聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜 (誠家)
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復帰編
第1話 霊使者


新作、よろしくお願いします((´﹀`)


みんなは霊媒師というものを聞いたことがあるだろうか。このものたちについて知っていることといえば、彼らは《生者と死者の仲介者という立場に位置している》ということぐらいだろうか。この立場を生かして彼らは様々な依頼を受けているのだ。しかし、これはあくまで《表》で活動している者達についてのことである。

《表》があれば《裏》も存在する。当然の摂理である。《裏》で活動している者達のことを《表》で活動する者達はこう呼ぶ。

霊を使う者…《霊使者》と。

 

「なんで…なんでだ…」

背中を丸く曲げ、縮こまった少年が囁やく様に問いかける。問いかけた相手は、もうこの世にはいない。

「なんでだよ…海斗おおおおおお!」

少年の叫びは黒き闇に吸い込まれていった。

 

 

 

チチッチチチッというスズメの鳴き声が聞こえてくる。囁く様なそよ風が俺の前髪を揺らす。上にある大木の葉が落ちてきて、俺の目の前に出現した…その時。俺は一歩踏み込んで右手の真剣を高速で動かす。

葉はしばらく原型をとどめていたがしばらくするとその体はあっけなく4つに分かれる。俺は振り抜いたままの体勢にしていた体を直して剣を腰に吊ってある鞘に収める。

するとまるでそのときを狙っていたかのようなタイミングで俺の頭にタオルが落ちてくる。タオルが投げられてきた方向を見ると一人のセーラー服の少女が立っていた。少女は両手を腰に当てると小柄な顔をズイッと前に出して口を開く。

「兄さん、もう七時ですよ!早く着替えないと!」

俺は汗で濡れた頭と額をタオルで拭きながら返答する。

「お前こそ、ちゃんと飯食ったのか?翠。」

 

俺の名前は桐宮 修也。17歳。

成績・良い(らしい) 身体能力・良い(らしい) 料理・まあまあ(他人からすればうまいらしい)

部活動・帰宅部

タオルを投げてきた少女が妹の(みどり)。16歳。

成績・普通(らしい) 身体能力・良い(らしい) 料理・最悪(本人は真剣にやってるらしい)

部活動・弓道部

俺たち兄妹はなんの変哲も無い普通の高校生だ。

家系と家族関係だけ除けば…だが。

 

俺は自分の部屋に戻る。うちの家は完全な和式で、俺と翠の部屋もドアではなく障子である(鍵付きとかにしてほしい)。

ひとまず道着から制服に着替える。もう4月下旬とはいえ今年は気温が低めなのでワイジャツの上からブレザーを着用する。ズボンを履いてカバンは中身を確認してから閉める。カバンを持って腕時計を確認すると時刻は七時十分を指していた。

俺は部屋を出てひと伸びしてから廊下を歩き出す。昔は廊下を歩くときのギシギシという音が嫌いで小2まで一人でトイレに行けず、よく爺さんについてきてもらったものだ。長い廊下を歩いて今の前を通ると正面から歩いてくる一人の人物と目が合う。

彼の名前は桐宮 才蔵。今や俺と翠の唯一の家族だ。歳は今年で六十四。まだまだ元気な老人である。

爺さんは俺に向かって言葉を発する。

「修也、今日の稽古はこれそうか?」

「あー、まだわかんないな。学校での予定によるかな。」

「そうか…」

爺さんはしばし黙り込むと続いては提案を投げかける。

「修也、お前今日の依頼…」

「行かねえよ。」

俺は言葉を最後まで聞かずに返答する。

「しかし、お前ほどの力があれば…!」

「関係者じゃねえ俺が向かうべきじゃねえだろ。」

俺がそう言うと爺さんは下に俯く。時計を確認すると七時十五分を指していた。これくらいに出ないと学校に間に合わない。俺は玄関まで行くために爺さんの横を通りすぎる。すると爺さんの言葉が俺の背中に投げかけられる。

「あいつは、お前のことを恨んでいないと思うぞ…?」

俺はその言葉に足を止める。カバンを持っていない右手を握りしめて、冷徹に返答する。

「それは、別に関係ねえし…」

そして、なるだけの笑顔を浮かべてから、振り向いた。

「それに、俺なんかいても変わんねえよ。」

俺は再び足を動かし始めた。

 

俺が靴を履いて外に出ると翠が立っていた。先ほど同様にセーラー服を着て、カバンを両手で持っている。

「兄さん、遅いです!」

頬を膨らませる妹の頭を撫でて、謝罪を一言。

「悪い悪い。ちょっと爺さんに捕まってな」

「お爺様となにか話してたんですか?」

「うん…まぁな」

「まさか、《仕事》の事ですか」

「…ああ。」

《仕事》とは先ほど爺さんが言っていた、《依頼》の事である。うちの家は代々《霊使者》という名の陰陽師に近い役職をする家系なのだ。することの内容は世界に害をもたらす霊、つまり悪霊を祓うこと。ここで陰陽師と違うのは俺たち霊使者は自分の力だけでなく霊の力も借りることができる。ここら辺はシャーマンに近い。つまり霊使者とは陰陽師とシャーマンの間に位置するのだ。

今の桐宮家の当主は爺さんで、もちろん次期当主として俺がいるわけなのだが…正直、妹の将来の旦那に譲ろうと思っている。できる気ないし、戦わない俺がやったところで…

「…いさん?兄さん!」

妹の声で我に帰る。どうやら知らないうちに全ての坂を下りきったようだ。俺たちの家はかなり山の方にあるので坂が多い。

「悪い悪い。で、なんだっけ?」

「もう、人の話はちゃんと聞いてください!ですから、依頼の話、受けたんですか?」

妹は俺が霊使者になる気がないことを知っているはずなので返答はなんとなく予想できると思うのだが…まあいいか。

「受けてないよ。ちゃんと断ったさ。」

「そうですか。ならいいんです。」

なんだというのだろう。こいつは俺のことになると、とことん心配性になるのだ。まったく、ブラコンの妹には苦労させられる。

「はあ…」

俺は大きくため息をついて、青く広がる空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘描写がないぜ!次回も多分ないぜ!第3話だぜ!(多分!)ま、次週もお楽しみに!


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第2話 桐宮 修也

あっはははは!少ないねぇ!観覧者!まあこんなもんかな⁉︎いいさいいさ別に。こんなもんだよ、うん。
とりあえず…ヤケ酒かな。
…近所のスーパー行ってきます。


グスッ…


あの後俺たちはかなり時間ギリギリなことに気づき、駆け足で学校に向かった。その甲斐あってかなんとかホームルームまでには間に合い、慌ただしく席に着く。

俺が右端の一番後ろの席に着くと前に座っている男子が話しかけてくる。

「おっ、修也君にしては珍しくギリギリ。何かあったのかい?」

俺は肩をすくめて端的に事実を述べる。

「別に、爺さんと話してたらちょっと遅くなっただけだよ。」

「ほほーん。妹とイチャイチャしてたんじゃないのかえ?」

「するわけねえだろ。そんなこと。」

この馴れなれしい男の名前は景浦悠馬。高1の頃から同じクラスでいつも必ず話しかけてくる俺の数少ない友人。

性格といえば馴れなれしい、かなりのお人好し、そして…

「いやあ、良いよね。修也の妹。あの可憐な顔、引き締まった体、しかも運動神経抜群ときた。まさに学校のアイドルだよなあ。」

「そこまで言うか?」

俺は苦笑しながら呟く。確かにあいつが美人なことは認める。あいつの靴箱のロッカーの中には放課後は絶対にラブレター入ってるし、この学校、市立出雲高等学校での人気投票女子の部ではぶっちぎりの一位だったし。本来なら自慢しても良いところだが、しかし本人はあまりよく思ってないようだったのでこのことにはあまり触れないようしている。

その時、キーンコーンカーンコーンというチャイムが鳴り響く。

「おっと、もうそんな時間か。」

「となると…」

チャイムが鳴り終わる瞬間にガラリとドアが開く。

「今日も時間ぴったり。」

「さすが。」

俺たちの担任、吉岡先生は毎日毎日チャイムが鳴り終わると同時に教室に入ってくる。一回風邪のくせに学校に来て他の先生に帰されたことがあった。とんでもなく真面目で生徒からもかなり好かれている良い先生だ。

「起立。」

吉岡の一声で全員が起立して、同時に礼をする。こうして、また慌ただしい1日が始まった。

 

キーンコーンカーンコーン

チャイムと同時に授業が終わる。俺は終わりの挨拶をし終えるとすぐに席に座って横に吊ってあるバッグから風呂敷で包まれた弁当箱を取り出して、風呂敷を外して弁当箱本体を取り出す。

すると悠馬がガタガタと音を出しながら椅子をこちらに向けてくる。

「ほうほう、相変わらずの修也お手製の弁当か。毎日毎日大変だろ。」

「慣れくればそこまででもないさ。それにしても…」

俺は悠馬の前にあるパンを一瞥して苦笑する。

「お前は相変わらずの購買部のパンか。」

「そーなんだよなー。母親が弁当作ってくれなくてよ。」

こいつの両親は共働きでほとんど家にいないそうだ。おかげで俺か姉が飯作ってんだぜ、という愚痴を前に聞いたことがある。俺からすれば両親がいるだけで十分羨ましいのだが。

「俺が弁当作ってやっても良いけどそん時はメックのビッグバーガーセットとテリヤキバーガーおごってもらうことになるからな。」

「弁当一つへのお返しがおかしいだろ。」

俺たちがそんな馬鹿話をしていると、1人の人物が割り込んでくる。

ガタガタと椅子を俺の机の横側面に置いたその人物は可愛らしい弁当箱を机に置くと、持ってきた椅子に座った。かけた眼鏡が光り、高く結んだポニーテールが揺れる。

「桐宮君、あなたまた遅刻ギリギリだったじゃない。さすがに風紀委員長としては見逃せないわよ。」

開口一番、借りることを悪びれもせずそう告げる少女に、俺は両手を上げた。

「いーじゃん遅刻はしてないんだし。わざわざ取り締まるほどでもねえだろ?」

「あなたはそうでも私達は困るの!下級生に示しがつかないじゃない。」

そのやりとりを聞く悠馬はやれやれと首を振った。

彼女の名は三宮橋 彩乃(さんぐうばし あやの)。

容姿端麗、頭脳明晰、文武両道を地で行くまさしくThe・優等生。教師からも信頼は厚く、普通にしてればまず関わることはないであろう高嶺の花だ。

…が、何故かこの女は自分から俺たちのグループに関わってくる。まあ、そりゃ風紀委員長からすれば俺達問題児2人組を監視しときたいんだろうが…それ以外に理由があることを、俺は知っている。

「ほら、悠馬も!ネクタイ歪んじゃってるじゃない!直しなさい!」

「お前は俺の母ちゃんか!」

「人の机で暴れんなよー」

2人は幼稚園からの幼なじみらしく、昼休み毎にこの夫婦漫才を俺の机周辺で披露してくる。

悠馬は気付いていないようだが、彩乃が彼に対して友人以上の感情を持っていることは確かだろう。俺はその光景を見ながら、楽しそうに笑う。実際、楽しかった。しかし、同時に俺は、こうも思うのだ。

 

『…居づらいな…』

 

昼休みも終わり、午後の授業も終了したところで俺はバッグを持ち上げる。普通は部活をする時間帯だったが俺は部活には入っていないので、このまま帰るだけである。

俺が下駄箱まで降りて、靴を履いている途中に俺を呼ぶ声がする。

「あ、あの!桐宮さん!」

「ん?」

見ると知らない女の子が立っていた。彼女は俺に近づくと、両手で持った封筒を渡してくる。

「これ、読んでください!」

「あ、ああ。」

俺が受け取ると女子高生は走り去ってしまった。見ると封筒はハートマークのシールで封をされている。俺はため息まじりに一言。

「またか…」

いわゆるラブレターというやつである。男子諸君の中では夢のまた夢といった風の位置にランク付けられているかもしれないが、俺からすれば日常行為同然である。

その昔、剣道部に所属していた俺はひょんなことから剣道の大会で全国三連覇をしたことにより、学校で注目の的になった。毎日毎日ラブレターは二桁以上くるわ、昼飯は誘われるわで本当に大変だった。

なので、たとえラブレターを貰ったとしてもときめきもクソもない。これが俺、桐宮修也の現状である。

俺は門から出て、トボトボといつもの通学路を歩き始めた。

 

俺は家に帰ってまず、洗濯を始める。洗濯カゴにたまった洗濯物を全て洗濯機に入れ、ボタンを押してその場を後にする。うちは山の方にあるので、台所などはどうしようもないが洗濯機だけならなんとかなるので、洗濯機はかなり新しい。

俺は庭に出ると今朝干しておいた洗濯物を全て取り込み、縁側に置く。俺はそれを俺、翠、爺さんと分けて畳んでいく。特に多いのは翠の服で、私服が山ほどある。女子ってなんでこうも私服が多いのだろう。

俺は洗濯物を手早く畳み、三つに分けたらそのまま縁側に放置。今度は台所に向かう。晩飯の仕込みを行う。

今日は生姜焼きなので、冷蔵庫から取り出した豚肉を俺手製生姜醤油につけてさらに冷蔵庫で放置。米は洗って釜をコンロにセットしておく。なぜこんなにも急いで準備をしたかというと、俺は今日やらなければならないことがある。エプロンを脱ぎながら外を見るとすでに人が俺たちの家に入り出していた。彼らの行き先は、俺の家の敷地内の隅っこにある巨大な《道場》。

俺は自分の部屋に急ぎ、制服を脱いでから壁に掛けておいた今朝着ていた道着を見に纏う。帯を結んでから机の脇に置いてある木刀を持って玄関に向かい、靴を履く。かかとを入れてから、ドアを開けて外に出る。

すでに道場からは竹刀を打ち合う音がしており、音の大きさからも彼らがどれだけ真剣なのかがわかる。

俺がドアを開けて一礼をするとその音がピタリと止まる。そして全員が頭を下げて、大きな声を出す。

「よろしくお願いします、師範代!」

その大きな声に少し圧倒されながらも俺は笑いながら答える。

「はい、よろしく。」

 

俺の家は代々未熟な霊使者を育て、有能な霊使者を作り上げる。いわば教養所、訓練所と言っても過言ではない。だがうちはその中でも異質とされている。それは何故か。その理由は、教える内容が違うからだ。

本来の訓練所ならば剣の握り方、振り方、受け流し方などを教えて終わりだが、俺の家系は違う。その先をも教えるのだ。つまり、自分たちの流派を教える。剣の技を教える。それもただの剣術ではない。《殺人剣》をだ。

他の家系の流派はどちらかと言うと実践向きではない。というのも、単発技が多く、一撃必殺のものが多いのだ。それは、避けられたら終わるので、うちの流派ではそこまで教えない。

霊使者というのは人型の悪霊をメインで戦う。霊も弱点は人と同じなので人間が死ぬポイントを的確に狙えば確実に《向こう側》へと帰る。他の訓練所のように基本だけを教えていても無駄死にするのがオチだろう。剣が振れたところで当たらなければ意味がない。だからこそ、他の訓練所よりもうちを出た霊使者のほうが死亡率は格段に低いのだ。

 

アップ、素振り、打ち合い(ここで俺が少し指導する)、技を出す練習を終えた頃には既に八時を回っていた。俺は全員を集めて終わりの挨拶をする。

「それでは、今日の練習は終了です。みんな、お疲れ様!それじゃ、礼!」

門下生たちが揃って頭を下げて「ありがとうございました!」と大声で言う。門下生たちは顔を上げると各々で解散し始める。俺が汗をぬぐいながら道場を後にしようとすると後ろから声をかけられる。

「あ、あの!」

一瞬学校での出来事がフラッシュバックするがここは道場だし、同い年の女の子なんていないのだからラブレターということはないだろう。俺は後ろを向いて少女の名前を呼ぶ。よく見る顔だ。

「どうした、綾子。」

火坂綾子。確か小6。幼馴染の女の子二人と一緒に通っている女性の霊使者候補だ。

綾子は後ろに隠した手からタオルを俺に差し出してくる。

「あ、あの!あ、汗がすごいので。これで拭いてください!…拭いたら、どうでしょうか…」

「…いいのか?」

俺が申し訳なさそうに質問すると頭を縦にふる。

「…悪いな」

ここは厚意に甘えておくべきだろう。頭と顔を甘い香りのするタオルで拭く。

「それじゃあ、これは洗って返すよ。」

「い、いえ!大丈夫ですから!私が自分の家で洗いますから!」

「え?でも…」

「いいんですいいんです!」

そういうと彼女は強引にタオルを奪って幼馴染のところにかけて行った。

「…ご両親によろしくな。」

彼女はニコニコしながら、ペコペコと頭を下げた。

俺は彼女の反応を不思議に思いながらも道場を後にした。

 

深夜。

着物に着替えて、飯も食べ終わり、洗濯物も片付け、縁側に座っていた俺の腕にポツリと雫が落ちてきた。

「雨…か…?」

俺はすぐに中へと入り、窓を閉めてから部屋へと入る。

そして、俺の気のせいだとは思うのだが、今日の雨は何か不吉なものを含んでる気がした。

 

 




長くなってすいませんねえ。このお詫びは…いつか必ず精神的に。


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第3話 記憶

「よしっと…」
俺は雑巾の端が壁についたところで地面につけていた膝を上げる。
今日は大雨警報のおかげで学校が休みということで家の掃除を行っていた。後に振り返ると水拭きのおかげで木製の床がピカピカと光っている。やはり掃除というものはとても気持ちがいい。
「さて…」
俺は雑巾とバケツの水を入れ替えて既に拭かれている廊下を歩く。
しばらく歩くと一際目立つ石造りの扉が現れるので、俺はその扉を押し開ける。そして、さらに下へと続く石造りの階段を下り始める。十数段の階段を下りると様々なものが端っこに積み上げられている広場に出る。
あの扉は位置で表すと桐宮宅の一番奥に位置しているのでもうこの小さめの広場は家の周りを囲っている塀の外にあるのだ。
この広場は桐宮家の《倉庫》的な扱いとなっていた。といっても普通の倉庫は別にあり、こっちは霊使者達の武器を保管している武器庫だ。同じ倉庫でも用途が違う。
俺は周りに重ねられている矢やら槍やらを素通りして数歩歩き、あるものの前に立つ。
《それ》は刀だった。柄は日本刀の作りになっていて、金色の鍔が暗がりでも鮮やかに輝いている。そこから伸びる銀色の刀身は全てを斬り伏せるかのような迫力に満ちていた。そしてその先は周りよりも少し盛り上がった石畳に突き刺さっている。
この刀は桐宮家の家宝となっている、大事なものだった。かつて、何代も前の初代当主がこの刀で鬼を斬り、国を救ったという言い伝えがあることからついた名前が《鬼殺し・月詠》。
しかし初代当主が亡くなってからこの場所に封印されて以降、そのままとなっている。これを抜いたものにはとてつもない力が宿る、とかいう漫画でよくあるセリフを爺さんや今は亡き親父に聞かされてきたものだが、正直に言うと俺はあんまり信じてない。要は半信半疑である。霊というものが存在するこの世界ならありえないこともないが、信じるにしては情報が少なすぎる。
ま、どの道…
「戦うことをやめた俺には、関係ないことだけどな」
俺はバケツと雑巾を持って端に駆け寄り、手に取った武器を丁寧に拭き始めた。


それから数時間後…

 

俺はある建物の前に立っていた。護身用の木刀を左手に持ち、右肩にはショルダーバッグをかけている。目の前には禍々しい雰囲気を醸し出すコンクリート造りの建造物。

ここは《留置所》だ。それも普通の留置所ではない、怨霊専用の留置所。ここでは霊使者達に捕獲された怨霊達が留置されている

怨霊達のことについて俺達はまだまだ知らないことばかりだ。だからその研究のためにここに留置されているのだ。もちろん霊の中にも《良き霊》というのはいるのでそんな奴らは捕獲したりしない。だからここにいるのは現界してから悪行に走った怨霊、悪霊のみだ。

俺は少しだけ建物を見上げて敷地内に入る。自動ドアのよこに取り付けられている機器に俺のカードをかざしてロックを解除する。開いたドアをくぐって建物内に入る。

俺は受付においてあった使用者記入欄に記述して、奥の警備員に話しかける。

「桐宮様、お疲れ様です。」

俺に向かって敬礼をする警備員に俺は控えめに手を横に振る。

「それ、いつもいらないって言ってんのに…」

「いえ、そうはいきません。最上位家系の方々に敬礼すらしないなど恐れ多い…」

「あーもー、分かった分かった。」

延々と続きそうな理由づけを俺は無理やり遮断した。

「あいつ、呼んでくれるか?」

「はい、了解しました。桐宮様、どうぞこちらへ。」

出てきた警備員のあとに俺は続く。俺は一ヶ月に一回はここに来ているのでこちらに進むとが面談室であることは分かっていた。しかし、反対側は入ったことがなかった。昔、いつかは入ってやると思いながら幾度となく失敗したのもいい思い出だ。

そこで俺達は目的の場所につく。

「どうぞ。」

「サンキュ。」

俺は自動ドアよりも小さいドアをくぐってガラスを隔てた先にいる人物を見る。髪は白の長髪で、目は燃え盛るように赤い。口元からは上の犬歯が出ていて、猛々しい雰囲気を醸し出している。

「よう、1ヶ月ぶりぐらいか?」

「…違うな。30日と5時間42分35秒ぶりだ」

「大して変わんねーじゃねえか。」

俺は椅子を引いてそこに座る。この会話もほとんど定番のようなものなのでさほど気にしていない。

「やれやれ、毎度毎度欠かさず来やがって。こっちも暇じゃねえんだぞ?」

「嘘つけ。飯食ってねるぐらいだろうが。」

そう言うと目の前の男はカカカッと笑う。

こいつの名前はザイール(仮名)。俺がかつて捕獲した怨霊らしいが…俺にはその時の記憶がない。

皆はもう気づいているかもしれないが、俺は昔…五年ほど前まで霊使者として戦いの最中にいた。もちろん学校には通っていたが、帰って宿題をしてから稽古、の毎日だった。特に俺のような前線に出ていた者達は死ぬ可能性があるので稽古は欠かせなかった。

そんな日々は確かにきつく、苦しいものだったが…決して辞めたいと思ったことは無かった。しかし…十三歳の時、それは起きた。

俺は親父とお袋、二人の傘下の部隊、爺さん、俺、そしてかつて俺とコンビを組んでいた同い年の親友とある任務に出た。内容は《発生した悪霊の退治、もしくは捕獲》。このような任務は俺たちだけで腐るほどこなしてきたし、その時は最強の部隊と言われていた親父とお袋の部隊もいたのだ。正直、負ける気はしなかった。いつものように任務を終わらせて、家に帰り、飯を食って寝るだけ…。そう思っていた。

しかし、人生とはうまくいかないように出来ている。そんな当たり前のことは俺はその時に思い知らされた。

俺と親友はまず3分の1ほどの部隊の人達と合同でこいつ…ザイールの捕獲に努めた。敵は2体いたので、片方は親父達に任せたのだ。

苦戦はしたものの、なんとか捕獲に成功した。ここまで負傷者はいたものの、死者は一人もいなかった。そして親父達のところに向かった俺が見たものは…血だらけで倒れ込む、親父とお袋、そしてその部隊の隊員達だった。

俺はその光景を見た後に我を忘れ、無我夢中に飛び込んでいった…。

俺の記憶があるのはここまでだ。ここから先はどんな方法を試してもまったく思い出せなかった。まるで忘れてるのではなく…なにかに記憶を《《取られた》》かのように。

そして俺の目が覚めた時には全てが終わっていた。俺の横にいた、なんとか一命は取り留めた爺さんがゆっくりと話してくれた。

2体のうち一体は捕獲に成功し、もう一体は俺が与えた傷によって朽ちたこと。両親の部隊は全滅し、両親も既にこの世にはいないこと。そして…俺の親友も既にこの世にはいないことを。

俺はその話を聞いた後、すぐに親友の死因を探った。両親はもう一体の攻撃で死んだとしても、親友の死因だけは皆目検討がつかなかった。そして、俺の病室に来た霊使者協会の役人達がまるで口裏を揃えたかのように答えた返答が…俺を混乱の渦に巻き込んだ。

 

『お前が殺した』

 

俺はその言葉の意味がわからなかった。それもそうだろう。たとえ俺が本当に殺していたとしても、それを確かめるための映像も何も残っていないのだから。死体を調べれば分かったかもしれないが…戦いの後、親友の死体は忽然と消えていた。

ならば何故、協会の連中が俺を犯人扱いにしたかというと…俺の使っていた刀から、アイツのDNAが検出されたからだ。しかし、俺にはまず殺す動機はなかったので、この事件は迷宮入りした。

もちろん俺はそんな状態で戦えるはずもなく、結果協会から戦力外通知を受け、今に至る。

「お前の爺さん元気か?あいつにも俺はそこそこのダメージを入れられた。」

「それ毎回聞いてきてんな。別に、まだピンピンしてるよ。…まあ、今日は大きな任務の後だったからちょっと元気ないけどな。」

「それにしても…」

ガラスの向こう側で腕組みをしたザイールが口を開いていた。

「お前の妹…もうすぐ16歳だろ?…気をつけろ、女ってのは15~17の間で霊力が最も高まる。つまり怨霊達に一番狙われやすくなるってことだ。油断してると…」

ザイールはガラスに額をつけてドスの効いた声でこう言った。

「連れてかれるぞ?」

俺はそんな奴に、睨み返しながら返答した。

「…分かってるよ、そんなことは。」

俺の周りの空気が、一気に冷たくなるのを感じた。

 

俺は傘を差しながら雨の中少しだけ静かな街を歩く。人というのは不思議なもので好き好んで雨の日に外に出ようとするものは数少ない。まあ、当たり前かもしれないが。

「…」

俺はしたに俯いて大通りより少し狭い国道を歩く。ここ、出雲は神無月に出雲大社に神たちが集まると言われているほど《そういう奴ら》が集まりやすくなっている。だから怨霊、悪霊絡みの事件は少なくない。最近でも街の女生徒たちが多数さらわれる事件が起きた。もっとも、全員霊使者達で保護したようだが…今度はそううまくいかない気がする。

『…連れてかれるぞ?』

俺はやつの言葉を思い出す。そんなことは、俺が一番わかっている。たとえ5年も前線から離れていても知識は何ら変わることは無い。細かい部分は忘れている節があるが、大体の大まかなことは覚えている。

女性は15~17の間で、男性は16~18の間で最も霊力が高まる。その分、怨霊達からしたらエネルギー補給に最適なので狙われやすくなるのだ。

そこまで考えると、俯いていた俺の視線に映るものがコンクリートから土へと変わった。俺は視線を上げる。そこには一本の坂と、巨大な和式の家が見えた。

どうやら知らない間にかなりの距離を歩いていたらしい。

「…急がねえと、晩飯遅れちまうな…」

そう言って俺は足を駆け足にする。翠は少しでも晩飯の時間が遅くなると不機嫌になる。育ち盛りなのはいいことだがもう少し苦労というものを知ってほしい。

…この時、俺の意識は周りにいっておらず、ただただ走り続けた。平凡なことを考えながら、走り続ける。要は…油断していた。

だから…後ろから飛翔する物体に、気づけなかった。

ドシュドシュッ!!

「ガッ…!?」

鋭い音とともに俺の背中に電撃に似た衝撃が走る。これは…この衝撃は、味わったことがある。刃物が、刺さる時の衝撃だ。

俺は手探りで探し、背中に刺さっているものを引き抜く。それは…俺の血のついた、クナイだった。そう、忍者がよく使うあれだ。

「…何でこんなもんが…?」

俺がそんなことを呟くと横の草むらから何かが飛び出す。そいつは俺に向かって剣の横薙ぎを繰り出してきた。

「うおっ…!?」

俺はギリギリで顔を逸らして避けて、袋の中に入れてあった木刀を取り出す。俺は少しだけ切れた頬を触ってから相手を一瞥する。

服装は、侍といった印象を具現化したようなものだった。後には忍者が控えている。

「悪霊…!」

俺はそう判断すると、剣を構えた。そして、相手に向かって一歩踏み出す…その時。

ジャキジャキという新たな効果音が横から聞こえてくる。俺はその音のした方向に視線を向ける。そこにあったのは…無数の銃口。

「ヤベッ…!!」

俺は避けようとするが…間に合わなかった。連中は銃弾を一斉に発射。俺の体に十数発の鉛玉が直撃する。

「ガッ…!!」

俺は痛みも感じずに、その場に倒れ込んだ。体を術で強化していたため、なんとか耐えたがすぐに治療をしないと俺の命が危ない。

悪霊達は、そこで動き出した。俺には目もくれず、家に直行していく。そこから起こることは、だいたい読めていた。

「爺さん…翠…!!」

俺は這うようにして坂を登りながら、愛する妹の名を口にした。

 

俺が家に着いた時には、誰一人いなかった。家の中は荒らされ、勉強していた妹の姿は見受けられなかった。恐らく、連れていかれたのだろう。爺さんも、いくら一家の当主とはいえ、任務後で霊力を消費した後では、あの数は相手どれなかったのかもしれない。

「くそッ…!」

俺は壁にもたれかかりながら、傷口を抑えて歩き続ける。

今の俺には、あいつらを相手にはできない。個々ならばいけるが、群れを作られてはどうしようもない。ならば…

「…あれを使うしか…ないな…」

そこで俺はやっとの思いでそこに到着する。桐宮宅の一番奥に位置している石造りの扉。

「グッ…!」

俺はなんとか扉を押し開ける。だが、足がふらついてしまい、転がり込むように階段を駆け下りた。静止と同時に俺の肩に痛みが走る。

「グアッ…アッ…!」

痛む傷口を力いっぱい抑えて無理矢理痛みを遮断する。

俺はさらに這うように進んで、《それ》の前に立つ。

桐宮家の家宝、《鬼殺し・月詠》。

…この剣は、今までの当主が何人も抜こうとしては諦めてきた剣だ。未だ使いこなせたのは初代のみ。俺が使える可能性は、限りなくゼロに近いだろう。だが…

俺は膝に手をついて、一気に立ち上がった。痛む脇腹を抑えながら、俺は右手で剣の柄を握った。

「…それで諦める理由には…ならないよな。」

俺がそう呟いたあと、俺の意識はどこか遠いところに吸い込まれていったー…。




久しぶりの投稿だね。SAOに掛り切りになっちゃった☆てへ☆(≧∇≦*)


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第4話 契約

「うぐっ…!!」
才蔵が霊の1人に頬を殴られ、手を縛られたまま地面に倒れ込む。彼も一霊使者のため、霊使者の基本技である《霊術》は使えた。今は体全体に《強化》系の霊術をかけているため、かなり体は屈強になっているがそれでも今のまま続けば体が危ない。
「ガハハハハ!!良いぞ、もっとやれ!…ジジイをなぶり殺しにするのを見るのは大して面白くないと思っていたが、これは新発見だな!」
一際巨大な体を持つ霊の言葉に周りの霊たちも同時に笑う。才蔵はよろめきながら、口から血を流しながら立ち上がった。彼の目は、まだ死んでいない。
「どうした…?そんな拳ではまだまだ我が孫娘を殺すことは出来んぞ…?このひよっこ共目が…!」
「んだと…!」
才蔵の声に鉄砲隊の1人が近づいてさらに殴りつける。才蔵はさらに口から血を流しながらも挑発的な笑みを浮かべた。
「お爺様…もうやめて!これ以上やったら…死んでしまうわ!」
翠の叫びに才蔵は微笑みかけながら答えた。
「昔…一緒にいながら、修也とお前の両親を守れなかったんだ…。せめて、愛する孫娘の前では…格好つけさせてくれ…」
才蔵その言葉と同時に霊たちの攻撃はさらに強くなっていった。殴りだけでなく蹴りまで入って来ている。翠は何も出来ない自分を悔いた。その悔しさが、両目からの2つの雫となってこぼれた。
「…兄さん…助けて、兄さん…」
翠の嘆きは、洞窟の壁で反響しながら…暗闇へと、消えていった…。


「うっ…」

俺の鼻にあまり芳しくない臭いが入り込む。これは…

「…何かが…焼ける臭い…?」

俺はゆっくりと目を開けて地に手をついて上体を上げる。そこで俺の目が目にしたものは…鬼に襲われる、人々の姿だった。

俺も本で見たことしかないがその姿はまさに、鬼だった。恐らく全国にある村町を襲ってまわっているのだろう。そんな伝説を、家にある書物で見たことがある。そしてその光景は、俺の想像をはるかに超えていた。

「…地獄かよ。」

焼ける家屋を見ながら顔を顰めて、俺はそうつぶやく。

逃げる人々、それを追う鬼。焼ける家屋木々、飛び散った血。まるで現実とは思えないような異様さだった。

…しかし、ある時人々の悲鳴に鬼の悲鳴まで加わった。

「?…なんだ?」

俺は辺りを見回す。少し視線を張り巡らせたあと…俺は見つけた。とてつもない速度で、鬼たちを切り裂いている男を。その男の剣は少し紅色に染まり、燃え盛る炎の光を反射してさらに濃い赤へと変貌している。

「ギヒャアッ!?」

「や、やめっ…!?」

鬼たちの悲鳴などを聞く耳を持っていないかのように右手の剣で首を斬り、心臓を突き刺している。

そのような一方的な戦闘はおよそ5分ほど続き…最後に残ったのは、大量の鬼の亡骸と、焼け焦げた村の家屋のみだった。

村人を救った男のそばに、一人の少女が近づく。どうやらかなりの人数が避難していたようで、俺が予想していたよりも、死者の数は少なかった。

「あ、あの…ありがとうございました!助けてくださって…」

男は横目で少しだけ少女を一瞥すると、すぐに元の視線に戻してしまう。そして、素っ気なく一言。

「…別に。」

男は刀を腰にしまうと、歩き始める。

「あ、あの…お名前をお教え頂けませんか!?」

少女がまた声をあげると男は足を止めて、また素っ気なく一言。

「…名乗るほどの名前なんてねえさ。」

「な、なら…その刀の名前を教えてくださいませんか!?」

「刀…?」

男は不思議そうに首を傾げて、少しだけ悩む素振りを見せるが…今度は静かに答えた。

「…《鬼殺し・月詠》だ。」

男はそう答えるとまた歩き出した。少女はいつまでも、その男の背中を見つめていた。

そして、俺の意識はまた、別のどこかに引きずり込まれた。

 

「…い、おい…」

誰かの、声が聞こえる。聞いたことのない声だった。それも…幼女特有の、可愛らしい声。

「…おい!」

「痛てっ!」

少し苛立ちを含んだ声とともに俺の額に衝撃が走った。

俺は先程よりは速いものの、ゆっくりと目を開ける。

「…?」

俺は状態を起こして、頭を抑えながら首を少しだけ振り、視線を上げる。そこには…ただ白い空間が広がっていた。先程のように、焼け焦げた家屋や積み上げられた死体は存在しなかった。

「ようやく起きたか…」

「…?」

俺は声のした方向に振り向く。そこには、一人の少女が立っていた。体はおよそ…10歳ぐらいのもので、その体を黒を基調とした花の描かれた浴衣で包んでいる。小さい顔についた目は黒色、長く流れた髪も黒。小さな口から少しだけ犬歯が出ており、笑みを浮かべている。

「…子供?」

俺はそう呟きながら立ち上がる。すると少女は満面の笑みを浮かべた。

「ふむ…子供扱いされるのは久しぶりじゃな…。まあ、まずここに来るものが最近おらんかったからそれも当然か…」

少女はそう言うとわざとらしく手を広げた。

「ま、とりあえずようこそ。力を求める者よ。貴様の真価、儂がつけてくれよう。」

「待て待て待て待て。」

俺は勝手に話を進めようとする少女を手で止めた。少女は不思議そうに首を傾げる。

「なんじゃ?」

「勝手に話を進めようとするな。まず説明をしてくれ。ここはどこで、あんたは誰なのか。」

「ああ、まずはそこからか。」

少女はそうかそうかというふうに頷くと自分の胸に手を当てて自己紹介を始めた。

「我が名は琥珀。…かつての吸血鬼の王にして、月詠に住み憑く反英雄じゃ。」

 

吸血鬼。

通称ヴァンパイア。血を吸う悪魔、コウモリを操ることが出来る、噛まれれば眷属と成り果てる、日光・ニンニク・十字架・トマト(ジュース)が苦手等々…。様々な説がある悪魔の一種。

その昔、イングランドの伝説的英雄《ヴラド・ツェペシ》(通称・ヴラド三世)もその名で呼ばれた。

主にヨーロッパ各地で出没すると言われ、永きにわたって恐れられている代表的な悪魔だ。

 

「吸血鬼…?お前が?」

俺は少女の体をジロジロと見回す。ついでに頭の上に手を置いて撫でてみる。気持ちよさそうに目を細めながら微笑む様は、幼女というか猫に近かった。俺は手を離すと少しだけ怪しんでいるかのような顔をした。

「何か不思議なことでもあるのか?」

「…今考えられるだけで三つはあるな。」

俺の答えに琥珀はこくこくと頷く。

「ほう、そうかそうか。それは困ったことじゃな。だが今のお前には時間がないのだろう?急がなくて良いのか?」

琥珀の言葉で俺は今の危機的状況を思い出す。

「翠…爺さん…!」

俺は琥珀の小さな肩を掴んだ。

「琥珀…さん…」

「呼び捨てでいいぞ。わざわざさん付けする意味もないじゃろう?」

「そ、そうか…。なら琥珀、俺に力を貸してくれないか?お前の力が必要なんだ。」

「それは知っておる。悪いが、少しだけお前の記憶を見させてもらった。貴様の妹と祖父が連れていかれたのだろう?」

「…話が早くて助かる。その通りだ。頼む、代償は必ず払う。だからほんの少しの間だけでもいいからお前の力を使わせてくれ。」

「ふむ…」

俺の言葉に、琥珀は長考するように顎を手に当てた。この時間がもどかしい…

直後、琥珀は両手を軽く広げて言った。

「まあ、貴様に力を貸すというのは考えてやらんでもない。わしも久しぶりに外に出て暴れたいしの…」

「じゃあ…!」

手伝ってくれるのか?と言う前に、琥珀の手が俺の言葉を止めた。

「まだ考えてやらんでもないと言っただけじゃ。そう焦るな。…貴様には1つ、受けてもらうことがある。」

「受ける?」

試練かなにかだろうか。

いや、でも…ここマジで殺風景…。

そんなことを考えていると…琥珀は霊力で作りあげた《入り口》に手を突っ込んでいた。

あれは無属性空間型霊術《空間支配》の中でも上位の霊術《異界製造》。霊力によってこの世とあの世の狭間に自分だけの空間を作り、そこをいつでも使える道具倉庫のように扱えるわけだ。別に俺も使えるが、作ってものを入れている間は霊術が微量ではあるが減少していくのであまり広いものは作っていない。

…と、そうこう考えているうちに琥珀はお目当てのものを取り出したようだ。

小さい手に握られているのは、2本の木の棒。形から木刀であることが見て取れる。

その片方を、琥珀は俺の方に投げてよこす。俺はそれを、危なげなく受け取った。

「さて、それでは試験を始めようか。貴様にはこれからワシと手合わせをして貰う。やる回数に制限はない。わしがお前の心を折って、リタイアさせれば勝ち。1本でも貴様が取れれば貴様の勝ちとしよう。」

「手合わせ…?」

確かに、無償で力を借りれないとは思っていたが…そんな余裕は…

「時間のことなら安心せい。ここは貴様の心象空間。時間の経過は現実の数百倍の速さじゃ。…案じずかかってくるがいい。」

「………」

どうやら、嘘は言っていない。ただの勘だが、この妖は嘘はつかない。そう、信じられる。

『根拠はないけどな…』

俺は刀を軽く振る。

…真剣よりは頼りないが、いつも使っているのと同じような品種のようだ。

「準備は良いか?」

「ああ…始めよう。」

俺は刀を後ろに引いて、腰を落とす。俺のスタンダードな戦闘態勢。

琥珀は着物の襟の中から1枚のコインを取り出した。

「このコインが落ちた瞬間、手合わせスタートじゃ。くれぐれもフライングせんようにな。」

からかうような声に、しかし俺は返さない。

相手の初手に、全神経を集中させる。

これは、俺の命だけではない。爺さんに翠の命もかかっているのだ。

「それでは、いくぞー。」

ピンッ

軽い声とともにコインは高く打ち上げられる。回りながら上がったコインは、まっすぐに落下を始めた。

なおも飄々とした態度を崩さない琥珀。俺はそれでも警戒を緩めない。コインの落下が、妙に遅く感じた。

俺は霊力を流し込み、炎を木刀に纏わせる。

体にも流し込んで、肉体強化を施した。

『…おそらくあいつは最初動かないだろう。突っ込んでくる確率は低い。なら、初手から手を抜かずに…』

そう考えた、直後。コインが地面に落ち、リバウンドする。そして、俺は全力の跳躍を…

 

…ピュンッ

 

「………!?」

迫る光を、俺は首を捻って咄嗟に躱した。凄まじい熱量に、俺の頬が切れ鮮血が散る。

どこかに当たり、巻き起こる爆風を背に俺は満面の笑みを浮かべる琥珀を見た。

「別に霊術の使用を制限した訳では無い。貴様の好きなように、あらゆる手を使って向かってこい。」

その笑みに、俺の体が拒絶反応を起こす。背筋に悪寒が走る。そして、最大限の危険信号の発信。《あれには関わってはいけない》と、体が告げる。足がすくむ。

…だが、

「………!」

逃げる訳には行かない。2人を守るためには、戦うのは大前提。目標は、その先の勝たなければならないこと。

俺はしっかりと刀を握り直した。

そして…

「…契約の準備、しっかりしとけよ!」

「…ふっ…抜かせ小童!」

宣戦布告と共に、俺と琥珀の斬り合いが始まったのだ…

 

……

「…不安か?」

「え…」

俯く翠に、才蔵は声をかける。彼なりの、孫娘を勇気づけるための行動だった。

「…うん、ちょっとね。」

それに、翠は弱い声で答える。

殺されるかもしれないという恐怖と共に疲労も襲いかかり、彼女を追い詰めているのだ。

才蔵は精神的なダメージは少ないにしても、殴られたことによる外傷はそこそこのものだった。…しかし、今の彼には大事なものなど孫達の命だけ。自分の命や家の位などは二の次とした人生をかれは送ってきたのだ。

当然、不安な孫娘を慰めようともするだろう。

「案ずるな。お前の兄は…修也は、必ず来てくれるさ。」

「…けど、兄さんは…」

翠の言わんとしていることを読んで、才蔵は頷く。

「うむ、あいつはあまり力を使いたがらぬ。…また、人を傷つけるかもしれぬと怯えているのだ。…だが、やつが戦えないにしても、おそらく霊使者の部隊に連絡してくれておるじゃろう。わしらはそれを待てばいい。」

「…じゃあ、もう少しの辛抱…なのかな。」

「ああ…それに奴は家族のためなら自分の命など容易くかける奴じゃ。…祖父としては、その生き方は心配で仕方ないが…の。」

「そうね…」

翠は精神負荷が軽くなったのか、どこか懐かしむように微笑む。

「…昔、さ。私と兄さんで裏の森に遊びに行ってたの覚えてる?」

「ああ…お前らがまだ小学生だった頃だな。」

修也と翠は昔、本を読んだりゲームをしたりすることよりも、森で遊ぶことの方が遊びとして気に入っていた。それこそ夜遅くまで遊び尽くして、両親に怒られることはしょっちゅうだった。

「春か夏、だったかな。いつもみたいに森に遊びに行ったの。私もまだ4歳で、兄さんは6歳。…そんな時、野生の猪に出くわしちゃってね。」

翠の言葉に才蔵は少し驚き、チラッと彼女の目を見る。その目は、懐かしむように細められていた。

「…勿論霊術なんてからっきしだったから体格の違いで私どころか兄さんも勝てるはずない。それでも、あの人は立ち向かった。…けど、当然のように吹き飛ばされてね。唯一まともに使えた、強化霊術を使ってたおかげで怪我はしなかったけど…」

「はははは…それは…相変わらずじゃなあ。あいつも。」

そう言って、才蔵は笑う。

「…それでね…」

翠は、先程と同じ音量でそう続けた…

 

「はぁ…はぁ…ッ…ハァ…」

赤い血が白い地面に落ちる。目がチカチカする。体が重い。

そんな身体的状況ながらも、俺は目の前の相手を見据える。

尚も飄々と構えるあいつは、傷一つなし。

今までに通算…えーっと…100…?

「最初の威勢はどうした、小童。1()5()7()戦もしているというのに1度も当たっておらんぞ?」

…だそうだ。

とにかく、俺はこの膨大な数打ち込んでも、未だに一太刀も入れられていなかった。

「うるさい!ここからが本番だ…!」

「…そのセリフ、何度目かの…」

出来るのは、せいぜい負け惜しみだけ。

しかし、諦める気などサラサラない。大丈夫だ、まだ奴の動きは目で追えている。今度こそは一太刀を…

「潮時かの…」

思考する俺の耳に、そんな言葉が入ってくる。そして、目の前の琥珀は…

一瞬で、姿を消した。

 

「…は?」

ドゴッ!

 

呆気に取られるのも束の間。俺の背中にとてつもない衝撃が走る。俺はそのまま吹き飛ばされ、風の霊術で勢いを殺すも、背中の痛みが尋常ではなかった。

曲がりなりにも、強化霊術で強化している体なのに、だ。

「カハッ…ハッ…!」

血が口にたまり、吐き出す。そして、再びの悪寒が、俺の体を襲う。

あいつ…

「見えなかった…」

本気じゃ…なかったのかよ…

今までやって来て157戦。中盤で目で追えるようになって、終盤になり、ようやく剣を打ち込めだしたのに…

「…そろそろ飽きてきたな。勝てる見込みもなし、これで終わらせよう。」

その言葉に、俺の何かが沸騰する。

「ま、待て!俺は、まだ…!」

「喋る前に、防御しろ。…貴様、死ぬぞ?」

構える少女。その隙のない、必殺を予期させる構えに、俺は咄嗟に前でツーハンズブロックの構えを取った。

轟音、衝撃。

木刀が折れないのが不思議なほどの力が腹部分に伝わる。

俺は後ろに振り向き…

「いな…」

直後、殺気を感じて頭の上に刀を掲げた。またもや襲う衝撃。片膝をつきながらもそれに耐える。

俺はようやく捉えられた少女を見る。

その顔に先程までの殺意はない。…ただ少し、顔の笑みが薄くなっている。

「…何故…今になって…こんな…」

肩で息をする俺の問いに琥珀はつまらなさそうに返した。

「何故も何も無い。…貴様、何故本気を出さぬ。」

「……」

無音の圧力に、足がすくむ。

俺は、彼女の怒る理由が分からないまま、喋りかける。

「本気を出してない…?お、俺は本気で…」

「そうか。ならば良い。ここで無惨に…」

琥珀の目が黒く光る。

「死ぬがよい。」

琥珀は手の木刀を振り抜いた。地面を伝って3つの炎の刃が俺に襲いかかる。

俺はそれをジャンプで回避する。

…直後、琥珀の顔が目の前にあった。わずかな時間で目に映りこんだのは、背から生えた黒い翼と引き絞られた拳。

『罠…ッ!』

そう気づいた瞬間に接触する、掲げた木刀と小さな拳。宙で身動きが取れない俺は紙細工如く吹き飛ばされる。

「うっ…くっ…」

風の霊術で勢いを殺そうとするが、あまりのスピードで削減されない。

そうしている間に…上に回り込んだ琥珀の痛烈なかかと落としが俺を叩き落とす。

俺を中心に、丸いクレーターが出来上がった。

「ゴバッ…!」

先程とは比べ物にならない血が吐き出される。血が大量になくなるという不思議な感覚に喘ぐ。

ヒューッというよく分からない呼吸音が聞こえる中、俺は思考する。

『本気…本気…ホンキ…』

彼女の言うその言葉には、一体どこまでの意味があるのか。女の子だからといって、力を緩めてしまっているのだろうか。訛っているであろう霊術をあまり使っていないことだろうか。

ならば…

「…!……ッ!」

俺は体に霊力をさらに流し込み、更なる強化の実行を試みる。しかし…

バチッ!

「あ…!痛ッ…!」

電撃が走るかの如く痛みに、腕を抑えて膝を崩してしまう。かつては出来ていたことが、出来なくなっていた。

「…ぐっ…」

悔しい。

どこまで自分が非力なのかを思い知る。これが、相棒を殺した俺に降った天罰なのだろうか。

情けなさに歯ぎしりをしながら俯いていると、ほんの前から足音が聞こえる。

俺は、顔を上げる。見ると琥珀は俺の目の前まで移動していた。

「ふん、情けないのぉ。こんな実力で力を貸せなどとよく言えたもんじゃ。」

「…ッ…!」

俺は再度顔を伏せた。

最もなことをズバリ言われたのだ。彼女とは、あまり顔を合わせたくなかった。

「…俺は、不合格…なのか?」

俺の問いに、琥珀は「ハッ」と笑う。

「確かに今見せてもらった実力なら、貴様はわしと契約する以前の問題じゃな。貴様がわしと契約を結んだ途端、貴様の体は耐えきれずに爆散する可能性が高いからのぉ。」

「……」

言うまでもなく、正論。彼女の言葉に、俺は言い返すことが出来ない。ここに来て、僅かに芽生えていた希望が、絶望によって押し潰された…。

「…しかし、本来の力を見ずに決めるのは、わしとしてもあまり良くは思わんからの…」

…その言葉に、俺は今になって疑問を覚える。何故、今までの俺の戦闘を見てきていない彼女に、俺が本気かどうか分かると言うのだろう。

その答えを出そうと頭を働かせた…その瞬間。痛みで悲鳴をあげていた体の肩口から、更なる激痛が走る。

「グァッ…!」

獣めいた悲鳴をあげながらも、俺は異物が体内に入ったかのような感覚がある右肩に視線を向けた。

…そこには、血を流し続ける俺の肩と、それに深く刺さる琥珀の手が見えた。

「な、に…を…ッ…!」

痛みに耐える俺の問いに、琥珀は返してくれない。…しかし、返答とは言えない、確かな声で、こう口にした。

「…少し、手伝ってやろう。…死ぬなよ。」

そう言い、彼女は一気に霊力を自身の腕に。それを介して、俺の体へと流し込む。直後…

「グアアアアアアアアッ!!」

俺の体は、全体が電撃に撃たれたかのような痛みに包まれた。

 

琥珀は元々、吸血鬼の王である。

それこそかつては王としての力も強大で、王ゆえの特殊能力も備わっていた。

そのひとつが、《魅了》の魔眼のみでなくそれを違うものに多用できる、というものだった。

元々、魔眼とは普通一つしか使えない。まあ、持っているもの自体少ないのも確かではあるが、これまで確認できたもので魔眼を何個も使えるのは琥珀だけであった。

対象としては《魅了》よりもランクが同ランク又は下の魔眼となる。

今回、琥珀はその中の《千里眼》を使用した。千里眼は千里まで見通せる(実際はそんなに遠くない)ことともう1つ、使い道があった。

…それは、近くだけ見えるようになる代わりに、相手の霊力の《流れ》が見えるようになるというものだ。

…修也の霊力の流れは、初めからどこかおかしかった。

彼には母親譲りの、膨大な自己保有霊力がある。しかし、その存在は彼女の魔眼でも感知できなかった。彼女の千里眼は霊力の流れならば見落とすことは無い。

それを秘匿することが出来る者もいるが、彼女の前では無意味になる者の方が多いであろう。しかし、まだ齢18の青年を見破れなかった。なら、考えられる要因は1つしかないと彼女は考えたのだ。

『…見つけた』

張り巡らせていた霊力の網に、あるひとつの物が引っかかる。それは、心臓の近く。霊力の元とも言える場所に刻まれた、一種の呪印。これが霊力の排出の妨害と霊管(霊力の巡る道)の減衰化を行っていたのだ。

『…やれやれ、いつの間に刻まれたのやら…』

琥珀は細かい霊術操作によって、《同じ》箇所に違うタイプの呪印を刻み込む。

霊力によって編まれた呪印は同じ箇所に刻まれると、高位の物が優先され、《上書き》されるのだ。

つまり、今まで修也の妨害をしていた呪印は、今ここで全く意味のなさないものとなったのだ。

「ゴッ…ガッ…ハッ…!」

肉体が過度な霊力に耐えられなかったのか、再度の吐血。修也の苦しそうな息とは対象的に、琥珀は少しだけ安堵のため息をついた。

『よかった…成功したようじゃな。』

元々、この呪印の上書きはものによっては人の命を奪いかねない行為なのだ。それが、吐血だけで済んだことに、安堵したのだ。

ともかくこれで、彼は本気の霊術を使えるように…

…そこで、琥珀は異変に気付く。彼の霊力の流れがおかしい。いや、彼の体内は特に変化ない。しっかりと多くの霊力が霊管を通り続けているし、血液なども危なくはあるがしっかりと体温を保っている。

そこではないのだ。彼の体内から、《何か異常な瘴気》が漏れ出ているのである。

「なんじゃ…?」

琥珀はそれを抑えるために青年に手を伸ばした…直後。

 

バチイッ!

