転生皇女様 (さがる)
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わたしについて

 死因は確か、交通事故。大量出血とかでショック死だったような気がする。

 歳は、16歳。ピッチピチのJKで、何日か前に新しい水着を買って浮かれてたっけ。あー、あの水着三万もしたのにな。一度も着れなかったとかマジ最悪ー。

 ほんっとさぁ、JKに車で突っ込むとかなんなの?そういうプレイなの?特殊すぎてついていけないっつか、ほんとマジあり得ない。もうすぐ夏休みだったのにさぁ!!

 思い出しただけでイライラするからこの話はもー終わり!

 あたしは死んだ。ただ、それだけ。特にやり残したことも未練もない。って言ったら嘘になる。

 でも、死んだ後であーだこーだ言ってもさ、生き返れるわけないじゃん?無駄じゃん?人生一度切り。死んだらそこで即しゅーりょー。正にそのとーり!正論すぎて欠伸も出ない。だから、死んだことに関してはなんもないわけよ。あの世だとかそんなモノも信じてないし。

 天国?地獄?気にしてどーすんの?

 選択肢なんて、はなっから用意されてないんだから気にしてもしょーがないっしょ。

 文句言ってどーこーなるんなら言うよ?そりゃ、あたしだって地獄なんて嫌だし。天国行きにしてくれるんなら現役JKの生足見せて上げたっていいよ?ピチピチギャルの太ももとかちょー価値ありすぎでしょ?興奮モノでしょ?あ、お触りはモチロン禁止でーす。

 まあ、そんなわけで死にましたわけですよ。

 永遠の16歳。

 笑えなーい。まっっったく笑えない。

 と、まあ。あたしはあたしの死をあたしなりに理解したわけでして。まさかまさかその後のことがあるなんて思いもしなかったわけでして。

 え?何が言いたいかって?

 そりゃ、死んだはずのあたしはまだ生きてるってことだけど、それ以外に言えることある?

 正しく言うなら、記憶を持ったまま生まれ変わった?生まれ直した?言い方わっかんなーい。えーっとなんて言うんだっけ?難しいことは流石になぁ。うん!まあ、生まれたわけよ。全く違う世界に!剣と魔法の世界って言うの?あ、それともRPGってやつ?ゲームには詳しくないからよくわかんないけど、魔法もあるし、迷宮っていう冒険どころもあるそんな世界にあたしは生まれ落ちたのでした。

 記憶持ったままとか、それなんて地獄、って感じ。

 

 

 

 

 

「これもダ~メ!これもこれもこれも!どれもこれも着れたもんじゃないわぁ」

 差し出された何着目かの着物を床に投げ捨てて、うんざりとした態度を隠しもせずに、言葉を吐き捨てる。

 床に散らばった衣服はどれもこれも、望んでもいない華美って言葉を前面に押し出した物ばかりだ。求めてもいないのにこれで金銭発生するとか嘘すぎでしょ。

 もーやだ。憂鬱。着る気もない服寄こされるのって、精神的にキツイわー。何着も何十着もあったって、着ていく予定なんてないっていうか。そんなモノをあたしに着ろって?冗談じゃねぇっての。

 そうしたら、目の前で跪いていた女が顔を真っ青にさせて、床に擦り付けんばかりに頭を下げてきたもんだから、余計に気分はだだ下がりである。

 お前のうなじ見下ろすとか、欠片もキョーミないんですけど。床が汚れるからやめろとしか思わない。

「も、申し訳ございませんっ。直ぐに仕立て直しを…」

「はあ?腕の悪い仕立て屋なんかにいくら直させたってロクなもんできるわけないでしょ?何言ってんの?貴方はもう下がりなさいな」

 あーあ。命令通りに服も作れないってどーいうわけ?あたしは、こぉんな在り来たりな服なんて着たくないんだってーの!今回の注文は部屋着のつもりで要望出したのに!!なんだこれ!!いい加減わかれよ能無しめ。

 従者の一人に女を外に出すよう命令をして、足元に散らかった着物を見下ろす。

 日本にあるものとは作りは違うけど、華美なのは変わらないその着物は、どちらかと言えば中国ドラマとかで昔のオヒメサマやキゾクサマが着てそうな民族衣装だ。丈や裾が馬鹿みたいに長い。それでいて重苦しい機能性皆無の服。あり得なーい!何これ?外出用ならわかるけど、部屋でもこんな重ね着しなきゃいけないわけ?夜着の方が億万倍マシとか服としてどうなの?あたしが着たいのは、こおんな締め付けられてビラビラしてズルズル引き摺るだけの着物じゃなくて、ショートパンツとかさ、レースのついたブラウスとかさ、欲を言うならスウェット的な、もっとこう!ね?そーいう楽な格好がしたいんだよ!!部屋着だぞ!!寝転ぶのにも苦労する服なんて着れるかっつーの!まあ、お洒落もしたいけど!でも!違うの!

 だから、専属の仕立て屋にわざわざ事細かに注文したのに!なのに!

 何あの女!注文通りの服を持ってくるどころか、似せようと努力しようともせずに在り来たりなもん持ってきやがって!!なぁにが、そんなお召し物は貧民層の者が着るものでございますよ。だ!わかってんだよそんなこと!!だから部屋着だって言ったんだろうが!部屋着なんだから誰も見ねえっつーの!

 あー!もう!おこなんですけど。プンプン丸じゃなくてムカ着火ファイアーなんですけどクソが!

 ドカリと苛立ち紛れに音を立てながら、座面がクッション素材になってるでかい椅子に座る。後ろに控えていた口煩い従者が何か小言言ってるけどどーでもいい。

 お行儀悪いってあたしはガキか!ただでさえ小言なんて聞くに耐えないのに、今のあたしは不機嫌なんだから、わかれよバカ。バァーカ!!

 はいはいと聞き流してると、聞いているのですか!とまたぐちぐち言い出す始末。うるさいなー。

 何か言い返してやろうと後ろを振り向こうとした時、女を外に追い出しに行っていたもう一人の従者がタイミング良く戻ってきたのが気配でわかった。

 入り口の方を見ると、にこやかに微笑む口元だけを兜の下から出している従者の姿。きっと、あたしに命令されたから嬉しいのだろう。だって、こいつ普段暑苦しいし張り切りすぎて鬱陶しいから、最近は特にまともな命令してなかったし。置き物か、って思うくらい放置するのとかザラだから、久々の命令で浮かれてるのが、よぉくわかった。

 そんな従者の笑顔を眺めながら、ああ、こいつ機嫌が良さそうだな、と思った。

 しかし、それも一瞬の出来事で、あたしはなるべく悲しげに聞こえるような声音で従者の名前を口にした。

「永徳ぅ、祐徳が虐めてくるの、なんとかしてよぉ」

 あたし悲しいわ。そんな風に付け足した瞬間だった。

 にこやかだった永徳の口元は、見る影もないほど歪んで歯をむき出しにして唸り出し、あたしの後ろに控えていた祐徳を鋭くに睨みつけたのだ。兜で目なんか見えないけどたぶんめちゃくちゃ睨んでる。あたしにはわかる。

 ひっ、と祐徳の小さな悲鳴が聞こえて少し可哀想だとは思ったけど、不機嫌なあたしに説教した祐徳が悪いんだもん。だから庇ってなんかやらない。これに懲りたら当分の間は黙っていてほしいな。

「祐徳ぅうううううう!!」

「ちっ、違います!私はただ…っ」

「言い訳するでないっ!姫様が嘆いておられるだろうが!!!」

「いや、どう見ても笑っていらっしゃっ、じゃなくて!私は虐めてなどいないのですよ!ただ、少しばかり小言を」

「祐徳ぅううううううううううう!」

「人の話をきっ、ぎゃー!こっちに来ないでくださっ……いたっ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い姫様っ永徳をなんとかしっ」

「あたししーらない」

 雄叫びを上げながら祐徳に掴みかかる永徳の姿はやはり武官と褒めてやりたくなるほど素早かった。

 その反面、祐徳は文官だから、鍛え上げられた永徳の体さばきを避けきれるはずもなく、関節固めをあっさりと食らっている。

 そんな光景を見て、存分にお腹を抱えて笑ってやった。

 行儀が悪い?はしたない?

 知るかそんなのって感じ。

 それを判断する外の人間なんてここにはいないし、小言を言う祐徳は永徳の相手で忙しいんだから気にする必要ないし。小言だって別に怖くないし。つまり、他の目がないのに気にするだけ無駄ってこと。

 笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、取っ組み合いを始めた二人を横目で見る。

 方や鍛え上げられた逞しい肉体を持つ武官、方や知識のみを重点に鍛えて来た理知的な言動をする文官。双子なのに見た目も中身も全く違う二人は、あたしに与えられたたった二人の従者だった。

 奇しくも、前世の記憶を持って生まれ変わったあたしの名前は練 紅蘭。煌帝国第九皇女である。



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愚者に告ぐ

 皇位継承権が最下位であれども皇女は皇女。お姫様には変わりないわけで、あたしの生活は実に快適…と言うには程遠いけれど、悪くはなかった。………………とは言っても、ここ数年での暮らしに限るけど。

 周囲から期待されていないし政治的な発言権もないぶん、特にこれといってすることもなくて、プレッシャーはかけられたことはない。記憶する限り。

 だから、開き直ってこれ幸いと、実現可能な範囲で悠々自適に過ごしている。じゃなきゃやってらんないもん。胃が痛くなるどころか穴開くわ。

 それだけのせいってわけじゃないけど、まぁ、肩身が狭いのは当然っていうか。出自的にも致し方なしというか。

 なん、だ、けど。

 そう、けど、だ。

 肩身が狭い!けど!それは、皇族の義務を果たして公務に奔走する兄様や姉様方に対してだけで、あたしよりも身分の低い文官や武官や政務官、小間使いやらなんやらに見下され、舐められる謂れはないと思うのだ。

 継承権が最下位?取り入っても美味しいものはない?ふっざけんな。何当たり前のこと言ってんだ。バッカじゃねぇの?それでも皇女は皇女だろ。お前らは下々の者なんだから、得も何もなかろうと頭を垂れるのが仕事でしょーが。舐めてんのかこら。

 だから、そんな失礼極まりない上に、こっちを舐め腐って利用しようとか考えている馬鹿共には、其れ相応のお仕置きが必要だと思うわけ。

 とりあえず、今のあたしの急務はお稽古でもありもしない視察でもなんでもなくて、この目の前の女をどうするかってことなんだけど、一体どうしてくれようか、この女。

 現在位置、あたしの部屋の中。

 長椅子に腰掛けて踏ん反り返ってるのはいつものことだから省くとして、そんなあたしの足元には女が跪いている。

 この女の名前は忘れたけど、つい最近クビにした仕立て屋の女だっていうのは覚えてる。だって祐徳がそう言ってたし。自分の立場を弁えず、注文通りに服を仕立てることのできなかったグズだ。

 が、この女はクビにされたことが納得いかなかったらしい。

 王室お抱えの仕立て屋である自分がクビになるなんておかしい。あの姫は我が儘で傲慢で、国の権力者足り得ない、母が母なら子も子。高貴な血を汚す売女の娘、といろんな場所で言い回していたそうだ。他にも色々と言い回したり怪しいこともしてたりしてたらしいけど、詳しく知る必要なんてない。だって、それが全てだからだ。

 ちなみにこれは祐徳からの情報である。ほんとあいつ有能過ぎて欠伸出ちゃいそう。いくら文官でも情報網広過ぎでしょ。

 だって、あの女はもう城を出入りできないようにしてるのに、どこで仕入れて来たわけ?地獄耳過ぎてドン引きだわ。

 まあ、それはさておき、この女のことである。

 逆恨み…ではないけど、馬鹿すぎるにも程が有るってもんだっつーの。

 金払ってんのに注文に添えないってそれでもプロなわけ?大雑把なやつだけどパターンも何枚か渡したし、努力すればその通りに作れたはずなのに作らなかったグズをクビにして何が悪いの?

 素直に従っていれば、見逃したものを…。その証拠に、あたしはこの女がすること全てに目を瞑ってきた。小馬鹿にしたような笑いも、ぼったくりかよって思うほどのふっかけ具合にも、全て。

 この、あたしが。

 そう、この、あたしが、我慢したんだよ?凄くない?

 なのにこの仕打ち。

 そもそも、あたし、自分が我が儘だっていう自覚はあるけど、別に傲慢でもなんでもないんだけど。そのつもり全くないんだけど。性格悪いけど傲慢違うし。あと、売女じゃないし。元は下級侍女やってたけど、手の早い現皇帝である前皇帝の弟様であるぶ………あたしのお父様にお手つきされてあたし身籠っただけでほぼ無理矢理だっての!責めるんならてめーらの尊敬するオウサマを責めろよ!……まあ、いつの時代も孕んじゃった女の方が悪いってことなんだろうけどね。……クソが!

 嗚呼、悲しき哉、力無き者よ。って感じ?

 ま、こんな卑しい生まれのあたしでも、一応皇女だからさ、不敬罪に問われても仕方ないっていうか?うん、自業自得ってやつ?

 途端、喚き出す女の声がキンキンキンキン煩いったらなかった。必死すぎ。もう詰んでるんだから、潔く諦めればいいのに。

 たったそれだけの理由で、って?なあにそれ。甘い甘いあまーい!あたしコーゾク。あんたは考えなしの愚か者。理由なんてそれだけで十分じゃない?思ってても、口にしちゃいけないことがこの世の中にはあるのよ。あんたがしてた事も含めてぜーんぶね。

 権力っていうのは、良くも悪くも凄いんだってことをよおく思い知っちゃってよ。ね?

 親指以外の指を拳を作るように握り込んで、残った親指で首を一文字に切る動作をしながら、あたしは女の背後で構えている永徳へと言ってやった。

 

「首を刎ねよ!」

 

 それがあたしの唯一出来ることである。

 言うは易し。

 言葉は空気よりも軽いのだ。



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わたしについて2

 あたしには、血が繋がっているいないに関わらず、練家という一族のくくりで言うならば、十三人ものオネーサマとオニーサマがいる。内二人の兄はあたしが物心つく前に、前皇帝と共に死去。五人の姉は、これまた物心つく前……というか謁見できるようになる前に、どっかの国に嫁いでいるので、実際に会ったことのある兄姉達は六人だけ。会った、と言っても顔をちらっと見ただけだったり、挨拶ぐらいしかしたことがなかったりと、家族間での交流はかなり薄い。

 それもそのはず。後ろ盾がないばかりか、あたしの継承権は男女抜きにして数えたら第十四位。皇女のみの順位で考えても、余裕でぶっちぎり最下位であるあたしにわざわざ会いにくるなんて、そんな暇などオニーサマもオネーサマも持ち合わせていないからだ。

 実際、外に出られるようになるまで、腹違いの兄姉様たちは、一人として会いには来てくれなかった。悲しくなんてないけど。

 が、しかし。そんなタボーな兄姉達の中でも二人ほど、暇な暇なあたしにお付き合いしてくれるオネーサマがいる。

 他のオニーサマオネーサマよりはマシな関係を築けている、というだけだが。…………察しろ。

 …………悲しくなんてない。ないったらない。ただ、ちょっと……家族愛に恵まれなさすぎてなんか……なんか…………もう何も言うまい。

 仲良くしてくださるオネーサマのことに話を戻そう。

 オネーサマとは歳がわりと近いから、他の兄姉達よりは仲がいい方、だと思う。同性だしね。

 思う、と曖昧な線引きをしているのは、その交流が純粋な好意によるものではないからである。

 あたしの立場は、第九皇女。地位も名誉も政治的な権限もなーんにも与えられていない、立場の弱い少女だ。おまけに武術にも学問にも才能が開かなかった、ただの凡人。

 ……二度目の人生ハードモードすぎない?少しくらい凄いことできても良くない?子供の頃なんか他の人に見えないモノが見えるとか言っちゃって異常者扱いされた事ぐらいしか自慢できないよ?

 さて、そんな少女が兄姉達と交流を深める理由とはなんだろう?え、わからないって?

 ふふん。なら答えてあげる。

 それはズバリ、気に入られて後ろ盾を得るためである。逆に聞くけど、それ以外になんの意味が?って感じ。

 が、生憎と、あたしは頭が良いわけではない。馬鹿寄りというか、まぁ、間抜けではないけど、そこまでキレるわけじゃないから、おいそれと取りいることが出来ない。兄姉様は良くても、その周囲から変な勘ぐりされても困るし、誰を推すつもりもないし。

 そんなわけで、十三人、否。六人もの兄姉がいて、たった二人としかまともな交流を持てなかった。

 しかも、共通の趣味を持っていると知ってようやくの交流。家柄とかは恵まれてるのに境遇が恵まれない。なんて世知辛い世の中なのかしら。生きるのってむずかしいね!

 思わずため息を吐くと、目の前でお茶を啜っていた姉様がこてん、と首を傾げた。

 キラリ、簪が陽の光に照らされて眩く輝く。

「紅蘭ちゃん、どうかしたの?」

 それはこっちのセリフだ馬鹿姉が!と怒鳴りたくなるのを飲み込んで、何でもないです、と返しておく。

 そお、と納得いかない様子であっさりと引いて見せたその女の名前は、練 紅玉。二歳ほど歳の離れた、腹違いの姉である。

 打算目的で近づくことが出来た兄姉達のうちの一人なのだが、紅玉姉様の肩書きは第八皇女だから、取り入ってもあんまり意味がなかった。出自とかも似たり寄ったりだしね!でも何の才能もないぶん、あたしの方がもっとやばいね!

 その事実に気づいた頃には大分手遅れで、向こうからしたらあたしはすっかり仲のいい妹扱いされてたから離れるに離れられない状況に……、この話はもう終わりにしよう。自分の要領の悪さに悲しくなってきた。

 まあ、紅玉姉様はメイクも服のセンスも良いからお話しするのは楽しいし、仲良くなった今では見下してくることはないから、あまり後悔はしてないんだけど。交流ってちょー大事。その典型的な例がこの姉との関係である。

 と、そんなのはどーでもよくて、今大事なのは、彼女がどうしてあたしのところに来たのか、である。

 政務にも関わらず皇族の義務も果たせないような無駄飯食いとか、宮中に勤める者たちに影で散々言われている引きこもりのあたしの所に来るなんて、よっぽどのことがあったとしか思えない。

 だって、あたしの方が身分は下だから会うにしてもこちらから出向くのが礼儀だしね!それが例え相手からの誘いでもね!……クソが!

 確か、紅玉姉様はバルバッドと呼ばれる貿易国を奴隷国家として契約を結びに行くとか、そんな事があるから準備とかで忙しいって聞いてた筈なんだけど、実際のところその本人様はあたしの目の前にいる。

 事前の知らせもなく、いきなり部屋にやって来てお茶しましょう!と引きこもりのあたしを庭に連れ出したのだ。

 皇族にあるまじき作法である。

 でも、そんな所も可愛いと許される姉様だから出来る芸当。おかしいなー。あたしも元皇太弟とかご立派な地位のはずのぶた……クソ野ろ…………最高権力者に手を出されるくらい美人の母親から生まれたから、それなりに美少女のはずなのになー。あたしが同じことしても許されない気しかしないからちょーふしぎー。つら。

 まあ、今日も今日とてやることなんてなくて気怠い体を持て余すしかなかったから暇つぶし出来ていいんだけど、でも、そろそろ本題を話して欲しいと思うあたしは我が儘なんだろうか?

 いや、あたし我が儘なんだけどね?

 だけど、なんか、こう、話したいことがある雰囲気醸し出してるのに、なかなか本題に移ろうとしないからイライラしてきて、あーもういいや。こっちから切り出しちゃえ。めんどくせー。

「紅玉姉様、バルバッドに向かう準備でお忙しいと聞き及んでおりましたけど、もうよろしいのですか?」

 どうだ!遠回しに言うのとかダルいし元からそんな高等技術使えないからドストレートに切り出したけど、あたしの敬語マジ完璧!

 祐徳があんまりにも口うるさいから敬語はマスター済みだ!

 本当は侍女や宮女たちの仕事だけど、教えてくれる人材なんてもらえないからって理由で、祐徳が女言葉で敬語を喋り出したあの日のことは、今でも忘れない。その姿に耐えきれなくて、必死に頑張った。やってもできない事が多いけど、マナーは、まあ、及第点と言えるだろ。すごくない?

 自画自賛とトラウマになりつつある過去を思い出しながら返事を待っていると、紅玉姉様はモジモジとしながら口を開いた。あ、今日の紅、新作のやつ使ってる。可愛いピンクだ。いいなぁ。

「あの、ね、そのぉ、紅蘭ちゃん、私ね、バルバッドに行くことになっちゃったの……」

 知ってますぅ。つい出かかったツッコミをお茶と一緒に飲み込む。

 ふむ、今日はザクロ茶か。紅玉姉様の従者のセンスもなかなかにいいようである。

 内心でメガネみたいな刺青をしているかこなんたらという従者を褒めながら、どう返事をしたものかと、普段は気にしないようにして頭の隅に追いやっていた情報を必死で掻き集める。

「はい、存じてますよ。確か、バルバッドとの属国契約を結びに大使として向かうとか」

「えっ……あ、そ、そうね。ええ、大使として行くのよ。ええ」

 せっかく頑張ったのに返ってきたのはなんとも歯切れの悪い言葉だった。何か間違っていただろうかと首を傾げたけど、祐徳が教えてくれた内容はしっかりと記憶している。祐徳が誤った情報を伝える筈がないので、恐らく意図的に何かを隠しているのかそれとも──ー、

「あのね、紅蘭ちゃん」

 考えを巡らせていると、おずおずと紅玉姉様に呼ばれたので思考を中断させる。いつの間にか逸らしていた視線を向けると薄っすらと濡れている瞳があたしを伺っていた。

「なんでしょう、紅玉姉様?」

 安心するかどうかはわからないがにこりと笑っておく。マジレスするならコッチミンナだが、今の紅玉姉様にそれを言うとギャン泣きされそうなので我慢した。泣かれるのは面倒だ。泣かせたいわけでもない。あたしって偉い。

 待つこと数秒。漸く言う決心がついたのか、紅玉姉様が再び口を開いた。

「あのね、紅蘭ちゃん。……わた、私、バルバッドの国王の元へ嫁ぐことになっちゃったのぉ……!」

「」

 絶句。

 ……おいおいマジかよ。

 衝撃的な事実に、一瞬湯呑みを落としかけた。

 え、嫁ぐ?ってことは結婚する、ってことだよね?バルバッドには息子が三人いるけど、国王ってことは、えーっと第一王子のアブなんとかって人と結婚するってこと?うわー、急展開。なにそれなにそれ。

 がしかし、望まぬ結婚と言えども、相手は国王だ。貿易手段もウチが掌握してるって聞くし、有利すぎるほどの条件で属国契約を結ぶ予定でもある。なんという好条件。その気になれば一国の支配者になれるのだ。お膳立てされすぎだろ。

 なるほど、祐徳はこの事をあたしに伝えるかどうか迷って先延ばしにしてたのか。納得した。よし把握。

 …………まあ、普段のあたしなら?そんなウマい話聞かされちゃったら?羨ましすぎてキーキー言ってたかもだけど?でも、今日のあたしは空の下で優雅お茶を嗜んでるから、ジメジメした邸に引きこもってる時とは一味違うのだ!

