アクロニアン・トワイライト (リヴァキチ)
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1.述懐 - 次元海深度1604/わだつみの還る場所


アクロニアの終焉に寄せて、パートナーたちのちょっとした日々をお送りします。

ECOのキャラクターを知っている前提で書いておりますので、ご存じない方には正直分かりにくいかもしれません。ご了承ください。

※注意※
本話(第1話)並びに最終話(第13話)は、神魔リヴァイアサンの述懐の形をとります。
短い上にそこまで深い意味はないので、興味のない方は次話よりお楽しみ下さい。



 

やあ。こんな所にいたのかい。

 

随分たそがれているけど……今日はノスタルジックな気分なのかな。

 

ふうん。

まあいいや。

 

……隣、失礼するよ。

 

いやあ、短いようで長かったようで。

覚えてるかい、タイ兄さんが憑依ラボを立ち上げた時のこと?

 

……え、いや私も居たよ? そうそう、ガイドマシーンの中に。

君ね、人材発掘部門の時から彼とは知り合いだったんだろう? 私が真似してたとはいえ、長い付き合いの相手の口調が変だったら気付いたりしないのかな。

 

ふふ。ま、それもいい思い出……という事にしておこうか。

 

それにしても色々あったよねー。

アクロニア歴1年少々の私がこう思うんだ、君はそれ以上なんじゃないかな?

 

たくさんの場所で、君の話を聞いたよ。

「世界を救うなんてめんどくさい!」って顔と態度をしているけれど……なんだかんだ言って、結構な頻度でそれをしていたんじゃないのかな。

 

私が来た時には、もう既に危うい均衡の上にあったこの世界だけど……

その均衡に、君が人知れず貢献していたというなら。

私は君を誇りに思うよ、冒険者さん。

 

 

うん。そうだね。君の知る通り、私たちの関係性はひとつの節目を迎えるのだろう。

これは以前にも言ったかな? 私は次元を渡れるけれども、それは望む場所に行けることを意味しない。

 

そりゃそうさ。イザナミやケルベロスの様に、自由に開けたり閉めたりできる訳じゃないからね。

 

入口を見つけ、潮目を読み、それに乗る。後は細工をごろうじろ、さ。

大きな流れをたゆたって、辿り着くのは、別の場所。だから……行き先に私の意思が介在する余地なんてない。次元断層も、そうそうできる訳じゃないからね。

 

けれど、私はこうも思うんだ。

 

君がこの世界を選んで降り立ったように。カグヤがこの世界に流れ着いたように。君の世界の物語が、あの紙芝居屋を通じて“こちら”で形を成したように。

道は通じている。私の前にも君の前にも全世界が広がっていて、それらは本質的には不可分なものなんだ。

 

そして――私は望んでいる。ならきっと届くさ。

想いの力って、そういうものだろう?

 

 

私だけじゃない。

 

ヒトと魔物の狭間に生きる彼女たちも。

物語のうつし身たちも。

鋼の器に、人の魂を封じた者たちも。

あるいは、器を持たない異界のものたちも。

 

君と関わったものたちは皆、きっと同じことを望んでいるはずさ。

 

……ん? ひょっとして、私だけって言って欲しかったのかな?

ふふ、それは“また今度”ね。

 

 

さ、答えは出たかな。

――うん、結構。

 

どうすべきかは分かっているね、ご主人様?

……ごめん、自分でも言ってて違和感があるな……。

 

まぁとにかく、アップタウンに戻ろうか。

みんな、君を待っているはずだから。

 






リヴァさんだいすき。骨董品たくさん買ってあげたい


次話「君の上にはただ花ばかり」は、御魂の剣士見習い少女ふたりのお話となります。



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2.君の上にはただ花ばかり

第2話を初投稿です。




ある日の話である。

 

「ごきげんよう、師匠! 少々よろしくって?」

「んー」

「あの方との冒険の甲斐あって、わたくしかなりの成長を果たしたと自負しておりますの!