「…!?」

 

凄まじい衝撃が琥珀を襲う。すんでのところでガードしたため特に痛みはなかったが、琥珀と修也の間は一気に離れてしまった。

…そのタイミングを見計らったかのように、修也から漏れ出ていた瘴気が彼をドームのような形で包む。

琥珀はその球体を霊術で数回攻撃する。しかし、それはビクともしていなかった。

『…どうやら、外界と中を完全に遮断するための霊術のようじゃな…おそらく、呪印が上書きされるなりしたら発動する類のものだったのじゃろう。』

あれを刻んだものは随分用意周到じゃな、と琥珀は少し感心した。

しかし、問題が1つ。これで琥珀は修也と関われなくなってしまった。先程のように手を貸すことは出来ない。

「…腕の見せ所じゃな。」

琥珀は座り込み、そう呟いた。

 

暗い空間に、俺はいる。

瞼は開いている。しかし、目は光を感知できない。おそらく光源がひとつもないのだ。

そして、唯一機能している耳も、何やらおびただしい量の声に占領されている。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

「殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して」

「………」

何故かは分からないが、そんな声が俺の耳に、頭に届く。どこかひび割れたその声は、俺に不快感しかもたらさない。

とにかく、早くここから出て琥珀との試験に戻らなければ…

俺は重い体を神経を振り絞って持ち上げると、右手の刀で何とか支えた。

そうして、霊術を体にかける。体が癒えていく感覚。無属性霊術回復系《ヒール》。

俺は肩を回すなどして異常がないことを確認してから歩き出す。すると…

「…!?」

俺が1歩踏み出すと同時に、周りの景色が一変した。

そこは、見覚えのある場所だった。

かつて、俺がよく訪れていた…しかし、《あの事件》が起きてから、1度も行ったことのない、あの場所。俺の両親と、親友の没地。

どうやら、俺はそこを見下ろしている形のようだ。俺は少し後ずさる。しかし、これだけではどうじな…

 

パチンッ。

 

どこか軽快な、そんな音が暗い空間に響く。

直後…

「なッ…!」

緑に包まれていた草原は、一瞬で地獄に変わり果てていた。焼けた草、焦げた木々、飛び散った血液、おびただしい量の死体。

そして…どこか見た事のある黒髪と、白髪の少年。黒髪の少年が白髪の少年を抱えている。

「うッ…!」

込み上げてくる吐き気。俺はその場に膝をつく。

そんな俺を見てか、先程のように聞こえる笑い声。俺は腹からこみ上げてきた異物を、必死に戻し…虚空を睨んだ。

あるのはただの闇のみ。しかし、確かにある存在を確信する。

「…趣味の悪ぃ野郎だ…!」

俺の呻き声に似た言葉に、言葉が重なる。

ーー貴様が忘れていた記憶を思い出させてやったのですが、カンに障りましたかな?ーー

「…はっ、飛んだ勘違いだな…」

ーーへえ、どこが勘違いと言うのかな?ーー

俺は地面を拳で叩きつけた。

「1番大事なところだよ!俺が《これ》を忘れてただって…?寝言は寝て言え、このタコ!」

俺は体の痛みや重さも忘れ、話しかけてくる虚空に叫び返した。

俺はこの日のことを忘れたことなど、1日たりとも存在しない。おそらく、死んでも忘れないだろう。それぐらい、この日は俺の後悔と怨念が集中しすぎていた。

だが…

ーーほう、ならば何故貴様は吸血鬼の王が眠るあの刀を手に取り、力を求めたのですか?ーー

……

なぜ、その話が今出てくる?

「そ、それとあの日のことは関係な…」

ーー関係なくはないですとも。かつて貴様はその霊術で、その刀で戦いそして勝った。それまでと同じように…ーー

俺の前に、何か気配を感じる。

『ようやく出てきたのか…?それなら良い。その腐った頭コテンパンに切り刻んで…』

俺は、顔を上げた…。

………

………………

…どんな顔をしていただろう。

おそらく俺は、情けない顔をしていたはずだ。それもそうだろう。だって…

 

そこには、映像の向こう側にいた親友の死体が立てっていたのだから。

 

ーー大事な相棒を殺した。なのに、同じ力を得ようとしてるのですからーー

「かい…と…」

俺は呟くようにその単語を紡ぎ出す。

かつて何度も呼んで、それに呼応していた少年が今、俺の目の前にいる。…死体となって。青色の目は睨めつけるように俺を見下ろしていた。

「うぷッ…!」

再度込み上げる異物。かつての感触が手の平に蘇る。死んだ後に起こる硬直…いや待て。

「そうだ、あいつはあの時に死んだ…ならこの目の前にいるのは幻覚だ…!」

目の前にいる奴を振り払うかのように俺は首を振りながら呻く。

それを嘲笑うかのような笑い声。

ーーいいえ、そいつは本物です。私があの時、あの場所から持ち出していた天雨海斗のしたいですよ。ほら…ーー

海斗らしきものの前を鋭い軌跡が通っていく。それは彼の来ている服を切り裂き、胸をさらけ出した。そこにあったのは…

俺も何度も見た事のある、刀の刺傷だった。

ーーあなたが刺した傷だって、ちゃーんとあるんですからーー

「…あ…ああ…」

その傷からは、確かに俺の霊力の残滓が感じられた。そして、その死体らしきものは一言。

「なんで、俺を殺したんだ…?」

トドメを指すようにそう、呟いた。

…もう、やめてくれ。

俺は何も見たくなくなり、ただただ項垂れた。そんな俺の耳に、無慈悲な声が響き渡る。

「なあ、教えてくれよ。なんで俺は殺されなくちゃならなかったんだ?教えてくれよ、殺した張本人なんだからよ。」

「もう、やめろ…」

何も見たくない聞きたくない。耳を塞いで目を瞑る。現実から俺は逃げようとする。それでも、声は頭に直接響く。

「俺だって、やりたいことやってみたいこと色々あった。なのにお前が、この胸を刺したせいで、それも出来なくなったんだ。」

頭が壊れかける。

そうだ、あいつは言ってた。将来、大人になったら色んなことをやるのが夢なのだと。その、キラキラした目で…

「なのに、なんでお前は《生きてるんだ》?どうして死なないんだ?」

………

……………

ああ、そうだな。

もう、何も言わなくていい。

俺も何も言わない。だから…

 

暗い森の中、《彼》は月を背にして木の上に立つ。夜風に揺れるフードケープ、その顔は仮面に隠れて何も見えない。

獣を模したその仮面は、どこか凄まじい威圧感を醸し出していた。

そんな《彼》はある一点を見つめる。目の前にある、建造物。武家屋敷のその家からは、先程から常時、とてつもない量の霊力が漏れ出していた。

しかし、《彼》が気にしていたのはそこではなく…

「チッ…世話のやける…」

《彼》はゆっくりと手を動かす。そして何かをつかみ、操作するかのような動きと共に…微かな、霊力の解放。

普通、霊力の介入は多少の《歪み》が生じるのだが、それは、武家屋敷から漏れ出る多量の霊力によってかき消された。

《彼》の存在には、誰も気づかなかった。

…たった一人を除いて…

 

 

「この甲斐性なしめ。早く死ねよ。なあ、ほら…」

その言葉と共に、海斗の手には刀が握られる。それは、高く高く振り上げられた。そして…

「…」

無言のまま、無防備な、がら空きの修也のうなじに振り落とされる。一閃。細い光が修也に襲いかかる。それは、視認も難しい速度へと達した剣速。やがて、彼の手は振りきっていた。

ほとばしる鮮血。その血が海斗らしきものの頬を染める。

そして、微かに瞼が動いた。

…斬られていたのは、修也の首。

…ではない。彼はまだ、首どころか髪の毛1本すら斬られていない。

むしろ彼は上方向に、木刀を振り上げていた。鮮血が迸っていた源は、海斗らしきものの右腕。手首から先がバッサリ斬られている。

修也は刀の血を振って払うと、ゆっくり立ち上がった。手を抑える海斗らしきものにゆらりと近寄る。そして、不敵な笑みを浮かべる。その目は、全てを焼くかのように赤く光る。

「やっぱ…お前、海斗じゃねえわ。」

ーー何を根拠に…それは確かに貴様が殺した…ーー

「いーや、違うね。こいつは確かに本物そっくりに作られちゃいるが《本当の死体》には程遠い物だ。」

すっかりいつもの調子を取り戻した修也。初め聞こえていた怨嗟の声も、今は気にしなくなっていた。

「それに、根拠ならお前がくれたんだろ?」

ーー…?ーー

修也は首を傾げる気配に、苦笑した。

「やっぱ、分かってなかったか。…お前、性懲りも無く俺の記憶からこいつの体を作り出して幻惑を俺に見せてたんだろ?それなら、《ぽい傷》を付けるだけで俺の精神を崩壊させられるからな。」

そう言い、彼は尚も苦笑し「けど…」と続ける。

「お前は俺への《特効薬》を作ると同時に、それが《無効化》される1つの根拠も作り出しちまった。」

ーー…ッ!!ーー

微かに、息を呑む気配。それに、修也は笑みを深めた。

「…おそらく、お前が作り出した時、傷の様子を見るために俺の中にある《あの日》の記憶を全部ごっそり引き抜いたんだろ?…そんで、確認した後に俺の記憶は全部戻した。そんな感じか?」

しばらくの、静寂。

沈黙は肯定と判断し、尚も修也は続ける。

「正直、記憶を勝手に覗かれるのはいい気はしないけど…今回は好都合ではあった。そのおかげで…」

 

「ショックで忘れてたあの頃の記憶も、戻ったんだからな。」

 

ーー…なッ…!ーー

確かな反応。

修也は、不敵な笑みを口許に刻んだ。

「別に、全部戻ったわけじゃあない。お前が取り出した部分…海斗が逝く前の記憶だけだ。」

それに、どこか安堵するような気配が修也には感じられた。

「…けど、まあ…」

修也は構わず続ける。

「これが模倣物だと確信するには充分だったさ。」

そう、これは元々海斗らしきものが模倣物であると確信した根拠の種明かしをしていたのだ。話の趣旨を間違ってはならない。

ーーハッ、今頃何を…記憶が戻ったならわかるでしょう?彼は間違いなく貴様に殺された。なのに、貴様はのうのうと生きている。…そんなことが、許されていいはずないでしょう!?ーー

直後、一瞬の光の後に現れる数百の人間。どうやら、修也の記憶にある人間を全員幻惑で作り出したらしい。

幻惑とはいえ、決して油断してはならない。あちら側はもちろん、攻撃を加えられるし術者によるが、最高のものは限りなく本物に近い紛い物を生み出せるという。

なるほど、修也に話しかけていた者は大した術者であるらしい。

だが…

「…」

彼は飄々とした態度をなおも崩さない。

その感触を確かめるように、木刀を握り直した。

「ああ…そうだな。お前の言う通りだよ。」

彼は木刀を下に下ろす。戦闘意思の消失を示す合図…ではない。直後、彼の持つ木刀に赤く光る、線のようなものが刻み込まれた。

それは、今までの弱々しいものとは違う。

「俺の刀は、結果的にアイツを殺してた。…謝っても謝りきれねえよ。しかも、あんな大事なことを忘れてるなんて…戦犯なんて言葉じゃ足りやしねえ…殺されても、文句は言えねえな…」

彼は親友の胸に突き刺さる、自身の刀を思い出し…歯が軋むほど口に力を入れる。

「けど、俺を殺す権利があるのは、決して紛い物のそいつじゃない。《本物の》アイツだ。」

ーーフハハハハハ!何を今更!確かにそれは僕が作り上げた作品ではあるが、本物そっくりな思考をする人造人間だ!彼が死んだ今、今はそいつが本物…ーー

「ハッ、本物そっくりな思考?おいおい、言ったよな。…寝言は寝て言えって。」

彼の目にさらに強い敵意が虚空に注がれる。

その迫力に、空間全体が震えた。

「あいつはなぁ…自身が死ぬ前に…俺の腕に抱かれながら、なんて言ったと思う…?」

修也の脳内に先程流れ込んできた記憶がフラッシュバックする。あの日、あの時、海斗が発した言葉。

自責の念か?修也に対する100の呪詛か?

…違う。あいつは、あろう事か…

「俺に対して、《死ぬな》と言った。《俺達の夢を任せた》とも、な。…ほんと、とんだ大バカ野郎だよ…」

巨大な霊力の塊が、1歩進む。それだけで、世界全てが揺らぐ。彼の霊力循環は琥珀によって完全に元に戻された。今の彼は、過去と同等…いや、それ以上の力を持っていた。

「分かるか?あいつは自分の命が危ない、死の間際ですら心配したのは俺と、目指してた目標の事だった。そんな《甲斐性なし》だか《早く死ねよ》だか言うやつがあいつと同じ思考だと…」

 

「知ったような口を聞くんじゃねえよ!!!!」

 

怒号の声に乗せられた霊力は、迎撃のために出された数百のうち、半分を吹き飛ばした。あらゆる影が光の粒となって霧散する。

修也は何が起きたか分からない様子の声の主を無視して、手を前にかざす。

ーーまずい…殺せ!残り全勢力をもってーー

主の名により、200程の兵隊が修也に襲い掛かった。いわば、彼に向けられた力の奔流。これを受ければ、彼もただでは済まない。

しかし…

「遅せぇよ。」

彼の攻撃は、既に終わっていた。

その手を、前にかざした時から。

彼の手から、暗い闇で光る光源が少しチカチカと光る。そして、その光はやがて…

 

…オオオオオオオオオオオオオ…!

 

太陽の光のように、闇に包まれた空間を支配していく。それに触れた霊は呆気なく霧散し、彼らを囲んでいたドーム状の瘴気も侵食されていく。

そして…

ーーグオオオオオオオオオ…!ーー

闇の中に身を隠していた《臆病者》の悪魔は、その光に包まれていった…

 

「……」

結界を維持していた主がいなくなった影響で、修也を包んでいた結界がその存在を消していく。

そんな、景色が変わる途中、彼は思い返す。あの時、《偽物》が吐いた、《死ねよ》という言葉の直後に頭に入り込んだ、あの日の記憶。

「…」

ピンポイントとも言えるタイミングの記憶の復元に、彼は違和感を覚えた。話しかけてきていた悪魔に原理を話していたが、あれはあくまで仮説。真実とは違う可能性も大いにある。

そして、精神崩壊直前ながらも感じた、微かな量の霊力の介入。

どこか歪な、感じたことの無い霊力の質。

修也は久々の解放で荒ぶる霊力を押さえ込みながら、思考を回す。

『あの時、何者かが俺の記憶を操作した…?いや、あの時は俺自身の精神が安定していなかったからそれは不可能のはずだ。…どうやった?』

…そんな、彼の思考が、答えに辿り着く前に彼の視界の端に映る、1つの影。どこか、懐かしい感じもする1人の少女吸血鬼。その顔には、何故か深い笑みが刻まれていた。

『考えるのは後だな。』

修也はゆっくりとした動作で彼女のいる方向に振り向くと、微笑を浮かべる。

「悪ぃな、待っててくれて。退屈しただろ?」

その言葉に、琥珀は苦笑した。

「しなかった…と言えば嘘になるの。しかし、このような長さなど今までのここでの生活に比べれば数秒じゃ。貴様が気にすることではない。」

琥珀の返しに、修也は「なら良かったよ」と微笑し、握っていた木刀を構えた。

「そんじゃ、手合わせの続きと行くか?お前のおかげで霊術も思う存分使えるようになったし、今度はご期待に添えると思うぜ。」

その自信満々の言葉に、これまた彼女は苦笑する。そして…

ヒョイっと、何も言わず異空間に木刀を収納した。彼はその行動に意表を疲れた。その隙を狙って、彼女は彼の木刀も奪い取り、一瞬の内に異空間へ収納したのだった。

「へ…なんで…?…まさか…」

修也は呆気に取られていたが、やがてサーッと顔が青ざめていく。

その様子に今度は琥珀がキョトンとするが、彼女は修也のその様子に納得がいき、苦笑した。

「違う違う、判断を急ぐな。誰もまだ不合格などと言っておらんだろう。」

「…お、おう。そうだな。」

修也はその言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。その様子を見て、琥珀は再度苦笑した。

『…ま、別に儂がおらんでも今のあやつなら勝てそうなものじゃが…』

そんな琥珀の心境など知る由もなく、修也は問う。

「けど…ならなんで木刀をしまったんだ?まだ俺1本も取れてないし…」

「正直、貴様がわしから1本をとることはさして重要なことではない。この試験の目的はあくまで貴様の力量を見定めることじゃ。」

修也の問いに、琥珀は端的に返した。

「貴様がかかっていた瘴気による呪印霊術…あれは人の心を折ることだけに特化したものでな。並の精神力を持つものなら自死を選ぶ。」

琥珀はそう言うと、胸元を探り…どこから取り寄せたのか、クラッカーを取り出し…

 

パーン!

 

迷いなく鳴らした。

「それを乗り越え、全てを振り払った強靭な精神力。そして、呪印が無くなったことで元に戻った…いや、強化すらされた圧倒的霊力センスに身体能力。…不合格にすることすら難しい…」

その言葉の後、少しの間。

修也は言葉の意味を呑み込めず、キョトンとしていた。

しかし、やがてその意味を脳が理解し始め…

「……っしゃああああああああぁぁぁ!!」

これまでにないほど大きなガッツポーズを、ジャンプしながら決めた。その後もおかしなテンションで謎の動きを連発する。

それを琥珀は苦笑を浮かべながら見つめていたが、6回目を超えたあたりで修也に声をかける。

「おい、小童よ。まだ終わっとらんぞ?」

「へ?」

その言葉をかけられて、ようやく彼は今の状況を思い出したのか、すぐに体を琥珀と向かい合う状態に戻す。

「あ、ああ、そうだな。まだ終わってない…早く2人を助けに行かないきゃな。」

「うむ、そういう事だ。いくらこの空間が加速されていると言っても時間はいつまでも待ってくれんからのう。」

そう言うと琥珀は修也の手を取り、掌に呪印を施す。

「つッ…!」

掌に生じた熱量に少し苦悶するが、彼はなるべく平常心を保った。

「わしとの契約は少しの段階で成立する。早いのが取り柄でな、無論その強固さも素晴らしいものがあるぞ?」

「そうかい、ご自慢ありがとう。」

右手の熱量を感じながら修也は軽口に呼応する。それに、琥珀は微笑で返した。そして、それと示し合わせたかのように…

「ぐっ…!?」

ドロリと、赤い液体…血液が彼の手から滲み出る。それに…

カプッ

 

琥珀はすぐさま噛み付いた。修也に何を言うでもなく、血を吸い上げていく。

修也は不快感と快感の混ざったようなその行為に抵抗せず、ただ待つ。

数秒後、口を離した琥珀は満足そうにため息をついた。

「久しぶりに他人の血を飲んだが…貴様の血は絶品じゃな。健康的な生活を送っている証拠じゃ。」

「いや、俺の血の善し悪しの判定はいいから。それよりも早く契約を済ませようぜ。この吸血も、何か意味があるんだろ?」

掌の血を止めながら修也はそう問うた。

しかし、琥珀はキョトンとした顔をすると…

「いや?わしのただの個人的興味じゃが?」

「意味ねえのかよ!!」

修也は叫ぶ。

「じゃあいらねえだろさっきの時間!なんか呪印刻んでたから儀式の1部かと思ったわ!さっきの呪印とか完全に霊力の無駄遣いだな!」

「何を言う!あの呪印は大切じゃぞ?わしが無闇に人の血を吸うとわしの眷属になってしまうからの。それを抑制するのに必要な超重要な呪印じゃ!」

「そうかい、ご気遣いありがとうよ!!」

「別にお前が我慢すれば必要なかったけどな」という言葉を修也は既のところで飲み込む。

『…まあ、無理言って契約結んで貰うんだし、それくらいの見返りはあって叱るべき、か…うん、そういうことにしとこ。』

修也は無理矢理自分を納得させた。

「さて、悪ふざけはこのぐらいにして…」

「お前今自分で悪ふざけだと認めたな?ちゃんと聞こえてるぞ?」

修也の追求に琥珀はツーンとそっぽを向いてスルーする。そして、何事も無かったかのようにそそくさと胸元から1枚の紙を取り出した。

修也はツッコミに疲れたのか何も言わず琥珀を見つめる。

琥珀は取り出した紙を修也に突き付ける。

「とりあえず、この紙にどの指でも良いから血で手形を押せ。指だけで構わんからな?」

「お、おう…そこまで念押さなくても分かってるって。…ていうか血止める必要なかったじゃねえか。」

修也はそうボヤきながらも、切り口を作り、血の流れ出る部分を押し付けた。琥珀はそれに満足気に頷くと…

クシャクシャ

ポーイ

「ハムッ」

紙を丸めて、口の中に放り投げた。

「…」

修也には、正直何をしているか全くわからなかったが、静かにその様子を見守る。…というかツッコミ疲れていた。

琥珀は紙を取り込んでからしばらく、まったく動かなかったが…

「…!?」

 

ヒュオオオオォォォォ…

シュインッシュインッ!

キイイイイィィィィ…

 

やがて琥珀の体が光に包まれ、彼と琥珀の足元に呪印が現れる。紫色のその呪印はあまりの強力さを修也に思い知らせた。

『…改めて、俺って凄いやつと契約しようとしてんだな。』

そんなことを修也は再確認する。どうやら今までの行動全てがこれを発現させるためのものだったようだ。

少しの間を空け、琥珀は目を開く。それに、修也は少し身構える。その間修也はと言えば…

『…契約って言うぐらいだからな…やっぱ名前とか名乗らなきゃいけないのかな…。いやもっと難しいことをしなきゃいけないってのもあり得る。…どうすりゃいいんだろ。』

ことの重要性を今更認識し、若干テンパっていた。

…そのせいなのだろう。彼の他事の認識能力が甘くなっていたのは。

 

チョイチョイッ

「…?」

 

琥珀は目を開けたやいなや、修也に手招きをし、来るように促した。それにはもちろん、修也はなんの躊躇いもなく近づき、更に相手と視線を合わせるために地に片膝をついた。

なんの不思議もない、紳士の対応。

琥珀からしても、有難い行動であった。

 

突然だが…いや、先程も言ったから突然ではないのか。どちらにせよ、修也は今若干のテンパリが出ている。まあ、初めての契約ということで少しアガっているわけだ。人は誰しもそういう時、他のことに認識がいかなくなるものだ。もちろんそれは彼も例外ではなく、特に…

自身に起こったことなど、尚更だ。

 

「…」

一瞬、何が起きたかわからなかった。

急激に縮まった自身と琥珀の距離。

寄せられる顔と顔。閉じられた琥珀の目。

彼の首元に回された両腕と、唇に感じる柔らかい感触。そして、口内に入れられる生あたたかい柔らかい物体が自身の舌と絡み合う。

それに、彼は抵抗しない。

何故なら、彼は感じていたから。それをすることによって流れてくる膨大な量の存在の力…霊力達を。

それが、契約のための最終段階であることを彼は遅まきに理解する。彼は心の中で呆れたようにため息をつく。

そして、

『…これ、俺の初キスかよ。』

そんな、馬鹿らしいことを考えていた。




眠い…さっさと寝よ。ちょっと夜更かししすぎたな…。(⊃ωー`).。oOアワアワ
ま、評価と感想、よろしくな(*゚▽゚)ノ
(´-ω-`)))コックリコックリ。。


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第5話 目的

これと刑事モノはかなり不定期だなー。特に刑事モノ。まあ、オリジナルだからしょうがない…のかな?
ま、いいや。それじゃ、どうぞ!


ガランガラン…

空になった酒瓶が床に無造作に放られた。巨大な体躯を持つ男は、少し大きめの椅子から立ち上がると、ゆっくりとした動きで、1本の木にに近づく。そこには頭から血が流れている老人が木に寄りかかって倒れ込んでいた。

男は老人の左肩を右足の裏で踏みつける。

「ぬおっ…!」

老人…桐宮才蔵は呻き声をあげたが、すぐに男の目を睨んだ。その目を見てから男は、はっと鼻で笑う。

「まるで負け犬から睨まれてるみてえだな。ん?そうやって自分の孫娘を助けようって心意気は感服するけどな、結局あんたには何も出来やしないんだよ…!」

男が右足に力を込めると、才蔵はさらに悲痛なうめき声を漏らした。

「儂は…孫達を守れれば、自分の命だって…捨てても良い。お前らの…目的は…翠を殺して…《力》を得ることじゃろう?」

「おうともさ。」

男はわざとらしく手を広げると、高速で舌を回して、話し始めた。

「俺たち霊は、この世に現界するために《霊力》っていうもんを必要としてる。これぐらいは知ってるよなあ?」

「当たり…前じゃ…」

才蔵は荒い息を繰り返しながら答えた。

「その霊力を補充するためには、食事や睡眠とかの日常生活でもいいけど…それじゃあ、元あったもんが回復するだけだ。なら、もっと霊力をあげて力をあげるにはどうしたらいいか。…そう、大量に霊力を持ってるやつを食えばいい。」

男は親指で翠を指さす。

「その点で言えば、あいつは100点だな。生まれつきか、霊力保有量も並のやつの数十倍の多さで、しかも《質》が良いときた。絶好の獲物だったよ。」

「…」

才蔵は呼吸を整えてから言葉を発し始める。

「…霊と、いうものは…なにか前世に未練があったから、現界すると聞く…それ即ち、必ず目的があると…いうことだ…。」

才蔵はそう言うと、最後に質問を述べた。

「…貴様の…目的は…」

才蔵の質問に、男はわざとらしく手を広げながら答えた。

「俺の目的?決まってんじゃねえか。」

男はずいっと自分の顔を才蔵の顔に近づけた。

「今の人間共を皆殺しにすることだよ。」

「今の…人間を…?」

「ああ。別にお前さんに話す義理はねえから細かいことは説明しねえが、俺は…いや、ここに集まってる奴ら全員は《人間》を恨んでてな。別になにか縁がある訳でもねえが…《あちら側》で話し合って目的が合致したんで一緒に行動してる。」

ここで説明しておこう。

霊とは前世の行いによって地獄か天国に行くかが決まる。これに関しては間違ってない。しかし、必ずしも《すぐに》行き先が決まる訳では無いのだ。霊の中には前世に未練がないものもいれば、ある者もいる。そのある者のために《裁定者》は1度だけチャンスを与える。

…そう、霊として現世に落として目的を果たさせようとするのだ。ちなみに、大体の者がその目的がある者に既に果たされていることを知って成仏するか、奇行に走って悪霊として霊使者に退治…お祓いされる。

そして、行き先が決まるまである場所に数人〜数十人が隔離される。そのある場所こそが男の言っていた《あちら側》なのだ。

「俺らの計画を話しておこうか。まずお前らを殺して霊力を上げた後に街に降りて全員殺す。そして次はそれで集めた霊力を使って日本全国に目的を移す。それも終わったら最後は国を一つ一つ潰して終わりだ。どうだ、簡単だろ?」

男からの質問に、才蔵は答えなかった。ただただ俯いて顔を上げない。

「どうした?今更死の恐怖に怯えてんのか?命乞いなら聞いてやらなくもないぜ?」

その言葉に後ろにいた男達がヒャッヒャッヒャッと笑う。腕を縛られ、才蔵の横に転がされている翠は悔しそうに体を身じろぎした。

翠は今腕と足を縛られた挙句、口も塞がれ声が出せないでいる。

しかし、そんな男達の声を聞いても才蔵は俯いて何も喋らない。そろそろしびれを切らしたのか男が才蔵に近づいて襟首を掴んで持ち上げた。

「おら、なんとか言えよ。命乞いなら聞いてやるって言ってんだから命乞いしろよ。」

そう言われてから数秒後、ようやく才蔵は口を動かす。しかし、その口から出てきた言葉は…命乞いなどではなかった。才蔵は冷ややかな目を男に向けながら、呟く。

「…愚かな。」

「…なに?」

男が眉を顰める。才蔵はさらに言葉を続ける。

「愚かな、と言ったのだ。」

「…なにがだ?俺らのどこが愚かだってんだ?」

「何もかもだ。」

才蔵は間髪入れずに声を出す。その即答に、男は少しだけ後ろに下がる。

言葉を発する才蔵の目は…今までにないほど、強く光っていた。

「裁定者である神のご厚意で現世に下ろしてくれたと言うのにすることが今の人間の大量虐殺だと?…愚かなことを通り越して滑稽とも言える。」

「なん…だと…?」

男がさらに顔を歪める。

「貴様に何があったかは知らん。それこそ本当に酷いことをされて恨むようになったのかもしれん。…だが、それは第二の人生に近い《今》の無駄遣いだ。」

「…黙れ。」

男の声など聞こえないと言いたげに才蔵は続ける。

「それに、なんだその計画は。貴様もしかして自分が最強などと勘違いしているか?たとえ、ワシと翠を殺して霊力を手に入れたとしても貴様よりも強いヤツなどこの世にゴマンといる。」

「…黙れ。」

「それこそ、貴様なんぞうちの孫息子にすら負けるだろう…」

「黙れ!」

直後、才蔵は地面に叩きつけられた。

「さっきから聞いていればペラペラペラペラと!耳障りったらありゃしねえ!」

男の顔は憤怒の色に染まっていた。目が血走っている。

「それと、いいことを教えといてやる!お前の家の孫息子だったか…先程鉄砲隊から『10数発の弾丸が命中している』だとさ!鉄砲隊にすら勝てねえやつが、俺に勝てるわけねえだろ!」

その言葉に翠は体を震わせた。しかし、前にいる才蔵は冷静さを保って質問する。

「死体は?」

「…は?」

才蔵の声に男は素っ頓狂な声を上げる。才蔵の声は、なおも冷ややかだった。

「死体は確認したのか?それも確認出来ていないのでは貴様らは我が孫を殺したことにはならん。」

男は鉄砲隊に視線を向けるが鉄砲隊は全員が首を振った。

「確認出来ていないのか。ならば殺したことにはならん。」

才蔵の言葉を聞いて男の口が痙攣する。

「…は…」

かすれた声が漏れる。

「は…はは…ははは…」

それはだんだんと繋がり、なにか笑い声に聞こえる。

「ははは…ははははははははは!」

男は背を沿って狂ったかのような笑い声を出している。そして右手の人差し指を才蔵に突きつけた。

「だからなんだ!鉛玉を10発も体に当てられて生きている人間などいるわけがないだろう!常識的に考えろバカが!」

「確かに。」

男の言葉に才蔵はうんうんと頷く。

「貴様の言う通り、鉛玉をモロに10発も喰らいながら生きておる人間などいるわけがないさ。我々霊使者も体は普通の人間じゃからな。だが…」

才蔵は少しだけ片方の口角を上げた。

「あいつを舐めてもらっちゃ、困るのう。」

「…なに?」

「…あいつがそのような鉛玉10発程度で死ぬような男なら…」

才蔵は天を仰ぐ。

「数年前に、あいつの人生は終わっとる。」

才蔵の言葉の…直後。

流星が落ちる。緑色の光に包まれた、流星が。

「うおおおおおっ!?」

悪霊達は吹き飛ばされたが、才蔵と翠は服が揺れるだけで済む。

土煙が立ち込めるが、やがてその煙も晴れていく。そして、二人はあるものを目にした。

どこか、見た事のあるシルエット。服が少し変わっているが、髪型や体型がいつも見ているのと同じだった。

その人影は才蔵に近づくと、数メートル手前で止まった。そして、何とも明るい声を出す。

「いや、さすがは爺さんだな。俺のことをよく理解してる。」

その声に才蔵は安心したかのようなため息をつく。

「当たり前じゃ。一体何年もの間お前のことを見てきたと思っとる。」

才蔵は視線だけを上げた。そして、そのシルエットの顔部分を見つめる。

「…待ちわびたぞ、修也。」

その声と共に煙が晴れる。

才蔵の前に立っていたのは、赤いコートを着た、黒髪黒眼の少年。口には薄い笑みを浮かべ、腰には鞘も柄も黒の刀をつっている。まさに、かつての彼の姿だった。

「死んでなくて安心したよ、爺さん。…遅くなって、悪かったな。」

「…構わんさ。わしも、貴様が生きてるだけで十分じゃ。」

その声に頷くと修也は翠に目を向けた。口につけられていた猿轡をのける。

「ぷはっ…。に、兄さん…」

「悪かったな、翠。遅くなっちまった。」

「私の方こそ…捕まってしまい、申し訳ないです。」

翠の言葉に修也は少しだけ笑うと、立ち上がる。

「まあ、本当は捕まって欲しくなかったけど…できないことを求めてもしょうがねえしなあ。」

「うっ…」

修也は申し訳なさそうな見てきたとの顔を見てもう一度笑うと、腰の鞘から剣を引き抜いた。その刀身は…艶のある、完全な漆黒だった

「小僧おおおおおおおおおおおお!」

吹き飛ばされた状態からようやく立ち上がった男が木々が震えるかのような絶叫を轟かす。

「俺の邪魔をしやがって…!貴様は、必ず殺すぞ!」

「あー、悪いけどそいつぁ」

修也は剣を両手で水平に構えた。

「…俺のセリフだな。」

 

 

 

 

 

 

 




( 厂˙ω˙ )厂うぇーいうぇーい乁( ˙ω˙ 乁)
やっと終わったー。それじゃ、感想と評価頼んだ!


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第6話 強さの理由

霊使者達は世界中に点在している《霊使者連合協会》という機関から強さ、実績など様々な評価から順位付けされている。まずランクがS、A、B、C、D、Eとあり、その中でさらにランキングが決められている。
中でも17人しかいないSランクの1桁の猛者達は全霊使者の憧れの象徴となっているのだ。
そして、現役時代まだ小・中学生だった修也の順位は…


キュン、キュキュンッ!

数十本のクナイが同時に俺の四肢めがけて飛んでくる。修也は俺を避けようともせず、右手の黒刀で迎撃した。クナイが全て無数の鉄片へとかわる。

『なぜ霊術を使わんのだ?そっちの方が確実だぞ?』

刀から少女の声が聞こえる。

修也の四肢にさらに10発の鉛玉が向かってくる。

修也の刀が炎のようなオレンジ色の光を帯びる。

「もしもの時のために…」

ヒュオッ…パチンッ。

パラパラパラパラ…

修也の鍔鳴りとともに10発の鉛玉が全て塵と化す。

「霊力は残しておきたくてな。」

修也の返答に琥珀は興味なさげに呟く。

『ふーん…ま、どっちでもいいし興味もないが…』

「聞いたのお前だよな?」

修也は少し細目で呟く。

その言葉に、琥珀が少し笑う気配。その後にさらに言葉を並べる。

『当たり前じゃ。わしは主に力を貸し、手助けをする《従霊》の身。主の戦い方には文句も無ければ、要望もない。…貴様の好きにすれば良い。』

その言葉に修也は少しキョトンとしていたが、すぐにいつも通りの笑みを見せる。刀を水平に構え、右脚を後ろに引いて左足を前に出す。

「それなら…」

ドガァン!

地が揺れるほどの踏み込み。忍者の格好をしている男達(女もいるかもしれないが)の真横を通り過ぎる。

彼の刀の鍔鳴りがチンッ…と鳴ると同時に忍者達の体が腰から真っ二つに別れる。そして、光となって姿を消した。

「楽でいいな。」

 

「バカな…」

今回の件の首謀者…生前は武士だった《眞明》は修也のことを見つめながらそんなことを呟く。彼の目は、有り得ないものでも見ているかのように明らかに動揺していた。

修也の実力は、圧倒的だった。

忍者部隊の投げるクナイ等の武器は全て鉄片に変えられ、鉄砲隊の放つ鉛玉は全て塵へと変えられている。

霊側が1回攻撃する事に、修也は霊を必ず1人は《浄化》している。

しかし、眞明がモヤモヤしているのはそれが原因ではなかった。そして、シビレを切らしたかのように眞明は才蔵に近づいて着物の襟首を掴み、持ち上げる。

翠が「やめて!」と声を上げるが、眞明は一睨みしただけで彼女を黙らせた。

「おい、ジジイ…あれは一体どういうことだ…!」

眞明の言葉に才蔵は「はて?」と首を傾げる。

「あれとは…何のことだ?」

その言葉に眞明は大声を上げる。

「あいつだよ!お前の孫のことだよ!どういうことだ!あいつにはあれだけの力はなかったはずだ!鉄砲隊に10数発の鉛玉を喰らったやつがなんでこの数十分であんなに強くなってやがんだ!」

「そんなもの、彼奴が貴様らの鉄砲隊に襲撃された時に本気を出してなかった…いや、出せなかっただけだろう。」

そんな正論に眞明は言葉を詰まらせるが、すぐに反論する。

「…それは貴様の言う通りだとしよう。だが、そうだとしても!あの力の大きさはなんだ!?何故俺が特別に加工した、通常のものより何倍も硬いクナイや鉛玉を砕ける!?」

…霊達が使っているクナイや鉛玉は全て眞明が強化したものだ。

霊とは死に絶え、霊となった瞬間にある種の《霊術》が使えるようになる。そもそも霊術には炎、水、風、地、雷、無の6つの属性が存在する。特に強力なのは雷だが、霊達によく授けられるのは炎や水が多い。

そう考えれば、眞明は少し幸運だった。彼は炎でも水でもない、無属性の強化霊術を手に入れたのだ。

この霊術は自身の体を強化できるだけでなく、他の物質も強化することが可能だ。無論、成功率はその者の才能によってかなり変わってくるが彼は失敗しながらも自身に付いてきている者達全員の武器を強化霊術を駆使して全て強化した。

それによって、彼は最強の部隊を作り上げた…はずだった。

だが今となっては、たった一人の少年に数十人はいた部隊がほぼ全滅に追い込まれている。数日ほどもかけて強化した傑作達が玩具のように壊されていく。

その眞明の言葉に才蔵は「ふむ」と答えるとしばらく黙り込んでから眞明に質問を投げかける。

「貴様は、《魔眼》というものを聞いたことはあるか?」

「…魔眼?」

聞いたことのないフレーズを眞明はもう一度繰り返す。

「うむ。貴様は知っとるかどうか知らんが…かつて、ギリシャ神話の怪物《メドゥーサ》は目を合わせるだけで人を石化することが出来た…という伝説が残っておる。他にも代表的な怪物《吸血鬼》の金色の眼には人を魅了する力が宿っていたなど多くの伝説が残されておるのだ。」

「…それが、どうしたってんだ?たかが伝説だろ?」

その眞明の質問に才蔵は答えず、天を仰ぐ。空には、夜空が広がっている。

「…そう、たかが伝説だ。だが…その伝説が《具現化》することも時にあるのだよ。」

直後、何かオレンジ色の光が眞明達の足元を照らす。眞明は後に振り向く。

そして…彼の仲間が、炎の霊術で巨大な矢を創り出しているのが見えた。霊術の熱に周りの落ち葉や幹が燃えていく。

それを見ても、修也は全く動じない。それどころか、剣を構え直している。

矢の周りに猛々しい雰囲気が充満し、逆に修也の周りにはまるで剣のような鋭い気迫が広がっている。

「奴は…修也の《眼》は、《全ての[核]が見える魔眼》。奴だけが視認できる[核]に攻撃を加えると、例え鋼鉄でもダイヤでも…塵に変えられる。」

その言葉と同時に炎の矢が投擲される。空気と落ち葉を焦がしながらその矢は修也に向かって飛翔する。修也はその霊術を真っ向から迎え撃つ。

足を踏み込んで上段切りを繰り出して…激突した。途轍もない、轟音。

ほんの少し、修也の体がぐらりと揺れた。霊術を放った男は少しだけ拳を握るが…その直後、彼の出した霊術はオレンジ色の光となって消滅した。

何が起こったのか理解出来ず、男は呆然と立ち尽くす。修也はその隙に男の横に踏み込みだけで移動し、高速の斬撃で胸のあたりを横薙に切り捨てた。

男も、真っ二つに分かれて…光となって消滅した。

「…バカな…。」

眞明は上に上がっていく光を見ながら、そう呟いた。

 

霊を全て浄化した後、修也は大きく深呼吸をする。なにせ、久しぶりの戦闘だ。未だに全身が少しだけ震えているのが分かる。

呼吸を整えてから修也は眞明の方に体の向きを変える。眞明の後ろには才蔵と翠が座り込んでおり、当の眞明は巨大な敵意…というか殺意を修也に向けて放っていた。

眞明は修也に向かって声を荒らげながら叫ぶ。

「来れるものなら来てみろ!ただし、こっちには人質が…!」

最後まで言い終わるのを待つことなく、修也は体を動かし始める。先程のような荒々しい踏み込みではなく、無音の、繊細な跳躍。

踏み込みから、およそ0.5秒程で眞明の横を通過する。眞明が気づいた頃には、修也は人質を抱えたまま背後数十メートルに立っていた。

眞明はギリリッと歯ぎしりをする。

「なんでだよ…」

「…なにがだ?」

眞明の問いに修也はさらに問いで返す。眞明はまたも声を荒らげた。

「なんでお前は、そんな力があるのに戦場に…前線に立たなかったんだ!お前が…お前がもっと戦闘をしていれば…俺達がもっとお前の戦闘を見ることが出来てれば…!」

「…俺の情報を集めることが出来て、勝てていた…って言いたいのか?」

修也は眞明の話の続きを代弁した。

眞明はしばらく息を荒らげていたがすぐに首を縦に振る。

「ああ、そうさ。俺達の計画は完璧だった…。すぐにお前の妹を殺して力を手にし、この世界に復讐するはずだったんだ。なのに…」

「…」

「お前が出てきたせいで全ての予定が狂った!武器も壊され、仲間も消された!…お前さえ、お前さえいなければ…!」

そんな逆恨みにも似た叫び声を聞きながらも修也の顔はまったく動揺の色を見せなかった。むしろ、先程よりも気迫が増しているかのように見える。

そして、今まできつく結んでいた口を開く。

「残念だけど、それはないよ。」

「…なに?」

修也の言葉に眞明は鋭い視線を向ける。

「お前の言い分だと俺がいなければ何もかもが上手くいっていた…ということになる。…けど、それはありえないんだよ。」

「何を根拠に…!」

眞明は反論しようとするが修也に途中で遮られる。

「俺は…現役時代、親父とお袋に連れられて世界を飛び回ってた。一応、日本も一つの県に一回は訪れたこともある。」

修也はゆっくりと語りだした。

「俺の両親は協会の中でも上位に食い込むほどの猛者だったから、その二人を間近で見てきた俺はかなり《見る目》は育ってた。…そんな俺が、世界を飛び回る中で『強い』と思った人の人数は…165人。」

修也の言葉に眞明がはっと息を呑む。心なしか才蔵も少しばかり驚いているようだ。

「ま、その165人の中で俺の両親に勝てる奴は本当に数人から十数人だったけどな。…けど、その人達は今の俺と同じぐらいの強さは誇ってた。今はどうか知らないけど…俺に勝てないような奴らは多分中国ぐらいで倒されてたんじゃねえのかな。」

「黙れ!」

そんな声が山中に響き渡る。眞明は目を充血させて修也を睨む。

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!お前のようなガキに何がわかる!俺達の苦しみや憎悪の理由すら知らない奴が知ったような口を聞くな!」

「…確かに知らないな。けど、俺は事実を言ってるだけだ。別に知ったような口は…」

「黙れと言ってるのが聞こえないのか!」

その言葉に修也はピクリと反応して口を固く結ぶ。

そして、眞明はまるでファイティングポーズのようなものを取るとさらに怒声の大きさを一段階上げた。

「貴様は、俺が殺す!俺達の苦しみを、憎悪を、誓いを!侮辱した貴様だけは!」

その言葉とともに眞明の体に赤色の回路のようなものが出現する。それを見て、修也は真っ先に剣を抜いた。

「あれは…」

直後、修也の横の空気が揺れる。それを感知した瞬間、修也は剣の刀身に左手も添えてツーハンズブロックを行う。

そして、剣に衝撃が走る。ドガァン!という轟音が鳴り響いて修也の体が浮く。修也は木々の横を高速で通過して背中から岩に突っ込んだ。激突した岩に無数のヒビが入る。

「チッ…!」

修也の口から本戦闘初めての血がほとばしる。

岩から放れて倒れ込みそうになった修也の体を再度の衝撃が襲う。今度は腹部付近…みぞおちだった。

「ガッ…カッ…!?」

途端に息ができなくなり口から酸素を吸い込もうとするが眞明の拳はそれを許さない。一瞬で数発、修也に叩き込んだ後今度は蹴りで修也を宙に蹴り上げる。

これが眞明の切り札。全開の強化霊術による肉体強化だ。これを行うと通常時の身体能力の数倍の威力を引き出せる。ただし、効果が絶大な分反動も大きく、使い過ぎると死に落ちてしまう程だ。だが、眞明は修也に対して手を抜かないことにした。絶対に倒す相手と認めたのだ。いや、《判断した》というのが正しいか。

「ガアアアアアァァァァアアア!」

人のものとは思えない怒声を上げながら宙に浮いた修也の体に拳を叩き込み続ける。

眞明の拳が放たれるたびに修也から赤い鮮血が飛び散る。

「お前に…お前に何がわかる!今まで大した不幸にも見舞われずに呑気に暮らしてきたお前に!」

眞明の怒声を聞いても、修也は何も答えない。それどころか、顔にはどんな色の表情も浮かんでいない。ただただ、落ち着いている顔。

その表情はさらに眞明の逆鱗に触れる。

「これで…」

眞明の右腕にとてつもない量の霊力が注がれる。どうやら彼は、この一撃で決める気のようだ。

眞明の右腕に赤黒い瘴気が渦巻く。とてつもない力の奔流。

「終わりだあああああああ‼︎」

咆哮とともに右腕を突き出す。眞明と修也の距離は、ほぼゼロ距離。

『当たる…‼︎』

眞明は自身の腕が修也の体を貫く光景を幻視した。殆どのものが視認することすら出来ない高速の一撃。

そんな致死の凶器と化した拳に修也は…

予想外の行動に出た。

眞明の拳が修也の体に当たる直前、修也はあろうことか刀を持ってない左手を眞明の腕に置き…一気に力を込めた。

修也の体はフワリと浮かび上がり…眞明の致死の拳はあっけなく空を切る。最大威力の技の反動と、それを避けられたことへの認識の遅さが彼の反応を鈍らせた。

修也は回転の方向そのままに一回転すると…左膝で眞明の後頭部を強打する。

「アッ…カッ…!?」

眞明は脳が揺れ、意識が遠のく。そんなことは気にも止めてないのか修也は眞明の後ろから目の前に転移し、右拳を眞明の頰にめり込ませた。

一瞬のせめぎ合いの後…修也が拳を振り抜く。眞明の体が紙細工のように吹き飛ぶ。修也は追撃のために宙を駆け、その距離を再度詰める。

「…ッ!オオッ!」

体が回転し、体勢の安定しない眞明。しかし、そのような状況でも彼は攻撃を止めない。肉薄する修也の顔や胴にさらなる拳を打ち込む。

「…ッ」

それを修也は体を捻るだけで躱す。だが、掠ったのか彼の頬に傷が生まれ鮮血が少し飛ぶ。

しかし特に気にする様子もなく彼は素早く《炎》の霊術を発動。作り上げた輪で、眞明の体をすぐに拘束した。

「グッ…オッ…!」

手も動かせず、藻掻く彼に対して修也は大きく足を真上に振り上げ…そのまま、真下の彼の体に振り下ろした。

轟音、爆風。

落下の衝撃によって周辺の木々は倒れ、落下点を中心にクレーターが出来る。舞い上がる大量の砂煙。そして落ち葉。

しばらくすると、それらが晴れて眞明の体が浮かび上がる。

「ガハッ…ハッ…!」

彼は血を吐きながらもゆっくりと立ち上がる。まだ脳が揺れた時の衝撃が残っているのか、足取りが心許ない。

眞明は再度血を吐き出すと…天を見た。そこにいる赤いコートの人物を睨みつける。

「…理解したよ。」

眞明は右手を持ち上げる。その掌は…しっかりと、修也のいる方向に照準されていた。

「俺は…お前に勝つことは、出来ない。」

「…なら、どうする?今ここで降伏すれば、留置所で生き続けることは出来るけど…?」

修也のその言葉に眞明は苦笑する。

「冗談はよしてくれ。俺にはもう、生きていたいという願望はない。今の俺にあるのは…」

さらに右腕を左腕で掴む。こうすることで、ある種の《砲台》が完成したわけだ。

「お前への殺意と、世界への憎悪だけだ。」

その言葉を聞いて修也は少し悲しそうに表情を変える。そこには同情の色も含まれていた。

「…俺はあんたの過去を知らない。もしかしたら俺じゃ想像がつかない程過酷なもの、残虐なものだったのかもしれない。けど…これだけは言える。」

修也は、この場ではそぐわない表情だと分かっていて…悲しそうに微笑んだ。

「…憎しみだけ抱いて、生きて死んでいくのは…愚かだし…なにより、苦しいぞ?」

その微笑みを見て、眞明は目を見開く。顔だけを俯かせ、肩が震えだす。

「…俺だって…」

眞明は呻くように声を絞り出す。

「…俺だって…本当は、普通の霊として…この世界で生きたかった…。俺が死んだ頃とは、時代が違う…そんなことは、分かってたんだよ…。」

「なら…」

「けど!」

修也の言葉を眞明は大声で遮る。苦しそうに話した左手で左目の前に拳を作る。その拳は、かすかに震えていた。

「けど…俺には無理だ。今でも、頭の中で…生前の…あの光景が焼き付いてる…!何の罪もない最愛の女房や…10歳にも満たない娘達が…悲鳴をあげながら死んでいく様が…まだ、この作り物の脳みそに焼き付いてんだよ‼︎」

その言葉に修也は目を見開き、肩を震わせた。眞明は目を充血させ、修也に向かって叫ぶ。

「頭ん中で、あいつらが語りかけてくるんだよ!『殺せ』『殺して』『憎い人間どもを』ってな!…こんな状態のまま、今の人間は好きになれない!最初の頃の《普通の霊として生きる》なんていう願望は、今の俺にはもうない!こうするしか…こうするしか、俺に道はないんだ!」

そう言って眞明はまた構え直した。

「だからさ…頼むよ、小僧。」

眞明は右足を後ろに引いた。そして、頰に流れる雫が一つ。

「俺の野望のために…」

眞明の手に赤い、燃える力の塊が出現する。

…眞明は、《無》属性の《強化》の他に、もう一つだけ霊術を授かった。それが、《炎》属性の霊術。

恐らく、そのもう一つの霊術で焼き払う気なのだろう。

その塊は二回りほども収縮した…

「…死んでくれ!」

直後、超高密度の霊術は上昇する流星となって修也に襲いかかる。

眞明にとっては、ほとんど捨て身の攻撃。悪足掻き近い攻撃ではあったが、それは決して侮っていい威力のものではなかったありとあらゆるものを燃やし尽くすのではないかと思えるほど凄まじい威力の波動。

それに対して修也は…………

 

微動だにしなかった。

 

修也は刀を握り直して、向かってくる炎を見る。恐らく、あと数秒あれば自身を焼き尽くすであろう攻撃を修也は見つめ…

「行くぞ、琥珀。」

…今は一人しかいない、相棒に語りかけた。

『うむ!』という力強い声が頭の中に響くと同時に…体勢を変え、足元で小刻みに放出している風の霊術を、一気にバースト。凄まじい加速。

一陣の風となって修也は虚空を飛翔する。

そして、右手と刀を極限まで後ろに引き…

「ッ…!」

今度は、炎を自身の体に纏わせる。さらに…

「…絡め…!」

炎の流れと共に雷が渦巻き始める。

桐宮流剣術《合》の型一番《炎雷流星》。

技の発動と同時に修也の体はさらに加速する。超高密度の炎の波動はもう目と鼻の先。

これを修也は、避けるのではなく…真っ向から迎え撃った。

「…ォォォォオオオオオオ!」

最大限のブーストと共に黒刀を波動の中心に向かって突き出す。接触と同時に激しい衝撃が周囲を襲う。まるで、流星と流星の激突。

超高威力の技の激突の影響で眞明の足がついた地面が抉れる。

「ぐぅ…っ!」

見たところ、修也が優勢だ。だが…

「…う…ぅぁぁぁああああああ!」

悲鳴にも似た、眞明の咆哮。それと同時に、炎の勢いが少し増す。修也は少しだけ押し戻された。

…しかし。

「…ハアアアアアアア‼︎」

修也の、極限なまでの咆哮。最後のスパートをかける。炎雷が炎を切り裂き始める。

「ああああああああ!」

眞明は諦めない。彼をここまで盛り立てるのは、頭に響く妻と娘の声。憎しみのこもったその声は、まさに呪いの言葉。その言葉がさらに大きく、多く頭に響く。

…だが、それで形勢が逆転する訳はなく…

「オオオオオオオ!」

とうとう、修也の刀が全ての炎を切り裂いた。眞明はそれと同時に右腕を斬り落とされる。だが、そんなことはどうでも良いのか修也の頭部を左拳で狙った。しかし…

「…ッ!」

修也は右手から刀を手放して、左手を自分の右手で絡め取る。

「ぐあッ…!」

痛みで眞明が怯んだ…

そこで、修也の左手が伸びる。無防備となった眞明の頭を掴む。

「は、放ッ…!」

眞明は抵抗する…だが、片腕のなくなった霊など修也の敵ではない。

「ッ…!」

無音の気合と共に修也は《これまでとは違う属性》の霊術を手に流す。その霊術は…猛々しい炎でもなく、流麗な水でもなく、爽快な風でもなく、重々しい土でもなく、鋭い雷でもなかった。

全てを包み込むかのような、優しく神々しい光…その属性の名を《聖》。世界でも数人しか扱えない特殊な属性。

修也はそれを手に込め、必死に何かを眞明から引き剥がそうとする。

『こいつは脳に光景が焼きつき、声が聞こえると…そう言った…!』

『なら…!』

修也はさらに霊術を送り込む。そして…

《それ》を、見つけた。眞明の脳の中心で渦巻き続ける黒い何か。

修也は遠隔操作で聖の光の《腕》を作り出す。そして…黒い何かをガッチリと掴む。

「ここだ…‼︎」

光の腕をく引き上げた瞬間、修也自身の左腕も同時に引く。…すると、眞明の頭から黒いものが引きずり出される。

それは、どこか人の形に似ており、だが人ではない。強いて言うなら《人の形をした闇》、と言ったところか。

「アアアアァァァ…!」

闇は抵抗するように腕(らしき部分)で修也の手を引き剥がそうとする。だが…非力すぎるその力に修也は嘆息する。

…この闇は、人々の怨念、呪いなどが固体化しかけたもの。ちなみに、初めの段階のものは知能は低く、喋ったりすることはできない。もともとただの思念として飛び回っていたものが、相性のいいもの同士で引かれあい(磁石に近い)肥大化したのがこの闇だ。今回の場合、引きあったのはおそらく…眞明とその妻、娘の怨念だろう。家族の怨念、呪いというのは生まれつきか似たような特性となり引き合いやすくなる。

その呪いの塊が眞明の頭に取り付き…この世界で過ごすにつれて肥大化していった。

「…ッ…!」

修也は左腕にさらに霊術を送り込む。優しかった光が太陽のような光に変わってあたりを煌びやかに照らし出す。

「アアアア…アア…アアァァァ…!」

闇は最初は苦しそうな声を上げ体を暴れさせていたが、途中からは抵抗もせず手足をぶら下げる。…やがて、限界が来たかのように、体の所々が光の粒となり始めた。

「ァァァ…ァァァ…ァァァ…ァ…」

呻き声もやがて無くなり、闇の半分ほどが光の粒に変化した。その光は、闇だけでなく近くに倒れていた眞明にも影響を与えるのか、彼の体が白色の光に包まれ、消えていく。

修也は先ほども見せた、悲しみが浮かぶ微笑みを刻む。

「…あなたたちが生前はどんな人生を送ったかは知らない。…けど、せめて死後の世界でだけは…幸せに生きてくれ。」

修也は、囁くように呟いた…

「《クリエイション・プリフィー》…」

日本語に訳すと、《万物浄化》を表す術。

この霊術は全てのものを浄化する。人も、霊も、闇も…そして、世界の抱える《穢れ》さえも。

「…」

眞明は、動かなかった。ただただ、美しい光のなすがままに。

…だが、最後の最後、目をうっすらと開け…

「…すまない…ありがとう…」

そう、呟いた。

まず、眞明の体が光となって天に昇っていく。そして、闇は…

「…ウウ…ウウウ…ウウゥゥ…」

今までとは、明らかに違う呻き声。そしてら白い丸が二つ並んだような眼球から…透明な雫が落ちて、黒い体に流れる。

修也は闇が涙を流すというあまりにも異例な光景に内心驚きを隠せなかった。

闇は、修也の驚きには当然気づいていない。…闇は涙を時折流しながら…呻く。

「…オト…サン…ア…ナタ…」

その呻き声が…修也には、そう聞こえた。

彼は、目の前にいる闇が《人》なのかどうか、判別が出来なくなっていた。

確かに、四肢は不完全だ。だが…この闇には、本当の《心》がある。家族を想い、死を悲しむ心が。そんなものを、果たして《悪霊》と蔑んでもいいものか…彼には、わからなかった。

「ォォォォ…ォォ…ォ…」

だがこのまま放置しておけば、この世界に悪影響を及ぼすのは間違いない。ならば…潔く成仏させるのも、慈悲というものだろう。

「…ッ…!」

修也は最後の力を込める。それとともに闇の体は急速に光へと変換されていく。

「ァァァ…ァァ…」

闇の、最後の涙が、地面に落ちて飛沫を飛ばす…と同時に、闇の体は完全に光となって、天に昇っていった。

「ふう…」

修也はかなりの霊力を消費したため、軽くため息をつく。

「…」

修也は、天を仰ぎながら考える。

あの闇は、確実に人の心を持っていた。それが、親子の愛が奇跡を起こしたからなのか、もともとかなり上級なものまで出来上がっていたのか。それはわからない。だが、あの闇が言葉を発し、涙を流したのは確かだ。

「…これから、色々調べるしかねえな。」

修也はそう言って、肩の緊張を解く。修也が落ち着くと同時に聖の光は、徐々に、徐々に…手の中へと消えていった。修也の体を突然の疲労が襲い、ゆっくりと座り込む。

…彼の光は、世界を導く希望の光か。それとも…終わりに導く破滅の光か…。

…それはまだ、誰にもわからない。

 

 

「やれやれ、ようやく終わったか。」

疲れで座り込んだ修也に、着物姿の少女…吸血鬼である琥珀が近づく。

修也は彼女を見ると疲労が見える顔に笑みを作った。

「よう、お疲れさん。」

修也がそう言うと琥珀は微笑みながら「お主もな」と呟いて、修也の横に座る。

修也は琥珀が座ると同時に琥珀を見ながら言葉をかける。

「…悪かったな、途中からお前のこと放っぽり出しちまって。」

その言葉に、琥珀はフンッと鼻を鳴らした。

「…別に、あれが主人の作戦なら従霊のわしがとやかく言う筋合いはない。」

そう言いながらも、琥珀は唇を尖らせながらそっぽを向いた。修也は困ったように後頭部を掻く。

「うーむ…埋め合わせして欲しいなら、するんだけどな…」

その言葉を聞いた直後、琥珀の頭のてっぺんから出ているアホ毛がピコーン!と直立する。それに、修也は気づいていないようだ。

琥珀は、そっぽを向いていた首をゆっくりと動かす。

「今…なんでもすると言ったか?」

その口元には…

「埋め合わせなら、なんでもすると…?」

…悪い笑みが刻まれていた。

修也はそれに軽く答える。

「ん?ああ、もちろん。まあ、流石に俺が出来る範囲内で、だけどな。」

その言葉に、琥珀の口元がさらに吊り上がる。その笑みは、まさに吸血鬼そのもの。

「なら…」

琥珀は、振り向きざまに…!

