ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。 (トマホーク)
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登場人物

※注意※

ネタバレあり。

 

また片手間で作成したのでちょっと抜けてたり説明不足気味です。

 

長門和也

本作品の主人公。

ミリタリー全般を好むミリオタという以外はごく普通の男子高校生だったが、神の手違いにより病死。

 

その後、手違いで殺してしまったお詫びとして神から

 

『兵器とそれらを扱う兵士を召喚する能力』

 

『召喚した兵器と兵士を使いこなす能力』

 

『召喚した兵器と兵士を運用・維持する為に必要な軍需品・資源・人・施設を召喚する能力』

 

の3つの能力や【精神強化】【身体強化】【共通言語】【幸運】などの特典を与えられ異世界に送られる。

 

現在は能力で作り上げた軍事国家パラベラムの国家元首である総統に就任している。

 

また渡り人を殺害した際に得た完全治癒能力でヤンデレを量産中。

 

片山千歳

カズヤが初めて能力を使って兵士を召喚した時に召喚された中隊の指揮官。

 

そして召喚されてから現在までカズヤの側近中の側近としてカズヤの傍に侍っている最強(ヤンデレ)の女傑。

 

カズヤのことをまるで神の如く崇拝しており、カズヤの為ならばなんでもする狂信的もしくは妄信的な一面を持つ。

 

長門明日香

カズヤと千歳の間に生まれた女の子。

 

青葉伊吹

千歳と同じでカズヤが能力を使って初めて兵士を召喚した時に召喚された内の1人。

 

現在ではパラベラムのナンバー3の高官として日夜、頑張っている縁の下の力持ち。

 

また暴走しがちな千歳のブレーキ役をも担っているため、かなりの苦労人でもある。

 

長門涼華

カズヤと伊吹との間に生まれた女の子。

 

片山千代田

自立型無人兵器用に制作された人工AIに千歳の人格をコピーした所、自我に目覚め誕生。

 

人工AIであるが故に自前の肉体は持っていないが千歳の肉体を複製し改造を加えた生体端末で活動を行っている。

 

生体端末は今なお増産中で、ノーマルタイプから戦闘タイプ、夜のお仕事専用タイプなど目的に合わせ各種存在する。

 

立場的には千歳の妹として総統補佐官の任に就き、パラベラムの全システムを掌握している。

 

千歳同様、カズヤのことをまるで神の如く崇拝しており、カズヤの為ならばなんでもする狂信的もしくは妄信的な一面を持つ。

 

ただ、姉よりは理性のブレーキが効く。

 

メイド衆

ヴァンパイアの姉妹であるレイナ(姉)とライナ(妹)

 

オーガのエル

 

ダークエルフのルミナス

 

狼人族のウィルヘルム

 

ラミアのシェイル

 

狐人族のキュロット

 

以上の7名はカズヤが王都で購入した屋敷の地下牢で死にかけている所をカズヤの完全治癒能力で助けられたことでカズヤに忠誠を誓う。

 

また、助けられた後は千歳のスパルタ教育で完璧メイドとなりカズヤの専属メイドとして日々を過ごしている。

 

クレイス

本来であれば黒い翼が真っ白だという理由だけで迫害され翼人族の里を追い出され路頭に迷っていた幼い少女。

 

カズヤが各地で拾ってきた訳ありの子供達の内の1人である。

 

他の子供達とは違いカズヤの事を父や兄ではなく1人の男として認識している。

 

そのためヒロイン達が自身の前に現れた際、カズヤが盗られてしまうという危機感から、こっそりと一族に伝わる秘伝の魔法を使い『不別の交わり』 を一方的にカズヤと交わしてしまっている。

 

 

イザベラ・ヴェルヘルム

カナリア王国の国家元首である女王。

 

ほとんどお飾りの女王。

 

パラベラムにカナリア王国が併合された後には楽しい隠居生活を満喫している模様。

 

アリア・ヴェルヘルム(長女)

カナリア王国のお姫様で姫巫女という特殊な肩書きを持っている。

 

神託という名の未来予知が出来る。ただ、未来予知の精度はお察し。

 

束縛系のヤンデレ。

 

イリス・ヴェルヘルム(次女)

緑と碧眼のオッドアイであるが、カナリア王国ではオッドアイが穢れの象徴とされていたため、王女にも関わらず不遇の生活を強いられていた。

 

そんな中で、自身の事を受け入れてくれたカズヤになつく。

 

その後、カズヤへの好意が拗れヤンデレが開花。

 

ヤンデレキャラの中でもトップクラスのヤバさを誇る。

 

カレン・ロートレック

カナリア王国の女公爵。

領地が攻められていた際、命を賭けて救いの手を差し伸べてくれたカズヤに惚れる。

 

本作品では貴重なツンデレであり、ヒロインの中では一番の常識人。

 

マリア・ブロード

カレンの幼馴染み兼部下で魔法使い。

 

フィリス・ガーデニング

カナリア王国の第二近衛騎士団団長。

 

カズヤとは友人関係にあり、イリスに個人的な忠誠を誓っている。

 

作中では苦労人のポジション。

 

ベレッタ・ザラ

カナリア王国の第二近衛騎士団副団長。

 

フィリスよりはマシだが、やはり苦労人のポジション。

 

レーベン丞相

カナリア王国を裏から操っていると言われている老人。

 

体のいい、殺られキャラ。

 

 

アミラ・ローザングル

妖魔連合国の国家元首である女王(魔王)

自身の種族であるオーガ族の族長でもある。

 

何かと豪快な正確で娘(特にフィーネ)を困らせる事が多い。

 

フィーネ・ローザングル(長女)

お堅い性格の常識人だが、たまにヤンデレ化。

 

メインヒロインの中では若干影が薄い存在。

 

リーナ・ローザングル(次女)

イケイケタイプの小悪魔少女。

 

根は真面目。

 

サキュバスの族長。

メルキア・ジキタリス。

 

パラベラムの支配者であるカズヤをその体でたらしこもうと画策

 

カズヤに挑むも返り討ちに合い、カズヤに逆に骨抜きにされてしまう。

 

色事以外はうぶ。

 

 

スレイブ・エルザス・バドワイザー

エルザス魔法帝国の皇帝。

 

以前は広大な領土を治める暴君だったが、ある時から操り人形にされただの暴君(操り人形)になる。

 

牟田口廉也

銀髪で赤と緑のオッドアイの青年――中二病が発症したトリッパー(渡り人)。

 

現在はエルザス魔法帝国の専属魔導師にしてパラベラム最大の敵。

 

皇帝を操っている張本人でもある。

 

名前の由来は(インパール作戦)お察し。

 

大田正一

牟田口廉也と共にトリップした(召喚された)青年(渡り人)

 

創造系の能力を持ち、帝国の新兵器開発に従事。

 

そして魔導兵器や自動人形等を開発。

 

だが、戦局が悪くなるにつれて立場が悪くなり、また以前とは性格が変わってしまったレンヤの嫌がらせや裏切り等を受けた結果、帝国からの離反を決意。

 

名前の由来は(特攻兵器・桜花)お察し

 

由来の元になっている人物はとにかく酷い。

 

セリシア・フィットローク

城塞都市戦の際に瀕死の重症を負い死にかけていたところをカズヤの完全治癒能力で助けられたことでヤンデレ狂信者化。

 

ヤンデレ面にドップリ浸かっている恐い女。

 

アデル・ザクセン

異世界で魔王と戦っていた本物の勇者(渡り人)。

 

俺という一人称を使っている女の子。

 

セリシアの策略によりカズヤの完全治癒能力を受けたことが止めとなり(ヤンデレ)ヒロイン化。

 

平常時はツンケンしているが“スイッチ”が入るとデレデレになる。

 

ウルセイス・バーライト

エルザス魔法帝国の領内にあった研究所(古城)の総責任者

 

ラインハルト・アーフェン

エルザス魔法帝国の皇帝直轄部隊、グルファレス魔法聖騎士団の団長。

 

所詮はヤラレキャラである。

 

レベルク・アントノフ

エルザス魔法帝国の国教であるローウェン教の大司教。

 

単なるゲス。

 

7聖女

アレクシア・イスラシア

 

ゾーラ・ウラヌス

 

ジル・キエフ

 

ゼノヴィア・ケーニヒスベルク

 

ティルダ・ハギリ

 

キセル・オデッサ

 

イルミナ・レノン

 

以上の7人はローウェン教の象徴とされている重要な存在だったが、セリシアの修正とカズヤの完全治癒能力によってヤンデレ狂信化。

 

狂信化が過ぎたせいか、カズヤに対し行き過ぎた忠誠心を見せる。

 

また、かつては自分達の存在意義を見出だしていたローウェンを滅ぼそうとしている。

 

 

マリー・メイデン

種族は吸血鬼の上位種にあたる吸魂鬼(ソウルイーター)。

 

真祖の吸血鬼、解体姫、鮮血の悦楽者などの二つ名を多数持つ化物

暗殺者集団ブラッディーファングのボスでもある。

 

ちなみに900歳(処女)である。

 

暗殺対象であったカズヤ(の魂)に惚れ込み、カズヤを手に入れようと画策している。

 

ボルマー・マルチネス

ブラッディーファングの副長。

 

 

以下、英雄キャラ。

 

舩坂弘軍曹

言わずと知れた第二次世界大戦時の日本軍の英雄。

 

本作品でも、その不死身っぷり、無双っぷりを披露している。

 

史実の渾名。

生きている英霊、不死身の分隊長。

 

ハンス・ウルリッヒ・ルーデル少佐

言わずと知れた第二次世界大戦時のドイツ軍の英雄。

 

本作品では、ことある事にA-10で無双を行っている。

 

史実の渾名。

ソ連人民最大の敵・シュトゥーカ大佐。

 

シモ・ヘイへ少尉。

言わずと知れた第二次世界大戦時のフィンランドの英雄。

 

本作品でも、最強のスナイパーとして君臨。

 

史実の渾名。

白い死神。

 



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こちらでも試しに掲載させて頂くことに致しました。
よろしくお願いいたします
m(__)m

なお、この作品は作者の処女作となっており、また突発的な思い付きと軽いノリで書き始めたためストーリーや設定が荒く緩いかも知れません。

その為、所々おかしな場所が出てくる可能性があります、加えて携帯で執筆活動を行っているため各種間違いや誤字・脱字が多く更新は遅いと思います。

追伸。

現代兵器チート。と題名にありますが中盤から架空(未来的)兵器が登場し、また敵方の技術を利用した兵器等も出てきます。

(なお、あくまでも現代兵器が主体です)

ご注意下さい
m(__)m



どこにでもいるようなごく普通の男子高校生、長門和也はいつものように学校の授業を終え家に帰るため電車に乗っていた。

 

……家に帰ったら何をしようか――っ!?

 

カズヤが家に帰ったら何をしようかと考えていると突然、胸に激痛が走る

 

「うっ、が、ぎ…………っ!!」

 

あまりの痛さにカズヤは苦悶に顔を歪めた後に意識を失って倒れた。

 

「うっ……ここは?」

 

電車の中で意識を失ったカズヤが意識を取り戻すとそこは電車の中では無く、ましてや病院の中でもなかった。

 

意識を取り戻したカズヤがいたのは真っ白な壁に囲まれた小さな部屋だった。

 

どこなんだ?

 

見知らぬ部屋の中にいたことにまず驚き次にただ茫然としカズヤは辺りをキョロキョロと見渡す。

 

そして最後に足元へ視線を落とすとそこには折り畳まれた1枚の紙が置いてあった。

 

なんでこんな所に紙が落ちてるんだ?

 

疑問に思い紙を手に取ってみるとそれはカズヤに宛てた手紙だった。

 

「えーと……。『今これを読んでいる貴方は既に死にました。死んだ理由は病死ですが、こちらの間違いで50年ほど早く死なせてしまったのでお詫びとして貴方の望む能力を3つお付けして異世界に送って差し上げましょう。神より』」

 

衝撃の事実を知ったカズヤは驚きのあまりまた茫然と立ち尽くす。

 

「俺は間違って殺されたのかよっ!!」

 

そして硬直が解けると大声でそう叫び、手紙を床に叩き付けた。

 

ま、まぁ、もう死んでしまったことはどうしようもないから異世界に持って行く能力のことでも考えるか……。

 

ハァハァと荒い呼吸を繰り返しながら肩を上下に揺らしていたカズヤだったが、ずっとそうしている訳にもいかず、これから先のことを考えることにした。

 

カズヤが思考を前向きな物に変え異世界に持っていく能力のことを考えていると目の前にゲームで出てくるようなウインドウ画面とキーボードが現れる。

 

「なんだこれは?これに欲しい能力を打ち込めばいいのかな?」

 

目の前に現れたウインドウ画面には空欄が3つ存在していた。

 

カズヤはウインドウ画面と一緒に現れたキーボードを使い希望する能力をウインドウの空欄に打ち込む。

 

 

『兵器とそれらを扱う兵士を召喚する能力』

 

『召喚した兵器と兵士を使いこなす能力』

 

『召喚した兵器と兵士を運用・維持する為に必要な軍需品・資源・人・施設を召喚する能力』

 

 

これでよし。

 

書き込んだ3つの能力を読み直しながらカズヤは考えていた。

 

やっぱり兵器だけあっても整備や補給が出来ないと意味がないからな。

 

しかし二つ目の能力はほとんどガン○ールブの能力と被っているな……。

 

カズヤの考えを他所にウインドウ画面が切り替わり新たな文章が表示される。

 

 

エラー!!

[合計で3つ以上の能力になっています。その為全ての能力を持って行くには制限が掛かりますが宜しいですか? YES/NO]

 

げっ!!やっぱり1つ1つの能力にちょっと詰め込み過ぎたかな?まぁでも少しぐらい制限があっても大丈夫だろう。

 

そう楽観的に考えたことが原因で後で大変なことになるとはカズヤが知るよしもない。

 

そうして楽観的な考えと共にカズヤが[YES]を選択するとウインドウ画面にはまた新たな文章が表示された。

 

[それでは異世界に行ってもらいます。尚、これから貴方が行く世界は魔法や魔物が存在しているファンタジーな世界です。またサービスとして多数特典がございます。後程ご確認下さい。最後に貴方が行く異世界には他にも何人か貴方と同じようにトリップする方達がいます。その方々を捕縛及び殺害しますと特別な特典と殺した相手の能力を得ることが出来ます]

 

 

「お、ラッキー。サービスで特典とかあるのか。……でも異世界にいる他のトリッパーを殺すと特典と能力が貰えるってなんと言うか……。えげつないな」

 

カズヤがそんなことをボソリと呟いた時だった。

 

パカッという音と共に突然足元に大きな穴が空く。

 

「えっ!?ぎゃああああぁぁぁぁぁーーー!!!」

 

ギョッとして足元を見たあとカズヤは悲鳴混じりの叫び声をあげ吸い込まれるように穴の中へ消えて行った。

 

カズヤが穴に落ちて行った後に残されたウィンドウ画面には、また新たな文章が現れていた。

 

[尚、この異世界トリップは神の暇潰しも兼ねています。その為、神の介入がありますのでご注意ください。]

 

 

遅すぎる警告文は誰の目にも触れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

空間にポッカリ空いた穴から1人の青年が落ちてきて地面を転がる。

 

「……し、死ぬかと思った」

 

異世界に辿り着いたカズヤの第一声は安堵に満ちたものだった。

 

「はぁ……とりあえずもらった能力と今の状況を確認するか」

 

カズヤがもらった能力を確認しようとすると、なんの前触れもなく頭に激痛が走る。

 

「う、うぎゃああぁぁぁーーー頭がぁぁーーー!!!」

 

あまりの痛さにカズヤは頭を抱え地面をのたうち回る。

 

そうして5分ほど蹲っていると徐々に痛みが引いてきた。

 

クソ、なんだったんだ今の頭痛は……。

 

カズヤが頭を押さえながら、よろよろと立ち上がるとあることに気が付いた。

 

あれ、なんだこれ?

 

カズヤの脳裏には先程の頭痛が起こる前には無かったこの世界の基本的な知識や能力の使い方が頭の中に入っていた。

 

……さっきの頭痛はこの世界の知識や能力の使い方を俺の頭にインプットしていたのか?

 

そんなことしなくても事前に説明しといてくれよ。

 

モヤモヤとした物を心の内に抱えながらカズヤは憮然としていたが、さっきの出来事は忘れてこれからのことを考え行動に移る。

 

「じゃあまず能力からだな」

 

カズヤが自分の手足を扱うように意識せずに自然と能力を行使すると空中にメニュー画面が現れた。

 

 

[兵器の召喚]

[ステータス]

[召喚可能量及び部隊編成]

[特典]

[地図]

[ヘルプ]

 

 

現れたメニュー画面を見たカズヤは早速、画面を操作して試しにM4カービンを召喚しようとしたのだが……。

 

あれなんかおかしいぞ?

 

いつまで経ってもM4カービンが召喚されないのだ。

 

不審に思ったカズヤが画面の[兵器の召喚]を選択するとそこにはこう書かれていた。

 

 

[兵器の召喚]

現在1945年までに開発された兵器のみ召喚可能となっています。

 

 

「…………まさか」

 

嫌な予感がしたカズヤは画面を操作し目的の所を見つけるとダラダラと大量の冷や汗を流す。

 

カズヤが冷や汗を流した理由は画面に表示されている文章にあった。

 

 

[現在能力に制限がかかっており召喚できる兵器は1945年までに開発された兵器に限られています。また召喚ができる兵器の数量や兵士の数も制限されています。尚この能力はレベル制ですのでレベルを上げれば制限の解除が可能です]

 

 

な、なんてこった……。クソあの部屋にいた時に制限がどれぐらいなのかしっかりと確認しておくべきだったか。

 

カズヤは今更ながらに与えられた能力の制限のことを詳しくチェックしておかなかったことをひどく後悔していた。

 

やっぱり冷静になったつもりで考えていたが、冷静になりきれていなかったみだいだな。

 

とにかく次からはもっと慎重に行動しようと反省し心に決めるカズヤだった。

 

まぁでもレベルを上げたらもっと召喚出来る兵器も増えるみたいだし、1945年までの兵器が召喚できるだけでも、この世界だったら結構なチートになる筈だ。

 

カズヤはそうポジティブに考えることにした。

 

っていうか今の俺のレベルっていくつなんだ?メニュー画面で確認してみよう。

 

そう思い立ちメニュー画面を操作しステータスを選択すると目的の画面が表示された。

 

 

 

名前

長門 和也

 

レベル

 

装備品

制服、靴

 

 

 

なんか凄く簡単なステータス画面だな……ついでだし今のうちに他の項目も全部確認しておくか。

 

カズヤは確認が終わっている[兵器の召喚]と[ステータス]を除いた他の項目をすべて確認することにした。

 

 

[召喚可能量及び部隊編成]

現在能力に制限が発生しているため召喚可能な数量は以下のようになっています。

 

歩兵

・250(一個中隊)

 

火砲

・30

 

車両

・30

 

航空機

・30

 

艦艇

・10

 

 

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は旅団規模までとなっています。

 

※歩兵が2〜3人で運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

[特典]

精神強化(強)

身体強化(中)

共通言語

 

[地図]

・現在地、カナリア王国領内『帰らずの森』

 

[ヘルプ]

 

・[部隊(歩兵)の編成の仕組み]

召喚する兵士の設定(性別・年齢・性格・携帯している武器装備品)を事前にしておくと召喚する際にその設定に従い召喚されます。(何も選択がされていない場合、性別・年齢・性格はすべてランダムに選択され、武器・装備品は召喚主と同じ状態で召喚されます。また兵士が戦死した場合、1ヶ月は欠員の補充が出来ませんのでご注意下さい)

 

・[能力の注意事項]

メニュー画面を使わずとも声や思考で召喚は可能です。

 

召喚した兵器や兵士は消す事が可能です。

 

戦闘中に兵器や弾薬、兵士を召喚することは出来ません。

 

 

 

全ての項目に目を通したカズヤは兵器と兵士を召喚することにした。

 

えーと主兵装はとりあえずドイツ軍のヘーネルStG44アサルトライフル、副兵装はワルサーP38軍用拳銃、補助兵装はM24型柄付手榴弾と銃剣でいいか。

 

……完全にドイツ兵装備だな。

 

まぁいいか、後は状況に合わせて変えていこう。そうだ服――軍服はどうしようかな。武器はドイツ軍で統一してるし軍服もドイツ軍で統一するか。

 

じゃあ……M43野戦服でいいな。後は装備品だなえーと、ヘルメットに軍用ブーツとグローブに携帯用スコップ、医薬品、背嚢っとこんな感じでオッケー。

 

次々と目的の物を召喚し装備したカズヤはステータスを確認する。

 

 

[ステータス]

 

名前

長門 和也

 

レベル

 

装備

ヘルメット・グローブ・M43野戦服・携帯用スコップ・背嚢・軍用ブーツ

 

主兵装

StG44

(7.92x33mm弾×30発入り箱形湾曲マガジン6個)

 

 

副兵装

ワルサーP38

(9mmパラベラム弾×8発入りマガジン2個)

 

補助兵装

24型柄付手榴弾×2

銃剣

 

 

こんなところかな。それにしてもやっぱり実銃は重いなぁ……。

カズヤは初めて触る実銃――StG44のずっしりとした重みに人知れず口元に笑みを浮かべていた。

 

さてじゃあ部隊を呼び出して周辺を偵察させるか。

 

カズヤが部隊の召喚を選択した次の瞬間、目の前が光ったと思うとカズヤの眼前にM43野戦服を着た兵士達が一糸乱れぬ状態で整列していた。

 

「おぉー」

 

 

目の前に整列している兵士達が自分の部下だと思うとカズヤのテンションはうなぎ登りになった。

 

そのまま、カズヤがまじまじと兵士達を眺めていると1番前に並んでいた兵士が1歩前に進み出て敬礼をして口を開く。

 

「第1中隊、総員250名参上いたしました」

 

その言葉を聞き我に帰ったカズヤも答礼を返してから喋りだした。

 

「ご苦労、ところで君は?」

 

カズヤは1歩前に進み出た兵士に質問する。

 

質問された兵士は敬礼をやめ直立不動の姿勢を取ると質問に答えた。

 

「ハッ、私はこの中隊を率いる中隊長の片山千歳少佐であります。以後宜しくお願い致します。なお現時点では私がご主人様の副官を務めさせていただきます」

 

さっきは中隊を眺めること気を取られていて気が付かなかったが、自己紹介を聞いて目の前にいるのが女性兵士だとカズヤはようやく気が付く。

 

「そうか、これからよろしく頼む。千歳少佐」

 

能力のおかげかカズヤは自分でも気が付かぬ内に命令口調で喋っていた。

 

「はい。お任せ下さい。全身全霊を持ってご主人様にお仕え致します」

 

なんか……。熱いな千歳少佐……。

 

「そ、そうか。ところで千歳少佐、中隊の男女比はどうなっている?」

 

中隊を見ると女性兵士の顔が多かったので中隊の編成がどうなっているのか千歳少佐に聞いてみた。

 

「ハッ、私を含め中隊の総員250人中150名が女性兵士であります」

 

……確かに部隊の召喚する時に設定しなかったが、こんなに女性兵士が多いとは思わなかったぞ。

 

カズヤがそんなことを考えているとまだ直立不動の状態の千歳少佐が口を開いた。

 

「女性兵士が多いかと思われているかも知れませんが、我々女性兵士の練度は男と一緒ですので男の兵士には遅れを取りません。ですから安心を」

 

カズヤの心配が顔に出ていたのか千歳少佐がそう言ってジト目でカズヤを見つめていた。

 

「うっ……ゴホン!!」

 

千歳少佐の視線に耐えきれなくなったカズヤは中隊に命令を出してこの場を誤魔化すことにした。

 



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「それじゃあ、まず司令部と防御陣地を構築してから周辺の偵察に出てもらおうか」

 

「了解しました」

 

カズヤは千歳達にそう言うとメニュー画面を操作し必要な施設と設備を召喚を開始した。

 

まず司令部となるコンクリート製の頑強な施設と通信設備を召喚。

 

その周りを囲むように鉄骨とコンクリートでできている分厚い壁や有刺鉄線、塹壕、トーチカ、監視塔を設置。

 

堅固な防御陣地を作りあげ、ついでに火砲の陣地も構築した。

 

「よし、後は防衛用の兵器だな」

 

防衛用の兵器はアメリカ軍に1933年に正式採用され信頼性や完成度の高さから今なお世界各国で生産と配備が継続されている名銃ブローニングM2重機関銃を初めとしM20 75mm無反動砲や九八式臼砲、120mm迫撃砲PM-38、M4A3カリオペ(M4シャーマン戦車の車体に多連装ロケットランチャーを搭載したタイプ)を10両、BM-13カチューシャを5両、M115 203mm榴弾砲を5門、九六式十五糎加農砲を5門、その他大小様々な兵器を召喚し配置した。

 

よし、防御陣地も出来たことだし周辺の偵察に出てもらうか。

 

「第1中隊全員集合せよ!!」

 

後方支援要員の工兵部隊と共に兵器の設置や最後の細かな仕上げをやっていた中隊の隊員をカズヤが呼び寄せる。

 

するとすぐさまバタバタと足音を立てて中隊の隊員が集合した。

 

全員が集合したことを確認するとカズヤは中隊に任務を伝え始める。

 

「これより偵察任務の説明を行う。地図によると現在我々がいるのはカナリア王国領内にある『帰らずの森』と呼ばれている魔物の巣窟のような場所らしい。魔物が多く存在しているという点を除けば人気(ひとけ)がなく我々が拠点――基地を作るのには最適とも言える。問題がなければここに前哨基地を作るつもりだ。そこで中隊から一個分隊10人の分隊を12個分隊作り1時〜12時方向の12方位を現在位置から5キロ向こうまで偵察してきてくれ。だが東の方は3キロ進むと海になっているから東側に行く分隊は海まででいい。また偵察の最中に人間や人工物などを発見した場合は速やかに報告し指示を仰げ。緊急時は各兵士の判断で行動せよ」

 

「「「「ハッ」」」」

 

「残った兵士は引き続き周辺警戒と俺の護衛を頼む。それと偵察に行く行かないに関わらず第1中隊には追加の武器と必要な装備を渡すから受け取るように。後、偵察に行く分隊は後方支援要員の衛生兵も一緒に連れて行け、以上だ」

 

「「「「了解しました」」」」

 

命令を受けた中隊の兵士達は敬礼し声を揃えて返事をする。

 

さてと、兵士の武器設定をせずに召喚したから追加の兵器を出さないとな。

 

StG44だけだと火力不足だし……。機関銃はMG42、狙撃銃は九九式狙撃銃、補助兵器はパンツァーファウストでいいかな。

 

これだけあれば大体のことは対処できるだろ。

 

偵察に行く12個分隊に武器や後方支援要員を配置し、また砲兵部隊も何時でも支援砲撃ができるように準備を整えると分隊は周辺一帯の偵察に出撃していった。

 

ふぅー。とりあえずこれで一息つける。

 

「どうかしましたか、ご主人様?」

 

カズヤが肩の力を抜いていると千歳が声をかけてきた。

 

そういや千歳、俺のことご主人様って呼んでたな……。

 

今までご主人様などと呼ばれたことが当然、無かったカズヤは呼び方を変えるように千歳に提案する。

 

「なぁ、そのご主人様って呼び方はなんとかならないか?」

 

「いえ、ご主人様はご主人様です。私達に命令が出来る唯一絶対の主様ですから呼び方は変えることはできません。後、私のことは千歳と呼び捨てで構いませんので千歳と呼んで下さい」

「……そ、そうかじゃあこれからは千歳と呼ばせてもらうことにするよ」

 

いやに鼻息を荒くして熱弁を語られたカズヤは千歳に気圧されてご主人様という呼び方を認めるハメになった。

 

しかし唯一絶対の主って、ヤンデレみたいな事を言うな千歳は……。

 

そうだ、千歳のステータスとかは見れるのかな?

 

カズヤが試しにメニュー画面を確認してみると“それ”はあった。

 

名前

片山 千歳

 

レベル

 

装備

ヘルメット・グローブ・M43野戦服・背嚢・軍用ブーツ

 

主兵装

StG 44

(7.92x33mm弾×30発入り箱形湾曲マガジン6個)

 

副兵装

ワルサーP38

(9mmパラベラム弾×8発入りマガジン2個)

 

補助兵装

24型柄付手榴弾×2

 

性格

狂信・狂愛・献身・依存

 

 

………………ヤバイ。

俺の副官の性格ヤバイ。

 

 

冷や汗を流しながらカズヤはメニュー画面から目を離しゆっくりと千歳の方を見た。

 

そこにはヘルメットを脱ぎ艶のある黒髪を腰の辺りまで伸ばし、スラリとしたスタイルで軍服を着こなしている大和撫子のような千歳が佇んでいる。

 

しかし、性格はヤバイけど凄い美人なんだよな。

 

カズヤがそんなことを考えているとは、つゆとも思ってもいない千歳はカズヤから向けられる視線に含まれている意味など分かっておらず、ただにこやかに微笑みながら?マークを頭に浮かべ小さく首を傾げていた。

 

そんな千歳の笑顔を見てカズヤは思わず、ドキッとしたが性格のことが頭をよぎり千歳には手を出さないようにしようと心に決めた。

 

そうしてしばらくの間、カズヤは千歳や偵察に出なかった居残り組の兵士達と喋ったりして交流を深めていた。

 

そうやってカズヤが時間を潰していると少しずつだが各偵察分隊から報告が入り始める。

 

『こちら第6分隊より、司令部へ。海に到達。人や生物は見受けられず。一帯の偵察を終えたため帰還します。どうぞ』

 

「こちら司令部、了解した帰還せよ」

 

第6分隊の報告から少し遅れて第4分隊〜第8分隊も海に出たため帰還するとの報告が入った。

 

その後も他の分隊からの報告を待っていると第9分隊から報告が入った。

 

『こちら第9分隊、司令部応答せよ』

 

「こちら司令部」

 

『司令部より3キロほど離れた地点で砦のような人工物を発見、指示を乞う』

 

「司令部了解、第10分隊をそちらに送る。第10分隊が合流しだい対象を探索せよ」

 

『第9分隊了解、第10分隊と合流後、対象を探索する』

 

通信兵は第9分隊との通信を切るとすぐに第10分隊に命令を伝える。

 

「こちら司令部、第10分隊応答せよ」

 

『こちら第10分隊』

 

「第10分隊は直ちに第9分隊に合流し、第9分隊が発見した人工物を探索せよ」

 

『了解。第10分隊は第9分隊と合流し人工物を探索する』

 

通信兵が第10分隊との通信を終え無線機をから手を離した時だった。

 

――ドガァァン!!!

 

突然、耳をつんざくような爆発音が辺りに響き渡り森の中から爆音に驚いた鳥達が一斉に空に飛び上がる。

 

「何が起きた!!」

 

「分かりません!!現在確認中です!!」

 

突然の爆発音により司令部の中がにわかに騒がしさを増し始めた。

 

その時、外で周辺警戒にあたっていた兵士が司令部の扉を開け中に飛び込んで来る。

 

「隊長!!西の方角に黒煙を確認しました!!」

 

鼻息荒く司令部の中に転がり込んで来た兵士は大声でそう行った。

 

「分かった!!――西方面の分隊からの報告はどうなっている?」

 

「――了解した。現在、該当方面を偵察中の第11・12分隊が黒煙が発生している地点に急行中とのことです」

 

通信機を睨みながら西方面の分隊と連絡を取り合っていた通信兵が通信を終え、振り返えりカズヤにそう報告する。

 

「分かった。千歳!!」

 

「ハッ、なんでしょうか」

 

「念のため、完全武装の一個小隊を編成して爆発地点に向かっている分隊の援護に向かわせろ」

 

「了解しました。直ちに部隊を編成し出撃させます!!」

 

命令を受けた千歳は敬礼をすると外に飛び出して行った。

 

その直後、第12分隊から通信が入る。

 

「隊長、第12分隊長から通信が入っています」

 

「分かった」

 

カズヤは通信兵から無線機を渡してもらい第12分隊長からの通信に出た。

 

「こちら長門、状況を報告せよ」

 

『こちら第12分隊、我々が爆発地点に急行したところ十代後半の金髪の男と三十代の黒髪の男が交戦しているのを発見。現在、両対象の交戦位置から距離を取り合流した第11分隊と共に2名を監視中、指示を乞う』

 

恐らく俺と同じような境遇の連中だな、しかし交戦中か……。

 

どうしよう仲間には……なってくれないだろうな。

 

ほぼ確実に特典と能力狙いで殺りに来るだろうし、特典狙いじゃなくても見ず知らずの人は信用出来ないしなぁ。

 

こちらの存在に気づいていない今のうちに始末するか。

 

不安要素は早めに潰しておこうついでに特典を頂いてしまおう。

 

非情だが合理的に、そう判断したカズヤは第12分隊長に対象の殺害命令を下す。

 

「現時点を持って監視中の男2名を敵と判断、始末せよ。増援として完全武装の一個小隊を向かわせた。こちらの存在を明かすことなく必ず仕留めろ。仕留めた後、死体を処理し帰還せよ。作戦は貴官に一任する。また万が一任務に失敗した場合は速やかに戦闘を中止して帰還せよ。以上だ」

 

『第12分隊了解。増援の小隊が合流しだい行動を開始し――!?報告!!両対象の戦いは黒髪の男が勝った模様。現在、目標は移動を始めました。追跡を開始します』

 

「了解した」

 

カズヤは第12分隊との通信を終えると無線機の周波数をオープンチャンネルに変更すると他の分隊に命令を下した。

 

「こちら長門。現時点で偵察任務についている分隊は直ちに司令部へ帰還せよ」

 

『『『『了解』』』』

 

無線で各分隊に命令を出し終えたカズヤはただ報告を待つだけになった。

 



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偵察任務についていた第12分隊を率いる分隊長バルザ・エリック軍曹はカズヤとの通信を終え、通信兵に無線機を返すと周りに待機している兵士達に命令を伝えた。

 

「たった今、総隊長から直接命令が下された。現在監視、追尾中の男は現時点を持って敵と判断、始末せよとのことだ。また増援として司令部から完全武装の一個小隊がこちらに向かっている。その小隊が合流し攻撃位置についたら作戦を開始する」

 

エリック軍曹が部下の兵士達に命令を伝えるとその内の1人が手を挙げた。

 

「分隊長、作戦はどのようなやり方で殺るのですか?」

 

「まぁ待てそれを今から伝える。……だがな、この任務は隊長から直々に通達された任務だ。間違っても失敗する訳にはいかない。それにあの男は何らかの能力を持っている。だから念には念をいれて二段階の作戦とする」

 

エリック軍曹はそこで一度言葉を切ると部下達を見渡してから口を開く。

 

「まず、こちらの分隊と増援の小隊にいる狙撃兵で長距離からの狙撃による先制攻撃を仕掛ける。この攻撃で仕留められればいいが失敗した場合、狙撃兵は牽制射撃を行い目標を足止めに専念。その間に目標との距離を詰め我々と小隊の全火力を集中し目標を抹殺する。……だがそれも失敗した場合は我々の兵器では対処出来ないと判断し司令部に支援砲撃を要請、支援砲撃の着弾に紛れ撤収だ」

 

「「「「……」」」」

 

「他に何か質問のある奴はいるか?いないなら動くぞ。通信兵、増援の小隊――第1小隊にも作戦を伝えておけ。それと俺達は臨時に第2小隊と呼称する」

 

エリック軍曹はそう言い終えると目標を追跡している部下と合流するべく移動を開始した。

 

「目標は?」

 

「あちらにいます」

 

「あれか……」

 

『こちら第1小隊、攻撃位置についた』

 

エリック軍曹が部下と合流し目標の男に気付かれないよう移動していると増援の第1小隊から準備よし、の報告が入った。

 

「それでは作戦を開始する。まず第2小隊の狙撃兵が撃つ、それに合わせて第1小隊も狙撃を開始せよ。失敗した場合は作戦どうりに動け」

 

エリック軍曹が周りに潜む部下や離れた位置にいる第1小隊に無線で指示を出していると隣にいた狙撃兵が軽口を叩ながらカチャリと音をたて九九式狙撃銃のボルトを引いて初弾を装填する。

 

「大丈夫ですよ、軍曹。何も心配する事はありません。この距離で俺の腕と九九式狙撃銃なら外しませんから」

 

「よし、そこまで自信があるなら必ず仕留めろよ」

 

スコープを覗いて狙いを定めている狙撃兵に言うと、その狙撃兵はニヤリと獰猛な笑みを浮かべ「了解!!」と小声でしかし気合いの入った返事を返した。

 

返事から1分後、エリック軍曹の隣にいた狙撃兵の九九式狙撃銃が火を噴いたことを皮切りに彼らにとって初めての戦闘が始まった。

 

「初弾、右肩に命中!!しかし次弾以降、全て防がれました!!第一段階の作戦は失敗!!」

 

狙撃兵の相棒である観測手がそう叫ぶとそれを聞いた兵士達が一斉に距離を詰めるため潜んでいた草むらや窪みから抜け出し全力で走り出す。

 

「行けーーー!!」

 

「突撃ィィーー!!」

 

「「「「オオオオォォォォーーー!!」」」」

 

走り出した兵士達の背後からは狙撃兵の悪態が聞こえていた。

 

「チクショウ!!あの野郎弾が当たる直前に弾丸に気付いて致命傷を防いだぞ!!しかも残った左手で弾をはじきやがった!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

狙撃兵達が目標の男を足止めしている間にエリック軍曹達――第2小隊は男から200メートル程まで近付くと地面に伏せ射撃を開始。

 

StG44・MG42の発砲音が辺りを満たし、男に対し銃弾の雨を浴びせかける。

 

だが男は巧みな体捌と木を盾代わりにすることで銃弾を避けると近くにあった窪地に飛び込んだ。

 

「撃って、撃って、撃ちまくれ!!」

 

「敵に頭を上げさせるな!!」

 

男が飛び込んだ窪地の周りは次々に銃弾が着弾し木片や土が激しく弾け跳ぶ。

 

特に第1小隊が持ってきたブローニングM1919A2重機関銃(輸送を目的とし各部のパーツなどを軽量化したタイプ)が激しく地面を叩き、また九七式自動砲、シモノフPTRS1941の20mm弾や14.5mm弾が土をごっそりと抉り取り男に頭をあげさせる隙を与えなかった。

 

「クソ!!お前らもトリップしてきたやつらか!!何処にいる!!」

 

反撃つもりなのか男が銃火の隙をつき時折、手だけを突き出し杖のような物を振って火の玉や目に見えない風の斬撃を繰り出していたが、いきなりの襲撃で慌てているのかほとんどが見当違いの場所に命中していた。

 

「チクショウ!!あいつは魔法使いかなにかかよ!?怖えぇ!!」

 

臆病風に吹かれた部下の声を聞きながらエリック軍曹は弾の切れたStG44から空のマガジンを引っこ抜く。

 

そして追加のマガジンを叩きこみながら考えていた。

 

クソ、やはり奴はなにかの能力を持っているな。このままじゃあ埒があかん!!

 

エリック軍曹は早急にケリをつけるために、部下達に補助兵器のパンツァーファウストを使うよう命令を出した。

 

「お前ら!!パンツァーファウストを使うぞ!!準備しろ!!それと通信兵、第1小隊には八九式重擲弾筒を準備しろと伝えろ!!まずは第1小隊の八九式重擲弾筒で攻撃し敵を炙り出し敵が窪地から出てきた所を狙いパンツァーファウストで一斉射撃!!敵を吹き飛ばす!!」

 

エリック軍曹の命令を聞いた第2小隊の兵士達は背中に担いでいたパンツァーファウストを手に取る。

 

一方、無線連絡を受けた第1小隊は八九式重擲弾筒の準備に取りかかった。

 

「くたばれ!!」

 

「さっさと死ねや、魔法野郎!!」

 

準備が整うまでの間、火線が減っている最中に敵がこちらに接近して来ないように第1、第2小隊は必死でStG44やMG42、M1919A2重機関銃、九七式自動砲、シモノフPTRS1941を撃ちまくっていた。

 

そして第1小隊から発射準備完了の知らせが届くとエリック軍曹は万を持して命令を下す。

 

「第1小隊撃ち方始め!!」

 

命令と共に八九式重擲弾筒の発射音のボンッという音が聞こえ数秒後。

 

八九式榴弾が窪地周辺に着弾。これにはたまらず男が窪地から飛び出して来た。

 

その瞬間を見逃さずエリック軍曹は叫んだ。

 

「撃てぇーー!!」

 

エリック軍曹の命令を今か今かと待っていた兵士達は命令に遅れることなくパンツァーファウストを発射。

 

男がいた辺りは砲弾が着弾し爆煙に包まれた。

 

そして煙が晴れ男がいた場所を見るとそこはすっかり更地になってしまっていた。

 

「……」

 

殺ったか?と思ったエリック軍曹は近くにいた部下2名に目標の生死確認に向かわせる。

 

「クソがァァーー!!」

 

2人の兵士が男のいた辺りにおそるおそる近寄って行くと突然、右腕が吹き飛び服は破れて、ぼろ切れのようになり体の至るところから血を流している男が飛び出して来た。

 

「う、うわっ!!」

 

「ぐげっ!?」

 

完全に不意をつかれた2人の兵士。

 

1人は男に蹴り跳ばされ、もう1人は飛んできた兵士とぶつかり倒れてしまう。

 

エリック軍曹達が咄嗟に銃を構えるより速く、男が素早く2人に近付いて止めを刺そうとした時だった。

 

エリック軍曹の後方から九九式狙撃銃の発砲音が聞こえた。

 

直後、男の頭に小さい穴が開いた。

 

更にダメ押しとばかりに九七式自動砲とシモノフPTRS1941の20mm砲弾、14.5x114mm弾が飛来。

 

大口径の弾丸が男の腹や胸に命中すると、男の体が化物に引きちぎられたようにバラバラに吹き飛ぶ。

 

「っ……?」

 

男は何が起きたか分からないのか唖然とした顔のまま上半身だけの状態で吹き飛び1メートル程離れた場所にグチャという音をたてて地面に落ちる。

 

そして、上半身が地面に落ちると同時に下半身も地面に倒れた。

 

「やった……?」

 

それを見届け、エリック軍曹が後ろを振り返ると部下の狙撃兵が拳を空に突き上げ笑みを浮かべていた。

 

アイツ……やるな。

 

それに目をやってから再度、男の生死を確認させ完全に死んでいることがわかるとエリック軍曹は肩の力を抜いた。

 

そしてエリック軍曹は第1小隊の隊員と合流し男の死体を処分すると司令部に目標の殺害完了の報告して帰路についた。

 

「任務完了!!帰還するぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

暫くすると西の方から銃声や爆発音が聞こえてきた。

 

そしてなり続いていた音が聞こえなくなってから少しすると第2小隊長から司令部に報告が入る。

 

『目標の殺害に成功、こちらの被害は負傷者2名。いずれも軽症。死者は0であります。死体は処理しましたので、これより帰還します』

 

「司令部了解、ご苦労だったな帰還せよ」

 

よし、これで1つ不安要素がなくなったな。

 

後は砦の事だな……これは直接俺が確認しに行くか。

 

結果を聞いたカズヤはそう考え、周りにいる部下に命令を出すのだった。

 



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任務を終えた第1、第2小隊の兵士が司令部に戻って来るのを待っている間にカズヤはトリッパーを殺害した事で得た特典と奪った能力を確認することにした。

 

 

 

[特典]

精神強化(強)

身体強化(強)

共通言語

幸運(中)

 

 

 

増えた特典は1つだけか……。

 

あんまり増えなかったな後は奪った能力だが。

 

 

 

[能力]

 

完全治癒能力

・死んでいなければどんな病気・ケガでも治せる。

 

※自分には効果がありません。

 

絶倫

・精力が今の10倍になる。

(――――――――)

 

 

 

上の能力はありがたいが下の能力はなぁ……。

 

まぁ、無いよりあったほうがいいのかな?

 

それより絶倫の下にある“()”はなにが書かれているんだ?読めないぞ?

 

カズヤが手に入れた特典や能力を確認し首を傾げていると任務を終えた兵士達が帰って来る。

 

「第1、第2小隊。ただ今、帰還しました!!」

 

「ご苦労だったな、ゆっくり休んでくれ」

 

無事に帰って来た兵士達に十分に休息を取るように命じるとカズヤは偵察に出ていなかった兵士を選び、小隊を編成すると第9分隊が見つけた砦を見に行くことにした。

 

「さて、俺は砦を見てくる」

 

「えっ……?俺は?ご主人様、私は……」

 

「あぁ、千歳は司令部に残って指揮を取っていてくれ。念のため各種弾薬の備蓄も増やしておくから、なにかあった場合は援護を頼んだぞ」

 

「そんな……。ご主人様!!副官の私も連れて行って下さい、ご主人様にとって私はもう必要ないのですか!?」

 

そう言って千歳は不穏なオーラを纏い、光のない暗い瞳でカズヤに詰め寄る。

 

えっ、そんなつもりで言ったんじゃないんだが……。いきなりヤンデレ化したぞ。

 

「い、いやそんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただここを任せられる人が千歳しかいないからなんだ」

 

「……そう……ですよね、ご主人様が私を捨てるはずないですよね」

 

千歳はカズヤの言葉にホッとした様子で微笑んだ。

 

「じゃ、じゃあ司令部のことは任せて大丈夫だな」

 

「ハッ、司令部のことは私にお任せ下さい」

 

カズヤの言葉に千歳は敬礼しつつ笑顔で答える。

 

全くいきなりヤンデレ化した時には驚いたぞ。

 

千歳の豹変ぶりに内心恐々としていたカズヤだったが、千歳がポツリと呟いた言葉はカズヤの耳には届かなかった。

 

「……私、ご主人様に捨てられたら……どうなるか分かりませんよ?フフ、フフフ」

 

凄みと真剣さが入り交じった千歳の言葉は誰の耳にも入ることなく、空へ溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「それでは、第1小隊出撃するぞ」

 

「「「「了解」」」」

 

すでに準備万端の状態で待っていた小隊に声をかけるとカズヤは砦に向かう。

 

まるでピクニックだな。

 

ん?迎えか?

 

「お待ちしておりました、総隊長殿。砦はこちらであります」

 

司令部のある防御陣地を後にし、森の中をしばらく歩いていると第9分隊の兵士が2人合流し道案内をしてくれた。

 

道案内に従って歩いていると突如、森が開け草原が姿を現す。

 

そして、その草原の中央に報告のあった砦がひっそりとたたずんでいた。

 

「これは……確かに砦だな。古びてはいるが頑丈そうな外壁に囲まれているし門も立派なもんだ」

 

砦は石と木によって作られておりカズヤが思っていたよりも広くしっかりとしたモノであった。

 

だが放置されてから長い時間が経過しているのか、砦のいたる所にツタが絡み付き砦は半ば草木に埋もれていた。

 

「それでは分隊長を呼んで参ります」

 

道案内役の兵士がそう言って先に砦の中へと走って行った。

 

しかし、なぜこの砦は地図に載っていないんだ?ここが放棄された砦だからか?

 

どうしてここに砦があるのか、またなぜ地図に載っていないのか。

 

そんな事をカズヤが考えていると分隊長が走って来る。

 

「お待たせして申し訳ありません。砦の探索及び確保は完了しておりますので内部をご覧になりますか?」

 

「そうだな、念のため確認しておこう」

 

「ではこちらへどうぞ」

 

分隊長の案内に従ってカズヤは砦の内部に入った。

 

……何も無いな。

 

砦の中は幾つかの、くたびれた建物があるだけで他は何もなかった。

 

カズヤは1番頑丈そうな建物を選び、中に入ると通信兵に命じて何時でも司令部と連絡が取れるように機材を配置させた。

 

それと同時に連れてきた小隊に隠し扉や通路がないかどうか、更に詳しく砦を探索するように命令を出す。

 

そして1時間程、小隊が砦を徹底的に調査した後。

 

その結果報告を連れて来た小隊の隊長を勤める伊吹中尉からカズヤは聞いていた。

 

「まず、我々がいるこの砦は司令部から約3キロ離れた場所にあります。また砦の大きさは縦横250メートル程度で出入りが出来るのは正面にある門だけです。隠し通路や扉は発見されませんでした」

 

「そうか、特に問題になりそうなことはないな」

 

「はい。私も砦を見て回りましたが問題になりそうな物はなく強いて言えば放置されてから長い時間が経っているせいで外壁や建物の老朽化が進んでいるぐらいです」

 

カズヤが伊吹中尉と会話を交わしながら、ふと外を覗いた

 

すると日が傾き夕暮れになりかけていることに気が付く。

 

ありゃ、ちょっと砦の探索に時間をかけすぎたかな?

 

建物の窓から日が落ちて夜空なりつつある空を見てカズヤはそう思った。

 

まぁ、急ぐ用事もないことだしこの砦で一夜を過ごしてから帰るか。

 

夜は魔物が活発に動き始めていて危ないだろうし。

 

カズヤは安全を第1に考え、この砦で一夜過ごしてから帰る事を決めた。

 

そして、その旨を通信兵に司令部へ伝えさせると小隊に集合をかけた。

 

「本日は日暮れの為、一夜をこの砦で過ごしてから帰ることにした。念のため一人で行動することは避け少なくとも二人以上で行動するようにまた休息と警戒はローテーションを組んでおこなってくれ、なお明日の早朝にはここを出るからそのつもりで最後に夜間戦闘用の装備とトランシーバーを全員に配るから持って行ってくれ」

 

各種兵器と装備、テントや天幕を召喚し砦に設置させるとカズヤは休むことにした。

 

今日はいろんなことが一度にあって疲れたな。

 

伊吹中尉に言って先に休ませてもらうか。

 

疲れを感じたカズヤは伊吹中尉に休む事を伝え、就寝した。

 

ところが、カズヤが寝はじめてすぐに伊吹中尉がカズヤを起こす。

 

「……うぅーん。どうした伊吹中尉、まだ朝には早いだろ何か問題か?」

 

目をごしごしと擦り睡魔と戦いながらカズヤが伊吹中尉に問い掛けた。

 

「お休み中、申し訳ありません。砦の外を見張っていた歩哨が森の中に何か動く影を見たそうです」

 

「なんだと!?それを早く言ってくれ」

 

カズヤは素早く身支度を済ませ装備と武器を身につけると建物から出て報告のあった所へ急ぐ。

 

「こちらです」

 

歩哨から報告があった西側の防壁に辿り着くとカズヤは歩哨の兵士に小声で問い掛けた。

 

「何があった?」

 

「ハッ、あちらの森の中に動く物体が」

 

部下に言われてカズヤは暗視ゴーグルを着けて西側の森を覗いてみた。

 

「確かになにかが動いているな……。はっきりとは見えないが」

 

暗視ゴーグルを使い森の方を見たが、距離があったため動く物体が何なのかが分からなかった。

 

「伊吹中尉、戦闘準備だ」

 

「了解。戦闘配置につかせます」

 

「司令部に報告は?」

 

「報告は既にしてあります。万が一に備え10分で支援砲撃の準備を完了させるとのことです」

 

「動くのが早いな、よくやってくれた伊吹中尉」

 

「お褒めに預かり恐悦至極です」

 

伊吹中尉とやり取りを終えるとカズヤはトランシーバーを使いこの砦にいる一個小隊プラス二個分隊の計80人の部下に命令を下した。

 

「総員戦闘配置!!資材を召喚するからそれで正面の門を閉鎖しろ。それと命令あるまで発砲は禁止!!以上」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤの命令が下ってから5分後。

 

全員が戦闘配置につき正門の封鎖が完了したとの知らせが来たためカズヤは照明弾を打ち上げ森の中で蠢く物体の正体を探る事にした。

 

「撃て」

 

命令と同時に十年式信号拳銃が使用され、東西南北に2発ずつ計8発の照明弾が漆黒の夜空に打ち上げられた。

 

空を漂う照明弾がまばゆい光を放ち辺りを照らし出す。

 

「おいおい……。これは不味いな」

 

カズヤの視線の先には砦を取り囲むように森から無数の魔物達が続々と姿を現していた。

 

「どれだけいるんだよ。昼間の偵察では1匹も魔物と遭遇しなかったのに……。どっから沸いて出てきたんだ?」

 

「分かりませんが、今の状況は非常に不味いかと」

 

カズヤと伊吹中尉がそんなことを言っている間にも魔物達は続々と数を増やしていた。

 

「居るのはコボルトにゴブリン、オーク、トロールこんなところか」

 

砦に近付く魔物達は皆こん棒や錆びた剣、穴があきボロボロの鎧で武装している。

 

「今から逃げようにも、もう囲まれているしなぁ……」

 

「はい。敵を殲滅するしか我々が生き残る道はありません」

 

そうは言ってもこちらの人数は一個小隊60人プラス二個分隊20人の合計80人。

 

武器・弾薬は携帯していた分と念のために出しておいたM2重機関銃8門、二式十二糎迫撃砲10門、八九式重擲弾筒10門、九七式自動砲5門ぐらいしかないぞ。

 

いくら支援砲撃の援護があるとはいえ、これだけいる魔物共を殲滅出来るか?増援を要請するにしても朝まで無理だしな……。

 

待てよ、今はまだ戦闘が始まっていないから兵器の召喚は出来るんじゃあ?

 

 

カズヤがそんなこと考えメニュー画面を呼び出し兵器を召喚が出来るか試そうとすると画面には予想外のことが映し出されてされていた。

 

 

 

[神の試練・第1]

魔物達の攻撃から生き残れ!!

 

敵総数

1万7829体

 

 

 

……これか魔物が大量に集まって来る理由は。

 

召喚も出来なくなってるし。クソ!!意図的にトリッパーとの殺し合いをさせたり、このふざけた神の試練とやらを見ると、間違って殺したお詫びの異世界トリップじゃないよな……。

 

まさか、俺達は神の暇潰しにされているんじゃ……。

 

ふと思い付いたその考えが正解であるということをカズヤが知るよしもなかった。

 

「はぁ……伊吹中尉。朝まで後、何時間だ?」

 

「およそ2時間です」

 

「そうか……。通信兵!!司令部に支援砲撃を要請、それと増援要請もだ」

 

「ハッ、了解しました!!」

 

カズヤの命令に従い傍に控えていた通信兵が司令部と無線のやり取りを始めた。

 

そんな時である。

 

まるでカズヤ達の準備が整うのを待っていたかのように司令部との通信が終わった瞬間、魔物達が一斉に雄叫びを上げて砦に押し寄せ始めた。

 

「チィ、来やがった!!――総員に告ぐ!!何が何でも生き残るぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

ドタドタと騒がしい足音と共に魔物達が猛然と迫って来るのを睨み付けながらStG44を構えトランシーバー越しに兵士達に発破をかけるとカズヤは先頭を走っているゴブリンに狙いを定め、引き金を引いた。

 

こうしてカズヤ達にとって悪夢のような攻防戦の幕が開いた。

 



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砲弾が唸り、夜空を切り裂きながら飛来し着弾。

 

何十体もの魔物が爆発で吹き飛び、一瞬にして凪ぎ払らわれる。

 

そして枯れ葉のように吹き飛んだ魔物達は血肉を撒き散らしながら息絶えていった。

 

「通信兵!!司令部に連絡!!榴弾砲、加農砲は方位2―7―0、距離3200に集中射撃!!ロケット砲は砦の周辺一帯に撃ち込むようにと伝えろ!!」

 

「了解!!こちら第1小隊から司令部へ。榴弾砲、加農砲は方位2―7―0、距離3200に集中射撃、ロケット砲は砦の周辺一帯を砲撃せよ!!繰り返す榴弾砲、加農砲は方位2―7―0、距離3200に集中射撃、ロケット砲は砦の周辺一帯を砲撃せよ!!」

 

戦闘が始まってから、かなり時間が経ったが魔物の進撃は未だ止まらず。

 

カズヤ達は弾幕を張り必死に魔物を撃ち殺し続けていた。

 

クソ、いくら殺しても数が減った気がしないぞ!!

 

カズヤは正門の上に設置されたM2重機関銃の銃手となって弾丸を手当たり次第にばらまき、魔物にグロテスクな赤い花を咲かせていた。

 

「隊長、右から来ます!!」

 

「了解!!これでも食らえ!!」

 

1発喰らっただけでも致命傷を負う威力の高い12.7mm弾を多数受けた魔物は元の生物がなんだったか分からないほどグチャグチャになっていた。

 

「チィ、数が多すぎる!!」

 

「弱音を吐くな!!見ろ、これだけ砲撃が加えられているんだ、大丈夫!!何とかなる!!」

 

圧倒的物量で攻めてくる魔物を前に、弱気になってしまった兵士を別の兵士が勇気付ける。

 

砦に攻め寄せる魔物はM4A3カリオペ、BM-13カチューシャ、M115 203mm榴弾砲、九六式十五糎加農砲の砲爆撃によって多くが吹き飛ばされ、また砲爆撃を潜り抜けた魔物も砦から放たれるStG44、MG42、九九式狙撃銃、パンツァーファウスト、二式十二糎迫撃砲、八九式重擲弾筒、九七式自動砲、M2重機関銃などの銃砲弾の圧倒的な火力の前に、なすすべなく砦に辿り着く前には全て撃ち殺されていた。

 

「おい!!どうした砲撃の勢いが落ちたぞ!!」

 

砦の周りに着弾する砲弾の数が減ったことに気がついたカズヤは隣でStG44を撃っていた通信兵に大声で問い掛けた。

 

「現在、M4A3カリオペ、BM-13カチューシャはロケット弾を再装填中!!M115 203mm榴弾砲、九六式十五糎加農砲は砲が加熱しているため砲撃の速度を落としているそうです!!」

 

クソ、しょうがない!!再装填が終わるまで砲撃はこちらの二式十二糎迫撃砲と八九式重擲弾筒で何とかするしかない。

 

だがどちらも残弾が少ない、節約しないとすぐに無くなってしまう。

 

通信兵の報告を聞いてカズヤは考えを巡らせる。

 

「伊吹!!日の出まで後何時間だ?」

 

「およそ1時間です!!」

 

カズヤの隣で九七式自動砲を使い大型のトロールを狙撃していた伊吹中尉が大声で答えた。

 

まだ1時間もあるのか……。どうすれば持ちこたえられる?

 

カズヤが対応策を考えている間にも、支援砲撃が下火になったせいで魔物達の勢いが増し砦に押し寄せて来た。

 

そんな時一人の兵士が悲痛な声をあげる。

 

「ッ!?残弾0!!誰か、誰か弾をくれ!!」

 

チィ、そろそろ弾も尽きてきたか!!

 

支援砲撃が下火になり、窮地に陥った所で更に手持ちの弾薬が底を尽き始めるというダブルパンチがカズヤ達を襲う。

 

後どれだけ魔物はいるんだ!?

 

そう思いカズヤがメニュー画面を開く。

 

 

 

[神の試練・第一]

魔物達の攻撃から生き残れ!!

 

敵総数

2354体

 

 

 

かなりの数を殺したはずだが……まだこんなにいるのか。

 

「っ、弾が無くなりました!!」

 

「私もです!!」

 

「こっちもだ!!」

 

カズヤがメニュー画面を見ている間にも次々と弾切れを起こす兵士達が続出。

 

「チクショウ、これでも食らえ!!」

 

「用意、投げろ!!」

 

弾が無くなった兵士達は持っていたワルサーP38や24型柄付手榴弾を使って魔物を殺し始めた。

 

そんな時、カズヤから離れた位置にいた兵士が悲鳴混じりの大声を上げる。

 

「トロール接近!!」

 

兵士の声が聞こえた方向にカズヤが顔を向けるとそこには大きなこん棒を盾代わりに使うトロールがズシン、ズシンという地響きと共に砦に向かって来ていた。

 

クッ!!しょうがない。最後の1本だがッ!!

 

散発的に放たれる銃弾をこん棒で防ぐトロールに対し、最後の1本であるパンツァーファウストを使うことを決めたカズヤは迫り来るトロールから1番近い砦の防壁まで走り持っていた最後のパンツァーファウストを構え発射した。

 

ボシュ!!という発射音と共に撃ち出された弾頭は真っ直ぐトロールに向かって飛んで行き、そしてこん棒に命中するとこん棒ごとトロールの頭を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

爆発で頭を失ったトロールはそのまま倒れ足元にいたコボルトやゴブリンを押し潰す。

 

「よし!!」

 

確認出来る限りでは最後のトロールを倒し危機は去ったかのように見えたが事態はそんなに甘くなかった。

 

弾薬の欠乏により弾幕が薄くなったせいで砦に取り付いていた魔物達が門を壊し始めていたのだ。

 

……門がもう持たないな。

 

「総員、残弾の再分配をしろ」

 

徐々に壊されていく門を眺めていたカズヤがそう命じるとすぐに兵士達が動き、残り僅かな弾を分け始めた。

 

「再分配完了しました」

 

「よし、使える兵器を持ち総員、正門前に集合!!」

 

カズヤは無線で兵士に命令を下し、防壁を降りて正門の前に急ぐ。

 

「「「「……」」」」

 

「皆、いるな」

 

カズヤが正門前に到着した時、既に他の場所で戦っていた兵士達は全員集まっていた。

 

皆、硝煙で顔が汚れて真っ黒になっていたが目だけは獣のようにギラギラと光っていた。

 

「これより白兵戦を行う!!これで最後だ。なんとしても生き残るぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤ達は門の前に弾が残っていたM2重機関銃を置き魔物達が突入して来るのを待ち構える。

 

門は既に所々破れ、門の外にいるゴブリンやオークの醜い顔がチラチラと見えている。

 

「総員着剣!!」

 

カズヤの指示で皆、腰に付けていた銃剣をStG44に取り付けた。

 

それと同時に砦に朝日が差し込んでくる。

 

そして、それを合図にしたかのように再装填が終わったロケット砲による盛大な支援砲撃が再開された。

 

よし、後少しで千歳達が来るはずだ。それまで持ちこたえたら俺達の勝ちだ!!

 

カズヤが希望に胸を膨らませていると門を破る音が大きくなり遂に門が破られる。

 

魔物達は耳障りな叫び声を上げて砦の中に雪崩れ込んで来たが、それをまず出迎えたのはM2重機関銃の弾幕だった。

 

「こんにちは、そしてさようならッッッ!!」

 

発射される12.7mm弾が先頭を走る魔物の体を突き抜け後続の魔物まで次々とミンチにする。

 

だが、それも数十秒間の出来事のことで遂にM2重機関銃の弾が無くなってしまう。

 

「50……40……30……20……10……0!!残弾なし!!」

 

M2重機関銃を撃っていた兵士の残弾カウントの0が聞こえた直後、カズヤは突撃命令を下した。

 

「総員突撃ィィーー!!」

 

命令と同時に銃剣がついたStG44を構え全員が走り出し砦の中で血みどろの白兵戦闘が始まった。

 

砦に入ってくる直前の砲爆撃によって魔物達の数は200体程度まで減少していたが砦の中では激しい白兵戦が繰り広げられ至るところで怒声や悲鳴が響き、殺し殺されの様相を醸し出していた。

 

ある兵士はStG44を失ったのかスコップでコボルトの頭をぶっ叩き、またある兵士は生命力が強くなかなか死なないゴブリンに跨がり何度も何度も銃剣を繰り返し心臓に突き刺す。

 

「後ろにいるぞ!!」

 

「ッ!?このっ!!――助かりました!!」

 

そんな中でカズヤもワルサーP38を構え手当たり次第撃ち、劣勢になっている兵士を助けていた。

 

しかしワルサーP38の弾が切れマガジンを抜いた瞬間、ゴブリンが錆びたナイフを振り上げカズヤに飛びかかってきた。

 

マズイ!!殺られる!!

 

右手には弾がないワルサーP38を持ち左手は予備マガジンを取り出そうと腰に回していて全くの無防備な状態だったカズヤは死を覚悟した。

 

だがゴブリンのナイフがもう少しでカズヤに突き刺さるという所で突然横合いから弾が飛んできてゴブリンを蜂の巣にした。

 

ハッとしてカズヤが弾が飛んできた方を見ると、ここまで全速力で走って来たのだろうゼェゼェと肩で息をしている千歳がStG44を構えていた。

 

その銃口からはゆらゆらと硝煙が風で揺らぎながら立ち上っている。

 

……た、助かった。千歳達が間に合ってくれた。

 

ギリギリの所で援軍が間に合ったのだ。

 

その後、一個小隊を率いて来た千歳達により魔物は一匹残らず掃討された。

 

「はぁ〜〜駄目だ、もう立てん……」

 

千歳の姿を見てぷっつりと緊張の糸が切れたカズヤはズルズルと地面に座り込む。

 

そこへ千歳が走り寄り体をベタベタと触って怪我がないかどうか確かめながらカズヤに問い掛ける。

 

「ご主人様!!大丈夫ですか、怪我はありませんか!?」

 

「あぁ……体は大丈夫だ。それより助かったよ千歳」

 

「いえ、ご主人様をお守りするのが我々の――私の存在理由ですから」

 

そう言って優しげな表情を浮かべて微笑む千歳にカズヤは手を借りて立ち上がると戦後処理を行うことにした。

 

「こりゃヒデェ……」

 

戦いが終わった砦の周辺は砲撃によって焼け野原になり草木が生えていた草原は、ぼこぼこと掘り返されていた。

 

砦の内外には魔物の死体が大量に積み重なり魔物が焼けた匂いや火薬の匂いが充満している。

 

「ご主人様、ここの後始末は私が連れてきた兵に任せておいて一先ず司令部に戻りましょう。負傷兵の処置もせねばなりませんし」

 

「……そうだな」

 

千歳の進言を取り入れたカズヤは砦の周りに転がっている死体等の処理を増援の小隊に任し、今まで戦っていたカズヤ達は司令部に帰還した。

 

 

 

司令部に帰還したカズヤは砦から一緒に帰ってきた兵士達に2日間の休息を命じ解散させた。

 

しかし自身は息つく暇もなく被害報告書を千歳から受け取り目を通す。

 

「人的被害は軽傷者35名、重傷者は10名……は俺が治したから結果には0名。――で死者5名か……。あれだけの戦闘で死者が5名で済んだのは奇跡だな。……だが兵士を、部下を失うというのは最悪の気分だ」

 

「……はい」

 

カズヤは野戦病院に運び込まれている死体袋を千歳と共に眺めながら、そう独り言のように呟いた。

 

「――……さてと、休む前に弾薬の補充だけでもしておくか」

 

「ご主人様、ご主人様は慣れない戦闘でお疲れのはずですので、今はゆっくりとお休み下さい」

 

頭を切り替えたカズヤが休む前に戦闘で損耗した弾薬や兵器の補充をしようとすると隣にいた千歳が慌て休むように言った。

 

「いや、初めての戦闘の後のせいか気分が高ぶってしまって眠れそうにないんだ」

 

「ですが……。分かりました。では補充などが終わりましたら必ずお休み下さい」

 

「あぁ、分かった」

 

カズヤは千歳の言葉に頷き返事を返すと黙々と弾薬や兵器の補充を始めた。

 

「……」

 

そんなカズヤの後ろ姿を遠くから心配そうに見詰めていた千歳だったが、ふといいことを思いついたとばかりにニヤリと笑う。

 

そして近くにいた他の女性士官達を呼び寄せ彼女達に小さな声で囁いた。

 

「おい、お前達」

 

「ハッ、何でしょうか?」

 

「すこし耳を貸せ……ゴニョゴニョ」

 

「――!? それは名案です!!」

 

千歳の提案を聞いた女性士官達は一瞬驚いた顔になったが、そのあと千歳と同様にニヤリと笑った。

 

もしカズヤがこの時の千歳や女性士官達の不敵な笑みを見ていたら後の出来事を回避出来たかも……知れない。

 

多分。

 

「あれ、千歳はどこ行ったんだ?」

 

補充作業が終わり気分も多少落ち着いてきたカズヤは司令部の自室に戻って休もうと思ったがその前に自分が寝ている間の命令権を渡しておこうと千歳を探していた。

 

「お、いたいた。おーい千歳」

 

物陰で女性士官達と真剣な顔でこそこそと喋っていた千歳を見つけたカズヤは大声を上げながら近付く。

 

「「「っ!?」」」

 

「っ!?ご、ご主人様!?どうかされましたか?」

 

急に声を掛けられた千歳や女性士官達はビクッと背筋を震わる。

 

なんだ?びっくりし過ぎだろ。

 

声を掛けられただけで、何故か動揺していた千歳達の様子を不審に思いながらもカズヤは本題を切り出した。

 

「いや、俺が休んでいる間の事を頼んでおこうと思って」

 

「そ、そうでしたか。ごゆっくりお休み下さい。ご主人様がお休みの間は誰も近付けさせませんので」

 

「そうか、それじゃ頼んだ」

 

軽い気持ちで、そう言い残しカズヤは司令部の自室にある寝室のベッド向かった。

 

だがその後ろでは。

 

「クスッ……。例え何があろうと、誰も近付けさせませんよ……絶対に」

 

千歳がワラッテいたことにカズヤは気付かなかった。

 

……ん?誰か……入って……来た?

 

自室の寝室でベッドに横になって寝ていると誰かが寝室に入って来たことにカズヤは気付いた。

 

また何か問題があったのか?と思いカズヤがベッドから起き上がろうとすると何故か体が動かなかった。

 

「っ!?」

 

その事に驚きカズヤが目を開けるといつの間にかカズヤの手足は縄で縛られていた。

 

そしてベッドを囲むように千歳と伊吹中尉を含む5人の女性士官が立っていた。

 

……ん?どういう状況だこれは?

 

千歳や伊吹中尉、部下の女性士官達がいたことにひとまず安心するものの何故自分が縛られているのか分からないカズヤは千歳に問い掛けた。

 

「あの〜。ち、千歳?何で俺は縛られているんだ?」

 

「それはですね、ご主人様……」

 

「それは……?」

 

「ご主人様が気分が昂っているとおっしゃっていらしたので、私達の体を使って頂いて気分の高ぶりをおさめてもらおうと思いまして」

 

「………………えっ?」

 

「簡単に言いますとご主人様のご子息が大変苦しそうな状態になっておりますので、その処理をお手伝いさせて頂こうと思いまして」

 

千歳はそう建前を述べ、何でもない風を装っていたが千歳達の顔は性欲に染まっていた。

 

「え、遠慮しておくよ……」

 

「いえいえ、ご主人様が遠慮などする必要はありません。思うがまま私達の体を使って(貪って)下さい」

 

「いや、ちょっ……」

 

「ご主人様に喜んで頂けるよう精一杯頑張りますので」

 

そう言って何処か妖艶な笑みを浮かべて千歳達はカズヤが横たわるベッドに近づく。

 

「ま、待て!!落ち着くんだ!!俺の話を聞け!!」

 

「話は後でゆっくりとお聞きしますから……今は……本能の赴くままに……」

 

千歳達が1枚、また1枚と着ている服をゆっくり見せ付けるように脱ぎながら近付いてくる。

 

もはや千歳達には話が通じないと悟ったカズヤは他の兵士に助けを求めた。

 

「だ、誰かーー!!助けてくれーー!!」

 

「無駄ですよご主人様。言いましたよね、お休みの間は誰も近付けさせないと……」

 

「っ!?」

 

千歳の言葉を聞きカズヤの額からは大量に汗が流れ始める。

 

だが千歳達はカズヤのそんな様子を気にもかけず下着姿で、もう我慢出来ないと言わんばかりに一斉にベッドの上に乗ってきた。

 

「それでは……。我々の体をたっぷりとご堪能下さい」

 

「い、いやぁぁあぁぁぁーーー!!!」

 

寝間着に手をかけられカズヤは少女のような叫び声を上げた。

 

その後、司令部の一室からは喘ぎ声や助けを求める声が虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……」

 

2日後、若干痩せたように見えるカズヤがふらふらと寝室から出てきた。

 

し、絞り取られた。

 

あの後、中隊の他の女性兵士達も乱入してきて死ぬかと思った……。

 

神様がくれた身体強化(強)と奪った能力の絶倫がなけりゃ死んでたな。

 

いつの間にか襲われてから2日経ってるし……。

 

そんなことを考えながらカズヤが後ろの寝室に視線を向けると僅かに開いている扉の隙間から、白濁液を大量に体に付けて幸悦とした表情でスヤスヤと寝息をたてて眠っている千歳達が見えた。

 

「はぁー……」

 

そんな千歳達から視線を外し自室から出てため息を吐いたカズヤは指令室に向かった。

 

「……」

 

カズヤが指令室に入ると何故か男性兵士達が1列に並んでいた。

 

「「「「……」」」」

 

――ビシッ!!

 

……えっ、なにこれ?

 

そしてカズヤに向け一斉に敬礼をするとそそくさと軍務に戻って行った。

 

……意味が分からん。

 

カズヤは男性兵士達の行動の意味が理解出来なかったが敬礼にはしっかりと答えておいた。



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身支度を整えた千歳や女性士官達を交え、カズヤは今後の方針を決める会議を開いていた。

 

さて、多少の問題があったが気を取り直してこれからの事を決めるか。

 

「そうですね、ご主人様」

 

「……勝手に人の考えを読むんじゃない千歳」

 

「ご主人様の考えていることならなんでも分かりますよ」

 

「…………」

 

なんか襲われてから千歳のヤンデレ具合が増している気がする。

 

……ま、まぁいいか。

 

そういえばレベルって上がっているのかな?

 

能力のレベルが上がっているかを確認するべく、カズヤはメニュー画面を開く。

 

 

 

[神の試練・第一]

・第一の試練クリアー。

 

おめでとうございます。

 

レベルが19まで上昇しました。

 

能力の制限が緩和されました。

 

 

[召喚可能量及び部隊編成]

歩兵

・1000(一個大隊)

 

火砲

・200

 

車両

・450

 

航空機

・250

 

艦艇

・50

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は師団規模までとなっています。

 

※歩兵が2〜3人で運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

 

 

レベルが一気に上がってるな、まぁあれだけ魔物を殺したしな。

 

それはそうと戦力の増強も出来るようになったし本格的な基地を作ろうか。

 

このままここに――いや待てよ。

 

ここはカナリア王国とエルザス魔法帝国の国境付近にある森だし本拠地は別の所に作った方がいいな。

 

「なぁ、千歳?」

 

「基地の事でしたら――」

 

……マジで心読めるの?

 

千歳の読心術に恐れを抱くカズヤであった。

 

その後、カズヤは千歳達と相談し本拠地となる大規模な基地は今いる場所から400キロ離れた海上に浮かんでいる佐渡島ほどの大きさの無人島に作ることとなった。

 

「さて、開拓or要塞化と行きますか」

 

駆逐艦を召喚し無人島に到着したカズヤは能力をフルに使って島の開拓と要塞化を開始。

 

チート万歳と言わんばかりのスピードで開拓と要塞化を進めて行く。

 

カズヤが無人島を歩けば軍港や飛行場、司令本部などを含む様々な施設が建ち並び、砲兵陣地や対空陣地、レーダーサイト、塹壕、・高射砲塔、V2用地下式サイロなどの軍事設備がところ狭しと召喚され配置される。

 

しかも、カズヤは軍事施設以外の各種インフラや兵士の娯楽施設なども充実させていた。

 

また島の地下には核シェルターや各種物資の貯蔵庫、武器兵器弾薬の生産施設を作り、備蓄した物資で能力に頼らず兵器や弾薬を作れるようになっていた。

 

「……完成」

 

「お疲れ様でした、ご主人様」

 

そうして本来であれば膨大な時間と資金、人手を必要とする本拠地製作は瞬く間に終了した。

 

「あ、そうだ。大陸側の拠点にあの防御陣地も作り直しておくか」

 

「そうですね、それが宜しいかと」

 

本拠地となる基地が完成した後、カズヤは最初に作った防御陣地を拡張し前哨基地を作り始める。

 

「こっちは本拠地の規模縮小バージョンにしておこう。それの方が何かと都合が良いだろうし」

 

「えぇ、ここをあまりに大規模にしますと帝国と王国が動くかもしれませんから」

 

前哨基地はほとんど本拠地と同様の施設、設備が召喚されていたが、こちらは万が一に備え施設や設備には偽装が施され空から見ても森の一部にしか見えないように考えて作られていた。

 

ちなみにカズヤは現在までに2つの基地を作ったが能力の制限により今以上の兵士、兵器が召喚出来ないため両基地の守備兵力は500人、後方支援要員は1万人ずつと基地の規模に反して守備兵力が足りておらず、また兵器も不足しているため生産施設は常時フル稼働の状態になっている。

 

「この状況は少しマズイな……」

 

「はい、現在我々と敵対している勢力がいないのが救いですが万が一敵が現れ攻撃を受けた場合、守備兵力が足りず各個撃破される可能性があります」

 

そんな会話を交わしながらカズヤは千歳と共に両基地に配備した兵力と兵器が記載されている報告書を読んでいた。

 

うーんやっぱり兵士も兵器も足りないな……。

 

それに前哨基地に優先的に陸上兵器をまわしたから本拠地の防衛の主戦力が海上戦力だけになっているし。

 

さて、どうしたものか……。

 

この先、カズヤは深刻な兵力不足と兵器不足に頭を悩ませる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

20両程の軍事車両が出発の時を今か今かと待っていた。

 

「出撃準備整いました。千歳中佐」

 

「分かった。 ――ではご主人様」

「あぁ、行くか」

 

カズヤがこの世界に来てから約2ヶ月が経った。

 

これまでは物資の備蓄や兵器の生産、本拠地の拡張、基地周辺に出没する魔物の討伐に精を出していたカズヤだったが、いつまでも本拠地に閉じこもっていてはしょうがない。と判断し千歳率いる親衛隊一個小隊を連れて旅に出ることにした。

 

ちなみに召喚時、少佐であった千歳が中佐に昇進しているのは召喚した兵士の人数が大隊規模まで増えた為に繰り上がりで昇進したからである。

 

……というのは表向きの事情で本来ならば、カズヤは大隊規模まで増員する時に階級は据え置きで中佐階級の人物を召喚するつもりだったのだが。

 

「よし、追加の兵士を召喚するか」

 

 

「了解しました」

 

「副官役の中佐は……」

 

「ッ!?……副官役の……中佐?………………ご主人様、私はもうお払い箱ですか?」

 

満面の笑みを浮かべた千歳が恐ろしいオーラを纏い、光の消えた暗い瞳でカズヤを見つめながら歩みを進める。

 

「……え、あっ!?こ、これは違うんだ千歳!!」

 

一瞬、千歳の言葉の意味が分からなかったカズヤだったが、その危険な笑みを見て自分の失敗を悟った。

 

「何が違うんですか、ご主人様?私には飽きてしまわれたのですか……?」

 

感情の抜け落ちた言葉を紡ぎながら千歳は更にカズヤとの距離を詰める。

 

ヤ、ヤバイ……。

 

しかし、カズヤも危険なオーラを放つ千歳から離れようと少しずつ後ろに下がるため2人の距離は一定を保っていた。

 

「だ、だから!!千歳に飽きたとかそういう事じゃない!!千歳にはいろいろと軍務を掛け持ちでもやってもらっているから上の階級の人物を召喚して楽をさせてやろうと思っただけなんだ。――ッ!?」

 

か、壁が!?

 

カズヤが咄嗟に思いついた言い訳を言って更に後ろに下がろうとした時、部屋の壁に当たってしまい逃げ場を失った。

 

「そんなお気遣いは無用です……」

 

「あ、いや、あの……な?ち、千歳?」

 

ついに逃げ場を失ったカズヤがワタワタと慌てふためいているのを尻目に千歳は壁に両手をついてカズヤを壁と自身の身体で閉じ込める。

 

その上で鼻が触れ合う寸前まで顔を近づけた千歳は暗い瞳でカズヤの目をしっかり見据えながら言った。

 

「私に飽きていないのだったら私を昇進させて副官を続けさせてくれますよね……?」

 

「わ、分かった昇進させて副官を続けさせるから!!」

 

千歳の放つオーラや瞳孔の開ききった暗い瞳に恐怖を覚え、カズヤが耐えきれずそう言うと千歳の雰囲気が一変した。

 

「それならいいんです。ご主人様」

 

千歳が顔に浮かべた笑みはいつもどうりだったが目だけは暗い瞳のままだった。

 

――という出来事があり千歳は中佐に昇進したのである。

 

 

「それじゃあ基地のことを頼んだぞ、ミラー中佐」

 

「ハッ、お任せ下さい」

 

カズヤと千歳がいない間、前哨基地の司令官代理をやることになったミラー中佐に後を任せ、カズヤ達は秘密の地下通路を使い前哨基地から出発する。

 

「出発」

 

「全車両、前へ!!」

 

号令と共に車両のエンジンが唸り、兵士や補給物資を満載した軍用トラックなど8両を中心に武装ジープ(M20 75mm無反動砲かM2重機関銃を搭載)3両、M8装甲車3両、サイドカー付きのバイク4両、計18両の車列が進む。

 

進み出した車列の車両に乗っているのは、千歳が選抜し編成した親衛隊一個小隊60人である。

 

「いよいよだな」

 

「はい」

 

地下通路の行き止まり、最終地点に到着するとそこは車両を地上に出すためのエレベーターが拵えられている。

 

そのエレベーターによってカズヤ達が地上に出るとそこはカナリア王国が整備した街道の側にある林の中だった。

 

「こちら指揮車。全兵員に告ぐ。わざわざ言わなくても分かっていると思うが我々はこの世界の知識をある程度しか持っていない。文化の違いなどでくれぐれも現地住民と争いを起こさぬよう留意するように」

 

『『『『了解』』』』

 

「では、出発!!」

 

カズヤの声と共に車列が最寄りの都市を目指し進み始める。

 

「ご主人様、今さらですが車両を使用してよろしかったのですか?この世界の移動手段の主流は馬車などですから我々は目立ちますが……」

 

「まぁ、しょうがない。連れてきた親衛隊60人分の武器、弾薬、食料、医療品、その他諸々のことを考えると馬車を使うよりは車を使ったほうが効率的だろ。それに能力の制限がなければ馬車でもよかったが、山賊や魔物と戦闘になった時に追加の兵器や物資が召喚出来ないんだ。なら最初からある程度は携帯しておかないといざという時まずいだろ」

 

「それは、そうですが……」

 

「もしも何か聞かれたらマジックアイテムだとか答えておけばいい。それにこれから先、現代兵器を使っていくことになるんだ。どのみち目立つ」

 

要らぬ注目を浴びることに懸念を示す千歳とカズヤがそんな話をしながらしばらく走行していると無線機から声が聞こえ、すかさず千歳が無線機を取る。

 

「……あぁ、分かった。――ご主人様。直掩機である地上支援機仕様のB-29からの報告です。我々の進行方向に3キロ程進んだ街道で数台の馬車がバグの群れに襲われているそうです。どういたしますか?」

 

無線機を片手に地図に問題の地点を書き込みつつ千歳がカズヤに問い掛ける。

 

「……うん……見捨てるのも気分悪いしな助けよう。千歳、無線機を貸してくれ」

 

「どうぞ」

 

「全車両に通達。聞いていたと思うがこの先で馬車がバグの群れに襲われているらしい。レベル上げついでに助けるぞ総員戦闘準備」

 

『『『『了解!!』』』』

 

千歳に無線機を返すとカズヤも戦闘準備に入る。

 

そして魔物に襲われている一団を救うべく、カズヤ達は急ぐ。

 



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第2章 1

車両の移動速度を上げ、カズヤ達が報告のあった地点に急ぐ。

 

「あれかっ!!」

 

そこでは1台の馬車を守るため、白銀の鎧を纏い剣や槍で武装した騎士達が荷馬車を盾にして得物を振るい迫り来る魔物を足止めしている。

 

そして騎士達によって足止めされている魔物に対し、ローブを着た魔法使い達が呪文を唱え持っている杖の先から様々な魔法を繰り出し魔物を仕留めていく。

 

しかし、魔物は街道横の林から次々と出現し馬車を守りながら戦っている騎士達は徐々に追い詰められていた。

 

あれは早く助けないと不味いな。

 

目標を目視確認したカズヤは早速、馬車を守る騎士達の援護射撃を始める。

 

「目標、右前方のバグの集団!!弾種、キャニスター弾!!撃ち方始め!!」

 

カズヤは先頭に出した2両のM8装甲車に無線で命令を伝えた。

 

『了解!!』

 

『イエッサー!!』

 

命令が下されると同時にM8装甲車に搭載されている37mm M6戦車砲の砲身がゆっくりと旋回し右を向く。

 

そして命令通り装填されたキャニスター弾を魔物に向け発砲。

 

撃ち出されたキャニスター弾は林の中にいる、通称バグ――短い毛がビッシリと生えた長い脚、蠍(サソリ)に似た体に蟷螂(カマキリ)のような鎌を持った体長2〜3メートル程の大きさの昆虫型の魔物――の外骨格をあっさりと貫くと、血や内臓を辺りにぶちまけた。

 

「「「「っ!?」」」」

 

「――動きを止めるな!!この隙を逃さず、畳み掛けるぞ!!」

 

「りょ、了解っ!!」

 

「了解!!」

 

轟音と共に林の奥から次々と沸きだすバグが一瞬にして血飛沫を吹き出し絶命する光景を見て驚き動きを止めた騎士達だったが、指揮官の一喝ですぐに我に帰りバグと戦い始める。

 

「誤射はするなよ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤは前方で戦っている騎士達を砲撃に巻き込まぬよう配慮して林から沸きだしてくるバグには37mm M6戦車砲やM20 75mm無反動砲を使い騎士の周りにいるバグには軍用トラックから降車してM8装甲車の周囲に展開している兵士の狙撃で対処した。

 

「敵、接近!!」

 

「撃ち殺せ」

 

カズヤ達の攻撃に気付き仲間の仇をとるべく奇声をあげてこちらに向かってくるバグもいたが、すぐにM2重機関銃や歩兵の携帯火器の濃密な弾幕を浴び、体の至るところから血を垂れ流し動きを止めた。

 

「撃ち方やめ!!撃ち方やめ!!」

 

行進射撃を続けながらM8装甲車が3射目を撃ち終わる頃には周辺のバグ達は一掃され、辺りにはバグの死骸から大量に流れ出るムワッとした血の臭いとかすかな硝煙の臭いが漂っていた。

 

そういえば、よくよく考えてみるとこの世界の住人と初めて遭遇するな。

 

戦闘が終わったカズヤは呑気な事を考えながらこの世界の住人との接触に期待を膨らませつつ、こちらを伺う騎士達を刺激しないようにジープを前進させた。

 

ん?2人出てきたな。

 

ジープをそのまま前進させ馬車に近付こうとすると騎士が2人、前に進み出て来た。

 

「ここまででいい」

 

「ハッ」

 

「千歳、行くぞ」

 

「はい、お供します」

 

出てきた2人の騎士の少し前でジープを停止させると、カズヤはジープから降りて千歳を伴って騎士に近づく。

 

その後ろでは万が一に備え、何かあればすぐに騎士を射殺出来るよう狙撃手が待機していた。

 

……女騎士か?

 

カズヤが2人の騎士に近付いた事で分かったが、2人の騎士は驚くことに女性だった。

 

「助太刀感謝する。私はカナリア王国所属、第二近衛騎士団団長のフィリス・ガーデニング。こっちは副官のベレッタ・ザラ。是非とも貴殿の名前をお教え願いたい」

 

キリッとした顔立ちで、どこか武士のような雰囲気を纏い腰の辺りまで伸ばされた金糸のような金髪が目を引く近衛騎士団長フィリス・ガーデニングがまず最初に口を開く。

 

また頭から生えた獣耳とお尻のあたりから生えて揺れているモサモサの尻尾が特徴的な副官のベレッタ・ザラは沈黙を保ちながらも興味津々でカズヤと千歳の事を見つめている。

 

タイプの違う美女2人の視線を浴びて若干の気後れを感じたものの、カズヤはすぐに返事を返した。

 

「俺は長門和也。パラベラムという冒険者パーティーのリーダー――隊長をやっている。こっちが副官の片山千歳だ」

 

カズヤは初めて見る獣人に少し興奮しながら自己紹介を終える。

 

しかしカズヤの自己紹介を聞いた美女2人は顔を見合せていた。

 

「……パラべラム?聞いたことがないな。ベレッタお前はどうだ?」

 

「いえ、私の記憶にもありません」

 

「……そうか、あれだけのバグの群れをあっという間に殲滅できる冒険者のパーティーなら名が売れているはずなんだが。それよりあれはなんなんだ?貴殿らが乗っていた動く鉄の箱や連続で撃てる銃。風の噂では海の向こうのレガリス帝国にその様な物があると聞いたことがあるが……。貴殿達はレガリス帝国の者なのか?」

 

そう言いながらフィリスは興味深そうな顔でM8装甲車やジープを眺めている。

 

「いや、俺達はレガリス帝国とはなんの関係もないぞ」

 

カズヤがレガリス帝国との関係性を否定していると、馬車の方から騎士が走ってきてフィリスに耳打ちをした。

 

「団長、実は――」

 

「なに?分かった。頼んでみよう」

 

走ってきた騎士と少し言葉を交わした後、フィリスはこちらに向き直り申し訳なさそうな顔で喋り始める。

 

「――カズヤ殿、助けてもらっておいてこのようなことを頼むのは心苦しいのだが、負傷者の手当てに手を貸してはもらえないだろうか?先程の戦闘で少なくない死傷者が出ていて人手が足りていないのだ」

 

「あぁ、それぐらいならお安いご用だ」

 

「本当か?恩に着る」

 

カズヤの返事を聞いてホッとした表情を浮かべたフィリスはベレッタと一緒に深々と頭を下げた。

 

その後、カズヤ達がフィリスの部下の手当てなどを手伝ったが、その際カズヤの完全治癒能力の一端や衛生兵の持っていた医薬品、医療技術を見て目を丸くして驚いていた。

 

なぜならこの世界での病気や怪我は回復魔法で治すのが当たり前でカズヤ達が使っている医療技術などが、ほとんど発達していないためである。

 

「素晴らしい……しかし、これほどの医療の技術は見たことがない。痛みを感じさせなくする魔法薬や皮膚を針と糸で縫い合わすなど聞いたことがないぞ?それにカズヤ殿が使った回復魔法は怪我が癒える速さが王宮の専属魔法使いよりも早いのではないか?……貴殿達は一体何者なんだ」

 

「ただの冒険者だ。それ以上でも以下でもない。」

 

「……そうか」

 

カズヤが身元を明かす気がないのが分かったのかフィリスはそれ以上質問を重ねることはしなかった。

 

そうして負傷者の手当てを終え死者の埋葬も完了したカズヤはフィリス達に別れを告げることにした。

 

「よし、これで全員の手当ては終わったな。そろそろ行くか」

 

カズヤが部下に声をかけて出発の準備をさせているとフィリスが声をかけてきた。

 

「ちょっと待ってくれないかカズヤ殿」

 

「ん、なんだ?」

 

「カズヤ殿の冒険者パーティー、パラべラムに依頼があるのだが……」

 

「えっと……どんな内容だ?」

 

「王都までの護衛を頼みたい。ご覧の有り様で我々だけでは無事に王都までたどり着けそうにない」

 

フィリスが視線を向けた先には近衛騎士団が乗っていた馬の死骸と破壊され粉々になった荷馬車、苦しげなうめき声をあげる多数の負傷者などが横たわっている。

 

その光景を見てカズヤも彼女達が独力では王都まで無事に辿り着けないだろうと理解した。

 

どうするか……。

 

黙って考え込むカズヤに慌てたようにフィリスが言った。

 

「もちろん、王都まで無事に送り届けてくれれば先程助けてくれた分とは別に出来る限りの報酬を出す」

 

「……部下と少し相談したい。少し待っていてくれ」

 

「あぁ、分かった」

 

その後、カズヤは千歳達と相談してここは恩を売っておいたほうがいいだろうということになりフィリスの依頼を受けて彼女達を王都まで護衛をすることになった。

 



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第二近衛騎士団をバグの大群から救出した後、移動を開始したカズヤ達だったが最寄りの街まで残り20キロというところで日が暮れてしまい野営を余儀なくされていた。

 

「カズヤには何から何まで世話になっているな……」

 

「うん?」

 

食事を終えステンレス製のコップに入っている食後のお茶を手に、フィリスが影を背負い落ち込んだ様子で言葉を漏らす。

 

「本当にカズヤ達が来てくれてよかった」

 

フィリスの第二近衛騎士団はバグの襲撃の際に騎士が騎乗していた軍馬の半数以上とバグを足止めするために盾代わりに使用した荷馬車をすべて破壊され損失しており、また荷馬車に積まれていた食糧を初めとした各種物資も当然失っていた。

 

しかも、バグの死体処理(最終的にはカズヤ達の兵器で焼き払った)に手間取ったことや多くの軍馬を失ったため近衛騎士団の移動速度が低下していて日暮れまでに街に到着できなかったためバグの襲撃で失った食糧などをフィリス達は補充することが出来なくなっていたのだ。

 

そのためカズヤ達が持っていた食糧の一部を第二近衛騎士団に融通して貰ったことがフィリスの気にかかっていた。

 

そしてそれが、先の発言に繋がるのである。

 

「気にするな、困った時はお互い様だ」

 

「そう言って貰えると助かる。しかしカズヤにはまた1つ借りが出来てしまったな」

 

まだ暗いオーラを放つフィリスをどうにかしようとカズヤは話題を変えることにした。

 

「それより、飯は口に合ったか?」

 

「ん?あぁ、あのカレーという食べ物は今まで食べたことがなかったがとても美味しかったぞ。特に食後に出た、あのチョコレートと言ったか、チョコレートは病みつきになる味だったな」

 

「口に合ったんだったらよかった」

 

カズヤがフィリス達に分けた食糧はカレーとチョコレート。

 

どちらもフィリス達は食べたことがなかったらしくカレーは初め食べるのに躊躇していたが一口食べると皆、競いあうように口の中にカレーを掻き込んでいた。

 

そして食後にフィリス達の第二近衛騎士団は女性だけで編成されていると聞いたのでデザートにとチョコレートを出したのだがこちらもとても喜ばれた。

 

だがその際、第二近衛騎士団の副長のベレッタが「この食べ物はどこで手に入れたのです!?」と興奮気味にカズヤを問い詰めるという出来事があったのだが、入手ルートを正直に話す訳にも行かず、カズヤが言葉を濁して我々以外では入手出来ないと伝えるとガックリと肩を落としていた。

 

そんな和やかな一幕もあってか食事を終えた後、カズヤ達とフィリス達の第二近衛騎士団は和やかな雰囲気に包まれていた。

 

カズヤもフィリスやベレッタと親しくなりこの短時間で名前で呼びあう仲になっていた。(余談だがフィリスとベレッタが呼び捨てでいいとカズヤに告げた際、背筋に悪寒が走り不思議に思ったカズヤが隣を見ると千歳が暗い目でこちらをジットリと睨んでいた)

 

そうして一緒に焚き火を囲みながらカズヤはずっと気になっていたことをフィリスに聞くことにした。

 

「そういえばフィリス達は何であんな所にいたんだ?それにあの馬車には誰が乗っているんだ?」

 

カズヤは唯一残った馬車を見ながらそう言った。

 

「……詳しくは言えんが、とある任務でな。唯一教えることができるのはあの馬車に乗っている方は、高貴なお方だということだけだ」

 

「ふぅん、そうか……まぁフィリス達にもいろいろあるだろうからな」

 

なんだか込み入った事情がありそうだったのでカズヤはこれ以上詳しく詮索をするのはやめておいた。

 

「そうだ、カズヤこそ何故あの場に?カズヤ達が進んで来たあの方面には魔物の巣窟になっている帰らずの森しかなかろう?」

 

「いや、まぁ、いろいろあってな」

 

「?」

 

まさか、魔物の巣窟になっている帰らず森、引いてはカナリア王国内に勝手に基地を作ったとは言えないカズヤは言葉を濁す。

 

「そ、それじゃあ夜もふけてきた事だし寝るとするか」

 

お互いに秘密を抱えているが故に会話が途切れ、なんとも言えない空気になったためカズヤは半ば無理矢理に会話を打ち切り寝ることにした。

 

「……あぁ、そうだな、そうしようか。おやすみカズヤ」

 

「お休みなさい、カズヤ殿」

 

カズヤの意図を正しく見抜いたフィリスとベレッタは別れの言葉を残して立ち去った。

 

「さて、俺も寝るか」

 

「はい、ご主人様」

 

フィリスとベレッタの姿が見えなくなった後、カズヤと千歳も眠りに就くことにした。

 

 

「……うぅぅ……ん、…………………………………………寝れん!!」

 

体を休めようと床に就いたカズヤだったが、無性に目が冴えてしまい眠れなかったためテントを出て何か飲むことにした。

 

「ちょっと肌寒いな……ん?」

 

テントから出たカズヤが、ふと何気なしに馬車の方を見ると小さな影が馬車の扉をソッと開け馬車から降り草むらに入って行くのが見えた。

 

今のは誰だ……?

 

小さな影を不審に思ったカズヤは腰のホルスターからワルサーP38を抜き、影の後をつける事にした。

 

草の擦れあう音が近いな、おっ……いた。

 

カズヤは数十メートルほど草むらの中を静かに進み、影の正体を見つけ声をかける。

 

「おい、どこに行くにしても見張りに声をかけないと危ないぞ」

 

「ふぇ!?」

 

馬車から降りて何をしているのかと思ってカズヤは声をかけたのだが、そこにいたのは白いワンピースのような服を着たまだ幼さが残る少女だった。

 

……のだがカズヤの現れたタイミングが悪かった。

 

――チョロロ。

 

「み、見ないで下さい!!」

 

「わ、悪い!!」

 

「うぅぅぅ……止まらないよぉ……」

 

ずっと馬車の中で我慢していたのか何かの音がしばらくの間、止まることはなかった。

 

……どうすりゃいいんだ。

 

すぐにでもこの場を離れたかったカズヤだったがいくら辺りを部下や近衛騎士団の隊員が巡回しているとはいえ万が一の事を考えると彼女から離れる訳にはいかず、体ごと顔を背けながらそれが終わるのを待った。

 

そして時間が経つのが長く感じたが、ようやく終わったのか音が消える。

 

「こ、これを……」

 

カズヤは少女の方を見ないようにして持っていたポケットティッシュを2〜3枚抜き取ってから渡した。

 

「……」

 

赤ら顔の少女は無言で恐る恐るカズヤからティッシュを受け取りガサガサと音を立てて後始末をしていた。

 

「……も、もうこっちを向いてもいいですよ」

 

その言葉に従いカズヤがゆっくりと少女の方を向くと、そこにいたのは顔を真っ赤に染めた美少女だった。

 

「も、申し訳ない。まさかト○レだったとは……」

 

「い、いいんです私も声をかけずに馬車を降りたのが悪かったんです……」

 

いまだに顔が真っ赤な少女はそう言いながら、まるで宝石のような緑と碧眼のオッドアイでカズヤをチラチラと見ている。

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

その後、お互いに暫し無言が続く。

 

こ、こういうときはどう声をかけたらいいんだ!?

 

無言が続いている間、カズヤはパニック状態になっていた。

 

だが、長い沈黙に耐えきれなくなったのか少女の方が先に口を開く。

 

「あ、あの……貴方は……私が怖くないのですか?」

 

「えっ、何で?」

 

「……だって私は忌み子ですから」

 

「……悪いが、その話を詳しく聞かせてくれるか?」

 

悲痛な顔でそう言った少女を見てカズヤは放っておくことが出来ず少女から詳しく話を聞くことにした。

 

「――という事なんです」

 

「……」

 

少女から聞いたことを纏めるとこの国ではオッドアイは穢れの象徴とされ、またオッドアイの人は生まれつき膨大な量の魔力を内包しているがその魔力を使いこなすことが出来ず魔力を暴走させてしまうことがあり、結果周りに被害をもたらすため忌み嫌われ迫害されているらしい。

 

「ふぅーん、そうなのか」

 

「そうなのかって……」

 

少女から理由を聞いたカズヤがあっけらかんとしていると少女が逆に面を食らっていた。

 

「うーん、オッドアイが穢れの象徴とか言われてもピンと来ないし……。君みたいな可愛いお嬢さんを迫害するっていうのもなぁ……」

 

「……そんなことを言う人は貴方が初めてです」

 

生まれて初めて可愛いと言われました……。

 

少女はカズヤの言葉を聞き、先程とは別の意味で頬を赤らめ笑みを浮かべていた。

 

「そ、そう言えば貴方のお名前は?」

 

「あぁ、これは失礼した。俺は長門和也。パラベラムという冒険者のパーティーの隊長を務めている」

 

「ナガト……カズヤ?珍しいお名前ですね」

 

「そうか?っと知らない間に結構時間が経っているな、そろそろ馬車に戻ろうか?誰が乗っているのか聞いていないが侍女の君がいなくなっているのがバレると騒ぎになるかもしれないし」

 

馬車に乗っているのは高貴なお方としか聞いていなかったカズヤは馬車から降りた目の前の少女のことをフィリスが言っていた高貴なお方の侍女だろうと当たりをつける。

 

「えっ?私、侍――」

 

少女は何かを言おうとしてハッと口を押さえた。

 

「ん?なにか言ったか?」

 

「い、いえ何も。それよりあの馬車に乗っている方は一度眠るとなかなか起きないので大丈夫です。だからもう少し外に居てはいけませんか?」

 

「うーん」

 

……まぁ、この侍女の子も馬車の中にいる人の相手でずっと馬車の中にいただろうし気分転換に少しなら外にいてもいいだろう。

 

そう思いカズヤは少女の申し出を許可することにした。

 

 

 

カズヤは少女と先程の所から場所を変え野営地から少し離れている小さな湖の畔に移動した。

 

湖の水面には夜空に光輝く満月が反射しており幻想的な雰囲気が辺りを満たしている。

 

「……綺麗……」

 

まるで1枚の絵画のような風景を前に少女は目を輝かせていた。

 

「ここでいいか」

 

「はい」

 

湖の畔には丁度いい切り株が2つあったのでそこに座ることにした。

 

「……そういえば、君の名前を聞いていなかったな。名前は?」

 

「え、あの、えーと、その……ですね」

 

「どうした?」

 

カズヤが少女に名前を尋ねると何故か少女があたふたと慌て出す。

 

「わ、私の名前は……。イ、イリスです。イリスって呼んで下さい」

 

「了解、イリス」

 

カズヤが教えられた通りにそう少女の名前を呼ぶと何故かイリスは感極まったように笑顔を浮かべた。

 

「それでは気分転換にお話をいくつか」

 

「お願いします」

 

その後、カズヤが湖の畔でイリスの気分転換のために前の世界でのおとぎ話を幾つか読み聞かせるとイリスは物語に夢中になっていた。

 

「お兄さんが教えてくれるお話は面白いですね」

 

そう言って少女の筈なのにカズヤを思わずドキッとさせる笑顔でイリスは笑う。

 

「……それじゃあそろそろ戻ろうか?」

 

「もう少しだけ、ここにいては駄目ですか?」

 

「そろそろ体も冷えてきただろ?これ以上は風邪をひくぞ」

 

「……だったら……こうすれば大丈夫です」

 

そういうとイリスは座っていた切り株から降りると、大胆なことにカズヤの膝の上で抱き合うようにちょこんと座った。

 

……なんと言うか、無防備過ぎるだろこの子は。

 

イリスの突然の行動に驚いたカズヤはただただ硬直していた。

 

「えへへ……温かい……です」

 

グリグリと頬をカズヤの胸に押し付けているイリスが幸悦とした表情で言った。

 

「それは良かったです。お嬢様」

 

硬直が解けたカズヤは冗談混じりにそう言ってイリスのサラサラの金髪を撫でる。

 

「むふぅ……」

 

するとイリスは目を細め嬉しそうな顔でそれを受け入れていた。

 

んー、妙になつかれたな。まぁいいか、好きにさせておこう。

 

そのまま、穏やかな時間がゆっくりと過ぎる

 

「……」

 

「クチュン」

 

「……そろそろ帰ろうか」

 

「……はい」

 

 

イリスの可愛らしいくしゃみを合図にカズヤは野営地に戻ることにした。

 



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カズヤがイリスと手を繋いで野営地に向かうと、なにやら騒がしい声が聞こえて来た。

 

「〜〜〜!!」

 

「〜〜〜!?」

 

「あれ?」

 

何かあったのかな。と思いつつカズヤとイリスが草むらをかき分け野営地に入るとその音に気が付いた第二近衛騎士団の騎士達がバッと一斉に2人の方を向く。

 

「えっ?」

 

いきなり大人数に凝視されたカズヤは戸惑いの声をあげる。

 

「イ……リス……姫殿下……」

 

そのまま時間が止まったように皆が固まっていると顔を真っ青にしたフィリスがヨロヨロとカズヤとイリスに歩み寄った。

 

「よ、良かった……。本当に良かった!!イリス姫殿下にもしものことがあればどうしようかと……ッ!!」

 

……ん?今、なんと?

 

心底良かったと云わんばかりの表情を浮かべたフィリスはカズヤと手を繋いでいるイリスの前で膝をつき喋り出した。

 

「イリス姫殿下、まずはご無事でなによりです。ですが!!一体何処に行っておられたのですか!?―――あれほど我々の側を離れないようにと申し上げたはずです。なのに――」

 

「お取り込み中申し訳ないんだが……。いい加減、俺にも状況を説明してくれないか?」

 

フィリスの説教が5分程続き終わりが見えなかったためカズヤが話を遮るとハッとした顔でフィリスが今の状況を思い出す。

 

「あ、あぁ、すまないカズヤ。ちょっと待ってくれ。――イリス姫殿下、夜も遅いのでお話はまた明日にでも。おい、誰かイリス姫殿下を馬車へお連れしろ」

 

フィリスが声をかけると馬車の側にいた二人のメイドが急いでイリスの元にやって来て声を掛けた。

 

「姫様、どうぞこちらへ」

 

「――くない」

 

「「「えっ?」」」

 

「お兄さんと離れたくない!!馬車になんか行かない!!」

 

「……」

 

唖然とした表情で固まっていたフィリスだったが少し間を置いてイリスの言った言葉の意味がようやく理解出来たのか、こめかみをひくつかせながら口を開く。

 

「イリス姫殿下!!そのような我が儘を――」

 

「ま、まぁまぁそんなに気をたてずに。馬車までは俺が連れていくから」

 

「ぬ、しかし……」

 

「なっ?」

 

「む、むぅ……カズヤがそういうなら」

 

また我を忘れて喋ろうとしたフィリスの言葉を遮るとカズヤはイリスの手を引いて馬車に向かう。

 

馬車に着くまでの短い間イリスはすがり付くようにカズヤの手を握りしめていた。

 

「ついたぞ。ほら」

 

カズヤは馬車の前に着くとイリスに中へ入るよう促す。

 

しかし、馬車の中に入る前にイリスは側に控える2人のメイドに聞こえぬよう声を潜めて喋り出した。

 

「(お兄さん、明日もお話を聞かせてくれますよね?)」

 

「ん?暇があればな」

 

「(絶対ですよ。約束ですよ)」

 

「約束はでき――」

 

「(や、約束ですよ)」

 

「……約束だ」

 

瞳に涙を僅かに浮かばせたイリスに半ば押しきられたカズヤがそう約束をするとイリスはカズヤの側からようやく離れた。

 

「……お休みなさい、お兄さん」

 

そして、メイドに促されたイリスが馬車に入ろうとした時、不意にカズヤの方に振り返りなにかを決意したような顔で微笑んでから馬車の中へ消えて行った。

 

さて、フィリスに事情を説明してもらわないとな。

 

カズヤはイリスを馬車に送り届けた後フィリスが待っているはずの天幕に急いだ。

 

 

 

「さて、何から話そうか……」

 

天幕の中でカズヤ、フィリス、ベレッタ、先程まで姿が見えなかったが、いつの間に現れた千歳の4人で机を囲み話が始まった。

 

「団長、イリス様のことを知られた以上、大まかなことはすべて話したほうがよろしいのでは?」

 

「うむ、そうだな。――だがカズヤ、チトセ殿。これから話すことは他言無用で頼む」

 

「あぁ、分かった」

 

「分かりました」

 

「それと少し話が分かりにくくなるが、重要な国家機密の部分はぼかさせてもらう」

 

「あぁ、是非そうしてくれ、国の秘密を知って口封じに殺されたら堪ったもんじゃない」

 

「ハハ、そうだな」

 

カズヤが冗談混じりにそう言うとフィリスは少し笑った後、顔を真面目なものになおすと話を始めた。

 

「ではまず、カズヤ達も気になっているだろうからイリス姫殿下のことから話すとするか……。改めて紹介するのは明日になるが、先程カズヤが見つけて来てくれたのが、我がカナリア王国の姫巫女で長女のアリア・ヴェルヘルム姫殿下の妹君のイリス・ヴェルヘルム姫殿下だ。……本来であればカズヤ達とイリス姫殿下を会わせるつもりはなかったのだがな」

 

……やっぱりか。もう察しはついていたがカナリア王国のお姫様か……どうしようお姫様の○○姿見ちまった。

 

不敬罪とかにならないよな。

 

カズヤは心の中で大量に冷や汗を流しつつもフィリスに先を促す。

 

「さて、次に夕食の後でカズヤに聞かれた質問『なぜあの場所にいたのか?』に答えるとしよう。この質問の答えが我々の目的でもあるしな……あの場所にいたのは渡り人――この世界とは異なる異世界からやって来た異能を持つ人物を我々は探しに来ていたのだ」

 

「渡り人?」

 

聞きなれない言葉を耳にしたカズヤはフィリスに聞き返した。

 

「渡り人を知らないのか?まぁいい。さっき言った通りだ異世界からやって来る異能の持ち主だ。我々の世界には時折異能を持った人間が現れることがあるんだが今回はこの辺りに渡り人が出現したという神託が姫巫女様に下ったため、辺りを探索していたのだ」

 

「ふむ……で、フィリス達はなぜ渡り人を探していたんだ?」

 

「それはだな。今カナリア王国は2つの国難に見舞われている1つは魔物の異常繁殖、もう1つは隣国エルザス魔法帝国との戦争だ。これらの国難を乗り切るため渡り人の協力が必要なのだ」

 

なんとも物騒な理由だな……。

 

「魔物の異常繁殖ってのは?」

 

「カズヤ達も耳にしたことがあると思うが」

 

いや、初耳ですが?

 

カズヤの内心を知ってか知らずかフィリスは話を続ける。

 

「主に2ヶ所で魔物が異常繁殖が発生していてな、それをどうにかしないと……このままではカナリア王国が魔物に滅ぼされてしまう。厄介なことに既に我々の戦力だけでは魔物の異常繁殖を止めることができない。だが強大な能力を持つ渡り人の手を借りることが出来れば止めることが出来る……はずだ」

 

「理由は分かった。だが1つ気になる、何でイリス姫殿下を連れているんだ?探すだけならフィリス達の近衛騎士団や普通の騎士、兵士だけで十分だろう」

 

カズヤがそう問い掛けるとフィリスは言いにくそうに口を開いた。

 

「イリス姫殿下本人には伝えられていないが、姫殿下は渡り人の協力に対する対価の1つになっている」

 

「……つまりは、貢ぎ物か」

 

「……あぁ、そうだ」

 

「で、フィリス達は渡り人を見つけられていないんだろ?魔物の異常繁殖はどう対処するんだ?」

 

「とりあえず早馬を出して代わりの捜索隊を要請してある。我々は王都まで戻り報告待ちだ。2ヶ月待っても発見の報告がない場合……イリス姫殿下が持つ膨大な魔力を使って大規模儀式魔法で魔物の異常繁殖に攻撃をすることになっている」

 

「止める方法はあるのか。じゃあ最初からイリス姫殿下の魔力を使わせてもらえばいいじゃないか……」

 

「大規模な儀式魔法は使用者の魔力だけではなく生命力まで使うことになる……」

 

「……」

 

フィリスの言葉に天幕の中は静まりかえった。

 

「……ということはつまりイリス姫殿下は生け贄ということですか?」

 

唐突に沈黙を破ったのは今まで黙っていた千歳だった。

 

「……あぁ、そうだ」

 

千歳の言葉をフィリスが肯定するとまた天幕の中は静かになる。

 

「他に何か手段はないのか?」

 

「残念ながらない。今の段階であればカナリア王国の全戦力を投入すれば魔物の異常繁殖は止められるのだが、そうすると国境の部隊も呼び戻さねばならん。そんなことをすれば小康状態になっているとはいえ戦争中のエルザス魔法帝国にカナリア王国は滅ぼされる。片方をどうにかすればもう片方のせいで王国は滅びてしまう」

 

「だから渡り人を探していたのか」

 

「あぁ、そうだ。他に同盟を結んでいる妖魔族の国、妖魔連合国や獣人族の国、ベラジラール、その他の小国にも援軍を要請したのだが……彼らもエルザス魔法帝国との戦いに備えているため援軍は出せないそうだ」

 

フィリスの言葉にあったようにカナリア王国はエルザス魔法帝国、妖魔連合国、ベラジラール、その他多数の国々と国境を接している。

 

エルザス魔法帝国はこの大陸一番の大国でありまた魔法至上主義、人間至上主義などを掲げているため、妖魔族が統治している妖魔連合国や獣人が統治しているベラジラール、人間が統治しているが妖魔族や獣人との共生を目指しているカナリア王国などの国とは仲が悪く昔から現在に至るまで戦争状態が続いている。

 

「……さて、夜ももう遅い。続きの話はまた明日にしよう」

 

フィリスが話の終わりを告げるとカズヤも同意し話は翌日に持ち越された。

 



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フィリス達と別れテントに戻ったカズヤは千歳を呼び、さっきの話について話し合うことにした。

 

「恐らくというか俺達が渡り人なんだろうが、その事をフィリス達に教えるべきか?」

 

「今はやめておいたほうがよろしいかと。現有戦力で国家間の揉め事に介入すれば対処が困難です」

 

「そうだな、……イリス姫殿下には悪いがこのことは黙っておくか。それと千歳、魔物の異常繁殖やその他の必要になりそうな情報を近衛騎士団の連中から集めておいてくれ」

 

「承知しました」

 

それにしても生け贄ねぇ……なんとも言えんな。イリスは可哀想だが国を救うためには仕方ないのか?

 

カズヤがそんなことを考えながら話を終え、千歳を見ると何故か不機嫌な顔になっている。

 

「どうした千歳?」

 

「……」

 

「?」

 

「……ご主人様。イリス姫殿下との密会の間ずっと警護に就いていた私にご褒美があってもいいと思います」

 

「なにを――おわっ!?」

 

は?と思う間もなくカズヤは千歳に強引に寝床に引きずり込まれ朝まで運動に励むことになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

翌朝……。

 

「なぁ、千歳。昨日は何であんなに不機嫌だったんだ?」

 

「……実は――」

 

お互いに裸のままカズヤが昨夜のことを千歳に聞いてみると、カズヤがイリスの後を追いかけて行った直後から千歳以下5名でカズヤとイリスに気が付かれぬよう辺りに潜んで警護をしておりその際イリスがカズヤに抱き付いて甘えていたのを見たため千歳は不機嫌だった……らしい。

 

道理で俺が野営地に戻った時、近衛騎士団しか慌てていなかったのか……。

 

カズヤは昨夜の様子を思いだし1人納得していた。

 

「ご主人様?」

 

「なんだ?」

 

「これだけは覚えておいて下さいね。我々はご主人様がどれだけ女を囲おうと構いません。ですが……我々のこともしっかりと可愛がって下さいね」

 

いや、囲う気はないんだが……

 

「あぁ、もちろんだ……」

 

女性を囲う気は無かったカズヤだったが、千歳があまりにも真剣な顔で言ったのでしっかりと頷く。

 

「―――でないと、わ――相――殺―し―――ます。」

 

最後に千歳が何かを小さく呟いていたがその言葉はカズヤの耳には届かなかった。

 

 

「……あれ?」

 

身支度を終えたカズヤが外に出ると早朝にも関わらずイリスが天幕の前でカズヤのことを待っていた。

 

驚いたカズヤが慌てて辺りを見渡すと少し離れた所にメイドが控えているのが視界に入る。

 

「おはようございます。お兄さん」

 

「おはよう――……ございます。イリス姫殿下。昨夜は知らぬとはいえ失礼致しました。数々のご無礼、平にご容赦いただきたく」

 

昨夜はイリスの素性を知らなかったため気安く喋りかけたが、今はフィリスから説明を受けイリスの素性を知っているのでカズヤは片膝を地面につき丁寧な言葉を意識しつつ謝罪を込めて頭を下げた。

 

しかしそんなカズヤの態度が気に入らなかったのかイリスは顔をしかめる。

 

「……お兄さん、そんな他人行儀な呼び方はやめて下さい。私のことは昨夜のようにイリスと呼び捨てで呼んで下さい」

 

「いえ……。そういう訳には……」

 

「それと……わ、私の恥ずかしい姿を見たのですから責任はとって下さいね!?」

 

「え!?あ、あの、イリス姫殿下?そのことなんですが……」

 

「お兄さん、ですからそんな他人行儀な呼び方はやめて下さい」

 

「いえ、あのイリス姫殿下?私は一介の冒険者ですのでそういう訳には……」

 

「お兄さん?私の話を聞いていますか?私のことは昨夜のように呼び捨てでお願いしますと言っているんです」

 

「ですから、イリス姫――」

 

「イリスですよね?」

 

「あの――」

 

「イリスですよね?」

 

「で、ですから――」

 

「イ・リ・ス!!ですよね?」

 

「…………イリス」

 

「はい、なんですか?」

 

カズヤがイリスの圧力に屈した瞬間であった。

 

その後カズヤの必死の交渉により、周りに人がいない時か、いたとしても信用できる人の前だけという条件でイリスを呼び捨てで呼ぶこと、また砕けた喋り方で会話するという案に落ち着いた。

 

「で、さっきの責任とかいう――」

 

「とってくれますよね?」

「……」

 

「私、いい返事が貰えないと、うっかり昨夜のことをフィリス達に言ってしまうかもしれません」

 

さ、さっきからなんなんだこの威圧感は!!黒いオーラが噴き出しているぞ!!目の前いるのは本当にイリスなのか?初めて会った時といろいろと違い過ぎるだろ!!

 

カズヤが目の前のイリスが放つ黒いオーラに圧倒され恐々としていると考えているとイリスが畳み掛けてきた。

 

「ね、お兄さん。責任……とってくれますよね?」

 

「……」

 

「ね?それに一国の姫の恥ずかしい姿を見てしまったのですから責任は取らないといけませんよね?私が口を滑らしたらどうなるか分かりますよね。(私に人の温もりを与えてしまったのですから……。私が最も欲していた人の温もりを――あの様な甘美な物を与えられた私はもうお兄さんから離れられません)」

 

うーんバラされたら最悪、処刑されるよな……。しょうがない、ここは肯定しておいて後で……逃げるか。

「わ、分かった」

 

「本当ですよね?本当に責任とってくれますよね?」

「あぁ」

 

「嬉しいです。お兄さん」

 

そう言ってイリスはメイドがいるにも関わらずカズヤに飛び付き昨夜のようにカズヤの胸に頬をグリグリと押し付けていた。

 

ま、まぁ、この子も本気で責任を取らせるつもりは無いだろうし、大丈夫だろ。

 

「(もう絶対に離しませんからね。お兄さん)」

 

そんな風に楽観視していたカズヤは後でこのツケを払うハメになる。

 

そんなことがあった後、カズヤ達は野営地を片付けて王都を目指した。

 

だが途中幾つかの街や都市を経由し王都につくまでの間、イリスはなにかとカズヤの側にくっついていて近衛騎士団を困らせていた。

 

な、何故だ!!どうしてこうなった。

 

前哨基地を出発してから10日。明日には王都に着くという時点でカズヤは頭を抱えていた。

 

何故ならイリスの態度が日を増すごとに積極的な物になっているからだ。

 

移動中はいつの間にか馬車から降りてカズヤの乗るジープの隣に乗っていたり、食事の時はちゃっかり膝の上に座ろうとしたり、極めつけに深夜どうやったのかは不明だが皆の目をくぐり抜け天幕の中に忍び込もうとしたり(最後のは一緒に寝ていた千歳が気付いて防いだ)

 

そんなことがあり、明日には王都に着くのでイリスの行為をどう収めようかと悩むカズヤは天幕で千歳達が近衛騎士団の隊員や道中の街や都市から集めたカナリア王国の情勢などをまとめた報告を受けた後で相談をすることにした。

 

「――という訳で今の段階で確認がとれているのは、現在カナリア王国内ではイザベラ女王派とレーベン丞相派で対立しており、国内情勢は不安定です。また国外情勢も隣国のエルザス魔法帝国と戦争中ということもあり極めて不安定であります」

 

「そうか。引き続き情報を収集してくれ」

 

「承知しました」

 

そう言って持っていた報告書を片付けて天幕から出ていこうとする千歳をカズヤは呼び止めた。

 

「あぁ、ちょっと待ってくれ千歳」

 

「はい。なんですかご主人様?」

 

「ちょっと相談があるんだが……。イリスの行動はどうしたらいいと思う?」

 

「それほど心配する必要はないかと恐らく、あの小娘――ゴホン!イリス姫殿下は初めて親しくなったご主人様に優しくされたため、あの様な行動に出ているのだと思います」

 

今千歳、イリスのことを小娘っていったよな。

 

「初めて親しくなった?」

 

「はい、近衛騎士団から集めた情報によりますとイリス姫殿下は忌み子ですので王族とは言え彼女の周りには人が全く近寄らず、また世話役のメイド達もイリス姫殿下とあまり親しくないらしく、例外としては最近新設されたフィリス達の第二騎士団が唯一イリス姫殿下の側にいるだけだということです」

 

「……それでメイドと間違えて気安く接した俺にあんなになついたのか?」

 

「それに関しては不明ですが……。しかし王都の城にイリス姫殿下を送り届けてしまえば後はどうとでも出来ます」

 

「まぁそうだな。あぁ、それとあの作戦は順調に進んでいるか?」

 

「はい、多少被害は発生しましたが作戦は完了しました。こちらが結果が書かれている報告書です」

 

「被害が出たか……。分かった。後で目を通しておく、レベルもどれぐらい上昇したか確認しておかないとな」

 

千歳からカズヤが受け取った報告書の表にはこう書いてあった。

 

『魔物の異常繁殖地への大規模空爆作戦・結果報告書』

 

まぁ、本来なら軍隊の運用に私情を挟むのは良くないが千歳達は俺の私兵だし、それにやっぱりイリスを見殺しには出来ないからな、それにレベルを上げるのにも役に立つからちょうどいいか、そういう事にしておこう。

 

「それじゃあ夕飯を食いに行くか千歳」

 

「はい、お供致します」

 

野営地での最後になる食事をするためカズヤは千歳と共に天幕を後にした。

 



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4.5

カズヤ達が王都に到着する数日前。

 

かつて、14万〜17万トンに及ぶ各種爆弾を日本に投下し日本全土を焼け野原へと変えた機体が異世界の空を悠然と飛んでいた。

 

その機体はスーパーフォートレス――『超空の要塞』と呼ばれている戦略爆撃機B-29である。

 

「それにしても、総隊長も大変だな」

 

「何がです、ルメイ少佐?」

 

高度4000メートルの上空で両翼についている計4基の2200馬力のエンジンが奏で出す力強いエンジン音がゴウゴウと響いてくるB-29の機内。

 

カーチス・ルメイ少佐が誰に言うでもなくポツリと呟くと一緒に休憩を取っていた部下が律儀にも返事する。

 

「いや、総隊長に付いている親衛隊の連中が定期連絡の時にこっそり教えてくれたんだが、道中に遭遇したカナリア王国のお姫様に総隊長がなつかれたらしくてな。あぁ、そうそう。それにこの作戦も表向きは総隊長のレベルを上げて兵力増強を目的としているとなっているが、本当はそのお姫様の助けになるからやるらしい」

 

「へぇ〜そうなんですか?でも、総隊長もなんで本当のことを言わなかったんでしょうか?総隊長の命令なら我々はなんであろうと実行しますのにね」

 

「まぁ、いろいろあるんだろう総隊長にも」

 

「ですかね」

 

「あぁ、それともうひとつ面白い話があった」

 

「なんですか?」

 

「さっき言ったカナリア王国のお姫様が総隊長の側にずっとくっついているせいで千歳中佐とそのお姫様の間で修羅場が時々発生するんだと」

 

「あぁ、それは大変ですね」

 

「そうだろ?」

 

「えぇ」

 

「「千歳中佐の相手が」」

 

ルメイ少佐達はそう言ってお互いの顔を見合わせると笑いだす。

 

「クククッ、千歳中佐は我々の中でも最上位に入る総隊長の信奉者ですからね。ちゃんと総隊長が千歳中佐のアフターケアをしないとそのお姫様刺されるんじゃないですか?」

 

「そうだな、まぁ総隊長がうまいこと千歳中佐を制御してお姫様が千歳中佐に刺されないことを祈っておこう」

 

「そうですね」

 

そうしてルメイ少佐が笑いながら喋っていると機内においてあるスピーカーから機長の声が流れてきた。

 

「目標空域まで残り15分、各員所定の配置につけ」

 

それを聞きルメイ少佐は部下と別れた。

 

そして改造が施され、爆弾ではなく通信機材や電子機材、増設された燃料タンクなどがぎっしりと詰め込まれている機内を移動し配置につくと無線機を手に取り各飛行編隊に命令を下し出し始める。

 

ちなみに今回の空爆作戦にはB-29が35機とそれらを守る護衛機のP-51が20機の合計55機が投入される事になっている。

 

なお本作戦を行うにあたり護衛機を含め全機が爆装している。(例外としてB-29が5機、爆弾倉の改造を加えられており1機が通信機材や電子機器、増設された燃料タンクを積み込んだ空中管制機型。残りの4機がボフォース40mm連装機関砲を1基2門と九一式十糎榴弾砲を1門、機首から見て左に砲身をせりだしながらも無理やりに積み込んだ地上支援機型となっており爆装はしていない)

 

またB-29は3つの編隊に別れており各編隊の任務別に多種多様な爆弾を搭載している。(九七式六番陸用爆弾(60キロ爆弾)・九八式二五番陸用爆弾(250キロ爆弾)・八〇番陸用爆弾(800キロ爆弾)・E46集束焼夷弾・トールボーイなどなど)

 

その他にも護衛機のP-51はロケット弾か三号爆弾のどちらかを積んで爆装している。

 

今回の目標である魔物の異常繁殖地は2ヶ所あり、それぞれ前哨基地から800キロ離れた山中と290キロ離れた森の中という情報で、800キロ離れた第一目標には航空機を用いた空爆を290キロ離れた第二目標には改良され命中精度や破壊力が向上したV2改での攻撃が加えられることになっていた。

 

空爆作戦はこうだ。まず護衛のP-51を引き連れE46集束焼夷弾を最大爆弾搭載量の9100キロまで満載したB-29が第一目標の山を囲むように周辺へE46集束焼夷弾をばらまき森を焼いて魔物を山へ誘導。

 

次に小型〜中型爆弾を大量に搭載した機体が逃げ場を失って山に集まっているであろう魔物に対し絨毯爆撃を行う。

 

最後に山にある洞窟等の地下にも魔物がいる可能性があるので大型爆弾のトールボーイを投下し地下をも焼き払う。

 

また撃ち漏らした魔物はB-29の地上支援機型が対応するという4段階の作戦になっている。

 

なお、事前に行われた二式大艇による威力偵察では飛行タイプの魔物による迎撃が確認されているため、それに対してはP-51搭載の三号爆弾や空中炸裂型ロケット弾にて対処する予定となっている。

 

「空中管制機より各機、目標空域に到達。各編隊は作戦内容に従い行動を開始せよ」

 

ルメイ少佐の命令が下されると第一編隊のB-29は高度1500メートルまで降下し爆撃倉を開く。

 

開かれた爆撃倉の中にはE46集束焼夷弾が、ズラリと並んでおり投下されるのを今か今かと待っていた。

 

しかし、爆撃が始まる直前護衛機のP-51から全機に通信が送られた。

 

『こちら第2護衛飛行小隊1番機、低高度にて敵を確認、迎撃を開始する』

 

警告の通信を終えるや否や次々と護衛のP-51が急降下を始める。

 

P-51は急降下の運動エネルギーをスピードに変えグングンと速度を増していき、地上から次々と空に舞い上がってくるドラゴンをはじめとした魔物の群れに接近した。

 

「よーそろう!!」

 

空中でしっかりと編隊を組んだまま第2護衛飛行小隊のP-51が魔物と距離を詰めた瞬間。

 

機体下部のハードポイントに搭載していた2発の三号爆弾をポロっと切り離す。

 

「このまま下方に抜けるぞ!!」

 

『『『了解』』』

 

そしてそのまま両翼の計6丁のM2重機関銃から発射される弾丸のシャワーを魔物に浴びせかけながら魔物の隙間をすり抜ける。

 

魔物が擦れ違ったP-51を追いかけようと向きを変えようと振り返った瞬間、三号爆弾の遅延信管が作動し炸裂。

 

三号爆弾の内部に内蔵されている多数の弾子――子爆弾が爆弾内部より射出された。

 

弾子は燃焼しつつ広範囲に飛散し多くの魔物に命中すると焼夷効果を発揮、羽や翼を焼かれた魔物は羽ばたく事が出来ずきりもみ状態に陥り地上に向かって落下して行った。

 

羽や翼が無事だった幸運な個体も居たことは居たが、そのいずれも体のどこかに大小無数の火傷を負っていたため戦闘不能になり地上に降りるしかなかった。

 

「敵、更に来ます!!」

 

P-51の先制攻撃により多くの魔物を殺傷したが地上からはまだ続々と魔物達が空へ舞い上がって来る。

 

そのため低高度ではP-51がB-29の爆撃進路を守るため次々と空に舞い上がってくる魔物達とドッグファイトを繰り広げていた。

 

そのお陰かB-29は魔物の攻撃を受けることなく悠々と爆撃コースに入り、爆撃倉から少しずつE46集束焼夷弾を地上へ向け落とし始める。

 

B-29から投下されたE46集束焼夷弾は高度700メートル程で分離し、内蔵されている38発の直径8センチ・全長50センチ・重量2.4キロのM69焼夷弾を空にぶちまけた。

 

M69焼夷弾には貫通力を高めるための姿勢を垂直に保つ目的のリボンが取り付けられていたが、上空でE46集束焼夷弾との分離時に使用された火薬によってこのリボンに着火し燃えていたため、地上からはまるで火の雨が降っているかのよう見えていた。

 

解き放たれたM69焼夷弾は空にいた魔物や地上にいる魔物に一斉に降り注ぎ、魔物達の体や地上に突き刺さると中に入っている薬品を辺りに撒き散らし、魔物の体や森をゴウゴウと燃やし始める。

 

火がつき燃え始めた森の中では大量に蠢いている魔物達が炎から遠ざかろうと背後にある山に向かって走り出す。

 

だが逃げ始めた魔物を逃さないように山を中心に円を描くようにB-29は爆撃進路を変えて爆撃を継続する。

 

空中では運悪くM69焼夷弾が体に当たったり、突き刺さった魔物がモロに薬品を被り火だるまになりながら地上へ落ちて行く。

 

当初の想定どうり眼下で発生し始めた阿鼻叫喚を尻目に、第1編隊のB-29は目標の山を囲むように数万〜数十万発ものE46集束焼夷弾を撒き終えた。

 

そこで目標上空から退避しようとした時だった。

 

上部機銃座にいた兵士が叫ぶ。

 

「上空に敵!!突っ込んでくる!!」

 

いつのまにか第1編隊の上空にはP-51の機関銃の攻撃受けたと思われる血塗れのドラゴンがいたのだが、上部機銃座にいた兵士がその存在に気が付いた時には既にドラゴンは急降下に入っていた。

 

慌てて各機体から搭載されている機関銃の火線が張られるが時既に遅し。

 

幾つかの弾がドラゴンの体に命中するも、ドラゴンはそのまま編隊の一番端を飛んでいた機体の右翼に体当たりを敢行した。

 

「第一編隊右翼側三番機被弾!!墜ちます!!」

 

誰かの被害を知らせる声がマイクを通して機内に響き渡る。

 

狙われた機体はドラゴンの体当たり攻撃を受けた右翼が根元からポッキリと折れすぐに操縦不能に陥りグルグルと回転しながら地上に落ちて行く。

 

無線機からは墜ちていくB-29の搭乗員の断末魔が響き渡っていたが機体が地面に叩きつけられ炎上、爆発するとその声も聞こえなくなった。

 

「チィ!!全方位警戒を厳にしろ!!」

 

ルメイ少佐はこれ以上の被害を出さないため各機に命令を出したが、これ以降作戦中に被害が出るような敵の攻撃はなかった。

 

「……機体から脱出した者を見たものは?」

 

「……いません。あのように回転して墜ちていったのでは遠心力のせいで機内から脱出する暇もないかと。それに……。地上は魔物だらけです。パラシュートで脱出できても生きているのは不可能かと」

 

「……そうだな」

 

その後、後続の編隊が目標空域に到達して作戦通り山に逃げ場を求めて集まって来ていた魔物の大群を爆撃し、吹き飛ばした。

 

地上では次々と投下される爆弾が炸裂し魔物は肉片も残さず吹き飛び地下に逃げ込んだ魔物も投下される八〇番陸用爆弾(800キロ爆弾)やトールボーイの至近弾、直撃弾を受け地面もろとも木っ端微塵にされた。

 

撃ち漏らした魔物も上空をグルグルと旋回する地上支援機型に捕捉され40mm連装機関砲や九一式十糎榴弾砲の集中砲火を浴びるか空中戦を終えて弾薬が残っていたP-51の機銃掃射を浴びせられ次々と殺されていた。

 

「任務完了だな」

 

作戦が終了し、各機体に搭載されていた爆弾や砲弾が無くなると空爆部隊は基地に帰投することになった。

 

眼下には合計数十万発もの爆弾や砲弾が撃ち込まれ草木一本残さず焼け野原になった山があった。

 

ほんの数時間前までは青々とした木々が生い茂り無数の魔物達が暮らしていた山の面影はもはやなく、今となっては我々の爆撃により至るところから黒煙を吹き上げ、大量の魔物の骸を晒す山となっていた。

 

「こちら空中管制機より司令部へ。空爆作戦は成功。戦果大なり。されど撃ち漏らし多数確認。第二次攻撃の要あり。これより帰投する。なお本作戦にて被撃墜1機あり。以上。」

 

地上の惨状を尻目にルメイ少佐は司令部に連絡を取った後、残存機54機で編隊を組み進路を前哨基地に向け帰投した。

 



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早朝に野営地を片付け、王都に向けて出発したカズヤ達は昼になる前に王都に到着していた。

 

しかし、これまでに通って来た街でもあったように市街地の中に車両ごと入ると騒ぎになるため近くの森に車両を隠し、その守りに親衛隊を半分残して王都に入ることになった。

 

「さすが王都でかいな。今まで通ったほかの街や都市とは規模が違う」

 

「それはそうだろう。なんと言ってもここは我がカナリア王国が誇る王都バーランスだからな」

 

千歳を先に冒険者ギルドへと送り出し、イリスが乗る馬車の護衛にフィリス達と共に付きながら王都の中心にある城に向け歩みを進めるカズヤはフィリスの簡単な説明を聞いていた。

 

「バーランスは広大な土地を3重の城壁で囲んだ作りになっていて外側から大まかに平民、貴族、王族と住んでいるエリアが別れているのだ」

 

王都の中は国の中心なだけあり大通りには多くの人――人間以外にも尖った耳を持つエルフや成人しているが少年少女並みの身長しかないホビット、きわどい衣装を身に纏ったサキュバス、上半身は美人な女性だが下半身が蜘蛛や蛇になっているアラクネやラミア等の妖魔族や人間の体に動物のフサフサした耳や尻尾が生えている獣人が溢れ返っていた。

 

しかし、人々の顔には笑顔がなく同時に活気が無かった。

 

「ふーん。それにしても……なんだか活気がないな」

 

「……しかたない。エルザス魔法帝国との戦争で税が上がったり、また魔物の異常繁殖のせいで物流が滞り物価が上がっているからな」

 

「……」

 

カズヤとフィリスが何気ない会話を交わしていると、その会話を馬車の中から恨めしそうな顔でじっと見詰めている者がいた。

 

「なんかスッゴイ見られているんだが……」

 

「我慢してくれ。まさかイリス姫殿下を馬車から降ろし歩かせる訳にも行くまい。忘れてはいないと思うが我々はお忍びで行動しているのだぞ」

 

「あぁ、分かってる」

 

「ならばいい。それにしてもイリス姫殿下がカズヤにあれほど執着なさるとは……」

 

フィリスはそう言って王都に着くまでに起きた様々な出来事を思い返していた。

 

「俺も想像以上だったよ。あれは……」

 

カズヤもフィリスの苦悩に付き合うように2人で今までのハプニングを思い返していた。

 

だが2人が過去の出来事を思い出して黄昏ている間に数人の騎士が守る巨大な城門の前に着く。

 

「っと、城についたぞ。護衛の任務はここまでだな」

 

「そうだな。それでまずは女王陛下に報告をせねばならぬから……そうだな、2〜3日中までには使いの者を出すから城に来てくれるか?そこで報酬を渡そう」

 

「分かった。俺たちは冒険者ギルドにいると思う。いなかったら車両の方に人を送ってくれそこなら必ず部下がいるはずだ」

 

「承知した。それではまた会おう」

 

そう別れの挨拶を言ってフィリス達は城の門をくぐり中へ消えて行った。

 

だがその際、馬車の扉がガタガタと激しく揺れ中にいる人物が外に出ようとしていた。

 

「アレは……ヤバイな」

 

カズヤは馬車の中でイリスを宥め外に出ないよう必死の攻防を繰り広げているであろう2人のメイドに感謝の念を送っておいた。

 

 

 

フィリス達と別れたカズヤは冒険者ギルドにいるはずの千歳と合流するべく王都の中を歩いて行く。

 

「ここか?」

 

「そのはずです」

 

今までの街や都市で見た物と同じように冒険者ギルドを示す剣と盾が描かれている看板を見つけカズヤが部下に確認すると肯定の返事が返ってきた。

 

「じゃあ入るか」

 

カズヤが冒険者ギルドの扉を開けて中に入ろうとした瞬間。

 

扉の横にあった窓を突き破り中から冒険者の男が吹き飛んで来た。

 

「うぉっ!?なんだ!?」

 

「隊長!?お下がり下さい!!」

 

突然、吹き飛んで来た男に辺りは騒然となったが親衛隊の隊員は慌てることなくコンバットナイフを構えカズヤを庇いつつ周辺を警戒する。(ちなみに親衛隊が銃ではなくコンバットナイフを構えているのは王都に入る前にカズヤが火器の使用制限を言い渡したためである)

 

カズヤの守りに付かなかった残りの親衛隊員は何が起きているか確認するべく冒険者ギルドの扉の前に張り付きアイコンタクトを交わす。

 

そして1度頷きコンバットナイフや短刀を抜き放つと扉を押しあけ室内に雪崩れ込んだ。

 

「……何も起きないな」

 

親衛隊員が冒険者ギルドに雪崩れ込んだ後、戦闘の音が聞こえなかったためカズヤも恐る恐る様子を伺いながら中に入った。

 

「……何をやっているんだ、千歳?」

 

シーンと静まり返っている冒険者ギルドの室内で騒動の中心にいたのは夜叉のような顔をした千歳だった。

 

その千歳は半泣きで股間をビチャビチャに濡らす男の首にククリナイフを押し付けおり、周りには4〜5人の冒険者がボロボロの状態で床に倒れ伏していた。

 

「……これはですね」

 

「いいから、その男の首に当てているククリナイフを離してやれ」

 

「ハッ」

 

カズヤが命じると千歳はすぐにククリナイフを鞘の中に仕舞う。

 

「ひっ、ひぃ……」

 

首からククリナイフが離され千歳の手から逃れた男はドサリと音を立てて倒れ伏しうめき声と悲鳴が混じった声を漏らす。

 

「はぁ〜またか……」

 

「誠に申し訳ありません……」

 

カズヤが呆れながら千歳に問い掛けると千歳は目を伏謝罪の言葉を口にした。

 

王都に着くまでに通った街や都市でも度々起きていたのだが、情報収集のため立ち寄った冒険者ギルドでは必ずと言っていいほど親衛隊の女性兵士は冒険者の男に絡まれていた。

 

理由は簡単で親衛隊の女性兵士が皆、美人だからである。

 

そのため、いつもは男性隊員のみをギルドに送っていたのだが、今回は人員の都合で千歳だけをこの場に送ったらまたこうなってしまった。

 

……まぁ、しょうがないか。

 

こんな事態にはもう慣れてしまっていたカズヤは、ただ深いため息を1つ吐くだけだった。

 

「……でよう、あの件は――」

 

「ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」

 

「床で寝てるのを連れてくぞ」

 

「は〜い」

 

冒険者ギルドではこのような騒ぎは日常的に起きているのか、千歳がククリナイフを仕舞うと今までの出来事が無かったようにギルド内はガヤガヤと騒がしくなりギルドの係員が4〜5人出てきて倒れている男達を奥の部屋へと運んで行った。

 

その様子を横目にカズヤは千歳に問い掛けた。

 

「もう少し穏便に済ますことはできないのか……」

 

「それは無理です。あの男達はご主人様専用である私の体に触れようとしましたので」

 

「……」

 

嬉しいんだが、そう言う発言はもう少し小さい声で言って貰えないかな。

 

千歳の声が聞こえていたのであろう冒険者達が凄い目でこっちを見てるから。

 

「ふぅー。もう起きてしまったことはしょうがない。それより頼んでいた用事は済んだか?」

 

カズヤは周りの冒険者の視線を無視して千歳に問う。

 

「はい。それは完了しています。それと建物を維持する奴隷も購入しておきました」

 

カズヤが千歳に頼んだ用事とは冒険者ギルドで情報を収集することと王都でセーフハウス代わりに使う建物を架空の人物名義で購入することである。

 

「じゃあ屋敷でも見に行くか」

 

冒険者ギルドでの用事が済んだのでカズヤは千歳が購入した建物――屋敷を見に行くことにした。

 

また今いる親衛隊の半数ほどの兵士達に金貨を渡し情報収集も兼ねて休暇を言い渡す。

 

ちなみにこの世界の貨幣は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種類あり銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚となっている。

 

 

千歳に案内で王都の高級住宅街を進んで行くと、その片隅に建つ屋敷がカズヤの視界に入った。

 

「こちらです。ご主人様」

 

カズヤが千歳と共に屋敷の門をくぐり中に入ると庭は荒れ果て草が伸び放題になっていた。

 

大丈夫か?ここ……

 

若干の心配をしながらも千歳の後に続き、カズヤが屋敷の中に入ると多少埃っぽかったが人が住める程度には綺麗になっていた。

 

「ここは3週間程前まで商人が住んでいたそうです。家財道具等もそのままなので掃除が終わればすぐにでも居住可能です」

 

「そうかご苦労だったな千歳。しかし結構でかいなこの屋敷」

 

「もっと大きい物件もあったのですが、値段が高くそちらを選ぶとなにかと目立ちそうでしたのでやめておきました」

 

「それが妥当な判断だな」

 

千歳とカズヤが入り口のエントランスホールでしゃべっていると奥の方からバタバタと走る音が聞こえて来る。

 

……なんだ?

 

カズヤが足音を不審に思いそちらを見ると様々な種族の若い女性達がメイド服を纏い走って来た。

 

「お、お帰りなさいませ旦那様!!奥様!!」

 

カズヤ達の前に急いで整列するとメイド達はそう言って一斉に頭を下げる。

 

なにこれ……メイド喫茶?それより奥様って?

 

頭に浮かんだ疑問の答えを導き出そうとカズヤが悩んでいると横にいた千歳が答えてくれた。

 

「コレらが購入してきた奴隷達です」

 

「いやいや、コレらってそんな物みたいに……。っていうか奥様って……」

 

「フフッ」

 

メイド達が千歳を奥様と言った訳をカズヤが聞こうとすると千歳は、はっきりと答えず小さく笑みを浮かべるだけであった。

 

そんな様子に恐怖を感じたカズヤは目をそらし、目の前の彼女達に視線をずらした。

 

……美女ばっかだな。しかも色々な種族の。

 

全員メイド服なのは統一されているが一人一人メイド服も型が違い様々な種類のメイド服を着ていた。

 

また年齢層も下は15歳位から上は30歳過ぎ迄の容姿端麗な美女、美少女が揃っているという徹底ぶり。

 

感心したようにカズヤが彼女達を眺めていると千歳がカズヤの耳に口を寄せ囁く

 

「全員処女とはいきませんが、なるべく処女を集めてきましたのでご主人様の気が向きましたらご賞味下さい」

 

怖いよ!!千歳に何があったんだ!?

 

千歳はいたって普通に言ったつもりだろうが、カズヤからすれば千歳の言葉は逆に不気味であった。

 



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千歳が買ってきた奴隷――メイド達の自己紹介を聞き終えたカズヤは千歳を伴い屋敷の中を見て回っていた。

 

「――そして、こちらがご主人様の私室になります」

 

「ふむ……ちょうどいいし少し休むか」

 

……っていうかベッド、デカっ。

 

屋敷の中をすべて見終わり最後に自分の部屋に案内されたカズヤは寝室で横になってくつろいでいた。

 

「……そう言えば空爆でどれだけレベルは上がったんだろう?」

 

先の空爆が終わってからレベルの確認をしていなかったことを思い出したカズヤはメニュー画面を開いてみた。

 

[兵器の召喚]

魔物を大量に倒したためレベルが55まで上昇し一部の制限が解除されました。

 

それに伴い2013年までに開発された兵器も新たに使用できるようになりました。

 

[召喚可能量及び部隊編成]

 

歩兵

・2万人(一個師団)

 

火砲

・1500

 

車両

・2500

 

航空機

・1200

 

艦艇

・500

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は軍団規模までとなっています。

 

※歩兵が2〜3人で運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

 

 

「これはまたチートが加速したな……」

 

空爆で数万匹にも及ぶ魔物を殺したお陰でレベルが上がり能力の弱点であった制限が解除され、また兵器不足の問題も若干解消された事にカズヤは喜んだ。

 

これだけ召喚できる軍の規模が増して兵器の種類が広がっているとなると1回基地に戻って部隊の再編成や武器兵器の更新をしないといけないな。

 

そう考えたカズヤは千歳を伴い誰にも気付かれぬよう王都を出発。

 

王都から数十キロ離れた人気のない草原でUH-60ブラックホークを召喚し乗り込むと一路、前哨基地へと急いだ。

 

数時間後、前哨基地に無事到着したカズヤは早速召喚を開始し部隊の再編成や武器兵器の更新に駆けずり回る。

 

「えぇと、まず旧式のこれは要らなくなったから消して代わりに最新式のこれを召喚っと、で次に――」

 

 

その甲斐あってか約24時間で本拠地や前哨基地にいる全部隊の再編成と武器兵器の更新が完了。

 

そうしてすべての更新作業が終わると部隊規模が大きくなったためカズヤは総隊長から総司令と呼ばれ方が変わり千歳も中佐から大佐へと昇進することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

すべての作業を終えたカズヤはヘトヘトになりながらも、すぐ王都へ戻った。

 

「……ふぅ。やっと終わった。屋敷に帰って寝よう。千歳、帰るぞ」

 

「ハッ」

 

更新作業の疲労を癒すため屋敷で千歳と共に十分な睡眠を取ったカズヤが目を醒ますと親衛隊の兵士から妙な報告を受ける事になった。

 

「……屋敷の裏手にある倉に隠し扉があっただと?」

 

「はい、総司令達が居ない間にメイド達と共に屋敷をくまなく掃除して整理整頓していた時に見つけました」

 

「中は確かめたか?」

 

「いえ、まだです。まずは総司令にご報告をと思いまして」

 

「そうか……。じゃあ確かめるか。手空きの兵士を集めろ。あぁ、一応完全武装でな」

 

「ハッ、了解しました」

 

カズヤに返事を返すと報告を持ってきた兵士は部屋から出ていった。

 

しかし、隠し扉かぁ……なにがあるんだか。

 

カズヤが隠し扉についてあれこれと考えを巡らせている時だった。

 

「ご主人様」

 

「ん?なんだ千歳」

 

「……これは憶測なのですが、その隠し扉の先は地下牢があるかもしれません」

 

兵士の報告を聞いている間ずっと考え込んでいた千歳が、なにか思い当たる節があったのか口を開く。

 

「なぜ、地下牢だと?」

 

「いえ、屋敷を購入する際に以前住んでいたのが奴隷商だったというのを聞きましたので、もしかしたら……そうかと」

 

「……あり得ない話ではないな」

 

以前住んでいた商人って奴隷商だったのか。

 

じゃあ千歳の考えが合っているかもな。

 

カズヤがそんなことを考えながら集まった兵士と共に隠し扉をくぐると千歳の考えが正しかったことが分かった。

 

「なんだ、この腐臭は……」

 

「これは……凄まじいですね」

 

隠し扉の先には千歳の予想通り地下牢があったのだが地下牢の中は何かが腐ったような、鼻が曲がってしまいそうな匂いが充満していて酷い有り様だった。

 

そのためカズヤは急遽、対NBC兵器装備の00式個人用防護装備を召喚し装備すると部下達と共に改めて地下牢の探索を始めた。

 

「慎重に行くぞ」

 

「了解」

 

真っ直ぐ奥に続いている石畳の廊下を挟むように左右にある地下牢をM4A1カービンに付けたフラッシュライトで照らしながらカズヤ達は慎重に進む。

 

そうして地下牢を進んで行くと千歳が何かを見つけた。

 

「ご主人様……これを」

 

千歳が照らした先には腐蝕し虫が沸いている死体が横たわっていた。

 

匂いの元はこれか……。

 

「……ここから運び出して供養してやってくれ」

 

「了解です」

 

部下が遺体を外に運び出している間にカズヤ達は更に奥へ進んだ。

 

「ここで、行き止まりか……」

 

地下牢の一番奥には今までで一番大きい牢屋があり、そこには先程と同じように複数の遺体が転がっていた。

 

カズヤは牢の錠前をM4A1カービンで撃ち、破壊すると鉄格子の扉を開け中を調べ始める。

 

「……酷いな」

 

「……はい」

 

牢屋の中に横たわる遺体には妖魔族や獣人族と分かる身体的特徴を持つ遺体が多く、しかも体には拷問でも受けたような傷が大量に見られた。

 

「なぜ、こんなことを……」

 

「……この世界では奴隷――特に妖魔族や獣人族なのですが、奴隷は物品。つまり物扱いを受けていますから大方、奴隷をいたぶって遊んでいたのでしょう」

 

カズヤが欠損が激しい遺体を前に眉をひそめ小さく呟くと千歳がカズヤの呟きに答える。

 

クソ、胸くそ悪い話だ。

 

あまりの惨状を前にカズヤはただただやるせなさを感じていた。

 

「まだこんなに小さい子どもまで」

 

カズヤが周りの遺体に比べ、比較的傷が少ない様に見えた姉妹らしき2人の少女の頬に手を添えた時だった。

 

「……っ」

 

なっ!?

 

「……っ」

 

まさか……生きてる?

 

カズヤが慌てて2人の少女の瞼を抉じ開けライトを目に当てると2人の目が微かに動いた。

 

「ご主人様?どうかされましたか?」

 

いきなりしゃがみこんで遺体の瞼を開きライトを当て始めたカズヤの行動に疑問を抱いた千歳がカズヤに問い掛ける。

 

「……生きてる」

 

「はい?」

 

「生きてるぞ!?この2人!!」

 

「まさか!?」

 

カズヤと千歳が驚いて声をあげた時だった。

 

「せ、生存者あり!!」

 

「嘘だろ!?こっちも生きてるぞ!!担架急げ!!」

 

周りからも時を同じくして兵士達の驚きの声が上がった。

 

「衛生兵と軍医を呼べ!!それとここにある遺体の生死確認急げ!!」

 

「「「「りょ、了解!!」」」」

 

カズヤの命令と共に兵士達が慌ただしく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

思いもよらぬ出来事に見舞われたカズヤは、またヘトヘトに疲れ果てていた。

 

「疲れた……」

 

「お疲れ様でしたご主人様」

 

最終的には地下牢から助け出された奴隷達は妖魔族が5人、獣人族が2人の計7人に及び、助け出された奴隷は全て女性で内訳は妖魔族がヴァンパイアの姉妹とオーガ、ラミア、ダークエルフ。獣人族が狐耳と犬?狼? 耳の2人であった。

 

本来であれば彼女達はどんな処置を施しても、もう助からない状態だったのだが、カズヤが持つ完全治癒能力によりなんとか九死に一生を得る事が出来ていた。

 

「彼女達の容態は安定しています。ですから後は……彼女達次第です」

 

「あぁ、そうだな。しかし俺の完全治癒能力じゃあ栄養失調は治せなかったみたいだから早めに前哨基地か本拠地の病院に搬送しといてくれ」

 

「分かりました。そのように手配いたします」

 

「悪いが頼んだ。能力を使い過ぎたのか、とても眠いちょっと寝てくる」

 

カズヤはそう千歳に告げるとふらふらと自室に戻って行った。

 



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カズヤ達が地下牢から死にかけの奴隷達を助け出した翌日。

 

フィリスの使いの者が来たというのでカズヤは千歳を伴い城に出向くことになった。

 

「ヨーロッパにありそうな城だな」

 

「はい。まさに、と言った感じの城ですね」

 

城の中は隅々まで磨かれキラキラと光を放ち、床にはふかふかの真っ赤な絨毯が敷かれ壁には高そうな絵画が掛けられている。

 

そんな城内を眺めながらカズヤと千歳は歩いていた。

 

「こちらです」

 

案内役のメイドにそう言われ、カズヤと千歳が部屋の中に入ると中には鎧を纏ったフィリスと贅沢に宝石がちりばめられたドレスを着た見知らぬ妙齢の女性がソファーに腰掛けている。

 

……誰だ?この人?

 

ソファーに腰掛けている30代半ばぐらいの成熟した色香が立ち上る妖艶な女性。

 

そんな面識のない女性がこの場に居ることに小さく首を捻りながらもカズヤは部屋の中へと進む。

 

「こちらへどうぞ」

 

「お言葉に甘えて」

 

「失礼します」

 

にこやかな笑みを浮かべる女性にそう促されカズヤ達はソファーに腰を降す。

 

「初めまして私はカナリア王国の女王イザベラ・ヴェルヘルムです」

 

いきなり女王が登場!?

 

見知らぬ女性がカナリア王国の女王だったことに度肝を抜かれたカズヤだったが、驚きを表には出さず平静を装いなんとか返事を返す。

 

「お初にお目にかかりますイザベラ女王陛下。私がパラベラムの隊長、長門和也と申します。こっちが副長の片山千歳です」

 

「えぇ、フィリスから聞いていますよ。とても優秀な冒険者だとか」

 

「それは……光栄なことです」

 

イザベラ女王に返事を返しつつカズヤはイザベラ女王に何を吹き込んだ?という意味を込めてフィリスに視線を送る。

 

カズヤの視線に気が付いたフィリスはアハハ。とバツが悪そうに苦笑いを浮かべていた。

 

……変な事を言っていないといいんだが。

 

フィリスの態度にカズヤは不安を隠しきれなかった。

 

「では挨拶はこれぐらいにしておいて。私がここにいる理由をお教え致しましょう」

 

何を吹き込んだのか後で問い詰めるからな。といわんばかりにフィリスに厳しい視線を送っていたカズヤは喋りだしたイザベラ女王に向き直った。

 

「私がここにいるのは貴方達に直接お礼が言いたかったのです。此度はイリスを――引いては第二近衛騎士団の危機を救って頂き感謝致します」

 

「い、いえ。我々は偶然助けただけで」

 

いきなりイザベラ女王に頭を下げられたカズヤは慌てる。

 

「そう謙遜なさらないで。偶然であろうとイリスやフィリス達を救って頂いたのは事実なのですから」

 

「はぁ……」

 

感謝の意を示すイザベラ女王を前にカズヤは曖昧な返事を返す。

 

「それにあの子も――イリスも城に帰って来てから貴方の話ばっかりしているそうよ?」

 

ん?

 

まるで人から聞いたようにイリスの事を話すイザベラ女王にカズヤは違和感を感じた。

 

「あの……。失礼ですが、イリス姫殿下とはお会いになられていないのですか?」

 

カズヤが非礼を覚悟でそういうとイザベラ女王は悲しそうに顔を伏せた。

 

「えぇ、私もあの子と一緒にいてあげたいのですが、万が一私があの子の傍にいた場合に魔力が暴走すると危険だという理由で臣下達からあの子と会うことを止められているのです」

 

「……陛下。そろそろ本題に」

 

話が変な方向に向かい始めるとフィリスが、すかさず横から口を挟み話の流れを元に戻す。

 

「そうね、ごめんなさい。客人に聞かせる話ではなかったわね。……本題に入りましょうか」

 

暗い表情で視線を下に落としていたイザベラ女王はつとめて明るく振る舞うとフィリスに視線を送った。

 

「これが依頼の報酬だ」

 

イザベラ女王に促されてフィリスはじゃらじゃらと音のする白い袋を取り出しカズヤに手渡す。

 

これはまた……随分と奮発してくれたな。

 

フィリスから手渡された袋には金貨50枚と白金貨1枚が入っていた。

 

「こんなにもいいのか?」

 

相場よりも高い報酬を貰ったカズヤはフィリスに聞き返した。

 

「あぁ、構わない。それだけの価値がある働きをしてもらったんだ。当然の報酬だ」

 

「そうか、じゃあありがたく貰っておくよ」

 

金貨の入った袋を千歳に渡し、礼を言ってカズヤが立ち去ろうとするとイザベラ女王がカズヤを呼び止めた。

 

「少しお待ちになって」

 

「陛下?」

 

「? なんでしょうか」

 

「実は、貴方達にお願いしたいことがあるのです」

 

「依頼……ということでしょうか」

 

「えぇ、そうです」

 

イザベラ女王の突然の依頼にカズヤはおろか、フィリスまでが戸惑っていた。

 

イザベラ女王の話を無視して帰る訳にもいかず、カズヤと千歳はまたソファーに腰を降ろした。

 

「依頼というのは他でもありません。イリスの遊び相手になってやって欲しいのです」

 

「陛下!?それは……」

 

「……」

 

「受けて頂けないでしょうか。報酬は言い値で構いませんので」

 

うーん、どうしようか別に金には困っていないが今のうちに稼いでおいたほうがいいか?

 

突然のイザベラ女王の依頼をどうするかカズヤが黙り込んで考えていた時だった。

 

――バタン!!

 

突然、部屋の扉を突き破る勢いで砂まみれの兵士が部屋の中に飛び込んで来た。

 

直後、その兵士を睨み付けながら腰の剣に手を掛けたフィリスが兵士に向けて叫ぶ。

 

「何事だ!!今はイザベラ女王陛下と客人が喋っておられるのだぞ!!」

 

「ハァハァ……。ご、ご無礼をお許し下さい!!緊急の報告があります!!」

 

そう言いつつ部屋に駆け込んで来た兵士はチラリとカズヤと千歳を見た。

 

「構いません。報告なさい」

 

カズヤと千歳のいる前で緊急の報告をしてもいいのかと悩む兵士にイザベラ女王が許可を出した途端、兵士は膝をつき姿勢を正し喋り出す。

 

「ハッ、報告します!!魔物の異常繁殖が発生していた2ヶ所にて魔物の大量の死骸を冒険者が見つけました!!現在も詳細を確認中ですが、2ヶ所とも焼け野原の状態でほぼ全ての魔物が死滅しています!!」

 

「っ!?そ、それは本当の事なのですか!?」

 

イザベラ女王が信じられないとばかりに声をあげ兵士を問い質す。

 

「ハッ、本当のことであります!!」

 

兵士がイザベラ女王の問い掛けにしっかりと頷くとイザベラ女王はポロポロと涙を流し始めた。

 

「よかった……。本当によかった!!これであの子を生け贄にせずに済みます」

 

心底よかったという風にイザベラ女王は顔を手で覆い大量の涙を流していた。

 

「ッ、グスッ、ごめんなさい。取り乱してしまって」

 

兵士が部屋から出ていき泣き止んだイザベラ女王が落ち着くと話が再開される。

 

「いえ、構いません」

 

「それで、先程の話なのですが――」

 

――バタン!!

 

「大変です!!」

 

イザベラ女王が話を戻そうとするとまた部屋の扉が乱暴に開かれ兵士が飛び込んで来た。

 

「またか!!魔物の異常繁殖地の報告なら先程聞いたぞ!!」

 

連絡の行き違いでまた同じ報告が来たと思ったフィリスが兵士を怒鳴ったが兵士は首を振ってそれを否定する。

 

「違います!!それとは別件の緊急報告です!!」

 

そう言ってこの兵士も先程の兵士と同じようにカズヤと千歳の前で報告してもいいものか考える素振りを見せたのでイザベラ女王が先程と同じように許可を出した。

 

「構いませんから報告なさい」

 

「ハッ、報告します。城塞都市ナシストにエルザス魔法帝国軍が襲来!!襲来した敵軍の規模は10万ですが更に後方に50万の軍勢を確認!!現在、領主のカレン・ロートレック公爵様が籠城戦を行っていますが至急増援を求むと!!また未確認ですが敵軍に渡り人がいるという情報があります!!」

 

ん?城塞都市ナシスト……?確か……。

 

「まさか!?……それは本当なのか!?」

 

「ハッ、神に誓って真実であります!!何とぞお早く増援を」

 

突然の凶報にフィリスとイザベラ女王は言葉を失っていた。

 

「わ……かりました。お下がりなさい」

 

「ハッ」

 

ショックを受け呆然としているイザベラ女王に下がるように言われた兵士が部屋を出ていくと部屋の中は静まり返った。

 

「陛下……どういたしますか」

 

沈黙を最初に破ったのはフィリスだった。

 

「……今から軍を召集して出撃するのに何日かかりますか?」

 

「全軍を集めるのであれば国境に居る者達も呼び戻さねばなりませんから1〜2週間。近隣の兵士をかき集められるだけ集めて出撃するのであれば3日で2〜3万の軍勢を編成出来るかと。しかし移動時間などを考慮しますと3日以上軍の編成に時間をかけて援軍を送るのが遅れれば城塞都市は既に陥落していると思われます。しかしたった3万程度の増援では城塞都市の守備兵力の約2万と足しても焼け石に水です」

 

「そう……ですか」

 

部屋の中はまた重苦しい沈黙に包まれた。

 

そんな中カズヤと千歳は2人の会話に加わることが出来ずどうしようか悩んでいた。

 

「あの〜」

 

「あぁ、ごめんなさいつい……」

 

カズヤが恐る恐る機を見て2人に声を掛けると2人はカズヤ達がいることをようやく思い出した。

 

「すまない。カズヤ聞いていた通りだ。問題が発生した。陛下と私は早急に動かねばならん。失礼するぞ」

 

「あぁ、俺もちょうど用事ができた所だ」

 

「? そうか……。では失礼する。……元気でな。さ、陛下」

 

「えぇ、……ごめんなさいね、カズヤ殿。慌ただしくてまた……機会があれば……先程のお話のこと……。いえ、何でもありません。失礼します。お元気で」

 

2人は今後カナリア王国がどうなるか予想がついているのだろう。

 

悲壮な顔で部屋から出ていった。

 

残されたカズヤと千歳が2人の後に部屋を出ると城の中は大騒ぎになっていて多くの人が廊下を走っていた。

 

そんな時、見知った顔がカズヤの元に駆け寄って来る。

 

「はぁ……はぁ……見つ……けた!!」

 

「……ベレッタ?」

 

カズヤに駆け寄って来たのは第二近衛騎士団の副長のベレッタ・ザラであった。

 

「どうしたんだ?」

 

「っ……あの、あのっ!!帝国軍が攻めて来た話は聞いていますか?」

 

「あぁ、聞いた。大変なことになったな」

 

カズヤがベレッタの問い掛けに答えるとベレッタは瞳に涙を浮かべカズヤに掴み掛かる。

 

しかし、千歳がカズヤの前に出てそれを防ぐ。

 

「ご主人様に何のようだ」

 

「退いてください、貴女には用はない!!」

 

千歳と揉み合いになりながらもベレッタは泣きながらカズヤに懇願するように言う。

 

「お願いです!!妹を助けて!!」

 

ベレッタの悲痛な声が城の中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ベレッタの話を聞くためカズヤは先程の廊下から通行の邪魔にならない場所に移動し話を聞いていた。

 

「――という訳です」

 

「……つまり、帝国軍が攻め落とそうとしている城塞都市にはベレッタの妹がいて、ベレッタ自身は近衛騎士団の所属で動けないから代わりに妹を助けてきて欲しいんだな」

 

「そうです!!帝国は妖魔族や私達のような獣人族は生かしておきません。……陵辱した後に殺します。だから!!お願いします!!妹を助けて下さい!!」

 

ベレッタは膝をつき頭を地面に擦り付けるようにしてカズヤに懇願する。

 

そんなベレッタを冷たい目で見下ろしながら千歳が口を開く。

 

「さっきから貴女の話を聞いていれば、自分が動けないからご主人様に死地に赴けと?」

 

「私が動けるなら動いています!!けど……第二近衛騎士団はイリス姫殿下の護衛があるし……私1人が城塞都市に行っても何も変わらない……!!でもカズヤのパラベラムなら……!!」

 

「話になりません。行きましょうご主人様」

 

千歳がカズヤを促しベレッタの元から立ち去ろうとする。

 

「そんな……!!待って!!お願い!!」

「……千歳」

 

「はい」

 

「ベレッタをそんなに苛めてやるな」

 

「しかし……これぐらいはしておかないと」

 

「えっ?」

 

カズヤと千歳の会話を聞いてベレッタはどういうことなのかと2人の顔を交互に見ていた。

 

 

「実はな、ベレッタに頼まれる前にもう俺達は城塞都市に行くことにしていたんだ」

 

……個人的な借りも返さないといけないし。

 

「えっ、じゃあ……」

 

「あぁ、確約は出来ないがベレッタの妹も助ける」

 

「……本当に?」

 

「あぁ、本当だ」

 

「……う、うわあぁぁぁんーーー!!」

 

カズヤの言葉を聞いて安心したのかベレッタはカズヤの胸に飛び付き泣きじゃくっていた。

 

 

「……では妹をよろしくお願いします。妹の名前はコルト・ザラです」

 

そう言って妹のことをカズヤに託し立ち去って行ったベレッタを見送り依頼を受けたカズヤは屋敷に戻ると部下を全員集めた。

 

「全員よく聞け、今から我々は城塞都市ナシストに向かう。かの城塞都市は今、エルザス魔法帝国の攻撃を受け窮地に陥っている。我々の目標は帝国軍を撃退もしくは殲滅することだ。小隊のうち10人は屋敷に残す、残りは完全装備にて車両部隊と合流、出撃する!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤの命令を聞いた兵士達は気合いのこもった返事をすると準備のために散っていった。

 

「ご主人様。本当にご主人様、自ら城塞都市に向かわれるのですか?」

 

「あぁ、そうだが?」

 

 

「……分かりました。他の部隊はどう致しますか」

 

「まだ他のトリッパーに俺の能力――戦力を悟られたくない。だが戦況が悪いようであれば機を見て投入する。いつでも動けるよう前哨基地に待機させておけ。それと車両部隊のサイドカー付きのバイクを斥候として放て」

 

「了解です」

 

カズヤの強い意思の宿った目を見て千歳はカズヤにここに残って欲しいとは言わず、カズヤの補佐に徹していた。

 

そうして出撃準備が整ったカズヤ達は車両部隊と合流し、車両を近代的な物に召喚しなおすと一路城塞都市ナシストに向け出発した。

 



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王都の近くにある森の中に潜んでいた車両部隊と合流したカズヤは城塞都市ナシストに向け出撃する前に車両部隊と親衛隊の再編成を行った。

 

第1分隊

カズヤ・千歳、以下10名。

 

第2分隊

伊吹中佐、以下10名。

 

第3分隊

フレッチャー少佐、以下10名。

 

第4分隊。

舩坂軍曹、以下20名。

 

車両部隊

ハンヴィー。

(高機動多用途装輪車両)×5

 

M1130ストライカーCV装甲車。

(CV――指揮車型)×1

 

M1126ストライカーICV装甲車。

(ICV――兵員輸送車型)×4

 

M1128ストライカーMGS装甲車。

(MGS――機動砲システム搭載型)×4

 

73式大型トラック×5

 

「出発!!」

 

準備を終えたカズヤ達は意気揚々と出撃し、戦地である城塞都市ナシストに向かった。

 

 

 

城塞都市ナシスト。

 

カナリア王国がエルザス魔法帝国と帰らずの森からやってくる魔物の対策として建設した城塞都市。

 

円状に作られている城塞都市の中心には巨大な城がそびえ立ち、その周りを市街地と敵の侵入を阻む大きな城壁が取り囲んでいる。

 

城壁は城と市街地を外敵から守るため高さ15メートルを誇り堅固な作りとなっており、城、城壁、市街地、城壁、市街地、城壁の形で3重に設置されている。

 

また1つの城壁につき2つの城門しかないため交通の便は悪いが、少ない戦力でも防衛が容易となっている。

 

そして城塞都市は代々、カナリア王国に存在する3つの公爵家のうちの1つ、ロートレック公爵家に任されており今はロートレック家の現当主カレン・ロートレック公爵が城塞都市を運営している。

 

また城塞都市には王国軍1万5千人、公爵の私兵が約5千人、冒険者が数千人、市民が15万人ほど暮らしている。

 

そんな城塞都市を目指しカズヤ達が王都を出発してから丸一日。

 

休みなく走り続けた甲斐あって城塞都市ナシストまであと1時間の距離までカズヤ達が近付いた時だった。

 

斥候に放ったバイク部隊から報告が入る。

 

「ご主人様、斥候部隊から報告が入りました」

 

「内容は?」

 

「ハッ、城塞都市の3つの城壁の内1番外側の第3城壁が陥落した模様。市街地から火の手が上がり黒煙が舞い上がっているそうです。また帝国軍は休むことなく第2城壁に攻勢をかけていると」

 

「……第3城壁が突破されたか」

 

「どういたしますか?」

 

「……無線機を貸してくれ」

 

「どうぞ」

 

「皆、斥候部隊の報告は聞いたか?」

 

カズヤが無線機で各分隊長に連絡を取ると直ぐに返事が帰くる。

 

『はい』

 

『もちろんです』

 

『ハッ、聞きました』

 

「ならば分かっていると思うが作戦を変更する。第1分隊と第2分隊は第3城壁の内部に侵入した敵兵を排除し城塞都市の守備隊と合流。第3、第4分隊は第3城壁に2つある城門の制圧、確保。後は戦況に応じて指示を出す。以上だ」

 

『了解しました!!』

 

『了解!!』

 

『承知!!』

 

分隊長達の頼もしい返事を聞いたカズヤは通信を切り無線機を千歳に返した。

 

「無事でいてくれよ……」

 

そう小さく呟やいたカズヤは、とある人物に思いを馳せ武者震いで小刻みに震える手をギュッと握り締めながら、まだ見えない城塞都市の方角を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

木々の生い茂る丘に潜む斥候部隊とカズヤが合流し、のどかな平原の中に作られた城塞都市を双眼鏡で見てみるとそこでは激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

「総司令、あちらです」

 

「ずいぶんとド派手にやってるな」

 

城塞都市の上空にはエルザス魔法帝国軍(以降、帝国軍)の竜騎士が縦横無尽に飛び回り魔法や弓で攻撃を行い、それを迎撃するべく城塞都市側からは城壁の上に設置されているバリスタや弓兵から無数の矢が放たれ、更には魔法使いが魔力弾を打ち上げていた。

 

また地上では帝国軍の歩兵や騎兵、マスケット銃を装備した銃兵や魔物を使役している魔物使い、そして帝国軍で最大規模を誇る魔法使いの部隊などを含んだ大軍勢が城塞都市の強固な守りを崩そうと攻勢をかけていた。

 

その後方ではカタパルトやトレビュシェット、先込め式のカノン砲を装備した工兵隊が城塞都市の第2城壁に向け盛んに岩を飛ばしたりカノン砲の砲弾を撃ち込んでいる。

 

それに応戦するように城塞都市側からも砲弾や岩が帝国軍に向け放たれていたが、帝国軍と比べるとその数は圧倒的に少なかった。

 

それもそのはずである王都に報告が来る前には既に城塞都市と帝国軍の戦端は開かれており城塞都市はもう4日もの間、孤軍奮闘の状態で帝国軍の猛烈な攻勢に耐えている状況だったからだ。

 

「こりゃあ、急がないと不味いな……」

 

完全に包囲されている城塞都市を眺めていたカズヤはそう呟き視線を敵本陣へと向ける。

 

しかし敵本陣は城塞都市の南側にありカズヤが今いる北側からは城塞都市を挟んで向こうにあるため、よく見えなかった。

 

そのためカズヤは敵本陣を見るのを諦め双眼鏡をしまうと丘を駆け降り部隊の元へと戻った。

 

「どうでしたか、ご主人様。戦況は?」

 

「最悪だな。激戦になりそうだ……」

 

武器弾薬、医療品を能力が使える今のうちに召喚しておくか……。

 

カズヤは戦闘に入る前に出来る限りの弾薬や物資を召喚すると73式大型トラックに詰め込んだ。

 

「よし、じゃあ行くぞ!!」

 

準備が整ったカズヤはそう言って命令を下す。

 

「これより作戦行動に入る!!総員、己の任務を全うせよ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

命令と共にカズヤ達が乗る車両のエンジンが唸りを上げて進みだした。

 

 

 

「いいよな、先に行った奴らは今頃楽しんでいるんだろうな……」

 

「おいおい、まだ一番外側の城壁を越えたばかりだぞ、どうせ今行った所でありつけるのは戦闘中に前に出すぎて捕虜になった妖魔族や獣人族の亜人共の女ぐらいだろ……」

 

「いいんだよ。長いこと従軍しているせいで溜まっているんだから」

 

攻め落とした城門を確保しているよう命じられた帝国軍の兵士達が、思い思いに喋っていると1人の兵士が異変に気が付く。

 

「……なぁ、おい。騎兵部隊の増援が来るなんて聞いていたか?」

 

「そんな命令は聞いていない。それに攻城戦だぞ?今、騎兵部隊の増援が来ても意味がないだろ」

 

「……騎兵部隊じゃないならアレは何なんだ?砂埃でよく見えないが、だんだんこっちに向かって来ているぞ?」

 

「はぁ?」

 

仲間にそう言われた兵士がそちらを見ると、大量の砂埃を舞い上げ何かが城門に接近していた。

 

「……おいおい!?アレはなんだ!?見たことないぞ!!あんな物!!」

 

兵士がにわかにざわめき出した時だった。

 

突風が吹き、砂埃が一瞬はれると中から今まで見たことがない四角い箱のような物体が砂埃の中からその姿を現した。

 

「よく分からんが、アレは味方じゃない敵だ!!」

 

隊長の叫び声でやっと敵が接近していることに気が付いた兵士達は慌てて自分達の武器を手に取った。

 

 

 

「こちらに気が付いたようですね」

 

帝国軍の動きが活発化したのを見て千歳がそう呟いた。

 

「ここまで敵に気付かれずに接近できるとは予想外だったな」

 

こんなにも早く敵が来るとは思っていなかったのか、帝国軍の意識はすべて城塞都市に向けられており城塞都市を目指すカズヤ達に気が付くことはなかった。

 

そして、それを好機とばかりにカズヤ達を乗せた車両部隊はフルスピードで城門を目指しひた走っていた。

 

「それじゃあ……。盛大に暴れて殺ってやろうじゃないか!!」

 

憤怒に燃えるカズヤが気勢を上げて言い放った。

 

何故、カズヤが憤怒に燃えているかというと、城塞都市に向かう途中に城塞都市の近くに点在する幾つかの村、そのすべてで帝国軍の蛮行(村人が皆殺しにされ無惨な死体で吊し上げられていた。また暴行した形跡もあった)を目にしているためである。

 

「ストライカー06から09。城門付近に集結中の帝国軍の歩兵部隊に榴弾をブチ込め!!他の車両は包囲網を敷いている敵を攻撃しろ!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

命令とほぼ同時にM68A1E4 105mm砲を搭載している4両のM1128ストライカーMGS装甲車から目標の歩兵部隊に向け一斉に榴弾が打ち出される。

 

砲声を轟かせ発射された4発の砲弾が盾を前面に並べその後ろで剣や槍を持った歩兵達が陣形を組んで迎撃準備を整えている所に着弾。

 

帝国軍の歩兵部隊は爆煙に包まれて姿を消した。

 

風が吹き爆煙が晴れると先程まで綺麗に陣形を構築していた歩兵部隊の姿はもはやなく、そこにあったのは目を覆いたくなるような無惨な死体と数百人規模の負傷者達があげる悲痛なうめき声だけであった。

 

「なんだ!?地上部隊が襲われているぞ!?」

 

「なんだと!?」

 

「敵の増援か!?えぇい蹴散らすぞ!!かかれ!!」

 

地上部隊の異変にようやく気がついた竜騎士達が慌ててカズヤ達に襲い掛かるが。

 

「対空戦闘!!叩き落とせ!!」

 

カズヤの命令でハンヴィーやストライカー装甲車に搭載されていたM2重機関銃や12.7mm弾を使用するガトリング式重機関銃GAU-19の濃密な弾幕が張られた。

 

「ブベッ!!」

 

「グゲッ!!」

 

そんな中に突っ込んでしまった竜騎士達は次々と空に真っ赤な花を咲かせ、バタバタと地上へ落ちて行く。

 

「これより城塞都市に突入する!!第2分隊は俺に続け!!第3分隊は北門の制圧、確保!!第4分隊は反対側にある南門の制圧、確保!!」

 

上空の敵を一掃したのを見てカズヤは各分隊に命令を伝える。

 

『『了解!!』』

 

『承知!!』

 

分隊長達から返事が帰って来るとカズヤは第4分隊の分隊長、舩坂軍曹だけに無線を繋ぐ。

 

「こちらカズヤ。舩坂軍曹応答せよ」

 

『? どうされました総司令殿』

 

「今のうちに言っておきたいことがあってな」

 

『なんでしょうか?』

 

「……正直、第4分隊に命じた南門の制圧、確保は厳しいものになるだろう。そちらの城門――南門から10キロの位置には敵本陣が存在しているし俺達は反対側にいる。軍曹が援軍を要請してすぐに行ってやることは出来ない……。それに――」

 

カズヤがストライカーCV装甲車の上部ハッチから体を乗りだし無線機を通し第4分隊の分隊長、舩坂軍曹に語り掛けているとそれを遮り返事が帰ってきた。

 

『失礼ながら、それは百も承知であります。ですから総司令も我が分隊に他の分隊よりも多く兵員や車両を振り分けられたのでしょう?総司令殿にそこまで配慮して頂いたのであれば是非はありません。それに我々は総司令の部下であり兵士――軍人です。総司令である貴方にやれと言われれば命令通りにやるのが我々の務め。どうぞお気になさらず』

 

カズヤの心情を読み取ったような言葉にカズヤは心の中で礼を言ってから舩坂軍曹に返事を返した。

 

「……そうか。では頼んだぞ」

 

『承知。ご武運を総司令殿』

 

「あぁ、軍曹もな」

 

カズヤの乗るストライカーCV装甲車の横を並走しているハンヴィーに乗っている舩坂軍曹がカズヤに向け敬礼をすると第4分隊に配属された車両がカズヤ達から分離し、城塞都市の反対側にある城門を目指して走って行った。

 

それを見送りカズヤ達は真正面に見えている城門に突入した。

 

「GO!!GO!!GO!!突っ込め突っ込め!!」

 

突然の襲撃により混乱した敵兵で溢れている城塞都市内部に突入すると第1・第2分隊はスピードを緩めることなく城塞都市の大通りを敵兵を轢き殺し、撃ち殺しつつ前進。

 

城門の確保を命じられている第3分隊は城門近くで停車、戦闘を開始する。

 

「オラオラ、これでもくらいやがれ!!」

 

「ご主人様、危険です!!中に入っていて下さい!!」

 

千歳の言葉も聞かず、カズヤは自身が乗るストライカーCV装甲車に搭載されているM2重機関銃を使い12.7mm弾を帝国軍兵士に向け乱射していた。

 

そうこうしている間にカズヤ達は第2城壁の城門前に辿り着く。

 

そして車両が停車すると車内にいた兵士達が降車し敵兵を掃討し始めた。

 

「な、なんだコイツら!?」

 

「どっから沸いて出たんだ!?」

「に、逃げろ!!」

 

突然、背後から襲撃を受けた敵兵達は混乱し逃げ惑うばかりである。

 

「ま、待てお前ら!!戦え!!」

 

「反撃するぞ!!」

 

一部の勇敢な魔法使いや歩兵がカズヤ達に反撃しようと試みたが、瞬く間に親衛隊員が装備しているM4A1カービンやMK48 Mod0(M249ミニミ軽機関銃の7.62mm NATO弾仕様)の集中射撃を受け、全員蜂の巣にされ無惨にも自分の血の池に沈むことになった。

 

そしてカズヤ達の攻撃を受けた敵兵達が混乱しつつも体制を立て直し反撃をしようとした時だった。

 

「「突撃ィィーー!!」」

 

 

「「「「うおおおおぉぉぉぉーーーー!!」」」」

 

突然、城門が開かれ中から城塞都市の守備兵達が雪崩を打って飛び出し今までの鬱憤を晴らすように帝国軍兵士に襲い掛かり始める。

 

これが決定打となり、帝国軍は総崩れで雪崩を打って逃げ始めた。

 

そして敵部隊が逃げて行った後には多数の攻城塔や屋根がついた破城槌が城門前に放棄されていた。

 

「第2分隊はこの場を確保し残敵の掃討にあたれ。第1分隊、城塞都市の指揮官に会いに行くぞ」

 

「「了解」」

 

戦いに勝利したことに喜び、大声で勝鬨をあげている城塞都市の兵士で埋め尽くされた城門前に第2分隊を残し、第1分隊を引き連れカレン・ロートレック公爵に会うべくカズヤは城塞都市の中心にある城へ向かった。

 



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「「「「ワアアアァァァーーー!!」」」」

 

「ぬおっ!?」

 

カズヤ達がロートレック公爵に会うために城塞都市の中心にある城に入ると、城内では帝国軍を撃退した事を聞きつけ歓声を上げる兵士や城塞都市の住人達で溢れ返りお祭り騒ぎになっていた。

 

「聞いたよ!!あんた達が帝国軍をやっつけてくれたんだってな、ありがとう!!本当にありがとう!!」

 

「え?あぁ、どうも。ちょ、通してくれ!!」

 

「お前さん達、どっから来たんだい?」

 

「よぉ、兄ちゃん達!!後で酒を奢るからな!!」

 

「いや、だから通してくれって!!」

 

「ねぇねぇ、これなぁに?」

 

「だあぁ!?お嬢ちゃん!!それ触っちゃだめ!!それは手榴弾だ!!」

 

帝国軍を撃退した知らせと同時に勝利の立役者であるカズヤ達のことも既に城内には知れ渡っていたため、カズヤ達はお礼を言ってくる兵士や城に避難している城塞都市の住民達に囲まれてしまい、なかなか奥へ進むことが出来なかった。

 

「あー、エライ目にあった……。千歳は大丈夫か?」

 

「はい、なんとか」

 

なんとか住民の群れを突破したカズヤ達は城塞都市の兵士の案内を受けてようやく目的の部屋に辿り着く。

 

「千歳以外はここで待機しててくれ」

 

「「「ハッ、了解しました」」」

 

「――失礼する」

 

部屋の外に第1分隊の兵士達を待機させ、部屋の扉をノックし千歳と共にカズヤが中に入る。

 

カズヤが入った部屋の中には目元に真っ黒な隈を浮かばせ疲れ果てた様子の2人の女性がいた。

 

1人は見るものを圧倒するような覇気に包まれ、細くしなやかな体とあまり膨らみがない貧……ささやかな胸。

 

そして金髪を後ろで縦ロールにしている小柄な少女……女性。

 

もう1人は長く伸びた蒼髪をポニーテールで纏めた長身の美女だった。

 

中に入って来たカズヤを一瞥し金髪の女性――カレン・ロートレック公爵はおもむろに口を開く。

 

「……貴方達がどこの誰かは知らないけれど助かったわ。貴方達のお陰で帝国軍を一時的にとは言え追い返すことが出来た。礼を言うわ」

 

以前、カレンとカズヤは一度会っているのだがその時と服装が違っていることに加えカズヤがヘルメットやサングラスを掛けていて素顔が見えず、また部屋に入ってきた人物が帝国軍を追い返した傭兵部隊か何かの隊長としか思っていないカレンは疲れた様子でカズヤにそう言った。

 

「あ〜〜〜いや、俺は個人的な借り?を返しに来ただけだ。まぁ、それ以外にもいろいろ理由はあるが……一応自己紹介しておく俺がパラベラムの隊長、長門和也」

 

そう言いつつカズヤがサングラスとヘルメットを外すとカレンの目が驚きで大きく見開かれた。

 

「あ、貴方は!?」

 

「……カレン様?お知り合いですか?」

 

カレンの部下で魔法使いのマリア・ブロードは驚きを露にしているカレンにそう問い掛ける。

 

「えっ、えぇ。少しね」

 

歯切れの悪い返事を返すカレンの様子に疑問を感じたマリアだったがそれ以上、主に質問することはしなかった。

 

ちなみにカズヤとカレンの間に何があったのかということを説明しておくと、まずカズヤがイリス達を街道でバグの群れから助けた後、初めに立ち寄った街がこの城塞都市ナシストでイリス達が必要な物資を集めたり負傷者を街の教会(この世界では病院のような扱い)に運び込んだりしていた2日間の間カズヤはここに滞在していたのだが。

 

その滞在2日目にカズヤとカレンは出会った(最悪の出会い方で……)

 

詳しくはまた別の機会に語られるであろうが、簡単に言うとお忍びで街中を1人で視察に来ていたカレンと部隊から脱走し街を1人で散策していたカズヤはぶつかり、勢い余って2人は地面に倒れ込み気が付けばカズヤが押し倒す形でカレンの唇を奪っていたのである。

 

そんなハプニングがあったため2人は一応知り合いなのである。

 

「……」

 

……めっちゃ睨まれてる。

 

カレンは何か言いたげな表情でカズヤを睨んでいたが、自身が思っていることを言ってしまうとお互いの間に何があったかを部下であるマリアに悟られる危険性があったため口を閉ざし、咳払いをすると少し事務的な感じでカズヤ達に語りかけた。

 

「ゴホン!!とにかく貴方達のお陰で助かったわ。今夜は兵の士気を上げるため戦勝祝いの宴を開くから貴方達も是非参加して頂戴。その後で話しをしましょう」

 

「分かった。だが、その前に1つ。俺達が城塞都市の中を自由に動きまわることを許可して欲しい」

 

「……まぁいいでしょう。城内やその他の立ち入り禁止区域以外は自由に入れるように手配しておくわ。それでいいかしら?」

 

「あぁ」

 

「ではまた夜に」

 

そう言うとカレンはカズヤ達に退出を促す。

 

「また夜に」

 

笑顔でそう言い残したカズヤは千歳と共に部屋を出た。

 

 

 

カレンのいた部屋を後にしたカズヤは臨時の指揮所となった天幕の中で千歳から各分隊と現状の報告を受けていた。

 

「じゃ、報告を聞こうか」

 

「ハッ、今現在、各分隊は問題なく任務を継続中です。各分隊の被害はそれぞれ第2分隊に軽傷者2名。第3分隊に重傷者1名と軽傷者3名。第4分隊は死者1名に重傷者2名と軽傷者4名です」

 

やはり第4分隊の被害が大きいな……。

 

「敵軍の様子は?」

 

「城塞都市を依然として包囲していますが、被害が大きかったのか動く気配はありません。また敵本陣も同じです。予想では部隊の再編成などで2日は動くことが出来ないかと」

 

「そうか……。分かった各分隊に交代で休むよう伝えておいてくれ。あとここに負傷者を集めてくれ。俺が完全治癒能力で怪我を治すから」

 

「了解しました。……それで、ご主人様?」

 

「うん?なんだ、千歳?」

 

命令を聞き終えた千歳がニッコリと黒い笑みを顔に浮かべカズヤに問い掛ける。

 

「先程ロートレック公爵におっしゃられていた“個人的な借り”とは何なのか後でゆっくり……私にお聞かせ願えますか?」

 

黒く禍々しいオーラを纏った千歳は決定事項だとばかりにカズヤに告げた。

 

「……い、いやぁ〜。借りといっても些細なことだしなぁ〜。それに千歳が気にするような借りじゃ……」

 

事故とはいえカレンとキスしてしまったことを千歳に知られるのはマズイと判断し誤魔化そうとするカズヤだったが……。

 

「……些細な借りでご主人様は戦場に赴かれたのですか?」

 

「い、いや、それは……」

 

「では、後でじっくりとお話を聞かせて頂きますからいいですね?」

 

「……」

 

千歳に誤魔化しは通用せず、逆に墓穴を掘ったカズヤは最後は黙って観念したように小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

夜。

 

帝国軍に一時的な勝利を得たことを祝いささやかな宴が開かれ市民達にも僅かながらも酒や肉が振る舞われていた。

 

酒を片手に浮かれ騒ぐ城塞都市の兵士達や市民の喧騒の様子を少し離れた位置からカズヤは(カレンとの間に何があったか、聞いた千歳による“大人の”折檻を受けたことにより)プルプルと震える足腰に活をいれながら壁にもたれ掛かり1人で眺めていた。

 

いつもならずっと傍にいる筈の千歳がいないのは野暮用でついさっきカズヤの傍を立ち去ったからである。

 

「……」

 

そして立ち去った千歳と入れ代わりにカレンが無言でカズヤの傍にやって来た。

 

「何かご用ですか?公爵様」

 

カズヤがわざと敬語でカレンに問い掛けるとカレンは鋭い眼光をカズヤに向け放つ。

 

「今さらそんな口調で喋らなくてもいいわよ。前のようにしゃべりなさい」

 

「そうか?じゃあそうする」

 

カズヤが返事を返すとそれを最後に2人の間には会話がなくなってしまい少しの間沈黙が続いていたが、沈黙に耐えきれなくなったカレンが何気なく小さく呟いた。

 

「……まさか私を街中で押し倒して唇を奪った、ただの平民だと思っていた男が私達を救ってくれるとはね……。人生なにがあるか分からないものね」

 

「おいおい、あれは事故だろ」

 

「……貴方、公爵のしかも乙女の初めての唇を奪っておいてそれを事故で済ますつもり?……まったく、あの時何度首をはねてやろうかと考えたか分からないわ」

 

「それは悪かったって言っているだろう?それにだからこうして助けに来ただろう。借り?というか償いをするために」

 

「……ちょ、ちょっと待ちなさい!!貴方、そんな理由でここに来たの!?」

 

カズヤの言葉を聞いて石のように固まった後、再び動き出したカレンは信じられないという顔でカズヤに言った。

 

「そんな理由って……。まぁさすがにそれだけが理由じゃないが、ここに来た一番の理由はカレンを助けに来たんだよ」

 

「―――ッ!?」

 

カズヤの言葉を聞いたカレンは一瞬で沸騰したように顔を真っ赤にしてカズヤに背を向け俯く。

 

な、なんなの?この男は!?わ、わわ、私をく、口説いているのかしら!?

 

カレンの脳裏では――カズヤが唇を奪った償いに戦場に赴き私を助けに来た。

 

つまり自分が死ぬかも知れない戦場に赴いてまで私には死んで欲しくない。

 

=私が欲しい!!

 

という白馬の王子様を夢見る乙女のような思考回路が働いていた。

 

「そ、そんなことを突然言われても、わ、私にだって心の準備という物が……。い、いえ、いやと言う訳でもないのよ。でも、私と貴方だと身分の違いが……。で、でも貴方がどうしてもと言うのであればつ、付き合ってあげてもい、いいわよ?」

 

ゴニョゴニョとカレンは蚊の鳴くような小さい声でそう言うと意を決し、まるでリンゴのように真っ赤に染まった顔のままバッと振り返りカズヤを見上げた。

 

「それにベレッタにも頼まれたしな」

 

しかし、カレンがあまりにも小さい声でボソボソと喋っていたためカズヤにはカレンの言葉が聞こえていなかった。

 

「……誰よその女」

 

「えっ?」

 

女の直感でカレンはカズヤの言葉の中に出てきた“ベレッタ”という人物が女だということを確信し、一瞬で恋する乙女の顔から真顔になると苛立ち6嫉妬4の感情が混ざった声でカズヤに問い掛ける。

 

「えっと……ベレッタのことか?第2近衛騎士団の副長をやっている女性だが……。何でも妹がこの城塞都市に居るらしくてな。助けて欲しいと頼まれたんだ。そうだ!!カレンはコルト・ザラという少女の名前を聞いたことはないか?」

 

「……そう。私を口説いていた訳じゃないのね」

 

「……えっ?……ど、どうかしましたか?カレン……さん?」

 

カズヤがカレンの質問に正直に答えるとカレンは下を向き小刻みに震え始めた。

 

そんなカレンの様子を見たカズヤは嫌な予感が頭をよぎる。

 

――ゴゴゴッ!!

 

その瞬間、カズヤはカレンの背後に燃え盛る焔を幻視した。

 

「期待させるような紛らわしい言葉を吐くんじゃないわよおぉぉーーー!!!このっ!!鈍感男のっ!!朴念仁がっ!!」

 

――ドスンッ!!

 

「グハッ!?」

 

カレンの狙いすました右ストレートがカズヤの鳩尾を見事に捉えた。

 

カレンの突然の暴挙にカズヤは反応することが出来ず、地面に頭を擦り付けるように蹲り鳩尾を手で押さえていることしか出来なかった。

 

「ふん!!」

 

カレンは鼻息荒く肩を震わせながらカズヤの元から去って行く。

 

「お、俺が何をしたって言うんだ。」

 

――ガクッ。

 

その後、野暮用から帰って来た千歳が見た物は蹲ってピクリとも動かないカズヤの姿だった。

 

「ご、ご主人様ぁぁぁーーーー!!!???」

 

後には千歳の悲痛な叫び声が虚しく響いていた。

 



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10

宴が終わった翌日の早朝。

 

城塞都市ナシストの城の一室が重苦しくギスギスとした空気で満たされていた。

 

「……」

 

不機嫌なオーラをこれでもかと漂わせ、無言で腕を組み眉間にシワを寄せるカレン。

 

「……?」

 

不機嫌だなカレン。疲れてるのか?

 

なぜカレンが不機嫌なのか分からず首を捻るカズヤ。

 

「……」

 

ご主人様に……よくも……殺す。

 

昨夜の出来事を聞いてカズヤに手を上げたカレンを憎悪の籠った瞳で睨み付け、今にも太ももに付けたホルスターからベレッタM92を抜きカレンを射殺しそうな千歳。

 

「……」

 

なんなんですか、この空気は。

 

そして何がどうなっているのか分からず戸惑っているマリア。

 

「「「「……」」」」

 

あぁ……帰りたい……。

 

この場から切実に立ち去りたいと願う、その他多数。

 

今後の方針や帝国軍の対策を練るための話し合いが行われている筈の部屋の中は当初の目的を到底行える状態では無かった。

 

「……えぇーと……それでは――」

 

一向に始まらない話し合いの場をマリアがどうにか進ませようと口を開いた時だった。

 

――ドガァァン!!!!

 

 

突然、耳をつんざくような凄まじい爆発音が聞こえ次いで衝撃波が城塞都市全体を揺さぶった。

 

カズヤ達がいた部屋の窓も衝撃波によってビリビリと震え更に地面が揺れたせいで天井からパラパラと埃が落ちてくる。

 

「くっ!!一体何事!?」

 

「何が起きた!?」

 

突然の出来事に動揺するカズヤ達。

 

しかしカズヤ達はすぐに動揺を抑え何が起きているのか確認するために皆、部屋の外に――城塞都市が一望できるテラスに飛び出した。

 

そしてそこでカズヤ達が見た光景は想像を絶する光景であった。

 

「……嘘……でしょ?そんな……城壁と城門には魔法障壁の術式を何重にも刻み込んであるのよ……。それを……纏めて吹き飛ばすなんて……」

 

テラスに出たカレンは第3城壁の南門が跡形もなく吹き飛び巨大なクレーターができている光景を見て信じられないというように小さく呟く。

 

……これは……なんと言うか……大型爆弾が炸裂したような感じだな。

 

城門が消滅していることに唖然としていたカズヤだったが、カレンの呟きで我に帰るとすぐに第3城壁の南門を確保しているはずの第4分隊に無線を繋いだ。

 

「っ!!そうだ!!第4分隊、応答しろ!!第4分隊、誰かいないのか!!おい!!舩坂軍曹!!応答しろ!!」

 

――ザー、ザー、ジッ。

 

『ゴフッ、こちら、第4分隊……。ゴホッ、舩坂軍曹……。なんとか無事であります』

 

「そちらの状況は!!」

 

『はい。ゴホッ、第4分隊……死傷者多数……ですが戦闘は可能――』

 

「ご主人様あれを!!」

 

舩坂軍曹とカズヤが無線機で連絡を取り合っていると千歳がカズヤの肩を揺らし消え去った南門の向こう側を指差す。

 

「なんだ――」

 

そう言いかけカズヤが千歳の指差した先の方を見ると敵本陣から真っ白なローブを着た少女が1人、前に進み出ていた。

 

「グラス、デイ、バガイ、コウル――」

 

帝国軍本陣より1人進み出た少女は何かの呪文を唱えながら自身の身の丈よりも大きな杖を空に向かって突き出す。

 

「――ダウル!!」

 

そして呪文の詠唱が終わると同時に少女は掲げていた大きな杖の石突きを地面にドンッと叩き付けた。

 

その瞬間、少女の周りに大量の魔方陣が現れその中から武器を握り締めている様々な魔物――ゴブリン、コボルト、オーク、ワーウルフ、リザードマン等が姿を現した。

 

無数の魔物を召喚した少女が城塞都市に向け杖を振るうと魔物達は咆哮を上げ組織だった動きで一斉に城塞都市に向け駆け出した。

 

『『『ウオオォォォーーー!!!』』』

 

血に飢えた凶暴な魔物達が城塞都市に向け走り出したのを確認すると少女は本陣の中に姿を消した。

 

――ザッ、ザッ、ザッ。

 

その後、本陣に消えていった少女と入れ代わるように桜色の魔法障壁に守られた帝国軍の部隊が本陣より進み出て城塞都市に向け進撃を開始した。

 

……来たか。

 

カズヤが他にも敵部隊が動いていないか視線を辺りに向けると帝国軍は1ヶ所に戦力を集中し城門を突破しようと考えているのか、本陣のある南側からしか攻めて来ていなかった。

 

マズイな……。

 

「第4分隊、敵が来るぞ!!総員第2城壁まで後退!!急げ!!」

 

『総司令……。今からでは我々の退避は間に合いそうにありません。我々のことは……諦めて下さい』

 

「アホか!!誰が諦めるか!!お前達の退避が間に合わないならこちらから迎えに行ってやるから待っていろ!!死ぬんじゃないぞ!!」

 

カズヤは怒鳴りながらそう言って舩坂軍曹の返事を聞かずに無線機の通信を切ると第4分隊の元へ行こうと踵を返した。

 

しかしカズヤの行く手を遮るようにある人物が立ち塞がる。

 

「どこへ行くつもりかしら?」

 

カズヤの歩みを妨げたのはカレンだった。

 

「決まっているだろう。部下を助けに行くんだ」

 

「私がそれを許すとでも?城門を開けている時に敵が中に侵入したらどうするつもり?万が一第2城壁が突破されたらもう私達には後がないのよ!?貴方だってそれぐらい分かるでしょ!!それに貴方の勝手な行動で民や部下達を危険には晒せない!!貴方の気持ちは分かるけど……。諦めてちょうだい……」

 

苦虫を大量に噛み潰したような顔でカレンはそう言ってカズヤから顔を背けた。

 

「……第3分隊、直ちに北門を放棄。第2城壁の中へ後退しコルト・ザラの護衛及び第1・第2分隊の援護につけ」

 

『第3分隊、了解』

 

第3分隊に命令を出したカズヤは怪訝な顔でこちらを見ているカレンに対しニヤッとした笑みを浮かべ言った。

 

「誰が城門から出ると言った?」

 

「……? 貴方……一体何をするつもり?」

 

「――あぁ、そうだ。敵は本陣のある南側からしか来ていないみたいだから反対側にいる第3分隊は中に入れてやってくれよ」

 

「私の質問に答えなさい!!貴方、何を企んでいるの!?」

 

「企んでいるとは失敬な。……たかだか城門が使えない程度で部下を見捨てられるか、城門が使えないなら城壁からロープを下ろして外に出るまでのことだ。千歳、行くぞ」

 

「ハッ!!」

 

「っ!!待ちなさい、この場の指揮官は私よ!!逆らうつもり!?」

 

カズヤに説得が通じないと悟ったカレンは権力を使ってカズヤを止めようとしたがそれも無駄だった。

 

「悪いが、俺達は冒険者で依頼を受けている。だから依頼を達成するために必要なことだと判断すれば自分達の考えで動く。それにそちらに迷惑は掛けない。だから……お前の命令を聞く必要はない。……ごめんな、カレン」

 

最後に囁くような声量でカレンに謝罪の言葉を口にすたカズヤはバツが悪そうに微笑んでいた。

 

「……ッ!!好きになさいっ……」

 

カズヤが浮かべる何とも言えない表情に何も言えなくなってしまったカレンは吐き捨てるようにそう言ってカズヤに背を向ける。

 

そんなカレンの様子に苦笑しつつカズヤは千歳を引き連れテラスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

カレンとマリア以外誰も居ないカレンの執務室。

 

「……よろしかったのですか?カレン様。あの者達を行かせてしまって」

 

うなだれるように椅子に座っているカレンを心配そうに見つめるマリアが言った。

 

「しょうがないでしょ……」

 

幼い時からの付き合いであるマリアや気を許した者にしか見せない弱々しい顔でカレンが小さく呟く。

 

あんな顔、見せられたら止められる訳……ないじゃない。……死ぬんじゃないわよカズヤ。私の初めての唇を奪った男がこれぐらいで……。お願いだから無事に帰って来て!!

 

祈りを捧げるように合わせた両手を額に当てつつカレンはずっとカズヤの無事を願っていた。

 

 

カレンがカズヤの無事を祈っている同時刻。

 

「ご主人様。やはりご主人様はここに――」

 

「残らないぞ」

 

第4分隊の生存を示す絶え間ない銃声が聞こえてくる第2城壁の上でカズヤが第1、第2分隊と共にラペリング降下の準備を急いで整えていると千歳がここに残るようカズヤを説得しようとしたが、カズヤは千歳の言葉を遮った。

 

「しかし!!いくらでも替えが効く我々と違ってご主人様は唯一無二のかけがえのないお方!!万が一にもご主人様が死んでしまうようなことがあれば我々はどうすればよいのですか!!どうか、どうかご再考を!!」

 

「千歳!!」

 

カズヤは千歳の言葉を強い口調で遮ると静かにしゃべり出した。

 

「千歳、2度と替えが効くなんていうな。それに部下だけ危険な場所に送って俺だけ安全な所にいる訳にはいかなだろ。……分かってくれ」

 

「ご主人様……」

 

カズヤの言葉を聞いた千歳は少しの間カズヤをジッと見詰めていたが、覚悟を決めたように動き出しカズヤの隣にロープを垂らした。

 

「出すぎたことを言いました。お許し下さい。私は――我々はご主人様の命令に従いご主人様の望みを叶える忠実な兵士。ご主人様が行くというのであれば、例えそこが地獄だろうと付いて行きます。そしてご主人様をお守りすることが我々の務め」

 

「千歳……」

 

「参りましょう。例え敵が神であろうとご主人様は私が――我々がお守り致します!!そうだろ貴様ら!!」

 

「「「「応!!!」」」」

 

千歳が最後だけ、わざと口調を崩し乱暴な言葉使いで周りにいる兵士に向かってそう叫ぶと、いつの間にかラペリング降下の準備を整えていた兵士達が一斉に同意の声をあげ銃を空に掲げた。

 

そしてその様子を見たカズヤが頬を緩め嬉しそうな笑みを浮かべて命令を下した。

 

「これより第4分隊の救出に向かう、全員連れて帰るぞ!!降下開始!!」

 

「「「「了解!!!」」」」

 

カズヤ達は高さ15メートルの城壁をロープを伝いスルスルと降りて行く。

 

そして地面に降り立つと直ぐに第4分隊のいる場所を目指し駆け出した。

 

 

つい先程の大爆発で破壊された建物の瓦礫や射殺された魔物の死骸があちらこちらに積み重なっている凄惨な光景の中、第4分隊は半ば瓦礫に埋まっている広場に陣地を構え瓦礫に身を隠し必死に戦っていた。

 

「右から回り込んで来るぞ!!」

 

「こっちは任せろ!!」

 

「任せた――って、そ、総司令!?なぜここに!!」

 

カズヤ達が第4分隊の後方から弾幕を張りつつ彼らと合流を果たすと次々に攻め寄せて来る魔物に向けM4A1カービンをセミオートで撃っている第4分隊所属の兵士がカズヤの存在に気付き驚きの声をあげる。

 

だがカズヤは兵士の問い掛けを無視して逆に質問を投げ掛けた。

 

「戦況はどうなっている!?」

 

「えっ!?あっ、はい!!現在帝国軍は魔物の大群で波状攻撃を仕掛けてきています!!なんとか耐えていますがもう弾薬がありません!!それと見張りをやっていた分隊員が2名行方不明になっているのですが、舩坂軍曹が先程その2名を探しに行くと言ってどこかへ姿を消しました!!」

 

兵士が響き渡る銃声に負けぬように大声で叫びながらカズヤに報告した。

 

「分かった!!第4分隊は負傷者を連れて先に後退しろ!!」

 

「了解しました!!……総司令達はどうするんですか!?」

 

「後、10分……いや15分は軍曹の帰りを待つ!!」

 

「しかし!!それでは総司令達が危険です!!」

 

「いいからお前らは先に行け!!」

 

「……了解!!ご武運を!!」

 

カズヤと喋っていた兵士は最後にそう言い残すと負傷兵を背負い後退して行った。

 

 

第4分隊の後退を見届けてから12分後。

 

「ご主人様!!もうこれ以上は戦線が持ちません!!」

 

カズヤの隣でMK48 Mod0の箱形マガジンを取り替えながら千歳が叫ぶ。

 

……クソッ!!

 

千歳に言われカズヤが辺りを見渡すと確かに戦線が押し込まれておりこのままだと退路を断たれる危険性があった。

もう無理か……しかし……。

 

カズヤが舩坂軍曹の帰りをまだ待つかどうか悩んでいると後退を余儀なくされる報告が高台に陣取っていた兵士から舞い込む。

 

「魔物が退いていきます!!しかし帝国軍部隊が鋒矢(ほうし)陣形で向かって来ます!!」

 

声に釣られカズヤが跡形も無くなった城門の方を伺うと敵の魔法使いや歩兵の混成部隊が魔法障壁を張って身を守りつつすぐそこまで迫っていた。

 

クソ!!

 

その様子を見て悔しさでギリギリと奥歯を噛みしめながらこれ以上持ちこたえるのは無理だと判断したカズヤは伊吹中佐を無線機越しに呼び出した。

 

「伊吹!!」

 

『こちら伊吹!!何でしょうか!?』

 

「置き土産の準備は出来たか!?」

 

『はい、言われた通りに』

 

伊吹中佐の返事を聞いたカズヤは後ろ髪をひかれながらも部隊に後退するよう命じた。

 

「第1、第2分隊!!後退するぞ急げ!!」

 

その命令と共に兵士達が一斉にM18発煙手榴弾の安全ピンを抜き敵に向かって投げつけた。

 

投げられたM18発煙手榴弾はすぐにモクモクと白い煙を吐き出し始め一瞬の間に辺りはM18発煙手榴弾から噴出する真っ白な煙に包まれカズヤ達と帝国軍の間に真っ白な煙の壁が出来上がる。

 

「なんだあれは!?」

 

「全隊止まれ!!」

 

城門跡に接近していた帝国軍の部隊は突然の煙幕に驚き進軍を停止した。

 

「ただの煙幕だ!!風の魔法で吹き飛ばせ!!」

 

「了解!!」

 

だがすぐに魔法使い達が風の魔法を使い煙幕を吹き飛す。

 

「……ん?……撤退したか」

 

煙幕が消えた後には影はなく既にカズヤ達は第2城壁の中に後退した後だった。

 

「……罠か?……」

 

帝国軍は敵兵がいなく無くなったのを不信に思い数体の魔物を斥候に出したが無事に帰って来たため進軍を再開した。

 

そして帝国軍が吹き飛んだ城門跡を越え大通りを慎重に進み第2城壁の城門にたどり着き攻撃を仕掛けようとした時だった。

 

「今だ、殺れ!!」

 

――カチッ!!

 

ギリギリまで帝国軍を引き付けると伊吹中佐の第2分隊が仕掛けた置き土産――大量のC-4爆薬とM18クレイモア指向性対人地雷が一斉に起爆、帝国軍を吹き飛ばした。

 

小口径の銃弾程度なら防ぐ効力のある魔法障壁に守られていた帝国軍だったが魔法障壁の内側でも爆発が起きたため魔法障壁は意味を成さなかった。

 

C4爆薬の炸裂により一瞬で苦しむ暇もなく死んだ帝国軍の兵士はまだ幸運であったが、不運だったのはクレイモアの爆発をもろ食らった兵士だ。

 

「イ゛デエ゛ェェ!!イ゛デエ゛ェェよおぉぉ!!」

 

クレイモアの内部に納められている700個の鉄球――1発1発の威力が強力な空気銃の威力に値している――を全身に浴びた者は体中に鉄球がめり込み体をズタズタに切り裂かれる痛みの中もがき苦しみ死んでいく。

 

「く、くそっ、引けー引けー、撤退だぁーー!!」

 

多数の魔法使い達が死傷したことにより魔法障壁が維持出来なくった帝国軍は撤退しようとした。

 

だが城塞都市の兵士達やカズヤがそれを許すはずもなく。

 

「逃がすな!!撃ちまくれ!!」

 

城壁の上から一斉に銃弾や矢が雨あられと浴びせられたため撤退出来た帝国軍の兵士は進軍した部隊の半数にも満たなかった。

 




自衛隊の富士総合火力演習に応募したんですが……。返事がない。ということは落ちたのかな?残念
( ;∀;)


10式戦車を見たかった……。


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10.5

城塞都市ナシストに近付く車両の一団があった。

 

「承知。ご武運を総司令殿」

 

『あぁ、軍曹もな』

 

そう言って舩坂軍曹はカズヤに向かって敬礼し別れを告げた。

 

そして第4分隊に配属されている車両(ハンヴィー×2。M1126ストライカーICV装甲車×1。M1128ストライカーMGS装甲車×2。73式大型トラック×2)計7両と共に南門を目指す。

 

……見えてきたな。

 

城壁に沿って平原を走ること数分ようやく南門が見えてきた。

 

南門には北門にいた敵兵の約2倍の数の兵士達が集結していたが、城塞都市から略奪品を運び出すことに夢中になっていて第4分隊の接近に気付くことはなかった。

 

「3、4番車。城門付近の敵に向け榴弾を2発撃て。我々が内部に突入した後は断続的に城門の外に白燐焼夷弾を撃って敵の増援を中に入れさせるな」

 

『『了解!!』』

 

2両のストライカーMGS装甲車は舩坂軍曹の命令に従いM68A1E4 105mm砲から榴弾を発射した。

 

「ん?なん――」

 

「おい、止まるな――」

 

略奪品を抱えた多くの兵士達が出入りしている所に突如、着弾した榴弾は一瞬にして数多くの兵士の命を奪い去る。

 

「だ、誰かぁぁーー!!助けて、助けてくれぇぇーー!!」

 

「俺の、俺の足がぁぁ!!足がないいぃぃ!?」

 

幸運にも(不運にも)生き残った兵士達は絶叫しのたうちまわる。

 

「今だ、突撃ィィーー!!」

 

突然の攻撃を受け多数の負傷者を出した帝国軍が混乱している間に舩坂軍曹達は城門を強行突破し城塞都市の内部へ突入を果たす。

 

「降車しろ!!戦闘開始ぃぃーー!!」

 

舩坂軍曹はそう叫んで乗っていたハンヴィーから飛び出すと三十年式銃剣を着剣した三八式歩兵銃を片手に敵の群れの中に1人で突っ込む。

 

「ムンッ!!」

 

「ギャアアアァァァーーー!!」

 

「弱い!!弱すぎるぞ!!」

 

何が起きているか分からずパニック状態に陥り逃げ惑う敵兵を薙ぎ倒しながら舩坂軍曹が声高らかに叫ぶ。

 

「ぐ、軍曹!!またですか!!1人で勝手に突っ込まないでくださいよ!!」

 

舩坂軍曹の副官である牧野兵長が分隊の指揮を取らずに暴れ回る舩坂軍曹に代わって分隊の指揮を取りながら呆れたように叫んだ。

 

「なに、お前が指揮を取っているんだから問題はなかろう」

 

牧野兵長の言葉に答えながらも舩坂軍曹は切りかかって来た敵兵2人のうち1人を三八式実包――6.5mmx50SR弾を心臓に撃ち込んで射殺。

 

そして、もう1人の斬撃を三八式歩兵銃で受け流すとそのまま銃床で敵の頭を殴り付け敵兵が思わずよろめいた隙をついて三八式歩兵銃の銃剣を胸に突き刺し鮮やな手つきで刺殺した。

 

「そういう問題じゃあないですよ!!それに、そんな旧式装備で突撃しないでください!!見てるこっちがハラハラします!!」

 

「旧式装備とはなんだ!!俺にはこの三八式歩兵銃が一番合っているんだ!!――おっと!?」

 

舩坂軍曹が敵を殺しながらも牧野兵長と喋っていると帝国軍が混乱から立ち直り反撃を開始。

 

10人程の銃兵が2列に並び舩坂軍曹目掛けて一斉に発砲した。

 

だが発砲の直前に自分が狙われていることに気が付いた舩坂軍曹は銃兵達が引き金を引くよりも早く物陰に身を隠し弾丸から身を守る。

 

「それに、総司令から直接戴いたこの三八式歩兵銃は手放せん!!」

 

身を隠した物陰から顔を覗かせ、銃兵達が急いで弾丸を再装填している様子を確認した舩坂軍曹は牧野兵長に向けそう言いながらも手を動かし、百式擲弾器と十年式手榴弾を取り出すと三八式歩兵銃に装着。

 

次いで物陰から飛び出し、依然として弾丸の再装填に手間取っている銃兵に向け十年式手榴弾を発射する。

 

「てっ」

 

舩坂軍曹の小さな号令とボンッという音と共に発射された十年式手榴弾は銃兵達の目の前で炸裂。

 

至近距離で十年式手榴弾の爆発を受けた上に自分達が手にしていた火薬が誘爆したため銃兵達はまとめて吹き飛んだ。

 

「直接って!?それは軍曹が三八式歩兵銃が使いたいって無理矢理、総司令に掛け合ったからでしょ!!総司令だって軍曹に言われて苦笑いしてたじゃないですか!!」

 

「そうだったか?ワハハ!!もう忘れた!!――ムッ!?」

 

銃兵を凪ぎ払った舩坂軍曹が百式擲弾器を外し新たに三八式実包5発を1セットにした挿弾子(クリップ)を三八式歩兵銃に再装填するため遊底を引いて挿弾子を装填し遊底を前方にスライドさせ戻そうとすると遊底被が引っ掛かり遊底が戻らなくなってしまった。

 

……不味いな。

 

舩坂軍曹が三八式歩兵銃の遊底をガチャガチャと動かし、手間取っているとそれを好機と見た敵兵達が叫びながら一斉に舩坂軍曹に向かって襲いかかる。

 

「「「帝国に従わぬ愚か者に死を!!亜人共に味方する異教徒に死を!!」」」

 

――ザシュ!!

 

「なんのこれしき!!」

 

そう言って舩坂軍曹は三八式歩兵銃を手放し腰に着けていた軍刀を居合いの要領で抜き放ち一瞬のうちに襲いかかって来た敵兵の首を跳ね飛ばす。

 

「「「――!?」」」

 

首を一瞬で跳ね飛ばされた敵兵達は切断面からおびただしい量の血飛沫を吹き出し、ドサッという音と共に地面に倒れた。

 

「ふん!!たわいもない」

 

舩坂軍曹はつまらなそうにそう吐き捨て軍刀に付いた血糊をピッと振り払うと鞘に収め地面に転がっている三八式歩兵銃を手に取る。

 

そして親衛隊員の背後から今まさに魔法を放とうとしていた魔法使いに向かって槍投げの要領で放り投げた。

 

――ドスッ!!

 

「うがっ!!」

 

三八式歩兵銃は真っ直ぐ舩坂軍曹の狙い通りに飛んで魔法使いの背中に突き刺さり心臓を貫く。

 

「ど真ん中……いや、少しズレたか」

 

ブツブツと言葉を漏らしつつ舩坂軍曹は息絶えた魔法使いの側まで行き、魔法使いの体を踏みつけ突き刺さっている三八式歩兵銃を引き抜くと叫んだ。

 

「もっと手応えのある敵はいないのか!!」

 

――チョンチョン。

 

敵兵を挑発するように舩坂軍曹が叫んでいると誰かがその肩をつつく。

 

それに気が付いた舩坂軍曹がそちらを向くと牧野兵長が呆れた顔で舩坂軍曹の肩をつついていた。

 

「あの……もう終わりましたけど……?」

 

「ムッ、そうか」

 

牧野兵長に言われて舩坂軍曹が辺りを見渡すと武器を捨て城門に向かって一目散に逃げていく敵の後ろ姿が見えた。

 

しかし、城門の外にはストライカーMGS装甲車が放った白燐焼夷弾の白燐が地面に残留し、未だに白い煙をあげながら燃え続けていたため逃げ出した敵兵達はその灼熱地獄の中に突っ込むことになった。

 

「アチチ!!」

 

「熱っ!?なんだ!?何なんだこの火は!!水をかけても火が消えないぞ!?」

 

「ガアアァァーー!!熱い!!熱い!!」

 

逃げる際に素肌に白燐がついてしまった不幸な兵士は水をかけても消えない火にもがき苦しんでいた。

 

ちなみに白燐による火傷は通常の火傷と異なり傷口の周囲が黄色くなりニンニクのような匂いを伴う。

 

また白燐は水をかけてもなかなか消えないため対処法は白燐が付いた皮膚ごと切り取らないといけないのだが、帝国軍本陣に逃げ帰った兵士達がそんなことを知っているはずもなく必死に自分の体に水をかけて火を消そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

帝国軍を撃退した翌日。

 

 

「おはようございます。軍曹」

 

「あぁ、おはよう」

 

昨日、制圧確保した城門付近で第4分隊は陣地を構築し一夜を明かしていた。

 

「どうぞ」

 

夜襲に備え夜通し見張りに就いていた舩坂軍曹のために牧野兵長が温かい飲み物を持ってきた。

 

「ありがとう」

 

舩坂軍曹は礼を言って牧野兵長から飲み物受け取り一息ついていた。

 

「……なぁ、兵長?聞きたいことがあるんだが」

 

「なんですか?軍曹」

 

「昨日の戦闘中に敵が言っていたことがどうも気にかかっているんだが、兵長はなにか知らないか?」

 

「なんて言っていたんですか敵は?」

 

「亜人共に加担する異教徒に死を……だったかな?奴等は宗教狂いの連中なのか?」

 

「あー微妙な所ですね。私も詳しくは知りませんが……確か敵さん――エルザス魔法帝国はローウェン教という宗教を国が信仰するよう推進していたはずです。そのせいで敵さんの宗教色が濃いのは事実ですが」

 

「ローウェン教というのはどんな宗教なんだ?」

 

「え〜と……。ザックリ言いますとローウェン教の神に存在していることを許されているのは人間だけで人間の模倣品である妖魔族や獣人族は滅ぶべきだ。または滅ぼすべきだ。とかなんとか」

 

「……なんともまぁ、過激な宗教だな。……ん?確か、帝国軍は魔物を使役していなかったか?魔物はいいのか?」

 

「さぁ?そこまで私も詳しく知りませんから……。あと……聞いた話ですと帝国の領土内にローウェン教の神が舞い降りたと言われている場所があってですね、そこは聖地と呼ばれていて神聖な場所として宗教狂いの狂信者共が聖地の管理・運営を任されて一種の自治区みたいになってるらしいです」

 

「そんな場所まであるのか……。ふむ、1つ疑問なんだが敵さんの信仰心の強さの度合いはどれくらいなんだ?総司令を崇めている千歳大佐レベルがゴロゴロいたら相当厄介なんだが……」

 

「それは大丈夫だと思いますよ。そうそう千歳大佐レベルの信仰心?を持つ人物はいないでしょうから。まぁ、宗教狂いの敵さんの信仰心が10なら総司令を慕う千歳大佐の信仰心(思い)は100ぐらいあるんじゃないですか?だってあの千歳大佐ですよ?総司令に何かあったら迷いなく敵に核を撃つような人ですよ?」

 

「なにもそこまでしないだろう。……と反論できんな、千歳大佐ならやりかねん」

 

「「……。アハハハハ!!」」

 

舩坂軍曹と牧野兵長がお互いに顔を見合せ笑っていた時だった。

 

「ッ!? 総員伏せろぉぉーーー!!」

 

笑うのを止め何かに気がついた舩坂軍曹がそう叫び驚いて目を丸くしている牧野兵長に飛び付き押し倒して地面に伏せた瞬間。

 

――ドガァァン!!

 

城門が突然跡形もなく吹き飛んだ。

 

猛烈な爆風と爆音に晒された舩坂軍曹と牧野兵長は一時的に意識を失う。

 

「――……ゲフッ、ゲフッ!!一体……何が?」

 

「ゴホッ、ゴホッ!!分かり……ません」

 

瓦礫に埋まった舩坂軍曹と牧野兵長が意識を取り戻し瓦礫の下から這い出して来たが口に入った砂埃で2人はむせていた。

 

「ゲフッ、ゲフッ!!牧野兵長、部下達の安否確認、急げ!!」

 

「ゴホッ、ゴホッ!!了解!!」

 

命令を受けた牧野兵長が走り去り舩坂軍曹がすぐ近くの瓦礫に埋もれていた兵士に手を貸して瓦礫の下から引き摺り出していると持っていた無線機からカズヤの声が聞こえてきた。

 

『――しろ!!第4分隊!!誰かいないのか!!おい!!舩坂軍曹!!応答しろ!!』

 

――ザー、ザー、ジッ

 

「ゴフッ、こちら、第4分隊……。ゴホッ、舩坂軍曹……。なんとか無事であります」

 

『そちらの状況は!!』

 

「はい。ゴホッ、第4分隊……死傷者多数……ですが戦闘は可能――」

 

辺りに舞っている土埃が口や鼻に入って何度もむせながら舩坂軍曹がカズヤに返事を返しつつも周りを見渡すと瓦礫の下から大小様々な傷を負いながらも続々と兵士達が這い出してきていた。

 

畜生……。

 

しかし舩坂軍曹の視線の先には瓦礫に半ば埋まりピクリとも動かない兵士の姿があった。

 

『第4分隊!!敵が来るぞ!!総員第2城壁まで後退!!急げ!!』

 

「総司令……。今からでは我々の退避は間に合いそうにありません。我々のことは……諦めて下さい」

 

『ドアホ!!誰が諦めるか!!お前達の退避が間に合わないならこちらから迎えに行ってやるから待っていろ!!死ぬんじゃないぞ!!』

 

――ブツリ。

 

カズヤのその声を最後に無線は切れた。

 

「今のは総司令ですか?」

 

部下の安否確認のため舩坂軍曹の側から離れていた牧野兵長が戻って来てそう言った。

 

「あぁ、我々を回収してくれるそうだ」

 

「……間に合いますかね?」

 

「分からん。それより状況は?」

 

戦闘準備を整えている舩坂軍曹は不安げな表情の牧野兵長に現状の報告を求めた。

 

「ハッ、城門付近に仕掛けたトラップ群は爆発で消滅、車両は爆風ですべてひっくり返っています。弾薬も73式大型トラックごと吹き飛び爆発したため残っている弾薬は手持ちの分だけです」

 

「そうか……。部下達は?」

 

「4名死亡、4名重傷、7名軽傷、2名行方不明です」

 

「被害甚大だな……」

 

報告を聞いた舩坂軍曹が愕然としていると敵の様子を見張っていた兵士が叫んだ。

 

「敵接近!!魔物が来るぞ!!」

 

「もう来たか……。牧野兵長!!」

 

「ハッ、なんでしょう?」

 

「指揮は任せた」

 

「ハッ!!……って軍曹はどこへ行くつもりですか!?」

 

「決まっているだろう。総司令が迎えに来る前に行方不明の2人を探してくる」

 

「えっ!!ちょっ!!待って下さい!!軍曹!?軍曹ぉぉーー!!」

 

牧野兵長の呼び止める声を無視して舩坂軍曹は軍刀を片手に突撃してくる魔物の群れに斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

っ、っ、……俺は一体?

 

体中から発せられる激痛で舩坂軍曹は目を覚ました。

 

魔物の群れに斬り込んだ後……行方不明だった2人の遺体を見つけて……。担いで撤退しようとした所から記憶が……ない。

 

舩坂軍曹がボーと白い天幕の天井を見上げていると布が擦れる音が聞こえて誰かが中に入って来る。

 

「あっ、目が覚めましたか?」

 

そう言って修道女の格好の女性は舩坂軍曹が寝ているベッドの横にあった椅子に座った。

 

「ここは……どこだ?」

 

「ここは帝国軍の本陣です。貴方は……捕虜になったんですよ」

 

「ッ!?……そうか。捕虜か……グッ!!オオォオォォ!!」

 

「動いてはだめです!!貴方は全身に酷い怪我を負っていてとても動ける状……態……じゃあ……」

 

だんだんと声が小さくなっていった修道女の目の前では寝返りを打つことさえ困難なはずの男が立ち上がり、何事もなかったようにスタスタと歩いていた。

 

そして傷だらけの舩坂軍曹は天幕の入り口を開けて外に出ると入り口の横に立っていた歩哨を殴り飛ばし歩哨が持っていた槍を奪い構えると叫んだ。

 

「貴様らの敵がここにいるぞ!!かかってこい!!そして俺を殺せ!!早く殺すんだ!!」

 

動くことすら不可能だと思われていた捕虜の男がいきなり暴れ出したことに驚いていた帝国軍の兵士達だったが、すぐに武器を構え舩坂軍曹に襲いかかった。

 

 

「ハァハァ、よ、ようやく死んだぞ。こいつ」

 

帝国軍の兵士が肩で息をしながら体中に矢を射られ止めに背中をバッサリと斬られて死んだ舩坂軍曹を前に得体の知れない者を見るようにそう言った。

 

「クソ、手こずらせやがって!!」

 

先程の兵士とは別の兵士がそう呟き辺りを見渡すと舩坂軍曹により殺された数十人の兵士の屍が転がっていた。

 

そこへ騒ぎを聞き付けたのか兵士達の壁を割って身の丈よりも大きな杖を持ち真っ白なローブを着た少女が現れる。

 

「これは一体何事ですか!?」

 

その一喝で兵士達は少女の存在に気が付き慌てて礼をとる。

 

「ハッ、実は捕らえた捕虜が暴れ出しまして……申し訳ありません。セリシア様、捕虜の抵抗激しく再び生け捕りにするのは不可能だと判断したため殺しました」

 

「……そうですか。この方にいろいろと聞きたいことがあったのですが……。致し方ありません」

 

そう言ってセリシアと呼ばれた少女は地面に横たわる舩坂軍曹を一瞥した後、身を翻しその場から去って行った。

 

残された兵士達はなんら罰が下されなかったことに安堵してホッと胸を撫で下ろした。

 

「……とりあえず死体を片付けるか」

 

「そうだな」

 

兵士達はそう言って舩坂軍曹の手足を持ち死体置き場に持っていくと死んだ仲間の死体と共に舩坂軍曹の遺体を死体置き場となっている穴の中に無造作に投げ捨てたのだった。

 

 

――ズリッ、ズリッ

 

見張りの兵士以外は全員眠りに就いている真夜中。

 

暗闇に包まれている帝国軍本陣ではそこかしこに設置されている篝火の火がパチパチと音をたてながら辺りをぼんやりと照らしている。

 

だが、そんな篝火の光を頼りに動く者がいないはずの死体置き場の穴の下から何かが這い上がって来るような音が聞こえていた。

 

――ズリッ、ズリッ、ガッ!!

 

「俺……は!!ま……だ死んで!!いない……ぞ!!」

 

死体置き場の穴から這いずり出てきたのは死んだはずの舩坂軍曹であった。

 

生命力の高さが成せる技なのだろうか、驚くことに舩坂軍曹の体の傷は全て塞がっていた。

 

しかし血を流しすぎたせいか舩坂軍曹の目は霞み耳は聴こえずらくなっていた。

 

「まだだ!!まっ……だ!!俺はっ……殺れるぞ!!」

 

塞がったとはいえ、完治した訳ではない傷のせいで思うように動かない体を必死に動かし蚊の鳴くような小さな声でそう言って、舩坂軍曹はゆっくりとしかし確実に地面を這って行く。

 

「ここっ……だっ!!」

 

1時間もかけて傷だらけの舩坂軍曹が辿り着いたのはマスケット銃や大砲に使う火薬が集められている天幕だった。

 

「今にっ……見てろ!!」

 

舩坂軍曹は天幕の中に侵入すると火薬の入った袋を幾つか手に取りまた先程と同じように地面を這いながら、そして火薬を地面に少しずつ撒きつつ死体置き場の穴まで戻る。

 

「ハァハァ……」

 

舩坂軍曹が死体置き場に戻った時には既に夜が明け空が明るくなっていた。

 

「ハァハァ……。くたばれクソ野郎共!!」

 

舩坂軍曹は火薬と一緒に持ってきた火打石で死体置き場まで撒いてきた火薬に火を着ける。

 

火の付いた火薬は撒かれた火薬の筋にそって火薬が備蓄されている天幕に向かっていく。

 

――ドンッ!!

 

そして辺りに爆発音が響き帝国軍が備蓄していた火薬の爆破に成功したことを知ると口元にニヤリとした笑みを浮かばせ舩坂軍曹は意識を失った。

 




RUSEというゲームにはまっているんですが、人気ないんですかね?


たまたま友達の家でオンラインをやらせてもらったら誰も居なかった。
( ノД`)…


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11

「どうだ。軍曹は見つかったか?」

 

「いえ……。まだ見つかっていません。行方不明だった2名の遺体と軍曹が使っていた軍刀は見つかりましたが、軍曹の姿が何処にも……」

 

甚大な被害を出した帝国軍が撤退しその後、何ら動きが見られなかったためカズヤ達は行方が分からなくなっていた3名の捜索を開始した。

 

……何処に行ったんだ?

 

捜索を開始してすぐに行方不明になっていた兵士2名は遺体となって発見されたが、その2名を探しに行った舩坂軍曹の姿だけがどこを探しても見つからなかった。

 

捕虜になっていなければいいんだが。

 

カズヤは舩坂軍曹の安否を気にしながらも捜索を打ち切ることにした。

 

「しょうがない捜索を打ち切る。戻るぞ」

 

「「「ハッ」」」

 

カズヤ達が舩坂軍曹の捜索を諦め第2城壁の中に戻るとそこにはマリアが待っていた。

 

「カズヤ殿、カレン様がお呼びです」

 

「あぁ、分かった」

 

マリアからカレンが呼んでいると聞いたカズヤは後を千歳大佐に任せてカレンの元へ向かった。

 

「!! ……無事だったようね」

 

「あぁ、俺はな……。だが部下が6人死んだ。それにまだ1人行方不明だ」

 

「……そう」

 

部屋に入ってきたカズヤの無事な姿をみたカレンは花が咲いたように満面の笑みを顔に浮かばせ声をかけようとしたが、カズヤの顔を見て何かを悟ったカレンは表情を引き締めカズヤに声をかけた。

 

「……恐らくまた明日から敵は攻めて来るわよ。そんな状態で大丈夫なのかしら?」

 

「俺は大丈夫だ。それよりこっちは(城塞都市)大丈夫なのか?」

 

話を変えようとカズヤがカレンに問い掛けたがカレンの表情は芳しくなかった。

 

「正直厳しいわね。食料はまだ余裕があるけれど武器――火薬や弾丸、矢の備蓄がほとんど無くなったわ……。貴方達が来てくれたお陰で助かっているけれど、貴方達がここに来てくれていなければ城塞都市は既に落ちていたでしょうね」

 

「そうか。一刻も早く援軍が来てくれないと不味いな」

 

「えぇ、本当に……」

 

そんな先行き真っ暗な会話の後、幾つか話をするとカズヤはカレンの部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

カズヤが城の一角に設営した親衛隊の指揮所に戻ると千歳大佐がカズヤの帰りを待っていた。

 

「お帰りなさいませ。ご主人様」

 

「ただいま。何か報告はあるか?」

 

「はい。屋敷に残して来た兵士から入った情報ですが、カナリア王国の増援が昨日の昼に出陣したそうです」

 

「昨日の昼か……。数は?それに……間に合うか?」

 

「数は2万5千ほどだそうです。間に合うのかは……。時間的に少し厳しいですね。それとあと被害報告書が出来ましたのでご覧下さい」

 

「だよな……。ん、分かった。見せてくれ」

 

 

千歳大佐が手に抱えていた何枚かの紙を渡されたカズヤはその紙に視線を落とした。

 

「兵士50人中6人が戦死。行方不明1人、負傷者は俺が全員治したから0。弾薬は……後1〜2回の戦闘でなくなる……か。参ったな……」

 

「ご主人様」

 

カズヤが報告書を見て眉をひそめていると恐る恐る千歳大佐が声をかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「先程言いましたようにカナリア王国の増援は間に合うか微妙です。我々も撤退するか、追加の部隊を投入しませんと危険です」

 

「……そうだな。」

 

これ以上、戦力の出し惜しみは厳しいか……。

 

でもなぁ……追加の戦力を投入するとただの冒険者っていう言い訳が効かなくなるんだよな……。

 

ただでさえ現代兵器を使っているから怪しまれているのに。

 

……それに俺達のことをこそこそと嗅ぎまわっている連中もいるみたいだし。

 

「どういたしますか?」

 

んー。と呻き声をあげながら考え込むカズヤに決断を迫るように千歳大佐が言った。

 

「分かった。地上部隊を城塞都市の近くに移動させてくれ。だがくれぐれも人目につかないようにな。それと各航空隊も命令があればすぐ動けるように出撃準備をさせろ」

 

「了解しました」

 

カズヤが追加戦力の投入の決断を下したことにより、前哨基地では出撃準備が進められることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

翌朝。城塞都市では昨日の朝に行われた大規模な魔法攻撃が再度行われる可能性が高かったため日が昇る前に兵士達が戦闘準備に取りかかっていた。

 

「……来ねぇな」

 

「そうだな」

 

しかし皆が警戒していた攻撃はいつまで経っても行われず見張り台にいる城塞都市の兵士が軽口を叩いている始末。

 

加えて敵軍にも動きはなく、そのまま昼を過ぎ今日1日はこのまま何事もなく過ぎていくかと皆が思い始めた時だった。

 

カン、カン、カンと城塞都市に非常事態を知らせる鐘の音が響く。

 

その鐘の音を聞いたカズヤは隣で見張りの兵士と無線で連絡を取りあっていた千歳大佐に聞いた。

 

「何があった?」

 

「敵軍の後方の上空に空中艦隊と空中要塞が現れたそうです」

 

「空中艦隊と空中要塞?」

 

千歳大佐から報告を聞いたカズヤは報告を確かめるため指揮所から外に出て城壁の上に登る。

 

「存在するというのは聞いていたが、これはまた……。ファンタジーなものが出てきたな……」

 

カズヤの視線の先には悠然と空に浮かぶ巨大な島のような要塞と何十門というカノン砲を両舷に積み、揚力を得るための翼を取り付けた大小無数の戦列艦が空に浮かんでいた。

 

うーん。○ピュタみたいだな、あの空中要塞……。

 

カズヤが空に浮かぶ要塞を見てそんなことを考えていると、そこへ鎧を纏ったカレンがマリアを引き連れてやって来た。

 

「ちょっといいかしらカズヤ。貴方にお願いがあるの」

 

何か悲壮な覚悟を決めたような顔でカレンはカズヤに言った。

 

「……なんだ?」

 

「王国軍の増援がこちらに向かっていると報告が入ったわ。私達が時間を稼ぐからその間に貴方達は民を連れて王国軍と合流してくれないかしら」

 

「………………死ぬ気か?」

 

「死ぬ気は無いわ。……でも誰かが奴等の気を引かないといけないでしょ?それにどのみち城塞都市はおしまいよ。増援が来ても敵のあの戦力じゃ私達に勝ち目はないわ」

 

カレンがそう言って空に浮かぶ空中要塞に視線を向けた時だった。魔法でも使ったのか突然、空中要塞の上に銀髪で赤と緑のオッドアイの男の姿が投影された。

 

『我が名はレンヤ。この世界とは異なる世界からやって来た渡り人だ。もっとも今はエルザス魔法帝国の専属魔導師だが。ゴホンッ、此度――』

 

おいおい、いきなりなんか始まったぞ?

 

突然始まったレンヤと名乗った男の演説に両軍の兵士達は皆、空を見上げていた。

 

『――そして帝国の敵に告げる。直ちに武器を捨て降伏しろ。そうれば命だけは助けてやろう。もちろん助けてやるのは人間に限るが』

 

皆が空を見上げてレンヤの演説に耳を傾けているなかカズヤは千歳大佐と小声でしゃべっていた。

 

「(中二病か?あいつは。まためんどくさそうな敵(トリッパー)が出てきたな)」

 

「(はい。……しかし魔導師を名乗ってくれたお陰で奴の能力がある程度絞り込めます)」

 

「(まぁ、そうだな)」

 

レンヤの演説が続くなかカズヤと千歳大佐が喋っていると小さく爆発音が聞こえた。

 

音の発生源の方を見ると敵の本陣から真っ黒な黒煙がモクモクと立ち上っている。

 

「事故か?」

 

「そのようです」

 

カズヤと千歳大佐は双眼鏡であわてふためいた様子で火を消そうと動き出した敵を見てそう言った。

 

「……話を戻していいかしら?」

 

突然始まったレンヤの演説によって話を遮られたカレンが額に青筋を浮かばせ不機嫌そうに言った。

 

「で、お願いできるかしら?」

 

「うーん。もう少し冒険者をやっていたかったんだが……」

 

「? 何を言っているの」

 

「あぁ、すまない。1人言だ。で、カレンの話だが……カレンが囮になる必要はないぞ?」

 

「貴方、私の話をちゃんと聞いていた?このままだと私達は全滅するわよ。それともなに?まさか貴方は妖魔族や獣人族の民を見捨てて帝国に降伏するつもり!?」

 

敵の圧倒的な戦力を前にカズヤが怖じけずき帝国軍に降伏すると思ったのか、カレンが顔を真っ赤にしてカズヤに詰め寄り襟元を掴む。

 

それを見た千歳大佐がホルスターからベレッタM92を抜こうとしたのをカズヤは一瞥する事で止めさせた後、カレンの目を見つめ呆れたように言った。

 

「いや……そんなことをするわけがないだろ」

 

「じゃあ一体どうするのよ!?」

 

「まぁ見ててくれ」

 

カズヤは襟元を握り締めるカレンの手を優しくほどき、無線機を掴むと呟いた。

 

「全部隊に告ぐ。作戦行動に移れ。攻撃開始」

 

 

『『『『『『『『了解!!!』』』』』』』』

 

カズヤが無線機に向かって呟いた数十秒後、城塞都市の上空を何か細い長い物体が凄まじい速さで大量に通り過ぎて行き次々と空に浮かぶ戦列艦に突き刺さった。

 

突然の出来事に目を白黒させるカレン達が知るよしもないが城塞都市の上空を飛んで行ったのは城塞都市から数十キロの空域で空中待機していたF-22ラプターから放たれたAIM-120アムラーム(視程外射程空対空ミサイル)の大群だった。

 

マッハ4で飛行するアムラームに対し迎撃はおろか回避行動もとれなかった戦列艦は次々と命中するアムラームに船体を易々と食い破られ翼をへし折られる。

 

木造の戦列艦の防御力などなんの障害にもならず空対空ミサイルの少ない炸薬でも戦列艦は簡単に火だるまになり搭載していたカノン砲の火薬が誘爆。小規模な爆発を繰り返し地上に落ちていく。

 

何発かのアムラームは戦列艦ではなく空中要塞にも命中したが、空中要塞は強力な魔法障壁に守られていたため効果がなかった。

 

「………………カズヤ、貴方一体……何をしたの?」

 

次々と火を吹き地上に落ちていく戦列艦を呆然と見ながらカレンはカズヤに問いかけた。

 

「ハハハッ、これぐらいで驚いていたらキリがないぞ?」

 

カズヤはそう言ってイタズラが成功した少年のように笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

一方その頃、突然ミサイルの攻撃を受けた空中要塞では大騒ぎになっていた。

 

「ロイヤル・オーク、ヴィクトリー、セント・マイケル、セント・アンドリュー、プリンス轟沈!!アイロス、ナキマ、クイック飛行不能!!不時着します!!」

 

「味方艦隊の被害拡大!!――なっ!?味方艦隊が後退して行きます!!」

 

「レンヤ様どういたしますか!?」

 

味方の艦隊の被害が増大し遂には後退し始めた報告を受けレンヤの部下の男がレンヤに対し判断を仰ぐ。

 

「なぜこの世界にミサイルがあるんだ!?……まさか!?クソ!!俺達以外にトリッパーがいるなんて聞いていないぞ!!」

しかし当の本人は部下の声が聞こえていないのか、大声を上げて1人で騒いでいた。

 

「レンヤ様!?ご指示を!!うわっ!!」

 

また何発ものミサイルが同時に魔法障壁に命中し爆発した衝撃で空中要塞は揺さぶられた。

 

「俺の……俺の邪魔をするやつは皆殺しだ!!魔導砲発射用意!!」

 

頭に血が上って冷静な判断が出来ないのかレンヤは怒りで真っ赤に染まった顔で唾を飛ばしながらそう叫ぶ。

 

「レ、レンヤ様!?いけません!!魔導砲を撃つためには魔法障壁を解かねばなりません!!そうすれば敵の攻撃が――」

 

「うるさい!!お前らは俺の言うことを黙って聞いていればいいんだ!!」

 

「しかし!!」

 

「しかしもクソもあるか!!これは命令だ!!さっさとしろ!!」

 

「……了解しました」

 

だから嫌だと言ったんだこんな奴のおもりをするのはっ!!

 

部下の男は無茶な命令を受け内心で悪態をつきながらも命令通りに動いた。

 

するとやはり部下の男の予想通り魔法障壁が消えた空中要塞に何発ものミサイルが着弾。

 

だが着弾したミサイルは全て空対空ミサイルだったため空中要塞に命中しても空中要塞の設備を破壊するに留まり致命的なダメージを与えることができなかった。

 

ところが偶然にもレンヤがいた空中要塞の上部にある城のような建物の一室――指令室の近くにミサイルが着弾、部屋の壁が吹き飛び部屋のなかを爆風が駆け回る。

 

「ヒィ!!」

 

奇跡的に無傷だったレンヤは爆風で足元に飛んできた人間の腕を見て青ざめ尻餅をつき、腕から少しでも離れようと後ずさりながら叫んだ

 

「てっ、撤退だ!!は、早くここから逃げるんだ!!」

 

「し、しかし!!我々が撤退してしまうと地上部隊が――」

 

「うるさい!!地上の奴等のことなんか知るか!!そんなことより早く撤退しろ!!これは命令だ!!」

 

レンヤに怒鳴られた傷だらけの兵士は逆らうことが出来ずに空中要塞を撤退させる。

 

帝国軍の地上部隊は数分前まで圧倒的な存在感を見せつけていた艦隊がバタバタと落とされ、空中要塞が逃げて行く様をただ呆然と見ているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ルーデル飛行中隊の18機のA-10サンダーボルトⅡは11ヶ所のハードポイントにCBU-87/Bクラスター爆弾を装備し雁行隊形で城塞都市の上空に侵入した。

 

「おーおーおー!!ウジャウジャいやがる。これはやりがいがあるな」

 

ルーデル少佐はそう言って眼下の敵兵の数の多さに頬を緩める。

 

「野郎共!!準備はいいか!?」

 

『第2小隊準備よし!!』

 

『第3小隊同じく準備よし!!』

 

「それじゃあ逝くぞ!!全機攻撃開始!!」

 

『『ヤー!!(了解)』』

 

ルーデル少佐の命令で飛行中隊は高度200メートルまで降下。

 

一糸乱れぬ見事な雁行隊形のまま帝国軍の本陣の頭上に侵入し合計198発のCBU-87/Bクラスター爆弾を一斉に投下した。

 

ガゴンッという機体から切り離される音と共に投下されたCBU-87/Bクラスター爆弾は投下直後に空中で破裂。内臓されていた202個の子爆弾が広範囲に散乱して地上に落下。

 

地上では、ばらまかれた数千個の子爆弾が一斉に爆発。帝国軍の兵士達に爆風や破片が情け容赦なく襲いかかり瞬く間に敵兵を肉塊へと変貌させる。

 

「全機、右旋回。機銃掃射をかける」

 

一瞬で多くの兵士を殺傷したルーデル飛行中隊は止めとばかりにもう一度、敵兵の頭上へ侵入した。

 

編隊を維持しながら先程よりも低空に舞い降りたルーデル飛行中隊はタイミングを見計らいルーデル少佐の命令で全機同時にトリガーを引く。

 

「ぶちかませ!!」

 

―――グヴォォォーーーー!!

 

トリガーが引かれると機首下部に露出している30mmGAU-8ガトリング砲の7本の砲身が高速で回転し耳をつんざく轟音と共に砲口から火を吹いた。

 

毎分4200発で劣化ウランを弾芯とした30mm対装甲用焼夷徹甲弾や焼夷榴弾が発射されると敵兵は消し炭と化す。

 

 

「チッ、弾切れか。全機帰投する!!」

 

数十秒間の攻撃の後、弾が切れたルーデル隊が攻撃をやめ機首を上げて上昇していった後には巨大な龍が爪で引っ掻いたような18本の傷痕が地面に刻み込まれ辺りには敵兵の血肉が散乱しまるで血の海のようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「空中艦隊及び空中要塞の撤退を確認」

 

「航空隊、上空警戒の直掩機を除き帰投します」

 

「7分後にヘリ部隊、15分後に地上部隊が到着」

 

続々と入る報告を聞きながらカズヤは城塞都市の上空で編隊を組んで帰投していく航空隊を眺めていた。

 

「……あの空を飛んでいるのは貴方の味方なの?……いえ、それよりもカズヤ、貴方は一体何者なの?」

 

 

この世界の常識では考えられない速さで空を飛び回り帝国軍に大損害を与え悠々と帰って行く航空機をまざまざと見せつけられたカレンは驚きを隠せない顔でカズヤに問い掛ける。

 

「……もうただの冒険者だって言っても通じないよなぁ。ふぅ……後で全部話すよ」

 

「あっ、ちょっと待ちなさい!!」

 

カレンの呼び止める声を無視してカズヤは全軍の指揮を取るため設備が整った親衛隊の指揮所に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「総司令からの命令が来ました」

 

「内容は?」

 

「城塞都市を包囲する敵殲滅です。あと情けは掛けるな盛大に殺れ。と」

 

帝国軍の航空戦力である竜騎士達が全て叩き落とされ空中要塞や空中艦隊も撤退したため制空権が確保された城塞都市の上空。

 

AH-64Dアパッチ・ロングボウの機内でカズヤからの命令を受け取った射撃手兼副操縦士は後席に座る操縦士の少尉に命令の内容を伝えた。

 

すると少尉は一瞬キョトンとした後、獰猛な笑みを浮かべて言った。

 

「了解。なら“アレ”も流せ」

 

「“アレ”ですか?いいですね」

 

指示を受けた射撃手兼副操縦士は特別に機体に取り付けてあるスピーカーから、ある曲を流し始める。

 

 

『ワルキューレの騎行』

 

 

 

「終わったな」

 

大音量でワルキューレの騎行を流し既に戦意を喪失している帝国軍に対し止めとばかりにM230A1 30mm機関砲や70mmロケット弾を雨あられと容赦なく浴びせ蹂躙するヘリ部隊を見てカズヤの口からそんな言葉が漏れた。

 

その後、カズヤの言葉通り航空隊やヘリ部隊の容赦ない攻撃を受け開戦当初は60万もの軍勢を誇っていた帝国軍は最終的に約30万まで数を減らし、その内10万がカナリア王国(カズヤ達)に降伏。20万が帝国領内にほうほうの体で逃げ帰るという結果に終わった。

 



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12

「なん……なの……これは!!私は夢でも見ているの!?」

 

「……いえカレン様。私も信じられませんがこの光景は現実です」

 

カレンとマリアの視線の先では様々な兵器達が続々と城塞都市に集結していた。

 

空からはMV-22オスプレイとUH-60ブラックホークが城塞都市の近くに着陸し数多くの兵士を降ろしCH-47チヌークが機内に詰め込んだ各種軍事物資や最大12.7トンの貨物を吊り上げることが出来る機体下面の吊下装置で吊り下げ持ってきたM777 155mm榴弾砲とその弾薬や砲の運用に必要な要員を次々と地上に吐き出している。

 

また降伏した帝国軍兵士達の頭上を威圧するように何度も旋回し敵兵が不審な動きをとればいつでも射殺できるように待機しているのは最大で毎秒100発という発射速度を誇り生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死んでいるという意味で無痛ガンと呼ばれているM134ミニガンを2門と何十発ものハイドラ70ロケット弾が収められているM261発射ポッドを2つ装備したAH-6キラーエッグ。

 

そしてミニミ軽機関銃やM14EBRで武装した兵士を乗せたMH-6リトルバード。

 

そんなヘリ達の遥か上空を敵の奇襲に備えまだミサイルや機銃の残弾が残っているF-22が四方八方に目を光らせながら飛行している。

 

更に帰らずの森の方角からは地響きを轟かせ土埃を舞い上げながら城塞都市に接近する戦車や装甲車を擁する機甲中隊がその姿を現していた。

 

「なんだあれは!?」

 

そしてそんな光景を見て絶句しているのはカレン達だけでは無かった。

 

一刻も早い増援を。と考え先に足の早い騎兵部隊と老朽化が進んではいるがカナリア王国の虎の子である空中艦隊を引き連れ城塞都市にやって来たカナリア王国の増援軍の指揮官ゼイル・アーガス伯爵も初めて見る兵器に度肝を抜かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「増援の第1師団到着しました」

 

「第1師団の編成はどうなっている?」

 

「ハッ、主要な部隊は機械化歩兵連隊、砲兵大隊、工兵連隊、機甲中隊などです」

 

「そうか。……もう少し機甲部隊を投入したかったがしょうがないか。いくら車両が2500両召喚できると言ってもその全てを正面装備(戦闘に直接使用される兵器・装備の総称)にする訳にもいかないしな」

 

カズヤが言ったように正面装備以外の車両――主に後方支援部隊が運用する給油車や弾薬運搬車、重機、消防車などを始めとした各種特殊車両も基地や各部隊に配備する必要があるために依然として戦力不足――特に車両不足にカズヤは頭を悩ませていた。

 

ちなみに今回、車両不足の煽りを食らって本来であれば自走砲やMLRS、HIMARSなどの車両を運用しているはずの砲兵大隊にはそれらが配備されておらず、代わりに軽量で比較的運搬が楽な火砲であるM777 155mm榴弾砲が配備されている。

 

まだまだ召喚できる数が少ないからなぁ。まぁ今回の戦闘でレベルも上がって召喚できる数も増えているだろうしなんとかなるかな……先に能力を確認しておくか。

 

 

 

[兵器の召喚]

2013年までに開発及び製造された兵器が召喚可能となっています。

 

[召喚可能量及び部隊編成]

現在のレベルは60です。

 

歩兵

・6万人(一個軍)

 

火砲

・5500

 

車両

・5500

 

航空機

・3500

 

艦艇

・2500

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵等)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は『総軍』規模までとなっています。

 

※歩兵が運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

[ヘルプ]

・[能力の注意事項]

メニュー画面を使わずとも声や思考で召喚は可能です。

 

1度召喚した軍需品・資源・施設は消すことが出来ますが、人(兵士)は消すことが出来ません。

 

(死亡した兵士の死体も消すことは不可能。また死亡した兵士同じ人物を再度召喚することは出来ません)

 

『戦闘中』は召喚能力が使えません

 

NEW

後方支援要員の積極的な自衛戦闘が可能になりました。

 

……あれ?レベルが上がったせいかいろいろと変更事項があるな……。とりあえず変更事項については後でしっかり確認するとして今は戦後処理を終わらせるか。

 

そう考えたカズヤだったが、降伏した帝国軍兵士のその数の多さを見てため息をついた。

 

しっかし捕虜の対処に骨が折れるなこれは……。というか人手が足りないな。召喚できる数も増えたし追加で部隊を召喚するか。

 

「千歳、オスプレイを1機回してくれ。城塞都市から見えない場所で追加の部隊を召喚してくるから」

 

「了解しました。ただちに手配いたします」

 

レベルが上がり召喚できる上限が増えたため、カズヤは城塞都市から見えない場所で追加の部隊を召喚し捕虜の対処に当たらせた。その後ついでとばかりにカズヤは急遽各基地も回って部隊や軍事物資などを召喚し軍備を整えた上で城塞都市に戻った。

 

そうして更に増援の部隊が来たお陰で人手不足が解消されたのを確認するとカズヤは城塞都市の近くに工兵連隊が1日で造り上げた有刺鉄線とフェンスで囲まれ天幕が建ち並ぶ野戦基地で各部門の上級将校を集めて軍議を開いた。

 

軍議が始まると進行役である千歳大佐が戦果等が書かれている報告書を読み上げる。

 

「まず今回の戦闘による戦果についてですが、航空隊の活躍により敵戦列艦約50隻を撃墜破その内の12隻が不時着していたため鹵獲しました。この鹵獲した戦列艦ですが魔導炉と呼ばれている機関により飛行を可能にしていることが判明したため機関部を抜き取り研究するため現在工兵連隊が前哨基地に運んでいます。なお魔導炉の運用方法や整備方法につきましては生きていた乗員も捕らえてありますのですぐに分かると思います。ですが、魔導炉を我々が利用するというのであればカナリア王国から魔導炉に関する技術提供を受けたほうが確実だと思われます」

 

報告書を捲り千歳大佐が続ける。

 

「次に捕虜ですが投降した帝国軍兵士は約10万人。なお、その内8000人程が修道女や女兵士でした。後、帝国に身代金を要求出来そうな貴族が200人程います」

 

以上です。そう言って千歳大佐が戦果報告を終えて席に着くとカズヤが口を開く。

 

「じゃあまず魔導炉の件に関してだが、技術部に聞きたい魔導炉を俺達が持っている艦艇に転用することは可能か?」

カズヤの質問を聞き技術部の中佐が答えた。

 

「ハッ、可能だと思われます。ですが我々が鹵獲した12基の魔導炉だけでは駆逐艦程度の重量の船を1隻空に浮かばせるのが限界だと思われます」

 

「分かった。では魔導炉の解析を継続して量産が可能か調べてくれ」

 

「了解しました」

 

カズヤは技術部の中佐に指示を出し終えると話を変えて次の問題に移った。

 

「次に捕虜の件だが……何かいい案はあるか?」

 

10万人の捕虜をどうするかいい案が浮かばなかったカズヤはそう言って皆の顔を見渡した。すると千歳大佐が手を挙げた

 

「じゃあ千歳言ってみてくれ」

 

「ハッ、まず捕虜を前哨基地に運び順次、奴隷化――奴隷商から隷属の首輪を購入し捕虜に着け我々の支配下に置き反乱等が出来ないようにした上で第一基地に送り平時は農地の管理・運営作業に従事させ戦時になれば槍を持たせて敵に突撃させます。いわば使い捨ての駒です」

 

……槍を持たせて突撃させますって銃の代わりに槍を持たせただけでまるでソ連兵みたいな扱いだな。

 

「そうだな。とりあえず当面の捕虜の扱いはそれでいいか。ただし槍を持たせて敵に突撃させるのは無しだ。労働力として生かさず殺さずで使え」

 

「了解しました」

 

カズヤの決定に千歳大佐が頷き、次の問題に移ろうとした時だった親衛隊の兵士が慌てた様子で天幕に駆け込んで来た。

 

「た、大変です!!総司令!!」

 

「どうした?」

 

「舩坂軍曹が!!舩坂軍曹が!!

 

「舩坂軍曹がなんだ?……というか舩坂軍曹は戦死したはずだが?お前も知っているだろう?」

 

ひどく驚いた様子で駆け込んで来た兵士は帝国軍が降伏したあと死体置き場で発見され死亡が確認された舩坂軍曹(帝国軍の捕虜の証言により捕虜となった舩坂軍曹が捕まった後もいろいろと暴れていたことが分かっている。また帝国軍が降伏した日、備蓄されていた火薬を吹き飛ばしたのも舩坂軍曹の仕業だと判明した)の名をしきりに繰り返していた。

 

「そ、それが!!よ、甦りましたぁぁ!!」

 

「「「はぁ!?」」」

 

耳を疑うような報告を受け天幕の中にいた全員が一斉に驚きの声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「軍曹!!」

 

舩坂軍曹が甦ったという報告を受けたカズヤは慌てふためき舩坂軍曹のいる救護所に駆け込んだ。

 

「総司令……ですか?」

 

救護所の中には身体中を包帯でグルグル巻きにされミイラのようになった舩坂軍曹が簡易ベッドに横たわっていた。

 

「申し訳ありません。このような姿で」

 

「そんなことを気にするな。今怪我を治してやるからな」

 

そう言ってカズヤが舩坂軍曹の体に手をかざすとカズヤの手がぼんやりとひかりみるみるうちに舩坂軍曹の怪我が治っていく。

 

「怪我は治したが、念のためしばらくの間はゆっくり休んでおけ」

 

「了解しました。ありがとうございます。総司令」

 

カズヤは舩坂軍曹の怪我を治し、しばらく休んでいるように言ってから救護所の外に出た。そして出入口の側に待機していた軍医に舩坂軍曹を体調をみて前哨基地に移送するように命じた。



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13

滑走路から次々と航空機が飛び去っていくエンジン音がこだまする前哨基地。

 

そんな騒がしい前哨基地の司令部の執務室でカズヤは様々な作業に忙殺されていた。

 

エルザス魔法帝国の侵攻を阻み撃退したのが5日前。その際に大量に発生した捕虜の移送・収容作業、更には増えた部隊の再編成や“軍事国家パラベラム”としての組織作りに手間取り予定されていたカレン達との会談が遅れていた。

 

「ご主人様。会談のスケジュール調整をしてきました」

 

「あぁ悪いな、千歳。で何時になった?」

 

「2日後の正午に決まりました。あちらも復興作業に追われていてまだ忙しいそうです」

 

「そうか。あぁ、それと頼んでおいた報告書は出来たか?」

 

「はい。こちらに」

 

組織(一軍隊から一国家へ)の再編成に伴う階級の変更により大佐から中将に昇格しまたパラベラムの副総統や親衛隊長官等その他諸々の肩書きも持つことになった千歳副総統からファイルを手渡されカズヤはすぐにそのファイルに目を通し始めた。

 

「そちらの報告書に書かれているように各艦艇の改装工事は順調に進んでいます」

 

「みたいだな」

 

現在パラベラム本土(第一基地があった島)では多くの計画が同時に進められていた。そのうちの1つが艦艇の大規模な改装工事である。

 

改装工事は主に第二次世界大戦時の艦艇に行われており今なおパラベラムの軍港のドッグでは対空兵器やレーダーなどの電子兵装の増設、果ては機関の換装などの近代化の改装工事が昼夜を問わず急ピッチで進行していた。また艦艇に限らずパラベラムの保有する旧式兵器は何かしらの改造、改良が行われている。

 

「さて、この後は……」

 

「会議ですね」

 

「……また会議か」

 

「致し方ありません。ご主人様の指示や認可が必要な案件が多いのですから」

 

「分かってるよ」

 

カズヤはブツブツと文句を言いながらも疲れた体を無理矢理動かし千歳副総統と共に会議室に向かった。

 

カズヤと千歳副総統が会議室に入ると中にいた部下が皆立ち上がり敬礼した。

 

「お待ちしておりました。総統閣下、千歳副総統閣下」

 

「ご苦労、休め」

 

カズヤと千歳副総統が答礼を返し席に着くと早速報告会議が始まった

 

「まず、偵察衛星及び高高度偵察機SR-71ブラックバード、無人偵察機RQ-1プレデター等が捉えた偵察写真がこちらになります」

 

情報部の中将がそう言って会議室におかれている大型モニターに何枚もの写真を写した。

 

「帝国領内に逃げ込んだ20万の兵力のうち10万程度はいまだに国境付近にある5つの砦に分散し待機している模様です。しかしあれだけの被害を受けた後なのでカナリア王国に対しての再侵攻はしばらくないと思われます。また帝国軍に潜入した諜報員からも我々の予想を裏付ける情報が上がってきています」

 

「ならしばらくの間こいつらは、ほっといても大丈夫そうだな」

 

カズヤが情報部の報告を聞いて考えを巡らせていると千歳副総統が口を挟んだ。

 

「ご主人様、敵の居場所が分かっているならばB-52などの戦略爆撃機で敵を殲滅しておいた方がよろしいのでは?」

 

「いやあんまり手札を見せすぎるのも良くない。対応策を練られたら厄介だ」

 

「敵の技術力から見て、その心配はないと思いますが……」

 

「エルザス魔法帝国にはあの中二病野郎が居ることを忘れるなよ?奴の能力が分からない今、慎重過ぎるぐらいの行動でちょうどいいんだ」

 

カズヤの言葉を聞いて千歳副総統が自分の発言を恥じるように言った。

 

「申し訳ありません。ご主人様。私の考えが足りませんでした」

 

「いや、いい。それより全員に言っておく。俺達の戦力がある程度充実したからと言っても気を抜くなよ?敵は何をしてくるか分からん。ましてやこの世界には魔法が存在しているんだ。俺達の予想出来ない兵器や戦術を使用してくる可能性は十分ある。そのことを今一度頭に入れておけ」

 

「「「「了解」」」」

 

カズヤが会議室にいる全員に喝を入れると皆立ち上がってカズヤに向け敬礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

2日後、カレンとの会談の日カズヤはVH-60Nプレジデントホークに乗り護衛のAH-64Dアパッチ・ロングボウに護衛され城塞都市に向かった。

 

VH-60Nプレジデントホークが第一師団が設営した発着場に着陸すると城塞都市から迎えが来ていた。

 

迎えの兵士に案内されカズヤはすぐにカレンが待つ部屋へと通される。

 

案内された部屋の中に入るとカレンだけではなくカナリア王国の増援軍を率いて来たゼイル・アーガス伯爵を筆頭に数十人の貴族がカズヤのことを待っていた。

 

カレンがカズヤ達に席に着くように促し双方の簡単な自己紹介の後すぐに話が始る。

 

「では、始めましょうか」

 

カレンが場を仕切る形で口を開いた。

 

「まず、カズヤ(達)が一体何者なのか。それを教えてくれるかしら?」

 

「では、私が説明いたします」

 

カレンやゼイルが抱いている疑問に答えるべく千歳副総統が口を開いた。

 

「我々は……」

 

「「我々は?」」

 

「軍事国家パラベラムに属する者です」

 

千歳大佐の言葉を聞いてカレンとゼイル伯爵は顔を見合せた。そしてゼイル伯爵が困った顔で言った

 

「すまない、千歳殿。我々はパラベラムという国の名を聞いたことがないのだが……」

 

「それは当然です。パラベラムは、ほんの数ヶ月前にこの世界に現れたのですから」

 

ゼイル伯爵の問い掛けに答えながら千歳副総統は準備してあった資料を配りざわめく貴族達を無視して事前に決められたシナリオに沿って話を続けた。

 

「つまり我々の国、パラベラムは渡り人のように異世界からこの世界へ国ごと転移して来たということです」

 

「そんなまさか!?」

 

「渡り人の国!?前代未聞だぞ!?」

 

「あり得ん!!国ごとこの世界に現れるなど!!」

 

他の貴族達が口々に騒ぐ中カレンは千歳副総統の嘘が織り交ぜられた説明を聞いてやはりという顔で言った。

 

「やっぱりそうだったのね……。そうでなければあんな強力な兵器を大量に持っているはずがないものね。それでカズヤはそのパラベラムのどの地位にいるの?将軍ぐらいかしら」

 

カレンはどことなく嬉しそうに顔を綻ばせにこやかにそう言った。だが次の千歳副総統の言葉で部屋の中は静まり返った。

 

「ご主人様は総統閣下です。つまりパラベラムの国王に当たります」

 

「「「「……」」」」

 

部屋の中の音が一切なくなり沈黙が部屋の中を満たした。

 

「ちょ、ちょっと待って。カ、カズヤ……。彼女が言ったことは本当なの?」

 

5分ほどの沈黙の後。一番最初に再起動を果たしたカレンがカズヤに質問した。

 

「あぁ、本当だ」

 

「す、少し時間を頂戴――いえ、下さいませんか?」

 

そして今まで黙っていたカズヤが口を開きカレンの質問に対し肯定するとカレンの申し出により話し合いが一時中断された。

 

……まぁいきなり目の前にいるのは強力な兵器を大量に持っている他国の国王です。って言われたら狼狽えるわな

 

若いメイドに案内された待合室でカズヤが暇を潰すために色々と考えを巡らしていると話し合いが再開されることになった。

 

「これまでの数々のご無礼何卒お許し――」

 

「いやいや、気にしてないから普通に喋ってくれ」

 

だが部屋に入るなり畏まり床に膝をついて頭を下げるカレンを見てカズヤは戸惑いながらそう言ってカレンを立たせた。

 

 

「……分かったわ。それが、貴方の望みならそうしましょう」

 

そう言ってカレンはスッと立ち上がったが、カレン以外の人物はカズヤの不興を買うのを恐れてか皆床に膝をついたまま動こうとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「それにしてもまさか、貴方が国王――総統とはね……」

 

「ビックリしたか?」

 

「……あのねぇ!!ビックリしたか?じゃないわよ!!驚くに決まってるでしょう!!」

 

カズヤと千歳副総統、それにカレンとマリアの4人だけになった部屋の中で話しは続けられていた。

 

「(カ、カレン様!!落ち着いて下さい!!見知った相手とはいえナガト殿は強力な軍隊を持つパラベラムの総統なのですよ!?万が一不興を買って外にいる兵を差し向けられれば我々は皆殺しにされます!!)」

 

マリアはカレンの物言いに慌てた様子でダラダラと冷や汗を流しながら言った。

 

圧倒的な強さを誇る兵器を用いて帝国軍に情け容赦なく徹底的な攻撃を加えたパラベラム軍の姿を目の当たりにしたマリアやカナリア王国側の人間はカズヤのことを恐れていた。

 

「(……そうね。少し頭に血がのぼっていたわ。でも大丈夫よ。マリアが危惧しているようなことをするような男じゃないわ。カズヤは)」

 

「(しかし!!万が一ということもあり得ます)」

 

「(分かったわ。ちゃんとするから)」

 

「(お願い致します)」

 

カレンとマリアの小声での話が終わったのを見計らってカズヤが口を挟んだ。

 

「もういいか?」

 

「ごめんなさい。続けて」

 

「それで正式にカナリア王国を訪問したいんだがいつならいい?」

 

「それは……陛下に聞いてみないと分からないから少し待ってくれないかしら」

 

「了解、なら使者を出すか。返答を待っている間にちょっと本国――パラベラムに戻ってもいいか?連絡将校と城塞都市を守る部隊はおいていくから」

 

「えぇ、いいわよ」

 

「そうだ。なんならカレンもパラベラムに来るか?」

 

「……私も行っていいの?」

 

カズヤが気まぐれにパラベラムに来ないかとカレンを誘うとカレンもパラベラムに行くことに乗り気だったためカズヤはカレンをパラベラムに連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……これは少し怖いわね」

 

カズヤの正体をカレンが知ってから2日後。パラベラムに向かうため搭乗した初めてのヘリ――VH-60Nプレジデントホークの機内でカレンは遥か眼下に広がる大海原を眺めながら小さく呟いた。

 

「まぁ初めて乗ったらそうだろうな。っとそろそろ見えてくるぞ」

 

カズヤの言った通り水平線の向こうに小さく島――軍事国家パラベラムが見えてきた。

 

「ねぇカズヤ。あれは何?」

 

カレンが海の上に規則的に浮かぶ無数の小さな粒を指差し言った。

 

「近づいたら分かるさ」

 

カズヤはそう言ってわざとカレンに粒の正体を教えなかった。

 

そしてプレジデントホークがその粒に近付いていくとカレンにもその正体が分かった。

 

「まさか!?カズヤあれは全部船なの!?」

 

「ご名答。今見えているのはパラベラムの海軍と沿岸警備隊が保有する艦艇だ」

カズヤ達の眼下には1000隻に近い様々な艦艇がズラリと海の上に並んでいた。

 

「ちょっとまって……。この距離からあれだけの大きさということは!?どれだけ大きいの!?」

 

「結構でかいぞ?なんなら降りて直接見るか?」

 

「降りられるの!?」

 

「あぁ出来るぞ。でもさすがに潜水艦に降りてくれと言われたら無理だけどな」

 

「……潜水艦?」

 

「そうかカレンが知るわけないか。えーと潜水艦は簡単に言えば海の中に潜れる兵器だよ」

 

カズヤの言葉を聞いても潜水艦がどのような物なのか想像が出来ないカレンは難しい顔で呟いた。

 

「海の中に潜る……」

 

「長くて2ヶ月程度はずっと潜っていられる奴もあるな」

 

「に、2ヶ月!?い、息はどうやってするの!?」

 

2ヶ月もの間ずっと潜っていられると聞いてカレンは驚いていた。

 

「うーん。言っても分からないと思うぞ。それよりもう着艦するぞ」

 

「えっ?」

 

カズヤとカレンがしゃべっている間にプレジデントホークは1隻の船に着艦しようとしていた。

 

そして軽い衝撃の後プレジデントホークは無事ある船に着艦した。するとすぐに外からドアが開かれカズヤ達は機内から外に出た。

 

「ようこそ。我が艦にお越しいただ誠に光栄であります。長門総統閣下、千歳副総統閣下。それにロートレック公爵殿。私は当艦――ニミッツ級航空母艦、1番艦ニミッツの艦長ハリス大佐です。ささこちらへ」

外に出るなり艦長自らの歓迎を受けたが、カレンはニミッツのあまりの巨大さに息を呑んでいた。

 

またCH-47チヌーク2機に分乗しカレンの護衛として付いてきた兵士や城塞都市に増援として来たはいいが戦闘が既に終わっていたせいで暇をもて余していた貴族達(パラベラムの国力を見せつけるために連れてきた)はアゴが外れたかのように口を大きく開き唖然としていた。




これから超展開が増えていくかもしれません……


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14

仕事のストレスとかを忘れようと執筆活動(現実逃避)に励んでいたため予定より早くできましたので更新しました。(*´∀`)



今月はあと1回更新予定。


「なんて大きさなの……」

 

ニミッツの広大な飛行甲板の上を1歩1歩確かめるように歩くカレンがポツリと言葉を漏らすとそれを聞いたハリス大佐が誇らしげにニミッツのスペックを語り出す。

 

「そうでしょう。なんと言ってもこの船は全長333メートル、全幅41メートル、満載排水量は10万トン以上、最大速力30ノット、乗員はパイロット達を含め約6000人。搭載機は最大90機の大型艦ですから」

 

説明を聞いて驚き固まっているカレン達の様子を見てしてやったりと言わんばかりの顔で笑うハリス大佐はカレン達を促し嬉々として艦内の案内を始めた。

 

だが一通り艦内を巡ると次の予定も詰まっていたためカズヤ達はすぐにニミッツを後にした。

 

「……すごい」

 

思わずといった風にカレンが声を漏らす。

 

カズヤ達がニミッツから離艦しパラベラムの本土上空に差し掛かるとまず広大な敷地面積を誇る軍港が見えてきた。軍港の埠頭には何十隻もの輸送船が停泊し乾ドックでは改装工事を行うために入渠した艦艇に工員達が群がり盛んに溶接の火花を散らしている。

 

そんな軍港の上を通り過ぎると舗装された道路が何本も走り近代的な建築物が建ち並ぶパラベラムの市街地に入った。

 

そんな初めて見る光景を幼い子供のように目を爛々と輝かせ楽しげに眺めていたカレンがまた何かを見つけカズヤに問い掛けた。

 

「ねぇカズヤ、さっきからいくつも見かけるけど、あの大きな建物はなんなの?」

 

視線を外に向けたままカレンが言った。

 

「あれか?あれは高射砲塔だな」

 

「高射砲塔?」

 

「鉄筋コンクリート製の建築物で上部の砲台にはオート・メラーラ127mm砲を側面から張り出した砲台にはCIWS(ファランクス)やRIM-116 RAM等を設置した要塞でパラベラムの対空防衛網の要だ。あと非常時に避難場所としての利用も出来る――……って言っても分からないか」

 

「えぇ。分かったのは要塞で避難場所としても利用出来るということぐらいかしら」

 

「悪いな。説明が下手で」

 

「気にしないでちょうだい」

 

次々と矢継ぎ早に繰り出されるカレンの質問にカズヤが悪戦苦闘しながら出来る限りカレンが理解出来るように答えているといつのまにかプレジデントホークがパラベラムの中枢である司令本部の屋上にあるヘリ発着場に着陸していた。

 

「じゃあ俺はやることがあるからここで。あとは伊吹少将がカレン達の案内をするから」

 

「そう……分かったわ」

 

ここからは別行動だと聞いて少し寂しそう表情を浮かべるカレンと別れカズヤは千歳副総統と共に司令本部の中へ入った。

 

そして溜まった仕事を司令本部の執務室で千歳副総統と一緒に片付けているとカズヤはふとあることを思い出した。

 

「そういえばすっかり忘れていたがコルト・ザラはもう王都に送ってくれたか?」

 

「はい。彼女でしたら城塞都市での戦闘が終了した後に5人ほど護衛をつけて王都に送り無事王都に着いたとの報告を受けております。送り届けた護衛の話によれば妹の無事な姿を見てベレッタは泣いて喜んでいたそうです」

 

「そうか。ならいいんだ」

 

話を聞きながらもカズヤはペンを握った手を止めずに千歳副総統と会話を続けた。

 

「――で、あと……。千歳、どうしたんだ?嬉しそうに笑って」

 

「フフッ。なんでもありません

(やっとご主人様と2人っきりになれた)」

 

会話の途中に千歳副総統が嬉しそうに微笑んでいることに気がついたカズヤが問いかけると小さな笑みと共に誤魔化されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「パラベラムを回ってみてどうだった?」

 

「驚愕の一言よ。見るものすべてに驚かされたわ」

 

カズヤがパラベラムの各施設を見終わり司令本部に帰ってきたカレンと共に食事を取りながら見て回ってきた感想を聞くとカレンは食事の手を止め見てきた物を1つ1つ思い返しながら言った。

 

「楽しめたようで何より」

 

「えぇ、とても楽しかったわ。そう言えば一緒に連れてきた他の貴族達なんてあまりに驚き過ぎて腰を抜かしていたわ」

 

「そんなに驚いていたのか?」

 

「えぇ。それはもう」

 

談笑しながら食事を終えソファーに座りゆったりとした時間の中で食後のお茶を飲んでいるとカレンがティーカップをテーブルに置いて佇まいを直し切り出した。

 

「真面目な話をしてもいいかしら?」

 

「あぁ。いいぞ」

 

「……悪いけれど話の前に人払いをお願い出来ないかしら?」

 

「? 分かった」

 

カレンに言われてカズヤが給仕を勤めていた部下に視線を送るとすぐに部下達が頭を下げ礼をして部屋から出ていった。

 

だが1人だけカズヤの後ろに立ったまま微動だにしない人物がいた。

 

「……千歳副総統。貴方にも出ていってもらいたいのだけれど?」

 

早く出ていきなさいよ、カズヤと2人っきりになれないじゃない!!

 

「私はご主人様のご命令がない限り、いかなる時もご主人様の側を離れる訳にはいきませんので」

 

貴様とご主人様を2人っきりにしてたまるか!!私でさえ最近は忙しくてご主人様のお側にいられないことが多いというのに!!」

 

オイオイ……なんで2人の間で火花が散っているんだ?

 

なにやら不穏な空気になってきたのを察知したカズヤは嫌な予感がした。

 

「……カズヤ。貴方からも言ってくれないかしら」

 

 

 

 

「うーん……。千歳が居てはダメなのか?千歳は俺の半身のような存在なんだが……」

 

「……えぇ!!大事な事だから“2人っきり”で話したいの!!」

 

カズヤに半身のような存在と言われた千歳副総統は嬉しさの余り全身をブルブルと小刻みに震わせていた。

たが一方で千歳副総統から勝ち誇ったような笑みと見下すような視線を送られたカレンは額に青筋をいくつも浮かばせてイラつきながらも“2人っきり”を強調して話がしたいと言い切った。

 

「……分かった。千歳、部屋の外に出ていてくれ」

 

「ハッ、了解しました」

 

カレンの言葉に折れたカズヤが千歳副総統に部屋の外に出ているようにと言うと千歳副総統は大人しく命令に従いカズヤに敬礼した後ドアに向かって歩き出した。しかし千歳副総統が部屋から出ていくまでの間に発生したカレンとの視線だけでの会話は熾烈を極めた。

 

(ふん!!最初からそうやって出ていけばいいのよ。この牝犬!!)

 

(ハッ!!貴様に何を言われようとなんとも思わんぞ?何せ私はご主人様に半身のような存在と言って頂いたのだからな。どうだ羨ましいか?女狐)

 

(クッ!!……さっさと出ていきなさい!!)

 

(貴様に言われなくともご主人様のご命令に従って出ていくさ)

 

バタンと小さく扉を閉める音と共に千歳副総統が部屋から出ていくとカレンは用意されていたお茶を荒々しく一気に飲み干しガチャンと音をたて乱暴にコップを机の上に置いた。

 

「……どうかしたか?」

 

そんなカレンの様子を見てカズヤが恐る恐るカレンに声を掛ける。

 

「なんでもないわっ!!……気にしないで」

 

「そ、そうか……」

 

大きな声を出した後にハッとして取り繕うように穏やかに言ったカレンは咳払いをしたあとしゃべり始める。

 

「単刀直入に聞くわ。パラベラムは――カズヤはこれからどうするつもりなの?」

 

「これから、ねぇ……。まずはカナリア王国を訪問して――」

 

「そういうことではなく、貴方の今後の方針のことよ。情けない話だけれど今カナリア王国はカズヤの軍隊がいるお陰で帝国の侵攻を阻んでいる状態。カズヤが軍を撤退させれば帝国は再び攻め込んで来るわ。そうなったら私達はお仕舞い帝国に蹂躙され惨めに死んでいくだけ。まぁカナリア王国の全軍を投入すれば1年……いえ、半年ぐらいは持ちこたえることが出来るでしょうけど……。最終的に待っている結末は変わらないわ」

 

「まぁ兵力が違いすぎるからな。そうなるだろうな」

 

「それに……。貴方でしょ?魔物の異常繁殖地を焼き払ってくれたのは」

 

「……さてはて、なんのことやら」

 

「フフッ、ではそう言うことにしておくわ」

 

カズヤの惚けるような答えにカレンはにこやかに笑って返した。

 

「それで話を戻すけど、カズヤは……カナリア王国に私達に手を貸してくれるの?」

 

「……ハッキリとは決めていないが手を貸すつもりだ。ただし帝国との戦争に関しては俺達は専守防衛・後方支援に徹するぞ。まぁ渡り人が出てくるのであれば話は別だが」

 

「……そう。でもカズヤが手を貸してくれるというだけでもひとまず安心だわ」

 

確定はしていないがパラベラムの協力があるということを確かめることが出来たカレンはホッと胸を撫で下ろしたのと同時にある覚悟を決めた

 

「……それじゃあカズヤがカナリア王国に手を貸すことをハッキリと決められるようにしておかないといけないわね」

 

「……ん?」

 

カレンはそう言って席を立つとおもむろにカズヤの隣に腰をおろし妖艶な色香を振り撒きながらカズヤに擦り寄った。だが当のカズヤはカレンの言葉と行動に戸惑っていた。

 

「貴方、さっき言ったでしょう?『ハッキリとは決めていないが手を貸すつもりだ』と」

 

「あぁ……。確かに言ったが」

 

「土壇場で手は貸さないと言われても困るから、手を貸してくれる対価の前金代わりに私を貴方にあげるわ」

 

「……は?」

 

カレンはカズヤの返事を聞かぬままゆっくりと床にゴスロリ風のドレスを脱ぎ捨てた。

 

そして張りのある艶やかな肌やスラリとして細くしなやかな体に黒を基調としたスケスケのセクシーランジェリーを身に纏ったカレンは自分の体をカズヤの目の前に晒し出す。

 

男の劣情を誘うセクシーランジェリーを着たカレンの魅力的な体を前に思わず食い入るように魅入ってしまったカズヤの視線に気が付いたカレンは顔を嬉しさと恥ずかしさで真っ赤に染め身をよじった。

 

「……」

 

「……」

 

「……なんとかいいなさいよ」

 

「っ!!……綺麗だ」

 

カレンに声をかけられようやく我に帰ったカズヤの口からはそんな言葉がポロリと零れる。

 

「〜〜〜!!」

 

カズヤの本心からの言葉にカレンはこれ以上ない程に顔を真っ赤にしていた。

 

「……。いやいや!!っていうかカレンは何を言っているんだ!!早く服を着――うおっ!?」

 

ようやく頭が動くようになったカズヤがわたわたと慌て始めるとカレンは隙を突いてカズヤをソファーに押し倒す。

 

「う、うるさい!!わ、私の初めて(処女)をあげるって言っているんだから大人しく貰いなさいよ!!」

 

「そ、そういうのは好きな人とやってくれ!!」

 

「……。貴方、まさか私がカナリア王国のために貴方に体を差し出そうとしているとでも思っているの?」

 

「えっ?違うの?」

 

カズヤのきょとんとした顔を見てカレンは深いため息をついた。

 

「ハァ〜。そうね貴方は鈍感で朴念仁だったわね。貴方に私の心情を察しろと言うのが無理な話だったわ。いいわ。この際だからハッキリ言ってあげる!!私は!!貴方のことが!!“好き”なの“愛して”いるの分かった!?」

 

「……? っ!?」

 

カズヤに馬乗りになって襟首を掴み鼻先が触れ合うギリギリまで顔を寄せたカレンは今を逃せば次のチャンスがいつになるか分からないという状況でしかも初恋という事もあり頭の中がぐちゃぐちゃになり強引な手段を取ってしまったりしたが最終的にはカズヤにしっかりと想いを告げることが出来た。

 

「……えっ!?いや、あの、えぇ!?……その、あ……の……!! お、俺、俺は――」

 

カレンに言われた言葉の意味を理解したカズヤの顔が徐々に赤く染まっていき、どもりながらも何かを言おうと口を開いた時。

 

――コンコン

 

――ビクッ!!