 今日のあたしはとびきり冴えている。このチャンス、逃す手はないだろう。

 紅玉姉様は、好条件な嫁ぎ先に何やら不満があるから、こうやってあたしにその不安を打ち明けに来たってことは、今の話で理解できた。

 慰めるか、一緒に理不尽を嘆いて欲しいか、そのどちらかをあたしに望んでいるだろう、ってことも。

 でも、ごめん、紅玉姉様。あたしまともなこと言ってあげられないや。

 いいじゃんいいじゃん。超優良物件じゃーん。

 だって、第八皇女だよ?あたしよりはだいぶんマシかもしれないけど、それでも最底辺に近いってだけで、周りからみたら底辺の人間なのに国王の正妃になれるんだよ?大出世じゃんやったね!

 ふふん!

 あたし、練紅蘭は、敬愛する紅玉姉様の不安を拭い取って背中を押すことにしましょう!

 自慢じゃないけど、あたしは紅玉姉様に懐かれ可愛がられている自信があるから、きっとこれからも仲良くしてくれることだろう。

 聞くに、バルバッドはあの七海の覇王が治めるシンドリアとの国交も盛んらしいじゃない。ウチとの相性は最悪だけど、国と国の縁ってそうそう切れるものじゃないから、あたしが若いうちはきっと大丈夫。

 大手貿易国家であるバルバッド国国王の正妃と仲良しな妹姫。

 紅玉姉様の婚姻が上手く運べば、あたしも美味しい思いができるのは必至。

 これをチャンスとは言わずして何と言うのか。

 ささ、姉様。あたしの輝かしい未来のためにこの婚姻、必ず成功させてね。

 紅玉姉様を安心させるために、必死に政略結婚でも幸せになった様々な国のお姫様たちの話を聞かせながら、あたしは内心でガッツポーズを決めた。

 親切は人の為成らずってこの事か!と思ったのは内緒である。



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いつかの為の布石

 さてさて、紅玉姉様がサルージャ王家へ嫁ぐにあたって、あたしも用意しなければならないことができた。それも早急に。

 用意するもの。

 それは、寄贈品と言う名の賄賂である。またの名を先行投資。

 嫁ぎ行く紅玉姉様を慕う可愛い妹が私のことを忘れないでね、と意地らしさを見せつつ、今後ともご贔屓に、と送り出すための品物である。

 そうと決まれば早速準備しなければ!有言実行。即日決行。早いが勝ちだ!

「祐徳!紅玉姉様に贈る品は何がいいかしら?」

「……姫様」

 永徳に足の爪磨ぎをさせながら、部屋の隅で書簡をしたためている祐徳に尋ねると、祐徳はこれでもかと大きく溜息を吐き出した。

 そして、筆を机に置くと、じぃ、っとこちらを見つめてくる。

 口布によって、唯一剥き出しになっている目元。そこから向けられる、どことなくどんよりとした視線が、なんだか居心地悪さを感じるのだが、何なのだろうか。

「な、なによ…」

「いいえ、何も」

 尋ねてみればこんな返事。何か言いたいことがあるんでしょ!って言ってやりたいのになんだか言いづらい。何かを訴えかけてくる瞳に言葉を出すのが躊躇われる。あ、指の間揉まれるの気持ちい。永徳、爪磨きは十分だからもっとそこ重点的に。ちら、と逸れたあたしの思考を汲み取ったのか、永徳の手が爪磨きの動作からマッサージする動作に切り替わり、一点に集中し出す。おい、あたし言葉に出してねえぞ。なんだよこいつエスパーか。

「姫様」

 永徳に逸れそうになった意識を繋ぎ止めるような祐徳の呼びかけ。もう一度祐徳を見やると、今度は体ごとをこちらを向いていた。

「姫様は、姉姫様に品を送りたい、そう仰いましたね」

「え、ええ。そうだけど」

「その品は、嫁ぐ際の寄贈品、ということでお間違いは?」

「ないわよ。さっきから何?言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。あたしそーいうはっきりしないの嫌いだって言ってるでしょ!」

 オチが見えない会話にイライラしてきて、気分を落ち着かせるために永徳の顔を空いている方の足で踏んづける。くぐもった声がしただけで、特に永徳から抗議が上がることはなかった。マッサージする手も動いている。こいつ、どこまで従順なんだ。やっといて何だけど、少し怖いわ。

「ならば、はっきりと申しましょう」

 さっきよりも重々しく祐徳が言葉を吐き出した。何を言われるのかわからなさすぎて、なんだか緊張してしまって、ゴクリと唾を飲み込む。

「姉姫様にお贈りする品は、言わば嫁入り道具。ですが、姫様。主上から下賜されました金子では、到底賄えるものではございません」

「…つまり?」

「お金がありませんのでお諦めください」

 にべもない。

 おかしいな、あたし皇女様じゃん。どうしてお金がない!なんて状況になんの?恵まれなさすぎじゃない?あ、第九皇女だからか!なるほど!

「って、納得できるか!」

「ふぐぅっ!!」

 勢い余って永徳の顔を踏み台にしながら立ち上がる。いつも身につけている幾つもの足飾りがぶつかり合ってカシャン、と甲高い音を立てる。ついでにいつも永徳に被せている兜がどっかに飛んで行って、派手な音を立てた。耳障りだ。イライラする。それよりなりより、永徳の発言の方に怒りが湧き上がる。

 おい、今こいつ不遇っつったか!?っざけんなよ!永徳の癖に!

 ホントマジで、なにそれ!!って感じなんですけど!

 お金がないからはいそうですか、って諦めちゃいけないに決まってんだろ!?

 だって、ここで何か品を贈らなければ、なんて冷たい妹なの、って思われて繋がりが消えるかもしれないじゃん。今までのあたしの苦労がパァじゃん!手のひらパァじゃねーんだぞ。おじゃんだぞ!

 ガシャンガシャンと五月蝿い音を立てる足を勢いに任せながら永徳の顔を何度も踏みつけて苛立ちを吐き出していく。足裏にべっとりと濡れた感触がして、鼻血をだしたのだという事がわかった。が、それでも怒りはおさまらない。つうか、足飾りがさっきから五月蝿い!金属製だからってもう少し静かにできないわけぇっ!?あたしのが五月蝿いってか!そりゃそうだろうな!だって五月蝿くしてんだもん!!

 どうせあたしなんて!

 紅炎兄様も紅明兄様も紅覇兄様も義理の姉弟様方も、どうせ何か贈るんでしょ!?苦もなくあげちゃうんでしょ!?ちょっとばかりあたしより先に生まれて、あたしよりも才能あるからって偉そうに!!紅玉姉様と一番仲良いのはあたしだっての!

 なのになのに!!あーもう!!想像しただけで悔しい!めちゃくちゃ悔しい!!こうなったら意地でも用意してやるんだから!底辺の人間舐めんなよ!

 なんのプライドかなんて、見当もつかないけど、得体の知れないプライドにせっつかれて、大きく大きく冷静になるように息を吐き出す。

 考えろ。考えるんだ。

「……祐徳。なら聞くけど、最低限の金子で、嫁ぐ花向けとして成り立つ且つ、紅玉姉様も喜ばれる贈り物は何かしら?」

 そうだ、高価なものを贈ろうとするから工面するのに困るのだ。

 ならば、最低限の金をかけて何か贈ればいいじゃない。紅玉姉様の普段の生活はそこまで派手じゃないし、ああ見えて少女のような初心さも持ち合わせている。子供でも喜ぶような物でも満足するだろう。周りがなんと言おうが、本人が喜べばいいのだ。体裁なんて知るか。

 あたしの考えが読めたのか、祐徳が、普段の真面目ぶりからは似つかわしくない、ニヤリとした表現が当てはまるほどのわかりやすさで、目元を歪ませて見せた。おいおいあたしまだ何も言ってねえぞ。兄弟そろってエスパーかよ。こわっ。



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一寸先はなんとやら

 結果を先に言うならば、大成功だった。

 

 なあーんか、悪巧みしてそうな笑顔で祐徳が言ったのである。

「ならば、花を贈るというのはどうでしょう?」

「花ぁ?」

 確かにお祝いの時は花を贈る習慣はあるが、煌帝国ではあまりポピュラーではない贈り物だ。しかも、花を贈る場合は決まってお祝いごとってのが相場である。

 が、しかし。今回の件をお祝いごとと定めていいものかどうか迷うところで、事紅玉姉様に至っては、正に売りに出されていくドナドナ状態ときた。

 ……贈れない。花なんて贈ったら私なんて唯一の仲の良い妹にすら惜しまれない存在なのね、なんて思ってしまうに決まっている。結婚なのにフシギダナー。

 渋るあたしに、祐徳は力説しだす。

 曰く、花とは万物の心を癒す万能薬なのだと。

 曰く、花とは目の保養に足る宝なのだと。

 曰く、花とは香りだけでも心穏やかにしてくれる云々以下省略。

 まあ要するに花って凄いんだぜ!ということを語りに語った。

 姉姫様は少女のような初心さをお持でいらっしゃるから、きっと花もお好きでしょう、と。

 と、まぁ、その一言が決め手で、あたしの頭の中で花択一で決定したのだった。

 そして、市場で花を買い漁れるだけ買い漁って作りました!フラワーシャワーにフラワー絨毯(数がないためその名の通り空飛ぶ絨毯にばらまいてやった。不敬?知るか)、極め付けに花のブーケ!もうね、ほんとね、祐徳の女子力が怖いと思った瞬間だったわ。ねえ、あんた一体どこへ向かってんの?って聞きたいぐらいには謎だった。あんなニヤリって目つき悪くしながらするようなことじゃないよ。

 まあ、紅玉姉様泣いて喜んでくれたからいいけどね。嬉し泣きだよね?…だよね?傷付いたとか、花粉とかそんなんじゃないよね?ね?

 ま、まあ、私たちは離れてても家族よ!って抱きしめてくれたし!バルバッドでのことが落ち着いたら遊びにいらしてね!って言ってもらえたし!

 あたししか、プライペートで来訪してねって言ってもらってなかったし!!!あ・た・し・だ・け!ここ重要!!

 ふふん!祐徳にはご褒美に新しい書道具をあげようかしら。もしくは、花のほうがいいかな?

 今回のことであいつが花好きだということが知れたんだし。なんたって、今回一の功労者なわけだし?両方にしておいてあげようかしら。永徳?あいつ花を運んだだけじゃない。まあ、ここで何も無かったらまた喧嘩しそうだし、頭を撫でてあげるくらいならしてもいいかも。物じゃなくても永徳なら喜ぶでしょ。扱いやすい従者を持つと楽でいーわ。

 まあ!なんたって!あたしの手腕によるものですけどねー!

 だから紅玉姉様!どうかバルバッドでお幸せに~。そしてその恩恵をあたしにもちょーだいな。

 とまあ、お伽話よろしく、魔法の絨毯で旅立って行った紅玉姉様御一行様を華々しく送り出したのが、だいたい20日ほど前。煌帝国からバルバッドへの空路は早くて約一週間。今頃は挙式も終えて初夜も終えて奴隷やら新法の整備やらの調整に追われてるんじゃないかなー。

 だから、お呼ばれするのはきっと早くて半年、最悪クーデターとか起きた場合は数年越しの可能性もありそう。それまでに新しい服を仕立てられるくらいには時間がありそうだ。

 貿易国家、バルバッド。どんな国かなー。他の植民地どころか国内の視察なんてしたこともやらされたこともないし、そもそもまともに城から出たことさえないんだよなぁ。…………紅玉姉様が治る国なら、外出許可おりるよね?許可して貰えるようになんとか掛け合えばいいかな?がんばればいける?念のため姉様経由でバルバッド国王からの書状認めてもらえばワンチャン有り?

 なーんて考えてたんだけどね。

 つくづく、自分の運のなさを実感するはめになるとは思いもよらなかったなー。ほんとまじ。

 なーんか、外が騒がしいなーって思ってたら、外に出かけていた祐徳が慌てた様子で戻ってきたのが始まりだった。

 普段の様子からは想像もできないくらい乱暴に開かれた扉。神妙な雰囲気を醸し出しながら部屋に入ってきた祐徳の放ったたった一言で、あたしの計画はおじゃんになりましたー。ちゃんちゃん!まったくもって目出度くないっての!

 ほんとなんなんだよ。しょんぼり沈殿丸なんですけどー!!いや、冗談抜きに凹むんだが。

「……祐徳ぅ、あたし泣いても許されるわよね?」

「泣かれるのはご自由ですが、姉姫様がもうすぐ来訪されますので我慢ください」

 漸く落ち着きを取り戻した祐徳が冷たく答える。

 なんだよ、冷たいな。ほんとに泣くぞ?お?

 泣いてやろうと目に力を入れてみたけれど、全く泣ける様子はなくて、途中で諦めてごろりと、起き上がったばかりの寝台に寝転がることにした。

 もうやる気も何もでない。これが俗に言う燃え尽き症候群ってやつ?きっとあの時に、数年かけて貯めたあたしの全力を出し尽くしたんだ。貯金と共に。だからもうゴロゴロしたい。花代もなんだかんだ言って結構なお金かかったし。

 あー!もう!骨折り損の草臥儲けってやつじゃん!無駄骨じゃん!サイアクー!!

 確かにさぁ、前世に比べたら悪い子みたいだけどさあ!でもあんまりじゃない!?酷すぎない!?何かくれても良くない!?クソが!マジクソ!

 うーあーと唸りながらゴロゴロと転がっていると、扉をノックする音が、聞こえてきた。

 きっと、紅玉姉様の従者だろう。紅玉姉様が到着する前触れをしにやってきたのだ。

 つくづく思うけど、ほんとコーゾクサマって面倒。兄弟姉妹の部屋を訪れるだけでもかなりの手間をかけなきゃなんないんだからさ。気楽に過ごせるのはありがたいけど、そこら辺はちょっとめんどーだなあ。礼儀やら何やら本当に面倒くさい。誰に対してもあたしの方が身分が下だから礼を尽くさないといけない側だし。めんど。

 だらだらと考えながら、目配せで祐徳に扉を開けるように指示をだして、自分はのっそりと起き上がる。

 かるーく体やら髪やらの乱れを直していると、紅玉姉様の従者が部屋に入ってきたのが音でわかった。

 あたしが座っているベッドが置いてある寝室と客間を区切っている衝立の手前まで祐徳に案内されてやってくる。

 衝立の向こう側に影が見えるような位置までくると、紅玉姉様の従者であるかこなんとかは、左手を右手の上に置き、手のひらが下になるよう首の位置まで両腕を持ち上げると一礼してみせた。

 衝立越しだけど、こっちからは良く見えた。

 揖礼である。身分が上のものに使う礼の一つで、他にも右手を握り込んだパターンなどあるが、それは男の貴人にたいする礼で、男と女それぞれ違うので面倒臭かったりするやつだ。堅苦しいなぁと思いながら、顔を上げるよう指示を出す。

 どこか気落ちした様子の従者は、静かに間も無く紅玉姉様が到着すると言って退室して行った。

 行ったり来たりと従者は非常に面倒臭そうである。ま、思ったってあたしは皇女様だから関係ないんだけど。

 本格的に服や髪の毛を整えて、客間の方へと移る。

 部屋の奥では祐徳が茶を煎れる準備をしているのがわかり、代わりに永徳を側に付けることにする。

 さっきまで存在感を無くすように命令していたのでとても嬉しそうだ。だってこいつ本当に暑苦しいんだもん。

 さてはて、紅玉姉様は一体あたしに何のお話があるのだろうか。ただいまを言いに来たにしては手順はしっかりしているし、わざわざあたしの部屋に来るにしては、不十分な理由だ。かと言って見送りの事を話すにしても、既にお礼は言われている。結論、どちらも有り得ない。

 まあどっちにしても、バルバッドで何があったのかを聞き出すチャンスではあるわけだし、気楽に行こう。と、肩の力を抜いたところで扉をノックする音が部屋に響いた。

 すう、と息を吸う。

 表情は笑顔で固定し、なるべく可愛らしく聞こえるように、入室を許可する言葉口にした。



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末姫様はかく語りき

 紅玉姉様は大切なものを盗まれてしまいました。

 それは、ただでさえ低かった地位に付随する小さな信頼と、恋を知らなかった乙女のハートでした。

「なあんてねぇ」

 新しく新調し直した着物に袖を通して鏡での最終確認をしながら呟くと、足元で着物の崩れを直していた祐徳がため息まじりに呆れた視線を送ってきた。

「…姫様。一国の姫君ともあろうお方が、独り言など……慎みをお持ちください」

 これが主に対する態度でいいわけがない。が、しかし、ここはあたしと祐徳の長年の付き合いだから許してやろうじゃないの。って思うわけないだろバーカ!いいじゃないの独り言ぐらい!ここにはあんたと永徳しかいないんだから!

 腹いせに祐徳の足を踵のヒールで踏みつけてやった。痛そうに呻きながらうずくまる姿をふん!と鼻高々に見下ろしてやる。

「あんまりあたしの機嫌を損ねないことね。次そんなこと言ったら、その顎を蹴り上げてやるんだから!」

 最後のトドメとばかりに、一睨みすると祐徳は冷や汗を流しながら平伏してみせた。

 ……まあ、溜飲を下げてやってもいいかも。やり過ぎたとは思わないけど、苦しそうな姿見たってたいして面白くないし。

 祐徳に顔を上げるよう許しをだして、ため息を一つ。

 わかってない。祐徳は全くもってわかってない!!

「独り言の一つや二つ、言いたくなるわよ。なんたって、今日はお目出度い日なんだから」

 ふふん!と笑って鏡の前で一回転。椿の刺繍があしらわれたストールのような肩掛けがふわりと舞い上がって、薄紅の生地と薄緑の帯のシンプルな組み合わせの着物に良く映えた。従来通りの着物だが、まあそこは仕方ない。これから赴くのは公式の場でもあるし皇族に恥じない立ち居振る舞いをしなければ周りからの不興を買ってしまうだろうし。知ってる?貴族の不興かっちゃったらどんでもなく恐ろしい目にあうんだよ?キゾクサマ怖いね?あたし賢いからそんなことぜっっったいにしないけど。

 それになにより────

「祐徳、シンドリアの方々はもうお席にいらっしゃるのよね?」

 目だけを向ければ、祐徳は居住まいを治して静かに首肯した。

 今日は我が国に足を運んで下さった、かの有名な七海の覇王が治めるシンドリアの外交官と国王の滞在が最後になる今夜、その別れの酒宴が開かれるのだ。

 紅玉姉様は、バルバッドの支配権を手放しこそしたけれど、有力国であるシンドリアとの外交カードを手にして帰国なされたのである。とは言っても、シンドリアと戦争になるのは今はまずいから、お互い不干渉でいましょうって口約束を本物にする為に来ただけだけれど。

 まあ、戦争になったらまずいのは向こうも同じみたいだし、牽制しあうのは悪い話でもなかったり?政治よくわかんない。

 あたしからしたら、いくら親交のある国でもそう簡単には救ったりしないと思うんだけど~、恐らくっていうかぜえったいバルバッドを陥されちゃシンドリアとしては何かしらの問題があったから話に割り込んできたと思うのよねぇ。こーいうのなんて言うんだっけ?きな臭いってやつ?

 いくら国王が覇者であろうと人格者であろうと綺麗なままじゃ国は立ち行かないし、善人ってだけでは王にはなれないものなのだ。たぶん。

 あたしオーサマじゃないから想像だけど。何より小狡い手を使わないと、正攻法だけでは守れないものもある。たぶん。

 戦争とかそう言うのしたことないからこれも想像だけど。それこそ国とか国民とかって、誰かの善意やモラルに頼ってるだけの社会だとあっという間に滅んじゃうよね。ディストピアって言うんだっけ、確か。あれ、違う?まぁ、どうでもいいや。

 そんなわけだから、シンドリアがただの善意でバルバッドの政治問題に介入、果ての乗っ取り阻止に貢献したわけがない。そりゃあ多少の善意はあっただろうけど。

 シンドリアとバルバッド間の貿易もそうだけど、きっとこれは他にも理由がありそうっていうのがあたしの見解。

 普段なら馳走が並んだだけで、腹の探り合いをオカズにお酒飲むようなとくに美味しくもない宴なんて、それこそ外交を交えての酒宴なんて興味ないから参加どころか顔出しもしないけど、何か面白そうなことが聞けるかもしれないから、こうして今準備に勤しんでいるのである。聞けないかもしれないけど、顔を覚えてもらうのには持ってこいの場だよね酒宴って。興味ないし、いちいち許可貰うのめんどーだから、殆ど出ないけど。

 ついでに、紅玉姉様が惚れた男の見物もできるし、情報を仕入れてそれを姉様に流せば、あたしへの信頼もぐんぐんアップするし?

 自分にメリットがなきゃ何もしませんが何か?だぁってえーあたしの立場ちょお低いんだもん。マイナスからのスタートなんだもんそりゃあ少しくらいプラスを欲しがったっていいじゃん?こういった努力なんて普段はしないけど、相手があのシンドリアならやるっきゃないでしょー。

 だって、この国と親交を持つどころか友好的でさえない国のトップが来るなんて前代未聞じゃん!これってさ、ようやく見えたチャンスってやつでしょ?そんなの出るっきゃないじゃん。

「準備も整ったことだし、そろそろ行くわよ。祐徳、永徳、扉を開けなさい」

「「御意」」

 二人揃って返事をする姿はまさに双子って感じだけど、こーいうときにその主張はしなくてもよくない?もっと別のとこで双子の本領見せようよ。

 内心で呆れつつ開かれた扉を潜り抜けて本邸へと向かう。そのあたしの後ろに祐徳と永徳が付き従うのだけど、他の従者どころか女官も侍女もいないからやっぱり迫力に欠けるものがある。

 まあ、多すぎても裏切りとか面倒だし、今更誰か付けようたって他に信用できるような人間もいないから気にしないんだけどねえ。あ、あと、紅玉姉様よりも多い従者を従えるのは流石に不味いし。なんたって末姫で最下位の第九皇女様ですからー。つら。

「姫様、くれぐれもシンドリア国王に無礼のないようにお願いいたしますよ」

「わぁかってるてぇ。あたし猫かぶるの上手いのぐらい知ってるでしょお?あの紅炎兄様でさえ、あたしのことに気づいてないんだから、一度会っただけの女のことなんてわかるはずないわよ」

 耳打ちされた祐徳の言葉に小声で返すと、くくっ、と喉の奥で笑って前だけを見据える。

 部屋を出た時からあたしは戦場に立っているのである。味方なんてどこにもいやしない。隙なんてみせてやるもんか。

 賭け事なんて嫌いだし、足掻く事に意味なんてないって思い知らされてるけど、それでも。

 きっと、遠くない未来に、この国は瓦解するだろう。予想だと内部分裂による崩壊かしら。

 可能性はわりと低い。けど、まったくありえない話でもないのだ。きな臭いってのは、シンドリアだけじゃなくてウチも同じってこと。誰も彼も信用なんてできやしない。

 だから。

 だから、それまでに。

 降って湧いた、このチャンス。

「逃す手はないでしょ」

 クスリと笑ったあたしの言葉に、永徳が小さくさすが姫様です、と呟いたのを聞いて一層笑いがこみ上げてきた。

 打算に欲得に我欲。

 人脈を広げるのは、基本中の基本である。



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Caution,drop!