「今晩、一緒の布団で寝てもらおうかの。」

優しい微笑みを浮かべて、そう言った。

修也は、その言葉に頭上に?マークを浮かべる。

「一緒の布団で寝る?…そんだけでいいのか?」

修也の言葉に琥珀は「チッチッ」と言いながら人差し指を立てて顔の前で振る。

「甘いな、我が主人よ。一緒に寝るとうぬのの中で寝るより霊力の回復が早くなるのじゃ。戦闘した後は共に寝ることをオススメする。」

「へえ、そいつは初耳だな。」

その話に修也は、興味深そうに笑みを作った。

 

…その後、数秒静かな時間が続き…

その静寂を、修也が破った。

「…なあ、琥珀。」

「なんじゃ、我が主人よ。」

修也は体を琥珀の方に向ける。

「…少しの間だけって、契約の時に言ったの、覚えてるか?」

「うむ。もちろん覚えておるぞ。代償を払うとも言っていたな。」

「…話が早くて助かる。」

修也は、一瞬の間の後、琥珀に頭を下げた。

「頼む。少しの間だけじゃなく、最後まで…俺が死ぬまで契約してくれないか。」

「…」

修也の頼みに琥珀は黙ったままでいる。

「身勝手なことだとはわかってる。だが、今回分かった。今の俺じゃ、霊から家族を…大切な人たちを守れない。そのためには、お前の力が必要なんだ。」

「…」

琥珀は、数秒の静寂の後、口をようやく開く。

「お前様の死までとなると…かなりの期間服従することになるわけか…。それなりの代償は覚悟しておろうな…?」

琥珀の言葉は冷たく、とてつもない圧力を放っていた。修也は、それに息がつまるも…

「…ああ、もちろんだ…!」

…なんとか声を絞り出す。

修也の言葉に、琥珀はしばらく黙っていたが…すぐに微笑んだ。そして、返答する。

「いいぞ。」

その言葉に、修也は驚い顔で琥珀を見る。

「いいのか…?」

修也の顔を見て琥珀は笑った。

「なんちゅう顔をしとるのだ。男前が台無しじゃぞ。」

琥珀は修也に向けていた顔をまた元に戻す。

「先程も言ったように、主の命に従うのがワシら従霊の役目じゃ。ましてや主直接の願い事なぞ聞かぬほうがおかしいわ。」

そう言うと琥珀は、ピョンッと立ち上がる。お尻をはたいてから修也の方に向き直る。

「話は終わりじゃろ?なら、早く貴様の妹と祖父を迎えに行かなければな。そろそろ待ちわびとる頃じゃろう。」

「…ああ、そうだな。」

修也は微笑みながら頷いて、ゆっくりと立ち上がる。

『たしか、翠と爺さんはここからまっすぐ歩いた先にいるはずだ。』

修也は、才蔵と翠を迎えにいくために一歩踏み出した…

 

「まだまだだな。」

 

直後。彼の背中にそんな籠っているかのような、それでいて冷たい声が投げかけられる。

修也は反射的に後ろを向いた。声がしたのは修也たちの少し斜め上の真後ろ。

そこに居たのは…木のてっぺんに登り、月をバックにして直立している仮面の人物だった。髪や体型、顔は全身を隠すフードコートと仮面で全く見えない。仮面で声も変わっているため男か女かも判断不能だ。

何より修也が驚いたのは…そいつの、霊力の大きさだった。

霊使者というのは修行すると他人の霊力の量を視認することができるようになる。霊使者というのはその霊力の大きさ、量で才能の有無を決められるのだ。

その点に関しては、仮面の人物は圧倒的だった。霊力の大きさは、そこまで大きくはなかったものの、それは、凄まじく練り上げられ、確かな戦闘能力であることを示していた。

霊使者達の中でもあまり見ないような大きさだった。

仮面の人物はしばらくした後、フウッと息を吐く。

「あのような敵に苦戦するとは…少し腕が落ちたんじゃないか?なあ…桐宮、修也。」

修也は頰に汗を流しながらも仮面の人物に少しだけ笑いかける。

「へえ、俺の名前を知ってるのか。俺も随分と有名人になったもんだな。…お前みたいな悪趣味な仮面をつけたやつは、知り合いにいなかった筈だけど…」

修也の言葉に仮面の人物はククッと喉を鳴らして笑う。

「確かにな、貴様の言う通り…俺は貴様と知り合いなどではない。」

「…てめぇ、何者だ。」

修也の質問に仮面の人物は大声で返答する。

「私は貴様のことならなんでも知っている!例えば…」

仮面の人物は修也を指差した…

「貴様が失っている、昔の記憶も…な。」

その言葉に、修也の背筋は戦慄する。なにか冷気のようなものが這い上がる感覚。しかし、それもすぐに掻き消えた。修也は声を張り上げる。

「お前…今のはどういう意味だ!」

仮面の人物は質問には答えずゆっくりと後ろに向く。

「今宵はここまでだ。これからも貴様の成長、たっぷりと見させてもらうぞ…?」

「あ…おい!話を…!」

修也は引き止めようと少し手を伸ばすが届くわけもなかった。仮面の人物は木のてっぺんから飛び降りる。普通なら、ここで木を掻き分けるような音がするはずなのだが…一つもしなかった。

「…逃げられたか。」

修也は頭を掻きながらボヤく。修也はもう一度天を仰ぐ。そこには、変わらず満天の星空が、広がっていた。

「…何だったんだ?あいつ…」

修也は独り言のように質問する。しかし、もちろんと言うべきか…その質問に、答えるものは誰もいなかった。

 

 

 




初めて一万文字も書きました。てへっ♡久しぶりの投稿です。分からないことあったら質問してね。それじゃ、評価と感想お願いね。


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第7話 師と弟子

日本にある都道府県の一つ、島根県。ほかの都道府県では神無月と呼称される十一月、島根県にある街、出雲でだけは神有月と称されるそうな…。
そんな出雲の中にある山々の一つの山の麓に遠くから見ると小さく、しかし近づくと途轍もなく巨大な家屋が存在する。
霊が見え、特殊な《術》を扱える能力で世界にいる霊と意思疎通、または対峙する霊退治の専門家、《霊使者》。彼らの中での優劣は戦果によるランキングの他に《家系》というものが存在する。その数多ある家系の中でも最大級、最古参に限りなく近い名家中の名家、《桐宮家》。その表向きの本家となっているのがこの家屋だ。
その家屋内…いくつもある部屋の中でも物が無く、綺麗に整頓された部屋がある。…いや、されていたと言うべきか。
何故なら、今は部屋の所有者がここ数日で読み終わった霊使者達が扱う術、《霊術》などについての数多の書物が無造作に積み上げられているからだ。
そんな部屋の中心…他とは違い、積み上げられたのではなく十数の書物が何かに被さったかのように盛り上がっている場所がある。
数秒後、そんな本の山は突然にうねうねと動き始める。ツイッターなんかであげたらかなりの視聴数が取れそうな面白光景が数秒続いた後…中心から何かが飛び出す。その反動で数冊の書物が四方八方に飛び散る。
中心から飛び出したのは…人の上半身だ。鍛え上げられ、かつ細い体を質素な焦げ茶色の和装で包んでいる。比較的普通の大きさの顔には不機嫌そうに曲げられている口とこれまた不機嫌そうに細められている、燃えるような紅い色の目が機能していた。髪は、寝起きだからだろうか、少し長めの黒い髪がところどころとびはねている。
そんな下半身を尚も本に埋めたままの男性は腕を伸ばして大きく伸びをすると一息ついてから立ち上がり、足や腰に覆い被さっていた数十冊の本を少々強引に畳へと落とした。
そのまま男性…いや、青年はゆっくりとした足取りで障子に近づき、スパァンッ!という気持ちいい音と共に一気に押し開ける。
青年は数回首を鳴らして、縁側に出る。そして斜め上から窓越しに自身を照らす太陽を見上げてから、彼は右手を先程までいた部屋の中に向かってかざした。すると、彼が寝ていた場所の近くから細い棒状の何かが覆い被さっていた本を振り落とす勢いで浮かび上がった。棒状の何かはそのまま少し滞空してから、勢いよく空中を移動。勢いそのままに青年の右手に収まる。
そんな棒状の何か…黒い鍔、同色の柄を持つ《刀》からこれまた不自然な黒い影のようなものが飛び出す。
その影は青年の横で楕円形にまとまると…数秒の内に四散した。
そして、影が四散した場所には少女が一人。青年の髪の色合いに似た長い艶やかな髪、同色の光沢のある瞳、微笑を浮かべる八重歯の出た小さな口。四肢と頭を合わせても、背丈はおよそ120センチと言ったところだろう。
そんな小さな体を黒と紫を基調した、どこか静かさを醸し出す和装で包んでいる。
少女も先程の青年と同じように伸びをすると、一息つく。そして…
「ふう、いい朝じゃ。日差しが気持ちいいのう。」
そう呟いた。そんな少女を青年は怪訝そうな目で見つめる。
「…吸血鬼がその言葉を言うとすごく不自然なんだが。」
《吸血鬼》と呼ばれた少女は少年を横目で見ながら「フッ」と笑う。
「まあまあ、細かいことは気にするな、我が主人よ。それより…」
少女は少しだけ溜めを作ると、かなりの高さを跳躍して青年の肩に座りかかり、頭を持つ。
「早く飯を作ってくれ!先程から腹の虫が鳴りっぱなしなんじゃ!」
グ〜、という効果音を腹から発生させながら少女はそう叫ぶ。青年は呆れ半分、面白さ半分の笑みを浮かべてから「へいへい」と返事をする。
青年は少女を肩に乗せたまま歩き始めた…








二人が朝食を食べた、およそ一時間後。

修也と琥珀の二人は広い部屋の中にいた。

両脇にある壁は全て大理石で出来ており、部屋の高級感を一気に引き立てている。天井には十数個のライトが付けられており部屋中を控えめに、それでいてちょうどいい具合に照らしていた。

修也と琥珀が居る場所…ここは、出雲市の中央に建てられたシンボルタワーだ。わかりやすく言うと東京にある東京スカイツリーのようなもの、といったところだろうか(といっても高さは600メートルも無いが)。

しかし、シンボルタワーというのはあくまで仮の姿。この塔の本当の目的はまた別にある。それはまた追い追い話すとしよう。

「ふあぁ…」

修也は退屈なせいか大きな口を開けて欠伸をする。二人はすでに30分ほど待たされているのだが、誰か来る気配はない。

彼の様子に琥珀は苦笑する。

「昨日あれだけ寝たのにまだ眠気があるのか…随分と寝坊助じゃの、わしの主人は。」

「寝坊助で悪かったな…」

目をこすりながら修也が呟く。

「最近は全然寝れてなかったの、お前も知ってるだろ?」

「一日四時間も寝ておけば充分じゃろうに。何故近頃の若者はこれしきで疲れたオーラを出すのか…」

「そんなの吸血鬼のお前だけだから。お前と人間を一緒にするな。」

その言葉に琥珀が少し唇を尖らせる。

「わしと契約したことで貴様の体にもそれなりの変化が現れているはずじゃが…まあ、そこはどうでもよいわ。なんでわしらはこんな所に朝から来ておるのじゃ?観光か?」

琥珀の問いに修也はめんどくさそうに口を開く。

「んなわけねえだろ。ここ全然毎日家から行けるし。観光するような距離じゃねえよ。」

修也は欠伸をしながら次の言葉を口にした。

「ここは普段、出雲唯一のシンボルタワーとして観光名所的なものにはなってる。…でも、一般人が入れるのは50階から70階…屋上まで。じゃあ残りの下49階はなんに使われているのか、市民とか観光者にはいっつも謎だー謎だーと呟かれてるわけだ。」

「…いきなり変なことを言いおって…。要は何が言いたいんじゃ?」

琥珀は首を傾げた。琥珀のはてな顔に修也は片頬を上げて笑う。

「つまり…」

「この塔は、観光目的で造られたんじゃないってことさ。」

修也の言葉を引き継ぐようなセリフが二人の後ろから響く。琥珀はすぐに後ろを向いて臨戦態勢に入るが…

「バーン☆」

後ろにいた眼鏡の男が拳銃を模した形の手で琥珀の額を指して、そう言った。男は少し勝ち誇った笑みを浮かべる。

「あははっ、何百年も眠ってたとはいえ伝説の吸血鬼を出し抜けるとは思わなかったね。ちょっと鈍ってるんじゃない?」

その言葉に琥珀の殺意が膨れ上がる。

琥珀の髪が宙をたなびく。瞬時に琥珀の爪が20cmほどに伸び、男の喉元へと…

「やめとけ、琥珀。」

届きかけたところで修也から待ったがかかり、すんでのところで止まる。

「そいつは敵じゃねえ。無駄な殺生はするな」

「しゅ、修也!しかし…」

「からかわれてムカつくのは分かるけど今は抑えとけ。今殺ると色々と今後がめんどくさくなる。」

修也はそう言って琥珀を諭す。

その言葉に男は修也を見ながら笑いかける。

「おいおい、修也君。そこは殺すこと自体をやめさせてくれよ。」

男がそう言うと修也は微笑を滲ませた。

「あんたのからかいでムカつかねえ奴は自分の家の人間か俺ぐらいだろうさ。その点で言やぁ、あんたは悪霊並みの全世界の敵だよ。」

男は眼鏡の奥で目を細くすると「あははは!」と大声で笑った。

「いやぁ、修也君。君は相変わらず面白いことを言うなあ。しかも案外的を射ているから如何ともしがたい。…それにしても…」

男は眼鏡を指で上げて掛け直す。

「僕としては君がムカついていないということが嬉しくてたまらないんだがね☆」

そう言って下手くそなウィンクをした。

男の言葉に、修也は苦笑した。

「別に、ただやられ慣れただけだよ。矯正治療とかそこらへんに近いから全く喜べないと思うんだが?」

「いやいや、それでもありがたいもんさ。遠慮なくからかえる人間がすぐそばにいるというのはね。」

男は悪戯っ子のような無邪気な笑みを浮かべた。

 

突然現れた黒縁眼鏡をかけた男。

この男の名は天樹 新(あまぎ あらた)。霊使者の家系の中でも有数の名家、最上位家系である《天樹家》の現当主にして、霊使者協会の最高幹部の一人という肩書きの持ち主。

《相棒殺し》、《大犯罪者》などなどの異名が貼られている俺とは真逆の人間だ。

そんな奴と俺が仲良くしてる理由は…まあ、追い追い話すとしよう。

今はそれよりも大事なことがある。

 

「えーっと…書類書類…」

重くて高いチーク素材が使われた椅子と机に座った天樹は何やら机の脇に積まれた書類をガサゴサとあさっている。ちなみに、部屋の照明は天樹の登場を盛り上げるためのものだったのですでに戻っていた。

天樹は「あったあった」と紙を一枚取り出す。そしてそれを風の霊術を使って俺に飛ばしてくる。

俺はそれを片手で受け取る。琥珀は紙の文章を覗き込んでくる。

「君、この前協会に向かって前線復帰申請書を出しただろう?《上》のジジイから君へのお返事だよ。」

ニッコリと笑う天樹に俺は苦笑で返した。

「随分早かったな。てっきりあと3週間は待たされると思ったが…まあ、それはいい。」

天樹はなおもニコニコ笑いながら俺に質問してくる。

「君、実はジジイどもからの返事あまり期待してなかったでしょ。調査内容の最後に『報告では別に家まで来る必要なし』って書いた奴初めて見たよ。」

俺は「だからどうした」と言いたそうな顔をする。

「あんな固え頭してる奴らにわざわざ今まで来てあーだこーだ言われたくなかったんだよ。色々とめんどくせえしな。」

その言葉に天樹は「あははは」と笑う。

「それには激しく同意するよ。僕だって何回しつこくブツブツブツブツ言われたか…」

「お前は仕事をきちんとこなせば怒られずに済むだろうが。自業自得だ。」

俺のもっともな意見に天樹は更に「あははは」と笑って返す。

俺はそんな天樹から視線を外し、手元の紙に目を向ける。どうやら申請を許可するかどうかが書かれているらしい。先程覗き込んでいたが、読めなかったのか琥珀が俺の肩に登り再度覗き込む。俺は肩に重みを感じながら読み進めていった…。

「…へえ…」

「ほお…」

その文面を同時に読み終わってから、俺と琥珀は同種の笑みを浮かべた。その様子を見ながら、天樹は苦笑した。

「…従霊と主人って体の状態だけじゃなくて性格まで似るの?なんか二人とも怖い笑み浮かべてるけど?」

「…こんなもん、笑わずにいられねえだろ。」

俺は笑みを浮かべたまま天樹に視線を移した。天樹は曖昧な笑みを浮かべる。

俺はもう一度、視線を手元の紙に落とした。

紙に書かれている内容は、以下の通りだ…

 

《中略》

先刻の戦闘を拝見し、桐宮修也は霊使者として復帰できる力を保持していると判断。よって、復帰するための戦闘試験を行うことをここに約束する。試験は相手との一対一で行う。ルールは以下の通りである。

・両者ともに自分の使える霊術や剣技などは好きなように使って良い。

・第三者の関与、協力は認めない。発覚した場合、関与、協力した側を敗戦とする。

・試験は一般公開するものとする。

・会場は協会が決定するものとする。

・勝利条件は《相手を戦闘不能にすること》、《相手の不正が発覚した時》、《相手が負けを認める(ギブアップ)》の三つである。

以上、この五つを厳守の上、桐宮修也は全力を尽くすこと。

世界霊使者協会最高機関

五元老

 

「…要は、相手に勝ちゃいいんだろ?簡単じゃねえか。」

そう、俺は簡単に言う。天樹はまた微妙な笑みを浮かべた。

「…そんな楽なことではないと思うよ?ただでさえ頭の固いジジイどもが犯罪者扱いの君を復帰させるチャンスを与えてきたんだ。あいつらは、多分かなりの実力の霊使者を相手に選んでくるだろうね。」

「分かってるよ。そんで、俺の心を折って、桐宮家っていう家系の名も地に落とすつもりだろうな。」

俺の言葉に天樹は深く頷く。

「桐宮家は最高家系の中でも創始家系に《限りなく近い》家系の一つだからね。よく思ってない奴らは多い。僕は正直そんなことはどうでも良いけど…権力に目が眩んだハイエナ…いや、豚には是非とも潰しておきたい家系が桐宮家だからね。」

天樹の言葉に修也は引き気味の笑みを浮かべた。

「相変わらず物言いが容赦ねえなあ。」

「そうかい?事実だと思うが…」

「的を射てるから他の家の奴らに嫌われるんだよ、お前は。」

俺の言葉に天樹は落ち込む様子もなく「あははは」と明るく笑う。笑い終えると、天樹はまっすぐに修也を見る。

「まあ、でも…これぐらいの試験は悠々クリアしてもらわないとね。なんてったって君は…」

天樹は両手を組んで机の上に乗せる。そして、俺に笑いかけた。

「僕の、友人であり、弟子なんだから。」

その言葉に、俺は少しして苦笑すると…

「ま、そういうことにしといてやるよ。…からかい好きの友人君。」

そう、返した。

天樹は結局、最初から最後まで、その笑顔を絶やさなかった。

 

……………………………………

………………夜になった。

修也の実家である桐宮家の周りは先日の霊の襲撃によって多少破壊されはしたものの、その二日後、修也が天性のDIYスキルと霊術を行使して、あっという間に修理してしまった。よって、今は外壁が先日とは見間違えるほど綺麗になっていた。

そんな小綺麗になった外壁の中にある家、その広めの一室。桐宮家次期当主・桐宮修也はそこで愛用の布団を敷き、いつも通りの浴衣を着てから寝転がっていた。先程布団の中に入ったばかりなので、まだ寝付けないのかうっすらと目を開けると…

「…琥珀、起きてるか?」

虚空に話しかける。

だが、数秒後…。何もなかったはずの空間に黒色のタンクトップを着て、長い黒髪をまとめた少女が現れた。いつもと服装や髪型が違うのは、これが彼女が眠る時の格好だからである。

口元に八重歯が見える少女…琥珀は少ししてから近くのイスに腰掛ける。

「何か用か、我が主人よ?」

そんな素っ気ない態度に、修也は苦笑する。

「なんか用かとは随分だなぁ…。」

修也は笑うと琥珀に視線だけ向ける。

「主人の俺が、お前からの《視線》に気づかないとでも思ってんのか?」

「…」

修也の言葉に、琥珀が目線をそらす。

主人と従霊の関係とはかなり密接なもので、思考はもちろん、肉体状況(視線の向き、疲労度など)の察知や痛覚でさえ共有することができる。

つまり、琥珀の主人である修也は彼女の視線をある程度察知できる。その気になれば視線の共有も可能だが…そこまでいくとそれなりのリスクを負わなければならないと、琥珀に聞いたため、今回は使わなかった。

だが、共有しなくても視線はなんとなくわかった。才蔵と翠がこの前の戦闘の怪我で入院しているため、この家には現在修也しかいない。悪霊が入ってくれば警報が鳴るはずだ。なので、今修也以外の誰かが視線を向けるとすれば、その視線は確実に琥珀のもの、ということになる。

琥珀は諦めたようにため息をつくと、立ち上がって修也の布団へいそいそと潜り込んだ。

「…別に用というほどでもないが…貴様に聞きたいことがあってな…」

「ん?なに?聞きたいことあるなら大抵のことは答えるぜ?」

琥珀は数秒した後、視線を上げ、修也と視線がぶつかる。赤と黒の瞳が、交錯する。

「貴様の過去に関することなので、あまり聞きたくはないが…」

「うん。」

「…朝に会ったあの男、貴様は弟子だと言っておったが…それに関する記憶は曖昧なものしかなかった。…あの男は本当のことを言っておるのか?」

「あー…そのことか…」

修也は困ったように後頭部を掻いた。そうして数秒悩むような仕草をして…琥珀をまっすぐに見つめる。

「まあ、本当は本当だよ。一応稽古はつけてもらってたし。ただ…」

修也は申し訳なさそうに笑う。

「お恥ずかしいことに…あいつとの稽古は、あんまり覚えてねえんだよ。両親が海外に行った時にしかつけられなかったし…何より、小学校中学年の頃には親父たちに同行してたからな…。そっちの記憶の方が濃いから忘れちまった。」

「そういう、ことか…」

琥珀は少しだけ笑みをつくる。

「どおりで貴様の頭の中に記憶が少ないはずじゃ…まさか忘れておったとはな。あいつがわしをからかって嘘を言っておるのかと心配しておったが…」

「あいつはからかいはするけど嘘はあまりつかないぞ。あと、俺に稽古をつけられるだけの実力はあるしな。術の出し方とか、剣の振り方とかはあいつと爺さんに教えてもらったんだ。」

「ほお、それは貴重なことを聞いたのう…」

そう言いながら琥珀は伸びをする。そして一息ついてから、修也の体に手をまわす。

「さて、謎に思っていたことの答えも分かったし、そろそろ寝るかの。」

「…だからってなんで俺の体に腕を回すんだよ。お前いつも俺の体の中で寝てるじゃん。」

修也の言葉に琥珀が唇を尖らす。

「なんじゃ、もうすぐ試合もあるから絆を深めるという名目で一緒に寝ようとしているだけではないか。…それに、こんな美少女と寝れるのじゃ。貴様としても幸せじゃろう?」

「はいはい、幸せ幸せ。」

修也がそう言うと琥珀は満面の笑みを浮かべた。

「ウッハッハッハッハ!そう思うなら、ほれ。わしを抱き締めて眠りにつかんかい。そうすればわずか9歳ほどの女児の体の感触を独り占めじゃぞ?」

「そんな言い方はやめろ。色々と誤解されるから。」

そんなことを言いながらも修也は自分よりも一回り、二回りも小さい体を適度な力で抱きしめる。

 

互いの息遣いのみが聞こえる布団の中で、琥珀は嬉しそうに笑みを浮かべ、修也は微笑ましそうに笑う。そんな二人は、やがてお互いの体温によって、静かな眠りについた……。




☆霊使者豆知識(`・∀・´)☆

・五元老
霊使者協会の中でも最高位の権力を持つ組織。最高家系の五つの家(桐宮家、天樹家、土御門家、雷城家、雨颯家)の当主から構成される。あと一つだけ、彼らを超える機関…というか人物がいるがそのものを外せば実質的なNo. 1である。規律や規則違反者の刑罰の否決、更には試合の組み合わせなども彼らが行なっている。
基本的に、桐宮家と天樹家以外の三つの家は考え方が古臭い…頭が固く、才蔵と新の二人はかなり苦労しているようだ。

・塔と霊の記憶
出雲にある塔は50〜70階までは観光を目的として設立されたが、2〜49階までは霊使者協会日本支部の本部として設立された。
その中にある《霊使者博物館》では今までの霊使者協会の歴史やかつて浄霊させられた霊達の霊術の種類、霊力の質、はたまた彼らの過去を特殊な装置を使ってみることが出来る。ちなみに、霊の記憶や情報は戦った後に残る霊達の霊術の残りカスの中に無数に詰め込まれているので、それを解析すれば1日も待たずに情報を集めることができる。
霊達の情報を調べるのは開発部の仕事だ。日夜、休みをちょくちょくもらいながら勤務にあたっているらしい。


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第8話 戦闘試験

カサッ…カサカサッ…

…ここは、ある山の中。
その中に住む下級悪霊達は草木の中に体を忍ばせる。
この山は存在自体、霊感が強くよく悪霊を引き寄せている。この下級悪霊達もそうして集まって来た。下級とはいえ、生存競争を生き抜いてきた強力な霊達。決して油断してはならない。
…だが、そんな霊達の中心に一人の、霊ではない人間がいる。…男性、だが髪は長い。持ち前の金色の長髪が山風によって揺れる。彼が手に下げているのは、優美な西洋刀。体を包む衣服も様々な装飾が成されていて、どこか眩しい。
だが、悪霊達はそんなことは気にしない。というか気にするほど頭が発達していない。悪霊から見ると彼の服は《キラキラしてるもの》ぐらいの認識だろう。
すると、山風がやみ彼の金髪がパサリと落ちて揺れがおさまる。
…直後、茂みから悪霊達が飛び出す。
動きは単調ながらも、かなりのスピード。生半可な霊使者ならば、仕留めきれずに袋叩きにされ、殺されるほど。
先頭を走っていた霊の手が伸びた…
「ガッ…?」
…が、その手は手首から先が切り落とされる。悪霊は、一瞬反応が遅れた。
「…汚らわしい…」
男性の口から初めて言葉が発せられる。その言葉に、悪霊達は一歩後ずさる。彼らは、およそ三十はいながら…《仲間の腕を切り落とした、剣筋が見えなかった》。
故に、恐怖が体を支配し、悪霊達の足は一歩後ずさったのだ。
「…グアッ…!」
そんな中、腕を切り落とされた霊は恐怖に打ち勝ち、襲いかかる…
…そんな勇猛も虚しく、その霊は一瞬で首を切り落とされた。四肢が転がり、光となって消滅する。
直後、霊達は理解する。…彼との、圧倒的な力の差を。震える霊達を見て、彼は哀れな物を見るような目で見下す。
「…君達のような下等なもの達が僕に《触れかけた》…これは途轍もない罪だ…。」
あまりにも理不尽な言い分。だが、彼はその言い分を強引に通すかのように剣を構える。
「…ギギッ…!」
多量の霊力のふくらみを感じ取り、悪霊達は逃げ出す。そんな中、彼は囁くように呟く。
「…美しく散れ…」

ピウッ…

まるで鞭を振ったかのような音が山中に響く。悪霊達は体を止めた…数秒後、半径20メートルにまで広がっていた霊達全員の首が飛んだ。霊達の体から一斉に鮮血が吹き出し、赤い血の雨と変わる。
長髪の彼は風の霊術で傘を作り血の雨を躱す。そして、手を広げる。
「おお、美しい…!これこそ、下等なものの最悪の血で作る最高の芸術品だ…!」
そう言い、哄笑する。
血の雨は、霊達の死体が消えるまで山の中に振り続けた。

「ご苦労様でした、リヒト様。」
長髪の男の横に執事めいた白髪の男性が姿を現わし、膝まづく。リヒトと呼ばれた青年は剣を鞘にしまうと、老人に話しかける。
「ローエン、次の仕事は?」
リヒトの言葉にローエンは無言で紙をめくる。
「お次は、出雲市の闘技場で一般公開の戦闘試験でございます。相手はこちらの方…」
「ふぅん…?」
リヒトはローエンから紙をもらうと、相手のプロフィールを見る。そのプロフィールの写真の顔を見た…直後。
「プッ…ククッ…アハハハハ!」
リヒトはいきなり笑い出す。その後、数秒の間笑い続け、ローエンに話しかけた。
「おい、見ろよローエン。こんなに滑稽なことがあるか⁉︎プッ…アハハハハ!」
ローエンはひざまづいたまま顔を俯かせる。
「五年前の《天才》が、今の《天才》に挑もうだなんて…アハハハハ!」
「…お言葉ですがリヒト様、これはただの戦闘試験。わざわざ本気を出す必要は…」
「ああ、分かってる。ちゃんと力はセーブするよ。…けど…」
リヒトはローエンに悪い笑みを浮かべた。
「あっちが本気で来たら、僕も別に本気で言っていいよなぁ?」
その言葉に、ローエンは頷いた。
「…無論でございます。」
山の中に、リヒトの哄笑がいつまでも響き続けた。



青い空。地を照らす白い太陽の下、生い茂る緑色の木々。そんな木々が生える活力に満ちた山々。その中の一つ、島根県出雲市のある山の中間ほどの場所に建つ一軒の家屋。その縁側で、太陽に照らされながら、刀の手入れをする青年が一人。

いつもの浴衣姿に、黒色の髪。炎のような赤色の眼、手に持つは黒く流麗な日本刀。彼は数回拭くごとに刀身を見て汚れ等のチェックをする。はたから見れば、ただ装備の手入れをする真面目な霊使者にしか見えないが…

『アッ…ンンッ…アアッ…♡』

彼の脳内にはそんな言葉が先程から延々と繰り返されていた。

「…」

青年は手を止めてため息をつく。

「…なあ、琥珀。お前のその声どうにかなんねえの?集中出来んのだが。」

その言葉の後、黒刀から影が飛び出し、その影が人へと変化する。

現れたのは10歳前後の少女。黒髪黒眼で特徴的なアホ毛。そして、小柄なすらりとした女児特有の体を包む黒と紫を基調とした着物は…いつもと違い、乱れに乱れきっていた。

そんな着物を直そうともせず、照れ笑いを浮かべながら琥珀は青年に話しかける。

「フフッ…ようやく修也もわしの魅力に気が付いたか…」

喋り始めた琥珀を、修也は怪奇なものを見るような目で見つめる。琥珀はそれには気づいてない様子でよく分からないポーズをとった。

「いや…良いのだぞ、我が主人よ。わしに惚れるのは男として当然。フフフッ…今夜はお前様は寝られない夜となるだ…」

「頭悪いこと言ってないで早く準備しとけ、この変態吸血鬼が。」

その言葉に琥珀のアホ毛が一気に直立する。どうやらこのアホ毛は気分が高まると直立するようになっているようだ。

「へ、変態とはなんじゃ!変態とは!」

赤い顔でフー、フーと唸る自身の従霊を横目で見ながら修也はため息をついた。

「…今の発言をして言われないと思ってたとか、お前の頭はどうなってんだ。」

「なんじゃ、脳みそを見せて欲しいのか?あまり痛いのでやりたくはないが…主人の要望なら致し方な…」

「やめろやめろ!これ全年齢対象だぞ!」

修也は「こいつに言ったらシャレにならねえ」とブツブツボヤく。

琥珀はすっかり疲れた様子の主人を見て、大きなため息をついた。

「まったく…大切な試合の前の朝だというのにこんなに疲労するとは…間抜けとしか思えんな…」

「ほぼお前のせいだろうが。」

コメントに対する鋭いツッコミを琥珀はそっぽを向いて流す。

修也はため息をついて作業に戻る。

「なあ、我が主人。」

「なんだ、アホ吸血鬼。」

アホ扱いされたことに琥珀はまたアホ毛が立ちかけたが、すぐに元の形に戻る。

「なあに、大したことではない。少し聞きたいのだが…」

琥珀はそう言うと修也の部屋を指差した。

「お前様の部屋の中…というか隅にあったかなりの数の手紙…全て同じ者から送られてきておったな。…誰からじゃ?」

その言葉に修也は琥珀の顔を見る。

「…読んだのか?」

琥珀は「まさか」と言いたげに首を振る。

「明らかにお前様が放課後にもらってくる類の女とは違う匂いがしてな。どこか訳ありと見て一枚も見ておらぬよ。」

「…吸血鬼は鼻も良いのかよ。」

修也はため息混じりに呟いた。

「…」

磨いた黒刀を照りつける日光に翳しながら、修也は静かに答える。

「訳あり…っていうか、一応ただの手紙だよ。…ただ…」

修也は磨き終えた黒刀を静かに同色の鞘へと納めた。

「送ってきた奴が、霊使者協会の人間なんだ。」

「なんじゃ?なにかの警告とか嫌がらせの手紙か?」

修也は苦笑を滲ませる。

「…ま、それもあったけど…あの隅にある手紙を書いた奴はそんな手紙は書いてこなかった。ただの…友人が友人に送るような手紙ばっかだよ。」

修也は少し笑いながら、最後に口を開く。

「…一通も、返せてないけどな。」

その時、琥珀は見た。自身の主人の口元に、見たこともない柔らかな微笑が浮かんでいるのを…。

 

出雲市の地下100メートル。そこに、今回修也達が挑む戦闘試験の舞台は存在する。

名を《天野御橋修練場》。

協会創設期から使用されてきた、数多ある修練場の中でも最も歴史ある修練場である。改修に改修を重ねたものの、内部の建築技術などは当時のままで、数百年以上もの間歴代の霊使者達を見守ってきた御神木的存在。

その修練場の観客席は、近年でも最も注目される一戦を見るために集まった多くの霊使者によって埋め尽くされていた。

そんな観衆の上には、ホログラムのようなものでこう書かれていた。

 

《早咲きの天才》リヒト・水上・シュバイティンvs《神童》桐宮修也!!

 

・リヒトの控え室

 

「ローエン、広報の者は集めたか?」

自身の白銀の剣を拭きながらリヒトはローエンに問う。ローエンは頭を下げながら主人に答えた。

「はい。リヒト様のご命令通り、霊使者協会内全ての広報担当をこの修練場に召集しました。」

その言葉にリヒトは鎧を鳴らしながら立ち上がる。

「それでいい…。これで奴がこの僕に負ける姿を全世界に発信できる…ああ、なんと待ち遠しい!」

リヒトの肩は歓喜に震えた。

「誰もが認める大・犯・罪・者が、僕の技によって、術によって、力によって…地に伏せる!…そして、僕の伝説の一頁に加えられるのだ!…クククッ…アハハハハ!世界に影響を及ぼす害虫は消え、僕の名は世界に知れ渡る!そして…」

リヒトは天…いや、石で作られた天井を仰いだ。

「僕は、奴に付けられた《神童》という素晴らしい異名を手に入れる!まさに一石二鳥ではない!《一石三鳥》だ!そう思うだろう、ローエン!」

主人の問いに、ローエンは顔を伏せたまま答える。

「…その通りでございます。」

執事の呼応にリヒトはさらに哄笑を高くする。そんな主人の横で、ローエンは…

微かに、口元に笑みを浮かべた。

 

 

一方、修也はといえば…

 

「バッカじゃないの!?」

キーーーーン………

一人の少女の大声に、耳鳴りをおこしていた。果てしなく面倒くさそうな顔で耳を塞ぐ修也に少女は怒鳴りちらす。

「あんたねえ、ちょっとはまともに頭動かしなさいよ!五元老の人達がただでさえ邪魔者扱いしてるあんたの戦闘試験なんてとんでもなく強い人を当ててきてまともな攻撃なんてさせるわけないでしょ!それで五元老の人達はあんたに不可判定つけて終わりよ!分かった!?」

「分っかんねえ。」

迷惑そうな顔をして少女の言葉に修也は即答する。少女は口元を…なんというか…ニムニムさせていた。少女はすぐに顔を改め「とにかく!」と続ける。

「いい?あんたは今すぐ…棄権しなさい。」

少女の忠告にも似た発言に修也の片眉はピクリと動いた。

「…はあ?」

少女は腰を曲げて修也に顔を近づける。

「良い?これからあんたが戦うリヒトさんは名門・水上家の跡取りで、地位も実力もあんたより上よ。霊使者ランキングは22歳ながらA級2位と、早いうちにとんでもない才能を開花させているわ。だから、ついた二つ名は《早咲きの天才》。由緒ある霊使者の大会、《天野御橋御前試合》でも常に上位に入る、まさに猛者…」

「うお、やっべ!ウィ○レでメ○シ来たんだけど!久々の黒はテンション上がるわー。」

スマホを横向きにしながらはしゃぐ修也に、少女は摑みかかる。

「話を聞けー!」

 

スマホを横に置いて修也は椅子にもたれかかる。

「うん、まあ、お前の言わんとしてることはよーく分かった。要は、『あの金髪キザ野郎は体格の割にセンスだけはあって、しかも強いのです。私はあなたの負けるところは見たくありません。戦わないで、私の王子様!』っていうことだろ?」

「あんた本当に叩き潰すわよ?」

少女の威圧に修也は飄々と返す。

「お前なら本当にやりかねんな。…ま、ともかく…」

修也は立つ少女を見上げながら返答する。

「答えはNOだ。一度受けた勝負を降りるってのは俺のポリシーに反するしな。」

「…なにそれ。」

少女は修也の言葉にバツが悪そうにそっぽを向く。それを見ながら微笑み、修也は少女に言葉をかけた。

「…ていうか、いくらお前が俺の《幼馴染》で、協会内で必要な存在だからってそういうことを俺に進めるのは、ジジイどもが許さねえんじゃねえの?」

修也の言葉に少女は痛いところを突かれたかのように少し顔を歪める。

 

紹介が遅れた。

彼女の名は神宮寺 天乃(じんぐうじ あまの)。霊使者協会の中での創始家系・神宮寺家の長女。つまり、実質的な次期協会No. 1の後継ぎ、というわけだ。

創始家系の長女という肩書きの如く、その実力も折り紙つきで、現最高家系当主にも引けを取らない。

18歳ながら女性霊使者の中でも最高峰の戦力といわれ、今も全霊使者から将来を期待されている。

修也とは名家同士ということで、幼少期から現在の五年前まで交流があった。

 

修也の言及に天乃はそっぽを向いたまま黙り込む。彼はため息をついて立ち上がると、まっすぐ彼女を見る。

「とにかく、俺とはもう関わらないようにしとけ。ただでさえ今は世界中に悪霊が出没して上のジジイ共もてんてこ舞いなんだ。そんな余裕もない状態なら、下手したらお前の地位までどん底に叩き落とすのも訳ねえかもしれねえ。」

修也はさらにニ、三歩近付いてから、こう囁いた。

「…そうしたら、お前の《夢》とやらも、叶えられなくなってしまう。」

修也の言葉に、天乃は肩を震わせた。そして、少し顔を伏せて強く歯ぎしりする。目元は、少し長めの茶髪に隠れてよく見えない。

「なんで…」

依然として肩を震わせながら、天乃は絞り出したかのような声を出す。

「なんで…修也はそんなことが言えるの…?私が…大切な幼馴染のことを気にしちゃ…いけないの?」

「…俺だってこんな…幼馴染を突き放すような真似したくない。…けど、その幼馴染が、俺と関わっているせいでどん底に落ちるっていうなら、話は別だ。俺は容赦なく突き放すし、いざとなったら縁だって切る。」

修也の冷たい言葉に、天乃は首だけを動かして顔を正面に向ける。だが、俯いているため修也には表情は見えない。

「修也は…強いね。いつも…そうやって、一人で抱え込んで…。」

その言葉の後、天乃は表情を見せないまま出入り口の方に向き、歩き出す。彼女は扉の手前で立ち止まると目の辺りを服の袖で拭い、修也の方に振り返る。そして、静かに話し始めた。

「修也…私、諦めないから。…あんたと昔話した、《夢》のこと。」

「…」

修也は少ない幼馴染の目を無言で見つめる。その後、天乃は後ろに向いてドアノブに手をかけ…る直前で、手を引っ込めた。

「?」

修也が首を傾げていると、天乃は再度修也の方に振り向く。先程と違うところは…彼女の頰が少し、紅潮しているところだろうか。天乃はしばらくの間口を開いたり、閉じたりしていたが…やがて、意を決したかのように、小さな口を開いた。

「しゅ、修也!…私、頑張って…絶対に《使媒頭》(しばいのかみ)になるから!」

必死な、絞り出すかのような彼女の声。一呼吸置いた後、彼女はさらに続ける。…だが…

「そして…そして…いずれは…また、あなたと…!」

 

ゴーン!ゴーン!ゴーン!

 

『待機時間となりました。出場するお二方は、すぐに控室から各自の入場扉の前に移動してください。』

彼女の叫びは、アナウンスと鐘の音によって掻き消された。天乃はスタジアムのある方へ向く。

「そっか…もうそんな時間か…。タイミングの悪いことこの上ないわね…。」

天乃は扉を開けると、横目に見ながら修也に笑いかけた。

「もう、余計なことは何も言わない。…勝ちなさいよ、修也。」

その言葉に、修也は不敵な笑みを浮かべた。

「…ああ。応援ありがとな。しっかりと観客席で刮目しとけよ。」

その言葉を聞いて、天乃は控室を後にする。最後に、修也への可愛らしい微笑みを、口元に刻みながら…。

 

『レッデイィィィィス・アンド・ジェントルメェェェェェェン!ようやくこの日がやってきたゼェェェェエ!』

『『『ウオオオオオオオオオ!』』』

実況の言葉に観客が慟哭で答える。それによって修練場全体が大きく震えた。

『ある者は言ったァァァ!「これはただの戦闘試験だよね?違う?」、っとォォ!…違うに決まってんだろうがァァァ!!!』

そう言って実況が手を振る。すると観客全員が見える位置にホログラムが出現した。そこに映されているのは、二人の男の顔。

『今日、この試合で!かつて《天才》と呼ばれた男と、今・現在の《天才》の上下が決定する!そして何よりィ…』

実況がもう一度手を下ろすと黒髪赤眼の青年の顔のみが映る。

『この男は、これからの人生が決まるんだぜイエアァァァァァァ!』

『『『Woooow!』』』

実況は顔の前で二本の指を立てた。

『負ければ脱落者としての烙印を推されェ!勝てば前線復帰という…まさに、明確な地獄と天国だァァァ!全員刮目しておけよォォォォ!』

観客の雄叫びが修練場をさらに揺らす。

『さあ、とうとう今日の主役である二人に登場してもらおう!まず左手からァ!』

そう言って実況が左手をあげると、観客全員が西にある入場口に注目する。

静寂は一瞬。またとてつもない歓声が修練場を揺らした。

出てきたのは四肢を煌びやかな鎧で包んだ金髪碧眼の優男。腰には細く流麗な西洋刀。

その余裕ある表情が、特に女性を魅了する。

『キタキタキタァ!現・A級2位にして、名門水上家の後継ぎ!採用試練の項目を歴代2位の成績で通過した秀才!甘いマスクと美声で老人、若人どちらの女も落とす、まさに男の敵!この戦闘はいったい何人の女が犠牲になるのか⁉︎《早咲きの天才》!リヒトォ・水上ィ・シュバイティィィィィィン!』

観客があげる歓声。それにリヒトは…

「ハハッ…ありがとう、ベイビー達☆」

とろけるような美声とウィンクで返した。

たちまち、観客のところどころが倒れていく。それと同時に黄色い声援も湧き上がった。

『はいはい、救急隊の皆さん、担架お願いしますねー!…さて、恒例とも言える光景が済んだところで、この男の対戦相手をご紹介しましょう。私の右手をご覧くださァい!』

その声と同時に黄色い声援や憎たらしい視線を巻き起こしていた観客達が一斉にその方向を見た。もう一つの、入場口を…。

やがて、人影が現れる。歩く度に揺れる、派手な赤いコートの裾と黒色の髪。口元には不敵な笑みを浮かべ、眼は炎のように紅く揺らめいている。その顔を見て、リヒトは挑発的な笑みを浮かべる。そんなリヒトを、黒髪の青年は確かに見据えていた…。

 

「そろそろか…。」

そう言って修也は、手元に持っていたスマホをポケットの中に入れる。

小さな空間を使って準備運動をする主人に向かって、今は体の中にいる琥珀が話しかける。

『なあ、我が主人よ。あの小娘とお前様はいったいどういう関係じゃ?』

その言葉に、修也は苦笑しながら答える。

「どうもこうも、お前なら俺の記憶を見れば済むだろ。」

『いやはや、こういうことは本人の口から直接聞いた方がいいと思ってのう。…で、どうなんじゃ?』

琥珀の言葉に修也は微笑を浮かべた。

「いらねえところでプライバシーは守るんだな…誰目線なんだかな、まったく…。答えとしては…まあ、普通の他人ではなかったよ。赤の他人ってわけでもなかったし、家族かと言われると…そうでもなかった、かな。そんな関係。」

その言葉に琥珀は『うん?』と困ったような声を上げる。首を傾げているのだろうか。

『どういうことじゃ?もっと詳しく教えてくれんか?』

琥珀の問いに、修也は返す。

「残念だけど、時間切れだ。もうそろそろ入場しなくちゃな。」

そう言って修也は赤い布…いや、琥珀お手製の赤いコートを具現化して、紺色のシャツの上から袖に腕を通す。

そして黒い刀を、同色のズボンの腰に吊る。

最後にスマホをロッカーの中に入れて鍵を閉めて、入場口に向かう。

…その道中で、修也は琥珀にこう言った。

「なあ、琥珀…」

『ん?なんじゃ?』

「ただでさえ短気なお前に、これだけは言っとく。」

『失敬な!短気で悪かったの!』

修也は琥珀がアホ毛を立たせながら怒っている様を想像しながら「あははは」と笑い、そして静かにこう言った。

「たとえ俺がどんな扱いを受けようとも、キレて観客だけは巻き込むなよ。」

『…』

先程とは打って変わって、黙り込んだ琥珀の返答を修也は待つ。

…やがて、琥珀はため息をつくと…

『承知した。我が主人の命令とあらば。』

その言葉に修也は「よし」と頷く。

修也は開き始めた鉄格子の扉を凝視する。

黒光りする鋼鉄の向こう側に広がるセメントのフィールド。修也は、そこに向かうためゆっくりと足を階段の部分に踏み出した。

 

青年は、黒いズボンのポケットに手を突っ込んだまま、入場してくる。

実況の男はその姿を見て、面白そうに口角を上げると、大きく息を吸い込んで…

『続いて現れたのはァ!我らが霊使者協会の家系の中でも、最上位家系として名高い《桐宮家》の長男ながらァァ!相棒殺しという大罪を犯しィ、戦力外通告を受けた男ォ!かつては《神童》と呼ばれ、霊使者中の期待を集めた輩がァァ!今日!この《天野御橋修練場》に帰ってきたァァ!その男の名はァ…!』

実況の男は空気を入れ替えるかのように息を吐き、もう一度吸い込む。

『《神童》!《万能者》!《世紀の大罪人》!桐宮ァァァァ…修也ァァァァァァ!』

『『『ウオオオオオオオオオ!』』』

実況の熱のこもった観客の熱気が上乗せされる。しかし、そんな観客の声の中には…

『Boooooooo!!』

『引っ込めー!』

『薄汚え大罪人が!この神聖な修練場に足を踏み入れてんじゃねえよ!』

…などといった冷めた声も過半数入り混じっている。だが、それも当然なのだ。実況が言った通り、修也は最も重い罪、《相棒殺し》を犯した大罪人ということになっている。すると自然と批判は集まってしまう。

そんなことを意にも介していないのか、目を閉じたまま修也は中央に歩いていく。

そんな彼の姿を見て、リヒトは挑発的な笑みを浮かべる。そして、近づく彼に話しかけ始めた。

「お久しぶりですね、修也さん。」

二人は名家の長男。もちろん稽古などで面識もある。

「いやはや、大罪人として協会の上の人間からも蔑まれているあなたが復帰するかもしれないと聞き、驚きましたよ。相変わらず無鉄砲な人のようだ。」

リヒトは十数メートルほど歩いて、修也をほぼ0距離から見下す。修也は動かしていた足を止める。

「確かに僕はその昔、あなたに世話になったこともあった。ですが、あなたのような大罪人に出番は必要ないのですよ。…今日の僕は、試験だからと言って手加減はしません。かつて実力を認められ、あなたにつけられた《神童》という二つ名…僕があなたから剥奪しましょう。そして、認めさせるのです。僕の方が、上だということを。」

リヒトの言葉に修也は俯かせていた顔を上げ、まっすぐと彼の青い瞳を見つめる。青と赤の視線が交錯する。

「…別に俺とお前の優劣になんざ興味はねえ。ただ、俺にも《目的》はあるんでな。それの達成のために、ここで躓く訳にはいかねえんだよ。」

言葉の後、リヒトは薄く笑う。

「あなたの復帰してでも達成したい目的…興味がないことはありませんが…僕にも現A級2位としてのプライドがあります。今日は試験などとは関係なく…」

リヒトは腰のバッグパックから1枚の紙を取り出した。リヒトはそれを顔の前に翳すと…

「全力で、勝ちに行きます。」

そう、修也に宣言した。

それと同時にリヒトは札に霊力を込めていく。その光景を見ながら、修也は内心呟く。

『あっ、思い出した。あの札…式神製作用のやつか。』

その瞬間。修也の目を眩いほどの光が包む。炎のような猛々しい光でも、太陽のような優しい光でもない。全てを貫くかのような、鋭い光…

すると、その光の中から《それ》が徐々に姿を現す。

まず見えたのは、蒼色の鮮やかな鱗。それに包まれた全長では100メートルはあろうかという長い体躯を、柔らかくカーブさせている。何より特徴的なのは鼻先から伸びる長い二本の髭と、口内の鋭い牙。

『あれは…まさか…』

修也がそこまで思考した時、リヒトは上げた腕を、振り下ろす。そして、一言。

「行け、《青龍》。」

リヒトの小さな、しかし確かな声に青色の龍は雄叫びで答えた。その声に、修練場の壁と観客席は大いに揺れた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近忙しいなー。SAOも書けてないし頑張んないと。
感想と評価、お願いします(^_^)ノ


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第9話 反撃開始

式神というのはある特殊な札を使って呼ぶ必要がある。ただ、その札の数が少ない訳では無いのだが、式神を使っている者はかなり少ない。
何故なら、まず式神の札を作る工程、ここから成功率が低いからだ。式神の札には白紙ではなく、霊力を込めた墨を使って文字を書くのだが…自分が作りたい式神の姿形を文字を書いている間《書き終わるまで》考え続けなければならない。文字を書き終える常人の平均的時間はおよそ1時間。その間、コンマ1秒たりとも思考を途切らせてはならない。
そんな、熟練の霊使者でも手こずる作業を、リヒトはなんと1発で成功させた。しかも強さがランダムに設定される式神で、最強クラスのものを1発で引き当てるなどというミラクルも起こした。
彼が《天才》と言われる所以だ。
そんな若手上級霊使者を相手に、修也が一体どのような戦いをするのか…気になるものは観客に多数いた。


「グオオオオオオオオアアア!」

修練場を揺らす程の咆哮をあげながら突進してくる龍の式神…《青龍》を、修也は横ステップで危なげなく回避する。

避けられた青龍は壁の手前で旋回し、さらに修也を追って体当たりを試みる。

ここから、一人の人間と一体の式神の長い鬼ごっこが始まった。

青龍の体当たりを修也が横ステップ、またはジャンプで回避。これの繰り返しがかなりの時間続いた。

「グラァッ!」

ピッ!