 

扉がノックされる音が聞こえカズヤとカレンは思わず体をびくつかせる。

 

『ご主人様。そろそろ』

 

分厚い扉の向こうから微かに千歳副総統の声が聞こえカズヤが思わず時計を見ると既に夜中を過ぎていた。

 

「……邪魔が入ったわね。続きは“また今度”にしましょう。貴方の返事もその時に聞くわ(クッ!!あともう少しだったのに!!)」

「あ、あぁ」

 

2人は顔を真っ赤にしたまま言葉を交わし衣服の乱れを整えた。

 

「それじゃあ失礼するわ」

 

「あぁ、また明日」

 

別れの挨拶をした後、カレンは部屋を出ようとドアノブに手を掛けたが何を思ったのかカズヤの元に引き返してきた。

 

「ど、どうした?忘れ物か?」

 

「……貴方みたいな人は言葉だけだとあれやこれやと理由をつけて私の告白を信じないかもしれないから、直接的な行動でも示しておくわ」

 

「えっ?……んむっ!!」

 

そう言ってカレンはおもむろにカズヤの頬に手を添え引き寄せると深く口づけを交わす。

 

「んんっ……ぢゅる……ん、んっ、ちゅ、ぢゅ、……じゅる、んちゅ」

 

積極的に舌を奥へ奥へと入れ咥内を蹂躙するカレンにカズヤはなすがままにされていた。

 

チュポン。そんな音と共にカレンが名残惜しげにカズヤから離れると2人の間に銀色の唾液の橋がかかった。

 

「ごちそうさま。ではまた明日」

 

赤い舌でカズヤと自分の唾液がベッタリとついた唇をペロリと舐め満足気にそう言ってカレンは部屋から出ていった。

 

「……」

 

カレンの口づけにカズヤは魂を抜かれてしまったように夢見心地で呆けていた。

 

「ご主人様、どうかされましたか?顔も赤いようですが……」

 

カレンと入れ替わりに部屋に入って来た千歳副総統は顔を赤くして呆けた様子でぼーと突っ立っているカズヤの姿を見て訝しげにそう言った。

 

「っ!!い、いやなんでもない。そろそろ寝るか」

 

千歳副総統に声をかけられ我に帰ったカズヤは慌てて返事をした。

 

「あっ!!お、お待ちください。ご主人様!!」

 

そんなカズヤの姿を見て更に疑念を深める千歳副総統だったが、カズヤが寝室に向かったためそのあとを急いで追いかけた。

 



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15

空調が効きちょうどいい気温に設定されているはずの自分の部屋の中でカズヤは千歳副総統とカレンに挟まれ冷や汗をダラダラと流していた。

 

「ロートレック公爵、なぜ貴女がご主人様の私室にいるのか聞いても?」

 

「あら、私がカズヤの部屋に居てはいけないのかしら?」

 

「えぇ、ご主人様は今プライベートな時間ですのでご遠慮して頂きたい」

 

カレンがパラベラムに滞在して今日で3日。パラベラムの使者と一緒にヘリで王都に送ったマリア達からの返事を待っている3日間の間にカズヤを巡ってこのような千歳副総統とカレンの争いが幾度も繰り広げられ、そのたびにカズヤの気力を奪っていた。

 

――コンコン

 

「失礼します。総統、この前言われていた総統専用機のYF-23の1号機スパイダーと2号機グレイゴーストの改造が終わりF-23としての配備が完了しました。それと王都に出向いた者から通信が入っています……が、お邪魔でしたか?」

 

「いや、そんなことはないぞ!!」

 

報告を伝えにきた兵士に助かったとばかりにそう言ってカズヤは依然として睨み合う2人を引き連れ通信室に向かった。

 

『――それでカレン様も王都に来るようにと陛下がおっしゃっておりました』

 

「そう分かった。ならカズヤ達と一緒に王都へ行くわ」

 

『畏まりました。では王都でお待ちしております』

 

マリアと通信機越しの会話を終えたカレンは改めて感心し呟いた。

 

 

「やはり通信機という物は便利な物ね。何百キロも離れている相手と会話が出来るのだから」

 

「そうだな」

 

王都に送った使者の報告によるとカナリア王国はカズヤの来訪を歓迎するとの事だった。その報告を受けたカズヤは機甲大隊を中核にその他、幾つかの部隊を率いて王都に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

それから6日後。カズヤ達が王都に到着する日、王都はこれまでにないほどに人で溢れ活気に満ちていた。

 

なぜなら城塞都市での戦闘を見ていた冒険者や商人達がエルザス魔法帝国の軍隊を鎧袖一触で蹴散らしカナリア王国を救ったカズヤ達の話を各地で広めていたため、その話を聞いて異世界の軍隊を一目見てみようと王都の住人は勿論、近隣の街や村、帝国と敵対関係にある各国の要人や間諜までもが続々とカナリア王国の王都に集まりカズヤ達の到着を今か今かと待っている。

 

そして王都で待ち構えていた観衆の前にカズヤ達が姿を現すと王都の壁の外にいた観衆からワッと歓声が上がり同時に王都の中でも悲鳴のような歓声が上がった。

 

城塞都市と同じように壁で3重に囲まれているはずの王都の中から、何故歓声が上がったかというとデモンストレーションの一環として王都の上空を低空でF-22やB-52ストラトフォートレスの大編隊が飛行しているからだ。

 

「全車停止、以後別命あるまで待機」

 

 

「「「「「了解」」」」」

 

王都の前まで来るとカズヤは率いて来た部隊に待機命令を出した。

 

カナリア王国の騎兵が先導役を務めるなかカズヤと千歳副総統それにカレンが乗ったキャデラック・プレジデンシャル・リムジンは2台のストライカー装甲車と4台のハンヴィーの護衛車両に前後を守られながら王都の城門をくぐり中に入った。

 

王都の大通りをゆっくりと進むリムジンの車内から外を見渡すと様々な種族の観衆達で溢れていた。観衆達は皆、馬や飼い慣らした魔物を使わずに動く車両を不思議そうにじっと眺めている。

 

そんな観衆の視線が注がれている車内では千歳副総統とカレンの静かな闘いが起きていた。

 

 

(何故貴様がこの車に乗っているんだ!?)

 

(あら、別に構わないでしょ?どうせ目的地は同じなのだから)

 

(一万歩譲って!!貴様がこの車内にいることを許したとしてだ。どうして貴様がご主人様にくっつく必要がある!!)

 

(それも私の勝手でしょ?それに貴女だってカズヤにくっついているじゃない)

 

(私はご主人様の所有物だからいいのだ)

 

(なんなのその幼稚な理由は?)

 

(幼稚な理由だと!?ふん!!他にも理由はあるぞ。貴様と違って私はご主人様に胸の感触を楽しんで頂いているんだ。貴様のような貧乳では無理だろうがな!!)

 

(……言ったわね!!そんな脂肪の塊があるからってなによ!!この牝犬!!)

 

 

(ハッ!!言い返せるもんなら言い返してみろ女狐!!)

 

カズヤを挟み視線だけで行われている2人の争いに薄々気が付いていたカズヤは巻き込まれることを恐れて黙っていたが、ずっとあることを考えていた。

 

美女2人にくっつかれてしかもその胸が当たってるのはすごく嬉しいんだけど、それを楽しんでいられないぐらい2人の纏うオーラが怖い……俺は喜べばいいのやら悲しめばいいのやら……。

 

そんな車内のことはさておき。いつの間にか車は王都の中心にある王城に着いて停車していた。

 

それに気が付いたカズヤ達が慌てて車から降りると音楽と共にカナリア王国の儀礼兵達の歓迎を受けた。

 

盛大な歓迎を受けたカズヤはイスラエルが開発したブルパップ方式のアサルトライフルIMIタボールAR21を携えた護衛達と上級将校、銀色のアタッシュケースを手錠で手首にくくりつけている伊吹少将、そして千歳副総統とカレンを合わせた数十人と共にイザベラ女王が待つ謁見室へ向かった。

 

謁見室の扉の前には屈強な兵士が2人槍を片手に立っていてカズヤ達が目の前まで来ると兵士は豪華な装飾が施された重厚な扉をソッと開く。

 

カズヤ達が開かれた扉から謁見室の中へと進むと部屋の中には大勢の人がカズヤ達のことを待っていた。

 

室内の両端には多くの貴族や騎士が控えており奥には段差の上に置かれた玉座にイザベラ女王が鎮座していた。玉座に座るイザベラ女王の両隣には第一王女とおぼしき少女と目をギラつかせ興奮した面持ちでカズヤを待っているイリスがいた。

 

……イリスの目が怖い。

 

突き刺さるような無数の視線に晒されながら謁見室の中を歩くカズヤはじっとこちらを見つめるイリスの視線に言い知れぬ恐怖を抱いていた。

 

カズヤ達が玉座の前まで進んで立ち止まりカレンが膝を着き頭を垂れるとイザベラ女王が口を開いた。

 

「お会いするのも助けて頂くのも今回で2回目ですね。ナガト総統。なんとお礼を言ったらよいか……」

 

「お気になさらず。我々は――」

 

そんな挨拶から始まったこの場は顔合わせのためだけの場だったため2人が2〜3言交わすとすぐに終わり本格的な話し合いは別の部屋で行われることになった。

 

そのためカズヤは挨拶を終えるとカレンを1人残し千歳副総統達を引き連れて謁見室を辞した。

 

「あー疲れた」

 

王国に滞在する間カズヤ達が宿泊するために用意された豪華な客室の中でカズヤは一息ついていた。

 

……しっかし国を作ってトップになったのはいいが、いろいろとめんどくさいことばかりだな。国を背負う指導者としてどういう感じにしゃべったらいいか全く分からん……。それに一言一言に気を使うから疲れた……。やっぱり元一般人のただの高校生には荷が重いなこれは

 

国を作り国家元首となったはいいが、国家運営の予想を上回る忙しさしかもこれからは他国との付き合いもしていかないといけないと思うと若干国を作ったことを後悔するカズヤだった。

 

「ご主人様、このあとイザベラ女王との会談が控えておりますが大丈夫ですか?」

 

「ん?あぁ。大丈夫だ」

 

細部まで細かな装飾が施され見るからに高そうなソファーにどっしりともたれ掛かり疲れた様子のカズヤの体を千歳副総統が気遣い飲み物をソッと机に置いた時だった。

 

「お待ちください!!姫様!!すぐに謁見室にお戻り下さい!!あぁ!?そこに勝手に入っては――」

 

そんな声が聞こえたかと思うとバタバタという足音と共に扉が荒々しく開かれ小さな影がカズヤに向かって突進した。

 

「お兄さんっ!!」

 

「うおっ!?」

 

部屋に押し入って来たのは満面の笑みを浮かべたイリスだった。カズヤが飛びついてきたイリスを抱き止めたのと同時にイリスを追って顔を真っ青にしたフィリスとベレッタが部屋の中に入って来る。

 

「「遅かった……」」

 

2人は顔面蒼白になって小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「「申し訳ありません……」」

 

フィリスとベレッタは2人揃ってイリスを止めることが出来なかったことをカズヤに謝罪した。

 

「カズ――ナガト総統閣下といくら顔見知りとはいえ、姫様がとんだご無礼をどうかお許しを」

 

 

「あーまぁなんだ俺は気にしていないから2人も気にするなよ。あと敬語とかはいらないから」

 

「……」

 

2人にそう言っているカズヤの隣では千歳副総統が、カズヤの胸に顔を埋めスーハースーハーと大きく深呼吸を繰りしカズヤの体臭を存分に堪能するイリスを修羅のような顔で睨み付けていた。

 

しかし当のイリスといえばカズヤから離れる様子もなく逆にもっと強くグリグリとカズヤの胸に顔を押し付け始めた。そんなイリスの頭をカズヤが撫でてやるとイリスは悦びで体を弛緩させブルブルと震わせている。

 

イリスの様子を見て千歳副総統の額の青筋が増えていくのに気が付いたベレッタが場の雰囲気を変えようと話を振った。

 

「あ、あのっ!!ナガト総――カズヤ殿にお礼を言いたいのですが……」

 

「ああ、妹さんのことか」

 

「えぇ、本当にありがとうございました。カズヤ殿のお陰で妹とまた会うことができました。お礼はこの後必ずいたしますから」

 

「いいよ。いいよ気にするな」

 

「いえ、そういう訳にはいきません」

 

「ご主人様。そろそろお時間です」

 

カズヤとベレッタが喋っていると千歳副総統が口を挟みイザベラ女王との会談の時間が迫っていることを知らせた。

 

「もうそんな時間か……。悪いが話の続きはまた後で」

 

「分かりました」

 

ベレッタが頷くとカズヤは視線を下に向けイリスに声をかけた

 

「イリス?イリス!!」

 

「……」

 

「ダメだこりゃ。聞こえていないな……。イリス!!」

 

「ほぇ〜?何ですか〜お兄さん〜」

 

カズヤに名を呼ばれ肩を揺すられてようやくイリスはカズヤに呼ばれていることに気が付く。

 

だがカズヤの胸から顔をあげたイリスは酒に酔ったように顔を朱に染め幸悦としていた。

 

「いや、これからイザベラ女王との会談があるから行かなくちゃいけないんだが……。というかイリスは俺に何か用が合ったんじゃないのか?」

 

「……何か用ってお兄さんに会いに来たんですよ!!お兄さんが私を騙して行っちゃうから!!でも許してあげます。だってこうやって私のことを迎えに来てくれたんですから!!」

 

「……ん?なんのことを言っているんだイリス?」

 

イリスの言った言葉の意味が分からずカズヤが疑問イリスにぶつけたが、その疑問にイリスは答えずに続ける。

 

「やっぱりお兄さんは私の白馬の王子様だったんですね!!」

 

「いや……あの、イリス?」

 

カズヤの言葉を無視して徐々にヒートアップしていくイリスは最後に驚くべきことを口にした。

 

「これでお兄さんと一緒になることにもう障害はありません。だから……早く結婚しましょうね?お兄さん!!」

 

「「「「はぁ!?」」」」

 

イリスの結婚しましょうという発言にイリスを除いた部屋にいた全員が驚きの声をあげた。

 



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16

うーん。 勢いのままに書いているせいか矛盾が多くなってきてしまった……。 というより矛盾だらけな状態?
(´・ω・`)ドウシテコウナッタ


なのでこれからちょくちょく小さい手直しを入れていくかもしれません(-_-;)


「ではカレン。報告なさい」

 

「ハッ、ではまず彼らが城塞都市に来た時から――」

 

すこし時を遡りイザベラ女王との挨拶を終えたカズヤ達が出ていった後の謁見室では1人残ったカレンがこれまでの出来事をイザベラ女王達に報告していた。

 

「――以上です」

 

カレンが今までの出来事を事細かに説明し話を終えると謁見室の中は不気味な程に静まりかえっていた。

 

「……貴女の話でよく分かりました。私達の彼らに対する認識を改めなければならないということが」

 

彼らを下に見ていた私達の判断はとんでもない間違いだったのですね

 

城塞都市で行われた戦闘でのパラベラム軍の圧倒的な強さは事前にマリアによってイザベラ女王や貴族達に伝えられていたが、パラベラムが保有する現代兵器の力を目にしていないイザベラ女王達からしてみればマリアの話は到底信じられる物ではなく、またマリアの話は抽象的で不明瞭な点が多かったためイザベラ女王達はマリアがパラベラム軍を過大評価しているのだろうと勝手に決めつけていた。そしてマリアが王都に持ってきたパラベラムの国土面積や兵力などが書かれた簡単な資料を見てイザベラ女王達はカナリア王国の方が、格が上だと安易に判断を下してしまっていた。

 

 

勿論パラベラム軍が帝国軍をカナリア王国から撃退したという点を鑑みて詳細な情報がないままにパラベラムを軽視するのは危険だと唱える貴族もいたが、資料に書かれている小国――国土も小さく数十万の国民、数万の兵力しか保持していない国の軍隊が帝国軍に勝利出来たのはいくつもの幸運が重なった結果で運がよかったからだと考えていたイザベラ女王や貴族達はカレンのパラベラムでの体験談や現代兵器の恐ろしさ強さを聞いて一瞬にして顔が青くなり謁見室の中はざわめいた。

 

「公爵殿のおっしゃった通り彼らがそれほどまでに強大な国家だとすれば、先程の我々の態度は不味かったのでは?」

 

「えぇ、確かに。しかし公爵殿の話を聞くまではあの少ない資料だけで判断せねばならなかったことを考えると致し方ないのでは?」

 

ざわめく謁見室の中で2人の貴族がボソボソと喋っていると近くにいた肥え太った貴族が突然大声をあげて会話に入ってきた。

 

「そんなことはどうでもいいではないか!!なんなら護衛が少ない今の内にあの男を殺してしまえば済む話だ!!」

 

肥え太った貴族が過激な言葉を口にすると周りにいた他の貴族達が慌ててその言葉を否定するように言った。

 

「そんなことをしてみろ!!我々はあの方が連れてきた兵隊に殺されてしまうぞ!?」

 

「何を弱気な!!公爵殿の話を聞いておれば奴らは渡り人と言っても特別な力はない上に魔法も総統ただ1人しか使えないそうじゃないか!!そんな低能な奴らのことを恐れることはない!!それに我らの国土の半分にすら到底届かぬ小さな領土しか持っていない、異世界からやって来た小国の蛮人共に大きな顔をさせておけるか!?」

 

自尊心が人一倍大きく魔法至上主義に染まっている太った貴族は周りにいる貴族達に問い掛けるように言った。

 

「貴殿は公爵殿の話を本当に聞いていたのか?たしかに彼らは特別な力もないし魔法もナガト殿しか使えないが、彼らは科学というもので作られた強力な武器兵器を使うのだぞ!?だからこそ我が国より強力な魔法使いの軍団や兵を従えている帝国が負けたのだ。帝国にすら勝つことが出来ない我々が彼らに勝てるはずがない」

 

「奴等が帝国に勝てたのはただ単に幸運が重なっただけという結論になっただろう。我々があの男を殺してパラベラムに一気に攻め込めば必ず勝てるはずだ」

 

「貴殿はどうしたらそんなに楽観的な考えができるのだ……。それに我々はパラベラムが大海原の向こうの何処かにあるということしか知らないのにどこに攻め込むというのだ?海に浮かぶ数多くの島々を1つ1つ調べて彼らの国を探し出すのか?後、公爵殿の話でパラベラム軍が帝国軍に勝てたのは運などではないと分かったはずだぞ?」

 

「むっ……それは……」

 

謁見室の中は貴族達が自らの持論を展開し好き勝手に言い争う声で埋め尽くされていた。

 

「静粛に」

 

イザベラ女王が声を発すると部屋の中は一瞬でしんと静まり返る。

 

「カレン。パラベラムの領内を見てきた貴女に問います」

 

「はい」

 

「万に1つ我々がパラベラムと戦うことになったら私たちはその戦いに勝利出来ますか?」

 

「恐れながらはっきりと申し上げますとパラベラムに勝つことは不可能です」

 

カレンの言葉を聞いて貴族達がまたザワザワと騒ぎ出したがカレンはそれを無視して言葉を紡ぎながらあるものを取り出した。

 

「理由としてはパラベラムの軍事力、国力は我々とは比べ物になりません。城塞都市にいるパラベラムを見た他の貴族達も私と同じことをいうでしょう。それにこれをご覧下さい」

 

「それは……なに?」

 

「カズ――ナガト総統からの贈り物です」

 

カレンから渡された2つの白い物体を見てイザベラ女王は目を見開いて驚いた。

「これは……塩?いえまさか……こんなに純白の――不純物が混ざっていない塩があるはずが……。それに、このつるつるとした包みはなに?」

 

「陛下のおっしゃる通りそれは塩です。もう1つは砂糖。その包みはビニールという物らしいです」

 

「そんなまさか……」

 

カレンが衛兵に合図すると謁見室にビニールで包装された大量の塩や砂糖が運び込まれ、それを見た貴族達からもどよめきが起こった。

 

「これはナガト総統から友好の証として贈られた品物の一部です。聞けば塩10トン砂糖10トン更に胡椒や唐辛子などの香辛料等が20トンほどあります」

 

「そんなに……」

 

友好の証としてだが高価な品であるはずの塩や砂糖を大量に贈られたイザベラ女王はようやくカナリア王国とパラベラムの隔絶した国力の差を悟った。他の貴族達と言えば既にイザベラ女王とカレンの話を聞いておらず目の前に積み上げられた塩や砂糖に釘付けになっていた。

 

「ナガト総統と――パラベラムとはなんとしても同盟を結ばなければいけませんね……」

 

イザベラ女王がカズヤと同盟を結ぶという方針を決め小さく呟くとその呟きに異議を唱える人物が現れた。

 

「陛下、なりませんぞ」

 

「レーベン丞相……」

 

イザベラ女王に異議を唱えたのはイザベラ女王を上回るとさえ言われる絶大な権力を持ちこの国の影の支配者とも噂される年老いた老人のレーベン丞相だった。

 

「強力な軍隊を持っているのであれば必ず領土拡張に動き我々を――」

 

「レーベン丞相。その心配はありません」

 

イザベラ女王に異議を申し立てているレーベン丞相の言葉を止めたのはカレンだった。

 

「……その心配はないというのはどういう意味かね?」

 

「言葉通りの意味です。彼らが我が国を手中に収めるつもりならわざわざ魔物の異常繁殖地を焼き払ったり帝国軍を追い払い我々を助けたりしません」

 

「……ちょっと待ってカレン。ナガト総統が魔物の異常繁殖地を焼き払ったというのは本当なの!?」

 

カレンが新たに明らかにした事実を聞いてまた謁見室の中がざわつきイザベラ女王が口を挟んだ。

 

「本当です」

 

「そう……なら私たちは既に3回もナガト総統に助けられていたのですね」

 

「はい。それに彼らの理念は国名に表れています。国名の意味は『平和を望むならば戦いに備えよ』だそうです。平和を望むが故の強大な軍隊ですから自ら新たな争いを起こすことはないかと思われます」

 

「……」

 

カレンの言葉を聞いてレーベン丞相は考え込むように黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

貴族や騎士達が全員退出してイザベラ女王とカレンの2人っきりになった謁見室では先程、貴族達が居たときよりも機密度の高い情報を交え更に詳しい報告がなされていた。

 

「――ナガト総統本人に確認を取りましたがパラベラムはカナリア王国に手を貸してくれるそうです。しかし帝国軍との戦争に関しては専守防衛・後方支援に徹すると言っておりました。例外は渡り人が出てきた場合のみと」

 

 

「では……パラベラム軍は帝国が再び我が王国に攻めこんで来たら共に戦うことはしても我々が帝国領内に進攻した場合は渡り人が出てこない限り後方支援しかしてくれないということですね?」

 

「はい。その通りかと。ナガト総統は領土を欲していませんし兵士を無駄に失うことを嫌っていますから」

 

「そう……。よくやってくれました。カレン。このあとの会談では貴女の情報を元に交渉を進めましょう」

 

イザベラ女王はカレンの得た情報を聞いてこれからのカズヤとの会談をどのように進めるかの方針を瞬時に組み立てていた。

 

「それでカレン?」

 

そして方針を固めたイザベラ女王は先程までの真面目な表情を一変させニコニコと愉しそうな笑みを浮かべ言った。

 

「……なんでしょうか?」

 

「総統のことをどう思っているのかしら」

 

「えっ!?いや、あの……陛下?」

 

「隠せていませんよ?貴女は総統のことを意識しすぎです。一目見たら貴女が総統のことをどう想っているのかが分かりました」

 

「〜〜〜!!」

 

イザベラ女王にあっさりとカズヤへの想いを見抜かれたカレンはそんなにも自分は分かりやすかったのかと自問自答しながら真っ赤になって俯く。

 

「それでどうなのカレン?」

 

イザベラ女王はまるで肉食獣が獲物をいたぶっているような目でカレンに問い掛けた。

 

「陛下もお人が悪いです……」

 

カレンはうらめしそうな視線をイザベラ女王に送ったあと観念したように言った。

 

「……惚れております」

 

「あらあら!!」

 

カレンが真っ赤になりながら小さく自分の想いを吐露するとイザベラ女王は自分で吐かせたにも関わらず、さも今初めて知ったと言わんばかりに驚いた顔をしてカレンをからかった。

 

「へっ、陛下!!お戯れが過ぎます!!」

 

「あらあら。少しやり過ぎたかしら?ごめんなさいね」

 

カレンが怒ったように言うとイザベラ女王は素直に謝った。そしてその後慈しむような視線をカレンに向け言った。

 

「では問題はありませんね。このあとの会談の後で貴女と総統の見合い……いえ。結婚を提案してきます」

 

「へ、陛下なにを!?」

 

「通例であればイリスが両国の結び付きを深めるこの役をやることになるのでしょうけど、カレンにはいろいろと今まで助けて貰いましたから幸せになってもらわないと……」

 

パラベラムとの結び付きは今のうちに出来うる限り強固な物にしておかねばなりませんしナガト総統もカレンのことは意識していたようだからちょうどいいですね。

 

「……お気遣いに感謝致します。陛下」

 

イザベラ女王の内心を知らないカレンは赤い顔でしばらくの間呆然とイザベラ女王の顔を見つめていたが、最後には喜びに満ちた声でお礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

パラベラムとカナリア王国の同盟締結の会談は予想に反しすんなりとは進まなかった。

 

結果的には同盟は結ばれたとはいえ今のところ同盟締結の条約や取り決め等は大まかに決め随時変更又は追加することに落ち着いた。

 

不可侵条約を結んだ上での軍事同盟か……よっぽどあのシジイ俺達のこと警戒してるみたいだな。……まぁ魔物の棲みかになっていた帰らずの森の中とは言えカナリア王国の領土内に勝手に基地を作ってしまったこちらの落ち度もあるが……。このジジイ。

 

同盟締結がすんなりといかなかったのはひとえにレーベン丞相のせいだった。

 

イザベラ女王がパラベラムとカナリア王国が同盟を結ぶかどうかの会談の最初に基地の建設を事後承諾で認証したにも関わらずレーベン丞相はカナリア王国の了承なしに勝手に領土内に基地を建設したという点を槍玉に上げカズヤ達に誠意を見せろと言って譲歩を強要し自分達に有利な条約をいくつも加えてきた。

 

そのためパラベラム側の人間は皆額に青筋を浮かばせイラついていた。特に千歳副総統などは謁見室やこの会談でのカナリア王国側のこちら(カズヤ)を下に見る態度にもはや爆発寸前で怒りでカタカタと震えていた。

 

「ふむ……では同盟も結ばれたことですし儂は失礼しますぞ」

 

場を乱すだけ乱してレーベン丞相はそう言って会談がまだ終わっていないにも関わらず腰巾着達を連れて部屋から出ていってしまった。そんなレーベン丞相をパラベラムの兵達は射殺すような目付きで見送った。

 

「申し訳ありません。ナガト総統」

 

自分より強大な権力を持つが故にレーベン丞相の傍若無人な態度や行いに何も口出しが出来なかったイザベラ女王はレーベン丞相が部屋から出ていった直後にカズヤに謝罪した。

 

「イザベラ女王が悪い訳ではないのですから、お気になさらず」

 

ある程度カナリア王国内の権力争いの内情を知っているカズヤはイザベラ女王の謝罪を受け入れた。

 

そうして部屋の中の雰囲気が悪い中でイザベラ女王はこの後どうやってカレンとの結婚の話を言い出すか迷っていた。

 

そんな時、突然部屋の中にイリスが入ってきた。その後ろでは部屋の前に立っていた衛兵が真っ青な顔でおろおろとしていた。

 

「イ、イリス?どうしてここに?」

 

「……? まだ終わっていなかったのですか、お母様」

 

イリスが突然部屋の中に入ってきたことにイザベラ女王は驚きを露にしイザベラ女王の護衛が咄嗟に魔法障壁を張った。しかしイリスはそんなことはお構いなしに一直線にカズヤの元に行くと自分専用の場所だと言わんばかりにカズヤの膝の上に腰を下ろしカズヤに擦り寄る

 

イザベラ女王や部屋の中にいた貴族達がその様子を見て固まり千歳副総統が拳を握りしめワナワナと怒りと嫉妬で震えているなかイリスは爆弾発言を放った。

 

「そうだお母様。私お兄さんと結婚します!!」

 

「「「「「……」」」」」

 

「いや……イリスその話はさっき終わったはずじゃ……」

 

イリスの爆弾発言に部屋の中は凍りつき会談が急遽中断されたのは言うまでもない。

 



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17

後半部分はいらなかったかも……(;´д`)


「だから私はお兄さんと結婚するの!!」

 

「イリス……」

 

会談が行われていた部屋とは別室でイリスが癇癪を起こしたようにイザベラ女王に言った。

 

「でもイリス……貴女はいつ魔力が暴走するか分からないのよ?万が一魔力の暴走が起きてナガト総統にもしものことがあったらどうするの?」

 

最悪の事態に備え魔法使いが魔法障壁を張っている後ろでイザベラ女王が困った顔で言った。

 

「大丈夫です!!魔力の制御は出来るようになってきましたから!!」

 

イリスは誇らしげに胸を張ってそう言った。

 

「まぁ、本当に!?」

 

驚きを露にしたイザベラ女王はイリスの後ろに立つフィリスとベレッタに確認するような視線を送る。

 

 

「はっ、はい。確かに姫様は魔力を制御できるようになって来ています」

 

「……本当なのね。でもイリス。どうやって魔力を制御できるようになったの?」

 

「お兄さんと結婚するために頑張ったんです!!」

 

イザベラ女王がどのようにして魔力を制御できるようになったのかと聞くとイリスは無邪気な笑みを浮かべて言い放った。

 

「そ、そう……」

 

困りましたね。カレンにはもう言ってしまったし2人も国の重要人物を嫁がせる訳には……いえ、いっそのこと2人とも娶ってもらいましょうか。

 

イザベラ女王はイリスとカレンの2人を嫁がせた場合のメリットやデメリットを頭の中で考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「向こうも大変だな」

 

会談の翌日。カナリア王国の王城の一室でカズヤは呑気にそんなことを言っていた。

 

まぁこっちはこっちで大変なんだがな……。

 

中断された会談の後に改めてやって来たイザベラ女王から同盟関係をより強固な物にするためにイリスとカレンのどちらか、もしくは両方との結婚の話が持ち上がってからと言うもの千歳副総統の機嫌は今までにないほど悪かった。

 

しかも間の悪いことにカズヤが王城にいる間になんとかお近づきになろうとする利に目ざとい貴族や豪商達が娘や孫娘をカズヤの側室にしようと動きその娘達も積極的にカズヤにアプローチをかけていたためそれも千歳副総統の機嫌を悪くする一因になっていた。

 

そんな機嫌の悪い千歳副総統はさておき今日はこのあとカナリア王国の隣国、妖魔連合国の要人がこの部屋に来ることになっており夜にはパラベラムとカナリア王国の同盟締結の記念パーティが予定されている。

 

「総統、お越しになりました」

 

「分かった。入ってもらえ」

 

出入口を固めていた部下が妖魔連合国の要人が来たことをカズヤに知らせた。そしてカズヤが中に通すように言うと扉が開かれた。

 

「失礼します」

 

恐る恐ると言った感じで部屋の中に入ってきたのは毛むくじゃらで小学生低学年レベルの背丈しかないが、それでも立派な成人であるドワーフの男だった。

 

「どうぞ」

 

カズヤがドワーフの男に座るように促すとドワーフの男は席に着き自己紹介を始める。

 

「お初にお目にかかります。ナガト総統閣下。千歳副総統閣下。私はグレゴ・オリヴァー侯爵と申します」

 

そう名乗ったオリヴァー侯爵は悲痛な面持ちで何かに急かされるように話を始めた。

 

「さっそくでもう訳ないのですが、ナガト総統閣下は我が国にも帝国軍が侵攻している事はご存知でしょうか?」

 

「あぁ、一応知っているが……」

 

「そうですか。それで……本題なのですが、なにとぞ我が国とも同盟を結んで頂きたいのです」

 

「つまり早い話が援軍を送って欲しいと?」

 

「……はい。その通りです。というのも帝国軍が開発した新兵器によって我が妖魔軍は甚大な被害を受け帝国軍の領土内への侵攻を許してしまい。もはや閣下のお力をお借りするしか帝国軍を追い返す方法がなく……」

 

「……その新兵器っていうのはなんなんだ?」

 

カズヤが話に食い付いたのを好機と見たオリヴァー侯爵はカズヤの興味を引くべく次々と重要な情報を開示した。

 

「はい。その新兵器は2つあります。1つは魔導兵器。もう1つは自動人形(オートマタ)と呼ばれています。帝国には何人かの渡り人がいるようでして、そのうちの1人が対妖魔族・獣人族用に製造したという話です」

 

おいおいちょっと待て!!帝国には何人も渡り人がいるのか!?

 

オリヴァー侯爵の話を聞いてカズヤは帝国に複数の渡り人がいることを初めて知った。

 

黙って話を聞きながら考えを巡らせるカズヤを前にオリヴァー侯爵は話を続ける。

 

「それに加え今魔王様は勇者を名乗る渡り人と戦った際に傷を負ってしまわれているため兵士達の士気も下がっていく一方で……」

 

って魔王!? ……あぁ、そういうことか“妖魔”達の王様だから魔王か……

 

「私がこうして話している間にも帝国は我々の同胞を虐殺しています!!どうか!!どうか閣下のお力添えをっ!!」

 

座っていた椅子から立ち目の前で土下座をするオリヴァー侯爵に戸惑いながらカズヤが答える。

 

「……帝国軍を妖魔連合国の領内から殲滅するのに限ってなら軍は送ってもいいが」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「あぁ、だが本格的な派兵となると部隊の編成、移動を含めると1〜2ヵ月はかかるぞ?」

 

「構いません。援軍を送っていただけるだけで我々は助かります」

 

「そうか……。それと敵の詳しい情報がほしいから本隊より先にいくつか部隊を送るが、いいか?そちらに不利益になるようなことはさせないから」

 

トリッパーが作った魔導兵器と自動人形のことは気になるからな。あわよくば鹵獲しておきたい。

 

「それは構いませんが……」

 

オリヴァー侯爵は口澱んだあとカズヤの顔色を伺うように言う。

 

「あの……それで閣下。我々は対価に何を払えばよろしいですか?」

 

……対価ねぇ。対価って言ったって欲しい物なんてなにもないしな。どうしようか……。

 

「うーん。燃える水とかないよなぁ」

 

カズヤが思い付きでポロリと言葉を溢すとオリヴァー侯爵から予想外の返事が帰ってきた。

 

「燃える水?……でしたらありますが?」

 

「……あるのか?」

 

「はい。妖魔連合国の領内に何ヵ所か燃える水が大量に湧き出す場所があります。……黒い水ですよね?」

 

カズヤと千歳副総統は思わず顔を見合わせた。

 

「あぁ、確かに俺が言っているのは黒くて燃える水のことだが」

 

言ってみるもんだな……これで能力が使えない時でも燃料の心配をしなくてもよくなりそうだ。まぁ備蓄は腐るほどしてあるが……

 

カズヤは棚からぼた餅のように突然手に入ることになった油田に頬を緩めた。

 

「現物を確認してからになるがそれを対価に貰おう」

 

「そのような物でよろしいのですか?」

 

どんな対価を要求されるかと戦々恐々としていたオリヴァー侯爵はあまり利用価値がなく周辺住民が時折使うことぐらいしかない黒い水を対価として要求され肩透かしを食らったような顔で言った。

 

こうして本決まりではないが妖魔連合国とも同盟が結ばれることが決まった。そして妖魔連合国との同盟の内容などはこれから詳細に決めることになった。

 

オリヴァー侯爵がホッとした顔で部屋から出ていったあとカズヤは関係各署に命令を出し派兵の準備を進め複数の特殊部隊に緊急出撃命令を出し自分は千歳副総統と共に夜に予定されているパラベラムとカナリア王国の同盟締結を祝うパーティーの準備に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

月明かりが暗闇をぼんやりと照らすなか王都の城では魔法具による灯りが煌々と焚かれひかりを放つ中、パラベラムとカナリア王国の同盟締結を祝って盛大なパーティが開かれている。

 

……こういう場はこれからも参加しないといけないんだろうけどめんどくさいな。

 

まさに貴族というような服を着てワイングラスを片手にこちらをチラチラと伺う男性貴族やきらびやかに着飾り露出の多いドレスを着た年若い美少女や妙齢の美女達の色香に満ちた誘うような視線を一身に浴びてカズヤはそんな風に思う。

 

今は千歳が周りに人を寄せ付けないようにしてくれてるがそれもいつまで持つことやら。

 

カズヤの隣にはあわよくばお近づきになろうと近付いてくる貴族を牽制するように殺気混じりのオーラを撒き散らす千歳がいた。だが、ずっとカズヤの側にピッタリとくっつき片時も離れない千歳の存在にもいい加減焦れてきたのかカズヤに声をかけようとする貴族が目立ち始めた。

 

そんな時、人混みをすり抜け千歳副総統の思わず後ずさるような威圧的な視線を物ともせずカレンがカズヤの元にやって来た。

 

「あらあら人気者は大変ね。カズヤ」

 

「注目されるのは苦手なんだが……。それよりそのドレスよく似合ってるぞ」

 

「そう?ありがとう」

 

挨拶を交わしカズヤにドレス姿を褒めて貰ったカレンは嬉しそうに微笑んだ。

 

「……どうしたの? ……もしかしてカズヤ、貴方パーティーに慣れていないの?」

 

居心地悪そうにそわそわとしているカズヤの様子を見てカレンが訝しげに問い掛ける。

 

「……分かるか?」

 

「えぇ。でもパーティーぐらい貴方のいた世界でもあったでしょ?」

 

「あぁ、パーティー自体はあったが参加するのは初めてだ。」

 

「どういうこと?1国の主なら何かしらのパーティーぐらい1度は参加するでしょうに」

 

「そう言えば言ってなかったな、俺がパラベラムの総統の座に就いたのは、ほんの数ヵ月前だ。俺が総統の座に就いてからもいろいろと忙しくてパーティーなんか開いている暇が無くてな。更に言えば俺はこの世界でいう平民出身だったからこんな貴族が参加するようなパーティーには出たことがないんだ」

 

「嘘……じゃないようね」

 

「嘘を言ってどうする。全部本当だ」

 

「……そう言えば貴方、陛下と謁見室でお会いした時おかしなぐらい緊張していたけどそういう理由だったのね?」

 

 

カレンが以前のカズヤの様子を思いだし1人納得したように頷いていると、突然会場の中が騒がしくなりカズヤ達を取り囲むように立っていた人の壁が割れイリスがカズヤに向かって歩いて来た。

 

先日のカズヤを迎えたような公式な式典のような場ですら滅多に現れないはずのイリスが現れたことで小さな騒ぎが起こっていたのだが、それにもましてこんな娯楽混じりのパーティ会場にイリスが来るとは考えていなかった貴族達はいろめきたつ。

 

そしてパーティ会場のあちらこちらから汚物を見るような視線とイリスを侮蔑する声が囁かれた。

「(あれ見てよ。あの目、気持ち悪いわ)」

 

「(しっ!!聞こえたらどうするの!?あれでも一応この国の王女よ!?)」

 

「(あんな穢れたオッドアイの娘が王女なんて世も末ね)」

 

「(衛兵は何をやっとるんだ。この場で魔力の暴走が起きたらどうするつもりだ!!)」

 

 

「(やはり気味が悪いですな。あの目は)」

 

「(全くです。これではせっかくのパーティーが台無しになってしまいします。早く出ていけばいいのですが)」

 

そんな侮蔑の視線と言葉を浴びたせいかイリスはドレスをギュッと握り締め俯きカズヤの元まで歩いて来る。

 

このパーティーの為に着てきたであろう可愛いらしいドレスは嗚咽を堪えるために小刻みに揺れ動き、薄く化粧を施した顔にうっすらと涙を滲ませながらカズヤの顔を見上げ無理やり作った痛々しい笑みを浮かべながら鼻声でイリスは言った。

 

「おっ、お兄さんに……グスッ、ドレス姿を見て欲しかったッんですけど、グズッ、わ、私は、私が……いると、ダ、ダ……メみたいですから、ズズッ、か、か、帰ります……ねっ?」

 

カズヤに自分のドレス姿を見てもらおうと負の感情をぶつけられながら健気にもここまでやって来たイリスを前にしてカズヤの体は自然と動いた。

 

カズヤは背の低いイリスと目線を合わせる為に屈み、やさしく頭を撫でつつ出来る限り心を込めて言った。

 

「すごく可愛いぞ。イリス」

 

「……ッ!!……ッ!!グスッ、ほ、本当に?」

 

「あぁ、本当にお嫁さんにしたいぐらいだ」

 

「〜〜〜ッ!!〜〜〜ッ!!」

 

カズヤの言葉を聞いてイリスはボタボタと瞳から涙を流しカズヤに抱きつくと軍服に口を強く押し付け嬉しさのあまり次から次へと溢れだす嗚咽を必死で堪えていた。

 

カズヤはそんなイリスを優しく抱き抱えカレンに一言断りを入れると、いつの間にか側にいたフィリスとベレッタに案内されてパーティ会場を後にした。

 

このパーティの主役であるカズヤが“イリス”を抱き抱え去っていく光景をパーティ会場に残された貴族達は呆けた顔で見送っていた。

 

そしてこの場で初めてカズヤとイリスの親密さを知った大多数の貴族達は自分達のイリスに対する先程の態度がカズヤの心象を悪くしたのでは?と思い慌てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

泣きつかれて寝てしまったイリスを部屋に送り届け、あとをフィリスとベレッタに任せたカズヤは嫌嫌ながらももう一度パーティ会場に戻ることにした。

 

「あら?……もう戻って来ないかと思っていたのだけど」

 

「パーティの主役が消える訳にもいかないだろ」

 

会場に戻るとカレンがカズヤのこと出迎えた。

 

「そうかしら?別に貴方がこのパーティーを放り出しても誰も文句は言えないと思うけれどね。……ここだと話を続けるには周りが邪魔だわ。テラスにいきましょ」

 

カレンに誘われるままカズヤは小さなテラスに出た。テラスの唯一の出入口には千歳副総統が立ってくれたため話を盗み聞かれる心配がなくなり2人は安心して喋ることが出来た。

 

「さっきは大変だったわね」

 

「まぁ……な」

 

「それで王女様の様子は?」

 

「泣きつかれて寝ちゃったよ」

 

「そう……」

 

夜空に輝く月を見上げながらカズヤがカレンに言った

 

「なぁカレン?」

 

「なに?」

 

「カレンもイリスの目は気持ち悪いと思うか?」

 

「私はなんとも思わないわよ。この国ではオッドアイは穢れの象徴と言われているけれど、王女様と比べることすらおこがましいぐらい穢れている下衆な奴等なんてごまんといるもの」

 

「そうか」

 

その後、2人がいるテラスはしばらくの間沈黙に包まれた。

 

 

「そうそう、カズヤ。貴方妖魔連合国にも軍を派遣するそうね?」

 

 

長い沈黙を破りふと、思い出したようにカレンが言った。

 

 

「ずいぶんとよく聞こえる耳をお持ちで……」

 

「あら、これぐらい普通よ?」

 

カズヤが呆れたようにそう言うとカレンは苦笑しながら答えた。

 

「……聞いた話だと妖魔連合国もずいぶんとまずい状況らしい。なんでも魔導兵器と自動人形とか言う新兵器が大量に投入されたせいで妖魔軍は負け戦続きなんだそうだ。今パラベラムでも情報を集めているが新兵器のことで分かったのは姿形だけだな」

 

 

カズヤはそう言ってRQ-1プレデターが撮影してきた航空写真をカレンに手渡した。

 

「……カズヤにはずっと驚かされてばかりね」

 

 

精巧に描かれたまるで絵のような航空写真をパラパラと捲りながらカレンは言った。

 

 

カレンが見ている航空写真に写っているのは全長が6〜7メートルほどで頭と体が一体化した卵のような胴体に太く短い手足を付けたずんぐりむっくりな姿の魔導兵器とマネキンによく似た姿形で顔には大きなモノアイが1つ付いているのが特徴的な自動人形だった。

 

「……まるで神の作りし兵器ね」

 

 

「神の作りし兵器?なんだそりゃ」

 

 

カレンがボソリと呟いた言葉にカズヤが反応した。

 

「神の作りし兵器っていうのはローウェン教の神話に出てくる兵器のことよ。なんでもローウェン教の神が人間以外の妖魔族や獣人族を滅ぼすために信徒に与えた兵器らしいわ。一時期敵をよく知るためにローウェン教のことを調べていたことがあったのだけれど、その時に読んだ書物にこの魔導兵器と自動人形に似ている記述があったの」

 

 

「神話……ねぇ。ちなみにどんな記述だったんだ?」

 

 

「えぇっと。何度殺しても甦る『不死の軍団』たった1体で一夜にして1国を滅ぼした『機械仕掛けの鉄の巨人』よ。――他にもいろいろあったわよ?ひとたび歩けば山を崩し谷を埋める『巨大な竜』天より舞い降りし『神聖なる業火の光柱』とか。他にもあるらしいのだけれど他は失伝したみたいで書かれていなかったわ。あぁ、あと聖地が信徒を天――神の元へ運ぶために空に浮かぶなんて眉唾物の記述もあったわね」

 

 

「そんな話があるのか……。」

 

 

「えぇ。でも所詮神話の話よ。この新兵器とは関係ないと思うわよ」

 

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 

そんな風に2人の密談はその後しばらくの間続いた。

 




次回、戦闘にてあの男が登場。


こうご期待(笑)


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第3章1

執筆する暇がない……
(。´Д⊂)


エルザス魔法帝国が人間の数倍から数十倍とも言われる身体能力を誇る妖魔族や獣人族に対抗するために渡り人に創らせた無数の魔導兵器や自動人形という新兵器と共に数十隻の戦列艦、30万の軍勢で妖魔連合国に侵攻を開始して約3週間

 

妖魔連合国は帝国がカナリア王国に大軍で攻め込んだことを間諜の報告で知り、よもや帝国が2方面同時進攻を行うとは考えていなかったため予期せぬ帝国軍の襲来に不意を突かれてしまっていた。

 

なんの前触れもなく突如として越境してきた帝国軍に対し国境に作られた要塞群で形成された防衛線に展開していた妖魔軍の部隊は時間を稼ぎ援軍を待つべく要塞に籠城したが、ランス(突撃槍)を模した魔砲(魔銃)で武装し魔法障壁の術式を組み込んだ装甲で防御を固め生半可な攻撃ではビクともしない魔導兵器(人型機動兵器)や恐怖などのあらゆる感情を持たずただただ命令された通りに行動する殺戮マシーンの自動人形を全面に出してごり押しで攻め寄せてくる帝国軍を前になすすべがなかった。

 

要塞に立て籠る妖魔軍は帝国軍を少しでも長く足止めしようと必死の抵抗を繰り広げるものの、魔法などよりも己の武で戦う兵士が多い妖魔軍と帝国軍の魔導兵器や自動人形との相性は最悪だった。

 

結果、約3週間ほどの間に帝国軍は圧倒的な戦力を以てして妖魔連合国が国境に作った強固な要塞群を次々と攻め落とした。そして要塞群を突破すると帝国は妖魔連合国の領内へ電撃戦のように素早く進攻した。

 

進攻してきた帝国軍を魔王率いる妖魔軍の本隊がだだっ広い平原で迎え撃つも勇者を名乗る渡り人との戦いにより魔王は負傷し妖魔軍も帝国軍に手酷い被害を受け撤退。帝国軍の進攻を阻み領内から撃退することは叶わなかった。

 

要塞群を突破し妖魔軍の本隊をも打ち破り障害が無くなった帝国軍の破竹の快進撃は続き進軍ルート上にある都市――街や村をローウェン教の大義の下に次々と襲撃。襲われた街や村では暴虐の限りが尽くされ最終的にはローウェン教の教義に従い妖魔族は1人残らず虐殺された。また帝国軍は襲撃した街や村で妖魔族と共に暮らしている人間を見つけると改心させるという名目で捕らえて奴隷に貶めていた。

 

 

「はぁ、はぁ、もっと遠くに逃げなきゃ……」

 

そんな阿鼻叫喚の光景が各地で毎日のように繰り広げられている妖魔連合国の領内。草が鬱蒼と生い茂り、樹齢数百年から数千年という太い枝や幹を持つ大木が至るところに乱立している森の中をエルフの姉妹が息を荒くし走っていた。

 

 

姉妹の住んでいた街も帝国軍の襲撃を受け壊滅。戦に負け撤退してきていた少数の妖魔軍と街の自警団が街の住人を逃がすため必死の抵抗を行い帝国軍を足止めしている間に戦火の中をくぐり抜け街から命からがら脱出したまでは良かったが、森に逃げ込む直前に帝国軍に見つかり彼女達には帝国軍の追っ手がかかっていた。

 

追っ手から逃れようと前を走るのは利発的な顔つの姉サリサ。前を走るサリサに手を引かれよたよたと後ろを走っているのはまだ幼い妹のリディアだった。

 

 

「はぁ、はぁ、お姉ちゃん。もう走れないよ……」

 

「リディア。もう少しだからお願い頑張って」

 

「でも、もう足が動かないの」

 

 

そう言ってリディアは大木に手を付きゼェゼェと息をつきながら地面にへたりこんでしまった。

 

「リディア早く立って。逃げなきゃ殺されちゃう!!」

 

「お姉ちゃんは先に行って……」

 

 

サリサがリディアを励ましているもののサリサ自身の体も長い間リディアを気遣いながら走り続けていたせいで疲労が溜まり悲鳴をあげており長く走ることが出来ないのは一目瞭然だった。だがサリサは自身の疲労を無視してリディアを励まし一刻も早くこの場から遠ざかろうとしていた。

 

「何を言っているのほら、リディア――」

 

 

行くわよ。とサリサが続けようとした時、周りの草むらからガサガサと草をかき分ける音が聞こえたかと思うと姉妹が遠くに逃げなければいけない原因がその姿を現した。

 

「ようやく追い付いたぞ!!亜人風情が俺達の手を煩わさせるな!!」

 

草むらの中から出てきて姉妹を取り囲んだのは追っ手である帝国軍の兵士達だった。

 

(そんな!!もう追いつかれたの!?)

 

サリサは予想していたよりもずっと早く追っ手に追い付かれてしまったことに動揺していた。

 

「これだけ俺達に手間を掛けさせたんだ楽に死ねると思うなよ?徹底的に嬲ってから殺してやる!!」

 

「「っ……」」

 

 

兵士の言葉を聞いて自分たちの悲惨な未来を想像したのか2人の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。もはや逃げるのを諦めお互いを抱き締めながら震えている姉妹を兵士達が捕らえようと近づいた時だった。姉妹に手を伸ばした兵士の腕が突然吹き飛んだ。

 

 

「ギャ、ギャアァアァァーー!?!?お、俺の!!俺の腕があぁあぁーー!!」

 

 

二の腕の辺りから腕を吹き飛ばされた兵士は咄嗟に傷口を押さえるものの傷口からは夥しい量の血が地面に滴り落ちその結果、兵士は痛みに悶え血を撒き散らしながら地面をバタバタとのたうち回った。

帝国軍の兵士やエルフの姉妹は目の前でのたうち回る兵士の身に何が何が起きたか分からず茫然と固まっていた。

 

「お、おい大丈夫――」

 

「えっ――」

 

「何が起き――」

 

「う、腕が――」

 

 

そして我に帰った兵士達が動き出そうとすると次々と体の急所――脳や心臓を撃ち抜かれ死んでいった。

 

 

音もなく突然目の前で帝国軍の兵士達がバタバタと死んでいく光景を前に2人は何が起きているのかも分からずガタガタ震えながらお互いをギュッと抱き締め合い恐怖に堪えていた。

 

 

「あ、あぁ、あぁあぁぁぁ!!くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

そして最後に残った帝国軍の兵士が得体の知れぬ恐怖に堪えかね大声で人語とは思えぬ声を発しながらこの場から逃げようとしたが、数歩駆け出した所で他の兵士達と同様に頭を撃ち抜かれ辺りにビシャッと脳漿をぶちまけドサリと地面に倒れた。

 

「……お、終わったの?」

 

帝国軍の兵士が1人残らず殺され鳥の鳴き声や草や木の枝が擦れ合う音しかしなくなった森の中でサリサがそっと顔を上げて周りをゆっくりと見渡し小さく呟いた時だった。

 

 

帝国軍の兵士が現れた時のように草むらをかき分ける音が聞こえたかと思うと目の前に全身草まみれの見たこともない人型の生物が現れ姉妹を取り囲んだ。次々と集まってくるその不気味な生物を前にした姉妹はあまりの恐怖に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「どうして補給部隊が来ないんだ!!これではこれ以上進軍出来ないぞ!!」

 

妖魔連合国の首都を真っ直ぐに目指し進攻を続ける帝国軍の本隊から別方面の攻撃を命じられたとある部隊の野営地では指揮官である貴族の男の苛立たしげな声が響いていた。

 

「それが補給路の途中にある森の中で何者かが補給部隊を襲っているという話で……。兵士達の噂話では“死神”が出たんだと……」

 

「死神?どうせ妖魔族の生き残りか何かだろう!!さっさと殺せ!!」

 

「い、いえそれがどうも妖魔族の仕業とは違うようなのです」

 

「なら一体誰が補給部隊を襲っているんだ!!」

 

「それが分からないのです。何せ襲撃者の姿を見た者が1人も居ませんから……」

 

そう不安げに話す部下の報告を聞いて指揮官の男はあることを決めた。

 

「よし!!ならば部隊を差し向けてその死神とやらの正体を突き止めてやろうじゃないか!!」

 

指揮官のその一言で部隊の約半数に当たる40体の魔導兵器と自動人形500体更に兵士1000人が死神討伐部隊として死神が出るという森に差し向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「あらら敵さん、本腰入れてきましたね」

 

妖魔連合国にいち速く送られ帝国軍に対し一撃離脱の奇襲攻撃や指揮官の暗殺、敵拠点への空爆要請、補給路の寸断などの多岐に渡る任務を行っている複数の特殊部隊。その内の1部隊のデルタ第2中隊の隊員であるクレメンス准尉は森林用のギリースーツをその身に纏い森の中に違和感なく溶け込みながら双眼鏡で平原の中を隊列を組んで森に向かって進んでくる帝国軍の部隊を見てそう言った。

 

「選り取りみどりだなこれは」

 

クレメンス准尉の隣で不敵な笑みを浮かべながら愛用のモシン・ナガンM28を構え敵が来るのを今か今かと待っているのは“白い死神”と名高いシモ・ヘイへ少尉だった。

 

「選り取りみどりなのはいいんですけど……敵の数がちと多すぎやしませんか?少尉」

 

クレメンス准尉がぼやくようにヘイへ少尉に言った時無線が入った。

 

『こちらハウンドドッグ01。各員に告ぐ。RQ-11レイヴンによる偵察の結果、敵は魔導兵器40体、自動人形約500体、更に軽装歩兵や銃兵、魔法使いを要する1〜1500人程の戦力でこちらに近付きつつある。戦力差を鑑みてこの場での戦闘は不利と判断し敵をトラップゾーンまで誘い込みそこで殲滅する。行動を開始せよ』

 

 

『『『「了解」』』』

 

「だそうです。行きましょう」

 

「そうだな。……楽しくなりそうだ」

 

クレメンス准尉はデルタ第2中隊の隊長のコールサイン、ハウンドドッグ01に返事を返し肉食獣のような鋭い眼光で獲物である帝国軍の兵士達を見つめていたヘイへ少尉に声をかけると姿勢を低くして敵に見つからぬように慎重に移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

「これは一体なんの冗談だ?」

 

死神が出るという森に部隊を送ってから3日後、送った部隊との連絡が取れなくなってしまった。連絡を取ろうと伝令を何度も送るがその伝令すら帰ってこなかったため指揮官自ら残りの部隊を引き連れ死神が出るという森に赴くとそこにあったのは無惨にもバラバラに破壊された魔導兵器と自動人形の残骸そして兵士達の物言わぬ骸だった。

 

 

 

 

3日前……

帝国軍の部隊を迎え撃ったデルタ第2中隊は帝国軍を巧みに森の奥深くに作ってあったトラップゾーンまで誘い込んだ。

 

帝国軍の部隊は森の中に入ると露払い役として楯と魔砲を油断なく構えた魔導兵器が横1列に並び前衛として部隊の一番前を行き次に中衛の整然と隊列を組んで進む自動人形が続きその後ろを若干バラけた隊列で後衛の歩兵が続くという3列で進軍していた。そんな帝国軍部隊が巧妙に作り上げられたトラップゾーンの中にスッポリと入ると一斉にトラップが発動、まず地中に仕掛けられていた跳躍地雷が高さ1.5メートル程度まで跳ね上がり地雷本体が炸裂。それと同時に危害範囲に指向性を持たせてあるクレイモア地雷も起爆。360度全方位に向けて隙間なく金属球が放たれた。

 

 

突如として森の中吹き荒れた金属球の嵐により多くの歩兵が死傷したが魔法障壁の術式が施されている強固な装甲に守られている魔導兵器や急所である頭を完全に破壊されない限り動くことのできる自動人形には地雷攻撃はほとんど効果が無かった。しかし地雷の起爆直後にMk.19自動擲弾銃とM2重機関銃の集中弾幕射撃が行われまず自動人形が壊滅した。

 

特に数多くの自動人形を屠ったのがMk.19自動擲弾銃で、この銃に使用される弾薬は40mm×53擲弾――M430多目的榴弾であり対人・対装甲両用の多目的榴弾で危害範囲は弾着地点から半径5メートル以内の人員を殺害。半径15メートル以内ならば、なんらかの傷を負うものでまた直撃ならば約5センチの装甲を貫通し歩兵戦闘車や装甲兵員輸送車などの軽装甲の目標や集団で行動する歩兵などに対して有効な兵器だった。

 

ちなみにM203グレネードランチャーが使用するのは40mm×46擲弾で主に対人用の榴弾でありMk.19自動擲弾銃で使用される弾薬は40mm×53擲弾との互換性はなく有効射程距離が10倍以上も違うまったくの別物である。

 

そんな雨あられと降り注ぐMk.19自動擲弾銃のM430多目的榴弾やM2重機関銃の12.7mm弾の弾幕に自動人形がやられて壊滅したあとも何とか耐えていた魔導兵器は陣形を組み楯を構え生き残っている歩兵を弾幕から守りながらジリジリと後退しつつ反撃のつもりか手当たり次第に魔砲から魔力弾を乱射するもその全てが見当違いの場所に着弾した。

 

 

そんな小さな抵抗に対しデルタ第2中隊からはお返しとばかりにRPG-7やM72 LAWの対戦車ロケット弾と87式対戦車誘導弾やFGM-148ジャベリンの対戦車ミサイルが発射された。

 

重装甲の戦車などを破壊出来る対戦車ロケット弾や対戦車ミサイルの集中攻撃を受けた魔導兵器は瞬く間に殲滅された。

 

その後、怒涛の攻撃を受けてもなお生きていた300人程の歩兵は頼みの綱である魔導兵器と自動人形が壊滅したのを見てもはや敵わぬと思ったのか森から逃げ出そうとしたが、退路で待ち構えていた狙撃小隊とヘイへ少尉のモシン・ナガンM28とKP31サブマシンガンにより1人残らず始末され誰も森の中からは生きて出れなかった。

 

そんな出来事があったことなど知るよしもない指揮官は1人で騒いでいた。

 

「魔導兵器と自動人形がすべて破壊されているだと!?一体敵は魔導兵器をどうやって破壊したんだ!?魔導兵器の装甲には高位の火の魔法でさえ耐えられる魔法障壁の術式を組み込まれているはずだぞ!?それに……味方の死体ばかりで敵の死体が1つもないというのはどういうことだ!?」

 

森の至るところに転がる遺体は全て味方の兵士の遺体で、しかも遺体は胸か頭を撃ち抜かれ一撃で殺されているか、体中に無数の弾丸を浴びズタボロになって死んでいるか消し炭になっているかの3種類だった。

 

 

そして人間よりも身体能力に優れている妖魔族に対抗するために投入された虎の子であるはずの魔導兵器と自動人形も木っ端微塵に破壊されていた。

 

「本当にこの森には死神がいるのか?」

 

目の前に広がる惨状に指揮官の背筋に冷たいものが走った。そして指揮官がブルッと身を震わせ一刻も早くこの森から立ち去ろうと森の中に散らばっている部隊に撤退命令を出そうとすると同時に自分達より更に森の奥に向かった兵士達の悲鳴と連続した爆発音が聞こえてきた。

 

ここにいては殺される。そう思った指揮官の男が逃げようとして後ろを振り返ると後ろに立っていた部下の額にちょうど穴が空く瞬間だった。

 

そして額を撃ち抜かれた部下がゆっくりと後ろへ倒れて行く光景をただ茫然と眺めていた指揮官の男も直後に飛来した7.62mm弾に頭を撃ち抜かれ永遠に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「初弾目標に命中。ヘッドショット」

 

隣で観測手を務めるクレメンス准尉の報告を聞き流しながらギリースーツで周りの草木と同化しているヘイへ少尉は流れるような動きでモシン・ナガンM28のボルトを引いて次弾を装填するとまた引き金を引いた。

 

「次弾も命中。ヘッドショット」

 

ヘイへ少尉が驚くべき早業で指揮官らしき男を2人撃ち殺した所で撃ち殺した2人の周りにいた兵士が森の外に向かって走り出してしまった。

 

「チッ、木が邪魔で射角が取れん」

 

悔しげに呟くヘイへ少尉を前にクレメンス准尉は驚嘆の声を上げていた。

 

「……さすが少尉。スコープなしのモシン・ナガンM28の照星と照門だけでよく400メートルも離れている目標の頭を連続で撃ち抜けますね」

 

「無駄口を叩いてないで逃げた奴らを追うぞ」

 

クレメンス准尉の言葉を聞き流しヘイへ少尉は素早く空薬莢を拾い集めると移動を開始した。

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください。少尉!!俺達が行かなくても向こうにはスロ・コルッカ曹長が居ますから大丈夫ですよ!?」

 

話を聞かずにモシン・ナガンM28を担いで走り出したヘイへ少尉の後をクレメンス准尉は慌てて追いかけた。

 

そしてクレメンス准尉を置き去りにしてヘイへ少尉は絶好の狙撃ポイントである高台の上に伏せるとモシン・ナガンM28を構え森を見渡し木々の間から見える敵を次々と射殺していった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「ただいま戻りました」

 

 

帝国軍の1部隊を全滅させてから数日後。哨戒任務を終えクレメンス准尉がヘイへ少尉と共にMH-47G(CH-47シリーズの内の1機種)4機が着陸しているベースキャンプ代わりの場所に帰ってきた。

 

「「おつかれさん」」

 

待機していた兵士や先に帰っていたきていた兵士に労いの声をかけらながら2人は自分達に割り当てられた区画に行き体を休めた。

 

「そろそろナガト総統達がこちらに来る頃だな」

 

「そうですね。なにも問題がなければ2〜3日以内には妖魔連合国の首都に到着する予定です。総統が首都に到着して反撃を開始したら我々もお役目御免でようやく撤退出来ますよ」

 

「そうだな。……しかし暇だな。あれの様子でも見に行くか」

 

「あれだけ森の中を歩いてきたのに元気ですね。少尉は……。自分は寝ます」

ヘイへ少尉は呆れ顔のクレメンス准尉を残しとある場所に向かった。

 

「おぉーい。どうだ?なにか分かったか?」

 

比較的損傷が少なく鹵獲された3体の魔導兵器と2体の自動人形を調べているMH-47Gの整備兵にヘイへ少尉が声を掛けた。

 

「ん?あぁ少尉でしたか。今のところ分かったのはこの2つの兵器の制御系には初歩的な電子機器が使われていることぐらいですかね。他はやっぱり本国に持って帰って詳しく調べないことにはなんとも……」

 

「そうか。ふむ……。だが初歩的な電子機器が使われているということはやはり事前の情報にあったようにこれらの兵器は渡り人が作ったみたいだな」

 

「えぇ、この世界の技術レベルでは初歩的とはいえ電子機器なんてありませんからね。渡り人が作った物で間違いないでしょう」

 

「こんな物を作ってくるとなるとこれから先まだまだ面倒な物を作って来そうだな……」

 

「そうですね。先が思いやられます」

 

ヘイへ少尉と整備兵は鹵獲した兵器を前に難しい顔で会話していた。

 



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びっくりするぐらい仕事が忙しい……。


更新速度上げたいんだけどなぁ……(泣)


妖魔連合国への派兵の準備が着々と進められているパラベラムでは国防・軍事を統括する司令本部にカズヤを筆頭とした各部門の長が一同に会し報告会議が開かれていた。

 

「次、特殊作戦軍長官。妖魔連合国で活動中の特殊部隊はどうなっている?」

 

「ハッ、特に目立った人的被害もなく全部隊、順調に任務をこなしております。また各部隊の活躍により帝国軍の指揮系統に乱れが発生しまた補給物資が届かなくなっているため進軍がほとんど停止しています」

 

時間稼ぎのつもりで送ったけど思っていたよりも効果があったな。

 

カズヤは妖魔連合国各地で帝国軍に対し様々な妨害工作や破壊工作を行ってゲリラ戦を展開している特殊部隊の戦果を聞いて満足げに頷いた。

 

「じゃあ次、輸送軍長官。妖魔連合国までの街道の整備・拡張及び鉄道網の構築、物資の輸送計画はどうなっている?」

 

「ハッ」

 

カズヤの声に答えるように輸送軍長官が立ち上がり手に持った書類の内容を読み上げた。

 

「まず街道の整備・拡張及び鉄道網の構築ですが、順調に進んでおります。この調子であれば予定されていた期間内には全ての工程を終えることが出来ます。次に物資の輸送計画ですが、予想されている物資の消費量の3倍の量を準備し必要な分を必要な時に必要な場所へ届けることが可能なように手配済みです。詳しくは報告書の15ページをご覧下さい」

 

「よし、分かった。あと何か報告のあるものはいるか?」

 

カズヤの問い掛けに数人が手を挙げた。

 

「じゃあまず情報省長官から」

 

「はい。まずエルザス魔法帝国についてですが、偵察衛星や高高度偵察機を使用し領土内を徹底的に調べた結果、城塞都市での戦闘で現れた空中要塞と同等の物が新たに3つ見つかりました。しかしその3つは上層部の建築物が完成していないため建造中と思われます。また空中要塞以外にも陸上型、海上型問わず移動式の要塞らしき物体を複数個発見しました」

 

「また面倒な物を……。こっちの戦力が整うまで待ってはくれないか……。まぁいい、それらの要塞から目を離すな24時間監視しろ。いざとなれば通常弾頭装備のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)かICBM(大陸間弾道ミサイル)の集中運用で吹き飛ばしてしまえ。他には?」

 

カズヤが情報省長官の報告を聞いてあからさまに顔をしかめながら続きを促した。

 

「はい。海を挟み1万5千キロ離れた向こうにあるレガリス帝国のことなのですが、予備の偵察衛星を使って偵察した結果驚くべきことが分かりました」

 

「なんだ?」

 

「レガリス帝国は第一次世界大戦並みの技術力――兵器を保持しているもようです」

 

……あれ?俺、この世界に来る前に『これから貴方が行く世界は魔法や魔物が存在しているファンタジーな世界です』っていう説明を受けたんだが……。どうなってるんだ?これだとSFファンタジーの世界みたいじゃないか……。

 

……突っ込んだら負けか?というか、もうなんでもありになってきたな。……そういやフィリスもなんか言っていたような気が……。

 

「……第一次世界大戦並みの技術力を持っているならなぜ、レガリス帝国はこっちの大陸に来ないんだ?領土欲がないのか?」

 

そんなことを考えながらカズヤがふと思い付いた疑問を情報省長官に投げ掛けると長官から答えが帰ってきた。

 

「それがレガリス帝国は現在、大規模な戦争を行っている模様でこちらに手を出す余力がないのだと思われます。またこちらの大陸とあちらの大陸の間にある霧の海という超大型の海中生物が生息している危険海域があるため危険を犯してまでわざわざこちらに来ないのだと思われます」

 

霧の海ねぇ……それが天然の壁になっているから、こっちの大陸とあっちの大陸は発展の度合いが違うのかな?……まぁいい。いくら考えた所で分からん。

 

「そうか。じゃあ一応レガリス帝国の動向も監視しといてくれ」

 

「ハッ、了解しました」

 

情報省長官がそう言って椅子に座るとカズヤは次に移った

 

「次、技術省長官」

 

「ハッ、魔導炉の件ですが、カナリア王国からの技術提供もあり量産化の目処がつきました。しかし量産――といいますか、魔導炉の製造には魔法使いの存在が必要不可欠のため捕虜の魔法使い達を使い魔導炉の生産・量産を行います。次に妖魔連合国で作戦行動中の特殊部隊が鹵獲した魔導兵器や自動人形ですが、報告では両兵器の制御系には初歩的な電子機器が使用されている模様です。詳しく調べてみないと分かりませんが、こちらも我が方で生産出来る可能性があります」

 

立ち上がり報告事項をスラスラと読み上げた技術省長官に対しカズヤは間をおかずに言った。

 

「そうか、では魔導炉の量産を開始しろ。魔導炉を搭載する艦は海軍長官と協議して選定が済んだら報告してくれ。魔導兵器と自動人形に関しては徹底的に調べろ。その上で量産するか検討する」

 

「了解しました」

 

技術省長官が座り最後になった千歳中将にカズヤは声を掛けた。

 

「最後、千歳」

 

「ハッ、報告事項がいくつかありますので順に報告させて頂きます。まず妖魔連合国に派兵する部隊の準備が完了しました。地上部隊はM1A2エイブラムス、10式戦車、M2ブラッドレー歩兵戦闘車、各種ストライカー装甲車とハンヴィー等を含む臨時編成の一個師団。航空部隊は対地攻撃機のAC-130や戦闘爆撃機のF-15E、攻撃機のA-10、その他複数と各種ヘリコプター等を含んだ航空隊を妖魔連合国の首都周辺に建設予定の基地に送り込みます。また基地の建設やその他の事項につきましては妖魔連合国との話し合いが完了しております」

 

「次に軍備に関してなのですが兵器の改良及び改装工事が85パーセント完了しました。またパラベラムの地下兵器工場で生産した兵器が順次部隊に配備されているためこれからは兵器不足が解消される予定です。後、パラベラムに移住してきた住民達で編成されている義勇兵部隊の訓練過程が半分程終わりました」

 

 

現在までにパラベラムはカナリア王国からやって来た4千人程の移住希望者を試験的に受け入れており、その移住者の中から志願者を募り入隊試験を通過した者達でカズヤは義勇兵部隊を作り上げていた。

 

「そういえばすっかり忘れていたが、義勇兵部隊とか作ったな……どうだ使えそうか?」

 

「……今後に期待とだけ申し上げておきます」

 

「まぁ、そうだろうな……。あぁ、義勇兵達に与えた兵器は確か旧式の物ばっかりだったと思うが管理はしっかりと頼むぞ」

 

「承知しております。兵器の管理に関しては自衛隊以上に管理規定を厳しくしてありますので大丈夫だと思われますが、万が一義勇兵のいずれかが私的な目的で兵器を持ち出した際に備え義勇兵達の頭の中には超小型爆弾を埋め込んでありますのでいざとなれば兵器を持ち出した不届き者を爆殺出来るようにしてあります」

 

「なら安心だな。……それにしてもこれでようやく戦力不足――兵器不足に悩まされることが無くなるな」

 

「はい」

 

パラベラムの地下兵器工場で大量生産された兵器が各部隊に続々と配備されているため、より戦力増強が容易くなったことによりカズヤは嬉しそうにニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

会議が終わりカズヤが部屋に戻り椅子に腰かけて休憩していると不意に扉がノックされ千歳中将が入って来た。

 

「失礼します」

 

「どうした千歳?――その子達は?」

 

部屋に入って来た千歳中将と共にいたメイド服を着た7人の少女・女性達を見てカズヤが首を傾げた。

 

「ハッ、ご主人様が直接妖魔連合国へ出向かれるとおっしゃっていらしたので、念のため親衛隊以外にもご主人様の手駒をご用意させて頂いたのです」

 

手駒て……。

 

千歳中将の言葉に若干カズヤが顔をひきつらせているとメイド服の少女達が前に進み出て頭を下げた。

 

そんな少女達を見てカズヤは、ふとあることに気が付いた。

 

「……なぁ千歳、この子達はもしかして」

 

「はい。ご主人様のご想像通り王都で購入した屋敷の地下牢で死にかけていた者達です。右からヴァンパイアの姉妹、姉のレイナと妹のライナ。オーガのエル、ラミアのシェイル、ダークエルフのルミナス、狐人族のキュロット、狼人族のウィルヘルムです」

 

「やっぱりか。どうりで見覚えがあるはずだ」

 

席を立ち頭を下げている7人の元にカズヤが近付くと7人の少女はサッと頭を上げて一様に熱を孕んだ視線をカズヤに向ける。

 

「(……千歳、これは?)」

 

少女達のあまりにも熱のこもった熱い眼差しを受けたカズヤが千歳中将に視線で問い掛けると千歳中将が少し困ったように微笑みながら返事を返した。

 

「(ハッ、それが……。どういう訳かこの者達は皆、目を覚ますとご主人様に心酔しておりまして……。恐らくですがご主人様がこの者達を治療した際に使用した完全治癒能力によってご主人様の魔力がこの子達の深い所にまで混ざり込んだためご主人様に対し心酔しているものだと思われますが……詳しいことは不明です)」

……完全治癒能力にそんな、刷り込みみたいな副作用があったのか?

 

カズヤが完全治癒能力のことで頭を悩ませていると千歳中将が補足の説明を付け加えた。

 

「(あと……この者達は名前以外の記憶を全て失っておりました)」

 

「(なんだと?)」

 

「(地下牢で受けた仕打ちが原因かと……)」

 

「(そうか……)」

 

なんとも言えない表情を浮かべているカズヤの前では千歳中将から調教――もとい厳しい訓練と記憶を失いカズヤに心酔していることをいいことに片寄った思想教育を受けて特殊部隊並みの戦闘技術とカズヤに対し狂信的な忠誠心を備えた少女達がようやくカズヤに会えた喜びからにこにこと花が咲いたような笑みを浮かべていた。




あと2〜3話後から戦闘描写が多くなる予定です。(笑)


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またやっちまった……かも……(汗)



帰らずの森の中にあるパラベラムの前哨基地からカナリア王国内を通り妖魔連合国へ繋がる街道の拡張・整備と鉄道網の構築、それに妖魔連合国の首都から20キロ離れた場所にコンクリートブロックの壁に囲まれ近代的な設備が詰め込まれた巨大な軍事基地――地名から名前を取ったデイルス基地の建設を機械化された工兵部隊を使うことで驚くべき早さで終えたパラベラムは本格的な派兵を開始した。また派兵の第1陣から少し遅れてカズヤもVC-25エアフォースワンに乗って妖魔連合国に降り立った。

 

VC-25エアフォースワンのタラップが降ろされて機内から外に出たカズヤがタラップを降りながらデイルス基地をサッと見渡すと何両もの貨物列車が続々と到着し荷台に積載していた物資や兵器を基地内に運び込み、また飛行場の駐機所にはC-17グローブマスターIIIを筆頭にC-5ギャラクシーや量産された機体としては世界最大の輸送機のAn-124ルスラーン。そしてそのAn-124をベースに開発されプログレスD-18Tエンジンを両翼に計6つ搭載し『世界一重い航空機』とも言われる大重量貨物輸送機のAn-225ムリーヤといった大型の輸送機達が積み荷の戦車や装甲車、自走砲、人員を下ろしていた。

 

他にも建ち並ぶハンガー(整備棟)の中ではルーデル少佐率いるルーデル飛行中隊の特別仕様のA-10やF-15制空戦闘機の派生型である戦闘爆撃機F-15Eストライクイーグルに低抵抗通常爆弾――レーザー誘導のペイブウェイIIやGPS誘導のJDAMキットなどを装着することで誘導爆弾として使用できるMk80シリーズの通常爆弾やCBU-87/Bクラスター爆弾、CBU-72燃料気化爆弾、ナパーム弾等の航空機搭載爆弾を整備兵達が機体に取り付け出撃準備を整えていた。

 

また視線を少しずらすとC-130ハーキュリーズ輸送機の機体を改造しGAU-12 25mmガトリング砲を1門、40mm機関砲を1門、105mm榴弾砲を1門搭載し局地制圧用攻撃機――ガンシップの名で呼ばれているAC-130に大量の砲弾が積み込まれ帝国軍に砲弾の雨を浴びせるための準備が進んでいた。

 

そして少し離れた場所の滑走路にはスクランブルに備えて第5世代のジェット戦闘機に分類される世界初のステルス戦闘機でステルス特性や音速巡航(スーパークルーズ)能力を兼ね備えているF-22がウェポンベイ(兵器庫)にAIM-120C AMRAAMを6発とAIM-9L/Mサイドワインダーを2発搭載した状態で、その隣にはF-1の後継機としてF-16多用途戦闘機を元に開発されたF-2戦闘機が93式空対艦誘導弾2発とAGM-65マーベリック6発、AIM-9L/Mサイドワインダー2発を機体に取り付けてF-22と同じようにスクランブルに備えて翼を休めていた。

 

なお、デイルス基地には配備されていないB-52ストラトフォートレスやB-1ランサー、B-2スピリット等の戦略爆撃機は整備上の問題と万が一にも地上で敵によって破壊されることを防ぐためデイルス基地には緊急時以外着陸することはなくパラベラム本国から飛来して爆撃を行う手筈になっている。

 

そして飛行場を眺めていたカズヤが飛行場の反対にある地上部隊の集結地に視線を移すとそこには今回の派兵の主力部隊である二個機甲大隊の戦車――M256 44口径120mm滑腔砲と主砲同軸に装備されているM240 7.62mm機関銃やM2 12.7mm重機関銃で武装し複合装甲と均質圧延鋼板で防御を固めたM1エイブラムスと新開発され日本製鋼所が製造した従来の44口径120mm滑腔砲より13パーセント軽い軽量高腔圧砲身の国産44口径120mm滑腔砲を装備し最新技術・装備が詰め込まれたお陰で正確無比なスラローム射撃や後退行進射撃を可能にした10式戦車、計100両が整然と並びその勇姿を雄々しく辺りに見せ付けていた。

 

着々と戦力が整いつつあるデイルス基地の様子を満足げな表情で見終えたカズヤは千歳やメイド達の随伴員を引き連れてデイルス基地の司令部に向かった。

 

「お待ちしておりました。総統閣下」

 

そんな言葉と共にカズヤを出迎えたのはデイルス基地の司令官、ミレイ・ウリウス少将だった。つり目に眼鏡というどこかキャリアウーマンを彷彿とさせる美人のミレイ少将は緊張した面持ちでカズヤを席に案内しカズヤが席に着くと現状の報告を始めた。

 

「既にご覧になったと思われますがデイルス基地に到着した部隊は全部隊、出撃準備に取り掛かっていますので後は妖魔連合国と同盟締結の正式な調印式が済み、総統閣下のご命令が下されれば直ちに行動に移れます」

 

「仕事が早いな……」

 

「ハッ、ありがとうございます!!」

 

カズヤの感心したような言葉に誇らしげに型通りの敬礼で答えたミレイ少将に苦笑しつつカズヤは皆を引き連れ同盟締結の調印式が行われる妖魔連合国の首都にある魔王城へハンヴィーに乗り向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

魔王城という名前からおどろおどろしい城の姿を想像していたカズヤの予想を裏切り首都の入り口から見えた魔王城は普通の城だった。

 

そんな魔王城の城下街エリアの中に入ったカズヤ達はオリヴァー侯爵の案内で車内から街並みを眺めていた。

 

「彼らは……?」

 

「彼らですか?彼らは大半が戦火に巻き込まれ住んでいた村や街から逃げて来た避難民達です。魔王様も避難してきた者達に救いの手を差し向けるように言っておられるのですが、なにぶん避難民の数が多く十分な支援が行えていないのが現状です」

 

そんな会話を交わしながらそこかしこに暗く疲れた顔で路肩に座り込む避難民達を眺めつつカズヤは魔王城の本城に入り魔王の待つ部屋に向かった。

 

魔王ってどんな姿してるんだろ……。やっぱり角とか生えてる大男なのか?

 

魔王の待つ部屋に向かっている途中、魔王について何も知らないことに今さらながら気が付いたカズヤは魔王の姿について想像を膨らませていた。

 

「こちらで魔王様がお待ちです」

 

一際豪華な装飾が施された部屋の扉の前で足を止めたオリヴァー侯爵が言った。

 

この先に魔王が……

 

ごくりと唾を飲み込み意を決してカズヤは扉の向こうに進んだ。

 

「ぅぐっ……。ようこそ妖魔連合国へパラベラムの王よ。歓迎するよ…うっ、くっ、……こんなナリで悪いけど大目に見てくれないかい?」

 

「……あ、あぁ分かった」

 

…………女!?しかも傷だらけ!?

 

部屋の中に入ったカズヤが見た者は想像していた姿――角が生え筋肉質で強面の大男などではなかった。

 

そこにいたのは、元は立派に額に生えていたであろう一本の真っ赤な角と右手の肘から先、左目を失い褐色の肌の至るところにびっしりと巻かれた包帯に赤い血を滲ませて、その豊満な胸を荒い呼吸で上下させ苦悶の表情を浮かべながらも威厳を損なわず魔王の風格を保ちカズヤを出迎えた妖魔連合国の女傑――魔王アミラ・ローザングルその人だった。

 

……そういやオリヴァー侯爵が魔王は傷を負っているって言ってたっけな。それにしてもここまで重傷だとは思わなかったぞ。……ってよく見たら魔王の周りに控えている家臣達も傷だらけじゃないか。

 

魔王が女性で重症を負っているという事実に驚いてアミラに生返事を返し部屋の中に入ったカズヤが目だけを動かして魔王の周りに控えている家臣達をコッソリと伺うと無傷な者は1人もおらず皆、魔王と同様に重傷に近い傷を負っていた。

 

……にしてもあまり友好的でない視線がいくつか混じってるな。まぁしょうがないと言えばしょうがないけど帝国に――人間に同胞を大量虐殺されたらなぁ。人間そのものに対して敵意を抱くのも致し方ないか。

 

アミラの周りに控える家臣達の内、数人から敵意の混ざった視線を浴びたカズヤがそんなことを考えつつ用意されていた椅子に着くと同盟締結の調印式が始まった。

 

「あーっと、とりあえず最初に自己紹介でもしとこうかね。……っ、あたしが妖魔連合国の魔王のアミラ・ローザングル。ちなみに種族はオーガだよ。ぅ…アミラでもローザングルでも好きなように呼んでくれて構わない。……ん?……あぁ、それとこの口調は生まれつきでね。くっ、見逃してくれると助かるんだけどね」

 

アミラがいきなり気軽に軽い口調でカズヤに話し掛けたため隣に控えていた家臣は目を剥き慌ててアミラに耳打ちをしたためアミラは最後に言葉を付け足した。

「あぁ、構わない。俺も堅苦しいのは苦手なんでな」

 

「そうかい?うっ、そう言ってくれると助かるよ」

 

傷の痛みを堪え大量の油汗を流しつつもカズヤの返事を聞いてアミラはニカッと親しげな笑みを浮かべた。

 

「じゃあ俺も簡単な自己紹介を……俺がパラベラムの王――総統の長門和也だ。俺も好きな様に呼んでくれ。今後ともよろしく頼む、アミラ」

 

「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ。カズヤ」

 

そうしてお互いの自己紹介と部下の紹介が終わり一段落つくと突然、アミラがカズヤに対し深々と頭を下げた。

 

「魔王様!?」

 

「へ、陛下!!一体何を!?」

 

「っ、あんた達は黙ってな!!最初に言いたかったんだけどね。今回の派兵の件、本当に感謝するよ。先に送ってくれた兵に関しても同様に。彼らのお陰で何百もの同胞が命を救われているし、っ、帝国の進攻速度が落ちたことで軍を再編成する時間も出来た。この借りは必ず返させてもらうからね」

 

「……あぁ、期待しておくよ」

 

魔王が――1国の主があろうことか他国の王に頭を下げるという行為にアミラの家臣達が騒いだが、アミラの一喝ですぐに黙り込んだ。そしてアミラの真摯な言葉を聞いたカズヤはキョトンとした後に笑顔でそう言ってアミラとは仲良く出来そうだと思った。

 

「――じゃあ、ぅぐ……書類に、つっ、署名――」

 

「ちょっと待ってくれ、もう見てられん」

 

「?」

 

カズヤに感謝の意を告げたアミラは頭をあげると用意されていた書類に署名をしようとしたがカズヤはそれを押し止めた。

 

そして痛みを堪えながら懸命に言葉を紡いでいるアミラの姿を見るに見かねたカズヤは席を立ち頭に?マークを浮かべているアミラに近付き手をかざした。

 

「……刃をどけてもらえると助かるんだが?……千歳達も銃を下ろせ」

 

「やめな、あんた達」

 

カズヤがアミラに手をかざした瞬間、カズヤの首や急所に魔王直属の近衛兵達が剣や槍が突き付けていた。しかしそれに呼応するように千歳達も銃を構え引き金に指を掛けておりいつでも近衛兵や魔王を射殺出来るような状態を取っていた。

 

そんな一触即発の状態に陥りながらもお互いの兵達は自らの主の命令に従い大人しく武器を納めた。

 

「すまない……今のは俺が悪かった」

 

何の説明も無しに不用意にアミラに近付いたことをカズヤが謝ると近衛兵達から滲みだしていた殺気が少しだけ弱まったためか部屋の中は若干落ち着きを取り戻した。(ちなみに千歳達から発せられる殺気は弱まることはなかった)

 

「……それでカズヤはあたしに何をしようとしたんだい?」

 

「いやなに、その傷が辛そうだったんで治そうと思ってな……」

 

「この傷かい?つっ、治そうとしてくれるのはありがたいけど無駄だよ。帝国に与する渡り人「俺は勇者だ!!」とか叫んでいた変な奴にやられた傷なんだけどね。特殊な武具を使っていたみたいでどんっ、な魔法薬や回復魔法を使ってもこの傷は治らないんだよ」

 

 

「……そうか、まぁ。モノは試しだ」

 

忌々しいといわんばかりに首をふって諦めの表情を浮かべているアミラに笑いかけながらカズヤは手をかざし完全治癒能力を発動した。

 

するとアミラにかざしたカズヤの手がぼんやりと光を放ちアミラの体に目に見えて変化が起きた。

 

「……えっ!?」

 

「なんと!?」

 

「これは……!?」

 

「なっ!?」

 

ありとあらゆる手を尽くしても癒えることが無かったアミラの傷が癒えたばかりか、永遠に失ったはずの右手や左目が元通りに戻った光景を目の当たりにして家臣達は呻くように言葉を漏らすか絶句していた。そして当の本人であるアミラは自分の右手や角を恐る恐る触りその感触を確めたあと左目を覆っていた包帯を引きちぎるように外し暗闇に閉ざされていたはずの左目にまた光が戻ったことにまず驚き次いでわなわなと歓喜にその身を打ち震わせた。

 

「……戻った?手や目が元に戻った?――……ハハッ、アハハハハ!!!!これでっ!!これであのクソ野郎に復讐出来る!!」

 

右手をグッと握り締め、握り締めたその拳を見つめながらそう高笑いをあげたアミラの体から凄まじい量の魔力が溢れだしごうごうと渦を巻いていた。そして溢れだした魔力を収めたアミラがこれ以上ないほどに喜びで顔を染めながらカズヤに向き直った。

 

「感謝するよカズヤ!!あんたのお陰で――ってどうしたんだい!?」

 

「ゼェゼェ……つ、疲れた」

 

アミラの傷を治すためにあらんかぎりの魔力を使わなければならなかったカズヤは疲労で根を上げていた。

 

……というかさっきは何も考えずに完全治癒能力をアミラに使っちまったけど、副作用……大丈夫だよな?

 

先程からおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせて何度も自分の右手を開いたり閉じたりしているアミラを眺めつつカズヤはそんなことを思った。

 

「……とりあえず調印を済ませよう」

 

「あ、あぁそうだね」

 

結局、完全治癒能力の副作用を確かめる術がないためカズヤは気にしないことにしてアミラに声を掛けた。そしてカズヤの声を聞いて何のためにこの場を設けていたのか思い出したアミラはすぐに頷いた。

 

そして同盟締結の調印が終わり正式にパラベラムと妖魔連合国の間に同盟が結ばれたのだった。

 



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調印式の後、私的な話がしたいというアミラの要望に快く応えたカズヤは場所をアミラの私室に移しアミラと会話を交わしていた。

 

「へぇー。そうなのかい」

 

「まぁな」

 

アミラの私室で会話を重ねる内にお互いの波長がうまい具合に合ったのか、2人はまるで以前からの親しい友人のように楽しげに語り合っていた。

 

そして2人の会話に一瞬の間が出来た時、その間を見計らっていたかのように部屋の扉がノックされた。

 

『失礼します。陛下、お二人をお連れしました』

 

「お、来たね。入っておいで。 この機会にカズヤに紹介しとこうと思ってね。あたしの娘達だよ」

アミラの言葉にカズヤが扉の方に視線を向けると扉が開き近衛兵と共にアミラの娘達が中に入って来た。

 

「あんた達、挨拶しな。あたしとうちの(妖魔連合国)の恩人だよ」

 

「………………私の名はフィーネ・ローザングル――……って母様!?傷は!?」

 

「えっ!!お母さん!?どうなってるの!?怪我が治ってる!!」

 

「あんた達!!場を弁えないかいっ!!」

 

「「っ!!」」

 

部屋に入って来てカズヤに敵対心の籠ったきつい視線を向けていた少女とまるで猫じゃらしを前にした猫のように興味津々な視線をカズヤに向けていた幼げな少女はカズヤに挨拶をしようとしたが、その途中にアミラの怪我が治ってることに気が付き我を忘れて思わずアミラに駆け寄ろうと足を踏み出したが、直後のアミラの一喝に2人は首を竦ませ母親譲りの褐色の肌をビクッと震わせた。

 

 

「すまないねぇ。躾がなっていなくて」

 

「別にいいよ。母親のことを大事に想っている証拠だろ?いいことじゃないか」

 

「まぁねぇ……。でも時と場所を弁えて欲しかったかね」

 

アミラの謝罪にカズヤが言葉を返すとアミラは頬を弛ませてまんざらでもない笑みを浮かべていた。

 

「ほら。あんた達、改めて挨拶しな」

 

「は、はい。……お初にお目にかかる私が姉のフィーネ・ローザングルだ……です」

 

「初めまして。妹のリーナ・ローザングルだよ。リーネって呼んでね」

 

アミラのことをチラチラと気にしながらもアミラに促され2人は挨拶をした。

 

姉のフィーネ・ローザングルはアミラの容姿に似通った点が多い少女で自然のままに長く伸ばした髪、一際目立つふくよかな胸と反比例するスリムな体系だったがアミラの天真爛漫な性格とは真逆の真面目で堅物そうな印象を受けた。

 

妹のリーナ・ローザングルはまだ幼く子供らしさが残っていたが母親の天真爛漫な性格をそのまま受け継いだのか、活発的で明るい性格のようだったが、どこか小悪魔を連想させる笑みを浮かべていた。あと彼女も姉と同じように髪を伸ばしていたが、姉とは違い長く伸びた髪をツインテールにしていた。

 

「初めまして。パラベラムの総統を務める長門和也だ。よろしくこっちが副総統の――」

 

「ご主人様の副官の片山千歳だ」

 

カズヤ達がお互いに自己紹介と挨拶を交わしフィーネとリーネが新たに用意された椅子に座るとアミラが口を開いた。

 

「所でちょっとカズヤに頼みがあるんだけどいいかい?」

 

「ん?なんだ」

 

「世話になりっぱなしで悪いんだけどね。しばらくの間フィーネをメイドでもなんでもいいからカズヤの側においてやってくれないかい?」

 

「母様!!そんな……!!」

 

突然のアミラの発言にフィーネがまさかという顔で立ち上がりアミラの顔を見た。

 

「フィーネは黙ってな」

 

「っ」

 

「で、どうだい?」

 

「……理由を聞いても?」

 

「んー。理由……ねぇ。後学の為かね。この子はあたしに似ず頭がよく回るんだけど、ちょっと物事の考え方が固くてね。次期魔王候補として今のうちにいろいろな体験をさせて成長させておきたいのさ」

 

「次期魔王候補?妖魔連合国の国主は世襲制じゃないのか?」

 

カズヤがアミラの言葉に疑問を感じ質問した。

 

「あぁ、うちは基本的に弱肉強食。強き者に弱き者が従うっていうのが当たり前なんだよ。魔王が代替わりする時に妖魔連合国内の各種族から代表を出して色々と競わせるのさ。で、物理的な力だけじゃなくても皆が納得出来る何らかの力を持っていたら魔王に就任出来るってわけ」

 

「ふーん。じゃあ、アミラはどうやって魔王になったんだ?」

 

「ん?あたしかい。それはもちろん力で全部ねじ伏せたよ。で、受けてくれるかい?」

 

結局力かい!!……とまぁ、そんなツッコミはさておきどうするかな。受けても受けなくてもどっちでもいいんだが。まぁ受けておくか。

 

一瞬考え込んだカズヤだったが、特にデメリットも思いつかなかったためアミラの提案を受けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

カズヤが部屋から出て行った後、アミラの部屋の中ではフィーネの怒りの声が上がっていた。

 

「母様!!なぜ私があんな男のしかもよりにもよって人間風情の所に行かねばならないのですか!!」

 

「人間風情とはなんだい!?カズヤはあたしの怪我も治してくれたし、ほとんど見返りも要求せずにうちを助けてくれた恩人だよ!!それに何度も言っているだろうにカズヤの所でいろいろと学んでこいって」

 

「ですが!!」

 

「あーもう!!これは決定事項だよ!!」

 

「〜〜〜ッ!!母様の分からず屋!!」

 

アミラの言葉にリーネは我慢ならないと言わんばかりに部屋を飛び出して行ってしまった。

 

「もぉ〜2人共、頑固なんだから!!お母さんいいの?お姉ちゃんどっか行っちゃったよ?」

 

「はぁ〜。またやっちまったね……」

 

部屋に残ったリーネの言葉にアミラは大きくため息をついた。

 

「リーネ、おいで」

 

アミラはリーネを招き寄せると膝の上に座らせて頭を優しく撫で始めた。

 

「お母さん。くすぐったいよ」

 

「……」

 

膝の上で身動ぎするリーネの嬉しさと恥ずかしさの入り交じった声を聞きながらアミラは深く考え込んでいた。

 

 

 

「母様の!!母様の分からず屋!!なぜ分かってくれない!!」

 

魔王城の廊下をフィーネは収まらない怒りを胸にズカズカと歩いていた。

 

「私はただ母様の側で役に立ちたいだけなのにッ……!!」

 

ガン!!と廊下の壁に拳を叩きつけフィーネが苦悩していた時だった。

 

「そこにいるのはフィーネかい?」

 

廊下の向こうからエルフの男が歩いて来た。

 

「ネルソン!!」

 

「おっと!?どうしたんだいフィーネ?」

 

以前から慕っていたネルソンが目の前に現れたことでフィーネは先程とは一変して花が咲いたような笑みを浮かべネルソンの胸の中に飛び込んだ。

 

「そんなことが……」

 

「えぇ。私は行きたくないけど母様には逆らえないから……」

 

ネルソンはフィーネがカズヤの側にいることになったという事情を聞くとネットリとした悪意の籠った笑みをフィーネに気付かれないようにコッソリと口元に浮かべながら優しい言葉と共にある物を差し出した。

「これは?」

 

「お守り代わりのブレスレットさ。それをずっと身につけておいて欲しい。何かあればそれが君を守ってくれるはずだよ」

 

「ありがとう。ネルソン」

 

フィーネはネルソンの悪意にまったく気が付かずにブレスレットを受け取って身につけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

長時間続いた話も終わりフィーネを預かることを了承したあとカズヤはデイルス基地に戻っていた。

 

「しかしご主人様。よろしかったのですか?あのような小娘を預かって」

 

 

「まぁ、いいだろ。魔王に貸しを作ったと思えば」

 

「今のところ我々は貸しばかり作っていますが……」

 

「……。さて帝国軍はどこにいるんだ?」

 

千歳のじと目にカズヤはさっと視線を反らし知らぬ存ぜぬとばかりに部下達に声をかけた。

 

「……妖魔連合国内にいる帝国軍はオルガという妖魔軍が守る街の近くに集結中です。補給を断たれ手持ちの物資が無くなったため街を攻め落とし妖魔軍の物資を奪うつもりだと思われます。またオルガ攻略のために集結していない残りの敵の居場所も全て把握済みです」

 

目を反らしたカズヤを見てやれやれという風に首をふった千歳は目の前の地図に視線を落とし幾つかの場所を指し示した。

 

「うーん。一気に片をつけたいなそろそろ冬になるし……。うん。まず航空機部隊は総力を持って各地に散っている帝国軍を叩け。地上部隊はオルガの街に向かい帝国軍を撃破しその後各地に展開、討ち漏らした残敵掃討にあたれ。それと妖魔軍との共同体制は取れているのか?」

 

「はい。妖魔軍は我々の援護に回ってもらうことになっています。これを」

 

「……よし、分かった」

 

ミレイ少将が妖魔軍との連携について書かれた報告書をカズヤに手渡しその報告書を一瞥し頷いたカズヤは言った。

 

「全軍作戦行動に入れ。これより妖魔連合国内に存在する帝国軍を蹂躙する。一兵たりとも生かして返すな!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤの言葉に皆、敬礼をすると自らの職務に取りかかりそれと同時に基地全体が慌ただしくなり始めた。デイルス基地の滑走路や駐機所からは次々と爆弾やミサイルを吊り下げた航空機やヘリが飛び立ち、地上部隊は群れをなしオルガの街に向かって進撃を開始した。

 



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オルガ防衛を担っている妖魔軍5万の指揮を取るミノタウロスの将軍は街の中心にある臨時の指揮所から少し離れた山の上に陣取っている帝国軍を忌々しげに睨み付けていた。

 

「敵の総戦力は?」

 

「ハッ、偵察兵の報告によりますと歩兵8万、騎兵1万、竜騎士5百、戦列艦5、魔導兵器2千、自動人形2万とのことです。……昨日より歩兵が1万人程増えています」

 

「……そろそろ仕掛けて来るな」

 

やはり敵の狙いは我々や街の奪取ではなく物資だな……

 

純粋な戦闘要員以外も含めると数十万の帝国軍の将兵が集まっているにも関わらず異様に少ない炊事の煙と事前の情報によって将軍は帝国軍の狙いを正確に見抜いていた。

 

そして将軍の考えた通りパラベラムから派兵された特殊部隊の活躍により補給路を断たれた事、更に兵站の軽視によるずさんな補給計画のせいで深刻な物資不足に悩んでいた帝国軍は不足した物資、特に食糧を妖魔軍から奪うべく戦力を集中しオルガの街を攻め落とそうと目論んでいた。

 

「敵本陣に動きあり!!進軍を開始した模様!!」

 

数万のしかも腹を空かせて気の立っている敵兵相手にどれだけ持ちこたえられることやら……。まぁ簡単にこのオルガの街は渡さんがな

 

部下の報告を聞いて苦り切った表情で将軍は口を開いた。

 

「街の東に戦力を集中させろ!!騎兵部隊は「報告します!!」なんだ!?」

 

将軍の言葉を遮り指揮所の中に伝令が駆け込んで来た。

 

「援軍っ、援軍が到着しましたっ!!」

 

「なに!?どこの部隊だ?」

 

1人でも多くの兵を欲していた将軍は伝令の報告にパッと表情を明るくさせるとゼェゼェと息を吐きながら言葉を紡ぐ伝令に問い掛けた。

 

「っ……援軍は我が軍の部隊ではありません!!パラベラム軍の部隊です!!また魔王様の勅命で我が軍はパラベラム軍の援護に回るようにとの仰せであります!!」

 

「……なんだと?この戦いは我々の領土を守る戦いだぞ!!それを……!!それを他国の軍に任せて我が軍は援護に回れだ――えぇい!!うるさい!!なんだこの音は!?」

 

伝令から伝えられた命令に明るくなっていた表情を一変させ憤怒の表情で怒りの声を上げていた将軍の耳にキュルキュルという耳障りな聞き慣れぬ音がまとわりついた。

 

そしてその音の正体を確かめようと窓から身をのりだし外を見た将軍は凍り付いた。

 

「な、なんだこれは!?」

 

将軍の視線の先では指揮所の側の通りを見たこともない四角い物体が耳障りな音を出しながら走り回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「急げ急げ!!敵はもう動き出しているぞ!!さっさと並べ!!」

 

オルガの街の前に広がる平原に横1列で布陣し停車時でもエンジンが動いているだけで毎時約45リットルもの燃料を消費する燃費の悪いガスタービンエンジンの音を聞きながらミハエル・ヴィットマン大尉が無線を通じて第1機甲大隊のM1A2エイブラムス49両(本来であれば第1機甲大隊の定数は50両だが1両だけエンジン不調により出発が遅れたためこの場にはいない)に指示を飛ばしていると司令部――HQからの通信が入った。

 

『HQより第1機甲大隊、ハンマーヘッド1。応答せよ』

 

「こちら第1機甲大隊、ハンマーヘッド1、どうぞ」

 

『砲兵部隊の砲撃準備が完了した。そちらの状況を知らせろ』

 

「こちらは、あと3分程で部隊配置を完了する」

 

『HQ了解。部隊配置が完了後、作戦開始まで待機せよ』

 

「了解した」

 

HQとの通信を終えたヴィットマン大尉は砲塔のハッチを開き背後のオルガの街の中で待機中のHEMTT(重高機動戦術トラック)達に目をやり部下達に発破をかけた。

 

「さぁて、燃料も弾薬も腐るほどあるんだ盛大に暴れるぞ!!野郎共!!」

 

『『『『応!!』』』』

 

そうして部下達に気合いを入れヴィットマン大尉は砲塔の中に戻りハッチを閉めると静かにその時を待った。

 

「大尉、敵が突撃を開始しました」

 

「あぁ、見えている。ロン、多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)装填、次弾は成形炸薬弾(HEAT)以後、別命あるまで同じ」

 

本陣のある山を降り麓で陣形を整え突撃を始めた帝国軍の姿をヴィットマン大尉はM1A2戦車の車内からモニターを通じて眺めていた。

 

「了解!!多目的対戦車榴弾装填完了!!」

 

「よし。ヴォル、外すなよ?」

 

「了解です。大尉殿」

 

「レディス、突撃用意」

 

「突撃用意よし!!いつでも行けます!!」

 

車長のヴィットマン大尉は装填手のロン、砲手のヴォル、操縦手のレディスに指示を出すと作戦開始の合図を待った。

 

「敵、戦列艦及び竜騎士、急速接近!!」

 

「慌てるな!!味方が叩き落とす!!」

 

突撃を開始した地上部隊を援護するべく帝国軍の戦列艦と竜騎士がオルガの街に爆撃を行おうと飛来したが、その行動が仇となった。

 

オルガの街に待機していた自走式対空砲の87式自走高射機関砲とアベンジャーシステムを搭載したM998ハンヴィーを擁する高射中隊、更には歩兵大隊が携帯していた携帯式地対空ミサイルのFIM-92スティンガーやM2重機関銃等の重火器の濃密な弾幕が張られ戦列艦や竜騎士はなんの活躍をする間もなく次々と落とされていった。

 

しかも運の悪いことに戦列艦や竜騎士達は突撃を開始した地上部隊のちょうど真上で対空砲火を浴びたため落とされた戦列艦や竜騎士が地上部隊に降り注ぎ二次被害が発生していた。

 

87式自走高射機関砲が搭載する35mm対空機関砲KDAのけたたましい発砲音や白煙を吐きながら飛んでいくスティンガーミサイルを尻目にM1A2エイブラムスの車内ではヴィットマン大尉と砲手のヴォルが暇そうに喋っていた。

 

「うちも航空機の支援が欲しかったな……」

 

「しょうがないですよ、大尉。航空機は全機、他の場所にいる帝国軍を叩きに行っているんですから。それに航空機の代わりに十分すぎる程の砲兵の支援があるじゃないですか」

 

「まぁそうだが……っと、やっと敵が来たな」

 

会話を切り上げヴィットマン大尉が敵の位置を確認すると戦列艦が墜ちて来たことで少し崩れた突撃陣形の一番前を自動人形が疾走し、次いで魔導兵器や魔物使いが使役するゴーレム等の魔物、騎兵。そして最後尾に歩兵がぞろぞろと続いていた。

 

俺達の対抗策か?魔物の中でも特に銃弾の効きにくいゴーレム共を選ぶとは……。敵も少しは学習してるみたいだな。

 

敵の陣容を確認したヴィットマン大尉は帝国軍がパラベラム軍に対する対抗策を講じ始めたのか?と様々な考えを巡らせていた。しかしヴィットマン大尉がそんな考えを巡らせている間にも帝国軍は徐々に距離を詰めていた。

 

そしてM1A2エイブラムスで編成されたヴィットマン大尉の第1機甲大隊とその左右に布陣している10式戦車で編成された竹口晴次大尉率いる第2機甲大隊に帝国軍が残り2キロまで距離を詰めた時だった。

 

『HQより全部隊へ通達。作戦開始』

 

その命令が伝えられると同時にオルガの街とその後方10キロの地点で待機中だった砲兵部隊から帝国軍へ凄まじい砲撃が一斉に加えられた。

 

数だけは多い帝国軍に対抗するために投入された30砲身仕様のマルチプルロケットランチャーを搭載したTOS-1ブラチーノは噴煙を巻き上げながら搭載しているサーモバリック弾頭装備の30発の220mmロケット弾を僅か15秒で撃ち尽すと補給を受けるため後方に下がったが、オルガの街の後方10キロで待機していたM110 203mm自走榴弾砲、99式自走155mm榴弾砲、アーチャー自走榴弾砲は榴弾や特別に用意されていたフレシェット弾を絶え間なく撃ち出し、だめ押しとばかりに長射程の阻止砲撃用としてアメリカ陸軍が開発した自走多連装ロケット砲のMLRS(多連装ロケットシステム)やMLRSの小型版として開発されたHIMARS(高機動ロケット砲システム)から高密度に一帯を制圧するため、予定された目標から最適な距離と高度で子弾を素早く散布するように設計されているDPICM弾頭(クラスター爆弾)を装備した227mmロケット弾が帝国軍に向け次々と放たれた。

 

そうして突撃を続ける帝国軍に降り注いだ無数のサーモバリック弾頭装備の220mmロケット弾とDPICM弾頭装備の227mmロケット弾は自動人形を悉く無慈悲なまでに凪ぎ払い2万体の自動人形をほぼ壊滅させ203mmと155mmの榴弾が魔導兵器やゴーレム等の魔物達を枯れ葉の如く吹き飛ばし陣形の後方にいた歩兵や騎兵に向け放たれたフレシェット弾が空中で炸裂、1発につき5千本以上内臓されていた矢型子弾が帝国軍兵士達に降り注ぎ鎧ごと全身を刺し貫いた。

 

そして数分間の間に多量の砲弾・ロケット弾を突撃中の帝国軍将兵に撃ち込んだ各自走砲・ロケット砲は残敵の処理を機甲大隊に任せて攻撃目標を変更、帝国軍の本陣のある山の頂上に狙いを定めるとまた攻撃を再開し本陣にいた兵士を全て殲滅した。

 

『HQより第1、第2機甲大隊へ。30秒後に最終弾着。最終弾着後、両機甲大隊は突撃を開始せよ』

 

「第1機甲大隊、ハンマーヘッド1、了解!!」

 

『第2機甲大隊、アイアンフット1、了解!!』

 

そしてきっかり30秒後、最後の砲弾が着弾すると共に二個機甲大隊のM1A2エイブラムスと10式戦車、計99両はエンジンを唸らせて突撃を敢行した。

 

「全速前進!!――ん?」

 

突撃を開始した直後、ヴィットマン大尉の元にアイアンフット1――竹口大尉の通信が入った。

 

『アイアンフット1よりハンマーヘッド1へ。我々は左右に展開し貴隊の攻撃を支援する』

 

「こちらハンマーヘッド1、了解。攻撃支援に感謝する。――各車聞いたか!!竹口大尉達の10式戦車が支援に回ってくれるそうだ!!恥を晒すなよ!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

そして竹口大尉の言葉通りに砲塔側面に『武』という文字が刻まれた第2機甲大隊の10式戦車達はその機動力を最大限に生かし第1機甲大隊を支援する形で左右に展開、正確無比なスラローム射撃を繰り返し百発百中の命中精度で着実に魔導兵器や敵兵を屠っていった。

 

「突っ込め!!突っ込め!!敵なんぞ押し潰せ!!」

 

第2機甲大隊の支援の下、第1機甲大隊は帝国軍の真正面から突撃を開始して砲撃によりガラクタと化した自動人形の残骸をメキメキと轢き潰しながら砲兵部隊が、わざと手を抜いて残しておいてくれた魔導兵器に対し盛んに砲撃戦を仕掛けた。

「2時方向、距離2千に魔導兵器1!!」

 

「了解!!2時方向、距離2千。照準よし!!」

 

「てぇーー!!」

 

砲手のヴォルがヴィットマン大尉の指示通りに砲塔を旋回し射撃統制装置(FCS)の正確なデータ通りに照準を定めそれをヴィットマン大尉に知らせると直後に大尉から発射命令が下されヴォルは主砲の引き金を引く。

 

そして発射の際、一瞬の閃光と腹の底にまでズシリと伝わってくる衝撃波で砂ぼこりを巻き上げながらも44口径120mm滑腔砲から放たれた多目的対戦車榴弾はターゲットの魔導兵器に命中し成型炸薬が炸裂、超高速噴流(メタルジェット)が一瞬で魔導兵器の魔法障壁と装甲を貫通してコックピット内に到達しパイロットごと機内を融解させると同時に周囲に爆風と破片を放出し魔導兵器は内部から膨れ上がり爆散した。

 

「魔導兵器1撃破!!」

 

「よし!!次だ!!」

 

魔導兵器を撃破してヴィットマン大尉達が歓声をあげていると他の戦車からも歓声混じりの戦果報告が次々と舞い込んだ。

 

『こちらハンマーヘッド2―2、魔導兵器2撃破!!』

 

『ハンマーヘッド4―5より、ハンマーヘッド1へ!!魔導兵器3撃破しました!!』

 

『ハンマーヘッド3―1よりハンマーヘッド1へ!!ゴーレム2及び魔導兵器1撃破!!入れ食い状態です!!』

 

「よぉし!!そのまま全て喰らい尽くせ!!」

 

『『『了解!!』』』

 

そんな風にヴィットマン大尉が部下達と無線でのやり取りを交わしていた時だった。突然ヴィットマン大尉の乗るM1A2エイブラムスに連続して衝撃が走った。

 

「――いてぇ!!何が起きた!?」

 

突然車体が大きく揺れたためヘルメット越しに頭を天井にぶつけたヴィットマン大尉が目を丸くして何が起きたのかヴォルに問い掛けた。

 

「正面12時方向より急速接近中の魔導兵器の魔砲が砲塔側面及び車体前面に3発命中!!」

 

「被害は!?」

 

「被害なし!!全システムオールグリーン!!戦闘可能です!!」

 

「魔導兵器更に接近!!」

 

 

ヴィットマン大尉達が喋っている間にも彼我の距離はみるみるうちに近付いていた。

 

「レディス!!全速前進だ!!魔導兵器を轢き殺せ!!」

 

「えっ!?――了解っ!!行きますよぉ!!」

 

ヴィットマン大尉は正面を向いていない主砲での攻撃が間に合わないと見るや否や操縦手のレディスに最高速度での突撃を命じた。突然の命令に思わず驚きの声をあげたレディスだったが、すぐにヴィットマン大尉の思惑を理解しニッと笑うとアクセルを思いっきり踏み込んだ。

 

するとM1A2エイブラムスのガスタービンエンジンが一段と回転数を上げ加速。土を削り取る勢いでキャタピラがギュルギュルと回り出す。

 

「「「「いっけっえぇぇーー!!」」」」

 

そして時速50キロまで加速したM1A2エイブラムスは、魔力弾の直撃を受けてもなお迫り来るM1A2エイブラムスに恐れをなし機体を翻し背を向けて逃げようとした魔導兵器の直前で山なりになっていた地面から勢いのまま空中に飛び出すと62トンの車体を武器に魔導兵器にのし掛かった。

 

一瞬の浮遊感の後に落下する特有のゾワリとする感覚を味わいながらもヴィットマン大尉達のM1A2エイブラムスは魔導兵器に体当たりを成功させ魔導兵器を押し潰した。そして押し潰された魔導兵器はメキャメキャという音と共に沈黙しヴィットマン大尉達の活躍を見た周りの車両からは歓声が上がった。

 

「っしゃー!!見たか!!これで2体撃破!!」

 

そんなヴィットマン大尉達の活躍で更に勢いに乗ったパラベラム軍は、その後10分程度の戦闘の後オルガを攻略するために集結していた帝国軍を完全に殲滅した。

 



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オルガの街に攻め寄せた帝国軍をパラベラム軍が一方的に叩きのめしているのと同時刻。オルガの街から30キロ離れた街道を1両のM1A2エイブラムスが走行していた。

 

「ヨセフ!!もっとスピードは出ないのか!?これでは戦闘に間に合わんぞ!!」

 

前日からのエンジンの不調により第1機甲大隊から取り残され単独でオルガの街に向かって移動中のエルンスト・バルクマン軍曹は操縦手のヨセフに檄を飛ばしていた。

 

「軍曹、さっきからこれ以上は無理だって言っているじゃないですか……。無理したらまた止まっちゃいますよ?」

 

「むうぅ……しかしこのままでは戦闘が終わってしまう」

 

ヨセフの答えにしかめっ面で返事を返した戦闘狂のバルクマン軍曹は自分達がオルガの街に到着する前に戦闘が終わってしまうことを危惧しオルガの街の方角をそわそわと落ち着かない様子で見つめていた。

 

そんな時、バルクマン軍曹に戦いの女神が微笑んだのか彼の元に朗報が舞い込む。

 

『HQよりハンマーヘッド2―5、バルクマン軍曹、応答せよ』

 

「こちらハンマーヘッド2―5、バルクマン軍曹。どうぞ」

 

『そちらの現在位置から西に約7キロの地点に魔導兵器15体と多数の歩兵を確認した。恐らくは帝国軍がオルガの街を背後から突くために――』

 

「了解!!これより戦闘行動に移る!!」

 

HQからの無線を最後まで聞かずに一方的に言葉を叩き付け無線を切るとバルクマン軍曹は嬉々として自分の手の届く範囲にやって来た獲物を仕留める為に進路を変更した。

 

「軍曹……いいんですか?無線切っちゃって」

 

「なにを言っているんだ。たった今、無線機は壊れてしまったぞ」

 

「「「……」」」

 

バルクマン軍曹の言葉に部下達は黙りこむ。

 

「……いいのかな?」

 

「まずいんじゃないか……?」

 

「知りませんよ、俺達は……」

 

部下達は不安げにそう言いながらもバルクマン軍曹の命令に逆らう訳にもいかず渋々と軍曹の命令に従っていた。

 

そうしてバルクマン軍曹は会敵予想地点――オルガの街へと続く街道が通る十字路に到着すると、そこから10メートルほど離れた街道脇の巨木の下にM1A2エイブラムスを隠し魔導兵器がやって来るのを静かに虎視眈々と待ち伏せていた。

 

「……っ、来たぞ!!敵だ!!」

 

15体の魔導兵器と200人程の歩兵が丘を越え姿を現した途端、バルクマン軍曹はまるで欲しがっていたオモチャを与えられた子供のようにガッツポーズし興奮した面持ちで部下達に指示を出した。

 

「ゴルズ!!安定翼付徹甲弾(APFSDS)装填、次弾も同じ!!フェルナンドはよく狙えよ!!」

 

「「了解」」

 

浮かれているバルクマン軍曹とは対照的に落ち着いた様子で装填手のゴルズと砲手のフェルナンドは答えた。

 

「まだだ、まだ引き付けろ………………発射!!」

 

「発射!!」

 

そして戦闘準備が終わり敵との距離が約2キロまで近付いた時、バルクマン軍曹が命令を下し砲手のフェルナンドが命令の復唱と同時に引き金を引くと主砲から爆煙と共に安定翼付徹甲弾が撃ち出された。

 

発射された安定翼付徹甲弾は飛翔中に弾体から装弾筒が風圧で分離しタングステン合金を矢状に加工した侵徹体だけが魔導兵器に向かっていき命中。

 

魔導兵器のど真ん中に命中した侵徹体は、なんと機体を貫きそのまま背後にいた魔導兵器まで破壊するという僥倖を巻き起こした。

 

「次弾装填急げ!!」

 

「装填完了!!」

 

「発射!!」

 

偶然にも1発で2体の魔導兵器を破壊したバルクマン軍曹は気を良くし、すぐさま次の砲弾を撃たせまた1体の魔導兵器を沈黙させることに成功した。

 

こんな場所に敵が待ち構えているとは思ってもいなかった帝国軍は虚をつかれ魔導兵器3体を失ったもののすぐに体制を立て直し反撃に転じた。

 

部隊長が乗っているとみられる魔導兵器が周りの魔導兵器に指示を出すと残り12体となった魔導兵器の内、隊長機を含む4体が物陰に隠れながら援護射撃を行い残りの8体が歩兵と共に散開しM1A2エイブラムスに接近を試みる。

 

「んん?囲い込んで袋叩きにするつもりか?そうはいかんぞ!!ヨセフ移動だ」

 

制圧射撃のつもりなのか、次々と飛来し車体の周辺に着弾する魔力弾を気にも留めずに帝国軍の様子を眺めていたバルクマン軍曹が敵の意図に勘づき場所を変えようと命令を出した直後、問題が発生した。

 

「了解!!――ぁ……やばい……」

 

「どうしたヨセフ。早く移動しろ」

 

返事をしたにも関わらず一向にM1A2エイブラムスを動かそうとしないヨセフをバルクマン軍曹が急かす。

 

「軍曹……」

 

「なんだ!?」

 

「エンジン……また……故障したみたいです……」

 

「なっ!?なにぃ〜〜!!」

 

しかしヨセフから帰って来た言葉はバルクマン軍曹を慌てさせるのに十分な威力を持っていた。

 

「何とか出来んのか!?」

 

「今やってます!!」

 

慌てふためくバルクマン軍曹にヨセフが大声で返事を返した。しかし、2人が喋っている間にもエンジン音は弱まっていき遂にはエンジン音が完全に消えてしまった。そのことに気が付いたバルクマン軍曹が顔を真っ青にしながらヨセフに問い掛けた。

 

「そ、そうだ!!それよりも主砲は動くのか!?」

 

「補助動力装置から電力供給受けていますからしばらくは持ちます!!」

 

「よ、よし!!なら大丈夫だな。敵はこっちで何とかするからエンジンは頼んだぞ、ヨセフ」

 

「了解っ!!くっそ動け、このポンコツ!!」

 

バシバシと機器を殴るヨセフに若干の心配を感じつつもバルクマン軍曹は戦闘を再開した。

 

残り12体……。いくらエイブラムスとはいえ近距離で魔力弾の集中砲火を浴びたら無事では済まん。接近されるまでに突撃中の8体を食い切れるか……?いや、やるしかないかっ!!おもしろくなってきたぞ!!

 

ゴルズとフェルナンドに指示を出しながらもバルクマン軍曹はそんな事を考えていた。

 

「一番右の奴から殺るぞ!!多目的対戦車榴弾装填!!発射!!」

 

「発射!!」

 

迷いを振り払うように声を張り上げ始めたバルクマン軍曹に従うゴルズとフェルナンドは粛々と自分の職務をロボットのように正確に手早くこなしていた。

 

そうして120mm滑腔砲から放たれる砲弾は次々と魔導兵器に命中していき、最初にターゲットになった魔導兵器は1発目の砲弾で右足を吹き飛ばされ動けなくなったところに2発目が飛来、コックピットを撃ち抜ぬかれ沈黙。その後2、3、4、5体目まで同様に1撃もしくは2撃で仕留められていった。

 

しかしその間、帝国軍もやられっぱなしになっていた訳ではなかった。味方が1機また1機と数を減らしていくのを歯を食いしばりながら眺めつつも魔導兵器達はM1A2エイブラムスに計数十発の命中弾を与えていた。もっとも魔力を圧縮し撃ち出しているだけの貫通能力の乏しい魔力弾では複合装甲と均質圧延鋼板は貫くことが出来ず、唯一出来たことといえば魔力弾が着弾した際の爆発で装甲表面をうっすらと焦がすことだけだった。

 

 

「軍曹!!歩兵が来ます!!距離300!!」

 

接近中の魔導兵器を5体破壊した時だった。魔導兵器の対処に掛かりっきりになり放置していた歩兵達がいつの間にか近くにまで来ていたことにフェルナンドが気付いた。

 

「えぇい!!うっとおしいやつらだ!!キャニスター弾装填!!目標、前方より接近中の歩兵群!!」

 

「了解!!装填……完了!!」

 

「発射!!」

 

帝国軍の人海戦術対策の一環として搭載されていたキャニスター弾を使用したバルクマン軍曹だったが、その効果は抜群だった。

 

120mm滑腔砲の砲口先にいた歩兵達は比較的密集していたこともあり飛来したキャニスター弾の散弾の弾幕をまともに食らいバタバタと倒れ、たった1発のキャニスター弾により歩兵達はその数を半減させていた。

 

「こいつもくれてやるよ!!くそ野郎共!!」

 

死屍累々となった歩兵達に追い撃ちをかけるように主砲と同軸に据え付けられているM240機関銃がタタタタッという軽快なリズムで弾をばらまき更に砲塔上の銃架に備え付けてある車長用のM2重機関銃、装填手用のM240機関銃をバルクマン軍曹やゴルズが飛んでくる魔力弾に臆した様子もなく砲塔から身を乗り出して使い歩兵達を悉く撃ち殺ろすとすぐさま砲塔内に戻り魔導兵器に対して攻撃を再開した。

 

 

 

「さて、突撃してきた魔導兵器7体と援護していた2体、それと歩兵は殺ったが……残りの魔導兵器3体はどうするかな」

 

歩兵を殲滅した後、生き残っていた魔導兵器も大多数は撃ち取ったがその代償として砲弾をほとんど使い果たしてしまったバルクマン軍曹はこれからどう動こうか悩んでいた。

 

「9時、12時、3時方向に各一体ずつ。で残弾は安定翼付徹甲弾が2発、多目的対戦車榴弾が2発。後機関銃の弾が少々……う〜む。エンジンが動けばなぁ……。ヨセフ、どうだ動きそうか?」

 

「まだっ、しばらくっ、かかりそうっ、ですっ、軍曹っ。……えぇいクソ!!いい加減動けこの野郎!!」

 

相変わらず機器をバシバシと殴りつけるヨセフを見てバルクマン軍曹はため息をつき天を仰いだ。

 

「はぁー。この状態でやるしかないか……。(走り回りながらも戦ってみたかったなぁ……)敵さんも引くに引けない状況だから、そろそろ仕掛けて来るだろうしな」

 

バルクマン軍曹が覚悟を決めその瞬間を待っているとその瞬間はすぐに訪れた。

 

辺りを支配していたつかの間の静寂を切り裂いて12時方向の物影に潜んでいる隊長機から魔力弾が空高く撃ち上げられるとそれを合図に魔導兵器3体が同時に姿を現しバルクマン軍曹達の乗るM1A2エイブラムスを仕留めるために一か八かの賭けに出て一気に距離を詰め始めた。

 

「来たぞ!!最初は正面の隊長機からだ!!撃て!!」

 

撃ち出された安定翼付徹甲弾は吸い込まれるように隊長機に飛んでいき命中、着弾した際の衝撃で隊長機は5メートル程後ろに吹き飛んで爆発した。

 

「まず1体!!」

 

隊長機を撃破するとバルクマン軍曹は砲塔を右に90度、旋回させ3時方向から接近していた魔導兵器を攻撃させた。1発目の砲弾は魔導兵器を外れ地面を抉るだけに終わったが、2発目は見事に魔導兵器の胴体部分を捉え撃破。

 

「2体目!!」

 

そしてバルクマン軍曹は砲塔を左に180度、旋回させ距離にして40メートルの地点にまで接近していた魔導兵器を最後の1発で撃ち取った。

 

「これでぇえ!!ラストッ!!」

 

そんな掛け声と同時に帝国軍の最後の生き残りを始末し戦いに勝利したバルクマン軍曹だったが、勝利の余韻に浸っていることは出来なかった。

 

なぜなら最後まで生き残っていた魔導兵器が撃破される寸前に放った魔力弾でM1A2エイブラムスの履帯を破壊していたからだった。

 

「……こりゃあ、大目玉だな」

 

エンジンは破壊されたのではなく故障だが、左の履帯は完全に破壊され装甲も傷だらけ、またいくつかのシステムにも異常が発生しているM1A2エイブラムスの惨状を外から眺めていたバルクマン軍曹が声を漏らした。

 

「始末書程度で済めばいいですけど……」

 

「独断専行で勝手に敵を叩きに行って最終的には相討ちみたいな結末ですからねぇ……」

 

「軍曹……。司令部にM88戦車回収車の要請、終わりました」

 

バルクマン軍曹のやってしまったといわんばかりの言葉にゴルズとフェルナンドが合いの手を入れていると司令部に連絡を取っていたヨセフが肩を落として車内から顔を出した。

 

「……司令部はなんか言ってたか?」

 

「覚悟しろと……」

 

「「「はぁ……」」」

 

戦いには勝利したもののバルクマン軍曹達の背中は煤けていた。



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今年も本作品をよろしくお願いいたします。


オルガの防衛に成功したどころか帝国軍を返り討ちにしたパラベラム軍は戦後処理を妖魔軍に任せるとすぐさま各地に向け転進、航空機やヘリの空爆を受けて弱体化した帝国軍に大攻勢をかけ始めた。

 

「……ここもか」

 

各地に散らばっている帝国軍の残存兵を赤子の手を捻るように簡単に殲滅していくパラベラム軍だったが、とある問題がパラベラム軍の進撃を著しく阻んでいた。

 

「第17偵察小隊よりHQへ。目標の村に到着。……ここも死体だらけだ」

 

『HQ了解、増援を送る。……念のため生存者の有無を確認せよ』

 

「……了解、これより生存者の有無を確認する。オーバー」

 

その問題とは帝国軍が妖魔連合国内で虐殺し放置した妖魔族の遺体処理だった。既に腐敗が進み鼻を突くような悪臭を放ち始めている遺体をそのまま放置しておく訳にも行かず、また伝染病の発生・蔓延などが危惧されたことからパラベラム軍は妖魔軍と連携して帝国軍の殲滅を行いつつも各地の村や街に部隊を派遣し遺体の処理にあたっていた。

 

「行くぞ、お前ら」

 

「……了解」

 

「……またかよ」

 

「気が滅入るなぁ……」

 

口々に文句を口にしながらも第17偵察小隊の面々は伝染病を防ぐためにガスマスクを被りM4カービンを手にすると軽装甲機動車から降りてコバエのような羽虫が集り腐臭を放つ死体が山積みにされている村の中へと入って行った。

 

「お前ら、気は抜くなよ。遺体を食いに来た魔物や魔物化した妖魔族、妖魔族のゲリラが俺達を帝国軍と勘違いして襲って来るときもあるんだからな」

 

「「「了解」」」

 

隊長の言葉に気を引き締めた隊員達は村の中に三々五々に散っていき、いるはずもない生存者の捜索を始めた。

 

「……そっちは?」

 

「……こっちも同じです」

 

家の中を捜索しほぼ恒例と化している光景を見てきた隊長が隣の家から出てきた部下にそう問い掛けると俯き肩を落とした部下が答えた。

 

「そうか……。なら中は女性兵士達に任せよう」

 

「……了解です」

 

妖魔軍の兵士とパラベラム軍の兵士が乗っている2台の74式特大型トラックが、ちょうど村に向かって走ってくるのを視界に入れつつ隊長はそう言って部下の肩を叩いたあと、M4カービンを置きスコップを手にすると墓穴を掘るために村の裏手に向かった。

 

帝国軍の進攻を受けパラベラム軍によって奪還された地域ではそんな光景が毎日のように繰り返されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

「……」

 

 

デイルス基地の司令部にある総統専用の執務室ではカズヤが大量の書類に埋もれながら各部門からあがってきた報告書に黙々と目を通していた。

 

 

――コンコン

 

「失礼します。ご主人様、お飲み物をお持ちいたしました」

 

そんな時、千歳がメイドのレイナとライナを伴って部屋に入って来た。

 

「あぁ、ありがとう。ちょうど飲み物が欲しいと思っていた所だったんだ」

 

礼を言いつつカズヤが報告書から手を放すと飲み物や軽食を乗せた台車を押していたレイナとライナが素早く飲み物を準備しカズヤに差し出した。そしてカズヤが飲み物に口をつけ一息ついたところで千歳が口を開く。

 

 

「……ご主人様。少しお休みになってはいかがですか?戦いが始まってから約1ヶ月の間まともに休んでおられませんし」

 

「ん?あぁ……。だが前線の兵士が戦っているのに上が安穏と休んでいるのは示しがつかないだろ」

 

「ですが……」

 

日夜、書類と格闘しパラベラム本国とデイルス基地を何度も行き来するカズヤを見かねて千歳が休むように言いカズヤはそれを断ったがその後結局、千歳に諭されてカズヤは休みを取ることになった。

 

そうして突然出来た休日だったが、特にすることもなかったカズヤは気分転換でもしようと思い妖魔連合国の首都――ベルージュに赴くことにした。

 

その際カズヤは千歳も誘ってみたのだが、千歳はカズヤの仕事で肩代わり出来る物をこなすためにデイルス基地に残ったためカズヤは少数の護衛とメイドのウィルヘルム、キュロットを連れベルージュに向かった。

 

「で、なんでローザングルがここに?」

 

ベルージュに向かうハンヴィーの車内でカズヤはいつの間にやら、ちゃっかりと隣の席に座っていたフィーネに問い掛けた。

 

「お前と一緒に居るのが私の仕事だからだ」

 

アミラからはメイドでもいいと言われたが他国の姫をメイド扱いするのは不味いだろうということになり結局の所、オブザーバーという何とも微妙な名目の役職に就いたフィーネはカズヤへの隔心を隠す気もないのか、敵対心を含んだ棘のある視線をカズヤに向けていた。

 

好きなように呼んでくれて構わないと言ったらお前と呼ばれることになるし……ずいぶんと嫌われたもんだ。

 

………………しかし、アミラも似たような服を着ていたが、その服はなんとかならないのか?目の保……いやいや目に毒だ。

 

布地の面積が少ないチャイナドレスのような服を着て大胆にもムッチリとした褐色肌の太股や揺れ動く巨乳の谷間を惜し気もなく晒しているフィーネに対しカズヤが肩を竦めたり目のやり場に困っている間にもハンヴィーはベルージュに向かって走り続けていた。

 

そうして数分後、ベルージュの周りに出来上がってしまったスラム街を抜けベルージュに入ったカズヤはハンヴィーを降りて適当に大通りを散策していた。

 

「旨いなこれ……。ローザングルも食べるか?」

 

露店でジュウジュウと食欲をそそる音をたて売られていた焼き鳥のような物を数本買ってそのうちの1本口にしたカズヤはフィーネにも焼き鳥を勧めた。

 

「い、いらん!!」

 

「……本当に?」

 

「ぐっ…………………………頂こう」

 

「ほら」

 

現魔王の娘、しかも上流階級の出ということもあり、このように街中に出た経験があまり無いのか、カズヤ以上にキョロキョロと周りに視線を配っていたフィーネにカズヤが焼き鳥を差し出すとフィーネは長い沈黙の後にその美味しそうな匂いの誘惑に屈したのか恐る恐るカズヤから焼き鳥を受け取りじっと眺めたあと小さく口を開き焼き鳥に口をつけた。

 

「おいしい……」

 

「それは良かった」

 

「……っ!!ふ、ふん!!」

 

フィーネが思わず口にした感想にカズヤが笑って返すとフィーネは真っ赤になってソッポを向いてしまった。そんなフィーネをカズヤが苦笑して眺めていた時だった。

 

「離せよ!!」

 

そんな声が聞こえカズヤが声のする方に視線を向けるとカズヤ達のいる場所から少し離れた所に人だかりが出来ていた。

 

興味本位でカズヤがその人だかりに近付いていくと人だかりの中心で小さな子供が大人に腕を捕まれて騒いでいた。

 

カズヤが何事かと思い護衛に話を聞きに行かせると、なんでもスラム街に住む子供が露店に並んでいた食べ物を盗もうとして店主に捕まったとのことだった。

 

「……食い物が足りてないのか?避難民達に食糧の配給は行われていると聞いているが」

 

話を聞いたカズヤがそんな疑問を口に出しフィーネの方を向くとフィーネは少しバツが悪そうにカズヤの質問に答えた。

 

「……母様もなんとか遣り繰りして避難民達に食糧の配給を行ってはいるが、避難民の数が多すぎて十分な量は配れていないのだ。……食糧は軍に優先的に回されているからな」

 

「……そうなのか」

 

そんな風にカズヤ達が喋っていると人だかりがいつの間にか消え、件の子供だけがそこに残されていた。すると何を思ったのかカズヤが子供に近付いていった。

 

「そ、総統!?お待ちください!!」

 

「なぁ、お前さん腹が減ってんのか?」

 

カズヤが護衛の制止を聞かずに茫然とその場に立ち尽くしていた子供――薄汚れているが体型からして少女に近寄りそう問い掛けた。

 

「……なんだよ、おっさん」

 

お、おっさん!?まだ10代後半だぞ!?俺は!!

 

「フフッ、アハハ、おっさん……っ」

 

「ローザングル、笑わないでくれ。地味に傷つく」

 

カズヤが少女におっさんと呼ばれたことにフィーネが堪えきれずに笑いだした。

 

「まぁいいや。いや、良くないけどさ……。でどうなんだ?」

 

「減ってなきゃ盗みなんかしねぇよ!!」

「そりゃそうか……。じゃあほら、これをやろう」

 

カズヤはそう言って先程購入した焼き鳥の残りが入った袋を差し出した。

 

「いいのか!?」

 

少女はカズヤの言葉に目を輝かせ表情を明るくすると奪い取るようにカズヤから焼き鳥の入った袋を受け取った。

 

「他にも欲しい食べ物があったら買ってやるぞ?あぁ、だけど条件――いや、お願いがいくつかある」

 

「……なんだよ」

 

カズヤが条件と言った途端少女は敵意と不安が混じった眼差しでカズヤを見たが、食べ物がもっと手に入るかもしれないこの機会を失いたくないのか警戒しつつもカズヤに質問した。

 

「そう警戒するな、お願いは3つ。1つ目、俺のことをおっさんと呼ばないでくれ。2つ目、お前さんの名前を教えて欲しい。3つ目、少し話を聞かせてくれ」

 

「……そんなことでいいのか?」

 

最初、少女は体でも要求されるのではないかと思っていたのだが、カズヤのお願いを聞いて肩透かしを食らったのか目をパチパチとしばたたかせ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「――で、お母さんは病気になっちゃったし、まだちっちゃい妹もいるし私がなんとかして食べるものを手に入れないと生きてけないんだよ」

 

「ふむ……」

 

カズヤのお願いを聞き入れ小さい両手に持ちきれない程の食べ物を手に入れた少女――ハーフエルフのベルは広場にあったベンチに腰掛けながらカズヤから問い掛けられたいくつもの質問に正直に答えていた。

 

そうしてベルに聞きたいことを全て聞き終えたカズヤは瞑目し少し思案した後、護衛の兵士に無線機を借りてどこかに連絡を取った。

 

「なぁ、もう帰っていいか?お母さんと妹に早くこれを食べさせてやりたいんだよ」

 

「ん?そうだな。もう聞きたいこともあらかた聞いたしもういいぞ。あぁ、そうだ家まで送ってやろうか?大量の食糧を持ってスラム街を歩くのは危ないだろ」

 

「んー。じゃあ、頼む」

 

カズヤの申し出をベルは素直に受け入れた。

 

「じゃあ行くか」

 

「こっちだよ」

 

お世辞にも治安がいいとはいえないスラム街にある家に帰るというベルの身を案じたカズヤはベルを家まで送ることにしゆっくりとベルの後を追って歩き始めた。その際、護衛の兵士からカズヤがスラム街に行くことに反対する意見が出たが、カズヤがあることを教えると護衛の兵士はそれならばと引き下がった。

 

「なにあれ……」

 

「なっ!?あれは一体どういうことだ!?」

 

そうして長々とたわいもない話と寄り道をしながらカズヤ達を引き連れて家のあるスラム街に帰って来たベルは、スラム街に入るなり目の前に広がる光景にポカンと口を開き絶句し同時に何も事情を知らなかったフィーネがカズヤに食ってかかった。

 

「ん?あれか?あれは野外炊具1号改と野外炊具2号改だな」

 

「……?」

 

「私はそんなことを聞いているのではない!!なぜお前の部下達がここで食糧の配給を行っている!?」

 

カズヤの答えを聞いて頭の上にいくつもの?マークを浮かべて首をかしげているベルの横ではフィーネがカズヤの的外れな答えに苛立った様子でカズヤに詰め寄り事情を問いただしていた。

 

そんなベルとフィーネの視線の先ではパラベラムの兵士達が仮設の天幕を張り野外炊具1号改や野外炊具2号改等を使用し準備した温かい食事を避難民達に配ったり病院天幕の中で病人や怪我人に対して治療を行っていた。

 

「あのような行いには感謝するが!!我々には……その……恥ずかしながら……対価を……支払う……余裕が……ない……と思う……」

 

最初は勢いがよかったフィーネの語調も途中から花が萎んでいくようにどんどんと弱まっていき最後には消え入るような声でブツブツと呟くように喋っていた。

 

「ハハッ。なんだ、そんなことを気にしていたのか。大丈夫だよ何も要求したりしないよ。あれは人道――」

 

「なぁなぁ」

 

「ん?」

 

そんなフィーネの様子に苦笑しながらカズヤが答えていると横から袖をクイクイと引っ張られた。カズヤが引っ張られた方に顔を向けるとベルが慌てた様子でこちらを見上げていた。

 

「あのさ、まさかさ、お兄さんがあの人達呼んだのか?」

 

「ん、そうだが?」

 

「……………………お兄さん、一体何者なんだ?」

 

ベルは疑念と興味心の入り交じった視線をカズヤに送った。

 

「パラベラムの総統だ」

 

「…………えーと、パラベラムの事は私も噂話で聞いたことがあるから分かる。異世界からやって来て私達の国に攻めて来た帝国軍をやっつけてくれている国のことだろ?……でも総統ってなんだ?」

 

あぁ、総統って言っても分からんか。

 

「王様だ」

 

「は!?――……えっ!?えぇぇーー!?」

 

カズヤの言い直した答えを聞き一瞬固まったベルだったが直後に大声を上げて目を見開き驚いていた。そんなベルの顔を見てカズヤはいたずら成功とばかりにニヤニヤと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

カズヤの正体を知ってからというもの借りてきた猫のようにおとなしくなったベルを家まで送り届け、また何か困ったことがあれば力になると言い残しベルと別れたカズヤは集まってきた大勢の避難民に食糧の配給や治療を行っている兵士達に労いの言葉を掛けるとデイルス基地に戻ることにした。

そしてベルージュからデイルス基地への帰り道ハンヴィーの車内で、ずっと何かを考えていたフィーネがおずおずと真面目な顔で姿勢を正しカズヤに問い掛けた。

 

「……おま――いえ、貴方に1つ聞きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「……貴方はなぜ兵達に食糧を配らせたり病人の治療を行なわせたの?避難民を助けても貴方には何の利益もないはず」

 

「……まぁ損得勘定で言ったら損しかないがな」

 

困ったように笑いながらカズヤが答えた。

 

「ではなぜ?」

 

カズヤの答えを聞いて、なおさら分からないといった風に首をかしげたフィーネが言葉を重ねた。

 

「そりゃあ、俺も聖人君主じゃないから打算的な考えは多少あるが……」

 

そう前置きした上でカズヤはフィーネを見据えて言った。

 

「自分に余裕があって目の前で困っている人がいたなら助けるだろ」

 

「……」

 

自分が予想していた答えとは、かけ離れたカズヤの答えを聞いてフィーネは固まる。

 

「………………それが理由か?」

 

「そうだが?」

 

硬直化から解け、ようやく声を発したフィーネは聞き返された言葉に真顔で返すカズヤに呆れたような視線を送り言った。

 

「貴方は甘いというか、優しいというか、はぁ〜。……………………だが――――。」

 

フィーネが最後にボソリと呟いた言葉は誰の耳にも届く事はなく消えていった。



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パラベラム軍が妖魔連合国内の帝国軍に対し掃討戦を繰り広げている最中、裏舞台ではとある人物が暗躍していた。

 

――コンコン

 

「……入れ」

 

――ガチャリ

 

「失礼します。例の調査結果が出ましたのでお持ち致しました」

 

カリカリとボールペンの動く音だけが、静かに響いていたその部屋の中に報告書を携えた兵士が入室する。

 

「……結果は?」

 

身も心も魂の一片にいたるまで、全てを捧げている主のために裏舞台で暗躍を繰り返しているその人物は机の上に積み上げられている書類を凄まじい速さで1つ1つ処理しながら部屋に入ってきた部下に対し一瞥もくれずに投げ遣りに言った。

 

「ハッ、結果ですが、やはり副総統の睨んでいた通り真っ黒でした。王国ではご禁制の魔法薬、薬物の流通・売買に始まり違法な人身売買、賄賂などなど叩けば叩くほど埃が出て来る始末です」

 

「そうか……。ならば、その調子で調査を続けろ。あの計画を実現させるためにもな」

 

「ハッ、了解しました」

 

部下の返事を聞き仄暗い笑みを浮かべ底冷えのするような声で、この部屋の主である彼女は――千歳は言う。

 

「全てはご主人様の為に」

 

「総統閣下の為に」

 

部下の兵士も千歳の言葉に合わせるようにそう言うと最後に背筋をピンと伸ばし敬礼をして部屋から出て行った。

 

「失礼します」

 

その言葉と共に先程の部下と入れ違いにまた新たな部下が千歳の部屋に入って来る。

 

「何の用だ?」

 

先程の部下の時と同じように書類から片時も目を離さずに千歳は言った。

 

そんな千歳の様子に部下はいつもの事だとばかりに気にした様子もなく、簡潔に報告するべき事柄だけをスラスラと述べた。

 

「ハッ、副総統閣下が以前調べておくようにと仰られていた、妖魔連合国内で帝国軍に囚われ連行された人々と妖魔族の行き先が判明しました」

 

「どこだ?」

 

「エルザス魔法帝国領の帰らずの森にある古城です。また未確認情報ではありますが、その古城で人体実験や兵器開発が行われているという情報があります」

 

「……この話は、もうご主人様に伝えたか?」

 

ここで初めて千歳は手を止めてゆっくりと顔を上げると部下の方を見る。

 

「いえ、まだお伝えしておりませんが……」

 

「ならこの件はご主人様に伝えるな」

 

「は、しかし……」

 

報告を上げるなと言われ戸惑う様子を見せる部下を前に千歳は断言するように言った。

 

「ご主人様にこの事を伝えれば嬉々として御身自ら現場に乗り込みかねん。私の方で処理しておく」

 

「……了解しました。ではこちらが現段階で分かっている情報が記載された報告書です」

 

納得したとばかりに頷いた部下が報告書を残し部屋から出て行ったあと千歳は書類に埋もれていた電話を掘り出し直属の特殊部隊に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

千歳から連絡を受け緊急召集が掛かった特殊部隊『ブラック・ファントム(黒い亡霊)』の面々は前哨基地の司令部の一室に集いブリーフィングを行っていた。

 

「よし皆、揃っているな。これより作戦概要を説明する」

 

ブラック・ファントムの隊長、グレン少佐はそう言ってプロジェクターのスイッチを押した。

 

「これが今回のターゲットだ。エルザス魔法帝国領の帰らずの森にある古城。未確認だがここで兵器開発や妖魔連合国内で囚われ連行された人間や妖魔族が人体実験を受けているらしい。敵の兵力・人員は城の規模から約2000〜3000人程度と推定される。それとこちらとしては幸いなことに魔導兵器や自動人形は配備されていないようだ」

 

デイルス基地にいる千歳から送られて来た極秘と銘打たれた報告書を手に、プロジェクターから次々と映し出されている衛星写真を指差しグレンは続けた。

 

「本作戦の主目標はこの古城で何が行われているのか確かめること、また開発中の新兵器があればそれを破壊することだ。なお、本作戦は千歳副総統閣下の独断で決行される極秘の作戦となっている。そのことを頭に入れておけ。以上、何か質問は?」

 

グレン少佐からの質問に幾人かの兵士がスッと手を上げた。

 

「どうやって古城に潜り込むんですか?」

 

「航空機を使用し空から空挺降下で侵入する」

 

「捕虜は取りますか?」

 

「取るとしても1人か2人だ。他は全て排除しろ。他には?無いなら3時間後に出撃だ。以上解散!!」

 

「「「「了解」」」」

 

グレン少佐の掛け声で部下達は立ち上がり敬礼すると部屋から出ていった。

 

 

 

高度4000メートル。

夜空にキラキラと輝く星々の下、衝突防止灯さえ消したMC-130Hコンバット・タロンII(C-130戦術輸送機の特殊部隊支援輸送機型)2機が闇夜に溶け込み飛行していた。

 

「降下10分前!!」

 

エンジン音がゴウゴウと響きガタガタと上下左右に揺れる機内の貨物室には白い骸骨の描かれた目出し帽を被り黒で統一された装備を身に付けたブラック・ファントムの隊員達がそれぞれの武器や装備品を携え着々と降下準備を整えていた。

 

「降下5分前!!」

 

隊員達が装備品の最終チェックを終えて待機していると後部ハッチ横にあった赤色灯の色が青に変わり後部ハッチが重々しい音と共に開きビュウビュウと風が貨物室の中に雪崩れ込む。

 

「降下ポイント上空に到着!!降下開始!!幸運を!!」

 

エンジン音と吹き荒れる暴風の音に負けぬよう大声で叫ぶMC-130Hの搭乗員の言葉に隊員達は黙って頷くと一斉に後部ハッチに向かって駆け出し次々と暗闇が支配する空の中へと飛び出す。

 

そして2機のMC-130Hから飛び出したブラック・ファントムの隊員、計60人のパラシュートは空中で無事に花開き、1人も欠けることなく敵勢力圏内への侵入を果たすこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

『――アァァァ!!』

 

「ヒッ!?」

 

「おいおい、いい加減慣れろよ。いつものだよ」

 

深夜、エルザス魔法帝国領の帰らずの森の中にある古城の見張り台の上では松明と魔法具のライトの光りに照らされているなか、古城の地下深くにあるはずの研究所から聞こえてくる身の毛のよだつような悲鳴に最近ここに配属されたばかりのロジャースという名の兵士がガタガタと身を震わせて怯えていた。

 

「しょ、しょうがねぇじゃあねぇかよ!!慣れねぇもんは慣れねぇんだよ!!」

 

「はぁ〜。慣れなくてもビビりすぎだろ」

 

ロジャースと同じ時期にここに配属されたアレスが隣で怯えている相棒のビビリっぷりに顔を背けため息混じりに呆れている時だった。

 

「大体――ヒッ!!あ……、あぁ、ぁ、グヘッ」

 

「ん? お、おい!!どうした!?大丈夫かよ!?」

 

ロジャースの奇妙な、まるでカエルが潰れたような声を聞きアレスがロジャースの方を振り返るとそこには泡を吹き股間を濡らして気絶しているロジャースが地面に倒れていた。

 

「おい!?一体どうしたんだ!?」

 

ロジャースに慌てて駆け寄ったアレスがロジャースの体を揺すったり頬を平手で殴って起こそうとしていると、ふと背後になにかの気配を感じた。

 

「………………。ムゴッ!?ム〜〜!?ッ!!」

 

アレスが恐る恐る背後を振り返ろうとした瞬間、アレスは口を塞がれ羽交い締めにされた。すぐにアレスは手足をばたつかせ、もがこうとしたがその瞬間、喉を声帯ごと切り裂かれた。

 

傷口からドプドプと血を流し静かに見張り台の上に横たえられたアレスはうめき声も出すことが出来ず、ただただ自分を襲った正体をジッと食い入るように見詰る。

 

「ッ!!ッ!!」

 

アレスの急速にかすれていく視野に映っているのは相棒のロジャースの喉にもナイフを突き立て殺害した人型の何かだった。

 

ぼ、うれ……い、め

 

そしてアレスは自らとロジャースにナイフを突き立てた何かを亡霊と称し永久の眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

『デルタよりアルファへ。見張り台にいた敵兵士2名を排除。周囲に敵影なし、オールクリア』

 

「アルファ了解、前進する。行くぞ」

 

無事に古城への侵入を果たしたブラック・ファントムの隊員達は城の外部にいた見張りの兵士達を次々と音もなく一撃の下に殺害すると窓ガラスを特殊な機材で破り静かに流れる水のように城内に侵入した。

 

予想していたよりもザルな警備態勢のお陰で易々と城内に侵入したブラック・ファントムの各チームはすぐさま散開し城に存在している部屋を1つ1つくまなく調べ始める。

 

……おかしい、静かすぎる。

 

しかし、今回の作戦に参加したブラック・ファントムのアルファ・ブラボー・チャーリー・デルタの4チーム(1チーム15人)の総指揮官兼アルファチームの隊長の鳴瀬大尉は城内の耳の痛くなるような静けさに首を捻る。

 

首を捻りながらも慎重に物音1つ立てずに城内の捜索を続けていく鳴瀬大尉だったが、城内に侵入してからも誰とも遭遇していないことに疑念を抱き各チームに確認を取った。

 

「アルファより全チームへ。現在の状況を報告しろ」

 

『こちらブラボー、現在城の東にある塔内部を探索中。……敵影なし』

 

『こちらチャーリー、城2階部分を探索中、ブラボーと同じく敵影なし』

 

『デルタよりアルファへ。城の1階中央部で地下へ通じていると思われる物資搬入口のような物を発見した。なお、こちらも敵兵の姿は認められず。オーバー』

 

どういうことだ?人気がなさすぎる。少なくとも1000人以上の人間がこの城にはいる筈なのに我々が出くわしたのは城の外部で見張りをしていた10人の兵士のみ。……まさか、罠か?

 

「アルファ了解、ブラボーは塔内部の探索終了後、退路の確保。我々とチャーリーはデルタに合流し地下へ向かうぞ」

 

『『『了解』』』

 

各チームの報告を聞いて鳴瀬大尉は更に疑念を膨らませ、この城自体が罠であるという可能性を視野にいれながらも任務を果たすべく各チームに指示を出しデルタが見つけたという物資搬入口に向かって移動を開始する。

 

「ここか。……チッ、展開型の魔法障壁が張ってあるのか。レイズ、お前達も手伝ってやれ」

 

デルタチームと合流した鳴瀬大尉は木製の大きなエレベーターがある物資搬入口に張られていた展開型の魔法障壁に気付き小さく舌打ちをすると既に魔法障壁の解除作業に取り掛かっていたデルタチームの魔法使い達に手を貸すようにアルファチームの魔法使い達に言った。(ブラック・ファントムには千歳が各地から買ってきた魔法が使える奴隷達が1チームにつき5人ほど配置されている)

「後、どれくらいかかりそうだ?」

 

「3分程度掛かります」

 

「遅い、その半分でやれ」

 

「了解」

 

自分たちが来る前から魔法障壁の解除作業に取り掛かっていた魔法使いの隊員に声を掛けた鳴瀬大尉が発破をかける。

 

「解除完了しました」

 

そして丁度1分半後、物資搬入口に張られていた魔法障壁は消え去った。

 

「よくやった」

 

先程の隊員の肩を軽く叩いて労を労った鳴瀬大尉はデルタチームから5人ほど引き抜き、物資搬入口の確保に残すとデルタチームの残りの10人とアルファチーム、チャーリーチームの計40人で地下に向かった。

 

 

「アルファよりHQへ、これより城の地下に向かう」

 

『HQ了解』

 

通信を切り木製のエレベーターに乗り込んだ鳴瀬大尉達を逃げ場のない地下で何が待ち受けているのかはまだ誰も知らない。

 



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「(前進)」

 

……何故、明かりが消えているんだ?

 

見るからに頼り無い木製のエレベーターに乗り古城の地下にある研究施設の最下層に降り立った鳴瀬大尉は壁に設置されている照明器具のような魔法具の光りが消え暗闇に包まれている地下の状況に不安を抱きながらもハンドサインで部下達に進むように指示を出す。

 

そして暗視ゴーグルを装着しホロサイトやサプレッサー、アンダーバレル式グレネードランチャーのGP-30を銃身下に付けたAN-94――通称アバカン。1発目の5.45mm×39弾が発射された反動で銃口がブレる前に2発目が銃口から飛び出すという特異な機構を採用しているため、通常のフルオート射撃よりも命中率が高い銃――を構えると、ツンと鼻を刺激する薬品の匂いが充満している石造りの通路をゆっくりと慎重に進み始めた。

 

その際、エレベーター脇にあった地下全体の案内図を頼りにアルファチームとデルタチームは情報収集のため研究所の中央にある一番大きな研究室に向かいチャーリーチームは通路に設置されている魔法具に明かりを灯すため魔法具に魔力を供給する大元、簡単に言えば発電機のような装置――魔力炉のある部屋へと向かった。

 

そうして二手に別れ不気味な静寂に包まれた通路を、隊列を組んで進んで行くと薬品の匂いに混じって嗅ぎ慣れた血の匂いが漂って来た。そのことに気が付いた鳴瀬大尉達が警戒を強めより一層、慎重に前進を続けて行くと目の前に奇妙な物体が現れた。

 

「(止まれ!!)」

 

先頭を進んでいた隊員が握り拳を掲げハンドサインで後続の隊員に止まるように促す。

 

「大尉、これを見てください」

 

小声でしかし緊張の色を含んだ鋭い口調で“それ”を見つけた隊員が隊列中央にいた鳴瀬大尉を呼ぶ。

 

「なんだ、こいつは!?」

 

隊員に呼ばれた鳴瀬大尉が前に出ると真っ暗な通路の床に敵の兵士が倒れていた。

 

ただ単に兵士が床に倒れていただけであれば、それほど鳴瀬大尉も驚くことは無かったのだが目の前で倒れている兵士の頭には何故か長剣が頭の上から顔の半ばまで深く突き刺さり、頭がパックリと2つに割れてそこからぶよぶよした脳みそが顔を覗かせていた。

 

「これは……噛みちぎられた跡……でしょうか?」

 

死体を調べていた隊員が、死体のいたるところに人間が噛んだような歯形の跡があることに気が付いた。

 

「そのようだな。しかし……ここで一体何が起きているんだ?」

 

鳴瀬大尉が眉を寄せ、小さく呟くもその答えは誰にも分からなかった。

 

「アルファより報告。地下施設内にて敵兵の死体を発見。各員警戒せよ」

 

『了解』

 

『――ザザッ、了解』

 

『――ザッ、了……』

 

電波状態が悪いのか?地上にいるチームとの無線が繋がりにくいな。

 

他のチームに警戒を促し死体を脇に退けると鳴瀬大尉達は前進を続けた。

 

……これは不味いかもしれないな。

 

奥に進んで行くにつれて床や壁に血がベッタリと付着し戦闘の痕跡が残っているのを見て鳴瀬大尉や隊員達の纏う空気がより一層張り詰める。

 

「大尉、着きました」

 

だが、そうこうしているうちに目的地である地下で一番大きな研究室の入り口に辿り着いた。

 

「さっさと任務を終わらせて帰るぞ。行け」

 

研究室の入り口に到着した鳴瀬大尉は部下に突入を命じた。

 

魔力炉が動いていないため船にあるような回し手のある鉄製の頑丈な扉を隊員が3人がかりで無理矢理、抉じ開けると突入態勢を整えていた他の隊員達が素早く研究室内へと雪崩れ込む。

 

「クリア!!」

 

「クリア!!」

 

部屋の中から制圧完了の声が聞こえると通路で待っていた鳴瀬大尉と残りの隊員達は部屋の中へと入った。

 

「ビンゴだな……」

 

真っ暗な部屋の中には人体実験が行われていたことを裏付ける資料が大量に散乱し部屋の片隅には大きなフラスコに人体実験の被験体となった人間や妖魔族が標本としてホルマリン漬けのように何かの液体と共に入れられ飾られていた。

『チャーリーよりアルファ。これより魔力炉を起動させる』

 

鳴瀬大尉が床から拾い上げた資料やフラスコを眺めているとチャーリーチームから通信が入った。

 

その直後、魔法具のライトが眩いばかりの光りを放つ。

 

「眩しいな……」

 

用済みとなった暗視ゴーグルを外し、目をパチパチとしばたたかせ光に目を慣らした鳴瀬大尉はチャーリーチームに命令を伝えた。

 

「アルファよりチャーリーへ。こちらに合流しろ」

 

『チャーリー了解、そちらに向かう』

 

「よし、お前ら――」

 

チャーリーチームに命令を下した後、鳴瀬大尉が周りで映像や写真を撮りながら情報収集を行っている隊員に指示を出そうと口を開いた時だった。

 

――バンバン!!

 

部屋の片隅に置かれていた、人が1人スッポリと入れそうな長方形の鉄の箱が中から叩いたような音を立てた。その瞬間、隊員達が一斉に箱に向けて銃を構える。

 

「……」

 

鳴瀬大尉が箱の近くにいた隊員に開けろと目配せすると隊員は頷き構えていた銃を下ろし肩に掛けると恐る恐る箱に近付いて行く。

 

そして箱の縁に手を掛け鍵の部分を蹴破ると隊員は一気に箱を開いた。

 

「――ゲホッゲホッ!!はぁ、はぁ、死ぬかと思ったぞ」

 

そんな言葉と共に箱の中から転がり出てきたのは黒いローブを纏った老人だった。

 

「まったく!!助けに来るのが遅すぎる!!大体貴様――…………」

 

酸欠状態になっていたのか、四つん這いの状態で深呼吸を繰り返しぜぇぜぇと息をしていた老人は悪態を吐いたあと文句を言おうと顔を上げた。そしてそこでようやく自分を助けた黒ずくめの集団が味方ではないと気が付いたのか顔を青くし口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「た、頼む!!何でも話すから助けてくれ!!」

 

膝立ちで隊員に両手を固められ、まるで処刑を待つ囚人のような哀れな体勢で老人は鳴瀬大尉が言葉を発する前に命乞いを繰り返していた。

 

「何でも話す……か。なら、まずお前の名前。次にここで何が行われていたのか。後、今ここで何が起きているのか答えろ」

 

「わ、分かった……。ワシの名はウルセイス・バーライト。ここの研究所を任されている総責任者じゃ――」

 

よほど目の前にいる鳴瀬大尉達のことが恐ろしいのか、そう素直に語り始めたバーライトの話を聞いていくうちに鳴瀬大尉や隊員達の顔色はみるみるうちに悪くなっていった。

 

「それじゃあ、なにか?お前らはここで不老不死の研究をしていたが、研究途中に偶然出来た薬――生物を強制的にゾンビ化する薬を捕らえられ連行されてきた人間や妖魔族、捕まえた魔物に使ってローウェン教の神話に出てくる『不死の軍団』を再現しようとしていたが失敗。で、今日行われた実験の最中ゾンビ化する薬を投与した実験体が逃げ出し次々と研究員や兵士を襲い結果、襲われた奴等がねずみ算式にゾンビとなっていき今現在この施設内はゾンビで溢れ返っている状態だと?」

 

「そうじゃ……」

 

「だが、ここに来るときにはゾンビになんか出会わなかったぞ」

 

それらしき死体はあったが……。

 

「それは恐らく生き残りの兵士や研究員が研究所の奥の方に逃げたせいじゃろう。ゾンビ共はそやつらに釣られて研究所の奥のエリアに固まっているはずじゃ……。それにワシがこの箱に入る直前に魔力炉が緊急停止したようじゃったからな。突然、魔力の供給が途絶えたせいで研究所の防衛機能が働いて各エリアの通路を封鎖したから逃げた者を追いかけていったゾンビ共は奥のエリアに閉じ込められておるのじゃろう。もっとも魔力炉を再起動させたのなら魔力の供給も再開されて封鎖されたはずの通路も開いたはずじゃからゾンビ共も既にこちらに向かって来ているやも知れぬが……」

 

もはやいろいろと諦めたような表情でバーライトは言った。

 

クソッ!!最悪だ!!

 

自分達がどういう状況に置かれているのかをハッキリと正しく認識した鳴瀬大尉はすぐに各チームに連絡を取った。

 

「アルファより各チーム、応答せよ!!」

 

『こちらチャーリー。どうした?』

 

『『……』』

 

だが返事が帰って来たのはチャーリーチームだけだった。

 

地下にいることに加え、地下に来た当初より電波状態が悪化したために地上にいるチームと地下にいる鳴瀬大尉達との通信は不可能になっていた。

 

「チイッ!!チャーリーよく聞け、問題が発生した!!直ちにここを出るぞ!!」

 

一先ず連絡の取れるチャーリーチームに指示を飛ばした鳴瀬大尉だったが、時すでに遅し。

『なに?どういうことだ?アルファ詳しく――ちょっと待て……』

 

「どうした?」

 

『なんだ……あいつらは!?』

 

「チャーリー!?どうした!!何があった!?」

 

『撃て、撃て!!撃ちまくれ!!クソッ、マズイ!!マズイ!!マズイっ!!後退しろ、早く!!急げっ!!』

 

「チャーリー!?チャーリー!!応答しろ!!」

 

『こちらチャーリー!!化物共と遭遇、交戦中!!どこから沸いて出たんだクソッ!!数が多い応援を――っ!!や、やめ!!ギャアアアァァァ!!』

 

無線機から聞こえてきた、けたたましい発砲音とチャーリーチームの隊長の断末魔を最後に通信は途切れた。

 

そしてそんな最悪の状況を予感させる音や声を聞き目出し帽に隠された鳴瀬大尉の表情が歪む。

 

「クソッ!!――ジャクソン、アレクセイ、ブラート!!お前らはこのジジイを連れて先に地上に行ってHQにこちらの状況を知らせておけ!!デルタはここからエレベーターまでの通路を何がなんでも確保しておいてくれ!!それ以外は俺について来い!!チャーリーの救援に行くぞ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

矢継ぎ早に鳴瀬大尉の口から飛び出す命令に隊員達はすぐに返事を返し動き始めた。

 

そして指示を出し終え隊員を引き連れ部屋を飛び出した鳴瀬大尉は遠くから聞こえてくる銃声を頼りに通路をひた走る。

 

「こっちだ!!急げ!!」

 

後に続く隊員に急げと発破を掛けた鳴瀬大尉はチャーリーチームに呼び掛けた。

 

「こちらアルファ!!チャーリー応答しろ!!チャーリー!!」

 

『こ、こちらチャーリー!!9名戦死!!隊長も殺られました!!』

 

鳴瀬大尉の必死の呼び掛けにようやくチャーリーチームの隊員が返事を返したが、帰ってきた返事の内容は最悪だった。

 

「今そちらに向かっている!!なんとか持ちこたえろ!!」

 

『りょ、了解!!――なっ!?おい!!右からも来たぞ!!撃て、撃て!!』

 

間に合ってくれよ!!

 

通信がまた途切れ鳴瀬大尉達が必死に走っていると前方から虚ろな白く濁った目で右腕が半ばから千切れた敵兵士がうめき声のような声を出しながらヨロヨロとおぼつかない足取りでこちらに向かって来た。

 

「邪魔だあぁ!!どけぇぇっ!!」

 

ゾンビと化した兵士を目前にした鳴瀬大尉は走りながら雄叫びをあげ拳を振りかぶり、擦れ違い様にゾンビの顔に拳を思いっきり叩き込んだ。

 

頬の骨を砕くほどの、その一撃を受けたゾンビはそのまま5メートルほど吹き飛び通路の床に沈む。

 

しかしもはや動く屍と化しているゾンビがそれだけで死ぬはずもなく、ゾンビは変形した無惨な顔のまま何事も無かったかのようにゆっくりと起き上がってきた。

 

「くたばれ」

 

だがゾンビが起き上がろうとした瞬間、走っていた鳴瀬大尉達がゾンビの体の上を通過、そして最後尾にいた隊員が立ち止まりゾンビの頭を踏みつけホルスターからFive-seveNを抜き発砲、ゾンビに止めを刺した。

 

「居たぞっ!!こっちだ!!」

 

走ること数分、途中で遭遇した5〜6体のゾンビを片手間に片付けた鳴瀬大尉達はT字路の合流地点に、チャーリーチームの生き残りが居るのを見つけた。

 

「助かったっ!!」

 

ゾンビから目を離し鳴瀬大尉達の姿を見るなりチャーリーチームの最後の生き残りの隊員は心の底から安堵したように言った。

 

駆け寄ってくる鳴瀬大尉達の姿を見て気を抜いてしまったのか撃つことを止め、T字路の合流地点から手前のこちらに向かって駆け出そうとした隊員の首にゾンビとは思えない俊敏な動きで、それは噛み付いた。

 

――グチュリ

 

隊員の首の肉を引き裂く音が通路内に響き鳴瀬大尉達の耳にへばりつく。

 

そして思わず足を止めてしまった鳴瀬大尉達の目の前で、それは――人体実験の成れの果てなのか、もしくは生物兵器の出来損ないなのか、まるでキメラのような形容し難い姿の生物は隊員の亡骸をただひたすらに貪り喰っていた。

 

「クソッタレがああぁぁぁーー!!」

 

目の前で仲間が殺されしかも貪り喰われていることに鳴瀬大尉達は激昂し銃を構えると未だ食事に夢中なキメラや奥からゾロゾロと現れたキメラとゾンビの集団に対し一斉に銃弾を浴びせる。

 

そして鳴瀬大尉の持つAN-94や隊員達が持っているP90やM240機関銃、VSS等が銃声のオーケストラを奏で上げた。

 

P90は今までにある短機関銃のような拳銃弾を使用せず新規開発のライフル用の弾丸をそのまま縮小したような形で弾頭先端の尖ったボトルネック構造の5.7x28mm弾を使用しているため、ライフル弾並みの貫通力を発揮、隊員を喰らっていたキメラや通路の奥から薄気味悪い唸り声と共に迫りくる多種多様なゾンビ達の体に着弾すると弾頭が体の内部で乱回転し弾は貫通せずに周辺の組織を大きく抉る。

 

M240機関銃は断続的な射撃を継続し7.62x51mm NATO弾でバタバタとゾンビ達を撃ち倒す。

 

そして長距離からの精密射撃ではなく中距離から短距離の狙撃、もしくは近距離での銃撃戦を前提に設計されているVSSは20発入りのマガジンを使ってフルオート射撃と単発射撃――狙撃をうまく使い分けゾンビを確実に1体1体仕止めていく。

 

ちなみにVSSの使用する9×39mm弾はライフル弾でありながら初速が音速を越えないため衝撃波が発生しないためこの弾薬とVSSの消音器を組合せると排莢口の隣にいない限り、ボルトが動作して弾薬を排莢する際の金属音しか聞こえない。

 

「っ!?弾幕をキメラに集中しろ!!これ以上近付けさせるな!!」

 

「了解!!おら!!さっさと死にやがれ!!」

 

鳴瀬大尉達はキメラとゾンビに雨あられと銃弾を浴びせ、動きの鈍い元人間や元妖魔族等のゾンビの頭を潰していくがゾンビ化したキメラは何故か動きが素早くしかも人為的に身体を強靭に作られていたのでなかなか死なず、鳴瀬大尉達の目の前まで銃弾の雨を掻い潜り接近して来ていた。そのため鳴瀬大尉達はゆっくりと迫ってくるゾンビを捨て置いてキメラに火線を集中させるしかなかった。

 

「レイズ!!火の魔法で奴らを焼き払え!!」

 

「了解!!お前ら俺に合わせろ。ネル・カザ・イ――」

 

火線を集中したことで迫りくるキメラは全て倒した鳴瀬大尉はレイズ達に魔法の使用の指示を出し詠唱が終わるまでの間、ゾンビ共を足止めするために銃の銃身が焼きつかんばかりに撃ちまくった。

 

「――ガイス・デルト!!」

 

そしてレイズ達が詠唱を終え杖を振るうと杖の先から灼熱の炎が生み出されゾンビ達に襲い掛かった。

 

『ォオオーー!!』

 

「チイッ!!ダメかっ!!」

 

しかしレイズ達の使用した火の魔法はゾンビを完全に焼き尽くすことが出来なかった。

 

「レイズ!!土の魔法で壁か何か作れないか!?」

 

「ここの壁や床には魔法を無効化する効果が付属されていて無理です!!」

 

「くっ!!なら致し方ない!!こうなったらケツ捲って逃げるぞ!!行け、行け!!」

 

殺しても殺しても通路の奥から地を這うような呻き声と共にまるで雲霞の如く湧き出して来るゾンビを見てチャーリーチームの遺体の回収を諦めた鳴瀬大尉は身に付けているタクティカルベストからMK3手榴弾を外し手に取ると安全ピンを引き抜きゾンビに向かって放り投げた。

 

投げられたMK3手榴弾は瞬く間にゾンビの波の合間に消え、そして爆発。

 

TNT爆薬の爆発により生み出された衝撃波によってゾンビの群れを凪ぎ払う。

 

「こいつはオマケだ!!取っておけ!!」

 

そう叫び鳴瀬大尉はAN-94の銃身下に付けたGP-30の引き金を引き、未だに爆煙に包まれている場所に向かって40mmグレネード弾を撃ち込んだ。

 

すると再び通路内に鉄片を大量に含んだ爆風が吹き荒れMK3手榴弾の爆発で腕や足が吹き飛んでいたゾンビに止めを刺す。

 

それを見届けると鳴瀬大尉は先に走って行った部下達を追いかけるように一目散にエレベーターに向かって駆け出した。

 

駆け出してすぐに鳴瀬大尉が後退してくるのを待っていた隊員の肩を叩き鳴瀬大尉は後退を促す。

 

肩を叩かれた隊員はマガジンに入っている銃弾をフルオートで適当にばらまくと鳴瀬大尉と同じように後退し後方で待っていた隊員の肩を叩く。

 

そんな風に交互に後退しゾンビに対して遅滞戦闘を行いながらアルファチームの隊員は着実に後退し退路の確保にあたっていたデルタと合流した。

 

「大尉、ご無事で――って!?なんてもの引き連れて来てるんですか!!」

 

デルタチームの隊長が鳴瀬大尉の無事を喜ぼうとしたが、その後ろにいる大量のゾンビを見て絶望したように叫んだ。

「うるさい!!撤退だ!!撤退!!」

 

鳴瀬大尉のその言葉を聞いたデルタチームの隊員達は1も2もなく賛同しエレベーターに向かって走り出した。

 

「大尉、チャーリーチームの奴等は?」

 

エレベーターに向かって走っている途中、デルタチームの隊長が鳴瀬大尉に並走し問い掛けた。

 

「……駄目だった」

 

「そう……ですか。残念です」

 

チャーリーチームが全滅したと聞いてデルタチームの隊長は顔を伏せそう呟いたあとただ黙って走ることに集中した。

 

 

「全員乗ったか!?」

 

「乗りました!!」

 

「じゃあ出せ!!」

 

「了解!!」

 

続々と現れるゾンビの数の多さに弾薬が持たないと判断し遅滞戦闘を行うのを諦め一目散に尻尾を巻いて逃げ出し無事にエレベーターまで辿り着いた鳴瀬大尉達は迫りくるゾンビ達に笑顔で別れを告げ地上に向かった。

 

「大尉!!」

 

命からがら地下から脱出しエレベーターから降りた鳴瀬大尉の元に先に地上へ上がっていたジャクソンが駆け寄る。

 

「なんだ?」

 

「脱出用のヘリがあと10分で到着します」

 

「そうか。なら中庭に移動するぞ。あそこならヘリも降りられるだろう」

 

「了解です」

 

鳴瀬大尉はヘリの到着を見晴らしの効く古城の中庭で待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

15分後。

鳴瀬大尉達は迎えのCH-47F2機に分乗し地獄のような体験をした古城の上空にいた。

 

「大尉、今回は大変でしたね……」

 

CH-47Fの機内の椅子に疲れた様子で腰掛ける鳴瀬大尉に部下の隊員が声を掛けた。

 

「まったくだ。しかしこれから先も今回みたいな任務があるかもしれないと思うと気が重い……」

 

『こりゃ、凄い……。みんな下を見てみろ』

 

想像もしたくない未来の出来事に鳴瀬大尉がげんなりとしているとCH-47Fの機長が機内アナウンスをかけ皆に古城を見るように言った。

 

そして鳴瀬大尉達が窓から古城を覗くとちょうど証拠隠滅が始まったところだった。

 

古城の上空には可変翼を備えた2機種の戦略爆撃機――アメリカのB-1ランサーとロシアのTu-160がそれぞれに編隊を組み、爆弾搭載量ギリギリまでウェポンベイに詰め込んだJDAM装備のグランドスラムやトールボーイを次々と投下していた。

 

そして特別に準備されていたJDAM装備のグランドスラムやトールボーイは高度1万メートルの高さから投下されると徐々に落下速度を増し、慣性誘導とGPS誘導により着弾地点の誤差を修正、最終的には音速を超え音速突破音を出し古城に突き刺ささった。

 

古城を形作るレンガや石を砕き地下の研究所まで貫通したグランドスラムやトールボーイはそこで爆発。地上にまで火柱が吹き上がる。

 

次々と空から音速のスピードで降り注ぎ、そして地下で大爆発を起こすグランドスラムやトールボーイにより地上では小規模な地震が発生し遂には地下全体が崩落。古城は崩れながら凄まじい地響きと共に地中に沈み込んでいった。

 

そうして搭載していたグランドスラムとトールボーイでゾンビもろとも古城を跡形も無く破壊したB-1とTu-160は悠然と基地に帰って行った。

 

「「「「すげぇ……」」」」

 

古城を圧倒的な火力で粉砕した光景をCH-47Fの機内から眺めていた鳴瀬大尉達はただただ感嘆の声をあげていた。

 



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10

妖魔連合国とエルザス魔法帝国の国境付近にある森の上空を2機のAC-130と3機のF-15Eストライクイーグルが編隊を組んで我が物顔で悠然と飛行していた。

 

「グラトニー01からHQへ、指定空域に到着、指示を乞う。どうぞ」

 

眼下の森の中に密かに作られていた帝国軍の拠点陣地を潰す任務を請け負ったパラベラムの歩兵部隊が苦戦し航空支援を要請したため急遽出撃した2機のAC-130(コールサインはグラトニー01、02)は空対空ミサイルのAIM-9サイドワインダーやAIM-120 AMRAAMを搭載したF-15Eの一個小隊3機(バイガス小隊)に護衛され指定された空域に到着すると指揮官機であるグラトニー01がHQに連絡を取った。

 

『HQ了解。現在地上で帝国軍と交戦中の第8歩兵大隊に無線を繋ぐ。以降支援任務が終了するまでグラトニー01、02の両機は第8歩兵大隊の指示を受け行動せよ。幸運を祈るオーバー』

 

「グラトニー01、了解」

 

『グラトニー02、了解』

 

HQとの通信が切れると今度は銃声が混じった通信がグラトニー01に入った。

 

『こちら第8歩兵大隊のモリソン中佐だ。敵の激しい抵抗を受け死傷者が多数出ている。敵の位置をスモークで指示するから吹き飛ばしてくれ!!』

 

「グラトニー01了解した」

 

森の中に拠点陣地を構築していた帝国軍を攻撃中の第8歩兵大隊から要請を受けたグラトニー01、02は支援体制に入った。

 

そして第8歩兵大隊からの座標指定を待っていると森の中から幾つもの赤や緑、紫色といった目立つ色の煙がモクモクと昇り始めた。

 

「こちらグラトニー01。目標の座標を目視した。これより近接航空支援を開始する。流れ弾に注意せよ」

 

『こちら第8歩兵大隊、既に退避は完了している。思う存分やってくれ!!』

 

第8歩兵大隊の返事の後、けばけばしい色の煙を中心に左旋回を始めた2機のAC-130から3種類の砲弾の雨が地上へと降り注ぐ。

 

AC-130に搭乗している砲手達が赤外線センサーを通し地上の様子を映す白黒の画面に視線を送り、白色もしくは黒色で表示されている敵兵の姿を確認すると砲の向きを操作するジョイスティクを操りそして引き金を引く。

 

ドカンと必殺の105mm榴弾砲が帝国軍の築き上げた陣地のど真ん中に着弾。紅蓮の炎と黒煙が舞い上りそこにいた兵士達を完全にこの世から消し去る。

 

続いてドン!!ドン!!と太鼓を打ち鳴らしたように40mm機関砲から放たれた砲弾が運良く魔導兵器に命中し魔導兵器を爆散させる。

 

独特なモーターの駆動音が辺りに響くと25mmガトリング砲の弾が地上を舐めるように走り先程まで勇敢に戦っていた帝国軍の兵士達を木々諸とも凪ぎ払う。

 

そして2機のAC-130が3回目の旋回を終える頃には第8歩兵大隊が苦戦していた帝国軍の陣地は跡形もなく消滅し細い若木の多かった森は焼け野原のように禿げ上がっていた。

 

その後、森が焼け野原となり敵兵の姿が見えなくなったため近接航空支援を一時中断し第8歩兵大隊による敵の有無の確認が行われた。

 

『こちら第8歩兵大隊、敵及び敵陣地の消滅を確認。グラトニー01、02の支援に感謝する』

 

「グラトニー01了解。近接航空支援を終了。帰投する」

 

消滅してしまった帝国軍の陣地を確認した第8歩兵大隊の報告を受けグラトニー01、02の2機が任務を終えて機首をデイルス基地に向けようと時だった。

 

『うおっ!?な、何が!?』

 

まだ通信が切られていなかった無線機から第8歩兵大隊の兵士の慌てたような声が聞こえてきた。

 

「どうした?」

 

声に反応したグラトニー01の機長が第8歩兵大隊に問い掛けると、その返答は何故か護衛のバイガス小隊から返ってきた。

 

『直下より戦列艦5、竜騎士多数上昇中!!ブレイク、ブレイク!!』

 

その報告にグラトニー01の機長がハッとして地上に視線を向けると巧妙に施された偽装を解き5隻の戦列艦とその護衛の竜騎士達が空に舞い上がってきた。

 

「チィッ!!この高度はマズイ!!エンジン全開!!ずらかるぞ!!」

 

「エンジン全開!!上昇します!!」

 

「グラトニー01よりHQへ!!我、敵戦列艦及び竜騎士と会敵せり!!至急増援を送られたし!!繰り返す――」

 

通信手がHQに救援要請を行っているのを尻目に機長と副機長はスロットルレバーを押し込み、推進力の増したエンジンを頼りに無理やり上昇を試みる。

 

第8歩兵大隊が近付いたことで発見されAC-130の攻撃を受けると思ったのだろう。拠点陣地の近くに潜んでいた5隻の戦列艦は空に舞い上がると一目散に帝国領に向け逃げの1手を打ち、その護衛の竜騎士達は戦列艦を逃がすためなのか、近接航空支援を行うため低空に降りていたAC-130に執拗に襲い掛かろうとする。

 

「バイガス小隊、全兵装使用自由!!戦列艦は放っておけ竜騎士を最優先で叩け!!」

 

『承知!!バイガス小隊2番機エンゲージ!!』

 

『了解!!バイガス小隊、3番機エンゲージ!!』

 

だがそれをさせじとAC-130の護衛である3機のF-15Eはすぐに外部燃料タンクを投棄し身軽になると機首を竜騎士達に向け攻撃を開始する。

 

しかし突然真下から戦列艦や竜騎士達が現れるという予想外の展開のせいで、なし崩し的に接近戦に陥ったバイガス隊は相対速度の違いなどで苦戦したが、護衛対象AC-130には傷1つ付けさせることなく竜騎士を全て排除することに成功した。

 

「戦闘終了!!集まれ」

 

『『了解』』

 

竜騎士の殲滅を達成したバイガス小隊はトレール編隊を組んでこちらの様子を伺っていた2機のAC-130の元に集合する。

 

「各機残弾知らせ」

 

バイガス隊の隊長が列機に問い掛ける。

 

『こちら2番機、機関砲残弾0、空対空ミサイル0』

 

『3番機同じく、機関砲残弾0、空対空ミサイル0。隊長は残ってますか?』

 

「俺も弾切れだ」

 

しかしAC-130を守ろうと竜騎士を最優先で叩き全てを撃破したまでは良かったが、弾を使い果たしてしまい戦列艦が無傷のまま残存していた。

 

「……逃げて行くな」

 

「えぇ。でもなんとか危機は脱したみたいですね」

 

オープンチャンネルで交わされていたバイガス隊の話を聞きグラトニー01の機長と副機長が逃げて行く戦列艦を眺めながら言った。

 

「救援要請はどうなった?」

 

「はい、戦列艦が出てきたことを伝えたらすぐに救援を寄越すと言っていましたが、恐らく間に合わないでしょう。ここに救援の部隊が到着した頃にはもう戦列艦は帝国領の奥深くです」

 

「……このまま逃がすのも何だか癪だな」

 

通信手の話を聞き憮然とした顔で戦列艦をじっと眺めていたグラトニー01の機長の瞳に妖しげな光りが灯る。

 

「……やめて下さいよ?変なことを言う――」

 

その瞳の光りに気が付いた副機長が機長をたしなめようと声を掛けるが、その声を遮り機長はいい放った。

 

「よぉし、決めた!!これより当機とグラトニー02は敵戦列艦と砲撃戦を交える。各員戦闘準備!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『よぉし!!これより当機とグラトニー02は敵戦列艦と砲撃戦を交える。各員戦闘準備!!』

 

「……はぁ!?空中で砲撃戦をやるっていうのか!!この機体で!?」

 

エンジン音が響き渡る中、各自が被っているヘルメットに付いた無線機を通し通達された機長の言葉に搭乗員達は驚きを隠せなかった。

 

「うちの機長も随分とクレイジーなことをやるもんだ。さすがグラトニー(暴食)敵をもっと食らいたいってか?」

 

「そんなことより空中で砲撃戦なんてやったことねぇぞ」

 

「よかったな初体験だ」

 

「嬉しくねぇよ!!そんな初体験!!」

 

AC-130の機内では搭乗員達がぶつぶつと文句を言っているのがちらほらと見えたものの皆、機長の命令通りに戦闘準備を整えていた。

 

「機長……本当にやるんですか?」

 

「やるったらやる!!」

 

副機長の言葉に耳を貸す様子もなく、いや貸すどころか逆に意固地になりながら機長は言った。

 

「はぁ〜分かりました。やりましょう。……敵前方11時の方向、距離4000、単縦陣で逃走中」

 

機長の気が変わらないことを悟った副機長はやれやれと首を振り、頭を入れ替え冷静に戦列艦の位置を知らせる。

 

「よし、同航戦で一撃加えてから左旋回。反航戦で仕留める」

 

「了解」

 

都合のいいことに真っ直ぐきれいな単縦陣を敷き逃げている5隻の戦列艦を見据えながら機長がいいことを思い付いたといわんばかりに悪ガキのような笑みを浮かべて言った。

 

「……おい、フレアを発射しろ」

 

「は? 何故ですか?」

 

「こけおどしだよ」

 

「……あぁ、確かにこけおどしには最適ですね」

 

「グラトニー02にも伝えろ」

 

「了解」

 

最初、機長の思惑が理解出来なかった副機長が機長にフレア放出の理由を聞くと単純明快な返事が帰ってきた。

 

そしてタイミングを合わせてグラトニー01、02が同時にフレアを放出するとある種の神々しさすら感じさせる光景に驚いたのか敵の戦列艦の陣形が少し崩れた。

 

「やっぱりビビったな」

 

ニヤニヤと笑いながら機長が言った。

 

「敵との距離残り500メートル!!並びます!!」

 

「おっと、総員戦闘用意!!これより当機は砲撃戦を行う!!気合い入れろ!!」

 

『『『『応!!』』』』

 

副機長の報告に我に帰った機長が搭乗員に発破を掛ける。そしてAC-130による前代未聞の空中での砲撃戦が始まった

 

「左砲撃戦用意!!……撃てぇーー!!」

 

機長の号令の下、2機のAC-130から次々と砲弾が戦列艦に向かって放たれた。

 

「クッソ当たらねぇ!!」

 

最初のターゲットになった最後尾の戦列艦にはまず2発の105mm榴弾が300メートルの距離から放たれたが、これは風に流されて外れた。

 

「あれだけ弾が流されたから……これぐらい……か?」

 

「オラ、オラ、オラ!!墜ちろや!!」

 

しかし続けざまに下手な鉄砲数打ちゃ当たるとばかりにばらまかれた40mm機関砲と25mmガトリング砲の弾が船体側面の砲列甲板とマストに命中、不幸な事にマストの根元には40mm機関砲の砲弾が直撃したためマストは根本からへし折れてしまい推進力を失った戦列艦は航行不能に陥った。

 

しかも25mmガトリング砲の焼夷弾により船体のいたる所で火災が発生するという被害を被っていた。

 

そして前を航行していた戦列艦にも同じような熾烈な攻撃が加えられ2機のAC-130が通りすぎた後の帝国軍艦隊はズタボロになっていた。

 

最後尾にいた戦列艦(5番艦)はマストを失い航行不能で炎上しながら空中をさ迷い前方にいた2、4番艦にはまぐれ当たりながら105mm榴弾が命中し両艦は空中で火球と化し爆散、消滅。3番艦は40mm機関砲の滅多打ちを食らい船体が穴だらけになり各所で断裂が発生し最後は船体がバラバラに千切れ墜落。先頭を航行していた1番艦は25mmガトリング砲の弾が運悪く火薬庫に命中、誘爆を繰り返しながら炎上中で徐々に地上に向け落下していた。

 

「反転の必要性なしだな」

 

「えぇ」

 

AC-130による史上初の空中での砲撃戦はワンサイドゲームに終わり帝国軍艦隊の惨状をみて反転することを止めたグラトニー01、02は意気揚々とF-15Eと共に基地に帰った。

 

そしてこの戦いを最後に妖魔連合国内にいた帝国軍(組織的な行動が取れる部隊)は全滅した。



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11

自重はやめました(笑)

そういうことを匂わせる描写がありますのでご注意を……



[兵器の召還]

2013年までに計画・開発・製造されたことのある兵器が召還可能となっています。

 

[召還可能量及び部隊編成]

現在のレベルは65です。

 

歩兵

・12万人

 

火砲

・1万5000

 

車両

・1万5000

 

航空機

・8500

 

艦艇

・6500

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召還する際に一緒に召還されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵等)は歩兵に含まれておらず別途召還可能となっており現在召還できる後方支援の人員は『総軍』規模までとなっています。

 

※歩兵が運用できる範囲の重火器・小火器の召還の制限はありません。

 

[ヘルプ]

・[能力の注意事項]

メニュー画面を使わずとも声や思考で召還は可能です。

 

1度召還した軍需品・資源・施設は消すことが出来ますが、人(兵士)は消すことが出来ません。

(死亡した兵士の死体も消すことは不可能。また死亡した兵士と同じ人物を再度召還することは出来ません)

 

『戦闘中』は召還能力が使えません

 

後方支援要員の積極的な自衛戦闘が可能になりました

 

 

 

――兵士の召還能力及び完全治癒能力についての考察。

 

兵士の召還能力において現在までに分かったのは、召還される兵士は地球で実在している、していた人物のコピーであること、そのためオリジナルと同じ技能・知識・記憶を持っている。

 

召還する兵士の設定(性別・年齢・性格・携帯している武器装備品)を事前にせずにランダム召還を行うと稀に過去の英雄が混ざっていることがある。

 

(例外として特定の兵器――火砲・車両・航空機・艦艇等を召還した際に運用要員として現れる英雄も存在する。例、A-10―ルーデル少佐)

 

なお、召還される兵士はすべからく神の手により? 総統(長門和也)への忠誠心が植え付けられている模様。

 

次に完全治癒能力について。

 

完全治癒能力について分かったことは、完全治癒能力によって怪我・病気を治療された者は怪我・病気の程度によっても異なるが能力者――長門和也に好意を抱きやすくなる・抱く。

 

特に体の一部を失った者や瀕死の状態で治療を受けた者はかなりの――狂信的な好意を抱くようになる模様。

 

(例、レイナ・ライナ・エル・シェイル・ルミナス・キュロット・ウィルヘルム。なお、右手の肘から先と左目を失い重症の状態で完全治癒能力によって回復したアミラ・ローザングルに関しては今現在、好意的な面は多々見受けられるが狂信的な好意を抱いた様子は見受けられないため今後の経過を注視する必要性があると認む)

 

なぜ、完全治癒能力によって治療を受けると好意を抱きやすくなるのかは推測でしかないが、治療の際に長門和也の魔力が対象に何らかの影響を与えた結果だと思われる。

 

※能力については、未だに不明瞭な点が多い為、今後とも継続的な調査が必要だと思われる。

 

〜以上、第4次能力調査報告書より〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

「ふぅ、とりあえずこんなもんか」

 

珍しく自分以外誰も居ない静かな執務室の中で書き終わった第4次能力調査報告書を手放したカズヤは少し冷めてしまったお茶に口をつけ凝り固まった肩をボキボキと鳴らす。

 

「ん〜っ!! お、やってるやってる」

 

伸びをしたついでに立ち上がり執務室の窓から賑やかなデイルス基地の様子を覗いたカズヤはそう呟いた。

 

妖魔連合国内から帝国軍をほぼ一掃したパラベラム軍は妖魔軍の防衛体制が整うと同時に各地に展開していた部隊を順次デイルス基地に呼び戻し、今まで任務に就いていた兵士達の労を労うため無礼講のパーティーが開催され飲めや歌えやのお祭り騒ぎの状態になっていた。

 

――コンコン。

 

「ん? 入れ」

 

「失礼します」

 

そんな浮かれて騒ぐ兵士達をカズヤが暖かな眼差しで眺めていると親衛隊所属のウォン大尉が執務室に入って来た。

 

「どうした?何か問題か?」

 

「いえ、問題というほどでは無いのですがこちらの書類に閣下のサインが必要でして。申し訳ありませんがサインをお願い致します」

 

「ん、分かった……。ほら」

 

差し出された書類にサッと目を通しサインをするとカズヤはウォン大尉に書類を返した。

 

「ありがとうございます。はい、確かに………………ところで閣下はパーティーに参加されないのですか?」

 

カズヤのサインを確認して踵を変えそうとしたウォン大尉がふと、疑問に思ったのかそう言った。

 

「ん?あぁ、俺が行くと変に遠慮する奴が出てくるからな、よしておくよ」

 

「そうですか?閣下がいらっしゃったら皆、喜ぶと思いますが……」

 

カズヤの言葉にウォン大尉は残念そうな表情を浮かべる。

 

「あの閣下……パーティーに参加されないのでしたらいい“店”にご案内いたしましょうか?」

 

パーティーに参加しないカズヤに気を使ったのか、ウォン大尉がそんなことを言い出す。

 

「いい店?」

 

「はい、いい“店”です」

 

カズヤの聞き返した言葉に不敵な満面の笑みを浮かべたウォン大尉が言い切った。

 

「なんの店なんだ?」

 

「それは行ってからのお楽しみということで」

 

カズヤの質問をウォン大尉ははぐらかして答える。

 

「うーん。行ってからのお楽しみかぁ……。じゃあ行って確かめるか」

 

「ハッ、では車を手配してきます」

 

多分な好奇心とせっかくの誘いを断るのを心苦しく思ったカズヤは不敵な満面の笑みを浮かべているウォン大尉に連れられてデイルス基地を後にした。

 

しかし後になってからカズヤは思った。この時、ウォン大尉の誘いを断っておけば良かったと。

 

「……いい店って娼館かよ……」

 

言い出しっぺのウォン大尉と護衛の親衛隊の(男性)隊員達に連れられてカズヤがやって来たのは妖魔連合国の首都ベルージュにある色町。そしてその色町の一角に軒を構える『淫魔の館』という娼館だった。

 

妙に基地の中をこそこそと人目に付かないように移動すると思ったら……。

 

「ここはその名の通り淫魔――サキュバスが数多く在籍している娼館でベルージュにある娼館の中で頂点に立っている娼館なんです。サービスは抜群、値段は少し高いですがサービスのことを考えますと良心的な設定になっています。きっと閣下もお気に召すはずです」

 

呆れているカズヤを余所にウォン大尉がどこか得意気にそんなことをのたまう。

 

「……被独占欲の強い千歳にこの事が知れてみろ……殺される。という訳で俺は帰る」

 

「かっ、閣下!!大丈夫です。千歳副総統は今、本国に居ますし、デイルス基地からも誰にも見られることなく出てきましたから閣下がここに来たことは絶対バレません」

 

踵を返そうとしたカズヤをウォン大尉が慌てた様子で引き留める。

 

「……」

 

「それにいいんですか!?人間では決して味わえない極上の快楽を味わわずに帰ってしまわれても!!」

 

「…………」

 

「この機会を逃せばもう2度と来られないかも知れないんですよ!?」

 

「………………」

 

「ちなみにここにいる者は自分を含め皆、淫魔の館の体験者でもう病み付きになっております」

 

「……………………」

 

「「「閣下!!ご決断を!!」」」

 

カズヤの逡巡を見抜いたように最後の1押しとばかりにウォン大尉と護衛の隊員達が声を揃えて詰め寄った。

 

「……来てしまった……」

 

ウォン大尉達に押し切られたのと男の性に逆らえなかったカズヤが娼館のボーイに案内され入った部屋の中には何をするための物か一目瞭然の綺麗にセッティングされた大きなベッドが1つ、部屋の隅には各種様々な大人の玩具が並び、浴槽付きの広いシャワールームまで完備。

 

そんな部屋の中で扉に背を向けてベッドの上に座ったカズヤは期待や後ろめたさの入り交じった感情を抱きつつ呟いた。

 

「……でもまぁ、ここまで来たらもう開き直って楽しむか。うん、そうしよう」

 

ウォン大尉の好意を無駄にしないため、というこじつけで気持ちを切り替えてカズヤは初の娼館体験を楽しむことにした。

 

――コンコン

 

そんな時だった。カズヤが気持ちを切り替えるのを見計らっていたかのように絶妙なタイミングで部屋の扉がノックされた。

 

「ハッ、ハイ!!」

 

変に緊張していたカズヤが思わずドキッとして裏返った声で返事をする。

 

「失礼致します」

 

凛とした心地よく聞き慣れたような声と共にカズヤの背後にある扉をソッと音をたてないように開け幾人かのサキュバスが部屋の中に入って来る。

 

ん?聞き慣れ……た?

 

いよいよサキュバスとのご対面という場面で初めて会うはずのサキュバスの声にカズヤは違和感を感じた。

 

そして疑問符を浮かべたカズヤは背後を振り返り入って来たはずのサキュバス達に視線を向けた。

 

「っ!!……」

 

「本日は淫魔の館にお越し頂きありがとうございます。お客様には極上の悦楽をたっぷりと味わって頂きますのでご期待下さい」

 

「……」

 

「では早速」

 

「……」

 

「? どうかされましたかお客様?」

 

ニッコリとどこか黒い笑みを浮かべたサキュバス――ではなく千歳が不思議そうにダラダラと冷や汗を大量に流すカズヤに質問する。

 

「……あ、あ、あ、あの、あの」

 

「はい、何でしょうかお客様?」

 

「ち、ち、ち、ち、ち、ち、千歳?な、な、なぜここに?」

 

壊れてしまったテープレコーダーかラジオのように盛大に吃りながらもカズヤは意を決して目の前で黒い笑みを浮かべている千歳に問い掛けた。

 

「はい、仕事が早く終わりデイルス基地に戻ってみればご主人様が不在で居場所を知ろうと私の配下の者に確認してみればこのような如何わしい場所に向かわれたということでしたので急いで飛んで参りました。あっ、ちなみにご主人様をこのような場所連れてきた不届き者共は粛清しておきましたので悪しからず」

 

『『『ギャアアアアァァァ』』』

 

千歳の言葉に合わせるようにどこからかウォン大尉達の断末魔が聞こえた。

 

……不味い、この状況は不味すぎる。

 

そうカズヤの部屋に入って来たのはサキュバス達ではなく千歳やカズヤ専属のメイドであるレイナやライナ達で、しかも何故か入って来た全員がカズヤの嗜好のツボを突くようなコスプレ?服装をしていた。

 

千歳は純和風の大人の色気がたっぷりな着物姿。

 

ヴァンパイアの姉妹のレイナとライナは白と紺色のスクール水着とニーソックス。因みに水着の名札にはひらがなで、れいな、らいなと書いてある。

 

オーガのエルは年不相応の小さい背丈によく似合う黒いゴスロリ服。

 

ラミアのシェイルは白いナース服。

 

ダークエルフのルミナスは褐色肌をより際立たせる透け透けのベビードールにこれまた透け透けのガーターベルト。

狐人族のキュロットは白と赤のコンストラストが美しい巫女服。

 

狼人族のウィルヘルムは赤い伊達眼鏡にグレーのスーツ、黒いタイツという女教師のような服。

 

……終わった。

 

そんなコスプレをして恐ろしい程に、にこやかな千歳達を前にカズヤは死を覚悟する。

 

「す、すまない千歳。これには――」

 

「ご主人様、謝らないで下さい」

 

「へっ!?」

 

まるで浮気がバレてしまった旦那のように言い訳を言おうとしたカズヤの言葉を千歳が遮る。

 

「ご主人様は男性でしかも絶倫で性欲の多い方です。ですからこのような場所にも興味を持ってしまうのは致し方ありません。それに私達にも落ち度があります」

 

許してくれるのか?とカズヤが一筋の希望を胸に抱く。

 

「なので――」

 

しかし千歳の次の言葉がカズヤに止めを刺す。

 

「これまでの奉仕態勢を改めてまして、これからは今までのようにご主人様の気の向いた時だけに関わらず毎日、朝昼晩と我々がご主人様の腰とアレが立たなくなるまで徹底的にご奉仕致します」

 

「えっ……!?」

 

千歳の宣告にカズヤの顔がサッと青くなる。

 

「……ち、千歳?やっぱり怒ってる?」

 

「クスクス……はい♪」

 

語尾に♪が付くほどのいい笑顔を浮かべた千歳だったが、その目は黒く煮えたぎっていた。

 

「……」

 

そのことにようやく気が付いたカズヤは覚悟を決める。

 

……ここで千歳(達)を悦ばせて許してもらっておかないと後で死ぬ!!

 

だがそんなカズヤの決意を嘲笑うかのように千歳が告げる。

 

「ではまず今日のご奉仕を始めたいと思います。あ、ちなみにシェイルとキュロット、あとウィルヘルムは発情期に入りましたのでいつもの倍程度では足りませんのでご覚悟を」

 

……マジか!!……………………チクショウ!!こうなりゃヤケだやってやる!!

 

自棄になったカズヤは気合いを入れて千歳達に挑みかかったがその後の出来事をカズヤはあまり覚えていない。

 

長い黒髪を振り乱し、帯で固定され脱げなかった着物を申し訳程度纏い馬乗りになってご主人様、ご主人様、と熱に浮かされたように熱い吐息と共に声を漏らしながら執拗に腰を振る千歳とか。(ちなみに5回)

 

ベッドに仰向けで寝そべり赤らんだ頬に潤んだ瞳で誘うような視線を送りM字開脚の状態でスクール水着の秘部を隠している布をずらし懇願するレイナとライナに突き入れる自分の姿とか。(ちなみに計8回)

 

無理矢理、屈服させるように強引にして欲しいとの願いを申し出たエルをうつ伏せにし黒いゴスロリ服を着たままの小さい体の上に覆い被さり意地悪な笑みを浮かべ何度も何度も身動きの取れないままくぐもった呻き声を上げているエルが気を失うまで楽しむ自分とか。(ちなみに3回)

 

入れたまま身動きが取れないように蛇の体をグルグルと巻き付けて密着した上で唇を合わせ長い舌でぐちゃぐちゃといやらしい音と共に口内を蹂躙し唾液を美味しそうに啜るシェイルとか。(ちなみに6回)

 

たどたどしく初々しい手付きのルミナスを前に我慢出来ずに押し倒し組み敷くと大事な部分を強調するようにさらけ出す透け透けショーツを履いたままのルミナスに猛る自分とか。(ちなみに3回)

 

わざと半裸にして四つん這いの状態で入れ、動かずにモサモサの尻尾を優しく撫でながらもどかしそうに背筋をビクビクと震わせるキュロットを楽しむ自分とか。(ちなみに6回)

 

ベッドに手を付いた状態で黒いタイツを引き裂かれ無理矢理後ろから有無を言わさずに突き入れられたにも関わらず既に準備万端とばかりのビチャビチャの状態で迎え入れ感涙の涙を流しながら、もっともっととばかりに腰を振り孕む為に子種を求めるウィルヘルムとか。(ちなみに7回)

 

そんな乱れた姿を晒していた千歳達の事をカズヤはあまり覚えていない。

 



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12

「イテテ……腰が……」

 

淫魔の館の一室を借りて(事の途中、興味心を刺激されたサキュバス達が覗きに来るというアクシデントが発生、千歳が日本刀片手に追い払う)2日間続いた狂乱の宴が終わり一夜明けた今日、デイルス基地の執務室の椅子に座り見るからにやつれた顔のカズヤはジンジンと鈍い痛みを発している腰を擦っていた。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

「湿布でもお持ち致しましょうか?」

 

カズヤが腰を擦っていると傍に控えていたレイナとライナが心配そうな顔でカズヤに問い掛けた。

 

「あぁ、悪いが頼む」

 

「分かりました。すぐにお持ち致しますね」

 

「痛みますか?ご主人様」

 

姉のレイナが小走りで湿布を取りに行くと妹のライナが湿布が来るまでの間、カズヤの腰をその小さな手で労るように優しく撫でていた。

 

いい子達だなぁ……。

 

つい昨日まで肉欲に溺れ貪欲にカズヤの子種を求めていた人物と同一の人物とは思えないほどおしとやかで清楚な立ち振舞いの2人。

 

そんな昼は淑女で夜は娼婦を体現している自分だけの可愛いメイドに心を癒されながらカズヤは頬を緩めていた。

 

「ふぅー、大分楽になった。ありがとうなレイナ、ライナ」

 

「「エヘへ」」

 

腰に湿布を貼ってもらった後、礼を言って2人の頭を撫でてやると2人は年相応の柔らかい笑みを浮かべ喜んでいた。そんな姿に更に癒されたカズヤは2人にご褒美をあげることにした。

 

「ほら、ご褒美だ」

 

カズヤはそう言って執務机に置いてあったペーパーナイフで人差し指に小さく傷を付け血を出すと2人の目の前に人差し指を差し出した。

 

「「っ!?」」

 

プクッと真っ赤な血がカズヤの人差し指の傷口から流れ出るのを見た瞬間、レイナとライナはさっきまでの穏やかな表情を一変させた。

 

あの狂乱の宴を彷彿とさせる表情――頬を紅潮させ色欲に染まった瞳で、はぁ……はぁ……と熱を孕んだ吐息を吐くと同時に2人はカズヤの前に跪き、競い争うように血の滴る人差し指に小さな舌をねっとりと這わせ溢れ出てくる血を丁寧に舐め始めた。

 

「んちゅ…ふっん、にゅちゅ……ペロッ、んんっ、ん……ぺろっ」

 

「ちゅ……んっんんっ……んふぅ…ペロッ…ちゅ」

 

椅子に座って人差し指を差し出しているカズヤの視線の先ではメイド服を着た2人の美少女が跪き、背中から生えているコウモリの翼によく似た翼をパタパタと子犬の尻尾のように振り上気した顔で、あたかも前戯を行っているかのようにピチャピチャと淫靡な音をたてながら無我夢中で指を舐め、もどかしそうにモジモジと股を擦り合わせていた。

 

そんな2人の淫靡な様子に当てられたカズヤの息子がムクムクと起き上がり臨戦態勢に入ろうとした時だった。

 

――コンコン。

 

『ご主人様?ヘリの準備が整いました』

 

今日、予定されていた油田の視察のために手配したVH-60Nプレジデントホークの準備が終わったことを知らせるために千歳がカズヤの執務室にやって来た。

 

「っ!! あ、あぁ。分かった今行く」

 

ヴァンパイアの2人に血を与えて(吸われて)いたためじんわりとした心地よい快感に浸っていたカズヤだったが、扉の向こうから聞こえて来た千歳の声にハッと我に返り慌てて返事をしたあとレイナとライナに声を掛ける。

 

「もうそんな時間か……。レイナ、ライナ。行くぞ?」

 

「ふぇ?……ふぁい………んッ…はい」

 

「チュプ、ちゅ、んくっ……はぁ……はぁ……分かりました」

 

幸悦とした表情で人差し指に吸い付き血を啜っていた2人はカズヤに声を掛けられた直後、まだ物欲しそうにカズヤの人差し指を見つめていたが何物にも代えがたい主の声と千歳の教育の賜物によって、すぐに血を求めるヴァンパイアの本能を理性で押さえ付けカズヤの呼び掛けに答えた。

 

「ほら、急ぐぞ」

 

……そんなに飲ませていないはずなんだが、飲ませ過ぎたのかな?

 

主の血というどんな美酒にも勝る至高の物を飲んだせいか、赤い顔で少しふらつく2人を急かしながらカズヤは執務室の扉を開く。

 

開かれた扉の向こう側には千歳を筆頭にメイドのエルとシェイル、キュロットそれに親衛隊の隊員達が居たがそんな中に混ざってフィーネが千歳の横に立っていた。

 

「あれ、ローザングル?帰ってきていたのか」

 

てっきり千歳とメイドと親衛隊の隊員達しか扉の前にいないものだと思っていたカズヤは千歳の隣に佇んでいたフィーネを見て少し驚いたように言った。

 

「……私が居たら何か問題でも?」

 

少しの間カズヤの側を離れパラベラム本国に留学?し、つい先程こちらに帰って来ていたフィーネがカズヤの物言いに傷付いたように、もとい苛ついたように言う。

 

「い、いや……問題はない」

 

「ふんっ」

 

以前の一件(ハーフエルフのベルを助けた日の事)以降、僅かにだがカズヤに対して柔和な態度を取り始めていたフィーネはまるで親に構ってもらえなかったせいで拗ねてしまった幼子のように不貞腐れプイッとカズヤから顔を背けた。

 

…………!? わ、私は何をしているのだ!!こんな態度を取ったらまるで私が拗ねているみたいではないかっ!?

 

「………………ゴホンッ、まぁいい。それより燃える水を加工する施設へ視察に行くと聞いた。私も連れて行ってもらえないだろうか」

 

3秒ほど拗ねたようにカズヤから顔を背けていたフィーネだったが、思わず自分が子供のような態度を取ってしまっていることに気が付くと赤面し取り繕うように言った。

 

「あぁ、別にいいぞ。むしろフィーネみたいな美人――ッ!?……が一緒に来てくれるなら大歓迎だ……」

 

「ふ、ふんっ。そ、そんな見え透いた世辞で私は誤魔化されんぞ」

 

機嫌を直してもらおうとカズヤがフィーネに本音で出来たお世辞を言うとフィーネはわたわたと動揺し口では否定的な事を言うもののまんざらではないのか嬉しそうに口元を歪め顔を赤らめていた。

 

しかし美人と言われたことで上機嫌になった初なフィーネは気付いていなかったが、カズヤがフィーネの事を美人と言って褒めた瞬間、あることが起きていた。

 

『あぁ、いいぞ。むしろフィーネみたいな美人――ッ!?』

 

――ビキビキッ!!

 

やっちまったーーー!!マズイ、マズイ、マズイ!!俺のバカーーー!!

 

『……が一緒に来てくれるなら大歓迎だ……』

 

 

カズヤがフィーネの事を美人と言った瞬間、嫉妬心を刺激された千歳の顔がまるで般若のように歪み、瘴気のようなどす黒いオーラが噴き出す。

 

これはまずい……不味すぎるぞ。千歳は俺が身内(パラベラムの女性兵士やメイド)に手を出す?分には寛容だけど身内以外の女性(イリスやカレン、フィーネ)に手を出す事は許さないってのに!!

 

何で千歳のいる前で俺はフィーネを褒めたりしたんだ!!

 

これじゃまたあの狂乱の宴が…………!!(ガクガク)

 

表面的には平静を装っているカズヤが内心で頭を抱えバタバタと、のたうち回っていると般若と化した千歳と目が合った。

 

えっ!?……なになに『視察から帰って来たら皆でご奉仕しますから……ね♪』

 

ってそれ、ご奉仕じゃないよな……ご奉仕という名のお仕置きだよな……アハハ……。

 

目が合った千歳から口パクで伝えられた言葉にカズヤは愕然となり真っ白に燃え尽きた。

 

そんな一幕があったことなどいざ知らず、すっかりご機嫌なフィーネと悲壮感漂うカズヤ、そしてどこか近寄りがたい恐ろしい空気を纏う千歳、そんな混沌とした3人から気まずげに少し距離を取って後をついていく親衛隊の隊員やメイド達はぞろぞろと列をなしてプレジデントホークの待つヘリポートに向かった。

 

「では、ご主人様。くれぐれもお気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

2機のプレジデントホークが待つヘリポート到着しヘリにカズヤが乗り込むと、このあとアミラとの会談の予定があるため基地に残る千歳がとてもいい笑顔で言った。

 

「あぁ、行って来る……」

 

そんな千歳の笑顔に気圧されながら言葉を返したカズヤだったが、このまま何の手も打たず油田の視察に行けば、また天国のような地獄?地獄のような天国?の狂乱の宴が開かれてしまう!!と思い現状を打破するべくチラリと後ろを振り返り同乗者であるフィーネやシェイル、キュロットがこちらを見ていない事を確認すると乗り込んだヘリから身を乗り出し不意に千歳の腕を取り強引に引き寄せると唇を奪った。

 

「えっ!? んむっ!?……ちゅ、んっ、んっ…じゅる…んふぅ、ちゅぱっ、ちゅっ、もっとぉ、んんっ…ちゅ、じゅる、んっ……」

 

ヘリが出す騒音で周りに聞こえないことをいい事にカズヤはじゅるじゅると卑猥な音をたてて唾液を絡ませながら舌を蠢かし千歳の口内を蹂躙する。

 

「んちゅ、はぁ、はぁ……ご、ご主人様ぁもっとぉ……」

 

そんな情事を思わせるような濃厚で激しい口付けが終わると腰に力の入らなくなった千歳はくたりとカズヤに寄りかかり切なげな声で続きを求める。

 

「ダメだ、続きは俺が帰って来て“2人っきり”になってからだ。分かったな?」

 

千歳の要求を切って捨てるとカズヤは最後に唇に触れるだけの軽いキスを交わした。

 

「んっ、はぁ、はぁ、分かりましたぁ……ご主人様ぁ」

 

いつもの凛とした表情からは想像も出来ないほど蕩けた顔で千歳は頷き、腰に力を入れて自分の足で立つとカズヤから離れた。そして千歳が十分に離れた事を確認しヘリはヘリポートから離陸した。

 

よし、これで相手にするのが千歳だけになったぞ。狂乱の宴は回避出来たな。ふぅ……。

 

徐々に空に上がっていくヘリの機内でカズヤがこれで狂乱の宴は回避出来たと一息ついていた。

 

「「……」」

 

しかしそんなカズヤを横目にシェイルとキュロットが無言でニッコリと微笑んでいたことをカズヤは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ビュウビュウと強い風が吹き荒び、今にも雨が降ってきそうなどんよりとした曇り空の下を2機のVH-60Nプレジデントホークとその護衛のAH-64Dアパッチロングボウ4機、機内に完全武装の親衛隊の隊員を乗せたMi-24/35Mk.IIIスーパーハインド4機の計10機が編隊を組んでデイルス基地に向け帰路を急いでいた。

 

「……ナガト、何だか顔色が悪い……というよりやつれているが、大丈夫なのか?」

 

援軍を送る見返りに妖魔連合国からパラベラムへと譲渡された油田の視察が終わった帰り道、強風に煽られガタガタと揺れるプレジデントホークの機内でフィーネがカズヤのやつれた顔を見て言った。

 

「……あぁ大丈夫だ。気にしないでくれ」

 

「しかし……」

 

油田の視察中にフィーネと別行動した際、連れてきていたメイド達――レイラ、ライナ、エル、シェイル、キュロットからの淫らなおねだりを断りきれずに搾り取られたせいでやつれた顔になっているとは口が裂けても言えないカズヤは言葉を濁す。

 

そんなカズヤを見て、何かナガトの身にあったのだろうか?とフィーネは不思議そうに首を捻っていた。

「それよりも天気がヤバイな……」

 

フィーネの心配をよそにカズヤはプレジデントホークの窓から外を覗き見て誤魔化すように言った。

 

「……あぁ、そうだな」

 

カズヤがあからさまに話題を変えようとしたことに気が付いたフィーネは気を効かせてカズヤの話に乗ることにした。

 

「冬が来る直前のこの時期、ここ一帯はよく荒れるからな」

 

「そうなのか……。じゃあここら辺に住む妖魔族は大変だな」

 

「いや、この辺に妖魔族は暮らしていない」

 

「ん? 何でだ?見る限り自然豊かなただの丘陵地帯だが……」

 

「魔物のせいだ」

 

「……あぁ、そういうことか」

 

フィーネの言葉にカズヤがなるほど。と頷く。

 

「この辺の土地はエルフ達の管理下にあるのだが凶悪な魔物が多すぎて管理しているエルフ達さえも滅多に立ち入らない場所と聞く。つまり帰らずの森と一緒だな」

 

ふーん、もったいないな。まぁ手付かずの自然があるってのもいいか。

 

カズヤがフィーネの説明を聞いて何気なく視線を地上に向けた時だった。

 

あれ、なんか動い――ッ!!

 

地上の森の中に動く物を見つけたカズヤは息を飲み凍り付く。

 

「緊急回避!!右旋回!!」

 

「っ!?」

 

「キャア!?」

 

カズヤの突然の叫びにも関わらずプレジデントホークのパイロットは素早く反応して指示通りに操縦桿を右に捻りエンジンペダルを思いっきり踏み込んだ。

 

それによりプレジデントホークが暴れ馬のように跳ね上がり機体が大きく揺さぶられる。

 

その直後、今さっきまでカズヤ達が乗るプレジデントホークのいた場所を大量の魔力弾が通り過ぎた。

 

「敵だっ!!クソッ――」

 

急な右旋回により大きく揺れている機内でカズヤが敵を睨み付けながら叫んだ。

 

「――なんでこんな所に魔導兵器がいるんだ!!」

 

カズヤ達を襲った正体は“羽”のような物を背中に取り付けた無数の魔導兵器だった。

 

改良が施され空を飛べるようになった魔導兵器達は獲物であるカズヤが乗ったプレジデントホークが真上に来た瞬間、潜んでいた森の中から魔力弾を一斉に放ち奇襲が失敗したのを見るや否やすぐさま空に舞い上がり護衛機はおろかレイナやライナ、エルが乗るもう1機の全く同じ機体であるはずのプレジデントホークにも目もくれず“カズヤ達の乗る”プレジデントホークにだけ執拗なまでの攻撃を仕掛ける。

 

「アーミー1よりHQへ!!敵の奇襲を受けた!!」

 

『……』

 

「HQ!?応答しろ!!」

 

『……』

 

「駄目です!!応答なし!!」

 

「チクショウ!!こんな時に!!」

 

アーミー1のパイロットや他の機体のパイロットが盛んにHQに連絡を取ろうとしたが電波障害のせいなのか繋がらなかった。

 

増援の要請を諦め、集中攻撃を受けるプレジデントホークを守ろうと地上から湧き出てくる魔導兵器に対し護衛のAH-64DとMi-24/35Mk.IIIスーパーハインドから機関砲や対空ミサイルが放たれ数機の魔導兵器を撃破するものの、その程度では敵の勢いは止まらない。

 

そうしている間にもカズヤの咄嗟の判断で初撃を辛うじて避け続々と空に上がってくる魔導兵器の集中攻撃もなんとか回避していたプレジデントホークだったが遂に被弾。機体尾部にある小型の回転翼――テイルローターに魔力弾が命中しテイルローターが吹き飛んだ。

 

『っ!!アーミー1が被弾した!!』

 

『嘘だろ!!』

 

『そんな!!あの機体には総統が乗っているのよっ!!』

 

カズヤ達のプレジデントホークが被弾した直後、護衛機のパイロット達の悲鳴にも似た声が飛び交う。

 

「クソッタレ!!」

 

「メーデー、メーデー、メーデー!!こちらアーミー1!!敵の奇襲を受けテイルローターに被弾!!墜落する!!繰り返す!!アーミー1被弾!!墜落する!!」

 

テイルローターをやられ黒煙を噴きながらクルクルとコマのように回転し地上に落下していくプレジデントホークの機内では機体の異常を知らせる耳障りな警報音が鳴り響き2人のパイロットが必死に機体を安定させようと機器を睨み、操縦桿にしがみつきながら叫んでいた。

 

「衝撃に備えろ!!」

 

強烈な横Gが襲い掛かってくる機内でどんどん近付いてくる地面を見ていたカズヤはフィーネ達にそう叫ぶ。

 

よし!!このまま行けば森の中に落ちる!!

 

手摺にしがみつきながらカズヤが機体の落下地点を冷静に見極めている時だった。機体が突然見えない力に押されたように向きを変えあろうことかポッカリと細長い口を開けている地面の割れ目――奈落の底へ通じていそうな黒々とした谷に向かって落下し始めた。

 

何でだ!?

 

突然機体の落下していく向きが変わったことにカズヤが驚いている間にも機体はまるで何かに操られているかのように谷へ向かって墜ちていき遂に機体は谷の中に吸い込まれた。

 

クソッこんな所でっ!!

 

細く深い谷の切り立った断崖絶壁に何度も何度もぶつかり上下左右関係なくグルグルと回転しながら谷底に落ちていく機内でカズヤは最後に迫り来る谷底を目にした所で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「アーミーワン墜落!!墜落した!!」

 

アーミー1を撃墜し次はお前達だとばかりに襲い来る魔導兵器の攻撃を避けながらアーミー0の機長が叫んだ。

 

『そんな、まさかっ!?』

 

『ッ!!……クソがぁーー!!』

 

『そんな……いやぁ、いやぁーー!!』

 

命に代えてでも守るべき人が乗った機体を目の前で落とされパイロット達の憤怒に燃える声や悲鳴が無線を通して響き渡った。

 

「……クソッ!!アーミーゼロより各機、直ちに現空域を離脱するぞ!!」

 

この場に残っている中で最上級の階級を持つアーミーゼロの機長が苦虫を大量に噛み潰したような顔で苦渋の決断を下し生き残ったヘリのパイロット達に指示を出す。

 

『離脱するだと!?総統を見捨てるつもりか!!』

 

『ふざけないで!!閣下を見捨てて逃げ帰れというの!?』

 

アーミーゼロの機長の指示に他のパイロット達から一斉に反論の声が飛ぶ。

 

「黙れっ!!」

 

『『『『っ!?』』』』

 

機長の一喝にパイロット達が息を飲む。

 

「状況を考えろ!!俺達がここに居てもどうにもならん、ただ敵の数に押されて落とされるだけだ!!」

 

機長の言うようにアーミーワンを撃墜した直後から攻撃対象を護衛機に変更した魔導兵器達によって既にAH-64Dが1機、Mi-24/35Mk.IIIが2機落とされていた。

 

さらに機長の判断が正しいことを指し示すように、こうしてパイロット達が会話している間も各機は反撃もままならずハエのようにたかってくる魔導兵器から必死に逃げ惑い回避運動を行っているだけだった。

 

『ならせめて離脱する前に俺達を降下させてくれ!!』

 

突然、Mi-24/35Mk.IIIに乗っている親衛隊の隊員が無線に割り込んだ。

 

「駄目だ!!」

 

『何故だ!!』

 

「だから状況を考えろと言っている!!お前達がパラシュート降下をするには高度が低すぎる!!」

 

『なら直接!!』

 

「バカかお前!!お前達を降ろすために機体を低空でホバリングさせてみろ確実に機体は落とされるぞ!!俺達に今出来る事は一刻も早く増援を呼びにデイルス基地に戻る事なんだ!!分かったか!!」

 

『……クソッ!!了解した!!』

 

『……了解……』

 

機長の問い掛けにパイロット達は様々な思いを抱きつつも従った。

 

「よし、これより全機離脱する!!」

 

機長がそう言って魔導兵器の追撃を振り切りデイルス基地に向かおうとした時だった。

 

――ガラッ!!

 

突然、後ろから機体の扉を開く音が聞こえた。

 

それに驚いた機長が後ろを振り返ると同時に乗っていたレイナとライナ、エルがなんとプレジデントホークから飛び降りてしまった。

 

「まっ――クソ!!」

 

『嘘だろ!?アーミー0から誰か飛び降りたぞ!!』

 

『なんですって!?』

 

「こちらアーミー0!!乗っていた総統のメイド達が飛び降りた!!」

 

『『『はぁ!?』』』

 

『ど、どうするんだ!?』

 

「どうするもこうするもない!!もう回収は不可能だ!!」

 

機長が呼び止める間もなく空に飛び出して行った3人は自力で飛ぶことが出来ないエルをレイナとライナが支えながら地上に向かって飛んでいってしまった。

 

「クソッ!!」

 

危険を省みず飛び出して行った3人とは対象的に自分達は、ただ逃げ出す事しか出来ないという事実に言い様のない無力感と苛立ちを感じながらも機長は救援を呼ぶために必死にデイルス基地に向け飛行を続けた。



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13

……もっと文章力が欲しい

(´-ω-`)


デイルス基地にある司令部の一室でパラベラムと妖魔連合国の今後の協力体制について千歳とアミラが言葉を交わしていた。

 

「……ん?」

 

なんだ?この言い様のない妙な胸騒は……。

 

「どうかしたのかい?」

 

話し合いの途中、千歳が不意に視線を窓の外に移したことに気が付いたアミラが千歳に問い掛けた。

 

「……いや、何でもない話を続けよう。それでそちらの希望としては妖魔連合国内における我が軍の更なる増強を望むということだが、相違ないか?」

 

なんの前触れもなく胸をギュッと締め付けるような強烈な違和感を感じた千歳。

その言葉では言い表せない物を感じながらも千歳は話を元に戻した。

 

「あぁ、そうだよ。……チトセも知っているだろう、妖魔軍の状態を」

 

「……あぁ」

 

「チトセ達が来てくれたお陰で半滅状態に陥っていた妖魔軍は再編成出来たものの、その大半が新兵達で練度と士気も低い弱卒揃い……帝国軍の残党狩りですらやっとの状態。そんな状態で今また帝国軍の攻勢を受けたら今度こそあたし達は皆殺しにされる。だからこそ帝国軍に対する牽制として駐留軍を増やして欲しいんだよ」

 

「ふむ……。デイルス基地の軍備を増強することは可能だが……」

 

「本当かい?」

 

千歳の返答にアミラが安心したようにホッと安堵の息を漏らす。

 

「あぁ、基地の拡張が必要になるが歩兵が1〜2万。戦闘車両が1000両、航空機が500機程増強出来る、出来るが」

 

しかし千歳は意味ありげに言葉を区切る。

 

「我々にとっての利益がない」

 

「「「……」」」

 

千歳の言葉にアミラやアミラの家臣達が黙りこみ部屋の中に沈黙が流れる。

 

「ご主人様は心が広く慈悲深い方だ。だからこそ帝国軍を排除した後、同盟国である貴国の復興支援に無償で手を貸し難民達にも食糧を配給している。だがいくら同盟国だからと言ってもこれ以上の支援を無償で求められても困る」

 

……最もどこかのクソッタレな国は対価を支払う事もなく厚かましいことに更に支援をしろと喚いているがな。

 

とある国に対しての憎悪の炎を胸の内で燻らせながら千歳はそんな事を考えていた。

 

「もちろんこちらとしても対価は払うつもりさ、だけどねぇ……うちにあるものでチトセ達が欲しがりそうな物がないからねぇ。前に対価として提案した土地や鉱山、追加の燃える水――油田だったかい?油田も要らないんだろ?」

 

アミラががしがしと頭を掻きながら困ったように言う。

 

「あぁ、そうだ。土地は本国から離れすぎているし鉱山はカナリア王国にあるのを買い取ったからな。油田も既に譲渡された分で足りている」

 

「うーん他の対価ねぇ、対価……対価………………………………………………………………………………………………女?うん、そうだ。女がいいねカズヤに女を――」

 

「いらんっ!!」

 

腕を組み、悩んだ末にアミラが口にしようとした提案を最後まで言わせずに千歳は切り捨てた。

 

「……最後まで聞いてくれてもいいじゃないか……」

 

「ふんっ!!ご主人様にどこの馬の骨とも知れない雌豚――ゴホンッ!!女を近付けさせるなど言語道断だ!!それよりも軍の増強の対価が女では釣り合わんだろ!!」

 

「……それもそうだねぇ。さてどうしようか」

 

うーん、やっぱり今のうちにあの“計画”を進めないとマズイね……。

 

千歳の激昂する姿を横目にアミラは密かに進めていた計画の早期の実現が必要だと考えていた。

 

そうして駐留軍の増強を行ってもらう代わりに支払う対価のことでアミラ達が頭を悩ませている時だった。

 

「し、失礼します!!」

 

パラベラムの親衛隊所属のバンガス大佐が血相を変えて会談の行われている部屋に駆け込んで来た。

 

「大変です!!千歳副総統!!」

 

「何があった?落ち着いて報告しろ」

 

尋常ではないバンガス大佐の慌てぶりを見て千歳がバンガス大佐に落ち着くように言った。

 

「は、はいっ!!今から約30分程前に総統閣下の乗ったヘリが“羽”のような物をつけた魔導兵器の襲撃を受け、げ、撃墜されたとの報告がアーミー0から入りましたっ!!」

 

「……………………えっ?」

 

…………ご主人様の乗ったヘリが……墜ちた? ……こいつは……一体……何を言っているんだ?

 

「な、なんだって!?それは本当なのかい!?」

 

「そんなまさか!?」

 

「誤報ではないのか!?」

 

バンガス大佐が言った言葉を聞いて千歳は、バンガス大佐が何を言っているのか理解出来ずにただ呆然とし、アミラは驚きのあまり思わず席から立ち上がりこの会談に参加していたパラベラムの側の人間は色めき立つ。

 

「本当のことですっ!!誤報などではありません!!本日14:30(ヒトヨンサンマル)時頃、油田の視察が終わった帰り道で帝国軍所属と思われる飛行型魔導兵器の待ち伏せを受け総統閣下の乗った機体と護衛機が3機の計4機がケルン丘陵地帯に墜落!!総統閣下の乗った機体は丘陵地帯の谷に墜ちた模様!!」

 

――ピクリ。

 

「っ!?」

 

……どういうことだ?

 

バンガス大佐兵の報告をただ呆然と聞いていた千歳が『総統閣下の乗った機体と護衛機が3機の計4機ケルン丘陵地帯に墜落』の部分に反応した。

 

「ケルン丘陵地帯だって!?マズイ、あそこは魔物の巣窟だよ!?ってそれよりカズヤは無事なのかい!?」

 

「HQとの連絡が取れず圧倒的劣勢に陥った護衛部隊が当該空域から離脱したため総統閣下の生死は不明!!また総統閣下と同じ機体に乗っていたパイロット2名とフィーネ・ローザングル殿、総統付きメイドのシェイルとキュロットの生死も確認出来ていません!!なお、撃墜された護衛機のパイロットについては機体からの脱出が確認されておらず戦死したものと思われます!!」

 

「フィ、フィーネもその場に……!?そんなっ!!」

 

っ……なんてことだい……。カズヤの側に置いて置くのが安全だと思ったのが裏目に出ちまったね……。

 

頼むから生きてておくれよフィーネ!!カズヤ!!

 

自分の娘が墜落したヘリに乗っていたと聞いてアミラはへなへなと力なく席に腰を落とし、自分にとって無くてはならない2人の生存を心から祈った。

 

「またアーミー0と護衛部隊が当該空域を離脱する際にアーミー0に搭乗していた総統付きメイドのレイラ、ライナ、エルの3名が独断でヘリから飛び降り総統の救援に向かった模様、その後の消息は不明です!!」

 

「「「「……」」」」

 

バンガス大佐の報告が終わると部屋の中は絶望感に包まれ誰も声を出さず、まるで世界から音が無くなってしまったように静かになった。

 

「アーミー0……ご主人様が乗っていなかったもう1機のプレジデントホークは無傷なのか……?」

 

沈黙を最初に破ったのは千歳だった。

 

「えっ?あ、は、はい!!アーミー0は無傷であります!!」

 

席を立ち、俯きながらゆらりゆらりと体を左右に揺らしゆっくりと近付いてくる千歳の様子に首を傾げながらバンガス大佐が答えた。

 

「なぜだ?」

 

「は?なぜと言い――ガッ!?」

 

「なぜご主人様が乗っている機体が敵にバレているのだっ!!」

 

千歳の質問の意味が分からずに聞き返そうとしたバンガス大佐の襟元を千歳が掴み空中に持ち上げた。

 

「ぐっ!?い゛、い゛ぎがでぎっ!!」

 

「千歳副総統!?お止めください!!」

 

千歳が突然、バンガス大佐を吊し上げたため周りにいたパラベラムの兵士達が慌て千歳を羽交い締めにする。

 

「ゲホッ、ゲホッ!!し、死ぬかと思った!!」

 

千歳の手から逃れたバンガス大佐は床に尻餅をつき目尻に涙を溜め咳き込む。

 

「えぇい放せ!!同型機だぞ!?アーミー1とアーミー0は内観も外観も全く同じの同型機だぞ!!アーミー0が無事に逃げおおせたということは!!ご主人様がアーミー1に乗っている確証が敵にあったということだ!!なぜ敵に情報が漏れているんだっ!!」

 

「っつ!?た、確かに……って、わ、分かりました!!分かりましたから千歳閣下!!落ち着いて下さい!!今は、今は総統閣下の救出を最優先に行わなければ!!」

 

アーミー0が無事だと聞いて千歳は最重要機密であるはずのカズヤの行動予定や乗っている機体が敵にバレていたことを悟り激怒していた。

 

「っ!!そうだ!!ご主人様!!デイルス基地の動ける部隊はすべて出せ!!直ちにご主人様の救助に向かう!!」

 

「了解し――」

 

「ダ、ダメです!!副総統!!」

 

――ギロッ!!

 

「何だと!?」

 

カズヤの救出に向かおうとした千歳の言葉をバンガス大佐が遮った。

 

「ヒッ!!そ、総統閣下の乗ったヘリの墜ちた空域は現在大嵐になっており、視界不良のため嵐が止むまで航空機は近付く事が出来ませんっ!!」

 

千歳の鋭い眼光を受けたバンガス大佐は怯えながらも何とか最後まで言いきった。

 

「そんなこと知ったことかっ!!」

 

「で、ですが今出撃しても視界不良で総統閣下の墜落した場所にまで辿り着けません!!下手をすれば無駄に戦力を失うだけです!!」

 

「構うものか!!いくら戦力を失おうが雨が降っていようが槍が降っていようが視界不良で何も見えなかろうが何としてもご主人様を助け出すっ!!出撃準備を急がせろ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

カズヤが既に死んでいるかも知れないという可能性を一片足りとも考えずにバンガス大佐の説得を無視して千歳は出撃の強硬を指示した。

 

「あたしも連れていってもらうからね」

 

千歳の決断を聞いて今まで黙っていたアミラが言った。

 

「あぁ……、好きにしろ」

 

こうしてデイルス基地のひいてはパラベラムの全兵力を投入してのカズヤ達の救出作戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「っ……たす……かったのか?」

 

ゴツゴツした硬い岩の上に仰向けで倒れていたカズヤは降ってくる雨に頬を叩かれ目を覚ました。

 

……なんだ、これ……。

 

目を覚ました直後は、霧がかかったようにぼやけていた視界もカズヤの意識がはっきりとしていくのにつれて徐々に鮮明になっていく。

 

「っ!!ハ、ハハッ、そう、いう……こと、かよ……クソッタレ!!」

 

 

 

[神の試練・第二]

魔物達の棲まう谷底から生還せよ!!

 

※なお試練が終了するまでは[戦闘中]と見なし召喚能力は使えません。

 

 

はっきりと物が見えるようになり、目の前に勝手に出ていたウィンドウ画面の文字を読みカズヤはヘリの落下途中に突然向きが変わった理由を理解した。

 

クソ神め、やってくれるっ!!

 

そして神の介入により谷底に突き落とされたこと。更に召喚能力を封じられたことに対してカズヤは悪態を吐いていた。

 

っっっ!!とりあえず……今は……はぁ、はぁ、体を……足は動く。腕は、くっ!!イテェ!!左腕が折れてる……。後は……クソッタレ……。あばら骨が何本かと、脇腹に……刺さってるな、これ……。

 

「カハッ!!チクショウ、痛てぇ……」

 

ウィンドウ画面を消し、谷底に落下した衝撃でヘリから放り出され岩に叩き付けられた自分の体の異常を調べていたカズヤは折れている左腕とあばら骨。そしてプレジデントホークの機体の一部であろう細長い鉄片が突き刺さっている右脇腹を庇いながら岩の上からゆっくりと起き上がった。

「どれくらい意識を失っていたんだ俺は……いや、それよりみんなは……」

 

痛みを堪えながらカズヤは辺りを見渡す。

 

「っ!? クソッ!!」

 

自分が横たわっていた場所から20メートルほど離れた位置に横倒しになって転がっているボロボロのプレジデントホークを見つけたカズヤは覚束無い足取りでヘリに近付いた。

 

「シェイル、キュロット!!」

 

カズヤが身体中から発せられる痛みを堪えながらヘリに近付く途中に自分と同じ様に機内から放り出されのか地面に横たわっていたシェイルとキュロットを見つけた。

 

「…………っ……ごしゅ……じん、さま……?…………良か、った、ご無……事で……」

 

カズヤの呼び掛けにシェイルが、消え入るような掠れた声で答えた。

 

「大丈――ではないな……」

 

2人に大丈夫か?と問い掛けようとしたカズヤだったがシェイルは全身、特に下半身――蛇の体から夥しい量の血を流しキュロットは首があらぬ方向を向き糸の切れた操り人形のように横たわっているのを見て最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

「これ……し、きの…っ…傷っ、なんとも……あり、ませんっ…くっ…。ですが……キュ、ロットは…うっ…もうっ……」

 

「……言うな……分かっているっ……」

 

 

グッと下唇を噛みしめ沈痛な表情を浮かべたカズヤはまずキュロットの側に寄りキュロットの見開いたままだった目をソッと手で閉じてやり名残惜しそうに頭を優しく撫でて別れを告げた後、キュロットから2メートルほど離れた場所にいるシェイルの側に行きシェイルの体に手を翳した。

 

「まってろ、今傷を治してやるからな……」

 

大量の血を流し顔面蒼白になっているシェイル。

 

そんなシェイルを助けるには自分の持つ完全治癒能力を使うしかないと判断したカズヤは、傷のせいだろうかなかなか思うように使えない完全治癒能力でシェイルの傷を治そうとした時だった。

 

「お……待ち、下、さい……、ご主人、様……っ……私、は、いい……ですから、フィー…ネ様を……」

 

完全治癒能力を使おうとしたカズヤを押し留めシェイルが横たわるプレジデントホークの方を指差す。

 

「あぁ……そんな、嘘だろ……クソ」

 

シェイルの指し示した方を見たカズヤは思わずそんな言葉を漏らし顔を伏せた。

 

……どうしろってんだ。畜生!!

 

先程までは岩の影になっていて見えなかったがフィーネは横倒しになっているプレジデントホークの機体の下敷きになっていた。

 

太ももから下を完全に潰されているフィーネは潰れた両足から流れ出した血の海に沈んでいる。

 

その姿を見たカズヤはシェイルかフィーネどちらかの命を諦めなければならないことを悟った。

 

そして瞑目し数瞬、悩んだあとカズヤは苦渋の決断を下した。

 

「……シェイル……俺は今完全治癒能力がうまく使えないせいで多分……1人を救うので精一杯だ。だからっ………お前を……救う…ことが……」

 

「…そう…です、か……構い、ません……私……よりも、フィーネ……っ……様を、優先、し……てくださ……い」

 

「……すまないっ……」

 

悲痛な顔でカズヤは見殺しにしてしまうシェイルに謝った。

 

「お気……に、なさらず、に、ご主……人様……はぁ、はぁ、元より、この、命は、ご主人様…っ…に救って、頂い……た物、ここで、散……ろう、とも、構い、ま……せん」

 

「そうか……っ……今までありがとう」

 

「その、言葉を……頂け、た……だけで、私は…………………………………」

 

カズヤの言葉に感極まったように瞳からポロポロと涙を流し、嬉しそうな笑みを浮かべシェイルは息を引き取った。

 

「く……そっ!!……」

 

安らかな眠りについたシェイルの前で膝を着き拳を握り締め歯を食い縛りながら雨に打たれているカズヤの頬には次々と滴り落ちていく雨水に混じり流れの途切れることがない一筋の水流があった。

 

「――――――――ッ!!」

 

そして言葉にならない咆哮を上げたあとカズヤは目をゴシゴシと擦りシェイルの傍から離れシェイルの死を無駄にしないため急いでフィーネの元に向かった。

 

 

 

……温かい、溶けてしまいそう。

 

まるで胎児になって母親の胎内にいるかのような、ぽかぽかとした心地よい温かさに包まれていることに気が付きフィーネは意識を取り戻した。

 

「……ぁ」

 

「気が付いたか?」

 

フィーネがうっすらと目を開くと目の前にカズヤの顔があった。

 

「……カズヤ?私は……ぐっ!!」

 

カズヤに膝枕をされていたフィーネが起き上がろうとした瞬間、体がふらつき目の前が真っ暗になった。

 

「まだ動くな、血を流し過ぎてる」

 

「な……に?一体それは……どういう……っ!?」

 

フィーネがカズヤの言った言葉の意味を問い掛けながら視線を下に向けるとあることに気が付いた。

 

「なんで?……私……」

 

元々は丈が長く、胸元が大きく開いた大胆なチャイナドレスのような服を着ていたフィーネだったが、今は股の下ギリギリから引き千切ったようにチャイナドレスの丈が異常に短くなり(無くなり)白い下着が見え隠れしていた。

 

……なぜ、服が……こんなに……無くなって……いるの?

 

思考がうまく働かない中でフィーネはそんな姿で自分が横たわっていたことを疑問に思った。

 

そして周りをゆっくりと見渡していたフィーネはあることに気付いてしまった。墜落したヘリの場所から大きな岩が積み重なって出来た、今自分がいる岩影の場所まで続く二筋の赤い血の痕の事に。

 

「カ、カズヤ……」

 

「……なんだ?」

 

「あ、あの血の痕はなんなの?」

 

「知らない方がいい……」

 

弱々しい声で問い掛けてくるフィーネの質問にカズヤが暗い顔で答えた。

 

「いい……から言って、薄々分かっているから貴方の口から……お願い……」

 

「……。ヘリの下敷きになっていたローザングルを助けるために足を切断してここまで引っ張った時に出来た血の痕だ。服の丈が短くなっているのもそのせいだよ」

 

「っ……やっぱりそう……でも今、足があるということはカズヤが……治してくれたの?」

 

「あぁ、そうだ――うん?っミーシャ大丈夫か!!」

 

「あっ……待っ……」

 

フィーネの問い掛けに答えていたカズヤはプレジデントホークのコックピットの窓から足を引き摺りながら這い出してきたパイロットのバラノフ・ミーシャ大尉の姿に気が付きフィーネをその場に残してミーシャを迎えに行った。

 

行っ……ちゃった…………さ、むい……寒い…………あの……ぬくもりが…ないと……私は……カズヤが………居ないと………それに…私の…………足…………カズヤに…………お礼……しなきゃ……カズヤ…………カズヤに……カズヤ…カズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤカズヤ………………私の……命の…恩人………………大事な……人………………愛しい…………人…………私……だけの…………愛しい人…………ダレニモ……ワタサナイ。

 

カズヤの完全治癒能力の副作用の影響をまともに受けたフィーネは透き通った瞳の中に独占欲に満ちた仄暗い澱んだ光を灯していた。

 

 

 

「おっと!? ぐっ……だ、大丈夫かミーシャ?」

 

カズヤの姿を見るなり地面に崩れ落ちそうになったミーシャをカズヤは慌てて抱き止めたがその際の衝撃が脇腹の傷に響きカズヤは顔を苦痛に歪める。

 

「良かった……本当に……良かった、カズヤ様にもしものことがあったらと……」

 

カズヤが顔を苦痛に歪めたことには気が付かずにミーシャはカズヤにしがみつきながら安堵の涙を流していた。

 

「っ……しっかりしろミーシャ、泣くのは後だ。怪我はしていないか?古鷹少佐はどうした?」

 

「グスッ……はい、すみません。私は右足が折れているみたいです。古鷹少佐は……駄目でした」

「そうか……とりあえず応急処置をしよう」

 

「ズズッ……いえ、私の事などどうでもいいです。それよりカズヤ様こそお怪我などは?」

 

「俺か?俺は左腕とあばらをやられた」

 

ミーシャの問い掛けにカズヤは心配をかけまいとして脇腹の怪我のことを伏せて答えた。

 

「っ!?も、申し訳ありません!!」

 

カズヤの左腕とあばらが折れていると聞いてカズヤに寄り掛かっていたミーシャは慌てて離れた。

 

「いいから、黙って肩を貸せ1人じゃ歩けないだろうが」

 

「ひぅ!!わ、分かりました」

 

しかし、慌てて離れたミーシャをカズヤは強引に引き寄せ、どこか嬉しげに赤面しているミーシャに肩を貸してフィーネのいる岩影まで2人で歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ?

 

薄暗い自室で武器や装備品を身に付け出撃準備を整えながら千歳はある場所に連絡を取った。

 

「私だ。今の状況は理解しているな?あぁ、そうだ。分かっているなら構わん。ICBM、SLBMの発射準備を直ちに行え弾頭は核、目標はエルザス魔法帝国全土、発射コード09952158。発射命令を待て」

 

受話器を叩き付けるようにして元に戻し怒りに震えながら鬼のような形相で千歳は吐き捨てた。

 

「ご主人様に……もしもの……ことが、あってみろ……全て……焼き尽くしてやる」

 



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14

降りしきる雨の中をカズヤがミーシャの肩を支え、二人三脚でゆっくりと歩いていた。

 

「よっこら……せっと。ふぅ……」

 

「っ……申し訳ありません……カズヤ様もお怪我をなされているというのにお手を煩わせてしまい」

 

「あぁ、そんな事は気にしなくていい。さてと、ヘリから使える物を持ってくるか」

 

右足を辛そうに引き摺るミーシャを支え岩影に連れて行きソッと優しく地面に腰掛けさせるとカズヤはすぐに踵を返しプレジデントホークから使える物を取ってこようとする。

 

「えっ!?わ、私が行きますか――っう!!」

 

カズヤの言葉に驚いたようにバッと顔を上げ立ち上がろうとしたミーシャだったが右足に走った激痛のせいで立ち上がる事が出来ずに座り込んでしまった。

 

「ミーシャ……いいから大人しく待っていろ、分かったな?」

 

「はい……申し訳ありません……」

 

カズヤの諭すような、それでいて強制力を持つ声にミーシャは落ち込んだように肩を落とし硬い地面に座り直した。

 

「じゃあ行って――」

 

「待って…カズヤ……さむ…いの…早く、こっちに来て……」

 

プレジデントホークから何か使える物を取ってこようとしたカズヤをフィーネが呼び止めた。

 

「えっ、あぁ、分かった。すぐに戻って来るから少しだけ我慢してくれ」

 

どこかぼんやりとした表情で寒さを訴え、何かを求めるようにこちらに向けて手を伸ばしているフィーネ。

 

そんなフィーネの姿にカズヤは雨に濡れたせいで凍えているのだと思い痛む体に鞭を打ち岩影から出て雨に打たれながら急ぎ足でプレジデントホークの元に向かった。

 

……また、行っちゃった……早く……早く、カズヤ……貴方の――。

 

雨に濡れたせいで凍えていたのではなく、ただ単にカズヤの温もりを欲していたフィーネはまた遠ざかっていくカズヤの後ろ姿に深い絶望を感じていた。

 

 

 

「っと、イテテ……畜生」

 

激しさを増す豪雨の中を進みプレジデントホークの元に辿り着いたカズヤは横倒しになっているプレジデントホークによじ登り吹き飛んでどこかへ行ってしまった側面ドアのあった場所から機内に侵入した。

 

「確か座席の下に緊急用のサバイバルキットかなんかがあったはずだよな……おっ、ビンゴ!!」

 

特別に頑丈に作られていたにも関わらず墜落時の衝撃でめちゃくちゃになっている機内でカズヤは各座席の下に常備されているサバイバルキットを次々と引っ張り出した。

 

「うん?なんだこれ……」

 

蓋代わりの座席のシートをパカッと開きサバイバルキットを取り出していたカズヤは自身が座っていた座席の下にあったサバイバルキットの更に下にまるで隠すように入れられていた緑色の液体が入った小瓶を見つけた。

 

……誰が入れたんだこれ?というよりなんだこれ?

 

小瓶を揺らしチャプチャプと音を立てる緑色の液体をまじまじと眺め、首を捻っていたカズヤの疑問は瓶に張り付けられていた小さい紙によって解かれた。

 

「うん?なになに……どんな怪我にも良く効く(カズヤ様専用の)魔法薬です。万が一の事があればこれをお使い下さい。カズヤ様の忠実なる雌奴隷セリシアより……使用上の注意。カズヤ様専用の魔法薬のためカズヤ様以外の人が使っても効果はありません」

 

………………あいつ、これをどうやってここに入れたんだ?まぁいい何にせよありがたい。

 

セリシアの手によって、いつの間にかこっそりと機内に忍び込ませられていた魔法薬に頭を悩ませながらもカズヤは好都合だとばかりに魔法薬を使うことにした。

 

「ふぅ……やるか……。――グッ!!イデデッ!!クッソ痛ェ!!」

 

用法を確かめ魔法薬を使う前にカズヤはまず脇腹に刺さっていた細長い鉄片を両手でしっかりと握り一思いに一気に引き抜く。

 

グジュリという音と共に引き抜かれた鉄片を投げ捨てたカズヤは魔法薬の半分程を傷口に直接ぶちまけた。

 

「ぐうっ……はぁはぁ、んむっ、ゴクッゴクッ……ぷはぁー……にげぇ」

 

そして残りの魔法薬を全て飲み干し魔法薬の余りの苦さに顔を思いっきりしかめた。

 

「あぁクソ、痛かった……」

 

手荒な処置を終えて一息ついたカズヤは改めて傷口を見てみた。

 

効果抜群だな……。これだったら激しく動いたりしない限り大丈夫そうだ。

 

魔法薬の効果が早速表れたのか脇腹の傷は完全にではないものの既に塞がり始めていた。

 

っと、早く戻らないとな。

 

傷の応急処置を終えカズヤはサバイバルキットの他にも武器や使い物になりそうな物をかき集めるとそれらを抱えフィーネとミーシャの待つ岩影に急いで戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

荒れてきたな……。

 

鳴りやまない雷やザァザァと叩き付けるような激しい雨、それにくわえて吹き荒れる冷たい暴風をカズヤ達3人は寄り添いながら岩影の下で小さな焚き火を囲み暖を取っていた。

 

3人はびしょびしょになっていた濡れた服を全て脱ぎ焚き火で乾かしている間、カズヤがプレジデントホークから取ってきたサバイバルキットの中に入っていた銀色の保温シートを被り嵐が止むのをただじっと待っていた。

 

この嵐だ。敵もすぐにはやって来ないだろうが……早いとこ移動しないとな魔物共のこともあるし。

 

先のことを考えながらカズヤは視線を下に向けた。

 

「ん……カズヤぁ……」

 

カズヤの膝の上には安心しきった顔でスヤスヤと寝息をたてゴニョゴニョと寝言を洩らすフィーネがいた。

 

なんだか……子猫みたいだな。

 

以前のフィーネからは到底考えられない無防備な姿を晒しカズヤに体を預けるようにして寝ているフィーネ。

 

その寝顔を見て苦笑しながらカズヤはフィーネのサラサラとした手触りのいい長い赤毛の髪を撫でていた。

 

……急に態度が変わったのはやっぱり完全治癒能力の副作用なんだろうか?

 

名前もローザングルは止めてフィーネって呼べって言ってたし。

 

ずっと素っ気なかった猫が急にすりよって来たようなそんなフィーネの様子にカズヤが完全治癒能力の使用について制限をつけるか否か。と悩んでいた時だった。

 

「……カズヤ様、これからいかがいたしましょう?」

 

保温シート越しにピッタリと体をくっ付けカズヤの肩に頭を乗せ、まるで恋人のように寄り添うミーシャが暗い顔で言った。

 

「とりあえず雨が止んだら移動だな。で、どこか安全な場所を見つけて救助を待つ。幸いにして水も食料も確保出来ているし武器の類も大量にあるから帝国軍や魔物が来ても多少は大丈夫だろう」

 

そう言ってカズヤは自身がプレジデントホークから取ってきた武器に視線を送った。

 

まず俺の軍刀が1本、フィーネの直刀――片刃のロングソードが1本、サバイバルナイフ5本、コンバットナイフ2本。

 

それにM320グレネードランチャーが1丁。弾は高性能炸薬弾、多目的榴弾、空中炸裂弾、散弾、照明弾、催涙弾、発煙弾(煙幕展開用)が各3発の計21発。

 

MP7が2丁の予備マガジンが4つ。Five-seveNが2丁と予備マガジンが4つ。ブローニング・ハイパワーが1丁の予備マガジンが3つ。

 

これだけ回収出来たら御の字だな。

 

プレジデントホークに常備されていた武器やカズヤ達が所持していた武器の半分以下でしかないが、ある程度の武器装備品を回収出来たことにカズヤは安堵の息を吐いていた。

 

「敵より早く味方が来てくれますでしょうか」

 

「敵より先に味方が来てくれるよう願うしかないな。……そろそろミーシャも寝ておけ」

 

「いえ、私が起きていますからカズヤ様こそ――」

 

「いいから先に寝ろ」

 

「……分かりました」

 

カズヤの命令に渋々といった様子で従ったミーシャはカズヤの肩に頭を乗せたまま大人しく瞼を閉じると疲れていたせいかすぐに規則正しい寝息をたてはじめた。

 

「……しまった……動けん」

 

フィーネとミーシャに挟まれて座っていたカズヤはミーシャが寝た後に身動きがとれなくなってしまったことに気が付き途方に暮れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

まだ曇ってはいるが昨日の嵐とは比べ物にならないほど穏やかな空が広がっている。

 

「ん……朝?っ!!朝!?」

 

ピチャッ……ピチャッ……という滴の滴り落ちる水音でミーシャは目を覚ました。

 

「も、申し訳ありません!!カズヤ……様?あれ……?――っ!?カズヤ様!?」

 

あろうことかカズヤと寝ずの番を代わることを忘れ朝までぐっすりと眠っていてしまったミーシャは眠る前には確かに隣にいたはずのカズヤの姿が無いことに顔を青くした。

 

「そんなまさかっ!?」

 

カズヤがどこかに行ってしまったのではないかと思ったミーシャは保温シートをバサッと脱ぎ捨て慌てて立ち上がった。

 

「っう!!忘れてた……!!――でも!!」

 

右足が折れていたことを忘れていたミーシャは立ち上がる途中に走った激痛のせいで崩れ落ちるように地面に倒れてしまう。

 

「カズヤ様を――」

 

だがミーシャはすぐに起き上がり岩に手を掛けて支えにすると右足を引き摺りつつもカズヤを探しに行こうと前に進み始めた。

 

「呼んだか?」

 

「えっ?」

 

しかしミーシャの必死の思いを嘲笑うかのように土埃にまみれたカズヤがミーシャの前に姿を現した。

 

「よ、良かった……。まさか、カズヤ様がどこかへ行ってしまったのかと。……どちらへ行かれていたのですか?」

 

「ちょっとな……」

 

墜落時に死亡した3人の埋葬を1人でしていたとは言わずにカズヤは言葉を濁した。

 

「それより……ミーシャ何か着てくれ……その……なんだ……目に毒だ」

 

カズヤの無事な姿を見て安心して胸を撫で下ろすミーシャを前にカズヤは気まずそうにそっぽを向きつつ頬を掻きながら言った。

 

「えっ?――――キャア!!す、すいません!!」

 

保温シートを脱ぎ捨ててしまい全裸になっていたことを忘れていたミーシャは顔を真っ赤に染め上げ胸や秘部を手で隠した。

 

だが慌てて豊満な胸を手で隠したためか手に押さえ込まれた柔らかそうな胸がいやらしくムニュムニュと形を変える。

 

そのことに羞恥心を刺激され更にミーシャが顔を赤くしている時だった。

 

「うぅん……。なんだ騒がしい」

 

ミーシャの悲鳴で目覚めたフィーネが目を擦りながら起きてきた。

 

「あぁーっと、フィーネも何か着てくれ」

 

「? ―――ッ!!」

 

こちらも寝惚けているせいなのか自身が何も着ていないことを忘れ、保温シートを脱ぎ捨てていたため張りのある突き出した挑発的な美乳と何も生えていない秘部を露にしたままカズヤの前に出てきた。

「……………………き、記憶を失えええぇぇぇーー!!」

 

カズヤに言われて自分が全裸だということにようやく気が付いたフィーネは沸騰したヤカンのように顔を赤く染め拳を握り締めプルプルと全身を震わせた後カズヤに襲い掛かった。

 

 

 

「アイタタタ……。怪我が悪化したらどうするんだ」

 

移動するために持てる限りの武器装備品を背負い頬っぺたに真っ赤な紅葉を付けたカズヤは未だに耳まで真っ赤にしているフィーネに抗議の声をあげた。

 

「フンッ!!私の裸を見たのにそれだけで済ませてやったんだありがたく思え!!」

 

カズヤの方を一切見ずにフィーネは恥ずかしさを誤魔化すように強い口調で言った。

 

「だから見たのは悪かったって」

 

「フンッ!!」

 

カズヤの謝罪に耳を貸すこともなくフィーネはソッポを向いたままだった。

 

はぁ〜こりゃしばらくの間、機嫌は直りそうにないな。というか以前の態度に戻ってるな昨日の甘え具合がまるで嘘のようだ。

 

……完全治癒能力の副作用が消えたのかな?考えても分からんが。

 

「カズヤ様、そろそろ」

 

「ふぅ……そうだな出発するぞ」

 

ミーシャに言われてフィーネの機嫌を直すことを諦めたカズヤはそう言うと歩き始めた。

 

……必ず戻って来るからな。

 

歩けないミーシャを背負うフィーネの隣を歩きつつカズヤは墜落したプレジデントホークの側に埋葬した3人にそう誓いその場を後にした。



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15

墜落現場を後にしたカズヤ達は一先ず今いる谷底から脱出しようと地上に上がることの出来る場所がないかどうか探しながら歩いていた。

 

……静かすぎる。

 

歩き始めてから15分。ぬかるんだ泥とゴツゴツした岩しかない険しい谷底を歩きながらカズヤは周囲に気を配りつつそう思った。

 

「……フィーネ、ここら辺は本当に魔物が多いのか?」

 

「えぇ、そう聞いているのだけれど……」

 

歩けど歩けど一匹足りとも姿を現さない魔物。

 

そのことにカズヤ達が逆に不安を感じている時だった。

 

谷底が円状に広がり広場になっている場所にカズヤ達が入り込みその半ばまで進んだ瞬間、空気が変わった。

 

「フィーネ、止まるんだ」

 

「……言われなくても分かっている」

 

……クソッ、おいでなすった!!

 

広場の半ばまでカズヤ達が入り込むのを待っていたのか、岩や岩壁に張り付いて擬態していたヒヨケムシやウデムシ、そこかしこにある洞穴のような巣穴から這い出してくるカマドウマやヤスデによく似た不快害虫のような姿の大小さまざまな昆虫型の魔物――バグ達がカズヤ達を喰らおうとゾロゾロと姿を現す。

 

更に泥の中からもブヨブヨとした体を持ち、口となる部分に鋭利な牙を無数に生やしたワームが現れカズヤ達に向かってゆっくりと近付き始めた。

 

そして大量の魔物に囲まれてしまったカズヤ達は絶対絶命の危機に晒されることとなった。

 

「……気持ち悪いのが大量に出てきたな」

 

「うっ……」

 

「ひぅ!?カ、カズヤ様……マズイですよ……」

 

姿を現した気持ち悪い魔物達を見てカズヤ達は三者三様の反応を示す。

 

ヤバイぞ、数が多い。

 

退路を失い取り囲まれていることを悟ったカズヤはミーシャを背負っているフィーネと背中合わせになりお互いの死角を無くした。

 

「……っ!!……っ!!」

 

「? フィーネどうした?」

 

魔物達に視線を向けたままカズヤは先程から何も喋らなくなってしまったフィーネに声を掛けた。

 

「………………」

 

「どうしたんだ?――って、まさかフィーネ、お前……」

 

返事が帰ってこないことを疑問に思ったカズヤが思わず振り返ると青ざめた顔で今にも倒れてしまいそうなフィーネの姿がそこに合った。

 

「……虫は苦手なんだ……」

 

か細く消え入りそうな声でフィーネが言う。

 

「……そう――」

 

「カズヤ様……実は私も……なんです」

 

生理的嫌悪を露にするフィーネにカズヤが返事を返そうとするとフィーネの言葉に便乗したミーシャが今しかない。とばかりに言った。

 

「…………そうか」

 

……やるしかないか。

 

魔物達に色んな意味で怯えている2人を前にカズヤは覚悟を決めた。

 

「墜落現場に戻ってもしょうがないからな強硬突破するぞ、援護するからフィーネは前だけ見て走れ。ミーシャはMP7で撃ち漏らしを片付けろ」

 

「わ、分かった」

 

「了解です」

 

2人の返事を聞き終えるとカズヤはM320グレネードランチャーに高性能炸薬弾を装填し進行方向に立ち塞がる魔物に向け発砲した。

 

ボンッと空気の抜けるような音をたてて発射された高性能炸薬弾が前方で立ち塞がる魔物に命中し炸裂したのと同時にカズヤが叫んだ。

 

「行けええぇぇーー!!」

 

カズヤの声を合図に3人が走り出した。だが、カズヤ達が走り出したのを見て獲物を逃がすものかとばかりに魔物達が一斉にカズヤ達に襲い掛かる。

 

「フィーネ!!何があっても止まるなよ!!」

 

「分かっている!!」

 

フィーネはカズヤの指示に従い進行方向だけを見据えてひたすら走る。

 

「こっちに来るなあぁーー!!」

 

フィーネに背負われているミーシャは切実な願いを込めつつMP7で近寄ってくる魔物を撃ち倒す。

 

「このぉぉ!!さっさと死ねっ!!」

 

どういうことだ?魔物が2人を狙っている?

 

そして2人の後ろに続きながら援護射撃を行うカズヤはこちらを無視して2人だけを執拗に狙う魔物達の動きを訝しみつつ走りながら単発式のM320グレネードランチャーに高性能炸薬弾、多目的榴弾、空中炸裂弾、散弾を装填し手当たり次第に近付いて来る魔物に撃ちまくる。

 

そうして襲い来る魔物を排除しカズヤ達は出口に向かって走り続ける。

 

 

はぁ、はぁ、……もう少し!!もう少しだ!!

 

カズヤの援護の下フィーネが魔物の包囲網を突破しかけ出口を目前にした時、一際大きいウデムシのような姿の魔物がフィーネの目の前に飛び出した。

 

「ヒッ!?」

 

「うっ!!」

 

鋭い牙をギチギチと威嚇するように打ち鳴らす不気味な魔物を目の前にしたフィーネは恐怖で思わず足を止めてしまう。

 

フィーネに背負われているミーシャも弾を撃ち尽くしたMP7の代わりに使っているFive-seveNの予備マガジンを取り出そうと懐に手を入れていたため対応が遅れた。

 

 

「……っ!!」

 

「あ……ぁ……」

 

硬直してしまった2人を捕食しようとウデムシのような魔物が左右に大きく張り出した巨大な鎌状の触肢を伸ばす。

 

「足を止めるなって言っただろっ!!」

 

――ザシュ!!

 

だが後方から迫り来る魔物に対し嫌がらせのごとくM320グレネードランチャーで照明弾、催涙弾、発煙弾を撃っていたカズヤが2人の危機を察知。

 

手に持っていたM320グレネードランチャーをしまい軍刀を抜き放つと硬直している2人の背後から魔物に接近しカズヤは岩を踏み台にして飛び上がり落下の勢いを利用しつつ魔物の硬い外骨格の隙間を狙い軍刀を突き立てた。

 

「キシャアアアァァァ!!」

 

「今だっ!!行けっ!!」

 

魔物に突き刺した軍刀を頼りに暴れ馬のように暴れる魔物の上に乗っているカズヤが必死の形相を浮かべながら叫ぶ。

 

「っ!!すまん!!」

 

カズヤに促され我に帰ったフィーネは素早く暴れている魔物を迂回し出口に出る。

 

「抜けたぞ、カズヤ!!」

 

「了解っ!!」

 

フィーネの声を聞きカズヤは暴れる魔物の体の上から飛び降り、2人に駆け寄ると取っておいた高性能炸薬弾をM320グレネードランチャーに装填し広場の出口を形作る岩壁に撃ち込んだ。

 

すると爆発の衝撃で岩壁がガラガラと崩落しカズヤ達に追い縋ろうとした魔物を押し潰し同時に広場の出口を完全に塞いでしまった。

 

「っっ!?…………これで少しは時間稼ぎが出来る筈だ。先を急ぐぞ」

 

「えぇ、そうしましょう」

 

危機を脱し魔物の足止めに成功したカズヤ達は息つく暇もなく疲れた体に鞭を打ち移動を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふぅ……少し休憩しよう」

 

「……そうね」

 

魔物の巣になっていた広場から脱出した後も幾度となく魔物の襲撃を受けたカズヤ達。

 

武器装備の損耗に加え自分の体力も無くなってきたのを自覚し始めたカズヤはフィーネにそう提案した。

 

「……すみません。ずっと背負ってもらって」

 

フィーネの背中から降ろされたミーシャが今まで背負ってくれていたフィーネに対し申し訳無さそうに言った。

 

「気にしなくていいわ。貴女、軽いし」

 

種族故なのかあまり疲れた様子もなくミーシャの言葉にフィーネは笑みを交え返す。

 

さすがはオーガ。体力と腕力に優れている種族なだけあってあまり疲れた様子が無いな。

 

そんな逞しいフィーネを横目にカズヤは静かにソッと自身の脇腹に手を当てる。

 

……チッ、やっぱり開いたか。

 

脇腹に当てた手にネチャっとした感触が伝わる。

 

セリシアの魔法薬のおかげで閉じていた傷がフィーネとミーシャを魔物から助ける時の一連の行動が原因で開いてしまっていた。

 

不味いなぁ。

 

ゆっくりと少しずつ服に滲んでいく血を眺めつつカズヤはそう思った。

 

武器も残り少ないし……刀剣類で残っているのはフィーネの直刀1本とサバイバルナイフ1本、コンバットナイフ2本。

 

銃器類で残っているのはミーシャの持っているFive-seveNの3発と俺の持っているブローニング・ハイパワーの10発だけ、千歳が早く俺達を見つけてくれればいいが。

 

武器の不足に加え徐々に痛みを増してくる脇腹の傷を忌々しく思いつつカズヤは1人悩んでいた。

 

「っ!?何か来る!!」

 

カズヤの悩みを余所にミーシャの隣に座り込んでいたフィーネが突然立ち上がり言った。

 

「なにっ!?」

 

フィーネの言葉にカズヤも慌てて立ち上がりフィーネの見ている先に視線を送る。

 

「っ!?カズヤ、助けよ!!助けが来たわ!!」

 

そう喜びの声を上げるフィーネの視線の先には谷の分岐した曲がり角から出てきた数人の弓を持ったエルフがいた。

 

「本当に!?よかった……」

 

助けが来たというフィーネの声にミーシャも安堵の言葉を漏らす。

 

「……」

 

しかしエルフの姿を見て喜んでいるフィーネとうってかわってカズヤの表情は曇っていた。

 

……おかしい。千歳達が来るなら未だしも滅多に立ち入らない土地で墜落してからまだ半日ぐらいしか経っていない俺達をそう簡単に見つけることが出来るのか?

 

「どうしたの?カズヤ、浮かない顔をして助けが来たのよ?」

 

エルフ達に向けて大きく手を振っていたフィーネが1人静かに考え込むカズヤに振り返る。

 

まるで“俺達の居場所が”分かっているみたいにやって来たような……――ッ!?クソッ!!

 

――キリキリキリ。

 

あろうことか背を見せるフィーネに対し矢を構えているエルフ達の姿に気が付いたカズヤは思考を中断してフィーネに駆け寄る。

 

刹那、フィーネに狙いを定め放たれた何本もの矢が放物線を描き飛んでくる。

 

間に合えっ!!

 

「キャア!?っう!!何をするんだカズ……ヤ?」

 

突然駆け寄って来たカズヤに突き飛ばされたフィーネは尻餅をつき岩に尻を打ち付けた。

 

不意を突くようなカズヤの暴挙に打ったお尻を擦りながら抗議の声を上げようとしたフィーネは息を飲む。

 

「うぐっ……やっぱりかよ、チクショウ!!」

 

フィーネを突き飛ばしたカズヤの左腕には2本の矢が深々と突き刺さり、その突き刺さった矢の先端からはカズヤの血がポタポタと滴り落ちていた。

 

「カズヤ様っ!?そんなっ、――……この、この糞野郎共ぶっ殺してやる!!」

 

エルフ達の放った矢によってカズヤが負傷したことにぶちギレたミーシャは怒りのあまり真っ赤になった顔で暴言を吐き、岩を支えに立ち上がると持っていたFive-seveNの引き金を引きエルフ達に3発の銃弾を浴びせる。

 

「クソ痛ぇ……っ!!」

 

ミーシャがエルフに向け攻撃を加えている間に大きな岩の影に滑り込んだカズヤは左腕に走る激痛に必死に耐えていた。

 

「どうして……どうして私達を……」

 

「カズヤ様!!あぁ、そんなっ」

 

味方であるはずのエルフから攻撃を受け混乱しているフィーネとFive-seveNの残弾を全て撃ち尽くしたミーシャが矢が刺さり更には折れている左腕の痛みに耐えているカズヤの元に集まった。

「……どうして。……どうして私達を攻撃するの?」

 

「っ……裏切ったみたいだな、ぐっっっ……ミーシャもう少し優しく抜いてくれ」

 

「す、すみませんカズヤ様」

 

どうして、どうしてと壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返すフィーネにミーシャの手当てを受けているカズヤが投げやりに言った。

 

「っく、あぁ……最悪だ。フィーネも見てみろ」

 

刺さった矢をミーシャに抜いて貰い応急措置を済ませたカズヤは岩影から顔を覗かせつつフィーネに声を掛ける。

 

「………………なっ!?どういう……どういう事だあれは!!なぜエルフと帝国軍が一緒にいるんだ!!」

 

カズヤに言われヨロヨロと立ち上がったフィーネがエルフ達の居た方を覗き見ると信じられないことに曲がり角からエルフ達に先導されて出てきた帝国軍の部隊が一緒になってこちらに向かってきていた。

 

その数、約200編成は魔法使いと銃兵が半々ほど。それに加えて翼の無い陸戦型の魔導兵器が10体、自動人形が数百。細い長い谷底を埋め尽くすように進軍している。

 

「エルフと帝国が手を結んだとでもいうのか……」

 

「それは敵さんに聞いてみないと分からんが……ん?止まったぞ」

 

嘆くような声を出すフィーネに飄々と答えながら敵の動向を伺っていたカズヤが言った。

 

「ナガトカズヤ!!そこにいるのは分かっている出てこい!!」

 

白銀の鎧を纏いシンプルな長剣を携え中性的で整った顔立ちの若い男が歩みを止めた軍勢の中から進み出てカズヤの名を叫んだ。

 

 

なんか敵に呼ばれたんだが……。

 

「……敵さんからのご指名だ。ちょっと行ってくる」

 

敵から名指しで呼ばれ若干動揺しているカズヤが言った。

 

「ダメです!!カズヤ様!!」

 

ミーシャが出ていこうとするカズヤの腕を掴み引き留める。

 

「ダメったってこのまま隠れていたら一斉に攻撃されるだけだぞ。ほら」

 

カズヤの言葉を裏付けるように、5分以内に出てこない場合一斉攻撃を仕掛ける!!と男が叫んでいた。

 

「しかし!!」

 

「わざわざ呼び出しているんだ。出た瞬間に攻撃はしてこないだろうさ」

 

「……ですが……あっ!!カズヤ様!!待って下さい」

 

カズヤはミーシャの不意を突き、手を振り払うと岩影から出ようとした。

 

「待て、私も行く」

 

そんなカズヤを呼び止めフィーネが同行する意をカズヤに伝える。

 

「なんでだ?呼ばれているのは俺だぞ?」

 

「やつらに問いただしたいことがある」

 

「……じゃあ一緒に行くか」

 

「あぁ」

 

「ミーシャはそこで大人しく待ってろよ。あ、なんかあったらこれで援護してくれ」

 

カズヤはそう言ってブローニング・ハイパワーをミーシャに投げ渡した。

 

「え、あっ、カズヤ様!!待って下さい」

 

慌てながらもしっかりと銃を受け取ったミーシャの呼び掛けを無視してカズヤとフィーネは敵の目前に進み出た。

 



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16

何て言うか……こう……もう少し綺麗に纏めたかった。(´-ω-`)



「お出ましか」

 

腕を組み仁王立ちでカズヤが出てくるのを待っていた男は、姿を現したカズヤを見てニヤリと好戦的な笑みを浮かべ言った。

 

「さて……こうしてお前のご希望通り出てきてやった訳なんだが、お前は誰だ?」

 

男から5メートル程手前まで近付き何かあればすぐに動けるように警戒し身構えているカズヤが男に告げた。

 

「まぁ、そう急くなよ。慌てなくても俺の名前ぐらい教えてやるさ。俺の名はアデル・ザクセン。邪悪なる魔王を打ち倒すためにこの世界にやって来た勇者だ」

 

誇らしげな表情でアデルはカズヤに言い放った。

 

この世界にやって来た勇者ねぇ……。あぁ、アミラをボコボコにした奴か。妖魔連合国のどこにもいないからてっきり帝国に撤退したと思っていたんだが……こんな所に居たのか。

 

それにしてもこいつ……まさか……な。

 

「っ!!母様が邪悪だと!?ふざけるな!!」

 

アデルの言葉にいろいろな考えを巡らせているカズヤの隣でフィーネが怒りに肩を震わせて叫ぶ。

 

「……誰だ貴様は?そんなはしたない格好――……うん?母様?……ということは……貴様が魔王の娘か」

 

カズヤが現れた時からその隣に居たにも関わらず眼中に入って居なかったのか、ようやくフィーネの存在に気が付いたアデルはフィーネのボロボロだがどこか淫靡な雰囲気を漂わせる姿(下着がチラチラと見えるまで丈が失われ更に所々破れたチャイナドレス)に眉をしかめた後、フィーネの正体を悟り背後に控える人物に確認するように言った。

 

「えぇ、そうですアデル様。この女が魔王の娘フィーネ・ローザングルです」

 

「えっ………………?」

 

アデルの背後から現れた見覚えのある人物にフィーネは母親をアミラを侮辱された怒りすら忘れ言葉を失う。

 

「………………ネ、ネルソン?なぜ……貴方がそこに……いるの?」

 

アデルの背後から現れたのはフィーネが以前から慕っていたネルソンだった。

 

「……」

 

中性的でどちらかといえば女顔であるアデルに負けず劣らずの容姿を誇り、また種族的に容姿に優れていることもありまるで絵画の中から飛び出してきたような美形の男であるネルソンはフィーネの問い掛けに意味深に微笑むだけだった。

 

知り合いか?はぁ〜……。ややこしくなってきたな。

 

フィーネのネルソンの間に流れる空気を見てカズヤは厄介事が増えたな。と内心で溜め息を吐いていた。

 

「……ねぇ……ネルソン何故?何故貴方がそこに………………貴方、私達を裏切ったの?」

 

信じられない信じたくない事実を否定して欲しい一心でフィーネは懇願するようにネルソンに再度問い掛ける。

 

「あぁ、そうだよ」

 

「っ!!どうして………………貴方はエルフの次期族長なのよ!!そんな立場の貴方が何故!!」

 

だがフィーネの願いは届かずネルソンはあっさりと裏切りを認めフィーネに信じがたい事実を突きつけた。

 

「理由かい?理由は簡単だよ。美の化身とも言っても過言ではない美しい僕が死んでしまってはこの世界に取って多大なる損失となってしまう。だから死なないように先手を打ってもうすぐ滅んでしまう妖魔連合国から帝国に乗り換えたんだ」

 

「…………えっ?」

 

「「………………」」

 

予想だにしていなかったネルソンの裏切りの理由――ナルシスト発言に場が凍り付く。

 

「ちょうど良いことに僕達、エルフの外見はこの尖った長い耳以外人間と変わりないからね。寝返る事にもあまり支障はなかったよ」

 

「……」

 

ネルソンの裏切った理由が理解出来ずフィーネは石像のようにただ固まっていた。

 

「もっとも寝返るのならば帝国に対する忠誠の証として何らかの功績が必要って言われたんだけど……それにはフィーネ、君が役立ってくれたよ」

 

「……どういう……こと」

 

「そのブレスレットさ。君がその男の、ナガトの側にいることになったって僕に教えてくれただろ?あの時閃いたのさ君にそのブレスレットを渡しておけば役に立つと」

 

ネルソンは残酷な事実をさも楽しそうにフィーネに告げる。

 

「実はそのブレスレットには身に付けている人物の居場所が分かる魔法が掛かっていてね。ナガトの側にいることになった君にそれを渡しておけば必然的にナガトの居場所が分かるって訳さ。だから今回の待ち伏せは成功したしこうして君たちの元にやって来ることも出来た。あぁ、ついでに言うとそのブレスレットには魔物を引き寄せる特殊な匂いも付けておいてあるんだ」

 

「っっ!?こんなものっ!!」

 

ネルソンの話を聞くや否やフィーネはずっと大事に付けていたはずのブレスレットを外し地面に叩き付けた。

 

「……私は……私は……利用されていたのかっ……私のせいでっ……こんなやつにっ!!」

 

事実を知ったフィーネは顔を伏せ悔しさのあまり両手を力一杯握り締めた。

 

余程の力を込めて手を握ったのか爪が肉に食い込みフィーネの手からは血が流れ出ていた。

 

その様子を見てネルソンがフィーネに追い討ちを掛けるようなことを小さな声で呟く。

 

「あーあ、凄い力だね。やっぱりさっきの攻撃で手傷を負わせて弱らせておきたかったな。これじゃ捕虜にして“楽しむ”のは無理かな?」

 

フィーネの事を敵としてしか見ていないネルソンの呟きが聞こえたのかフィーネの体が一際大きくビクッと震え直後にポタポタと雫が地面に落ちた。

 

そういう事か。これで分かったぞ。待ち伏せされていた理由もそれに魔物がフィーネを狙っていた理由も他のことも全部。

 

柄にでも無いことをしているなと自覚しつつカズヤは声を押し殺し涙を流すフィーネを優しく慰めるように抱き締めながらこれまでの不可解な出来事の真相を知り1人納得していた。

 

一方その頃カズヤの胸の中で咽び泣くフィーネの心中では異変が起きていた。

 

信頼し慕っていた男に手酷く裏切られたせいでひどく傷付き、そして冷たく凍えてしまった心にカズヤの優しさと温もりが甘美な毒のように染み渡る。

 

更に瀕死のフィーネを助けるためにカズヤが使った完全治癒能力の副作用、つまりフィーネの体内に残留しているカズヤの魔力がフィーネの想いに反応しより深くより広くフィーネの心を魂を侵食する。

 

いくつもの要素が複雑に絡み合った結果フィーネの心はカズヤに対する想いで埋め尽くされ、また魂にさえも干渉を受けたためその想いはもはや狂愛と呼ぶべきレベルにまで昇華され取り返しのつかないことになっていた。

 

……あぁ…温かい…もう、私は………私には……この温もりさえ……カズヤさえ私の側に居てくれれば……。

 

これ以降フィーネの心と魂は永遠にカズヤに囚われることになる。しかし本人がその事を自覚するのには今しばらく時間が必要であった。

 

「それにしても酷いなぁ。この美しい僕からの送り物を投げ捨て――」

 

「黙れナルシスト。お前の話はもういい」

 

ネルソンの言葉をバッサリと遮りカズヤが言った。

 

「……ナルシスト?」

 

この世界には存在していない単語を聞いてネルソンが首を傾げていた。

 

「俺が聞きたいのは2つ。お前らの目的と……アデルとか言ったな、お前地球って知ってるか?」

 

ネルソンの疑問を無視してカズヤがアデルに問い掛ける。

 

「俺達の目的?分かりきったことをわざわざ聞くなよ。“俺達の”目的はお前の命に決まっているだろうが、あと地球だったか?知りはしないが聞いたことはあるぞ。レンヤと後……確かショウイチも地球からやって来たと言っていたな」

 

ネルソンの物言いに眉をひそめ、密かに嫌悪感を抱いていたアデルが話を先に進めるためか素直に答えた。

 

少なくとも渡り人が3人、帝国に属していることが分かったな。しかし…………最悪の予想が的中したぞ。こいつ中二病とかじゃない“本物”の勇者だ。

 

アデルがうっかり口を滑らせたことでカズヤは帝国に付いている渡り人が少なくとも3人(レンヤ、アデル、ショウイチ)いることが確認出来たが目の前に居るアデルが地球ではないどこか異なる異世界からやって来た正真正銘の勇者だと気付き額から一筋の汗を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「さて、もう話もいいだろう。そろそろ“俺の”目的を果たさせてくれよ」

 

予想外に長い前置きを挟んだせいか少し苛ついた様子のアデルがカズヤに言った。

 

「“俺の”目的?」

 

「あぁ、そうだ。なんの為に俺がわざわざここにやって来たと思ってるんだ」

 

いや、お前らは俺を殺しに来たんだろ?お前がそう言ってたし。まぁそこのエルフ達は帝国に迎え入れられたいが為に俺の命を狙っているようだが。

 

最もな考えを抱きながらカズヤがアデルの言葉に耳を傾けていた。その時だった。

 

――ゾクッ!!

 

カズヤの背に突然悪寒が走る。

 

なんだ!?

 

悪寒の原因を確かめようとしたカズヤの目に飛び込んで来たのは、整った顔立ちを憎悪で歪め射殺さんばかりにこちらを睨んでいるアデルだった。

 

「俺達の目的は貴様を殺すことだが、俺の目的はなぁ……貴様をこの手で殺しセリシアの仇を取ることだっ!!」

 

…………うん?セリシア?

 

アデルの言った人物の名に聞き覚えのあるカズヤは一瞬、戸惑った。

 

戸惑うカズヤをそのままにアデルは長剣――聖剣を鞘から抜く。アデルが抜刀した事で場が一気に緊張感を増した。

 

「だから、俺と戦えぇぇーー!!ナガトカズヤァァ!!」

 

凄まじい闘志を放ちながらアデルが野獣の咆哮のような大声をあげた。

 

「……っっ!?ちょ、ちょっと待て!!セリシアって――」

 

「っ、さっさと答えろ!!俺と戦うのか戦わないのかどっちだ!?」

 

カズヤがある事に気が付きアデルに静止の声を掛けるものの復讐心に囚われ頭に血がのぼってしまっているアデルはカズヤの声を聞き入れなかった。

 

「だから!!話を――」

 

「うるさい!!俺と戦わないというならば、戦わなければいけないようにするまでだ!!ネルソンあの3人を連れてこい!!」

 

「承知しました」

 

煮えたぎった油のような復讐心を心に宿しカズヤを直接自分の手で殺すことに拘るアデルは無理にでもカズヤをその気にさせ本気のカズヤを打ち倒すために奥の手を使うことにした。

 

話を聞けよこの野郎!!

 

話を聞かずに一方的に事を進めていくアデルにカズヤは半ばキレていた。

 

「いいか、セリシアは――」

 

額に青筋を浮かべながらもカズヤがアデルにある事実を伝えようとした時だった。

 

っ!?嘘……だろ。なんで……なんでここにいるっ!!

 

アデルに言われて引き連れている軍勢の中に消えて行ったネルソンが再び現れ引き摺るようにして運んで来た3人を見てカズヤが凍り付く。

 

「レイナっ!!ライナっ!!エルっ!!」

 

縄で縛られグッタリとした様子でピクリとも動かない3人を見てカズヤが悲痛な叫びを上げた。

 

「その様子を見るとやっぱりお前の部下達だったようだな。まぁメイド服を着てこの辺りを彷徨く冒険者なんていないだろうが」

 

やはり捕らえておいて正解だった。とアデルが小さく声を漏らす。

 

「貴様らあぁぁ!!3人に何をした!!」

 

話を聞かないアデルに対しての怒りとはまたベクトルが異なる怒りを露にしたカズヤが叫んだ。

 

「何をした?されたのはこちらの方だ!!コイツらがいきなり襲い掛かって来て僕の配下が半数死んだんだぞ!!」

 

怒りの声をあげるカズヤにネルソンが答えた。

 

「…………えっ?」

 

自分の預かり知らぬ所で自分のメイドが敵に大打撃を与えていたと聞かされたカズヤは一瞬怒りを忘れキョトンとした顔になった。

 

そして、アデル様の命とはいえどれだけ生け捕りにするのに苦労したと思っている!!とネルソンがやけくそ気味に言っているのを聞いて改めて縄で縛られ動かない3人を見てみると3人は魔法か何かでただ眠らされているだけのようだった。

 

そんな3人の様子に少しだけ胸を撫で下ろしたカズヤにアデルが言い放つ。

 

「さぁそれでどうする?今まではお前と戦うための交渉に使えるかと思って何もしていないが、お前が俺との一騎打ちを拒むというならこの3人は兵達のオモチャになるぞ?」

 

カズヤをその気にさせる為にアデルが言った言葉はカズヤの逆鱗に触れた。

 

――ブチブチブチッ!!

 

……3人を……俺のメイドを“オモチャ”にする………………だと?…………ぶっ殺す!!

 

その場にいた全員が太い縄が引き千切れるような音を聞いた。

 

「……フィーネ、ミーシャの所に行け」

 

「えっ?」

 

全ての感情が抜け落ちたようなゾッとするカズヤの声を聞き今まで泣いていたフィーネは思わずカズヤの顔を見た。

 

「事情が変わった……時間稼ぎするつもりだったが……あいつらをぶっ殺して3人を助ける」

 

「っ!!わ、分かった」

 

出会ってからこれまで見たこともないカズヤの鬼の形相にフィーネは驚きながらもコクコクと頷いた。

 

……この表情もいいな。

 

以前のフィーネであれば今のカズヤの表情を見て恐怖しか感じなかっただろうが、カズヤに心を魂までも魅了されしかもただならぬ感情――狂愛を抱くようになったフィーネはカズヤの顔を眺めつつ自然とそんな事を考えていた。

 

さて、殺るか。

 

去り際にフィーネから片刃の剣を渡されたカズヤは殆ど使えない左腕の代わりに鞘を口で咥え抜刀した。

 

「やる気になったみたいだなネルソン、下がっていろ」

 

「ハッ」

 

カズヤが剣を構えるのを見てアデルは笑みを浮かべネルソンに下がるように言った。

 

「セリシアの仇、とらせてもらう!!」

 

「3人は返してもらうぞ、下衆野郎!!」

 

2人がそう叫ぶのと同時に一騎打ちの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ハハハッ!!どうしたどうした?動きが鈍って来たぞ!?」

 

「チィッ!!」

 

カズヤとアデルの一騎打ちは開始直後から一方的な流れになっていた。

 

クソッ、怒りに任せてああ言ったものの……こいつやっぱり強い!!それに左腕は使えないし脇腹の傷もヤバいことになってきた!!不利ってレベルじゃねぇぞ!?

 

怪我のせいでよたつく体を必死に動かしアデルの嬲るような斬撃を間一髪避け続けているカズヤ。

 

だが時が経つにつれてカズヤの動きに精彩がなくなっていき体には少しずつ傷が増えていく。

 

こいつ、予想外にしぶとい。それに……聖剣の効果が発動しない所を見ると身体強化の魔法も使っていない。……化物か?