 ですから、今ひとたび成長のほどをお見せしたく……」

「えー、下暑いじゃない。ここじゃ剣振れないし」

「もう真夏だというのに、空の上でこたつに籠っている方の仰りようではございませんわ!!」

「じゃーあと1時間待ってー」

「それこそ1時間前にも同じことを聞きましてよ!」

「ごめん、ごめん……

 あ、ちょっとダウンタウンでテリヤキピザ買って来てちょーだ――」

 

 

「……あれ、エリーゼ?」

 

 

/

 

 

「さ……」

 

「さみしいですわーーー!!!!」

ですわー……

すわー……

わー…

 

エリーゼは激怒した。

必ずや、かの堕落三昧のちびっこ師匠に構って貰わねばならぬと決意した。

エリーゼは貴族の出である。市井の常識は分からぬ。

同僚のメイドからのセクハラにも気づかぬ。

けれども雑な扱いには人一倍敏感であった。

 

「とはいえ、どうしたものかしら……」

 

師匠である御魂・ルリに構って欲しいとはいえ、それを正直に言うのは何だか悔しい。彼女は自分よりはるかに長い時を生きているとはいえ、見た目は自分の半分も行かない童女である。そんな相手にあまり無体を言うのも憚られる話であった。

 

誰かに相談しようにも、あいにく今日は工房のほぼ全員が出払っている。

残っているのはルリ、ナナイ、メイ……

ルリは除外としても、残るメンツにこんな話を持ち掛けるのは文字通り無理な相談であった。

 

そうして、ああでもないこうでもない、と悩み続け。

 

「もう……もう訳がわかりませんわーーー!!!!!」

真夏の炎天下でエリーゼの脳もいい感じに茹ってきた頃に、不意に転機は訪れる。

 

「あの……どうかされましたか?」

すごい大声で叫んでましたけど、と金のポニーテールを揺らして首を傾げる少女が、エリーゼの目に救いの天使のごとく映った。

 

 

/

 

「はあ、師匠さんに」

「もっとこう……繊細な扱いをして頂きたいのですわ!

普段はきちんとできていらっしゃるのに、わたくしがいる時はのらりくらりのんべんだらりと雑な扱いで……」

エリーゼは頭上の猫耳をぴんと立て、憤懣やる方なしといった調子で腕を組んだ。

 

所は移り、ダウンタウンの酒場でエリーゼは管を巻いていた。

聞き役を務めるのは先程声を掛けた少女である。

 

よく磨かれた木製のカウンターで肩を並べ、グラスが結露するほどに冷やされたミルクで夏場の

火照りを冷ましながら、二人はとりとめもない話を続けていた。

 

「あっ」ふと、ポニーテールの少女が声を上げた

「そういえば、わたしたちお互いの名前も言ってないです」

 

その言葉にエリーゼは思いのほか大きな衝撃を受け、ふらりとよろめいた。

「こっ……これは大変な失礼を致しましたわーーーー!!!!」

 

「お客さん、お静かに」

「ごめんなさいですわーー!!」

コントのようなやり取りをするエリーゼと酒場のマスターの横で、必死に耳を抑える少女。

 

マスターが処置なしといった風に両手を上げてバックヤードに引っ込むと、エリーゼはしゅんと俯いた。

「うう、またやってしまいましたわ……」

「まあまあ、お詫びに後で何か追加注文するとしましょう。

 それで…私はフロンと言います。冒険者見習い、かな? そんな所です。あなたは?」

 

普段からこの音量で話してるのか……と微妙に戦慄しつつ、フォローを入れて先を促すフロン。

「エリーゼと申しますわ……」

しかし消沈しきった相手から返ってきた返事は、実にかぼそかった。酒場の喧騒の中ではギリギリ耳を凝らして聞き取れるレベルである。

どうにも浮き沈みの激しい情熱的な女性なのだな、と苦笑する。

 

「なにもそんなに声を落とさなくても……。

 普段は何をされてるんですか? 帯剣されてますし、やっぱり冒険者さん?」

「冒険者としては見習いですが、剣士として鍛冶工房でお世話になっておりますの」

「あら、それじゃあお揃いですね」

「ええ! 奇遇ですわね」

フロンのフォローが功を奏したのか、気を取り直した様子で微笑むエリーゼ。

 

「しかし……鍛冶工房ですか?」

「ええ。アップタウンの西に飛空庭が出ておりまして、そこに」

 

剣士が鍛冶屋に立ち寄ることはままあるだろうが、居着くとなるといささか珍しい。

疑問に思ったフロンがの声が怪訝な響きを帯びると、エリーゼは思い出したように続けた。

 

「あら、それも言っておくべきでしたかしら。わたくしは御魂と呼ばれる存在で――」

「御魂!?」

 

今度こそ仰天するフロン。

さもありなん、御魂という言葉には人一倍縁があったのだから。

というのも――

 