「ゴアッ!」

ピシュッ!

「ギュアッ!」

ピュッ!

その攻防の間、修也は3度顔などにかすり傷を受けた。そんな中、修也は思考をフル回転させる。

『…速さ自体はCとかそこらだけど、瞬発力が半端ねえからそれでカバーしてやがる…。おまけにパワーがA+、鱗のおかげで耐久もA近い…厄介だな、この式神…。』

龍の猛攻をスレスレで回避しながら龍の仮定・ステータス表を頭の中に構築していく。彼の戦闘はいつもこれを構築していくところから始まる。

この表を元に彼は戦略を組み立てていくのだ。無論、時々修正しながら、ではあるが…

「…うん、これで行こう。」

数秒後、ようやく修也は左腰の黒刀を鋭い音とともに鞘から引き抜く。

その刀を上段に振りかぶり…

「…オラァ!」

突撃してくる龍の鼻頭に叩きつけた。

ピシッという音と共に鱗にひびが入るものの、まだその内部に傷は付いていない。さらに、衝撃によって修也の体が少しばかり宙に浮く。しかし…

「…ッ!」

無音の気合いと共に修也は両手に力を込める。すると刀と龍の接触点を軸に修也の体が一回転する。そして龍の青い体表に着地する。

それと同時に猛然と龍の上を駆ける。丸い体によろめきながらも、駆けていき…

100メートル程で大きく飛び上がる。その下にいるのは金髪碧眼の青年。そう、彼の狙いは元から使用者の方だったのだ。

リヒトは西洋刀を素早く引き抜き左腰に構える。修也はこれも上段に振りかぶった。そして…

「フンッ!」

「ハアッ!」

彼らの刀が激突する。

衝撃、轟音。

あまりの衝撃にリヒトの足場に少しだけヒビが入る。両者ともに力負けしないように両手で刀の柄を握る。

 

元々、リヒトは全力を出すつもりは毛頭なかった。協会から渡された相手のステータス表を見た時に、彼は考えた。簡単に、本気を出さなくても勝てると。だが…

修也の放つ霊力の大きさが、彼の意識を変えた。修也と相対したリヒトは、一瞬で感じ取った。今の、修也の《強さ》を。

元々、センスの塊のような男ではあった。幼い頃から剣技で大人と競り合い、術について本業のものに聞くと1週間後にはそれを習得していた。熟練の霊使者達も誰もが彼に期待した。…故に、リヒトは修也に嫉妬した。

そんな、今《天才》と言われている者が嫉妬した強さの上に《吸血鬼》としての強さも上乗せされたのだ。その力は、協会の見立てたものなど簡単に覆す。

 

「…ッ」

後ろから迫る龍に気づいた修也が横ステップでリヒトと距離をとる。すんでの所で龍の攻撃を回避した修也は風の霊術で距離をブースト。両者の距離が一気に離れる。

リヒトはそれを追いかけようともせず、黙って修也を見つめる。そのまま、ゆっくりと自分の刀を上段に構えた。

修也はそれに下段へと構えて答える。

『…儂はまだ必要ないか?我が主よ。』

修也の脳内に聞き慣れた声が流れる。修也はそれに、同じ思念で返した。

『これは俺の戦闘能力を測る試験だからな。もう少し俺だけでいく。』

『…了解じゃ。』

その声と共に琥珀は声を発さなくなる。修也はそれを確認すると、リヒトを見据える。

…と、あることに気付く。

『…龍が、いない…?』

その疑問符を浮かべた、直後。

今まで照明で照らされていた頭上に、いきなり影が落ちる。修也は反射的に上を向く。

その目は…高く舞い上がる、青龍の姿を捉えた。

『いつの間に…!』

心の中で毒づきながらも、修也はさらに青龍の口から青色の光が漏れていることに気付く。観客はその青龍の姿に魅了されていた。

「我に仕えし蒼き龍よ。汝の身に宿りしその力で、全てを押し流せ…!」

リヒトの唱える詠唱で、修也は瞬時に判断する。

『霊術…!』

修也はすぐに刀を自分の目の前で縦に構える。そして、その刀に風の霊術を纏わせる。

「《水流波奏》!」

それと同時に、青龍は渾身の霊術を発動させ、リヒトはその技名であろう単語を高らかに叫んだ。

青龍の体内に溜められた水の霊術が一気に放出され、修也に向かって襲いかかる。

一方修也はといえば…

風の霊術を刀に纏わせたまま黒刀を柄を軸に回転させていく。

ヒュンヒュンヒュンヒュン…

修也の鼓膜を刀から発せられる風切り音が揺らす。そして、あっという間に刀の《円盾》が完成する。

桐宮流剣術《風》の型五番《光円守盾[風]》。

修也は左足を後ろに引き、迎撃体制をとった。そして、数秒後…

「…!」

全てを押し流す最強クラスの霊術を、修也は刀1本で迎え撃った。

 

凄まじい霊力のぶつかり合いに殆どのものが目を細め、顔を背ける中、2人だけ平然と試合を見つめる者達がいた。

採点席に座る、茶髪ロングの少女と、長髪メガネの男性。採点者である2人…天樹 新と神宮寺 天乃はしっかりと修也の戦いぶりを見守る。

立場の違う二人は、天樹から唐突に話しかけた。

「ねえ、天乃ちゃん。」

「その呼び方、やめてくれません?」

まさかのいきなり一刀両断。だが、天樹は笑いながらなおも話しかける。

「天ちゃん?」

「却下」

「あまのん?」

「却下」

「あまあま?」

「却下…って、しつこいです!」

そう的確に、かつ修也からは目を離さずに天乃はツッコミを入れる。天樹はいつも通り「あはははは」と笑って頬杖をつく。

「天乃ちゃん、君の幼馴染みの彼。君から見てどう思う?」

もはや呼び方には何も言わず、天乃は律儀に思っていることを話した。

「遠目から見るだけでは全てはわかりませんが、やはり修也…桐宮君が水上様に勝つのは難しいのではと思います。」

「ふむふむ、その根拠は?」

天樹のさらなる問いに少し顔を顰めつつも、丁重に答えた。

「霊力、体術、剣術に関してだけ言えば完全に互角…というか桐宮君は《桐宮流剣術》の技をまだ一つしか出していません。この3つは比べようにも情報が少なすぎますから。決定的な差は…」

天乃は青い鱗を持つ龍の式神に目を向けた。

「式神の有無、ですかね。」

天乃はそう言ってため息をつく。

「水上様のあの式神…初めて拝見しましたけど、噂通りかなり高ランクの式神ですね。しかも使用者とのあの連携…生半可な攻撃では崩せないでしょう。」

天乃は「私でも倒せるかどうか…」とボソリと呟く。天樹は「確かに」と声を出す。

「あの式神とリヒト君の連携はかなりのものだよねー。同クラスの式神、もしくは1人であの1人と一体を超える戦闘力を持った人しか倒せないだろうね。そして、残念ながら…彼にそれほどの実力はまだない。」

その直後、修也の剣と青龍の霊術の接触点がいきなり大爆発を引き起こした。とてつもない風圧が観客に襲いかかる。多量の土煙が戦場を覆った。

その煙はしばらく観客の視界をも奪っていたが…やがてそれも晴れていく。そして、観客はリヒトではなくもう片方…修也に目を向ける。

まず、彼の体は…吹き飛ばされ、壁に激突していた。その衝突点を中心にクレーターができ、黒刀は体の近くに転がっている。

その様子に実況の男は…

『き、き…』

自身の体を大きく戦慄かせ…

『決まったあぁぁぁ!桐宮修也に水上・リヒト・シュバイティンの大技が炸裂うぅぅぅ!なんという威力だあぁぁぁ!』

その実況と共に観客の大歓声が響き渡る。会場の過半数が歓喜の声を挙げる。

その光景を煩わしそうに天乃は見つめる。天乃はため息をついて、服も、その内部の体もボロボロになっている修也を見て、思う。

『もう、限界ね…』

天乃は目の前の机にある採点用紙に万年筆で記入を…

「まあまあ、ちょっと待ちなよ。」

…しかけたところで、横から声がかかる。天乃は横も見ずにため息をつく。

「…待たなくても、見れば分かるでしょう?あの体では到底戦えません。」

そう言って、天乃は顔を歪めた。

「…無論、彼が霊使者として復帰してくれるなら協会としてはかなりの得になりますからそれなりの評価を…」

「だから待ちなって。」

天樹は再度天乃を引き止める。

今度はさすがの天乃も天樹を睨みつけた。

「いい加減にしてください。あの状態からいったいどうやって期待しろと?逆転するどころか、もう持ち堪えることすら限界のはずです。」

そう言いながら座り込む修也を、天乃は見つめる。頭は土煙で汚れ、ティーシャツとジーパンは所々を切り裂かれ、その下にはかなりの量の傷口が見て取れる。かなり深いものもあるようで、血が止まる気配がない。

天樹は頬杖をつき、天乃に話しかけた。

「そうは言っても…彼は君の大切な幼馴染だろう?」

「…」

その言葉に、天乃はじっと黙り込む。

そして、少し間を置き…ゆっくりと口を開いた。

「…ええ。大切な、たった一人の幼馴染です。…だからこそ、これ以上あんな姿は見たくないんです。」

天乃の消え入りそうな声に、天樹は怯まず発言した。

「大切な幼馴染だからこそ、それは間違ってるんじゃない?」

その言葉に、天乃は横を向く。視線の先には、いつも通りの皮肉混じりの笑顔。

「大切な幼馴染だから、一番理解し合っている相手だから…信じて見守るのが大事なんじゃないの?柄にもないこと言うけどさ。」

言葉が終わった後も、天乃は天樹の横顔を見つめ続けた。その横顔に刻まれた、かすかな笑みは…どこか…寂しげで…

その瞬間、観客がざわめき出す。天乃は反射的に、修也の方に目を向けた。天樹のあの顔も気にはなったが、まずは観客がざわめきの理由を知りたかった。

そこには…

「…………」

体をフラつかせながら立ち上がる、幼馴染の姿があった。彼の手には、いつのまにか黒刀が収まっていた。そして…

「おっ、ようやくお出ましか。」

天樹は興奮のあまり喜びの声をあげる。

天乃は、修也の横にいる少女…

「いえ、あれは…まさか…!」

…否。《妖》の存在に、目を剥いた…。

 

『…聞こえるか?我が主人よ。』

思念によって、修也の頭は一気にクリアに戻る。彼は顔を俯かせたまま、返す。

『ああ、聞こえてるよ。俺の従霊の、可愛らしい声が。』

『軽口を言えるなら、まだ余裕じゃな。』

そう言って、琥珀は微かに笑うと修也に問う。

『…それで?そろそろわしの出番かの?』

その言葉に、修也は血の味がする口を…口角を、少し上げた。そして、ため息一つ。

『…そろそろ必要かもなあ…。ま、《予定通り》ではあるけど…。』

それを聞いて、琥珀は喉を鳴らした。

吸血鬼らしい笑い声が修也の頭の中に響く。

『あんな威力の技を喰らっておいて予定通りとは、よく言えたの。…協会が渡してきたあやつの《ステータス表》、完全に偽物…偽造されていたじゃろ。』

その言葉に、修也は苦笑する。

『だから一番最初に仮のステータス表頭で構築しなきゃならなかったんだよ。協会内の対人戦じゃ、本物のステータス表が事前に渡されるからほぼないのに…。』

ため息一つ。

『で、それも予想してたんじゃろ?』

『…そらそうだろ。俺みたいな犯罪者にまともな資料渡す方がバカってもんだ。』

修也がそう言うと、琥珀は大声で笑った。その笑い声はやがて思念から、空気の振動へと変わる。修也は声のする、自分のすぐ左側へと視線を向けて、もう一度苦笑した。

「…何も言ってねえのに出てきたな。」

「余計だったか?」

八重歯を出して微笑む琥珀に、修也はさらに微笑する。

「余計だ…と言いたいとこだけど、さすがに強がりだな。」

「よいしょ」と言いながら膝に手をついて修也は立ち上がる。そして、静かに首を鳴らす。

「…で、どっちに行きたい?」

修也の言葉に琥珀は嬉しそうに口角を上げる。

「儂はあちらのキザ男をやってもいいんじゃが…久しぶりに《龍狩り》がやりたくなってきた。あっちの青いのを相手しよう。」

「…お前、400年前何してたの?」

修也が琥珀に引きつった笑いを浮かべ、琥珀は「気にするな」とそっぽを向く。

そこで修也は土煙が既に薄れていることに気づく。恐らく、琥珀の姿を見た観客がどよめきの声を上げているだろうが、修也にはその音は聞こえていない。

彼の意識は、リヒトに向けられていた。

「…さて、そろそろ行くか。訛ってねえだろうな、変態吸血鬼?」

「…そちらこそ、儂があのトカゲを倒している間にお前様が倒されたら元も子もないぞ?馬鹿主。」

琥珀の言葉に修也は目と口だけ向けて静かに微笑むと、転がっていた刀を持ち上げる。

琥珀も、ゆっくりと戦闘態勢に入る。

「さあ…」

修也の目に赤い光が点る。同時に刀に巨大な炎がまとわりついた。そして…

「…反撃開始だ!」

琥珀だけが、地を蹴った。

修也は精神を集中させる。リヒトとの戦いに勝つ、確実な方法をとるために…

 




遅くなってごめんねー。いやー試験もかなり熱くなって…きた、かな?わかんねえや。まあ、みんなが楽しめたら幸いです。また次回。またね!


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第10話 切り札

「フハハハハハ!」
琥珀は手を宙に掲げて哄笑する。…その直後、彼女の周りに高密度の炎の矢が出現した。その数…およそ50本。
そのひとつひとつが(簡単に言うと)家屋2〜3棟を消し炭にできる威力を持つ。
そんな、霊使者協会の中で最高ランクの術師でさえ困難な芸当を、琥珀は哄笑ひとつで簡単に実現させる。
…数百年間、誰も刀を抜けなかった理由がこれで理解出来ただろう?
「グガアアアアアアア!」
だが、そんな光景を前にしても、青龍は勇敢にも威嚇という行動に出る。琥珀はそんな式神を興味深そうに見下ろした。
「ほう…主の指示に従うただのトカゲ型でく人形かと思ったが…認識を改めよう。」
琥珀は吸血鬼らしい、邪悪な、しかし魅了に溢れた笑みを浮かべた。
「ゆくぞ、《アオダイショウ》!」
…そんな、認識を改めたか微妙な名前を叫びながら…


リヒトは横目で自身の式神の戦況を確認する。

『…桐宮修也が出した妖にかなり苦戦してるみたいだな…。霊力の量からして…かなり高ランクの妖であることは確かだけど…』

リヒトは高位霊術《看破(ブレイクスロウ)》を発動して黒髪黒眼の少女の姿をした妖の正体を探ろうとするが…。

『看破できない…?余程高位の妖を手懐けたみたいだな…。』

そこで、彼は自身の対戦相手が、半径30メートルの範囲に近付いて来たことを、先程から張っていたレーダーで感知する。

 

彼が作った霊力によるレーダーは、霊術師寄りのものならば使えて当然の基礎霊術である。だが、リヒトのように剣術使い寄りのものはほとんど覚えていない。何故なら、それを覚える余裕がほとんどないからである。

普通の霊使者はおよそ7歳の時に才能の片鱗が現れてくる。霊術師寄りなら、すぐに霊術の詠唱を暗記できる者、内包霊力量が多いもの。剣術使い寄りなら体使いが上手い者、筋力密度が高い者。人によって特徴は様々だ。まあ、普通ならこの1つに全て当てはまり、その他の必要な能力を年々育てていくものである。

 

…しかし、リヒトは違った。

彼は霊術師、剣術使いどちらにも適応できる体を持って産まれていた。このような現象は極めて珍しい。リヒトは一流の剣術使いである父と霊術師の母の間に産まれた。彼はその2人のいい所だけを受け継いだサラブレッドなのである。それが、齢22ながらもA級2位というランキングを守り続けている所以だ。

彼のレーダーが修也を捕捉した直後、彼はすぐに霊術を編み上げる。

水上家は水を司る家系である。5属性の中で水属性の霊術を扱うのに最も長けている。

リヒトは瞬く間に数十本の水の矢を作り出した。流麗な青色が鋭利に光る。

「《アローレイン》!」

それらを同時に頭上に投擲。青い光が修也に襲いかかる。それを見ている全ての者が、光が修也を貫く光景を幻視する。…だが…

 

ボシュッ…!

 

そんな音と共に青い光は一瞬で四散した。しかも何やら分裂した訳では無い。実際修也の周りには白い空気がうっすらと漂っていた。

『《蒸発》した…?だが奴は術式を編んでいない…もしや…』

リヒトはもう一度《看破》を発動。それにより修也を囲む、《火》属性の薄い《膜》を感知する。

リヒトは薄く笑った。

『小癪な真似を…砂煙に囲まれていた内に編んでいたのか…』

防壁の術式を編むこと自体は難しいことではない。それこそ霊術師ならば最初に覚える基礎霊術だし、剣術使いでも霊術を覚える余裕のあるものも確実に初めに覚える簡単な霊術だ。

だが、それでも見えないほど薄い膜を作るとなると話が違う。元々は《壁》を前方に作り、その後自身又は対象のものを守るためにその壁を体躯を包む《膜》に変える。つまり、防壁を防膜に変えるだけでかなりの技術を要する。その上、膜を見えないほど薄くするには多大な霊術分子操作能力が必要となる。まず、普通の剣術使いなら無理な芸当だろう。だが、修也はそれを可能にした。その事実に、リヒトはもう一度薄く笑った。

「流石は《神童》と呼ばれたお方だ。普通ならば無理な芸当をこんなにも簡単に実現するとは…相変わらず貴方の術、先程見せた剣術。どちらも美しい…だが…」

リヒトは修也を人差し指で指した。

「その美しさに、《貴方自身》の美しさが追いついていない。大罪を犯し、ただの気まぐれで前線に復帰しようなど…」

リヒトは剣を上段に構える。修也は刀を横に下げたまま、ただ佇む。

「今の前線を、舐めないでもらおう!!」

 

ピウッ!

 

まるで鞭が放たれたかのような、軽やかな音。それと同時に一筋の水流が宙を滑る。それと同時に、修也の脇から血が溢れる。

「…ッ!」

彼は顔を顰めて脇腹を抑えた。すぐに回復霊術で患部を治療する。だが…

「シッ!」

すぐに流水と化したリヒトが襲いかかる。

彼の剣は彼の二の腕部分を浅く抉る。修也はよろめきながらも何とか踏ん張る。しかし…

 

シュッ!

 

「チッ…!」

背後から更にリヒトが遅いかかった。

修也は攻撃から逃れようとしたのか、回復を二の次にして横ステップで回避しようとする。しかし、その行動は途中で終わることとなる。

「…ッ」

滞空中に衝突した壁のようなものに修也の回避行動は遮られる。それは…水属性の防膜。

少し行動が止まった瞬間を…リヒトは狙い撃った。

「フン!」

リヒトの横薙ぎが、彼の体をさらに抉った…

 

リヒトの技。名を《鳥籠の処刑(バード・エクセキューション)》。その名の通り、相手を自身が作った巨大な防膜…鳥籠に捕らえ、その膜を足場とした予測不可能な動きから攻撃を繰り出す。さらに足から風属性の霊術をバーストする事によって速度を上げる。この鳥籠に捕らえられた者は抵抗虚しく確実に敗北する。それこそ、籠に迷いこんだ鳥のように…

 

「フッ!」

数十回に及ぶ攻撃の後、修也はようやく膝をつく。その光景に、観客を歓声を上げた。

『な、なんという攻撃だアァァァァァ!凄まじい攻撃についに桐宮の方が膝をついたァァァァァア!リヒト、このまま畳み掛けるかァァァァァア!?』

解説にも熱が入る。…いや、最初からこんな感じだった。…まあそれは置いておこう。

ともかく、観客やリヒトの家系の者達はリヒトの勝利を信じて疑わなかった。何故ならこの技に捕えられればほとんど逃げ場はないからだ。あるとしても半径10メートルほどの膜内だけ。たとえ1回避けたとしても少し動きを止めただけで狙い撃ちされる。

まさに、必勝の術式。

だが…

「…」

リヒト自身は違和感を抱いていた。

確かに、圧倒していた。それは確かだ。

だが、彼は初手やその後の数手は試合を長引かけるために意図的に軽く抉っただけにした。その後は確実に倒す…戦闘不能にするつもりで確実に深く抉ろうと狙っていた。

「…」

それでも、倒せなかった。膝をつく?それがなんだ。彼は膝をついても、地には伏せなかった。つまり、戦闘不能ではない。

彼の中では腕は落とせないでも、まったく深く抉れなかったのは予想外だった。

『けど、俺の必勝は確実だ…。ここで畳み掛けるか…?』

リヒトはそう思って修也に1歩近付く。

しかし、2歩目はない。修也が話しかけてきたからだ。

「…流石だな…リヒト。」

「…」

リヒトはそれに無言で答える。

「昔とは訳が違う…か。やっぱ一緒に修行してた頃とは次元が違うな…。」

「…それはそうでしょう。もう5年も前のことですから。」

修也はその言葉に、喉を鳴らして笑う。

「随分…律儀に返してくれんだな…」

「…あなたとはこれで最後の会話になるでしょうから。少しのお情けです。」

修也は再度、笑う。そして…

「そりゃありがてえ…。けど…」

直後、修也の霊力が膨れ上がった。その霊力の量に、リヒトは目を見開いて驚愕する。

「これからも、お喋りしようや。」

彼は、顔を上げた。地につけている右手には、いつの間にか札が握られていた。それは、リヒトも使った…式神を召喚するためのものだった。

その札に、尋常ではない霊力が注ぎ込まれる。

「バカな、この霊力量…青龍と同等…いや、それ以上の…!」

リヒトは目を見開く。修也は、獰猛に笑った。さぁ、出番だ…

「存分に喰らえ…!」

札から、とてつもない光が発せられた…!

 

「フハハハハハ!」

琥珀は手に持った剣で青龍の氷の矢を叩き斬る。破砕音と共に光る粒が宙に舞う。

「よい、良いぞ蛇!こんなにも楽しい戦いは400年ぶりじゃ!」

琥珀は宙を蹴る。青龍に向かって思いっきり斬りつけた。

「グガ…ッ!」

耳をつんざくような音の後、青龍の鱗の3つ4つが弾け飛ぶ。

かの龍の状態は良くない。所々、堅固な鱗は弾け飛んでいるし、その他の鱗もヒビが入っていたり琥珀の炎の霊術によって焦げたりしている。内包された霊力の量も既に多くはない。

「グルル…」

琥珀と距離を取った青龍は力無く鳴く。

恐らく、目の前の少女には勝てないと青龍は考える。自我を持つ青龍は、自分で考えて行動することが出来る。これまでの任務でも、いかにリヒトの役に立ち、勝利に導けるか考えて行動してきた。

そして、およそ3年に及ぶ付き合いの中で、勝てない相手に対して行う行動は、既に決まっていた。

「グアア…!」

青龍は中に秘めた霊力を口に溜める。それをすぐに霊術へと変化させていく。

「グルル…」

『もう、霊力がなくなっても構わない。全ては、我が主の勝利のために…。我の仕事は、この者の足止め…ならば…!』

青龍は一瞬の硬直のあと、口内の多量の霊力を秘めた霊術を吐き出す。青龍の全てをのせた一撃。

「なぬ!?」

これは琥珀も予想外だったのかすぐにガードするが、その一撃はそれを容易くすり抜ける。そして、極寒のブレスが琥珀を包み込んだ。一瞬で彼女の体は氷に包まれた。

青龍の奥の手、《氷結昇波》。

相手を凍らせ、そのまま体温を奪いゆっくりと死に近づかせる水属性の霊術。この技の前ではあらゆる防御は無効化される。

『恐らく彼女を殺すのは無理だとしても、主が倒すまでの時間稼ぎ位は出来るだろう…』

もはや虫の息になりながら青龍は考える。これは相手を凍結させる。故に、時間稼ぎくらいにはなるだろうと踏んだのだ。青龍は主の戦いに目を向けた…

 

ピシッ…

 

囁かな破砕音に、青龍はその発生源に目を向けた。

嘘だろ…。

そんな思考が青龍を満たす。…だが、結果はその思考を裏切った。

琥珀を包む氷に無数のヒビが入り…そして。

破砕音と共に一気に弾け飛んだ。

青龍の切り札が、一瞬にして破られたのだ。

琥珀は妖艶な笑みを浮かべて尚も宙に浮き続ける。その余裕たっぷりな笑みを見た瞬間、初めて、青龍を絶望が染めあげた…。

 

「ナー」

そう鳴くのは、修也の肩に乗った小さな生物。少し茶色い薄毛と、主人に似た紅い目。そして、所々の毛が赤い炎となっており、空気を焦がす。

修也が召喚したこの生物は、《炎狐》という高位幻獣である。

元々幻獣というのはこの世とは違う世界、俗に言う《あの世》に住む生物であるが、式神というのはそれらを《実際に》召喚することが出来る術式である。何故そのようなこの世とあの世を結ぶような術式が広まっているのか、それは誰にもわからない。しかし事実、才ある霊使者は札をかいしてではあるが、あの世の門を開けるのである。

…話を戻そう。

リヒトやほかの観客は、その炎狐が出てきた途端、急に静かになる。別に修也が全員に催眠の術をかけるとかいうそんな漫画みたいな理由ではない。全員、ただ呆気に取られている。それだけだ。

『バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカな!』

リヒトは混乱のあまり脳内でそう繰り返す。

彼の《看破》は的確に見抜いた。炎狐の持つ、霊力の大きさを。

修也の肩に乗った炎狐は前脚を舐めて毛繕いする。そんな、少しの動作でさえ空気が揺れる。リヒトの張った膜が軋んでいく。

「おー、よしよし。悪かったな、数ヶ月出せてやれてなくて。」

笑いながら修也は頭と顎を撫でる。それに甘んじる様はまさにそこら辺にいる猫のようではあるが…霊使者には、《化け物》にしか見えていない。

『バカな…何故、桐宮修也がこんな化け物を召喚出来るのだ…!』

リヒトが歯軋りする様を見て、修也は尚も炎狐を撫でながら笑いかける。

「お前のことだ。どうせ俺がこいつを召喚出来るようになった理由を考えてんだろ?」

まるで心を読んだような的確な指摘に、リヒトはさらに力を込める。修也は炎狐を横目で見る。その表情は、どこか悲しそうで…

「こいつを作ったのは俺じゃあない。俺の…両親の忘れ形見だ。お前が式神を使って戦うことは事前の調べでわかってたからな。その式神に対抗出来る式神が必要だったんだ。」

「元々は琥珀を戦闘に参加させるつもりは無かったからな」と、修也は笑う。

「こいつは俺の両親がいつも任務に連れて行ってた。そのせいか頻繁について行ってた俺の顔も覚えててな。短時間で仲良くなれたよ」

炎狐は全長20センチにも満たない体でジャンプして同調するかのように「キューン」と鳴く。

「こいつは公式には高位幻獣ってことになってるけどさ、それは《野良》だった時の話だ」

使役した式神なら、その範疇ではないと修也は言う。

「それ相応の霊力を注ぎ込めばこいつは、超高位幻獣にすら、《化ける》。」

お前は詰んだのだと、修也は冷たい笑みと共に言い放つ。

リヒトはそれにさらに口に力をこめ、とうとう歯が欠ける。口から血が流れても、彼は気にしない。ただただ、敵を見すえた。

「…それがなんです…?貴方の属性は《火》。僕の属性は《水》です。原理的には僕の絶対的有利にその式神の分が乗っかっただけ。あまり調子に乗ると、痛い目を見ますよ…?」

その言葉に修也は顔を伏せて鼻で笑う。それは、嘲笑。

「ああ、その通り。俺は家系故に《火》属性が優先属性だ。《それだけなら》お前の有利は確かにあったかもしれない。」

「…何が言いたいんです?」

修也はなおも笑う。

「なあ、リヒト。一つだけ教えといてやる。」

そう言うと彼はゆっくりと手をあげて、その掌の上に青いひとつの球体を作り出した。気泡も入ったそれは、間違いなく《水》の霊術で作りあげた力の塊。

あれに《火》の霊術などをぶつければ生半可なものではすぐさま消火され、空気中に霊力となって拡散してしまう。

…だが、炎狐はそんなことは気にしていない(実際そうかもしれないが)かのように、それを見上げると…火を吐きその球体を包み込んだ。

「《火属性の霊術は水属性の霊術に不利である》。そんな教えはなぁ…」

やがて掌の上で燃え上がる火は、みるみるその大きさを小さくしていき…最後には、彼の手でチロチロ燃える小さな火へと変貌していた。

「いついかなる時も、正しいとは限らねえんだよ。」

怖いくらい爽やかな笑顔で、修也は告げた。

 

「グオオオオオオオオ!」

所々にヒビが入り、壊れかけの体で青龍は最後のあがきに出る。最後の力を振り絞った体当たり。体の端々が崩れながらも、その体はとてつもない威力を秘めた風となる。

それを、琥珀は静かに見下ろす。

「主のために命を賭す、か…。まるで見本のような式神じゃな。」

そう言って、突進する青龍に向かって手をかざす。瞬間、琥珀の着物が消失。代わりに黒いタンクトップワンピースへと変化した。

それと同時にかざした手に集まる黒い瘴気。

「さらばじゃ。また、楽しもうぞ。」

そう言って、琥珀は力を解放した。

「《ヘル・メロディ》!」

修練場の一端で巻き起こる漆黒の嵐。それは無慈悲に青龍を飲み込んだ。

「グオオオオオオオオ…!」

青龍の断末魔は最初こそ激しかったものの、やがて弱くなる。

そして、嵐が消えたと同時に…青龍は、札のみを残して、消失した。

「やれやれ、力を調整するのは久しぶりじゃ…これから慣れていくしかないの。」

琥珀は掌を見ながら、ため息をつく。

「まさか…本来の力の《数パーセント》しか出せぬとはな…」

そう、今の戦いを見ていたものなら弛緩するであろう言葉を呟いた。

 

「オオオオオオオオ!」

リヒトの怒声と共に、空中に現れる無数の鳥。その1匹1匹が刃物のような鋭い羽を持つ。勿論、当たればただでは済まない。

名を《水刃鳥の舞》。

高位霊術師のみ使える、水属性霊術最高難易度の技。生半可な技では防ぐどころか格好の餌食になるのみだ。

しかし…

「フンッ!」

修也はそれを、炎狐の出した炎でまとめて焼き払う。

水属性に有利な風属性を使うのも、必要ないと言わんばかりに。

「ハア…ハア…ハア…」

リヒトは肩で息をする。自慢の金髪は乱れ、光っていた金の鎧も今は焦げたり、砂埃でうすく汚れていた。

彼は、目の前の修也を睨む。

『駄目だ…倒れるな…今、倒れたら…俺の、5年間は…』

観客席からは彼を慕う者達からの声援が飛んでいるようだが、彼には聞こえていない。もはや、五感はまともに機能していなかった。

修也は、リヒトを真っ直ぐ見つめる。

元々、炎狐を出した瞬間から、リヒトに勝ち目はなかった。この式神は、リヒトの式神である青龍をも凌ぐ程の力をその小さい体に宿している。

1VS1なら勝敗は分からなかったが、炎狐が出てきてしまうとどうしても明確な《差》が出てしまう。

彼はまだ炎狐の使い方を熟知していない。下手をしたら殺してしまうかもしれない。だからこそ、最後の切り札として残しておいたのだ。

「リヒト…もう、眠れ。」

修也は、静かに呪文を唱えた。

「《眠りの雷光》…」

直後、リヒトの体はビクンッと震えると、そのまま倒れ込んだ。暫く見たが、リヒトは1度も動かなかった。それを見て、修也は審判に顎で合図する。

それを見て、審判は悔しそうに歯噛みしながらも…

『勝者…桐宮、修也…!』

その判定と共に、修練場に大歓声が響き渡る。ある者は歓喜し、ある者は感動に震え、またある者はショックで項垂れていた。その声で聞き、光景を横目で見ながら、修也は自分の相棒の場所へ静かに歩み寄っていった…

 




技解説(テッテレー!)

・眠りの雷光

雷属性霊術。ランクはAランクの高位霊術。
瞬時に発した雷によって神経を麻痺させて、動けなくさせる霊術。使い手によっては眠らせることも可。
ただし、神経などが細かく再現されていない下等悪霊たちには効果が薄く、少し動きを悪くさせる程度に留まる。
使い勝手が少し難しい霊術だ。


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フランス大戦
第11話 もちろんその気


「…ねえ、修也。」
「…なんだ、我が愛しき幼馴染。」
1人の少年と少女。そして、炎を纏った狐はただたたずむ。
その後、少女は頭を抱えて叫んだ。
「ここって…どこおおおおぉぉぉお…!?」
そんな少女の叫びは、レンガ造りの家に囲まれたこれまたレンガ造りの通りの真上にある青い空に、吸い込まれて行った。
どう見ても、日本ではない場所。そこに、彼らはいた。
何故、こんなことになったのか…
その理由は、数時間前に溯る…


「…修也君、今あげた中でどれだと君は思うんだい…?」

シリアス顔でそう問うメガネの男。それに顔を対して座る少年はまさに真剣とも言える顔で、答える。

「そうだな…天樹、ひとつ言っていいか?」

「…」

メガネの男は、ゆっくりコクリと頷く。

そして、少年はため息をつく。

出雲市のシンボルタワーとなっている塔の49階。霊使者の中でも入れるものが限られる所に、彼らはいた。傍からその光景を見たら、随分大事な内容が話されているのかとたじろいでしまう。さも大事な話が話されているのであろう…

 

「知らねぇぇぇえええよ!!?」

 

…そんな雰囲気は、少年の叫びと共にかき消された。だが、メガネの男は尚も真剣な顔で話を続ける。

「ちゃんと答えてくれ。これは大事なことなんだ…!」

「おまっ、まさか人に『大事な話があるからフル装備で来てくれないか!?』って言っといて呼び出したのがこんな質問のためか!?馬鹿じゃねえの!?」

バンッ!

「何を言う!今の僕の中で最優先事項だ!」

バンッ!!

「人の趣味を調書することがか!?」

バンッ!!!

「違う!《あなたが考える女の人の善し悪しの基準は?1、顔 2、お尻 3、おっぱい 4、性格》だ!」

バンッ!!!!

「大して変わんねえよ!!?」

そんな、アホなやり取りを見ながら、琥珀は卓上に置かれた茶を啜る。

睨み合っていた2人は、やがて座り込むと目の前に置かれた茶を同時に飲ま干した。

 

修也がリヒトを倒して既に1ヶ月が経とうとしていた、本日の朝の10時。修也のスマホに、天樹からの集合号令が送られてきた。その文章にはフル装備をしっかりとして来る旨が書かれていた。

そして2時間後。修也は黒のTシャツの上に琥珀が編んだコートを着て、スボンは紺のジーパン、黒色のブーツといった装備であった。ほぼ完全に私服ではあるが、修也が持つ装備の中でこれが最高である。

まあ、そんなことはまた今後説明しよう。

結果として修也が本部長室訪れた直後、すぐにソファへ促され、開口一番に変態のような質問をされたのだ。修也の反応も理解できるだろう?

「で、どうなんだい!?君の好みをぜひ知りたいんだが!?」

「鼻息荒くしてんじゃねえよ!ちょっ…近寄んな!やべぇ絵面に見えるだろうが!」

「何を言う!そんなもの大したことではない…!」

 

ガチャッ

 

天樹が話していた言葉を決めるように、扉が開く音が聞こえる。修也の体が硬直した。

ま、まあ待て…この部屋に入ってくるのはせいぜいこいつ(天樹)の秘書くらい…勘違いされることは決して…!

修也はゆっくりとしたペースで、扉のある後ろへ向く。ギギギギギッ…と、壊れたロボットのような音を立てて。

後ろを向いた修也は、まず安堵に包まれる。入って来たのは、天樹の秘書であるこれまた同じくメガネの女性だった。

…しかし、その安心も束の間。修也の周りの時間が、一瞬で停止した。

「人生は小説より奇なり」……なるほど、まさに的を射ている言葉だ。この言葉を放った人物に、称賛の言葉を送りたいものだ。

…だって、そうだろう?

まさか、中年男と顔を近づかせてくだらない(エロ方面)話をしているこの空間に…

 

…たった1人の幼馴染が来るなんて、誰も思わないじゃないか。

 

入って来たのは、秘書1人ではなかった。女性の後ろから、今まで隠れていた姿を見せる。

茶色の、流れるような髪に、全てを見通すかのような銀色の瞳。

…しかし今その瞳は、驚きのあまり見開かれている。そして、少女は現在の修也と天樹の状況を把握したのか、少し視線を往復させると…その顔は、噴火前の火山のように顎から額にかけてみるみる赤くなっていく。そして、1歩下がり、扉の取手に手をかけると…

「…すみません、お邪魔しました…」

 

パタンッ

 

囁かな音と共に扉が閉じられる。

「…フッ。」

修也は、鼻で笑う。

まあ待て、この状況…やることは決まってるだろ?そう…

 

「…ちょっと待てやアアアァァァァァァ!」

 

修也は超高速でソファを飛び出し、扉の外に出る。そのまま扉の前で転移霊術の術式を編んでいた少女に掴みかかった。

「わゎ!」

少女は驚きの声をあげるが、修也は気にしないかのようにさらに壁に押し付け、軽い拘束。

「おいコラ天乃!お前何勘違いで俺の悪評広めようとしてんだ!」

「な!そ、そんなのじゃないわよ!た、ただ…天樹さんとあなたがそういう関係ならって…」

「勘違いしまくりじゃねえか!変な妄想すんじゃねえよこの箱入り娘が!」

「な!?」

天乃の顔が瞬時に赤くなる。恥じらいの顔ではない。完全に、怒りで赤くしている。

「て、訂正しなさいよ!私だって普通に人とコミュニケーションとれるし、市内に友達くらいいるわよ!」

「お前箱入り娘の意味勘違いしてるだろ。…ていうかその友達って俺だけだろ!」

「う、うるさいわね!放っといてよ!」

ギャーギャーギャーギャー!

2人の喚き声が廊下に響く。もし、この現場を誰かが見ていると、大いに驚いていただろう。…協会の重要人物と、復帰したとはいえ、忌み嫌われている大犯罪が、夫婦漫才を繰り広げていたのだから…

 

「…謝らねえからな。」

「…私だって。」

そう言って、ソファに着く2人はそっぽを向く。

結局、あの後2人の喧嘩(夫婦漫才)は激化し、何故か霊術を撃ち合うなどというほとんど戦闘に近いものへと変化した。

まあ、二人とも霊術を編み上げる直前に天樹に止められて本当に打つことは無かったのだが。

ちなみに、あの夫婦漫才中も琥珀は茶を啜って、菓子を食っていた。

「…お前よくあの騒がしさで茶啜れたな。」

修也が言うと、琥珀は肩を竦めた。

「あんなもの、ただの子供と子供のじゃれ合いにしか聞こえんよ。…それに、夫婦漫才っぽくてあれはあれで面白かったしの。」

「いいお茶請けになったわい」と、琥珀は天樹の秘書にお代わりを頼む。

そういうもんか、と修也はひとまず自分の疑問に区切りを打つ。

「さて、じゃあ天樹。説明してもらおうか。」

「…私としゅ…桐宮君を呼んで、何を企んでいるのか。」

それに天樹は、笑いながら答える。

「企んでるなんて人聞き悪いなあ。僕そんな企んだりするような男じゃないよ?」

「どの口が言ってんだ。」

天樹の茶化しに修也は鋭いツッコミを入れた。修也は更にため息をつく。

「お前なあ、覚えてるからな?報酬の高いクエストに俺とお前、あと親父とお袋で行った時お前前半なんもしてなかったくせに後半からいきなり術連発して報酬の過半数持ち去ってったの。」

「いやあ、それを言われたら何も言えないというか、あの時はちょっと金欠だったと言うか…」

「高位家系の主が何言ってんだ。」

修也の言葉に「家計とお小遣いは扱いが違うんだよ…」と萎れるようにボヤく。

「それに関しては私から説明させていただきます。」

萎れた変態(天樹)の前に、メガネの秘書が進み出る。一つにまとめた金髪、赤眼鏡、キリッとした目、着整えられているスーツ。まさに《出来る女》感を出しまくっている。…まあ、意図的では無いだろうが。

秘書の女性は、手に持った書類を見ながら話し始める。

「お二人には本部の勅令により、これから新たな任務についていただきます。内容は、霊達による反乱の鎮圧、逆賊である霊達の殲滅又は捕獲。して任務場所は…」

「あの、すいません…」

スラスラ進もうとする話に天乃は待ったをかけた。秘書の女性は少し首を傾げる。

「なんでしょう?」

続いて天乃が質問する。

「あの…2人って言いましたけど…その2人って…どの2人、ですか?」

「AHAHAHAHAHA。おいおい天乃。そんなの決まってるじゃないか。」

そう言って、修也は琥珀の頭に手を置いた。

「《俺と琥珀》、に決まってるだろ?」

「そ、そうよね!それしかないわよね!」

「ああ、当たり前じゃないか!」

あはははははは…

本部長室に2人の笑い声が響く。

それにため息をつき、茶を啜る琥珀。

それを少し困ったような顔で見つめる秘書。

そして…

「何言ってんの?修也君と天乃ちゃんの2人に決まってるじゃない。」

その言葉に、2人の笑顔が凍りつく。笑い声がピタリと止まった。

 

グリンッ

 

向き合っていた顔が天樹と秘書の方を向く。その笑顔に、秘書の女性はこう思う。

『あ…死んだ…』

それほどまでに、その笑顔には恐怖しか感じなかった。

尚もニコニコした表情で、修也は問う。

「ん?聞こえなかったな。天樹、もう1回言ってくれる?」

「え?いやだから、この任務は修也君と天乃ちゃんの2人にやってもらうって言ったんだよ。あ、ちなみに2人をペアにすればいいんじゃない?てジジイ共に勧めたの僕なんだ☆感謝してくれても…あれ?修也君、なんで収納空間から縄を取り出してるの?え、ちょ、いや…あの…あーー…!!」

…本部長の悲鳴が廊下に響き渡った。

 

照明が5つだけの、薄暗い部屋。

その照明の真下には2つを除いて担当の人物がそれぞれ座る。

赤い照明の下には、見た事のある顔。桐宮家現当主・《炎精剣》桐宮才蔵。先日怪我が癒え、病院から退院した修也の祖父。

そんな彼は、激昴していた。自分が知らぬ間に、《五元老》が決定していた事案について。目の前にある書類と共に、彼は机に拳を叩きつけた。それだけで、鉄並みの硬さを誇る机の一部が凹む。

1ヶ月強前、彼と孫娘が連れ去られた時、彼は相手の攻撃を受けるのみであった。しかし、それは本当の実力では無い。あの時、才蔵は大きな任務から帰宅したばかりで、休息が十分でなかったが故に、消費した霊力もあまり回復出来ていなかったのだ。

故に、彼は数十人の敵を前に勝てないと判断し、せめてもと自分に攻撃が向くよう仕向けたのである。

まあ、ぶっちゃけると才蔵が万全の状態なら眞明達を倒すことなど造作もなかっただろう。

…話がそれたな。

ともかく、才蔵の怒りはある一つのことに向けられていた。拳と共に机に叩きつけ、今は木っ端微塵になっている紙の内容。

…そう。自分の実の孫息子である修也の配属内容である。

「…貴殿達も随分なことをしてくれるな…!恥というものを知らんのか…!」

その憤怒の表情に、向かい側に座る3人の内橙色の照明の下にいる土御門家の人物が返す。ちなみに、残りの二人の顔は妙な札のようなもので見えない。

「何を怒っているのかな?桐宮氏。チームに属さないという自身の配属先を決めたのは彼であり、その仕事内容を決めたのも彼である。」

それに、青色の照明の下にいる雨颯家の人物が便乗する。

「然り。かの者が決めたことに、祖父とはいえそなたが口出しすることではないであろう。」

2人の言葉に、才蔵は2人を更に睨む。

「…別にそこには文句は言わん。我が腹を立てているのはそこではない!」

ドンッ!