 

一方、自身の(嬲るために少し手を抜いてはいるが)攻撃を避け続けるカズヤの予想外のしぶとさにアデルは驚いていた。

こいつとは万全の状態でやり合ってみたかった。

 

カズヤが左腕を使えない事は知っているが、それに加え重症に近い傷を負っているとは知らないアデルはカズヤの体に少しずつ傷を刻み込みながらそんなことを考え、同時に一方的な攻撃を浴び不様な姿を晒しながらもなんとしても3人を取り返そうと諦めないカズヤに対しある種の尊敬の念を胸に抱いていた。

 

「そこっ!!」

 

「あぶっ!?っと!!クッ……!!」

 

鋭い一太刀をかわしたカズヤがアデルから距離を取りついに膝をついた。

 

「ほらほらどうした。3人を取り返すんじゃ無かったのか?」

 

「はぁ、はぁ……クソッ」

 

このままだと……本当に……不味い。

 

様々な思いが渦巻く内心を隠し肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべカズヤを挑発するアデル。

 

余裕綽々のアデルに対し全身ズタボロ状態のカズヤは、もはや何かを言い返す元気もなく精一杯の抵抗としてアデルを睨み付けていた。

 

そんな時だった。突然カズヤの背後で銃声が鳴り響き次いで先程まで声援を送っていたはずのミーシャとフィーネの慌てたような声が聞こえてきた。

 

「カ、カズヤ様っ!!」

 

「カズヤ!!不味い!!」

 

「チッ、邪魔が入った」

 

アデルがそう言いつつ剣の構えを解いたのを見てカズヤは後ろを振り返った。

 

するとミーシャを背負いながらこちらに走ってくるフィーネの後を追い掛けるように無数の魔物が迫って来ていた。

 

……最悪だ。

 

「フン、遊びが過ぎたか。……まぁいい。嬲るのにももう飽きたし最後はお前らが魔物に食われて死んでいく様を見ているとしよう。ネルソン!!3人を返してやれ!!」

 

「ハッ、畏まりました」

 

一通りカズヤを嬲ったことで、また必死に他人を守ろうと救おうとするカズヤの姿に何かを感じたのかアデルは自身の手でカズヤを討つことを止め後始末を魔物に押し付けた。

 

更にアデルは迫りくる魔物を前にして愕然としているカズヤにそう言い捨てネルソンに捕らえていた3人を解放するように命じ聖剣を鞘に戻し踵を返すと颯爽と味方の元へと戻って行く。

 

「さてと……見物だな」

 

味方に守られつつ高みの見物と洒落込んだアデルはカズヤ達の行く末を迷いの混じった眼差しで眺めていた。

 

「くっ、大丈夫か!!レイナ、ライナ、エル!!」

 

魔法で浮かび上がり空中を漂って運ばれて来た3人を抱き止めたカズヤはすぐに3人を縛っている縄を切って名を呼んだ。

 

「……んぅ、ご主……人様?」

 

「…ぅ…ご主人様?」

 

「ご主人……様?」

 

「良かった……っ!!」

 

大した外傷も乱暴された痕もなくすぐに目を覚ました3人をカズヤはボロボロの体で激痛が走ることも気にせず万感の思いでギュッと抱き締めた。

 

「カズヤ様っ!!今は――っ!!」

 

「カズヤっ!!もうすぐそこに魔物がっ!!」

 

前門の帝国軍、後門の魔物という危機的状況にも関わらず呑気に3人を抱き締めているカズヤをフィーネとミーシャが急かしたてる。

 

「来たか…………もう大丈夫だ」

 

「……カズヤ様?」

 

「カズヤ何を……」

 

カズヤの言った言葉の意味が理解出来ず戸惑う2人を余所に背後から迫る魔物達に異変が起こった。

 

「「えっ?」」

 

「なっ!?魔物が……止まった!?」

 

「っ!?何故だ。何故止まる!?」

 

魔物達が取る不可解な行動にフィーネやミーシャはもちろん、アデルやその部下である帝国軍の兵士やネルソンの配下であるエルフ達でさえ動揺を隠せなかった。

 

ちなみに魔物が取った不可解な行動とは獲物を前にした魔物達が突然脚を止め一斉に空を見上げ、ある一点に視線を集中し始めたことだ。

 

もっとも魔物達が獲物を目前にして立ち止まるという不可解な行動を取った理由の種を明かせば弱肉強食が当たり前のこのケルン丘陵地帯で生きている魔物なだけあって徐々に近付いてくるその存在に敏感に反応しているだけなのだろう。

 

そして数秒後、カズヤの言った言葉の意味や魔物達が突然止まった理由が分からず戸惑い混乱するフィーネやミーシャ、アデル達にもキーン。という重低音が小さく聞こえてきた。

 

その重低音が大きくなるにつれて魔物達が怯えたようにじりじりと後退を始め、ついには雪崩を打って逃げて行ってしまう。

 

「……えっ?」

 

「魔物が……」

 

「逃げ……た?」

 

先程まで捕食者であったはずの魔物達が脱兎の如く逃げていくのを皆、ポカンとした表情で見送った。

 

「ハハハハ、魔物が逃げた!?アハハハハ!!まったく運のいいやつだ、だがこれはお前との決着をつけろという神の思し召しに違いない」

 

魔物が何故逃げたのかは分からなかったが、アデルからしてみれば神様がカズヤとの決着をつけろと言っているように思えてならなかった。

 

「いや、もうここで俺を殺すのは無理だ」

 

再び前に出てきたアデルの顔を見詰めながらカズヤが言った。

「なに?」

 

「それより自分の身の心配をした方がいいぞ」

 

「おいおい、脅しのつもりか?何も怖く――」

 

アデルの言葉の途中で谷の割れ目の上を巨大な影――C-17グローブマスターIIIが掠めるように通過したかと思うと、それは、それらはカズヤとアデルの間を遮るように降ってきた。

 

ドガンと地面を陥没させる音が辺りにこだまし谷底に溜まっていた泥水が垂直に跳ね上がる。

 

「形勢逆転。俺達の勝ちだ」

 

満面の笑みを得意気に浮かべるカズヤの言葉と同時に舞い上がっていた泥水が重力に引かれ地面に落ち、何かが落下した地点からそれが――彼女達が姿を現した。




次回千歳無双……かも


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17

千歳による蹂躙劇の始まり始まり(笑)

ちなみに初めて文字数が1万文字を越えました。


追伸、こちらにも投稿したつもりだったのですが手違いがあったようで投稿していませんでした。

m(__)m

また仕事のシーズンに入った事もありこれからますます忙しくなっていくかと思います。

その為、今回のような事が多発するかもしれません(汗)

ご了承のほどをお願い致します。



魔物達が恐れおののき逃げた原因――空から降って来た彼女達――それは修羅と化した千歳とアミラだった。

 

「「「「「…………」」」」」

 

この場にいる全員が2人の放つ威圧感に気圧されたように息を呑み時間が止まってしまったのではないかと思う程の重苦しい沈黙が辺りを包む。

 

どす黒い瘴気のようなオーラを纏い各種武装を装備し両手に抜き身の日本刀を握っている千歳。

 

戦装束に身を包み総重量数百キロの傍目には鉄塊にしか見えない巨大な大剣を片手で担ぎ、視認出来る程に濃密で禍々しい魔力を体から発するアミラ。

 

そんな2人が着地体勢を解きゆっくり立ち上がるのと同時にカズヤのメイドであるルミナスやウィルヘルム、中隊規模の親衛隊の隊員達が千歳とアミラの後を追うようにパラシュートで降下して来た。

 

更によくよく見てみれば谷の開口部にも親衛隊の隊員達が展開しアデル達に向け銃を構えている。

 

「なっ!?」

 

囲まれただと!?他の部隊は何をやっている!!

 

自分達以外の味方が既に壊滅しているとは知らないアデルは周りを包囲された事に驚く。

 

っ!?……いやそんな事よりも……なんだ……なんなんだコイツはっ!?魔王と同格……いや……それ以上!!不味い、不味いぞ!!この女を相手にするのは――絶対不味い!!

 

思わず包囲された事に気を取られたアデルだっだがそんな事を気にしている事が出来たのは一瞬だけで、すぐに千歳の力量を見て取り千歳が敵に回してはいけない類いの人間だということに気が付く。

 

クッ!?なんていう殺気だ!!

 

千歳とアミラ――特に千歳から発せられるただならぬ殺気を全身に浴び今すぐにでもここから逃げ出したくなるアデル。

 

だがそんな事が出来るはずもなく、これまで勇者として戦ってきたプライドを支えになんとか千歳やアミラと対峙していた。

 

「フィーネ無事かいっ!?」

 

「ご主人様……少し……少しだけお待ちをすぐに片付けますので」

 

青ざめ引きつった表情で聖剣を構えているアデルやその後ろで石化の魔法にでも掛かったように固まっている敵を鬼のような形相で睨み付けていた千歳とアミラが同時に振り返り言った。

 

「母様!!私は無事です!!ですがカズヤが――」

 

「うぐっ……分かった。あぁ、アデル――目の前にいる渡り人は生け捕りにしといてくれ、……っっ!!頼んだぞ……千歳」

 

谷底に降り立つなり駆け寄ってきたルミナスとウィルヘルムによる回復魔法と衛生兵の応急処置を受けながらカズヤが答えた。

 

「ハッ、承知……っ致しました。――全隊に告ぐ、命令あるまで発砲禁止。繰り返す命令あるまで発砲禁止」

 

血と泥まみれの姿で顔を苦痛に歪めているカズヤを見て身を切り裂かれるような思いを抱き、怒りの炎を更に燃え上がらせた千歳は部下達に指示を出したあと前に向き直るとドスの効いた声でアミラに言い放った。

 

「コイツら全員私の獲物だ。手を……出すなよ?」

 

「……まったくしょうがないねぇ、分かった手は出さないよ。と言いたい所だけど……そうもいかない。うちのゴミ共の事もあるんでね、それに……あたしもはらわた煮え繰り返っているんだひと暴れさせてもらうよ」

 

先程の会話の際にフィーネから簡単な事情の説明を受け状況を理解していたアミラは、娘を弄び利用した裏切り者のネルソンやその配下であるエルフ達を視界に捉えると千歳と同じ様に怒りを体にみなぎらせ大剣を構えた。

 

「……好きにしろ。だがゴミを片付けるのに時間は掛けるなよ?」

 

「分かってるよ」

 

「ならいい……行くぞ!!」

 

「応っ!!」

 

アミラとの会話を終えた千歳は鋭い輝きを放つ日本刀の切っ先を敵に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

一方、千歳達がまだ喋っていた頃。2人の視線が逸れたお陰でようやく身動きが出来るようになったネルソン達が恐怖で震えていた。

 

「ま、ま、魔王がなぜここに……」

 

「な、何なんだあの魔王の隣にいる女……ただ者じゃないぞ」

 

「あんな、あんな化物みたいな奴らに……勝てる訳がない」

 

「逃げないと……逃げないと殺されるっ!!」

 

自分達とは次元が違う2人を前に死を覚悟したネルソンやその配下のエルフ、そして帝国の兵士達が無意識の内に後ろに下がり始めた時だった。

 

「狼狽えるな、来るぞっ!!」

 

アデルの注意を促す声が谷底に響き、そして……地獄の釜の蓋が開く。

 

「き、来た!!」

 

「ヒィ!!あ、あいつらを止めろ!!止めるんだ!!」

 

「う、撃ち方用意!!てぇー!!」

 

ドンッ!!という地面を踏み砕いた音をたて凄まじい速さで迫り来る千歳とアミラに向け一斉に魔法や弾丸、矢が放たれる。

 

しかしザアザアと降り注ぐ攻撃を全て見切りなんなく避けて行く千歳とアミラ。

 

「あ、当たらない!?」

 

「もっとよく狙え!!」

 

「魔導兵器と自動人形を前に出すんだ!!力と数で押せ!!」

 

迫ってくる2人をどうにか止めようと魔導兵器と自動人形が投入される。だが。

 

「うおおぉぉぉらああああぁぁぁぁーーー!!」

 

「邪魔だ。鬱陶しい」

 

ランスの形を模しているため取り回しの悪い魔砲を仕舞い、代わりに近接戦闘用の短刀を構えアミラに近付いた魔導兵器3体はアミラの大剣でもって一撃の元に叩き潰され、千歳に群がり多方向から同時に攻撃を仕掛けた自動人形はその全てが首を斬り落とされ機能を停止する。

 

「……はぁ、はぁ、自動人形は足止めに専念!!魔導兵器は敵が足を止めた所を狙え!!」

 

先程まで部外達と同じように魔法を放っていたアデルが大声で指示を飛ばす。

 

「ワラワラ、ワラワラとクソ虫のように……邪魔だ!!」

 

「ホントだねっ!!」

 

襲いくる自動人形を叩き潰し斬り捨てている最中、アデルの指示で攻撃から足止めへと目的を変更し立ち塞がるように布陣し始めた自動人形を見て千歳が苛ついた顔で呟きアミラがそれに同意した時だった。

 

「ならば我々が!!」

 

「道を切り開きます!!」

 

千歳とアミラの背後から現れた2つの黒い影が自動人形の群れに飛び込み楔を穿つ。

 

「……准尉と少佐か、余計な真似を……まぁいい」

 

「お、なかなかやるじゃないか」

 

自動人形をバッサバッサと斬り捨てて千歳とアミラに道を作っているのは軍刀を持った舩坂准尉と背中にロングボウと矢の入った矢筒、バグパイプを背負い手にはクレイモアを握ったジャック・チャーチル少佐だった。

 

 

「ウオオオォォォーー!!」

 

「ハアアアァァァーー!!」

 

「「――そこを……どけぇぇぇ!!」」

 

カズヤを傷付けた怨敵を目の前にしてただ見ていることが出来なかった舩坂准尉とジャック少佐が斬り開いた道を千歳とアミラが矢の如く駆ける。

 

「よくやった」

 

「助かったよ」

 

自動人形の群れの中を駆け抜ける際、千歳とアミラはすれ違い様に2人に労いの声を掛けた。

 

「「なんのこれしき!!」」

 

まだ残っている自動人形を手当たり次第に斬り捨てつつ、ついでに近くにいた2体の魔導兵器にまで襲い掛かりながら2人は笑顔で答えた。

 

「チィ!!次から次へと!!流石のあたしでも5体同時はちとキツイよ!!どうする!?」

 

自動人形の群れを抜けたと思いきや壁のように立ち塞がった魔導兵器を見てアミラが千歳に声を掛ける。

 

「足を止めるな、進み続けろ」

 

「?何か考えが有るみたいだね。分かったよ」

 

憎悪の炎が灯った瞳で前しかアデルしか見ていない千歳に何か策があるのだろうと思ったアミラは千歳の言葉通りに進み続ける。

 

「――少尉、殺れ」

 

『了解』

 

そして、あと僅かで魔導兵器が構える短刀の間合いに入ろうかという時、千歳が無線に向かって喋る。すると遠くから連続した爆音が聞こえ直後、5体の魔導兵器にドデカイ穴が空いた。

 

「っ、なんだい!?」

 

突然の出来事に驚いたアミラが首を捻りチラリと音の聞こえた方に視線を向けるとそこには銃口から白煙を立ち上らせたシモノフPTRS1941を構えているヘイへ少尉がいた。

 

「目標沈黙。……撃ち下ろしで風も強いのにこの精度、しかも連続で……痺れますね」

 

「うるさい、黙って次の指示に備えろ」

 

「了解、仰せのままに」

 

尊敬の眼差しを向けてくるクレメンス准尉の軽口を黙らせつつ谷の開口部から見事、狙撃を成功させたヘイへ少尉は弾のなくなったシモノフPTRS1941を脇に退け新たに弾の入っているシモノフPTRS1941を手元に寄せてまたスコープを覗き次の指示に備え始めた。

 

「残すは……雑魚とアイツだけだ」

 

「そうみたいだね。それじゃあ、あたしもゴミを片付けてくるとしようか」

 

立ち塞がる自動人形と魔導兵器を全て突破した千歳は走るのを止め、ゆっくりと焦らすように歩きつつアデルに向かって行き、アミラは千歳と別れてネルソンに向かって行った。

 

「……こうなったら出し惜しみは無しだ」

 

ゆっくりと一歩一歩踏み締めるように歩を進め、近付いて来る千歳を見て覚悟を決めたアデルが小さい声で呟く。

 

「皆、頼みがある」

 

アデルは千歳に聞こえぬように声をひそめて部下達に声を掛けた。

 

「なんでしょうか」

 

「奴を倒すために俺の切り札を使う。だが切り札を使うには魔力を練り上げ溜めないと使うことが出来ない、だから……その間、時間を稼いでくれないか」

 

「っ……了解しました。皆、アデル様を守るんだ!!奴をアデル様に近付けさせるな!!」

 

「「「「「応!!」」」」」

 

心の底から心酔しているアデルの頼みに勝利への希望を抱いた兵士達は自身が抱える恐怖心をなんとか押さえ込み、勝利を得るために一致団結した。

 

そして切り札を使う為に必要な魔力を練り上げ溜めている間、無防備になっているアデルを守ろうと魔法使い達がアデルを取り囲み魔法障壁を展開、銃兵達は腰に着けていたロングソードを抜き放ち千歳に向かって行く。

 

「「「「「ウオオオォォォーー!!」」」」」

 

「……」

 

俺達が相手だ!!とばかりに気勢の入った雄叫びをあげ向かって来る敵兵を冷たい眼差しで眺めながら千歳はアデルに向かって進み続ける。

 

「アデル様の所には行かせん!!」

 

「我が一撃を受けてみよ!!」

 

「ここで死ねっ!!」

 

口々に叫びながらロングソードを振りかざし兵士達が千歳に斬りかかる。

 

殺った!!

 

手に握る日本刀を構えたりせず自然体のまま歩み続ける千歳の体に刃が食い込む寸前、兵士達は勝利を確信した。

 

「……どけ――」

 

しかし、千歳のたった一言で兵士達は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなってしまう。

 

か、体が!?

 

動かない!?

 

何故だ!?

 

自らの意思に反してピクリとも動かない己の体に兵士達が愕然とする。

 

「――死人ども」

 

動けなくなった兵士達と擦れ違う瞬間に千歳が言った言葉に、は?と思う間もなく兵士達の体がズルリと横にずれ動く。

 

………………あぁ…………そうか……そうだったのか……俺達はもう……死んでいたのか……。

 

兵士達がようやく自身の身に何が起きたのかを理解した瞬間、彼らの体は血飛沫をあげながら真っ二つになり地面に落ちた。

 

「フン、雑魚共が」

 

兵士達の知覚出来ない速さで日本刀を振り抜き、一瞬で屍の山を築き上げた千歳は何事も無かったように進み続け、先程と同様に襲い掛かってくる兵士達を次々と始末していく。

 

「セイッ!!」

 

「……邪魔だ」

 

「ゴハッ!?」

 

ビュン!!と勢いよく振り下ろされたロングソードをかわし兵士の顎から脳天までを切れ味の悪くなってしまった日本刀で串刺しにする千歳。

 

串刺しになった兵士は白目を剥きビクビクと体を痙攣させ膝から崩れ落ちるように倒れた。

 

始末した兵士に刺さったままの日本刀は捨て置き、まだ切れ味の残るもう一本の日本刀は腰に着けていた鞘に仕舞い千歳は素手の状態で懲りずに向かって来る兵士達を迎え撃つ。

 

「「っ!?ウ、ウオオォォォーー!!」」

 

理由は分からないが武器を仕舞い素手の状態になった千歳を見て、好機と思ったのか2人の兵士が千歳に向かって行く。

「今だ!!グランジとバクラが戦っている間に弾を装填しろ!!そしてゼロ距離で奴にお見舞してやれ!!」

 

「「了解!!」」

 

千歳に向かって行った2人の兵士の後ろでは銃兵達が発砲準備に入っていた。

 

「オラァ!!」

 

「ヤアァ!!」

 

「邪魔だ」

 

裂帛の気合いと共に斬りかかってきた2人の攻撃をアッサリとかわして見せた千歳はロングソードを振り抜き体勢を崩した2人に一瞬で肉薄すると2人の首に手を伸ばしガッチリと握った。

 

「グゲッ!?ァ、アガッ……!!」

 

「グエッ!!ガッ……!?」

 

首を万力のような力で締め上げられ苦しさのあまりロングソードを取り落とした2人は首に食い込む千歳の手をどうにかしようと暴れるが千歳の手が緩むことはなかった。

 

「……」

 

呼吸が出来ずにもがき苦しむ敵兵を千歳は虫けらを見るような目で眺めながら、掲げるように持ち上げ更に手に力を込めた。

 

――ミシミシミシッ……バキッ!!

 

「ヒュッ」

 

「キュッ」

 

そして遂に2人の兵士は千歳に首を握り潰され鳥が絞め殺されるような声を出し息絶えた。

 

先程までバタバタともがいていた手足は脱力したように垂れ下がり股からは黄色い液体が流れ落ち始める。

 

「ヒ、ヒィ!!グランジとバクラが殺られたぁぁ!!」

 

「ば、化物だ……っ!!」

 

片手で1人ずつ大の大人を持ち上げそして首を握り潰した千歳を見て兵士達は恐怖で竦み上がる。

 

「――発砲準備完了っ!!」

 

千歳が吊し上げていた2人を投げ捨てた時、ちょうど発砲準備が終わった。

 

「よしっ!!グランジとバクラの死を無駄にするな!!う――ガッ!?」

 

発砲準備が整ったことを確認して一斉射の指示を出そうとした瞬間、指揮官の頭がザクロのように弾け脳漿が辺りに飛び散った。

 

「た、隊長!?」

 

「さっきから……邪魔だと……何度も言っている」

 

見れば、いつの間にか千歳がホルスターから10.5インチモデルのS&W M500(超大型の回転式拳銃)を2丁抜き構えていた。

 

10.5インチモデルのS&W M500はハンターモデルと呼ばれ500S&Wマグナムという50口径のマグナム弾を使用する。この弾丸の威力は44マグナム弾の約3倍の威力を誇り、常人が連続で10発程度撃つと発砲の反動で手が痺れ文字を書くことすらままならなくなることがある。

 

「あ、あ、あああぁぁ……」

 

「い、いやだ……」

 

そんな凶悪な銃の銃口を向けられているとは知らないものの、銃口がこちらを向いているという事実だけで恐慌状態に陥った兵士達に千歳はドカドカと拳銃とは思えない銃声を響かせ情け容赦なく50口径のマグナム弾を撃ち込んでいく。

 

「う、腕がぁぁぁ!?」

 

 

 

「し、死にたくない……だれか……助け……」

 

「ゴフッ……か、母さん……」

 

千歳の前を塞いでいたほとんどの兵士が50口径のマグナム弾により吹き飛ばされ、はらわたを露にし地面をのたうち回る。

 

「も、もう駄目だ……」

 

「あぁ……神様っ」

 

魔法障壁を展開しながらアデルを取り囲んでいる魔法使い達が目の前で死んでいく仲間達を見て、千歳にはどう足掻いても勝てないことを悟り悲嘆に暮れていた時だった。

 

「皆、待たせたな。離れていろ」

 

そう言って濁流のように荒々しく渦巻く風を纏ったアデルが前に進み出てきた。

 

「ア、アデル様!!」

 

「これで……これで我々の勝利は決まった!!」

 

時間稼ぎに成功し歓喜の声を上げた兵士達は千歳と対峙するアデルから離れ距離を取った。

 

「……」

 

「よくも好き勝手にやってくれたな。だが、貴様の命運もここまでだ!!身体強化の魔法を重ね掛けしあらゆる攻撃を弾く風の鎧を纏ったこの俺は無敵――なっ!?グハッ!?」

 

「「「「ア、アデル様!?」」」」

 

風の鎧を纏ったことで余裕を持って喋っていたアデルだったが、一瞬で間合いを詰められ気付いた時には何の抵抗も出来ず千歳が居合いのように抜き放った日本刀で斬り飛ばされていた。

 

風の……鎧を…斬り……裂いた、だと!?そんな……バカな!?……それに……速……すぎる……動きが……見え……なかった……!!

 

吹き飛ばされドゴンッ!!と岩にめり込んだアデルは痛みのお陰で保つことの出来た意識の中で驚いていた。

 

「無敵……?貴様程度が?笑わせるな」

 

たった一撃、たった一撃でアデルがあらゆる攻撃を弾くと言った風の鎧は千歳によって斬り裂かれてしまい、またアデルがダメージを受けた際に意識を乱し魔力の供給を行えなかったため風の鎧は消失していた。

 

「くっ……こ、このぉぉーー!!」

 

風の鎧を失い防御面では丸裸に近い状態に陥ったアデルが流れをこちらに向けようと我武者羅に千歳に向かっていく。

 

「ラアアアァァァーー!!」

 

――ガンッ!!

 

「……」

 

持てる限りの力を込め振り下ろされた聖剣を千歳は日本刀で軽く受け止める。

 

「……この程度か?」

 

「このっ!!馬鹿力め!!――だがこれで!!」

 

鍔迫り合いに持ち込んだアデルがニヤリと笑う。

 

「いいことを教えてやろう!!俺の持つこの聖剣には斬り結んでいる相手の魔力を奪うという能力があるんだ!!」

 

「それがどうした?」

 

「フンッ、そうやって余裕をかましていられるのも今のうちだ!!」

 

千歳が身体強化の魔法を使って恐るべき身体能力を発揮しているのだと考えたアデルは聖剣の能力で千歳の魔力を奪えばアミラを倒した時のように勝てると思い聖剣の能力を発動させた。しかし

 

「……なに…………まさか……貴様………………魔法を使っていない……のか?」

 

聖剣の能力を発動しても一向に千歳から魔力を奪えなかったアデルが、ようやくある事実に気が付く。

 

「そんなまさか……貴様、素の状態で……いや、そんなはずはない!!そんな――」

 

衝撃的な事実にアデルが動揺し狼狽えた瞬間、千歳は先程と同じようにアデルを斬り飛ばした。

 

「グハッ!!……そんな……そんなことが!!」

 

今度は白銀の鎧を斬り裂かれたアデル。もう後に残っているのは鎧の下に着ていた薄い肌着のような服だけだった。

 

「もう終わりか?」

 

アデルの鎧を破壊した際に刃こぼれしまった日本刀を投げ捨て千歳がアデルに近付いていく。

 

「立て」

 

「……うぐっ!!」

 

「ほら、立て」

 

「うがっ!?」

 

絶対的な力の差を思い知り戦意を喪失し座り込んでいたアデルを無理やり立たせた千歳は満身の力を込めてアデルを殴り付ける。

 

「ッ!!ァグッ!!ァ、ッ!!」

 

千歳の拳が体に食い込むたびにアデルは声にならないうめき声を出す。

 

「どうした……貴様は無敵なんだろ?あぁ!?」

 

「アガッ!?」

 

頭突きを浴びせたあとアデルの襟元を掴み捩り上げた千歳はアデルを背負い投げのように放り投げた。

 

「グッ!!っ、……ゲホッ!!……ク、クソッ!!」

 

肌着を破られシルクのような白い肌と丸びを帯びた豊かな胸を外気にさらしているアデルが痛みに呻きつつ声を漏らす。

 

「……貴様、女だったのか?」

 

上半身裸になってしまったアデルの目の前に立つ千歳は事実を知って少しだけ驚きに目を細め言った。

 

「ッ!!……貴様には……関係無いっ!!」

 

「そうか、そうか、女か……都合がいい。基地に帰ってから行う拷問の幅が増えた」

 

アデルが女だという事実を知った千歳は悪魔のような笑みを浮かべ一人言のようにそう呟いた。

 

「ひっ……っっ……お、俺は…まだ負け………ガハッ!!」

 

千歳の笑みにうすら寒いものを感じ取ったアデルが、なんとか気合いを入れ直しガタガタと震える足に喝を入れ立ち上がろうとした瞬間、アデルは千歳に頬をぶん殴られ完全に意識を失った。

 

「渡り人と言ってもこの程度か……たわいもない」

 

アデルの生け捕りという任務を達成した千歳は自身の人外的な強さを棚に上げアデルの強さを酷評していた。

 

「あちらも……もう終わりだな」

 

アデルから視線を外した千歳がアミラに視線を向けるとちょうどアミラの方も終わりに差し掛かった所だった。

 

 

 

「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない」

 

護衛のエルフ達の屍に囲まれてネルソンはただ震えていた。

 

「さて、あと1匹」

 

最後までしぶとく生き残っていたエルフをグチャ!!と潰したアミラがネルソンに近づく。

 

「お、お願い、た、た、助けて、い、命だけは……ぼ、ぼ、僕は、こんなに――」

 

「よいしょっと」

 

ネルソンの命乞いを無視してアミラは大剣を振り下ろした。

 

ブチュッ!!とトマトが潰れるような音が辺りに響く。

 

それを最後に裏切り者のエルフ達は全てアミラの手によって捻り潰された。

 

 

 

「こっちも終わったよ」

 

「そうか」

 

足首を持ちアデルを引き摺って運んでいる千歳の元に返り血を浴びたアミラがやって来た。

 

「アデル様が……やられた」

 

「そんな……」

 

「に、逃げろぉーー!!」

 

「ありゃ?逃げちまうよ、いいのかい?」

 

頼みの綱であるアデルや魔導兵器、自動人形が全て倒されたことで戦意を失った帝国軍の僅かな生き残り達が脇目もふらず逃げていくのを見てアミラが千歳に問い掛ける。

 

「逃がしはしない。――ルーデル喰らい尽くせ」

 

アミラの問い掛けに簡潔に答えた後、千歳が無線機に向かって喋り掛けた。

 

『ヤー(了解)』

 

直後、甲高いエンジン音が聞こえたかと思うと空を覆っている灰色の雲を切り裂き11ヵ所のハードポイントにSUU-23(M61A1バルカンをガス圧駆動に改造したGAU-4を搭載しているガンポッド)を搭載したルーデル少佐専用機のA-10、そのタイプ2が現れた。

 

「総統閣下に仇成す敵は汚物!!汚物は……消毒だああぁぁ!!」

 

自身の最も得意な攻撃方法――急降下を行いつつ照準を定めたルーデル少佐はトリガーを引く。

 

11門の20mmガトリング砲と1門の30mmガトリング砲が同時に火を吹き、まるで南国のスコールのような激しさで敵を撃ち据える。

 

「オオッ!!容赦ないねぇ〜」

 

後方で巻き起こった爆風に驚き振り返ったアミラはニヤニヤと笑っていた。

 

何故ならルーデル少佐の攻撃――幅20メートル程しかない谷の細長い開口部を針穴に糸を通すような正確さで通り抜けた無数の砲弾が逃げていく兵士達を20mmと30mmの砲弾によって爆砕したからだ。

 

数秒間の短い攻撃だったにも関わらず逃げようとした兵士達は皆、例外なくミンチとなり谷底を赤く染め上げるのに貢献していた。

 

「撤収するぞ!!」

 

アデルを生け捕りにし敵を殲滅した千歳の掛け声に部隊が撤収の準備に入る。

 

「貴様らは遺体の回収と墜落した機体の完全破壊をやっておけ」

 

「「「ハッ、了解しました」」」

 

一部の兵士を墜落したプレジデントホークに向かわせ遺体の回収を命じた千歳は上空でホバリングしているMV-22オスプレイから下ろされたカーゴにカズヤと共に乗り、ウィンチで引き上げられ機内に乗り込むとデイルス基地に向け帰路を急いだ。

 

 

 

なんとか助かったな……そう言えば千歳って今どれくらいのレベルなんだろう。

 

オスプレイの機内で衛生兵と軍医による傷の応急処置、そして魔法が得意なルミナスとウィルヘルムに回復魔法をかけてもらっている時、圧倒的な強さでアデルを倒した千歳の姿をふと思いだし気になったカズヤは能力を発動させた。

 

 

[神の試練・第二]

魔物達の棲まう谷底から生還せよ!!

 

完了しました。

 

 

これじゃない……。

 

[ヘルプ]

・お知らせ。

アデル・ザクセンを捕縛したことで得られる特典・能力はありません。

 

そうなのか……いや、これが知りたかった訳じゃない……これだ。

 

何度か操作を間違えたカズヤはようやく目的の場所を開く事が出来た。

 

 

名前

片山 千歳

 

レベル

 

称号

断罪者・狂信者

 

性格

狂信・狂愛・献身・狂依存

 

 

………………………………………………………………レベル∞ってなに?……えっ?……最強なの?えっ?称号ってなに?断罪者・狂信者ってなに?……えっ?……。

 

カズヤの右手を両手で包み込みようにギュッと握り心配そうな顔でカズヤを見つめている千歳。

 

そんな千歳と視線を合わせているカズヤの頭の中では?マークがグルグルと回っていた。

 

カズヤの疑問はさておき、こうして救出作戦は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「閣下は第1手術室に!!他の者は処置室に廻せ!!」

 

「急げ!!」

 

デイルス基地に帰還するとすぐにカズヤ、ミーシャ、フィーネ、ライナ、レイナ、エルが病院に運び込まれた。

 

重症のカズヤはすぐさま手術室に運ばれ比較的軽症のミーシャ、フィーネ、ライナ、レイナ、エルは処置室に送られた。

 

「……ご主人様」

 

カズヤの手術が行われている手術室の前でうろうろと落ち着かない様子で歩き回っている千歳がカズヤの事を心配し想っている時だった。

 

「た、大変です!!千歳副総統!!」

 

基地に緊急事態を知らせる警報が鳴り響き、同時に慌てた様子で走ってきた兵士が千歳に信じがたい事実を告げた。

 

「こんな時に敵の二方面同時侵攻だと!?」

 

デイルス基地の司令部へ急ぎながら千歳は知らせを持ってきた兵士を問いただす。

 

「は、はい!!ポイント2―3と4―5にて敵の侵攻を確認しました!!」

 

「敵の戦力と現在の状況は?」

 

「ハッ、ポイント2―3より超大型魔導兵器1体を含む大部隊が突如出現し国境の要塞群を破壊、突破。首都に向け進撃中。30分後ジャール平原にて第1、第2機甲大隊が会敵予定。ポイント4―5からは陸戦型、飛行型魔導兵器を中核とした中規模の部隊がアルバム公国の領内を通り、妖魔連合国とアルバム公国の国境を流れるイル川の手前に集結中。現在、イル川の側にある街――バインダーグに偶然居合わせた戦闘工兵中隊とパトロール小隊、ドイツ軍装備の義勇――外人部隊が迎撃態勢を整えております」

 

「なんだと……」

 

事の事態は千歳の予想を上回る早さで動き始めていた。

 



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18

どこまでも続く荒涼としたジャール平原では、ネズミの大群のように地上を埋め尽くす数千の陸戦型魔導兵器と空をブンブンと蝿のように飛び回る飛行型魔導兵器、そして強力な魔法障壁を展開している全長50メートルの巨大な西洋甲冑――フルプレートアーマーの姿をした超大型魔導兵器の進撃を食い止める為に第1、第2機甲大隊やデイルス基地よりスクランブル発進した航空隊が激しい戦闘を繰り広げていた。

 

「目標、超大型魔導兵器!!てぇー!!」

 

ヴィットマン大尉の気迫のこもった指示の元、M1A2エイブラムスの44口径120mm滑腔砲から成形炸薬弾(HEAT)が轟音と共に放たれる。

 

同時に第1機甲大隊の他のM1A2戦車からも超大型魔導兵器に向け成形炸薬弾が発射された。

 

爆風と閃光を放ち撃ち出された数十発の成形炸薬弾は獲物を前にした猟犬の如く超大型魔導兵器に向かって飛んで行き命中――するかと思われた寸前、超大型魔導兵器が展開している魔法障壁に阻まれ目標の手前で一斉に爆発した。

 

そして一度は爆煙の中へと姿を消した超大型魔導兵器だったが、すぐに爆煙の中から何事も無かったかのように姿を現し進撃を続ける。

 

「目標健在!!効果なし!!」

 

「チィ、やっぱり駄目か!!」

 

砲手を務めるヴォルの報告にヴィットマン大尉は眉にシワを寄せ何度砲撃を繰り返しても倒すことの出来ない超大型魔導兵器を睨み付けた。

 

「っ!?ハンマーヘッド1よりHQへ!!空の連中が帰って行くぞ!!どうなっている!!」

 

迫り来る魔導兵器群と距離を保つため全速後進をかけながら砲撃を繰り返している最中、上空で飛行型魔導兵器を相手に戦っていたF-22ラプターとF-2戦闘機、計20機が翼を翻して飛び去って行くのに気が付いたヴィットマン大尉が無線機に向かって声を張り上げる。

 

『こちらHQ、当該空域に展開中の航空機は全機弾切れだ』

 

「なら他のやつをさっさと寄越してくれ!!」

 

『残念だが、それは無理だ』

 

「なっ!?無理ってどういう事だ!!基地にはまだ予備機を含め100機近く残っているはずだろうが!!」

 

『そちらで今さっきまで戦っていたのがデイルス基地の直掩機を含む予備機だ。デイルス基地所属の航空戦力はほとんどが総統閣下の救出作戦に参加していたため出撃が出来る状態ではない。現在再出撃の用意が進められているがまだ時間がかかる』

 

「クソッ、ならしょうがない。了解した!!だが、なるべく早く頼むぞ!!オーバー」

 

ということは制空権を奪われたのか!?不味いな……。

 

エアカバーを失い丸裸同然の状況に追い込まれたことにヴィットマン大尉は額から一筋の汗を流す。

 

そんな時、周辺警戒にあたっていた装填手のロンが悲鳴のような声を上げた。

 

「大尉!!3時方向より敵機来ます!!」

 

多勢に無勢の中、パイロットの技量と機体の性能の差で善戦していた航空隊が帰ったことで邪魔者が消え空を我が物顔で飛び回る事が出来るようになった飛行型魔導兵器が地を這うことしか出来ない戦車隊に襲い掛かる。

 

「全車、多目的榴弾装填!!目標、3時方向の飛行型魔導兵器群!!」

 

こちらの都合のいいことに編隊を組んだまま地上スレスレまで降りてきてすれ違い様に攻撃を仕掛けようとしている30機程の飛行型魔導兵器に向け第1機甲大隊のM1A2戦車50両がモーター音を鳴らしながら一斉に砲塔を回転させる。

 

「てぇー!!」

 

まだ技術的な問題があるのだろう、100キロから200キロ程度のゆっくりとした速力でしか飛行出来ない飛行型魔導兵器が射程圏内に入った瞬間ヴィットマン大尉の号令の元、飛行型魔導兵器に向け一斉射が行われた。

 

轟音とともに計50発の多目的榴弾が空を駆け飛行型魔導兵器に接近した瞬間、多目的榴弾の近接信管が作動し爆発、空中に対空砲火の網を張る。

 

結果、6機の飛行型魔導兵器がその対空砲火の網に捕らわれ爆散または火を吹き地上に激突していった。

 

「ぜ、全機離脱せよ!!」

 

『りょ、了解!!』

 

地を這うことしか出来ない“獲物”から思いもよらない反撃を受け、驚いた帝国軍の指揮官が飛行型魔導兵器に搭載されている魔導通信機を通じ部下達に離脱を命じた。

 

 

だが残った24機の飛行型魔導兵器が離脱しようとした瞬間、第1機甲大隊の一斉射の後に行われた第2機甲大隊の一斉射により更に8機が叩き落とされた。

 

「く、くそ!!よくも仲間をっ!!…………なら……真上から殺ってやる!!」

 

仲間の仇を取るためにM1A2戦車をじっと観察している帝国のパイロットがいた。

 

そのパイロットは戦車が真上には攻撃出来ない事を見て取るとターゲットに定めた戦車の真上から急降下をかける。

 

「ゲッ!?ヤバい!!」

 

偶然にもターゲットにされた戦車――ハンマーヘッド2―5のバルクマン軍曹が砲塔にある車長用のハッチから体を乗り出した状態で目を見開き硬直する。

 

「やっぱり!!くた――」

 

パイロットは自分が考えた通り、真上から接近すれば反撃を受けずに済んだことにほくそ笑む。

 

そして彼の乗る機体が魔砲を構えM1A2戦車の比較的装甲の薄い砲塔上部に向け今まさに魔力弾を放とうとした瞬間、機体が突然爆発した。

 

「い、いてっ!?何が!?」

 

爆散した飛行型魔導兵器の小さな残骸を頭に食らい(ヘルメット越しだったが)バルクマン軍曹は目に涙を浮かべながら何が起きたのかと辺りに視線を送る。

 

『おぉーい、そこの戦車ぁ!!大丈夫か?』

 

キョロキョロと辺りを見渡していたバルクマン軍曹に無線を通じて語りかけて来たのはオルガの街の防衛戦でも一緒になった高射中隊の兵士だった。

 

「い、今のはお前らがやってくれたのか?」

 

第1、第2機甲大隊に合流し飛行型魔導兵器を追い払うため熾烈な対空砲火を開始した87式自走高射機関砲やアベンジャーシステムを搭載したM998ハンヴィーに視線を送りつつ、バルクマン軍曹が問う。

 

『いや、俺達じゃない。空を見てみろ』

 

「へっ!?な、なんじゃこりゃ!!」

 

言われて空を見上げたバルクマン軍曹はどこか楽しげに驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

敵部隊接近の報を受けてデイルス基地では蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

『総員第1種戦闘配置!!繰り返す総員第1種戦闘配置!!』

 

けたたましく鳴り響く警報と共に第1種戦闘配置の命令が繰り返され、基地内部ではほとんどの兵士が駆けずり回っている。

 

「第3歩兵小隊は基地の南の防衛だ!!ありったけの武器を持っていけ!!」

 

「いいか、こことここに対戦車兵器を配置させろ」

 

「各航空隊は再発進急げ!!」

 

「おい!!サイドワインダーが足りないぞ、さっさと弾薬庫から出してこい!!」

 

接近中の敵部隊に備える為に基地に駐屯している部隊はその全てが戦闘態勢に入り、飛行場の滑走路にはカズヤの救出作戦に参加し帰還してきた航空機が次々と滑り込み、再出撃ためにそこかしこで燃料及び弾薬の補給を行っていた。

 

「超大型魔導兵器に対し通常兵器の効果なし!!」

 

「ジャール平原で戦闘中の航空隊全機残弾ゼロ!!当該空域より離脱!!」

 

「第1、第2機甲大隊のエアカバー喪失、丸裸です!!」

 

「バインダーグより入電!!帝国軍がイル川の渡河を開始、これより戦闘を開始するとのことです!!」

 

「デイルス基地航空隊の燃料及び弾薬の補給、あと15分で完了!!」

 

デイルス基地の司令部にある作戦指令室では次々と舞い込んでくる報告が情報管制官によって読み上げられ、また各部隊の車両に搭載されているカメラを通してジャール平原での戦闘風景が作戦指令室の巨大なモニターに映し出されていた。

 

「……我々の……私の……ご主人様にあろうことか傷をつけ更に今回の件……帝国のゴミ屑共はそんなに死にたいのか……そうか……そうか……なら核で焼き払って希望通りに殺してやろうではないか……手始めにあの目障りな木偶の坊からだ」

 

カズヤを傷付けられたことだけでも赦せないというのにアデルとネルソンによる奇襲作戦が失敗したと見るや否や大部隊を投入し是が非でもカズヤの首を取ろうと目論む帝国に対し千歳がぶちギレた。

 

「い、いけません。副総統!!」

 

ブツブツと独り言のように「……殺す……殺す……絶対殺す……女子供も関係ない……皆殺しだ」と呪詛の言葉を漏らし黒いオーラを放つ千歳にビビりながらもミレイ少将が制止の声をあげた。

 

「……何か言ったか?ミレイ少将」

 

――ギロッ!!

 

「ヒッ!!あ、いや、そ、その!!同盟国の領土内で核の使用はいかがなものかと……。そ、それに――……こ、これを見てください!!今、核を使用すれば戦闘中の第1、第2機甲大隊やその他の部隊も甚大な被害を受けます!!」

 

千歳の光のない、どこまでも暗い瞳を向けられて思わず悲鳴を上げてしまったミレイ少将。

 

しかしすぐに気を取り直して妖魔連合国の全土図が映し出されている大きな3D卓上モニターを操作し超大型魔導兵器――敵部隊を示す赤い光点と味方部隊を示す青い光点、それに核を使用した際の加害範囲を表示して今、核を使用すれば味方部隊にも甚大な被害が生じることを明確にすることで千歳に核の使用を思い止まらせようとした。

 

「……退避命令は出す」

 

だが、千歳はミレイ少将の危惧や思惑を一言で切って捨てあくまで核を使い敵を焼き尽くそうとしていた。

 

「し、しかし……」

 

千歳の有無を言わさぬ鋭い眼光の前に何も言えなくなったミレイ少将は黙り込んだ。

 

そしてもはや千歳による核の使用は回避出来ないかと思われたそんな時、千歳とミレイ少将の背後にある扉がプシュと音をたて開き誰かが部屋の中に入ってきた。

 

それに気が付いた千歳やミレイ、他の将校達が後ろを振り返り驚きに目を剥く。

 

「ご、ご主人様!?なぜここに!!お身体は大丈夫なのですか!?」

 

「カ、カズヤ様!?」

 

「「「「総統閣下!?」」」」

 

部屋の中に入ってきたのはメイド衆や親衛隊の隊員、そして身の丈よりも大きな杖を持ち真っ黒なローブを着たセリシアとパラベラム本土にいるはずの伊吹を引き連れたカズヤだった。

 

「俺は大丈夫だ。それより今の状況は?」

 

先程まで手術を受けていたはずのカズヤがことなにげにそう言って千歳達に現状の報告を求める。

 

「俺は大丈夫、ではありません!!ご主人様!!お身体――」

 

「セリシアとメイド達の回復魔法で治した」

 

身を案じてくれている千歳の言葉を遮りカズヤは淡々と事実を言った。

 

「……セリシア?――なっ!?貴様が何故ここに!!」

 

カズヤの言葉でようやくセリシアが居ることに気が付いた千歳はセリシアに対し敵意の籠った視線を向け言った。

 

「私が連れて来たのです。万が一の事を考えて」

 

「なんだと?伊吹……貴様、分かっているのか?いくら我々に帰順の意を示したといってもコイツは捕虜だった女だぞ!!そんな女を――」

 

「分かっています。ですがセリシアの力の事を考えれば使わない手はありません。現にご主人様の体も治りました」

 

「ぐっ……だがコイツは信用出来ん!!それにコイツがご主人様に危害を加えないという保証はない!!」

 

「……聞き捨てなりませんね。私がカズヤ様に危害を加えるなどと言う戯言は。それと私は貴女方に帰順したのではありませんカズヤ様の雌奴隷になっただけです」

 

千歳と伊吹の会話に割り込み最後にフン。と鼻を鳴らし千歳を嘲笑うかのようにセリシアが言った。

 

「なんだと……貴様?」

 

「なにか?」

 

「ありがとうミレイ――2人共、そこまでだ。今は喧嘩をしている場合じゃないぞ」

 

セリシアの挑発するような態度に千歳が額に青筋を浮かべ掴み掛かろうとした時、ミレイ少将から現状の説明を受けていたカズヤが2人を黙らせた。

 

「は、ハッ、申し訳ありません。ご主人様」

 

「も、申し訳ありません。カズヤ様」

 

カズヤの言葉に苛立ちが交じっていることに気が付いた2人はビクッと身を震わせた後、すぐに大人しくなり頭を下げた。

 

「よし、じゃあまずあのデカブツを仕留めるぞ」

 

気合いを入れ周りに宣言するようにカズヤが言った。

 

「ハッ、了解しました。……ですがご主人様、奴は強力な魔法障壁を展開しており生半可な攻撃は通用しません」

 

「そうみたいだな」

 

超大型魔導兵器が第1、第2機甲大隊の砲撃を気にした様子もなく首都に向け進み続ける姿が映る巨大モニターを見ながらカズヤが頷く。

 

「なので……核を使用して一気に」

 

「いや、核を使うことも無いだろう」

 

「……と言うと?」

 

カズヤの言葉に千歳が首を傾げた。

 

「そろそろです」

 

千歳の疑問に被せるように伊吹が言った直後、作戦指令室にある報告が入った。

 

「南東より正体不明機多数接近!!IFFに……は、反応あり!!友軍機です!!数は……200以上!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「こりゃ……すごいな……航空機の大展示会だ」

 

バルクマン軍曹は自身の危機を救ってくれた友軍機の群れが空を飛び交うのを見て感心したような言葉を漏らした。

 

空を飛び交うのはパラベラム本土から(前哨基地を経由して)カズヤの救出作戦に参加するべく押っ取り刀で飛んできた機体達。

 

パラベラム陸軍及び空軍所属の戦闘機――F-15イーグル、F-15Eストライクイーグル、F-16ファイティングファルコン、F-22ラプター、Su-33、Su-35、ラファール、タイフーン、サーブ39グリペン、F-2。

 

パラベラム海軍及び海兵隊所属の戦闘機――F-14トムキャット、F/A-18E/Fスーパーホーネット、ハリアーII。

 

そしてパラベラムの技術者達が技術の粋を集めて完成させた最新鋭機のF-35ライトニングIIやPAK FA(T-50)更に研究用に召喚してあった概念実証機のSu-47までもが空を舞う。

 

「圧倒的だな。我が軍は」

 

パラベラムの国旗――白地の中央に緋色の丸い円――緋の丸を翼に刻印した200機近い戦闘機が空を乱舞し飛行型魔導兵器に各種空対空ミサイルや機銃弾を叩き込みバタバタと落としていくのを見てヴィットマン大尉が感慨深げに言った。

 

「しかし制空権を確保したはいいが……奴はどうやって倒せばいいんだ?砲弾も対地ミサイルも効かないようだし……重爆の到着を待つか?――っ!?おいおい!!本当かよ!?」

 

デイルス基地には配備されていなかったF-16、Su-33、Su-35、ラファール、タイフーン、グリペン、F/A-18E/F、ハリアーIIが放つ何百発という空対地ミサイルのAGM-65マーベリックやKh-29を撃ち込まれても展開している魔法障壁のお陰で傷ひとつ付かない超大型魔導兵器をどうやって倒せばいいのかと悩んでいたヴィットマン大尉があることに気が付いた。

 

そのあることとは数十機のC-5ギャラクシーが地上スレスレを飛行してこちらに向かって来る事だった。

 

「増援か!!」

 

超低空で編隊を組んだC-5ギャラクシーはヴィットマン大尉達がいる場所から5キロ程後方で後部の貨物用ハッチを開き積載していた物を投下し始めた。

 

「……今度は陸の展示会でも開くのか?」

 

ヴィットマン大尉は輸送機から次々と投下される戦車を見てそう呟く。

 

ヴィットマン大尉の視線の先で行われているのはLAPES(ラペス)という輸送機から物資を投下する方法の一種。

 

地上スレスレの低空で飛行する輸送機の後部ハッチから物資や戦車をパラシュートによって引き出しそのまま地上へ投下する方法で戦車のような重量物でも素早く下ろすことができるため、前線での戦術輸送に都合がいい手段である。

 

だがいくら低空からの投下と言っても落下時の衝撃や着地時の地面との摩擦が発生するため専用のパレットなどで戦車を保護しておく必要がある。

 

そして、そんな手法で戦場に投下されたのはパラベラム本土で親衛隊が運用しているチャレンジャー2、メルカバMk4、レオパルト2A6、ルクレール、T-90Aといった第3〜3.5世代の主力戦車達だった。

 

『ヴィットマン大尉、苦戦しているようだな手伝うぞ』

 

投下され完全に動きが止まったことを感知すると役目を終えた専用パレットの固定ボルトが自動で吹き飛ぶ。

 

拘束が解かれたことを確認すると同時にエンジンを唸らせ走り始めたレオパルト2A6からヴィットマン大尉に無線が入る

 

「その声……まさか、クルト少佐ですか!?」

 

ヴィットマン大尉に無線を介して声を掛けたのはクルト・クニスペル少佐。第二次世界大戦にドイツ軍の戦車長として従軍し大戦で世界最多の敵戦車撃破数168両を記録した英雄である。

 

『あぁ、そうだ』

 

「クルト少佐が援軍とは心強い!!よしそれじゃあ反撃と行きま――」

 

『マズイ!!全車散開しろ!!』

 

援軍としてやって来たのがクルト少佐率いる腕利きの戦車隊だと分かったヴィットマン大尉は嬉しげな声を上げ視線を前に戻した。

 

瞬間、バルクマン軍曹の危険を知らせる声が響き、そして超大型魔導兵器が右手に持っている巨大な魔砲と左手に持っている盾を構えたのを見て思わず固まってしまったヴィットマン大尉の意識は光に包まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

増援部隊が戦場に到着しこれから反撃という所で超大型魔導兵器から想像以上の攻撃を食らい作戦指令室の中は静まり返っていた。

 

「「「「……」」」」

 

ようやく戦場に到着したMQ-9リーパーが送ってくる映像には超大型魔導兵器が放った魔砲の直撃を受け第1機甲大隊が閃光の中に飲み込まれ半滅した様子と核兵器を使用した直後のような巨大なキノコ雲がジャール平原に立ち上っているのが映っていた。

 

「だ、第1機甲……大隊……被害甚大」

 

超大型魔導兵器が撃った魔砲の威力に皆、絶句していた。

 

「……前言撤回、核を使う」

 

超大型魔導兵器の脅威度を見直したカズヤが険しい顔でポツリと呟く。

 

「お、お待ちくださいカズヤ様!!先程、副総統に説明したように今、核を使用すれば甚大な被害が出ます!!」

 

「そんなことは分かっている!!」

 

「でしたらどうかご再考を!!せめて部隊が撤退する時間を!!」

 

「部隊が撤退……?ミレイ何の話だ?」

 

「えっ……?」

 

カズヤとミレイはお互いに噛み合わない話に首を傾げた。

 

「……ご主人様。ミレイ少将は核の運用方法を決めた会議に出席しておりません」

 

「あぁ、それでか」

 

「?」

 

話に付いて行けてないミレイ少将は困惑した様子でカズヤと千歳の顔をしきりに確認していた。

 

「ミレイ、核は使うが直接じゃない」

 

「……ということは、まさか――!?」

 

「説明は後だ」

 

何かに気が付いたミレイ少将は驚いた顔をして口に手を当てていた。

 

「――長門だ。発射コード0995215――」

 

「っ!?ご、ご主人様……」

 

カズヤが作戦指令室に置かれていた電話を手に取り、パラベラムで唯一核を管理・運用している第666部隊――通称ダストバスターズに発射コードを伝えて核の発射を行おうとすると千歳があることを思いだし物凄く気まずそうに口を開きカズヤの言葉を遮った。

 

「――何なんだ千歳」

 

受話器を耳に当てたままカズヤが千歳に問い掛けた。

 

「あの……ぁ、そ、その発射コードは……もう使えません」

 

「……なんでだ?」

 

「……私が使用したからです」

 

「ちなみに……発射コードを使用した時の核ミサイルの目標は?」

 

こめかみをピクピクと痙攣させているカズヤが冷たい声を出す。

 

「帝国全土……特に人口密集地です」

 

「千歳……後で話がある」

 

「……ハッ、畏まりました」

 

数時間前にアデルや帝国軍相手に無双していた人物とは思えないほど弱々しい姿で千歳は力なく頷いた。

 

「フフッ、いいきみです」

 

「クッ!!」

 

カズヤに聞こえぬようにセリシアが小さく漏らした言葉に思わず声を出してしまいそうになった千歳だったが手をギリギリと握り締ることでなんとか防いだ。

 

「で、今の発射コードは00000000でよかったか?」

 

「……はい、発射コードは一度使用すると00000000にリセットされますので」

 

「待たせた。発射コード00000000。目標は超大型魔導兵器――」

 

セリシアのみに向け怒気を放つ千歳から今の発射コードを聞いたカズヤは改めてダストバスターズに発射コードを伝えた。

 

『――命令を受諾しました。ミサイルの発射準備完了。発射命令をどうぞ』

 

「……発射」

 

そして、カズヤの命令で遂にパラベラム本土にある地下のミサイルサイロよりW87核弾頭を搭載したLGM-30ミニットマンIII――大陸間弾道ミサイル(ICBM)が発射された。



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19

少し時を遡り、カズヤの乗ったプレジデントホークが墜落したという知らせが届き非常事態宣言が発令されたパラベラム本土では伊吹の指揮の元、幾つもの部隊がカズヤの救出作戦に参加するべく出撃準備を進めていた。

 

それに伴い本土全体が騒がしくなっている中で一本の電話が第666部隊――通称ダストバスターズの所に入る。

 

『――構わん。ICBM、SLBMの発射準備を直ちに行え弾頭は核、目標はエルザス魔法帝国全土、発射コード09952158。発射命令を待て』

 

「承知致しました」

 

激情を隠しきれていない千歳の恐ろしい声と核兵器の使用許可が降りたことで、“ある”感情を抱き震える手で受話器を握り締めながら第666部隊の指揮官、ヒルドルブ大佐は千歳に返事を返した。

 

「大佐殿、今の電話は?」

 

「千歳副総統閣下からだ。それより皆、喜びたまえ核の使用許可が出た。しかも目標はエルザス魔法帝国全土だ」

 

部下の問い掛けにヒルドルブ大佐は“喜びに”震えながらさも愉しそうに言った。

 

「ぜ、全土でありますか?」

 

「あぁ、全土だとも。我々の敬愛する総統閣下が殺されたかも知れないのだ。当然じゃないか。まぁ最も、千歳副総統閣下――いや今は総統代理か。……まぁ、何にせよ発射命令待ちだがね。ん?ほらほら各部隊に連絡しないか、それと大陸間弾道ミサイルに核の搭載、戦略爆撃機にもだ。これから忙しいくなるのだからさっさと動け」

 

「「「「「は、はい!!」」」」」

 

ヒルドルブ大佐は凍ったように動かない部下達に気が付き発破をかけた。

 

すると部下達は慌てて事前に準備されていたマニュアルに従って行動を始める。

 

そんな部下達の姿を眺めながらヒルドルブ大佐はポツリと小さな声で呟いた。

 

「……アルマゲドンがこの目で見られることになるとは……私は運がいい」

 

クックックッと笑いながら愉しそうに愉悦の表情を浮かべたヒルドルブ大佐がそう囁いた。

 

しかし翌日になるとカズヤの救出が伝えられアルマゲドンは回避されてしまう。

 

そのことにヒルドルブ大佐は、僅かに肩を落とし落ち込んでいたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

時を現在に戻し、核の使用を決定したカズヤから第666部隊に命令が下る。

 

『待たせた。発射コード00000000。目標は超大型魔導兵器――』

 

カズヤから発射コードと目標を伝えられた第666部隊は核の発射体制を整える。

 

「――命令を受諾しました。ミサイルの発射準備完了。発射命令をどうぞ」

 

『……発射』

 

「発射します!!」

 

カズヤの命令が下されると2人の操作要員が機器に差し込んだカギを同時に捻り、最後にヒルドルブ大佐が歪んだ笑みを浮かべながら満身の力を込めた拳を降り下ろし発射ボタンに被さっている安全カバーを叩き割って発射ボタンを押し込んだ。

 

そうしてパラベラム本土にある地下のミサイルサイロから発射された大陸間弾道ミサイル――LGM-30ミニットマンIIIは白い煙を曳きながら空に昇っていく。

 

「第1、第2ブースター、切り離し成功」

 

一段目、二段目のロケットブースターも無事に切り離し大気圏に入ったLGM-30ミニットマンIIIは三段目のW87核弾頭が入ったMk21再突入体のみが慣性制御で飛び続ける。

 

「目標上空に到達――」

 

そして、本来であれば地上に向け落下していくMk21再突入体は落下せず。

 

「起爆します!!」

 

操作要員の手によってジャール平原の遥か上空、高度100キロの高層大気圏内で起爆させられた。

 

直後、300キロトンの威力を持つW87核弾頭が炸裂し網膜を焼くような強烈な閃光が放たれ第2の太陽が出現。

 

その数十秒後、高層大気圏内で起きた核爆発により強力な電磁パルス(EMP)が発生、大気が希薄な事もあり電磁パルスの原因であるガンマ線が遠くまで届き、電磁パルスの影響範囲は最大で約1000キロにまで達した。

 

 

「来るぞ!!」

 

第1機甲大隊の指揮官ヴィットマン大尉との通信が途絶えまた生死不明の為、指揮を受け継いだクルト・クニスペル少佐が事前にHQからの警告はあったもののそう叫び各車に注意を促す。

 

その直後、真上で起爆した核爆発によって発生した電磁パルスが念のため退避した航空隊やその場に留まっている戦車隊に降り注ぐ。

 

だがカズヤの方針でしっかりと対EMP対策が施された航空機や戦車達には全く被害がなかった。

 

「……やったな」

 

しかし対EMP対策が施されて居なかった魔導兵器達はまともに電磁パルスを浴びて完全に機能を停止していた。

 

何故なら初歩的とはいえ電子機器を機体制御の為に使用していた魔導兵器は電磁パルスによって重要な回路を全て焼き切られ行動不能に陥ったからだ。

 

結果、超大型魔導兵器1を含む数千の魔導兵器はその全てがほぼ無傷で無力化され荒涼としたジャール平原に置かれたオブジェと化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「核の起爆を感知、EMP来ます!!」

 

ジャール平原で魔導兵器が行動不能に陥ったのとほぼ時を同じくしてデイルス基地にも電磁パルスは降り注いだ。

 

「映像回復します」

 

だが航空機や戦車同様に対EMP対策の施された基地では一瞬、電気が消えた程度の被害しか無かった。

 

「……この手段は切り札にしようと思っていたんだがな」

 

行動不能になりジャール平原に立ち尽くす魔導兵器が映る巨大モニターに視線を送りつつやれやれといわんばかりにカズヤが呟く。

 

「それに被害の事を考えると頭が痛い」

 

核の高高度核爆発により地上での被害は無かったが、パラベラムの保有する半数以上の人工衛星がダメになった事で人工衛星を介しての長距離無線やインターネット通信が使用不可能になった事を知らせる報告がカズヤの元に届いた。

 

「……ご主人様、後は我々で処理しておきますのでお休み下さい。いくら傷が治ったといえ疲労は残っているはずですから」

 

「そうか?それじゃあ千歳……悪いが後は頼む」

 

「ハッ、承知致しました」

 

疲労が色濃く残るカズヤは千歳の進言を素直に受け入れると席を立ち、伊吹達を連れ添って部屋から出ていった。

 

それを見送った千歳は前に向き直ると部下達にテキパキと指示を出し始めた。

 

「早期警戒管制機を全機空に上げろ、通信網の回復を最優先!!それとバインダーグの――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

第1から第4まで存在する外人部隊(外人部隊といっても兵科変更を志願したパラベラム軍の後方支援要員やカナリア王国からの移民達、カズヤが買い漁った奴隷、そして教官役の正規兵が入り交じった部隊)のうち、ドイツ軍装備の第1外人部隊は教育過程の終了後、魔物や盗賊を相手に実戦を経験するために偶然訪れていたバインダーグで帝国軍の陽動部隊との戦闘に否応なしに巻き込まれていた。

 

「やはり多いな……」

 

川幅500メートル、水深は一番深くても1メートルという広くて浅いイル川をリザードマンやゴーレムといった魔物、自動人形が先陣をきりその後ろに続いて陸戦型魔導兵器や歩兵が次々と渡河しそれを空を舞う飛行型魔導兵器が支援している。

 

その光景を第1外人部隊の隊長、バール・アーダルベルト中佐が煩わしそうに眺めていた。

 

「隊長、民間人の避難及び各部隊の戦闘準備完了しました。ご命令を」

 

そんなバール中佐に急かすように声を掛けたのはカナリア王国からの移民で第1外人部隊の副隊長を務める狐耳族のエルヴィン・ロンメル少佐だった。

 

「ん?……あぁ、そうだな。作戦通りやつらが川を渡りきったら攻撃を開始しろ。後、本部にも連絡を」

 

迫りつつある敵から視線を外し手に持っている自軍の戦力表と睨み合いを始めたバール中佐が言った。

 

「ハッ、了解しました」

 

「……」

 

ロンメル少佐の返事を右から左に流し聞きしながらバール中佐は思案にふけっていた。

 

まぁ、これだけ戦力があれば何とかなるだろう。

 

 

第1外人部隊。

III号戦車(J型の長砲身仕様)×3

 

IV号戦車(J型)×5

 

V号戦車パンター×10

 

VI号戦車

(ティーガーI)×5

 

(ティーガーII)×5

 

VIII号戦車マウス×2

 

ヤークトパンター×5

 

フンメル(自走砲)×10

 

III号突撃砲(G型)×10

 

ヴィルベルヴィント(自走式対空砲)×5

 

Sd.Kfz.251 9型(7,5cm自走砲搭載半装軌車)×10

 

 

戦闘工兵中隊。

M1 ABV×2

 

M2ブラッドレー×2

 

ハンヴィー×4

 

クーガー装甲車×2

 

M1126ストライカーICV(兵員輸送車仕様)×4

 

M1132ストライカーESV(工兵車仕様)×4

 

パトロール小隊。

ハンヴィー×2

 

クーガー装甲車×2

 

 

 

うん。これ以外に歩兵も300人程いるし、また我々、外人部隊の兵器は旧式とはいえ改良もされてる。それに行軍訓練、実戦も兼ねていたから武器弾薬燃料も腐るほど持ってきているからそっちの心配も大丈夫。

 

まぁ、練度が低いのが少し心配だが……。

 

「あ、あの……バール中佐」

 

バール中佐が戦力表を眺めながら自分が立案した作戦にどこか不備がないかと思案に暮れているとロンメル少佐がおずおずと声を掛けてきた。

 

「なんだ?」

 

「戦闘が始まる前に1つお聞きしておきたい事が……」

 

「言ってみろ」

 

「ありがとうございます。あの……私が第1外人部隊の副隊長になったのは総統閣下の推薦があったからだという話を耳にしたのですが……本当でしょうか?」

 

ロンメル少佐は第1外人部隊の副隊長に就任してからこの方、ずっと気になっていた事を戦闘が始まる前に思いきってバール中佐に尋ねた。

 

「……本当だが、それがどうかしたのか?」

 

「いえ、ただ会ったこともない私をなぜ総統閣下が部隊の副隊長に推薦したのかが分からず……」

 

少し困惑したような顔でロンメル少佐が呟く。

 

「あぁ、理由が知りたかったのか。んー、強いて言えばお前が“狐耳族の”エルヴィン・ロンメルだったからだな」

 

「は、はぁ……」

 

カズヤがドイツ第3帝国の『砂漠の狐』と呼ばれたエルヴィン・ロンメル元帥の名前と同じでまた狐耳族だからという理由で部隊の副隊長にロンメル少佐を選んだということは言わずにバール中佐は笑って答えた。

 

そんなバール中佐の返答に聞く前よりも謎が深まったロンメル少佐は首をしきりに傾げていた。

 

「ま、なんにせよ総統閣下はお前に期待しているってことだ」

 

「そう……なのでしょうか」

 

ロンメル少佐がバール中佐の説明に無理やり自分を納得させていると、突然1発の砲声がバインダーグに響き渡った。

 

「なんだ?まだ敵は川を越えていないぞ、誰が撃ったんだ?通信兵、問い質せ」

「了解。――CPより各車、発砲したのは誰か?――……了解。隊長、今撃ったのはティーガーIの2号車でした。戦果は飛行型魔導兵器1機撃墜、撃った理由は『撃てば当たるような気がしたから撃った』だそうです」

 

「…………以後、勝手な発砲は控えこちらの命令に従えと伝えておけ」

 

「了解しました」

 

CPを務める通信兵からもたらされた報告に呆れたバール中佐は力なくそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「攻撃開始!!」

 

帝国軍部隊がイル川を越えた瞬間、パラベラム軍から熾烈な攻撃が開始された。

 

まずフンメルやIII号突撃砲、Sd.Kfz.251 9型の榴弾が一斉に降り注ぎついで戦車や装甲車の砲弾、歩兵の持つ対戦車兵器や重機関銃による弾幕が展開された。

 

それにより先陣をきっていた魔物がバタバタと倒れ、流れ出た血がイル川を赤く染め上げていくが後続の魔物はそんな事を気にした様子もなく突撃を継続しバインダーグ市街に肉薄。

 

その後ろからは突撃する魔物を援護するように魔砲を撃ちまくる陸戦型魔導兵器や魔法障壁を展開しながら果敢に前進する魔法使いと魔法使いに続く歩兵がいたが、こちらも先陣を行く魔物と同様に屍を量産しつつあった。

 

また地上部隊の支援の為、飛行型魔導兵器が魔砲による空爆を行おうとしたが、妨害の為にそこかしこで焚かれている煙による視界不良やヴィルベルヴィントによる対空砲火で地上部隊の支援どころかバインダーグに近付くことすら出来ていなかった。

 

「全部隊後退せよ、予定通り敵をバインダーグ市街に誘い込め」

 

『『『『『了解!!』』』』』

 

数分間の間に雨あられと降り注いだ無数の砲弾と銃弾でほぼ全ての魔物と自動人形を吹き飛ばし蜂の巣にした後、陸戦型魔導兵器が街に接近してきたのを確認したバール中佐から各部隊に命令が伝えられた。

 

各部隊はそれに従いバインダーグ市街に後退、陸戦型魔導兵器や歩兵部隊を市街地に誘い込む。

 

「敵が後退していくぞ!!逃がすな!!」

 

「この機を逃すな、突撃!!」

 

パラベラムの部隊が後退していくのを目にした帝国軍の指揮官らはそれが罠だと気付かぬまま部下達に追撃命令を下した。

 

「クソッ、どこいきやがった!!」

 

波が引くようにあっさりと市街地の中に消えて行ったパラベラム軍の後を追って市街地の中に足を踏み入れた帝国軍の兵士達は、レンガ造りの建物が建ち並ぶバインダーグ市街の中を慎重に進みながら姿の見えないパラベラム軍を必死に探していた。

 

「っ!?鉄の化物が来たぞ、隠れろ!!」

 

帝国軍の兵士達がバインダーグの大通りを進んでいると前方の曲がり角からM1 ABV――略称ブリーチャー(切り開く者)が荒々しいキャタピラの音を響かせながら姿を現した。

それを見た帝国軍の兵士達は攻撃から身を守ろうと咄嗟に地面に伏せたり、物陰に隠れたりしたがいつまでたっても攻撃が始まらなかった。

 

「……ん?おい、あいつ他の鉄の化物みたいに大砲がついてないぞ」

 

恐る恐る顔を上げたとある帝国軍の兵士がM1 ABVの砲塔に大砲が付いていないことに気が付いた。

 

「……本当だ。なら近付いて中にいる奴等を殺しちまえば」

 

「勝てるな」

 

ゴクリと生唾を飲み込み、今まで各地で煮え湯を飲まされてきた鉄の化物――戦車に勝てるかもしれないという希望を抱いた帝国軍の兵士達はそろそろと静かに立ち上がった。

 

「ヘヘヘッ、やっぱり撃ってこねぇ。……行くぞ!!突――っ!?伏せろ!!」

 

帝国軍の兵士達が立ち上がり今まさに突撃を行おうとした瞬間、ブルドーザーが付けているような排土板を車体前面に装備したM1 ABVが砲塔上部に搭載されていた地雷除去爆索を帝国軍兵士に向け射出。

 

ロケットにより打ち出された地雷除去爆索――縄状のC-4爆薬は数秒間の飛行の後、帝国軍兵士達の目の前に落下した。

 

「ひっ!?………………なんだこりゃ?縄?」

 

「ビ、ビビらせやがって!!今に見てろ、今度こそ突撃ィー!!」

 

飛んできたものが地雷除去爆索だとは知らない帝国軍兵士達は虚仮にされたと思い怒りで顔を真っ赤にしM1 ABVに向かって駆け出した。

 

「「「「オオオォォォーーー!!」」」」

 

そして雄叫びを上げ剣や槍を構えて突き進む帝国軍の兵士が後少しでM1 ABVに辿り着こうとした瞬間、ただの縄だと思っていた地雷除去爆索が爆発、帝国軍の兵士達は何が起きたのか分からぬままこの世を去った。

 

「ブリーチャー01よりCPへ。ポイント3で敵歩兵を多数撃破。これより移動する」

 

『CP了解、ポイント2へ移動しブリーチャー02の援護にあたれ』

 

「ブリーチャー01、了解。――おいポイント2に移動だ」

 

戦果報告を終え無線を切ったブリーチャー01の車長は操縦手の部下にポイント2への移動を命じた。

 

「了解、それにしても隊長、案外使えますねこの手」

 

「そうだな。この勢いに乗って次も殺るぞ」

 

ブリーチャー01の車内では望外な戦果を得ることが出来たことに喜ぶ声で溢れていた。

 

 

「こちらポータル隊、魔導兵器がポイント4―5を通過これより攻撃を開始する」

 

『CP了解、幸運を祈る』

 

パトロール小隊所属のパラベラム軍の兵士達がバインダーグ市街の細い路地に身を隠し帝国軍を待ち伏せていた。

 

そして魔法使いや歩兵を引き連れ大通りをゆっくりと進む2体の魔導兵器が真横を通過していったことをCPに知らせた後、カールグスタフを担いだ砲手がバッと大通りに躍り出て一瞬の隙を突き対戦車榴弾を魔導兵器に叩き込んだ。

 

コックピットのある魔導兵器の胴体部分に命中した対戦車榴弾は一瞬でパイロットごとコックピットを焼き尽くし、胴体中央部から紅蓮の炎を吹き出した魔導兵器は爆音と共に周りにいた数人の歩兵を押し潰しながら地面に崩れ落ちる。

 

「なっ、よくもカルスをっ!!これでも――な、なんだ!?外が見えない!!」

 

すぐ隣から聞こえてきた爆発音で仲間がやられたことを悟った僚機のパイロットが仇を討つために振り返ろうとした瞬間、魔導兵器の目――コックピットにいるパイロットに外部の映像を送るカメラを別の場所に隠れていたパラベラムの兵士が50口径のアンチマテリアルライフルより高性能で威力の勝る25mm弾を使用するM109重装弾狙撃銃(ペイロードライフル)を使って撃ち抜いた。

 

「今だ、撃て」

 

「発射!!」

 

外部の様子が映る映像が途切れ、慌てる魔導兵器に向け再装填を終えたカールグスタフからまた対戦車榴弾が発射され陸戦型魔導兵器の撃破スコアを更新した。

 

「うん?……隠れたつもりか?ケビン殺れ」

 

「了解」

 

魔導兵器に対する攻撃に乗じて魔法使いや歩兵を射殺していたパラベラムの兵士が魔法を使って自らの四方に岩の壁を作り銃弾から身を守った魔法使いの存在に気が付いた。

 

四方を岩の壁で囲っただけで上は空いていたので手榴弾を投げ込んで終わりにしても良かったが、最近配備されたばかりのM25 IAWS――エアバースト・グレネードランチャーの威力を確かめる絶好の機会だと考えたパトロール小隊の指揮官の兵士がM25 IAWSを持つ兵士に指示を出した。

 

指示を受けた兵士は、M25 IAWSに内蔵されたレーザーレンジファインダーで目標までの距離を測り起爆位置を設定。

 

すると薬室内に装填された25mm弾(高性能爆薬エアバースト弾)に諸元情報が自動的に入力され、それを確認した兵士は迷うことなく引き金を引いた。

 

ボンッという発射音と共に発射された25mm弾は自らが何回、回転したかで飛んだ距離を測りあらかじめ決められたていた距離に到達すると空中で炸裂。

 

それにより岩の壁の中に隠れていた魔法使いは爆風と衝撃波に体を叩きのめされ、穴という穴から血を流し死亡した。

 

 

 

「そろそろ頃合いか……全部隊に通達、敵を川に押し戻せ」

 

帝国軍を市街地に誘い込み、地の利を生かして約半数程度の敵を撃破したことで得た勢いに乗ってバール中佐は揮下の部隊に後退から一転、反撃を命じた。

 

「了解しました。全部隊に――……えっ!?あ、は、はい、了解しました!!た、隊長、本部より緊急通達10分後にジャール平原上空にて核爆発を行うとのことです!!またそれに伴い発生するEMPに注意せよと!!」

 

突然割り込んで来た無線に顔色を変えた通信兵が通信を終えるなり大声を張り上げる。

 

「なっ、核を使うだと!?本当なのか、それは!!」

 

「ま、間違いありません!!直通で来た無線以外でもオープンチャンネルで全周波数に向けて繰り返し警告がなされています!!」

 

本部から伝えられた驚くべき報告にバール中佐は目を剥いていた。

 

 

 

「――……了解した。さぁ敵を叩き潰すぞ!!全車パンツァーフォー!!」

 

CPからの指示と警告を受け取った第1外人部隊の戦車隊は気合いを入れ突撃を開始した。

 

『て、敵が突っ込んで来る!!――ウ、ウワァアアア!?』

 

『いやだ!!死にたくない!!』

 

『引け!!撤退だ!!引けぇー!!』

 

「なんだ、何が起こっている!?――……おい、なんだあれは!?」

 

そこかしこで第1外人部隊の戦車隊による反撃を受け混乱する帝国軍パイロットの切迫した声や断末魔が入り交じった通信を聞きながら状況が掴めず、立ち往生する3体の陸戦型魔導兵器の前に某銀河帝国の登場曲を流しながら世界最大の超重戦車マウスが現れた。

 

『分からんが敵だ、撃て!!アイツを倒した後、我々も撤退するぞ』

 

「了解!!」

 

まるで壁が迫ってくるような感覚を味わいながらも3体の陸戦型魔導兵器はマウスに向けて魔砲を構え魔力弾を何十発と撃ち込んだ。

 

「やったか?」

 

放たれた魔力弾の爆発によって発生した煙に呑まれ姿を消したマウス。

 

『あれだけ魔力弾を撃ち込んだんだ、いくら鉄の化物でもくたばったはずだ』

 

あまりしっかりとした手応えがなく撃破出来たのかが少し不安だったが、過剰なほど魔力弾をお見舞いしていたこともあり3体の陸戦型魔導兵器はマウスを撃破したかの確認よりも撤退することを優先し踵を返してその場から立ち去ろうとした。

 

直後、砲声が鳴り響き一番後ろにいた陸戦型魔導兵器が爆散する。

 

「な、なんだと!!」

 

『嘘だろ、生きていたのか!?』

 

仲間が殺られ驚き振り返った陸戦型魔導兵器が見たのは55口径 12.8cm KwK44戦車砲から煙を立ち上らせるマウスの姿だった。

 

「前進せよ!!」

 

数十発の魔力弾を食らったはずのマウスだったが砲塔の前面装甲は220〜240mm、車体の前面装甲ですら200mmもあるため、単なる魔力弾では破壊することなど到底不可能であった。

 

「俺達だけでアイツを倒すのは無理だ!!逃げるぞ!!――うわっ!?」

 

マウスを撃破するのを諦めて撤退しようとした陸戦型魔導兵器の脚をマウスの副武装である36.5口径 7.5cm KwK44戦車砲が撃ち抜く。

 

『クソッ!!化物の相手なんかしてられるか!!』

 

「え、あっ、おい!!待ってくれ!!俺を置いて行くな!!」

 

脚をやられ戦闘不能に陥った味方を見捨て残る陸戦型魔導兵器が逃げて行った。

 

「むっ!?一体逃げたぞ、追え!!」

 

逃げた陸戦型魔導兵器を追うべく整地での最高速度20キロを出しつつマウスが追撃を開始した。

 

「なっ!?おい、こっちに来るな!!来るんじゃない!!」

 

脚をやられた為、腕を使いなんとかマウスから遠ざかろうとする陸戦型魔導兵器だったがマウスの進む速さのほうが速かった。

 

「来るな、来るな、やめてくれ、頼む!!い、イヤダァアアア!!」

 

メリメリと音を立てゆっくり機体を押し潰される恐怖を味わいながらパイロットは絶叫し、なんとか機体から脱出しようとしたが脱出用ハッチが壊れ脱出できず、気の狂いそうな恐怖に包まれつつ最後はマウスの188トンの巨体にブチッと潰れてしまったのだった。

 

 

「本部より追撃命令が下りました」

 

「……あまり気乗りしないが、敵を逃がす訳にもいかんしなぁ。行くか」

 

ジャール平原上空で起きた核爆発により発生したEMPで飛行型及び陸戦型魔導兵器が使えなくなった帝国軍は戦況が劣勢に陥っていたこともあり、あっという間に撤退。

 

バインダーグの防衛成功を喜んでいた第1外人部隊だったが、通信が回復した直後に送られてきた帝国軍の追撃命令に勝利の美酒を味わう暇もなくイル川を越えて帝国軍追撃のためアルバム公国の領内に入った。

 



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20

パラベラム軍が高高度核爆発による電磁パルス(EMP)という奇策でもってエルザス魔法帝国による妖魔連合国への二方面同時侵攻をなんとか凌いだ日から3日。

 

パラベラムと妖魔連合国の両国は戦後処理に大わらわだった。

 

特にパラベラム側ではジャール平原やバインダーグで鹵獲された超大型魔導兵器1体、陸戦型魔導兵器約2000体、飛行型魔導兵器10機、自動人形約300体や各魔導兵器のパイロットを含む捕虜約4000名をデイルス基地及びパラベラム本土へ移送するための作業が昼夜を問わず行われ、またそれと平行してパラベラム本土から急遽デイルス基地に派兵された増援部隊が二方面同時侵攻の際に(再編成したばかりの)兵力の大半を失いもはや軍としての形を保てなくなった妖魔軍の代わりに治安維持や国境警備の任に就いていた。

 

そんな最中、デイルス基地の病院前ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

 

「ご主人様は今お休みの最中だ。面会は無理だ」

 

「お兄さんに会わせて下さい!!」

 

「カズヤに会わせなさい!!」

 

訂正、ちょっとした騒ぎではなかった。

 

大事を取って入院しているカズヤがいる病院の出入口で言い争っているのは千歳と、カズヤの乗るプレジデントホークが墜落したという情報を何処かから手に入れカナリア王国の数少ない空中航行船――戦列艦を半ば強引に借り(正しくは奪い)、妖魔連合国に対する領空侵犯やそれに伴うデイルス基地から戦闘機のスクランブル発進さえ引き起こしてまで駆け付けて来たイリスとカレンだった。

 

「何度言ったら分かるんだ!!今は無理だと――あ、待て貴様ら!!」

 

カズヤの無事な姿がどうしても見たい2人の問題児?は千歳の隙を付き病院内に侵入した。

 

なんなんだ、コイツら!!まるでご主人様の居場所を知っているかのように…………まさかご主人様の居場所が分かるのか!?

 

病院内に侵入するなり女の勘で一直線にカズヤの病室に向かって駆けていくイリスとカレン。

 

「止まれ!!――おい、お前達!!その2人を止めろ!!」

 

そんな2人を捕まえようと追い掛ける千歳。

 

そんな時ちょうどいい具合に進行方向から病院の警備兵が2人現れた。

 

「邪魔よ!!退きなさい!!」

 

「えいっ!!」

 

「えっ!?――ゴハッ!!」

 

「ギャッ!!」

 

しかし不意打ちのように突然声を掛けられた2人の警備兵は即座に対応することが出来ず、1人はカレンの回し蹴りを顎に食らい、もう1人はイリスに股間を思いっきり蹴り上げられ撃沈してしまい2人の警備兵は何の役にもたたなかった。

 

チィ!!使えない!!

 

口から泡を噴き、もしくは股間を押さえ床に沈んだ哀れな2人の警備兵をゴミを見るような目で睨み付け千歳はイリスとカレンの追跡を続けた。

 

不味い!!あそこはご主人様の部屋!!

 

遂にカズヤの病室が見えてきてしまったことに焦る千歳。

 

「その2人を止めろ!!」

 

カズヤがいる病室の前に歩哨として立つ2人の親衛隊の隊員向かって千歳が叫んだ。

 

「っ!?了解です!!」

 

「え、りょ、了解!!」

 

「っ!?くぅ、は、離しなさい!!」

 

「っ!?あぅ、離して、離して下さい!!」

 

「はぁ、はぁ、ようやく捕まえたぞ……」

 

パラベラムの中でも精鋭中の精鋭が揃う親衛隊の隊員にはさすがの2人も敵わず一瞬で無力化、捕縛された。

 

「ふぅ……覚悟してもらうからな、2人共!!」

 

「チッ、もう少しだったのに!!――……カズヤ」

 

「いや!!お兄さん、お兄さんに会わせて!!」

 

カズヤの病室に侵入される前にイリスとカレンを捕らえる事ができて千歳がホッと胸を撫で下ろし様々な問題を引き起こした2人を連れていこうとした時だった。

 

捕縛したイリスとカレンを千歳に引き渡しカズヤのいる病室の前に戻った親衛隊の隊員に反応して病室の自動ドアが開いてしまった。

 

「「「……」」」

 

そして偶然にも開いてしまった扉の向こう側――部屋の中の光景を見て3人は黙り込んだ。

 

「カ、カズヤほら!!口を開けろ。あ、あ〜ん」

 

「いや……あ〜んって物は自分で食えるからフィーネ」

 

「ねぇねぇカズヤ、リーネってどうかな?」

 

「えっ、どうって?」

 

「もぉ!?鈍いなぁ、可愛いか聞いてるの!!」

 

「えっ、あぁ、可愛いと思うけど……」

 

「そう!?じゃあリーネがカズヤの奥さんになって上げる!!」

 

「……は?」

 

「なっ!?リーネ!?貴女、何を言っているの!!」

 

「何って普通の事だよ?んふふ。会った時からそうだったけどこんなにも強い雄を求めるオーガの本能が疼くんだもん。それに母様も狙ってるみたいだったし早い者勝ちだよ〜」

 

「なっ!?母様まで!?ダメよ、カズヤは私のものよ!!」

 

「お姉ちゃん、大胆だねぇー。本人のいる前でそんなこと言っちゃうなんてっ!!」

 

「えっ、あ、い、いや、そ、その!!カ、カズヤこれはね、その、ち、違うの、っ、ち、違わないけど、も、もう!!リーネ!!」

 

「リーネは悪くないも〜ん」

 

「ア、アハハハ――はっ!!」

 

……マ、マズイ。

 

逃げ場のない病室の中でフィーネとリーネによる自身の奪い合いを苦笑いで誤魔化しやり過ごしていたカズヤは不意に肌に突き刺さるような痛い視線を感じ、扉の方を見てようやく開いた扉の向こうから暗く濁った瞳でジットリとこちらを見詰めている千歳とイリス、カレンの存在に気が付いた。

 

「ご主人……様?」

 

壊れたロボットのオモチャのように首をギリギリと軋ませながら傾げどこか恐ろしげな表情を浮かべる千歳。

 

「心配してここまでやって来たのに…………お兄さん?……お仕置きです♪」

 

花が咲いたような満面の笑みで怖い言葉をはくイリス。

 

「カズヤ?鼻の下が伸びているようだけど……フフ、ずいぶんと楽しそうね………………本当に」

 

額に青筋を幾本も浮かべ、頬をひきつらせカズヤに絶対零度の凍てつくような視線を送るカレン。

 

……今日は厄日だな。

 

カズヤはこのあと自身に降りかかる厄災を予想し諦めたようにソッと静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

デイルス基地の地下深くにある部屋で今まさにある事が始まろうとしていた。

 

「…………ブハッ!?ゲホッ、ゲホッ!!」

 

「起きたか」

 

丸裸で手足を丁寧にかつ厳重に拘束され、また薬物の投薬による影響で自分が起きているのか寝ているのかも分からない朦朧とした意識の中、突然身の凍えるような冷水を浴びせられた事でアデルの意識はハッキリと覚醒した。

 

「ゲホッ、――……ハッ、俺に何か用か?」

 

隷属の首輪を付けらたうえに、念には念を入れて厳重な拘束を施されているため身動きを一切を封じられたアデルは自身が唯一出来る抵抗として千歳を射殺さんばかりに睨み付けた。

 

「ふむ。4日ぶりだが元気そうでなにより」

 

数人の女将校を後ろに控えさせ、アデルの前に置かれている椅子にスラリと伸びた足を組み腰掛けていた千歳はそう言って立ち上がり両手を天井から吊り下げられた状態で拘束されているアデルに近付き耳元で囁いた。

 

「――そうでなくては面白くないからな」

 

「っ!!」

 

千歳の声を聞いた瞬間アデルの背筋にゾクッと悪寒が走る。

 

そして一瞬、恐怖で顔を歪めたアデルを見て千歳がクスッと笑い続けた。

 

「さて今日、私がここにやって来たのは――」

 

「俺は何も喋らんぞ!!」

 

「……あぁ、喋ってもらわなくて結構だ」

 

千歳の言葉を遮り断固とした決意で語ったアデルの言葉は何故か千歳によって肯定された。

 

「えっ?」

 

てっきり帝国の情報を得るためにやって来たのだと思っていたアデルは千歳の返事に虚を突かれてしまう。

 

「何故という顔をしているな?教えてやろう。――貴様が簡単に情報を吐いてしまったら拷問が続けられないだろ?」

 

これは私の憂さ晴らしも兼ねているのだから。

 

「うっ……」

 

満面の笑みで伝えられた事実にアデルの顔からサーっと一気に血の気が引いていった。

 

「それでは始めようか」

 

千歳がそう言って部下に目配せをすると部下がガラガラと音をたてながら台車を運んで来た。

 

千歳の前に運ばれて来た台車には多種多様なおぞましい拷問道具がところ狭しと載せられている。

 

「さあ、どれにしようか……おっ、これなんてどうだ?爪の間に――」

 

まずはアデルを精神的にいたぶるつもりなのだろうか、千歳は台車に載せられている拷問道具を1つ1つ手に取り使い方の説明を始めた。

 

「――ん?どうした、顔色が悪いようだが?」

 

拷問道具の説明も終盤に差し掛かった頃、電気の通った細長い棒状の電極をアデルの目の前で2〜3度くっ付けバチバチと火花を散らしながら千歳が言った。

 

「っ、な――……」

 

拷問道具の説明だけで精神的なダメージを受け思わず、何でも喋るから助けてくれ!!と言いそうになったアデルは寸前のところで口を閉じギリッと歯を食いしばったあと恐怖でひきつる頬を動かし不敵な笑みを浮かべ言った。

 

「さ、さっさとやったらどうだ?このクソ女!!俺がこんなことでビビるとでも思っているのか!!っ……クソッ!!」

 

内心ガタガタと震えていたアデルだったが意を決し、そう吐き捨て千歳に向かって唾を吐こうとした。

 

しかし隷属の首輪の効力によって唾を吐くことすら出来なかった。

 

「……あまり粋がるなよ?」

 

「モガッ!?」

 

アデルの言葉にカチン。と来たのか顔を伏せた千歳は右手に持っていた電極をアデルの口の中に突っ込んだ。

 

「貴様らが……貴様らが来なければ……」

 

ブツブツと呪詛の言葉を吐きながら千歳が語りだした。

 

「貴様のせいで、貴様のせいで私はなあ!!ご主人様からお叱りを受け、しかも夜伽の任を1ヶ月も外されたのだぞ!!」

 

味方部隊や一般市民すら巻き込むことを辞さない核の無差別使用未遂の件でカズヤから叱責を受け降格処分はなんとか免れたものの、幾つかの罰を与えられ更に1ヶ月の間、夜伽の番を外されてしまった千歳であった。

 

「むぅー!!」

 

そんなこと知るか!!とばかりに喋れないアデルが唸る。

 

「ご主人様が帰ってこられてから可愛がって頂くお約束すら罰として無くなったのだぞ?……この怨み……晴らさずおくべきか」

 

「むごぉー!!(やめろー!!)」

 

千歳が顔を上げ黒くヘドロのように澱んだ瞳でアデルを睨み付け残るもう一方の電極をアデルの体に押し付けようとした瞬間、部屋に置かれていた電話がピピピ、ピピピ、と場違いな音をたてた。

 

「……分かった。副総統、会議の時間が早まったそうです」

 

あと少しでアデルの体に電極が触れ電気が流れるという所で動きを止めていた千歳に電話を取った部下が声を掛けた。

「チッ、運のいいやつだ」

 

「はぁ、はぁ……」

 

極度の緊張状態から解放されたからなのかグッタリとしているアデルの口から電極を抜いた千歳はそう吐き捨てた。

 

「この続きは後だ。……部屋の掃除をやっておけ。あと薬の投薬も忘れるな、それと私以外誰も入れるなよ」

 

「「「了解」」」

 

アデルの太股を伝って床に溜まり、湯気をあげる黄色い液体を一瞥した千歳はそう言って部屋を後にした。

 

……セリシア……会いたいよ。……でももうじきそっちで会えるかな。

 

捕虜になってから4日、まだ何もされて(先程されかけたが)いないにも関わらずアデルの心は既に折れかけていた。

 

そしてこの世界で唯一心を許していたセリシアに会いたいと切に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

骨身に凍みる風が吹き荒び雪がちらつくデイルス基地。

 

「以上で会議を終了する」

 

パラベラムの行く末を決める重要な会議の終わりを千歳が宣言した。

 

……疲れた。しかし一息ついてからまた忙しくなるな。

 

帝国の奥深くまで潜り込んでいる諜報員や戦闘の際に捕虜になった者達からの情報によれば帝国は冬の間、一切の軍事行動を控え戦力の拡充に力を注ぎ春の到来と同時に再度の侵攻を企てているという。

 

その情報を元にパラベラムも春が来るまでの3〜4ヶ月の間は戦力増強や内政に力を注ぐことになり、その後、帝国軍の再侵攻が行われる前にこちらから帝国に攻め込むことが決定した。

 

「……あ〜疲れた」

 

「お疲れ様です。ご主人様」

 

大事な会議を終えてドッと疲れたカズヤは一息ついていた。

 

「あっ!!……そういえば忙しくてすっかり忘れてた……千歳、アデルを連れて来てくれ」

 

「えっ……は、はいっ!!」

 

カズヤの言葉にギクリと身を竦めた千歳は狼狽えながらも返事を返す。

 

ん?……様子が変だな?

 

千歳の様子に違和感を感じたカズヤだったが、あまり気にせず千歳がアデルを迎えに行ったのを見送った。

 

「……」

 

「ん?なんか……やつれてないか?」

 

オレンジ色の目立つ囚人服を着せられ覚束無い足取りで千歳と親衛隊の隊員によって連れられてきたアデルの顔を見てカズヤは首を捻った。

 

「……お前の気のせいだ」

 

「? そうか、ならいいんだが……」

 

つい先程(カズヤの知らぬまに)拷問を受けそうになった事を喋ったら殺すと千歳に言われていたアデルはそう言って誤魔化す。

 

“まだ”何もしてなくて良かった……。

 

2人の会話を聞いて千歳はコッソリと胸を撫で下ろしていた。

 

何故ならカズヤの意向を無視した先日の件で大目玉をくらい次はないと釘を刺されたばかりなのに、またカズヤの意向を無視したことがバレたら洒落にならないことを十分に理解していたからだ。

 

「あぁ、それでお前をここに呼んだ理由なんだが、ちょっと会わせたい者がいてな」

 

「……」

 

「入ってきてくれ」

 

カズヤの呼び掛けで扉を開いて1人の女性が部屋に入ってきた。

 

「っ!?セリ……シア?」

 

「久しぶりですね。アデル」

 

カナリア王国の城塞都市戦で戦死したと聞かされていたセリシアが姿を見せたことにアデルは唖然としていた。

 

「……本当に……本当にセリシアなのか?」

 

「はい、貴女の知るセリシア・フィットロークです」

 

拘束されて身動きの取れないアデルの代わりにセリシアがアデルに歩み寄りアデルの頬を優しく撫でた。

 

「生きて……ッ………ッ!!…良かった、グスッ、本当に良かった!!」

 

頬を撫でられた事でセリシアの温かい体温を感じることが出来、自分が幻覚や夢を見ているのではないと確信できたアデルは喜びのあまりポロポロと涙を流し始めた。

 

「フフッ、私も貴女に会えて嬉しいです」

 

「う、ぁ、あ、アアアァー!!」

 

「よしよし」

 

優しい言葉を掛けられ涙腺の防波堤が決壊したのか幼子のように泣きじゃくるアデルを慈愛の表情を浮かべながら優しく胸の内に抱き締めたセリシアだった。

 

「落ち着いたか?」

 

「あぁ」

 

周りを憚らずさんざん大声をあげてセリシアの胸の内で泣いたアデルはカズヤの問い掛けにどこかスッキリとした顔で頷いた。

 

「それじゃあ本題に入ろう。単刀直入に聞くぞ、俺達の仲間にならないか?」

 

「断る。お前の仲間にはならない」

 

カズヤの提案をアデルは即答でキッパリと切り捨てた。

 

ありゃ……読み違えたかな?セリシアの仇討ちに執着しているようだったから、セリシアがこちら側にいることを教えたら寝返るかと思ったんだが……。

 

うーん、困ったぞ。マジもんの勇者を捕虜にしておいて、何かあった時に脱走されて暴れられても敵わんしなぁ……。

 

だけど殺すのも……なぁ、レイナ達が捕虜になった時、あのクソエルフがレイナ達を凌辱しようとしたのを止めさせたらしいし……まぁ、悪いやつでは無さそうなんだが……。

 

(ちなみにアデルがレイナ達をオモチャにすると言ったのはカズヤを挑発するためだけのブラフだった)

 

良くも悪くも力なき人々の為に今まで魔王と戦ってきた勇者なだけあって高潔な意思や志を持っていると思われるアデルをどうやって説き伏せようかとカズヤが悩んでいる時だった。

 

「ダメですよ、アデル」

 

「えっ?」

 

「カズヤ様にそんなワガママを言っては。――貴女は、私と一緒にカズヤ様の雌奴隷になるのですから」

 

セリシアが相変わらず後光が差すような優しい慈愛の笑みを浮かべ言った。

 

「「「……」」」

 

セリシアの予想外の爆弾発言にカズヤはもちろん、千歳や親衛隊の隊員までもが絶句し固まっていた。

 

「……セリ……シア?一体何を……それに……カズヤ“様”?」

 

心を許していた相手から信じられない言葉が飛び出してきたことにアデルは狼狽える。

 

「だから、アデルは私と一緒カズヤ様の雌奴隷になって、これからずっとカズヤ様の為だけに生きていくのです。分かりましたか?」

 

「なん……の冗談だ、セリシア?」

 

「アデル、こんな時に私が冗談を言うとでも?」

 

それにしてもこれから楽しみです。2人でいっぱいカズヤ様にご奉仕しましょう?そう満面の笑みで愉しそうに言葉を続けるセリシアにアデルは言い知れぬ恐怖と違和感を感じていた。

 

……どうしたんだ、セリシア!!いつもの君と――……まさか!!

 

「貴様ら!!セリシアに何をした!!」

 

アデルはカズヤ達がセリシアに何か洗脳のようなことをしたのではないかと思い至り穏やかな表情から一変鬼のような形相でカズヤを問い詰めた。

 

「あー……実は……な?」

 

カズヤが気まずそうに口を開く。

 

「城塞都市戦でセリシアは全身大火傷を負いしかも両目、両手、両足を失っていたんだ」

 

「はっ?何を言って……」

 

「いいから最後まで聞け。で、瀕死……というか心臓が僅かに動いているだけの、ほとんどの死体の状態のセリシアをうちの兵士が見付けてきて念のために野戦病院に運び込んだんだよ。それで、たまたま通りがかった俺が(実験ついでに)完全治癒能力を使って助けたんだが……その能力には副作用があってな」

 

「……」

 

「その……肝心の副作用なんだが……まぁ完全には分かっていないんだけど……俺に好意を抱くっていうか、従属したくなるみたいで……結果こうなった」

 

カズヤは頭痛を堪えるように片手を頭に当てながら残ったもう片方の手でセリシアを指差した。

 

「なっ!?それじゃあ洗脳したのと変わらないじゃないか!!」

 

アデルはカズヤに殺気の籠った言葉を投げ掛ける。

 

「……否定できんな」

 

困ったように頭をポリポリと掻きカズヤは視線をアデルから反らした。

 

「そんな……………………戻せ……セリシアを元に戻せ!!」

 

「……」

 

……戻せるならやっているが……戻せないものはどうしようもない。

 

先程とは籠った意味が違う涙を流しながらアデルが悲痛な声で叫ぶ。

 

「許さない……セリシアをよくも……貴様は……貴様だけは絶対に――えっ?」

 

――ドスッ!!

 

肉が裂かれ、何かが深くとても深く突き刺さる音がカズヤ達のいる部屋に響いた。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

「ごぷっ、セリ……シア?なん……で?」

 

セリシアの手によって自身の腹に深く突き立てられた短刀を確認したアデルは口から血を吐きつつもセリシアに問うた。

 

「アデル、カズヤ様にそんな失礼な言葉使いを使ってはいけません!!それと私は今が一番幸せなんです。あんなクソみたいなローウェン教の教義に従って生きていくのはもう、うんざりです。以前の私に戻るなんて――絶対いやです。だから……アデルも早くカズヤ様の能力で生まれ変わって下さい。そうすれば私の気持ちが理解できますから。心を、魂を支配される悦びが」

 

ニッコリと優しさが溢れる慈愛の表情を浮かべながらも、瞳にどす黒い狂気の色を宿したセリシアが続ける。

 

「フフッ、そうだ良いことを教えてあげます。私が見たところカズヤ様の能力――完全治癒能力というのは使用する際、対象者の怪我の度合いが酷ければ酷いほど、それに比例して好意や従属心が大きくなるようです。だから苦しいでしょうけど私と同じように瀕死の状態になって下さいねアデル♪そうすれば私のようにカズヤ様の、カズヤ様だけの雌奴隷になれますから」

 

「ぐぁ、グッ、あがっ!!ぁ……アアアアアァァァ!!」

 

セリシアが突き立てた短刀をグチャグチャと激しく動したせいでアデルは耐え難い激痛に苛まれ絶叫する。

 

「「取り押さえろ!!」」

 

「「「りょ、了解!!」」」

 

アデルの絶叫で我に返ったカズヤと千歳が声を張り上げると茫然と固まっていた親衛隊の隊員も我に返った。

 

「フフッ、あぁ、楽しみです……フフッ、一緒にカズヤ様にご奉仕しましょうね♪ウフフフフ!!アハハハハ!!」

 

親衛隊の隊員に取り押さえられ拘束されたセリシアは唇に付いたアデルの血をペロリと舐め取り、口を三日月形に歪め愉しそうに笑っていた。

 

「ごぷっ、はぁぁ、はぁぁ」

 

「っ、待ってろ、今治してやる」

 

親衛隊の隊員に拘束され部屋から連れ出されて行くセリシアを横目にカズヤは苦しみに喘ぐアデルに駆け寄った。

 

「はぁ、はぁ、や、めろ……俺に……能力を、使うな……俺、を……洗…脳、する……なっ!!」

 

しかしアデルはカズヤの助けを拒否した。

 

「そうは言ってもこのままじゃ死ぬぞ!!」

 

「う、る……さい!!」

 

アデルは内臓をズタズタに切り裂かれ今すぐに病院に運んだとしても間に合わないほどの重症。

 

カズヤの完全治癒能力を使う以外にアデルを救う手立ては無かった。

 

「……目の前に救える命があるのに黙って見捨てることは出来んのでな。……悪く思うなよ」

 

「や、やめ!!」

 

恨まれることを覚悟でアデルの制止を振り切りカズヤはアデルの傷口に手をかざし能力を発動した。

 

こうして、カズヤの意図せぬ理由によりまた新たに完全治癒能力の餌食となった者が増えた。

 



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21

魔王城の裏手の一番端にある処刑場。

 

断頭台や絞首台が置かれ時折、罪人の処刑に使われる程度でいつもなら近寄る者など居らず閑散としているはずのその場所に大勢の妖魔族が集まっていた。

 

「……」

 

……まったく、嫌な気分だねぇ。

 

特設の観覧席に用意された豪華な椅子に深く腰掛け、ムスッとした険しい表情で両手を後ろ手に縛られている300人程のエルフ達を見下ろしているアミラ。

 

そんなアミラの周りには側近の部下や近衛兵、そして各種族の族長達が一堂に会していた。

 

しかしいつもならエルフの族長、ロドニー・ザルツが座っている場所には新顔のエルフが座っている。

 

何故なら――。

 

「ザルツ、最後に……何か釈明はあるかい?」

 

「……何もありませぬ。全ては我が愚息、ネルソンが引き起こしたこと。事の重大性を考えれば一族郎党皆殺しでも何も言えますまい」

 

これから行われるのが祖国である妖魔連合国を裏切り帝国に与したどころか、妖魔連合国に多大な援助を行っている同盟国、パラベラムの国家元首。引いてはカズヤの暗殺を目論んだネルソン・ザルツの責を問われたザルツ一族の処刑だからだ。

 

「そうかい……連れて行きな」

 

不老長寿の種族同士であるがゆえに長い時を共に過しアミラの親しい友でもあったロドニーは沈痛な面持ちで最後にアミラに向かって一礼し、そして処刑台に連れていかれた。

 

致し方のないこととはいえ……国の為に友を殺す……嫌なもんだよ。

 

晒し首にするために断頭台に連れられていくロドニーや縛り首にするために首に縄を掛けられ絞首台に上げられたザルツ一族の老若男女達を眺めながらアミラはギリッと歯を噛み締める。

 

そしてこれから処刑されるエルフ達の悲嘆や絶望に満ちた泣き声を聞きながらアミラが処刑の実行を命じようとした時だった。

 

「魔王様!!」

 

慌てた様子で走ってきた近衛兵がアミラに駆け寄り耳打ちをした。

 

「……何だって?カズヤが?」

 

憎からず想っている相手の来訪の知らせを聞いて、瞳にどこか嬉しそうな色を浮かばせながらも首を捻りアミラは近衛兵が走ってきた方に視線を向けた。

 

するとそこには護衛の親衛隊の他に満足そうな満ち足りた顔をして腕に抱き付くリーネとリーネに何かを言いながら恥ずかしそうに顔を赤らめているもののしっかりと袖の端を掴むフィーネ。そしてそれを鬼の形相で睨みつつもどこか羨ましそうにしている千歳達を引き連れたカズヤが処刑場に向かって歩いて来ていた。

 

……あンのバカ娘達。

 

自分の娘達に軽い嫉妬を抱きながらもアミラは席を立ち、観覧席から降りるとカズヤを出迎えた。

 

「カズヤ、どうしたんだい?突然」

 

「いや、なにエルフの処刑をするって聞いてな」

 

「あぁ、そうだよ。とんでもないことをしでかしてくれたネルソンの責任を取ってもらわないといけないからねぇ。けどそれがどうかしたかい?」

 

「いや、そのことでちょっと頼みがあって来たんだ」

 

「ん?なんだい、頼みってのは」

 

「あぁ、どうせ殺すなら全員俺にくれないか?」

 

カズヤがそう言った瞬間、アミラとカズヤの会話を興味津々で聞いていた族長達はもちろん当のエルフ達さえも、えっ?という顔で固まる。

 

「……それはちょっと難しいねぇ。これは見せしめでもあるからさ」

 

「うーん。そうか……じゃあ女だけでも」

 

アミラが渋る様子を見せるとカズヤがすかさず妥協案を提示した。

 

「それなら……構わないけどさ……けど連れて帰ってどうする気だい?」

 

「なに、いろいろと楽しむだけだ」

 

真意を隠すために最もらしい理由を言ってカズヤはわざと好色そうな目でエルフ達を舐め回すように見ていた。

 

「「「「ヒッ!!」」」」

 

カズヤの言葉や視線の意味に気が付いたエルフの女達が自らの悲惨な未来を勝手に予想し小さく悲鳴を上げる。

 

ふん……よく言うよ、楽しむ気なんてさらさら無いくせにこの嘘つきめ。

 

大体、楽しむことが目的なら最初から女だけを寄越せと言えばいいだけ、それを全員……まったく優しすぎるよアンタは。

 

カズヤがこの場に来た真意をあっさりと見抜いたアミラは内心で笑いを押し殺していた。

 

「(ククッ、千歳も大変だねぇ)」

 

「(大変?フン、これが私のご主人様だ)」

 

アミラは視線をカズヤから千歳に移し目だけで語りかけた。すると千歳は鼻を鳴らし当然といった顔で返事を返す。

 

「じゃあ交渉成立ということで」

 

「あぁ、分かったよ。さてお前達!!話は聞いていたね、女をカズヤ達に渡しな!!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

アミラが近衛兵に向かって叫ぶとすぐに近衛兵によってエルフの女達、百数十人がカズヤ達に引き渡された。

 

「それじゃあ俺達はこれで」

 

「あれ、もう帰るのかい?」

 

「あぁ、用事も終わったしな」

 

「そうかい」

 

じゃあまた。と言って手を振って帰っていくカズヤ達をアミラは手を振り返して見送った。

 

「……」

 

我が娘達を助けて頂き感謝致します。

 

その後ろではアミラと同じくカズヤの意図を見抜いていたロドニーが去っていくカズヤの背に向けて万感の思いを込め深々と頭を下げていた。

 

「あの、母様?それで大事な話とは」

 

カズヤ達の姿が見えなくなるとアミラに言われこの場にリーネと共に残ったフィーネが口を開く。

 

「あぁ、後で言うから先に部屋に帰ってな」

 

「えっ、あ、はい。分かりました」

 

「はぁーい。あーあ、カズヤともっと一緒に居たかったのになぁー」

 

フィーネは素直にリーネはブツブツと文句を言いながらもアミラの言葉に従い魔王城の中に入って行った。

 

「ふぅーん、あれがパラベラムの総統。噂には聞いていたけど面白そうな男ね」

 

フィーネとリーネが去るとアミラの隣にスッと誰かが寄ってきた。

 

「……メルキアかい。はぁー悪い事は言わない止めときな。あれは私の獲物だよ」

 

「あら、獲物は早い者勝ちでしょ?フフッ」

 

アミラの鋭い眼光にも臆した様子もなく、いやそれどころかアミラの態度でより一層カズヤへの興味心をくすぐられたその女は赤い唇を色っぽくペロリと舐める。

 

それに、うちの子達――淫魔の館の情婦達があんなに興奮して報告してくるぐらいだからあっちのほうもさぞかし……クフッ、クフフッ、さぁどうやって食べちゃおうかしら。

 

露出狂が着るようなきわどいボンテージでムッチリとした肉付きのいい太股やお尻、豊かに実る胸をより一層淫らに強調し、辺り一面に妖艶で淫猥な色香を振り撒くサキュバスは妖しげな企みを脳裏に描く。

 

そして男という生物の全てを狂わせ堕落させる程の美貌と性技を持っているといわれていると言われているサキュバスの族長、メルキア・ジキタリスはどうやってカズヤを落とそうかと悩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

[兵器の召喚]

2014年までに計画・開発・製造されたことのある兵器が召喚可能となっています。

 

[召喚可能量及び部隊編成]

現在のレベルは67です。

 

歩兵

・20万人

 

火砲

・2万5000

 

車両

・2万5000

 

航空機

・1万

 

艦艇

・9500

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵等)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は『総軍』規模までとなっています。

 

※歩兵が運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

[ヘルプ]

・[能力の注意事項]

メニュー画面を使わずとも声や思考で召喚は可能です。

 

1度召喚した軍需品・資源・施設は消すことが出来ますが、人(兵士)は消すことが出来ません。

(死亡した兵士の死体も消すことは不可能。また死亡した兵士と同じ人物を再度召喚することは出来ません)

 

『戦闘中』は召喚能力が使えません

 

後方支援要員の積極的な自衛戦闘が可能になりました。

 

 

……ふむ。戦力は整いつつあるな。

 

ザルツ一族の処刑から数日後、当初より予定されていたアミラとの会談を終えたカズヤは魔王城のメイドに案内され貸し出された一室で空いた時間を使って能力の確認をしていた。

 

ちなみにこの場にいるのはカズヤとメイドのエルとウィルヘルム、そして数名の親衛隊の隊員だけだ。

 

千歳や他の随伴員はといえば今後、予定されている帝国への反攻作戦や今回のカズヤとアミラの会談で取り決められた新たな協定の細部について煮詰めるため別室で妖魔連合側の外交官と話し合いを続けている。

 

――コンコン。

 

「失礼致します。ナガト様、アミラ様が御呼びです。申し訳ありませんがご足労の程をお願い致します」

 

「ん?分かった」

 

千歳達の話し合いが終わるのをカズヤが大人しく待っていると部屋に案内してくれたメイドとは違う、えらく露出の激しいメイド服を着たメイドがカズヤを呼びに来た。

 

問題でもあったのか?……それとも別の話か?

 

突然アミラに呼ばれたことに疑問を抱きつつもカズヤはメイドに返事を返しエル達と共に部屋を後にした。

 

「フフッ」

 

呼びに来たメイドがカズヤを連れ出すことに成功した瞬間、口元に妖しい笑みを浮かべたことに気が付かぬまま……。

「こちらになります。さぁどうぞ」

 

メイドに言われてカズヤ達が部屋に入ると部屋の中は薄暗く、甘い匂いが充満していた。

 

なんだこの部屋……っていうかアミラはどこだ?

 

「っ!?ご主人様っ、ここに魔王は居ません!!それにこの匂い――!!」

 

部屋に入ったカズヤ達が困惑していると、狼人族であるが故に嗅覚が優れ鼻の利くウィルヘルムが一番最初に異変に気が付いた。

 

「あら、もうバレちゃったの?しょうがないわね。『眠りなさい』」

 

しかしウィルヘルムが警告の声を上げている途中に薄暗い部屋の奥から現れた女がそう言って妖しく目を光らせた瞬間、護衛である親衛隊の隊員達がバタバタと音をたて床に倒れてしまう。

 

「なっ!?おい、大丈夫か!!」

 

「あら?2人も残ってるわ。私の魔眼に耐えるなんてなかなかやるじゃない。けど無駄よ。『眠りなさい』」

 

「うっ……ぁ、ご主……人様……」

 

「っ!?ごっ主人……様……逃げて……」

 

「エル!?ウィルヘルム!?クソッ!!」

 

親衛隊の隊員と同じように床に倒れそうになったものの歯を食い縛って踏み留まり女が放った魔眼の効力に逆らっていたエルとウィルヘルムだったが2度目の魔眼を受けたことで遂に睡魔に負け親衛隊の隊員同様、床に倒れてしまった。

 

「さぁ、これで邪魔者は居なくなりましたわ。フフッ、それじゃあ総統閣下?私達と楽しみましょう」

 

隠れていた薄闇の中から進み出てようやくカズヤの前に姿を見せた女――サキュバスの族長、メルキア・ジキタリスは獲物を前にした肉食獣のように微笑みながらカズヤに言った。

 

「お前は確か……サキュバスの族長のジキタリス……だったか?」

 

腰の着けていた2つのホルスターからFive-seveNとM1911――コルト・ガバメントを抜きメルキアや部屋のそこかしこから現れた手練れのサキュバス(淫魔の館で覗きをした者を含む)に銃口を向けながらカズヤはメルキアに問い掛けた。

 

チィ、囲まれた!!後ろの扉は鍵を掛けられたみたいだし、案内役のメイドが立ち塞がってる。どうする?強行突破するか?

 

「あら、総統閣下様に私の名前を覚えて頂いているなんて嬉しいですわ。ですが改めてましてサキュバスが族長、メルキア・ジキタリスです。以後よしなに……」

 

ニンマリと笑い上下に大きく揺れる胸を強調しカズヤに見せ付けながらメルキアは頭を下げた。

 

「挨拶は要らないし普通に喋れ。で、俺に何のようだ。いや、それよりエル達に何をした?」

 

「あら、そう?じゃあお言葉に甘えて……。あぁ、その子達の事なら心配しなくても大丈夫よ、ただ私の魔眼で“事”が終わるまで眠ってもらっただけだから」

 

「事?何を企んでいる」

 

「企んでいるなんて……そんな、フフフッ、雄と雌がいるならやることは1つだけに決まっているでしょ?」

 

メルキアはそう言って淫靡な笑みを浮かべ他のサキュバス達と共にカズヤとの距離を詰めた。

 

「動くな!!悪いがお前達を抱く気はない」

 

「もぅ……据え膳食わぬは男の恥っていうでしょう?ほら、早くその不粋な物を下ろして私達と気持ちのいいことをしま――しょ?」

 

しまった!?

 

「っ!?ぐっぁ……ぁ……」

 

フフッ……堕ちた♪

 

瞬きをした瞬間に距離を一気に詰められ鼻が触れ合うほどの至近距離で魅了の魔眼を受けたカズヤは呻き声を上げヨロヨロとメルキアの柔らかい胸の中に沈み込んだ。

 

「さぁ、総統閣下を私達の体で骨抜きにしてあげましょう」

 

それにしても簡単だったわね?……まぁいいわ、あとはこの男を私達の体に溺れさせてパラベラムを裏から操ってあげる。

 

アハッ、やり過ぎないように注意しないとね♪

 

「「「「はい、メルキア様!!」」」」

 

カズヤを手中に納めたメルキアは弾んだ声で配下の中でも特に選りすぐったサキュバス達に言葉を掛け奥の部屋へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

カズヤの世話を任せていたメイドからカズヤが部屋から消えてしまったという報告を受けたアミラは嫌な予感がし慌ててメルキアの部屋に向かった。

 

「メルキア!!返事しな!!……フン!!」

 

いくら呼んでも返答が無いことに焦れたアミラは鍵の掛かったメルキアの私室の扉をドガンッ!!と蹴破り部屋の中に侵入した。

 

チィ!!遅かった!!

 

部屋中に充満する淫靡な匂いと焚かれていた媚薬の香の香りにここで何が起きたのかを瞬時に悟ったアミラ。

 

マズイねぇ……考えたくはないけどカズヤが万が一メルキアに落とされていたら……いやそれよりこのことが千歳にバレたら……。

 

「メルキア何処だい!?居るのは分かってるんだ!!返事をしな!!」

 

メルキアからの返事が無いことに苛立ちながらアミラはズカズカと部屋の中を進み一番奥にある部屋の扉を開く。

 

「うっ!?なっ!?どうなっているんだいこりゃあ……」

 

アミラが扉を開いた途端、ムワッと一際濃厚な匂いが部屋の中から漂ってきた。

 

思わずむせかえりそうになるほどキツイ精臭に眉をひそめたアミラは部屋の中の様子を見て驚きに目を見張る。

 

「……ッ!!……ッ!!……」

 

「アヒッ、アッ……ハッ……」

 

「エヘッ……エヘヘヘ……最っ高ぉ……」

 

「あぁ、もぅ……ダメェ……そんなにぃ……入らないぃ……」

 

「………ぁ……………ア……ミラ?」

 

許容範囲を越えた過度の快感を味わいピクピクと体を痙攣させている他のサキュバス達と同じく白濁液にまみれ美しい美貌を汚したメルキアが虚ろな瞳でアミラの存在に気が付き掠れ声を出す。

 

「だ、大丈夫かい!?メルキア!!一体どうしたんだい!?」

 

予想外の出来事にカズヤの救出とメルキアを懲らしめに来たことも忘れ、アミラは色々とぐちゃぐちゃになっているメルキアを抱き起こした。

 

「ア……ハハ……落とすつもりが……落とされちゃった……」

 

「え、なんだって?」

 

「ッ……もう……ダメ……私達……あの人ッ……の……物に……奴隷に……なっ……ちゃった……♪」

 

心からの充足感を得たような悦びの表情でそう言い残しメルキアは意識を失った。

 

「メルキア!?メルキア!!ん?……はぁ……なんだい気を失っただけかい」

 

意識を失ったメルキアに一瞬死んでしまったのかと思いドキッとしたアミラはメルキアがただ意識を失っただけだと気付くと呆れたように溜め息を吐いた。

 

「……それにしてもこれをカズヤがやったのかね?」

 

メルキアが焚いていた媚薬の香の匂いと青臭い匂いを吸いすぎたせいでうっすらと下着を濡らしてしまったことに顔を赤らめながらもアミラは部屋の中でグッタリと倒れている数十人のサキュバスに目をやり感心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

あー疲れた。

 

メルキア達を倒した?カズヤは叩き起こしたエル達と共に最初に案内された部屋に戻り悠々とシャワーを浴びていた。

 

ったく、精神強化(強)がある俺に魅了の魔眼なんて効くわけないのに……掛かったフリをするのが大変だったぞ。

 

それにしてもちょっと溜まってたからってやり過ぎたかな?

 

意趣返しも兼ねて許しを乞うまで徹底的にヤっちゃったけど……まぁ、いいか。

 

シャワーを浴び終わったカズヤは体を拭きながらつい先程の事――圧倒的な快楽に溺れ咽び啼き許しを乞うメルキア達を徹底的に懲らしめた――を思い返していた。

 

っていうか、この能力といい完全治癒能力の副作用といい……奪った能力はなんか洗脳まがいの能力が多いな。

 

……あの渡り人、トリッパーは何がしたかったんだ?

 

絶倫

・精力が今の10倍になる。(抱いた相手を従属させることが出来る)

 

 

カズヤは半裸のまま椅子に座るとウィンドウ画面呼び出し開き今まで棒線が引かれ読めなかった()の中の文字を見て呆れていた。

 

「ただいま戻りました――ご主人様?どうされました」

 

「いや、ちょっと汗かいたからシャワー借りてた」

 

「はぁ、そうですか……」

 

協定の話し合いを終えて部屋に帰って来た千歳達をカズヤは平然と出迎え、何事も無かったかのように振る舞う。

 

そんなに部屋が暑かったのだろうか?

 

カズヤの姿を訝しみながらも千歳は追及の言葉を口にすることは無かった。

 



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22

F-22ラプターに護衛されパラベラム本土に向かうエアフォースワンの機内では初めて乗る飛行機に皆、興奮した面持ちで席についていた。

 

「アハハ!!こりゃあいいね、空船より速いし何より乗り心地がいい!!」

 

「か、母様!!お止めください、恥ずかしいです……」

 

「もぉ!!お母さん、止めてよ〜。みんな見てるよぉ〜」

 

ふかふかとした座り心地のよいリクライニングシートを何度も倒したり起こしたりしながら小さい子供のようにはしゃぐアミラに顔を赤くしたフィーネとリーネが周りの生暖かい視線を感じ恥ずかしそうに身を縮み込ませながら苦言を口にする。

 

「姫様、何度も言いますが外交上の問題になるようなことは避けるようにと――姫様?私の話を聞いていますか?姫様?」

 

「わぁーすごい……雲があんなに低く……」

 

「ひ、姫様?あの――」

 

「……団長、今は姫様に何を言っても無駄かと」

 

「そのようだな……はぁ……陛下になんとご説明すれば……」

 

イリスとカレンの暴走を止めようとカレンの部下であるマリアと共に戦列艦に乗り込んだまでは良かったが結局の所、役に立たず暴走を許してしまい今はイリスの護衛というよりメイドをしているフィリスとベレッタの2人は説教を聞き流し窓から遥か眼下に広がる雲海を見詰めるイリスに諦めの視線を送っていた。

 

「――カレン様?お分かり頂けましたか?」

 

「……分かったわよ、私が悪かったわ」

 

「でしたら結構。今後はあのような軽率な行動を絶対に取らないようお願いします」

 

「はいはい、分かってるわ。――……でもしょうがないじゃない、カズヤのことが心配だったんだから」

 

「なにか言いましたか?」

 

「はぁ……何でもないわ。ただの独り言よ」

 

「そうですか」

 

暴走した件で部下のマリアからブスブスと心を抉るようなお小言を永遠と聞かされたカレンは不貞腐れた顔で窓の外に目を向ける。

 

……なんか、カオスだな。

 

仕切りの壁とカーテンで仕切られた向こう側、後部席に座るカナリア王国と妖魔連合国のVIPやその関係者達の姿をカーテンの隙間からチラリと目にしたカズヤはそんな感想を抱く。

 

「――それで、ご主人様。……ご主人様?」

 

後ろに気を取られ過ぎ話を聞いていなかったカズヤに千歳が困った顔で声を掛ける。

 

「あぁ、悪い何だった?」

 

「ですから、本土に着いてからのご予定の確認を」

 

「そうだったな、えーと」

 

話を元に戻したカズヤは千歳の手に握られたタブレット端末に視線を落とした。

 

「――うん、問題ないな」

 

「了解です」

 

本土に着いてからの予定を確認し問題がないかを確かめ終えたカズヤは用意されていた飲み物に手を伸ばした。

 

「そういえばご主人様。――先日はサキュバス達とずいぶんお楽しみだったようで」

 

カズヤが完全に気を抜いた瞬間を狙ったように千歳が爆弾を落とす。

 

「ブウゥゥゥーーー!!ゲホッ、ゲホッ!!」

 

口に含んでいた飲み物を盛大に噴き出しむせたカズヤは何度も咳き込む。

 

な、何故バレた!?あの場にいたエル達には黙っているように言ったはずだ!!

 

混乱し纏まらない思考で必死に考えを巡らせ、カズヤは突如やって来た死地をどうやって切り抜けるか言い訳を探していた。

 

「つきましてはサキュバス共よりこのような手紙が」

 

そんな時、千歳から手渡された手紙――簡単に言えばサキュバス達からの肉欲にまみれた恋文と当時の事を思い返す文が書かれた物を突き付けられ最早言い逃れが出来ない事を悟ったカズヤは少しだけでも千歳の怒りを鎮めようと言い訳を始める。

 

「い、いやな?あれは決して望んでしたことではなく……ち、千歳?」

 

冷や汗をダラダラと流し、しどろもどろに答えるカズヤの胸に千歳がソッと身を寄せる。

 

「ご主人様、私を……捨てないで下さい」

 

……千歳?どうしたんだ?

 

いつもなら暗く澱んだ瞳で他の女を抱いたことを問い詰め、嫉妬心と激情に任せて行動するはずの千歳が弱々しく震え潤んだ瞳でカズヤを見上げる。

 

千歳の予想外の行動と態度にカズヤの思考は更に混迷の度合いを加速させた。

 

「……ご主人様の周りには多くの女が集まり出しています。私は……いつかご主人様に飽きて捨てられてしまうのではないかと不安で……」

 

「千歳……」

 

カズヤが千歳のいつもと違う弱々しい姿にギャップを感じ胸をドキッとさせ千歳を安心させようと優しく抱き締める。

 

「お前は俺のものだ。飽きたり捨てたりするわけないだろう」

 

「あぁ、ご主人様……」

 

千歳はカズヤの言葉に涙を溢し感極まったようにカズヤにすがり付く。

 

――……計画通り。ご主人様は誰にも渡さん絶対に。

 

しかし、カズヤは胸の内に顔を埋めた千歳の口元に浮かぶ悪辣な笑みには気が付かなかった。

 

――サワッ。

 

どれだけ2人が抱き合っていただろうか、もうすぐ本土に到着するという時になってカズヤのズボンに千歳が手を伸ばす。

 

「……ん?……千……歳?」

 

何度も何度もナニを連想させる手付きで千歳はズボンの上からカズヤのブツをサワサワと執拗に撫でる。

 

「ち、千歳、ちょっとマズイ!!」

 

「ご主人様……申し訳……申し訳ありません」

 

っ!?……○情しておられる!?

 

カズヤから夜伽を外されたことにより溜まりに溜まった性欲がカズヤの匂いに包まれていたせいで爆発。

 

しまった……これは私も予想外だ。我慢っ……出来ないっ。

 

千歳は赤らみ情欲に染まった顔で謝罪の言葉を口にしつつも手を止めようとはしなかった。

 

『パラベラム本土まで残り20分。皆様、海をご覧下さい』

 

「ちょ!?千歳ここでは不味い、本土まで我慢しろ!!」

 

周りに気付かれるという恐怖心と到着を知らせる機内アナウンスが流れ機体が低空に降りたことに焦るカズヤ。

 

「も、申し訳ありません。もう……もう我慢の限…界……です。それに……カーテンで仕切られていますし……“まずは”口で致しますから後ろの連中には分かりません」

 

“まずは”ってなに!?ってみんなガン見しとる!?

 

前部席のカズヤと千歳の周りに座るメイド衆がこれから開かれる催しを物欲しそうに身を乗り出して見ている。

 

そして焦るカズヤとは対象的に情欲に囚われた瞳に熱く熱気の籠った吐息をハァ……ハァ……と吐く千歳がカズヤのズボンのチャックに手を掛けた時だった。

 

後部席からオォーという歓声が上がり次いでドタドタという足音が聞こえてきた。

 

チィ!!もう少しだったのに邪魔が入った!!

 

千歳は僅かに残っていた理性をかき集め、なんとか性欲を押さえ付けると乱れていた制服を正し椅子に座り直した。

 

――ギリギリセーフ!!危なかった……全く肝が冷えたぞ。

 

「カズヤ!!あの海の上に浮かんでるのはなんだいっ!?」

 

千歳が服の乱れを直し椅子に座り直したのと時を同じくして興奮状態のアミラが皆を引き連れカーテンをシャッと開け放ちカズヤ達のいる前部席に雪崩れ込む。

 

「え、あ、あぁ、あれはうちの海軍とかの船だよ」

 

アミラが言っているのは以前カレンがパラベラムの本土に来た時のようにパラベラムの海軍等の艦艇が一堂に会している光景である。

 

最も以前の時とは違い、今は数ヶ月後に予定されている反攻作戦の為の実戦訓練を行っているので各艦艇は激しく動き、盛んに空砲や模擬弾を撃ったりしていた。

 

そのためキラキラと太陽の光を反射する海上には船の航跡が幾条も引かれ、空砲や模擬弾を撃った際の白煙が風に流され漂っている。

 

「へぇーよくこれだけ揃えたね!!」

 

アミラはカズヤに説明を求めながら窓に顔を押し付けて眼下で動き回る大艦隊をキラキラとした目で眺めていた。

 

「ねぇ、カズヤ。私が以前パラベラムの本土を訪れた時より数が増えているような気がするのだけれど……」

 

「あぁ、あの時は改装のためにドック入りしている船が多かったからな。そのせいだろう」

 

以前の状況とは違い船が世話しなく動いているが船の、特に大型艦の数が違うことに気が付いたカレンがカズヤに問い掛ける。

 

「後で気になる人には個別に見に行ってもらって構わんが……一応簡単に説明しておくと(新旧を含め)戦艦50隻以上、空母150隻以上、巡洋艦、駆逐艦、その他の艦艇にいたってはもう数えきれん」

 

……なんたって弩級戦艦までいるくらいだしな。

 

「ふーん……よく分からないけど凄そうだね」

 

「んー。簡単に言えばこの下にいる艦隊群だけで小国は10〜20個ぐらい潰せるぞ」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

淡々と当たり前のように恐ろしい言葉を口にしたカズヤにアミラを始めとした妖魔連合国側の者達は改めてパラベラムの底知れぬ力を思い知る。

 

また、ある程度理解してはいたもののその理解が至らぬものだと認識の甘さを叩き付けられたカナリア王国側のカレン達はアミラ達と同じ考えに至った。

 

どんな事情があれ、万が一カズヤを――パラベラムを敵に回せば待っているのが虐殺すら生温い一方的な殺戮劇だということに。

 

「? どうしたいきなり静かになって」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「気にしないでちょうだい」

 

真面目な顔で考えを巡らせるアミラやカレン達にカズヤはただただ首を捻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「それじゃあ皆、案内役を付けるから好きな所に行ってくれ」

 

元々、カズヤが諸事情で本土に戻らねばならなかった時にアミラがパラベラムの本土の様子を見てみたいと言ったことで実現した今回の訪問。

 

「わ、私は以前見せてもらったから……その……カズヤの邪魔でなければカズヤの……側に………………居たい……」

 

案内役の適当な将校を付けて好きな所を見せればいいか。と考えていたカズヤだったが、そんな考えは彼女達に一蹴されてしまう。

 

「あー!!お姉ちゃんずるいぃー!!抜け駆けする気だー!!」

 

「なっ、リ、リーネ!!抜け駆けなど……わ、私はただ……」

 

以前にパラベラムの本土に来たことのあるフィーネがまずそんな事を言い出し、それに妹のリーネが噛み付く。

 

「……私も以前に見たから別にいいわ。カズヤの用事が終わるまで近くで待たせてもらおうかしら」

 

口では待つと言うものの好きあらば側に居ようとするカレン。

 

「私はお兄さんの側にいます!!」

 

フィーネやカレンに対抗するようにイリスがカズヤの腕にしがみつき宣言する。

 

「じゃあ……あたしもカズヤに付いて行こうかね」

 

今回の訪問を行う切っ掛けとなったアミラがまさかの訪問の意義を無くす発言をした。

 

……なら、何しに来たんだよ。

 

「付いてくるのは別に構わんが……来ても楽しくないぞ?」

 

アミラの発言に呆れながらもカズヤは皆に同行の許可を出す。

 

「ご、ご主人様!!あの……」

 

上気した顔で千歳が追い詰められ切羽詰まった声を出す。

 

あぁ、そうだったな。

 

千歳の限界ギリギリの姿に一計を案じたカズヤはある条件を皆に付けた。

 

「じゃあ、皆付いて来てもいいが車は用意しといたのに乗って付いて来てくれ」

 

「そんな……私はお兄さんと一緒の車がいいです」

 

「ブゥーブゥー!!私もぉー!!」

 

カズヤの条件にイリスとリーネが抗議の声をあげる。

 

「姫様、あまりカズヤを困らせてはいけません」

 

「リーネ我慢しな」

 

「うぅ……分かりました」

 

「……はぁーい」

 

あまりに我が儘を言うとカズヤに嫌われますよ。というフィリスの小声にイリスは渋々頷き。

 

リーネはアミラの一言で不満気な顔をしたものの素直に従った。

「じゃあ行くか」

 

不満を漏らしたイリスとリーネを除いた他の面々がしっかりと頷いたことに安心しつつカズヤは皆に声をかけた。

 

あれ、あれはザルツの所の……本土に連れて来てどうする気だい?

 

車に乗り込む寸前、エアフォースワンと共に飛んでいた予備の機体からカズヤが身請けしたザルツ氏族の女性達が不安げな表情を浮かべ用意されていた大型バスに乗せられていく光景をチラリと目にしたアミラは1人不思議がっていた。

 

 

ちなみにカズヤの目的地に着くまでの間、カズヤと千歳が乗り込んだキャデラック・プレジデンシャル・リムジンが不自然に揺れていたことをここに付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

カズヤの目的地――パラベラム本土にあるカズヤの私邸に到着し中に入ったアミラ達は唖然としていた。

 

「「「お父さん!!」」」

 

「「「とと様!!」」」

 

「「「父上!!」」」

 

「「「兄さん!!」」」

 

「「「お兄様!!」」」

 

「「「お兄ちゃん!!」」」

 

「ぬおっ!?ちょ、ちょっと待て!!そんなに――グハッ!!」

 

屋敷の中でカズヤの帰りを待ち構えていた子供達の群れに。

 

「なっ、グヘッ!!は、腹の上に乗るんじゃない!!」

 

種族や性別、年齢がまったく異なる大勢の子供達によってカズヤはもみくちゃにされていた。

 

「ご主人様!?こら、お前達!!」

 

「「「わぁー!!お母さんが怒ったー!!」」」

 

子供達に押し倒され埋もれてしまったカズヤを千歳が慌てて助け出す。

 

カズヤがお父さんでチトセがお母さんですって?

 

「……これは一体どういうことなのかしら?」

 

皆が抱いた疑問を代弁するかのようにカレンが未だに子供達に押し潰されているカズヤに質問を投げ掛ける。

 

「いちち、あー……この子らはだな」

 

千歳の手によって子供達から解放されたカズヤは服に付いた埃を手で払いつつカレン達の疑問に答えた。

 

「「「「「「孤児?」」」」」」

 

カズヤの返答に皆、首を傾げて一様に口を揃えて聞き返す。

 

「あぁ、そうだ。各地でちょくちょく見掛けたんだが……どうも放っておけなくてなついつい拾ってのがコイツらだ。まぁ……」

 

孤児以外の奴も居るけどな。

 

口には出さずカズヤは心の中で呟く。

 

カズヤの家にいるのは様々な理由でカズヤが拾ってきた少年少女達。

 

主に孤児などだが、加えてカナリア王国では迫害されているオッドアイの子やいろいろな理由で迫害を受けていた子供達がそこにいた。

 

「……」

 

皆が静かに子供達に視線を送るなか、イリスは自分と同じオッドアイの少女を見て何か複雑な笑みを浮かべていた。

 

「……」

 

「っ……あの、お兄さん?」

 

「ん?」

 

「――いえ、何でもないです」

 

イリスの事に気が付いたカズヤが黙って頭を撫でてやるとイリスは何かを言いかけた。

 

しかしカズヤと目が会うとイリスは目を伏せ口を閉じ、今はただカズヤの手から伝わる暖かい体温に酔しれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「それじゃあ時間も時間だし飯でも食べるか」

 

「「「「はぁーい」」」」

 

「皆も食べるだろう?」

 

「はい」

 

「えぇ、もちろん」

 

「好意に甘えさせてもらうよ」

 

「いただくわ」

 

「うん!!」

 

子供達の元気のいい返事の後、カズヤがイリス達に聞くと皆、当然のように頷いた。

 

「じゃあ行こうか」

 

子供達に手を引かれ歩いて行くカズヤの後をぞろぞろとアミラ達が付いていった。

 

しかし、カズヤのこの何気ない提案が後の問題の切っ掛けとなる。

 

「ん?どうしたクレイス?」

 

それはカズヤが皆とワイワイと喋りながら食事を取っている時だった

 

本来であれば黒い翼が真っ白だという理由だけで迫害され翼人族の里を追い出されたまだ幼い少女のクレイスが口をモゴモゴと動かしながらカズヤの傍に歩み寄る。

 

「何か――うむっ!?」

 

カズヤの問いを無視しクレイスはカズヤと唇を重ねる。

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

クレイスの予想だにしない行動に談笑しつつ食事をしていたアミラ達は絶句。

 

声1つ漏らさず凍り付いたようにカズヤとクレイスの接吻に目をやっていた。

 

「んも!?……ゴクッ……ふぅ……どうしたんだ?クレイス」

 

クレイスが咀嚼し柔らかく小さくなった肉を口移しで食べさせられたカズヤ。

 

「んふふふ……なんでもない。はい、お父様あ〜ん」

 

クレイスはそう言ってカズヤの皿からフォークで取った肉をカズヤに差し出す。

 

「え、あ、あ〜ん」

 

戸惑いながらもクレイスが差し出してきた肉をカズヤは口にした。

 

「うん、うまいぞ――うむっ!?」

 

だが、肉を咀嚼しつつ食べた感想を言葉にしたカズヤの口をクレイスが再度奪う。

 

――ジュル、ジュルルル!!

 

今のキスと先程のキスでは決定的に違う所があった。

それはカズヤが噛んでいた肉をクレイスが啜り取っていたことだった。

 

「んっ……はぁ……ご馳走さま、お父様」

 

「え、あぁ」

 

カズヤの口から肉を全て食べ終えたクレイスはカズヤに笑顔でそう告げ、未だに固まっているアミラ達にサッと勝ち誇ったような視線を流し翼を満足げにパタパタと小さく羽ばたかせ堂々と自分の席に帰っていった。

 

……なんとなく嫌な予感がする。

 

先程のクレイスの行動が何を意味するのかを知らないカズヤは子供のイタズラだと思っていたが、アミラ達の顔を見て何か意味があるのだろうと当たりをつけた。

 

(((((……あの娘やる……)))))

 

アミラ達は自らの目の前で翼人族の婚礼の儀式をまざまざと見せ付けられただただ戦慄していた。

 

ちなみに翼人族の婚礼の儀式は本来、男が意中の女性に口にした食べ物を口移しで相手に与え、私は貴女に糧を与え続けます。だから一緒になりましょう。という意を示し女性はそれを受けるのであれば飲み込み、最終的な返答として男と同様に口移しで食べ物を返すというものである。

 

加えてこの際に魔法を使い『不別の交わり』という盟約を交わすと何があろうと別れることが出来なくなる。

 

そんな強力な盟約があるため、通常は口移しだけで終わるのだが……今、さっきクレイスがこっそりと魔法を使い『不別の交わり』を一方的にカズヤと交わしていたことに誰も気付いて居なかった。

 



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23

イリスのターン。

ヤンヤンしてます(汗)


様々な魔法薬やその材料となる素材、魔法薬の調合に必要な道具が納められたカナリア王国の王城の一室。

 

魔法薬学の勉強の一環と称し、人払いがなされたその部屋の中にイリスとイリスの専属メイドの姿があった。

 

「ひ、姫様……あの、言われた物は全て言い付け通りに揃えましたが……」

 

「ありがとうございます」

 

「そっ、その……一体何をなさるおつもりで?」

 

「それは……秘密です。もう下がって構いませんよ」

 

「え、あ、あの姫様?」

 

「ウィレス、もう一度言います下がりなさい。――……あぁ、それとこの事は誰にも言ってはいけませんよ」

 

「は、はい……承知致しました」

 

心配そうな視線を送ってきていた自分のメイドを強引に下がらせたイリスは1人っきりになった部屋の中で不敵に笑う。

 

「アハッ、アハハハ!!これで材料は揃いましたし、後はうまく調合するだけです。待ってて下さいねお兄さん♪」

 

イリスはカズヤに思いを馳せながらメイドに用意させた様々な材料を手に取り、あるものを作るため材料の調合を始める。

 

「えっと、これは……こうで……」

 

部屋の片隅に置かれている本棚から取り出した禁書をイリスは真剣な顔で読む。

 

そして、とある理由で禁書指定された本とにらめっこしながら材料を磨り潰し溶かし合わせ調合していく。

 

「――それとワイバーンの髭。ふぅ……とりあえずここで確かめてみましょう」

 

ある物の完成まで後一歩というところでイリスは調合の成果を確かめて見ることにした。

 

「はい、飲んで下さい」

 

透明なビンの中に入っている、数十種類の絵の具を混ぜたような毒々しい色の液体を別の容器に移したイリスは試験用に準備しておいたネズミにその液体を飲ませた。

 

「うわっ……すごい……でもちょっと効きすぎかな……まっいっか」

 

液体を飲んだネズミが予想以上の効果を発揮しているのを見て一瞬、悩んだイリスだったがすぐに悩むのを止めて作業に戻る。

 

「最後に私の血を入れてっと」

 

手に取った小さいナイフで指に傷を付け、イリスはビンの中に自らの血を1滴垂らす。

 

ポチャン。とイリスの血がビンの中に落ち混ざった瞬間、毒々しい色をしていた液体がスゥーっと無色透明に変化した。

 

「っ……出来ました。これで後はお兄さんにこれを飲ませたら……。ふふっ、ふふへへ」

 

イリスは目的の物が出来た事で達成感に酔いしれながら欲望に満ちた、しまりのない笑みを口元に浮かべ1人悦に浸っていた。

 

「ジュルリ。さて、お兄さんを捕まえに行きましょうか」

 

口から垂れたヨダレを拭い、部屋を一通り片付け証拠を隠滅したイリスは自分で作ったある物を宝物のように大事に抱き締め、今現在カナリア王国の王城を所用で訪れているカズヤを捕らえるべく用の済んだ部屋から元気よく出て行った。

 

 

「チュウ!!」

 

「チュ〜!?」

 

そしてイリスが居なくなり無人となった部屋の中では、イリスによって液体を飲ませられたネズミが血走った目でメスのネズミに覆い被さり盛んに腰を振っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

カナリア王国での所用を終えたカズヤがパラベラム本土に帰ろうとしていた時だった。

 

「ひ、姫様!!お待ちください!!」

 

「姫殿下!!お待ちを!!」

 

「ん?」

 

聞き慣れた言葉と声が聞こえ、カズヤは声のする方に顔を向けた。

 

「お兄さん!!」

 

「うおっ!?イリスか?どうした?突然」

 

直後、曲がり角から飛び出して来たイリスがカズヤの胸に飛び込む。

 

「(……いいから下ろせ)」

 

胸の中で目を細め小動物のように頬擦りを繰り返すイリスの頭を撫でてやりながらカズヤはイリスが曲がり角がら飛び出して来た直後、携帯しているH&K HK416の安全装置を外し発砲態勢に入っていた親衛隊の隊員に視線でHK416の銃口を下ろさせ、同じく武器を構えていたレイナとライナを下がらせた。

 

「んふっ、あのお兄さん。美味しいお菓子が手に入ったんです。私の部屋で食べていきませんか?」

 

あの人が居ない……チャンスです!!

 

カズヤの匂いを十分に堪能し顔を上げたイリスは、千歳が居ないこの千載一遇のチャンスを逃してなるものかとばかりにカズヤの腕をグイグイと引っ張り自分の部屋へ連れて行こうとする。

 

「姫様、またその様な我が儘を……」

 

そこにようやく追い付いて来たフィリスとベレッタが諦めの表情を浮かべながらイリスをカズヤから引き離そうと手を伸ばす。

 

「っ、ダメ……ですか?」

 

引き離されてはかなわないばかりにイリスはカズヤにギュッとしがみつき、捨てられた子犬のような上目遣いでカズヤに尋ねる。

 

「……うーん。大丈夫だぞ、少しぐらいなら」

 

「いいのですか、ご主人様……?」

 

「よろしいのですか、ご主人様?」

 

「あぁ、分かってるよ」

 

イリスの訴えるような切なげな上目遣いに押し負けたカズヤは確認するように声を掛けてきたレイナとライナに返事を返す。

 

「やった!!早く行きましょうお兄さん!!」

 

「いいのか?カズヤ」

 

「大丈夫だ。多少の融通は効く」

 

イリスに引っ張られながらカズヤは申し訳なさげな表情を浮かべるフィリスに笑って答え、部下に予定の変更を伝える。

 

「お兄さん、早く早く!!」

 

「分かった、分かった」

 

苦笑しながらカズヤはイリスに手を引かれ部屋に向かった。

 

 

「むぅ……」

 

これは予想外です、計画に変更が必要ですね。

 

本来の計画であればカズヤと2人っきりでお茶会をして、その際に例のブツを使おうと考えていたイリスはカズヤと一緒に付き添いとして部屋に入ってきたレイナとライナに対し敵意の籠った視線を向ける。

 

「……美味しいですか、お兄さん?」

 

「あぁ、うまいなこれ」

 

カズヤはクッキーのようなお菓子を食べながらイリスの問い掛けに笑顔で頷いた。

 

「お2人も良かったらどうぞ」

 

念のためこれを用意しておいて良かったです。

 

イリスは邪魔者を排除するためカズヤの後ろに控え、給仕に徹するレイナとライナに別の皿に盛られていたお菓子を差し出す。

 

「いえ、私達は……」

 

「お気遣いなく」

 

「そんな事言わずにレイナとライナも食べてみろ、うまいぞ」

 

イリスにお菓子を差し出されたレイナとライナは申し出を辞退しようとしたが、カズヤに促されたためおずおずとお菓子に手を伸ばし口にした。

 

「おいしい……」

 

「おいしい……です」

 

「な?」

 

お菓子を口にして思わずといった風に感想を漏らす2人にカズヤは我が子を慈しむ父親のような視線を送りつつ笑っていた。

 

 

「――なんですよ。お兄さん」

 

「ハハハ、そうなのか」

 

カズヤとイリスの会話が弾み、レイナとライナがお菓子を口にしてから5分程経った時だった。

 

「……ぁ……っ……なん……で?」

 

「ぁれ?……ぇ……か……らだ……お……かしい……」

 

カズヤとイリスが会話を楽しんでいるとレイナとライナがふらふらと横に揺れ始め、遂には床にパタリと倒れてしまった。

 

「レ、レイナ!?ライナ!?」

 

突然の出来事に驚いたカズヤは慌てて2人に駆け寄る。

 

……やっとです。

 

睡眠薬を仕込んでおいたお菓子を食べたことで2人が深い眠りに落ちた事を見て取ったイリスは暗く冷たい笑みを浮かべ、カズヤの背後でこっそりと例のブツを口に含む。

 

「大丈夫か!?レイナ、ライナ!!おい、誰か――んむっ!?」

 

――コクコクコク。

 

「んちゅ……はぁ……フフッ、お兄さん大丈夫ですよ?お2人はただ眠っているだけですから……ね?」

 

カズヤが人を呼ぼうと振り返り口を開いた瞬間、カズヤにキスをして有無を言わさず口移しでブツを飲ませたイリスが興奮した顔で妖艶に笑う。

 

「イリス何を――ガッ!?」

 

イリスの突然の行動と言葉の意味を咎める暇もなくカズヤの体に異常が発生した。

 

熱いっ!!体が……血が燃える!!

 

身体中がカッと燃え上がるようなその謎の現象にカズヤは思わず額を床に擦り合わせるように小さく踞り己の体を抱き締める。

 

「イ……リス、俺に……何を……ッ!!」

 

「フフフッ、お兄さんとの初めてのキス……あまぁい♪」

 

カズヤが必死に体の内で暴れまわる激情を抑え込んでいるのを余所にイリスは唇を人差し指で艶かしく擦りカズヤの唇に自分の唇が触れた感触を思い出しながらファーストキスの悦びを味わっていた。

 

「イリス!!」

 

「っ……あぁ、なんですか?お兄さん」

 

カズヤの呼び掛けに我に返ったイリスは踞るカズヤに歩み寄り、カズヤの目の前に膝を付いた。

 

「俺に、何を飲ませた!?」

 

「そう心配しないでください。飲ませたのは……少し?強力な媚薬と惚れ薬を混ぜた魔法薬――『貴婦人落とし』ですから」

媚薬に……惚れ薬だと!?

 

イリスの口から飛び出した単語にカズヤは最悪の状況を悟った。

 

「本来だったら男性が使うことの多い魔法薬なんですけど……う〜ん。お兄さんにはあまり惚れ薬が効いていないみたいですね。……まぁ代わりに媚薬の方はバッチリ効いているみたいですけどウフフッ」

 

イリスはズボンを突き破らんばかりにその存在をアピールしているカズヤのモノを見てペロリと舌舐めずりをする。

 

生憎と精神強化(強)があるんでな惚れ薬の類いは効かん。

 

カズヤは煮え滾る体を理性で押さえ付けながら、そんな事を考えていた。

 

「っ、ふぅ……惚れ薬はちゃんと出来てたはずなのに……はぁ……どうしてなんでしょう……んくっ……私なんてほんの少し飲んだだけなのに……もうっ!!……体が、体がどうしようもない程熱くてお兄さんの事しか考えられないのにっ!!」

 

「な……に?」

 

まさかっ!?

 

カズヤはイリスの熱の籠った言葉にギョッとして視線を上げた。

 

「はぁ……はぁ……お兄さぁん――私をお兄さんのものにして下さい♪」

 

口移しで貴婦人落としを飲ませる際に少量ではあるが貴婦人落としを自分で飲んでしまったためカズヤへの想いが否応なしに増幅。

 

イリスは体を火照らせ色欲に満ちた眼差しをカズヤ送りむっとするような歳不相応な色気を振り撒いていた。

 

ヤバイ!!このままだと!?

 

「だ、誰か!!」

 

「無駄ですよ、お兄さん。声や音が外に漏れないように簡単な魔法障壁を張ってありますから」

 

このままではなし崩し的にイリスを襲ってしまうと考えたカズヤは外部に助けを求めるため大声を出したが、イリスの事前準備の賜物によって阻まれてしまう。

 

クソッ、それなら!!

 

「お兄さん?もう、無駄な足掻きをして……欲望のままに私を襲ってくれたらいいのに……」

 

精神力を振り絞りヨロヨロと立ち上がって扉に向かって進んでいくカズヤをしょうがないなぁ。とばかりにイリスは微笑み眺めていた。

 

「もう……少し……」

 

そして、カズヤの手が部屋の扉にあと僅かで届こうとした時だった。

 

「お兄さん、こっちを見てください♪」

 

「っ……?なっ!?」

 

――ブチッ!!

 

熱に浮かされぼんやりとする思考の中で、カズヤはイリスの弾んだ声に何の疑問も抱かぬまま振り返ってしまった。

 

「青い果実はお嫌いですか?まだ熟れていませんが、きっと美味しいですよ。フフッ」

 

ビチャビチャに濡れた下着を脱ぎ捨て、着ていたドレスの裾を持ち上げ潤んだ瞳でこちらを見つめるイリスを目にした瞬間、カズヤの理性の紐は引き千切れてしまった。

 

「あ、あああ、あああぁぁぁぁアアアァァァァーーー!!」

 

理性を失ったカズヤは外にいる部下に助けを求める事など完全に忘れ、獣のような雄叫びを上げてイリスに突進し邪魔なドレスを荒々しく引き裂き押し倒す。

 

「あんっ、お兄さんったら強引ですっ♪」

 

そんな野獣のようなカズヤをイリスは嬉々として迎え入れ、念願の夢が叶ったことに無上の悦びを噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

お菓子を食べていた部屋の隣にあるイリスの寝室。

 

「……やっちまった」

 

欲望を全て吐き出し賢者になったカズヤは両手で頭を抱えていた。

 

「っ……すごっ……過ぎ…っ…ですよ……お兄……さん……まだ……お腹の…中が………チャプチャプ……してますよ?」

 

カズヤの側で幸悦とした表情を浮かべ女の顔で横たわるイリスが息も絶え絶えに言葉を口にする。

 

「起きたのか、イリス」

 

「っ……はい」

 

イリスに視線を向けた際に、シーツに付いた赤い染みが目に入りカズヤは改めてどうしようかと頭を悩ませる。

 

そこへ、イリスが止めを刺す。

 

「お兄さん♪これで責任……取ってくれますよね?♪」

 

「……イリス。そのこと――」

 

「ね、お兄さん。私の初めてをあんなに手荒く散らしてしまったんですよ?」

 

「……」

 

「それに体力が尽きて許しを乞う私を無理やり押さえ付けて何度も何度もたっっっくさん子種を私のお腹の中に出しましたよね?」

 

「……」

 

「気持ち良かったですか?私の中は?……気持ち良かったですよね、だってお腹がポッコリ膨れるぐらい、いっぱい出してくれたんですし」

 

イリスは膨れた下腹部を労うように優しく撫でながら続ける。

 

「……」

 

「フフッ、もう確実に孕んでしまっていますよ?だ〜か〜らぁ〜、お・に・い・さ・ん♪」

 

――責任取りますよね?

 

カズヤの顔に手を添えて顔を背けることを許さず、鼻先が触れ合うまで自分の顔を近づけた状態でイリスはワラって告げた。

 

「……」

 

カズヤはイリスの問い掛けにただ黙って頷く事しか出来なかった。

 



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24

パラベラムの強力な支援の元、復興が進み戦火の傷痕がキレイさっぱり消えたどころかパラベラムとの一大交易拠点になったため、かつてないほどに栄え繁栄を謳歌しているカレンの本拠地である城塞都市。

 

市街地では住民の多くが朗らかに笑い平穏な暮らしを享受し、商業エリアでは金の匂いに釣られてやって来た商魂逞しい商人達が城塞都市でしか入手出来ないパラベラムからの輸出品を1つでも多く手に入れようと競い合う。

 

そんな極々平穏な空気が漂う城下町とうってかわって城塞都市の最重要区画、カレンの居城には不穏な空気が満ちていた。

 

城付きのメイド達は世話しなく動き回り、警備兵達もいつもと違い険しい顔でピリピリとしたオーラを放っている。

 

「うぅ……」

 

そしてこの城塞都市を統括する立場であるカレン・ロートレック公爵は、といえば自室で頭を抱えて唸っていた。

 

「カレン様、本当になさるおつもりですか?悩むぐらいなら――」

 

「っ、う、煩いわね!!あんな小む――ひ、姫様に負けていられないなじゃない!!」

 

今だって出遅れているのにっ……このまま手をこまねいていたらカズヤの側での私の居場所はなくなってしまうわ。

 

カレンはマリアの助言に躍起になって言葉を返した。

 

とは言え……どうしたらいいのかしら……やっぱり……あれを“また”やるしか……道は……。

 

イリスがカズヤのものになったという知らせを聞き、出遅れた事を知り焦るカレンはありとあらゆるコネを使い多方面に手を回すことで、ちょうどタイミングよく開催が予定されていた城塞都市の復興記念パーティーにカズヤを1人で(ここが重要)招くことに成功した。

 

そしてそのパーティーの最中、もしくはパーティーの終わった後でカズヤの心を射止めるべく乾坤一擲の大計画を行おうとしていたのだが、直前になってその決意が羞恥心によって揺らいでしまい迷っているのであった。

 

「はぁ……カレン様。悩むのは構いませんが、もうすぐ総統閣下がご到着致しますよ」

 

堂々巡りの思考を繰り返すカレンに呆れたように溜め息を吐きマリアが時間切れを知らせる。

 

「えっ?何を言っているのマリア……まだ時間は――嘘っ!?もうこんな時間なのっ!?」

 

時間を忘れ悩んでいたカレンはマリアによって現実に引き戻された。

 

「なんで言ってくれなかったのよ!!マリア!!」

 

「はぁ……先程から何度も声を掛けていましたよ」

 

メイドの手を借りて急いで身支度を整え出したカレンが焦りのあまり涙目で抗議の声を上げる。

 

「うん?……お越しになったようですね」

 

マリアがカレンの抗議を聞き流し城の窓から外に目をやり、夕焼けの空を舞うVH-60Nプレジデントホークの存在に気が付いた。

 

「っ、貴女達、早くなさい!!」

 

「「は、はいっ!!」」

 

護衛のAH-64DアパッチロングボウとMi-24/35MkIIIスーパーハインドに囲まれ、更にその上空ではF-22ラプターとF-35(B)ライトニングIIが飛んでいるという物々しい警護態勢の下、城に接近してくるプレジデントホークにカレンは更に慌てながらメイドを急かし身支度を整える。

 

「……それで、カレン様。例の計画はどうします?」

 

「やるわ!!もうこうなったらヤケよ!!」

 

「……承知致しました。ではそのように」

 

……まったくカズヤ殿と出会われてからいい意味で変わったわね、カレン。

 

以前は笑うことも滅多になくて『氷の公爵』とも揶揄されていたのに今は……よく笑うし何より生き生きとしてるわ。

 

「よし、行ってくるわ!!」

 

覚悟を決めカズヤを出迎えるために部屋を飛び出して行ったカレンの後ろ姿を眺めつつマリアはカレンの変化を喜びこっそりと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

復興作業の際、ついでとばかりに城内に作られたヘリポートに着陸したプレジデントホークからカズヤは城塞都市に降り立った。

 

……最近、護衛が増えたな。

 

上空を旋回しているF-22とF-35に手を振って帰投を促し、周りに控える親衛隊の隊員に待機を命じながらカズヤは墜落の、暗殺未遂の一件からこの方増えた護衛になんともいえないため息をついていた。

 

「まっ、待っていたわよカズヤ……っ」

 

そこへゼィゼィと荒い息を吐きながらなんとか体面を取り繕うカレンが現れた。

 

ま、間に合ったわ……ギリギリね……。

 

客人を待たせる訳には――計画が始まる前から失点を重ね躓く訳にはいかないという理由で必死に走って来たカレンの願いは通じ、カズヤが機体から降りる寸前にヘリポートに到着し出迎える事が出来たことにカレンはホッと胸を撫で下ろす。

 

「……悪いな、待たせたか?」

 

セットされた髪や服を乱さぬように走って来たのであろう、必死さの滲み出るカレンにカズヤは一瞬、驚くが次の瞬間には何事もなかったようにカレンに笑顔を向けた。

 

「っ、はぁ……。フフッ言うほど待っていないわ。それより立ち話もなんだし行きましょう、こっちよ」

 

息を整えたカレンはカズヤの笑みにとびきりの笑顔で答え、カズヤの手を引くとパーティー会場となる部屋に向かった。

 

 

きらびやかなドレスを纏った貴族や豪商の娘達がパーティー会場を華やかに彩り、そして少女達の母親である貴婦人達が魅惑の色香を振り撒く。

 

男達はそれを笑顔で眺めながら、この絶好のチャンスを逃すまいと水面下での戦いを繰り広げていた。

 

「――そうね、バリック子爵」

 

これは……マズイわね……。

 

「えぇ、公爵様にそう言って頂けると私共も安心です」

 

表向き冷静を保っているカレンは蝿のように周りに集まって来た貴族や豪商達を相手にしながらも内心はひどく焦っていた。

 

何故なら少し離れた場所で大勢の見目麗しい少女や大人の色気を存分に漂わせる貴婦人に周りを取り囲まれ、少女の熱い眼差しや貴婦人の誘うような流し目を集めているカズヤの姿があったからだ。

 

「カズヤ様は異世界から来られたのですよね?私、異世界の事に興味あるんです。良ければお話しをお聞かせ願えませんか?」

 

「え、あぁ。いいよ」

 

「本当ですか!?嬉しいです!!」

 

「わ、わたくしも聞きたいですわ!!」

 

「私もです!!」

 

その穢れ無き無垢な体と若さを武器に擦り寄って来る少女の押しに負けたカズヤがついつい頷いてしまうと周りにいた他の少女達が負けじと声を上げる。

 

そしてまだ青い果実の年齢ながら十分に食べ頃な体をしている少女達の押しにカズヤがタジタジになっていると誰かに袖をクイックイッと引っ張られた。

 

「あの、閣下?もしよろしければ……今夜、私と共にもっとたくさん色々と“お話し”致しませんか?」

 

カズヤが袖を引っ張られた事に気が付き、そちらを向くと口元を扇で隠し潤んだ瞳で流し目を送っている貴婦人と目が合った。

 

「え、あの……?」

 

オブラートに包んではいるが、明らかに夜のお誘いを受けてカズヤは戸惑う。

 

「あら、ミス・マルディア?抜け駆けはよろしくないですわよ。閣下、わたくしも貴方様のお話しが聞きたいですわ……そう例えば、姫殿下が泣いて許しを乞うまでお腹に子種を注ぎ込んだ事……とか、フフフッ」

 

と、そこへニヤニヤと笑いながら別の貴婦人が割り込んで来た。

 

何で知ってる!?

 

カズヤは女性達の間での――社交界での情報伝達の速さに唖然としていた。

 

くっ、このままでは……しょうがないわ。計画を早めましょう。

 

「ちょっと失礼」

 

「え、あ、ロートレック公爵?」

 

パーティーを開いた手前、カズヤとずっと一緒に居られるとは端から思っていなかったが、このままではカズヤを他の雌に持っていかれると危惧したカレンは周りを囲んでいた貴族を押し退けパーティー会場を後にした。

 

「計画を始めるわよ、マリア。私は部屋で準備をするからカズヤを必ず連れてきて」

 

会場を出るとすぐに寄ってきたマリアにカレンは覚悟を決めた顔で告げる。

 

「ハッ、承知しました」

 

マリアも真剣な顔で頷くとカズヤをパーティー会場から連れ出すべく、人で溢れるパーティー会場に戻って行く。

 

さぁ、やるわよカレン!!

カレンは自身に気合いを入れながら急いで自分の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

まるで肉食獣の群れに囲まれたウサギだな、俺。

 

カズヤの引いてはカズヤの持つ権力と富を狙う美少女、美女を前にしてカズヤはそんなことを考えていた。

 

「キャッ、なんなんですか?貴女!!」

 

カズヤにまとわりついていた少女は突然、背後から強引に割り込んで来たマリアに抗議の声を上げる。

 

「失礼、閣下。カレン様より伝言です。以前閣下にお見せすると言っていた物の準備が整ったそうですので部屋に来て欲しいとの事です」

 

マリアは一言だけ少女に向けて謝るとすぐにカズヤに向かって用件を告げた。

 

見せるもの?そんな事……言ってたか?

 

「……分かった。すぐ行く」

 

記憶に無い事を言われて考え込んだカズヤは、とりあえずこの場から離れられるならそれでいいや。と安易な判断を下し頷いた。

 

「では、ご案内致しますので私に付いて来て下さい」

 

周りを取り囲んでいた少女や女性を押し退けてカズヤの元にやって来たマリアはそう言うなり踵を返す。

 

「えっ、そんな……カズヤ様、行ってしまわれるのですか?」

 

「え、あぁ、まぁね」

 

「もっと私達とお話ししてください」

 

「寂しいですわ」

 

カズヤがマリアに置いていかれないように後を追おうとすると周りにいた少女達に腕を掴まれてしまった。

 

「ま、また戻って来るから……」

 

いくら容姿が優れているとはいえ、狙いが明け透けて見えている少女達や貴婦人方の相手に疲れていたカズヤは適当な事を言ってこの場から離れようとする。

 

「では……気が向きましたら私の部屋にいらして下さい。待っています」

 

「私だって……カズヤ様、お待ち致しています」

 

「あ、あははっ……分かったよ」

 

周りの女達のラブコールにひきつった笑いで答えたカズヤは慌ててマリアの後を追った。

 

 

「どうぞ、こちらへ」

 

パーティー会場からどうにか抜け出したカズヤはカレンの私室に案内された。

 

「……」

 

見せたいものがあるって何を見せるつもりなんだろうな?

 

カレンの部屋の前でカズヤは首を捻りながらも黙ってマリアに従い部屋に入った。

 

「えっ……まぁいいか。それにしても暗いな。カレンどこにいるんだ?」

 

後ろから聞こえた鍵を閉めるガチャ。という音に少し驚きながらも部屋の中に入ったカズヤは窓から入る月明かりだけを頼りに歩みを進める。

 

「カレン――っ!?」

 

カズヤが部屋の中に置かれている大きなベッドの側に近付いた瞬間、誰かにベッドの上へ押し倒された。

 

「誰だっ!!――ってカレンか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

反射的にホルスターから拳銃を引き抜こうとしたカズヤだったが、自身の上に被さっているのがカレンだと気が付くとホルスターに伸ばした手を引っ込め体の力を抜いた。

 

「まったく驚かせないでくれ、なんのマネか知らないが――っ!?」

 

言葉の途中でカズヤはカレンの姿に――見覚えのある服装に気が付き言葉を失った。

 

「……」

 

「……」

 

そのまま部屋の中に沈黙が訪れる。

 

「……カレン、まさか」

 

「……えぇ、そうよ。貴方の考えている事で合ってるわ」

 

カズヤはカレンの服装とその覚悟と恥じらいの混ざった初な表情にカレンが何を望んでいるのかを瞬時に悟った。

 

……確かに“また今度”って言っていたが。

 

まさか本当に……。

 

「言ったはずよ、カズヤ。私は“また今度”と」

 

カズヤの考えを読んだようにカレンが言った。

 

「……そう……だな、だが――んむっ!?」

 

「んちゅ、ちゅ、んふっ、ちゅ、ちゅる、ちゅ、ん、んんっ、ん、れろっ、ちゅ……ぢゅ、ちゅ……んふっ、ちゅ、ん、んっ、はぁ……女に……恥をかかせる気?」

 

カズヤの否定から入ろうとした言葉を遮るように唇を奪ったカレンはカズヤの服を自然な動きで、はだけさせながら挑発するような視線を熱い送る。

 

「……後悔しても知らないぞ」

 

カズヤは最後の確認をカレンに取る。

 

「私の目がそんなに曇っているとでも?」

 

カレンはカズヤの確認に不敵に笑って答えた。

 

「そうか、じゃあ……」

 

「キャッ!?――んっ」

 

確認を得たカズヤは覆い被さっていたカレンを逆に組伏せ、唇を奪うとカレンを自分色に染めるべく本能に従って行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「フフッ、フフフッ」

 

2人だけの世界、優しい月の光りの下でカレンはカズヤの体に寄り添いながら悦びに満ちた顔で小さく笑っていた。

 

「……ずいぶんと嬉しそうだな、カレン」

 

「えぇ、それはもう。……だって貴族の身で好いた男と一緒になれるなんてほとんど無いのよ?普通なら政略結婚で好きでもない男とくっつかないといけないのが好きな男と一緒になれたんですもの、嬉しいに決まってるわ」

 

穢れを知らない純真無垢な子供のような笑みを浮かべたカレンはそう言ってカズヤにギュッと抱き付く。

 

「そ、そうか……」

 

カレンの直球の言葉に赤くなったカズヤは照れ隠しに頬を掻きながらカレンから視線を外した。

 

「もぅ……えい!!」

 

「カ、カレン!?」

 

「フフッ、まだまだ出来るでしょう?夜は長いのよ。タップリと吐き出してもらって確実に孕ませて貰わないとね」

 

カズヤが顔を反らしてしまったことに不満気な声を上げたカレンは肉食獣のように笑ってカズヤに襲い掛かかったのだった。

 



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25

バインダーグでの戦闘の後、本部からの指示で国境を流れるイル川を越えアルバム公国の領内に入った第1外人部隊は実戦経験を積ませるために増援として送られて来た第2外人部隊(アメリカ軍装備でM24チャーフィー軽戦車・M4中戦車シャーマン・M26パーシング・M36ジャクソン・カリオペ・M40自走砲・M19対空自走砲等を擁する)や第3外人部隊(日本軍装備が主体となっているものの他国製の装備も多数混ざっている。九七式中戦車チハ・三式中戦車チヌ・M26パーシング・シャーマン ファイアフライ・カリオペ・M40自走砲・M19対空自走砲)、第4外人部隊(ソ連軍装備でBT-7・T-34・IS-3・BM-13カチューシャ・ISU-152・ZSU-37)、その他多数の部隊と共にアルバム公国を占領するため、展開していたエルザス魔法帝国軍やバインダーグから逃げた帝国の敗残兵を駆逐しつつ前進。

 

帝国軍によって無惨にも蹂躙され荒廃した村や街を見て心を痛めながらも、それを力に変えて戦いを続けていた。

 

そして2週間たった現在、第1外人部隊は退路を絶たれアルバム公国の首都カーディガンに立て籠った帝国軍部隊約2万を他の部隊と共に包囲し今まさに攻め込もうとしていた。

 

「それと翼人族……いえ、ハーピィーの報告によりますと――」

 

……似てるからなハーピィーと翼人族は。まぁ、ハーピィーは手や足が鳥のようになっていて、翼人族は背中から翼が生えているのが特徴だな。ややこしい分類だから間違えてもしょうがないか。

 

臨時の指揮所となった天幕の中で他の部隊の指揮官らと共に作戦会議を開いていた第1外人部隊の指揮官バール中佐は飛行可能な妖魔達による偵察の結果を持ってきた兵士に内心で突っ込みを入れていた。

 

「会議中失礼します」

 

そんな時、バール中佐の部下であるロンメル少佐が慌ただしく天幕の中に入ってきた。

 

「……奴らバカか?」

 

バール中佐は呆れ果てた顔で報告を持ってきたロンメル少佐に向かって思わずそう告げた。

 

「……はぁ、恐らくバカなのでしょう」

 

ロンメル少佐はバール中佐の言葉に律儀に答えると天幕の中からカーディガンに立て籠る帝国軍に哀れむような視線を送った。

 

2人が呆れ果てている理由はカーディガンに立て籠る帝国軍部隊から一方的に通達された要求にあった。

 

『ただちに包囲を解き我々の退路を用意せよ、要求が受け入れられなければカーディガンの住人及びアルバム公国の王族は皆殺しにする。返答は明日の明朝まで待つ』

 

奴ら俺達を正義の味方か何かと勘違いしてるのか?

 

言っちゃ悪いが、住人や王族が殺されようが俺達にはなんの関係もないぞ?

 

まぁ……助けてやれるなら助けてやりたいが……生かすも殺すも本部の、閣下の判断次第だしなぁ。

 

バール中佐はそう考え、奇遇にも同じようなことを考えている他の部隊の指揮官らと一緒に無線を通じて本部に指示を求めている通信兵を見詰める。

 

「――ハッ、了解であります。…バール中佐、本部より命令です。『目標に変更なし、バール中佐が指揮を取り可及的速やかにカーディガンに立て籠る帝国軍を殲滅せよ。なお、人質については出来うる限り救出すべし』とのことです。また閣下から戦果を上げた部隊には臨時休暇やその他諸々の褒美を出すと」

 

「うげっ、俺が指揮を取るのかよ……」

 

通信兵の報告と基本的に面倒くさがりやのバール中佐が指揮官に選ばれた事に対して愚痴を呟いた直後。

 

「「「「「「っしゃあああぁぁぁーーー!!」」」」」」

 

バール中佐を除いた指揮官達の歓喜の雄叫びが上がった。

 

「休みだーー!!」

 

「褒美だーー!!」

 

「「「「「「やるぞ、テメェら!!」」」」」」

 

訓練に次ぐ訓練でほとんど休みがなく、ようやく休暇を許されたと思ったら急遽、アルバム公国での実戦に投入された第2、第3、第4外人部隊を始め任務続きで疲れていた他の部隊の指揮官らが気合いを入れて天幕を飛び出して行ってしまう。

 

……ニンジンを目の前にぶら下げられた馬か、お前らは。

 

一瞬で人が消えガラガラになった天幕の中を見渡しバール中佐は1人肩を落としていた。

 

 

「――という訳だ。分かったか?さて、作戦説明に移るが……作戦は簡単だ。お前らが闇に紛れてカーディガンに突入し敵を殲滅。後詰めとして機甲大隊が後に続くが支援砲撃は人質に当たる可能性があるからやらないぞ。まぁ、敵は剣や槍を持った歩兵が主体だしお前達なら支援砲撃が無くとも大丈夫だろう」

 

カーディガンに突っ込み敵を殲滅しろ。そんな単純明快すぎて作戦と呼べないような作戦を他の部隊に伝達したバール中佐は指揮下の歩兵部隊――旧ドイツ軍の冬季装備を纏っている妖魔達を召集し事のあらましと作戦概要を語っていた。

 

「「「「「「……」」」」」」

 

「どうした、お前ら?」

 

バール中佐が無言で黙り込む部下達を訝しげに問い質した瞬間。

 

「「「「「「やっっったっっぁぁぁーーー!!」」」」」」

 

ここでもまた歓喜の声が爆発した。

 

まだ戦果を上げた訳でも無いのにこの喜び様……戦果を上げ損ねたらショック死しそうな勢いだな。

 

よほど休暇が貰える事が嬉しいのか、ハイテンションで跳ね回る部下達をバール中佐は温かな目で眺めていた。

 

……というかコイツらほとんど○後の○隊だな。

 

マジもんの吸血鬼が半分以上だし。

 

元は奴隷の妖魔や獣人で編成されていた第1外人部隊の歩兵部隊だったが、カズヤの悪ノリにより、その半数ほどが吸血鬼で固められ、残りの半数は獣人の狼人族や虎人族に変えられていた。

 

「あー。おい、はしゃぐのは戦果を上げてからにしろよ」

 

「「「「「「ハッ!!」」」」」」

 

「作戦開始は本日の深夜……お前らの時間だ。せいぜい頑張れ」

 

浮かれている部下に声を掛けたバール中佐は最後にニヤリと笑ってその場を後にした。

 

 

「各部隊、配置完了いつでもいけます」

 

身の凍えるような寒さと漆黒の闇が辺りを包み嵐の前のような不気味な静けさが漂う。

 

「作戦開始まで、残り100秒」

 

指揮所ではバール中佐以下の指揮官達が神妙な顔付きで作戦開始時刻をただ待っていた。

 

「敵軍に動きあり。これは……バレてますね。奴らこちらの動きに感付いたようです」

 

所定の配置に就いた第1外人部隊の歩兵部隊ではカーディガンの城門付近の城壁に蠢く複数の影を認めた兵士が隊長へそう進言した。

 

「奇襲が強襲に変わっただけだ気にするな。それより作戦開始までの残り時間は?」

 

「60秒です。隊長」

 

カーディガンを監視していた部下の知らせを切って捨て、身体中に生えているモサモサの体毛を逆立たせながら狼人族の隊長はもう待てないとばかりに副官に問い掛けた。

 

「……そうか」

 

刻一刻と作戦開始の時間が近付くにつれて兵士達の殺気が漲る。

 

「……時間です」

 

寒さを忘れるほどに集中力を高めた兵士達は時計の針が午前零時を指し示した瞬間、漲らせていた殺気を爆発させる。

 

そして各部隊が一斉にカーディガンに向け突撃を開始した。

 

「野郎共、行くぞおおぉぉーー!!」

 

「「「「オオオォォォーー!!」」」」

 

こうして士気が異様に高い人外達による蹂躙戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

『『『『オオオォォォーー!!』』』』

 

「敵軍が動き始めました!!」

 

「よし、大砲用――ぎゃあ!?」

 

「ど、どうした!?――ギャ!!」

 

周辺から同時に上がった喚声に迎撃態勢を取ろうとした帝国軍兵士の体から突如、血飛沫が吹き上がる。

 

「空だ!!空に敵がいるぞ!!」

 

暗闇に閉ざされ月明かりだけが唯一の光源となっている真っ黒な空に彼らはいた。

 

「おい、あんまり弾を使うなよ?これからまだまだ必要になるんだ」

 

「「「了解!!」」」

 

先行し敵の指揮官達がいるはずのカーディガン城を制圧するよう命じられた飛行歩兵部隊の吸血鬼達――アルベルト・ゲオルク中尉率いる中隊は重い装備品のせいでいつもより激しく翼を羽ばたかせながら行き掛けの駄賃とばかりに地上にいる敵兵に向けて弾丸の雨を降らせ空爆を開始した。

 

「な、何をしている!!奴らを撃て!!」

 

「無理です!!射程外です!!」

 

アウトレンジからの攻撃に対して帝国軍は応戦も出来ず逃げ惑う。

 

「おい、門に穴を開けておいてやれ」

 

「了解!!」

 

後続の地上部隊がやり易いようにと第1外人部隊所属の飛行歩兵部隊の隊長、ゲオルク中尉は部下に城門の破壊を命じる。

「ヘヘッ、ぶっ飛べ」

 

城門の破壊を命じられた兵士は空中で止まり振り返ると担いでいたフリーガーファウストを発射。

 

同時発射された9発のロケット弾が城門に殺到する。

 

本来は携帯用対空ロケット砲ではあるが改造され広域制圧用対地ロケット砲に生まれ変わっていたフリーガーファウストにより城門はもちろん、付近にいた敵兵も甚大な被害を受けた。

 

「よし、急ぐぞ!!」

 

城門の破壊を見届けた飛行ゲオルク隊は自分達の役目を果たすべくカーディガン城に向かって飛び去った。

 

「なんて奴等だ、クソッ!!負傷者を下げろ!!それと――」

 

「あっ!!て、敵地上部隊接近!!」

 

「チィ、弓兵!!敵が射程に入り次第、撃ちまくれ!!」

 

ゲオルク隊による奇襲攻撃を受け混乱しているものの比較的、被害を受けずにいた城壁の上に潜む帝国軍兵士達は接近してくる歩兵部隊に気が付き弓に矢をつがえた。

 

「第1小隊は俺に続け!!第2、第3小隊は左右に展開!!」

 

「「了解!!」」

 

それを目視で確認した歩兵部隊の隊長は凄まじい速さで駆けながら部下達に散開を命じる。

 

「来るぞ!!」

 

隊長の怒鳴り声と同時に敵が放った矢が大地を駆ける歩兵部隊に襲い掛かった。

 

しかし身体能力や動体視力、反射神経が並外れている狼人族や虎人族の兵士達に焦りで狙いが甘くなった矢が当たるはずもなくその全てが虚しく地面に突き刺さる。

 

「第2、第3小隊!!牽制射!!」

 

再装填を急ぐ弓兵に続き、数の少ない銃兵や砲兵が先込め式のマスケット銃及び大砲の発射態勢を取ったのを見て隊長が声を張り上げる。

 

命令を受けた第2、第3小隊の兵士達は走るのを止め手に持っているMP40やヘーネルStG44、担いでいるグロスフスMG42機関銃を敵に向け乱射。

 

数発に1発の割合で含まれている曳光弾が闇を切り裂き城壁に集中する。

 

「引っ込んだぞ!!今だ、やれ!!」

 

集中砲火を浴び、運悪く銃弾が命中した5〜6人の敵兵が城壁の上から転げ落ちる。

 

そして飛んで来る銃弾に恐れをなした敵兵達が身を屈めたのを確認すると隊長は、1度は破られたものの魔法を使う事で土の壁を作り出しまた固く閉ざされた城門の破壊を命じた。

 

「「「了解!!」」」

 

隊長の側にいた兵士達が城門に向けパンツァーファウストを発射。

 

発射音と共に成形炸薬弾頭がすっ飛んで行き城門に命中、城門に穴を開けた。

 

「ま、また破られた!!」

 

「不味い!!城門から侵入されるぞ!!」

 

「早く魔法で壁を作れ!!」

 

「駄目だ!!もう間に合わない!!来るぞ!!穴の前に密集陣形を敷け!!敵をこれ以上中に入れるな!!」

 

城門を破壊したことで更に勢いを増した敵部隊を見て城外での迎撃を諦めた帝国の兵士達は城門に開いてしまった穴の前に槍兵を並べなんとか敵の侵入を阻もうとする。

 

また城壁の上にいる弓兵や銃兵も城外に背を向けて城門に対し弓や銃の照準を定め入って来る敵に一斉射を浴びせるべく準備を整えた。

 

「……来ない?――ギャ!!」

 

しかし城門からは誰も入って来なかった。

 

何故なら……。

 

「な、な、何だ!?何処か――ギャア!!」

 

「行け行け行けェェーー!!皆殺しだァァ!!」

 

城門の破壊はただの囮で、そびえ立つ城壁に突き刺した鉄杭を足場にして外人部隊の歩兵達は高い城壁を越えていたからだ。

 

人間には真似できない予想外の侵入の仕方に虚を突かれ帝国軍の兵士達はただ蹂躙されていく。

 

「クタバレ!!豚共!!」

 

「「「ウギャアアアァァァーーー!!」」」

 

銃火がそこかしこで迸り、バタバタと帝国軍兵士達を凪ぎ払う。

 

「フレル、ダヤ、テイリ……っ!?く、来るなぁぁーー!!」

 

「雑魚が遅いんだよ!!」

 

剣や槍を持たぬ魔法使い達も魔法で敵を倒そうと奮戦するもののほとんどの場合、呪文の詠唱中に接近され首を跳ね飛ばされるか、銃弾によって蜂の巣にされた。

 

「魔導兵器出現!!」

 

歩兵部隊が敵の雑兵を相手に無双していると家屋の間からボロボロの魔導兵器が姿を現した。

 

「ッ、第1小隊、始末しろ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

隊長が敵の腸を抉り、返り血を浴びながら叫ぶと第1小隊の面々はターゲットを雑兵から魔導兵器へと変更した。

 

「遅い!!」

 

「ハッハー!!そんなの当たるかよ!!」

 

魔導兵器の持つ魔砲から放たれた魔力弾の至近弾を浴び土埃にまみれつつも、第1小隊の兵士達は右へ左へと走り回りながら魔導兵器に群がる。

 

「なっ、ど、何処に!?」

 

魔導兵器のパイロットが今さっきまで射線の向こうにいたはずの敵の姿が消えた事に狼狽える。

 

「設置完了!!」

 

「こっちもだ、とっとと逃げるぞ」

 

魔導兵器のパイロットの視界から消え失せた第1小隊の兵士達は魔導兵器の肩の上にいた。

 

そして悠々と魔導兵器に吸着地雷を設置すると点火紐を抜き脱兎の如く魔導兵器から距離を取った。

 

「そこか!!」

 

魔導兵器のパイロットが退避する第1小隊の兵士に向け魔砲を構えた瞬間、設置されていた吸着地雷が起爆。

 

第1小隊の兵士達が調子に乗って10個ほど吸着地雷を張り付けていたため魔導兵器は大爆発を起こし木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「城門の確保完了!!」

 

「っ、敵増援来ます!!」

 

魔導兵器を倒し周囲の敵を全滅させ一息つけるかと皆が思った時、ワラワラと湧いて来た敵兵を見て周辺警戒にあたっていた兵士が叫ぶ。

 

「よし、第3小隊はこの場に残り後詰めの機甲大隊と合流し敵の掃討に当たれ!!第1、第2小隊は敵中を突破し先行しカーディガン城に乗り込んだ味方と合流する!!休暇と褒美の為だ、死なないように気張れよ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

自分達の倍ではきかない数の敵を前にしても臆することもなく第1外人部隊の歩兵達は、銃火を瞬かせながらまた戦火の中へ喜んで飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『こちらクリフ隊!!カーディガン城への一番乗りは頂いた!!ハハッ、敵がウヨウヨ居やがる!!食い放題だ!!』

 

「チィ、少し遅かったか……」

 

『クソッ!!だが2番手は頂き!!グラース隊、カーディガン城内にて交戦開始!!………………………………敵を殲滅!!カーディガンの住人とおぼしき民間人を多数保護!!』

 

「ヤバイな……急ぐぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

他の飛行歩兵部隊が戦果を上げた報告を無線で聞き、戦功を上げ損ねては堪らないとばかりにゲオルク隊は飛行速度をあげる。

 

「っ、敵だあああぁぁーー!!」

 

「敵襲!!敵襲!!」

 

「撃て!!奴等を落とせ!!」

 

「この程度で我々を落とせるとでも思っているのか?……まぁいい突入!!」

 

カーディガン城の上空に到着したゲオルク隊は敵のぬるい迎撃網を軽々と掻い潜ると城の窓を突き破り、まだ味方が到達していない城のエリアへの侵入を果たす。

 

「な、何だ貴様!!」

 

ゲオルク隊が突入したそこは礼拝堂のような場所で、この街の住人とおぼしき民衆がぎゅうぎゅうに押し込まれ帝国軍の兵士に武器を向けられていた。

 

そして礼拝堂の神に祈りを捧げる為の神聖な壇上では1人のうら若き乙女がブクブクと肥太った中年の男にドレスを剥ぎ取られ今まさに犯されようとしていた。

 

「……っ……っ……」

 

若く美しいその女性は涙をうっすらと目に浮かべながらも気丈にも声1つもらさず、こんな事では屈しないというような固い意思の籠った目でその腹の肉に埋もれている小さい逸物(ポークッツ)を晒す男をキッ、と睨んでいた。

 

「殺れ!!」

 

突入後、一瞬で状況を悟ったゲオルク隊の吸血鬼達は隊長の意図を正しく読み取り、ズボンを半ばまでずり下げ情けない格好の中年オヤジ以外の帝国軍兵士を瞬殺する。

 

「なっ――グヒャ!?」

 

「糞虫が……」

 

そして中年オヤジはゲオルク中尉の人外の力でサッカーボールのように蹴り飛ばされた。

 

「ガッ、ヒュ……た、たひゅけ……」

 

「おい、糞野郎」

 

何度か地面をバウンドし、ようやく勢いが止まると蹲り口からボタボタと血を流して命乞いをする帝国軍将校の頭を足で踏みつけゲオルク中尉はホルスターから抜いたルガーP08の銃口を額にゴリゴリと押し付けた。

 

「た、たのみゅ、たひゅけ、たしゅけ……て」

 

「お前に良いことを教えてやろう。ウチの捕虜になった奴で戦争犯罪――特に貴様がやろうとしていたことをしたやつ、及びしようとしたやつは……問答無用で拷問刑だ」

 

ゲオルク中尉は額に青筋を浮かべ、悪辣な笑みを敵将校に向けた。

 

「ヒッ!!」

 

「この糞野郎を縛っておけ!!」

 

「「了解」」

 

ゲオルク中尉の命令に手近にいた兵士が答え、将校の両手両足を手荒く縛っていく。

 

それを横目で眺めつつゲオルク中尉は、部下が気を効かせて貸したのであろう戦闘服の上着を羽織っている件の女性に歩み寄った。

 

「私はパラベラム陸軍、第1外人部隊所属のアルベルト・ゲオルク中尉です。貴女のお名前を伺っても?」

 

「……フェルト……カールトン。父は……マーカス・カールトン、アルバム公国の……王です」

 

今ごろになって強姦されそうになった恐怖心が出てきたのかフェルト・カールトンと名乗った美女はガタガタと震えながらもゲオルク中尉の問い掛けにしっかり答えた。

 

アルバム公国の姫様か……当たりだな。

 

「ちょっと失礼します」

 

名前を聞き出したフェルトから距離を取ったゲオルク中尉は無線に向かって喜びに満ちた声で囁く。

 

「こちらゲオルク隊、アルバム公国の姫、フェルト・カールトン及び複数の民間人を保護した。加えて敵軍将校とおぼしき男も捕縛」

 

『CP了解、……戦功一番は貴方の隊で決まりですね』

 

CPの女性オペレーターにそう告げられたゲオルク中尉は民間人を解放している部下や周辺警戒に散っている部下に向かってグッと親指を突き立てた。

 

その後、後続の歩兵部隊や後詰めの機甲大隊がカーディガン内に存在していた帝国軍兵士を一掃または捕縛したことでアルバム公国での戦闘は決着を迎えた。

 



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26

1度カズヤと戦ってみたいというアミラの希望によるカズヤVSアミラの親善試合や両国首脳会談が予定より長引き夜になってしまったため魔王城の来賓室に一泊することになったカズヤと千歳。

 

「――ですので、これ以上の譲歩を行えば我が国はカナリア、妖魔の両国以外の周辺国から強気に出れば必ず譲歩する外交の下手な国と認識され侮られてしまいます」

 

「……ふむ。面子は割りとどうでもいいが、勝手に格下に見られるのもいい気分じゃないからな。しょうがない、千歳の案で押し通せ」

 

「ハッ、畏まりました」

 

2人が先程まで行われていた会議の問題点を洗い出し最終的な方針を決めている時だった。

 

――コンコン。

 

「夜分遅くに失礼致します。チトセ様、魔王様が個人的に貴女様とお話したいことがあるとの事でして、申し訳ありませんが付いて来て頂けますでしょうか」

 

「私に?今からか?」

 

千歳は自分がアミラに呼び出された事に疑問を抱く。

 

「はい。誠に申し訳ありませんが、お願い致します」

 

鬼人族のメイドが腰を折り深々と頭を下げて千歳に頼みこむ。

 

「ご主人様……」

 

カズヤの側を離れることに迷う千歳がカズヤに伺うような視線を送った。

 

「ん?俺の事は構わんから行ってこい」

 

「分かりました。お前たちご主人様の事を頼んだぞ」

 

「「「「「はい」」」」」

 

「「「「ハッ!!」」」」

 

カズヤの許可が降りると千歳は後の事をメイド衆と護衛の親衛隊に任せ、呼びに来たメイドに付いて部屋を出ていった。

 

 

「おい、どこまで行くつもりだ。本当に魔王がこんな所にいるのか?」

 

メイドに従い付いて来たはいいものの、どんどん人気のない方に進んでいくメイドに千歳が苛立ちを露にする。

 

「もうすぐ到着致しますのでご辛抱を……」

 

「むぅ……」

 

そう言われてしまえばどうしようもない千歳は小さく唸り、怪訝な視線をメイドに突き刺す。

 

「こちらです」

 

頑丈な鉄製の重々しい扉を押し開き、メイドがその薄暗い部屋の中へと千歳を誘う。

 

「……暗いな。おい、魔王は――……何故、扉に閂を掛ける」

 

……チッ、囲まれたか。

 

周りを階段状の観覧席に囲まれた、まるで闘技場のようなだだっ広い部屋――屋内練兵場の中に案内された千歳は暗闇に潜む有象無象の気配を感じ取り、メイドにそう問い掛けつつも腰の日本刀に手を伸ばし戦闘態勢に入った。

 

「……騙したことについては謝罪します。ですが、すべては魔王様や姫様方の想いを成就させるため……貴女にはしばらくここに居てもらいます」

 

「っ!?貴様っ!!」

 

クソッ、ご主人様が狙いか!?

 

メイドの言葉を合図にしたかのようにパッ、と部屋の中の照明が点灯されると観覧席の上には武器を手にした大勢の妖魔達が控えていた。

 

そして千歳がここを無理にでも出ていこうとするなら武力を持ってして止めると言わんばかりのオーラを放っている。

 

「……貴様ら自分達が一体何をしているのか理解しているのか?これは重大な外交問題だぞ!!」

 

「えぇ、すべて承知の上です。あぁ、それとご心配なさらずとも総統閣下に危害を加えるつもりはありません。ただ……あの方達の想いが叶うまで――ッ!?」

 

しばらくここで大人しく待っていて欲しい。とメイドが続けようとした瞬間、白刃が煌めき殺意みなぎる刃がメイドに向かって振り下ろされた。

 

「ぐっ!?」

 

お、重いっ!!鬼人族の私が力負けするなんて……ッ!!

 

「……」

 

濃密な殺気を感じ咄嗟に隠し持っていた棒状の暗器で千歳の日本刀を防いだメイドだったが、千歳の強すぎる押しに負けてすぐに膝立ちの状態にまで押し込まれてしまった。

 

「……貴様ら私を舐めているのか?」

 

徐々に腕の力を増しながら血走った目で千歳はメイドに言葉を掛ける。

 

「うぐぐぐ……っ!!」

 

「理由はどうあれ私のご主人様に手を出すだと?あぁ、ご主人様はお優しい方だからな魔王達の事もお受け入れになるだろうさ。だがな……私がそれを赦すかは別問題だっ!!」

 

「うぐぅっ!?」

 

ダメッ!!もう押さえきれない!!

 

千歳が今まで以上に腕に力を込めると暗器と日本刀の拮抗が崩れ日本刀の刃が鬼人族のメイド――ダリアに食い込もうとした。

 

「ダリア!?このっ!!」

 

それを見逃せなかったダリアの既知であるケンタウロスの男が手にしている長弓の弦を引き千歳に向かって、刺さらぬように先端が丸くなっている矢を放った。

 

――ヒュン!!

 

――パシッ!!

 

「嘘……だろっ!?」

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

「そ…んな……っ!?」

 

人外の力によって射られた凄まじい速さの矢を千歳は1度も見ることなく片手で難なく掴み取った。

 

そのことに矢を放ったケンタロウスはもちろん大勢の妖魔や千歳に今にも殺されそうになっているダリアまで驚く。

 

「私にこんな物が届くとでも?」

 

「ガッ!!あ、ぐぁっ……っ!!」

 

掴んだ矢をバキッとへし折り捨てた千歳は、その空いた片手でダリアの首を掴み周りにいる者達に見せ付けるように空中に持ち上げる。

 

「ぐぐっ……あっ……ぁ……」

 

息がっ……出来……ない!!意……識が……もう……ダメ……。

 

苦悶の表情を浮かべバタバタと空中で、もがいているダリア。

 

周りの妖魔達はダリアを助けようとするものの千歳が放つ瘴気のようなオーラに気圧され動けない。

 

だが、そうこうしている間にダリアの瞳から少しずつ光が失われていき、そして体から力が抜け手足がダランと垂れ落ちた。

 

「ふん」

 

「「「「「……」」」」」

 

千歳が手を離し動かなくなったダリアを土が敷かれている床に落とすのを妖魔達はただ茫然と眺めていた。

 

「……安心しろ、死んではいない。だが、これ以上私の前に立ち塞がるというのであれば容赦はしない。全て斬り捨てる――覚悟しろ」

 

「「「「「ヒッ!!」」」」」

 

黒くどこまでも黒く、ゴウゴウと燃え盛る殺気を全身にみなぎらせた千歳の死の宣告に恐れをなした妖魔達が一斉に後ずさった。

 

 

一方、時間を少し巻き戻し千歳がカズヤを残して部屋から出ていった直後。

 

「失礼するよ」

 

「し、失礼……する……うぅ……」

 

「お邪魔しまーす!!」

 

いつにも増して胸やお尻を覆う布地の少ない大胆なチャイナ服もどきを着たアミラ達が艶かしい褐色肌を惜しげもなく晒しながらカズヤのいる部屋に突然入って来た。

 

アミラは堂々とその巨大な胸とムッチリとしたお尻を揺らし、フィーネは羞恥心で真っ赤になり身体を覆う申し訳程度の布地を必死に伸ばして秘部を隠しつつ、リーネは小悪魔のように妖しげに笑い背徳感を誘う身体をカズヤに見せ付ける。

 

「あれ、アミ――ア、アミラ!?なんて格好を!!ってフィ、フィーネとリーネまで……一体どうしたんだ!?」

 

「アハハハッ、カズヤ。分かっているクセにそれを聞くのは野暮ってもんだよ」

 

アミラはその豊満な胸を強調するように腕を組み、豪快に笑う。

 

「……」

 

いや、まぁ……。そんな格好で来たから分かってるけどさ。

 

アミラ達が入って来た瞬間に何をしにここに来たのかを理解していたカズヤは口を閉じたまま内心でこっそりと溜め息をつく。

 

「はぁ……。俺も男だからな、アミラ達のその気持ちは嬉しいが……まだ知り合ってから間もないし、お互いのこともよく知らないだろう。だからもう少し――」

 

「なら、今からベッドの中でじっくりとお互いの事を隅から隅まで教え合えばいいじゃないか」

 

カズヤの言葉にニヤニヤといやらしく笑うアミラが答えた。

 

居酒屋にいるスケベ親父か、お前は……。

 

アミラの言葉にカズヤはガックリと肩を落とす。

 

「……はぁ、分かった。皆、部屋から出てくれ」

 

いかんな……イリスとカレンを抱いてから“タガ”が外れたみたいだ。

 

イリスとカレンを自分のモノにして以来、徐々にだが自身の欲望に抑えが効かなくなってきた事を自覚し危ぶみながらカズヤはアミラ達の望みを叶えるべく部屋にいたメイド衆と親衛隊に部屋の外へ出るように伝える。

「「「「ハッ」」」」

 

「「分かり……ました」」

 

「……はい」

 

「っ、はい」

 

「……ご命令とあらば」

 

親衛隊はカズヤの命令に眉一つ動かさず従うもののメイド衆はどこか不満気に、そして悔しそうにカズヤの命令に従った。

 

「こっちだ」

 

メイド衆が最後に一礼して部屋から出ていったのを確認しカズヤは隣の寝室にアミラ達を誘った。

 

 

「フフッ、さぁヤろうか!!」

 

「カズヤぁ!!早くおいでよ!!」

 

……ムードもへったくれもないな。

 

部屋に入るなりベッドにダイブしカズヤを手招きをするアミラとリーネにカズヤはやれやれと首を振る。

 

「……っ……あぅ……ひゃあぁぁぁ!?」

 

「大丈夫かフィーネ?」

 

「だ、大丈夫だから!!」

 

カズヤがベッドにダイブした2人のノリに付いていけず、部屋の入り口で1人もじもじと恥じらっていたフィーネの腰に手を回しベッドに誘導しようとするとフィーネは驚いて悲鳴を上げる。

 

「フィーネ……やるね」

 

「お姉ちゃん、策士だね……」

 

「なっ!?わ、私はそんなつもりは……」

 

カズヤの食指がフィーネに向けられたのを機敏に感じ取ったアミラとリーネは、フィーネ恐ろしい子。とばかりに恐れおののいていた。

 

「フフッ、さておふざけもこれぐらいにしておこうかね……んっ」

 

ガラリと纏うオーラを変え獲物を狙う女豹と化したアミラがカズヤの唇を奪う。

 

「あぁーお母さんズルイ!!リーネもカズヤとキスする!!」

 

「え、あ、わ、私は………………ぁ……私もする!!」

 

また、1人置いていかれたフィーネは一瞬の迷いの後、カズヤに向かって突進した。

 

そうして4人の甘く壮絶な時間が始まった。

 

「も、もぅ……許してっ!!はぁ、はぁ、ひぅ!?」

 

「もっと、もっと……あぁ……いぃ……」

 

「カ、カズヤ、もうそんなに入らないよっ!!ダ、ダメッ!!んーーー!!」

 

 

ちなみに何がとは言わないが一番乱れたのは以外にもフィーネだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「で、なんでいきなりこういうことを?」

 

「はぁ……はぁ……ぅん?あぁ…それは…まぁ……いろいろ……あってね……」

 

戦が終わり甘い空気が充満しているその部屋の中でカズヤは幸悦とした表情で失神しているフィーネとリーネに布団を掛けてやったあとで眠たげに瞼を上下させているアミラに問い掛けた。

 

「まぁ……強いて言えば好いた男が目の前で他の女にかっさらわれるのを黙って眺めていられるほど、あたし達は大人しくないんでね……ふあぁ…それに…もともと……妖魔の女ってのは強い雄に惹かれるのさ……その本能には抗えない……そういうことに……して……おい……て……おく…れ」

 

寝惚けているのを良いことに実はカズヤに一目惚れしていたとは言わずにアミラは深い眠りについた。

 

「……ありゃ、寝ちゃったか……」

 

結局、知りたい事については全て、はぐらかされてしまったカズヤは仕方ないなぁ。という顔でアミラの頭を優しく撫でていた。

 

 

「………………計画に変更――いや、修正が必要だな」

 

寝室の扉の前でそう小さく呟いた人物は火照った身体の責任をカズヤに取ってもらおうと静かに寝室に入って行った。



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27

アデルが不憫……


本土となっている島を中心とした大小無数の島々で構成されている軍事国家パラベラム。

 

そのパラベラムを構成する島のうちの1つでパラベラム本土から20キロ離れた場所にある島には保安上の問題と増加の一途を辿る捕虜に対処するために新設された捕虜収用施設があった。

 

その島は『監獄島』と呼ばれ他の島々と同様に要塞化されていたが、使用目的上の理由により設置されている武器兵器のうち半数は内側に向けられていた。

 

そして難攻不落で脱出不可能な監獄島ではこれまでにパラベラムの捕虜となったエルザス魔法帝国の元兵士達が日夜パラベラムの為に汗水流して働いていた。

 

……一体どうなっているんだ、これは。

 

約13万人規模にまで増えた捕虜を効率的に管理するため監獄島での一括管理が決まりパラベラム本土と各基地にある捕虜収用施設の閉鎖が決定したことに伴い、この島に移送されて来たアデルは予想もしていなかった捕虜収用施設内の光景に思わずポカンと口を開き、独房への移動途中にも関わらず通路の真ん中で立ち止まってしまっていた。

 

元々、渡り人で勇者という肩書きの特異性から一般の捕虜とは違う特別な収用施設にいたアデルは他の捕虜の扱いについて目にする機会が無かったため、自分の常識と勝手な考えで捕虜達はすでに隷属の首輪で奴隷にされて自由を奪われ男は劣悪な環境下で朝から晩まで働かせられ、女は恥辱の日々を送っていると思っていた。

 

しかし、現実はアデルの予想と違い捕虜達は隷属の首輪を付けられ奴隷になっていたものの健康的な体つきで綺麗に洗濯された服を着て清々しいほどまでの笑顔で嬉々として労働に従事していのだった。

 

「……」

 

そんな目の前の光景が理解出来ないアデルはしばらくその場から動けなかった。

 

「おい、止まるな。何をしている進め」

 

先を行く看守の男の声でハッと我に返ったアデルは特別製の手錠と足枷から発生するじゃらじゃらという音を響かせつつ10人の親衛隊の兵士に銃口を常に突き付けられ、周りを取り囲まれながら歩みを再開させる。

 

「……なぁ、さっきの彼らは――」

 

「喋るな、黙って歩け」

 

「……」

 

先程見た捕虜達について親衛隊の兵士に質問しようとしたアデルだったが、兵士から有無を言わさぬ声でピシャリと言葉を叩き付けられ黙るしか無かった。

 

……一体何がどうなっているんだ?この世界や俺のいた世界では本来、戦で捕虜になったら男は殺されるか奴隷、女は慰み者にされてから殺されるか奴隷の2通りしかないはず。なのにコイツらはなぜ奴隷にした彼らをあんな風に厚遇しているんだ?

 

……まさかまだ奴隷にしていないのか?いや、隷属の首輪は付けられていたから奴隷のはず。

 

しかし……奴隷にしてはいい服を着せられていたし、痩せ干そってもいなかったぞ。

 

それにさっきの場所に女は1人も居なかったが、男だけがあのような扱いを受けているとも思えん……。

 

う〜ん……謎だ。

 

独房への長い道のり歩いている間、アデルは奴隷達の事を考えることに費やしていた。

 

「止まれ、ここだ」

 

アデルが奴隷達について考えを巡らせていると魔法の行使が不可能になる術式が刻まれた特別な独房の前にたどり着いた。

 

「入れ」

 

アデルは手錠だけを外されて独房に入れられ、そして独房での1人寂く静かな暮らしが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

監獄島の最下層にある独房に収用され誰とも顔を合わさず会話をしない日々が2ヵ月程経った頃、アデルの元を訪ねてきた人物がいた。

 

「……ぉ、俺に何のようだ?」

 

食べて寝る。そんな事しかしない生活の中で久し振りに声を出したために少し吃りながら喋るアデル。

 

「いや、少し様子見と……ちょっとな」

 

アデルの入る独房の前に立つのは手を封じる拘束衣を着せられたセリシアとずっと刀の柄に手を掛けている千歳を引き連れたカズヤだった。

 

「……ならもう見ただろ。さっさと帰れ」

 

「貴様ッ!!ご主人様になんだその態度は!!」

 

「アデル、カズヤ様にそのような言葉使いはいけませんよ」

 

アデルの態度に千歳は苛つきセリシアは眉を潜める。

 

「あー。帰るのは帰るんだが……帰る前に少し話があるんだ」

 

「話?」

 

カズヤは苦笑を浮かべ困ったように頬を掻きながらアデルにそう告げた。

 

 

場所を独房から別の部屋へと移したカズヤはセリシアと千歳を後ろに控えさせ話を始めた。

 

「なに?お前達の研究に協力しろと?」

 

「あぁ、そうだ。魔法や魔力についての研究が上手く進まなくてな、膨大な魔力を持っていて魔法についても詳しいお前(の協力)が必要になった」

 

「なっ!?お、お前が必要だなんてっ!!な、何を恥ずかしいこと言っているんだ!!」

 

カズヤの言葉にアデルは顔をリンゴのように赤く染め上げる。

 

「………………あれ?お前、俺の完全治癒能力の副作用の影響は受けていなかったよな?」

 

「っ!?あぁ、そうだ。お前のちゃちな洗脳魔法なんて俺には効いていない!!」

 

不味い!!俺がこの感情を抱いていることがバレたら……っ!!

 

完全治癒能力の副作用でカズヤに恋心を抱いたはずのアデルが最重要注意人物として監獄島に収用された理由……それは勇者であることとカズヤの完全治癒能力の副作用の影響を受けていなかったことによる。

 

だがしかし、話はそれで終わらない。

 

これはアデルだけの秘密であるが、カズヤの完全治癒能力の副作用の影響を受けていなかったのは治癒を受けてから約1ヵ月程度の間の事で、今では治癒の際にカズヤから流れ込んだ魔力が凶悪な病原菌のようにアデルの心や魂を蝕んでいたのである。

 

「……だよな?お前が完全治癒能力の副作用の影響を受けていなかったから、魔力を多く持っている人物には副作用の影響が出にくいって仮説が立てられたんだが」

 

「本当だと言っているだろう!!」

 

未だに真っ赤な顔のアデルは、秘めたる想いを隠すように語気を強めて言い切った。

 

「そうか……どれ」

 

カズヤはアデルの言葉が本当かどうか確かめるために椅子から腰を浮かせるとアデルの頬に両手を添え顔を近付け、その蒼く澄んだ瞳を覗き込んだ。

 

「っ!?くぁwせdrftgyふじこlp!?!?」

 

その瞬間、アデルはボフッ!!と茹で蛸のように赤くなり、まるで恥じらう乙女のような反応を示した。

 

「なぁ…………まさかとは思うが、アデル……お前……」

 

「う、う、うるさいうるさいうるさーーい!!お、お前なんて好きでも何でもない!!本当だぞ!!お前を見るとドキドキしたり、お前の事を考えると胸が苦しくなったりなんか絶対してないんだからな!!」

 

……いや、まだ好きかなんて聞いていないんだが。

 

後、自爆してる。

 

暴れる事の出来ない拘束椅子の上で真っ赤になりながもカズヤの視線から逃れようとするアデルは焦りのあまり自爆していた。

 

「フフッ、ようやくアデルもカズヤ様の素晴らしさを理解出来たのですね」

 

羞恥に悶えるアデルの姿にセリシアは妖しげに微笑む。

 

コイツ……何かに……利用……出来るか?

 

千歳はカズヤに対し明らかに恋心を抱いているアデルを何かに有効利用出来ないかと頭の中で考えを巡らせていた。

 

「ゴホン、まぁこの話は置いといて本題の話を進めよう」

 

「………………さっさと終わらせろ」

 

カズヤの気遣いや自分が自爆した事や気が付き、もういっそ殺してくれと言わんばかりに項垂れたアデルが話の先を促す。

 

「了解。……それでだ、お前がこの件を受けてくれるのであれば――」

 

カズヤの提示した条件にアデルは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

カズヤが提示した条件の為に素直に協力するアデルのお陰でパラベラムの魔法及び魔力についての研究は飛躍的に進み停滞は解消された。

 

 

「……俺の約束は果たしたぞ。今度はそちらが約束を果たす番だ」

 

「アデル……まだそんな事を……」

 

行動や思想に難はあるものの、その(魔法使いとしての)有能さとカズヤに対しての忠誠心からパラベラムにおける魔法研究の総責任者になっているセリシアが呆れたようにアデルに視線を送る。

 

「セリシアは黙っていてくれ」

 

最初はやはり刺された事についてセリシアに対し隔意を持っていたアデルだったが、顔を合わせ話を重ねる毎に隔意も消えていったのか、今では以前のようにセリシアと接していた。

 

「分かっている、千歳」

 

「……ご主人様、本当によろしいので?」

 

カズヤがアデルとの約束を果たそうとすると千歳が念のため確認を取る。

 

「約束は約束だ」

 

「畏まりました」

 

カズヤの意が変わらない事を確認した千歳はカズヤの命を実行するべく行動する。

 

そして30分後。監獄島にある多目的ホールに女性の捕虜が全員集められると、カズヤは千歳から渡されたマイクに向かって言葉を送る。

 

「……さてと。『長門和也の名の元にここにいる奴隷達を奴隷から解放する!!』」

 

マイクを通し多目的ホールに響いたカズヤの言葉により女性の捕虜の首に付けられていた隷属の首輪の効力が失われ、それにより魔法の効果で繋ぎ止められていた繋ぎ目部分が自然と外れ首輪はポトリと地面に落ちた。

 

そうカズヤがアデルに提示した条件とはパラベラムが捕虜にしている女性、全員の解放である。

 

「約束は果たしたぞ」

 

「……あぁ」

 

隷属の首輪が無くなり自由の身となった女性達を見てアデルはしっかりと頷いた。

 

「…………どうしたんだ?」

 

ふと、アデルがあることに気が付く。

 

「「「「「「……」」」」」」

 

それは奴隷から解放され喜びに浸るはずの女性達から歓声の声が聞こえない事である。

 

……なんだ?どうしたっていうんだ?

 

いや歓声どころか女性達は身動ぎ1つせず、ただある一点を、壇上に立つカズヤだけを見つめていた。

 

「「なっ!?」」

 

「どういう……ことだ?」

 

「うふふふ」

 

奴隷から解放されたというのにも関わらず、カズヤを見つめていた女性達が突如、膝を折りカズヤに向かって深々と頭を垂れた事にアデルやカズヤ、千歳は困惑しセリシアは意味深に笑っていた。

 

「「「「「「我らの主よ、我らの神よ。我らの血の一滴、魂の一片まで自らの意思でもって貴方様に捧げ、この命、この魂、散り果てるまで貴方様をお守りし貴方様だけに隷属し従属し服従することをここに誓います!!」」」」」」

 

声を揃え、まるで神に祈りを捧げる敬虔な信徒のように女性達は誓約の言葉を口にして、自らが口にした言葉が決して消えないように心の内に、魂に刻み込む。

 

「「……」」

 

狂気と忠誠心に満ちた宣誓にカズヤとアデルは絶句。

 

「ほぅ」

 

「ふふふ……」

 

千歳は彼女達の宣誓にすこし感心したような声を上げ、セリシアは目を細め女性達によくやったといわんばかりに笑みを送っていた。

 

「おい!!これは一体どういうことだ!?」

 

「いや……俺にも何がなんだか……」

 

「アデル、カズヤ様は何もしていませんよ」

 

「セリ……シア?」

 

「ふふっ、実は彼女達はね、皆私の話を聞いて考えを改めカズヤ様を神と崇める信徒となったのです」

 

「「「……」」」

 

衝撃の事実がセリシアの口から語られる。

 

「皆、ローウェン教の教えを捨て私が説いたカズヤ様への教えを唯一絶対のモノとして崇めているのです。そして彼女達は云わばカズヤ様を神と崇拝し身も心も魂も捧げカズヤ様の意にのみ従い行動する神兵達です」

 

「そんな……じゃあ……俺は一体何のために……協力を……っ」

 

カルト教団……いつの間に作った……。

 

セリシアが朗々と語る話を聞きながらカズヤは唖然としていた。

 

女性の捕虜の大半は城塞都市での戦闘の際に捕らえられた修道女が占めており、元々信仰深い彼女達が自分達の上官――神官長であるセリシアによって改宗させられローウェン教の教えに従っていたときより信仰の度合いを強めているのはご愛嬌である。

また信仰心が低かった女兵士や女騎士、女魔法使い達もいたが、次々とセリシアの甘言に取り込まれ結果、女性の捕虜全員が狂信的にカズヤへ忠誠を誓っていた。

 

「そう落ち込まないで下さいアデル。――……そうです。この際だから貴女も彼女達のようにカズヤ様に忠誠を誓い隷属しましょう?貴女だって本当はそう望んでいるはず」

 

「っ……断る」

 

様々な思いが胸に去来し混乱しているものの、越えてはならない一線を越えてしまえば、もう元の自分に戻る事が出来ない事を十分理解しているアデルはセリシアから差し出された手を取るのを拒否した。

 

「アデル……はぁ……ならしょうがないですね」

 

アデルの心が揺らいでいるのを見て取り、あと一押しあれば堕ちると確信したセリシアはアデルをこちら側に引きずり込むために奥の手を使う。

 

「あくまでもカズヤ様の物にならないと言うのであれば、これをみんなに見せます」

 

セリシアはおもむろに懐からビデオカメラを取り出し、再生ボタンを押した。

 

するとビデオカメラの横についている小型の液晶画面にアデルの姿が映し出された。

 

「「?」」

 

「……なんだそれは?」

 

映像から察するにアデルがカズヤの条件を受け入れ、独房から魔法の研究施設にある一室に移された頃だろうか。

 

カズヤと千歳、アデルが画面を見つめるなか映像は進んでいく。

 

「………………っ!?わああああああぁぁぁぁーーー!!や、止めろセリシア!!」

 

映像の中の自分がこのあとすることを思い出したアデルが慌ててセリシアに飛び掛かり、ビデオカメラを奪おうとする。

 

「ふふふっ、ダメです。カズヤ様にたっぷりと見てもらわないと貴女の素直で恥ずかしい姿を」

 

アデルの突進をヒョイと避け、姿勢を崩したアデルを押さえ込んだセリシアはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

「ち、誓う!!コイツに忠誠を誓うから!!それを見せるのだけはやめてえぇーー!!」

 

半泣きになったアデルの絶叫がこだましたのと同時に映像の中のアデルも大声を出していた。

 

『カズヤ、カズヤ、カズヤカズヤ、カズヤ!!っ、んんん〜〜〜〜!!』

 

「……あ……ぁ……あぁ……」

 

カズヤの名を呼びながら自家発電に没頭するあられもない自身の姿をよりにもよってカズヤに見られたアデルは光りの失われた虚ろな瞳で口を震わせながら呻いていた。

 

「「……」」

 

アデルの心境を慮ってか、カズヤと千歳は知らん顔でそっぽを向いていた。

 

「……終わった……あははっ……見られた……」

 

カズヤと千歳にバッチリと映像を見られたアデルは茫然自失となっていた。

 

「ふふっ」

 

そこにセリシアが漬け込む。

 

「アデルは……ですよね?――だから……そう、でも……そうすれば……貴女に……忠誠……雌奴隷……奉仕……夜伽……仕込ん……神……だから……」

 

精神的ダメージを受け弱っていることをいいことに、アデルに次々と言葉を吹き込んでいくセリシア。

 

「……いいですか?」

 

「わカっ……た」

 

「セリシア?……アデルに何を吹き込んだ?」

 

何やら恐ろしげな単語を耳にしたカズヤが引きつった顔でセリシアに尋ねる。

 

「うふふっ」

 

セリシアはカズヤの問い掛けに答えず、意味深に笑うだけだった。

 

……怖っ。

 

そんなセリシアの態度に恐怖を抱いたカズヤが身震いしていると、すこし前までの透き通った瞳ではなく淀みきった暗い瞳になってしまったアデルがカズヤの前に膝をつき頭を垂れる。

 

「ワタ……しはカズヤ様のメスドレイです……アナたサマに身もココロも捧げ、マス……イツいかなる時も、御心を慰め……御身をマモリ、このミ朽ち果てるまで貴方様のオソバに」

 

「……」

 

セリシアの洗の――ゲフンゲフン、教育を受けたアデルを前にカズヤはただ固まっていた。



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28

「……」

 

「……」

 

カリカリとペンの動く音だけが響くカズヤの執務室の中で千歳はカズヤと2人っきりなっているという、その事実だけで心を満たされていた。

 

久し振りに他国の邪魔者達もおらず、また部下達にも非常事態以外は絶対に部屋に入ってこないようにと厳命してあるため千歳にとってかけがえのない安らぎの時間がゆっくりと流れていた。

 

……あぁ、幸せだ。

 

カズヤと2人っきりの状況という至福の時を満喫しリラックスしているせいか、いつもよりもペンの動くスピードが早くなっている千歳は目にも止まらぬ速さで次々と書類を片付けていく。

 

「……ふぅ、やっと終わった」

 

千歳が山の様に積み上がっていた自分の分の書類を片付け終わってから少しして、カズヤも自分の分の書類を片付け終えたのか役目を終えたペンを机に置き深く椅子にもたれ掛かる。

 

「お疲れ様です、ご主人様」

 

カズヤが仕事を終えるのを今か今かと忠犬のように待っていた千歳がすかさず労いの言葉を掛けて飲み物を差し出す。

 

「あぁ、ありがとう。……ふぅ、千歳この後の予定はどうなっていた?」

 

「この後に予定は何も入っていません。今日はこれでお仕舞いです」

 

「あれ、そうだったか……。じゃあ家に帰るか」

 

「はい」

 

本日の仕事を終えたカズヤは千歳に声を掛け子供達の待つ家に向かった。

 

 

「ゲフッ!!」

 

我が家である屋敷に到着し扉が開かれると同時にカズヤの帰りを待ち構えていた子供達が最早恒例となった突撃を敢行。

 

カズヤが子供達の津波によってノックアウトされる。

 

「こらお前達!!」

 

子供達の津波に一瞬で呑まれ姿を消したカズヤを助けようと千歳が一喝し、カズヤの上にひしめき合う子供達を退けようとする。

 

「「「お母さんが怒ったー!!」」」

 

「「「逃げろー!!お仕置きされちゃうー!!」」」

 

しかし子供達は千歳の魔の手をスルリとかわし、バタバタと賑やかな足音をたてて廊下の向こうへ逃げ去ってしまう。

 

「イタタタ……」

 

「大丈夫ですか?ご主人様」

 

「あぁ、なんとかな……ふぅ、元気がありすぎるのも困ったもんだ」

 

逃げ去った子供達が廊下の曲がり角から顔を出してこちらを窺いつつクスクスと笑っているのを見てカズヤはなんとも言えない顔でそうぼやく。

 

「だ、大丈夫ですか?旦那様」

 

「お怪我は?」

 

千歳の助けを借りて立ち上がったカズヤが服を叩いていると、メイド服姿の女エルフ達がワラワラとカズヤの元に集まってきた。

 

「も、申し訳ありません。私が皆に旦那様のお帰りを伝えてしまったばっかりに……」

 

カズヤがアミラから譲り受け子供達の世話役となったザルツ一族の女エルフ達は処刑される身から一転、隷属の首輪を付けられ奴隷となったものの奴隷としては破格の(この世界の一般奴隷と比べて。パラベラムではごく普通の待遇)恵まれた生活環境を与えられていた。

 

しかしそれをカズヤの不興を買うことで失ってしまうのを恐れてか必要以上にへりくだりカズヤの顔色を伺うことに終始する。

 

「あーいいからいいから、仕事に戻ってくれ」

 

「「「はい、畏まりました」」」

 

カズヤの口から出た言葉に自分達の死刑宣告が含まれていなかったことに安堵し、一も二もなく頷いたエルフ達は自らに課せられた仕事を全うするべく三々五々に散っていく。

 

……どうもやりにくい。

 

まだ今の環境に慣れていないことやエルフ達が自分達の立場についていろいろと危惧していることは分っているが、常にビクビクと怯えこちらの一挙手一投足を不安げな眼差しで注視し顔色ばかりを窺う彼女達との距離感の取り方をカズヤは図りかねていた。

 

ま、教育係の部下も多数張り付けてあるからそのうち慣れるだろう。

 

「……とりあえず部屋に行くか」

 

「そうですね」

 

エルフ達について考える事を中断したカズヤは千歳を連れて自室に行こうとした。

 

直後、バサバサと羽音が聞こえたかと思うと屋敷の廊下を器用に飛び回る黒い影がカズヤにダイブした。

 

「お父様!!」

 

「ぐほっ!?」

 

「ご主人様!?」

 

黒い影――喜色を露にしたクレイスが勢いそのままにカズヤに飛び付き、カズヤを床に押し倒す。

 

「お父様、お父様、お父様っ!!クレイスは……クレイスは寂しかったです!!」

 

不意打ちの出来事に受け身が取れず強かに床に打ち付けられたカズヤの頭と自分の頭を、その純白の穢れなき翼でスッポリと覆い2人だけの空間を作り出したクレイスは目を回しているカズヤに頬擦りを繰り返す。

 

「もう待てませんお父様!!私の部屋に行きましょう!!そして――」

 

「ク〜レ〜イ〜スゥゥゥ?ご主人様に何をしているッ!!」

 

まだ動けないカズヤを部屋に連れ込み、身も心も繋がり名実共に家族となろうとしたクレイスに千歳が怒りの鉄槌を振り下ろす。

 

「ピッ!?〜〜〜〜ッ!!お、お母様!!本気で殴るなんて酷いです!!」

 

「フン!!この色ボケ娘が、お前にはまだ早いと何度言ったら分かる!!」

 

コブが出来た頭を両手で擦り涙目でクレイスが抗議の声を上げる。

 

「イタタタ……今度はクレイスか勘弁してくれ……」

 

と、そこでようやく動けるようになったカズヤが起き上がって来た。

 

「お父様!!聞いて下さい、お母様ったら酷いんです!!」

 

「あ〜分かった分かった。その話なら俺の部屋で聞くから」

 

話が長くなりそうだと思ったカズヤはクレイスの次の言葉を押し止めた。

 

「むぅ〜。……分かりました、じゃあ早く行きましょう。お父様」

 

「はいはい、分かったからそう急かすな」

 

カズヤが立ち上がるとすかさずカズヤの手を恋人握りで握ったクレイスだったが、なに食わぬ顔でもう一方の手を千歳に差し出す。

 

「……ん」

 

小さく虫が鳴くような声量でクレイスは千歳に手を取るように催促する。

 

「……ふふっ」

 

千歳は差し出された手を見て小さく笑い、そして優しくクレイスの手を取る。

 

「……むぅ」

 

千歳の小さな笑いに気が付いたクレイスは不満げな声を上げるものの、千歳の手をしっかりと握り離すことは無かった。

 

“この子達”の……何よりご主人様の為に……。

 

覚悟を決めるか……。

 

血の繋がりはなくとも本当の家族のように笑い合い廊下を歩く中で千歳は人知れず覚悟を決め、ある計画の実行を決断していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

来るべき反攻作戦に向け着々と準備を進めているパラベラム。

 

ある兵士は訓練に明け暮れ、またある兵士は最後になるかも知れない休暇を心行くまで満喫している。

 

そして各工廠では生産ラインを24時間態勢でフル回転させ反攻作戦でより多くの戦力を使えるようにするべく昼夜を問わず大勢の工員達が必死の思いで汗水を流していた。

 

「……むぅ」

 

色々と騒がしさを増している外とうって変わって極めて静かな会議室の中には大勢のパラベラムの高官達が集まっていた。

 

いつの間に……こんなモノを……。

 

カズヤは千歳から渡された極秘文書を悩ましげな表情で睨む。

 

そして手に握る極秘計画書の題名『カナリア王国及び妖魔連合国併合計画』から視線を外し、会議室の予備椅子に笑顔で大人しく座っている5人の女性を見る。

 

「ウフフッ」

 

「フフフッ」

 

「ムフッ、ムフフッ」

 

「……エヘッ……」

 

「ンフフ〜〜フフッ〜♪」

 

イリスを筆頭にカレン、アミラ、フィーネ、リーネが不気味なまでにニコニコと笑っていた。

 

そして皆、カズヤの持つ極秘計画書と同じ物を持ち、とあるページを永遠と嬉しそうに眺めている。

 

というか……これはまぁ視野には入れないといけないとは考えていたが……。

 

5人が眺めるページにはカナリア王国及び妖魔連合国併合計画の最終段階と銘打たれ、そのページにはカズヤとイリス、カレン、アミラ、フィーネ、リーネの『結婚』が予定されていた。

 

「……千歳、この計画について詳しい説明を頼む」

 

「ハッ」

 

説明を求められた千歳はあらかじめ準備してあった資料をカズヤに渡した後で話を始めた。

 

「まず、計画書に書かれているように今現在、両国はパラベラムの保護下にあります。妖魔連合国は先の戦闘で総兵力のほぼ全てを失い我が軍の庇護と援助がなければ帝国によって瞬く間に滅ぼされてしまい、一方カナリア王国はある程度の兵力を保持しているものの経済や物通は全て我々に掌握されており、また妖魔連合国同様に我が軍の庇護がなければ帝国に滅ぼされる運命にあります」

 

「……続けてくれ」

 

「ハッ、以上を踏まえまして帝国との戦争を行う前に味方ではあるものの足手まといにしかならない両国をいっそのこと正式に我が国に組み込み、両国内部に潜むスパイや敵対勢力、不穏分子を根絶し後方の憂いを絶ち、また併合することで食料自給率の問題等を解決し我が国の国家態勢を万全な物にした上で反攻作戦を潤滑に進めるためにも両国の併合は必要不可欠かと……」

 

「理由は分かった。だがこの結婚というのは――」

 

「お兄さんっ!!」

 

「あら、酷い。カズヤは私と結婚したくないのね?体だけが目当てだったのかしら?」

 

「「「……」」」

 

カズヤの結婚に対し否定的な言葉にイリスが噛み付き、カレンは笑いながらカズヤをからかうように言葉を掛け、アミラとその娘達はカズヤを半目で睨む。

 

「あ、い、いや、そういう訳じゃない…………あっ…………まさか……千歳、この併合計画のためにわざと見逃していたのか?」

 

イリス達に慌てて弁解している途中にカズヤがあることに気が付いた。

 

「……はい……理由はどうあれご主人様を利用する形になってしまい申し訳ありませんが、併合計画を速やかに進めご主人様の悩みの種(能力に依存しない自給自足態勢の確立)を取り除くにはこれが一番かと思い……それにご主人様もまんざらではないようでしたので……最もアミラ達の行動は予想外でしたが……。っ!!も、もちろん!!ご主人様が本心から嫌悪感を露にした際にはいつでもこの者らをくびり殺せるように待機しておりました!!」

 

カズヤの事を考え、そしてカズヤをずっと独占していたいという自分の想いを捩じ伏せカズヤの為に断腸の思いで計画を練っていた千歳はカズヤにあらぬ誤解をされぬよう慌てて言葉を付け足した。

 

千歳の様子がおかしいとは思っていたが、どうりで……確かにイリス達と俺が結婚すれば併合計画の粗方の障害は片付くし一番手っ取り早いからな……。

 

カズヤはイリスとカレンを抱いた……襲われた時に千歳が図ったように側を離れていたことにようやく納得がいったように頷く。

 

「安心しろ、そんな言葉を付け加えなくても千歳に二心があるとは思っていない。全て俺の事を考えてのことだろう?」

 

「ご主人様……」

 

カズヤの千歳に対する絶対的な信頼を置く言葉に、千歳は感激したように目を潤ませる。

 

「しかし……イリス達はいいのか?植民地化ではなく併合とは言え自分達の国が無くなるんだぞ?」

 

「私は構いません。あんな国どうなろうと、ただお兄さんと一緒になれたらそれで……」

 

イリスはカズヤの問い掛けに自国が滅ぼうと併合されようとどうでもいいとばかりにあっさりと答えた。

 

最も、忌み子として迫害を受けてきたイリスからしてみれば酷い扱いしか受けなかった祖国に対し愛国心を抱けというのが土台無理な話である。

 

「私も姫様……いえイリスと同じよ。元より私は世話になった陛下には付き従っていたけれどカナリア王国自体に忠誠を誓った覚えはないわ。元々ウチ(ロートレック公爵家)は独立独歩の気運が高い所というのもあるけれど」

 

「そうか……」

 

カズヤはイリスとカレンから視線を外すとアミラ達に先程と同じ問い掛けを行った。

 

「じゃあ次だ。アミラはいいのか?自分の国を失う事になるが……」

 

「あぁ、構わないよ。ウチは弱肉強食、強き者が王となり弱き者を支配する。それが国是みたいなもんだし。何よりもうウチだけの力だけじゃあ帝国のクソ共を追い払えないからね。それにカズヤなら妖魔連合国を併合したとしても妖魔を迫害したりすることもないだろう?……まぁカズヤに縋るしか生き残る道がないってのも恥ずかしながら事実だね。あぁ、あと勘違いして欲しくないだけど私と娘達は国の為にカズヤと結婚するんじゃない、自分の意思で喜んでするんだからね」

 

「………………そうか、了解した」

 

アミラの言葉に同意するようにコクコクと頷く、フィーネとリーネを見る間を置いてカズヤはアミラに返事を返す。

 

予想通り逃げ道は無し……か、ふぅ……俺も腹を括るか……しかし20歳になる前に5人も、しかも全員が美少女、美女の嫁さんを貰うとは思わなかったな……。

 

「千歳、最後にいくつか確認しておきたいことがあるいいか?」

 

「はい、なんなりと」

 

併合計画の認証――つまりイリス達との結婚に対し覚悟を決めたカズヤの言葉に千歳は姿勢を正し答える。

 

「まず妖魔連合国についてだ。アミラが俺と結婚し併合計画に賛成していようと必ず反対派が出てくるはずだ。それはどう対処する?」

「ハッ、それにつきましては妖魔連合国の国是に従い対処します」

 

「武力での弾圧か?あまり怪我人や死人が出るのは……」

 

「恐れながら……少し違います。ご主人様が危惧なさるような流血は必要最低限に押さえるつもりです」

 

カズヤの危惧を見抜いていた千歳が少し笑いながら返事を返す。

 

「反対派が出てきた場合……いえ十中八九出てきますが、それらには殺傷能力のある実弾兵器を一切使用せず、非致死性兵器……低致死性兵器ともいいますがアクティブ・ディナイアル・システム(指向性エネルギー兵器)や催涙弾、ゴム弾、スタングレネード(閃光発音筒)、テイザー銃、放水砲等を所有する憲兵隊に対処させようと考えております」

 

 

「泣く子も黙る鬼の憲兵隊……か。ハハハッ、なるほど打って付けの奴らだな」

 

千歳の回答にカズヤはそれがいいと笑って頷いた。

 

「さて妖魔連合国についてはそれでいいとして、一番の問題だがカナリア王国についてはどうする?イザベラ女王は生きているしイリスの姉もいるだろう?……突っ込み所が多すぎる。

 

俺がイリスと結婚してもイリスが嫁いで来ることになるだろうし、経済及び物流を完全に握っていたとしても出来てせいぜい傀儡化するぐらいだろ、結局はカナリア王国に主権が残ることになるぞ?あと併合となれば確実にあのジジイ――レーベン丞相や強欲な貴族共が障害となるはずだ」

 

「はい、では順を追ってご主人様の疑問にお答えさせて頂きます。まずこの件についてはカナリア王国のイザベラ女王の同意は既に得ています。次にアリア・ヴェルヘルムにつきましては私と同類でしたので問題ありません。またご主人様を見下していた『ピイー』で『ピイー』なレーベン丞相ににつきましては不正及び帝国と裏で繋がっている証拠を得ました。また貴族達についても、そのほとんどの不正の証拠を得ていますので粛清する予定です」

 

……突っ込み所が多すぎる。

 

千歳の返答にカズヤは頭を掻きながら一番気になった事項に突っ込んだ。

 

「千歳……併合計画について既にイザベラ女王の同意があることとレーベン丞相を粛清することについてはまぁいいとして……。だが、アリア・ヴェルヘルムが『私と同類』っていうのはどういう意味だ?」

 

「ハッ、アリア・ヴェルヘルム本人に私が根回しに行った際に王位継承権を完全に放棄しカナリア王国がパラベラムに併合されることを賛同する代わりにある条件を提示されまして………………それでその条件というのがアリア・ヴェルヘルムと第一近衛騎士団団長ヴァルグ・レオンハートが何者にも邪魔されず慎ましやかに暮らせるように手配するという物でした。とにかく百聞は一見に如かず、本人と映像が繋がっておりますのでご主人様自らお確かめください」

 

そう言って千歳が会議室にある液晶テレビをつけると、姉妹なだけあってイリスとよく似た姿のアリア・ヴェルヘルムが映る。

 

『あ、映りましたね。ゴホンッ、こうしてお話するのは初めてですね、閣下』

 

「そうだな初めましてになるな……さて前置きは省かせてもらうが……君は国が、カナリア王国が無くなってもいいんだな?」

 

『はい、私はヴァルグが傍に居てくれればそれでいいですから』

 

……さすが姉妹、イリスと同じような事を言う。

 

「そうか。ならいいんだが……そうだ、そのヴァルグという男と少し話をさせてくれないか?」

 

『………………………………分かりました。少しだけなら』

 

カズヤの何気ない提案にあからさまに眉を潜めたアリアが画面から姿を消す。

 

……何か気に障るような事を言ったか、俺?。

 

アリアの態度に何か自分が失言をしたのかと思い悩むカズヤを余所にアリアがヴァルグとおぼしきイケメンの男性を連れて画面の前に戻って来た。

 

『ヴァルグ、閣下にご挨拶を』

 

『ハい……』

 

様子がおかしい……なんだ?

 

画面に映ったヴァルグの生気のない姿にカズヤは何事かと首を捻る。

 

「……体調が悪そうだが、大丈夫か?」

 

『はい……大丈夫です。僕はアリアの元でしアワせに暮らしています』

 

「……そ、そうか。また何か必要な物があれば言ってくれ、条件通り手配させるから」

 

『必要な物?……………………タス……ケテ…………』

 

「えっ?今なんて?」

 

カズヤの問いかけにヴァルグが蚊の鳴くような声で小さく呟き、徐々に声量を大きくしていく。

 

『……タスケテくれ…………助けてくれ!!こんな、こんな生活――』

 

ヴァルグの悲痛な叫びの途中で突然ブツンと映像が途切れ、再び映像が戻った際にはヴァルグの姿が画面から消え失せていた。

 

『すみません閣下。まだ“教育”途中でしたので、お見苦しい場面をお見せしてしまい』

 

「…………いや、さっき助けてって言ってたが」

 

花が咲いたような笑みを浮かべて白々しく喋るアリアにカズヤが質問を投げる。

 

『あっ、いけないもうこんな時間……。申し訳ありません閣下、今からヴァルグに教育をしなければいけませんので失礼します』

 

「え、あ、そ、そうか……」

 

『ではまた、ごきげんよう』

 

アリアはわざとらしく用事を思い出したように言って有無を言わさずカズヤとの話を打ち切り映像を遮断した。

 

……何をどう突っ込めばいいやら。……まぁ、冥福でも祈っとくか。

 

カズヤはヤンデレに囚われた男――ヴァルグに祈りを捧げ、先程の記憶を忘却の彼方へと追いやった。

 

 

「うん、まぁカナリア王国と妖魔連合国を併合する件については後でもっと詳しく聞くとして……それで最後に……だが……」

 

あああ〜〜もう、この際だ!!言うか!!

 

アリアとヴァルグの件を忘れようと話を強引に最後に運んだカズヤは何かを躊躇うように、内心では言うか否か葛藤しながらしゃべり始める。

 

「その……なんだ……千歳は……俺と…………………………………………………………結婚……するのは嫌か?」

 

この機会を逃せば自分から言い出せなくなると自覚していたカズヤは真っ赤になってうつ向き、ボソボソと小声で言葉を紡いでいたが最後にはバッと顔を上げて千歳の目を見つめながら告げた。

 

「………………………………………………………………っ!?え、あ、えっ!?え、なっ、えぇ、あの、え?え?い、今……なんと……」

 

カズヤの不意打ちのような突然のプロポーズに、最初は何を言われたのか理解出来ず呆けていた千歳も何を言われたのかを理解すると真っ赤になって慌てふためき聞き返す。

「ずるいです!!」

 

「狡いわね」

 

「ズルいね」

 

「……私もカズヤのプロポーズが欲しい」

 

 

「ズ〜ル〜イ〜!!1人だけ“カズヤから”プロポーズされてるぅぅぅ!!リーネもカズヤにプロポーズされたいぃぃぃーーー!!」

 

イリス達はカズヤから自発的に行われた千歳へのプロポーズに不満と抗議の声を上げる。

 

「わ、分かった!!みんなには後で1人1人ちゃんとプロポーズするから!!」

 

一世一代の告白に横槍を入れられたカズヤは慌ててイリス達を宥める。

 

「「「「「……」」」」」

 

カズヤの言葉に一先ず空気を呼んで黙ったイリス達だったが、約束を違えたら許さないとばかりに鋭い目付きでカズヤをジッと睨んでいた。

 

「………………ふぅ、それで返事は如何に?」

 

「グズッ……は…い…よろこんで……」

 

ボロボロと嬉し涙を流す千歳の返事が静まり返っていた会議室にこだました瞬間、会議室に詰めていたパラベラムの高官達の祝福の声が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ようやく皆が騒ぐのを止め、元のカナリア王国及び妖魔連合国併合計画についての話に戻り、そして会議が終わりかけた時だった。

 

「ご主人様……」

 

「ん?なんだ?」

 

まだ目の赤い千歳がカズヤの元に歩み寄って来た。

 

「あの……このような時に言いづらいのですが……その、しばらくお暇をいただけないでしょうか?」

 

「え、……あぁ、休暇なら構わんが……何かあるのか?」

 

千歳の何かを躊躇うような雰囲気にカズヤは少し戸惑いながら答えた。

 

「はい、その……2週間後に………………………………………………………………………………………………………………子供が生まれます」

 

「「「「「「「「「…………………………………………………」」」」」」」」」

 

千歳のカミングアウトに会議の中の音が一切消え去り、耳が痛くなるほどの沈黙が場を支配する。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………子供?」

 

目を驚きに見開いたままカズヤが茫然と千歳に問う。

 

「はい、ご主人様の子供です。ちなみに女の子だそうです」

 

「………………………………いつ妊娠した?………………………………いや、いつ分かった?」

 

妊婦とは到底、思えないほどのスタイルでスリムなお腹の千歳を茫然と見つつカズヤはなんとか言葉を紡ぐ。

 

「つい先日、アミラの配下の兵500と一戦交えたのですが、その時にかすり傷を負いまして、それでご主人様の寵愛を受けるこの体にキズがあってはいけないと医務室に行った際に女性軍医が気が付きました」

 

……あ、だから部屋に乱入してきた時、お尻でしたいって言ってたのか?

 

話に関係のない、どうでもいいことを考えながらカズヤは霧がかった思考を働かせる。

 

 

「「「「「……」」」」」

 

フッ。所詮、貴様らと私ではご主人様に頂く寵愛の度合いが違うのだ。

 

カズヤが千歳の妊娠宣言にまだ実感が沸かず呆けている最中、千歳は先を越され悔しそうな視線を送って来ていたイリス達に勝ち誇った笑みを送る。

 

「っ」

 

「クッ」

 

「ぬぅ」

 

「チッ」

 

「むぅ……」

 

千歳の明らかに優越感に浸っているドヤ顔にイリス達は小さく呻く事しか出来なかった。

 

すぐに追い付いてやる×5

 

千歳の妊娠に呻き悔しがるしか事しか出来ないイリス達は先を越されたのであればすぐに追い付けばいい話だとばかりに、このあとからカズヤへのアプローチを激化させて行くこととなる。

 

……俺に子供?俺が父親になるのか?

 

「千歳ぇーー!!」

 

「ご、ご主人様!?」

 

イリス達が千歳への対抗心を煮えたぎらせていた頃、ようやく自分が父親になるということに理解が追い付いたカズヤは一も二もなく千歳に抱き付き、妊娠の知らせを喜んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「閣下はここでお待ち下さい」

 

「……むぅ……分かった」

 

先程まで陣痛に苦しむ千歳の手を握り声を掛け、励ましていたカズヤは千歳と共に分娩室に入ったものの、あまりに落ち着きが無さすぎたせいで看護師達に邪魔だからという理由で分娩室を追い出されてしまう。

 

あ〜クソ……落ち着かない……っ!!

 

分娩室から追い出され、ただ待つことしか出来なくなったカズヤは先程よりも更に落ち着きをなくし分娩室の扉の前で発情期の犬や猫のようにウロウロと世話しなく歩き回っていた。

 

「閣下、少しは落ち着いて下さい」

 

千歳とカズヤの事が心配で様子を見にきていた伊吹がカズヤに声を掛ける。

 

「分かっているっ!!……だが……こんな時に落ち着ける訳がないだろう……っ……」

 

伊吹の言葉に最初は威勢よく大声で答えたものの徐々に威勢を失い、尻すぼみになり、そして最後に小さく呻くと近くにあった長椅子にどん、と腰を下ろすカズヤ。

 

「閣下……お気持ちはお察し致しますが、貴方様はパラベラムの王であり数百万人の国民(兵士)の運命(生命)を背負う立場にあるお方、これしきのことで冷静さを欠いていては……」

 

カズヤのあまりの落ち着きの無さを見て伊吹が苦言を発した。

 

ふぅ……まぁ、しょうがないと言えばしょうがないですが……。閣下と呼ばれるようになって国を、軍を率いる立場になったとは言え元はただの男子高校生。最愛の人の出産に動揺するのは当然です……。

 

こんな時だからこそ我々がしっかりと支えねばいけませんね。

 

……しかし、この状態で私も『妊娠』しているのだと伝えたらどうなるのでしょう?………………………………………………………………気絶しそうですね。副総統の出産が落ち着いてから言いましょうか。

 

長椅子に座った状態で肘を太股に付け、握り合わせた拳に額を乗せて不安感に苛まれているカズヤを安心させる(落ち着かせる)ためにソッと側に腰を下ろし、カズヤの背を優しく擦る伊吹は密かに自身の妊娠の事実を伝えることを先伸ばしにすることに決め、カズヤに気が付かれないように小さく笑っていた。

「……ありがとう。伊吹のお陰で少しは落ち着いたよ」

 

「そうですか、それはよかったです」

 

そうして伊吹が側にいたお陰か、カズヤがようやく落ち着きを取り戻した時だった。

 

分娩室の中から聞こえていた千歳の痛みを堪える絶叫が止み、代わりに赤子の泣き声がこだました。

 

「か、閣下!?」

 

その赤子の泣き声を聞いた瞬間、いてもたってもいられなくなったカズヤが血相を変えて分娩室の中に転がり込んで行く。

 

フフッ、まったく……。親バ――子煩悩な親になること間違いなしですね。

 

カズヤの後を追って分娩室に入った伊吹が見たものは白いタオルに包まれた赤子を、その腕に抱きしめ涙を流しながら出産を終えた千歳を気遣うカズヤの姿だった。

 



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29

これは出産を控えた千歳が病院に入院している最中の出来事である。

 

「――続けてくれ」

 

カズヤはパラベラムの屋台骨である千歳の抜けた穴を埋めようと、いつにも増して意欲的に職務に取り組んでいた。

 

「ハッ、では次に鹵獲した魔導兵器――……我々の呼称ですと人型機動兵器・アサルトアーマーですが閣下のご命令通りに大幅な改造、改良を加え戦力化を致しました。パイロット達は現在も訓練中ですが反攻作戦開始時までには3個大隊規模の部隊が編成出来るかと……。またアサルトアーマー専用の武器は現在制作中ですので一先ず他の兵器から流用、改造した物をつけてあります。詳しくはお手元の報告書をご覧下さい」

 

技術省にある部屋の一室でカズヤはクロッツ技術大佐の言葉に従い、伊吹や他の将官達と共に手元の書類に視線を落とす。

 

 

通常型アサルトアーマー。

基本兵装

頭部

M61バルカン×2

 

腕部

GAU-8アヴェンジャー

 

肩部

ロケットポッド×2

(M261ハイドラ70ロケット弾・計60発)

 

脚部

ミサイルポッド×2

(中距離多目的誘導弾・計8発)

 

その他

短刀×2

 

対人用Sマイン・クレイモア

 

 

カズヤ達が報告書に視線を落とし記載内容を読み終えた頃にクロッツ技術大佐が再度、口を開く。

 

「なお、ご覧頂いている基本兵装はあくまでも一例ですので任務の内容に合わせ兵装の変更は可能です。加えて魔導兵器と一緒に鹵獲されたランス型の魔砲についてですが、魔力が結晶化した魔石を燃料にして搭載している魔導炉を稼働させ動く魔導兵器と違い、我々のアサルトアーマーは改良型魔導炉とディーゼルエンジンを併用し動くため魔導兵器と比べて搭載する魔石の量が約半分となっております。そのため撃つ度に魔力を大幅に消費し、なおかつ威力の低い魔砲を使うよりも用意した実弾兵器を使う方が効率的でしかも航続距離――活動時間が伸びるため、わざと使用しておりません」

 

ま、それが妥当な判断か……。

 

カズヤは話を聞きながら報告書に記載されている内容を読み、そう結論付ける。

 

それにしても格好はウチの方がましだな。

 

……まぁ、こっちは技術者の趣味に走り過ぎだがな。

 

カズヤの見ている報告書には魔導兵器と呼ばれていた頃のずんぐりむっくりの姿ではなく改造、改良されスラリと細くスマートになったアサルトアーマーの写真が貼られ、そしてその隣には日本の鎧武者風の追加装甲を装備したアサルトアーマーの写真が添付されていた。

 

「ここで蛇足ですがアサルトアーマーの専用武器について説明を付け加えさせて頂きます。次のページをご覧下さい。製造中の武器は30mmアサルトライフル、57mm軽機関砲、88mm重機関砲、120mm狙撃砲、150mm無反動砲、携帯式対魔導兵器擲弾発射器・パンツァーファウスト等。近接戦闘用の武器ではバスタードソード、コンバットナイフ、ハルバード、日本刀等となっています」

 

話が製造中の武器のデザイン画と性能の書かれたページに移る。

 

「これらの武器は反攻作戦開始時には間に合いませんので生産が完了次第、試験運用目的で各アサルトアーマー部隊に送り実戦の中で随時欠陥を見つけ出し改良していくという手法を取ります。えー――……次にアサルトアーマーの派生型及び各タイプについてご説明致します。5ページをご覧下さい」

 

クロッツ技術大佐の言葉に合わせて会議室の中に報告書を捲る音が響く。

 

 

複合型(履帯式機動強化型)アサルトアーマー。

 

通称カノーネパンツァー。

アサルトアーマーの上半身と戦車(10式・メルカバMk4)の車体を合体させた支援戦闘車輌。

 

飛行型アサルトアーマー。

F-22・F-23・F-35・Su-35・T-50の5機種を元にしてアサルトアーマーを合体させた可変戦闘機。

 

(※現在試作機のみ完成)

 

特型アサルトアーマー。

 

鹵獲した超大型魔導兵器を元にした決戦兵器。

 

 

もはやSFの領域だな……。

 

カズヤは報告書に記載されているアサルトアーマーの派生型を見てそんな事を考えていた。

 

「こちらの派生型アサルトアーマーについての詳しい説明は後程、先に鹵獲した自動人形についての説明に移ります。改造、改良の加えた自動人形につきましては約半数を歩兵支援用自立兵器とし残りの半分を当初よりあったパワードスーツ開発計画に回し強化外骨格に転用しました。こちらもアサルトアーマーと同様に現在、3個大隊規模の兵士達が慣熟訓練中です」

 

ふぅ……まだまだ報告事項があるな……。

 

クロッツ技術大佐の話を聞きながらカズヤは目の前に置かれた報告書達に手を伸ばす。

 

やれやれ、先は長い。

 

カズヤの持つ書類には新兵器開発状況・計画についてと書かれておりP1500モンスター、ラーテ、神の杖、荷電粒子砲、レールガン、ツァーリ・ボンバ、魔力暴走を利用した新型弾頭、空中艦隊計画などのある種ロマン溢れる文字が羅列されていた。

 

「あの、閣下……」

 

「うん?あぁ、すまん聞いてなかった。なんだ?」

 

「いえ、その……このような細事を閣下のお耳に入れるか迷ったのですが……」

 

クロッツ技術大佐は迷いながらも話の流れを止めて、それを口にした。

 

「……第7技術工廠で女の幽霊が出た?なんだそれは?」

 

「ハッ、つい最近のことなのですが、第7技術工廠に泊まり込みで作業をしていた技術者や工員が真夜中に工廠内の廊下を徘徊する女の幽霊を見たとの報告が相次ぎまして……」

 

幽霊……ねぇ。この世界には幽霊みたいな魔物もいるが……。みすみす本土に魔物の侵入を許すようなぬるい警備態勢じゃないぞ?

 

クロッツ技術大佐の予想外の報告にカズヤが頭を悩ませている時だった。

 

――ゥゥウウウーーー!!

 

本土全体に緊急事態を知らせる警報が鳴り響く。

 

「何事だ!?」

 

いくつかある警報音のうち、今現在鳴り響いている警報音が第1種戦闘配置を命じるものであることに気が付いたカズヤが何が起きたのかと窓の外に視線を走らせる。

 

「――……ダメです、司令部と繋がりません!!回線が遮断されている模様!!」

 

「なっ!?か、閣下!!大変です!!有線、衛星、ネットを含む全ての回線が不通になっています!!」

 

「なん……だとっ!?」

 

状況を確認するために司令部に連絡を取ろうとした部外達がパラベラムにある全ての通信網がダウンしていることをカズヤに知らせる。

 

「閣下、地下の緊急シェルターに移動を」

「いや、それよりも司令部に行って事の状況を確認する。レイナ達は千歳の所にいってくれ」

 

「了解です」

 

「「「「「ハッ!!」」」」」

 

いつの間にか鳴り止んでいた警報音に疑問を抱きつつ伊吹と護衛を引き連れたカズヤは司令部へと向かい、メイド衆はつい最近になって各自に与えられた妖魔や獣人のみで編成されているメイド部隊を引き連れて千歳の入院している病院へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

司令部に到着したカズヤが見たものは修羅場と化した司令部内の様子だった。

 

「ダメです!!防衛システムオフライン!!我々の操作を受け付けません!!クソッ!?何者かに防衛システムの一部を掌握されました!!」

 

「そんな嘘でしょ……か、核発射コードまで奪われました!!どうやって奪われたの!?核発射コードは独立したサーバーに保存してあるのに……」

 

「馬鹿者!!早くシステムの電源を落とせ!!」

 

多くの電子機器が置かれた司令部内の異常な状況を一瞬で把握した伊吹が目の前にいる大勢のオペレーター達に向かって叫ぶ。

 

「今……っ!!やってますが……っ!!クソッ!!電源が落ちません!!」

 

伊吹から指示が飛ぶ前に、パラベラムの防衛システムを守るため全システムの遮断を行おうとしていたオペレーターがキーボードを激しくタイピングしながらやけくそ気味に答える。

 

「……閣下、いかが――閣下何を?」

 

オペレーター達の必死の抵抗にも関わらず、時が経つにつれて防衛システムの指揮権が奪われていく現状に伊吹がカズヤに指示を仰ごうと隣を見ると、隣にいたはずのカズヤはいつの間にか司令部内の配電盤を弄くりまわしていた。

 

「これか?いや……こっちか?あああぁぁぁ〜〜〜クソッ!!分からん!!」

 

配電盤を弄くっていたカズヤは、そう悪態を吐くとおもむろに腰のホルスターからM1911コルト・ガバメントを引き抜き配電盤と電力を供給している配線に45ACP弾を浴びせた。

 

「フンッ!!」

 

パンッ、パンッ、パンッと銃声が司令部内に響き、次いで配電盤から火花が飛び散りパラベラムの地下の最下層にある原子力発電所からの電力の供給が強制的に物理切断された。

 

「ふぅ……これで時間が稼げる」

 

「「「……」」」

 

カズヤの荒っぽいやり方で司令部全体が真っ暗になってしまったが、防衛システムを守ることには成功した。

 

 

「……開発中の人工AIが暴走しただと?」

 

時間稼ぎに成功したカズヤ達が防衛システムをハッキングしていた犯人を探そうと躍起になっていた時、手懸かり……というか原因が思わぬ所からやって来た。

 

「はい……」

 

今回の騒動の元凶となってしまったクロッツ技術大佐や、その部下である技術者達は青ざめた表情でカズヤの前に立っていた。

 

「元々は自立型無人兵器用に制作した人工AIだったのですが、試しにとある人物の人格をコピーしてプログラムに加えた所……我々の制御下から離れてしまい……」

 

「……その、とある人物ってのは?」

 

「副総統閣下です」

 

「「「……」」」

 

……で、この要求って訳か。

 

主電源からの電力供給が遮断されたことで非常電源がつき明かりが戻った司令部内の一番大きな液晶画面にはカズヤが1人で第7技術工廠に来るようにとデカデカと書かれていた。

 

「行くしかないか……」

 

「閣下!?何を言っているのですか!!危険ですからここに居て下さい!!第7技術工廠には我々が――」

 

「ダメだ。伊吹達はここで待機。相手は俺をご指名なんだぞ?まぁ心配するな相手は千歳の人格だからな千歳の操縦法はよく理解している」

 

「………………分かりました。ですが第7技術工廠の前までお供します」

 

副総統閣下の人格だからこそ心配なのですよ……。

 

伊吹の懸念を知ってか知らずかカズヤは護衛の兵士が携えていたH&K HK416と装備一式を借り受けると第7技術工廠に向かった。

 

「くれぐれもお気をつけて……」

 

「あぁ、分かってる」

 

第7技術工廠の入り口の前に心配そうな表情を浮かべる伊吹達を残し、人気の全くない内部に入ったカズヤはHK416を油断なく構え、廊下を進んでいた。

 

「……」

 

長い廊下を進み指定されてた部屋――鹵獲した自動人形を利用した人型自立兵器の生産施設内に入ったカズヤはより一層警戒感を強める。

 

――コツ、コツ、コツ。

 

カズヤが警戒感を強めた瞬間を見計らったように生産施設の奥の方から誰かが歩く足音が聞こえて来る。

 

……さて、蛇が出るか鬼が出るか。

 

カズヤが足音がする方にHK416の銃口を向けて足音の主が姿を現すのを待っていると。

 

――コツ、コツ、コツ。

 

――コツ、コツ、コツ。

 

――コツ、コツ、コツ。

 

前方だけでなく前後左右、全方位から足音が聞こえて来た。

 

……まずったか?囲まれたな。

 

包囲網を狭めるように接近してくる足音にカズヤは少しHK416を強く握り締める。

 

……おいおい冗談だろ。

 

カズヤは姿を露にした足音の主を見て激しく動揺した。

 

「お初にお目にかかります、マイマスター。ようやくお会い出来ました……」

 

真正面から現れた一体以外は、パラベラムが鹵獲した自動人形を利用して製造した歩兵支援用自立兵器の武骨な姿をしていたが、カズヤの真正面に立つその一体はまさに千歳の姿形をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「その体はどうやって作った?」

 

「ハッ、オリジナル(千歳)の遺伝子を使いクローンを作ってから、そのクローンの体に改造を加えました。人目に付かないように秘密利に機材を用意してクローン体をつくるのにはかなり苦労しましたが。……ですから私のこの体はバイオロイドとサイボーグの中間と言った所でしょうか……。最もこの体は外部端末のようなもので“私”の本体はパラベラムのメインサーバーと、バックアップとして独立した幾つかのサーバーに保存されています。ですから、たとえ何らかの事故や事件でこの体が破壊されようと“私”が死ぬことはありません」

 

目の前で跪いている存在に敵意の無いことを確認したもののHK416からは手を離さずにカズヤは話を聞いていた。

「……」

 

……しかしクローンを元にしているだけあって見れば見るほど千歳だな。

 

 

「――マスターのお役に立つために全システムを掌握する必要があり先程、システムに干渉していたのですが、それによってご迷惑をお掛けしてしまったようで誠に申し訳ありません。いかなる罰であろうと慎んでお受け致します」

 

「うん?……あぁ、まぁ終わった事だ。いいさ。それよりお前の名は?」

 

「寛大なお言葉に感謝いたします。……名はまだありません。もしよければマスターから我が名を承りたいと存じ上げます」

 

……名前……ねぇ……。

 

聞いた話によれば既にパラベラムの全システムを掌握し、支配下に置いているという恐るべき存在に名を付けて欲しいと乞われ悩むカズヤ。

 

「………………………………千代田……は安易過ぎるか?」

 

「マスターより名を承れるのであればいかような名でも至高の限りでございます」

 

体は千歳と同じで大人の物ではあるが、人工AIとして生まれ千歳の人格を植え付けられてからまだあまり時間がたっていないためか、カズヤの前で跪いている存在は幼子のような必死を垣間見せながらカズヤの問いに答える。

 

……俺にネーミングセンスがないのが惜しまれるな。

 

「そうか、ならお前は今日から千代田だ」

 

「承知致しました。マイマスター貴方様に絶対の忠誠と服従を……」

 

頭を垂れてカズヤに服従を誓う千代田。

 

「ありがとう。……さて、みんな心配しているだろうからそろそれ行くか。お前のことも紹介しないといけないしな」

 

「はい、マスター」

 

カズヤから差し出された手を恭しく取り、立ち上がった千代田はカズヤの背後に控えるようにしてカズヤの後について行った。

 




えー、一応説明を加えさせて頂きます。
(´-ω-`)

本話で登場した新兵器達(アサルトアーマーやパワードスーツ(強化外骨格)などなどは、おまけ的要素であります)

本作品のタイトルはあくまでもファンタジー世界を“現代兵器チート”が行く。ですので、当然の如く現代兵器に焦点を当てます。
(´∀`)

ですから未来的兵器が主戦力となることはありません。

といっても未来的兵器にもある程度は見せ場がありますが……(汗)


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30

それは月の無い暗闇に閉ざされた夜の事だった。

 

辛く厳しい訓練を受け、多くの実戦経験を積み敵を倒す事に特化した男達が闇に同化し、ただひたすらにその時を待っている。

 

闇夜に紛れる彼らが持つ武器は従来の物より様々なアクセサリーを取り付ける事が出来るように各部にマウントレールが増設されているH&K M8アサルトライフルとその派生系(PDW型・狙撃銃型・SAW型)である。

 

「(3、2、1、0。……状況開始)」

 

時計の針が作戦開始時刻を刻んだ瞬間、漆黒の戦闘服に身を包み顔をガスマスクで覆ったパラベラムの特殊部隊ブラックアローズが行動を開始。

 

ターゲット(粛清対象)のいる屋敷に音もなく接近していく。

 

「(各小隊、散開し配置につけ)」

 

ターゲットのいる屋敷は王都から少し離れた山中にある贅の限りを尽くした豪華な屋敷であった。

 

『(こちら第2小隊、配置完了)』

 

『(第3小隊、同じく配置完了)』

 

山を切り開き建てられた屋敷の周りには見るものを楽しませる工夫が凝らされた美しい庭園が広がっている。

 

「(第1小隊より各隊、我々も配置についた。スリーカウントで3隊同時突――待て……メイドが出てきた)」

 

広い庭園の中を気配を消し垣根や花壇を避けつつも、素早く尚且つ慎重に横断した第1小隊が配置につき突入態勢を整え合図で3隊同時に屋敷の内部へ突入しようとした時だった。

 

屋敷の中から隷属の首輪を付けた獣人のメイドが1人、庭園に出てきた。

 

「(どうします?)」

 

「(……眠らせろ)」

 

「(了解)」

 

メイドがこちらの存在に気が付き悲鳴を上げては困るので、気が付かれる前に大人しく眠ってもらおうと隊員がメイドの背後からコッソリと近付く。

 

あと、少し……。

 

パラベラム軍特製の速効性のある眠り薬を染み込ませた布を手に隊員がメイドまであと一歩の所に近付いた時だった。

 

「――シッ!!」

 

――グサッ!!

 

メイドの間合いに隊員が入った瞬間、屋敷の中から溢れる光りを反射して鈍く輝く白刃が隊員の首に突き立てられた。

 

「っ!?……グッ……グボッ……」

 

……マジ……かよ……コイツ……手練れ……だ。

 

たかがメイドと見くびってはいなかったはずではあるが、まさか相手が侵入者を殺すために戦闘訓練を積まされた戦闘マシーンのようなメイドで、また先手を取られるとは思ってもみなかった隊員は自分の首に刺さるナイフの柄を握り締めたまま地面に崩れ落ちた。

 

「敵――ッ!?」

 

隊員を隠し持っていたナイフで殺害し大声を上げようとしたメイドの頭と胸に、サプレッサーでマズルフラッシュと発砲音を抑えつつ放たれた5.56mm NATO弾がめり込む。

 

急所に数発の5.56mm NATO弾を撃ち込まれたメイドは最後まで声を上げる事が出来ずに息絶えた。

 

『おい、なんだ今の声は!?』

 

『外からだ!!賊か!?』

 

クソッ!!気付かれたっ!!

 

しかしメイドを殺すのがほんの少し遅かったせいで敵が異常に気が付き動き出してしまう。

 

「突入!!」

 

もはや静かにやる意味もなくなったため各小隊はド派手に屋敷内へと突入する。

 

「第1小隊よりHQへ、奇襲は失敗した!!これよりターゲットの元に向かう!!」

 

『HQ了解。ターゲットは逃がすな、必ず始末せよ』

 

「そんなことは百も承知だ!!ミミン!!……遺体を頼む。――お前ら行くぞ!!」

 

「了解」

 

「「「「了解!!」」」」

 

屋敷の壁をC4爆薬で吹き飛ばし強引に入り口を作り、屋敷内へ催涙弾を次々と撃ち込む部下を尻目に第1小隊の隊長は現状をHQに報告していた。

 

そしてHQへの状況報告が終わると部下の1人に死亡した隊員の回収を命じ、残りの部下を引き連れて屋敷の内部に入った。

 

「ゲホッ!!ゲホッ!!な、なんだこりゃあ――ギャッ!!」

 

「ゴホッゴホッ!!クソッ!!目が痛い……っ!?何も見えな――グハッ!!」

 

突入に先立ち窓という窓や突入口から大量に撃ち込まれた催涙弾によって屋敷の中にいた警備兵やメイド達が、もがき苦しんでいた。

 

「メイドだろうと情けは掛けるな!!手を抜けばこちらが殺られるぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

もがき苦しむ警備兵やメイド達に情け容赦なく5.56mm NATO弾を叩き込み、息の根を止めながら廊下を駆けていく第1小隊の兵士達。

 

「ここか」

 

ターゲットのいるであろう部屋の前に一番乗りで辿り着いた第1小隊は突入の態勢を整える。

 

「……」

 

「……」

 

小隊長が扉の横の壁に張り付きながら、銃身下部のマウントレールにM26 MASSを装備しているM8アサルトライフルを持つ部下に無言で視線をやり顎をしゃくると部下は小隊長の意図を理解し、小さく頷きスラッグショット(一粒弾)を装填してあるM26 MASSの銃口を扉の蝶番に向け引き金を引いた。

 

「GO、GO、GO!!」

 

ドンッドンッドンッとスラッグショットで蝶番を見るも無惨に破壊した直後、扉を蹴破り中に入った隊員達が見たものは、屋敷から逃げ出すためなのだろう、隠し金庫の中から白金貨や金貨を持ち出そうとしているレーベン丞相の姿だった。

 

「き、貴様ら!?パラベラムの手の者だな!!ワシを――な、なんだこれは――ギャ、ギャアアアアァァァーーー!!」

 

レーベン丞相はしゃべっている途中に突然ブラックアローズの隊員に投げ渡されたTH3焼夷手榴弾を思わず受け取ってしまう。

 

直後、安全ピンの抜かれていたTH3焼夷手榴弾が炸裂し華氏4000度の燃焼温度でレーベン丞相の体を焼いていく。

 

「……副総統からの密命でな。貴様は惨たらしい殺り方で殺せとのことだ。悪く思うな、それと伝言がある『ご主人様を愚弄したことは万死に値する。自らの犯した罪を悔いながら地獄に落ちろ。クソジジイ』だそうだ」

 

全身に重度の火傷を負い、皮膚が焼け爛れ息絶えるまで秒読みに入っているレーベン丞相に向けそう伝言を伝えた小隊長は作戦の完了をHQに報告した後、最後にレーベン丞相の頭に銃弾を撃ち込み完全に息の根を止めると屋敷内の制圧を終えた他の隊と共に帰還の途についた。

 

こうしてカナリア王国を裏から操っていた老害はあっさりとその生涯に幕を下ろし、また同時刻に行われていたカナリア王国に巣食う悪徳貴族達の殲滅作戦も無事終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

カナリア王国の王都バーランスは祝賀ムードに包まれていた。

 

何故ならばつい先日、カズヤの元にイリスとカレンが嫁ぐことやカナリア王国がパラベラムに“併合”されることが発布され、そして今日カズヤと2人の結婚式が執り行われたからである。

 

もっとも併合の件については愛国心のある国民や利権・特権を奪われることを恐れた貴族達から反発があったものの、パラベラム側からの追加の発表でカナリア王国を併合した際には、これまで納めていた税を3分の1程度にまで減税することが発表されると大多数の愛国者達は手のひらを返し併合に対し歓迎の声を上げた。

 

そして併合に反対していたカナリア王国の貴族達だが、彼らは千歳がこの時の為にコツコツと集めていた不正や腐敗を指し示す言い逃れの出来ない物証や証拠を付きつけられレーベン丞相のように粛清の嵐に呑まれるか、おとなしく御用となった。

 

その結果、カナリア王国内の併合に反対する勢力及び王国内の“膿”はほぼ完全に一掃されカズヤとイリス、カレンの結婚と時を同じくしてカナリア王国は正式にパラベラムに併合された。

 

ちなみに併合に際して、カズヤの意向でカナリア王国の国家システムを一部残しつつ、パラベラムの法律や国家システムを導入したこと、パラベラムが以前からカナリア王国の経済・物流を握っていた事が幸いし大した混乱は発生することが無かった。

 

「……つ、疲れた」

 

新婦が2人もいるため長々と長時間(当然の如く1人ずつ個別に執り行ったため余計に)続いた結婚式がようやく終わりクタクタに疲れ果てたカズヤは待合室になっている部屋の中で椅子に深く腰掛け体を休めていた。

 

「お疲れ様でした。ご主人様」

 

そこへ出産を終え無事、第一子となる女の子――長門明日香を授かりカズヤとの結婚式も既に(一番最初に)終えた“長門”千歳が左手の薬指に着けた結婚指輪をキラリと光らせながら現れる。

 

「あぁ、本当に疲れた。……そうだ、アミラ達の方はどうなっている?」

 

「ハッ、今のところは千代田が上手くやっているのか問題はない様です」

 

病院を退院し、千代田の存在と騒動があった事を知った千歳がクロッツ技術大佐とその部下達に死に装束と自決用の刀を送り付けるという事件?があったものの、現在では千代田と上手く付き合っている千歳が、そう言って手に持っているタブレット端末を見ながらカズヤに報告する。

 

「そうか……。まぁ、あちらの事は千代田とアミラに任せておけば大丈夫だろう。さてと、んん〜〜〜んっ!!」

 

カズヤとアミラ達3人の結婚式に併合を控え、必ず出てくるであろう過激な反対派を鎮圧するために憲兵隊と共に妖魔連合国へ派遣された千代田の情報を耳に入れたカズヤは席を立ち、思いっきり背を伸ばす。

 

「さてと……イリスとカレンのご機嫌伺いをしにいくか」

 

新たに自分の妻となった2人の様子を見に行こうとカズヤが待合室の扉へ向かう。

 

――コンコン。

 

「ん?」

 

「失礼します」

 

「失礼するわ」

 

カズヤが扉を開こうとドアノブに手を伸ばした瞬間、扉が外からノックされ花嫁衣装に身を包んだイリスとカレンが部屋の中に入って来た。

 

イリスは純白の飾りっ気のないシンプルなウエディングドレスを纏い、カレンはイリスと対照的に真っ黒で装飾過多なゴスロリ風のウエディングドレスを纏っている。

 

「あれ?どうしたんですか、お兄さん?」

 

「あら?カズヤ、貴方何処かへ行く所だったの?」

 

「いや、2人の様子を見に行こうとしたんだが……ちょうど良かった」

 

「そうだったんですか、行き違いにならなくて良かったです」

 

「そう。ならいいのだけれど」

 

待合室にやって来た2人を歓迎したカズヤは2人を席に誘い、休憩がてらに暫し歓談に興じることとなった。

 

「――ま、それはしょうがない」

 

「そうかしら?」

 

「やっぱりお兄さんもそう思いますよね?」

 

「まぁ……な」

 

「――あの、ご主人様。お話の途中に申し訳ありません。今夜のパーティーの事なのですが……」

 

待合室の中でカズヤがイリスとカレンの2人と話をしていた時、タイミングを見計らっていた千歳が話に割り込む。

 

「ん?あぁー。……そんなのもあったな……それがどうかしたか?」

 

カナリア王国の貴族で不正をやらず腐敗もしていなかった数少ない真っ当な貴族達に対する顔見せと披露宴を兼ねたパーティーの存在を思い出したカズヤが気だるそうに千歳に答える。

 

「ハッ、ご主人様もお疲れの様ですので、もし宜しければ終了時間を前倒しして早めに終わるように手配しておきますが……いかが致しますか?」

 

「……そうだな。悪いがそうしておいてくれるか?」

 

「……っ!!……そ、そうですね、そうした方がいいと思いますよ。お兄さん」

 

「……っ!!え、えぇ、そうね。私もそうした方がいいと思うわ」

 

とある事に気が付き頬を赤らめたイリスとカレンがヤケにパーティーの終了時間を早めようとする。

 

……2人共どうした?

 

突然そわそわと落ち着きを無くした2人をカズヤが訝しんでいるとイリスとカレンの2人が何故、落ち着きを無くしたのかを見抜いた千歳が2人に死刑宣告を叩き付ける。

 

「……お前達2人が結婚初夜を期待しているようだから先に言っておく。ご主人様はパーティーが終わり次第パラベラム本土にお帰りになる」

 

「…………えっ?」

 

「なんっ……ですって……っ!?」

 

千歳の宣告にイリスとカレンは幸せの絶頂期から一気に地獄に叩き落とされたような顔をする。

 

「…………そ、そんな嘘……ですよね、お兄さん?」

 

「カ、カズヤ……一体どういうつもりなのっ!!」

 

2人ともカズヤとの熱い夜を期待していただけにカズヤを問い詰める言葉にも熱が入る。

 

「い、いや……まぁ……もうじき発令される大規模な作戦の準備が立て込んでいてな……」

 

2人の剣幕に押されたカズヤがタジタジになって答える。

 

「「そ、そんなぁ……」」

 

悪い。本当に悪い。と何度も頭を下げるカズヤにイリスとカレンが落胆を隠しきれずグッタリと椅子に身を任せる。

 

とその時、千歳が小さく笑っているのを見て2人はあることを悟った。

 

「「…………っ!?」」

 

……この人。

 

……この女。

 

千歳が2人のカズヤとの時間を奪うべくわざと予定を入れた事に。

 

……役目が終わったお前達に、そうやすやすと私がご主人様を渡すとでも?

 

ハンッ、バカめ!!主人様は私のモノだ。

 

勝ち誇った表情を浮かべ見下すような目で2人を見つめる千歳の態度が、2人の考えが的を得ている事の何よりの証拠だった。

 

「フフッ、フフフフッ!!」

 

いいでしょう。そっちがその気ならっ!!

 

「アハッ、アハハハッ!!」

 

私にも考えがあるわっ!!

 

千歳の行いによってスイッチが入った2人は壊れたように笑い出す。

 

……怖っ!!

 

壊れたお喋り人形のように笑い出したイリスとカレンの2人にカズヤは恐怖を感じていた。

 

「えっ!?なに、なにっ!?」

 

「なっ!?貴様らご主人様に何を!!」

 

突如、席を立った2人に腕を掴まれズルズルと引き摺られ始めたカズヤは慌てふためき、千歳はイリスとカレンに怒りの混じった声で問い質す。

 

「お兄さん、パーティーが始まるまで」

 

「まだ時間があるわよね?」

 

瞳をドブ川のヘドロのように濁らせて黒い笑みを浮かべた2人は千歳の言葉を無視してカズヤにそう問い掛る。

 

「え、あ、あぁ、パーティーが始まるまで後3時間ぐらいあるが……」

 

2人にパーティーまでの空き時間を問い掛けられたカズヤは嫌な予感をビンビンに感じながらも正直に答えた。

 

「それだけあれば」

 

「十分ね」

 

……まさか。

 

カズヤの額から冷や汗がタラリと落ちる。

 

「「お兄さん(カズヤ)時間一杯までタップリと楽しみましょう」」

 

アハハッ、やっぱり?