「わたしも! わたしも御魂です!」

「あらまあ、奇遇ですわね」

「……いや、奇遇って」

 

驚き意気込んだのも束の間。エリーゼのおっとりした返しに気勢を削がれ、肩を落とすフロンであった。

 

 

/

 

 

「へぇ、つい最近御魂に」

「はい、その際に工房のアルティさんや師匠、パラケルススさんに声を掛けて頂きまして」

「この時代まで現存してたのも驚きですけど、新しく稼働したっていうのはびっくりですね……」

 

思わぬ偶然でお互いの共通点が明らかになってからは、俄然二人の会話も弾んだ。

交わした会話からフロンが察するに、エリーゼはかなりの「なり立て」のようであった。一見して外見はフロンの方が5つばかり下に見えるが、彼女たちのような存在(みたま)にとって外見年齢はさほど意味を持たない。フロンとて、外見年齢の頃に徴兵先で生体兵器に志願してから数年間は戦場に立ち続けた身である。

 

「ということは、件の師匠さんも御魂なんですか?」

「もちろんですわ! 何でも大昔の戦争の時代から生きていらっしゃるとか……」

「うわぁ、ってことはたぶん同時代人ですね。昔の地元トークとかしてみたいなあ」

「わたくしも、フロンさんが師匠と同年代の方だったと聞くと驚きですわ……。

 頭では分かっているつもりでしたけれど、本当に一切年を取らなくなるのですわね」

「それは、まあそうですよ。そういう存在ですからね。

 ところで、そんな御魂の師匠さんからはどういった修行を課されているんですか?」

「興味がおありですの?」

 

身を乗り出すように聞いてくるフロン。その瞳にハッキリと宿る好奇心の光に、エリーゼは思わずのけぞった。

 

「わたしも、強くなるためには貪欲なクチでして……あはは」フロンは照れたように頬を掻いた。「それで、教えて頂けますか?」

「よくってよ」エリーゼは優雅にブロンドをかき上げ、「そうですわね……ええ、精神修養の鍛錬などを」

「おお! それはどのような?」

「己の内なる欲望と戦う訓練ですの。師匠やキリエ……同僚の方が“ねこじぇらしー”なる

植物の穂を構えてわたくしの眼前で揺らすと、なんだかそれを叩かなければならないという異常な

衝動が現れるので」

 

「えっ?」

「えっ?」

「……」

「……」

 

「……いえ、失礼しました。続けて下さい」

「はあ」エリーゼは大きな瞳をぱちくりと瞬かせ「ええと、ですから。衝動を抑えることで克己の精神を養う訓練ですの。他にも……フロンさん、貴女ローレライさんはご存知?」

「ええ、一応は。たまにアップタウンの噴水前で歌ったりしている小さな人ですよね?」

 

羽やら獣耳やら節操のない装飾を施した冒険者たちが集う交易都市アクロニアと言えど、子供の半分ほどの背丈でふわふわ浮いている人は珍しい。

ローレライと呼ばれていた女性はそんな人々の中でも特に印象が強かったので覚えていたが、どうやら合っているようだった。

 

「ローレライさんがヒレを時々下さるのですが……」

「ひれ」

装飾品か何かだろうか。

「そのヒレを眺めていると、どうにもおなかが空いて齧りつきたくなってしまうのですわ。

それを我慢することでも、日々鍛錬を積んでいますの」

 

犬か。

いや猫か。

フロンは心優しく聡明な少女だったので、『それって剣士の修行というかイエネコのしつけですよね?』などという野暮で無慈悲な物言いは避けることにした。まさしく賢者の行いである。

 

「ええと、成程。よくわかりました」もっともらしい表情でフロンは頷く。

「つまりその、日頃の厳しい……ええ、厳しい修行の成果を師匠さんに見てほしいけれども、当の師匠さんはいまいち熱意がない。ここはひとつ腕の立つところを見せて、師匠さんを見返してやりたい。そういうことですよね?」

「見返す……?」

「あれ、違いましたか?」

 

フロンとしては要点を纏めたつもりだっただけに、きょとんとしたエリーゼの様子に拍子抜けするような思いであった。

これで違うとなると、後は単に構って欲しいとかだろうか?

 

……いやいや、まさかそんな。見たところいい大人なんだし……違う、よね? あれでも……

思わぬ疑問に悩むフロンを他所に、エリーゼは俄然色めき立って反応した。

 

「……そう! まさしくそれですわ! 腕前を見せて……見直してもらう!