 広間に着いてみれば、予想以上に小規模な宴だった事に驚かされた。

 おいおい。コーテー様の姿がないとかなあにそれ。給仕の人数も最低限だし、関係者なんて紅炎兄様や紅明兄様ぐらいなもんで他はそれぞれの従者とか警邏隊の人間やらじゃない。…………もしかしなくても、来るの遅すぎた感じだよねーこれー。久々の外出で準備に時間かけすぎちゃったやつだよねー。

 和気藹々とした雰囲気なんてないし、殺伐としたものしか感じない。本当の外交ってかんじ。これって、完全にあたしアウェーじゃない?アウェー感バリバリじゃない?やだー!せっかくおめかしして来たのに知り合いどころか怖い大人ばっかしかいないなんて耐えられない!確かにシンドリアの人と仲良くなるためっていうかすこぉし顔を覚えてもらおうかなって来たけども、仲の良い姉様ときゃっきゃうふふしたついでに面識作っておけば、あとあとなにか良いことあるかもーってそんな軽い感じだったのにぃ!シンドバッド王いるなら紅玉姉様いると思ってたのになんでいないの?シャイ?会うの恥ずかしい感じ?そこは積極的にいっちゃっていいんじゃない?奥ゆかしすぎない?

 まあいいわ!と、気を取り直して紅炎兄様方にご挨拶しようとしたところで、おお?と後ろから驚いた声がした。

「引きこもりの末姫サマが珍しいじゃねーか。こんな所でなにしてんだ?」

 この、人を馬鹿にしくさった声と口調と言葉。お前こそこんな所で何してんだよと言いたくなるのを堪えて、笑顔を浮かべながら振り返った先には、やはりと言うかなんというか、想像通りの人物がそこにいた。人の神経を逆なでするにやけ面と共に、だ。

「あら、神官様ではありませんか。お久しゅうございます」

 目の前の黒髪長髪厚顔不遜露出過多な男こそ、我が煌帝国を支えている(笑)神官様こと、マギのジュダル様である。呼び方に悪意を感じる?あるに決まってんじゃん。

 おほほ、と扇で抑えきれなかった引き攣る口元を隠しながら挨拶すれば、更ににやけ面は深くなった。

 なんだよキモいな。血みたいな赤い目が、あたしの姿を、次に後ろに控えている祐徳と永徳を見回し、最後にあたしに戻って、片手に持っていた桃をぶじゅりと齧った。ひえっ汚い!

 おい、てめーその汚い手であたしに触ったらぶち殺すぞ。できるかできないかで言えば返り討ちだけど気持ち的にはぶち殺す!

 本音が出ないように気をつけながらそそ、と感づかれないように少し距離を取る。やだ、汁が床に落ちてる!汚い!こっち来んなよ?絶対に来んなよ!?

 バレるかとは思ったが、どうやら神官様はそんなのに気づいてもいないようだった。桃うめーって頭大丈夫かよこいつ。

「で?お前なんでこんな所にいるんだ?宴とか興味なかっただろ?」

 めずらしーな、と言いながら食べる手を止めないのが気になったが、ここで気にしては馬鹿の思うツボである。ふふ、と軽く笑い流して逆にこっちから質問してやることにした。

「神官様こそ、あちらの殿方とお話しなくてもよろしくて?あれほど、シンドリア国王のことを気にしていたではありませんか」

 意訳・てめーに教えるわきゃねーだろ露出狂が。

 最後にこれでもかとニッコリと笑って言えば、そーだな、と気の無い返事が帰ってきた。

 おや?反応が薄い。紅玉姉様の話では、シンドリア国王と一戦交えたと聞いていたし、興奮は未だに冷めやらぬ状態だろうと踏んでいたのだが、どうやら違っていたようである。

 あれほどシンドバッドシンドバッド煩かったのにどうしたのだろうか?

「バカ殿なぁー。すっげーつえーから今でも好きだけどよぉ、なあんかなー」

 お熱かよ。

 思わず舌打ちしそうになって慌てて咳払いで隠す。後ろで祐徳がハラハラとしている気配がしたから安心しろと後手に握り拳を作ってみせた。更に気配が喧しくなった気がしたがきっと気のせいだ。手をあげてはなりません!ってなんだそれ。バカにしてんのかおい。

「あら、もしかして飽きてしまわれたのですか?」

 そう尋ねると違うとの一言。じゃあなんなんだよ。はっきりしろよな男だろ。

 正直言って、神官様の事情なんて興味ないからそろそろ会話を切り上げたいのだが、自分から振っておいてここで立ち去ることも出来ない。

 しかも、目的はまだ未達成なのだ。久々にやる気を出して部屋から出てきたのに何も成し遂げられるずに帰るわけにはいかない。それって言わば無駄足じゃん?

 そーいうのヤなんだよねー。例え思いつきだったとしてもぉ、自分の行動が無駄なんて思いもしたくないしぃ?

 あたしの座右の銘は棚からぼた餅と一石二鳥なんですー。

「あんなに素敵な殿方なのに、何かありましたの?」

 目だけで心配そうに表情を作り、伺うように下から見上げる。

 こいつ無駄にでけーから見上げなきゃいけないんだよなぁ。

 ホントさーこいつに見下ろされるのすっごい腹たつんだよねー。屈辱ってやつ?

 なに?そんなに神官様ってお偉いの?第九皇女よりも偉いんですかー?

 あ、こいつ玉艶様のお気に入りだったわ。そりゃ偉いわ。第九皇女とか目じゃないわ。クソが!格差社会まじクソ。

「飽きたわけじゃねーけど、仲間にすんのよりも面白いこと思いついたんだよ!それに、今は白龍の方だろ。あいついっつもツレねー返事するから今度こそ」

 すべて話半分にしか聞いてなかったから、結局神官様が何が言いたかったのかサッパリだった。

 でも、話したいことを話せてスッキリしたのか、神官様は会話が一区切りするとさっさと広間から出て行ってくれたので良しとしたいところだけど、あいつ桃の皮をその場に捨てて行きやがった!おい!ここはゴミ箱じゃねえぞ!お前何歳だよ汚してんじゃねえよクソが!あたしは桃と汚いのとはっきりしないのが嫌いなの!ゴミはゴミ箱へ!!

 あー蕁麻疹出てきそう。興奮しすぎて貧血起こしそうホントマジでクソかよ。

「姫様、顔がわ」

「悪いっつったらだだじゃおかないわよ永徳」

 そこは顔色が、だろうがふざけんなよ。あとあたし顔悪くないし!!絶対的美少女だし!

 ボソリと呟くと永徳の姿勢が物凄く良くなった。

 こいつ武人のクセして姿勢が悪いから弓とか下手なんだよね。その代わり槍や剣は強いから良いけど。

 でもそろそろ弓もマトモに使えるようにさせたいなー、と考えた所で、こんなことを考えるために出てきたんじゃない、と当初の目的を思い出す。

 いけないいけない。脱線するのはあたしの悪い癖だ。

 パチンッと気分を一掃するために扇を勢いよく閉じて、広間の上座にいる集団の元へ歩み寄る。

 なんかー、難しいオハナシしてない?

 話しかけづらいなぁー。なんて思っていたら、近づいてくるあたしに気がついたらしい紫っぽい長髪の男があたしを見てニコリと笑いかけてきた。

 こいつがシンドリア国王のシンドバッドか。なかなかの男前じゃん。趣味じゃないけど。

 次に、紅明兄様と紅炎兄様があたしに気がついて驚いたように目を瞬く。

 なぁに、その幽霊でも見たような顔ぉ。そんなにあたしがこうして宴とかの公の場に出るのが珍しいの?

 確かにこういう催し物に最後に出たのって、父様の戴冠式ぶりだけどさー驚きすぎじゃね?

 紅玉姉様のお見送りの時は紅明兄様と紅覇兄様しかいなかったし、紅炎兄様が驚くのはわかるよ?でも、紅明兄様はこの間あたし見かけたじゃん。紅玉姉様に抱きつかれてきゃっきゃうふふしてるとこ見てたっしょ?

 もおー!兄様達の従者でさえ驚いてるんですけどー!なにこのはんのー気にくわなーい!

 言いたいことは山ほどあったけれど、それら全ての言葉と感情を押し込んで満面の笑みを浮かべながら、あたしは右手を左手に重ねて胸のあたりに来るよう腕を上げながら跪いた。両腕に幾重にも着けていた腕輪と足飾りがそれぞれに擦れ合ってカチャン、と音を立てる。

 ここで左手を握り込まないのはあたしが武人や武将ではなく、ただの姫だからである。あたし、才能って呼べるもの持ってないしね。

「お初にお目にかかります、親愛なるシンドリア国王よ。わたくし練 紅徳が娘、練 紅蘭と申します。此度は遠路遥々の来国恐悦至極でございます」

「これはご丁寧に。私はシンドリア王国国王のシンドバッドと申します。姫君、どうか顔をお上げください」

 同じように礼で返され、少し面食らう。国王とかいうからもっとこう、なんていうの?良きに計らえ的な男かと思っていたのだが違ったようだ。

 いや、これはあたしのただの偏見か。そりゃ大国に招かれて大仰に振る舞えるわけがないよな。

 良いって言われたから、お言葉に甘えて顔を上げると、今度は紅炎兄様と紅明兄様に向かって礼をする。挨拶って大事だよね!

「お久しゅうございます、紅炎兄様、紅明兄様。ご歓談中にお邪魔して申し訳ありません」

 お邪魔でしたか?とあざとく跪いたままの形で上目遣いに見上げる。

 ここでポイントなのが、眉尻を下げて少し声を震わせる事である。これで内気とはいかずとも兄二人に嫌われたくない健気な妹という姿が成り立つのだ。

 尋ねると、紅炎兄様は気するなと言って頭を撫でてくださった。

 あっ!ちょっと兄様撫で方雑すぎ!髪型崩れちゃう!あと、普段ならまだしも、仮にも公式の場なんだからそんなださい服で出席するなんて!!紅明兄様に至っては服が着崩れてるじゃない。ちょっとちょっといくら生活力皆無だからって、自分の着物くらい直せないなんてそれはないんじゃないの?

 笑顔は崩さず、心の中で兄様達に駄目出ししまくる。

 ああ~言いたい。物凄く言いたい。でも、他国の王の前で恥をかかせるわけにはいかないしなぁ。ままならぬ。

「…紅蘭が宴に参加するとは珍しい。一体どうしたんだ?」

 紅炎兄様の言葉に紅明兄様もうんうんと頷いている。

 ねぇ、みんな揃って言うに事欠いてその言葉しかないの?ねぇ、あたしどんだけヒッキーだって思われてんの?ねぇ?確かに紅玉姉様に連れ出される時くらいしか外出ないけどさぁー!でもさぁ、なんかさぁもっとこうさぁ…ねぇ?

 聞き返してやりたいのはやまやまだけど、でもその質問をあたしは待っていた!

 ふふん!と心の中でだけどここぞとばかりに鼻を鳴らす。なんなら胸だって張ってやろうじゃないの。

 後ろに控えていた祐徳に目配せをして、予め持たせておいた包みを広げさせる。

 するすると、あたしが好きな赤色の包みから出てきたのは数冊の本だった。それを丁寧に手に取り両腕に抱えると、花も恥じらうような可憐な笑顔を心がけて笑ってみせた。こーいう時美少女って得だよね!

「その…実はわたくし、シンドバッド様のファンなのです!」

 どん!と本の表紙を皆に見えるように掲げる。本の名前は、シンドバッドの冒険。著者・シンドバッド。出版・シンドリア王国シンドバッドの冒険企画部。

 そう背表紙に小さく刻印されている本はなんと最近発売したばかりの、加筆修正など色々手を加えられ、表紙も新しくなった新装版で、初版のと合わせて読むとさらに背景描写がわかってくる優れものである。

 背後で呆れたような祐徳の気配がしたが気にするもんか。

 ここに本人がいるのである。ならば、本にサインくらいしてもらったっていいじゃないか。ミーハーで何が悪いの。いいじゃない、流行を追いかけるのは世俗を知るために大事なのよ!

「わたくし、特に四巻目のお話が大好きで、お邪魔でなければ是非ともこの限定版の表紙にシンドバッド様の直筆の署名を頂きたくて……あの、やはりお邪魔でしたか…?」

 なんだか静まり返っている面々に段々と不安になってきた。

 おい、なんで誰も反応してくれないんだ。

 あれか?ファンタジーに心惹かれるのは子供くさいって?いいじゃん別に!この世界はファンタジーだけどノンフィクションなんだからさぁ!

 それでも不安げに面々を見上げる。邪魔だから帰れとは、流石に言わないよね?いや、もう印象付けは終わったから帰ってもいいけど、せめて握手だけでも…。

 と、思っていると、徐に本を持っている両手を大きな掌に包み込まれた。

 いきなりの事に思わずぎょっ、とする。すぐ様手を振り払おうとする思考に慌ててストップをかけていると、ずずいっと顔を寄せられたので更にビックリした。なんなんだよこいつ。パーソナルスペースって言葉知らねえのかよ!

「…っ、シンドバッド様…?」

 何事かと見上げると、にこりと微笑まれた。つられてにこりと笑ってしまう自分の愛想の良さにほとほと困る。

「このような愛らしい姫君に慕ってもらえるとは、私も冒険者冥利につきるというもの。姫君が許されるのであれば、署名だけではなく、数々の冒険譚を話すことも吝かではありません」

 あれか?新手のナンパか?

 悪いけど、あたしオッさんには興味ないわ。いくら男前だろうが、さすがに三十路超えてる男はオッさんでしょ。無理無理無理ー。ロリコンはんたーい。

 ほら、後ろのシンドバッド様の従者もそれはちょっと犯罪じゃあ、って引いてんじゃーん。かく言うあたしの後ろも剣を抜こうとしてる永徳を祐徳が必死で抑えてるんだけどね。祐徳ちょー頑張って。じゃなきゃ外交問題に発展しちゃう。

 と、そこで強い視線に気づいた。誰か見てる?

 視線の正体が気になってその視線の元を辿ってみると、シンドバッド様の後ろにいた従者の一人が大げさに視線をずらした。

 あ?てめー今見てただろ?何、自分見てませんよって面してんだよ。ほら!こんな美少女滅多に見れねぇんだぞ!見てたんなら心いくまで見てけよ!見物料取るけどな!と、普段のあたしなら思うところではあるが、なんと言うか、その、うん。なんだろ。横顔を見て、ストン、とね。何か落ちるものがあった。頭とか心の中で、だけど。

 なんだこれ?不思議に思ってその従者をガン見してたら、シンドバッド様が彼のことを紹介してくれたんだけど、ごめんそんなこと聞いてないから余計だわ。って感じだった。

 このあたしがめちゃくちゃ見つめてるっていうのに、視線をそらすどころか顔をそらして頑として目を合わせようとしないその従者の名前はスパルトス。シンドリア王国国王に仕える、八人将の一人なんだとか。どうして視線をそらすの?っていうあたしの疑問はあっさりと解決。なんでも、故郷の国の教えで婚約者や家族以外の女性と親しくなったり目を合わせるのは好ましくないんだってー。もう、国を出てるのに真面目~。美少女見ないとか人生損してね?

 おいこっち見ろよ。お前さっきあたしのこと見てただろうが。

 その後は結局サインだけもらってその場を退室することにした。ファンっていうのは本当だけど、サイン貰うほどじゃないし。というか、それただの口実だから、ぶっちゃけ本人には大してキョーミないってか、ロリコンお断りっすわ。ロリコンってだけでもう興味失せたわ。ロリコンはんたーい。

 頭の中でのシンドバッド様の情報に赤い文字でロリコンと注意書きをしながら寝台に寝転がったあたしは、明日朝一に紅玉姉様の元へ伺おうと決意した。

 姉様の好いているシンドバッド様は少女趣味なのでチャンスがありますよ!って教えてあげるのだ。



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明日はくるのか

 朝一で紅玉姉様の邸に行って会おうとしたけど会えなかった。

 正しく言うならば、行く途中で見かけたけど、話しかけられなかった、だ。

 あたしに与えられた邸と紅玉姉様が与えられた邸はわりと近い。位置的に言えば、あたしが敷地の隅っこの目立たないところで、紅玉姉様がその隣、みたいな感じ。実際にはそれなりに距離があるけどね。

 隣り合っているので行き来が楽かと思えばそうではなく、邸と邸の間には池やら噴水やら庭園やらがあり、ぐねぐねと間を通り抜けることは困難。そんなことすれば、すわ侵入者かと警邏の人間が剣片手に飛んでくるだろう。

 とまあ、それはさておき。

 そんなんだから、隣り合っている邸でも移動はかなり遠回りになってしまうのだ。私の場合だと、客人を宿泊させるための邸の前を通らなければならなかったり。

 なんで目的地が目の前にあるのに反対方向に行かなきゃなんないわけ?なんでぐるっと回って遠回りしなきゃなんないわけ?体力ないあたしに喧嘩売ってるよね?むしろあの邸を与えた奴が喧嘩売ってるよね?つまりコーテイサマあたしのこと嫌いだよね?知ってた!あのクソ豚野郎!!あ、間違えた、クソ野郎!城の造りに関してもだけど、これってどー考えても設計ミスだろ。責任者出てこいよ。などなどの文句を言ったのは数知れない。

 そして、朝っぱらからプリプリしながら祐徳を従えて歩いていたあたしは見たのだ。

 かなり取り乱した様子で、そそくさと来客用の邸とを後にする紅玉姉様を。しかも侍女に支えられるようにして、だ。

 あんなのを見ることになるとは思わなくて、思わず唖然としたね。なんで来客用の邸に?そんな疑問はあの邸にシンドバッド様が寝泊まりしているから会いに行ったんじゃね?という理由で解決しちゃうけど、ホント一体なにごとだろうか。

 最初は顔も赤いし泣いてるしで、暴漢と化したあのオッさんに襲われたと思った。妥当な線じゃね?

 でもさ、よくよく考えてみ?

 当然の疑問として、他国の土地で、他国民に乱暴を働く王様がいるの?って話。

 平民ならいざ知らず、いくら立場が低いからって一国の姫に後先考えず手を出すような王様いる?

 ほんのすこしの時間だけど、いくつか会話もしてあの王様は確かにロリコンだけどそこまで馬鹿じゃないと思ったあたしの勘は間違ってはいない、はずだ。ロリコンの上にオヒメサマをキズモノにしちゃえば、それこそ外交問題でしょ。ただでさえ膠着状態なのに、相手に美味しい餌を与えるような馬鹿な王様がいるわけがない。

 よって、これは和姦だろう。きっとワンチャンがあったに違いない。

 半年もの間、初恋を拗らせるに拗らせて、真夜中のテンションで致しちゃった姉様は、朝になって冷静になった頭で状況把握したとたん余りの恥ずかしさに耐えきれずに飛び出してしまったのだ。なんて名推理。蝶ネクタイ付けた眼鏡の男の子もいらないぐらい冴えてるんじゃないのあたし。

 これは、アドバイスなんて必要なさそうじゃない?だって最後までヤっちゃってるんだもん。何も言うことないでしょ。どうぞお幸せに~って感じ?一回既成事実作っちゃえば結婚待った無しっしょ。ハッピーエンドじゃん~。すごいなぁ、姉様。まじおめでと。

 早起きして損したかも。眠いし二度寝でもしようかな。それに、2日も続けての外出は疲れるし。

 あたしはあのお部屋で一生を過ごすしかないだろーしー。どーせ、こんなあたしなんかには、おいそれと政略結婚の話さえ流れてこないだろうし?というか結婚で使うには不良品すぎるし無理だろ。

 口外するとは思えないけど念のために、祐徳に今見たことは秘密だと口止めをして、あたしは自分の邸へと戻っていった。

 

 それが、二ヶ月近く前の話。

 

 

 

 あの時は、本気で合意の上、だと、思ってたんだけど、ねぇ…?

 その後、特にこれと言って何事もなく、むしろなさ過ぎるあまりその出来事も記憶の彼方に飛び去って行き、紅玉姉様とお会いすることもなく時間だけが過ぎ去ったのだが、久々にあたしの邸へとやって来た紅玉姉様は思い詰めている、というかむしろ追い詰められている、と言うべきか。

 とにかく、尋常じゃない精神状態であるのは確かだった。

 いったい何がどうしてこうなったのか。

「ね、姉様?お気を確かに、ね?」

「ころ、す……じん゛どばっどごろ゛ず…」

「こっ、ここここ紅玉姉様!しっかりなさってくださいまし!」

 紅玉姉様は、譫言のようにしきりにシンドリアへの留学を許された白龍兄様に着いて行くだの、シンドバッド殺すだのと呟いていて、その姿は正に幽鬼のようである。こえー。シンドバッド様いったい何したの?

 常に武器化魔装までしてるんだけど、え、何?ホント何したの!?あのオッさんなにしてくれちゃったの!?

 いきなり部屋に乗り込んで来た紅玉姉様に理由を尋ねることも出来ず、魔力が切れて気絶した姉様を看病しながらかこなんとかに理由を聞けば、恐ろしいことにシンドバッド様に処女を奪われあまつさえヤリ逃げされたのだと聞かされて血の気が引く思いがした。

 合意じゃなかったの!?

 ねえ、あれってハッピーエンドの朝チュンで初の朝帰りとかそんなんじゃなかったの!?わけわかんない!というか、馬鹿なの?他国のオヒメサマとヤることヤってトンズラこくとかアホなの?死にたいの?戦争ものじゃん馬鹿じゃないの?意味わかんないんだけどいったい何がしたいの?

 と混乱した挙句の、どうしてあの時直ぐに追いかけなかったのかと謎の罪悪感に襲われて、何を血迷ったのかあたしは白龍兄様に着いて行く紅玉姉様に着いて行くと言ってしまったのだった。

 わけがわからないだろうけど、ごめん、あたしもわけがわからない。

 あたし無関係じゃね?こんなんただのデバガメじゃん?確かに他の打算もあったよ?チャンスと思ったよ?

 でもさ、紅玉姉様は乱心してて怖いし、白龍兄様とは十年近くも会話してないから話しかけにくいし、なにより船酔いマジ辛い死ぬ。

 知ってた?船酔いでは、吐きそうで吐けないのが一番苦しいんだよ。あたしも、自分の身をもって初めて知ったわ。

 勢いで後先考えずについて来た事後悔しちゃうよね。

 こちとらここ一ヶ月以上マトモなもん食えてないんだけど。ただでさえ引きこもりの箱入り娘で体力も精神力も無いのにめっちゃ痩せちゃったんですけど。もう吐くものないんですけど。すっからかんなんですけど。胃液で口の中ざらついててきっと肌荒れも酷いよ死ぬわ。ニキビできてないの奇跡すぎる。でもそれ以外が終わってるから今なら余裕で死ねるよ。引きこもり舐めんな。だからお願い吐き気よ消えて。船酔いつら。

 頭の中も口の中も胃の中も何もかもグチャグチャ。耐えらんない。来るんじゃなかった。でも、きっと来た方が姉様に恩も売れるし、信頼も勝ちとれるし、色々と良いことありそうっていう考えもあって、でもでも、わけがわからなくてグルグルする。

 祐徳はあたしの看病に着いてくれるけど、船での雑務とかあるから常にじゃないし、永徳は船の手伝いに駆り出されてて常に側にいないし、紅玉姉様は乱心中であたしに構ってくれないというかむしろ誰かに見張っててもらわないと今にも海に身投げしそうだし、絡みづらい白龍兄様は一日に一回だけ様子を見にくるから鬱陶しいというかお前は来ちゃだめだろ。

 仮にも乙女の寝室だってーの!夜着の女の子のところに来んなよ恥を知れよ馬鹿!寧ろあたしが恥ずかしいよ馬鹿!