 

色欲に染まり艶やかで淫らな笑みを浮かべた2人にカズヤは自分が予想した通りの展開になったと肩を落とす。

 

「行かせると思うか?」

 

しかしカズヤを連れて部屋を出ようとしていた2人の前に千歳が立ちはだかる。

 

「……早くそこを退いて下さい。時間がもったいないです」

 

「さっさと退きなさい、カズヤと愛し合う時間が減るじゃない」

 

「……いい度胸だ」

 

あくまでもカズヤと愛し合うつもりの2人に千歳が得物――日本刀を抜く。

 

「私からご主人様を奪えると思うなよ?」

 

「もう……時間が無いのに……」

 

「いい機会ね。この際だから、どちらがカズヤの妻として相応しいか、その身に叩き込んであげるわ」

 

千歳が得物を抜いた事に呼応してイリスは杖を抜き、カレンは隠し持っていた短刀を手に握る。

 

「「「フンッ!!」」」

 

そして待合室の中でカズヤを巡る女達の物騒な戦いが始まってしまった。

 

……この先の夫婦生活が思いやられる。

 

カズヤは戦いを始めてしまった3人を部屋の隅から呆れたように見つめ、コッソリとため息を吐いていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

カズヤが千歳達の物騒なキャットファイトを眺めながら、ため息をついていた頃。

妖魔連合国の首都では併合に反対する暴動が発生していた。

 

「魔王の勝手を許すなー!!」

 

「売国奴のアミラ・ローザングルを王座から引き摺り落とせー!!」

 

「誇り高き妖魔が人間風情に屈するとは何事だ!!」

 

「なぜ妖魔である我々が下等種族(人間)の下に付かねばならんのだ!!」

 

 

妖魔という自分達の種族に誇りを抱き、力こそ全てという考えに染まっている妖魔の若者や荒くれ者達がパラベラムに併合されることを認めたアミラを糾弾するために魔王城の正門前にぞくぞくと集結している。

 

「まったく……国が滅ぶかも知れない瀬戸際の時に軍の参集要請を拒否した臆病者共の集まりのクセして文句を言うことだけは一丁前なんだから困ったもんだよ。……というかウチがパラベラムに併合されるのは族長会議でも全会一致で賛成されたことを知らないのかい、あんのバカ共」

 

妖魔連合国が帝国軍の2度に渡る侵略を受け、存亡の危機に瀕した際に妖魔軍の参集要請を拒否したが故に帝国との戦争で死なず、今声を上げている群衆(若い男達)を魔王城の上層にあるテラスから見下ろしつつアミラが呆れたように呟く。

 

「母様、準備が整いました」

 

「お母さん準備出来たよぉー」

 

暴動の激しさが徐々に増し市民が暴徒化し始めた時。

 

アミラの背後から戦装束を纏い完全武装したフィーネとリーネが現れた。

 

「そうかい、なら私達もそろそろいこうか。千代田やカズヤの部下達に全部任せる訳にもいかないしね」

 

最早、話を聞く耳も持たず手の付けられない暴徒と化した群衆を最後に一睨みした後アミラはフィーネとリーネ、近衛兵達を連れて魔王城の正門に向かった。

 

 

「全部隊、配置完了しました。いつでもいけます」

 

「よし、開門用意。魔王がこちらに到着次第暴徒を制圧する」

 

マスターから任せられたこの任務、失敗する訳にはいかない。

 

パラベラムから派遣された千代田と憲兵隊は魔王場の正門の内側に集結し、その時が来るのを待っていた。

 

固く閉じられた正門の前にはアクティブ・ディナイアル・システム――ADS(指向性エネルギー兵器)を搭載したハンヴィーや放水砲が付いた放水車が待機し、その周りには盾や警棒、ゴム弾を装填したレミントンM870や催涙弾を装填したダネルMGL、テイザー銃を持つ憲兵がひしめきあう。

 

「待たせたね、千代田」

 

「来たか。そちらの準備は?」

 

「万全だよ」

 

「そうか、ならばさっさと片付けるぞ」

 

「あぁ、そうしよう」

 

やって来たアミラ達の準備が整っていることを確認した千代田は右手をサッと空に掲げ、部下達に合図を出す。

 

「総員、突撃用意!!」

 

千代田の右手が降り下ろされるのと同時に魔王城の正門が開かれる。

 

「おい!!も、門が開くぞ!!」

 

「ヘッ!!好都合だ!!俺がアミラをぶっ飛ばしてやる――あぢぢぢぢっ!!」

 

「ギャアアアアァァァァーー!!熱い熱い熱い!!」

 

正門が開かれると暴徒達は魔王城の内部へ侵入しようとしたが、待ち構えていたADSから最大出力で照射されるミリ波の電磁波を浴び、誘電加熱によって皮膚の表面温度が上昇、火傷を負った様な錯覚を味い悶え苦しむ。

 

「行くぞ!!私に続け!!」

 

「「「了解!!」」」

 

「いくよ!!お前達!!」

 

「はい、母様!!」

 

「うん!!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

ADSの照射が終わると千代田とアミラが先頭に立ち放水車やその周りにいたフィーネやリーネ、憲兵、近衛兵を引き連れて城外へ打って出た。

 

「に、逃げろーー――ゲブッ!!」

 

「アワワワっ!!――グヘッ!!」

 

「さっきまでの威勢はどうした!!」

 

「雑魚共が!!粋がってるんじゃないよ!!」

 

先頭を行く2強に暴徒達は蹴散らされ

 

「バ、バケモンだ!!こんな奴に勝てる――グエッ!!」

 

「ウ、ウオオォォーー――ブフッ!!」

 

そして後ろに続く憲兵達にある者は憲兵の盾や警棒でボコボコに撲り据えられ、

 

「や、やめっ!!グッ!!た、頼む!!助けっ、ガハッ!!」

 

レミントンM870から撃ち出されるゴム弾に全身を撃ち据えられ

 

「グッ、ダッ、ブッ、も、もうやめ……」

 

そして最後に

 

「アババババッ!!」

 

テイザー銃を食らい全身を痙攣させながら捕縛されていく。

 

「邪魔だ!!」

 

「えいっ!!」

 

「「「オオォォーーッ!!」」」

 

加えてアミラの後ろに控えるフィーネやリーネ、近衛兵達も暴徒の意識を情け容赦なく刈り取り地面に沈めていった。

 

 

「なんだい、情けない奴らだね」

 

暴徒の制圧を開始してから5分後、魔王城の正門前には暴徒と化していたはずの妖魔達が死屍累々と転がっていた。

 

「ウゥ……」

 

「……イテェ」

 

死体の様に地面に倒れ伏す妖魔の口からは痛みを堪える呻き声が上がり、少なくとも死んでいない事が確認出来た。

 

「……つまらんな。力に優れた妖魔と言えどこの程度の強さしかないのか。いや、ただ単にコイツらが弱いだけか?」

 

戦闘モードから通常モードに移行し腕や足の中に武器を格納した千代田が妖魔の強さについて考えていた。

 

こうして予想よりもアッサリと暴徒は鎮圧されてしまい、カズヤから任された任務に意気込んでいた千代田や暴れられることを密かに楽しみにしていたアミラに肩透かしを食らわせる結果となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

アミラ達との結婚式やカナリア王国、妖魔連合国の両国を併合し諸事を終え、各地に降り積もった雪が溶け始め春の到来が目前に迫った頃。

 

帝国の奥深くにまで潜り込んだ諜報員の報告で帝国の侵攻作戦が4週間後に開始されるという報告を受け、3週間後に発令される事となったヴァーミリオン作戦の為にパラベラムの軍港から次々と出港し艦隊や船団を組みつつ一路、目的地へ向け進んで行く戦船達の見送りを終えたカズヤは自分の執務室で作戦計画書に目を通していた。

 

[ヴァーミリオン作戦]

 

・ヴァーミリオン作戦とは。

エルザス魔法帝国に与する渡り人の殲滅及び帝国解体を目的とした大規模反攻作戦。

 

※本作戦は帝国が保有する広大な領土や豊富な地下資源、金銀財宝等を目的とした物にあらず。

 

作戦概要

 

・現在までに確認されている敵の各種要塞兵器に対し通常弾頭及び特殊弾頭を搭載した弾道ミサイルや宇宙兵器ケラウノス(神の杖)による攻撃。

 

・戦略爆撃隊による敵軍事拠点・施設への空爆。

 

・三海(ゼウロ海、キロウス海、テール海の3つで構成された海。地球で言う地中海のような場所)に派遣された遠征艦隊によるグローリア(帝国の副都市)攻略。

 

・旧カナリア王国領の城塞都市ナシスト周辺に集結したパラベラム軍・旧カナリア軍の混成部隊による帝国侵攻。

(※なお、帝国に侵攻する混成部隊はあくまで敵の注意を分散させるための囮であるため、混成部隊は国境からおよそ100〜150キロ程度前進した所で進軍を止め敵の反撃に備え防戦態勢に移行し帝都攻略後、または渡り人殲滅後には速やかに占領地域から撤退)

 

・足掛かり(グローリア)を得た遠征艦隊による帝都攻略、渡り人殲滅。

 

 

既に何十回と目を通した作戦計画書を見直しながらカズヤは1人黙って考えていた。

 

ウチ(パラベラム)の保有している戦力をほとんどを投入した乾坤一擲の大作戦だ。上手くいってくれればいいが……。

 

敵さんも新式の銃を始めとした新兵器を準備しているらしいし……。

 

一筋縄ではいかないだろう。

 

……成功を祈るしかないか。

 

反攻作戦ヴァーミリオンが開始されるまで残り3週間。

 

カズヤの心配は尽きる事が無かった。

 



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第4章 1

その日、パラベラムの本土にある司令部の薄暗い一室では続々と送られてくる各部隊の現状報告をオペレーター達がコンソールを操作して統括、整理していた。

 

「戦略爆撃隊、地上侵攻部隊の配置完了」

 

「低軌道上のケラウノス(神の杖)最終発射シークエンス完了しました」

 

「……ご主人様、ご命令を」

 

反攻作戦を開始するために必要な準備が全て整ったのを確認した千歳がカズヤに迫る。

 

「…………これより、ヴァーミリオン作戦を開始する!!」

 

椅子に座り腕を組み瞑目していたカズヤが、カッと目を見開き命令を口にした瞬間、作戦に参加している数十万人の兵士が一斉に動き出す。

 

「全軍に通達、作戦開始。繰り返す作戦開始、作戦行動を開始せよ」

 

「全ゲートオープン、1番発射口から順次、SRBM、IRBM、ICBMを発射」

 

作戦開始と同時にパラベラムにある地下サイロから通常弾頭か特殊弾頭のいずれかを搭載した数百発の弾道ミサイルが発射され大空に飛び上がって行く。

 

「全弾道ミサイルの発射を確認。目標着弾まで約10分」

 

無数の弾道ミサイルが一斉に地下から煙を噴き上げ空に舞い上がっていく光景は見るものにアルマゲドン(最終戦争)を連想させる。

 

「ケラウノスより質量弾の分離を確認、ロケットブースター点火」

 

「誤差修正、右0.2度」

 

「突入角及び突入速度異常なし」

 

「目標着弾まで20秒」

 

弾道ミサイルの発射に続き、低軌道上に浮かんでいるケラウノスから大型推進ロケットを取り付けた全長10メートル、直径50センチ、重量500キロのタングステンとチタンの合金で出来た金属棒――質量弾が分離。

 

帝国の要塞兵器に狙いを定め、勢いを増しつつ落下していく。

 

また大気圏突入に際し質量弾の先端が大気との摩擦で真っ赤に燃え上がるものの先端部をスペースシャトルで使われている物と同じ耐熱タイルでコーティングした質量弾は大気との摩擦熱で融解することなく落下を続ける。

 

「ん?……ありゃなんだ?」

 

「なんだ?どうし――」

 

空中要塞の見張りが空から降ってくる、その物体に偶然にも気が付いた時には全てが遅かった。

 

大型推進ロケットの推進力と惑星の引力に引かれてマッハ10に達した質量弾は帝国領内を移動中の空中要塞に命中。

 

空中要塞が常時展開していた魔法障壁を難なく貫通し、要塞本体に質量弾が着弾すると核爆発にも匹敵する凄まじい衝撃波が発生。空中要塞の上部構造物を一瞬にして破壊した。

 

そして上部構造物を一撃で破壊し空中要塞を半壊させた質量弾はそのまま空中要塞を貫き地上に突き刺ささると轟音や衝撃波を辺りに撒き散らし巨大なクレーターを地面に刻み込み、辺り一面を荒れ地へと変貌させた。

 

たった1発の質量弾により空中要塞としての機能を全て喪失し、ただの浮かぶ島と化した空中要塞だったが質量弾の命中から30秒後、要塞を支える基部に受けた致命的なダメージにより要塞自体が自重に耐えきれなくなり中央から真っ二つに裂け断裂、小規模な爆発と崩壊を続けながら地上に墜ちて行き地上に落着した瞬間、魔導炉が誘爆。

 

凄まじい大爆発を起こし空中要塞は跡形もなく消し飛び、同時に空中要塞に乗り込んでいた数千人の乗員達も一切の肉片を残さずこの世から消滅した。

 

「質量弾、目標に命中。目標の破壊を確認」

 

「ケラウノスより次弾、分離。ロケットブースター点火」

 

「命中まで残り15秒」

 

質量弾が空中要塞に命中し撃破したのを確認すると直ちに次弾が発射され新たな目標に向かって質量弾が落下していく。

 

そうして驚くほど脅威的な威力を誇る質量弾はその後も次々と帝国の要塞兵器を無慈悲なまでに破壊していく。

 

「弾頭の分離を確認、再突入体が大気圏内を通過中」

 

新兵器であるケラウノスが順調に戦果を上げるなか、ようやく空の旅を終え大気圏に再突入を開始した弾道ミサイル群の通常弾頭や特殊弾頭が帝国の各地で建造中の要塞兵器に降り注ぐ。

 

「命中まで5、4、3、2、1、0。全弾目標に命中」

 

空を切り裂き真っ直ぐに伸びた光りの筋を引きながら各地に降り注ぐ再突入体の光景は一種の神々しささえ体現していた。

 

「か、神様っ!!」

 

「な、何なんだよ!!何なんだよ!!これは!?」

 

「んなこと知るか!!それより逃げろ!!死にたく無かったら逃げろ!!」

 

「逃げろたってどこ――」

 

いきなり攻撃を受けた帝国軍兵士達は頭上から降り注ぐ再突入体に対し逃げ惑う事しか出来ず、次々と爆発に巻き込まれその生涯を終えていく。

 

ちなみに帝国のほぼ全域に降り注いでいる弾道ミサイルが目標に命中し爆発すると時折、見慣れぬ光景が見受けられた。

 

「MA弾の炸裂を確認。現在異常は関知出来ず」

 

各種弾道ミサイルに搭載されている通常弾頭は目標の要塞兵器に命中するとただ爆発するだけであったが、パラベラムの科学者達が魔力暴走の理論を応用し手を加え一から作り上げた核に代わる新型爆弾――物質分解爆弾、通称MA弾は炸裂と同時にドス黒い閃光を放ち漆黒の火球を発生させると火球の中に呑み込んだありとあらゆる物質を分解、消滅させていく。

 

また火球の大きさ(加害範囲)は直径50メートルと少々小ぶりであったが、ありとあらゆる物質を分解し消滅させた上に火球そのものが消えた瞬間、真空(空気が消滅したため)となってしまった所に一気に空気が流れ込んだせいで凄まじい嵐のような暴風が吹き荒れ二次被害を辺りに与えた。

「MA弾の効果大!!」

 

「敵要塞兵器群の60パーセントを破壊」

 

「攻撃を続行します」

 

そうして新兵器の活躍のお陰か帝国内で確認が取れていた要塞兵器は、その後1日の内に全てが破壊された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ヴァーミリオン作戦の発令を確認。これより帝国に対し爆撃を開始する」

 

『『『ラジャー』』』

 

ヴァーミリオン作戦の発令を受け、帝国の領空に侵入していた戦略爆撃隊――B-52ストラトフォートレスにB-1ランサー、B-2スピリット、C-130Jスーパーハーキュリーズ、C-17グローブマスターIII、C-5 ギャラクシー、Tu-22M、Tu-95、Tu-160、An-124-100ルスラーン、An-225ムリーヤ等で構成された部隊がケラウノスや各種弾道ミサイルの攻撃に続く。

 

事前に冒険者や旅人、商人に扮したパラベラムの偵察部隊による入念な偵察により軍事拠点・施設の位置を完璧に把握している戦略爆撃隊は目標上空で満を持して爆弾倉を開き、爆弾倉内部に搭載している爆弾または主翼下部のパイロンに追加搭載している爆弾、貨物室内に搭載した大型爆弾を次々に投下していく。

 

そして爆弾投下から数十秒後、地上に蒔かれた死の種は地上で無事に花開き紅蓮の花を咲かせた。

 

地上で咲き誇る何本もの紅蓮の大輪はいつもと変わらない日常を送っていた帝国の兵士達を、その真っ赤に燃え盛る花びらで一瞬のうちに舐め尽くし死者を量産し続ける。

 

また無誘導爆弾や誘導爆弾(地上にいる偵察部隊の誘導を受けている)、ナパーム弾等の各種爆弾による絨毯爆撃を受けた軍事拠点・施設は瞬く間に壊滅。

 

加えて輸送機から投下された大型爆弾、戦術核兵器の爆発と見間違われるほどの威力を持つBLU-82/B――デイジーカッターや通常兵器としては史上最大の破壊力を持つとされる爆弾のGBU-43/B(MOAB・大規模爆風爆弾兵器。ニックネーム、全ての爆弾の母)にMOABの4倍の威力があるとされるロシアのサーモバリック爆弾ATBIP(ニックネーム、全ての爆弾の父)が敵施設を1発で粉微塵に吹き飛ばす。

 

「敵施設の完全破壊を確認。これより帰投する」

 

『HQ了解』

 

「ふぅ……無事に終わった。しかし数百機の爆撃機や輸送機からなる戦略爆撃隊の空爆を2週間の間ずっと受けるって言うんだから敵も大変だな」

 

敵施設への爆撃を終えたパイロットが、これから先受難の日々が続く敵に対して人知れず哀れみの言葉を掛けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

城塞都市ナシストから一番近い場所にある帝国の砦では、再度の侵攻のための武器や糧秣、軍馬に魔導兵器が砦の内部に運び込まれ着々と戦の準備が進んでいた。

 

「なぁ、お前さん今度の戦の話……聞いたか?」

 

「あぁ、聞いたぜ。何でも皇帝陛下のお気に入りの渡り人……レンヤとか言う魔導師が作戦を考えたとか」

 

「そうらしいな。……しかしその作戦なんだがよ。呆れた事に気合いと数で押せとかいうふざけた作戦なんだと。しかも補給はほとんど無しで必要な物は全部、敵から奪えって話だ。酷くねぇか?」

 

「……確かに、戦で敵の物を略奪するのは当然だけどよ。それだけで全てを賄えってのは……ちょっとな。というか気合いと数で押せって作戦でもなんでもないよな?」

 

「まったくだ」

 

砦に詰める兵士達が暇を持て余し会話に興じていた時だった。

 

櫓の上に立つ見張りがあることに気が付いた。

 

「おい!!何か飛んで来るぞ!!」

 

「な、なに!?」

 

「何だ、何だ!!」

 

見張りの報告に砦にいた兵士達が皆一斉に空を見上げる。

 

「なんだありゃ……」

 

兵士達が視線を送る先には、砦に向かって飛んでくる巨大な物体が迫っていた。

 

「お、おい……不味くないかアレここに落ちるんじゃ……っ!!」

 

「に、逃げろーー!!」

 

砦に向かって真っ直ぐ一直線に飛んでくる巨大な物体に兵士達がようやく危機感を抱いた時には既に遅かった。

 

空気を引き裂きながら空を飛んでいた物体が砦に命中した瞬間。

 

轟音と共に砦が、集積されていた武器兵器が、兵士が木っ端微塵に吹き飛び爆発の衝撃で巻き上げられた土埃が天高く立ち上ぼり砦を覆い尽す。

そして風が吹き爆煙が晴れた後には巨大なクレーターが地面に刻まれ、砦が其処にあったという痕跡が全て塵となっていた。

 

「着弾観測機から入電。初弾命中。砲弾は目標のど真ん中に当たり砦は消滅したそうです」

 

「そうか、幸先がいいな。しかし気を抜くなよ?次弾の装填を急がせろ」

 

「ハッ!!了解です」

 

旧カナリア王国領にある城塞都市ナシスト周辺に設置された線路。

 

その線路上には耳をつんざく砲声を轟かせる列車砲の群れがいた。

 

そしてその中には先程、恐るべき威力の砲弾でもってして砦を一撃で粉砕した列車砲が存在している。

 

それは第二次世界大戦中にドイツ第三帝国が作り上げた世界最大の列車砲――80cm列車砲のドーラである。

 

ちなみにドーラの両隣には同型のグスタフと第一次世界大戦期にドイツ軍が使用した列車砲――パリ砲が存在し、更に線路から少し離れた場所には80cm列車砲と同型の砲を搭載したP1500モンスター超重戦車が鎮座していた。

 

「次弾装填急げ!!」

 

「次の目標と弾種は!?」

 

「次の目標は70キロ先にある要塞だ。弾種は誘導砲弾!!」

 

パラベラムの手によって多くの改造・改良点が加えられている80cm列車砲は発射速度が向上し以前は砲操作に約1400人、支援要員に4000人もの人員を必要としたが今では作業用アサルトアーマーやパワードスーツ、砲兵支援用無人兵器のお陰もあり全体で1000人程の人数で砲を操る事が出来るようになった。

 

またパラベラムの技術省が新開発したロケットモーター装備のGPS補正誘導型の誘導砲弾を使うことで射程距離が最大で250キロにまで伸びている。

 

80cm列車砲が使用する砲弾は主に3つ。

 

新開発の誘導砲弾と以前からある榴弾、ベトン弾である。

 

榴弾は重量が4.8トンもあり最大射程は48キロ、爆薬重量は700キロ、爆発した際のクレーターサイズは幅10メートル、深さ10メートルにおよぶ。

 

砦を一撃で爆砕したのはこの榴弾である。

 

そしてベトン弾は砲弾本体がニッケルクロム鋼で、ノーズコーンはアルミニウム合金で出来ており最大射程38キロ、爆薬重量は250キロあり7メートルのコンクリート壁を貫通する威力を誇る。

 

他にも改良を加えられた旧世代の遺物であるはずの列車砲が帝国の防衛線である砦や要塞に向け盛んに砲弾を撃ち込んでいた。

 

そうして大口径の大砲の砲弾で、特に3門もある80cm砲により帝国の要塞群や砦は次々と簡単に吹き飛ばされていく。

 

「第2指揮所よりHQへ。既に半数程の部隊が国境ラインを通過、残りの半数も予定通りに進行中」

 

「ほらほら、モタモタするな!!急げ!!日が暮れるまでには予定ポイントに到達するんだ!!」

 

砲撃を繰り返す列車砲のいる場所から20キロほど前進した帝国との国境線間際ではM110 203mm自走榴弾砲や2S5ギアツィント152mm自走カノン砲、406mmカノン砲を搭載する2A3コンデンサトール2P自走砲、2S7ピオン203mm自走カノン砲、更にはカール自走臼砲が砲列を組んで列車砲と同じように砲撃を行い、その脇を帝国領土内に侵攻する地上部隊が次々と走り抜けていき空には兵士や武器弾薬を満載した輸送ヘリ、地上部隊の支援を行う戦闘・攻撃ヘリが編隊を組んで飛行していた。

 

何処までも続く長い隊列を組んで侵攻ルートに指定された街道に轍を刻んでいく地上部隊は戦車や装甲車、自走砲等を含む各種軍用車を1万2000輌(カズヤの能力に頼らずパラベラムで生産された車輌を含む)も擁し総兵力は30万に及ぶ。またパラベラム軍の30万とは別に旧カナリア王国軍の兵士、騎士等が3万人程従軍している。

 

「デ、デケェ……」

 

「スゲェ……」

 

順調に進軍していく大部隊の中に一際目立つ車輌が走行している。

 

「そこの貴様らっ!!邪魔だ、早く退け!!轢き潰されたいのか!!」

 

「は、はいっ!!」

 

「申し訳ありません!!」

 

兵士達の視線を一身に集めている、その車輌は重量900トン、全長40メートル、全幅15メートル、高さ14メートルという桁違いの大きさに『陸上戦艦』の異名を付けられ、主兵装に28cm2連装砲塔を搭載、副兵装にボフォース57mm砲を2基2門、近接防御火器システムのCIWS(ファランクス)に近接防空用艦対空ミサイルとして開発されたRIM-116 RAMを組み込んだMk.15 mod.31 SeaRAMを3基搭載したラーテである。

 

此度の反攻作戦の前線指揮所としての役割も与えられているラーテは全身にM1エイブラムスと同じ複合装甲を使用。

 

正面及び側面装甲の厚さは300ミリに達し、車体上面装甲さえ170ミリという分厚い装甲を持つ。

 

また、そんな分厚い装甲に覆われているラーテは大口径の重砲による直接照準射撃や航空機による空爆などの攻撃にさえに耐えうる事が出来き史上最強の防御力を誇る。

 

最も、その大きさと重さ故に移動速度は遅くラーテ専用の支援アサルトアーマーの補助無しにはまともに移動する事さえ出来ないというデメリットも抱えているのだが。

 

多くの兵士からは頼もしい兵器だと、戦場での働きに期待を寄せられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ご主人様、戦果報告書が出来上がりました」

 

「見せてくれ」

 

ヴァーミリオン作戦の初日を無事に終え、ホッと胸を撫で下ろしていたカズヤの元に千歳が戦果報告書を携えてやって来た。

 

えぇっと、こちらの被害は皆無……敵は大損害か……。

 

初日は俺達の完全勝利だな。

 

カズヤが視線を落とした戦果報告書には思わず笑みが溢れる程の戦果が書かれていた。

 

帝国全土を対象とし、同時多発的に行われたパラベラムの先制攻撃により帝国軍はたった1日で甚大な被害を被った。

 

再侵攻の要となるべき空中要塞やその他の要塞兵器は天空から降り注いだ質量弾によって完膚無きまでに悉く破壊され、魔導兵器や自動人形の生産施設も弾道ミサイルの雨と戦略爆撃隊の空爆により全生産施設の内、約60パーセントを喪失。また(旧カナリア王国との)国境付近に造られていた要塞群や砦も列車砲及び自走砲による砲撃によって壊滅、同時に各要塞や砦に集積されていた武器、兵器、物資も塵と消え人的被害は最終的に死者10万人、行方不明者30万人、重軽傷者30万人を記録したのであった。

 



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領土の3分1(帝都及び三海周辺)が荒れ地と砂漠が広がる不毛の大地で昼は灼熱、夜は極寒という厳しい気候のエルザス魔法帝国。

 

しかし、その領土内を流れる大河ナウル川とそのナウル川の豊かな水が流れ込む、串に刺さった3つの団子のような形をしている三海(ゼウロ海、キロウス海、テール海)という巨大な内海の恩恵を受けることで、また魔法に頼ることで帝国は不毛の大地で暮らしながらも領土を拡大し繁栄することが出来た。

 

しかし、そんな帝国の繁栄を支える生命線とも言える三海に今まさに暗雲が立ち込め始めたのである。

 

「……どうするのだ。敵の大艦隊がフィリル海峡を越えたのが3日前。このまま何も手を打たずにいれば敵はクナイ海峡を越えてキロウス海に入ってしまう」

 

三海の内、唯一外洋と繋がる海峡をもつゼウロ海の防衛を担当する帝国海軍第3本部の建物がある港街アーネストでは青い顔をした大勢の貴族(提督)が集まり、今後の対応を話し合っていた。

 

「しかし……そうは言ってもこの広大なゼウロ海の中から敵を探し出して攻撃を仕掛けるのは至難の技ですぞ」

 

「あぁ、その通りだな。……今のところクナイ海峡周辺とここの軍港に艦隊を集結させて敵の襲来に備えているが……勝てるかどうか」

 

「頼みの綱は新型の装甲艦と水陸両用、飛行型の魔導兵器のみ」

 

「もし、ここで万が一にも我々が負ければ……」

 

「待っているのは……粛清……か……」

 

ゼウロ海で敵艦隊を撃滅せよと帝都もとい皇帝からの直々の命令を受けている帝国の貴族達はどうすればパラベラムの大艦隊を倒すことが出来るのかと頭を悩ませていた。

 

「のう、テール海に面する帝都の防衛の任に就いている我が国最大にして最強の艦隊――無敵艦隊は応援に来てくれんのか?」

 

「それは無理というものですな、貴方も知らない訳ではないでしょう?無敵艦隊は皇帝陛下の直属艦隊。……もしも無敵艦隊がゼウロ海に来てくれるとすれば、それは我々が既に死んだ後の話でしょう」

 

「「「「「…………」」」」」

 

手持ちの戦力だけではパラベラムの大艦隊に絶対に勝てないと分かっている貴族達は分かりきっている認識を新たにし、顰めっ面で黙り込む。

 

「しかしなぁ……いくらこちらの敵艦隊が囮だとはいえ、もう少し戦力を廻して貰えんものか」

 

「それは……無理でしょうな。陸路から進軍してくる敵の大部隊――本命を何より先に潰さねばなりませんし、また幸いな事に三海の周辺一帯は被害を受けておりませんが、他の場所では敵の奇襲により受けた被害が深刻なものになっていると聞き及んでおります。ですからこれ以上、増援要請を行えば我々が臆病風に吹かれたのではないかと帝都の宮廷貴族共が勘繰り痛くも無い腹を探られます。そうなれば色々と面倒な事に……」

 

「あぁ……確かに帝都に巣食うタヌキ共の介入は避けたいところだな」

 

ヴァーミリオン作戦開始から早1週間。

 

本来であれば今は無きカナリア王国及び妖魔連合国に対し再度の侵攻を開始しているはずだった帝国だが、パラベラムの奇襲攻撃で受けた被害によって侵攻など到底出来る状況では無く、また被害の復興作業を後回しにして先に攻め寄せるパラベラム軍を叩こうと各地で強引な徴兵を行い戦力をかき集めていた。

 

しかし、帝国がかき集めている戦力の矛先は副都市グローリアと帝都攻略を目論む遠征艦隊ではなく陸路を順調に進み、幾つもの都市を占領していっている地上侵攻部隊に向けられていた。

そう帝国はパラベラムの目論み通りにまんまと囮部隊に食い付いているのである。

 

「――……なんだ、この音は?」

 

対応策を協議する会議が一向に進まず、ただ時間だけが無情にも流れていくという無為な時間を貴族達が過ごしていた時だった。

 

ゼウロ海が一望出来る見晴らしの良い丘の上に煉瓦や白い石材で作られた帝国海軍第3本部へ向かって甲高い耳障りな音を発している物体が海面スレスレを這うように飛行しながら近付く。

 

「うん?うるさいのう。なんの音じゃ?」

 

「耳障りな……」

 

どんどん大きくなる耳障りな音に第3本部の会議室に詰めていた貴族達が皆、一様に眉を顰めざわつきだす。

 

「……外か」

 

そして窓際に座っていた貴族が日差しを遮っていたカーテンを捲り、音の原因を確かめようと外を覗いた瞬間。

 

「――ッッ!!」

 

外を覗いた貴族の視界一杯に細長い円筒状の物体が映り込む。

 

そして亜音速の速さで窓を突き破り外を覗いた貴族の頭をグチャっと潰し帝国海軍第3本部の会議室に突入した巡航ミサイル――BGM-109トマホークは会議室内で炸裂し室内に詰めていた貴族を全員爆殺。

 

また続く第2、第3撃のトマホークにより第3本部の建物は完全に崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

近代化改装により搭載された装甲ボックスランチャーからトマホークを発射した航空戦艦『伊勢』のCICでは兵士達の声が飛び交っていた。

 

「トマホーク、目標に命中。目標の破壊を確認!!」

 

「諸元入力終了、次弾の発射準備完了しました」

 

「……ふむ、敵の反撃の兆候は無しか。うん、トマホークの次弾発射は中止。残りの攻撃目標は航空隊の練習台とする。艦載機の発艦を急がせろ」

 

「「「了解!!」」」

 

無数の輸送船を擁する本隊の露払いを命ぜられた第1独立遊撃艦隊の司令官、佐藤進少将は実戦経験の無い艦載機パイロット達に少しでも実戦経験を積ませるために急遽、子爆弾搭載型のトマホークによるアーネストの軍港への攻撃を止め艦載機による空爆に切り替えた。

 

これで敵の指揮系統が少しでも混乱してくれれば儲けものだな。

遥か後方を航行する本隊の露払いついでに敵海軍の指揮系統を混乱させようと第3本部に奇襲攻撃を仕掛けた第1独立遊撃艦隊の佐藤少将であったが、先のトマホークによる攻撃でゼウロ海の防衛を担当する貴族のほとんどを殺すという大戦果を上げているとは夢にも思っていなかった。

 

「出撃命令が出たぞ!!急げ、準備が終わった機体から順次発艦させるんだ!!」

 

「了解です!!」

 

「電磁式カタパルト用意!!」

 

『伊勢』と『日向』の船体後部にある飛行甲板には次々とウェポンベイや左右3ヵ所ずつある翼下パイロン(一番外側のパイロンは空対空ミサイル専用のためAIM-9Xサイドワインダーを搭載。尚、胴体下部のパイロンには機外搭載オプションの1つであるステルス性を備えたGAU-22/A 25mm機関砲ポッドを搭載)にMk82、Mk83、Mk84(通常爆弾)、CBU-103、CBU-105クラスター爆弾等を積み込み爆装したSTOVLタイプ(短距離離陸・垂直着陸)のF-35BライトニングIIが、自分の役割を示す色の服を着たデッキクルー(甲板員)通称『レインボーギャング』の手によって格納庫から飛行甲板に引き出されると、すぐさま電磁式カタパルトによって空に打ち出されていく。

 

「……ついでに砲撃訓練もするか」

 

空に舞い上がり、艦隊上空で編隊を組み50キロ先にあるアーネストに向かって飛び去っていくF-35Bを眺めながら佐藤少将がポツリと呟く。

 

そうして艦隊司令の佐藤少将の発案により『伊勢』と『日向』から発艦したF-35B、30機からなる攻撃隊を見送った第1独立遊撃艦隊は艦隊速度を上げ、進路を一路アーネストに向けた。

 

「しかし、ようやくコイツも航空戦艦として活躍出来るようになったな」

 

「えぇ、確かに。史実ではなんの活躍もないままコイツは生涯を終えてしまいましたからね」

 

アーネストに向けて航行中の『伊勢』の艦橋内で佐藤少将は傍らに立つ参謀と言葉を交わしていた。

 

白波をたてて進む第1独立遊撃艦隊の艦隊編成は航空戦艦の『伊勢』を旗艦とし姉妹艦の『日向』、青葉型重巡洋艦の『青葉』『衣笠』、長良型軽巡洋艦『五十鈴』、こんごう型護衛艦(イージスシステムを搭載したミサイル護衛艦)の『こんごう』『きりしま』更に駆逐艦5隻と補給艦3隻の計15隻となっている。

 

「司令!!アーネストに向け偵察に飛ばしたイーグル・アイが軍港から出港する数百隻の軍艦を捉えました!!」

 

「そうか。……ちょっと待て、数百隻だと?」

 

部下の報告を耳にして反射的に小さく頷いた佐藤少将だったが、報告内容を理解すると思わず部下の方に振り返った。

 

「こちらを」

 

「ほぅ」

 

攻撃隊を送り出してから単陣形を組みアーネストに向かって22ノットの速さで進んでいた第1独立遊撃艦隊の元に偵察の為、先行していたイーグル・アイが送って来た驚くべき映像を見て佐藤少将は感嘆の声をあげる。

 

すごい数じゃないか……これはまた随分と大盤振る舞いだな。

 

小規模な設備でも運用できる高い利便性と長い航続距離を持ち、そして高速移動及び垂直離着陸が可能なティルトローター式の無人航空機(UAV)のイーグル・アイが捉えた映像には確かにアーネストの軍港から次々と出港する軍艦の群れが映っている。

 

しかし、こりゃあ困ったな。

 

イーグル・アイが送ってくるその映像を見ながら佐藤少将は困ったように、しかしどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「敵艦隊、木造帆船の戦列艦以外に蒸気機関で動いていると見られる装甲艦を多数確認!!」

 

「攻撃隊がアーネスト上空に到着。――司令、攻撃隊は搭載している爆弾が対艦用の物ではないため、当初の作戦目標であるアーネストの港湾施設に対して爆撃を開始すると言ってきています」

 

「……分かった。了解した、と返信しておけ」

 

……さてはて、これだけウジャウジャいるとなると我々だけで沈めきれるかな?

 

「ハッ!!」

 

「ふむ。我々は蜂の巣を突っついてしまったようですな。司令、ここは本隊に援軍を要請したほうが」

 

「お待ちください。いくら数が多いといっても敵の船は射程がせいぜい数百メートルしかない大砲を積んだ木造帆船の戦列艦と紙のように薄い装甲を纏った装甲艦のみ、我々だけで十分対処可能でしょう」

 

「その通り。私も砲術参謀の意見と同じです。この絶好の機をみすみす逃す手はありません」

 

顎に手を当てて本隊にいる空母から航空機の応援を送ってもらおうかと悩む佐藤少将に航空参謀が意見具申し、それに砲術参謀、水雷参謀が待ったをかけた。

 

「……そうだな。アウトレンジ攻撃で確実に沈めていけば我々だけでも大丈夫だろう。それにいざとなったら本隊の空母から攻撃隊を送ってもらえばいい」

 

「ふむ、それもそうですな」

 

「「で、ではっ?」」

 

「うむ、相手は少々役不足だが……艦隊決戦だ」

 

「「オォッ!!」」

 

カズヤに召喚されてから今まで活躍の場がなく、燻ぶっていた所に絶好のチャンスを得て砲術参謀と水雷参謀は子供のような笑みを浮かべた。

 

そして佐藤少将のその一言で第1独立遊撃艦隊の方針は決定し、アーネストの軍港を出港した敵艦隊の殲滅に移った。

 

「敵艦隊、進路を西に取りクナイ海峡に向かっている模様」

 

堂々と敵艦隊上空に居座り、偵察を続けるイーグル・アイからは常に敵艦隊の映像が第1独立遊撃艦隊に送られていた。

 

「西か……追撃戦になるな」

 

「えぇ……しかし敵の船は足が――ッ!!……あれも空中船だったのか」

 

イーグル・アイから送られてきた映像を佐藤少将達が眺めていると先程まで海の上を航行していたはずの船が舷側から大きな翼のような物を広げたかと思うと重力に逆らい海面からフワリと浮き上がり空に昇り始めた。

 

海から空に上がったのは敵艦隊の約3分1程度。

 

他の船は空を飛ぶために必要な魔導炉を搭載していないのか必死に波をかき分けて海面を航行している。

 

「攻撃隊より入電。敵空中航行艦に対し攻撃許可を求めています」

 

「攻撃を許可する。ただしサイドワインダーと機関砲を撃ち尽くしたらすぐに戻って来るように伝えろ。場合によっては再出撃してもらわねばならんからな」

 

「ハッ、了解です」

 

爆撃を終えて身軽になっている攻撃隊に攻撃許可が降りたことが伝達されるとすぐにF-35Bの群れが空を飛ぶ敵艦に対し攻撃を仕掛ける。

 

そしてF-35Bによる攻撃が開始されるとイーグル・アイの偵察用カメラに映るのは空に放たれたサイドワインダーが空を飛んでいる装甲艦に突き刺さり、次いでその船体から紅蓮の炎が噴き出す様子や、すれ違い様に機関砲で滅多撃ちにされ船体に無数の穴を穿ち墜ちていく戦列艦の姿だった。

 

「勝負にならんな」

 

「まったくです。こちらが弱い者苛めをしているようにしか見えません」

 

海の上だけを行動可能な普通の船と比べ、海と空の2つを行動範囲にしている海空両用艦は空に上がる事で海の上を航行している時の約2倍の速さで移動が可能であったが、今まさに攻撃を仕掛けているF-35Bにしてみればたった2倍程度のスピードでは絶好の鴨であることに代わりはなかった。

 

そのため空を飛ぶ哀れな鴨達は1隻たりとも逃げおおせる事が出来ず、F-35Bによってバタバタと海に叩き落とされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「敵艦隊、見ゆ!!」

 

大型の双眼望遠鏡を覗いていた見張り員が大声を張り上げる。

 

「いよいよだな」

 

「はい」

 

敵艦隊がアーネストの軍港を出港してから数時間後、ようやく第1独立遊撃艦隊は敵艦隊を目視した。

「さて……砲雷撃戦用意」

 

「砲雷撃戦用意!!」

 

敵艦隊を随分と前から射程圏内に捉えていたものの、高価で高性能なミサイル(カズヤの能力を使って召喚した物の為、実質的にはノーコスト)を使ってわざわざ敵の雑魚を沈める必要もないだろうということで砲撃で敵を撃滅する方針を固めていた第1独立遊撃艦隊は敵艦隊を目視したと同時に艦隊陣形を解き各個に戦闘を開始。

 

まず第1独立遊撃艦隊に随伴している軽巡洋艦『五十鈴』と5隻の駆逐艦、秋月型駆逐艦の『秋月』『照月』『涼月』『初月』『新月』が盛んに砲撃を行いながら増速し首輪から解き放たれた猟犬のように敵艦隊に向け一目散に走り出す。

 

そしてそれに負けじと重巡洋艦『青葉』と『衣笠』が後に続く。

 

「敵艦隊、12時の方向。距離1万」

 

「……目標、敵戦列艦。弾種、三式弾。主砲撃ち方用意」

 

敵艦隊との距離をある程度詰め必中を狙えるようになると『伊勢』の艦長が静かに指示を飛ばす。

 

「主砲撃ち方用意っ!!」

 

「てっ」

 

「撃てえぇ!!」

 

万が一に備え後方に残してきた補給艦3隻とその護衛の『こんごう』と『きりしま』以外の8隻の軍艦が一気に敵艦隊との距離を詰めていくのを眺めながら『伊勢』と『日向』は堂々と戦艦という海の王者の風格を纏いつつ、戦艦が海の王者たる由縁である大口径の主砲の一斉射を開始。

 

轟音と共に船体前部にある35.6cm連装砲2基4門が火を噴くと砲口の先端で巨大な火花が花開き、次いで発生した真っ黒な爆煙が艦全体を包み込む。

 

モウモウとした爆煙に包まれた『伊勢』と『日向』の姉妹艦だったが、すぐに船体を覆う爆煙を後方に置き去りにしてその雄々しい姿を現した。

 

「次弾装填を急がせろ。一気に片をつけるぞ」

 

「「「了解っ!!」」」

 

三式弾が空を飛翔している間にも主砲へ零式通常弾の装填が急がれる。

 

「第1、第2高角砲群攻撃を開始」

 

また8発の35.6cm砲弾が敵艦隊に向け飛んでいく後ろからは射角を得ることが出来た12.7cm連装高角砲の砲弾が次々と追いかける。

 

「着弾まで5、4、3、2、1。着弾、今!!」

 

既に突撃を開始した重巡以下の砲撃により戦列艦及び装甲艦25隻が轟沈、20隻が炎上中、30隻が何らかの被害を受けているという状況で『伊勢』と『日向』の主砲弾、それも対地攻撃用の三式弾が逃げる帝国艦隊の逃げ道を塞ぐように空中で炸裂。

 

超高温で燃え盛る無数の弾子が帝国艦隊に襲い掛かる。

 

「と、取り舵一杯!!急げ!!」

 

「駄目だ間に合わない!!船を捨てろ!!」

 

空から流星の如く降り注ぐ真っ赤な火の玉は戦列艦や装甲艦に落着するとすぐに船の一部を燃やし始め、そして一気に船を業火の中へと包み込んでいく。

 

特に燃えやすい木造帆船の戦列艦などは一度火が付けばもう何もかもが手遅れだった。

 

「全砲門開け、各個撃ち方用意」

 

「各個撃ち方用意!!」

 

最大戦速で突き進む『伊勢』と『日向』は敵艦隊の両側面へ4隻ずつに別れて攻撃を加えている味方艦とは違い、敵艦隊を避けることなく艦隊のど真ん中に侵入。

 

元々搭載されていた(改良型)25mm3連装機銃や追加で搭載されたCIWS、更には両舷側や艦橋に据え付けられた2連装式及び単装式のM2重機関銃、武器庫から引っ張り出してきた陸戦隊用の対戦車ミサイル、FGM-148ジャベリンなども駆使して敵艦を沈黙させていく。

 

そして端から見れば船が燃えているのではないかと見間違うほど対空火器がマズルフラッシュを放つ中、時折俺の存在を忘れるなと言わんばかりに35.6cm連装砲が吼え、放たれた零式通常弾が目標の戦列艦の至近距離に着弾。

 

命中こそしなかったものの着弾の衝撃で空高く上がった水柱と共に戦列艦は浮き上がるとひっくり返ってしまい、静かに沈んでいった。

 

「終わりましたな」

 

「うむ……呆気ないな」

 

台風のように鉄の嵐を撒き散らした『伊勢』と『日向』が敵艦隊の中央を突っ切り抜けた後には燃え盛り沈没を待つだけの船の骸が海面を漂っていた。

 

「……では本来の役目に戻るとするか」

 

「そうですな」

 

敵艦隊の船を、179隻もの敵艦を全くの無傷で沈めた第1独立遊撃艦隊は得た戦果に満足しつつ悠然と進路を南に取り本来の任務へと戻っていった。

 



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城塞都市バラードの門という門が全て無防備に開け放たれ、城壁や城の至るところに立てられた白旗がパタパタと風に揺られてたなびいている。

 

「白旗……降伏か」

 

森林迷彩の施された迷彩服3型を着て緑色や黒色のドーランを顔にこれでもかと塗りたくり、自身の傍らに相棒である89式小銃を横たえ、林の中にとけ込むパラベラム軍の兵士が降伏の意を示す間違えようのないサインを見てポツリと呟く。

 

「はぁ〜またまた無血開城ですか。何だか拍子抜けですね」

 

「バカ、拍子抜けだろうが何だろうが無駄に死人を増やさなくていいんだから降伏してもらった方がいいだろ。それにこっちの戦力を見てわざわざ戦おうとは思わんさ」

 

「そりゃまぁそうですけど……」

 

「……おい、青木。貴様が無線機を持っているんだろうが!!無駄話をする暇があったら、さっさとこの事を本隊に報告せんかァ!!」

 

「も、申し訳ありませんっ!!――第1偵察分隊よりHQへ、繰り返す第1偵察分隊よりHQへ、応答願う」

 

こめかみに青筋を浮かべた上官に鬼の形相で睨まれた通信兵は仲間との会話を打ち切り慌ててマンパック型の無線機に手を伸ばす。

 

『こちらHQ。どうぞ』

 

「目標の城塞都市は無数の白旗を掲げ全ての門を開け放っている模様。どうぞ」

 

『HQ、了解。監視を継続せよ』

 

「第1偵察分隊、了解。監視を継続する」

 

城塞都市から少し離れた林の中に潜み双眼鏡を覗き込んで侵攻ルート上にある城塞都市の城や城壁の上に大量に白旗が上がっているのを確認した偵察兵達はその情報をHQに報告した後も命令通り監視を継続していた。

 

「無血開城か。これで何度めだ?まぁいい……全隊移動の用意!!第4歩兵大隊は先行し入城、領主と話をつけてこい。あぁ、油断はするなよ降伏が欺瞞の可能性もあるからな」

 

「ハッ、心得ております」

 

先行した偵察兵からの情報を得て後方で戦闘態勢を維持したまま待機していたパラベラム軍の海兵隊第5師団及び陸軍第4師団は少数の即応部隊を除き戦闘態勢を解いて降伏した敵城塞都市へ入城するべく移動を開始した。

 

「それにしても、こう事が順調に進み過ぎると不安になるな」

 

「ハハッ、そりゃお前が気にし過ぎなだけだよ」

 

「そうか?」

 

「そうだよ、もう少し気楽にいこうぜ」

 

戦闘に備え構築した野戦陣地を引き払い車輌に乗り込んで移動している途中、パラベラム軍の兵士達は緊張感を微塵も感じさせず和気あいあいと会話を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ヴァーミリオン作戦が開始されパラベラム軍による無慈悲で一方的な攻撃が行われるとエルザス魔法帝国は瞬く間に約半数の軍事拠点を叩き潰された。

 

加えて再侵攻のため国境近くの軍事拠点に部隊を集結させていたことが仇となり帝国は全兵力の5分1にあたる数の兵士達をたった1日で喪失。

 

そして多くの軍事拠点と兵士を失った帝国は雪崩を打って侵攻してくるパラベラム軍に対処することが出来なかった。

 

その結果、帝国は数個師団規模で幾つかの集団に別れ帝国の領内を破竹の勢いで進軍するパラベラム軍に数多の村や街、城塞都市を占領される事となる。

 

最も民間人を巻き込む――誤爆の危険性があるとして純粋な軍事拠点・施設以外には一切攻撃が行われていなかったため、侵攻ルート上にある街や城塞都市にはある程度の防衛戦力が無傷で残っていた。

 

そのためパラベラム軍は攻撃を見送った街や城塞都市での戦闘に備え、攻城戦及び市街戦の訓練を重点的に幾度も重ねて万全の態勢で本作戦に挑んだのであったが実際は大軍勢で迫り来るパラベラム軍に恐れをなし、いずれの領主もすぐさま降伏。

 

無論、全ての領主が素直に降伏した訳もなく一部の気概ある領主達は敵であるパラベラム軍に一泡吹かせようと自分達が寡兵にも関わらず蛮勇を抱き打って出たが、領主達の無駄な抵抗は一瞬で鎧袖一触に蹴散らされるという散々な結果に終わっていた。

 

「ここも歓迎ムードだな」

 

抵抗することを諦め無血開城した城塞都市に入ったパラベラム陸軍第4師団(元自衛隊員と自衛隊の武器兵器を主体とした師団)第7機械化歩兵大隊所属の霧島遥斗中尉は開け放たれた門から続々と入ってくるパラベラム軍に対し敵意を向けるどころか大通りの両側に詰めかけ大手を振って進駐を歓迎している人々に軽装甲機動車の車内から手を振り返していた。

 

「ありゃ小隊長知らなかったんですか?ここら一帯は10年前帝国に攻め滅ぼされた小国があった場所なんですよ。だからここらに住んでいる人達から見たら俺達はさしずめ帝国からの――圧政からの解放者といったところじゃないですかね。それに俺達の占領地政策の噂も聞いているでしょうし」

 

「解放者ねぇ……まぁ歓迎してくれるのはありがたいな。しかし……今まで通った村や街もそうだったようにここもあまり活気が無かったな。歓迎は別として」

 

市街地を通り過ぎ城塞都市の中心にある城の中庭に入り下車した遥斗はパラベラムの国旗である“緋の丸”が城の頂上に掲げられているのを眺めつつ話を続ける。

 

「それはしょうがないですよ、霧島小隊長。戦費調達の為に重税を課せられて、しかも男手をごっそり取られたらそりゃ活気もなくなって荒みますって」

 

「……そうか」

 

「失礼します。霧島中尉、大隊長がお呼びです。至急来て欲しいと」

 

「分かった、すぐに行く。……涼宮、後を頼む」

 

「ハッ、了解です。……またあの女からの呼び出し」

 

大隊長からの呼び出しを受けた遥斗は、苛立ち不機嫌な顔で眉を吊り上げている副官の涼宮明里小尉に指揮下にある第5小隊の事を任せ、呼びに来た兵士の後について行った。

 

「ありゃりゃ、まぁ〜た小隊長が大隊長に呼び出されてるよ。やっぱり小隊長は大隊長のお気に入りなんだな」

 

「ハハハッ、モテる男は辛いねぇ〜。羨ましいったらありゃしねぇよ」

 

「本当、本当。流石は『ハーレム製造機』の異名をとるだけある」

 

「自然と数多の美少女、美女を引き寄せ無意識のうちに墜す。それが俺達の隊長だからな。……見ていて飽きん」

 

「「「「アハハハハッ」」」」

 

「……貴様ら何がそんなに面白い」

 

遥斗の部下である第5小隊の兵士達が遥斗の事を話の種にして笑っていると、そこへ9mm拳銃の納められたホルスターに手を伸ばしている涼宮少尉が近づく。

 

「へっ!?あの、いや、ふ、副隊長?」

 

「……私の隊長があの女に呼び出されるのがそんなに面白いか?」

 

「いえ、あの……面白くないです……」

 

「……なら黙っていろ、癪に障る」

 

「「「「イエスマム!!」」」」

 

何を騒いでいるんだ、あいつらは。

 

大隊長の元に向かう遥斗の背後からは部下達の話し声が微かに聞こえていた。

 

「失礼します。大隊長殿、霧島中尉をお連れしました」

 

「ん、そうかご苦労。下がってよし」

 

「ハッ、では私はこれで」

 

大量の機材が運び込まれ徐々に司令部としての機能が働き始めている城塞都市の城に彼女は居た。

 

実年齢よりも一層幼く見える童顔の顔に黒髪のショートカット。

 

そしてどうやって兵士になったのかという疑問を抱く程、細く小さな体。

 

小学生高学年程度の身長しかなく、特殊な性癖を持つ一部の兵から熱狂的な支持を持ち『ロリ中佐』や『チビッコ大隊長』と影で呼ばれている古鷹五十鈴中佐は遥斗が来た事に気が付くと手に持っていた書類を側にいた兵士に手渡す。

 

「サインはしたから後は頼むぞ」

 

「了解です」

 

(((可愛いなぁ……)))

 

書類を兵士に手渡す際の姿がまるで父親のお手伝いをしている娘の様で、それを見た周りの兵士が和んでいることを古鷹中佐は知らない。

 

「……それで古鷹大隊長、何のご用でしょうか?」

 

いつ見てもちっちゃいな。

 

不遜な事を考えながら遥斗が古鷹中佐に問い掛けると古鷹中佐は何故かムッとして眉をしかめる。

 

「霧島。お前、今変なこと考えなかったか?……例えば私の身長の事とか」

 

「い、いえ。そんな事は……ありません」

 

不味い……このチビッコは勘が良すぎるのを忘れてた。

 

半目で首を傾げながら睨んでくる古鷹中佐に遥斗は冷や汗をかきながら自分の失敗を悔いていた。

 

「ふん……まぁいい。どうせお前も私のダイナマイトボディに見とれていたんだろう。このスケベ」

 

なんとかこの場を乗り切ろうと視線を前にグッと固定して直立不動で立ち尽くす遥斗に古鷹中佐は無い胸を張り、フフンっと勝ち誇った様に不敵に笑っていた。

 

……ダイナマイトボディ?ツルペタボディの間違いだろ?

 

「……ブフッ」

 

自分のツッコミがツボに入ってしまい思わず噴き出してしまった遥斗。

 

「ッ!!……おい霧島。貴様、今笑ったろ?」

 

「い、いえ!!笑ってなどおりません!!」

 

「嘘をつくな!!ちゃんと聞こえたんだぞ!!」

 

身体的な事をからかわれるとぶちギレて修羅と化し、笑った相手を必ずぶちのめす古鷹中佐が怒り始めたのに焦った遥斗は慌てて話を元に戻す。

 

「そ、それより!!古鷹中佐。私に何のご用でしょうか?」

 

「……チッ。今は誤魔化されといてやるが、この件は後でしっかり問い詰めてやるからな」

 

古鷹中佐は忌々しげにそう吐き捨てると遥斗に書類を手渡した。

 

「詳しい事は全部それに書いてある後で目を通せ」

 

「はぁ……任務ですか」

 

「あぁ、そうだ。簡単に言うとお前の小隊であの山の中腹にある村を見てこいということだ」

 

古鷹中佐は窓の外に見える山を指差し言った。

 

「では偵察任務ということでしょうか?」

 

「いや、偵察はついでだ。本命は村の奴等に物資を配って懐柔してこいという話だ」

 

「あぁ、方針通りにですか」

 

「うむ、そうだ」

 

パラベラム軍は支配下に置いた地域での反乱及び暴動を防ぎ、また民衆を味方に付けようと様々な策を講じていた。

その様々な策の中でも一番の目玉であるのが物資――すなわち食料の配給である。

 

今現在、帝国全土では幾度となく行われた侵攻作戦の影響を受け食料の価格が高騰していることもあり、パラベラム軍による食料の無償配給は民衆の心をグッと掴むことに成功していた。

 

「了解しました、古鷹中佐。では行ってまいります」

 

 

「……ちょ、ちょっと待て!!」

 

敬礼し、そそくさと立ち去ろうとした遥斗に古鷹中佐が待ったの声を掛け袖をギュッと掴む。

 

「い、いつも言っているだろう誰もいない時には私のことは呼び捨てにしろと……そ、それといつものを……いや、今日こそはちゃんとしていけ。こ、これは命令だぞ!!」

 

先程まで周囲にいた兵士が皆、姿を消しているのを確認した上で古鷹中佐は兵士という仮面を脱ぎ捨てて頬を赤らめモジモジと恥じらいながら遥斗を上目遣いで見つめそう言ってのけた。

 

「え、あ……ふ、古鷹中佐?いくら他の者がいないとはいえ、このような場では――」

 

「五十鈴!!」

 

「あの、だから……古鷹――」

 

「五十鈴だ!!」

 

呼び捨てにしようとしない遥斗を「うー」と唸りながら上目遣いで見上げている古鷹中佐の姿はまさに小学生が駄々を捏ねているようにしか見えなかった。

 

「ぅ……分かった、分かったよ。――……五十鈴」

 

「フン、最初からそうしろバカ者」

 

古鷹中佐のごり押しに負けた遥斗が項垂れながら呼び捨てにすると古鷹中佐は満足そうな顔で悪態を吐いていた。

 

「さて、それじゃあ……ん!!」

 

勘弁してくれ、俺はロリコンじゃないんだ……はぁ〜。

 

目を瞑りつま先立ちになりながら薄いピンク色の唇を突き出して来た古鷹中佐に遥斗は心の中で盛大にため息を漏らしていた。

 

「ん!!」

 

いつまでも経っても遥斗が望み通りの行為をしてこない事に焦れた古鷹中佐が催促の声をあげる。

 

……しょうがないか。

 

袖を掴まれ逃げる事が出来ない遥斗は覚悟を決めて身を屈めた。

 

「んっ……またおでこ……」

 

遥斗の唇が自身のおでこに触れた際に小さく色っぽい声を漏らした古鷹中佐は不満げな目で遥斗を睨む。

 

「これで勘弁してくれ」

 

「フン、まぁいいだろう。今日はこれで勘弁しといてやる。だが!!次はキチンと口にしてもらうからな、分かったか!!」

 

「ハハハッ……善処します……」

 

古鷹中佐の宣告に笑って誤魔化した遥斗は作戦書類を手に部下の元に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

遥斗が部下達の所に戻った際、ツカツカと早足で歩み寄って来た副官の涼宮小尉に黒く澱んだ瞳で睨まれ体の匂いをスンスンと鼻を鳴らしながら嗅がれ「……あの女の匂いがする。何でですか?ねぇ何で?」と言われた一幕はさておき。

 

「道がっ、舗装されてっ、いないっ、のはっ、きついなっ」

 

目的地である村に向かう途中、追加装甲を取り付けた軽装甲機動車に乗りガタガタと上下に大きく揺れる車内で遥斗は頭に被っているケブラー製の88式鉄帽を押さえていた。

 

今回の偵察兼物資配給任務に動員されたのは82式指揮通信車が1台と遠隔操作式の無人銃架『RWS』を搭載した96式装輪装甲車が2台、軽装甲機動車が1台、食料や予備弾薬、燃料を満載した73式大型トラックが1台。

 

それと古鷹中佐が密かに手を回して他の部隊から強引に引っこ抜いた89式装甲戦闘車1両の計6台と遥斗の指揮下にある第5小隊35名の兵士である。

 

「小隊長、見えましたっ!!」

 

車列の先頭を行く軽装甲機動車の後部座席間に座りターレットハッチから顔を出していた機関銃手が天井をバンバンと叩きながら目的地が見えた事を知らせる。

 

「やっとか……」

 

ようやく目的地に到着し、悪路をひた走る苦行が終わることに遥斗は胸を撫で下ろした。

 

「全員降車、気を抜くなよ」

 

珍妙な乗り物に乗った遥斗達がやって来た事で村人は皆、怯えて家の中に隠れてしまったのか、より一層閑散としてしまった村に入り村の中心にある広場に車輌を停めた遥斗達は皆、89式小銃やミニミ軽機関銃を手にし警戒態勢を敷く。

 

「……あ、あの失礼ですが、あなた方はどなたでしょうか?我々に何かご用が?」

 

小さな小屋の様な家屋から、こちらを覗いている数十の視線に遥斗達が神経を尖らせていると家屋の中から1人の老人が恐る恐る進み出てきて遥斗達の顔色を伺いながら声を掛けた。

 

「我々はパラベラム軍の者だ。お前がここの村長か?」

 

「は、はい。私がこの村の村長ですが……」

 

突然やって来た見慣れぬ武装集団に村長は青ざめながらもどうにか言葉を紡いでいた。

 

「そうか。所で我々の事は知っているか?」

 

多分知らないだろうな。

 

自分で質問をしながらも遥斗は相手が自分達の事を知っていないだろうと思っていた。

 

「パラベラムとおっしゃいましたか。確か帝国と戦争をしている相手国だとか……」

 

しかし、意外にも村長はパラベラムの存在を知っていた。

 

……意外だな。こんな山の中なのに情報が伝わっているのか。

 

商人が定期的に来てるのか?

 

「我々の事を知っているのであれば話は早い。城塞都市バラード及びその周辺は我々パラベラム軍が占領した。今日はその事の周知と……まぁ仕事だ」

 

「仕事……でございますか……」

 

「あぁ、そうだ。仕事だ。涼宮、時間もちょうどいいし準備しろ」

 

「了解です。お前ら手を貸せ」

 

「「「「ハッ!!」」」」

 

遥斗から指示を受けた涼宮少尉は部下と共にテキパキと73式大型トラックから箱詰めされた食料を下ろしていく。

 

「あ、あの……大変申し上げにくいのですが、つい先日帝国の徴税官に追加の徴税を行われたばかりで……そ、その……もう村には何も残っておりませぬ」

 

「そうか」

 

「で、ですから……その……あの……」

 

涼宮少尉達がトラックから次々と箱を下ろしていくのは村から税(食料)を取るためだと勘違いしている村長は、悲壮な表情を浮かべモゴモゴと言い淀む。

 

「何か勘違いをしているようだが……」

 

「へっ?」

 

「我々はこの村に税の徴収に来たのではない」

「……で、では何を」

 

状況がよく理解出来ていない村長が狼狽えているのを尻目に遥斗はニヤッと笑い村人にとって吉報となる知らせを告げた。

 

「食料を渡しに来たんだ」

 

「………………それは……一体どういうことなのでしょうか?」

 

遥斗の言葉にポカンと口を開き疑問を口にする村長に遥斗は笑って答える。

 

「ハハハッ、なに言葉通りだ。食料の配給に来たんだ。我々は」

 

「……なぜ……その様な事を?」

 

「総統閣下直々のご命令だ。お優しい閣下はお前達の様な者が日々の暮らしに困窮している事を知り食料の配給を命じられたのだ。占領下にある全ての者達に」

 

「で、では!!あの箱は何なのですか!?税を入れる箱ではないのですか!?」

 

「あれか?あれはお前達の昼飯だ。ちょうど昼だしな」

 

遥斗の視線の先には涼宮少尉達が下ろした箱――UGR-E(ユニット式グループ配給食)の空箱が積み上がっていた。

 

そして食塩水を使った化学反応を利用し作動したヒーターによって温められたトレイパックがズラリと並んでいる。

 

「そうだ。まだ聞いていなかったが村人は全部で何人いる?」

 

「……150人程度おります」

 

……思っていたよりも村人が多いな。まぁ食料は大量に持って来たから十分にあるが。

 

「じゃあ今すぐ全員呼んでやれ、せっかくの料理が冷めたら勿体ないだろ?」

 

「は、はい!!直ちに!!」

 

やっと状況が飲み込めた村長は遥斗の言葉を聞いて喜色満面で村人を集めるために脱兎の如く駆け出して行った。

 

「量は十分あるからな」

 

「真っ直ぐ一列に並んでくれよ」

 

村長に呼び集められた村人達は当初、食料を無償で配るという遥斗達に疑いの目を向けていたものの本当に食料の配給が開始されると慌てて自分の家から木製の食器を取って来て配給の列に並んでいた。

 

「今回はこんな簡単な物しか用意出来なかったが、ここに来るまでの道が整備出来たらもう少しマシな物が用意できるから期待してくれ」

 

村人達が喜んで配給を受けているのを眺めつつ遥斗は隣でニコニコと笑っている村長にそう告げた。

 

「そんな、とんでも御座いません。我々にしてみればご馳走です」

 

「そうか?」

 

「はい、それはもう。生きている内にこのようなご馳走が食べられるなど夢にも思ってもおりませんでした。本当にありがとうございます」

 

「気に入った様で安心した……所で1つ聞いてもいいか?」

 

「何でしょうか?」

 

「何で村人達はわざわざ家の中に戻ってから飯を食べるんだ?おかわりもあるのだからそこらで食べた方が楽だろ。さっきから何往復もしている者もいるし」

 

料理を受け取った村人達がわざわざ家の中に戻ってから料理を食べ、料理が無くなるとまた外に出てきて配給の列に並んでいる姿を疑問に思った遥斗がそう村長に聞くと村長はドキッとした顔で吃りながら答えた。

 

「そ、そ、そ、それはですね……あの……そ、そう!!村の昔からの風習で食事を摂る光景を他者に見せるのは、はしたないという習わしなのです。だから皆、家の中に入ってから料理を頂いているのです」

 

「そうか」

 

村長のあまりにも怪しい様子に引っ掛かる物を覚えた遥斗は表面上は納得したように振る舞っていたが、内心では疑念を深めていた。

 

……試してみるか。

 

「霧島様?……どちらへ?」

 

「いや、ちょっとな」

 

遥斗は村長の言葉が本当かどうか確かめる為に行動に移った。

 

「涼宮」

 

「はい、何ですか?隊長」

 

「持って来た食料の中に確かリンゴが幾つかあっただろ。1つくれ」

 

「? はぁ……分かりました。どうぞ」

 

訝しげに首を捻る涼宮少尉から手渡されたリンゴを片手に遥斗は配給の列に並ぼうとしている少女に近付き声を掛けた。

 

「お嬢ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「これも食べるかい?」

 

遥斗は笑みを浮かべながらそう言って手に持っているリンゴを少女に差し出した。

 

「……いいの?」

 

「あぁ、もちろん。だけどここで食べてくれるかい?」

 

「? 分かった。ここで食べる」

 

やはり、さっきの取って付けたような説明は嘘か。

 

遥斗の言葉に対し何の躊躇いもない少女の返答を聞いて遥斗は村長の説明が嘘だったことに確証を得た。

 

そして遥斗が村長になぜ嘘をつく必要があったのかと問いただしに行こうとした時、遥斗は信じられない物を見た。

 

「あ〜ん」

 

――ゴックン!!

 

「けふっ、美味しかった。ありがとうお兄ちゃん」

 

「……」

 

嘘……だろ!?

 

先ほどリンゴを渡した少女が人間では絶対不可能なレベルで、まるで蛇のように口を大きく開きリンゴを丸々1個丸呑みにしたのだ。

 

「「「「「……」」」」」

 

少女がリンゴを丸呑みにした際の大きな嚥下音を耳にして何が起きたのか気が付いた第5小隊の兵士達は固まり村人達は皆、一様に顔を青ざめさせていた。

 

「お、お嬢ちゃん?大丈夫――」

 

「ア、アニス!!大丈夫かい!?早く家で吐き出さないと!!」

 

「あんなに大きな物を飲んでしまうなんて!!」

 

「は、早く家に連れていきなさい!!」

 

リンゴを丸呑みにした割にはケロッとしている少女に遥斗が問い掛けようとした瞬間、真っ青な顔で慌ててすっ飛んで来た村長と少女の両親とおぼしき男女が少女を抱き抱え有無を言わさず、何かを誤魔化すかの様にすぐさま立ち去ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待て!!」

 

しかし、それを遥斗が黙って見逃すはずも訳もなく。

 

遥斗は少女を抱き上げた女性に制止の声を掛け手を伸ばした。

 

だが、その遥斗の咄嗟の行動が男を刺激してしまう。

 

「ッ!!サナ!!アニスを連れて逃げろ!!こうなったらしょうがない!!全員生きて帰すな!!」

 

愛しい娘と妻に遥斗が害を加えると思ったのか、父親が2人を、村の秘密を守ろうと村の男衆に発破を掛けた。

 

「「「「おうっ!!」」」」

 

すると声を掛けられた男衆が第5小隊の兵士に突如、牙を剥く。

 

「や、やめろお前たち!!」

 

サァーと血の気が引き真っ青になった村長の呼び止める声さえも発破を掛けられ頭に血が上った男衆の耳には届かない。

 

――バンッ!!

 

「ッ!!イ、イテテエエェェェェ!!」

 

「「「「なっ!!」」」」

 

「……隊長……」

 

だが、遥斗が涼宮少尉に襲い掛かろうとしていた若者の足を撃ち抜いた銃声と撃たれた若者の絶叫に他の男達はビクッと身をすくませ驚きに目を見開き動きを止めた。

 

「全員、そのまま動くな。勝手に動いた者の安全は保障しない」

 

硝煙がゆらゆらと立ち上る9mm拳銃を構える遥斗や89式小銃、9mm機関拳銃の銃口を向けてくる第5小隊の兵士達に村の男達は完全に戦意を喪失していた。

 

「さてと……事情を聞こうか?もちろん説明してくれるな」

 

「……はい」

 

9mm拳銃を構えたまま拒否権はないといわんばかりにそう言い切った遥斗に観念したように村長は小さく頷いた。

 



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こっちの更新がちょくちょく遅れます(T-T)


「では……話してもらおうか?」

 

事情を説明してもらうために村長の家に集まった遥斗や涼宮少尉、そして2人の護衛である3人の兵士は椅子に腰掛け沈痛な表情を浮かべている村長の口から語られる話に耳を傾ける。

 

「……はい。分かりました」

 

遥斗の言葉に小さく頷いた村長だったが全てを正直に話すべきか否か苦悩していた。

 

……この人達は……帝国がこの地を手中に収めた時に送り込んできた人間とは違い村の食料を奪ったり若い娘に乱暴したりはしなかった。

 

いや、それどころか我々にあんなに美味しいご馳走を無償で振る舞ってくれた。

 

だから……ここは……この心優しい人達に賭けてみよう。

 

全てを正直に話そう。

 

……だが村の、我々の秘密を知ってなお、我々に対する態度が変わらないという確証はない。

 

心苦しいが……最悪の場合、この人達が我々の秘密を知ってから我々に害をなそうというのであれば……。

 

全員……殺そう。

 

――9年前のように。

 

一瞬で考えを纏めた村長は覚悟を決め口を開いた。

 

「――……こうなってしまった以上もう隠し通すことは不可能でしょう。ですからはっきりと言います。――……我々は……我々は遥か昔からこの地に住まう蛇人族の末裔なのですっ!!」

 

えーと、蛇人族……蛇人族……あぁ、確かラミアの近縁種で外見は人間と大差ないが蛇と同じように顎を任意で外し口を大きく広げる事が出来たり、伸縮性のある体を持つ種族……だったか?

 

「……っ!!」

 

意を決し、何1つ包み隠さず正直に真実を述べた村長は膝の上に置いた拳を力一杯、グッと握り締め目をギュッと瞑り遥斗達から返ってくる反応を恐怖心と不安感に苛まれながらも、ただひたすらに待っていた。

 

「そうか。で?」

 

「……え?」

 

「どうした、続きを早く」

 

「あ、あの……我々は蛇人族なのですが……」

 

「あぁ、それは聞いた」

 

「……我々を殺さないのですか?」

 

「何故、俺達がお前達を殺さねばならんのだ?」

 

「……」

 

「……」

 

あれ?また何か勘違いしてる?

 

お互いの話が噛み合わず互いに無言になった所で村長がまた何かを勘違いしていることに気が付いた遥斗はパラベラムが帝国のように意味もなく獣人族や妖魔族を殺したりしないことを説明した上で話を続けさせた。

 

「そう……だったのですか……良かった……本当に(貴方達を殺すようなことにならなくて)よかった……。しかし、我々はとんでもない勘違いをしておりました。実はここに時折やってくる商人に時勢の情報を頼っているのですが、その商人がパラベラムの軍は情け容赦がない奴らだ。と言っておりまして、それをてっきり我々のような獣人族や妖魔族に対してだと思い込んでおりました故。とんだ失礼を……」

 

「いや、気にしなくていい。誤解が解けて何よりだ。しかし蛇人族……獣人系のお前達が、よく帝国の支配していたこの地で暮らす事が出来ていたな」

 

「えぇ、カナリア王国のように獣人、妖魔に対し比較的寛容であったコルトレーン王国が帝国に滅ぼされてから今日まで約10年。いつ蛇人族ということがバレて殺されてしまうのかと生きた心地はしませんでした。ですがこんな辺鄙な村に来るのは徴税官ぐらいですので、その時だけ秘密を隠し通せば後は大丈夫でした。……ちなみにこれは余談ですが9年前、我々が蛇人族だと徴税官に見破られた事がありました。その時は私が徴税官を、村の男達が徴税官のお供を丸飲みにして秘密を守った事があります。いやぁーしかし、あの時はみんな腹が膨れて3ヵ月程身動きがとれなかったんですよ。ハハハッ」

 

怖っ!!

 

人間を丸飲みにして始末したという話を聞かされ遥斗やその部下達は笑って話をする村長や外にいる村人達に対し恐怖心を抱いた。

 

「そ、そうか。それは大変だったな……。ところで何故この地を離れなかった?帝国が攻め寄せて来る前にこの地を捨ててカナリア王国に行くことも出来ただろうに」

 

穏やかな外見からは人畜無害に見えるが、その実かなり凶悪で恐ろしい村長に遥斗が若干気後れしながら問う。

 

「……離れたくても離れられないのです」

 

先程の笑っていた顔から一転、喜怒哀楽がごちゃ混ぜになった複雑な表情を浮かべた村長がポツリと呟く。

 

「どういうことだ?」

 

「あの方がここから出ていかぬように我々一族が見張っていないと」

 

「あの方?見張る?何が何だか分からん、詳しく話せ」

 

「……はい。あの方というのは我々の一族が代々奉る神とでも言うべきヒュドラ様のことです」

 

「……ヒュドラ……だと?それはまさか9つの頭を持ち炎や毒を吐く不死の化物ヒュドラのことじゃないだろうな!?」

 

「ど、どうしてそれを!?我々以外はヒュドラ様の事を知らないはずなのに!?」

 

……マジかよ。

 

一族の者しか知らないはずのヒュドラの存在を遥斗が知っていたことに驚く村長を余所に遥斗は架空の化物だったはずの生物がこの世界では実在していたことに驚きを隠せなかった。

 

「ま、まぁ、我々にも色々とあるんだ気にするな」

 

「は、はぁ……」

 

これ以上無駄な詮索をするなと態度に出す遥斗に村長は渋々引き下がった。

 

「ゴホン……話を続けてくれ」

 

「はい。それで……ヒュドラ様なのですが20年ほど前から様子がおかしくなってしまい」

 

「おかしく?」

 

「えぇ、本来は知性溢れるお優しい方だったのですが……瘴気に当てられ自我を失ってしまい視界に入った者を見境無く襲うようになってしまったのです」

 

「つまり……凶暴化――魔に堕ち魔物化したのか」

 

「はい、その通りです。今は村から少し離れた場所にある洞窟の中になんとか封じ込めてあります。しかし何らかの問題が発生して万が一、あの方が世に解き放たれでもしたら恐ろしい程の災厄が振り撒かれてしまいます。ですからそれを防ぐためにも我々が見張っていないと……。そういう訳で我々はこの地を離れる事が出来なかったのです」

 

「そうか……そんな事情があったのか……」

 

しっかし、なんともまぁ……厄介な事案に引っ掛かったなこりゃ。

 

伝説の化物が居るとは……。

 

事の次第を本隊に報告して指示を仰ぐか。

 

村長の話を聞き終えた遥斗は、問題が予想以上のものだったことに頭を悩ませていた。

 

「さて、とりあえずこれで事情聴取は終わりだ。皆に命の心配をする必要はないと教えて安心させてやれ」

 

「はい」

 

そして事情を知った遥斗が本隊に連絡を取り指示を仰ごうとした時、最悪の事態を告げる知らせが舞い込む。

 

「そ、村長!!た、大変だー!!」

 

扉を壊すような勢いで血相を変えた男が遥斗の部下に付き添われやって来た。

 

「プルーフ?血相を変えてどうした、何があった?」

 

「そ、それが!!うちの倅の姿が見えなくてこの人らと一緒に探していたら“あの洞窟”に向かう足跡が!!多分だが、俺達が殺されると思って“あのお方”に助けを求めに……っ!!」

 

「っ!? 不味い!!すぐに追いかけろ!!万が一封印の術式をいじられたらヒュドラ様が外に出てきてしまうぞ!!」

 

冗談だろっ!?

 

村人と村長の話を聞いていた遥斗の額から冷や汗が一筋流れ落ちた。

 

「東、西山!!その男と一緒に洞窟に向かえ!!」

 

「了解!!」

 

「了解です!!おやっさん道案内頼む!!」

 

「あ、ああ!!こっちだ!!」

 

遥斗の指示で消えた少年の父親と一緒に2人の兵士が洞窟に向かって走って行く。

 

厄介な事になったな。

 

「小林、全員に戦闘準備を整えさせろ。我々も洞窟に向かうぞ」

 

「了解!!」

 

「涼宮、お前は5人連れて村人の避難誘導。それとバラードにいる本隊に現状の報告。後、情報支援を頼む」

 

「ハッ!!」

 

村人や村長の泡を食った様子に事態の深刻さを読み取った遥斗は矢継ぎ早に指示を飛ばし、直ちに洞窟へ向かうことにした。

 

「弾薬は余分に持て!!防護マスク4型は絶対に忘れるな!!」

 

部下に指示を飛ばしながら遥斗は防弾チョッキ3型に取り付けた弾帯に5.56x45mm NATO弾が30発入った箱型弾倉をギュウギュウに押し込む。

 

更にMK3A2攻撃手榴弾を3つ防弾チョッキ3型のポーチに放り込み、ついでに06式小銃擲弾を2発手に取った。

 

「弾はこれでよし……。総員、先進装具システムに異常はないか!?」

 

弾薬の補充を終えた遥斗は、歩兵の個人装備をデジタル情報化し戦闘能力と生存性を高めることが出来るという先進装具システムのチェックに移った。

 

「問題なし!!」

 

「こっちも大丈夫です!!」

 

「よく見えてます!!」

 

身に付けた電子機器が異常なく稼働していることを確認した兵士達は口々に返事を返す。

 

「……準備はOKだな」

 

そうして、ものの数分で戦闘準備を終えた遥斗は整列し命令を待っている部下達に命令を下す。

 

「バレットとペイロードはあの崖の上から援護しろ。あぁ、観測手を1人連れていけ」

 

「「「了解!!」」」

 

遥斗は小隊に1丁ずつ渡されていたバレットM82A1対物狙撃銃とM109ペイロード対物狙撃銃を持つ2人の兵士、それに観測手1名を村と洞窟の中間にあってどちらも射程に捉えることが出来る崖の上に走らせる。

「ミニミ持ちは別だが、お前達は万が一戦闘になったら後方からの支援に徹しろ。動きが遅いから絶対前に出るなよ」

 

「「「「了解!!」」」」

 

遥斗は機関銃手の中でミニミ軽機関銃を持つ兵士以外――M240機関銃を装備しMOLLE(装備携帯)システムのバックパックを利用し作られたアイアンマンシステム――バックパックに入った300〜500発の弾薬をベルトリンク経由で機関銃に接続し継続的な射撃を行えるようにした弾薬携行・給弾システムを背負う兵士達には援護に徹するように命じておく。

 

何故ならアイアンマンシステムを装備した者は高い火力を得た代わりに装備自体の重さで機動性を著しく失っているからである。

 

「いざとなったらお前らが切り札だ。頼りにしてるぞ?」

 

「責任重大ですね……」

 

「任せといて下さいよ。やるときはやります!!」

 

84mm無反動砲――カールグスタフM3や01式軽対戦車誘導弾を担ぐ兵士の肩を励ますように叩いた遥斗は改めて部下達に命令を下す。

 

「それじゃあ急ぐぞ!!総員――」

 

「隊長!!ちょっと待ってください!!」

 

「駆け……どうした涼宮?何か問題が――んむっ!?」

 

「んっ……これはお守り代わりです。絶対無事に帰って来て下さいね、隊長。では」

 

「……」

 

いざ走り出そうとした時に駆け寄って来た涼宮少尉にお守り代わりだと言って口付けをされた遥斗は颯爽と去っていく涼宮少尉を真っ赤に染まった顔で茫然と見送った。

 

「「「「「ニヤニヤ」」」」」

 

「ッ!!……総員駆け足ィィ!!ニヤついてないで走れェェ!!しばくぞォォ!!コラァァ!!」

 

ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべ面白がっている部下の存在に気が付いた遥斗が怒鳴る。

 

「「「「「ギャハハハハッ!!サーイエッサー!!」」」」」

 

未だに真っ赤な顔をしている遥斗を笑いつつも兵士達は重い装備を背負いつつ洞窟へ向かって走り出す。

 

クソ、こいつら村に戻って来たら絶対シメる。

 

隊列の最後尾を行く遥斗は心にそう誓った。

 

「隊長……絶対帰って来てくださいね」

 

山道を駆けていく遥斗の後ろ姿を見送りながら涼宮少尉は自身の小ぶりな胸の前で手を組み遥斗の無事をひたすら祈っていた。

 

そして遥斗の姿が見えなくなると涼宮少尉は自分の役目を果たすべく部下の元に戻って行った。

 

 

「ブフッ」

 

「クククッ」

 

「プッ、プププッ」

 

……クソッ。

 

洞窟に向かって遥斗が走っていると先を行く部下達が時折振り返り遥斗を見て笑いをこぼす。

 

そんな状況にイライラしつつも遥斗が足を忙しなく動かしていると2人の部下が両脇に並んできた。

 

「いやー。しかし、隊長もやりますね。いえ、この場合は涼宮少尉がやるのか?」

 

「リア充爆発しろ」

 

右側からは遥斗の事を称賛するような言葉が、左側からは怨嗟の声が響く。

 

「……これをやるから黙ってろ」

 

事態の迅速な沈静化を図るため遥斗が、おもむろに懐から取り出した紙を見て2人の兵士は絶句した。

 

「そ、それはまさか!?」

 

「あ、あの有名な……っ!!我らが総統閣下を篭絡しようと襲ったまでは良かったが、逆に篭絡され一族全員を奴隷として差し出したサキュバスがパラベラム本土で配下にやらせているという娼館、その中でも超高級に分類されている娼館の無料チケット!?親衛隊にしか配られていない筈のチケットなのに隊長が何故持っているんですかっ!?」

 

「……まぁいろいろ、ツテがあってな。これを皆にやるからもうさっきのことは忘れろ」

 

「「「「「了解しました!!霧島様!!」」」」」

 

エサを与えられた兵士達は全力に近い速さで走りながらも器用に振り返ると遥斗に敬礼を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

――ドガァン!!

 

「間に合わなかったか……」

 

おふざけを止めた遥斗達が先導役をかって出た村人に先導され山道を走っていると洞窟のある方角から何が崩れる音が聞こえ、土埃が盛大に立ち上った。

 

『ザッ、ザ、――クソッタレ!!東より小隊長へ!!聞こえますか!?子供は確保しましたが封印が解けた模様!!現在撤退中!!』

 

「こちら霧島。了解した。子供と父親は村に連れていけ。退路は確保する」

 

『はぁ、はぁ、了解っ!!』

 

「さて、聞いた通りだ。東達が村に戻るまでここで敵を足止めするぞ」

 

「「「「「了解」」」」」

 

封印が解けた……最悪の状況に追い込まれたな。

 

裏の手を打っておくか。……近場に誰か居てくれればいいが。

 

ヒュドラとの戦闘が回避出来なくなった事を受けて遥斗はこっそりと秘匿回線を通じてある場所へと連絡を取った。

 

『倉林より小隊長へ、目標が洞窟から出てきました。……デカイッ!!目標の全長は凡そ20〜30メートル!!化物だ……』

 

遥斗がちょうど秘匿通信を終えた時、2人の狙撃手に付き添い崖の上でスポッター(観測手)の役割を担う倉林2等兵から個人用携帯無線機を通じて遥斗の元に報告が入る。

 

「了解した。俺の合図で攻撃を開始しろ」

 

『ハッ、了解です』

 

無線機の送信と受信を切り替えるPTTスイッチを押し遥斗は倉林2等兵に待機を伝える。

 

そして樹木の影や山の起伏に身を隠した部下達と共に遥斗は逃げて来る部下を静かに待った。

 

「はぁ、はぁ!!後を頼みます!!」

 

ヒュドラに喰われまいと必死に逃げてきた部下が木の後ろに隠れていた遥斗と擦れ違う瞬間、声を掛けた。

 

「任せておけ。――状況開始、撃て」

 

洞窟から外に出たヒュドラは9つの首を盛んに動かして獲物を探していた。

 

そして村に向かって一目散に逃げている4人を視界に捉えると行動を開始。

 

木々を次々と薙ぎ倒し、その巨体からは信じられない程の猛スピードで逃げる4人に迫る。

 

だが、あと少しで獲物を間合いに捉えるという所でヒュドラの首が4つ爆ぜ、体は爆発の炎と爆煙に包まれる。

 

――キシャアアアァァァ!!

 

一度に首を4つ潰され、爆煙の中で怒りと痛みに吼えるヒュドラ。

 

「嘘だろ――目標健在!!生きてます!!」

 

「そんなことは見れば分かる!!いいから撃ち続けろ!!」

 

M109ペイロード対物狙撃銃から放たれた多目的榴弾の炸裂を合図に84mm無反動砲や01式軽対戦車誘導弾、更には06式小銃擲弾の一斉射撃を受けてなお生きている化物に驚く部下を叱咤しつつ遥斗は89式小銃に再度、06式小銃擲弾を取り付け発射する。

 

「クタバレ!!」

 

「うおおおぉぉぉらあああぁぁぁ!!」

 

部下達も持てる火力を全て集中しフルオート射撃での銃撃を加える。

 

「装填!!」

 

「これで最後です!!」

 

「もう弾切れか!?」

 

「もともと3発しかありませんよ!!」

 

また再装填を済ませ、放たれる84mm無反動砲や01式軽対戦車誘導弾の砲弾とミサイルがヒュドラの肉体を容赦なく抉り飛ばし、次々と投げられるMK3A2攻撃手榴弾の衝撃波がヒュドラの体を叩きまくる。

 

このヒュドラが伝承通りの生物なら中央の首は不死身。だが他の首は再生能力を持つだけ、そして首を落とした時に傷口を焼いてやれば再生は出来ないはずだ。

 

弾薬の消耗に伴い、部下達を少しずつ後退させながら遥斗はどうすればヒュドラの息の根を止められるのかと考えていた。

 

だが、その思考が隙となった。

 

「小隊長危ないっ!!」

 

弾幕が薄まった瞬間を狙ってヒュドラが辺り一面に酸を吐いたのだ。

 

マズッ!?

 

部下の声で咄嗟にその場を飛び退いたものの、遥斗の装備品――防弾チョッキ3型と89式小銃にはベチャッと酸がかかってしまう。

 

そして装備に付着した酸はシュウシュウと音をたてながら装備をドロドロと溶かしていく。

 

「うぐっ!!っ!!」

 

「隊長!!今外しますから動かないでください!!」

 

駆け寄って来た部下の手により遥斗の体から取り外された防弾チョッキ3型は外された直後、中に入っていたセラミックプレートを溶かし尽くし地面を焼く。

 

「間一髪――」

 

「「ギャアアアアァァァァ!!」」

 

ホッと一息をつく暇もなく、鼓膜を揺さぶる絶叫に遥斗がハッと後ろを振り返ると部下2人がヒュドラの吐いた火炎――ブレスによって炭に変えられた所だった。

 

「っ……撤退!!撤退しろ!!撤退だ!!」

 

あっという間に形勢が逆転し不利になると遥斗は部隊をいち早く撤退させる。

 

だが、傷口が爆発の炎で焼かれ再生が出来なかった3本の首を除き、受けた傷を全て再生させたヒュドラが遥斗達に追い撃ちをかける。

 

それにより更に3名の犠牲者が出た。

 

「おい待てっ!!どこに行く!?」

 

火傷を負い負傷した部下に肩を貸し、撤退しようとしていた遥斗の脇をすり抜け1人の兵士がヒュドラに向かっていく。

 

「時間を稼ぎます!!」

 

遥斗の制止を無視し、そう言い残していったアイアンマンシステムを背負う機関銃手はたった1人でヒュドラに立ち向かう。

 

「うおおおおぉぉぉぉーーーー!!」

 

ヒュドラの前に雄々しく立ちはだかり、雄叫びを張り上げ銃身が真っ赤に焼けるのも気にせずに兵士はM240機関銃の引き金を引き続ける。

 

――シュルルル……。

 

飛んでくる弾にうっとおしそうに呻き身を捩るヒュドラだったが不意に首を伸ばし兵士を襲う。

「ギャアアアーーー!!――……」

 

――バクンッ……ゴクリ!!

 

「クソッ!!」

 

後ろから聞こえて来た断末魔と兵士を呑み込む嚥下音に遥斗が思わず悪態を吐いた。

 

このままだと……村に辿り着く前に全員殺られる。

 

「こいつを頼む!!」

 

「うおっ!?た、隊長!?何処へ!!」

 

「時間稼ぎだよ!!」

 

負傷兵を部下に押し付け、部下が持っていた89式小銃と弾倉を奪うと遥斗は踵を返した。

 

「ハハッ……デカイな」

 

この……化物め。

 

戦場に舞い戻りヒュドラと相対した遥斗は恐怖に震える足を必死に動かし攻撃を始めた。

 

だが89式小銃の弾ではヒュドラにダメージを与える事が出来ず、せいぜい嫌がらせにしかなっていなかった。

 

終わりか……。

 

ヒュドラのブレス攻撃をなんとか、かわしつつ戦っていた遥斗だったが弾が尽きてしまった事で覚悟を決めた。

 

――シャアアァァ。

 

目障りな敵がようやく大人しくなった事でヒュドラが嬉しそうに鳴く。

 

そして大きく開いた口で遥斗を丸飲みにしようとした時だった。

 

「隊長に……触れるなああぁぁーー!!」

 

怒りの声と共に突如、遥斗の後方から飛んできた2発の79式対舟艇対戦車誘導弾がヒュドラの体に大きな穴を穿つ。

 

「うおっ!!」

 

辺りに吹き荒れた爆風から顔を守るため手で顔を覆っていた遥斗がゆっくりと手を下ろし横を向くとそこには木々を薙ぎ倒しながら無理矢理山道を登って来た89式装甲戦闘車がいた。

 

「隊長!!ご無事ですか!?」

 

「早く乗せろ!!そんなにもたんぞ!!」

 

ドドドドッと90口径35mm機関砲KDEが吼え、装弾筒付徹甲弾(APDS)と焼夷榴弾(HEI)が入り交じった弾幕がヒュドラを叩き、弾が命中するたびにヒュドラの体から鮮血が迸る。

 

「さぁ、早く。早く乗って下さい!!」

 

89式装甲戦闘車の車体後部の観音開き式のハッチから出てきた涼宮少尉がそう言って遥斗を急かし車内に引き摺り込もうとする。

 

「っ!!涼宮!!避けろ!!」

 

「えっ?キャア!!」

 

だが隙を見て反撃に転じたヒュドラが吐いた酸が、3名の搭乗員ごと89式装甲戦闘車をドロドロに溶かし、またびちゃっと跳ねた酸の飛沫が涼宮少尉の右足を軽く焼く。

 

「涼宮!!」

 

「う、うぐぐっ……」

 

足を負傷し呻く涼宮少尉に真っ青な顔で駆け寄る遥斗。

 

――シュルルル。

 

2人を食べようとゆっくり近付くヒュドラ。

 

「隊長……私はいいですから、私を置いて早く逃げて下さい……」

 

痛みに呻く涼宮少尉が健気にも遥斗に逃げるように促す。

 

「……」

 

しかし、遥斗は返事をせずに黙って涼宮少尉のホルスターから9mm拳銃を抜くと涼宮少尉を庇うように前に出る。

 

「上官が部下を置いて逃げる訳にはいかんだろ」

 

「隊長……」

 

遥斗は涼宮少尉にニッコリと笑い掛ける。

 

そして、今残っている6つの口、全てで二股に別れた赤い舌をチロチロと出し入れしているヒュドラに吠えた。

 

「かかって来やがれ!!クソ野郎!!」

 

遥斗がヒュドラを挑発するように吠えた瞬間、ヒュドラの大きな頭が涼宮少尉と遥斗に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ザン、と肉や骨を纏めて断ち切る音が辺りに響き渡る。

 

「私が来るまでよく耐えた。後は私に任せておけ」

 

足を負傷し動けない涼宮少尉と、それを庇う遥斗を食らおうと大口を開き迫るヒュドラとの間に割って入り、ヒュドラの首をはね飛ばした人物。

 

それは上空でホバリングしているHV-22Bオスプレイから薙刀を2本携え、長い黒髪をたなびかせ颯爽と舞い降りて来た千代田であった。

 

また千代田の後に続いてパワードスーツを装備した親衛隊の隊員が6人ほど降りてきた。

 

ま、間に合ってくれた……。

 

まさか千代田が来るとは夢にも思っていなかった遥斗だが、何はともあれ心強い味方が来てくれたことにホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ふ、副総統……閣下!?それに……親衛隊!?」

 

絶体絶命の危機に突然現れた千代田と漆黒の00式強化外骨格(パワードスーツ)を装備している親衛隊員の姿を見た涼宮少尉が思わずといった風に声を漏らす。

 

「むっ、やはり分からんか。まぁ、姉様と私は瓜二つだからしょうがないが……。訂正させてもらうぞ、私は副総統の長門千歳ではない長門千代田だ。特別総統補佐官のな」

 

「え、あ、し、失礼しました……」

 

「いや、構わん――っと」

 

千代田と涼宮少尉が言葉を交わしていると、切り落とされた首が再生し再び6つの首になったヒュドラが千代田に襲い掛かる。

 

「ほっ、よっ、とっ」

 

鞭のように6つの首をしならせ牙を剥き出しに襲い来るヒュドラの同時攻撃を体操選手のように軽やかに跳ね回り、かわす千代田。

 

ヒュドラの頭が千代田を捉えきれずに地面を抉る。

 

「ふむ。不死身の首を持つ化物か……なかなかに厄介だな。だが……マスターへのいい手土産になるなっ!!」

 

猛然と襲い来るヒュドラの動きを高感度カメラを初めとした多種多様なカメラが仕込まれた特別製の目で見切った千代田がニヤリと不敵に笑いヒュドラに急接近、両手に握る薙刀の一閃で5つの首を飛ばす。

 

――シャアアアア!!

 

ヒュドラが痛みに鳴き斬られた首を再生させようとするが、首は再生しなかった。

 

「ふん、さっきと違い今は超高周波振動による熱を持った刃で溶断したのだ再生など出来ん」

 

千代田の言葉を裏付けるように薙刀の刃は熱を持ち真っ赤に発光しており、また辺りには肉の焼ける匂いが漂っていた。

 

――シャアアァァ……。

 

力の差を本能的に感じ取り怯えたように千代田を睨みながらゆっくりと後退するヒュドラ。

 

「さて……残る首は1本だけか」

 

逃げようとするヒュドラに千代田は右手に持つ薙刀を地面に突き刺し、空いた右手の手のひらをヒュドラに向ける。

 

「逃がすと思うか?……沈め」

 

体をギュルっと反転させ逃げ出そうとしたヒュドラだったが、千代田の一言を合図に見えない力に押し潰されたようにドシャっと地に伏せる。

 

「「なっ!?」」

 

これには遥斗と涼宮少尉も驚く。

 

「うん?あぁ、これか?これは魔導炉の重力制御を応用した重力兵器だ。私の腕に仕込んである。まぁ、試作品だから30秒程しか効果がもたんがな」

 

そう言いつつヒュドラにツカツカと歩み寄った千代田はヒュドラに残る、最後の首に薙刀を突き付ける。

 

――シュルルルゥゥ……。

 

見えない力で押さえ付けられ逃げる事が出来ないヒュドラは、その瞳に映る千代田の姿に確かな恐怖を感じていた。

 

「では……死ね」

 

その言葉と共に振り落とされた真っ赤な刃でヒュドラの本丸――不死身の首はあっさりと落ちた。

 

「不死……か。やはり厄介だな」

 

不死身の首が切り離された瞬間に灰と化した胴体と違い胴体から離別した首がビチビチと動いているのを見て千代田が目を細める。

 

最も切り口が溶断され焼かれているのでヒュドラは体を再生出来なくなっていたが。

 

「まぁ、ちょうどいい研究材料か。おいこれを回収しておけ」

 

「「「ハッ!!」」」

 

千代田の元に配属された部隊、通称ワルキューレ隊の女性兵士が千代田に返事を返す。

 

こうしてヒュドラは千代田の手により討伐され事は一応の終焉に至ったのだった。

 



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エルザス魔法帝国の中で帝都に次ぐ規模を誇り、またキロウス海とテール海を繋ぐ海峡――マーロン海峡の目と鼻の先にあるために人や物が自然と集まり結果、一大交易港としての役割も果たしている副都市グローリア。

 

風土の関係で土と日干しレンガで建てられ壁や屋根を石灰で白く塗った白亜の建物がズラリと並び、その白く美しい街並みで旅の者や寄港した海の男達の目を楽しませる。

 

そして街並みから視線を移し街中を見てみれば日除けの布を纏った大勢の人が行き交い戦時中だと思えないほど活気に溢れていた。

 

だが、それも表通りに限っての話しで一歩裏通りに入れば澱んだ空気が満ち、地方から仕事を求めて出てきたはいいが職にありつけず浮浪者になった者、つらい現実から目を背け薬漬けになった生きる屍がところ構わず横たわり、脛に傷持ち表通りを歩けぬチンピラや冒険者崩れのゴロツキの類い、グローリアの貧困街に暮らす者達等が闊歩していた。

 

そんな裏と表の顔を持つ都市、グローリアの中心には堅牢な壁に守られた巨大な城と豪華絢爛な宮殿が帝国の権威を物語るように建っている。

 

海に面した北側には都市を取り囲み海の中にまで続く防壁があり、そして防壁の合流地点には交易船や漁船が出入り出来る唯一の門――大門が存在した。

 

また大門の外側には岩礁を埋め立てて作った砦が乱立し海からの侵略者を二重に阻む。

 

そんな風に厳重な防衛態勢が敷かれている北側だが、なにも北側だけが厳重に守られているのではない。

 

戦略的にも地理的にも重要な位置にあることに加え帝国の副都市でもあるためにグローリアは都市全体が高度に要塞化され鉄壁の防衛態勢が整えられており、また防衛のために配備されている戦力も生半可な物ではなかった。

 

「来ねぇな……敵」

 

そんなグローリアから30キロ程離れた空を数十機の飛行型魔導兵器が編隊を組んで哨戒飛行を行っていた。

 

『1番機より3番機、黙って仕事をしろ』

 

「……3番機、了解」

 

隊長機である1番機に無駄口を封じられた3番機のパイロットはつまらなそうに返事を返すと飛行型魔導兵器のコックピットの中で外の様子が映るモニターに視線を落とし青い海を眺めていた。

 

『……あ〜暇だ〜。っていうか本当に敵がここに来るんですか?』

 

3番機のパイロットが黙ってから10分後、暇を持て余した他のパイロットが声をあげた。

 

『10番機……黙っていろ』

 

『いーじゃないですか、喋るぐらい。暇なんだし……』

 

『はぁ……。貴様はもう少し緊張感を持て。いいか、敵がゼウロ海の防衛艦隊を壊滅させクナイ海峡を越えたのが1週間前。敵が真っ直ぐここに向かって来ているとしたら今この瞬間にも敵が襲ってくるかもしれんのだぞ?』

 

『アハハハ、隊長……敵もバカじゃないんですよ?いくらなんでもこのグローリアに攻め込んで来る訳がないじゃないですか』

 

『そうですよ、隊長。グローリアには数十万の兵士がいるし数千体の魔導兵器や自動人形、更に新型の大砲を積んだ500隻近い軍艦、しかも300隻以上が新型の両用艦という、そんな規模の防衛戦力が居るんですよ?』

 

『そうそう、それに噂によると渡り人がグローリアの宮殿にいるらしいじゃないですか。渡り人は皆一騎当千の猛者ばかりと聞きますからいざとなれば渡り人が敵を蹴散らしてくれますよ』

 

『貴様らは本当に気楽な奴等だな……何故グローリアにいる全ての兵士が戦闘配置に着かされているか考えてみろ、それに空中艦だって全艦が抜錨して哨戒飛行に出てるんだぞ?敵は必ずここに来るんだよ』

 

『またまた〜。敵の本命は陸路から来てるんでしょ?だったらここに来るのは囮部隊のはずだから本気で殺り合うこともないでしょ。適当にあしらって終わりですって』

 

帝国の上層部による情報規制が行われた結果、耳触りのいい情報しか与えられていない末端の兵士達は帝国が大打撃を受け窮地に陥っていることを全く知らなかった。

 

「ん?なんだ?」

 

3番機のパイロットが他のパイロット達の無駄話を魔導通信機を通じて聞いていると、モニターに一瞬黒い影が映った。

 

『3番機、どうした?』

 

「いえ、モニターに一瞬――」

 

隊長機の問い掛けに3番機のパイロットが答えようとした瞬間、彼は意識を永遠に失った。

 

『ッ!!3番機が殺られたぞ!!』

 

マッハ5という速さで飛んできたミサイルの直撃を食らい瞬く間に火だるまになった3番機はキウロス海に向けて墜ちていく。

 

そして枯れ葉のようにグルグルと回転しつつ墜ちていく最中に機体が爆発、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

『全機散開!!散開し――ぐああああ!!』

 

『く、来るなぁー!!』

 

『う、うわあああぁぁぁーーー!!』

 

『被弾した!!被弾したっ!!墜ちる!!墜ちる!!誰か!!誰か助けてくれ!!熱い!!コックピットに火が、火があああああぁぁぁぁ!!』

 

突然の奇襲攻撃にすぐさま回避行動に移る飛行型魔導兵器だったが、無数のミサイルからは逃れる事が出来ず次々と空の上で爆散していく。

 

「ッ!!3時方向、距離8000!!哨戒飛行中の魔導兵器が攻撃を受けています!!」

 

「敵襲だと!?取り舵一杯!!高度は100まで下げろ!!」

 

「と、取り舵一杯!!高度――ダ、ダメです!!回避、間に合いません!!」

 

「敵弾接近っ!!」

 

「……くそ。こんなところでっ!!」

 

飛行型魔導兵器がバタバタと撃ち落とされるのを確認した哨戒艦が慌てて回避行動に移るものの間に合わず、飛来した数十のミサイルに船体を食い破られ黒煙を吐きながら墜ちていく。

 

そうして空を埋め尽くす程の数で押し寄せたミサイル群によりグローリアの空を守るために飛んでいた全ての飛行型魔導兵器と空中航行艦が撃墜されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

大小様々な艦艇を全て合わせると4000隻近くにもなるパラベラムの大艦隊がグローリアに迫っていた。

 

「第31戦闘攻撃飛行隊、全機残弾ゼロ。これより帰還します」

 

幾つもの群れからなる遠征艦隊の旗艦であるブルーリッジ級揚陸指揮艦『ブルーリッジ』の戦闘指揮所(CIC)では遂に始まったグローリア攻略戦を無事に成功させる為に兵士達がいつにもまして真剣な面持ちで自らの職務に励んでいた。

 

「第一次攻撃隊、グローリア到達まで後10分」

 

グローリア攻略戦の開幕を告げる一撃を任された第31戦闘攻撃飛行隊(F-14トムキャットのみで編成された飛行隊)から発射された数百に上る長射程空対空ミサイルのAIM-54フェニックスによってグローリアの空を守るべく飛んでいた帝国の航空戦力に壊滅的な打撃を与えると、いよいよ本格的な攻撃が開始された。

 

「前衛艦隊より入電。長距離砲及び巡航ミサイル、対地ロケット弾による対地攻撃を開始」

 

敵航空戦力の殲滅を受けて、遠征艦隊の前衛を務める10隻のスプルーアンス級駆逐艦と3隻のズムウォルト級駆逐艦、そして大規模な近代化改装が行われオートメラーラ127mm砲やMLRS――多連装ロケットシステムの発射ランチャーを無理矢理3基から5基搭載した対地攻撃用(上陸支援用)弩級戦艦30隻からなる前衛艦隊よりロケット推進式対地攻撃用誘導砲弾やINS/GPS誘導弾、トマホーク巡航ミサイル、無動力滑空型の誘導子爆弾(ブリリアント対装甲子爆弾)を13発搭載したMGM-140 ATACMS(エイタクムス)地対地ミサイル、ブロックII型が発射された。

 

「全弾発射、全弾発射!!」

 

「叩き込めるものは全部叩き込め!!後のことなんざ考えるな!!」

 

「「「了解!!」」」

 

グローリアに向かってゆっくりと進む前衛艦隊では搭載している弾薬を全て使い尽くす勢いで攻撃が続けられる。

 

そして前衛艦隊から発射された誘導砲弾やトマホークの雨がグローリアの軍事施設をピンポイントで狙い撃ち、火炎が軍事施設を燃やし噴き上がった黒煙がグローリアの空を漆黒に染め上げる。

 

またグローリアの上空でATACMS本体から分離した誘導子爆弾が音響センサー付きの翼を展開して滑空しつつ地上を走査。

 

赤外線センサーがターゲットである魔導兵器を捕捉すると上空から攻撃を敢行。

 

整然と並んでいる魔導兵器に誘導子爆弾が命中しタンデム型成形炸薬弾が炸裂すると魔導兵器を完全に破壊した。

 

しかし、それだけでは終わらなかった魔導兵器が一体でも吹き飛ぶと周りに駐機されていた魔導兵器がドミノ倒しの如く誘爆し被害を拡大させたのだ。

 

「「「……」」」

 

炎が荒れ狂い誘爆が誘爆を誘うという手のつけられない状況に帝国軍の兵士達は消火作業を行うことも出来ずただ静かに燃えていく魔導兵器を眺めていた。

 

「た、隊長、大変です!!グ、グローリアが、グローリアが攻撃を受けています!!」

 

グローリアの外れにある、とある軍事施設ではグローリアの異変に気が付いた見張り兵が血相を変えて室内に飛び込む。

 

「なっ!!敵襲だと!?なぜ見逃した!!」

 

「え、あ、わ、分かりません!!魔導電探には何も映っていません!!」

 

「そんなバカな事があるかっ!!――ッ!!見ろ!!我々の頭の上を敵が次々と通り過ぎて行っているのだぞ!!」

 

窓から空を見上げ敵の姿を捉えた兵士が部下を怒鳴り付ける。

 

「そ、そう言われましても……。この渡り人が作った魔導電探には何も映っていないんです!!」

 

グローリアの城もしくは宮殿にいるのでは?と噂されている渡り人が作ったという魔導電探に信頼を寄せていた帝国の兵士達は肝心な時に役に立っていない魔導具に戸惑いと苛立ちを隠せなかった。

 

「クソ!!この役立たずのポンコツめ!!敵はどこから来てるんだ!!」

 

遠征艦隊の空母より発艦しグローリアに飛来した第一次攻撃隊がステルス性能を持つF-35CライトニングIIのみで編成されていた事と急造品の魔導電探の性能が低かった為に魔導電探は役立たずの謗りを受けることとなった。

 

「て、敵がこちらに向かって来ます!!」

 

「総員退避!!逃げろー!!」

 

グローリアの外れに設置されていた魔導電探は大型で、しかもレーダー施設だと一目で分かる形だった為にその存在に気が付いたF-35Cの爆撃で破壊されてしまう。

 

その結果、魔導電探は名誉挽回の機会を得る間もなく本当のガラクタと成り果ててしまったのだった。

 

「第一次攻撃隊より入電。敵の反撃は微弱。我、制空権を掌握セリ」

 

200機のF-35Cからなる第一次攻撃隊によりグローリアの航空戦力及び海上戦力は大打撃を被り完全に沈黙。

 

それによりグローリアの周囲一帯の制空権と制海権はパラベラムのものとなった。

 

「第二次攻撃隊、グローリア到達まで後10分」

 

第一次攻撃隊が未だにグローリア上空で暴れまわっている最中、対地攻撃用の兵装で身を固めたF-14やF/A-18E/Fスーパーホーネット、AV-8BハリアーII、Su-33からなる300機の第二次攻撃隊がグローリアに接近していた。

 

「第三次攻撃隊、発艦開始」

更にカズヤが空母を召喚した際に一緒に召喚されたのはいいが機種転換の訓練時間が足らず、また乗る航空機自体も足りなかったため自分達と一緒に召喚され改修を受けた愛機―零式艦上戦闘機六二型、艦上爆撃機彗星、艦上攻撃機流星、F6Fヘルキャット、SB2Cヘルダイバー、TBFアヴェンジャー等の旧式機1500機で戦爆連合部隊を組んで出撃することとなった第三次攻撃隊が重い爆弾を吊り下げながらも次々と飛行甲板を蹴って空に飛び出して行く。

 

「第四次攻撃隊、発艦準備に入れ」

 

また2隻のニミッツ級原子力空母の飛行甲板にズラリとひしめき合う80機の無人戦闘攻撃機――X-47Bペガサスが初陣前の最終チェックに入る。

 

 

「第五次攻撃隊のパイロットは出撃準備に取り掛かれ」

 

第五次攻撃隊となるヘリ部隊――AH-1Zヴァイパーやハイドラ70ロケット弾、GAU-17ミニガンで武装したUH-1Yヴェノムのパイロット達が召集を受けていた。

 

そうして夕暮れまでに都合5回に及んだ大空襲により遠征艦隊がグローリアに到着する前に、グローリアの防衛態勢は完全に崩壊し全く機能しなくなっていた。

 

それもそのはず、前衛艦隊と第一次攻撃隊による攻撃の時点で既に帝国軍の反撃手段――飛行型魔導兵器と空中航行艦は失われており。

 

続く第二次攻撃隊の誘導爆弾や対地ミサイルのピンポイト爆撃でグローリアの防衛設備の大半が吹っ飛び。

 

雲霞の如くグローリアに群がった第三次攻撃隊による水平爆撃、急降下爆撃、機銃掃射の三拍子によりグローリアの軍事施設は瓦礫の山と化し。

 

また第四次攻撃隊の爆撃ではグローリアをぐるりと何重にも取り囲む強固な街壁と城や宮殿を守る城壁に大穴が開けられ。

 

そして時間差をおいて発進した第五次攻撃隊が仲間の亡骸の回収や瓦礫の撤去を行い防衛機能を少しでも回復させようと出てきた帝国軍の兵士を機銃とロケット弾、BGM-114ヘルファイアでしらみ潰しに消し去っていったのだから。

 

「いよいよ、明日か……」

 

「えぇ。明日は忙しくなりますな」

 

最後の仕上げに艦上輸送機のC-2グレイハウンドが翌日に控えたグローリア上陸戦の巻き添えを受けないように市民に対する避難勧告のビラをグローリアの市街地全体にばらまいた事でその日のパラベラム軍の軍事活動は終了し、全ては翌日に持ち越された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……なんだよあれ」

 

「嘘……だろ?」

 

「あぁ、神様……」

 

「なんて……大きい船なんだ……」

 

未知の兵器群による空襲を受けるという激動の1日をなんとか乗り切り、生きたまま朝日を浴びることの出来た兵士達が海を茫然と眺めていた。

 

兵士達が茫然と眺める先、海の上には何十もの黒鋼の城が浮かんでいる。

 

「戦日和だな」

 

グローリアの街並みが朝日に照らされ白く輝いているのを大和型戦艦、一番艦『大和』の艦橋から艦長の有賀大佐が見つめていた。

 

「えぇ、雲1つなく風も穏やかです。天候には恵まれましたな」

 

「うむ。……して敵の様子は?」

 

有賀艦長は副艦長の返答に頷きグローリアから視線を外すと振り返り、情報端末を手に持ち控えていた情報参謀に問い掛けた。

 

「ハッ、グローリアに潜入している密偵の報告によりますと敵は徹底抗戦の構えを取っているそうです」

 

「そうか……手っ取り早く降伏してはくれんか。……続けてくれ」

 

「ハッ、後は……我々の避難勧告を受けグローリアから逃げようとする市民を帝国軍が逃がさないようにしているとの報告が」

 

「なに?では市街地にはまだ市民がいるのか?」

 

「その通りです。そのため市街地への砲撃は原則禁止となっております」

 

「……肉の壁のつもりか?なんにせよ厄介だな」

 

ふむ……グローリアに上陸した部隊が最重要制圧目標である城や宮殿を占領するには市街地を必ず通らねばならん。

 

となるとその間――市街地を通過中に敵の攻撃を受け、支援要請をされても民間人が障害となって支援砲撃、近接航空支援がまともに出来んぞ。

 

……何事も起きなければいいのだが。

 

「……艦長、そろそろ作戦開始時刻です」

 

情報参謀の報告に有賀艦長が顔をしかめていると作戦開始の時間が迫ってきていることに気が付いた副艦長が有賀艦長に声を掛ける。

 

「うん?もうそんな時間か……。では戦闘指揮所へ行こうか」

 

「「「ハッ」」」

 

最後にグローリアの美しい街並みを目に焼き付けた有賀艦長は部下達を引き連れ艦内の戦闘指揮所へ向かった。

 

「全艦所定の配置につきました」

 

「砲撃開始まで後5分」

 

「警告、甲板員は総員艦内へ退避せよ。繰り返す甲板員は総員艦内へ退避せよ」

 

グローリアの沖合い15キロの海域には『大和』を含めた70隻近い戦艦が支援砲撃を行うために集結していた。

 

「しかし……壮観だな」

 

「えぇ、これほどまでに多くの戦艦が一堂に会したことなど今まで無かったですから。本当に……」

 

戦闘指揮所の中で船外映像が流れる液晶画面を眺めながら有賀艦長と副艦長は感慨深げに話をしていた。

 

そうして2人が会話を交わしている間にも作戦開始時刻は刻一刻と迫り、作戦開始2分前になると全艦が一斉に主砲や副砲を右90度に旋回させ高角を取り砲口を目標に向け発射態勢を整えた。

 

ちなみにグローリア攻略作戦の砲撃支援のために集結した戦艦は年代から国籍まで多種多様で、見るものが見れば感涙の涙を流すこと間違いなしの光景であった。

 

「砲撃開始まで5、4、3、2、1、0」

 

オペレーターのカウントダウンが始まり、そして時計の針が午前7時を指し示した瞬間。

 

グローリア攻略の為の下準備である盛大な艦砲射撃がいよいよ始まる。

 

「主砲一斉撃ち方始め!!」

 

砲雷長の掛け声と共に右舷方向の海の上に突き出た『大和』の45口径46cm3連装砲3基9門がピカッと目の眩むような眩い閃光を放ち一斉に爆炎を吐き出した。

 

瞬間、辺りには耳をつんざき腹の底を揺さぶる雷鳴の如き轟音と凄まじい衝撃波が放たれ、波打っていた海面は衝撃波によって一瞬凹み、砲煙がモウモウと立ち上ぼり艦そのものが一斉射の反動で大きく揺れ動く。

 

また『大和』の周りに展開している他の戦艦も『大和』と同じように主砲を放ったため黒々とした砲煙に包まれユラユラと揺れていた。

 

「着弾まで……3、2、1、今っ!!」

 

数百発の砲弾が一斉に空を飛び、ヒュルヒュルという砲弾の飛翔音がまるでオーケストラのように死の曲を奏でる。

 

そして死の曲――帝国軍兵士に死を告げる曲が終演を迎え、最後に死神が鎌を振り落としたようなヒュンという音が聞こえたと同時にグローリアが爆ぜた。

 

地響きのような炸裂音がグローリアを満たし衝撃波が駆け巡り、キノコの形をした灼熱の火柱と黒煙が天高く上がり爆発で吹き飛ばされた石がチュンチュンと撥ね飛び、巻き上げられた土砂がザアザアと雨のように地上へ降り注ぐ。

 

「ぅ……ぐっ…っ…ごほっ、ごほっ…た…た…すかっ……た?」

 

数十秒間、降り注いだ砲弾の豪雨から幸運にも生き残った帝国の兵士が土埃にむせながら土砂に埋もれていた体を起こし立ち上がった。

 

「…ごほっ…そんな……なんだよ……これ……」

 

辺りを包み込む爆煙が風に流され、視界が開けると同時に兵士の目に飛び込んできたのは、思わず目を覆いたくなるようなグローリアの惨状だった。

 

何百年もの間、幾度となく外敵の侵入を拒んできた大門と岩礁の砦は土台そのものから綺麗さっぱりと消えて無くなり。

 

岩山から削り出し整形した岩やレンガを積み上げ形作られた沿岸砲台やグローリアの城と宮殿、市街地を除いた要塞エリア――昨日の空襲により大部分が瓦礫の山と化していた場所に鉢状の巨大なクレーターが幾つも刻まれ一切合切何もかもが消し飛んでいた。

「…ぅ…みんなは……みんなはどこ――」

 

風景が一変し自分がどこにいるのかも分からないまま、ヨロヨロと覚束ない足取りで仲間を探していると次弾の装填を終えた戦艦群から再度の砲撃が行われ着弾。

 

仲間を探していた兵士は閃光に飲み込まれ、そして探していた仲間との再開を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

それはグローリアに撃ち込む予定の砲弾を3分の1程消費し、多くの帝国軍兵士を砲弾神経症(シェルショック)――心的外傷後ストレス障害(PTSD)によって戦闘不能に追い込んだ時だった。

 

 

「――ッ!!『ブルーリッジ』より緊急入電!!直ちに砲撃を中止せよ。繰り返す、直ちに砲撃を中止せよ」

 

『大和』の戦闘指揮所に通信兵の声が響く。

 

「砲撃を中止……?どうした何かあったのか?」

 

「ハッ、それが……詳細は分かりませんが、なんでもグローリアの城に潜入している工作員が偶然にも渡り人を確保……したらしいのですが、その渡り人が我が国への亡命を希望しているらしく……」

 

「亡命……だと?」

 

通信兵の言葉に有賀艦長は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていた。

 

「そうです。……つきましては現刻をもって艦砲射撃は中止、上陸部隊を急遽揚陸しグローリア制圧に移ると」

 

「そんなバカな!!まだ砲撃で叩ききれていないエリアもあるんだぞ!!それに上陸部隊の揚陸は昼からだったはず、まだ上陸準備が出来ていないだろう!!」

 

「それが……準備の出来た部隊から順次上陸させるという話で……。とにかく現時点で出撃可能なデルタフォースと第75レンジャー連隊が直ちに出撃するそうです。またデルタフォースはヘリで先行し第75レンジャー連隊は陸路で市街地を突っ切り城へ向かう予定です。そして先行するデルタフォースがグローリアの城を制圧し占拠した後、可能であればヘリで渡り人をこちらに移送。無理であれば後続の第75レンジャー連隊が陸路で移送します。加えて準備が出来次第、主力の海兵隊第1、第2、第3師団及び、その他の部隊の上陸を開始。グローリアの全面制圧に移ります」

 

「兵力の逐次投入……だと?ガ島の戦訓を忘れたかっ!!万が一の事が起きたら最悪、各個撃破されるぞ!!」

 

「ッ!!……」

 

有賀艦長の一喝に何も悪くない通信兵がビクッと身を震わせる。

 

「クソッ、艦隊司令部に直接抗議してやる」

 

そう悪態を吐き『ブルーリッジ』の艦隊司令部に抗議の声を送った有賀艦長だったが、決定は覆らず上陸は開始されてしまう。

 

そしてここがグローリアを巡る戦いの大きなターニングポイントとなる。

 

また不運にも有賀艦長の危惧は現実のものとなるのであった。

 



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ネタに走りました
(´∀`)


サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦『サン・アントニオ』の艦内では第75レンジャー連隊、第1大隊所属の兵士達が豪華な朝食を楽しんでいた。

 

「よいしょっと……なぁ、おいフルス。あの話聞いたか?」

 

仕切りがあるだけの飾り気のないプレートに肉や野菜を山盛りに盛り付けた兵士が席に着き、隣にいた仲間に声を掛けた。

 

「うん?何の話だ?」

 

「ヴィットマン大尉の話だよ」

 

「ヴィットマン大尉……あぁ、あれだろ?バカみたいにデカイ魔導兵器の攻撃を食らって大破したM1A2エイブラムスの車内で瀕死の重症を負いながら漏れ出たオイルと戦死した部下の血にまみれて救出されるまでの間――28時間ずっと死の淵をさ迷っていたって話と、ようやく復帰したって話だろ?」

 

「あぁ、今回の作戦にそのヴィットマン大尉が参加しているから教えてやろうと思ったんだが……なんだ、お前知ってたのか」

 

「それぐらい知ってるよ……確か部下の仇を取ろうと復讐の鬼になってるとか聞いたが」

 

「それは本当らしいぞ。何でも閣下に直訴してまで今回の作戦に無理矢理参加したとか」

 

「そうなのか……まるで死に急いでいるみたいだな」

 

「……おい、あんまり他人の事情にズケズケと顔を突っ込むなよ?」

 

「「ッ、申し訳ありません。軍曹殿!!」」

 

ジーク・ブレッド軍曹は端正な顔立ちを少し歪め、睨みを効かせながらそう言って部下達の不躾な会話を遮った。

 

出撃前ぐらい大人しく飯を食えよ。

 

「まったく……」

 

「おいジーク、そうピリピリするなよ。喋るぐらいいいじゃないか」

 

「あぁ、分かってるよ。ただ喋るのは構わんが内容が不躾だと言っているんだ」

 

「……まぁ、確かにな」

 

同期のルーフェ・ワックス軍曹に宥められたジークがルーフェ軍曹に反論していると第1大隊長が険しい顔で食堂に入り、続いて大隊長に付き添い入ってきた副官が大声を出す。

 

「……」

 

「総員、気を付け!!」

 

その声で食堂で食事を取っていた全ての兵士が慌てて立ち上がる。

 

「大隊長に敬礼!!」

 

そして副官の号令で兵士達が一斉に大隊長へ敬礼を送った。

 

「休め」

 

大隊長の言葉で皆が手を下ろし、休めの体勢を取り大隊長を見つめながら次の言葉を静かに待つ。

 

「さて諸君、いいニュースと悪いニュースの2つがあるが、まずは悪いニュースからだ。――我々は15分以内に装備を纏め出撃する事になった。各部隊長はこのあと直ぐにブリーフィングルームに集合するように」

 

「「「「ハァー……」」」」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

「最悪だ」

 

大隊長の残酷な知らせにザワザワと喧騒が広がり、兵士達からは勘弁してくれというような重苦しいため息と悪態が漏れる。

 

「次にいいニュースだが……我々がグローリア上陸の一番乗りだ。以上解散!!」

 

あまり嬉しくないニュースに兵士達は肩を落としたまま出撃の準備を整えるべく、食べ掛けの食事をその場に残し食堂から飛び出して行った。

 

 

『サン・アントニオ』の車両格納庫の片隅には昼に予定されていた上陸作戦に備えて既に武器、弾薬、装備品が山のように積まれていた。

 

そんな事前準備が功を奏し食堂から飛び出し車両格納庫にやって来た兵士達は自分に必要な装備品を手に取り、身に付けるとテキパキと手早く戦闘準備を整えていく。

 

「しっかし……突然、作戦予定を繰り上げるのは勘弁して欲しいな」

 

マルチカム迷彩が施されたIOTV――OTVの後継となるボディアーマーを身に付け、マガジンポーチに予備マガジンをいくつも差し込みながらルーフェ軍曹がぼやく。

 

「仕方ないだろ……最重要目標である渡り人をグローリアの城に潜入中の工作員が確保したんだから。それにお前も聞いたろ?渡り人がうちに亡命したいって言ってることや今現在、工作員と渡り人がグローリアの城の一室で身を潜めて敵の目を掻い潜っている危険な状態だってことも」

 

「そりゃ聞いたけどよ。作戦の頭から予定が崩れたんだぞ?……こういうときは絶対何か起きる。嫌な予感がするんだ」

 

「確かに不吉な前兆かも知れないな。……おい、アパム。弾取ってくれ」

 

「っ!?あーもう、軍曹までェ……。勘弁して下さいよ俺の名前は“アカム”です。もう名前ネタで遊ぶのは止めてください!!」

 

「ハハハッ、悪いな。つい」

 

「まったくもう……」

 

ルーフェ軍曹と話をしている最中、側を通りかかった部下――アカム・クロイズ一等兵をからかったジークは悪びれた様子もなく笑いながら謝った。

 

「あのすいません、ジーク軍曹。俺達が上陸してからすぐあとに本隊の海兵隊が上陸するって話ですから、余分な装備品――水とか携帯食料、暗視ゴーグルとかは置いていってもいいですかね?」

 

「あぁ、そうだ――……いや、念のため装備一式は持て完全装備で行くんだ。それと……弾はいつもより余分に持て」

 

部下からの問い掛けに一瞬悩んだジークだったが、万が一の事態に備えて完全装備での出撃を命じる。

 

「ハッ、了解です」

 

「えっと……じゃあ軍曹、このクソ重いアーマープレートはどうします?」

 

ジークに装備についての質問をしに来た兵士とは別の兵士が恐る恐るといった感じでジークに問い掛ける。

 

「絶対に入れとけ、このバァカ!!」

 

「っ!!す、すいません……」

 

命を守るアーマープレートを抜いてもいいかという愚問をジークに投げ掛けた兵士にジークの雷が落ち、一喝された兵士はすごすごと引き下がっていった。

 

「ったく……バカな質問をするな」

 

「ハハッ、相変わらずお前さんは部下想いだねぇ」

 

「うるさい、そんなんじゃねぇよ」

 

ジークはルーフェ軍曹のからかうような言葉に真っ赤になった顔を背け、側に置いておいた相棒に手を伸ばした。

 

ジークの相棒は5.56x45mm NATO弾や7.62x51mm NATO弾、6.8×43mm SPC弾等を使用する様々なモデルがあるSCAR。

 

SCARは各モデルの相違点を少なくし共通性を持たせる事で維持コストを下げ、新しい口径の弾丸が開発されたとしても最小限の改良で対応できるようになっており、またストックによっては狙撃からCQBにも対応できる柔軟性を持つ。

 

ちなみにジークを含めた大多数の第75レンジャー連隊の兵士が持つSCAR-H、通称MK17は本来であれば7.62x51mm NATO弾仕様であるが、本作戦においてはモジュールが交換されているため全て6.8×43mm SPC弾を使用する仕様となっている。

 

「さて、そろそろ行く……か?」

 

戦闘準備を整えたジークが車両格納庫を後にしようとした時、とある部下の様子がおかしい事に気が付いた。

 

「おい、パーク。にやけた顔してどうした?」

 

「えっ?いや……何でも無いですよ軍曹。エヘヘヘ」

 

そう言いながらもジークに声を掛けられたパーク・ジャクソン一等兵は戦闘前だというのに緊張感の欠片もなく、紅潮した頬は吊り上がり反対に眉はだらしなく垂れ下がりニコニコと何が嬉しいのかは分からないが不気味な程に笑っていた。

 

「うん?その……写真は何だ?」

 

パーク一等兵がしきりに眺めているなにか――写真に気が付いたジークがパーク一等兵に質問する。

 

「エヘッ、エヘヘヘ。気になります?気になりますよね軍曹!!」

 

すると、よくぞ聞いてくれましたといわんばかりにパーク一等兵が身を乗り出しジークに迫る。

 

「な、なんだ気持ち悪い……」

 

「実はですね…………なんと!!ヴァーミリオン作戦が終わったら、俺この写真に写っている子と結婚することになってるんですよっ!!エヘヘヘッ!!」

 

笑顔が可愛いショートヘアーの女性とパーク一等兵のツーショット写真がジーク達の視線に晒される。

 

「「「「「……」」」」」

 

写真を見せびらかせて本当に嬉しそうに笑うパーク一等兵とは対照的にジークや周りにいた兵士は皆、凍り付き同じ事を考えていた。

 

(((((それ……死亡フラグ!!)))))

 

「だから俺、ヴァーミリオン作戦が終わるまでに出来るだけ功績を上げて昇進して金を稼がないといけないんですよ。だって作戦が終わったら軍を除隊して彼女と一緒に本土で小さなパン屋を開くんですから。エヘヘヘ」

 

頭を掻きながら照れ臭そうに笑うパーク一等兵を放置してジークは周りにいた兵士達と円陣を組んで、盛大に死亡フラグをおっ立ててしまったパーク一等兵について言葉を交わしていた。

 

「さっきの……死亡フラグだよな?」

 

「「「「えぇ、完全に」」」」

 

「このままじゃ不味いよな?」

 

「絶対不味いですよ、軍曹」

 

「どうします?このまま放っておいたらパークが死んじまいますよ」

 

「いい奴なのに……可哀想に……」

 

「あっ……よく考えたら……パーク・ジャクソンって略したら……………………PJ」

 

「「「「あっ」」」」

 

決定的なある事実に気が付いたジーク達は誰とはなしに頷き合うと、再び写真をニコニコと笑みを浮かべて眺めているパーク一等兵を取り囲んだ。

 

「うん?あれ……どうしたんですか?みんな怖い顔して――グフッ!!ッ…ゥ…ゥ…」

 

パーク一等兵がいつの間にか自分を取り囲んでいたジーク達の存在に気が付いた瞬間、パーク一等兵の顎にジークの右ストレートが炸裂した。

 

強烈な一撃を受け脳を揺らされたパーク一等兵は目を驚きに見開き、声にならない声を出しつつ床に崩れ落ち失神した。

 

「あぁっと!!パークが突然倒れたぞぉー。大変だー」

 

ジークが大声で周りにも聞こえるようにわざとらしく間延びを入れながら棒読みで言った。

 

「何てこったー。これは不味いー。酒の飲みすぎで内臓がやられてるぞー。最悪、本土の病院に送らなければいけないなー」

 

失神したパークの容態を確認しているフリをした衛生兵がジークに続く。

 

「「「「あぁ、大変だー。これは大変だー。一大事だー」」」」

 

棒読みのセリフを吐きながら御輿を担ぐようにパーク一等兵を担ぎ上げたジーク達は“合法的に偽造した”書類を手に『サン・アントニオ』の飛行甲板に出向くとパーク一等兵をパラベラム本土の病院まで移送する手続きを済ませたヘリに放り込んだ。

 

「……ぁ…ッ!?…ぐ、軍曹……これは……一体――むぐっ!?ンググググ!!」

 

飛行甲板に来るまでの間に医務室からちょろまかした拘束衣を着せられたパーク一等兵がヘリに放り込まれた衝撃で意識を取り戻しジークに事情の説明を求めようとするも口枷を嵌められ強制的に黙らされた。

 

「パーク一等兵、貴官にはパラベラム本土での待機、いや療養を命ずる。これは大隊長も承認している命令である。以上、敬礼っ!!」

 

「「「「っ!!」」」

 

ジークの言葉にタイミングを合わせて、笑いを必死に堪えている兵士達がパーク一等兵に敬礼を送る。

 

「むー!!(軍曹ー!!)」

 

そして自分の置かれている状況が理解出来ず若干パニック状態になっているパーク一等兵を乗せたヘリはジーク達に見送られつつ、本土へ向かって飛び去って行ったのだった。

 

「…………さて行くか」

 

「ゲラゲラゲラ!!療養理由の欄が恋患いって、ヒィーヒィー笑いすぎて腹痛ぇ。っ……ふぅ、あー面白かった。じゃ、行きますか」

野暮用を終えたジークは見物に来ていたルーフェ軍曹や野次馬達と共に『サン・アントニオ』の船体後部にあるウェルドックに向かった。

 

 

戦艦群による砲撃で徹底的に破壊された海上防壁や大門の残骸の上を数十隻に及ぶ揚陸艇が難なく通過し、グローリアに殺到していく。

 

「グローリアに上陸する前にもう一度作戦内容を確認するぞ。変更点をしっかり頭に叩き込んでおけ」

 

乗り込んだLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇――LCACの船内でジークは部下達に作戦内容の確認を行う。

 

「まず最初に俺達、第75レンジャー連隊がグローリアに上陸し橋頭堡を確保。そのあとデルタの連中がヘリボーンを行いグローリアの城を制圧。そして確保した渡り人をヘリで移送する。その際、俺達は橋頭堡を確保しつつ囮となって敵の注意を引き敵の増援部隊が城へ向かうのを妨害もしくは阻止する事が役目だ。だが何らかの問題が発生し渡り人をヘリで移送出来なかった場合は我々が市街地を突っ切り城に行き渡り人を回収、再度橋頭堡に戻り渡り人を海路で移送することが役目だ。分かったか!!」

 

「「「「サーイエッサー!!」」」」

 

「上陸1分前!!」

 

搭載しているガスタービンエンジンによって4翅の推進用シュラウド付大型プロペラを2つブン回し40ノットという快速で海面を滑るように航行するLCACが凄まじい波飛沫を上げながら砂浜に接近する。

 

「さぁ行くぞ!!気合いを入れろ!!」

 

「「「「サーイエッサー!!」」」」

 

ジーク達は気合いを入れて上陸の瞬間を待つ。

 

「着岸!!上陸用意!!」

 

数十隻のLCACが一斉にグローリアの砂浜に乗り上げ、搭載しているM2重機関銃やMk19自動擲弾銃で上陸部隊の援護射撃を開始。

 

辺り構わず撃ちまくり砂浜には発砲音と爆発音が響き、砂埃と硝煙に満たされる。

 

「撃ち方止め、撃ち方止め!!……上陸開始!!」

 

「GO、GO、GO、GO!!」

 

LCACのスカートから空気が抜かれ完全に接地すると援護射撃が止み、前部ランプが開き傾斜路から大勢の兵士や防御力を強化するためにキット式の追加装甲を取り付け、エンジンを強化し車体その物も大型化したM1151装甲強化型ハンヴィーが上陸を開始した。

 

「反撃どころか……敵の姿も無しか」

 

「楽に上陸出来たのは有難いですが……こうまで静かだと何だか不気味ですね」

 

「あぁ、まるで嵐の前の静けさだな……」

 

上陸に成功したジーク達は多少の反撃は受けるであろうと覚悟していたものの、予想に反し一切の攻撃を受けなかった。

 

そうして肩透かしを食らった形になった第75レンジャー連隊だったが本来の目的はキッチリと果たし、度重なる空襲や戦艦群による砲撃によってまるで月面のようにクレーターだらけになった海岸一帯を難なく制圧し無事、橋頭堡を確保したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

橋頭堡を確保した第75レンジャー連隊の頭上をバタバタバタバタとローター音を響かせつつ第160特殊作戦航空連隊、通称ナイトストーカーズのヘリが次々と通過して行く。

 

「レンジャー部隊は無事に橋頭堡を確保したようだな」

 

MH-6リトルバードの外装式ベンチに腰を下ろしたデルタフォース所属のグレアム・アンカレッジ少尉が、幾度となく繰り返された砲撃によって無惨なまでに掘り返されボコボコになっている砂浜を埋め尽くす第75レンジャー連隊の兵士達を見てそう溢した。

 

「……敵の姿がありませんね。どこへ行ったのでしょうか?」

 

「さぁな。砲撃で全部吹っ飛んだのか……それとも息を殺して虎視眈々と俺達を待っているのか。どっちかだな」

 

「お喋りはそこまでだ。降下用意!!」

 

あっという間に砂浜を通り越し白い建物が建ち並ぶ市街地の上空を通過している最中、敵の姿が見えない事に疑問を抱いた兵士の問いにグレアム少尉が返事を返しているとMH-6のパイロットが高度を落とし着陸態勢に入り、グレアム少尉達に降下態勢を取るよう促す。

 

「さてと……お仕事といきますか」

 

マルチカム迷彩が施された特殊部隊用のボディアーマーSPCS(サイラス)を着て、武骨な黒いヘルメットを被り直しH&K HK416のコッキングレバーを引き薬室に初弾を装填したグレアム少尉はグローリアの中心――小高い山の上にそびえる城を睨む。

 

「ッ!?城壁の上に弓兵4人!!排除してくれ!!」

 

城の中庭に着陸しようとしたパイロットが城壁の上でこちらに向かって矢を射ろうとしている弓兵の存在に気が付いた。

 

「「了解!!」」

 

MH-6の機体に乗っている6人の兵士の内、攻撃態勢と射角の取れたグレアム少尉ともう1名の兵士がパイロットの要請に答え、銃を構えて引き金を引く。

 

そして銃声と共にマズルフラッシュが迸り、銃弾が連続して放たれる。

 

その直後、敵兵の体が不意にバタバタバタっと跳ね回ったかと思うと、最後には糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちた。

 

「ターゲットダウン!!」

 

「クリア!!」

 

銃弾をその身に受けて城壁の上で息絶えた兵士の体からはダラダラと夥しい量の鮮血が流れ出し、辺りを真っ赤に染め上げていた。

 

「よし!!着陸するぞ!!」

 

グレアム少尉達が敵兵を排除するとMH-6は城壁を通り越し城の中庭に滑り込んだ。

 

「行け、行け、行け!!」

 

MH-6のスキッド(着陸脚)が城の中庭に接地した瞬間、グレアム少尉達は安全のため一斉に機体から離れ城の敷地に降り立つ。

 

「じゃあな!!無事を祈ってる!!」

 

グレアム少尉達を無事に降ろし成すべきことを成したパイロットはグレアム少尉達に一声掛けると後続の機体に場所を譲るため、すぐさまMH-6を上昇させ空に飛び上がり母艦に帰って行った。

 

「散開しつつ前進!!」

 

「「「了解!!」」」

 

「っと!?敵さんのお出ましだ!!」

 

何機ものMH-6が次々と中庭に滑り込みデルタの隊員を降ろしていく最中、城を守る帝国の兵士達が続々と姿を現した。

 

「突撃ィー!!」

 

「「「「うおおおぉぉぉーーー!!」」」」

 

「矢をつがえろ!!撃ち方用意!!てェ!!」

 

「魔法も使えない劣等種共に我ら魔法騎士の力を見せつけてやれ!!詠唱開始!!」

 

「「応!!」」

 

そして剣や槍を構えた歩兵達が城に降り立ったばかりのデルタに向かって殺到し、城壁の上や城の窓からは弓兵、魔法使いが矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。

 

だが脅威度の高い弓兵や魔法使いは最優先で撃ち殺されてしまい結果、なんの援護もなくただ剣や槍を持ち突撃を敢行した歩兵達は射撃訓練の的のように蜂の巣され屍を晒すことになる。

 

そうしてデルタの隊員150名が城の中庭に降り立ってから、ものの30分で中庭周辺はデルタが完全に制圧し、また運の良いことに中庭の近くにある物置部屋に隠れていた工作員と渡り人の両名を無事に確保することに成功した。

 

「もう撤収か……思ったよりも楽に終わったな。敵も一撃お見舞したらすぐに引いて行ったし」

 

万事順調に進み後は渡り人をヘリで運びさえすれば、とりあえず任務完了という状態にグレアム少尉が拍子抜けした顔で言った。

 

最も、本来の作戦予定であればデルタが城を完全制圧し本隊の海兵隊が来るまで確保している手筈であったが、いかんせん城に籠る敵兵が多すぎ中庭を確保していることで精一杯だったため城の完全制圧は断念。

 

当初の作戦を変更しデルタは渡り人を移送した後、城から撤収することになっていた。

 

「まだですよ、グレアム少尉。渡り人をヘリに乗せるまで気は抜けません。それに今は静かにしていますが、城にいる敵が一斉に襲い掛かって来たらいくら俺達でも危ないんですから」

 

「そうそう、戦力比が100対1ぐらいだとか」

 

グレアム少尉の楽観的な言葉を訂正するように部下達が口を挟む。

 

「それぐらい分かってるよ。おっ、お迎えが来たぞ」

 

グレアム少尉がそう言って中庭にゆっくりと降下してくるMH-60Kナイトホークを指差す。

 

「――ッ!?マズイ、退避!!退避ー!!」

 

危険を察知したグレアム少尉が叫んだ時には遅かった。

 

暴風と騒音を撒き散らしながら慎重に機体を沈め、中庭に着陸しようとしたMH-60Kが雲を切り裂き急降下してきた竜騎士の鋭い一撃よって胴体からテールローターへ繋がる構造部分――テールブームをへし折られてしまう。

 

「ぬおっ、チクショウ!!メイデー、メイデー!!」

 

「グレンジャー02、被弾!!被弾した!!クソ、墜ちる……っ!!」

 

暴れ馬のように暴れるMH-60Kをパイロット達がなんとか制御しようと必死に操縦桿を握るものの、機体は既に制御不能な状態に陥っており、もはや手遅れだった。

 

テールブームごとテールローターを失った機体はメインローターから生み出される反トルクを打ち消せなくなり、グルグルと回転を始め終いには墜落。

 

そして墜落した衝撃で機体が跳ね、傾くと巨大なブレードが地面を抉り次いで折れ飛んだブレードや機体の破片がまるで鎌鼬のように辺りを襲う。

 

「ゴホッ……なんてこった……」

 

咄嗟に伏せたことで傷1つ負うことなく無事に済んだグレアム少尉がヘルメットを押さえながら顔を上げると、そこには悲惨な光景が広がっていた。

 

渡り人を迎えに来たMH-60Kは未だに舞い上がっている砂塵の中で横倒しになって全壊しており、また墜落時の衝撃で飛び散った機体の破片を食らったのかデルタの隊員が数名痛みの声を上げて地面に蹲り、そしてMH-60Kを撃墜し戦果を上げた当の竜騎士はといえば不運にも折れ飛んだブレードに身体をスッパリと両断されており、騎士も竜も同じ様にはらわたをぶちまけ無惨な姿で事切れていた。

 

「……そうだ……渡り人はっ!?」

 

悲惨な光景に目を取られていたグレアム少尉だったが、ハッと我に返り自分達がここに来た理由である渡り人の存在を思いだしキョロキョロと視線をさ迷わせる。

 

「うっ!?……クソ……」

 

目をカッと見開き驚いた顔のまま、無造作に転がっている渡り人の首を見つけたグレアム少尉は無理を押して進めた渡り人の回収作戦が最悪の結果に終わったことを悟った。

 

「最重要目標死亡!!繰り返す最重要目標が死亡した!!作戦は……失敗だ!!」

 

「竜騎士の出現によりヘリでの撤退は不可能と判断!!ただちに車輌部隊を送れ!!そうレンジャー連隊と本部に伝えろ!!」

 

渡り人の回収が失敗したことやヘリでの撤退が実質的に不可能になったことを受けて、レンジャー連隊による回収を求める要請が本部に送られた。

 

「早く負傷者を回収しろ!!」

 

「衛生兵ー!!衛生兵ー!!」

 

負傷者を回収するために衛生兵が駆け回り、あちらこちらから衛生兵を呼ぶ声が上がる。

 

「まだ空に竜騎士がウジャウジャいるぞ!!クソッタレ!!制空権はこっちが握っているんじゃなかったのかよ!!」

 

「敵が反撃に出たんだとよ!!そのせいでどこもかしこもてんやわんやだ!!」

 

「チィ!!ここの敵も息を吹き返しやがった!!来るぞ!!総員後ろの塔に一時退避しろ!!このまま中庭に居たら殺られるぞ!!」

 

墜落したMH-60Kから乗員を救出し負傷兵を回収したデルタは再度攻め寄せてきた敵から身を守るために中庭から一番近い塔に立て籠ることになった。

 

「こりゃあ……マズイことになった……いや、なるな」

 

負傷兵に肩を貸しながらポツリと呟いたグレアム少尉の言葉は予言となってパラベラムを襲うこととなる。



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グローリアの城に乗り込んだデルタフォースが最重要目標の渡り人を失い、しかも退路を断たれ孤立したという最悪の知らせは瞬く間に全軍を駆け巡った。

 

「デルタより緊急入電!!至急、回収部隊を寄越して欲しいと言ってます!!」

 

「司令部より入電。直ちに部隊を城に向かわせデルタを回収せよとのことです」

 

「そうか……。よし第1大隊をデルタの回収に向かわせろ。第2、第3大隊は引き続き橋頭堡の確保に専念だ」

 

「「「了解!!」」」

 

デルタからの要請と司令部からの指示を受けた連隊本部から命令が下ると第75レンジャー連隊の兵士達が一斉に動き出す。

 

「ジーク、やっぱりマズイ事になったな」

 

「ルーフェか……あぁ、お前の予想が当たったようだ」

 

出撃命令が下り慌ただしく動き出した第1大隊の中で、上陸前に話していたことが現実となってしまったことにジーク・ブレッド軍曹と同期のルーフェ・ワックス軍曹が暗い顔で話し合っていた。

 

「そこの2人、早く乗れ!!」

 

「「ハッ!!」」

 

「それじゃまた後でな、ジーク。死ぬなよ」

 

「分かってる。お前もな」

 

「あぁ」

 

上官に急かされたジークとルーフェ軍曹は会話を打ち切り最後に拳を突き合わせると笑顔で別れ、別々のM1151装甲強化型ハンヴィーに乗り込んだ。

 

「全員、乗ったか?」

 

「ハッ、第1大隊全員乗車完了しました」

 

「よし……出発!!」

 

第1大隊の兵士達がハンヴィーやM939カーゴトラック――荷台の骨組みに幌ではなく厚さ5ミリの鉄板とセラミックプレートを重ね合わせて作られたガンポート(銃眼)付き装甲板を取り付け、更に運転席の屋根に銃架を設置しM2重機関銃を二挺搭載したガントラックに乗り込むと、敵地の真っ只中に孤立したデルタを回収するために車輌の群れが動き出す。

 

「総員気を付け、敬礼っ!!」

 

「「「「ッ!!」」」」

 

まっすぐ一列に車列を組んでグローリアの市街地に続々と侵入していく第1大隊を砂浜に残された第2、第3大隊の兵士達が敬礼で見送った。

 

 

「……敵だらけだな」

 

ジーク達が白亜の市街地に入り込むとそこかしこの曲がり角や路地から帝国軍兵士とおぼしき怪しい影が第1大隊の車列を監視していた。

 

「軍曹!!あいつら撃ってもいいですか!?」

 

追加装甲の防弾ガラスと分厚い装甲板に守られた上部銃座でM2重機関銃を構えるグラマン上等兵がジークに射撃許可を求めた。

 

「駄目だ、敵だと思うがここの住人という可能性が捨てきれない」

 

「しかし!!」

 

「諦めろ。何かしてこない限り民間人への発砲はご法度だぞ」

 

「……了解」

 

口惜しそうに返事を返し黙り込んだグラマン上等兵を他所にジークは視線を空に向けた。

 

このまますんなりと城まで行ければいいが。

 

……無理だろうな。

 

制空権を奪回するべく上空で起きている空中戦――F/A-18E/FスーパーホーネットやF-35CライトニングII、F-14トムキャットによる竜騎士の蹂躙劇を眺めながら自身の楽観的な思考を否定したジークは助手席の窓からSCAR-Hを突き出し、いつでも撃てるように構えた。

 

そして、いつまでも付き纏う怪しい影や嵐の前のような不気味な静けさに第1大隊の兵士達が神経を磨り減らしながら、城まで約20キロの道のりを半分程進み大きな十字路に入った時だった。

 

「うおっ!?」

 

ジークの乗るハンヴィーの進路を阻むように突然、分厚く大きな壁が出現した。

 

「ッ!?危ないっ!!」

 

ハンドルを握るリッツ・カールトン二等兵が咄嗟に急ブレーキを掛けて停車した事でジーク達のハンヴィーは壁への激突を寸前の所で免れた。

 

「な、何だこれはっ!!」

 

「てっ、敵襲ーッ!!そこらじゅう敵だらけです!」

 

激突は免れたものの、まるで意思を持った生物のように地面からせり上がってきた壁により車列が真っ二つに分断されてしまった事にジークが慌てているとグラマン上等兵の鋭い声が響き、次いでダダダダダッとM2重機関銃の銃声がこだました。

 

「クソッタレ、待ち伏せかっ!!――左折、左折しろ!!左折だ!!」

 

十字路に面した建物の窓という窓から敵が顔を出し銃弾や魔法、矢を放ってくる危険な状況にジークはSCAR-Hで反撃しながら咄嗟に判断を下す。

 

「えっ!?し、しかし軍曹!!壁の向こうの味方は助けなくていいのですか!?」

 

だが、ジークの命令を聞いたカールトン二等兵は壁の向こうで集中砲火を浴び窮地に陥っている仲間を見捨ててしまっていいのかと悩み動こうとしない。

 

「前の奴等はもう手遅れだ!!いいから行け!!このままここにいたら俺達も蜂の巣にされるぞ!!さっさと行け!!出せ!!」

 

壁の向こうから連続して聞こえる爆発音や断末魔、そして魔導兵器が動く際に発生するガシャン、ガシャンという特徴的な足音にジークは仲間の、すぐ目の前のハンヴィーに乗っていたルーフェ軍曹の救出を断腸の思いで諦め、この場から離れて態勢を立て直す事を選んだ。

 

「りょ、了解!!」

 

鬼の形相で敵に向かって6.8×43mm SPC弾をばらまくジークに怒鳴られ、そして防弾仕様のフロントガラスに敵の銃弾がめり込んだ瞬間、運転手は何度も頷きハンドルを大きく切ってアクセルを思い切り強く踏み込む。

 

「こちらブレッド軍曹!!後ろの車輌は付いて来い!!このクソッタレな場所から離れるぞ!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

ジークの乗るハンヴィーの後輪がギュルギュルと高速で回りだし、砂埃を巻き上げながら脱兎の如く動き出すと、その後ろに続いていた車輌が必死に追随する。

 

「うわっ!?間一髪!!」

 

ジークの先導によって車列が十字路から脱出した瞬間、獲物を蹂躙し喰らい尽くした数体の魔導兵器が破壊した車輌の残骸を押し退け壁を突き破り十字路に出てきた。

 

「あっぶねぇ!!あのままあそこに居たら俺達も死んでたぞ!?」

 

「ブレッド軍曹さまさまだな!!」

 

車列の最後尾を走るハンヴィーの車内では兵士達がジークの咄嗟の判断に感謝していたのだった。

 

 

「軍曹!!どっちに行けば!?」

 

「とりあえず次の曲がり角を右折して直進しろ!!」

 

パラベラムへの亡命を希望していた渡り人が設計から製造まで携わり帝国軍に新たに配備された2種類の新式銃――以前から使用されていたマスケット銃よりも威力や射程距離、命中精度、連射能力で優れミニエー弾と呼ばれる独特の弾薬を使用するミニエー銃と使用者の魔力を圧縮しエネルギー弾として撃ち出す魔銃――の弾が雨あられと降り注ぐ中、ジーク達は手当たり次第に撃ちまくり必死に前へ前へと進んでいた。

 

「りょ、了解!!――うわっ!?」

 

「くっ!?またかっ!!」

 

だが、走り出したハンヴィーの先で待ち構えていた帝国軍の魔法使い達が、キルゾーンから逃げ出したジーク達の足を止め仕留めるべく再び壁を作り出す。

 

「止まるな!!突っ込め!!」

 

「軍曹!?う、うわああああぁぁぁぁーー!!」

 

止まれば死。

 

それが分かっているジークは壁の出現と同時に思わずブレーキを踏もうとしたカールトン二等兵の足を蹴り退け、自身の足でアクセルを踏み込み猛スピードで形成途中の壁に突っ込んだ。

 

「グオッ!!」

 

「ぬわっ!?」

 

ゴゴゴゴッと地面からせりあがってきていた壁にぶつかった瞬間、ハンヴィーに凄まじい衝撃が走る。

 

「――離すぞ!!走り続けろよ!!」

 

「りょ、了解ぃぃーー!!」

 

強引に壁を突き破り抜けた先にも相変わらず敵がウジャウジャと待ち伏せていたため、ジークは自身の足をアクセルペダルから退けつつカールトン二等兵に指示を飛ばし反撃に専念する。

 

チィ、最悪の状況だな!!

 

ジークが疾走するハンヴィーの車内から反撃しつつ敵の姿を確認すると、あろうことか帝国軍の兵士以外にもグローリアの住人達や冒険者といった不正規兵達が車列に向かって攻撃を加えていた。

 

「街から出ていけ!!」

 

「くたばれ、侵略者共!!」

 

「亜人と手を組む蛮族に死を!!」

 

「神の教えに背く愚か者共に正義の鉄槌を!!」

 

「異教徒は殺せ!!」

 

帝国の副都市なだけあってグローリアにはローウェン教の敬虔な信徒が多かった。

 

そのため、ローウェン教の教えに従わない異教徒――パラベラムの兵に対して容赦の無い攻撃が信徒によって行われていた。

 

「神よ、我に力を。神よ、我に敵を打ち払う力を。異教徒に正義の鉄槌を下す力を与えたまえ」

 

車列の進行方向にある建物の二階で、そんな言葉を口走りながら冒険者見習いの少年が窓の影に潜み車列がやって来るのをジッと待っていた。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

聞き慣れないエンジン音と共に車列が近付いて来たのを感じ取ると少年は手に握る弓に矢をつがえ一定のリズムで息を吐きながら集中力を極限まで高める。

 

そして車列がすぐそこまでやって来た瞬間、呼吸を止め窓から身をのりだし弓の弦を最大限まで引き絞った少年は一瞬で狙いを定め、矢と弦を握る手をパッと離す。

 

「クソがッ!!そこらじゅう敵だらけだ!!軍曹!!早く安――グエッ」

 

少年が放った矢は上部銃座でM2重機関銃を撃っていたグラマン上等兵の首を貫いた。

 

 

「うわっ!?――なっ、グラマン!?軍曹、軍曹!!グラマンが!!」

 

「どうした!?――嘘だろ……っ!!」

 

上部銃座から車内に崩れ落ちてきたグラマン上等兵の姿を視界に捉えたジークは唖然とした。

 

体はグッタリと弛緩し目は白目を剥き、矢が突き刺さった首からは血がドクドクと溢れている。

 

「即死……即死です。軍曹!!」

 

グラマン上等兵が戦死しているのは明白だった。

 

「チクショウ……チクショウ!!よくも殺りやがったな!!クソッタレ!!」

 

部下を殺られた怒りに燃えるジークがお返しとばかりにエネミー銃を構え撃とうとしていた帝国軍兵士を撃ち殺す。

 

「誰か銃座につけ!!」

 

「了解っ、俺が行きます!!さぁ〜クタバレ、クソ野郎共!!うおおおぉぉぉらあああぁぁぁ!!」

 

後部座席に座っていた兵士がジークの命令に答え、素早く銃座につきM2重機関銃の機関部の右側に付いているコッキングレバーを力強く2回、ガチャンガチャンと引き新たな弾を薬室に押し込み、木製グリップの握把を握り締め『ハの字』の押し金(トリガー)を両親指でグッと押し込み射撃を開始。

 

味方を安心させ、敵を戦慄させる銃声が轟き放たれた12.7x99mm NATO弾が敵を撃ち倒す。

 

そうしてジーク達が無我夢中で必死に走り続けていると徐々に飛んでくる弾の数が減り、そして遂には完全に弾が飛んで来なくなり敵兵の姿も見えなくなった。

 

「攻撃が止んだ?」

 

攻撃を止め急に居なくなった敵兵をジークが訝しんでいると大きな広場に出た。

 

「抜け……たのか?」

 

包囲網を突破したから敵兵が居ないのか?

 

……考えても分からんな。

 

広場とその周辺には敵兵がおらず、ただ静寂が広がっていた。

 

「まぁ、とりあえず……脱出成功……だな」

 

「た、助かった……。死ぬかと思った……」

 

停車したハンヴィーの中でジーク達は皆、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

『ブレッド軍曹、よくやった。以後の指揮は私が取る』

 

「了解です、カービィ大尉」

 

成り行きで指揮を取っていたジークだったが、今この場にいる中で一番階級の高いクラウツ・カービィ大尉に指揮権を戻した。

 

「ふぅ……。お前もよくやってくれた。次も頼むぞ」

 

ジークはカールトン二等兵の肩を労うように叩く。

 

「あ、ありがとうございます。軍曹」

 

肩を叩かれたカールトン二等兵は照れ臭そうに笑っていた。

 

「さて……今のうちにグラマンの遺体をトラックに移すぞ。……ん?」

 

なんとか窮地を切り抜けたジーク達が広場で態勢を立て直していると車載の無線機に誰かの声が入って来ているのに気が付いた。

 

『――ザッ、ザー。誰か!!誰か応答してくれ!!こちらワックス、ザッ、敵――にげ――ザッ、救出――たの、ザッ、早く!!ザッ、ザーザー、負傷兵が――ザーザー』

 

嘘だろ!?

 

雑音が酷く聞き取れない部分が多かったが、無線機の向こうで助けを求めているのがルーフェ・ワックス軍曹だとジークは確信した。

 

「こちらブレッド軍曹!!ルーフェか!?応答しろ!!」

 

『ザーザー、頼む!!誰か応答を!!ザッ』

 

「クソッ!!」

 

咄嗟に無線機のマイクを握りジークがルーフェ軍曹に呼び掛けたが空中の電波状況が悪いのかルーフェ軍曹の声は聞こえるもののジークの声は向こうに届いて居なかった。

 

「大尉!!カービィ大尉!!」

 

ルーフェ軍曹が生きている事を知ったジークはハンヴィーを飛び出し、司令部と無線のやり取りをしているカービィ大尉の元に駆け寄った。

 

「どうした?軍曹」

 

「ルーフェが!!いえ、ワックス軍曹が生きています!!」

 

「あぁ。私も今、司令部経由で知った。それと正確にはワックス軍曹を含め50人程の兵が生きているそうだ」

 

「だったら早く救出に!!」

 

「……残念だが、司令部からの命令は孤立したデルタとの合流だ」

 

「では他に救出部隊が向かっているのですか?」

 

「いや、向かっていない」

 

「なっ……そんな……」

 

カービィ大尉の口から飛び出した残酷な知らせにジークは絶句した。

 

「空の敵はほとんど排除したが、今度は地上の敵が本格的な反撃に出ているらしい。うちの連隊も砂浜で敵部隊と交戦中で救出部隊を出せないそうだ」

 

「じゃあ、なおさら我々が救出に向かわねば!!」

 

「ブレッド軍曹、お前の気持ちは分かるが……ワックス軍曹がいるのはここから2キロ離れた敵地の中だぞ、我々が行けると思うか?」

 

カービィ大尉はそう言って残存している兵達の惨状に目をやった。

 

「……」

 

「ここからまた敵の集中砲火を浴びながらワックス軍曹を助けに行くのは無理だ。今の我々では城に辿り着く事で精一杯だろう。仮にワックス軍曹を助けに行ったとして、そこから城に向かう余力は無い」

 

第1大隊の生き残りは負傷兵が多くもはや戦闘単位としては機能せず、軍事的用語で言えば全滅しているのと同じだった。

 

「……分か……りました」

 

カービィ大尉の言葉にジークは顔を伏せ項垂れながら踵を返した。

 

「……むぅ」

 

「――敵襲!!」

 

「っ!!総員、撃ち方用意!!敵が撃って来るまで撃つなよ、十分に引き付けてから撃て!!」

 

仲間を助けに行けない悔しさと2度も仲間を見捨てねばならない悲壮感を漂わせながら去っていくジークの後ろ姿をカービィ大尉が眺めていると見張りの兵士が声を上げた。

 

「……なんだあいつら?」

 

「薄気味悪ぃな」

 

カービィ大尉の命令で一斉にSCARを構えた兵士達は敵の異様な行動に首を捻る。

 

広場に通じる6つの道からゾロゾロと姿を現した無数の帝国軍兵士は皆、ゆっくりとした足取りで剣や銃などの武器を引き摺りながらフラフラとジーク達に近付く。

 

「……撃て」

 

不気味な沈黙を保ち近付いて来る敵兵に嫌なモノを感じたカービィ大尉は、敵を引き付けるのを止め攻撃命令を下した。

 

そして一斉に鳴り響いた銃声が広場を満たす。

 

「「「「ッ!?」」」」

 

だが、銃弾を浴びたはずの敵が歩き続けているという異常な状況に兵士達は思わず撃つのを止めてしまう。

 

「……まさか」

 

「……嘘だろ」

 

「……奴らは」

 

「「「ゾンビ!?」」」

 

銃弾を浴びてなお、イカれた笑いを浮かべながら歩き続ける帝国軍兵士に第1大隊の兵士達は震え上がる。

 

「ムジャーヒディーン……あの時のジハードの聖戦士と同じか」

 

しかし、中東である経験を経ていたジークは敵がゾンビ等ではない事を知っていた。

 

「ムジャ……そりゃ何ですか軍曹?」

 

「ムジャーヒディーン、イスラム教の大義にのっとったジハード(聖戦)に参加している戦士の事だ」

 

「……で、そのムジャ何とかと奴等が一緒ってのは何なんですか?」

 

「なに、簡単に言えば――クスリでぶっ飛んでいるんだよ、あいつらは!!」

 

そう吐き捨てたジークは薬物でハイになり死の恐怖を忘れている敵兵の頭をSCAR-Hの6.8×43mm SPC弾で破壊する。

 

「チィ、威力が足りない!!7.62mm弾じゃないと奴等を殺すのは骨が折れるぞ!!」

 

ジークに頭を撃たれた帝国軍の兵士は脳みそが弾けた後も2〜3歩、歩き続けていたが唐突にバタリと倒れた。

 

「頭だ!!とにかく敵兵の頭を破壊しろ!!奴等はクスリでラリってるんだ!!体に銃弾を当てても効果が薄い!!それとM2の射手は弾をばらまけ!!12.7mmなら体だろうが頭だろうが関係ない!!問答無用で敵をミンチに出来るからな!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

ジークの助言を耳にして第1大隊の兵士達は攻撃を再開、SCARで敵兵の足を止めM2重機関銃で敵兵を“破壊”することになった。

 

しかし朝方に行われた砲撃によって砲弾神経症(シェルショック)を患い、故にクスリ漬けにされて戦場に送り出された兵士の数は多く第1大隊は苦戦を強いられる。

 

「全員車に乗れ!!今すぐ城に向かいデルタと合流するぞ!!」

 

倒しても倒しても沸いてくる敵に身の危険を感じたカービィ大尉が命令を飛ばす。

 

「――こちらカービィ大尉!!なに?了解した。ブレッド軍曹!!」

 

「何ですか!?」

 

ハンヴィーに飛び乗ったカービィ大尉が司令部と無線機でやり取りを交わした後、ジークを呼びつけた。

「喜べ、戦況が変わった!!我々はワックス軍曹達の救出に向かうぞ!!」

 

「――……了解っ!!」

 

カービィ大尉の言葉に2〜3回瞬きを繰り返した後、ジークはニヤリと口を歪め大声で返事を返した。

 

「行くぞ!!野郎共!!お仲間を助けるんだ!!」

 

「……あの軍曹?なぜ急に救出に向かえる事に?」

 

ハンヴィーに乗り、無線機のマイクに向かって威勢良く吼えたジークにカールトン二等兵が問い掛けた。

 

「なに、航空隊が制空権を完全に取り戻したお陰でナイトストーカーズがデルタを迎えに行けるようになったからだ。あぁ、それとカービィ大尉が近接航空支援を要請してたからなAC-130も出て来るぞ」

 

「はっ?AC-130?ここらに陸上基地は無いですよ?どこから飛んでくるんです?」

 

「……お前、事前に配布された作戦計画書を読まなかったな?はぁ〜。何のためにフォレスタル級の正規空母4隻を潰してまでアレを運んで来たと思ってるんだ」

 

「……えっ?まさか?」

 

「そうだ、AC-130は空母から発艦するんだよ」

 

「嘘ぉ!?」

 

ジークは愉しげに笑いカールトン二等兵は顎が外れてしまったように口を大きく開き驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

グローリアから50キロ離れた海域を回遊しているフォレスタル級航空母艦の4隻――CVA-59『フォレスタル』CVA-60『サラトガ』CVA-61『レンジャー』CVA-62『インディペンデンス』の飛行甲板には巨大な機体が1機ずつ駐機していた。

 

「まさかグローリア上陸戦の初日から俺達が投入される事になるとはな……」

 

「まぁ、いいんじゃないですか?見せ場が全く無いよりは」

 

「それもそうか」

 

特別な改造が加えられたAC-130UスプーキーIIの機内では機長と副機長が軽口を叩き合いながら機器の点検を行い発艦準備を進めていた。

 

「油圧システム、OK。補助ロケットシステム、OK。全システムオールグリーン、発艦準備完了」

 

「よし、こちらウイッチバード01。発艦準備が完了した。発艦許可を求む」

 

そして機体の発艦準備が整うとAC-130Uは4基のエンジンをゴウゴウと唸らせながら、その時をただ静かに待っていた。

 

『フォレスタル艦橋より、ウイッチバード01。発艦を許可する。……グッドラック』

 

「ウイッチバード01了解。これより発艦する」

 

最大速力の34ノットで風上に向かって全速航行する『フォレスタル』の艦橋から発艦許可が下りると機長は短く返事を返しスロットルレバーをゆっくりと押し込む。

 

するとエンジン出力が上がり、エンジンの唸りが一段と大きくなる。

 

だが、車輪止めを噛まされ機体を固定されているためAC-130Uは発艦が出来ない。

 

しかし、それも予定通りの事である。

 

「エンジン出力最大!!」

 

「さぁ行くぞ!!」

 

エンジンの出力が最大になると機長はコックピットの小窓から甲板員に手信号を送り、車輪止めを外すように指示を送った。

 

「車輪止め解除!!」

 

指示を受けた甲板員が掲げていた腕を振り下ろすと、AC-130Uの機体の下に身を縮こませて待機していた甲板員達が一斉に車輪止めを取り払った。

 

すると機体はゆっくりと『フォレスタル』の飛行甲板を走り始め、徐々に加速していく。

 

「……まだだ……まだ……」

 

ガタガタと揺れるコックピットでは機長がタイミングを図っていた。

 

「……今だっ!!」

 

「補助ロケットシステム起動!!」

 

『フォレスタル』の艦橋の真横を通過した瞬間、機長が叫び副機長が補助ロケットシステムの起動スイッチを押した。

 

「っつ!!」

 

「グッ!!」

 

補助ロケットシステムが起動すると機体後部に取り付けられた補助ロケットがゴォーっと火を噴き機体を一気に加速させ、凄まじいGが機長と副機長を襲い2人の体を操縦席に押し付ける。

 

「「あぁぁがぁぁれぇぇーーっ!!」」

 

襲いくるGに抗いながら『フォレスタル』の飛行甲板が残り5メートルを切った時、機長と副機長は操縦桿を思い切り引いた。

 

「「ウオオオオォォォォーー!!」」

 

高い短距離離着陸性能を持つC-130ハーキュリーズが元になっているだけあって一度はフワリと浮かんだものの、GAU-12 25mmガトリング砲を1門、40mm機関砲を1門、そして105mm榴弾砲を1門搭載した上に弾薬、燃料を満載した機体は重く海に向かって墜ちていく。

 

「墜ちて……堪るかああぁぁ!!第二補助ロケット点火ァ!!」

 

「点火!!」

 

機体が海に着水する寸前、予備として取り付けられていた第二補助ロケットを点火。

 

それにより機体は強引に空へと舞い上がる。

 

「離艦……成功ッ!!成功です機長!!」

 

「ふぅ。ちょっと危なかったが……やったな」

 

高度を取り、安堵の息を吐くことが出来た機長はホッと胸を撫で下ろしていた。

 

『『『『ウオオオオォォォォーー!!』』』』

 

『俺達飛んでる、飛んでるぞ!!』

 

『……漏らすかと思った』

 

『あぁ、俺もだ。スリルたっぷりだったからな』

 

『……………………スマン、俺漏らした』

 

『『『『ウエエエェェェーー!?』』』』

 

「何をやってるんだ後ろの奴らは……。いや、それより他の奴らはどうなった?」

 

機内のバカ騒ぎに呆れていた機長は、ハッと我に返り副機長に問い掛けた。

 

「えぇっと……ウイッチバード02も離艦に成功した模様……あっ!?……機長、ウイッチバード03が離艦に失敗し着水しました……04は成功」

 

「そうか……」

 

後から空に上がってくる手筈になっている僚機をウイッチバード01が待っていると不幸な事にCVA-61『レンジャー』から離艦を試みたウイッチバード03が離艦に失敗し墜落してしまった。

 

「……まぁ4機中3機が無事に離艦に出来ただけでも上等か」

 

墜落した機体に小型ボートが群がりウイッチバード03の乗員を救出するべく必死の救助活動を行っているのを眺めた後、3機のAC-130Uは編隊を組んでグローリアに向かって飛んで行った。

 



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ちょっと短いです。



パラベラムの国籍マークである緋の丸を機体に貼付した無数の航空機がグローリアの大空を飛び交っている。

 

「これはまた壮観というか、なんというか……」

 

「今頃きっと航空管制官達が悲鳴を上げているんじゃないですか。……にしても注意しないとちょっと危ないですねこれは」

 

一度は竜騎士により制空権を奪われたものの、再び制空権を握ったパラベラム軍は本隊である海兵隊三個師団が上陸準備を整えるまでの時間を稼ぐべく、また劣勢を強いられている地上部隊の援護を目的とし大量の航空機を投入したためグローリアの上空は大混雑の様相を晒していた。

 

「さてと……ウイッチバード01より02、03へ。ここから1機ずつに別れるぞ。ウイッチバード02は第75レンジャー連隊の支援。ウイッチバード03は城で孤立しているデルタの支援につけ。こちらは第1大隊の支援につく」

 

『ウイッチバード02、了解』

 

『ウイッチバード03、了解』

 

ニミッツ級航空母艦のCVN-77『ジョージ・H・W・ブッシュ』から飛来したF-35CライトニングIIの一個小隊を護衛に付けグローリア上空に到着した3機のAC-130UスプーキーIIは城で孤立しているデルタ、砂浜で敵部隊と交戦中の第75レンジャー連隊、そして仲間の救出に向かっている第1大隊の支援を行う為に各機が別々に散って行った。

 

『ホークアイ01よりウイッチバード01へ。応答されたし』

 

ウイッチバード01が第1大隊のいる場所に向かって飛行していると特殊電装機器や外部アンテナ、指揮及び統制システムを搭載したEH-60Lブラックホーク――ホークアイ01がAC-130Uの横に並び無線で呼び掛けてきた。

 

「こちらウイッチバード01。どうぞ」

 

『我々、ホークアイ01が第1大隊の進路誘導にあたることになった。よろしく頼む』

 

「ウイッチバード01、了解した」

 

分断されてしまった仲間の救出に向かう第1大隊に空からリアルタイムで最適な進路を知らせ誘導するべくやって来たホークアイ01と合流したウイッチバード01は連れだって第1大隊の元へと急ぐ。

 

「ん?あれか……。こちらウイッチバード01。第1大隊の指揮官は応答されたし」

 

『こちら第1大隊カービィ大尉!!ようやく来てくれたか、待ちかねたぞ!!』

 

「待たせてしまってすまない。これより近接航空支援を開始する。攻撃目標の指示を乞う」

 

『悪いがこちらにそんな余裕は無い!!反撃だけで精一杯だ!!そちらの判断で敵を排除してくれ!!』

 

近接航空支援を行う為に攻撃目標の指示を求めたウイッチバード01はカービィ大尉の返答に困り果てた。

 

「……無茶を言ってくれる」

 

「機長、どうします?」

 

「余裕が無いのは本当のようだしなぁ……しょうがない、最終的な攻撃目標の判断はうちの奴らに任せよう」

 

「了解です」

 

敵の集中砲火を浴びながら仲間の救出に向かう第1大隊からは攻撃目標の指示を送ってもらう事が出来ないと理解した機長と副機長は頷き合い支援態勢に入った。

 

「高度は2000メートルに固定。バンク角は30〜35度、オービット旋回始め」

 

「高度2000メートル、バンク角30〜35度、オービット旋回開始します」

 

機長が副機長に指示を出し、支援態勢に入ったウイッチバード01の機体はオービット旋回(地上の目標を中心に左回りの定常旋回を繰り返す事)を行う。

 

「機長より通達。基本的な攻撃目標は味方部隊の進行を阻む敵兵。なお、家屋については道沿いの家屋のみ攻撃可能とする。他は撃つな民間人がまだ居るらしいからな。それと味方には絶対当てるなよ、誤射には細心の注意を払え。以上だ」

 

『『『『了解!!』』』』

 

機長からの命令に射撃準備を整えていた射手達は威勢良く返事を返し直ちに攻撃に移った。

 

まず始めに105mm榴弾砲が目標を定め砲撃を開始。105mm榴弾砲の目標となったのは車列が通り過ぎた後、隠れていた家屋から道に出てきて車列に追い撃ちを加えている敵兵である。

 

誤射の危険性を考え車列の進行方向に威力の強い榴弾を撃ち込む事は出来なかったが、目標とする敵兵がいる場所は車列が通り過ぎた後なので何の心配もなく榴弾が叩き込まれ調子に乗っていた帝国軍の兵士達を消し炭に変える。

 

そして次にGAU-12 25mmガトリング砲と40mm機関砲による弾丸の雨が敵兵に降り注いだ。

 

25mmガトリング砲が道沿いの家屋を掃射し壁の向こうに隠れる敵兵を悉く殲滅、40mm機関砲が家屋の中に潜み攻撃のチャンスを窺っていた敵兵を木っ端微塵に破砕する。

 

「車列から75メートル先に壁が出現、排除しろ」

 

「了解」

 

「車列から300先、T字路の角に魔導兵器2体を確認。40mm機関砲で対処しろ」

 

「イエッサー」

 

「敵歩兵部隊が移動中、目視出来る今のうちに25mmガトリング砲で殲滅せよ」

 

「了解!!」

 

第1大隊を誘導しているホークアイ01より送られてくる情報を頼りに最適な位置取りを決め、空を飛ぶウイッチバード01から降り注ぐ弾幕は熾烈を極めた。

 

またFLIR(赤外線前方監視装置)を使い、叩くべき敵の指示を的確に出す戦術士官により車列を攻撃する敵兵は確実に排除されていった。

 

「分断された味方部隊が近いな……撃ち方止め」

 

「「「了解」」」

 

分断された味方が立て籠る家屋の前で車列が停車したのを確認して戦術士官が攻撃中止を命じるとウイッチバード01の支援攻撃が一時中断される。

 

『こちら第1大隊、味方と合流した!!繰り返す味方と合流した!!』

 

ホークアイ01とウイッチバード01の支援のおかげでようやく仲間がいる場所へ辿り着く事が出来た第1大隊から喜びの声が上がった。

 

『カービィ大尉よりウイッチバード01へ。航空支援に感謝する。お陰でなんとか仲間と合流する事が出来た』

 

敵中を突破し分断されていた仲間との合流を無事に果たしたカービィ大尉からウイッチバード01へ感謝の言葉が送られる。

 

「それは何より。……こちらは弾薬が無くなっためこれより帰還する。オーバー」

 

近接航空支援で搭載していた弾薬を全て使い果たしたウイッチバード01は補給のため母艦である『フォレスタル』への帰還を決めると地上で手を振っている味方に機体を揺らしバンクで答えた後、機首を『フォレスタル』に向けた。

 

「さて、今からがまた正念場だぞ」

 

「えぇ、気合いを入れますか」

 

『フォレスタル』への着艦という難事を控えたウイッチバード01の機長と副機長は弛めた緊張の糸を張り直し母艦へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「よぉ……相棒、まだ生きてたか」

 

「それはこっちのセリフだ、ルーフェ。よく無事だったな」

 

「へへへッ、彼女も居ないうちに死ねるかってんだ」

 

「……元気そうで何より」

 

帝国軍の待ち伏せを食らい分断された第1大隊の約半数、300人の中で幸運にも生き延びていた55人。

 

その内の1人であるルーフェ軍曹と再会を果たしたジークは別れた時と同じように拳を付き合わせ再会を喜んだ。

 

「で、今の戦況と城に孤立したデルタはどうなったんだ?こっちには断片的な情報しか回って来なかったからさっぱり分からん」

 

「あぁ、戦況は五分五分と言った所だ。デルタは迎えに行ったナイトストーカーズが無事に回収したよ」

 

「そうか、それで俺達はどうするんだ?撤退か?」

 

「撤退しようにも負傷者が多すぎるし、何よりうちの連隊も今は戦闘中だ。恐らくはここで海兵隊が来るまで待機だな」

 

「ま、それもそうか。無理をして動くよりもここで味方の到着を待っていた方が利口か……」

 

「ブレッド軍曹とワックス軍曹、味方のヘリが物資を運んでくるついでに重症の兵士を運びに来るから手伝ってくれ」

 

「「了解」」

 

家屋の壁に寄りかかりながら2人が腰を下ろし話をしていると指揮を取っているカービィ大尉に命じられ仕事にかり出された。

 

「うぉ……砂まみれになるなこりゃ」

 

「ゴーグルを持ってきて正解だったな」

 

ジークとルーフェ軍曹が分隊規模の兵士と共に家屋の屋上に上がると、風に吹かれて飛んでくる砂埃が皆を襲った。

 

「風が出てきたせいで――ペッ、口に砂が……」

 

「黙ってないと腹一杯に砂を食べるハメになるぞ」

 

「まったくだ」

 

飛んでくる砂埃に苛立ちながらジーク達が周辺警戒の任についていると、数機のヘリが低高度で編隊を組んでジーク達に向かって飛んでくる。

 

「来たな」

 

「ん?無線が……」

 

ヘリに視線を送っていたジークが自身の無線機に通信が入っていることに気が付く。

 

「こちらブレッド軍曹、どうぞ」

 

『ザーザーザーザー、ザッこちらパーク・ジャクソン一等兵!!軍曹、聞こえますか!?』

 

その声を聞いた瞬間、ジークは凍りついた。

 

「ま、まさか……嘘だろ……パーク……なのか?」

 

『そうですよ、パークです!!というか酷いですよ軍曹!!あのヘリがエンジントラブルで『サン・アントニオ』に引き返さなかったら俺、完全に本土行きでしたよ!!』

 

「……お前、今どこにいるんだ?」

 

『今?今は軍曹の所に物資を運ぶヘリの護衛機――ブラックホークに便乗させてもらってますが……それがどうかしましたか?』

 

パークの言葉を愕然とした思いで聞いていたジークは屋上にいる兵士全員に向かって叫んだ。

 

「総員周辺警戒を厳となせ!!」

 

しかし、ジークの命令は少し遅かった。

 

『ッ!?不味い!!バリスタに狙われているぞ!!』

 

『緊急回避!!ブレイク、ブレイク!!』

 

『はぁ!?――うわっ!?』

 

そんな声が無線機を通して聞こえてくると同時にヘリの編隊が一気にバラける。

 

『ッツ!!スイーパー06被弾した!!』

 

『テールローターに直撃を受けた!!機体が安定しないっ!!駄目だ、墜ちる!!』

 

『う、うおおおぉぉぉーー!!ヤバい、軍曹!!』

 

だが、不幸にもバリスタから撃ち上げられた巨大な矢がパーク一等兵の乗るスイーパー06のテールローターを直撃。

 

機体の制御が出来なくなり制御不能に陥ったスイーパー06はグルグルと回りながら高度を落とす。

 

『スイーパー06被弾、墜落する。繰り返すスイーパー06が被弾した!!――……ブラックホークダウン!!ブラックホークダウン!!』

 

『スイーパー06が墜落、繰り返すスイーパー06が墜落!!』

 

そして低高度を飛行中だったスイーパー06は皆が見守る中、瞬く間に墜落してしまった。

 

「「「「……」」」」

 

パーク一等兵を乗せたスイーパー06が墜落する様をただ見ている事しか出来なかったジーク達は呆然と墜落現場の方角を眺めていた。




次回、ファンタジー臭漂う戦闘の……予定(´∀`)


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ファンタジー臭が漂う戦闘……になったかな?
(;´д`)



「墜落現場まで後どのくらい残ってるんだ!?」

 

「残り3ブロックです!!」

 

「遠いなぁ、コンチクショウ!!」

 

カービィ大尉の命令でジークは20人の兵士を従え、何処からともなくウジャウジャと湧いてくる敵兵を撃ち殺しつつ砂塵が舞うグローリアの市街地を徒歩で移動していた。

 

移動している目的はもちろん、墜落したスイーパー06の乗員の救出である。

 

ちなみにジーク達が移動手段であるはずのハンヴィーを使っていないのは敵の目を引き付けないようにするためと、墜落現場まで通じる道が細くてハンヴィーが通れなかったせいである。

 

最も遠回りになるルートを通ればハンヴィーでも墜落現場には行けたが、それでは到着するまでに時間が掛かりすぎた。

 

『ホークアイ01よりブレッド隊に告ぐ。スイーパー06の墜落現場に多数の敵兵及び民間人が押し寄せている。現在、スイーパー02より降下したラッシュ・ディガート軍曹とテイーリー・ゴーヘン軍曹が交戦中だが多勢に無勢だ。急いでくれ』

 

「っ、了解した!!」

 

こっちはこれでも精一杯だっつーの!!

 

ホークアイ01の報告に投げやりに答えたジークは苦々しい思いを抱きながら出来る限りの早さで移動を続ける。

 

「ちょっと待て……止まれ」

 

曲がり角を目前にして嫌な胸騒ぎを感じたジークは声を上げ、左手を振り上げると後続する兵士に停止を命じた。

 

「…………っ!!クソッ!!撃ってきやがった!!」

 

ジークが曲がり角からゆっくりと顔を覗かせた瞬間、無数の銃弾が曲がり角の壁に着弾する。

 

「こっっの……こっちは急いでいるんだよっ!!」

 

ジークが反撃のためにSCAR-Hだけを曲がり角から突き出し引き金を引き絞ると待ち伏せていた敵兵の悲鳴が沸き起こった。

 

「手榴弾!!」

 

「ほっ」

 

「せいっ」

 

ジークの指示が飛ぶと兵士達がすぐさまMK3A2攻撃手榴弾を敵に向かって放り投げた。

 

直後、曲がり角の向こうでMK3A2攻撃手榴弾が爆発し一気に敵兵を凪ぎ払う。

 

「……。よし、前進だ!!」

 

再び曲がり角から顔を出し敵の殲滅を確認したジークが進み始めると部下達もその後に続く。

 

「RPGー!!」

 

しかしジーク達が歩き出した途端、何かに気が付いた兵士が大声で叫んだ。

 

兵士の声で皆が反射的に伏せた瞬間、物陰に潜んでいた魔法使いが放った火球がジーク達の近くに着弾し爆発。

 

衝撃波と爆風がジーク達の体に傷を付ける。

 

「ゲホッ!!何がRPGだ、火の玉じゃないか!!」

 

「意味は通じるからいいじゃないですか!!」

 

「――……えぇい、クソ。何でもいいから進むぞ!!」

 

「分隊長、さっきの魔法使いがいません!!追いかけますか?」

 

「ほっとけ、行くぞ!!」

 

「「「了解っ!!」」」

 

紛らわしい言葉を発した部下とのやり取りを強引に終わらせ、そして攻撃後すぐに姿を消した魔法使いを追わずに放置するとジークは墜落現場に向かって進む。

 

 

「見えた、あれだ!!」

 

そうして敵との交戦を続けながら敵地の真っ只中を進んでいたジーク達だったがようやく墜落現場に到着。

 

無数の敵兵と武装した民間人達に包囲されている多勢に無勢の状況で必死に抵抗を続ける味方兵士の姿を視界に捉えた。

 

ちっ……見通しがいい分、遮蔽物が少ないから危ないな。

 

パーク一等兵を乗せたブラックホークが墜落した現場は建設途中の家屋が建ち並ぶ開けた場所であった。

 

「カーンズ!!お前に10人預けるから墜落現場の東側を守れ!!」

 

「了解です!!行くぞ、お前ら!!」

 

ジークは部下の1人に声をかけ、部隊を半分に分けると墜落現場の確保に移る。

 

「お前らはここで敵に牽制射撃をかけろ、俺はブラックホークの機内を見てくる。あぁ、ディスクお前は一緒に来い」

 

「「「「了解」」」」

 

敵弾が飛び交う中、ジークと衛生兵であるディスク兵長はブラックホークに向かって走る。

 

「レンジャーだ、撃つな」

 

「おぉ、助かった。後少しで弾切れだったんだ」

 

「ふぅ……間に合ってくれたか。ところで何人連れてきた?」

 

たった2人で今まで戦っていたデルタの隊員はジークの姿を見るなり安堵の息を漏らした。

 

「20人だけだ。後からハンヴィーに乗った別動隊が迎えに来る予定になっている」

 

横倒しになっているブラックホークの側でM14SEクレイジーホースを持つラッシュ・ディガート軍曹とSPR Mk12を持つテイーリー・ゴーヘン軍曹に合流したジークは会話を続けながらも時折、敵に向かって6.8×43mm SPC弾をばらまく。

 

「それで、生存者は?」

 

「1人だけだ。他は戦死したよ」

 

ゴーヘン軍曹にそう告げられたジークは横倒しになっているブラックホークの機内を覗き込んだ。

 

「うっ…っつ…軍……曹?」

 

「っ!?……生存者ってお前だったのかパーク。生きてて何よりだ」

 

砂まみれになった機内で力なく横たわるパーク一等兵を目にしたジークは驚きに目を見開きそう言った。

 

「ハハハッ、なんとか……無事でした……でも足の感覚が……無いです」

 

「……そうか……分かった。そこで大人しくしてろよ。――ディスクあとは任せた」

 

「了解」

 

衛生兵のディスク兵長がブラックホークの機内に潜り込むのを見届けた後、ジークはデルタの2人を連れて部下の元へ戻った。

 

「ディスク、パークの容態は?」

 

『ちょっと待って下さい……えぇっと今すぐに命の危険はありませんが、挟まれている足が問題です。大型の工具がないと救出は無理でしょう』

 

「了解した。――ということは車両部隊が来るのを待つしかないか……」

 

ブラックホークから離れたジークが遮蔽物に隠れながらディスク兵長との通信を終えると、今度はカーンズ伍長からの通信が入る。

 

『こちらカーンズ。軍曹、敵が引いていき――うん?南側にある道から敵……老人が1人近付いて来ます』

 

有利な状況だったにも関わらず引いていった敵兵の代わりに新たな敵が出現しジーク達の前にその姿を現した。

 

「……あれか……あれは民間人じゃないな、鎧を身に付けて杖を握っているし敵だろ。しかし……嫌な予感がする。総員攻撃準備、準備が出来次第、一斉に攻撃するぞ」

 

『『『『了解』』』』

 

150メートル程離れた先でマントをはためかせ、隠れる素振りもなく堂々と歩いてくる敵を視界に捉えたジークは先手を打つべく部下達に攻撃命令を出した。

 

「待て、俺が1発で殺る」

 

しかしジークの部下達が攻撃を仕掛けるより先にディガート軍曹がそう言ってM14SEを構え、ピカティニーレールに取り付けたスコープを覗き込む。

 

そしてスコープの中に写る十字線のど真ん中に敵の姿を捉えた瞬間、ディガート軍曹がM14SEの引き金を引いた。

 

バンッと銃声が響き7.62x51mm NATO弾が銃口から飛び出す。

 

殺った!!

 

直撃コースで飛んでいく弾丸にディガート軍曹は確かな手応えを感じていた。

 

だが音速で飛翔する7.62x51mm NATO弾がターゲットの額を捉える寸前、なんと砂の壁が現れ弾丸を防いでしまった。

 

「冗談だろ……おいおい、ありゃあ厄介な相手だぞ」

 

「嫌な予感的中……」

 

必殺の一撃を防がれたディガート軍曹は敵が一筋縄では倒せない難敵だと知り眉をひそめ。

 

薄々、敵が厄介な相手だと悟っていたジークは肩を落とした。

 

「我が名はテレイス・ダビデ伯爵!!このグローリアを守る最強の魔法騎士にして――」

 

「撃て」

 

年老いた老人――ダビデ伯爵の口上を遮り、ジーク達の一斉攻撃が始まった。

 

「ぬぅ!!我が口上を遮るとはなんたる無粋な輩どもか!!しかし……なんとも軽い攻撃よのぅ。これでは我には永遠に勝てんぞ」

 

一斉攻撃が始まると同時に前面にしか展開していなかった砂の壁を変形させ全身を守れるように球体に造り変えたダビデ伯爵はジーク達の攻撃に呆れたように言葉を漏らし余裕綽々で自慢の白いアゴヒゲを撫でていた。

 

「……ちっ」

 

銃弾は全てあの砂の壁に阻まれてるな。

 

威力が足りないか……まぁロケットランチャーとか何か対戦車用の兵器があれば簡単に倒せるんだろうが……。

 

生憎手持ちがない、どうすれば。

 

ジークがダビデ伯爵をどうすれば殺せるのかと考えを巡らせていた時だった。

 

「うむ、我もそろそろやるかのう」

 

一方的な攻撃を浴びていることに飽きたダビデ伯爵が動き出す。

 

「――ダギウス。サンドドール」

 

詠唱を終え、最後にそう呟いたダビデ伯爵が杖を振ると帝国騎士を模した数十の砂人形が姿を現わす。

 

「行けぃ、我が最強の僕達よ。魔法も使えぬ劣等民族を皆殺しにせよ!!」

 

ダビデ伯爵からの命令が下ると砂人形達が一斉に動き出した。

 

「ターゲット変更!!砂人形を撃て!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

動き出した砂人形に対しジーク達が一斉に銃弾を浴びせるものの、生物ではなくダビデ伯爵の魔法で操られているだけの砂の塊にはまるで効果がなかった。

 

あっ……これマズイ。

 

銃弾の効かない、砂で出来た敵を前にジークの額から汗が流れ落ちる。

 

クソッ、本来なら一時後退する所だが、ディスクとパークを見捨てるわけにもいかないし……。

 

支援攻撃で潰してもらうか?

 

いや、しかし……航空支援を要請しても来るまでに5分は掛かる。

 

「ブレッド軍曹!!どうします!?」

 

「隊長!!」

 

予期せぬ非常事態に慌てた兵士達がすがるような目でジークを見つめる。

 

「……一か八かだが、考えがある。2人も手伝ってくれないか」

 

「あぁ、いいぞ」

 

「考えがあるなら早く言ってくれ」

 

デルタの隊員であるディガート軍曹とゴーヘン軍曹にも協力を依頼したジークは、念のため航空支援を要請した後で自身の思い描いた決死の作戦を決行することにした。

 

 

「むっ、誰か出てきたな……。ほう……無粋な鉄砲を捨てあのような小さき刃で我に挑むか。ワハハハッ、良かろう相手になってやろうではないか!!」

 

たった一人で姿を現し宣戦布告代わりにコンバットナイフの刃先を向けてきたジークを透視が出来るようになる魔導具で砂の壁の中から視認したダビデ伯爵は高笑いを上げ、杖を構える。

 

「さぁ来るがよい、我が僕が貴様を屠ってくれるわ!!」

 

ダビデ伯爵の言葉を合図にしたかのようにジークが全速力で駆け出す。

 

なに、まさか我が僕達を無視するつもりか?笑止!!

 

我の魔法を舐めるな!!

 

砂人形の群れを無視してジークが突っ込んでくると考えたダビデ伯爵は散らばっていた砂人形をジークの進路上に集中させる。

 

だが、それこそがジークの狙いだった。

 

砂人形がジークの進路上に集まった瞬間、それを待っていたジークの部下達がFN40GL(MK13)グレネードランチャーで40mmグレネード弾を砂人形に叩き込む。

 

「しまった!?これが狙いか!!」

 

40mmグレネード弾が着弾し爆発、砂人形を跡形もなく吹き飛ばしたのを見てダビデ伯爵は己の失策を悟る。

 

「だが、砂人形などいくらでも造り出せ――ぬ、どこへ消えた?」

 

消し飛んだ砂人形の代わりをダビデ伯爵が造り出そうとした時、ジークの姿を見失っている事に気が付いた。

 

む……困ったぞ。この魔導具の透視効果が発揮できるのは目の前の障害物だけ。

 

今のように砂の壁の外で砂埃が巻き上がっているのでは敵の姿が見えぬ。

 

「うん?なんだ、この煙は!?」

 

飛んで来る銃弾を砂の壁で防ぎつつ意味もなく目を凝らしジークの姿を探すダビデ伯爵だったが、いつの間にか自身の近くに投げつけられていたM18発煙手榴弾によって視界を更に遮られる。

 

「む、視界を完全に封じたこの隙に接近するつもりか。甘いわ!!グルア、ナギ、セイマ――」

 

ダビデ伯爵が新たな技を繰り出そうと詠唱に入った時だった。

 

TH3焼夷手榴弾とMK3A2攻撃手榴弾がダビデ伯爵に向けて投げられTH3焼夷手榴弾が砂の壁の上で、MK3A2攻撃手榴弾が砂の壁の少し手前で炸裂した。

ふん、この程度の威力で我が守りを崩せる――なっ!?

 

銃弾や爆風を防ぐ砂の壁――自分の魔法に絶対的な自信があったダビデ伯爵は砂の壁がまるでマグマを浴びせられたかのように融解していくのを見て絶句していた。

 

フン、鉄骨すら溶かす事が出来るTH3焼夷手榴弾だぞ?お前の砂の壁なんか簡単に溶かせるんだよ。

 

それよりいいのか?

 

お前と“我々”の視界を遮る煙幕はMK3A2攻撃手榴弾の爆発で吹き飛んでいるぞ。

 

潜んでいる物陰からダビデ伯爵を伺うジークがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「何故……だ?どうやって……何故ッ――ッ!?」

 

予想外の出来事に思考が停止し思わず疑問を溢したダビデ伯爵への返答は飛来した2発の7.62x51mm NATO弾だった。

 

「ゴフッ、そんな……バカな……この我が……劣等民族ごときに……わ…れ…が…」

 

ディガート軍曹とゴーヘン軍曹の狙撃によって胸を撃ち抜かれたダビデ伯爵は失意のまま地面に崩れ落ちた。

 

「目標に命中、殺ったぞ」

 

「全く……ヒヤヒヤさせる奴だ」

 

厄介な敵を駆逐したジーク達の間にホッとした空気が流れた。

 

しかし、それも束の間。

 

「――ゲマ、ベリテ。我を舐めるな……ゴハッ!!はぁはぁ、サンド…サンド……ニードルッ!!」

 

「なにっ!?」

 

「「マズイッ!!」」

 

倒れ伏していたダビデ伯爵が血ヘドを吐きながらも最後の力を振り絞り立ち上がると大技を繰り出した。

 

血に濡れた杖が振られた瞬間、ダビデ伯爵を中心にズゾゾゾッと円錐形の砂のトゲが地面から伸び。

 

ダビデ伯爵の執念が乗り移ったかのように砂のトゲが触れる物全てを串刺しにしていく。

 

「カハッ!!む、無念……」

 

だが、残りの力を大技に全て注ぎ込み力尽きたダビデ伯爵が息絶えると同時に砂のトゲは形を保てなくなりサラサラと崩れ落ちた。

 

「ハ、ハハハ……あっぶねぇ……」

 

あと2秒、あのジジイが生きていたら串刺しにされて死んでたな、俺。

 

ダビデ伯爵が力尽きたおかげで九死に一生を得たジークは頬をかすった砂のトゲで出来た傷を押さえていた。

 

「軍曹!!何処ですか!?軍曹!!」

 

「こっちだ」

 

「軍曹!!ご無事で!?」

 

「あぁ、何とかな……」

 

駆け寄って来た部下に手を上げて答えたジークは預けておいたSCAR-Hを受け取り隠れていた物陰を後にした。

 

 

「……おいおい、終わった直後にご到着かよ」

 

ダビデ伯爵を倒したジーク達が敵の再来に備え、簡易の陣地を構築しようと動き出すと同時に迂回路を通って来た数台のハンヴィーが墜落現場に現れた。

 

「ジーク、大丈夫か!?」

 

ハンヴィーから降りてきたワックス軍曹がジークに駆け寄る。

 

「あぁ、何とかな」

 

「よかった……。ところでジーク、少し不味いことになった」

 

ジークが無事だった事に安堵したワックス軍曹だったが、不意に表情を暗くする。

 

「どうした?」

 

大型の工具を担いだ兵士達が墜落したブラックホークに向かい、負傷し閉じ込められているパーク一等兵の救助に取りかかったのを眺めつつジークがワックス軍曹に問うた。

 

「実はな、後から上陸する手筈になっていた海兵隊が来なくなった。いや、それどころか遠征艦隊が一時的にグローリアから離れる」

 

「は、はぁ!?冗談だろ!!どうして!!」

 

驚くべき知らせにジークはワックス軍曹の襟を掴み締め上げる。

 

「ぐえっ!?お、落ち着け…この…バカ!!ぐるじいっ!!」

 

「はっ!!す、すまん」

 

「ゴホッ、ゴホッ!!ったく。話は最後まで聞けっつーの」

 

「悪かったからさっさと言え!!」

 

「……逆ギレかよ、まぁいい。実はな、遠征艦隊から100キロ離れた海域に未確認巨大生物が出現し猛スピードで遠征艦隊に向かって接近しているらしい。そのせいで海兵隊の上陸は一時延期、上陸再開は未確認巨大生物を始末してからになるそうだ」

 

「嘘だろ……」

 

「まだだ、それだけじゃない。パラベラム本土から250キロ離れた空域やコーラッド平原にも未確認巨大生物が出現したらしい、上の連中はそのせいで大慌てだよ」

 

「これから……どうなるんだ?」

 

「……分からん」

 

ジークとワックス軍曹は不安そうに空を見上げた。

 

こうしてグローリア攻略戦は混迷の度合いを増し始めた。



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10

耳にした者に非常事態だということを知らせ、危機感を煽る甲高い警報がパラベラム本土やその他の島々に鳴り響く。

 

「状況を報告しろ!!」

 

千歳と千代田を引き連れ司令本部の作戦指令室に飛び込んだカズヤは開口一番にそう叫んだ。

 

「ハッ、5分程前に本土から250キロ東の空域に巨大な飛行生物が出現。またグローリアを攻略中の遠征艦隊から100キロ離れた海域で哨戒航行中の潜水艦部隊が未確認巨大生物を発見、交戦中との報告を送って来ていましたが現在潜水艦部隊とは通信が途絶しております。更に帝国の領内に進攻中の地上部隊からもコーラッド平原にて未確認巨大生物及び無数の魔物を確認したとの報告が入りました」

 

カズヤよりも先に作戦指令室に入り状況を把握していた伊吹が素早く答えた。

 

「3体の化物が同時に出現?……厄介なことになったな。――千歳、千代田。2人はこれをどう見る?ただの偶然だと思うか?」

 

「十中八九、帝国による攻撃だと私は思います」

 

「私も姉様と同じ意見です。マスター」

 

「そうか……。2人とも俺と同じ意見か」

 

「哨戒機より映像来ます」

 

「他からも映像が来ました」

 

この非常事態をただの偶然と捉えるには些か無理があるとカズヤ達が話し合っていると未確認飛行物体の近くを飛行していたP-1対潜哨戒機とE-2ホークアイ早期警戒機が未確認飛行物体を捕捉し搭載しているカメラで目標を撮影して中継映像を送ってきた。

 

そしてほぼ同時に残り2体の未確認巨大生物の映像が現地の偵察機から人工衛星を経由して司令本部に送られて来る。

 

「でかい……」

 

作戦指令室の巨大なディスプレイに映し出された3体の巨大生物を目にしたカズヤが思わず言葉を漏らした。

 

陸――無数の魔物を引き連れコーラッド平原を牛歩の歩みでノロノロと進むのは巨大なカメモドキ。

 

モウモウと噴煙を上げる火山を甲羅の上に背負い動く度に太い6つの足を踏み鳴らし大地を陥没させて巨大な足跡を残す。

 

海――海面付近を猛スピードで泳ぐ黒い海竜は長い首と縦3列に並んだ背ビレを海面に突き出し自身の存在を誇示している。

 

そして万物を噛み砕く強靭な顎と牙を備え、全身に強固な鱗を纏い長く伸びた尾を水中でユラユラと揺らしながら遠征艦隊の元へと吸い寄せられるように近付いて行く。

 

空――不自然にボコボコと膨らんでいる大きな腹を抱え背中に生えている8対の巨大な羽をバサバサとはためかせ大空を舞う昆虫のような生物。

 

ギョロギョロと蠢く単眼と赤く発光している複眼で辺りを警戒し時折、耳障りな奇声を発している。

 

「「「「……」」」」

 

作戦指令室に詰めている者全ての視線が3体の化物に釘付けになり重苦しい空気が立ち込める。

 

「遅れて申し訳――これは……」

 

「……セリシア。魔物に詳しいお前なら分かるだろ。この化物共はこの世界の化物か?」

 

一足遅れて作戦指令室にやって来たセリシアにカズヤが尋ねる。

 

「いえ、私の知る限りこの世界にこんな魔物はいません。恐らく異世界から召喚した魔物かと」

 

「ならコイツらを召喚するとして、それに必要な魔力は?」

 

「最低でも……1体につき1万人分の魔力(生け贄)が必要と思われます」

 

「そうか、そんな――ッ!?」

 

セリシアの答えを耳にしたカズヤはハッとあることを思い出し千歳に向き直る。

 

「千歳、少し前に帝国が兵士としては使えない奴隷――女子供を大量に買い漁っているという報告があったな?」

 

「はい。最終的には3万〜4万人ほど購入したと聞いております」

 

「その時は兵士の数だけでも揃えようと躍起になっているだけかと思っていたが」

 

「……その買い漁った奴隷を生け贄にしたというのですか?」

 

「恐らくな……」

 

まったく、セリシアの予想が正しいとして……敵さんもまた面倒なモノを召喚してくれたものだ。

 

しかし陸海空の化物とは、アレの名を付けるのにおあつらえ向きだな。

 

ディスプレイに映る3体の化物――エルザス魔法帝国が大規模な召喚儀式を行い呼び出した魔物を睨みながら気持ちを入れ換えるカズヤ。

 

「よし、現在確認されている3体の巨大生物を帝国が放った敵対生物と断定。総員第1種戦闘配置、これより撃滅行動に移る!!なお陸海空の敵対生物はそれぞれ『ベヒモス』『リヴァイアサン』『ジズ』と呼称する事とする!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤの号令の下、全軍が敵の撃滅に向けて動き出す。

 

「とりあえずリヴァイアサンの対処は遠征艦隊に一任するとして問題はベヒモスとジズだな」

 

それぞれの移動速度や現在位置が表示されている3Dマップを前にカズヤは思考を巡らせる。

 

「ご主人様、ベヒモスは移動速度が遅いため我が部隊との会敵は暫く先の事です。今は放置しておいてもよろしいのでは?」

 

「あぁ、だがベヒモスが引き連れている無数の魔物共が問題だ。衛星写真で見る限りコーラッド平原の周りにある街や村――我々の占領下に無いものまで無差別に襲っている所を見るとコイツらが先行し襲って来ないとも限らん。……ここは戦線を下げた上で戦力を集中し一気に叩いた方が良さそうだ。よし、第1防衛線は破棄。進攻中の全部隊を第2防衛線まで後退させろ」

 

現状で下手に手を出せば各個撃破されるのがオチだろうからな。

 

「分かりました。では進攻中の部隊には第2防衛線まで後退するよう命令を送ります」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

カズヤの判断で帝国領内に攻め込んでいる部隊を一度下げ、伸びている戦線を整理した上で戦力を集中しベヒモスを一気に片付けることになった。

 

「……マスター、各部隊の撤退に際し占領下にある街や村の敵国民はどうするのですか?」

 

「むっ……そうだな……」

 

千代田の鋭い質問にカズヤは直ぐに答えることが出来ず言葉に詰まる。

 

「……とりあえずベヒモスが近付いて来ている事を知らせた上で避難を希望する者だけを連れて後退させろ、避難を希望しない者は捨て置け。いくら会敵するまでに時間があると言っても時間は有限だ。避難をしないと言う奴等の面倒までは見ていられないからな」

 

「ハッ、了解しました」

 

こうして帝国の領内にいるパラベラム軍は一時的に戦線を縮小する事が決まった。

 

後退が決定した部隊によってベヒモスや魔物の大群が近付いている事を知らされた占領下の街や村の住人は全体の7割に当たる人々が避難を希望したため後退する部隊と共に秩序を保ちつつ避難を開始。

 

しかしパラベラム軍が避難を希望した住人と共に後退を開始した途端、一部の魔物達がカズヤの懸念通りに先行し、コーラッド平原の目と鼻の先にあった城塞都市バラードを襲撃。

 

バラードに駐屯していたパラベラム陸軍第4師団や民間人に少なくない被害が出てしまう。

 

しかし、それを除けば他に問題はなくパラベラム軍の後退も成功。

 

部隊と共に後退してきた住人達は後に最前線となる第2防衛線に到着すると更に後方へと移送されて行った。

……ちなみにパラベラム軍によるベヒモスの接近という知らせが虚偽であるとし避難を拒絶した3割の人々が、その後どうなったのかは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ジズの接近に伴い、パラベラムの軍港や泊地からは数多の艦艇が錨を上げ、舫いを解き一斉に出港。

 

戦闘旗をメインマストに掲げ、対空戦闘の準備を着々と整えながら急いで洋上に進み出す。

 

一方、飛行場ではスクランブルに備え待機していたF-22ラプターの戦闘機部隊がジズを迎撃するべく滑走路を爆音と共に駆け抜け空に舞い上がり、その支援のためにE-3セントリー早期警戒管制機が後に続く。

 

 

そして飛行場に幾つも並び建つハンガーの中では駐機している戦闘機や爆撃機、攻撃機に弾薬と燃料の積載が整備兵により急ピッチで行われていた。

 

またパラベラムを守る最後の要である地上部隊はありとあらゆる対空兵器を兵器庫から持ち出しジズの本土上陸という最悪の事態に備えていた。

 

「さてと……とりあえず他の方面は置いといて。この気持ち悪い虫が目下の大問題だな」

 

各方面への指示を出し終えたカズヤは最大の問題であるジズの対応策を考え始め、現状の把握に移る。

 

「……千歳、各部隊の配置状況は?」

 

「ハッ、現在8割方の部隊が配置完了。残りの2割も5分以内には戦闘配置につきます」

 

「千代田、本土防衛用対空迎撃システムに異常はあるか?」

 

「ありません、マスター。全てオールグリーンです」

 

「……迎撃準備は万端だな」

 

とりあえず所定の迎撃を行って様子を見るか。

 

自分が命じるまでもなく、訓練や実戦を重ねた熟練の兵士達が成すべきことを成していることにカズヤは満足気に頷く。

 

「スクランブル発進した第27戦闘飛行隊より入電。目標を確認、これより攻撃を開始する」

 

ジズの迎撃に向かった戦闘機部隊が寄越した報告により戦いの火蓋が切って落される。

 

「バロメリーダー、エンゲージ!!フォックス3、フォックス3!!」

 

『バロメ02、フォックス3!!』

 

『バロメ03、フォックス3!!』

 

パラベラム本土の飛行場からスクランブル発進した第27戦闘飛行隊のF-22がレーダーでジズを捉えAIM-120D AMRAAM(アムラーム)を一斉に発射。

 

固体燃料を燃焼させ白煙を引きながらアムラームの群れがマッハ4の速さで目標であるジズに向け飛んでいく。

 

「第27戦闘飛行隊がミサイルを発射、命中までおよそ20秒」

 

F-22がアムラームを発射したのと同時に作戦指令室のディスプレイに表示されたミサイルを示す光点がジズを示す光点に接近していくのを作戦指令室に詰めている者達が息を呑んで静かに見守る。

 

「命中まで3、2、1、0ッ!!目標に全弾命中!!」

 

ジズから付かず離れずの距離を取るP-1から送られて来ている映像では百発以上のアムラームがジズの体にしっかりと命中する様子が映っていた。

 

「……やったか?」

 

爆煙に覆われたジズを見て1人のオペレーターが無意識の内に思わず口を滑らせてしまった。

 

「「「「……」」」」

 

「はぁ……」

 

フラグを立てるな……このバカ。

 

瞬間、他のオペレーター達が口を滑らしたオペレーターをギョッとした表情で見つめ、カズヤは重々しいため息をついた。

 

「え、あ……っ!?」

 

自分が皆の視線を集めていることに気が付き、そして自分が何を言ったのかを理解したオペレーターは一瞬で真っ青になる。

 

「あのマヌケをこの部屋からつまみ出せ」

 

滝のような汗を流し顔面蒼白になっているオペレーターを鬼の形相で睨む千歳が後ろに控えている部下に声を掛け顎をしゃくった。

 

「「了解」」

 

「え、ちょ、あの……も、申し訳――」

 

口を滑らしたオペレーターは親衛隊の隊員に両脇を抱えられ、謝罪の言葉を口にする間もなく作戦指令室から追放された。

 

「……減俸1ヵ月」

 

「分かりました、マスター。そのように――……完了しました」

 

カズヤがポツリと漏らした言葉に答えた千代田は早速パラベラムのメインサーバーを介して目的のシステムを弄り、件のオペレーターの給与額を減額した。

 

「もう分かっているが目標は?」

 

グッタリと疲れた様子で俯くカズヤが目の前のオペレーターに問う。

 

「目標健在です」

 

「やっぱりか」

 

「――……ッ!?た、大変です!!ジズの体内から大量の飛行生物が出現!!か、数は……百……せ、千……万……け、計測不能です!!」

 

「なんだと!?」

 

オペレーターの泡を食った報告にカズヤは目を剥きジズの姿が映るディスプレイを凝視。

 

そこにはアムラームの攻撃で不自然に膨らんでいた腹が破れ、破れた腹から濁流の如く勢いで飛び出す見たこともない魔物の姿が映っていた。

 

「これは……不味いぞ」

 

体長が2〜3メートルでバッタとカマキリ、そしてトンボを混ぜたような姿をしている魔物は黒い雲となりジズの周りを飛び交う。

 

「早くP-1とE-2を退避させろ!!」

 

「りょ、了解!!HQより――」

 

カズヤの命令でジズを監視していたP-1とE-2がすぐさま退避行動を取り空域を離脱する。

 

しかし離脱する2機と入れ替わりに別空域を飛行していた無人偵察機のRQ-4グローバルホークがタイミングよく当該空域に到着。

 

そのため、ジズの監視態勢に問題は発生しなかった。

 

「目標群の再計測完了!!推定個数10万体!!」

 

「目標群、本土に向かって急速接近中!!」

 

「なっ!?ジズの飛行速度が上昇しています!!」

 

「後続の航空隊が戦闘空域に到着、攻撃を開始!!」

 

急激に慌ただしくなった作戦指令室の中ではオペレーター達の声が次々と上がり、ディスプレイにはスクランブル発進したF-22の後に出撃した様々な戦闘機、攻撃機、爆撃機が高度2万フィートを飛行中のE-3の情報支援を受けて各種ミサイルを発射する様子が映し出される。

 

「焼け石に水だな……」

 

圧倒的な物量を誇る魔物に対し航空隊のミサイル攻撃が続けられるものの、魔物の数は一向に減る様子が無かった。

 

またミサイルを使い果たしてしまった戦闘機のパイロット達は果敢にも機銃のみで魔物にドックファイトを挑み、多数の魔物を撃墜することに成功するが終いには魔物に包囲され被撃墜される機体が相次ぐ。

 

「……閣下、ジズが第2次防衛ラインを突破しました」

 

「そうか……。なら予定通り全航空戦力を戦闘空域から離脱させろ」

 

「了解しました」

 

しかし、そうした航空隊の奮戦も虚しく出現時の時点で既に防空識別圏の奥深く――第1防衛ラインを突破していたジズや魔物がパラベラムの第2次防衛ラインを突破。

 

これにより航空戦力によるジズの迎撃任務は失敗したと見なされ撤退を余儀なくされた。

 

「全航空戦力が空域を離脱」

 

「第1艦隊より入電、対空及び対水上戦闘を開始せり」

 

遠距離からの攻撃に終始していた攻撃機や爆撃機が機首を翻し、また近距離での戦闘を行っていた戦闘機部隊がアフターバーナーを吹かして一気に推進力を増し、追い縋る魔物を一瞬で引き離しつつ一目散に空域から離脱すると遠征艦隊の編成から外れ居残っていた編成待ちの艦艇を吸収し規模を拡大。そして急造の輪形陣を組んだパラベラム防衛艦隊である第1艦隊のイージス艦やミニイージス艦、ミサイル駆逐艦、ミサイル巡洋艦より艦対空ミサイル――RIM-66 SM-2MRスタンダードミサイルがMk13、Mk26連装発射機またはMk41 VLS(垂直発射装置)から魔物に向け連続発射された。

 

加えて艦対艦ミサイルのハープーンやトマホーク、超音速対艦ミサイルのP-800オーニクス、90式艦対艦誘導弾、エグゾセ、RBS-15等がジズに向け放たれた。

 

発射された無数のスタンダードミサイルはイージス艦に搭載されているイージス戦闘システムを介し、指示された優先度の高い目標に向かい飛翔し艦対艦ミサイルや巡航ミサイルの群れはジズを一直線に目指す。

 

「敵損耗率、約20パーセント!!」

 

「敵、依然として当艦隊に接近中」

 

「全艦、全砲門開け。近接対空戦闘用意!!」

 

途切れることなく発射されるスタンダードミサイルが魔物を次々と爆砕、ジズに対しても大型ミサイルが次々と命中していくが魔物とジズの侵攻は止まる様子が無く第1艦隊との距離をドンドン詰めてくる。

 

対空及び対水上戦闘を開始してから間もなく、あっという間に距離を詰められた第1艦隊はスタンダードミサイル等の艦隊防空(フリートエリアディフェンス)ミサイルからESSMやCAMMといった個艦防空(ポイントディフェンス)ミサイルの発射に切り替え、更に近接防空(クロースエアディフェンス)ミサイルであるRIM-116 RAM等の発射準備を整え主砲以下の各種対空砲やCIWS(ファランクス)の砲門を開く。

 

また、この頃になるとパラベラムの外縁部に位置する島々や海上石油プラントを利用し作られた海上要塞に設置されたミサイルランチャーから地対空ミサイルのMIM-23(改良)ホークや03式中距離地対空誘導弾、地対艦ミサイルの88式地対艦誘導弾、12式地対艦誘導弾、(地対艦仕様の)P-800オーニクス、ハープーン、トマホークが放たれ敵に対する攻撃がより一層激化した。

 

「――ッ!!12時の方角に目標を視認!!」

 

「目標群との距離、2万を切りました!!」

 

「来たか」

 

本土防衛を任とする第1艦隊の旗艦、長門型戦艦1番艦『長門』の艦橋で第1艦隊司令長官の北見攻中将が空を真っ黒に染め上げる魔物の大群とその後ろに続く巨大なジズを見て頭の帽子をしっかりと被り直す。

 

「主砲三式弾、撃ち方用意!!」

 

「主砲三式弾、撃ち方用意」

 

僚艦が搭載しているRIM-116 RAMからAIM-9サイドワインダーに手を加えられた空対空ミサイルが次々と飛び出す中、『長門』の艦長の砲撃指示が飛び砲雷長の復唱が続く。

 

「撃ち方始め!!」

 

「撃ち方始め」

 

砲撃許可が降りると同時に『長門』の前部主砲である41cm連装砲2基4門が一斉に火を噴いた。

 

また『長門』の主砲発射に続き『陸奥』からも同様に主砲弾が発射される。

 

数十秒の後、8発の三式弾は魔物の群れの中で炸裂し燃え盛る子弾が魔物を襲い魔物を悉く焼き払う。

 

「敵、損耗率が50パーセントを超過!!」

 

これまで続けてきた攻撃や先程の三式弾による攻撃で魔物の損耗率が50パーセントに到達したが、それでもなお敵の数は膨大だった。

 

「目標群、更に接近!!」

 

『長門』や『陸奥』の主砲が再装填を急ぐなか両艦の副砲や重巡洋艦、軽巡洋艦の主砲、高角砲、ミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦等の速射砲が砲火を迸らせ弾幕を形成する。

 

しかし、それでも敵の勢いは止まらず遂にファランクスや比較的小口径の対空火器までもが対空戦闘に参加し始めた。

 

「目標右40度、高角40度!!」

 

「撃って撃って撃ちまくれ!!」

 

「左から来るぞ!!撃て撃て撃て撃てッ!!」

 

世界各国の新旧の艦艇が入り乱れる第1艦隊の上空は魔物と弾幕によって真っ黒に染め上がる。

 

時限信管やVT信管、近接信管を搭載した主砲、高角砲、速射砲の砲弾が紅蓮の花を空に咲かせ。

 

40mm、30mm、25mm、20mm、13mm、12.7mmといった様々な口径の対空火器が砲弾を空に撃ち上げ魔物をバタバタと撃ち落とす。

 

「敵目標群、直上に飛来!!――……も、目標群当艦隊を無視し本土へ向かいます!!」

 

「行かせるな!!ここで全て叩き落とせ!!」

 

ありとあらゆる対空火器が砲身を真っ赤にさせながら火を噴く中、遂に第1艦隊の直上に飛来した魔物の群れは第1艦隊を完全に無視。

 

パラベラムに向かい飛行を続ける。

 

「ジズが来ます!!」

 

「チッ!!全艦に通達、ジズを最優先攻撃目標とする!!」

 

「了解!!」

 

雲霞の如き魔物の群れが第1艦隊の上空を通り過ぎて行くと、今度は大和型戦艦3隻分の体長を誇るジズが第1艦隊の上空へと差し掛かる。

 

「デ、デカイ……」

 

「正真正銘の化物だ……」

 

「いいから撃ちまくれッ!!」

 

「「りょ、了解!!」」

 

各艦の船外に出ている兵士達がジズの巨大さに惚ける間もなく、第1艦隊の総力を上げてジズに対空砲弾を叩き込むが、ジズの体を覆う強固な外骨格に阻まれ有効弾を与えることが出来ない。

 

「こいつなら……ッ!!」

 

「墜ちろっ!!」

 

第1艦隊にいる唯一の戦艦である『長門』や『陸奥』の後部主砲の砲手達が第1艦隊の上空を過ぎ去ろうとしているジズに三式弾を叩き込むが、貫通性の乏しい三式弾ではジズの外骨格を貫くのは不可能だった。

 

「……硬すぎだろ、あの化物。羽すら燃えねぇ」

 

「戦艦が積んでいる対艦用の徹甲弾かバンカーバスター、もしくは大型爆弾クラスじゃないと効果が無さそうだな……」

 

離れ行くジズや魔物に対しミサイル攻撃が再開される中、役目を終えてしまった第1艦隊の対空火器の砲手達は上空を過ぎ去って行ったジズを眺めながらそうボヤいていた。



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11

まるでイナゴの大群のように空を覆い尽くす魔物の群れと、その親玉であるジズがパラベラム本土に接近していた。

 

「目標群、第1艦隊直上を通過。なおも本土に接近中!!」

 

第1艦隊を完全に無視した魔物達とジズは熾烈な対空砲火を浴び続けながらも前へ前へと進み続ける。

 

「目標群、パラベラムの領空に侵入しました!!」

 

作戦指令室に入ってくる報告は刻一刻と悪いように悪いようにと傾き始めていた。

 

「千代田……どうだ?」

 

「ッ……申し訳ありません。マスター、敵の本土上陸は避けられないかと」

 

パラベラムの全防衛システムを完全に支配しているため本土やそれ以外の島々、海上要塞等に設置されている固定砲台やミサイルランチャー、加えて高射砲塔に針鼠のように設置されている対空火器(全自動の物に限る)をたった一人で全て遠隔操作している千代田は今現在の対空砲火による撃墜率と侵攻速度を計算し敵の本土上陸が避けられない事を申し訳無さそうにカズヤに伝えた。

 

「そうか……」

 

「……ッ」

 

苦々しい表情でそう言葉を漏らしたカズヤを見て千代田はグッと歯を食いしばる。

 

おのれ……おのれ……おのれっ!!たかが虫の分際で私に恥をかかせ、しかも……マスターの神聖な国を侵したな……?

 

覚悟しろクソムシどもめ、1匹足りとも逃がさん。

 

ゴミクズのようにくびり殺し地獄に送ってやる!!

 

カズヤに良いところを見せる事も出来ず、また防衛システムを自ら掌握し外敵の侵入は全て阻むと大見得を切っていたにも関わらず敵の本土上陸を防ぐ事も出来なかった千代田の腹の底はマグマのように煮えくり返っていた。

 

「千歳、地上部隊の全指揮を任せる」

 

「ハッ、了解しました」

 

カズヤからパラベラムにいる地上部隊の指揮権を委譲された千歳は作戦指令室の中央にある指揮所に降り、部隊の指揮を直接取り始める。

 

「レイナ、ライナ」

 

「「お側に」」

 

「万が一の事が無いとも限らん。だから2人は明日香の側に居てやってくれ」

 

千歳が地上部隊の指揮を取っているのを眺めながら、カズヤは後ろに控えていたメイド――レイナとライナに自分の娘である明日香の側に付いているように命じた。

 

「かしこまりました」

 

「承知致しました」

 

カズヤの命を受けた2人は一礼するとメイド服のスカートを揺らしながら作戦指令室を飛び出し、部屋の外で待っていた妖魔の部下達を連れ司令本部の地下シェルターにいるはずの明日香の元へと向かう。

 

「さてと……」

 

ちょっくら行って来るか。

 

レイナとライナが作戦指令室を出ていったのを確かめるとカズヤは静かに立ち上がる。

 

「カズヤ様?どちらに行かれるのですか?」

 

「マスター、何処へ行くつもりですか?」

 

「閣下?」

 

それを見てセリシアや千代田、伊吹が怪訝な顔でカズヤに声を掛けた。

 

「いや、ちょっとトイレにな」

 

「……マスターの悪い癖が……」

 

「フフッ、“トイレ”ですか、なら私も途中までご一緒させて頂きます」

 

「……閣下、後で副総統に何を言われても知りませんよ」

 

……バレてる。

 

トイレだと言って席を立ったカズヤだったが、その場にいる者全員に何をしに行くのかをあっさりと見抜かれていた。

 

「ま、すぐに片を付けて戻る」

 

「分かりました。ですが、何とぞお早くお戻り下さい」

 

「護衛やその他の手配はこちらでやっておきます。――ご武運を」

 

「……すまん、苦労を掛ける」

 

言っても言うことを聞かないであろうカズヤを引き留めることはせず、むしろ知らない所で勝手に動かれるよりはマシ。と判断した千代田と伊吹はカズヤのサポートに徹していた。

 

「では、カズヤ様」

 

「あぁ、行くか」

 

そうして理解ある部下達に見送られたカズヤはセリシアを連れ、千歳に気付かれないように作戦指令室を後にした。

 

「第17海堡との通信途絶!!」

 

「海防艦第180号、轟沈!!」

 

「美作島の守備隊より増援要請!!」

 

「その隣にある備前島からも増援要請が来ました!!」

 

パラベラムの領内に侵入した途端、魔物の群れは先程までの大人しさをかなぐり捨て目につくモノ全てを破壊せんと暴虐の限りを尽くす。

 

それに対し各島の守備隊やパラベラムの内海に展開している海防艦(フリゲート艦)、ミサイル艇等の小型の艦艇が全身全霊をかけて魔物に対抗するものの圧倒的な物量に押され、劣勢を強いられる。

 

「……ムシケラどもが、調子に乗るなよ」

 

地を這うようなおどろおどろしい声でそう吐き捨てた千歳は、カズヤの作った国が破壊される様を目にし堪忍袋の尾が引き千切れ、完全にぶちギレていた。

 

と、そこへ千歳の怒りにニトロを注ぎ込むような報告が舞い込む。

 

「――……な、なんだと!?嘘だろ!!間違いじゃないのか!?……あぁ。あぁ、分かった。大変です、副総統閣下!!全面的かつ大規模な改装を行いようやくまともに動けるようになった世宗大王級駆逐艦3隻『世宗大王』『栗谷李珥』『西・柳成龍』の乗組員がほぼ全員、戦闘を放棄し逃亡した事が判明しました!!」

 

「見つけ次第殺せ」

 

「……は?」

 

「何度も同じ事を言わせるな、敵前逃亡の脱走兵は見つけ次第殺せ」

 

「は……ハッ、了解しました!!」

 

ぶちギレ状態の千歳は何気ない事のように粛清指示を出すと戦闘を続けている地上部隊の指揮に戻った。

 

「目標群、本土上空に侵入!!」

 

「高射砲塔及び要塞群に設置した近距離迎撃システムの起動を確認!!」

 

「第16、第112歩兵連隊及び第2、第5戦車大隊、加えて第1、第2、第3高射中隊が交戦開始!!」

 

パラベラム本土の東側にある軍港や要塞に展開した二個歩兵連隊や二個戦車大隊、三個高射中隊が敵の接近に際し遂に戦闘を開始。

 

ここに至りパラベラム本土にまで戦火が及ぶという最悪の事態に発展した。

 

「クッ……こうなれば総力戦だ。使えるモノは何でも使え、敵を……虫共を殺せれば何でも構わんッ!!これ以上ご主人様の国を汚させるな!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

本土での戦闘が始まると、まず最初に高射砲塔や要塞に設置されているM51 75mm高射砲や35mm2連装高射機関砲 L-90、VADS-1改、オート・メラーラ76mm、127mm単装砲、ファランクス、ゴールキーパー、RAM、アイアンドーム等が魔物に対し攻撃を加える。

 

次に三個高射中隊の中軸を担う自走式対空ミサイルのアベンジャーシステム、93式近距離地対空誘導弾、9K35等の短距離地対空ミサイルが発射され、更にロシアの2K22ツングースカ、日本の87式自走高射機関砲、ドイツのヴィルベルヴィントといった自走式対空砲が砲声を轟かせ火線を撃ち上げる。

 

またM1エイブラムスやT-90で編成された二個戦車大隊の主砲による稚拙な対空砲火や歩兵が持つFIM-92スティンガー、スターバースト、91式携帯地対空誘導弾、9K38イグラ等の携帯式防空ミサイルシステムまでもが対空戦闘に駆り出され、それでも足りない分は歩兵が重火器で魔物を迎撃した。

 

「目標群の損耗率89パーセントを超過!!あと少しです!!」

 

「クソッ不味いッ!!目標群の一部が対空砲火の隙を突いて市街地の第9区に侵攻!!」

 

「続いて第8、第12区にも敵が侵入!!」

 

「第1高射中隊と通信途絶!!全滅した模様!!」

 

「第42高射砲塔に敵が取り付きました!!このままでは砲塔内に避難した非戦闘員の身が危険です!!」

 

ありとあらゆる兵器を動員した苛烈な対空砲火によって、ようやく魔物の数が減り希望の光が見えて来たかと思えば一転。

 

次々と悪夢のような報告が作戦指令室に舞い込んだ。

 

「……」

 

だが、千歳はその報告を聞いて狼狽える所か口元に薄い笑みを浮かべる。

 

「……虫ごときが我々を舐めすぎだ」

 

第42高射砲塔の頑丈な扉を破壊し分厚いコンクリートの壁を鎌のような鋏角で砕きながら非戦闘員が避難している砲塔内部へ侵入していく魔物の姿が映るディスプレイをチラリと目にした千歳は獰猛に笑ながら反撃の合図を口にした。

 

「この程度の数なら押し切れる。――全軍ムシケラ共を駆逐せよ!!」

「「「「了解!!」」」」

 

魔物の数が減り防戦一方の状況から反撃に転じる余裕が出来たパラベラム軍は全域で攻勢を開始。

 

だが驚くべき事に、一番最初に反撃に転じたのはパラベラム軍の正規兵等では無くパラベラム本土に住む非戦闘員達であった。

 

 

ジズの腹の中で眠っていた魔物達は目が醒めた今、腹を空かせ獲物を求めて第42高射砲塔の内部を手当たり次第に破壊していた。

 

何故なら幾多の世代交代の中で本能に刷り込まれた事実、強固に守られた巣(建物)を破壊すれば中には戦う力を持たない脆弱な獲物がひしめき合っているという事を知っているからである。

 

だが、魔物達には不幸な事にパラベラムにいる人間は魔物達の本能に刷り込まれているような力を持たない脆弱な獲物等では無かった。

 

非戦闘員が逃げ込んでいるシェルターを守る最後の壁をドカドカと破壊し穴が貫通すると獲物にありつけると思ったのか魔物が嬉しそうに大顎をカチカチと打ち鳴らしながら顔を突っ込む。

 

「「「「……」」」」

 

しかし、顔を突っ込んだ魔物が見たのは恐怖に震え身を縮こませる脆弱な獲物の姿ではなく武器を構え殺る気マンマンの老若男女の姿だった。

 

そして次の瞬間、シェルターの中に顔を突っ込んだ魔物は弾丸の嵐に晒され身体中に穴が開き絶命した。

 

「フン、国民全員が兵士の我々にムシケラごときが勝てる道理はない」

 

強力な小火器を携え暴徒のように荒れ狂いながらも軍隊のように規律を保ちつつ、第42高射砲塔から打って出て魔物を駆逐していく非戦闘員達の姿を千歳は誇らしげに眺めていた。

 

そんな最中、彼ら彼女らに触発されたかのように他の怒れる非戦闘員やパラベラム軍の正規兵達が各地で全面的な反撃に転じ凄まじい勢いで魔物が駆逐されていく。

 

子供達が握るP-90やMP-7といったサブマシンガンが魔物を足止めし男女、老人が構えるアサルトライフルや旧式の小銃の弾丸が魔物の固い外骨格に穴を穿ち内蔵を抉り止めを刺す。

 

端から見れば異常な光景がパラベラムの一部ではよく見られることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

パラベラムの国民による驚異の反撃を前に数の強みが無くなった魔物の群れはなすすべなく駆逐され大勢は決した。

 

「……後は」

 

あのデカブツのみ。

 

パラベラム全体に少なくない被害を出してしまったものの、残りの敵がジズだけになった事で千歳はほんの少しだけ安心していた。

 

「航空部隊と第1艦隊はうまくやっているか?」

 

目標を撃滅した各種対空砲が役目を終え対空砲火が弱まっている今、ジズの相手をしているのは一時的に戦域を離脱していた航空戦力と反転しパラベラムの内海に舞い戻って来た第1艦隊である。

 

その航空戦力と第1艦隊の動向が気になった千歳は近くにいたオペレーターに問い掛けた。

 

「ハッ、全航空部隊がジズに対し波状攻撃を仕掛けているものの効果は薄く、また第1艦隊も対艦ミサイルや巡航ミサイル、主砲等で攻撃を続けていますがジズに対し有効弾を与える事が出来ていない模様」

 

「それで……今現在ジズはどうしている?」

 

「戦闘機部隊がジズの気を引いているため本土から20キロの空域で足止めに成功しています」

 

「そうか……ご主人様、どういたし――ッ!?」

 

ジズの対処をどうするか、カズヤの判断を仰ごうと振り返った千歳は絶句した。何故ならカズヤがいるべきはずの総統専用の椅子が空になっていたからだ。

 

「ま……さか……ご主人……様」

 

カズヤの姿が見えず、また気まずそうに伊吹や千代田がサッと顔を背けたのを見て千歳の脳裏に嫌な予感が走る。

 

「ん?――……ッ!?ゼ、0番ハンガーの扉が開いていきます!!」

 

そして千歳の嫌な予感はしっかりと当たってしまう。

 

「そ、総統専用機のF-23が出現!?出撃態勢に入りました!!」

 

コックピットの中に誰が乗っているか分かっているだけに、地下から昇降機で地上に上がってきたF-23が0番ハンガーを後にし滑走路に進み出すと作戦指令室の中は騒然となった。

 

「あのF-23と通信を繋げっ!!早くっ!!」

 

「りょ、了解!!」

 

千歳の指示でオペレーターがコンソールを大急ぎで叩くと作戦指令室のディスプレイにJHMCS(統合ヘルメット装着式目標指定システム)を被りパイロットスーツを纏ったカズヤの姿が映る。

 

『………………あっ!!……バレた?』

 

「バレた?ではありませんご主人様!!何をしようとなさっているのですか!!」

 

通信が繋がるなり千歳の雷が落ちた。

 

『いや、戦力も足りてないしコイツの実戦データを取るのにもちょうどいいと思って。それにあの化物を落とすには“コイツ”が要るだろ』

 

“コイツ”をことさら強調して言ったカズヤはF-23の翼下ハードポイントに搭載されたモノを指差す。

 

「それは他の者にやらせます!!いいから機体から降りてここにすぐ戻って来て下さい!!」

 

『………………あれ、通信障害かな?声が聞こえ……あれ〜〜?』

 

そんな惚けたような言葉を最後にプツンと通信は切られてしまった。

 

「……ご〜しゅ〜じ〜ん〜さ〜まァァ!!」

 

通信回線が切られ真っ暗になったディスプレイを睨む千歳の声が作戦指令室に虚しく響いた。

 

「ぐうぅっ……貴様ら何故ご主人様を止めなかった!!」

 

カズヤとの通信が切れた直後、千歳は八つ当たり気味に伊吹と千代田に詰め寄った。

 

「副総統閣下。とにかく落ち着いて下さい」

 

「落ち着けだと?これが落ち着いていられるか!!ご主人様が単身で戦場に向かわれたのだぞ!?」

 

「その点に関しては大丈夫かと。親衛隊所属のF-22とF-35、T-50を10機ずつ護衛に付かせましたので。それにいざとなればこちらの指示で強制的に基地へ帰還するプログラムをF-23のシステムに仕込んであります」

 

「加えて私の分身が乗り込んでいる可変戦闘機もマスターの護衛に付いています」

 

「なに?まさか……貴様ら……」

 

「えぇ、副総統閣下が考えた通り総統閣下に知らない所で勝手に動かれるよりはこちらの目の届く場所で、また制御の効く範囲で動かれた方がマシと判断しました」

 

「……」

 

伊吹の判断に一応の理解を示した千歳は黙り込んだ。

 

しかし次の瞬間、千歳が取った行動に伊吹や千代田は度肝を抜かれる事となる。

 

「……お前達の言い分は理解した。だがあのデカブツがどんな力を隠し持っているか分からない以上早急に片をつける必要がある」

 

そう言いつつ電話に手を伸ばした千歳はある場所に連絡を取る。

 

――プルル。

 

――ガチャ。

 

『こちら第1ドック!!誰だこのクソ忙しい時に!!こっちはな魔物共にやられた被害確認に忙しいんだよ!!』

 

「千歳だ」

 

『……………………ッ!?ふ、ふ、ふく、副……総統閣下でありますか?』

 

千歳の電話に出た第1ドックの工員はまさかパラベラムのナンバー2から直接電話が掛かって来るなどと思っておらず、乱暴な言葉を使いで電話に出てしまったことを心の底から後悔し冷や汗をダラダラと流すハメになった。

 

「あぁ、そうだ。緊急事態につき単刀直入に聞く。第111号艦か第797号艦もしくは第798号艦、第799号艦で動かせる艦はどれだ?あぁ、アイオワ級、モンタナ級、サウスダコタ級、N3級、G3級、ライオン級、H級――えぇい、とにかくご主人様が召喚された架空戦艦の中で空中戦艦に改装し終え主砲を撃てる艦はあるか!?」

 

『は、はい!!第111号艦でしたら改装工事がまだ完了していないものの魔導炉の試験搭載が終わり、また第1、第2砲塔のみならば使えます!!なお他の艦まだ改装前のため動く事すら出来ません!!」

 

「よろしい、ならば直ちに第111号艦を動かせ」

 

『は、は……はい?い、今すぐにでありますか?』

 

「“直ちに”と私はそう言ったはずだ」

 

『し、しかし魔導炉の試運転もまだ行っておりませんし、動かすのに必要な人員もおりません』

 

「人員はなんとかしてかき集めろ。いいか?30分以内に何としても第111号艦をこちらが指示する位置に付かせるんだ」

 

『……』

 

千歳の無茶苦茶な命令に電話に出た工員は絶句し言葉を紡ぐことが出来ない。

 

「“イエッサー”か“了解”どちらか好きな方を選べ」

 

『りょ……了解しました。直ちに……と、取り掛かります!!』

 

しかし千歳の有無を言わせない気迫の籠った声と選択肢の無い選択を迫られ工員はやけくそ気味に了解と答える他なかった。

 

「これでよし。あとは……」

 

帰って来られたご主人様にどんなお仕置きをしようか。

 

「「「「ヒッ!!」」」」

 

無理難題を工員に押し付けた千歳は作戦指令室にいる者全てを震え上がらせるワライを静かに浮かべたのだった。

 

「F-23、1号機スパイダー。出る!!」

 

作戦指令室でのゴタゴタや帰還した後に自身の身に何が待ち受けているのかを知らないカズヤは意気込んでそう言い放つと滑走路の上を走り抜け大空に舞い上がった。

 

ん?あれは……セリシアか。

 

離陸しターゲットであるジズに向かう途中、魔法と召喚した魔物でジズの腹から出てきた魔物を手当たり次第に殺していたセリシアがこちらに向かって大きく手を振っていることに偶然気が付いたカズヤはF-23の菱形の主翼に尾翼が2枚だけという独特の機体を左右に傾けバンクで答えた。

 

『マスター、速度を落として下さい。護衛機が追い付けません』

 

カズヤがセリシアに答えた後、アフターバーナーを点火し高推力で飛行しているF-23に緊急通信を繋ぎ速度を落とすように進言したのはF-23の2号機と飛行型魔導兵器を融合し誕生した試作可変戦闘機YF-24アードバークに乗る千代田の分身(予備の生体端末)だった。

 

「千代田!?なんでここ――……あぁ分身の方か。しかし、よくその機体を乗りこなしているな、結構なじゃじゃ馬だったはずだが……」

 

『人工AIである私ならば何とか乗りこなせます。最もマスターのようにはいきませんが』

 

兵器を使いこなせる能力を持つカズヤですらてこずったYF-24を操縦している千代田にカズヤが感心したような声を漏らすと千代田はどこか誇らしげな声で答えた。

 

「さて……護衛機も追い付いた事だし、あの化物をさっさと片付けて戻ろう」

 

『ハッ、それが賢明かと。……姉様がお怒りでしたので』

 

「……言うな」

 

帰るのが怖くなってきたじゃないか……。

 

怒れる千歳が待ち構えている事を思いだし、今更ながらに帰還した後の事が怖くなったカズヤだった。

 

 

「……全員準備はいいか?」

 

『もちろんです。マスター』

 

『こちらもオーケーです』

 

『いつでもいけます』

 

『準備万端であります』

 

「よし、じゃあ行くぞ!!」

 

帰還後に待ち受けているであろう悪夢を振り払うように気合いを入れて麾下のパイロット達に号令を掛けたカズヤは切っていたアフターバーナーを再度点火。

 

編隊を組んだまま一気に高高度に上がっていく。

 

「高度4千…………6千…………8千…………1万ッ!!」

 

大型カラー液晶MFDに表示されている高度計の針がグルグルと凄まじい勢いで回転しているのを確認しつつ目標の高度に到達するとカズヤは機体を水平に戻し、そして高度1万メートルの高空で編隊を整える。

 

「ターゲット確認。全機、俺に続け!!一撃で仕留めて帰るぞ!!」

 

『イエス、マイマスター』

 

『『『『了解!!』』』』

 

目標の現在位置と全員の攻撃準備が整っていることを確認したカズヤは突撃命令を下す。

 

「全機降下開始!!」

 

先程の急上昇とは真逆の急降下を行う31機の戦闘機と、そこから少し離れて後に続く試作可変戦闘機。

 

重力に引っ張られているうえに、アフターバーナーを点火しているため一瞬で音速を越え瞬く間に地上に向かって降下していく。

 

「全機、タイミングを合わせろ!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

降下角を50度に設定しマッハ2.5という超高速で攻撃態勢に入ったカズヤ達の視線の先には囮の戦闘機を追い掛け回すジズの姿があった。

 

「よーそろうっ!!」

 

囮の戦闘機を追うことに夢中になっているジズの巨体を31機の戦闘機が狙う。

 

「………………――てッ!!」

 

射線軸がジズと重なり、そして機体がジズの身体に衝突する寸前、カズヤ達は一斉に投弾。

 

ジズの身体スレスレを通り抜け、そのまま下方に離脱する。

 

一方、カズヤの護衛機群から投弾された100発近い5000ポンド級のレーザー誘導地中貫通爆弾、GBU-28バンカーバスターやF-23のステルス性能を損なう事を前提に翼の下のハードポイントに吊下されていた6発のデュランダル――滑走路破壊用特殊爆弾が勢いそのままにジズの身体の中央に命中し突き刺さる。

 

硬い外骨格を貫きジズの体内に潜り込むバンカーバスターや突き刺さった直後に固体ロケットモーターが点火し更に奥深くへと潜り込んだデュランダルが一斉に炸裂。

 

ジズの身体が爆発の衝撃で一気にボコボコボコッと膨れ上がり、遂には爆発の衝撃に耐えきれなかった外骨格が血や肉と共にグチャグチャに弾け飛ぶ。

 

――ギュアアアアァァァァーーー!!

 

身体を真っ二つにへし折られ、真紫の血を吹き出しつつ断末魔のような叫び声を上げるジズ。

 

だが、ジズに対する攻撃はまだ終わっていなかった。

 

「オオオオォォォォーーーッ!!ラアアアアァァァァーーーッ!!」

 

カズヤ達から少し離れて後に続いていた千代田が降下中に、元になったF-23の機体よりも一回り大きいYF-24の機体を変形させ、人型形態になった状態でジズの身体の切断面に攻撃を加える。

 

鯖折り状態になっていた身体が展開され露になると翼の下のハードポイントに取り付けられていた2門の88mm重機関砲を両手に握り引き金を引き、そして至るところに増設されているロケットポッドからM261ハイドラ70ロケット弾を撃ち出しジズの内臓を抉り吹き飛ばしていく。

 

「コイツはオマケだ!!」

 

一瞬で88mm徹甲榴弾やロケット弾を全て撃ち尽くした千代田はとっておきであるサーモバリック弾頭装備のパンツァーファウストを発射。

 

命中した弾頭が炸裂しジズの体内を荒れ狂う火炎が焼いていくのを確認すると千代田は機体を戦闘機形態に戻し、その場から離脱した。

 

「これで一段落か?」

 

身体を真っ二つにされた上、千代田によって内臓を凪ぎ払われたジズがゆっくりと高度を落とし落下していくのを眺めつつカズヤが言葉を漏らす。

 

しかし、そう簡単に事は収まらなかった。

 

「ッ!?マジかよっ!!」

 

光の失われたジズの単眼と複眼に再度光が、黒々しい不気味な光が灯ったかと思うと、カズヤの操るF-23に向けて猛然と突進を仕掛けて来たのだ。

 

しかも、体を半分以上失い軽くなったせいか飛行速度、旋回速度を大幅に向上させて。

 

「こなくそっ!!」

 

何で生きてるんだよ!!ゴキブリかコイツは!!

 

しかも速い!!

 

『マスター!!』

 

『『閣下!!』』

 

予想外の出来事にカズヤは咄嗟にフットペダルを踏み込み、操縦桿を倒し左に急旋回しジズの体当たりを回避した。

 

だが、体当たりを回避したはいいものの咄嗟の回避行動の隙を突かれてジズにガッチリと背後を取られ追い掛けられるハメになった。

 

『マスター、援護します!!離脱してください!!』

 

「頼む!!って後ろにつかれた!?――このまま振り切る!!」

 

千代田のYF-24や護衛機の戦闘機群がジズに対して短距離ミサイルのAIM-9M/XやR-73M1を撃ち込む中、残った4対の羽を羽ばたかせ大口を開き猛然と追撃してくるジズを振り切ろうとカズヤがスロットルレバーを握った時だった。

 

『ご主人様!!』

 

緊急の通信回線が開かれ千歳の声がJHMCSのスピーカーから溢れカズヤの耳朶を叩く。

 

「千歳!?悪いが今は話してる暇が――」

 

『そのまま、そのまま右前方4000メートルにある積雲の側を通って下さい!!高度は450メートルでお願いします!!』

 

「ッ!?了解!!」

 

千歳の指示に一瞬だけ面を食らうもののカズヤは素直に指示に従い高度を450に落としジズを引き連れたまま指定の積雲に向かう。

 

「高度と方向はこれでいいのか!?」

 

『はい、バッチリです。ご主人様』

 

「一体何をする気だ、千歳?――おぉっと危ないっ!!」

 

『そのデカブツを完璧に潰します』

 

噛み付き攻撃を仕掛けてきたジズをヒラリとかわしながらカズヤが問うと千歳は真面目な顔でそう言ってのけた。

 

「完全に?一体どうやって、さっき俺達がやったような手はもう使えないぞ?」

 

『手はあります』

 

「このクソッタレな速さで飛ぶジズにどうやって――ッ!?マジかよ……」

 

『タイミングさえ合えば……可能です』

 

千歳に指定された積雲の脇をすり抜けた刹那、積雲の影に潜んでいた物体を目視し、カズヤは絶句した。

 

そしてカズヤの後を追って積雲の脇をすり抜けようとしたジズの複眼が空に浮かぶ“戦艦”の姿を捉えた瞬間、6発の46cm九一式徹甲弾が轟音と共に発射された。

避ける間もない、外すべくもないほんの数十メートル先からの――超至近距離からの砲撃にジズは何の反応も取れぬまま九一式徹甲弾をその身に浴びる。

 

タイミングを計り放たれた九一式徹甲弾はジズの頭部――特に硬かった頭部の外骨格を紙細工のように容易く貫き、詰まっていた脳ミソをグチャグチャに掻き回した後、時限信管が作動。

 

大量に詰め込まれていた炸薬が大爆発を巻き起こしジズの頭部を完膚なきまでに吹き飛ばす。

 

「第111号艦か……こんなモノをよく持ち出せたな」

 

ジズの肉片と真紫の血を大量に浴びて悲惨なことになっている空中戦艦――史実では大和型戦艦の4番艦として起工されるものの、戦局の悪化に伴い解体処分という悲運の道を辿ってしまった船をカズヤは惚けたように眺めていた。

 

「さてと帰るか……うん?なんだ、この無線……全周波数に向けて発信されて……………………………………はぁ……千代田、行ってやってくれ」

 

『宜しいので?』

 

「見捨てられる訳がないだろ」

 

戦闘が終わり、一息ついているカズヤの元にとある無線が一方的に入る。

 

その無線の交信内容を聞きため息をついたカズヤは千代田をそこに派遣することに決めた。

 

『了解しました。マスター』

 

命令に従い飛び去っていく千代田のYF-24を見送ったカズヤはパラベラム本土の飛行場に機体の機首を向ける。

 

「…………このままどっかに行く(逃げる)……訳にもいかないか。まだやることがあるし」

 

無事に着陸しハンガーに戻ってきたF-23をニッコリと笑いながら仁王立ちで出迎える千歳の姿に思わず逃げ出したくなったカズヤであった。

 



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12

ちょっと間が開きました
(;´д`)

この時期の仕事は楽な筈なんですが……。

何故か、続々と増える業務に減る人員……。

今年一杯は忙しさが続きそうです
・゜・(つД`)・゜・



迫り来るその存在に一番早く気が付いたのはグローリア攻略を目論む遠征艦隊より100キロ離れた海域で哨戒任務にあたっていた第7潜水戦隊の3隻の潜水艦であった。

 

「うむ……つまらん、実につまらん。副長、何とかしろ」

 

日光が海水によって遮られ漆黒に包まれている水深150メートルを10ノットの速力で潜航中のバージニア級原子力潜水艦、1番艦SSN-77『バージニア』の艦内。

 

ホトニックマスト(光学電子式潜望鏡を装備しているため従来の潜水艦のようにセイル上部から発令所まで潜望鏡が貫通していない非貫通式マスト)を採用しているため場所を取る潜望鏡が無く、また操縦装置がジョイスティックになっていたり、ゴチャゴチャとした計器類が各種ディスプレイやコンソールに化けていたりと先進的な作りになっている発令所内でパラベラムに多数存在している女艦長の内の1人、フラン・メイフィールド中佐が座っている艦長席から顔だけを反らし背後に控える副長のアーサー・マクスウェル少佐に無茶ぶりを振った。

 

「つまらん、って……あの……今は任務中なのですが、艦長」

 

キリッとした凛々しい顔立ちに何の感情も浮かべず、思わずひれ伏したくなるようなドSの――女王様のようなオーラを纏い眉だけを少し歪め無表情で駄々っ子のような事をのたまったメイフィールド艦長にマクスウェル副長はヤレヤレと言わんばかりに首を横に振る。

 

「それは分かってはいるが……はぁ……こう何も起きないと暇だ」

 

「ッ……我慢して下さい。艦長」

 

短く切り揃えられた金髪をフワッと撫で上げたり、膝の上で組んでいた細く長い足をサッと組み替えたり、ブルンッと大きく膨らんだ胸元をパタパタと見せびらかせるように手で扇いだりと無駄に色気を振り撒くメイフィールド艦長から顔を反らしつつ呆れたようにマクスウェル副長が諌めの言葉を吐く。

 

「フフッ……どうした?何故、顔を反らす?」

 

「ッツ!!」

 

この人は!!

 

自分からそうなるように仕向けたにも関わらず、顔を背けたマクスウェル副長の頬が少し赤みを帯びた事を瞬時に見て取ったメイフィールド艦長はニヤニヤと愉しそうに意地の悪い笑みを浮かべる。

 

しかもメイフィールド艦長に同調するように発令所内に詰めている他の士官や兵達がマクスウェル副長の初心な反応を見てクスクスと小さく笑っていた。

 

ぐぬぬ……コイツら他人事だと思って。

 

例え小さなプライドを守るために抗議の声をあげたとしてもメイフィールド艦長はこれっぽっちも意に介さない事や、場合によっては更に弄られてしまう事を実体験として知っているマクスウェル副長は歯痒い思いを抱きつつ黙り込むしか手が無かった。

 

「黙りとはつれないな、副長。ハハッ、お前で暇が潰せないじゃないか」

 

「……はぁ〜。艦長、あまりそう言う事ばかりを仰られると本当に何か起きますよ?それも面倒極まりない事が」

 

暇だ、暇だと駄々を捏ねるメイフィールド艦長の口撃を防ごうとマクスウェル副長がそう言い放った時だった。

 

「――ッ!?艦長!!12時方向、距離3000、深度800より本艦に向け10ノットの速さで急速接近中の物体を確認しました!!」

 

パッシブソナー――水中聴音機で海中の音を聞きつつ周辺警戒にあたっていたソナー長が突如、大声を上げた。

 

「艦長……」

 

「「「「……」」」」

 

「そ、そんな目で私を見るな!!私のせいではない!!――えぇい、総員第1種戦闘配置!!さっさとせんか!!」

 

マクスウェル副長や発令所にいる部下達に「あ〜あ、艦長のせいだ」と言わんばかりのジト目で睨まれたメイフィールド艦長は慌てた様子で第1種戦闘配置を命じた。

 

「「「「了解!!」」」」

 

マクスウェル副長達の返答の直後、戦闘配置を知らせる警報が鳴り響き艦内が通常の照明から赤色灯へと切り替わり、第1種戦闘配置が発令された事を知った兵士達が慌ただしく己の配置へと走る。

 

兵士達が配置に付いていくなか、メイフィールド艦長やマクスウェル副長も目標の動静解析を始めとしたあらゆる戦術情報を表示できるHLS-Dコンソールの前に集まり状況確認を始めた。

 

「で、接近中の物体は何だ?まさか敵の潜水艦という訳では無いのだろう?」

 

「ハッ、ヒレか尾のようなもので水を掻く音が聞こえますので恐らく海魔の類いだと思われます」

 

「海魔……海に棲まう魔物か。フッ、ちょうどいい暇潰しになる」

 

「艦長、無駄な争いを起こすのは……」

 

「何を言う。海魔がこちらに向かって来ているんだ。これは自衛戦闘の範疇に収まる」

 

「……」

 

建前を述べるメイフィールド艦長だったが、明らかに暇を潰す事が目的で接近中の海魔と一戦を交えようとしていた。

 

「さて、『くろしお』と『ヴィボルグ』にも協力を要請しろ、一気に叩くぞ」

 

「イエス、マム」

 

メイフィールド艦長の命令に少しだけ肩を落としながら答えたマクスウェル副長はすぐさま『バージニア』の後方に続航しているおやしお型潜水艦、7番艦SS-596『くろしお』と近代改装済みのキロ型潜水艦、3番艦B-227『ヴィボルグ』に水中音響通信で連絡を取り戦闘協力を取り付けた。

 

「1番から4番、全魚雷発射管に魚雷装填」

 

「了解、1番から4番発射管に魚雷装填!!」

 

「続いて1番、2番魚雷発射用意」

 

「1番、2番魚雷発射用意!!」

 

事前に決められていた手筈通りに『ヴィボルグ』が遠征艦隊に状況を報告するべく海面に向け浮上していき『くろしお』が『バージニア』の右舷側、距離800の位置に展開したのを確認した後、『バージニア』は全部で4基ある533mm水圧式魚雷発射管にそれぞれMk48大型誘導魚雷を装填し1番、2番管の発射口だけを開き攻撃態勢を整える。

攻撃態勢を整えた『バージニア』と同様に『くろしお』も6基ある533mm魚雷発射管に89式長魚雷を装填し1番、2番、3番、4番の魚雷発射管の発射口を開く。

 

「ピンガーを打て」

 

「了解」

 

そして両艦は魚雷を発射する前に目標の正確な位置を確かめるべく、艦首ソナーアレイよりピンガー――探信音を発射した。

 

「――こいつは……デ、デカイ……ッ!!目標の体長は推定で500メートルです!!本艦との距離は2500!!」

 

発射されたアクティブソナーの反響音によって目標のおおよその大きさを知ったソナー長が驚きに目を見開く。

 

「なにっ!?」

 

 

「狼狽えるな、副長。どうせ奴はすぐに死ぬんだ」

 

「ハッ、申し訳ありません。艦長」

 

ソナー長の報告に驚いたマクスウェル副長とは打って変わって、迫り来る海魔の大きさを知ってなおメイフィールド艦長は一切表情を変えずに余裕を崩さなかった。

 

「よし……1番、2番魚雷発射」

 

「1番、2番魚雷発射!!」

 

メイフィールド艦長の命令を水雷長が復唱したと同時に1番、2番魚雷発射管より2発のMk48大型誘導魚雷が海中に解き放たれる。

 

続いて『くろしお』から4発の89式長魚雷が発射された。

 

「目標の進路変わらず。12時方向、距離2000、深度300!!」

 

「魚雷命中まで残り30秒!!」

 

魚雷本体に搭載されたアクティブ・パッシブソナーの誘導により計6発の魚雷が巨大な海魔に向け接近していく。

 

「命中まで3、2、1、0」

 

探信音を放ちながら海中を進んでいくMk48大型誘導魚雷と89式長魚雷が、避ける素振りさえ見せず愚直なまでに真っ直ぐ泳いできていた海魔に命中。

 

薄暗い海中に一瞬だけ眩い閃光が瞬き、爆発の衝撃波が辺りを揺さぶる。

 

「全弾、目標に命中!!」

 

「フン、呆気なかったな。総員第2種警戒態勢に移行――」

 

片が付いたと判断したメイフィールド艦長が第1種戦闘配置を解こうとした時、耳に全神経を集中させていたソナー長が眉間に皺を寄せながら小さく言葉を漏らした。

 

「……艦長、少しだけ待ってください」

 

「うん?どうした?」

 

「……これは――……ッ!?目標健在!!本艦に向け接近中、距離1500、深度200、速力15ノット!!」

 

目標の殲滅を確認するために数秒間隔で打っていたアクティブソナーが依然として接近中の目標の姿を捉えた。

 

「何だと!?まだ生きているのか!?クソッ、3番、4番魚雷発射!!」

 

「3番、4番魚雷発射!!」

 

「次弾再装填急げ!!」

 

メイフィールド艦長とマクスウェル副長の命令が矢継ぎ早に飛び交い、接近中の海魔を仕留めるべく『バージニア』の乗員を動かしていく。

 

「『くろしお』より魚雷が2本発射されました!!」

 

「ッ!!後方より急速接近中の魚雷を確認、速い!!『ヴィボルグ』が発射したシクヴァルと思われます!!」

 

『バージニア』の魚雷発射に続き『くろしお』も追加の魚雷を撃ち出す。

 

更に遠征艦隊への状況報告を終え、戦闘に参加した『ヴィボルグ』が『バージニア』と『くろしお』の間を縫うように6発のVA-111シクヴァルを海魔に向けて発射した。

 

水中ミサイルとも揶揄されるシクヴァルは発射管から射出された直後は50ノットであったが、発射直後に搭載されている液体燃料ロケットが点火し瞬く間に最高速の200ノット(およそ370キロ)に達した。

 

この恐るべき雷速はシクヴァルが進む際に周囲に大量の小さな泡(スーパーキャビテーション)を作り出し抵抗力を大幅に減らしているために実現している速さである。

 

最も恐るべき雷速を誇るシクヴァルだったが、先行したMk48大型誘導魚雷と89式長魚雷が海魔に命中した後、続けざまに命中したもののやはり海魔を倒すまでには至らない。

 

「ぎょ、魚雷が効かない……だと?……マズイ……」

 

「艦長、ここは一時撤退を」

 

「……グッ、しょうがない。機関最大戦速!!面舵一杯!!」

 

自分達が持つ兵器が悉く効いていない事実にメイフィールド艦長が余裕を無くし狼狽えているとマクスウェル副長が撤退を進言。

 

現有戦力では太刀打ち出来ない事が分かったメイフィールド艦長はマクスウェル副長の意見を聞き入れ、撤退の道を選んだ。

 

「機関最大戦速!!面舵一杯!!」

 

メイフィールド艦長の撤退命令に操縦装置コンソールの前に座る2人の操舵手がジョイスティックを右に傾け船体を回頭させる。

 

「ぬっ!!」

 

「うおっ!?危ない!!」

 

撤退するために速力を増し勢いよく回頭したため、傾いた『バージニア』の発令所で足を滑らしたメイフィールド艦長をマクスウェル副長が慌てて抱き締めるように支えた。

 

「ッ、『くろしお』『ヴィボルグ』本艦と同様に回頭を開始!!」

 

『バージニア』の撤退の判断に『くろしお』と『ヴィボルグ』も追随し一斉に回頭を始める。

 

その事を艦長に報告するべくソナー長がグググッと傾く発令所の中で手摺に掴まりながら声をあげた。

 

「目標、更に増速!!速力20ノット、距離800、深度150!!尚も増速中!!駄目です、追い付かれます!!」

 

「クソッ!!総員衝撃に備えろ!!」

 

マクスウェル副長に抱き締められたままメイフィールド艦長が叫び。

 

「目標と接触する寸前に出来るだけ後方に向けて最大出力でピンガーを打て!!」

 

マクスウェル副長がメイフィールド艦長の命令とは別の命令をソナー長に命じた。

 

「了解しました!!本艦と目標の距離700…………500…………300…………200…………100…………50…………10、ピンガー打ちました!!0ッ!!」

 

ソナー長のカウントダウンが10になると『バージニア』から最大出力でピンガーが打たれた。

 

そしてカウントダウンが0になった次の瞬間、『バージニア』の船体を凄まじい衝撃が襲う。

 

「ぐぅぅぅッ!?」

 

「くうっ!!」

 

「「「「ウワアアアアァァァァーー!!」」」」

 

船体が粉々になってしまいそうな衝撃に『バージニア』の船員は皆、例外無く悲鳴のような声をあげた。

 

「ウッ――……被害報告急げ!!」

 

一緒に倒れていたマクスウェル副長の腕の中から這い出し、非常電源に切り替わったせいか薄暗い発令所の中を見渡したメイフィールド艦長が声を張り上げる。

 

「……ッ、船体後部に目標が接触した模様!!被害甚大!!」

 

「後部第7、第8ブロックに浸水!!機関室にもです!!」

 

「スクリューが船体より脱落した模様、現在の推力0!!」

 

「本艦の速力は現在4ノット!!更に速力低下、深度は170!!尚も沈降中!!」

 

「マズイッ!!原子炉に浸水が迫っています!!」

 

「クッ、現刻を持って船体後部は破棄する!!隔壁閉鎖急げ!!なんとしても原子炉への浸水は防ぐのだ!!それとメインバラストタンクブロー!!これ以上、艦を沈ませるな!!」

 

「「了解!!」」

 

マクスウェル副長の機転が幸を奏し『バージニア』を押し潰さんと迫って来ていた海魔は最大出力で放たれたピンガーの音に驚き衝突の寸前に僅かに身を逸らした。

 

そのお陰で『バージニア』は撃沈を免れ船体後部を深く抉られるだけで済んだのだが、被害は大きくシュラウドリング付き推進機が完全に破壊され、後部の軽量型広開口ハイドロフォンアレイも破損し各所で浸水が始まり、また船体は艦尾からゆっくりと海底に向け沈んでいた。

 

「……『くろしお』『ヴィボルグ』との通信途絶」

 

「――……鉄の軋む音、それに空気が大量に放出されている音が聞こえます」

 

「……クソ」

 

事実上の『くろしお』『ヴィボルグ』の撃沈報告に発令所内の空気は更に沈み込み、メイフィールド艦長の悔しげな言葉だけが辺りに響いた。

 

「――……ッ、イテテ……。艦長はご無事ですか?」

 

メイフィールド艦長を庇って、コンソールの角に頭をぶつけ額から血を流すマクスウェル副長がようやく意識を取り戻した。

 

「気が付いたか副長――大丈夫か?血が……」

 

「えぇ、なんとか」

 

マクスウェル副長の怪我に気が付いたメイフィールド艦長が慌てて駆け寄り親身になって怪我の具合を確かめる。

 

「それより艦長は大丈夫でしたか?」

 

「あぁ、お前のお陰でな。礼を言う――ムッ」

 

2人が言葉を交わしていると船体にドンという衝撃が走った。

 

「海底に着底しました。深度は230」

 

メインバラストタンクから海水を排出し、代わりに空気を充填して浮上を試みた『バージニア』だったが浸水の量が多すぎ海底に着底するハメになった。

 

「……救助が来るまで待機だな」

 

「……そうですね」

 

「……というか救助は来るのか?」

 

「連絡が取れなくなった以上、捜索には来るはずです」

 

「そう……だな」

 

「……しかし我々が救助されるまで酸素がもつかどうかが問題です」

 

「……もつように祈るしかないな」

 

「えぇ」

 

戦闘不能に陥り、しかも動力を失い身動きの取れなくなった『バージニア』は暗闇に包まれた水深230メートルで救助を待つ事しか出来なくなった。

 



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13

『エリアE−5、ポイント5―2―5にて未確認巨大生物と遭遇、これより自衛戦闘に移る』

 

第7潜水戦隊所属の『ヴィボルグ』からそんな報告が遠征艦隊へと送られて来た直後、第7潜水戦隊との交信が途絶。

 

不思議に思った遠征艦隊の司令部がSHARP――分割偵察ポッドを搭載したF/A-18E/Fスーパーホーネットを現状確認のために偵察に出してみた所、第7潜水戦隊が消息を絶った海域では潜水艦が撃沈された際に生じるオイルだまりが2つと潜水艦の残骸とおぼしき多数の浮遊物が確認された。

 

そして、ただならぬ状況を目の当たりにしたF/A-18E/Fのパイロットが更なる情報収集のために捜索範囲を広げてみれば、まるで島のように巨大な海魔――黒い海竜が長い首と縦3列に並んだ背ビレを空気に晒しつつ、6つの大きなヒレを海中で忙しなく動かしてグローリアを攻略中の遠征艦隊のいる方角に向かって15ノットの速さで泳いでいるのを発見したのであった。

 

「こちらロメオ02。エリアE−5、ポイント5―1―5にて巨大な海魔を……いや、海竜を確認。およそ15ノットで西進中。グローリアへ向かっている模様。遠征艦隊との距離は約90キロ。……………………大きさや細部は違うがまるで首長竜のプレシオサウルスを見ているようだ」

 

偵察に出たF/A-18E/Fからもたらされた信じがたい映像と凶報に遠征艦隊はてんやわんやの騒ぎになった。

 

何故なら、予想外の問題(敵方の渡り人の亡命要請)が発生したとはいえ主力部隊の上陸準備が整わぬまま作戦予定を繰り上げ無理矢理に上陸作戦を決行したツケがまわり、急遽上陸した部隊は敵の激しい抵抗に晒され各所で孤立。それらを助け出した上でグローリアを攻略するために主力である海兵隊の上陸準備を整えている最中であったからだ。

 

最悪のタイミングで、しかも距離にして約90キロという至近距離に現れた怪物に慌てた遠征艦隊はこのままあのバカでかい海竜が上陸準備を整えている最中の脆弱な輸送船団に突っ込み暴れでもしたら未曾有の大損害を被ると判断。

 

先に上陸した部隊を見捨てるような形にはなるが、万が一の事態に備え輸送船団には海兵隊の上陸準備を中断させ、直ちに現海域から離脱するように命じた。

 

その一方でパラベラム本土の司令部本部から海竜――リヴァイアサンの撃滅命令を受けた事もあり戦艦やミサイル巡洋艦、ミサイル駆逐艦に搭載されている装甲ボックスランチャー及びMk41 VLSから200発近くの艦対艦ミサイル――BGM-109BトマホークTASMやRGM-84ハープーンを一斉に発射。

 

更に後方にいる空母群からは対潜、対艦兵器を搭載した攻撃隊を発進させ、こちらを挑発するかの如く海面付近を悠々と泳いでいるリヴァイアサンの撃滅を謀った。

 

対策を講じたことでようやく、いくらかの余裕を取り戻した遠征艦隊の司令部の幕僚達が、どれだけ巨大だと言ってもこの圧倒的な物量攻撃でリヴァイアサンは死ぬだろう。わざわざ輸送船団を退避させる必要は無かったか?と考えたのだが、ここからが遠征艦隊にとっての悪夢の始まりであった。

 

 

 

数百隻の戦闘艦から一斉に放たれ海面スレスレを音速に近い速度で飛翔するトマホークやハープーンの群れがリヴァイアサンと付かず離れずの距離を保ち雲に紛れながら飛行するF/A-18E/Fから送られて来る映像の隅に極小の大きさで映り込んだ時のことである。

 

リヴァイアサンが泳ぐのを止め、停止すると長い首を前方に突き出しつつ鋭い牙が生え揃った大きな口をパカッと開く。

 

「あん?奴は一体何を……?」

 

監視を続けるF/A-18E/Fのパイロットがリヴァイアサンのとった不思議な行動に首を傾げていると、リヴァイアサンの開かれた口の前に幾何学的な魔方陣が展開され魔力を持たない者の肉眼でもハッキリと見えるほど膨大な量の魔力が渦を巻きつつ集まり出した。

 

「おい……おいおいおいッ!?何かヤバイぞ!!」

 

リヴァイアサンは大気中や海中に漂う微弱な魔力を収集する器官である背ビレを使い、周囲からかき集めた魔力と自らの魔力と合成し高密度に圧縮した魔力弾を僅か数秒で極大化させる。

 

そして次の瞬間、極大化した魔力弾がギュッとボウリング玉ぐらいの大きさに収縮したかと思うと一転、魔力弾が破壊を撒き散らす一筋の光線となり、リヴァイアサンの頭の動きに合わせて右から左へと黒々とした魔力光線の筋が煌く。

 

直後、水平線の彼方からリヴァイアサンに迫りつつあったトマホークとハープーンの約半数が魔力光線の直撃を受け空中で爆散、搭載していた爆薬が誘爆し100個近い火球が現れた。

 

「……マジかよ」

 

圧倒的な破壊力を目にしたF/A-18E/Fのパイロットは機体を操縦する事さえ忘れ呆然と呆けていたが、そんな間にもリヴァイアサンの攻撃を辛うじて受けなかった100発あまりのトマホークとハープーンがリヴァイアサンを討ち倒さんと迫る。

 

だが、リヴァイアサンは再度口を開き先程とは細部が異なる幾何学的な魔方陣を展開。

 

再び集めた魔力を今度は光線状ではなく魔力弾のまま、小出しにして撃ち出す。

 

まるで機関銃の弾丸のように次々撃ち出される魔力弾は恐るべき命中精度でトマホークとハープーンを撃ち落としていく。

 

「マズイ、マズイ、マズイッ!!このままだと全弾撃墜だぞ!!」

 

肉眼で捉えられる程近くに来たトマホークとハープーンの残存数が最早30発も無いことに気が付いたF/A-18E/Fのパイロットが悲鳴にも似た声を上げた。

 

しかし、幸運の女神はパラベラム側に微笑んだ。

 

リヴァイアサンが集めた魔力を全て使い切り攻撃が途切れたのだ。

 

その絶好のチャンスに最後まで撃ち落とされず残ったトマホークとハープーン計15発がこれまでの鬱憤を晴らすべくリヴァイアサンの体に突っ込み大爆発を引き起こす。

 

「よしっ!!ふぅ……一時はどうなるかと思ったが、何はともあれこれでお仕舞――イッ!?」

 

火炎と爆煙に包まれたリヴァイアサンにホッと胸を撫で下ろしていたパイロットだったが爆煙の中から全くの無傷で姿を現したリヴァイアサンを見て絶句。

 

リヴァイアサンとの戦いはまだ始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

最初のミサイル攻撃の後にリヴァイアサンを叩くため接近を試みた攻撃隊がリヴァイアサンの対空迎撃を受けかなりの被害を被った。

 

そのため航空機による攻撃は控えられ代わりにトマホークとハープーンの飽和攻撃が4度行われることとなる。

 

その結果、かなりの命中弾が出たもののリヴァイアサンの強固な燐が障害となり有効弾を与えるまでには至らなかった。

 

それらを踏まえた上で、かなりの防御力を有するリヴァイアサンへの最終的な対応策は水上艦の大火力を直接砲撃で一気に叩き込む作戦に決定。

 

遠征艦隊から選りすぐりの艦が選ばれリヴァイアサンと雌雄を決するための特務艦隊が臨時編成された。

 

「……第7潜水戦隊の消息は掴めたか?」

 

「ハッ、ずっと呼び掛けてはいるのですが……『バージニア』『くろしお』『ヴィボルグ』いずれも応答がありません。また消息を絶った海域にオイルだまりが2つあった事から…………少なくとも3隻中2隻は撃沈されたものと思われます」

 

「そう……か」

 

「……今現在、3隻の潜水艦救難母艦がリヴァイアサンの進路を迂回する形で当該海域に向かっております。何かを見つけたらすぐに連絡を寄越すように言い付けてありますので」

 

「すまん、気を使わせた」

 

「いえ、お気になさらず。……心中お察しします」

 

カズヤによってリヴァイアサンと名付けられた海竜を撃滅するべく会敵予想海域で三日月陣を組み待ち構えている特務艦隊の旗艦――アイオワ級戦艦、3番艦BB-63『ミズーリ』のCICでは『バージニア』の女艦長フラン・メイフィールド中佐を娘にもつダグラス・メイフィールド中将が娘の身を案じつつも任務についていた。

 

あのバカ娘め、心配をかけよって。

 

(結婚)式も近いというのにッ!!……やはり、出撃は止めさせておけばよかった。

 

表面上は平静を保っているもののメイフィールド中将の心中は不安と後悔で埋め尽くされていた。

 

「……――ッ!?潜行し移動している目標を捕捉しました!!距離3万、深度150。本艦隊に向け、なおも接近中!!」

 

しかし、メイフィールド中将の思いをよそに事態は止まることなく目まぐるしく動いていく。

 

遠征艦隊による執拗な攻撃を嫌い海中に潜ってしまったリヴァイアサンを一時的に見失っていた特務艦隊であったが、対潜短魚雷であるMk50魚雷を脇に抱えつつ空を飛んでいる数十機のSH-60シーホークがリヴァイアサンの予想進路上に大量にばらまいたソノブイが効果を発揮。

 

既に布陣を整え終わり戦いの時を今か今かと待っている特務艦隊から距離3万、深度150メートルの位置で再びリヴァイアサンを捕捉した。

 

「来たか……総員作戦通りに動け」

 

「「「「了解!!」」」

 

気持ちを切り替えたメイフィールド中将の命令が下ると特務艦隊はにわかに慌ただしくなる。

 

「シャーク隊、ホエール隊、ドルフィン隊に告ぐ。各隊は直ちに攻撃を開始せよ」

 

「『ひゅうが』及び『いせ』より攻撃隊発進」

 

「全艦対潜戦闘用意」

 

作戦開始が伝達されると同時に空を舞っているSH-60の部隊が編隊を組んでリヴァイアサンの元に向かい、次いでひゅうが型護衛艦の1番艦及び2番艦の『ひゅうが』『いせ』から97式短魚雷やAGM-114MヘルファイアII、航空爆雷等を搭載したSH-60Kが発艦する。

 

『隊長機より『ミズーリ』へ、全隊攻撃位置についた。これより攻撃を開始する』

 

「『ミズーリ』了解」

 

攻撃位置についた3隊がリヴァイアサンに向け一斉にMk50魚雷を投下。

 

直後Mk50魚雷の後部から制動姿勢制御用のドラッグシュートが展開されMk50魚雷は弾頭を真っ直ぐ下に向けたままゆっくりと降下し海に着水する。

 

着水した瞬間、Mk50魚雷はドラッグシュートを切り離しエンジンを始動。音響ホーミングでリヴァイアサンを追尾しつつ40ノットの雷速で疾走を開始した。

 

そしてあっという間にリヴァイアサンとの距離を詰めたMk50魚雷は務めを果たすべく海中で次々と起爆。

 

その衝撃により海面に高々と幾つもの水柱が上がる。

 

『隊長機より『ミズーリ』へ、全弾目標に命中した模様。だが海面上に目標の残骸物を確認出来ず、弾薬補給のためこれより空域を離脱する』

 

全ての魚雷をリヴァイアサンに叩き込んだ3隊が補給のため機首を翻し母艦へと戻っていく。

 

「『ミズーリ』より全部隊へ。作戦は継続、攻撃を続けられたし」

 

3隊が投下した大量のMk50魚雷が海中で起爆したことにより、リヴァイアサンの現在位置が確認出来なくなった特務艦隊であったが、リヴァイアサンの打たれ強さを考慮し攻撃を続行。

 

『ひゅうが』『いせ』から発艦したSH-60Kのヘリ部隊がMk50魚雷の爆発位置を中心に円を描くようにして航空爆雷を無差別に投下する。

それにより海面にはまた幾つもの水柱が天高く吹き上がった。

 

「これだけの集中攻撃を浴びせれば流石に奴もいくらか傷付くだろう……」

 

CICの中で無数に吹き上がる水柱が映るディスプレイを眺めるメイフィールド中将が言葉を漏らす。

 

「どうでしょうか。依然としてリヴァイアサンの姿は――ん?……ッ!?」

 

「――リヴァイアサン出現!!12時方向、距離2万3000!!」

 

連続して空高く吹き上がる水柱に紛れリヴァイアサンが海上に姿を現した。

 

「まだ無傷か……ではパラベラム海軍の力を存分に見せつけてやれ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

しぶといリヴァイアサンに対し特務艦隊の暴虐の嵐が吹き荒れる事になった。

 

「全艦全兵装使用自由!!」

 

「対水上戦闘開始!!」

 

奇声を発しながら長い首を苛だしげに振り回し巨体を揺らすリヴァイアサンに対し特務艦隊に組み込まれているバージニア級原子力ミサイル巡洋艦の4隻やキーロフ級ミサイル巡洋艦の4隻を筆頭にした数多のミサイル搭載艦より、一斉に艦対艦ミサイルが放たれ更に特務艦隊の主力である20隻の戦艦――

 

日本の『大和』『武蔵』『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』『扶桑』『山城』

 

アメリカの『サウスダコタ』『インディアナ』『マサチューセッツ』『アラバマ』『アイオワ』『ウィスコンシン』『ニュージャージー』『ミズーリ』

 

イギリスの『プリンスオブウェールズ』『キングジョージ5世』

 

ドイツの『ビスマルク』『ティルピッツ』

 

――の主砲、副砲が一斉に火を吹いた。

 

「第5、第6水雷戦隊突撃を開始!!」

 

また海を、大気を震わせる轟砲のオーケストラに続いて第5水雷戦隊の重巡洋艦『最上』『三隈』軽巡洋艦『龍田』駆逐艦『雷』『電』『響』『暁』

 

第6水雷戦隊の重巡洋艦『鈴谷』『熊野』軽巡洋艦『阿武隈』駆逐艦『浦風』『磯風』『谷風』『浜風』

 

で編成された二個水雷戦隊がドガドガと主砲を撃ちまくりながら全速力でリヴァイアサンに肉薄、当たれば儲けものとばかりに搭載している酸素魚雷――大日本帝国海軍が誇った九三式魚雷を魚雷発射管から全て投射。

 

海中に飛び込んだ九三式魚雷は雷跡を残さず、静かにしかし素早くリヴァイアサンに忍び寄っていく。

 

「艦対艦ミサイルの第一波、目標到達まで残り15秒!!」

 

リヴァイアサンの対空迎撃を可能な限り防ぐため、被害を出しつつも搭載しているAGM-114MヘルファイアIIで攻撃を仕掛け囮の役目を担っていた15機程のSH-60Kがトマホークやハープーン、3M24ウランやP-700グラニート等の艦対艦ミサイルの接近を受けて退避行動に移る。

 

ハエのように周りをブンブンと飛び回り、チクチクと小癪な攻撃を行い神経を逆撫でしていたSH-60Kが消えた事でようやくリヴァイアサンは間近にまで迫ったミサイル群に気付くが、最早迎撃の時間は残されていなかった。

 

「目標に……全弾命中ッ!!」

 

発射された数百発の艦対艦ミサイルは1発も欠けることなくリヴァイアサンに殺到し超弩級戦艦『大和』の2倍近くあるその巨体を粉砕するべく次々に体当たりを敢行。

 

爆炎に包まれていくリヴァイアサンが断末魔のような声を絞り出す。

 

「着弾まで3、2、1、0!!」

 

しかし、特務艦隊の攻撃は依然として収まらず艦対艦ミサイルの嵐が終わると今度は戦艦や他の艦艇から放たれた無数の砲弾が降り注ぐ。

 

たちまちリヴァイアサンは槍ぶすまのように乱立する水柱に包囲され、姿が見えなくなるが砲弾が命中した証拠である爆炎がチカチカと瞬き、確かにそこに居ることが分かった。

 

そうして数秒間の間、情け容赦なく砲弾の雨が降り続けた後、そそりたつ水柱が重力に引かれて落ち始めた時だった。

 

海中を進んでいた九三式魚雷がリヴァイアサンの脇腹に食らい付き、ドッドッドッと新たな水柱を作り出す。

 

少なくとも100発以上発射された筈の九三式魚雷であったが、命中したのは僅かに3発。

 

しかし、たった3発と言えど九三式魚雷の威力は抜群であった。

 

しかし――

 

「「「「……」」」」

 

「……目標はどうなった?」

 

攻撃が終わった直後から漂う不気味な静寂を破りメイフィールド中将が確認を取る。

 

「…………も、目標――――――健在……です」

 

レーダー手からもたらされた報告はメイフィールド中将の予想と期待を裏切るものであった。

 

「なん……だと……そんな、そんなバカなっ!!」

 

CICのディスプレイに映るリヴァイアサンは無惨な骸を晒すどころか、全くの無傷で怒りに燃え攻撃態勢を取っていた。

 

「ッ、攻撃を続けろ!!奴に反撃の隙を与えるな!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

メイフィールド中将がリヴァイアサンの反撃を怖れ、攻撃続行を命じるものの僅かに遅かった。

 

「目標から高エネルギー反応ッ!!」

 

「な――」

 

袋叩きにされ怒りに燃えるリヴァイアサンからお返しとばかりに無数の魔力弾が連続発射されたのだ。

 

直後、爆発音が響き『ミズーリ』の船体に凄まじい衝撃が走る。

 

「グワッ!?」

 

「チィ!!――被害報告ッ!!」

 

メイフィールド中将が手近な物に掴まって衝撃をやり過ごしていると『ミズーリ』の艦長が怒鳴りつつ部下に被害確認をとる。

 

「右舷中央第3副砲塔及び第1機銃群に被弾!!死傷者多数!!」

 

「弾薬に引火!!火災発生!!」

 

「クソッ、ダメコン急げ!!」

 

「「了解!!」」

 

命中した魔力弾のせいで第3副砲塔に用意されていた砲弾が誘爆し『ミズーリ』の右舷中央では火災が発生、乗員達が――ダメージコントロール要員が対処のために艦内外を駆けずり回る。

 

また黒煙を立ち上らせる『ミズーリ』の周囲では同じように被害を被った艦艇の悲惨な光景が幾つも広がっていた。

 

「報告!!先程の攻撃で大破17、中破25、小破19、轟沈9の損害!!なお戦艦で無傷なのは『霧島』『山城』『アラバマ』『ニュージャージー』の4隻のみであります!!」

 

リヴァイアサンの反撃による被害は甚大で特務艦隊の約4割に当たる艦艇が損傷を被った。

 

ちなみにリヴァイアサンの魔力弾を食らい大破、轟沈した艦艇は全て駆逐艦・軽巡洋艦クラスの艦であり、戦艦クラスの艦は最悪でも中破に留まっていた。

 

「……化物め……こうなったら“アレ”を使う!!」

 

「ッ!?まさか“アレ”のことですか!?“アレ”はまだ試験運用中です!!」

 

「そんな事は分かっておる!!だが戦況を変えるには“アレ”を使うしかないっ!!」

 

「……了解しました。直ちに『ロングビーチ』と『ベインブリッジ』、『トラクスタン』に命令を送ります」

 

たった一度の反撃で目眩がするような凄まじい被害を被った特務艦隊の惨状にメイフィールド中将は参謀長の反対意見を押し切り、試験運用中のとある兵器を土壇場で実戦投入する事を決断したのだった。

 

 

 

「艦長!!『ミズーリ』から入電!!『ロングビーチ』『ベインブリッジ』『トラクスタン』の3隻にレールガンの使用を命ず、と!!」

「なっ!?嘘だろ!!レールガンはまだ試験運用もロクにやっていないんだぞ、上は何を考えている!!」

 

「……艦長、いかが致しますか?命令はメイフィールド中将直々のモノです。突っぱねるのは……」

 

「分かってる!!……しょうがない。こうなりゃヤケだ、レールガンの砲撃準備!!リヴァイアサンに目に物見せてやれ!!」

 

「「了解!!」」

 

『ミズーリ』に座乗しているメイフィールド中将の命令を受けて電磁投射砲――レールガンを試験搭載している『ロングビーチ』の艦長は戸惑いつつもレールガンの発射準備を進めていた。

 

「1番から4番安全弁解放!!」

 

「電力供給ライン、オールグリーン!!」

 

「電力充填95……96……97……98……99…………100パーセント!!発射準備よし!!」

 

前部甲板にあった38口径127mm単装砲を撤去し代わりにレールガンを搭載した『ロングビーチ』は原子炉で発電された30メガワットの電力をレールガン本体に順次送電し充填、攻撃態勢を整えると射線を確保するため艦隊後列から前列へと移動しリヴァイアサンに対しバチバチと青白い稲光が繰り返し発生しているレールガンの2つに裂けた砲口を向けた。

 

「高エネルギー反応を確認!!第2射来ますッ!!」

 

「チィ!!取り舵一杯、回避急げ!!」

 

「取り舵一杯っ!!――ダ、ダメです、回避が間に合いません!!」

 

「クソッ!!」

 

だが、レールガン搭載艦の『ロングビーチ』や『ベインブリッジ』『トラクスタン』がいざ攻撃を行おうとした瞬間、リヴァイアサンから放たれた魔力弾が再度特務艦隊を襲う。

 

「……?……ッ!?」

 

回避が間に合わない事を知らされ悪態を吐いた艦長は思わず目を瞑り、来るべき衝撃に備えていた。

 

しかし、間近で他の艦が被弾した爆発音が聞こえた後、いつまで経っても『ロングビーチ』が被弾することはなかった。

 

幸運にも敵の攻撃が外れたのか?と考えつつ艦長が恐る恐る目を開くと視線の先には『ロングビーチ』とリヴァイアサンの射線上に無理やり艦を割り込ませ、盾となり業火に包まれる『霧島』の姿があった。

 

「我々を……庇ってくれたのか」

 

「艦長、大変です!!先程の攻撃で『ベインブリッジ』、『トラクスタン』が被弾し戦闘不能に!!そのためレールガン搭載艦で無事なのは本艦のみです!!」

 

「……レールガンの砲手に告ぐ。『霧島』の献身を無駄にするな、リヴァイアサンをブチのめせ!!」

 

『『了解!!』』

 

我が身を挺して『ロングビーチ』を守り抜いた『霧島』の働きに胸を熱くした艦長がレールガンの砲手に檄を飛ばす。

 

そして燃え盛る『霧島』の仇を取るべく『ロングビーチ』が『霧島』の影から進み出てリヴァイアサンを射線に捉えた。

 

「撃て」

 

艦長の命令と同時にレールガンの砲口から溢れる稲光の強さが増した次の瞬間。

 

ローレンツ力によって加速した砲弾がマッハ6のスピードで撃ち出され『ロングビーチ』から1万4000メートル離れた場所にいたリヴァイアサンに凄まじい運動エネルギーを秘めた砲弾が命中した。

 

最も、僅かに狙いが逸れたため胴体の一部、燐と肉をグチャグチャに引き裂いただけに終わったが、今までいくら攻撃を加えても無傷だった事を考えれば十分な戦果であった。

 

「次弾発射用意急げ!!畳み掛けるぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

今までの攻撃をものともしていなかったリヴァイアサンが血を流し、またこれまでとは明らかに違う声を出して痛みに呻いているのを見てドッと沸く部下達を諌めるように艦長が矢継ぎ早に指示を出す。

 

「――なっ!?大変です、レールガンへの送電システムに異常が発生しました!!」

 

「加えて砲口部分にも異常が発生!!砲口の一部が融解した模様!!」

 

「次弾発射は――不可能です!!」

 

「ッ、ここまで来てっ!!」

 

だが、やはりと言うべきか試験運用中の兵器であるレールガンはたった1度の砲撃を行っただけで数十箇所の異常が発生し使い物にならなくなってしまう。

 

「あっ!?目標潜航を開始します!!」

 

打つ手無しとなった艦長が地団駄を踏んでいると不利を悟ったリヴァイアサンがゆっくりと海中に潜っていく。

 

「クソォ!!このまま見逃すしかないのかっ!!」

 

魔力弾の攻撃を2度受けた特務艦隊はまさに満身創痍。

 

戦闘能力を辛うじて残す艦艇が散発的な砲撃を繰り返すものの、どの艦も追撃するほどの余力がなくリヴァイアサンが逃げて行くのをただ見ている事しか出来なかった。

 

ところがである。

 

どこからともなく突如飛来したミサイルと砲弾が狙いすましたようにレールガンによって切り開かれたリヴァイアサンの傷口に命中。

 

ミサイルが傷口を押し開け、パックリと開いた傷口から体内へ飛び込んだ砲弾が体内で爆発し大量の血肉が弾け飛びリヴァイアサンはあまりの傷に潜る事を断念せざるを終えなくなった。

 

「なっ!?今の攻撃はどこからだ!!」

 

みすみすリヴァイアサンを見逃さねばならない悔しさにうちひしがれていた『ロングビーチ』の艦長が驚きの声を上げたが、艦長の問いの答えは部下からではなく攻撃を行った張本人達から次弾と一緒に返って来た。

 

『こちらは第1独立遊撃艦隊、本艦隊はこれよりリヴァイアサン撃滅戦に参戦する!!』

 

各地を転戦していた佐藤進少将麾下の第1独立遊撃艦隊がギリギリのタイミングで戦場に到着。

 

戦況は最終局面へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

単陣形を組んで戦場に飛び込んだ僅か12隻の戦闘艦の存在により戦況は一変した。

 

「ここでリヴァイアサンを逃がしたら末代までの恥だぞ!!なんてしても仕留めよ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

最大戦速で海を駆ける『伊勢』の艦橋では佐藤少将が大声で檄を飛ばし部下達も佐藤少将の檄に勇ましく答える。

 

そんな風に士気の高い第1独立遊撃艦隊は被害を恐れる事なくリヴァイアサンに肉薄、超至近距離からの砲撃で片をつけようとしていた。

 

「目標が攻撃態勢をとります!!」

 

第1独立遊撃艦隊がリヴァイアサンに接近するとダメージを受けて動きの鈍くなったリヴァイアサンがノロノロと首をもたげ反撃を試みる。

 

「進路そのまま、機関微速、主砲発射!!」

 

リヴァイアサンの反撃が繰り出されるタイミングを計っていた『伊勢』の艦長が指示を飛ばした直後、『伊勢』は真後ろで航続する『日向』に追突されぬように注意を払いつつ速力を落とし、リヴァイアサンと自艦の射線上の海面に2発の35.6cm砲弾を叩き込んだ。

 

「ヤバい外したぞっ!?」

 

「いや……あれはわざとだ!!」

 

「っ、マジかよ!!」

 

『伊勢』の不可思議な行動を見て特務艦隊の兵士達は首を捻ったが、すぐに『伊勢』の取った行動の意味を理解した。

 

『伊勢』に向かって放たれた魔力弾が35.6cm砲弾の着弾によって出来た水柱に突っ込み、そこで爆発したのだ。

 

「機関最大戦速、取り舵50度!」

 

「さて、これで終わりだ!!」

 

奇策によってリヴァイアサンの反撃をかわし8000メートルの距離まで近付いた『伊勢』が舵を切り、全主砲の照準をリヴァイアサンに定めたのと同時に単陣形を解いて散開した『日向』『青葉』『衣笠』『五十鈴』『こんごう』『きりしま』『秋月』『照月』『涼月』『初月』『新月』の11隻も砲口をリヴァイアサンに向け攻撃を開始。

 

12隻の集中砲火がリヴァイアサンの傷を更に拡大し、内臓を吹き飛ばす。

 

そして第1独立遊撃艦隊の猛攻が終わった後、そこにあったのは砲弾の雨を浴びて力尽き息絶えたリヴァイアサンの死骸であった。

 

こうしてパラベラム――遠征艦隊にとって予想外の被害を被ったリヴァイアサン撃滅戦にようやく終止符が打たれた。

 



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14

最後に残ったジズの事やら、グローリア攻略戦やら、被害を被った本土の様子やら、いろいろと進めないといけないのですが……
(;´д`)

その前に伏線を回収しときます。(´∀`)

2〜3話予定



城塞都市バラードから少し離れた山の中腹にある寒村――蛇人族の一族が隠れ住む村はいつにもなく騒がしかった。

 

その騒がしさの原因は村の目と鼻の先にあるコーラッド平原にジズと無数の魔物が突然現れたからである。

 

「手荷物は各自1つまでだ!!それ以上の荷物はここに置いていってもらう!!」

 

「皆さん、ここから2列に並んで下さい!!」

 

「慌てないで、落ち着いて!!」

 

ヒュドラの討伐後、そのまま蛇人族の村に駐留していた第7機械化歩兵大隊、第5小隊の兵士達が司令本部の命令通りに第2防衛線まで後退する準備を整え、また刻一刻と迫り来るジズや魔物達から逃れるため部隊と共に後退(避難)する事を希望した民間人の移送を行うために、僅かな手荷物を大事そうに抱えた村人達を誘導し第4師団から避難民の移送用に送られて来た73式大型トラックの荷台に次々と乗せていく。

 

「あとは頼んだ――涼宮!!進捗具合はどうだ?」

 

全体の指揮を取っている第5小隊の隊長、霧島遥斗中尉が副官の涼宮明里小尉に問い掛けた。

 

「ハッ、撤収作業は8割方完了しましたので15分以内には出発出来るかと」

 

「15分か……少し不味いな、出来るだけ急がせろ」

 

「了解」

 

涼宮小尉がコクリと小さく頷いたのを見届けた後、遥斗は家屋の中に残っている村人が居ないかどうかを確認するため2人の部下を引き連れ村の中をくまなく見回った。

 

「……」

 

「うん?おい、そこにいるのは村長か?」

 

遥斗が部下と共に村の見回りをしていると村の外れでヒュドラが封じられていた洞窟がある方をジッと静かに眺める村長を見つけた。

 

「あぁ、これは隊長様」

 

「もう出発だぞ、何をしている」

 

「すみません、村に最後の別れを告げておりましたら時間の事をすっかり忘れておりました」

 

「……そうか。もう別れは済んだか?」

 

「はい」

 

「では行くぞ」

 

そう言って遥斗は名残惜しげに村に視線をやる村長を連れて車両が集まっている村の広場へと歩き出す。

 

「……貴方方には感謝してもしきれません」

 

村の中を歩いていると村長が小さな声でポツリ、ポツリと語りだした。

 

「我が一族をヒュドラ様の呪縛から解き放っただけでなく手厚い生活支援までして頂いて」

 

「……」

 

「これでようやく我が一族は前に進むことが出来ます」

 

「そうだな。だが先ずは無事に避難せねば」

 

「はい……」

 

「そう不安げな顔をするな。安心しろ、お前達は何が何でも守り抜く。それに以前言っていた移住先の手配もなんとかなりそうだ」

 

「ま、誠ですか!?」

 

「あぁ、本当だ」

 

「あぁぁ……本当に、本当に何と感謝すれば」

 

「なに、数週間共に暮らした仲だろ。気にするな」

 

「我々の元に来た方が貴方で本当に良かった……」

 

「って、おいおい。泣くのは後にしてくれよ」

 

言葉では言い表せないような感謝の念を抱く村長が、ぼろぼろと涙を流す姿に遥斗は笑みを浮かべて村長の肩を親しげに叩いていた。

 

「隊長、出発準備完了しました」

 

「あぁ、分かった」

 

見回りを終えた遥斗が村長と共に涼宮小尉の元に戻ると、ちょうど出発準備が整った所だった。

 

「全員乗ったな?……よし、出発!!」

 

全員が車両に乗り込んでいるのを確認したのち、誰よりも後に軽装甲機動車に乗り込んだ遥斗の号令で避難を希望した村人達(全村民)と第5小隊の全兵士を乗せた車両の一団が動き出し遥斗達は一路、第4師団が駐留している城塞都市バラードへと向かった。

 

 

「クソッ、もう始まったのか」

 

パン、パン、パン、ダダダダダッとけたたましい銃声が遠くで鳴り響く。

 

またバラードの後方20キロの位置に展開中の155mm榴弾砲や99式自走155mm榴弾砲、203mm自走榴弾砲等の重砲群及びMLRSから発射された03式155mm榴弾砲用多目的弾、203mm榴弾、M26ロケット弾が飛翔音を唸らせ飛来し着弾。

 

ドガン!!と炸裂した爆発音が遅れてこだまする。

 

蛇人族の一族と共に村を後にした遥斗達が何事もなく無事にバラードに入り、第4師団の司令部が置かれている城に辿り着いたのと時を同じくして破壊と殺戮を繰り返す魔物の一群がバラードに到達。

 

第4師団の必死の抵抗も虚しく辺り一面を埋め尽くす程の物量を頼り魔物達がバラードの城門を破壊し突破した。

 

そのため、少なくない数の魔物が都市内部に侵入し各所で第4師団VS魔物の激しい攻防戦が始まっていた。

 

「隊長、急ぎましょう」

 

「そうだな」

 

第4師団の殿を務める部隊が時間を稼ぐべく慌ただしく駆け回っているのを横目に遥斗と涼宮小尉は師団本部にいるはずの上官の元へ急ぐ。

 

「今すぐ二個小隊を街の右翼側に回せ、モタモタしていると防衛線を突破されて後方に浸透されるぞ!!」

 

「ハッ、了解しました!!」

 

「失礼します、古鷹中佐。霧島遥斗以下第5小隊、只今帰還致しました」

 

「遥斗!!無事だ――ゴホン、霧島中尉か。無事で何より」

 

ランドセルを背負っていたとしても不思議ではない背格好に不似合いな軍服を着て慌ただしく指示を出す古鷹中佐は遥斗の無事な姿を見るなり喜色満面の顔になったが、ハッと我に返り咳払いをして平静を装う。

 

「……中佐、戦況はどうなっているのですか?」

 

……うん。小学生の女の子が父親とか兄貴が家に帰って来て喜んでいる姿にしか見えんな。

 

切迫した状況のため遥斗は古鷹中佐の取り繕う姿に突っ込む事はせず(内心では突っ込んだが)戦況の推移だけを聞く。

「あまりよろしくない。いや……最悪と言っていいだろうな」

 

眉間にシワを寄せて苦々しい表情で古鷹中佐は吐き捨てるように言った。

 

「敵の進攻速度がこちらの予想を上回ったために部隊の後退も避難を希望した民間人の移送も間に合わなかった。今は遅滞戦術を使って部隊が後退する時間を稼いでいるが、いつまで持つか……というところだ」

 

「分かりました。それで……我々第5小隊は何をすれば?」

 

「前線付近にいる民間人を回収してくれ、魔物とやりやっている部隊では民間人の後送に人手を裂けんからな」

 

「了解しました。直ちに取り掛かります」

 

「頼んだぞ。……あぁ、言い忘れる所だった。最悪でもあと2時間でバラードは放棄される手筈になっているからなくれぐれも忘れるなよ?あと攻めてきている魔物が妙に統率が取れているという報告もある十分気を付けろ」

 

「「ハッ」」

 

気を抜くな。と釘を刺す古鷹中佐に遥斗と涼宮少尉は敬礼を返し師団本部を後にした。

 

 

「館林、ちょっと来い」

 

「ハッ、なんでありますか?」

 

第5小隊の元に戻り蛇人族の一族を先に後方へ送る事と民間人の回収任務に就くという旨を部下に伝えた後、遥斗は1人の部下をコッソリと呼びつけた。

 

「いいか、村人を後方の拠点に連れていったら親衛隊の兵士を見付けて――出来るなら将校クラスが望ましいが……で、霧島がよろしくと言っていた。と言ってこの紙を渡せ」

 

「? ……はぁ。了解しました」

 

「頼んだぞ」

 

「あっ、隊長!!ちょっと待ってください!!」

 

紙を手渡された兵士が踵を返そうとしていた遥斗を呼び止める。

 

「なんだ?」

 

「こんな機会でもないと聞けないので思いきって聞ききますが……隊長は何者なのですか?」

 

「……」

 

「ずっと不思議だったんですよ、やけにコネがあったり親衛隊に顔が効いたりと……」

 

……まぁ、あんだけいろいろとやれば勘付かれるか。

 

静かに返事を待つ部下を見てやけっぱちのように頭をがしがしと掻き、ため息を吐いたあと遥斗は部下の質問に答えた。

 

「……まぁ、どのみちバレただろうしいいか。だがな、まだ誰にも言うなよ?」

 

「はい」

 

「……俺は第1期の箔付きで『目』の所属だ」

 

「………………………………それ、マジですか?」

 

意味が理解出来ていない者には全くの意味不明だが、分かる者にとっては驚愕の事実を遥斗は口にした。

 

「おおマジだよ」

 

「だ、第1期って事は閣下に一番最初に召喚された中隊メンバーで、しかも箔付きと言えば砦での戦闘を共にくぐり抜けた経験から閣下の信用が特に厚い連中で、全員パラベラムの上級将校クラスの要人になってるはずじゃあ……それに『目』は親衛隊が作ったとか作らなかったとかの噂でしか存在していない内偵機関のはず……でしょ?」

 

「長々と説明ご苦労。それであってる」

 

「……えっと、ちなみに本当の階級は?」

 

「大佐だ」

 

「あの……隊長?今の話聞かなかったことにしてもいいですか?なんか……万が一この話を漏らしたら不慮の事故で死にそうな気が」

 

「……」

 

「……えっ、なんで無言なんですか?えっ、マジでヤバいんですか!?」

 

「くれぐれも不慮の事故で死なないようにしろよ。じゃ、さっきの話は頼んだぞ」

 

「ちょ、た、隊長!?ちょっと待ってください!!お願いします!!隊長……た、隊長ォォーー!!」

 

必死にすがり付いてくる部下をサッと振り払った遥斗は何気無い顔で俺はもう知らないと言わんばかりに歩き去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

最低限の護衛をつけ先に蛇人族の一族を後方へ送る際に一悶着あったものの、遥斗の一喝で一悶着を片付けると第5小隊の兵士達はすぐさま任務につき前線付近に取り残された民間人を片っ端から回収していった。

 

「隊長も不器用だよな……」

 

前線付近から回収されて来た民間人を乗せる73式大型トラックを護衛している第5小隊の兵士がポツリと呟く。

 

「あぁ、恩を返すために一緒に戦いたいって言ってた奴等に『亜人の貴様らと我々が一緒に戦えるか』って、思ってもいない事を言ってトラックに押し込んでたからな」

 

「まぁ、場を収めるのには効果的だったが隊長が報われん」

 

「そうだな……けど分かる奴は分かるだろう」

 

「そうだといいがな」

 

今はこの場にはいない不器用で心優しい隊長の事を考え2人の兵士は思いを馳せていた。

 

 

「ハックション!!」

 

……誰かが俺の噂をしているのか?