 修行の劇的な成果を今一度確認すれば、師匠もより指導に身を入れて下さるはずですもの!

こうしてはいられませんわー!! 今すぐ――」

「はいはい、どうどう。落ち着いてください、マスターが殺人的な目でこっちを見てますよ」

 

大きな音と共に席を立ったエリーゼの言葉に段々と「!」が増え始めたのを感じ取り、フロンは慌てて彼女を押しとどめた。

途端に顔面全体で(やってしまいましたわ……)という表情を作るエリーゼであったが、この調子ではいつ再びテンションが振り切れるか分かった物ではない。

ここ数十分の語らいでフロンもこの新たな友人が好きになってきていたこともあり、何とか手助けしてあげたいと思い始めていた。

 

――かといって話もそこそこに炎天下へ飛び出すのもアレですし、なにか酒場を追い出されずに

エリーゼさんの気を引けるものは……

そんな風に思いを巡らすフロンの視界に、うってつけの人影が飛び込んできた。

 

「あ、エリーゼさん見て下さい。詩人ですよ詩人」

「はい?」

「いやあ見るの初めてですけど酒場に詩人ってある種定番の組み合わせですよねそれにほら過去の英雄譚に学ぶことで鍛えるための糸口も見つかるかもですしここはゆっくり!座って!聞くことにしましょうマスターアイスミルクお代わりお願いしますっ!」

 

間髪入れずに捲し立て、フロンは一息つくと詩人の方へ席を向けた。エリーゼの気を逸らすためのダシに使った形にはなるが、彼女自身吟遊詩人の語りというものに興味があるのも事実だった。

「あら? あの方は……」

意外そうな顔をするエリーゼをよそに、詩人はハープを鳴らして滔々と語り出す。

 

「さあさ少々お耳を拝借、今宵語りますは物語の物語。知る者なき伝承のうつし身と、とある冒険者をめぐる詩……」

草色のゆったりとした袖を揺らし、弦の上で白い指先を躍らせながら詩人が歌う。

蠱惑的な深みと童女のような明朗さが同居した、つい聞き惚れてしまうような声音だ。

氏も育ちもキカイ文明盛んな時代とあって、吟遊詩人など初めて見るフロンであったが、きっと

彼女にとって詩人は天職なのだろうな……などと、気付けば耳をそばだてながら思うのだった。

 

 

軽妙な語り口でつづられた物語はこうだ。

ある日、さる港町のあちこちに奇妙な石像が建ち始める。

明らかな異常事態ではあるが、町の住人は誰一人それを疑問に思わない。

しかし事態に気付いた行商人が、ここダウンタウンで冒険者に調査を依頼する。

冒険者と助手の少女は町に赴き、下手人を見つけたが……

彼女は、この世界では絶滅してしまった“猫”にまつわる物語の化身であった。

誰も知らない“猫”を思い出して貰おうと、その石像を建てて回る物語の化身。

冒険者の機転と、助手の少女の純真さによって化身は救われ。

あたたかな光と共に、その姿を消してゆく……

 

 

「……はっ」

意識を引き込むような歌声が途切れ、フロンはふと我に返った

酔客たちからの歓声とおひねりが飛び交う中、同じように意識を浮上させたエリーゼと目が合って思わず苦笑する。

 

「いやあ……凄かったですね。というか猫って絶滅してたんですね。時間の流れは残酷というか」

「とても素晴らしい詩でしたわ! わたくしも猫のことはあまり知らなかったのですが、フェイさんがそれにまつわる歌をご存知だったなんて」

「あれ、エリーゼさん、あの詩人さんとお知り合いなんですか?」

 

「そうよ、可愛らしい御魂さん」

 

「ひゃっ!?」

背後から突然掛けられた声に、驚きで肩を跳ねさせて振り向く。

そこには先程までハープを手に歌っていた詩人の女性が、口元に手を当ててくすくすと笑っていた。

 

「えーと……」

「あら、ごめんなさい」女性は嫌味のない微笑を浮かべた。「エリーゼも、お久しぶりね」

「御機嫌よう、フェイさん! 何かご用ですの?」

「ええ。あなた達には申し訳ないのだけれど……先程の話、聞かせて貰っていたの。

 それで、お手伝いをさせて貰おうと思って」

「心強いですわ! ぜひ!」

 

エリーゼは力強く即答したが、フロンはむしろ唐突な申し出に戸惑うばかりであった。

 