「………もうお嫁いけない…」

 あれだよね。体調不良の時って精神が不安定になるもんなんだよね。うん、よく知ってる。

 紅玉姉様は傷物にされたし妹のあたしは恥をかかされたしで姉妹揃ってついてないね。血なんて半分しか繋がってませんけど!

「ゆう、とく…しんどっ、りあまで、はっ、あとどのくらっ、い?」

「姫様、既にシンドリアの海域に入っております。あともう少しの辛抱でございますよ」

 水差しで薬を飲ませてくれる祐徳の言葉にもう少しってどのくらいなのかと考える。ねえ、もう少しってどのくらい?何秒?何分?何時間?何日?ねえねえ!もう少しって具体的にどのくらいなの!?

「姫様、あとほんの数時間でございますからっ。ですからお気を確かにっ!」

 祐徳の声が遠くに聞こえて、あたしの意識は、長期間の旅路に耐えきれずにとうとうブラックアウトした。

 寧ろ今まで耐えれたことが奇跡。

 そして、あたしなんで着いて行くって言ったんだろうって何度目かの後悔してみたけど、でももうどうでもいいよ。今度こそ本当に死にそう。おえっ。



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夢見た大地

 寝すぎた?って妙な焦りを覚えて、慌てて飛び起きると、そこはまだ船の中だった。

 室内に祐徳の姿はない。たぶん、あたしが寝たから他のことをしに出たのだと思うけど、そこは主が目覚めるまで待つものなんじゃないの?他にすることがあってもさあ!そこは待とうよ!それが従者の務めだろバカ!と、理不尽な八つ当たりを空想の中の従者へと向けてみる。そんなことしても、気分がスッキリするはずないんだけど。

 もー!と呟きながら胸に手を当ててみると、心臓がこれでもかとバクバク鳴ってて、まるで五十メートルを全力疾走したあとのようだった。

 別に寝坊などしても困るような身分でも走り回るようなアクティブさも持ち合わせてないのにどうしたことだろうか。ていうか、あたし寝てただけなんだけど。変な夢でも見たっけ?首を捻るけど、全く思い出せない。楽しいか悲しいのかさえも。なら必要ないことなのだろう。

 思い出そうとするのを早々と諦めてベッドの横の台の上にある小さなベルへと手を伸ばす。

 ベルならば必ずある、クラッパーと呼ばれる音を鳴らす部品の着いてないそれは魔導具の一種で、これを振れば対となるベルを持つ人間にだけ音が伝わる仕組みとなっている優れものなのだ。ああ、なんて便利な道具なのだろう。

 携帯があった方がもっと便利だろうけど、とは口が裂けても言えないので、思うだけに留めてベルを我武者羅に振り回す。

 祐徳でも永徳でもどっちでもいいからさっさと来い!

「姫様っ!」

 振り続けること暫く。

 なんの予告もなしに扉が開いたかと思えば、顔を真っ青にさせた祐徳が片耳を押さえながら部屋へと飛び込んできた。

 おい!主人が休んでる部屋に許可なくはいるとかお前バカか!ノックしろよノック!

 礼を欠いた祐徳の行動に取り敢えず手元にあった枕を投げつけることで抗議して、足元に跪かせる。

「祐徳、あたし言ったわよね?寝てる時は常に側にいることって!」

 なのに、起きたらお前がいないとはどういう了見だ。今は永徳があたしの側に付けないから故の命令なのにさあ!

「申し訳ありませんでした、姫様。ですが、シンドリア港に到着しまして、その手続きの為に…」

「言い訳はいいのよ!バカ!」

 ドン!と地団駄を踏みしめて、痛む頭に手を当てる。寝起きはいつも頭が痛くなる。おまけに起き上がるのは久々だからかなりふらついているし最悪だ。船酔いは大分治ったけど、まだ本調子じゃないし、ホントなんであたし付いてきたんだろ。後悔しまくりである。

 そこまで考えて、はた、動きを止めた。

 あれ?こいつ今なんか重大なこと言ったような。

「シンドリアに着いたの?」

 尋ねると、祐徳は跪いたままあたしを見上げて頷いた。

「入国の手続きは?」

「恙なく」

「………白龍兄様と紅玉姉様はどうしてる?」

「つい今しがた、船から降り……」

 そこまで答えて、祐徳は口を閉じた。顔色を更に悪くし、冷や汗がいくつも粒となって浮き出ている。

 かく言うあたしも冷や汗がダラダラである。知ってる?これ寝汗じゃないんだよ…?

「もっ、申し訳ございません姫様っ!すぐに降船の準備を致しますゆえ!」

「バカ!そんなことして手遅れになったらどうするの!羽織を出しなさい。もうこのまま降りるわよ」

 はい!と返事をして箪笥の元へと駆けていくのを見届けて、軽く髪の毛を整える。久々にいっぱい喋ったから何度か咳き込んじゃったけど、声が枯れてないことには感謝だ。ただでさえ窶れてるのに声がガラガラとか…美少女にあるまじき姿である。母様が見たら発狂もんだろう。おえぇっ。想像しただけで吐き気が…。

 祐徳があたしを起こさなかったのは、きっとシンドリア側でのあたしの療養準備を整えるのを優先したからだろう。常ならば、それは従者として正しい行動だ。主の体調を考慮することが、何よりの優先事項なのだから。

 しかし、だ。今回はそうも言っていられない。理由は言わずもがな、紅玉姉様のことである。

 紅玉姉様の精神状態は不安定で、長期間極限状態が続いている。いつ破裂してもおかしくない水風船なのだ。

 もし、シンドバッド様が紅玉姉様との事でシラを切り通すつもりだったなら……、やばい、想像しただけで目眩がしてきた。

 白龍兄様は、紅玉姉様の事情なんて、どうせご存知ないどころか興味ないだろうし、かこなんとかや姉様付きの侍女や侍従たちは姉様の絶対的な味方だから乱心を止めることなんて恐らくきっとない。むしろ満場一致で責任取れの方向のはずだ。

 もし、万が一に、姉様がシンドバッド様に刃を向けたりでもしたら………。事がことだけに、戦争、なんてことが起こりかねない。いや、この場合は完全にシンドバッド様が悪いんだけど、それでも今はマズイだろう。白龍兄様は紅玉姉様とは目的が別にあるみたいだし。じゃなきゃ、このタイミングでシンドリアへの留学を希望するはずがない。レームでもパルデビアでも、他にもあるだろう。だけど、白龍兄様はシンドリアを望んだ。これって勉強とはまた別に何か目的があるってことでしょ?むしろそれ以外に何があるの?

 それに、何よりの理由はといえば、もし戦争にでも発展したら帰国は確実。それもすぐにだ。もう船には乗りたくない。帰る時に乗るのは仕方ないけど、できれば暫く休みたい船怖い。だから、即帰国なんていうフラグは直ちに折らなければならないのだ。あと、ここまで苦労したんだから何かしらの繋ぎは欲しい。切実に。

 祐徳に羽織を着せてもらい、足早で部屋から出る。船が無駄にでかいので、甲板に出るのも一苦労だ。どんどん早足になり、最終的に走り出す形になった。それでも遅々とした動きではあるけども。祐徳も今回の事の重大さには気づいているのではしたないとか何も言わない。いくら遅くても足元とか開けちゃうしね。

 あーヤバイしんどい。二ヶ月も寝込んでたから、体力どころか筋肉まで落ちているようだ。筋肉なんて元からついてないけど。でも、動くのに必要な筋力というものは必ず存在するわけで………なにが言いたいかっていうと、体が鉛のように重たい。

 息切れをしながら甲板に出ると、船のすぐ下に人だかりが出来ているのが見えた。

 紅玉姉様も、白龍兄様も、永徳もいる。ってか永徳仕事終わったならすぐに戻ってこいよ駄犬が!!

 悪態を吐きながら階段を駆け下りようとした瞬間、剣を振り回した時によく聞く鋭い音が、大きく響いた。

 下を見ると、紅玉姉様がシンドバッド様へと剣を振り抜いたあとで、ギリギリ当たらなかったようだが、安心できるわけがない。姉様が剣先をシンドバッド様へと突きつけたのである。しかも殺意ビンビンで。

 ひぃぃー!やめてよ姉様ぁ!

「シンドバッドめ!!謝ったのなら国の為、涙を飲んで耐え忍ぼうと思ったのに…!」

 姉様の右手が、簪へと伸びる。

 ヤバイ。これあかんやつや。姉様金属器発動しようとしてる…!!

「ねっ、姉様!!」

 大声で呼んでみたけど、聞こえていないのか反応してくれない。代わりとばかりに、シンドリア側の人たちがあたしを見たけど、お前らはお呼びじゃないわ。今は紅玉姉様をなんとかしないと。けれど、普通に行ったのでは間に合わないだろう。

 数秒の逡巡の末に決意する。

 これは紅玉姉様に、っていうか他の人たちの前では使いたくなかったけど…!

 仕方ない、と割り切ることにして帯の中に忍ばせていた紙切れを数枚手に取った。

 色々と文字が書き連ねてあるそれは八卦札と呼ばれる、煌帝国に伝わる魔導具だ。

 えーっと、この文字は鏡になってるから、確か捕縛用だった、はず。あれ?失神させるんだっけ?

 違ったとしても、姉様は武人でもあるから、そこまで被害はないだろう。そう祈りながら、指先を噛み切って札に血を落としながら、魔力を流し込む。きちんとしたやり方があるみたいだけど、これくすねて来た奴だし使い方よくわからないから血なら紙に染み込むし魔力を流し込むのも簡単だと思ったんだけどめちゃくちゃ痛かった。噛み切るって難しいね……?

 紙が魔力によってトランプのように固く張り詰めたのを確認し、思い切り紅玉姉様へと投げつけた。が、腕力が足りなくて、目標に届く前に紅玉姉様の足元に数枚散らばるという無残な結果に終わった。

 あ、やべえわ。紅玉姉様の腕を狙ったのになんたる失態。そこはなんか補正かかって欲しかったなー。

 効力ないかもしれないなぁ、と思いながら、ようやく階段を降り切って紅玉姉様の元へと走り寄る。

 もう息切れ酷すぎて死にそう。心臓バクバクいってるどころか喉の奥から掠れた音がしてるんだけど…大丈夫これ?病み上がりなのになんであたしこんなことしてんの?

「なっ!足が……!」

 紅玉姉様が驚いたように足元の札を見下ろす。

 効力がないかもと思ってた札は、十分効果を発揮してくれたみたいだ。足を止めただけだけど。

 でも、動けないことに変わりはないし、うん。万事がOKってやつ?

「こっ、ゲホッ…こう、紅玉姉様、落ち着いてくださいまし。ね?」

「…紅蘭ちゃん…」

 不安そうに瞳を潤ませる姉様の手を取り、にこりと笑っておく。お願いだから、これで冷静になってくれ。もしくは安心してくれ。聖母の笑顔ではないけど、それ並みの想いはこめたからさ。

 思いながら笑ったあたしを見たシンドバッド様の従者?の一人があっ!と声を上げた。

 おい、空気読めよ。誰だよ煌帝国の末姫様だとか言う奴。指さすな!これでも一応姫だぞ!無礼すぎるだろ。

 さっ、と視線を動かすと、何時ぞやの宴のときに見かけた銀髪のチャラ男風の男がそばかすの従者にあたしのことを煌帝国の末姫だと説明している最中だった。

「末姫様ですか?どうしてまた、そのようなお方がシンドリアに…」

「…あー、もしかして、王様にナンパされてたからそれが理由かもしれないですね…。ファンだとも仰ってましたし…」

「な、ナンパぁっ!?あの幼い少女に!?」

 シンドリア側の人間がにわかにざわつき始めた。おい。おいやめろ。

「ナンパ、ですって…?」

 落ち着きかけていた紅玉姉様の声に、剣が混じる。わなわなと震える肩に、握り合う手に力がこもり出す。

 その様子を見て銀髪の男は慌てて口を手で押さえた。

 もうおせーよ!!

 もっと!声を!抑えろよ!お前今何したかわかってんのか?火に油注いだんだぞ!ヤベっ、じゃねえよ!余計なこと言ってんじゃねえよクソが!

「ね、姉様。別にナンパなんてされていませんから!あちらの殿方の誤解でございます!」

「…せ、な…わ」

 必死に言い募るが、聞こえていないのか何やらブツブツ呟いている。ちょっと待って、なんか金属器が光って…?え?もしかして発動しようとして?え、まじで?これ、一応だけど魔力の循環に影響を与える術式も組み込まれてるって話なのに?え?普通に無理でしょ。だって、魔力練れないようにしてんだから。え?え?

「わ、私だけでなく、可愛い妹にまで毒牙にかけようとしてたなんて…!やっぱり許せないわ…っ!!」

 違う!かけられてないから!!っていうか、なんか、下から変な音が。

 どうしたのかと足元を見やって、一気に血の気が失せた。

 なんと、札が燃えていたのである。

「……なっ!?」

 えっ!なにこれ!?っていうか紅玉姉様動いてるんですけど!なんでっ!?

 もしかして、あたしの術より姉様の力の方が強かったとかそんな感じ?力負けしたとかそんな感じなの?魔力阻害と捕縛の呪符なのに!?金属器使いマジヤベェ!!

 札が完全に燃え尽きて、術が破られたことによる反動が体にくる。思わず尻餅ついちゃったけど、凄い痛い!ちょ、これ捕縛用じゃん。なんで痛みなの?動けないとかそんなんでいいじゃんか!

 突然体を突き抜けた痛みに思わず姉様の手を離してしまうと、完全に武器化魔装した姉様が再びシンドバッド様に剣先を突きつけた。

 これ、激おこじゃない。それ以上のやつや…。あまりの怒りの形相に、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。こえーよ姉様。腰抜けたんですけど。

「私と決闘なさいシンドバッド!可愛い妹の純情を弄び、乙女の身を辱めた蛮行、死に値する!!!」

 って、ビビってる暇なんてない!これじゃ血みどろの殺し合いじゃないか!

 慌てて縋りつこうとして、腰が抜けてることを思い出す。

 動けない。詰んだ。いやいや、諦めるなよ。このまま諦めたら帰国ルートじゃん。今の状態で船なんて乗ったら確実に死ねる。今度こそ死んじゃう。しかも何も得るものがないとか、それだけは嫌だ。

「紅玉姉様。お願い致しますから、落ち着いてくださいませ。ここは一度、冷静になって話し合いの場を設けるべきです。だからどうか、剣をお納めになって!」

 精一杯声を出して訴えかける。喉が痛んだけど、頑張って声を張り上げる。

 そうだよ!気にくわないことがあるなら話し合えばいいじゃん!争いいくない。平和が大事。

 こっちは、あたしだけだけど紅玉姉様を止めるのに必死だし、あっちはあっちでシンドバッド様を問い詰めるのに必死だ。

 そうだよ、まずはお互いの言い分を聞かなければ話し合いも何もないじゃん。いきなり剣を取るのは蛮族のとる行動だ。あたしら人間!肉体言語じゃなくて、本物の言語で論じ合おうよ!

 と、思ってると、そばかすの従者が紅玉姉様に詰め寄った。

 一体どういうことですか!?って。

 はぁぁぁ???おま、ちょ、おいっ!距離が近い!そんなんじゃ紅玉姉様が怯えちゃうだろ!

 案の定、紅玉姉様はその従者に驚いて武器を取り落とした。

 次にはこれでもかと顔を真っ赤っにさせて泣き出し、後ろに控えていた女官のもとへと逃げていく。そりゃ、何があったかなんて、本人の口から言えるわけがない。

 そして、代わりに前へと進み出たのが、紅玉姉様の側近でもあるかこなんとかだ。相変わらず眼鏡のような刺青が目立っている。

「失礼。これ以上は、本人の口から告げるのは酷というもの…。私に続けさせてください」

 そうして、始まるかこなんとかの説明。

 これは紅玉姉様の証言だけど、目撃者もいるからいくら信じられなくとも真実として受け取ってくださいね、と前置きを忘れないところが本当にしっかりしている。

 シンドバッド王の煌帝国ご滞在最後の夜、別れの酒宴が催された。これは、あたしもほんの少ししかいなかったが参加した宴だ。

 酒宴が滞りなく終わり、その夜が明け、そして朝。

 寝所にて目を覚まし、ふと、隣を見てみると……

「裸で眠るシンドバッド王が、そこに……。これで何もなかったと言うのなら、ぜひご説明頂きたく…………」

 皆が皆、沈黙するしかなかった。これ確実にアウトだろ、って空気が流れてる。あたしもそう思う。これヤっちゃってるやつでしょ、明らかに。誤解だ!って言っても裸の姿で言われても説得力ないやつでしょ、確実に。

 取り敢えず、それぞれの言い分を言い合う時間ができたことに安心してしまう。更には、紅玉姉様はこれ以上武器を手にする様子はなさそうでさらに安心。一安心ってやつ?まだ不安は残ってるけど。

 だけど、一気に体の力が抜けて、今度は凄まじい疲労感が襲ってきた。呪詛返しくらったようなもんだしね。紅玉姉様にはそのつもりないんだろうけど、あれ呪詛返しだからね。たぶんだけど。

 それにしても、体痛い。足を封じてたから足が主に痛い。腰抜けたとかの問題じゃなく痛い。

 それぞれの言い分を話し合ったあと、シンドリアの魔導士が水魔法を使って、何もなかったのだという真実を見せたところで限界がやってきた。病み上がりには重労働すぎたのだ、きっと。目眩に耐えきれなくなって後ろに倒れ込もうとした体を駆け寄ってきた永徳が抱きとめてくれた。

「姫様っ、」

「永徳…お前、あとで覚えてなさいよ」

 最後に小さく宣言して、あたしの意識はまたもやブラックアウトしたのだった。

 最近あたし気絶しすぎじゃね?もうやだ、ほんといい事ないよ。なんで付いてきたんだろ。淫行騒動も冤罪だったし。あーほんとつら。



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笑い話

 うっすらと瞼を持ち上げると、寝ぼけ眼の先に火が灯っていないシャンデリアがあって、驚きから一気に眠気が覚めてしまった。オシャレで、まるで何処かの王宮にあるかのような豪華なシャンデリアは、ギラギラと輝きながら天井からぶら下がっていて、存在をこれでもかと主張している。自己主張激しすぎだろ。他の装飾より目立ってるし。いや、オシャレなんだけど、それよりも、と首を傾げてみる。

 ここは一体どこだろうか。間違っても、そんな西洋的な照明器具など、煌帝国には…………、ああ、シンドリアだっけか、ここ。さして悩むまでもなく答えはあっさりと出てしまって拍子抜けしてしまった。

 あんまりにも久しぶりに西洋チックなものを見たからビックリしちゃったわ。驚かせんなよなもー。

 内心で悪態を吐きながら、ゆっくりと起き上がって両腕を伸ばす。頭痛は止まないし、胃がムカムカしてて気持ち悪いしサイアクだけど、動く分には問題なさそうだ。絶好調には程遠いけど、それはいつものことなので悩んだって仕方ない。

 ぐるーりと首を回し、凝り固まった関節を解して今度は全体的に大きく伸びをしてから、状況把握につとめることにした。

 ここはシンドリア。恐らく、宮殿に用意されていた客人用の部屋だろう。あたしが気絶したから、ここに運んだと、多分そんなかんじ。

 陽の高さは、記憶にあるのとさほどの違いはない。が、一日経過していることも考えられるので、日時は不明。最後に、疑問に思う点があるとすれば、衣服があたしが着ていた夜着から、見たことのないものに変わっていることだろうか。

 脇腹や太ももにスリットの入った、オフショルダーになっている丈の長い白のワンピースは可愛いし大人っぽくてわりと好みだけど、こんなもん着慣れていないからなんだか落ち着かない。てか、肌見せすぎじゃない?嫁入り前の女の子の着るような……って、嫁入りする予定なんてないけど!それを抜きにしてもあたしってば煌帝国での常識に染まってるー。

 まあ、仕方ないか。記憶があるって言っても、ほんとに記憶があるだけで、性格は前世のあたしとはだいぶ違うみたいだし。可愛いものやお洒落なものは好きだけどね?

 それでも、着慣れていないことに変わりはないので、なんだか落ち着かずそわそわしながら周囲を見回すと、枕のすぐ側にベルが置いてあるのに気がついた。が、それはあたしのものではない。デザインもそうだけど、素材が全く違う。恐らく、シンドリアで普及してるものだと思う。

 なら、これを鳴らしても永徳や祐徳がやってくることはないのだろう。というか、そもそもあいつらどこ行ったん?ってかんじなんだけど、ほんとどこに行った。アルジサマがご起床だぞ。側に控えていなくてどーすんだバカたちめ。

 女官や侍女なんてあたしには与えられてないから、あの二人がいなければ着替えもままならない。自分で着替えようにも、見た感じでは、この部屋にあたしの着替えは置いてないように見える。ま、あったとしても一人では着れないから意味ないんだけど。

 よって、この露出過多な服から衣装チェンジすることは不可能との結論に至る。

 初対面の相手っていうかあの二人以外に着替えの供をさせるのは、ぜえっっったいに嫌だから、もうどーしようもなくね?部屋出ちゃう?恥ずかしいけど、知らない人の世話になるのもヤダし、部屋から出てあの二人探したほうが良くね?

 でも、この格好で外出るのはなぁ。部屋の中だけで着る分にはかまわないんだけど、露出した肌を他の人間に見られる、なんて考えたら気分が悪い。

 うだうだと悩むこと数秒。よし!と気合を入れて寝台から降りることにした。少しだけなら大丈夫だろう。扉を開けて、ちょっと顔を出して近くに人がいなければ戻って永徳達を待てばいい。

 素晴らしい案ではないか。意気揚々と床に足をつけて立ち上がる。立てたと思った瞬間、どうしてか膝から下の力が入らずに膝から勢いよく床に倒れてしまった。

 それも盛大に。顎打った、痛い。

「……………」

 しばし、呆然とする。

 そしてふと、いつもあるはずの感触がないことに気がついて、だらしなく投げ出された足を見ると、いつもつけているはずの足飾りがなかった。すごく今更だけど、腕輪も外されている。

「………あー、…」

 なるほど、と。最後の言葉は続かない。なるほど、どうりで立てなかったわけだ。理解できたが、どうにも納得がいかなかった。おいおい、皇女様の装飾具を勝手に外すとはどーいう了見だ。

 はあ、とため息を吐く。

 推測するに、装飾具を外したのは例に漏れず永徳と祐徳の二人なんじゃないだろうか。きっと、目を覚ましたあたしが勝手に部屋から出ないようにする為だろう。全く、お前ら二人が傍にいればそんなことしないっての。ばっかじゃねえの?それともあれか?病み上がりだからってか?心配してくれてんの?ありがとう。ふざけんな。だとしても、勝手に外してんじゃねーよ。あーもう!これじゃあ寝台に戻れないんですけど!