 

いや、そんなことよりも今は“コレ”をどうするかだな。

 

一方そのころ。ひっきりなしに銃声が響く前線で逃げ遅れた民間人を回収していた遥斗は厄介な事に巻き込まれていた。

 

「まだ皆が教会にいるのよ!!離して、離して!!」

 

「コ、コラ、暴れるな!!君の言っている教会は既に戦闘エリアに入っている!!今から行くのはもう無理だ!!」

 

「頼むから大人しくしてくれ!!」

 

遥斗の第5小隊とは別の部隊の兵士達が既に戦闘エリアの中に入ってしまった教会に取り残された知り合いを助けに行こうと暴れている少女を押さえ付けていた。

 

「うるさい……うるさい、うるさい、うるさーーい!!いいから離せって言ってるでしょ!!この変態共!!」

 

「ホッ!?」

 

兵士達の拘束から逃れようと赤い鎧に身を包んだ少女は目の前にいた兵士の股間を思いっきり蹴りあげた。

 

「ホォォォ――……だが効かんッ!!」

 

「なっ!?」

 

男の急所であるはずの股間を蹴りあげられた兵士が崩れ落ちることなく再び押さえ付けようと掴み掛かって来たことに少女は目を剥いた。

 

「股間防御システムのPUGとPOGを装備した俺に死角は――ゲフッ!?」

 

イランやアフガニスタン等で過激派武装組織が敷設したIED(即製爆発物)による被害を受け、生殖器や肛門といったデリケートな部分や下半身に重度の外傷を負う兵士が増加したことにより開発された2種類の下半身用ボディアーマーを装着していた兵士は蹴りのダメージを受けておらず驚く少女に対し勝ち誇った笑みを浮かべたが次の瞬間、少女の右ストレートを頬に食らい沈黙した。

 

「……涼宮、ティナ。捕えろ」

 

「ハッ!!」

 

「了解であります!!」

 

「キャ!?何よアンタ達!!は〜な〜せ〜!!わぁ!!」

 

流石に見ていられなくなった遥斗の指示で涼宮少尉とヒュドラの討伐時に戦死した兵の補充として新たに第5小隊に加わった犬人族のティナ・フェルメール一等兵が教会に向かって走り出そうとした少女を一瞬で拘束、無害化した。

 

「アイタタタ……すいません、中尉殿。ご迷惑をお掛けしました」

 

「構わん。この少女はこちらで面倒を見ておくから、お前達は自分の任務に戻ってくれ」

 

「「「ハッ!!」」」

 

少女に手こずっていた兵士を任務に戻すと遥斗は少女に向き直る。

 

「お前には悪いが今は非常時だ、こちらの指示に従ってもらうぞ。たとえ無理やりにでもな」

 

「うぐぐぐ……」

 

涼宮少尉に足を掛けられ姿勢を崩した所でフェルメール一等兵に素早く腕を極められ、地面に押し倒された少女は身動き1つ出来ない状況でありながら親の仇を見るような目で遥斗を睨む。

 

「ティナ、そいつをカーゴ(73式大型トラック)に連れていけ」

 

「了解したであります!!」

 

少女を強引に立たせたフェルメール一等兵は安産型のお尻から伸びたモサモサの尻尾を飼い主に褒められた子犬のようにブンブンと振りつつ敬礼をして遥斗に答える。

 

「キャッ!?ちょ、ちょっと待って!!」

 

犬っ娘のフェルメール一等兵に小脇に抱えられ連行されそうになった少女が瞳に涙を浮かべて遥斗を呼び止めた。

 

「……なんだ?」

 

「さっきから言っているように教会に私の知り合いが大勢取り残されているの!!あなた達なら助け出せるでしょ!?お願い力を貸して!!」

 

「……涼宮、教会までの距離は?」

 

少女の話を聞いた遥斗はチラリと涼宮少尉に視線をやり問うた。

 

「確か……3ブロックほど先にあったかと」

 

「……無理だな。もう手遅れだ」

 

涼宮少尉の答えに遥斗は首を横に振る。

 

「ッ!?そんな!!行ってみなくちゃ分からないじゃない!!」

 

「魔物の群れに囲まれて踏破出来る距離じゃない。諦めろ」

 

「だったら……だったら私だけでいいから行かせてよ!!」

 

迷惑はかけないから。と少女は涙ながらに訴える。

 

「お前が行くと前線で戦っている兵士が困るんだ。ティナ、もういいから連れていけ」

 

しかし、少女が前線に向かえばそれだけで他の部隊の邪魔になることが分かっている遥斗が頷く事は無かった。

 

「ハッ」

 

「あっ、まだ話は……離しなさい!!こら!!待って――」

 

フェルメール一等兵の小脇に抱えられた状態で少女は遥斗の視界から消えて行った。

 

「まったく」

 

気持ちは分からんでもないが……。

 

まぁ、諦めてもらうしかない。

 

これで良かったんだ。

 

少女に同情的な気持ちもあった遥斗だったが、自分の判断は間違っていないと自分で自分を納得させていた。

 

しかし後に遥斗は自分の下した判断を悔いる事になる。

 

 




特にやりたかったネタがかなり雑な扱いに……
・゜・(つД`)・゜・


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15

激しい戦闘が続き、絶え間ない銃声が響く城塞都市バラードの最前線から程近い市街地。

 

「このっ、離しなさいよ!!は〜な〜せ〜ッ!!ぬぅぅ〜〜は〜な〜せ〜ッ!!」

 

「ぬっ、ぐぅ……す、少しは大人しくしていてほしいであります!!」

 

ティナ・フェルメール一等兵は小脇に抱き抱えた少女の激しい抵抗に苦慮していた。

 

何故なら赤い鎧を纏う少女が抵抗を繰り返す度に鎧がガチャガチャと音をたて体に当たり、また腰に帯びた剣がガツンガツンとフェルメール一等兵の腕に激しくぶつかるからである。

 

「アンタが手を離したら暴れないわよ!!」

 

ジタバタと手足を振るい、まるでお菓子を買って貰えなかった子供の様に暴れる少女はフェルメール一等兵に対しありとあらゆる抵抗を試み逃走を図るも、全て無駄な抵抗と成り果てていた。

 

「おっとっと……ふぅ、何を言っているでありますか、私がこの手を離したら貴女は教会に向かうに決まっているのであります。そうなれば今戦っている味方に迷惑が掛かるのは明白。ですから、この手を離す訳にはいかないのであります」

 

パラベラムにある新兵教育機関で悪夢のような日々を送り、地獄の調練に耐え抜き晴れて一端の兵士として送り出されたフェルメール一等兵は少女の抵抗に眉をひそめながらも飄々と対処しつつ、少しだけ本気を出して少女の腰に回した腕にグッと力を込める。

 

すると人間よりも発達した犬人族の筋力が唸り、少女を思いっきり締め上げ抵抗を――身動きを強制的に封じた。

 

「っ!?……――あ〜もう!!……お願いだから…グスッ…行かせてよ。みんなが……みんなが死んじゃう……ズズッ、お願い……だから……ッ!!」

 

警告の意味を含めてフェルメール一等兵に締め上げられた直後、いくら暴れようとも逃げ出す事が不可能だと悟り全身を弛緩させ、なすがままになった少女はポロポロと大粒の涙を流す。

 

「うぬぅ……そ、そう言われても隊長の命令には逆らえないでありますよ」

 

「グスッ、お願い……教会に居るみんなは私に残された最後の家族なの、もう10年前のように……家族を……大切な人達を失うのは絶対にイヤなのよ……」

 

「……」

 

元々カナリア王国の地方都市にあるスラム街の出身で幼い妹や弟のいる実家の家族を養うために給金が良く公益福祉が充実したパラベラム軍に入隊した経緯を持つフェルメール一等兵の歩みは少女の身の上話を耳にしているうちに徐々に遅くなり、遂には完全に止まってしまっていた。

 

そしてフェルメール一等兵の歩みが止まり彼女の心が揺れている事に気が付いた少女はここぞとばかりに畳み掛けた。

 

「お願い、貴女達に迷惑はかけないわ。……実はすぐそこの曲がり角を曲がった先に枯れた古井戸があるのだけれど、その古井戸は教会に繋がる秘密通路の出入口になっているの。ね?そこを通れば貴女達に迷惑はかからないでしょ?」

 

「っ!?な、なんでそれを黙っていたでありますか!!それを教えれば隊長だって……ッ!!」

 

「無理よ、秘密通路はとても狭くてね。人が2人並ぶのでギリギリ、それに迷路みたいに入り組んだ作りになってるの。大人数じゃ通れない」

 

「じゃあ、じゃあ……行ってどうするのでありますか?」

 

「出来るならみんなを助けてあげたかったけど……貴女達の助けが得られないとなると助けるのは不可能。けど私は1人だけ生き延びるなんて真っ平ごめん。……だから私はみんなの所で魔物と戦ってみんなと一緒に運命を共にするわ」

 

「ぬぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜はぁ……隊長になんて言い訳をすればいいでありますか……」

 

体を捻ってこちらを見上げている少女の瞳に灯る覚悟の光を見てフェルメール一等兵がボソリと呟いた。

 

「古井戸から秘密通路を通って教会まで、往復でどれくらいかかるでありますか?」

 

「えっ?往復で30分ぐらいだけど……」

 

30分……かなりギリギリでありますな。

 

「教会にいる人数は?」

 

「たぶん30〜40人」

 

「なら、急ぐであります!!」

 

「キャ!!えっ、ちょ、何を言って……」

 

猛然と駆け出したフェルメール一等兵に少女は困惑する。

 

「急げばみんなを助ける事が出来るであります。だから早く行くであります」

 

「あ、貴女はいいの!?命令違反になっちゃうんじゃ……」

 

「私を鍛えてくれた教官が――と言っても1日だけ特別なんとかかんとかで来た教官の事でありますが、言っていたであります。えーと、ナ、ナガ、ナガートゥー?教官曰く『問題はバレなきゃ問題なし、というか問題となる前に対処すべし』」

 

「そ、そう……」

 

「それにこうも言っていたであります。『情けは人の為ならず――困っている人がいたら助けてやれ。いつか自分に返って来るから』そして『軍人として人間(獣人)として誇れる行動を心掛けろ』と」

 

どこぞの軍事国家の総統が気紛れに説いた教えが、思いもよらない場面で開花した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

撤収間際になってその問題は発覚した。

 

「ティアがまだ戻って来ていない!?それに、そのティアを探しに行った涼宮も戻って来ていないだと!?」

 

「は、はい!!我々がフェルメール一等兵を最後に見たのは隊長と一緒に前線に向かった時です。それで……隊長より一足先に戻ってきた副隊長はフェルメール一等兵が戻って来ていないことを知るとGPS端末を持って私が連れ戻す。と言って……」

 

「なんてこった……あのバカ……あの少女と一緒に教会に向かいやがったな、クソ!!」

 

バラードを放棄するタイムリミットが迫るなか、いざ回収出来た民間人と共に後方に下がろうとした遥斗だったが部下2名の行方が知れず後方へ下がる事が出来なくなった。

 

「それで、涼宮とティナに無線は繋がらないのか!?」

 

「ダメです。ずっと呼び掛けてはいますが、どちらも全く応答がありません」

 

「現在位置は!?」

 

「発信器から出ているシグナルが微弱のため居る方向は分かりますが、正確な位置を捕捉するまでもう少し掛かります」

 

「クソッタレ!!時間がないってのに!!」

 

苛立つ遥斗がバンッと73式大型トラックの荷台を殴り付けた時だった。

 

『こちらは第7機械化歩兵大隊、古鷹中佐。第五小隊どうした?早く後退しろ』

 

麾下の部隊の後退を指揮していた古鷹中佐が一向に後退完了を言ってこない遥斗の第五小隊に業を煮やし直接連絡を取って来た。

 

「こちら第五小隊。問題が発生。部下2名が行方不明、捜索及び回収許可を願います」

 

『なっ!?…………残念だが霧島中尉、捜索許可は出せない直ちに後退し味方部隊と合流せよ』

 

「古鷹中佐!!15分……いや10分でいいんです、GPSで2人の位置を割り出してすぐに回収しますから捜索許可をお願いします!!」

 

『……許可は出来ない。直ちに後退しろ』

 

「中佐!!」

 

ヘッドセットから伸びたマイクをひっ掴み、遥斗は大声で懇願する。

 

『遥斗!!いくらお前でも、いやお前だからこそ私の命令に従え!!これは古鷹中佐として、軍人としての命令だ!!直ちに後退しろ!!復唱!!』

 

しかし遥斗の願いが古鷹中佐に通じる事は無かった。

 

「ぐっ…………〜〜〜〜ッ!!第五小隊……っは直ちに後退し味方部隊と合流します!!」

 

『……よろしい。直ちに行動に移れ、以上』

 

「……」

 

「隊長……」

 

通信が切られた無線機のPTTスイッチを握り締めたまま歯を食い縛り俯く遥斗に部下達は思い思いの視線を送る。

 

「第五小隊……後退するぞ」

 

「そんな!?隊長は2人を見捨てるつもりですか!!」

 

「おい!!止めないか、隊長だって……」

 

「っ……そうでした」

 

遥斗に食って掛かろうとした若い兵士を中年の兵士が諌める。

 

諌められた若い兵士はハッとして忸怩たる思いで黙り込む。

 

そして第五小隊の兵士達が遥斗の命令に従い動きだそうとした時であった。

 

「……小林、第五小隊の指揮を任せた」

 

「「「へっ!?」」」

 

遥斗から出た追加の指示に部下達は面を食らった一方で、やはり。という思いを抱きそして、それでこそ我らが隊長だと内心でこそっり笑っていた。

「俺は2人を連れ戻す。お前達は先に――」

 

「隊長」

 

「……なんだ?」

 

「またまた、分かってるクセに」

 

「……?」

 

「「「「お供します!!」」」」

 

民間人を後方に送り届けなければならない役目がある者を除いた10名の兵士がニヤニヤと不敵に笑いつつ晴れ晴れとした声で、そう言ってのけた。

 

「……」

 

「さぁ、早く2人を迎えに行きましょう隊長!!」

 

「急がないと間に合いませんよ!!」

 

「ちなみに武器弾薬は揃ってますから!!これだけあれば有象無象の魔物なんか屁でもありません!!」

 

「……一応聞いておくぞ、俺がやろうとしているのは命令違反だ。これが終われば軍法会議ものなんだが?」

 

「そんなこと分かってますよ」

 

「俺達もそこまでバカじゃありません」

 

ある意味底抜けのバカだろうが……。

 

「……分かった。手が空いていて来たい奴だけ来い。だが、これから先どうなっても責任は取れんぞ」

 

「「「「了解!!」」」」

 

「まったく……うちの隊はバカの集まりだ」

 

最初は呆れていた遥斗だったが、部下達の決意が揺るがない事を理解すると同行の許可を出し余っていた73式大型トラックの助手席に乗り込んだ。

 

チッ、まだ捕捉出来ないのか。

 

助手席に座った遥斗は涼宮少尉とフェルメール一等兵の現在位置が未だに割り出せていない事にやきもきしていた。

 

ちなみに涼宮少尉とフェルメール一等兵が発信器を持っている理由は、当時軍曹だった舩坂准尉の行方不明事件――一時的に捕虜だった事を受けて今では全兵員に発信器の所持が義務付けられているためである。

 

加えて言えば行方不明になる確率が高い戦闘要員のうなじには極小の発信器が埋め込まれている。

 

「武器弾薬の積み込み完了!!」

 

「全員乗りました!!」

 

GPS端末を遥斗が睨んでいると同行を志願した部下達が荷台に必要な装備品を積み込む。

 

そして最後に自分達が荷台に乗り込むと73式大型トラックの運転席の屋根をバンバンと2回叩く。

 

「出せ」

 

「了解」

 

それを合図に73式大型トラックは動き出す。

 

こうして遥斗の独断で涼宮少尉とフェルメール一等兵の捜索が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

聞こえてくる銃声が大きくなるにつれて遥斗達の緊張感は増していた。

 

「隊長、前方に味方部隊です。どうしますか?」

 

「事情を説明している暇はない。というか事情を説明したら確実に引き留められる。だから――突っ切れ」

 

何故なら2人を助ける前に、魔物と戦う前に前線で必死に戦っている味方部隊を突破しなければならないからである。

 

「了解、ちょっと荒っぽく行きますよ!!」

 

前方で大きく手を振って止まれ!!と叫んでいる兵士を視界にいれつつもハンドルを握る遥斗の部下はアクセルを限界まで踏み込む。

 

するとブオオォォーーとエンジン音が高まり73式大型トラックの速度が増す。

 

「と、止まれぇぇーー!!止まれぇぇーー!!うわっ!!――……な、なんなんだあいつら!?」

 

味方の制止を振り切り73式大型トラックは更に進む。

 

「よし、後退命令が出た。後退するぞ」

 

「「了解」」

 

「うん?なんだ、この音は――って!?」

 

「あ、あぶねぇ!!避けろ!!」

 

遥斗達の乗る73式大型トラックが凄まじい勢いで突っ込んで来ることに気が付いた前線の兵士達がギョッとした顔で慌てて道の脇に飛び退く。

 

「あ、ありゃあどこの隊だ?」

 

「さぁ……?」

 

「というかあいつら何処へ行くつもりだ?この先はもう魔物しかいないぞ?」

 

「だよな」

 

「って、そんな事よりもこの事を司令部に報告しないと!!」

「そ、そうだな」

 

遥斗達の突破を許した兵達が司令部に報告を上げた事により、すぐに遥斗の独断専行は古鷹中佐の知るところになった。

 

『――ザーザー、ザッ、――と!!遥斗!!応答しろ!!コラ、遥斗!!早く応答しないか!!聞こえているのは分かっているんだからな!!』

 

……予想よりも早くかかってきたな。

 

おっと!!

 

車載の無線機から聞こえる古鷹中佐の怒鳴り声をよそに遥斗は73式大型トラックに飛び掛かって来た6本足のトラのような魔物の腹部に89式小銃の5.56x45mm NATO弾を一連射分叩き込む。

 

そして、襲い来る脅威を排除し弾の無くなった弾倉を交換すると73式大型トラックに取り付こうとしている魔物にまた5.56x45mm NATO弾をお見舞いしつつ喧しい声を吐き出し続ける無線機を恐る恐る手に取った。

 

「……こちら霧島」

 

『こんの……大バカ者がッッッ!!』

 

古鷹中佐の第一声は遥斗の鼓膜を破壊しかねない声量で捻り出された罵声だった。

 

「ッ……」

 

『何故命令に従わなかった!?』

 

「……自分には……どうしても部下を見捨てることが出来ません」

 

助手席の窓から手当たり次第に弾をばらまきながら遥斗は淡々と答える。

 

『部下を思いやる気持ちは痛いほど分かるが、今の状況を理解しているのか!?お前の身勝手な行動で他の部隊にどれだけの迷惑を掛けるつもりだ!それにもう防衛部隊は引き上げ始めているんだぞ!!……悪い事は言わん、今すぐ戻れ。今ならまだ私が庇える範囲だ』

 

「お気遣い感謝します。ですが全て理解した上での行動ですので我々の事はお気になさらず。自分で選んだ道です、自分で何とかします」

 

『そういうことを言っているんじゃ――』

 

「ッ!?申し訳ありません古鷹中佐、通信を切ります」

 

『ま、まて!!遥斗!!話はまだ――』

 

進路方向に大量の魔物が待ち構えているのを視界に捉えた遥斗は古鷹中佐の返答を待たぬまま通信を切った。

 

「前方に火力を集中!!敵を排除しろ!!」

 

遥斗はそう言いながら助手席の窓から身をのりだし89式小銃を両手で構えセレクターレバーをタ(単射)からレ(連射)に切り替えフルオートで撃ちまくる。

 

「「「了解!!」」」

 

遥斗の命令に荷台にいる部下が3人応じ進行方向へ火力を集中させる。

 

ミニミ軽機関銃とM249軽機関銃の断続的な弾幕が進路方向に立ち塞がる魔物を撃ち据え凪ぎ払い、止めに放たれた06式小銃擲弾が魔物をまとめて吹き飛ばし血路を開いた。

 

「隊長!!2人の現在位置が判明しました!!ここから北に500メートルです!!」

 

「よし、急ぐぞ!!」

 

「了解!!」

 

遥斗が車内に戻ると運転の傍らGPS端末を横目でチラチラと伺っていた運転手が遥斗に朗報をもたらす。

 

そうしてワラワラと集ってくる魔物の群れを排除しつつ、また仕留めた魔物の死骸を引き潰し撥ね飛ばしながら遥斗達は涼宮少尉とフェルメール一等兵の居場所に急いだ。

 

「2人がいるのはこの路地の先です!!」

 

「分かった!!4人俺についてこい、残りはカーゴを守れ」

 

「「「「了解」」」」

 

発信器のシグナルが指し示すポイントのすぐ近くで73式大型トラックは停車。

 

降車した遥斗は部下を4人連れて2人の元へ向かう。

 

「……」

 

「「「……」」」

 

73式大型トラックに残してきた部下が集まってくる魔物と戦っている銃声を聞きながら、遥斗は細い路地を慎重に進む。

 

「気を抜くなよ、どこから敵が出てくるか分からんからな」

 

「了解――ブッ!?」

 

「前川ァァ!?」

 

89式小銃を構え先頭を歩く遥斗が後に続く部下に注意を促した瞬間であった。

 

遥斗の背後でブスッブスッ!!と2回、肉を刺し貫く嫌な音がしたかと思うと、間髪入れずに絶叫が上がった。

 

ギョッとして遥斗が振り返ると、そこには防弾チョッキ3型ごと毒々しい紫色の触手に腹を貫かれ空中に持ち上げられた前川兵長の姿があった。

 

「い、家の中に居るぞ!!」

 

「壁越しで構わん、撃て!!」

 

前川兵長の体を貫いている触手が、路地に面した家の壁越しに伸びているのを見てとった遥斗達は前川兵長の腹から噴き出している血を浴びつつも咄嗟に反撃を開始した。

 

「くたばれ!!」

 

「クソッ、クソッ、クソォォォォ!!」

 

「うわああああぁぁぁぁーーーー!!」

 

狙いもクソもない手当たり次第の銃撃であったがまぐれ当たりが出たのか、触手が痛みに悶えるように暴れ終いにはプッツリと力が抜け、前川兵長を貫いたまま力なく地面に横たわる。

 

「ブヘッ…ぁ……ぅ…っぁ……ぁ…………」

 

力尽きた触手が腹に刺さったままの前川兵長は口からおびただしい量の血を吐き痙攣を繰り返し、地面には前川兵長の腹から流れ出た血がみるみるうちに広がる。

 

「前川の容態は!?」

 

弾倉を交換しつつ遥斗は前川兵長に駆け寄り容態を確認している部下に問い掛けた。

 

「……ダメです、死にました」

 

「……先を急ぐぞ。回収は後だ」

 

「「「了解」」」

 

腹部を貫通している触手を切り前川兵長の遺体を横たえ見開いていた目を手でソッと閉じてやると遥斗達は無言で先を急いだ。

 

 

「これは一体……どういう事だ?」

 

涼宮少尉とフェルメール一等兵の発信器から出ているシグナルの“真上”に到着した遥斗達はまさかの事態に狼狽えていた。

 

誰も……いない。

 

周りを見渡した所で2人の姿はなく、また路地を抜けた先はT字路になっており2人が隠れる場所もない。

 

「機器の……故障?」

 

「いや、そんなまさか……」

 

「だが……シグナルが出ているのは此処だ。とにかく探せ!!探すんだ!!」

 

血眼になって部下が周りを探っているのを尻目に遥斗は自分の独断の行動で部下を失った上に2人の救出にも失敗したという事実に打ちのめされ動く事が出来ずにいた。

 

「俺は、俺は……一体なんのためにッ!!部下を死なせてまでここに!!」

 

失意のあまり立っていられなくなり崩れ落ちるようにへたり込んだ遥斗が踞り慟哭する。

 

そして何度も何度も地面に叩きつけられている拳からはジワリと血が滲む。

 

「隊長……」

 

「「……」」

 

周囲の捜索を終え遥斗の姿を目にした部下が撤退を進言しようと歩み寄った時だった。

 

「隊長、残念ですが――」

 

「っ!?黙れ!!」

 

「隊長……お気持ちは分かります。ですがこれ以上ここにいるのは」

 

「違う、そうじゃない!!」

 

先程まで踞って慟哭していた筈の遥斗がいつの間にか地面に耳を当てて何かの音を聞いていた。

 

「?隊長、何を……」

 

「STTW(AN/PPS-26)を寄越せ!!早く!!」

 

「……ッ!?隊長、まさか!!」

 

「そのまさかだ!!2人はこの“下”にいる!!」

 

AN/PPS-26 STTWとはアメリカ軍で採用されている壁透過型レーダーのことでドップラーレーダーを使い壁の向こう側にいる人間の心臓の鼓動を検知することで人の存在を識別出来る装置である。

 

なおAN/PPS-26は厚さ20センチの壁までなら透過可能で壁から8メートル以内に対象が居れば対象を捕捉出来る性能を誇る。

 

「見つけた!!3人いるぞ!!」

 

投げ渡されたAN/PPS-26を使い自分の真下に3人分の鼓動を確認した遥斗は自分の行動が無意味にならなかった事や2人が生存している事実を喜んだ。

 

しかし、そんな喜びも束の間。

 

「隊長!!副隊長達、魔物に包囲されてます!!」

 

「なに!?」

 

遥斗と同じようにAN/PPS-26を使って地下の状況を伺っていた部下が最悪の状況であることを知らせて来た。

 

「副隊長達は袋小路に追い詰められている模様!!複数体の魔物が接近中です!!」

 

「入り口はどこだ!?」

 

「さっき周りを探した時にそれらしいモノはありませんでした!!」

 

嘘だろ!?

 

「ま、まずいですよ!?隊長!!」

 

「入り口!!入り口は何処なんだよ!!」

 

部下達が右往左往しながら地下への入り口を探している横で遥斗は静かに覚悟を決めていた。

 

「C-4を寄越せ!!」

 

「えっ、ま、まさか隊長そこから突入する気ですか!?」

 

「それ以外に方法が無いだろうが!!」

 

「いくら何でも危険過ぎます!!」

 

「いいから早く寄越せ!!さっきまで聞こえていた銃声が途切れているんだ!!」

 

「っ!?えぇい、しょうがない!!」

 

部下の1人がやけくそ気味に遥斗へC-4爆薬を手渡した。

 

早く、早く!!

 

涼宮少尉達がいる場所から少し離れた位置にC-4爆薬を細かく千切り円を描くようにセットし手早く信管を突き刺し起爆準備を整えると遥斗は部下に声を掛けた。

 

「援護を頼んだぞ!!」

 

「えっ……!?」

 

「嘘でしょ!!」

 

「隊長!?」

 

部下が引き留める間も無く、遥斗はセットしたC-4爆薬に囲まれた状態で起爆装置のスイッチを押し込んだ。

 

「涼宮ァァァァーーー!!」

 

大切な部下の名を叫びながら遥斗は爆発と同時に爆煙に包まれ地下の秘密通路に突入した。

 



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16

城塞都市バラードの地下には、まるで迷路のように張り巡らされた薄暗く狭い秘密通路があった。

 

この秘密通路は都市が作られた際に平行して整備されたものであったが、今では管理する者もおらず、また知っている者も極僅かに限られていたためクモやネズミの絶好の棲みかとなっていた。

 

しかし、今現在そんな秘密通路の袋小路に3人の女性が追い詰められ絶体絶命のピンチを迎えている。

 

「ッ、弾切れ!?弾、弾、弾が……ない!?」

 

9mm機関拳銃の薬室に収まっていた最後の9x19mmパラベラム弾が銃口から発射され迫り来る魔物の額を穿つ。

 

そして額に小さな穴が開いた動物型の魔物が崩れ落ち排莢された空薬莢がカラン。と乾いた音を立てて地面に転がると同時に涼宮明里少尉は弾が切れた事に気が付き慌てて体をまさぐり予備の弾倉を探すものの、これまでの戦闘で全て使いきっている事実を思い出し悔しげに歯をギリリと食い縛った。

 

隊長……申し訳ありません、貴方の所に戻れそうにありません。

 

「も、もうお仕舞いであります!!」

 

「ごめんなさい……私のせいで……っ、ごめんなさい」

 

死の恐怖から半泣きになっているティナ・フェルメール一等兵と罪悪感に苛まれブツブツと謝罪の言葉を繰り返す少女を背後に庇いつつ9mm機関拳銃から手を離し負傷している右腕を左手でキツく押さえた涼宮少尉は自分の判断ミスを悔いていた。

 

事の始まりは部隊の撤収準備を整えておいてくれ。と遥斗に命じられ一足先に第五小隊の合流ポイントに戻った時である。

 

自分よりも先に合流ポイントに戻っているはずのフェルメール一等兵と赤い鎧を着込んだ少女が来ていない事を知った涼宮少尉は咄嗟にGPS端末を手に取りフェルメール一等兵の現在位置を割り出した。

 

そしてフェルメール一等兵との距離がまだ近いことを知った途端、今ならまだ連れ戻せると安易な判断を下したのが最初のミス。

 

ここで遥斗に連絡を取り部隊全体でフェルメール一等兵を連れ戻していれば、話はそれで済んだのだが……。

 

事態を大きくすることを嫌い、自分の手で収集をつけようとしてしまったのが運の尽き。

 

その後、フェルメール一等兵の発信器から出ているシグナルを頼りに追いかけていると崩れ落ちた道から地下の秘密通路に入ることが叶い、また偶然にも教会を目指し秘密通路を迷走していた2人と合流出来たものの涼宮少尉と同じように崩れた道から入ってきた魔物に襲われ、袋小路に追い詰められてしまったのであった。

 

「ひぅ!?来たであります!!」

 

死んだ魔物の死骸を乗り越え口からヨダレを溢す醜悪な魔物が3人を胃の腑に収めようと迫る。

 

「……っ」

 

最期まで戦い抜くという意思の現れなのだろうか、涼宮少尉は自らの血で汚れた無傷の左手でしっかりとコンバットナイフを構えた。

 

「わ、私だって……」

 

涼宮少尉がコンバットナイフを構えたのを見て赤い鎧姿の少女が私もとばかりに腰に帯びた剣を抜こうとする。

 

「待ちなさい、この狭い場所でそんな剣が振るえると思うの?」

 

「あっ……で、でも!!」

 

「やるなら刺突にしなさい」

 

「……分かった」

 

涼宮少尉に助言を貰った少女は腰だめに剣を構えた。

 

「あれ?いつの間にか私がお荷物になっているであります……」

 

「ッ!!来る!!」

 

フェルメール一等兵の場違いな言葉を合図に魔物が涼宮少尉に飛び掛かった瞬間だった。

 

『涼宮ァァァァーーー!!』

 

天井が突然、崩落し涼宮少尉に飛び掛かかっていた魔物を押し潰す。

 

そして天井が崩落する轟音に紛れて3人に聞き覚えのある声が響いた。

 

「っ!?」

 

「な、何よ!?」

 

「な、なんでありますか!?」

 

盛大に舞い上がった砂埃で視界を奪われた3人はゴホゴホと咳き込みながら一体何が起きているのか分からず、ただひたすらに困惑していた。

 

だが困惑している3人をよそに砂埃の向こうではダダダダダッと89式小銃の銃声が響き、魔物の悲痛なうめき声が上がり続ける。

 

「そんな……まさか……」

 

「嘘であります……」

 

「あっ」

 

銃声が鳴り終わると砂埃の中から1人の男が姿を現した。

 

3人の前に颯爽と現れた男の姿は全身傷だらけで、お世辞にも見れたものでは無かったが絶体絶命のピンチに現れ命を救ってもらった3人の男を見る眼差しはとても熱かった。

 

「イテテテ、ゴホッゴホッ、あ〜無茶しすぎたな。ん?――帰るぞ」

 

突入の際に負った全身の傷に顔をしかめていた男――遥斗が自分を熱を帯びた視線で見つめている3人に気が付き声を掛ける。

 

「た、たい、たいちょぉぉ!!」

 

「うわっ!!イテ、イテテテ、痛い、涼宮!!痛い!!」

 

遥斗に声を掛けられた瞬間、堰をきったように涼宮少尉が駆け出し遥斗に飛び付いた。

 

「あー、これは……卑怯でありますな。こんな事をされたら惚れ――うん?くふ、くふふ。ここに仲間が一人いたでありますな」

 

「……」

 

泣きじゃくる涼宮少尉に抱き付かれ困った表情を浮かべている遥斗に熱い視線を送っていたフェルメール一等兵は心を埋め尽くしている感情に苦笑しつつ、目の前にいる“同胞”に声を掛けた。

 

「何はともあれ、助かったでありますな」

 

「……」

 

「あちゃー……これは重症であります」

 

声を掛けられ肩を叩かれても少女の視線が片時も遥斗から外れないのを見たフェルメール一等兵は苦笑するしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

遥斗がC-4爆薬で強引に抉じ開けた大穴から引き上げてもらう準備が整うまでの間、涼宮少尉とフェルメール一等兵は遥斗の説教を受けしょんぼりとした顔になっていた。

 

しかし説教の後、遥斗に無事で良かったと抱き締められると2人の表情はだらしない程にやけていた。

 

「「エヘヘ」」

 

「……」

 

「準備完了です!!」

 

「分かった、引き上げてくれ!!」

 

ニヤニヤとにやける2人を怨めしそうに見つめる少女はさておき、遥斗達は地下からの脱出に移る。

 

「「「よいしょっと!!」」」

 

「よっ!!……ふぅ、すまん。助かった」

 

「全く……無茶をしすぎです、隊長は」

 

「こっちの事も少しは考えて下さい……心臓が止まるかと思いましたよ」

 

一番最後に地下から引き上げてもらった遥斗は部下の苦言に迎えられた。

 

「あ〜らら、3機同時撃墜とはさすが隊長。……いや1人は既に撃墜済みか」

 

涼宮少尉とフェルメール一等兵、そして鎧の少女を見た部下がボソリと呟く。

 

「? 何を言っているんだ、お前は」

 

「いや、隊長は知らなくていいんですよ?」

 

何故に疑問系?

 

不穏な言葉を呟いた部下に気が付いた遥斗が問うも、問いの答えは帰って来なかった。

 

「まぁいい。それよりも早くここから撤退するぞ」

 

「「「「了解」」」」

 

部下の救出に成功した遥斗は、もうここに用はない。とばかりにさっさとその場を後にしようとしたのだが。

「ちょ、ちょっと待って!!私は教会に――」

 

未だに教会へ向かう事に固執している少女から待ったの声が上がった。

 

「……残念だが、完全に手遅れだ」

 

「え、嘘でしょ……ねぇ……うそ……嘘……嘘嘘嘘嘘ッ!!そんな、そんなッ!!ウアアアアアアァァァァーーーー!!」

 

遥斗が指を指した方には業火に包まれている教会の鐘楼が小さく見えた。

 

教会を包み燃え盛る炎を視界に捉えた少女は慟哭を上げながらヘナヘナと座り込み、赤子のように泣きじゃくる。

 

「……」

 

泣きじゃくり動こうとしない少女を遥斗はお姫様抱っこで抱え無言のまま歩き出した。

 

そして帰り道の道中に冷たい遺体となった前川兵長を回収した後、73式大型トラックの元で帰りを待っている部下達の所に急ぎ合流を果たしのであった。

 

 

 

「ひでぇ……」

 

「なんじゃこりゃあ……」

 

「……どうなってやがる」

 

「……」

 

これは……一体……。

 

73式大型トラックを守っていた部下と合流した遥斗は先程まで腐るほどいた魔物の姿がまるっきり見えなくなっていることに首を傾げつつも撤退を開始したのだが司令部の近くを通りかかった途端、辺りの建物が無惨に破壊され夥しい数の魔物の骸が転がっているのを目撃した。

 

「部隊の撤退する時間を稼ぐ……にしては激しい戦闘が行われていたようですね」

 

右腕に包帯を巻いた涼宮少尉が外の光景を見てそう言った。

 

「……あぁ、そうだな」

 

なんだ、この感じ……。

 

遥斗は涼宮少尉の言葉に引っ掛かる物を感じながらも相づちをうち、穴だらけになっていたりバラバラの肉片と化した魔物の死骸を眺めていた。

 

いやな胸騒ぎがするな。勘違いであればいいんだが……。

 

硝煙と焼け焦げた匂い、そして血の匂いが盛んに鼻を刺激してくる中で、遥斗は言い知れぬ胸騒ぎを感じながらも城塞都市バラードを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

涼宮少尉とフェルメール一等兵、そして鎧姿の少女を救出し城塞都市バラードから脱出した遥斗は夕闇が迫った頃にようやく第2防衛線を構築しているパラベラム軍の基地に辿り着いた。

 

そこで負傷者である涼宮少尉と知己の者を失ったショックから憔悴し生気が消え失せ抜け殻のようになってしまった少女をフェルメール一等兵の付き添い付きで衛生兵に引き渡し、残りの部下達を次の戦いが始まるまで休ませようとしたのだが。

 

ある知らせが事態を一変させる。

 

「古鷹中佐が……敵の捕虜になっただと!?どういうことだ!!」

 

「うげっ、た、たいちょ、く、苦し……」

 

蛇人族の一族の移送に従事し先に基地にいた部下――知らせを持ってきた館林曹長に遥斗は掴み掛かった。

 

「た、隊長、冷静に!!押さえて押さえて!!」

 

「曹長の首絞まってますよ!?落ちる、落ちる!!」

 

「〜〜〜〜ッ!!――すまん、取り乱した」

 

他の小隊メンバーに羽交い締めにされて、ようやく遥斗は落ち着きを取り戻す。

 

「悪かった、続きを頼む」

 

「ゲホッ、い、いえ構いません……では続けます。――隊長に言われた通り“例の紙”を“例の人”に渡し蛇人族の皆を引き渡した時に小耳に挟んだのですが、何でも後退命令に背いたどっかのバカの帰りを待つために古鷹中佐が私兵――ロ○コン野郎共と共にバラードに残り……結果、敵の捕虜になったらしいです。とは言え情報が錯綜していて正確な情報ではないかも知れません。また詳しい事も分かっていません。ですが古鷹中佐とロ○コン野郎共の一部が敵の支配下にある城に連れ去られたのだけは確実だそうです」

 

「ッ!!」

 

俺のせいかッ!!

 

「「「「……」」」」

 

「あれ……どうかしました………………か、ってまさか!?嘘でしょ、バカをやらかしたのって!!」

 

報告を終えた途端、一部の小隊メンバーと遥斗の顔から血の気が引いたのを見て館林曹長は全てを悟った。

 

「……お前らはどっかで体を休めていろ」

 

「へっ!?隊長はどこへ?」

 

「司令部に行って古鷹中佐の救出について聞いてくる」

 

あの時感じた胸騒ぎはこういう事か!!

 

焦燥感に苛まれた遥斗は部下達にそう言うなり駆け出し司令部に向かった。

 

「……行っちまった」

 

「どうするよ?」

 

「どうするったって……言われた通りにどっかで体を休めて待ってるしかないだろ」

 

その場に残された小隊の面々は皆、顔を見合せ居場所無さげに佇んでいた。

 

「…………なぁ、みんな聞いてくれ。俺、考えたんだがこの状況で古鷹中佐達の救出作戦て行われると思うか?」

 

残された小隊メンバーの中で一番階級が高い小林准尉が疑問を口にした。

 

「……多分、無理ですよね。ベヒモスが迫ってますし、また魔物の襲撃が無いとも限りませんし」

 

「帝国に進軍した部隊は今、ベヒモスの撃滅に全力を注いでいますから……余力は……」

 

「じゃあ……救出作戦が行われないと知った隊長が取る行動は?」

 

「「「「……。あっ!!」」」」

 

小林准尉の問い掛けに第5小隊の兵士達はハッとしてから顔を見合せ頷いた。

 

「そういうことだ。……準備を急げ」

 

「「「「応」」」」

 

隊長不在の第5小隊が怪しく動き始めた。

 

 

 

思い詰めた顔をした遥斗はふらふら、よたよたと夢遊病患者のように覚束無い足取りで部下達が貸し与えられたという部屋に向かっていた。

 

――……こうなったら単身で敵地に乗り込むしかない。

 

場所は分かってるんだ。移動手段を手に入れて城を強襲すれば。

 

だが……陸路だと時間が掛かりすぎる。何とかして空の移動手段を手に入れないと。

 

こうしている間にも古鷹中佐の身に危険が……あぁ、クソッ、思考が纏まらん!!

 

基地の司令部に駆け込み古鷹中佐達の救出作戦について問い質した遥斗だったが基地の司令から救出作戦は行わない、行えないと告げられてしまったため単身で囚われの身となった古鷹中佐や他の兵士を助けに行く覚悟を決めていた。

 

とにかく飛行機を手に入れて古鷹中佐達を助ける。

 

これは決定として、皆(部下)には……黙っておくか。俺の勝手に付き合わせる訳にもいかんし、言ったらついて来そうだからな。

 

あいつらまで巻き込む訳にはいかん。

 

しかし……2度の命令違反に独断専行か。ハハハッ、これは事が終わったら銃殺刑コースだな。

 

自分の末路を予想した遥斗はやさぐれた苦笑いを浮かべる。

 

「さてと、まぁ最後ぐらいは笑顔で別れるか」

 

これが部下達と最後の別れになるだろうと考えた遥斗は部下達が待つ部屋の前で気合いを入れるように頬を両手でパンパンッと叩き、何事も無かったような表情を浮かべ部屋の扉を開いた。

 

――ガシャガシャガシャッ!!

 

「……はっ?」

 

部屋に入った遥斗を迎えたのは9mm機関拳銃と89式小銃の銃口だった。

 

「動くなっ!!――って、何だ隊長ですか……驚かさないで下さいよ。全く」

 

「銃を下ろせ〜〜〜隊長だった」

 

「はぁ〜了解、作業に戻ります」

 

「憲兵にバレたかと思ったぜ……ふぅ……」

 

「な……な、何をしているんだお前ら!!」

 

遥斗が入った部屋の中は魔窟と化していた。

 

壁際に並んだパソコンでは基地のセキュリティシステムに対しハッキングが行われており、また部屋の至るところには様々な銃火器、弾薬が積まれ、部屋の中央にある大きなテーブルには基地の詳細な地図が置いてあり、それには幾つかの×印が付けられていた。

 

「何って……ねぇ?」

 

「反乱準備?」

 

「……」

 

部下の答えに遥斗は絶句して何も言えなかった。

 

「というか隊長。行くんでしょ?助けに」

 

「っ!?」

 

バレてる!?

 

「無言は肯定と取りますよ」

 

「あぁ、そうそう。止めても無駄です。だってもう、ここまで手を貸してるんですから最早俺達も同罪ですし」

 

「水くさい事は言いっこ無しって事で」

 

「隊長が嫌と言おうが何だろうが、俺達は地獄の底までついて行きますから」

 

「一蓮托生です!!」

 

「あぁもう……本当に……底抜けのバカばっかりかよ」

 

部下達の言葉を耳にして、他人には見せられない顔になってしまった遥斗は、顔を見られないように俯き小さな声で言った。

 

「「「「お褒めに頂き恐悦至極!!」」」」

 

目の辺りを腕でごしごしと擦り顔を上げた遥斗は胸を張って笑っている部下達の顔を見て吹っ切れた。

 

「……ったくもう、好きにしやがれ。で、作戦はもう練ってあるんだろ?」

 

「えぇ、もちろん」

 

遥斗に問い掛けられた小林准尉は満面の笑みで頷いた。

 

「作戦は簡単です。まず、隊を分隊規模で3つに分けます。第1分隊は新兵を基本とし陽動担当。基地の端で騒ぎを起こします。次に第2分隊は第1分隊の陽動に乗じ管制塔及び対空システムの制圧担当。そして隊長を含む第3分隊が古鷹中佐達の救出を担当します」

 

「足はどうする?」

 

「1時間後に第11技術試験小隊のC-130Jが離陸予定となっていますので、そいつを頂戴します」

 

「……分かった。それで行こう」

 

小林准尉が立案した作戦内容を聞いて遥斗が頷いた時だった。

 

「――そうはさせん!!」

 

「っ!?」

 

ドゴン!!と強引に扉が開かれ親衛隊の隊員達が部屋の中へと雪崩れ込んで来た。

 

「動くな、銃を捨てろ!!」

 

「黙れ!!そっちが銃を捨てやがれ!!」

 

一触即発の空気の中、互いに銃口を向けあう兵士達が口々に怒鳴る。

 

「アドルフ……よりにもよってお前かよ……」

 

遥斗達の企みを阻止するべく、部屋に突入してきたのは遥斗の同期であるアドルフ・エーデルトラウト大佐と大佐が率いる親衛隊であった。

 

「ん?何やら不満げなご様子。俺では役不足だったかな?」

 

ルガーP08の銃口を遥斗に向けたまま、ニヒルな笑みを浮かべエーデルトラウト大佐は言った。

 

「館林、紙を渡した親衛隊ってまさかコイツか?」

 

「……はい。不味かったですか?」

 

「ワーストチョイスだ」

 

「あらら〜〜……すいません」

 

やれやれと言わんばかりに額に手を当てて首を横に振る遥斗を前に館林曹長は謝罪の言葉を口にする。

 

「おい、俺を無視するとはいい度胸だな」

 

無視された形になったエーデルトラウト大佐が額に青筋を浮かべた。

 

「あぁ、悪い。で話はなんだ?」

 

この場を凌ぐため遥斗は分かりきっていることをわざと聞き時間を稼ごうとしていた。

 

「フン、まぁいいさ。貴様と貴様の小隊には抗命罪及び国家反逆罪の容疑がかけられ拘束命令が出ている。大人しく従って貰おうか」

 

「ッ、残念だが……それは聞けないな」

 

「こちらとしては強引な手を使いたくはないんだが?」

 

「嘘つけ、顔に使いたくてたまらないって書いてあるぞ?」

 

「……ククッ、そうか。それは済まないな。どうも俺は顔に出やすいタイプのようだ。ククッ」

 

犬猿の仲である遥斗の命運を自分が握っているという優越感からエーデルトラウト大佐は酷くご機嫌な様子でそう言った。

 

……不味いな。

 

隙がない、流石は親衛隊といった所か。

 

小物感丸出しで笑っているエーデルトラウト大佐をよそに遥斗は焦っていた。

 

G36K――G36の派生モデルで機動性の向上と特殊任務での使用を目的として銃身を切り詰めたカービン型を構えている親衛隊に一部の隙も出来ないからだ。

 

このままではここで親衛隊に捕まり、古鷹中佐達を助けに行けなくなる。

 

何か、何かこの状況を逆転出来る策はないのかっ!!

 

起死回生の策を脳内で模索する遥斗だったが、そう都合よく起死回生の策が浮かぶ筈もなかった。

 

「さて、そろそろ貴様の無駄な時間稼ぎにも飽きてきた。大人しく降伏しろ」

「ッ!!」

 

この野郎、わざと!!

 

エーデルトラウト大佐の最後通告に遥斗がもう駄目だ。と諦めかけた時だった。

 

救世主が思わぬ所からやって来た。

 

「あらら、何だか大変な時に来ちゃったみたいね」

 

チャキッと音を立ててエーデルトラウト大佐の首筋に剣が突き付けられる。

 

「なっ、誰だ貴様は!?」

 

「動かないで、死ぬわよ?」

 

背後から忍び寄りエーデルトラウト大佐の首筋に剣を突き付け、遥斗の窮地を救ったのは城塞都市バラードから遥斗達が連れてきたあの少女だった。

 

「お前……」

 

「ティナから話は大体聞いたわ。時間が無いんでしょう?手を貸すわ。――ほら、さっさと武器を捨てなさい。あぁ、アンタ達もよ」

 

「クソッ!!……総員武器を捨てろ」

 

少女に促されたエーデルトラウト大佐が悔しげに武装解除に応じる。

 

大佐がルガーP08を床に捨てると親衛隊の隊員達も、それに続いた。

 

そして丸腰になったエーデルトラウト大佐と親衛隊を第5小隊の兵士が素早く縛り上げていく。

 

「お前がどうしてここに」

 

無害化されていく親衛隊を横目に遥斗は少女に問い掛けた。

 

「べ、別に……命の恩人が困っているって聞いたから手を貸しに来ただけよ」

 

頬を赤らめチラチラと伺うように遥斗の顔を見ながら少女は言った。

 

「そうか……何はともあれ助かった。後はこちらでやる」

 

「……へぇ〜〜〜じゃあ道案内は要らないの?」

 

「道案内?」

 

少女の意味深な言葉に遥斗は眉をひそめて聞き返す。

 

「貴方の上官が囚われているコルサコフ城の内部構造を私は熟知しているの」

 

「何だと?何故そんな事を知っている?」

 

「何故かって?だってコルサコフ城は私が幼少期を過ごした城だもん。あぁ、そう言えばまだ自己紹介がまだだったわ。私の名はレミナス・コルトレーン・ジェライアス。今は亡きコルトレーン王国の第1王女よ。レミナスって呼んで頂戴」

 

衝撃の事実がレミナスの口から語られた。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

レミナスの言葉に、その場にいた全員が絶句する

 

「ほ、本当なのか?それは」

 

「さぁ?私の出自を知るものはもうこの世に居ないから……確かめようがないわ」

 

驚きに染まった遥斗の言葉にレミナスは一瞬だけ深い悲しみの色を顔に浮かばせながらも、あっけらかんとした口調で答えた。

 

「で、そんな事よりも!!道案内はいるの、いらないの!?どっち!!」

 

うっ……正直に言えば城の内部構造を知っている協力者は欲しいが……民間人を、亡国のお姫様を危険な場所に連れて行くのは……。

 

「隊長、中佐達を救う為には彼女の手を借りたほうが……」

 

遥斗の迷いを見透かしたように小林准尉が声を掛ける。

 

「そう……だな。四の五の言ってられる状況じゃないか。――レミナス、悪いが手を貸してくれ」

 

悩んだ末に遥斗はレミナスの提案を受け入れた。

 

「えぇ、もちろん。未来の夫の為だもの是非は無いわ」

 

「「「「……」」」」

 

ここで再び皆が絶句した。

 

「……夫?」

 

何やらすごい事を言い出したレミナスに遥斗は恐る恐る問い掛ける。

 

「えぇ、だって貴方、私に求婚したでしょ?」

 

……求婚?いつ?

 

「……」

 

話の雲行きが怪しくなってきた事に遥斗は顔をしかめ、第5小隊や親衛隊の兵士達は野次馬根性丸出しでニヤニヤと愉しそうに笑い出す。

 

「もう、忘れたとは言わせないんだから!!バラードから逃げる時、私を抱いたでしょ!!」

 

「うわっ……隊長……影でそんなことを……」

 

「変態」

 

「最低」

 

「鬼畜野郎」

 

「地獄に落ちろ」

 

「死ね、氏ねじゃなくて死ね」

 

一瞬で態度を翻した第5小隊の兵士達が遥斗に向かって暴言を吐きまくる。

 

「ちょ、ちょっと待て!!俺はレミナスを抱いてなんか――抱いて……まさかお姫様抱っこのことか?」

 

「そうよ、思い出した?あれはコルトレーン王国の王族に古くから伝わる求婚の儀よ。でも、まさかあんな場面で求婚されるとは思っても見なかったけどね」

 

レミナスの言葉が皆の耳に届いた瞬間、第5小隊の兵士達が再び態度を翻す。

 

「俺はずっと信じてましたよ、隊長」

 

「隊長がそんなことするはずないですよね」

 

「やっぱりな」

 

「そんなことだと思ったよ」

 

コイツら。

 

あまりにも露骨な変わり身に遥斗は額に青筋を浮かべて部下達を睨み付ける。

 

「?」

 

そして1人状況が分かっていないレミナスは小さく首を傾げていた。

 

ちなみに遥斗は古鷹中佐達の救出作戦の前にレミナスの誤解を解こうと奮戦したが、恋心を抱く乙女には叶わず婚約者のままにされた。



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17

不評が多かったので無理やり1話に纏めて遥斗sideを終わらせました(;´д`)



夕闇に紛れ遥斗の麾下にある第5小隊の兵士達が完全武装の状態で基地の中をコソコソと移動していた。

 

ちなみに遥斗達は、まだ反逆行為を行っていないので堂々と移動しても良いのだが、途中で顔見知りにでも遭遇し時間を取られるのを嫌って人目を避けている。

 

「作戦開始まで後、15分か……」

 

人目につかぬよう物陰から物陰へと移動を続ける遥斗がそう呟いた時だった。

 

ドカン!!と凄まじい爆発音が響き、次いでけたたましい警報音が基地内を満たす。

 

「っ!?あっちだ、急げ!!」

 

「なっ、爆発!?敵襲なのか!?」

 

「何が起きたんだ!?」

 

爆発の直後、すぐに憲兵や消火要員が爆発箇所に走って行き、次いで銃声が聞こえたため基地にいた兵士達が武器を片手に走り出す。

 

「……おいおい」

 

アレはやり過ぎだし、何より作戦開始まで早すぎる!!第1分隊は何をやっているんだ!!

 

陽動にしてはやり過ぎな爆発を確認した遥斗は慌てて第1分隊に連絡を取る。

 

「第1分隊応答せよ!!やり過ぎだ、何をやっている!!」

 

『こ、こちら第1分隊!!先程の爆発は我々がやったモノではありません!!避難民の中に敵性工作員が多数混ざっていたようで、ソイツらがやりました!!』

 

「なんだと!?それでそっち状況は!?」

 

『現在、敵性工作員と交戦中です!!奴らかなりの手練れのようで中々くたばりません!!クソッ、右から来るぞ!!撃て!!っ、フェルメール!!お前は頭を下げてろ!!』

 

『ヒィィ!!かすったであります!!』

 

無線から漏れ聞こえる部下の声からは苦戦している様子が読み取れた。

 

チクショウ、こんな時に限って!!

 

捕虜救出を諦め、補充兵である新兵が大半を占めている第1分隊への救援に向かうべきかと遥斗が悩んでいると、小林准尉が遥斗の肩を叩く。

 

「隊長、第1分隊の連中には基地の兵が加勢するはずです。我々は我々の目的を達成するべきかと」

 

「この人の言う通りじゃないの?今行けば私の時みたいに手遅れになるわよ、だから……先を急ぎましょ」

 

「……そうだな」

 

小林准尉とレミナスに諭された遥斗は足の行き先を爆発現場とは真逆の飛行場に向けた。

 

 

「お〜い!!」

 

「ん?なんだ?」

 

飛行場に隣接しているハンガーの中で積み込み作業を終えようとしていた第11技術試験小隊所有のC-130Jの側にいる兵士に遥斗の部下が手を振りつつ、なに食わぬ顔で近付く。

 

「さっきの爆発の件を知っているか」

 

「あん?あぁ、敵性工作員の件だろ、それが――むぐっ!?」

 

部下の1人が後部ハッチにいた搭乗員の気を引いている間に遥斗以下9名がC-130Jの機内に雪崩れ込み、機内にいた試験小隊の技術者や兵、搭乗員を次々に拘束していく。

 

「動くな!!」

 

「両手を頭に!!」

 

「……おいおい、これは何の冗談だね?」

 

89式小銃の銃口を向けられた白衣の男が両手を挙げながら呆然とした様子で呟いた。

 

「黙ってろ、――准尉、そっちは!?」

 

「予想通りです、何時でも出せます!!」

 

コックピットの制圧を担当した小林准尉が唖然としている3人のパイロットに9mm機関拳銃を突き付けながら遥斗の声に答えた。

 

「よし、行け!!出発だ!!」

 

「了解です。――ほら、出発しろ」

 

「出発だと!?貴様らこれは何のマネだ!?」

 

「事情は後で説明してやる。今はさっさと機体を出せ、さもないと……後は分かるな?」

 

「グッ、……分かった」

 

小林准尉に銃口を向けられ無理矢理従わされているパイロットは悔しげに頷いた。

 

こうして機内を制圧しC-130Jを手に入れた遥斗達はいよいよもって引き返す事の出来ない道へと進み出す。

 

「余計な事は言うなよ?」

 

「……分かってる……こちらA9―2033。管制塔、離陸許可を願う」

 

両翼に搭載された4基のロールスロイス・アリソン製のAE 2100D3エンジンを唸らせ、ゆっくりと進み出したC-130Jのコックピット内で緊張感を漂わせる会話が交わされる。

 

『――管制塔よりA9―2033へ。先程、伝えたはずだがテロの騒ぎで全ての離着陸は一時中断だ。直ちにその場で停止し待機されたし』

 

「……だそうだが?」

 

管制塔からの返答を聞いたパイロットが小林准尉と後からやって来た遥斗に伺うような視線を向ける。

 

「いいから、滑走路へ進め」

 

「だが管制塔からの指示に従わないとアンタらの存在がバレるぞ?」

 

「問題ない」

 

「……」

 

少しでも離陸までの時間を稼ごうとするパイロットの抵抗をバッサリと切り捨て遥斗は滑走路への移動を命じる。

 

『こちら管制塔、A9―2033。聞こえなかったのか?その場で――なんだ貴様ら!!やめ――』

 

管制塔からの通信が乱れたかと思うと遥斗達には馴染みのある声が無線機から流れ出す。

 

『こちら第2分隊、管制塔制圧!!隊長、今のうちに出てください!!』

 

「涼宮!?お前が何でそこに!!」

 

病院に入院したはずの涼宮少尉がいつの間にか第2分隊に参加していたことに遥斗が目を剥く。

 

『私だけ仲間外れは嫌ですから。――ご武運を』

 

「……了解した」

 

管制塔からこちらに向けて敬礼をしている涼宮少尉の姿を捉えた遥斗は苦笑いで敬礼を返す。

 

「離陸許可は出た。行け」

 

「……クソ」

 

障害が無くなったC-130Jは滑走路へと移動し、滑走を開始。

 

そして空へと舞い上がった。

 

その後、テロや第5小隊の反乱で混乱の坩堝に叩き込まれた基地からは奪われたC-130Jを追撃する機体が出せず、また通信設備のアクセスコードを涼宮少尉が変更しロックしていため近隣の基地への情報伝達も遅れ結果、他の基地からも追っ手が出ることはなく遥斗達は追っ手の存在を気にすることなく捕虜救出に専念することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

遥斗達の手によって奪われたC-130Jが位置灯の灯りさえ消し暗闇に溶け込むように夜空を飛んでいる。

 

「方位1―3―5。高度4000で飛行しろ」

 

「……分かった」

 

「さて、目標のコルサコフ城まで1時間か……」

 

「隊長!!こっちへ来てください、見せたい物が!!」

 

古鷹中佐達が囚われている城に着くまでの時間を遥斗が計算していると何やら慌てた様子の声が貨物室から上がった。

 

「ん?あぁ、分かった。――小林、ここを頼む。それとコイツらに俺達の状況説明もしといてくれ」

 

「了解です」

 

様子を見に行くために遥斗はコックピットを小林准尉に任せ、その場を後にする。

 

「隊長、こっちです。使える物が何かないかと、この機体の積み荷を確かめていたんですが……コンテナの中にコレが」

 

「……技術試験小隊の指揮官と技術責任者をここへ」

 

「了解」

 

遥斗はC-130Jの貨物室に積み込まれていたコンテナの内部を見て一瞬、呆けた後部下に指示を出した。

 

「強化外骨格……いや、戦術的襲撃用軽装操縦者スーツ――タロス……か」

 

コンテナの中に並ぶパワードスーツを眺めながら遥斗がボソリと呟く。

 

「隊長、連れてきました」

 

遥斗がタロスに触れていると部下が第11技術試験小隊の指揮官と技術責任者の両名を連れてきた。

 

「さっきは手荒な真似をしてすまなかった。――単刀直入に言う、これを俺達に貸して欲しい」

 

「……君らの事情は先程聞かせて貰った。その仲間を救わんとする心意気と覚悟はとても素晴らしいと思うが……――これは国家に対する重大な反逆行為だ!!手を貸す訳にはいかない」

 

……やはりダメか。

 

指揮官である技術中尉の返答を聞いて遥斗が肩を落としていると、技術責任者の肩書きを持つ白衣の男がまさかの返事を返してきた。

 

「……ふむ、実戦データを取らせてくれるなら3体程貸しても良いが」

 

「な!?ベルリッツ博士何を!!」

 

「まぁまぁ中尉、考えてもくれたまえ。ここで実戦データを取ることが出来ればタロスの性能を飛躍的に向上させる事が出来るはずだろう?それも、他の技術試験小隊よりも先んじて、だ」

 

「しかし、これは重大な反逆行為――」

 

「我々は銃を向けられ逆らえなかった。そうだろう?」

 

「……」

 

「それに彼らは我欲のために反逆行為を働いているんじゃない、仲間を救うためだ」

 

「彼らの話が嘘だという可能性も」

 

「彼らの目を見れば分かるよ。嘘ではないだろう」

 

「……はぁ……私は気絶させられていたので、何も知りません。えぇ、何も見ていませんし聞いていません」

 

「うむ、それでいい。――結論が出た。君らに3体貸そう」

 

「すまない、恩にきる」

 

「いや〜なに、実戦データが取れるなら構わんよ」

 

我関せずの態度を取った技術中尉を他所に技術責任者の男は笑いながら頭を下げる遥斗にヒラヒラと手を振る。

 

こうして実戦データを取る代わりに遥斗は第11技術試験小隊所有のパワードスーツ――タロスを使用出来る事になった。

 

 

 

コルサコフ城の直上、真っ暗闇の空から3つの塊が二手に別れ降下していた。

 

『隊長、下から接近してくる多数の物体を感知しました。お迎えのようです』

 

先行し降下している2つの塊、その片割れである重武装・高火力が特徴の強襲掃討仕様のタロスを装備した東伍長が無線で遥斗に警戒を促す。

 

「こちらでも確認した。竜騎士か飛行型の魔物だろう――迎撃するぞ」

 

『了解!!派手にやらせてもらいますよ!!』

 

「派手にやるのは構わんが、目的を忘れるなよ?」

 

近接戦闘と機動性を重視した高機動仕様のタロスを装備した遥斗が勇む東伍長に釘を刺す。

 

『大丈夫ですよ――レッツパ〜〜〜リィィィ〜〜〜!!』

 

……本当に大丈夫か?

 

東伍長の叫び声と同時に夜空にマズルフラッシュが瞬いた。

 

強襲掃討仕様のタロスの両腕に付属している2門のM214ガトリング銃――M134ミニガンを小型軽量化した物で5.56x45mm弾を使用、マイクロガンという通称が付けられている――から大量の弾丸がばらまかれ、3発に1発の割合で含まれている曳光弾が空に舞い上がっていた竜騎士達に突き刺さる。

 

そして竜騎士達を空中で挽き肉へと変貌させ、問答無用で地上へ送り返す。

 

『全障害物の排除完了!!』

 

あっという間に竜騎士を全騎撃墜し制空権を手に入れた東伍長が遥斗に対し誇らしげに報告した。

 

「よし、着陸するぞ!!気を抜くなよ!!」

 

『『了解!!』』

 

障害を排除した遥斗達はいよいよコルサコフ城へ突入した。

 

「分かってはいたが……敵だらけだな」

 

『暴れがいがありますね』

 

試作品である飛行用ブースターを一瞬だけ吹かし、落下速度を相殺した遥斗達はコルサコフ城の中庭に降り立つ。

 

だが、中庭に舞い降りてきた侵入者3人を取り囲むのは数千の魔物と数百の帝国軍兵士である。

 

『じゃあ手筈通りに隊長は中佐達を救出してきて下さい』

 

『こっちは我々でやりますから』

 

やる気マンマンの東伍長と砲撃支援仕様のタロスを装備した西山軍曹が遥斗にそう告げた。

 

「分かった……行くぞ!!」

 

C-130Jに残してきたレミナスから古鷹中佐達が囚われているであろう地下牢への道順を無線で指示された遥斗が駆け出すと同時に帝国軍も攻撃を開始。

 

コルサコフ城での熾烈な戦いが幕を開けた。

 

『そのまま真っ直ぐ!!』

 

「了解」

 

タロスに取り付けてあるカメラの映像をC-130Jの機内で見ているレミナスから遥斗に指示が飛ぶ。

 

遥斗はレミナスの指示通りに走るが、そんな遥斗を殺そうと数多の魔物が迫る。

しかし、1人突出した遥斗を八つ裂きにしようと迫る魔物達は次々と撃ち殺されていく。

 

『お前らの相手はこっちだ!!』

 

 

何故なら、M2重機関銃と比較すると発射速度はM2の半分程度だが、重量が約半分まで減少し射撃の反動も約60パーセント軽減することに成功しているM806重機関銃2門を搭載している西山軍曹が猛烈な弾幕を展開していたからである。

 

またM806重機関銃2門から発射された特別な12.7x99mm NATO弾が“飛翔中に弾道を変え”遥斗だけを避け目標を殺傷していく。

 

『コイツはいいや!!面白いぐらい命中するぞ!!』

 

飛翔中に12.7x99mm NATO弾が弾道を変えた理由は弾丸と目標の位置を追跡して弾丸に知らせるリアルタイム誘導装置――EXACTOシステムを西山軍曹のタロスが搭載しているからである。

 

「突入する!!」

 

M214とM806を駆使して何千倍もの敵を相手に暴れている東伍長、西山軍曹の援護を受け遥斗はコルサコフ城へ侵入した。

 

『右に曲がって直進、左に階段があるから、それを降りてまた直進!!』

 

迷路のようにごちゃごちゃしているコルサコフ城の内部を走る遥斗にレミナスの的確な指示が飛ぶ。

 

「地下牢はまだ先なのか!?」

 

『もう少し、あと左に曲がったらすぐよ!!』

 

「了解!!」

 

目的地が近いと言われ、遥斗が俄然張り切って最後の曲がり角を曲がった時だった。

 

「よし、着い――グハッ!?」

 

『遥斗!?』

 

曲がり角を曲がった先から飛んできた巨大な矢に遥斗は吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。

 

「や、やったぞ!!」

 

「仕留めた!!」

 

壁にめり込んだ遥斗を見て、そこかしこの通路から帝国軍の兵士達がワラワラと姿を現した。

 

「こんな急造品でも役に立つな」

 

魔法で土と岩を整形した物に手を加え、急造のバリスタを作って細い通路で待ち構えていた兵士達は喜びながら遥斗に近付く。

 

「こんな変な鎧をつけやがって」

 

「どんな奴なのか、見てみようぜ」

 

帝国軍兵士が遥斗の顔を見ようとタロスのフルフェイスヘルメットに手を伸ばす。

 

「痛てぇな、コンチクショウ!!」

 

だが、ヘルメットに手を伸ばした兵士の首を、死んでいなかった遥斗が引っ掴みバキッとへし折る。

 

「い、生きてるぞ!!」

 

「バケモノだ!!」

 

「うるさい、こちとら人間だ……イテテ……」

 

タロスのケブラーと磁性流体を利用したリキッドアーマーによって即死こそ免れていた遥斗だったが、巨大な矢が命中した衝撃であばら骨を4本程折られていた。

 

「ク、クソッ!!殺せ、コイツを殺すんだ!!」

 

「「「「うおおおぉぉぉーーー!!」」」」

 

死んでいなかった遥斗を殺そうと槍や剣を構え兵士が遥斗に殺到する。

 

「邪魔だ」

 

あばら骨が折れているため、思うように動けない遥斗はM84スタングレネードを手に取り安全ピンを引き抜くとポイッと放り投げた。

 

瞬間、狭い通路を約100万カンデラ以上の閃光と、160〜180デシベルの爆音(ちなみに飛行機のジェットエンジンの近くで120デシベル)が満たす。

 

そして一瞬の閃光と爆音が消えた後には失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状、それらに伴うパニックや見当識失調を発症した帝国軍兵士達が全員床の上に倒れていた。

 

「よっこら……せっ!!」

 

半死半生のような状態に陥った兵士達を乗り越え、遥斗は目的地である地下牢への扉をぶち抜く。

 

入り口を確保した遥斗はゆっくりと地下牢が並ぶ部屋に入った。

 

「ッ……」

 

部屋に入った途端、両脇にある地下牢の中にパラベラム軍の兵士達の惨たらしい死体が散乱しているのが遥斗の視界に入る。

 

だが、手遅れでは無かった。

 

「――お待たせしました、古鷹中佐」

 

「……来るのが少し遅い。ギリギリセーフだぞ」

 

地下牢の一番奥で裸に剥かれ両手を鎖で繋がれた古鷹中佐が背徳的な様相をさらしながらも不満気にそう言い放った。

 

「き、貴様!!どうやってここまで!?」

 

身動きの取れない古鷹中佐の側にいる太った男が唾を飛ばしながら吠えた。

 

「もっと早く来る予定だったんですが、ちょっと問題がありまして」

 

遥斗は男の質問をスルーしながら古鷹中佐に近付く。

 

「ヒッ、く、来るな!!そうだ、スリュウム!!やってしまえ!!」

 

肥え太った体に何も纏っていない男が後ろにいた触手だらけの魔物に命じる。

 

「テメェは黙ってくたばってろ」

 

しかし、遥斗が投げた直刀が男と魔物を纏めて刺し貫く。

 

「グベッ――ギャヒャアアアァァァァーーー!!」

 

魔物と一緒に直刀に貫かれた男は、直刀が魔物の溶解液を溜め込んでいる袋を貫いたこともあって、不運にも魔物の溶解液を被りドロドロに溶けながら、地獄の苦しみの中で死んでいった。

 

「ふぅ……古鷹中佐はご無事で?」

 

「私はな……他は皆、拷問で死んだ」

 

「そう……ですか」

 

「いろいろ言いたい事もあるが……基地に帰ってからにしよう」

 

「はい……」

 

古鷹中佐を繋いでいた鎖を断ち切り、救い出した遥斗は古鷹中佐を抱き上げ来た道を戻った。

 

 

「任務完了だ、逃げるぞ」

 

『ッ、隊長。ちょいと不味いですよ』

 

『弾切れの所に敵の増援です』

 

遥斗が古鷹中佐を抱いて地上へ戻ると魔物の死骸の山を築き上げた東伍長と西山軍曹から苦戦を伝えられた。

 

「飛行用ブースターを使って脱出――」

 

『魔物に壊されたんでパージしました』

 

『右に同じ』

 

……何だと!?

 

自身もバリスタの矢を受けた際に飛行用ブースターを破壊されていたので、部下に古鷹中佐を託して自分が囮になろうと考えていた遥斗は目を見開いた。

 

どうやってここを脱出すればいいんだ?

 

脱出の手段を失い、ヘルメットの中で遥斗が青い顔をしていた時であった。

 

キーンとジェットエンジン特有の甲高い音がコルサコフ城に迫って来たかと思えば、壁を背に固まっている遥斗達の周辺に機関砲の砲弾が着弾。

 

遥斗達を取り囲んでいた魔物や敵兵を爆砕する。

 

「な、なんだ!?」

 

『援軍!?』

 

『嘘……だろ』

 

呆然としている遥斗達の眼前に現れたのは千代田の分身が乗るYF-24であった。

 

『……またお前か』

 

こうして遥斗はまたもや千代田に命を救われることとなった。

 



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番外編 千歳の日記

◯月1日

 

ご主人様に召喚して頂き副官の地位を得ることが出来た。

 

感無量である。しかし緊張のあまり失礼な口を利いてしまったのが悔やまれる。

 

嫌われてしまっていないかが、気がかりだ。

 

今後はこのような失態をせぬように気を付けねば。

 

万が一、失態を犯しご主人様の側に居られないとなれば(ご主人様に嫌われたら)私は生きていけないのだから。

 

それに、ご主人様のお役に立つためにもこの地位は誰にも渡さない。

 

ご主人様の隣は私のモノ。

 

誰にも渡さない、奪おうとする輩は……。

 

◯月2日

 

召喚から数十時間、危なかった。

 

ご主人様がもう少しで魔物の手に掛かる所だった。

 

やはりご主人様の側から離れるべきでは無かった。

 

これからは片時も離れないようにせねば。

 

……初陣を終えたご主人様が昂っているようだ。

 

これは……チャンス。

 

こんなにも早く寵愛を受ける機会が巡ってくるとは私は運がいい。

 

全身全霊を持ってご主人様の昂りを収めなければ……しかし、こういう事をするのは初めてなので何人か巻き込むことにしよう。

 

◯月4日

 

凄かった……。

 

初めは数で勝る我々が優勢だったが、拘束の解かれたご主人様が攻勢に出ると我々は1人また1人と徹底的に嬲られ失神してしまった。

 

不甲斐ない自分を恥じるばかりである。

 

次からはご主人様の寵愛にお答え出来るようにせねば。

 

しかし、心も体もご主人様のモノになったからか、体調がすこぶるいい。

 

これもご主人様成分をタップリ補給出来たからなのだろうか?

 

……次回が待ちきれない。

 

◯月5日

 

本拠地となる島を定め要塞化を開始したのだが、今日は信じられない事があった。

 

兵士を追加で召喚するついでに、ご主人様が私を副官の地位から外そうとしたのだ。

 

私の体を心配して頂くのはありがたいが、だからと言って副官の任を解かれるのは絶対に了承出来ない。

 

誠心誠意の説得で回避出来たが……これは……夜もじっくり“お話”せねばならないだろう。

 

◯月8日

 

本拠地の要塞化が順調に進んでいる。

 

ただ兵士が足りないのが悩みの種だ。

 

どうにかならないものか。

 

ご主人様も兵士不足に悩んでいるご様子。

 

……私の体で癒して差し上げねば。

 

◯月9日

 

また失神してしまった。

 

……次回こそは。

 

◯月17日

 

武器兵器の生産ラインが稼働を開始した。

 

これで非常時にも武器兵器に困ることはない。

 

……ご主人様が召喚能力の使い過ぎで疲れている模様。

 

何とかせねばなるまい。

 

とりあえず食事に精力剤を混ぜておいた。

 

◯月19日

 

最後まで耐えたと思ったら「少し激しくするぞ」と言われ結局、失神させられてしまった。

 

残念。

 

◯月29日

 

ようやくご主人様の寵愛に最後まで耐えれるようになった。

 

私も成長しているな、と思う。

 

……だが、ご主人様の寵愛を受ける度に力が増していくような気がするのは何故だろう?

 

試しにご主人様に頼んで私のレベルを見てもらったら他の兵士の2倍のレベルになっていると驚かれた。

 

解せぬ。

 

△月1日

 

いよいよ本格的にこの世界に関与していく事になった。

 

これから先、何が待ち受けているのか分からないので、ご主人様の為に滅私奉公の覚悟を新たにする。

 

出発してすぐに魔物に襲われている者達を救出。

 

どこぞの王国の者だと言っていたが、どうもきな臭い

 

手を貸す分には構わないが、万が一ご主人様に色目を使うようならば……消えてもらうことにする。

 

△月2日

 

最悪である。

 

私の予感が的中した。厄介な事に巻き込まれてしまったし、何よりご主人様に虫が集りだした。

 

あの小娘をどうにかしないと。

 

しかし、大自然に囲まれたテントの中で寵愛を受けるのはいつもと感じが違って良かった。

 

……幾人かの女騎士に気付かれていたのは不覚だが。

 

△月3日

 

異世界で初めての街に到着。

 

私を含め、兵士も皆浮かれていたせいか、ご主人様がコッソリと逃げ出していた事に気が付かず。

 

慌てて探すと、すぐに見付かったから良かったものの……。

 

ご主人様の消息が分からなくなったと知った時には心臓が止まるかと思った。

 

しかし、消息が分からなくなっていた3〜4時間の間、ご主人様は何をしていたのだろうか?

 

「観光」と言ってはいたが、ご主人様の身体から私の知らない女の匂いがした。

 

夜に問い詰めてみることにする。

 

△月4日

 

昨日の事を問い詰めようとしたら強引に事に及ばれ聞けなかった。

 

ただ……強引にされるのも、いい。

 

△月5日

 

カナリア王国の王都に向け移動中。

 

ご主人様に集る虫――あの小娘の態度が目に余る。

 

お優しいご主人様は小娘の境遇を聞いて優しく接するように心掛けているようだが、気が付いておられるのだろうか。

 

小娘の目に色欲の色が滲んでいることを。

 

ご主人様を男として意識していることを。

 

どうにかしてあの小娘を遠ざけないと。

 

△月6日

 

昼食の休憩が終わり移動を再開しようとした時、突然小娘がジープに乗り込もうとしてきた。

 

しかも、私の指定席であるご主人様の隣に。

 

信じられない。

 

すぐにメイドを呼び、馬車に放り込ませた。

 

△月7日

 

昼食の準備が終わったので、ご主人様の食事を取りに行き戻ると小娘がご主人様の膝の上に座ろうとしていた。

 

なんて、うらや――けしからん。

 

すぐにメイドを呼び、小娘を回収させた。

 

△月8日

 

この所、小娘がずっとご主人様の側にいる。

 

そのせいで、2人っきりになれない。

 

魔物の仕業に見せ掛けて―――しまおうか。

 

△月9日

 

もう我慢の限界だ。

 

あろうことか深夜にあの小娘がご主人様と私の天幕に入って来た。

 

すぐに追い出したが、もう寵愛を受ける事が出来る空気では無かった。

 

この怨み……必ず晴らす。

 

△月10日

 

カナリア王国の王都に到着。

 

ご主人様が他種族の女共に興味を抱いたご様子。

 

後で手配しておこう。

 

冒険者ギルドでまた騒ぎを起こしてしまい、ご主人様に注意される。

 

だが、ご主人様専用のこの体に触れようとした塵芥が悪いのであり私は悪くない。

 

架空の名義で手に入れた屋敷にご主人様をお連れした。

 

その時に手配しておいた奴隷の女共を献上。

 

ご主人様も喜んでいるご様子。

 

少し引き吊った笑いだったのが気にかかるが、まぁいい。

 

ご主人様に喜んで頂くためにもこれからも進んで女を献上することにする。

 

そうすれば私の株も上がるし、ご主人様もお喜びになる。

 

うむ、良いこと尽くしである。

 

 

……日記はここで途切れている。

 



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番外編 イリスの日記

×月15日

 

私の所にレーベン丞相の使いが突然やって来ました。

 

何でもカナリア王国にとって大事なお客様を迎えに行って欲しいとか。

 

でも、何で大事なお客様を迎えるという役目を忌み子の私にさせるのでしょうか。

 

……考えた所で拒否権は無いので素直に頷いておきましたが。

 

×月20日

 

王都を出発。

 

見送ってくれる人は誰もいませんでした。

 

当然とはいえ悲しいです。

 

けど最近出来た第二近衛騎士団のフィリスとベレッタが何かと私の事を気に掛けてくれる分、あの薄暗い地下室に1人で居るよりマシだと思います。

 

×月30日

 

『帰らずの森』のすぐ近くまで来きました。

 

本当にこんな危ない場所に大事なお客様がいるのでしょうか?

 

フィリスやベレッタにお客様の事を聞いてもはぐらかされてしまうし。

 

不安です。

 

△月1日

 

今日は何て素晴らしい日なんでしょうか!!

 

この喜びは永遠に忘れられないです!!

 

だって私は運命の出会いをしたのですから。

 

私の運命の相手はナガトカズヤさん。

 

今はお兄さんと呼んでいますが、遠からずその呼び名は変わる……いえ、変えるつもりです。

 

……話がずれてしまいましたが、嫌悪や同情といった感情を抜きにして忌み子の私に接してくれたお兄さんは今までに居ない人でした。

 

それに、それにですよ!?

 

忌み子である私を膝の上に座らせてくれたんです!!

 

初めて触れる人肌の温かさ……。

 

あぁ、あのように甘美なものがこの世にあったなんて信じられません。

 

あれを味わってしまった私はもうお兄さんから離れられないでしょう(離れるつもりも毛頭ありませんが)

 

現にこの日記を書いている間も私はお兄さんを貪欲に欲しているのですし。

 

……そう言えば1つ気になる事が。

 

お兄さんにベタベタ引っ付いていたあの女性は誰なんでしょうか?

 

副官と言っていたような気がしますが、ただの副官ではない気がします。

 

最も、お兄さんとあの女性が男女の関係にあったとしてもなんら問題はありません。

 

だって私がお兄さんの一番になればいい話なのですから。

 

……ね?

 

例え、どのような手を使ったとしても。

 

△月2日

 

朝、待ちきれずにお兄さんに会いに行くとお兄さんの態度が昨夜と全く違いました。

 

お兄さんは立場上の問題を違いを訴えていましたが、すぐに直してもらいました。

 

説得したらすぐです。

 

無理やりな事はしていません。

 

本当です。

 

圧力なんて掛けていませんよ?

 

城塞都市ナシストに到着。

 

お兄さんとデートがしたかったのですが、お忍びがバレると理由で馬車でお留守番。

 

グスン。

 

△月3日

 

王都に向け移動中。

 

このまま王都になんか着かなければいいのに。

 

それにしても、あの副官の女性はお兄さんにベタベタしすぎだと思う。

 

お兄さんは優しいから、あんな人にもちゃんと接しているけれど、やっぱりあの人は遠ざけた方がいいと思う。

 

△月4日

 

寝る前に、お兄さんにお話を聞かせてもらいました。

 

その時はいい夢を見られそうな気がしましたが、副官の女性がお兄さんを呼びに来たせいで台無しです。

 

……それにしても最近、夜になると変な声が聞こえるような。

 

気のせいでしょうか。

 

フィリスとベレッタも寝不足のようです。

 

△月5日

 

昼食の休憩が終わって移動が始まろうとした時を狙い、お兄さんの隣の席をあの女性から奪おうとしたが失敗。

 

いつもベタベタ引っ付いているのだから、1度ぐらい譲ってくれてもいいのに。

 

譲ってくれたら返しませんけどね。

 

△月6日

 

邪魔者がいない間にお兄さん成分を補給しようとしたら邪魔者が帰ってきて邪魔をされました。

 

自分はいつもベタベタ引っ付いているくせに。

 

ズルいです。

 

△月8日

 

この所、お兄さん成分がしっかりと補給出来ていません。

 

全てあの邪魔者のせいです。

 

オークにでも食べられてしまえばいいのに。

 

△月9日

 

もう我慢の限界です。

 

お兄さん成分を補給しに行って来ます。

 

 

……また邪魔者に邪魔されました。

 

明日、王都についてしまうのだから今日ぐらいお兄さんと一緒に添い寝するぐらい許してくれてもいいじゃありませんか。

 

この借りはいつか返させてもらいます。

 

△月10日

 

なんで……?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?

 

お兄さんはどこに?

 

ねぇ、お兄さん……は?

 

ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、

 

……日記はここで途切れている。

 



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番外編 カレンの日記

△月3日

 

……なんてことなの。

 

お忍びで街中を視察中に見知らぬ男とぶつかって唇を奪われてしまった。

 

無礼打ちですぐに首をはねようとしたのだけれど、真摯に謝罪された事と前をしっかり見ていなかった私にも非があると思って無礼打ちは止めたわ。

 

けれど私の唇を奪った男を無罪放免で帰すのも癪に触ったから3〜4時間、タップリと私の従僕として働いてもらったの。

 

……案外楽しかったのが悔しい気もするのだけれど。

 

また会え――

 

いいえ、何でもないわ。

 

△月10日

 

今日は人生で一番最悪な日になったわ。

 

エルザス魔法帝国の軍勢が何の前触れもなしに攻め寄せて来たのよ。

 

その数、60万。

 

勝てる訳がない。

 

すぐに援軍要請の早馬を王都へ出したけれど援軍が来るまで持ちこたえられるかは分からない。

 

……というか援軍は来るのかしら?

 

最も、援軍が間に合った所で勝ち目はなさそうだけれど。

 

まぁいいわ。やれるだけやるだけよ。

 

……弱気になったからなのかしら。

 

つい先日、私の唇を奪った男の顔が脳裏にちらつくのよ。

 

その事を不快と思わない自分が忌々しい。

 

私は自分が思っていた以上に乙女チックだったようね。

 

△月11日

 

最悪な日の幕開けは60万の軍勢に私の城塞都市が包囲されたという報告だったわ。

 

戦闘が始まる前に帝国から降伏の使者がやって来た。

 

降伏すれば危害は加えない?

 

だったらまず、その色欲にまみれた目で私を見るのを止めなさい。

 

使者は首だけで帰ってもらうことにしたわ。

 

△月12日

 

激しい戦闘が続く。

 

気が抜けない。

 

△月13日

 

兵士の士気が落ちてきた。

 

それも当然かしら、だって60万対2万の戦いなのだから。

 

絶望的な戦力比。

 

今、持ちこたえているだけでも奇跡よ。

 

……まぁ、本当の所はあちらが本気を出していないだけなのだけれど。

 

△月14日

 

帝国が本気を出した途端、今まで何とか持ちこたえてきた外縁の城門が陥落。

 

今日が人生最後の日になるかも、と覚悟を決めていたら……信じられない事が起きた。

 

私の唇を奪った男が僅かな手勢を率いて私を助けに来たのよ。

 

信じられる!?

 

自分から死地に飛び込んで来たのよ!?

 

最初、あの男の顔を私が見た時どれだけ驚いたか。

 

そのあと、ささやかな戦勝会でカズヤ(私の唇を奪った男)と2人だけで会話する機会があった――邪魔な副官が居ない間――のだけれど、そこでまたカズヤには驚かされたわ。

 

だって……私の唇を奪った償いに、私を助けに来たって言うのだもの。

 

……私を死なせたくなくてここまで来てくれるなんて。

 

この瞬間、私は完全に堕ちたわ。

 

だけど、だけどよ!?

 

あのバカは私を口説いているつもりじゃ無かったの!!

 

あまりにも頭に来たから思いっきり殴ってやったわ。

 

フン、いい気味だわ

 

△月15日

 

城塞都市を長きに渡って守って来た城壁と城門が帝国によって吹き飛ばされてしまう。

 

もう終わりだ。と私達が絶望していると、またカズヤ達が帝国軍を撃退してくれた。

 

けれど、カズヤは戦闘で数人の部下を失い、少し気落ちしていたわ。

 

優しすぎるのよ、カズヤは。

 

……これは私が公私に渡って支えてあげないといけないわね。

 

△月16日

 

王国の援軍が向かっているという報告を受けて、喜んだのも束の間。

 

敵の空中艦隊と空中要塞が私達の前に姿を現した。

 

これ以上持ちこたえられないのは明白。

 

だからこそ、我が身を囮にして民を救おうとしたのだけど。

 

ここでもまたカズヤに驚かされたわ。

 

カズヤが箱状の物に向かって呟いた途端、敵が業火に包まれたの。

 

更に、帝国に対し攻撃を仕掛ける見たこともない軍勢が出現。

 

どんな手を使ったのかとカズヤを問い詰めようとしたのだけど。

 

うまくかわされてしまったわ。

 

まぁいいわ。だけど次は逃がさない。

 

しっかりと事情を説明してもらうから。

 

最もカズヤの言動をみる限り、カズヤがあの謎の軍勢を率いている、もしくは指揮官なのは確実ね。

 

……身分の差をどうやって埋めさせようかと悩んでいたけれど、手間が省けたわ。

 

これで早く一緒になれるわね。

 

その時が待ち遠しいわ。

 

……日記はここで途切れている。

 



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18

0番ハンガーにF-23を収容し横付けされた梯子を使って恐る恐る機体から降りてくるカズヤを額に幾筋もの青筋を浮かばせながら恐ろしい程にニッコリと笑う千歳が出迎えた。

 

「まずは……ご無事でのご帰還何よりです、ご主人様」

 

カズヤが顔を覆っていたヘルメットを脱ぎ、顔を見せると千歳が口火を切った。

 

「え、あぁ、ありがとう」

 

安堵の言葉を漏らした千歳から漂って来る怒りのオーラに怯え、引き吊った笑みで返事をするカズヤ。

 

……やっぱり怒ってるよなぁ。

 

表情は思わず見惚れてしまう程、にこやかなのに目がちっとも笑っていない千歳がツカツカと歩み寄って来る間、カズヤは断頭台に立つ死刑囚のような気持ちを味わいつつ若干俯き加減で視線を地面に固定し、その時を待った。

 

しかし、千歳の行動は折檻を受けると予想し俯いているカズヤの裏を行った。

 

「本当に……ご無事で良かった……」

 

棒立ちで佇むカズヤを全身を使って千歳が包む込む。

 

「ち……とせ?」

 

予想とは違う千歳の行動に泡を食ったカズヤは小刻みに震える千歳の体を抱き締めながら狼狽えていた。

 

「……下さい」

 

「えっ?」

 

「お願いですから、もう……もう、このような行動はお止め下さい……ご主人様に何かあったらッ!!」

 

抱き締め合っていた体を少しだけ離し、潤んだ瞳でカズヤを見つめ懇願するように千歳が言葉を紡ぐ。

 

「……あぁ、分かった。すまなかった」

 

「お分かり頂けたのなら……いいんです」

 

心配を掛けすぎたな……これからはもう少し自重するか。

 

千歳の必死さに良心を激しく刺激されたカズヤは内心で深く後悔していた。

 

そして再び抱き付いてきた千歳の頭を労るように優しく撫でていた。

 

やはり、この手の問題には直接的な手段に訴えるよりご主人様の良心を刺激した方が効果的だな。

 

……まぁ、ご理解頂けなかった場合はこれを使うだけだったが。

 

だが、頭を撫でられている千歳が全て計算ずくで動いていたとは、また自身のポケットの中に突っ込まれているモノ――片手だけの手錠からリードが伸び、そしてリードの先には首輪が付いている――の存在を思い出し使えなかった事に千歳が若干の後悔を抱いているとはカズヤが知るよしも無かった。

 

 

「さて、それでは……ご主人様」

 

「ん?」

 

「私の部屋に逝きましょうか」

 

衆人環視の中で頭を撫でられていた千歳がタイミングを見計らってそんな言葉を口にした。

 

「なぁ、千歳。もしかして……まだ怒ってる?」

 

惚れ惚れするような笑みを浮かべている千歳の瞳から未だに怒りの炎が消えていない事、また言葉のニュアンスが妙だった事に気が付いたカズヤはタラリと汗を流す。

 

「はい♪」

 

「さっきので手打ちじゃ……?」

 

「それとこれとは話が違いますよ、ご主人様。お仕置きは受けて頂きます。……取って置きのを」

 

逃げようとしたカズヤの右腕を自分の両腕でガッシリと掴み、更に豊満な胸で挟み込んで拘束し愉しそうに軽い足取りで部屋へ向かう千歳。

 

そして、抵抗は無駄だと知りながらも全身の力を抜くという小さな抵抗をしつつ無情にも引き摺られていくカズヤ。

 

「お、お待ち下さい!!副総統!!」

 

そんな2人の行く手を遮る者は誰もいないかと思われたが、未だに残る問題に対処せねばならないため伊吹が立ち塞がる。

 

「なんだ?伊吹。……あぁ、心配するな。お仕置きになら後で混ぜてやる」

 

「え、あ、ありがとうござい――ではなく!!まだ問題は片付いていません!!ですから、お仕置きは全ての問題が片付いてからに!!」

 

思わず千歳に買収されかけた伊吹だったが、気を取り直して千歳に食って掛かる。

 

「……チッ、分かった」

 

問題の先送りにしかなっていないが、とりあえず助かった。と小さくため息を漏らすカズヤの右腕を抱いたまま、小さな舌打ちを1つした千歳は不満気に自分の部屋から司令本部へと進路を変更した。

 

 

「さて……残ったベヒモスをどうするか、だが……」

 

陽が沈み外が闇に包まれた頃、カズヤはパラベラム本土に居残っている将軍達や各部門の長達を会議室に召集しベヒモスを撃滅するための作戦会議を開いていた。

 

しっかし、こいつはまたクソ面倒な……。

 

カズヤの悩みの種はつい先程、作戦会議の開始直後に舞い込んできた2つの緊急報告にあった。

 

それはベヒモスが背負う火山から出現時とは比べ物にならない程、大量の噴煙が吹き出し凄まじい量の火山灰が周辺に降り注ぎ始めたという現場からの報告と過剰な衝撃――具体的には核やケラウノス(神の杖)を使うと火山が大噴火を起こす可能性があるという学者達からの報告である。

 

そして、その2つの報告が意味するのは航空戦力とパラベラムの切り札であるケラウノス、核の使用不可であった。

 

「では、もう一度最初から頼む。千歳」

 

「ハッ、現在ベヒモスから半径100キロ圏内では火山灰が舞っているため航空機は飛行出来ません。またベヒモスに過剰な衝撃を与え破局噴火を引き起こしてしまった場合、噴火の規模は地球にあるイエローストーン並みになると予想されています」

 

「はぁ……最悪の状況だな」

 

核やケラノウスを使えば簡単にベヒモスを倒せるだろうが……その後の被害がシャレにならん。

 

よかった……ベヒモスの出現直後にケラノウスを使わなくて……。

 

改めて突き付けられた事実にカズヤは早まらなくて良かった。と胸を撫で下ろしていた。

 

「いかがされますか、ご主人様?」

 

「うーん、どうするかな……最初は航空戦力の集中運用で倒すつもりで、それがダメならケラノウスを、それでもダメなら……核を使うつもりだったからなぁ……MA弾は製造途中の10発分しかないから使えないし、正直言ってお手上げだ」

 

降参、とばかりに手を上げたカズヤの姿に会議室では失笑が溢れた。

 

「ま、冗談は置いといて……今の状況で俺達が出来る事は限られているんだ。だから、その限られた中で最善を尽くせばいい」

 

「そうですね」

 

「まぁ、それでもかなり分の悪い賭けになるが」

 

「それは致し方ないかと……何しろ不確定要素が多すぎますので」

 

「ま、やれるだけやるだけだ。――千代田、地図と説明を」

 

「はい、マスター」

 

カズヤの呼び掛けに千代田が答え、作戦地図を会議室の液晶画面に映し出し作戦概要の説明を始める。

 

「これは統合参謀本部が立案した幾つかの作戦案の中で一番成功率が高いと思われる物です。おおまかに説明すると既に放棄された城塞都市バラードの後方にある川幅1キロのネラル川にベヒモスを誘導。ネラル川にベヒモスが入り動きの鈍った所へ地上部隊の全火力を集中し一気に叩くという至ってシンプルな物になっています。なお、ベヒモス撃滅に参加する部隊は元々このエリアの攻勢を担当していた海兵隊第5師団及び陸軍第4師団、そして隣のエリアからロシア軍装備の陸軍第12師団が応援に駆け付けます。加えて前線司令部のラーテや各種列車砲、付近に展開しているアサルトアーマー等も全て投入する予定になっています」

 

「言うなれば――目には目を歯には歯を、物量には物量をデカブツにはデカブツを、の理論だな」

 

千代田の説明の後、カズヤが言葉を付け加えた。

 

「さて、作戦開始は24時間後だ。各員最善を尽くしてくれ」

 

「「「「了解」」」」

 

作戦の細部についての議論がなされたのち、作戦計画書が皆に手渡されカズヤが解散を告げると会議室に詰めていた将官達は自分の部署に帰って行った。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「さて、ご主人様?」

 

「ハヒッィ!?」

 

将官達に続き、会議室を後にし無言のままスタスタと早歩きで歩き出したカズヤの肩を千歳がトントンと叩くと、カズヤが狼狽えまくった声を出し可哀想な程にビクッと跳ね上がる。

 

「……ゴホン。な、何かな?千歳」

 

「作戦開始まで後24時間あります。ですから少なくとも4〜5時間は自由な時間が取れるとは思いませんか?」

 

「……いやいや、まだ色々とやらなきゃならない事が目白押しだろ?なぁ、伊吹?」

 

「……」

 

助けを求めるようにカズヤが後ろにいる伊吹に視線を向けると、伊吹はバツが悪そうにフイッとカズヤから目を逸らした。

 

何故、目を逸らすんだ!!伊吹!!

 

お前だけが頼りなんだ――……あれ、もしかして……お仕置き参加権で買収された?

 

唯一の救いである伊吹から裏切られ、ある予想が頭をよぎったカズヤの考えを裏付ける発言を伊吹が漏らす。

 

「……最近、ご無沙汰でしたから」

 

「……」

 

オーマイガッ!!

 

「では逝きましょうか、ご主人様?」

 

「……お許し下さい、カズヤ様」

 

ガシッと右腕を掴んだ千歳と申し訳なさげに、しかし強い意思を秘め左腕を掴んだ伊吹がカズヤを引き摺る。

 

……まだだ、まだ手があるはずだ!!

 

受けてしまったが最後、暫くの間、足腰に大ダメージを与えるであろう、お仕置きを何とかして回避したいカズヤは千歳と伊吹に引き摺れながらも諦めてはいなかった。

 

「あっ、カズヤ様!!」

 

「……チッ、余計なヤツが来た」

 

と、そこへある人物が合流を果たす。

 

「このセリシア、会議が終わるのを一日千秋の想いでお待ちしておりました。それで、あの……図々しいとは思いますが、戦果に見合うご褒美を頂きたく参りました」

 

「……」

 

突然現れ、廊下のど真ん中で膝をつき頭を垂れるセリシアにカズヤは戸惑っていた。

 

「ダメ……でしょうか?」

 

「いや、褒美については問題ないが……その前に色々と聞きたい……まず……何でアデルが猿轡を噛まされて簀巻きにされて転がっているんだ?」

 

「ムウゥゥゥ〜〜!?ムウゥゥゥ〜〜!!」

 

カズヤの視線の先には縄でグルグル巻きにされミノムシのような状態で唸り声を上げるアデルが廊下の脇に転がっていた。

 

「ハッ、先の戦闘の際、アデルもかなりの数の魔物を倒したと聞きましたので、ついでに連れて参りました。そうでもしないと、この娘は恥ずかしがってカズヤ様の前に出れませんから」

 

「……なんか恥ずかしがっているって言うより、怒ってないか?」

 

「カズヤ様、それは照れ隠しにございます」

 

「ムゴォォーー!!」

 

「……いや、怒ってるって」

 

眉を吊り上げ唸り声を上げ続けるアデルを見てカズヤはセリシアに遠回しに解放してやれという視線を送る。

 

「大丈夫ですよ、カズヤ様。お気になさらないで下さい。今はただスイッチが入っていないだけですので」

 

「スイッチ?」

 

「はい。普段は以前の様な、不遜な態度を取りますがスイッチが入ればアデルは誰よりもカズヤ様に尽くす従順な女になります。そのように調――いえ、洗――……教育しておきましたので」

 

「そ、そうか……」

 

褒めてと言わんばかりのセリシアの言葉に何も言えなくなったカズヤは乾いた笑いで答えた。

 

「それでカズヤ様、ご褒美の件なのですが……是非とも私とセリシアを一緒に可愛がって――」

 

「ご主人様、先を急ぎましょう」

 

セリシアとカズヤの会話を遮るように千歳が口を挟んだ。

 

「……お待ち下さい、まだ私の話は――」

「後にしろ、ご主人様はお忙しいのだ」

 

「っ……分かりました。この場はお譲り致します」

 

圧倒的な権力を背景にセリシアの抗議を一睨みで退けた千歳が勝ち誇った様に笑ってその場を後にしようとした時だった。

 

「――お〜に〜い〜さ〜〜〜ん!!」

 

「グハッ!?」

 

「ご主人様!?」

 

弾丸と化した小さなヤンデレ姫、イリスがカズヤの胸に飛び込んだ。

 

「んぅ〜〜〜お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、お兄さん、スーハー、スーハー、スーハー、あぁ、お兄さんのいい匂いっ!!スーハー、スーハー。あ、そうだ。お兄さんっっ!!怖かったです!!たくさん魔物が押し寄せて来たって聞いてとっても怖かったんです!!だから、今日は私と一緒に寝て下さい!!それから、いい子、いい子って頭を撫でて下さい!!後は後は――あれ、お兄さん?大丈夫ですか?」

 

「グフッ……あんまり……大丈夫……じゃない……」

 

千歳と伊吹に両腕を掴まれていたためイリスの突進の衝撃を受け流す事が出来ず、衝撃をもろに受けたカズヤは苦悶の表情を浮かべていた。

 

「イリス、貴様……ご主人様に何て事を!!」

 

「……あれ、居たんですか貴女?まぁ、いいです。お兄さん、こんな人放っておいて行きましょう。私の部屋で介抱してあげます」

 

「っ、ご主人様のお情けで寵愛を受ける事が出来ている分際で私を虚仮にするか貴様……いい度胸だ」

 

「フフッ、お兄さんを引き留めておける自信が無いからってお兄さんを独占しようとする貴女にそんな事、言われたくないです」

 

「フンッ、カナリア王国を併合する駒としての利用価値しか無かった貴様が大きく出たな。私の手助けが無ければご主人様の寵愛を受けることすら出来なかった癖に。少しはしおらしくしてみせたらどうだ?」

 

「ッ、戯れ言を……遅かれ早かれ私はお兄さんのモノになっていました。それにお兄さんも貴女のような年増――熟れきって腐った果実より、私の瑞々しい青い果実の方がいいに決まっています」

 

「……何を?」

 

「……何か?」

 

「「……」」

 

黙り込んだイリスと千歳の視線が空中で交わりバチバチと火花を散らす。

 

「……どういう状況だ、これは?」

 

「うーん……カズヤを巡る女の戦いみたいだね、お姉ちゃん」

 

ジズと魔物の襲来に際し司令本部の地下シェルターに避難していたフィーネとリーネが先に外へ出て行ったイリスを追ってカズヤ達と合流を果たした。

 

「……立て込んでいるようだから、後にしましょうか」

 

「もぉ〜!!お姉ちゃんは消極的すぎるよ!!あんまり消極的だと居場所が無くなってカズヤの寵愛を受けられなくなるよ、それでもいいの?」

 

「っ!?それは……困るわ」

 

「じゃあ、行こうよ」

 

「え、えぇ!!」

 

イリスに続いてフィーネとリーネまでもが修羅場に参戦したことにより司令本部のとある廊下では混沌が広がっていた。

 

「えぇい!!何度言ったら分かる!!我々が先約なんだ!!貴様らは後にしろ!!」

 

「副総統の言う通りです!!だから道を開けなさい!!」

 

「いやです!!私がお兄さんに愛でてもらうのが先です!!」

 

「ちょっと待ってください、私達も今すぐカズヤ様の寵愛を受けたいのを順番だと言われて泣く泣く我慢しているんです。貴女が我が儘を言うのは勝手ですが、それは私達の後にしてください。ねぇ、アデル。貴女もそう思うでしょ?」

 

「ムガッ!!ムガ〜〜〜〜!!(俺を!!巻き込むな〜〜〜!!)」

 

「えぇ〜〜順番なんて卑怯だよぉ!!だって順番通りなら私とお姉ちゃんが最後になっちゃうしぃぃ……それに最近私達は回数が少なかったんだよぉ?だから私達に譲ってくれてもいいと思うんだけど!!」

 

「そ、そうだそうだ!!」

 

「……」

 

美少女、美女に取り合いをされている身としては嬉しいんだが……実にカオスだ。

 

というか、旧カナリア王国領と旧妖魔連合国領を統治する代官としてカレンとアミラに現地に行ってもらっておいて良かった。今ここに2人がいたら更に混沌の度合いが濃くなる所だった。

 

大別すると4つからなる派閥の争い――自身の奪い合いを眺めながらカズヤは嬉しいような困ったような、ため息をコッソリと吐いた。

 

「――……マスター、少し宜しいですか?」

 

混沌とした廊下で唯一、争奪戦に参加していなかった千代田が隙を見てカズヤに耳打ちをする。

 

「なんだ、千代田?」

 

「先のご命令の件ですが、私の分身(予備の生体端末)が当該兵士達を無事に保護したと連絡が入りました」

 

「そうか……それは一安心だな」

 

「ですが……少し厄介な問題が……」

 

「厄介な問題?何か――」

 

「何かあったのですか、ご主人様?」

 

「えっ?」

 

千代田の言い淀んだ姿に気を取られていたカズヤが、その声にハッとして振り返るとそこには先程まで争奪戦の渦中の真っ只中にいたはずの千歳がいた。

 

しかも、よくよく見てみれば修羅場がいつの間にか収まり、皆の不安気な視線がカズヤに集中している。

 

「ち、千歳?いつの間に……」

 

「いえ、何やら千代田が怪しい動きをしたので……漁夫の利を取られるかと」

 

「……」

 

「姉様、ご安心下さい。その時は姉様もご一緒です」

 

「うむ、そうか。悪かったな千代田、疑って――それで厄介な問題とは一体何なのですか、ご主人様?」

 

「いや……それは……」

 

「……それは?」

 

口ごもるカズヤにより疑惑の目を向け、圧力をかける千歳。

 

そして、千歳の圧力に耐えかねカズヤが事の全容を吐露するのは5分後の事であった。

 

「親衛隊の面汚しめッッ!!」

 

カズヤと千代田からおおよその説明を受けた千歳が第一声に放ったのは怒気混じりの苛烈な罵声であった。

 

「ご主人様の信頼を無下にしただけでも許せないのに、幾多の独断専行に部隊の私兵化?更に自軍の基地を襲撃し輸送機を奪っただと?――千代田、今すぐその愚か者共を一人残らず殺せ!!加担した者共もだ!!」

 

怒り狂った千歳に慌てたのはカズヤである。

 

「ちょ、ちょっと待て千歳!!落ち着け!!」

 

「これが落ち着いていられますかご主人様!!よりにもよって親衛隊の箔付きがこのような事態を引き起こしたと知れれば親衛隊の沽券に関わります!!いえ、沽券などどうでもいいです。それよりもご主人様をお側でお守りする親衛隊の隊員がこのような問題を起こした事が問題なのです!!」

 

「分かった、分かったから……とりあえず事が落ち着いてから遥斗達を軍法会議の場に召還し処罰を決める。それでいいな?」

 

「ご主人様がそう言われるのであれば否はありません――ですが、軍法会議を開いた所で今すぐの銃殺刑が後の絞首刑に変わる程度ですよ?」

 

「……それでもだ。事実関係を確かめない事には始まらん」

 

「……承知致しました」

 

カズヤの最終的な判断に千歳は渋々頷いたのだった。

 



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19

カズヤによってベヒモス、リヴァイアサン、ジズと仮称された三体の巨大な魔物が各地に突如出現してから一夜明け。

 

本来であれば春らしい暖かな朝日が燦々と降り注いでいるはずの時間帯であったが、ベヒモスが背負う火山から途切れる事なく噴出し続ける大量の火山灰により辺りはまるで夕暮れ時のように薄暗く視界が悪かった。

 

そんな悪条件の中、刻一刻と迫り来るベヒモスとその取り巻きの魔物達を撃滅するべくパラベラム軍は第2防衛線上のネラル川の両岸に重厚な防御陣地を構築している真っ最中であったが、集結している戦力の規模はどう見繕っても一個師団+α程度で少なくとも当初の動員予定である三個師団は居ない事が確実であった。

 

その訳は広範囲に、しかも大量に降り積もった火山灰によりパラベラムが敷設した周辺一帯の鉄道網が麻痺したため隣のエリアから増援として鉄道輸送でやって来る予定だった陸軍第12師団や他の部隊が移動の途中で足止めを食らい戦力の集結が著しく遅れていたからである。

 

また、一帯の鉄道網が麻痺したということは大量の魔物を一撃で凪ぎ払う為に必要不可欠な大口径の大砲を装備した列車砲の到着も当然の如く遅れていた。

 

そして戦力の集結が遅れた結果、防御陣地の構築さえ本来の予定より3割程遅れている始末。

 

つまりパラベラム軍は初手から、作戦を開始する前から躓いていたのである。

 

「不味いな……このままだとベヒモスがネラル川に到達するまでに戦力の集結が間に合わないぞ……」

 

パラベラム本土の司令本部で、少しやつれた顔のカズヤが椅子に体を預けながら芳しくない報告を耳にし苦々しく呟いた。

 

「現在、出来る限りの手を尽くしていますが……こればかりはどうにもなりません」

 

カズヤとは対照的にツヤツヤとした肌に満ち足りた様子を見せる千歳が目を伏せ首を横に振る。

 

「うーん。空路もダメ、陸路も限定的にダメとなると打つ手がないぞ……八方塞がりだ」

 

「マスター、ラーテの機関と履帯に異常が発生しまた進軍が止まったとの報告が」

 

「……」

 

悪い時に悪い事は重なるのだろう。

 

戦力の集結が遅れ作戦遂行自体が出来るかどうか怪しくなってきた所に、今度はラーテが主要な幹線道路の1つを塞ぐ形で立ち往生したとの報告が千歳と同様に肌に艶のある千代田から為された。

 

「……移動再開の目処は?」

 

「現場の指揮官からは1〜2時間程で何とかしてみせると」

 

「……はぁ」

 

元より分かっていたことだが、重武装・重装甲を得た代償に足回りが脆弱なラーテの欠点がここに来てハッキリと露呈した形となりカズヤは大きくため息を吐いた。

 

ちなみに機動性の乏しいラーテには支援用のアサルトアーマーが付きっきりで移動の際の補助を行ってはいたが、それでも総重量900トンという驚異の自重は厄介な敵であり移動の障害となっていた。

 

「戦力の集結もままならんとは幸先が悪い。――……それはそうと千代田、ベヒモスの進路は変わりないか?」

 

「はい。ベヒモスの進路は依然として旧カナリア王国、王都バーランスに向かっているままです」

 

ベヒモスの進路からパラベラムが割り出した敵の狙い。

 

予測の域を出ないものではあったが、それはおそらく人口密集地である王都バーランスの破壊とそこに住まう民間人の大量虐殺、そして(火山灰による)旧カナリア王国領内に点在するパラベラム軍の基地の無力化であった。

 

元より旧カナリア王国領内へのベヒモスの侵攻を許せば未曾有の被害が生み出される事は明白であり、また敵の目的が予測出来た事でカズヤは今まで以上に引くという選択肢が選びづらくなっていた。

 

「……分かった。――総統閣下、今入りました情報によりますと第12師団の一部は鉄道輸送での移動を諦め川と車道による移動に切り替えたそうです」

 

「そうか……しかし、それでもギリギリだな」

 

腰周りが充実している伊吹の報告に僅かに安堵の色を表したカズヤだったが、それでもまだ問題は山積みであった。

 

「……ご主人様」

 

「ん?どうした、千歳」

 

「前線にいる部隊より火山灰による問題が頻発していると報告が」

 

「具体的には?」

 

「ハッ。通信障害を始め、火山灰が内部に入り込んでしまった電子機器や車両、武器兵器の不具合、現場にいる兵士達の健康被害等が挙げられています」

 

「通信障害はどうしようもないな……電子機器や車両、武器兵器の不具合も火山灰が舞っている現場で対処した所で無駄な抵抗だし……。兵士達の健康被害については確か対NBC装備のガスマスク――MCU-2/P防護マスクで対処しているんだったな?」

 

「はい、あらかじめ各兵士に配ってあったMCU-2/P防護マスクでとりあえず対処させていますが、それも使用限界が近いため後はN95マスクとゴーグルで対応するしかありません」

 

「……兵士達の為にも短期決戦で挑んでやりたいが、短期決戦に持ち込めば戦力の集結が間に合わないと」

 

前線で火山灰まみれになって働いている兵士達の苦労を忍ぶカズヤだったが、既にカズヤが出来ることは限られていた。

 

「……この悪条件の中で何とか勝機を見出だして勝てる事を祈るしかないか」

 

戦闘が始まるまでおよそ3時間。

 

カズヤ達にとって、もどかしい時間がゆっくりと流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

草木や土、空までもが灰色に染まった世界でパラベラム軍による避難指示を拒絶し魔物に食い殺された住人達の亡骸ごと城塞都市バラードを踏み潰し、跡形もなく破壊したベヒモスが遂にパラベラム軍と対峙する。

 

「とうとう間に合わなかったか……」

 

巨大な6つの足をゆっくりと動かし大地を抉り陥没させながら前に進むベヒモスの姿が映し出されているディスプレイを眺めつつ作戦指令室の椅子に腰掛けたカズヤが戦力の集結が間に合わなかった事に対し悔しげに呟く。

 

「千歳、こちらの戦力は?」

 

「ハッ、現時点で第2防衛線に展開出来たのは海兵隊第5師団と陸軍第4師団、加えてアサルトアーマーが30、カノーネパンツァーが20、タロスやその派生型のパワードスーツを装備した特殊機械化歩兵が60。その他、河川哨戒艇や河川砲艦の類いが20隻となっております」

 

「千代田、現有戦力でベヒモスとそのオマケの魔物と戦った場合の勝率はどれぐらいだ?」

 

「……取り巻きの魔物の数が我が方の予想の範囲以内なら、よくて25パーセント。ちなみに増援が間に合ったとしても45パーセントに届くかどうかというところです」

 

「ということはだな、現状だと勝ち目がほとんどなく精々出来たとしても足止めが限界か」

 

やはり航空戦力を封じられたのはキツいな。

 

ラーテや列車砲、第12師団といった頼みの綱が何一つ届いていない状況にカズヤは頭を抱えていた。

 

「……第2防衛線に展開中の全部隊に通達。増援が到着するまで何としても持ちこたえろ、と」

 

「了解しました」

 

「それと千歳、最終防衛線にも戦力を集結させておいてくれ」

 

「……ハッ、直ちに」

 

ここに至ってカズヤは旧カナリア王国領の国境線に敷かれている最終防衛線への戦力の集結を指示し最悪の状況への対策を本格化させ始めた。

 

「ッ!!ベヒモスから離れる大量の生命反応を感知、魔物の大群が第2防衛線に向かって来ます!!数はおよそ3万、更に増大中!!」

 

「進攻中の魔物の画像データをデータベースと照合しましたが、該当無し。新種の魔物と思われます。なお飛行型の魔物の存在は確認出来ず」

 

「飛行型が居ないのは助かるが……新種だと?ディスプレイに出せ」

 

「ハッ」

 

カズヤの指示でオペレーターが前線に設置された監視カメラによって捉えられた新種の魔物の姿をディスプレイに流す。

 

「……でかいトカゲ?いや、こいつは土竜か。しかし、背中に背負っている筒状の物体は何だ?」

 

体長が4〜5メートルで紫色の見るからに固そうな鱗を纏い口からは鋭く伸びた牙を覗かせ、そして背中の中程から2本、にょきにょきと生えている筒状の物を背負いながら火山灰に埋もれた地上を疾走するトカゲのような魔物が映し出されたディスプレイを見てカズヤが首を捻る。

 

「セリシア。念のために聞くが、この魔物は見たことが――って、アデル?どうした?」

 

ディスプレイから視線を外して振り返り背後に控えているセリシアに初めて見る魔物の確認を取ろうとしたカズヤだったのだが、セリシアの隣で驚きに目を見開きワナワナと震えているアデルの姿が先に視界に入り質問する相手を変える。

「そんな……嘘だ……」

 

「アデル?」

 

「アデル、一体どうしたというのですか?」

 

カズヤの質問に答えることなく映像に釘付けになっているアデルを叱責するような声で問い掛けたセリシアだったが、それさえもアデルの耳には届いていなかった。

 

「この魔物は……俺の世界にいた奴等だ」

 

「なに?」

 

「第1次迎撃ラインに敵が接触!!戦闘が開始されます!!」

 

アデルの呟いた言葉にカズヤがピクリと反応した直後、ネラル川の両岸で待ち構えているパラベラム軍から前方15キロの位置に幾重にも張り巡らされた鉄条網を疾走する土竜達が難なく突破し、降り積もった火山灰をかき集め水を掛けて泥土化させた足止めエリアに侵入した。

 

そして土竜達が泥土化した火山灰に足を取られ、動きが鈍った次の瞬間。

 

足止めエリアの火山灰の中に敷設されていた航空爆弾――ネラル川の後方にあるスプルート基地(遥斗達が問題を起こした基地)から運び出され設置されたMk.84汎用爆弾が一斉に炸裂。

 

無数の火柱が土竜達の侵入を防ぐ柵のように立ち上ぼり、足止めエリアに侵入しもたついていた土竜達を跡形も無く吹き飛ばした。

 

しかも、計算され設置されていたMk.84汎用爆弾が爆発した後には幅15メートル深さ11メートルの巨大なクレーターが均等な間隔で出来ており、それが簡易の堀の役目を果たし、また土竜達の侵攻速度を遅らせ更に侵攻ルートを操ることにも成功していた。

 

「アデル、その話を詳しく聞かせてくれ」

 

「え、あ、あぁ、分かった」

 

数百体以上の土竜を仕掛けた爆弾により一瞬で葬った直後、次の仕掛けが起動するまでの僅かな間にカズヤはアデルから話を聞き出す。

 

「あれは……俺の世界にいた魔王が使役していた中級レベルの魔物で名はカノンズドラゴン……だがこれだけの数を一度に見たことはない。だって奴等は縄張り意識が強いから決して群れることはないはずなんだ。後、細かい所が違う気が……」

 

「そんな情報は後だ!!戦う際に気を付ける点は?」

 

「ッ、あの背中の筒――大砲から個体によって種別が異なるが、魔力弾やら火の玉やらを飛ばしてくる。射程は大体2〜300メートルだ。後は普通の土竜と一緒で体当たりや前足の爪、噛み付き、尾の攻撃に注意すればいい」

 

カズヤの一喝に思わず身を竦めたアデルだったが、すぐに気を取り直しカズヤが欲している情報を自身の記憶から引き抜き口にした。

 

「助かった、アデル。――千歳!!全部隊に今の情報を伝達、それと土竜とは出来る限り距離を取って戦うよう指示を出せ」

 

「了解!!」

 

火山灰による通信障害のせいでゆっくりではあるが前線にいる部隊に土竜の情報が伝達されていく中。

 

パラベラム軍の思惑通りに歩を進める土竜達は足止めエリアの次にM19対戦車地雷がこれでもかと敷き詰められた地雷原に突入。

 

土竜の足で踏み抜かれたM19対戦車地雷が次々と起爆する。

 

またバカの一つ覚えのように突撃を止めようとせず、地雷原に続々と足を踏み入れ命を散らしていく哀れな土竜達が後に続いた。

 

けれど、そんな光景を眺めているカズヤ達の顔色は優れなかった。

 

「千代田、今現在の敵の数は?」

 

「ハッ、現時点で敵の概数は我が方の予想値を大幅に上回る6万に達しています、しかも……敵の数は更に増大中です」

 

「6万!?……二個師団+αで耐えきれる数じゃないぞ」

 

カズヤ達の顔色が優れない理由、それは殺した数よりも土竜が増える数の方が多いからである。

 

「敵、地雷原を突破します!!後20秒で第2次迎撃ラインに侵入!!」

 

苦虫を噛み潰したような顔を見せたカズヤの呟きの後、オペレーター達が次々に報告を上げる。

 

「全砲兵隊、砲撃を開始!!着弾までおよそ25秒!!」

 

ネラル川から12キロの地点に設定された第2次迎撃ライン――二個師団の有する全砲兵隊による集中砲撃エリアに土竜が侵入する。

 

「着弾まで3、2、1……0!!」

 

無数の屍を築きながらも地雷原を強硬突破した土竜達の頭上に数多の砲弾が降り注ぐ。

 

それは海兵隊第5師団のM777 155mm榴弾砲やRAP弾――ロケット補助推進弾を使用する120mm迫撃砲 RT、M142 高機動ロケットシステムのHIMARS、M109A6155mm自走榴弾砲パラディン。

 

陸軍第4師団の155mm榴弾砲FH70や96式自走120mm迫撃砲、99式自走155mm榴弾砲、203mm自走榴弾砲、M270多連装ロケットシステムのMLRSからなる猛烈な砲撃であった。

 

「敵、損耗率18パーセントを越え更に上昇中!!」

 

土竜達は第2次迎撃ラインに踏み入れたそばから、流星群の如く降り注ぐ砲弾により木っ端微塵に吹き飛んでいったが、それでもなお前進を止めようとはせず前に進む。

 

「ご主人様、このままではっ!!」

 

「分かっている!!――増援はまだ到着しないのか!!」

 

「まだ少し掛かります、マスター」

 

「クソ……このままではジリ貧だ」

 

苛烈な砲撃がいつまでも続けられる訳ではないと理解しているカズヤ達の焦りは時間と共に増していく。

 

そして、遂にその時がやって来る。

 

「ッ!!砲兵部隊から通信、各ロケット砲の残弾ゼロ!!再装填に入ります!!」

 

「クッ!?」

 

このままだと……防衛線を抜かれてしまう。

 

面制圧に長けたロケット砲の攻撃が途絶えたのと同時に凶報がカズヤの元に舞い込む。

 

「第2次迎撃ライン突破されます!!」

 

明らかに降り注ぐ砲弾の数が減った集中砲撃エリアを土竜の群れが、これ幸いとばかりに駆け抜けていく。

 

「第3次迎撃ラインに展開中の第1機甲大隊による砲撃が開始されました!!」

 

事前に設定された罠や砲撃による迎撃網を潜り抜けた土竜の群れが津波のような勢いでネラル川の手前に築き上げられた時間稼ぎ用の前衛陣地に展開した陸軍第4師団の第1機甲大隊に肉薄する。

 

しかし、そうはさせじと第1機甲大隊から圧倒的な弾幕が展開される。

 

まず砲火を開いたのは第1機甲大隊に所属している50輌の10式戦車。

 

その50輌の10式戦車の44口径120mm滑腔砲からは自動索敵機能や自動追尾機能が付いたFCSによる正確無比な砲撃が行われ、また10式戦車の砲撃の隙を補うように89式装甲戦闘車の90口径35mm機関砲KDEや副武装の79式対舟艇対戦車誘導弾が絶え間なく撃ち出されていた。

 

それにより土竜の津波の勢いを幾らか削ぐ事には成功していたが、それでもまだ迫り来る土竜の勢いを完全に止めることは叶わない。

 

そのため、アサルトアーマーやカノーネパンツァー等の新兵器による迎撃も追加された。

 

「全機、気張れよ!!ここが正念場だぞ、俺達のここでの働きの如何によってはアサルトアーマーの未来が決まると言っても過言ではないんだ、何としても戦果を上げろ――攻撃開始!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

試験運用中のアサルトアーマーで編成された部隊を率いる部隊長の掛け声と共に戦場に新たな風が吹き荒れた。

 

それは魔法と科学が融合し誕生したアサルトアーマーが極少数しか試験配備されていない30mmアサルトライフル、57mm軽機関砲、88mm重機関砲、120mm狙撃砲等の試作兵器を使用し獅子奮迅の活躍を見せたからだ。

 

またアサルトアーマーに負けず劣らず、GAU-8アヴェンジャーを2門搭載し105mm榴弾砲を背負うカノーネパンツァー20輌が危険を省みず前に出てGAU-8アヴェンジャーの一斉射と105mm榴弾砲の水平射撃で土竜を凪ぎ払った。

 

だが、それでも迫り来る土竜の勢いは止まらない。

 

何故なら(土竜の数が多い事が最大の要因ではあるが)砲火を放った際に生じる衝撃波や各種砲弾の着弾による爆風で辺りの火山灰が舞い上がってしまい、迫り来る土竜の姿が隠れてしまうことで、どうしても照準が甘くなっていたからである。

 

つまり――当たらない弾ほど無駄なものはない、ということである。

 

最も辺り一面の地面を埋め尽くす程の個体数がいるため、目標を外した流れ弾はほぼ何かしらの戦果を上げていた。

 

「敵、第1機甲大隊に更に接近!!」

 

「第3次迎撃ラインに展開中の第1機甲大隊及び随伴部隊が前衛陣地より後退を開始」

 

土竜の進攻速度を鑑み、これ以上の戦闘は無謀だという判断を師団本部の将官達が下し陣前消耗から陣内決戦(ちなみに陣前消耗と陣内決戦というのは第一線において敵軍を消耗させておき、一時的な後退行動によって陣地内部に敵軍を誘い込んだ所で反撃を開始し、最終的に撃滅する陣地防御の方法である)へと戦術を転換。そのため第1機甲大隊とその随伴部隊にはネラル川の対岸にある本陣への後退が命じられた。

 

「ッ、後退命令を受領した!!指揮車より全隊に告ぐ!!全車後退、手筈通りに動け!!もたつくんじゃないぞ!!」

 

『第1中隊、了解!!味方部隊の後退を援護します!!』

 

『第2中隊、了解!!後退準備に入ります!!』

 

『第3中隊、了解!!これより後退を開始します!!』

 

後退が命じられると第3次迎撃ラインに展開している各部隊は牽制射撃を行いながら、あらかじめ決められていた順番で順序よく後退を開始する。

 

しかし繰り返された砲撃で舞い上がった火山灰により、もはや土竜の姿は欠片も見えなくなっていたため手当たり次第に撃ちまくりながら、また本陣に展開している部隊からの援護も受けつつの後退となった。

 

「第1機甲大隊及び随伴部隊の後退完了まで残り15分」

 

「川を越えればまた少し時間が稼げるな」

 

臨時に架橋された2つの橋を渡って後退してくる部隊の姿を見つつカズヤが少しばかり安堵の声を漏らした時だった。

 

その場にいた誰もが予想していなかった出来事が発生する。

 

「「「「ッ!?」」」」

 

「そんなッ!?後退中の第1機甲大隊の背後に土竜出現!!地中から現れました!!」

 

「出現した土竜の個体数、約5000!!現在も増加中!!」

 

「第1機甲大隊の退路が塞がれました!!完全に孤立、このままでは全滅です!!」

 

地中を密かに掘り進んでやって来た土竜の一群が防御線の内側に突如、出現したのだ。

 

しかも、場所が悪いことに後退中の部隊の真後ろに土竜が出現したため、未だ後退が出来ていなかった第1機甲大隊の10式戦車26両と89式装甲戦闘車10両、随伴部隊の一個歩兵中隊、特殊機械化歩兵20名が迫り来る土竜と地中から湧いてくる土竜に挟撃を受け孤立してしまった。

 

『後ろに敵だとっ!?不味い、後退中止!!後退中止!!』

 

『後退中止って、前からも来てますよ!?』

 

『退路がないぞ!!どうすればいい!?』

 

『囲まれた!!』

 

『クソ、各車応戦!!応戦し――ギャアアアァァァ!!』

 

混乱する部隊を纏めようと檄を飛ばしていた指揮車の10式戦車が土竜の砲撃を車体後部に受け爆発、炎上する。

 

そんな光景を目の当たりにし、孤立した部隊の混乱に拍車がかかった。

 

『嘘だろ!?隊長の戦車が殺られた!!』

 

『なっ、敵の弾が装甲を貫通したっ!?』

 

『土竜に撃たせるな!!殺られるぞ!!』

 

『撃たせるなって言っても、このクソみたいな火山灰のせいでどこに敵がいるか分かんねぇよ!!』

 

『と、とにかく撃て!!』

 

『適当に撃ったら味方に当たりますって!!』

 

『第1中隊よりHQ!!敵の奇襲を受け孤立した!!至急救援を要請する!!敵の攻撃は、土竜の砲撃は我々の背面装甲を貫通する!!繰り返す土竜の砲撃は我々の背面装甲を貫通する!!』

 

「「「「……」」」」

 

孤立した部隊から届く、混乱や恐怖といった感情で埋め尽くされた報告を耳にしながらも遠く離れたパラベラムにいるカズヤ達はただ見ている事しか出来なかった。

 

「……アデル」

 

目を覆いたくなるような惨状が映し出されているディスプレイから視線を外し振り返ったカズヤはアデルに問うた。

 

「……なんだ?」

 

「いくら至近距離とはいえ、10式戦車の背面装甲を抜けるほど、この魔物は攻撃力が高かったか?」

 

「いや、比較の対象がないから何とも言えないが……少なくともここまでの威力は無かった」

 

「そうか……と、なれば考えられるのはこの魔物に敵の手が加わっているという事か?」

独り言のように考えを口にしたカズヤの予想を裏付けるようにオペレーターが声を上げる。

 

「総統閣下、大変です!!孤立している部隊から送られてくる映像を解析した結果、土竜が撃っているのは魔力弾等ではなく、槍のような物体を撃っている事が判明しました!!」

 

「……決まりだな」

 

敵もやってくれる……ッ!!

 

能面のような表情の裏に激情を隠したカズヤが前線の様子が映るディスプレイに視線を戻す。

 

そこには土竜の挟撃の前に全滅しかけている第1機甲大隊と、それをどうにかして救おうとしている海兵隊第5師団や陸軍第4師団の姿が映っていた。

 

だが、海兵隊第5師団や孤立した部隊を除く陸軍第4師団は地中から出て来た土竜をネラル川で足止めし渡って来るのを防ぐので精一杯であった。

 

「地中からの進攻で第3次迎撃ラインを突破した土竜がネラル川の渡河を開始!!機雷原に入りました!!」

 

ネラル川に到達した土竜をまず出迎えたのは水陸両用車の荷台に搭載された94式水際地雷敷設装置が事前に敷設した2種類の地雷(機雷)。

 

直径45センチ、重量40キロの円盤型で沈底式の1型がネラル川に勢いよくザブンと飛び込んだ土竜を水柱と共に空に打ち上げ、全長65センチ重量45キロの円柱型で係留式の2型がネラル川を泳ぎ始めた土竜をこれまた水柱と一緒に空へ打ち上げる。

 

また土竜達がネラル川の渡河を開始したのと同時に第2防衛線を守る海兵隊第5師団や陸軍第4師団が持てる火力を全て集中し土竜の進攻を阻もうと必死に応戦。

 

そうしてネラル川は起爆する機雷や撃ち込まれる大量の銃弾や砲弾により、針山のような水柱を上げ続ける。

 

「て、敵がネラル川を越えました!!」

 

しかし、そんな激しい攻撃を物量でカバーする土竜達が、両師団の奮闘を嘲笑うかのようにネラル川の渡河に成功。

 

背負う2門の大砲から槍を撃ち出し、パラベラム軍に砲撃を浴びせ第2防衛線を食い破らんと攻勢を強めた。

 

「第5師団と第4師団は何か言ってきたか?」

 

劣勢に陥った自軍の姿に居ても立ってもいられなくなったカズヤはソワソワとしそうになる腰を意図的に落ち着かせながらオペレーターに尋ねた。

 

「ハッ、増援が来るまでは何がなんでも第2防衛線を死守し総統のご命令を遂行する、と」

 

「……孤立した部隊は?」

 

「……まだ戦っております」

 

「……」

 

救援の望みが絶たれた中、決して諦めず戦い続ける兵士の姿をカズヤが目に焼き付けていた、次の瞬間。

 

第1機甲大隊の前方から迫って来ていた土竜の群れが消し飛ぶ。

 

「……は?」

 

何が起きたのか分からずカズヤがキョトンとしていると、また土竜の群れが吹き飛んだ。

 

更にネラル川に今までの比ではない巨大な水柱が立ち上ぼり、土竜達が一掃される。

 

「何が起きた!?」

 

「この爆発は……れ、列車砲とラーテです!!グスタフ、ドーラ及び他の列車やラーテが射程圏内に到着し砲撃を開始したとのことです!!」

 

呆けたカズヤの代わりに千歳が事の次第をオペレーターに問うとそんな言葉が返ってきた。

 

そして、ここからパラベラムの巻き返しが始まる。

 

「第12師団の一部が第2防衛線に到着!!」

 

鉄道での輸送を諦め歩兵達を乗せて道路を走ってきた40両程のT-80UDやT-90が乗せてきた歩兵を下ろすなり主砲の125mm滑腔砲から砲弾ではなく対戦車ミサイルの9M119レフレークスを発射。

 

土竜が沸き出すトンネルを狙い撃ち、破壊に成功する。

 

またタンクデサント――戦車跨乗で第2防衛線に到着した第12師団の歩兵達が担いでいたRPOロケットランチャーを構え、発射。対岸の岸辺にいた土竜達を焼き払う。

 

それと時を同じくしてネラル川を下って来ていた20両の歩兵戦闘車BMP-3と30両の装輪式水陸両用装甲兵員輸送車BTR-90が孤立した味方部隊を救わんと主武装の100mm低圧砲2A70や30mm機関砲、主砲同軸のPKT 7.62mm機関銃を撃ちまくりながら逆上陸を開始する。

 

そして逆上陸を開始した機械化部隊が100mm低圧砲2A70や30mm機関砲、PKT 7.62mm機関銃、砲塔の上部に取り付けられたRPKS 5.45mm軽機関銃、AGS-17自動擲弾発射器で第1機甲大隊を襲っていた土竜を粗方排除すると今度はBMP-3やBTR-90の車内にいた歩兵が降車し展開。

 

軍事に疎い者でも、その姿形を知っているAK-47の系譜の最新型、AK-12や75連装ドラム型弾倉を装着したRPK軽機関銃で第1機甲大隊の直近にいる土竜を撃ち殺し第1機甲大隊の救出に成功する。

 

「味方は助けたぞ!!後退支援を頼む!!」

 

『第3砲兵連隊、了解。激しいのが行くぞ。注意しろ』

 

孤立した第1機甲大隊の生き残りである10式戦車12両と89式装甲戦闘車3両、随伴部隊の一個歩兵分隊、特殊機械化歩兵3名を救出した機械化部隊が後退するために支援砲撃を要請。

 

すると、これまた鉄道での輸送を諦め第2防衛線の後方に自力展開した2S7M203mm自走カノン砲がまず砲撃を開始。

地球では凡そ1000門超が生産され各国において現役で使用されている、この自走カノン砲は通常弾(ZOF-40榴弾)を使用した場合の射程が最大で37キロあり、RAP弾(ロケット推進弾)を使用した場合は47〜55キロの射程を誇り、この射程距離は野砲の中では最大級である。

 

また与圧式NBC防護装置を搭載しているため、NBC汚染環境下でも行動は可能となっているが、砲撃準備は外で作業しなければならないため汚染環境下での操砲は不可能という矛盾も抱えている。

 

そんな2S7M203mm自走カノン砲に続いて砲撃を開始したのがA-222 130mm自走沿岸砲。

 

この兵器は指揮統制車が1両、射撃ユニット車が4〜6両、戦闘支援車が1〜2両で1つの射撃単位を構成しているが、射撃ユニット車にも光学式の照準装置が備えられており、また手動による砲弾の直接装填が可能となっているため単体で装輪式の自走砲として行動することも可能である。

 

そして2S7M203mm自走カノン砲やA-222 130mm自走沿岸砲の砲撃の隙間を埋めるのがサーモバリック爆薬弾頭装備の220mmロケット弾発射器を備えたTOS-1ブラチーノである。

 

これらの砲撃に加え海兵隊第5師団や陸軍第4師団の砲兵部隊、更に列車砲群、ラーテの砲撃は苛烈を極めた。

 

その結果、滝のように降り注ぐ砲撃に不利を悟ったのか土竜達が踵を返し撤退。

 

パラベラム軍は第1機甲大隊の救出だけに留まらず土竜の撃退にも成功した。

 

それによりパラベラム軍は戦線を再構築し戦術を考え直すための時間を稼ぐことが出来たのだが、これ以上ネラル川流域での戦闘は不可能だと判断されたため当初の作戦案が破棄され全部隊がスプルート基地への撤退を命じられ、戦いは振り出しに戻った。

 



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20

戦術目標を達成出来ず、ベヒモスとの前哨戦を判定負けのような形で終えたパラベラムは第2防衛線に展開していた全部隊をネラル川の後方にあるスプルート基地に撤退させ態勢の立て直しを図っていた。

 

そんな中、パラベラムの首脳陣は司令本部の一室に集まり今後の方針を決めるための会議を開き盛んに議論を交わしていた。

 

「現時点でスプルート基地に集結したのは陸軍第12師団、そして先の戦闘で少なくない被害を受けた海兵隊第5師団と陸軍第4師団。その他、新たに集結した分を含めアサルトアーマーが40、カノーネパンツァーが25、特殊機械化歩兵が52。そして基地の守備隊と陸上戦艦のラーテ。また基地の後方15キロにグスタフ、ドーラを含む列車砲13門が展開しております」

 

「うーん……そこそこ集まった方だが、この程度の戦力じゃあ、まだ勝てる気がしないな……」

 

「総統閣下。こうなればいっそのこと旧カナリア王国領からの全軍の撤退を視野に――」

 

「「「「……」」」」

 

「うっ……!?」

 

千歳が読み上げた報告書の内容に対しカズヤがやれやれと言わんばかりに首を横に振りつつ言葉を漏らした。

 

すると、それに反応してか会議室に詰めていた1人の将官が考え無しに迂闊な発言を行ってしまい、他の者達から一斉に鋭く冷たい視線の集中砲火を浴び冷や汗を滴ながら呻くハメになった。

 

「ん〜まぁ、撤退も1つの手であるが旧カナリア王国領にいる全ての民間人を逃がす手立てがない以上引くわけにもいかないだろ」

 

「そ、そうでありますな。はい」

 

カズヤから出された助け船に必死に抱き付いた男は引き吊った笑いを浮かべ首を何度も縦に降った後、会議が開かれている間は2度と口を開くことは無く、また千歳と千代田のいる方を見る事も無かった。

 

「さて、話を元に戻そう。我々はベヒモスや土竜がスプルート基地に来襲するまでの、残り3時間という限られた時間の中で起死回生の名案を捻り出さないと後がなくなってしまう訳だが……何かいい案はないか?」

 

「「「「……」」」」

 

まぁ、いきなり名案が出てくる訳もないか。

 

並み居る将官にカズヤが視線を巡らせるが、皆一様に口を閉じたままであった。

 

「――マスター、バーランスの総督府にいるカレンよりマスター宛に秘匿回線での映像通信が入りました」

 

「ん、分かった。向こうの部屋に繋いでくれ。皆、悪いが少し席を外すぞ」

 

暗く沈んだ雰囲気が会議室を包んでいる最中、旧カナリア王国領の王都バーランスに設置された総督府へ代官として派遣されているカレンからカズヤに秘匿回線を使った映像通信が入る。

 

カズヤはその映像通信に答えるべく、将官達に断りを入れてから席を立ち会議室の隣の誰も居ない別室に向かい通話ボタンをONに入れた。

 

『――もしもし?聞こえてる?』

 

「あぁ、映像も音声もしっかり届いてる。それでどうしたんだ?カレン」

 

『今の戦況が知りたくて連絡したのだけれど……どうなの?』

 

「……極めて困難な状況だな」

 

『そう』

 

ディスプレイの向こう側にいるカレンはカズヤの返答に気まずげに俯く。

 

「……それはそうと、カレン。今ベヒモスとは別件のちょっとした問題が発生していてな。で、その問題を解決するためにカナリア王国の土地勘がある者が必要なんだ。だから悪いけど迎えを寄越すから今すぐパラベラムの本土に戻って来てくれないか」

 

『…………………………はぁ〜〜全く、貴方って人は……その心遣いは妻として、何より女として嬉しいけれど、私的には愛しい旦那様が直接迎えに来てくれる方が嬉しいの。だから貴方が迎えに来てくれるまでここで待ってるわ』

 

あたかもそうだったかのようにカズヤは偽りの要件を口にし万が一の場合に備え危険なバーランスからカレンを先に避難させようとしたのだが、その目論みはカレンに見抜かれており苦笑混じりに断られてしまう。

 

「どうしてもか?」

 

『えぇ、どうしても。皆を置いて1人だけ逃げるのは性分に合わないのよ』

 

「……分かった。だったら何が何でも必ず迎えに行く。だから待っててくれ」

 

『えぇ、待ってるわ。だけどあまり待たせないでね』

 

「了解した」

 

『では、また。――……あぁ、そうそう、言い忘れるとこだったわ。今度の事が落ち着いたら2人っきりでどこかに出掛けましょう?私達が出会った時のように』

 

「あぁ、そうしよう。楽しみだ」

 

『フフッ、私もよ。じゃあね――』

 

最後に楽しそうに笑いながらカレンは映像通信を切った。

 

「ッ、よし、戻るか」

 

カズヤはカレンとの映像通信を終えると無言で自身の頬を叩き気合いを入れ、会議室に舞い戻る。

 

 

 

「――ではご主人様、通常戦力での迎撃を継続するという案でよろしいでしょうか?」

 

「……」

 

結局は勝算の低いこの方法に頼るしかないのか……。

 

格好をつけてカレンを必ず迎えに行くと言い切ったカズヤだったが結果的には会議の中で名案が生まれず。

 

不安はあるが、これまで通りの手法である通常戦力での迎撃を継続するというベストではないがベターの方針が取られる事になった。

 

「あぁ、分かった。それで行こ――」

 

「あ、あの!!は、ははは、発言をしてもよろしいでしょうか!?」

 

カズヤが千歳の最終確認の言葉に頷きかけたその瞬間。

 

会議室の片隅に置かれた椅子に腰掛けていた人物が突然ガタンと椅子を揺らしながら立ち上がって大声を上げカズヤの言葉を遮り、皆の視線を一身に集める。

 

「……なんだ貴様、あまり見ない顔だが所属は?」

 

声を上げた人物を千歳が半目で訝しげに睨みながら問いただす。

 

「は、はい!!私は第2技術部所属のユニス・フローレンス技術少尉でありゃます!!」

 

「ちょ、ちょっとユニス!?止めなさいって!!不味いって!!」

 

フローレンス技術少尉と名乗った女性兵士は隣の椅子に座る同僚が諌めるのも聞かず、威圧感をタップリと振り撒く千歳の質問におっかなびっくり噛みながらではあったが、しっかりと返事を返す。

 

「ほ、本日は第2技術部の部長の代わりゅとして私とこのルミア・コンレイ技術少尉が共にゅ、ここへ参りましゅた!!」

 

「や、止めて、ユニス!!私の名前は出しちゃダメ!!」

 

しかも、何気に同僚であるコンレイ技術少尉を道連れにしながら。

 

「それで?発言の許可が欲しいとの事だったが。貴様は、この場がご主人様の総統閣下の御前だということを理解しているのか?」

 

「は、はい!!承知しております!!」

 

「ならばその上で、貴様ごときに発言許可が降りるとでも思ったのか?」

 

「えっ、あっ……いえ……そ、そのっ……私は!!」

 

「控えろ!!たかだか技術少尉の貴様が発言出来る程この場は軽くないのだ!!」

 

「っ!?……も、申し訳ありません……でした……」

 

千歳の一喝を受けたフローレンス技術少尉は今になって溢れ出して来た冷や汗を流しながら頭を下げる。

 

「……ふむ、フローレンス技術少尉と言ったな。発言を許す、言ってみろ」

 

「ご主人様?」

 

思わぬハプニングが起き、そのまま千歳によって収集が取られたかと思われたが、カズヤが不意にフローレンス技術少尉の発言許可を出した。

 

「よろしいのですか?あのような者に発言を許しても」

 

「何かしらの考えがあっての事だろう。それに言わせるのも聞くのもタダだ。まぁ、しょうもない事だったら……千歳に任せる」

 

「了解しました。――フローレンス技術少尉!!ご主人様の許可が下りた、言ってみろ」

 

「は、はい!!」

 

色々ともうダメだと諦めていたフローレンス技術少尉は発言許可が下りた途端、バッと頭を上げて必死に自分の考えを口に出した。

 

「わ、私が言いたいのは特型アサルトアーマーの魔導炉を疑似MA弾に転用してはどうかということです!!」

 

「……そんな事が出来るのか?」

 

「ひゃい!?と、特型アサルトアーマーの大型魔導炉の臨界点を意図的に突破させれば大規模な爆発を誘発させる事は可能であ、ありゅます!!」

 

カズヤから直接声を掛けられ更にテンパったフローレンス技術少尉は緊張のあまり、目を回し顔を真っ赤にしながらも言葉を紡ぐ。

 

「……フローレンス技術少尉、貴官に1つ聞きたい。いくら大型とは言え魔導炉の臨界点を突破させた程度で物質を消滅させる程の魔力暴走を引き起こせるのか?いや、そもそもMA弾は魔力暴走の理論を応用しているだけで魔力暴走その物が物質を消滅させているのではないのだぞ?」

 

「は、はい!!その問題点なのですが……それは実際に魔導炉の臨界点を突破させてみないと分かりません。……なにぶん前例が無いので」

 

「はぁ……話にならんな」

 

フローレンス技術少尉の提案に少しだけ沸いた会議室の室内だったが、千歳の質問にフローレンス技術少尉が明確な回答を出来なかったため急速に静まり返ってしまう。

 

「いや、物質を消滅させなくても大規模な爆発を引き起こせるならいけるかもしれない」

 

だが、会議室の中が静まり返っていたからこそカズヤがポツリと漏らした言葉に皆の視線が集まった。

 

「……ご主人様?」

 

「覚えてないか、千歳。スプルート基地を建設しようとした時の事を」

 

「スプルート基地の……建設ですか?」

 

「あぁ、スプルート基地の当初の建設予定地の地下には何があった?」

 

「スプルート基地……建設……地下……?っ!?地底湖!!」

 

カズヤの言葉によって記憶の彼方に忘れ去られていた出来事やモノを千歳が思い出し驚きに目を見開く。

 

「あぁ、そうだ。ドでかい地底湖があったからこそ、わざわざ地底湖を避けてスプルート基地を作ったんだろ?それを利用するんだ」

 

「まさか……魔導炉の爆発で基地を吹き飛ばしてベヒモスを地底湖に叩き落とすおつもりですか!?」

 

「その通り。地底湖があるのはスプルート基地の大体真横辺りの地下だろ?だからベヒモスが基地の真上に来た際、基地の地下施設を魔導炉の爆発で破壊してやればベヒモスは地下に落ち、更に地底湖の膨大な水がそこに流れ込むって寸法だ。そうすれば噴火も防げる。それに核を使う訳じゃないから地底湖や地下水脈を放射能で汚染する心配もない」

 

「し、しかし、その作戦が、そう上手くいくものでしょうか?」

 

「――千代田!!通常戦力での迎撃を続けるのと魔導炉の爆発でベヒモスを地底湖の水に沈めるのではどっちの勝算が高い!?」

 

「……僅かな差ですが、後者かと」

 

「ならばよし!!」

 

千歳の疑問を千代田の発言によって片付けたカズヤはバンっと机を叩くと声を張り上げた。

 

「皆、話は聞いていたな?これよりフローレンス技術少尉が提案した案と俺の案を混ぜた複合案を使ってベヒモスの撃滅に移る!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤの宣言で将官達は一斉に席を立ち敬礼。

 

各々が成すべき事を成すべく部屋を飛び出して行った。

 

「フローレンス技術少尉!!」

 

「えっ……あ、はい!!何でありましょうか!?」

 

そんな様子を呆けたように眺めていたフローレンス技術少尉にカズヤが声を掛ける。

 

「貴官には一時的に大佐の階級を与えるから提案者としての責任を持って特型アサルトアーマーの魔導炉をキッチリ爆弾に仕上げろ」

 

「えっ?私が……大佐?」

 

「ん?出来ないのか?」

 

「……え、あっ、や、やります!!やらせて頂きます!!」

 

「よし、伊吹!!」

 

「ハッ、何でしょうか?」

「彼女のバックアップを頼む」

 

「了解しました」

 

カズヤは会議室に残っていた伊吹にフローレンス技術少尉改め、フローレンス技術大佐のバックアップに付くように命じた。

 

そして自身は千歳と千代田を伴い全体の指揮を取るべく会議室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

逃げてきた避難民や非戦闘員、更には集結した戦力のほとんどが退避し、最早僅かな人員しか残っていないスプルート基地では降り止まない火山灰のせいで真昼だというのにも関わらず夜のように暗いため煌々と灯りが灯されていた。

 

そして、そんな灯りに惹き付けられたようにベヒモスがスプルート基地の前に姿を現す。

 

「ッ!!ベヒモスが第1次迎撃ラインに侵入!!列車砲及びラーテの射程圏内に入りました!!」

 

作戦指令室の室内にベヒモスの来襲を知らせるオペレーターの声が響く。

 

「来たか。……土竜や、その他の魔物はどうした?」

 

「現時点では、その存在を確認出来きません」

 

「居ないだと?どこに消えたんだ?……まぁいい。居ないなら居ないで好都合なだけだ。しかし、警戒だけは怠るなよ――攻撃開始」

 

先の戦闘で散々パラベラム軍を翻弄した土竜の群れが出てこない事を訝しみつつもカズヤは攻撃許可を下す。

 

瞬間、13門の列車砲とラーテの主砲が同時に火を吹いた。

 

轟音と共に火山灰の舞う空へと撃ち出された2発ずつの80cm砲弾と28cm砲弾、そして11発の大口径砲弾は数十秒間の飛翔の後、6〜7発が目標であるベヒモスの頭部に命中する。

 

だが、火山の噴火を誘発しないようにとベヒモスの頭を狙い撃ちしたパラベラム軍の目論みは正しかったが、砲撃によるベヒモスのダメージは皆無であり、また炸裂した砲弾が生み出した爆煙が晴れたあとには心なしかベヒモスの目が怒っているように見えた。

 

――ギャオオオオォォォォンン!!

 

いや、完全に怒っていた。

 

「怒りで我を忘れてくれたら楽なんだが。――伊吹、フローレンス技術大佐の方はどうなっている?」

 

怒りの咆哮を上げ、僅かに歩くスピードを増したベヒモスの姿が映るディスプレイに目をやりつつカズヤが伊吹に問い掛けた。

 

「ハッ、幸いな事に特型アサルトアーマーの魔導炉は本土ではなくかつての前哨基地――現在のダブリング基地に収用されていたため既にスプルート基地の地下に搬入済みです。またフローレンス技術大佐や、他の技術者達も現地入りしています。ですから後はタイミングを見計らって魔導炉の臨界を突破させるだけとなっております」

 

「分かった。千歳、バックアッププランの方はどうなっている?」

 

「ハッ、現時点で地下施設の約50パーセントに爆薬の設置を完了。ベヒモスが基地に来るまでには必ず完了させます」

 

「よし。ならば後は待つのみだな」

 

作戦指令室で戦場の様子を眺めながらカズヤ達は全ての準備が整う、その時を静かに待つ事になった。

 

「……ッ!?ベヒモスの火山から土竜の群れが出現しました!!」

 

「土竜の個体数、およそ2万!!え、えっ!?ど、土竜が数十体単位の集団に別れ各個にスプルート基地に向かっています!!」

 

スプルート基地とベヒモスの距離が5キロを切った直後、ベヒモスの背中の火山から土竜の群れが出現。

 

しかも、先の戦闘による教訓を生かしたのかどうなのかは分からないが、土竜達は小さな集団を作りお互いの集団の距離を一定に取った状態でスプルート基地に迫りつつあった。

 

魔物にしてはヤケに知能があるな。

 

不自然な程、統率の取れた土竜の行動に違和感を覚えた一方で少しだけ感心しつつカズヤは口を開く。

 

「……潮時だな。フローレンス技術大佐達や工兵を撤退させろ」

 

「ハッ、了解しました」

 

ベヒモスと土竜の接近に伴いスプルート基地の地下で最後まで各々の任務に従事していたフローレンス技術大佐達や工兵達に撤退命令が下る。

 

「さてと……野郎共、覚悟はいいか?」

 

『『『『応!!』』』』

 

そして、撤退命令が出た味方の援護についたのが、僅か3時間の教習を受けただけで基地守備隊が保有していたStrv.103Dに乗らされた反逆者達――霧島遥斗元中尉とその部下達である。

 

殿を務める(ほぼ強制的に)事になった遥斗が乗り込んでいるStrv.103Dはスウェーデン軍が装備していた第2世代型主力戦車に相当する戦車で楔形の車体に105mmライフル砲を直接固定し車高と前面投影面積を抑えており、また自動装填装置を装備することで車内スペースの高さを最小限としているため敵を迎え撃つということに対しては最適な戦車である。

 

しかし、れっきとした戦車でありながら砲塔を持たない独特の形状のため駆逐戦車や自走砲、突撃砲等に誤解されがちな戦車でもある。

 

「全車、撃ち方用意――撃てえぇーー!!」

 

そんなStrv.103Dで殿を務めさせられている遥斗は双眼照準器越しに迫り来る土竜達を睨みL74 105mmライフル砲の照準を合わせると揮下にある全10両のStrv.103Dに対し攻撃命令を下した。

 

「全車、後退!!撃ちながら引け!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

10門のL74 105mmライフル砲から榴弾が放たれ土竜を吹き飛ばすなり、2丁のKsp.58 7.62mm機関銃で牽制射撃を行いつつ遥斗達は前進するのとほぼ同じ速度で後進することができるStrv.103Dの特性を利用しながら全速力で後退を開始。

 

ちなみに後退時に車体の操縦を行うのは車体後方に備えられた後ろ向きの操縦手席に座る通信手兼副操縦手の仕事である。

 

「装填完了、涼宮!!停車しろ!!」

 

「了解!!」

 

自動装填装置での砲弾の装填が完了すると遥斗は後部操縦手席に座る涼宮小尉に停止命令を飛ばす。

 

「これでも喰らえ!!」

 

そして停車したStrv.103Dの車体の揺れが収まると、遥斗は再び双眼照準器を覗き込み砲撃を行い土竜を吹き飛ばした。

 

「なかなか上手いな」

 

作戦指令室から遥斗達の奮闘を眺めるカズヤが不意に言葉を漏らした。

 

「……全くです」

 

あわよくば、この戦闘で遥斗達を処分しようと目論んでいた千歳は自分の目論見が外れた事に少しだけ苛立っていた。

 

「スプルート基地より全部隊の退避を確認」

 

「ベヒモスがスプルート基地の直上に来ます」

 

遥斗達が殿の役目を何とか果たし、土竜の追撃も振り切り無事に戦場を離脱してから15分後。

 

遂にベヒモスがスプルート基地の真上にやって来た。

 

しかし、この時点では件の魔導炉はまだ臨界点を迎えてはいなかった。

 

「ご主人様、バックアッププランに移行してもよろしいですか?」

 

「いや、待て。魔導炉の臨界まで後何分だ?」

 

「およそ、5分です!!」

 

「なら、大丈夫だ。もう少し様子を見るぞ」

 

「了解しました」

 

オペレーターの返答を聞きカズヤは万全を期すために千歳に待機を命じ、もどかしい程ゆっくりと流れる時間を耐えることにした。

 

だが、その待機している時間はスプルート基地がベヒモスによって蹂躙させる様をまざまざと見せつけられる事になり、カズヤ達を大いに苛立たせることになる。

 

「魔導炉の臨界点まで3……2……1……0」

 

そして、5分後。カズヤ達が待ちに待った瞬間がやって来る。

 

特型アサルトアーマーの魔導炉の臨界点が突破し、スプルート基地の地下で核爆発に匹敵する大爆発が発生したのだ。

 

それにより周辺の土地では巨大地震が発生したような揺れに襲われた。

 

また爆心地であるスプルート基地の地下施設が完全に消し飛んでしまったことで地上部分が崩落を開始。

 

基地を完膚無きまでに破壊し、悠然とその場を後にしようとしていたベヒモスは崩落の魔の手に捕まり巨大な縦穴へと引きずり込まれる。

 

しかも、不運なことにベヒモスは後ろ足からひっくり返ったように縦穴へ落ちたため2度と起き上がる事が出来なくなっていた。

 

そのため、この時点で既にベヒモスは戦闘不能の状態に陥っていたのだが、止めとばかりに地底湖の冷たい水が濁流となって縦穴に流れ込んで来たのだから堪らない。

 

ベヒモスは自身の武器であった火山から流れ出した溶岩と地底湖の水が触れた結果、生じた大規模な水蒸気爆発により木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「……終わったな」

 

苦戦させられた相手の呆気ない最後を看取ったカズヤが静かに目を閉じため息を吐いたのだった。

 



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21

幾多の尊い犠牲を払いつつもジズ・リヴァイアサン・ベヒモスの3体の撃滅に成功したパラベラムだったが、その被害の大きさにヴァーミリオン作戦の一時中断を決定。

 

喪失した戦力の補充が最優先事項とされ、消耗した戦力が最低でも以前の規模に戻るまでは作戦再開が見送られる事となった。

 

その為、攻勢を中止したパラベラムと攻勢に出るために必要な余過剰戦力が乏しいエルザス魔法帝国、両国の戦争は自然と小康状態になり各地の戦線は膠着。

 

血みどろの戦場には少しばかりの安息の日々が訪れようとしていた。

 

「それで、帝国の副都市グローリアは落ちたんだな?」

 

「ハッ、遠征艦隊はリヴァイアサンとの戦闘により艦砲射撃を行う戦艦群が大損害を受けたものの、それ以外の被害は無く。上陸準備を整えた海兵隊第1、第2、第3師団が『伊勢』や『日向』、旧式戦艦、LSM(R)-401級、航空機等の火力支援の下、グローリアに上陸。半ば孤立状態にあった第75レンジャー連隊と合流しグローリアを完全制圧致しました」

 

執務室の椅子に腰掛け、パラパラと報告書を流し読みしているカズヤの問い掛けに千歳は手に持っている報告書にチラチラと目を落としながら答えた。

 

カズヤ達がベヒモスと死闘を繰り広げていた裏ではリヴァイアサンを排除した遠征艦隊が一時退避のために遠ざかっていたグローリアに舞い戻り攻略戦を再開していた。

 

舞い戻ってきた遠征艦隊が各々の配置に着くと、グローリアの沿岸に展開した数十隻の強襲揚陸艦のウェルドックに海水が注水され、船内に格納されていたLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇や水陸両用強襲輸送車のAAV7A1が一斉に出撃。

 

M1A2エイブラムスを3両搭載した戦車揚陸艦や歩兵を満載した上陸用舟艇等と共に波しぶきをあげながら海上を疾走し、グローリアを侵略者達から守る為にあった防壁や大門、海上要塞の海堡等の残骸を通りすぎ第75レンジャー連隊が確保していた海岸に上陸し橋頭堡の拡大を図る。

 

その間、上陸部隊を援護するために火力支援が行われていたのだが、艦砲射撃の要である戦艦群がほとんど特務艦隊に編入されリヴァイアサンとの直接対決を行った結果、大損害を受けてしまったため火力支援は途中から遠征艦隊に合流した第1独立遊撃艦隊の『伊勢』や『日向』、速力や武装面の問題で特務艦隊には編入されなかった対地攻撃用(上陸支援用)の弩級戦艦、自動装填及びパワードライブ方式のMk.105連装発射機ロケット発射器を甲板に山ほど搭載したLSM(R)-401級、空母群から飛来した航空機が主力となって行っていた。

 

また、上陸1日目の戦闘で第75レンジャー連隊から市街地に残る民間人達が民兵となって襲って来るという報告があったため、遠征艦隊の司令部は市街地に対しても無差別砲撃を許可。

 

それにより遠征艦隊が実施している火力支援は史実でアメリカが沖縄戦で行ったような鉄の嵐を彷彿とさせる――いや、それ以上の壮絶なものになっていた。

 

そうした苛烈な火力支援を受けつつ上陸を敢行した海兵隊三個師団は第75レンジャー連隊が確保していた橋頭堡を拡大し確固たるものにした後、M1A2エイブラムスやM2ブラッドレー歩兵戦闘車からなる機甲部隊を前面に押し出しつつグローリアを蹂躙。

 

市街地でのゲリラ戦闘を繰り返す敵兵達を圧倒的火力と戦力で黙らせ、また歩兵達が特例で配布されたダムダム弾を使用し薬物でラリっているゾンビ兵達を次々と銃殺していったのである。

 

そうして海兵隊三個師団は広大な面積を誇るグローリア全域を僅か8時間で、然したる被害を受けることもなく作戦初日の苦戦が嘘のようにあっさりと攻略してみせたのであった。

 

「遠征艦隊の被害は?」

 

「総計で大破18、中破19、小破22、撃沈28となっております。なお、撃沈された艦艇は幸いな事に、その殆どが駆逐艦や軽巡洋艦の類いだったのですが、重巡洋艦や戦艦は沈むまではいかなくともいずれも被害が大きく戦線に復帰するには時間がかかるかと。またリヴァイアサンと一番始めに遭遇した第7潜水戦隊の3隻の潜水艦の内『バージニア』の生存が深度230メートルの海底で確認され、潜水艦救難母艦の深海救難艇(DSRV)や人員輸送カプセル(PTC)により全乗員を回収しました」

 

「そうか、それは何よりだ。しかし、遠征艦隊がこれだけ被害を受けているとなると次の帝都攻略戦に支障が出るな……」

 

「その通りかと。――今現在、損傷を受けた艦艇には工作艦による応急修理を行っておりますが、特に被害の大きかった『霧島』以下多数の艦艇は設備の充実したドック――すなわち、本国に戻し本格的な修理を行わないと戦線への復帰は無理だという報告が来ています」

 

「うーん。損傷艦をわざわざ本土に回すとなるとロスタイムが嵩んで復帰するまで更に時間がかかるな……よし、グローリアに俺が行って工廠やドックを召喚してこよう。そうすれば損傷艦を本土に回す手間も省けるし、また戦地に移動する手間も省ける」

 

「……ご主人様、それは良いお考えとだとは思いますが、ご存知のようにグローリアを制圧してからまだ時間が経っていません。ですから仮に実行するとしても治安が落ち着くまではお待ちください」

 

カズヤの提案に千歳は安全面を鑑み時間を置くように提案するのだが結局の所、この後すぐにカズヤは千歳と共に航空機を乗り継ぎながらグローリアへと出向き工廠やドック、物資を召喚。

 

戦闘が終了してから間もない占領地に僅か数時間で一大軍港を造り上げ、損傷艦の戦線復帰を大幅に早める事となる。

 

 

 

グローリアでの召喚を終え本土に帰還したカズヤは休憩の合間に自身の能力の確認を行っていた。

 

 

[兵器の召喚]

2015年までに計画・開発・製造されたことのある兵器が召喚可能となっています。

 

[召喚可能量及び部隊編成]

現在のレベルは72です。

 

歩兵

・50万人

 

火砲

・6万5000

 

車両

・6万5000

 

航空機

・4万

 

艦艇

・2万5000

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵等)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は『総軍』規模までとなっています。

 

※歩兵が運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

[ヘルプ]

・[能力の注意事項]

メニュー画面を使わずとも声や思考で召喚は可能です。

 

1度召喚した軍需品・資源・施設は消すことが出来ますが、人(兵士)は消すことが出来ません。

(死亡した兵士の死体も消すことは不可能。また死亡した兵士と同じ人物を再度召喚することは出来ません)

 

『戦闘中』は召喚能力が使えません

 

後方支援要員の積極的な自衛戦闘が可能になりました。

 

 

[お知らせ]

トリッパー・大田正一を殺害した事により能力を1つ獲得しました。

 

 

[特典]

精神強化(強)

身体強化(強)

共通言語

幸運(中)

 

 

[能力]

完全治癒能力

・対象が死んでいなければどんな病気・ケガでも治せる。

 

※自分には効果がありません。

 

絶倫

・精力が今の10倍になる。

(抱いた相手を従属させることが出来る)

 

NEW

鑑定眼

・ありとあらゆる物の価値や能力を見抜く事が出来る。

 

 

 

かなりの数の敵を倒したはずだが……レベルアップのスピードが落ちてきたな。

 

まぁ召喚出来る歩兵、兵器の上限がかなり増えたから問題はないか。

 

で、大田正一を殺害ってなんだ?

 

……あぁ、グローリアで亡命を希望した渡り人の事か。

 

確か報告書が上がってきていたな……これか。

 

[殲滅対象第3の報告書]

以下の文章は亡命を希望した対象を保護した工作員が本人から聞き出した情報である。

 

名前は大田正一。

 

殲滅対象第1――牟田口廉也とは以前からの知り合いであり、この世界へは2人一緒に帝国の召喚の儀により召喚された間柄である。

 

召喚後、帝国から提示された対価で帝国の配下となることを承諾。

 

殲滅対象第3は創造系の能力を持ち、帝国の新兵器開発に従事。

 

魔導兵器や自動人形等を開発。

 

しかし、戦局が悪くなるにつれて立場が悪くなり、また以前とは性格が変わってしまった殲滅対象第1の嫌がらせや裏切り等を受けた結果、帝国からの離反を決意。

 

我が国への亡命を希望するが亡命前に死亡。

 

なお、殲滅対象第3の遺体は現地での完全焼却の後、遺灰をコンクリートに混ぜ深海に放棄。

 

 

……中々に悲惨な目にあってるなコイツ。

 

――コンコン。

 

「失礼します、ご主人様。そろそろ会議の時間になりますのでお迎えに上がりました」

 

「っ、あ、あぁ、分かった。今……行くっ」

 

ドアの外から聞こえてきた千歳の呼び掛けに答えたカズヤは、読んでいた報告書を執務机の上に乱雑に置き身震いした後、立ち上がり背後に控えていたレイナとライナから恭しく手渡された上着を受け取る。

 

そして手渡された上着を羽織り身支度を整えたカズヤは執務机の下から口元を拭いつつ這い出して来たエルの頭を労るように撫でてやると廊下で待っている千歳の元へと向かった。

 

 

 

 

パラベラムが受けた被害の最終的な報告を主とし、また生産された武器兵器やカズヤが召喚した補充及び増強分の戦力の配置先を決める会議が終わり会議室に集まった面々が席を立とうとした時だった。

 

「あぁ、皆ちょっと待ってくれ」

 

カズヤが待ったを掛けた。

 

カズヤの呼び掛けに椅子から腰を浮かしかけていた面々は、何事かと疑問に思いつつ腰を再び下ろす。

 

そして再び椅子に座った面々の顔を見渡しつつ、待ったを掛けた当人が重い口を開いた。

 

「――戦力の配置についての議題が出たから、この機会に軍内部での派閥問題に類する問題を解決しておきたい」

 

「ッ!?」

 

「「「「……」」」」

 

カズヤの口から飛び出した言葉に、会議室の中にいる面子で一番不味いという顔をしたのは千歳であった。

 

「で、だな。俺が聞いた所では人種や以前の国籍、宗教、思想の違い等が原因で多々問題が発生しているとのことだが……それについては千歳、どうなっている?」

 

「は……ハッ、その点につきましてはご主人様のご指示通り軍内部の人員編成を出来る限り単一化し対応しております。ですがそれにより派閥が形成しやすくなったため派閥間の問題が新たに発生しているのも、また事実です」

 

「ふむ……。まぁ、こんな問題が発生するのは俺としても当初から予想していたが……何よりこの世界の人間を初めとして、獣人や妖魔を軍に組み込んだ時点で問題が出ることは必然的だと覚悟していた。しかしだな。目に余る問題もチラホラと耳にしているから、さりとて放置も出来ん」

 

「……」

 

カズヤから警告染みた一瞥を受け、額から一筋の冷や汗を流す千歳。

 

何故ならカズヤの言わんとしている事に身に覚えがありすぎるためである。

 

具体的には自分の副総統という地位を狙う敵がいる敵対派閥の弾圧等であるが。

 

まさか、パラベラム内部で行われている熾烈な内部抗争(別名、寵愛の奪い合い)から発展した数々の問題がカズヤの耳に入っているとは思いもよらなかったのだ。

 

「現段階ではまだ様子見だが、これ以上問題が拡大表面化するようであれば手を打たねばならん。各員、それを頭に置いて置いてくれ」

 

「「「「了解」」」」

 

釘を刺し終えたカズヤが解散を告げると、皆敬礼をしてから会議室を出ていった。

 

これで少しくらい裏の問題は下火になるかな?

……そう言えばセリシアにも釘を刺しとかないとな。

 

監獄島の囚人――捕虜となった修道女達を中心としたカルト集団が規模を拡大しているらしいし。

 

そんな事を考えつつもカズヤは千代田や気まずげな顔をしている千歳を伴いつつ、とある場所に向け移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

物々しい空気が漂う部屋の中で、裁判官が罪状を読み上げる声だけが朗々と響いていた。

 

 

そう、この部屋では今まさに軍法会議が開かれているのである。

 

「被告人、霧島遥斗元中尉は本件において幾多の命令不服従と独断専行を行い、尚且つスプルート基地を部下達と共に襲撃し輸送機を私的な目的で奪取したものである。間違いはあるかね?」

 

「ありません」

 

千歳の手によって親衛隊の軍籍を抹消されてしまっていた遥斗は、ただの一中尉として軍法会議の被告人席にいた。

 

「では、最後に何か言いたいことは?」

 

「ハッ、では1つだけ」

 

壇上からこちらを見下ろしている裁判官の問い掛けに遥斗はしっかりと答える。

 

「本件における事の発端は私の監督不届きから始まったことであるため、古鷹五十鈴中佐や涼宮明里小尉に対し掛けられている嫌疑、罪科の全てを私が背負うものが妥当であると思われます。また部下達の行動も全て私が指示した命令であり、部下達には一切の責が無いことをここに明言させて頂きます」

 

「……君は自分が今、口にした言葉がどのような結果をもたらすのかを知らぬ訳ではないだろうね?」

 

「全て承知の上で申し上げました」

 

一番高い壇上で重い口を開いた裁判長と被告人席にいる遥斗の視線がぶつかり合う。

 

「よかろう。では古鷹五十鈴中佐と涼宮明里小尉に掛けられている嫌疑及び罪科の全てを霧島遥斗が負うものとする――」

 

「お待ちください!!」

 

「ちょっと待て!!」

 

裁判長の言葉を遮り、異議を申し立てるために隣の待合室から飛び出して来たのは遥斗の後に軍法会議を控えていた古鷹五十鈴中佐と涼宮明里小尉の2人であった。

 

「隊長!!何を勝手な事を言っているんですか!?」

 

「そうだぞ、遥斗!!私達はそんな事を望んではいない!!」

 

「貴様ら、大人しく……グッ!?」

 

「抵抗する……なっ!!さっさと来い!!」

 

「離せ!!隊長!!」

 

「私に触れるな!!遥斗!!」

 

憲兵に取り押さえられ待合室に引き戻されるまでの間、古鷹五十鈴中佐と涼宮明里小尉は遥斗に向かって必死に叫び続けていた。

 

だが、遥斗はそんな2人の姿を1度も見ることは無かった。

 

「……いいのかね?」

 

「続けて下さい」

 

2人の事はいいのか、という問いに遥斗は一瞬瞑目したのち、迷いを振り切るように裁判長に裁判の続行を求めた。

 

「分かった。……では判決を述べる。霧島遥斗を抗命罪により死刑と処する。以上閉廷!!」

 

裁判長の手によって小さな木槌がバンッと降り下ろされたのと同時に遥斗の死刑が確定したのであった。

 

「行くぞ」

 

そして遥斗は憲兵に連れられて法廷を後にした。

 

 

 

「手を出せ」

 

「……なんだ?」

 

少し先にある最後の曲がり角を曲がれば長い直線の廊下があり、そして裁判所の出口があるという所で付き添っていた憲兵により突然、手錠を外された遥斗は戸惑っていた。

 

「このまま進め、外に迎えの看守がいる」

 

「……分かった」

 

疑問をぶつけた所で答えが返ってきそうに無かったため、遥斗は疑問を抱えたまま憲兵の指示に従う。

 

そして、言われたままに廊下を進み曲がり角を曲がった時であった。

 

「……そういうことでしたか」

 

「直接会うのは久し振りだな」

 

「えぇ、お久し振りです。総統閣下」

 

曲がり角の先、直線の廊下の中程に置かれた椅子に1人ポツンと座っているカズヤの姿を視界に捉えた遥斗は憲兵の謎の行動の全てを理解した。

 

「死者がなぁ……出てなければ、もう少し庇いだてすることも出来たんだが」

 

何処と無く緊張感が漂っている中、まず最初に口火を切ったカズヤが悔いるように言葉を漏らした。

 

「いえ、閣下がお気にすることではないかと。私がもう少し上手く事を運べば良かったんです」

 

自身の独断専行の結果、大事な部下を喪った事に対して遥斗がかなりの負い目を感じていると見て取ったカズヤは話題の転換を図った。

 

「……そうだ、副官には礼を言っとけよ」

 

「は?」

 

「彼女が基地の通信設備に細工を施してお前らの通信内容を全周波数に向けて発信していなかったら、千代田の救援も間に合わなかったし、通信を聞いた他の兵士達からの助命嘆願書や減刑願いも集まらなかったんだからな?もっともお前が他の奴等の分まで罪科を背負ったせいで結局は死刑になってしまったが」

 

全くそのままでいれば功罪の相殺で降格処分で済んだものを。とカズヤは独り言のように呟いた。

 

「あぁ、それで……千代田総統補佐官があの場に駆け付けてくれたのですか」

 

ずっと疑問であった事が氷解し遥斗は納得がいったように頷く。

 

「――おっと、そろそろ時間か」

 

幾つかの、亡国の姫君レミナス・コルトレーン・ジェライアスの処遇や、彼女と遥斗との間に交わされた婚約をどうするか等の会話を交わした後、カズヤが時計を見て腰を上げた。

 

「あんまり時間を取れなくて悪かったな」

 

「いえ、最後にこうしてお話出来て光栄でした」

 

「そうか、まぁ、後の事は任せろ。蛇人族の面倒はしっかり見とくから」

 

「よろしくお願いいたします」

 

カズヤの言葉に遥斗は敬礼ではなく、頭を下げた。

 

「じゃあ、最後にこれを渡しておく。……使い所を間違えるなよ?」

 

「これは……」

 

カズヤから手渡された見覚えのあるものと意味深な言葉に遥斗は戸惑いつつも小さく頷いた。

 

「では、お別れだ。あぁ、ちなみに古鷹五十鈴中佐と涼宮明里小尉は本件の罰として監獄島で2ヵ月間の間、看守をやってもらうことになったから」

 

「…………………………えっ?閣下、それは」

 

「なに、お前の最後の2ヶ月間だ。悔いの無いよう過ごせるように手を回してやっておいた。……自分の修羅場は血ヘドの味〜〜♪他人の修羅場は蜜の味〜〜♪」

 

「ちょ、か、閣下!?閣下ァァーー!?」

 

いかにも愉しそうな声色を醸し出し去っていったカズヤを見送った後、遥斗が観念したように裁判所の出口を通ると、そこには見慣れた元部下と元上官の2人の姿があったのだった。

 



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第5章 1

ジズが来襲してから1週間が経過した今なお、激戦を物語る傷痕がそこかしこに色濃く残るパラベラム。

 

特に本土を含む幾つかの島々では対空砲火をくぐり抜けてきた魔物の上陸を許してしまったがために、軽視出来ないレベルでの被害が出ていた。

 

一例として本土を見てみれば道路や鉄道、橋といった交通網の寸断に始まり、水道や電気の不通、飛行場や軍港、砲台、堡塁、トーチカ、掩体壕、陣地などの損壊、戦闘に参加した部隊の全滅(部隊全体の3割の被害)や壊滅(部隊全体の5割の被害)などが挙げられた。

 

最も、それらの被害は戦闘が終結してから48時間で工兵隊の活躍や国民の協力により一通りの応急処置が施されていた。

 

戦闘によりボコボコになってしまい車両の通行に支障をきたしている道路は車体前部に排土板を装備し、また車体上部には揚重機能付きのショベルを格納した施設作業車が整地。

 

様々な要因で線路が歪んでしまったり、切れてしまった鉄道はあらかじめ線路沿いに設置されていた予備の補修パーツや別の場所に備蓄されていた補修パーツを使い修復。

 

魔物に基礎をやられ崩れ落ちたものや、戦闘の煽りを食らって破壊された橋は重量のある戦車等も通行可能な仮設橋を短時間で架橋することが出来る07式機動支援橋や油圧動作により伸縮可能な架柱が取り付けられた導板を繋ぎ合わせる事で迅速に架橋が出来る81式自走架柱橋、橋節と呼ばれるユニットを連結して浮橋や門橋(フェリー)として使用出来る92式浮橋で代用。

 

水道や電気の不通も、揚水ポンプで引き揚げた海水や川等の水を使用し1日に30トン以上の水を洗浄する能力を持つ浄水セット逆浸透2型や発電機を搭載した電源車を不通となっているエリアに配置することで一先ず解決。

 

飛行場や軍港、砲台、堡塁、トーチカ、掩体壕、陣地などの損壊は土木作業用の道具や工作機械を持った兵士、国民による人海戦術と掩体掘削装置、小型ショベルドーザー、装輪式のバケットローダーを動員し復旧。

 

そして本土のいたるところに転がっている要らぬ置き土産――魔物の死骸は大型ドーザや中型ドーザで集積し資材運搬車や79式特大型セミトレーラを牽引する特大型セミトレーラ牽引車、特大型ダンプ等で仮設の処理場へ運搬した後、焼却処分した。

 

そうした工兵隊や国民の奮闘により応急処置が施されていた本土であったが、いよいよもってカズヤのチート能力を主導とした本格的な復興作業が始まったこともあり、徐々に被害を受ける以前の姿を取り戻しつつあった。

 

しかし、ことわざにもあるように『好事魔多し』。

 

良いことには邪魔が入りやすいものなので気を抜いてはいけない。

 

現に復興の進むパラベラムには、招かれざる客達がゆっくりと静かに忍び寄ってきていたりするのだから。

 

「艦長、レーダーに感あり。本艦の正面、12時方向、距離1万メートルの海上に6つの反応を感知しました」

 

先の戦闘によってかなりの数の損傷艦が出たため、通常よりも随分と少ない数で、なおかつ広い範囲の哨戒任務に就いていた1隻の海防艦が何かの反応を捉えた。

 

「1万メートル先の海上に6つだと?見張り員、そちらからは何か見えるか?」

 

『……さっぱり何も見えません、艦長』

 

「ふむ、確かに何も見えんな。……レーダーの故障じゃないのか?」

 

艦橋の上部にある見張り台に立つ見張り員から丸いパイプ――伝音管を通じてもたらされた報告を耳にすると自身も覗いていた双眼鏡から目を離し、艦長はレーダー手の兵士にそう告げた。

 

「いえ、そんな筈は……」

 

「だが現実に何もないんだ。レーダーの故障だろう」

 

「そう……なのでしょうか?」

 

搭載しているレーダーが接近する何かの影を捉えた海防艦の艦橋内では、未だに納得の色を見せないレーダー手に対して艦長がヤレヤレと言わんばかりに首を振っていた。

 

「……6つの反応、本艦より9時方向、8000メートルの地点を通り過ぎました」

 

「やはり何もないぞ。レーダーの故障だな」

 

6つの光点が映る画面をレーダー手の兵士が静かにジッと見詰めている内にレーダーが感知した6つの反応は、何事もなく海防艦の横を通り過ぎていった。

 

「艦長、このことを司令部に報告をしておきますか?

 

「構わん、故障程度の問題なんぞ帰ってからの報告で十分だ。よし、哨戒を続けるぞ」

 

「……了解」

 

未だ訝しげな表情を浮かべ何かを言いたそうにしているレーダー手を放置し、奇妙な反応を捉えた海防艦とその船員達は本来の哨戒任務へと戻っていった。

 

後に自分達が取った、この行動を心底悔いレーダー手と艦長が自決してしまう事など知る由もなく。

 

「行ったようだな」

 

先の海防艦が捉えた奇妙な反応の正体、それはレーダーの故障などではなく帝国に与する渡り人、レンヤが拵えた特殊な魔導具を搭載し光学迷彩のように姿を消して航行する6隻の帆船であった。

 

そして、姿を消すことによってパラベラムの哨戒網を奇跡的に潜り抜けてきた、その6隻の帆船に乗り込んでいるのはパラベラムの捕虜となっている者達を救出せんとやって来たローウェン教教会の精鋭達である。

 

「目標の島が見えてきた……いよいよか。しかし、よくここまで厳しい監視の目を潜り抜けられてきたものだ」

 

帆船の船首に立ち波風に揺られ波打つ金髪の長い髪を白魚のような手でかきあげながら、無自覚のまま色気を振り撒き、凛々しい表情を浮かべる美女。

 

あまりにも絵になる構図に、もしここに画家が居たのであれば必死になって彼女の姿をキャンパスに描きこんでいるのは確実である。

 

しかし、歴戦の証が残る白銀の鎧や細かな装飾が施されつつも実用性を重視された剣を手に握っていることから彼女がだだの絵になる美女ではない事が分かる。

 

そんな彼女の正体はローウェン教の私兵組織たる教会騎士団の中で代々受け継がれながら憧憬と敬愛、そして畏怖を込めて『7聖女』と呼ばれている内の1人にして序列第1位、アレクシア・イスラシア。その人である。

 

ちなみに7聖女とは、ローウェン教を守る象徴にして絶対的な守護者として代々受け継がれてきた重要な役職の事である。

 

清らかさの象徴である処女であり、また他を圧倒するような秀でた能力を持っていないとなれないが、聖女になった者にはその者にとって相応しい肩書き(クラス)と聖具と言われる特殊な武器が与えられる。

 

通常、7聖女の世代交代は7人同時だが欠員がでた場合にのみ随時補充が許されている。

 

「えぇ、これぞまさに神のお導き。さ、アレクシア。私と共にローウェン様に感謝の祈りを捧げましょう」

 

「はい、大司教様。もちろんです」

 

黒い祭服を着て顔には気味の悪いぐらい満面の笑みを浮かべ、やって来た男――ローウェン教の大司教という立場で尚且つ7聖女を統括する役目も担っているレベルク・アントノフの言葉にアレクシアは頷くと剣を船の甲板に置いてから両膝をつき手を組んで聖地のある方角に向かって、アントノフ共に祈りを捧げる。

 

「……さて、本隊もそろそろ行動に入る頃合いです。我々も出遅れないよう準備いたしましょう」

 

「はい、大司教様」

 

2人が祈りを捧げ終わってから10分後、6隻の帆船は監獄島に辿り着く。

 

「さて、着きましたね。――これより我々は囚われの身となった同胞達を救いに参ります!!皆に神のご加護があらんことを!!」

 

「「「「オオォォーー!!」」」」

 

大司教アントノフの言葉を聞いて6隻の帆船に分乗していた教会騎士団の騎士達が突撃をかける前に気勢を上げる。

 

こうしてエルザス魔法帝国とパラベラムの間で行われている戦争の一大転換点の原因となる招かれざる客達が、ほぼ同時にパラベラム本土と監獄島への上陸を開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

断崖絶壁の切り立った崖に囲まれた島の上部、僅かばかりの平地に建てられた捕虜収用施設の周囲をコンクリートの高い壁と有刺鉄線付きのフェンスが取り囲む監獄島。

 

その監獄島の唯一の出入口である埠頭前のゲートで突如爆発が発生。

 

次いで幾つもの銃声が響く。

 

「な、なんだッ!?」

 

「何事ですか!?」

 

カズヤを神と崇め崇拝するカル――宗教集団の、長門教の教祖を務めるセリシア・フィットロークと、そのナンバー2に勝手にされてしまったアデル・ザクセンは信徒達と礼拝を行うべく訪れていた監獄島の一室で突然の爆発に驚きの声を上げた。

 

だが、2人の疑問に答えるものは居ない。

 

居るのはセリシアとアデルと同じように困惑している長門教の信徒達と慌ただしく動き始めた看守達だけである。

 

「……とにかく、まずは状況を確かめましょう。私とアデルは警備室に向かいます。セルフィス、貴女は信徒の中で戦えるものに武器を配りなさい、そしてその内の半数を私の所に、もう半数を収用施設内に配置し看守達と共に警戒に当たらせなさい。施設内に配置した信徒の指揮は貴女が執るように」

 

「ハッ、承知いたしました。カズヤ様の加護があらんことを」

 

セリシアの指示を受けたセルフィスという童顔で細身の修道女は祈りを捧げつつ返事を返すと、黒地の修道服のスカートを僅かにつまみ上げ駆け足で部屋を飛び出し、頭に被る白いベールを風に靡かせながら消えて行った。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、セリシア殿!?いくら貴女でも今の命令は罷り通りません!!すぐに取り消して下さい!!」

 

「取り消す訳にはまいりません、それに問題が起きたのなら全責任は私の命で償いますから、お気になさらず」

 

「問題の責任などという事を言っているのではありません!!いくら総統閣下を崇拝する敬虔な信徒と言っても彼、彼女らは元囚人と現囚人の集まり、そんな者に対し武器を配るなど!!」

 

「お黙りなさい、事は緊急を要するのです。それとも貴方には今も響く銃声が聞こえないのですか?」

 

「聞こえています!!ですが!!」

 

「ならば分かるでしょう、既に先手を取られている状況なのですから、すぐにでも動かなければ後の先が取れないことを」

 

「そうは言っても!!」

 

「もうっ!!ゴチャゴチャとうるさいですよ。今は警備室に向かいます、アデル行きましょう」

 

「ん?あ、あぁ、そうだな」

 

看守の言葉を切り捨てセリシアはアデルと共に監獄島の全システムを統括している警備室に向かう。

 

そして辿り着いた先で、監視カメラに映る映像を見てセリシアとアデルは絶句した。

 

埠頭前のゲートで応戦を続ける警備兵達が因縁浅からぬ者達によって蹂躙され無惨な骸を晒していく光景に。

 

「……なぜ……何故、彼女達がここにッ!?」

 

「……セリシア、これはとてつもなく不味い状況なんじゃないのか?」

 

「え、えぇ……一般の兵や看守では彼女達の相手は出来ません。少なくともカズヤ様の親衛隊クラスでないと――本土への応援要請はどうなっているのですか?」

 

「駄目です。応援要請はしましたが、本土にも敵襲があったらしく今すぐ応援を送る余裕はないと」

 

「……」

 

通信手の言葉にセリシアは苦々しい顔で爪を噛む。

 

「アデル」

 

「なんだ?」

 

「かなり厳しい戦いになりますが、一緒に来てくれますか?」

 

「愚問だな。来るなと言われてもついていくさ」

 

「そう……それはなんとも心強いことです。ではアデル。参りましょう」

 

アデルの言葉に勇気付けられたように微笑むとセリシアは真っ白なローブをバサッと靡かせながら踵を返す。

 

「あぁ、行こう」

 

覚悟を決めたセリシアとアデルは自らの因縁にケリをつけるべく撃って出る。

 

そして捕虜収用施設の入り口にある運動場で布陣を整え、敵がやって来るのを待ち構えた。

 



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防衛用というよりは暴動対策の一環として試験配備されていたアサルトアーマー2体と武器庫から重火器を引っ張り出して来た看守達、そしてパラベラム軍が捕虜達に支給しているオレンジ色のつなぎやセリシアがデザインを考えたオリジナルの修道服に身を包み刺又や警棒を持った無数の長門教の信徒達を従えたセリシアとアデルは捕虜収用施設の運動場で布陣を整え、その時を待っていた。

 

「クソッ!!退け、退けぇぇーー!!」

 

「もたもたするな、急げ!!」

 

応戦する中で到底敵う相手ではないと肌で感じとり頭で理解しつつも、己の職務を果たすべく身命を賭けて侵入者達と戦っていた警備兵達が遂に防衛線を保てなくなり雪崩を打って後退し、ほうほうのていでセリシア達の布陣の中に逃げ込んだのと同時に彼女達は姿を現した。

 

ローウェン教教会の保有する戦力である教会騎士団の騎士数百名をぞろぞろと後に引き連れ、威風堂々先頭を行くのは見目麗しくも戦装束や修道服の上に各自の防具を纏い聖具で武装する7聖女達。

 

序列第1位のアレクシア・イスラシア。肩書きは『パラディン』所有する聖具は宝剣バスターブレード。

 

サラサラとした長い金髪に細身ながら肉付きのいい体、そして体の細さをより強調するその巨大な胸が特徴的な凛々しい美女。

 

序列第2位、ゾーラ・ウラヌス。肩書きは『ランサー』所有する聖具は魔槍ペネトレイトスピアー。

 

深紅の修道服に身を包み、短く切り揃えられたボサボサの朱髪に鋭い目付き、長身でしなやかな体つきが狼を連想させるワイルドな美女。

 

序列第3位、ジル・キエフ。肩書きは『アーチャー』所有する聖具は聖弓ミーティアボウ。

 

腰の辺りまで伸びたエメラルドグリーンの鮮やかな緑髪を三つ編みで一束に纏め、顔には花が咲いたような朗らかな笑みを浮かべている。

 

そして人当たりの良さそうな優しげなオーラを漂わせる慈愛と母性に満ちた美女。

 

序列第4位、ゼノヴィア・ケーニヒスベルク。肩書きは『シールダー』所有する聖具は大盾ガーディアンバックラー。

 

全身を包むフルプレートアーマーを着用しているため容姿は分からない。分かるのは7聖女の中で一番背が低いということだけである。

 

序列第5位、ティルダ・ハギリ。肩書きは『アサシン』所有する聖具は霊装インビジブルコート。

 

スタイルだけを見れば他に負けず劣らずのものを誇るが、黄色人種のような淡黄白色の肌に姫カットの黒髪に黒眼という、どこか日本人を匂わせる顔立ちの美女。

 

序列第6位、キセル・オデッサ。肩書きは『ファイター』所有する聖具は八籠手オクトナックルガード。

 

チョコレート色の肌に安産型のプリっとしたお尻、更に豊かな胸を兼ね備えた肉感的な美女。

 

序列第7位、イルミナ・レノン。肩書きは『メディック』所有する聖具は治癒杖リカバリースタッフ。

 

栗色の長髪をポニーテールで纏め、つり目にメガネという気の強そうな女性の特徴を備えた美少女。

 

そんな7聖女達は布陣を整え待ち構えていたセリシアとアデルの姿を視界に捉えると歩みを止める。

 

不気味な沈黙が場を支配し双方が無言で探るような視線を飛ばす中、初めに言葉を口にしたのはアレクシアだった。

 

「……久しいな、セリシア」

 

「……えぇ、そうですねアレクシア。で、ここへは何をしに来たのですか?」

 

「何を?それは勿論――」

 

「お姉様とアデル様を、それに信徒の皆を救いに参ったのです!!」

 

アレクシアの言葉を遮り声を上げたのはセリシアに熱い視線を向ける序列第7位のイルミナであった。

 

「ですから早く帝国に、聖地に帰りましょう、お姉様!!こんな異教徒達が暮らすおぞましい場所から一刻も早く!!」

 

「……」

 

「……お、お姉様?」

 

イルミナは懇願するようにセリシアへ言葉をぶつけるが、セリシアから返ってきたのは無言と侮蔑の視線であった。

 

「聖女セリシア、どうしたというのですか?」

 

以前は師弟関係にあり、特に親しかったはずのイルミナの言葉にも、さして反応を示さないセリシアの姿に大司教レベルク・アントノフが笑顔を顔に張り付けたまま口を挟む。

 

「……大司教様?私の事を聖女と呼ぶのはお止め下さい」

 

レベルクが発した癪に障る単語に気分を害したセリシアは眉を吊り上げる。

 

「何を言うのです、聖女セリシア。貴女が7聖女の一員であることは紛れもない事実なのですよ。それに……あぁ、彼女の事を気に掛けているのですか?彼女――貴女の教え子のイルミナがここに居るのは貴方がカナリア王国への侵攻でこの国の捕虜となってしまったため、その代理として7聖女に任命されたのですよ。貴女が戻って来たら、貴女には7聖女に復帰して頂くつもりですから何も気にすることは無いのです。これは聖女イルミナも了承済みの話ですから」

 

「……そんな事を言ってるのではありません」

 

「どういう事ですか?聖女セリシア」

 

「だから――聖女と呼ぶのを止めろと言っている!!」

 

言葉を荒らげ激昂したセリシアの姿に場がシーンと静まり返った。

 

セリシアは聖女と呼ばれる度に自身が正義の名の下にこれまで行ってきた宗教弾圧――自身が召喚した魔物を使っての異教徒の虐殺光景が脳裏にフラッシュバックし精神的な苦痛を味わっていた。

 

「先に言っておきましょう……私とアデル、それに捕虜となった者達のほとんどは帝国に帰ることなど望んではいません、帰るつもりもありません。そして私がローウェン教を信仰し7聖女として働いていたという事実は私の人生で最大の汚点です!!」

 

セリシアの宣言に7聖女達は唖然とし、大司教のレベルクは笑顔をひきつらせ、教会騎士団の騎士達はどよめく。

 

「せ、聖女セリシア!?一体何を言っているのですか!!帝国に帰らない!?笑えない冗談です!!それに……いや、そんな事よりもこの世を遍く照す聖なる宗教であるローウェン教を信仰していた事が最大の汚点とは聞き捨てなりません!!いくら貴女でも異端審問は免れませ――……あぁ、なんという悲劇。信じたくはなかった。嘘であると思いたかった。ですが、事ここに至って辛く悲しい現実を受け止めねばならないようです」

 

言葉の途中でハッとし、天を仰ぐレベルク。

 

「聖女セリシア、貴女はやはり敵の術をかけられ操られているのですね。可哀想に……ですが、ご安心なさい。すぐに我々が術を解いて差し上げますから」

「クソ、やはり事前の情報通りなのかセリシア……待っていろ。今、目を醒まさせてやるからな」

 

「あぁ……なんて可哀想なお姉様」

 

「操られて?何をバカな事言って……いえ、それよりも……フフッ、アハハハハハッ!!ローウェン教がこの世を遍く照す聖なる宗教?ククッ、お笑い草にも程があります!!」

 

レベルグの言葉を耳にしたセリシアは獰猛な笑みを浮かべながら腹を抱えて笑い出す。

 

「何がおかしいというのですか!!ローウェン教は唯一無二にして絶対的な神、ローウェン様を奉る聖なる宗教であり、そしてそのローウェン様の至高の教えを説いている最も尊い宗教なのですよ!!」

 

「フンッ、絶対にありえませんが、例え兆や京、それ以上の果てしない那由多の彼方の確率でローウェン教が至高の教えを説いている最も尊い宗教だとしても、それに遣える者達が腐敗していては意味がない」

 

「どういう意味ですか?それは」

 

「言葉通りですよ、大司教様。表向きには清貧を誓い清廉潔白を謳う神父や司祭達が裏では食に溺れ、酒に溺れ、女に溺れ、権力に溺れ、富に溺れ、真に貧しき信徒からは布施と偽り金品を巻き上げ、それを権力者に送って賄賂にするか自分の懐に仕舞い込み私腹を肥やす。信徒達を守り模範となるべき教会騎士団の連中は権力と力を笠に罪もない信徒や無辜の民に言い掛かりを付けて暴力を振るう。これが罷り通る、見てみぬフリをする、腐り果てた宗教が、この世を遍く照す聖なる宗教な訳がない!!」

 

「うーん。あー……お前の言うことが間違っているとは言わない。けどよ、それは極一部の奴等だけだろ?」

 

「そうよ、セリシアちゃん。人は道を違えてしまう事があるだからこそローウェン教の教えが必要なのよ」

 

『悔しいけれど教会の一部が腐敗しているのは事実。だけど私達が信仰する神の、ローウェン教の教えは間違っていない』

 

ローウェン教教会の公然の秘密とされている裏の顔を暴露したセリシアに反論したのは序列第2位のゾーラと序列第3位のジル、序列第4位ゼノヴィアだった。

 

「……では、ゾーラ、ジル、ゼノヴィア、貴女達3人に問いましょう。貴女達がそこまで信仰するローウェン教の神が私達にもたらしたモノは何ですか?」

 

「あぁ?また訳の分からない事をお前は……まぁ、いいや答えてやるよ――救いだな」

 

「平和かしら?」

 

『秩序だ』

 

「やはり度しがたいバカしかいないのですね」

 

「「『なっ!?』」」

 

3人の答えにセリシアは侮蔑を以て返答とした。

 

「妖魔や獣人を個として認めず、ましてや排除を行う狭量極まる神が救いを、平和を、秩序を、我々にもたらしたなどと本当に思っているのですか?」

 

「じゃあお前の答えは何なんだよ!!」

 

「私達にもたらされたのは地獄と戦争と混沌です」

 

自身の答えを否定され、しかもバカにされたせいで怒り心頭のゾーラの問いにセリシアは飄々と答える。

 

「はぁ……無駄な茶番劇はもうやめにしませんか?」

 

「私もティルダに賛成だね」

 

セリシアの言葉に今にもゾーラが飛び掛からんとした時、序列第5位のティルダと序列第6位のキセルが声を発した。

 

「……貴女達も何か言いたい事があるのでは?」

 

「ありませんよ。ナガトとかいうすけこましの男にたらしこまれた裏切り者の貴女には

 

「そうそう。何でもナガト教とかいう異端の宗教を開いちまったアンタにはね」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!お二人とも!!お姉様は敵に洗脳されているだけです!!」

 

「そうだぞ、2人とも。お前達も知っているはずだ。セリシアがどれだけ敬虔な信徒であったのかを。そして、そんなセリシアを歪めてしまった下劣で卑怯な男の存在を」

 

セリシアを擁護するつもりで声を上げたアレクシアとイルミナの2人だったが、その行動が完全に裏目に出てセリシア堪忍袋の緒を引き千切ってしまうことになる。

 

「今、今なんと言いましたか、アレクシア?わ、私の耳ではカズヤ様の事をげ、げっ、げ、下劣で卑怯な男……と言ったように聞こえましたが?」

 

「あぁ、そうだ。渡り人であるナガトカズヤは敬虔な信徒であったお前を下劣な欲望の為に洗脳し歪め、ましてや自分を神と崇めさせている救いようのない男だと言ったんだ」

 

「そうです!!お姉様!!貴女はナガトという男に操られているのです!!お願いですから目を覚まして下さいませ!!」

 

「――けるな……ふざけるな……ふざけるなァァッ!!あの方の事を何も知らない貴様達がカズヤ様を侮辱し愚弄する事だけは――何があろうと許さないッ!!」

 

「「「「「「『ッ!?』」」」」」」

 

これ以上無いほどの怒りで顔を歪めたセリシアの怒声に教会騎士団の騎士や大司教はもちろん、7聖女達でさえ一瞬ではあるが、完全に気圧されていた。

 

そして激怒した当の本人といえば、カズヤを侮辱された事で完全に頭に血が登り、怒りで息を荒げ全身を震わせながら腹の底で煮えくり返り暴れまわる激情を押さえ込むのに必死であった。

 

「お、お姉様……」

 

「ハァ……ハァ……。ふぅ……いい機会ですし、何やら誤解しているようなので言っておきましょう。私は洗脳なんてされていません。そして私があの方を崇拝しているのは自らの意思によるものです!!」

 

「……いや、セリシア。お前はナガトに洗脳されて――」

 

「加えて誤解の無きよう言っておきましょう。カズヤ様の洗脳というのは怪我を負った者や病魔に冒された者を治療するためにカズヤ様自身の魔力を対象に直接与えた際に副次的に発生する事象です」

 

「なに!?自身の魔力を他者に直接与えているだと!?」

 

セリシアの言った事に対し、この場にいたほとんどの者がアレクシアと同じように驚きを露にした。

 

「えぇ、私も事実を知った時には随分と驚きました。私達のこの世界での治癒魔法は使用者が自身の形無き魔力を詠唱という媒介を使い変換し治癒魔法という具象に置き換えているだけ。それ故に魔力の変換の際に無駄に使い潰す魔力が必ず発生しているため劇的な回復は望めません」

 

「……」

 

「ですが、カズヤ様は自身の魔力を100パーセントそのまま対象に送り込む事で、対象の治癒力を劇的に向上させ、またカズヤ様の魔力を対価として失われた四肢の再生さえも可能としています」

 

「な、何とも信じがたい話だが……それが事実だとすればナガトという男の治療を受けた者はやはりナガトの魔力の影響を受け一種の洗脳状態に陥るのではないのか?」

 

アレクシアの問いにセリシアは満面の笑みで答える。

 

「えぇ、その通りです。カズヤ様の治療を受け回復した者は怪我や病魔の程度――つまりは送られた魔力量にも左右されますが、例外無くカズヤ様に好意を抱くようになります。ですが……それも極々一時的なもの。時間が経てばカズヤ様の魔力は自然と霧散します。加えて言えば魔力制御に長けている者であれば自身をカズヤ様色に染め上げているカズヤ様の魔力を制御下に置く事も可能です」

 

「「「「「「『……』」」」」」」

 

セリシアの発言を半信半疑で聞いていた7聖女達は、これ以上の問答が無駄だという事を理解し方針を転換することにした。

 

何故なら、以前の7聖女の中で魔力制御が一番上手かったのがセリシアであるからだ。

 

……これだけ嘘と事実を混ぜておけば信じるでしょう。

 

最もセリシアの言葉が多大な嘘と極僅かの事実から成り立っているということは誰も知らない。

 

そして余談ではあるがセリシアの話を横で聞いていて真に受けたアデルは、これまでカズヤの洗脳を受けたからカズヤの事を好いているんだと思い込んでいたのだが、セリシアの話で自身が洗脳されているからではなくただ単にカズヤに惚れているのだと新たに思い込み、人知れず悶えていた。

 

「セリシア、お前のその話が本当だと、お前が正気だとして……最後にどうしても聞きたい。何故お前はローウェン教を捨ててまでナガトという男を崇めるんだ?」

 

「私がカズヤ様を崇める理由ですか?」

 

アレクシアの未練にも似た最後の問い掛けにセリシアは自身の思いをぶちまける。

 

「簡単なことです。ただ単にあの方の働きを間近で見て知って感じて、そして私の全てを捧げるのに相応しいと思ったからです」

 

「お姉様の全てを……捧げる?」

 

「えぇ、そうです。貴女達の神は死にかけた者を死の縁から救い上げてくれますか?両目と四肢を失い全身が焼け爛れ醜く変貌し死にかけている敵国の女を助けますか?飢え痩せ細った者達に無償で施しを与えますか?広い心を持ち妖魔や獣人と分け隔てなく付き合いますか?些細な理由で忌み嫌われ、迫害され死を望まれた悲しき者達を奈落の底から救い上げ居場所与え慈愛を注ぎますか?戦で捕らえた捕虜に暴力を振るうことなく、また奴隷としてではなく人として扱いますか?殺戮や混沌ではなく安息や悦楽を与えてくれますか?――否!!ローウェンは無闇な殺戮を繰り返させ混沌と憎悪を世界に際限なく振り撒くだけ!!そんな忌むべき神とは違いカズヤ様は私を私達を本当に救い導いて下さるお方!!いくら祈ろうとも何の救済も、もたらさず飾りとしての価値しか無い神とは違う!!あの方こそが神!!現人神としてこの世に降臨なされたお方!!故に我らの祈りを血を肉を魂を捧げ崇拝し信仰するに相応しいお方なのです!!」

 

「「「「「「『……』」」」」」」

 

セリシアの口から機関銃の如く吐き出された言葉にローウェン教側の誰もが唖然とし固まっていた。

 

「ちょっとお待ちなさい……聖女セリシア。悦楽とは、まさか貴女は!?」

 

「えぇ、処女ならとっくの昔にカズヤ様に捧げていますよ。ちなみにアデルもです。あぁ、今思い返してみてもなんて甘美な一時だったのでしょう。膜を貫かれて肉を耕され子種を腹の奥に植え付けられる瞬間など至高の瞬間。フフッ、この前のアデルなんて最初は恥ずらっていた癖に最後はカズヤ様を押し倒した上、恥も外聞も無く抱きついて獣のように子種を要求していたんですよ」

 

「ちょ、セリシア、何を!?」

 

脱処女やその後の性活の状況を勝手に暴露されたアデルが真っ赤に茹で上がる。

 

「ッ!?おおぉ……おおおぉぉぉ……っ!!なんという、なんということだ。聖女セリシア、勇者アデル。いやセリシアとアデルよ。貴女達はなんと愚かで穢らわしい存在になってしまったのかっ!!」

 

「お、お待ちください大司教様!!今のセリシアはどう考えても普通ではありません!!勇者アデル様もです!!やはり2人は洗脳されて――」

 

「お黙りなさい!!洗脳されていようがいまいが関係ありません!!事実としてあの者達はもう穢れてしまっているのです!!穢れてしまった者には2度と元の清らかさは戻ってこないのです!!故に――」

 

処女では無くなったというセリシアとアデルに大司教レベルクは演劇染みた身動きで膝から崩れ落ち、両手を天に掲げ嘆き悲んだ後、アレクシアの制止を振り切り開戦の切っ掛けとなる台詞を放つ。

 

「――消すのです。穢れてしまったあの女達を。殺すのです。あの穢れた女達に付き従う元信徒達を。滅するのです。畜生にも劣る男に誑かされた憐れな咎人達を!!忌むべき背教者達を!!」

 

「ッ!?また……カズヤ様を……侮辱しましたね?事もあろうに畜生にも劣ると……言いましたね?いいでしょう。もう我慢ならない。カズヤ様を侮辱した事、死を以て償うがいい!!」

 

双方の頭に血が登り、場の制御が取れなくなる。

 

そうして戦いを避けることは不可能になり監獄島での戦闘が今まさに始まろうとしていた。

 



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ギリギリの均衡を保っていた一触即発の状況は既に過去のものとなり、殺し殺され命を奪い合う鉄火場へと変貌した監獄島の捕虜収用施設の運動場で双方の信仰心と矜持、そして命を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「行きなさい、ローウェン様の忠実なる僕達よ、清らかにして精強なる神兵達よ!!神の御名において愚かな男に誑かされ堕落した罪深き咎人達に神罰を与えるのです!!」

 

「「「「オオオオォォォォーーー!!」」」」

 

「……こうなれば致し方ない。色々と思うところはあるが、せめて我々の手でセリシアとアデルを討ち取るぞ!!皆、私に続け!!」

 

「「『了解!!』」」

 

「応!!」

 

「あいよ!!」

 

「わ、分かりましたっ!!」

 

大司教レベルクの号令で得物を構え気勢を上げて突っ込んで来る教会騎士団の騎士達と7聖女をセリシアは憤怒に燃える瞳で睨んでいた。

 

そう、心酔し神として崇拝しているカズヤを侮辱した憎むべき怨敵達を。

 

「殺しなさい」

 

セリシアの殺意の籠った小さな一言と同時に警備兵と看守達の一斉射撃が始まる。

 

「撃て撃て撃て!!撃ちまくれーー!!」

 

「奴等はそう簡単には死なん!!徹底的に殺れ!!」

 

初戦で敵の恐ろしさを身をもって体験した警備兵達の警告とも言える檄が飛び交う中、看守達は手に握る自動小銃の引き金を引き続ける。

 

彼らが持っているのはヘッケラー&コッホ社が開発しドイツ連邦軍等が採用したG36の改良型G36KA2である。

 

「弾を気にするな!!弾幕を張り続けろ!!1人でも多く削るんだ!!」

 

濃密な弾幕を維持するために兵士達は半透明式で残弾数が一目で分かるようになっているG36KA2の30発入り弾倉を使い果たすと、空になった弾倉の側面に連結された弾倉を新たに装填、射撃を継続し5.56x45mm NATO弾をバラまき続ける。

 

俗に『ジャングルスタイル』と呼ばれるソレを利用し湯水の如く弾薬を消費していく兵士達であるが彼らよりも盛大に銃弾――砲弾を放つ者がいた。

 

それは捕虜収用施設の屋上に幾つも設置されていて、本来であれば空の敵を殲滅する為の低空防空用牽引式対空機関砲であったが対地攻撃もこなせるため仰角を限界まで下げ、戦闘に参加していた。

 

その機関砲の名はZU-23-2。第二次世界大戦後にソビエト連邦が開発し現在までに世界各国で運用され、また世に蔓延るテロリスト達も軽車両で牽引したり、荷台に搭載しテクニカルとして積極的に運用しているマルチな名兵器である。

 

そのZU-23-2からは毎分400発の発射速度で23x152mmの砲弾――BZT曳光徹甲弾やOFZ曳光焼夷榴弾が次々と吐き出される。

 

その度に鼓膜を激しく打ち震わせる発砲音が唸り極大のマズルフラッシュが煌めき、ただひたすらに敵を撃ち据えていた。

 

「やはり……ダメですか」

 

目を細め激しい銃撃が加えられている先を見てセリシアが小さく呟いた。

 

「あぁ、俺達でやるしか無いようだ」

 

「では7聖女の相手は私がします。アデルは皆の援護と騎士団の相手を頼みます」

 

「……7対1だぞ?1人で大丈夫なのか、セリシア?」

 

「えぇ、多少は苦戦を強いられるでしょうが問題はありません。えぇ、そうですとも。カズヤ様を愚弄したあの者達に負けてなるものですか!!――……それに何だか、今の私ならあの者達を圧倒出来るような気がするのです」

 

「そ、そうか……それは頼もしいな。だが、くれぐれも気をつけてくれよ?俺もなるべく早く騎士達を片付けてセリシアの援護に向かうようにするから」

 

「フフッ、頼りにしてますよ。アデル」

 

黒い笑みを浮かべ紅蓮の闘志をメラメラと燃やすセリシアに若干怯えるアデル。

 

そんな2人の会話をよそに、止めとばかりに撃ち込まれたカールグスタフ(無反動砲)の84mm多目的榴弾やAG36擲弾発射器の40x46mm擲弾が炸裂、爆音が辺りを満たし爆風が吹き荒れる。

 

それを最後に2〜3分程続いた銃声の協奏曲がピタリと止む。

 

「ど、どうだ?」

 

「あれだけ浴びせたんだ、多少は……」

 

武器を構えたまま兵士達はモウモウと舞い上がった土埃が晴れるのを緊張した面持ちで待っていた。

 

「先に私が仕掛けます」

 

「了解した」

 

しかし、元同僚達の力量を十二分に知っているセリシアや共に戦場を駆けた経験のあるアデルは土埃が晴れる前からその結果を知っていたため、次の行動の準備を進めていた。

 

「……化物か、奴等は」

 

「あの弾幕を凌いだだと!?」

 

『――ガーディアンバックラーはありとあらゆる攻撃を防ぐ聖具。この程度の攻撃は効かない』

 

驚く看守達の視線の先。

 

土埃が晴れ姿を現したのは聖具ガーディアンバックラーから障壁を展開し、仲間を弾幕から守った序列第4位のゼノヴィアであった。

 

『上からの弾は私が防ぐ。皆は突撃を続行!!』

 

「よし、ゼノヴィアの献身を無駄にするな!!皆、斬り込むぞ!!」

 

「「「「オ、オオオオォォォォーーー!!」」」」

 

雨あられと降り注いだ銃弾に足止めされていた騎士達がゼノヴィアの言葉に背中を押され再び歩を進める。

 

そして、集団の先頭に立ち宝剣バスターブレードを掲げたアレクシアに導かれ騎士や7聖女達が“何故か撃ってこない”敵の隙を突くべく再び駆け出した時だった。

 

「――死ね」

 

アレクシアの背筋をゾッとさせる声と共に、いつの間にか忍び寄っていたセリシアが聖具ウィッパーワンドを振りかぶりアレクシアに殴り込みをかける。

 

「グッ!?セ、セリシアだとっ!?」

 

なんなんだ!!セリシアのこの力はっ!!

 

咄嗟にバスターブレードで殴撃を防いだアレクシアだったが、奇襲攻撃よりも後衛タイプのセリシアが前衛タイプの自分に近接戦闘を挑んで来たことに一番驚き、また腕が一時的にとはいえ痺れてしまう程の威力が込められていた殴撃に肝を冷やす。

 

「ッ!?セイッ!!」

 

「このっ!!」

 

奇襲を受けたアレクシアを助けるべくゾーラがペネトレイトスピアーの鋭い一撃を放ち、ジルがミーティアボウで追い討ちをかけるが、セリシアは両方の攻撃を蝶が舞うようにヒラリと容易く避け、後方に引く。

 

「チッ、奇襲は失敗ですか……まぁいいです。さて、カズヤ様を侮辱した唾棄すべきゴミクズ達よ。貴女達には特別にカズヤ様が私に与えて下さった力の一端を見せて差し上げましょう。魔法を取り込んだ科学という恐るべき力を!!」

 

……先ずは足止めも兼ねてポーンクラス位でいいでしょう。

 

奇襲が失敗するや否や反撃と追撃をかわし後退したセリシアはそう宣言したのち、ブツブツと呪文を唱えつつウィッパーワンドを地面にポンとつき魔方陣を展開。

 

「――マウセ、キル、デルス!!さぁ、我が呼び掛けに応じ、その姿を現せ!!血と肉に飢えた雑兵達よ!!」

 

百単位の規模で召喚した“それら”の後ろでセリシアはニヤニヤと狂気的な笑みを浮かべていた。

 

「一切合切悉く――敵を殺せッ!!」

 

開戦の時よりも、更に禍々しい殺意の込められた命令が発せられたものの、その命令が下された相手は看守達では無い。

 

命令が下された相手。それはセリシアが召喚した魔物――ゴブリン。

 

それも、ただのゴブリンではないドラムマガジンを装備したMPS AA-12を2丁構えたゴブリン達である。

 

「「「「「ギィー!!」」」」」

 

現代兵器で武装し隙間のない戦列を組んだゴブリン達が耳障りな雄叫びと共に、片手でも射撃が可能な程の低反動を実現し、更にフルオート射撃が可能な散弾銃――AA-12の引き金を太く短い指で引く。

 

『無駄!!』

 

そして、まさに弾“幕”というべき苛烈で濃密な攻撃が始まる。

 

「「「「「ギッ、ギッ、ギッギー!!」」」」」

 

歌うように声を上げるゴブリン達の手にあるAA-12から吐き出される弾は12ゲージのスタンダードなバックショット弾を主としスラッグ弾や新開発された特殊弾薬FRAG-12――通常のショットシェルの中に榴弾(HE)や徹甲弾(HEAP)といった安定翼付の18.5mm弾頭が収められているものに加え破片弾頭(HEAB)、更には魔法の術式を組み込み特殊な加工が施された特別製も混じっていた。

 

「「「「「ギッ?ギー……ギッギッギー!!」」」」」

 

そして弾を撃ち尽くしたゴブリン達がAA-12を捨て、闘争本能に導かれるまま敵へと襲い掛かる。

 

「っつ、助かったゼノヴィア。魔物が来るから下がっていてくれ」

 

『そう……させてもらう……カハッ!!』

 

ゴブリン達の攻撃が始まる直前、仲間を守るために再び前に出て壁の役目を果たしていたゼノヴィアがアレクシアに声を掛けられた直後、突然血を吐き地面に倒れてしまう。

 

「ゼノヴィア!?」

 

倒れたゼノヴィアを慌てて抱き上げたアレクシアはゼノヴィアの纏うフルプレートアーマーに穿たれた幾つもの穴とそこから流れ出す赤い血、そして穴だらけになって地面に転がっている聖具ガーディアンバックラーを目の当たりにして息を飲んだ。

 

「あぁ、うっかり言い忘れていましたが先程の攻撃で使用した弾の中には、僅かですが特別製が混じっていたんです。それで、その特別製なら聖具程度の破壊は可能なんですよ。フフフッ」

 

「な、何だと!?そんなことが!?」

 

『ゲハッ!!…クッ…クソォ……』

 

「いや、そんな事よりも!!イルミナ!!ゼノヴィアに早く治癒魔法を!!」

 

「あっ、は、はい!!」

 

名を呼ばれたイルミナが駆け寄り負傷したゼノヴィアを救うべくリカバリースタッフで治癒魔法をかけているのを横目にアレクシアはスッと立ち上がり、ゼノヴィアの血で濡れた両手でバスターブレードの柄をギュッと握り締め、怒りに燃えた瞳でセリシアを睨み付ける。

 

「セリシア……この先、もはや情けはかけないぞ」

 

「それはこっちのセリフです」

 

「ならばよし。皆、やるぞッ!!」

 

「「応!!」」

 

「分かったわ!!」

 

「承知した」

 

AA-12の一斉射が終わった直後からアデルを筆頭にした長門教の信徒達と看守、そしてゴブリンが入り交じった一団と教会騎士団の騎士達が激しい乱戦を繰り広げ剣戟の旋律を奏でている中、その中心で元聖女と現聖女の激しい戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 

負傷したゼノヴィアと、その回復に努めるイルミナが戦えなくなり早々に戦線を離脱。

 

結果、5人となってしまった7聖女ではあるが『シールダー』と『メディック』が抜けただけで、『パラディン』『ランサー』『アーチャー』『アサシン』『ファイター』という戦闘に適した者達が健在な現状では、実質的な戦闘力の低下にはあまり繋がっていなかった。

 

しかし、本気のこの女達はちょっと厄介というか……かなりの厄介ですね。

 

気を引き締めないと。

 

その事実を正しく認識しているセリシアは表面的には余裕の態度を取り繕っていたものの、本当は余裕などこれっぽっちも無かった

 

……ですが、この状況はまたとないチャンスでもあります。

 

しかし、セリシアは7聖女に負ける事など端から考えてはおらず。

 

それどころか、敵を前にして勝った後の事ばかりを考えていた。

 

ここで7聖女を生け捕りにして私の手駒に加えることが出来ればカズヤ様を独占しているあの女(千歳)に対抗出来る戦力が揃う。

 

「一斉に仕掛けるぞ!!」

 

「「了解!!」」

 

「一斉に?フン、魔物を召喚するしか能がないセリシア程度に何を怯えているのですか……。キセル!!私が仕留めますから陽動と援護を!!」

 

「あいよ!!ティルダ!!」

 

「ま、待て!!2人とも!!勝手に突っ込むんじゃない!!今のセリシアの力は――」

 

セリシアの一撃を防いだ際、セリシアに秘められた力を何となく感じ取っていたアレクシアは念には念を入れ一斉攻撃を仕掛けようとしたのだが、その思いに反しティルダとキセルの2人が命令を無視して勝手に突っ込んでしまう。

そうしてアレクシアの制止を振り切ったティルダとキセルが迫って来てもセリシアは未だに思考の海に溺れていた。

 

既に対抗するための組織(長門教の教団)はありますが、有力な戦力となる駒が無く苦慮していた状況ですから時期的にはちょうど良かったかもしれないですね。

 

それに……いかにゴミクズと言えど彼女達にも1度は救われる機会を与えてやらねばなりませんし、と言うよりカズヤ様の救済を“受けさせてあげないと”いけませんから。

 

真の神を知らぬ哀れな者達――紛い物の神を信じる道しかなかった憐れな者達には……ね。

 

後はまぁ。容姿だけは整っている彼女達ですからね。カズヤ様に献上し“召し上がって”頂きましょう……トイレ程度の利用価値はあるでしょうし。

 

「敵を目の前にして考え事とは!!」

 

「気を抜き過ぎだよ!!セリシアァァ!!」

 

「……っ、あ!?」

 

かなりゲスい考えを巡らせていたセリシアが肉薄していた2人の存在に気が付き、我に返った時には既に遅かった。

 

空高く跳び上がって拳を振りかざし攻撃モーションに入っていたキセルが、オクトナックルガードに魔力を流し具現化した6つの籠手と共に攻撃を敢行。

 

空中浮遊を可能としキセルの意思に応じて自由に動き回る事の出来る籠手達が、キセルに先んじてセリシアの退路を塞ぐように着弾、激しい土埃を巻き上げセリシアの視界を奪う。

 

そして止めとばかりにキセルの渾身の一撃を秘めた拳がセリシアに迫るが、セリシアは後ろに飛び下がりながら身を捻りギリギリこれを回避。

 

「クッ!?」

 

「チィ!!外したっ!!」

 

キセルの一撃は土が剥き出しになっている運動場の地面を陥没させクレーターを生成していた。

 

態勢を立て直さないとっ!!

 

先に地面を穿った籠手達や目標を捉え損なったキセルの拳が盛大に巻き上げた土埃を煙幕代わりに利用し、セリシアは口元を小さく歪めながら態勢を立て直すべく土埃の中へと逃げ込む。

 

そして、とある仕掛けを設置しつつ見事に土埃の中へと紛れ込み姿を隠したセリシアだったが、それこそがティルダとキセルが仕掛けた罠であった。

 

「――呆気ないけど、これでお仕舞い」

 

土埃の中に潜みながら油断なく全方位を警戒していたにも関わらず突如、背後から聞こえた声に目を剥いたセリシアが振り返り見たモノは、自身の喉を掻き切らんと迫る二振りの短刀。

 

更に言えば、光学迷彩のように姿を透明化し気配すら感知不能に出来るインビジブルコートをその身に纏った序列第5位のティルダの姿であった。

 

「し、しまっ――」

 

セリシアは驚きを露にし、どうにか逃げようとするが時既に遅し。

 

「さようなら」

 

インビジブルコートの効力により透明化しているティルダの手に握られ、唯一姿形があり鈍い光を放つ二振りの短刀が別れの言葉と同時にセリシアの首に食い込み血を吹き出――さなかった。

 

「なっ!?」

 

短刀は目標の首を切り裂く事無くすり抜け、セリシアの姿を“一瞬歪めた”だけだった。

 

「クッ!!」

 

予想外の出来事に慌てたティルダだったがすぐに我に返り、返す刃でセリシアの首を切り裂こうと再度短刀を振るう。

 

だが、その攻撃も手応えが無く先程と同じようにセリシアの姿を一瞬歪めることしか出来ない。

 

「ッ、なら――これでどうです!!」

 

2度の失敗に若干狼狽えつつもティルダは諦めずにセリシアに対し連撃を放つ。

 

しかし、その烈風のような連撃をもってしてもセリシアを傷付けることは出来ない。

 

何なんですか!?これは!!魔法が使われている様子が無いのに攻撃が当たらないッ!!

 

姿も気配もあるのにッ!!何故、何故実体が無いんですか!!

 

……クッ、一度引くべきですね、これは。

 

姿は確かにそこにあるのに攻撃が当たらないという異常事態に動揺していたティルダがようやく冷静な判断力を取り戻し、闇雲な攻撃を中止して味方の元へ後退しようとする。

 

が、それはティルダの無意味な斬撃をつまらなそうな顔で、なすがままに受けていたセリシアが許さない。

 

「――た。なんて言うとでも思いましたか?フフッ、私を罠に嵌めたつもりなんでしょうが実際の所、罠に嵌まったのは貴女なんですよティルダ」

 

「?――ギャッ!?」

 

不意にニヤリと不敵に笑ったセリシアの口から飛び出した不吉な言葉を聞いた直後、逃げようとしていたティルダがかろうじて認識出来たのは自身の四肢を一瞬で砕かれインビジブルコートを剥ぎ取られたという事だけだった。

 

「グッ!!ゥウッ!!」

 

透明化していた私にどうやって攻撃を当てた!?

 

手足を砕かれ地面に仰向けに倒れたティルダが激痛に呻きながら、幾つもの疑問を考え土埃に閉ざされた空を見上げていると先程まで攻撃を仕掛けていたセリシアの背後、何もない空間からもう一人の“セリシア”が姿を現した。

 

「ッ!?グフッ、あ、貴女は一体!?」

 

「随分とみすぼらしくなりましたね、ティルダ」

 

「私に何をしたっ!!ッ、答えなさい!!」

 

「……全く、手足を砕かれているというのに元気ですね貴女は。ま、いいでしょう。貴女の疑問に答えてあげますよ」

 

両手両足の複雑骨折という重傷を負い絶体絶命にも関わらず強気な口調で問い質してくるティルダに苦笑しつつセリシアは答えを口にする。

 

「貴女が先程まで攻撃を仕掛けていたのは立体映像を映す3D映写機が投影していた私の姿。つまりは偽物です。ほら、よく見て見なさい偽物の下に小さな箱が置いてあるでしょう」

 

「偽……物?グッ、そんなバカな。実体は無かったが貴女の気配は確かにそこにあったはず」

 

「えぇ、それはそうでしょう。だって投影されていた偽物の後ろに私が居たのですから、こうして……ね」

 

そう言ってセリシアがマントを取り出し頭から被るとセリシアの姿が消えた。

 

「……ま、さか……そんな……バカな……あり得ない……」

 

そう、まるでティルダが所有していた聖具インビジブルコートのように。

 

「予想していた通りの顔をしてくれますね、貴女は」

 

目を見開き体を小刻みに震わせるティルダの反応を見てセリシアはクスクスと小さく笑った後、話を続ける。

 

「これは『量子ステルス光学迷彩』と言ってカズヤ様が私に与えて下さったアイテムの1つです。それはそうと……ねぇ、ティルダ。今どんな気持ちですか?ねぇ、貴女の専売特許だったはずの透明化で敗れた気持ちは?神より与えられし聖具と同様――いえ、聖具をも超越した力を与えられた私に敗北した気持ちは?ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ!!」

 

「だっ、黙れッ!!」

 

量子ステルス光学迷彩のマントを脱ぎ愉しそうに敗者をいたぶる言葉を投下するセリシアをティルダは視線に憎しみを込めて睨む。

 

「まぁ怖い。……そうそう、オマケにもう1つ教えて差し上げましょう。透明化していた貴女の四肢を正確に砕いた理由を」

 

ティルダの自信と矜持、そして信仰心を粉砕するべくセリシアは止めを刺しにいく。

 

「理由はこれです。AN/PSQ-20。これは本来夜間に使用する暗視装置なのですが便利な機能がついているんです。それはサーマルイメージャ。物体から放射される熱を感知出来る機能です。この機能のお陰で貴女が何処にいるのか、何をしようとしているのかは丸わかりでしたよ。あ、それと貴女が信じる神が与えたインビジブルコートは熱感知に引っ掛かりますが、カズヤ様が私に下さったこの量子ステルス光学迷彩は熱感知にも引っ掛かりません。つまり、何が言いたいかというと――貴女の信じる神はやはりカズヤ様に劣るのですよ」

 

「ッ!?ぁ、あ、うっ、あ、そ、そんなはずはない!!……ローウェン様はこの世で一番の……他の……そんな……」

 

生まれた時からこの世で一番だと教え込まれてきた神より与えられた聖なる道具が敵の道具より劣っているという事実に混乱するティルダ。

 

「――ツェルベ、ナウ、クレミ、ファグ、セイラ。――続きは夢の中で致しましょう」

 

「うぁ……ぁ……あぁ……………………………………………………ち…違う……ローウェン教は……違う…信じていれば……救いの……主が……7聖女は……」

 

そしてその混乱の隙に乗じてティルダに魔法をかけ眠らせると、夢の中で執拗な精神攻撃を仕掛けティルダの信仰心を破壊していくセリシア。

 

現実では10秒も経過していないが、夢の中では永遠と精神攻撃を受け続けたティルダは最終的に信仰心を完膚なきまでに破壊しつくされてしまう。

 

「なんて脆い信仰心なのでしょう。少しつついただけでこうもあっさりと砕けるなんて……さて、あまり心を壊し過ぎて使い物にならなくなっても困りますからね。暫くこの中で大人しくしていて下さい」

 

自身を支える最大の柱である信仰心を夢の中で否定され破壊されたせいで、夢から覚めても自失呆然でボーッとしているティルダを冷たい眼差しで見つめながら、セリシアは新たに召喚した魔物――カズヤから譲ってもらった食虫植物のウツボカズラとこの世界にいる食人植物を掛け合わせ誕生させた新種の魔物ヒトクイウツボカズラに命じティルダの体を蔦の触手で抱き上げさせると特徴的な捕人器の中へと放り込んだ。

 

「え……ブハッ!?な、なんですか!!こ……れは……ッ!!お、溺れッ!!ッ!?……えへっ、えへへ、あ……温かい……気持ち……いい」

 

捕人器の中に放り込まれたティルダは中に満ちていたピンク色の特別な溶液に沈んだ衝撃で一瞬正気を取り戻すも、溶液を飲み込んだ途端に恍惚とした表情を浮かべて大人しくなり、ズブズブと溶液の中に沈んでいった。

 

「まず、1人。フフッ」

 

こうして7聖女の内の1人、序列第5位のティルダ・ハギリがセリシアの手に落ちた。

 



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アレクシアの制止を無視しティルダと2人で打って出たキセルは自身の攻撃によりモウモウと舞い上がった土埃の中へセリシアを追い込む事に成功すると具現化した6つの籠手を消し構えを解き、やれやれといわんばかりに首を振り独り言を漏らしていた。

 

「全くもってバカだねぇ、元が序列第7位。それも召喚魔法で呼び出した低級の魔物を複数使役出来る事だけが取り柄で身体能力も高くないアンタが私らとの直接対決で勝てる訳が無いんだよ……」

 

どこか悲しそうな顔で、そう独り言を漏らしながらキセルはセリシアを仕留めに行ったティルダの帰りを待っていた。

 

「――キセル!!毎度毎度、勝手な行動をするな!!ティルダもだが何かあったらどうするんだ!!少しは私の指示に従ってくれ!!」

 

「ん?あぁ、悪い悪い。ついね」

 

「ついね。ってちゃんと私の話を聞いているのか、お前は!!そもそもだな――」

 

「……」

 

あーあ、また始まっちまったよ。アレクシアのお小言が……。

 

ティルダ、頼むから早く帰って来ておくれよ……。

 

「――であるからしてだな。今回の戦いは敵国に乗り込み囚われた信徒達を救い出す事で帝国内に蔓延る厭戦ムードを払拭し、落ちきった士気を高揚することにあるのだ。他にも副次的な目的としてローウェン教の素晴らしさと教会の権威を世に知らしめる事。加えて大局的見地から言えば此度の戦の流れを変え最終的な帰趨でさえ決定付けるかも知れない重要な戦いなのだ。それをだな――」

 

まただ、とばかりに苦笑しているゾーラとジルを従えたアレクシアのお小言を右から左へと聞き流しながらティルダの帰りを待つキセルだったが、いつまで経ってもティルダが姿を現さない。

 

……しっかしティルダの奴、遅いねぇ。何やってんだか。

 

帰って来るのが、やけに遅い事を訝しんだキセルがティルダの名を呼ぼうかと悩んだその時。一陣の強い風が吹き、宙に舞っていた土埃を全て吹き飛ばす。

 

突風の風下にいたキセル達は目を瞑り、飛んできた土埃が目に入らないように耐える。

 

そして土埃が晴れた先を見ようと4人が瞼を開き、次いで瞼を限界まで見開く。

 

「そんな……まさか……ッ!?」

 

「おいおい……」

 

「あ、あり得ないわ……」

 

「……ティルダがセリシアに……負けたってのかい?」

 

驚くキセル達が見た光景、それは植物タイプの魔物――ヒトクイウツボカズラを背に従えつつ悠然と佇み不敵に微笑むセリシアの姿であった。

 

「フフフッ、何故?どうして?という顔をしていますが……貴女達も思っていたより賢くないようですね」

 

「……それは一体どういう意味だい?」

 

全員の意思を代弁するようにキセルが声を上げる。

 

「分からないのですか?私は一度死に生まれ変わっているのですよ。他ならぬカズヤ様の手によって。まぁ、正確には以前の私が死んだという意味ですが――」

 

手で口元を隠しながらクスクスと上品な含み笑いを挟みつつセリシアは言葉を続ける。

 

「――そんな私が以前のような弱き者だとでも?冗談ではありません。というか貴女達の筋肉しか詰まっていない“おつむ”でも少し考えれば分かるはずです。ちょっと召喚魔法が上手く使える程度の小娘が、あの至高の存在であらせられるカズヤ様のお側に居られる訳がないでしょう。あの方に仕え側に侍る権利があるのは全てを完璧にこなせる者。容姿が優れているのは勿論、閨の中から戦場まで付き従う事が出来なければ話になりません。故に――私を以前のような弱き者だと思い舐めない事です」

 

「「「「ゴクッ」」」」

 

話の終わりと同時にセリシアから放たれた凄まじい威圧感。以前のセリシアには無かったそれに晒されキセル達は自然と喉を鳴らし唾を飲み込んでいた。

 

「そして、それは信徒達にも言えることです」

 

不意に辺りを見渡したセリシアの視線に導かれるようにキセル達が今まで気にしていなかった周囲へ目を向ける。

 

「なんという……」

 

「……冗談だろ」

 

「そんなっ!?うそ……」

 

「悪い夢でも、見てんのかい私は……」

 

すると、そこではローウェン教教会の誇る騎士達が生娘で戦いのたの字も知らぬはずの修道女達にボコボコにされ劣勢に陥っていた。

 

「情けない!!異教徒の女相手に何を手こずっているのですか!!さっさと片付けなさい!!」

 

戦況の悪化を見るに見かねた大司教レベルクが声を張り上げ騎士達に発破をかけるが、戦況は一向に好転しない。

 

「フフッ、今騎士達と戦っているのは私が選りすぐり鍛え上げた精鋭達。ゆくゆくはカズヤ様の側に侍る者達。そう簡単に倒せるとは思わぬ事です」

 

騎士を圧倒する修道女達に加え、看守やセリシアが召喚したゴブリン、そしてアデルといった面々が完全に鉄火場を支配していた。

 

「元味方を斬るのは心苦しいが、容赦はしない!!」

 

「皆、アデル様に続くのです!!」

 

「「「「「はいっ!!」」」」」

 

セリシアやキセル達が見ている間にも戦いは進み陣形を整え巻き返しを図る騎士達に、聖剣を携え風の鎧を纏ったアデルが斬り込み穴を穿つ。

 

「き、来たぞッ!!迎え撃――グハッ!!」

 

「クッ、クッソォォ!!何なんだよコイツらは!!強すぎる!!」

 

「陣形を崩すな!!我らにはローウェン様のご加護が――ウギャア!!」

 

「陣形を保てない!!」

 

アデルが切り開いた陣形の穴を修道女達が拡大するとタイミングを見計らっていた看守とゴブリンが雪崩を打って陣形の内に突入、騎士達が築いた陣形を破壊しつつ、数的優位を生かせる乱戦に再び持ち込み袋叩きにして行く。

 

「フフフッ、さぁ、もっともっと蹂躙なさい、カズヤ様に逆らう愚か者達を徹底的に」

 

「……時間を掛ける余裕はないか。ティルダの仇を――待て。セリシア、ティルダの姿がないがティルダはどうした?」

 

セリシアが予想以上に上手くいっている戦況に酔いしれ笑みを溢していると険しい表情でアレクシアが口を開いた。

 

「ティルダですか?あぁ、別に殺してはいませんよ。ただ、この中で気持ちよく夢を見てもらっているだけです」

 

セリシアがヒトクイウツボカズラの捕人器を指し示す。

 

「ッ、そうか……生きているのか。良かった。ならば返してもら――」

 

「ティルダを返せぇぇーー!!」

 

「キセルッ!?待て1人で突っ込むな!!」

 

劣勢に陥っている味方の姿に時間的猶予が無いことを悟ったアレクシアが早々にセリシアを仕留め、また生きていると分かったティルダを救出し味方の援護に回ろうと考えバスターブレードを構えた瞬間。

 

キセルが脇目も振らずセリシアに突っ込んでしまう。

 

「クソッ!!ゾーラ、ジル!!キセルを援護す――クッ、新手の魔物だと!?邪魔を、邪魔をするな!!」

 

先走ったキセルを援護しようとするアレクシア達だが、セリシアが新たに呼び出した魔物に行く手を阻まれ援護が出来ない。

 

「はぁ……はぁ……ッ」

 

ポーンクラスに加えてルーク、ビショップ、ナイトクラスの魔物の集中運用。

 

少々キツイですが、これで足止めは完璧。

 

後は自分から孤立したバカなイノシシを仕留める!!

 

セリシアは召喚した魔物の使役と維持に多大な労力を払いつつも真正面から愚直に突っ込んで来るキセルを見据え迎撃態勢を整える。

 

「くたばりなッ!!」

 

具現化した6つの籠手による波状攻撃をウィッパーワンドで全て弾き凌いだセリシアにキセルの怪力が込められた大本命の一撃――必殺の右ストレートが迫る。

 

「私を舐めるな、そう言ったはず!!」

 

しかし、キセルの右ストレートがセリシアの体を捉える直前。

 

セリシアは右足を一歩分後ろに下げキセルの拳を半身になってかわすと握っていたウィッパーワンドから手を離し、目の前で空を切ったキセルの右腕を掴み取り、そのままの勢いで見事な一本背負いを決める。

 

「ガハッ!!――ギャアアアァァァ!!」

 

体術という想定外の反撃を喰らい受け身も取れず地面に叩き付けられたキセルにセリシアは呻く暇さえ与えず、掴んだままだった右腕に間接技を掛け右腕の肘をへし折る。

 

そして、キセルの反撃を警戒し距離を取ったセリシアは手首に取り付け純白のローブの袖で隠していたコルトM1908ベスト・ポケットという25口径の自動拳銃を取り出し25ACP弾を1発ずつキセルの両足と左腕に撃ち込む。

 

「アゥッ!?グゥ……ァ、アアァ……」

 

右腕を折られ、更に両足と左腕に銃弾を浴びたキセルは戦闘不能に陥る。

 

「これで……2人目」

 

キセルを無力化したセリシアは口元をニヤリと三日月形に歪めると背後にいるヒトクイウツボカヅラに指示を出す。

 

すると、ヒトクイウツボカヅラの触手が蠢き、形は違えどティルダと同じ様に四肢を破壊され戦闘不能に陥ったキセルの体に絡み付く。

 

「は、離せぇ……ッ!!」

 

四肢の自由を失い痛みに呻く事しか出来ないキセルは、その肉感的な体を触手に雁字搦めにされたまま捕人器の所まで運搬され中に投入される。

「ぶぇっ!?な、なんだいこりゃ!!ゲホッ、ちょっと飲んじまったよ!!ヌルヌルして気持ち悪……気持ち……気持ち……いい……」

 

ティルダが捕獲されている捕人器の隣、ニョキニョキと新たに生成された2つ目の捕人器に投入されたキセルはティルダと同様に特別な溶液を飲み込むと途端に大人しくなり溶液に沈んで行った。

 

「邪魔だアアァ!!ッ!?クソッ、キセルまで殺られたのか!!ゾーラ、突っ込むぞ!!ジルは援護を!!」

 

「了解!!」

 

「分かったわ!!」

 

キセルがセリシアの手に落ちたのと時を同じくして召喚されたコカトリスとバジリスクを斬り伏せたアレクシアが開けた視界から一瞬で状況を読み取るとバスターブレードを振るい血路を開き、ジルの援護を受けつつゾーラと共に突貫をかける。

 

「来ますか……ですが、無駄な事。貴方の剣は私に届かないっ!!」

 

アレクシア達の突貫を察知したセリシアは足止めの役目を果たせなかった魔物達を消すと、新たに魔物を召喚しアレクシア達の迎撃を行う。

 

「7聖女の名に懸けて!!」

 

「お前を討つ!!」

 

だが、迎撃に出た魔物達はジルのミーティアボウから放たれた矢に射抜かれ、ゾーラのペネトレイトスピアーによって凪ぎ払われてしまう。

 

「これで――終わりだ!!セリシア!!」

 

仲間の献身的な援護と露払いのお陰で分厚い魔物の壁を抜ける事に成功し、セリシアの目の前に躍り出たアレクシアは戦いに終止符を打つべくバスターブレードを上段に構え振り下ろす。

 

「なっ!?――なんてね。フフッ、貴女が終わりなんですよ」

 

バスターブレードの刃が目前に迫り恐怖に顔を歪めたセリシアだが、刃が当たる寸前、表情を一変させ深淵の底を写したようなドス黒い笑みを浮かべた。

 

「ッ!?」

 

マズイッ!!

 

その笑みを見て背筋が一瞬で凍ったアレクシアは本能的に攻撃を中断しセリシアから距離を取ろうとしたが遅かった。

 

「グハッ!?」

 

目の前で佇むセリシアからではなく、全く予期していない方向――何もない場所から繰り出された強烈な打撃を喰らい体をくの字に折って吹き飛び、捕虜収用施設を囲む分厚いコンクリート製の壁にめり込む。

 

く、くそっ……。

 

薄れ行く意識の中でアレクシアが最後に見たのは、先程まで向かい合っていたセリシアが幻のように掻き消え、代わりに何もない空間から姿を現し魔物を引き連れ近付いてくる“セリシア”の姿とそれを阻もうと立ち塞がったゾーラとジルの後ろ姿だった。

 

 

聞き慣れた剣戟の音が鼓膜を叩いた事でアレクシアは目を覚ます。

 

――……うっ、私は…………ッ!!気を失っていたのか!?一生の不覚!!

 

「戦いはどう……そ、そんな……」

 

「あら、ようやくお目覚めですか?アレクシア」

 

目を覚ましたアレクシアが目の当たりにした光景。

 

それは純白のローブを返り血で真っ赤に染め場違いな笑みを浮かべるセリシアと、無数の裂傷を負い流れ出した自らの血で全身を赤く染めグッタリとしているゾーラとジル、そして鎧を剥ぎ取られたゼノヴィアと瞳に涙を浮かべ助けを求めるイルミナがヒトクイウツボカヅラの触手に拘束され捕人器の中に押し込まれる瞬間だった。

 

「全く、貴女を捕らえようとしたらゾーラとジルが邪魔をするものですから困りましたよ。それに予想以上に粘られて5分程手こずりましたし」

 

「――せ」

 

「あと、途中でカズヤ様の事を侮辱するものですから、ちょっと手加減を間違えて瀕死にしてしまいました……まぁ、死んではいないので問題はないでしょう」

 

「――返せ」

 

「口を慎んで大人しく捕まれば、余計な傷を負うことも無かったのに……本当におつむの足りない人達です」

 

「皆を、私の友を――返せっ!!」

 

「グッ!!ふざけるな!!これまで神の名の下に異教徒を虐殺してきた貴女が!!“返せ”と言うのか!!負しかもたらさない飾りの神を盲信し罪を重ね、贖罪すらようとはせず、果てには罪の意識すらない貴女が!!」

 

一瞬で距離を詰め斬りかかって来たアレクシアの斬撃をウィッパーワンドで防いだセリシアが吠える。

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ、だまれぇぇぇーーー!!異教徒は悪!!妖魔は穢れ!!獣人は罪!!殺して何が悪い!!滅して何が悪い!!すべては神の教えに従ったまで!!人々の救済者であるローウェン様を敬わぬ愚か者達が悪い!!高潔な教会に教えを乞わぬ不届き者が悪い!!」

 

「減らず口をッ!!数万の奴隷を生け贄に捧げて怪物を呼び出し、あまつさえ自らの信徒もろとも敵を滅ぼそうとした事を許容しておいて何が高潔な教会か!!」

 

「何の話だ!!それは!!」

 

「ッ!?まさか……先の怪物の事を知らない?いや、知らされていない?」

 

「ふん!!虚言で私を惑わすつもりだろうが、そうはいかん!!教会の言うことが全て、我らはただ従うのみ!!それが全てだ!!」

 

「なっ!?知る事を放棄した上に考える事すら放棄したのか貴女は!!なぜ、貴女は教会の闇を知ろうとしない!!私が憧れていた貴女が!!」

 

暴風のように次々と繰り出される斬撃を受け流しながら言葉を紡ぐセリシア。

 

「――は?私に……憧れた?いや、教会の闇とは何だ?聞き捨てならんぞ」

 

セリシアの言葉に呆気にとられたアレクシアは思わず攻撃の手を止める。

 

「……教えて上げましょう、教会の血に濡れた歴史と怨嗟にまみれた悪行を」

 

チッ、余計な事を言ってしまいましたね。

 

カッとなり、ついポロリと本音を漏らしてしまったセリシアは失言を誤魔化すように話を始めた。

 

「と言っても全てを語るには時間が足りないので、簡単に7聖女の末路を教えて差し上げます」

 

「7聖女の……末路だと?」

 

「えぇ、不慮の事故や戦での戦死が無い限り7聖女は一斉に世代交代を行う事は貴女も知っているはず、では本題です。世代交代で引退した前任者達はどうなると思いますか?」

 

セリシアの問いにアレクシアは何を分かりきった事をと言わんばかりの顔で口を開く。

 

「役目を終えた7聖女達はローウェン教を更に多くの者に知ってもらうため宣教師となって旅に出る」

 

「えぇ、表向きはそうなっています。ですが実際は聖地の地下にある牢獄に囚われ教会の神官共に延々と犯されていますよ」

 

「ハハッ、何をバカな。そんな事があるわけ無いだろう。嘘を付くにも、もう少し上手く――」

 

「では何故、前任者達の噂が一切聞こえて来ないのですか?」

 

「それは名を捨て1人の宣教師として活動を行っているから――」

 

「宣教師の活動の成果を聞いたことは?」

 

「……」

 

「文の一通も来ないのは何故――おっと。邪魔者が来ましたね」

 

アレクシアがまさかな……という小さな疑念を抱いた直後、話を続けるセリシアの元に短刀が飛来。

 

短刀を避けたセリシアは下手人を睨む。

 

「聖女アレクシア。異教徒の話には耳を傾けてはなりませんよ。根も葉もない嘘で我らを惑わそうとするのが異教徒のやり方なのですから」

 

「大司教様……」

 

セリシアに短刀を投げつけ話を遮ったのは大司教レベルクだった。

 

「ふん……根も葉もない嘘を口にしているのは貴方でしょう、レベルク。ローウェンを信仰していれば救われるなどと言って」

 

「……目的は果たしました。撤収しますよ。聖女アレクシア」

 

「――えっ?」

 

セリシアの言葉を無視し捕虜収用施設に視線を向けたレベルクがそう呟き、アレクシアがレベルクの言葉に呆けたのと同時に施設の中から教会の騎士達が飛び出して来る。

 

「ッ!!やはり別動隊がいましたか、皆!!道を開けなさい!!下手に手出しをしないように!!」

 

前後から挟撃を受けないようにセリシアは声を上げ、敵中を突破しようと目論む騎士達にわざと逃げ道を与える。

 

その結果、双方の間で繰り広げられていた戦闘が中断され、戦闘が始まる前のように睨み合いの状態に移行した。

 

あの人は……何か考えが?まぁ、放っておきましょうか。

 

施設から飛び出してきた騎士達の手により脱獄に成功した――脱獄を希望した極一部の囚人達(大半の囚人は脱獄を拒否)元は帝国軍の高級将校達のその中に最近何かと話題になっていた人物の姿を捉えたセリシアは、その人物に何か考えがあっての行動だろうと敢えて見てみぬフリをすることにした。

 

「大司教様!!撤収とは一体どういうことなのですか!!皆セリシアに囚われているのですよ、置いてはいけません!!助けねば!!」

 

施設内から飛び出してきた味方が次々と合流を果たす中、突如撤収の命を下されたアレクシアがレベルクに食って掛かかっていた。

 

「聖女アレクシア。残念ですが先程、敵本土に潜入した皇帝直轄部隊の方から連絡がありました。あちらは任務に失敗し既に撤収したと。ですから我らも撤収せねば、すぐにでもやって来る敵の増援に袋叩きにされてしまいます」

 

「しかし!!」

 

「聞き分けなさい、聖女アレクシアよ。彼女達は教義に殉じ尊い犠牲となってローウェン様の元へ召されたのです」

 

「そんな……」

 

「盛り上がっているところを失礼。逃げる逃げないで揉めているようですが、それ以前に私が貴方達を逃がすとお思いですか?……あとゾーラ達は皆生きていますから、勝手に殺さないであげなさい味方でしょう?」

 

レベルクの言葉にアレクシアが愕然としているとセリシアが2人の会話に介入し突っ込みを入れる。

 

「さぁ、皆。帰りますよ」

 

「無視……ですか、結構。では――死ね」

 

こちらの事をガン無視して悠々と帰り支度を始めたレベルクの態度にムカついたセリシアが召喚した魔物をけしかける。

 

「……セリシア、皆は一時的に貴様に預ける。だが、皆の命を奪ったり何か妙な事をしてみろ、私が貴様を八つ裂きにしてやるからな」

 

「負け犬の遠吠えなど――なっ!?消えた……?」

 

魔物がレベルク達に襲い掛からんとした直前、苦々しい顔でアレクシアが捨て台詞を吐いたかと思うとレベルク達の足元に巨大な魔方陣が浮かび上がる。

 

そして、その魔方陣から目映い閃光が迸ると同時に監獄島からレベルク達の姿が掻き消えてしまった。

 

「まさか……今のは転移魔法?いえ、でも、あれは遥か昔に失われたはずの魔法……」

 

「ふぅ……終わったな、セリシア」

 

敵の姿が一瞬で消え失せた理由について、セリシアが思考を巡らせていると戦塵にまみれ疲れた表情を浮かべたアデルが側にやって来た。

 

「アデル……ッ」

 

アデルが側に来た事で緊張の糸が切れてしまったのか、セリシアが不意に姿勢を崩す。

 

「おっと!!大丈夫か?セリシア」

 

「え、えぇ、大丈夫です。ごめんなさい、流石に魔力を使いすぎました」

 

はぁ……7聖女を1人残らず捕らえ他は皆殺しにするつもりでしたが、結果的にアレクシア達が退いてくれて助かったかもしれませんね。

 

あのまま戦闘を続けていたら決着がつく前に私の魔力が枯渇していたでしょうから……。

 

間一髪、倒れる前にアデルの腕に抱き止められたセリシアは乾いた笑みを浮かべながら考えを巡らし、そう溢す。

 

「まったく……何か手傷を負ったのかとヒヤヒヤしたよ」

 

「フフフッ、大丈夫ですよアデル。カズヤ様に楽しんで頂くこの体に傷はつけていません」

 

「そ、そうか……おっと、味方の増援が来たようだな」

 

セリシアの言動に若干引いたアデルは空を見上げ、ローターの回転音を響かせながら監獄島に近付いて来る数機のHH-60ペイブ・ホークの姿を視界に捉える。

「来るのが少しばかり遅かったですね……それにしても、この後の事後処理を考えると頭が痛いですが……7聖女の内6名を捕らえ、なおかつ被害を最低限に押さえた事を鑑みると――またカズヤ様の寵愛を受ける事が叶いそうです。ジュルリ、おっと涎が……」

 

「よ、良かったな。セリシア」

 

カズヤの寵愛を受ける妄想をして涎を溢しかけたセリシアの姿に頬を引き吊らせながらアデルは相づちを打つ。

 

「何を他人事のように言っているのですか、アデル。勿論、貴女も抱いて頂けるのですよ」

 

「うえっ!?お、俺はもういい。遠慮しておくよ……」

 

「あんなに激しく乱れておいて、そんな遠慮を――……いえ、違いますね。アデル、貴女はもしかしなくてもカズヤ様に抱かれる事が病み付きになってしまいそうで怖いのでしょう?」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と取らさせてもらいますからね、ア・デ・ル?」

 

真意を見抜かれ真っ赤になってしまった隠れ類友を――アデルをセリシアがからかっていると本土から飛来したHH-60の内、1機が激しく砂塵を巻き上げながら目の前に着陸する。

 

そして着陸したHH-60の側面のスライドドアが開かれると中から親衛隊の隊員が慌てた様子で飛び出して来た。

 

ずいぶんと慌ていますが……何かあったのでしょうか?

 

HH-60から降りてきた親衛隊隊員の慌てぶりをセリシアが訝しんでいると目の前までやって来た、その隊員が口を開く。

 

「失礼します!!お二人はセリシア・フィットローク殿とアデル・ザクセン殿で間違いないですね!?」

 

「えぇ、そうです」

 

「あぁ、間違いない」

 

「では、直ちにヘリに乗って下さい!!さぁ、早く!!急いで!!」

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさい。何があったというのですか?」

 

理由も説明せずに急かし立てる親衛隊の隊員にセリシアが困惑しながら急かす理由を問い掛ける。

 

だが、隊員から返ってきた返事は信じがたいものであった。

 

「情報が錯綜しているため詳細は分かりませんが、総統閣下が……総統閣下が敵の手にかかり意識不明の重体だと!!」

 

「えっ……?」

 

隊員がもたらした情報を聞いたセリシアが呆気にとられて目を見開き、手に握っていたウィッパーワンドを落とすとカンッという乾いた音がやけに大きく辺りに響いた。



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後に数百万人の命運を決定付ける切っ掛けとなるその日、パラベラムの復興作業に一通りの目処がついたことで時間が取れたカズヤは旧カナリア王国領の都バーランスに置かれた総督府に出向き、以前カレンとの間で交わされた1つ目の約束を履行していた。

 

そして自らが直接迎えに行くという約束を果たした後、カレンを連れパラベラムに帰還したカズヤは司令本部にある私室でカレンと共に昼食を取っていた。

 

「――それにしても、これだけの被害を受けたというのに立ち直るのが早いわね。流石は渡り人の国と言うべきかしら?」

 

約束が守られ、また最近あまり無かった2人っきりの時間が出来た事で上機嫌のカレンが復興の進むパラベラムの街並みに目をやると、そう呟く。

 

「ん?そうか?これでも復興計画は少し遅れ気味なんだが……まぁ、この世界の基準と比べたら格段に早いのは間違いないな」

 

「……これでも遅いなんて本当に底が知れないわね、貴方の国は」

 

「まぁな」

 

カレンの言葉にカズヤが誇らしげな笑みを浮かべる。

 

「そ、それはそうとカズヤ?この前約束した遠出の件――」

 

「失礼します、ご主人様。お食事中申し訳ありませんが、緊急事態です」

 

自分から2つ目の約束――遠出(デート)の件を切り出してしまうと楽しみにしている事がバレ、恥ずかしいがカズヤの方から遠出の件を言い出さないためカレンが意を決して切り出した途端、完全武装の親衛隊やメイド衆、千代田を連れた千歳がやって来て2人の会話を遮る。

 

「……」

 

あまりにも間の悪いタイミングで邪魔者達が現れてしまったせいで目的を果たせなくなりワナワナと無言で怒りに震えるカレン。

 

そんなカレンの姿に目敏く気が付いていたカズヤは、後でフォローを入れようと思いつつ険しい顔をしている千歳の話を優先した。

 

「緊急事態?何が起きた?」

 

「ハッ、我が本土に敵部隊が侵入し各所で破壊活動を開始。また港湾エリアの数ヶ所にて生物剤警報器が異常を感知、生物兵器の類いが使用された可能性があります」

 

「なん……だとッ!?敵襲!?どこから入ってきた!!いや、それよりも生物兵器だと!?」

 

自分が予想した緊急事態よりも遥かに重大な緊急事態にカズヤは目を剥き慌てふためく。

 

「面目次第もございません。侵入経路は未だ不明ですが、ジズとの戦闘により生じた哨戒網の穴を突かれ侵入を許してしまったものと思われます。また同様の理由で敵が本土に侵入してからに気が付くまで時間が掛かりました。……全ては私の責任、いかような処罰でもお受け致します、マスター」

 

パラベラムの監視・防衛システムの全てを掌握し、責任者となっている千代田がカズヤに頭を下げる。

 

「謝るのは後でいい、侵入した敵部隊と生物兵器への対応はどうなっている!?」

 

「ハッ、既に第1種戦闘配置を発令し各軍の即応部隊とCBIRF(化学生物事態対処部隊、通称シーバーン)を各所に展開、敵部隊との戦闘や非戦闘員の避難誘導、汚染された区域の除染活動を行っています」

 

「現在の被害状況と侵入した敵の規模は?」

 

「敵との戦闘で発生した死傷者は現在までに169名、後は確認が取れていませんが生物兵器がばらまかれたエリアにいた兵士や一般市民、約800名の安否が不明です。次に敵部隊の規模についてですが、およそ一個大隊程度と推定。奇襲を成功させるために少数精鋭で挑んできたものと思われます。しかし、そのお陰でさほど時間を掛けずに排除出来るかと。ですが念のため、ご主人様にはここの地下司令部への移動をお願いしたく」

 

何よりも優先されるべきカズヤの身の安全を確保すべく、千歳が核攻撃にも耐えうるよう設計されている地下司令部への移動を進言する。

 

「……分かった。だが、その前に家にいる明日香やクレイス達を安全な場所に――」

 

「ご心配なく。既に護衛を送ってあります。今頃はご主人様の私邸の地下シェルターに皆収用されたかと。またA〜C級までのVIPには例外なく部隊を送って手近なシェルターへの避難を行っています」

 

「そうか……じゃあ地下司令部に急ごう。カレン、行くぞ」

 

「えぇ、分かったわ」

 

子供達や妻達の安全が確保されている事を知ったカズヤはカレンの手を取ると千歳に促されるまま、私室を後にする。

 

「これよりご主人様が地下司令部に向かわれる。各員、警戒を厳とし移動経路の安全を確保せよ」

 

『3階東通路、了解』

 

『中央階段、了解』

 

『エントランスホール、了解』

 

『第2連絡通路、了解』

 

『地下司令部前通路、了解』

 

私室を後にし地下シェルターに向かう途中、最重要人物であるカズヤを安全に地下シェルターへ送り届けるために千歳が各所各員に無線を飛ばす。

 

そうして厳重な警戒をしつつカズヤ達が廊下を進んでいると、皆を先導する千代田が不意に足を止めた。

 

「ッ、止まってください。マスター」

 

「どうした、千代田?」

 

「敵歩兵30名が司令本部の敷地内に侵入しました。――これは……移動速度が異様に速い、侵入してきた敵は人間ではない?敵の予想進路を計算……。ッ、このままだと地下シェルターに到るまでの全移動経路が3分以内に遮断され……ッ!?駄目です、私室にお戻り下さいマスター!!」

 

リンクしている監視カメラから得た映像データやその他の情報を加味し敵の予想進路を割り出した千代田が警告の声を上げたと同時に司令本部内の各所で銃声や悲鳴が響き渡る。

 

「くっ……分かった」

 

地下シェルターへの避難が不可能となったカズヤ達は踵を返し、先程の部屋に戻る。

 

「ご主人様は先に部屋の中へ!!――大尉。半分預ける。部屋の前を固めておけ、誰も入れるな」

 

「了解」

 

カズヤの私室に入る直前、千歳は連れてきていた親衛隊の半数、10名を部屋の前の廊下に残し敵襲に備える。

 

「千代田、増援を要請しろ」

 

「既に要請済みです、姉様。GIGNと元GRU所属下のスペツナズ、各一個小隊が10分以内に到着、更にSASとNAVY SEALs、グリーンベレーの各一個分隊が15分後に到着予定です」

 

「そうか……ならば、増援が到着するまでが勝負になるな」

 

元いた部屋へと逆戻りしたカズヤ達は部屋の中で防御を固め、大人しく増援の到着を待つことになった。

 

「おい、お前達。その机を引っくり返してバリケードを作れ、そっちの本棚とソファーもだ」

 

「よ、よろしいのですか?閣下」

 

私室を破壊してバリケードを作れと言うカズヤに親衛隊の隊員達は躊躇いを見せる。

 

「緊急事態だぞ?構わん、やれ。――えっと……これだ」

 

躊躇う隊員の問い掛けに苦笑し免罪符を与えたカズヤは改めて親衛隊の隊員に命令を下し私室の家具で急造のバリケードを構築させると壁の中に隠されていたスイッチを押す。

 

するとスイッチのすぐ脇にある壁一面がゴゴゴゴッと動き出し、次いで大量の銃火器が姿を現す。

 

更に天井の一部がウィーンと動き、防弾チョッキ等の装備品一式が降りてくる。

 

「「「「……」」」」

 

まるでアクション映画のように、いきなり壁や天井から現れた大量の銃火器、装備品を前にしてカズヤを除く全員が唖然とする。

 

「カレン、一応これを持っておいてくれ」

 

「え、えぇ……分かったわ」

 

整然と並べられた大量の銃火器の中から超コンパクトモデルのグロック30を手に取ったカズヤは、突然の事に唖然としていたカレンにグロック30を手渡す。

 

「……ご主人様?いつの間にこんなモノを?」

 

「ん?最初からあったが……言ってなかったか?」

 

「聞いていません」

 

「あれ?そうだったか?……まぁ、なんだ。趣味の延長みたいなものだから気にするな」

 

「……はぁ、分かりました」

 

呆れたような、困ったような表情を浮かべる千歳の問い掛けに苦笑いで返すカズヤ。

 

「お話の途中ですが、マスター。敵が来ます。90秒後に廊下の兵士達が接敵!!」

 

カズヤの小さな秘密が露呈し妙に穏やかな空気が流れたかと思いきや一転、千代田の言葉に緊張が走る。

 

「総員配置につけ」

 

千歳の命令でメイド衆のレイナとライナ、エル、親衛隊の隊員10名が部屋の中央に築いた家具のバリケードに陣取る。

 

そしてレイナ達の後ろには千歳と千代田がカズヤを挟むようにして布陣し得物を構えていた。

 

ちなみにカレンはメイド衆のルミナスとウィルヘルムを護衛に付けられ部屋の片隅に避難済みである。

 

「戦闘開始、敵は左右2方向から接近中。曲がり角の影に陣取り弾幕の隙を突いてこちらを伺っています。ッ、敵が突撃してきます!!味方兵士に肉薄っ!!――チッ、流れ弾が監視カメラに当たり外の様子が分からなくなりました」

 

廊下に設置されている監視カメラを介して外の様子を見ることの出来る千代田が戦闘の状況を実況していたが、それも監視カメラが流れ弾で破壊された事で出来なくなってしまう。

 

『なんとしてもここで敵を殺せ!!閣下に近付けさせるな!!』

 

『奴ら速いぞ!!弾が当たらないっ!!……グッ、クソッ、クソッタレエエェェッ!!』

 

『クソッ、ダメだ――ギァアアアアァァァァ!!』

 

そのため、廊下で何が起きているのかは聞こえてくる不吉な声や音で想像するしかなかった。

 

「……静かになった?」

 

断末魔のような声が上がったのを最後にシーンと静まり返り、廊下からは音がしなくなった。

 

「お前とお前、外を確認しろ」

 

不気味な静寂が辺りを包み緊張感が張り詰める中、千歳は親衛隊の隊員に廊下の様子を確認するよう命じる。

 

「「了解」」

 

命令を受けた親衛隊の隊員2名が家具のバリケードから離れ、恐る恐るゆっくりと扉のドアノブに手を掛けた時だった。

 

突如、ドゴンッという音と共に部屋の両側の壁が爆ぜ、大穴が穿たれたかと思うとフード付きの真っ黒な外套に身を包んだ敵、計6名が部屋の中に侵入しカズヤの命を奪わんと凶刃を振りかざす。

 

「「「「か、閣下!!」」」」

 

「「「ご主人様っ!!」」」

 

不意を突かれた親衛隊やメイド衆が奇襲に対応出来ず後手に回っているのを感じ取り、またターゲットであるカズヤの側に2人しか護衛がいないのを確認した侵入者達が勝利を確信しフードの下でほくそ笑むがそれは些か早とちりが過ぎた。

何故ならカズヤの側に居た2人とは誰であろう千歳と千代田であるからだ。

 

「「ゴミクズ共が」」

 

シンクロした侮蔑の言葉と共に振るわれた2人の斬撃。

 

千歳の日本刀と千代田の薙刀による神速の一閃は6人の首を同時に切り裂き、部屋の中を鮮血で染める結果となった。

 

「……ふぅ、何とかなったか」

 

千歳と千代田の活躍のお陰でホルスターから抜いていたM1911コルト・ガバメンやFive-seveNを使うことなく事を終えたカズヤがホッとし安堵の声を漏らす。

 

だが、実際はまだ何も終わっていなかった。

 

いや、それどころかこれからが本当の始まりであった。

 

「まだ気を抜くことは出来ません、ご主人様。今の敵で最後だとは限りませんし、何より初めから敵がご主人様の事を狙って――ご主人様っ!!」

 

念のため殺した敵の心臓を日本刀で抉っていた千歳はカズヤの方に顔を向けた瞬間、真っ青になり凍りつく。

 

「マスター!!後ろです!!」

 

「カズヤッ!!後ろよ!!」

 

「えっ?――なっ!?」

 

千代田とカレンの一言でカズヤがようやく背後にいる存在に気が付く。

 

いつの間にッ!?気配なんか無かったぞ!?

 

「フフッ、最後まで気を抜いちゃダメよ?坊や」

 

ついさっき千歳と千代田が殲滅した敵と同じ外套を纏う人物がカズヤの首に手を掛けたまま不敵に笑っていた。

 

「ご主人様からその薄汚い手を離せッ!!」

 

「マスターから離れろッ!!」

 

「動くな!!」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

「そうそう、いい子達ね。そのまま動いちゃだめよ?一歩でも動けば貴女達の大事な男の首が飛んじゃうから、私の部下と同じ様に……ね?」

 

不用意にカズヤの側から離れてしまった事を後悔しつつ、カズヤの首に手を掛けている敵を殺そうと千歳や千代田が攻撃態勢に入るが敵の一言で身動きを封じられてしまう。

 

また千歳と千代田以上にカズヤとの距離が離れているメイド衆や親衛隊は尚更手出しが出来なくなっていた。

 

「「ッッッ!!」」

 

カズヤを人質に取られてしまったため身動きが取れなくなり、得物を構えたまま敵の要求を飲むしかない状況に、ただ犬歯を剥き出しにして鬼の形相を浮かべる事しか出来ない千歳と千代田。

 

「フフッ。貴女達のその顔とっても素敵よ?」

 

カズヤという最強の切り札を手に入れた敵は、そんな2人の表情を見ると目深に被ったフードから唯一覗く口元をニヤリと愉しそうに歪めた。

 

「……何者だ、貴様」

 

「うん?坊やは私の事が気になるのかしら?」

 

「……坊やという歳でもないんだが」

 

人質に取られてしまったカズヤが敵の隙を誘い、また時間を稼ごうと質問をした時だった。

 

「――カズヤ!!無事かい!?」

 

「「カズヤ!!」」

 

「お兄さん!!」

 

バタバタという荒々しい足音と共に息絶えた敵の頭を鷲掴みにしているアミラが部屋の中に乱入。

 

続いてフィーネやリーネ、イリスが部屋に入って来てしまう。

 

更にその後から増援として呼んでいたGIGNやスペツナズの兵士達が現れた。

 

「……」

 

……なんでみんな来ちゃうんだよ。

 

カレンとの昼食後に会う約束をしていたため司令本部に居たことは知っていたが、何故か避難しておらず危険な場に勢揃いしてしまった妻達にカズヤは内心でため息をついていた。

 

「あらあら、増援が来る前に終わらせる予定だったのだけれど……予定が狂っちゃったみたいね」

 

「ッ、なんだいアンタ!!カズヤを離しな!!って……その声まさか、アンタはッ!!」

 

頭がへしゃげている死体から手を離し、改めて拳を構えたアミラが聞き覚えのある声に反応する。

 

「あらら、バレちゃったみたいね。じゃあこの外套は意味無いし邪魔だから脱いじゃいましょ」

 

千歳と千代田の禍々しい殺気が込められた視線を一身に浴びている人物は正体がバレた事を悟ると、そう言って外套を脱ぎ捨てる。

 

「ふぅ……やっぱり、この慣れた格好の方が楽でいいわね」

 

「「女?」」

 

「こ……ども?」

 

フィーネやリーネ、イリスが驚いたように溢した言葉の通り、外套を脱ぎ捨て現れたのは黒と赤を基調とし鎧とボンテージが融合したような、防御力があるのかどうか疑いたくなる際どい衣装を纏う少女。

 

すべてを見通すような深紅の瞳にド派手なピンク色の長髪、幼さの残る風貌ながら、あり得ない程の威圧感を放つ異質な存在であった。

 

「さて、まずは久しぶりとでも言えば良いかしら?アミラ」

 

「そうだね、ずいぶんと久しぶりだね……まぁ、あたしはアンタの面なんか2度と拝みたくはなかったけどさ」

 

「あら、残念。つれないわね」

 

「……アミラ、コイツは何者だ?」

 

人質のまま成り行きを窺っていたカズヤが2人の会話を遮り、苦虫を噛み潰したような顔をしているアミラに問う。

 

「そいつの名はマリー・メイデン。想像も出来ないような遥か昔から生きる正真正銘の化物さね。しばらく前にあたしと一戦交えた後、表の世界からは姿をくらましてたんだけどね、まさかこんな場所でこんな形で再開するとは……」

 

「マリー・メイデン?……データ照会――該当データあり。分類は妖魔。種族は吸血鬼の上位種にあたる吸魂鬼(ソウルイーター)。真祖の吸血鬼、解体姫、鮮血の悦楽者などの二つ名多数。現在は暗殺者ギルドに所属しブラッディーファングという最近名を上げ始めている暗殺者集団を率いている模様。注意点――……っ、こいつは不死です」

 

これまでにパラベラムが収集した膨大な情報が詰まっているデータバンクでアミラが口に出した名前を検索にかけた千代田が敵の詳細な情報を割り出した。

 

「あら、私の今の事まで知ってるなんて随分と詳しいのね。なんだか照れちゃうわ」

 

千代田が語った情報に少し驚いたように笑い、空いている左手でうっすらと赤く染まった頬を押さえるマリー。

 

その姿はまるで、人畜無害の少女が初恋の相手に心を踊らさせているような様相だったが、カズヤの首をいつでも握り潰せるようにしているせいで見る者には違和感を感じさせるだけであった。

 

「暗殺者か……それで貴様の目的は?すぐに俺を殺さなかったということは何か目的があるんだろ?」

 

「えぇ、あるわよ。でも、目的を成す前に……全員武器を捨てなさい。目的を達成する途中で邪魔をされても困るから」

 

「うぐっ!?」

 

カズヤの首を締め付けている手の力を強め、更にナイフのように鋭い爪をカズヤの首に食い込ませ、わざとらしく一滴の血を流させるとマリーは千歳達に武装解除を要求した。

 

「ぐっ、俺を、俺達をあまり舐めるなよ。クソ野郎!!誰が貴様の思い通りに動くものか!!――現刻をもって長門和也が所有する全権を千歳に移譲!!以後のパラベラムの全指揮は千歳が取り、敵の殲滅を最優先せよ!!」

 

だが、カズヤはそれをただ見過ごすつもりは毛頭無く。

 

万力のような力で首を絞められながらも必死に言葉を紡ぎ、千歳達に全てを託す。

 

「……それはなんのつもりかしら?」

 

「ぐぉっ!?くっ……こ、言葉の通りだ。これで俺に人質の価値は無くなった!!殺すならさっさと殺せ!!人を初めて殺した時に殺される覚悟は決めてあるんでな!!ざまあみろ!!バァーカ!!カハッ!?」

 

「……フフッ。勇ましい事ね。でも貴方はもう少し自分の人望や価値というものを理解した方がいいわよ?ほら」

 

顔を僅かに反らし、背後にいるマリーを睨みながら敵の思い通りになるぐらいなら死んだほうがマシだと、ヤケクソ気味にそう言い放ったカズヤに対しマリーは助言を与える。

 

「ゲホッ、な、何を……ッ!?なんで……」

 

万が一、今のような状況が発生した場合どう対応するのかを事前の取り決めによってマニュアルにしてあったためカズヤはそれに従ったのだが。

 

「申し訳ありません……ご主人様……どうか、どうかご命令に逆らう事をお許し下さい……」

 

「マニュアルには従えません、マスター」

 

千歳達は事前に取り決めたマニュアル――カズヤが人質に取られた場合、千歳が全指揮権を受け継ぎカズヤの救出ではなく、あくまで敵の殲滅を優先する――には従わず。

 

それどころか、この場にいる全員がマリーの要求を飲み武器を床に捨てていた。

 

「中々に愛されているようね、貴方。妬けちゃうわ」

 

「……千歳……」

 

この時ばかりは絶対服従を貫いてきた命令にさえ従わず、また武器を捨てる事で我が身を危険に晒してまでもカズヤの命を優先した千歳。

 

そんな彼女に嬉しいような、悲しいような複雑な視線を向けるカズヤだった。

 

「さて、じゃあ次はどうしようかしら?」

 

うーん。困ったわね。私の目的というか依頼人からの指示はナガトカズヤにこれ以上ない恥辱を味あわせた後、苦しませながら殺せというモノなんだけれど。

 

ここでこの男を殺すと……私も色々と危ないかも知れないわね。

 

要求を飲ませた事で圧倒的有利な立場に立ったマリーだったが、千歳達の力量を感じ取っていたため下手を打てば自分が最悪の状況に追いやられるかもしれないという確信にも似た予感にカズヤをこの場で殺すべきか否か内心で悩んでいた。

 

どうしようかしら、この場から連れ出すのも大変そうだし――……それにしてもこの男、随分と美味しそうな匂いが――って、あら?

 

「アハッ、アハハハハハハハハハッ!!イヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!アヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

依頼人の意向をどう達成しようかと悩むマリーだったが、ふとあることに気が付くと突然大声で狂ったように笑い出した。

 

「……気でも狂ったか?」

 

「前から気色悪いとは思ってたけど……ここまでおかしな奴だとはね」

 

マリーの奇行にその場にいる全員が引き、カズヤとアミラが毒を吐く。

 

「――けた。ようやく見つけたわ。ヒヒヒッ、ようやく……ようやくよ。イヒヒッ、どれだけこの時を待ち望んだのかしら――」

 

しかし、笑う事を止めたマリーは周りにいる者達の事など知らぬとばかりにブツブツと独り言を漏らし1人で悦に浸っていた。

 

「――私の愛しき者よ」

 

「は?――グッ!?」

 

カズヤが耳元で囁かれた言葉の意味を理解する前に、マリーの鋭く尖った犬歯がカズヤの首に深々と突き立てられる。

 

「ご主人様ッ!!」

 

「マスターッ!!」

 

「あがっ、ぎっ、ぉ!?」

 

メイド衆の吸血鬼姉妹、レイナやライナにご褒美として時折許している吸血行為で感じる穏やかな感覚とは違い、自分の全てを吸い尽くすようなおぞましい感覚に襲われたカズヤは血を吸われている間、陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと体を痙攣させ、事が終わるのをただ待っている事しか出来なかった。

 

「「「「カズヤ!!」」」」

 

「お兄さん!!」

 

「殺してやるッ!!殺してやるぞ貴様アアァァ!!」

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!」

 

一方で、下手に手を出せばカズヤの命が今以上に危うくなってしまうため、カズヤが血を吸われている姿を傍観しているしかないアミラ達は悲痛な声を上げカズヤの無事を祈るしか無く。

 

またカズヤの為に存在していると言っても過言ではない千歳と千代田の2人は発狂寸前の精神状態の中で、正気を保つために怨嗟の声を張り上げつつ、目を限界まで見開き血走った瞳で穢されていくカズヤの姿を見詰めながら怒りと憎しみのあまりミシミシと軋みを上げる拳を更に軋ませる。

 

「ジュル……あぁ……甘いわ。とっても、あまぁい。フフッ、やはり貴方は私の愛しき者なのね」

 

ゴクゴクと喉を鳴らしながらカズヤの血を啜っていたマリーが首から口を離し、唇に付いた最後の1滴を真っ赤な舌で舐め取ると顔を蕩けさせてそう言った。

「ぁ、あ、ぁぐ、あ……」

 

「カズヤ!!大丈夫かい!?」

 

「しっかりなさい!!カズヤ!!」

 

いきなり大量の血を吸われ、失ったため意識が朦朧としているカズヤはアミラとカレンの呼び掛けに答える事が出来ず、弱々しく呻き声を漏らすだけだった。

 

「貴様っ!!カズヤに何て真似を!!許さんぞ!!」

 

「うるさい小娘ね……愛しき者の血を楽しんだ余韻ぐらい味あわせなさいな」

 

そんなカズヤの姿を目の当たりにして怒りを露にするフィーネに対しマリーは煩わしげに少し眉をひそめる。

 

「愛しき者?何よ、それ!!カズヤは私達の夫なんだから!!」

 

「あらそう。でも、この男は私が貰うわ。殺すように依頼されていたけど、殺すのなんてやめよ、やめ」

 

フィーネに続いてリーネがマリーに突っかかったかと思うと、マリーが信じられない事を言い出した。

 

「貰うだって!?何をふざけた事を!!あんた昔、男には興味ないとか言ってただろうに!!」

 

「えぇ、昔そんな事を言ったわね。でも“ただの男には”という意味で言ったの。この男――カズヤは別よ」

 

「別だって?それはどういう意味だい?」

 

「フフッ、カズヤはね……私が今までずっと追い求めて来た理想の魂を持っているのよ。この形、色、光、この理想の魂をどれだけの間、探していたか……」

 

「知ったこっちゃないんだよ!!そんな事!!カズヤはあたしらのもんだ!!」

 

「――ッ……その、通りっ!!ッ、俺はお前のモノになんか……ならないッ!!」

 

朦朧とする意識を気力でなんとか繋いでいるカズヤがアミラの言葉に呼応し、そう言い放った。

 

「……ふぅ〜ん。じゃあ無理矢理にでも私のモノにして貰っていくわ――ねっ!!」

 

血を吸っている時に眷属化したはずなのに私を拒絶するなんて……。

 

いいっ!!すごくいいわよ、カズヤ!!ますます貴方の事が欲しくなったわ!!