「え、と……良いんですか? わたしたち、何をやるかも決まっていないんですけれど」

「もちろん。貴女さえ良ければ」

金紗の髪をさらりとそよがせて、立てた人差し指を唇にあてがう。

 

「勇者を導くのは詩人の役目ですもの。乙女を誑かすのもね。お姉さんにも一枚噛ませて頂戴な」

微妙に不安を煽るようなことを言って、小さな女詩人は意味深な笑みを浮かべた。

 

 

/

 

 

「参りますわーーー!!!!」

もはやお馴染みとなった叫び声を夏の空に響かせ、エリーゼが細剣(レイピア)を突き込む。

 

兎にも角にも、まずはエリーゼの腕前を見なければ始まらないだろう……ということで。

フェイと名乗った女詩人を引き連れて、フロンら一行はアクロニアの東部に広がる平原を訪れていた。

 

「どうかしら、彼女?」

「うーん、筋は悪くないですね」

失礼ながら意外でした、とこぼしながらも、案山子相手に剣を振るうエリーゼを見やる。

 

時代や育ちの違いゆえか、フロンにとっては見慣れぬ型ではあるものの、エリーゼの中では一定の術理、合理性とでも言うべきものが息づいているのが見て取れた。体幹や足運びにも淀みがないし、時折獣が跳ねるような奔放な動きが混ざるのも、癖というよりは個性の範疇にあると思える。

 

「ただ……」

「ただ?」

「防御が、少々手薄に思えます」

 

エリーゼの扱うような細剣・突剣は扱いが難しい。

刀身は往々にして折れるほどに細く、凡百の才では刃を立てることも叶わないだろう。突き立てるには両刃の剣を振るうよりも近く、懐に潜り込む必要があるし、相手が鎧や甲殻に守られていれば尚のこと隙間を狙わねばならない。

 

無論、それらの武器を好んで使う冒険者――フェンサーやナイトと称される職業の人々は居るが、彼らは各々の手段でそういった手段を克服している。

剣とは逆の手に盾を構えたりと、手段自体は様々であるが……翻って、エリーゼにはそれがない。

強靭なようで脆い御魂の命だからこそ、自分自身を大事にしてほしいと思う。

 

「……ふふ」

つい熱を入れて語ってしまったフロンは、フェイの笑い声で我に返った。

「あ、いえその、失礼しました……」

 

――私ってば、一方的に何をまくし立てているんだろう……今日会ったばかりの人に。

――詩人さんに武器の話なんかしたって、きっとよく分からないし戸惑うはずだ。

思わず恥じ入り、耳と頬が熱を持つのを感じてしまう。

 

「あらあら、恥ずかしがることないじゃない」

黙り込んで俯くフロンに、小さな詩うたいの乙女はころころと鈴を鳴らすように笑って。

 

「大切にしているのね。守るっていう事を」

そんなふうに言った。

 

「――はい。

 ……教えてくれたひとが、いるんです」

 

 

思い出すのは、土と煙の街のこと。

 

“――ん、こ、こは……”

“うお、剣が人になった!”

“憑依だろ?”

“いやいや、さっき掘り出した年代物じゃねえか。憑依ってなそんなに長く出来んはずだ”

“んじゃアレじゃないか? ほらライの坊主とかレイミさんとこの嬢ちゃんみてえな”

“あー……なんて言ったっけか、メダマー?”

“御魂ですっ!!”

 

訳も分からぬままに目覚めたら、戦争が終わって何百年も経っていて。

 

“やるなあ、フロン嬢ちゃん”

“えへへ……この程度、朝飯前です!”

“頼りにしてるぜ。どうだい、自警団の連中を鍛え直しちゃくれねえか”

“え……”

 

でも、学校にも行っていない末期戦の促成兵士には、人への教え方なんて分からなくって。

 

“いいですか、敵はすぐそこまで迫っているんです! 守る暇があったら攻める!”

“お、おう……”

“凄え気迫だなこりゃ。まぁフロン先生の言う通りかもな”

“攻撃は最大の防御なり! 復唱!”

 

戦場で叩き込まれた現実だけを、ただ闇雲に繰り返すしかなくって。

 

“私に、護らせてくださいっ!”