 どうしたものか。自分でどうこうできるわけではない自体に、もうため息しか出てこない。

 どうすることも出来ずにうんうん唸っていると、扉がガタリと音を立てた。何かがぶつかったとかそんな感じの音ではなく、どちらかというとそれは開く音に近い。と、冷静に考察している場合ではなかった。

 これは紛れもなく開くような音ではなく、実際に扉が開こうとしている音だ。誰かが開けようとしている?永徳?それとも祐徳?しかし、その推測は恐らく間違っているだろう。あの二人なら必ず許可を求めるはずだ。

 じゃあ、誰だ?紅玉姉様?白龍兄様?それともシンドリアの誰か?想像なんて全くつかないけど、そのうちの誰であろうとも嬉しい出来事ではない。

 今は他人になんて会いたくないし、何よりこんな姿を見られるわけにはいかないのだ。どうにかして身を隠せないかと慌てるも、伸ばした手で掴めたのはシーツだけで、慌てて引っ張ってしまったせいで加減ができず、勢いが強すぎたのかシーツがふわりと舞い上がった。そしてそれは重力に従ってあたしの頭へと落ちて、全身を包み隠した。

 はい、ドジっ子おつー。ふぁさ、とシーツが被さる軽い音と同時に、扉が開ききって誰かが入ってくる音がする。足音からして三人くらいだろうか?一つはやけに軽いから子供だろう。あとの二つはよくわからない。

 じっ、と息を潜めて気配を探っていると、あれ?って、子供の声がした。足音もちょうど止まって、ってやば、見つかった。いや、見つからないと思ってたわけじゃないけど、やめてよまだ何も対策練ってないよ。来るなよ!?来るんじゃないぞ!?って頭の中で唱えていると、唐突にシーツが剥ぎ取られた。

「あれ…お姉さんこんな所で何してるんだい?」

 シーツを片手に持った子供の不思議そうな声が上から降ってくる。

 隠れん坊?って首傾げんなちげーよ。

 顔を上に上げると、そこには赤と青と黄の、まるで信号機のような髪色をした、子供と女の子と少年と青年の中間ぐらいの男があたしを不思議そうに見下ろしていた。

 どう答えればいい?寝ぼけたって誤魔化すか?

 でも、いくら寝起きで頭がぼーっとしてたからって、自分の体調にも気付けないのは皇女としてはあるまじき姿だ。

 そして何より、こんな姿を見られるわけにはいかなかったのに。祐徳が見たら情けないと呆れるだろう。永徳なら天変地異の前触れとばかりに慌てふためきあたしの心配をするのだろうけど、それもそれでかなりダメージがある。

 何度か口を開いたり閉じたりと答えあぐねていると、赤髪の女の子が何かを察したのか、私のそばに屈んで見せた。

「失礼しますね」

 静かな、抑揚の少ない声だ。表情の起伏も少なく、どこかボンヤリとした印象を与える。目元が変わってるから、きっと、何処かの珍しい民族かもしれない。所謂外国人ってやつ?

 なんて思いながら眺めていると、女の子の腕が、肩と腰のあたりに置かれた。と、思ったらうつ伏せの状態から仰向けにされ、あっと言う間もなく持ち上げられた。

「ぴゃっ」

 驚きすぎて変な声出た。恥ずかしい…じゃなくて、これ何事!?

 背中から脇にかけてと、膝裏に腕があって女の子の顔が近くてこれってプリンセスホールドってやつだよね。お姫様抱っこだよね。誰得ってやつじゃない?

 目を見開き体を強張らせたあたしに気づいた女の子が、申し訳なさそうに眉根を寄せる。

「驚かせてしまってごめんなさい。寝台にお運びしようと思って…少しの間だけ、我慢してくださいね」

 そう言って、女の子がすぐ側にあるベッドへとあたしの体をゆっくりと下ろした。横たえらせずに背中をもたれ掛けさせるように座らせてくれたところや足に落としたシーツを被せてくれたところにも優しさが垣間見える。あまりにも優しい手つきにちょっとどきりとしてしまった。

 し、仕方ないじゃん!お姫様抱っこ初めてなんだから!そ、それにこの子優しいし!なんでこんなに優しいの!?家族でさえこんなに優しくはしてくれないよ!?そ、それに、なんかあたしを見る目も優しいし………名前、なんて言うんだろう。

 って、違う!そうじゃない!この子は親切にもあたしを寝台に戻してくれたのだ。ならば言うことは一つだけじゃん?お礼を言うだけじゃん?名前なんてそのあとでいいじゃん。第一印象は大事だと思わない?まずは笑顔でお礼言って、名前聞いて、その髪の毛綺麗だけど何か特別な手入れでもしてるの?って、美容とかなんかそんな感じのこと聞けばいいのよ。女はみんな綺麗なものが好きなんだから、きっとこの子もお話してくれるはずよ。

 青色の髪の男の子が、モルさんすごいね、って笑ってる。モルさんって言うのね。いや、もしかしたらあだ名かも。やっぱり自分で聞くべきだ。え、黄色髪の男?空気みたいになって、キョロキョロしてるよ。おい、お前乙女の部屋を見回してんじゃねえよデリカシーねえな。

 と、そんなことをしている場合ではない。お礼を。早くお礼を言わなければ。

「あ、あのぉっ」

「何か?」

 寝台から離れようとした女の子を慌てて呼び止める。

 やばっ、ちょっと声が上擦った。恥ずかしい。でも、無視されなくてよかった。安堵に胸をなで下ろす。

 ボンヤリとした瞳があたしに向けられたのを確認して、一つ、大きく息を吸った。緊張で喉が震える。声まで震えないように気をつけなきゃ。

 本来、皇族が下々の者に礼を言うなんてあってはならないことなのだ。でも、この場には口煩い祐徳も、この子達を追い出すだろう永徳もいない。言うなら今しかないだろう。名前を聞くのも今だけだ。

 よし、と決意を決めて口を開いた。

「あのっ、あ、あり」

 がとう、と続く筈だった言葉は、勢いよく開かれた扉の音によって遮られた。

「……………」

 一瞬頭の中が真っ白になった。もう、なんかもう色々と吹っ飛んだ。

 声が出ない口をパクパクさせながら、ギギギ、とまるで錆びたネジを回すような動作で扉の方を向く。

 そこには、わなわなと肩を震わせる永徳の姿があった。

「え、えい、えいと、く」

 血の気が一気に引いていく。

 なんとか名前を呼ぶと、永徳が顔を上げた。

 かと思ったら、あたしの呼びかけには応えずに、口元を歪めさせら歯をむき出しにしたような威嚇だとわかる表情を見せた。目元は見えないが、確実にこれは睨みつけてる。

 あ、終わった。

 その瞳を見て、すぐさまあたしの試みが実行される前に終了したことを悟った。

「…貴様ら、ここで何をしている!ここを何方の寝所だと心得ているのだ!」

 ボソリと、呟くように低い声が唸った。

「一体、誰の、許可を、得て、足を、踏み、入れた…っ!」

 一言一言区切りをつけて、肩から全身へと広がった震えを気にした様子もなく、永徳は腰に下げられた剣に手をかけた。

 おい。おい待て。こいつ殺る気まんまんじゃねえか。お前こそここを何方の寝所だと思ってんの?あたしの許可なく何勝手に剣を抜こうとしてんの?

 今にも斬りかかるんじゃないかという様子に止めようと口を開こうとして、別の声に先を越されてしまった。

「いやぁー!スンマセン!僕たちまだシンドリアに来て日が浅くて~。ここが皇女様のお部屋だとは知らなかったんですよぉ。すぐ出るんで許してください!」

 そんな呑気な声がこの緊迫?した空気を一瞬で吹き飛ばした。黄色髪の男だ世間ではそれを金髪と言うが、黄色で十分でしょ。金髪羨ましいなくそ。そんな黄色髪の男が、人好きする笑みを浮かべながら子供と女の子の前に進みでたのだ。

 まるで、永徳から守るように二人を背にして。

 そして、笑みを絶やさず、へこへこと頭をさげる。

「ほんっと、すみませんでした。今後勝手に入ることがないよう気をつけますんで!」

 じゃ、と片手を上げて女の子と子供の背中を押しながら扉の向こうに消えていく。

「待て、貴さぶごぉっ!」

 その背中を抜刀しながら追いかけようとする永徳を、手元にあったベルを使って止めた。どう使ったかって?顔面に向かって投げたに決まってんじゃん。兜あるから無駄かもだけどらしないよりはマシだし。それ以外に何の使い道があんの?

「永徳、こっちに来なさい」

「ひ、ひべざば…」

「いいからさっさと来な」

 どうやら鼻に直撃したらしい。鼻を押さえてるのを見るに、鼻血でも出たのかもしれない。しかし、そんなのあたしの知ったこっちゃない。さっさとしろと視線で促すと、鼻血を垂らさないよう慎重に歩きながら、ベルをあたしの手元に置いた後に永徳はベッドの傍に膝まづいた。

「お前、一体何考えてんの?お前こそ、ここを何方の寝所だと心得てるのかしら?あの人たちは、確かに勝手に入ってきたけど、困っていたあたしを助けたのよ。それを何?不法侵入者扱い?ねえ、お前馬鹿でしょ。大馬鹿ものでしょ。いつからあたしの従者は愚か者になったわけ?おい、黙ってないで答えろよ」

「あ、ありがとうございますぅううううっ!」

「誰がお礼を言えって言ったよオイ」

 永徳が拾ってきたベルを受け取り流れるような動作でそのまま永徳の頭に叩きつける。カーン!と金属同士がぶつかる音がしただけで、永徳にはこれと言ってダメージはないようだ。ちくしょう。こいつがいつも着けてる目元まで覆う兜が邪魔だと初めて思った瞬間である。

 仕方なく八つ当たりも含めて太ももめがけて投げつけてやる。これも鎧によって痛くなさそうだ。投げたせいで、更にベルが勢いよく鳴るが、先程から音を上げているにも関わらず誰もこないところを見ると人払いは事前にしてあるようだ。そういうとこは優秀だからほんと腹がたつ。もっと間抜けにいこうよ。揚げ足取れないじゃん。

 はぁ、と大きく大きくため息を吐き出して気分を落ち着かせる。ホントはこんなことしたくはないのだ。でもついついやっちゃうんだよね。そこはご愛嬌ってやつだ。

 本来の目的を果たすべく、両手を寝台の縁に置くと、身をのり出すようにして永徳へと顔を近づけた。肩にかけていた赤い髪の毛が重力に従って下へと流れる。うん、髪の手入れは入念にしてるからサラッサラだよ。美髪だよ。CM出れる並みだ。美少女は美髪。これは真理だと思う。

 つらつらくだらないことを考えながら、少し震えるだけで崩れることのない腕を見て、このぐらいの動作ならなんとかなりそうだ、と確認も忘れない。

「で?どうだったの?」

 じい、っと兜を見下ろしながら、先ほどとは打って変わって、優し~く問いかける。

 あたしの質問に対し、永徳は下を向いたままはっ!とこ気味のいい返事を返した。なんで顔を上げないかって?だって、顔を上げていいなんて許可出してないし。あたりまえじゃね?

「先程、シンドリア国王との謁見が終了いたしました」

 その口頭から始めた永徳は、あたしが気絶していた間に起きた出来事を事細かに説明しだす。

 話を聞いて、ふむ、と頷く。予想通りあれから一日も経っていないらしい。それどころか一刻もまだ過ぎていないみたい。思ったより早く意識が戻ったようだ。この部屋も、客人の為に用意してた寝所、と。服は、シンドリアに普及してる寝巻きらしい。着物よりは寝苦しくないとのことで、祐徳が着せてくれたようだ。で、足飾りやら腕輪やらを外したのは、これ以上体に負担はかけられない、と。そういうことね。ありがた迷惑っちゃそうだけど、まあ、あたしの体のことを心配してくれたのなら、一応ここでは良しとしようか。

 一通りの流れから祐徳の動向へと移ったあたりで、もういいと報告をやめさせた。

 祐徳のことは祐徳から聞けばいい。

 それより何より、あたしが気になるのは別のことである。気になる、というか、キョーミ深いっていうかなんというか。

「煌帝国を滅ぼす、ねぇ…?はっ!」

 おっと、思わず鼻で笑っちゃった。

 でもさ、だってさ、仕方なくね?一国を滅ぼすってどんだけ大変なことかわかってんの?って感じ。それが小国なら、まあ大変だけど死に物狂いでいけばなんとかなるんじゃね?ってギリギリなところ。

 でも、煌帝国って大国だし。侵略国家だし。何より金属器使いいるし。紅炎兄様なんか三つも持ってるんだよ?どー考えても、無理っしょ。神官様(笑)の斡旋を断って未だに金属器を手にしてないどころか迷宮にも行ったことがないなら尚更じゃん。経験足りなさすぎ。見識狭すぎ。頭でっかちすぎ。…おっと、これは言い過ぎか。

 でもさ、ほんっと、白龍兄様ってば夢見すぎだよねー。現実ってもんを知ってるつもりなんだろうけど、それって所詮つもりなだけだから。力がなきゃなーんも出来ないのわかってるだろうに。いや、ないからこそ、シンドバッド様に打ち明けたんだろうけど。どちらにせよ、理想だけ高くても実力が伴わなきゃ痛々しいだけだわ。すっごい憐れー。

「…シンドバッド様の反応は?」

「驚いておいででした」

 そりゃな。一国の皇子が自分の国滅ぼそうとしてるんだもん。そりゃ驚くわ。

 ……しかし、本当にそれだけか?向こうは、今に始まったことじゃなく、前々から煌帝国が綻び始めてるのに気づいているはずだ。いや、いずれ綻ぶだろうと見抜いている。そうじゃなくてもきっかけを探っている、はず。難しいことわかんないけどたぶんそう!

 今回のことで、今まではそうなるだろう、という予想が確信に変わってもおかしくはない。それでいて、いつ敵に回っても、っていうかほぼ敵国な感じの煌帝国に大打撃を与えることが出来る可能性を前に、打算的にならないはずがない。……思惑はどうであれ、きっと、シンドバッド様は支援するだろう。で、白龍兄様はその支援に縋る、と。

 

 

 あはは。程のいい駒じゃないですかー。三分クッキング並みの即席具合に笑いしか出てこない。ホントは違うかもしんないけど、それでもちょーウケる。

 だってあの人絶対に善意じゃないでしょー。煌帝国のこと大っ嫌いじゃんぜったいー。邪魔とか思ってるって!白龍兄様に手を貸しても、どーせそのうち何かと理由つけて滅ぼしにかかるってぇー。だって、白龍兄様の思惑が成功するってことは、主戦力はほぼ壊滅してるだてことでしょ?なら攻め時ってその時じゃん!

 ああ、でも。

 でもでもでも!

 

「……あの豚を殺してくれるなら、願ったり叶ったりねえ」

 

 煌帝国皇帝・練 紅徳の死。

 そんな素敵な未来を思い描くことができるなら、協力ぐらいしてあげてもいいかもしれない。煌帝国が滅びるのは困るけど、でも、あの豚が死んでくれさえすれば今後の憂いも晴れるだろうし。っていうか、あの醜い豚がそもそもの原因だし?

 気絶したことに辟易とはしてたけど、こんなに素晴らしい収穫があったならその甲斐もあるって感じね。

「ねえ、永徳。お前もそう思うでしょう?」

「おっしゃる通りです」

 さてさて、次は祐徳の話を聞かなくちゃ。あたしが気絶していた間は、二人はフリーになってたから他の侍従たちの手伝いと称して城を歩き回っても怪しまれなかったことだろう。気配を完全に消すことができる永徳なら会話の盗み聞きもお手の物だし、祐徳は祐徳で独自の情報網を築き上げている。それが、いくら結界に守られたシンドリア国内であろとも、だ。

「しんどいこともあったけどぉ、シンドリアに来て正解だったわねぇ」

 来る未来に想いを馳せながら、しみじみと呟いた。



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何事にも動じない人間に、わたしはなりたい

 永徳に続き、祐徳からの報告を受けて、これから取るべき行動をじっくりゆっくりと頭の中で吟味する。

 白龍兄様にそれとなく協力すべきか、順位繰り上げのために国へと報告するべきか…。決めかねている方針はこの二つである。

 あの時はテンション上がって協力しちゃおう!って思っちゃったりもしたけど、そもそもの問題として、白龍兄様が謀反起こして成功するの?って話だよね。

 うちには武の紅炎兄様、知の紅明兄様、好戦的な紅覇兄様、武芸に秀でた紅玉姉様、東部の民族を配下に加えて力をつけてきた白英姉様がいる。というか、みーんな戦う術を持っていて経験と技術を積んだ猛者達ばかりだ。

 そこに、稽古だけで実践経験の全くない白龍兄様が攻め入るのは並大抵のことではないはず。率いる武官も文官も、与えられている数しかいないし、戦地になんて行かないから増やしようもなかっただろうしね。仮に、実弟ということで白英姉様が白龍兄様側についたとしても、戦力差は明らか。あたしでもわかる。敗北の文字しか目に見えない。

 謀反が失敗したりなんかしたらどうなる?そんなの決まってる。裏切り者には、死あるのみ、だ。

 潔くあっさりと断頭台に登るだけならいいけど、拷問もありうるから、勝ち戦でない限り、起こす意味も必要性も感じられない。正直、死にたいの?って感じ。死に急ぎってこういうことを言うんだねー。

 まあ、白龍兄様は勝つ勝てないとかじゃなくて、勝たなければならない、って考えなんだろーけどー?

 だけど、いくら死に物狂いで行ったって、明らかに戦力不足じゃね?負け戦だとわかっていて協力する馬鹿な真似はできるはずがないじゃん。だって協力した時点であたしも仲間になっちゃうからね!負けた日にはお先真っ暗だよ。今以上に崖っぷちだ。ぶっちゃけ笑えない。

 祐徳からの新しい情報では、シンドリア滞在中の間は、白龍兄様はこの国にいるマギの傍で過ごすことになったらしい。本来の目的はマギではなくて、バルバッドの第三王子との交流みたいだけど。彼から色々と学べって言われたんだってさー。

 つーか、煌帝国が食い散らかした国の王子の傍に居させるなんて、シンドバッド様は一体何を考えているのやら。確実にこっちに敵意持ってるに決まってんじゃん。未遂に終わったけど、食べ残しただけのようなもんだし。思想犯に仕立て上げるつもりだろうか?

 煌帝国に故郷を滅ぼされたという人間もこの国には数多くいるだろう。第三王子を筆頭に、その者たちと深く関わらせて反帝国的な思想を育てるとか?

 白龍兄様の目的は煌帝国を滅ぼすこと。そのためなら、どんな苦行でも乗り越えてみせるだろう。だから、ちょっとやそっとの罵詈雑言は甘んじて受けるはず。

 でもさ、なんかさぁ、定義が曖昧すぎるんだよねぇ。

 何をしたら国を滅ぼすということになるんだろ。それを成したと証明するにはどうすんの?

 バルバッドの時のように、外堀から埋めて国を立ちゆかなくさせる?民を先導してクーデターを起こす?皇帝を暗殺か?でもそうすれば次の皇帝が決められるだけで国は存続する。共和国として体制を変えるのも一つの手だ。だが、それと白龍兄様の力を手に入れる、という目的には繋がらない。手っ取り早く乗っ取りとかするなら全面戦争になるから力は必要だけど、それ以外であれば、頭脳戦だ。いかに情報を操作し、人心掌握するかにかかっている。力も必要だけど、それを成すにはもっと別の物が必要である。そう思う。想像だけど。

 考えれば考えるほど、国を滅ぼすって行為にはいくつか種類があるから判断に困る。理由も明らかじゃないからなぁ。狙いが、本当に煌帝国の滅亡なのか、それを統べる誰かの死なのか。

 まずは、白龍兄様の中で滅ぼす対象がどうなっているのかと、その理由を確かめないことには、手を出すのはやておいたほうがいいだろう。

 下手にちょっかい出して大火傷なんて笑い事じゃないし。

 ………まあ、白龍兄様に着いていれば自ずとわかることなんじゃないかな、と簡単に考えてるわけだけど、今のあたしにとって重要なのは、そんな胃もたれしそうなシリアス展開じゃなくて、シンドリア国側の人間と交流するのを重点的に置いた方がいいんじゃないかなって思ってたりする。

 いや、正しくは、シンドリアのマギと仲良くなる、かな。マギが、シンドバッド様をどのように思ってるのかを確かめておかなくては。シンドバッド様を唯一の王として支えるのか、成り行きでシンドリアに着くことになったのか、それとも、既に王を決めているのか。

 もしかしたら、この国のマギが白龍兄様を選ぶかもしれないし。

 え?あたし?無理無理。あたしにはそんな才覚ないし。王の器?そんなんあるわけないじゃん。あったらもっと違ってたっつーの。わかってる。勘違いなんてしない。

 そんなことをつらつらと考えながらいたせいで、思った以上に身支度に時間がかかってしまった。

 うへぇ、鏡越しに見える祐徳の視線が痛い。まあ、もうすぐで紅玉姉様が部屋にやってくるから仕方ないんだけど、ってあっ!何髪の毛アップにしてんの!今日は髪はおろしたい気分なのに!

「なりません。本日はシンドリア王国のマギ殿にご挨拶するのですから、だらしのない御髪では品位を損ないますよ」

「でも、今日は気分じゃないのよ」

「気分ではなくとも、御髪は結えます」

 確かにそうだ。確かにそうだけどさぁ!

 返す言葉もないため押し黙る。

 というか、あたし言葉に出してないのにどうしてわかった。この間から思ってたけど、エスパーかよ怖いわ。主人の感情の機微を察するのも従者の勤めとか言いそう…。

 仕方なく頭皮を引っ張られる感覚を甘んじて受け入れる。痛くはないが、今日は気分じゃないからイライラせずにはいられない。あとで永徳に八つ当たりしよ。

 仕上げに華の簪を挿して、拷問のような苦痛な時間からようやく解放される。鏡に映る祐徳の表情は満足そうで、やりきった感溢れるものだった。はっっらたつなぁー。またこの間みたいに永徳をけしかけてやろうかしら。

 そうこう思っているうちに、扉がノックされる音が響いた。来客を知らせる音に、祐徳の表情も自然とキリッとしたものになる。目元しかわかんないけど。

 きっと紅玉姉様だろう。まあ、先ほどかこなんとかが前触れに来たから、誰だろうなんて疑問の答えは紅玉姉様択一なんだけど。それ以外にあたしの部屋に来るような人なんていないっていうのもある。

 そう思って部屋の隅で正座させていた永徳に扉を開けさせる。第一声は、ご機嫌よう、がいいかな。それとも、ご機嫌麗しゅう?まあ、なんて言うかなんて紅玉姉様のご機嫌を伺ってからでもいいんだけど。ようは、挨拶をしたかどうかであって、その内容やタイミングなんて関係ないのだ。何事も結果が大事なんだから。

 と、悠長に構えている中、扉の向こうから白い着物がチラリと見えたかと思うと、徐々に見えてきた

 その姿にあたしも祐徳も唖然としてしまった。

 が、それもつかの間、慌てて笑みを浮かべて、歓迎の体を取る。臨機応変って大事だよね。それさえもこなせるあたしってさすがじゃね?