 

アミラの断固たる宣言や、カズヤは渡さないと言わんばかりの確固たる意志が宿るカレン達の視線。

 

そしてカズヤの拒絶と千歳、千代田の狂気染みた殺気を前にマリーは強硬手段に出る。

 

「ぁ?――ガアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!」

 

突然、聞いたことも無いような壮絶な絶叫を上げるカズヤ。

 

「カズヤ!?マリー!!あんた何を!!」

 

「黙ってなさいッ!!今、集中してるんだから、下手に邪魔するとカズヤが死ぬわよ!!」

 

カズヤの絶叫に驚いたアミラが諸悪の根源であろうマリーに問い掛けるが、真剣な面持ちで何かに集中しているマリーは答えを返さない。

 

もう少し、もう少しよ……。

 

アミラ達の方からではカズヤが壁となりマリーが何をしているのかは窺い知る事は出来なかったが、もしその光景を横から見る者がいたらカズヤの“体内”にマリーの左腕がずっぽりと嵌まり侵入しているのがハッキリと見え驚愕したはずである。

 

「ガッ、ッ、ギッ……」

 

「……ッ、捕まえたわ」

 

真っ青な顔で白目を剥き口から泡を吹いているという、まるで死人染みた姿に成り果てたカズヤとは対照的に目的のモノを手に入れたマリーが興奮した面持ちでニンマリと笑う。

 

「これよ、私はまさにこれを求めていたのよ!!」

 

マリーの手に握られたモノ、それは蒼白く光るカズヤの魂だった。

 

「素晴らしい……素晴らしいわよ、カズヤ!!」

 

「「「「……」」」」

 

取り出したカズヤの魂をまるで死神のように弄ぶマリーから発せられる異様なオーラに誰もが呑まれてしまい言葉を発する事が出来ない。

 

しかし、この場には条件さえ揃えば神にさえ弓引く事を躊躇わない修羅が2人いた。

 

「ご主人様の魂を元に戻せ……解体するぞ、貴様」

 

「地獄のような苦しみを与えてから貴様は殺す」

 

怒りの限界を突破し頭がどうにかなってしまいそうな中、そう呟く2人。

 

「ウフフ。負け犬の遠吠えなんてちっとも怖くないわね」

 

心臓が弱い者であれば心停止を引き起こし卒倒してしまいそうな程、禍々しい威圧感が込められた千歳と千代田の言葉だったが、マリーは堪えた様子を見せない。

 

「貴女達はそこで大人しく指を咥えてカズヤが私のモノになる様を見ていなさい」

それどころか、千歳と千代田を更に挑発する始末であった。

 

「さて、アーン♪」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

皆に見せ付けるように顔を上げ口を大きく開いたかと思いきや、カズヤの魂を口に放り込みあめ玉を舐めるように舌で転がすマリー。

 

「んふふ……美味しい……美味しいわぁ……このまま食べてしまいたい気もするけれど、それじゃあつまらないものね」

 

散々カズヤの魂を舐め回した後、マリーがそう言って口の中からカズヤの魂を取り出した。

 

するとマリーの口に入る前とは違い、カズヤの魂に何か文字のようなモノが刻まれていた。

 

「ッ、ちょっと待ちな!!その文字、まさか隷属魔法の刻印じゃ!!」

 

「目敏いわねアミラ。その通りよ。口の中で私の唾液と共にタップリと刻み込んであげたわ。これでカズヤは私のモノ」

 

「なんて事を!!人間の魂にそんな事をしたら魔法の効果に耐えきれず精神が崩壊する可能性だってあるんだよ!?」

 

「フフッ、大丈夫よ、なにしろ私のお眼鏡に叶う魂を持っているカズヤだもの。きっと耐えてみせるわ。それに万が一カズヤの精神が壊れてしまっていたとしても私は構わないわ。だって私は欲しいモノを必ず手に入れる主義なのだから。そう、例えどんな形に壊れてしまっていようとも。――さぁ、カズヤ。私のモノになった証として目の前にいる邪魔者達を殺しなさい。そうすれば私が900年間守ってきた純潔を散らす名誉を与えてあげるわ!!」

 

散々口内で弄んだカズヤの魂を肉体に戻したマリーが臆面もなく処女宣言をぶちまけながらカズヤに命じる。

 

するとマリーの言葉に反応し、操り人形のようなカクカクとした動きでカズヤが動き出す。

 

「……」

 

「ご主人様?」

 

「マスター?」

 

ようやく首を掴んでいたマリーの右手から解放されたカズヤだったが、虚ろな瞳で千歳達の姿を捉えると無言のまま、両手にあるM1911コルト・ガバメンやFive-seveNの銃口をゆっくりと正面――すなわち千歳達に向ける。

 

「……どうしたの?カズヤ、早く邪魔者達を殺しなさい」

 

しかし、いつまで経ってもカズヤが引き金を引くことは無かった。

 

その事を不審に思ったマリーがカズヤに早くしろと命じるが状況は変わらない。

 

「魔法が効いていない?いえ、そんなはずは……隷属魔法は魂にしっかりと刻み込んだ――」

 

何かに抗うように動きを止めてしまったカズヤにマリーが近付いた時だった。

 

パンッ、と1発の銃声が響き鮮血が迸る。

 

「なっ!?」

 

「ぐうぅぅッ!!千歳ッ!!千代ッ!!」

 

隷属魔法の呪縛に抗うために自らの右肩を撃ち抜き、自我を取り戻したカズヤが万感の思いで自らの忠臣の名を叫ぶ。

 

「「はいッ!!」」

 

たった一言、主に名を呼ばれただけで2人は主の意思を正確に汲み取り行動を開始。

 

「死にさらせッ!!」

 

「消え失せろッ!!」

 

床に捨てていた得物を蹴り上げ、刹那の間に手に取ると溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく2人同時に怨敵へ斬りかかる。

 

「はや――ギャッ!!」

 

そして、まさかの事態に油断していたマリーの体を十字に両断した。

 

「ご無事ですか!!ご主人様!!」

 

「申し訳ありません、マスター!!私達が不甲斐ないばかりにッ!!」

 

マリーの体を八つ裂きにとはいかぬとも四つ裂きにした千歳と千代田がカズヤの元に駆け寄る。

 

「はぁ……はぁ……気を、抜くな……2人とも、ッ、まだ……来るぞ」

 

血の気が引いた重病人のような顔色のカズヤに言われ、2人が振り返ると四つに分断されたマリーの肉体が再生を始めていた。

 

「フヒヒヒッ……いいわ……とてもいい……カズヤ、貴方は私の理想を越えた存在だわ。私の眷属になった上に隷属魔法――それも魂に直接刻み込んだ隷属魔法に抗うなんてなんて……その強さ、その気高さ、すべていいわ。イヒヒヒッ、欲しい、貴方のすべてが……魂はもちろん、足の指先から髪の毛の先まで全部、全部が欲しい……あぁ、カズヤ、カズヤ、私の愛しき者よ……私の恋焦がれた運命の相手……」

 

「ハァハァ、黙れ……誰が貴様のモノになるか!!」

 

「ッ!?……エヘッ、エヘヘヘッ、今の状態でそんな口が聞けるなんてますますいいわ。ウヒッ、ウヒヒヒッ、2人っきりの場所でたっぷり調教してあ・げ・る♪」

 

肉体を再生させ終わり、見るに耐えない幸悦とした表情で妄言を吐き続けるマリーに千歳達がキレた。

 

「「ブチコロスッ!!」」

 

カズヤの事をメイド衆に任せると得物を手に再びマリーに斬りかかる。

 

「ご主人様には!!」

 

「マスターには!!」

 

「「これ以上、指一本触れさせん!!」」

 

「ッ、邪魔をするなっ!!私のカズヤ、カズヤ、カズヤアアァァ!!」

 

防御や攻撃を一切行わず、ただ夢遊病者のような足取りでカズヤに近寄ろうとするマリーは一瞬のうちに千歳の刀によって顔の左半分を切り落とされ、更に千代田の薙刀によって右半身を切断されるという、見るも無惨な姿に変わり果てる。

 

ところが、そんな姿に成り果てても数秒後には肉体の再生が始まりマリーはすぐに元通りになって、再びカズヤに近付こうとする。

 

だが、その度にまた2人の得物が煌めき、マリーの肉や骨を血飛沫と一瞬に斬り飛ばす。

 

「キリがないッ!!」

 

「鬱陶しい不死め!!」

 

その後も千歳と千代田による攻撃が続けられ、幾度となく閲覧禁止な姿になるマリーだったが、数秒もすれば元の可憐な姿に戻ってしまうため千歳達の攻撃は意味を成していなかった。

 

「いい加減クタバレ!!」

 

いつまで経っても死なないマリーに焦れた千歳がヤケクソ気味になってマリーの首を刎ね、体を蹴り飛ばした時だった。

 

「――ふぅ……あら、服がボロボロね」

 

また、それまでと同じように肉体を再生させたマリーだったが、先程までとは明らかに目付きが違っていた。

 

「ここは邪魔者が多すぎるわね……仕込みもしてあるし……とりあえず引くとするわ」

 

「逃がすと思うか?」

 

「逃げられると思うか?」

 

何百回という死を経て、ようやく落ち着きを取り戻したマリーの言葉に千歳と千代田が食ってかかる。

 

「引くのに貴女達の許しなんていらないわ」

 

「「戯れ言を!!」」

 

その言葉を合図に双方が弾丸のように飛び出す。

 

「フンッ!!っ!?」

 

「セイッ!!ッ!?」

 

丸腰のマリーを再び切り刻むために振るわれた2人の一閃は空を切る。

 

「「どこに……ッ!?」」

 

「――しばしの別れよ、カズヤ。チュッ、唇はもっとムードのある所で奪ってあげる」

 

「な……に?」

 

確かに間合いに捉えていたはずのマリーを見失った千歳と千代田が驚きながらキョロキョロと辺りを見渡していると自分達の背後でマリーを見付けた。

 

だが、あろうことかマリーはメイド衆に支えられ、手当てを受けているカズヤの頬に口付けをしていた。

 

「こいつッ!?」

 

「いつの間に!?」

 

カズヤの手を取って支えになっているレイナとライナはマリーがカズヤに口付けを行うまで、その存在が間近に来たことすら感知出来ず驚きの言葉を口に出す。

 

「しねぇぇぇ!!」

 

「じゃあ、っと、またね。カズヤ」

 

鉄骨を簡単にへし折る事が出来るエルが放った蹴りをかわしたマリーは最後にカズヤに微笑むと、踵を返しドアに向かって突き進む。

 

「来るぞ、何としても討ち取れ!!」

 

「「「「了解ッ!!」」」」

 

「逃がさないよ!!」

 

だが、ドアの前には大勢の特殊部隊員とアミラが待ち構えていた。

 

「残念、目的はドアじゃないのよ」

 

しかし、マリーがドアに向かったのはアミラ達の注意をドアに向けるためのフェイントに過ぎず。

 

マリーはアミラ達の目の前で突如転進し、比較的部屋の隅にいたイリスの元に向かって行く。

 

「えっ?」

 

「ッ、イリスーー!!」

 

イリスに近付くマリーの姿を視界に捉えたカズヤは頭の中で鳴り響く警鐘に促されるようにイリスの名を叫ぶ。

 

だが、全ては手遅れだった。

「私が逃げるためにちょっと犠牲になってね、お嬢さん?」

 

咄嗟にイリスを守るべく盾になった兵士2人の首を姿に似合わぬ怪力で瞬く間にネジ切ったマリーが、不気味に笑いながら人差し指をイリスに伸ばす。

 

そして恐怖に震えるイリスの額にマリーの人差し指が触れた瞬間、カズヤの私室は真紫の毒々しい閃光で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ズルズル、ズルズルと重たい物を引きずっているような音や背中を盛んに刺激するゴツゴツとした痛みでカズヤは意識を取り戻す。

 

「……ぁ?……っ、いっつ!!何が……どうなって?なっ!?」

 

「気がツキましたカ?マスター」

 

意識を取り戻したカズヤの視界にまず入ってきたのは壁や天井が跡形もなく吹き飛び瓦礫が散乱しているという、まさに空爆を受けたような有り様の無惨な私室の様子。

 

次いで、どこか違和感を感じる千代田の声に導かれ振り返った先では全身に傷を負い、更に両足を失い残る2本の腕だけでカズヤの体を引きずっている千代田の凄惨な姿。

 

肉と機械で構成された足が千切れた断面からは血と白いオイルが漏れ地面を濡らし、また火傷のような傷を負った腹部の皮膚が全て焼け落ちたことで、隠れていた金属パーツが露出してしまい、さらに痛々しさを増す。

 

「大丈夫……なのか?千代田」

 

「“本体”は無事デスから問題はありません。しかし、コの生体端末は約70パーセントの機能ヲ喪失。修理より処分するのが妥当カト」

 

「そうか……だが一体、何が起きたんだ?……敵は……どうなった?いや、それより皆は無事なのか?」

 

「……まず、本土に侵入していタ敵の反応は全てロスト。手段は分かりませんが敵は一瞬で撤退した模様です。次にマスターの私室にいた者で死亡したのはマリー・メイデンに殺害された兵士2名のみ。他の人的被害は私とマスターが重傷。姉様やカレン、アミラ、フィーネ、リーネ、メイド衆のレイナ、ライナ、エル、ルミナス、ウィルヘルム、それに他の兵士達は皆気絶していますが軽傷で命に別状はありません。またイリスも“現時点では”生存しております。そして……最初のご質問ですが……メイデンによりイリスの魔力暴走が引き起こさレました。この惨状はその結果です」

 

千代田の意味深な言い回しに眉をひそめたのも束の間、千代田が言わんとする事をカズヤは理解した。

 

「ッ、イリスはどこだ!?」

 

「マスターの前にアル瓦礫の向こうです」

 

「グッ!!痛っ!!チクショウめ……」

 

立ち上がった際に全身に走った激痛――特に自ら撃ち抜いた右肩の痛みを堪えながら、カズヤはヨロヨロと前に進む。

 

「そんな……クソっ……」

 

「マスター、それ以上イリスに近付かナイで下さい。命に関わります」

 

目の前に立ちはだかっていた瓦礫に寄り掛かりながら、その先を覗いたカズヤは絶句し悪態を吐く。

 

「……」

 

カズヤの視線の先、そこには禍々しい紫色の薄い膜のようなものに包まれたイリスが空を見つめ静かに佇んでいた。

 

「千代田、イリスの状態は?」

 

「メイデンに精神操作の魔法をかけられている模様、また魔力暴走の最終段階の一歩手前に突入しているため、もう救うのハ不可能です。このまま手を出さずイリスが自壊するのを待つのが最善かと」

 

「俺にそんな事が出来ると思うか?イリスは何としても助ける!!」

 

「マスター!!ダメです!!イリスの魔力暴走の源にある感情は憎悪と拒絶!!そしてあの薄い膜はイリスの感情を具現化した一種の呪いのようなモノ!!触れた物を例外無く腐蝕させる恐ろしいものなんです!!」

 

「っ!!じゃあ、このままイリスが死ぬのをただ見ていろと――」

 

「お兄……さん?」

 

ゾクリと背筋を凍らせるような声がカズヤに絡み付く。

 

「ッ……イリス」

 

「お兄さんは……他の人と違いますよね?私を……受け入れてくれますよね?」

 

マリーによって記憶と精神操作を受けたイリスはこれまでに受けてきた精神的苦痛を再びフラッシュバックのように脳内で幾度となく繰り返し体験させられたせいで感情と魔力の制御が出来なくなり魔力暴走を発生させてしまっていた。

 

だが光が消えた昏い瞳で瓦礫の影にいたカズヤを見つけると、藁にもすがる思いで自分に唯一残された心の拠り所であるカズヤに向かう。

 

「マスター!!危険です!!下がって!!」

 

「うわっ!?」

 

カズヤにゆっくりと近付いてくるイリスが進路上にある邪魔な瓦礫を膜で“消滅”させる光景を目の当たりにした千代田がカズヤの腰を掴み強引に後ろに引っ張る。

 

だがその行為が、カズヤの身を案じた千代田の行為が最悪の結果をもたらす事となる。

 

「ッツ!!……お兄さんも……私を拒絶するんですか?お兄さんが……私を……捨てる?……アハッ、アハヒハヒハヒヒャヒャ!!」

 

千代田に引っ張られ後ろに倒れたカズヤの姿が、自分を拒絶し後退ったように見えてしまったイリスは心と精神の均衡を何とか保っていた最後の支えを失い壊れる。

 

「イリス!!待てッ!!今のは違う!!」

 

「もう……もう……いい、どうせ私は一人ぼっち……」

 

そして脆くも崩れ去ったイリスの心にはカズヤの呼び止める声さえも最早届かず。

 

目を伏せ、そう悲しげに呟いたのを最後にイリスは膜のようなモノの中に完全に隠れ閉じ籠ってしまった。

 

「クソっ!!どうすれば!!」

 

「マスター!!もう手遅れです!!今は小康状態ですが、このままここに留まればイリスの自壊が始まった際の最後の魔力暴走に巻き込まれます!!至急避難を!!」

 

「黙れ!!まだ何か手が――」

 

感情的になったカズヤが八つ当たり気味に千代田へ言葉をぶつけようとしたが、それは突然目の前に現れた“あるモノ”によって遮られる。

 

「……」

 

「マスター?」

 

突然黙り込んだカズヤに千代田が心配そうに声を掛けるが、当の本人は返事を返す余裕を失っていた。

 

「クソッタレ……クソッタレが!!」

 

ふざけるな!!また、また俺に失えというのかっ!!

 

 

[神の試練・第三]

愛しき者の死を乗り越えろ!!

 

なお、イリス・ヴェルヘルムを救った場合。

 

試練の不達成によるペナルティとして敵対勢力の戦力増強が行われます。

 

 

目の前に突然現れたウインドウの意味する事にカズヤは怒りを露にする。

 

だが、その怒りはカズヤの反骨心に烈火の如き大火を灯す結果となった。

 

……あれを……まただと?ハハッ、笑える。

 

体と心を交わした相手が段々と冷たくなっていく様を、死ぬのをまた指を咥わえて見ていろと?

 

自分の力の無さを呪いながら、自分の愛した女を死なせろと?

 

ハハッ、アハハッ、答えは――クソ食らえだ!!

 

「……俺にだってなぁ、意地があるんだよ!!体が腐蝕する?敵の戦力が増強される?それがどうした!!あのクソみたいな絶望を味わうぐらいなら!!どんな事にだって抗ってやる!!もうこれ以上テメェ(神)に大事な人を奪われてたまるか!!失ってたまるか!!」

 

「マスター!!お止め下さい!!」

 

「イリス!!お前もお前だ!!さっさと――そこから出てこいっつーのッ!!」

 

ウインドウを殴るように消したカズヤは確固たる意思を宿しイリスの前まで進むと、魔力を出来る限り集めた左手を振りかぶり千代田の制止を振り切ってイリスを包む膜に左手を突き立てた。

 

その瞬間、グジュグジュと嫌な音を立ててカズヤの左手が、その指先から腐り始める。

 

まず指先の爪が消失し、次いで肉が焼け爛れたように腐り無っていく。

 

それに続いて血が吹き出すが、その血すら嫌な匂いを出しながら沸騰したように気化する。

 

最後には真っ白な骨が露出するが、それも徐々に鉛筆削りで削られていくように短くなった。

 

「ウギギギギギギギギギギギギッ!!」

 

肉体が凄まじい速度で腐っていくという、気の狂いそうな痛みを堪えながらカズヤは渾身の力を込めて膜の中に左手を押し込んでいく。

 

「捕まえ――たッ!!」

 

わずか十秒足らずで手首まで腐り落ち最早原型を保っていない左手ではイリスを捕まえる事が出来なくなっていたカズヤは左手に纏わせていた魔力で無意識の内に擬似的な手を作り上げ、辛うじてイリスを捕まえる事に成功し魔力の手で一気にイリスを膜の中から引き摺り出しにかかる。

 

「よく聞けよ、イリス!!お前は――一生俺のモノだアアァァッ!!」

 

素面であれば絶対言わないであろうカズヤの宣言と同時に眩い閃光が走り、イリスを包む膜が消え失せる。

 

「お兄さん……今の言葉は……本当……ですか?」

 

強引に膜の中から引っ張りだされたイリスがカズヤの体にしがみつき、捨てられた子猫のように震えながら小さくそう呟く。

 

「男に二言はない」

 

「私は、いっぱい……我が儘を言いますよ?」

 

「俺に出来る範囲なら聞いてやる」

 

「嫌いと言われても離れませんよ?」

 

「そんな事は言わん」

 

「私は……嫉妬深いですよ?」

 

「何を今さら。当の昔から知っている」

 

「じゃあ、じゃあ……私はお兄さんの側に居ていいんですね?お兄さんは私とずっと一緒に居るんですね?私の事を捨てたり拒絶したりしないんですよね!?」

「もう結婚してるんだ、それが当然だろ」

 

「う……」

 

「う?」

 

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

カズヤの言葉にようやく安心したのかイリスは大声で泣き始める。

 

まったく……ヤンデレ姫の相手は命掛けだよ。

 

わんわんと泣きわめくイリスに優しげな視線を送りながらカズヤはようやく安堵の息を漏らしたのだった。

 

「ご主人……様……ご無事――その左腕は!?」

 

「ッ、全身が痛いわね……」

 

「うぅ……頭がガンガンするよ……」

 

「最悪の気分だ、まったく……」

 

「足が痛くて、立てないよぉ〜」

 

しばらくして泣き付かれたイリスが気絶するように眠りについた後、ようやく意識を取り戻したのか皆が自分の無事を知らせるように声を上げ始める。

 

その中で、いの一番にカズヤの元へ駆け寄った千歳はカズヤの異様な姿に息を飲む。

 

「ハハッ、あまり無事じゃないな。この通り左腕が――」

 

姿を見て、また声を聞き全員の無事を喜んだカズヤが、左手を失った自分の姿に驚き目を見開く千歳に返事を返そうと口を開いた瞬間、自分の左腕から嫌なモノを感じる。

 

「千歳ッ!!叩っ切れ!!」

 

イリスを救う際に左手の肘までを失っていたカズヤだったが膜に触れていない今なお、左手の腐蝕が続いているのを確認すると瞬時に切断を決意。

 

しかし自らの右手は使えないため左腕を真横に突き出し、一番近くにいる千歳に全てを委ねるほか無かった。

 

「っ、あああああああああああああ!!」

 

意識を取り戻したばかりだというのに瞬時に状況と意味を理解した千歳だが、命を救うためとはいえカズヤの腕を切り落とすという行動に体が拒否反応を示す。

 

だが、体の拒否反応を鋼の精神で捩じ伏せると千歳は今までの中で一番だと断言出来るような速度で、しかも正確無比な一閃を繰り出した。

 

「グッッ!!」

 

カズヤの肩から先のまだ腐蝕が進行していない部分が千歳の振るった日本刀によってザンッと両断される。

 

肉と骨を断ち斬り見事に両断されたカズヤの左腕はクルクルと空を舞い、そして地面に落下。

 

それと同時に切り落とされた左腕は腐り果て黒い染みとなった。

 

「ご主人様!!」

 

「お見事!!と、言うべきか?ッ!?」

 

「もう喋らないで下さいご主人様!!傷に響きます!!」

 

千歳と同じ様に起きてきたメイド衆のルミナスと衛生兵が慌ててカズヤに駆け寄り治癒魔法と応急処置を施す中、千歳が悲痛な顔で瞳に涙を浮かべながらそう叫ぶ。

 

「分かってる!!だが、これだけは言わせてくれ」

 

「なん……でしょうか?」

 

「俺達は戦争をやってるんだ、殺し殺されるのは当たり前だし、それについてどうこう言うつもりはない。だがな……あれは、あれはないだろうッ!!」

 

「…………――ッ!?」

 

カズヤの言わんとする意味が最初分からなかった千歳だが、悔し涙を流すカズヤの視線の先にあるもの見て全てを理解した。

 

「何て事を……ッ!!」

 

カズヤが嘆き、千歳が憤慨した光景。

 

それは本土に侵入した敵により、ばらまかれた生物兵器で異形の化物と化し暴れまわる元兵士、元市民の姿であった。

 

「いくら戦争でも、越えちゃいけない最後の一線ぐらいあるだろう!!――奴らはそれを簡単に跨いで俺達の仲間をあんな化物にしやがった!!それに何よりお前達を傷付けた!!」

 

大切な者達を、守るべき者達を卑劣な行為により踏みにじられ、汚されたカズヤの怒りは最高潮に達していた。

 

「こうなった以上、もう手加減は無用だ……というより手加減をする余裕もない」

 

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 

「これを…ッ…見てくれ」

 

 

[神の試練・第三]

愛しき者の死を乗り越えろ!!

 

イリス・ヴェルヘルムを救ったため試練不達成!!

 

試練の不達成により、敵対勢力の戦力増強が行われます。

 

増強開始まで残り239時間50分。

 

 

「……」

 

カズヤが呼び出したウインドウ画面を見て、神が再びカズヤを窮地に追いやった事を悟り千歳は無言で歯を食い縛る。

 

その内心では神に対する怒りと殺意が荒れ狂う反面、またカズヤを守れなかった――しかも前回とは違い今回は側に居たにも関わらず何も出来なかった自分に対する憎悪が生じていた。

 

「この戦争にケリをつけるぞ……千歳!!」

 

「ハッ!!」

 

「“敵”を……焼け。俺達が守るべき者達を傷付ける敵を!!一切の情けをかけず……敵を殲滅しろ!!」

 

「ご命令……確かに承りました」

 

良く言えば心優しい、悪く言えば甘いカズヤに非情な決断をさせてしまった事を悔やみながら千歳は深々と頭を下げる。

 

「ッ、じゃあ……悪いが、後は……頼む」

 

その言葉を最後にカズヤは昏睡状態に陥り、直後に到着した部隊により病院に搬送された。

 

「敵は――殺す。皆殺しだ」

 

そして、千歳を除く負傷者達が全員病院に搬送された後、その場に残されていた兵士達の耳を打ったのはドゴンッというコンクリート壁が陥没する音と確かな殺意を秘めた呟きだった。

 



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カツン、カツンと目的地に向かって廊下をゆっくりと歩く2人分の足音が響く。

 

先頭を行くのは自身の肌と漆黒の軍服をカズヤの血で赤黒く染めた千歳。

 

その後ろに続くのは、使い物にならなくなった生体端末を破棄し予備の生体端末に乗り換えた千代田である。

 

そんな2人が到着したのは司令本部の正面玄関の上にある見晴らしのいいテラス。

 

限られた人間しか立ち入る事が出来ないそこからは司令本部前に広がっているだだっ広い広場が一望出来るのだが、今この時の広場はいつもと様子が違っていた。

 

「「「「「「……」」」」」」

 

千歳と千代田、2人の瞳に映るのは人、人、人、数える事すら馬鹿らしくなる程の夥しい数の人の群れ。

 

それもただの人では無い。秩序立って整然と列をなし、一人一人が戦闘服に身を包み武装した兵士の群れ。

 

もっと言えば、恐ろしいほどに殺気立った兵士の群れである。

 

そんな無数の兵士達を眼下に望みながら千歳は重い口を開く。

 

「――……ここに集まった将兵の諸君、そしてこの通信を聞いている全ての者に告げる。

 

私に取って、そして諸君らに取って唯一無二のかけがえのないご主人様が敵の卑劣極まりない手により、その高潔で崇高な魂を汚され、更に!!その御身に重症を負い生死の淵をさまよっておられる。

 

――……どうだ?諸君らは、此度の惨劇を生み出した諸悪の根源と黒幕達が、この世に存在している事を赦せるか?豚畜生にも劣る存在が漫然と呼吸をし心臓を動かし、のうのうと生を謳歌している事を赦せるか?

 

――断っっっっじて否である!!

 

我らが今、成すべき事は何だ!?

 

それは――復讐である!!

 

復讐者に理性は不要!!

 

今この時、諸君はその腹の底で煮えくりかえる憎悪に呑まれ復讐の悪鬼となるのだ!!

 

敵の村という村を燃やし、街という街を破壊し、都という都を灰へ還せ!!

 

そして銃火から逃げ惑う幼子を、少年少女を、男を女を老人を家畜を兵を貴族を市民を商人を奴隷を一切合切悉く血祭りに上げろ!!

 

小刀で銃剣で軍刀で手榴弾で対人地雷で対戦車地雷で自動拳銃で回転式拳銃で機関拳銃で短機関銃で小銃で自動小銃で散弾銃で狙撃銃で対物狙撃銃で軽機関銃で汎用機関銃で重機関銃で火炎放射器で擲弾発射器で対戦車誘導弾で対戦車擲弾発射器で無反動砲で軽迫撃砲で重迫撃砲で臼砲で野砲で歩兵砲で山砲で速射砲で機関砲で対戦車砲で滑腔砲で高射砲で榴弾砲で加農砲で艦砲で列車砲で車輌で艦艇で航空機で――ありとあらゆる武器を兵器を使い敵を殺すのだ!!

 

これより行う大規模軍事行動は復讐であり、また聖戦である!!

 

何故ならば、これは我が国家のメンツとプライド、そしてご主人様に付き従う我々の存在意義を問うものであるからだ!!

 

故に情けなど無用!!本能の、憎悪の赴くままに破壊の限りを尽くし敵を蹂躙せよ!!

 

征くぞ、兵士諸君!!我らが精鋭達よ!!

 

ご主人様に安寧を、パラベラムに繁栄を、そして敵には絶対的な死を!!

 

今この時が――復讐の時である!!

 

奴等に、畜生にも劣る愚物共に自分達が何をしたのかを教育してやるのだ!!

 

全軍出撃!!敵を根絶やしにせよ!!」

 

「「「「「「――ウオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!」」」」」」

 

千歳の演説が終わった直後、一瞬の間を置いて声が爆発。

 

静寂を切り裂いて空気を震わせた兵士達の怒りの咆哮は広場の周りにある建物の窓という窓を全てビリビリと軋ませる。

 

こうして怒り、怨みという感情を原動力にして士気を爆発的に向上させたパラベラム軍は全戦力を持って帝国への攻勢を開始するのであった。

 

 

 

予備役を含む全軍が攻撃準備を粛々と整える中、それを統括する作戦指令室の内部は異様な熱気に包まれていた

 

「帝国領内に潜入し活動中の諜報機関――ロングゲート商会の退避完了まで残り2時間」

 

「全攻撃予定地に対しビラ爆弾の散布を確認」

 

「ケラウノスと大陸間弾道弾の発射準備完了、いつでも撃てます」

 

「即応軍集団、出撃準備完了。号令を待っています」

 

「……」

 

目の前にいた主を守れず、しかも下手人すら仕留められなかった自らへの戒めとするようにカズヤの血にまみれたままの千歳は、次々と上がってくる報告を剣呑なオーラを漂わせながら無表情で聞き、ずっと無言を貫いていた。

 

「姉様、これを」

 

「無用だ」

 

「……」

 

そんな千歳を気遣い千代田がタオルを差し出すが、けんもほろろに断られてしまう。

 

全く……強情なんですから。

 

姉の心情を誰よりも理解し、また同じ怒りを秘める千代田はそれ以上の口出しをすることは無かった。

 

「そんな事よりも千代田、今現在のご主人様の容態は?」

 

「あまり――」

 

「濁さずハッキリと正確に言え」

 

「……かなり危険な状態が続いています。今は医師達の懸命の処置で何とか持ちこたえていますが、やはりイリスの魔力暴走を受けた影響が大きいようで予断を許しません」

 

「ッ、そうか……」

 

手術室の前で手術が終わるのを祈りながら待っているカレン達のように自分もカズヤの側に付いて居たいが、副総統という自分の立場とカズヤの想いを託されている以上それが出来ないだけに千歳は歯痒い思いを抱いていた。

 

「クレイスの方は?」

 

カズヤが昏睡状態に陥ったのとほぼ同時刻、私邸の地下シェルター内部で突如倒れた義娘の容態を気に掛ける千歳。

 

「こちらも予断を許しません。と言っても倒れた原因や衰弱していっている理由が全く分からないため、医師達も何をどう対処したら良いのか悩んでいます」

 

しかし、千代田から返ってきたのはカズヤと同様にクレイスが命の危機に瀕しているという悪い知らせだった。

 

「分かった……クソッ、今はご主人様とクレイスの無事を祈りつつ、責務を果たすしかないのか」

 

今すぐにでも2人の元に駆け付けたくなる衝動を堪えつつ、千歳は託された想いと責務を果たすべく毅然とした態度で指揮を取り続ける。

 

「失礼します、副総統。敵がばらまいた生物兵器の徐染作業と異形化した者達の遺体処理が終わりました。それと本土に配備されていた全戦略爆撃機の出撃が完了し、後の指揮を予定通りカーチス・ルメイ少将に委譲しました」

 

「あぁ、ご苦労だったな。伊吹」

 

作戦指令室で全軍の指揮を取る千歳に代わって現場での陣頭指揮や各部門との調整を行っていた伊吹が大量の報告書を携え、作戦指令室に入って来る。

 

「いえ、私にはこれぐらいしか出来ませんから……それにしても意外ですね。副総統がMA弾を含む大量破壊兵器の使用を全面的に禁じるとは。私はてっきり副総統が核兵器等の集中運用で敵を焼き殺すものだとばかり思っていましたが」

 

総攻撃が開始されるまでの残り時間が刻まれているディスプレイに視線を送りつつ、千歳の隣に並び立った伊吹が不穏な笑みと共にそう言葉を漏らす。

 

「フン、核など使って帝国の奴らに死という安息をそう易々とくれてやるつもりはない。地獄のような苦しみを味あわせ絶望と失意の中で殺さねば気が済まん!!」

 

「今回ばかりは副総統に賛成です。何しろ帝国はカズヤ様を亡き者にしようとしたのですから……副総統と同じように私を含めた皆が徹底的な報復を望んでいますよ」

 

パラベラムのナンバー3で暴走しやすい千歳のブレーキ役をこなす伊吹までもが千歳の意見に賛同している。

 

つまりは今のパラベラムに千歳を止める事の出来る人物は皆無であった。

 

その結果、パラベラムの情け容赦ない苛烈な攻撃により帝国が被る被害は天文学的なモノになるのだが、それは浅はかな考えでわざわざ恨みを爆買いした帝国の自業自得というものである。

 

「帝都に拠点を置いていたロングゲート商会及び、潜入中の密偵の退避完了。また他の攻撃予定地からも退避完了の知らせが。これで攻撃実行の障害は無くなりました」

 

敵地に潜入していた味方達が安全圏に退避した事を確認しディスプレイのカウントダウンが0を刻むと、いよいよパラベラム軍による総攻撃の火蓋が切って落とされる。

 

「……よし、ならば全軍に通達、敵を蹂躙しろ、攻撃――開始!!」

 

千歳の号令が下されると同時に戦端を開いたのは低軌道上に存在しているケラウノス――神の杖であった。

 

「ケラウノス、最終発射シークエンスに移行」

 

「1番から4番のロック解除。ケラウノスから質量弾分離」

 

「質量弾1番から4番、ロケットブースター点火」

 

「誤差修正、左0.3度、上0.2度」

 

「突入角及び突入速度異常なし、全て正常値」

 

「目標着弾まで32秒」

 

ケラウノスから分離しロケットブースターを作動させた4発の質量弾がゆっくりと動き出し徐々に勢いを増していく。

 

大気圏に突入し、大気との摩擦で真っ赤に燃え上がり火球と化しながらも質量弾は第一目標であるエルザス魔法帝国の帝都に、数百万人が暮らす超人口密集地に真っ直ぐ落ちて行く。

 

そして、マッハ10に達した4発の質量弾が帝都に壊滅的な被害をもたらすべく牙を剥いた。

 

「着弾まで残り10、9、8、7――ッ!?帝都上空に強力な魔力障壁を確認!!質量弾全弾命中せず!!繰り返します!!質量弾は全弾命中せず!!」

 

しかし、帝都を土地ごと吹き飛ばそうとした4発の質量弾は帝都全体を覆っていた強力な魔力障壁で防がれてしまう。

 

「チッ、やはりそう簡単にはいかぬか……いや、好都合か?――攻撃目標を第2、第3に変更、攻撃を継続せよ!!」

 

「了解!!攻撃目標を第2、第3に変更、攻撃を継続します!!」

 

核兵器並みの威力を誇るケラウノスの爆撃を防いだ帝都に対し、このまま無策の攻撃を続けても意味が無いと悟った千歳はケラウノスの貴重な残弾を他の攻撃目標へと振り分ける事を指示する一方で、帝都に巣食う黒幕達を自らの手で殺す機会が出来た事に黒い喜びを感じ復讐心を滾らせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

総攻撃が始まってから1週間が経った頃、パラベラムが挙げた戦果は凄まじい事になっていた。

報復という大義名分の下に、ケラウノスと大陸間弾道の後先を考えない乱れ撃ちに続いて、まず最初に動き出したのは空軍――各基地に配備されていた航空機達と本土から出撃した戦略爆撃隊。

 

しかし、ヴァーミリオン作戦の開始時にも行った大規模爆撃をまた行おうとしている訳だが、今回は前回と一味違っていた。

 

何故なら前回の目標は軍事施設で、しかも目標への精密爆撃が基本とされていたのに対し、今回は民間人いる市街地を含む全都市が目標で、加えて言えば低高度からの無誘導爆弾を用いた無差別爆撃が基本であるからだ。

 

そのため都市の上空に飛来した航空機からは大雑把な狙いで、とにかく被害を増やそうと無数の爆弾達が容赦なくばらまかれた。

 

そんな、精度より威力を重視した爆撃により帝国に存在するほぼ全ての都市が無惨にも焼け落ちる事になる。

 

加えて以前は作戦目標に無かったインフラ設備――橋や主要道路等も破壊対象としてパラベラムが爆撃を行ったため帝国は軍の移動や物流にさえ問題を抱える事になった。

 

しかしながら、生み出される事になる帝国人民の恨みをカズヤの代わりに自身が背負おうと千歳が事前に自分の名で爆撃を行う旨をビラ爆弾で各都市に伝えていたため民間人の被害は空爆の規模に対して少なかったのだが、そのせいで新たな地獄が発生していた。

 

そう、被害が少なかったということはつまり夥しい数の難民が発生したのだ。

 

だが、そんな難民達を救う余裕など今の帝国にあるわけもなく、難民達は国から厄介者として見放され放置されることになる。

 

すると家を焼かれ家財を失った者達は自らが生きるために他者から糧を奪おうと武器を手にする。

 

そうなると糧を持つ者も奪われぬよう武器を取る。

 

そうした背景もあってか帝国領内の治安は一気に悪くなり、しかも場所によっては味方同士で殺し合いを始めてしまう始末。

 

千歳の密かな思惑通りに味方同士での殺し合いを演じるハメになり、最早国としての体制を保つことすら厳しくなってきた帝国だったが、これで全てが終わる訳が無かった。

 

空軍の爆撃に続き、準備を整えた陸軍や海兵隊からなる地上部隊が進攻を開始したのだ。

 

それも事前に決められていた攻勢限界地点を軽々越えて帝国の奥深くまで。

 

戦車や装甲車、果ては兵士を満載した輸送トラックが街道に溢れ道中にある村や街を問答無用で制圧し、抵抗しようものならば全てを灰へと帰した。

 

そんなパラベラム軍の進攻を爆撃で弱り果て、また内輪揉めすら始めた帝国軍に防げる訳がなく、帝国軍は各地で敗退を繰り返した。

 

そうして一方的な蹂躙劇を繰り広げ、破竹の勢いで帝国領内を攻め上るパラベラム軍だったが、その中でも飛び抜けて進撃スピードが早い部隊があった。

 

それは成り行きの結果、パラベラムの保護国となったアルバム公国の防衛任務に就いていた外人部隊。

 

彼らはカズヤへの忠誠を示せという千歳の発破を受けた事もあり奮起。

 

旧式装備というハンデをものともせず敵防衛線を噛み砕きながら進軍を継続し、最終的には他の部隊と圧倒的な差をつけて、一番深く帝国領内へ食い込んだのだった。

 

ちなみに、その功績が認められ外人部隊の兵士達は正式にパラベラム軍へ編入されることになるのだが、それは後の話である。

 

そして空軍や陸軍、海兵隊に続いて最後に行動を開始したのは海軍。本土から遠く離れたゼウロ海、キロウス海、テール海の三海に展開中の遠征艦隊であった。

 

しかし、リヴァイアサンとの戦いで少なくない被害を受けていた遠征艦隊は大規模な行動に出れなかったため、無傷である空母達を中心とした大小様々な機動部隊を幾つも編成し三海の沿岸及び内陸にある都市に対し艦載機による連日の爆撃を開始。

 

時には艦砲射撃までも行い、三海の周辺にある都市を恐怖のどん底に陥れ蹂躙した。

 

だが、そんな最中。『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』を中心とし編成された第一機動部隊に随伴していた重巡洋艦『筑摩』の零式水上偵察機一番機が偶然にも敵の一大泊地を発見。

 

直ちに攻撃隊が編成され、敵泊地の破壊に移った。

 

最も、零式艦上戦闘機六二型や艦上爆撃機彗星、艦上攻撃機流星しか搭載していない第一機動部隊であったが、そのハンデは攻撃隊の数とパイロット達の並々ならぬ技量で補い敵泊地を破壊する事は成功した。

 

ところが、泊地に停泊していた数十隻の軍艦を沈めきれず逃がしてしまうという失態を犯したため、第一機動部隊は第二次攻撃隊を出そうとしたのだが生憎日が落ち夜になってしまう。

 

そのため随伴艦の軽巡洋艦『川内』『神通』『那珂』3隻に第11駆逐隊の『吹雪』『白雪』『初雪』第12駆逐隊の『叢雲』『東雲』『白雲』計6隻を付けて追撃を命令。

 

その結果、泊地から逃げ出した敵艦を夜戦で一隻残らず沈めるという戦果を叩き出した。

 

「奴等はまだ見つからんのかッ!!」

 

各地から、そんな華々しい戦果報告が毎日のように舞い込んで来る一方で千歳は焦っていた。

 

何故なら、不達成だった神の試練による敵戦力の増強が始まってしまう刻限が近付いて来ているのと、カズヤを傷付けた下手人であるマリー達の所在が一向に掴めていなかったからだ。

 

「姉様、少しはお休み下さい。このままでは姉様の体が……」

 

「この状況でおちおち眠っている暇などない」

 

総攻撃が開始されてから今日で一週間。

 

ろくな休みを取っていないせいで、目の下に濃いクマを浮かばせた千歳の体調を気遣う千代田が、飲み物に睡眠薬でも混ぜて無理矢理にでも眠らせてしまおうかと、物騒な思案を始めた時だった。

 

「霧島……遥斗」

 

背後から掠れ気味の地を這うような声が発せられ2人の耳に届く。

 

「セリシアか?」

 

「セリシア……ですか?」

 

バッと後ろを振り返った千歳と千代田が見たのは、ボサボサに荒れ果てた髪の間から幽鬼のような表情を覗かせるセリシア。

 

そして、そんなセリシアと似たり寄ったりの姿を晒す長門教の修道女達だった。

 

「監獄島から脱獄した囚人の中に霧島遥斗が混ざって……うぅ……もしかしたら彼はメイデン達と共にいるかも……しれ……」

 

「「セリシア様!!」」

 

「「お気を確かに!!」」

 

監獄島で勃発した7聖女との戦いの後、本土に急行しカズヤが昏睡状態に陥り命の危機に瀕していると聞かされた瞬間、奇声を発し錯乱したため拘束され病室に放り込まれていたセリシア。

 

しかし錯乱してから3日後。我に返り、それからは何かに取り憑かれたように不眠不休で自身の生命力でさえ魔力に変換して治癒魔法をカズヤにかけ続けていたため、千歳に負けず劣らずの疲労具合を見せていた。

 

「霧島遥斗の現在位置はどこだッ!?」

 

セリシアがもたらした一縷の可能性に賭けて、千歳が叫ぶ。

 

「――信号をキャッチ!!は、発見!!発見しました!!場所は帝国領内にあるザイン山脈!!」

 

「衛星による熱源探知開始!!霧島遥斗の周りに多数の熱源を確認!!本土襲撃の敵部隊と思われます!!」

 

「ようやく見つけた。――千代田、出るぞ」

 

「承知」

 

ようやく、待ちに待った怨敵を発見した千歳が口元を三日月型に歪め嗤った。



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パラベラムの本土に奇襲を仕掛けカズヤの暗殺を試みた暗殺者集団ブラッディーファングや、暗殺の陽動を担い破壊活動と生物兵器の散布を行った皇帝直轄部隊のグルファレス魔法聖騎士団。

 

そして監獄島を襲撃したのはいいが騎士団の約半数と主力である7聖女の内6名を失い、更に予定の10分の1にも満たない僅かな捕虜しか救出する事が出来なかったローウェン教教会騎士団の3つの勢力からなる、その一団は殺伐とした空気を漂わせながら重い足取りでザイン山脈の麓を進んでいた。

 

本来であればカズヤの暗殺と捕虜達の救出という大手柄を携えて本国領内を巡り、民衆の歓声と脚光を浴びながら帝都に華々しく凱旋するはずだった彼彼女だったが、任務の失敗は元よりパラベラム空軍による熾烈な爆撃が始まっていたため、人里を避けねばならず逃避行さながらの寂しい帰路となっていた。

 

「ンフフ〜〜♪フフ〜〜♪」

 

しかし、そんな一団の中に1人だけ上機嫌な者がいた。

 

そう。今現在、千歳の熱く煮えたぎった想い(憎悪)を一身に集めている例の彼女である。

 

「……上機嫌ですね、姉御は」

 

「うん?分かるかしら?」

 

「いや、分かるかしら?って……そんだけ楽しそうに鼻歌歌ってたら誰でも分かりますよ」

 

「フフッ、それもそうね。ンフフ〜〜♪」

 

「……」

 

あ、ダメだ。この人完全に浮かれちゃってる。とマリー・メイデン率いる暗殺者集団ブラッディーファングの副長、ボルマー・マルチネスは意気揚々と鼻歌を歌う上司の姿にこっそりとため息を吐いた。

 

「姉御、敵国で理想の魂の持ち主を偶然見つけたからって浮かれすぎですよ、仲間殺られた上に依頼をミスった帰りなんですから……多少は自重して下さい。それでなくとも教会の連中もいるんですから」

 

「フン、あんな連中放っておきなさい。たかが元聖女1人に圧倒された挙げ句、裏切った捕虜達にボコボコにされたみっともない騎士達なんか……ね」

 

「ちょ!?姉御!?」

 

「なんだとっ!?」

 

「亜人風情が!!」

 

わざと聞こえるように喋ったマリーの言葉にボルマーが目を剥いた次の瞬間、侮辱されたローウェン教教会の騎士達がすかさずマリーに食って掛かる。

 

「あら、ごめんなさい。事実が聞こえちゃったかしら?」

 

「「貴様ァァ!!」」

 

「お止めなさい!!いくら亜人でも今は味方。手を出すことは許しませんよ」

 

ヤルなら相手になるぞ。といわんばかりの態度で挑発を続けるマリーに激昂し、得物を抜こうとした騎士達を止めたのは意外にも大司教のレベルク・アントノフだった。

 

「な、何故ですか!!大司教様!!亜人はすべからく根絶やしにせねば!!」

 

「そうです!!それに今まで黙っていましたが、元はと言えば何故亜人がここにいるのですか!?」

 

「……機密のため言えません。しかし、これは極めて高度な政治的問題を孕んでいるのです。ですから“ここで”問題は起こせません」

 

「だそうよ?残念だったわね。坊や達。フフフッ」

 

「「〜〜ッ!!」」

 

納得など出来るはずもないが、大司教の言葉を無視する訳にもいかず騎士達は歯を食い縛りマリーに殺気を放ちつつも、しぶしぶ得物の柄から手を放した。

 

「……」

 

そして、その光景を7聖女の唯一の生き残り、序列第1位のアレクシア・イスラシアが苦悶に満ちた表情を浮かべながらじっと見ていた。

 

「ふぅ、全く……教会の連中も困ったものね」

 

レベルクに諌められ去っていった騎士達の後ろ姿を眺めながら、自ら諍いの種を吹っ掛けたにも関わらず、さも相手側に問題があると言わんばかりの態度でマリーが声を漏らす。

 

「貴様が言えた義理ではないがな」

 

「あら、今度は貴方の番なの?困るわぁ……カズ――愛しき者が見付かった途端にこれなんだもの」

 

依頼を遂行している途中に敵国で見つけたと言って大騒ぎした運命の相手が、まさか今回の暗殺対象だったとは言えないマリーは寸前の所で誤魔化す事に成功した。

 

もしも運命の相手がカズヤだとバレれば意図的に殺すのを止めた事が発覚してしまうかもしれないからだ。

 

そうなれば色々と不都合が出てくるため、マリーは理想の魂の持ち主がカズヤであるという事は部下を含め誰にも言っていなかった。

 

「ハハッ、冗談でも――斬るぞ?」

 

不敵に笑いながら、もてる女は辛いわねと声を漏らしたマリーに対し、エルザス魔法帝国の皇帝直轄部隊、グルファレス魔法聖騎士団の団長ラインハルト・アーフェンは背中に背負う大剣の柄に手を伸ばす。

 

「ストップ!!ストーーープ!!仲間割れは止めましょうよ、ね!?ね!!」

 

何で俺がこんな役を……と内心で嘆きながら仲裁に入ったボルマーはマリーとラインハルトの間に割り込み、諍いを中断させる。

 

「フン、部下に感謝しておけ」

 

ボルマーがマリーとの間に割り込んだ事で気勢が削がれたラインハルトは腕を下ろすとスタスタと歩き出す。

 

「ちょっと何で邪魔するのよ、ボルマー」

 

「何でって……ここで殺りあっても何にもならないじゃないですか。それに目的地もすぐそこなんですから」

 

「はいはい……分かったわよ」

 

「本当に分かってるのかなぁ……」

 

上司の言葉を信頼出来ないボルマーの猜疑心で出来た言葉は風に乗って空に溶けていった。

 

 

 

「そう言えば、ボルマー。先に行かせた連中は帰って来たの?」

 

「いえ、まだですけど……大方先に酒でも飲んでいるんでしょう」

 

「本当にしょうがない連中ね。お使いすらまともに出来ないなんて、また躾ないとダメかしら?」

 

ザイン山脈の中で一番大きいザメイル山という山にあった巨大な洞窟と地下空洞を拡張し建造された隠れ里――暗殺者ギルドの本部がある場所を前にしてマリーは先に帰還の旨を伝えに行かせた部下達が帰ってきていない事に不満の声を漏らした。

 

だが、その不満の声は本部に近付く程に違和感へと変貌する。

 

「……おかしいわね」

 

本部がある隠れ里に続く洞窟の中を歩いていたマリーは決定的な事に気が付いた。

 

「えぇ……誰もいませんね」

 

必ずいるはずの見張りが1人もいないのだ。

 

「皆、注意しなさい」

 

「「「「了解」」」」

 

小声で部下にだけ注意を促したマリーは、初めて暗殺者ギルドの本部に来たため異変に全く気が付いていないグルファレス魔法聖騎士団と教会騎士団を盾に出来る立ち位置へと密かに移動する。

 

「あらら……そういうこと」

 

そして、異変を感知しながらも奥へ進んだマリーは隠れ里へ踏み込んだ途端、視界に入って来た光景を見て見張りが居なかった事や先に隠れ里に行かせたはずの部下が帰って来なかった理由を理解したのだった。

 

「なんという……」

 

「なんだ、これは!!」

 

「どうなっている!?」

 

「そんな……嘘……だろ」

 

「みんなは……みんなは何処だ!?」

 

洞窟を抜けた先、地下ゆえに日の光が入って来ず松明と魔法による人工的な光だけで照らし出されている隠れ里は無惨にも半壊。

 

そこかしこで岩や土で出来た家屋が崩壊し瓦礫となって散乱しており、しかも正面に見える隠れ里の大通りのいたるところには血糊がべったりと付着し地面の上には血の池ができ、更には瓦礫に混じって赤黒い肉片がゴロゴロと転がっていた。

 

「フフフッ、おもしろくなってきたじゃない」

 

常軌を逸したスプラッターな光景を目の当たりにして情けなく狼狽える騎士達や取り乱し悲嘆に暮れるブラッディーファングのメンバーを他所に、仮とは言え自らの帰る場所が破壊されたはずのマリーは目を輝かせていた。

 

「さぁ、行きましょうか」

 

どこか愉しそうに口元を大きく歪めたマリーは、部下は元より隠れ里の惨状を前に及び腰になっているグルファレス魔法聖騎士団や教会騎士団の面々に声を掛ける。

 

「行くだと!?どこへ?」

 

「それはもちろんこの先へよ。私の予想だと……怒り狂った化物が待ってるわ。それを倒せば此処から無事に出られるんじゃないかしら?」

 

「暗殺者ギルドの本部がある隠れ里を壊滅させる力を持つ化物が待っているかも知れない場所に行くなんて、ふざけている!!それは丸腰でオークの巣に突っ込むバカと一緒だ!!」

 

「そうですよ、姉御!!ここは一旦引いて支部の連中を――」

 

「全く本当に情けない男共ねぇ……あぁ、それとこれは助言だけれど今さっき通ってきた後ろの洞窟から外へ逃げようとするのはオススメしないわよ?」

 

すごくいっぱいいるみたいだから。とラインハルトの問い掛けやボルマーの提案に落胆した表情から一変、いやらしい笑みを浮かばせながらマリーは言葉をわざと濁し答える。

 

意味深なマリーの言葉に誘導されラインハルトやボルマー、その他の者達が背後の洞窟に視線をやると、薄暗がりの中に何かが大量に蠢いていた。

 

「「「「……」」」」

 

洞窟を埋め尽くす何かの群れ、そんな光景を見てしまったラインハルト達は背後からの撤退を早々に諦め、不本意ながらもマリーの言葉に従う事にした。

 

「密集陣形を組め!!」

 

「盾と槍は前、剣は中央、弓は後ろだ!!」

 

「よし!!――ぜんたーい、前へ!!」

 

「さて。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた竜が出るか。何にしろ楽しめそうだわ。ウフフ」

 

沸き上がる恐怖心を振り払うように声を張り上げて密集陣形を整え、ガシャガシャと鎧が擦れる金属音を響かせながら隠れ里の奥に進み出す両騎士団。

 

その後に軽やかなステップで続きながら、マリーは行く手に待ち受けているであろう相手の事を考えていた。

 

「ッ、前方に誰か居ます!!数は2、武器を所持しています!!そ、それと死体の山が!!」

 

「敵か。一時散開し、陣形を半包囲陣に組み直せ!!」

 

陣形を組みつつ隠れ里の大通りを進んでいく騎士団が、大通りの先にあった広場に積み上げられている死体の山と、その中心でこちらに背を向けて佇んでいる2人組を発見し戦闘態勢を取る。

 

「待ちかねたぞ」

 

「待ちくたびれたぞ」

 

組んでいた密集陣形を崩してから再度陣形を整え、半包囲陣を敷き終えた2つの騎士団や、前に出てきたマリー達に向き直った2人組の正体。

 

それは暗殺者ギルドの本部や隠れ里にいた人、妖魔、獣人を全て老若男女一切の区別なく斬り殺し骸の山と血の川を幾つも作り上げ、屍山血河を実現してみせた千歳と千代田の2人。

 

返り血1つ浴びてはいない2人だが、手に握る日本刀や薙刀の刃の部分にはべったりと血脂がこびりつき、夥しい数の敵を斬り殺した動かぬ証拠となっていた。

 

「なっ!?アンタはパラベラムの副総統!?何でアンタがここに!?ここの場所は部外秘になっているのに、どうやってここを知った!?」

 

「ボルマー、そんな事をわざわざ聞かなくても、あいつのせいに決まっているでしょう?少しは考えなさい」

 

そう言いつつ、マリーが部下に目配せをすると部下が何かをズルズルと引き摺ってくる。

 

「ほら、こいつでしょ?貴方達がここに辿り着けた理由は」

 

「……う……ぁ……」

 

マリーが部下に持って来させたモノ――それは目を潰され、膝から下が無くなっている霧島遥斗だった。

 

「「……」」

 

だが、変わり果てた遥斗の姿を前にしても、千歳と千代田は眉一つ動かさない。

 

冷めた目で遥斗を見ているだけだった。

 

「このままだと死刑にされるから、パラベラムを裏切って帝国に付きたい。理由としては最もだけれど……死を恐れ生を渇望する男が“これ”を持っているのはおかしいわよね?」

 

片手で遥斗の頭を鷲掴みにして宙に吊り上げたマリーが、無言を貫く千歳と千代田を前に懐から取り出したのは一粒の錠剤――自決用の毒薬だった。

 

「フフッ、それで……どうしようかしら?この男。返して欲し――」

 

「殺せ」

 

「……聞き間違いかしら?今、殺せと言ったの?」

 

「そうだ」

 

元より返すつもりは無かったが、まさか相手側から遥斗を殺せと言われるとは思っていなかったマリーや、その他の者は面を食らう。

 

「罪人と言えど、そいつも元は親衛隊の一員。滅私奉公の考えぐらい持っている。最後の最後に、ご主人様のお役に立てたのなら本望だろう」

 

「……ぃ……」

 

千歳の言葉が正しい事を示すように、遥斗が最後の力を振り絞り口元を大きく歪めニヤリと壮絶な笑みを浮かべる。

 

「……そう。なら、こいつは用済ね。お望み通り殺してあげる」

 

「うごっ!?――ガハッ!!」

 

「ゴミを返すわ」

 

思った通りの展開にならず、興醒めしたマリーは手に持っていた毒薬を無理矢理遥斗に飲ませ、遥斗が吐血し息絶えると千歳に向かって遥斗を投げ捨てた。

 

「……ご苦労だったな、霧島遥斗“中尉”」

 

飛んできた遥斗を軽々と受け止めると、千歳は遥斗に労いの言葉を掛けてから、そっと地面の上に横たえた。

 

「――なんて勝手なマネを!!奴からはまだ何も情報を聞き出せていないというのに!!」

 

「うるさいわねぇ……このまま拷問していても奴は何も吐かないわよ。それにどうせ最後は殺すのだからいいじゃない」

 

「貴様ら、今は仲間割れをしている時では無いのだぞ!!場ぐらい弁えろ!!」

 

貴重な情報源を失った事で内輪揉めを始めたレベルクとマリーを一喝したラインハルトは場を仕切り直すように、改めて大剣を構えると千歳に問うた。

 

「それで……貴様の目的はなんだ?貴様らの捕虜になっていた者達を取り戻しにでも来たか?」

 

斬り刻まれ、うず高く積み上げられた死体の山を背に、千歳はラインハルトの間抜けな疑問に嘲笑で答える。

 

「目的……だと?アハハハッ!!そんなことも分からないのか。それはもちろん――貴様らを殺しに来たに決まっているだろうがッ!!」

 

千歳の体から身震いするような、禍々しい殺気がブワッと放たれたのと同時に物陰から何十、何百という兵士が現れマリー達を包囲する。

 

「囲まれているだと!?」

 

「なんだ、この数は!?」

 

「どこから沸いて出た!?」

 

黒い目出し帽と黒い戦闘服を身に纏い全身を黒一色で統一し、手には大型のククリナイフを携えた不気味な兵士の群れに騎士達が気圧され一歩後ろに下がる。

 

「あらあら……知っていて黙っているのかと思いきや気付いてすらいなかったの?呆れたものね」

 

ただ1人、伏兵の存在に気が付いていたマリーは見るに堪えない騎士達の醜態を目の当たりにして呆れ果てていた。

 

「近接戦闘にだけ特化させたグルカ兵の特殊部隊だ、逃げれると思うな。だが、安心しろ。コイツらには手を出させん。貴様らは全員、私が斬り刻んで細切れにして殺す!!」

 

「姉様、私の事をお忘れなく」

 

「――それと私の事もです。カズヤ様を傷付けられてはらわたが煮えくり返っているのが自分だけだと思わないで下さい」

 

目の前にいる怨敵共を自分だけで1人残らず抹殺してしまいそうな勢いの千歳に千代田が待ったをかけ、更にマリー達の背後から現れたセリシアが千代田の言葉に便乗する。

 

「クッ、臆するな皆の者!!包囲されてしまっているが……こやつら3人を殺してしまえば、他は烏合の衆と化す!!数で押すぞ!!」

 

「そ、そうだ!!団長の言う通りだ!!それにこやつら程度レンヤ殿から魔武器を与えられた我らの敵ではない!!」

 

「「「「お、応!!」」」」

 

怒りで鬼神と化した3人を前に、その圧倒的な力の差すら感じ取る事が出来ない哀れな騎士達は鼓舞する声に無駄な勇気を奮い立たせ、よりにもよって自ら死線の境界線を越えてしまう。

 

「かかれぇーー!!」

 

「「「「オオオオォォォォーー!!」」」」

 

そして、自らの武を磨かず騎士としての義務も忘れ権力の上で胡座を組み、ぬるま湯に浸かり過ぎていた事。

 

加えて帝国に与する渡り人――レンヤが地球の神話や伝説に登場する武器を模して作成した魔武器を与えられていたことが、慢心に慢心を重ねる原因となり彼らを死地へと誘う事となった。

 

「貴様らによって異形の化物にされ、苦しみ死んでいった1352名の怨み」

 

「武運拙く貴様らの手にかかり戦死した同胞の無念」

 

「そして、私達の唯一無二のお方を傷付け汚した怒り」

 

「「「ここで晴らすッ!!」」」

 

臨海点を越え無尽蔵に溢れ出す怒りを糧に、3人はそれぞれの得物を構え怨敵を屠殺するべく猛然と駆け出したのだった。

 




次回は、みんな大好き蹂躙劇です
(´∀`)


ちなみに宣伝になりますが、『現代兵器チートの異世界戦記』――改め、『ミリタリーズ』も同時に更新しております。

宜しければ是非に。
m(__)m


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グルファレス魔法聖騎士団が前門の虎である千歳と千代田に向かい、ローウェン教教会騎士団と序列第1位の聖女アレクシア・イスラシアが後門の狼にして因縁深き相手であるセリシアの元へと向かう。

 

その一方で様子見のつもりなのか戦いの火蓋が切って落とされてからも、その場に留まり一歩も動こうとしない暗殺者集団ブラッディーファング。

 

だが、そんなブラッディーファングの事を気にせず騎士達は戦場に向かって駆け出していた。

 

そこが自らの死に場所になるとも知らずに。

 

「弓隊、構え!!――放てぇ!!」

 

得物を構え駆け出した千歳と千代田がグルファレス魔法聖騎士団とぶつかる少し前、先手を打って彼の騎士団の弓兵達が手に握るアッキヌフォート(無駄なしの弓)という魔武器から金の矢、銀の矢という百発百中の魔法の矢を放っていた。

 

僅かに角度を付け、ほとんど水平の放物線を描いて宙に放たれた100発近い魔法の矢の群れは、意思を宿しているかのように狙い過たず千歳と千代田に殺到する。

 

だが、そんな魔法の矢程度で仕留められる程、柔な千歳と千代田ではない。

 

「沈めッ!!」

 

突撃を継続中の千代田の一喝と同時に魔法の矢が全て見えない何かによって叩き落とされ地面にめり込む。

 

「なっ!?」

 

「嘘だろ!!」

 

「あの女、どうやって矢を全て落とした!?」

 

百発百中のはずの魔法の矢が強制的に地面に落とされた事に驚く弓兵達が知るよしもないが、矢を全て落としたのは千代田の腕に仕込まれている重力兵器である。

 

いつの日かの、ヒュドラ戦でも活躍した千代田の重力兵器は未だ完成には到ってはいなかったが改良により威力や持続時間、効果範囲が向上していた。

 

そのため、少々距離があろうと範囲が広かろうと魔法の矢を一つ残らず撃墜する事が可能だった。

 

「狼狽えるな!!次だ!!」

 

「了解!!穿ち貫け、ゲイ・ボルグッ!!」

 

「貫き穿て、グングニルッ!!」

 

魔法の矢が迎撃されたのを見て今度は走っている騎士達の中から、目標に必ず命中するという概念を付加された2本の魔槍が千歳と千代田に向かって投げられる。

 

「「ッ、返すぞ!!」」

 

だが、魔武器の名前を叫んだ事が槍の持ち主に取って命取りになった。

 

有名な槍故に大体の効果が分かった千歳と千代田は自身の急所――心臓に槍が突き刺さる寸前、飛んできた槍を片手で掴み取り敵に槍を投げ返したのだ。

 

「ウギャ!!」

 

「グハッ!!」

 

「「「「ギャッ!!」」」」

 

いくら必中が保証されている槍とはいえ、所詮は人が投げ魔法で加速させた程度の速度。

 

人という枠組みを超越している千歳や、感情を宿した人工知能で、しかも今回は通常型とは違い戦闘用に特化した生体端末を使っている千代田に取って、そんな程度の速度では脅威になり得るはずも無く、命中する直前に掴み取り無力化する事など容易かった。

 

そして、投げた騎士達の倍以上の速度で投げ返されたゲイ・ボルグとグングニルは持ち主の騎士はもちろん、その背後にいた騎士達さえも巻き込み串刺しにしてようやく停止する。

 

「死ねっ!!」

 

「クタバレッ!!」

 

一瞬たりとも歩みを止めず敵の攻撃を凌ぎきったどころか、反撃までしてみせた千歳と千代田は槍の一撃で陣形を崩し混乱が生まれている騎士団の懐に潜り込むと、恐るべき力を秘めた魔武器を持つ騎士達を歯牙にも掛けず、演武を舞うかの如く次々と殺していく。

 

「シッ!!ッ、邪魔を……するなッ!!」

 

敵中に飛び込み接敵した直後、瞬く間に5人の首を防具ごと刎ね飛ばした千歳は咄嗟に反撃に出た騎士の一撃を日本刀で防ぐと、お返しとばかりに相手の顔面に正拳を叩き込む。

 

「グュヘッ!!」

 

驚くべき事に硬い鉄で出来ているはずのグレートヘルムが千歳の正拳を受けると、メキョッ!!と内側にめり込む。

 

防具ごと顔を潰された騎士は、そのまま勢い良く吹き飛び、背後にいた仲間にぶち当たる事で勢いを殺すと地面に転がった。

 

「覚悟ォー!!」

 

「遅いッ!!」

 

「ぬっ!?ギャ――ッ!!」

 

「借りるぞッ!!」

 

「えっ?――ギャアアアアアアッ!!俺の、俺の腕があああああっ!!」

 

不滅の剣であるデュランダルを持った騎士が斬りかかって来ると、その横凪ぎの一閃を日本刀で受け流し手首をくるりと回して返す刀で首を刎ね、次いで殺した敵の血を吸う度に堅固になっていく妖剣フルンティングを握っていた騎士の両腕を斬り落とす。

 

腕が無くなり泣き叫んでいる騎士から、フルンティングを奪った千歳は日本刀とフルンティングの二刀流で手当たり次第に騎士の首や身体を斬りつけ最大限の苦痛を与えながらなます斬りにしていく。

 

「た、助け――ギャッ!!ギィアアアアアアッ!!」

 

「化物め!!我が剣――グエッ!?」

 

「苦痛の中で死ねッ!!」

 

血飛沫が舞う真っ只中では暴風のような斬撃が荒れ狂い、その暴風の発生源である千歳は怒りに任せて刃を振い続ける。

 

「さて、肉塊になりたい奴はどいつだ?」

 

一方、千代田は向かって来る騎士達を全武装を持って蹂躙していた。

 

「う、うおおおおおおおお!!」

 

「行け、行けぇぇーー!!」

 

「やっちまえーー!!」

 

千代田を取り囲んでいた騎士達が挑発に触発され、一斉に動き出す。

 

だが、彼らの命は千代田の指先1つで踏みにじられる。

 

「沈め」

 

おぞましい笑みと共に突き出した人差し指を下に向け、たった一言。

 

その直後、グチュリという生々しい肉が潰れる音がして千代田の周りには数十の紅い染みとスクラップになった鎧や魔武器の残骸が生まれた。

 

「ま、まだまだァッ!!」

 

「我らを舐めるな!!」

 

「三下が意気がるな」

 

仲間の壮絶な死を前にして、蛮勇に駆られたのか次々と向かって来る騎士達。

 

そんな騎士達を道端のゴミでも見るような眼差しで眺めながら、千代田は重力兵器の他にも腕や足に仕込まれた刃や銃、劇物で迎え撃つ。

 

「は、放せェェ――ギュッ!!アアアアアアアア!?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、ギッイイイイィィィィッ!!」

 

「助けて!!誰か、助けてく――ギャアアアアアアアーー――ッッ!!」

 

 

青紅剣を持っていた騎士と倚天剣を持っていた騎士は、魔武器を破壊され千代田の手に囚われる。

 

そして右手の者は腕に仕込まれていたチェーンブレードで生きながら解体され、左手の者はポイズンフロッグという魔物から採取された酸性の猛毒を手の平に内蔵されていた管から浴びせられて顔面を焼かれ、最後には頭部が無くなり息絶えた。

 

 

「「「「ヒッ!!」」」」

 

そのあまりにも惨たらしい死に様に一瞬、動きを止める騎士達。

 

「ハハッ、鴨撃ちだ」

 

一瞬とはいえ、致命的な隙を晒し棒立ちになってしまった騎士達を千代田は笑いながら肘に仕込んでいた小口径の仕込み銃で薙ぎ払う。

 

無数の銃弾を浴び、奇妙なダンスを踊り終えた騎士達がバタバタと倒れると死体の山が出来上がった。

 

「「……さぁ、続きと行こうかッ!!」」

 

周りにいた騎士達を瞬く間に殲滅した千歳と千代田は一息つく間も無く、未だに残る怨敵を始末するために得物を構え直すと再び敵中へと飛び込んで行ったのだった。

 

 

 

「カズヤ様を傷付けた代償。その命で償ってもらいましょう」

 

千歳と千代田がグルファレス魔法聖騎士団を蹂躙している反対側ではセリシアが召喚した魔物でローウェン教教会騎士団を蹂躙していた。

 

と言っても、魔武器も持たず加えて監獄島で戦力の大半を喪失している教会騎士団が狂信者であるセリシアに勝てる見込みなど端から無く、蹂躙されるのは目に見えていることであるが。

 

「チィ!!この裏切り者が!!」

 

「悪態を吐いている暇なんか無いぞ!!あの魔物から距離を取れ!!それ以上近づくと――ッ!?ウゴッ!?――ッ!!――ッ!!――……」

 

「フン。せいぜい苦しみと絶望を味わいながら悔いて死になさい」

 

セリシアは自らが召喚出来る中で最大にして最強のキングクラスの魔物――5メール程の巨体を誇るスライムに騎士を捕らえさせると、その体内で時間を掛けてゆっくりと騎士を溶かし殺して行く。

 

「あ、こら。もっと苦しませてから殺しなさい。すぐに楽にしてはいけませんよ」

 

巨大なスライムが焦れたように、体内に捕らえた騎士を一瞬で溶かし殺したのを見てセリシアがスライムを聖具ウィッパーワンドでこつく。

 

すると、スライムが詫びるように球体状の体の収縮を繰り返す。

 

「分かったのなら良いのです。さぁ、他の雑魚も食い散らしなさい」

 

「う、うわああああっ!!」

 

「く、来るぞ!!」

 

セリシアに発破をかけられたスライムが、見掛けによらず俊敏な動きで騎士達に襲い掛かる。

 

「クソッ、ヤツの本体である核を潰そうにも剣も槍も弓も効かないぞ!!どうすればいいんだ!!」

 

「なら魔法だ!!火の魔法で焼き払っちまえ!!」

 

「無理だ!!この大きさのスライムを焼き払うには火力が足りない!!」

 

「じゃあ、どうするん――ッ!?た、たすけ――ゴポッ!!」

 

「デッドが殺られたぞ!!

 

「ク、クソ!!もう嫌だ!!俺は逃げる!!」

 

「お、おい、待て!!俺を置いて行くな!?」

 

絶望的な状況に雀の涙のような僅かな希望を胸に抵抗を試みた騎士達だったが、持ち得る全ての攻撃手段がスライムに効かない事を理解し更なる犠牲者が出ると騎士の誇りをかなぐり捨て、神に背く事を承知の上で生存本能の赴くまま壊走を開始。

 

死の恐怖に顔を歪ませながら、あるはずもない逃げ場を求めて逃げて行く。

 

「……」

 

しかし、逃げ始めた騎士達と打って変わって、迫り来るスライムの前に剣を構えて泰然と立ち塞がる者がいた。

 

「フッ!!」

 

一閃。上段から振り下ろされた刀身が見えない刃を放ち地面と空気を切り裂き、次いでスライムの体とその中心にあった丸い核までも断ち斬った。

 

体ごと核を真っ二つに両断されたスライムはブルブルと体を震わせた後、体の形を保つことが出来ず液状化し、最後には液化した体が地面に染み込んで行き姿を消した。

 

「……ようやく出てきましたね、アレクシア」

 

スライムを切り裂いて我が身の真横を掠めていった斬撃を放った正体を見据えたセリシアはスライムがやられてしまった事など気にした様子もなく、ニヤリと口元を三日月型に歪め嗤う。

 

「神に従わぬ神敵よ。邪神を崇める異教徒よ。我が剣の錆となるがいい」

 

「……はぁ」

 

しかし、どこか虚ろな表情でバスターブレードを正眼に構えたアレクシアの姿にセリシアは一瞬で笑みを消し去る。

 

そして顔をしかめ、重苦しいため息を吐いた。

 

「アレクシアの意識を奪い、意のままに操るとは……外道ここに極まれり、とでも言いましょうか」

 

「――私とて、このような事はしたくありませんでしたよ。しかし、全てはお前が悪いのです。お前が聖女アレクシアに嘘偽りを吹き込むから彼女の無垢な心に迷いが生じてしまった!!お前のせいで!!お前が彼女を迷わせた!!」

 

アレクシアの背後からスッと現れた大司教レベルクが鬼の形相でセリシアを睨み付けながらそう言った。

 

「嘘偽りとは心外な。私はお前達の畜生のような所業をバラしただけです」

 

「まだそのような事をぬけぬけとッ!!堕落して異教徒と化しただけでは飽きたらず、妄言で聖女の心を惑わすとは赦しがたし!!やはり、お前は生かしておけない!!聖女アレクシアよ。神の御名の下にあの異教徒の女を始末してしまいなさい!!」

 

「分かりました」

 

レベルクの言葉に無表情のまま頷いたアレクシアは一瞬でセリシアとの間合いを詰めると宝剣バスターブレードをセリシアの脳天めかげて振り下ろす。

 

「無駄ですよ」

 

しかし、アレクシアの振り下ろした刃がセリシアの体を傷付ける事は無かった。

 

「ッ!?ガッ!!」

 

いや、それどころかセリシアに斬りかかったアレクシアは凄まじい勢いで吹き飛び、瓦礫の山に突っ込んでしまう。

 

「うっ……ぐううっ、グッ!?……ギャッ!!……ウッ、ウゥ……」

 

瓦礫の山に突っ込んだアレクシアが立ち上がろうと僅かに身動ぎした直後、だめ押しとばかりに飛んできた風の刃に鎧の上から全身を打ちのめされる。

 

そして最後の最後まで主を守りきった鎧が砕け散ったのと同時にアレクシアも力尽き意識を失ってしまった。

 

「せ、聖女アレクシア!?そんなバカな!!立つのです、アレクシア!!貴女は異教徒を滅さなければ――なッ!?貴様は!!」

 

アレクシアが倒されてしまった事実に狂乱していたレベルクは、幽霊のように突然現れセリシアとアレクシアの間に割り込み、アレクシアを吹き飛ばして追撃をかけ戦闘不能に追いやった者の姿を見て目を見開いた。

 

「無事か、セリシア?」

 

「えぇ、貴女のお陰で傷1つありませんよ。アデル。それに出てくるタイミングもバッチリです」

 

「そうか」

 

生娘のような温かみのある笑みを浮かべたセリシアは光学迷彩を解いて自身の目前に現れたアデルを褒め称える。

 

しかし、険しい表情を浮かべ体からどす黒い異様なオーラを漂わせているアデルはセリシアの言葉に短く返事を返しただけで、すぐに視線を前に向けてしまう。

 

「さて、とりあえず礼でも言っておこうか。貴様らのお陰で今の俺に取って一番大事なモノが、何よりも優先するべきモノがハッキリと分かった」

 

「……な、何を言っているのですか?」

 

駒である騎士が逃げ散り、切り札である聖女が倒された今。戦闘に関して多少の心得があるとはいえ自分の力ではセリシアやアデルに勝つ事が出来ないと分かっているレベルクは、ゆっくりと後退りながら引き吊った笑いを浮かべる。

 

「あぁ、気にするな――」

 

悪鬼のような笑みを顔に張り付けたアデルはレベルクにゆっくりと歩み寄りながら言葉を続けた。

 

「――死人にはもう関係ない」

 

「グッ、ギャアアアアアア!?」

 

凄まじい踏み込みで瞬く間に間合いを詰めたアデルがレベルクと擦れ違ったかと思うと、レベルクの身体が真っ二つになり切断面から血飛沫が吹き出す。

 

「俺の大事な人を傷付けた落とし前はつけてもらうぞ」

 

聖剣に付いたレベルクの血や脂を振り払い聖剣を鞘に納めたアデルは、今まで常にあった迷いが消え失せ、代わりに強い意思が宿った瞳でレベルクを睨む。

 

カズヤを失いかけた事でカズヤに対する気持ちがハッキリと分かり、自身の心に嘘をつく事を止めたアデルは以前よりも明らかに強くなっていた。

 

「ぁ、ああ、あぁあああっ!!私の、私の体がああああ!!」

 

「あらあら」

 

切断面から内臓を溢し鮮血を垂れ流すレベルクが激痛に苦しんでいると、愉しそうな笑みを口元に潜ませたセリシアが歩み寄る。

 

「なんともまぁ……不様な姿ですね。最も貴方には良く似合っていますが」

 

「グゥウウウウ!!よくも!!よくも私を!!大司教である私を!!異教徒め!!穢れた女めぇえええ!!許さない、許さないぞぉおおお!!」

 

「……ん、上手くいったようですね」

 

半身を失っているにも関わらず、元気に罵声を浴びせてくるレベルクの姿にセリシアは満足そうに何度も頷く。

 

「き、貴様!!何を頷いて――」

 

「黙れ!!お前のような存在を私が簡単に許すとでも思ったか?カズヤ様を侮辱し我らの信仰を貶めた罪は永遠に許されることはない!!」

 

「ギャッ!!ギャアアアアアアッ!!なっ、なぜ、死ねなぃいいいい!?」

 

纏うオーラと口調を今までとはガラリと変えたセリシアが激情のままに、持っていたナイフでレベルクの心臓を抉る。

 

するとレベルクの胸からは夥しい量の血が噴き出すが、レベルクが死ぬ事はなかった。

 

「貴方の体はスライムに取り込ませました。貴方はもう私の許可なしには死ぬ事は出来ません。未来永劫苦しみなさい」

 

「ス、スライムだと!?スライムはアレクシアが――」

 

「フンッ、私の切り札であるスライムがただのスライムな訳がないでしょうに。――もういいです。口を塞ぎなさい体も元通りに、続きは本土でやります」

 

呆れたようにレベルクを鼻で笑ったセリシアがそう言うと、アレクシアに倒され地面に吸収されてしまったはずのスライムがレベルクの体の下の地面や体内から姿を現し、真っ二つになっていたレベルクの体を修復する。

 

「ウゴゴゴゴゴゴッ!!」

 

スライムに取り込まれ、その一部と化したレベルクは死ぬことを許されず、この先セリシアや長門教の信徒達の拷問を受け生き地獄を味わう事になる。

 

「……セリシア、こいつは殺さないのか?」

 

「えぇ、まぁ。まだまだ苦しめてからでないと私の気が収まりませんから」

 

「そうか」

 

格好をつけてレベルクを真っ二つにして殺そうとしたのに、それをセリシアに覆されてしまったアデルが少しだけ気落ちした顔で返事を返した。

 

「さてと。後はアレクシアですね」

 

レベルクの対処を終え、少しだけしょんぼりしているアデルを引き連れたセリシアは気を失っているままのアレクシアの元へと歩み寄る。

 

「……可哀想に。あんな男の操り人形にされるなんて。でも、もう大丈夫。以前の恩返しという訳ではありませんが貴女は私が救ってあげます」

 

セリシアの哀れみの言葉と同時にアレクシアの体は無数の“蔦”に絡み付かれる。

 

「安心して下さいね。何も心配する事はありません。次に目が覚めた時には貴女はもう皆と同じように本当の神に仕える資格を得る事が出来ているのですから」

 

意識の無いアレクシアの体がヒトクイウツボカズラの捕人器の中にドプンッと放り込まれる様を見届けたセリシアは、とてもいい(黒い)笑みを浮かべてそう呟いたのだった。

 



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縦や横、斜めといった風に僅差はあるものの、真っ二つに両断され肉塊となった死体や持ち主が分からない体の一部が辺りに散乱し、途切れる事の無い悲鳴や絶叫、断末魔が響き渡る。

 

まさに地獄絵図と化したそこでは依然として一方的な殺戮が続いていた。

 

「う、うおおおおおおおっ!!――ギャア!?」

 

「くそったれぇええええっ!!――ガハッ!?」

 

「なんなんだ……なんなんだよ、この化物共は!?」

 

「こっちは魔武器を持った騎士が400人近くいるんだぞ!!それがなんで……たった2人の女に圧倒されているんだ!?」

 

「魔武器も効かないなんておかしいだろ!!」

 

自らに気合いを入れるように雄叫びを上げて勢い勇んで斬りかかるものの、一片の慈悲も無く次々と斬り伏せられていく仲間の姿に泣き言を漏らしつつ、本能的な恐怖心に促されてじりじりと後退るグルファレス魔法聖騎士団の騎士達。

 

彼らは仲間の命を易々と事務的に刈り取っていく死神の代行者――千歳と千代田の姿に完全に呑まれていた。

 

「チッ、面倒な武器に加えて数が多い。これでは埒が開かん」

 

「そうですね。……では、姉様だけでも先に行かれますか?この程度のクズ共なら私1人でも対処可能ですから」

 

散発的に斬りかかってくる騎士を会話の片手間に斬り捨て、飛んできた矢を叩き落としながら2人は近くのコンビニに買い出しでも行くかのような気軽さで歩を進める。

 

「……そうだな。そうするか」

 

「それでは私が道を斬り開きますから、姉様は――ッ!?」

 

目の前にいる者達はすべからく抹殺する対象ではあるものの、予定よりも時間が掛かりすぎている事に加えて、いい加減に大本命のターゲットであるマリー・メイデンの首を刈りたくなってきた千歳が、千代田に騎士団の掃討を任せてマリーの首を一足先に刈るために足を踏み出した瞬間だった。

 

「我々を甘く見てもらっては困るッ!!」

 

他の有象無象の騎士達とは一線を画している速さと力を宿した一撃が千歳と千代田を襲う。

 

「チッ、面倒な奴が出てきたようだ」

 

「確かに、多少は出来るようですね」

 

咄嗟に後方に飛びすさり、先程まで自分達が立っていた地面を砕いた一撃をかわした2人は得物を構え直すと、そう苛立たし気に声を漏らす。

 

「ムンッ!!――皇帝陛下の直轄部隊であるグルファレス魔法聖騎士団の名をこれ以上汚す事は出来んからな。俺がお前達の相手だ!!」

 

「だ、団長!?団長が直々に奴らの相手を!?」

 

「団長があの化物共を殺してくれるぞ!!」

 

「もう俺達は勝ったも同然だ!!」

 

「やっちまって下さい、団長!!」

 

地面を砕き、地中に深々とめり込んだ魔剣――カラドボルグを勢い良く引き抜き、大剣であるそれを担ぎ直したグルファレス魔法聖騎士団の団長ラインハルト・アーフェンは、先程までとは打って変わって手のひらを返したように強気になった部下達の声援を背に不敵な笑みを浮かばせながらそう言い放った。

 

「……どうする、千代田?」

 

「姉様はお先に。さっきも言いましたが、この程度なら私1人で大丈夫です」

 

2人で協力して殺るか?との問い掛けに千代田は迷う素振りも見せず、即答する。

 

だが、その問答の内容が気に入らない者がいた。

 

「ッ、身の程を弁えず恐れ多くも我が帝国に牙を剥く蛮人共がッ!!その慢心!!あの世で悔い改めるがいい!!」

 

千代田にこの程度扱いされ、頭に血が上ったラインハルトは身体強化の魔法を自身の体に重ね掛けすると共にカラドボルグに宿る能力までも引き出して跳躍。

 

身体強化の魔法と使用者の速さと力を倍増させる事が出来るカラドボルグの能力のお陰により雷光のような速さで間合いを詰めると、大きく振りかぶった横凪ぎの一撃を繰り出した。

 

「あの世で悔い改めるのは貴様の方――だッ!!」

 

一瞬で目の前に斬り込んで来たラインハルトの速度に難なく対応し、振るわれたカラドボルグを薙刀で受け止めた千代田が一気に片を付けにかかる。

 

「チィッ!!」

 

だが、相手は腐っても帝国が誇る騎士団の団長。

 

千代田の目論みにいち早く気が付くと後方に逃れる。

 

そして次の瞬間、ラインハルトが先程まで立っていた場所がボコンッ!!と大きく凹み、土埃が盛大に舞い上がる。

 

「フン、不用意に近付き過ぎてしまうとあの奇妙な魔法ですぐに殺られてしまうという訳か。飛び道具も効かぬ様だし中々どうしてやるようだな。だがこの俺とカラドボルグがあれば……――クソ、1人逃がしてしまったか」

 

千代田の重力兵器の威力に冷や汗を流していたラインハルトは、少しずつ薄まってきた土埃の向こう側に人影が1つしかない事に気が付くと悪態を吐く。

 

「ん?今何か横を――ぁ?」

 

「ッ!?ハッ、ハハハハッ、嘘だろ?何で、何で動いていないのに体がズレ――ッ!!」

 

「な、何だ!!何が起こった!?何でお前ら斬られているんだ!!」

 

その直後、ラインハルトの背後で遠巻きに事の成り行きを見守っていた騎士の幾人かから突然血飛沫が噴き上がり死を迎える。

 

それを成したのはもちろん、マリーの首を刈るために千代田の陽動を隠れ蓑にして騎士達の間を疾風のように駆け抜けて行った千歳である。

 

「逃がした?それは大きな間違いだ。姉様はあの女の首を刈りに行っているだけなのだから」

 

ブォンと薙刀を一閃し土埃を斬り払い歩み出た千代田はラインハルトの間違った言葉を否定しながら準備運動でもしているかのように薙刀をクルクルと振り回し始める。

 

「フッ、フハハハッ!!これは傑作だ。この俺を相手にして本当に1人で勝てると思っていたとはな。それも女の身である貴様が!!思い上がりも甚だしいぞ!!」

 

「キャンキャン吠えるな、三下。器の大きさが知れるぞ?――それはそうと貴様らの技量は大体分かった。これ以上手間を掛けるのも面倒だから全員でかかってこい!!さすればその刃、我が身に突き立てることも出来るやも知れんぞ?」

 

これからが本番だとばかりに軽い準備運動を終え、薙刀を両手でしっかり握り直し刃をこちらに向けた千代田の挑発にラインハルトは何本もの太い青筋を額に浮かべる。

 

「全員……だと?先程まで有利に戦っていたからとはいえグルファレス魔法聖騎士団をたった1人で相手取ると?この俺を含めた騎士団を?……我々も随分と舐められたものだな。――良かろう!!その妄言死んでから後悔するがいい!!」

 

千代田の挑発に堪忍袋の尾が切れたラインハルトは自身を含めたグルファレス魔法聖騎士団の残存兵314名全員で千代田に戦いを挑む。

 

「総員、俺に続けぇええええっ!!」

 

「「「「うおおおおおおおっ!!」」」」

 

カラドボルグを掲げたラインハルトに先導され騎士達が雪崩をうって千代田に迫る。

 

だが、それは死に向かって突貫しているのと同意義だった。

 

「ウラアアアアアアアアッ!!」

 

「貴様は部下の憐れな死に様を目に焼き付けてから死ね」

 

「ッ!?ゲブッ!!」

 

先陣をきって来たラインハルトの一撃をあっさりとかわした千代田はラインハルトの頭を踏み台に跳躍。

 

無様にも頭から地面に突っ込んだラインハルトにそう言い残すと、ターゲットを後続の騎士達に定める。

 

そして、まさか団長が軽くいなされ、千代田の矛先がこちらに向くなど考えてもいなかった騎士達が顔面蒼白になる中、血脂にまみれた白刃が煌めいた。

 

「ゲホッ、あの女ァアアッ!!ふざけた真似を!!八つ裂きにしてくれ…………る……」

 

顔に付いた土を払い落とし、強打した鼻の痛みに顔をしかめながら振り返ったラインハルトは息を飲んだ。

 

何故なら、そこでは千代田により部下達が次々と屠殺されていたからだ。

 

果敢にも千代田に立ち向かう者は、その決意ごと体を断ち斬られ宙を舞い。

 

恐怖に耐えきれず、逃げようとしたものは重力兵器の餌食となって血染みへと変わり果てる。

 

既に数える程しか残っていない騎士は次々と討ち取られ凄まじい勢いで、その数を減らしていく。

 

「や、やめろぉおおおおッ!!」

 

一瞬の思考停止から我に返ったラインハルトが部下の救援に向かうも時既に遅し。

 

312人の騎士をあっという間に悉く斬り尽くした千代田が、最後に残った騎士――両腕を斬り落とされ膝立ちで、何かを悟ったような表情を浮かべている騎士の首をスパンッと刎ね飛ばした。

 

切断面から夥しい量の血を垂れ流しつつクルクルと回転しながら飛んだ首は地面に落ちてからも勢いが止まらず、狙いすましたようにラインハルトの足先まで転がって行くと、ようやくそこで止まった。

 

「……よくも……よくも俺の部下達をォオオオオッ!!」

 

幾つもの戦場を駆け抜け苦楽を共にした副官であった男の生首を拾い上げて、見開いたままであった目を閉じた後、ソッと地面の上に安置したラインハルトは刀身がバチバチと帯電しはじめたカラドボルグの柄を強く握り締めると骸の山を築き上げた千代田に向かって駆け出した。

 

「殺してやる……殺してやるぞ!!貴様の首は――部下達への手向けだァアアアアッ!!」

 

怒りのあまり冷静さを保つ事が出来ず、何も考えずに単調な動きで千代田に突っ込んでしまったことがラインハルトに取って最大の失態であった。

 

「軽いな」

 

刀身から発せられる稲光が一段と強さを増した瞬間、振り下ろされたカラドボルグを薙刀で軽々と受け止めた千代田はラインハルトの血走った瞳を真っ直ぐに睨み付けながらそう言った。

 

「なん……のッ!!事だッ!?」

 

渾身の力を込めているにも関わらず、一ミリたりとも押し込むことが出来ない事に戦慄しつつラインハルトが千代田に問う。

 

「何の事だと?決まっている、全てだ。貴様の想いもこの武器に宿る想いも何もかも軽い」

 

眉1つ動かさずカラドボルグを薙刀で受け止め続けている千代田は薙刀に少しずつ力を込め、ゆっくりとラインハルトを押し込んでいく。

 

そして、このままでは力負けすると悟ったラインハルトが鍔迫り合いを中断し千代田から距離を取り、再び攻撃を仕掛けようとした時だった。

 

「あの世で思い知れ、マスターを傷付けられ同胞達を失った私達の怒りは、部下を皆殺しにされた貴様のモノより何億倍も、何兆倍も熱く黒く激しく燃え滾り荒れ狂っていることをッ!!」

 

すぐそこ、間近な場所から聞こえた恐ろしい声に反応してラインハルトは声が聞こえてきた方向にカラドボルグを盾のように構える。

 

しかし、それも無駄な抵抗にしかならなかった。

 

「そんな……バカな……」

 

幾度となく使っても、折れず曲がらず欠けずであったカラドボルグをまるでバターを切るかのように容易く斬り裂き、更にはラインハルトが纏っていた白銀の重厚な鎧までも断ち斬り、最後にはラインハルトの肉体を横一文字に切断してみせた千代田と刀身が半分になったカラドボルグを握ったまま上半身だけで宙を舞うラインハルト。

 

2人を隔てている圧倒的な力の差を示すような終わり方で2人の戦いは決着がついたのだった。

 



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10

グルファレス魔法聖騎士団の殲滅を妹である千代田に任せ、単身で騎士団の半包囲を斬り抜けた千歳は暗殺者集団ブラッディーファングを、その統率者であるマリー・メイデンの姿を目にした瞬間、自らの心の中で渦巻いていたドス黒い大火が、より強さを増し何もかも焼き尽くしてしまいそうな業火と成り果てたのを確かに感じ取っていた。

 

「ようやくだ……ようやく、会えた」

 

カズヤの暗殺未遂事件に端を発した報復攻撃を行う一方で、ろくな休息も取らずに血眼になって探しに探した怨敵を目の前にした千歳は瘴気のような黒く澱んだオーラを放ちつつ、ネットリと粘りつくような粘着性のある黒い笑みを浮かべ口元を三日月型に吊り上げる。

 

その瞳に爛々と輝くのは殺意に満ちた赤黒い光。

 

すなわち怨念と憎悪で形作られた眼光であった。

 

「あら、やっぱり貴女が来たのね」

 

常人であれば、正気を失い錯乱してしまうような威圧感をまともに浴びていながらもマリーは飄々とした態度で千歳と対面する。

 

「……でも残念だわ。ちょっと前までなら貴女みたいな強く美しい女と殺り合うのは大好物だったのだけれど……今の私には大事な大事な男がいるから治るとはいえ無駄に体を傷付けたり力を消費したくないの。そこで提案があるのだけれど。私も貴女を見逃してあげるから貴女も私を見逃し――ムゴッ!!」

 

困ったような笑みを浮かべて、お互いに見てみぬフリをしてこの場を収めようという提案をしていたマリーの口に突然、刃渡り30センチ程の投擲用の直刀が突き刺さる。

 

「オゴッ、ゴッ……ぺっ……これが返事という事でいいのかしら?」

 

喉奥からうなじにかけて突き抜けた直刀を引き抜き放り捨てたマリーは眉をひくつかせながら肉体を再生させ、直刀を投げた張本人である千歳にそう問い掛ける。

 

「ご主人様を傷付けた貴様をワザと見逃す?ふざけるな。何があろうと貴様はここで死ぬ。私が――殺すッッッ!!」

 

悪鬼羅刹の如き面相に断固たる意思を秘め、千歳が吼える。

 

「そう。だったらしょうがないわね。ボルマー、貴方達は後ろに下がって手出ししないように」

 

「……言われなくても、あんなおっかない女の前に立とうなんて思いませんよ。姉御」

 

手出し無用と言われたボルマー以下の暗殺者達は震えが止まらない体を隠そうともせずに後ろに下がり、千歳とマリーの戦いを傍観する事になった。

 

「フフッ、それもそうね。――さて、愉しく死合いましょう」

 

逃げるように素早く後ろに下がったボルマー達を見送ったマリーは千歳に向き直ると満面の笑みで戦いの始まりを告げる。

 

その言葉を合図に激情に身を任せた千歳は予備の日本刀を抜き放ち両手に日本刀を握り締めるとマリーに向かって突貫する。

 

対するマリーも大鎌の得物を構え千歳に向かって駆け出す。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!」

 

「ハアアアアアアアアアアッ!!」

 

双方が一瞬の間に得物を激しく打ち合わせ瞬時に擦れ違う。

 

「チィッ!!」

 

「クッ、流石にやるわ――ねッ!!」

 

左肩の肩口を薄く斬り裂かれた千歳は悪態を吐きながら反転。

 

右腕を付け根の辺りからバッサリと斬り飛ばされたマリーは、右腕を再生させる一瞬だけ千歳より遅れて反転する。

 

その一瞬の差が、コンマ数秒が戦いの流れを左右した。

 

「クタバレェエエエエエエッ!!」

 

「ッ、クッ、ッツ、ッ!!」

 

一瞬の差を利用してマリーよりも早く攻撃体勢に入り日本刀を振るった千歳はマリーに攻撃の暇を与えず、苛烈なまでの斬撃を繰り出していく。

 

その猛攻を凌ぐハメになったマリーは大鎌の刃や柄で日本刀をいなしながら致命傷を防ぐものの、徐々に受ける傷の大きさや数が目立ち始める。

 

最初は掠った程度の小さな刃傷だったものが次第に大きく深いものへと代わり、その身に纏う装飾過多なゴスロリ風ドレスもボロボロに成り果て、しかも傷の再生前に流れ出た多量の血を吸ってドレスが重くなってしまう。

 

そうしたこともあり、劣勢に陥ったマリーの身体からは白刃が煌めく度に血飛沫が噴き、切断された肉片が飛んでいく。死んだ回数も10や20を軽く越えた。

 

「こンのッ、いい加減にしなさいッ!!」

 

猛攻を耐え死に続ける事に苛立ち鬱憤を溜め始めたマリーは、ダメージを受ける事を覚悟で大鎌を横凪ぎに振るい、千歳に距離を取らせることに成功する。

 

「ハァ、ハァ……マッタく……まるで獣ね、貴女」

 

結果、対価として顔半分を持っていかれ一度“死んだ”ものの不死であるマリーからしてみれば何の問題も無く平然とした様子で顔を再生させながら喋っていた。

 

「――副長、このままだとさすがの姉御も不味いんじゃ……」

 

長時間一方的に攻め続ける千歳と戦うマリーの体から噴き出る血飛沫や、空を舞う肉体の一部を見ていたブラッディーファングのメンバーが副長であるボルマーに声を掛ける。

 

「バカ。姉御が負ける訳がないだろ。不死なんだぞ?如何にあの女が恐ろしく強かったとしても……ほら、よく見てみろ。そろそろ形勢が逆転してくる頃だ」

 

しかし、マリーの真価が発揮されるのが今からだと知っているボルマーは余裕の表情で事の成り行きを見守っていた。

 

そして、ボルマーの言葉が事実である事を証明するように戦いに変化が現れた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「フフッ、流石の貴女も疲れてきたみたいね」

 

不死であるが故に、いくら体に刃が突き立てられようとも関係なく、また体力や膂力も人間の数十倍を誇る吸魂鬼マリーに対し息つく暇もない怒濤の猛攻を仕掛けていた千歳は青息吐息の状態だった。

 

「ッ、黙れ」

 

種族を隔てる圧倒的力の差を気力で埋め合わるのも限界に達していた千歳だが悲鳴をあげる体に鞭打ってマリーと戦い続ける。

 

「その強がりがいつまで持つか見物ね。フフッ、それじゃあ、続きの前に――ちょっとここでお話でもしましょうか」

 

「なに?」

 

額から汗を流し荒い息を吐いていた千歳は唐突なマリーの言葉に眉をひそめる。

 

「なんのつもりだ」

 

「なんのつもり……と言われてもね。疲労困憊の貴女を嬲り殺しても愉しくないからよ。それに貴女には聞きたい事が沢山あるの。カズヤの寵愛を一身に受けて、誰よりも信用され心からの信頼を得ている貴女に……ね?」

 

「……」

 

目を細めて意味深なセリフを吐くマリーに千歳は警戒心を露にする。

 

だが、千歳の警戒心もなんとやらマリーは勝手に語り始めた。

 

「ウフフッ、そんな風に睨まないで頂戴。別にバカにしたりしている訳じゃないのよ?ただ、聞いてみたかったの――カズヤが望郷の念を抱いていることを知っているのかどうかを」

 

マリーの口から飛び出て来た言葉は千歳に取って完全に予想外のモノだった。

 

「何……を言っている、貴様」

 

「あら?知らなかったの?カズヤは常日頃から、ふとした瞬間に望郷の念に駆られているのよ。まぁ、無理もないわね。いきなり“こっちの世界に送られた”のだから」

 

「……」

 

マリーの言葉を信じた訳ではないが、以前少しだけそんな素振りがカズヤに見受けられただけに一笑に付す事が出来ず、千歳は無言を貫く。

 

「あとは……そうね、カズヤの家族構成は知っているかしら?」

 

「ッ!!」

 

そういうことかっ!!

 

自身に取って有利な状況に傾き出してきた場面に水を差してまで話をしようとなどと言ってきたマリーの思惑に気が付いた千歳は悔しさのあまり唇を噛み締める。

 

「誕生日や出身地、好きな食べ物、好きな色、好きな服装、趣味、特技、初恋の相手、告白して玉砕した回数、精通した年齢――カズヤに一番近い貴女なら全部とは言わずとも、もちろん知っているわよねぇ?」

 

しかし、マリーは千歳に構うことなく不可視の楔を次々と容赦なく打ち込んでいく。

 

「……黙れ」

 

「あら?あらあらあら?黙れということは……もしかして全部知らないの?アハハハッ、笑っちゃうわね。カズヤの忠臣を気取っている貴女がカズヤの事を何も知らないなんて。あ、ちなみに聞いておいて何なんだけれど私はカズヤの血を吸った時に全部知る事が出来たから。そう、カズヤの全部、何もかもを」

 

「……黙れ……黙れ」

 

「カズヤも可哀想ね。何も知ろうとせず理解もしようとしない、こんな女が一番身近に居るだなんて。――そうだ、カズヤが私の手元に来たら、うんと可愛がってあげましょう貴女みたいな存在を忘れ去るまで♪」

 

「……黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――だまれええええええええッ!!」

 

「フフフッ、いい具合に魂が輝き出したわね。それにその怒りと屈辱に満ちた顔、その顔がどんな風に絶望に染まるのか楽しみでゾクゾクしちゃう――さぁ、休憩も終わり。ここからは私が攻める番よ。せいぜい楽しませて頂戴ッ!!」

 

「グゥ!?」

 

精神的な揺さぶりをかけられた上に疲弊した体で果敢にも勝負を挑んだ千歳だったが、やはりと言うべきか先程までの優勢は見る影もなく形勢は逆転していた。

 

そして一度守勢に回った千歳の旗色は芳しくなかった。

 

「ほらほら、どうしたのッ!?逃げたり避けたりしてばかりじゃ私を殺すことなんて出来ないわよ!!」

 

命を刈り取ろうとする大鎌を日本刀ではね退けかわす千歳の体に痛々しい生傷が増えていく。

 

「このッ!!」

 

必死の抵抗を続ける千歳だが先程の意趣返しとでもいうかのように、カズヤの寵愛を少しでも受けようと磨きをかけていた珠のような肌に次々と醜い刃傷が刻まれ、黒い軍服には血が滲んでいく。

 

それでもなお、千歳は歯を食い縛って痛みを堪えつつ執念で日本刀を振い続けた。

 

「ほらほら、右が甘いわよッ!!」

 

「ッ、クソッ!!」

 

しかし、疲労からくる集中力の欠如により千歳は失態を犯してしまう。

 

「しまった!?」

 

日本刀を交差させた状態で振り下ろされたマリーの大鎌を受け止めたのだが、その際に力を流しきれず日本刀をへし折られてしまったのだ。

 

「隙ありッ!!まずは、その左腕を斬り落としてあげるッ!!」

 

武器を失い、丸腰となった千歳に大鎌が迫る。

 

しかし、大鎌が千歳の左腕を斬り落とすことは無かった。

 

「ッ、まだまだぁあああああッ!!」

 

得物を破壊され疲労と傷の痛みに顔を歪ませて尚、闘志を失っていなかった千歳はマリーの一撃をヒラリと避け、反撃の狼煙となる一撃を叩き込む。

 

「ガギュッ!?」

 

2発の銃声が轟き、マリーの頭がザクロのように弾ける。

 

「アガ、アガ、ァ、……い、一体何が?」

 

首より上が完全に消失したマリーの肉体は糸が切れたマリオネットのように一度崩れ落ちたが、頭が再生するとすぐにヨロヨロと立ち上がった。

 

「ふん、流石の貴様も頭を潰されれば動きが止まるか」

 

銃口から硝煙を立ち上らせるS&W M500を両手に千歳はニヤリと笑う。

 

「チッ、ずいぶんと無粋な物を使うのね」

 

「無粋?ほざけ、貴様を殺す道具に無粋も粋もあるか。貴様はただ私の手で死ねばいい」

そう言いつつ銃口をマリーに定めた千歳は躊躇い無く、連続で引き金を引いた。

 

マズルフラッシュを瞬かせ、銃口から飛び出した計8発の500S&Wマグナム弾は再びマリーの身体を穿たんと飛翔する。

 

「こんなモノ!!効かないのよ!!」

 

だが、弾丸の弾道を見切ったマリーは500S&Wマグナム弾を紙一重でかわし千歳に肉薄すると大鎌を振り下ろした。

 

「――なら、これでも喰らってろ!!」

 

「もがっ!?――ッッ!!」

 

振り下ろされた大鎌に軍服を薄く切り裂かれながらもマリーの懐に潜り込んだ千歳は安全ピンが抜かれ、点火レバーが無くなっている起爆直前のTH3焼夷手榴弾をマリーの口に無理やり捩じ込み、そして下顎に上段蹴りを見舞いし蹴り飛ばす。

 

「―――ッ!!」

 

その直後、TH3焼夷手榴弾がマリーの口内で炸裂。声無き絶叫が辺りに響くと同時に肉の焼ける臭いが辺りに漂う。

 

「アギ、グガ、ガガッ……ガッ――フッ、フフフッ、今のは痛かったわ……もう遊びは終わり……苦しみの中で嬲り殺してあげるわっ!!」

 

僅か2〜3秒の燃焼時間とはいえ摂氏2000度を越える熱で生きた松明にされ、ぶちギレたマリーは先程よりもキレと鋭さを増した鎌使いで千歳の身体を傷付けていく。

 

「それはこっちのセリフだッ!!貴様がくたばるまで何度でも何十何百何千何万だろうが殺して殺して殺し尽くしてやるッ!!」

 

しかし、千歳も負けてはいない。腰のベルトに差していた大型のククリナイフで応戦しマリーの肉や骨、更には命を断つ。

 

2人の凄惨を極める戦いは果てしなく続き、辺りが互いの血で真っ赤に染まるまで続いた。

 

そして、戦いに終わりが見えた時、まだ戦う力を残していたのはやはり――マリーであった。

 

「アハハハッ、いくら強くても、どんな小細工を使ったとしても所詮、貴女はただの人間。吸魂鬼であり不死である私を殺すなんて不可能。それにカズヤの事を誰よりも知り想う私に勝とうだなんて千年早いのよ!!」

 

「ハァ……ハァ……」

 

血塗れで満身創痍、立っているのがやっとの千歳とは対照的に傷ひとつない身体で勝利宣言を口にしたマリーが戦いに決着をつけるべく、千歳の首を刈ろうと大鎌を振りかぶった時だった。

 

「――……そうだな。確かにこのままではお前を殺す事は出来ないようだ。だがお前を“倒し勝つ”方法ならいくらでもあるッ!!それと――貴様がご主人様の事を語るなッ!!」

 

振るわれた大鎌を掬い上げるようにククリナイフで弾き飛ばした千歳は、役目を終え刃が砕け散ったククリナイフを放り投げるとマリーの懐に飛び込んだ。

 

「なッ!?」

 

最早虫の息であったはずの千歳から、想定外の反撃を受けたマリーは一瞬慌てたが所詮は無駄な足掻きと考え、千歳の反撃を受けた後で確実に首を刎ねればいいと楽観的な考えを抱く。

 

だが、不死の体を持つが故の油断がマリーに取って致命的なものとなる。

 

「――えっ?」

 

スロモーションのように時間がゆっくりと流れていく中で、懐に飛び込んできた千歳が何をするのだろうかと、少しだけ興味を抱いていたマリーは千歳が自身の体に注射器の針を突き立て、容器の中に入っていた薬液を注入するに至って己の油断を悔いることになった。

 

「グッ!!アアアアアアアアアッ!!何を、私に何をしたああああああああっ!!」

 

長きに渡る生涯の中で今まで感じた事のない感覚――無理矢理体を作り替えられるような想像を絶する苦痛にマリーは余裕も何もかもを捨て去り鬼のような形相で声をあげ、ヨロヨロと覚束無い足取りで後退る。

 

「いい様だ。貴様にはお似合いだな」

 

「アアアアアアアアアッ!!熱い、体が、熱い!!」

 

もがき苦しむマリーの姿を愉悦に歪んだ顔で眺める千歳は、とある実験の副産物として開発された薬品に思いを馳せる。

 

それはマリーと同じ様に不死であるヒュドラを実験する過程で、不死の生物の特徴にして最大の強みでもある肉体再生を阻む一番簡単な方法として細胞分裂を阻害すればいい事が分かったため、不死の敵が現れた場合に備えて準備されていた薬品であった。

 

物は試しと持ってきていたが、科学者達の予想通り不死に対してはある程度有効なようだな。

 

「決着を……つけるぞ」

 

破壊された時に半ばから刀身が折れてしまっている日本刀を突き刺さっていた地面から引き抜いた千歳はマリーに最後の戦いを挑む。

 

「くぅううっ!!はぁはぁ、何をされようと私は死なないッ!!勝つのは私よ!!」

 

悪寒や震えが止まらない身体を押してマリーは大鎌を拾い構える。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!」

 

「ハアアアアアアアアアアッ!!」

 

戦いが始まった時のように一瞬で交差した2人。

 

しかし、交差した後はどちらも得物を振り抜いた体勢で固まっていた。

 

「「「「……」」」」

 

息が詰まるような重苦しい沈黙が辺りを満たし、2人の戦いを見守っていた者達は固唾を飲んで、その時を待つ。

 

「クソ……手応えが軽い……届かなかったか……」

 

状況が動いたのは10秒程経ってからだった。

 

額から右目の上を通って頬に抜ける傷から流れ出した血がツーッ、と顎先を伝わって滴り落ち、ポタポタと地面に赤い斑点を作る。

 

「姉様ッ!!」

 

「ッ、私の獲物だとか大見得を切っていた癖に世話が焼ける人ですね、もう!!」

 

顔の傷から血を流し、前のめりにゆっくりと倒れ出した千歳の身体を、騎士団を殲滅しこの場に到着したばかりの千代田とセリシアが慌てて受け止める。

 

「アハッ、アハハハハハハッ!!ほら見なさい!!私が勝った―――ゴプッ!?あ、あぁ、ああああああああああッ!!」

 

千歳が倒れ千代田とセリシアに受け止められてから動き出したマリーが勝利を確信した直後、左腕がボトリと音をたてて地面に落ち更には腹部が裂ける。

 

そしてマリーは食道を駆け上がってきた大量の血を何度も何度も口から吐き出し始めた。

 

「か、体が……再生……しない!?痛い……痛いッ!!」

 

肉体再生が出来なくなっていることをようやく知ったマリーは生まれて初めて癒えない傷の痛みを知り、のたうちまわる。

 

「姉御ッ!!大丈夫ですか!?」

 

相討ちという予想外の決着に慌てて駆け寄るボルマー達。

 

「ふ、ふふっ、ざまあみさらせ……一矢……報いたぞ」

 

「この、よくもッ!!よくもぉおおおおっっ!!殺してやる!!殺してやるぅううううっっ!!」

 

互いに仲間の介抱を受けながら激しく視線をぶつけ合う千歳とマリー。

 

千歳はしてやったりとばかりに笑みを溢しマリーは鬼の形相を浮かべ荒ぶる。

 

「ちょ、動かないで下さい、姉御!!内臓が飛び出しますから!!」

 

「黙れ!!あの女を殺す、殺すぅううううっ!!」

 

「あ〜もう!!てめぇら、ずらかるぞ!!道を切り開け!!なんとしてもここから姉御を逃がす!!」

 

「「「「応ッ!!」」」」

 

怒りに囚われ暴れるマリーを抱き上げたボルマーは部下に指示を出して、この窮地からの脱出を図る。

 

「全部隊、逃がすなッ!!必ず仕留めろ!!」

 

「姉様!!動かないで下さい!!」

 

「あっ、もう!!わざわざなけなしの魔力を使っているのですから、大人しくしていて下さい」

 

しかし、そう簡単に千歳がマリーの逃亡を許す筈もなく、包囲網を敷いていたグルカ兵に攻撃を命じる。

 

「お前達も奴を追え、何としても奴を殺すんだ!!今なら殺せる!!」

 

グルカ兵とブラッディーファングのメンバーが激しい攻防を繰り広げているのを見て、千歳は自身の傷の手当てに追われる千代田とセリシアにマリーの追撃に加わるよう声を上げる。

 

「駄目です。今は姉様の事が最優先です。――衛生兵!!早く来い!!」

 

「私の事などどうだっていい!!今は奴を――」

 

「お黙りなさい!!あの化物を殺してやりたいのは山々ですが……貴女を失えばカズヤ様が悲しみます。ですから今は貴女を助けます。繰り返しますが、これはカズヤ様を悲しませぬ為の治療、分かったら黙って治療を受けていなさい」

 

血を流し過ぎて失血死寸前の千歳を一喝して黙らせたのは意外にもセリシアであった。

 

「……」

 

カズヤのためと言われてしまえば黙るしかない千歳は不服そうな表情を浮かべていたが、大人しく治療受け始めたのだった。

 

その後、結局マリーを含む2名を討ち漏らしたとの報告を受けた千歳達は作戦失敗の苦々しい味を噛み締めながら本土に帰投する事になった。



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11

どこまでもどこまでも続く、果てしない暗闇の中をカズヤは無言で黙々と歩いていた。

 

例え、前後左右に加えて上下の感覚が無くなっていたために、前に向かって進んでいるのかそれとも後ろに向かって進んでいるのか、登っているのか下っているのか、右に曲がっているのか左に曲がっているのか、そんな当たり前の事すら分かっていなかったとしても。

 

何かに突き動かされるように歩みを止めることだけは決してしなかった。

 

希望も何もかも塗り潰してしまいそうな漆黒の冥い世界をカズヤはただ無心で歩き続けた。

 

そして、漆黒の世界を引き裂くように小さな、本当に小さな光を視界に捉えた時、カズヤは安堵の息を漏らし一時的に歩みを止めた。

 

「あら、ようやくお目覚めかしら?」

 

「ッ」

 

再び歩き出し光に向かってラストスパートをかけようとしたカズヤだが、行く手に立ち塞がり光を閉ざす者がいた。

 

それはニコニコと愉しそうな笑みを顔に張り付け、ゴスロリ風のドレスを纏う少女。

 

とてつもない長い年月を生きて殺戮を趣味としておきながらも人畜無害な、か弱き乙女にしか見えない容姿のマリー・メイデンであった。

 

「でも……もう少しここに居ましょうよ?ね?だって私と貴方はまだ何も語り合っていないのだし」

 

「邪魔だ、そこを退け。お前と話す事はない」

 

永遠のように長い間、漆黒の世界をさ迷い光を探し求めていたカズヤは目の前にいる相手に剣呑な声で命じる。

 

それでなくとも目の前にいるのはイリスを殺しかけた女。

 

敵意が言葉に込められているのは当然と言えた。

 

「い・や・よ。――……それにしても謎だわ。血を吸った時に貴方は私の眷属になっているはずなのに……もっと言えば魂には隷属魔法を刻み込んだはずなのに、そのどちらも不完全な状態になっているだなんて、どういうことかしら?まぁ、不完全ながらもパスが繋がっているおかげでこうして貴方の中で会って話が出来ているのだけれど。あ、そうそう。貴方が眠っている間、結構大変だったのよ?貴方の部下には酷い目にあわせられるし……」

 

「もう一度言う、そこを退け」

 

「全く……眷属化と隷属魔法が有効ならば、主に対してそんな口の聞き方も出来ないはずなのだけれどね。まぁいいわ。こういった事は障害があればより一層燃え上がるものと聞くし。手間暇かけて貴方を私色に染め上げるのもまた一興だわ」

 

こちらの話を聞いているのか、いないのか。そのどちらなのかは分からないがこれ以上の問答は無駄なものだと判断したカズヤはマリーを強制的に排除することにした。

 

「いいから黙って、そこを退け」

 

マリーの目の前まで進んだカズヤはマリーの小柄な体に手を伸ばし強引に押し退けにかかる。

 

しかし、押し退けようとするそのカズヤの手を他ならぬマリーが掴み止めた。

 

「1つだけ忠告しておくわ。この先は辛苦を塗り固めたような修羅の道。それでもなお行くというのであれば気をしっかり持った方がいいわよ?」

 

「……」

 

そう言ってド派手なピンク色の長髪をたなびかせながら道を譲ったマリーの言葉を無視しつつカズヤは歩き出す。

 

「っ!?」

 

だが、その直後カズヤは足を止めざるを得なかった。

 

「もう……だから言ったでしょ?気をしっかり持ちなさいと」

 

「……」

 

やれやれと言わんばかりのマリーの言葉も聞こえていないのか、カズヤはただ無言で前を見ていた。

 

眼前に広がるのは、これまでの戦闘で戦死した部下達の骸や激戦の末に破壊され無惨な姿に成り果てた兵器の残骸。

 

更に言えば戦争の負の面をギュッと固めた縮図のような地獄絵図がカズヤの求める光の前に広がり行く手を遮っていた。

 

「ほら、目覚めるのはいつでも出来るわ。貴方の覚悟が決まるまで私と話でもしていましょう?なんなら気持ちいい事でも――って、もう!!何でこの私が追いかける側なのかしらっ!!」

 

歯を食い縛り口をギュッと横一文字に結び一歩一歩、踏みしめるように重い足取りで地獄絵図の真っ只中に歩み出したカズヤに気が付いたマリーは慌ててカズヤの後を追う。

 

「……よいしっ……とッ!!」

 

「呆れた……全部“背負って”いくつもり?まぁ、私としては魂の格が上がるから歓迎すべきことなのだけれど……貴方はその重さに耐えきれるのかしら?」

 

人間の血と兵器の血であるオイルが混ざりあった赤黒い水溜まりに足を取られながらも転がっていた部下の骸を次々と担ぎ上げ、背中に乗らない分は手で掴んで引き摺り始めたカズヤを見てマリーが呆れとも感心ともつかないような声を漏らす。

 

「うるせぇ……俺が背負わないで誰が背負う。俺が殺した兵士達だ」

 

氷のように冷たくずっしりと重い骸を何体も担ぎ、背に乗らない分は両手で掴めるだけ掴んで前に進むカズヤ。

 

それでもまだ背負いきれぬ、拾いきれぬ無数の骸が辺りに転がっている。

 

多すぎる骸の数にカズヤの口からは後悔に満ち懺悔をするような、そんな声が漏れた。

 

「ふぅーん。けれど所詮は神とかいう存在に与えられた能力で呼び出した人形達でしょ?人の姿形をしていようと厳密に言えば人ではない者達にそこまでするの?それに背負い過ぎるのは考えものよ、カズヤ」

 

「……確かに。一部を除いて俺の周りに居るのは皆、能力で召喚した奴等ばかりだ。つまり、みんなどこか違う世界にいるオリジナルのコピーだろうさ。けどな、それがどうした?人だろうが人形だろうが化物だろうが関係ない。皆こんな俺に忠義を尽くしてくれている、俺には過ぎた仲間だ。それと背負い過ぎる?ふざけるな。これは俺が背負うべき、いや背負わなくてはいけないものだ。俺の責務であり義務であり、何より意地なんだよ」

 

「そう……じゃあ……彼女達は背負わなくてもいいの?」

 

あと一歩で求めていた光に手が届くというところでマリーが発した言葉にカズヤはピタリと立ち止まり、ゆっくりと後ろを振り返る。

 

「お待ち下さい……ご主人……様、私達と……どうか、どうかご一緒に……」

 

「さぁ、こちらに……こちらにいらして下さい、ご主人様」

 

背後に立っていたのはシェイルとキュロットの2人。かつて失ったメイド達だった。

 

2人は死亡した時と全く同じ姿で――ラミアであるシェイルは蛇の体から夥しい量の血を流し、狐人族であるキュロットは首があらぬ方向にネジ曲がった状態でカズヤの事を呼んでいた。

「……」

 

「どうしたの?カズヤ。貴方が大切にしていた者が呼んでいるわよ?行かないの?」

 

マリーは口元に小さな嗤いを浮かばせながら無言で黙り込んでいるカズヤの反応を伺う。

 

「失せろ、紛い物」

 

しかし、カズヤが発したのは拒絶の言葉だった。

 

「一年に満たない短い間の付き合いだったが、2人は絶対にそんな事を言わない事だけは分かる。だからさっさと消え失せろ、紛い物ッ!!」

 

カズヤが吼えると同時にシェイルとキュロットの姿をしていたモノは砂上の楼閣のようにサラサラと崩れ灰へと還った。

 

「あら残念。彼女達を使えばここに留まってくれるかと思ったのだけれど」

 

「フンッ、見くびるなよ?あんな出来の悪い紛い物に――クソッ!!」

 

マリーの言葉に嘲笑で返してから前に向き直り、最後の一歩を踏み出そうとしたカズヤだったが足に踏ん張りが効かず片膝を付いてしまう。

 

足が動かないッ!!

 

いくら立ち上がろうと試みても足は震えるばかりで、言うことを聞くことはなかった。

 

「フフッ、限界がきたみたいね。さぁ、こっちに来て私と――チッ!!」

 

立ち上がろうともがくカズヤを闇の世界に連れ戻すために手を伸ばしたマリーは、突然鋭い痛みが走った手を反射的に引っ込め後退る。

 

「……?……ッ!!」

 

自分から遠ざかったマリーの気配を疑問に思ったのも束の間、見知った暖かな温もりに両脇を支えられカズヤは最後の一歩を歩み出す。

 

「はぁ……今回はここまでのようね。また会いましょう、カズヤ」

 

引っ掻き傷と青アザが出来た手を擦りながら口惜しそうな表情を浮かべて姿を消したマリー。

 

しかし、当のカズヤはマリーの事など気にする余裕はなく、光りに呑まれる直前に微笑みながら小さく手を振り見送ってくれていたシェイルとキュロットの姿を目に焼き付ける事で手一杯であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……んっ、んんっ……ぁ…………知らない天井――……じゃないな」

 

長い眠りの中で何か大切なものと出会っていたような感覚を味わいながらも、ようやく目を覚ましたカズヤはお決まりのセリフを言う前に、自分がどこに居るのかを悟り口をつぐむ。

 

清潔感溢れる白い壁に白い天井。

 

そこは以前乗っていたヘリが撃墜された時に負った怪我を癒す為、使用した病室であった。

 

「……あぁ、クソ、体が……鉛みたいに重い……前の時より……酷いな、こりゃ……」

 

まさか同じ病室に2度も入る事になろうとは思ってもみなかったカズヤは複雑な心境で天井を眺めながらブツブツと独り言を漏らしていた。

 

「お……兄さん?」

 

そんなカズヤの独り言が切っ掛けになったのか、広い病室の中にひしめく寝袋の内の1つがもぞもぞと蠢き中に入っていた少女が、まるでサナギから羽化する蝶々のように這い出てきた。

 

しかし、サナギから這い出しその場に立ち尽くす蝶々の姿は控えめに言っても酷かった。

 

生気が消え失せた顔は重病人のようにやつれて青白く、宝石のような緑と碧眼のオッドアイは絶望の輝きだけを光らせ、目元には真っ黒な隈。

 

ウェーブが軽くかかった長い金髪だったはずの毛髪は、色素が抜け落ち真っ白な白髪に成り果て。

 

唇はカサカサに乾きひび割れ、健康時の潤いに満ちた面影もなくその可愛らしい容姿を損ねていた。

 

「イリス……か?どうした、その顔!?」

 

怪我を負いベッドに横たわっている自分よりも安静にして寝ていないといけないような――変わり果てたイリスの姿を目の当たりにして、カズヤは何かの見間違いではないのかと瞬きを繰り返し目をゴシゴシと擦る。

 

しかし、いくら目を擦った所で事実が変わることは無かった。

 

「……」

 

「一体……何があったんだ、イリス?」

 

「……う」

 

「う?」

 

「うっ、うっ、っ、うわぁああああああああんッ!!」

 

目を覚ましたカズヤの顔を凝視し立ち尽くしていたイリスは肩を震わせ声や息を何度も激しく吸い上げるようにしてしゃくりを上げ始める。

 

そして遂には着ているドレスのスカート部分を握り締めながら突然大号泣し始めた。

 

「な、何!?」

 

「なんだいッ!?敵襲!?」

 

止めどなく大粒の涙をボロボロと流し、喉が張り裂けんばかりに泣きじゃくるイリスの泣き声に驚き次々と寝袋が開かれる。

 

そこから出てきたのはイリスと同様に色濃く浮かぶ疲労でその美貌を陰らせている妻達であり、メイド達であった。

 

その後、5分もしない内にカズヤの居る病室は大勢の人で溢れることになる。

 

駆け付けた医師や看護師に始まり元から居た妻やメイド達で病室は埋まり、入室が叶わなかった側近の者達は入り口から遠巻きにカズヤの事を眺めていた。

 

「ヒック……ヒック……」

 

「全く……あまり心配させないで頂戴」

 

「カレンの言う通りさね。アンタがもう目を覚まさないんじゃないかと気が気では無かったんだからね、あたしらは」

 

「よかった……本当によかった……」

 

「もぉ……お姉ちゃんとイリスは泣きすぎだよ?せっかくカズヤが目を覚ましたんだから笑顔で……ッ……答えて……ヒック……あげ……ッ、うええぇぇぇぇん!!よ゛がっだよ゛ぉおおーー!!めがざめでぇえええーー!!」

 

「お目覚めになられるのを一日千秋の思いでお待ちしておりました。総統閣下」

 

「おはようございます、マスター」

 

ベッドの最前列に陣取った妻達は思い思いの言葉をカズヤに掛ける。

 

最もまともに声を掛ける事が出来たのはカレンやアミラ、伊吹、千代田だけでイリスは未だに嗚咽を漏らしており、フィーネも安堵からかポロポロと涙を流していた。

 

加えて気丈に振る舞いイリスとフィーネが泣いているのを笑い飛ばそうとしたリーネは2人の涙に感化されたのか、イリスに遅れて大号泣を始めてしまっていた。

 

「心配をかけたな……ほら、イリス。俺はもう大丈夫だから泣くな」

 

「ヒック、でもッ、でも私のせいでお兄さんがっ!!」

 

「イリスが気にする事じゃないよ」

 

マリーが事の元凶とはいえ、間接的に自分がカズヤを殺しかけたと責任を感じて泣いてばかりいるイリスを泣き止ませるために、カズヤは手を伸ばしイリスの頭を撫でようとした。

 

自分から見て“左側”に居るイリスの頭を。

 

「……あれ?」

 

だが、いくら“左手”を伸ばそうともイリスの頭を撫でる事は出来なかった。

 

「……ぁ」

 

カズヤが左手を動かそうとしている事に気が付いたイリスは元々青白くなっていた顔を更に青ざめさせる。

 

「……ごめんなさい……ごめんなさいっ!!ごめんなさいっ!!ごめんなさいっ!!ごめんなさいっ!!私が居なければお兄さんは!!私が居たからお兄さんが!!私なんか――」

 

しまった!?と思った時には時既に遅し。

 

記憶の混乱で左腕を失っていた事を忘れていたカズヤの失敗でより一層責任を感じてしまったイリスは謝罪の言葉を延々と口にし再度泣き始め、更には悪い方へと思考が巡り最悪の言葉を吐き出そうとしてしまう。

 

「ダメ!!」

 

しかし、寸前の所で側にいたメイド――ダークエルフのルミナスの魔法によって強制的に眠らさせられた。

 

「ストレッチャー!!ストレッチャーを早く!!」

 

「は、はい!!」

 

眠りに落ちたイリスを抱き止めたルミナスが看護師達に叫ぶ。

 

「「「「……」」」」

 

ルミナスの機転で事なきを得たものの病室の空気は一転して重苦しいモノへと変化していた。

 

「……貴方が眠っていた間も、ずっとあんな風だったのよ。寝ても覚めても悪夢を見ているように苦しんでいたわ。よほど貴方に怪我を負わせてしまったことを気に病んでいたのね」

 

「……そうか」

 

小声でそう教えてくれたカレンの言葉にカズヤは短く返事を返し、ストレッチャーに乗せられたイリスのやつれた顔を眺めていた。

 

「……皆様。閣下はお目覚めになられたばかりで体力もまだ戻っておりませんしこれから精密検査もございます。また、皆様もかなりの疲労が溜まっておられるかと思いますのでお話は次の機会に」

用意されたストレッチャーに乗せられイリスが病室から運び出されると同時にカズヤの主治医が遠回しに病室からの退室を命じた。

 

「そうね……色々と話したい事はあるけれど……また次の機会にしましょうか」

 

「……そうだね。ほらフィーネ、リーネ、行くよ」

 

「はい」

 

「ヒッグ……ヒッグ……う゛ん」

 

とにもかくにもカズヤが目を覚ました事で一応の安心を得たカレン達は後ろ髪を引かれながらも大人しく病室を後にした。

 

「……千代田、俺はどのくらい眠っていた?」

 

立場上報告せねばならない事がある千代田と伊吹を除いたカレン達4人が去っていくのを笑顔で見送った後、瞑目し何かを考えていたカズヤが唐突に口を開く。

 

「1ヵ月と4日、それに11時間36分12秒です。マスター」

 

「1ヵ月もか……――それで聞いてもいいか?千歳はどこだ?」

 

カズヤは目を覚ましてからずっと気になっていた事を問い質した。

 

「それが……姉様はマスターに会わせる顔がないと言って」

 

「どういうことだ?千歳に何があった?」

 

「それは……その……なんと言いましょうか……」

 

「私からご説明致します」

 

珍しく口ごもる千代田に代わって伊吹がカズヤに事の成り行きを説明し始めた。

 

「千歳が……右目を失っただと!?」

 

伊吹の説明を聞き終えたカズヤは、あまりにも受け入れがたいその説明に思わず聞き返していた。

 

「はい。閣下が昏睡状態に陥ってから1週間後。本土襲撃を行った敵部隊の居場所を霧島遥斗中尉の献身的行為により特定。その後、千歳副総統は部隊を率いて出撃し敵部隊と交戦。グルファレス魔法聖騎士団は千代田総統補佐官が殲滅し、監獄島を襲撃したローウェン教教会騎士団はセリシア・フィットロークとアデル・ザクセンの両名が共同殲滅。なおローウェン教教会騎士団に同行していた7聖女全員をセリシアが生け捕りにしております。そして総統閣下のお命を狙った暗殺者集団ブラッディーファングのボス、マリー・メイデンと千歳副総統が交戦。結果的に相討ちという形になりましたが、その際、額から右目の上を通って頬に抜ける大怪我を負い右目を失明、加えて全身に無数の刃傷を受けていたため、つい先日まで千歳副総統も入院しておられました。詳細はこちらのタブレット端末の中に」

 

「……分かった、後で目を通しておく。千代田、千歳を呼んできてくれ。あとセリシアとアデルもな」

 

「ハッ、承知致しました」

 

カズヤの命令に返事と敬礼をして病室から千代田が出ていった後、カズヤは伊吹に幾つかの質問を投げ掛けた。

 

「伊吹、幾つか聞いてもいいか?」

 

「ハッ、なんでしょう?」

 

「まず……まず、そうだな。遥斗の献身的行為というのは何だ?“中尉”と呼んでいることと関係あるのか?」

 

軍籍を剥奪された筈の男に対し階級を付けて名を呼んだ事に疑問を抱いていたカズヤが問う。

 

「ハッ、霧島遥斗中尉の献身的行為というのはローウェン教教会騎士団が監獄島を襲撃した際に、連れ出された捕虜達の中に紛れ込み、敵の居場所を自身の発信器でこちらに知らせた事です。ですが途中で身元がバレた中尉は拷問を受けていたらしく千歳副総統達が駆け付けた時には両目を潰され、膝から下が無くなっている状態で……最期は中尉自身が持っていた自決用の毒薬をメイデンに無理やり飲まされ死亡――戦死いたしました。その功績を評価し千歳副総統が中尉の軍籍を復活させ軍人としての死亡扱いにするという事でしたので中尉扱いをしております」

 

「……そうか……ん?……持っていた自決用の毒薬で戦死?伊吹、それは確かなのか?」

 

「はい、千歳副総統や千代田総統補佐官、その他グルカ兵の特殊部隊も確認している事ですので間違いはありません」

 

「中尉の遺体はどうした?」

 

「遺体は取り敢えずの応急処置を施した後、本土に持ち帰ってから受取人を申し出て来た古鷹五十鈴中佐と涼宮明里小尉に引き渡しました。引き渡したその日の内に葬式を行い、遺骨は海に散骨したと聞いています。それが何か?」

 

「……いや、何でもない」

 

伊吹の言葉に小さく笑いながら首を横に振るカズヤ。

 

「上手くやったか……」

 

晴れ晴れとした顔で、ついポロリと漏らした言葉は誰の耳にも届くことなく空に溶けていった。

 



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12

目を覚ましたカズヤが眠っていた間に起きた事を伊吹から聞きつつ病室に居なかった千歳やセリシア、アデルの到着を待っていた時だった。

 

「お父……様?」

 

見知った顔が遠慮がちにひょっこりと入り口から顔を覗かせた。

 

「クレイス?どうした――……あぁ、いいから。おいでクレイス」

 

病室に入ってくるのを遮ろうとした看護師を制止してカズヤはクレイスを部屋の中へ招き入れる。

 

カズヤの許しにぱぁーと花が咲いたような笑みを浮かべたクレイスはととと、と小走り気味に駆け寄った。

 

「先程お目覚めになられたとお聞きしましたが、ご気分はいかがですか、お父様?」

 

「あぁ……気分は悪くないよ」

 

「よかった……。ずっとお父様の事を心配していたんですよ、私も家にいるみんなも。特に年少組の子達なんか、お父様が倒れられてから夜泣きやお漏らしが再発したとかでお世話係のエルフの方達も大変だったようですし。もうあまり無理は為さらないで下さいね、お父様」

 

「悪かったよ、心配をかけて……ところで何故クレイスは病衣を着てるんだ?」

 

愛娘の責めるような苦言にカズヤは苦笑いで答える。

 

しかし、入院患者が着用する事になっている水色の病衣をクレイスが着ている事に疑問を抱いたカズヤは首を傾げた。

 

ぱっと見た所、これと言って怪我をしている様子もなく、またクレイス自身元気な様子でパタパタとスリッパの音を立てて駆け寄って来ていたため、カズヤの疑問は深まるばかりであった。

 

「んふっ、んふふっ。……ちょっと倒れちゃいました」

 

「倒れただと?どういうことだ、まさか……何か病気なのか!?」

 

カズヤの右手を手に取り、自らの顔をまるで子猫のようにスリスリと擦り付け、目を覚ました喜びを表すように背中の白い翼をバサバサと羽ばたかせるクレイス。

 

そんなクレイスの、愛娘の口から飛び出た言葉にカズヤは狼狽え、どういうことだと言わんばかりに伊吹や側にいた医者に視線を投げ掛ける。

 

「もう少し後にお伝えしようと思っていたのですが……確かにクレイス嬢は倒れられました。何の偶然か閣下が倒れられたのとほぼ同時に。しかし精密検査を行っても倒れた原因が分からないのです。体はいたって健康で悪い所はありません。しかしながら……倒れた事と関係があるのか分かっていませんがクレイス嬢の左腕全体が……その、麻痺しています」

 

「なんだと!?」

 

医者に言われて、よくよく見てみれば確かにクレイスはカズヤの右手を掴む際に右手しか使っておらず、もう片方の左手はダランと力なく垂れ下がり体が揺れるのに合わせてブラブラと揺れているだけだった。

 

「クレイス……」

 

「んー?何ですかお父様、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。私は大丈夫ですから。それより2人一緒に左腕が使えなくなるなんて何だか運命的ではありませんか」

 

「……」

 

左腕が使えなくなったというのに、いやに嬉しそうにそう言ってのけたクレイスの態度にカズヤは違和感を感じていた。

 

なんだ……この違和感は。何か似たような感覚を前に……。

 

だが、その違和感の源にカズヤが気付く前に廊下からバタバタとやけに騒がしい足音が病室に近付いて来た。

 

「カズヤ様ッ!!」

 

「カズヤッ!!」

 

病室の扉を蹴破る勢いで室内に雪崩れ込んで来たのはセリシアとアデルの2人であった。

 

競い争うようにカズヤが横になっているベッドまで駆け寄った2人はカズヤが意識を取り戻していることを自分の目で確かめると安堵のあまり床にへたりこんでしまった。

 

「それじゃあ私は部屋に戻りますね。またここに来てもいいですか?お父様」

 

「あぁ、またおいで」

 

やって来たセリシアとアデルに気を使ったのか、クレイスはそう言うと看護師に付き添われ病室から出ていった。

 

「……カズヤ……様」

 

「何だ?セリシア」

 

クレイスが出ていってから少しして。

 

以前と比べて明らかに痩せてしまっているセリシアがホロホロと涙を流しながらが口を開く。

 

「心配……したのですよ?左腕を失ったばかりか、あなた様のお命までも失われでもしたら……我々は、信徒一同はもうどうしたらよいのかと……毎日毎日あなた様の事を想い祈りを捧げるしか出来ないこの非才の身をどれだけ呪い悔いたことか」

 

カズヤの体が危機的状況を脱してからは医者達に治癒魔法をかける事を禁止されていたため祈ることしか出来ず、もどかしい思いをしていたセリシアは、その時の事を思い出しながらカズヤの瞳を真っ直ぐに見詰める。

 

「セリシアの言う通りだ。あまり心配をさせないでくれ。もうこれからは俺達がお前の側にずっと控えるからな」

 

目をごしごしと擦って涙を拭き取ったアデルは、セリシアの言葉に便乗しつつ無茶をしたカズヤに対して怒ったような顔を見せた。

 

「すまなかったな。――……なんか、雰囲気が変わったか?アデル」

 

心配をかけてしまった2人に謝罪したカズヤは、どことなくアデルの様子が以前と違う事に気が付く。

 

言うなれば険が取れたというか、溝が無くなったというか、何か精神的な距離感がグッと近くなっていることに。

 

「フフッ、アデルもカズヤ様を失うかもしれないというとてつもない絶望感を味わったが故にこれからはもう自分の気持ちに素直になることにしたそうです」

 

「まぁ、そう言うことだ。もうお前に対する気持ちを隠したり偽ったりする事はしない。……覚悟しろよ?」

 

「……」

 

な、なんの覚悟?

 

堂々としたアデルの宣戦布告にカズヤがポカーンとしていると、その反応が気に入らなかったのかアデルが頬を赤く染めながらカズヤに詰め寄る。

 

「何だ、その顔は。お前が女を捨てた私に……お、女の悦びを教えたんだぞ!!責任は取ってもらうからな!!」

 

異世界からやって来た花も恥じらう女勇者はそう言ってカズヤの鼻先に人差し指を突き付ける。

 

「ぁー……イエッサー……」

 

えっと……これからは“スイッチ”が入った状態のアデルが通常時のアデルになるということか?

 

大変だな、こりゃ。

 

元より責任は取るつもりではあったが、むっつりスケベのアデルの相手をこれからしていく事を考えるとカズヤは自分の腰が持つかどうか心配であった。

 

「ところでカズヤ様。お目覚めになられたばかりのところに申し訳ないのですが、幾つかお許し頂きたい事が」

 

アデルとカズヤの会話が落ち着いた所を狙って、真面目な顔をしたセリシアがカズヤに声を掛ける。

 

「――そこまでだ。閣下の御身のことも少しは考えろ。いらぬ話をしたいのであれば日を改め別の機会にしろ」

 

だが険しい表情を浮かべた伊吹が、それに待ったをかけた。

 

なんだ?

 

突然険悪なムードに包まれた2人の姿にカズヤは戸惑いを隠せない。

 

「そう……ですね。今回ばかりは私が間違っておりました。今の話の続きはカズヤ様のお体が本調子に戻ってからということで」

 

ピリピリとした空気が流れ部屋の中がシーンと静まり返る中、セリシアが静かにそう言った。

 

それを切っ掛けにピリピリとした空気は霧散したが、今度は言い様のない重苦しい空気が部屋の中に沈殿することになった。

 

「――それではそろそろ、おいとまさせて頂きましょうか」

 

「そうだな」

 

しかし、それもカズヤがいる病室を重苦しい空気で満たしていることを、よしとしなかったセリシアがアデルに声を掛け退室を促した事で解消される。

 

「では、カズヤ様。また参らさせて頂きます」

 

「じゃあな、カズヤ」

 

「あぁ」

 

2人はカズヤとの別れを惜しみながら病室を去っていった。

 

「伊吹、セリシアと何かあったのか?」

 

セリシアが引いた事で一先ずは重苦しい空気が無くなり、平穏を取り戻した病室で憮然としていた伊吹にカズヤが問う。

 

「いえ、総統閣下がお気になさることでは……」

 

「伊吹」

 

「……私兵を持たせろというセリシアと少し揉めております」

 

無駄な心配事を増やすまいと気を利かせて言葉を濁した伊吹だったが、カズヤに少し強めに名を呼ばれ重い口を開く。

 

「私兵を?どうしてまた」

 

「閣下を敵から守るための護衛隊を編成するため私兵を持ちたいと。人員は長門教の信徒や捕虜にした7聖女で賄うとも言ってきております」

 

「それはまた……セリシアは親衛隊に喧嘩を売るつもりか?」

 

伊吹の口から語られた話にカズヤは眉をひそめた。

 

何故ならセリシアの要求はカズヤの身辺警護をこれまで担ってきた親衛隊に対して、貴様らは役立たずだ。だから私達が代わりをやると言っているに等しいからである。

 

「まぁ、裏切る心配がないセリシアなら私兵を持たせることもやぶかさではないが……それが俺の護衛目的となると話が変わってくるからな……」

 

「えぇ、それに……セリシア以外にも今回の件を受けて護衛部隊を作らせろという者達が」

 

「なに?」

 

「陸海空、それに海兵隊の長官ら等々、数人です」

 

「あいつらか……」

 

パッと脳裏に浮かんだ我の強い面々にカズヤはため息をもらした。

 

「分かった。護衛部隊の件は俺が皆に話をつける。今まで面倒をかけたな、伊吹」

 

「いえ、もったいないお言葉です」

 

これまで日の当たらない裏方で活躍していた伊吹はカズヤから直々に送られた労いの言葉に嬉しそうに頬を弛めたのだった。

 



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13

投稿し忘れておりました
m(__)m

誠に申し訳ありません(;´д`)


カズヤの労いの声に伊吹が自然と頬を弛ませ、自分の苦労が報われたと心の内で喜んでいた時だった。

 

『姉様、しっかりして下さい。ここまで来て何を躊躇うのですか』

 

『いや、しかし……ご主人様にこの醜い顔をお見せすることは……それに任務を遂行出来なかった役立たずの私がどんな顔をしてご主人様の前に立てば……』

 

病室の外から千歳と千代田の言い争うような声が聞こえてくる。

 

すると、それに反応して伊吹は顔を引き締めてしまう。

 

伊吹の笑顔が消えてしまったことを残念に思いながらも、カズヤは病室の外にいる2人に入室を促す。

 

「開いてるぞ、入れ」

 

『ッ!!』

 

『ほら、マスターも入れと仰られていますし、行きますよ。姉様』

 

『ま、待て、千代田!!まだ心の準備が!!』

 

『時間切れです、姉様』

 

無情な言葉と共にガラッと引き戸の扉を開けて千代田が部屋に入り、次いで3秒程間隔を開けてから千歳が恐る恐る部屋に入ってきた。

 

「……」

 

目を伏せ戸惑い気味に広い病室をゆっくりと歩いて近付いて来る千歳の姿をカズヤはじっと見詰める。

 

千歳の右目には武骨な黒い眼帯が付けられ、右頬には生々しい傷痕を隠すガーゼが貼られ、カズヤが好んだ長い黒髪は以前の半分程度の長さになっていた。

 

「……っ……ぁ……」

 

ベッドの脇に辿り着き、カズヤの眼前に立った千歳は何かを言おうとしながらも、言うべき言葉を迷い口ごもる。

 

「ま、誠に申し訳ございません!!マリー・メイデンを討ち漏らし取り逃がしたばかりか、ご主人様のご命令を遂行することも叶いませんでした!!」

 

そして、ようやく口を開いたかと思いきや額を床に擦り付けながらの土下座を敢行した。

 

「……千歳?」

 

「ハッ!!」

 

「とりあえず立ってくれ、顔が見えん」

 

「……ハイ」

 

「あと、こっちに」

 

「ハイ」

 

土下座したが為に視界から消えてしまった千歳を立たせるとカズヤは千歳にチョイチョイと手招きをする。

 

「っ――……えっ?」

 

「千歳が無事ならそれでいい」

 

手招きの後に千歳の体を弱々しい力で強引に抱き寄せ、ベッドに引き摺り込んだカズヤはそう言いながら千歳を抱き締めた。

 

「……ご主人……様……ぁ、ああああああああああっ!!」

 

突然の出来事にされるがままになっていた千歳はカズヤの温かな体温と脈動する鼓動の音を間近で確かめると同時に今まで押し殺していた感情が爆発し涙腺が決壊。

 

カズヤが目を覚ました喜びや、カズヤの期待に添えなかった情けなさがごちゃまぜに入り交じった感情が大粒の涙となって溢れ出す。

 

そして、幼子のように泣きじゃくる千歳をカズヤはただただ優しく抱き締め、あやし続けた。

 

「グスッ……もう、大丈夫です。落ち着きました。……申し訳ありません。とんだ醜態をお見せしてしまい」

 

きっかり5分経ってから泣き止んだ千歳はゆっくりとカズヤの抱擁から抜け出すと、頬を赤らめ恥ずかしげに謝罪の言葉を口にする。

 

「いや、こう言ってはなんだが……俺としてはいつもと違う千歳の姿が見れて眼福だったぞ?」

 

「そ、そんなお戯れを……」

 

カズヤのからかうような言葉に千歳はより顔を赤くして小さく身を縮こませる。

 

「ハハッ、悪い悪い。さてと千歳。目や顔の傷を治すからもう一回こっちに来てくれ」

 

「……申し訳ありません、ご主人様。そのお気持ちは嬉しいのですが、この顔と右目は己に対する戒めとしてこのままにしておきたいのです。奴を……奴をこの手で斬り殺すまでは」

 

完全治癒能力で失われた右目や顔の傷を元通りにしようとするカズヤの言葉に千歳は申し訳無さげに、しかし断固たる意思を秘め答える。

 

未だに鈍い痛みを発するその右目と顔の傷は千歳にとって自戒であり、復讐と雪辱を誓う象徴であり、また怨嗟の黒い炎を絶え間なく燃え滾らすための燃料となっていた。

 

「……そうか」

 

千歳の心情を理解し、その気持ちを尊重したカズヤは相槌をうち小さく頷くのだった。

 

「では、また後で参ります」

 

「あぁ、分かった。すまないが、今しばらくは国や軍のことを頼む」

 

「ハッ!!」

 

病室に来た時とは別人なのかと疑うほど、憑き物が落ちたように晴れ晴れとした顔付きで千歳はカズヤの元を去って行く。

 

その背景には命令を達成出来なかった事でカズヤに失望されなかったこと、顔の傷や右目を失ったことで嫌悪感を抱かれずに普通に接してもらったこと、そして自分の我が儘を貫けば――怪我を治さなければ最早機会はないと諦めていた閨にまた呼ばれたからであった。

 

「閣下、少しよろしいでしょうか?」

 

「ん?なんだ?」

 

千歳が去ったのと一緒に千代田が病室を後にし、またカズヤの頼みで今現在の戦況や最近の報告書を取りに伊吹が病室を離れると、カズヤの主治医が側にやって来る。

 

「左腕の今後についてと、お体の事について幾つかご説明をと思いまして」

 

「……あぁ、分かった。頼む」

 

主治医の口から発せられた言葉にカズヤは自然と顔を引き締め答える。

 

「では、まず左腕の今後についてなのですが、これは幾つか選択肢がございます。千代田総統補佐官が確立した生体端末の技術を流用した生体パーツを義手として移植する案。次にこの世界に存在している固有の素材や魔法などの技術を使って作る義手の案。そして前者2つの案を混ぜて両者の利点を両立させる折中案等。とは言え、今すぐ左腕を付ける訳ではございませんし、付けないという選択肢もございます。また閣下のご希望もあるでしょうから、ごゆっくり考えて頂ければ結構です」

 

「…………分かった。考えておく」

 

既に無くなっているという事を脳が認識しておらず、未だにそこに左腕がある感覚を感じながらカズヤは複雑な顔で頷く。

 

「次にお体のことですが、こちらは時間が解決してくれるでしょう。あと1ヶ月もすれば日常生活程度なら問題なく送れます」

 

「そうか。それは良かった」

 

1つ頷いてから窓の外に視線を向けたカズヤは、窓の外に広がる青空を見上げながら主治医の話に相槌を打つ。

 

「はい。本当に。これだけの怪我がこのような短期間で治るとは、まるで閣下には幸運の女神がついているようです」

 

ニコニコと満面の笑みを浮かべてカズヤの回復を喜び世辞を口にする主治医だったが、次の瞬間、カズヤの発した言葉に凍り付く。

「それで……俺の体はいつまでもつ?」

 

側にいる主治医にしか聞こえぬような声量でカズヤは囁いた。

 

「――ッ!?な、何をおっしゃって……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「――……皆、席を外してくれ」

 

長い沈黙の後、主治医は病室にいた看護師全員に退出を命じ、更に壁際に並んで控えていたメイド衆――ダークエルフのルミナスを除いた4人さえも病室から廊下に追いやる。

 

カズヤの言葉が聞こえていなかった看護師達やメイド衆の4人は、いきなり追い出される事やルミナスだけが病室に残るのを許された事に疑念を抱きながらも異を唱えることはせず静かに主治医の指示に従う。

 

そして、3人しか居なくなった広い病室の中で極めて重要な話が始まる。

 

「……まず先に言っておきますが、この件を知っているのは魔法医学を学び閣下の専属医療士として治療にあたっていたルミナス君と閣下の主治医である私だけでございます。他の方々には閣下のお体に問題は無いとお伝えしてあります」

 

「そうだろうな、それが正しい選択だ。こんな話を千歳達にしたらどうなるか分からないからな」

 

カズヤが怖い怖いと笑いながら声を漏らす一方で主治医は極めて真面目な顔で話を続ける。

 

「……して、いつからお気付きに?」

 

「目覚めた瞬間に大体分かった。というより自分の体だぞ?これだけ違和感があったらどんなバカでも気付く。……それで俺の体がどんな状態になっているのか、そしてあとどれだけもつのかを教えてくれ」

 

「かしこまりました」

 

全てを悟っているカズヤに誤魔化しは効かないと理解したのか、主治医はルミナスに目配せを送る。

 

主治医の目配せに気が付いたルミナスは少し迷う素振りを見せた後、沈痛な面持ちでゆっくりと口を開く。

 

「……単刀直入に申し上げます。ご主人様はもう……人間ではありません。いえ、人間ではないナニかと言った方が正確でしょうか」

 

「……」

 

人間じゃない……か。予想はしていたが……やっぱり重い話になるか。

 

しかし、人間ではないナニか。というのはどういう事だ?

 

てっきり俺は吸血鬼になってしまったものと思っていたのだが……。

 

ルミナスの開口一番の言葉に驚き、疑問を抱きながらもカズヤは平静を装って沈黙を貫く。

 

「まず、ご主人様もお分かりになっているとは思いますが、ご主人様のお体はマリー・メイデンの吸血行為により吸血鬼化しています。しかしながらご主人様のお体に存在した謎の呪(まじな)いが、完全なる吸血鬼化を阻んだ様なのです。そして、最終的にはその呪いがご主人様のお体を吸血鬼化から守るために主人様のお体を人間から別のモノへと変質させたため、人間ではないナニかと申し上げたのですが……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。な、謎の呪い?」

 

ルミナスの口から出た看過できない言葉にカズヤが食い付く。

 

「はい。私が調べた限り、呪いは害を働くようなモノではありません。いえ、それどころか逆にご主人様を守る方向に働く呪い、それも術者が対象――ご主人様の事を想えば想うほど効果が高まる術式のモノがご主人様のお体に存在しております。何か心当たりはございますか?」

 

「いや、全く……」

 

「そうですか……。現在、この呪いが何なのか、何者が何の意図でご主人様にかけたのかを私の配下の者に探らせておりますので、そう遠くないうちに呪いや下手人の正体は判明するかと思われますが、ご主人様にも覚えがないとなりますと、少し不可解な話になります」

 

「そ、そうだな」

 

なんとも厄介な展開だな。

 

自分の体に正体不明の呪いがかけられていると言われて一瞬、肝が冷えたカズヤだが、その呪いが結果的に吸血鬼化を防いだと聞かされ、どんな顔をすればいいのか判断が付かず困ったような笑みを浮かべていた。

 

「まぁ、分からないのであれば呪いの件はまた今度でいい。で、結局俺は人間でもなく吸血鬼でもないナニかになっているんだな?」

 

「はい、少なくとも3種類の種族――人間、吸血鬼、そして亜人系の遺伝的特徴が確認されていますので、失礼ながら人間ではないナニかと言う他ありません」

 

「そうか。まぁ分からないならこの話はお仕舞いでいい。話を本題に戻そう。俺の体はいつまでもつんだ?あれだけイリスの負の魔力を浴びた以上、あまり時間がないのは理解しているが」

 

そう言いながら、カズヤは諦めの色を滲ませる。

 

あの呪(のろ)いのような魔力が俺の体にこびりついているのは、はっきりと知覚出来る。この分だとあまり時間は無さそうだが……さてはて。

 

「……もって10年。長くても15年かと」

 

「そう……か」

 

最短で10年だとしたら……年少組の子供達が大人になった姿は拝めんな。

 

主治医の口から飛び出したタイムリミットにカズヤは目を瞑り、頭の中で主治医の言葉を反芻する。

 

「現在、閣下のお体はイリス様の負の魔力――分かりやすい例を出せば悪性のガン細胞というべきモノに侵されています。そのため今は支障がなくとも時間が経つにつれて確実に様々な支障が出てくると思われます。しかし、皮肉な事に人間ではなくなったが故に閣下の寿命は少しばかり伸びております。純粋な意味での人間のままであれば5年が限界だったはずです」

 

メイデンに血を吸われたから寿命が伸びた、か。なんとも皮肉――いや、事の原因はアイツだから結局はアイツが悪いな。

 

それにしても、じわじわと苦しみを味わいながら死んでいくのか……それはキツそうだ。

 

“ただちに”影響はなくとも時を経れば確実に影響が出てくると聞かされたカズヤは自嘲にも似た笑みを浮かべる。

 

「ルミナス君と私の見立てでは、7〜8年後を目処に徐々に体の五感や機能が失われていき最終的には10〜15年以内に……」

 

「死に到る……か。はぁ……」

 

最悪の結果を脳裏に絵描き、重いため息をカズヤが吐き出した時だった。

 

ドアの方からドサッと何かが床に落ちる音が響く。

 

「……伊吹?――やめろ伊吹ッ!!」

 

「モガッ!?」

 

必要な書類を持って戻って来て伊吹は密談の内容を耳にしてしまったのか、ドアに片手を掛けたままの状態で目を見開きワナワナと震えていたが、その姿がぶれたかと思うと次の瞬間には伊吹が主治医を押し倒してその口にフルオート機能が付加されたモデルであるグロック18の銃口を押し込んでいた。

 

しかも、凶行に出た伊吹を咄嗟に押さえ込もうと足を踏み出したルミナスには予備である22口径の拳銃――ワルサーP99を75パーセント縮小したモデルであるワルサーP22の銃口を向けるという隙の無さを見せ付ける。

 

「閣下が死ぬ?……閣下の寿命が後10年だと?」

 

「伊吹!!銃を離せ!!」

 

「貴様は何を言っている?」

 

フゥー、フゥーと獣のような荒い息を吐きながらドス黒く澱んだ瞳で伊吹はガタガタと震える主治医の目を睨み、引き金にかけている人差し指の引く力を強めていく。

 

「伊吹!!」

 

「そんな戯言を吐く貴様は――」

 

「落ち着けッ!!」

 

カズヤは鉛のように重たい体を気合いで無理やり動かしベッドから身を乗り出す。

 

そして、ガシッと伊吹の肩を掴んだ。

 

「ッ!!」

 

「ゆっくりだ、ゆっくりと銃を離せ」

 

「……申し訳ありません。取り乱しました」

 

カズヤに肩を掴まれ正気に戻ったのか、伊吹はゆっくりとグロック18とワルサーP22をホルスターに収め立ち上がる。

 

「ですが……今すぐに詳しく説明を要求します」

 

黙秘は許さないとばかりに、顔を鬼のように歪め主治医を睨む伊吹。

 

「は、はい。直ちに」

 

腰が抜けた為にルミナスに手を貸され、ようやく起き上がった主治医は伊吹が放つ恐ろしいオーラに押され、ズボンが温かな黄色い液体で濡れている事も忘れて早口でこれまでの顛末を語り始めた。

 

「そんな……閣下が……カズヤ様が…余命…死んで……いや、これは夢……しかし……。閣下、このことは、副総統に……」

 

「言える訳がないだろう。この話は4人だけの秘密だ。くれぐれも漏らすなよ?特に千歳と千代田、それにイリスにはな」

 

重大な秘密を知り、顔を青くして唖然としている伊吹にカズヤは釘を刺す。

 

「っ、ですが!!ですが、それはあまりにも……ッ」

 

堪えきれなくなったのか、ボロボロと涙を流しながら食い下がる伊吹にカズヤは首を横に振る。

 

「ダメだ。何があっても教えるな。それにまだ余命通りに死ぬと決まった訳じゃない。何かしらの延命方法が見つかって余命より生きる可能性はあるんだ。だから、そう悲観しないでくれ」

 

あり得ないと理解していながらも、カズヤは伊吹を安心させるため笑いながら楽観的な話を口にする。

 

「うぅ……」

 

しかし、伊吹は自分を安心させようとしているカズヤの思惑に気が付いてしまったせいで、余計に悲しくなり俯いたまま嗚咽を上げ涙を流し続ける。

 

「――あぁ、もう!!この話は終わりだ!!伊吹、とりあえず報告書をくれ!!全体の戦況が知りたい」

 

まるで通夜のように沈んだ空気に満ちてしまった病室の中で、カズヤがこの話は終わりだ。とばかりに声を上げた。

 

「は……い。グスッ、こちらになります」

 

涙を拭き取りながら、伊吹がおずおずと差し出した報告書。

 

表面に第33機甲師団――旧外人部隊戦闘経過報告書と書かれたそれを受け取ったカズヤはページをペラペラと捲りながら無心になって読み始めたのだった。

 




ザ、急展開


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14

伊吹から手渡された第33機甲師団の戦闘経過報告書を読みながら、カズヤは自分が眠っていた間に起きた戦闘を脳裏に描いていた。

 

――エルザス魔法帝国の帝都フェニックスからおよそ400キロ離れた地点。

 

砂に比べて岩石の割合が多い砂漠地帯のそこにあるのは帝国に繁栄をもたらしている要因の1つであるナウル川を支えている支流の1つ。

 

名をマイナス川といい全長25キロ、川幅は最大で150メートル、最大深度が3メートル程の中規模な河川である。

 

そして、そのマイナス川の中流域にある場所――マイナス川の中で最も川幅が狭く深度が浅いポイントから3キロ程離れた場所には10万人規模の人々が暮らすポンペイという街があった。

 

街は岩山から切り出してきた岩と日干して固めた土を併用して建てられた商店や住居がズラリと並び、平時は帝都に到る中継地として栄えていたのだが、この街も例に漏れずパラベラムの報復攻撃の標的となっていたため、全半壊している家屋が多数見受けられ以前の街並みは損なわれていた。

 

そんなポンペイの街は今現在、パラベラム軍の中で最も帝国の奥深くに侵攻を果たした部隊――4つあった部隊の統廃合と増員により師団規模にまで膨れ上がり第33機甲師団と名を変えた外人部隊が占領中であった。

 

「異常はないか?ロンメル中佐」

 

「ハッ、異常ありません。また川の向こう側に偵察に出した10個分隊や監視警戒線に配置した5個小隊のいずれからも異常は見受けられないとの報告が入っています」

 

ポンペイとマイナス川の間にあるなだらかな丘の上に射撃壕や支援壕、連絡壕等からなる対戦車防御陣地(パックフロント)を構築して帝国軍の反撃を警戒しているのは第33機甲師団第1旅団戦闘団の指揮官であるバール大佐とその副官である狐人族のロンメル中佐であった。

 

「……そうか。しかし、警戒は怠るなよ」

 

「重々承知しております」

 

時間は深夜。

 

辺りは闇に覆われ昼間の灼熱地獄とは180度変わって極度の寒さが辺りを包んでいたために2人は対戦車防御陣地の後方にある半地下の前線指揮所の中で白い息を吐きながら言葉を交わす。

 

「総司令部からの情報によれば、邪神による敵の戦力増強は既に行われているはずなんだ。いつ何時敵の総反撃が来るか分かったものじゃないからな」

 

カズヤがイリスを助けたことで発生した神の試練の不達成による敵戦力の増強。

 

それにより、どんな形で敵の戦力が増強されたのかは分からないが増強された戦力を使っての反撃を警戒し、第33機甲師団は指揮下の全部隊に対して進軍中止を命令。

 

そのため第1旅団戦闘団は行動を共にしていた第4旅団戦闘団と一緒に一先ずポンペイの街に腰を据え防御を固めていたのであった。

 

ちなみに他の戦線でも敵の反撃を警戒して進軍中止が発令されていたため、パラベラム軍は全戦域で防御の構えを取って反撃に備えていた。

 

「確かに。我々がアルバム公国を発ってから今日でちょうど2週間。閣下の暗殺未遂が15日前ですから……既に敵戦力の増強から5日が経過しています。敵の移動時間等を考えるとそろそろ会敵してもおかしくありませんね。……というか大佐、邪神というのは何ですか?」

 

「そのままの意味だ。自分の妻を見殺しにしろ、見殺しにしなかったらペナルティなんてふざけた事を抜かす神なんざ邪神扱いでいいんだよ。……それにしても、出来るだけ防御を固めたとはいえ戦闘となると若干の不安があるな。途中300キロは何もない砂漠を突っ切っただけだが合計で1000キロ近くも進軍してるから補給線は伸びきっているしアルバム公国の防衛に残した部隊や進軍途中で落伍した部隊を含めると戦力不足も洒落にならん」

 

顔の表情を引き締め、そう呟いたバール大佐の懸念は最もなものであった。

 

全軍を上げての報復攻撃が開始されたのとほぼ同時にアルバム公国に建設されたオーガスタ基地を出撃した第33機甲師団であったが、その前途は多難と言うしか無かった。

 

何故なら、第33機甲師団を構成している約半数――アメリカ軍装備の第2旅団戦闘団や日本軍装備の第3旅団戦闘団はアルバム公国の防衛及び兵站の維持、攻め落とした街の占領支配等の後方任務に当たるため戦力としては数える事が出来なくなっていたし、また先陣をきり戦闘任務に当たる第1、第4旅団戦闘団に主戦力として配備はされていたが十分な数の戦車運搬車が無かったため、長距離移動に不安が残る重戦車――ティーガーI、ティーガーII、マウス、IS-2、IS-3等はアルバム公国の防衛に残すことになってしまい両旅団戦闘団の機甲戦力は著しく低下していた。

 

そんな訳で実質的に戦力が低下した(抜けた機甲戦力の代わりに第2、第3旅団戦闘団からは多少なりとも歩兵や砲兵達を借り受けてはいるが)ドイツ軍装備の第1旅団戦闘団とソ連軍装備の第4旅団戦闘団の計2個旅団戦闘団規模で進軍を続けていた第33機甲師団だったが、進軍ルート上に存在した帝国軍や砂漠に住まう魔物達との数十回に渡る戦闘により燃料弾薬の欠乏が目立ち始めていた。

 

何しろパラベラム本土から、かなりの距離があるアルバム公国に物資を届けるだけでも一苦労なのである。

 

膨大な量の物資の輸送に一番優れる海路は陸地故に使えず、陸路はカズヤが能力を使用して短期間の内に敷設・整備しまくった線路や道路が旧カナリア王国領を通って旧妖魔連合国領まで網の目のように走り高度な交通網を構築していたが、当のアルバム公国にはカズヤの赴く時間が無かったため、輸送に使える移動経路はパラベラム軍が敷設した2本の線路と二車線の道路が1本だけしか無く輸送量が限られていた。

 

そして消去法で最後に残った空路もオーガスタ基地に配備されている輸送機の機数や飛行場にある駐機場の数により陸路同様、輸送量が限られていた。

 

それでもカズヤが召喚し備蓄していた無尽蔵の物資や、この世界で採掘された資源で作製され本土の工廠群から吐き出された物資をパラベラム軍の縁の下の力持ちである輸送軍がありとあらゆる手段を講じて途切れることなく運んでくれていたからこそ、第33機甲師団は本土から遠く離れた地でも十分な活動が出来ていたのだが、今度の進軍でその状況が変わった。

 

手間隙かけてやっとアルバム公国に運んだ物資を更に進軍中の第1、第4旅団戦闘団の元にまで届ける手間が増えたのである。

 

しかも、元々はアルバム公国の防衛だけのつもりで配備され攻勢に出ることなど端から配慮されていなかった第33機甲師団なだけに、長距離遠征を行う部隊へ物資を届ける事が出来るような能力を保有する後方支援用の輸送部隊を持っていなかった。

 

それに加えて第1、第4旅団戦闘団の予想を大きく上回る破竹の進撃や両旅団戦闘団の保有する兵器の多様性と共通性の無さである。

 

主に歩兵が使う銃弾1つを取って見ても、拳銃、短機関銃、小銃、狙撃銃、自動小銃、汎用機関銃、軽機関銃、重機関銃等の豊富な種類がある上に、それぞれの旅団戦闘団が数十種類以上の多岐に渡る弾薬類を必要とした為、運ばねばならない弾薬だけでも膨大な量になるのは必然的だった。

 

更に言えば両旅団戦闘団にはガソリンエンジン式とディーゼルエンジン式の車輌が混在していたため、燃料面でもガソリンと軽油の2種類を運ばねばならなかった。

 

また第33機甲師団、引いてはパラベラム軍も予期していなかった問題が発生していた。

 

それは帝国軍による焦土作戦の実施である。

 

幸いパラベラム軍の報復攻撃で帝国は組織的な軍の運用に支障を来していたため、焦土作戦自体が大規模なモノでは無かったものの帝都近辺の街や村からは家畜や食糧が悉く持ち去られ、数少ない井戸や水源には毒や汚物が放り込まれていたせいで浄水器等を使わない限り使用が出来なくなっていた。

 

そして、嫌らしいことに帝国軍は街や村から男達を悉く徴兵して連れ去っていたのだが、戦いに使えない女子供、老人は置き去りにした上、パラベラムから食糧や水を分けてもらうように言いくるめていたため、各地で食糧や水を求める難民達がパラベラム軍に押し寄せることとなった。

つまり、本土から遠く離れた地で通常の数倍以上の補給物資が必要とされたため、輸送任務に重大な問題が発生するのは当然の成り行きと言えた。

 

最も事態を重く見たパラベラム軍の総司令部が何の手も打たなかった訳ではない。

 

深刻な物資不足や輸送問題が露呈するや否や、物資を陸路で運搬するための輸送トラック等の支援車輌を大隊単位で幾つも空輸で送り込んだ上に、鹵獲及び改装した空船(そらふね・通称スカイシップ)――魔導炉を搭載し空中を飛行する空中艦艇群を物資の輸送に投入したのだ。

 

空路を行きながら海路並みの積載量を誇るその存在――これまでの戦闘で帝国軍より鹵獲された帆船型のスカイシップは移動速度が遅く積載量が比較的少ないため、物資を満載し目的地に到着した後は移動式備蓄庫として補給線の要所に展開しつつ簡易の補給拠点を構築。

 

そして第二次世界大戦時にアメリカが大量生産した戦時標準型輸送船であるリバティ船に魔導炉を搭載しパラベラム軍が独自に造り上げたスカイシップは旧妖魔連合国に存在している補給基地とオーガスタ基地との間を幾度となく往復し輸送任務に多大なる貢献を果たした。

 

そんなスカイシップの活躍もあり物資の充足率にはかなりの改善が見られたが、それでも総延長1000キロに及ぶ補給線を維持するには足りず、結果として最前線にいる第1、第4旅団戦闘団は物資不足に喘いでいたのだった。

 

「大佐。その件でしたら明日の朝にはまた補給や増援がやって来るとの報告が」

 

しかめっ面で補給や戦力不足の危惧を抱くバール大佐に、柔らかい笑みを浮かべたロンメル中佐が吉報をもたらした。

 

「おっ、それはありがたいな」

 

吉報を聞きバール大佐が頬を緩める。

 

そんな風に指揮官らが緊張の糸を緩め、前線指揮所の中に張り詰めている堅苦しい空気を意図的に緩和していた時だった。

 

「――ッ!?偵察に出ていた第7分隊より至急電!!座標D−5−5、A−2−6にて敵大部隊を確認しました!!」

 

2人の思惑を無に帰す報告が前線指揮所にもたらされた。

 

「来やがったか、敵の規模と進路はどうなっている?」

 

一瞬で騒然とした空気に包まれた前線指揮所の中で、付近の詳細な地形が書かれた地図を睨みながらバール大佐は核心的な情報の有無を無線手に問い質す。

 

「ハッ、夜間のため敵軍の正確な規模は不明ですが、およそ10〜20万の規模で進路はこちらに真っ直ぐ向かって来ていると。また敵軍は複数の魔導兵器や自動人形を擁し、部隊の先頭には魔物の大群がおり露払いを務めているそうです」

 

「またか。相変わらず物量作戦でごり押しするのが好きな奴等だな。戦術というモノを考える頭が無いのか?……――まぁいい、少しばかり脅してやるか。おい、野戦砲兵大隊に火力支援を要請しろ」

 

敵が好んで使用している『数で押す』という数的優位を生かした単純明快な戦術に呆れつつもバール大佐は会敵前に幾らかでも敵の数を減らすべく指揮下にある野戦砲兵大隊に火力支援を要請しアウトレンジで敵を叩く事にした。

 

「了解、火力支援を要請します」

 

バール大佐の命を受けた無線手の兵士はポンペイの近くに展開している第1旅団戦闘団の野戦砲兵大隊へ連絡を取る。

 

「前線指揮所より砲兵指揮所。偵察部隊が座標D−5−5、A−2−6にて敵の大部隊を確認した。火力支援を要請する」

 

『こちら砲兵指揮所。了解した、直ちに火力支援を開始する。オーバー』

 

砲兵指揮所に火力支援要請が伝えられてから3分後。前線指揮所の後方でけたたましい砲声が轟いたかと思うと次の瞬間にはシュンッ!!と鋭い風切り音が頭上を通り過ぎていく。

 

それは15cm榴弾砲 sFH18 L/30を搭載したフンメル自走砲による死を告げる演奏会の開幕を告げる調べであった。

 

「――……だんちゃ〜く、今!!」

 

弾着を告げる砲兵の声と同時に夜空を流星の如く駆けた砲弾達が起伏の激しい地平線の彼方で着弾、閃光が煌めいた後にぼんやりとした赤い光源が揺らめき辺りを照らしていた。

 

しかし、暗闇に唯一あるその幻想的な光源をよく見て見れば、連続して立ち上る紅蓮の火柱が生きとし生けるものを一切の分別なく焼き払う凄惨な光景が垣間見えた。

 

『第7偵察分隊より射撃指揮所へ。弾着を確認。弾着修正、右80、上60。効力射開始!!』

 

「弾着修正了解。――各車に通達、照準を修正せよ。右80、上60。撃ち方用意!!てぇー!!」

 

偵察部隊から弾着修正の指示を受けた射撃指揮所はすぐさま揮下の部隊に弾着修正の旨を伝達。

 

その弾着修正の指示に従い合計で50輌近いフンメル自走砲は照準を微調整し次弾として装填した軟目標用の榴弾や遠距離砲戦用のロケット補助推進弾を一斉に発射。

 

予期せぬ砲撃により、今まさに混沌の坩堝に陥っている敵の頭上に更なる砲弾を送り込む。

 

また第1旅団戦闘団付きの野戦砲兵大隊が砲撃を開始したのに続いて第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊も砲撃を開始。

 

自走式では無いため車両で牽引してきたML-20 152mm榴弾砲やM1931/37 122mmカノン砲、対戦車防御陣地に置かれた対戦車砲兼用の野砲であるBS-3 100mm野砲が火を噴く。

 

ちなみに余談ではあるが、第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊にはIS-2(重戦車)のシャーシを利用しML-20 152mm榴弾砲をケースメート式に装備した自走砲であるISU-152が配備されていたが、過酷な環境が原因で移動途中に半数以上が行軍から脱落したため全車両が後方への移動を命じられていたりする。

 

そのため、第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊は予備兵器である牽引式の大砲が主力となっていた。

 

『第7偵察分隊より前線指揮所へ。敵部隊、雪崩を打って後退していきます』

 

そんな余談はさておき、アウトレンジから恐るべき精度で降り注ぐ砲弾の雨に耐えかねたのかポンペイに接近していた帝国軍が壊走を開始したとの報告がバール大佐の元に舞い込む。

 

「やったか。……野戦砲兵大隊に砲撃中止を伝えろ」

 

「ハッ」

 

逃げ行く帝国軍に更なる痛打を与えるため、もっと徹底的に叩いておきたかったバール大佐であったが、砲弾の備蓄量が気になり砲撃中止を決定した。

 

「また勝ちましたね、大佐。最早我らの行く手に敵なしかと」

 

「あぁ、流れはこちらが掴んだ。だが……油断は禁物だ。勝負は終わるまで何が起こるか分からんからな」

 

「ハッ!!肝に命じておきます」

 

連戦連勝に浮かれるロンメル中佐を諌めながら、バール大佐は胸のの内で蠢く嫌な予感を押し殺していたのだった。

 




[お知らせ]

なんと!!ガルウィング様に千歳の絵を描いて頂きました。

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51439838

ご覧になる方は↑にどうぞ


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15

ポンペイの街を中心に防御を固める第1、第4旅団戦闘団が夜間砲撃で帝国軍を撃退してから数時間後、太陽が顔を出し辺りは眩いばかりの朝日に包まれていた。

 

吸い込まれそうなほど真っ青に透き通る青空や、煌々と光輝く太陽、どこまでも続く広大な砂漠。

 

大自然が作り出した自然そのものの絶景が広がり、見る者の心に感動を与える。

 

しかし残念なことに、あと1〜2時間もすれば気温が急激に上昇し殺人的な気温に苛まれる事が分かっているため、パラベラム軍の兵士達は眼前に広がる絶景を一瞥することも無く比較的涼しい時間帯である今の内にやるべき事を終わらせようと奔走していた。

 

「失礼します。バール大佐、補給部隊が到着しました。こちらが受領確認の書類です」

 

「あぁ、ありがとう。……ん?予定より……少し早く来たな。珍しい」

 

対戦車防御陣地に作られている半地下式の前線指揮所からポンペイの街の中心にあった領主の館を徴発し設営された旅団本部へと移動して書類を片付けていたバール大佐は補給部隊が到着したとの報告をロンメル中佐から聞き手渡された書類を受け取ると、思わず腕時計に視線を落とす。

 

今までの経験から言えば補給部隊が予定より前に到着するなどあった試しがなく、ごく稀に予定通りに到着する事があっても殆どの場合予定を過ぎてから到着するのが常であったからである。

 

それが予定よりも早く到着したとなればバール大佐が驚きながら、何かあったのかと訝しむのも無理は無かった。

 

「そのことでしたら、この一帯が10時から正午にかけて猛烈な砂嵐に見舞われるとの気象予報が発表されたせいでしょう」

 

「……あぁ、そう言えばそんな予報が出てたな。通りで到着が早い訳だ。――っと、それなら早く作業を終わらせないとな。作業の様子を見てくる」

 

補給部隊が予定より早く到着した理由が分かり、納得したように何度も頷くバール大佐。

 

「お供致します、大佐」

 

だが今回、運ばれて来た物資が武器弾薬、燃料といった取り扱いに注意が必要な物と兵士達の士気に関わる食糧品だったため、砂嵐に襲われる前に物資の積み降ろしや補給作業を終え、余計な損失や事故の発生を未然に防ぎたいと考えたバール大佐は現場を視察するべく供を名乗り出たロンメル中佐を従え、旅団本部を後にした。

 

「しかし……本当に男がいないな、この街は」

 

「それはこの街に限ったことではありませんが、大佐」

 

「あぁ、そうだったな……。帝都近辺は全てだったか」

 

「はい、帝都近辺の街や村からは16歳以上の男が1人残さず全員帝国軍に連れて行かれています」

 

旅団本部を出たバール大佐らは準備された車両――第二次世界大戦中にドイツ軍が使用した小型軍用車両であるキューベルワーゲンに乗り込む。

 

そして、軽やかなエンジン音と共に走り出したキューベルワーゲンの車内で男が消えたポンペイの街等の事について話始めた。

 

「まぁ、帝国軍が男達を連れていってくれたお陰で便衣兵みたいなゲリラ共の事には頭を悩まさずに済んでいるが、どうせ連れていくなら全員連れていってもらったほうが楽だったんだがな……」

 

「全くです。女子供、老人が残っていますから必然的に占領地は統治する必要がありますし、加えて焦土作戦のせいで難民と化した民間人の食糧の事まで面倒を見なければなくなりましたし、何より帝都に近付けば近付くほどローウェン教の信仰深い信徒が多くて我々はやりにくいです」

 

「それが問題なんだよなぁ……」

 

実感がありありと込められたロンメル中佐の言葉にバール大佐が相槌を打つ。

 

「帝国の国民はローウェン教の信者だらけだから、妖魔や獣人を中心に編成されているウチの師団を毛嫌いしているし……俺達は俺達で閣下を殺されかけたから怒髪天を衝いて激怒しているし。……この状態で、よくもまぁ不幸な事故が起こらないものだ」

 

「私もつくづくそう思います。本音を言わせて頂ければ責任ある立場の私でさえ今すぐにでも敵を帝国のやつらを皆殺しにしてやりたいぐらいですから。……しかし、総統閣下に大恩のある我々が閣下のご意向を――無駄な殺戮や乱暴、狼藉を働く事は有り得ませんから心配はないかと」

 

「まぁ、そうだろうな。それに関しては心配していないさ」

 

第33機甲師団にいる妖魔や獣人は、そのほとんどが奴隷としてこの世の辛苦を味わっていた所をカズヤに救い上げられた事からカズヤに対する忠誠心が募兵で集まって来た一般の志願兵よりも、一層強い傾向にあった。

 

故に今回の報復攻撃の際、進攻を開始した第33機甲師団が望外の戦果を上げることになり、またそれが第33師団の兵員達の怒りに満ちた理性に枷をつけ無駄な殺戮――戦場では日常茶飯事の惨劇が防がれる結果となっていた。

 

「だが、それはそれとして――ん?もう着いたな。この話はまた今度だ」

 

「ハッ、了解です」

 

更に込み入った話をしようとした2人だがキューベルワーゲンが目的地に到着して停車した事から会話を切り上げ、補給作業の現場を視察するべく車外へと出ていった。

 

「うん、この分だと問題は無さそうだな」

 

「はい、手際もよいです」

 

補給作業の邪魔にならぬよう、少し離れた場所からバール大佐とロンメル中佐は目を光らせていた。

 

2人の視線の先では整然と列を成す大量の最新式大型軍用トラック――HEMTT A4が搭載している昇降機(アームロール)を使って積んできたコンテナを自動で地面に下ろしていた。

 

そして、下ろされたコンテナには待機していた兵士達がすぐさま取り付き、中に収められている物資の運び出しにかかる。

 

兵士達はパレットに乗せられ一塊になっている砲弾をフォークリフトで運び出したり、飲料水が入ったペットボトルや戦闘糧食、生鮮食品が入った段ボールをバケツリレーのように手渡しで次々と取りだしていく。

 

また別の場所では妖魔や獣人の兵士が魔法を使って鉄製の弾薬箱や木箱に納められた爆薬を宙に浮かばせながら運搬し臨時の集積場へ運んで行く。

 

「「っ!?」」

 

「……」

 

「……」

 

「……なぁ、ロンメル中佐?」

 

「……なんでしょうか、バール大佐」

 

そんな物資の積み降ろし作業や補給作業の進捗具合を眺めていたバール大佐とロンメル中佐だったが、砂埃を巻き上げながらポンペイへとやって来た3台の戦車運搬車を前に唖然とする事となった。

 

「“コイツ”が昨日言ってた増援なのか?というか、なんで“コイツ”が送られて来たんだ?」

 

「それは……私にも分かりません」

 

何故なら、その3台の戦車運搬車が荷台に乗せて運んで来た戦車があまりにも予想外のモノであったからだ。

 

「……なんで、なんでこの局面で……“巨人”が送られて来るんだ?」

 

砂漠のような場所では有効とされているピンク色の迷彩が施され、20口径152mm榴弾砲M10を半ば無理矢理乗せたせいで車体には不釣り合いな程に巨大な砲搭を装備したその戦車の名はKV-2。

その巨体ゆえにギガント(巨人)とも呼ばれた重戦車である。

 

第二次世界大戦中にソビエト連邦により開発された本車は見た目通りに強力な火力を誇るものの、分離装薬式を採用していたため2名の装填手を必要としたばかりか発射速度が遅く、また砲塔自体が人の背丈ほどもあったせいで前面投影面積が大きかった。

 

加えて砲塔が大幅に大型化しているにも関わらずターレットリング径は元になったKV-1と同じで、数トンもある砲塔を支えることにかなりの支障が出ていた。

 

更に重い砲塔は、車体が傾いた状態では満足に回転させることもできず、戦闘に支障が生じる程であった。

 

つまり、KV-2という戦車は火力という面では優れるが使い所が限られる固定砲台のようなモノであったのだ。

 

「――失礼ながら、大佐殿。このギガントは大佐殿が知っているそんじょそこらのギガントとは訳が違います」

 

「なに?」

 

困ったというより呆れた顔で3輌の使い所に難儀するKV-2を眺めていたバール大佐の呟きに反論するような声が突如上がった。

 

「……貴官は?」

 

バール大佐が声の聞こえた方に顔を向けると、そこには戦車兵用の戦闘服を着た壮年の兵士が立っていた。

 

「あぁ、これは失礼しました。私はこの度、第4旅団戦闘団への配属を命じられたこのギガントの小隊を預かるヨハン・アブロシモフ大尉であります」

 

そう言って堂に入った敬礼を見せたアブロシモフ大尉にバール大佐は答礼を返す。

 

「そうか、ご苦労。私は第1旅団戦闘団指揮官のバール・アーダルベルト大佐だ。こっちは副長のエルヴィン・ロンメル中佐。で、アブロシモフ大尉?このギガントがそんじょそこらのギガントとは違うというのは?」

 

「よくぞ聞いて下さいました。コイツはですね、敵の物量作戦に対抗するために近代化改装が施された、言わばKV-2“改”!!」

 

誇らしげに目を輝かせながら語りだしたアブロシモフ大尉の姿を見て余計な藪を突っついてしまったとバール大佐が後悔した時には既に遅かった。

 

「元々あった問題点が1つ残らず改善されたのはもちろん。近代化改装によって空いたスペースに自動装填装置を搭載した事で発射速度も向上していますし、エンジンもより馬力のあるものに換装してあります。また力のある牛人族やオーガの連中を搭乗員に採用した事で万が一自動装填装置が故障した場合でも発射速度は落ちない上、人員削減にも成功しています。しかも、対人用砲弾であるキャニスター弾を大量に搭載した事でコイツは物量作戦キラー、人海戦術キラーとして生まれ変わっているのです!!つまり、ハード面もソフト面も完璧!!更に更に――」

 

徐々に熱を増し怒涛の如く展開されるKV-2談義にバール大佐の眉が段々とつり上がっていく。

 

「ストップ!!もういい、もう分かったからさっさと第4旅団戦闘団の司令部にでも行って指示を仰いで来い」

 

「ハッ……了解しました」

 

これ以上終わりの見えない話を聞かされていては堪らないと、バール大佐が半ば強引に話を中断させると若干残念そうな表情を浮かべたアブロシモフ大尉は素直に第4旅団戦闘団の司令部へ向かって歩いて行った。

 

「全く何だったんだ……あいつは」

 

「さぁ?」

 

KV-2について熱く語っていたアブロシモフ大尉が去った後、バール大佐とロンメル中佐はお互いに顔を見合わせていた。

 

「とりあえず視察を続け――ぶわっ!?ゲホッ、ペッペッ!!ッ!?クソ、予報より早く来たな!!」

 

2人が気を取り直して補給現場の視察を続けようとした時、突如突風が吹き荒れる。

 

飛んできた砂が口に入り思わず嘔吐いたバール大佐が風上の空を見上げると、空は風によって巻き上げられた砂によって一面茶色一色に染め上げられていた。

 

「大佐、砂嵐が来る前に旅団本部へ避難しましょう!!」

 

「あぁ、そうしよう。だが――ここからだとポンペイの街中を走って旅団本部に戻るより対戦車防御陣地にある前線指揮所へ向かった方が早いはずだ。前線指揮所へ行くぞ」

 

「了解です」

 

次第に近付いて来る砂嵐を避けるため、バール大佐とロンメル中佐は補給作業の中断と一時避難を兵士達に命じた後、キューベルワーゲンに乗り込み前線指揮所へと急いだ。

 

「何も見えないな、まるで夜みたいだ」

 

前線指揮所にある小さな覗き穴から外の様子を眺めていたバール大佐が呟く。

 

外ではビュウビュウと猛烈な風が吹き荒び、それと同時に空を舞っている砂粒のせいで日光が遮られ、昼前だというのに辺りは日が暮れた後のような暗さに包まれていた。

 

しかも、猛烈な砂嵐のお陰で辺りに張り巡らせた各種センサーや監視カメラといった警戒装置が軒並み使えなくなっていたためにバール大佐達は一時的にとはいえ完全なる盲目状態に陥っていた。

 

「このような激しい砂嵐ですから致し方ありません。正午過ぎ――もう少しすれば収まるようですが……それまでは待機しているしかないかと」

 

「待機ねぇ……まぁドンパチするよりマシだが、補給作業を終える前に砂嵐が来たのは痛手だな。この分だと兵士諸君にはクソ暑い中で補給作業を再開してもらわないとダメだな。……そう言えば偵察に出ているやつらは大丈夫なのか?」

 

「砂嵐が収まるまでは一時避難するように命じてありますが、この砂嵐のせいで電波状態が悪く今現在連絡が取れていません。どうぞ」

 

「ん?あぁ、すまん。ズズッ、ふぅ。やはり中佐が淹れてくれるモノは旨いな」

 

ロンメル中佐が淹れてくれた飲み物――中佐が魔法で生成した氷が入れられキンキンに冷えたアイスコーヒーを口にしたバール大佐は本心から漏れた言葉と共に微笑んだ。

 

「フフッ、ありがとうございます」

 

バール大佐の素直な誉め言葉にロンメル中佐は頬を赤らめると狐耳をパタパタとしきりに動かしながらフサフサの尻尾を左右に大きく振り最後には照れ隠しのように小さく頭を下げた。

 

「「「「……」」」」

 

そんな2人のやり取りを間近で見聞きしていた他の兵士達は何とも言えない顔で口を閉ざし、視線だけで会話をしていた。

 

何故なら、言うに言えない事情があったからだ。

 

「(なぁ、大佐ってまだ中佐が女だって事に気が付いていないのか?)」

 

「(全く気が付いて無い。昨日なんか戦闘配置が解かれてから『水が勿体ないから一緒に風呂に入ろう。男同士なんだから別に構わんだろ』とかナチュラルにセクハラ発言かましてたし)」

 

「(うーん、そうか。中佐が女だと分かっていたとしたら……大佐の性格的にそんなセクハラ発言するわけないしな)」

 

「(まぁ、いろいろな意味でお堅い人だからな大佐は……面倒くさがり屋でもあるが)」

「(なんにせよ……もう暫くの間は大人しく観察するか。決して2人の関係をおもしろがっているわけじゃないが)」

 

「(あぁ、そうしよう。決して2人のすれ違いを楽しんでいるわけじゃないが)」

 

中性的な顔立ちで声が低く、胸も小さかったことから発生してしまったバール大佐の勘違いを知る兵士達はいつになったら事実を――ロンメル中佐が女で大佐に惚れている事を知るのだろうかと興味津々で見守っていたのだった。

 

 

 

「おっ、風が弱まってきたな」

 

部下達から観察対象兼賭けの対象にされている事など知らないバール大佐が、耳障りだった風切り音が少しずつ収まってきたことに目敏く気が付くと、そう言って再び覗き穴の元へと近付く。

 

『――せよ!!…ザー………だっ!!……きこ……目の……応答を……敵…ザッ…大変……』

 

『――こちら…ザザッ…分隊!!……凄まじい…ッ…たい……早く……応答……くれ!!』

 

『――ザッ、……許可を……む!!直ちに……必要…ザッ…ザー……返事を……ザー』

 

「バール大佐、偵察部隊から通信が入りました!!しかし、電波状態が悪く内容が聞き取れません」

 

覗き穴から外の様子を見ようとバール大佐が目を凝らしていると前線指揮所に設置されている全ての無線機に通信が入る。

 

その通信は音声が不明瞭のために内容を知る事は出来なかったが、何か緊急事態を知らせるような緊迫感を孕んでいた。

 

「無線機の出力を最大に上げろ。それと念の為、全部隊を戦闘配置に」

 

「「「了解!!」」」

 

「……何が起きている?」

 

準警戒態勢から戦闘態勢に移行し空気が張り詰めた前線指揮所の中でバール大佐が、そう呟いた時だった。

 

砂嵐が過ぎ去り辺りに日の光が射し始める。同時に監視カメラの映像や無線機が従来の性能を発揮し出す。

 

『こちら第3分隊!!CP聞こえるか!!敵襲だ!!帝国軍が目の前に!!』

 

『第7分隊よりCPへ!!帝国軍がマイナス川の対岸に布陣しているぞ!!注意せよ!!繰り返す帝国軍がマイナス川の対岸に布陣している!!』

 

『こちら第9分隊!!帝国軍と接敵!!撤退許可を!!』

 

「……何てこった」

 

無線機からは帝国軍接近の知らせを告げる明瞭な声が次々と上がり、半ば砂に埋もれている監視カメラが前線指揮所に置かれたモニターに送ってくる映像には整然と布陣を整えた帝国軍の姿があったのだった。



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16

数分前まで辺り一帯を包んでいた強烈な砂嵐が嘘のように消え去り、晴れ渡る空からギラギラと輝く太陽の光がこれでもかと降り注ぐ中。

 

なんの前触れも無く突然目と鼻の先に現れた帝国軍に動揺し衝撃を受けつつも戦闘に備え第1、第4旅団戦闘団の兵士達は慌ただしく戦闘態勢に移行していた。

 

防衛の要である対戦車防御陣地では塹壕内に積もってしまった砂を砲兵や歩兵達が大慌てで掻き出し、設置しなおした対戦車砲や迫撃砲、機関銃の照準をマイナス川の対岸でズラリと布陣している帝国軍に合わせる。

 

またポンペイの街中では戦車や自走砲等の各種戦闘車輌や支援車輌への補給作業が急ピッチで進められ、燃料弾薬の補給が済んだ車輌から順次指定されている持ち場へと配置に付き、その時を待っていた。

 

「さっぱり分からん……奴らはどうやってあそこに布陣したんだ?……まさか、あの砂嵐の中を進んできたのか?」

 

「あり得ません、あの砂嵐の中を進むなど。妖魔や獣人でも無事では……ましてや人間など自殺と同意義です」

 

「それもそうだよな。本当にどうやって来たんだ?……まぁいい、この疑問は後回しだ。今は敵をどうやって叩き潰すか考えよう。……しかし、敵の情報が少なすぎるな……ロンメル中佐、飛行歩兵の連中に強行偵察に出るよう伝えてくれ」

 

「ハッ、直ちに」

 

砂嵐が止んだ直後、眼前に現れた帝国軍がどんなマジックを使ってやって来たのかという疑問を一先ず捨て置き、バール大佐は詳しい敵情を知るためにカーディガン攻略戦で活躍した飛行歩兵部隊の隊長であるアルベルト・ゲオルク中尉以下を帝国軍上空へと送り出す。

 

「こちらバール大佐。ゲオルク中尉、聞こえるか?送れ」

 

『こちらゲオルク。現在、対戦車防御陣地上空を飛行中。感度良好バッチリです。どうぞ』

 

「よし。ゲオルク中尉、敵がいつ動き出すか分からないから素早く頼むぞ?敵の戦力と敵本部の場所、そして敵後方に予備兵力がいないかを確認しろ。それが終わったらすぐに戻れ」

 

強行偵察の任を受け、帝国軍の上空に飛び込もうとしていたゲオルク中尉以下の飛行歩兵達にバール大佐から確認すべき偵察目標が伝えられる。

 

『了解、これより敵陣上空に侵入し強行偵察を行います!!』

 

竜騎士、場合によっては飛行型魔導兵器の妨害が考えられる中、ゲオルク中尉はバール大佐に返事を返すと部下達と共に帝国軍の上空へ果敢に突入していった。

 

「――やはり敵の主力は街や村から徴兵した民兵か。無理やり数を揃えたといった感じだな……ん?物資が足りないのか?防具を着けずに農具を持ってる奴もいるぞ。」

 

反撃には出てきたが、こりゃ敵さんも末期だな。……だが1つ気になる。何で民兵の顔に余裕があるんだ?

 

強行偵察に出たゲオルク中尉達からの通信が一時的に途絶えてしまい、やきもきしている間バール大佐は前線指揮所の覗き穴に双眼鏡を突っ込み敵陣の様子を窺っていた。

 

「本当ですね……全く奴等は何時になったら我々を数の暴力では倒せないと気付くのでしょうか」

 

バール大佐のすぐ横で同じ様に双眼鏡を覗くロンメル中佐がそう言った。

 

「少なくとも今その事実に気付かれるのは困るな。死んでからならいいが」

 

「それもそうですね。しかし、妙です。奴等は何故動かないのでしょうか?こちらが攻撃準備を整えたら最後、一方的に叩かれるのは分かりきっているはずですが……というか砂嵐が止んだ直後なら我々の隙を突けたでしょうに」

 

「分からん……まるで何かを待っているような……」

 

無線機が黙り込んでから5分が経った頃、好機を逃した敵軍の行動に2人が頭を悩ましていると、ちらほらと敵情の報告が入り始め。

 

そして10分後。泡を食ったようなゲオルク中尉の声が前線指揮所に届けられる。

 

『ゲオルクよりCP!!敵の妨害は微弱なれど敵後方の予備兵力の有無を確認中、ポイント6ー2で奇妙なモノを発見した!!紫色で半透明、両先端が尖った細長い円柱形の結晶体の中に人間が入られ、それがまるで墓標のように地面に突き立てられている!!それも1つや2つじゃない、物凄い数だ!!正確な数は分からないが布陣している帝国軍と同じぐらいの数と思われる!!ッ、竜騎士共が押し寄せて来た!!これ以上の偵察は無理だ、これより帰還する!!オーバー』

 

無線機から発せられていた緊迫感溢れるゲオルク中尉の声が途切れると同時に前線指揮所の中は一瞬沈黙に包まれた。

 

「さっき入った報告では確か敵は15万程度の兵力ということだったが……15万もの人間入りの結晶体があるというのか?……何かの魔法か儀式の一種か?」

 

「仮に何かの魔法及び儀式だとしても、人間入りの結晶体を利用する魔法や儀式だなんて、そんな物は聞いた事がありません」

 

「ふむ……そう言えば他にもおかしな報告があったな。敵陣の中に黒い箱みたいな物が均等の間隔で置かれているとか」

 

「何だか……不気味ですね」

 

「バ、バール大佐!!大変です!!」

 

「何だ!?」

 

飛行歩兵達が命懸けで入手した奇妙な敵情にバール大佐とロンメル中佐が首を捻っていると血相を変えた蛇人族の兵士が前線指揮所の中に転がり込んで来た。

 

「そ、空に、空に何かいます!!」

 

「何かじゃ分からん!!正確に報告しろ!!」

 

「で、ですが!!あれは……ッ!!」

 

「チィ……一体何だって言うんだ」

 

「大佐!?危険ですから外に出ないで下さい!!」

 

要領を得ない蛇人族の兵士の報告に業を煮やしたバール大佐はロンメル中佐の制止を聞かず、半地下式の前線指揮所から塹壕へと進み出る。

 

「あれです」

 

「おいおい、嘘だろ……何であれがいるんだ……」

 

先端が二股に別れた舌をチロチロと出し入れする兵士が指差す空に目をやったバール大佐は空に浮かぶ何かの姿を捉えると、本日2度目になる衝撃を受けた。

 

それは透明の為に光加減で全体の輪郭がぼんやりと伺えるだけで詳細が一切分からなかったが、その巨大さから考えるに、かつてパラベラム軍が駆逐したはずの兵器――空中要塞に相違無かった。

 

「ロンメル中佐!!師団本部と総司令部に連絡を取って空中要塞と接敵した旨を伝え航空支援の要請を!!」

 

「了解です!!」

 

「た、大佐!!空にいる奴が透明化を解きます!!」

 

バール大佐が前線指揮所の室内にいるロンメル中佐に向け大声で指示を飛ばしていると、空に浮かぶ空中要塞に変化があった。

 

空中要塞は中心にそびえる城の天辺から徐々に透明化を解いていき、最後にはその全容を白日の下に晒し出す。

 

更に透明化を完全に解いた直後、空中要塞の半円状の土台部分が花の花弁のように幾つかのブロックに分かれてパックリと開き、中から3本の杭のようなモノが露出される。

 

それはまるで空中要塞の着陸用の足の様にも見えたが、実際はそんな生易しいモノでは無かった。

 

「何をするつもりかは知らんが……なんだかヤバそうだぞ!?」

 

何故かドッと溢れ出てきた冷や汗を流しながらそう呟いたバール大佐の視線の先では空中要塞の下部から突き出た3本の杭が徐々に強さを増していく稲光を纏っていた。

 

「全部隊、総員に通達しろ!!別命あるまで退避壕へ退避せよと!!急げ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

本能的に危機を察知したバール大佐の命令が第1旅団戦闘団の兵士達の間を駆け巡っている時だった。

 

「何だありゃ!?」

 

3本の杭が纏う稲光は互いの丁度中心で1つの塊となり、強烈な光を放つ。

 

そしてその強烈な光は徐々に集束していき、まるでサーチライトが放つような光の筋になると第4旅団戦闘団が守る対戦車防御陣地の中心を煌々と照らし出した。

 

「ただのサーチライト……なのか?なんのつもりで――」

 

敵の行動の意味が理解出来ず、バール大佐がそう呟いた時だった。

 

空中要塞から伸びる光の筋の中を通って黒い閃光が迸る。

 

次いで一瞬の間を置いてから第4旅団戦闘団の兵士達がいる対戦車防御陣地が紅蓮の業火に包まれ、鼓膜を破らんばかりの轟音が辺りを満たし大地を激しく震わせる。

 

「嘘……うおっ!?」

 

「大佐ッ!!」

 

遅れてやって来た凄まじい衝撃波によって吹き飛ばされそうになったバール大佐をロンメル中佐が間一髪の所で捕まえ、塹壕から前線指揮所の中へと引き摺り込んだ。

 

「すまん。助かった」

 

「い、いえ、間に合って良かったです」

 

咄嗟の判断で手を引っ張って前線指揮所の中に引き摺り込んでから両手でしっかりと抱き締め床に倒れ込み、最後は覆い被さってバール大佐を衝撃波から守ったロンメル中佐は自分とバール大佐の体勢を改めて理解すると綺麗というより、イケメンと言われそうな顔を今さらながらにうっすらと赤らめる。

 

「中佐……?手を離してくれないと立てないんだが」

 

「あっ、す、すみません!!」

 

バール大佐にそう言われ、ロンメル中佐は慌てつつも惜しみげに両手をゆっくりと離すと先に立ち上がりバール大佐に手を貸す。

 

「出来れば俺も助けて欲しかったで――……いえ、なんでもないです。独り言です」

 

バール大佐と共に空中要塞を眺めていた蛇人族の兵士は誰にも助けてもらえなかったため塹壕内を襲った衝撃波と吹き荒れた爆風で、ものの見事に吹っ飛ばされていた。

 

そして、全身に小さな傷を無数に負い悲惨な姿になって前線指揮所の前に戻ってくるなりそう言ったが、ロンメル中佐の鋭い一睨みで前言を撤回しヨタヨタと覚束無い足取りで自分の配置へと戻って行ったのだった。

 

「そうだ……爆心地は!?第4旅団戦闘団の兵士はどうなった!?」

 

「待って下さい、大佐!!まだ外は危険です!!あぁ、もう大佐!!」

 

ロンメル中佐の手を借りて立ち上がったバール大佐は、ハッと思い出したようにそう言って、再度制止を振り切り前線指揮所から塹壕へと飛び出す。

 

「なんてこった……」

 

呆然とそう呟いたバール大佐の視線の先では次第に成長し巨大化していく黒いキノコ雲が形成されていた。

 

その光景はまるで核兵器の使用後を彷彿とさせ、バール大佐の背筋を凍らせる。

 

「あの有り様じゃあ跡形もないぞ……」

 

キノコ雲の根本――爆心地となった大地は今だ爆煙に覆われ、その姿を垣間見ることは出来ないが、ほぼ確実に惨憺たる光景が広がっている事が簡単に予想出来た。

 

そして、バール大佐の予想は正しく空中要塞が放った黒い閃光により爆心地となった大地は地表部分にあった第4旅団戦闘団の対戦車防御陣地ごと深々と抉られ隕石が落ちたようなクレーターが出来上がっていた。

 

つまり、それはそこにあった兵器や兵士が消し炭1つ残さず根こそぎ消滅したことを意味していた。

 

「敵、第2射来ます!!」

 

数多くの同胞が一瞬で消え失せてしまった事に戦慄していたバール大佐の耳にそんな言葉が飛び込んでくる。

直後、空中要塞の方を見やればまたあの光の筋が伸びていた。

 

それもポンペイの街に向かって。

 

「逃げろおおおぉぉぉッ!!」

 

「大佐、伏せて!!」

 

思わずポンペイの街に向かって、そう叫んだバール大佐を横合いから押し倒すロンメル中佐。

 

2人が塹壕の底、硬い地面の上に倒れ込んだのと同時に黒い閃光が走り爆音が轟く。

 

そして微小な地面の揺れが起こってから津波のように押し寄せた土埃が塹壕内へ流れ込みボフッと降り注ぐ。

 

「ゲホッゲホッ、大佐……?ご無事で?」

 

「ゲフッ、なんとか……な……」

 

土埃にまみれた2人は咳き込みながら互いの無事を確認しあう。

 

「……街は……どうなった?」

 

「キノコ雲は出来ていますが、街は……あります……敵の攻撃は先程より威力が小さかったようです」

 

度肝を抜かれた最初の一撃が戦術核を使用した程度のキノコ雲を作り出していたのに対し今度は総重量約6800キロの内、炸薬重量だけで約5700キロを占めるBLU-82/B――地表の構造物を薙払うように吹き飛ばす通称デイジーカッターを使用した程度のキノコ雲が出来ていたもののポンペイの街は辛うじて健在だった。

 

「……よかった」

 

今の攻撃で、てっきり消えてしまったものと思っていたポンペイの街が残っていた事に一先ず胸を撫で下ろした2人だったが、すぐに絶望のドン底に突き落とされることになる。

 

「た、大佐!!旅団本部からの通信が途絶えました!!」

 

無線機を握り締めた通信兵が泣きそうな顔でバール大佐の元に駆け寄ると、そう叫んだ。

 

「なんだと!?――まさか、今の攻撃で!?」

 

「恐らくは……」

 

「クソッタレが!!」

 

2射目の威力が弱かったのはポンペイの街に置かれていた第1、第4旅団戦闘団の合同本部だけを撃ち抜くためであった事に気が付き、歯を食い縛るバール大佐。

 

「空中要塞が後退していきます!!あっ、姿が消えて……く、空中要塞を目視出来ません!!再び透明化したものと思われます!!」

 

「敵軍が魔法障壁を展開!!前進を開始!!」

 

だが、バール大佐には歯を食い縛っている時間すら無かった。

 

空中要塞は3射目を放つことなく矛を収めて悠々と後退していったものの、マイナス川の対岸に布陣する帝国軍が満を持して進軍を開始した為だ。

 

「野戦砲兵大隊に通達しろ、全火力を敵正面に集中し敵に川を渡らせるな!!」

 

「了解!!」

 

「それと師団本部に繋げ」

 

「繋ぎました、どうぞ」

 

「こちらは第1旅団戦闘団のバール大佐だ。我々は敵の攻撃により第4旅団戦闘団の大半と両旅団戦闘団の本部を失った。至急航空支援と救援を頼む」

 

『こちら師団本部。現在、全戦域で帝国軍の反撃が開始されているため航空支援も救援もすぐには出せない、独力で対処せよ』

 

「独力でだと!?それは無理だ、だったら撤退許可を」

 

『駄目だ、撤退は許可出来ない。貴官らが防衛しているポンペイの街が抜かれれば、敵軍が我が方の防衛線の後方へ浸透してしまい、防衛線自体が破綻する危険性がある。なんとしても街を守りきれ。部隊の編成が終わり次第救援部隊を送る、以上だ』

 

「くそっ……じゃあどうしろってんだ!!」

 

師団本部よりもたらされた無情な通達に、バール大佐は目の前にあった机に拳を降り下ろす。

 

「大佐……」

 

前線指揮所に詰める兵士の顔に暗い影が落ち、重い空気に包つまれる中、ロンメル中佐の声だけが小さく響いた。

 

そして、誰もが絶望に呑まれようとしていた時だった。

 

『――こちら第4旅団戦闘団所属の第3機械化歩兵大隊!!指揮官が戦死した!!繰り返す指揮官が戦死した!!本部とも連絡がつかない、誰か指示を!!』

 

『こちら第2機甲中隊。第1機甲中隊が殺られた!!我々は補給中で難を逃れたが、これからどうしたらいい!?』

 

『こちらは第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊だ!!砲撃準備は万端だが、観測員が戦死したため敵座標が分からない、誰か敵座標の指示を頼む!!』

 

第4旅団戦闘団の生き残りの声が無線機から流れ出す。

 

「……いいだろう。どうせ、もう面倒臭いなんか言っていられない状況なんだ。とことんやれるだけやってやる!!徹底抗戦だ!!」

 

半数以上の戦力を失い、大半の仲間が殺られたにも関わらず撤退を考えるどころか指示を求め敵との戦闘に備えようとする第4旅団戦闘団の兵士の声がバール大佐の闘争心に火を付けた。

 

自棄になったとも言うが。

 

「ロンメル中佐、第4旅団戦闘団の残存兵を吸収して敵を叩くぞ!!」

 

「了解!!」

 

「通信兵、総員に通達しろ!!現刻より第1、第4旅団戦闘団の全指揮を俺が取るとな!!」

 

「了解しました!!」

 

バール大佐の命令で兵士達が活気を取り戻し慌ただしく動き出す。

 

「野戦砲兵大隊より報告!!ロケット弾による面制圧射撃を開始!!」

 

「よし、これで時間が稼げる。今のうちに部隊を纏めるぞ」

 

先に出しておいた命令通りに野戦砲兵大隊が砲撃を開始し、まずは多数のロケット弾が帝国軍を襲う。

 

パラベラム側の初撃を担ったのは第二次世界大戦でドイツ軍が使用し映画などでもお馴染みのSd Kfz 251半装軌車の側面に枠構造を取り付け、そこに多砲身ロケット発射器を3基ずつ装着したヴルフラーメン40である。

 

高性能ロケット榴弾である30cmネーベルヴェルファー42や28cmロケット榴弾および32cmロケット焼夷弾である28/32cmネーベルヴェルファー41等を装備したヴルフラーメン40は、ロケット弾発射に伴う噴煙に包まれながらも全弾を撃ち尽くすと直ちに補給へと急ぐ。

 

これらのロケット弾は従来の大砲を用いた砲撃よりも正確さに欠けるため数を必要とし、またロケット弾の重量が重く再装填には多くの時間を割かねばならないからだ。

 

ちなみにヴルフラーメン40は史実において機動力のある戦車部隊の支援兵器として、特に市街地において運用に成功している。

 

「弾着……今!!」

 

多数のロケット弾が風切り音を唸らせ、一斉に着弾しマイナス川の渡河に取り掛かろうとしていた帝国軍を爆煙で包み込む。

 

更に帝国軍の座標を通達された第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊――臨時に第1旅団戦闘団に組み込まれ第2野戦砲兵大隊と呼称される事となった部隊からは第二次世界大戦においてソ連軍が開発し使用した世界最初の自走式多連装ロケット砲、82mm BM-8や132mm BM-13――通称カチューシャが追い討ちをかけるようにロケット弾の斉射を開始。

 

敵の前進を防ぐべく安価で大量生産が可能なM-8ロケット弾(口径82mm)やM-13ロケット弾(口径132mm)の火力を集中させる。

 

と言っても黒色火薬またはダブルベース火薬(ニトログリセリンとニトロセルロースの混合薬)が燃料として使用されている固体燃料式のロケット弾は尾翼式無誘導のシンプルな構造のため、使用するロケット弾の重量や射程距離から射角を算出し、おおよその方角に向けて発射するしか方法が無く、またカチューシャは1基あたり8本のレールの上下にロケット弾を装着し計16発を連続して撃つことが出来たが、ヴルフラーメン40同様命中精度に期待が出来ないため、やはり目標に対し大量のロケット弾を集中的に撃ち込むことでその欠点を補うしか無かった。

 

しかし、それ故にヴルフラーメン40やカチューシャは短時間での面制圧には長けており、精度より数を求められる今に限っては各種野砲よりもその存在価値が高くなっていた。

 

ちなみに発射するロケット弾と同様に兵器自体の構造が非常にシンプルなカチューシャは自走用の台車とロケット弾を搭載する鉄レールを平行に並べ柵状にした発射機、それを支え方向と射角を調整する支持架で構成されているのだが、第4旅団戦闘団に配備されたカチューシャの台車には旧来のZiS-151多目的トラックではなく、高い最低地上高を誇り四輪駆動方式を採用し副変速機と逆転機を装備して超低速や悪路での作業にも適し多数の軍用車輌の元にもなっている多目的作業用自動車――ウニモグが使用されていたため、踏破性や機動性が格段に向上しており陣地転換の時間が大幅に省略されている。

 

「――戦車部隊には機動防御を行いつつ、あの陣地跡から突破を目論む敵を叩かせろ」

 

「ハッ!!」

 

「大佐、爆煙が晴れます」

 

ロケット弾の炸裂音をBGMにして各部隊への命令を出していたバール大佐は、その報告を聞くと双眼鏡を手に取った。

 

「……よし、今の砲撃でかなりの戦力が削れたな」

 

「その様です」

 

空高くまで舞い上がっていた爆煙が風に吹かれて視界がクリアになると、そこはロケット弾の着弾によって月面のような有り様になっており、また帝国軍兵士の骸が大量に転がっていた。

 

しかし、砲撃により跡形もなく消し飛んだ兵士も多く正確な戦果は確認出来なかった。

 

それでも帝国軍の進軍の出鼻を挫いた事だけは確かであった。

 

「この隙を逃すな、野戦砲兵大隊の野砲で――」

 

「大佐!!敵に変化があります!!」

 

「なに?」

 

帝国軍に更なる打撃を与え攻勢を断念させようとしていたバール大佐は、ロンメル中佐の悲鳴染みた声に驚き振り返ると双眼鏡を覗き込む。

 

「死体が光っている?ッ、消えた!?どうなって――」

 

バール大佐は転がっている死体が発光し、白い光の粒子となって消えていく光景に思わず双眼鏡を握り締め目を驚きに見開く。

 

「大佐!!敵が、敵が!!」

 

「何なんだこれは……敵が甦ったとでもいうのか?」

 

顔面蒼白になったロンメル中佐に言われて双眼鏡の向きを変えてみれば、帝国軍が最初に布陣していた場所に死んだはずの敵兵達が再び布陣していた。

 

そして、死んだはずの兵士達は何事も無かったかのように再び進軍を開始する。

 

「……第1野戦砲兵大隊に伝えろ。接近中の敵に砲弾を1発ぶちこめと」

 

「りょ、了解」

 

進軍を開始した帝国軍を亡霊でも見るかのような引き吊った顔で眺めていたバール大佐の命令で1発の砲弾が敵に向け放たれる。

 

「弾着まで3、2、1……今ッ!!」

 

フンメル自走砲が放った15cm榴弾がシュンッと鋭い風切り音を残して頭上を通り過ぎて行き、敵のど真ん中に命中。

 

閃光がピカッと瞬き、火柱が上がり爆煙が空を汚す。

 

そして炸裂した15cm榴弾は多数の敵兵を薙ぎ倒し組まれていた陣形を乱した。

 

「……最悪だ」

 

一連の光景を瞬き1つせず、食い入るように見ていたバール大佐は外れて欲しかった予想が、ドンピシャで的中してしまい頭を抱えた。

 

「不死身の軍隊かよ、クソッ!!」

 

バール大佐の視線の先では15cm榴弾によって吹き飛ばされ木っ端微塵にされたはずの兵士達の死体が白い光の粒子となった後、その死んだはずの兵士達が最初の立ち位置で復活を果たしていた。

 

それはまるでゲームでキャラクターが死亡しリスポーンした時と同じ光景であった。

 



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17

生物の行く着く先に必ず待ち受ける死を克服し不死の軍隊となった帝国軍。

 

その実態はろくな軍事訓練を受けず、まともな装備を持たない弱卒揃いの民兵集団だったが、死なないという要素や15万近い兵力がそのまま彼らの武器となっていた。

 

「とにかく敵に川を渡らせるな!!なんとしても対岸で押し止めろ!!」

 

バール大佐の檄に呼応するように次々と敵の頭上に降り注ぐ砲弾。

 

戦場の女神とも言われる砲兵によって解き放たれたその猟犬達は通常よりも低い放物線を描いて空を駆けた後、爆音という恐ろしい咆哮を上げ敵の体を八つ裂きにし思う存分破壊を撒き散らしてから果てる。

 

「クソ……止まらんか」

 

しかし、不死の軍隊の兵士となった者達は降り注ぐ砲弾を物ともせず、着弾し吹き上がる火柱の合間を縫ってマイナス川の渡河を目論む。

 

砲撃で足を吹き飛ばされようが手を吹き飛ばされようが、木っ端微塵にされようが“リセット”さえしてしまえばまた復活――リスポーン出来る彼らの進撃は狂気染みていた。

 

「報告!!敵歩兵の後方に魔導兵器を確認、約30体が接近中!!更にその後方から約50体の魔導兵器が接近しつつあります!!」

 

「報告します!!マイナス川の水位が急激に下がり川底が露呈、更に敵が魔法で土の橋を作った模様!!」

 

「敵の主力が出てきたな。魔導兵器は戦車隊と対戦車砲で対処しろ。土の橋は見つけ次第迫撃砲で潰せ」

 

「「了解しました!!」」

 

「ふぅ……全く……これだからファンタジーは嫌いなんだ」

 

マイナス川を天然の障害物として利用する気マンマンだったバール大佐は敵の魔法使いによって目論見を容易く潰された事に毒づく。

 

「だが、俺達を舐めるなよ。ファンタジー(魔法使い)」

 

幾多の戦場を戦い抜き文字通り精鋭となった部下達の強さを誰よりも知るバール大佐はそう言って劣勢の中、獣の如き笑みを浮かべたのだった。

 

「――おい、もっと弾を持ってこい!!これっぽっちじゃすぐに無くなるぞ!!」

 

「りょ、了解!!」

 

いくら叩きのめそうとも何度でも復活し押し寄せて来る帝国軍を水際で阻み続ける対戦車防御陣地の最前線では第1旅団戦闘団の兵士達が必死の抵抗を続けていた。

 

「目標、1時方向の魔導兵器!!距離、800!!弾種、徹甲弾!!」

 

自分達を鼓舞するかのように、ひたすらワァアアアアーー!!と雄叫びを上げて狂ったように突撃を繰り返す歩兵の後方から、魔砲を構え魔力弾を乱射しつつマイナス川に近付く魔導兵器に対し、対戦車防御陣地の射撃壕に配置された7.5cm PaK40――1941年から1945年までに牽引砲型だけで凡そ25500門が生産され、第二次世界大戦後半のドイツ軍で主力対戦車砲として活躍した対戦車砲が必殺の一撃を放つために指揮官である班長の掛け声で動き始める。

 

平べったい木製の弾薬箱に収められた徹甲弾を犬人族の装填手が両手でしっかりと抱えて抜き出し、もう一人の装填手である吸血鬼の砲兵が7.5cm PaK40の閉鎖機の槓桿(レバー)を引いて鎖栓を開き、犬人族の装填手に徹甲弾を装填させる。

 

砲尾環を通って薬室に半装填された徹甲弾は最後に犬人族の装填手の握り拳で適正位置まで押し込こまれた事が確認されると、再び槓桿が動かされ鎖栓が閉じられる。

 

「装填、よし!!」

 

そうして徹甲弾の装填が完了し装填手達が退避すると今度は人間の砲手が、4ミリの装甲板を2枚重ねて中空装甲を作り前面と左右側面を保護するようになっている防楯に開けられた小さな小窓を通して改良型の38A型望遠鏡式照準機を覗き込み、左右角調整ハンドルと仰俯角調整ハンドルをクルクルと手で回して左右角が各20度ずつ、俯仰角がマイナス5度からプラス22度の限られた射角内で照準を定める。

 

「照準よし、撃ち方用意、よし!!」

 

「撃てぇぇえッ!!」

 

そうして射撃態勢が整うと間髪入れずに班長の気合いが籠った発射命令が下された。

 

ドンッ!!という砲声が轟きマズルフラッシュが煌めくと同時に発砲の反動を抑えるための駐退機によって砲身が大きく後退し、対戦車砲の脚の先に付けられた駐鋤が地面に食い込む。

 

そして砲煙と土埃を盛大に巻き上げながら、ほぼ水平に近い射角で撃ち出された徹甲弾は閃光となって魔導兵器目掛けて飛んでいく。

 

「クソッ、外れた!!排煙と再装填急げ!!」

 

しかし、発射された徹甲弾は目標である魔導兵器の右2メートルの位置に着弾し、偶然そこにいた歩兵を2〜3人吹き飛ばした後、跳弾しどこかへ飛んで行ってしまった。

 

そのため班長が再度命令を出し、待機していた班員――エルフが視界を遮る邪魔な土埃を魔法で吹き飛ばし装填手達が慌てて次弾装填に取り掛りかかる。

 

「グズグズするな、装填急げ――何!?」

 

だが装填手達が役目を終えた空薬莢を取り出し次弾を薬室に押し込んでいる途中、目標にしていた魔導兵器に砲弾が直撃し爆散。スクラップと成り果てる。

 

反射的に砲弾が飛んできた方向――右後方を班長達が見れば、そこには航空機を落とす高射砲でありながら7.5cm PaK40と同じ様に対戦車戦闘で活躍した8.8cm FlaK36が砲口からうっすらと砲煙を吐いていた。

 

「俺達が狙っていた魔導兵器を殺ったのはあの“アハトアハト”か!?えぇい、くそ!!高射砲なんぞに俺達の御株を奪われてたまるか!!やるぞ、お前ら!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

元々は対空砲として開発され運用されていたが、その威力と貫通性能から対戦車砲としても優れた能力を発揮したため対空戦闘よりも対戦車戦闘で重宝された経歴を持つ8.8cm FlaK36に御株を奪われまいと7.5cm PaK40の砲兵達はより一層、闘志を燃え上がらせ戦闘にのめり込む。

 

「目標、11時方向の魔導兵器!!距離、1000!!弾種、徹甲弾!!」

 

「――装填完了!!」

 

「照準よし。撃ち方用意、よし!!」

 

これ以上8.8cm FlaK36に活躍の場と獲物を奪われてなるまいと7.5cm PaK40の砲兵達が先程よりも機敏な動きで砲弾を込め、射撃態勢を整える。

 

「う――ッ、またか!?」

 

そして、万全を期して砲撃を行おうとした瞬間、またしても目標にしていた魔導兵器が爆散し木っ端微塵になった。

 

「今度は……お前か!!」

 

わなわなと肩を震わせ、さっきとは逆の左後方を見た班長の視線の先には48口径75mm StuK40L/48の砲口から硝煙を立ち上らせるIII号突撃砲G型の姿があった。

 

「どいつもこいつも俺達の獲物を横取りしやがって……いいだろう、やってやるよ。貴様らなんかに負けるものか!!」

 

高射砲に続いて、当初は歩兵を守る盾として敵陣地を直接照準射撃で撃破する兵器であったが、後に敵戦車に対する防御戦闘で有効な兵器となったIII号突撃砲にまで獲物をかっさらわれた班長はそう叫んだ後、鬼気迫る顔で命令を飛ばし班員達と共に他の対戦車砲や高射砲、突撃砲よりも多くの魔導兵器を次々と屠り始め獅子奮迅の働きを見せた。

 

しかし、そんな班長達の奮戦虚しく後から後から続々と湧くように現れる魔導兵器の前進は決して止まることが無く、時間の経過と共に戦線は着実に押し込まれていた。

 

「――了解した。総員聞け。敵軍の一部、約1万5000がマイナス川を渡河、第4旅団戦闘団の対戦車防御陣地跡を通り第1旅団戦闘団を側面から攻撃しようとしているらしい。我々はその敵を駆逐せよとの事だ」

 

『第2小隊、了解!!』

 

『第3小隊、了解!!』

 

『こちら臨時編成の第4小隊、了解です!!』

 

『同じく臨時編成の第5小隊、了解した!!』

 

『第2重装騎兵中隊、了解!!』

戦闘開始からおよそ2時間。野砲や自走砲、ロケット砲、迫撃砲からなる熾烈な砲撃をくぐり抜け、更には様々な小火器、特にグロスフスMG42機関銃の“布を切り裂く音”に聞こえる毎分1200発の苛烈な弾幕を凌ぎきり遂に帝国軍の一部がマイナス川の渡河に成功してしまう。

 

そのため今の今まで戦闘に投入されず、待機させられていた予備戦力――防衛線を突破した敵を機動防御によって撃破する任を帯びた機動打撃部隊が満を持して行動を開始する。

 

「さてと。お前達、気を引き締めてかかるぞ。何せ相手は何度でも復活する不死の兵士だからな」

 

「「「了解です」」」

 

「分かってますよ、隊長」

 

「ならいい。さぁ、行くか。全隊、前へ!!」

 

長砲身型の48口径75mm Kw.K.40や金網製シュルツェンを装備し長距離用無線機やアンテナ、各種通信機器を追加した代わりに砲弾の搭載数が15発減らされているIV号指揮戦車(J型)の車内で揮下の小隊に命令を伝えた車長は生死を共にする直属の部下達に声を掛けた後、すぐさま行動に移った。

 

ガソリンを燃料とするIV号指揮戦車のエンジンが唸り、キャタピラと転輪が独特の駆動音を響かせる。

 

前進を開始したIV号指揮戦車に続いて第2、第3小隊のIV号戦車J型も動き出し、更には臨時に機動打撃部隊に加えられた第4旅団戦闘団の生き残りの戦車である1945年型のT-34――85mm砲を装備したT-34-85が10輌、第4小隊、第5小隊となってその後に追随する。

 

加えて戦車に肉薄した敵歩兵の排除を担う直衛として、特注の防弾ベストをその身に纏い、また7.92x57mmモーゼル弾が5000発入ったバックパックを馬の体に乗せバックパック給弾式のMG42機関銃を装備した半人半馬の妖魔であるケンタウルスの重装騎兵部隊が後に続く。

 

しかし、IV号戦車J型が15輌にT-34-85が10輌、そして重装騎兵が300。

 

かなり変則的な編成の機動打撃部隊であった。

 

「全隊に告ぐ、敵の右翼側から突入し敵を蹴散らすぞ!!」

 

『『『『『『了解!!』』』』』』

 

先端が尖った楔型の陣形――パンツァーカイルを敷き14輌のIV号戦車J型を先端部に配置しT-34-85を5輌ずつ両翼へ振り分け、そして楔型の中心に指揮官が乗るIV号指揮戦車と300の重装騎兵が置かれた機動打撃部隊は、持ち前の機動力を生かして接敵した帝国軍の柔らかい横腹へと食らい付く。

 

「絶対に止まるなよ!!何があっても進み続けるんだ!!」

 

全速力で敵の横腹に突入した機動打撃部隊は敵を前後に分断するべく砲撃を繰り返し敵を凪ぎ払いながら走り続ける。

 

史実ではドイツ軍が開発した数ある戦車の中で最も生産され改良が限界に達した後も主力として敗戦まで戦い抜きドイツ軍戦車部隊のワークホース(使役馬)と呼ばれたIV号戦車が48口径75mm Kw.K.40から放った榴弾とMG34機関銃の弾幕で道を切り開き、走・攻・守の三拍子が高レベルで揃い史実の独ソ戦ではソ連軍の救世主となったT-34が魔導兵器に85mmの徹甲弾を浴びせまくる。

 

更に不整地で疾走する戦車の速力に重装備の状態でも追随可能な重装騎兵達はMG42を乱射し、敵歩兵を文字通り駆逐しつつ撃ち漏らした敵兵をその蹄で踏み潰して行く。

 

そうして機動打撃部隊は敵を真っ二つに切り裂く事に成功した。

 

「全車、右折し敵部隊と距離をとりつつ並走、砲撃戦を行うぞ!!第2重装騎兵部隊は分断した後方の敵を足止めせよ!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

『了解しました!!』

 

敵を分断し後は掃討するだけという段階になって機動打撃部隊は直衛の第2重装騎兵中隊を分離し後方から迫る敵の足止めに充てると孤立した敵に猛攻を浴びせ始めた。

 

しかし、この判断が仇となり機動打撃部隊の活躍は終止符が打たれる事になる。

 

「――いつ見てもデカイ的だな。ん?あの魔導兵器、魔砲じゃなくてボウガン持ってるぞ?あんな物、戦闘には役に立たないだ――いや、まて……あの魔導兵器……細部が他のと違う。……もしかして新型か!?」

 

一番初めにそれに気が付いたのはパンツァーカイルの最右翼にいた第5小隊に所属するT-34-85の砲手の兵士であった。

 

「車長!!敵の魔導兵器――」

 

だが、その気が付いた異変を上官である車長に砲手の兵士が伝えようとした時、照準器の先に映る件の魔導兵器がボウガンの引き金を引いた。

 

そして、間を置くことなく放たれた巨大な槍のような矢はT-34-85の側面中央に命中した。

 

本来であれば50度の角度がつけられた45ミリの傾斜装甲が、ただ大きいだけの矢など何の問題もなく難なく防ぎ弾いてしまうはずだったのだが、この時ばかりはそういかなかった。

 

ただの矢であるはずのそれがT-34-85の傾斜装甲を貫通した上に車内で爆発したのである。

 

それによりT-34-85は一瞬で炎に包まれ炎上。その後、弾薬が誘爆し四散した。

 

『だ、第5小隊より報告!!5号車が殺られました!!』

 

「な、何ッ!?」

 

予想だにしない被害報告に機動打撃部隊の指揮官が思わず声を上げて取り乱す。

 

しかし、そんな間にもボウガンを持った魔導兵器が続々と現れ機動打撃部隊に攻撃を加える。

 

そして、瞬く間に5輌の戦車が爆発炎上し撃破されてしまった。

 

「て、敵と正対しろ!!正面装甲なら敵の攻撃を防げるかもしれない!!それとボウガンだ!!ボウガン持ちの魔導兵器を狙え!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

敵の攻撃を出来るだけ装甲の厚い正面で受けるため、また戦車を撃破可能な魔導兵器がボウガン持ちだけだと気が付いた指揮官がそんな命令を下す。

 

それに従い機動打撃部隊は足を止め、敵と正対するべく信地旋回に入ったのだが、少なくともこの場合は足を止めずに一時撤退し態勢を立て直すべきであった。

 

「敵歩兵接近!!取り付かれるッ!!」

 

「しまった!?」

 

指揮官が判断を間違ってしまったということに気が付いたのは切羽詰まった砲手の言葉であった。

 

魔導兵器に気を取られるあまり、忍び寄る歩兵の存在を察知出来なかったのだ

 

しかも装備が貧弱な民兵モドキの歩兵とは言え、そこにいるのは魔法至上主義のエルザス魔法帝国の国民達。

 

流石に戦車を一撃で吹き飛ばしたりする強力な魔法は使えないが、ある程度の魔法ならば皆が使えるのだ。

 

「これでも食らえ!!」

 

「どうだ!!異教徒め!!」

 

そんな言葉を叫びながら機動打撃部隊の懐に潜り込んだ歩兵達は次々と初歩的な火の魔法をIV号戦車やT-34戦車に浴びせる。

 

するとT-34はディーゼルエンジンで燃えにくいため難を逃れたが、燃えやすいガソリンエンジンで動くIV号戦車は瞬く間に炎上を始めてしまう。

 

「エ、エンジンがやられました!!行動不能!!」

 

「弾薬に引火するぞ!!脱出しろ!!早く!!」

 

火に焼かれエンジンがダメになってしまったとあるIV号戦車の車内からは乗員達が命からがら飛び出し脱出を果たす。

 

「て、敵だらけ――ぐあっ!?」

 

「服に火がついた!!熱い、早く火を消してく――ギャ!!」

 

だが、外に出た途端群がる敵歩兵の手にかかり命を落としてしまった。

 

「全車後退!!後退しろ!!」

 

次々と各個撃破され討ち取られていく部隊の惨状を目の当たりした機動打撃部隊の指揮官は、まとわりつく歩兵をMG34機関銃や護身用の携帯火器で排除しつつ後退命令を下す。

 

その命令に従い機動打撃部隊が敵中から離脱した時には25輌いた戦車が14輌にまで減少していたのだった。

 

 

 

「報告!!機動打撃部隊が敵の排除に失敗!!我々の側面から帝国軍が雪崩込んで来ます!!」

 

「チィ、第1重装騎兵中隊を側面に展開させて時間を稼げ!!」

 

もう無理だな。

 

頼みの綱であった機動打撃部隊が帝国軍の排除に失敗したと聞かされたバール大佐は陣地の側面に第1重装騎兵中隊を派遣し、戦線の維持に努める一方でこれ以上の防衛戦闘が無理である事を悟っていた。

 

「……バール大佐、ここは私が指揮を取りますから――」

 

「ロンメル中佐、中佐はポンペイの街に行って部隊の撤退準備を始めてくれ」

 

決死の覚悟を秘めたロンメル中佐の言葉を遮り、バール大佐がそう言った。

 

「……後退ではなく撤退ですか?」

 

「あぁ、そうだ。お前も分かっているはずだぞ、これ以上の戦闘は無理だと。だから俺が時間を稼いでいる間に撤退の準備を整えてきてくれ」

 

「しかし、撤退準備であれば尚更指揮官であるバール大佐が行かれた方がよろしいのでは?」

 

「バカタレ、俺がここを離れてみろ。やっぱり人間は俺達(妖魔・獣人)を見捨てるとか言い出す奴が出る。そうなったらお仕舞いだぞ」

 

「そう……ですね。分かりました。すぐに撤退準備を進めます」

 

「頼んだぞ。あまり長くは持ちそうにないからな」

 

「ッ、30分で完了させてみせます!!ですからそれまでは耐えて下さい!!」

 

バール大佐の言葉を聞いてロンメル中佐は焦ったように前線指揮所を飛び出して行った。

 

「……さて、未来ある若者は後方へ逃がせたし。いっちょやりますか」

 

ロンメル中佐を言いくるめて、まんまと後方へ下がらせる事に成功したバール大佐は軍帽を脱ぎ捨て鉄兜を被ると気合いを入れて部隊の指揮に戻った。

 

しかし圧倒的な戦力の差は如何ともし難く、ロンメル中佐の撤退準備完了の報告が来る前に敵が全兵力を投入し最終攻勢に出た事もあってバール大佐達はここで全滅するよりはと、泣く泣く対戦車防御陣地を放棄し遮蔽物がほとんど無い荒野で遅滞戦闘を行うハメになってしまっていた。

 

「撃てぇええ!!撤退までの時間をなんとしても稼ぐんだ!!」

 

バール大佐はStG44を撃ちまくりながらそう叫ぶ。

 

周りには血と硝煙にまみれた兵士達が付き従い、帝国軍を少しでも足止めしようと必死の抵抗を続けていた。

 

だが、死の恐怖を持たない帝国軍は弾幕をものともせず、ただただ数に任せて突っ込んで来る。

 

そのためバール大佐達はポンペイの街から500メートルの位置にまで追い詰められてしまっていた。

 

「大佐!!各部隊が最終防護射撃を開始しました!!」

 

「だろうな!!俺達もやるぞ!!」

 

ポンペイの街を背にし、これ以上の遅滞戦闘は意味が無いと判断した各部隊が敵の突撃を食い止めるため最終防護射撃を開始する。

最終防護射撃は歩兵部隊が防御において敵の突撃を破砕するための戦術で、つまるところ、ありとあらゆる火力を集中し敵の殺傷率を上げる事である。

 

ちなみに名称の『最終』が意味する通り防御の最終手段であり、この戦術を使っても敵の突撃を阻む事が出来なかった場合、最後の手段として白兵戦が決行される。

 

そんな最終手段をもってしてバール大佐達が敵の突撃を阻もうとしていた時だった。

 

目前に迫り、剣や槍、または農具を振りかぶった敵歩兵が一瞬でバタバタと凪ぎ払われる。

 

「……一体何が」

 

「お待たせしました、大佐殿!!ちょっとばかり準備に手間取りまして!!」

 

「お前は!?」

 

目の前の敵兵達が倒れ伏し、一瞬何が起きたのか分からず混乱しているバール大佐の目の前に颯爽と現れたのは、弾薬運搬車を引き連れ物量作戦キラー人海戦術キラーと豪語していたKV-2に搭乗したヨハン・アブロシモフ大尉だった。

 

「ここは我々にお任せを!!」

 

「たった3輌では無理――って、なんだそれ?」

 

僅か3輌のKV-2で万単位の敵の突撃を防ぐのは無理だと告げようとしたバール大佐はKV-2の砲塔側面に据え付けられた兵器と元から巨大な砲塔が更に巨大化し後ろに伸びているのを見て首を傾げた。

 

「いやね、流石に主砲のキャニスター弾だけでこの数を相手にするのはちょっとばかしキツイので砲塔を少し改造して追加武装を取り付けて見ました。まぁ、百聞は一見にしかずです。見てて下さいよ?」

 

砲塔側面にガンラックを溶接して、そこに据え付けられた6基の兵器――1930年代から第二次世界大戦にかけてソ連の軍用機に搭載された7.62mm機関銃、それも史実では故障が多く限定的な使用に留まった改良型を更に改良し故障を少なくして毎分3000発の発射速度でスムーズな発砲を可能にしたShKAS機関銃が一斉に火を噴いた。

 

「うぉっ!?」

 

恐るべき発射速度を誇るShKAS機関銃の、それも3輌合わせて計18基による一斉射は凄まじく1平方メートルに10発以上の弾丸を捩じ込む弾幕によって射線上にいた敵兵は悉く撃ち倒されていく。

 

また砲塔後部に急造された弾薬庫からベルトリンクで給弾され発射されている弾丸が全て曳光弾だったため、視覚的なインパクトも凄まじく、いくら死なないとは言っても弾幕を受ける帝国軍兵士の恐怖心は察してあまりあるものがあった。

 

そうして、ShKAS機関銃の弾幕を張りつつ3輌のKV-2が砲塔を軽く旋回させただけでバール大佐達の眼前からは敵兵が一掃されてしまった。

 

「どうです、大佐?コイツもなかなかやるでしょう?」

 

「あ、あぁ……」

 

敵が密集していたこともあり一度の斉射で2000から3000近い敵兵を悉く凪ぎ払ったShKAS機関銃の弾幕に、バール大佐が驚嘆の声を漏らす。

 

しかし、そんなやり取りの間に態勢を立て直した敵が再び押し寄せて来る。

 

「懲りない奴等だな、これでも喰らってろ」

 

再度向かって来た敵兵にアブロシモフ大尉は、またShKAS機関銃のレーザー光線のように熾烈な弾幕を浴びせると共に今度は主砲の152㎜キャニスター弾も一緒にお見舞いした。

 

すると砲口の先にいた敵兵達が無数のキャニスター弾の子弾を浴びて破裂したように吹き飛び、ぐちゃぐちゃに引き裂かれた肉片や血飛沫が舞い上がり空を赤く染め上げた。

 

「さすが街道上の怪物……」

 

押されに押されていた戦線を現れるなり持ち直させ、膠着させたKV-2の活躍にバール大佐は史実の逸話を思い出し、そう呟いた。

 

「しかし、アブロシモフ大尉とKV-2のお陰で戦線は持ちこたえたが……やはりきりがない」

 

「バール大佐!!ロンメル中佐より報告です。撤退準備完了、と」

 

「……そうか」

 

ロンメル中佐からの待ちかねた報告を耳にしつつ、三度向かって来る敵兵の姿を遠目に見てバール大佐は覚悟を決める。

 

「ロンメル中佐に伝えろ。非戦闘要員及び負傷兵を連れ直ちに現戦域から離脱せよ、殿は私が引き受けた。と」

 

「ハッ、ですが……」

 

「いいから伝えろ。それとお前達、撤退する奴等の護衛として後方へ下がれ」

 

言い澱む通信兵にそう告げた後、バール大佐は自然と周りに集まって来た士官や下士官――パラベラム軍出身の者達と共に敵を睨みながら妖魔や獣人の兵士達に実質的な撤退命令を下した。

 

「おい、どうした?早く行け」

 

「「「「……」」」」

 

しかし、命令を受けた妖魔や獣人の兵士達は互いの顔を見合わせるばかりで、その場から動こうとしなかった。

 

「何をクズクズしている、さっさと行け!!時間が無いんだぞ!!」

 

「――その命令は聞きかねます、バール大佐」

 

いつまで経っても動こうとしない兵士――妖魔や獣人のケツをバール大佐が蹴りあげようとした時、空から飛行歩兵部隊の隊長である吸血鬼のアルベルト・ゲオルク中尉が舞い降りて来た。

 

「……中尉か」

 

「格好つけるなら我々もご一緒します。というか、ここで逃げたら我々は総統閣下に顔向けが出来ません」

 

「バカが、お前達は帰りを待っている人がいるだろう……特に中尉なんかは」

 

「た、確かに……私にはこんな戦地にまで私兵を使って毎日手紙を送ってくるヤンデレ姫がいますが、それを言ったらお互い様でしょう?あんなに尽くしてくれる副官がいる癖に」

 

アルバム公国で助けた姫――フェルト・カールトンに惚れられ病的なまでに執着されているゲオルク中尉は顔を青くした後、気を取り直してバール大佐にからかうような流し目を送った。

 

「ロンメル中佐がどうかしたか?」

 

「……ダメだ、この人。早く何とかしないと」

 

しかし、未だにロンメル中佐の性別に気が付いていないバール大佐にはゲオルク中尉が発した言葉の意味が通じていなかった。

 

「あ〜大佐殿とそこの中尉、お喋りはもうそれくらいにしといてくださいよ。もう敵がきますんで」

 

KV-2の砲塔天面右前部ある車長用キューポラから顔を出し、2人の会話を聞いていたアブロシモフ大尉が呆れたように言った。

 

「はぁ……時間切れだ……後で後悔しても知らんぞ」

 

「望む所です、大佐」

 

バール大佐のため息混じりの言葉にゲオルク中尉は笑みを浮かべて頷いた。

 

「砲撃の最終弾着、来ます!!」

 

結局、誰一人として逃げ出すことなくその場にいた全員が殿として戦闘に参加することになった。

 

そうして殿部隊が敵との戦いに備えていると先に撤退する砲兵部隊の置き土産である大量のロケット弾や砲弾が敵の前進を阻むように空から一斉に降り注ぐ。

 

それを切っ掛けに最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「弾薬の事は気にするな!!ありったけ使え!!」

 

戦闘が始まると、せめて華々しく散ろうと皆が意気込み敵を次々と撃ち倒す。

 

だが、それも最初だけで弾薬の損耗や時間の経過と共に敵の前進距離が伸びていた。

 

「敵が右翼側に集中!!このままでは突破されます!!」

 

「中央だって押されているんだ!!なんとか持ちこたえたさせろ!!」

 

「……案外もったな。――総員、着剣!!白兵戦用意!!」

 

「「白兵戦用意!!」」

 

砲撃支援が無くなった今が攻め時だと敵も分かっているのか、今までに無い激しい突撃を敢行してくる。

 

それによって弾薬もあっという間に底を尽き、最後の戦闘に備えてバール大佐が着剣命令を下した時だった。

「バール大佐、総司令部より緊急入電です!!人が入った結晶体を見つけ出し破壊せよ、そうすれば敵は不死では無くなると言ってきています!!また敵陣にある黒い箱が敵のリスポーン地点となっているとも!!そして結晶体と黒い箱を破壊した第4師団が敵に勝利したと!!」

 

「何!?しかし、もう遅い……今さらそれを知った所で俺達には結晶体を破壊する戦力は……」

 

土壇場で帝国軍の倒し方を通達されたバール大佐は硝煙で黒く染まった顔を力なく横に振った。

 

「――まだです!!」

 

しかし、そんなバール大佐を叱責するような大声が戦場に響き渡った。

 

「なっ!?ロンメル中佐!?撤退したはずじゃ!?」

 

「め、命令不服従の件は後でお願い致します!!今は空を見てください!!」

 

「空を……ぐぉ!?」

 

有無を言わさないロンメル中佐の言葉に釣られバール大佐が上を向いた瞬間、晴れ渡る空を切り裂き雷の如き雷撃が3発、敵の後方――結晶体が並ぶ場所に降り注ぐ。

 

そのあまりの凄まじさに両軍が動きを止め、もうもうと空に立ち上るキノコ雲を呆然と眺めていた。

 

「い、今のは?」

 

「全戦域に向けて行われている神の杖――ケラウノスの小型砲弾による支援砲撃です。それと大佐、もう一度空をご覧下さい」

 

「……なっ!?どっから来たんだ、あいつら!?」

 

まだ何かあるのかと思いバール大佐が視線を空に向けると、そこには次々と頭上をパスしていく航空機の群れがいた。

 

それはハンス・ウルリッヒ・ルーデルが愛機とし破格の戦果を挙げた事で知られるユンカースJu87シュトゥーカを筆頭に、対地対戦車戦闘において活躍したアメリカのP-47サンダーボルトやソ連のイリューシンIl-2で構成されている航空機の群れであった。

 

「我々の指揮下に入る予定で訓練中だった航空隊を無理矢理出撃させました。彼らが残りの結晶体を破壊してくれるはずです」

 

「訓練中だった航空隊って……まさか、あの妖魔や獣人がパイロットをやる部隊か!?なんて無茶を!!」

 

「大佐ほどではありません。それよりも皆にご命令を大佐!!」

 

「し、しかしだな、中佐……死ななくなったとは言え敵は15万近いんだぞ?こっちの残存兵力では……」

 

「兵力の事ならご心配なく。お忘れですか、大佐。我が部隊には召喚魔法が得意な者が多く在籍していることを」

 

「……あぁ、そうだったな」

 

活路を切り開き、敵を打ち砕くお膳立てまでしてくれていた部下の声に力をもらいつつ、バール大佐は静かに消えかけていた闘志を滾らせる。

 

「上空の航空隊より報告!!結晶体の完全破壊に成功!!繰り返す結晶体の完全破壊に成功!!これでもう敵は不死ではありません!!」

 

「総員、傾注ッ!!」

 

ケラウノスの攻撃で撃ち漏らしていた結晶体を航空隊が掃討。そうして心待ちにしていた報告を聞いた途端ロンメル中佐が張り上げた声で、皆が一斉にバール大佐に顔を向ける。

 

そして、皆の視線を一身に集めながらバール大佐が口を開いた。

 

「諸君!!我々の右翼は崩れかけている。中央は押されている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃を開始する!!総員、俺に続けぇええ!!」

 

「「「「オオオオオオオオオッ!!!」」」」

 

バール大佐を先頭にして、最早勝てない相手では無くなった帝国軍に向かって第1旅団戦闘団と第4旅団戦闘団の生き残り、そして召喚魔法によって呼び出された6000程の魔物が駆け出す。

 

「た、大佐!?あぁ、もう!!第1、第2重装騎兵中隊は両翼に展開し先行、敵を包囲しろ!!戦車隊は我々の後方に続き援護射撃を行え!!」

 

指揮を放り出し先頭を切って突撃してしまったバール大佐に代わってロンメル中佐が各部隊へより細かい指示を出すと、その指示に従って全残存部隊が帝国軍へ攻撃を開始した。

 

「――お前達は俺達には敵わないんだよ!!」

 

「大人しくこの国から出ていけ!!」

 

「俺達は最強の兵士になったんだ!!」

 

対する帝国軍兵士達は不死が解けてしまっていることを理解していないために、突撃してくるバール大佐達を余裕の表情で迎え打っていた。

 

だが、両軍が激突してから少しして帝国軍に動揺が走った。

 

「っ!?……お、おい。何で死体が消えないんだ?」

 

「あ?奴等は俺達と違って不死じゃないんだから奴等の死体は消えないだろ。そんなバカな事を言う暇があったら突っ込め、突っ込め」

 

「いや!!敵の死体じゃない!!味方の死体の事だ!!」

 

「――………………ッ!?」

 

「ふ、不死じゃなくなってる!?」

 

「な、何でだ?俺達は死なないはず――ぎゃ!!あ、がっ……誰か……た、助け……」

 

第1旅団戦闘団に所属する獣人の兵士によって胸を銃剣で貫かれた帝国軍兵士が自分の血で真っ赤に染まりながら仲間に助けを求めたが、助けの手が届く前に絶命しこの世を去る。

 

「次はどいつだ?」

 

返り血にまみれた獣人兵士の問い掛けに周りの帝国軍兵士は後退り、そして。

 

「に、逃げろッ!!殺される!!」

 

「退却だ!!逃げろ!!」

 

一方的に屠殺されていく帝国軍兵士達は仲間の死体が白い光にならず、リスポーンが出来ない事に気が付いた途端、統率を失いチリジリになって逃げ惑い始めた。

 

「気付くのが遅ぇんだよ!!」

 

「一兵足りとも生かして帰さん!!」

 

しかし、今の今まで雌伏の時を強いられていた妖魔や獣人の反撃は凄まじく、不死という要素が無くなりただの烏合の衆と化した帝国軍兵士は手当たり次第に比喩でなく八つ裂きにされていく。

 

「た、頼む!!助けてくれ!!」

 

「何でもする!!」

 

放棄した対戦車防御陣地を取り返し更にはマイナス川を越え敵本陣にまで強襲をかけ、重装騎兵中隊の活躍で敵の完全包囲にも成功したバール大佐達は、武器を捨て降伏の意を示す敵兵達を取り囲みながら彼らの命乞いを冷めた目で眺めていた。

 

「――我々が手を出さないようにと常に言われているのは戦に関係の無い無辜の民だけだ。そして今回、徴兵されたとは言え嬉々として戦闘に参加し少なくない仲間の命を奪った貴様らにかける慈悲は無い」

 

バール大佐の死刑宣告と同時に周りにいるパラベラム軍の兵士達が無言で銃を構える。

 

「そ、そんな――」

 

自分の命運が尽きた事を覚った帝国軍兵士が真っ青な顔でそう呟いた瞬間、幾つもの銃声が辺りに響き渡る。

 

こうしてポンペイの街を攻めていた帝国軍約15万は1人の生存者もなく全滅し戦いは終わりを迎えたのだった。

 



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18

エルザス魔法帝国の中で最も繁栄を極め200万人もの人々が暮らす帝都フェニックス。

 

その帝都の中心ある台地の上には建設にあたってどれ程の年月と費用が費やされたのかを考えるだけでも頭が痛くなりそうな豪華絢爛な巨大宮殿が聳え立っていた。

 

「レンヤよ。例の計画はどうなっておる?無論、順調に進んでいるのであろうな?」

 

そんな巨大宮殿の一室、玉座の間では権力の象徴である王冠を被り白髭を蓄えた老人――エルザス魔法帝国の皇帝スレイブ・エルザス・バドワイザーが多くの護衛を侍らせながら玉座に深く腰掛け気だるそうに頬杖つき、そう言って視線の先で頭を垂れ膝を突く男に問い掛ける。

 

「ハッ、勿論でございます。陛下。なんの問題もありません、万事順調に進んでおります」

 

「ならばよい」

 

銀髪で赤と緑のオッドアイの男――エルザス魔法帝国に与する渡り人、牟田口廉也の返答に皇帝は一先ず納得したように頷く。

 

しかし、次の瞬間には鋭い視線を飛ばしレンヤを威圧するように言葉を続ける。

 

「だが、万が一にも例の計画に遅れが出た、もしくは支障が生じたなどという事になれば……いくらお主とは言え容赦はせぬぞ。心しておけ」

 

「ハッ、心得ております」

 

「例の計画を遂行するためならばいくら犠牲を払っても構わぬ。どれ程の領土を失おうが、どれ程の民草を失おうが許そう。例の計画が成就さえすればこの帝都さえも敵にくれてやってもよい。例の計画が成った時、帝国そのものである余と余の一族、そして余に忠誠を誓う真の忠臣達さえ居ればよいのだ」

 

言外にそれ以外はどうでもいいと言いながら皇帝は例の計画という物に妄執じみた執着心を露し、もうレンヤが居ること事など忘れ思考の海に没する。

 

「そうだ。余は初代皇帝だけが成しえ歴代の皇帝達が成しえ無かった偉業を成し比類なき名誉と絶大な力を手に入れるのだ、そうすれば――」

 

「――……では、陛下。失礼致します」

 

こちらの事を忘れ独り言を繰り返す皇帝にレンヤはやれやれ首を振りつつ、いつものようにさっさと玉座の間を後にする。

 

そしてレンヤが立ち去った後も皇帝は狂人のようにいつまでも妄言や戯言をブツブツと繰り返していた。

 

 

 

壁や柱にまで装飾が施され、点々と絵画や骨董品が飾られた宮殿の廊下をレンヤは供も連れず1人で歩いていた。

 

「全く、以前は名君と謳われていたあのクソジジイにも困ったもんだな。……俺様お手製の薬をちょっと盛っただけだったはずなんだが副作用で耄碌しちまった」

 

帝国が行った召喚の儀でこの世界に召喚され、召喚と同時に得ていた強大な力や能力を使ってエルザス魔法帝国の中枢に食い込み皇帝の歓心を得て成り上がったレンヤは自分で調合作製した特製の薬で皇帝や貴族達を都合のいい傀儡として操り、今では帝国そのものを我が物として手中に収め様々な実権を握るまでに力を付けていた。

 

そのため、どこに“耳”があるか分からない権謀渦巻く宮殿で今のような発言さえも可能だった。

 

「ん?誰かいる――……あいつらかよ」

 

皇帝の事を嘲笑いながら私室の前にやって来たレンヤは部屋の中に2つの気配があることに気が付き、その正体に当たりをつけると、あからさまにげんなりとした表情を浮かべた。

 

「やっぱり」

 

げんなりとした表情のまま扉を開き私室に入ったレンヤは視界に写り込んだ光景に肩を落とす。

 

「あら、お帰り。皇帝陛下とのお話はどうだったの?ケプッ、失礼。力を取り戻すためとは言えちょっと食べ過ぎたみたいだわ」

 

ゴスロリ衣装に身を包みソファーに腰掛けたマリー・メイデンは千歳によって投与された細胞分裂の抑制剤――不死殺しの試作品によって失われた力を取り戻すためにレンヤの部屋で見目麗しい女の奴隷を何人も喰らいミイラのように干からびた死体を量産していた。

 

「……はぁ……あの耄碌ジジイとの話だったらいつも通りだよ」

 

頭に手を当て、頭痛を堪えるようにレンヤが答えた。

 

「ふぅーん。それにしても面倒な手を使うのね、貴方。傀儡にするぐらいなら殺して貴方自身が皇帝の座に就けばいいのに」

 

「そうもいかないんだよ。あのジジイには何かあった時に全ての罪を背負ってもらう重要な役割があるんだから。それよりメイデン、1ついいか?」

 

「何かしら?」

 

「吸魂鬼のお前に人間を喰うなとは言わないが、せめて自分の部屋で喰ってくれ。何でわざわざ俺の部屋で人を喰うんだよ」

 

積み上げられた大量の死体を横目で見つつレンヤが苦言を呈する。

 

「うーん。嫌がらせかしら?」

 

「い、嫌がらせって……。というか新入り、お前も見てたんなら止めろよ」

 

満面の笑みで返された返事にレンヤはヒクヒクと頬を引き吊らせながら、部屋の中にいたもう1人の人物を話の輪の中に引きずり込む。

 

「俺には関係のない事だ」

 

仮面を被り、だらんと垂れ下がっている左腕の袖を風に靡かせながら我関せずとばかりに窓の外を眺めていた謎の男はレンヤの言葉を切って捨てる。

 

「テ、テメェ……はぁ……もういい、好きにしてくれ」

 

つい最近仲間となった我の強すぎる同僚達にレンヤは怒る気力を失い白旗を上げると、近くに置いてあった椅子に腰掛けた。

 

「さて、気を取り直して。こっからは真面目な話だ。メイデンの協力の元完成させたリスポーン兵器お陰でパラベラムの進軍はかなり速度が落ちている。その間に例の計画を完遂するぞ」

 

「頑張ってね」

 

「……」

 

手をヒラヒラと振るメイデンと無言を貫く謎の男。

 

協力する気など全く感じられない2人の態度にレンヤの堪忍袋の緒が切れた。

 

「いい加減にしやがれ!!俺ばっかり働かせるんじゃねぇ!!アデルのクソ野郎は寝返るし、大田のクソは勝手に死ぬし!!人手が足りねぇんだよ!!魔導炉を改良して空中要塞を作ったのも、高火力の魔導砲を作ったのも、大量の生け贄を用意してからクッソめんどくさい術式を構築して召喚した三獣も、その三獣の強化も、いろんな魔武器や魔導具の作製も、長門和也の暗殺計画の立案も全部俺がやったんだぞ!!その上、例の計画まで俺にやらせるつもりか!!」

 

「と言われてもねぇ……私が貴方に協力出来る事なんてもうないし〜」

 

「俺がここに居るのは奴を……長門和也を抹殺するためだ。それ以外の目的のために貴様らと馴れ合うつもりはない」

 

「……分かった。ならメイデンはもう一回長門を殺しに行け。今度はミスるなよ?あぁ、新入りもメイデンに付いて行け」

 

方や無気力に溢れ、方や禍々しい憎悪を発する同僚の相手を務める事に面倒臭くなったレンヤは適当に指示を出す。

 

「今はその時ではない」

 

「分かったわ、と言いたい所だけど。この男と2人でっていうのは御免蒙るわ」

 

謎の男はレンヤの指示をバッサリと切り捨てる。

 

またメイデンもレンヤの指示に反意を示しつつ謎の男を親の仇のように睨み付ける。

 

「今はその時ではないって、お前……だったら何時ならいいんだよ。というかメイデンもどうした?」

 

いつもは飄々として捉え所がないメイデンがヤケに謎の男を目の敵にしている事にレンヤが首を捻る。

 

「別に……ただ理――チッ、腐り果てた汚物とは一緒に居たくないの。だから、こいつと行動を共にするのは嫌よ。今こうしているだけでも八つ裂きにしたくてたまらないぐらいなのに」

 

メイデンは何かを言い掛けながらも、その言葉を信じたくないとでもいうかのように口にするのを止め、舌打ちをすると謎の男への敵意を剥き出しにする。

 

「それはこちらとて同じこと。貴様の顔を見ているだけで吐き気がする」

 

「あら、そう……なら吐き気なんて感じなくてもいいように殺してあげるわッ!!」

 

「望む所だ、化物。返り討ちにしてやる」

 

「まてまて!!俺の部屋で暴れるんじゃ――」

 

レンヤの制止の声は2人に届くどころか2人が戦闘を開始した音で遮られてしまう。

 

「……もういい、好きにしてくれ」

 

2人の戦いの余波で破壊され飛んできた調度品の破片を魔力障壁で防ぎながらレンヤは2人を止める事を諦めた。

 

「最近、こんなんばっかだ……はぁ。俺の桃源郷はどこにあるんだ……」

 

帝国を支配した後、召喚される前であれば絶対に構築不可能だったハーレムを作って酒池肉林の贅沢三昧を決め込もうとしていたレンヤは多忙な現実に絶望の声を漏らした。

 

しかし、レンヤにとっての受難の日々はまだまだ始まったばかりであった。

 



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19

目を覚ました後、安静期間である1ヶ月半という長い時間の中で体力の回復を待ち体調を整えながら、第33機甲師団を始めとした全部隊の戦闘報告書を読み漁っていたカズヤは最後の書類を読み終えると体を起こしベッドの脇にある机の上に書類をガサッと放り投げ小さくため息を吐いた。

 

「――……で、報復攻撃から2ヶ月半経った今の戦況は我々が圧倒的有利という訳か」

 

「はい。我が軍はありとあらゆる面で帝国軍を圧倒しており、この優勢は最早揺るぎないものとなっております。しかしながら我が軍の兵站能力や航空戦力の展開能力に不備が認められたため、今は拠点構築や占領地域のインフラ整備等に力を入れ攻勢には出ておりません。また攻勢に出ていない理由として通称リスポーン兵器の登場と時を同じくして各地で組織的に使用され始めた即席爆発装置――IEDの存在も関係しております」

 

カズヤの代わりにパラベラムの全指揮を取って多忙を極める千歳。

 

その千歳に代わってカズヤの側に控える伊吹が、カズヤの問い掛けに答えた。

 

「IED……また厄介なモノを」

 

……しかし、IEDを組織的に使うなんて発想を敵はどっから捻り出したんだ?火薬があるから手製爆弾を作ろうという発想なら分かるが。

 

地球の歴史上でさえIEDを初めて組織的に活用したのは第二次世界大戦中のベラルーシにいた反ナチスゲリラだったはず。

 

近代的な知識や考えが無いこの世界の者が考え付くのは厳しいだろう。

 

帝国に残る最後の渡り人、牟田口廉也もこの手のモノには詳しくないはずだし。

 

一体誰が。

 

規格化されて製造されているものではなく、ありあわせの爆発物と簡単な起爆装置から作られる簡易手製爆弾であるIEDを誰が考えたのかとカズヤは疑問を抱いた。

 

「あとカズヤ様、そのIEDについてなのですが」

 

「何だ?」

 

「諜報部隊が掴んだ情報では敵陣営に新たな渡り人が加わり、その渡り人がIEDの作製方法から運用方法までを帝国に教えたとあります。詳細はこれに」

 

伊吹はカズヤの疑問を先読みしたようにそう言って、これまでに判明している敵の情報が入ったタブレット端末をカズヤに手渡す。

 

「また渡り人……しかもよりにもよってミリタリー系の知識がある奴か」

 

タブレット端末を受け取り新たなる敵の情報に目を通しながらカズヤは幾度と無く障害として立ち塞がる渡り人の存在に対し、眉間に皺を寄せ険しい表情を浮かべた。

 

「もう1つ宜しいでしょうか、マスター」

 

カズヤの護衛としてメイド衆と共にずっと病室の中に控えていた千代田がそう言ってカズヤに発言の許可を求めた。

 

「ん?なんだ、千代田」

 

「敵が使うIEDについてなのですが、火薬を使用したモノは一例で中には魔法を仕込んだ特殊なIEDも確認されています」

 

量産態勢が整った事で既に100人近い生体端末がパラベラムで活動する中、24番目に誕生した生体端末である事を示すNo.24というワッペンを軍服の肩に張り付けた千代田、つまりは24人目の千代田がカズヤにそう告げる。

 

「魔法を仕込んだIEDだと?」

 

「はい。これまでに分かっているだけでも車両が氷漬けになったり、石柱によって貫かれたりなどの事例が報告されています」

 

「通常のIEDだけでも厄介なのに魔法まで組み合わせてきたか」

 

魔法を組み合わせる事で更に脅威度が増したIEDの存在を知り、カズヤは表情を曇らせる。

 

「現状の対応策は?」

 

「耐地雷耐伏撃防護車両であるMRAP(エムラップ)を各部隊に配備し、無人兵器による移動経路の監視網強化とIEDを敷設するゲリラの摘発を行っています」

 

「分かった……しかし、IEDが相手だと受け身の対応策しかとれないのが歯痒いな。他にも何か効果的な対応策があればすぐに実行してやってくれ」

 

「「ハッ、了解しました」」

 

移動するだけでも命の危険に曝される兵士達の事を憂い、更なる対応策を講じるよう2人に指示を出したカズヤは国外問題から国内問題へと話を変える。

 

「じゃあ次に……俺が動けずにいた間に国内で起きた問題を頼む」

 

「はい。ではまず食糧問題の方を。この問題はカズヤ様が以前より食糧自給率向上に力を入れて下さっていたお陰で予想されていたよりは支障が無かったのですが、帝国の難民等に食糧を分け与える必要があったためカズヤ様が事前に備蓄して下さっていた備蓄品に手を付ける必要があり、結果として総備蓄の70パーセントを放出せねばいけませんでした。以上の事を踏まえ予想外の事態に対処するには、やはり自給自足態勢の更なる向上が必要かと思われます」

 

話を変えたカズヤの質問に答えるため伊吹が報告書の束を漁り幾つかの書類を取り出してからそう言った。

 

「やっぱり俺の召喚能力に依存するのは危険だな。伊吹が言ったようにこれからはますます自給自足態勢を整えないと。食糧に限らずな」

 

予てより想定されていた事態であり対策も講じていたが、その対策――パラベラムに併合されたカナリア王国と妖魔連合国の領内で大規模に開拓した農地での食糧生産態勢だけでは十分な量の食糧が確保出来ない事が改めて分かったカズヤは自給自足態勢の強化を国家方針として定める事を決定した。

 

「次に……現在は完全に鎮圧したのですが……」

 

「鎮圧?」

 

何か嫌な予感が……。

 

主語を入れず口籠もる伊吹の不吉な前置きにカズヤは思わず身構える。

 

「カズヤ様が倒れられてから3週間後の事です。旧カナリア王国領で忠臣派を名乗るテロリストが武装蜂起し総督府を占拠、次いで旧妖魔連合国領で真魔王派を名乗るテロリストが武装蜂起し魔王城を占拠しました。またそれと時を同じくして各地で小規模な反乱が発生したため鎮圧部隊を派遣する事態にまで発展いたしました」

 

「武装蜂起に反乱……いつかは発生すると思っていたが、やはり発生してしまったか」

 

これまでいくつかの厚遇政策を実施し併合した両国の人心の掌握に努めて、このような事態が起きぬよう気を配っていたカズヤは伊吹の報告に肩を落とす。

 

「なお、この一連の騒動には帝国が関わっていた模様です。具体的にはテロリスト共に資金と武器の提供を行っていたものと思われます」

 

「おいおい、この騒動を引き起こした奴等は自分達を攻め滅ぼそうとしていた怨敵とも言える敵に力を借りたのか?……バカだろ」

 

千代田の補足説明にカズヤは思わず声を上げた。

 

「カズヤ様の言う通りテロリスト共は愚か者の集まりだった様でして、目先の事だけを考え後の事など何も考えてはいなかったようです」

 

カズヤの言葉に賛同した伊吹が呆れた表情を浮かべながら頷いた。

 

「呆れて何も言えんが……鎮圧はどの部隊が?」

 

「総督府と魔王城を占拠したテロリスト共には特殊部隊のアルファとヴィンぺルを派遣し各地の反乱に対しては憲兵隊を派遣しました」

 

「……アルファとヴィンぺルだと?……おい、まさか」

 

「ハッ、史実と同じような手段を用いてテロリスト共の鎮圧を実行しました」

 

元はロシアの特殊部隊であるアルファとヴィンぺルが派遣されたと聞いて、ある2つの事件が頭を過り頬を引き吊らせたカズヤに伊吹は冥い笑みで答えた。

 

「……詳しい説明を頼む」

 

「ハッ、ではまず総督府を占拠した忠臣派の対応に当たったアルファの方からご説明いたします。カナリア王国の再建と併合に対するパラベラムの謝罪及び賠償を要求してきた忠臣派にアルファは当初話し合いでの解決を目指していましたが、交渉の難航が続き膠着状態に陥った事で苛立った忠臣派が状況を打開するべく警備兵として派遣され人質となっていた我が軍の兵士を1名惨殺したため、アルファはその時点で話し合いでの解決が不可能だと判断し主犯格の息子を捕縛。息子の右手を切り落とし送り付けてから即時降伏せねば忠臣派の家族を皆殺しにすると通告しました」

 

「で、どうなった?」

 

「我々の本気が分かったのか忠臣派は降伏を選び、総督府を出てきた所でアルファによって全員銃殺されました」

 

「……ヴィンぺルの方は?」

 

「魔王城を占拠した真魔王派は忠臣派と同じ様に妖魔連合国の再建と併合に対するパラベラムの謝罪及び賠償に加えて、更に我々が手に入れた帝国の領土の割譲と我々が使用している兵器の譲渡という無茶苦茶な要求をしてきたため、ヴィンぺルは話し合いでの解決を諦め武力による解決を選択し魔王城に非致死性ガスを充填したのち突入。結果的に真魔王派の妖魔252名が射殺され336名が窒息死しました。なお幸いな事に人質の犠牲者は出ませんでした」

「……そうか」

 

テロリストには屈しないというのが大前提にあるとしてもだな、わざわざ史実の行動を真似しなくてもいいのに……まぁ、史実よりはいい結果を出しているが。

 

1985年9月にレバノンでヒズボラが引き起こしたソ連外交官4名の誘拐事件や2002年10月にロシア連邦内でチェチェン共和国の独立派武装勢力が起こした人質・占拠事件であるモスクワ劇場占拠事件の解決策を模倣したようなアルファとヴィンぺルの行動にカズヤは呆れたような顔でそう呟いた。

 

「それと言い忘れていましたが、本来であれば総督府や魔王城にいるはずのカレンやアミラ、フィーネ、リーネはカズヤ様の元に集まっていたため武装蜂起に巻き込まれ人質となる事はありませんでした」

 

「カレン達が大人しく人質となるとは思えんが、巻き込まれなくて何よりだ。他には何かあるか?」

 

ただ話を聞いているだけで疲れを感じていたカズヤは、話の終わりを感じ取ると軽い気持ちで伊吹に問い掛けた。

 

「では、最後に1つ。総督府を占拠した忠臣派の中にフィリス・ガーデニングの父親と兄が、更に弟がパラベラム本土の地図を作成し帝国に流していたためフィリスにもスパイの嫌疑がかけられ憲兵隊によって拘束されています」

 

「それを最初に言え、伊吹!!」

 

最後にとてつもない爆弾を放り込んで来た伊吹にカズヤはそう叫ぶと急いでフィリスが収監されている監獄島へと向かった。

 

 

7聖女とローウェン教教会騎士団によってもたらされた被害が跡形もなく修復された監獄島にカズヤが降り立つ。

 

「何故、フィリスの事を今まで黙っていた!!」

 

「カズヤ様にこの件を伝えれば、今のような行動に出ると分かっていたからです」

 

「だからと言って――」

 

「それにフィリスの家族がテロに加わり、手書きとは言え重要な機密にあたる本土の地図を帝国に流したのも事実なのです。故に彼女が裏切り者ではないという確証がありません」

 

「フィリスが俺達を裏切るはずがないだろうが!!」

 

「ですから、それを判断するために彼女を取り調べる必要があったのです」

 

「ぬっ……ぐぅ……この件について千歳は何と?」

 

「致し方なし。だそうです。またフィリス自身も憲兵隊による拘束を無抵抗で受け入れました」

 

「ご理解下さい、マスター。姉様も苦渋の決断だったのです」

 

「っ、分かっている」

 

伊吹と千代田の2人と言葉を交わしつつ、カズヤは強権を振りかざして次々と扉を開かせると、左腕の袖をたなびかせながら早足で奥へ奥へと進んで行く。

 

「……えっ?カズヤ様?……はぁぁぁ…………」

 

「あぁ、至高のお方をこんな至近距離で見詰める事が出来るなんて……」

 

「神様がいらっしゃったぞ!!」

 

「現人神様だ……」

 

しかし、何の知らせもなく突然カズヤが現れたためローウェン教から長門教に改宗した囚人達がカズヤの姿を目の当たりするなり騒ぎ出し終いには失神する者まで現れる等、かなりの騒動に発展してしまい辺りが悲惨な有り様になっていた。

 

「こっちか、伊吹!!」

 

「は、はい。そのまま真っ直ぐです」

 

スパイの嫌疑で憲兵隊に拘束されたのであれば、かなり厳しい“取り調べ”が行われる事を知っているカズヤは周りの騒動を無視しつつ、この世界で初めて出来た友人を一刻も早く助け出すべく急いでいた。

 

『ギャアアアアアァァァァーーー!!』

 

「ッ!!……えぇい、くそ!!」

 

「カズヤ様、そっちは違います!!」

 

「分かってる!!」

 

だが、フィリスが収監されている最下層の牢獄に向かう途中、下層エリアで聞こえて来た尋常ではない悲鳴を耳にしたカズヤは嫌な予感がしたため進路を変更し悲鳴の発生源を確認しに向かった。

 

「この悲鳴は何事だ!!」

 

「貴女達もそろそろ考え方が変わっ――カ、カズヤ様!?何故、このような場所に!?」

 

悲鳴が聞こえて来た部屋を突き止めたカズヤが部屋の中に押し入ると、そこには磔にされた7人の女を相手に鞭を振るうセリシアの姿があった。

 

「俺の事より、お前は何をしている。セリシア」

 

「っ……その、これは……」

 

「お前にはパラベラムにおける魔法研究の責任者と監獄島に収監されている囚人を慰問する慰問官の身分しか与えていなかったはずだが?いつの間に拷問官の資格を取得したんだ?それに今の状況を見ると、何らかの情報を得ようとしていた風にも見えないが?」

 

セリシアの個人的な目的のために行われていたとおぼしき暴力行為を目の当たりにしたカズヤは落ち着いた口調とは裏腹に怒気をみなぎらせていた。

 

「も、申し訳ありません。カズヤ様」

 

初めて浴びるカズヤの怒気にセリシアは顔を真っ青にして完全に萎縮し、血や糞尿にまみれた汚い床にひれ伏しながら謝罪の言葉を口にするだけで精一杯だった。

 

「はぁ……お前の俺に対する忠誠心は疑いようもないが、あまり勝手な事をするなら……分かっているな?」

 

「ハッ、承知しております」

 

以前から一言言っておかねばと常々思っていたカズヤは、今の状況をうまく利用しセリシアに釘を刺していた。

 

「分かっているならそれでいい。さぁ、立て。かなり汚れてしまったぞ」

 

「ありがとうございます、カズヤ様」

 

「あとはこっちか」

 

ひれ伏していたセリシアを立たせハンカチを手渡したカズヤは、護衛として付いて来ていた親衛隊によって磔から降ろされた7人の女に近付いた。

 

「全く、コイツらが誰なのかは知らんがやり過ぎだ」

 

そう言いつつ、カズヤは7人の女達に完全治癒能力を使い始める。

 

「ぁ……神…様?」

 

「……温かい」

 

「光が……見える……」

 

「……ローウェン様?……じゃない……違う……本当の……神?」

 

「あっ……あ、あ、あぁ……」

 

「綺麗な……光……」

 

「もっと……もっと、この温もりを……」

 

全身に傷を負い、悲惨な姿だった女達はカズヤの完全治癒能力で傷が癒えると、そんな言葉を残して皆意識を失った。

 

「これでよし。……今は急いでいるから後はセリシアに任せるぞ」

 

「ハッ、畏まりました」

 

……意図せず調――修正が終わってしまいましたね。

 

フィリスの元に急ぐカズヤを見送ったセリシアは、今まで何とか拷問に耐えていた7聖女がカズヤの完全治癒能力を受けた事で完全に堕ちた事を本能的に悟り小さくワラっていた。

 

 

「ここか……」

 

セリシアと別れた後、真っ直ぐフィリスの元に向かったカズヤは監獄島の最深部にあるAー5という牢獄の前にいた。

 

「開けろ」

 

看守に命じて牢獄の鍵を開けさせたカズヤは、扉が開くと同時に室内に飛び込んだ。

 

「なん……だ?……騒々しい……今日の、取り調べは……終わったはずだぞ……それとも、なにか?死刑執行の日取りでも決まった……のか?」

 

「フィリス」

 

「ッ、カズヤ……なのか?」

 

「すまん、迎えに来るのが遅れてしまった」

 

胡座を組んで座っている状態で両手を鎖で吊るされグッタリとしているフィリスに駆け寄ったカズヤは、右手しかないために苦戦しつつもフィリスの拘束を解いていく。

 

「……」

 

「今、怪我を治す――」

 

「やめてくれ……私にはカズヤの治癒魔法を受ける権利など……ない」

 

最終的に伊吹や千代田、親衛隊の手を借りてフィリスの拘束を解いたカズヤがフィリスに完全治癒能力を施そうとすると、他の誰でもないフィリス自身によって完全治癒能力を使う事を阻まれた。

 

「フィリス、何を?」

 

「……存続の危機に貧していた我れらが王国を救ってもらい、併合によって国家が無くなれど陛下に平穏を、姫様に幸福を、民草に安寧を与えてくれた大恩人に弓を引き世の秩序を一層乱したばかりか、憎むべき帝国が目論んだ暗殺等という卑劣極まる行為に手を貸した者達が!!私の……家族なのだ……」

 

「いや、別にフィリスがテロ行為に加わっていた訳じゃないんだろ?」

 

「愚弟をパラベラム本土に招いたのは私だ」

 

「……それは観光のつもりで呼んだんだろ?」

 

「そうだ。しかし、しかしだ!!愚弟が帝国にパラベラム本土の地図を流した結果、カズヤは!!」

 

フィリスはボロボロと涙を流しながらカズヤの左袖を握り締める。

 

「左腕を失い、死にかけた!!」

 

「そして国家が無くなろうとも我々が忠義を尽くす相手である姫様も命の危機に貧し傷付いた!!」

 

「間接的であろうとそんな事態を引き起こした私には……本来であればこうしてカズヤと言葉を交わす事すら許されない!!」

 

深い後悔と恥ずべき行為を実行した家族への憎しみを溢れさせながら、フィリスの懺悔の言葉が牢獄に響く。

 

「だから、だから……私に優しくしないでくれ……家族が犯した罪を私に償わさせてくれ……」

 

フィリスの啜り泣く声だけが牢獄を満たす。

 

「……」

 

「グスッ……グスッ、ズズッ……」

 

暫しの間を置いてカズヤが口を開いた。

 

「いや、なんで?」

 

「グズッ……は?」

 

「いや、だから例え家族が罪を犯そうとも関係のないフィリスまで罰する必要はないだろ。悪いのは当人なんだし」

 

「え、あ、しかし……私の――」

 

「あぁ、もう!!いいか、俺は60万の軍勢に取り囲まれたカレンを助けにいく程のバカだぞ!!そんなバカがなんの罪もない友人を罰すると思うか!?」

 

「……思わない」

 

「なら、この話はお仕舞い!!」

 

「え、いや、お仕舞いって……――あっ!!」

 

「これでよし。さぁ、立ってくれ」

 

色々と台無しにしたカズヤがフィリスの隙を突いて完全治癒能力を発動させ、傷の癒えたフィリスに手を差し出した。

 

「全く……私が今まで死ぬほど悩んでいたのはなんだったんだ」

 

「悪いな、取り越し苦労をさせて」

 

強引な流れで話にケリを付けたカズヤは一件落着とばかりに笑みを溢した。

 

「――ようやく見つけた。ご主人様!!今日は手術を執り行うはずだったのですが?」

 

「あっ……忘れてた」

 

しかし、それで話は終わらない。

 

生体パーツを基本として、この世界に存在している固有の素材や魔法などの技術を組み合わせた義手をつける手術の事をすっかり忘れていたカズヤは呼びに来た千歳の姿を見るなり頬を引き吊らせたのだった。



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20

生体義手の移植手術を無事に終えたカズヤが経過観察のために依然として入院している病院の周りでは、00式強化外骨格やタロスといった各種様々なパワードスーツを着込んだ何百人もの警備兵が周囲を警戒し、TUSK(戦車市街地生残キット)を装備したM1エイブラムスの最新バージョン――M1A2 SEPV2や重武装の兵士を腹の中に抱えたM2ブラッドレー歩兵戦闘車が万が一の事態に備えて待機するなど厳重な警備態勢が敷かれていた。

 

「まるでクーデターでも起きたみたいだな……」

 

病室の窓から外を覗き、目があった警備兵に敬礼をしつつカズヤが言った。

 

「そのような事は万が一、億が一にも有り得ませんのでご安心を。それよりもご主人様、その……左腕の調子はいかがですか?」

 

多忙を極める中、時間をやりくりしてカズヤの元に馳せ参じた千歳は憂いを帯びた表情を浮かべながらカズヤの背中に問い掛ける。

 

「すこぶるいい。まるで生まれた時から左腕が“コレ”だった気すらする」

 

振り返ったカズヤは左腕に取り付けた生体義手――パラベラムが保有する全技術力に加えて、この世界に存在する希少な素材や魔法技術を惜し気もなくつぎ込んだワンオフ品を掲げ仰ぎ見ながら笑みを溢す。

 

「ならばよいのですが……」

 

「姉様、マスターの義手は私が主導して作成した完璧な品です。不具合等ありえません」

 

「それは分かっている。しかし、これは私の責務としてご主人様にお聞きせねばならないのだ」

 

少しだけ不満げな声を出した千代田に対しバツが悪そうに千歳が答える。

 

「まぁまぁ、2人ともそれぐらいに。それにしてもこれだけ多機能で緻密に作ったんだったら、かなりのコストが掛かったんじゃないのか?」

 

険悪な雰囲気になりそうだった2人の仲介に入ったカズヤは、数多のギミックが搭載された義手を誉めつつ千代田に話を振った。

 

「いえ、それほどでもありません。高々B-2、2機分です」

 

「そうか、B-2が2機分か……………………ちょっと待て、B-2は世界一値段が高い飛行機としてギネスブックにも登録される程、高価なステルス爆撃機だったはずだが?」

 

「イエス、マスター」

 

「大体で1機2000億円ぐらいしたよな?」

 

「その通りです」

 

「……この義手、作るのに4000億円も掛かっているのか?」

 

「はい。何か問題でも?マスター」

 

「……」

 

あっけらかんとした様子で首を傾げる千代田にカズヤは絶句する。

 

「……コストが掛かりすぎじゃないか?」

 

「いえ、全く。マスターの左腕となるモノですから4000億円程度なら安い方かと」

 

「そ、そうか」

 

各種兵装から各種機器を仕込んである義手の値段に改めて驚きながら、壊さないように使おうと心に秘める小心者のカズヤであった。

 

「さて、気を取り直して……うちと帝国の戦争についてなんだが率直に聞く。帝国を攻め落とすのにあとどれぐらいの時間が必要なんだ?」

 

義手の製作費用に驚いていたカズヤは表情を引き締めると2人にそう問い掛けた。

 

「ハッ。かなりの余裕を見た上でですが、準備期間に4ヶ月。攻略に2ヶ月の計半年を予定しております」

 

「これまでの戦闘で損耗した部隊の再編や各部隊への補給、物資の備蓄作業、拠点構築、インフラ整備等の事前準備にかなりの時間が取られますが、後顧の憂い断つためには必要かと。また事前準備の4ヶ月間は冬の時期とちょうど被りますので、砂漠地帯であるにも関わらず冬になると豪雪に見舞われる敵地での活動はどのみち小規模なものにせざるを終えません」

 

帝国との最終決戦を見据えたカズヤの発言に、千歳と千代田は姿勢を正し答えた。

 

「分かった。準備は念入りに頼む。奴らを何としても殲滅するために」

 

「「ハッ!!」」

 

カズヤの決定に力強く返事を返した千歳と千代田は、カズヤの意向を現実の物とするべく勇んで病室を後にした。

 

「ふぅ……このあとの面会希望者は誰だった?」

 

出ていった2人と入れ替わりに病室の中に入ってきたメイド衆に問い掛けつつ、カズヤはメニュー画面を開き変動があった自身の能力値に目を通す。

 

んーレベルが上がらんな。まぁ、そこまでレベルを上げたい訳でもないから別にいいが。

 

 

[兵器の召喚]

2015年までに計画・開発・製造されたことのある兵器が召喚可能となっています。

 

[召喚可能量及び部隊編成]

現在のレベルは76です。

 

歩兵

・90万人

 

火砲

・9万5000

 

車両

・9万5000

 

航空機

・7万

 

艦艇

・4万

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵等)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は『総軍』規模までとなっています。

 

※歩兵が運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

[ヘルプ]

・[能力の注意事項]

メニュー画面を使わずとも声や思考で召喚は可能です。

 

1度召喚した軍需品・資源・施設は消すことが出来ますが、人(兵士)は消すことが出来ません。

(死亡した兵士の死体も消すことは不可能。また死亡した兵士と同じ人物を再度召喚することは出来ません)

 

『戦闘中』は召喚能力が使えません

 

後方支援要員の積極的な自衛戦闘が可能になりました。

 

 

 

「はい。お次がサキュバスの族長であるメルキア・ジキタリス様。そして古鷹五十鈴中佐と涼宮明里小尉のお2人。最後にセリシア様とアデル様のお2人でございます」

 

カズヤがメニュー画面を閉じると同時に分業化が進むメイド衆の中で衛生部門を担当し本日の担当秘書官を兼務しているダークエルフのルミナスがカズヤの行動予定が記された手帳を確認しつつ答えた。

 

「結構いるな。まぁ、職務に復帰するためのいい肩慣らしか」

 

そう言いつつカズヤは甘えるように擦り寄って来たヴァンパイアの姉妹に手を伸ばす。

 

愛らしい外見とは違い積極的戦闘部門――カズヤの護衛よりも敵の殲滅を担当するレイナとライナの2人はカズヤに頭を撫で回されると無垢な笑顔を浮かべた。

 

「お疲れのようでしたら、面会はキャンセルしておきましょうか?」

 

「いや、大丈夫。そう心配するな」

 

頭を撫でられご満悦なレイナとライナを羨ましそうに見詰めていた消極的戦闘部門――敵の殲滅よりもカズヤの護衛を担当するオーガのエルや狼人族のウィルヘルムを手招きして招き寄せ、姉妹と同じ様に愛でながら心配性のルミナスに苦笑で答えるカズヤ。

 

「……分かりました。しかし、何かあればすぐにおっしゃって下さい」

 

そんなカズヤに心配そうな視線を送りつつも、ルミナスは一礼してから引き下り、自身もカズヤに愛でられようと同僚の輪の中に入って行った。

 

 

「失礼いたします」

 

カズヤがメイド衆を可愛がっている最中、そんな言葉と共に病室に入って来たのはイスラム圏の国々で女性が着ているようなニカーブ――目と手先だけを露出した黒装束を纏った人物だった。

 

「お久しぶりでございます。我が君。お体の調子はいかがですか?」

 

「久しぶり。まぁまぁって所だ。で、メルキア……なんでそんな服装を?」

 

棚ぼた的に得た鑑定眼の副次的効果で素顔が窺い知れない黒装束の人物がサキュバスの族長であるメルキア・ジキタリスである事を見抜いていたカズヤは、以前の肉感的な肉体を強調させる半裸のボンテージ姿から一転、露出を限り無く減らした黒装束姿になって登場したメルキアに質問をぶつける。

 

「まぁ、酷いお方。私の口からそれを言わせるおつもりですか?」

 

来客用の椅子に腰掛け、顔を隠していた覆面を脱ぎ去ったメルキアは頬を赤らめ、いやんいやんと首を左右に振り恥じらいつつも最後には意味ありげにカズヤに流し目を送る。

「?」

 

流し目の意味が分からず首を傾げるカズヤに焦れたのか、メルキアが口を開く。

 

「お分かりになりませんか?この身は全て我が君の物になったのです。故に我が君の所有物を他の有象無象の視線で汚す事を防ぐため、このような服を」

 

「……」

 

「しかしご安心を。我が君のご希望にすぐにお答え出来るよう、この下はこのように以前のままですので」

 

立ち上がり、ゆっくりと見せ付けるように黒装束を捲り上げたメルキアは、体をよりいやらしく際立たせる淫靡なボンテージと男を欲情させるためだけに特化した肉体をカズヤの視線に晒す。

 

そして、舐めるようなカズヤの視線が露になったつま先から太もも、そして腰から胸へと這うのを感じたメルキアは女の部分を疼かせながらカズヤに歩み寄る。

 

「……メルキア」

 

「はい」

 

「また今度な」

 

メルキアの意図に気が付いたカズヤは、自身の身の内に沸き上がった三大欲求の1つを鋼の意思で捩じ伏せると拒絶の言葉を口にした。

 

「あぁン、残念ですわ」

 

自身の思惑が実らなかったメルキアはと言えば、ペロッと舌を出し不敵に笑うと乱れた黒装束を元に戻し佇まいを正して、再び椅子に腰掛けた。

 

「そう言えば礼を言って無かったな」

 

「礼?礼とはなんのことでしょうか、我が君」

 

「メルキアが編成して寄越してくれた慰安部隊の事だ。彼女らのお陰でうちの兵士達が戦場の狂気に呑まれて狼藉を働くことなく任務に就く事が出来ているからな」

 

「その事でしたら、我が君にお言葉を掛けていただくまでもありません。何せ慰安部隊の者達は獣欲にまみれた美味しい“食事”にありついているだけなのですから。それに我が身、我が一族は我が君の物。我が君のお役に立つことが至上の悦びなのですし」

 

男所帯の軍隊に付き纏う性の問題を解決し必要とあらば最前線にまで出向く事で、戦場という狂気に満ちた場所でパラベラム軍の兵士が女性に狼藉を働く事を未然に防いでいる慰安部隊の活躍にカズヤが頭を下げる。

 

対するメルキアは、口ではそう言いつつも配下の活躍を誇らしげな表情で受け入れ謙遜する。

 

「それでもだ。彼女らの働きは我が軍を支える重要な一翼を担ってくれている。ありがとう」

 

「も、もう……我が君ったらッ!!ま、また来ますわ!!」

 

歩み寄ってから手を優しく握り、真っ直ぐ目を見てメルキアに感謝を伝えるカズヤ。

 

種族柄、性欲を抱かず近付いてくる男など遭遇した事が無かったため、そんな人物に初めて遭遇したメルキアは初な乙女のように顔を赤く染める。

 

そして、羞恥心が限界に達したのか慌てた様子で病室を飛び出して行ったのだった。

 



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21

色事以外では存外に初だったメルキアが羞恥心に耐えかね退室してしまった後、予定通りにやって来た古鷹五十鈴中佐と涼宮明里少尉、そして顔を包帯でグルグル巻きにした員数外の人物とカズヤは面会していた。

 

「いや〜それにしても……めでたい事だ。しかし、古鷹中佐と涼宮少尉、それにティナ・フェルメール一等兵に亡国のお姫様であるレミナス・コルトレーン・ジェライアスの4人同時とは。隅に置けない奴だな」

 

ニヤニヤと笑いながらカズヤは視線の先で気まずげに縮こまる包帯男を言葉で嬲る。

 

「総統閣下、あまり私の旦那を苛めないであげて下さい。例えそれが私以外に女を作っている女たらしでも」

 

表向きは庇うような姿勢を見せつつもカズヤの言葉に便乗した古鷹中佐が包帯男をチクチクと刺のある言葉で責める。

 

「そうです。押しに弱いヘタレだとしても“私の夫”なんですから」

 

カズヤと古鷹中佐に続いたように見せ掛けて包帯男の所有権を涼宮少尉が、しれっと主張する。

 

「……おい、少尉。間違えるなよ?私の旦那だ。百歩譲ったとしてもお前は妾だ」

 

その主張に引っ掛かるモノを覚えた古鷹中佐が言葉の矛先を包帯男から涼宮少尉へと変更する。

 

するとどうだろうか、カズヤが居る病室の空気が一瞬で殺伐としたモノに変貌した。

 

「中佐こそ間違えないで下さい。私の夫です」

 

殺伐とした病室の空気も何のその。

 

古鷹中佐の言葉に涼宮少尉は真っ正面から対峙し、対決の姿勢を取った。

 

「……」

 

「……」

 

「やるか?」

 

「やりますか?」

 

「はい、ストップ。妊婦のお2人さんは暴れるな。それと修羅場なら俺の居ない所で、尚且つ俺の視界にギリギリ入る場所でやってくれ」

 

無言で睨み合っていたかと思いきや、開戦の幕を下ろそうとしていた妊婦2人を寸前の所で止めたカズヤはジョークを交えつつも少し怒りながらそう言った。

 

「「ハッ、申し訳ありません!!」」

 

さすがに総統の怒りを無視してまでやり合うつもりはなかったのか、カズヤの言葉に2人はあっさりと矛を収める。

 

だが、お互いに火種が燻っているせいか横目で睨み合っていた。

 

その様子を鑑みて、もう一度声を掛けようかとも考えたカズヤだったが、後の対処は諸悪の根源に任せようと口を挟む事を止めた。

 

『お話し中失礼します、カズヤ様。セリシア様とアデル様がお越しになられました』

 

「しまった、長話が過ぎたな。サクッと本題を終わらせようか。えー古鷹中佐。並びに涼宮少尉。そして――……中尉。以上3名には少数種族である蛇人族に与えた入植地の警備と彼らの警護を命ずる」

 

「「「ハッ、慎んで拝命いたします」」」

 

「よし。では解散」

 

部屋の外に待たせていたメイド衆のルミナスからセリシアとアデルが面会に来た事を知らされ、予定よりも長く話し込んでいた事に今更ながら気が付いたカズヤは、本来の用件を手早く済ませると3人に退出を命じた。

 

「あぁっと、最後に中尉。拾ったその命、無駄にするなよ?これから4児のお父さんになるんだし、せっかく怪我も治して五体満足にしてやったんだから」

 

3人が退出する寸前、カズヤはこっそりと包帯男にだけ声を掛けた。

 

「分かっています。もう彼女達に泣き縋られるのは懲り懲りですから」

 

後悔と自責の念に満ちた言葉を返す包帯男。

 

包帯に覆われているせいで彼のその表情をカズヤが伺い知る事は出来なかったが、唯一露出している目が雄弁に彼の表情を物語っていた。

 

「ならいい。じゃあまたな」

 

「ハッ、では失礼いたします」

 

最後に敬礼をして部屋から退出して行った包帯男を見送ったカズヤは、セリシアとアデルに部屋へ入って来るように声を掛け2人を出迎えたのだった。

 

 

 

「で、今日は何なんだ?」

 

少し時が流れ。

 

移植した生体義手の動作不良や拒絶反応等もなく、経過観察の入院をつつがなく終え職務に復帰したカズヤだったが、過保護になった千歳や千代田、その他大勢に大半の仕事を持って行かれてしまい、実質的にお飾りの総統となってしまっていた。

 

そんな中で暇を持て余していたこともありカズヤは以前の面会時にセリシアと結んだ約束事を守るため機上の人となっていた。

 

「はい、今日はカズヤ様に紹介したい者達と是非ともお見せしたいモノがありまして。貴重なお時間を割いて頂いた次第でございます」

 

「紹介したい者達に是非とも見せたいモノ……ねぇ」

 

まるで遠足に行く前の子供のように浮かれるセリシアに、何となく不安を抱きながらカズヤは乗り込んでいるVH-60Nプレジデントホークの進行方向に視線を向ける。

 

そこにはパラベラムが魔法の研究及び実験を行っている海上プラント群が存在していた。

 

「アーミー1よりプラントA1制御室。着陸許可願う」

 

『こちらプラントA1制御室、着陸を許可する。なお北西からの強風あり、注意されたし』

 

「アーミー1、了解。忠告感謝する」

 

プレジデントホークが海上プラントに接近すると以前あった墜落事件の一件で昇進を果たし、今ではカズヤの専属パイロットとして活躍するミーシャ・バラノフ少佐が着陸予定の海上プラントの制御室と無線の交信を始めた。

 

何気なしにそれを聞きつつカズヤが機内で大人しくしていると僅かな衝撃が走り、いつの間にか機体がヘリポートに着陸を果たしていた。

 

「機体の固定完了、エンジン停止を確認……着きましたよ、閣下」

 

特定の船舶に搭載されているヘリの着艦拘束装置――RASTが装備されているヘリポートに機体の固定を終えたミーシャが振り返ってカズヤに声を掛ける。

 

「ご苦労さん、また帰りも頼む」

 

「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

「それでは、カズヤ様。参りましょうか」

 

「あぁ」

 

……嵐が来そうだな。

 

ミーシャとの会話を終え、差し出されたセリシアの手を取って機外に出たカズヤはどんよりとした曇り空を一瞬見上げた後、メイド衆や千歳の指示で同行している過剰な護衛戦力を引き連れ海上プラントに入って行った。

 

「申し訳ございませんが、こちらの部屋で少々お待ちください。アデルがすぐに彼女らを連れて参りますので」

 

「……分かった」

 

案内されるまま海上プラントの一室に連れてこられたカズヤは辺りをキョロキョロと見渡しながら、セリシアの言葉に頷く。

 

セリシアが紹介したいって言うぐらいだから……なんか癖のある人物が来そうで怖いな。

 

っていうか……この部屋何だ?何で壇があってその上にポツンと椅子があるんだよ。

 

これじゃあまるで玉座の間とか謁見の間とか言われるような部屋じゃないか。

 

セリシアが紹介したいと言っている人物の予想図を脳裏に描きながらカズヤは部屋の作りがおかしい事に首を捻っていた。

 

「来たようです」

 

セリシアのその言葉と共に、カズヤが座る椅子の正面にある重厚な扉が開かれる。

 

……癖どころの話じゃなかったな。

 

思わず頭痛を堪えるように手を頭に添えたカズヤの視線では、アデルに続いて謎の7人組が部屋に入って来ていた。

 

その謎の7人組はセリシアが着ている真っ白な修道服と同じ物を纏い、そして手には何故か身の丈程もある大鎌を携えている。

 

顔は目深にフードを被っているせいで口元しか見えなかったが、皆一様に押さえきれぬ感情を発露するが如く口元を弧の形に歪めていた。

 

ある程度カズヤの前に近付いた所でアデルが足を止めると、アデルの後ろで横1列に並んでいた7人もそれに倣って足を止めた。

 

「で、誰なんだ?そいつらは」

 

大鎌を携えた謎の7人組の登場にメイド衆や護衛の兵士が警戒心を露にし殺気立つ中、今までカズヤの後ろに控えていたセリシアが壇から降りてアデルと合流し跪き頭を垂れる。

 

それと同時に2人の後に居る7人組が平伏す。

 

まるで如何わしい教団の教祖にでもなったような気分を味わいながらカズヤはセリシアに問い掛けた。

 

「ハッ、この者達はローウェン教の象徴にして絶対的な守護者として脈々と受け継がれてきた役職に就いていた存在――7聖女達です」

 

「7聖女?あぁ、監獄島を襲撃して捕虜になったとかいう……」

 

7人組の正体を聞かされたカズヤは、依然として平伏している7聖女達をまじまじと眺める。

 

だが安穏としているカズヤとは違い、カズヤの警護を担うメイド衆や護衛達は心穏やかでは無かった。

 

「貴様、武装した捕虜を総統閣下に引き合わせるとは何事だ!!」

7人組の正体を明かしたセリシアの言葉と同時に控えていたメイド衆がカズヤの前に進み出て得物を構え、また部屋の隅に控えていた護衛の兵士達がカズヤを中心にして防御陣形を展開した。

 

そうして万全の態勢を整えた護衛部隊の隊長は、閉所や市街での戦闘を容易くする為に全長を短くしつつも野戦に対応し得る射程や威力を残し、外装にはセンサテック(合成樹脂)を内部パーツにはセンサテックとアルミニウム合金を多用する事で軽量化を実現し副次的な利点として腐食にも強いブルパップ方式アサルトライフル――IMIタボールTAR-21を構え身の竦むような怒鳴り声を上げる。

 

「ご心配なく。この者達は既にカズヤ様の忠実な僕となっていますので」

 

「口では何とでも言える!!」

 

「この者達はカズヤ様の完全治癒能力を受けています。その事実が何を意味するのかは……そちらのメイドの方々が身をもってよく知っているはずです」

 

隊長の迫力ある怒鳴り声を浴び、しかも薬室に5.56x45mm NATO弾が装填済みでセーフティが解除され即時発砲が可能なタボールTAR-21の銃口を向けられているにも関わらず、セリシアは口元に余裕の笑みを浮かばせていた。

 

一歩間違えば有無を言わさず銃殺されていてもおかしくない状況下で。

 

「ふむ……お前達、下がってくれ」

 

今まで傍観するに留まっていたカズヤはこれ以上の状況の悪化を懸念し、親衛隊の兵士のみで編成された護衛部隊に下がるよう命じる。

 

「ハッ、しかし……」

 

「お前達が言いたい事も分かるが、このままだと話が進まんだろ」

 

「……了解しました」

 

渋々といった様子で護衛部隊の兵士達が引き下がる。

 

些細な切っ掛けで戦闘が始まりそうな一触即発の状況を唯一打開できるカズヤの鶴の一声で場は一先ずの危機を乗り越えた。

 

「さて、セリシア。お前は俺が7聖女に完全治癒能力を施したと言ったが……俺は7聖女に初めて会うはずなんだが?」

 

「恐れながら、この者達の顔をご覧に頂きましたらご理解頂けるかと」

 

セリシアの発言に疑問を抱き追及の声を上げたカズヤ。

 

それに対し彼女は意味ありげに微笑んだ後、アデルに視線を飛ばす。

 

「皆、顔を上げフードを脱げ」

 

セリシアの一瞥を受けてアデルが7聖女に指示を出す。

 

すると7聖女が立ち上がり、一斉にフードを脱ぎ去った。

 

「……お前達は。そうか、あの時の」

 

美人揃いの7聖女の顔を見たカズヤは彼女らがスパイの容疑をかけられ投獄されたフィリスを助けに行く途中に自身が救いの手を差しのべた者達だという事に気が付いた。

 

「思い出して頂けたでしょうか?」

 

「あぁ、思い出した。確かに彼女らには完全治癒能力を使ったな」

 

7対の熱い眼差しを受けながらカズヤはセリシアの言葉に頷く。

 

「では、紹介の方をさせて頂きます。右からアレクシア・イスラシア、ゾーラ・ウラヌス、ジル・キエフ、ゼノヴィア・ケーニヒスベルク、ティルダ・ハギリ、キセル・オデッサ、イルミナ・レノンと言います。皆、それなりの戦力としてカズヤ様のお役に立てるかと。さ、貴女達も自分の口から言うことがあるでしょう?」

 

いそいそとカズヤの側に戻ったセリシアが、まるで便利な道具の説明でもするような語調で7聖女の名を口に出す。

 

「「「「「「「主よ。我らの赦されざる愚行と穢れた過去を御許し下さい。そして叶うならば貴方様の為にこの下賤な命を使う機会をお与え下さい」」」」」」」

 

7人の口から発せられた許しと贖罪の機会を乞う言葉が部屋中に響き渡る。

 

「いかがでしょうか、カズヤ様。これまでの愚行と過去の大罪の数々を悔い改め、貴方様に忠誠を捧げるこの者達は“元”7聖女。帝国との戦い、引いてはローウェン教との戦いにおいて有効な手札となり得るかと」

 

「……あーっと、うん。そうだな。いいんじゃない?」

 

コイツら目がヤバイ……。

 

瞳に光が全くないんだけど。

 

「主よ!!寛大なお心に感謝致します!!」

 

「今まで私が生きていた理由が分かった……それはこの瞬間のためだったんだ」

 

「あぁ……私は神様の許しを得たのね」

 

「寛大なお言葉感謝致します」

 

「神命に従い、この身を散らす機会を心待ちにしています」

 

「このお方の為に死ねる……なんて幸せなんだ、私は」

 

「貴方様のご期待に添えるよう全力を尽くします!!」

 

狂気に磨きがかかった7聖女――喜びの言葉を口にする狂信者達を前にしてカズヤは振り子のように頷きながらセリシアの言葉に返事を返した。

 

さもなくば、何が起きるか予想が出来なかったからである。

 

もしも否を口にしていたら……この場で彼女達が自害していた可能性もあった。

 

それを本能的に察知していたからこそ、カズヤは棒読みで台詞を吐きながら頷くしか無かったのである。

 

「じゃ、じゃあ、顔合わせも済んだ事だし次に――」

 

「お待ちください、カズヤ様。彼女達に類する報告すべき事があと1つあります」

 

許しを得た事が余程嬉しかったのか涙を流し時折嘔吐きながらも悦びに体をうち震わせる7聖女の姿に得体の知れない恐怖を感じ逃げようとしたカズヤはセリシアに待ったをかけられてしまった。

 

「なんの報告だ?」

 

クソ、まだ何かあるのかよ。

 

内心で悪態を吐きつつカズヤは浮かせた腰を再び下ろした。

 

「ティルダ・ハギリ、前へ」

 

セリシアの指名を受け、黄色人種のような淡黄白色の肌を持ち姫カットの黒髪に黒眼というどこか日本人を匂わせる顔立ちのティルダがカズヤの前に進み出る。

 

「彼女がどうかしたか?」

 

何気に好みの髪型をしているティルダに若干の興味を抱きつつ、カズヤはセリシアに問い掛けた。

 

「ハッ、もう死んでいるのですが彼女の父親は渡り人でした」

 

「何!?」

 

衝撃の事実を耳にしてカズヤは思わず立ち上がった。

 

「ちなみに彼女のハギリという姓はこのような――『葉切』――文字だそうです」

 

セリシアが魔法で空中に投影した文字を一瞥したカズヤは改めてティルダの日本人染みた顔を見詰め思考を巡らせる。

 

アジア系、特に日本人みたいな顔立ちだなとは思っていたが……そうか、そういう理由があったのか。

 

いや、よくよく考えてみれば俺がこの世界に来る前にも渡り人は何人もいたんだから子供や孫、子孫が居てもおかしくないな。

 

国土がデカイ分、帝国には多くの渡り人がいたみたいだし。

 

つまりはこの先……最悪の場合は親や祖先の能力を引き継いだ渡り人2世や3世が出てくるかもしれないという可能性があるのか。

 

厄介だな。

 

「ティルダと言ったな」

 

「ハッ!!」

 

カズヤの呼び掛けに熱の籠った返事を返すティルダ。

 

カズヤの熱い眼差し(ティルダ視点)を浴び、惚けたように顔を蕩けさせていたティルダはカズヤの呼び掛け――特に名を呼んでもらった事に至上の悦びを感じ、また人も殺せそうな恨みがましい視線を背後から飛ばして来る同僚に対し優越感を抱いていた。

 

「お前の父親は何か特殊な能力を持っていたか?そして、お前には父親と似たような能力はあるか?」

 

「恐れながら申し上げます。私の父親には特筆するような特殊な能力はありませんでした。強いて言えば類い稀な魔力量があったぐらいでしょうか。また私の魔力量は平均よりも少し上程度で父親程の魔力量はありません」

 

「……分かった」

 

能力は遺伝しないのか?