 

――そして、そのひとたちに出会った。

 

 

追憶を振り払って、幾分か穏やかな気持ちでフロンは語った。

「私が遠い昔の人間だってことは、言いましたよね」

「ええ」

「色々ありましたけど……わたしは今の時代を見れて良かったと思っています。

 そしてそれは、私の時代のひとたちが、私の後のひとたちが、そして今のひとたちが。

 頑張って守った沢山の物があるからこそ、生まれた感情だって気づいたんです」

 

わたしは未熟者だったので、攻めて攻めてで死んじゃいましたけど……と茶化して見せる彼女に、フェイが真剣なまなざしで問いかける。

「その今の世が……近いうちに終わってしまうとしても?

 ベストを尽くしたのだと信じて、笑ってそれを受け入れることができる?」

「へ?」

 

フロンは意表を突かれたように目を丸くしたが、少し置いてくすくすと笑った。

「ベストとかベターとか、そんなんじゃないです。

守り切れない時が来たとして、それで守って来たものが失われるとして。

積み上げられてきた営みや思い出が、無意味になる訳じゃありませんから」

 

すると、今度はフェイが小さく笑みを溢した。

「なあんだ。お姉さんときたら、とんだ取り越し苦労だったみたいね」

「わたしはそうですけど、他の人は分かりませんよ?」フロンもまたにこりと笑んで、エリーゼの方へ顔を向けた。

「おーーい、エリーゼさーーん!」

「なんですのーーーー!!?」

「明日世界が終わっちゃうんですってー! まだ修行続けますかーー!?」

 

一拍の間を挟み、案山子に剣を打ち込む音が一気に間隔を狭めた。

「こんちくしょーですわーーー!!

でしたらすぐにでも終わらせて見せますわー!!!」

 

あまりと言えばあまりな、だがこの上なくシンプルで明快な答えに思わず二人して噴き出す。

「……みんな、何だかんだ言って前向きなんです。ご満足頂けました?」

「ええ」フェイは目じりに浮かんだ涙を拭った。「この上なく、ね」

 

「それと!」フロンはびしり、と指を立てて「あの人がこの世界を去るとしても、この世界は無くなったりしない。そうでしょう?」

「あら……気付いて、いたのね」

「そりゃ気付きますよ、さすがに話が急すぎだなって。あの人からの差し金かは知りませんけど……わたしは大丈夫って、今度伝えておきます」

「――そうね。こんなご時世ですもの、伝えられるなら何でも伝えるべきだわ」

肩の力を抜いたように息をついたフェイは、「なら、これも今のうちに伝えておきましょうか」とつぶやく。

 

「ルリ……あの子の師匠はね、別にエリーゼを疎んだりしている訳じゃないの。

一つの終わりを前にして、人恋しくなって拗ねちゃっているだけ……だからついつい、エリーゼに構って欲しくてつれない態度を取ってしまうのね」

 

今日の諸々を前提から覆すとんでもない暴露に、今度こそフロンは嘆息した。

「子供ですか」

「子供よ? 見た目はね」

「わたしと同時代の人だと聞いてたんですが……」

「寂しさも、恋しさも、齢を重ねたからって消えて無くなる訳じゃないわ。

 それを隠して、平気な顔をするのが上手くなっていくだけ」

「含蓄のあるお言葉で」

「かく言う私は4歳児なのだけどね」

「はいはい」

「驚いたり突っ込んでくれないの? お姉さん寂しいわ」

「お姉さんなら頑張って隠してくださいね……」

「あらあら」

 

ともあれ、そういう事情ならばエリーゼに必要なのは剣の訓練ではなく師匠との対話のようだ。

フロンは肩を竦め、フェイと並んでエリーゼの方へ歩き出した。

 

 

/

 

 

気付けば太陽は傾き、空の色にもオレンジが混じり始めていた。

 

「お付き合い頂き、感謝致しますわ!」

「や、わたしは良いんですけど……フェイさんは良いんですか? お仕事とか」

「ふふ、気にしないで。たまにご近所付き合いで演奏しに行っているだけだもの」

汗で額に髪を貼り付けたエリーゼら一行は、アップタウンへの帰路を歩んでいた。

 

「もう遅い時間になってしまいましたので、お礼の方は後日! させて頂きますわ!

フロンさんはどちらにお住まいですの?」

「お礼なんて良いんですよ、本当に。

 フェイさんも、何か得る所があったみたいですし?」

「うふふ、ごめんなさいね。試すような真似をするつもりはなかったの。ちょっとした老婆心よ」

「なんの話ですの?」

「ああいや、さっき言ったじゃないですか。明日世界が終わる~とかなんとか」

「あら、そう言えば」エリーゼは頬に手を当てて考え込んだ。

「……よくは分かりませんけれど、それは明日になってから考えればいいのではなくって?