「…まあ、白龍兄様が会いに来てくださるなんて…わたくし、とても嬉しゅうございます」

 思ってることを露ほども感じさせない、当たり障りのない言葉を口にする。これなら、気分を害すこともないだろう。

 それでも表情が歪みそうになるのは仕方のないことじゃない?だって、お呼びじゃないし。口元を力一杯引き締めて、あたしたちとは異なる白を基調とした着物を身につけた血の繋がらない兄へと目を向けつつ笑顔を保つ。

 本音を言えば、ちょっとぉー、この人の来訪なんて受けてないんですけどー、なんだが、まあ?それでもおもてなししなきゃなんないのがぁ?底辺人間の性っていうかあ??

 とっとと話を終わらせるべく、茶を出してしまおうと、腕を軽く振って祐徳に指示を出そうとしたところで、それを白龍兄様は片手で制して止めさせた。

「…いや、気を使わなくていい。……少し話があるんだが、いいか?」

 いいか?と言ったところでチラリとあたしの従者二人に目配せをする。

 なるほど、人払いをしろ、と。二人っきりで一体どんな話をしようというのか。ここでスッとぼけてもいいのだけれど、何か有用な情報を掴めるかもしれないので、ニコリと笑って頷いておくことにした。あたしの方が身分低いから拒否権もないしね!

 そして、祐徳と永徳に部屋の外に出るように指示を出す。どう?白龍兄様。貴方の妹は物分かりのいい、理想の妹でしょ?

「………それで、お話とはなんでございましょう?」

 全く心当たりがないと、小首を傾げてみせる。頬に手を添えるのも忘れないあたり、自分の演技力に脱帽だ。あたしすげー!

 そんな自画自賛中のあたしに気づくこともなく、白龍兄様はマジ顔で重苦しく口を開いた。

 あらやだ、真剣な話ですか?気分おっもいわー。

 

「……紅蘭、お前は…どうしてシンドリアに来たんだ?」

 

 

 ………………はあ?

 思わず声に出しそうになったけど、耐えたあたしってほんと凄い。

 え?いきなりなに?なんなの?そんな切り出し方って、はあ?

 あれなん?あたしみたいな底辺な存在が何一丁前に留学なんて大層なことしてんのって言いたいの?

 ………というのはまあ、冗談だけど。

 もしかしてあれかな?白龍兄様は、あたしとコーテイ様が繋がってて、もしかして、急にシンドリアに留学したいと言いだしたから自分は怪しまれてて、そんであたしが、変なことしでかさないよう監視するためについてきたーみたいな感じに思ってんのかな?ごっめーん白龍兄様ぁー。コーテイ様がぁ、いくら愚王でもぉ、白龍兄様みたいにぃ、力のない子を気にするほど暇じゃないんですよぉ?確かに昔は監視とか着けてたみたいだけどぉ、今はそおでもないっていうかぁ?ちょおジイシキカジョー。ちょおウケる。まあ、そんな風に思われてるわけないと思うけどねー。だとしても、その聞き方は不愉快だわー。

 だけど、ここで不快だという感情を表に出しては、今まで猫を被ってきた意味がない。

 あたしは、明からさまに傷ついたように顔を歪めた。ほんの一瞬のことだけど。次には何事もなかったかのように力無く笑って見せた。

「わたくしは、ただ、紅玉姉様が心配で同行させて頂いているだけでございます。たしかに、シンドリアに興味がなかったと言えば嘘になってしまいますが…」

 他に他意はありません、と。言外に含ませる。

 これで納得してくれたらいいんだけどね、きっと納得してはくれないだろう。

 その証拠に、白龍兄様は訝しそうに目を眇めている。ホントかよ、って顔に書いてある。めっちゃ明からさまなんだけど、あれ?もしかしてあたしって、ホントのホントに信用ない感じ?信用ない系皇女様とかそんな感じ?マジないわー。

 ああ、もしかして、本気でコーテーサマとあたしが繋がってるとか思ってる?そんなことあるわけないって、白龍兄様が一番わかってるはずなのにね。忘れちゃったとか、そんなはずないと思うんだけど……まあ、どっちでいいや。キョーミないし。

「ところで、白龍兄様。どうして、急にそのようなことをお聞きになられたのです?」

「…………」

 あたしの質問に、白龍兄様は口を噤んだ。どうやら答えにくい質問だったようだ。もしくは、答えるつもりがないか。

 おい。人には聞いておいて自分は答えないのかよ。いい度胸してんな。

 まあ、答えたくないなら無理に聞くつもりも、無理やり聴いてやろうっていう興味もそこまでないしいいんだけど。でもさー、なんかさー、ねえ?あたしには知る権利ないって感じがもう、ねえ?気に食わないというか?イラつくというか?もうホント、こいつの謀反の計画本国にチクってやろうかな。まあ、本気でするつもりはないんだけどね。思うだけなら自由じゃね?

 そんなことよりもこの沈黙である。

 予期せぬこれをどうしたものかと考えていると、外がにわかに騒がしくなったのに気がついた。

 ふむ、どうやら紅玉姉様がご到着なされたらしい。今は人払いしてあるから、永徳が入れようとはせず、祐徳はそんな永徳を説得しつつ、あたしにお伺いを立てようとしてる、と。さしずめ、そんな感じだろうか。

 雰囲気的に、白龍兄様のご用事はこれだけみたいだし、もう中に人を入れてもいいよね?

 そう思って視線を遣れば、白龍兄様とバッチリと目があった。おおう。何、急に。ビックリすんですけど。目が合ったのなんて何年ぶりだよっていう…。だって、船の上でも、この部屋でも、一度も目を合わせようともしなかったくせに、いきなりどうしたというのだろうか。

「……紅蘭」

「……………なんでしょう」

 あんまりにも真面目な声音なもんだから、思わず姿勢を正す。にわかに緊張してきたのか、ギュッと握りこんでいた手のひらに手汗が滲んだ。

「お前は、煌帝国をどう思っている──―?」

 

 

 

 

 ………………まさかの確信付いてくるとか、こいつあたしを信用どころか仲間に引き入れようとしてるんですけど、待って。あたし協力したいとは思ったけど、あんたの仲間なんてまっぴらゴメンなんですけどー!

 いや、でも待てよ?仲間にならないと決めるにはまだ早過ぎない?だって、まだ留学して一日しか経ってない。何も始まっていなければ、何もしていないのだ。ということは、つまり。

 白龍兄様の力はこれから強くもなるし、部下も増える、かもしれないということ。経験も、知識も、見識も。伸びるのはこれからだ。

 それを見越した上で、あたしが答えるべき言葉は────―、

 

「………そう、ですね。初代皇帝の時代に比べて、大きくなったと。そう、思いますわ」

 

 どうぞ、お好きに解釈なさってださいね、オニーサマ。

 そんな感じで、ニッコリと、裏も表も何もなく、ただ純粋にそう思っているのだと、そんな風に見えるように、あたしはわらった。



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友達百人できるかな

 二度あることは三度ある。

 世の先人たちはそんな言葉を残した。

 二度、同じことが起これば三度目があるかもしれないから、悪いことが起きないよう注意しろって意味らしいけど、はっきりいってどーでもいい。

 というか、三回同じことが起こるなら、それもう二回目も必ずくるやつじゃん。二回目きたらもうガチのやつじゃん。悪いことは続くって言うし。

 一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は必然、四度目は運命って言うし。あ、四回あったわ。しかも、意味違う。

 と、まあそんなことは置いておいて。

 よーするに、一度会った人間には二度目も会うことがあるから心してかかれよってことなんじゃないの?回りくどい言い方してるけど、そーいうことっしょ。

 狭っ苦しくしてちっぽけなあたしの世界ではとくに言えることだと思う。

 ほら、よく世間は狭いって言うじゃん。元から狭い世間なら、会う確率高すぎるに決まってんじゃん。

 知り合いなんていないに等しいし、客人のあたしには、城内を歩き回れる範囲なんて限られてるし、何より引きこもりだし。別にヒキニートじゃない。仕事は一応してるもん。

 

「シンドバッド王の命を受けまして、御三方を探しておりました」

 そう言いながら礼の形を取って、白龍兄様はにこやかに微笑んだ。

 付き添いで来てる紅玉姉様はその隣に並んで立っている。

 そんなあたしは、二人の隣なんて立てるような身分じゃないから、後ろに立っているわけだけど、どうしてかハブられてる気分になる不思議。

 まあ、ハブられてはないんだけどね。でもさ、そう思うのも無理ない話だと思うわけ。紅玉姉様だけじゃなくてどーいうわけか白龍兄様もあの子達と面識があるっていビックリ事実。そんなんだから、あたしだけ見知らぬ他人なわけでしょ?この人誰ってなるじゃん。見たことあるけど…誰だっけ?みたいな。被害妄想乙ってやつ?

 現在地、シンドリア宮殿の中庭。位置的に言うならば、祐徳曰く、ギンカツトウ、コクショウトウ、リョクシャトウに囲まれた場所で、城門からわりと近い場所である。どうでもいいけど、ギンカツとかコクショウとか、リョクシャってどんな字書くの?トウならわかるけど、あとわけわかんない。なんなの?バカなあたしをバカにしてんの?

 どうでもいいことを考えながら、対峙する三人を観察する。

 赤と青と黄の髪色をした少年少女たち。まるで信号機のようだとは、昨日も思ったことで、まさかまさかこの三人ともう一度顔を合わせることになるとは思いもしなかった。驚きを顔に出すことはしなかったけど、マジでビビッた。だって、服装からしてどっかの王族やマギだなんて想像もつかないでしょ。威厳もそれらしい雰囲気もないし。

 が、しかし。これは本気でいい出会いではないかと思う。

 だって!昨日、あたしに優しくしてくれた女の子がいるんだから!

 これを喜ばずしてどうするっていうの?

 普段であれば、会うことのない身分の人間だ。会話もできない。

 しかし、これはあくまでも非公式の場での挨拶だ。堂々と挨拶できて、昨日のお礼も言えて、お友達にもなれるかもしれないのである。一石二鳥どころか、一石三鳥である。石っころ一つで鳥が三鳥も獲れるとかそれなんてヌルゲーなの?ほんと助かりますありがとうございます。

 金髪の男と白龍兄様の握手を眺めながらほくそ笑む。あらやだ、あたしったらはしたない。最初は笑顔が肝心なんだからもっと可愛く笑わないと。

 形を整えるかのように頬の動かし方を変えて、綺麗に見えるよう微笑み直す。

 笑顔の作り方なんて、元が良いのに加えて、物心ついてすぐに教わったから完璧だって胸を張って言える。なんたって、下賤の侍女の身でありながら皇弟サマに見初められるぐらいに美しい女の娘ですからー!あ、いまの自虐ネタね。

 さてさて、早く私も挨拶したいなー、と赤い髪の女の子を見てると、紅玉姉様が呆れたようにため息を吐き出した。

「ちょっとぉ…何睨みあってんのよ」

 えっ、と思わず姉様を見やる。あたし睨んでた?確かにつり目がちだけど、そこまでキツクない筈なのに?力んでないのに?目力強すぎた感じ?まじで?

 恥ずかしいなーと、慌てて表情を引き締める。

「バルバッドでは、お互い散々色々あったけれど…今はひとまず休戦するべきではなくって?」

 が、姉様が見ていたのはあたしではなくて、白龍兄様と握手に応じている、金髪の王子だったらしい。勘違いかよはずかしーな。ま、どうせ誰にもバレて無いだろうからいいんだけど。……バレてないよね?

 ね?と永徳に目配せをしようとして、今は従者をつけていなかったことを思い出す。

 ……そうだった。これはあくまで"個人的"な邂逅であって、公式の場じゃなかったんだ。非公式だから、堅苦しくないよう共は連れて行かないことにする、って言ってきやがった白龍兄様の言葉を思い出す。

 ………まじねぇわと思う。

 あたしから従者を無くしたら、ただの可憐な美少女じゃんか。姫様感ないじゃんか。ばっかじゃねえの?

 と、まあ。いつも側に付き従っている従者がいないと落ち着かないってだけだけど。

「………そうだね。ケンカしてもなんにもならないし……シンドバッドのおじさんに迷惑かけたくないしね!」

 紅玉姉様の言葉に、賛成だと頷いたマギの少年が、にこやかに手を差し出す。

「そうよ。あの時のことは水に流して…仲良くしましょう!」

 同じく好意的な表情で紅玉姉様も手を差し出す。

 そうやって、白龍兄様に続いて、紅玉姉様とマギも握手を交わした。

 が、どこからどう見ても普通の握手ではない。姉様なんか爪たててるし。ギリギリと骨の軋む音がしている。お互いにものすごい力を入れて、お互いの手を握りしめている。あんな握手絶対に嫌だ。ってか、あれを握手だなんて呼んでいいの?

 もしかして二人って仲が悪い?

「痛いじゃないか!」

「そっちこそ痛いじゃない!!」

 …………もしかしなくても悪くね?

「見なさいよぉ、この痣!あなたのせいで跡になっちゃったじゃないっ!紅蘭ちゃんが綺麗な手、って褒めてくれたのに!」

「こ、紅玉姉様……」

 いったい何年前の話をしてるんだよ。紅玉姉様に取り入りたくて、とにかく何でもかんでも褒めまくっていた頃の話じゃね?あ、いや確かに嘘ではないけど、シャコージレーってやつでしょ!まるであたしがシスコンみたいじゃない!やめてよ恥ずかしい!

 出かかった言葉を飲み込む。代わりに出そうとした大丈夫ですか?という言葉も最後まで続けることはできなかった。

 なんというか、間に入って仲裁する必要があるの?って思っちゃったんだよね。ほんの少しだけど。

 半泣きで痣になった手を摩る紅玉姉様を慰めるべきか悩んでいると、先ほどの態度同様、しおらし過ぎる程しおらしく、マギの少年は素直に謝罪を述べた。

 が、しかし。

「でも…おしろいがはがれただけなんじゃないかなぁ?お姉さん、なんだかお化粧もケバいし…」

 これである。

 仲直りする気も仲良くする気も見受けられない。

 紅玉姉様は激怒した。無理もないと思う。

 部外者であるあたしでも突き刺さるものがあったし。あたしが言われてたら、きっとマギだろうがなんだろうがあらゆる手を使ってでも仕返ししていたと思う。……できるかどうかは別として。

 怒り狂った姉様がマギと取っ組み合いのケンカを始めだしたのをあたしはただ見つめるしかできなかった。

 ケンカしてもなんにもならないって言ったの誰だよ。

 仲良くしようって言ったの誰だよ。

 バルバッドでのいざこざがあるのはわかったけど、和解しようとした二人がこんな感じだから、王子二人はどうなのやら。

 思わずため息をつく。完全に蚊帳の外だ。あたし来る意味あったん?って感じ。でも紅玉姉様だけじゃなくて、白龍兄様にも誘われたしなぁ。一応、あたしにも実のあることなんだろうけど…。

 しかし、険悪な感じではない不思議。言い合いしていてもどこかしら微笑ましくも見えるのはどうしてだろう。

 姉様が歳が近しい子供と、あんな風に接している姿を初めて見るからだろうか?

 あたし達皇族は、立場が立場だから周りとは一線を隔す。いくら乳兄弟であろうと、話し相手として充てがわれた子供であろうと対等じゃない。それは、対等という綺麗事で塗り固められた、一方的である種の暴力的な建前にすぎない。いくら仲が良くとも、絆で結ばれていても。

 それは、皇族同士でも言えることで、序列や後ろ盾や環境や状況によって、相手との立ち位置は変わってくる。いくら兄弟姉妹と言ったって、権力差は出てくるものだ。

 この世界には、対等という人間関係は存在しない。

 あるとすれば、それは嘘っぱちの紛い物だろう。全てが全て、そうとは限らないのだろうけど、少なくともあたしはそう思っている。

 赤髪の女の子が仲裁に入るのを眺めながら、別行動中の従者のことを思う。煌帝国で唯一信用している二人の人間。なんて狭い世界なのかと呆れないわけではないが、あんなに大勢の人間が蔓延る場所なのだ。人間の数だけ思惑が交差しているからぶっちゃけ、二人だけでも儲けものな気がする。

 はてさて、あの二人は何か問題を起こしてはいないだろうか。きちんと大人しくしてくれているのだろうか。祐徳は心配はないけど、正直な話、永徳が心配なところだった。

 あいつにはらとりあえず鍛錬場にでも行ってこいとは言ってあるけど、まさかまさか命令してないのに剣とを抜くような事態になんてなってないよね?さすがにそこまで馬鹿じゃないとは思うけど………。気になって仕方がない。

 だってさ、いくら鍛錬とか手合わせとかっていう理由があろうとも、シンドリアの人間を傷つけるのってマズくない?もし力加減間違えて傷でも付けようもんなら、外交問題に発展とかしそうじゃない?いや、鍛錬なら大丈夫…なのか?でもなぁ、あたし第九皇女だしなぁ。地位低いしなぁ。国王にいちゃんもんつけられたらおしまいだしなぁ。……いや、見た感じシンドバッド王はそこまでゲスいおっさんじゃなさそうだけどさ……。だからって、周りの人間みんながそうだとは言い切れないわけで……。

 シンドバッドの冒険に出てきたジャーファルっていう部下なんてモンスター?妖怪?そんな感じじゃん。頭に大きな角がいっぱいあるんでしょ…?怖いわ。22巻のお話も面白かったけど、でもそんな人?人がいる国で好き勝手出来るはずないよね。物語とかにはありがちな脚色とかあるかもしんないけど、でっかいトカゲみたいな人?人なの?人?もいるんだから、あながち嘘じゃないと思う。どうせいないとタカを括って、もし本当にでかい角が七本生えてる人間がいたらどうすんの。口から火を噴くんだよ?恐ろしいわ。

 考えただけで不安になってくるのだから、あたしもつくづく心配性だと思う。こんな美少女が憂い顔なんてしてたらそこらの邪なおっさんの餌食になってしまうじゃないの。ほんとマジ勘弁。

 はあ、と小さく溜息を吐き出して、予想外に和やかな雰囲気の兄様たちを横目に紅玉姉様とマギ様の仲裁の手伝いに入る。

 きっかけってホント大事だよね。同じ作業でもすれば多少なりとも連帯感やら親近感が沸くし、なにより相手に興味を持てるし。

 仲良くなれたらいいけどなぁ。あわよくばお友達に、なんて。

 基本、他人なんて信用しないあたしだけれど、見返りもなく親切にしてくれる人はとても貴重だってことは知ってるから。

 だから、どうにかこうにかして親しくなれたらなぁ、と、打算も含めた欲望がぐんぐん膨れ上がっていくのを感じた。



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できるわけがなかった

あけましておめでとうございます。

感想ありがとうございます。
個別にお返事をなかなか返せず申し訳ありません。
こちらからのお返事になるのですが、一件だけお返事させてください。
もともと掲載していた自サイトは実質閉鎖したようなものですし、なにぶんグレーなジャンルですのでお教えすることはできません。ご興味持っていただけて大変嬉しく思うのですが、何卒ご容赦ください。

今回は丸々加筆部分になります。


 あのあと、なんとか紅玉姉様の癇癪とマギの反抗期(?)を抑えることに成功したあたしと赤い髪の女の子。お互い見つめ合って苦笑いしたときは、思惑通り謎の連帯感に包まれていて、妙な達成感もあった。

 ふと、そのことに気がついた次の瞬間にはお互い笑顔を浮かべて、名乗り合うことにようやく成功した。ホントね、その時のあたしのテンションまじだだ上がり。

 彼女、モルジアナさんって名前らしいよ。モルさんってあだ名なんだって。年も、多分同じぐらい。物静かで、落ち着いてて、気遣いもできてホントもっ、もる、モルジアナ、さん可愛すぎるんだけど。

 あたし、この世界で自分が一番可愛いと思ってたけど、そのうぬぼれっぷりをちょっと反省しちゃったわ。ちょっとだけだけどね。だって超絶美人の女が母親だもん。

 そりゃ、その血をひいている娘は美形に決まってるっしょ。自惚れるに決まってんじゃん。だって実際にめちゃくちゃ可愛いし?………父親が豚とかそんなの気にしない。実際、母親似だからカンケーないしー?ホントあの豚に似なくてよかった。マジ神様感謝。

 自己紹介も挨拶も無事に出来て、あと残るのは昨日のお礼を言うだけだ。

「あっ、あ、あああのぉ……っ!」

 だというのに、頑張って口を開いたら、また声が裏返った!!!!しかも噛んだ!!!!

 あまりの恥ずかしさに、俯きながら身悶えする。

 さっきまでうまくいってたのになんでだよ!なんでそこで躓く!

 ぶるぶるとあからさまに震えないように頑張ってるけど、それよりも次の言葉が出て来ないのが問題だった。

 なんでこんなに上手くいかないんだ。なんでだ。

 ……まさか緊張してる…?

 悶々としながら、一つの考えに行き着く。

 …緊張?緊張だって?

 まっさかぁ!!

 そして、すぐ様否定する。心の中だけでだけど。

 緊張?このあたしが?

 でも、だって、あり得ない。

 このあたしよ?皇女よ?一番とは言えなくても平民よりは確実に偉いのに?たかだかお礼を言うだけで緊張?あははは。

 

 ……………まじで?

 

 まさかの事実に愕然とした。思わず落としそうになった扇を慌てて握りしめなおす。

 こ、こんなことで動揺を悟らせるわけにはいかない。なんたってあたしコージョサマだもの!

 そう!あたし皇女だよ?一国のオヒメサマだよ?

 自分よりも身分が低い人間相手に、なんでき、きき緊張なんかぁ、しないといけないわけぇ…?これじゃただの不審者じゃん。

 呼びかけておいて喋るどころか、俯いてプルプルしてるとか怪しすぎるだろ。

 変に思われてない?何こいつって思われちゃったりしてない?

 ただでさえ煌帝国の人間、ってだけで嫌なやつって先入観あるのに、これ以上悪印象与えたくないんだけど。

 思い切って顔を上げることもできず、こっそりと伺うように、も、モモル、モルジアナさん、をこっそり盗み見る。

 ばっちりと目が合った。視線と視線がぶつかり合う幻覚も見えた。

 それはもう、思いっきり。こっそりした意味もなく、所在なさげにオドオドしてる様を見られていた。

「何か?」

 その上、微塵たりとも表情に変化はなかった。

 目が合っているにも関わらず、表情筋がピクリとも動いてないようにも見える。

 

 ……な、何も思ってないどころか、興味さえ持たれてない…だと…?

 

 び、美少女だぞ…。美少女が恥ずかしそうにもじもじしてるんだぞ…?

 同性とはいえ可愛い…ってなるだろ…?なるはずだって…。……なるよね…?ね?ね?

 な、ならなくても、どうしたんだ?ってならない?ねぇ…ねぇちょっと。

 ………え、あれ…うそ…。うそうそうそ、なにこれやばい。まじやばい。やばいやばいやばいなんか自信なくなてきたんだけど。揺るぎない自信が急に萎えてきたんですけど。なにこれなにこれ。えっやば…。

 なんか間違って飴玉とか氷とかを丸のみしちゃったときみたいな嫌な感覚…ってこれ動悸だわ。

 めちゃくちゃ心臓バクバクいってるっていうかなんか胃の腑が鷲掴まれたみたいっていうか肝試ししたときみたいっていうか、なんか…なんか腰抜けそう、なんだけど、やっば…。

 

 

 ね、ねぇもしかしてさ、あたし…あたしって、もしかして可愛くない…?