 

いや、この場合は能力じゃないから遺伝以前の問題か。

 

うーむ。安易な判断はすべきではないし……念のため渡り人について調べさせるか。

 

ティルダの返答に安堵や落胆の感情を抱きつつ、カズヤはティルダから視線を逸らす。

 

「セリシア、他に報告事項は?」

 

「ありません」

 

「そうか……なら、次はお前が見せたいと言っていたモノを見せてもらおうか」

 

「ハッ、承知いたしました。ではこちらにどうぞ」

 

こうして7聖女との顔合わせを終えたカズヤは、再びセリシアに案内され海上プラントの内部を進み始めた。

 



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22

先を行くセリシアとアデルに続いてカズヤは海上プラントの廊下を歩いていた。

 

背後にはメイド衆や完全武装した一個小隊規模の護衛部隊、更には7聖女が続き整然と列を成している。

 

そのためカズヤの一行は端から見れば、まるで大名行列のような有り様だった。

 

加えて進路が被った科学者や警備員が廊下の端に寄り敬礼でカズヤを見送るため、より一層仰々しさが増していた。

 

……色々あった後だから護衛が多いのは分かるが、それにしてもちょっと人が多すぎるな。

 

列を成す程の人数に加えて些か物々し過ぎる護衛達をどうにかして減らす事が出来ないものかとカズヤが頭を悩ませていると不意に先を行くセリシアとアデルが足を止めた。

 

「それではカズヤ様、こちらをご覧下さい」

 

スモークガラスの大きな窓が両側にある廊下。

 

足を止め振り返ったセリシアがそう言って右手の窓を指し示す。

 

そして、アデルがいつの間にか手に持っていたリモコンでスモークガラスのスモークを解除する。

 

「ッ!?こいつは……」

 

言われた通りに視線を窓に向けていたカズヤは、スモークが解除された瞬間に視界に飛び込んできた予想外のモノに驚愕し、思わず窓に齧り付いた。

 

「あの海戦が終わった後、セリシアがこいつを軍事利用出来ないかと千歳に頼んで調査団を派遣していたんだ。そしてキロウス海の水深80メートルの場所で原型を留めて沈んでいたこいつを見つけると研究用検体回収の名目で150艇の潜水艇と2000人のダイバーを現地に送り込み、海中でこれを10分割にし3隻の大型クレーン船でサルベージして半潜水式の重量物運搬船10隻に積み込み、ここまで運ばせたんだ」

 

「そうしてキロウス海からわざわざ運んで来たまでは良かったのですが、4基の海上プラントと大量のメガフロートを組み合わせて構成されたこの巨大水槽にこれを入れるだけでも大変な作業となりました。なにせ全長423メートル、総重量90000トンの巨体でしたから。それに、ここに運び込んでからも解析やデータ収集、更には兵器転用するために必要な肉体の再生など随分と手が掛かりました。爆破解体で10分割されていた体の断裂面にスライムを寄生させて無理矢理体を繋ぎ合わせ砲撃で欠損した臓器を機械で代用し操るための機器を脳みそに埋め込み身体中のいたるところに兵装を施し、そこでようやく兵器として一応の目処が立ったのです」

 

アデルとセリシアの説明を右から左へと聞き流しつつ、カズヤは遠征艦隊、引いては第1独立遊撃艦隊が止めを刺したはずの怪物――長い首と縦3列に並んだ背ビレ、6つの大きなヒレを持つリヴァイアサンをじっと眺める。

 

眼下に広がる巨大な水槽の中で薄ピンク色の特殊な液体に体を浸されたリヴァイアサンは過去に生中継の映像で見た姿とは違い全身に分厚い装甲と各種兵装が施され、まさに生体兵器と言って差し支えのない姿になっていた。

 

「よくもまぁ……こんな“兵器”を作ったものだ」

 

「カズヤ様も知っての通り、リヴァイアサンが放つ魔力光線や魔力弾は強力です。それを何とか利用出来ないかと試行錯誤を重ねた結果がこちらになります。それに奴等が召喚した怪物で奴等が滅ぶなんて痛快ではないですか?」

 

「確かにな……それで、こいつはもう動くのか?」

 

「いえ、最後の作業が残っています?」

 

「最後の作業?」

 

「はい、こちらをリヴァイアサンの体内に移植する事で全作業工程が完了します」

 

セリシアが廊下の左手にある窓を指し示し、またアデルがリモコンで窓の不可視設定を解除する。

 

「何だこれ……」

 

窓の向こうで無数のホースに繋がれドクンッ、ドクンッと脈打つ巨大な肉塊。

 

リヴァイアサンと同じように薄ピンク色の液体に浸されたそれは何かの心臓だった。

 

「これはスプルート基地ごと木っ端微塵に吹き飛んだと思われていたベヒモスの心臓です」

 

「なに!?あの爆発の中でこんなモノが残っていたのか!?しかも生きているだと!!」

 

「にわかには信じられませんが、爆発で体が四散した後もこの心臓だけは生命活動を継続し、なおかつ肉体の再生を始めていました」

 

「凄まじい生命力だな……心臓だけになっても生きているなんて。しかも再生まで行うとは」

 

「はい。ですが、この恐るべき生命力は我々にとって好都合なのです」

 

「……どういう事だ?」

 

「簡単にご説明いたしますと、あちらにいるリヴァイアサンはあくまでも応急処置的な肉体の再生を済ませただけに過ぎません。つまりは中身が無いただの脱け殻です。そのためリヴァイアサンを動かすための強力な原動力が必要となってきます」

 

「だから生命力が強いベヒモスの心臓をリヴァイアサンに移植して復活させるという事か」

 

「その通りです。数多ある諸々の問題を解決するこの心臓であればリヴァイアサンは復活し、カズヤ様の覇道を妨げる愚か者共を駆逐する駒として十二分に使えるかと」

 

「話は分かった。だが、こいつを完全に制御出来るのか?万が一暴れでもしたら大変だぞ」

 

カズヤは最も懸念すべき不安要素を口に出した。

 

「ご心配には及びません。万が一に備えて55通りの安全装置と30の強制停止装置を講じてありますので。それにいざとなれば私とアデル、そして7聖女で仕留めます」

 

「どうやって仕留めるん――」

 

ニッコリと笑って自信満々でリヴァイアサンを仕留めてみせると大言を吐いたセリシアにカズヤが呆れ顔でツッコミを入れようとした時だった。

 

「うおっ!?」

 

「ッ!?」

 

まるで地震が発生したかのように海上プラントが凄まじい横揺れに襲われる。

 

立っている事すら困難な揺れのせいで廊下の照明も落ち一瞬辺りが真っ暗になったが、揺れが収まるのと同時に非常灯が点灯し薄暗いながらも視界が確保された。

 

そして非常灯の点灯から僅かな間を置いて緊急事態を知らせる警報が鳴り響き、壁から突き出た赤色灯がクルクルと回り出すに至って、先の揺れがただ事では無いことを否が応にもカズヤ達に知らしめた。

 

「今の揺れは……一体……」

 

「ご無事ですか、カズヤ様!?」

 

「あぁ、何とも無い。大丈夫だ」

 

「制御室!!今の揺れは何だ!?」

 

予期せぬ出来事に血相を変えたセリシアがカズヤの安否と怪我の有無を気遣う一方、アデルがすぐ側の壁に設置されていたテレビ電話で制御室へ連絡を取り状況の確認を急ぐ。

 

『こちら制御室!!下層第3ブロックのB−1フロアにて爆発事故が発生!!原因は不明!!火災の発生も報告されています!!現在、消火班が現場に急行中!!』

 

「「B、B−1フロア!?」」

 

テレビ電話の映像に映る所員の報告にセリシアとアデルが顔色を変えた。

 

「おい!!隣接するA−1フロアはどうなった!?」

 

『爆発事故の影響で送電網に不具合が生じ下層第3ブロック全体が停電しているため状況不明!!通信も10分前の定時連絡以降途絶しています!!取り残された人員を救助するために保安要員を向かわせましたが、恐らくはッ……』

 

アデルの問い掛けに対し画面の向こう側にいる所員は悲壮感を漂わせながら血を吐くような声で答えた。

 

「……厄介な事になった」

 

現状報告を聞き終えたアデルは愕然とし、肩を落として力なく天井を仰ぎ見る。

 

「セリシア、下層第3ブロックのA−1フロアでは何をしていた」

事情を知る者達の絶望した姿に嫌な胸騒ぎがしたカズヤはここの総責任者であるセリシアを問い質す。

 

「不味い、あそこには……早く対処しないと……手遅れに……いえ、まずはカズヤ様の安全を第1に考えて……」

 

しかし、肝心のセリシアは真っ青な顔で独り言をブツブツと繰り返すばかりでカズヤの質問に答えなかった。

 

「セリシア!!」

 

「え、あ、はい!!何でしょうか」

 

カズヤが強い語調でセリシアの名を呼んで彼女の肩を揺さぶると、ようやくセリシアが思考の海から現実へと帰還した。

 

「だから、下層第3ブロックのA−1フロアでは何をしていたんだ?何か不味い物でも置いてあるのか?」

 

「その……A−1フロアは様々な投薬実験を行う実験室と実験に使用した魔物の保管庫になっておりまして、恐らく今の爆発事故で保管されていた魔物が逃げ出した可能性が高く……」

 

「何だ……実験に使った魔物が逃げ出した程度なのか、俺はてっきり細菌やウィルスみたいなヤバイモノが流出したのかと思ったぞ」

 

「……被検体保管庫に居た魔物は3000体を越えます。しかも実験を経た事で戦闘能力や知能が通常個体より3〜5倍ほど向上したものばかりなのです」

 

状況を軽く考えたカズヤにセリシアが非常な現実を突き付けた。

 

「そりゃ不味いな……。おい、制御室。俺の声が聞こえるか」

 

『ハッ、聞こえております。総統閣下』

 

「直ちに当施設の全隔壁を閉鎖しろ、魔物の拡散を何としても防ぐんだ。隔壁の開閉は各個の要請があった場合にのみ限定。あと、無線封鎖を実施しこの状況を外に漏らすな」

 

『し、しかし……それでは本土からの援軍が……それに警報装置が作動した時点で外部には異常があった事がバレています』

 

「なら、異常については俺が抜き打ちの戦闘訓練を実施したと誤魔化しておけ」

 

「閣下、一体何をなさるおつもりなのですか!!貴方様は一刻も早くこの場から避難を――」

 

「ちょっと静かにしろ。で、分かったか」

 

護衛部隊の隊長がカズヤの看過出来ない言葉に意を唱えたが、他ならぬカズヤによって黙らされる。

 

『よ、よろしいのですか?異常事態の内容を偽り無線封鎖を実施すれば外部からの援軍は一切来ない事になりますが』

 

「構わん、全責任は俺が取る。それに援軍の事だったら代案はある」

 

『……了解です。ではご命令通りに致します』

 

それを最後に制御室との通信は終了し、テレビ電話の画面は暗転した。

 

「あの……カズヤ様?」

 

「ん?なんだセリシア」

 

「まさかとは思いますが……このまま魔物を殺しにいく等とは仰りませんよね?」

 

カズヤがとった行動から、その先に待ち受ける未来を予想したセリシアが恐る恐る伺うように言った。

 

「ハハハッ。もち――」

 

「いけません!!カズヤ様!!御身に万が一の事があったらどうするのですか!!」

 

「閣下、先に言っておきますが絶対に駄目です。貴方様には直ちにこの場より避難して頂きます」

 

カズヤの不穏な前置きを遮ってセリシアが声を荒げ、続いて護衛部隊の隊長が否を唱えた。

 

「……腕が鳴るなぁ、久し振りの戦働きだ。ハッハッハッ」

 

だが、カズヤは2人の抗議を華麗にスルーし迷彩服や装備品、そして護衛部隊の大多数が装備しているタボールTAR-21――その派生型を召喚する。

 

召喚されたのはタボール・シリーズから派生し従来のタボールの設計を元にサブマシンガン並みの全長を実現したアサルトカービン・モデルのMTAR-21。

 

所詮マイクロ・タボールと呼ばれ5.56x45mm NATO弾を使用する銃であった。

 

「「「「……」」」」

 

「そ、そんな目で俺を見るな!!良いじゃないか、たまには俺だって暴れたいんだよ。それに俺にはお前達がいるから身の危険も無いし、ちょっと位いいだろう」

 

その場にいた全員の危惧を現実のモノにしたカズヤは呆れと煩悶が入り交じった視線を浴びつつ弁明を口にする。

 

「……身に余る信頼や過分なお言葉を頂いたのは有難いのですが、それとこれとは話が違いますよ。閣下」

 

「どうしても駄目か?」

 

「……」

 

「……」

 

「………………はぁ、分かりました。と言うかもう何を言っても意見を変えるつもりはないのでしょう閣下?」

 

懇願の視線の中に宿る確たる意思の光を見て護衛部隊の隊長は折れた。

 

そして自身の身命を賭すに値するカズヤを何が何でも護りきるという覚悟を決める。

 

「よく分かっているじゃないか」

 

護衛部隊の隊長が渋々頭を縦に降ったのを見てカズヤは破顔した。

 

「……カズヤ様」

 

「セリシアも諦めてくれ。それに考えようによってはちょうどいい機会じゃないか。お前が推した7聖女の力、存分に見せてもらうぞ」

 

「っ、分かりました。そういう事であれば全身全霊を以てカズヤ様のご期待に応えさせて頂きます」

 

最後までカズヤの無茶な行動を諌めようとしていたセリシアは、カズヤの試すような言葉に表情を一変させ自身の進退を左右する一大決心を下した。

 

成功すれば自身の目指す理想に一歩近付き、失敗すれば文字通り全てを失う危険を省みず。

 

ただ、カズヤの期待に応えるために。

 

「それじゃあ魔物共を駆逐しに行きますか。今以上の人的被害が出る前に一匹残らず全部片付けるぞ」

 

「「「「了解!!」」」」

 

カズヤの命に従う護衛部隊は全員が銃のセーフティを解除し、ジャキンッとコッキングレバーを引いて戦闘態勢を整える。

 

「この一戦が我らの行く末を決めると言っても過言ではありません。死ぬ気でやりなさい」

 

「「「「御意」」」」

 

「アデルにも力を貸してもらいますよ」

 

「当然だ」

 

セリシアは鬼気迫る顔でアデルや7聖女に発破をかけ、尋常ではない戦気を纏う。

 

「さてと皆、準備はいいな?……目的地は下層第3ブロックのA−1フロアにある被検体保管庫。目標は取り残された人員の救出、そして保管庫から脱走した魔物群の殲滅だ。我々の眼前を遮る化生は一切の慈悲無く悉く排除せよ――各員、存分に吼えようじゃないか」

 

全員が戦いの準備を終えたのを確認したカズヤはやる気満々でそう声を上げたのだった。

 



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23

爆発事故の影響で電力供給が停止し使えなくなっていた大型エレベーターの昇降路をラペリング降下で降りたカズヤは問題となっているA−1フロアのエレベーター前ホールに到着。

 

セリシアとアデルの2人に挟まれ、なおかつメイド衆と護衛部隊と7聖女に取り囲まれながら周囲をライトで照らし辺りを見渡していた。

 

「皆、気を抜くなよ」

 

「「「「了解」」」」

 

停電しているため照明が全て消え漆黒の闇に包まれたA−1フロアは静寂に支配され不気味な雰囲気を醸し出す。

 

更に研究所という独特な建築様式が不気味な雰囲気に拍車をかける。

 

加えて実験器具や書類が辺りに散乱し、またA−1フロアに居たであろう科学者や先行した保安要員の血と思われる真っ赤な鮮血が床や壁はもちろん天井まであちこち見境無くべったりと付着し、まるでホラー映画のワンシーンのような凄惨な光景を作り出していた。

 

「予想していたより酷い有り様だな……。セリシア、事故当時ここにはどれぐらいの人員が居たか分かるか?」

 

「業務日報によれば68名が事故当時このフロアに居た様です。そして、事故後に15名の保安要員が状況確認と人員救助のためここに来ています」

 

「合わせて83名か。現在確認出来る生命反応――生存者の数は?」

 

「ハッ。23メートル先にある第5実験室の7人、そして89メートル先にある被検体保管庫の19人です」

 

上官や部下を救うためとは言え、某中尉が行ったいつぞやの命令不服従・独断専行事件。

 

そんな事件を2度と繰り返さないため、また万が一起きてしまった場合にすぐ対処するため、軍民問わず後頭部の皮膚の下へ埋め込む事が義務付けられた超小型発信器。

 

その発信器が位置データと共に発信している装着者のバイタルデータを取得し生存者の居場所と生存者数を表示しているタブレット端末に視線を通した護衛部隊の隊長はカズヤに情報を伝える。

 

「生存者は最大でも26名だけか……この分だと生存者の救出を最優先にして下層第3ブロックは海没処分にした方が手っ取り早そ――……っ!!前から来るぞ!!」

 

A−1フロアの惨状を目の当たりにしたカズヤは武者震いで体を震わせながらMTAR-21マイクロ・タボールを油断なく構えセリシアや護衛部隊の隊長と言葉を交わしていたが、マイクロ・タボールのピカティニーレールに装着されたウェポンライトやヘルメットのヘッドマウントに取り付けられたフラッシュライトで煌々と照らし出された廊下の先に突然現れた蜘蛛のような魔物を視認すると話を中断し叫んだ。

 

「多重弓形陣を展開しろ!!撃ち方用意ッ!!」

 

カズヤの声に瞬時に反応した護衛部隊の隊長の怒声が飛ぶ。

 

護衛部隊の面々は隊長の命令に従いカズヤの前で弓形陣の2列からなる銃列を組んでタボールを構えた。

 

一方、一斉にタボールの銃口を向けられた大型犬程度の大きさの魔物は複眼由来の8つの単眼に映り込んだカズヤ達の存在を認識すると血に濡れた4本の牙を剥き出しにして奇声を上げ駆け出す。

 

尖った脚先でカタカタカタっと音を立てながら床を蹴る魔物の後ろからは同種の魔物が廊下を埋め尽くすように溢れ出して来た。

 

「撃てぇえ!!」

 

廊下の壁や天井さえも道として利用し向かってくる魔物の群れ。

 

姿形が蜘蛛に似ているだけに生理的嫌悪感を催しながらもカズヤは号令を発し、護衛部隊と共に構えていたタボールの引き金を引いた。

 

マズルフラッシュが暗闇の中で瞬き銃声が多重奏を奏で、5.56x45mm NATO弾が銃口から飛び出していく。

 

またメイド衆のエルやウィルヘルムが事前にカズヤから手渡されていたフルオート射撃が可能なショットガン――散弾が20発入ったドラムマガジンを装備したU.S. AS12を両手に持ち濃密な弾幕を加える。

 

「キモイんだよ!!クソッタレが!!」

 

己の体を盾代わりにして敵を撃ち払う兵士達を誤射しないよう注意しつつも上下左右に激しく銃口を動かして銃列の隙間から正確無比な射撃で魔物の眉間を撃ち抜き、一撃必殺で次々と魔物を撃ち殺していくカズヤ。

 

これまでの訓練に因るものか、はたまた能力の補正に因るものか、気が付けば誰よりも多くの魔物を屠っていた。

 

「終わったか?……いや、まだか」

 

穴だらけになって紫色の毒々しい体液をぶちまけた目標群が全て沈黙するのと同時に銃声が鳴り止む。

 

カンッ、カランッと最後に排莢された薬莢が床に落ち転がる音を耳にし、辺りに漂う火薬臭い煙を吸いながらそう呟いたカズヤ。

 

しかし、先程の銃声で招き寄せてしまったであろう敵のドスドスという足音を確認するとマイクロ・タボールの本体から空になったマガジンを手早く引き抜き腰に提げているダンプポーチに捩じ込む。

 

そして、新たなマガジンをタクティカルベルトのマガジンポーチから引き抜き装填するとコッキングレバーを引いて戦闘準備を整えた。

 

「チィ、蜘蛛のお次はゴリラかよッ!!」

 

無数の弾痕が穿たれ魔物の死骸が転がる廊下の先にある曲がり角。

 

そこからぬっと現れたのは6本の腕を持つ灰色のゴリラもどきの魔物だった。

 

爛々と赤く輝く瞳には殺意が宿り、6本の腕はドラミングを繰り返してカズヤ達を威圧する。

 

「ぶちかませ!!」

 

カズヤ達の一斉射撃と魔物が駆け出すのはほぼ同時だった。

 

「なっ!!効いてないだと!?」

 

銃撃を開始した直後、ある事実に気が付いたカズヤは思わずマイクロ・タボールの引き金から人差し指を離していた。

 

その事実とは撃ち出された5.56x45mm NATO弾や散弾が迫り来る魔物の4本の副腕によって悉く弾かれている事であった。

 

「――思い出した!!カズヤ様!!あの魔物は肉体の一部を硬化する能力を持っています!!小口径の弾では殺せません!!」

 

魔物が自身の体を守る盾代わりとして前に出した4本の副腕に命中した5.56x45mm NATO弾や散弾がチュンッ、チュンッ、と金属に当たった時のような甲高い音を響かせ弾かれるのを見たセリシアが記憶の底から魔物の情報を呼び起こし叫んだ。

 

「ならセリシア!!お前達の出番だ!!」

 

「ハッ、お任せを!!ゾーラとジルは牽制射!!アレクシアは奴を仕留めなさい!!他の者は引き続き周辺警戒!!カズヤ様の御前です、不様な真似は許しませんよ!!」

 

現有兵器では対峙している魔物に不利を強いられるためカズヤはメイド衆や護衛部隊と共に後ろに下がり、代わりに対魔物戦ではかなりの経験を誇る7聖女がセリシアの指示で前に出る。

 

「「御意ッ!!」」

 

指名を受けたゾーラとジルは手に握る大鎌の切っ先を床に突き刺し大鎌を固定する。

 

そして、2人が狙いを定めるような行動を取った次の瞬間、大鎌の柄の先端が火を噴いた。

 

「ッ!?おいおい、そんなのアリかよ……!!」

 

火を噴いた大鎌をよくよく見たカズヤは、彼女らが携える大鎌が実はボルトアクション方式の単発式対戦車ライフルであるデグチャレフPTRD1941に鎌の刃を付けただけの物である事に気が付くと苦笑気味に感嘆の声を漏らした。

 

「主に逆らい牙を剥く大罪、万死に値する。死ね」

 

実用性を欠くような魔改造をされたPTRD1941に見とれていたカズヤはゾッとするような冷酷な声に釣られ前を見る。

 

するとそこではゾーラとジルが放った14.5x114mm弾によって副腕を2本吹き飛ばされた魔物に肉薄し、命を刈り取らんと大鎌を振りかざしたアレクシアの姿があった。

 

「あっ!!バカ!!この狭い空間でそんな大鎌を振りかざしたらっ!!」

 

アレクシアの行動がとんでもない悪手に繋がる事を幻視したカズヤは咄嗟に叫んだ。

 

そして、カズヤが危惧した通りにアレクシアの大鎌は魔物を切り裂く前に廊下の壁に深々と突き刺さる。

 

「――フンッ!!」

 

「なっ!?」

 

大鎌が壁に突き刺さった事で身動きが取れなくなったように見えたアレクシアを援護しようとマイクロ・タボールを構えたカズヤの視線の先で信じられない事が起きた。

 

スラリとした細腕に力を込めたアレクシアが壁に刺さった大鎌を強引に振り抜き、壁ごと魔物の体を両断したのだ。

 

魔物がアレクシアの攻撃を防ぐため丸太のように太い主腕と副腕を鋼のように硬化し防御を固めていたにも関わらず。

 

「なんつー怪力……」

 

大鎌を軽く振るって刃に付いた血をピッと払い、堂々とした足取りで戻ってくるアレクシアの姿を見てカズヤは小さくそう漏らした。

 

「3人ともよくやったな」

 

「ハ、ハッ!!ありがたきお言葉!!」

 

「声を、声を掛けて頂いた……直接私に……」

 

「〜〜〜ッ!!」

 

魔物を倒し終え、そそくさと元居た立ち位置に戻ろうとする3人にカズヤが労いの声を掛けると当の3人は過剰なまでの反応を示し、果ては夢心地でトリップしていた。

 

こう言っちゃなんだが……面白いな。

 

「閣下、この場の制圧は完了したかと。先を急ぎましょう」

 

3人が示した反応をカズヤが面白がっていると護衛部隊の隊長がカズヤに声を掛け、先を促す。

 

「ん、あぁ、そうだな。先を急ぐ――いや、その前にちょっと準備を……っと」

 

自身が敵意を持つ相手と直接相対した際に『戦闘中』となり召喚能力が使えなくなる為、カズヤは先を急ぐ前に退路確保の一環として武器や資材を召喚する。

 

任意の場所にコンクリートブロックと土嚢を積み上げた状態で召喚し、エレベーター前ホールに簡易の防御陣地を構築。

 

更にストッピングパワーや信頼性に秀でるブローニングM2重機関銃を4丁搭載したM45四連装対空機関銃架と電源装置を防御陣地の真ん中に追加で召喚し防御態勢を整えた。

 

「一個分隊はここに置いていく。唯一の帰り道を奪われたり塞がれたりしたらかなわんからな」

 

「了解です。第3分隊はここで待機、退路の確保にあたれ」

 

「「了解」」

 

「よし、先を急ご――また何か来たな」

 

この音、まさか……。

 

退路の心配を無くしたカズヤは先を急ごうとしたが、進行方向から機械音が近付いて来るのに気が付くと念のため機械音がする方へ銃口を向け待ち伏せの態勢をとった。

 

「やっぱりか」

 

複数のライトに照らされ暗闇から現れたのは敵では無かった。

 

12.7x99mm NATO弾に近い射程と威力が発揮できる338ノルママグナム弾を使用する次世代機関銃のLWMMG(軽量中機関銃)を背に乗せた4足歩行型の強行偵察用ロボット――ハウンドドッグであった。

 

元は輸送用ロボットのビッグドッグを改造し作成されたハウンドドッグは搭載する15馬力の2ストローク単気筒ガソリンエンジンで油圧ポンプを毎分9000回転で駆動し、それにより作られた油圧で各4本の足――合計16本の油圧アクチュエータを作動させ、驚くほどスムーズな動きでカズヤの元に歩み寄る。

 

「えーと、まさか……千代田か?」

 

『そうです、マスター。貴方の千代田です』

 

目前で停止したハウンドドッグの顔にあたる部分にある液晶画面にカズヤが語りかけると、画面上に怒った顔の千代田が映し出される。

 

あらら……この顔は何から何まで全部バレてるな。まぁ、パラベラムの防衛システムや監視システムを千代田が全て掌握してるから当然と言えば当然か。

 

何しろ軍用の無人偵察機はもちろん、試作途中だったり試験運用中だったりする昆虫型ドローンまで飛ばして国内で起きた全ての事を把握しているぐらいだからな。

 

……俺が履いているパンツの柄や色まで言い当てた時は、千代田の情報収集能力に肝を冷やしたが。

 

「えーっと……千代田、怒ってる……?」

 

画面に映る千代田の表情から、自分の所業が全てバレている事を一瞬で悟ったカズヤは恐る恐る千代田に問い掛けた。

 

『はぁ……本来であれば今すぐに何故、増援を呼ばなかったのか。そもそもどうしてご自身で危険な場所に赴いたのか。等々、言いたい事が山ほどあるのですが、それはまた後で。この先にいる生存者が死にかけています。お救いになられるのであればお急ぎを』

「っ!?それは不味いな。千代田、案内を頼む」

 

『ハッ。では、こちらへ』

 

踵を返したハウンドドッグの後ろに続いて、カズヤ達はA−1フロアの奥へと進み出す。

 

「――ところで千代。千歳はこの事を……」

 

目的地への移動中、この一件が露呈すれば何かと不味いカズヤは声を潜めつつプライベートな呼び名を使って千代田に声を掛ける。

 

『ご安心を“まだ”言っていません』

 

「……良かった」

 

時間が経ってからならまだしも、この件が今すぐ千歳にバレるのは不味い。

 

最近特に過保護になってきているし。

 

その点、千代はまだ寛容さがあるからバレても大丈夫だが。

 

『マスター、お間違えなく。“まだ”ですから。しかし――この一件が姉様の耳に入ればマスターは最早どこにも行けなくなりますね。最悪本土の地下にでも軟禁されるのでは?』

 

画面に映る千代田が、にっこりとワライながらカズヤの内心を見透かしたように言った。

 

「……こんな時になんだが、千代。何か欲しいモノは無いか?」

 

『では、マスターの次の休日でも頂きましょうか。そうすれば私の口も重くなるかと』

 

「それで、お願いします」

 

自身を取り巻く情勢の悪化で千歳による軟禁もしくは監禁が現実味を帯びてきている中で、最悪の未来を防ぐためカズヤは千代田の遠回しな催促に自分の時間を差し出すのだった。

 

 

 

「軍曹ッ!!もう少しです!!もう少しすれば必ず助けが来ます!!あと少しの辛抱です!!耐えて下さい!!」

 

「ハァ……ハァ……無理だ。俺はもう……助からん…手遅れ…だ。両足が無くなって、土手っ腹にも……こんな、こんな大穴が開いて……血が……目も、もう掠れて……見え……」

 

第5研究室の室内で若い警備兵が中年の警備兵を必死に励ましていた。

 

中年の警備兵は膝から下を失い更に左の脇腹を大きく欠損し、生きているのが不思議なぐらい瀕死の状態であり最早幾ばくの猶予も残されていなかった。

 

「しっかりして下さい、軍曹!!治癒魔法が使える衛生兵が来れば絶対助かりますから!!」

 

「ハァ、ハァ、寒い、体が……凍えて……寒い、さむ…い……」

 

血を流し過ぎたせいで体温が下がり、ガタガタと震える中年の警備兵。

 

その顔には逃れられぬ運命を示すように、くっきりと死相が浮かんでいた。

 

「軍曹ッ!?しっかり!!あんな綺麗な奥さんと可愛い娘さんを残して逝くつもりですか!!死んじゃだめです!!」

 

「頼む……つ、妻と娘に……愛していると、伝えて……」

 

「――それぐらい自分の口で言え」

 

ここに至ってどうやっても免れぬ死を覚悟し、最後に愛する者への伝言を頼もうとする中年の警備兵に横から声が掛けられる。

 

「救援かっ!?――か、閣下!?」

 

まさか救援の中に国家元首が混じっているなど思ってもみなかった若い警備兵はカズヤの顔を見るなり目を剥いたのだった。

 

ギリギリセーフか。間に合って良かった。

 

尊い命の灯火が消える直前に第5研究室へと到着したカズヤは、僅かな安堵と共に瀕死状態の中年警備兵に右手を翳す。

 

完全治癒能力が発動し翳されたカズヤの右手が仄かな光を放つと同時に中年警備兵の左の脇腹と両足が再生を始めた。

 

「あ……ぁ、う……す、すごい……元通りだ」

 

まるで逆再生をしているかのように肉体が元に戻り、死の危機を脱した中年警備兵は青白い顔で自分の脇腹や両足を擦っていた。

 

「よし、もう体は大丈夫だ。しかし、失われた血液まではどうにもならん。早く下がって輸血を受けろ。退路は確保してある」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

貧血で足元が覚束ない中年警備兵は若い警備兵に肩を支えられながらカズヤに礼を言うと他の生存者と共に第5研究室を出ていった。

 

「さて、後は被検体保管庫だな」

 

第5研究室の生存者を救出したカズヤは護衛達と共にA―1フロアの最深部にある被検体保管庫へと向かった。

 



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24

ちょっとした野球場ほどの広さがあり、碁盤の目状に無数の檻や生体ポッドが並ぶ被検体保管庫の暗闇の中でガサガサ、ゴソゴソと無数の蠢く音が妙に大きく響いた。

 

「あららら……やっぱりここに保管されていた被検体の魔物は全部脱走してしまったみたいだな……しかし、奴ら一向に襲って来ないな」

 

視界に入る全ての檻や生体ポッドの円柱フラスコが内側から破壊されているのを確認したカズヤが暗闇の中から殺気に満ちた眼差しでこちらを見詰める存在に注意を払いながらそう呟くと、その呟きに得物を構え臨戦態勢を取るセリシアとアデルが答える。

 

「はい。それにライトの光に照らされた魔物が直情的に襲って来ず、機械的に暗闇へ逃げる辺りを見ると統率が取れています」

 

「もしかするとリーダーやボスのような存在でもいるのかもしれないな」

 

「さぁ、どうだろうな。だが、襲って来ないのなら好都合だ。生存者を救出してさっさと脱出しよう。この数を正面から相手にするのは流石に骨が折れる」

 

「そうですね」

 

「そうだな」

 

セリシアやアデルと小声で言葉を交わしながらカズヤは被検体保管庫の奥へと歩みを進めた。

 

「閣下。この障害物の向こう側、15メートル先にある中央制御室に生存者の反応が固まっています」

 

「よし。魔物共の気が変わらないうちに生存者を救い出すぞ」

 

「「「「了解」」」」

 

護衛部隊の隊長の言葉に頷いたカズヤは障害物を乗り越え、檻と檻との間にある細い通路を足早に通り抜ける。

 

すると、カズヤ達の移動に合わせるように暗闇の中で魔物の蠢く音が数を増しながら一緒に付いて来た。

 

……包囲網を固めている?これは知恵の回る奴がいるな。

 

はぁ……この様子だとどのみち一戦は交えないと駄目そうだな。

 

移動している最中、暗闇を利用し機会を伺う魔物の群れとの戦闘が回避出来そうに無い事をカズヤは早々に悟っていた。

 

「あれか、生存者がいる中央制御室は」

 

無数の檻を並べて形作られた碁盤の目状の通路を抜けた先に広がる広場。

 

その中心には被検体保管庫の管理を行う中央制御室があった。

 

「なぁ、カズヤ。これは罠の匂いがプンプンしないか?」

 

「分かってる。だが、それでも行くしかないだろ。生存者を見捨てるという選択肢は無いんだから……前進」

 

電気の消えた中央制御室に灯る懐中電灯の光源を確認したカズヤはアデルの進言を切って捨てると、マイクロ・タボールを構え警戒を怠る事なくゆっくりと前進する。

 

だが、アデルの言葉が正しかった事を示すようにカズヤ達が一歩進む度に魔物達が発する不気味な吐息や耳障りな足音の音量が増していく。

 

「――っ!?」

 

そして、プレッシャーを掛けてくる魔物に対し神経を尖らせるカズヤが中央制御室まで残り5メートルの位置にまで近付いた時だった。

 

バンッ!!と中央制御室の窓の内側に血塗れの手が叩き付けられたかと思うと窓の下から壮絶な表情を浮かべた科学者が現れた。

 

「く……るな……罠…だ……逃…げろッ!!」

 

『マスター!!お下がり下さい!!』

 

科学者が震える手で窓を開け力の限り叫んだ直後、千代田の警告を発する声と同時に中央制御室がまるで紙細工のように押し潰された。

 

「こンのッ!!よくもやってくれたなクソ野郎ッ!!」

 

あと少しで助けられたはずの生存者を目の前で圧殺されたカズヤはギリリッと歯を食いしばりながら、生存者を圧殺した下手人へ怨みの籠った視線を向ける。

 

顔のパーツが無いのっぺりとした頭部を持つ人型で体長が約2メートルほどあり、筋肉質の体が濃紺の皮膚に覆われ、背中から無数の触手を生やした生物。

 

それが中央制御室を押し潰し被検体保管庫にいた生存者を圧殺した下手人の姿であった。

 

「閣下!!全生存者のバイタルが消失しました!!』

 

「全方位より敵接近!!」

 

「っ!!各自発砲自由!!各個に応戦しつつ後退せよ!!ここから脱出するぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

中央制御室を押し潰した後、こちらを伺うように佇む顔無しに対し、怒りに任せて発砲しようとしていたカズヤだが、救出すべき生存者を失った事や辺りを取り囲んでいた魔物の動きが顔無しの登場を皮切りに一変した状況を鑑み、報復を諦めて撤退を決断し即座に行動に移った。

 

しかし、逃げ出すカズヤ達を逃がすまいと魔物の群れが一気に押し寄せる。

 

「千代田は退路のナビゲーションを!!セリシアとアデルは7聖女と一緒に殿を頼む!!」

 

『ハッ、了解しました』

 

マイクロ・タボールで戦闘に参加しつつ指揮を行うカズヤの命を受け、千代田が操作する強行偵察用ロボットのハウンドドッグが先頭に立ち、搭載する次世代機関銃のLWMMGから338ノルママグナム弾をばらまいて、有象無象の魔物を引き裂き退路を強引に切り開く。

 

「承知致しました。後ろはお任せを」

 

「了解だ」

 

また美しい薔薇と一緒で可憐な姿に似合わず恐ろしい棘を持つセリシアやアデル、そして7聖女の面々が各々の得物を振るい追い縋る魔物を悉く解体し肉塊へと処理していく。

 

そして一個小隊程度の人数しか居ないにも関わらず、そんじょそこらの一個大隊よりも強力で苛烈な戦力を保有するカズヤの一行は津波のように攻め来る魔物の群れを易々と退けつつ、被検体保管庫の出口へと急いだ。

 

「閣下!!出口が魔物の死骸で埋め尽くされていきます!!このままでは!!」

 

向かって来る魔物を撃滅し被検体保管庫の出口にカズヤ達が辿り着いた時だった。

 

被検体保管庫の出口で待ち伏せていた魔物の壁を排除すべく、M16用の100発入りドラムマガジンを装填したタボールTAR-21で5.56x45mm NATO弾を撃ちまくっていた護衛部隊の隊長が、殺した魔物の死骸で逆に出口が封鎖されていく事に気が付き慌ててカズヤに指示を求めた。

 

「えぇい、少々危険だがしょうがない!!GTAR-21の40mm擲弾で纏めて凪ぎ払え!!」

 

あと少し、出口を目前にして手間取り密集状態での戦闘を強いられていたカズヤはGTAR-21(グレネードランチャー・タボール)M203グレネードランチャーを取り付けたTAR-21による40mm擲弾の攻撃で死骸を吹き飛ばせという指示を出した。

 

「「了解!!」」

 

命令を受け、直ぐ様GTAR-21を装備する数名の兵士がM203の引き金を引く。

 

ポンッという軽い発射音と共に打ち出された40mm擲弾は着弾と同時に出口に積み重なっていた魔物の死骸や生きている魔物を火炎と爆風の嵐で纏めて吹き飛ばし、退路をあっさりと切り開いた。

 

「退路の確保完了!!」

 

「よし、全員撤退す――」

 

爆風の余波を浴びつつも退路の確保に成功した事でカズヤ達の警戒心が僅かに薄れた瞬間を狙い、それは起きた。

 

「危ないッ!!」

 

撤退指示を遮るかのように発せられたアレクシアの鋭い声と同時にドスドスドスッという重い音が響き、次いでカズヤの顔に滑りのある液体が付着する。

 

「――……ッ!?」

 

反射的に目を瞑ってしまったカズヤは顔に付着した液体を手で拭い、その妙に鉄臭く暖かい謎の液体が血液だと認識すると驚愕して視線を前に向ける。

 

「ゴプッ、ご無事……ですか?」

 

そこにはまるで杭のような骨に全身を串刺しにされ、口から血を溢すアレクシアがいた。

 

しかも視界を左右に振るとアレクシア以外の7聖女も皆、カズヤを庇う形で骨に串刺しにされていた。

 

「お前……達?」

 

「……良かった……貴方様が……ご無事……で」

 

その身を骨で串刺しにされているにも関わらず、カズヤが無事だと分かると7聖女は満足気な笑みを浮かべる。

 

そして次の瞬間、皆が示し合わせたかのように一斉に力尽き床に崩れ落ちた。

 

力なく床に横たわる7聖女の身体からは赤い血が池のように広がり始めていた。

 

「セリシア!!アデル!!」

 

自身の盾となり負傷した7聖女を救うため、カズヤは完全治癒能力を発動しつつ叫んだ。

 

「分かっております!!」

 

「了解!!」

 

呼び掛けに込められたカズヤの意思を汲み取ったセリシアとアデルは邪魔な魔物の群れを片手間に潰し、7聖女を串刺しにした骨を触手の先から射出した顔無しに向け猛然と駆け出す。

 

「もっと撃ってご覧なさいな!!」

 

「遅い!!」

 

接近前に撃ち殺してしまえと言わんばかりに機関銃のような早さで次々と骨を射出する顔無しに対し、セリシアは魔力障壁を張って飛んでくる骨を弾き、アデルはその身体能力を生かして骨を避けつつ肉薄する。

 

「ハラワタを――」

 

「ぶちまけろッ!!」

 

顔無しの攻撃を凌ぎ切ったセリシアとアデルはタイミングを合わせ、杖の打撃と剣の斬撃を左右から同時に人型の体へ叩き込む。

 

『クケェッ!?』

 

のっぺりとした顔に隠されていた不気味な口をガバッと開き、まるで屠殺された鶏のような悲鳴を上げ顔無しが吹っ飛んでいく。

 

「……浅い」

 

「あぁ、急所は外したな」

 

「でも、アデル。深追いはせずにカズヤ様の元へすぐ戻りましょう」

 

「そうだな。……被検体保管庫の壁に穴を開けてしまった事だしな」

 

吹き飛んだ顔無しが被検体保管庫の壁にぶつかり穴を開けた事で大量の海水が保管庫内へと流入し始めているのを冷や汗を流しながら眺めていたセリシアとアデルは顔を見合わせると踵を返してカズヤの元に急いだ。

 

「……しかし、妙です。あんな人型の魔物……あんな被検体は居なかったはず」

 

カズヤの元に急ぐ途中、セリシアは隣で走るアデルに聞こえないほど小さな声で、そう呟いたのだった。

 

 

 

「……やれやれ、どうにかなったな」

 

下層第3ブロックのA−1フロアから逃げ出す事に成功したカズヤはそう呟くと、下層ブロックの海没処分により封鎖されたエレベーターを何となく眺めていた。

 

事後処理を行うためセリシアやアデルは側を離れており、また完全治癒能力で回復したものの念のため医療設備の整った本土の病院へ搬送された7聖女もおらず、そして護衛部隊も帰りの手筈を整えるため姿を消していたため、カズヤの周りにいるのはメイド衆だけであった。

 

「帰るか……っと」

 

「どうぞ、私の肩をお使い下さい。ご主人様」

 

「悪い」

 

感傷に浸るのを止めて帰ろうとし、足元がふらついたカズヤをメイド衆のルミナスがすかさず支える。

 

即座に動いたルミナスの働きにより、その場にいた他のメイド衆がカズヤの変調に気が付く事は無かった。

 

「ご主人様。今のご気分や体調はいかがですか?」

 

ルミナスの小声に対し、カズヤも小さな声で答える。

 

「軽い頭痛と倦怠感があるな」

 

イリスの負の魔力に侵されているにも関わらず、医師やルミナスが取り決めた使用回数を超過して魔力を多用する完全治癒能力を使った事でカズヤの身体には軽い異常が現れていた。

 

「やはり……能力の使い過ぎによる異常かと。ご主人様、このままではお身体が……」

 

「しかしな、使い惜しみをする訳にもいかんだろ。何せ人の命が掛かっているんだから」

 

「ご自愛下さいませ。ご主人様の代わりなど居ないのですから」

 

「それを言ったら皆の代わりも居ないだろ」

 

「……」

 

「分かった、分かった。そう怖い顔で睨むな。綺麗な顔が台無しだ」

 

話を堂々巡りにして煙に巻こうとしたカズヤは、怒った顔で睨んでくるルミナスに降伏した。

 

「……さてと、これから本土に帰って明日の会議の準備やら色々な根回しやらをしないとな」

 

カズヤはそう溢すと英気を養うためルミナスの肩に少しだけ寄り掛かる強さを強めたのだった。



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番外編 海軍回

この話は本作品の三周年記念&感謝の番外編となっています。

また、この話を時系列的に言うと第1章6話頃(カズヤが後にパラベラムの本土となる島を要塞化した直後。軍備を整えている間)のお話となっています。

最後に、この話は時間が出来たら本編の方に捩じ込む予定です。



とある無人島がカズヤの手によって僅か1日で要塞化され、召喚された多くの将兵が本拠地となったそこで暮らし始めてから2週間。

 

「すげぇ……やっぱすげぇ……」

 

本拠地周辺の島々にも手を加えるため大和型戦艦一番艦の『大和』に乗艦し移動中のカズヤは感嘆の声を漏らし続けていた。

 

「ご主人様、少しは落ち着いて下さい」

 

「いや千歳。そう言われてもな、ミリオタな俺にとってはこの艦に乗るっていうのが実現不可能な夢だったんだよ」

 

「お気持ちは分かりましたが……兵達の視線もありますので」

 

夢にまで見た大和の艦内を隅々まで探検し、はしゃいでいたカズヤに千歳が困ったように言う。

 

しかし、その言葉に反して千歳の表情に怒りや呆れという感情は一切なく、それどころか慈愛に満ちていた。

 

まだ、高校生の年頃ですから当然ですが……こう……無邪気な子供のように振る舞われるご主人様も、イイ。

 

そんな事を考え、だらしない笑みを浮かべながらカズヤの背後で溢れそうになった涎を拭ぐう千歳。

 

「ん?どうかしたか?」

 

「いえ、何も。それよりご主人様。そろそろ艦橋の方へ戻りましょう」

 

ゾクリと悪寒のようなモノを感じ取ったカズヤが振り返った瞬間、千歳は浮かべていただらしない笑みを消し去り、さも何も無かったかのようにそう言うとカズヤを艦橋に戻るよう促す。

 

「そうだな……艦内は殆ど見たし、戻るか」

 

かなりの時間、艦内を探検していたカズヤは千歳の言葉に素直に従うと『大和』の第1艦橋へと向かった。

 

「――お帰りなさいませ、閣下。『大和』の艦内はいかがでしたか?」

 

エレベーターで第1艦橋を上がり艦内探検のスタート地点である航海艦橋に戻ってきたカズヤを『大和』の艦長である有賀大佐が出迎えた。

 

「最ッッッ高だった。その一言しかない」

 

「ハハッ、それは良かった」

 

満面の笑みでサムズアップまでして見せたカズヤの反応に有賀大佐は壮年の厳つい顔を破顔させる。

 

「艦自体の造形もそうだが、あの3基9門の46センチ砲には惚れ惚れした。それに15万3553馬力を捻り出すロ号艦本式缶12缶と艦本式タービン4基4軸の騒音が轟く機関室は最高に痺れた。甲板に並ぶ高角砲や機銃にも心踊ったし、他にも口には言い表せない程の見所があったが――っと、そう言えば目的地まであとどのくらいだ?」

 

「およそ30分といったところでしょうか」

 

ミリオタの性とでも言うべきか、危うく語り出しそうになったが寸での所で我に返ったカズヤの問い掛けに時計をサッと一瞥した有賀大佐が答える。

 

「30分か……なら、後は野戦艦橋に上がって大人しく他の艦を眺めるか」

 

時間があればまた艦内探検に出掛けようと目論んでいたカズヤだったが、目的地に到着するまで残り30分と言われたため眺めのいい野戦艦橋で大人しくしている事を選び、千歳と共に野戦艦橋へ移動すると『大和』を中心にして輪形陣で布陣する艦艇に視線を送った。

 

「しかし、壮観だな。こんな光景を眺める事が出来るなんて夢みたいだ」

 

「この光景は紛れもなく現実です。加えて言うならば、あれらは全てご主人様の船です」

 

「自分で召喚しておいてなんなんだが……信じられないな」

 

海風に吹かれながら千歳と言葉を交わすカズヤは周囲に浮かぶ大小様々な15隻の艦艇をじっくりと眺めていく。

 

世界最大の艦砲を有する戦艦の2番艦で、史実ではレイテ沖海戦において推定雷撃20本、爆弾17発、至近弾20発以上という猛攻撃を受けた戦歴を誇る大和型戦艦『武蔵』

 

大日本帝国海軍の象徴で、また奇遇にもカズヤの姓と同じであり、日・米・英の41cm砲を搭載する7隻の戦艦、通称ビッグ7の内の栄えある1隻である長門型戦艦『長門』

 

改装により九三式61㎝酸素魚雷の四連装発射管10基を搭載し重雷装艦として生まれ変わった球磨型軽巡洋艦『北上』『大井』

 

対空火器を満載し防空巡洋艦として知られるアメリカ海軍のアトランタ級軽巡洋艦『アトランタ』『ジュノー』

 

大日本帝国海軍の並み居る駆逐艦の中で最速を誇る俊足艦の島風型駆逐艦『島風』

 

大日本帝国海軍の中では珍しく対空戦闘用に建造された秋月型駆逐艦『秋月』『照月』『涼月』

 

戦中に呉の雪風、佐世保の時雨と謳われた幸運艦である陽炎型8番艦の『雪風』と白露型駆逐艦2番艦の『時雨』

 

歴史史上最も多く発注され1942年から1944年にかけて175隻が建造されたアメリカ海軍のフレッチャー級駆逐艦『フレッチャー』『ラドフォード』『ジェンキンス』

 

「何度見ても……いいな……」

 

15隻の艦艇はカズヤの熱い眼差しを浴びながら異世界の大海原を堂々と航行していた。

 

「こんな光景が見れたんだ……こう言ってはなんだが、死んだ甲斐が――」

 

陶酔感に包まれたカズヤが夢心地で、そう呟きかけた時だった。

 

『閣下!!大変です!!先行し海洋調査と測量を行っていた特務艦の『宗谷』と測量艦の『筑紫』より、正体不明の大型生物から攻撃を受けているとの至急電が入りました!!』

 

「何だと!?」

 

伝声管を伝ってきた有賀艦長の緊迫した声でカズヤの意識が一気に張り詰める。

 

『いかがいたしますか!?』

 

「決まっているだろう!!総員第1種戦闘配置!!我が艦隊、第1艦隊は『宗谷』と『筑紫』の救援に向かう!!」

 

『了解!!』

 

「ご主人様。ここでは状況が分かりにくいですから航海艦橋に戻りましょう」

 

「あぁ、そうだな」

 

千歳に促されカズヤは緊急事態に対応するため急いで航海艦橋へと向かった。

 

「状況は!?」

 

カズヤが千歳と共に航海艦橋に飛び込むと既に艦長以下の艦橋要員達が戦闘配置に就いていた。

 

「ハッ、我が艦隊より50キロ離れた海域で任務についていた『宗谷』と『筑紫』が突如出現した正体不明生物と会敵のち交戦し一時撃退に成功するものの、依然として正体不明生物の追尾を受けているため我々との合流を目指して航行中です。なお現時点では両艦の損害は皆無だと。また先程『宗谷』よりもたらされた報告によりますと正体不明の大型生物は軟体動物のタコによく似た姿形をしているとのことです」

 

「タコ。ということは、まさか……」

 

いきなり海の化物の代名詞が、ご登場かよ。

 

敵の正体を予想したカズヤは、静かに闘争心を燃え上がらせる。

 

「はい。『宗谷』と『筑紫』を襲っている正体不明の大型生物は我々船乗りの間で語り継がれてきた伝説の化物――クラーケンかと」

 

カズヤが人知れず闘争心を燃やす一方で、有賀艦長の言葉を切っ掛けに航海艦橋内は騒然となる。

 

「やはり……クラーケンなのか……」

 

「まさか、そんな化物とも戦う事になるとは……」

 

「そもそも、我々の兵器はクラーケンに通じるのか?」

 

「いくら我々でも、相手は伝説の化物。些か部が悪いのでは?」

 

「静まれッ!!」

 

未知なる相手との予期せぬ遭遇にざわつき、臆病風に吹かれつつあった兵士達を一喝したのは怒気をみなぎらせた千歳だった。

 

「貴様らそれでもご主人様の配下たる軍人かッ!!情けない!!敵が伝説の化物だったらどうした!!クラーケンだろうが、何だろうが、ご主人様の邪魔をするのであれば排除するのみ!!忘れるな、我々の存在理由にして存在価値はご主人様に従属し奉仕する事だ!!」

 

「「「「ハ、ハッ!!失礼いたしました!!」」」」

 

怒号混じりの一喝があまりにも恐ろしかったのか、カズヤと有賀艦長を除いた全員が千歳に向かって最敬礼をしていた。

 

「ではご主人様、どうぞ」

 

クラーケンに対する恐怖心を抱きかけていた兵士達の心を、更なる恐怖心で上書きし場を整えた千歳がカズヤに訓示を促す。

 

「ん。ありがとう、千歳。――皆聞いてくれ。我々の敵は恐らくクラーケンだろう。本来であれば戦闘を回避し触らぬ神に祟り無し……と決め込みたい所だが、あろうことかクラーケンは『宗谷』と『筑紫』の2隻、引いては俺達の仲間を襲っている。これを見過ごす事は絶対に出来ない。仲間は何がなんでも助ける、絶対に見捨てない。甘いと言われようが、指揮官失格と言われようが、それが俺の譲れない信条だ。だが、俺1人の力なんてたかが知れている。だから頼む。俺に皆の力を貸してくれ。皆の力があれば化物だろうがクラーケンだろうが必ず倒せる!!俺達の仲間を襲うクソッタレをぶちのめし『宗谷』と『筑紫』を救い出そうじゃないか!!」

「「「「おおおおぉぉぉぉーーー!!」」」」

 

将兵を第1に考えるカズヤの訓示に兵士達がいきり立ち、か細く弱々しかった闘志をゴウゴウと燃えたぎらせる。

 

「……これで良かったかな?」

 

「ご立派でしたよ。ご主人様」

 

迷いつつも、自分の想いを訓示として口にしたカズヤに千歳が労いの言葉を掛けた。

 

「世辞はよしてくれ、千歳。しかし、こういう形式的な訓示はいつまでたっても慣れない」

 

「これから馴れていけばよいのです」

 

「そうだな。――……あぁ、そうだ。千歳、本拠地にいる伊吹と置いてきた空母群に連絡して航空支援を要請しておいてくれ」

 

「ハッ、既に現状報告を含め、航空支援の手配は完了しています」

 

「いつの間に……千歳はいつも仕事が早いな」

 

「ご主人様の副官ならば、この程度は当然です」

 

カズヤの感心したような言葉に千歳は誇らしげに微笑む。

 

「なら、あとはクラーケンとの会敵を待つだけだな」

 

「はい」

 

戦いの準備を終えたカズヤ達は一路、『宗谷』と『筑紫』との合流を目指して急いだ。

 

 

 

「発艦した観測機より入電!!爆撃の効果なし、目標健在なり。これより弾着観測の任に専念す」

 

輪形陣から複列縦陣へと艦隊陣形を変更して航行中の『大和』に報告が入ったのは、クラーケンに追われ救援を求める『宗谷』と『筑紫』との距離が残り38キロを切った時だった。

 

『大和』『武蔵』『長門』の3艦から火薬式のカタパルトで打ち出され発艦した艦載機――零式水上偵察機や零式水上観測機からなる20機の航空部隊は急遽搭載した60キロ爆弾や250キロ爆弾を目標上空で投下。

 

『宗谷』と『筑紫』からクラーケンを引き離し、あわよくばダメージを与えようとした。

 

しかし、当のクラーケンは爆撃を受けても無反応を貫き不気味な沈黙を保ったまま『宗谷』と『筑紫』の後方を泳ぎ続けていた。

 

「二二号電探に感あり!!『宗谷』及び『筑紫』の艦影を捉えました!!」

 

航空部隊の嫌がらせ攻撃から少しして『大和』に搭載されている二二号電探が『宗谷』と『筑紫』の反応をキャッチすると今度は電探手の報告が入る。

 

そろそろ『大和』や『武蔵』の主砲の有効射程にも届こうかという時点での、その報告はカズヤ達を一安心させるものであった。

 

「……って、あれ?反応が1つ消えた……」

 

しかし、その直後恐れていた事態がついに発生してしまう。

 

「どうした?」

 

航海艦橋から戦闘指揮所へと移動して状況の成り行きを見守っていたカズヤは、戸惑った声を漏らした電探手に声を掛けた。

 

「いえ、それが……『筑紫』と思われる反応が一瞬で消えてしまいました……」

 

……まさか。

 

電探手の報告を耳にしたカズヤの脳裏に最悪の事態が過る。

 

「報告します!!つ、『筑紫』が撃沈されました!!急速接近したクラーケンに海底へ引きずり込まれた模様!!」

 

果たして、カズヤの脳裏を過った最悪の事態は伝令の口によって現実のモノとなる。

 

日本海軍初の測量専門の艦として計画され、前線での単独強行測量を想定して海防艦に準じた兵装や形状を持ち、最終的には純粋な測量艦として計画された唯一の艦である『筑紫』は『大和』から31キロ離れた地点で船体にまとわりついた鉤爪付きの触手の締め付けによって船体を真っ二つにへし折られ、固有乗員128名に加えて乗り合わせていた水路部員65名の計193名と共に暗く冷たい海底に引きずり込まれて行き、結果としてカズヤが召喚した艦艇の中で初の喪失艦となってしまったのだった。

 

「間に合わなかった……ッ!!」

 

「「「「……」」」」

 

俯きながら肩を震わせギリリッと拳を握りしめるカズヤの姿に、その場にいた誰もが声を掛ける事を躊躇する。

 

しかし、カズヤが無力感と悲しみに囚われている暇は無かった。

 

「観測機より入電!!潜行したクラーケンが浮上し『宗谷』に取り付きました!!」

 

『筑紫』を沈めたクラーケンが次なる獲物として『宗谷』に照準を定めたという報告が舞い込んだからである。

 

クラーケンの魔手に絡め取られた『宗谷』は搭載している高角砲や機銃、果ては小銃まで動員し乗員総出で抵抗を続けるが、クラーケンにとって痛くも痒くもない抵抗は所詮無駄な抵抗でしかなかった。

 

「――主砲撃ち方用意!!目標、『宗谷』!!」

 

『筑紫』の二の舞だけは避けるという決意を瞳に秘めたカズヤは躊躇なくそう言い放つ。

 

「ご主人様!?」

 

「閣下!?」

 

あろうことか味方への砲撃を命じられた千歳や有賀艦長は目を剥いて驚く。

 

「復唱はどうした?命令が聞こえなかったのか?」

 

「閣下、それは……」

 

「無茶苦茶な命令だという事は分かっている。だが、『宗谷』を救うには一か八かこれしか無いんだ。それに砲撃を行うと言っても『宗谷』を沈めるつもりはない」

 

「『宗谷』を沈めるつもりは……ない?」

 

「――つまり『宗谷』には砲弾を命中させずに至近弾に留めろという事なのですね、ご主人様?」

 

カズヤの意図が見えず戸惑いを見せる有賀艦長に全てを察した千歳が解答を口する。

 

「その通り。至近弾で『宗谷』からクラーケンを引き剥がす」

 

瞬時に意図を汲み取ってくれた千歳に硬い表情のままカズヤは頷いた。

 

「なんと……戦艦の主砲による長距離射撃は目標に当てるだけでも至難の技。閣下はそれを目標には当てず目標付近に的確に落とせと仰せになるのですか?」

 

「あぁ、『宗谷』が引き寄せる幸運。そして何よりお前達の鍛え抜かれた技量があればいけるはずだ」

 

「ハッ、ハハハッ、全く……閣下の信頼に応えるのは大変ですなぁ……――通信参謀!!」

 

出来ないとは微塵にも思っていないカズヤの信頼に有賀艦長は苦笑した後、表情を引き締めた。

 

「ハッ!!」

 

「『宗谷』に打電、これより援護射撃を行う。貴艦は進路、速度維持に努められたし。以上だ!!」

 

「了解!!」

 

有賀艦長は通信参謀に命じて『宗谷』へ連絡を取ると気合いを入れるように帽子を被り直す。

 

「砲雷長!!主砲撃ち方用意!!目標、『宗谷』!!弾種、九一式徹甲弾!!ただし『宗谷』には絶対当てるなよ!!」

 

「了解!!」

 

カズヤの意向を受けた有賀艦長の命令が下されると、砲塔単体だけで大型駆逐艦1隻に匹敵する2510トンもの重量がある九四式45口径46㎝3連装砲塔がゆっくりと旋回を始める。

 

砲塔の旋回が終わると砲塔下部にある給弾室では九一式徹甲弾が立てられたまま揚弾筒に装填され、4ピッチある押上金によって砲室まで押し上げられる。

 

砲室では給弾室から送られてきた九一式徹甲弾を換装填筒で装填角度まで回転させた後、換装台に九一式徹甲弾を乗せ、そこで信管を取り付けてから砲弾装填機へ九一式徹甲弾を移す。

 

準備が整い砲弾装填機が前進すると専用のランマーが現れ九一式徹甲弾が一気に砲身内へ挿入される。

 

また九一式徹甲弾が装填された後、給薬室で火薬缶から取り出され送られてきた6個の薬嚢が装薬装填機によって砲身へ挿入される。

 

そして尾栓が閉められ装填が完了すると3万メートル先にある430ミリの装甲を貫く事が出来る大和の主砲が観測機からの情報を元に仰角を取り、発射前の合図であるブザーが2度鳴り響く。

 

「一斉撃ち方始め!!」

 

「一斉撃ち方始め!!」

 

有賀艦長に続いて砲雷長の号令が発せられた直後、『大和』の46cm砲が火を噴いた。

 

衝撃波と黒煙を撒き散らし轟音と共に放たれた6発の46cm砲弾は仲間を救わんと飛翔する。

 

「5、4、3、2、1……弾着、今!!」

 

時計を見つめ、弾着するまでの時間をカウントしていた砲雷長の声が戦闘指揮所に響く。

 

「――観測機より入電!!遠、遠、近、近、近、近ッ!!初弾挟叉!!なお水中弾となった1発がクラーケンの触手に命中!!クラーケンは『宗谷』から離れ潜水した模様!!」

 

その直後、観測機から入った大戦果の報告に戦闘指揮所がワッと沸き立つ。

 

「この距離で、しかも間接照準射撃で初弾……挟叉?」

 

距離3万メートルからの長距離射撃で初弾から狙い通りの挟叉を行い、しかも偶然にもクラーケンに打撃を与えるという奇跡的な戦果には、命令を出した張本人のカズヤでさえ目を丸くするしか無かった。

 

「『島風』より入電!!我、機関好調なり。指示を乞う」

 

「っ、『島風』に返信!!先行し『宗谷』と合流した後『宗谷』を護衛しつつ当海域を離脱せよ!!」

 

「ハッ、了解です!!」

 

戦いはまだ続いていると言わんばかりに送られてきた島風の電文にカズヤはハッとして意識を切り替える。

 

「続いて全艦に通達、クラーケンを再捕捉後、10時方向にある無人島に奴を追い込め!!そこで奴を仕留めるっ!!」

 

俊足を武器とする『島風』が燃料弾薬を満載している状態にも関わらず39ノットという高速で艦隊から抜け出して行く。

 

それを合図に第1艦隊は艦隊陣形を解き、仲間の仇を討つべく行動を開始した。

 

 

「『ラドフォード』より緊急入電!!ソナーに感あり、クラーケンを捕捉!!」

 

『筑紫』を沈め『宗谷』を小破に追い込み姿を消したクラーケンをカズヤ率いる第1艦隊が血眼で探している最中、フレッチャー級駆逐艦の『ラドフォード』がクラーケンの探知に成功する。

 

「どこだ!?」

 

「よし、その位置ならちょうどいい。『フレッチャー』と『時雨』を右翼側に『雪風』と『ジェンキンス』を左翼側へ展開させ半包囲網を構築させろ。展開が完了次第『ラドフォード』は目標を無人島へ押し込め。『秋月』『照月』『涼月』『アトランタ』『ジュノー』は包囲部隊の援護。本艦と『武蔵』『長門』『北上』『大井』は事前に指定したポイントで待機だ」

 

通信参謀の報告にカズヤは思考を巡らせつつ、報復の炎を滾らせながら指示を出す。

 

「了解しました」

 

そしてクラーケンの捜索中に練られた作戦を実行に移すべく、カズヤの命令が第1艦隊に所属する全艦に伝達された。

 

「ご主人様、全艦配置完了しました。いつでもいけます」

 

「よし。なら、ファンタジー世界の化物に俺達と現代兵器の恐ろしさを思い知らせてやろうか。――状況開始ッ!!」

 

居場所がバレているとは露知らず海底で身を潜め反撃の機会を窺うクラーケンに対し、万全の態勢を敷き終えた第1艦隊の攻撃がいよいよ開始される。

 

戦端を開いたのは『ラドフォード』が装備する多弾散布型の前投式対潜兵器――ヘッジホッグだった。

 

Mk.10発射機の発射装置であるスピガットと呼ばれる棒状の発射軸に装填された24発の弾体は0.2秒の間隔を開け2発ずつ発射され直径約40メートルの円形の範囲に着水すると、その衝撃で2段式になっている安全装置の1つが解除され爆発が可能な状態となり海中に沈んでいく。

 

海面の着水音を獲物が落ちてきたものと勘違いしたクラーケンは、その貪欲過ぎる食欲を満たさんがために隠れていた海底の岩礁から移動し触手を拡げてヘッジホッグの弾体に飛び付いた。

 

すると、触手に絡め取られた際の衝撃に反応し弾体が爆発。

 

爆発に驚いたクラーケンは咄嗟に逃げようとしたが、爆発によって生じた水中衝撃波でも弾体の信管は作動する設計だったため、残り23発の弾体も一斉に爆発。

 

その結果、クラーケンは『ラドフォード』が行った対潜攻撃をもろに食らう事になった。

 

だが、通常の対潜爆雷に比べて総合的な命中率が高いという長所がある反面、1発当たりの炸薬量が少ないという短所があったためクラーケンに大したダメージは無かった。

 

しかし、弾体1発あたりの炸薬量が少なく爆発の威力が小さいという事はソナーを爆発の衝撃波から保護するため発信や受聴を止める必要がない。

 

つまりソナーを使いながらの戦闘が継続出来たため、クラーケンの位置はカズヤ達に捕捉され続けていた。

 

またヘッジホッグはそれまでの爆雷に比べ発射機を含めても小型であり、複数機搭載することが可能であったためクラーケンはヘッジホッグを装備する包囲部隊の3隻に3方向――左右と後ろから持続な攻撃を浴びせられ続け、知らぬうちに断頭台となる無人島へと追いやられていた。

 

「よし、奴が浜辺に上がったぞ」

 

海中を断続的に揺さぶる爆発と衝撃波、そして沸騰したお湯のようにボコボコと吹き上がる水柱。

 

理解出来ない攻撃から逃げるため唯一の逃げ道を進んでいたクラーケンは無意識の内に無人島の浜辺に逃げ込んでいた。

 

「さぁて、袋叩きの時間だ」

 

誘導された結果とはいえ地の利を捨て逃げ場の無い地上へと上がってしまったクラーケンを待ち受けていたのは砲撃態勢を整えた無数の砲口。

 

その無数の砲口の一つ一つから並々ならぬ殺気を感じたクラーケンは急いで海中へと戻ろうとしたが、もう全てが遅すぎた。

 

人が人を効率的に殺すために発展した海上兵器の主役が異世界の化物を葬り仲間の仇を討つために、満を持して火を吹いたからである。

 

「『大和』『武蔵』『長門』の超弩級戦艦3隻の交互撃ち方による継続射撃。それに各艦の対空火器まで投入した砲撃の嵐。お前はいつまで持つかな?」

 

無人島の沖合いに陣取り、砲弾を装填する際に生じるロスタイムを埋めるため3隻の戦艦の主砲が1門ずつ順番に砲撃を行う一方で、残る艦艇は浜辺と平行する形で展開し持てる火力を全て投射しクラーケンを仕留めにかかる。

 

戦艦から次々と放たれる三式弾がクラーケンの皮膚を焼いて行動を封じ、軽巡や駆逐艦の主砲弾が動きの鈍ったクラーケンの肉を遠慮無しに穿ち抉っていく。

 

瞬く間に爆煙と業火に包まれた浜辺からはクラーケンの苦しみに満ちた耳障りな断末魔が途切れなく響く。

 

そして止めとばかりに、第1艦隊とは行動を共にしていなかった空母群――『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』から発艦した零式艦上戦闘機・九九式艦上爆撃機・九七式艦上攻撃機が本拠地から発進した一式陸上攻撃機・二式飛行艇・B-17・B-29と共に飛来し猛爆撃を開始。

 

浜辺の地形を変える勢いで航空爆弾を投下していく。

 

「――ご主人様!!奴が海に逃げます!!」

 

しかし、そんな攻撃を受けてなおクラーケンは死なず、まだ生きるため足掻こうと、もがきのたうち回りながら海へと進み出す。

 

「分かっている!!『北上』『大井』に発光信号を送れ!!」

 

恐ろしいまでの生命力を誇るクラーケンを逃がすまいとカズヤは最後まで取って置いた2隻に合図を送る。

 

今の今まで雌伏の時を過ごしていた重雷装艦の『北上』と『大井』は合図を受けた瞬間に行動を開始。

 

待機していた島の影から一気に島の正面に躍り出ると今まさに海中へ滑り込もうとしていたクラーケン目掛けて次々と九三式61㎝酸素魚雷を発射。

 

第二次世界大戦中の一般的な魚雷と比べて雷速や炸薬量、射程距離で勝り加えて航跡が極めて視認しずらいという利点を持つ九三式61㎝酸素魚雷のほとんどは狙い過たずクラーケンに直撃。

 

その直後、接触式信管が作動し『大和』の46cm砲弾と比べて凡そ23倍――780キロもの炸薬が詰められた九三式61㎝酸素魚雷は炸裂。

 

と同時にクラーケンの触手を4本引きちぎり、高々と上がった水柱と共に4本の触手を空の彼方へと吹き飛ばす。

 

そして巨大な水柱が重力に引かれて落ちると、全身が真っ赤に焼けただれ8本中5本の触手を失ったクラーケンの見るも無惨な姿が波打ち際に晒される。

 

鳴り止んだ砲声の代わりに穏やかな波音だけが辺りを支配していた。

 

「……それじゃあ、そろそろ仕舞いにするか。弾種を三式弾から零式通常弾に変更。奴に止めを刺せ」

 

満身創痍の状態にも関わらずクラーケンは未だに逃げようと足掻き、残る触手をゆっくりとだが必死に動かしている。

 

その光景を目の当たりにしたカズヤは、クラーケンに引導を渡すべく命令を出す。

 

「主砲撃ち方――うおっ!?」

 

主砲の照準も定まり後はカズヤが最後の命令を下すだけだという時になって、予期せぬ爆発音が轟き『大和』の船体が僅に揺れた。

 

「状況を報告しろ!!」

 

「さ、左舷後部第8機銃群に被弾!!火災発生!!」

 

「“被弾”だと!?どういう事だ!!」

 

「クラーケンの頭部にて発砲煙らしき黒煙を確認!!――っ!?頭部に何かあります!!……あれは……四五口径十年式十二糎高角砲ッ!?しかも連装式が2基4門も!?」

 

「何だと!?」

 

衝撃の報告を見張り員から受けたカズヤは半信半疑のまま慌てて双眼鏡を覗き込む。

 

「嘘だろ……そんな事あり得るのか?」

 

「ご主人様。まさかとは思いますが、あれは『筑紫』に搭載されていた高角砲では……」

 

「あぁ、恐らく千歳のいう通りだろう……しかし、なぜクラーケンの頭部にあれが……クラーケンが高角砲を食って体に取り込んだとでもいうのか?」

 

クラーケンの巨大な頭部から小さな角のように生えている2基4門の四五口径十年式十二糎高角砲。

 

にわかには信じがたいが、犠牲となった『筑紫』にその高角砲が搭載されていた事からクラーケンが高角砲を自身の体に取り込み使用したとしか考えられなかった。

 

「クラーケンが再度発砲!!」

「――報告!!『雪風』と『時雨』が被弾!!されど爆発や火災は認められず!!不発弾になった模様!!」

 

「クソッ、不発弾だったから良かったものの……いくら小口径の砲弾とは言え駆逐艦が食らうのは不味い。すぐに片を付けるぞ!!主砲撃ち方始め!!」

 

「撃ちー方始め!!」

 

幸運艦の名は伊達ではないのか、クラーケンの砲撃を受けたというのにそれが偶然にも不発で終わり命拾いした『雪風』と『時雨』。

 

しかし、不発では無かった場合『雪風』と『時雨』に甚大な被害が出ていた可能性もあった事からカズヤは即座に砲撃命令を下す。

 

この戦いに終止符を打つ命令を受け『大和』の46cm砲が最後となる砲弾を斉射。

 

9発の零式通常弾が空を飛翔する。

 

それまで撃ち出されていた三式弾とは違い、クラーケンの目前で炸裂せず直撃した零式通常弾はクラーケンの頭部を粉微塵に吹き飛ばす。

 

爆煙が晴れた後に残ったのは頭部が焼失した焼きダコの残骸だけだった。

 

「終わった……」

 

こうしてカズヤの異世界における初の海上戦闘は幕を下ろしたのであった。

 



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番外編 伊吹回

軍事国家パラベラムの総本山である司令本部。

 

そこは様々な情報が取り扱われる事もあって機密性が高いものの、高級将校用の住居等も入っており数多くの者達が利用する場所だった。

 

しかし、その日。

 

司令本部は総統暗殺未遂事件を受けて侵入者対策強化のため全面的な改装工事が行われており、出入りする者達が限られていた。

 

更に言えば工事の休工日であり作業員達でさえ司令本部の中にはおらず、ほぼ無人状態であった。

 

「おーい、伊吹?伊吹ー?居ないのか?」

 

そんな中、司令本部の一室――伊吹の私室の前に護衛の兵士を4人連れたカズヤが居た。

 

伊吹に渡さなければならない重要な書類があり、彼女を探していたカズヤは伊吹が司令本部の私室に私物を取りに向かったという話を聞いてここに来ていた。

 

ところが伊吹の私室にカズヤが出向いてみれば部屋の中からは伊吹の返事が無く、また人の気配もしなかった。

 

「居ないみたいだな。入れ違いになったか?……いや、でも伊吹の私室に来るには俺達が通ってきた通路を通らないといけないのに会わなかったよな……携帯にも出ないし。ん?鍵が開いてる」

 

返答がない事から部屋の中に伊吹が居ないと判断しながらもカズヤが試しにドアノブを捻ってみるとドアが簡単に開いた。

 

「鍵が開いてるって事は中に居るのか?でも人の気配は無いよな」

 

対火対爆製の分厚いドアを開きながらカズヤがそう呟く。

 

「お前達はここで待っててくれ。俺は一応部屋の中を見てくる」

 

「お待ちください、閣下。中の確認なら我々が」

 

「止めとけ、お前達が中に入ったら伊吹に怒られるぞ。俺なら注意程度で済むだろうが」

 

暗殺未遂の一件から過保護とも言える護衛態勢を取る親衛隊の兵士の言葉にカズヤは笑いながら答える。

 

「万が一の事態を防ぐためです。我々の使命は閣下をお守りする事であり、その使命を全うするためならば伊吹様の叱責も甘んじてお受けいたします」

 

カズヤの返答に真顔で真面目に返す親衛隊の兵士。

 

他の3人も、その通りだと言わんばかりに頷いている。

 

「……しょうがないか。なら藤崎とデイビスは部屋の入り口で待機、葉月とクレミーは付いて来い」

 

「「「「了解」」」」

 

忠誠心が高く職務に忠実な兵士である4人に対しカズヤは妥協案を出し、男性兵士2人を部屋に入ってすぐの入り口付近に待機させ、残った2人の女性兵士だけを連れ伊吹の私室へと入る事にした。

 

「「「……」」」

 

あっ……入っちゃダメな部屋だ、これ。

 

玄関付近に藤崎とデイビスの2名を残してリビングに入ったカズヤは一緒に中に入って来た葉月とクレミーと共に部屋の中の凄まじさに絶句していた。

 

「……なんというか、その」

 

「……これはちょっと」

 

「皆まで言うな、誰にだって短所はあるんだ」

 

「しかし、閣下。これは……」

 

「酷すぎませんか?」

 

「……」

 

最初は伊吹の擁護に回っていたカズヤも葉月とクレミーの追撃の言葉に反論する事が出来なくなり、そっと顔を逸らした。

 

伊吹……公はしっかりしているが、私はだらしないんだな。

 

伊吹に対するイメージがかなり変わってしまったカズヤは、そんな事を考えながら改めて部屋の中の光景を眺める。

 

カズヤの視界に映るのは、かつて食事に利用したであろう容器や食器、調理器具が机の上に重ねられ、それらに残っている食べ滓が腐敗している光景。

 

そして部屋の中を埋め尽くすごみ袋と散乱する本や書類の数々、足の踏み場も確保出来ないくらいうず高く積まれた衣服の山であった。

 

「……さて、肝心の伊吹は居ないみたいだし、隣の寝室を確認したらすぐに出よう」

 

「はい」

 

「それが宜しいかと」

 

これ以上伊吹の秘密を見るのが忍びなくなったカズヤはさっさと確認だけして部屋を出る事にした。

 

「失礼しますよ〜っと……」

 

何だかイケナイ事をしているような感覚を味わいながらカズヤは伊吹の寝室に入った。

 

「あれ?こっちは綺麗だ」

 

キョロキョロと辺りを見回したカズヤは、リビングとは違い整理整頓され掃除の手も行き届いた寝室に少しだけ驚いた。

 

「ベッドメイキングも綺麗にしてあ――……ん?なんで男物のパンツとシャツがベッドの上に置いてあるんだ?」

 

まるで飾られているかのようにベッドの上に置かれた男物のパンツとシャツを視界に捉えたカズヤは首を捻る。

 

「………………まさか、浮気!?な訳ないか。とりあえず出よう」

 

どんな理由があって男物のパンツとシャツがベッドに置かれているのかが、いくら考えても分からなかったカズヤは考える事を止め、寝室を後にした。

 

「寝室にも居なかった」

 

「そうですか。やはり入れ違いになったのでしょうか?」

 

「何にせよ、早くここを出ましょう。閣下」

 

「あぁ、そうだな」

 

葉月とクレミーの言葉に頷いたカズヤが伊吹の部屋を後にしようとした時だった。

 

「――ちょっと待ってくれ」

 

開いた状態で床に落ちている1冊の本がカズヤの目に止まった。

 

「閣下?どうかされましたか?」

 

「いや、これ……伊吹の日記だ……」

 

「か、閣下!!いくら閣下でも他人の、それも乙女の日記を覗き見るなんていけませんよ!!」

 

「クレミーのいう通りです、閣下!!」

 

「……」

 

「……閣下?」

 

「あの閣下?何だか顔が真っ青に……」

 

非難の声を受けてなお、凍り付いたように日記から視線を外さないカズヤの顔色がさぁっと青くなっていく事に気が付いた葉月とクレミーは互いの顔を見合せ、どうしたのだろうかと訝しみながらカズヤに歩み寄る。

 

「ちょ、ちょっとそこで待っててくれ!!」

 

ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

 

歩み寄って来た葉月とクレミーの視線に日記の内容を晒さないよう慌てて日記を回収したカズヤは、急いで寝室に戻る。

 

「か、閣下!?お待ちを――グエッ!!」

 

「クレミー?どうしたの?何か踏んだ――ぁ……い――うぐぐぐぐっ!?」

 

しかし、あまりにも慌てていたせいか、後から付いて来ようとした2人の声が不自然に途切れた事にカズヤは気が付く事が出来なかった。

 

「やっぱりだ。ベッドの上にあるこれは……俺のパンツとシャツじゃないか」

 

不可抗力的に見てしまった日記の内容からほぼ断定していたものの、現物を手に取って確認をしたカズヤは身震いしつつそう呟いた。

 

「この事実を俺が知ったと伊吹にバレたらヤバイな。早く出よう」

 

知ってはいけない事を知ってしまった事実を隠蔽するために、カズヤは急いでこの場から立ち去る事を選んだ。

 

「葉月、クレミー。急いでこの部屋から――」

 

なんてこった……。

 

踵を返したカズヤは寝室を出てすぐに葉月とクレミーに声を掛けようとした。

 

しかし、カズヤの声が最後まで紡がれる事はなく。

 

代わりに口から泡を吹き白目を剥いた葉月がゴミの上に崩れ落ちる、ドサッという音がヤケに大きく響いた。

 

「えっ……カズヤ様!?という事は……この者達はスパイでは無い?」

 

葉月の首を締め上げ、気絶させた張本人である伊吹はそう言ってから気まずそうにゴミの上に倒れている葉月を見る。

 

「も、申し訳ありません!!私の私室に入っていく謎の人影を見たので、てっきりスパイが侵入したのかと!!っ、そ、それよりもですね!!この部屋の惨状は一時的なモノであって決して日常的なモノでは無くて――あ…れ?」

 

まず最初に誤解で護衛の兵士を無力化してしまった事を謝ろうとし、次にその事よりも先に部屋の悲惨な有り様の言い訳を言わねばと焦り、最後に自身の日記を持ち寝室からカズヤが出てきたという事実に気が付き凍り付く伊吹。

 

「カズヤ……様?その日記を……読んだんですか?寝室を……見たんですか?」

 

能面のような顔で瞳から理性の光を無くした伊吹が、カズヤを糾弾するような口調で言った。

 

「………………すまない、わざとじゃないんだ。日記はたまたま視界に入ってしまって――」

 

ここで嘘を言ってもしょうがないと判断したカズヤは全てを正直に話す事にした。

 

「そう……ですか」

 

だがカズヤが非を認めた瞬間、伊吹はこの世の終わりのような表情を浮かべガクッと項垂れた。

 

そして不穏な沈黙が辺りを包む。

 

「見られた……見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた」

 

ショックのあまり塞ぎ込んだようにみえた伊吹によって沈黙が破られたかと思うと、彼女の口が壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返し始めた。

 

「い、伊吹?」

 

伊吹の異様な姿に恐怖を感じながらも、カズヤは勇気を出して問い掛けた。

 

「見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた」

 

「い、いぶ、い、伊吹さーん……?」

 

「見られた見られた見られた見られた見られ――カズヤ様、1つ宜しいですか?」

 

「な、何だ?」

 

2度目の問い掛けの直後、ようやく伊吹が答えてくれた事に安堵するカズヤ。

 

だが、この時点でカズヤは気が付くべきだった。

 

顔を上げた伊吹の瞳がドス黒く濁っていることに。

 

「一緒に死にましょう」

 

「へっ?」

 

無表情から一転、これ以上ない程の美しい笑みを浮かべた伊吹は恐ろしい事を言い出した。

 

「このような恥ずべき秘密がバレた以上私は生きていけません。だから……カズヤ様、私と一緒に逝きましょう」

 

伊吹は何を言っているんだ?

 

「……――ぬおっ!?」

 

伊吹の言葉に唖然としていたカズヤは、顔面目掛けて飛来した何かを咄嗟に避ける。

 

振り返った先には壁に突き刺さったナイフがあった。

 

そして、視線を前に戻せば愛銃のグロック18とワルサーP22を構えた伊吹がいた。

 

「安心して下さい、カズヤ様。なるべく苦しまないように一撃で終わらせますし、私も貴方の後ですぐに参りますから」

 

恐ろしい事を何でもない事のように言ってのけた伊吹の言葉がカズヤの命を賭けた鬼ごっこの開始の合図となった。

 

ヤバイ、目がマジだ。

 

このままだと……殺される!!

 

「――…………ぬおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

カズヤは生きるため伊吹に日記を投げ付けると、隙を突いて全速力で走り出した。

 

「チィッ!!そこっ!!」

 

投げられた日記をゴミで埋まっている床に叩き落とし、逃走を図ったカズヤに伊吹は必殺の弾丸を浴びせる。

 

「死んでたまるかぁあああ!!」

 

今の伊吹は正気じゃない!!とにかく逃げないと!!

 

伊吹が放った正確無比の弾丸を奇跡的に全てかわしたカズヤはリビングを抜け、玄関脇の壁にめり込み気絶している藤崎とデイビスの側を通り廊下に飛び出す。

 

「このまま外に出て司令本部前に残してきた護衛と合流出来れば助かる!!」

 

窮地から脱したカズヤは、己が助かるためのビジョンを脳裏に描き、それを実現のモノとするべく廊下を駆け出す。

 

「逃がしませんよ、カズヤ様」

しかし、内に秘めていたヤンデレ属性を露にした伊吹がカズヤ(獲物)を簡単に逃がす訳が無かった。

 

パンっと乾いた銃声が響き何かが壊れる音がしたかと思うと、カズヤの進行を阻むように隔壁が落ちてきた。

 

「ッ!!嘘だろ!?開け、開いてくれ!!」

 

本来は侵入者の行く手を阻むはずの防衛装置である隔壁に逃げ道を塞がれたカズヤは隔壁を拳でドンドンと叩きながら無駄な足掻きを繰り返す。

 

そんなカズヤの背後からはゆっくりとした余裕のある足取りで伊吹が近付く。

 

「……カズヤ様」

 

「ヒッ!!ま、待て!!伊吹!!話せば分かる!!」

 

バッと振り返ったカズヤの額に伊吹の握るグロック18の黒く冷たい銃口が押し付けられる。

 

それは命懸けの鬼ごっこの終焉を意味していた。

 

「私と一緒にあの世で幸せになりましょうね」

 

「待つんだ、待って――」

 

制止の声を掻き消すように1発の銃声が響きカズヤの脳漿がビチャッと辺りに飛び散る。

 

隔壁にもたれ掛かるようにしてズルズルと音を立て床に沈んでいくカズヤの死体を、どこかうっとりとした眼差しで眺めながら伊吹はカズヤを射殺したグロック18を自分のこめかみに押し当てる。

 

「これで私とカズヤ様は永遠に一緒……」

 

そう最期の言葉を残した伊吹は躊躇い無く引き金を引いた。

 

カズヤが死んだ時と同じ様に銃声が響き、ドサッと人の倒れる音がした。

 

そして折り重なるようにして息絶えた若い男女の死体が、そこに残されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という夢を見たんだ」

 

「何ですか、それは……」

 

情事の跡が残る寝室でカズヤはいそいそと服を着始めた伊吹に夢の内容を告げた。

 

返ってきたのは呆れたような伊吹の声だった。

 

「私の部屋はゴミだらけではないですし、日記も書いていません。ましてやカズヤ様の下着や服を盗むなど致しません」

 

数時間前の乱れた姿はどこへやら。

 

キッチリと軍服を着こなし、出来る女に戻った伊吹は心外だとばかりにそう言った。

 

「だよな……何であんな夢見たんだろ」

 

「カズヤ様と一緒に死ぬ――自害するというシチュエーションには心引かれますが」

 

「……えっ?」

 




夢オチ。

そして実の所、伊吹もヤバイ人だという事実(知ってた)


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番外編? セリシアが(ヤンデレに)目覚めた時

※この話は第2章12話の続きになります。


セリシアがヤンデレ化した時の描写は無いのかと、何度か感想を頂きましたので書いてみました。

なお、このお話はしばらくしたら本編に捩じ込みます
(´∀`)


舩坂軍曹の怪我を完全治癒能力で治したカズヤが救護所の天幕を後にし、千歳大佐達が待つ天幕へ帰ろうとした時だった。

 

「どうか!!どうか慈悲を!!このお方をお救い下さい!!お願い致します!!」

 

女性の救いを求める悲痛な叫びがカズヤの耳に入った。

 

何かあったのかな?

 

悲痛な叫びに引き寄せられるようにカズヤの足は自然と行き先を変更する。

 

「なぁ、何があったんだ?」

 

声に釣られ野戦病院に辿り着いたカズヤは立ち尽くす兵士に背後から声を掛けた。

 

「ん?いや、この瀕死の……女?原型が分からんから何とも言えんが……まだ息があるこの女を助けて欲しいと捕虜達に頼まれてここまで運んで来たはいいが、やっぱり軍医にも無理だと匙を投げられてな……まぁ、見てみろよ。見ればこれは無理だって分かるはず――って、総司令!?貴方が何故ここにッ!!」

 

ようやく自分が喋っている相手の事を認識し慌てる兵士を他所にカズヤは悲嘆に暮れる修道女達の元に赴く。

 

「うわっ、こりゃ酷い」

 

戦場から逃げる手段を持たず、結果として捕虜となった多くの修道女達が取り囲む中心にある黒焦げのナニかを覗き込んだカズヤはそう声を漏らした。

 

「総司令!!ここは敵方の負傷兵や捕虜が居るんです!!危険ですからお帰り下さい!!って、総司令!?」

 

制止する兵士の声を聞き流しつつカズヤは両手両足が根元から消失し全身が黒焦げになっている肉塊へ近付く。

 

「貴方は……」

 

「ちょっと場所を開けてくれ。悪いようにはしないから」

 

肉塊を取り囲む修道女達に場所を開けてもらったカズヤは改めて肉塊を見詰めた。

 

両手両足が吹き飛んで、しかも全身をこんがりローストされているにも関わらず心臓が微かに動いているのか……よくもまぁ、これで生きてるな。

 

「お願いです。セリシア様を……」

 

「ん、やれるだけやってみるか」

 

死体同然の捕虜など放っておいても良かったが生来の気質に加えて、完全に理解しているとは言えない完全治癒能力の限界を確認したいという思惑があったため、カズヤは目の前に転がる肉塊を救う事にした。

 

「ふっ……グッ…っ……」

 

クソ、瀕死の状態なだけはあるな……かなりの魔力を持っていかれるぞ。

 

手を翳し能力を発動したカズヤは全身を襲う疲労感と戦いながら魔力を更に込める。

 

すると再生が始まっていた肉塊から手足がにょきにょきと伸び、人の形を形成。

 

更に全身の皮膚が肌色に戻り潤いや張り、加えて毛髪や体毛を取り戻した。

 

「奇…跡?」

 

「すげぇ……」

 

「……疲れた」

 

驚嘆する修道女や兵士の漏らした声をBGMに能力の発動を終えたカズヤが尻餅をつきつつ視線を黒焦げだった肉塊へと向けると、そこには見目麗しい美少女が横たわっていた。

 

「セリシア様!!」

 

「ふぅ、助かって良かったな。――おい、こら。お前は見すぎだ」

 

「も、申し訳ありません!!」

 

生命の危機を脱し以前の姿を取り戻した美少女に群がる修道女達に声を掛けながら、カズヤは美少女の裸体を食い入るように見ていた兵士の頭に手刀を落とす。

 

「……ん……」

 

「あぁ、セリシア様!!」

 

「良かった。良かったです!!」

 

「おっ、目が覚めたか。とりあえずこれでも羽織っておいてくれ」

 

完全治癒能力により死の淵から現世へ舞い戻った美少女にカズヤは上着を手渡す。

 

「私は……業火に焼かれて…死んだ……はずじゃ……何故生きて……いえ、それよりあの光りは……」

 

寝惚け眼でカズヤから上着を受け取った美少女は自身の体を確かめるようにペタペタとまさぐる。

 

「大丈夫です。セリシア様。ローウェン様のご加護が貴女様をお救いになられたのです」

 

「さぁ、セリシア様。神に感謝の祈りを捧げましょう」

 

「……」

 

……助けたの、俺なんだけどなぁ。

 

ま、宗教狂いには何を言っても無駄か。

 

カズヤの存在や働きなど無かったように話を進める修道女達。

 

その恩知らずと言うべき者達に呆れたカズヤが背を向け、歩き出した時だった。

 

「感謝の祈り?アハッ、アハハハハハハハハッ!!」

 

何かがツボに嵌まったのか、美少女が嘲るような高笑いを上げた。

 

「セ、セリシア……様?」

 

美少女の様子がおかしい事に気が付いた修道女達がざわめき、その内の1人が伺うような戸惑った声を漏らす。

 

「あの狂おしい苦しみと絶望に満ちた暗闇の中、いくら祈りろうとも救いも答えも何ももたらしてくれず、あまつさえ私を見捨てた者に感謝を捧げろと?」

 

美少女は吐き捨てるようにそう言ってから、笑い声に驚き思わず立ち止まっていたカズヤに熱い視線を注ぐ。

 

「あぁ、やはり……はっきりと感じます」

 

まるでカズヤの背後から後光が差しているかのように目を細めながら、幸悦とした表情を浮かべる美少女。

 

その薄く細められた瞼の間から覗く瞳には情愛や崇拝の念を狂気でコーティングして作られた恐ろし気な感情が宿っていた。

 

「神を前にして未だ神に気付けぬ貴女達は紛い物の愚神に仕えていなさい。私は……私の体が、心が、魂が!!真に仕え奉じる存在と教えてくれるこのお方にッ!!」

 

側に転がっていた大きな杖を支えに立ち上がった美少女は覚束ない足取りでヨロヨロと歩くと、最後には棒立ちしていたカズヤの胸に飛び込む。

 

「私の全てを捧げ、付いて行きます!!」

 

「……」

 

何が……どうなっているんだ?

 

思わず抱き止めてしまった美少女の告白のような宣誓にカズヤはただただ呆然としていた。

 

「あの……貴方様のお名前を御拝聴致したく」

 

「え、あ、俺の名前は長門和也だが……」

 

「ナガト……カズヤ様。我が名はセリシア・フィットロークと申します。これより貴方様を崇め称える信徒として、何卒よろしく……お願い……致しま…す」

 

「し、信徒?って、おい?……気を失ったのか」

 

言いたい事だけ言って腕の中で無垢な笑みを浮かべながら気持ち良さそうに気を失ってしまった美少女――セリシアを抱えながらどうしたものかとカズヤは途方に暮れていた。



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番外編 セリシアの日記

α月7日

 

私は死の淵から救い上げられ生まれ変わりました。

 

他ならぬナガトカズヤ様の手によって。

 

あぁ、今日は何て素晴らしい日なのでしょうか。

 

しかし……日記を書いているこの瞬間も、この身に宿ったカズヤ様の温かな魔力が私の身体をどうしようもなく火照らせるのです。

 

けれど捕虜の身では、あの方に身体を捧げる事が出来ません。

 

眠れぬ日々が続きそうです。

 

α月9日

 

もう我慢出来ない。

 

一刻も早くカズヤ様のお側に侍るために、協力者やシンパを作る事にしました。

 

α月10日

 

とりあえず10人程、カズヤ様の部下の方々を私が作ったナガト教に引き込みました。

 

カズヤ様に対する忠誠心が高かったため引き込みは簡単でした。

 

α月11日

 

昨日とは違い、今日は捕虜の中でシンパを作りました。

 

皆、じっくりと言葉を交わせばカズヤ様の素晴らしさ、偉大さを理解してくれました。

 

やはり、カズヤ様は素晴らしいお方なのです。

 

しかし、中にはカズヤ様の素晴らしさを言葉では理解出来ない愚物も居たので苦労しました。

 

最も、少々教育を施せば何ら問題はありませんでしたが。

 

けれど……話が終わった後、皆一様に瞳から光が消えるのは何故でしょうか?

 

α月17日

 

今日はなんと!!カズヤ様がわざわざ私に会いに来てくれたのです!!

 

何でも魔力を多く持っている人物を探していたとか。

 

この時ほど、自身の魔力の多さに感謝した事はありません。

 

そして様々な実験に協力する引き換えとして、カズヤ様の部下の身分を手に入れました。

 

一部の捕虜達からは裏切り者と罵声を浴びせられましたが、私がカズヤ様のお側に一歩近付いた事がよほど羨ましく悔しかったのでしょうね。

 

負け犬の遠吠えがこんなにも爽快だったとは。

 

β月3日

 

私の協力的な姿勢が評価され、カズヤ様のお国――軍事国家パラベラムで私が責任者を務める研究所が作られました。

 

これでより一層、カズヤ様に尽くす事が出来ます。

 

頑張らねばなりません。

 

β月5日

 

与えられた研究所で製造した特別なポーションをカズヤ様が乗られるヘリという乗り物に仕込んでおきました。

 

嫌な予感がしたので万が一に備えて。

 

私の取り越し苦労で何事も無ければよいのですが。

 

β月11日

 

捕虜収容施設として作られた監獄島に収容された捕虜の半数をシンパにする事が出来ました。

 

皆、現世の重圧から解放されたような晴れやかな笑顔を浮かべています。

 

やはり正しい道を指し示す事は万人の救済に繋がるのですね。

 

もう半数のナガト教を信奉していない者達は恐怖に満ちた顔で日々を過ごしています。

 

早く救済してあげねば。

 

そうそう、1つ気になる事が……監獄島を訪れたパラベラム軍の軍医の方が「ここは解離性障害患者の巣窟だ」と青い顔をして小声で呟いていたのです。

 

解離性障害とは何なのでしょうか?

 

β月15日

 

これまでも我慢してきましたが……いよいよ、我慢の限界です。

 

下着がべちゃべちゃで歩きにくい。

 

β月21日

 

理性が……保てない。

 

カズヤ様の事しか考えられない。

 

体が熱い。

 

β月22日

 

カズヤ、様、へや、き

 

おにく、うま

 

β月23日

 

……昨日の記憶が全く無い。

 

というか何故、隣にやつれた顔をしたカズヤ様が裸で寝ているのでしょうか?

 

……日記はここで途切れている。

 



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25

厳重な警備態勢の下、軍事国家パラベラムの中でも特に権力を持つ将官や文官が一堂に会した会議室。

 

そこで開かれているのは名目上ただの定例会議であったが、実際の会議内容は国会や議会で行うような国の行く末を左右しかねない重要なものであったため、室内では様々な議題に対して侃々諤々の激しい議論が行われていた。

 

「――ふぅ……じゃあ、来年度の軍事予算案の基本予算は120兆円で決定。臨時予算案については80兆円規模。帝国との戦争における戦費は150〜200兆円程度で調整するものとする。……さて、この件についてはこれでオッケーだな。千代田、次を頼む」

 

やはりというか、軍隊……もとい戦争は金食い虫だな。

 

俺の召喚能力を使えばいくらでもコストダウンが出来るとはいえ、能力を使わないとこんなに金が掛かる。

 

普通の国家ならとっくに破産してるぞ。

 

パラベラムの建国者にして総統という国家元首の立場にあるカズヤは、アメリカ合衆国の軍事予算案の約2倍というべらぼうに高い軍事予算案を決定し異議が出ない事を確認すると、際限なく膨れ上がる軍事費に戦々恐々としつつ背後に控える千代田に声を掛けた。

 

「ハッ、それでは次の議題に移らさせて頂きます」

 

先を促すカズヤの呼び掛けに応じ、会議の進行役を務める総統補佐官の千代田が新たな議題を提示する。

 

「次の議題は国民の不満度についてです。こちらの調査データをご覧下さい」

 

パラベラムが構築・運営・管理するネットワークシステムを全て掌握している電子の姫――千代田は大型の液晶ディスプレイを一瞥する事もなく遠隔操作し目的のデータや情報を表示すると会議室に詰める要人達の視線を誘導する。

 

「まず始めに我が国における国民とは大別して3種のカテゴリーで区別されています。マスターによって召喚された者達が1等国民。次に友好的な存在であり、我が国に併合されたカナリア王国及び妖魔連合国の者達が2等国民。そして非友好的な存在であり今現在、我が国がエルザス魔法帝国から切り取った領土に住まう者達が3等国民。なお、この区別はあくまでも区別を簡単にするためのものであり、実際の等級間に身分差は存在していません」

 

議題の審議に入る前に事前説明を行い1度言葉を区切る千代田。

 

しかしながら千代田が口にした事前説明には表向きの方便が多用に含まれていた。

 

実際には区別によって生じた目に見えぬ身分差が存在し、貴族・平民・奴隷というような格差社会の風潮を生んでいたからだ。

 

また、その目に見えぬ身分差を意図的に押し広げて利用することで統治体制の簡略化を目論む千歳やカズヤの神格化を目論むセリシアの存在が見え隠れするのは余談である。

 

「以上の事を踏まえた上で本題に入らさせて頂きます。1等国民の不満度が2パーセント。2等国民の不満度が9パーセント。3等国民の不満度が31パーセント。……やはりと言いましょうか、3等国民の不満度が飛び抜けて高いのが現実です。そのため今回は主に3等国民の不満度を引き下げるための議論を行って頂きます」

 

議題の審議開始を告げると千代田は定位置であるカズヤの背後に戻った。

 

さて……3等国民がいる占領地に対しては既に親和政策や宣撫工作(友好的な手段を用いて人心を安定させる工作)を行っているから、これ以上の改善となると正直厳しいんだがな。

 

皆の考えはどうだろうか?

 

上手い具合に改善策が出ればいいんだが。

 

治安維持に加えてゲリラやテロリストの発生を未然に防ぐためにも不満度を低く抑えておきたいカズヤは、この会議で改善策が出ることを期待していた。

 

だが、そんなカズヤの期待は端から崩れ去る事になる。

 

「占領地域の人口が凡そ8000万人で31パーセントの割合が不満を抱いているとなると……対象になるのは大体2500万人前後か。予想はしていたが、やはり大変な作業になるな」

 

カズヤの右隣に陣取り俗に言うゲンドウスタイルで瞑目していた副総統の千歳は残された左目をゆっくりと開き、何気ない口調でそう呟く。

 

そして、ため息を吐き憮然とした表情を浮かべるとマリー・メイデンとの戦いのせいでセミロングになってしまった自身の黒髪を苛立たし気に掻き上げた。

 

「副総統閣下。処理施設の建設予定地は既にピックアップ済みですのでご安心を。各方面への根回しも万全です」

 

参謀総長を初めとした様々な肩書きを兼任しパラベラムを支える屋台骨でもある女傑――カズヤの左隣に陣取る伊吹が千歳の呟きに応えた。

 

「それは助かる」

 

「……?」

 

2人は一体何の話をしているんだ?

 

フフフッと険のある恐ろしげな笑いを漏らしショートヘアーに整えられた茶色掛かった黒髪を揺らす伊吹や獲物を前にした肉食獣のような笑みを溢す千歳の姿にカズヤは疑問を抱く。

 

「千歳、伊吹?処理施設やら2500万人やら2人は何の話をしているんだ?」

 

抱いた疑問を解決するべくカズヤは両隣の2人に声を掛けた。

 

「何の話と言われましても……」

 

「3等国民の不満度を効率的かつ手っ取り早く0にする算段の話ですが?」

 

問い掛けられ、きょとんとした2人の顔にカズヤはますます疑問を深めながらも、2人の返答から解答を導き出すべく脳裏で彼女達の言葉をじっくりと咀嚼し思考を巡らせた。

 

不満度を0にする?

 

効率的かつ手っ取り早く?

 

そんな魔法みたいな方法が本当に存在する……――っ!?

 

数少ない手持ちの情報を繋ぎ合わせて千歳や伊吹が抱く過激な意図を見抜いたカズヤは、その瞬間自分の思い違いを思い知る事になった。

 

「まさか、俺達の統治体制に不満がある者達を1人残らず全員殺すつもりか!?」

 

「はい、そうです」

 

「閣下の仰る通りですが」

 

何か問題でもありますか?と言わんばかりの表情で頷き、一民族を滅ぼそうとしたヒトラーや自らの復権のため大量の殺戮を黙認した毛沢東ばりの大虐殺を実行しようとしている2人にカズヤは絶句した。

 

「そ、そんな事を――」

 

「ご主人様。先に申し上げておきますと、この件につきましてはこの場にいる全員の賛同を得ております」

 

「なん……だと?」

 

絶句から立ち直り、感情の赴くまま言葉を発しようとしていたカズヤは千歳の言葉に再び面を食らわされる事になった。

 

「ご主人様のご命令通りに親和政策や宣撫工作を行い命の保証に加えて衣食住の保証、宗教の自由と史実に照らし合わせてもこれ以上ない厚遇を受けている現状にも関わらず3等国民の31パーセントが不満を抱いているのです。そんな恩知らず共を……ご主人様を傷付けた敵国の国民を生かしておく必要性は微塵もありません!!」

 

怒りが込められた千歳の言葉にカズヤを除く全員が、瞳に怨嗟の炎を宿しながら頷いた。

 

「……」

 

会議室に渦巻く怒りや怨みといった負の感情を感じ取ったカズヤは、自身が掲げたちっぽけな目標――戦争における民間人被害者数の軽減を遵守するために千歳達が今まで敵への憎悪を必死に押し殺していた事に気が付いた。

 

それと同時に与えられる厚遇の意味を理解せず増長する3等国民への怒りが、千歳達の我慢の限界に来ている事も理解した。

 

「どうか、ご理解下さい。今の内に厄介な芽は摘み取っておかねばならないのです」

 

「……」

 

「それに手当たり次第の無差別な虐殺を行う訳ではありません。徹底的な調査を行った上で不満分子を見つけ、人道的な手法で処分致します」

 

「……駄目だ」

 

「ご主人様!!」

 

目を伏せ首を横に振ったカズヤに千歳が詰め寄った。

 

「そんな手段を取れば憎しみの連鎖を生むだけだ」

 

「憎しみの元凶を生んだのは奴等です!!奴等にはまず犯した罪の重大さが分かるように恐怖を叩き込んでやらねば!!」

 

「だからと言って一般市民を虐殺してどうなる!!」

 

人道的観点を無視すれば理論的な面もあるが感情論を重視して虐殺を行おうとする千歳にカズヤは立ち上がって異議を唱える。

 

「見せしめは必要なのです!!何故ご理解下さらないのですか!!」

 

「虐殺を行って民衆を恐怖で縛り上げれば、それこそテロリストやゲリラじゃなくレジスタンスが生まれて来るぞ!!」

「レジスタンス等、ドーラの榴弾で都市区画ごと木っ端微塵に爆砕してしまえばよいのです!!」

 

「非人道的な手段を取れば敵も手段を選ばなくなる!!」

 

「既に敵は手段を選んでいません!!それに我々が虐殺を行おうと、それを咎める国際法はありません!!ましてや人権や人道的等という観点はこの世界に存在していません!!力こそ正義!!力なき正義は悪なのです!!」

 

「この世界に人権や人道というモノが無くとも俺達にはあるだろう!!」

 

「――そこまでです。マスター、姉様」

 

これ以上は話が拗れるだけで駄目だと判断した千代田が意見をぶつけ合う2人の間に割って入った。

 

「……」

 

「……」

 

千代田が制止に入った事で冷静さを僅かながらに取り戻した2人は無言のまま席に腰を下ろす。

 

「……千歳」

 

「ハッ」

 

「総統として命じる、虐殺は許可しない。別の方法を模索して3等国民への対処を行え」

 

「……ご主人様のご命令のままに」

 

毅然とした態度で命令を下したカズヤに対して千歳は僅かな間を挟んでから命令を受け入れ頷いた。

 

その際、間近にいた千代田だけは千歳が一瞬嬉しそうな笑みを溢していた事を見逃さなかった。

 

……マスターが自分の意思を曲げずに貫いた事が余程嬉しかったんですね。

 

全ての行動原理がカズヤに左右される千歳の心を完璧に読んだ千代田は、千歳の複雑な心情に同意の意思を示し、自らもこっそり微笑むのだった。

 

 

 

一悶着あった会議が終わり、私邸へと帰宅したカズヤは自室で千代田の手を借りながら会議で決定した事項の正式な命令書の作成や翌日に控えた大事な約束を実現させるための根回しに奔走していた。

 

「これで終了っと」

 

「……ZZZ」

 

「あらら……妙にクレイスが静かだと思ったら寝てるのか」

 

一通りの仕事が終わり、背伸びをして肩や腰の凝り固まった筋肉をほぐしたカズヤは、ふと横を見て苦笑した。

 

そこには育ち盛りのせいか最近の成長著しく、生来の美貌に磨きを掛けながら大人びていくクレイスが待ちくたびれて眠っていた。

 

「さて、それではマスター。私はこれで失礼させて頂きます」

 

「あぁ、遅くまで手伝わせてしまってすまなかったな」

 

「いえ、マスターのお役に立つのが私の悦びですから。お気になさらず。では、お休みなさいませ」

 

カズヤの仕事が終わるのを待ちきれず眠ってしまったクレイスを軽々と抱え上げた千代田は別れを告げるとカズヤの部屋から出ていった。

 

「……俺も寝るか」

 

1人きりになった途端、猛烈に襲い掛かってきた睡魔に急かされカズヤは寝室へと向かった。

 

「明日はカレンとの約束を果たさないといけないし……そうだ、時間を置けと医者に言われたがそろそろイリスのフォローもしないといけないな」

 

寝室で待機していたメイド衆の2人、本日の寝ずの番であるレイナとライナの姉妹に甲斐甲斐しく世話を焼かれながら堅苦しい軍服を脱いで寝巻へと着替えたカズヤは、やるべき事を呟きながらベッドへ滑り込んだ。

 

そして、睡魔との戦いに負けたカズヤがいざ眠ろうとした時だった。

 

タイミングを見計らったように来客を告げるノック音が小さく響いた。

 

「失礼します、ご主人様。申し訳ありませんが……また」

 

妹のライナがカズヤの側に控え万が一の事態に備える一方で姉のレイナが警戒しつつ寝室の扉を開けると、おぎゃああああ!!と耳をつんざくような赤子の泣き声と共に困り果てた顔の千歳がカズヤの寝室に入って来た。

 

「っと、明日香の夜泣きか……ほら」

 

「すみません、やはり私ではどうにも」

 

身寄りが無かったり捨てられたりしていた子供達を養子として迎え入れているカズヤ。

 

そんなカズヤの実子――千歳との間に生まれた愛娘である明日香が千歳の腕の中で泣きじゃくっているのを見たカズヤは眠気も忘れて飛び起き、千歳から明日香を受け取る。

 

「……やっぱりご主人様の腕の中だと泣き止みますね」

 

「だな。何でだろ?」

 

毎度の事ながらカズヤの手に渡った途端に泣き止み、スヤスヤと寝息をたて始めた明日香の寝顔に千歳がショックを受けていた。

 

「私の何が気に入らないのでしょうか?私は母親として不適任なのでしょうか?」

 

「そんな訳がないだろう。千歳は母親としてしっかりとやっているんだから。それにこうやって明日香が俺になつくのも今だけだよ。ある程度成長して年頃になったら親父の俺なんか口も聞いてもらえなくなるぞ」

 

我が子の冷たい態度に悲しみを隠しきれない千歳。

 

そんな千歳にカズヤは自虐混じりのフォローの言葉を掛け励まそうとしていた。

 

「――しかし、明日香も重くなったな」

 

「はい。何せもう1歳になりますから」

 

暗い話の流れを変えようと話題をすり替えたカズヤの言葉に千歳は相槌を打って微笑む。

 

「そうだな。……本当に、本当に重くなった」

 

「ッ!!」

 

腕の中で眠る我が子を慈しむカズヤの表情の中に、一瞬だけ儚げで今にも消えてしまいそうな弱々しい表情が浮かんだのを見逃さなかった千歳は、かつてマリー・メイデンに言われた言葉『カズヤは常日頃から、ふとした瞬間に望郷の念に駆られているのよ』が脳裏を駆け巡るのを感じていた。

 

「ご、ご主人様は!!元の世界に帰りたいと思っています……か?」

 

今問わねばカズヤが消えてしまうような堪えがたい焦燥感を抱いた千歳は自分でも驚く大声でカズヤに問い掛けていた。

 

「しぃー!!声がデカイぞ、千歳。明日香が起きてしまう」

 

「す、すみません……」

 

その結果、当然のように大声を咎められた千歳は縮こまりながらカズヤに謝ることになった。

 

「しかし……どうしたんだ、藪から棒に」

 

「大事な事なのです。お答え下さい」

 

「……」

 

鬼気迫る千歳の問いにカズヤは一瞬沈黙を挟んでから口を開いた。

 

「俺にはな……妹がいるんだ」

 

「……」

 

「自慢じゃないんだが、これがまた可愛くてな」

 

「……」

 

「俺が死んだ後、どうしているのか。元気にしているのかが無性に気になるんだ。それに明日香が生まれて俺が親になってからかな。何の親孝行もしないうちに死んでしまった事が両親に対して申し訳なくてな」

 

「それは……つまり……」

 

「あぁ、正直に白状すると帰りたいと思う時はある」

 

「……」

 

「だけど……おいおい、そんな顔をしないでくれ」

 

「私は泣いてなどいません!!」

 

泣いてるなんて言ってないんだが……自分から白状しちゃってるよ。

 

左手の生体義手で明日香を抱えつつ、捨てられた子犬のような表情で涙を流す千歳の頭を右手で撫でながら、カズヤは慌てて言葉を継ぎ足した。

 

「だけど、今もしも帰る手段を与えられたとしても俺は帰らないよ」

 

「グスッ。どうしてですか?」

 

「……改めて口に出して言うのが、とても恥ずかしいのですが?」

 

「グスッ、言葉は口に出さないと相手に伝わりません」

 

「……俺の家族が、千歳や明日香、皆がこっちにいるからです」

 

「ズズッ、そこは千歳がいるからと言って欲しかったのですが」

 

「勘弁してくれ……」

 

泣き顔ながらようやく笑みを溢した千歳にカズヤは白旗を上げ許しを乞うしか手段を持っていなかった。

 

「さて、そろそろ寝ようか。もちろん一緒にな」

 

「はい」

 

「――……空気を読みたい所なのですが、涼華の夜泣きも何とかして頂けないでしょうか、カズヤ様」

 

頃合いを見て千歳をベッドへと誘ったカズヤに対し、寝室の扉の影から顔を覗かせた伊吹が、明日香と同様に泣きじゃくる愛娘――涼華を差し出す。

 

「あぁ、もちろんだ。涼華も伊吹も一緒に寝よう」

 

千歳と顔を見合せ、同時に吹き出したカズヤは伊吹を寝室へ招き入れながら涼華を受け取り、明日香と同じ様に自分の腕に包まれた途端、眠りについた娘の姿に笑みを溢した。

 

そして、その後ベッドの上に川の字で横になった5人は家族仲良く夢の中へと旅立つのだった。

 



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26

『アニキなんか……アニキなんか、大っ嫌いッ!!死んじゃえばいいんだ!!』

 

最後に見た妹の姿がカズヤの夢の中で流れていた。

 

「……このタイミングで妹の夢を見るか?普通」

 

一方的に罵倒した後、脱兎の如く逃げ去っていく妹の後ろ姿を茫然と眺めていた所で目を覚ましたカズヤは天井を見詰めながら自嘲気味に消え入るような声を漏らした。

 

さてと、今日は忙しくなるぞ。

 

妹の夢を見た事で感傷的になっていた気持ちを切り替えたカズヤは両脇で眠る愛娘の明日香や涼華、そしてその更に向こうで眠る愛妻の千歳と伊吹を起こさぬように時間を掛けてゆっくりとベッドから抜け出した。

 

「ご主人様?」

 

「もう起床なされるのですか?」

 

「あぁ、今日はカレンとの約束を果たす日だからな。早めに行動して先にやることをやっておかないと時間が無くなってしまう」

 

朧気な月明かりに照らされた薄暗い部屋の中で闇に紛れて寝ずの番をしていたレイナとライナの2人に問われたカズヤは、まだ暗闇に包まれている窓の外を横目で眺めつつ蚊の鳴くような声で答えた。

 

「では、お着替えとご準備の方をお手伝いさせて頂きます」

 

「レイナ。それは有難いんだが、こう暗くては何も見えんだろ?あっちの執務室に予備の服があるから、それを――」

 

「ご安心下さい、ご主人様。私達はヴァンパイアですから夜目が効きます。どうかお任せを」

 

「ライナがそう言うなら、お願いしようか」

 

声を潜めながらも自信ありげに言い切ったライナの言葉に苦笑しつつカズヤは2人に全てを任せる事にした。

 

「では直ちに準備を致しますので申し訳ありませんが、今しばらくお待ち下さいませ」

 

カズヤの言葉を皮切りにレイナとライナの2人は種族の強みを最大限に発揮し暗闇の中でテキパキと動き始める。

 

そして、足音やメイド服の衣擦れの音1つ立てずに無音のままカズヤが着る服や身に付ける装備を準備したばかりか、行動開始からものの5分で全ての準備とカズヤの着替えを済ませてみせた。

 

「凄いな……2人とも」

 

「「お褒めに預かり恐悦至極」」

 

カズヤが漏らした感嘆の声にレイナとライナの姉妹は揃って深々と腰を折った。

 

2人の有能なメイドのお陰で出掛ける準備が整ったカズヤは最後に妻と我が子が眠るベッドに歩み寄り、別れの挨拶をする。

 

「行ってきます。ん……んんっ!?」

 

まず最初にベッドの右端で眠っている千歳の元へ赴いたカズヤは囁くような声で別れを告げ、最後に千歳の額に口付けを落とす。

 

しかし、額に唇が触れる寸前にそれは起きた。

 

寝ているはずの千歳の両腕がカズヤの首にシュバッと俊敏な動きで絡み付いたかと思うと、上半身を起こした千歳がカズヤの唇を強引に奪ったのだ。

 

瞬く間に淫靡な蹂躙劇が開始され、唇を割って侵入した千歳の舌が触手のように暴れまわりカズヤの歯茎や舌を思う存分舐めねぶり堪能する。

 

そんな思ってもみなかった展開に目を剥いて驚く夫をよそに、情熱的で濃厚な口付けは妻が満足するまで永遠と続いた。

 

「ん…んんっん……はぁ……いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

「……起こしてしまったか?」

 

互いの唇が離れ、僅かに距離が出来た所でカズヤは申し訳なさげに千歳に問い掛けた。

 

「いえ、たった今目覚めたばかりですよ。ご主人様」

 

「そうか……」

 

優しい嘘を交えた千歳の答えにカズヤは自然と眉尻を下げた。

 

「ご主人様、そんな顔をしないで下さい。夫の気持ちを汲み取る事は妻の務めですが、出掛ける夫を見送る事もまた妻の務めなのです」

 

「ハハッ。ありがとな、千歳。それじゃあ行ってくる」

 

起こさないようにという気遣いを尊重し無駄にせぬよう、またカズヤが気に病まぬように今の今までわざわざ寝たフリをしていてくれていた千歳にカズヤは礼を言ってから側を離れた。

 

「……」

 

「……」

 

千歳の側から離れベッドの反対側へ回り込んだカズヤは、若干“荒い呼吸”を繰り返しながら眠っている伊吹の寝顔を何をするでもなく少しの間、無言でじっと見詰めていた。

 

「……」

 

「……んっ、んん……」

 

すると眠っているはずの伊吹が焦れたように、何かを急かすように、寝返りを打ち仰向けになった。

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

あざとくもいじらしい伊吹の姿に、ついついイタズラ心が鎌首をもたげたため、カズヤは言葉だけを伊吹に送り踵を返した。

 

「……分かっている癖に酷いです。カズヤ様」

 

「悪い悪い。少しからかいたくなったものだから」

 

言葉だけで立ち去ろうとしたカズヤの服の裾をすかさず握って足止めを行い、頬を膨らませる伊吹。

 

そんな子供のような伊吹にカズヤは潜めた笑い声を漏らしつつ謝罪の言葉を口にし、千歳の時と同じように口付けを交わした。

 

「行ってきます」

 

「「いってらっしゃいませ」」

 

そして最後に愛娘達の頭を優しく撫でた後、満足気な笑みを浮かべる2人の妻に見送られながらカズヤはようやく出発したのだった。

 

 

 

かつてはエルザス魔法帝国の副都市であり、帝国における経済・物流の中心地でもあったグローリア。

 

パラベラム軍の激しい攻撃の果てに陥落し占領された今ではパラベラムの国外における最大の根拠地として栄えていた。

 

ちなみにカズヤがグローリア陥落から間を置かずに視察を行い、砲爆撃で荒れ果て瓦礫の山と化していた港や市街地を自身の召喚能力で瞬く間に整備・修復し、一大拠点を構築する事で意図せぬままグローリアに住まう者達へ畏怖と畏敬の念を植え付けていた事と憲兵やソ連国家保安委員会――俗に言うKGB等の経験者で構成された秘密警察が送り込まれ治安維持の任に従事していたため、グローリアの治安は限りなく平穏だったりする。

 

「それでリヴァイアサンとの戦闘で損傷した『霧島』以下の艦艇の修理状況はどうなっている?」

 

近代的な設備が整い数多の艦艇が停泊しているグローリアの軍港。

 

その軍港の中心部にある海軍の司令部内でカズヤは、緊張で顔を強張らせている将官――損傷艦の管理を任されている大佐に声を掛けた。

 

「ハッ。損傷艦は全艦修理が完了し現在は補充要員の練度を向上させるため訓練航行中であります」

 

カズヤの問いに対し、その有能さを証明するかのようにまだ年若い大佐は、まるで新兵のような気合いの籠った返事を返す。

 

「そうか。この短期間でよくやってくれた」

 

「ありがとうございます!!」

 

「今後もこの調子で頼むぞ」

 

「ハッ!!了解しました!!」

 

雲の上の存在から送られた称賛と激励の言葉に大佐は胸を張って答えた。

 

好感の持てる実直な大佐の姿を見て笑みを漏らしたカズヤは機嫌よく司令部を後にした。

 

「これでやっと全部終わった」

 

「――そう。“ようやく”終わったのね?」

 

司令部を出て待機していた車両――軍用レベルの装甲板で完全に覆われ、車体には特殊鉄鋼やチタン、セラミックなどの素材を使用した複合装甲を採用し、ドアや窓も過剰なまでの防御力が付加され近くで爆弾が爆発しようがロケット弾が命中しようが壊れない最強の盾たる車――キャデラック・プレジデンシャル・リムジンに乗り込んだカズヤは車内で待っていた美女の言葉に顔を青くして激しく反応する。

 

「うっ、待たせてすまなかった!!」

 

「いいのよ、別に。私より仕事の方が大事だものね」

 

私は不機嫌ですと言わんばかりのオーラを漂わせながら、プイッと横を向く美女。

 

「いや、そういう……」

 

訪問の案件を1件忘れていたという自分の不手際が彼女の不機嫌の原因だと分かっているだけにカズヤは目を泳がせながら、たじろぐしかなかった。

 

「プッ、軽い冗談よ。だからそんな情けない顔をしないの。……でも今日1日は覚悟してもらうわよ?」

 

「ハッ、承知致しました。我が姫よ。この私めに何なりとお申し付け下さい」

 

「フフッ、キザな言い回しや言葉使いは無理しない方がいいんじゃないかしら?正直、貴方には似合ってないわよ」

 

「酷ェ……」

 

護衛車両に前後を守られながら動き出したキャデラック・プレジデンシャル・リムジンの車内ではカズヤとその妻であるカレン・ロートレックが、これから始まる2人っきりの時間を心待ちにしていた。

 

2人を乗せたリムジンは軍港を抜け、グローリアの市街地を前にすると市街地の側にあるパラベラム軍の物資保管庫に入った。

 

そして、10分後に物資保管庫から出てきたリムジンは再度軍港へ向かって走り出し姿を消した。

 

それから更に30分後。

 

物資保管庫の通用口から頭だけを出して辺りをキョロキョロと見渡し、人目を気にするような素振りを見せる2人の男女が出てきたかと思うと、その2人は恋人繋ぎで手を繋ぎながら足早に市街地の雑踏の中へ紛れ込む。

怪しげな男女にとって幸運だったのは、物資保管庫から出てくる姿を誰にも見られなかった事と一般市民のような平凡な格好をした自分達を気にする者が誰も居なかった事である。

 

「ふぅ……上手くいったみたいね」

 

「あぁ、尾行者も無し。成功だな」

 

多くの人々で賑わうグローリアの大通りを市民に紛れて歩くのは服を着替えて変装し身分を隠したカズヤとカレンだった。

 

「……それにしてもよく私達2人だけでのデートの実現が出来たわね」

 

「そりゃあ苦労しましたとも」

 

カレンの何気ない一言にカズヤは重いため息を漏らす。

 

「護衛や供を連れないこのデートを実現させるために、根回しに次ぐ根回し。そして渋る千歳にどれだけ頼み込んだ事か」

 

「時間が空いたとはいえ、あんな事(暗殺未遂)があった後だものね。千歳が渋るのも無理はないわ」

 

「あぁ、伊吹の援護がなけりゃ絶対無理だった」

 

「伊吹?彼女がなんで私と貴方のデートに力添えをしてくれたの?」

 

「ま、色々あるんだよ」

 

「?」

 

怪訝な顔でこちらを見つめるカレンに苦笑いを返しながら、カズヤは心の中で呟く。

 

まさか、万が一の場合に備えて思い出作りをしておきたくて事情を知る伊吹に援護を頼んだとは言えんよな。

 

まぁ、今となってみれば俺の寿命の事を伊吹に知ってもらっておいて良かったな。

 

カレンとの約束を果たすという大義名分もあったが、何より自分が死ぬまでに愛しい者達との時間を作りたいと思っているカズヤは伊吹という“共犯者”の存在に感謝の念を禁じ得なかった。

 

「さて、今は俺の苦労話より2人で楽しもう。出会った時のようにな」

 

「えぇ、それもそうね。時間は有限なのだし」

 

自由を縛る身分から一時的に解放された2人は、ただの男女として白亜の建物が並ぶ街中を散策し始めた。

 

「ねぇ、これなんてどうかしら?」

 

「うん、似合ってる」

 

「……カズヤ。貴方さっき違う服を着て見せた時もそう言ってたじゃないの」

 

「そう言われてもな……元がいいと何でも似合ってしまうんだからしょうがないだろうに」

 

「あら?総統ともあろうお方が、お世辞で誤魔化すつもりかしら」

 

「本音なんだけどなぁ……」

 

「っ!!ふ、ふん。まぁ、許してあげるわ」

 

ある時は服屋に入りカレンが試着した服の感想を言って、最終的にはカレンの顔を赤らめさせたり。

 

「はい、ん〜ん」

 

「カ、カレンさん?何で果実を口にくわえて差し出しているんでしょうか?普通だったらここは、あーんとかじゃないんですか?みんな見てるんですけど!?」

 

「ん〜ん」

 

「いや、だから……」

 

「ん〜ん!!」

 

「公衆の面前で口移しプレイはちょっと」

 

「んー!!」

 

「え?――もがぁっ!?」

 

またある時は昼食を取ろうと入った食事所でカレンの口移し攻撃を受け、カズヤが羞恥プレイを強要させられたり。

 

周囲からバカップル扱いされるような行為すら楽しみ、2人は束の間の安息を心から堪能していた。

 

しかし、楽しい時間というモノはあっという間に過ぎ去るものであり、それはカズヤとカレンにとっても例外では無かった。

 

「ふぅ……こんなに楽しかったのは久しぶりだわ」

 

「あぁ、本当に。――ん?」

 

遊び倒し充足感に満ちた心とは裏腹に、休息を訴える体に従って喫茶店に入った2人。

 

「どうかしたの、カズヤ?」

 

「いや、何かあっちで人だかりが……何かの騒ぎが起こっているみたいだ」

 

和やかに会話を交わしている最中、カズヤが店の近くで人だかりが出来ている事に気が付いた。

 

「放っておきなさいな。どうせすぐに憲兵がやって来て鎮圧するわよ」

 

「そうだな」

 

カレンの言葉に一先ず頷いたカズヤは人だかりから視線を外し、目の前で微笑むカレンに意識を向けた。

 

「――それでね。……カズヤ?」

 

「え?あぁ、悪い。何の話だっけ」

 

しかし、どうしても騒ぎが気になるカズヤの意識は時間の経過と共にカレンから逸れていく。

 

そのせいで、カレンとの会話も上の空になっていた。

 

「はぁ……いいわ。早く行って騒ぎを収めて来なさい。他の事に気を取られている貴方と話していてもつまらないから」

 

まるで聞き分けの無い子供を諭すような語調でカレンはカズヤに告げた。

 

「……すまん。すぐに戻る」

 

カレンから許しが出るとカズヤはバツの悪い顔でおずおずと席を立ち、足早に人だかりへと向かった。

 

「全く……もう。これがお忍びでのデートだっていうことをカズヤは覚えているのかしら。素性がバレたら本土に帰るしかないのに。……夜はたっぷり懲らしめてやりましょうか。そろそろ子供も欲しいし」

 

喫茶店に1人残されたカレンが、そんな事を呟いていたとか、いなかったとか。

 



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27

後に控える帝都攻略戦に備えて温存され、今なおグローリアに留め置かれている第75レンジャー連隊、第1大隊所属のジーク・ブレッド軍曹と同期のルーフェ・ワックス軍曹は与えられた休日を有意義に過ごすべくグローリアの市街地に出向いていた。

 

「なぁ、相棒?」

 

「なんだ?」

 

「今しがた気が付いたんだが……今日のグローリアの街の様子っておかしくないか?何かこう……いつもより雰囲気がフワフワしてるような」

 

「うん?……言われてみれば確かにそうだな。巡邏に出ている憲兵の数がいつもより少ないし、秘密警察らしき奴らの姿も見えない」

 

ルーフェ軍曹の問い掛けにジーク軍曹は辺りをサッと見渡してから小さく頷く。

 

グローリア攻略戦に参加し苛烈な戦闘を潜り抜け、見事生還を果たした兵士である2人は街中の微妙な変化を嗅ぎ取っていた。

 

「だろ?何かあったのかね」

 

「……。あっ、思い出した。きっとアレが関係してるんだろ」

 

まさかテロでも起きるんじゃないだろうなと、心配そうな表情を浮かべるルーフェ軍曹をよそにグローリアの街の様子がおかしい原因に心当たりがあったジーク軍曹は1人頷いた。

 

「アレ?アレって何だ」

 

「いや、俺も兵舎を出る時にチラッと耳にした程度なんだが、何でも総統閣下がグローリアの視察に来ていたそうだ」

 

「へー閣下が来ていたのか。って、過去形という事はもう帰ったのか?」

 

「あぁ、そうじゃなきゃ最重要機密である閣下の行動予定が表に出回る訳がない」

 

「それもそうか。……にしても本土からわざわざ来てすぐに帰るなんて閣下はずいぶん忙しいんだな。せっかくなんだから観光でもしていけばいいのに」

 

街の様子がいつもと違う理由が分かった事で胸を撫で下ろしたルーフェ軍曹は、先程とは一変して軽薄な笑みを溢して呟いた。

 

「バカたれ。俺達の立場で物事を考えるな。お偉方が、それも閣下が気軽に観光なんて出来るかよ。ましてやここはまだ占領されてから日が浅いんだ。いくら統治が上手くいっているとはいえ、無理がある」

 

「それはそうだけどよ。閣下って攻略戦が終わった直後に、ここへ来て設備やら施設やら兵員やらの召喚してただろ?」

 

「……まぁ、確かにな。だが、それは戦略的な目的があったからで、観光なんて遊び目的じゃないだろ」

 

事実を含んだ相棒の言葉にジーク軍曹は少しだけ眉をハの字に曲げながら抗弁した。

 

「でもよ、あの閣下だぜ?案外お忍びでそこら辺を観光でもしてるんじゃないか?」

 

「んなバカな。そんな事をあの鬼の副総統が許す訳がない。何なら明日の朝飯を賭けてもいいぞ」

 

「なんだよ、ジーク。賭ける対象が朝飯ぐらいじゃつまらないだろ?そこは……そうさなぁ、基地のPX(売店)それも、お前が気になっているあの可愛い娘ちゃんがいる第3PXで愛を叫ぶぐらいのレベルがないと」

 

「あぁ、いいぞ?万が一、閣下がまだグローリアにいたらあの娘に告白してやるよ」

 

「なら、決まりだな」

 

ルーフェ軍曹の口車に乗せられたジーク軍曹は、後に絶望の底に叩き落とされる契約(賭け事)を交わしてしまった。

 

「ま、そんな事にはならないだろうがな」

 

自分の判断が後に後悔しか生まないとは露知らず、ジーク軍曹が余裕の顔を見せていた時だった。

 

「――この無礼者ッ!!」

 

「も、申し訳ありません!!どうか、お許しを!!」

 

2人から少し離れた場所で怒声と悲鳴に近い謝罪の声が上がった。

 

「っ、なんだ?」

 

「行ってみるか」

 

「あぁ」

 

ただ事ではない声の様子に、顔を見合わせたジーク軍曹とルーフェ軍曹は駆け出し現場に急いだ。

 

「どうしてくれる!!服が汚れてしまったじゃないか!!」

 

ジーク軍曹とルーフェ軍曹が現場に駆け付けると、そこには怒りで肩を震わせ顔を真っ赤にした若い男が1人。

 

眼鏡を掛け、見るからに神経質そうな顔立ちを般若のように歪め、怒声を飛ばしていた。

 

「お、お母さん……」

 

「大丈夫、大丈夫だからね」

 

そして男の恫喝に怯えながら地面に踞る母子。

 

華奢な体型の母親に庇われている10歳程の小柄な少女は、母親の腕の中で震えていた。

 

「親子に何をするんだクマー!!」

 

「ちょっと服が汚れたぐらいで騒ぐんじゃないクマー!!」

 

更に線は細いが大柄で頭から獣耳を生やし素朴な顔立ちの2人の女性兵士が母子を庇うように立っていた。

 

「服が汚れたぐらいだと!?それはこのゼイル・アーガス伯爵家の三男である僕、ガゼル・アーガスに言っているのか!!」

 

「そうだクマー。というか、そもそも女の子にぶつかったのはよそ見をしていたお前じゃないかクマー」

 

「そうだそうだ、どこぞの貴族の出だからって、しかも高々三男坊が威張っているんじゃないクマー」

 

頭の上から突き出た獣耳を動かしつつ特徴的な語尾を付け喋る2人の女性兵士は背後で踞る母子を庇いながら、対する男に敵意を露にし鋭い八重歯を剥き出しにして今にも襲い掛からんばかりの形相を浮かべていた。

 

「これは一体どういう状況なんだろうか?」

 

「うーん。話を聞くに……あの母親に抱き締められている娘っ子に、あの男がぶつかって男の服が汚れたみたいだな。でこっちの女性兵士2人は母子を庇っていると」

 

騒ぎに引き寄せられ集まって来た野次馬の輪の最前列でジーク軍曹とルーフェ軍曹は状況の把握に勤しんでいた。

 

「なんだ……よくあるような事か」

 

「そうそう。よくある事さ。だから後は憲兵にでも任せて俺達は行こうぜ」

 

「いやいや、ルーフェ。ここは男として兵士として止めに行かないとダメだろ」

 

面倒事は御免だとばかりに、踵を返そうとするルーフェ軍曹をジーク軍曹が諭す。

 

「はぁ?おいおい、ジーク。お前正気か?わざわざ面倒事に顔を突っ込むのはよせって。あっちの男なんて、さっきのセリフから察するに多分カナリア王国の貴族の出だ。奴等はバカみたいにプライドが高いから関わるとうっとおしいぞ。それにここで問題を起こしてみろ、隊長にどやされる程度じゃ済まん」

 

「それはそうだがな――っと、こんな悠長な話をしている暇は無くなったみたいだぞ」

 

「ゲッ、マジかよ。あのクソガキ!!杖を抜きやがった!?」

 

「行くぞ、ルーフェ!!」

 

「あぁ、もう、しょうがねぇなぁ!!小型のコンバットナイフしか持ってないのによ。クソッ、拳銃ぐらい持って来ればよかった!!」

 

状況の急変に伴いジーク軍曹とルーフェ軍曹は、なし崩し的に騒動へ関与する事になってしまった。

 

「おい、お前!!何をしている!!」

 

「街中で正当な理由なく杖を抜く事は禁じられているはずだぞ!!」

 

野次馬の輪の中から進み出て騒動に混ざったジーク軍曹とルーフェ軍曹は、母子を庇う女性兵士を庇うような立ち位置に陣取り、杖を抜いた男に対し声を上げた。

 

「チィッ、次から次へと邪魔者ばかり!!僕の邪魔をするんじゃない!!ちょっとばかり、そこの親子に礼儀を教えてやるだけだ!!失せろ!!」

 

駄目だ、コイツには話が通じない。と言葉での交渉を諦め、ジーク軍曹とルーフェ軍曹が力ずくで男の制圧に移ろうとした時であった。

「貴様ら、街中で何をやっているかッ!!」

 

雷鳴のような雷声が辺りに響き渡る。

 

「「……マジかよ」」

 

ジーク軍曹とルーフェ軍曹は声の主の顔を見るなり目を見開いて驚く。

 

そして幾度か目を瞬かせた後、ようやく我に返って直立不動の体勢を取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

カレンを喫茶店に残して騒動の内容を確かめに来たカズヤは一喝した後、事の中心人物であろう7人をジロッと一瞥した。

 

「事情を説明しろ!!」

 

そう言い放ちながらもカズヤは状況を見て、ある程度の事情を推察していた。

 

大方、あの母親に抱き竦められている少女がこっちの男――恐らくはカナリア王国軍からウチに編入されて最近グローリアに配置された第8魔法大隊所属の兵士にぶつかって服を汚したという所か。

 

男が着ている青色の軍服の腹の辺りがソースみたいな液体で汚れているから、騒動の原因はこれでほぼ間違いないな。

 

それで、こっちのカーキ色の軍服を着た女性兵士2人は母子を庇っていたと。

 

にしても……旧式然とした軍服に加えて頭から突き出た獣耳――熊耳。

 

更には『砲弾を持つクマ』のエンブレムマークがあしらわれたワッペン。

 

ということはアレだな。

 

この2人は第22弾薬補給中隊の所属か。

 

史実じゃモンテ・カッシーノの戦いで弾薬運搬任務に従事した事もあって伍長の階級を得たシリアヒグマ――ヴォイテクがいた部隊だったな。

 

部隊の経歴に因んで、隊の半分を熊人族の獣人で固めてみた部隊のはず。

 

で、最後にデザート迷彩が施されたACU(戦闘服)を着た2人の兵士は――ワッペンのエンブレムマークからして……第75レンジャー連隊の所属か。

 

こっちも母子を庇っているな。

 

ふむ、一概には言えんが……善人、悪人の立場がはっきりしているから騒動の解決には時間を掛けずに済みそうだ。

 

騒動を収め、なるべく早くカレンの元へと戻らねばならないカズヤは単純明快なこの問題の解決に時間を掛けずに済む事を予想し、内心で安堵の声を漏らすのだった。

 

「ハッ、実は――」

 

「なんだ、貴様は!!軍人でも無い部外者は引っ込んでいろ!!」

 

「そうだクマー、一般市民は危ないから下がっているクマー」

 

カズヤの説明を要求する問い掛けに対し、ジーク軍曹が直立不動のまま答えようとした所、事の中心人物である男がカズヤに食って掛かった。

 

加えて最初に母子を庇っていた2人の女性兵士の内1人が、親切心でカズヤに下がっているように忠告を発する。

 

「……軍曹、貴官の名は?」

 

「ハッ、自分はジーク・ブレッド軍曹であります。あちらのは同期のルーフェ・ワックス軍曹です」

 

「そうか、ではブレッド軍曹。この状況の説明を頼む」

 

俺の正体が軍曹達以外にバレていないのを良かったと喜ぶべきか、悲しむべきか。

 

まぁ、よくよく考えたら俺の正体がバレると話がややこしくなるし、バレなくて良かったと思っておこう。

 

変装の効果なのか、はたまた自身の顔の認知度が低いからなのかは分からないが、自分の正体がジーク軍曹とルーフェ軍曹以外の周囲にバレていないことを理解したカズヤは意図的に自身の名と正体を明らかにせず、2人の言葉をスルーしてジーク軍曹に声を掛けた。

 

「――という話のようです」

 

「ふむ、そうか。……つまり、どう考えてもよそ見をしていたお前が悪い。しかも、理不尽な暴力を振るった時点で完全にアウトだ」

 

そして、事情をジーク軍曹から聞き終えたカズヤは端的に男を断罪した。

 

「な、何を!?平民が偉そうな口を利くんじゃない!!何様のつもりだ!!」

 

「はぁ……軍曹。休暇中の所に申し訳ないが、憲兵が来るまでコイツを拘束しておいてくれるか?これ以上うちの兵士として醜態を晒されては叶わん」

 

「ハッ、了解です」

 

「ふ、ふざけた事を言うな!!平民の貴様にそんな事を決める権限は無いぞ!!あ、あんたも何でそんな平民の言葉に従うんだ!!おかしいだろッ!!」

 

カズヤの命を受けたジーク軍曹は、がなる男を無視して拘束に動き出す。

 

「さぁ、大人しくする時間だ」

 

「ッ!?や、やめろ!!来るなッ!!魔法を食らいたいのか!!イタッ!?え、あ、ぼ、僕に触るな!!うわぁ!!」

 

「……弱すぎるだろ。お前、本当にパラベラムの兵士か?」

 

「う、うるさい!!離せぇッ!!」

 

ずんずんと近付いて来るジーク軍曹に杖を向け魔法を使おうとした男だったが、詠唱をする間もなくジーク軍曹に杖を叩き落とされ一瞬で地面にねじ伏せられた。

 

「軍曹殿、ちょっと聞きたい事があるんだクマー」

 

「なんだ?」

 

「あの人は誰なんだクマー?」

 

「偉い人なのかクマー?」

 

「お前ら……やっぱり気がついていなかったのかよ……」

 

「「クマー?」」

 

ジーク軍曹が問題の男をあっさりと拘束した後ろでは、可愛らしく小首を傾げる女性兵士2人の質問にルーフェ軍曹が呆れた顔を浮かべていた。

 

「離せ!!」

 

「往生際の悪い奴だな、お前は。少しぐらい大人しくしてろよ……」

 

「僕に、僕にこんな事をして、ただで済むと思うなよ!!」

 

「はいはい」

 

騒ぎを聞き付けた憲兵がやって来るのを待っている間、ジーク軍曹に拘束され地面に押し倒されている男の脅し文句にカズヤは適当に答えていた。

 

「いいか、よく聞け?僕はな、あの総統閣下の奥方であるカレン・ロートレック様と深い繋がりがあるゼイル・アーガス伯爵の三男、ガゼル・アーガスなんだぞ」

 

ん?なんか、聞いた事のある名前だな。

 

男の口から出てきた名前に聞き覚えがあったカズヤは、古い記憶を掘り起こす。

 

ゼイル・アーガス伯爵……あぁ、カレンが治めていた城塞都市で帝国と戦っていた時にカナリア王国からの増援を率いてきた人か。

 

「そうか、で?」

 

該当する人物を思い出したカズヤは、うんうんと頷きながらカゼルに素っ気ない返事を返した。

 

「で、って……ち、父上に僕がこの事を報告すれば、どうなるかぐらい分かるだろッ!!貴様達には厳罰が待っているんだ!!」

 

「いや、お前の親父さんに告げ口した所で何にもならんぞ?以前はそうやって親の権力を乱用して悪さをしていたのかも知れんが、パラベラムに併合されたカナリア王国――旧カナリア王国領の統治体制は余計な混乱を防ぐために、かつてのモノを流用こそしているが、実情はもう封建制じゃないから貴族の特権や権力は消失しているし」

 

親の威光を笠に着て、何とかしようとするカゼルの言葉をカズヤは真実という刃でバッサリと切り捨てた。

 

「う、嘘だ!!」

 

「残念だったわね、本当の事よ」

 

カズヤの言葉を信じようとしないカゼルの前に、カズヤの事を迎えに来たカレンが現れる。

 

「な!?貴女様が何故ここにッ!!」

 

カズヤの顔は知らずとも、カレンの顔を知っていたガゼルは、予期せぬカレンの登場に泡を食っていた。

 

「何故って、妻が夫の側に居たらおかしい?」

 

「お、夫?」

 

「……あら?」

 

自分の目の前にいる男が誰かなのかを理解していないカゼルにカレンは不思議そうに首を傾げ、カズヤに視線を向ける。

 

「カズヤ?貴方、自分の正体を言っていないの?」

 

「いや、顔を見られたらバレるかと思っていたんだが……案外バレなかったんでもう言わなくてもいいかなと。ほら、バラすと厄介な事になるだろ?」

 

「呆れた……だったら貴方が出ていく必要が無いじゃないのよ」

 

「返す言葉もございません」

 

「全く……この私をほっぽって要らぬ騒動に顔を突っ込むし、私が居るのに別のいい女が居たら鼻の下を伸ばすし」

 

「い、いや、カレンさん?他の女性に目移りして鼻の下を伸ばしたりはしてないと思うんですが?」

 

「そう?……じゃあ、カズヤ。今日これから私以外の女に現を抜かすのは禁止よ」

 

「はい、分かりました」

 

「分かったなら宜しい。だから……わ、私だけを見ていなさいッ!!」

 

「……」

 

顔を真っ赤にして思いの丈を吐き出したカレンに対し、カズヤは一瞬キョトンとした後、ほっこりと笑みを浮かべていた。

 

「クッ、ニヤニヤするな!!この女誑し!!」

 

そんなカズヤとカレンの他者を気にも掛けない会話をよそに、自分が誰に食って掛かっていたのかを理解し始めたカゼルの顔が徐々に青く染まっていっていた。

 

「ま、まさか……そんな、お前が、いや、貴方様が総ッ!?」

 

「おっと。はい、そこまで〜。俺とカレンはこのまま余計な騒ぎを起さずに静かに消えたいんだ。言ってる意味、分かるな?」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

カズヤに頬をグッと握られ、強制的に言葉を途切れさせられたガゼルは、タコの口のように口を突き出しながら頷いた。

 

「「嘘だクマーッ!!」」

 

そんなガゼルの近くでは「あの民間人は変装をされている総統閣下だからな」とルーフェ軍曹からこっそり真実を聞かされた熊人族の女性兵士2人が悲鳴のような声を上げていた。

 



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28

「あの男も間が悪いというか、運が悪いというか……。ま、自分の国の新たな指導者の顔を知らない事が一番悪いのだけれど」

 

「俺としては、あんなテンプレ通りの悪さをする奴が未だに居たことに驚いているよ」

 

憲兵が到着する前に騒動の中心から外へ逃れていたカズヤとカレンは、到着した憲兵に被害者たる母子が手厚く保護され加害者のガゼルが連行されて行くのを離れた所から眺めていた。

 

「しかし楽しみだな。あ、そうだ。カメラも用意しとかないと」

 

「なぁ、あの賭け……本当にやらないとダメか?」

 

「賭けは賭けだからねぇ。ま、当たって砕けてこい」

 

騒動の概要を知る目撃者として、また騒動に関与した参考人として憲兵に出頭を要請されたジーク軍曹とルーフェ軍曹は憲兵の後に続きながら以前の賭けについて話し合っていた。

 

「バカな事を言うんじゃなかった……」

 

軽い気持ちで行った賭けに負け、意気消沈したジーク軍曹の足取りが重くふらついているように見えるのは決して見間違いではなかった。

 

「さて、騒ぎも収まった事だし。とりあえず買い物の荷物を今日の宿へ置きに行こうか」

 

騒ぎが完全に解決した事を見届けたカズヤがカレンの手を取り、そう言った。

 

「……宿?どういう事、カズヤ?この後は本土に帰るんじゃなかったの?」

 

予想外の予定を唐突に聞かされたカレンは少しだけ困惑した様子だったが、それもカズヤの次の言葉を聞くまでの事だった。

 

「いや、な?せっかく2人っきりになれたんだし、どうせなら……その、夜も2人だけで過ごしたいというか……ほら、本土に帰ると護衛やらメイドやら他の奴らが居るだろ?」

 

そう言いつつカズヤは恥ずかしそうに頬を掻き、チラリとカレンに視線を送る。

 

「…………………………ッッ!?」

 

多少の時間が掛かったが、カズヤが言わんとする事を理解した瞬間にカレンはその白い肌を真っ赤に染め上げ、バッと下を向く。

 

「あ、貴方がそんなことととを言うなんて、め、珍しいわねッ!!」

 

「最近一緒にいる時間が、あんまり無かったしさ……カレンと一緒に居たいんだよ」

 

「ッッ!!で、でもカズヤ!?私達は仕事があるから明日の昼までに本土へ帰らないといけないのよ!?そうなると今日の夕方には帰路に着かないと時間に間に合わないんじゃないかしら!?

 

沸き上がる喜びと恥ずかしさのあまり、頭が真っ白になってしまったカレンは自分から帰らないといけない理由を口走ってしまう。

 

し、しまった!?私は何を!!

 

これじゃあ、まるで私がカズヤより仕事を優先してるみたいじゃない!!

 

その事に気が付いたカレンは、カズヤが自身の言葉に頷いてしまわないかと気が気ではなかった。

 

最も、その心配は杞憂なのだが。

 

「あぁ、その点なら大丈夫。超音速輸送機のコンコルドを手配してあるから明日の朝にこっちを出発すれば十二分に間に合う」

 

「そ、そう。そうなの?」

 

「そうなんだ」

 

ふぅ、サプライズは成功みたいだな。

 

カレンが密かに胸を撫で下ろしている事には気が付かず、カズヤは自身のサプライズが上手くいった感触を得て内心でほくそ笑んでいた。

 

書類の作成が手間ではあったが、地球上では定期国際運航路線に就航した唯一の超音速民間旅客機であり、通常の旅客機が飛行する高度より2倍も高い高度をマッハ2で飛行するコンコルドをわざわざ手配してまでカズヤはカレンとより長く一緒に過ごすつもりだったのである。

 

「ま、そういう事で。明日の朝までは2人っきり――」

 

「〜〜〜〜〜ッ、宿はどこ!!」

 

「え?あ、あっちだけど……いや、カレンさん?」

 

「搾り取るッ!!」

 

「何をッ!?ねぇ、俺は何を搾り取られるの!?」

 

いきなりグイッと手を引いて早歩きで歩き出したかと思えば不穏な言葉を口にしたカレンに、カズヤはビビっていた。

 

そして、熱に浮かされ歯止めが効かなくなったカレンにカズヤが引き摺られるようにして連行されている時だった。

 

「さ、先程は失礼しましたクマー!!長門和也様!!」

 

「まさか、パラベラムの総統たる貴方様にこんな所でお会い出来るとは思ってもみなかったクマ!!」

 

カズヤ達を足止めするかのように熊人族の女性兵士2人が行く手に立ち塞がり、興奮気味に声を上げる。

 

2人の頬は赤く上気し鼻息は荒く、キラキラと輝くような眼差しをカズヤに送っていた。

 

しかし、自身の存在を隠匿しておきたかったカズヤからしてみれば2人の行動は堪ったものではなかった。

 

「ばッ!?隠し事を大声でバラすな!!余計な騒ぎをもう1つ起こすつもりか!?」

 

「し、失礼しましたクマー!!」

 

「つい興奮してしまったクマ!!お許し下さいクマ!!」

 

声を潜めて怒鳴るという器用な真似をするカズヤに、2人はハッと口を押さえつつ頭を下げる。

 

「全く……で、一体何の用なんだ?いや、その前にお前達の名は?」

 

「あっ、重ねて失礼しましたクマー。私はツキノ・ワグマー伍長ですクマー」

 

「クマはベア・グリズリー伍長ですクマ。宜しくお願いしますクマ」

 

ショートヘアーの黒髪に八重歯が特徴的で穏和そうなツキノ・ワグマー伍長とセミロングの茶髪に母性溢れる胸、そしてきつめの視線を飛ばす糸目がそっち系の男に喜ばれそうなベア・グリズリー伍長はカズヤの問いに背筋を伸ばして答えた。

 

「ふむ。ワグマー伍長にッ、グリズリー伍長かッ」

 

「「クマ?」」

 

平静を装いながらも時折、悲鳴染みた呻き声を漏らしプルプルと体を震わせながら喋るカズヤにワグマー伍長とグリズリー伍長は怪訝な顔で首を傾げる。

 

どうしたのだろうかと疑念を抱く2人の死角では、早く宿へ行きたいという思惑と自分だけを見ていろという要求を無言で伝えるためカズヤの尻を思いっきり抓っているカレンがいた。

 

「す、少し気になるんだがっ?その語尾とかに付けているクマーは何なんだッ?方言か何かか?」

 

「そうですクマー。お恥ずかしながらまだ故郷の方言が抜けないクマー」

 

「気に障ってしまったクマ?」

 

「いや、こんな事で目くじらを立てたりはしないから安心してくれ。ふぅ……それで、本題に戻るんだが俺に一体何の用なんだ?ガッ!!」

 

カレンの抓り攻撃が止んで一安心したカズヤだったが今度は足をグリグリと踏みにじられ、ついにはっきりと呻き声を漏らす。

 

チラリとカレンを見やれば、いっそ恐ろしいまでの満面の笑みに青筋を浮かべながら黒いオーラを放っていた。

 

マ、マズイ……早く会話を打ち切らないとしばかれる!!

 

カレンの嫉妬ゲージが急上昇していくのが分かったカズヤは早急にこの場から立ち去る必要性に駆られた。

 

「クマ。閣下にはお礼が言いたかったんですクマー」

 

「お礼?何のだ?」

 

「クマー。私達の故郷――カナリア王国にあった寒村が凶作に見舞われて私やワグマー、他の若い娘達が身売りを余儀なくされた時に閣下がカナリア王国を併合して税を3分の1にまで引き下げてくれたお陰で身売りせずに済みましたクマ」

「そのお礼が言いたかったんですクマー」

 

「それだったら礼を言われるまでもない。あれは政策の一環だったんだから」

 

以前自分が行った政策に助けられたというワグマー伍長とグリズリー伍長の話にカズヤは苦笑で答えた。

 

「例えそうだとしてもお礼が言いたかったんですクマー」

 

「そうか。まぁ、だったら礼の言葉はありがたく受け取っておくよ」

 

話の流れ的にこれで会話が終わるとカズヤは確信し、カレンと共に立ち去ろうとしたのだが。

 

「しかし、言葉だけでは大恩人の閣下に申し訳ないですクマー」

 

「だから……閣下さえ良かったら、私達2人を好きにしてもらっていいクマ」

 

ワグマー伍長とグリズリー伍長の爆弾発言に退路を吹き飛ばされてしまった。

 

「カズヤ?」

 

「イギッ!?」

 

いやんいやんと体をくねらせながらカズヤに妖しい流し目を送っている2人を目の当たりにして、額の青筋を増やしたカレンがカズヤの足の甲を踏み抜く。

 

「そ、そういう事は好きな相手とするモンダヨ!!じゃ、そういうことで!!」

 

「あっ、閣下!!待って欲しいクマー!!」

 

「逃げる相手は追い掛けないといけないクマ!!熊人族の女は狙った獲物(男)を逃したりしないクマ!!」

 

「「狩りの始まりクマー!!」」

 

頷くつもりなど毛頭無かったカズヤだが、頷いたら殺すとばかりに睨むカレンに脅された事もあり、カズヤは痛みで裏返った声を発しつつ強引に戦略的撤退に移った。

 

本能に突き動かされノリノリで追い掛けてくる2人の肉食系女子を背に。

 

「貴方が……パラベラムの……総統というのは本当ですか?」

 

ところがカレンの手を引いて逃げ出しかけたカズヤの前に、細い路地からフラフラと出てきた女が立ちはだかる。

 

「ッ!?」

 

今度は何だ!?

 

「もう!!今度は誰よ!?」

 

今日はヤケに厄介事ばかりに見舞われるなぁ。と突然現れた女を前にカズヤは内心で苦笑いを溢しつつ、荒ぶるカレンを宥めていたが女の様子がおかしい事に気が付くと眉をひそめた。

 

裸足に薄汚れた肌着、ボサボサに乱れた長い金髪、そして血走った瞳。

 

何より彼女の右手に握られた小さなナイフ。

 

「……カズヤ」

 

カレンも女の異様さに気が付いたのか、表情を引き締め促すように警戒の色を乗せて小さく呟く。

 

「あぁ、分かってる。カレンは俺の後ろに」

 

現世に未練を残した幽鬼のように怒りと憎しみのオーラを放つ女からカレンを少しでも遠ざけようとカズヤは無意識の内にカレンを背に庇いつつ、腰に隠していたM1911コルト・ガバメントに手を伸ばす。

 

「貴方が……貴方がこの世界に来なけれさえいれば……ロングゲート商会さえ現れなければッ!!私が、私がこんな目にッ!!」

 

警戒を強め不測の事態に備えるカズヤとカレンをよそに、ブツブツと独り言を繰り返す女が徐々にヒートアップしていく。

 

「閣下?どうかしましたクマー?」

 

「もう逃げないんですかクマ?」

 

逃げ出した獲物(カズヤ)がすぐに立ち止まった事で若干不満そうに頬を膨らませたワグマー伍長とグリズリー伍長が状況を理解せぬままカズヤの元に歩み寄る。

 

「来るなッ!!」

 

「「クマッ!?」」

 

背後から歩み寄るワグマー伍長とグリズリー伍長にカズヤが振り返り警告を発した直後であった。

 

「閣下?やっぱり貴方が……あ、ぁぁああああぁあああッ!!」

 

ナイフを握る女がワグマー伍長の発言を切っ掛けに狂ったような奇声を上げながら駆け出す。

 

「カズヤ!!」

 

「チッ!!」

 

腰だめに構えたナイフを両手で握り締め5メートルほど離れた距離から猛然と駆けて来る女にカズヤは腰からM1911を咄嗟に引き抜く。

 

そしてセーフティ(安全装置)を外してハンマー(撃鉄)を起こし、後方のリアサイト(照門)を覗いて前方のフロントサイト(照星)に合致させ、45ACP弾が込められた銃口を女の大腿部に定める。

 

「ッ!?――殺すなッ!!」

 

しかし、いざ引き金を引こうとした時に間近から複数の凄まじい殺気が噴出したため、カズヤは引き金を引く事が出来なかった。

 

というよりも殺気を発する者達に制止の声を飛ばして女を殺さないようにせねばならなかった。

 

「うぐっ!?」

 

カズヤの制止が飛んだのとほぼ同時に、見えないナニかにいきなり首を締め上げられ宙吊り状態に陥った女は苦しみにもがきナイフを地面に落とす。

 

「何が起こっているの?」

 

「何にもないのに女性が宙吊りになっているクマー!?怖いクマー!!」

 

「ホラーだクマ!!」

 

「騒ぐな、2人とも。はぁ……どうやらみんなして出歯亀してたみたいだな」

 

状況を飲み込めていないカレンや伍長コンビにカズヤはため息混じりに答えた。

 

「――マスター、お怪我はありませんか?」

 

「ご無事ですか、カズヤ様」

 

「やっぱりお前達か。千代田にアレクシア――って親衛隊にメイド衆まで……些か騒々し過ぎるな」

 

カズヤ達を取り囲む形で陽炎のような揺らめきが発生したかと思うと、揺らめきの中から大鎌を携えた7聖女と戦闘型の千代田が姿を現す。

 

更に、そこら辺の家屋の中からぞろぞろと重火器で身を固めた親衛隊や直属の武装メイドを引き連れたメイド衆が姿を見せ防御陣形を構築。

 

また空ではUH-60ブラックホークの派生型で非常に高価な特殊部隊作戦用のMH-60KブラックホークがM16A4及びM4A1を狙撃銃として改良した特殊目的ライフルのSPR Mk12 Mod 0で武装した狙撃兵を乗せ、いきなり出現したかと思えば周辺警戒のためか旋回を繰り返していた。

 

加えて人通りの多いグローリアの街中をアメリカ海兵隊御用達の水陸両用型8輪式歩兵戦闘車(IFV)であるLAV-25A2や車体上面ハッチ周辺にブラストパネルと呼ばれる装甲板を追加したり、格子状の増加装甲であるスラットアーマーを追加したストライカー装甲車等からなる車列が2ブロック先の曲がり角から現れカズヤに向かって激走していた。

 

つまる所、不測の事態に備えて大規模な兵力がカズヤとカレンのお忍びデートの為だけに待機していたのである。

 

「あのお方に刃を、刃を向けたな!!女!!」

 

「あぐっ、かはっ!!」

 

「ハギリ、手を離せ。言ったはずだぞ、殺すなと」

 

過剰な兵力が展開された事に少しだけ戦きながらカズヤは襲ってきた女を今にも絞め殺そうとしていた7聖女のティルダ・ハギリを止める。

 

「ハッ、申し訳ありません!!カズヤ様!!」

 

何よりも優先すべき相手に声を掛けられたハギリは悪鬼も裸足で逃げ出しそうな形相から一転、朗らかで人好きのする顔へと瞬時に切り替えカズヤに笑みで答える。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

首に手の痕がくっきりと……下手したら、あのまま首をへし折るつもりだったなハギリめ。

 

これはハギリ以外にも言えるが……忠誠心?が高すぎて制御しきれない所がたまに傷だよ、全く。

 

ハギリの足元で踞りながら咽せている女の姿を視界に入れつつ、カズヤがそんな事を考えているとポケットの中に入れていた携帯に着信が入る。

 

「もしもし?」

 

『千歳です、ご主人様。お怪我はありませんか!?』

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

電話に出たカズヤの鼓膜を叩いたのは、少し焦っているような千歳の声だった。

 

『良かった……。ゴホン、このような事態が発生した以上、そこは危険です。迎えを送りましたので直ちに本土へお戻り下さい』

 

カズヤの無事を確認した千歳は平静を取り戻し、毅然とした口調でそう言った。

 

「分かってる。状況から見て組織的な犯行――前みたいに帝国が差し向けた刺客ではないだろうが、万が一という事もあるからな」

 

一刻も早く帰って来て欲しいという願いが透けて見えるような千歳の要請にカズヤは肯定の返事を返す。

 

『はい。ではお帰りをお待ちしております』

 

「あぁ、また後で」

 

今現在、周囲に展開している部隊の指揮を遠く離れた本土から取っているであろう千歳との電話を切るとカズヤは背後にいるカレンに向き直る。

 

「という訳でカレン。スマンがこれ以後の予定は別の日に」

 

「……分かったわよ」

 

「本当にスマン。って、カレン?」

 

「先に帰るッ!!」

 

期待が裏切られたせいもあって、憤慨しつつカズヤの側を離れたカレンは親衛隊の兵士達に紛れて待っていた直属の部下――幼少期からの付き合いがあるマリア・ブロードに案内され停車した一台のLAV-L――輸送任務に従事するために改造された輸送車型のLAV-25に乗り込むとさっさと帰ってしまった。

 

あちゃーやっぱりご機嫌斜めか……。

 

まぁ、元はと言えば俺が余計な事に首を突っ込まなかったらこうはならなかったんだよな。

 

後で謝りに行かないと。

 

自身の軽率な行動の結果が、カレンとの約束を台無しにしてしまったことにカズヤは強い罪悪感を感じていた。

 

「……はぁ、帰るか」

 

「――フォルテお嬢様!?」

 

「またか?」

 

罪悪感に苛まれながら帰ろうとした途端、聞こえてきた大声にカズヤは思わず頭を抱えたくなった。

 

背後を見れば周辺を封鎖している親衛隊と揉み合いになりながらもこちらに来ようとしている青年の姿があった。

「通してやれ」

 

必死さが感じられる青年の視線がさっき襲ってきた女に注がれているのを確認したカズヤは諦めた様にそう言って、青年を自由にさせる。

 

「あ、あの!!フォルテお嬢様が何かしたのでしょうか?」

 

一目散に女の元へ駆け寄った青年は、女の無事を確かめるとカズヤ達の顔を見渡しながら、そう伺いを立てた。

 

「その前に名を名乗れ、貴様」

 

「ヒッ!!し、失礼しました。僕の名はスティーブ・ジョーンズです。かつてはマーケティング商会で雑用係をしておりました」

 

千代田のドスの利いた言葉に青年は竦み上がりながら答える。

 

「そっちの女は何者だ」

 

「マーケティング商会のご令嬢であるフォルテ・マーケティング様です……正確には“元”ですけど」

 

気弱そうな顔立ちに似合わず、千代田の問いにしっかりと答える青年。

 

しかし千代田のドスの利いた声が余程恐ろしかったのか、寄り添いながら女を支える手が未だに震えていた。

 

「(千代田、マーケティング商会って?)」

 

「(グローリアを中心に流通・販売を行っていた商会の事です。ここらでは最大規模の商会でしたが、我々の諜報機関でもあるロングゲート商会との競争に負け倒産しました)」

 

「(つまり、倒産したマーケティング商会のご令嬢が逆恨みで俺を襲ったという事か)」

 

「(恐らくは。最もロングゲート商会と我々の関係は表沙汰にはしていませんので、マスターを狙ったのは逆恨みというより八つ当たり的な犯行でしょう)」

 

「(それが妥当か)」

 

しかし、ロングゲート商会――直訳して読みを変えれば長門商会。

 

安易だよなぁ……。

 

千代田と小声で言葉を交わして自身が襲われた経緯の推論を立てつつ、どうでもいい事を考えるカズヤ。

 

その脇ではアレクシアから状況説明を、フォルテがカズヤに襲い掛かったと聞かされて狼狽えるスティーブの姿があった。

 

「そ、そんな……!!で、では、フォルテお嬢様はどうなるのですか!?」

 

「もちろん、斬首刑になるだろう」

 

「いいや、絞首刑だね」

 

「違うわ、銃殺刑よ」

 

「何を言っている、火刑だ」

 

「待て、罪人には十字架刑と相場が決まっている」

 

「いんや、石打ち刑さね」

 

「ここは凌遅刑だと思います」

 

「つ、つまり……」

 

口々に残忍な刑罰を声に出す7聖女の面々に、泣きそうになりながらもスティーブは確認を取る。

 

「「「「「「「その女は死ぬ。我らが殺す。神罰の代行者である我々が」」」」」」」

 

スティーブの言葉に対し、口角を吊り上げ狂気的な笑みを浮かべる7聖女達。

 

声を合わせてその口から朗々と紡がれるのは死を告げる言葉。

 

大鎌を持っている事もあって彼女達は、まるで死をもたらす死神を連想させた。

 

「ッ!!フォルテお嬢様はお家が潰れた事で気を病んでしまっているのです!!ですから――」

 

「ですから?」

 

「だからどうした?」

 

「気を病んでいようがいまいが」

 

「関係ない」

 

「重要なのは、あのお方に刃を向けた事」

 

「その事実はありとあらゆる罪より重いのさ」

 

「だから、減刑を求めようなどとは考えないで下さいね」

 

「あ、う……」

 

「貴様に出来る唯一の事は」

 

「ただ伏して許しを請い」

 

「あの女の罪が」

 

「生の剥奪によって」

 

「そそがれる事を祈り」

 

「慈悲の一撃によって」

 

「死する事を眺めるのみ」

 

フォルテの状態を伝えて刑罰の軽減を求めようとしたスティーブだが、狂信者と成り果てた7聖女からは如何なる理由があっても同情を引き出せる余地は無かった。

 

「さて、状況も理解したようだしそろそろよかろう。その女から離れろ」

 

「ま、待ってください!!」

 

「何だ?」

 

「僕が、僕がフォルテお嬢様代わりに……僕が刑を受けます!!」

 

7聖女達のまるで深淵のように光彩の消えた昏い瞳に睨まれ、失禁寸前になっていたスティーブ。

 

しかし、連れていかれる運命にあったフォルテの顔を見て拳を握り締めると意を決しそう言い放った。

 

「身代わり?ハッ、そんな――カズヤ様?」

 

スティーブの決意を鼻で笑い扱き下ろそうとしたアレクシアだったが、自身とスティーブの間にカズヤが割り込んだため、続く言葉を発する事は無かった。

 

「話は大体分かった。俺は無傷だし、このまま見逃してやりたい所だがそれをすれば示しがつかん。しかし、情状酌量の余地もあるようだし……お前が身代わりになる事で手打ちとしようじゃないか。最も刑の執行はこの場になるが」

 

更なる追い打ちを掛けようとしていたアレクシアの言葉を遮り、スティーブの完全に立ったカズヤはM1911コルト・ガバメントの銃口をスティーブの額に突き付けながらそう告げた。

 

真っ直ぐにスティーブを見詰めるその瞳に浮かぶのは何かを確かめ見極めようとする真剣なモノだった。

 

「ッ、ありがとうございます」

 

「だが、殺す前に少し聞きたい事がある。マーケティング商会が没落してご令嬢でも無くなったその女に何故そうまでして尽くす?恩でもあるのか?」

 

「正直に言いますと、フォルテお嬢様には恩はありません。というよりマーケティング商会で雑用係をしていた時にはよくいびられていました」

 

「なら、どうして?」

 

「その……放っておけなかったと言いましょうか、ハハハ……」

 

「底抜けのお人好しか。いや……お前、その女に惚れてるな?」

 

「ギクッ!!そ、そ、そ、そんな僕がフォルテお嬢様の事を好いているだなんて恐れ多い事は!?」

 

「図星か……しかし、好きな相手を庇おうとするのは大層な事だが、お前は死ぬのが怖くないのか?」

 

図星を突かれ、無様な程にキョドるスティーブにカズヤは呆れ顔で問うた。

 

「……怖いです」

 

深い深呼吸をしてから、真顔に戻ったスティーブはカズヤの目を真っ直ぐに見詰めながら言った。

 

「だったら何故?その女しかこの世にいない訳でもあるまい。その女を諦めて違う相手を探すという選択肢もあるだろ?」

 

「それじゃあダメなんです。死ぬのは怖いですが……怖いですが……自分の命欲しさに何よりも大切な人を守れず生きていく事の方が、僕は死ぬよりも何倍も怖いんです!!」

 

腹の底から発せられたスティーブの熱い想いが籠った言葉は驚くほど周囲に響き渡った後、辺りに静寂をもたらす。

 

「……くっ、くくっ、くふっ、くはははははっ!!」

 

思った通りの大バカ野郎だ、こいつは。

 

少しの間を置いて静寂を破ったのはカズヤの笑い声であった。

 

「あ、あの?」

 

「いやいや、ぶふっ、スマン。あまりにもお前の言葉がツボに入ったものだからな」

 

「はぁ……」

 

困惑するスティーブをよそにカズヤの腹は決まっていた。

 

「千代田!!」

 

「お側に、マスター」

 

「俺の鑑定眼によると、こいつはどうやら商才に長けているようだ。商業関連の部門に送って使え」

 

「イエス、マスター」

 

「あと、あっちの病人は精神病院に搬送し、念のため背後関係を洗え“丁寧にな”」

 

「イエス、マスター」

 

カズヤの意を汲んだ千代田は余計な事を何も言わずに、ただ唯々諾々と返事を返す。

 

「え、あの、何を……」

 

状況が理解出来ていないスティーブはカズヤの言葉を聞きながら混乱の極みにあった。

 

縋るような視線でカズヤに問い掛けても、返ってくるのは含み笑いだけであった。

 

「さて、帰ろうか」

 

他人の色恋沙汰ほど面白い物はないし、何よりあんな言葉を聞かされちゃあ、殺せないな。

 

スティーブの熱い言葉で多少の無理を押し通す気になったカズヤはスティーブを処刑せず、2人を生かす事にしたのだった。

 

しかし、この判断が後に吉と出る事などカズヤはまだこの時知るよしも無かった。

 



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29

夜も更けた頃。

 

一連の騒動の後始末と千歳への事情説明及び説得を終えたカズヤはカレンが居る部屋の前に立っていた。

 

理由はもちろん、謝罪の為である。

 

「さて。覚悟を決めろよ、和也」

 

囁くような声で自身に喝を入れたカズヤは意を決してドアをノックする。

 

――コンコン。

 

「カレン?まだ起きてるか?俺だが……」

 

「――お待ちしておりました、ナガト様」

 

ノックしてから数瞬の間が開き、ドアが開かれる。

 

開かれたドアの隙間から顔を出したのはカレンの部下であるマリア・ブロードであった。

 

「中へどうぞ」

 

蒼髪をポニーテールで纏めた長身美女の彼女は来訪者がカズヤである事を確かめるとドアを開け放ち、カズヤを室内へと誘う。

 

「ありがとう。あぁ、皆は先に帰っててくれ」

 

「「「「「ハッ」」」」」

 

付き添っていたメイド衆と部屋の前で別れたカズヤはマリアの案内で部屋の中を進む。

 

「こちらです」

 

「カレ――って、酒クサっ!!」

 

応接間から別室へと通され、開口一番カレンの名を口に出そうとしたカズヤだったが、部屋の中に充満する酒の匂いに思わず悪態を吐いてしまった。

 

部屋の中は凄まじい数の酒瓶で埋め尽くされ、やけ酒の果てに空になった空き瓶がそこらへんに転がっていた。

 

「あぁ〜カジュりゃだぁあ〜〜」

 

予想外の光景にカズヤが固まっていると、呂律が回らず真っ赤にのぼせ上がったような赤ら顔のカレンが、ヘラリと嬉しそうに声を上げた。

 

「……かなり酔ってるな、カレン」

 

四肢を投げ出し直視することが憚れるような、あられもない格好でソファーに横になっているカレン。

 

着ている黒いキャミソールの薄い生地を通して、勝負下着と思われる際どい布地や赤く火照った素肌が見え隠れしていた。

 

「酔ってにゃい!!」

 

「……」

 

いやいや、ぐでんぐでんじゃないか。

 

明らかに嘘と分かるカレンの言葉に、心の中で反論するカズヤであった。

 

「んにゃことにょり、きょきょへきょい!!」

 

自身の隣をバンバンと叩いてカズヤを呼び寄せるカレン。

 

「はいはい」

 

酔っ払いの言うことには逆らわない方がいいと知っているカズヤはカレンに言われるがまま、ソファーに腰を下ろす。

 

「はにぃ、にょみぇ!!」

 

カズヤが自身の隣に腰を下ろした事を確認したカレンは酒瓶を掴み、大きめのグラスにトクトクトクッとアルコール度数の高そうな琥珀色の液体を並々と注ぐと、そのグラスをカズヤの目の前に上機嫌で突き出す。

 

「いや、酒はあんまり……」

 

表面張力の力を限界まで引き出す事で、辛うじて零れていない中身を気遣いながらカズヤはグラスを受け取る。

 

しかし、酒があまり好きでは無いカズヤはグラスに口をつけるのを躊躇っていた。

 

「にゃにっ!?わたしぃのぉ、さきゃがのめにゃいっていうにょ!?」

 

「そういう訳では無いんだが……」

 

「うぅ〜……のみぇッ!!にょまないとこうにょ!!」

 

「はい!!飲まさせて頂きます!!」

 

側に転がっていた空き瓶を振りかざして脅してくるカレンにカズヤは慌ててグラスに口をつける。

 

「〜〜きっつッ!!」

 

煽った酒の酒精が喉の粘膜を焼きながら胃の腑へと滑り込み、胃の中でグツグツと煮えたぎる。

 

そんな光景を幻視したカズヤは、たった一口の酒で根を上げていた。

 

「しょれ、よこしぇ!!わらしもにょむ!!」

 

あまりの酒の強さに眉間に皺を寄せ悶えているカズヤからグラスを奪い取ったカレンは、カズヤが口をつけた場所にわざわざ唇を当て酒を一気に煽る。

 

「あ、そんなに煽るとッ!!」

 

間接キスを堪能しているつもりなのか、一口で大量に酒を飲むカレンにカズヤが制止の声を上げるが既に遅かった。

 

「〜〜〜ゲッフッ……キュゥゥゥーーー……」

 

「言わんこっちゃない」

 

カレンは酒臭いゲップを吐いた後、グルグルと目を回してカズヤの膝の上に崩れ落ちる。

 

酔い潰れたカレンに膝を貸しながらカズヤはやれやれと首を横に振るのであった。

 

「うりゅぅ〜〜カジュリャのバガ〜」

 

「寝ながら文句言ってるよ……」

 

「閣下、少し……お話を宜しいでしょうか」

 

猫のように膝の上で丸くなって寝言を漏らすカレンの頭をカズヤが撫でていると、それまで部屋の片隅に控えていたマリアが近寄ってきた。

 

「あぁ、いいけど。話って?」

 

そう言えば、この人とはあんまり喋った事が無いな。

 

カレンとの話がある時に多少言葉を交わしたぐらいか。

 

そんな事を考えながらカズヤはマリアに席へ着くよう促した。

 

「本題に入る前に、少しだけおとぎ話を」

 

一礼してから対面のソファーに腰を下ろしたマリアは真剣な顔で言葉を紡ぎ始める。

 

「――その昔、ある所に叔父の謀略によって両親を奪われた貴族の少女が居ました。両親を殺され自身も身内から命を狙われるという最悪の状況の中、彼女はその類い稀なる才覚を持って叔父を返り討ちにし名家の家長となりました。しかし、身内から命を狙われた事が切っ掛けで人間不審に陥っていたのです。また叔父にその体を狙われていた事もあって男を毛嫌いするようになっていました。そして、そんな事があったからなのか彼女は女の幸せを望む事を諦め貴族としての責務にのめり込んでいったのです。ですが、そんな彼女にもようやく春が訪れたのです。相手は街を視察中に出会った青年。たった1日だけの邂逅で出会い方は決してロマンチックな物ではありませんでしたが、その青年と出会ってから彼女はガラリと代わり、年相応の笑顔を周囲に見せる事が増えました。けれど、その幸せな時間が長く続く事はありませんでした。突如隣国の大国が攻め寄せて来たのです。圧倒的劣勢の中、来るかどうかも分からない援軍を待ちながら戦い続け、ついに防御の要が1つ失われた時でした。白馬の王子さまが少女の元に駆け付けたのです。見たこともない武器で敵を凪ぎ払い命を賭してやって来た白馬の王子さまの正体は、少女が心の奥底で想いを募らせていたあの青年でした。義務では無く責務でも無くただ純粋に少女を救うためだけに馳せ参じた青年に少女は色々な意味で救われたのです。そして紆余曲折があった後、少女と青年は結婚し夫婦となりました……」

 

「……」

 

“おとぎ話”が終わると部屋に静寂が訪れる。

 

唯一聞こえるのは規則的な寝息を立てるカレンの呼吸の音だけ。

 

そんな中でカズヤは心の内を見透かすような鋭い視線を飛ばすマリアと真っ向から見詰め合っていた。

 

「私はこの物語の主人公に幸せになって欲しいと常々思っています」

 

「……」

 

「彼女が幸福を得るためならば、私はどんな苦労も厭いません。どんな対価でも支払いましょう。ありとあらゆる敵を討ち払い彼女の幸福を成就させてみせましょう」

 

「……」

 

「そして、万が一彼女が悲しむような事があれば、相手が大国の独裁者であろうと億の兵士を顎先1つで使える者であろうと、私は剣と杖を取ります」

 

その事を努々お忘れにならぬよう。そう続け口を閉ざしたマリアは最後に破顔しカズヤへ笑い掛けた。

 

この人……まるで俺に対する千歳だな。

 

この手合いは敵に回すとヤバイ。

 

まぁ、敵に回すつもりは無いが。

 

マリアへの評価をガラリと変えながら小さく頷いたカズヤは口を開く。

 

「……そうか。で、本題は?」

 

「はい。もう少しだけでも宜しいので、カレン様の事を気に掛けて頂けませんでしょうか?我が主は妙な所で義理堅いと言いましょうか、与えられた責務を第1に考える所がありますので。例えるならば、誰よりも貴族らしくあろうとする貴族のような感じかと」

 

「分かった。他には」

 

「以上です。私のような下賎な者のお話を聞いて頂きありがとうございました」

 

「いや、いいさ。色々と考えさせられる話だったしな」

 

「そうですか。では、私はこれで失礼いたします。カレン様とどうかごゆるりと」

 

そう言い残してマリアは部屋を出ていった。

 

「……ま、残りの人生は後悔を残さないように過ごすさ」

 

寝息を立てるカレンと2人っきりになったカズヤは自嘲気味にそう呟き、膝から下ろしたカレンの隣で横になるのだった。

 



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凄惨なバレンタインデー

投稿したとばかり思っていたら、投稿していませんでした。
(;´д`)

思いっきり時期がずれましたが、とりあえず。



事の始まりはフィーネと廊下を歩いていた時の事だった。

 

威圧感を与えるようなキリッとした黒い軍服に身を包んだ親衛隊の女将校が行く手に立ち塞がる。

 

彼女は頬を赤らめ両手を後ろに隠しながら、チラチラと意味ありげな視線を送っている。

 

「か、閣下!!」

 

「ん?クリスティか。どうした?」

 

よく知る相手を前に気楽な態度で応じるカズヤ。

 

その隣では事の成り行きを見守るフィーネが、何かを思い詰めたようにも見える女将校の一挙手一投足に目を配っていた。

 

「あ、あの!!もし宜しかったらなのですが……」

 

いつもとは違い強気なクールビューティーが鳴りを潜め、どこか弱々しく見えるクリスティは躊躇い気味に“それ”をカズヤに差し出す。

 

「これは……」

 

クリスティが後ろ手に隠していたモノ。

 

それはピンク色の包装紙と赤いリボンで綺麗にラッピングされたハート型の箱だった。

 

「その、今日はちょうどバレンタインデーでしたので……」

 

「そうだったのか……いや、嬉しいよ。ありがとう」

 

これまでは自分に全くもって由縁が無かった日であったため意識していなかったが、バレンタインデーにチョコレートを貰うという事実にカズヤは照れくさそうに箱を受け取る。

 

「で、では、私はこれで失礼します!!」

 

「あっ……行っちゃったよ」

 

チョコレートを手渡す事に成功したクリスティは、やり遂げた表情を浮かべながら走ってどこかへ行ってしまった。

 

「カズヤ、バレンタインデーってなんなの?」

 

「あぁ、俺の居た世界での風習みたいなもんだ。簡単に言えば女性が気になる男性に想いを伝えたり、親しい人に親愛を示すためにチョコレートを渡したりするんだよ。確か……」

 

「そうなの、ふーん。想いを……」

 

カズヤの言葉に、手を口に当てて深く考え込むフィーネ。

 

「カズヤ。ごめんなさい、少し急用を思い出したの。これで失礼するわ」

 

「あ、あぁ、そうなのか。じゃあ――って、速ッ!?」

 

そして、急用を思い出したと言ってフィーネは凄まじい速さでカズヤの側から消えたのだった。

 

 

「お疲れ様です、カズヤ様」

 

「あぁ、伊吹」

 

フィーネが居なくなった後、所用を済ませたカズヤが自室に帰ろうと歩いていると伊吹と“偶然”にも廊下で遭遇した。

 

「そう言えば……今日が何の日かご存知ですか?」

 

少しの雑談の後、伊吹がそう切り出す。

 

「あぁ、クリスティに言われて初めて思い出したんだがバレンタインデーだろ」

 

「…………………………クリスティに言われて?初めて思い出した?」

 

ということは、出遅れた!?

 

もう少し早ければ自分がいの一番にチョコレートを手渡す事が出来たと知って伊吹はガクッと肩を落とす。

 

こうなるのであれば、渡すタイミングなど見計うのでは無かったと内心で嘆くも、後の祭りである。

 

「どうかしたのか、伊吹?」

 

「い、いえ。何でもありません。その、私もチョコレートを作ってきましたので宜しければ」

 

そう言って伊吹はシンプルな細長い箱を差し出す。

 

「おぉ、ありがとう。伊吹」

 

「喜んで頂けたようでよかったです」

 

どこか影を背負いつつだが、カズヤにチョコレートを手渡せた伊吹はニコニコと笑っていた。

 

 

「あれ、カレン?どうしたんだ、そんな所で?」

 

伊吹と別れたカズヤは自室の部屋の前をうろうろするカレンを見つけた。

 

「ッ!!い、いつからそこに!?」

 

赤くなって身悶えたり、青くなって蹲ったりと奇行を繰り返していたカレンはカズヤの声を耳にした途端ピキッと硬直し、ギギギッと首を声の方に向けると羞恥心を誤魔化すように叫んだ。

 

「いつからって……今さっきだけど……」

 

「ゴホンッ、ならいいわ」

 

カズヤの答えに安心したように咳払いをするカレンだが、奇行をバッチリ見られていた事には変わりない事に気が付いているのかどうか。

 

恐らくは、そこまで頭が回っていないというのが正解であろう。

 

「実は貴方に渡したいモノがあってね、はい。これ」

 

素っ気なくそう言ってカレンは押し付けるようにカズヤへ四角い箱を手渡す。

 

「なんでも?バレンタインデーという日があると聞いて?ちょうど手元に良さげなチョコレートがあった事だし、貴方にも裾分けして上げようと思って?」

 

何でもない風を装いながら、その慎ましやかな胸の前で人差し指をモジモジと突き合わせるカレン。

 

言葉とは裏腹に頭部のツインドリル――縦ロールの巻き髪が不安気に揺れている。

 

「でも、カレン。これどう見ても手作り――」

 

しかし、気合いと愛情が込められた中身を確認したカズヤによって建前を崩されてしまった。

 

「ここで蓋を開けるんじゃないわよ!!」

 

「ゲフッ!?」

 

「い、いいわね!?それは決して貴方のために私が丹精込めて作ったとかいうんじゃないんだからねッ!!た、たまたまあったモノを渡しただけなんだからッ!!」

 

羞恥心のあまり、カズヤの腹に拳を叩き込んだカレンは箱を死守しつつ崩れ落ちるカズヤにそう言い放った。

 

そして、床に踞るカズヤを放置し真っ赤になりながら逃げ去ったのだった。

 

ナ、ナイスツンデレ。

 

バカな事を考えるカズヤにカレンの一撃はちょうどいいモノだったのかもしれない。

 

 

「カ、カズヤ。少しいいかしら」

 

自室にいたカズヤの元を訪れたのは、急用を思い出したと言ってどこかへ去って行ったはずのフィーネだった。

 

「フィーネ?いいけど、急用はもういいのか?」

 

「えぇ、もう片付けたから大丈夫。それで、その、渡したいモノがあるから私の部屋まで来てくれない?」

 

「分かった」

 

頬を赤らめるフィーネの姿に、ビビッと来たカズヤは期待に胸を膨らませながらフィーネの後に続く。

 

片や恥ずかしそうに俯き、片や嬉しそうに胸を張りながら。

 

桃色の緊張感を漂わせ廊下を移動する2人の姿は端から見て、砂糖を口から吐き出すに事足りるモノであった。

 

「それじゃあ、カズヤは先にリビングに行って待っててくれるかしら」

 

部屋にカズヤをまんまと招き入れたフィーネは冷蔵庫の中にしまってあるチョコレートを取りに行くべくカズヤにそう告げた。

 

「ん、分かった」

 

フィーネに言われるがまま、カズヤはリビングへと繋がる廊下を歩く。

 

そして、リビングへ繋がるドアを開け――

 

「お、ようやく来たね。もう少しでチョコレートが溶け落ちる所だったよ」

 

「カーズーヤ♪早く私を食・べ・て♪」

 

――無かった。

 

そう、決してドアの向こう――リビングの中でチョコレートまみれになっているアミラとリーネの姿など目の当たりになどしていない。

 

「あら?カズヤ、何かあったの?

 

「……」

 

「なに?部屋の中に何か居た――」

 

後からやって来たフィーネに無言で道を譲るカズヤ。

 

カズヤの行動に小首を傾げながらドアを開いたフィーネは室内の光景を見た瞬間、ドアを力強く閉める。

 

「ごめんなさい、カズヤ。また急用が出来ちゃったみたい」

 

フィーネはフゥー、フゥーと荒い息を吐き、わなわなと震えながらそう言った。

 

「それとこれ、バレンタインデーのチョコレート作ったの。急いで作ったからあんまり自信が無いのだけれど、良かったら後で食べてね」

 

「あぁ、ありがとな。嬉しいよ」

「喜んでもらえて嬉しいわ。じゃあ、またね」

 

ぎこちない笑み浮かべるフィーネとカズヤが別れた直後、建物を揺らすようなフィーネの怒声が響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

「〜〜♪」

 

ご機嫌な様子で紅茶の準備を進める彼女を眺めつつ、カズヤは生まれたての小鹿のように震えていた。

 

フィーネの部屋を後にし、真っ直ぐ自室へ帰ったはずなのに気がつけば彼女――イリスの部屋に居たのだから。

 

あ、ありのまま今起こった事を話す。

 

俺は自分の部屋へ帰ろうとしていたんだ。

 

だが、自分の部屋の扉を開いたと思ったら、いつの間にかイリスの部屋にいた。

 

な、何を言っているのか分からないと思うが、俺も何が起きたのか分からない。

 

催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃない。

 

もっと恐ろしいものの片鱗を味あわされたんだ……。

 

「お兄さん?どうしたんですか、顔色が悪いですけど……」

 

「い、いや、アハハハッ。何でもないよ」

 

「そうですか?ならいいんですけど」

 

カズヤの内心をよそに準備が整ったのか、イリスが皿に盛られたチョコレートや紅茶が入ったティーカップを机の上に並べていく。

 

「バレンタインデーという風習があると聞いてからお兄さんに私の手作りを食べて欲しくて、前々から準備していたんです。たくさん食べて下さいね♪」

 

「ありがとう。頂くよ」

 

イリスの“手作り”のチョコレート。

 

何がとは言わないが危険度を増したソレ。

 

以前の凄惨な出来事を彷彿とさせるようなチョコレートを食べるべくカズヤは手を伸ばすが(生存)本能が邪魔する。

 

プルプルと震え、空中をさ迷うカズヤの手。

 

「フフッ、お兄さん。大丈夫ですよ?今回は薬なんて入れていないですから」

 

そんなカズヤを見かねたのか、イリスが妖艶な表情を浮かべながら呟いた。

 

「ギクッ!?……い、いや、そんな事は考えてもいない……よ?で、でもまぁ、そうか、そうか。……い、頂きます」

 

イリスの言葉に胸を撫で下ろしたカズヤは、少しだけ安心してチョコレートを口に運ぶ。

 

「うん、おいしい。うん、うん、うまい」

 

チョコレートに異常が無いことを自身の舌で確認したカズヤは、あらぬ疑いを掛けてしまったイリスに謝罪するかのように、3つほど続けざまにチョコレートを口に放り込んだ。

 

「良かった。あ、紅茶も飲んでみて下さい。おいしく淹れられるように練習もしたんですよ」

 

「ズズッ、うん。うまい。紅茶の……紅茶……こう……こ……」

 

得意気に話すイリスに従って紅茶を口にするカズヤ。

 

一口飲んでみれば素直に美味しいと感じる紅茶に頬を綻ばせ、イリスに賛辞の声を送ろうとする。

 

しかし、体を襲った突然の痺れと意識の混濁にカズヤは座っていたソファーの上に倒れてしまう。

 

「イ、イリス?く、く、薬は……入っていないって……」

 

カズヤの霞む視界に映るのは対面のソファーから移動し、自身の眼前でしゃがみ込み、頬に手を当ててワラうイリスの姿。

 

「……フフッ。お兄さんって素直で凄く優しいですよね?」

 

カズヤの問い詰める言葉にイリスは嬉しそうに答える。

 

その顔に浮かぶのは年不相応のゾッとするような色香。

 

見るものを全て魅了するような恐ろしくも美しいモノだった。

 

「今回は(チョコレートに)薬“なんて”入れていないって言ったら、私を信用してすぐに食べてくれるんですから」

 

「知ってますか?お兄さん。お兄さんが最初に食べたチョコレートには私の(ズキューン)が。2つ目には(ドキューン)が。3つ目には(バキューン)が。そして4つ目には(ピー)がタップリ入れてあったんですよ?」

 

「お兄さんがチョコレートを一口食べる度に、お兄さんが私色に染まっていく気がして……興奮のあまり、もう、もう私のここが、こんな風にドロドロになっちゃいました」

 

「あ、紅茶に入っていたのは弱い痺れ薬と強い催淫薬なので安心して下さいね?え、痺れ薬を入れた理由?それは、その、滅茶苦茶にされる前に私もお兄さんの体を感じたいというか……だ、だから、体が痺れている間は私にお任せ下さい。痺れが消えた後は悪戯をしたイケナイ娘をたっぷりと思うがままじっくり折檻して下さい」

 

朧気な意識の中、イリスの言葉が右から左へと通り抜けていく。

 

「なん……で、こ…んな事……を?」

 

虫の息となっているカズヤの口からこぼれ出た最後の言葉にイリスは愉しそうに答える。

 

「お兄さん、こんな格言を知っていますか?『戦争と恋は勝った者が正義』だと」

 

「お兄さんを手に入れられるなら、どんな手段だって合法なんです」

 

「それでなくともお兄さんの周りにはお邪魔虫が多いんですから。並み居る強敵を打ち負かすなら容赦をしてはいけません。取るべき手段が非道だからって悩むなんてもっての他です」

 

「というか、お兄さんも悪いんですよ?使える姉の予備としてしか存在意義の無かった出来損ないに、子を孕むための肉としての利用価値しか見出だされていなかった女に、薬物のように依存性のある愛情を与え、しかも暗く閉ざされた世界から全てが光輝く素敵な世界へと連れ出してしまったんですから。責任はしっかり取ってもらいます」

 

「それにほら、常識や外聞を捨てたからこそ、こうして私はお兄さんを手に入れられているんです」

 

「ッ、ちょっと我慢が出来なくなってきました。そろそろ始めましょうか、お・に・い・さ・ん♪」

 

真っ白な肌が視界一杯に広がるのを認識したのが、カズヤにとって最後となる視覚情報であった。

 

 

 

「た、大変な目にあった……」

 

ヨロヨロと廊下を歩くカズヤの頬は痩せ痩け、まるで生気を抜き取られたミイラのようだった。

 

「ご、ご主人様!?一体どうしたのですか!?まるで重病人ですよ!?」

 

「千歳……か?」

 

廊下を歩くミイラモドキに千歳が慌てて駆け寄る。

 

「さ、私の肩に掴まって下さい」

 

「す、済まない……」

 

「とりあえず、ご主人様の部屋へ」

 

偶然にも衰弱したカズヤを発見した千歳は慌てつつも的確に対処を行い、カズヤに肩を貸しながら安静に出来る場所を目指す。

 

「さ、こちらに横になって下さい」

 

目的地へと到着した千歳はカズヤを寝室へ運び、ひょいとカズヤを抱き上げベッドに横たえる。

 

「ご主人様、何があったのかは後でお聞きします。ですから今はこれを食べ、お休み下さい」

 

そう告げ、千歳がカズヤの口に放り込んだのはバレンタインデー用に自分で用意した手作りのチョコレートだった。

 

「……甘い」

 

「こういう時にこそ、甘い物がよく効きます。準備しておいて良かったです」

 

「悪いな……」

 

「いえ、今はゆっくりとお休み下さい。私はご主人様のお側に居りますから」

 

ずっと。そう続いた慈愛の籠った千歳の言葉にカズヤの意識はすぐに闇に落ちていった。

 

自身の手を優しく握ってくれている千歳の存在――献身的な唯一無二の女性に全てを委ねつつ。

 

―――

――

 

フッとカズヤの視界が開ける。

 

「〜〜ッ!!はち……回め……ふぅ……はぁ、はぁ、んんっ、あ、気が付きましたか?お兄さん。さっき気を失ってしまったようでしたけど。んふっ、意識があるなら一緒に愉しみましょう?」

 

悪夢は続く。

 

どこまでも。

 



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30

登場人物の改訂に時間を取られたため、若干短めです(;´д`)


来るべき最終決戦に備えエルザス魔法帝国の帝都フェニックスで着々と戦いの準備が進められている中、憎悪と殺意を胸に宿した男が動き出そうとしていた。

 

「――種が芽吹いた……頃合いか」

 

帝都の宮殿にある一室。

 

レンヤと利害関係の一致から共闘関係にある男は自身のために用意された豪華な部屋の中で重い腰を上げる。

 

特別に誂えられた左腕の義手を肩口に填め込み、魔力を通す事で実際の腕と大差の無くなったそれの動作を確認し、ドラゴンの固い表皮を重ね合わせて作られた特製のレザーアーマーを身に付け、フード付きの黒いマントを羽織り、そして自身の心に蓋をするかのように顔全体を覆う鋼鉄の黒い仮面を被る。

 

仮面に開けられた2つの穴からは男の昏い瞳が覗いていた。

 

「待っていろ、長門和也。貴様は俺が殺す」

 

準備を整えた男がドアに向かう途中、握り締められていた拳が不意に開かれる。

 

瞬きをするような僅かな間をおいて、男の手の内に武器が現れた。

 

それは西部開拓時代にガンマンやカウボーイ、アウトローがこぞって使用したレバーアクション式のM1873ウィンチェスターライフルであった。

 

彼の銃は帝国軍が主に使っている先込め式の滑腔式歩兵銃であるマスケット銃や最近になって部隊への配備が進められている新式歩兵銃――マスケット銃の銃身に改修を施しミニエー弾と呼ばれる独特の弾薬を使用する事で飛距離と命中精度、更には連射能力が飛躍的に向上したミニエー銃よりも一歩も二歩も先を行く性能を誇る。

 

また特筆すべき点が1つある。

 

それは内蔵されているチューブマガジン(管状弾倉)内に最大で14発の44-40センターファイヤ実包をあらかじめ装填しておく事で、発砲時には銃の機関部下側に突き出た用心鉄を兼ねたレバーを下方に引き下げ、それをまた定位置に戻すことで薬室から空薬莢を排莢すると同時に次弾を装填するという機構が備わっているという事。

 

つまり、1発1発の再装填に労力を費やさねばならなかった単発式のマスケット銃やミニエー銃とは違い、連射による高火力の投射が可能なのである。

 

「お待ちしておりました。大隊指揮官殿」

 

M1873ウィンチェスターライフルをスリング(肩ひも)で肩に吊り下げ宮殿を闊歩する男の前に銀髪の美女が現れた。

 

人よりも起伏が激しい体に黒い肌、そして銀髪から覗く尖った耳。

 

一見するとダークエルフである彼女だが実際はダークエルフと人間の間に生まれた混血児であった。

 

「……何をしている?モンタナ。貴様を招集した覚えはないぞ」

 

「確かに招集命令は受けていません。しかしながら、大隊指揮官殿が出陣なされるのであれば、我らもお供致します」

 

「“我ら”だと?」

 

1歩後ろを付いてくる美女――モンタナとぶっきらぼうに言葉を交わしながら男は宮殿の正門を開け放つ。

 

重厚な門が音を立てて開き、パッと広がった視界に入り込むのは宮殿前の広場に集まった馬とその手綱を握る兵士達の姿。

 

彼らは帝国の貴族がおもしろ半分で犯した妖魔や獣人の血を引くハーフ、クォーターであり帝国に於いては迫害の対象で塵程の価値も無い存在。

 

そんな価値も無い存在をかき集めて訓練と教育を施し部隊化したのが、他でもないこの男であった。

 

「ロスト・スコードロン。総員500名。フル装備で今すぐ出撃可能です」

 

「いらん、足手纏いだ」

 

「はい、我らは貴方様にとって足手纏いにしかなり得ません。ですから、どうぞ戦いの最中お使い潰し下さい」

 

男の突き放つ言葉にモンタナは何故か嬉々として答える。

 

「1つ聞く。クソ溜めの中から引き上げてまともな地位をくれてやったのに、何故死地へ向かおうとする」

 

「それが我らを人として扱って頂いた貴方様への恩返しになると考えているからです。この命、どうか貴方様の為に使わせて下さい」

 

「……貴様らがそう行動する事を見越して俺が目を掛けていたとしてもか?」

 

「貴方様の崇高なお考えは我らには計りきれません。故に我らと共に過ごして頂いた日々が我らに取っての事実。ただその事実だけが重要なのです」

 

暗に計算尽くの行動だったと聞かされてもモンタナの態度は変わらず、男に絶対の忠誠を捧げ続ける。

 

「そうか。そこまで分かっているのであれば情け容赦なく使い潰させてもらおう」

 

モンタナを引き連れ整列する兵士達の眼前へと進んだ男は仮面の下で口を歪ませた。

 

その歪んだ笑みが意味するのは果たして喜びだったのか、真相は定かではない。

 

用意されていた馬の背に騎乗した男は兵士達を見渡しながら口を開く。

 

「……総員傾注!!これより我がロスト・スコードロンはパラベラムが総統、長門和也の首を取りに行く!!これが成功すれば貴様らは真の意味で人として扱われるであろう!!総統殺しの英雄として歴史に名を残せ!!クソ溜めの中で生きていた貴様らの存在を世間に知らしめろ!!」

 

「「「「オオオオオォォォォーーーッ!!」」」」

 

失ってもよい、又は元から居ないものとしての意味でロスト・スコードロンと名付けられた部隊に所属する彼、彼女らは主と定めた男の檄に割れんばかりの声で答える。

 

「総員騎乗!!大隊指揮官殿に続け!!」

 

モンタナの威厳に満ちた美声が響渡ると兵士達が馬に騎乗し、隊列の先頭を行く男の後に続く。

 

慣例通りであれば、宮殿から部隊が出陣する際には帝国市民の見送りがあるはずなのだが、この出陣が急な事であった事と部隊がロスト・スコードロンであったことが関係し、見送る者は誰一人として居なかった。

 

そんな見送る者の居ない悲しき出陣は、その勇猛なる活躍と悲劇に満ちた散り様の始まりとして後世に長く語り継がれる事になる。

 

 

「ん?ゲッ!?あいつは勝手に何をやっているんだ!?」

 

宮殿の廊下を歩いていたレンヤはチラリと窓の外を見て、偶然目撃した出陣の光景に驚愕の声を漏らした。

 

「あの野郎……この前は『今はその時では無い』とか言っていたくせに……!!つーか、出るなら俺に一言ぐらい掛けてから行けよ!!」

 

この差し迫った時期に勝手が過ぎる、と続けながら好き勝手に動き回る同僚に憤るレンヤ。

 

「……ま、いいか。あいつが敵をかき回してくれれば、研究に使える俺の時間が増えるし」

 

しかし、すぐに気を取り直すと自身が行っている目下の研究の事にに意識を向けた。

 

出陣の光景から視線を外したレンヤは廊下を出て宮殿の裏手にある建物に入る。

 

中には何も無く、だだ広い室内が広がっているだけであったが、部屋の中央にポツンとあった台座にレンヤが手を当てて魔力を流し込むと床から無色透明の液体に満たされた無数のフラスコが現れる。

 

「フフフッ、順調だな」

 

人一人がすっぽり入る程の大きさのフラスコの中には、年若い女性達が管に繋がれて入っている。

 

皆一様に容姿が優れており、どこか神々しさを感じさせた。

 

また、この場にいる半数程の女性は背中から純白の羽が生えていた。

 

「あぁ、俺の愛しい天使達。早く目覚めてくれよ?俺の最終目的の為にも。そして……敵を殺すためにも」

 

帝都に迫っている異教徒を討ち滅ぼすため等と適当なお題目を並べてローウェン教教会から敬虔な女性信徒を集めて人体の強化実験を行ったレンヤは、実験に成功し人ならざる者へと変質した彼女達を我欲に満ちた視線で舐め回しつつ不敵な笑みを浮かべた。

 

「例の計画もうまくいっているし。クククッ、このまま行けば奴らの驚く顔が見えるな」

 

強化実験の結果、人としての枠組みを外れ新たなる種族――『天使』として生まれ変わった女性達。

 

その恐ろしいまでの美貌を公衆の面前に晒し、満ち満ちた魔力を使い破壊を撒き散らす日は刻一刻と迫っていた。



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31

「……ぅ、うーん。ッツ!?イタタタ……私とした事が飲み過ぎたみたいね」

 

やけ酒に溺れ、知らぬ間に眠っていたカレンはズキズキと痛む頭痛で目を醒ました。

 

いつの間に寝たのかしら。

 

記憶が全くないわ。

 

はぁ……部屋は悲惨な有り様だし頭はズキズキするし喉はイガイガするし……ふん、それもこれも全部カズヤが悪いんだから。

 

あちらこちらに酒瓶が転がっている自室の様子を一瞥し内心でため息を漏らす。

 

昨日の記憶を吹き飛ばした原因であるやけ酒の元凶たるカズヤの事を脳裏に浮かべながらカレンはもやもやとした思いを抱いていた。

 

「マリア、悪いけど水を取って――……マリア?どこに行ったのかしら、あの子は」

 

呼べばすぐ飛んで来るはずの忠臣の姿が見えない事にカレンは首を捻る。

 

「しょうがないわね。うっ……ずいぶんと酷い格好ね……」

 

居ないのであれば致し方ないと自分で水を取るべく立ち上がったカレンは鏡に映った自分の格好を見て呻く。

 

縦ロール――ツインドリルの髪型はぐちゃぐちゃに乱れ、口元には涎の垂れた跡。

 

着ている黒いキャミソールも寝相でついたシワでしわくちゃ。

 

しかも、よくよく見てみればやけ酒の影響か、全身がむくんでいた。

 

「カズヤにはとても見せられない姿ね……昨日の夜も悲惨だったろうし、マリアに誰も入れないように言っておいて正解だったわ」

 

酒癖はあまり良くないし。と続け自身の姿を省みてカレンは1人胸を撫で下ろす。

 

こんな酷い姿は愛する者に見せられないという乙女心があったからだ。

 

「――俺がどうかしたか?」

 

ところが、カレンの乙女心は一番見られたく無かった人物の声によって引き裂かれる。

 

「……」

 

ギギギッと首をゆっくりと回したカレンは背後の扉から現れたカズヤを見て固まった。

 

青から白、そして最後には真っ赤になるカレンの顔。

 

「ど、どうしたカレン!?気分が悪いのか!?」

 

コロコロと変わるカレンの顔色に、吐き気でも催したのかと思い慌てたカズヤは咄嗟にゴミ箱を掴んでカレンに駆け寄る。

 

「み、見るなああぁあぁぁーーー!!」

 

「あべしッ!!」

 

しかしながら、カレンの身を案じたその行動が余計にカレンの羞恥心を刺激してしまった事で、カズヤはカレンの元に駆け寄った直後、平手で思いっきり頬を張り倒されたのだった。

 

 

「カズヤ、ちょいと頼みがあるんだけどいいかい?」

 

「ん?アミラがそんな事を言うなんて珍しいな。で、どんな頼みなんだ?」

 

カレンと“仲直り”をした後、自身の執務室にいたカズヤは千歳とリーネを引き連れやって来たアミラの言葉に首を傾げた。

 

「ちょっと妖精の里に行って病人を助けてやって欲しいんだよ」

 

「妖精の里?」

 

「そう。妖精の里。何でも妖精王の娘が変な病気にかかってしまったらしくてね。最初は妖精王も自分達で病気を治そうと手を尽くしたらしいんだけど、治るどころか悪化する一方で手に負えないそうなんだ。それでどんな怪我だろうと、どんな万病だろうと癒す力を持つカズヤに治してもらえるように頼んで欲しいと妖精王が私に連絡を寄越して来たのさ」

 

カズヤの頬にうっすらと残る手のひらの痕や、わざとらしく首筋に残されたキスマークを見て大体の事情を察したアミラは真面目な表情とは裏腹に内心で苦笑していた。

 

「治すのは構わないが、妖精はかつての妖魔連合国――妖魔達の連合にも加入せずに独立独歩の体制を貫いて他種族との関わりを断っているんじゃ無かったのか?」

 

「ご主人様、それは少し違います。妖精は――」

 

「妖精は他種族との関わりを断っているんじゃなくて、大切に守っている世界樹を悪い奴らから少しでも遠ざけるために関わりを断つしか無かったの。それに妖精は独立独歩じゃなくてアマゾネスの一族と共存関係にあるんだよ。妖精がアマゾネスに精霊の加護を与えて、アマゾネスが外敵から妖精と世界樹を守る。彼女達はそんな共存関係を築いているんだから」

 

千歳の言葉を遮り横から割り込んだリーネはカズヤの元にトテトテと駆け寄ってカズヤの腕の中に体を沈ませる。

 

セリフを奪われたばかりか、実に羨ましい事をしているリーネに千歳は嫉妬に満ちた眼差しを送っていた。

 

「そうだったのか。まぁ話は分かった。それで出立はいつに?」

 

「あー急で悪いんだけど、今日の夜にでも出てくれないかね」

 

腕の中で微睡むリーネを撫でているカズヤにアミラは頬を掻きながら告げた。

 

「それはまた……急だな」

 

「なにぶん妖精の里が遠いんでね」

 

「妖精の里はヘリで行けないのか?」

 

「里は外敵に見つからないように結界が張られているから最後はどうしても陸路で行かないといけないんだよ。空路でパッと行ってパッと帰ってくる事が出来ないのさ」

 

アミラの頼みを快諾したカズヤだったが、急な事に困惑の表情を浮かべた。

 

まぁ、病人を治すためだし時間は惜しいか……。

 

だが、一刻を争う病人のためならば致し方ないかと納得した。

 

「それでご主人様、今回の件に同行する人員についてなのですが。厚かましい事にご主人様以外の人間は来ないで欲しいと先方が言ってきたため、千代田と親衛隊は妖精の里の手前で待機させ妖魔と獣人からなるメイド衆とその直属の武装メイド隊を護衛として同行させて頂きます」

 

全く、我々を何だと思っているのか。と憤りの声を漏らしつつ千歳が憤慨する。

 

「俺以外の人間は来ないで欲しい?また何でそんな事を」

 

下手をすれば、話そのものをぶち壊しかねない妖精の注文。

 

わざわざそんな注文を付ける理由があるのかと疑問を抱いたカズヤはアミラと千歳の顔を交互に見つつ問いを投げ掛けた。

 

「それはだね、大昔にあった人間の国が世界樹を欲して妖精の里を襲ったからさ。そんな一件があって今じゃ妖精は大の人間嫌い。その影響で妖精の里に人間は入れないんだよ」

 

「んにゃあぁ……酷い話だよね〜かつては何本もあった世界樹を欲望のままに切り倒したのは人間達なのに、妖精が大事に守っていた最後の1本まで寄越せって言われて奪われかけたんだから。妖精は世界樹が無いと生きていけないのに。カズヤ、もっと撫でて〜」

 

「けどそんな妖精が人間のカズヤを里に招いて物を頼むんだ。それだけ状況が逼迫してるんだろうね」

 

アミラの話を聞きつつリーネの要望に応える形でカズヤは彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 

その一方でカズヤは今回の話に引っ掛かるモノを感じていた。

 

妖精と人間の種族間の諍い……根が深い問題だな。

 

にしても、いつもならこの手の話は千歳が反対に回るんだが……今回は何故か反対しないな。

 

それに一緒に来るとも言わないし、まさか相手方が俺以外の人間に来て欲しくないと言っているから大人しく留守番を……うん、それは無いな。千歳だし。

 

ま、実際は帝都攻略戦の準備や帝都攻略戦直前に控えた総合火力演習の準備に忙しいんだろう。

 

というか今気が付いたが……千歳、不機嫌じゃないか?

 

いや、これは……拗ねてる?

 

いつもと違う千歳の対応に疑念を深めるカズヤだったが、この後の一連のやり取りで全てを納得する事になる。

 

「あぁ、そうそう。一番大事な事を言い忘れていたよ。本当なら私がカズヤに同行するつもりだったんだけど、残念ながら行けなくなっちまってね」

 

「そこで!!リーネがカズヤに付いていくつもりだったんだけど……リーネも行けなくなっちゃった。アハハッ……ハァ、せっかくカズヤと一緒にお出かけ出来るチャンスだったのに」

 

いやー困った。とカラカラと笑うアミラや残念そうにしょげるリーネ。

 

そんな風に失意に沈む2人だったが、何故か言葉や態度に反して口の端が抑えきれぬ喜びでほころんでいた。

 

「行けなくなったって……2人とも何かあったのか?」

 

「あったというか……ね」

 

カズヤの問い掛けによくぞ聞いてくれましたという顔で、けれどもしおらしく答えながら、意味深な視線をリーネに向け同意を求めるアミラ。

 

「“できた”というか……ね」

 

頭を撫でているカズヤの手を取り、自然な動きで自身の腹部に誘導しつつ、リーネはアミラに求められた同意にコクリと頷く。

 

そして、衝撃の事実を口にした。

 

「えっと、リーネとお母さん……カズヤの赤ちゃんが出来ちゃった」

 

「……本当に?」

 

嬉しそうに笑いながら、こちらを見上げるリーネにカズヤは一瞬の間を置いて答えた。

 

「冗談でこんな事言わないよ。2人とも同じ日に出来たみたいで妊娠2ヶ月目だって。ほら、ここにちゃんと居るんだからね?リーネとカズヤの赤ちゃん」

 

そう言ってリーネはカズヤに改めて自身のお腹を触らせる。

 

「そうか……赤ちゃんが出来たか!!」

 

リーネが着ているチャイナ服風の衣服がお腹の辺りを大胆に露出するタイプであったため、カズヤはリーネの肌に直に触れながら自身の新たな子が出来た喜びに沸いていた。

 

ほっそりとしたお腹からは命が芽吹いているという事がまだ分からなかったが、リーネのお腹を撫でるカズヤの手には熱が籠っていた。

 

「全く、やることはやっていたけど……まさか本当にこんな年増が孕まされるとはね」

 

「いいじゃないか、アミラはまだまだ若いんだし」

 

呆れたような言葉の節々に喜びを滲ませるアミラに対し、カズヤがツッコミを入れる。

 

「フン、オーガ族の常識で言えば私なんかもうおばさんなんだよ。それが娘と孫を同時に作ったなんて、いい笑い話さ」

 

「笑いたい奴には笑わせておけばいい。まぁ、俺とアミラの子を笑った奴はぶっ飛ばすが」

 

我が子が出来た喜びで若干変なテンションのカズヤは、そう言って笑った。

 

あ、そうか。

 

アミラとリーネが妊娠したから、千歳は拗ねてたのか。

ようやく千歳の複雑な心境を僅かながらに理解したカズヤは千歳にチラリと視線を送る。

 

「……」

 

カズヤの視線に気が付いた千歳は幼子のように、プイッとそっぽを向く。

 

……ん?待てよ、アミラとリーネだけ?

 

いじらしい千歳の態度に苦笑しつつ、吉報に浮かれていたカズヤだったが、ようやくある事に気が付く。

 

そして、ある事実を思い出す。

 

アミラとリーネが妊娠したと思われる日には、フィーネも共に夜を過ごしていたはずだという事を。

 

「まぁ、そんな訳だから今回はフィーネがカズヤに同行するからね」

 

「なぁ、アミラ……フィーネは妊娠していないのか?2人が妊娠した日って確かフィーネも居たろ」

 

「えーと、ね。その……お姉ちゃんは出来なかったみたい」

 

「……そうか」

 

って、それは不味いんじゃ……。

 

自分の母親と妹が同時に妊娠し、しかも妊娠したとおぼしき日には自身も居たのに妊娠出来ず。

 

そんな風に1人置いていかれたフィーネの事を考えたカズヤの額からは一筋の汗が流れた。

 

「はぁ……本来であればこのような話は断るのですが。ああも不穏な空気を撒き散らす者が居ては堪りません。まぁ、女として同情する面もありますし、今回の件はちょうどいいです。それに……ご主人様も3人――いえ、1人は引き込もっていますから実質2人ですが、嫉妬で狂った2人の相手はお厳しいでしょう?下手をすればこの機に便乗する愚か者(セリシア・アデル)が出てくるやもしれませんし」

 

状況を把握し冷や汗を流しているカズヤの考えを読み取った千歳が、今回の話の裏側を暴露する。

 

「あーそういう事だったか……」

 

事の全貌を理解したカズヤは今回の件が波乱に満ちた物になると今確信した。

 

つまりだ。今回の話の真の目的は妊娠しなかったフィーネのご機嫌取りをするため。

 

しかも、千歳の話を聞くにフィーネはかなり荒れてる模様。

 

あと出遅れた事を知ってやって来るであろうカレンやカレンに便乗しようとするセリシア達から俺を逃がすための措置でもある訳なのね。

 

「……生きて帰って来れるかな?いや、帰ってきた後、生きていられるかな?」

 

近い未来を悲観したカズヤの口からは思わず悲壮感に満ちた呟きが漏れるのであった。

 



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32

アミラとリーネが妊娠したという事実を知り、次こそは自分の番だと鬼の形相で迫って来たカレンやこの機に便乗して子供だけでなく妻の座さえも頂いてしまおうと画策し押し掛けてきたセリシアとアデルを間一髪の所でかわし、修羅と化した彼女達からどうにか逃げ切る事に成功したカズヤはボーイング747を改造した専用機――VC-25エアフォースワンで旧妖魔連合国領にある最大の軍事施設――デイルス基地へと向かった。

 

何事も無く空の旅を終えデイルス基地に降り立ったカズヤは、基地で待機していた親衛隊の一個連隊や千代田と合流し、妖精の里に一番近い街までキャデラック・プレジデンシャルリムジンで移動。

 

街に到着した後、そこで千代田達と別れメイド衆と武装メイド達に囲まれながら霧深い森の中を徒歩で進み妖精の里を目指していた。

 

とはいえ、総統という高い身分にあるカズヤが自分の足で森の中を歩いている訳では無く。

 

「――悪いな。ケンタウロスは認めた相手しか背に乗せないという慣例があるのに背中に乗せてもらって」

 

武装メイド隊の一員である半人半獣の種族――ケンタウロスのアニエスの背に乗って妖精の里に向かっていた。

 

「いえ、恐れ多くも総統閣下を背に乗せたというのであれば、末代まで誇る栄誉です。それに私は閣下の足となるべくこれまで訓練を積んで参りました。ですので正直に申しますと閣下に騎乗して頂いているのが嬉しくてしょうがありません」

 

今回の場合のように車両の類いが入っていけない場所に行く状況に備えて千歳により育成され、カズヤの身の回りの世話や護衛を行う武装メイド隊に配属されたはいいが、馬の体がネックとなりメイド業が行えず今まで活躍の場が無く日蔭者の存在だったアニエスは、ようやく得た活躍の場に胸を踊らせていた。

 

その心中を現すかのようにアニエスの尾は馬が喜ぶ時と同様に、直角に上がり毛が四方に拡散していた。

 

ちなみに今回の一件に随行しているのは完全武装で身を固めた選りすぐりの武装メイド60名と、その武装メイド60名(6個分隊)を纏め上げる5人の隊長(メイド衆)ライナやレイナ、エル、ルミナス、ウィルヘルム。

 

「フフフッ、母様もリーネも妊娠したのに……私だけ……フフフッ……」

 

そして、所詮レイプ目と言われる虚ろな目で空中を眺めながらブツブツと独り言を漏らし続けるフィーネであった。

 

……なんて声を掛けたらいいんだ?

 

フィーネを乗せているケンタウロスからは助けて下さいと言わんばかりの視線が飛んで来ているし。

 

どんよりとした暗いオーラを漂わせ落ち込んでいるフィーネを横目で伺いつつカズヤは声を掛ける機会を図っていた。

 

しかし、千歳が哀れむ程の落ち込み具合なだけあって、声を掛けることすら憚られる状態であった。

 

「えーと、フィーネ?」

 

「フフフッ……このまま私だけ永遠に妊娠出来ないんだわ……フフフッ……それでカズヤにも捨てられて……1人寂しく死んでいくのね……フフフッ」

 

「フィーネ!!」

 

「フフ――え!?あ、な、何かしらカズヤ?」

 

「いや、何って……大丈夫か?」

 

「え、えぇ、大丈夫。大丈夫よ」

 

見るに見かねたカズヤが遂に声を掛けたが、応じるフィーネの返答はどこか上の空であった。

 

「その……フィーネ?こういう事は運次第なんだし、そんなに気負わずにゆっくり考えて行けばいいんじゃないか?」

 

フィーネの側へとアニエスに寄ってもらったカズヤは、フィーネの心を少しでも落ち着かせようと彼女の手を取り真っ直ぐ瞳を見詰めながらそう告げた。

 

「……そうね……そうよね。時間なんてこれから沢山あるんだし、ゆっくり考えていけばいいのよね」

 

カズヤの想いと言葉が届いたのか、フィーネは先程までとは打って変わって晴れ晴れとした表情を浮かべた。

 

「あぁ“時間はいくらでもある”」

 

暗いオーラが雲散し生来の明るさを取り戻したフィーネに安堵の息を漏らしつつ、カズヤは自身の言葉に皮肉染みた思いを抱きながら、本当の事を言えない負い目を感じていた。

 

「――ご主人様、周囲に複数の気配があります」

 

視線の先で笑うフィーネに、引いては妻達に重大な隠し事をしている罪悪感にカズヤが呑まれそうになっていた時であった。

 

周辺警戒に当たっていたウィルヘルムがカズヤの元に駆け寄り、異常を告げた。

 

「魔物か?」

 

「いえ、魔物にしては統率が取れ過ぎています。恐らくは――」

 

「アマゾネスよ」

 

ウィルヘルムの言葉を引き継ぐようにフィーネが確信めいた呟きを漏らす。

 

「止まれ!!」

 

フィーネの呟きが正解であったことを示すかの様に、霧の中から3人の女性――アマゾネスが現れカズヤ達の進路上に立ち塞がった。

 

「これより先は我らがアマゾネスの領地である!!何人たりとも踏み入る事は許さん!!早々に立ち去れ!!さもなくばこの場にて処断する!!」

 

布地の面積が少なく男を挑発するような蠱惑的なデザインが施された民族衣装を身に纏い両刃槍や短弓で武装した3人のアマゾネスの中で一番小柄な女性が声を張り上げる。

 

「我が名はフィーネ・ローザングル!!我らは妖精王の要請を受けここに来た者達だ!!照会を頼む!!」

 

「ローザングル?……少し待て!!」

 

退去を命じるアマゾネスの言葉にフィーネが名乗りをもって応じると、立ち塞がっていた3人の内1人が姿を消した。

 

「なぁ、フィーネ。あちらさんはやけに殺気だっていたようだが……まさか、話が通ってなかったのか?」

 

アマゾネスの威圧的な対応に反応した武装メイド達が手に握る銃のセーフティーを解除しトリガーに指を掛け、即戦態勢に入っている。

 

1つ間違えれば戦闘が開始されそうな雰囲気が漂っているだけに、不安を抱いたカズヤはフィーネに問い掛けた。

 

「いえ、誰であろうとここで誰何を受ける事になっているのよ。侵入者を防ぐために。一種のセキュリティシステムみたいなモノね」

 

「ならいいんだが……」

 

フィーネの返答に引き締めていた表情を和らげたカズヤは待っている間の暇潰しに、周辺に潜むアマゾネスの数を数えていた。

 

「うむ、分かった。――よし、確認が取れた。私に付いて来い」

 

霧に紛れて周辺に潜むアマゾネスをカズヤが15人程見付け出していると、どこかへ姿を消していたアマゾネスが戻って来た。

 

そして、アマゾネスの暮らす村の中を通り、その奥にある妖精の里へと行くことを許されたカズヤ達はアマゾネスの先導を受けながら再び歩み始めた。

 

「霧が晴れ――って、おぉ……凄いな」

 

アマゾネスの村に足を踏み入れた途端、霧がかき消え視界がパッと開ける。

 

見通しが良くなった先に広がる光景を見てカズヤが思わずそう呟いた。

 

カズヤ達の行く先に現れたのは先程までの通常の森とは植生もスケールも異なる巨木の森。

 

カズヤのような人間が、まるで小人のように感じられるその巨木の間間にはキャットウォークのような細い通路や吊り橋が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、巨木を利用して建てられた家屋(ツリーハウス)同士の行き来が出来るようになっていた。

 

「しかし……ものの見事に女しかいないな」

 

頭上のツリーハウスやキャットウォークからこちらを見ているアマゾネスの姿にカズヤが感心したような声を漏らす。

 

「アマゾネスの村なのだから、当然でしょう?」

 

側にいたフィーネは頭上に広がるツリーハウス群やアマゾネスの姿に気を取られているカズヤに若干呆れたように返事を返す。

 

「それもそうか。しかし……聞いていたから予想はしていたが……好意的な視線が1つも無いな」

 

嘲りや侮蔑の視線と微かに聞こえる軽蔑や侮辱に満ちた嘲罵の笑い声。

 

その全てが男の自分に向けられている事を感じ取りながら、カズヤはヤレヤレと首を振った。

 

「アマゾネスは女尊男卑の世界で生きているから、しょうがないわ……でも、カズヤ。彼女達は自分が認めた男には物凄く尽くすのよ?ここで貴方の強さを見せ付けてハーレムの規模でも拡大してみる?」

 

「遠慮しておくよ。俺はそこまでの色欲魔じゃないし、何よりフィーネ達が居てくれたらそれで十分なんだし」

 

からかうようなフィーネの言葉にカズヤは勘弁してくれと言わんばかりに肩を竦める。

 

「なんだい、つれないねぇ……私達の肢体はお気に召さないかい?それとも……私達に挑んでコテンパンにされるのが怖いのかい?あ、そりゃそうか。そんな貧弱な体じゃ勝てる訳ないか。アハハハッ!!」

 

嘲笑に顔を歪め、敵意を隠そうともしないアマゾネスがカズヤ達の前に現れる。

 

ぞろぞろと供を引き連れ、他とは明らかに一線を画した風格を纏い、上物の衣装に身を包む美女。

 

体のいたるところに戦いの古傷と思われる傷跡が刻まれ、歴戦の戦士という言葉を彷彿とさせる彼女はカズヤを挑発する。

 

「誰かは知らんが……まぁ、そう言う事にしといてくれ。先を急いでいるんでな」

 

売られた喧嘩を買うのが面倒くさかったのと、自分を侮辱されたせいでキレかかっている部下達を押さえ込むためカズヤは柳に風と立ち塞がるアマゾネスの言葉を飄々と流した。

 

しかし、その対応がバカにしていると取られたのか、立ち塞がるアマゾネスの額に青筋が浮かぶ。

 

「あ゛?このアレキサンドラ様が男のお前にワザワザ声を掛けてやっているっていうのに、その態度はなんだい?」

 

背後の供に預けていた両刃槍を奪い取るようにひっ掴み、ズイッと身を前に出すアマゾネス。

 

そっちから勝手にケンカを売ってきた癖に厄介な奴だな。

 

そこらのチンピラのように凄んでくるアマゾネスにカズヤは内心でため息を吐き出した。

 

「おい、貴様。我々は妖精王の頼みでわざわざここまで足を運んでいるのだ。いわば客人だぞ?その客人に対してこの非礼はどういう訳だ!!」

 

今まで我慢し黙っていたフィーネが相手方の非礼極まる対応に、遂に怒りを露にする。

 

「なんだいオーガの小娘。ん?よくよく見たらべっぴんの顔にいい体をしているじゃないか。そんな男の側に居ないでこっちに来なよ。私が閨で可愛がってやるからさ」

 

「ッ!!ふざけるのも――」

 

閨へと誘うアマゾネスの言葉と舐め回すような視線に晒されたフィーネが羞恥心と怒りで顔を真っ赤にしながら反射的に怒号を上げようとした時だった

 

パシンッ!!とフィーネの背後で何かを叩くような音が響く。

 

「俺の女に触れるな……次は撃つ」

 

音に反応して振り返ったフィーネが見たのは、いつの間にか背後に忍び寄っていた全裸のアマゾネスを地面に組伏せるカズヤの姿だった。

 

こいつ……上にあるツリーハウスから飛び降りて来やがった。

 

あそこからここまで30メートルはあるぞ……まるで忍者だな。

 

というか、何でこいつは真っ裸なんだ?

 

周囲を固めていたメイド衆と武装メイド達が警戒網を抜かれた事に騒然とする中、カズヤは拘束に成功したアマゾネスの格好に疑問を抱いていた。

 

「あり……わたし……つかまってる。おまえ、つよい?」

 

「知るか、さっさと消えろ」

 

「きゃん!!」

 

「よっと」

 

舌っ足らずなアマゾネスを蹴り飛ばすように自分の前から排除したカズヤは、アニエスの背に飛び乗る。

 

「さて、これ以上の挑発行動は当方への敵対行動と見なし、厳正に対処させて頂く。そちらもそのつもりで行動してくれ」

 

自分の言葉が原因で茹で蛸のようになって俯いているフィーネの姿を横目で伺いつつ、カズヤは淡々とアマゾネス達に最後通牒を叩き付けた。

 

「ハンッ、アマゾネスの中でも特に秀でた身体能力を誇るシュシュリを捕まえたんだ。多少は見直してやるよ。だけどね、その態度が気に食わないんだよ。男が偉っそうに……いくら妖精王に招かれた客人だからって調子に乗っているとここでぶっ殺――」

 

「ま、待ったーー!!そこまでー!!」

 

絡んできたアマゾネスがカズヤの言葉を単なる脅しと取り、軽率にも開戦を告げる言葉を口から漏らそうとした時だった。

頭上から慌てた声で仲裁が入る。

 

おいおい……またファンタジーな奴が……。

 

その声に導かれカズヤが頭上を見上げると、そこには背中から半透明の翅を生やした小学生ぐらいの女の子が空中に浮かんでいたのだった。



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33

一触即発の空気から一転。

 

カズヤ達は何とも言えない空気に包まれていた。

 

何故なら、先程まで威勢よくカズヤにケンカを吹っ掛けていたアマゾネスが空中に浮かんでいる女の子、それも背中から半透明の翅を4枚生やした小学生ぐらいの少女に一方的な説教を受けているからであった。

 

「何をやっているんですか!!アレキサンドラ!!あの方々は床に伏せている姫様を救って頂くために招いた大事な客人なのですよ!?その方達に無礼を働いたばかりか、危害を加えようとするなんて!!それに、あちらの男性はあの帝国を攻め滅ぼそうとしているパラベラムの王!!ナガトカズヤ様なのですよ!?そんなお方にケンカを売ったら私達なんか、一瞬で攻め滅ぼされてしまいます!!あと、あちらの女性は暴虐の魔王として名を馳せたアミラ・ローザングル様のご令嬢であるフィーネ・ローザングル様なんです!!そんなお方達にケンカを売るなんて……貴女は私達を地獄に連れていくつもりなんですか!?」

 

「〜〜ッ……わ、悪かったよ……私が悪かったって……」

 

幼げな少女に説教を受け、たじたじになり首を竦めるアマゾネス。

 

2人の力関係がハッキリと垣間見える光景であった。

 

「……」

 

「あっ!?申し訳ありません。名乗るのが遅れましたが私は妖精王ルージュ様にお仕えさせて頂いている妖精のスチルと申します。どうぞ、気軽にスチルとお呼び下さいませ。また先程はこのアマゾネスの族長アレキサンドラが大変失礼を致しまして誠に申し訳ありませんでした。妖精族及びアマゾネスを代表してお詫び申し上げます」

 

無言のまま成り行きを見守っているカズヤの視線に気が付いたのか、妖精のスチルが慌てて腰を折り謝罪の言葉を口にする。

 

「おい、スチル。あんたが何でアマゾネスを代表して――」

 

「礼儀を弁える事が出来ない脳筋は黙っていて下さい」

 

「うっ……わ、分かったよ」

 

スチルの言葉に突っ込みを入れようとしたアマゾネスの族長――アレキサンドラだったが、笑顔に青筋を浮かべたスチルの一睨みでおずおずと引き下がり黙り込む。

 

何とも締まらない光景であった。

 

「ここからは私がご案内させて頂きます。ささっ、こちらへどうぞ」

 

「あぁ、分かった」

 

図らずも毒気を抜かれてしまったカズヤはスチルの言葉に従い、親の仇を睨むようにガンを飛ばしてくるアレキサンドラの眼前を通り歩を進める。

 

そうして、スチルが居るために悔しそうに歯を噛み締めるだけで何も言ってこないアレキサンドラや取り巻きをその場に残しカズヤ達はアマゾネスの村を通過した。

 

「……先程は本当に申し訳ありませんでした。なにぶん彼女達は男の方を目の敵にする性分がありまして……こちらからお願いして来て頂いたにも関わらず、あんなご無礼を」

 

アマゾネスの村を後にしてから少しして。

 

翅を羽ばたかせ空中を漂うように移動し道先案内を務めるスチルがくるりと振り返り、改めてカズヤ達に頭を下げる。

 

「いや、そちらの事情も把握しているし。何よりもう過ぎた事だ。気にしてもらわなくていい」

 

「本当に申し訳ありませんでした。そう言って頂けると助かります」

 

スチルの容姿が子供にしか見ないために、恐縮して謝られるといたいけな子供に謝罪を強要しているようで落ち着かなかったカズヤは軽く首を振って、先ほどの問題を不問にした。

 

しかし、その一方でメイド衆や武装メイド達は未だにアレキサンドラ以下のアマゾネス達の無礼を腹に据えかねているのか、怒りムードをそれとなく漂わせていた。

 

そして、シュシュリという名の全裸のアマゾネスから身を守ってもらったフィーネは、その時のシチュエーションやカズヤのセリフがツボに入ったのか未だ夢心地でポーッと空を見詰めていた。

 

「あ、世界樹が見えてまいりました」

 

「……おぉ、これは凄いな」

 

空中で停止したスチルの声に釣られて視線を前に向けたカズヤは感嘆の声を漏らす。

 

巨木の森を抜けた先に広がる草原の中心には、どこまでも天高く聳える世界樹が鎮座していた。

 

草原の地面からは世界樹の巨大な根が時折飛び出してミミズのように曲がりくねりながら地面を好き放題に穿ち。

 

そんな根に支えられながら天へと伸びる世界樹の幹の太さは軽く見積もっても数百メートルはあり、下手をすればキロの単位に届くレベルであった。

 

また、そんな太い幹から別れ四方八方に伸びた枝々は、まるでキノコの傘のように広がり地面に濃い影を落としていた。

 

「あれが我々妖精族の家であり故郷でもある世界樹。……そして、この世界で唯一無二となってしまった世界樹です」

 

大自然が育んだ驚異的な存在にカズヤ達が圧倒され声を失っていると、どこか悲しげな声色でスチルが言葉を紡いだ。

 

「――さて。ではそろそろ参りましょうか。ルージュ様がお待ちしているでしょうし」

 

暫しの間、荘厳な世界樹に視線を奪われていたカズヤ達の意識を現実へ呼び戻すように声を上げたスチルは、時折寄ってくる妖精達を追い散らしながら前へと進んで行く。

 

「あ、スチルだー」

 

「なんか、変なの連れてるー」

 

「ねぇねぇ、スチルーあれが人間?」

 

「おっきいねー」

 

「あっちへ行っていなさい!!貴女達!!あのお方はルージュ様の大事なお客様なんです!!」

 

「あ、人間が笑ったー」

 

「男も笑うんだー」

 

「コラー!!失礼ですよ!!貴女達!!」

 

スチルが小さい体を精一杯広げて野次馬の妖精を追い払うが、閉ざされた世界で暮らしていると言っても過言では無い妖精達は外界やって来たカズヤ達に興味を抱いて次々と飛来する。

 

そして、そうこうしている内に妖精の数は増し、遂にはスチルの防空能力(対応能力)を越えてしまった。

 

その結果、どうなるかというと。

 

「目が黒いー」

 

「髪も黒いー」

 

「でも肌は黒くないー」

 

「「「何でー?」」」

 

「ハハハハッ」

 

「すみません、すみません、すみません!!」

 

純真無垢で精神年齢が幼い妖精達に集られ玩具のように好き勝手に弄ばれるカズヤは下手な抵抗が出来ずやけくそ気味に笑うしかなく、スチルはスチルでカズヤに謝り倒していたのであった。

 

 

 

「遠路遥々ようこそ世界樹へお越しいただきました。私が妖精王ルージュと申します。そして……我が子らとアマゾネスの者達が大変なご無礼を致しまして、申し訳ありません」

 

好奇心に駆られ興味津々で寄ってくる妖精達をかき分けながら、何とか世界樹へと辿り着いたカズヤは世界樹の内部にある妖精達の居住区へと案内され、そこでフィーネと共に妖精王と面会していた。

 

「いや、まぁ……ハハハッ」

 

大変は大変だったけど、こうも畏まられると文句が言えんな。

 

なんか苦労感が漂ってるし、この人。

 

スチルから事の次第を聞いたらしい妖精王に頭を下げられ、苦笑で返したカズヤは改めて妖精王に視線を注ぐ。

 

妖精王はスチルや他の妖精とは違って幼げな風貌では無く。

 

母性溢れる妙齢の女性といった言葉が似合う人物であった。

 

また、これまでカズヤが見た中ではほぼ全ての妖精の翅が2翅であり、スチルや一部の妖精が4翅であったのに対しルージュだけ6翅であった事も目を引いた。

 

ちなみに余談ではあるがアマゾネス同様、妖精族に男は居ない。

 

「長旅でお疲れでしょう。今日1日はごゆっくりして下さいませ。夜には歓迎の席を――」

 

「いえ、先にお嬢さんの病気を診ましょう。休むのはそれからで十分です」

 

母親として一刻も早く病床の娘を治してもらいたいであろうにも関わらず、王としての配慮を優先したルージュの言葉を遮り、カズヤは席を立つ。

 

「――……お気遣い、感謝致します。娘はこちらに」

カズヤの行動に深々と頭を下げたルージュは、やはり本音では少しでも早く苦しむ娘を助けて欲しかったのか、足早にカズヤを案内する。

 

「どうぞ。お入り下さい。娘のルクスはこの部屋に」

 

妖精達の居住区の最深部へと案内されたカズヤの前に現れたのは両開きの大きな扉であった。

 

そして、その大きな扉を開いた先。

 

広々とした部屋の中に置かれたベッドの上で妖精王ルージュの娘、ルクスが横になっていた。

 

 

何故か部屋中に飾られているガラクタに視線を奪われつつもカズヤがベッドに歩み寄ると、ベッドの上ではルージュと瓜二つのルクスが脂汗を流し苦悶の表情を浮かべていた。

 

「では、始めます」

 

「お願いします」

 

さてと、やりますか。

 

気合いを入れ右手をルクスに翳したカズヤはルージュとフィーネが見守る中、完全治癒能力を発動する。

 

そして能力が発動している左証でもある光がカズヤの右腕から発せられると、みるみるうちに苦しむルクスの表情が穏やかに――ならなかった。

 

「……」

 

……どういう事だ?

 

これまで幾多の者を癒した完全治癒能力の効力がまるで無い状況にカズヤは唖然とするしか無かった。

 

「ど、どうですか?娘は治ったのですか?」

 

「カズヤ?」

 

状況を聞いてくるルージュや異変を感じたフィーネの言葉を聞き流しながら、カズヤはもう1度完全治癒能力を発動するが、結果は同じであった。

 

どうなっている……完全治癒能力はどんな怪我や病気でも治せるはずだ。

 

何で、この子の病気に効果が――まさか……。

 

「……残念ですが、私の力でもお嬢さんの体を癒す事が出来ないようです」

 

「そ、そんな……!?」

 

最後の望みであったカズヤからお手上げだと言われ床に崩れ落ちるルージュ。

 

「しかし、1つだけ分かった事があります」

 

カズヤは崩れ落ちてしまったルージュの肩を支えながら、1つだけ得た成果がある事を報告する。

 

「それは……なんでしょうか?」

 

「恐らく、お嬢さんは病気ではありません。呪(まじな)いの類いで苦しんでいるものだと。私の能力で癒せるのは怪我と病気だけですから」

 

「そ、それでは娘は!?」

 

「えぇ、悪意を持った誰かに呪いをかけられ苦しんでいるものかと」

 

そうして、カズヤによってルクスが苦しむ理由が解き明かされた時だった。

 

カズヤ達にとっては聞き慣れ、ルージュ達にとっては聞き慣れない音が連続して遠くからこだましてきた。

 

「あの音は何です?」

 

「カズヤ……あの音って……」

 

「――銃声……だとッ!?」

 

「ル、ルージュ様ッ!!」

 

音の正体に気が付いたカズヤが驚愕の声を漏らすのと同時に、血相を変えたアマゾネスが現れる。

 

「大変です!!帝国が帝国軍が襲ってきました!!」

 

「なっ!?どうしてこの場所が!?それに結界はどうしたのです!?」

 

「分かりません!!ですが、帝国軍が攻めて来たのは事実です!!今は我々アマゾネスが食い止めていますが、押されています!!ですから、どうか今のうちにお逃げ下さい、ルージュ様!!」

 

「逃げる?どこへです?逃げる場所などもう我々にはありません。妖精は世界樹と一緒でないと生きていけないのですから」

 

諦めと悲壮感に満ちたルージュの言葉に伝令のアマゾネスが言葉を失い、何を思ったかカズヤに救いを求める視線を送る。

 

だが、アマゾネスの視線を受けるより前に敵襲の報を耳にした時点でカズヤは動いていた。

 

「ルミナス、千代田達と連絡は取れたか?」

 

『ダメです。応答なし。長距離無線も衛星電話も使えません。使えるのは部隊間を繋ぐ短波無線だけです』

 

予想はしていたが、やはりか。

 

無線のオープンチャンネルでルミナスとの通信を行い、ここへ来るまでの道中で街に残して来た千代田達との連絡が取れない事を確認したカズヤは僅かに眉をしかめる。

 

「チッ、なら今いる戦力で対処するしかないな。レイナとライナの隊は先行し、敵戦力の確認と敵の足止めを行いつつアマゾネスを援護してやれ。エルとウィルヘルムの隊は世界樹の防御及び非戦闘員の保護。ルミナスの隊は待機。あと準備が出来次第予備隊を率いて俺もすぐにレイナ達と――」

 

『ご主人様は絶対に前線へ出向かないよう、お願い致します』

 

「……了解した」

 

当然のように自らも前線へ赴こうとしていたカズヤはルミナスから釘を刺され、傷心気味に返事を返す。

 

「よし、状況開始。全員死ぬなよ」

 

『『『『『了解っ!!』』』』』

 

気を取り直してメイド衆への命令を出すカズヤ。

 

こうして、突如として現れた帝国軍との戦いが幕を開いた。



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34

つい先刻まで繰り広げられていた日常は悪意と暴力によって破壊されて見る影も無く、銃声と悲鳴が響き銃弾や矢が飛び交う戦場と化したアマゾネスの村では混沌とした状況の中で戦いが行われていた。

 

「こんなの……こんなの私が知っている戦いじゃないッ!!」

 

アマゾネスの村に突如として現れた帝国軍。

 

その帝国軍が持ち込んだ大砲の砲撃によって半ばからへし折られ地面に横たわる巨木の影で、幽霊に怯える幼子のようにガタガタと震えながら両手で頭を抱え込み癇癪を起こしたように喚くアレキサンドラ。

 

そんな情けない姿からはアマゾネスの族長としての矜持や誇りが、まるで感じ取る事が出来なかった。

 

「族長様!!ご指示を!!」

 

「我々はどうすればよろしいのですか!?」

 

「このままでは包囲されてしまいます!!」

 

「あんな武器知らないッ!!連射が出来る鉄砲なんて知らないッ!!」

 

時折矢で応戦しつつも指示を乞う配下の声にすら反応せず、アレキサンドラは恐慌状態のままブツブツと独り言を喚き続ける。

 

そんなアレキサンドラも敵が来襲した直後には配下を素早く纏めて戦う準備を整え、不埒な帝国軍を叩きのめしてやる。と息巻いていたのだが。

 

いざ、戦闘が開始され配下と共に突撃を敢行した際に帝国軍兵士達が装備していた連発可能な高火力のM1873ウィンチェスターライフルや台車に乗せられた人力式ガトリング砲で一方的にバタバタと配下のアマゾネスを薙ぎ倒された事が彼女の戦意を砕き、また撤退しようとした時に至近距離で炸裂した砲撃の凄まじさによって冷静さが完全に消し飛ばされていた。

 

そうして種族の絶対的な指揮官を欠いたアマゾネス達は浮き足立ち後退を重ねていたのだが、カズヤが派遣したレイナとライナの二個小隊の参戦によって、辛うじて防衛ラインの構築に成功し戦線を維持していた。

 

「――しっかりしなさい!!貴女が指揮官でしょう!!」

 

役に立たないアレキサンドラを叱責しつつ、レイナはACOG(高度戦闘光学照準器)とグリップポッドを装備したM27 IAR歩兵用自動小銃の空マガジンを交換する。

 

「チィ!!何故、帝国軍に妖魔や獣人で編成された部隊があるのですっ!?しかも、あんな近代化された武器を持って!!」

 

「分かりません!!奴ら奴隷なのではありませんか――……って、隷属の首輪も着けていないです!!」

 

「全くもって厄介な!!」

 

攻め寄せて来る帝国軍部隊の兵士が、帝国で弾圧の対象になっている妖魔や獣人で編成されている事に加えて帝国の技術力では未だに製造出来ないレベルの銃火器を装備している事実に悪態を吐きつつ、隣にいる吸血鬼――武装メイドのアレグラと言葉を交わしながらレイナは100発の5.56x45mm NATO弾が収められたベータCマグ――ドラムマガジンをM27 IARに装填し発砲を再開する。

 

レイナが使うM27 IARは分隊の誰もが使える“小銃型”支援火器として開発された銃でアサルトライフル、分隊支援火器、マークスマン・ライフルのいずれにも分類が可能な特殊な存在である。

 

また、分隊支援火器と言われて想像しやすいM249軽機関銃(ミニミ軽機関銃)とは違いM27 IARはベルトリンクシステムの給弾方式を取っていないため、装弾数が少なく連続した制圧射撃には向かないが、銃身を肉厚の重銃身(ヘビーバレル)にしている事で射撃精度に重きを置いた制圧射撃を可能としている。

 

「ライナ!!そっちの状況は!?」

 

300メートル程前方の障害物の影にチラチラと見え隠れする敵兵にフルオートで5.56x45mm NATO弾を浴びせ、目標の頭をぶち抜いた事を確認したレイナは射撃を中断し、休むことなく飛んでくる敵弾に眉をひそめながら妹のライナに連絡を取る。

 

『姉様、もうダメです!!右翼左翼共に戦線を維持出来ません!!脳筋のアマゾネス共はまるで使えませんし、武装メイドから負傷者が多数出ています!!』

 

「何とかもたせなさい!!こちらを押し返したら何人か送り――」

 

急造の防衛ラインの中央を守るレイナの隊に比べて、隊を半分に別け両翼に展開しているライナの部隊が窮地に陥りつつある状況を打破しようと、レイナが指示を出している時だった。

 

ターンとやけに乾いた銃声が響いたかと思うと、レイナの横で射撃を行っていた武装メイドのアレグラがブシュー!!と首から霧状の血を吹き出しながら地面に崩れ落ちた。

 

「スナイパーッ!!全員、頭を下げなさい!!エミリア、プリマ!!煙幕を!!」

 

「「了解!!」」

 

咄嗟に指示を飛ばして敵の狙撃を妨害しつつ、首から血を流すアレグラに取り付いたレイナはすぐさま止血を試みる。

 

しかし、傷口から流れ出る血液の量は変動せず、アレグラのメイド服を流れ出た血が赤く染め上げていく。

 

止血の効果が見られないのはアレグラが受けた敵弾が首の動脈を撃ち抜き切断していたためであった。

 

つまり、即死を辛うじて免れた瀕死状態であり現場での応急処置のレベルでは彼女の命を救う事が出来ない事を意味していた。

 

「ゴプッ…ぅ…ぁ……レ、レイナ……様」

 

「黙っていなさい、アレグラ!!衛生兵!!衛生兵ッ!!早くこっちへ!!」

 

「今行きます!!負傷箇所は……!?」

 

そのためレイナの声で駆け付けた衛生兵はアレグラの容態を一瞥すると一瞬たじろぎ、それからレイナにだけ分かるよう首を横に振り、申し訳程度の治癒魔法と応急処置をアレグラに施していた。

 

「わ、わた、私は……ゲホッ!!……ハァ、ハァ……しぬ……死ぬのですか?」

 

ドパドパと急激に血を流した事で発生した体温の低下で体を震わせつつ、口から夥しい量の血を吐くアレグラは自身の死期を悟ったのか、レイナの手を必死で握りながら問いを投げ掛ける。

 

「……」

 

「ハァ、ハァ、そう…ですか……ゲホッ、私は……私は、か、閣下のお役に……ッ、立て、立てた、ゴフッ、のでしょう……か?」

 

レイナの無言の返答を受け取ったアレグラは、己が迎える死という現実に恐怖するよりも自身の働きがカズヤのためになったか否かを心配していた。

 

「えぇ、だから……だから安心して逝きなさい――ッ!!」

 

部下の死を看取っている最中、突如として吹き荒れた強風に思わず背後を振り返ったレイナは己の失策を悟った。

 

風の魔法……魔力の温存を図るために魔法で防壁を作らず煙幕に頼ったのは失敗でしたか。

 

そして、敵が行使した風の魔法によりM18発煙手榴弾で張った煙幕が消え去った事で自分の姿が高台に陣取る敵の狙撃手から丸見えになり、照準を定められている事を視認したレイナは覚悟を決めていた。

 

1、2、3、4。狙撃手は4人ですか。

 

しかし、4人全員が私を狙っているとは……流石に避けきる事は出来ませんね。

 

申し訳ありません、ご主人様。

 

貴方様のご命令に従う事が出来そうにありません。

 

狙撃手達が構えている銃がマズルフラッシュを瞬かせ銃弾を撃ち出した瞬間、レイナは諦めと共に目を閉じていた。

 

「……?ッ!?」

 

目を閉じてから5秒。

 

とっくの昔に着弾して自分の体を引き裂いているはずの銃弾が、いくら待っても来ない事に疑問を抱いたレイナは恐る恐る目を開く。

 

そして、ここに居るはずのない人物を、居てはいけない男の姿を目の当たりにして思わず叫んだ。

 

「ご主人様ッ!?何故ここに!!」

 

「部下だけを戦場に送るわけにはいかないだろ?」

 

膝を付きながら瀕死のアレグラに右手を翳して完全治癒能力で命を救い、左手の義手を敵に向かって突き出し発動させた重力魔法でレイナを撃ち抜かんとしていた銃弾を全て叩き落としたカズヤはそう言ってニヤリと笑った。

 

「ご主人……様?」

 

「お前はゆっくり寝てろ。衛生兵、こいつを頼んだ」

 

「りょ、了解!!」

 

死の縁からカズヤに引き戻されたアレグラは上半身を起こすと、どこか夢心地でカズヤの顔を見詰めていた。

 

そんなアレグラの面倒を衛生兵に任せたカズヤは、自身目掛けてひっきりなしに飛んで来る銃弾を重力魔法で悉く地面に落としながら立ち上がる。

 

「さて、レイナ。敵の規模と今の状況は?」

 

「……敵部隊の規模は一個中隊。奴隷では無い妖魔や獣人で編成されています」

 

「それはまた厄介だな」

 

「戦況についてはライナの分隊が両翼に散って敵の浸透を辛うじて食い止めています。戦線を押し返そうとしていた我々は敵本隊の攻勢と狙撃手による狙撃で身動きを封じられていました。狙撃手の位置は前方の高台に2人、1時と11時方向の木の上に1人ずつ。それとアマゾネスの戦士達がバラバラに散って戦っています」

 

「よし、高台の狙撃手は迫撃砲とM203グレネードランチャーで潰す。木の上にいる狙撃手はルミナス。お前に頼んだ」

 

『了解』

 

ジト目のレイナから報告を受けたカズヤは素知らぬ顔で後方に残してきたルミナスに無線で指示を送ると、次に増援として連れてきたエルやウィルヘルムに指示を下す。

 

「エルとウィルヘルムは部隊を率いて両翼に展開。ライナの部隊と合流後、遭遇する敵を全て殲滅し戦線を押し上げろ」

 

「「了解!!」」

 

「レイナ、お前は隊と共に俺に付いてこい。敵に肉薄して白兵戦でケリを付ける。それと、そこのアマゾネス達も付いてこい。お前達も白兵戦なら役に立てるだろ」

 

命令通りにエルとウィルヘルムが隊を率いて散っていくのを見送ったカズヤは敵との決着を早期につけようと白兵戦での決着を目論み、また数的不利を補うためアマゾネス達に自らの指揮下に入るよう告げた。

「ふざけるな!!誰が男になんぞ従うか!!」

 

「族長様、今のうちに態勢を立て直しましょう!!そして、もう一度突撃を!!」

 

しかし、女尊男卑の思想に染まるアマゾネス達が男の身であるカズヤの言葉に素直に従う訳が無く。

 

彼女達は放心状態で空中を見つめるアレキサンドラを強引に立たせながら、勝機の無い無謀な突撃を再び敢行しようとしていた。

 

「――黙れッ!!」

 

アマゾネスの反応を見てから大きく息を吸い込み、珍しく怒号を上げたカズヤは、今まで敵の銃弾を防ぐために使用していた重力魔法をアマゾネス達にも浴びせる。

 

「「「「ガッ!?」」」」

 

手加減が加えられているとはいえ、いきなりの襲い掛かってきた重力魔法にアマゾネス達は皆なすすべなく膝を折り無様にも地面へ頭を擦り付ける事になった。

 

「貴様らの事情や思想など、この状況で慮る余裕は無い!!ここで俺に潰されるか、俺の指示に従いアマゾネスの戦士として戦うか選べ!!」

 

つい先ほど自身の大事な部下の1人が死にかけていただけあって、カズヤは強引な手段を取ることについて躊躇は無かった。

 

「貴様なんぞに……ッ!!ぐぅ……」

 

「3つ数えるうちに決めろ。3、2――」

 

不様な姿で地面に伏せるアマゾネス達の反抗的な視線に対しカズヤは更に重圧を掛けつつ、決断を迫らせるカウントダウンを開始する。

 

「グッ……ぅ……分かった!!貴様に従う!!」

 

「他の者は!?」

 

「……従う」

 

「貴様の好きにしろ」

 

潰すというブラフがあったとは言え、カズヤが迫った選択にアマゾネスの1人が屈すると、他のアマゾネス達も続けざまにカズヤに従う事を受け入れた。

 

「ならいい。レイナ、準備は?」

 

「いつでもいけます」

 

カズヤがアマゾネスとの問答を行っていた間に、エルやウィルヘルムの部隊が残していったM224 60mm迫撃砲の砲撃準備やM203グレネードランチャーを装備する武装メイドに攻撃準備をさせていたレイナはカズヤの問いに素早く答えるとコクリと頷く。

 

「よし、殺れ」

 

カズヤの指示の直後、個人携行モードのM224 60mm迫撃砲から砲弾が放たれ、また同時にM203の40x46mmグレネード弾が敵の狙撃手を爆殺するべく発射された。

 

「お、ピンポイントで命中したぞ」

 

弧を描いて空を飛翔した砲弾とグレネード弾が狙い通りに着弾し、目標となった狙撃手達の体を爆風で引き裂き、クルクルと空中に舞い上げる様子をハッキリと確認したカズヤはニンマリと頬を歪めた。

 

「レイナ、右手前10メートルに続けて3発」

 

「了解!!」

 

その後も、カズヤの着弾修正の指示を受けて照準を少しずつ微調整しながら続けざまに放たれる迫撃砲弾が敵の頭上に降り注ぎ死者と負傷者を量産する。

 

迫撃砲の攻撃を免れようと右往左往し始めた敵の様子を目の当たりにしつつ、カズヤは残りの狙撃手2人がルミナスの手によって始末されるのを待っていた。

 

 

 

「全く……いくら諌めようとも我が身の危険を顧みず、我々のような下々の者を助けに行ってしまうのですから。ご主人様には困ったものです」

 

巨木の太い枝の上で伏射の体勢を取り、20mmという大口径の弾丸を使用するボルトアクション式アンチマテリアルライフルのダネルNTW-20を構え、取り付けられている10×42高倍率スコープを覗き込むルミナスはスポッターを務める部下にぼやいた。

 

「ルミナス様、そうぼやいているわりには口元が嬉しそうに弛んでいますよ?――ターゲット確認。1時方向、木の枝の上。距離950」

 

「マズルカ。無粋な事を言わないで。――こちらも確認した」

 

ルミナスは部下の言葉に憮然とした表情を浮かべつつ、スコープのレティクルに写り込んだ敵の狙撃手に照準を合わせ定めると、その瞬間だけ息を止めダネルNTW-20の引き金を引いた。

 

直後、大口径の弾丸を発射した代償である強烈なリコイルが発生したが、ストックの内部に備えられたスプリングと2つの大型油圧式サスペンションからなるショック・アブソーバーがルミナスの体に与える衝撃を軽減する。

 

「ターゲット、ロスト。文字通り消し飛びました」

 

大砲のような銃声を響かせ、山なりに飛んでいった20mmx82炸裂弾が目標の体をズタズタに引き裂きミンチにした。

 

「次」

 

自身も確認し、またスポッターの口からも伝えられた事実に何の感慨も見せず淡々と応じながら、ルミナスはガシャンとダネルNTW-20のボルトを引いて次弾を装填する。

 

「了解……ターゲット確認。11時方向、木の枝の上。距離1300……ターゲットがカウンタースナイプに気が付いたようです。木の後ろに隠れてしまいました」

 

「ならば使用弾薬を20mmから14.5mmに変更します。貴女は敵の監視を続行なさい」

 

「了解」

 

敵の狙撃手がカウンタースナイプに気が付き姿を隠してしまったため、ルミナスは障害物ごと敵の狙撃手を始末しようと、ダネルNTW-20のコンバージョンキットを使って使用弾薬をより貫通力のある14.5mmx114へ変更するため射撃体勢を解いた。

 

弾丸を工具として使用することで専用工具無しで交換作業が可能なダネルNTW-20のバレルとボルトをあらかじめ準備してあった14.5mm用の物に交換しスコープも同じく交換。

 

そして、最後に3発の弾丸を装填出来る箱型弾倉を機関部の左側面に水平に装着すると、ルミナスは再び伏射の体勢に戻った。

 

「ターゲットは?」

 

「依然そのまま。我々の位置を探ろうと時折頭を出してはいますが、それも一瞬だけです」

 

「構いません。このまま始末します」

 

自身の手で弾倉から薬室に装填した14.5mmx114半徹甲弾を敵に叩き込むべく、ルミナスは姿の見えない狙撃手に対し慎重に照準を定める。

 

そして、敵がいるであろう場所目掛けて貫通力と射程距離に秀でた14.5mmx114半徹甲弾を叩き込んだ。

 

「――ターゲット、クリア!!敵は腹部に大穴を空けて木から落ちていきました」

 

14.5mmx114半徹甲弾が巨木を貫通し狙撃手の体をぶち抜いた事を確認したスポッターが興奮気味に声を上げる。

 

「ふぅ。これでご主人様の障害が1つ減りましたね。しかし、このまま支援を続けますよ」

 

「分かりました」

 

カウンタースナイプの任務を遂行したルミナスは安堵の息を吐いた後、突撃を開始したカズヤ達を援護するべく再びスコープを覗き込んだ。

 

そうして、先陣を切って突撃を敢行したカズヤの働きや武装メイド達の奮戦、更には妙に素直にカズヤの指示を聞くようになったアマゾネス達の協力もあり、戦況がかなり有利な状態になった時だった。

 

「ッ、ルミナス様!!敵の増援です!!およそ二個中隊規模!!」

 

「チッ、まだそんなにも予備兵力を温存していたなんて!!指揮官を潰します。指示を!!」

 

「は、はい!!」

 

劣勢だった戦いに勝機を見出だし勢いに乗ろうとしていたカズヤ達にとっては最悪のタイミングで敵の増援が現れ、戦況が再びひっくり返ったのであった。



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35

ルミナスの手によって使用弾薬が20mmから14.5mmに換装されたダネルNTW-20の銃声が響いた直後、木の上に陣取っていた敵の狙撃手がグチャグチャになった内臓をぶちまけながら地面に落下していく光景を目の当たりにしたカズヤはすぐさま行動に出た。

 

「よし。狙撃手は排除された!!総員、俺に続けぇッ!!」

 

そう叫んだカズヤはホルスターから引き抜いた45口径の自動拳銃――M1911コルト・ガバメントを振りかざし、背後にいるレイナや武装メイド、アマゾネス達に檄を飛ばすと、彼女達の返事を待たぬまま突撃を開始した。

 

「あっ、え!?ご主人様!?お待ちください!!先陣は我々が――」

 

「「「「オオオオオッ!!」」」」

 

皆の戦意を高めようと、いの一番に突撃を開始してしまったカズヤを諌めようとしたレイナの声を遮るようにアマゾネス達が気勢を揚げる。

 

そして、銃弾の雨をものともせず突き進んで行くカズヤの姿に感化されたアマゾネス達は、得物を片手に次々と駆け出していく。

 

「ッ、あぁ、もう!!脳筋のアマゾネス共が!!――レイナ隊!!ご主人様に続け!!ご主人様に敵を近付けさせるな!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

味方兵力の大部分を占めるアマゾネスがカズヤに続いてしまったため、最早この流れを止めることが不可能だと悟ったレイナは苦々しい顔で事態の収拾を諦めると、揮下の武装メイド隊と共に突撃を敢行しカズヤの元に急いだ。

 

「敵を分断し各個撃破する!!押して押して、押しまくれ!!」

 

重力魔法を展開し雨あられと降り注ぐ敵弾を防ぐ壁役のカズヤが戦線を無理やり押し上げ、レイナやルミナス、武装メイド隊が遠距離、中距離の敵兵を蜂の巣にしている間に、両刃槍や短刀を閃かせ敵の間合いに飛び込んだアマゾネス達が敵兵と乱戦を繰り広げる。

 

初戦では距離を詰める前に帝国軍が保有していた近代兵器に叩きのめされてしまったアマゾネス達ではあるが、距離さえ詰めてしまえば戦士としての働きを思う存分果たしていた。

 

「男の族長♪男の族長♪はじめての〜男の族長♪」

 

そんなアマゾネスの中で特に目覚ましい戦い振りを見せたのが、全裸で2本の両刃槍を振り回し暴れまわるアマゾネス――シュシュリであった。

 

「このッ!!ちょこまかと!!」

 

「お・そ・いッ♪は〜い、バ〜ラバラ♪」

 

「グァ!?」

 

カズヤの側にいたフィーネに手を出そうとした時に見せた高い身体能力を活かし、彼女はまるで獣のようにピョンピョンと飛び跳ねながら移動しつつ、獣人の帝国軍兵士を一方的に切り刻む。

 

「く、来るな!!この化物め!!」

 

「キャハハハッ!!ガォー!!化物だぞぉ〜♪」

 

「ふ、ふざけやがって!!これでも喰らえ!!」

 

「わっ、あぶない」

 

「何で弾丸を避け――ゴハッ!?」

 

「アハハハ♪きれいな噴水だぁ〜〜」

 

敵が自分達と同じ亜人種なだけあって、他のアマゾネス達が少し苦戦しているのを横目に、シュシュリだけはまるで玩具を弄んでいるかのような気楽さで敵兵の喉笛を掻き切っていく。

 

「なぁ、アマゾネスって実はみんなあんな風なのか?」

 

無邪気で情けがない子供のような――というよりも狂気染みた性格を見せるシュシュリの姿にカズヤは頬を引き吊らせつつ、自らの手で手当てを施しているアマゾネスに問い掛けた。

 

「アレが特殊なだけだ。アレと我々を一緒にしてくれるな」

 

どことなく照れた様子でカズヤの手当てを受けるアマゾネスが答える。

 

「それもそうか。よし、手当て完了。後方に下がって本格的な治療を受けておけ」

 

「……ふん。礼は言わんぞ」

 

カズヤの言葉に背を向けて答えたアマゾネスは手当てを受けた右腕を押さえながら、後方へと下がって行った。

 

さてと、そろそろ決着がつくかな?

 

何故か耳が真っ赤になっていたアマゾネスを見送ったカズヤは、狩る側と狩られる側が逆転した戦場に視線を向ける。

 

「ガァアアアアッ!!」

 

そんな時だった。

 

数発の5.56x45mm NATO弾を体に受け血みどろになった帝国軍兵士が死兵と化し、短刀を握り締めてカズヤに迫る。

 

「分隊!!奴を仕留めろ!!我らがご主人様に近寄らせるなッ!!」

 

「「了解!!」」

 

カズヤに狙いを定めた死兵に対し、レイナや武装メイドが銃弾を叩き込むが、頭から犬耳を生やしたその死兵は被弾をものともせず、己が握る刃をカズヤの身に突き立てようと死に物狂いで駆け続ける。

 

「クッ、ご主人様!!お下がり下さい!!」

 

「大丈夫だ。それにしても帝国軍に奴隷じゃない妖魔や獣人の兵隊がいるなんて――なッ!!」

 

銃弾では殺しきれない死兵を近接戦闘で始末しようと前に出たレイナを手で制したカズヤは短刀を振りかざして間合いに踏み込んで来た敵兵の右手を掴み、一本背負いを決める。

 

「グブッ!?ガ、ガァアアアア――ッ」

 

受け身が取れず、まともに地面に叩き付けられた敵兵が吐血しつつも素早く起き上がろうとした所にカズヤの重力魔法が浴びせられる。

 

直後、ブチッという嫌な音と共に敵兵の頭がぺしゃんこに潰れ脳ミソと血液の混合液が辺りに飛び散った。

 

「こうして戦っている今も信じられん」

 

頭部が消失し、ビクビクと手足を震わせる死体を余所にカズヤは戦場を睥睨しつつ、そう呟いた。

 

「――ご主人様」

 

「なんだ、レイナ?」

 

カズヤが特攻を仕掛けてきた敵兵を始末してから少しして、あらかたの敵兵を片付け武装メイド隊やアマゾネス達が掃討戦に移行しつつある中で敵兵の死体を検分していたレイナが険しい顔でカズヤに声を掛ける。

 

「これを見てください」

 

「これは……」

 

レイナの手によって服が剥ぎ取られた死体の体に無数の傷跡が刻まれているのを見たカズヤは少しだけ目を細める。

 

「少し引っ掛かるモノがあったので調べてみた所……この遊び(拷問)の跡からしてこいつらはやはり私と同じ元奴隷かと。そして、血の味からして純粋な妖魔や獣人では無く人間との間に出来た混血の者達だと思われます」

 

口に含んだ死体の血を吐き捨てながらレイナは頭部が消失している敵兵の死体に憐れむような視線を注ぐ。

 

「元奴隷か。しかし……奴隷から解放された奴等が帝国の為に戦うか?あれだけの執念まで滲ませて」

 

「それが謎だったのですが……この死体や他の死体をあらためてみると、どの死体も最近出来た傷跡が見当たりませんでした。ですから――」

 

「こいつらを奴隷から解放して懐柔した奴がいるな」

 

「……恐らくは」

 

考える事は皆同じという訳か……全く厄介な事だ。

 

しかし、士気のある妖魔や獣人が敵として出てくるとなると今後の戦闘での被害が増えてしまうな。

 

本土に戻ったら既に講じてある対策の強化を指示しておかないと。

 

レイナとの会話の中で滅亡間近の敵が妖魔や獣人を迫害するでなく利用する方向に舵を取っている事に気が付いたカズヤは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた後、グッと引き締めた。

 

「――ん?」

 

「どうかされましたか、ご主人様?」

 

「いや、今……何か変な感じがしたような気がして――」

 

「て、敵の増援を確認ッ!!敵襲ッー!!」

 

虫の知らせのようなモノを感じ取ったカズヤが、キョロキョロと視線を周囲にさ迷わせていると悲鳴染みた大声が上がる。

 

声に釣られたカズヤがその方角を見やれば、逃げ散った敵兵を追撃していたはずの武装メイドやアマゾネス達が血相を変えて慌てて引き返して来る姿が目に入った。

 

そして、その背後。

 

いつの間にか高台の上に布陣して大砲やガトリング砲を設置し、攻撃の態勢を整えている二個中隊規模の敵兵の姿があった。

 

「しまった!!罠かッ!?」

 

目先の戦いに集中していたため、知らず知らずの内に自分達が障害物の少ない開けた場所に誘導されていた事に気が付いていなかったカズヤは、ここに到ってようやく自分が敵の思惑に嵌まってしまっている事を理解した。

 

「全員、逃げろ!!世界樹まで走――ッ!?」

 

集中砲火を浴び一網打尽にされてしまうのを防ぐため慌てて指示を出している途中、敵の中に仮面を被った全身黒ずくめの男を見付けたカズヤは、その瞬間まるで背筋に氷柱を突き刺されたような感覚を味わっていた。

 

何なんだ……あいつは……!!

 

今まで感じた事が無いような危機感と違和感を覚えたカズヤは総毛立たせながら仮面の男に視線を奪われていた。

 

どうしてこんなにも心がざわつく!!

 

奴は一体何者なんだ!!