終末が悪いことだというのであれば、その悲しみは前の日まで持ち込むべきではありませんし……

もし良いことなのであれば、笑顔で迎えるまでのことですわ!」

エリーゼの楽観的な、だが生気に満ちた言葉。

それが強がりや虚勢などで無い事は、彼女の姿……額に汗して輝く笑みを浮かべた、まさしく日々を楽しむ人間然とした姿を見れば一目瞭然であった。

同じ御魂である彼女のそんな姿をどこか誇らしく思いつつ歩を進めるフロンであったが……

 

「?」

――不意に、足音がひとり分減った気がして立ち止まった。

 

 

「――そうね、本当に……その通り」

「フェイさん?」

静かな、だが深い感慨と喜びが篭められた言葉。

動物の直観か、微かな違和感を感じたエリーゼが振り向いたその時――

突風が吹きつける。

 

「きゃっ!」

花びらを乗せたつむじ風。思わず目を閉じた少女たちが瞼を開くと、そこに立っていたのは小さな女詩人ではなかった。

 

「愛らしい剣の乙女さん達。まずは……そうね、感謝を」

 

ゆったりとした草色の衣は、湖の青を湛えたショートドレスに。

 

「そして言祝(ことほ)がせて頂戴。たとえ、世界が落陽を迎えようとも――」

 

不思議な文様をあしらったリボンを、妖精の羽のように震わせて。

 

「きっと、もう大丈夫ね。だから……これは、お姉さんの最後のお節介」

 

林檎の籠を携えた魔女は、月桂樹の杖をくるりと回してそっとほほ笑んだ。

 

「魔法を掛けてあげましょう」

 

 

飛沫が散る。燐光が踊る。杖先を追う花びらの群れが、(かすみ)となって空を満たす。

夕暮れの(だいだい)と淡い色のカーテンが視界に溢れて、感嘆の声が夏の平原を駆けた。

 

「素晴らしいですわ!」

「わぁ……凄い、凄いです! とても綺麗でした、フェイさ――」

 

それを暫し呆けたように見上げていたフロンたち。ふと我に返り、賞賛の声を上げて振り向けば。

そこに既に詩人も魔女の姿もなく、静寂だけが佇んでいた。

 

一瞬目を(みは)り、二人は思わず顔を見合わせたが――どちらともなく微笑を浮かべると、背を向けて歩き出した。

 

数歩進んだところでフロンが立ち止まって振り返り、魔女のいた辺りにぺこりと頭を下げる。

いちいち律儀な友人の姿にエリーゼはくすくすと笑って、自分もまたスカートの端をつまんで礼をした。

 

 

夕焼けの陽は、気づけばもう沈んでいた。

空に月はない。

暗い夜だ。

けれど不安もない。

 

暗雲が天に蓋しようとも、我らの上にはただ花ばかり。

私たちは……もう、見失わないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

アップタウン上空、アルティの工房にて。

 

「師匠! 師匠のお洋服を買って参りましたわ!」

「んー」

「夏場に着物は暑いでしょうし、ジャージばかりも女性としてどうかと思いますの!

 せっかく可愛らしいのですからこういった服も……」

「えーいいわよ、空の上に居れば涼しいし」

「屁理屈ばかりこねるのはいけませんわ!! かくなる上は無理にでも着替えさせるしか……!

 師匠! よろしいですわね!?」

「へー、やれるもんならやってみなさいよ。私は起きないし抵抗だってするからね」

「では参ります」

「ほぁっ!? キ、キリエ!? あんた一体どこから」

「はーいお着換え致しましょうねー」

「うわ、ちょ、馬鹿! どこ触ってんでい!」

 

おいたが過ぎたツンデレには報いが下ったという。

 

どっとはらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フロンちゃんは我が家のメイン火力でした……Joなのでテイクとエクヴィリーが噛み合いまくりでしたね、ええ。

それにしても描写がスカスカで全然足りていない……後日加筆修正予定です。

ECOの思い出がある方は、感想等で書いて行って頂けると最高の供養になります。ぜひぜひ。

次回「スフォルツァンドで口笛吹いて」は皆のカーチャン、ギーゴ・アルマと採点お姉さんことアルケー・アルマの休日の話となります。


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