更なる音が響く。空気が大きく揺れた。

「神宮寺家の長女・天乃様と修也がペアとなっていることに腹を立てているのだ!」

その怒りの言葉に、土御門家は両手を上げて肩を竦めた。

「そんなことを言われてもなあ…我々は天樹殿の提案に乗ったまで。」

「然り、真意などは天樹殿に詳しく聞けば良かろう。」

そんな、半ば天樹に押し付けたかのようなセリフに、才蔵は憤り以上の感情…呆れを感じることに気付く。

才蔵は話しても無駄かと思い、席を離れる…

「ガハハハハ!おうおう、またやってんなつまんねえ喧嘩を!」

才蔵はその言葉に、横目を向けた。今まで、空白だった2つの席の片方。黄色の照明の真下に1人の黒髪の男性…いや、少年と言ってもおかしくない外見をした者が座った。まあ、年齢はその比ではないのだが。

彼の名は雷城霹靂(はたた)。現・雷城家当主。雷属性の霊術を扱う霊使者だ。彼は、才蔵以外の2人のように、札をつけておらず素顔を晒していた。

「…雷城殿、相変わらず自由奔放ですな。」

才蔵の言葉に、霹靂は笑いながら返す。

「ガハハハハ!そりゃそうだろ、才蔵殿!人生は楽しんだ者勝ちじゃ!自由奔放、私利私欲のために戦わねば楽しむものも楽しめんさ!」

そう言うと、霹靂は椅子にドカッと座り込んだ。遅刻したというのに、この堂々とした態度。少しだけ見上げたものがある。

『…見上げたくはないが、な。』

才蔵の思考と、霹靂の質問はほぼ同時だった。

「して才蔵殿?貴殿は何故そこまで腹を立てておるのだ。配属先なんかはほとんど桐宮修也の希望通り。ペアとなるお人も美人で超強いで有名な神宮寺天乃様ときた。前線復帰者にしてはかなりの待遇ではないか?」

「そのペアが問題なのです!」

才蔵は更に机を叩きつけた。

「次期《使媒頭》となられるお方を前線に投入されるなど、正気の沙汰ではない!」

使媒頭(しばいのかみ)、というのは読んで字の通り。裏である霊使者と表である霊媒師の頂点にある役職である。

霊使者協会が立ち上げられたのが、およそ450年前。その時から数多の霊使者を統括してきた、まさに霊使者達の《トップ》。無論代が変わることによって使媒頭も変わっていくので、今は8代目使媒頭となっている。

使媒頭は代々、神宮寺家の当主が受け継いでいくものだ。つまり、自動的に次期使媒頭は神宮寺家の長女である天乃になるわけだ。

そんな彼女が、前線に出て、命を賭す。才蔵の怒りはそれを提案した天樹によりも可決した3人に文句があるようだ。

「貴殿らは協会を潰す気か!?」

その怒りに、土御門家が返す。

「何を言う。神宮寺家の当主は若年期に戦いに赴かせるもの。何も問題はありますまい?」

「それは多数の部下を連れての大規模戦闘で統率力を養うためのもの!このようなペアでの戦闘など危険でしかないぞ!」

それに雨颯家が返す。

「貴殿の言うことも一理ある。しかしこれは使媒頭様直々の命令であるのだぞ。」

「なに…?」

彼の言葉に才蔵が反応した。

「使媒頭様はご自身よりも強く、疎まれる霊使者に天乃様をするため、ペアでのランキング登録をご決断された。もちろん、極秘でな。」

「それに登録には偽名を使うので大事にはならぬだろう。霊使者が天乃様と鉢合わせても、あのお方はあまり顔をお出ししておらんから気づかれんじゃろうしな。無論、何故貴殿の孫息子のペアにしたかも策あっての事じゃ。」

「策、じゃと?」

才蔵の問いに雨颯家はこくりと頷く。

「さよう。貴殿の孫息子、桐宮修也は復帰したとはいえ罪人は罪人。まだまだ危険がある。更に戦闘試験でA級2位のリヒト・水上・シュバイティンを倒したことで、その戦闘能力が凄まじいこともわかった。生半可なものを監視につけたら殺されるやもしれぬ。その点、彼女なら実力も申し分なく、しかもかつては桐宮修也自身とただならぬ関係だったとのこと。これ以上の相手はおるまい?」

そう言われては、才蔵は何も言い返せなかった。使媒頭の言うことは絶対であり、才蔵にはどうすることも出来ない。一応《五大創始家系》には拒否権が認められてはいるが、先程の土御門家や雨颯家のような事を言われては、特に反論もできない。

「…わかった。使媒頭様のご意見なら仕方あるまい。」

そう言うと、今まで沈黙を貫いていた…というか持ってこさせた菓子に夢中だった霹靂に声をかけた。

「…しかし霹靂殿。貴殿が可決したとは少し意外ですな。」

「むぐ…?」

霹靂はまんじゅうを頬張りながらはてなマークを頭上に出す。

別に霹靂が可決すること自体はそこまで珍しくない。ただ、彼は《五元老会議》に出席すること自体珍しいのだ。それ故に、彼の意見は反映されにくい。何故、彼は今回だけ出席したのか。

霹靂はまんじゅうを呑み込むと、ニヤリと笑った。

「理由なんて、一つだけだよ。《面白そうだったから》。そんだけ。」

それ以外に理由など存在しないと、彼は言う。彼は自分の感情でしか動かない。周りに流されることなく、ただ自分の意見を通す。だからこそ、彼を支持する者は数多居る。

「…話し合いは終わりだ。今日の会議はこれくらいにしておこう。」

土御門家がそう告げると、雨颯家も同時に立ち上がり、会議場を後にする。続いて才蔵と霹靂も立ち去り、会議場は完全な静寂に包まれたのだった。

 

「…建て前だということが、見え透いておる」

そう、才蔵は呟く。

修也と天乃をペアにした事の真意を、才蔵はほとんど見抜いていた。

土御門家と、雨颯家。この両者は自身の欲にしか興味が無い。おそらく天乃成長のためとのたまっておきながら、そんな気は毛頭ないだろう。あるのはただ、次期使媒頭を自身の家系から輩出することのみ。

使媒頭というのは別に、神宮寺家の血筋でないといけないなどという制約はない。条件を達成さえすれば、たとえ下位家系の中でも使媒頭にすることは可能だ。では何故、それを達成できないのか…

ただその条件が、神宮寺家の人間にしか達成出来たことがないだけ。才蔵も詳しくは知らないが、なんでも《統率力》なるものを示さなければならないのだという。

そんなものを、どうやって示すのか。彼には検討もつかないが、まあ、そんなことはどうでもいい。

問題はその条件を達成する方法を、可決した両家が解明し、発見したかもしれない事だ。

 

五大創始家系は、こういってはなんだがまったく信用しあっていない。(実は)古くから交流のある桐宮家と天樹家はまた特別だが、各家々はそれぞれ、偵察隊を常時家の近くに張り込ませている。

例えば今の桐宮家周辺には土御門家、雨颯家、そして雷城家の偵察隊が潜伏している。協会内での争いごとは禁止されているので、こういう前兆になるようなものは文句を言えばすぐに追い返せるのだが…自分達もやっているので文句は言えない。それこそ修也が地下の蔵から地上まで出たのを、見たものはいただろうが琥珀の霊力が強過ぎるせいで特に何も分からなかっただろう。

…結局何が言いたいかと言うと、桐宮家は偵察隊によって他家のほとんどの情報が筒抜けであるということだ。正確な情報も、虚偽の情報も。

であるが故に、土御門家と、雨颯家の両家が達成の仕方を解明したという情報はすぐに入った。

もちろん、虚偽の情報である確率は大いにある。まあ、そんな重要情報を垂れ流すほど、両家が甘くないことは才蔵も熟知している。だが、ないとも言いきれない。

ないと楽観視するより、あると思って警戒しておく方がいいだろう。

そうなると、確実に長女の天乃は邪魔になるため、最も死亡確率の高いペアでの任務につかせた可能性が高い。

『土御門家と、雨颯家は警戒しておく。この判断は間違っていない。しかし…』

才蔵は、気がかりがもう1つ。それは霹靂が発した、あの一言。

『面白そう』

「…」

この言葉はただの霹靂の《勘》だ。普通ならば無視しても良い意見。しかし、霹靂の《勘》ならばそれは要注意する必要がある。

彼は、勘というものをはずしたことが、《1度もない》。

戦闘然り、日常生活然り。彼の感は妙な確実性をチラつかせる。

 

霹靂は、権力などには興味が無い。

求めるのは、物理的な力のみ。貪欲に力を求め、日々体を鍛え続ける。

故に、霊使者の中でも突出した力を持つ。

あげた功績は数しれず。正真正銘、誰もが認める《最強》。その圧倒的な力から、与えられた二つ名は、《戦帝》。

もちろん使媒頭などというものには興味が無く、天乃を邪魔扱いする理由もない。…だが、修也とのペアを可決した。《面白そう》、それだけの理由で。

かの最強が考える、感じる面白さを才蔵は考える。自分にはあまり縁のない感情を。

「…まさか…。」

そう言って、行き着いた答えを才蔵は首を横に振って否定する。才蔵は、霹靂について考えるのをやめた。彼は余程のことがないと、味方と敵対したりはしない。ならばそっとしておくのが良いだろうと才蔵は決定した。

彼の足音だけが、暗い廊下に響き渡った。

 

「…という訳らしい。」

俺はそう締めくくる。

向き合う天乃は、苦虫を噛んだような顔をした。

「なるほど、お父様が…それならそうと娘に一言言ったらいいのに。」

「そういう所抜けてるのよね…」と、天乃はボヤく。

俺は天樹から、前回の五大創始家系会議によって決定した内容を聞き出した。まったく、面倒くさい内容を可決してくれたものである。俺はため息ひとつ。

「あのー…それで、修也?」

「ん、なんだよ。」

天乃が何か言いたそうに横を見る。俺は任務の書類を見ながら先を促す。

「…新様、そろそろ下ろしてあげていいんじゃない?」

…縄で手を縛られ、宙吊りにされた変態眼鏡を指さし、そう言った。

「おおー、さすが次期使媒頭殿。お優しい…どうかな、修也君。これは使媒頭殿の優しさに免じて下ろすというのは…」

「一生そうしてろ。」

俺は見もせずにそう告げた。

 

天樹は縄で縛られた後、別に拷問されるまで何も喋らなかった訳ではなく、最初からペラペラペラペラ喋り始めた。そこら辺に鞭などが転がっているのは、ただの飾りだ。決して、勝手に提案し勝手に決定したことに腹を立て、修也がしばいたからではない。そこは勘違いしないで欲しい。

 

俺は、もう一度任務の書類を一瞥する。天樹の秘書は自身の主をゴミを見るような目で見上げながら、静かに直立していた。

まあ、自業自得である。なので無視しよう。決して、可哀想とか思わないように。

「ふむ…」

俺が持つ書類には、任務地が書かれている。それを確認してから…

「天乃、着替えって持ってるか?」

俺はそう質問する。見ると彼女は天樹をおろして、縄を解いていた。別にいいって言ったのに…

「え?ま、まあ一応収納空間には何日分かの着替え入れてるけど…」

「よしよし。」

俺は書類を丸めて収納空間に突っ込んだ。

「…ねえ、なんか嫌な予感がするんだけど…まさか今から行く気?」

「もちろんその気。」

俺は関節を伸ばしながらそう答える。横ではソファからおりた琥珀が転移霊術の術式を編んでいる。

「善は急げってな。そら、手え貸せ。」

「…嫌よ!装備とかしか準備してないのに任務なんて!せめて傘下の人達に挨拶ぐらい…」

「何人いんだよ。そんなの今日中に終わるわけねえだろ。」

俺は天乃の襟首を掴んだ。

「じゃあ、またな天樹。1週間ぐらい帰らねえと思うからジジイ共に言い訳頼むな」

そう言うと縄を解いてもらった天樹は手首を回しながら苦笑した。

「相変わらず無軌道な人間だねえ、君は。まさか次期使媒頭殿ですら引っ張り回す気かい?」

天樹の言葉に、修也は不敵な笑みで答えた。

「別にその気は無いけど…結果的にそうなるなら、仕方ないよな。」

そう言うと、2人の周りが淡い光に包まれ始めた。転移霊術が発動される前兆。

「じゃな。土産は完了報告ってことで頼むぜ!」

「い〜や〜!離して!お父様にお叱りを受けるの私なんだから!」

「出来る限りフォローしてやらぁ!」

「弁護って言いなさいよ!ちょっ…」

 

ヒュン!

 

その会話を最後に、二人の声は途切れた。

残るのは反響の残る静寂のみ。

どうやら、2人は霊術の転移で目的地に飛ばされたようだ。

失敗して、体がバラバラになる可能性もあるが、まあ、吸血鬼の王である琥珀が使ったから失敗することはまずないだろう。

天樹はため息をつくと、紙の散らばった机の近くにある椅子に腰掛けた。

「相変わらず、予想できないことをなんでもないようにするなぁ、あの子は。」

そう言って、窓から見える太陽を見つめた。

『…陽也、修那さん。…見守ってやってくれよ。…あの子達の旅路に、より良い未来があるように。』

天樹は、そう想う。

かつて、苦楽を共にした友とその妻の顔を、思考の端で思い浮かべながら。

その一瞬、まるで答えるかのように、太陽の光が眩く煌めいた…

 

 

 

 

 

 




ズズズズズ…カッポーン。
お、しか脅しが鳴いた。ポリポリ
さて、急展開で修也が幼馴染とペアになりました。
ちょっと読者の皆さんが置いていかれるかなと思ったんですけど、まあ、今かなと思いまして。
そんなこんなで、次の任務地がどこか考えてはいます。とりあえず言うと…近くはないです。まあ、地球の裏側とまでは行きませんけどね。
それでは楽しみにして、また次回!
カッポーン…


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第12話 嫌です

桐宮修也。
かつては神童と呼ばれ、史上最年少で高位霊使者にしか与えられない《2つ名》を授けられた。彼の周りからの評価はその時、まさに最高潮と達していた。
しかし、そのわずか1ヶ月後、人生のターニングポイントとなる事件が発生する。
父母と祖父、親友と共に出向いた任務で、激闘の末、父母が死亡。…そして、彼は親友を殺した犯人として断定される。
結果、周りからの評価は最底辺に達し、彼自身も衰弱してしまう。何度も何度も、死んでしまいたいと思った。

そんな彼を、支えていたもの。この世に、つなぎ止めていたもの。…それは、ほんの些細な、しかし彼にとっては大きな3つの存在だった。


「えー、《今回の任務は村や町などを襲うなどの反逆…つーか謀反?を繰り返す霊の撃退、又は捕獲。及びそっちの政府から出来るだけ金をまきあげて来ること☆》。…これ作ったの絶対天樹だな。」

修也は任務書を読み上げてからそう呟く。

なぜかと言えば、あまりにもその任務書はグダグダ過ぎたから。

所々私語入ってるし、誤字脱字は多いし。マジでグダグダである。まるで《雰囲気で分かってくれ》とでも言っているかのようだ。

「で、あとは秘書のねーちゃんが書いてくれた王族への紹介状のみ…か。」

修也は軽くため息をつく。

「どーしたもんかねー…海外のそこらじゃスマホでゲーム出来ねーし、言葉は大して分かんねーし。…何より…」

はぁー、と修也はため息をついた。そして、後ろを見て、もう一度ため息。

「相棒がこんなに意気消沈してるとなぁ…」

修也の言葉に、彼女は立ち止まる。そして、大きく息を吸うと…

 

「…あなたのせいでしょうがああああ!!」

 

そんな細い体のどこから出したのか、大気を揺らす大声をあげた。修也に以前のような耳鳴りが起きる。そして、静かに耳から手を離すと…

「…お前には処女の嗜みがないのか。もう少し毅然とした振る舞いをしろ?それでも次期俺達のトップか!?」

「それを元凶のあなたが言うの?!少しは自分の立場考えなさいよ!…ていうか処女じゃなくて淑女だから!!」

修也の言葉に顔を真っ赤にしながら彼女…神宮寺天乃は真っ向から反論した。…まあ、処女と言われたことへの羞恥か、いきなり説教されたことへの怒りか…それは分からない。

しかしまあ、この事で彼女の怒りは爆発した。

「まず任務の内容を詳しく知らされないままその地に来るなんてあなた大丈夫!?罠用の霊器物とか補助用の霊器物とか準備して行くのが普通でしょーが!それを省くなんて自分から死亡率上げてるようなものよ!?大体ね!こんなことして私がお父様や傘下のおじ様達に説教受けるのよ!?面子云々のくだらない話を数時間聞かされる身にもなってくれる!?」

堤防が破壊した川のように言葉が溢れ出てくる。修也は耳を抑えながら苦虫を噛み潰したような顔をする。

天乃が全てを吐き出し、肩で息をし始めると修也はまた歩き始める。

「…道端で大きな声出すなよな。目立つだろ。」

周りからの視線にようやく気づいたのか、天乃は体を小さくしながら修也の横に移動した。そして、小声で話しかける。

「とにかく、今回の件についてじっくり話し合いたいからどこかないの?あなた子供の頃に両親と来たことあるんでしょ?」

「…あるけど、任務でだったからな…」

修也はそう言って、辺りを見回す。そして、ひとつの建造物を親指で指した。

「機密情報を話すわけでもねえし、普通の喫茶店でいいだろ。」

「…分かったわ。」

そう言って、2人は簡素な外見の店内にそそくさ入店する。

幸い、人はあまりおらず静かな空間だった。しかし、不衛生という訳でもない。よく見ると部屋の隅々まで掃除が行き届いており、安らぎを感じさせる美しい音色、窓や壁の少し凝った装飾。

「お、当ったり〜。」

修也がそう呟く程に、良さげな店だった。

それと同時に、目の前にエプロン姿の金髪の女性が駆け寄ってくる。

「Combien de personnes au total?」

「え、あ…うん?」

女性の言葉に戸惑い、修也は頭上にはてなマークを出した。

『やべえ、言葉分かんねえんだった…』

修也はなんの準備もなく入ったことを少し後悔する。彼の反応を女性は聞こえなかったのかと判断したのか、女性はもう一度質問する。修也はスマホを取り出して、翻訳しようと試みる…

「何名様でしょうか?」

「…へ?」

突如女性の言語が日本語に変わったことに修也はこれまたはてなマークを浮かべた。そして、同時に霊力の使用を感知した。彼は後ろを振り向く。

案の定そこには、正方形に近い形をした霊器物を持った天乃がいた。どうやらその霊器物の効果範囲は修也と自分にまで及んでいるらしい。

「言語を変える霊器物よ。あなたも持ってるでしょ?」

「…ああ、あったなそんなの。」

修也はようやくその存在を思い出した。

かつては彼も使っていた(というかほとんど母親が起動してくれていたのだが)日常使用型霊器物。霊力で張った特別な膜に包まれた範囲のみ、言語を変換できる。例えば日本語→英語、英語←日本語。この2つを並行起動させられる。もちろん言語に関してはいつでも変更可能で海外の任務にはもってこいの代物だ。

「えっと…2名です」

修也がそう言うと女性(修也や天乃と同いぐらいだろう)はニッコリと笑みを浮かべた。

「かしこまりました。どうぞこちらへ。」

そう言って2人を案内する。

修也はかなりの頻度で便利なものを開発してくれる霊使者協会開発部に心の隅でひっそりと感謝した。

 

それぞれのオーダーを注文した後、2人は話し始める。

「修也、あなたとペアを組むこと自体は別に嫌ではないわ。」

「いや、そこは嫌がれよ。曲がりなりにも世紀の大罪人だからな?」

その言葉に天乃は「フンッ」と、鼻を鳴らす。

「いくらあそこで海斗くんを殺せるのが君だけだったと言っても剣に血がついてただけで犯罪者扱いは不当でしょう?戦いのいざこざの最中にたまたま付くことだって有り得るんだし。」

「…そりゃそうだけどなぁ。」

当時の調査結果に思い切りいちゃもんを付ける天乃に、修也は苦笑する。

かつては修也の1番の親友であり、彼が手をかけたとされる1人の少年。

名を天雨 海斗(あまさめ かいと)。

水を操る天雨家の次男であり、霊術や剣術の腕はかつての修也と同レベルの実力者であった。生きていれば、確実に霊使者として大成を遂げていただろう。

海斗という単語を聞いて、修也の胸に少しだけ痛みが走った。彼は椅子の背もたれに体重を預ける。

「俺としちゃあ、別にお前とのペア関係は悪くねえと思う。一応俺の《監視役》っていう口実もあるしな。ただ…」

修也は天乃の目を見る。

「俺が配属された役割…《世界派遣守護》はそれなりのリスクがある。それに関しては理解してるよな…?」

修也の言葉に天乃はゆっくりと頷く。

世界派遣守護というのはその名の通り、各国に派遣されることを主に取り扱う部隊である。…と言っても部隊らしいことはした事がなく、ほぼほぼ単独行動が故にぼっちの集まりのような扱いになってはいるが。

「ま、それはあなたが言えたことじゃないけどね〜。」

「…うるせえ」

修也はバツが悪そうな顔をしてそっぽを向く。

そもそも相手しているのが各国が救援を要請してくるような相手…つまり強敵となるため死亡率も高く、間違っても次期トップや次期最高位家系当主が配属されるところではない。

と、そこでそれぞれ注文したものが来るので持ってきた女性にテーブル上を促す。

天乃はグラスを持ち、刺したストローでアイスコーヒーを吸った。修也はチキンサンドを齧って、コーラをストロー無しで飲む。

…完全に育ちの違いが出ているがあまり気にしないでおこう。

「そう言えば、お金はどうするの?ここって日本通貨通用しないでしょ。」

天乃の質問に、修也はあるものを挟んだ左手を持ち上げた。

「資料の中にかなりの数のこいつが入ってた。支払いはそれでいいだろ。」

それは、ユーロ銀貨だった。恐らくポケットに紙幣も入っているのだろう。

天乃はそれを確認すると、店のカウンターの上にあるテレビを見る。耳には日本語で入ってくるものの、そのテレビに表示されているニュースの文字は読めない。天乃は霊使者としての基本的な能力は英才教育を受けている。言語もその一つである。と言っても、この言語はそこまで詳しく習わなかった。

…だが、民が話す細かな単語を聞き取ることでその言語が何語か、この地に降り立った時に理解したのだ。

『我が国フランスの各地では謎のテロ集団による暴動が活発化しており、政府も鎮圧に困難を極めています。各地の状況は…』

…そう、フランス語である。

 

フランス。

その地に修也と天乃は降り立った。

あらゆる芸術や著名な芸術家達を排出した国であり、他にも数多くの歴史に残る者達が存在した国。

軍事力も並大抵のものでなく、数々の技術を軍にとり入れ、今や世界でもかなり上の力を有していた。

そんな国が、ただの反乱軍を鎮圧しかねている。確かに異常ではある。

「ふーむ…確かにフランスの軍はそうそう負けねえだろうけど…やっぱ反乱軍を攻めあぐねてる理由が知りてえなぁ。」

チキンサンドを齧りながら呟く修也に天乃はコーヒーを吸ってから質問する。

「やっぱり一般市民が参加してるから、じゃないの?」

「…ま、それもあるだろうけど…なーんかそれじゃ足りねえ気がすんだよな。それになんの目的無しに霊達が反逆を起こすなんてほとんど有り得ないし、その反逆になんで一般市民が参加してんのか…聞きてえことは山ほどある。」

そう言って、修也はテーブルの上で足を組んで、テレビを見る。

映し出されているのは軍や警察がかなりの量の一般市民を鎮圧する様子。発煙筒なども使われていて現場はパニック状態だ。

「…まずはフランス王家の皆様方に会っておきたいが…どう出る?」

「私に聞かないでよ。それよりもあなたのプランを聞かせて頂戴。」

天乃の提案に修也は何気なく答える。

「あー、王家の城まで行って門番に紹介状見せれば良くね?」

「ただでさえ空気が殺伐としてるんだから下手すれば破り捨てられるわよ?ちゃんとそのリスク頭に入れてる?」

「…お前の案はどうなんだよ。」

自分の案を全否定されて、修也は拗ねたように聞いた。天乃はコーヒーを吸う。

「やっぱり私達は敵対勢力では無いことを王家に証明するべきでしょうね。私たちに救援を頼むくらい追い詰められている訳だからすぐに応じてくれるんじゃないかしら。」

「証明、ね…具体的にどうやって?」

天乃はストローでグラスの中身を回す。

「国家敵勢力の一部の鎮圧、しかないでしょ。あとは増援呼んで真実味を増させるとかあるけど?」

「後者は面倒くさそうだからやめとこう。何日かかるか分からんし。…前者もなあ、そうホイホイと反乱軍が近づいてくるわけないし…」

そう言って修也が頭を悩ませていると、勢いよく店のドアが開く。それと同時に店が大きく揺れた。

修也と天乃は同時に出入口を見る。

店内に入ってくる複数の男が見えた。その中の一人はガッチリと凄まじい筋肉に覆われている。

やがて彼らは修也達の席の横に移動する。

「おい、貴様ら。少しついてきてもらおうか。」

先頭にいた細身だが確かな実力がありそうな男が告げる。修也は足を直さず、そのまま男に問う。

「…ナンパ、って訳じゃあなさそうだな。新手のカツアゲか?」

「どう見ても反乱軍の人達でしょうが。そんないかしてない格好してるあなたにカツアゲなんてする訳ないでしょう。」

そう言うと天乃は横を見て質問する。

「私たちになんの用でしょうか?私達は何の変哲もない日本人旅行者なのですが…」

「ただの日本人旅行者が《増援》だの《王家》だのといった話をするものか。この2人が全て聞いている。」

男が指さした方向には2人が入店した時にもいた人物達。なるほど、反乱軍はこうやって情報を手に入れているようだ。

「もう一度言う。我々と共に来てもらおう。そうすれば実力行使は…」

「コーラ飲み終わってないんで嫌です。」

男が言い終わる前に修也は即答した。

その言葉に男は顔を顰めると、何やら合図を送る。それと同時に、ムキムキの男が拳を振り下ろした。とてつもない衝撃と共に修也達の座っていたテーブルとイスが木っ端微塵に吹き飛ぶ。

男は2人かいないことを確認して、辺りを見回す。2人は…それぞれの方向に飛んで避けていた。…注文したものを持って。

「おいおい、ちょっと断っただけで実力行使かよ。ここはアメリカンジョークが通用しねえみたいだな。」

修也の言葉に、壁に背中を預ける天乃はため息をついた。

「フランスなんだから通用する訳ないでしょう…?まったく、ただでさえお忍びなんだからもっと目立たなくしようとしてたのに…完全に台無しだわ。」

その言葉に修也はニヤリと笑う。

「そう言うなよ、なんてったって…」

 

「ゴキブリが、まんまとかかってくれたんだからな。」

 

続いて修也に向かって繰り出された拳を、彼はバックステップで回避する。風圧でガラスの割れた窓を突き抜けて、レンガ造りの通りに着地した。

修也は横目で通りの右側から敵の増援が来ることを確認。左に飛んで店と増援から距離をとる。

やがて、修也達と接触を図った数人が店を飛び出し、天乃が修也の横に風の霊術で移動する。増援も、その数人の後ろに到着した。

「予測だけど相手は大体70とかそんぐらいか?下手したらもっと後ろにぞろぞろいるかもだけど。」

「そうしたら100ぐらいかしら。私としてはあまり目立ちたくないからこの場で逃げたいんだけど?」

修也は周りの見物人達の視線を感じながら最後のチキンサンドを齧って、笑う。

「もうそれは無理だな。こんなに視線があるなら目立たなく行動なんざ出来やしねえ。転移霊術なんざ使ったら1人ぐらい失神すると思うけど?」

「それ言い出したらほとんどの霊術がダメじゃない…つまり100人を霊術をほとんど使わず、死者を出さず、出来るだけ短く終わらせろっていうことになるのね…」

「不満か?」

「すごく」

修也の問いへの即答に彼は声を出して笑う。

相手の高まる殺気に、修也と天乃は軽い迎撃体勢をとった。

「久々の共闘だからってしくじるなよ、天乃」

「あなたもね、修也。」

その言葉が戦いのゴングとなった。

男達は一斉に加速。2人に襲い掛かる。

そんな中、2人は静かに霊力を込めた。彼らの四肢に、薄い赤い線が一瞬走った…

 

「…な、なんだこれは…!」

車から降りた軍の兵達は目を丸くする。

100人ほどの反乱軍が旅行者2人を襲っているとの通報が入り、すぐさま軍用車で駆けつけた。100人の鎮圧ともなるとかなり大規模な戦闘になるため、軍の大将である男性も同行した。

…だというのに、現場は暴動など起こっていなかった。いや、実際起こったのではあろう。一部の窓が割れ、通りに四散しており発煙筒なども転がっている。

しかし、あとに残るは100人ほどの倒された姿。ある者はゴミ箱に引っかかり、ある者は壁に背中を預け、またある者は街灯に襟首が引っかかって宙ずりにされていた。

そんな100人の向こう側から近づいてくる影が2つ。兵達はすぐさま剣や槍を構える。

やがて、兵達の目で2人の影を確実に視認できるようになる。

「子供…?」

兵士の1人が呟いた。

片方は黒髪黒眼の少年。黒いシャツの上に着た赤いコートが目を引く。

もう片方は長い銀髪が風に揺れ、青い瞳が目を引く少女。

2人は軍の手前数十メートルで立ち止まると、少年が叫ぶ。

「フランス軍の栄誉ある兵士達よ、我々は敵ではない!今しがた貴国に仇なす反乱軍の一部を鎮圧した!」

少年の叫びに兵は少し背筋を伸ばす。尚も少年の演説は続く。

「我が名は桐宮修也!霊使者協会世界派遣守護部隊の1人である!」

修也は体の前に霊使者協会の紹介状を突き出す。そして、兵士達は…次の言葉に、言葉を失った。

 

「貴殿らの王に、面会を願いたい!」

 

修也の言葉にどよめきの声が上がる。

王への面会とは、かなり高位の地位に就く者にしか許されていない。尚更今は反乱軍により忙しくなっているため、ただの霊使者ならば取り合ってすらくれないのだ。

兵士の1人が、前に進み出る。

「…拝見致します。」

修也の持つ紙をみて、更に少しだけ触る。やがて後ろの兵士達に、頷いた。

更なるどよめき。

彼が頷いたということはその紹介状は紛れもなく使媒頭直筆の本物であるということ。

ましてや彼は反乱軍を倒したことで敵対していないことを証明した。門前払いする理由はないだろう。

しかし、それは一兵士が決められようなことではない。もしかしたら反乱軍の罠かもしれないし、そうすれば自分達の首が飛ぶ。

兵士達は命欲しさに決定しあぐねる。

…そこで、軍用車の扉がゆっくりと開く。

1人の男が通りに足をつく。

それと同時に兵士達が一斉に敬礼をした。

コートを着た男はそのまま歩いて、やがて修也の目の前に移動した。

「その紙、貸して頂けるかな?」

美しい声の後、修也は躊躇なく男に紹介状を渡す。少しの間、識別すると男は頷いてからニッコリと笑い、紹介状を返した。

そして、静かに言い放つ。

「確認した。貴殿を使媒頭様の代理として認める。我らが王との面会を許可しよう。」

その言葉に幾度目か、兵士達がどよめき、修也は満足そうに笑みを浮かべた。やがてコートを着た兵士は嬉しそうに笑みを浮かべて、修也に話しかけた。

「…大きくなられましたな、修也殿。」

「…あんたこそ、随分出世したみたいじゃないか。ウィリアムさん。」

そう言うと、2人は笑い合った。自身の上司が年下の子供と笑い合うというシュールな光景を見て、兵士達は少し呆気に取られる。

それもそのはず。彼らはこの2人の関係を知らないのだから。

2人は笑うのを止めると、ガッチリとお互いの手を握りあった。

男性の名はアルベルト・ウィリアム。現在の軍のトップクラスの地位である大将であり、あまたの戦闘を体験し、生き残ってきた英雄。

そんな彼と、ただの霊使者である修也が親しくしている。

その光景には、フランス軍の兵士だけでなく、天乃ですら呆気に取られた…

 

これは、物語のまだ序章。

少年が旅立ってから、まだまだ数多の試練が待ち受ける。

彼の旅路には、一体何が待ち受けるのか。

少年の旅は、ここからが本番だ。

 

 

 




あー、もうちょっとで新年開けちゃうなー。一年早いなー
あー嫌だ嫌だ。年取ると時間の流れが早くなる。( ´-ω- )フッ
もっと小説投稿のスピードも早くなればいいのにねー。
……はい、頑張ります。
それではまた次回。アデューバイバイ(ヾ(´・ω・`)


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第13話 指揮官の正体

「…」
天乃は、困惑していた。今の、この状況に。
彼女は、ゆっくりと自分の横に座っている少年を見る。彼は、なんとも楽しそうに目の前に座っている男性と歓談していた。
「まさか修也殿がこのフランスに赴いてくれるとは。いやはや昔を思い出すようです。」
「あははは、俺もだよウィリアムさん。昔って言ったら7年ぐらい前のことか?あなたがまだ大佐だか少将の頃だろ?懐かしいなぁ。」
「そういじめて下さるな!あの頃は恥ずかしきことが最も多かった歳月!私も思い出したくはないのです!」
「よく言うよ、今や大将にまで登り詰めてる人が!」
…………………………
………
笑い合う2人、その光景を見て読者諸君らもこう思っただろう。その場にいた天乃と同じことを…。すなわち…

『……何この状況。』

……と。


「…ちょっと修也、これってどういう状況?まったく見えないんですけど…?」

「ん?」

天乃の質問に修也は横目で見てから答える。

「見て分からんか?フランス大将とただの霊使者が歓談している図…」

「そんなもの見れば分かるわよ!あなたとフランス軍の大将様がなんでそんなに親しいのか聞いてるの!」

少し声を張って、天乃はそこが車の中であることを再認識した。そして、同情する男性に頭を下げる。

「す、すいません…取り乱してしまい…」

天乃の行為に鼻髭と顎鬚の目立つフランス軍大将は笑いながら手を振った。

「いえいえ、そのようなことを私は無礼とは受け取りませんのでお気遣いなく。むしろ辛気臭いよりこちらの方が賑やかで私は好きですな。」

「そ、そんな滅相もない…」

尚も頭をペコペコ下げる天乃に修也はため息をついた。

「許可してくれてんだからそこは甘えとけよ。相変わらず頭が堅いな、お前は。」

「あ、あなたに言われたくないわよ!」

そんなやり取りに、ウィリアムは「ホホホホホッ」と愉快に笑う。

「仲がよろしいようで大変結構。しかしこのような素敵な女性をお嫁に取るとはさすが、陽也殿のご嫡男と言ったところ…。《女性運》は強いようで…」

「な…!」

「あー…」

ウィリアムの言葉に天乃は羞恥に顔を染め、修也は面倒くさそうな顔をする。すぐさま天乃は否定した。

「ち、違います!私達は決して!そんな関係じゃありません!」

天乃の答えにウィリアムはキョトンとした顔をする。

「おや、違うのですかな?」

「違います!私達は…!」

「ただのペア関係だよ。ウィリアムさん。」

天乃の言葉の続きを、修也が口にする。

黙る2人に構わず、続ける。

「悪霊を倒すために一緒に行動してるだけの仕事上の関係だよ。…嫁だなんてとんでもないさ。俺とこいつじゃ立ってる立場が違う。」

そう言って、修也はウィリアムに説明する。

ウィリアムは最初こそ少し黙り込んでいたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「なるほど、勘違いという訳でしたか。これは失礼しました。我が非礼を詫びましょう。」

「い、いえ…そんな…」

「別にあなたは悪くないさ、ウィリアムさん。誰だって勘違いは有り得るからな。」

そう言って、修也は車の背もたれに体重を預けた。そして、少し目を閉じた。

ウィリアムも何事もなかったかのように車内に内接されている机の上の菓子を食べ始めた。

そこで、天乃は自分のみが立ち上がっていることに気付き、すぐに椅子に座り込んだ。

それと同時に助手席の人物がウィリアムに小声で囁いた。それにウィリアムは頷き、2人に話しかける

「御二方、どうやら城に近づいてきたようです。準備をお願いします。」

「あ、はい。分かりました。」

「…早いな…」

2人はそれぞれの反応を見せて、出来るだけ身なりを整える。天乃はのけていた胸当てプレートをつけ直し、修也は赤のコートを着なおした。

車内に、自然と緊張が走り始める。

「ちょっと見てみるか…」

修也が窓を開けて顔を出し、車の前を確認する。すると、白亜の壮大な建造物が目と鼻の先に存在した。

そして、修也はこっそり城の中に存在するオーラの大きさを確認する。簡潔に言うと、オーラは城一個、全てを覆い尽くしていた。

「これが…フランス軍の総量…」

いくら国軍とはいえ、あんな巨大な城一個を覆うほどのオーラの大きさはかなり珍しい。

修也の心は、その光景を見て、静かに踊ったのだった。

 

「ほへぇ〜、相変わらず見事なもんだなぁ。」

「当たり前でしょ、フランス王家の由緒正しきお城なんだから。…と言っても、私もここまで凄いとは思わなかったけど…。」

俺の感嘆の言葉に、天乃が同じように見回しながら同調する。

今俺達がいるのはフランス王城の中。その扉をはいってすぐ横に曲がったところにある小さな部屋。まあ言ってしまえば待合室みたいな所か。

「ふむ…」

俺は目の前の机で皿に飾られた色とりどりの果物たちを見下ろす。なるほど、素晴らしい色彩だ。…無性に腹が減ってくる。

…………………………………

…………………

「…よろしければどうぞ。」

ウィリアムさんの言葉に俺は勢いよく顔を上げた。

その言葉を待っていた!

「あ、いいの?」

「ええ、お客人用ですので。」

「じゃ、遠慮なく…」

無論、俺はドカ食いなんてするわけが無い。さすがにそれを王家の城でやるなど無礼というもの。

1つ1つ丁寧に取って、平らげていく…

「…修也、白々しいのは許してあげるからこんな場所でドカ食いはやめなさい。」

「そんなことはしていない何を言っているのかなAHAHAHAHAHAHA(棒)」

…もちろん、あまりにも速すぎて周りからはドカ食いにしか見えないことなど俺は気にしないが。

天乃は呆れたようにため息をついて、ウィリアムさんに話しかけた。

「やはり今は謁見の許可をもらっているところ、なんでしょうか?」

ウィリアムさんは優しく笑う。

「ええ、そうなりますな。…時間もありますし謁見の理由でもある反乱軍について、少しあらましをご説明しましょう。」

そう言って、ティーカップを置き、話し始める。

「お二人共ご存知かと思いますが、およそ半年ほど前に反乱軍…今は《聖旗軍》と名乗っている者共の原点と言えるものが誕生しました。」

「原点…?そのときは聖旗軍じゃなかったのか?」

「ええ、その時は団体の名前などなく、思想が一緒な者の集まり…烏合の衆だったのです。…ですが、そんな奴らも数ヶ月後には見間違えるほど勢力が大きくなっていました。」

「なるほどね。」

果物の果汁で濡れた口周りをおしぼりで拭く。

「最初は一般人のみだった、普通の反政府派が存在。だがそこまで戦力もなく行うのは多少のデモ活動のみ。政府はそれを特に注視はしていなかった。しかし政府が少し目を緩めた隙にそれが急激に肥大。現在のような武力行使を行うに至る、ってとこか。途中にこじつけも入ったけど大体こんな感じか?」

「反政府派の団体なんて思想によって色々なグループがあるからね。それら一つ一つに同じ数の警備隊を設置するってのも無理な話だわ。政府の落ち度、と言われても仕方ないところはあるかもね。」

「…お前それ王家の城で言うことか?」

話を俺と天乃で簡潔にまとめた。

まあ、さすがにどこの政府でも警備隊とか兵士には限りがある。それをあらゆる主要施設なんかにそれぞれ配置させなければならないため、全てを偵察なんかにまわすのはかなり厳しい…というか不可能に近い。

「やはりこの程度の情報はお持ちでしたか。」

「…まあ、持ってたってより書いてたっての方が近いけどな。」

俺はそう言って軽く笑う。

基本的な情報は天樹から貰った任務書にほとんど書かれていた。聖旗軍の元になる団体が存在していたことなどはさすがに書かれていなかったが。

協会からの基本的な情報にウィリアムさんからの情報を組み入れて先程の仮説を立ててみたわけだ。いやはや、当たってよかった。

「やっぱそいつらが出てきたことで政治なんかに影響あったのか?」

そう聞くとウィリアムは軽く顔を顰めた。

「ええ、それはもう。かつては平穏だった土地でも様々なテロや暴動が頻発。軍は鎮圧にてんてこ舞いです。フランスにいる霊使者に力を借りているとはいえ国民の方が圧倒的数がありますし傷を付ける訳にもいけませんしな。まったく、骨が折れるとはこのこと。」

「大変そうだな。」

あははは、と俺は軽く笑う。それを見て、天乃が俺の脇腹をつつく。

「ちょっと、他人事みたいに言わないの。私達もその戦場に行くんだからね。」

「…人の現実逃避を邪魔しないでくれよ。」

ただでさえ復帰初の大型任務だってのに…なに?いきなり1つの国の国民鎮圧させろって?複雑だし大変だ。

「…勘弁してくれよ、まったく…」

俺は目の前のティーカップに注がれた林檎の匂いがほのかにする紅茶を少し啜る。

『…ちょっと王様か現地の霊使者のお偉いさんと話し合ってみるか…』

人を宥めるとか、暴動を無傷で鎮圧するとかそんな統率力云々が試される任務は俺には向いていない。ただでさえ一部隊を指揮するのを回避するために、この役割に就くと決めたのだから。それだというのにいきなり(指揮官とかはないにしても)人を諭したりする役目を任されたりなどしたら、俺がリスクを犯している意味が無い。

さすがにないとは思うが、可能性は捨てきれないのだ。

「それに国王様にも多少なりとも影響が及ぼされましてな。少し慎重になられたと言いますか…以前は許可証の真偽を確認し、数回の指紋認証で通していたのですが、今はそれを十数回、時には数十回も繰り返す始末でして…」

「人は恐怖に忠実だからなぁ…」

反乱軍なんていたらそら臆病にもなるわな。

「まあ、あなたって傍から見たらチンピラだものね。」

「いや、多分疑われてるの俺じゃなくてお前だから。一応俺王様と顔見知りだし。」

俺からのカウンターに天乃が雷に撃たれたかのような顔をする。あまりに面白かったので写真に収めてしまった。もちろん、天乃は気づいてない。

「普通にショックだわ…!修也よりも怪しいという扱いを受けるなんて…!」

「お前俺の事どう思ってんの?」

まるで変質者のような扱いを受けてる俺の方がショックだよ。

「あなた自分の格好見てからそれ言いなさいよ!それで戦場に行くなんて軽い変態よ!?」

「うるせーよ!人の一張羅馬鹿にしてんじゃねえぞ、このツルっぺた!」

「ちょっ!それどう言う意味よ!」

「今その顔を下に向けて見下ろしたらわかるだろAカップ(ボソッ)」

「あ、あなた!どこから知ったのよ!」

自分の的確なバストサイズを当てられたことにより、天乃は顔を羞恥に染めて叫ぶ。

俺は茶を飲み下して、呟く。

「天樹が嬉々として話してたぞ。あいつ女の服の上から胸見たらバストサイズ分かるんだってさ。」

「何そのいらない才能!…ていうかあなたも忘れなさいよ!むしろここで記憶消してあげるわ!」

「仕方ねえだろ無理矢理聞かされたんだから!…あ、こら、ちょっと待て!お前どこ触って…いやぁぁぁぁぁあああ…!」

「紛らわしい言い方するんじゃないわよ!」

2人はソファの上で取っ組み合う。

時折聞こえる男の悲鳴と騒がしい物音。

それらは、迎えの者が部屋に来るまで止まなかったそうな。

 

「嫌ああああああああぁぁぁ!私は会わないわよ!客人になど会わない!こんな状況で私に会おうなんて物好き、敵か暗殺者か悪霊ぐらいよ!」

「ちょっ、王妃よ!落ち着いてくだされ!…それら全て敵でございますぞ!」

城内の奥。どの部屋よりも大きく、美しく、壮大な部屋にそんな悲鳴にも似た声が響き渡る。それの発生源は、階段を登ることで辿り着ける、一層際立つ一つの椅子…玉座の前にいる女性だった。その様子を見て、入ってきた3人はそれぞれの反応を見せる。

ウィリアムは「やれやれ」と言いたげに首を振り、天乃は緊張と困惑が同時に来ているのか面白い顔をしている。修也に関しては見てすらいなかった。眠たそうに瞼を閉じかけている。

天乃は必死に悲鳴をあげる女性の全体を何とか確認する。

年齢は40代と言ったところだろうか。薄いが顔にシワが走っている。しかし尚も美貌は健在で、かつてはどれほどの麗人だったかが見て分かる。装飾品は少しのネックレスと左手薬指に填めた指輪のみ。体は所々宝石が縫い合わされた豪華な服に包まれている。そして、最後に頭の上のティアラに目がいった所で、女性が叫ぶ。

「おい、貴様らァ!」

「は、はい!」

天乃は背筋を伸ばして返事をする。

「ええい、礼儀正しくしても無駄よ!あなた達があいつらの刺客であることは分かっているわ!さあ、正体を…!」

「落ち着いてくだされ、サレス王妃。」

王妃が言い終わる前に玉座の後ろから人影が現れる。よく見ると、玉座の後ろには四角い出入り口のようなものが存在した。

『あっ、あそこから出入りするのね…』

初めて知ったことに、天乃は少し興味を抱いた。しかし、それもつかの間。またもや声が響く。

「参謀、何故止めるの!?あんな街のチンピラみたいな格好をした者が、暗殺者じゃなくなんだと言うの!?ちょうど横の女性も軽装で動きやすそうだし!」

「酷い言われ用だな…」

修也は頭を掻きながら面倒くさそうに呟く。

「お気を確かにお持ちください、王妃。彼らは敵ではありません。」

ウィリアムが前に出て弁明しようと試みる。王妃と呼ばれる女性は彼らを直視した。

「確かに男性の方は趣味の悪い格好をしており、女性の方は暗殺に適した格好をしておりますが…」

「いや、あんたも大概の言い様だな。」

修也からの待ったがかかるが、ウィリアムは気にせず続ける。

「お二人共我らフランス国軍の助力のために参上して下さった方々です。そして…」

ウィリアムは修也に目を向けるよう進めた。

「彼は、陽也殿と修那殿のご子息でございますぞ?」

ウィリアムの言葉に王妃は驚きに目を見開く。修也の脳天から爪先を何往復も見つめる。そして…

 

…ドンッ!

 

凄まじい音と共に玉座からその姿が掻き消えた。と、同時に天乃の横から凄まじい風圧が襲い掛かる。あまりの衝撃に部屋に飾られている絵画が揺れている。

しかし、王妃はそんなことには興味もないのか…

「えーーーー!本当に修也君なの!?身長とか声とか全然違うじゃなーい!…かなりお父さんに似てきたかしら?」

「……3年もあったんだからそりゃ変わるだろっ…」

修也は苦しそうに呟く。王妃は彼の頬を引っ張ったり、思いっきり抱きしめたりしていた。

「…うん、確かに目と髪の色。それに引っ張り心地とか抱きしめ心地は修也君ね…。」

「いや…あんた俺のことどうやって判別してんの…覚え方が特殊過ぎんだろ…ムギュッ。」

喋る途中で抱きしめられて、修也は可愛らしい声を出す。

「あら、口が減らない所も相変わらずね。そういう所もお父さんそっくりだわ…」

「…むぐむぐ…ぐるじい…」

修也は王妃の腕から抜け出そうとするが、彼女の腕力がそれを許さない。ガッチリと彼を捕縛する。

そこで、天乃が何かに気づいたかのような反応をした。

「はっ、そうか…あそこまでのスピードを出してどうやってコントロールしてたのか不思議だったけど、《分子操作》で風属性の筒をターゲットまで作って、その中に入り足裏から風属性をさらにバーストしたのか…。さらに風の壁で急制動をかけて止まったのね…確かに体にダメージはないわ…」

「……あのさ、王妃の行動の内容を解かなくていいから助けてくんない…?窒息しそうなんだ…ムギュッ…」

 

「おほん…お見苦しい所をお見せしましたな。改めて名乗らせていただきましょう。」

そう言うと、玉座の後ろから出てきた老師は修也達に王妃を見ることを促す。

「こちら、第6代フランス国王《ウェールズ・ヴァルトレン》様の妻でおられます、王妃の《サレス・ヴァルトレン》様でございます。」

王妃は穏やかな笑みを浮かべる。

「改めまして…ごきげんよう、お二人共。本日はわざわざ遠い日本からお越しくださり、ありがとうございます。」

「こちらこそ、霊使者協会へのご依頼ありがとうございます。サレス王妃。」

「…ありがとうございます。」

天乃の礼と共に、修也は言葉だけ同調した。

その様子を見た天乃が、修也を横目で見る。

「ちょっと、ちゃんと頭下げなさいよ。王妃様と面向かっているんだからね?」

その注意に、サレスは笑う。

「おほほほほ、良いのよそんなに礼儀正しくしなくても。王妃、なんて言う肩書きもほとんど《名ばかりのもの》だしね。それに…」

サレスは優しい微笑みを浮かべた。

「…そんな状況で彼にまともな挨拶をしろと言っても、無理な話でしょうし。」

「ですねぇ…」

 

「修にぃ、肩車肩車!それに久しぶりに来たんだから高い高いしてよ!」

「だー!うるせぇよロン!今お前の母ちゃんと大事な話してるから後にしろ!」

「ろ、ロン…修也さんに迷惑かけたら、ダメッ…!あ、こら…シクルも修也さんのお召し物を掴んじゃダメ…」

「だー…ぶー…」

 

「この子達は私の子供でね。昔から修也君には良くして貰ってるのよ。」

「…あなたの交友関係ってどうなってるのよ。フランスの官僚さん達と随分友好関係築いてるし。」

「話すと長くなるからあんま話したくねえ…と言いたいとこだけど、まあ隠す必要もないし話しとくか。」

修也は肩に乗る少年に向けていた視線を天乃に移す。

「簡潔に言うと昔から親父がフランスの王様と仲良かったんだよ。そんで俺もフランスに来た時よく顔を合わせたりしてたしな。ウィリアムさんは親父に恩があるらしいし。」

「はい、陽也殿には感謝してもしきれぬほどの恩がございます。その時のことは今もハッキリと思い出せます…。」

ウィリアムの反応に、修也は苦笑する。

「聞いての通りほぼほぼ親父繋がりだ。俺はなんもしてねえよ…ロン、髪を引っ張るな。」

修也は少年に軽く声をかけた。それに少年は楽しそうに笑った。

 

サレスの子供達はそれぞれの場所に座る。

サレスは赤ん坊を抱えながら話し始める。

「任務の話の前に、子供達の紹介をしておきましょう。…アリシア、いらっしゃい。」

「はい、お母様…」

アリシアと呼ばれた金髪碧眼の少女は立ち上がるとスカートの裾を掴んで礼をする。

「アリシア…ヴァルトレン。12歳です。以後お見知り置きを…」

「よく出来たわね。」

サレスはクスリと笑う。

「この子は昔から気が弱くて人見知りでね。第一王女なのだし、もう少ししっかりして欲しいけれど。」

サレスの言葉にアリシアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。あまり人に自分のことを知られたくはないらしい。

「さて、じゃあ次は…ロン、ご挨拶を」

「はーい、お母様!」

言うと、少年は元気いっぱいに叫ぶ。

「ロン・ヴァルトレン!6歳です!一応だいいちおうじ?なんだそうです!」

「…お前絶対第一王子の意味分かってないだろ」

「当たり前じゃん!」

修也の言葉にロンは胸をそって思いっきり威張った。その様子を見て、修也は苦笑した。

「威張らないの。…この子はアリシアと違って元気なのはいいけど少し自由すぎるのよね。もっと自制して欲しいわ。」

「歳を重ねたら自然と身につきますよ。」

天乃の言葉にサレスは「だといいわねえ」と苦笑した。

「それで、この子はシクル・ヴァルトレン。第二王女で、先月1歳になったの。」

そう言うと、サレスは優しい微笑みを再度浮かべた。

「それじゃ、そろそろ任務の話をしましょうか。反乱軍の話はウィリアムから大体聞いたでしょう?」

「ああ、今に至るまでは、な。」

修也の答えに、サレスは頷く。そして、子供たちに話しかけた。

「アリシア、ロン。これから少し難しい話をするから部屋に戻りなさい。ウィリアム、シクルをお願い。」

「承知しました。御二方、どうぞこちらへ」

「えー、修也と遊びたい!ヤダヤダ!」

「ろ、ロン…」

膨れっ面を作ってロンが駄々をこねるので、アリシアが宥めようとする。

修也は苦笑して、話しかけた。

「話が終わったら遊んでやるから。今は部屋でいろ。アリシア、お前も来るといい。」

その言葉に、ロンは満面の笑みで喜んだ。

アリシアも、瞬時に顔に笑顔ができたがすぐに隠すように礼をした。

そんなこんなで、4人は部屋を後にした。

修也は卓上にある茶を啜る。

「…でかくなったな。」

サレスは笑う。

「でしょう?3年もあれば当たり前だけどロンなんて身長がすごい伸びたのよ!?ちょっと感動したのを覚えてるわ…」

「俺もびっくりしたよ…」

修也はティーカップを受け皿の上に置いた。

「子供達もいなくなったし、始めるか。」

「ええ。そうね。」

そう言うとサレスは優しい母の顔でない、鋭い眼光の王妃としての顔になる。その顔は、天乃の背筋に少し冷たい何かを走らせた。

「まずはこれを見て欲しいわね。」

サレスは側近の老師…参謀からあるものを出させる。卓上に置かれた、紙。

「…手紙、かしら。」

「アァ…だな。」

天乃と修也はフランス語の(二人には霊器物の効果で日本語に見えてはいるが)文面に目を通していく。そして…その内容に、目を剥いた。サレスは悲痛そうに顔を歪めて、頷いた。…手紙の内容は、こうだ。

 

《我らは神・イエスの名のもとに愚かなフランスへ粛清することを決めた。卑劣な手で人をも貶めるような国は存在するべきではない。我らの怒りを沈めたいのなら1週間の内に醜き王族を全て処刑せよ。さもなくば、我らは貴国に攻め込むであろう。》

 

「これが送られたのは…?」

天乃の問いにサレスは答える。

「…つい三日前よ。」

「な…!!」

天乃は驚きに目を見開く。そして、焦りを感じる。

「つまりあと三日で戦争が引き起こされるということ…?あの、これ協会の支社には…」

「もちろん伝えてあるわ。もう戦闘体勢を整えていると返事も来てる。」

その言葉に天乃は安心したようにため息をつく。

「よかった…ならあとは住民の避難だけ、ということですね。修也、私達も準備を…」

天乃は珍しく黙っていた修也に声をかけようと横をむく。

…そこには、目を見開いた修也の姿。手紙を見たまま驚きに顔を染め、先程と同じ体勢だった。

「修也…どうしたの…?」

天乃の声に、答えはない。ただ、修也は一言だけ囁くように呟いた。…嘘だろ、と。

天乃はその声に疑問を覚えて修也の視線と同じ場所を見る。どうやら、どうせ知らないものだろうと彼女が見る必要も無いと切り捨てた、差出人の名を見ているようだ。

『一体何が…』

天乃は差出人の名を確認する。…そして、修也と同じようにまたもや驚きに目を見開く。

彼らが驚いた差出人。それは…

 

「ジル・ド・レ……?」

 

天乃は消え入るかのような声で囁いた。

 

ジル・ド・レ。別名《青髭》

かつてはフランスに仕える有能な軍人だった。階級は元帥。救国の聖女とされるジャンヌ・ダルクらと共にオルレアン包囲戦で勝利を収め、《救国の英雄》と謳われた。

しかし、崇拝するジャンヌが捕えられたことによりその性格が一変。錬金術に没頭するようになり、さらに《黒魔術》なるものを扱うためとして、部下を使い何百人もの子供を殺害。さらに性的欲求を満たすために150~1500人もの少年を凌辱、殺害。

最後は首絞刑となり、没落。

フランスの英雄であり、歴史的大犯罪者である。

 

「嘘でしょ…これが本当ってことは…」

天乃は声を震わせる。

「英霊が現れた…ってこと?」

「そうなるな…」

修也は初めて冷や汗を流した。

 

《英霊》

普通の霊では話にならない霊力と戦闘力を有した、規格外の霊のことである。それらは全てかつて活躍した歴史的人物や伝説上の者達であり、一人一人その人物にあった《神器》を所有している。…普通ならば、出現することすらありえない。希少な存在であった。

 

「…それが本当にジル・ド・レ本人なのか、もしそうならこれはフランス最大の危機と言えるでしょう…。こちらにも強力な軍が存在しますが、派遣している偵察によれば、あちらは人と霊を合わせた数万の兵を所有しています。良くて互角…と言うとこでしょうか。」

サレスは悲痛な顔を浮かべて、下を向いた。

「で、ですが…ジル・ド・レが本当に存在するかどうかは…」

「この国に着いた時、とてつもない量の霊力を南側に感知した。…恐らく、英霊で間違いねえだろ」

天乃の考えに、修也は即座に否定を入れる。天乃はさらに焦り始めた。

『ジル・ド・レが本当に存在している…?ならばその配下の霊達もかなり強力なはず…何か手は…』

彼女の思考はさらに加速されていく。

霊使者は悪霊退治のエキスパートだ。霊の倒し方、払い方を最も熟知している。

…しかし、あまりに戦闘能力の離れた相手には戦えないのは人と同じである。恐らく、フランスに居るものだけでは劣勢となる。

しかも、日本から大勢の援軍を転移させてはいきなりの戦力増加に敵が動きだし、避難が遅れる可能性も大いにある。

『どうすれば…』

天乃の思考が絶望に染まりかけた…その時。

 

ダァンッ!