 

 

 ヒュ、と。

 一瞬呼吸の仕方を忘れたみたいに息が止まった。

 生まれてこのかた、一度たりとも考えた事どころか、掠りもしなかった疑問にぶち当たった瞬間である。

 まさにセーテンノヘキレキとでも言うべき事態に、一気に血の気が引いた。

 え?まじ?あたしって可愛くないの?えっ?え?可愛いと思ってたのまさかの勘違い?

 だ、だだだっだっだって!だって!傾国級の美女の娘じゃん…?豚の血が混じってるからって、豚似じゃないんだから、救いはあるはずじゃん…?

 最悪、美人にはなれなくても、美しくはなくても、ブスではないはず…。はずだ。……はずだ…よね?

 チラリともう一度、もっ、モル、モルジアナさん、を見上げる。

「……………」

 先ほどと寸分違わぬ無表情でした。完全に心が折れました。ありがとうございます。

 ………あたしブス?いや、そんなはず…でも、興味持たれてないってことはブスってことじゃ…?

 だ、だって可愛かったら多少なりとも友好的になるでしょ?非力でか弱そうな美少女なんだから、そこまで警戒しないでしょ?最悪、好意持たれなくても興味と何かしらの関心は持たれるはずじゃん…?

 でも、ここまで無表情で関心さえ持たれてないってことはさ…。

 それって、それってつまりさ。

 つまり、あたしがブスってことなんじゃ…?

 ブス……あたし、ブスだったんだ……。その上醜い豚にそっくりな子豚ってことでしょ?

 いや、子豚ならまだ可愛げある。愛玩動物くらいにはなる。…ってことは、そう言い表すのもできないくらい醜いってことじゃ…。

「…………っ」

 これまで、どんなに蔑まれようと嫌われようと、憤りを覚えるこそすれ、傷つくようなことはなかった。落ち込むどころか怒りを露わに仕返してやろうとさえ思うほどには、メンタルが強いと、そう自負していた。

 ああ、でも。

 でも、無理だ。

 

 

 

 どうしよう。鬱だ。

 

 

 

 だ、だれかー!!

 あたしの絶対的な味方呼んできてー!!

 承認欲満たしてくれるような人!

 この場合、永徳が適役だけど、この際祐徳でもいいから!!!!はやく!!!!

 はやく誰かきて!まじでヤバイから!!!!

 仕事でもいいからあたしを励ましてくれる人が必要なの!!!

 だって!あたしから顔を取ったら何も残んないじゃん!!顔以外取りえないもの!!顔が唯一の取柄だって信じて生きてきたんだもの!!今更ブスだって気づかされてどうやって生きて行けと…!!!

「……の…か?」

 それにあれじゃん!?今まで意識して微笑み浮かべたりそれらしい仕草とかさ!研究して最高に可愛く見えるだろう角度決めてきてたじゃん!?「あの…?」あれって可愛いくて美人だから決まるものじゃん!?なのに顔があの豚以下ってことはいままでしてきたやつ全部見るに堪えないモノだったってことじゃん!!??つまりそれって「顔色が…」ゴミ以下じゃん!?無理じゃん!?普通に考えて無理じゃんか!!

 や、やだ…もうむり…。ふつうにむり…。

「…いきるのつらい…」

「…!だ、大丈夫ですか!?」

「っ!?」

 いきなり大声を出されてどこかへと飛んでいた意識が現実に引き戻された。

 宙をさまよっていたらしい視線が、声の主であるも、もる、モルジアナ、さん、を捉えて、慌てて口を両手で覆った。

 えっ!?なにっ?なになになに!?えっ、もしかして声に出てた!?まじ!?どこからどこまで!?

 どこまであたしは口にしてた?全部?全部しゃべってた?それとも一部!!?いや、どっちにしてもマズすぎる…!!!

「……紅蘭ちゃん…?いったいどうしたの?」

 二の句が継げないでいると、ただ事じゃない様子を察知したのか、マギ様と嫌みの言い合いをしていた紅玉姉様が近づいてきた。その顔には心配の色がありありと浮かんでいて、あたしのことを気にかけているのがよくわかった。と、同時に、あたしたちの会話を聞いていた様子はみられなかった。

 よ、よかった~。紅玉姉様が鈍感・天然の人種でほんとよかった…!何を口走ってたかわかんないけど、聞かれてたらほんと今までの猫かぶりなんだったん?ってなるからほんと良かった…!!

 いるのかどーかも怪しい神様に一瞬感謝して、次の問題にぶちあたった。

 紅玉姉様への言い訳である。

 何を口走ったのかわからないから下手に誤魔化しができないのだ。

 見たところ、紅玉姉様はこの三人と特別親しくなるつもりがないようだから、適当に誤魔化してもいいけど、問題は白龍兄様だ。

 ちらっと見た感じでは、紅玉姉様みたいにアリババ王子との会話を切り上げてこっちに寄って来る気配はなさそうだけど、ここでは誤魔化せたとしても、そのうちモルッ、モルジアナさん、からあなたの妹こんなこと言ってましたよ、と伝わる可能性は高い。それはダメだ。なんとしても防がないといけない。白龍兄様は今後の保険でもあるし、こんなところで猫かぶってるのがバレちゃったら愛想のいいか弱い妹してた意味がない…!

 どうしようどうしようと焦ったところで、いつもみたいに都合の悪いことは曖昧に笑って煙に巻いたり、自慢()の微笑みで話題転換などできるはずもなかった。というかうまく笑える気がしない。笑顔の完成図がいつもみたいにイメージできないうえにモザイク処理までされている。お、汚物になり果てている…だと…。

 泣きたくなるのを必死に堪えていると、傍までやってきた紅玉姉様が心配そうに顔を覗き込んできた。

 心配されるのは嬉しいはずなのに、今だけはその優しさが邪魔臭い。…身勝手すぎるってわかってるけども…。

「あ、あの…その…」

 上手く言葉を返せないでいると、見かねたも、もももモルジアナさん、が助け舟をだしてくれた。

「体調が優れないのかもしれません。先程から顔色も悪く、呼吸も少し乱れているようですし…」

 モッ!!モ、モルジアナさん…!!!あなたが神か…!!!

 永徳が聞いていたら、姫様の神は日替わり定食のようですね、とか嫌味言われそうなくらいチョロイとは思うけど、神様なんじゃないかと本気で思った。神様じゃなくても天使だ。普通なら話しかけようとして噛んで何も言わずにプルプル震えた挙句にボソボソ訳のわからないこと呟くような奴、気持ち悪くて放置どころか関わる気さえなくすだろうに都合のいい誤魔化しをしてくれるなんて…!!…関わりたくないから早く帰らそうとかそんな感じかもとかも思ったけど、親切だって信じてる。

 体調云々の下りで、心配そうだった紅玉姉様の表情は一変して慌てたように自分の侍女を呼びに本殿の方へと駆けて行った。

 は、早い。そこまでしなくてもいいって、止める暇もなかった。

「紅蘭」

 駆けだした紅玉姉様を見てただ事ではないと察したのか、今度は白龍兄様までもが慌てた様子で傍まで駆け寄ってきた。

 メンタル的には重傷だけど、肉体的には今日は何ともないせいで湧き上がってくる罪悪感に蓋をして、いつものように眉尻を下げて困ったように弱弱しく表情を作る努力をする。……よ、よし、なんとか表情筋は動かせるようになったぞ…。…たぶん。

 そんなあたしの表情を見て、白龍兄様はぐ、と何かを堪えるような苦い顔を返してきた。

「…っ、体調が優れないのなら、なぜ言わなかったんだ。そうすれば、無理に部屋から連れ出すことなんてしなかったのに…!」

 と、両肩を強く掴まれて苦し気に言われたあたしの感想は、ほんとそれな、である。

 いや、確かにあたしにも身になることだからさ、いずれは挨拶しとかなきゃなんだけどね?でもさ、ふつーに考えて真っ当な尊い血が流れてる兄と、似たもの同士でも武人として国に益をもたらしてる姉の誘いを足元にも及ばない人間がおいそれと断れるとでも…?馬鹿?普通の一般家庭のオニーチャンオネーチャンのお誘いじゃないんだよ?馬鹿なの?あんたらはいいかもしんないけどさ?断った瞬間不況かっちゃうから。あんたらに仕えてる護衛やら従者やら侍女やらのな!圧倒的にあたしの方が仕えてる人間少ないのそんなことできるわけないじゃん?こんな旅先で頼らなきゃいけない場面があるかもなんだから。

 と、まあ。そんなこと口が裂けても言えないから、困ったように、けれど申し訳なさそうにするしかないんだけど。

「だ、黙っていたわけではないのですっ。わたくし、お誘い頂けたのがすごく嬉しくて…!そ、それに、このような時でないと、兄様達と外出できないと思ってそれで、」

 最後まで言い切ることはせずに、視線を反らしながら俯いて表情を隠す。これで相手は、あたしが今、どんな顔をしているのか想像するしかなくなった。ついで、吐く息を小さく震わせればもう完璧。

 兄と姉を慕う、健気で気弱な女の子の完成である。

 ……よし!よし!だいぶん調子が戻ってきた…!これならこれ以上ボロを出さずに済みそうだ。

 そうとは悟られないよう、そっと胸をなでおろして、やっぱりなぁ、改めて思い知らされた。

 

 やっぱり、前世の記憶のように簡単に友達なんてできないもんだな、と。

 イージーじゃなくてこれ難易度ルナティックじゃね…?いや、だいぶ前から知ってたけども。

 

 と、更に精神的に追い打ちを駆けられそうな事実に、そんなもの知るかと見て見ぬふりで蓋をしておいた。存在さえ隠せばそれはなかったことだ。臭いものには蓋をする。いい言葉である。

 またの名を現実逃避とも呼ばれる思考的逃避行をしながら、紅玉姉様が戻ってくるよりも先に、なぜか知らせも出していないのに、何かを察知して姿を現したらしい永徳に抱えられながら、とりあえずその場からお暇することにした。てかこいつどうやって知ったし。兄様たち呼んでもないのに現れた永徳を見てドン引きしてたんだけど。

 まじこいつエスパーすぎ。こわ。



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練 白龍

本日二度目の更新です。


 大きな背中の人物によって、抱えられながら去っていく血の繋がりが薄い末の義妹を確と見送って、彼女の義兄にあたる白龍は漸く同年代の少年少女達へと向き直った。

「みなさん、お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」

 そして、深々と頭を下げて見せる。

 マギの少年やその友人である少女はともかく、バルバッドの第三王子に対しては思うところがないとは言い切れなくとも、それは向こうも同じことであろう。

 今はあらゆることに蓋をすべきだと、確と理解し、白龍はもう一度、義妹が挨拶も碌に出来ないまま場を去らなければいけなくなったことへの謝罪を繰り返した。

 面会を求めたのはこちらの方だ。義妹が申し出たことではないけれど、それでも白龍が連れてきたのだから無関係というわけでもない。

 なのに、挨拶どころか許可もなく場から抜けたのだ。体調を崩した事が理由ではあれ、このようなこと、国元である煌帝国では許されないことである。彼女の立場なら尚更だった。末の義妹は、他の兄弟たちのように尊い血筋や後ろ盾も、紅玉のように武人としての才能も何も持たないのだから。

 だから、普段よりも丁寧に慎重に、悪気はないのだと、言い訳がましいとわかっていながら言葉を落とす。

 そんな白龍に、対峙する少年少女は狼狽えた。

 第三王子とはいえ、それは元の肩書である少年も、マギと呼ばれども、まだまだ未熟なうえに身分を気にしない子供も、元奴隷の身であった、ファナリスの心優しい少女も、誰も彼の末姫に対して思うところがなかったのだ。

 だから、何とも思っていないと、きっちりと否定を返す。

 むしろ、根が善良である彼らは心配した。

 体が小さく、弱弱しい少女のことを心の底から案じていた。

「いや、それにしても大変だな…。入国した時も倒れてたようだし…体、弱いのか?」

 元第三王子の言葉に、神妙に頷きを返す。どこまで話たものかと、慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「………はい。彼女は…、紅蘭は、昔から臥せることが多く、外出もほとんど許されずに育ったので、はしゃぎすぎてしまったのだと思います。よほど、皆さんとお会いするのが楽しみだったのでしょうね」

 その言葉を聞いて、三者三様ではあれども、それぞれに痛ましそうな表情を浮かべたのを見るに、本当に善良な人物たちであるのだと、白龍は再認識させられた。

「……………」

 少し前のことを思い出す。

 義妹を外に連れ出す少し前のことを。

 誰に告げることもせず、義妹の部屋へと訪れた時のことを。

 あの時、焦るあまりに言葉を選ぶこともしなかった。

 どうして、シンドリアに来たんだ?などと、義妹の事情を少し考えればすぐにわかるだろうに、心無い言葉を投げかけてしまった自身の浅はかさに辟易とした。

 一瞬、ほんの瞬きの間ではあったが、いつも控えめに微笑んでいる義妹の表情が歪んだのを目にした時、己の失敗を悟った。

 それと同時に、その唇から落とされた返答が、本心ではないことも。

 全て、とは行かずとも、自身のように勉学のためだけではないことを、白龍は理解したのだ。

 この義妹も、自分のように変えたい何かがあって、こんなところまでついて来たのだと。

 船室で横たわり、日々痩せ細っていく姿には肝を冷やした。下手をすれば命を落とす可能性だってあったのだ。いくら仲が良くても、無理をしてまでついこようとは、思わないはず。

 それは、そこまでしなければいけない理由があるからだと、そう結論付けるのは容易だった。

 それが何かはわからない。

 けれど、もしかすれば、自分と同じなのではないか、と。そんなことを考えて、次の言葉を発した。核心にも触れる、下手をすれば自身の目的を悟られるかもしれない問いかけを。

 その言葉に、義妹は、少し困ったように眉尻を下げながら、答えた。

 無難な返答だった。悪手でもなく、かといって最善でもない。

 聞き手によって意味合いを変えてしまうだろう、相手に都合のいい解釈をさせる、そんな言葉だった。

 都合よく勘違いしてくれと言っているようなものだ。

 心底呆れた。呆れを通り越して、同情してしまった。

 どこまで、この義妹は、他人任せに生きることをやめないのだろうか。足掻くことを諦めたのなら、あの薄暗い邸で、静かに息をするだけの生活を享受していればよかったのに。

 今の白龍のように、シンドリアという光を見つけなければよかったのに。

 けれど、収穫はあった。

 時機を見逃さなければ、こちら側に引き込める。そう、確信した。

 義妹の従者は優秀だ。何も出来ない、後ろ盾もない末姫を生かし続けてきた。外に出されることもなく、政略結婚に利用されるようなこともなく、ずっと守り続けてきたのだ。それがどれだけ凄いことなのか、武人になるしか道がなかった姉を見ていればよくわかる。

 もし、あの従者が仲間になってくれれば、心強いことこのうえない。

 なにもかもが上手くいく気さえするのだ。

 そうすれば。

 全ての思惑を心の内にしまいこんで、白龍は笑みを浮かべた。

「あの、もし、よろしければなのですが。お時間がある時にでも、紅蘭に話しかけてやっては頂けませんか?御三方のような人たちと触れ合えれば、義妹も少しは励まされると思うのです」

 

 そうすれば、きっと。

 

 あの義妹はもう、あの時のように、小さな体を震わせて、絶望に涙することは無くなるはずだと、そう信じて。

 利用することの免罪符に、義妹の事を思う言葉を口にした。



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突然のオリキャラ紹介(ネタバレあり)

相変わらず遅筆なため苦し紛れにキャラ設定載せておきます。
久々の更新がこんなので申し訳ない…。


・練 紅蘭(れん こうらん)

 煌帝国第九皇女。

 皇位継承権最下位。

 元JKの転生者。チートはない。むしろ俺YOEEEE系である。前世とは少し性格が違うようである。

 侍女はおらず、従者兼侍従の双子だけが側にいる。

 引きこもりの偏食家で、思い込みが激しく、若干癇癪持ち。

 傾国級の美女の母親を持つが、母親の身分が身分なので出自は紅玉と似たり寄ったり。

 母親似の外見以外に誇れることもなく、特に才能もないので余計に肩身が狭いが、気にしない。ようにしている。

 過去に何かしらあったのかジュダルが大嫌い。桃も嫌い。はっきりしないことも嫌い。玉艶様は怖い。

 こっそりととある魔導研究施設やら武器庫やらから色んなものを拝借しているため、一応護身の術はあるものの本来のスペックが低いため使いこなせてはいない。才能が欲しい。

 紅玉とはそれなりに仲が良い、気がする。気がするだけ。言い聞かせているものの、本当に仲が良いのかはわからない。仲が良いと信じたい。

 

・従者その1

 祐徳(ゆうとく)

 双子のうちの一人。

 長身痩躯でやや神経質そうな顔立ち。

 執務と言えるほどの執務は特にないが、情報収集や帳簿管理などに加えて、オリ主の身の回りの世話を一手にこなす万能タイプ。どこにでもいるし、どこにもいない。存在感が薄い。体も薄い。

 お花が大好きだというギャップはいらなかったがなんとなく設定を付け足してしまったがために一番何考えているかわからないオリキャラになってしまった。完全に裏話である。

 ちなみに、運動はできない。

 

・従者その2

 永徳(えいとく)

 双子のうちの一人。

 祐徳よりもやや身長は低いがそれを補って余りあるほど筋肉。むしろ存在が筋肉。生命力溢れるため大変暑苦しい。

 剣がなければ弓、弓がなければ槍、槍もなければ拳、といった具合でとりあえずその場にあるもの全てを武器として使いこなせるぐらいには器用なオールラウンダータイプ。弓は若干苦手。むしろ矢を手で持って投げた方が命中しやすいし、よく飛ぶ。嘘だろ永徳!!

 ちなみに、頭はさほど良くない。

 

 

 

 この下からネタバレあります。

 大丈夫な方のみスクロールしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・仕立て屋の女

 名前の通り、紅蘭専属の仕立て屋の女"だった"。

 注文どおりに服を作らずクビにしたが、もともとグレーゾーンな立場だったのがその後の行動によりアウト判定をくらい処刑された。

 

 

・母様

 名前は今のところ決まってない。

 紅蘭の母親。

 傾国級の美女。ほぼ奴隷のような最下級の侍女だったが、どういうわけかどこで見かけたのかは謎だが練紅徳に手篭めにされ後宮に監禁されたのちに紅蘭を出産した。国民たち世間では脚色捏造過多なシンデレラストーリーとして語り継がれており、後に皇帝となった紅徳の人気取りにも使われている。が、城に務める官吏や女官ひいては貴族たちなどからは権力に足を開いた売女扱いをされている。もうひたすらに哀れな人。が、それなりに好きなようにやっていたようである。

 常に美しくあれと紅蘭に呪いのように囁き続けた結果、見事に紅蘭の権力・顔面コンプレックスの元凶となった。

 

 ※ネタバレキャラ紹介は随時更新していきます。



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空白

長らくお待たせいたしました。
今回も丸々加筆部分になります。


 ぜんぶ夢だった。

 そう言えたなら、どれほど楽だったんだろう。

 夢。

 とても甘い響きがする言葉。

 何をしても、何が起きても全て許され、そして無かったことになる幻想的な世界。

 夢を見るのは嫌いだ。

 嫌いなくせに、ってかんじだけど、でも、こんな時ばかりは想いを馳せてしまうのも仕方ないことだと思う。

 縋ることで救われるのなら、ぜひとも縋りたい。

 けれど、これは紛れも無い現実だった。

 どうしようもないくらい、現実で、逃げられもしないのだ。

 だからこそ、あたしはこんなにも苦しんでいる。

 

 

 って、感傷に浸ってるっぽく言ったけど、これといってドラマチックな展開など皆無だったあたしの気持ちを誰かわかってほしい。

 切実に。

「あ~~無理~~~~。ほんと無理。なんなの、なんでこんなことになってんの?意味わかんない。現実厳しすぎでは?」

 盛大に寝返りを打ちながら呟けば、近くで供をしていた祐徳が大きくため息を吐き出した。

 その態度に、ひくりと目元が引きつる。

 こっちがため息つきたいんだけど?なんなの?喧嘩売ってんの?

 僅かに募る苛立ちのままに、祐徳を横目で睨む。

「何よ、祐徳。言いたいことがあるんなら言いなさいよ」

 今のあたしに言えるもんならな!

 そんな気持ちを込めて、言葉を投げかける。

「……姫様。何度も進言しておりますが、一国の姫君ともあろうお方が独り言など…」

 が、あたしの真意が伝わらないっていうか、伝わった上で無視してるのがわかる小言は、聞き飽きた内容すぎてソッコーで意識の外に追いやることにした。

 聞いたって今更感半端ないし、二番煎じどころの話じゃないし。

 はいはいと、何度もはいを繰り返して小言を強制終了させる。

 ついでに寝転がりながら手をひらひらと振ってやると、祐徳のため息はより一層大きくなった。

「ご友人作りに失敗したからと、そのように不貞腐れて、一体何になると言うのです。寝込むほど落ち込むのはわかりますが、いい加減に現実を見つめられては?」

 小言厳しすぎんだろ。

 長年連れ添った従者の言葉はしっかりとあたしの胸どころかメンタルをざくざく切り裂いていく。

 やめ、ちょ、やめろや!!!!

 あんまりだろ!耳に痛すぎる!

 落ち込んでるのがわかるんなら辛辣になるのやめろよばか!

「な、なに言ってるのよ祐徳。あれは失敗なんかじゃないんだから。お前、さては知らないわね?この世間知らず!!失敗は成功の元って言葉が世の中にはあるのよ!!」

「失敗しているではありませんか」

「…っ」

 ぐうの音も出ないとはまさにこの事である。

 言い返す言葉もなく、悔しさに打ちひしがれながら、もう一度寝返りを打った。

 くっやしいいい!!!でも言い返せない!くそ!くそくそ!

 だけど、そう、失敗だ。まさに失敗。それに尽きる。祐徳の言葉は大正解である。

 自己紹介はまともに出来たのに、それ以降が最悪だった。最後は体調崩したと言い訳して永徳に抱えられて逃走。挙げ句の果てには、熱を出して寝込む始末だ。

 そうやって過ぎ去った二日間のなんと無駄な事か。

 あたし最低にカッコ悪すぎじゃない?ダサすぎだろ、どう考えても。しかも紅玉姉様をパシリみたいにしちゃったし、白龍兄様にも迷惑かけたし。

 あーもう無理。無理無理無理!

 恥ずかしすぎて外に出れる気がしない。

 取り繕う気力もない。次に顔を合わせた時にとるべき対応のことを考えるだけで、鳩尾あたりがムカムカしてくる。むり。

 未だに火照りが残る頬をシーツに押し付けて、小さく咳を数回。喋りすぎたせいか治まりかけていた喉が少し痛んだ。声が枯れていないのは救いだけど、ほんとこの症状やだ。むり。

 ついで、思い出したかのように、米神の内側を鋭く走った痛みに、思わず顔をしかめる。頭痛とか、いつものことすぎてほんと今更だけど、熱があると余計に痛く感じるのは気のせいだろうか?気のせい?病は気からって言うしあるってことでしょ。頭痛い!!むり!!