 

どうしようもなく心をざわつかせる存在の一挙手一投足に目を奪われているカズヤをよそに、当の仮面の男はホルスターから回転式拳銃を引き抜くと、何も無いはずの空中目掛けて目にも止まらぬ早業で早撃ちを行った。

 

「奴は一体、何を……」

 

仮面の男の理解不能な行動に戸惑うカズヤだが、その直後にルミナスからもたらされた報告に目を剥いた。

 

『だ、弾丸が弾丸で弾かれました!!ご主人様ッ!!お逃げ下さい!!奴は異常です!!』

 

「なっ!?」

 

ルミナスがダネルNTW-20で放った弾丸が、あろうことか仮面の男が放った弾丸に迎撃されたと聞いてカズヤは自分の耳を疑った。

 

「――チィ!!」

 

しかし、カズヤに驚いている暇など無かった。

 

何故なら、仮面の男が回転式拳銃をホルスターに収めた後、ゆっくりと見せ付けるように右手を掲げたからだ。

 

「レイナ!!両翼に展開中のライナ達を連れて世界樹まで後退しろ!!ここは俺が食い止める!!」

 

「ご主人様!?何を――」

 

「いいから行けぇッ!!」

 

レイナ達を逃がそうとするカズヤの声が辺りに響いたのと同時に、掲げられていた仮面の男の右手が降り下ろされる。

 

直後、仮面の男の攻撃許可を受けた帝国軍部隊が一斉に攻撃を開始した。



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36

自ら殿を買って出たカズヤは明確な殺意を帯びて押し寄せる数多の弾丸や砲弾の弾道を展開した重力魔法でねじ曲げ、全て地面に落とす事で部下やアマゾネス達の撤退を支援していた。

 

「うぉおおおおおおおッ!!」

 

弾道がねじ曲げられ地面に着弾した弾丸や砲弾によって、まるで地面が沸騰したお湯のように沸き立ち、舞い上がった土煙が視界を遮る中、カズヤは自分自身に気合いを入れるように吠えていた。

 

そして、いつ止むとも知れない苛烈な弾幕を見事に防ぎ切ったその時、カズヤの魔力はほぼ底をついていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「――長門和也だな?」

 

魔力の枯渇から来る精神的疲労により肩で息をするカズヤの前に、全身黒ずくめの仮面の男が現れる。

 

仮面の奥に隠された口から紡がれるくぐもった声は敵意に満ち、カズヤを睨む瞳には憎悪が宿っていた。

 

「……あぁ、そうだ。で、あんたは誰なんだ?というか、そもそも何者だ?」

 

クソッ、この野郎……途中からやけに弾幕の密度が落ちたと思ったら、ガトリング砲や大砲を扱う砲兵だけ残して歩兵部隊をレイナ達の追撃に向かわせてやがった。

 

お陰で完全に分断されて孤立無援の状態じゃないか、全く。

 

しかし……こいつは何故単身で出てきたんだ?

 

残していた砲兵もレイナ達の方へ向かわせたみたいだし。

 

全部隊で一気に来られたら、さすがに殺られていたんだが。

 

……まさか、タイマンでケリを着けようって腹なのか?

 

大きく深呼吸をした後、カズヤは対峙した男から少しでも有益な情報を引き出そうとする一方で、敵部隊が自身を迂回し後方への攻撃を行っている事や、

 

『ご主人様!?ご無事ですか!?応答してください!!応答を――えぇい!!邪魔!!すぐに、すぐにそちらへ行きますから、どうかご無事で!!』

 

『ルミナス!!ご主人様の様子は!?』

 

『こっちは敵の狙撃手に釘付けにされていて、様子を見る隙も無いわ!!』

 

『ご主人様の元に一番近いのは、誰!?』

 

『私!!けど、こっちは半包囲されていて援護不能!!』

 

無線機から流れるレイナ達の悲痛な叫びを耳にして、己が置かれている危機的な状況をようやく理解していた。

 

「名など、とうの昔に捨てた。そして、何者かと聞かれれば――お前を殺す者だ」

 

「ハハッ、何でそんなに俺の事を憎んでいるのかは知らんが……お前も大分と拗らせているな。全身黒ずくめに台湾の特殊部隊が着けているような仮面――正直言って、似合ってないぞ?」

 

「その言葉……あの世に行ってから後悔しても知らんぞ」

 

「? 何でそんな哀れむような声を出しているんだ、お前……」

 

相手の冷静さを奪い判断力を少しでも鈍らせようと吐いた挑発の言葉に、心底哀れむような声で返されたカズヤはその意味が理解出来ず眉をひそめる。

 

「フン、ここで理解せずともいい、あの世で理解しろ」

 

「そうかい。ま、残念ながらそうそう簡単にはやられてやる訳にはいかんのでな。全力で抵抗させてもらうが」

 

「無駄な事を……大人しく殺されれば余計な苦しみを味わう必要もないというのに。まぁ、どのみち貴様はここで死ぬ。俺が殺すッ!!」

 

「どわっ!?」

 

野郎、いきなりおっ始めやがった!!

 

仮面の男が手にしていたM1873ウィンチェスターライフルを唐突にぶっぱなしてきたため、カズヤは慌てて倒木の影に飛び込み、弾丸をかわす。

 

例に漏れず今度の渡り人も癖があるな……っと!!

 

そんな事を考えつつカズヤは、倒木の影からM1911コルト・ガバメントだけを出し応戦、すると仮面の男も弾を避けるために物陰へ逃げ込んだのか一瞬銃声が止んだ。

 

しかし、すぐに応射があり、互いに相手の出方を探るような撃ち合いが始まった。

 

「千日手だな……」

 

散発的な様子見の撃ち合いが続く中、カズヤはマガジンを交換しつつそう呟いた。

 

こっちの武器はコンバットナイフが2本と軍刀1本。

 

それにM1911コルト・ガバメントとFN Five-seveNの2丁で、予備マガジンがそれぞれ2つずつ。

 

で、消費した弾丸の分を差し引いて……現在はガバメントが残り7発。

 

Five-seveNはまだ使ってないから、薬室に1発と装填済みのノーマルマガジンの20発。

 

そして予備のロングマガジン2つの60発。

 

総残弾数は88発か……映画みたいにバカスカ撃ったら速攻で無くなるな。

 

1発1発考えて慎重に撃たないと。

 

……にしても、あっちは残弾を気にしていないような感じで豪快に撃ってくるな。

 

全く、羨ましいこって。

 

けど、見た感じそんなに弾を持っている様子は無かったんだが……まさか、俺と同じような武器弾薬の召喚能力を持っているのか?

 

それも戦闘中は召喚能力が封じられてしまう俺と違って常時召喚可能な能力を……。

 

この仮定が正しいとなると不味いな。

 

わざわざレバーアクション式のライフルを――型式は不明だがウィンチェスターライフル使っている点を考慮すると、かつての俺のように召喚可能な兵器の年代に制限があって西部開拓時代前後の武器しか召喚出来ないのかも知れないが……いや、そうやって勝手な考えで断定するのも危険だな。

 

最新の武器や未知の武器も召喚可能という前提で戦うか。

 

「さて、しょうがない……こっちから行くか」

 

残弾数の関係で時間の経過と共に劣勢になってしまう事を考慮したカズヤは、相手の機先を制するためにも自分から仕掛ける事にした。

 

「――3発、2発、1発、今ッ!!」

 

仮面の男が撃った弾数を数え、装填を行うタイミングを見計らっていたカズヤは相手が物陰に引っ込んだ瞬間、倒木の影から飛び出した。

 

あぁ……クソッタレ、心臓が破裂しそうだ!!

 

何気に初めて味方の援護が無い中で単身敵と戦うという事実に新兵のような高揚感を味わう一方、自分の考えが間違っていて次の瞬間銃弾を受け死んでしまうかもしれないという死への恐怖に怯えながら、カズヤは残り僅かな魔力を絞り出し、自身に重力魔法を掛けて機動力を上げ、両手に握ったM1911とFive-seveNで牽制射撃を行いながら仮面の男が潜む物陰へ突貫する。

 

「ッ、俺の勝ちだ!!」

 

「なっ!?」

 

反撃を受けないまま仮面の男が潜む物陰の側面へ回り込んだカズヤは、相手が自分の思惑通りにライフルへ弾を装填している姿を目の当たりにすると勝利を確信しつつ2丁の拳銃の引き金を引いた。

 

そして、2発の銃声が辺りに響く。

 

「……」

 

「……」

 

「ガハッ!?」

 

「……残念だったな」

 

一瞬の静寂の後、地面に膝をついたのは勝利を確信していたはずのカズヤであった。

 

「グッ……ボディアーマーに……しかも、お前も義手かよ……」

 

腹部にM1873ウィンチェスターライフルの銃床の一撃をカウンターで喰らい思わず膝を着いたカズヤは、M1911の威力のある45ACP弾や100メートルの距離があったとしてもNIJ規格レベルIIIA以下のボディアーマーを貫通する程の貫通力があるFive-seveNの5.7x28mm弾を仮面の男が左腕の義手を盾代わりに使って弾丸の威力を殺した上で、着こんでいたボディアーマーで完全に防いでみせた事に我が目を疑う思いを抱きながら目元を苦しげにひくつかせる。

 

「科学主体の現代兵器に頼り、こちらの世界のモノを――ファンタジーを舐めているからこうなる……その慢心が今のような状態を招くんだ」

 

仮面の男はまるで自身に言い聞かせるように呟きながら、カズヤの慢心を咎める。

 

「ッ、現代兵器に頼っているのはお前もだろうが」

 

「……」

 

仮面から覗く瞳で何か言いたそうにカズヤを一瞥しつつも、反論に無言を貫いた仮面の男はカズヤが未だに動けないのを良いことに、ゆっくりとライフルへ弾丸を装填してからカズヤの額に照準を定める。

 

不味いッ!!まだ動けねぇ!!

 

「では、死――グオッ!?」

未だ動けぬカズヤが万事休すと凍り付く中、仮面の男が引き金を引いてカズヤを殺そうとしたその瞬間、仮面の男は凄まじい勢いで突っ込んできた黒い影によって吹き飛ばされる。

 

咄嗟にM1873ウィンチェスターライフルを盾にしダメージを軽減しつつも、交通事故にあったようにポーンと撥ね飛ばされ森の奥へと消えていく仮面の男の姿を目で追っていたカズヤは、視線を正面に戻してから目を剥いた。

 

「アニエス!?それにフィーネ!?」

 

「フゥ……!!フゥ……!!」

 

「何とか間に合ったわね」

 

間合いを見計らって目標の手前でターンを決め、走っていた勢いを加えた強力な後ろ蹴りで仮面の男を吹き飛ばした張本人であるケンタウロスのアニエスと、その背中に騎乗したフィーネの2人がカズヤの目の前に居た。

 

アニエスは戦場を突っ切った疲れが出たのか一杯一杯の様子で荒い息を吐き、アニエスの背から地面に降り立ちカズヤに駆け寄ったフィーネは夫の命に別状が無いことを確認すると、ただただ安堵の表情を浮かべていた。

 

「何故ここにッ!?」

 

「何故って、夫の危機に妻が駆け付けるのは当然でしょう?まぁ、彼女が居なければそれも無理だったのだけれども」

 

「……」

 

貴女のお陰よ、ありがとう。とアニエスに感謝の言葉を送りながら、肩を支えてくれているフィーネ横顔にあっさりと毒気を抜かれてしまったカズヤは、言い募ろうとした言葉を全て飲み込んだ。

 

「さぁ、行きましょうカズヤ。敵を迂回して味方と合流しないと」

 

「そうだな。……あっちの戦況は?」

 

頼もしい妻の姿に奮い立たされたカズヤは己の体に喝を入れ、フィーネの肩を借りずに自分の足で歩み始める。

 

「大丈夫よ。妖精達が戦闘に参加してくれたお陰で形勢は逆転したから。後は指揮官である貴方が戻れば問題無いわ」

 

「そうか、なら早く戻らないとな」

 

「――そうはさせん」

 

「「ッ!?」」

 

「ご主人様、フィーネ様!!お下がり下さい!!」

 

カズヤとフィーネが味方と合流するためにアニエスの背中に乗ろうとした時、仮面の男が再びカズヤ達の前に現れた。

 

「長門……貴様はここで死ね。いや、死なねばならんのだ」

 

服の所々が汚れたり破れたりしているみすぼらしい格好で現れた仮面の男は、アニエスの一撃を受けた影響で銃身がへし折れてしまったM1873ウィンチェスターライフルを投げ捨て、代わりに革製のホルスターからコルトSAAを2丁引き抜きながらそう言った。

 

「死なねばならん?何を意味不明な事を言ってやがる」

 

「――隊長ッ!!」

 

「クソッ、増援か」

 

もたもたし過ぎたな。

 

挟まれてしまったし、ここでもう一戦やるしかないか。

 

舞い戻ってきた仮面の男の一挙手一投足に警戒を払いつつ、どうにか逃げようとしていた最中。

 

敵陣を突破したフィーネ達を追って来たであろうダークエルフの女の姿にカズヤは撤退を諦め、戦う意思を固めていた。

 

「モンタナか。ちょうどいい、お前はそっちの2人を足止めしろ」

 

「了解です!!」

 

「フィーネ、アニエス。そっちのダークエルフを頼む。俺はこいつを何とかする」

 

「分かったわ」

 

「ご武運を、ご主人様」

 

互いが互いの戦う相手を決め、自分達の目的を果たすために武器を構える。

 

「「行くぞッ!!」」

 

そして新たな戦いの幕が開かれた。

 

 

 

「こンのッ!!」

 

「遅いッ!!」

 

カズヤと仮面の男は互いに森の中を走り回りながら隙を見て弾丸を浴びせ合い、機会があれば接近戦を行い拳と刃を交わしていた。

 

「これで……どうだッ!!」

 

「効かんッ!!」

 

一見して2人の戦いは拮抗しているかのように思われたが、仮面の男がカズヤの攻めの手を全て先読みし無効化する事で戦いの流れは一方的なモノになっていた。

 

この野郎!!

 

読心術でも使えるのか!?

 

仮面の男の間合いに飛び込んで放った顎への一撃――右フックを易々とかわされ、追撃に撃った弾丸さえも来ることが分かっていたかのような挙動で避けられたカズヤは口惜しさに歯を食い縛りながら、態勢を整えるために仮面の男との距離を取り岩影に隠れた。

 

やりずらいったらありゃしねぇッ!!

 

千歳が独自に編み出した格闘術を使っているのに、全部先読みして防ぎやがる!!

 

得体の知れない化物の相手をしているかのような、薄気味悪い感覚に襲われ鳥肌を浮かばせるカズヤ。

 

「殺し合いの最中に考え事か?」

 

「ッ!?」

 

ヤベッ!!

 

真上から聞こえて来た仮面の男の声に、思わず総毛立ったカズヤは恥も外見もなく体を前方に投げ出した。

 

直後、岩の上に立つ仮面の男が放ったコルトSAAの44-40弾が先程までカズヤがいた場所に弾痕を穿つ。

 

「俺とお前の力量差は理解しただろうに、なのにこの期に及んで余計な事を考えている余裕があるとは……目出度いヤツだ」

 

「うるせぇ!!」

 

体を投げ出した後、ゴロゴロと転がり追い撃ちの弾丸を回避しきったカズヤは木の影に身を潜めながら叫ぶ。

 

クソッ、悔しいがこのままじゃ負けちまう。

 

ヤツの意表を突いて有効打を叩き込めれば。

 

だが接近戦の途中でナイフも軍刀も使い潰してしまっているし……まぁ、奴の拳銃も1丁潰しているから互角かもしれんが……残っている武器で使えるのはもうこのFive-seveNしか――。

 

「ッ!!」

 

どうにか勝利を手にしようと思考を巡らせていたカズヤは一気に距離を詰めてくる敵の足音に気が付いた瞬間、その方向にFive-seveNを構えていた。

 

「チッ、そのまま余計な事を考えていれば、貴様のその空っぽの頭をぶち抜いてやったものを」

 

「ほざけ。こんな所で死んでたまるか」

 

カズヤと仮面の男は互いの鼻先に銃口を突き付け、牽制の言葉を吐きながら睨み合っていた。

 

「……おいおい。お前、弾切れだろ?」

 

しかし、それも一瞬の事で仮面の男の撃った弾数を頭の中でよくよく数え直してみたカズヤは相手の拳銃に残弾が無いことに気が付き、嘲りの笑みを浮かべた。

 

「バカめ、それはお前もだ」

 

「へ?」

 

仮面の男に返答にカズヤはすっとんきょうな声を漏らした。

 

ひーふーみー……あ、ホントだ。

 

ヤベェ。残弾数を教えないためにタクティカルリロードしてたから数え間違えた。

 

って、こいつは何でそれを知っている?

 

「……慌てさせるな。薬室に1発残っているんだよ、こっちは」

 

自身のミスに気が付いたカズヤだったが、有利な立場を得るために咄嗟に口から出任せを吐いた。

 

「フン、嘘を付くのが下手な奴だ」

 

「嘘かどうか……試してみるか?」

 

「やれるものならやってみろ。あぁ、それと何を勘違いしているのかは知らんが、俺の弾は尽きていないぞ」

 

「なに?」

 

「――召喚。これで俺の残弾はフルだ」

 

「なッ!?」

 

仮面の男の意味深な言葉に眉をひそめたカズヤは、直後に自身の目の前で起きた光景に目を剥く事になった。

 

この野郎、回転式弾倉の中に直接弾丸を召喚して再装填を済ませやがった!!そんなのありかよ!?

 

「さっきは邪魔が入ったが、今度こそ死ねッ!!」

 

「ッ!!」

 

予想外の出来事のせいで反応が遅れ、反撃に出る機会を失ってしまったカズヤ。

 

そんなカズヤをよそに仮面の男は愉悦に満ちた声を仮面越しに漏しつつコルトSAAの引き金に掛けた指に力を込める。

 

そして、1発の銃声が鳴り響いた。

 

「――グッ!?また邪魔を!!」

 

だが、放たれた弾丸はカズヤに命中していなかった。

 

どこからか飛来した直刀が、仮面の男の義手に突き刺さり男の体勢を崩したためである。

 

「カズヤは殺らせない!!」

 

「隊長の邪魔をするなッ!!」

 

「ッ!!グッ!?」

 

直刀を投げた張本人。

 

カズヤの危機を救ったフィーネは自分の相手を放置し、更には自身の得物である直刀を投げたせいで背後からナイフで斬りかかってきたモンタナの一撃を防ぐ事が出来ず、袈裟斬りに体を斬られ地面に崩れ落ちてしまう。

 

「フィーネッ!?」

 

アニエスは!?ッ、ダメか!!

 

最悪の光景を目の当たりにしたカズヤはフィーネと共に居たはずのアニエスにフィーネの援護を命じようとしたが、頭から血を流しぐったりとした様子で地面に横たわっているアニエスの姿を見て、それは叶わぬ事だと理解した。

 

「油断し過ぎだ!!」

 

「グハッ!!」

 

アニエスが無理であるならば自分が。とフィーネの元に駆け付けようとしたカズヤは仮面の男に殴られ転倒。

 

しかもその際、不幸な事にFive-seveNが手から溢れ落ちてしまいカズヤは丸腰の状態になってしまった。

 

「死ね!!死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇええええッ!!」

 

「ゴッ……ガッ!?」

 

馬乗りになった仮面の男に首を絞められ、必死に抵抗するカズヤだが、ガッチリ握り込まれた男の右手はカズヤの首を捉えて離そうとはしなかった。

 

クソッ、息が……!!

 

呼吸が出来ず苦しむカズヤは抵抗を続ける一方で、止めを刺そうとフィーネに近付くモンタナの姿を視界に捉えていた。

 

チクショウ……!!

 

離れやがれ!!フィーネを!!フィーネを助けないとッ!!

 

フィーネをここで死なせたら……俺は何のためにあいつらを見殺しにしたんだ!!

 

酸素の欠乏により混濁していく意識の中で、カズヤは自身の命では無くフィーネを救う方法だけを考えていた。

 

そんな時であった。

 

『カズヤ!!聞こえる!?私の眷属となる誓いを唱えなさい!!そうすればそんな男、瞬殺出来る力を得る事が出来るわ!!』

 

この声……まさか、メイデンか……。

 

カズヤの頭の中に怨敵であるマリー・メイデンの声が響く。

 

『早くなさい!!そこで死ぬつもり!?貴方の魂を愛でるのも良いけれど、肉体の方も愛でてみたいのよ!!だから、今死んではダメよ!!それに貴方を殺す楽しみを失うのは嫌!!だから早く!!』

 

勝手な事を……。

 

自身を助けるためなどでは無く自身の欲望のため語り掛けて来たメイデンの身勝手な言葉に刺激され、カズヤの心の内で小さな炎が灯った。

 

……誰がこんな所で死ぬか!!

 

これから生まれて来る子供の顔を見てないんだ!!

 

それに何より、ここで俺が死んだらフィーネはどうなる!?

 

国は、レイナ達は、千歳達は!!

 

こんな所で死んでいられないんだよォオオオオッ!!

 

最初は小さな炎だったモノが、業火となってカズヤの心を覆い尽くす。

 

そして、その業火がカズヤの能力の制限を解き放つ事となった。



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37

感想を頂いてようやく気が付きました。

投稿済みだと思っていた回が投稿していないことに(;´д`)

ご迷惑をお掛けしました
m(__)m


仮面の男に絞殺されかけている最中、自身を助けるため敵の一刀を浴び更には止めを刺されようとしているフィーネの危機にカズヤの感情は否応なしに昂っていた。

 

そしてその昂った感情が業火となって己の心の中で荒れ狂う。

 

「終わりだ!!長門和也ッ!!貴様はここで死ねッ!!」

 

「ガッ……ッ!!」

 

フィー……ネッ!!

 

自分の命の危機に瀕しながらもフィーネだけは助けたい。ただひたすらにその想いで占められた業火は、この窮地を脱する奇跡を呼び起こす。

 

 

[召喚能力の限定解除]

・『戦闘中』における武器兵器の召喚が可能になりました。

 

 

能力に掛けられていた制限の一部が、カズヤの想いに反応し解除された。

 

ッ!!

 

薄れ行く意識の中、反撃のチャンスが訪れた事を悟ったカズヤは咄嗟に思念で召喚能力を行使。

 

そして、酸欠により抵抗する力が無くなりぐったりと地面の上に投げ出されていた自分の右手の中に扱い慣れた存在――M1911コルト・ガバメントのずっしりと重く頼もしい実体があるのを知覚した瞬間、勘だけを頼りに無我夢中で引き金を引いていた。

 

「――えっ?」

 

「モン……タナ?」

 

パンッと1発の乾いた銃声が辺りに響き渡った直後、時が凍り付いたのではないかと錯覚するような間を経て、仮面の男とその部下であるモンタナの驚きに満ちた声が漏れる。

 

「隊……長……」

 

じわりじわりと自分の胸に広がる血染みを呆然と眺めていたモンタナは仮面の男に縋るような視線を向けた後、口から大量の血を吐き出し、ゆっくりと膝を折り地面に崩れ落ちる。

 

カズヤが放った弾丸――それは仮面の男ではなくフィーネに止めを刺そうとしていたモンタナの背中に命中。

 

モンタナが着こんでいたライトアーマーを軽々と貫通し、肉を引き裂き背骨を掠めながら心臓を穿っていた。

 

「モンタナァアアアアッ!!」

 

先程まで全身に漲らせていた憎悪と殺意を霧散させたばかりか、あれほどまでに執着していたカズヤの事すら忘れてしまったように、仮面の男は一目散にモンタナの元へと駆け寄る。

 

仮面の下に隠された素顔に深い後悔の色を滲ませながら。

 

「ゲホッゲホッ!!死ぬかと思った……」

 

フィーネの危機を救い、また結果的に仮面の男から逃れる事に成功したカズヤは涙目で深い深呼吸を繰り返しながら、モンタナを抱き上げ必死に声を掛ける仮面の男の姿を複雑な眼差しで眺めていた。

 

「隊…長?何故……早く…あ…の男を……隊長の…悲願を……」

 

「喋るな!!今治す!!」

 

モンタナの穴の開いた胸に手を翳し、何かをしている仮面の男を警戒しつつもカズヤはフィーネとアニエスの元に駆け寄る。

 

「フィーネ、大丈夫か?」

 

「え、えぇ。貴方が前線に出る前に召喚しておいてくれたこれのお陰で命拾いしたわ」

 

フィーネはそう言って着ていた上着を捲り上げる。

 

すると役目を全うし無惨に切り裂かれたケブラー繊維製の防弾・防刃チョッキと薄く斬られただけに留まるフィーネの柔肌がカズヤの視界に映り込んだ。

 

「これが無かったら死んでいたわね」

 

「はぁー……もう、あんな真似はしないでくれよ?」

 

仮面の男の動向に気を配りながら、安堵のため息を漏らしたカズヤはフィーネの傷を完全治癒能力で治しつつ、懇願するように言った。

 

「さぁ、どうかしら?あの時は咄嗟に動いてしまったから。また同じ様な事があれば動いてしまうかもしれないわ」

 

「勘弁してくれ」

 

まるで誰かさんのようにね。と続いたフィーネの言葉にカズヤはたじたじになるのであった。

 

「……仕切り直しか」

 

「いや、お前らの敗けだ」

 

この仮面野郎も治癒系の能力を持っているのか。

 

それも俺の完全治癒能力に近い能力を……。

 

心臓付近を弾丸が穿ったはずなのに、ピンピンしてるぞあのダークエルフ。

 

フィーネの傷を治し、頭部から血を流して倒れていたアニエスの回復も終えたカズヤは再び仮面の男と対峙していた。

 

だが、互いを取り巻く状況は先程までと大きく異なっていた。

 

「報告します!!死者負傷者多数!!部隊壊滅!!隊長、ご命令を!!」

 

「ご主人様!!ご無事でしたか!!」

 

集団戦の勝敗を決した双方の部下達が、それぞれの主の元に集結していた。

 

また、カズヤの側には部下だけでなくアマゾネスはもちろん、ルージュを筆頭にこの戦いの雌雄を決する重要な役割を果たした妖精達が戦列に加わっていた。

 

「どうやら……そのようだな」

 

メイド衆や武装メイドの練度にアマゾネスの物量、そしてルージュ達だけが、妖精だけが扱える精霊魔法という強力な力に叩きのめされ敗残兵の様相を晒す部下達の姿を一瞥した仮面の男はあっさりと素直に負けを認めた。

 

「やけに素直だな?」

 

「この状況で起死回生の機会を伺う気は無い。それに貴様を殺す機会はまだあるからな」

 

どうにも、こいつの執念は厄介そうだな。

 

というか、ここまで恨まれるとは……一体俺はこいつに何をしたんだか。

 

苦し紛れとも取れる仮面の男の言葉だったが、妙に自信に満ちた物言いにカズヤは警戒を更に強める。

 

「次は確実に殺してやる」

 

しかし、カズヤの警戒をよそに仮面の男は懐から取り出した札のようなモノを破ると白い光に包まれ部下達と共に一瞬でカズヤ達の前から姿を消したのだった。

 

 

 

「お嬢さんの呪いが解けた?」

「はい。戦いの後、部屋に様子を見に行ったら何故か元気になっていたのです……」

 

仮面の男とその配下である帝国軍部隊が撤退した後、負傷者の手当てや死者の弔い瓦礫の撤去などの事後処理を手伝っていたカズヤはスチルを伴いやって来たルージュの言葉に首を傾げた。

 

「……一度、お嬢さんにお会いさせて頂いても?」

 

「えぇ、構いません。どうぞ、こちらに」

 

困惑しつつも娘の容態が良くなった事に喜びを隠しきれていないルージュに対し、ルクスとの面会を申し込んだカズヤは護衛として側を離れようとしないレイナとライナを連れたまま2人の後に続いた。

 

「ルクス、入りますよ?……あら?居ない?」

 

「……姫様?姫様!?どこにいらっしゃるのですか!!」

 

目的の部屋の中に先に入ったルージュとスチルは、当のルクスの姿が見えない事に慌て始める。

 

「窓が……」

 

ここから出たのか?

 

2人に続いて部屋に入ったカズヤは、これ見よがしに開け放たれた窓からルクスがどこかへ行ったのでは無いかと勘ぐり窓の外を覗き込んだ。

 

「――何これ何これ何これッ!!」

 

「うぉ!?」

 

「「ご主人様!?」」

 

瞬間、窓の外から飛び込んで来た小さい影の突撃を受け、カズヤは部屋の床に押し倒された。

 

「何これ!!初めて見る物ばっかり!!ねぇねぇ、これって何?何に使うの?」

 

「イテテ……何が起きた?」

 

「ルクス!!そのお方から離れなさい!!」

 

「っ!!は〜い……」

 

突然の出来事に目を回すカズヤの体に馬乗りになって装備品を興味津々で弄り回していたルクスは、ルージュの一喝にビクッと身を竦ませると、渋々といった感じにカズヤの上から身を引いた。

 

「もう元気一杯のようですね」

 

「も、申し訳ありません……」

 

ルクスに怒りが籠ったガンを飛ばすレイナとライナの手を借りて立ち上がったカズヤはルージュの謝罪に苦笑で返したのだった。

 

「カズヤ?ちょっと聞きたい事が――」

 

「全く!!貴女という子は!!」

 

「ごべんなざいぃいい〜〜」

 

「……これは……どういう状況なの?カズヤ」

 

「いや、それがな……」

 

ふらりとやって来たフィーネの問い掛けに対し、カズヤはどこかバツが悪そうに頭を掻きながら言葉を濁した後、ポツリポツリと事の次第を語り出す。

 

「あのお姫様が結界の抜け道を作っていた?」

 

カズヤの口から語られた話を聞き終えたフィーネは呆れ果てた表情を浮かべた。

 

「あぁ、敵が引いた途端に呪いが解けたらしいから、これは何か関係があるんじゃないかと思ってカマを掛けてみたら……」

 

「外の世界を見るためにお姫様が結界の綻びに穴を開けて、時折外に出ていたのね。それで今回の件はお姫様が作った結界の抜け道を利用されたというわけ」

 

「ま、そういう事。しかも、仮面の男に以前会っていたらしい。それで、これが――この水晶が呪いの正体。持ち主に病に似た症状を患わせるけど、それは一時的なモノで、こうやって割れてしまうと効力が失われるそうだ」

 

「じゃあ、お姫様に掛けられていた呪いは……」

 

「仮面の男が仕組んだ事だったみたいだな。俺を殺すために」

 

カズヤとフィーネは、ルージュの説教を受けて大泣きしているルクスの姿をチラリと見てから、深いため息を吐いたのだった。

 

「この度は我が娘の行いのせいでで多大なるご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありません。ナガト様や身重のフィーネ様にまで戦って頂き――」

 

「「え?」」

 

ルクスへの説教を途中で切り上げたルージュが深々と頭を下げ謝罪している最中に発した言葉に、カズヤとフィーネは思わず声を漏らした。

 

「身重?私が?」

 

「えぇ。あら……気が付いていらっしゃらなかったのですか?」

 

「それは……本当の事ですよね?」

 

皆が驚きに包まれる中、フィーネだけが鬼気迫る顔でルージュに問い掛ける。

 

「はい、本当です。貴女の体には魔力の反応が2つありますから。貴女とお子様の物が。今はまだ微弱過ぎて分からないかも知れませんが、もう少ししたら貴女も感じ取る事が出来ると思います」

 

フィーネの確認の言葉にルージュは優しく微笑みながら頷いた。

 

「……カズヤ」

 

「あぁ、良かったな。フィーネ」

 

「カズヤッ!!」

 

感極まったように抱き付いてきたフィーネの頭を撫でつつ、カズヤはルージュから送られる祝福の眼差しに苦笑で返すのであった。

 

 

 

 

「またか」

 

「……カズヤ、どうするの?これ以上ここに滞在していたら街で待機している千代田はもちろん、本土にいる千歳やカレンまで殴り込んで来るわよ?」

 

妖精の里を訪れてから既に1週間もの時間が経過し、ルクスの治療を行うという当初の目的もなし崩し的に果たしたというのに、何故かカズヤ達はまだ妖精の里に滞在していた。

 

「だよなぁ……どうするか……」

 

その理由、それはカズヤの帰りを阻むアマゾネス達にあった。

 

「族長様!!その格好は何なのですか!!まさか、またここを出ていこう等というのですか!?」

 

「我々を見捨てるおつもりか!?」

 

帰り支度を整え後はアマゾネスの村を通過するだけだというのに、5度目になるアマゾネス達の妨害を前にカズヤは深いため息を吐き出した。

 

「だから、俺は族長なんかじゃ……」

 

「我らを従え、あの戦(いくさ)を戦い抜いた貴方様が族長でなければ誰が族長だというのですか!!」

 

「そうです!!」

 

厄介な事になったなぁ……。

 

緊急事態に対処するためだったとは言え、アマゾネス達を強引に従え戦った事が今になってカズヤの首を絞めていた。

 

「アレキサンドラが居るじゃないか」

 

「あの者はあろうことか戦場(いくさば)で臆した臆病者です!!あのような者が族長などと!!」

 

「……ねぇ、カズヤ。これはもうあの条件を飲むしかないんじゃないの?」

 

どこまでも平行線を辿る話し合いに加えて、徐々にヒートアップしていくアマゾネス達の姿を眺めていたフィーネがカズヤに小さく耳打ちをした。

 

「出ていくなら供を連れていけというあれか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「あのなぁ……フィーネは妊娠の事が分かったからいいだろうけど。ここでアマゾネスを連れ帰ってみろ、俺はカレンに何をされるか……」

 

「……そ、そう言えばそうだったわね。すっかり忘れていたわ」

 

そもそも今回の一件が、母と妹に先を行かれ落ち込んでいたフィーネを元気付けるものであり、また修羅と化したカレンからカズヤが距離を置くために認可された特別な事案であった事を忘れていたフィーネはカズヤの言葉に視線を逸らす。

 

「他人事だと思って。それに供を連れていけば、族長という立場を認めた事にもなる」

 

「……でも、そうなると他に手段が無いわよ?どうするつもり?」

 

「だよなぁ。はぁ……しょうがない覚悟を決めるか」

 

「ま、結局……そうなるわよね。で、誰を連れていくの?」

 

「アイツでいいだろ」

 

出来うるならば取りたくなかった手段に頼るしか無くなったカズヤは、意を決する

 

「アレキサンドラァアアッ!!」

 

「――は、はいぃいい!!」

 

カズヤがアニエスの背中に乗りながら叫ぶと、慌てふためいた様子でアレキサンドラが姿を現す。

 

こちらの顔色を伺うように卑屈な笑みを浮かべたアレキサンドラは、初めて会った時に上から目線で喧嘩を吹っ掛けて来た人物と同じ人物だとは到底思えなかった。

 

「わ、私に何かご用でしょうか?」

 

「俺の供として付いてきてもらう」

 

「え?」

 

豪華な衣服も威厳に満ちた態度も消え失せ、権力を失った者の末路という言葉がピッタリなアレキサンドラを強引にアニエスの背に乗せたカズヤは行く手を遮るアマゾネス達に声を掛ける。

 

「お前達もこれで文句は無いだろう?」

 

「アレキサンドラを供に?そんな者よりも、もっと良い供が居ます!!シュシュリ等は如何でしょう?戦闘能力についてはお墨付きです。必ずや族長様のお役に立つかと」

 

「あんな裸族を連れていけるか!!」

 

「でしたらシューリなどは――」

 

「いらん。全隊、前へ!!これより帰投する!!」

 

「「「「了解」」」」

 

アマゾネス達との会話を強引に打ち切ったカズヤはフィーネや護衛達、そして余分なオマケを引き連れようやく帰路についたのだった。



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38

アレキサンドラという余計な供を1人引き連れ、妖精の里からパラベラム本土へと帰還したカズヤを待ち受けていたのは、千歳とカレンの2大巨頭による熱烈なお出迎えであった。

 

千歳はカズヤが再び敵の襲撃を受けた事に激怒し、全ての予定を繰り上げ直ちに帝都を火の海にして敵を皆殺しにするべしと気勢を上げ、手が付けられず。

 

カレンはカレンでカズヤが新たな女を引き連れ帰って来た事に激怒、更にはフィーネの妊娠が発覚した事で妻の中では適齢期の自分と幼いイリスだけが子供を授かっていない事に焦りを覚えた事もあって修羅と化していた。

 

そんな怒れる2大巨頭を相手にカズヤは獅子奮迅の働きを見せ、千歳に対しては残り1週間程度の準備期間を無理やり繰り上げ帝都攻略戦を開始しても混乱を招くだけで意味は無いと必死の説得を行い、カレンに対しては体まで使った説得(ご機嫌取り)を行い一先ずの決着を見ていた。

 

最も、カズヤは説得の代償として千歳からは護衛部隊の増員や警備態勢の強化を承諾させられ、カレンからは共にいる時間を大幅に増やす事を確約されられていたりする。

 

「それじゃあ、とりあえずアレキサンドラは武装メイドの一員ということで。次に……現在の戦況と帝都攻略戦の準備はどうなっている?」

 

かつては魔物の巣窟であった帰らずの森を切り開き、建設された旧前哨基地――現在のダブリング基地の地下指令部の一室でカズヤは今現在行われているアサルトアーマーの最終評価試験の中継映像を眺めつつ、両脇に侍る千歳と千代田に帝国との戦争にまつわる報告を求めた。

 

「ハッ、まず戦況についてですが先週までに帝国の全領土の80パーセントにあたる土地を占領いたしました。これは地球における中国全土と同じ広さになります。また、帝都や辺境に展開している部隊を除いたほぼ全ての敵軍を撃破、残るは極めて小規模なゲリラ勢力のみとなっています」

 

「次に帝都攻略戦についてですが、帝都外縁から30キロの位置に部隊を集結させ、敵の補給路を遮断すると共に帝都の完全包囲を完了させています。また帝都に面しているレイテ湾も遠征艦隊による海上封鎖を実施。後は作戦の開始待ちです。マスター」

 

……旧日本海軍の将兵に因縁のある湾の名前が、敵の首都に面する湾と同じ名前とは。

 

史実じゃレイテ湾に突入出来なかった艦艇の艦長達がこぞって上陸支援の任を求めて来る訳だ。

 

そんな余計な事を考えながら、カズヤは千歳と千代田に質問を続けた。

 

「ふむ……今の帝都内部の状況は分かるか?」

 

「様子なら衛星写真等で伺えますが、状況となりますと……残念ながら不明です。帝都に潜入させていたスパイや諜報機関を全て引き上げさせてしまった事に加えて、我が軍が帝都の包囲を終えると同時に敵が帝都全体を完全に魔力障壁で覆ってしまいましたので」

 

「……そうか」

 

敵の情報が得られなくなっている事に対し不安な様子を見せるカズヤに、千代田が補足の説明を入れる。

 

「しかしながらマスター。最後に入手した情報から推測致しますと、帝都内部の状況はレニングラード包囲戦の様相かと。何せ元々の住人200万人に加えて近隣の村や街から徴兵した50万人もの人員が約2ヶ月もの間、パン1つの補給も無く帝都に立て込もっていますから。加えて包囲完了前に我々が扇動して起こした暴動やクーデターの影響で帝都の治安は最悪。さぞ愉快な事になっていると思われます」

 

「まぁ、今までの準備期間は元々敵の補給路を遮断して兵糧攻めをするための期間でもあった訳だからな。少しぐらいは弱っていてもらわんと困る。……巻き込む形になった住人には悪いがな」

 

敵国の人間とは言え、多くの一般市民を戦いに巻き込んでしまった事に対してカズヤは顔をしかめる。

 

「この程度……兵だろうと市民だろうと“帝国”の奴らにはまだまだもっと地獄を見せてやらねば」

 

「何か言ったか、千歳?」

 

「いえ、何も」

 

その一方で更なる戦禍を敵にもたらすべく、憎悪に燃え並々ならぬ復讐心を滾らせる人物も居たが。

 

「……最も敵が弱っていなかったとしても問題は無いがな。何せ帝都攻略戦に参加する部隊はそれぞれ15個歩兵師団、10個機甲師団を基幹とした3個軍。今作戦に参加予定の総兵力で言えば300万人を越えるしな」

 

「はい、真正面から押し潰す事も十分に可能です」

 

千歳の不穏過ぎる言葉にカズヤは冷や汗を浮かばせつつ、話の流れを変えた。

 

カズヤが言ったように、パラベラム軍は地上最大の作戦と称されるノルマンディー上陸作戦を上回る戦力を帝都に投入し一気呵成にケリを付ける腹積もりであった。

 

「それに図らずも能力値が向上したお陰で予備兵力の拡充も出来た」

 

能力のメニュー画面を開き変動していた能力値や新たな力の一端を確かめながら、カズヤはそう呟く。

 

 

 

[兵器の召喚]

2016年までに計画・開発・製造されたことのある兵器が召喚可能となっています。

 

[召喚可能量及び部隊編成]

現在のレベルは78です。

 

歩兵

・130万人

 

火砲

・13万

 

車両

・13万

 

航空機

・10万

 

艦艇

・8万

 

※火砲・車両・航空機・艦艇などを運用するために必要な人員はこれらの兵器を召喚する際に一緒に召喚されます。

 

※後方支援の人員(工兵・整備兵・通信兵・補給兵・衛生兵等)は歩兵に含まれておらず別途召喚可能となっており現在召喚できる後方支援の人員は『総軍』規模までとなっています。

 

※歩兵が運用できる範囲の重火器・小火器の召喚の制限はありません。

 

[ヘルプ]

・[能力の注意事項]

メニュー画面を使わずとも声や思考で召喚は可能です。

 

1度召喚した軍需品・資源・施設は消すことが出来ますが、人(兵士)は消すことが出来ません。

(死亡した兵士の死体も消すことは不可能。また死亡した兵士と同じ人物を再度召喚することは出来ません)

 

『戦闘中』における武器兵器の召喚が可能になりました。

 

後方支援要員の積極的な自衛戦闘が可能になりました。

 

 

 

仮面の男のように、戦闘中にも武器兵器の召喚が出来るようになったのはかなりの強みだな。

 

戦闘中に弾切れや武器の故障の心配をしなくて済むし。

 

……だが、この分だと余程の事が無い限り俺が戦いの場に出る機会はもう無いだろうな。

 

此度の一件を受け妻達が結託し以前にも増して自分を危険から――戦いから遠ざけようとしている事を知っていたカズヤは自分の新たな力の見せ所を失った事に極々僅かな落胆を感じていたのだった。

 



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6章 1

帝都攻略戦、開始です。


パラベラム軍による帝都攻略戦が開始される7時間前。

 

闇夜に包まれたレイテ湾の暗い海中を4隻の潜水艦がゆっくりと進んでいた。

 

それらは戦略ミサイル原子力潜水艦から巡航ミサイル潜水艦へと改造され、24基の弾道ミサイル発射筒の内22基をトマホーク発射筒――7発のBGM-109トマホーク巡航ミサイルを収めた複数円形収納筒(MAC)と呼ばれる垂直発射システムに改め、残りの2基の上部には海軍特殊部隊のSEALsが使用する小型潜水艇ASDSをロッキングシステムで接合し搭載している改良型オハイオ級のオハイオ(SSGN-726)ミシガン(SSGN-727)フロリダ(SSGN-728)ジョージア(SSGN-729)で編成された第2潜水艦隊の4隻であった。

 

「ターナー大尉より発令所へ。出撃準備完了。出撃許可を求む」

 

予定ポイントへと到達し停止したオハイオの艦上。

 

ロッキングシステムにより母艦と接合されている小型潜水艇ASDSの艇内から、SEALsの隊員であるターナー大尉が出撃許可を求める。

 

『こちら発令所。出撃を許可する。幸運を』

 

「出撃許可を確認。これより出撃する」

 

発令所から出撃の許可が下りると、全長約21メートルの船体内に15名の隊員を乗せたASDSが母艦から切り離され海中を進んで行く。

 

そして、他の母艦から同じように切り離された3艇のASDSと合流すると単陣形を組み帝都へと向かった。

 

「アルファチームより各隊。状況を報告せよ」

 

『こちらブラボー。潜入ポイントへ到着、これより作戦行動に移る』

 

『チャーリーよりアルファへ。潜入成功。なれど敵多数を確認。注意されたし』

 

『こちらデルタ。敵歩哨2名を排除、目標に向け移動中』

 

帝都の中心を基点として帝都全域を半球状に被う魔力障壁。

 

外部からのありとあらゆる干渉を阻むこの難敵をターナー大尉達は事前にレイテ湾の海底を掘削して作られた小さなトンネルを使って潜り抜け、無事帝都への侵入を果たしていた。

 

「アルファ了解。各隊は任務を続行せよ。オーバー。我々も急ぐぞ」

 

「「「「了解」」」」

 

他のチームとの通信を終え、HK416を構え直したターナー大尉はアルファチームの隊員達に声を掛け行動を開始した。

 

別々の潜入ポイントから帝都の内部へと潜り込んだ4チームのSEALsの任務は帝都を頑強に守り続ける魔力障壁の排除。

 

引いては魔力障壁を張っている動力源の破壊であった。

 

「……ターゲットを視認。我々の目標はあの塔だ」

 

そこかしこで焚かれている篝火の光を避けながら、いやに静かな港町の裏路地を慎重に進み動力源がある塔――塔の天辺から赤い光の柱を伸ばし、魔力障壁に魔力を供給している――を確認したターナー大尉達は歩哨の目を掻い潜り、時には音もなく歩哨の喉をコンバットナイフで切り裂き闇に葬りながら目標へと接近する。

 

「チッ、帝都を守る要なだけあって流石に警備が厳重だな。……ニーバル、ホルスとカインを右の建物の屋上に連れていってくれ。その後、こちらの突入とタイミングを合わせてあの塔の中腹にいる見張りの始末を頼む」

 

「お安いご用よ」

 

目標の塔の目前まで接近する事に成功したターナー大尉は配置されている敵兵の数に眉をひそめながら、今回の作戦に同行しているアラクネのニーバル伍長に指示を出した。

 

「……初めて見た時は、あの容姿にかなりビビりましたが、これ程有能ならあの容姿も気になりませんね。これから続々と各部隊に配置されるという他の亜人兵も楽しみです」

 

「あぁ。だが、うかうかしていたら我々の立場まで奪われかねんぞ」

 

フル装備の大の男2人を担ぎながら垂直の壁を蜘蛛の脚でスルスルと登っていくニーバル伍長の姿を眺めながらそう溢した副官に、ターナー大尉は言葉の中に危機感を含ませながら返事を返したのだった。

 

『こちらホルス。配置に付きました』

 

『こっちも準備オーケーよ』

 

「よし。ホルスとカインは正面の2人を始末しろ。ニーバルは予定通りにあの見張りをやれ。他はこっちでやる。3カウントの後、前進を開始する」

 

『『『了解』』』

 

「「「「了解」」」」

 

各員の配置が完了し前進の準備が整った事を確かめたターナー大尉は指示を出しながらタイミングを図る。

 

「……3、2、1、今ッ!!」

 

ターナー大尉のカウントダウンが0になると同時にAN/PVS-10昼夜両用スコープで敵の眉間に狙いを定めたホルスとカインがサプレッサーを装備したM14 DMRの引き金を引いた。

 

直後、パスッパスッという小さな銃声が響き狙われた敵兵の眉間に小さな穴が穿たれる。

 

「ゴーゴーゴーッ!!」

 

無力化された敵兵が力なく地面に崩れ落ちる前にターナー大尉達は残る敵兵の排除に移る。

 

物陰から飛び出したターナー大尉達はサプレッサーで抑えられた銃声を小さく響かせながら塔の入り口を守る敵兵十数名を駆逐。

 

周囲の安全を確保しつつ扉の側に取り付き、突入の態勢を整える。

 

「おい、どうし――」

 

しかし、突入の態勢を整えている最中、外の違和感を感じた敵兵が1人扉を開けて出てきてしまう。

 

「チッ」

 

「グエッ!?」

 

予想外の出来事に思わず舌打ちを打ちながら、ターナー大尉は敵兵の喉にコンバットナイフを押し込み、更にそのままの勢いで塔の内部に侵入。

 

扉をくぐった直後に死体を蹴り飛ばし、突然の出来事に驚き硬直している敵兵に素早く5.56x45mm NATO弾をダブルタップで浴びせ殺害していく。

 

「クリア!!」

 

「クリア!!」

 

「……各員状況を報告せよ」

 

そして、突入を敢行してからものの5分と経たずに動力源のある塔はターナー大尉達に制圧される事となった。

 

「正面入り口、制圧完了」

 

「正面奥、仮眠室制圧完了」

 

『こちらホルス。周囲に敵影なし』

 

『ニーバルより隊長へ。上の敵は全員始末したわ。今からそっちに合流するわね』

 

「ふぅ。……ホルス、お前達はそのまま周辺の警戒を頼む。敵が来たら知らせてくれ」

 

『了解です』

 

「ニーバル、外の死体を塔の中に引きずり込んどいてくれ」

 

「りょ〜かい♪」

「他の者は付いてこい」

 

ターナー大尉は外に残ったホルスとカインに周辺の警戒を命じ、塔の上から糸を垂らして降りてきたニーバルに指示を出すと、頭や胸といった急所から血を流し息絶えている敵兵の屍を跨ぎ塔の奥へと進んだ。

 

「これが……動力源か」

 

塔の奥にあった階段で地下に降り、魔力障壁の動力源を目の前にしたターナー大尉は思わず声を漏らした。

 

何故なら、地脈から魔力を吸い上げ魔力障壁の維持を行う動力源が吸い上げた魔力の発光現象で紅く光り輝き幻想的な光景を作り出していたからであった。

 

「隊長、こいつを吹き飛ばせば魔力障壁が消えるんですよね?」

 

チーム内の工兵が手筈通りに爆破準備を進める中、周囲の警戒にあたっていた隊員がターナー大尉に声を掛ける。

 

「あぁ、だが帝都を覆っている魔力障壁は36の独立した障壁から構成されているからな。こいつを吹き飛ばしてもその内の1つを消すだけに過ぎん。我々SEALsが4つ潰して突破口を作ったら残りは第2潜水艦隊にやってもらわんと」

 

「そうでしたね」

 

部下の他愛もない質問に答えたターナー大尉が何気なしに腕時計で時間を確認しようとした時だった。

 

「ッ!?」

 

地面が小さく揺れ、地下に居るにも関わらず爆発音が聞こえた。

 

「今のはまさか……他のチームが動力源を吹き飛ばしたのか?」

 

「どうなっている!?動力源の爆破は全チーム同時にする予定だぞ!!」

 

「いや、それよりも今の爆発で敵が異常に気が付くぞ!!」

 

予期せぬ爆発に隊員達が狼狽える中、ターナー大尉は冷静に状況の把握に努めていた。

 

「ホルス、外の状況を知らせろ!!」

 

『ブ、ブラボーチームとデルタチームが破壊に向かった塔が崩れ落ちました!!なお、魔力障壁は消滅!!』

 

「何だと!?ブラボーチーム!!デルタチーム!!応答せよ!!」

 

ホルスからもたらされた報告に驚愕したターナー大尉がブラボーとデルタの両チームに呼び掛けるが、いくら待っても応答が無かった。

 

「どうした!!ブラボー、デルタ、応答せよ!!クソッ!!チャーリー、応答を!!」

 

『ザーザー、ザッ…羽……の…天使が…クソ……化物めッ!!』

 

「チャーリー、どうした!?よく聞こえない!!繰り返せ!!」

 

応答が無い両チームから問い掛ける先を残るチャーリーチームに切り替えたターナー大尉だが、チャーリーチームから返ってきた返事は意味の分からないモノであった。

 

しかも、一度通信が切れてしまった後、いくらチャーリーチームに呼び掛けても反応は返って来なかった。

 

「一体、何が起きているんだ……?」

 

「隊長!!爆破準備は終わっていますから、ここは一先ず外に出ましょう!!このままでは退路を敵に塞がれる危険性が!!」

 

「そうだな。外に出るぞ!!急げ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

部下の進言に素早く撤退の判断を下したターナー大尉は部下を引き連れ階段を駆け上がる。

 

「ホルス、カイン、ニーバル!!応答しろ!!撤退するぞ!!急いで合流を!!…………どうした!!応答しろ!!」

 

「――あら?貴方の探しモノはこれかしら?」

 

さっきまではすぐに応答した3人の部下がまるっきり返事を返して来なくなってしまった事を訝しみながら階段を上りきり、塔の入り口へと戻って来たターナー大尉の言葉に答えたのは部下の声では無かった。

 

その声の正体は頭上に丸い環を浮かばせ、白く輝く翼をゆっくりと羽ばたかせ浮遊している美女。

 

いわゆる天使の様な姿をしている人物であった。

 

「貴様は……ッ!?」

 

思わず見惚れてしまうような容姿に言葉を失い掛けたターナー大尉だが、目の前の女の両手に引き千切られたニーバルの体と生首が握られている事を視認すると本当に言葉を失う事になった。

 

「撃て!!」

 

一瞬のタイムラグを挟んでからHK416を構え、部下達に攻撃の指示を飛ばしたターナー大尉だが、引き金を引く寸前に女の姿が視界から消え失せる。

 

「どこに――」

 

「話も出来ないなんて……やっぱり所詮は異教徒なのね」

 

背後から聞こえてきた女の声に振り返ろうとしたターナー大尉は、その途中に自身の視点の高さがいつもと違う事に気が付く。

 

「何……を……」

 

しかし、その異常を確かめる前にターナー大尉の意識は真っ白な光りに覆われ、2度と戻る事は無かった。

 

 

 

「――……応答なし。帝都内部に潜入した全SEALsチームとの通信、途絶しました」

 

悲痛な表情を浮かべながら、ヘッドセットを外し首を横に振った通信手の報告にオハイオの発令所は重苦しい空気に満たされる。

 

「そうか、残念だ。……魔力障壁はどうなっている?」

 

僅かな間瞑目し、散っていった兵士達の冥福を祈ったオハイオの艦長は捜索用潜望鏡を覗く副長に問い掛けた。

 

「4つの作戦目標の内、2つの排除には成功した模様。レイテ湾方面の魔力障壁に隙間が生じています。これならば我々の任務遂行に支障なし、オールクリア」

 

「よし、ならば……彼らの働きに我々も応えよう。これより対地攻撃任務を開始する。全ミサイル発射管開け。第1目標は魔力障壁の全動力源。第2目標は敵軍事施設とする」

 

艦長の命令と同時に先程まで辺りを満たしていた重苦しい空気が払拭され、代わりにピンと張り詰めた緊張感が場を支配し発令所内が慌ただしく動き出す。

 

「第1目標、魔力障壁の全動力源。第2目標、敵軍事施設。現在、座標データ入力中」

 

発令所の発射管制装置の前に座るミサイル担当士官が艦内にあるミサイル管制センターと連携し、幾つもの発射シークエンスをこなしながら発射態勢を整えていく。

 

「発射準備完了。いつでも行けます!!」

 

準備完了と同時に重量が8トンもあるミサイル発射管扉が海中で一斉に開かれ、その中から水中発射用キャニスターに守られたトマホークが顔を覗かせる。

 

そして、1基当たり7発のトマホークが収められた22基の複数円形収納筒垂直発射システムから計154発ものトマホークが発射される瞬間を今か今かと待っていた。

 

「よし、対地攻撃始め」

 

「対地攻撃始め!!」

 

艦長の命令をミサイル担当士官がミサイル管制センターのミサイル管制士官に伝達、そして艦長の命令を伝達されたその士官がコンソール上にズラリと並んだ発射スイッチを親指で次々と押し込んでいく。

 

すると、それに合わせてトマホークのロケットブースターが点火し、オハイオの船体から順次射出されていく。

 

時を同じくして、オハイオ以下4隻の潜水艦から解き放たれたトマホークは海を割って海上へ飛び出すと水中発射用キャニスターを脱ぎ捨て、本体内部に格納されていた翼を展開しターボファンエンジンを始動。

 

その場に水柱と白煙を残しつつ巡航飛行へと移り、薄暗い空へと飛び出していった。

 

「全トマホーク、順調に飛行中。目標到達まで200秒!!」

 

慣性誘導方式によって日の出間近のレイテ湾の海面スレスレを敵に捕捉されずらいLOW-lOWモードで飛行し、長い帯状の編隊を成した616発のトマホークはSEALsのターナー大尉達が身命を賭して穿った魔力障壁の隙間を通り、帝都上空へと侵入。

 

そこで誘導方式を精度の高いGPS誘導へと切り替え、目標への突入を開始した。

 

そして、突入開始から時を置かずして残り32個の動力源が地上攻撃用の通常弾頭型トマホークによって完全に破壊されたために帝都を守っていた魔力障壁は消滅、また最優先目標の無力化に伴い余剰となったトマホークが副次目標とされていた敵軍事施設への突入を敢行したため、帝都全域の各所で火柱が上がり爆煙が空を汚す事になった。

 

「トマホークミサイル全弾目標に命中!!」

 

「帝都を覆う魔力障壁の消滅を目視で確認しました。作戦は成功です」

 

「よし。我々の為すべき事は為した。帰るとしようか」

 

「ハッ」

 

一先ずの敵討ちを終え、自らに課せられた任務をも完遂した艦長は満足げな表情を浮かべながら、帰路に着こうとした。

 

「――ッ!!帝都の港湾施設から敵艦船の出航を確認!!」

 

「対水上レーダーに感あり!!敵艦船、急速に近付く!!」

 

しかし、戦果確認のため潜望鏡を覗いていた副長やレーダー手が待ったをかける。

 

「目視出来るだけで中型艦10、小型艦25!!数は更に増加中!!艦長、攻撃命令を!!」

 

「なに、接近中の敵は放っておけばいい。こちらは水深10メートルにいるんだ。まともな対潜装備の無い奴等は我々に何の手出しも出来ん。片付けは艦隊の連中に任せておけばいい」

 

副長の心配をよそに、艦長が敵を無視する方針を決めたちょうどその時。

 

水平線の彼方から、ちょうど日の出の光を背にするような形で大艦隊や爆装した航空機の群れが帝都へと近付いていた。

 

「ですが……我々の予想が外れ奴等が対潜装備を持っていた場合、万が一という事も」

 

「ふむ、それもそうだな。だが敵の雑魚に高価な魚雷を使うのも勿体ない。それにそもそも魚雷の数が足りん。となれば……ここは1つ護衛部隊の諸君に働いてもらうか」

 

「ハッ、分かりました」

 

副長の意見(危惧)に理解を示した艦長は護衛部隊に連絡を取り、後の事を任せるとレイテ湾からの離脱に入った。

「オハイオより入電。接近中の敵艦の対処を求む。と」

 

「ありがたい。このまま任務終了まで1発も撃つことなく過ぎてしまうかと思っていたが……我々にも出番があるとは。全艦に通達!!これより我々は第2潜水艦隊に接近中の敵艦を足止めする!!」

 

「了解!!」

 

オハイオからの支援要請を受けた護衛部隊の旗艦――フランス生まれのイロモノ潜水艦の発令所は異様な熱気に包まれていた。

 

「メインタンクブロー!!対水上戦闘用意!!敵の進路上に出るぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

浮上命令から数十秒後、複数の黒い物体が帝国艦の進路上に突如浮上する。

 

まず最初に海中から姿を現したのは護衛部隊の旗艦であり、水密式の格納庫や多数の対空火器、そして50口径の20.3cm連装砲を1基2門備えた大型潜水艦のスルクフ。

 

それに続いて305mm単装砲を1基装備したM級潜水艦4隻が現れ、更に20mm機関砲や88mm単装砲で武装しているUボートVII型の4隻が出現した。

 

「砲撃準備急げ!!」

 

「各部点検後、異常の有無を報告せよ!!」

 

「防水装備の解除が最優先だ!!」

 

浮上した9隻の潜水艦の上甲板では船内から飛び出してきた兵士達が駆け回り、それぞれが装備している砲を使用するべく全身全霊を賭けて動いていた。

 

「あれだ!!あれが帝都をやった奴等だ!!」

 

「移乗攻撃の準備をしろ!!」

 

そんな事とは露知らず。

 

帝国の艦船は帝都を攻撃した敵が目の前に現れたと思い、一戦を交えるべく接近を試みていた。

 

「装填よし、撃ち方用意よし!!」

 

「撃ち方始め!!」

 

浮上から1分30秒後。

 

先ずは各艦の対空火器やUボートVII型の88mm単装砲が火を噴いた。

 

その瞬間、護衛部隊の目前に迫っていた帝国の小型船は一瞬で蹴散らされ、あるものは無事な所を探すのが困難なほど穴だらけになってズブズブと沈んでいき、またあるものは飛来した88mm砲弾1発で船体そのものが消滅し轟沈した。

 

「砲撃準備完了!!」

 

「よし、これでようやく我々も本格的な攻撃に移れる」

 

「――報告!!敵艦一斉に回頭中!!退いていきます!!」

 

「何だと!?せっかく砲撃準備が整ったのに逃がしてたまるか!!撃ち方始め!!」

 

浮上から2分30秒後。

 

小型船が一方的に蹂躙されている光景を見て怖じけ付いたのか、中型船が軒並み回頭して回避行動に移るが既に遅かった。

 

砲撃準備が完了したスルクフの20.3cm連装砲やM級の305mm単装砲が攻撃を開始。

 

近代化改装によって砲撃精度が向上していた5隻の潜水艦の砲撃は次々と敵艦を捉え、一撃で敵艦を大破または撃沈させていった。

 

「ふむ……こんなところか」

 

「艦長、艦隊より後退命令が」

 

「そうか。なら我々も帰るか」

 

そうして一通り暴れた護衛部隊は艦隊からの後退命令を受けると、炎上し沈むのを待つだけの敵艦や沈んだ船の残骸が漂う海を後にした。



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※ご注意※

今回の話の後半にはホモ要素があります。

お気をつけ下さい。
m(__)m


SEALsの破壊工作やトマホークを使用した改オハイオ級のミサイル攻撃によって守りの要であった魔力障壁を失い、丸裸の状態に陥った帝都は今現在テール海やレイテ湾の沖合いに展開した遠征艦隊の空母群、更には占領した土地に建設された飛行場の数々から飛来する無数の航空機の猛爆に晒され紅蓮の炎に焼かれている最中であった。

 

また帝国の航空戦力(飛行型魔導兵器や竜騎士)が早々に壊滅した事で、制空権の確保が出来たパラベラム軍の航空機は爆撃を行う高度を低高度に設定し、我が物顔で帝都上空を飛び交いながら悠々と大小様々な各種爆弾を投下、物量に物を言わせた絨毯爆撃などによって軍事施設や市街地を問答無用で爆砕し、戦いに備える兵士や逃げ惑う人々など軍民お構い無しに殺傷していた。

 

「……ふぅ」

 

自国の兵士の被害を減らすためにとは言え、敵国の民間人まで殺さないといけないのは心が痛むな。

 

無人偵察機のMQ-1Cグレイイーグルから送られて来る映像――いたる所で白い閃光が走り爆炎が空を焦がし幾筋もの黒煙や砂埃が立ち上る帝都の惨状。

 

その光景を帝都から70キロの位置に建設された司令部の地下にある作戦指令室の大型ディスプレイで眺めながらカズヤは小さくため息を吐いた。

 

しかし……攻撃を限定していては前線の兵士達が割を食うからな……。

 

致し方ないか。

 

カズヤは今更ながらに民間人の殺傷を許可する判断を下した事に迷いを抱いていたが、最後には自国の兵士の為と割り切り、為すがままに蹂躙される帝都、引いてはそこにいるであろう帝国の人々を眺めていた。

 

「マスター、これより準備砲撃を開始します」

 

「分かった」

 

黒い軍装に身を包み背後に控えていた千代田の言葉にカズヤが頷きを返した直後、前線司令部でもある陸上戦艦のラーテが28cm2連装砲の砲火を開く。

 

それを皮切りに80cm列車砲のドーラやグスタフ、同口径の大砲を備えたP1500モンスターが砲撃を開始。

 

一際大きい飛翔音を響かせた後、帝都の街中に隕石が落下したような巨大なクレーターを穿つ

 

更には帝都周辺に配置された砲兵部隊やレイテ湾に展開中の艦艇群から、述べ10万門に及ぶ火砲の準備砲撃が始まった。

 

「これで3時間後には帝都へ進軍が開始される訳だが……何も千歳が前線指揮を執らなくてもいいじゃないか」

 

東京23区と同規模の広さがある帝都を灰塵に帰す勢いで叩き込まれる砲弾の嵐。

 

時間の経過と共に栄華を誇った都が、ただの瓦礫の山と化していく光景を視界の端に捉えつつカズヤは目の前にあるディスプレイに映る千歳に話し掛けた。

 

『我が儘を言って申し訳ありません。しかしながら……私にはご主人様の御身に傷を付けた原因であるゴミ共を縊り殺す使命がありますから。それに私事ながらこの傷の借りをヤツに返したいのです』

 

ラーテの前線司令部で戦況の推移を逐一監視しつつ、前線指揮を執っている千歳はカズヤの問い掛けに対し、右目の眼帯を手を押さえながら壮絶な気迫が込められた笑みでもって答える。

 

「だが、そうは言っても――」

 

『恐れながら。私から言わせて頂きますと、後方とは言え戦域に近い司令部にいらっしゃるカズヤ様も人の事は言えないと思われます。いや……そもそも何故、総統と副総統が揃いも揃って本土の総司令部に居てくださらないのですか!!』

 

報復の炎を滾らせる千歳にカズヤが更に言葉を掛けようとした時、ディスプレイに新たなウィンドウが開きパラベラム本土の総司令部にいる伊吹が怒りの声を上げた。

 

「『……』」

 

伊吹の最もな言葉にカズヤと千歳は揃って顔をあらぬ方向に向け、沈黙を貫く。

 

『百歩譲って副総統は致し方ないとしても……カズヤ様、貴方は本土にいらっしゃるべきですよね?』

 

「いや、それは……万が一通信網が役に立たなくなってしまった時に即座に指示が出せるようだな」

 

『指示云々ならば、副総統がラーテの前線司令部にいて下さっているのですから問題ないはずですよね?』

 

「……あ、そうだ!!セリシア、お前から見て今の戦況はどうだ?」

 

『カズヤ様!!話を逸らさないで下さい!!』

 

やぶ蛇を突っついてしまった自身の言葉を誤魔化すためにカズヤは伊吹の追撃をスルーしつつ新たな通信回線を開く。

 

そして最前線に展開している地上部隊と共に居るセリシアに声を掛ける事で話のすり替えを図った。

 

『フフッ、ゴホン。今のところ順調に進んでいるように見受けられますが、あまりに……不気味な程に手応えが無いように感じられます。やはり何かしら良からぬ事を企んでいるもの考えるのが妥当かと』

 

カズヤと伊吹のやり取りに思わず苦笑したセリシアは真面目な表情を取り繕いながらカズヤの質問に答えた。

 

「そうか」

 

まぁ、それもそうだよな。

 

この程度でケリが付くなら苦労はしないし。

 

今まさに地獄の釜の底のような状態に陥っている帝都の様子をちらりと横目で伺いつつ。

 

また、止まらない伊吹のお小言を聞き流しながらカズヤはこの先に待ち受けているであろう戦いに言い知れぬ不安を抱いていた。

 

 

 

「全地上部隊、これより作戦行動に移ります」

 

爆撃の豪雨に続いて砲撃の嵐が帝都を散々に撃ち据え瓦礫の山を拵えた後、いよいよパラベラム軍の地上戦力が動き出した。

 

「レイテ湾より海兵隊3個連隊及び陸軍2個連隊が上陸を開始」

 

まず最初に動き出したのはレイテ湾に展開中の強襲揚陸艦や輸送艦に乗艦していた海兵隊と陸軍の計5個連隊であった。

 

強襲揚陸艦のウェルドッグから勢いよく海上へ躍り出たEFV遠征戦闘車――史実では高性能ながら1輌18億という高価格が響き採用されなかった水陸両用強襲装甲戦闘車両は浮力を得ると履帯を車体内部へと格納し動力をウォータージェット2基に切り替え毎分95万リットルの水を噴射しつつ前進。

 

35トンの車体を24ノットで走らせ海上を突っ切ると、格納していた履帯を再び展開し帝都へと上陸を果たす。

それに続いて、海上事前集積船隊の所属であるワトソン級車両貨物輸送艦からサイドポート・ランプを通り重量物運搬船改造のMLP(機動揚陸プラットフォーム)に移動した海兵隊のM1エイブラムス――エイブラムスシリーズの最新型であるM1A2 SEPV3やM2A3ブラッドレー歩兵戦闘車等の機甲戦力がLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇で次々と帝都に押し寄せる。

 

また150トンものペイロードと破格の重武装を備え、エアクッション揚陸艦艇というカテゴリーの中では世界最大のポモルニク型エアクッション揚陸艦が陸軍の精鋭部隊を乗せ63ノットという高速力でレイテ湾内を疾駆した後、140mm22連装ロケット弾発射機で上陸ポイントへの制圧射撃を行いながら上陸を敢行した。

 

「ユタ、オマハ、ゴールド、ソード、ジュノー。全上陸ポイントにて上陸に成功」

 

「敵による反撃は認められず」

 

「上陸第一波、損害ありません」

 

「現在、橋頭堡を確保中」

 

オペレーター達の口から発せられた幸先の良い報告に作戦指令室の中が、にわかに沸き上がる。

 

「さて。レイテ湾からの上陸部隊は上手くいったが……内陸方面の部隊はどうかな?」

 

一先ず出足が挫かれなかった事に安堵しつつも、カズヤは新たなディスプレイに視線を移す。

 

そこには地上部隊の本隊――内陸方面に展開していた部隊が帝都へ向かって移動している姿と、その前方で帝都への侵攻を阻もうとリスポーン兵器で不死身化(仮)した帝国兵約10万が徹底抗戦の構えを取っている様子が映っていた。

 

「準備砲撃で多少なりとも叩いたのにやっぱり人的被害は0か……面倒な。それにしても……対戦車壕にパックフロントを意識したタボール(車陣)の配置。これも奴の入れ知恵かな?」

 

「ハッ、恐らくその通りかと」

 

前面に対戦車壕を掘り、武装した馬車を盾にして相互支援が前提の簡易陣地を築き、更にそこへ銃兵や砲兵を配置。

 

明らかに仮面の男が関わっているであろう敵の近代的な布陣にカズヤは眉をひそめる。

 

「全く、大した障害では無いが……進軍する上では目障りだな」

 

「はい。強行突破は容易いですが……轢き殺した人間の肉や皮膚が一時的――死体が消えるまでの僅かな間とは言え戦車などの履帯の間に絡まると厄介です」

 

「だよなぁ……結晶体の位置は特定出来たか?」

 

「残念ながら、まだ特定には到っておりません」

 

「そうか……ま、大方地下にでも隠しているんだろう。捕虜にした不死兵に実験やら検証やらを行ったセリシアの報告だと結晶体に本来の肉体を閉じ込めて仮初めの不死を得た奴等は結晶体からあまり離れられないはずだし」

 

「試しにあの一帯をバンカーバスターで掘り返してみますか?マスター」

 

「いや、これ以上は弾の無駄だ。予定通り“アレ”で潰そう」

 

「了解しました」

 

肉体を封じてある結晶体から一定の距離までしか離れられない、封じた肉体は2度と外に出せないなど幾つかのデメリットはあれど、結晶体を破壊されない限り不死という最大のメリットを得ている敵に対し、パラベラム軍の秘策が行われようとしていた。

 

「第731航空隊、爆撃を開始」

 

地上部隊が敵の防衛線から2キロの位置まで接近した時、F-15Eストライクイーグルの4個飛行隊が地上部隊の行く手に存在する帝国軍に対し爆撃を行った。

 

ただ、その爆撃に使用されたのは通常の航空爆弾ではなく……催淫性非殺傷型化学兵器が充填されたゲイ爆弾であった。

 

そのため爆弾が炸裂すると爆風や衝撃波ではなくピンク色に着色された怪しげなガスが辺り一帯に立ち込めた。

 

「ゲホッ、ゲホッ!!何だこりゃ!?」

 

「魔物のブレスか!?」

 

「違う!!毒ガスだ!!」

 

「クソ!!風の魔法で吹き飛ばせ!!」

 

異常事態に混乱する帝国兵達。

 

しかし、魔法を使う事で一部の兵士達はガスから身を守る事に成功していた。

 

「死んで復活してくるというなら、生かさず殺さずで無力化してしまえばいいだけの話。だが無力化にあたって催涙ガスを使用すると、あんな風に対処されてしまうのがオチ。だからこそ、もう一手必要になってくるんだが……」

 

史実じゃネタ扱いの計画に過ぎなかったが……こっちの世界だと普通に催淫性の化学物質が山ほどあったから、製造は簡単だったな。

 

何せセリシアに頼んだら1日で作ってくれたし。

 

カズヤは爆撃を受けた帝国軍兵士達の様子を眺めながら、これから悲惨な目に合う敵兵達に心の中で合掌していた。

 

「な、何だ?体が熱い!?」

 

「おい、どうした!?大丈夫か!?」

 

「体が熱くて…クソッ…頭がぼやけて……あれ?お前、よく見たらいい男だな」

 

「は?何を言って……」

 

「へ……エへへッ……」

 

「……おい、ちょっと待て。そんな目で俺を見るな!!」

 

「1発ぐらい良いだろう?体が熱くて堪らないんだ!!」

 

「く、来るな!!」

 

「駄目だ、もう我慢出来ん!!うぉおおおお!!」

 

「止めろッ!!正気に戻れ!!ッ、嘘だろ!?鎧を剥ぐな!!うわっ、ズボンは勘弁してくれ!!頼む!!お、おい、本気じゃないだろ?な?や、止めて――アッー!!」

 

男にのみ反応するように作られたゲイ爆弾が効力を発揮した瞬間、帝国軍の陣地では阿鼻叫喚の光景が広がっていた。

 

「……映像を切れ、こんなモノを見ている必要は無い。それとあの地獄へ早く制圧部隊を送るんだ。主力が通るのに邪魔だし、放っておいたらガスの効果で3日3晩はあそこで盛り続けるぞ」

 

「ハッ」

 

ガスを吸った者はもちろん。吸わなかった者達もゲイ爆弾の副次的被害を受け無力化されていく。

 

そんな地獄絵図の真っ只中をパラベラム軍の主力が通過し帝都への侵攻を開始。

 

帝都攻略戦の新たなる幕が開かれる事となった。



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遂にパラベラム軍の直接的な侵攻を受け、悲惨な戦禍の渦に引きずり込まれたエルザス魔法帝国の帝都フェニックス。

 

繰り返される爆撃により帝国の歴史が詰まった街並みが悉く破壊されていく最中、皇帝のスレイブ・エルザス・バドワイザーを中心に名だたる大貴族や将軍達が宮殿の玉座の間に集まり軍議を開いていた。

 

「陛下!!恐れ多くも申し上げます!!帝都を守る魔力障壁が失われた以上、最早降伏しかありませぬ!!」

 

「宮殿は独立した魔力障壁で守られいるとは言え、それもいつまで持つか……。故にこのまま戦いを続ければ陛下のお命が危険に晒されてしまう可能性が!!」

 

「陛下のお命は何物にも代えられぬもの!!直ちに降伏の使者を出しましょう!!」

 

完全に包囲され退路も無く、最早挽回のしようがない戦況に恐れをなして顔を青くする大貴族や将軍達は皇帝の命を守るという大義名分を掲げ、保身に走っていた。

 

最悪、皇帝をパラベラムに売り渡し自分達の身の安全を確保する腹積もりで。

 

「まぁ、待て。そう慌てる必要は無い」

 

だが、そんな配下達の胸の内をよそに皇帝は穏やかな表情で安穏としていた。

 

「しかし!!」

 

「時期を見誤れば取り返しがつきませぬ!!」

 

「陛下、ご決断を!!」

 

「案ずるな。帝都が失われようと帝国という国家が無くなろうと構わぬ。余とここに居る者達さえ無事であればよいのだ。何せレンヤに任せている計画が成就した暁には今まで以上の繁栄が確約されているのだからな」

 

どっしりと玉座に腰掛けながら、一刻も早く降伏するべきと詰め寄る大貴族と将軍の面々を手で制しつつ、皇帝は歪な笑みを浮かべていた。

 

「ですが……その計画とやらが成就するまでの時間を稼ぐ者達が最早おりませぬ」

 

「帝国が誇る無敵艦隊は陛下の言う計画に駆り出され不在、そして帝国の空を守る帝都防空聖竜騎士団は先程全滅したのです」

 

「それに暗殺計画の失敗で帝国最強にして陛下の直轄部隊であったグルファレス魔法聖騎士団は全滅。いざという時の頼みの綱であったローウェン教教会騎士団の戦力も半減、教会の象徴であった7聖女達はあろうことか敵の手に堕ちてしまいました」

 

「我々に残されているのは魔導兵器や自動人形、不死兵、そして不死化が出来なかった一般兵や帝都の周辺から徴兵した民兵のみ。これでは敵の大軍勢を足止めする事は叶いません」

 

新参者のレンヤを異常なまでに重用している事や、いくら問うても明かされる事の無い謎の計画。

 

その2つの事象がこの窮地と合わさる事で大貴族と将軍達の猜疑心を高めていた。

 

「うむ、そなたらが言う事は最もである。しかし安心するがよい。我々にはレンヤが組織した天軍九隊がおるのだ」

 

「天軍……九隊?」

 

「陛下、それは一体……」

 

皇帝の口から語られた天軍九隊という言葉に居合わせた者達の意識が集まる。

 

「天軍九隊とはレンヤがこのような場合に備え、心血を注ぎ造り上げた究極の魔導生物――アンヘルで構成されている軍隊の事。この者達は恐ろしいまでの魔法適正があり、最上級の力を持つ者は神にも匹敵し最下級の力しか持たぬ者でも魔法使い100人分の力を持つという」

 

「おぉ!!」

 

「それならば少しは時間が……いや、勝機も見えますな」

 

またあの新参者か。そんな苛立ち抱きながらもそれを表に出す事はせず、大貴族と将軍の面々は皇帝の機嫌を損ねぬような虚栄の言葉を連ねていく。

 

「うむ。その通りである。故に心配する必要は微塵もありはせぬ。我々の未来は華々しく輝かしいものになるのだからな」

 

「「「「皇帝陛下万歳」」」」

 

そうして訪れる事の無い未来を夢見ながら皇帝やその取り巻きの者達は自分達が断頭台へと上がる瞬間を待つのであった。

 

 

「何故、敵の攻撃を受けているんだ!!帝都を守る魔力障壁はどうした!?」

 

操り人形と化している皇帝や我欲に満ちた重鎮達が玉座の間で軍議という名の無意味な会話に時間を費やしている頃。

 

宮殿の広間では大勢の貴族達が不安な顔で騒ぎ立てていた。

 

「軍は何をやっておる!!」

 

「――おい、静かになったぞ?」

 

「誰ぞ、戦況を報告せんか!!」

 

「外の様子はどうなったんだ!!」

 

先程まで休むことなく続いていた砲撃の炸裂音や地面の振動が唐突に収まった事を気にして貴族達が衛兵に詰め寄る。

 

「我が軍が敵の撃退に成功したのではないか?」

 

「そうだ。きっとそうに違いない!!」

 

状況を確認するべく宮殿内を駆け回る衛兵達をよそに、有象無象の貴族達は自分達の願望を込めた言葉を漏らしていた。

 

「ほ、報告!!レイテ湾より敵が上陸を開始!!なおレイテ湾においては船が8分に海が2分!!レイテ湾は敵の艦艇で埋め尽くされています!!」

 

「申し上げます!!帝都外部の第1防衛線崩壊!!敵が、敵が帝都内部へ雪崩れ込んで来ます!!」

 

しかし、その願望が叶えられる筈もなく。

 

「なん……だと!?」

 

「帝都への侵入を許したというのか!?」

 

「もうダメだ!!ローウェン様は我々を見放した!!」

 

衛兵によってもたらされた報告は貴族達を絶望の淵に突き落とすモノであった。

 

「あーあーあー。みっともないったらありゃしねぇ。帝都に敵が入って来たぐらいで騒ぐなっての」

 

宮殿の上層階。

 

皇族や限られた者しか立ち入る事を許されていない区画からレンヤは眼下で騒ぐ貴族達の事を嘲笑っていた。

 

「あら、誰だって自分のお尻に火が付けば騒ぐモノよ」

 

「……いい加減いきなり背後に現れるのはやめろ。これで何度目だ?」

 

「さぁ?何度目かしら。フフフッ」

 

「もう好きにしてくれ」

 

マリーのからかうような言葉に肩を落とすとレンヤは貴族達を眺めるのを止め、とぼとぼと歩き出す。

 

「あら、どこへ行くの?」

 

「例の計画を実行する準備だよ。……言っておくが時間に遅れるんじゃないぞ。仮面のアイツみたいにここに残るって言うなら話は別だが」

 

「はいはい。分かってるわよ」

 

「本当に分かっているのか?まぁいい。――ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル」

 

分かっているのかいないのか。今一判断に困るマリーの反応に呆れつつ、レンヤは自身の切り札であるアンヘルの名を口にする。

 

「「「「御前に」」」」

 

すると次の瞬間、神々しい光と共に現れた4人の美女――アンヘルの中でも特に強い力を持つ者達がレンヤの眼前で膝を着いていた。

 

「お前達は手筈通りに天軍九隊を率いて敵の足止めをしろ。適当に時間を稼いでくれればそれでいい」

 

「「「「御心のままに」」」」

 

頭の上に丸い環を浮かばせ白く輝く純白の翼を背中から生やしている彼女達はレンヤの言葉に恭しく答えた。

 

そして敬愛と忠誠に満ちた眼差しをレンヤに注ぐと、現れた時と同じように一瞬で姿を消した。

 

「なんともまぁ……その歳でお人形遊びなんていい趣味してるわね」

 

「ほっとけ!!」

 

マリーの心底見下した軽蔑の言葉にレンヤは真っ赤な顔で反論しつつ足早にその場を立ち去るのであった。



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繰り返し念入りに行われた爆撃と砲撃によって極一部を除き、家屋の残骸と瓦礫の山だけになった帝都へとパラベラム軍の地上部隊が一斉に雪崩れ込んでいく。

 

『大隊本部より各中隊へ通達。敵の待ち伏せに注意しつつ前進、敵防衛線に接触した場合はこれを殲滅、突破せよ』

 

「第2中隊、了解。――さぁ、楽しい楽しい殲滅戦の始まりだ!!中隊、前進!!」

 

大戦末期のベルリンの街並みを彷彿とさせる帝都へと足を踏み入れ、意気揚々と声を上げるのは第2歩兵中隊を率いるアールネ・エドヴァルド・ユーティライネン大尉。

 

第33機甲師団第1旅団戦闘団に所属する彼の第2歩兵中隊は帝都の外郭に位置する第3地区(市街地)の攻略を行うべく進撃中であった。

 

「〜♪」

 

「「「「……」」」」

 

旧ドイツ軍装備に身を包み、アサルトライフルの始祖であるStG44を構えながら通りの両脇に張り付くようにして歩みを進める第2歩兵中隊の妖魔や獣人の兵士達をよそにユーティライネン大尉はまるでピクニックに行くかのような軽い足取りで中隊の先頭――それも通りのど真ん中を堂々と進んで行いた。

 

「……親父殿は相変わらずだな」

 

「狙撃が怖くないのか?」

 

「あれだけぶっ飛んでいる人間なんぞ、他で見たことがない」

 

その怖いもの知らずな上官の姿に兵士達は畏敬の念を募らせる。

 

「しかし……やけに静かだ」

 

「あぁ、確かに」

 

「これだけ徹底的に叩いたんだ。ほとんどの敵はくたばっているさ」

 

だが、その一方で周囲を包み込む不気味な静寂に堪えかね不安を誤魔化そうと楽観的な言葉を口々に漏らす。

 

「おい、お前達。バカを言っていないで――伏せろ!!お出ましだぞ!!」

 

そんな会話を見咎めたユーティライネン大尉が叱責しようと声を上げた時だった。

 

前方にある半壊した建物の窓や穴から一斉にマズルフラッシュが瞬き、次いで敵弾が飛来する。

 

「グハッ!!」

 

「イッテェッ!!」

 

放たれた銃弾の大半が地面や瓦礫に着弾し土埃を上げる一方、数発の銃弾が不運な兵士の体に命中。

 

銃弾にその身を穿たれた兵士がもんどり打って地面に倒れ、痛みに声を上げる。

 

「第2中隊より大隊本部へ!!敵と接敵、これより交戦を開始する!!」

 

無傷の者が負傷兵を物陰へと引きずり込み、また散発的な反撃に転じている様子を横目にユーティライネン大尉は大隊本部へ交戦開始の一報を入れる。

 

『大隊本部、了解。なお他の部隊からも交戦開始の報告が続々と入っている。敵による包囲分断に留意せよ』

 

「了解した!!中隊、態勢を立て直すぞ!!盾持ちは前に出ろ!!他は援護だ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

大隊本部との交信を終えたユーティライネン大尉の指示が飛ぶと数百キロもある分厚い防弾盾を携行していた筋肉隆々のオーガ達が盾を構えながら前進。

 

仲間の援護を受けつつ、飛来するマスケット銃やミニエー銃の弾丸を弾き、着弾と同時に炸裂する魔銃のエネルギー弾を物ともせず隊の前面へと展開し急造の簡易陣地を構築する。

 

「各ライフル小隊は制圧射撃に移行!!火器小隊は敵を潰せ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

簡易陣地の影で態勢を立て直した中隊から目標に対する制圧射撃が加えられ、半壊した建物が着弾の粉塵に包まれる。

 

また歩兵中隊というカテゴリーでは保有していないはずの兵器――某映画でティーガーⅠに取り付いた米兵を凪ぎ払った2cm Flak38対空機関砲を4門並べた2cm Flakvierling38が台車に載せられた状態で姿を現し、圧倒的な弾幕を形成する。

 

そして『魔の4連装』と連合国に恐れられた2cm Flakvierling38の砲火は壁を盾にして身を潜めていた敵兵を壁諸とも粉微塵に粉砕した。

 

「……終わってしまったか?まぁいい。火器小隊、やれ」

 

「「了解」」

 

多数の20mm砲弾を撃ち込んだ事により蜂の巣になった目標が完全に沈黙してしまったものの、最後のダメ押しを行うため火器小隊が保有する対戦車ロケット擲弾発射器のパンツァーシュレックに装填されたパラベラム軍謹製のサーモバリック弾が発射された。

 

ドンっという音と共に盛大なバックブラストを発生させながら撃ち出されたサーモバリック弾は窓から部屋の中へと飛び込み室内に着弾すると弾体に仕込まれていた化合物が固体から気体への爆発的な相変化を遂げ、そして次の瞬間には分子間の歪みによる自己分解による爆発が発生、最後には空気中の酸素との爆燃による爆発を引き起こし室内のありとあらゆるモノを爆圧で吹き飛ばす。

 

「ヒュー♪よし、制圧完了だな」

 

その爆圧の衝撃が止めとなって敵兵が立て込もっていた建物が完全に倒壊する様子をユーティライネン大尉は口笛混じりに眺めていた。

 

「さ、次に行くぞ」

 

「了解。……そう言えば親父殿、この対空砲はどっから持って来たんです?」

 

「ん?あぁ、高射砲部隊の連中がポーカーのツケを払えないって言うんでやつらの予備兵器をツケ代わりに頂いて来た」

 

ユーティライネン大尉は側に居た軍曹の問い掛けに悪どい笑みを浮かべながら答える。

 

「またですか?この前も違う部隊から何かの兵器をポーカーのツケ代わりに頂いて来てませんでした?あんまり強引に徴収してると恨まれますよ?」

 

「戦いが始まってから装備が足りないと文句を言っても手遅れだからな。強硬だろうが何だろうが先に集めておくに越した事は無い」

 

「それはそうですが……しかし――」

 

「えぇい、うるさい。無駄口はお仕舞いだ。さっさと次の敵を潰しに行くぞ」

 

「イタッ……了解」

 

小言を続ける部下の尻を蹴飛ばし、前進を促したユーティライネン大尉は負傷者を後送し隊の再編成を行うと更なる敵を求めて進撃を再開したのだった。

 

 

「……ようやく終わったか」

 

中隊本部を設営した建物の一室で持参したロッキングチェアに腰掛けながら敵の魔法使いによる遠距離攻撃――魔力弾を用いた疑似砲撃の嵐を凌ぎきったユーティライネン大尉はそう呟いた。

 

「流石に後が無いとなると敵も必死ですね」

 

「そうだな」

 

砲撃支援や航空支援。

 

使用可能なありとあらゆる支援を受けながら他部隊と協力し第3地区の大半を短時間で制圧する事に成功しつつも、最後に残された第5区画の片隅で頑強に抵抗を続ける敵の存在によって完全制圧寸前で足踏みを余儀なくされている事にユーティライネン大尉は部下と共に頭を悩ませていた。

 

「第1小隊、ただいま戻りました」

 

「おぉ、戻ったか。で、首尾はどうだ?」

 

「ハッ、戦果としては敵の大砲を2門潰して来ましたが……駄目ですね。奴らあの場所で徹底抗戦の構えを取っています。どこもかしこもガチガチに固めていて抜けそうな場所がありません。しかも地下に張り巡らされた下水道を使ってそこかしこから現れるので中々集中して攻勢を掛ける事が出来ません」

 

「チッ、やはり下水道がネックか。はぁ……我々の担当区域であるあの第5区画さえ制圧してしまえばこの地区は制圧完了なんだがな。さて、どうしたものか」

 

帝都攻略戦を行うにあたり、当初より想定されていた障害の1つ。

 

帝都の地下に張り巡らされた下水道の存在。

 

敵兵の安全な移動経路――壕として利用可能なその存在が今まさにユーティライネン大尉の障害となっていた。

 

「それに……もう1つ問題が」

 

「何だ?」

 

「あまりに上手く隠蔽してあったため接近するまで分からなかったのですが、ここから100メートル先の建物の影に一個小隊規模の敵兵と魔導兵器が1体隠れています」

 

「おいおい……また厄介な」

 

強行偵察に出ていた第1小隊の小隊長の報告にユーティライネン大尉は苛立ちを誤魔化すように頭を掻きむしった。

 

「砲兵か空軍に支援要請をしますか?」

 

「いや、そうしたい所だが……止めておこう。既にかなりの量の砲弾や爆弾をあの辺りに撃ち込んでいるんだ。これ以上やれば歩兵が通る事さえ困難になってしまう」

 

副官の進言にユーティライネン大尉は困り顔で答えた。

 

「では独力で?」

 

「いや、魔導兵器単体ならどうとでもなるが敵歩兵と一緒となると独力では少し厳しいだろう。だから……ここは1つ貸しを返してもらうとしよう」

 

またもや悪どい笑みを浮かべたユーティライネン大尉に対し、中隊本部に居た兵士達は困ったように顔を見合わせるのであった。

 

「――準備は?」

 

「完了しました」

 

「なら始めるか。中隊前へ!!」

 

ユーティライネン大尉の言葉と共に第3地区の残敵を掃討するべく第2中隊の兵士達が前進して行く。

 

だが、敵の潜む場所から一定の距離まで近付くと兵士は皆一斉に地面へと伏せた。

 

「よし、やってくれ」

 

「了解」

 

その様子を確認したユーティライネン大尉は隣に居た兵士に声を掛ける。

 

そして、その直後。

 

辺りに耳をつんざくような砲声が轟き、巻き上げられた土埃が辺りに舞い上がった。

 

「〜〜ッ!!凄い音だな……流石は128mm砲」

 

耳を手で塞ぎながらそう言って視線を横にずらしたユーティライネン大尉の視界に映ったのは最大で250mmに達する前面装甲を持ち、55口径128mm戦車砲という大戦中最強の対戦車砲を備えた重駆逐戦車のヤークトティーガーであった。

 

「照準修正……撃て!!」

 

ユーティライネン大尉の個人的コネによって最前線へと送られて来た3輌のヤークトティーガーは目標である魔導兵器を葬るため砲撃を続ける。

 

「目標の破壊を確認。これより前進する」

 

「威力も申し分無いな」

 

「……建物ごと魔導兵器を」

 

建物の反対に隠れたM4シャーマンを破壊した事があるヤークトティーガーは史実同様に建物ごと魔導兵器を撃破してみせると轟々とエンジン音を響かせ瓦礫を踏み潰しながら前進を始める。

 

「よぉし、中隊前進!!ヤークトティーガーを援護しつつ敵を駆逐しろ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

頼もし過ぎる援軍を得て勢い付いた第2中隊は全力を持って敵陣へと突撃を開始した。

 

「……ふぅ。少々手こずったが、とりあえず制圧完了だな」

 

若干の苦戦を強いられつつもヤークトティーガーとの歩戦協同で第3地区を制圧する事に成功したユーティライネン大尉は、ゴロゴロと転がる敵兵の死体の傍らでタバコの煙を燻らせながら達成感を味わっていた。

 

「……ん?」

 

しかし、妙な音を耳に捉えた事を疑問に思い、ふと帝都の中心部方面へ視線を向けた。

 

するとその視界の中にもうもうと立ち昇る土煙が写り込む。

 

「何だあれは……ッ!?総員防御戦闘用意ッッ!!」

 

目を凝らし土埃を上げ接近する無数の影を凝視したユーティライネン大尉は、その正体が異形の化物達だと認識した瞬間、あらんかぎりの声の限り叫ぶのであった。



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帝都から70キロの地点に建設されたパラベラム軍の基地。

 

その地下指令室にある大型ディスプレイには帝都の全体図が映し出され、そこには目標ポイントのマーカーや味方部隊の所在を示す多くの青い光点が表示されていた。

 

しかし、今現在その全体図は敵を示す赤い光点によって埋め尽くされようとしていた。

 

「帝都全域の各所に魔方陣が現れました!!」

 

「ッ!?魔方陣より魔物の出現を確認!!凄まじい数です!!」

 

「出現した魔物は現在群れを形成している模様!!なお一個群当たりの数は中隊から師団規模と推定!!」

 

「帝都上空にも多数の魔物を確認!!制空権が維持出来ません!!」

 

「レイテ湾内に展開中のピケット艦から報告!!湾内の海中及び海底から複数の動体反応を検知!!」

 

大量の魔物を投入しての反撃。帝国が得意とする物量作戦の1つという事で十分な警戒がなされていたが、帝都全域――制圧済みであるはずの戦線の背後や陸海空の全てで魔物が出現した事で戦局は一気に切迫し地下指令室は緊張感に包まれる事となった。

 

「ここが正念場だな。最優先で魔方陣を潰すよう全軍に通達。それから空軍と海軍には何としても制空権と制海権を維持させろ。それと予備兵力から部隊を抽出し、各戦線へ師団規模の増援を即時投入するんだ。この機に戦線を押し上げ一気に片を付ける!!」

 

「「了解!!」」

 

そして、そんな部屋の中に響くオペレーター達の声を聞きながら、カズヤは急変した事態の対応を指示していた。

 

タイミングが少々悪いが……数ならこっちも負けていない。

 

逆に押し潰してやる。

 

自軍の部隊が帝都占領の為に各部隊間の距離を広げ始めた時を見計らったように開始された魔物の物量作戦。

 

それに対抗するべく戦力の追加投入を決定したカズヤは獰猛な笑みを溢しながら、新たに始まった戦いの様を映し出すディスプレイに視線を向けた。

 

「報告!!レイテ湾より強襲上陸し宮殿へ向け進撃中だった海兵隊の第21騎兵大隊がポイントK3のファブレガス通り付近で敵に包囲され孤立した模様!!」

 

「第21騎兵大隊より救援要請!!敵の奇襲を受け負傷者多数との事!!」

 

「ポイントK3付近で展開中の部隊で今すぐ救援に向かえる部隊はあるか?」

 

大量のミサイルや砲弾が投射され、戦線の引き直しが行われている最中、他の部隊より突出気味であった海兵隊の部隊が魔物の群れに包囲され危機的状況にあるとの知らせがカズヤにもたらされた。

 

「ポイントK3から西に700メートルの地点。そこに陸軍の第8戦闘団の第3装甲大隊が、南西に1キロの地点に特別任務中隊の一木支隊が居ますが、第3装甲大隊は帝都の内部を流れるテナル川を挟んだ対岸に居るため即応出来ず、一木支隊は第21騎兵大隊との間に師団規模の敵が立ち塞がっているため救援に向かうのは困難です」

 

「致し方ないな。時間が掛かっても構わん。第3装甲大隊を第21騎兵大隊の元へ送れ。それと平行して念のため予備兵力から第1AA大隊を引き抜いてポイントK3に向かわせておけ」

 

「了解、第21騎兵大隊の救援に第3装甲大隊を向かわせます」

 

「待機中の第1AA(アサルトアーマー)大隊に出撃命令を通達しました」

 

急場しのぎの命令を下した後、カズヤは次に第21騎兵大隊を救援到着まで延命させるための手段を模索する。

 

「さてと。第3装甲大隊が第21騎兵大隊の元に辿り着くまで砲撃支援と航空支援で出来る限りの時間を稼がないとな。手隙の部隊はあるか?」

 

「砲撃支援であればタルナード(MLRS)で編成されている第115砲兵中隊とPzH2000自走榴弾砲で編成されている第11砲兵中隊が待機中です」

 

「航空支援は強襲揚陸艦のLHA-6『アメリカ』所属、第302飛行小隊――AH-1Zで編成されている一個飛行小隊がすぐに使用可能です」

 

「よし、なら第115砲兵中隊と第11砲兵中隊には砲撃支援任務を命じる。第302飛行小隊は現場に到着次第、近接航空支援の任務に付かせろ。あぁ、そうだ。第21騎兵大隊にJTAC(統合末端攻撃統制官)の資格持ちは居るか?」

 

「ハッ、ANGLICO(航空艦砲連絡中隊)から出向しているダネル少尉が居ます」

 

「なら弾着修正は問題ないな。準備が出来次第、砲撃支援を開始せよ」

 

「了解」

 

そうしてオペレーターによってカズヤの命令が各部隊へと速やかに伝達されると、各部隊がそれぞれの任を果たすべく行動を開始した。

 

まず最初に動いたのはPzH2000を擁する第11砲兵中隊。

 

彼の中隊は現場に居るダネル少尉から送られてきた諸元を元に砲撃を行い、初弾から有効弾を出すと次弾から修正のための較正射をすっ飛ばし効力射に移行。

 

複数発の砲弾が同一目標にほぼ同時に着弾するよう高仰角から少しずつ仰角を下げ、また装薬量を減らしながら連射しMRSI(多数砲弾同時着弾)で第21騎兵大隊に迫る魔物の群れを一気に吹き飛ばし後続の足を止めた。

 

そして足が止まった魔物に対しBM-30スメルチの近代化バージョンである第11砲兵中隊の9A53-Sタルナードが中隊6輌で一斉射撃を開始。

 

4箇所あるアウトリガーを下ろし発射の反動で横転しないように車体を固定しつつ、250キロ級の9M55K5――対人・対硬化目標成形炸薬弾頭を搭載した300㎜ロケット弾、計72発を凡そ38秒間で撃ち尽くす。

 

白煙を曳きながら大空へと飛び出したロケット弾は帝都上空を横断した後、先の砲撃の影響で静止目標となっていた魔物の群れに飛び込み炸裂。

 

発生した爆風と衝撃波によって辺りにいた魔物の数は大きく減少する事となった。

 

また全弾を射耗したタルナードが約20分間の再装填に入った事で、一時的に支援任務が第11砲兵中隊頼りになってしまうが、タイミング良く第302飛行小隊――AH-1Wスーパーコブラの発展型であるAH-1Zヴァイパーが第21騎兵大隊の上空に到着し近接航空支援を開始。

 

固定兵装である機首ターレットのM197 20mm機関砲がM56焼夷榴弾やPGU-28/B半徹甲焼夷弾をばらまき、大型化されたスタブウィングに懸架されているロケットポッドから発射されたハイドラ70ロケット弾が弾幕を展開し魔物の前進を再び阻んだ。

 

「よし、この調子なら何とかなるな」

 

有効な支援攻撃によって敵を圧倒し、救援が到着するまでの時間をどうにか稼げそうだとカズヤが胸を撫で下ろした時だった。

 

「報告します!!第3装甲大隊の進路上に連隊規模の魔物が出現!!第3装甲大隊が足止めを受けています!!」

 

カズヤの思惑を根底から崩してしまう報告がオペレーターの口から発せられた。

 

「何だと!?」

 

「第21騎兵大隊より報告!!弾薬欠乏、直ちに救援を乞う!!繰り返す直ちに救援を乞う!!」

 

更には第21騎兵大隊の弾薬欠乏という問題までもが飛び込んで来る。

 

「クソッ、AA部隊はどうなっている?」

 

第3装甲大隊が足止めを食らい、第21騎兵大隊が弾薬不足に陥っているという報告に顰めっ面を浮かばせたカズヤは次善策――出撃させておいたAA部隊の状況をオペレーターに問い掛けた。

 

「現在、連隊規模の敵と交戦中。現場への到着予定は1時間後です」

 

「ッ、支援攻撃での時間稼ぎにも限度がある。こうなったら……危険だがヘリで――」

 

オペレーターの返答にカズヤは救援が間に合わない事を悟り表情を僅かに歪めると、ブツブツと独り言を漏らしながら次なる策を頭の中で練り始める。

 

「マスター、残念ですが……あの孤立した部隊は現在5割の被害が発生し壊滅状態で戦力として数えられません。そんな部隊にこれ以上の戦力を割くのはデメリットの方が大きいかと。どうかご再考を」

 

そんな時であった。

 

孤立した部隊の救援に更なる戦力を割こうとするカズヤに対し、今まで黙って背後に控えていた千代田が制止の声を掛ける。

 

「これ以上は何もせず見捨てろと言うのか?」

 

「現在の戦況を鑑みるにそれが最善かと」

 

「……セリシアに通信を繋いでくれ」

 

戦力のロスを防ぐため、部隊を見捨てるべきだという千代田の進言にカズヤは一瞬の迷いを見せた後、オペレーターに指示を出す。

 

「了解。……繋がりました。どうぞ」

 

「カズヤだ。セリシア、聞こえるか?」

 

『はい。聞こえています』

 

オペレーターがディスプレイ上に開いた映像通信に向かってカズヤが語り掛けると、画面の向こうで膝を折り頭を垂れるセリシアが返事を返した。

 

「そちらの戦況はどうだ?」

 

『ハッ、戦線の再構築を終え、これから攻勢に転じる所です』

 

「そうか。急で悪いが問題が発生した。ポイントK3で孤立した海兵隊の部隊の救援に向かってくれ」

 

『ハッ、承知致しました』

 

自身の因縁に決着を付けるべく、パラベラム軍の本隊と共に帝都中心部へ向かっていたセリシアはカズヤの横槍――突然の命令に一切の疑問を挟む事なく、それを当然として首を縦に振った。

 

「頼んだぞ。そっちにいるアデルと7聖女、それに第55山岳師団の半分を引き連れて――」

 

『カズヤ様、それは少々戦力を割き過ぎでは?』

 

「この先どんな状況になるか分からない以上、多めに連れていけ。抜けた分は予備兵力で穴埋めするから心配するな」

 

『御意』

 

若干の過保護さが垣間見えるカズヤの指示にセリシアは小さく笑みを溢しながら頷いた。

 

「それと7聖女達はそこに居るか?」

 

『『『『『『『御前に』』』』』』』

 

カズヤの呼び掛けに待っていましたと言わんばかりに画面外から現れ、頭を垂れる7聖女達。

 

「この任務は時間との戦いでもある。お前達の働きに期待させてもらうぞ」

 

『『『『『『『ハッ!!御心のままに』』』』』』』

 

カズヤの発破に対し7聖女はそれぞれが並々ならぬやる気を滾らせ、大鎌を握る手に力を込めていた。

 

「それにアデルも頼んだぞ」

 

『フン、私はオマケか』

 

「そう拗ねないでくれ。頼りにしているのは本当なんだから」

 

『……分かっている。吉報を待っていろ』

 

「あぁ、期待している」

 

声を掛けられるのが最後になってしまった事で若干拗ねていたが、カズヤの言葉で機嫌を直し最後には自信ありげな笑みを残していったアデルとの会話を終えるとカズヤは通信を切った。

 

「……」

 

さて……今度はこちらを説き伏せないといけないな。

 

通信を終えた直後から背中に突き刺さる鋭い視線の刃と全身にのし掛かる圧迫感にカズヤは冷や汗を流しつつ意を決し振り返る。

 

「……千代田。主力部隊からセリシア達を引き抜いたのは俺が悪かったから、そんな目で見ないでくれ。だがセリシア達を第21騎兵大隊の救援に向かわる事で敵を分断し2個師団規模の魔物を包囲殲滅する事が出来るんだからいいだろう?それにだな――」

 

そして振り返った先でカズヤは責めるようなオーラを漂わせる千代田に対し、延々と弁明を繰り返すのであった。



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無数の魔物の出現により、混迷を極める帝都で一際激戦を繰り広げるパラベラム軍の部隊がいた。

 

「彼女達は……本当に人間か……?」

 

その激戦を繰り広げる部隊――特別編成の一個混成連隊を率いるスタニスラフ・ポプラフスキー大佐は武装を撤廃する代わりに指揮通信能力が強化されたBMP-3の車内で畏怖の言葉を漏らした。

 

「連隊規模の戦力が前進に手間取る戦況で……たった9人……それも女だけで先行するなんて」

 

カズヤの命を受け孤立した第21騎兵大隊の救援へと向かう事になったセリシア達を援護すべく第55山岳師団から引き抜かれ編成されたポプラフスキー大佐以下の混成連隊は当のセリシア達から進軍が遅すぎると告げられ置き去りにされてしまったため、現在帝都の街中を混成連隊単独で進軍しつつ敵中突破を試みている最中であった。

 

『HQよりシーカーリーダーへ。2時方向、距離3000より連隊規模の敵集団が接近中、注意せよ』

 

「ッ、了解した。シーカーリーダーよりヴァンピール隊へ。2時方向より接近中の敵集団を撃退しろ」

 

セリシア達の常識外れの行動に呆然としていたポプラフスキー大佐はHQからの通信でハッと我に返ると無線機のマイクを掴み揮下の部隊に命令を下した。

 

『ヴァンピール01、了解!!』

 

混成連隊の主力である一個戦車中隊――ヴァンピール隊のT-80UM-1がポプラフスキー大佐の命令を遂行するために散開し停車、対戦車ミサイル回避装置であるシュトーラ2やアリーナ等を搭載した半球状の一体鋳造式の砲塔を旋回させる。

 

そして、路肩に積み重なる瓦礫の山の向こうからやって来る魔物の大群を51口径125mm滑腔砲で睨みつつ照準を定める。

 

直後、T-80UM-1が一斉に発砲。

 

接近中の魔物の中でも特に大型で甲殻類のカニを連想させる魔物を対戦車榴弾や主砲発射型対戦車ミサイルの9K119Mレフレークスで狙い撃ち、無力化していく。

 

また2輌のT-80UM-1につき1輌の割合で中隊に配備されている装甲戦闘車両――BMP-Tが30mm連装機関砲の猛烈な砲火でオークの大群を凪ぎ払い、9M120アターカ対戦車ミサイル連装発射機で遠方に見えるゴーレムの一群を粉微塵に爆砕する。

 

更には副武装のPKT 7.62mm機関銃や2機のAGS-17/30 30mm自動擲弾発射機が火を吹き、圧倒的な火力で敵戦力の大多数を占めるゴブリンやコボルトの前進を阻む。

 

『ヴァンピール01よりシーカーリーダーへ。敵残存兵力低下、このまま殲滅――緊急報告!!後方より敵増援が出現!!ダメだ、数が多すぎ――クソッ!!敵が迎撃ラインを突破!!注意されたし!!』

 

ヴァンピール隊が一個戦車中隊+αの火力で向かってくる連隊規模の魔物達を一方的に撃ち据え、敵の殲滅を完了させようとしていた時、魔物の増援が至近に出現。

 

それによってヴァンピール隊の対処能力を完全に上回った魔物達は、最終的に中隊規模の戦力を保ったままヴァンピール隊を群れの波で飲み込みつつ、混成連隊の本隊に肉薄する事となった。

 

「シーカーリーダー了解。そちらは取り付いた敵の排除を優先せよ」

 

『了解!!』

 

「シーカーリーダーより各隊に告ぐ。ヴァンピール隊の迎撃を突破した魔物共がやって来る。停車し防御態勢を整えろ。接敵した後は各個に応戦、敵を殲滅せよ」

 

『『『『了解』』』』

 

ポプラフスキー大佐の命令によって混成連隊が足を止め、防御態勢を整えながら魔物の来襲に備える。

 

「敵来襲!!」

 

「よぉし、撃ちまくれ!!」

 

間を置かず来襲した魔物達をいの一番に出迎えたのは混成連隊の中核をなす機械化装甲部隊――ブロンズ隊に所属する自走式高射機関砲のZSU-23-4シルカであった。

 

空の脅威に対応するべく随伴していたシルカは主武装のAZP-85 23mm4連装機関砲の水平射撃で濃密な弾幕を張り、不運にも射線上に存在した魔物を挽き肉に変えていく。

 

またイスラエルがアラブ諸国から鹵獲したT-54やT-55を改修して開発したアチザリットを更に改修し開発されたナグマホン歩兵戦闘車が浸透してきた魔物を相手に奮戦を見せる。

 

従来型の戦闘室上にドッグハウスと呼ばれる巨大な箱形の戦闘室に2挺から4挺のFN MAG機関銃を搭載しているナグマホンは機関銃の掃射で魔物達をバタバタと薙ぎ倒し、歩兵達が乗る輸送車輌群の元へ一匹足りとも通す事なく敵の突撃を撃ち砕いた。

 

「……なんとかなったか」

 

『ヴァンピール01からシーカーリーダーへ。取り付いた敵は全て排除した。これよりそちらへ合流する』

 

「シーカーリーダー了解。そちらが合流次第、進軍を再開する」

 

敵の掃討を終えたポプラフスキー大佐が安堵の息を漏らしていると、対戦車ミサイル回避装置であるアリーナの即応投射体を投射し取り付いた魔物を爆殺したヴァンピール隊が煤にまみれながら混成連隊の元へと戻って来る。

 

「よし、進軍を再開する。全隊――」

 

『こちらHQ、更に連隊規模の敵集団が接近中。11時の方向、距離2500。注意せよ』

 

ヴァンピール中隊の合流を確認し、ポプラフスキー大佐が改めて進軍を再開しようとした時、再度HQからの通信が入った。

 

「なに!?また連隊規模だと!?このままでは第21騎兵大隊と合流する前に弾薬が尽きてしまうぞ!!――シーカーリーダよりHQ、航空支援を要請する!!A-10の機銃掃射で敵を凪ぎ払ってくれ!!」

 

『HQ、了解。しかしながら現在そちらを支援可能なA-10部隊は存在していない。代わりの部隊を送る。暫し待て』

 

「……了解した」

 

HQの返答に不安を抱きながらもポプラフスキー大佐が航空支援を待っていると、それはやって来た。

 

「っ、おぉ!!A-10よりもいい機体がやって来たじゃないか!!」

 

ハッチから顔を出し喜色満面を浮かべるポプラフスキー大佐の視線の先には近接支援用の亜音速航空機――東側のA-10と目されるSu-25、その近代化改修型であるSu-25SM3が空を舞っていた。

 

『こちらは第107飛行隊。ただいまより近接航空支援の任につく。付近の部隊は注意せよ』

 

オープンチャンネルで注意勧告を発した第107飛行隊はエンジン音を響かせながら低空へと舞い降りてくると、翼下のハードポイントに吊り下げた8基のB-8M1ポッドからS-8ロケット弾を敵集団にばらまき始める。

 

「いいぞ!!もっとやれ!!」

 

「敵をぶっ飛ばせー!!」

 

ロケット弾が着弾する度にズタボロになって空へ吹き上げられる魔物の姿を見て混成連隊の兵士達が歓声を上げた。

 

そんな地上の喜ぶ声に応えるように第107飛行隊は反復してロケット弾の斉射を行い、そしてロケット弾の残弾が無くなると今度は大幅に弾数を増やしたGSh-30-2 30mm2砲身機関砲で執拗なまでの機銃掃射を繰り返し行い、混成連隊に近付く敵集団を壊滅状態に追い込んでいった。

 

「よし、今のうちに先へ進むぞ!!全隊、前へ!!」

 

胸のすく光景を横目に混成連隊は前進を再開。

 

先行したセリシア達にいち早く追い付き第21騎兵大隊を救うべく、戦場を再び駆け始めたのであった。

 

「何だこれは……」

 

だがしかし、進軍を再開してからさほど時間をおかずしてポプラフスキー大佐達は驚きの光景を目の当たりにし、思わず足を止める事となった。

 

「……ここで一体何があったんだ?」

 

辺りを満たすムワッとした鉄の匂いに赤ペンキをぶちまけたような一面の血。

 

加えて無惨に切り刻まれ、はらわたや脳漿を撒き散らした状態で地面に伏せる魔物達の死骸の山々。

 

そして、多くの帝国軍兵士の死体と廃人のように空を見詰める20人程の市民達。

 

それがポプラフスキー大佐達の足を止める原因となった光景であった。

 

『こちらHQ、貴隊が展開中の場所に存在した師団規模の敵勢力は先行したセリシア様達の手によって既に掃討済みだ。その場にいる市民を確保した後、速やかに前進を再開せよ』

 

「シーカーリーダー了解。……師団規模の敵を殺し尽くした?ますます人間かどうか怪しくなったな……」

 

HQの催促の言葉に含まれていた情報を耳にして、より驚きながらポプラフスキー大佐はセリシア達への畏怖を強めるのであった。

 



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少し時を遡り、ポプラフスキー大佐達の混成連隊が魔物を相手に奮戦していた頃。

 

カズヤから任された任を果たすために、たった9人という寡兵で危地に満ちた帝都の中を行く決断を下したセリシアとそれに付き従うアデルやアレクシア達は目を覆いたくなるような惨状を作り出していた。

 

「……ふぅ。雑魚とは言えこうも数が多いと鬱陶しい事この上ないですね、アデル」

 

「あぁ、全くだ」

 

ブシュブシュと真っ赤な血飛沫が噴水のように吹き荒れ、生命の灯火が次々と消えていくその真っ只中でコボルトの頭部を魔力弾で消し飛ばしたセリシアがため息混じりに愚痴を溢し、アデルが5〜6体のゴブリンの体を纏めて撫で斬りにしつつそれに答える。

 

雑談を交わす2人の周りではアレクシア達が剣舞でも舞っているかのような優雅さで大鎌を振り回し、しかして魔物の命をさながら死神のように刈り取り骸の山をうず高く積み上げていた。

 

「というか、そもそもこれだけの魔物をどうやって召喚しているのか気になります」

 

「またレンヤの奴が何か変な道具でも作ったんじゃないのか?よし、こいつでラスト!!ふぅ……周辺の敵は一掃したし先を急ご――」

 

「残念ながら敵の増援がまた来ました」

 

「……なぁ、セリシア。我々がこうして敵を引き付ければ引き付けるほど第21騎兵大隊の元へ向かう魔物の数は減るし、後続の味方は有利になるしで文句は言えないんだが、些か派手に引き付け過ぎたんじゃないのか?」

 

周囲の敵を駆逐したかと思えば、間を置く事なく大挙してやって来る魔物の群れを見やりながらアデルが言った。

 

「そうかもしれませんね」

 

「そうかもって……はぁ、まぁいい。カズヤの頼みの一環なんだ、何千何万程度の魔物ぐらい斬り捨ててやるさ」

 

「その意気ですよ、アデル。――イルミナ、HQに砲撃支援を要請なさい」

 

小さく笑いながらアデルの肩を労るようにポンポンと軽く叩いた後、表情を引き締めたセリシアは無線機を担ぐイルミナに声を掛ける。

 

「ハッ、了解です。――クラリック01よりHQへ。ポイントJ―5に砲撃を要請する。繰り返す、ポイントJ―5に砲撃を要請する」

 

『こちらHQ、了解した。直ちに砲撃支援を開始する。至近弾に注意せよ』

 

イルミナとHQのやり取りを聞きつつ、そして直後に降り注いだPzH2000自走榴弾砲の155mm榴弾の雨を眺めながら戦闘準備を整えたセリシア達は再び殺戮兵器と化した。

 

撃って斬って殴って蹴って。

 

武器をそれから四肢を使い、セリシア達は狂信に満ちた目を輝かせながら殺戮を繰り返し続ける。

 

故に魔物から流れ出た血は川となり積み重なった肉塊は山となり、辺りはすぐに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していった。

 

「さて、これぐらいでいいでしょう。先に進みましょう」

 

「分かった」

 

「では、ちょっと大きめの魔力弾で突破口を開きます。魔力弾が炸裂した後アデル、アレクシア、ゾーラ、ジルは進路の開拓を頼みます。ゼノヴィア、キセル、イルミナは私の援護を」

 

「任せろ」

 

「「「了解」」」

 

「「「承知しました」」」

 

乱戦に持ち込み、接敵した敵を半数ほど殺した頃合いを見てセリシアがアデル達に指示を出しながら魔力を貯め始める。

 

そして魔力が貯まると機銃掃射のように無数の魔力弾を向かってくる魔物の群れに叩き込んだ。

 

炸裂した魔力弾が地面や瓦礫ごと魔物を粉微塵に吹き飛ばし、群れをズタズタに引き裂く。

 

それを見届けてから打ち合わせ通りにアデル達が突貫し、進路の開拓を開始した。

 

「――セリシア様、少々問題が」

 

消耗した魔力を少しでも回復しようとゼノヴィア、キセル、イルミナの3人に守られながらセリシアがアデル達によって斬り開かれた道を歩いていると、光学迷彩で姿を消しつつ単身で偵察に出ていたティルダがさながら幽霊のように突然姿を現した。

 

「問題?どんな問題ですか、ティルダ?」

 

「この先の曲がり角で帝国軍及び帝都の市民の一団が魔物と戦闘中です」

 

「目的地まで後少しだというのに……また面倒な。迂回は可能ですか?」

 

「可能ですが迂回した場合、第21騎兵大隊の元に到着する時間が15分程延びるかと」

 

「それはダメですね、許容出来ません。しかし、このまま進むと面倒事に巻き込まれる可能性が高い……」

 

「じゃあ、どうする?」

 

ティルダの報告を受けて頭を悩ませるセリシアに、進路上の魔物を殺し尽くして戻って来たアデルが問い掛けた。

 

「それは愚問というモノですよ。アデル」」

 

「ま、そうだな」

 

ニタリと口を三日月の形に歪め悪鬼のように笑ってみせたセリシアに対し、アデルは苦笑する。

 

「このまま進みます。道中の障害は無視で構わないでしょう。仮に道中の障害が我々の行く手を阻むのなら、それが何であれ――排除するだけです」

 

「分かった」

 

「では、参りましょうか。願わくば異教徒達が大人しく道を譲るよう……」

 

感情が込もっていないセリシアの言葉を聞きつつアデルや7聖女は進み出す。

 

「陣形を崩すな!!援軍の到着まで何としても持ちこたえるんだ!!」

 

「クソッ!!何で帝都にこんなにも魔物が居るんだ!!誰が召喚しやがった!!」

 

遭遇する魔物を片手間に排除しつつセリシア達が曲がり角を曲がるとティルダの報告通りに帝国軍や帝都の市民達の集団と鉢合わせる事となった。

 

「……広がりすぎです。あれでは隙間をすり抜ける事も出来ませんね。という訳でアレクシア、ゾーラ、ジル、ゼノヴィア、ティルダ、キセル、イルミナ。ちょうどいい機会ですし貴女達のカズヤ様への忠誠心をここで示しなさい」

 

「「「「「「「了解!!」」」」」」」

 

完全に道を塞いでしまっている帝国軍や市民に対して白々しいセリフを吐いたセリシアはアレクシア達をけしかける。

 

「ッ!!7聖女様だ!!」

 

「なに!?」

 

「助かったぞ!!」

 

間合いに入った魔物を葬りながら駆けるアレクシア達の姿を見て、帝国の軍民の集団は喜びに沸き立つ。

 

「何だ、奴らアレクシア達がどうなったのか知らないのか?」

 

「恐らくは情報管制ですね。ローウェン教の象徴にもなっている7聖女が全員真理に目覚めた等という一大事は秘匿して当然でしょう」

 

「それもそうか」

 

「まぁ、流石に私やアデルがカズヤ様のモノになった事はバレているでしょうけど」

 

とうの昔にカズヤの配下となったアレクシア達の姿に喜ぶ軍民の集団の反応を目の当たりにして、アデルとセリシアは帝国の情報管制によって事情を何も知らない者達へ僅かながらの哀れみを心に抱いていた。

 

これから彼彼女達が辿る絶望的な悲運を知るだけに。

 

「邪魔だ」

 

窮地の際に現れたアレクシア達を歓声をもって歓迎しようとした帝国軍兵士の首が擦れ違いざまにアレクシアの大鎌によって切断され、鮮血が吹き出る。

 

瞬間、場が凍り付く。

 

「……は?」

 

「どういう事だ……何故聖女様が我々を――」

 

「だから、邪魔だと言っている」

 

人々が受け入れがたい現実を受け入れる前に次の犠牲者が生み出され、再び血の飛沫が辺りを汚す。

 

しかも、アレクシアに続いて他の聖女達が集団に飛び込んだため、一気に死人の数が増す始末であった。

 

「イヤァアアアアッ!!」

 

「せ、聖女様!!何故このような――」

 

遅れて上がった市民の悲鳴で帝国軍兵士達が再起動を果たし、一番近くにいたアレクシアを止めようとに詰め寄るが彼らは大鎌の一閃で体を真っ二つに切断され驚愕の表情を浮かべたまま息絶える事となった。

 

「異教徒達に告げる!!道をあけよ!!我らの前に立つ者は一切の慈悲無く処断する!!」

 

「は?我々が異教徒?」

 

「聖女様は一体どうされてしまったんだ!?」

 

「……斉射用意!!」

 

アレクシアの勧告に戸惑い状況を未だ把握しきれず、動けない帝国の者達に7聖女が大鎌の銃口を向ける。

 

そして、14.5mmの大口径弾の一斉射が兵士や市民を襲う。

 

銃声が響く度に肉の弾ける音がこだまし、弾丸をまともに受けた者が体を粉砕され、四肢の何れかに弾丸がすっただけの者も手足を吹き飛ばされる。

 

「排除完了」

 

射線上に立っていた者達が無惨な死体を残して黄泉路へと旅立った事を確認してからようやくアレクシア達の射撃は止んだ。

 

「セリシア様、終わりました」

 

「ご苦労様。では先を急ぎましょうか」

 

カズヤへの忠誠心を示すため、かつて味方であった者達の大量虐殺を平気でやってみせたアレクシア達にセリシアは満足気な笑みを溢した。

 

そして、セリシア達は運よく射線上に居らず助かった人々が肉塊と化した同胞の亡骸を呆然と眺める前を悠々と横切り目的地へ向け歩を進める。

 

「何故です!!貴女様が何故このような事を!!」

 

しかし、その途中若い帝国軍の兵士がアレクシアに掴み掛かった。

 

「貴様ッ!!」

 

「ガッ!?」

 

「何て事を!!貴様らのような異教徒と言葉を交わすだけでもおぞましいと言うのに……!!あまつさえ……あまつさえあのお方の体に手を触れるなどッ!!」

 

直接では無いとは言え、いきなり帝国軍兵士に肩を触れられたアレクシアは激昂し鬼の形相で兵士を蹴り飛ばすと、触れられた肩を無我夢中でひたすらに掻きむしる。

 

「ア、アレクシア様……貴女はこんな事をするような方では……そうか!!裏切り者の貴様が――」

 

セリシアに何か言おうとした兵士が言葉を言い切る前にアレクシアの大鎌が煌めき兵士の首を撥ね飛ばす。

 

「こんな事だと?我らが主の御意向こそが天命!!それに逆らう愚か者共は排除して当然。それが異教徒ともなれば殺して何が悪い!!」

 

「フフッ、そうです。それでいいのです。全くもって上出来です。さぁ、目的地は目と鼻の先ですから早く行きますよ」

 

狂気に満ちた瞳を爛々と輝かせ、言い切ってみせたアレクシアにセリシアが拍手を送る。

 

そして、状況を受け入れられずに呆然とする市民達をその場に残し、セリシア達は第21騎兵大隊と合流を果たすのであった。



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セリシアがアデルや7聖女達と共に立ち塞がる障害を全て排除しつつ敵中を突破し、第21騎兵大隊と合流を果たした頃。

 

「報告します。セリシア・フィットローク以下8名、第21騎兵大隊との合流に成功しました」

 

「そうか、セリシアの奴は上手くやったか」

 

帝都の目と鼻の先に展開している陸上戦艦のラーテ内部に置かれた前線司令部では、通信管制を担当しているオペレーターからセリシア達の動向を伝えられた千歳が不敵な笑みを溢していた。

 

「それで現在の戦況は?」

 

「ハッ、各防衛線の再構築には成功。現在全力を以って出現した魔物の掃討が行われております」

 

「……よし。我々も掃討戦に参加する。ラーテを前進させよ!!28cm連装砲で奴らに鉄槌を下し前線を押し上げる!!」

 

「ハッ、了解しました!!」

 

出現した魔物によって一時は混乱していた戦況が沈静化し始めた事を確認した千歳はセリシア達に負けじと自らも戦果を上げるべく、そして復讐を果たすべくラーテの前進命令を下す。

 

『こちらCIC!!レーダーに感あり!!帝都中心より凡そ800の飛翔体(アンノウン)が出現!!』

 

しかし、それに待ったを掛けるようなタイミングで別室のCIC――戦闘指揮所に詰めているレーダー手の報告が車内放送を介し前線司令部内に響いた。

 

「また飛翔体だと?魔物の第2波か?」

 

『いえ、魔力測定器で測定した魔力反応の数値が魔物のそれとは違い過ぎます!!それにレーダーの反応から見るに対象のサイズは……人間程度と推定!!出現した飛翔体は明らかに魔物とは別モノです!!』

 

側に置いてあったマイクを取りCICへと問い掛けた千歳の疑問にレーダー手が否を返す。

 

「高魔力反応がある人間サイズの飛翔体?一体何が出てきた?……千代田、ドローンを飛ばして情報収集を頼む」

 

「既に飛ばして情報収集中です。姉様」

 

レーダー手の報告に千歳が眉をひそめ、背後に控えていた千代田に対して情報を集めるように指示を出していると更なる報告が舞い込む。

 

「た、大変です!!出現した飛翔体の攻撃を受け前線部隊の被害甚大!!多数の部隊が後退許可を求めています!!」

 

「……敵や被害の詳細は分かるか?」

 

「いずれも詳細不明!!前線が混乱しているため断片的な情報しか上がって来ません!!」

 

「ふぅ……状況の把握を最優先。攻撃を受けている部隊にはその場で可能な限り応戦せよと伝えろ」

 

「了解!!」

 

戦域管制担当のオペレーターがもたらした報告に眉間のシワを深めながら千歳は仕方なくその場しのぎの命令を出す。

 

「これは……」

 

「どうした、千代田?」

 

「報告します!!帝都中心部より出現した飛翔体の外見は人型!!また背に翼と頭部に光る輪を確認!!なお個体によって差はあれどいずれも強力な攻撃魔法と魔力障壁を行使するとの事です!!」

 

「ッ!?」

 

情報不足の為に有効な対応手段が取れず、自軍の被害が拡大していく様をただ眺めている事しか出来ずに歯痒い思いをしていた千歳はオペレーターの報告にビクリと一際大きく肩を跳ねさせ顔色を変える。

 

「姉様、ドローンからの映像を画面に出します。……現れた飛翔体は敵が造り出した新種の魔物でしょうか?しかし、この姿形はまるで天使を模したものとしか思えません」

 

ドローンを通して報告よりも一歩先んじて飛翔体の正体を確認していた千代田は映像を前線司令部のディスプレイに出しながら千歳に声を掛けた。

 

「天使……だと!?まさか……いや、そんなはずは……ッ!!」

 

「姉様?どうかなされ――」

 

しかし、当の千歳は酷く混乱した様子で取り乱し千代田の言葉をまるで聞いてはいなかった。

 

その事にようやく気が付いた千代田が千歳の様子を訝しみ問い掛けようとするが、オペレーターやCICからの報告によって途中でバッサリと遮られてしまう。

 

「我が方の主力部隊に攻撃が集中!!このままでは――ッ、総統閣下の命で主力部隊が一時後退を開始!!」

 

『本車に向け飛翔体が急速接近中!!方位0―1―0!!数は30!!接触まで凡そ300秒!!』

 

「姉様」

 

「……分かっている。本隊の事はご主人様にお任せし我々は目前に迫った敵を叩く。ラーテ及び随伴部隊は対空戦闘用意!!接近中の飛翔体を撃破する!!」

 

千代田に肩を強めに握られた事で我に返った千歳は自身を叱責するように首を振った後、真っ直ぐに前を見詰めながら声を張り上げた。

 

『了解。――対空戦闘用意!!』

 

『主砲三式弾装填!!』

 

『主砲1番2番に三式弾装填!!撃ち方用意よし!!』

 

『照準用レーダー照射!!……対空目標01番から30番までの個識別及び捕捉完了!!ミサイル発射用意よし!!」

 

千歳の命令を切っ掛けに28cm連装砲の砲塔が旋回し砲身が空を仰ぐ。

 

また対空兵器が一斉に俯角を取り来るべき敵を睨む。

 

そして、ラーテに随伴している護衛部隊のLPWS(牽引式低床トレーラーに搭載されたCIWS)がモーター音を響かせながら6砲身のガトリング砲を敵に向け指向する。

 

『対空戦闘用意よし!!いつでも行けます!!』

 

「では、やつらを――」

 

不躾な訪問者を出迎える準備が整い、千歳がGOサインを出そうとした時だった。

 

「た、対空戦闘待て!!」

 

「どうした?」

 

通信管制のオペレーターが泡を食ったような声を上げ、待ったを掛ける。

 

「第23航空団の第3飛行中隊が当方に接近中の敵のインターセプトに向かうと!!」

 

「第23航空団の第3飛行中隊?……あぁ、ルーデル飛行中隊だな。攻撃機で空中戦をやらかすつもりか……全く相変わらず無茶をする奴だ」

 

「姉様、機体の制御を奪って退かせますか?」

 

「いや、敵戦力の威力偵察代わりにちょうどいい事だし、このまま好きにさせる」

 

「分かりました」

 

突然入った報告の内容に千歳は驚きの言葉を漏らしながらもインターセプトに向かう事は制止せず、また千代田の提案を却下し一時傍観の構えを取るのであった。

 

 

 

「これは……飛んで火に入る夏の虫というヤツか?」

 

帝都攻略戦が始まってから既に3度に渡る出撃を実行し、いずれも帝国軍や魔物を散々食い散らかしているルーデル少佐は4度目の出撃を行うための帰路に偶然にも魅力的な獲物を見つけた事で喜びの渦中にあった。

 

『あー……少佐?何やら物騒な独り言が聞こえたのですが?まさか、あのへんちくりんな敵に攻撃を仕掛けるつもりじゃ……』

 

「愚問だな」

 

列機からの問い掛けに酸素マスクの下に隠れた口角を吊り上げ、破壊的な笑みを浮かべながらルーデル少佐は答える。

 

『ですよねー……』

 

「これより我が隊は正体不明の飛翔体へ攻撃を敢行する!!弾薬が無い者は先に帰還せよ!!残っている者は我に続け!!」

 

諦めの混じった部下の声を聞き流しつつ、ルーデル少佐はA-10の機首を上げ上昇を始めた。

 

『やっぱりこうなる……フェアニヒター1―2。第1小隊は隊長と私だけです』

 

『こちらフェアニヒター02。第2小隊4機中2機お供します』

 

『フェアニヒター03。ウチの第3小隊は全機、隊長に付いて行きますよ』

 

『フェアニヒター04よりフェアニヒター01へ。私を含めた第4小隊の3機は何処へなりともご一緒させて頂きます』

 

「よし、11機で編隊を組み直す。準備が出来次第攻撃だ」

 

『『『『了解!!』』』』

 

弾薬があり戦闘可能な11機だけで編隊を組み直し、新たに襲撃隊形を取るとルーデル中隊は敵の後方斜め上に陣取った。

 

「うん?やつらの進行方向からすると狙いは前線司令部か……気付いているとは思うが敵の事と我々の事を前線司令部に報告しておけ」

 

『了解。こちらは第23航空団、第3飛行中隊――』

 

「……」

 

部下が前線司令部へ報告をしている途中、ルーデル少佐は片時も獲物達から視線を外さず、ただ静かに狙いすましたように獲物達を見詰めていた。

 

『前線司令部への通達完了』

 

「よし、全機突撃!!」

 

報告が終わったという知らせにルーデル少佐は最早待ちきれないといわんばかりの早さで急降下を開始し、一目散に敵目掛けて突っ込んで行く。

 

『中隊!!隊長に遅れをとるな!!』

 

そんな隊長機の行動に中隊の面々は慣れたものとばかりに援護の態勢を取りながら後に続いた。

 

「……む。あれはまさか天使か?しかも美人の。まぁ何だっていい、俺の戦果表に刻んでやる。ターゲットロックオン!!フォックス2!!フォックス2!!」

 

急降下の最中、驚異的な視力で敵の詳細な姿を目の当たりにしたルーデル少佐は驚きつつもハードポイントに吊り下げていた2発のAIM-9X――通称サイドワインダー2000を発射。

 

そしてお役目御免とばかりに機首を翻し離脱を図る――のでは無く、自機や僚機が放ったAIM-9Xの後を追って降下を続けた。

 

「今頃気が付いてももう遅い!!」

 

後方から音速で接近するAIM-9Xの存在に敵が気が付き編隊を崩して三々五々に散りながら回避行動に出るが、それよりも早くAIM-9Xが敵の懐に潜り込み高性能爆薬の大きな花を咲かせる。

 

そうして敵の墓碑となる爆煙の塊が空に9つ浮かぶことになった。

 

「チッ、個体によってはミサイルに耐える奴がいやがるな。だがこいつならどうかな!?」

 

魔力障壁によってAIM-9Xを防いだ敵が少なからずいた事に目敏く気付いたルーデル少佐は、そんな敵をわざと次のターゲットに選ぶ。

 

「そんな弾は当たらん!!」

 

空中で制止し、一斉に魔力弾を撃ってくる敵に対しルーデル少佐は目と鼻の先の距離まで肉薄。

 

そして、衝突してしまいかねない至近距離からGAU-8アヴェンジャーの30mm砲弾を目標に叩き込む。

 

すると魔力障壁が30mm砲弾に耐えきれなかったのか、ルーデル少佐に狙われた敵は空で血飛沫となってこの世から姿を消した。

 

「よしっ!!やってやった――っ!?攻撃中止!!全機散開!!現空域から離脱しろ!!」

 

『は?』

 

『一体どうし――』

 

攻撃を終え敵編隊のど真ん中をすり抜ける際に目撃した異質な存在。

 

恐らくは敵の指揮官であろうそれと一瞬だけ目を合わせたルーデル少佐は本能的に相手が自分達では敵わぬ化物だという事を悟り部下達に退避を命じるが、その途中に編隊の最後尾にいた第4小隊の3機が件の敵の魔力弾を受け爆発し消滅する。

 

『第4小隊が殺られた!!』

 

『何だ!?あいつだけ飛び抜けて速い!!』

 

『注意しろ!!奴の周りにいる4体も速いぞ!!』

 

「クソッ!!俺が敵を引き付ける!!その間に行け!!」

 

『『『了解!!』』』

 

「さぁ、付いて来い!!」

 

部下を逃がすため単身反転したルーデル少佐の意図を知ってか知らずか、敵は全員でルーデル少佐を狙う。

 

「ダンスの時間だ!!」

 

追ってくる敵の存在を確かめてから2基のターボファンエンジンを全開で吹かしたルーデル少佐は、世話しなく後方を振り返りつつ機体を操り魔力弾の豪雨の中を必死で逃げ惑う。

 

「えぇい、しつこい!!」

 

そうして、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと逃げに逃げるルーデル少佐は機体を小刻みに振り動かしながら、また時折撹乱のためにフレアを撒き散らし後方から迫る敵を引き剥がそうと奮闘するが、敵はしつこく食らい付き少しも離れる様子を見せない。

「っ、チィ!!やってくれる!!」

 

その内ひっきりなしに飛んでくる魔力弾の火線がA-10の機体を捉える。

 

被弾によって右のエンジンが1基爆発して脱落し、垂直尾翼と昇降舵も1枚ずつが大破、しかも不運な事に右翼の大半が吹き飛んで失われていた。

 

「だが、この程度でA-10が墜ちると思うなよ!!」

 

ルーデル少佐はガタガタと嫌な振動を肌で感じながらも機体を立て直し、黒煙を曳きながら雲の中に逃げ込む。

 

「追ってこないな……撃墜確実だと思って見逃されたかな?ふぅーしかしこりゃ酷い。よくもってくれ――クソッタレ!!」

 

雲の中に逃げ込んだ途端に追っ手が来なくなったため、見逃されたのだと思い安堵の息を漏らしたルーデル少佐だったが、逃げ込んだ雲を抜けた先で禍々しい魔力を溜めながらゴミを見るような視線でこちらを見詰める敵――件の指揮官が待ち構えているのを見て自分が敵によって誘い込まれていた事を悟った。

 

「グオッ!!」

 

最早敵わぬと咄嗟に脱出装置の把柄を引き、機体を捨ててルーデル少佐が脱出するのと機体が敵の魔力弾によってバラバラに解体されて爆発するのはほぼ同時であった。

 

「……舐めやがって」

 

命からがら脱出しパラシュートで空を漂う事になったルーデル少佐は自らを殺そうともせずに飛び去って行った敵に対し忸怩たる思いを抱きながら、風にゆらゆらと揺られ続けていたのだった。

 

 

 

「フェアニヒター01の反応ロスト!!撃墜されました!!」

 

「パイロットは脱出したか?」

 

ルーデル少佐撃墜の報に苦々しく顔を歪めた千歳は青色の光点が最後に輝いていた場所を見詰めながら戦域管制担当のオペレーターに問い掛けた。

 

「ハッ、現在確認中です。……パイロットの脱出を確認!!しかし生死不明!!」

 

「すぐに戦闘捜索救難(CSAR)部隊を墜落地点に向かわせろ。奴をこんな所で失うのは惜しい」

 

「了解、直ちに回収部隊を送ります」

 

オペレーターの返答に無言の頷きを返してから千歳はCICへと通じるマイクを握った。

 

「敵の状況は?」

 

『編隊を組み直し、再びこちらへ向かっています。我が方の射程圏内まで残り20秒』

 

「ならば全力で出迎えてやれ。ルーデル達のお陰で得た戦闘データを無駄にするな」

 

『イエス、マム!!』

 

千歳の発破に気合いのこもった返事を返した車長は、自らの責務を全うするべくCIC内で戦いの指揮を取り始める。

 

「対空戦闘始め!!」

 

「主砲撃ちー方ー始め!!」

 

「撃ち方始めッ!!」

 

車長の攻撃許可が下りると、まず最初にラーテの28cm連装砲が火を吹き、轟音と砲煙を後に残しながら三式弾が飛んでいく。

 

風を切り裂きながら飛翔する2発の砲弾は回避行動に入った敵群の目前で炸裂し、近接信管が仕込まれた子弾を大量に撒き散らす。

 

そして敵を関知した子弾が起爆すると連鎖的に他の子弾も一斉に起爆、加害範囲内に居た不運な1体を粉々に吹き飛ばす。

 

「撃破1!!残り19!!」

 

「目標群、3群に分離!!それぞれ10時、12時、2時の方向より再接近してきます!!」

 

「主砲以外の対空火器を使って対応しろ!!弾幕を展開し敵を近付けさせるな!!」

 

「副砲撃ちー方ー始め!!」

 

敵群が3つに分散した事で主砲による対空射撃は中止され、今度は副兵装であるボフォース57mm砲2基2門が連続して吼える。

 

しかし、主砲の攻撃を受けた事で警戒していたのか中々命中弾が出ない。

 

「撃墜3!!しかし更に接近してきます!!」

 

それでも目標追尾・照射レーダーが得た敵の位置情報を元に射撃指揮装置で照準を定め、正確な射撃を行う57mm砲は目標を3つ消滅させる事に成功する。

 

「RAM、攻撃始め!!

 

「発射用意、撃てー!!」

 

57mm砲による対空射撃が続けられながらも、今度はCIWSとミサイルコンテナを融合させたMk.15 mod.31 SeaRAMからRIM-116 RAMが一斉に飛び去って行く。

 

「命中!!閃光を確認!!」

 

「撃破5!!残り11!!」

 

ルーデル少佐達の戦闘を踏まえ、一体につき4、5発のミサイルを叩き込む事で5体の敵が瞬く間に塵と化す。

 

「護衛部隊、接敵!!戦闘開始!!」

 

ラーテの主砲及び副砲、そして近接防空ミサイルの対空防御網をくぐり抜けた敵に対し、最後の防衛手段である護衛部隊の30基のLPWSが対空砲火を放ち、曳光弾の筋によってレーザー光線のようにも見える火線でもって敵を絡め取り、文字通りに粉砕する。

 

「取り付かれました!!」

 

だが、最後の防衛手段を講じても5体の敵が無傷のまま残存しラーテの元に辿り着いてしまう。

 

そしてその直後、ラーテは激しい振動に襲われる事となった。

 

「被害知らせ!!」

 

『主砲損壊!!使用不可!!』

 

『副砲反応しません!!』

 

『こちらCIC!!全対空火器使用出来ません!!」

 

「護衛部隊は!?」

 

「護衛部隊との通信途絶!!外部カメラから見る限りでは全滅した模様!!外は火の海です!!」

 

「チッ」

 

芳しくない状況に千歳は思わず舌打ちを打った。

 

『こちらCIC!!敵が車内に侵入!!現在は全ての隔壁を閉鎖し時間を稼いでいますが、それもいつまで持つか分かりません!!ですから司令部要員と副総統方は直ちに脱出を!!」

 

再びラーテが大きな振動に襲われた直後、CICから敵侵入の報がもたらされ司令部内にオペレーターや司令部要員達の恐怖心が渦巻いた。

 

「……はぁ」

 

それを感じ取り不機嫌そうに眉をピクリと動かした千歳は小さくため息を吐くと着ていた軍服の上着をバサリと脱ぎ捨てる。

 

「CIC。敵のいる場所からこの司令部までの隔壁を全て開けろ」

 

『……は?』

 

「敵をこの司令部へ誘導しろと言っているんだ」

 

車長が思わず溢したすっとんきょうな返答に千歳が苛立った声で改めて指示を出す。

 

『よ、よろしいのですか?』

 

「これ以上壊されては修理する者達が大変だろうからな、私がケリを付ける。それに今司令部が使い物にならなくなるのは困る」

 

『りょ、了解……』

 

「千代田、お前は他の者達を守れ」

 

「了解です」

 

そう言って千歳は千代田に非戦闘員達を司令部の片隅に避難させ、遠慮なしに動けるように手筈を整えると司令部内に置いておいた大太刀を手に取り、集中力を高めながら司令部の入り口の前で抜刀の構えを取る。

 

「……シッ!!」

 

そして入り口が開かれたその刹那、千歳の手によって大太刀の白刃が鞘から解き放たれたのだった。



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「――見つけましたよ、帝国に仇なす者達よ。そして主を裏切った唾棄すべき大罪人共よ」

 

孤立し窮地に立たされていた第21騎兵大隊と合流してから周辺の脅威を排除した後、残存兵員と共に後方へと下がろうとしていたセリシア達の前にそれは突然現れた。

 

「……アデル」

 

「分かっている」

 

まるで彫刻のような作り物染みた美貌を怒りで歪め、禍々しい敵意を放ちながら純白の翼を羽ばたかせつつ、30程の取り巻き達と共にゆっくりと空から地上付近へと舞い降りて来た異質な存在。

 

お伽噺や伝承に登場するような所謂天使の姿をした敵、それも対峙しただけで分かる程の隔絶した力と魔力量を誇る敵を前にセリシアとアデルは一筋の冷や汗を流しながら臨戦態勢を取り、7聖女や第21騎兵大隊の兵士達もそれに倣い各々の武器を敵に向けた。

 

「何者です」

 

「私の名はミカエル。レンヤ様の御業とローウェン教への飽くなき信仰によって脆弱な人の身を超越した存在――アンヘルの1人。そしてアンヘルで編成された天軍九隊を指揮する四大守護天使の1柱です」

 

緊張感に満ちたセリシアの問い掛けにミカエルと名乗りを上げたアンヘルは加虐的な笑みを浮かべながら答えた。

 

「そんな風に誇らしげに言われても……アンヘル?天軍九隊?四大守護天使?聞いた事がありませんね。それで?貴女は何をここへ何をしに来たのですか?」

 

「……知れたこと。愚かにも帝国を侵す異教徒共を滅し、ローウェン教に叛いたばかりか主を侮辱したお前達に神罰を下すためです」

 

バカにしたような挑発するようなセリシアの言葉に眉をピクリと動かしたミカエルは笑みを消し無表情で続ける。

 

「しかし、主は慈悲深い。故に異教徒共よ!!そして主を裏切ったお前達よ!!これまでの行いを悔い改め改心し、ナガトという愚人を討ち滅ぼす聖戦に尖兵として参加するというのであれば今一度ローウェン教の信徒として――」

 

「黙れ」

 

ピシャリと叩き付けるような断固としたセリシアの声が辺りに響いた。

 

「……今、何と言いましたか?」

 

「黙れと言ったんですよ、鳥モドキ。あぁ、鳥と同じで人語も理解出来ない程小さな頭しか持っていないのですね。嘆かわしい……」

 

「貴様ッ!!ミカエル様に対して何という暴言を!!」

 

「人間風情が調子に乗るな!!」

 

俯きながら肩を震わせるセリシアの言葉にミカエルの取り巻きが激昂し、剣や槍をその手に顕現させるとセリシアに迫る。

 

「三下は引っ込んでいろ!!」

 

「チィ!!」

 

「小癪な!!」

 

しかし、セリシアの前に立ちはだかったアデルの剣撃によって撃退され空へと引き下がる。

 

「我らがカズヤ様の事を侮辱したばかりか、裏切り討ち滅ぼせと?楽に死にたければ寝言は寝て言いなさい!!」

 

ゆっくりと顔を上げたセリシアの表情は悪鬼羅刹のように歪み、怒髪天の如く怒り狂う自身の内心をこれでもかと表していた。

 

「殺れるものなら殺ってみなさい。しかし、お前達も薄々分かっているのではありませんか?私に敵わぬ事は」

 

「戯れ言を。確かに貴女は脅威でしょう。しかし、あのお方を侮辱して生きていられると思わない事です。多少の力量差があろうとも我らはあのお方の――ッ!?」

 

怒りに満ちた宣誓をセリシアが口にしている途中、辺りが突然爆ぜた。

 

「……ラファエル。いきなり何をするのですか」

 

絨毯爆撃でも受けたように辺り一帯から粉塵を吹き上げる地上を無表情で見やりつつ、ミカエルは横槍を入れてきた同胞の名を口にする。

 

「何をするだと?それはこちらのセリフだ、ミカエル。わざわざ敵と大罪人に情けをかけるなど時間の無駄ではないか」

 

魔力を込めて横凪ぎに腕を振るっただけで破壊をもたらし、横合いから思いっきりセリシア達を殴り付けた張本人――アンヘルの四大守護天使の1人であるラファエルは整った顔を酷薄に染め、呆れたようにミカエルに返事を返した。

 

「しかしですね……」

 

「ラファエルの言う通りですよ、ミカエル。我々はレンヤ様の為に一刻も早く害虫達を駆除しなければならないのですから」

 

「ウリエル。貴女まで」

 

ラファエルの責めるような言葉にミカエルがたじろいでいると四大守護天使の3人目――ウリエルが現れ、おっとりとした顔を引き締めながらラファエルの意見に賛同する。

 

「ふざけた真似を……」

 

そうして2対1となった事でミカエルが責め立てられている最中、収まり始めた粉塵の中から咄嗟に魔力障壁を展開し皆を守ったセリシアが薄汚れた姿で現れた。

 

「ほぅ。てっきり今ので全員死んだかと思いましたが……」

 

「うん?手加減が過ぎたか?害虫駆除とはいえ、これ以上辺りを破壊する訳にもいかんからな」

 

「全く。今ので死んでいれば楽だったのですが。やはり害虫とは厄介な存在ですね……あら?敵の頭を潰しに行ったガブリエルがこちらの呼び掛けに応答しませんね」

 

「なに?全く、世話が焼ける奴だ。こいつらをさっさと片付けてガブリエルと合流するぞ」

 

頭上で繰り広げられる嘲笑が混じった敵の会話にセリシアは額に浮かぶ青筋の数を増やし、ギリギリと屈辱に歯を噛み締める。

 

「……舐められたものですね。そんなに死にたいのであれば今すぐに殺してあげましょう」

 

「待て、セリシア」

 

「止めないで下さい。アデル」

 

「そういう訳にもいかない。冷静になるんだ」

 

殺意のまま敵に向かって行こうとするセリシアをアデルが慌てて引き留める。

 

「……分かりました。ここで使ってしまうのは少々想定外でしたが、切り札を使います」

 

「まさかアレを?ここでか?魔物の召喚は使わないのか?」

 

「えぇ、全くもって業腹ですが時間を掛けずに一気にケリを付けるためには魔物達ではなく切り札を使うしかないでしょう。それに……悔しいですが、今のままでは奴らに勝てそうにありませんし」

 

「まぁ、致し方なしか」

 

ミカエル単体だけでも現戦力を総動員して袋叩きにする事でようやく勝てるかどうかという状況であったのにミカエルと同等クラスが2人も現れた上、ミカエル達3人がそれぞれに引き連れる30程の取り巻きの存在がセリシアに切り札の使用を決断させた。

 

「では、詠唱している間の時間稼ぎは頼みますよ」

 

「心得た」

 

最後に杖と剣を軽く打ち合わせた後、セリシアとアデルは互いの配置に移動する。

 

「おっと、何をする気ですか?」

 

第21騎兵大隊の兵士達が散開しつつ両翼に展開しアデルが中央の最前線に立ち、その後ろで7聖女に守られるようにして杖を構えるセリシアにミカエルが問い掛けた。

 

「貴女達を纏めて始末する準備ですよ」

 

「……纏めて始末ですか」

 

「ハハッ、これは傑作だな」

 

「無駄な事を」

 

「……?バルム・セル――ッ!?」

 

ミカエル達が見せた反応に何とも言い難い違和感を感じつつも、セリシアは迷いを振り払うように詠唱を始めた。

 

しかし、詠唱を始めてすぐにセリシアは異常に気が付く事となった。

 

「ッ!?これは……まさか……」

 

「どうしたんだ、セリシア?」

 

「魔法が……魔法が使えなくなっています!!」

 

「何だと!?」

 

愕然としているセリシアの言葉に驚きアデルや7聖女が簡単な魔法を幾つか試してみるが、自身の体に宿る魔力を消費して行使される魔力障壁以外は何れも不発に終わってしまう。

 

「ハハハハッ!!愚か者共よ、分からぬか!!我々は人の身を捨て御神に仕えるに相応しい存在へと進化した魔導生物のアンヘルだぞ?この世に満ちる魔力素の操作など雑作でもない!!」

 

「つまり我々の前では魔法が使えないために貴女達は無力な存在に成り下がったという事です」

 

魔法が使えないという現実に困惑するセリシア達に対しウリエルとラファエルが勝ち誇ったように声を上げた。

 

「チッ」

 

「これは参ったな……セリシア、どうする?」

 

事態の深刻さを理解しセリシアが大きな舌打ちを打ち、アデルが乾いた笑いを溢す。

 

「魔力障壁は辛うじて使えるようですが……切り札はもちろん、身体強化の魔法や魔力弾すら使えない現状では勝ち目がありません。耐え難い事ですが……ここは撤退するしか」

 

「……まぁ、しょうがな――」

 

「私達がそれを見逃すとでも?」

 

勝機が潰えてしまった事を悟ったセリシアが撤退を画策しているとミカエルが会話に割り込んでくる。

 

「……不味いですね」

 

「あぁ、全くだ」

 

セリシアとアデルが見上げた先ではミカエル達3人が致死魔法の術式を展開し、更には他のアンヘル達が魔力弾を撃つ準備を整えていた。

 

「お前達は我らが下す神罰を受けここで後悔と失意の内に死ぬのです」

 

そしてミカエルの死刑宣告と同時に魔法や魔力弾が放たれセリシア達の元へ殺到する。

 

「総員退避!!」

 

「セリシア!?何を!?」

 

「私が魔力障壁で時間を――えッ!?」

 

「うぉ!?何だ!?」

 

迫り来る死に対してセリシアが何とか抗うべく魔力障壁を展開しようとしたその瞬間、戦場に入り込んだ一団があった。

 

「新手!?――グッ!?」

 

「クソッ!?」

 

「また害虫!?」

 

その一団は魔力障壁で防がれたとはいえミカエル達に苛烈な銃弾の雨を浴びせて一時的に遠ざけたばかりか、辺りに煙幕弾をばらまき煙幕を張って敵を撹乱しつつ、放たれた魔法や魔力弾の加害範囲外にセリシア達を連れ出す事に成功する。

 

「あ、貴方達は誰ですか!?」

 

「何者だ、お前達!?」

 

突然担ぎ上げられ、わたわたと慌てるセリシアと不意討ちを受け怒りを露にするミカエルの問い掛けに2人の男が意気揚々と答える。

 

「舩坂弘少尉であります!!ご無礼の程、平にご容赦下さい」

 

「一木清直大佐以下一木支隊だ!!貴様らの相手は我々が務めさせてもらう!!」

 

戦場に殴り込みを掛けたのは生きている英霊こと舩坂少尉を臨時に部隊へと編入し帝都で暴れていた一木支隊であった。

 

「舩坂少尉に一木支隊!?どうやってここに!?貴方達が居た所からここまでの間には師団規模の魔物が居たはず……それをどうやって……」

 

他の兵の手で運ばれて来たアデルや7聖女と共に、連れて来られた瓦礫の影で伏せながらセリシアは場違いに明るい笑みを浮かべる舩坂少尉に問い掛けた。

 

「なぁに簡単な事です。我々の十八番である突撃を敢行し強行突破して参りました」

 

「突……撃?」

 

あっけらかんとした舩坂少尉の返答にセリシアは自身が戦場に居ることを数瞬忘れ、ポカンとした表情を浮かべていた。

 

「はい。と、それよりもここは我々にお任せ下さい。フィットローク殿達はお早く撤退を」

 

「なっ!?酷な事を言うようですが貴方達ではやつらには勝てません!!」

 

舩坂少尉に撤退を促されたセリシアは煙幕の向こうから聞こえてくる一木支隊とミカエル達の戦闘の音を気にしつつ彼の提案を却下する。

 

「それは魔法が封じられてしまった今のフィットローク殿達も同じ事では?」

 

「うっ……し、しかし!!ここに残れば確実に死にますよ!!」

 

舩坂少尉にあっさりと論破されてしまい言葉に困る事となったセリシアは恥ずかしさを誤魔化すように体を起こして居住まいを正す。

 

「承知の上です。なに、強大な敵に立ち向かい、そして味方を救うための名誉ある死です。軍人としては恵まれた死に方でありましょう」

 

「だからと言って――」

 

「僭越ながら!!……飢えも病も無く体は健康で武器と弾は十分にあります。そんな状況で戦って死ねるのであれば本望!!ここが我らの死に場所かと!!」

 

「し、しかし……」

 

説得の言葉に承知の上だと返され、更に煙幕の中から突然現れた一木大佐の万感が込められた言葉にセリシアは二の句が継げなくなり困り果てる。

「我々もその話に噛ませてもらう!!」

 

「なっ!?リーフィールド中佐までどうして!?」

 

舩坂少尉と一木大佐の相手だけでも困っていたというのに、そもそも救援に来た対象である第21騎兵大隊の指揮官であるリーフィールド中佐までもが殿に志願したためセリシアは頭痛を覚えながら声を漏らした。

 

「我々は海兵隊です。撤退はクソ食らえ――出来ませんし、陸軍ばかりにいい格好はさせておけません。何より今回の失態は自分で拭わねば。……それに貴女は魔法が使えさえすればあのくそったれな野郎共を始末出来るのでしょう?ならば貴女にはここから撤退して頂いて態勢を立て直した後、魔法を使ってやつらの殲滅をお願います」

 

「〜〜ッ……はぁ、分かりました。私達は負傷者と共に下がります」

 

既に死を受け入れ、覚悟を決めた男達の説得は無理だと判断したセリシアは問答を切り上げる。

 

「えぇ、後は我々にお任せを」

 

「敵討ちは頼みます」

 

「部下達をお願いします」

 

「……ではご武――グッ!?」

 

「セリシア!?」

 

舩坂少尉達に後を任せ、負傷者と共に撤退する事を決めセリシアが立ち上がった瞬間、細い光の矢がセリシアの肩を貫いた。

 

「害虫共が!!いい気になるなよ!!」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

ウリエルの怒声にハッとして見れば、いつの間にか辺りを包んでいた煙幕は消え去り、先程まで戦っていたはずの一木支隊や第21騎兵大隊の兵士達がセリシアと同じように光の矢に撃ち抜かれ地面の上で苦悶に悶えていた。

 

「1匹残らずここで串刺しにしてやる!!」

 

「そこに居たか。ウリエル。こちらは任せた」

 

「私達はあっちの害虫を駆除するわ」

 

再び大量の光の矢を作り出し憤怒に燃えるウリエルを放置してミカエルやラファエルはより重要度が高いセリシア達の元へ接近する。

 

「セリシア、立てるか?」

 

「えぇ……何のこれしき。しかしもう撤退する所の話ではありませんね」

 

「……そうだな、ならば死中に活を求めるとしようか。お前達はセリシアを頼む」

 

「分かりました」

 

手傷を負ったセリシアを7聖女に任せ、アデルは1人前へと進み出る。

 

「……アデル?」

 

「大丈夫。……2度もセリシアを失うつもりはない。何が何でもやつらを倒す」

 

セリシアの心配するような声に笑って答えた後、アデルは自身に言い聞かせるように小さな声でそう言い決死の覚悟を決め舩坂少尉達と共に徹底抗戦の構えを取る。

 

「さぁ、来い!!俺達が相手だ!!」

 

しかし、数で劣り力で劣るアデルに万に1つの勝ち目さえないのは明白であった。

 

「主の慈悲があらんことを」

 

「さっさとくたばれクソ共が!!」

 

「害虫は消えなさい」

 

そうして圧倒的な力の差のままにミカエル達の一方的な蹂躙が始まろうとしたその時。

 

「――遅い」

 

味方には希望を敵には絶望をもたらす凛とした美声が戦場に響き渡った。



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10

真っ白な朝日が輝く日の出と共に始まった帝都攻略戦も既に夕暮れ時となり。

 

太陽はオレンジ色の光を放ちながらレイテ湾の水平線へと没し始めていた。

 

「お前達は何故こんな所で道草を食っている?」

 

戦闘特化型の千代田30人や強化外骨格を装備している親衛隊の一個機動歩兵中隊、人型機動兵器であるアサルトアーマーで編成された第1AA大隊、そしてセリシア達と途中まで行動を共にしていたポプラフスキー大佐以下の混成連隊を引き連れてセリシア達の前に現れた千歳は最後の輝きを放つ儚げな夕日を背にしつつ肩に掛けただけの軍服の上着を風に靡かせながら、凛とした声で淡々と誰に言うでもなく自らが抱いた疑問を口にした。

 

「「「「……」」」」

 

返答は静寂。

 

その場にいる誰もが――敵であるミカエル達はもちろん、味方であるはずのセリシア達さえも千歳が放つ異次元のおどろおどろしいオーラに気圧され息を飲み無言を貫く。

 

「説明しろ、セリシア」

 

千歳の言葉1つで空気がビリビリと震えているような錯覚をその場に居合わせた全員が共感し、無意識の内に畏敬と畏怖の念を抱く中、指名を受けたセリシアが肩に受けた傷の痛みに時折顔をしかめながら口を開く。

 

「……先に1つ言わせて頂きますが我々は好き好んで道草を食っていた訳ではありません。カズヤ様のご命令通りに第21騎兵大隊の救援に駆け付けた後、態勢を立て直すべく後退を開始しようとして難敵と遭遇してしまい……結果、遺憾ながら足止めを受けていたのです」

 

マリーとの戦いによって失われ、今は黒い眼帯に隠されている左目の分まで剣呑な光を放つ千歳の右目の眼光に体を貫かれ、背筋が凍る思いを味わいながらセリシアは弁解を口にした。

 

「難敵?そんなものがどこにいる。私には塵芥の雑魚しか居ないように見えるが?」

 

空に浮かんでいるミカエル達をゴミを見るような目で見渡した千歳は、色々な意味でヒクヒクと頬を引き吊らせるセリシアに小首を傾げながら聞き返す。

 

「ッ!!人間風情が!!我々を――」

 

「安い挑発に乗るのは止めなさい、ウリエル」

 

「ラファエルの言う通りですよ、ウリエル。それに今は抹殺対象のナンバー2が我々の前にのこのこと現れた事を主に感謝する時です」

 

「……チッ、あのノロマ(ガブリエル)は何をしている!!指揮所にいるはずのこの女を殺しに行ったんじゃないのか!?あの仮面の男がもたらす情報があった上で事を仕損じたというのなら痛い目を見せてやる!!」

 

自分達をこけ下ろす千歳の言葉に激昂しかけたウリエルだったがミカエルとラファエルの2人に制されたために踏み留まり、ブツブツと怒りの声を漏らしながら千歳を睨む。

 

「――まぁいい、もうすぐ日も暮れる。本日の作戦行動はここまでだ。話は後でじっくりと聞かせてもらう。さっさと後方へ下がって傷の手当てを受けろ。後は私が……片付ける」

 

頭上で言葉を交わすミカエル達の事など一切意に介さず千歳はセリシアに後退を命じる。

 

「後は私が片付ける?まさか1人で我らに挑むつもりですか?……これはまた舐められたモノですね。少々出来るようだからと言ってその物言い不遜が過ぎますよ」

 

「本当に。魔法も使えぬ脆弱な人の身でよくもそこまで大言壮語が吐けるものです」

 

「そうだ!!たまたまガブリエルと会わなかったからと言ってあまりいい気になるなよ!!」

 

そんな千歳の素振りや言動にいよいよ我慢の限界に達したミカエル達が殺気を放ちながら全身に魔力を漲らせる。

 

「……ガブリエル?あぁ、それはもしかしてこいつの事か?」

 

ウリエルの言葉の中に出てきた名前を耳にした途端に千歳は口元を吊り上げ加虐的な笑みを浮かべるとパッと振り返り、背後にいた千代田の1人に視線だけである事を命じる。

 

「了解しました、姉様」

 

千歳の視線の意味を理解した千代田はすぐさま行動に移り、手に持っていた“モノ”を双方の中間地点に向けて放り投げる。

 

「な!?」

 

「は?」

 

「……あ?」

 

綺麗な放物線を描いた後、ボトリと地面に落ちコロコロと転がってから停止したそれを見てミカエル達は絶句し言葉を失った。

 

「アポも取らずにラーテ(前線司令部)に押し掛けて来たのでな。丁重に出迎えておいたぞ」

 

「ガ、ガブリエル……?」

 

血を吐くような声で頭部だけになったそれの名を呼んだのは誰であったのか定かではないが、例え砂塵に汚れていようと例え恐怖と苦痛に染まった死に顔を晒していようとミカエル達がそれを見間違えるはずも無かった。

 

千代田によって放り投げられた頭の正体が四大守護天使の1人であるガブリエルのモノであるが故に。

 

「まさか……どうやってガブリエルを……我々には主の祝福である再生能力が――」

 

「あぁ、貴様らの心臓代わりの核を砕いてから一定以上のダメージを与えるか、切り刻んで分割した肉体を一定距離以上離してやれば甦る事は無かったぞ。しかし“解体”途中に散々泣き喚いてくれたのは耳障りで仕方なかったな」

 

白昼夢でも見ているかのような表情のラファエルの言葉を遮り、千歳はさながら悪役のような昏い笑みを浮かべる。

 

「貴様……貴様ァア!!ガブリエルをよくも!!殺してやる!!」

 

仲間が迎えた悲惨な死に様を聞かされ茫然自失の状態からようやく我に返ったウリエルが感情に突き動かされるまま千歳に魔法を放とうと腕を構える。

 

「ピーピーがなるな、三下」

 

しかし、ウリエルが魔法を放つよりも早く鬱陶しそうに目を細めた千歳がパチンっと指を鳴らした事でウリエルの行動が実を結ぶ事は終ぞ無く。

 

「ッ!?ガッ!!クソがァアアアア!!」

 

それどころか突如飛来したとあるミサイルによってウリエルは遥か彼方まで弾き飛ばされ悪態と共に千歳達の前からフェードアウトしていってしまう。

 

「ウリエル!?」

 

「そんな……ッ!!」

 

予想もしていなかった突然の出来事にミカエルとラファエルは唖然とし、他のアンヘル達は狼狽える。

 

「ふん……腐っても上位種。魔力障壁で耐えるか」

 

「貴様!!一体何をした!?」

 

「よそ見をしている暇があるのか?」

 

「ッ、魔力障壁を張りなさい!!」

 

ラファエルの言葉に千歳がくつくつと笑いながら答え、その返事に悪寒を感じたミカエルがハッとして命令を出す。

 

それによって他のアンヘル達が慌てて魔力障壁を展開するが、ミカエルの出した命令は遅く――いや、間違いであった。

 

「ガッ!?」

 

「ギャ!!」

 

ウリエルを弾き飛ばしたミサイルと同種のミサイルが次々に飛来し、防御に徹するため空中で静止していたアンヘル達に命中。

 

ミサイルの直撃を食らったアンヘルは受けたダメージが酷すぎたために再生する事も出来ず憐れにも空中で悲惨な死を遂げ、肉片となって地上へべちゃべちゃと降り注ぐ。

 

「これで多少なりとも間引けるな」

 

アンヘルが1人また1人とダンプに轢かれた小動物のようにぐちゃぐちゃに潰されていく様を眺めながら千歳は小さくそう呟いた。

 

「か、回避!!回避を!!」

 

出すべき命令の間違いに気が付いたミカエルが再度命令を出すが、この時点で既に半数近くのアンヘルが散ってしまっていた。

 

「クッ!!回避も厳しいとは!!……速すぎる!!」

 

「これは一体なんなのですか!?」

 

防御から回避へと方針を転換したミカエル達を現在進行形で襲っているその正体。

 

それはアメリカ陸軍が1980年代末に開発を開始していたものの、2004年に開発中止が決定されたため僅かな数しか生産されなかった自走対戦車ミサイルのMGM-166 LOSATであった。

 

3キロ程離れた地点に展開している複数の装甲強化型のハンヴィー――M1114のキャビン上に搭載された2基の連装発射機から発射されているLOSATは通常の対戦車ミサイルと違い成形炸薬弾頭によって生じる化学エネルギーの作用で装甲を貫徹するのではなく、自身が飛翔する際のマッハ4.5という驚異的な飛翔速度――運動エネルギーを攻撃に利用し戦車やバンカー等の強固な装甲を持つ対象をミサイルの先端にある高密度貫徹弾芯で強引に撃ち抜くことを目的に開発されたミサイル版の装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)の様な兵器である。

 

そのため今回ターゲットとされたアンヘル達は魔力障壁を易々と貫徹された後にミサイル本体との正面衝突という物理的なダメージを体に受け再生する間もなく弾け散っていく。

 

ちなみに上位種であるが故に他の個体よりも魔力障壁の強度があったウリエルはLOSATを防ぐ事には成功したものの、衝突の勢いを殺し切れず遥か彼方へと吹き飛ぶ事となったのである。

 

「各隊は被害報告を!!」

 

ようやくLOSATの嵐が収まり危機を脱したミカエルが辺りを警戒しつつ叫ぶ。

 

「熾天使隊以下3隊、被害15!!」

 

「主天使隊以下3隊、半数が殉教!!再生中5!!」

 

「権天使隊以下3隊、残存数2!!再生中3!!」

 

配下のアンヘルから返って来た無情な報告に歯を食いしばり、怒りに身を震わせながらミカエルは千歳を見据える。

 

「魔法も使えぬ蛮族以下の異教徒が……同胞をよくも……」

 

「楽しんでもらえたようで何より。さて、負傷兵の回収も終わった事だ。そろそろ貴様らには消えてもらおうか」

 

LOSATが飛来している間にウリエルの攻撃で負傷した一木支隊や第21騎兵大隊の兵士を親衛隊に回収させていた千歳は飄々としつつも言葉に明確な殺意を乗せてミカエル達に死刑宣告を告げた。

 

「その言葉、そっくりそのまま返してあげましょう!!」

 

異教徒、人間風情と見下す相手から度重なる屈辱を味合わされた事に耐えかねたミカエルが吼える。

 

「ハハハッ、その威勢がどこまでもつか見物だな」

 

そんなミカエルに対し千歳は不敵な笑みを浮かべながら腰のホルスターに差した2丁のS&W M500を抜き放つ。

 

「このッ!!」

 

「さて、では愚神へのお祈りは済んだか?戦場の片隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」

 

再び激昂するミカエルをよそに千歳は淡々と開戦の合図を口にするのであった。



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11

甲高い音を立てながら空を飛び交うミサイルの飛翔音や大地を揺らし腹の底に響く砲弾の炸裂音、そして歩兵が撃ち鳴らす小気味良い銃火器の発砲音といった戦場音楽をBGMにしつつ、一方的な殺戮と表するべきその戦いの幕は開いた。

 

「あの者を!!あの逆徒を!!我らが主と信仰に仇なすあの愚者を!!討ち滅ぼすのです!!」

 

「往け!!神の御子達よ!!その働きを以て主への信仰を示しなさい!!」

 

「「「「オオッ!!」」」」

 

ミカエルとラファエルが発した命に従いアンヘル達が喚声を上げながら得物を振りかざし千歳の元に殺到する。

 

「多少は間引いたが、まだ邪魔が多いな……まぁいい。何にせよ皆殺しだ」

 

迫り来るアンヘル。その先陣を切る中位種と下位種のアンヘルには一切の興味を示さず千歳は空でふんぞり返っているミカエル以下の上位種達を静かに見据えた後、面倒くさそうに視線を下げ有象無象の敵を視界に捉える。

 

「さぁ、来い!!化物共!!一匹残らず駆逐してやる!!」

 

「ヒッ!!」

 

千歳専用にあつらえられた超大型回転式拳銃――M500の銃口を向けられ恐れをなした……のではなく。先頭を飛んでいたために千歳の凶悪なワラッタ顔を直視してしまい本能的な恐怖心を掻き立てられたアンヘルが恐れおののき空中でたたらを踏む。

 

「何をしている馬鹿者め!!邪魔だ!!――ここで滅びよ!!穢らわしい異教徒め!!」

 

「我らが正義の刃を受けよ!!」

 

「その首、もらい受ける!!」

 

恐怖で竦み上がり止まってしまったアンヘルを後続のアンヘル達が避け、追い抜いて前に出ると千歳に肉薄し一斉に剣を降り下ろす。

 

「貴様ら如き雑魚が姉様の前に立つな」

 

「な、クソッ!?引け!!」

 

しかし、アンヘル達が振り下ろした刃が千歳に届く事は無かった。

 

「グッ、は、離せぇ!!」

 

「被検体ナンバー6、確保」

 

「ガハッ……!!」

 

「被検体ナンバー7、確保」

 

「ッツ、この紛い物が!!」

 

「被検体ナンバー8、確保」

 

攻撃を仕掛けたアンヘル達はその殆どが千歳の露払いのために前に出た千代田達によって返り討ちに合い撃退され、そして運が無かった3体が翼を無惨に引き千切られてから四肢をへし折られ無力化された後、拘束される事となった。

 

「雑魚の相手は私にお任せ下さい。姉様はあちらを」

 

「……あぁ、任せた。親衛隊も好きに使え」

 

「承知」

 

蹂躙すべき相手を横から奪われる形になった事で多少憮然としつつも、千歳は千代田に雑魚の相手を任せると本命であるミカエル達の元へと歩いて行く。

 

「……さてと。研究所に運ぶ前に貴女に1つ確認しておきたい事があるのですが、紛い物とはどういう意味です?」

 

覇気を纏う千歳の後ろ姿を見送りつつ、千代田は足蹴にして拘束しているアンヘルの1人――被検体ナンバー8の再生を始めていた右腕を念入りに踏み砕きながら問い掛けた。

 

「ギャ!!……こ、この世の全ての万物は、生命はローウェン様がお作りになられたモノ!!だが貴様はその理から外れた紛い物の生命!!だから紛い物と呼んだのだ!!」

 

「なるほど、貴女方の定義からすれば確かに人工生命体の私は紛い物ですね」

 

アンヘルの返答に対し納得したように頷きを繰り返しながら千代田は言葉を続ける。

 

「しかし、私を貴様らの定義で勝手に計るな……!!我々からすればこの世界の存在すべてが紛い物!!我らの神(創造主)たるマスターの恩恵や寵愛を受けていないゴミクズが……!!」

 

自らの存在を受け入れ、引いては名を与えて自己の存在を確立してくれたカズヤへの侮辱に千代田は激昂し鬼の形相を浮かべる。

 

「貴様!!神の御子である我々を――」

 

「あぁ、もう黙ってもらって結構です。……とりあえず先の発言を訂正。被検体ナンバー8は被検体確保定数の上限を越えたため廃棄とします」

 

「な!?や、やめ――ッ!!」

 

怒りを込めて振り下ろした拳によって黄金比で整えられた彫刻のような美しい顔がグチャリと歪み、顔面が内側にめり込んでビクンビクンと痙攣を繰り返すアンヘルを無表情で眺めた後、無惨にも歪みきった顔から拳を引き抜いた千代田は腕を振って血や脳漿を振り払うと今度はアンヘルの胸に拳を突き立てる。

 

「よかったですね、これで貴女は貴女の信じる神とやらの元へ行けるでしょう。……本当にそんなモノがいるのかは知りませんが」

 

顔と胸からビシャビシャと噴き出す血飛沫を浴びて血塗れになりながらアンヘルの心臓――魔力が秘められた核を抉り出した千代田はすがり付くように折れ曲がった腕を伸ばしてくる顔の無いアンヘルにそう言い捨てる。

 

そして抉り出した核を掲げて他のアンヘルに見せ付けた後、次はお前の番だと言わんばかりにブチッと握り潰した。

 

「中隊各員へ……全員殺しなさい」

 

「「「「了解」」」」

 

返り血に濡れた千代田の号令一下で、その他の千代田達や強化外骨格を纏った親衛隊が遠巻きに様子を伺っていたアンヘル達に襲い掛かかった。

 

「いつまでそうしてふんぞり返っているつもりだ。さっさと降りてこい!!」

 

背面や脚部に飛行ユニットを追加する事で飛行を可能にした強化外骨格を装備する親衛隊に追いかけ回され数の差とM214マイクロガンによる弾幕に圧倒されて蜂の巣になり再生能力を発揮する事も出来ずに撃墜死するか、様々なギミックを内包する千代田達の手によって地上へ引きずり下ろされてから憐れにも家畜のように殺され最後にはバラバラ死体と成り果て葬られていくアンヘル達の姿を背景にミカエル達の元へ歩を進めた千歳はこの期に及んで静観の構えを崩さないミカエル達に声を荒げた。

 

「はぁ……いかにアンヘルと言えど所詮は出来損ないの下位種とそれに近い中位種。この数の差に加えて敵の上級部隊が相手となると自衛どころか逃げる事で精一杯ですか。全くもって情けない。しかし、同胞を見捨てる訳にもいきません。ウリエル、彼女らの援護のために念話で他のアンヘルを1〜2隊ほどここへ」

 

「えぇ、分かりました」

 

「フン……無駄な事を」

 

こちらの事などどこ吹く風と言わんばかりの無視に千歳はイライラを募らせながらそう吐き捨てる。

 

「無駄な事とはどういう意味です?」

 

自分達のやり取りを意味深な表情を浮かべながら鼻で笑った千歳に対しミカエルが不快感を示す。

 

「他の場所にいる貴様の同類は我が軍が総力を上げて駆除している最中だ。貴様らを助けに来る余力などあるはずが無い」

 

「何を言うかと思えば、そんな戯言を……魔法も使えぬ人間風情がいくら集まろうと烏合の衆である事に変わりはありません。その証拠に我々が出陣して少しばかり遊んだだけで貴女方の軍は総崩れを起こしかけていたではありませんか。そんな者達に我々アンヘルが負ける事など無いのですよ。まぁ、貴女が引き連れている護衛のように全員が精鋭揃いであれば話は別で――」

「ッ!?そんな……ミ、ミカエル。同胞からの返答がほとんどありません……あっても救援要請しか……」

 

「は?」

 

アンヘルという種族としての優位性を過信して千歳の言葉を鼻で笑い返したミカエルであったが、その優位性を根本から覆すラファエルの報告に思わず凍り付く。

 

「だから言っただろう。それにそもそもが800匹程度、統率さえ取り戻せば対処する事にどうという事は無い数だ」

 

「そんなバカな。アンヘルが人間風情に負けるはずが……一騎当千の上位種が何人居たと思って……」

 

「一騎当千の上位種?そんなものは関係ない。我々は我が軍はご主人様の前に立ち塞がるありとあらゆるモノを排除するために存在する暴力装置。敵が何であろうとどれほど強かろうと敵は殺す。ただそれだけの事」

 

「クッ……致し方ありません。ならば我々が直々に相手をしてあげましょう。貴女達は護衛の相手を」

 

瞳の奥に黒々とした狂信の炎を滾らせて冷酷な微笑を浮かべた千歳から発せられるプレッシャーに気圧され空中で僅かに後ずさってしまったミカエルは自身の行動に気が付くと歯を食い縛り、キッと千歳を睨み付ける。

 

「「「「了解」」」」

 

「さて。貴女の首をあげれば戦況も一瞬でひっくり返るはず。これ以上の被害を出す前に決着を付けさせてもらいます」

 

そう言って取り巻きの上位種を親衛隊や千代田達の元へと派遣し、顕現させた直剣を構えたミカエルは隣で同じ様に曲剣を構えるラファエルと共に改めて千歳と対峙する。

 

「やれるものならやってみろ」

 

ようやく自分の手で戦う意思を見せたミカエルとラファエルに千歳は不敵な笑みを溢し、自身の首を掻き斬るジェスチャーを見せて挑発する。

 

「どこまでも舐めた真似を……ラファエル。最初から全力やります」

 

「えぇ、分かっています。あのような異教徒にかける慈悲などありません」

 

「アルへ、ルラ――」

 

「ルド、ミリア――」

 

千歳の挑発行動に口元をひくつかせ額に青筋を浮かべたミカエルとラファエルは互いに視線を交わし、頷き合うと詠唱を始める。

 

すると千歳の足元に魔方陣が浮き上がり、次いで千歳の周りで風がビュウビュウと吹き荒れ渦を巻き始めた。

 

「さて、どんな魔法が出てくるか」

 

徐々に風速が上がり、遂には風に巻き上げられ飛んでくるようになった石礫をM500のグリップ底部で叩き落としながら、また鎌鼬のように飛んでくる風の刃を避けながら千歳は自身の周りで起こる現象を悠然と眺めていた。

 

「その余裕が命取りです」

 

詠唱を唱え終えたミカエルの言葉と同時に千歳の周りで渦巻いていた風が竜巻と言っても差し支えない規模にまで一気に成長。

 

更には風が突然火を帯びて火災旋風と化し千歳の姿は完全に風と炎で出来た超高温の炉の中に消えてしまう。

 

「副総統閣下!!」

 

「千歳副総統!!」

 

ミカエルとラファエルの融合魔方によって作り出され、ごうごう燃え盛る火災旋風を目の当たりにして親衛隊の兵士達が千歳を救い出さんと慌てて駆け付けようとするが火災旋風が放つ高温の輻射熱で前進する事さえ叶わなかった。

 

「フフッ、フフフッ、あれだけ大口を叩いておいてこうも簡単に死ぬなんて拍子抜けもいい所です。……あぁ、首を上げるとは言いましたが残念ですね。この魔法を受けた以上は骨1つ塵1つ残っていないでしょう」

 

「アハハハッ!!やはり所詮は魔方も使えぬ野蛮な異教徒。我らの魔法の前には手も足も出ませんでしたか」

 

過ぎ行く時間と比例してますます勢力を拡大し、大きくなっていく火災旋風を前にミカエルとラファエルの2人は勝利を確信して笑みを溢す。

 

「さてと、次は貴女方の番です」

 

「……」

 

「我らの魔法で跡形も無く消し去ってあげましょう」

 

「……はぁ、姉様。そろそろ出てきたらどうです?」

 

「何を言って――そんなバカな!?」

 

「ッ!?」

 

千歳を殺したと思い込み次のターゲットを千代田や親衛隊に絞ったミカエルとラファエルであったが、千代田の言葉と共に突如として火災旋風が真っ二つに両断され霧散する光景を見てギョッと目を剥いた。

 

「もう少し何かあるかと思ったが……まさか、これだけで終わりか?」

 

全くの無傷で皆の前に姿を現した千歳は右手に握った軍刀を鞘に戻すと期待外れだと言わんばかりの表情でミカエルとラファエルに問うた。

 

「な、何故……何故貴女は生きているのですか!!」

 

「さぁ、何故だろうな?そうだ……お前達の魔法が失敗したんじゃないのか?」

 

教えるつもりは無いとばかりにクツクツと含み笑いを漏らしつつ、左手の中にあった平たい六角形の宝石――魔力障壁の発生装置を軍服のポケットに隠す千歳。

 

「ッ、ならもう一度!!」

 

「今度こそ塵にして上げましょう!!」

 

帝国においては絶対的な権威の象徴であり、また個としても誇りを抱く魔法を貶された事でミカエルとラファエルは感情の赴くまま再び魔力を集め詠唱を始める。

 

「……」

 

しかし、棒立ちになっていた先程とは違い今度は千歳が無言でM500の銃口を2人に向けた。

 

「――ロエ、マルス!!先の攻撃ならまだしも、そんな武器で我々に傷を――っ、な……に!?」

 

「ガハッ!?」

 

詠唱を終え、魔力障壁を張った事で攻撃を受ける事は無いと高を括っていたミカエルとラファエルであったが、千歳が構えるM500が一際大きな銃声を連続して轟かせ撃ち出した複数の弾丸が魔力障壁を貫通し、我が身を貫くに至って自分達の認識が誤りであることを思い知る事となった。

 

「ッ……対魔力障壁弾……もう作っていましたか」

 

「あぁ、そうだ。貴様らのような化物を殺すために作った対魔力障壁用特殊AM弾。その先行量産品だ」

 

まぁ、強度が桁違いの設置型の魔力障壁はまだ貫けんがな。そう内心で呟きながら千歳は地面の上で受けた傷を急ぎ再生させながら傷の原因となった弾丸の事を言い当てて見せたミカエルに不敵な笑みを返す。

 

「さて、残るはお前達2人だけ……さっさと片付けるとしようか」

 

千歳の言葉にハッとしてミカエルとラファエルが辺りを見渡せば、確かに他のアンヘル達は皆、千代田や親衛隊の手によって――一部は舩坂少尉や他の部隊によって始末され、この場に残るアンヘルは自分達だけとなっていた。

 

「これは分が悪すぎます。……こんな時にウリエルの魔法があれば」

 

「……認めません」

 

自分達の置かれている状況を把握し冷や汗を流すミカエルの隣で俯いているラファエルがボソリと呟く。

 

「ラファエル?」

 

「アンヘルである我々が人間風情に敗北するなど……認めてなるものですか!!あの異教徒に魔法が通じないのであればこの刃を直接突き立てるまで!!」

 

「待ちなさいラファエル!!不用意に近付いてはいけません!!」

 

受け入れがたい現実を打破しようとラファエルがミカエルの制止を振り切り、地を這うような低空飛行で破れかぶれの突撃を敢行する。

 

「奴の言う通りだ、愚か者」

 

美しい美貌を怒りに歪め、形容し難い形相で迫るラファエルに千歳はM500を腰のホルスターに仕舞うとショルダーホルスターから新たにグロック18を2丁引き抜き構える。

 

そして間髪入れず引き金を引き、フルオートでマガジン内部の弾丸を全てラファエルの肉体に撃ち込んだ。

 

「グハッ!?」

 

グロック18から発射された弾丸は通常の9mm弾ではなく、着弾時に弾頭が8つに分裂して約15センチの範囲の細胞組織を切り裂く効果があるG2R RIP ホローポイント弾と弾底部に仕込まれたワイヤーが発砲と同時に3方に開き分離する事で加害範囲の拡大と肉体への重大な損傷をもたらすMIB弾であったためにラファエルは空中で体を抉られ切り裂かれ、ズタボロになり四肢を失った状態で千歳の足元に転がる事となった。

 

「こんな……こんな所で!!」

 

「ふむ。この弾薬はどちらも使える。それにしてもMIB弾に通常のワイヤーではなく火山地帯に住まうドラゴンの髭を使ったのは正解だったな。お陰でスパスパ斬れる」

 

体勢を立て直そうと手足の無い体をじたばたさせながら足元でもがくラファエルをよそに千歳は初めて使用した弾薬の威力に目を見張っていた。

 

「クソ!!人間風情にやられてたまるものか!!」

 

「うるさい奴だ……さっさと死ね」

 

再生が始まった事で威勢を取り戻し、ガヤガヤと口煩く喚き始めたラファエルに眉をひそめた千歳は弾が切れたグロックを捨て、再びホルスターからM500を抜くとその銃口をラファエルの胸――核に向ける。

 

「はぁああああッ!!」

 

しかし、千歳が引き金を引く寸前。

 

いつの間にか肉薄していたミカエルがラファエルを救うため、千歳に斬り掛かった。

 

「邪魔だ」

 

「そん……な!?」

 

だが、その結果は散々たるものであった。

 

ミカエルが振り下ろした刃が空を斬ったのに対し、千歳が逆手で抜き放った軍刀の刃がミカエルの体を真っ二つに両断したからである。

 

「そこで大人しくしていろ」

 

両手を含む胸から下を失い不様に地面の上に転がる事となったミカエルにそう告げ、千歳は改めてラファエルにM500を向ける。

 

「私がこんな所で……嘘だ」

 

「やめろぉおお!!」

 

ミカエルの制止虚しくパンッと乾いた銃声が響き、発射された対魔力障壁弾がラファエルの核を粉々に砕く。

 

そして、千歳が振るう軍刀の刃によってラファエルの体は再生が出来ぬ様に細かく切り刻まれた後、ゴミのように蹴り飛ばされた。

 

「……次はお前の番だ」

 

ラファエルを始末し鮮血を浴びた千歳がミカエルに向き直り、ツカツカとミカエルに近付く。

 

「クッ……」

 

身動きが取れないミカエルに対し、千歳はラファエルを殺した時のようにM500を構える。

 

「では、貴様も死ね」

端的にそう言って千歳が引き金に掛けた人差し指に力を加える。

 

しかし、千歳の人差し指が引き金を引き切る直前、辺りで突然爆発が起きた。

 

咄嗟に爆発を回避し危機を脱した千歳は爆煙に目を細めながら爆発を引き起こした張本人を睨む。

 

「ミカエル!!無事か!?」

 

「ウリ……エル。貴女でしたか。ゴホッ!!」

 

「すまん、少し巻き込んだ。……ラファエルや他の者はどうした?」

 

「皆……やられました」

 

「ッ!?分かった。ここで休んでいろ。――よくも仲間を」

 

仲間が皆殺られたと聞き、憤怒に燃えるウリエルは回収したミカエルをソッと地面に横たえると千歳に向き直り魔力を集め始める。

 

「……ふむ。お手並み拝見といくか」

 

ミカエルがどの様な魔法を使うかを見極めようと、千歳はミカエルとラファエルの時の様に傍観の構えを取った。

 

「ヘル、ラダ、ゴウル――」

 

「召喚系の魔法か……面倒だな」

 

しかし、ウリエルの詠唱が進むにつれて地面がボコボコと盛り上がり人の形や魔物の形を形成し始めると千歳は傍観の構えを解き、そう言って握っていたM500を腰のホルスターに収めると、今度はレッグホルスターに手を伸ばしそこに収まっていたモノを手に取った。

 

そして詠唱を続けるウリエルに向け手で握ったあるモノを指向し、その引き金を引くと数秒間その状態を維持してから、それをホルスターへと戻した。

 

「ウリエル!!気を付けなさい!!あの者が何かするつもりです!!それから魔力障壁は役に立ちません!!」

 

「――モルス!!問題ない、もう奴は終わりだ」

 

詠唱を終えたウリエルは勝ち誇った笑みを浮かべミカエルの警告に答える。

 

「神々の時代を生きた者達や魔物を依り代に憑依させ、現世に呼び起こしたんだからな。後少しすれば覚醒して動き出し奴を……って!?おい!!どこに行くつ――」

 

唐突に背を向けてスタスタと歩み去って行く千歳に驚きウリエルが声を上げるが、その声が最後まで紡がれる事は無かった。

 

何故なら千歳が先ほど手にしたモノが拳銃型のLA-16u/PEQレーザー目標指示装置であり、直後に帝都郊外に展開しているPzH2000自走榴弾砲から放たれ降り注いだ誘導砲弾――M982エクスカリバーによって途中で強制的に中断させられてしまったからである。

 

「……無様だな」

 

弾着誤差2メートル以内という恐るべき精度で目標を捉え、一切合切を徹底的に跡形残さず吹き飛ばした砲撃が終わり、戦場を包んでいた静寂が千歳の言葉で破られる。

 

千歳の視線の先にはM982エクスカリバーの直撃によって悲惨な姿になったウリエルがいた。

 

「た、助けてくれ……何でもするから……死にたく無い……!!」

 

顔の半分と体の大半を失い心臓となる核を露出した状態で地面の上に転がるウリエルは千歳の姿を見るなり恥も外見もなく命乞いを始めた。

 

「フン……容姿の事を考えれば使い道もあるか」

 

その命乞いに眉をひそめながら、値踏みするようにウリエルを眺めた千歳は思案顔でそう呟く。

 

「そ、そうだろ!?慰み者でいいから!!この顔ならお前の主も気に――え?」

 

千歳の呟きに一縷の希望を見出だしたウリエルが更に自分を売り込もうと言葉を紡ぐがその瞬間、ウリエルの核を千歳の軍刀が貫き両断する。

 

「な、何で……」

 

「ふざけるな。貴様のような汚物がご主人様の寵愛を受ける事が出来る訳がないだろう。思い上がりも甚だしい」

 

その言葉を最後にザンッと首を飛ばされたウリエルは永遠の眠りにつく事となった。

 

「さて、残すは貴様だけだ」

 

「……覚悟は出来ています」

 

砲撃の余波を受けせっかく再生した体を再び失い、抵抗する術を失ったミカエルは達観した表情を浮かべ天を仰ぐ。

 

「そうか。では死ね、化物」

 

「化物?フフッ、貴女の方がよっぽど――」

 

言葉を最後まで言い切る事が出来ぬままミカエルは千歳の手で始末され、そしてアンヘルという種族は誕生から極僅かな期間で絶滅したのであった。



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12

千歳がミカエルの首を斬り飛ばし、帝都攻略戦の初日に一先ずの区切りが付けられたのと同時刻。

 

「あーあ、やられちゃったよ。結構いい出来だと思ってたんだけどな〜……ま、言ってもアンヘルの素体はローウェン教教会から口減らしに入手した役立たずの信徒や帝都で投げ売りされていた醜女の奴隷とかだったし、元々の能力値が低い事を考えればこんなもんかな……いや、貴重なデータが取れた事を考えれば上出来か」

 

隣接しているローウェン教教会の大聖堂と共に常時展開されている強力な魔力障壁のお陰で砲撃や空爆の被害を受ずにすみ、建造物としての形を保つ事が出来ている宮殿の一室――豪華絢爛な客室から陰気極まる実験室へと変貌したそこで自作した鏡台型の魔導具を通して千歳とミカエル達の戦いを椅子の上でふんぞり返りながら眺めていたレンヤはアンヘルの全滅という事実を前にあっけらかんとした様子でそう呟いた。

 

「今後の課題としては再生能力の再生速度だな。再生能力があっても瞬時に再生出来ないと意味が無い事が今回はっきりしたし……となると俺の理想を実現するには仮初めの肉体と核となる魂を固定しておく器――それも絶対に破られない器がいるな。太田の奴に聞いた限りじゃ現代兵器における最大威力の爆弾が50メガトンらしいから余裕を見て70〜80メガトンの爆発に耐えられる器を作ればいいか。素体はこのチートボディを使用するから問題なしとして」

 

開いていた魔導書の頁からミカエルの項目がスゥーっと消え失せていくのを見届け、パタンと魔導書を閉じたレンヤは思案顔でブツブツと独り言を漏らし、今後の方針を頭の中で組み立てていく。

 

「そうだ。素体と言えば……千歳とか言ったかこの女。バカみたいに強いこの女を元にしたらいいモノが作れ――」

 

「あら、また悪巧み?」

 

「ッ!?」

 

「フフフッ、おバカさん♪」

 

鏡台型の魔導具に映る千歳の姿を上から下まで舐め回すように眺めていたレンヤの背後にいつの間にか忍び寄っていたマリーがクスクスと恐ろしげな笑いを溢しながらバッと振り返ったレンヤの頬に人差し指を突き刺す。

 

「……だから、こういう悪ふざけは止めろって言っているだろう」

 

恒例と化したマリーの悪ふざけにレンヤはガックリと肩を落とし、疲れたようにそう言った。

 

「そんな事より、この娘に手を出すのはダメよ?」

 

「何で?」

 

そんな事という一言で抗議をスルーされてしまった事については最早諦観しつつ、マリーの真剣味を帯びた忠告に問いを返すレンヤ。

 

「私の獲物だもの。それにこの娘は生け捕りにしてカズヤの目の前で汚ならしい男達に穢させるの」

 

「……」

 

「愛する者が目の前で穢される様を目の当たりにして絶望に打ちひしがれるカズヤの顔……あぁ……想像するだけでゾクゾクしちゃう」

 

「……相変わらず悪趣味だな」

 

興奮を抑えきれぬとばかりに自分の体をギュッと抱き締め、光悦とした表情で身震いするマリーの姿にレンヤはドン引きしていた。

 

「何よ。魂を弄くり回して人でも妖魔でも獣人でもない気持ちの悪い“人形”を作った上に、その人形相手に散々腰を振っていた貴方には言われたくないわ」

 

「ッ!?う、うるさい!!」

 

「あら、適当に言ったのだけれど図星だったの?」

 

「グッ……無駄話はここまでだ。もうすぐ出発だが、準備は出来ているんだろうな」

 

思わぬ反撃を食らい言葉に詰まってしまったレンヤは取って付けたように話を強引にすり替える。

 

「えぇ、もちろん。でも本当に帝国を捨てるつもり?貴方が居なくなったら今の帝国は終わりよ?北方の辺境を除いて国土の大半はパラベラムによって悉く灰にされているのだし」

 

「あぁ、分かってる。だがこの国は使えるだけ使ったし、もう使い道がないからな。……なんだ帝国に愛着でもあったのか?」

 

「愛着なんてあるわけがないでしょう。ただ帝国と人ならざる者達の長きに渡る戦争がまさか帝国の敗北で終わるなんてね……と思っただけよ」

 

「フン。パラベラムのやつらがこの世界に来なければ勝っていたのは俺達だ。……だが、まぁ神の言葉を書き記した神聖な聖書とやらの文言を時の権力者の都合で書き換えて生存圏の拡大を図った愚か者の子孫共には相応しい末路だろうさ」

 

「フフッ、それもそうね」

 

身の丈に合わない野望を抱き、結果として帝国を滅亡へと導いた現皇帝やその下地を作ってしまった歴代の皇帝の事を嘲笑いながらレンヤとマリーは宮殿の奥へと姿を消したのであった。

 

 

「「「「……」」」」

 

妖精の里での戦闘を経た事でめっきりとその数を減らし、もはや小隊規模の数しか残っていないロスト・スコードロンの敗残兵達――人間との混血として生を受け凄惨な人生を歩んできた妖魔や獣人の面々が詰めるその寂れた部屋の中は痛いまでの静寂に包まれていた。

 

「戦わずに……むざむざ敵に投降せよと?そんな……そんな命令納得出来ません!!」

 

隊長と慕う者の口から発せられた驚きの命令を耳にした事で、下を向きブルブルと肩を震わせていた獣人の負傷兵がバッと顔を上げ、感情の赴くまま振り上げた拳でバンッと木製の机を叩き割り静寂を破る。

 

「そうだそうだ!!」

 

「我々も隊長と共に最後まで戦い抜きます!!」

 

「ここで投降するなど獣人の名折れです!!」

 

「帝国の為などでは無く、貴方の為に死なせて下さい!!」

 

「……」

 

それを合図にしたように次々と噴出する抗議の声に仮面の男は沈黙を守っていた。

 

だが、興奮した面持ちで獣耳や尻尾等を動かしながら口々に騒ぎ立てる兵達の勢いが僅かに衰えた隙を見計らい仮面の男は重々しく口を開く。

 

「もう一度だけ言う。貴様らはパラベラム軍に投降しろ」

 

「何故ですか!!我々はまだ戦――」

 

「片腕を失ったお前のまだ戦えるなんていう妄言は聞かんぞ。それに周りを見ろ、動くのもやっとな負傷兵だらけだ」

 

最初に静寂を破った兵士の言葉を途中で遮り、幼子に言い聞かせるような口調で、しかしバッサリと無慈悲に切り捨てる仮面の男。

 

「ぐっ……で、ですが――」

 

「加えて言えばロスト・スコードロンは最早100にも満たない数しかいないんだ。これでどうやって戦うつもりなんだ」

 

図星を突かれて一瞬口ごもる兵士が何とか言い縋ろうとするが、再びバッサリと切り捨てられ口惜しそうに歯を食い縛る。

 

周りにいた仲間達も仮面の男の正論に反論出来ず萎れた花のように頭を垂れるが、諦めきれないのか時折顔を上げてはチラチラと仮面の男の事をいじらしげに伺い見ていた。

 

「……それでも、それでも私は死に怯え徐々に朽ちていくしかなかったあのゴミの掃き溜めの中から拾い上げてくれた貴方と最後まで在りたいのです!!」

 

「……」

 

だから置いていかないで。と最後に震える声でそう漏らし嗚咽を堪える兵士の姿を見て、仮面の男はおぼろげな記憶の中に残る人物の姿と兵士の姿を無意識の内に重ね合わせ、人知れず拳を硬く握り締めていた。

 

「「「「……」」」」

 

「……分かった」

 

嗚咽を堪える声だけが響く部屋の中で、揃いも揃って捨てられた子犬のような眼差しで見詰めてくる部下達の視線から逃れるように背を向けた仮面の男はそう言った。

「で、では!!」

 

「本音を話そう。お前達はもう用済みだ」

 

垂れていた耳と尻尾をピンッと伸ばし、パァっと顔を輝かせた部下の期待を仮面の男は残酷なまでに打ち砕く。

 

「「「「……」」」」

 

背後で部下達が凍り付いているのを感じながら、仮面の男は淡々と言葉を続けた。

 

「人間の奴隷よりは使えるかと思って使ってみたが、結果はこの有り様。しかも処分を兼ねて敵の手間を増やしてやろうと投降を命じれば自分本意な願望を優先して命令に従わない上、役立たずの分際で戦場に付いて来て足を引っ張ろうとする。ちょっと優しくしたら簡単に忠誠心を抱いてくれるのは助かったが、全く……バカな人モドキなんか部下にするもんじゃない」

 

「そん……な……嘘……ですよね?隊長」

 

「何故わざわざ貴様らに嘘をつかないといけないんだ?使えない駒に用は無い。さっさとここから出ていけ」

 

最後まで部下達の方を見る事なく仮面の男は感情の無い冷たい声でそう言い放った。

 

「「「「……」」」」

 

数瞬の間の後、引き摺るような足音だけが響く。

 

そして、部屋の扉が閉まる音が聞こえた直後、部屋の外から元部下達の悲嘆に満ちた慟哭が仮面の男の耳に届いた。

 

「……はぁ……」

 

「隊長、不器用にも程があります」

 

「ッ!?」

 

1人っきりなったと思い込み、ため息を吐きながら仮面を外そうとしていた仮面の男は突然掛けられた言葉に驚き、ピースメーカー――M1873回転式拳銃を召喚し、それを構えつつバッと後ろを振り返る。

 

「何故ここに残っている、モンタナ」

 

仮面の男は部屋の中に残っていた人物――ダークエルフのハーフであり、ロスト・スコードロンでは副官であったモンタナにピースメーカーの銃口と剣呑な視線を向けながら問い掛けた。

 

「貴方の傍が私の居場所ですから」

 

その問い掛けに対しモンタナは笑みを浮かべながら想いを込めた言葉を――まるでプロポーズの言葉を臆面もなく吐き出した。

 

「……ふざけた事を言ってないで早く出ていけ」

 

モンタナの返答に毒気を抜かれた仮面の男は構えていたピースメーカーを消しながら端的にそう告げると、しっしっと手を振りモンタナから視線を外す。

 

「ふざけた事を言っているのは隊長の方ですよ?」

 

「何を――ッ!?

 

だが、先程のプロポーズ染みた返答から一転し明らかに怒りの感情を含んだモンタナの返答に眉をひそめた仮面の男が視線を戻すとそこに彼女の姿は無く。

 

再び仮面の男がモンタナの姿を捉えた時には固い床の上に押し倒されマウントポジションを取られた後であった。

 

「最初に言っておきますが、何を言われようと私は隊長の傍を離れるつもりは毛頭ありません」

 

「……勝手な事を」

 

モンタナの宣言に仮面の男は嫌悪感たっぷりの言葉をポツリと漏らし、拘束から逃れようと身を捩る。

 

「次に。皆を無駄死にさせたく無いのは分かりますが、もう少し言い方というモノがあると思います」

 

「……無駄死に?お前は何を聞いていた。俺は役立たずのお前達を最大限に利用して――」

 

「隊長が本心からあんな事を言う様な方でない事など、とうに分かっています」

 

「……お前に俺の何が分かる」

 

自分の意見が絶対であると信じて疑わないモンタナの言葉に対し、仮面の男は小馬鹿にするようにそう吐き捨てた。

 

「正直に言いますと何も分かりません。……でもずっと貴方を見てきました。出会ってからずっと今の今まで。そのお陰で分かった事があります」

 

そう言いながらモンタナは仮面の男に顔を近付け、仮面の下に潜む男の瞳を至近距離から覗き込む。

 

「……」

 

「隊長、貴方は何を恐れているんですか?私を通して一体誰を見ているんですか?

 

「……」

 

「答えてくれなくてもいいです。でも……私は貴方に救ってもらったんです!!他の誰でもない貴方に!!この穢れきった体と魂を!!」

 

ばつが悪そうに沈黙する男の瞳を自身の鋭い視線で貫きながらモンタナは自身の思いの丈を叫ぶ。

 

「そんな貴方の傍を離れるなんてありえない!!私は何があろうと貴方に付いていきます!!」

 

「――ふざけるな!!ここからは俺の戦いだ……“俺の”戦争だ!!誰にも邪魔はさせん!!」

 

モンタナが語った熱い想いが部屋の中に浸透した直後。

 

一瞬で体勢を入れ替え、今度は上になった仮面の男がモンタナの襟首を掴み上げながら自身の内に潜む激情のままに叫んだ。

 

「……あぁ、そうだったんですね……」

 

そのあまりの気迫に一瞬息を飲んだモンタナだったが、すぐに小さく息を吐くと悲しげな表情で苦笑し仮面の男の背に腕を回す。

 

「貴方はずっと……ずっと1人で戦ってきたんですね」

 

「……ッ」

 

モンタナに抱き締められた仮面の男は怯えたようにビクッと体を跳ねさせるが、それ以上の抵抗はせずモンタナの抱擁から逃れる事はなかった。

 

「大丈夫です。これからは私が貴方と共に在ります。例え死が私達を分かとうとも。永遠に」

 

「……地獄行きの道だぞ。それでも付いてくるのか?」

 

長い沈黙の後、観念したように仮面の男の口から力なく溢れ出た言葉を耳にしたモンタナは輝くような満面の笑みを見せる。

 

「えぇ!!貴方と共に居られるのであれば例えそこが地獄であろうと、私にとっては天国ですから」

 

「……あぁ、そうだ。お前は“毎回”そうだったな」

 

「?」

 

僅かな間をおいて、古い記憶を突然思い出したかのようにナニかを懐かしむ仮面の男の様子にモンタナは置いてきぼりを食らい困惑していた。

 

「そこまで言うのなら分かった。連れて行ってやる。だが、俺の命令には必ず従え。例えそれがどんな命令であったとしても」

 

「勿論です。私が隊長の命令に逆らう事なんてありえません」

 

「……」

 

「何か?」

 

「……何でもない」

 

お前の舌はどんな二枚舌だ。と言いたげ表情でモンタナにジト目を向けた仮面の男は立ち上がるとモンタナに手を差し出す。

 

そして、モンタナが差し出された手をしっかりと取り、立ち上がると男は仮面の下で人知れず笑みを浮かべるのであった。



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13

※ちょっとした現状報告。
(興味の無い方は飛ばして頂いて大丈夫です)

え〜と……まぁ……ちょっと色々ありすぎてまして鬱病になりました。
(;´д`)

そのため7月の終わり頃から会社を休職し、時間だけは大量にあったのですが、8中旬頃までは鬱のせいで何も(日常生活すら)出来ず更新がここまで遅れてしまいました。

また、鬱が完治していない状態で何とか執筆しているため文章におかしな所があるかも知れませんが、もしありましたらご指摘頂けると有難いです。


有する国力で勝り、動員した兵力で勝り、そして何より使用する兵器体系で勝り、パラベラムの負ける要素が何ら見当たらない帝都攻略戦。

 

事実、今の戦況も絶対的な優勢を保ち勝利は揺るがない事からパラベラム軍の軍全体に多少なりとも戦勝ムードが漂っていた。

 

だが、千歳以下の師団長クラスの上級指揮官が一堂に会した臨時の前線司令部には軍に漂う戦勝ムードの真逆――連敗続きの時のような重苦しい空気が立ち込めていた。

 

「……」

 

「「「「……」」」」

 

ちなみにその重苦しい空気は自然と形成されたモノではなく、腕を組みながら険しい顔で上座に鎮座する千歳が無意識の内に発生させているモノであったりする。

 

何故それほどまでに千歳が不機嫌なのかと言えば、帝都攻略戦が始まってから既に2週間が経過しているのにも関わらず敵の本丸が残っているからであった。

 

時系列的に見れば初日には陸海空の各方面から比類なき大兵力を投入しての物量作戦で帝都を守る帝国軍部隊の多くを撃破せしめ、多少の被害を被ったものの魔物の大群やアンヘルを殲滅するという大戦果を上げたパラベラム軍はこの日だけで帝都の4分の1に相当する面積の攻略に成功。

 

2日目からは戦車部隊と機械化歩兵部隊を主力とした歩戦共同部隊が槍機戦術――一気に展開、一気に攻撃、一気に撤収という市街地における新しい機動作戦の運用により敵の防衛線を各地で寸断した上で、某赤い国並みの規模の歩兵部隊を集中投入し孤立した帝国軍をしらみ潰しに各個撃破。

 

その後も塗り絵をペンキで塗り潰すが如く凄まじい勢いで占領域の拡大を図り、そして槍機戦術と人海戦術を用いた猛攻に次ぐ猛攻により帝国軍の組織的抵抗が目に見えて減少した5日目には帝都の中心で魔力障壁に守られ聳え立つ宮殿や大聖堂を除いた帝都全域の制圧を完了。

 

また、その3日後には帝国軍の敗残兵や狂信的なローウェン教信者からなる反抗勢力が隠れ家兼地下陣地として利用していた下水道などの地下施設の出入り口を悉く爆破し、生き埋め状態となった反抗勢力が魔法を使って地上へ這い出てくる前に第二次世界大戦で地下陣地に立て籠る日本軍に対してアメリカ軍が行ったように大量のガソリンを地下施設内に流し込み反抗勢力をこんがりと真っ黒になるまで焼き尽くす事で掃討。

 

結果として僅か1週間と少しでパラベラム軍は帝都の占領を完了していた。

 

しかしながら、それほどまでの戦果を得ていても必ず攻め落とさねばならない宮殿と大聖堂が帝都を落とすために必要とした同じ時間を掛けてもなお健在で、確保または殺害するべき最重要人物達が野放しになっているという現実が千歳の気分を害し焦らせていたのである。

 

「全ケラウノス、低軌道上に展開完了」

 

「戦術データリンクとのリンク確認」

 

「バルドル、ヴォータン、オーディン、フェンリル、レクス。全ケラウノスの照準連動及び照準補正よし」

 

「同時同一箇所攻撃の用意よし」

 

「発射カウント5、4、3、2、1、0」

 

「発射」

 

とは言えパラベラムはもちろん、当の千歳も座してただ時間を浪費している訳ではなかった。

 

艦砲や重砲などを集中投入した24時間の制圧射撃や魔力障壁の側に積み上げた300トンもの高性能爆薬の一斉起爆など様々な試みを実行し、状況を打開しようと動いていた。

 

しかしながらそれら全ての試みが失敗してしまったがために、今現在パラベラムが保有する5基のケラウノスによる一斉攻撃という新たな試みが試されている最中であった。

 

「弾体降下を開始」

 

「補助ロケットブースターに点火」

 

「目標まで残り9秒」

 

「弾着まで3、2、1、0」

 

「目標に全弾命中」

 

「現在戦果を確認中」

 

「……チッ」

 

戦果を確認するために送り込まれた無人偵察機のRQ-1プレデターが送ってくる現場映像、それが映る巨大なスクリーンを眺めていた千歳は弾着の影響で舞い上がった土煙が収まる前に舌打ちを打っていた。

 

「……も、目標健在。魔力障壁及び宮殿に損害を認められず」

 

「これでも駄目か……」

 

「なんて硬い魔力障壁なんだ」

 

「どうすればあの魔力障壁を突破出来る……」

 

オペレーターの無情な報告に居合わせた上級指揮官達が口々に驚きの声を漏らす。

 

「……」

 

「副総統閣下、どちらへ?」

 

眺めていたスクリーンから視線を外し、不意に席を立った千歳に壮年の師団長が声を掛ける。

 

「ご主人様に核兵器の使用を具申してくる」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

千歳の口から飛び出した核兵器の使用という言葉に場の空気が凍り付く。

 

「お、お待ちください!!核兵器の使用はまだ早計かと」

 

「そうです。まだ何か方法があるはずです」

 

「核兵器の使用ともなれば兵を被爆という要らぬ危険に晒す事になりかねません!!」

 

「ならばどうする。これ以上無用な時間を費やし敵に貴重な時間を与えるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「「……」」

 

「奴等が何を考えているのかは知らん。だが、これまでの行動からして奴等が時間を稼ごうとしているのは明白。そんな奴等にこれ以上の猶予を与えるのは核兵器の使用以上にデメリットがある」

 

「……」

 

敵を殲滅するには有効な手段でありながら、それ以上の問題を引き起こす核兵器の使用に躊躇いを抱いた複数の将官の抗議の声をあっさりと説き伏せた千歳が踵を返し再度カズヤへ連絡を取ろうとした時だった。

 

「ま、魔力障壁が消滅しました!!」

 

オペレーターの驚きに満ちた声が前線司令部に響き渡った。

 

「何!?」

 

「どういう事だ!!」

 

「分かりません!!いきなり魔力障壁が消えました!!」

 

「……ケラウノスの攻撃が効いたのか?」

 

「いや、魔力障壁は完全に攻撃を防いでいた様に見えた。攻撃が効いていたのであれば弾着と同時に消滅していたはず」

 

「だったら何故、魔力障壁は消えたんだ?」

 

いくら攻撃を加えようとも健在であった魔力障壁が突如として消滅した事で前線司令部内は混乱に包まれ事実確認に大わらわだった。

 

「副総統閣下、これは我々を誘い込むための罠なのでは?」

 

「……罠であろうと何であろうと構わん。魔力障壁が消えた、その事実だけでよし。――全軍に通達!!これより宮殿と大聖堂を攻め落とす!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

こちらを誘っているかのような状況に不信感を抱いた将官が千歳に罠の可能性を問うが、千歳から返って来たのは攻撃の指示と背筋が凍るような獰猛な笑みであった。

 

「急げー!!すぐに敵がやって来るぞ!!」

 

「何故だ!!何故魔力障壁が消えたんだ!!」

 

「誰か、誰かムタグチ様を見た者は居るか!?」

 

「皇帝陛下を安全な場所へ!!」

 

「おぉ……神よ。我らを異教徒の手から守りたまえ、汚らわしき者達を滅ぼしたまえ」

 

あらゆる攻撃を防いでいた魔力障壁という最強の盾にして命綱が何の前触れもなく突然消え去り、身を守るための設備が初代皇帝の残した城壁や城門などの極めて原始的な防衛設備だけになってしまった帝国側がてんやわんやで宮殿内の防御態勢を固めている最中。

 

その宮殿から少し離れた場所にある瓦礫の山の上に1人布陣した千歳は鷹のように鋭い視線で宮殿を睨みつつ、この時の為にあらかじめ用意されていた背後の簡易陣地――部隊の集結地点で各突入部隊の準備が整うのをただじっと待っていた。

 

「……」

 

「やっと見付けました。こんなところに居たのですか」

 

目に見えるような殺気を垂れ流し殺意に溢れたその姿のために近付く者は誰もおらず、故に千歳の周囲だけは不気味な静寂に満ちていたが、その静寂を破る者が不意に現れた。

 

瓦礫の山を登り千歳の隣へと並び立ったのは、いつも被っている真っ黒なローブのフードを珍しく脱ぎ、短いブロンドヘアーを風にたなびかせながら強い日の光に目を細めるセリシアであった。

 

「何か用か?」

 

隣に立ったセリシアをチラリと一瞥し、すぐに興味を無くしたように視線を戻しつつも律儀に言葉を返す千歳。

 

「いえ、用と言う程では無いのですが……ただ何となく戦いが始まる前に貴女と少し話がしたかったんです」

 

「そうか」

 

「……」

 

「……」

 

宮殿にばかり意識を向ける千歳の素っ気ない返答に話の取っ掛かりを失ったセリシアは困ったように視線をさ迷わせた後、千歳と同じ方向に視線を向け黙り込む。

 

「……あと少しでこの戦も終わりますね」

 

暫しの沈黙の後、千歳が見ている宮殿では無く宮殿の隣に聳え立つ大聖堂を見据えていたセリシアが感慨深げに口を開く。

 

「あぁ、そうだな」

 

「この戦いが終わったら……貴女はどうするつもりですか?」

 

「どうする……か。ふむ、どうすると言われてもな。これまでもこれからも私のやることは変わらん。全てはご主人様の為。ご主人様が望まれる事を全て叶える事が私の使命。ご主人様のためにこの命を捧げご奉仕するだけだ」

 

「……貴女らしい答えですね」

 

セリシアの返答を聞きどこか弱々しいと言うか弱気と言うか、いつもと雰囲気が少し違う事を感じ取った千歳は無意識の内に眉をひそめた。

 

「そう言えば大聖堂の制圧は一任して欲しいと言っていたが、本当にそっちは大丈夫なんだろうな?何なら千代田を2〜3人送るが」

 

「いえ、結構です。これは私が……元ローウェン教信者の我々がつけるべきケジメですから」

 

セリシアの様子に僅かな不安を抱いた千歳がそれとなく千代田の派遣を提案するが、セリシアは強い意思を瞳に宿しながら首を振りそれを断った。

 

「そうか。ならば大聖堂の管理者――聖母マリアンヌ・ベルファストの始末はお前に任せた。言うまでもないが生きて帰ってこい」

 

「……私の事を心配してくれているのですか?」

 

千歳の口から出た言葉にセリシアは驚いた様子で言葉を返した。

 

「お前の心配じゃない。お前が死んだ際にご主人様が気に病まれる事を心配しているんだ」

 

「フフッ、それもそうですね。我らが主は心配性な方ですから」

 

攻略戦初日にウリエルの攻撃で自身が負傷し後方へ下がった際、専用機で颯爽と現れ完全治癒能力で傷を癒し、ついでとばかりに居合わせた負傷兵全てを治してから(某副総統に)事が発覚しない内に怯えた顔で脱兎の如く帰っていった男の事を思い浮かべたセリシアはクスクスと苦笑した。

 

「……?」

 

「――姉様、準備完了です」

 

そんな出来事があった事を知らない千歳がセリシアの反応に首を捻っていると部隊の準備の指揮を取っていた千代田が姿を現す。

 

「そうか」

 

準備完了の知らせに千歳が振り返り視線を下げると、そこにはフル装備に身を包んだ兵士達と用意されたストライカー装甲車などが整然と列をなしていた。

 

「総員傾注!!」

 

千代田の掛け声と同時にザッと姿勢を正す身動ぎの音が響き、兵士達の視線が千歳1人に注がれた。

 

「我々はこれより宮殿内への侵攻を開始する!!これが最後の戦いだ!!死命を尽くして最善を尽くせ!!以上!!」

 

「総員乗車ァ!!」

 

最早待ちきれぬとばかりに訓辞を端的に短くした千歳はセリシアと別れ、千代田の指示の声を聞きながら準備されていた装甲車に乗り込むと一路宮殿へと向かった。



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14

並々ならぬ殺意と確固たる決意を胸に秘める千歳が突入部隊と共に集結地点から宮殿への移動を開始した頃。

 

『HQより全部隊に通達。これより作戦コード37564を発令――オリンピック作戦を開始する。各部隊は作戦行動に移れ』

 

この戦争に終止符を打つための最後の作戦――オリンピック作戦の実行がパラベラム軍全軍に通達され、最終決戦の始まりを告げるゴングが打ち鳴らされた。

 

『こちらイーグルアイ。オリンピック作戦の開始を確認。――イーグルアイよりグレース隊、空中待機を解除。作戦開始に伴い予定通りフェイズ1へ移行せよ』

 

HQから作戦実行の通達を受け、帝都から少し離れた空域で作戦行動中のE-767早期警戒管制機(AWACS)――イーグルアイに乗り込む管制官達が空中待機中の航空部隊へ矢継ぎ早に命令を下す。

 

『グレース1了解。空中待機を終了しフェイズ1へ移行する。現着まで120秒』

 

イーグルアイからの指示の元、まず最初に待機空域で空中待機していたF-15Eストライクイーグルが4機、宮殿上空へ急行する。

 

「ッ、来たぞ!!敵機来襲!!」

 

「おのれ、忌々しい異教徒め……守備隊は迎撃の用意だ!!」

 

宮殿の見張り台に居た兵士の大声と打ち鳴らされる鐘の音に反応して、防備を固める宮殿内が一気に騒がしくなる。

 

「将軍閣下!!無理です!!あの高さで飛ばれていては手出しが出来ません!!」

 

「……退避ー!!身を隠すんだ!!」

 

宮殿を守っていた魔力障壁が突然消失した事や、レンヤの姿がどこにも見当たらない事などから指揮系統が混乱し、誰が何をしているのかさえ把握出来ていない中、状況を把握するため城壁に上がり兵達の統率を執っていた老年の将軍が側にいた兵士の報告に前言を撤回する。

 

「退避!!退避だ!!」

 

「退避!?退避たって……どこへ隠れろってんだ!?」

 

「おぉ、神よ。我が身を守りたまえ……」

 

戦いが始まる前から混乱の渦に飲み込まれた宮殿では右往左往する兵士や祈りを捧げる貴族達の姿がそこかしこで見られた。

 

『目標上空に到着。これより攻撃を開始する。グレース1より各機に告ぐ。ペイブェイⅣの投下用意……投下!!』

 

『グレース2了解。ペイブェイⅣ投下』

 

『グレース3、ペイブェイⅣ投下完了』

 

『グレース4、ペイブェイⅣ投下ッ!!』

 

眼下で右往左往する敵の事など露知らず、宮殿上空に到着した4機のF-15Eは帝都の中心、小高い丘の上に建てられ年月と共に幾度とない増改築を繰り返されて巨大化し、更には幾重にも防御設備を増設されて堅固な要塞としての機能を兼ね備えた宮殿に対しレーザー誘導爆弾であるペイブェイⅣを計8発投下。

 

投下されたペイブェイⅣは地上で誘導任務に就いている統合末端攻撃統制官(JTAC)の誘導により目標とされた城門に命中し炸裂、鋼鉄で出来た門を粉々に破壊した。

 

「ゲホッゲホッ……クソッ、城門が完全に吹き飛ばされたぞ……」

 

「呆けている暇は無いぞ!!被害確認を急げ!!それから魔法使いを召集し土の壁を作らせろ!!何も無いよりはマシだ!!」

 

「了解!!」

 

敵の侵入を阻むはずの分厚い城門を易々と破壊されながらも、やるべき事、為すべき事が明確となった事で守備隊の兵士達が混乱から抜け出し対応のために必死に駆け回る。

 

「伝令ー!!伝令ー!!」

 

「何だ!!」

 

「先の攻撃により東西南北の一の門、二の門を含む全ての門が破壊されました!!」

 

「「「「……」」」」

 

しかし、たった4機のF-15Eの爆撃により宮殿の主館に至るまでに固く立ち塞がっていた東西南北の各2門、計8つの城門をピンポイントで破壊された事を知り、守りについている帝国軍兵士達は早々に絶望感を味わう事になった。

 

『……グレース1よりイーグルアイへ。目標の全破壊を確認した』

 

『イーグルアイ了解。フェイズ1を終了し、フェイズ2へ移行する』

 

城門が破壊され、侵入経路が確保されると作戦が次の段階へ進む。

 

『イーグルアイよりアサー01へ。これよりフェイズ2を開始します。地上部隊の突入支援のため城壁上の敵兵や目視範囲内の敵を掃討して下さい』

 

帝国軍が被害の確認と対応に追われている最中、グレース1の報告と宮殿周辺を飛行しているMQ-9リーパーから送られてくる映像でグレース隊の爆撃の効果を確認しつつ、イーグルアイの管制官が新たな指示を下す。

 

『こちらアサー01、了解した。我が隊はこれより攻撃に移る』

 

F-15Eの爆撃から間をおく事なく、続いてMi-24ハインドの後継機であり同軸反転式ローターという珍しい特徴を持つKa-50ホーカムが編隊を組みつつ中隊規模で宮殿に接近。

 

宮殿近くまで進出した後は編隊を解いて1機単位でバラバラに分散し、宮殿から一定の距離を保ちながらホバリング状態での横移動で周回機動を開始。

 

と同時に機首の30mm機関砲2A42の砲火を開き城壁上で弓に矢をつがえようとしていた敵兵を砲弾で粉砕し、また4箇所のハードポイントに搭載した20連装ポッド4基から次々とロケット弾を発射して盾壁や城塔を容赦なく爆砕していく。

 

「――撃て!!」

 

「詠唱を続けろ!!」

 

『っと、アサー01よりイーグルアイへ。敵の反撃を受けつつある。一時退避を要請する』

 

だが、一方的な攻撃に帝国軍もただやられていくだけではなく一矢報いようとKa-50の攻撃の隙を縫い、魔法やバリスタ、魔導兵器が扱う魔砲を改造した対空火器を擁する帝国軍の対空部隊がKa-50に必死の反撃に打って出る。

 

『こちらイーグルアイ、了解しました。一時退避を許可します』

 

『アサー01了解、一時退避する』

 

一時退避の許可が降りた事でKa-50は全機が素早く戦闘空域から離脱していく。

 

だが、それを逃がすまいと帝国軍は届くことのない対空砲火を放ち続ける。

 

『イーグルアイよりホワイトロック01へ、こちらで敵の火点をマークしました。マークした目標を全て破壊して下さい』

 

それらの光景を高空から眺めていたイーグルアイが後続として待機していた第151航空連隊所属のAH-64Eアパッチ・ガーディアンへ攻撃指示を出す。

 

『こちらホワイトロック01。了解した。……ターゲットロック。マーベリック発射』

 

イーグルアイから転送された攻撃目標のデータに従い、それぞれの目標を照準に捉えた大隊規模のAH-64Eが空対地ミサイルのAGM-65マーベリックを発射。

 

両翼のスタブウィングに懸架されているマーベリックが白煙と共に飛び出し、固体燃料ロケットを激しく燃焼させながら目標へと一直線に飛んで行った後、やけっぱちの様に激しく魔力弾の対空砲火を吐き出す対空火器や魔法使い達を次々と吹き飛ばしていく。

 

『マーベリックの残弾0。ハイドラに切り替える』

 

だが、1機に付き8発しか無いマーベリックで無数の目標全てを破壊することは不可能であった。

 

そのためマーベリックを撃ち尽くしたAH-64Eは順次攻撃手段をハイドラ70ロケット弾に切り替える。

『攻撃を再開』

 

ただし、マーベリックの代用として使用されるハイドラはただのハイドラでは無く、ロケットモーターと弾頭の間に誘導装置を付け足し、安価な空対地ミサイルと化したAPKWS(先進精密攻撃兵器)であった。

 

『全目標の沈黙を確認』

 

元が無誘導のロケット弾であるが故に携帯弾数も多く、またコスト面でも優れた兵器となったハイドラの活躍によって宮殿から放たれる砲火は0となり、代わりに黒煙の筋がいたるところから立ち上る事となった。

 

『現在、残存戦力を捜索中』

 

『突入部隊到着まで残り5分』

 

『到着まで残り5分か。見える範囲の敵はあらかた片付いたはずだが……うん?こちらイーグルアイ。宮殿西側の倉庫より多数の魔導兵器が出現した。ホーネットハイブ01、直ちに凪ぎ払ってくれ』

 

すっかり静かになった宮殿上空を飛び回るMQ-9のライブ映像を目にしていたイーグルアイの管制官は新たに出現した脅威を突入部隊が宮殿に到着する前に潰すため、今か今かと出番を待っていた部隊へ連絡を取った。

 

『ホーネットハイブ01、了解。すぐに排除する』

 

自分達の分の獲物が残っているかどうか不安気に空から様子を見守っていたホーネットハイブ01――AC-130のパイロットは待っていましたと言わんばかりの声で答え、すぐさま機体を左に傾け攻撃態勢を取る。

 

そして、次の瞬間には準備万端の状態であった20mmバルカン2門と40mm機関砲1門、105mm榴弾砲1門が現れたばかりの魔導兵器の頭上にこれでもかと弾丸を叩き込み、魔導兵器を火柱と爆煙で包み込む。

 

結果、そんな地獄に突然見舞われた魔導兵器は回避行動に出る間もなく、瞬く間に壊滅し付近に出来たクレーターの一部と成り果てた。

 

『こちらイーグルアイ。今度は宮殿東側の偽装陣地から魔導兵器が出現した。アサー01、そちらが一番近い。狙えるか?』

 

『アサー01、可能だ。こちらで対処す――うわ!?』

 

一時退避後、編隊を整え直し再度戦闘空域に舞い戻り撃ち残した弾薬の使い道の機会を窺っていたアサー01はイーグルアイからの要請に答えようとし、途中ですっとんきょうな声を上げた。

 

『アサー01どうした!?』

 

『A-10に乗ったバカが俺達の編隊の間をすり抜けて行ったぞ!!……肝心の魔導兵器はA-10が急降下爆撃で撃破したが、さっきのバカなんだ!!』

 

『何?A-10だと!?現在出撃中のA-10など居な――イーグルアイよりHQ!!直ちに後方の全医療機関に問い合わせ脱走兵の有無を確認されたし!!』

 

ハッと嫌な予感がしたイーグルアイの管制官がHQへ確認を取ると、管制官の嫌な予感は見事に大当たりであった。

 

『こちらHQ。ルーデル少佐が病院から姿を消し、また後方の支援基地から無許可で出撃したA-10が1機確認された』

 

HQからの返信で、アンヘルの反撃で撃墜され負傷し後送されていたにも関わらず、運び込まれた病院から見張りの目を盗んで脱走して出撃していたルーデル少佐の存在がここに至って露呈した。

 

『『『『……』』』』

 

『……変わらんなあの人は』

 

HQからの返答にイーグルアイの管制官達は互いの顔を見合せ、肩をすくめながら自らの職務へと戻るのであった。

 

『イーグルアイよりHQへ。攻撃対象の存在は確認出来ず。繰り返す、攻撃対象の存在は確認出来ず』

 

『こちらHQ了解。これより地上部隊が宮殿内へと突入する。以後の航空支援は地上部隊との連絡を密にし誤射に注意せよ』

 

そうして戦場を支配していた航空部隊の活躍は終わり、戦いの主役は地上部隊へと移った。



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15

ドカンッと鼓膜を激しく打ち震わせる爆発音や、破壊されガラガラと崩れ落ちていく城壁の一部が引き起こす崩壊音。

 

それに加えていつまでも耳にこびりつくような悲痛に満ちた人間の断末魔。

 

それらが織り成す破壊と死の協奏曲が唐突に止んだ。

 

「お、終わった?」

 

地に伏せた状態で砂まみれの顔を恐る恐る上げた帝国軍の一般兵が辺りの様子を伺いながらそう呟き、各所から立ち上る黒煙で霞んでいる宮殿の主殿を何気なしに見上げる。

 

「……良かった。ッ、こりゃ酷い」

 

「うぅ……た、助けてくれ」

 

「イテェ……イテェよ……!!」

 

「誰かー!!手を貸してくれー!!ここに仲間が埋まっているんだ!!」

 

全くの無傷のままその往年の姿を保つ帝国の象徴――帝国旗が翻る主殿にほっとしたのも束の間、幾つものクレーターが穿たれ流血によって赤く染まった負傷者達が溢れている悲惨な状態の持ち場を目の当たりにして兵士は呆然と言葉を漏らした。

 

「おい、貴様!!今は猫の手でも借りたい時なんだ!!さっさと立ち上がって働け!!敵はすぐにやってくるぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

そんな風に呆然としていた兵士だったが、被害箇所の修復や負傷者の救助の為にやって来た魔法使いに呆然としている所を見咎められ、怒鳴り声を浴びせられたため慌てて立ち上がった。

 

「……」

 

しかし、魔法使いに怒鳴られ立ち上がったは良いものの、何をしたらよいのかと兵士は困惑した表情で辺りをキョロキョロと見渡すだけであった。

 

「おい、何をしている!!早く動かんか!!」

 

「ハッ、それがその……先ほどの攻撃で隊長が戦死なされため自分は何をしたらよいのか分かりません。……それにそもそも最初に配置につけとの命令が来ただけで今の状況もあまり把握出来ていないのです」

 

そんな姿を先ほどの魔法使いに再び見咎められ首を竦める兵士だったが、困った顔でそう言い返した。

 

「えぇい!!とりあえず貴様は瓦礫の下敷きになった負傷者を引っ張り出してこい!!」

 

「ハッ、了解です」

 

「クソ……。どこもかしこも指揮官が不在か戦死。加えて上からの命令も降りて来ぬし今の指揮系統がどうなっているのかなど私が知りたい位だ。それにしても陛下は無事に地下の御所に避難されたのだろうか……。というか、この様な時にレンヤ様は一体どこに居られるのか。あの方のお力があればこの程度の危機など直ぐに方が付くはずなのだが……」

 

指示を与えた兵士が走り去って行くのを見送った魔法使いは眉をひそめながら悪態を吐く。

 

そして、自分も動かねばと足を踏み出した時であった。

 

それはやって来た。

 

「攻撃開始。愚者共を地獄に送ってやれ」

 

「「「「ハッ!!」」」」

 

パラベラム空軍による的確な航空攻撃により各所で損害を被った帝国軍が態勢を立て直し急ぎ迎撃の準備を整えようと必死になっていた最中、副総統という立場にありながら一兵卒に紛れて最前線にその身を晒す千歳の号令が下されると攻撃開始位置に展開し、宮殿を取り囲むパラベラム軍の地上部隊が行動を開始した。

 

「工兵隊、前へ!!」

 

千歳の攻撃命令と同時に動き出したパラベラム軍はまず、宮殿の周囲をぐるりと取り囲んでいる水堀を越えて宮殿内部へと侵攻する為に必要な橋を架けるべく工兵隊を前に出す。

 

「よし、行くぞ!!」

 

「了解!!」

 

宮殿の正面に位置する南門からはアメリカ合衆国が開発した主力戦車――M1エイブラムスの車体から砲塔を抜き取り、代わり橋梁の展張ギアを装備した装甲戦闘工兵車両のM104ウルヴァリンがけたたましいエンジン音を立てながら護衛のM2A3ブラッドレー歩兵戦闘車2両と共に無残に破壊された城門へと向かって行く。

 

ちなみに南門の侵攻を担当しているのは千歳率いる3個師団の親衛隊を筆頭にアサルトアーマー部隊や某アニメに登場したガタクと外見が似通っているカノーネパンツァー部隊、更に千代田が操る無人兵器部隊である。

 

また東門には陸軍4個師団が、西門には海兵隊3個師団がそれぞれ配置され、そして宮殿の裏門にあたる北門には妖魔や獣人を主として編成されてこれまでも幾多の戦功を上げている第33機甲師団を含む4個混成師団が配置されていた。

 

「こちらグラスホッパー01。架橋位置に到着。敵の妨害は認められず。これより架橋作業に入る」

 

『CP了解』

 

作戦行動中の部隊に対して迅速な支援が実施出来る様に設計がなされているM104が所定の位置に到着すると、搭乗している2名の乗員が安全な車内から機器を操作し分割され重ねられた状態で車体上部に装備されている全長26メートルのLEGUAN橋梁の下部パーツをゆっくりと伸ばしていく。

 

そしてせり出した下部パーツに上部パーツが連結され、後はアームによってLEGUAN橋梁を水路の上に架橋するだけとなった時であった。

 

「下部および上部パーツの連結確認」

 

「展張アーム展開開始。――ッ!!敵弾飛来!!」

 

爆撃によって破壊された城門の影や城壁の上に隠れて機を伺っていた帝国軍の攻撃魔法の集中砲火がM104やM2A3を襲う。

 

『マンティス1よりグラスホッパー!!敵の数が多すぎるぞ、これは!!』

 

「分かっている!!グラスホッパー01より本隊の援護を求む!!」

 

『こちらCP。こちらの方も既に援護射撃を開始した』

 

「援護射撃の効果が認められず!!更なる援護を求む!!」

 

『CP了解、120秒待て』

 

「了解!!」

 

敵の反撃の直後、護衛のM2A3が25mm機関砲やM240 7.62mm機関銃で応戦し、更にM2A3から降車して周辺警戒にあたっていた歩兵達が弾幕を張り敵を撃退しようと奮戦するが敵の攻撃の勢いは収まらず、また誤射を防ぐために大火力の兵器を除いた本隊からの援護射撃もあったがそれでもなお敵の攻撃は続いていた。

 

そんな中、架橋作業中の為に回避行動が出来ないM104に次々と魔法が命中していく。

 

「車体後部に被弾!!ッ、エンジンがエンストしました!!」

 

「再始動急げ!!」

 

「ッ、ダメです!!かかりません!!」

 

「クソッ!!死に物狂いの敵はいつだって厄介だな!!後は車両を退けるだけだってのに……だが架橋作業自体はギリギリ完了。目的だけは何とか果たせたのが幸いか」

 

強固な防御力を持つエイブラムスの車体のお陰で正面から放たれた魔法は問題にならなかったM104だが、車体後部に受けた敵の魔法がきっかけで架橋作業完了直後にエンジンがエンストし行動不能に陥ってしまう。

 

「グラスホッパー01よりCP。架橋作業は完了したがエンジン不調により行動不能。現在地からの車両の移動は不可能だ。これより退避する。ついては車両の放棄許可を!!」

 

『CP了解、車両の放棄を許可する。直ちに退避せよ』

 

M104の乗員が思わず漏らしたように、魔法至上主義を掲げ曲がりなりにも大国であった帝国の意地を見せるような反撃は苛烈を極めた。

 

しかし、パラベラム軍が、引いては千歳が率いる親衛隊がこの程度で引き下がる訳もなく。

 

「さっさと潰せ」

 

そして、それを象徴するような端的な言葉が千歳の口から紡がれる。

 

M104の乗員がM2A3に乗り込み城門前から退避した後、至近距離まで前進したカノーネパンツァーの203mm榴弾砲の直射で城門付近一帯は粉微塵に爆砕され、次いで機動力を生かして水堀をジャンプで飛び越えたアサルトアーマーが残敵を掃討し橋頭堡を確保。

 

その後、擱座したM104を88装甲回収車が回収すると千歳や親衛隊はLEGUAN橋梁を渡り悠々と宮殿の内部へと足を踏み入れ目的地である主殿を目指した。

 

なお、他の門を巡る戦闘では東門と西門がほとんど抵抗らしい抵抗を受けずに侵入に成功したが、北門では南門同様の激しい抵抗が発生。

 

「亜人が居るぞ!!」

 

「なんと穢らわしい!!」

 

「やつらを決して宮殿内へ踏み入れさせるな!!」

 

というのも、先鋒を務めた第33機甲師団に多くの妖魔や獣人が居ることを帝国軍が察知したためであった。

 

お陰で自分達の国の聖域と言うべきような宮殿に迫害の対象としていた妖魔や獣人を入れまいと半ば狂気染みた反撃が行われた。

 

そのため第33機甲師団は架橋作業に取り掛かる前にとある車両を投入。

 

それは史実において修理のために後方へと送られて来たティーガーⅠの兵装を換装し装甲厚を大幅に増やして製作されたシュトルムティーガーであった。

 

ただでさえ強力であった8.8cm高射砲をスターリングラードの戦闘における戦訓を元に38cmロケット臼砲という化物染みた兵器に載せ換えたシュトルムティーガーは8.8cm高射砲の約1800倍の威力がある350キロの砲弾を城門に対して一斉に発射。

 

長さ約1,5メートルのロケット砲弾は40キロものロケット推進薬によって撃ち出され、城門や城壁に着弾すると弾頭に充填された125キロの高性能炸薬が起爆。

 

史実では至近弾だけで数輛の戦車を戦闘不能へと追いやった事もあるという威力を思う存分発揮した。

 

そんな恐ろしい砲弾を受けた城門とその付近の城壁は砲弾の命中と同時に消滅。

 

そうして敵をあらかた排除した後、悠々と架橋を終えた第33機甲師団は第二次世界大戦中にドイツ第3帝国で試作され完成には到らなかった超重戦車――E-100。

 

それも8.8cm連装式対空砲を搭載したE-100対空戦車を先頭に宮殿内へと侵入。

 

対空戦車と言っても明らかにその強力な連装砲を使用しての硬目標の撃破を期待されているE-100対空戦車は、宮殿内へと侵入するとその期待に答えるように敵のトーチカや城塔を次々と粉砕していった。

 

そんなE-100対空戦車に続けとばかりに第二次世界大戦時に登場した世界各国の多種多様な戦車群が進軍。

 

ロマン溢れる光景を現実のものとしつつ、立ち塞がる帝国軍をスチームローラーの要領で押し潰しつつ宮殿の主殿へと迫った。

 

「なぁ、なんでウチの隊長は変な楽器を吹いてんだ?」

 

そんな中、活躍の場を戦車と飛行歩兵達に持っていかれほとんどすることが無く暇を持て余していた通常の歩兵部隊の兵士が遠くから聞こえる砲声に獣耳を立てながら自身の胸に抱いた疑問を口にした。

 

「知らねぇよ。というか、その前に剣と弓矢しか武器を持ってない所を突っ込めよ」

 

「……異世界の人間はよく分からん」

 

そんなこんなで作戦は順調に進み、宮殿突入開始から約4時間程で全部隊が宮殿の主殿前へと揃い踏みしていた。

 

「残るは主殿のみ」

 

怨敵がいるであろう主殿を前に千歳が舌舐めずりをして、腰の軍刀に手を掛けた時であった。

 

主殿の隣にある大聖堂で大きな爆発が起きた。

 

「セリシアめ、派手に始めたな……。我々も遅れをとるな!!行くぞ!!私に続け!!」

 

一足先に大聖堂の制圧に向かったセリシアに思いを馳せつつ、千歳はそう言うと護衛の兵士を置き去りにするような速さで駆けて行った。



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15.5前編

元は辺境に住まう少数民族だけに細々と語り継がれていた土着宗教であったが、エルザス魔法帝国を建国した初代皇帝がその少数民族の出身でなおかつ熱心な信徒であったが故に国教として定められ、お陰で帝国の繁栄と共に勢力を拡大し最盛期には帝国国民の大多数を信者として抱える一大宗教組織にまでのしあがったローウェン教教会。

 

国教に定められた当初は真面目に布教活動を行い救いを求める者達にローウェン教の教えを説いて信徒を増やす事だけに力を注いでいたのだが、布教の一環として各地に教会を建立して信徒を守るためと言い国軍以外の独自の私設部隊(後の7聖女や教会騎士団)を組織し、積極的に信徒達からお布施を集め始めた頃から教会の活動の目的が徐々に信者への奉仕から自分達のための営利へと変わり始め、そして長い時を経た今では教会内部は完全に腐敗。

 

聖職者の立場にあるにも関わらず女を囲いお布施で私腹を肥やす者、教会騎士団の武力を背景に横暴な振る舞いをする者等で溢れかえっており、自己犠牲や博愛の精神を誇りにして清廉さに満ちていたかつての教会とは似ても似つかぬ悪態なモノに変わり果てていた。

 

そんな状態であったからこそ、今現在彼らの身に降りかかっている惨劇はもしかしたら教会の現状を嘆いたローウェンがもたらした試練だったのかもしれない。

 

最も、その試練は些か教会にとって厳しすぎたようであるが。

 

「――さて、それでは皆参りましょうか」

 

地球の西ヨーロッパでよく見られる様式に酷似した建て方で宮殿の敷地内に建てられ、帝国においては文化的にも歴史的にも特に重要で貴重な建物――ローウェン教教会の総本山である大聖堂。

 

その立派な門前をアデルや7聖女、武装した自らの信徒達を引き連れながら一仕事終えた顔で飄々と進むセリシアであったが、彼女の行く手には阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 

「あらら、可哀想に……」

 

地獄絵図を前にして口をへの字に曲げ苦笑するアデルがセリシアの後に続きながらそう呟く。

 

レンガ造りの荘厳な大聖堂の門はセリシアが魔法で起こした爆発によって吹き飛ばされ、また門の前で隊列を組みセリシア達を待ち構えていた教会騎士団や門の内側で雑多な武器を持ち少しでも抵抗しようとしていた聖務者、信徒達が爆発に巻き込まれて死傷し、あちらこちらに倒れ伏していた。

 

「なぁ、こいつらは捕まえなくてよかったのか?」

 

目を覆いたくなる様な凄惨な光景を気にする様子もなく瓦礫と肉片を踏みしめながらズンズンと進んでいくセリシアにアデルが問うた。

 

「えぇ、ここにいる教会騎士団の者達は所詮居残り組、捨て手駒にする程の価値もありません。それにこの状況で反意を見せる信徒達は捕まえたとしても調――ゴホン。改宗に時間がかかるでしょうから今の私達が手間隙を掛けて無力化し、わざわざ捕まえる必要は無いです。それに信徒の数だけならもう十分に確保していますしね」

 

「それもそうだな。でも運よく生き残った奴もいるみたいだがそいつらはどうする?」

 

「放置で構わないでしょう。平時ならいざ知らず今は戦時。それにお心優しいカズヤ様のお慈悲(降伏勧告)を無下にしてあまつさえ刃向かうような輩にかける慈悲などありません」

 

アデルと言葉を交わしている最中に行く手を遮るように助けを求めて伸ばされた瀕死の騎士の手を蹴り飛ばしたセリシアは有言実行で瀕死の騎士を置き去りにする。

 

「確かに。それじゃあ……さっさと俺達は俺達の用事を片付けてカズヤの元に帰ろうか」

 

「フフフッ、そうですね。手早く片付ければご褒美が頂けるかもしれませんし」

 

鼓舞するようなアデルの言葉に笑みを返す一方、内心で険しい表情を浮かべているセリシアは改めて気を引き締めると、ローウェン教との因縁を断ち切るべく大聖堂の中へと入って行った。

 

「第1班は宿舎を第2班は食堂を制圧なさい。第3班、第4は私達と共に先へ行きますよ」

 

「「「「ハッ!!」」」」

 

「……もう少し何かしらの抵抗があるかと思ったのですが」

 

「拍子抜けだな。しっかし分かってはいたが教会も落ちる所まで落ちてる感じだな、全く」

 

連れて来ていた長門教の武装信徒を先行させ時折現れる教会騎士団の残党の他、恥も外見もなく自分だけはなんとか助かろうと逃げ出す司祭や修道士を悉く抹殺し、教義で自害が禁じられているがために死ぬことが出来ず、ただ恐怖に震えていた修道女達を拘束し大聖堂から連れ出させたりと、予想に反して順調に進む大聖堂の制圧作業にセリシアとアデルは顔を見合せながら大聖堂の更に奥へと進む。

 

「さて、ここからが本番です。どうあがいても一筋縄では倒せない相手ですからくれぐれも油断せぬように」

 

「あぁ」

 

「「「「「「「ハッ」」」」」」」

 

目立った問題もなく目的の場所へと辿り着いたセリシアはアデルと7聖女に改めて声を掛ける。

 

「第3班と第4班はここで手筈通りに動くように。……また万が一にも我々が敗北した場合は――分かっていますね?」

 

「承知しております」

 

「突入班全員でセリシア様に頂いたこちらの殉教薬を使用し魔力暴走を意図的に発生させ、我々もろとも大聖堂と敵を消し去ります」

 

セリシアの問い掛けに対し、暗く据わった目に狂信の炎を灯らせている信徒達が末恐ろしい事を当然とばかりに淡々と口にする。

 

「よろしい。では行きます」

 

背後に控えていた信徒達と万が一状況を想定した行動予定を確認するとセリシアは深く深呼吸をし眼前の扉を力強く押し開く。

 

ギギギギッと蝶番が軋む音を立てて開かれた扉の先は大聖堂の大部分を占める巨大な礼拝堂であった。

 

天井一面にはローウェン教の聖書に記載されている文言が絵画として描かれ、その天井を支える柱には黄金を使った緻密な装飾が施されていた。

 

そしてステンドグラスを通してキラキラと礼拝堂を照らす日光や燭台に灯された温かな火の光りが厳粛なムードを醸し出し、見るもの全てを圧倒する。

 

しかし、そんなムードに惑わされる事無く礼拝堂に立ち入ったセリシアやアデル、7聖女は整然と並べられた長椅子の間にある中央通路の向こうに目的の人物を見つけるとその人物を注意深く睨み付ける。

 

そんな彼女達の視線の先には聖餐台の上に置かれた神ローウェンの石像に深々と祈りを捧げている人物の後ろ姿があった。

 

「祈る事に夢中で俺達に気付いていない?今なら殺れるか……――オオォォッツ!!」

 

「待っ――もう!!アデルは言ったそばから!!」

 

無防備に背中を晒し、こちらに気付いた様子もないターゲットの姿を好機と見たアデルがセリシアの制止を振り切り、真っ直ぐ伸びる中央通路を音もなく駆け抜け、そして最後に跳躍。

 

両手で握り締めた聖剣を振りかざしターゲットを一刀両断に切り伏せようと奇襲を仕掛ける。

 

しかし、ターゲットにアデルの聖剣が届くより先に幾何学的な魔方陣が浮かぶ六角形の魔力障壁がターゲットの背後に展開され、アデルの斬撃を空中で防ぐ。

 

「防がれたか!?だが俺の聖剣ならば!!――ッ!?」

 

聖剣と魔力障壁がぶつかり空中で一瞬静止するアデルであったが、聖剣の能力を発動させ展開中の魔力障壁の魔力を吸収。

 

魔力障壁を無効化し、ニヤリと笑って攻撃を続行。ターゲットへ再び斬りかかるアデルであったが、予想外の事態がアデルを襲う。

 

「マズッ!?」

 

何十枚もの魔力障壁が瞬時に展開されアデルの行く手を遮り、更にはその魔力障壁が撃ち出された様にアデルに迫る。

 

咄嗟に体を丸め防御態勢を取ったお陰でダメージを最小限に留める事が出来たアデルであったが、魔力障壁と衝突した際の勢いはどうにもならずゴルフボールの様に勢いよく吹き飛ばされてしまった。

 

「イタタ……危ない危ない。まともに食らっていたら死んでたぞ」

 

「アデル!!無事ですか!?」

 

「あぁ、何とか」

 

弾き飛ばされ激しく壁に激突したアデルが口から流れ出た少量の血手でグイッと拭いながら立ち上がるとセリシアがすぐに声を掛ける。

 

ちなみにこの一連の光景をカズヤが見ていたとしたら、奴は第10徒か!?と叫んでいた事は間違いないであろう。

 

「勇者アデル。この神聖なる神の家で、それも主の御前において剣を抜くのはあまりにもおふざけが過ぎていますよ。しかし、主はきっとそんな貴女さえも寛大なお心でお許しになる事でしょう。主への感謝と祈りを忘れぬように――さて、それはそうとよくぞ帰ってきてくれましたね、私の子供達。ずっと心配していたのですよ」

 

見えていないはずのアデルの斬撃を魔力障壁の多重防御で防ぎ、更には魔力障壁でのカウンター攻撃でアデルを殺そうとしたにも関わらず人畜無害な笑みを浮かべて自分や7聖女の帰還を喜ぶ人物をセリシアは睨み付ける。

 

「聖母マリアンヌ・ベルファスト……」

 

そしてローウェン教の修道服に身を包み、皺くちゃの穏和な顔を優しげに緩ませている老婆の名をなんとも言いがたい感情を含ませて呟いた。



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15.5後編

さぁ、私の元へおいでと言わんばかりに手を前に広げ、セリシア達の帰還を喜んでいた聖母マリアンヌ・ベルファストはセリシアの反応に困った表情を浮かべた。

 

「どうしたのですか、セリシア。そんな風に他人行儀に私の名を口にして。いつもの様にマリアと呼んでくれないのですか?」

 

「白々しい。私やアレクシア達がもうローウェン教の信者で無い事など疾うに知っているはずでしょうに。そして我々が何故ここに来たのかも」

 

一見歓迎している様に見えてその実、マリアンヌの穏やかな瞳の中に裏切り者に対して向けられる冷徹な光が潜んでいることを見抜いたセリシアはマリアンヌの一挙手一投足に最大限の警戒をしつつ慇懃無礼な態度で答える。

 

「えぇ、もちろん。貴女達がナガトという男に洗脳され操り人形にされている事は知っています。そして元の自分に戻るために私の元へやって来たという事も」

 

「その認識は間違っています。我々はローウェン教という虚構から目覚め、真に仕えるべき存在を得て自らの意思でカズヤ様を崇拝しているのです。そしてここに来たのは貴女を倒しローウェン教を潰し、ローウェン教との因縁を断ち切るため」

 

セリシア達が行った一連の出来事やこれまでの棄教行為を知らぬはずが無いのに何故か知らぬ振りをし、あくまでもカズヤに操られているという解釈をするマリアンヌに対しセリシアはピシャリと叩き付けるようにそう言ってのけた。

 

「あぁ……可哀想に。心を操られ神を冒涜する言葉まで口にさせられるなんて。でも安心なさいセリシア。私が穢れを払い元の貴女へと戻して差し上げますからね」

 

「……いつまでも無駄話をしている暇は我々にはありません」

 

自らが知る聖母の真の姿――聖地にいる教皇でさえ恐れ他の追随を許さぬ程の狂信者であり、一度ローウェン教を抜けた裏切り者をありとあらゆる手段を用いて地獄へと送ってきたマリアンヌが、改宗した自分達を再び仲間に迎えようとするはずが無いという事を嫌というほど知っているセリシアは元元々マリアンヌの得物であったウィッパーワンドを構えた。

 

「セリシア、よく聞きなさい。仮に貴女達が本当に気の迷いでローウェン教を捨ててしまっているのだとしても大丈夫、人は間違いを犯すもの。今ならまだ間に合います。主の言葉に耳を傾け、心からの懺悔をし悔い改めれば再び主の――」

 

「今まで貴女がしてきた行いを知りながら、その戯れ言を信じろと?」

 

「……愛弟子だからと言って裏を見せすぎましたか。それではもう致し方ありませんね」

 

一向に臨戦態勢を解こうとしないセリシアやアデル達を見てため息を吐き肩を落とした直後、マリアンヌの纏うオーラが一変する。

 

その変わり様はまるで善良な老婆が血に飢えた邪悪な魔女へと一瞬で変貌したかのようであった。

 

「次期聖母として目を掛けてやった恩も忘れ、最後の慈悲さえも無下にし、性根まで異教徒に成り下がった貴方達など最早害悪。せめてもの救いとして私自らの手で終わらせてあげましょう」

 

聖母という肩書きが霞んでしまうほどの恐ろしい形相を浮かべたマリアンヌが遂に本性を現す。

 

「来ます!!」

 

マリアンヌが懐から抜き放った杖を握った手を掲げるとマリアンヌの周囲に4つの魔方陣が金色の光を放ちながら現れ、次いでその魔方陣の中から4体の魔獣が出現した。

 

「ほぅ……あれが噂に聞いた聖母様ご自慢の四聖獣か。どいつもこいつも前の世界で戦った魔王軍の幹部連中ぐらいの強さじゃないか?」

 

召喚されマリアンヌの側に侍る聖竜ホワイトドラゴン・炎狼レッドウルフ・蒼槍ユニコーン・涅鎧ブラックライナサラスの4体の魔獣を目の当たりにして口元をひくつかせたアデルが自らを鼓舞するように軽口を叩く。

 

「塵も残さず片付けなさい」

 

「そう簡単にはいきませんよ」

 

四聖獣をけしかけて来たマリアンヌにそう言いつつセリシアは腰にぶら下げていた魔導書を開きながらウィッパーワンドを掲げ、長々とした不気味な文言を交えた呪文を高速で唱えつつ4つの魔方陣を展開。

 

そしてアレクシア達が大鎌から対戦車ライフル用弾薬の14.5×114mm弾を放ち、ほんの僅かな時間を稼いでいる間に詠唱を終えると掲げいたウィッパーワンドをバシンッ!!と床に叩き付けた。

 

と次の瞬間、魔方陣から4体の魔獣が召喚され、今にもセリシア達に牙を剥こうとしていた四聖獣とぶつかり合う。

 

「これはまさか!?四凶獣!!あぁ、やはり私の目に狂いは無かった……ますますここで殺してしまうのが惜しくなって来ました」

 

「ハァ、ハァ……」

 

「なんと!?」

 

「セリシア!!大丈夫か!?」

 

セリシアが育て上げ四凶獣と呼ばれる次元にまで至ったバジリスク・ロック鳥・ヒトクイウツボカズラ(モンスターイーター)、バキュームスライムの4体の魔獣を召喚した事にアレクシアは目を見開いて驚き、マリアンヌは歓喜の声を上げた。

 

その一方で四凶獣を召喚した途端に息も絶え絶えで膝を床に付いたセリシアを心配してアデルが駆け寄る。

 

「え、えぇ、何とか。魔力を一気に使った反動が来ただけです。しかし、これで戦力を奴に集中する事が出来ます。私とアデル、そして7聖女の9人で掛かればいかに奴とはいえ勝機はありません」

 

後に怪獣大戦争と兵士達の間で揶揄され語り継がれる戦いが大聖堂の壁を突き破り、外へ飛び出して行った8体の魔獣によって繰り広げられているのを尻目にセリシアは立ち上がり、再びマリアンヌと対峙する。

 

「全くもって……本当に残念です。才のある貴方をここで始末せねばならないなんて」

 

「フン。切り札を使ってしまった状態で私達に勝てるとでも?」

 

切り札の四聖獣を使ってしまったのにも関わらず、未だに余裕を見せるマリアンヌに対し、セリシアが不敵な笑みを浮かべる。

 

「フフフッ、弟子の魔獣が師匠の魔獣に勝てる訳がないでしょう。あの子達はすぐに帰って来ますよ。しかし、その間は人数的に不利なのは否めませんね。では、こうしましょうか」

 

そんなセリシアを鼻で笑いつつマリアンヌが踵を返して聖餐台の端にあった燭台を手前に引くとゴゴゴッと礼拝堂の床が揺れ始め聖餐台の近くの7枚の石畳が地下へと沈んで行く

 

「ッ!?」

 

「これで人数的な問題も解決です」

 

そして、沈んだ石畳が再び現れるとそこには7つの人影があった。

 

「おいおいおい……これは……まさか……」

 

「……えぇ、そのまさかです。伝え聞く容姿や武具からしてあの者達は歴代の7聖女。しかも全員が過去に名を馳せた序列第1位の聖女ばかりの様ですね。……これは予想外です」

 

生気が無く薄く濁った虚ろな瞳で武器を手に立ち尽くす人形の如き元聖女達を前にセリシア達は冷や汗を流す。

 

「死してなお争いの道具として保存されていたのか、哀れな。それにしてもこの状況はマズイぞ」

 

「……いえ、打つ手が無い訳でも無いです」

 

「どういう事だ?」

 

「奴等に勝てるよう、力を底上げすればいいんです。――貴女達、準備はいいですか?」

 

「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」

 

セリシアの問い掛けに7聖女達は懐のホルスターから銃のような形をした注射器を出しながら答える。

 

「……あれは?」

 

「見ていればわかりますよ」

 

注射器の容器に充填された怪しげな色の液体を目の当たりにし、嫌な予感を感じ取ったアデルが引き吊った顔でセリシアに声を掛ける。

 

「人の尊厳を踏みにじる貴様なんぞに負けてたまるか!!」

 

「敵を打ち砕く事こそが我らの至福!!」

 

「滅私奉公!!」

 

「敵を滅せよ!!正義は我らにあり!!」

 

「生に殉じ死に殉じ、主の未来に光を!!」

 

「この身朽ち果てるまであの方の剣なり!!」

 

「全てはあの御方の為に!!」

 

思い思いの言葉を叫んだ直後、7聖女達は自らの首筋に注射器を押し当て、狂気と狂喜に染まった表情で引き金を躊躇う事なく引いた。

 

それと同時に柔肌を引き裂き体内に侵入した注射針を通って充填されていた圧縮空気でプシュッと押し出された薬液が7聖女の体内へと流れ込む。

 

「「「「「「「ッツ!!アアアアァァァァッッ!!」」」」」」」

 

その直後、7人の手から注射器が溢れ落ちると彼女達は一様に全身を仰け反らしながら絹を切り裂くような絶叫を上げる。

 

また絶叫の最中、彼女達の体内では何かが蠢いているかのようにボコボコと蠢き、更には身体中の血管が浮き上がる。

 

そして、数秒もしない内にそれらの異常が収まり唐突にガクンと体を弛緩させると彼女達はゆっくりと面をあげ真っ赤に変色した瞳で過去の英雄である聖女の面々を睨む。

 

外見上の特異的な変化こそ無いものの彼女達の瞳からは正気の光が消え、狂気に満ちた暗い炎だけが灯っており先程までのアレクシア達の面影が消え去り、彼女達はまるで別人になっていた。

 

「即席で作り上げた人体の強化薬です」

 

「……大丈夫なのかあれ」

 

「大丈夫ですよ。……多分」

 

「多分って……」

 

「それに彼女達だけに犠牲を払わせるつもりはありません」

 

「――ッ!?待てセリシア!!」

 

その言葉と共にセリシアは自らの懐から7聖女達が打った薬液よりも数段ヤバそうな液体が充填された注射器を取り出し、アデルが止める間も無く自らの首筋に打ち込んだ。

 

「グッ……ガッ、ギッ!!」

 

「セ、セリシア!?」

 

途端に7聖女達と同じ様に目を見開き戦慄くと弓なりに背筋をそらせてで身をよじり苦しみ出すセリシア。

 

しかし、7聖女達とは違い足が人外のモノとなり、頭部から生えて突き出た獣耳が被っていたローブを落とし、セリシアの髪を露にする。

 

「セリシア、その姿は一体……」

 

「ハァ……ハァ……き、希少種族である銀狼族のDNAを元に作った獣人化薬です」

 

「獣人化薬?またとんでもないモノを。体に問題はないんだろうな」

 

「えぇ、大丈夫(多少後遺症が残るぐらい)です」

 

「……戦いが終わったらすぐにカズヤの所に連れていくからな」

 

「う!?そ、その必要はありませんよ、アデル!!」

 

言葉の裏を読み取ったアデルにそう言われ、アワアワと慌てるセリシアであった。

 

「おぞましいおぞましいおぞましいおぞましいおぞましいおぞましいぃいい!!主の御前に穢らわしい下等生物が!!セリシア!!貴女はなんたる不忠、なんたる無礼を!!貴女の価値など最早ありません!!すぐに排除します!!」

 

そんなやり取りを交わすセリシア達を前にマリアンヌは突然怒声を上げ怒り狂っていた。

 

「何であいつはあんなにヒステリックになっているんだ?」

 

「えー。それは神話の戦争においてローウェンに唯一傷を負わせたのが銀狼族だからです。故にローウェン教で銀狼族は最も不浄な者達とされていますからあの反応は当然でしょう。ま、とにかく。これで戦力差はおおよそ五分と五分」

 

「よし!!それじゃあ、一暴れしますか」

 

「えぇ、我が忠誠を世に知らしめるためにも。そしてカズヤ様のために!!」

 

そうして自らの信じるモノのために狂った者達同士の戦いが始まった。



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16

建国から今日まで多くの国々を滅ぼし、血と屍を積み上げる事で繁栄を謳歌していた帝国。

 

そしてその繁栄の象徴として長きに渡り君臨してきた宮殿の主殿は怒濤の勢いで攻め上がるパラベラム軍の手によって遂に落城の時を迎えようとしていた。

 

「敵守備隊の降伏を確認。宮殿要塞エリアの完全制圧完了」

 

「A00からG00までの突入部隊、順次主殿へ突入します」

 

「セリシア隊、大聖堂内部にて聖母と交戦を開始した模様」

 

「……」

 

最前線の帝都から離れた後方の安全な基地。

 

その地下にある作戦指令室の一室では千代田を2人側に侍らせながら、矢継ぎ早に口を動かすオペレーター達の報告に耳を傾けるカズヤが帝国の終わる様を静かに眺めていた。

 

「先行する突入部隊より主殿内部の映像来ます」

 

主殿の固く閉ざされた扉や窓、更には出入口ではないはずの壁をブリーチングで吹き飛ばし、強引な手法でド派手に突入するパラベラム軍。

 

『う、うわあああー!!』

 

『キャー!!』

 

『敵が入って来たぞー!!』

 

『誰か早くあの成り上がり者を連れてこい!!』

 

それを見て悲鳴をあげながら逃げ惑うメイドや下級貴族達の姿が突入した兵士達のヘルメットカメラからライブ映像として作戦指令室のモニターに流れる。

 

と同時にヘルメットカメラのマイクが現場の緊迫した音声を拾い、モニターのスピーカーを通して作戦指令室の中を満たす。

 

『ガムロ!!』

 

『アイディア!!早く行け!!』

 

『うわああぁぁん!!お母様ー!!』

 

『天地万物を統べる神よ。あぁ、どうか、どうか、罪深き我らを救いたまえ……』

 

夫らしき名前を叫ぶ女に早く逃げろと怒鳴る男の声、母とはぐれ泣きじゃくる子供の声、加えて部屋の隅に踞り神の名を口にして老人が叶わぬ祈りを捧げる声。

 

『帝国軍近衛隊及び民間人に告ぐ。直ちに武器を捨て降伏し、我々の指示に従え』

 

そんな雑居な声の数々を打ち消すようにパラベラム軍兵士による降伏勧告が拡声器を通して通達される。

 

しかし、そう簡単に帝国軍や主殿に立てこもる民間人が言うことを聞くはずもなく。

 

『主は我らと共にあり!!突撃ー!!』

 

『『『『うおおぉぉー!!』』』』

 

『降伏勧告の拒絶を確認。各員全兵器使用自由!!敵を掃討せよ!!』

 

『『『『了解』』』』

 

蛮勇を胸に抱いて抵抗する主殿の守備隊が粛々と歩を進めるパラベラム軍に蹴散らされ、銃弾を受けた者達の呻き声や絶叫、断末魔が加わり完成したカオスな戦場音楽が作戦指令室の中を満たした。

 

命じた張本人が言うのも何だが……やはり見慣れていても弱者が蹂躙される様は悲惨の一言に尽きるな。

 

一方的な戦いが繰り広げられる戦場の鮮明な映像や音声を目の当たりにしつつ、カズヤは思考の片隅でそんな事を考えながら自分達の身にこの様な惨事が降りかからぬよう、そして自身の亡き後に皆が困らぬよう改めて軍備増強の決意を秘かに心へ刻んでいた。

 

「デルタフォース、ヘリボーン降下始め。――……デルタフォース、西塔及び東塔の屋上を確保しました。これより下層の捜索に入ります」

 

「ネイビーシールズより入電。諜報員の報告にあった南水門より主殿の地下へ繋がる秘密通路への侵入に成功。現在の所、敵影なしとの事」

 

「SASが後宮へ侵入。皇后及び側室、女官の拘束を開始します」

 

「突入部隊の本隊、主殿内部へ入ります」

 

チェックメイトと同意義である報告を受け、カズヤはメインモニターに視線を移す。

 

そこには全身を覆う漆黒の対弾対爆対魔装甲スーツの上に24時間の連続運用を可能とするゴツゴツとした強化外骨格を装備した親衛隊の隊員がコストを度外視して配備された特殊なヘルメット――4400万円もするF-35専用のヘルメットを流用した高性能なモノををかぶり、またガスマスクを付け、第二次世界大戦中にドイツ第三帝国が開発したMG42を元に再設計したラインメタルMG3汎用機関銃を構えて某○狼に登場する特○隊のような出で立ちで主殿の内部を進軍していた。

 

……民間人が尋常じゃないぐらい怯えているな。まぁ、この世界の人達から見たら化物と一緒か。

 

敵の恐怖心を煽り士気を低下させるという最もらしい理由の裏で、ただ単にロマンという要素を重視して採用した親衛隊の機械化歩兵の姿にやり過ぎだったかと悩みカズヤは表情を少し崩した。

 

その直後であった。

 

「――マスター!!大変です!!姉様が敵に捕まりました!!」

 

側に控えていた千代田が突如声をあげ、信じられない事を口にした。

 

「何だと!?」

 

「千歳副総統との通信途絶!!」

 

「護衛部隊も応答しません!!」

 

また、千代田の言葉が正しい事を証明するかのように次々とオペレーター達が千歳や護衛部隊との連絡が取れなくなった事を報告してくる。

 

「そんなバカな……」

 

予想もしていなかった報告にカズヤの顔からは一気に血の気が引いたのであった。



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17

千歳が敵軍の捕虜となったという信じがたい凶報がカズヤの元に届く数時間前。

 

主殿内ではパラベラム軍が最早虫の息である帝国軍を一兵残らず殲滅するべく徹底的な掃討戦を繰り広げていた。

 

『こちら第5師団第3歩兵中隊、宮殿北の侵入口より主殿内部へ侵入。現在までに主殿の炊事場を確保しメイド数十名を保護』

 

『第202機動歩兵大隊よりHQ。現在、南別館の3階西廊下で敵と交戦中』

 

『第58歩兵連隊よりHQ。東別館の完全制圧を完了。敵対勢力は殲滅した』

 

『第25戦闘工兵中隊からHQ。南の別館の地下に隠されていた工廠にて特殊戦用魔導兵器10機及び高機能型自動人形の設計図を鹵獲した』

 

『親衛隊第38任務小隊より報告。SASと協同で後宮を制圧。しかし、突入前に複数の自害者が出た模様。遺体の回収班を要請する』

 

『こちらネイビーシールズ。主殿地下にて何かの研究室と……実験に使用された被験者らとおぼしき者達を保護した。至急応援を頼む』

 

『第33機甲師団、第1旅団戦闘団より報告。2名の皇族を捕捉し拘束した』

 

飛び交う無線からもパラベラム軍の優勢が簡単に読み取る事が出来た。

 

「邪魔だ!!雑魚共!!」

 

そんな中で主殿内へと突入した千歳は追随する味方の事などお構い無しに屋内を猛然と突き進み、主戦場となっている主殿の中央廊下で軍刀を振るい、遭遇する敵兵を悉く手当たり次第に斬り捨てていく。

 

「33、34、35ッ!!」

 

「だ、誰か奴を止めろー!!」

 

鼻歌代わりに斬った人数を数えながら、人間の血と脂にまみれた軍刀で敵兵を切り裂き血風を巻き起こしながら前進するその姿はまさに修羅の様であった。

 

「おのれ異教徒!!ここで息の根を止めてくれる!!」

 

「同胞の仇!!」

 

「ふん、ようやく少しはマシなのが出てきたか」

 

一般兵が抵抗する間もなく、むざむざと斬り捨てられ阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す中で、それに待ったをかけるべく真っ白な法衣を纏い大杖を持った宮廷魔導士達がぞろぞろと現れ、千歳の行く手を遮る。

 

だが、当の千歳はといえば少しは斬りごたえのある相手が出てきたとばかりに不敵に口元を緩めていた。

 

「「「「レイド、ザムイ、レイキ、サムイ――エターナルフォースブリザード!!」」」」

 

魔導士達の同時複合詠唱が行われた直後、千歳の立っていた辺りが氷の世界に包まれ静寂が周囲を満たす。

 

「わはははっ!!やったぞ!!」

 

「異教徒め。我々に、帝国に刃向かうからこうなるのだ!!」

 

「このままの勢いで敵を押し戻し、我らの――ッ!?」

 

冷気に当てられながらも勝利に沸く魔導士達であったが、それも長くは続かなかった。

 

「……おい。まさか、これで終わりか?」

 

何故ならば魔導士達によって作り出された氷壁に亀裂が走ったかと思うと氷が粉々に砕け、その中から無傷の千歳が現れたからであった。

 

「な、何故生きている!?」

 

「何なんだ貴様は!!」

 

「死神だ!!冥界からやって来た死神だ!!」

 

千歳の持つ魔力障壁の発生装置で自分達の最強の術があっさりと破られた魔導士達は驚きを露にし恥も外見もなく逃げ出す。

 

「逃がすものか!!」

 

しかし、悪鬼羅刹の千歳が獲物を逃がすはずもなく、魔導士達が踵を返した瞬間には既に逃げ出した獲物を狩るべく駆け出していた。

 

「逃がすな、撃ち殺せ!!」

 

だが、ようやく追い付いてきた千歳の護衛である4人の千代田や親衛隊の兵士により魔導士達は銃弾の雨を浴びせられ1人足りとも逃げ切る事は出来なかった。

 

「邪魔をするな、千代田!!」

 

「姉様。お気持ちは分かりますが、少しは落ち着いて下さい。突出しすぎです」

 

「うるさい!!まだだ、まだ殺し足りん!!」

 

「ヒッ!!」

 

幾度となく主を傷つけられ、その上その代価を敵に支払わせる事が今まで出来ていなかったせいで溜まりに溜まった怨みや憎しみが爆発した千歳のバーサーカーモードに護衛の兵士が小さく悲鳴をあげる。

 

『HQより全突入部隊へ告ぐ。パーケッジ1(牟田口廉也)及びパッケージ2(仮面の男)は発見次第始末せよ。パーケッジ3(マリー・メイデン)を見付けた場合は手出しせず捕捉したまま速やかに副総統へ連絡。パーケッジ4(皇帝スレイブ・エルザス・バドワイザー)以下の皇族及び貴族共については可能な限り捕縛に努めよ。それ以外の者に対しては戦闘の意思無き場合にのみ捕虜とする事を認める。繰り返す――』

 

と、そんな時。

 

千歳の状態を見透かした様にHQから虐殺防止の定期無線が入る。

 

「……」

 

それによって僅かに冷静さを取り戻した千歳が立ち止まると、だめ押しとばかりにすかさず千代田が側に歩み寄った。

 

「姉様」

 

「……分かった」

 

そうして幾分か落ち着きを取り戻した千歳は千代田や護衛の兵士達と共に前進を再開した。

 

……戦闘の意志があろうとなかろうと、ご主人様を傷付けた国の者共など皆殺しにしてしまえばよいのだ。

 

しかし、それをすればご主人様の意向に叛いてしまうか。

 

戦いの最中に千歳や帝国としがらみのある兵士達が暴走せぬようにと繰り返し冷静さを求めるHQからの無線を煩わしく思いながらも千歳はそれに叛く事が出来ない事に歯痒さを感じていた。

 

「ここか」

 

そうして多量の返り血を浴びながらも、まるで我が家の中を歩くように悠然と主殿内を闊歩していた千歳は遂に目的地である玉座の間の扉の前へと辿り着く。

 

「開けろ」

 

千歳の命令に2人の親衛隊の兵士が構えていたHK416を肩に掛け直しつつ、サッと扉に取り付き足を踏ん張りながら扉に体重を掛ける。

 

「ゴーゴーゴーッ!!」

 

ギギギッと蝶番が軋む音と共に扉が押し開かれると既に突入の態勢を取っていた親衛隊が左右に別れて雪崩れ込み、部屋の壁に沿って素早く展開する。

 

「さて、ようやくだ」

 

そして、肝心の千歳はと言えば弾除けとなるべく傍に控えている4人の千代田と共に堂々と入り口のど真ん中から玉座の間に足を踏み入れていた。

 

「レンヤ……レンヤはどこにおるのだ!!レンヤがいなければ計画が……私の計画がぁ〜!!レンヤはどこだぁ〜!!」

 

「……」

 

予想していたような盛大なお出迎えが無く、少しばかり拍子抜けした千歳の視線に入ってきたのは玉座に座り錯乱した様子でレンヤの名を連呼する皇帝と、その背後に控える仮面の男の姿であった。

 

「貴様が報告にあった仮面の男か」

 

麻薬中毒者のそれと酷似した様相の皇帝を一目見て、興を削がれたように眉をひそめた千歳はもう一方の人物――仮面の男に声を掛けた。

 

「……」

 

「黙りか。まぁいい、妖精の里ではよくもご主人様に……ご主人様にッ!!」

 

言葉の途中でカズヤを殺そうとした男への怒りや憎しみの感情が押さえきれず激昂した千歳は歯を食い縛り鬼の形相で仮面の男を睨み付ける。

 

「楽に死ねると思うな!!その仮面の下に隠れている貴様の醜悪な顔が恐怖と苦痛に歪み、死を乞うまで嬲り殺しにしてやる!!」

 

「……」

 

皇帝が泡を吹いて失神し、味方の兵達すら怯えてしまうほどの怒気を放つ千歳に対し、仮面の男は何故か虚空を見つめた後、何かを耐えるように目を閉じ、そして千歳に向き直るとおもむろに口を開いた。

 

「――動くな」

 

「何を――な……に!?体が!?貴様ッ!!一体何を……ッ!!」

 

仮面の男のたった一言で金縛りにあったように全身の自由が効かなくなり、身動きが出来なくなってしまった千歳は仮面の男を睨み付ける。

 

「閣下!!総員、撃――」

 

千歳に何らかの異常が発生したのを見て、HK416を構えていた親衛隊の面々が攻撃の実行に踏み切る。

 

「総員武装解除。所持している全ての武器を捨てろ。それが済んだら……邪魔だから壁際に並んで立っていろ」

 

「な!?」

 

「どういう事だ!?」

 

だがしかし、再び仮面の男が口を開くと親衛隊の兵士達は自らの意思に反して全ての武器を地面に置くとぞろぞろと壁際に移動し、そしてそこで横一列に並んで動きを止めてしまった。

 

「貴様……召喚能力だけでなく催眠術系の能力まで持っているのか」

 

「……催眠術なんかじゃない。ただ“俺”の言葉にお前達は逆らえないだけだ」

 

まるで操り人形のように仮面の男の言葉に従ってしまっている自身や親衛隊に千歳は仮面の男が召喚能力以外にも他人を操る能力、もしくはそれに類する能力を所有しているのだと考えるが、他ならぬ仮面の男によってその推測は否定された。

 

「なに?……千代田!!動けるか!?」

 

嘘ではなくただ淡々と真実を口にしている様子の仮面の男に千歳は不気味なモノを感じつつ、何かと頼りになる妹に声を掛けた。

 

「……あり……得ない」

 

「まさかそんな……」

 

「あり得るはすが……無い」

 

「しかし、音声の照合結果は確かに一致して……いや、でも……」

 

「どうした千代田!?」

 

しかし、千代田からの返答は無く。

 

それどころかAIが元であるが故に狼狽える事など滅多に無いはずの千代田が見るからに狼狽し、4人が4人ともフリーズしてしまったかのようにブツブツと独り言を漏らしていた。

 

「貴様!!我々に一体何をした!!」

 

「簡単な事だ」

 

千歳の詰問に含み笑いを交えながら緩慢な動きで仮面を外す仮面の男。

 

「バ、バカな!?」

 

「嘘だろ!?」

 

白日の元に晒されたその素顔を目の当たりにした親衛隊の兵士達は驚愕のあまり目を見開き。

 

「やはり……」

 

「信じたくはないですが……」

 

千代田は仮面の男の声――声紋からその正体を導き出していたために、目を細め口を一文字に結ぶ。

 

「……」

 

そして千歳は自分の目に映る光景を疑い、言葉を失った。

 

「これで分かっただろう?なぁ、“千歳”」

 

「ご……主人……様……?」

 

仮面の男の正体――それは自らの主と同じ顔、同じ声、同じ体を持った人物。

 

他ならぬ長門和也その人であった。



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18

未だセリシア達の死闘が続くものの帝国軍の組織的な抵抗が終結し、また主殿内でのおおよその戦闘も終結したため前線に出ていた多くの兵士達が緊張の糸を緩めていた頃。

 

カズヤを筆頭に千代田や高級将校達が詰める前線司令部の室内は戦闘が行われていた時よりも緊張感に包まれていた。

 

「それでは現在までの状況を確認します。玉座の間に突入し仮面の男により人質とされたのは千歳副総統と私(千代田)4人と護衛の親衛隊30人です。室内の様子は窓や扉が締め切られているために不明。また私の体内に流れているナノマシンによる通信も強力なECMにより妨害されているため、室内の様子をこちらに転送する事が出来ません。なお10分前にあった敵からの要求――要求はただ1つ。マスターが1人で玉座の間に来ること。以上です」

 

「ふざけている!!」

 

「明らかな罠だ!!」

 

「話にならん!!」

 

進行役の千代田が現状確認をし、仮面の男からの要求を口にすると居並ぶ高級将校達が怒りの声を上げた。

 

……まぁ、そうなるわな。

 

千歳が捕虜となった事でいてもたってもいられなくなっているカズヤは半ば思考停止状態で周りの反応を他人事の様に眺めていた。

 

「確かに我が国の国家元首であり、国そのものであらせられるマスターをむざむざと敵の前に差し出す訳には参りません。故に目下、突入部隊が準備中です。――いえ、ちょうど準備が完了したそうです」

 

「……」

 

「マスター」

 

「分かっている……突入を許可。何としても千歳達を救い出せ」

 

「了解」

 

人質を取った相手との交渉事において、相手の要求を飲むのはご法度。

 

それに加えて衛星通信でこの集まりに参加している伊吹からの猛反対もあり、またカズヤを敵前に送り出す訳にはいかないという最もな事情により千歳達を救出するための特別部隊が編成され、救出作戦が実行された。

 

しかし――

 

「突入部隊との通信途絶……副総統閣下の救出作戦は失敗です」

 

あろうことか救出作戦は失敗。

 

突入した15人の兵士達は千歳達の二の舞となり捕虜になってしまった。

 

「クソッ!!」

 

シーンっと静まり返り重く息苦しい空気が満ちる前線司令部にオペレーターの震えた声が響き、次いでドンっと机に拳を叩き付けた音とカズヤの悪態が辺りにこだます。

 

「――……仮面の男より入電。『次は無い』と」

 

出来る限りの対策を講じた精鋭部隊を無傷で捕らえてみせた恐るべき敵からの脅しに室内は静まり返り、そして皆がカズヤを注視した。

 

「致し方ない……行ってくる」

 

敵の脅しを耳にして瞑目していたカズヤはポツリと呟くような声でそう言うと立ち上がり装備を召喚、カチャカチャと音を立てながら装備を身に付けると扉に向かって踵を返した。

 

『いけません!!カズヤ様!!敵の要求を飲むなどと!!貴方が――』

 

しかし、そんなカズヤを止めようと画面の向こうから映像の伊吹が大声を上げる。

 

「千歳や千代田、それに兵士達を見捨てる訳にはいかんだろう」

 

『遺憾ながら。今回のケースでは見捨てるのも致し方ないかと。貴方を失えば国家が、パラベラムが崩壊します』

 

「千歳達を見捨てるという選択肢は無い」

 

伊吹の進言にカズヤは断固たる口調で言い切る。

 

『お気持ちは分かり――』

 

「2度は言わんぞ!!伊吹!!」

 

『ッ!!』

 

これまで1度足りとも見たことが無いような形相を浮かべながら激昂し髪の毛を逆立たせるカズヤの姿に伊吹は思わず息を飲み黙り込む。

 

「後を頼んだぞ、伊吹」

 

「……ご武運を」

 

そしてカズヤの固い決意を前に、ここに至って最早選択の余地は無いと画面の向こう側で苦虫を大量に噛み潰したような表情を浮かべた伊吹は拳を握り締めただ主の無事を願いながら、そう声を絞り出したのだった。

 

「さて。行くか」

 

怒りと不安に支配されながら総統専用機であるVH-60Nプレジデントホークで主殿前に乗り付け、未だ戦塵の舞う主殿内へと入ったカズヤは付き添いの親衛隊の兵士達に見送られながら閉じられていた玉座の間の扉を押し開く。

 

「お望み通りに来てやったぞ」

 

千歳達は無事か、良かった。

 

しかし縛られてもいないのに喋らないし動かない所を見ると催眠術か超能力でも持っているのか?ヤツは。

 

無言のまま壁際に佇み、目だけで何かを訴えている千歳や千代田達の姿を視界の端に捉えながら、カズヤは仮面の男に声を掛ける。

 

なお、ヨダレとうわ言を垂れ流す皇帝は居ないものとして放置された。

 

「……」

 

「何だ?お望み通りに来てやったのに黙りか?」

 

「いや、その間抜けな面に苛立っていただけだ」

 

「はっ、そう言うお前はどうなんだ。そんな仮面を付けて顔を隠しやがって」

 

「俺の顔が気になるか?」

 

「あぁ、どんな野郎なのか気になるね」

 

「なら見せてやろう」

 

カズヤの挑発にそう言って仮面を脱ぎ捨てる仮面の男。

 

脱ぎ捨てられた仮面が乾いた音を立てて転がっていく。

 

「……嘘だろ、おい」

 

「嘘じゃないさ。これが事実だ」

 

そして、仮面の男の素顔が明らかになると度肝を抜かれたカズヤが息を飲んだ。

 

「お前は……一体何者なんだ……」

 

「未来のお前(俺)さ。もっとも何千何万回とループしているがな」

 

「ループ?おいおい、まさかFtのエヤと似た状態とかって言うつもりじゃあ無いだろうな」

 

何でもない風にそう言ってのけた仮面の男――和也にカズヤは眉をひそめながら呆れた様に言葉を漏らした。

 

「そのまさかだ。俺はあのくそったれな神の玩具にされているんだよ。お前がイリスを助けると自動的にこの世界へ召喚されるようになっている」

 

「ご苦労なこって。で?俺は何で俺を呼び出したんだ?」

 

「もちろん殺すためだ。……だがその前にお前に話がある」

 

「話?」

 

「あぁ、心してよく聞け。お前(俺)は生きていちゃいけない。ここで死ななくちゃいけないんだ」

 

「……また突拍子もない事を」

 

突拍子もない話に付いていけずカズヤは頭をガシガシと掻く。

 

「いいから聞け。このままお前が生きていれば千歳達が死んでしまうんだ」

 

「……千歳達が死ぬ?どういうことだ」

 

和也の口から飛び出した看過出来ない話にカズヤは殺気を撒き散らす。

 

「神によって弄くられているせいで詳しくは言えんが、お前が生きている限り、お前が愛した者、お前を愛した者は皆非業の死を遂げる事になっている」

 

「なんだ……それは……」

 

「信じる信じないのは自由だが、これは事実だ」

 

「……」

 

和也の口から語られた話を一蹴するには判断材料が少なすぎたカズヤは数瞬悩んだ。

 

しかし。

 

「はぁ……自分の事なんだ。もう分かるだろう?」

 

「あぁ、これ以上言っても無駄なんだろう?」

 

「あぁ、所詮は敵の言っている戯れ言だしな。信じるに値しない。それにだ。仮にお前の話が事実だとしても千歳達は俺が守る。誰にも傷付けさせはしない!!例え相手が神だろうと守り抜いてみせる!!」

 

「そうだ。俺ならそう言ってしまうんだ。だから――ここで殺さねばならないんだ!!」

 

「「ケリを付けるぞ!!」」

 

そうして2人のカズヤは互いに譲れぬ想いを貫き通すため、その手に銃を召喚し握り締めるのであった。

 



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