 

凄まじい音をたてて、修也が机を叩く。天乃の思考が一気にクリアに戻る。天乃は修也に視線を戻す。その顔には、冷や汗など残ってなかった。

「まだ終わってねえぞ…」

ただあるのは…昔から見てきた、不敵な笑みのみ。その目は、赤く爛々と光っている。

「なあ、王妃。あんたなんで俺たちを呼んだ…?」

修也は今更な、しかし最も重要な問を口にする。当たり前過ぎて、天乃すら見落としていた盲点。そう、いくら五元老の二家系が二人を殺そうと思っていても、戦争でフランスが堕ちかけているとなれば、話は別だ。それこそ、もう少し大人数の、高ランクの霊使者を派遣するなりしてから、修也達を派遣するだろう。

…しかし、それをしなかった。…つまり、どういうことか。

王妃が、要求したのだ。それだけでいいと。

《桐宮修也とそのペアのみをよこせ》と。そう、協会に依頼したのだ。

「俺たちに依頼したのは《直接的な戦力増加》のためじゃない。…正確にはそれもあるが、もっと大部分を占める大きな理由がある。…それを教えてくれ」

修也の仮説にも似た言葉に、王妃は沈黙する。しかし、すぐに笑みを作った。

「まさか、依頼する前に核心まで行かれるとはね…キチンと依頼するはずだったんだけど。」

「今からすりゃいいだろ、そんなもん」

修也の言葉に、サレスは「それもそうか」と舌を出した。

その直後、サレスは顔を引き締めた。そして、手を前方にかざす。その姿はまさに、戦場にて、命令を下す王そのもの。

「王妃、サレス・ヴァルトレンの名において霊使者桐宮修也、及び…えーっと…」

「あ…私の名前ですか…えーっと…」

さすがに本当の名前は言えないことを考慮してか、どのような名前にするか悩む天乃。

その2人の光景に、修也は面倒くさそうに頭を掻く。

「あー、しまんねえな!こいつ、俺の妹の桐宮天乃。」

「はあっ!?」

「はい、これで行こう!異論は認めん!」

天乃の講義の声に修也は知らん振りをした。

サレスは目をぱちくりしていたが、すぐに顔を整えた。

「…桐宮天乃に命令す!ここ、パリから東に向かい…」

 

「ドンレミ=ラ=ピュセルより、聖女ジャンヌ・ダルクを発見せよ!フランスの命運は、貴殿らにかかっている!」

 




「ほっ、よっ、とっ…」
「すげーすげー!俺まだ10も出来ねえのに!」
リフティングの回数を修也が増やして行くにつれて、ロンが歓声をあげる。
天乃はそれを遠くの手すりにもたれかかって眺める。
彼…修也の周りには、自然と人が集まる。それは、老若男女関係なく。
大罪を犯したことにされても尚、彼の家の道場に入門する者の数は一向に減らないのがその証拠。
王城に入ってきた風で、少し中庭の草が揺れた。と、同時に天乃の横に人影が1つ。天乃はその姿を見て、目を見開く。
今まで修也の中にいた黒髪黒目の吸血鬼・琥珀。
彼女と喋ったことがない天乃は反応に困る。しかしそこで、琥珀から喋り出した。
「見すぎじゃぞ、我が主の幼馴染よ。」
「な…!そ、そんなつもりは…」
天乃の反応に、琥珀は薄く笑う。
「ぬかせ、貴様の視線の過半数は我が主に向けられておることは重々承知。わしは主と感覚を共有しておるからな、それぐらいは分かる。」
「な…!」
琥珀の言葉に、天乃は項垂れた。
そこから、少しの間。
もう一度風が拭いたあと、琥珀は喋り始める。
「…貴様からの好意。恐らく我が主は感ずいてはおらん。ただの友人、幼馴染としてしか、貴様を見ておらん。」
「…ですよね。あいつ、鈍感ですから。今も…昔も。」
苦笑する天乃に、琥珀は主人に似た、不敵な笑みを浮かべた。
「じゃが、お主に特別な感情…それを持っているのは確かじゃ。わしは恋なんぞしたことが無いからよく分からんが、《それ》は確かに貴様への印象を高めている。」
驚きに目を見開く天乃に、主人の元へと歩き始めた琥珀は、横目で天乃を見ながら薄く笑った。

「せいぜい努力せい…我が主の、元《婚約者》ならな…」

「な!どこでそれを…!」
天乃は羞恥に顔を染めた。それを見て、さらに琥珀は笑いながら、天乃から遠ざかっていく。
天乃は自分でも顔が熱くなっていくのを感じる。
『お主に特別な感情…それを持っているのは確かじゃ。』
天乃は琥珀の言葉を思い出す。
修也は、天乃に恋心を持っているのかはまだ分からない。だが、それに似たものは持っているという。なら…
「…もうちょっと、頑張ってみようかな。」
天乃はそう言って、頬を少し染めて微笑んだ。

…二人の話を聞いた人物が一人。
お手洗いから戻ってきた、一人の少女。
アリシアは、可愛らしく頬を膨らませ、軽い《嫉妬》を覚えた。
そして…
『…私だって…私だって、負けないんだから…!』
アリシアは、そう言って中庭の修也の所へ戻って行った。

「へクシッ!」
盛大なくしゃみに、修也は鼻をすする。
「修にぃ、風邪?気をつけた方がいーよ。」
「あー、そうだな…気を付けるわ。」
…いつの間にか、自分を巡る少女達の戦いが知らぬところで始まっていたのを、彼は知る由もなかった。


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第14話 意味

フランス、ミディ・ピレネーの北部にある住宅街。そこは全て、ある《集団》に占拠されていた。
今では国だけではなく、世界的ニュースにもなっている反政府派組織《聖旗軍》。
住宅街の中にある、最も大きな家屋では毎週のように聖旗軍幹部による活動報告が行われていた。
「…報告は以上です。元帥殿。」
「…ご苦労様です、皆さん。」
元帥、と呼ばれた長髪の男は粘着質な笑みを浮かべて礼を言う。
「元帥殿、期限の日まで残り三日となりましたが、王家はどう出るのか…貴方様はどのようなお考えであの脅迫文をお送りになられたのですか?」
長髪の男は立ち上がる。
「ン〜フッフッフッ、簡単な事ですよ。王家は誰も公開処刑などしない。それは予想通りです。もし万が一、実行されたとしてもそれはそれで好都合です。本当の目的は…」
長髪の男は近くの机に置いてあったチェスの駒の白キングをステージ外に出す。
「我々とあちら側が戦争を起こすとなると、恐らくあちら側は劣勢となり、負けに傾き、兵が来ると必ず裏口から逃亡しようとするはずです。もちろんその時は逃げ切れると、安心しきっているはず…」
今度は黒のビジョップとナイトをステージ外の、白キングの周りに置いた。
「そこを叩くのです。人は恐怖に忠実。生き残るためなら敵前逃亡もやむなし。これが確実でしょう…」
「なるほど…さすがは元帥殿だ!」
「奴らが逃亡した時のことまで作戦内容に入れてるなんて…なんて深い考え!」
「やっぱ俺達のリーダーはあんたしかいねえよ!」
日が沈む中、1つの家屋から歓声が町中に響き渡る。その歓声を背に、長髪の男は沈む日を見つめた。
「今日は解散とします。出て行きなさい。」
「はっ、元帥殿!また明日!」
「「「また明日!」」」
軍隊のような敬礼の後、男達は去っていく。誰もいない部屋で、長髪の男は1人佇む。
その顔には、聖旗軍メンバーには見えぬ角度で…恐ろしいほど悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
『…ま、ただの建前ですけどね。フランス王家などというものが気に入らないのは確かですが…私としては何より…』
その笑みは、さらに濃く、深くなって行く。
『逃亡時に襲った時の顔を…絶望に満ちた顔を見たい!震える唇!眉間によるシワ!…そして、恐怖によって縮まる瞳孔!その全てが揃う時…私は何よりの快感を覚える!』
男は自分で自分を抱き締めた。
『嗚呼、見たい!絶望の顔を!既に何人かの者で試しては見るもののどれも私の欲を満たしてはくれない…!やはり断続的な恐怖では人は慣れてしまう。僅かな希望の後に、絶望に突き落とされる!これこそ至上!少年ならば尚よし!』
男は想像だけでイキそうになる。脚が震える。
これが、この男…英雄《ジル・ド・レ》の本性。口では上手いことを言いながらも、心の中では他人のことなぞ考えていない。全ては自身の性的欲求を満たすためだけに行動している。
『あの者達は実に使えそうです。ま、せいぜい良いように使わせてもらいましょう。』
ジルは、そう考えてニヤリと笑う。その笑みは、なにか良くないことが起こるのを予感させるには、十分すぎるほど邪悪なものだった。


「今のフランス王家って、つくづく面倒な家系だよなぁ。」

修也の呟いた言葉に、天乃は怪訝そうな目を向けた。

「いきなりどうしたのよ。とうとうとち狂ったかしら?」

「いつも思うけどお前俺の事変人扱いし過ぎだろ。」

「違うとでも?」

「違うわ。」

天乃が眉をひそめて問うと、修也は即答でそれを否定する。

天乃は手にある本に目を戻しながら、ため息をついた。

「ま、いいわ。それでどうしたの?王家のどこが面倒な家系なのよ。」

「家系の歴史に決まってんだろ?」

修也は何気なしにまたもや即答する。

「えーっといつだっけ…あ、そうそう。1789~1799年まで起こったフランス革命で王のルイ16世とマリーアントワネット。あと王家のほとんどが斬首されたわけだろ?そんな中、当時フランスと霊使者協会の唯一の繋がりだった今の王家…ヴァルトレン家も処刑されそうになった所を当時の使媒頭様が国民を説得して何とか生き残ったんだっけ?そんで今は王と王妃っつう座に落ち着いたと…面倒くさくね?」

修也の言葉に、天乃はフンッと鼻を鳴らした。

「そこまで面倒かしら?結構わかりやすくて端的だと思うけれど…要は霊使者協会が他国との仲人としては当時の王家のポジションに立つような家系の人達が必要だったからフランス国民を説得したってだけでしょ?」

「今の王家はほとんど政治的権限ないらしいし」と、天乃は付け加えるように呟いた。

「そこだよ。今は王家に権限なんてほとんどない。なのに政治的地位は《国王》っていう座に落ち着いてる。それって本当に身分制廃止されてんのか?」

「そこは気持ちの持ちようでしょ。確かに裕福な暮らしをしてるにはしてるでしょうけど、言ってしまえば大臣なんかの官僚とほとんど同じくらいの生活だからね。印象としては、《ちょっと金持ちのお隣さん》ぐらいの感覚なんじゃない?それに日本にだって天皇皇后陛下はいる訳だし?政府的にも霊使者協会みたいなよく分からない団体の窓口があるのは何かと便利でしょうしね。」

「ああ、全くその通りだ。よく分からない団体の次期頭領様。」

「あなた次言ったら首から上が無くなるからね?」

突きつけられた剣に、修也が降参するかのように両手を上げる。

天乃が剣を下ろすと、二人は同時に大きくため息をついた。

「…なんでこうなったかな。」

修也は真上に広がる満天の星空と、横目で見える明かりの着いた建物を見て呟いた。

「…あなたのせいだけどねー…」

「言うなよ、虚しくなるだろ…」

修也に振り回されたことで疲れたのか、力のない天乃の声に、修也の声が重なった。

二人が野宿するハメになった、そのあらましを簡単に説明しよう…

 

まず、ジャンヌ・ダルクらしき英霊捜索の命令を出されたあと、修也達はかつて英霊級の霊力を観測した事と、それを観測した場所の地図を受け取る。

ちなみに、ジャンヌ・ダルクという確証はどこにもない。ただ、発生源が彼女の生まれ故郷である、ドンレミ=ラ=ピュセルの近くだったから、そう仮定した。

ただ、この依頼で難しい点が観測したのがおよそ3年前であるということ。

それまでは、現地の霊使者達が大部隊を率いて血眼になって探したものの、見つからなかった。

ま、そんなこんなで3年経ちまして、今のような大ピンチになったと。何故今頃探してくれと言い出したかと言いますと、英霊とね、英霊をぶつけると、もしかしたら勝機が見えるかもしれないとそういうことですね。

まったく、都合のいいことをおっしゃいますわ。

すると修也君がね、「今から行ったら時間短縮になるだろう」と言ったわけです。もちろん天乃はそれに賛成。2人は王家の方々に惜しまれながら転移したわけです。

…ここで問題発生。

もちろん転移霊術を使うのだから、普通なら人気のない周りの森なんかに転移すると思うでしょ?

…これが盲点。天乃は修也を信頼するべきじゃなかったね!なんとこの男。わざわざもらった資料に書かれた座標きっかりに転移した。そりゃあ村の真ん中に当たるわけだから人には丸見え。農作業してる人なんかいきなりいきなり目の前に人が現れるんだから腰を抜かしても致し方ない。

まあ、何やかんやありまして、修也と村長の言い合いの結果、修也なんと引き下がり、妖術の使い手という認識のまま野宿させられたわけです、ええ。

二人は夜を外で過ごすのであった…今宵はここまで(シャーー……)←幕の閉じる音

 

「で、これから何か策はあるの?とりあえずドンレミ村に入らなきゃジャンヌ・ダルクらしき英霊を探すことも出来ないんだけど?」

天乃の問いに、修也は焚き火の上で吊るした鍋の中身をかき混ぜながら返答する。

「あったらもう実行してるよ。ないからこうして村の近くで火ぃ炊いて飯作ってんだろ。」

「…むしろフランスの存亡を賭けた依頼を既に失敗しかけてるこの状況でご飯を作ってるならかなり異常だと思うけれど?」

「腹が減ってはなんとやらだ。…ほれ、できたぞ。」

修也は野営用の簡素な皿に鍋の中身を注いで、丸パンと共に渡す。

「ありがと…」

天乃は素直にそれを受け取って、スープをスプーンで掬い、啜った。

「…おいしい。」

スープの具は、非常食の香草と干し肉という簡素なものだった。しかし、しっかりと味がついており冷えた体を芯から温める。

「…相変わらず、女子力高いわね。」

その言葉に、修也は苦笑する。

「ウチは、爺さんも翠も家事できねえからな…お袋が死んでからは、俺か家政婦が作るしかねえんだよ。」

「ああ、そういえば家政婦さんが居たわね、あなたの家。…ちゃんとご飯いらないって言ってるの?」

「今あいつ有給消化中だよ。…ていうかなんも言わなきゃいつまで経っても休まねえから、無理矢理有給命令出したんだけどな。」

「あの子真面目だものねー…ちなみに、何日?」

「桁が違う。4()()だ。出したのが3月の頭とかそこら辺だから…もうそろそろ出禁解除される頃だろ。」

「…あなた、出入り禁止にしてたの?家政婦なのに…」

「そうしないと家で家事やるんだもん、あいつ」

そんな言葉を、ため息と共に吐き出した。

その直後、修也のポケット内から振動が彼の体に伝わる。

「メール?」

修也はロックを解除して、メールを開封した。それは、新からのメッセージだった。

《やっほー!久しぶりの大型任務ハッスルしてる?ま、君のことだからどうせまた無茶して天乃君を困らせてるだろうけどね!ちゃんと任務完遂して戻ってくるんだよ!》

「…あいつ…」

その文面に、修也は苦笑した。

新は、修也の事を修也以上に理解している人間の1人だ。おそらく、修也が色々やらかしていることを考慮して、このメールを送ってきたのだろう。

「…これだから、あいつは嫌いになれねぇんだよな…」

凄まじい予想と洞察力、そして友や仲間を思う気持ち。それらを有すが故に彼についていくものは多いのだ。

「…頑張らねえとな。」

彼はスマホを閉じようと…

「…ん?」

したところで、気づく。新の文面には、まだ続きがあったのだ。修也は指でスライドし、長い間の後、その言葉を見つけた。

《そうそう、最後に君にこの言葉を送ろう。【虎穴に入らずんば虎子を得ず】》

修也はその言葉に、新からのメッセージらしき何かを感じた。その文の真偽は、なにかまだ分からない。だが…

「…ま、なんもしなけりゃ始まらねえわなぁ…」

そのメッセージは、修也の背中を静かに押す。

ワンテンポ置き、修也は腰のポーチから折り畳んだ紙を取り出す。それを見事な手際の良さで広げていく。

天乃もそれに合わせて手に持つ本を霊術で作った異空間に収納した。

フランスの国土を示した地図のようであるそれの、南側を修也は赤いペンで囲んだ。

「まず俺が今調査したい場所だけど、この国に来た時に感じたデッカイ霊力の塊…それに近いここら一帯を調べたい。」

「それはいいけど…ここは聖旗軍の縄張りよ?敵の本拠地に乗り込むことになるけどそれはいいの?」

「…そこが問題なんだよなぁ。俺ら2人は多分前の戦闘で聖旗軍に顔が割れてる。そんな奴らが街中堂々と歩いたり聞き込みとかしてたら大問題だし、普通にコソコソやったとしても見つかったら敵軍一気に攻め込んでくるだろうしな…やるにはリスクがデカすぎんだよな。」

修也は頭を掻きながら呻く。

基本的な霊使者の心情…心構えと言うべきか、彼らは任務中の《一般人への攻撃》は厳禁としている。それは修也も、次期頭領である天乃すら例外ではない。勿論、自分から向かって来る奴は気絶させるなどすることはあるが。しかしまぁ、2人があまり一般人と戦いたくないのは変わらないわけだ。

修也はしばらく考え込んでいたが…

「…うん。」

数秒後、一つの案を提示した。

「ここからは別行動にしよう。」

その言葉に天乃は驚きに目を見開き、すぐに苦笑する。

「…また随分と、思い切ったわね…一人で敵の本拠地に乗り込むなんてリスクが増えるだけじゃない?」

修也はそれに首肯で答える。

実際、一人で行動するという事は動きやすくなるというメリットと同時に、戦力が減少、下手すれば半減以上ということもあり得る、危険な行為なのだ。

しかし…

「けどま、これが一番いい方法なんだよ。隠密行動は1人の方がやりやすいしな…」

そう言いながら修也は地図を折り畳んで腰のポーチに戻す。

「あと、当然だけど南には俺が行く。」

「え…!?ちょっ、ちょっと!勝手に決めないで…!」

修也の決定に猛抗議しようとする天乃を、彼は呆れた目で見つめた。

「お前なぁ…まだ未決定とはいえ協会の次期トップなんだろ?これは命を落とす可能性が高くなる賭けみたいな案だ。そんなんに首突っ込んで死ぬなんざ笑い話にもならねえ。俺が言えたことじゃないけど…お前は俺以上に自重しろ。」

修也の言葉に、天乃はぐうの音も出ない。彼の言葉は全て正論だった。その言葉が彼女の主張を全て押しつぶす。

『…私、今回の任務で何も出来てない…』

首を俯き、気を落とす天乃の姿を見て、修也はため息をつく。

「…勘違いすんなよ。別にお前が邪魔な訳でもないし、役に立ってないわけでもない。これが一番合理的ってだけだ。…それに、お前今まで団体任務しかやった事ないんだろ?なら、まだ慣れてる俺の方がまだマシってだけだ。」

修也の慰めに、天乃は「うん」と返事はするが、まだ納得していない様子である。修也はもう一度ため息をつくと、立ち上がり置いていた刀を腰に差す。

「お前にはジャンヌ・ダルク…らしきものだけど、それを見つけたら…っていうか戦争が始まったら色々やってもらうことがある。その時に役に立ってくれたらそれでいい。…それでも嫌だってんなら今すぐ日本に叩き返す。…どうするか今すぐ決めろ。」

修也の最後の言葉に、天乃の体が一瞬震える。その後しばらく震えていたが…

すぐに地面を叩いた。そして凄い勢いで立ち上がる。

「あー!もう分かったわよ!私はここで待ってればいいんでしょ!何よもう、そんなの間接的に『この役立たず』って言ってるようなものじゃない!」

「いや、ちが…」

「違くないわよ!ほんっともう、それなら直接言ってくれた方が良かったわ…!…ただし!」

ビシッと天乃は修也の顔を指さした。

「あなたに手柄を全部取られるのは癪だから私もこの村周辺を捜索させてもらうわよ!それぐらいはいいでしょ!?ちなみに拒否権はないから!」

「……」

嵐のような天乃からの主張に、しばらく修也は呆気に取られていたが…

「プッ…ククッ…はははっ…」

…何がおかしいのか、唐突に笑い声を出す。天乃は首を傾げる。目元に涙を浮かべ、修也は言う。

「いや…やっぱりお前はこうでなきゃなって思っただけだよ。そんでその怒り方見てると、昔のことも思い出してな…いやー、笑った笑った。」

「ちょっと、昔は関係ないでしょ!」

天乃の軽い拳が修也の腹に当たる。それを修也は笑って受けながら、呟くように囁く。

「さて、ここからが本番だ。しっかりと調査してくれよ、天乃?」

「フン、それはこっちのセリフよ。範囲が広すぎるなんて理由で見落とさないでよね、修也。」

「あぁ、勿論だ。」

そう言って、2人はハイタッチを交わす。軽やかな音が鳴り響き、その直後2人は別の方向に向いた。修也は南に天乃は北に。それぞれ足を踏み出し離れていく。

修也は森に入った直後に転移霊術を起動、目的地近くまで転移する。天乃は1歩1歩静かに踏みしめて次なる目的地を目指す。

…そう、全てはフランスの、フランスに住む人々のために。

彼らの命を賭けた戦いの本番は、ここからなのである。

 

 

フランス南部 郊外

 

修也は静かな、暗い森を炎の霊術を使って照らしながら歩いていく。ここはフランス南部、ミディ・ピレネー地域圏の中にある小さな森。そこに修也は一人でいる。

勿論夜の森ゆえ人は少なく、彼も一抹の寂しさを感じずには居られない…

「いやー、このような雰囲気は落ち着くな!夜の静かな時間というのは実に素晴らしい!」

「そんなこと感じてんのはお前だけだよ、琥珀。」

修也は面倒くさそうに返答する。

彼の相棒であり従霊…琥珀は修也に振り向きながら器用な後ろ歩きで話す。

「しかし…我が主よ。1つ聞いておきたいことがあるのじゃが…」

琥珀の言葉に修也は横目を向ける。その反応に…琥珀は、どこか悪鬼めいた笑みを浮かべる。

「…お前様、この任務について、一体あの小娘に何を隠しておる?」

「……」

その問いに、修也は答えない。ただただ、前を向き森の中を前進していく。

《小娘》、というのは勿論天乃のことである。彼は絶対の信頼を置かなければならない相手に隠し事をしていると、琥珀は言っているのだ。

「そりゃあ、誰にだって隠し事はあるもんだろ?ましてや異性に知られたくないことなんて山程…」

「誤魔化すな。」

茶化そうとする修也の目を、琥珀は鋭い視線で射抜く。

「わしは真剣に問いを投げておる。それに不真面目な回答をぶつけるなど…主であっても許すことはできん。」

その、吸血鬼の王に相応しい冷たい視線に…

「……」

琥珀は本当に真剣なのだと、今更ながらに彼は気づいた。おそらく、琥珀は修也が真剣に答えるのを待っている。しかし、彼は…

「…フフッ…」

答えるのではなく、少しの笑みを漏らした。

その様子を見た途端、琥珀の霊力が跳ね上がる。どうやら、戦闘態勢に入りかけているようだ。

「…何がおかしい」

あまりの気圧に、周りの木々が軋む。髪がどういう原理か、僅かに浮いていた。

普通のものなら、その霊力の圧力のみで気絶するであろう中、修也は「いや」と笑いながら返す。

「お前が天乃と仲良くやってくれてんだなと思ったら安心してさ。しかもそんなあいつの身を案じるぐらいに…」

「なっ…!」

その発言に、琥珀の霊力は嘘のように霧散する。そして、誤魔化すようにそっぽを向いた。

「ふ、ふん!わしだってあの小娘の身を案じてはおるが…別に仲良くはしておらん。少しばかりの《助言》はしたが、あくまでやつは他人じゃ。正直、どうでも良い。」

その琥珀の、照れ隠しのような言葉に、修也はニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「んー?じゃああいつの事は嫌いか?」

「えっ…あっ…いや…」

琥珀の、その否定も肯定もできない反応に、修也は笑う。

「あははは。いや、すまん。反応が面白いからついからかっちまった。」

あははははとなおも笑い、涙すら浮かべながら修也は琥珀を見る。そうしていれば年相応の女の子に見える吸血鬼に、修也は笑いかけた。

「…天乃のやつは人から好かれることはあっても嫌われることはそうそうねえからな。あるとしたらそりゃ、家系ぐるみで中の悪ぃやつぐらいだ。」

実際、その通りだった。彼女にはどこか人を引きつけるような魅力がある。かつて、幼い修也はそれを魔眼ではないかと疑った程だ。当然、それには妖が含まれても別に驚くことではない。

その言葉に、琥珀はなおも照れくさげにそっぽを向いている。修也はそれをおかしく思いながらも…しかしすぐに、本題に入った。

「そういや、隠し事の件だが…」

その話になると琥珀は見違えたように首をあげる。普通ならば視認できないほど凄まじい速度で。

「そう、それじゃ!危うく本題を忘れるところじゃった!さあ話せ!全てを!」

「…質問した方が忘れるってどういうことだよ。」

琥珀の言葉に修也は頭が痛そうに抑える。だが、それもどうでもよかったのか修也はすぐに話を続けた。

「…内密に、っていうかあまり知られたくなかったんだが…まあ、記憶共有してるお前に隠すのも無理な話か。」

「どうせまだ見てないんだろうけど」、と彼は呟く。琥珀は妙なところで個人のプライバシーを守るからだ。

「…今回のこのフランスでの任務な、実は俺が前々から天樹に頼んでおいたことなんだよ。」

その言葉に、琥珀は幾許かの衝撃を受ける。それは修也にも伝わっているのか、彼は苦笑した。

「まあ、こんな大掛かりな任務だとは思わなかったけどな…近いうちにフランスでの任務が入るように天樹に頼んでおいたんだ。」

「…何故、そのようなことを?」

いくら記憶や様々なものを共有しているにしても、琥珀には主人の思考ばかりは理解できない。

以前話したように海外からの依頼、申請はそれだけのリスクが伴う。たとえそれを専門とする部隊に属していても、進んで行くものは少ないだろう。

何故彼はそのようなリスクをおかしたのか。彼女にはそれが分からなかった。

「…俺な、人を探してんだよ。」

彼女の主は淡々と話し始めた。

「…この国で、1回だけ。人に助けられたことがあるんだ。俺が罪を犯して、戦えなくなった時に助けてくれた人。」

「身体だけじゃなく、心も助けてくれた」と彼は言う。

「俺が自棄になって、城からこの森に抜け出して…戦えない時に悪霊に襲われた。その時に、彼女は助けてくれたんだ。」

漫画みたいな話だけどな、と彼は笑いながら話す。

「俺は、彼女に礼を言いたい。あの人は覚えてないかもしれないけど、ちゃんとこうして一人で戦えてるって伝えたいんだ。」

その横顔は、いつもの日常生活や戦闘時のような澄んだ大人のものでは無い。どこか、年相応の、子供のような表情で…

 

ピクッ

 

琥珀の耳が少し揺れ、修也も同時に足を止める。そして、周りの草からは複数の音。

「…囲まれたか?」

「…そのようじゃな。」

修也の表情はいつもの全てを射抜くような鋭さに変わり、辺りを軽く見回している。

「10人ってとこか…案外少ねえな。」

「…散らすか?」

動こうとする琥珀。それを修也は手を彼女の前にかざして静止する。

彼女は何故?とアイコンタクトを送る。それに修也はまだその時ではない、と目配せした。

しかし、修也ももしもの時に備えて腰には刀を差している。

2人が止まっていると、囲む複数の中から1人ゆっくりと近づいてくる。それに呼応するかのように修也は1歩前に出た。

修也と男は対峙する。男の髪は金髪青眼、肌は白。なるほど、西洋人ならではの顔のパーツをしていた。

「お初にお目にかかります、霊使者殿。私はアルバ・トゥールという者。一応、聖旗軍幹部の1人となっております。以後お見知り置きを…」

男は1度礼をすると、そう名乗る。

聖旗軍。

今まさに修也達が止めようとする団体の幹部であると彼は言った。

何かの罠か、と琥珀は危惧するが…

「そうか、俺の名は桐宮修也。よければ覚えておいてくれ。今宵は聖旗軍幹部様がなんの用かな?」

そう、何気なく話を合わせた。

『主よ、どういうことだ?ジャなんとかの捜索はいいのか?』

琥珀の念話に、修也は横目でシーッと人差し指を口の前に立てる。そうして…

『ジャンヌ・ダルクな。それと…安心しろ。《予定通り》だ。』

そう、呟いた。

琥珀は、黙る。

主が《予定通り》と言ったのだ。ならば付き合うのが従霊の役目というもの。

「それではキリミヤシュウヤ様…」

「修也で構わない。呼びにくいだろう。」

その言葉に、幹部の男…アルバは少し目線を上げるが、すぐに礼をした。

「それでは…シュウヤ様。我らが元帥、ジル・ド・レ閣下がお目にかかり、話をつけたいとご所望しております。どうかついてきて下さいませ。」

………

…………

普通ならば、罠と思い、誰も行かない誘いであろう。それはそうだろう?何故ならこれは相手の懐にわざわざ入りに行くようなもの。普通ならば、受けるわけがない。

…しかし、忘れてはならない。いまその申請を受けたのは自他共に、長年共に暮らす家族や幼なじみですら認める、超無軌道人間なのだ。修也は、少しの間の後…

「ああ、その誘い喜んで受けよう。」

彼の顔は、真剣さしかなかった。まさに敵地に乗り込む蛮勇そのもの。

しかし…

「フゥ…」

それを見て、琥珀は少しだけ苦笑する。何故なら、彼の今の感情が彼女には手に取るようにわかる。それは…

 

無限の嬉しさと、好奇心。

 

彼の心は踊っていた。今までにないほどに。

「まったく…仕方の無い奴よ…」

そうため息をついてから、琥珀は先に進んでいく主を追いかけた。

 

 




ミディ・ピレネー地域圏の北側。聖旗軍の統括地となっている住宅街のさらに片隅。
そこにあるは小さな小屋と、その前に立つ門番のみ。ここは普段から誰も寄り付かないような場所。そんな所にたつ小屋の中に…
「フゥー…フゥー…フゥー…」
荒い息を繰り返す少女が軟禁されていた。手首は手錠のようなもので天井と繋がれ、足は同じようなもので床に繋がれている。
彼女の髪は暗闇でも差し込む月明かりで金色に光り、白い肌には淡い光が差し込む。そして、その目は儚く今にも消えそうな光が強くまたたいている。彼女は、閉じ掛けのまぶたながらも、ギリリッと歯ぎしりをした。
そして…
「今度こそ…必ず…!」
…そう、呟いたのだった。


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第15話 交渉

修也がアルバ達に案内された場所はミディ・ピレネー北部の住宅街。その中でも一際大きい建造物…《集会場》であった。
そして、その集会場の1階部分には…
「……」
「……」
豪華な椅子に座り相対する、長髪の男と黒髪の青年。
長髪の男は肘掛けに頬杖をつき深い笑みを刻んでいる。長い髪は蠢くように波打ち、肩にかかっている。
黒髪の青年は刀を椅子の脇に立てかけ、膝に肘を起き、こちらは唇をきつく結んでいた。
そして、その2人を囲むように密集した無数の人影が見えた。
部屋はランタンに照らされ、薄暗く影が映し出される。しかし、周りの人物達の仔細な顔の様子は見れない。
「…貴方をここに呼んだ理由は、他でもありません。」
長髪の男が、その静寂を破る。
そして、率直に話題を切り出した。

「私の仲間になりませんか、桐宮修也?」


「…また随分と、予想外なお誘いだな。」

修也は相対する人物…フランスの伝説的英雄であるジル・ド・レからの誘いに薄く笑う。

それに合わせるかのようにジルも笑みを薄くする。

「おや、予想の範疇だったのでは?私とて軍人の端くれ。我が軍の精鋭達を2人で蹴散らした者達…勧誘しない手はないと思いますが…?」

「悪いねえ。こちとら前線復帰したのは最近なもんで…色々鈍っちゃってんだよ…」

ギシッ…

チャキッ…

「…なあ、これはそっち側からの《交渉》と見てもいいんだよな?」

首元を、横目で見ながら修也はジルに問う。それに、ジルは満面の笑みを浮かべた。

「ええ、もちろんですとも。だからこそ貴方をここまでお呼びして、茶も出した次第です。」

その気持ち悪いぐらいに良い笑顔を確認して、修也は目の前の卓上のティーカップを取り1口中の液体を含んだ。

チャキッ…

「…」

それと同時に、鳴り響く金属音。

「…こりゃあ頼まれてる奴の扱いじゃねえと思うんだが?」

修也は苦笑混じりのため息をついた。

先程から、首元に突きつけられている鈍い輝きの物体。蝋燭の光を反射し、修也の顔を軽く照らしている。

その《剣》がおよそ7本。修也の首周りおよそ180度をおおっていた。

「せっかくの来客にこのような無粋な対応。是非大目に見てもらえないでしょうか。我々とて国家を相手取っている立場。無駄な手間は省きたいのです。」

ジルが少し手を動かすと、剣はそれぞれ少しずつ首元から離れるが、尚も修也の首元に突きつけられたままだ。

『…なるほどね。』

それは、明らかに明確な《脅迫》であった。既に修也がフランス王家からの刺客(そんな大層なものでもないが)であることはおそらく周知。

ならばと、王家…フランス国家の戦力を少しでも落とそうとしているのだ。そして、同時に情報の漏えいを防ぐための《逃げる素振りで見せたら殺す》という明確な敵意と脅迫。

「…伝説の英雄サマってえのは随分と臆病なんだな。たかだか情報が少し漏れたぐらいじゃ大した変化はねえだろうに。」

修也の言葉にジルは不気味に笑う。

「いえ、私は自分の怠慢で計算が狂うことが嫌いなだけですよ。どうせやるなら徹底的に、完璧に進めていくものでしょう?それに、最近は一般兵共の張った結界で他の街に行くのですら命をかける必要もある次第なので、凄まじく迷惑しているのです。」

「なるほどね…こりゃ手こずるわけだ。」

修也の頭の中には様々な謎が存在していた。その中の一つに、ただのテロリスト相手に世界最高クラスの戦闘力を誇るフランス軍が、攻めあぐねている理由があった。…だが、それも先程の会話ですぐに理解した。

おそらく、ジルによる部隊の徹底管理や正確な作戦行動で翻弄され続けているのだ。

「…おい、あんた。自分のしてる事分かってんのか?」

修也は剣を突きつけている男性の一人に質問を投げかける。しかし…

「黙れ。大人しく座っていろ。」

帰ってきたのは、カンペにでも書かれているかのような簡素なものだった。彼の目には、光というものが存在していない。無論、他の6人も一緒。この様子なら周りにいる者達もだろう。

「なるほど、もう既に洗脳済みってわけか。」

「フフフフフッ、人聞きの悪いことを言わないでください。彼らには《協力》して貰っているだけですよ。ただ少しばかり記憶を書き換えただけです。」

「…そういうのを《洗脳》って言うんだけどなー…」

そう苦笑しながらも、修也は横目で周りを見渡した。無数の人影は、壁装飾を見せないほど密集していた。

『…黙認出来るだけで千はくだらない。しかもこの街一帯が全部こいつの洗脳下に置かれてるとしたら数千は軽く超えるな…』

修也は首元に突きつけられた剣に不快感を覚えながら、体を少し前に倒した。手を組んでジルに問う。

「ところでさ、英霊の中にはかつて仕えた者達が付き添って現界するやつもいるってのを聞いたことがあんだよね。…あんたはいんの?」

明らかな情報を抜き出す質問。これは答えないだろうなと、修也は鷹を括っていたが…

「ええ、もちろん居ますよ。かつて《百年戦争》で私と戦場を共に走った兵が。」

特になんの躊躇いもなく、ジルはそう言い放つ。

「…へえ、案外あっさりと教えてくれるんだな。」

先程の言っていた言葉とは真反対の言動に多少の驚きはあるものの、態度は変えず更にそう問うた。

それにジルはくつくつと笑う。

「正直人数がバレることなどは別にどうでもいいのです。私が徹底的にと言ったのは作戦であって人数、構成が明るみに出ることはそこまで重要ではありません。ただの一般兵が、霊の兵に勝てるわけないんですから。」

「…」

その言葉は、確実に核心を捉えていた。ただの一般兵が、霊の兵に対抗出来る手段など、ほとんどない。あるとすればそれも、霊使者の力を借りてようやくなせるものだ。

そう考えれば、一般兵の出来ることなど限られてくる。しかし…

「まあでも、このフランスには霊術の英才教育を受けた一般兵もそこそこ居るぜ?そいつら相手だとあんたらもかなり苦戦しそうだけど?」

「英才教育と言っても、所詮は付け焼き刃。この世界に現界することで得た我々の力の足元にも及びませんよ。」

「…」

こいつには何を言っても届かない。

そう、修也は思う。

自分の考えることこそが至高、唯一信じられるものだと考えている、エリート街道を走ってきた者の典型的な考え方だ。

しかも、戦争が続いていた時代のフランスに生きた、貴族クラスの英雄であるからこそ、交渉術にも長けている。非常に手強い相手であった。

 

だが、俺は思う。

「…フッ…」

だからこそ、やりやすいと。

「そーだよなー。俺も王家から命令されて動いてるけど、正直このままだと勝ち目ねえなーと思いながら動いてんだよねー。なーんか数年前の資料持ち出して、英霊サマ探し出せって言ってくるしさー。人使いの荒いこったありゃしねえ。」

俺は両手を挙げて首を振る。まあこの動作の意味がこの英霊に分かるかどうかは分からんが…

「それに…」

…俺は最後の言葉を口にした。

「英霊なんて、居るかどうかも分かんねえのにさ。」

俺は出された茶を飲み干す。

…さて、これで餌は撒き終えた。あとはこいつが釣れるかどうかを待つだけだが…

『…釣れるか?』

俺は、唇を大きく歪ませた。

 

『…なるほど、()()()()()というのは本当だったようですね。』

そんなことを考えながら、ジルは内心ほくそ笑む。

この桐宮修也という青年。明らかに国家勝利のために情報を抜きだそうとしている事が見え見えだ。まずは私の技量を確かめるために辺りの者達の状態を確認。次に大まかな戦力を分析しようとしている。

王家のことを悪くは言ってるものの、交渉術が荒くてわかりやすい。

『ま、ここは乗っても大した被害は出ない。むしろ相手側が我々の戦力を知り、震え上がることでしょう。』

そう考え、ジルは背もたれに体重を預けた。

「居ますよ。英霊。」

ジルの言葉に、修也の耳がピクリと動く。驚きを隠しているつもりだろうが、筋肉の動きで驚きの度合いは分かりきっていた。

『…彼を引入れるには、もう一押し要りそうですね。』

「もう1つ深く言いますと、私と共に戦場を駆け抜けたお方。あの聖女・ジャンヌが現界なさっています。それも、凄まじい霊力を宿して、ね。」

これには、修也もそこまで驚いた様子はなかった。正直、一体誰が現界したかは、どうでもよかったのだろう。

「そうか…なら、頑張って探し出さないとな…」

大事なのは、ここだろう。

一体、今その英霊がどうなっているか。それを彼は聞き出したかったのだ。

『…これも、特に隠す必要もないでしょう。』

ジルは、勝ちを確信して大いに唇を歪めた。

 

「…そのジャンヌすらも、今は私の手中にあるのですよ?」

 

「…!?」

これには、流石の修也も驚きを隠せなかったのか、目を見開き上体を少し浮かした。その様子を見て、ジルは愉快気に笑う。

「そう取り乱さないでください。部下の剣が刺さってしまいますよ。」

そこで、修也は改めて自身に突きつけられている剣を認識したのか、横目で見ながらゆっくりと椅子に座る。

「分かりましたか?今や我々と国軍との戦力差は決定的なものとなっているのですよ。」

ジルの言葉の後に、修也の顔が焦燥に染まり始める。

『これだけの戦力差を突きつけられたら、当然の反応ですかね。』

「さあ、そろそろお決めになられては?実力差をふまえて我々の仲間になるか。このまま国家に服従して我々に踏み潰されるか。」

ジルは彼に究極の二択を突きつける。

(フランス)と霊使者を裏切り、自身の命を優先するか。それとも…

『私の誘いを断り、この場で死すか…。答えは考えるまでもないでしょう。』

ジルは勝ちを確信し、自然と笑みが零れていた。

 

「なるほどなー…」

修也は呆れたように笑う。

「確かに、こりゃ致命的だな。」

ただでさえ開きまくってる戦力に?英霊2人が追加?それで勝て?冗談キツイぜ。

「しかも今の俺の状況なら剣を少しでも動かせば死ぬ。断る理由が見つからないよな。」

修也はやれやれと、ため息をついた。

「そうでしょう。貴方の言っている正しい。」

ジルは満足気に頷き、椅子から立ち上がる。そして、修也に手を差し伸べた。

「私と共に来なさい。桐宮修也、貴方の戦闘力が入れば、私の陣営は難攻不落となる。もし私に協力してくれるなら手に入れた利益の数割を貴方に贈呈しましょう。悪い条件ではないでしょう?」

ジルの、最終勧告。

この手を取れと。取らなければ殺すと。その目が、体からのオーラが告げている。

その笑みは明らかな邪悪を漏らし、それを実行することを確信させる。

「…そうだな。」

修也は、ゆっくりと立ち上がる。椅子に立て掛けてあった刀を手に取った。

そして、右手をジルに差し出す。

「おや、よろしいので?」

「俺も鈍っているとはいえ、馬鹿じゃない。ここでの最適解を弾き出すぐらいは簡単に出来るさ。」

「フフフフフッ、それはそうですね。貴方にこの話を持ちかけて、正解でした。」

「ああ。…ちなみに、ちょっとしたお願いなんだが、俺が仲間になったら聖女・ジャンヌに会わせてくれないか?ファンなんだ。」

「ええ、構いませんよ。」

その会話の後、2人は笑う。

そうして、2人はゆっくりと握手を交わす。確かに、力を込めて握り合う。それは、強固な契約が成立したことを意味した…。

 

「フー…フー…フー…ッ」

ここは、住宅街の外れにある小屋の中。存在する光と言えば、木造故に隙間から差し込む月光のみ。

そんな中少女は手足を鎖で繋ぎとめられていた。足を動かす度にジャラジャラと音を立てて鎖が地面を擦る。

「くっ…こんなものに…!」

彼女の目は、見えていない。布で塞がれているからだ。通常の力なら、容易くちぎれる鎖に、手こずっていた。

彼女がこの小屋に軟禁され始めてから、およそ半年が既に過ぎていた。ジルに捕まり、弱体化の効果を持つ結界を、小屋に張られているからである。

今のこの街は、ジルの洗脳にかかっているせいでほとんど人の通りがない。故に、小屋の中に少女が軟禁されているという状況に気付かない。気付いたとしても、別に何もせずに通り過ぎるだけだろう。

『…このまま…では…!』

途切れそうな意識を何とか繋ぎとめながら、少女は体を動かし、鎖を外そうと試みる。その度に先程のような鎖が地面を擦る音が響く。

「なんだなんだ。」

「はぁ…また暴れてんのか。」

その音に反応したのか、扉を開けてがっちりとした体躯の2人の男が小屋の中に入ってくる。

そして、どこか慣れた手つきで、片方の男は少女の背中側に回り込んだ。

「…ま、また…あなた達…自分が、何を…しているのか…アガッ…!」

少女の言葉を聞く気もないのか、躊躇なく背後の男は少女の口を強引に開ける。目の前の男は何やら手に持った白い粉の入った袋を彼女の口に近づけていく。

「…や、やめッ…!」

少女の願望混じりの声にも、男の手は情けなど感じぬほど同じ速度で彼女の口元に近づいていく。

『また…私は…何も…』

少女は、きつく目を閉じた。

……………………

……………

…あれ?

少女はその間に違和感を覚える。

いつも舌に感じる不快なザラザラとした感触も、鼻を抜ける異臭も感じない。

『…何が…』

少女はゆっくりと目を開ける。

…それと、目の前にいた男が倒れたのは、まったくの同時だった。

「お、おい!何が…!?」

後ろにいた男は少女から手を離して、倒れた男に駆け寄る。

「………」

少女には、その2人のことなどどうでもよかった。彼女が目を向けているのは、彼らの向こう。ドアの向こうの道に佇む、1匹の獣だった。

どこか、猫を連想させる体躯に、不釣り合いに大きな2つの耳。目は赤く、背中としっぽからは炎が輝いている。

『まさか…この子が?』

少女は驚きを隠せない。

しかし、その目は立ち上がる男を捉えた。どうやら、扉の向こうにいる猫を認識したようだ。

「炎が出てる猫…?霊使者とかいう奴らの使い魔か?…お前がしたかどうかは分からんが、見られたなら生かしてはやれねえな。」

男はそう言って、剣を振り上げる。

「駄目…!」

少女は声を出す。しかし男には届かない。男の剣は、獣の四肢を真っ二つに切り裂いた…

「うおっ……!?」

…直前に、獣から噴出された炎が男の顔を直撃した。その炎は、どこか黄色っぽい色に変化していた。

「クソッ!何を…し…た…」

…ドサリッ

「ナー。」

「………」

…少女は、ついていけない。今、目の前で起きた事実に。

彼女の軟禁場所であるこの小屋の門番はかなりの実力者が務めていた。どちらもジルが現界する時に連れてきた、霊の兵だ。

ただの人間ならば、まず相手にならない。

一人前の霊使者ですら相手は怪しいのだ。

だと言うのに、この猫(狐?)はそれを一瞬で無効化した。それも2人。

「…いったい…」

少女は、そう呟く。

しかし、そんな彼女を置いて、事態はさらに進行する。

猫狐は何気なしに小屋の中に入ると…

「ナー。」

ピシュシュシュシュッ!

ズババババンッ!

ジャラジャラッ…

繰り出した炎の斬撃で少女をこの場に繋ぎ止めている鎖を断ち切った。

「あうっ……」

少女は力なく、手を体の前でぶら下げ力尽きたかのように(こうべ)を垂れた。

精神的疲労に肉体的疲労。体を結果的にではあるが支えていた鎖が無くなり、彼女は自分自身の身体を支えきれていない。

それだけ、襲いかかる疲労は凄まじかった。

しかし…

「ナー。」

スリスリスリスリ…

「……」

まるで、自分が癒すと言わんばかりに猫狐は少女に体を擦り寄せる。そんな、どこか暖かみを覚える行動に…

「…フフッ…」

少女の口元にも、笑顔が浮かんだ。

 

ビービービービービービーッ!!

ガシャンッ!

 

それも、一瞬で終わる。

凄まじい警告音が小屋に響き、唯一の出入口が封鎖される。おそらく、許可のないものが立ち入った時にだけ発動する、(トラップ)タイプの結界。

「ジル…どこまで用意周到な…!」

その言葉と共に、天井に黒い刃が形成される。おそらく、少女ごと猫狐を切り捨てる気なのだろう。

『ここは、私の多重結界を…!』

すぐに印を刻もうとするが、今の彼女には霊力が全くと言っていいほどないことに気付く。

…そこで、反応が遅れた。

「しまっ…!!」

数本の刃が1人と1匹に襲いかかる。

少女は今度こそ死を覚悟した…

「ナーー!!」

ボボォゥッ!

そんな、今までない気合と共に猫狐は自身の炎であるものを作り出す。自身と少女の周りを包んだ、簡易の防護壁。

ますます、この使い魔の便利性に驚く少女。

だが、この守りもいつまでも続くわけではない。それとは対照的に、断続的に続く刃の雨。

猫狐…いや、炎狐は辛抱強く、主人の到着を待つ。

 

 

 

…グシャリッ。

「…は?」

 

瞬間、そんな声がジルの口から零れる。

それも当然だろう。目の前の青年と握手を交わしたと思った右腕が…

 

いきなり、握り潰されたのだから。

 

「ぐッ…グアアアアアァァァァ!」

地面に転がり、慌てて治癒の霊術をかけるジル。それを、修也は冷たい目で見下していた。

彼の腕には、赤く光る薄い線が走っている。

「きッ、貴様ッ…何を…!」

それに、修也は答えない。先程と同じ、冷ややかな目でジルを見下す。

手を治療し終えたジルは、ゆっくりと立ち上がる。

「…私が配慮したのは、私の軍の戦力だけではない。貴方がこのまま国軍に残り、先の我々との戦いで死すことをも避けようと勧誘したのです。その誘いを、このような…」

「は?俺のことを考えて、死ぬことを避けるために勧誘した?冗談キツイぜ。」

修也は笑う。

「それなら、()()()()()()()()()()()()()握手する必要があるんだ?」

「…!?」

修也の指摘に、ジルはすぐさま掌を隠した。

「その呪印…かつてヨーロッパにいたという錬金術師達が、無術者達を自由に操るために開発したっていう代物だな。かつて、大勢の子供を殺して黒錬金術を研究してたお前なら、そこにたどり着いてもおかしくない。」

「馬鹿な…何故気づいた!」

ジルはこれまでにないほどの声を張り上げる。

「これは…この術は、数百年前を生きた古の錬金術師達が発明し、既にこの世からは失われた呪印…!私も()()()()でようやく見つけ出した秘宝…!何故貴様のような小僧が知っている!!」

「別に。ただ、そういうのに詳しい奴がいてな。聞いたのさ。」

「な…!?」

秘策を見抜かれ、声を荒らげるジル。それに修也は何も無いように飄々と答える。

…彼の従霊。かつての吸血鬼の王にして、数千年を生きる彼女には知らぬことなどほとんどない。それは例え、今の世界にない、葬られた事実でさえも。

「……殺れ!!」

ジルの一声。

それだけで、今まで後ろに待機していた7人が修也に剣を向け動き出す。

それはジル自身も同じ。腰に刺していた一振りの剣。サーベルと呼ばれるそれを、すぐさま抜刀。目の前の青年に斬りかかった。

修也と7人との距離は少し離れているにしても、ジルとの距離はほぼゼロ距離。避けることなど不可能だ。

もし避けられたとしても、後ろからは7つの刃が迫っている。串刺しは必至。

()った…!』

彼は剣が目の前の青年の体を貫くことを確信する。自身の勝ちを、信じて疑わなかった。

 

ヒュンッ

ガキイイイィィィィ……ン…

 

「なっ…!?」

直後、修也の刀がジルの剣を真っ向から受け止める。

巻き起こる旋風。軋む窓と壁。強大なエネルギーの衝突を物語っていた。

修也は、避けるそぶりを見せなかった。ただ落ち着いて、ジルの剣の迎撃に徹している。おそらく、部下7人の剣など恐るるに足らない。先程見せた強化霊術で耐えきれると踏んでいるのだろう。

だが…

『馬鹿め!そんなもの、私が対策していないとでも思っているのか!?』

彼は、剣士である前に、卓越した霊術師である。それ故に知識は潤沢であり、持ちうる道具にも工夫がなされている。

今、幹部の7人が手にしている剣もそのひとつ。

元はただの剣だったものに、無属性霊術に含まれる《吸収》に属する呪印を刻んでいる。

これにより、斬りつけた相手の霊術に使われている霊力を吸い上げ、効果を強制解除するのだ。

つまり、体の強化霊術など意味はなく、斬りつけられたら最後。重症を負うこととなる。

『終わりですよ、小僧!』

ジルは獰猛に笑う。あとは、修也の背後から剣が突き立てられるのを待つだけなのだから。

『さあ、死の絶望を感じた時、この青年はどのような感情を浮かべ、私を満たしてくれるのでしょう…』

ジルは、幻の断末魔さえ幻聴した。

………………

………

しかし、いつまで経ってもその時は訪れない。鳴り響くのは接触する剣と刀の金属音のみ。

「おい!何を…!」

「している」。その言葉は、口にされなかった。ジル自身、何故幹部達が動かなかったのか理解したからだ。

聖旗軍が裏切ったことも視野に入れていたが、そもそも、今の聖旗軍の者達はジルの洗脳にかかっているため彼の命令に逆らうことは無い。

あるとすれば、それは何かの外的要因で命令実行が不可能になった時だけ。ジルの先程の命令は《剣で刺し殺せ》。

「…!?」

何度、驚けばいいのだろう。

…彼らの剣には、刀身と言えるものが存在していなかった。あるのは鍔と柄のみ。

…見れば、床には大小の鋼の塵の山が築かれていた。

「悪ぃな。」

修也の声に、ジルは彼に目を向ける。そして、修也はゆっくりと顔を上げた。

「あいつらの剣、どーも()()()()()()()もんで…」

修也は笑みを浮かべる。

「全部、叩き斬っちまった♡」

その笑みは、先程のジルと同様の獰猛な笑み。そして、あることに気づく。

「そ、その眼は…!」

先程まで赤く光っていた彼の眼。それは()()()今も変わらない。…だが、左眼だけは違った。先程までの紅色に、まるで混ぜ込んだかのように蒼色が蘭々と光る。

そして、左眼に渦巻く凄まじい量の霊力。

「貴様、どうやって…!?」

「剣を叩き斬ったことか?簡単だよ。アンタの剣を受ける前に()()()()()()()()()()()()()()。」

そう言うと、修也はジルの剣を押し込む。それだけで、ジルは悪寒を感じて後ろに飛び退った。

『…有り得ん。』

ジルは考える。

修也の言うことをそのまま受け取ると、つまり彼はジルの刀を受けるほんのコンマ数秒の間に剣を斬りつけたという。

鋼を塵にしたことはあの眼…《魔眼》の効果と考えるにしても、斬りつける速度は完全にその者の技量に左右される。

『桁違いの速度を生み出す筋力、すぐに状況を理解する判断力、それを流れるように1部の動作としてこなす技術、そして魔眼に流すだけ余裕のある霊力量…』

全てが超一流。ジルが今まで相手にしてきた霊使者とは、訳が違う。

若いながらも、完全な格上。

そんな中、修也は剣を振り払うと鞘に押し込んだ。もう戦う意思はないと言わんばかりの行動にジルは硬直する。そして、修也はその理由を語る。

「もうここにいる必要はなくなったんで、そろそろお暇させて貰うぜ。」

「…貴方の目的はジャンヌをその手中に収めることではないのですか?まだ目的は達せられていないでしょう?」

「んー…そうでも無いよ。別に目的はそれだけじゃないけど…」

修也は、不敵な笑みを浮かべた。

()()()()()()達せられたし。」

その言葉の真意を、修也は語らない。ゆっくりと後ろに振り向き、扉へと向かう。

直後…

ビービービービービービーッ!