 更に何度か咳を繰り返していると、ガタリと床の上を何かが滑る音がした。

 祐徳が座っていた椅子から立ち上がったんじゃないかと、なんとなくあたりを付ける。

 何かを漁る音のあと、寝台のすぐ側から息遣いみたいな微かな音がして、予想が的中したことがわかった。微かに影がかかるのを感覚的に捉える。そんなシックスセンス持ち合わせてないけど、でも、本当に、何となく感じれるものなのだと、この十数年間で学ぶことが多かった。

 と、そんなくだらないことをしみじみと思いながら、重たい頭をゆっくりとあげると、あたしを見下ろしている祐徳と視線がばっちりと噛み合った。ちょ、見つめスギィ。今更祐徳に見つめられて照れるとかあり得ないけど、弱ってる時の顔ほど見られたもんじゃないからなんか嫌だ。むり。とくに寝起きとかやめて欲しい。

 祐徳の顔から不自然にならないよう視線をずらして腕の方へと降りて行くと、その手には、少し厚みがある紙袋が抱えられていて、その中身を想像するのは、けん玉をけん玉だと言うくらいには簡単だった。ちょっと意味がわからない。ボキャ貧酷すぎてそれこそむり。熱やばいね?

「姫様、そろそろ薬をお飲みください。それ以上悪化するようなら、帰国する羽目になりますよ」

「わかってるわよ…。でも、その薬は、お前が調合したものじゃないんでしょう?」

 想像通り、袋の中身は薬だった。……しかも、シンドリアの。

 思わず不快に顔が歪むのは仕方ないことだと思うの。

 だというのに、そんなものをあたしに押し付けようとする祐徳が、腹立たしく思えてしまった。理不尽?それこそ今更だ。

「ですが、シンドリアの優秀な医師が調合したものです。ですから、」

「無理よ」

 尚も食い下がる祐徳の言葉をピシャリと跳ね除ける。ついでに差し出された薬も、その手のひらごと押しのけた。

「優秀だろうがなんだろうが、誰とも知らない奴が触ったものなんて、飲めるわけないのわかってるでしょ」

 それとも、と。

 底意地が悪そうに口角を歪ませてみせる。

 こんな可愛くない顔作りたくないけど、祐徳しかいないから気にしないことにして、重たい体に鞭打つように、のっそりと上体を起こした。

 体の節々が悲鳴を上げているように軋んで、小さく唸る。

「それとも、お前が毒味をしてくれるのかしら?」

 息苦しいのを我慢しながら言葉として吐き捨ててやった。

 骨を伝わって鼓膜の内側でその声を認識すると同時に、性悪女め、なんて自分自身を罵倒してやりたくなった。

 そんなこと、やらせようと思うどころか、させるつもりもない癖に、何を抜け抜けと、って。

 答えなんて、分かりきっているのだ。

 いつも、いつだって、同じ。

「姫様がお望みとあらば」

 間を置く暇もなく即答された内容は、いつだって聞き飽きた言葉だった。

 ほーら、やっぱり。

 お決まりの返答に、更に気分が悪くなった、ような気がした。吐き気がする。胸焼けみたいに、胃の上がムカムカして、マグマみたいなものが、グツグツ煮え立っているようだ。

「あっそ。なら、さっさと済ましなさいな」

 思ってもないことを言う。言って命令を下す。本心じゃないことを言うのは、慣れている。あたしも、目の前の従者も。その片割れさえも。

 それが良いことか、悪いことか、なんて。

 あたしたち三人の関係を見れば明らかだ。

 

 成功すると、思ったのだ。そんなの簡単だと。だって、記憶にあるんだから。

 友達を作れると。こんな、あたしでも、何かできるのだと。

 その為の、一歩でもあった。

 まあ、結果は惨敗な訳だけど!しかも目も当てられないほどのやつ!

 

 いつも側にいるはずなのに、何処かに行ったっきりの永徳。

 側に控えているはずなのに、何かに考えを巡らせてる祐徳。

 

 いつも目覚める時とは、逆の立ち位置の二人。

 なにか言えばいいのに、と思う。

 いつもいつも小言は言うし、開けっぴろげな褒め言葉も口にする癖に、決して本心は零さない双子に、少し辟易とする。

 言えば、いいのに。言ってくれたなら、そうしたら、あたしは。

 

 二日前の、あの庭で見た、紅玉姉様や白龍兄様と微笑むマギ様たちの姿が、瞼の奥にこびりついて離れない。

 

 はいはい。皇位継承権も最下位で何もない底辺なあたしなんかには、とうてい入り込めない世界ってことね。はいはい察した察した。

 あーほんと充実してる人って眩しすぎー。人間関係ほんとむずかしー。

 そのコミュ力少しわけてくんねぇかなって、心底思ったあたしは悪くない、はずだ。

 何も言えないこの口に、価値なんてあるわけないのに。




久々に書いたのでキャラをなかなか思い出せないとかそんなことあるわけなくなくない。
JKっぽさってなんなんでしょう…?


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誰も■らない■■

閲覧、感想ありがとうございます。
新しくいくつか感想頂いているのですが、毎度のごとく個別に返信できなくて申し訳ありません。
しっかり目を通させて頂いています。嬉しいですし、励みになっております。
なんとか完結できるように頑張ります。


「さあ、おやす■なさいませ。ずっとお側に■■■■■■」

 ことさら優■■、穏やかに意識■て言■を紡ぐ。

 在り■■■な内容■■れど■、安堵を覚えたのか、目の前の■■は、長い睫■■縁取ら■た瞼を、ゆっくりと落■■■いった。

 そして、■■かとは言い難くも、一時の休息を求■■、その意識を眠りの腕へと■ねていく。沈む■■と共に、ゆっくり、■■■■と、全身の力が■けていく。

 気を■■すぎていた日中のこ■を思えば、漸く、■■■■このひと時は、■■が唯一、何も■■なくて済む時間■■言えた。

 そっと、■■も■ように艶やかな髪を梳いてやり■がら、■息が聞こえ■のを■■■■■待った。

 待■て、■■て。

 閉じ■れた目■の隙間から零れ■■■雫を■■に拭って、■■が眠っ■のを確認して、ほ、と息を■■■■■。

「ど■か、安■かな■■を」

 眠■■■でしか、現世(うつしよ)での■■を忘れる方法は■い。醒めた■■は、あまりにも■■を■めすぎている。■■の過失ではない■で、幼い精神を責め■■■のだ。

 道理を■■■■る大人た■が、道理もまだわか■■子■へと。それ■、な■■陰惨なことか。

 だから、せ■て、眠り■■だけはと、頭を■でる。身分■違■■、不敬だと■■■者もいない、この薄■い部屋の■■。

「……ん、…」

 くすぐ■■■■■のか、■■が小さく身じろ■だ。その■■■合わせて、大事に両の腕で抱き■■ている絵■物が、クシャリと小■■悲鳴をあげる。

 せめてもの■■に、と■物語に用意した、冒■譚。数々の困難と戦い■■■越えて築かれる絆と■■を綴った、とある人物の夢のような■■■■。目を輝かせて続きをせがむ■■の姿は、なん■も愛■■かった。

 けれ■、■■■、真の■味で、■■の慰めには■■■■のだろう。

 ■■■にも違う世界が、より■■の心を■■■■■■と知っていた。

 強すぎる■■は、身を■がす痛■■伴うから。

 けれど、■■にはならなかったと言っても、■■■■取■上げよう■■と、到底できる■■■■■■■。

 ■■■ではあれども、■れでも、■■が縋るには■■■■■だと知っているから。

 ■■には、それしか、■■■■が、ないか■。

 哀れな■■だと思■。同時に、■■■とも。

 無■で、■垢で、■■知■■い。

 けれど、感じ■■てはい■。微■に、■■に、僅■にも。

 日々、怯■、■え、■■■も無■気に振る舞う、■■想で可愛らしい■■。

 この■■のおかげ■、■■を手■入■■私たちは、きっ■、もっと■■■。

 だ■ら。

 だか■、この■■■だけは、どうか■ら■■。

 そう、■■■には■■■■■。

「■■か、ど■か。安■■に。■うか、■穏■■■」

 無理だと■■■■■■■。許■■るはず■ない■■■とは、■■でき■いる。

 ■■の安息を祈■資■など、無いと■■■■■■■。

 ■あ。

 ■■。

 ■■■■、■たち■。

 この■に、何を■■あげられ■の■■■。

 ■を、■■■やれ■の■■■。

 

 ■■■無い、■の、■■に。

 

 き■と、■たちには。

 本■の意味■■愛■。

 この■■に、■■■■■■■■■■■■。



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ハリボテ

 薄暗い部屋の中に立っていた。

 一人きりではない。けれど、ひとりぼっちのような錯覚を覚える。ありもしない閉塞感に息苦しさを覚える。そんな部屋の中だった。

 目の前には、年頃の近い子供たちが、あたしと向かい合うようにして立っている。

 向かい合っているはずなのに、お互いの視線は、交わることはない。

 だからと言って、頭をあげて相手を見つめる勇気は、あたしにはなかった。首が傾いて、あたしの視線は自然と足元を見下ろしていた。頭の上に鉛が乗っかったように、酷く重たい。まるで、視線に重力があるんじゃってくらいに、重苦しく、動こうとしない。

 

 俯く頭に、ナイフのように鋭い視線が突き刺さるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 最近、寝つきが悪い。

 悪い、というよりも、最悪、と言った方が正しいくらいには、睡眠の質が最悪だった。あ、最悪二回も使っちゃった。

 ………まあ、もともと快眠な方ではないから、今更といえば今更だ。

 その今更をわざわざ取り上げてどーしたって?

 どーしたもこーしたもねえっつーの!

 寝不足のうえに、更にたちが悪いことに、寝つきが悪いのに加えて夢見も悪いときたものだから、この辛さは押して測るべし。

 国を出たから?慣れない土地だから?船旅の疲れ?

 全部当てはまるっちゃ当てはまる。

 だけど、きっと、一番の理由は、煌帝国とシンドリアが、あまりにも違いすぎるからだ。

 この国は、あまりにも、優しすぎる。綺麗すぎる。青い空だとか、窓の外から聞こえる楽しそうな声だとか、通りがけに見かける侍女やら学者やらなんやらの笑顔とか。

 それらを見かけるたびに思い出したくないことまで思い出す。突き付けられる。違うのだ、と。

 風も違うし、湿度と気温も違うし、水もなんだか違う、気がする。なにもかもが、違いすぎる。

 この国は、どこまでも楽園に過ぎた。

 まあ、なにが言いたいかといえば、だ。

 慣れない環境のせいで、ストレス感じすぎてお肌が絶不調、ということなのである。ただそれだけ。それだけなんだけど、真実はただ一つであるからして。うん、まじむり。それに尽きた。

 風邪も完全に治って気分爽快のハズだったのに、おでこに出来上がった真っ赤で大きなソレ。真っ白なあたしのおでこに、に、にき、ニキビ、が、できて…いたのだ。まごうことなき、地獄の産物。ルンルン気分で手鏡を見た瞬間、そんなものを見つけた時のあの絶望感。

 本気で悲鳴を上げた。病み上がりとは思えない声量だったと思う。殺人現場見た第一発見者ぐらいの悲鳴だったと思う。

 実際に、すわ何事かって、シンドリアの人間が駆けつけてきたっぽい。扉ノックされてそのまま突入されそうになったけど、祐徳がそれとなく追い払ってくれた。マジいい仕事するわ。ぐう有能。

 ニキビ面を誰にも見られることはなかったからよかったけど、でもほんとむり。つらい。むり。吐きそう。思わず手鏡を叩き割った。むり。こんな鏡いらない。むり。もとからなかった語彙力も底辺になったから更にむり。

 すぐさま、塗り薬を作ってもらうために、一仕事終えた祐徳に泣きついたのは、言うまでもない。

 

 まあ、そんなわけで。

 

「……このあいだのリベンジしよーかな、って思ってたけどぉ、今日はそんな気分じゃないって言うかぁ?なんかお日柄じゃないし?こんなお肌でお化粧しちゃったら良くないしー?かと言って、お化粧せずに外出なんてぇ、服着てないのと一緒じゃん??だからぁ、また今度にしたいかなぁ、って?っていうかするしかなくない??ね?ね?永徳もそー思うでしょ?あたし何か間違ったこと言ってる?」

 いつもよりワントーン高めの声を意識して、とびっきり可愛いと自負する上目遣いで永徳を見上げた。

 な?な?そう思うだろ?ん?そうだろ!?あたしのこの顔にニキビだぞ!この世の終わりだぞ!むり!ほんとむり!!つらい!!こんな時に勇気なんて振り絞れない!!!!

 そんな気持ちを込めて、久々に、目覚めた時から側に居たらしい永徳へと同意を求めた。

 永徳なら、祐徳よりもあたしに都合のいいことしか言わないし、否定しないし、嫌味も言わないからだ。あと小言も。

 気分的に弱っている時の、あたしの精神安定剤代わりなのだから、当たり前なんだけど。

 後ろの方で祐徳が呆れている雰囲気を醸し出してるけど、そんなの知らない。知らないったら知らない!

 あたしの思惑を知ってか知らずか、永徳はそれはもう嬉しそうに厳つい顔を綻ばせた。

「はい!はい姫様!!そうです!!そうですとも!!ええ!ええ!!その通りでございます!!!姫様の愛らしく、この世の至宝とも呼べるご尊顔をどこぞの馬の骨とも知れぬ輩の目に触れさせるなど」

「うっわ、きっっつい」

 思わず遮ってしまった。

 わかってはいたけど、恐ろしいくらいに全肯定だった。全肯定マシーンかよ。とっとこ駆けるハムスターもそこまで言わないんじゃってくらいに全力で肯定してきた。全くもってその通りなのだ!!!!ってか?こわ。

 ので、同意を求めておきながらなんだけど、それ以上永徳の言葉を聞くのは、精神衛生上よろしくないと判断したあたしは賢明だと思う。褒めていいよ。

 縋り付いていた腕を放り捨てるように離して、長椅子に腰掛けて溜息を一つ。

 永徳はと言えば、すかさず慣れたように、あたしが座る場所に素早くクッション敷いて、自分はその場で膝まづいて待機。あたしの足を、流れるように自分の太ももに乗せて足置きにするのも忘れないあたり、相変わらず出来た従者だと思う。うん、さすがあたし。日頃の教育の賜物だ。

「……ねぇ、ほんとに行かなきゃダメなの?」

 最後の一押しとばかりに祐徳をチラ見する。

 あたしが見つめているっていうのに、目元がピクリともしない。コイツってば、ほんと鉄面皮すぎ。

「姫様。こうして体調が快復した以上、お姿を姉姫様方にお見せしなければ、いらぬ詮索を受けることになるかと。……それに、いつまでも引きこもってばかりでは、良くありません」

「引きこもりとか今更でしょ」

「だとしても、でございます。ここは生国ではないのです。シンドリアにいる以上は…」

 更に追い討ちをかけるかのごとく飛び出してくる小言に、あたしは堪らず耳を塞いだ。

 聞いてらんない。聞く気もない。そんなん言われなくてもわかってるしぃ?だけど!!だーけーど!今は、ってかあと数日はむり。おでこのブツが消えるまではむりに決まってる。むり!絶対むり!!こんな顔でこの二人以外の人間と会うなんてありえないっつーの!!

「あーあーあーあー!!聞こえなーい!」

 我ながら、子供じみてるとは思う。

 けど、耳を塞いでいても聞こえてくる小言から逃げるにはこれしか方法がないと思ったのだ。

 だから、これでもかと聞く気がないことをアピールする。ついでに顔もそらした。

 

 イライラする。

 

 それは、許しがたいおでこのアレの存在のせいでもあるし、それだけじゃないからでもある。

 ダラダラと長い小言はまだ続いているようで、チラ見した祐徳の唇は忙しなく動いていて、手の下の耳にもくぐもった音を届けてくる。聞こえなくなるはずもないから当たり前なんだけど、ああ、でもでも。

 

 イライラ、する。

 

 イライラするのだ。

 どうしようもなく、腹が立って仕方がない。

 

 思わず、舌打ちをする。

 足の下にある、永徳の太ももを踵でグリグリしてみても、気分は晴れないし、晴れるはずもなかった。初めからわかってはいる。八つ当たりに意味なんてないってことぐらい。

「ですから、姫様!そのようにはしたなく舌打ちなど」

「祐徳」

 耐えかねて、その声を遮る。

「ねぇ、祐徳」

 呼びかけて、その神経質そうな目を睨みつけた。

「今日は、やけに、しつこいわね?」

 いつもと、違う。違う違う違う。ここがシンドリアだから?だから、あたしを外に出そうとするの?今まで、篭ることを否定しなかったくせに。永徳さえもどっかにやってるくせに。あんたも、どうせ供をするわけじゃないくせに。

 なのに、あたしを、ここから締め出そうって?

「ねえ、永徳。お前、あたしに何か言いたいことはなぁい?」

 一層低くなる声音のまま、問いただす。

 合わない視線。二人とも、こちらを見て、声を聞いているはずなのに、わざと、あたしと目を合わせようとしない。は?マジかよ。ありえない。ふざけてんのコイツら。

 数秒待つ。微妙な沈黙。

 待ってやったっていうのに、何も言い返してこない事実に頭に血が上って、思い切り永徳の顔を蹴り上げた。シャン、と足飾りが音を出す。耳障りすぎ、クソかよ。

 くぐもった声が聞こえたけれど、足が顎に当たったせいっていうだけで、本人はビクともしていない。逆にあたしの足が痛んだ。やば、足首捻ったかも…ただでさえ傷つきやすいのに…つーか、こいつどんだけ頑丈なの?そうなるように色々と協力したけど、優秀すぎて腹立つ…。そしてなんか嬉しそうなのもムカつくっていうか、ほんとキモい。あたしのせいなのは認めるけど、そういう性癖どうかと思う。

「………ふん!何も答えられないくせに、エラそーにあたしに指図?笑えるわね」

 笑える、とは言ってみたものの、全くもって笑えるはずがなかった。

 永徳と祐徳を交互に見つめる。依然として反応はなく、その姿は、ただあたしが頷くのを待っているようにも見える。

 は?嘘だろ。こいつらまじであたしを追い出すつもりかよ。供もしないくせに?

 ……せっかく。

 せっかく、ひさびさに三人揃ったのに??ふざけんな。あり得ない。何のための従者なわけ?

「……今日は!!今日は絶対に外に出ないわよ!この顔見てわかるでしょ?母様譲りのこの顔にニキビなのよ?外に出ていいはずないじゃない!」

 感情のままに怒鳴り散らす。怒鳴り散らして数秒、自分の失言に気づいた。その事実に思い至って、認識して、冷やりとしたものが背中を落ちていくような感覚を覚える。じわりと滲むのはきっと冷や汗だ。

 咄嗟に口を掌で覆って、祐徳を窺い見る。

 今まで、あたしから逸らされていたその瞳が、大きく見開かれて、こちらを見つめていた。

 今日初めてかち合った視線に、息を飲む。

「……っ」

 その瞳に過ぎった、いつもと違う色を、色濃い感情の発露を、あたしは見逃さなかった。ほんとに一瞬のことだったけれど、あまりにも見慣れたモノだっから、気づかないふりなんて出来るはずがなかった。

 永徳を見る。

 こっちはこっちで、微動だにしない。兜で隠れた目元がどうなっているかは、想像するしかない、が、きっと、同じ表情をしているはずだ。こいつら双子だし。

 またも、数秒の沈黙が流れる。

 今度は先程と違って、返答を待つ側じゃないせいで、居心地の悪さに、胃の裏側を引っかかれているような不快感と不安感に苛まれる。

 わざとらしい居心地の悪さを覚えるのは、きっと、いつまで経っても燻り続ける罪悪感のせいだろう。

 わかっている。わかっているのだ。本当は。

「……っ、わ、かったわよ。外出、するわよ…すれば、いいんでしょ。この国を知るのも、大事なこと、だもの」

 取り繕うように、なんとか絞り出した声は、頼りなくて情けない響きを持っていた。従者の機嫌を伺う皇女とか…ほんと…。けれど、間違えてしまったのはあたしだ。

 よくよく理解していたのに、口を滑らせてしまったのはあたしだ。二人の前で、母様の事を持ち出してしまったあたしが悪い。

「……祐徳、顔布を用意しなさい。少し怪しいけれど、無いよりはマシよ」

「畏まりました」

「永徳は、紅玉姉様と白龍兄様に先触れを。外出するなら、先日の非礼を詫びなきゃだし」

「御意」

 深呼吸を二度ほど繰り返し、何事もなかったように振る舞う。祐徳も永徳も、同じく何事もなかったかのように傅いて、キビキビと動き始めた。まるで、先ほどの発言なんて、初めから起こり得なかったかのように。

 その姿に、ひっそりと安堵する。安心、してしまう。図々しいことに。

 別に、何か起こるわけがないとはわかっているが、それでも身構えてしまうのは仕方ない事だと思う。二人の心の内を察してしまえるくらいには、付き合いが長いのだ。心情を慮ればなおのこと。

 綺麗な布を、祐徳は、まるでベールのように髪飾りと一緒にあたしの頭に被せて、顔の半分を覆い隠すように垂れさせた。髪型も、それに似合うように整える。

 甲斐甲斐しい世話の仕方は、いつも通りで、ごめんなさい、と思わず口を開きそうになるのを、ぐ、と堪えた。言ってはならない。謝罪など、以ての外だ。

 傷つけてごめん、なんて。どの口が言えるのか。

 

 

 

 そうやって、苦虫を噛み潰したような罪悪感を抱えながら、何食わぬ顔をする。

 一人で長い廊下を歩きながら、すれ違う者たちから顔布をしていることに訝しがられながら、ひしひしと感じる視線に耐えながら、目的地にたどり着いたあたしは、剥き出しの口元だけはなんとか笑みの形を取り繕った。

「姉様、兄様、長らく顔を出せずに居たこと、そして、礼を弁えず退席した事を謝罪させてくださいませ」

 どうやら共に居たらしい兄様と姉様へと、頭を垂れた。なんとも軽い頭だと、なんとなく思う。

 その後ろには、都合よくマギ様とアリババ王子、モ、モル、モルジアナ、さんがいる。

 が、前回のように、会えたことを喜べるわけがなかった。この顔で会いたくなかったのもあるし、先ほどのことをまだ引きずっているのもあるし、なにより、また失敗しやしないかと不安なのもある。

 複雑。それに尽きた。

 あたしの謝罪を、そんなことしなくていいのに、と言う姉様と兄様に曖昧に笑って首を振って、マギ様方三人へと同様に頭を垂れて。

 

 こうやって、赤の他人へは謝罪できるのに。

 どうして、大切にしてやりたい者には、謝ることもできないのか。

 

 そう、思ってしまって、それこそ今更だと、自分の思考を切り捨てた。




今更ですが、伏線の張り方が下手くそすぎて意味がわからない文章となっていますが、考えるな感じろ…!を合言葉に読んでやってください…。


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