「…!?」

ジルの頭に鳴り響く警報音。それは、彼が仕掛けておいた霊力装置。《あの場所》に侵入者が入り込んだ時に備えた警報装置。

「まさか…」

ジルは、なおも歩く修也を見る。

最優先事項。その言葉に特に意味は無い。ただ、その通りなのだ。彼の目的である…

「…!!」

無音の跳躍。ジルは力を加えて足を踏み抜く。

砕かれる石材。その手は剣を持ったまま振り上げられている。そして、その剣先は修也の体に振り落とされ…

 

ズンッ!!

「…!?!?」

ビシッ!!

 

ジルの浮いていた体が地面に叩きつけられる。しかし、上からなにか落ちてきたわけでも、修也が霊術を使った訳でもない。

そして、周りを見ると他の聖旗軍のメンバーも同じ状況に陥っていた。

そこで、ジルの脳内にある霊術名が思い浮かぶ。

『しかし…使える者がいたのか…!?』

それはかつて、神が生み出したとまで言われる術式。生半可な霊力量なら死に至る程の印を体に刻んだ者にだけ扱える絶技。

この時代に扱える者は、数えるのに片手で十分と聞いていたが…

『そのような者まで仲間とは、どうなってるんだこの小僧!』

歯ぎしりをするジルの事など知ったことではないのか、修也は足を止めて少し振り向く。そして、こう笑いかけた。

「そういや、さっきはありがとな。」

「…?」

その言葉の、意味は分からない。

だが、ジルは自身が修也との交渉で《失態》をおかしていることは確かだった。

『とこだ…どこで間違えた…!』

ジルは頭をフル回転させる。

しかし、幸か不幸か…。

「さあ、行こうか…」

次の修也の言葉が、彼の思考をある結論に落とし込んだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

…待て。

何故、彼はこの街にジャンヌがいると知っている?彼女は少しの霊力も漏らさない仮想・別次元結界で隔離している。

なら、彼はいつ、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ?

「…あ…」

そこで、ジルは気づいた。己の、拭えない失態を。彼に話した、間接的な事実を。

「………」

体が震える。なおも重い体を、彼は震わせ拳を握り締めた。そして…

「……!!」

思いっきり地面を叩きつける。

広がるクレーター。しかし、それ以上に…

「…チクショオオオォォォォォ!!」

この世界に現界して、初めての《敗北》に後悔したジルの絶叫がこだました。

 




「ナー……」
炎狐が少女の元に駆けつけてから、既に10分程が経過していた。
毎秒のように降り注ぐ闇の刃。それを10分も防ぎ続けていれば主人から相当の霊力を貰っているはずの式神でも、霊力切れは当然のこと。
もはや立つことも限界なのか、4本の足は小刻みに震えていた。
「もういいです!私のことは良いから、自分を守ることだけに集中してください!」
少女は霊力切れを起こしかけていても尚、自らの安全と共に少女の安全も確保している式神に叫ぶ。
しかし、炎狐の耳にその声は届かない。いや、まず聞く気すらない。
炎狐の脳裏に浮かぶのは、数年前の《あの光景》。かつての主人…桐宮修那の命令により、今の主人・修也の援護にまわったことによって、炎狐は自身の主人2人を守れなかった。あの時、何故修也の親友が亡くなったかは分からないが、しかし…《自身の力不足で、2人の主人は死んだ》。これだけは分かっている。
別に、自身の力を過剰に評価している訳では無い。だが、式神、使い魔というのは主人や主人の周りの命を()()()()()()守るもの。それが使命であり、それが出来なかった者は、使い魔としては死んだも同然。
つまり、炎狐の中では自身は使い魔としては1度死んでいるも同然なのである。そんな炎狐にとって自身の命は二の次。大事なのは《守れ》と命令された横にいる少女の命。そのためなら…
「…ナーー!!」
命尽き果てても、悔いはない。

また、私は何も出来ない。目の前に、式神とはいえ自身のために命をかけている者がいても、何もしてあげられない。
生前もそう。人々は私の行いを素晴らしいことと言い、聖女と言う。しかし、私はそうは思わない。私はただの、神託に従い戦争に加担しただけの女。勝利だって、戦った兵達が命を賭して勝ち取ったものだ。いくら私が士気を上げたと言っても、根底にあるのは彼らの《救国精神》。
確かにそれの底上げには手を貸したかもしれないが、私が突出して盛り立てられるのはお門違いだ。シャルル七世を王にできたのも神託があったおかげ。
結局、私は自分では何もしていないのだから。私は戦争加担して死者を増やした犯罪者。そのことに変わりはない。
「ナ…ァ…」
とうとう、霊力が切れたのか、炎狐は床に倒れ込む。少女…ジャンヌは、そんな炎狐に覆いかぶさった。
『式神だって、命はあるのです。この子が、そんな命を張って私を守ってくれたんですから…!』
「…私も、命を張らなきゃ釣り合わない!」
たとえそれが、自己満足だとしても。
生前救えず、見殺しにしてきた分だけ守りきる。
「それが、今唯一私に出来ることなんですから…!」
そう、ジャンヌは叫んだ。
だが、術式は非情。1人と1匹の元に数本の刃が降り注ぐ。それは、まさに致死。受ければ一溜りもないだろう。
だが、ジャンヌは動かない。
炎狐だけは守り抜くという強い意志を持って、覆いかぶさり抱きしめる。
そして、闇の刃が細い四肢を斬り裂く…

バシュッ!
シュンッ…

…直前。そんな音と共に、張られていた結界とジャンヌに迫っていた刃が幻のように消え去る。そして、その直後に近づく人影と足音。
『…まさか、ジルが駆けつけたの…?』
それならば終わりだと、本能が告げる。しかし、今自身で抱いている炎狐が繋いでくれたこの命。何としてでも生き残ろうと思考を回し…

「ギャーッハッハッハッハッ!なんじゃなんじゃこのエテ公!あんなにもナーナー鳴いて主の機嫌を取っておきながらこんなお使いも出来んのか!?そんなんじゃからワシに黙って平伏しておけば良いものを!」

…そんな、下品な笑い声と可愛らしい声のけなす口調に、ジャンヌは呆気に取られた。そして、ゆっくりと顔を上げる。その人物は(当然ではあるが)()のジル・ド・レではなかった。黒い長髪に黒い眼。黒と紫を基調とした、どこか日本らしい服装で身を包む小さな少女。
「んん?ああ、一応おつかい程度にはこなせたようじゃな。しかしまあ、所詮主に霊力を分けてもらわんと動けん狐よ。ワシならまだまだピンピンしていたじゃろうに!」
「ウハハハハハハ!」と少女らしからぬ笑い方で豪快に笑う。そして、その間に炎狐の体が淡い光に包まれた。
「え…?」
「ウーーー……」
モゾモゾと炎狐は尚も自分に被さるジャンヌから抜け出そうと身じろぐ。それを配慮し、ジャンヌは少し上体を浮かせた。
「……フシャアアアァァァァ!」
「む!?ぬおっ!?」
それと同時に炎狐は弾丸のように飛び出し、黒髪少女の顔にしがみつく。やがて取っ組み始めた1人と1匹は木造の小屋に倒れ込んだ。
「き、貴様ッ!不意打ちとはなんと卑怯な…!ええい、離さんか!髪を引っ張るでない!」
「ウーッウーッ…!フシャアアアァァァァ…」
いきなり取っ組み合いを始めた1人と1匹。
炎狐は先程までの弱りようが嘘であったかのように少女に攻撃を加え、少女は手で弾きながら炎狐の攻撃を凌いでいた。
「………」
英霊であるジル・ド・レの監視下にあるこの場で、ここまで緊張感のないことをされ、呆気に取られるジャンヌ。
そんな、異様な空気の小屋の中に…
「おいおいお前ら。まーた喧嘩してんのか?いい加減とっとと和解しろって言ったろ。」
新たな、闖入者。その男性…いや、青年は小屋に入るやいなや、扉の目の前で取っ組み合いをしていた1人と1匹を呆れたように見下ろす。
「ナー♪」
炎狐はその青年が入ってくると、すぐに少女を踏み台にして彼の肩に飛び移った。それを、少女は羨ましげに見つめる。
『…何者でしょう、この人達は…』
ジャンヌは座り込んだまま、そう考える。この街の住人ではない。それは確かだ。このような服装の者を見たことはないし、何より使い魔などという高等な術を使える者も見たことは無い。いったい…
「こんな夜遅くに悪ぃな。大丈夫?立てるか?」
そう言って、青年はジャンヌに手を差し伸べる。
「え…あ…」
さすがにいきなり警戒を解くことは出来ないのか、恐る恐る手を伸ばし…ゆっくりと、自分の手を重ねた。
それに青年は微笑むと、優しく引っ張りあげた。
「あ…の…」
ジャンヌは口を動かし、青年に話しかけようとする。
しかし数ヶ月間座りこんでいたせいか、立てるのもおぼつかない。
「わっ…」
よろめき、前方に倒れかけるジャンヌの体。
「おっと。」
それを、青年が受け止める。
「……」
それはジャンヌにとっては、久々に感じる人の温もりだった。それと同時に、固く鍛え上げられていながらも感じる、肉特有の柔らかさ。
それらは、今まで張り詰めさせていた意識を、ゆっくりと刈り取っていく。
「おい、大丈夫か…?」
心配するかのような、青年の声。その声も、どこか遠い。
「あな…た、は…」
懸命に口を動かそうとし、瞼を開けようとするが、酷使してきた体が言うことを聞かない。
そのまま、ジャンヌの意識は、闇に落ちていった…


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第16話 本当の作戦

陽の入る、小さな家。周りは農地に囲まれ、その一つ一つから土を耕す音や、子供のはしゃぎ声が聞こえる。
ーー…あの子達、またはしゃいでるのね。ちゃんと畑仕事はしているのかしら…?ーー
少女の横で、母が心配そうにそう呟く。どうやら、兄達が父に怒られるのではないかと心配しているようだ。
それに、手伝いをしていた幼い少女は「大丈夫だよ」と答える。
確かに、父は厳格で怒ると怖いが、兄達はそんなお叱りを受けるほど遊び呆けることはまずない。しっかりと、仕事をこなしてから遊ぶのだ。
それに気付いてか、母は穏やかな顔で少女に笑いかける。そして、こう言った。
ーージャンヌ、貴女は別に特別にならなくていい。普通の家庭を築いて、幸せになってくれればそれでいいの。ーー
ーーうん。ーー
…結局、どちらも出来なかったな。普通の家庭を築くなんて、そんな余裕はなかったし。最期は、幸せとは程遠いものとなってしまった。
あの頃頷いた時の自分が想像していた私と、実際の私は、大きくかけ離れているだろう。
赤子を抱く筈だった私の手は血に濡れ、抱けるものではなくなってしまった。
……だが、それでも…


パチパチと近くで爆ぜる火花の音でジャンヌは目を覚ました。自身の意識が覚醒するのを感じながら、少しだけ瞼を開ける。

横から感じる熱波と、視界を照らす温かいオレンジの光。どうやら焚き火の近くで寝ていたようだ。

そんな中、腹部の上で何かモゾモゾと動く感覚。

「…?」

目を開けると、そこにいたのは1匹の獣。

茶色の毛並みに長いしっぽと耳が折りたたまれている。何よりも目を引くのは背骨に沿って燃える赤い炎。眠りについているためか勢いはどこか弱々しいが、安らかな寝息をたてていた。

「……」

そしてまたもや、睡魔がジャンヌを誘う。どこか気持ちの良い気分に身を任せて…

「…って、違ーーう!!」

一気に思考がクリアになり、ジャンヌは上体を起こした。それと同時にかけられていた毛布も落ち始め…どこかスースーする感覚に違和感を感じて…

「…ひっ…きゃああああああああああああああああああああ!!」

…自分が裸である事に気付き、急いで前を毛布で隠した。大地を揺るがす絶叫が、周囲の森に響き渡る。

覚醒してからわずか数秒でジャンヌの思考は混乱に陥った。尚、それでも炎狐はスヤスヤと気持ち良さそうに寝息をたてていた。

『ちょっ、ちょっと待ってください…えーっと…確か私は、今私の腹部で寝てるこの子に助けられた…んですよね?』

働かない思考を無理矢理働かせていたため、記憶があやふやだ。覚えていることと言えば今は脚の上に寝ている炎狐に助けられたことと…

「……」

少し遅れてやってきた、炎狐の主であろう青年と、それに付き添っていた少女の事のみだ。実際、青年と話したことは覚えているが、話した内容はまったくと言っていいほど覚えていない。

「……」

…が、明確に覚えている…というか、残っているものが一つ。倒れ、受け止めてくれた時に感じた、青年の温もり。それだけは、彼女の肌に、しっかりと残っていた。

「…あの青年は、どこに…」

キョロキョロと辺りを見渡し、ジャンヌは青年を探す。あの時、かすかに感じた彼の霊力。それがここにも残っている。少し前までここにいたことは間違いないだろう。

だが、焚き火の周りに姿は見えない。

どこかに出掛けたのだろうか…

 

ガサッ

 

直後、近くの茂みからそんな音が聞こえる。ジャンヌはビクリッと体を震わせた。

少し回復した霊力で所持武器である短剣を作り出し、座ったままで構える。

いくら消耗しているとはいえ、多少の悪霊なら負けるつもりは無かった。まあ、何故か相手の霊力は感じられないが…

しかし、そこで炎狐が動く。ピクピクと耳を動かすと、目を開けてゆっくりと起き上がり、スタスタと動いた茂みの方に歩み寄ったのだ。

「あ、ちょっと…」

ジャンヌは止めようとするが、炎狐は尚も歩いて茂みに近付くと、茂みに入る手前で止まって座り込み、「ナーナー」と鳴き始めた。

その瞬間、ジャンヌも気付く。近付く者の、霊力の雰囲気。それは…

「おー、アグン。ちゃんと見張り係は出来たみたいだな。いい子だ。また後でお前の大好物やるからな。」

「ナーナー♪」

…あの時感じた、青年のものだった。

 

しばらく、修也は炎狐…アグンの頭を撫でていたが、起きたジャンヌに気付くとそっちに視線を向けた。アグンはすぐに主人の肩に移動する。

「おはよ。よく、眠れたか?」

「えっ…あ、はい。おかげ様で…」

修也はなるべく穏やかな声で語りかけ、それにジャンヌが恐る恐る返すと、満足気に頷いた。

「うん、なら良かった。やー、驚いたよ。俺が着くといきなり倒れて寝始めるから。」

「あ…その節は、ご迷惑を…」

ジャンヌは赤面して、すぐに謝ったが、修也は笑いながら返した。

「良いって良いって。霊力切れと同時に睡眠不足だったんだろ?むしろ今までよく眠ってなかったぐらいだ。」

「あははははっ」と尚も笑いながら、修也は焚き火の横に座り込み、右手に持っていた紙袋を地面に置いた。そして、焚き火の上に吊った鍋の中身を掻き混ぜる。

修也が鍋の蓋を開けた瞬間、微かに香っていた香りが確信に変わる。

『あっ、この匂い…』

それに気付いたのかどうかは分からないが、修也がジャンヌに更に語りかける。

「…悪ぃけどフランスの郷土料理とかあんま知らなくてな。ましてやドンレミら辺で何が食べられてるとか調べようもねえから、俺の知ってる料理しか作れなかった。味を知らん可能性もあるが我慢してくれ。味の美味さはうちの妹の保証付きだ。」

「あ、いや…食べさせてもらう身でそんな…」

そう返す。ジャンヌも霊とはいえ、この世界に存在する限り霊力回復のために腹ごしらえはしなければならない。まあ、主がいればその必要もないのだが…

「そ、そういえば、まだ名を名乗っていませんでしたね。私は…」

「ジャンヌ・ダルクだろ?《オルレアンの乙女》として有名なフランスの聖女様。そんなにかしこまらなくてもいいよ。」

「え…知ってたんですか?」

驚いたようなジャンヌの顔に、修也は苦笑を浮かべた。

「誰かも分からない女の子をこんな暗い森の中に連れ込むかよ。そんなことしたら軽く犯罪だからな。」

修也はチョイチョイと呼ぶように指を動かした。その合図の直後、アグンが修也の左腕に飛び乗った。

「3年前、《ある英霊》が現界する事で生じた巨大な霊力。それの波長データが国軍にあったからちと拝借して、それをこいつ(アグン)の耳に叩き込んだ。こいつ…炎狐は《耳》が長いだけじゃなくて、その良さは幻獣の中でも一二を争う。だからこそ、人探しにもバッチリ向いてる。」

「いくら霊力を弱めることは出来ても、無くすことは出来ない」と、修也は何気なく言う。

ジャンヌは改めて驚愕する。炎狐の万能さにではない。いや、確かにそれもあるが。それ以上に…

「ほーれ、チーかまだぞ〜。」

「ナーナー♪」

「……」

そんなものを使役しておきながら、平然と生活している修也に対してだ。

使い魔とは、ランクに応じて維持するのに必要となる霊力の多さが違う。それは全長や能力の大きさに比例し、大きければ大きいほど、強ければ強いほど増加していく。

炎狐は全長こそ小型動物並でさえあれ、秘めた能力の大きさはそれこそ最上位ランクだろう。そんなものを先程のようにフル活用させてしまえば、一日二日は寝たきりで霊力を回復させなければならない程には消耗する。だと言うのに、彼の顔に消耗しているような様子は見られない。もしかしたら…

『…霊力の多さだけなら、英霊すら凌ぐんじゃ…』

そんな予感が、頭の中をよぎる。それこそ、このフランスの国軍にはいない才能…

…と、そこでジャンヌの頭に1つの事実がフラッシュバックする。こんな所で、飯を食っている場合ではないことを思い出した。

「…まずい…!」

すぐに体を霊力で作り出した白のロングワンピースで包み込み、被されていた布を振り払った…

「どこに行く気だ?」

修也の声が背を向けたジャンヌの足を止める。見ると、先程と変わらず赤い鍋の中身を具材を足しながら掻き混ぜている。視線はこちらに向いておらず、足を踏み出せる気もするが…

「……」

自然と、立ち止まっていた。

ジャンヌは修也を横目で見ながら、歯ぎしりをした。そして、言葉を漏らす。

「…あなたが助けてくれたことは、とても感謝しています。私は、あのままだと、ジルの良いようにされていたでしょう…」

「誰もそんな感謝の言葉を言えなんて言ってねえぞ。俺が聞いてんのは()()()()()()()()()だ。」

そんな逃げは許さない。そう、彼の言葉が重くのしかかる。

ジャンヌはその重さに少し足がすくむ。しかし、こんな所で立ち止まっている時間もないのだ。彼女は何も言わず、足を踏み出し…

 

ヒュンッ!

「…ッ!?」

 

…首筋に、何か冷たいものが突き付けられる。その、黒い棒状のものは…明らかに刀だった。

修也は頭を掻きながら立ち上がった。

「…俺としては、ジル(あいつ)と同じことしてるみてえで癪に障るんだけどな…背に腹は変えられねえからな。」

ジャンヌは刀を警戒しながら、それの持ち主を見た。見えるのはまっすぐ伸びる黒髪と光る黒眼。その目はどこか冷ややかな光を発していた。

修也が近付く。しかし、ジャンヌは動けない。動けば殺す。そう、彼女のオーラが告げていた。

「とりあえず、あんたが逃げようとした目的も含めて話し合おうか。」

「……」

 

「あー!どこに行ったのよ!」

少女の怒声にも似た叫びがフランスの夜空に消える。そんな彼女を笑うかのようにどこかで名も知らぬ鳥が鳴いた。

「いや、そりゃ3年前に計測されたわけだからいないという可能性も無くはないわよ?でもそこは英霊なんだから3年間ぐらい生きてもらわなきゃ困るって言うか…それよりフランス国軍の人達ももっとまともな情報渡しなさいよ!」

そう言いながら数ページしかないペラッペラの報告書をバッグに押し込んだ。

天乃が修也と別れてから既に数時間の時が経過していた。その数時間の間、彼女も無駄に過ごしていた訳では無い。再度ドンレミ=ラ=ピュセルの周りを徹底的に調べ上げ、彼女の最大の索敵(サーチャー)で半径数キロメートルの霊力探知さえ実行した。

…が、大きな収穫はなし。出てきたのは何か特徴的な波長の霊力を出す布切れ1枚。…端的に言えば、成果は全く無かった。

「あー、もう!修也はどう考えても退屈はしなさそうな所に行ってるし…」

そう言って、天乃は項垂れた。

実際、こちらに残った天乃にやることなど殆ど無かった。いくら英霊級の霊力が観測された村の近くだと言っても、そこは既に調べ尽くされた後だ。大がかりなことなどやることは無いし、あるのは地道な退屈な作業のみ。

「…ついて行ったら良かったかしら。」

そう呟く。だが、そんなこと出来るはずもないことも理解している。

彼女の幼馴染である桐宮修也。彼は誰もが認める実力者であると同時に、超のつくほどのお人好しだった。

いつも気遣うのは他人のことばかり。毎度毎度、自分のことは二の次である。だからこそ、あの時天乃が頑として行くと譲らなければ、力づくでも日本に送り返していただろう。そうなっても簡単にやられることは無いとは思うが、勝てるとも思わない。

それだけ、修也は他人を犠牲にする事を嫌う。例えそれが、睨み合う他家のものでも。

「…ハア…」

項垂れることにも飽きたのか、天乃は手に持った布切れを異空間に放り込みゆっくりと立ち上がった。

…ブブブブブブブブッ

「ひっ…!」

それと同時に、彼女のポケットが揺れる。正確にはその中にあるスマホが、だが…

「電話…?」

『一体誰から…』

天乃はポケットから取り出して画面を確認する。

「…新様?」

そこに表示されていたのは、《天樹 新》という3つの文字。慣れていないのか天乃は危なげな手つきでスライドさせると、耳元に機種を近づけた。

「はい、もしも…」

『はーい!天乃ちゃーん!元気ー!?』

…天乃の言葉に食い気味に割り込んだ空元気な声に、彼女の鼓膜は破れそうに震える。

しばらく耳鳴りが止まらなかったが、収まってから、再度耳元に近づけた。

「…お疲れ様です、新様。もちろん、こちらはなんの変わりもなく…」

『あ、変わりないですか?だよねだよねー!次期使媒頭(しばいのかみ)様と超お人好しの修也君が一緒ならそうなりますねー!』

「…そちらも元気がいいのは何よりですが…もう少し声量を抑えてもらってよろしいですか?」

いつまで経っても鳴り止まない耳鳴りを感じながら天乃は言う。それに天樹は「りょーかいりょーかい!」と弾むような声で了承する。

『…本当に、子供みたいな人ね。』

そう、呆れ混じりのため息をついた。それに、声量を()()落とした天樹の声が重なる。

『それじゃ、本題に入ろうか。これまでの状況を話して貰えるかな?』

「あ、はい。了解しました。」

天樹の要求に天乃は要点をまとめながら今までの出来事を話した。王家との接触に成功したこと。今の国軍と反乱軍の戦力差。そして、ジャンヌらしき英霊の捜索のために別行動を取っていることも。

それをらを話した時、天樹は特に目立った反応は取らなかった。ただ…ジル・ド・レが指揮を執っていると聞いた時は、別だった。

少しの間の後、「ううむ…」と唸る。

「あの…どうかしたんですか?」

気遣うような天乃の声に、天樹は「いや…」と、煮え切らない返事を返した。

その事に天乃は違和感を覚える。それは、かつて傘下の者達が取っていた行動に似ていて…。

天乃は深呼吸して、

「新様、そこは躊躇わないでください。今の私は次期使媒頭として来たのではありません。…1人の霊使者として、この国を救うために来たのです。なんなりとお申し付けください。」

そう、無礼を承知で言い切った。

その言葉に、天樹は悩むように唸るが、やがて一瞬の間の後…

『…そうですね。私とした事が一瞬貴女のことを侮ってしまいました。…1つ、気がかりなことがあります。』

いつの間にか、声のトーンが下がっているが天乃は特に気にしていない。ただ、天樹の話に集中する。

『先程、フランスの霊使者協会支部から連絡がありましてね。…どうやら、各地に散らばっていた反乱軍…ええと《聖旗軍》と言うんでしたっけ。が、ミディ・ピレネー周辺に集結し始めているらしいんですよ。下手をすれば明日にでも戦争が始まりかねないんです。』

「なッ…!?」

天樹のその情報を聞き、彼女の背筋に戦慄が走る。

確かに、聖旗軍には今から戦争をしても勝利出来るほどの戦力は元から備わっていた。だが、それをしなかったのは何か別の目的があるからだと、修也は言っていた。

それが必要なくなった。いや、だがあちらには修也がいる。彼が負けるとは考えにくい。それを考えられないほど追い詰められたと言う方が近いのか…

『まあ、とにかく。このことを修也君に伝えておいてください。復帰任務にしては大きすぎるとは思いますが、戦争に駆り出される可能性があることを。』

「…はい、了解しました。」

そう言って、天乃はスマホの通話を終了し、ポケットの中に入れる。そして、一気に走り始めた。

スマホの電話は任務中であるため戦闘になっている可能性も高い。だから得策ではない。それなら、唯一取れる手段…直接伝えるため、彼女は風とも言える速度で走り始めた。

 

「…これで全部、です。」

「…ふむ、なるほどね…」

修也は正座(日本人でないジャンヌが知っているとはビックリした)で縮こまるジャンヌの話を聞き終え、顎に手を添えた。

修也がジャンヌに聞いた事は主に2つ。まずはジルの持つ主要霊術。1番得意な霊術は《闇》属性の術。まあ、このことは洗脳呪印を使っていた時点で大体想像はついていた。他にも霊術五大元素の術はどれも多少扱えるらしい。

そして、2つ目が重要。それは…聖旗軍の作戦の全概要だった。

「私の見張りをしていた2人は日替わりで代わっていたんですが、その者達の話を繋ぎ合わせるとどうやら、戦争を仕掛けるタイミングを王家に告知した日よりも早くするらしいんです。私を敵ではないと判断していたらしいですけど…」

「ま、そりゃあいつらからしたらお前ってかつての上司だもんなー。そりゃ寝返るとは思わねえ…いや、思いたくねえだろ。」

更に縮こまるジャンヌを特に気にする様子もなく、修也は思考を回す。

『…こりゃ真っ先に伝えなきゃなんねえ情報だな。ジャンヌが逃げようとした…いや王家に向かおうとした理由はそれを伝えるため、か。…ただ、行かせる訳には行かねえんだよなぁ。一つだけ、()()が残ってるからなぁ…』

修也はそう言って頭を掻く。それにジャンヌは不服そうな表情をする。

「…あの、私の持つ情報は全て話しました。もう言っても良いですよね?」

「え?駄目だけど?」

何言ってんだコイツは、と言いたげな顔でそう平然と告げる修也に、とうとうジャンヌは引き攣り笑いを浮かべた。

「…いい加減にしてくれますか…?…説明すれば解放するって言ったのはそっちでしょう…?」

「え?違う違う。()()()()()()説明をすれば解放するって言ったの。俺満足してねえもん。」

ブチッ

その時、ジャンヌの中の何かが切れた。

彼女はゆらりと立ち上がり…

「なんですかそれ!完全に騙し討ちじゃないですか!この卑怯者!…ていうかそっぽ向かないでくださいよ!子供ですか貴方は!」

「悪ぃね。俺まだ18だから法律上では未成年なのよ。」

そうして、これまでとは対象的な子供らしい無邪気な笑顔を浮かべた。そんな屁理屈に、何も返せないのかジャンヌはしばらくの静寂の後、諦めたように、ハアッ…とため息をついた。

「…まあ、冗談はここまでにして…その情報に関しては俺に任せとけ。わざわざお前が直接行くまでもねえ。俺が使い魔でちゃんと王家に送り届けてやる。それならいいだろ?」

「…まあ、一応は。」

そんな、渋々としたジャンヌの返事に修也は満足気に頷きながら、

『さて、それじゃあこれからの事をどうするか…』

思考を更にまわそうと…

 

グウーーーッ……

 

した所で、唐突に鳴り響く音。

それは修也から発した音…ではなく。

「………」

顔を耳まで真っ赤にしてプルプルと震えている、聖女からだった。

それにより、修也は自身も空腹を感じていることに気付き、クスリと笑った。

「…続きは、飯食ってからにすっか。」

「…はい。」




お疲れちゃーん。うぇーい( 0w0)ノ
今回のは今までのに比べるとかなり少なかったかな?けどまあかなりまとまった感はある。次も頑張ろ!
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第17話 賭け

ミディ・ピレネーにある住宅街。数時間前、修也が訪れていた街の、地下。そこに、1つの小部屋が作られていた。それの広さは中々のもので、日本の並の一軒家なら全幅は全て入りそうな程だった。
そんな、四方を囲む壁のそれぞれには《あるもの》が吊られていた。どこか柔らかそうな質感のある肌色の表面に、赤色の液体が伝って流れ落ちる。
…それは、人の死体だった。
服は脱がされ、所々の部位は欠損しているが人としての形は何とか保っていた。それも見ると、まだ呼吸をしている。
…つまり、生きているのだ。
ボロボロになってはいるが、死ぬ直前で何とか留まっている。…そして、その部屋の中央。その空間の中で、唯一動くものが居た。
「…ァァァァァアアアアア!!!」
そんな叫びが地下室を揺らし、同時に1つの死体を殴り潰したことで大量の血が壁に飛び散り、内臓と脳が地面にぶちまけられた。
しかし、その人物はそれだけでは満足できないのか、同じように数人を殴り潰す。そこで、ようやくその者は止まった。
「フゥー…フゥー…フゥー…」
拳から血を滴らせ、荒い呼吸を繰り返す。波打った髪の毛は目にかかり、汗は滝のように流れていた。
彼…ジル・ド・レはもう一度拳を振り上げる。そして…
「グオオオオオオォォォォォォ!!」
獣めいた雄叫びをあげながら、拳を振り下ろす。その直後、凄まじい量の鮮血が飛び散った。


「……」

暗い森の中。

毛布を横たわる体にかけて、空を見上げる少女が一人。意識を飛ばしていたために閉じていた瞼をゆっくりと開ける。自前の碧眼が登り始めた太陽の光と共に瞬く。

「ん…」

微かな眠気を感じながらも上体を起こし、腕を伸ばす…

 

ガチャッ

「うっ…」

 

それを妨げるかのような抵抗感を感じて、少女…ジャンヌは途中でその行為を止めた。そして、左手首を見ると同時に思い出す。

「ああ…そっか…」

彼女の左手首に付けられた、鉄製の輪っか。そして、それの先に着いた鎖は目の前で先程の彼女と同じように横たわる、黒髪の青年の右手に伸びていた。彼の右手首にはやはり、輪っかが取り付けられていた。

何故こうなったか。それは数時間前に溯る…

 

ガチャリッ

「これは…?」

修也が異空間から取り出したものを持ち上げる。洗った食器を片付けた修也はサラリと答える。

霊使者(ウチ)の技術者達が発明した特別製の道具でな。」

そう言うと素早い動きでジャンヌから鎖の着いた輪っかを取り上げ…流れるような動きで、躊躇い無く彼女の左手首に嵌めた。

「こう使うんだ。」

「へー…」

ジャンヌは感心するかのようにそれを見つめる。やがて、もういいのか手から輪っかを外そうと…

「…あの、これどうやって外すんですか?」

何度やっても外れず、ジャンヌは修也に問う。それに修也は、

「え?外れないよ?」

何言ってんだコイツは、と言いたげな顔で、またもそう言った。

目を見開き、呆気に取られるジャンヌに気づくことも無く(無視してるだけかもしれないが)修也は自身の右手首にも片方を嵌めた。

「え、貴方は何を…」

「霊力消費しすぎて、今から俺も寝るからな。逃げないように軽く拘束させてもらった。今王城に行かれても困るし。」

そう言いながら修也はそそくさと布を敷いてその上に寝転がり、毛布をかけた。そしてその中に琥珀が素早く潜り込む。

「え、あの…私は、どうすれば…」

「アンタもまだ回復しきってないんだから寝たらいいんじゃないのか?それに俺が起きたら一緒にやってもらうこともある。できるだけ休息は取っておいてくれ。」

修也はジャンヌを見ずにそう告げる。

しかし、ジャンヌは考える。これはチャンスだと。このまま青年が寝ている隙にこの枷を壊し、逃げればいいのだ。

ジャンヌは霊力で短剣を作り出した…

「それ、かなり強固な作りになってるから余計なことはしない方が身のためだぞ。時間は有意義に使え。ああ、それと俺にはちゃんと桐宮修也っていう名前があるから。もう貴方、なんて呼び方はやめろよな。俺もお前のこと呼び捨てにするから。」

「……」

そんな、心の中を読んだかのような的確な意見と速すぎる自己紹介に、ジャンヌは固まる。その意見を口にした直後、驚異的な速さで彼の口から聞こえる安らかな寝息。

最早、ジャンヌは何かを言える訳もなく、ただ固まっていた。

 

そんなこんなで、先程の場面に戻る。

勿論、そこまでの数時間、ジャンヌも早々と寝たわけではない。いかにしてこの場から逃げ出そうと四苦八苦していたのだ。

枷を短剣で壊そうとしたり、枷から手を引っこ抜こうとしたり。更には霊術で枷の先に繋がる鎖を燃やし尽くそうともした。

しかし、結果は見ての通り。諦めたジャンヌは大人しく自身も眠りについたのだった。

『…さて、これからどうしたものでしょうか。』

ジャンヌとしてはこのまますぐにでもここを抜け出して本国(フランス)の救援に向かいたいところではあるが、この手に付けられた枷が邪魔をする。

それに修也が先程言っていた言葉。

『《一緒にやってもらうこと》…とは、いったいなんでしょうか。』

ジャンヌはチラリと修也の方を見る。

まだ数時間という短い時間しか過ごせていないが、彼がどのような人間であるかはある程度なら理解しているつもりだ。

ジャンヌは、人を見る目には自信があった。

『何か悪どいことではないとして…いったい、何かやることがあるというのでしょう。』

この枷を付けられている以上、修也と共に行動することは確定事項だ。それならば、英霊としてこの青年の命は絶対に守らなければならない。ジャンヌはそう、拳を握る。

英霊…いや、全ての霊に共通していえることは、必ず使命を持っていること。勿論本人の野望もあるだろうが、共通して持つ使命が一つだけある。

それは、()()()()()()()()()()()()()()。そのためなら自身の野望など二の次。悪霊とはその優先順位が逆になっている者のことを言うのである。

ならばこそ、ジャンヌが共にいるこの青年…修也を守ることは当然の義務なのである。

そもそも、1度命を救われているのだ。こちらも命を賭けるのが筋というものであろう。

そんな想いを胸に、ジャンヌは再度修也に目を向けた。

「……!!」

…直後、近づいてくる者の存在を彼女の霊力探知が察知し、すぐに短剣を創り出して構える。勿論森の獣である可能性もあるが、彼女達の周りは修也の作り出した結界のおかげである範囲の霊力を他に探知させない代わりに、こちらも探知出来ないようになっている。

つまり相手は既にかなり近いところまで来ているのだ。これがジルの手下か本人ならば途轍もないピンチ、ということにもなる。

しかし、それよりもジャンヌが気になったのは…

『何故警報音が鳴らないの…?の説明では敵対者が結界の中に入れば警報音が鳴り響くはず…いえ、その程度ならジルは解除できる、ということかしら…』

姿の見えぬ敵に、ジャンヌは静かに迎撃体勢を取った。

だが、そこでジャンヌの肩を何者かが掴む。彼女は反射的に後方に振り向く。そこにあったのは、先程までそこで寝転がっていた修也の顔だった。

「え、あ、あの…」

狼狽えるジャンヌに対して、修也は何も喋らない。ただ、気配の方を向いたまま立ち尽くす。近づいてくる者を警戒していないかのように、微笑みを浮かべながら…

そして、闖入者は姿を現した…

 

「よっ、十数時間ぶりだな。元気にしてたか?天乃。」

修也は、自身お手製の結界の中に入ってきた人物にそう、務めて笑いながら声をかける。そんな彼の行動についていけないのか、ジャンヌはなおもキョドっているが、修也は気にせず侵入者を出迎える。

やがて、叢の中から輝くような茶髪と銀色の目を持った少女が現れる。その目は、睨みつけるように細められていた。

その目に、修也も少したじろいだ。

「…なんでそんなに不機嫌そうなんだよ。ていうかどうしたんだ、その傷。」

そう言って修也は彼女…神宮寺天乃の体に目を向けた。見ると、彼女の服は所々裂かれている。血こそ出ていないものの、攻撃を受けたことは確かなようだ。

彼女の実力をよく知る修也としてはそれが不思議だったのだ。いったい誰に…

「…貴方よ。」

「…はい?」

天乃が怨念のように吐いた言葉の意味が分からず、修也はコクリと首を傾げた。

「…ねえ修也。貴方が寝る前にした事、順番に挙げて言ってくれない?」

「え?あー、おう。えーっと…まず事情聴取の後に飯食って、お前が来るとき用にお前にだけ結界の警報音ならないようにした…あっ!」

まるで何かを思い出したかのように、わざとらしく口を押さえると、後頭部に手を置いて舌を出した。

「ゴメーン♪外のトラップの解除設定し忘れてた☆てへぺゴバアアアアアアアア!」

話し終わる前に、天乃は手に溜め込んでいた霊力弾を放出。直撃した修也は、十メートルほど離れていた木まで吹き飛ぶ。かなりの太さの木が揺れ、落ち葉と幹が彼に降り注いだ。

「ちょ、修也君…?!」

「…とりあえずこれでチャラにしてあげる。感謝なさい。」

「…おう…」

天乃の言葉に2本の指を立てて、震えた声で返した。

先程の衝撃で出来た落ち葉や幹の山にジャンヌは駆け足で駆け寄る。その後すぐに、修也は埋もれていた顔を出して、上体を起こした。

「だ、大丈夫ですか…?今とんでもない威力の霊力弾が…」

「あー、気にすんな。いつもの事だから。」

そう言いながらも、ジャンヌは彼の体から赤い線が消えるのを見逃さない。どうやら、肉体強化はギリギリ間に合ったようだ。

「…ところで、さっきから貴方の傍にいるその人…随分変わった霊波の形ね…まさか…?」

「ああ、お前の考えてる通りだよ。」

修也はゆっくりと膝に手をついて立ち上がる。彼が首を数回鳴らしてから天乃は口を開いた。

「なら、その金髪美女が私達の探してたジャンヌ・ダルクその人で間違いないのね。」

「ザッツライト。さすが勘が鋭いな。本部にはちゃんと俺の手柄で報告しといてくれよ。」

「そんなもの自分でしなさい。というより貴方そんな手柄にこだわるタイプだったかしら?」

「嘘嘘。ジョークに決まってんだろ?欠片も興味ねえよ。」

そんなからかうような修也の言葉に天乃は呆れの含んだため息をつくと、ジャンヌの方に向き直った。

そして、まるで騎士のように整った一礼。

「初めまして、聖女ジャンヌ。私は日本の霊使者協会から派遣された剣士、神ぐ…じゃなかった。桐宮天乃と申します。以後お見知り置きを…」

「あ、いえいえ。そんなに畏まらないでください。今の私はこの世を守るために現界した一英霊に過ぎません。兵隊1人と何ら変わらないのです。どうか気を休めて…」

「いえいえそんな…」

そんなやり取りをしながら、歳の近い少女2人が頭をペコペコしている。非常に面白い光景だった。同じ動きをする赤べこが向かい合っているかのようだった。

「頭が硬ぇ同士の会話だなー…」

その光景を見てそんな言葉を、修也は漏らした。

 

「さて、と…」

自身の霊力を流し込み、手首に嵌めていた枷を解除して、修也は順に2人を見る。まずは、どう見ても寝不足であろう天乃から。

「…なぁ、お前大丈夫か?俺と別行動になってからも一睡もしてねえんだろ?」

修也の問いに「フンッ」鼻を鳴らす。

「さすがに2時間ほどの仮眠は取ったわ。いくら私でもそこまで動き続けるのはきついし。」

「…さいですか…」

果たして2時間の仮眠だけで満足に動くことは可能なのか、ということは非常に気になったが、彼は口に出さない。

彼女自身が可能と言うなら、可能なのだろう。

修也は天乃から視線を外し、その横にいるジャンヌに目を向けた。見ると、どこかそわそわしている。

「ん?どうしたんだジャンヌ。そんなに鎖縛りプレイから解放されたことが不満か?聖女様の癖にお前も随分変わった趣味だな。」

「ち、違います!そういう訳じゃありません!《ぷれい》とやらのことはよく分かりませんでしたが…」

「え、じゃあなんで否定したの?」

「卑猥なことを言われてる気がしたからです!」

ほう、流石は英霊だ。《そっち方面》の勘の鋭さも一流のようである。

修也はよく分からない方向でジャンヌに感心した。

「わ、私が言いたいのは、何故今すぐにでも戦争が始まりそうだというこの状況で、フランスの救援に向かわないのか、ということです!」

修也はその言葉に顔を顰める。どうやらその問いには天乃も気になっていたのか、横目で彼を見つめる。

ジャンヌは1歩前に踏み出した。

「もしかしてジルを相手にすることに躊躇いを覚えているのですか!?それとも相手の国民を殺すことを!?どちらにしても英霊である私が相手の支柱であるジルをあちら側に強制退去させればいいだけではないですか!何を躊躇うことが…!」

ジャンヌの必死の提案の呼びかけ。それに、修也は…

「チッ…」

…回答とは呼べない、辛辣な舌打ちを打つ。そして、険しくなる表情。そんな彼の様子に、ジャンヌだけでなく天乃も表情を驚きに染めた。

ここまで彼が嫌悪を表情に出すのは、非常に珍しい。

そして…

「……!」

ジャンヌは彼から向けられる視線に悪寒を覚える。いや、《恐怖》とも呼べるのか。

修也はジャンヌを見下すように見つめ、ため息をついた。

「…私が全て引き受けますってか。なるほど、さすがは英霊。随分達者な()()()()()()()をお持ちのようだ。」

その言葉のあと、修也の視線は更に冷ややかさを増した。

「けどな、ひとつだけハッキリと言わせて貰う。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、俺はお前を行かせない。せいぜい、時間稼ぎがいいとこだろ。」

「なッ…!!」

そんな修也の正面からの罵倒に、ジャンヌは怒りで顔を赤くした。いくらジャンヌでも、これ耐えることが出来ない…

「反論したいならすればいい。けど、お前だって分かってるんだろ?俺の言ってる事が、正論であることぐらい。」

「えっ…」

そんな言葉に、ジャンヌは口を止めた。無意識な何かが、彼女の行動を遮ったのだ。

「…お前の霊力。あんなにもぐっすり眠ってたからかなりの霊力が流れ込み、作り出され、それ相応の回復をするはずだった。…が、結果は違った。」

修也は手をゆっくりと持ち上げて、掌の上に純粋な霊力の塊…霊弾を作り出す。

「お前の霊力は、長時間の休息を取り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それどころか、少しずつ減少している始末だ。」

「…そんな…」

ジャンヌは、今まで気にしていなかった、自身の内包霊力量を確認し…そして。力なく膝から崩れ落ちる。

修也は握りつぶすように、霊弾を自身の中に吸収した。そして、腰に手をやり座り込むジャンヌを見下ろす。

「…理解出来ただろ、今の自分の状況を。」

その言葉に、ジャンヌは悔しさのあまり唇を噛む。意味の無い行動であることは分かっていたが、しかしそうせざるをえなかった。

3人の間を、どこか冷たい風が吹き抜けた。

 

 

一方、その頃…

 

「今日は御足労願い感謝します、雨久さん。」

そう言って、現フランス女王・サレスは椅子に座り込む。

「いえいえこちらこそ。我々をこのような高貴な所をお招きいただき恐悦至極。女王陛下の慈悲、しかと受取りました。」

サレスの目の前に立つ人物はそう言って手を胸に置き腰を折り、一礼する。

「世辞はいりません。…座りなさい。」

「はっ…失礼します。」

サレスに促され、男は向かいのソファに座り込んだ。サレスは側近から書類を受け取る。

「しかし、まさか反乱軍の者共が侵攻のタイミングを早めてくるとは…」

「別に、そこまで驚くことではないでしょう。相手は悪霊。それも英霊が加わっているのです。計算通りに動くことはほとんどない。むしろ想定内だわ。それに…」

サレスはチラリと男に視線を向けた。

「あなたの部隊なら対処することも可能でしょう?」

そんなサレスの言葉に、男は自信満々の笑みを浮かべた。

「…ええ、もちろん。」

 

男の名は、雨久康文(あまひさやすふみ)

霊使者協会ランキングはA級6位。

協会をとりまとめる五元老の1つ、雨颯家直属の傘下家系でもある雨久家の現当主である。

その実力はかなりのもので、派遣されたフランスで現地の霊使者達をとりまとめる《監督官》を任されている。

齢30代後半で妻子もおり、まさしく《勝ち組》とも言える男である。

 

「…それにしても、随分と情報が早かったですね。我々が見張らせているので、相手もかなり慎重に動いていたのに…まさか軍の方々が先に気付かれるとは。」

「いくら我々でも戦力は劣るにしても、統率力はあなた方に引けを取りません。偵察など、我々のお手の物です。」

そう、サレスの横にいたウィリアムが真剣な面持ちで告げる。それに、康文は「なるほど…」と言いながら納得していたが…

「本当にそうかァ?」

…康文の横に座っていた長髪の人物がそれに、そう反応する。

「…なにか?」

サレスはその人物に横目で意識を向けて、そう問い返す。長髪の人物は喉を鳴らして笑い、問う。

「この任務には雨颯家(ウチ)の中でもトップクラスの実力を持つリヒトをダウンさせて復帰した桐宮修也(カス)が参加してるらしいじゃねえかァ。なのにあの野郎、支部に顔出さずに単独で行動してやがる。…しかも、昨日ウチの監視役が100人の反乱軍と戦う2人組を発見し、そいつらがこの城に入ったって情報も入ってるんだァ。」

長髪の人物はじろりとサレスの顔を覗き込んだ。

「…まさか、アンタらが匿ってる訳じゃねえよなァ?」

その問いに、サレスは黙り込む。そして、軽くため息をつくと…

ビュオッ!

「…!!」

同時に長髪の人物の前をウィリアムの引き抜いた剣が走り後ろに飛び退る。

「野蛮人が…無礼を知れ…!」

「んだよ爺さん…死にてえのかァ…?」

2人は一定の距離で睨み合い、凄まじい量の霊力が応接室を揺らす。各々の武器に手をかけ、そして…

 

ヒュッ

「…!」

 

長髪の人物の首元に小さなナイフが突きつけられる。

見るといつの間に移動したのか、康文が後ろから自身の武器を突きつけていた。

「おい、暴れるなと言ったろう。ここは戦場じゃない。それも一国のトップの前だ。これ以上雨颯家に恥をかかせるな、氷牙…。」

康文の静かな、しかし重圧のある声に、構えていた氷牙と呼ばれた少年は、先程が嘘のように霊力を引っ込め「へいへい」と軽く返事をしながら、再度ソファに座り込んだ。

その後、康文は深々と頭を下げる。

「申し訳ございません。ウチのダメ息子が…再度教育しますので…」

「…問題ありません。先に仕掛けたのはウィリアムです。こちらからも少しきつく言っておきます。」

そう言いながら、サレスは視線を書類に戻した。

「それよりも、書類からは戦力は充分に揃っていると取ってもよろしいのですね?」

「え、ええ…。」

「ならばもう問題ありません。これ以上話し合うことはないわね。退出しても構いません。…私達の国の守護、お任せ致します。期待してますよ。」

そんなサレスの言葉に、康文は一礼して答える。

「ハッ!必ずや!」

それに、サレスは無表情のまま、頷いたのだった…

 

「どう思われますか?修也殿のこと…」

「どうもこうもないわ。我々には彼に頼るしかもう手はない。いくら霊使者が力を集めても急造のものでは英霊に勝つことは不可能に近いのだから。」

「…しかし…」

ウィリアムはひとつの書類を手に、少し言い淀む。それは、修也が作り出した使い魔に運ばせたひとつの手紙。それには反乱軍の侵攻開始日の変更と、英霊ジャンヌ・ダルクの保護の成功の旨が書かれていた。そして…

「…侵攻開始に間に合わないのは、まずいのではないですか…?」

「…」

それには、《ある事情》で侵攻開始に間に合わないかもしれない、とも書かれていたのだった。

それに、サレスは苦い顔をする。

しかし、信じることはやめない。今は彼の力と、英霊ジャンヌの力のみが頼みの綱なのだ。信じることしか手はない。

「さあ、フランス史上最大最高の博打打ちの始まりよ…!」

 

 

「…変わりません。」

「…なに?」

ジャンヌの吐いた言葉に修也はピクリと片眉を動かし、反応する。

ジャンヌはゆっくりと立ち上がり、そして修也をまっすぐ見据えた。

「私のすることは変わらない、と言ったのです。確かに、今の私は戦力としてはちっぽけなものかもしれない。だけど、()()()()()はそれだけじゃありません。それこそ、この身をジルに差し出し、あなた方霊使者の援軍の到着を待つ時間稼ぎだって…」

「そんなことは俺が認めない。それはお前の命を軽々と相手に渡して強化してるようなもんだし、何より下手をすればお前の命をなんの意味もなく犠牲にすることになる。」

「それでもいい!それが、(しゅ)が私に与えもうた人生であり使命なのです!それで民が救われるのなら私は…!」

「ふざけんじゃねえッ!!」

修也の怒号が響き、彼はジャンヌの胸ぐらを思いっきり掴む。ジャンヌの顔を自身の顔に引き付けた。

「お前それが自己犠牲だとか時間稼ぎの囮だとか思ってるだろ!?けどそれはそんな格好いいもんじゃねえ!ただの《無駄死に》だ!」

「べ、別に私は…ただ出来ることを…!」

「あいつらに降ることがか!?なら教えてやる!その行動に意味はねえよ!それは生きること、戦うことを放棄した奴がやることだ!」

修也は声量を落とさず叫び続ける。彼が声を発するたび周りの木々が震える。

「大体な、お前が降って時間を稼いで、それで終わりだと思うなよ!お前が降れば間違いなくジルの野郎はお前を洗脳し(堕とし)にかかる!そうなれば最悪お前があいつの陣営につき、アイツらを崩すのが困難になるんだ!それに時間稼ぎを出来るかどうかすら危ういんだ!アイツらの目的はお前であってお前じゃない!最終的目標はお前を裏切ったこの国(フランス)を潰すこと!ならお前を犠牲にしようがどうしようがアイツらが攻め込むタイミングは大して変わんねえ!だから《無駄死に》だ、つってんだよ!」

そこで、流石に疲れたのか修也は一呼吸置く。そして、先程とは二段階ほど静かな、しかし確かな声でまた話し始める。

「…お前の命はもうお前の価値観だけで使える様なもんじゃねえんだ。それだけ、お前の力は世界に影響を与える。それに…」

修也は胸ぐらを掴む力をさらに強める。少しだけ、ジャンヌの服が破ける音がした。

「お前が自分を犠牲にすることが神様に与えられた人生だと…使命だと……?そんな奴が神様なら、俺が神を否定する!お前は霊とはいえたった一つのかけがえのない命に変わりはないんだ!…そんな生き方は、命の使い方は、俺が()()()許さない!!」

そう吐き終えると、修也は少し俯き荒く息をする。まるで、その内に溜まっていたもの全てを吐き出したかのような言葉の奔流を受けて尚、ジャンヌの顔は穏やかだった。

そして、胸ぐらを掴んでいた修也の手を、両手でそっと包み込む。

「……あなたが本気で私のことを気にかけてくれていること、痛いほどわかりました。あなたの今までの人生は知りませんが、あなたのその生き方は間違っていない。それだけは、よく分かります。…しかし…」

そこでジャンヌは包み込んだ両手に力を入れる。それは、英霊にしては弱々しく、女の子らしいものであった。しかし、彼女の苦悩が現れるかのように震えていた。

「…ならばどうしろと言うのです…!今の私は本来の力を発揮できない。この国を守りたくても、それを出来る力がない…!私には…この手しか…」

ない。そう言おうとしたジャンヌの口を、修也の空いている手が塞いだ。

修也は、俯かせていた顔を上げる。そして、告げる。

「…手ならある。」

修也はジャンヌから手を離し、地面に下ろした。

「…付いて来い。」

修也はそれだけを言って静かに雑草を踏みつけながら、木々の合間を縫って歩いて行く。そしてジャンヌも最初は止まっていたが、後ろにいた天乃に背中を押されて一緒に歩き始めた。

…しばらくして、修也は唐突に口を開いた。

「ジャンヌ、お前俺が寝る前に言った言葉、覚えてるか?」

「え?…えーっと…」

ジャンヌは修也の言葉の中で、気になった部分だけを抜き出した。

「《それに俺が起きたら一緒にやってもらうことがある。出来るだけ休息は取っておいてくれ》。…そう言ってましたよね。」

「…よく俺の言って欲しいセリフを1発で抜き出したな。…まあいいや。」

修也はなおも足をとめない。

「まさか、今はそれをするための場所に向かってるの?」

「勘のいい奴が二人もいると俺のセリフが無くなるな。」

天乃の指摘に修也は遠回りな肯定をした。

「流石にその話の流れで、今移動しているとなるとそれしか考えらんないでしょ?」

「あー、はいはい。そうですねっ…と。」

修也はそう言って最後の雑草を掻き分けて、剥き出された砂地に足を踏み出す。

それに続いてジャンヌと、天乃も足を踏み込んだ。そして…

「こ、これは…!」

「…ッ…!」

そこに刻まれた《呪印》らしきものを見て、2人は驚きに表情を染めた。

それは、あらゆる知識書を読み尽くした天乃にすら理解出来ない複雑な刻印。それが赤々と光を発して日中ながらも闇に落ちた木々を照らしていた。

そんな、血液にも似た色の光に照らされながら立つ修也の髪とコートを吹き抜ける風が揺らした。

そして、一言。

 

「…さあ、賭け(ベッティング)を始めよう。」




さてさて、少し間が開きましたがどうでしたか?
面白かったら幸い…というか俺の中ではかなり面白くしあがったかなーと。まあ全然進んでないけど。
それでは感想と評価オナシャス!アデュー♡


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第18話 開戦

霊力とは、いわば一種の《生命力》である。
別に特別霊使者のみが持っている力という訳ではなく、この世に存在する()()ならば必ずしも秘めている力。
人間は勿論、犬、猫などの動物に草や木などの植物。更にはただ存在している水や土も、内包量は極少であるが例外ではない。
霊使者というのは、それの《量》や《扱い方》に天性的なセンスを持って産まれた者達のことを言う。
霊使者の家系に産まれた子供は、既に一般人の十~数十倍もの霊力を内包しているのだ。
扱いに関しても、それぞれの神経などとは別に存在する、全身に巡る霊力を通す道・《霊管》を多量に有しているのだ。
他にも《霊感》などの様々な違いがあるが…今はここまでとしておこう。
…さて。
今のジャンヌの状態は極めて深刻なものであった。本来他の生物(空気、食材など)からの補充や、自身の心臓と同じ場所にある《霊核》から製造されるべき霊力が何故か補充されず、持ち前の強大な霊力も底をつきかけていた。
この現象に、この世に生きるもの達は体という《殻》がある故にそのまますぐに天に召されたりはしない。精々霊力不足で気絶するぐらいの症状で済む。
…だが、既に死した存在である霊達なら話は別だ。霊達はその身を霊力を作り出した体と霊力で動かすことの出来る霊核でこの世に体を留めている。
…つまり、霊力のないジャンヌは今、死にかけの状態…いや、成仏しかけといった方が正しいか。どの道、この世界に留まることは困難になっていたのだった。


サアアアアアアァァァ…

 

森の中、描かれた巨大な呪印がその赤々とした光で周りの木々を照らしている。

その呪印の外、照らされた木々の影で青年が座禅を組み、静かに瞑想している。

これは一種の精神集中のための動作とも知られているが、霊使者にとっては霊力の自然回復を早めることで知られている。

そんな青年の横から、ひとつの可憐な声が響く。

「修也、ちょっといい…?」

「…なんだ?」

自身に対する呼び掛けであることを理解して、青年…修也はすぐに問い返す。

可憐な声の主、天乃はすぐには答えず、ゆっくりと傍にある木にその体重を預けて、膝を抱え込んだ。

そして、ゆっくりと口を開く。

「…緊張してるかもしれないから、世間話でもって思って来たけど…迷惑だった?」

そんな言葉に、修也は目を閉じたままくつくつと笑う。

「ハハッ、流石次期使媒頭(しばいのかみ)様だ。随分仲間思いなこった。」

「…茶化さないでくれる?」

ジト目で睨む天乃に、修也はさらに笑う(目を閉じてるので見えてはいないだろうが)。

すぐに笑い声を抑えると、修也は微笑みを浮かべたまま、言う。

「ま、有難いけどな。こちとら一国の命運が俺の腕にかかってるって言うから、ビビりまくっててよ。」

軽口のように、そう答える修也。しかし、天乃は見逃さない。彼の額から、少量ではあるが数筋の汗が流れていることを。

恐らく、本音を零したのであろう修也を憐れむことなどなく、天乃は優しい微笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「…私達ってさ、かなり付き合い長いわよね。」

「んー?そうだっけか?」

「そうよ。…初めて会ったのが5歳の頃だったからもう10数年の付き合いになるのね。」

「へー…そんなに…。最初の頃はお前が家に引き篭ってばっかで全然交流なかったから全然記憶ないんだが。あとこの最近も。」

「しょうがないでしょ、それが家の方針なんだから。…というかココ最近は文通でちゃんと交流しようとしてたじゃないッ!」

「そんな拗ねんなって。…あー、まあ、そうだな。その件に関しては俺が悪ぃな。まだ一通も返せてねえし…」

「…その苦虫を噛み潰したかのような顔で、あなたの部屋の隅で静かに積まれてる私の手紙の様子が容易に想像出来たわね。」

「…勝手に推測すんなよ…間違ってねえけど…」

「わざわざそんなに悩む必要も無いのに、ただの気まぐれで書いただけの手紙よ?」

「お前からしたらそうかもしれんが、俺からしたら重大なもんなんだよ。失礼働いたらワンチャン首チョンパだし。」

「安心しなさい、数年前にそれ以上の非礼を働いてるから。」

「…なるほど、それは安心だ。」

 

そんな会話の後、2人は笑う。

かつての思い出を思い出すように、静かに笑い合う。そして、笑うのを止めた後、天乃は修也に問う。

「修也、あなたはどう思ってるの?」

「へ、何が?」

「…そりゃ、ジャンヌ様の《治療》に決まってるじゃない。」

その言葉に、修也は目を閉じたまま片眉をピクリと動かした。

「…今の私の知識じゃ、この複雑な呪印の意味は分からない。それこそとてつもなく高位の呪術を使おうとしているのは分かる。でも、その本質やそれが成功する確率も分からないわ。」

「…だろうな。」

「教えて、修也…!本当にこの作戦は成功するの?本当に賭けても良い賭けなの?もしあなたの身に何かあったら…私は…」

そう言って、顔を伏せて、その後の言葉を紡ぐ。

「…あなたの妹にすら、顔向けできなくなる…」

その言葉に、修也はしばらく黙っていたが、すぐに微笑みを浮かべる。

「そっか、お前って翠と仲良かったな。昔おままごととかしながら遊んでたの、今頃思い出したよ。」

「…最近は、会えてないけどね。」

そんな天乃に修也は笑いながら「そりゃそうだろ」と答える。

「…ま、お前が心配になるのも、よーく分かるけどな。こんな極限状態で、予想外のことばっか起きて、しかも自分の知識範囲外のことを相方がやろうとしてんだ。不安にならない方がおかしい。正直、この作戦不可能なんじゃないかって俺でも少し思ったぐらいだ。」

そう本音をハッキリと言って、修也は閉じたままだった目をゆっくりと開ける。そして、その目で天乃の銀色の目を見据える。

「…ここでなんかのエピソードを交えながら、お前にアドバイスなんか出来たら最高なんだろうが…悪いが俺にそんなペラペラ話せる口上と甲斐性はねえからな。」

「知ってるわよ、そんなこと。」

天乃の即答とも言える、素早い肯定に修也は「だろ?」と笑いながら言う。

「ま、それでもアドバイスっていうか…シンプルに俺がやって欲しいことでも言おうかな。」

そう言うと、修也は本当に短く、端的に天乃に助言を述べた。

 

「俺を信じろ。」

 

「…」

その、あまりにも直球すぎる要望に、天乃はしばらく呆然としてしまう。

「…随分と直球ね。」

終いには、声に出してしまった。しかし、その言葉に修也は「何言ってんだ」と苦笑する。

「シンプルにつったんだから、その通りにすんのは当たり前だろ?」

「…いや、まあ…それは、そうだけど…」

どこか釈然としないような天乃の態度に修也は、クスリと微笑む。そして、

「言っとくけど、俺がジャンヌに言ったこと…成功率が低くて、命も危ない可能性があるって言ったけどな。あれ、マジなんだよ。」

そんな、重大なことを軽口のように、からかうかのように告げる修也。だが、それは天乃も分かっている。流石に冗談だろうと思っていることを、彼女は聞くことなどしない。

「けど…」

「じゃが、わしがしっかりサポートするから、安心せい。」

まるで、修也の言葉に割り入るかのような…いや、引き継ぐとも言えるか。待っていたとでも言いたげなタイミングで琥珀が2人のいる叢に入り込み、そう言った。しかし、修也は良い気はしないのか、どこか文句アリ気な顔で琥珀を見る。

「…お前俺のセリフ持っていくなよ。ただでさえさっきジャンヌと天乃に持っていかれたばっかなんだからさ。」

「フンッ、貴様こそこれから行う術式のための気力を会話で使うでは無い。ほんの少しの不足でさえ、この術は危険を伴うのじゃからな。それより…もう準備は出来ておるぞ。」

「…そうだな、俺の霊力も回復したし時間も無ぇ。そろそろ始めねえとな。…天乃、見張り頼んだぜ。」

「言われなくても…私だって、由緒正しき神宮寺の人間よ。それくらい、難なくこなしてみせるわ。」

それに、修也は「おう」と答えて、軽く笑う。そして…

「それなら、安心だな。」

そう言って、コートを翻した。

 

俺は、ゆっくりと森の土を踏む。それと同時に、張り巡らされた呪印が呼応するように紅く光る。

この呪印は琥珀曰く、俺の霊菅の一部に直結しているそうだ。それ故にまるで脈拍のようにこうして点滅しているのだそうだ。

そうすることで、術の精度も上がるそうだ。

…ちなみに、全て琥珀から聞いた話なので断言は出来ない。ま、あいつが嘘つくことはさすがにないと思うけどね。一応、従霊になってくれてるわけだし。

「無駄なことを考えるでない、我が主よ。…手早く終わらせようぞ。」

おおっと、さすがにバレてた。よく見えていらっしゃる。それに…

「…あぁ、そうだな。」

言ってくるアドバイスも、全部的確だしな。

『ホント、俺には勿体ない奴だな…』

俺は、心からそう感じた。

 

「悪ぃ、待たせたな。」

修也がそう声をかけると、呪印の中心で座り込んでいた金髪の少女…英霊である聖女・ジャンヌは少し弱々しげに微笑んだ。

「あぁ…いえ、特にそこまでは待ちませんでしたよ。ただ、少し…気持ち悪かったですが…」

修也はゆっくりとジャンヌの傍に腰を下ろし、ジャンヌの背を手で触る。琥珀は呪印の最終調整に入る。

「安心しろ。別にこの呪印がお前の毒になってる訳じゃない。ここら辺は瘴気が強いから、それがお前に当たってんだろ。しばらくしてたら治るさ。」

その言葉に、ジャンヌは修也のことを横目で見る。そして、荒い息をしながら、もう一度微笑んだ。

「そう、ですか…なら、安心です…」

「…」

その、ジャンヌの様子と受け答えから、修也は「やっぱりな」と呟いた。

『…この野郎、かなり弱ってきてやがんな…』

修也は少し歯ぎしりをする。

そもそもな話。英霊が空気中の瘴気に当たり、体調を崩すことなど()()()()

なら、何故修也はジャンヌにその話をしたのか。それはひとえにジャンヌの思考能力を試したかったからである。

霊とは霊力量の有無でその個体差が存在する。基本的には知力→基本的能力→霊術といった順に発達していくのだが、霊力量不足などの原因でステータスダウンする時もこれは反映される。

まずは霊術の質が下がり、その次に筋力、敏捷などの低下が起きる。そして、その更に下には…

 

持ち合わせた知力、思考能力の低下が見られるのだ。

 

今のジャンヌは英霊ならば知っておいて当然とも言える事柄においての間違いに指摘せず、むしろ納得さえした。これは、危険な状態であると修也は判断する。

先程までのあの様子。武器を製造しようとしていたが、霊力が足りずにほんの小さなものしか出来てなかった。つまり、あの時からほとんど崖っぷちだったのだろう。

『こりゃ早急に対応しねえと手遅れになるな。』

「琥珀、いけるか?」

「うむ。」

修也の問いに琥珀は迅速に答える。

それに頷くと、修也はジャンヌの後ろにまわる。

「ジャンヌ、今着てる服を消すことは出来るか?」

「え、ええ…?それは…」

「別に邪な考えはねえよ。ただ、この術は出来るだけ肌と肌が直接触れることで抵抗は無くなるし成功率も上がる…んだったよな?」

「うむ。その上特別な聖遺物などもあればよかったが…無い物ねだりをしても仕方ない。」

どこかぎこちない修也の説明にすかさず琥珀がフォローを入れる。

「すいません…私が不甲斐ないせいで…ご迷惑を…」

「お前が謝ることじゃない。俺達だって無理にお前の力を借りようとしてるんだ。これくらいの面倒事は想定内だよ…」

「そう、ですか…とりあえず、服を脱げば、よかったんですよね…?」

そう言うと、ジャンヌは残り少ない霊力で短刀を作りだし(あまり霊力を使ってほしくはなかったが)…

 

ピリッピリリリッ!

 

白いワンピースを切り裂き始める。背後にいる修也からは角度の関係で見えないが、自傷行為をしているわけではないと、修也は理解していた。故に、何も言わずにただ、見守る。

やがて、短刀を持ったままの手が腰あたりにまで降ろされると、

「…」

ジャンヌはゆっくりと、切断面を肩口から抜けさせる。普段誰もが行う、あるいは目にする服を脱ぐというだけの行為。だが、彼女のその行為はそのスローモーションさも相まって、更なる艶めかしさを感じさせる。

「……」

それは、いくら任務中と自身に言い聞かせ、私情・私欲を出さないようにしている修也にさえ、効果を及ぼす。

瑞々しく、年相応の女性らしい小さな背中に、視界を埋める白い肌。そして何よりも、流れる金髪の下に晒され、覗き見える白いうなじは、彼の欲望を存分に刺激した。

欲しい、欲しい、欲しい。

独り占めしたい、と。

修也はその思考…欲望を抑え込むのに必死で身動きが取れなくなる。しかし、しばらくすると…

「おい、どうした主よ?」

「あの…修也、君…?」

しびれを切らした、または心配するように、2人が各々のトーンで修也に声をかける。それに彼は、ピクリと体を震わせた。

「…どうした?」

「あ…いや、すまん。ボーッとしてた…」

「こんな時に惚けておったのか?相変わらず緊張感とは無縁のやつじゃのう。…それとも…」

琥珀は修也にニンマリとした笑顔を向ける。それには、彼でさえぞくりと背筋に走るものがあった。

「その娘の裸体に見蕩れておったのか?」

「……」

「ほう、黙り込むとは…まさか本当に…?」

「違う。そんな訳ねえだろ。からかうんじゃねえ…裸体なんざお前と妹ので見飽きてる。」

「いや、それは色々と問題なのではないか?妹の裸を見飽きているなど下手をすれば軽い犯罪…」

「小学校の頃に一緒に風呂入るのは犯罪じゃねえから!兄妹なら普通だから!」

そう必死に弁明しながらも、体温と心拍数が上昇していることを、琥珀は見逃さない。

「まったく…素直でないのぉ…」

琥珀は微笑んで、そう、小さく呟いた。

 

「…早く始めるぞ。」

どこか微妙な空気をリセットするために、修也は琥珀に迅速な行動を求める。

それに琥珀はまた微笑するが、すぐに修也の背に掌をあてた。

「しばらく儂の担当じゃ。出番になったらお前様に合図するから、しっかり頼むぞ。」

「了解。」

琥珀の指示の後、修也は相槌を打ってから行動に移る。掌を霊術で出した水で洗ってから、その手をジャンヌの背中に近付ける。

ピトッ…

「ひぅ…ッ…!?」

「…」

接触時に発生する彼女の声に少し動揺するも、特に支障なく彼は掌をジャンヌの背に付ける。

それと同時に、琥珀は持ち前の霊術を起動。無属性探知系高位霊術《魔捜(スペル・サーチャー)》。その名の通り、霊力の質が魔(闇属性ともいう)に近いものを探し出すための術である。それを彼女は修也の体経由でジャンヌに起動した。理由は、神の加護が働くジャンヌの体に琥珀が触ると《ピリピリする》らしい。修也はまだ、妖としての割合が少ないためそこまでではない。

「どんな感じだ、琥珀?」

「…特に何もないぞ。お前様と儂の肉体的相性は元々最高ランクじゃ。これなら失敗して暴発しても多少の怪我とお主の他の体が霊力を吸収してそれで終わりじゃろうな。」

「あの、失敗してとかそんな不穏なこと言わないでくんない?俺もさすがに治るとはいえ怪我はなるべくしたくないんだが…」

「そう身構えんでもよいよい。逆に、体を強ばらせると、その分術が失敗する確率が上がるぞ?」

そう言って、小悪魔のような顔で少女はくつくつと笑う。それに、修也は嘆息をつく。

『…そう言われると、むしろ体に力が入るって分かんねえかなぁ…』

修也は起こりうる術の暴発への警戒と、自身の従霊の性格の悪さに、大きくため息をついたのであった。

 

「ふむ、そろそろ良いぞ。既にお前様の腕の掌までの移動は完了した。ここからはお前様の仕事じゃ。」

「りょーかい…っと…」

修也は答えると、他の者の霊力が手の中にあるような、少し不思議な感覚を感じながら、確実にそこにある、霊力の塊を練り上げていく。

《魔捜》は相応の密度の霊力を注ぎ込まれていると、術者がありとあらゆる形に練り上げることが可能となる。今回は琥珀ではなく、修也が行っているが、これはあくまで感情すら共有させている2人だからこそ出来る芸当である。そうおいそれと出来るものでは無い。

「……っし、いいぞ。」

「了解じゃ。…ほう、いい造形じゃ。動かしやすいのぉ…」

琥珀はそう言って修也のセンスに賞賛を送った。彼が練り上げた形は〈魚〉だ。まさしく、動くだけに特化した造形。それを琥珀は性能を余らせることなく巧みに操る。

「背骨を通過……肝臓、クリア…胃、クリア……ッ…!?」

そこで、今まで問題無しと体内を駆け回っていた魚達が急停止。異常ありを示すサイレンが琥珀の頭に鳴り響く。魚達が異常を知らせる部位。それは…

「やはり、心臓か…」

人が生きるために、かつ霊力を生み出すための《核》にもなっているものだった。その後、よく調べてみると心臓近くの霊菅に刻まれた、呪印を発見。どこか凄まじいオーラを放つ《それ》は明らかに、かつて修也の体内に刻まれていたものよりも、強力であった。

「…いけるか?」

その事を確認した修也は、チラリと琥珀を見てそう問う。だが、心配そうな主人を見ても、琥珀は尚も毅然とした態度を取り、

「こんなもの、朝飯前じゃ。」

そう、堂々と言い張った。

それに、修也は信頼を含む笑みを浮かべて、こくりと頷く。そして、琥珀はすぐさま魚達に蓄えていた霊力に、更なる霊力の《粒》を送り込んでいく。こうすることで、魚自身に呪印を封印できる効果を付与することが出来るようになるのだ。

そうすれば、ジャンヌの体を元に戻すことが出来る。

「……ッ」

琥珀は、更なる集中力を注ぎ、魚達の霊力を複雑な術として編み上げていく。あまりの霊力の空間密度で彼女の髪が少しだけ浮かび上がる…

 

「……?」

そこで、ジャンヌの体の異変に、直接触れている修也のみが気づく。

「ハア…ハア…ッ…」

荒い息、薄れた存在感と血の気のなさは先程と変わらない。だが、一つだけ明らかに変わっていく。

『…体温が、上がってる?』

手から伝わる温もりが、どんどんと《熱さ》へと変わっていっているのだ。その感覚に、修也はどこか懐かしさというか、()()()ような感じを覚えるのだ。

何故かは分からない。感覚は分かるのに、答えへと辿り着かない。

そんな、答えに辿り着かない修也を嘲笑うかのような速さで、ジャンヌの体温は上昇していく。凄まじく異常な速度だ。

…そこで、修也は気付く。()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに。

 

そこで、修也は戦慄する。

 

今、ジャンヌの体内で何が行われているのか。これから起こることが、容易に想像出来たからだ。

「琥珀、切り上げ…!」

ろ。そう言おうとした直前に、それは起きた。

「…ッ!?」

いきなり、琥珀の操っていた魚達が呪印から発生した赤い光に包まれて、消失する。

そして…

 

ピピピピピッ!!

「…ッ!」

 

その直後。複数の傷が琥珀の体を襲い、鮮血を散らす。それなりの割合で五感のうちの1つを共有しており、《式神》にも近くなっていた魚達が散らされたことによって、術の使用者である琥珀にも影響が及んだのだ。

 

だが、そんな状況でも琥珀は先を読むことはやめない。素早くこの後に起こる事態を予測し、最善策を行動に移す。

「…ッ!!」

「うお…ッ!?」

修也は琥珀に後ろ襟を掴まれ、思いっきり引っ張られたことで、背後に10メートルほど吹き飛ぶ。

その瞬間。ジャンヌの体から()()()()()()()、凄まじい速度で琥珀に襲いかかる。

「チィ…ッ!」

琥珀、全力の後方跳躍。だが、それより一瞬速く、《何か》が彼女の肉体を抉った。

「な…ッ!?」

それは、紛うことなき《剣》であった。鈍い光を放つ、黒色の大剣。

「グッ……ゥ…ッ…!」

鮮血を周りに撒き散らしながら、そのまま琥珀はジャンヌの体から距離をとる。着ている着物に血を滲ませながら、彼女は額に汗を流す。

『霊術による、遠距離攻撃…まさか、体内で使ってくるとは…』

琥珀は霊術が使用された瞬間に、魚の周りにあった、攻撃範囲内のジャンヌの肉体をコンマ数秒の速度で防御系霊術でコーティングした。そうしなければ…今、ジャンヌの体はこの世になかったであろう。

体内で使用される霊術とは、もちろんそれなりの被害を肉体に被る。普通そのような事を行うのは、ある人物に寄生している高位の悪霊か、その他の存在であるが…彼らは寄生することで生きられるので寄生している肉体が崩壊するのは、もちろん真っ先に避けるべきことだ。

…だが、ジャンヌに刻まれた呪印の番人となっている存在は、なんの躊躇いもなく霊術を発動。…それが意味することは、つまり…

 

ズズ…ズズズズ…

 

琥珀がそこまで思考した所で、刃しか見えていなかった剣は、ジャンヌの背から更にその姿を表していき…やがて、柄を持つ右手を視界に捉える。そして、頭部、胴、左足、左手の順でジャンヌの体から引きずり出され、最後に右足が出現した事で、琥珀は《それ》の全容を確認できた。

まず目に映るのは黒を基調とした、どこか軍服にも似た服装。襟は首元まであり、前は留め具のようなもので止められている。疎らにある少量の白がその不気味さを一層引き立てる。ブーツも同様。手には真っ白な手袋が嵌められている。

そして、目線を上げれば白く逆立った髪と、同色の顔の肌が見受けられる。その肌からは生気というものを全く感じられなかった。

琥珀が腕の治療を進めながら視線を送っていると、それに気づいたのか、ジャンヌから這い出たその《人物》は、黒色に囲まれた紅い眼で彼女を睨めつける。

その行動だけで、琥珀をかなりのプレッシャーが襲う。肌がピリピリと震え、身体中の細胞が粟立つような感覚。普通の人間…霊使者であっても、動けなかったり霊術の行使が困難になるなどの枷を負うような、そんなレベルの威圧感。

これには、流石の琥珀もいつもの余裕たっぷりの微笑ではなく、苦笑いで答える。

やがて、紅い眼の人物はそれを見て不服そうに眉を寄せる。

 

「…何を笑うておる、痴れ者が。」

 

先程同様、襲い来る威圧。しかも増幅して襲いかかるそれに、しかし琥珀は表情を崩さず返答する。

「なぁに、貴様のような大物が現界しておることに、多少驚いておっただけよ。」

琥珀はそう言うと口に刻む笑みを少し濃くして、言う。

「…まさか、《堕天使》が現界しておるとはな…」

 

堕天使。

神に反逆、または禁を犯すことで天界を追放された天使のことを指す。キリスト教では悪魔と分類される全てが堕天使であるとされ、悪魔の代表格でもある悪魔長・サタンもこれに分類される。

他に代表的な名は、ルシファー、ベルゼブブ、アザゼルなど。

 

「いやはや、貴様ら堕天使は天使であった頃の残滓か、変にプライドが高い故、下界には姿を現さぬのだと記憶しておったが…?」

「…口の達者な小娘だ。」

琥珀の言葉に堕天使と言われた白髪の人物はピクリと眉を動かすも、目立つ行動は取らない。精々、少し腕を上げて指を動かしたり拳を開閉しているぐらいだ。

やがて、拳の開閉を繰り返していた堕天使は、地に刺していた剣を拳を作っていた方の手で引っこ抜くと、体の向きを変える。そして、その向きにあったもの…ジャンヌの体に、彼は刃を向けた。

「…体を動かすのは久々であった故、少し慣れるのに時間はかかったが、もう良い。」

そう言うと、堕天使は剣を高々と振りかぶる。その刀身は、振り下ろされれば間違いなく気を失っているジャンヌの首を刎ねる。

そうなれば、現在のフランス国軍が聖旗軍に敗北することは必至。

間違いなく、阻止せねばならない。

だが、琥珀は動かない。肩も完治し体に傷一つない彼女はしかし、それは自分の役目でないと言っているが如く、片足をついたまま止まっている。

「…死ね、醜い娘よ。」

そう言い放ち、剣を振り下ろす堕天使。

その、瞬き1つほどの目にも止まらない瞬間に…堕天使の他に、動く影が1つ。

赤い、不規則な線を体に刻みながら彼は砂煙をあげて足を踏み込む。跳躍一閃。

一つの閃光と一陣の風が、琥珀の横を時間差を刻んで突き抜ける。

それとほぼ同時。振り下ろされた堕天使の剣が、ジャンヌの首を刎ねるはずだった剣が…呆気なく空を切る。

これには少しの動揺が見られ、堕天使の瞳孔が少しだけ見開かれるが、すぐにその《答え》となる人物の方を向いた。

「…我の邪魔をするか、下民風情が。」

その言葉に、体に赤い線を刻んだ、《臨戦態勢》の修也は、少し間を開けて微妙な角度を残したまま堕天使を見た。

尚もジャンヌを横に抱える彼の手や、頬と額にはうっすらと汗が浮かぶ。

それもそのはず。並の術士ならば基礎霊術ですら行使出来ないほどのプレッシャーの中、短い時間でその状況に順応。すかさず《肉体強化》を駆使してジャンヌを掻っ攫ったのだ。かなりの神経と精神力を消耗したはずだ。

「…修也、君…?いったい…何が…」

目を覚ますジャンヌ。目まぐるしく変わる状況に情報処理が追いついていない。そんな彼女に、疲弊しているはずの彼は…

「…安心しろ、《想定内》のことしか起きてない。」

…そう、優しく微笑みかけたのだ。

だがしかし、ジャンヌには分かった。いくら取り繕おうとも、彼の疲弊は彼女目から見ても明らかであった。

ジャンヌを地面に下ろし、そのままの姿勢で彼は深く息を吸い、そして吐き出す。これを数回繰り返した。

「…我の邪魔をする者は、処罰の対象となる。その度胸あっての行動であろう?小僧。」

修也は立ち上がり、額の汗をコートの裾で拭う。そして、彼はあろうことか口角を上げ、

「俺がアンタの邪魔をした?…いやいや、何言ってんの。」

不敵に笑って、目を細めながらこう言い放った。

()()()()()()()()()()()()んだよ、俺からすれば。…だからこそ、俺もアンタに今一度問おう。」

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

その言葉に、やすい彼の挑発に堕天使は不満を覚えたのか煩わしそうに顔を顰めると、剣の切っ先を修也に突きつけた。

赤い眼光を放つ目は、怒りを示すように細められ、眼光は鋭さを増していた。

「言葉を慎め、泥人形風情が。」

「アンタこそ、そんな汚ねえ言葉遣い、天使の名が泣くぜ?…あ、悪ぃ。《元》天使か。失敬失敬。」

その言葉には堕天使が現界して始めて、額に血管が浮き出る。先程まで余裕を出していた雰囲気の彼が、キレていることは簡単にみてとれた。

「もういい。貴様の言葉は、いちいち癇に障る。…グチャグチャにする。骨までこの世に残さぬようにな。」

その威圧は、先程琥珀に向けられたもの以上の迫力を持っていた。修也は少し堕天使を挑発したことを内心後悔する。売り言葉に買い言葉とはまさにこの事だ。

…が、ここで逃げ出すなどとはしない。元々、危険承知で入った舞台だ。ならば最後までやりきるのが、男というものだろう。

「……」

チキッ…

修也は答えず、ゆっくりと刀を構える。

右足を後ろに引き、体を横に向け、柄を両手で握って切っ先を相手に向けた。

それに堕天使はゆっくりと剣を上段に構えることで答える。

間は一瞬。

修也に流れた雫が落ちると同時の跳躍。剣が交錯し火花が散る。その光は2人の顔を同時に白く染め上げたのだ…

 




そして、フランスの領土にあるオルレアン一帯。ここでも、1つの《戦い》が始まろうとしていた。黒く染まり、日の出ない空。冷たい風がフランスの地を駆け巡る。
その状況は否応なしに兵士の士気を下げるような、そんな気させする。
だがしかし、と女王であるサレスは気を引き締める。このようなことで気を落としてしまっては一国のトップとして失格である。
兵士が不安にならず、いらぬ心配をかけぬことも王としての役割だ。
サレスは、遠くで相対する敵軍を見つめ、手を振り上げた。

ジルは落ち着いていた。
戦いの中でこれほどまでに落ち着けるのかと、今更ながらジルは自身に感心する。
戦いとは、勝者と敗者だ。勝てば生き負ければ死す。その定義だけはいつの時代も変わらない。
だからこそ、生前のジルは表には出さず内心では《死》に怯えていたのだ。
だが、霊となった今では違う。なぜなら、死んでも生きても変わらないから。
生きれば幸福は間違いなく、死しても戻る場所は決まっているのだ。何を恐れることがあろうか。
今では、フランスへの復讐心しか頭にないのである。
…ああ、いや。一つだけ存在した。まるで意味もなく、皆の意思ではなく私自身の紛れもない欲望。今ある中での唯一の不純物が。
ジルは遠くに見える王城を見つめて、それに手を突きつけて、邪悪に笑い、呟いた。

あの小僧だけは、我が手で殺さなければ…!

「全軍、突撃ィィィッ!!」
「駒達よ…皆殺しにしなさい。」
2人の指揮官のまるで正反対の合図の後、凄まじい雄叫びと共に軍という2つの《塊》が動き出した。
今日ここで、大量の死が撒き散らされることとなるのだ。


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第19話 粘り

めちゃくちゃ不定期ですんません!マジですいません!


突如現れた黒雲が、光を遮っているフランスの空。その下にある、1つの森に剣戟の音が鳴り響く。暗黒の空間を唯一照らす、《呪印》を光源とした赤い光。

その真上で、息を呑む、瞬き1つほどの余裕もない、命の《殺り合い》が繰り広げられていた。

 

「ぬおぉらァ!!」

黒刀と大黒剣。同色である2本の武器が虚空で交わり、盛大な火花を散らす。

それだけではない。黒刀には炎が纏われ、充満している空気を焦がすほどの出力を維持している。

…だが、それを受け止める者は、全くと言っていいほど動じない。剣を左手で握って上段切りの軌道にある黒刀を剣で受けたまま、無表情で睨めつけ、そして…

 

ヴヴヴヴンッ…!

ドシュシュシュシュッ!!

 

「うぉっ…!」

修也の背後に《闇》の霊術で作り出した槍を発現。そのまま彼の体めがけて投擲。

それを修也は体を捻って回避する。しかし、完全には避けきれず、鋭利な刃がコートと脇腹を少し削る。

そんなことは気にも止めてないのか、回転しながらの着地直後、すぐさま刀身の炎を増幅させる。

そして刀を横脇に構えた。一呼吸の後…

「…ッ!!」

左足を踏み出し、彼の体は虚空を駆ける。

そしてその体はすぐ様先程の位置とは対角線上にある地点…堕天使の背後へと移動していた。

桐宮流剣術《火》の型弐番《不知火》。

堕天使のコートの肩に微かではあるが斬り傷が生まれる。

その傷を煩わしそうに見ながらも、堕天使は修也に剣を振り下ろす。彼はそれを刀で受け止め、刀身の角度を変えることで受け流す。漆黒の大剣が虚空を切り裂き、その風圧で砂塵が浮き上がり、修也の頬から透明な液体が飛び散った。

彼はそれらを置き去りにして、さらに動く。

すぐさま刀を構え、全力の上段切り。それを難なく避ける堕天使。…しかし、修也の攻撃はそれで終わらない。

振り下ろしきる直前に刃の向きを急転換。握る刀を真上に振り上げた。

この2連撃に要された時間は、瞬き1つほどの間。傍から見れば、同時に二つの斬撃が繰り出されたように見えたかもしれない。

…だがしかし、それでも堕天使には2連撃目も命中しなかった。刀が振り上げられる直前、刃の向きが転換したと同時に背中の翼を一振り。それだけで、堕天使の体は急上昇。修也の刀も先程の堕天使の黒大剣同様、虚空を切り裂いた。翼が生み出した風圧と、修也の刀が生み出した上昇気流がせめぎ合い、周辺の木々を揺らす。

琥珀は術式組み上げて防壁を生み出し、気を失っているジャンヌへの被害を防いだ。

「琥珀!ジャンヌ達を頼んだ!!」

「了解した!」

相棒の逞しい声が聞こえると共に修也は足元にすぐさま《風》の霊術を発動。瞬間的なバーストにより体が凄まじい勢いで宙へと投げ出される。

点のように小さくなっていた堕天使の体がすぐに彼の体と肉薄する。

「セアァァ!!」

見上げる所にある体に修也は全力で斬りつける。しかし、それも翼によるスライドで難なく避けられた。

修也は更なる風の霊術を使用。急制動をかけて、堕天使の方に向き直る。

刃を向けられた堕天使は、直ぐには修也の方を見ずしばらく右肩に付けられた小さな傷に意識をやる。

少しして、修也の方に向き直ると、彼にこう問うた。

「…貴様の先程の斬撃。少し興味が出た。この世にはあらゆる剣術に名をつけることがあるらしいが…先程の斬撃にはあるのか?」

向けられる視線と投げかけられる問いに修也は荒い息と額に汗を浮かべながら答えた。

「…桐宮流剣術《火》の型弐番《不知火》と、参番《炎猛牙》。」

その答えに、堕天使は「ふむ…」と少し考えるように顎に手をやる。しかし、すぐに手を下ろすと更に喋り始める。

「良い、気に入ったぞ貴様。貴様の剣技。数回見て、分かる。そこらの泥人形とは訳が違う。何よりは…」

堕天使はそのまま修也の体を指さし、言う。

「その肉体だ。貴様に付き添うあの黒髪の小娘。我と同じ類なのだろう?そしてその者の血液、霊力が流れている貴様も同族としては近いと見ていい。だからこそ我の周りにある《精霊圧》の中でもここまで動けるのではないか?」

霊圧。

それは、霊が持つ圧力を意味する。これは霊力を持つものなら誰でも持ち合わせており、先程まで使っていた魔捜(スペル・サーチャー)のような探知系霊術はその霊圧の他に霊力、霊質も含んで探知される。

そして、精霊圧とはいわばその1段階上の特性である。霊とは下級霊、中級霊、上級霊と分けられるが、その上には《幻想種》なる括りで認識される霊たちがいる。

精霊圧とはこの幻想種のみが持ち合わせているのだ。特にその幻想種数メートル内は特殊な膜で囲まれているように精霊圧の密度が濃く、他のものが入り込むと行動の阻害など様々なペナルティが付与されるのだ。

普通ならば修也であっても近づくことで動けなくなり、斬り刻まれていたかもしれない。しかし、彼は今吸血鬼という一種の《幻想種》に分類される少女と契約し、様々なものを共有しているのだ。いくら堕天使の精霊圧内にいたとしてもそれなりに動くことは可能だ。

…まあ、疲労の増加や能力低下というペナルティは喰らってしまうが。

「…しかしまぁ、我は先程貴様の剣技が至高の領域に到達しているとは言ったが、それはあくまで()()()()の至高だ。人であるからこそ限界は早く、すぐにガタが来る。なればこそ、我は貴様に1つ提案がある。」

堕天使はゆっくりと手を修也に差し伸べた。そして…この戦いで初めての、笑顔を浮かべたまるで全てを呪うかのような、不吉な微笑を。

「…小僧よ、こちら側に来い。貴様は、人であることをやめるべきだ。」

修也はその言葉に眉をピクリと動かすだけで大きく動きはしない。刀を構えたまま堕天使と対峙する。

尚も堕天使は続けた。

「何故貴様はその人間としての至高の領域の上に行けないのか。…理由は簡単だ。《人であるからこそ》限界は越えられない。人はどうでもいいことばかり考える。余計なことは思考せず、怒りや破壊欲のみで剣を振るえば良いのだ。自身の《闇》に魂を預ければすぐに強くなれる。…貴様のように減らず口を叩くものが我と同じになることは正直癇に障るが…貴様の技量はなかなかに使えそうだ。」

そう言うと堕天使はスッ…と1メートルほど修也に近づく。それによって修也は精霊圧に体を包まれる。

「グッ…オッ…!」

一気にのしかかる重圧と恐怖に足がすくみ、術を解除しそうになる。額から冷や汗が一気に吹き出し、全身から力が抜ける。

…震えが、止まらなかった。

『…ッ…《存在》としての…《格》が、違う…!!』

修也のその様子を見て、堕天使はフッと勝ちを確信した笑みを静かに浮かべた。

 

「…起きたか?」

闇に包まれていたような感覚から五感が回復し、ゆっくりと目を開けたジャンヌの耳にそんな可憐な声が響く。

その目が真っ先に捉えたものは、目の前に立つ少女と、少女が作り出しているのであろう紅い膜のようなものだった。

「琥珀…さん…?」

ジャンヌは上体を起こした所で、腹部に数時間前と同じ重さを感じた。

見ると、そこにはやはり、修也のもう1匹の相棒…炎狐がうずくまるようにして乗っかっていた。

「…え…あの…」

「エテ公は別に寝ている訳ではないぞ。さっきの儀式で疲労が蓄積した貴様の体を癒しているだけじゃ。まだ始めたばかりじゃから、もうしばらくそのままでいろ。」

確かに、琥珀の言葉通り炎狐の背筋や尻尾の炎は先程よりも大きく燃え、その火の色はどこか緑がかっているように見える。

そして、先程までとは違い体の輪郭もハッキリとしており、意識もしっかりと保てていた。

体を少し動かしてみるが、特に問題は無さそうだ。

「あの、ありが…」

「礼を言うのはまだ早いぞ、聖女。」

琥珀のその言葉に、ジャンヌが疑問符を浮かべた…直後。

ベチャッ!!

《何か》が琥珀の張る防膜に激突し不快な音を発する。見るとそこにあったのは、2本の牙を口に携えた茶色の動物…猪の頭部だった。しかし本来茶色いはずのその毛並みの大部分はぶつかった衝撃で飛び散った血液で、赤く染まっている。

「…!?」

その光景を見て言葉を失ったジャンヌを他所に、琥珀は不機嫌そうに唸る。

「まったく…もう少し綺麗に倒せんのか…」

そう言うと琥珀は耳につけてある無線機の電源を付けて喋りかけた。

「小娘、あまり流れ弾(したい)をこちらに向けんでくれるか。先程から儂の膜のまわりにゲル状の物体が積み重なって見るに耐えんのじゃが…」

『あー、もう!こんな大変な時にそんな細かいこと考えられるかっての!ていうかそんなどうでもいい話題のためにこれのバッテリー無駄にしないでくれる!?あまり霊力使いたくないから!』

それから聞こえてくるのは可憐な、しかしどこか荒ぶる少女の声。それが先程まで共に居た茶髪の少女のものであるとジャンヌはすぐに理解した。

『というかそんなこと話す余裕があるならあなたも手伝いなさいよ!その霊術遠隔操作するぐらいできるでしょ!?』

「いーや、そうもいかんぞ、小娘。儂の術はいくら洗練されているとはいえ術者としてのセオリーはついてまわる。遠隔操作に切り替えれば操作が難関になり、精度が下がることも無論有り得る。戦うならばなおさら、の。」

琥珀が無線越しにそう告げると、向こう側の少女はしばらく間をあけて…

『…ならいちいち文句をいれるな!』

…ブツンッーー…!

そう怒鳴りつけて無理矢理電源を切り離した。それに琥珀は少し顔を顰めるが、すぐに口元を微笑に変えて「やれやれ」と呟いた。

「せっかく若人の緊張をほぐそうと冗談を言ってやったのに、強引に打ち切るとはの…」

なんの悪気もなさそうにそう言う琥珀に、呆気に取られるジャンヌ。

しかしそれを気にもせず、琥珀は少し空を見上げ、顔を顰めた。

「…さすがに分が悪いかの。押されておるか…。」

その言葉に、ジャンヌは琥珀の向く方に視線を向けた。

見ると、先程、視界の端に写った黒い服の精霊と、修也が空で剣を撃ち合っていた。

その撃ち合いは、剣の扱いに関してはあまり精通していないジャンヌでも分かるほど、両者の戦いの優位は、堕天使へと傾いていた。

『…私が援護すれば、少しは…』

「あまり甘い考えはするなよ、娘。」

ジャンヌの心を呼んだかのような的確な声が防膜内に響く。琥珀はジャンヌへと近づき、何かを確かめるように白い布の上からジャンヌの胸に手を当てた。

「…貴様の中に施されていた呪印は、あそこで我が主の相手をしておる新参者が抜け出したことで完全に消滅はしておる。しかし、いくら戦闘に支障はないにしても、内包霊力が枯渇しておる為、霊術の戦闘には参加出来ん。」

琥珀の言う通り、ジャンヌは素の力は先程と違い入るようになっているし、霊力を吸い取られるような感覚ももうない。ただ、つい先程まで吸い取られていた分、今のジャンヌの霊力の貯蓄はないのだ。せいぜい、彼女がまともに戦えるレベルまで自然回復するには数時間、短くても数十分程は確実にかかる。

そんなことをしていれば、上空での決着はつき、みな諸々殺されてしまうだろう。

「で、ですが!修也君の戦闘をこのまま見ているだけなんて出来ません!」

ジャンヌは身を乗り出し、そのまま琥珀の肩を掴んだ。

「私達英霊は、霊達の間違いを正すことを使命として()()()()に送られます!その使命を、あのようなまだ()のある青年に託すわけにはいきません!」

「だが、その使命を持った貴様は、いったい何が出来る?あの場に入り足手まといがいい所だろう?」

響くジャンヌの言葉。

しかしそれを琥珀は一蹴する。

反論出来ないジャンヌに、琥珀は「それに」と続ける。

「あやつ自身、そんなことは考えてもおらんよ。」

琥珀は修也を一瞥する。

「霊使者というのは、いつの時代も往生際が悪く、頑固であると決まっておるが…我が主はそんな奴らの中でも筋金入りじゃ。」

琥珀はそう言いながら和装の帯裏から5本の長い針のようなものを取りだし、等間隔で、円を描くように地面に突き刺した。

「《自己よりも、他の幸せを》。この優先順位を何時いかなる時でも変えようとしたことは無い。()()()、の…。」

すると5本の針をなぞるように霊力の線が円を描き、やがて円の中に複雑な術式を追加していく。先程の巨大な術式と似てはいるが、違う。大きさは劣るものの、それ故に、術式を描く円の中には凄まじい情報量が存在している。

先程の術式はあるものを《駆除》するのに特化していたが、この術式は《繋げる》ことを目的とした術式、と言ったところか。どこかあたたかい光が彼女らを包む。

術式が描かれた直後、炎狐は目を覚まし、円の外に座り込んだ。

「こ、琥珀さん…これは…」

「貴様がすべきことは、我が主に加勢することではない。」

琥珀は体をずらし、ジャンヌの向かい側を開けるように、彼女の斜め前に腰を下ろした。

 

「我が主を信じ、待つことじゃ。」

 

 

「ペッ…!」

鉄の味のする液体を吐き出し、息を整える。ついでに口元をコートで拭う事で、どこか嫌な感触は払拭される。

しかしまあ、それだけで目の前の人外(化け物)と俺の実力差が埋まる訳でもない。

剣術勝負は精霊圧で動きが制限されるし、肉体強化をした体でさえ、黒剣で抉られ、肝心の術でさえやつには効かない。

俺の半端な術では幻想種であるやつには効果が薄い。強いて言うなら《聖》の術式は属性的に有効であるのだが、堕天使というのは元が《聖》属性であるが故か、属性的優位をほとんど無くし、緩和してしまうのだ。

つまり、有効属性のくせにダメージが減るとかいうマジで訳分からん状況なのだ。

『…チートが過ぎんだろ、こいつら。』

周りの術士からチートチートと言われている修也でさえ、この状況にはボヤかずにいられない。

そうなったら、彼にはリスク覚悟で剣術勝負に切り替えるしかないのだ。

修也は剣を納刀。左肩を下げ、右肩を前に出す。瞬間、彼の周りの空気が張り詰める。

「…ッ!」

時間はかけず、最速で力を溜め、まっすぐ敵へ突き進む。狙うは、がら空きの左脇腹…

『少し、真正直すぎだ。』

予想していたのか、堕天使は黒剣を彼の進路へずらした。

『取った…!』

その予想の更に上を、修也は行く。最後の踏み込み…右足の地点に霊力の足場を作成。それを、彼はさらに踏みきる。直後、彼の体はふわりと浮き上がり、体は逆になりながら堕天使の頭上を超えていく。そしてその目は堕天使の背後を捉えていた。

「…セアアァァァァ!」

少し引く抜かれた刀身から赤い光が漏れ始める。その間は、一瞬。空気が焦げるような速さで繰り出される八の刃。

桐宮流剣術《炎》の型伍番《烈火八刃》。

技後の防御など頭に入れていない。霊力を可能な限り攻撃に注ぎ込む。

最初の3発は手応えはなかった。しかし、叩き込む事にその手応えは確かなものに変わる。やがて、6発目から肉を斬る手応えが伝わる。そして、八発目。

 

ズバッッ!!

 

どこか聞きなれたそんな感触と共に、蒼白の肌についた斬り口から凄まじい量の血液が溢れ出す。

ようやくのまともなダメージに修也は安堵するが、それでも歯を軋ませた。

『…これでもこんだけかよ!』

まだ致命傷には至っていないのだ。この程度では幻想種は死には至らない。それなりのダメージはあるがすぐに回復される。

だが、そんな思考も束の間。堕天使は一回りで修也の方に向き直り、剣を振り上げる。

今、修也には防御障壁は付けられていない。その分、純粋な威力の斬撃が彼に襲いかかった。

振り下ろされる黒剣を黒刀で受け止めるも、当然足場のない修也は耐えきれず降下を始める。やがて、地面へと着弾。凄まじい衝撃が修也を襲った。肉体を極限まで強化していても脳が揺れ、体が痛みを訴える。

そのまま爆風によって吹き飛ばされ、木へと直撃。体は止まり、地面へとずり落ちた。

「ガハッ…ハッ…」

口から大量の血がなくなる感覚。かつて、琥珀と戦った時に感じたモノを再度繰り返されているようだった。

見ると、堕天使に与えた切り傷は既に完治させられており、その肌はまた雪のような蒼白さを取り戻していた

そして、見るからに怒っていた。それもそうだろう。俺という人間ごときに斬撃を食らわされ、あまつさえ傷をつけられたのだ。それはやつのプライドが許さないのだろう。

霊力ももはや隠すことなく、その巨大さが漏れ出ていた。漏れ出る瘴気が周りの草や葉を瞬時に腐敗させる。

俺と堕天使との間には妙な静寂が訪れる。

…しかし、ある足音がその静寂を破った。近くから足音が響き、俺は横へと視線を移した。横へ向ききると同時に、一人の少女が木の裏から姿を現した。

白いスカートが舞い上がり、茶色のポニーテールが風で揺れる。どこか久しぶりに見たような気がするその顔を見て、俺は無理矢理笑った。

「ちょっと修也!大丈夫!?」

「…よぉ、天乃。」

傷を見て心配したのか、近寄ろうとする天乃を修也は手で静止させる。

「あいつから目ェ離すな。殺られる。」

修也の言葉に天乃は足を止め、すぐさま堕天使に目を向けた。そして、手に持つ剣をそのまま堕天使に向けた。

「…念話(メモアー)スキルを起動…同調開始…」

修也は術式を起動させ、自身と天乃をつなぐ。

『…天乃、今から作戦を伝える。』

突如修也の声が頭に響いてビクリと体を揺らすが、そのまま修也の声に集中する。やがて、作戦を聞き終わるとチラリと修也の方に目を向け、それに彼は、笑みで答えた。

「…いけるだろ?」

その笑みに、天乃も笑みを浮かべて剣を構え直した。

「当然!!」

そんな余裕たっぷりな二人の様子を、堕天使は煩わしそうな顔で見つめる。だが、それも長くは続かない。

修也は人差し指を堕天使に向け、その指先に多量の霊術を篭める。やがて、凄まじい輝きを放つ、白い光の玉が出来上がった。《聖》の属性を宿すその巨大な玉は、森の闇を貫き辺りを明るく照らす。

『…最も有効な属性をぶつけ、我に最悪ダメージを与えようという魂胆か…。だが、あの程度なら耐えられる。隣の娘もそこまでの驚異は感じん…容易く殺せる。』

そう考える堕天使。だが、その様子の堕天使に、修也は喉を鳴らして笑った。

「お前は、頭が足りてねえな。」

その言葉に、堕天使はわかりやすく反応する。憎悪の気配を、隠しきれていない。

そんな状況で、先程の言葉の真意を探る。

軽口か、安い挑発か、はたまたそのどれでもないのか。

しかし、それが答えにたどり着く前に、修也は動いた。目を開き、指先の霊術を暴発寸前まで解放。それに堕天使は剣を構えた。目の前の霊術を迎撃するため手に力を込める。

 

…だが、修也はまたも笑う。それは、まるで、()鹿()()()()()()()()()…。

 

放たれる霊術。凄まじい光が森を更に照らす。ここまでは、堕天使の予想内。

…しかし、霊術の方向は、堕天使の予想外の方向だった。

修也は、あろう事か頭上へと術を放ったのだ。そして、1つの玉だったそれは、細かく別れて、四方八方へと飛び散って、衝撃と轟音を響かせる。

予想外の行動に、動けない堕天使を他所に、更に修也は行動に出た。癒えた体を駆使して、立ち上がると木の裏の森を駆け抜ける。無論、堕天使は追いかけようと足を踏み切る。しかし、全速力の彼を、天乃が剣1本で押し込まれながらも止める。やがて青色の光を剣に込め、数発の剣撃を放つ。それを堕天使は容易く受け止めるが…そこで、ある事に気づく。堕天使は戦慄した。

『…この娘…精霊圧が効かんだと…!?』

見るからに表情を変えた堕天使に、天乃は笑みで返した。

 

「…来たぞ!」

琥珀の声に、ジャンヌは凄まじい速度で近づく霊力に気づく。その気配を、修也のものであると感じた瞬間、彼はその姿を闇の中から現した。木々からジャンヌまでへの10数メートルを修也は数歩で詰める。

「…修也君!」

琥珀は防膜を瞬時に解除し、修也は術式の中へと足を踏み入れた。そして、力強く。だが、優しく、彼はジャンヌの手を取った。

「琥珀!!」

「うむ!!」

すかさず、琥珀は術式を発動。3人の体は凄まじい量の光に包まれた。その光景を最後に、修也とジャンヌの意識はスッ…と刈り取られた。

どこか、心地よい浮遊感と共に…




これからももっともっと面白くできるように頑張るのでお付き合いお願いしますm(_ _)m


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第20話 目的

今回のはバトルはあんまりないですね。
面白く仕上がっていたら幸いです。
最後らへん結構深夜テンションで書き上げました(´∇`)


鍔迫り合う2本の刃、接触点から絶え間なく火花が散る。

『…小僧が放った光弾…。奴の目的は私ではなく、周りの獣達だったわけか…』

修也が先程頭上に放ち、四方八方に着弾した聖属性の弾はその後、着弾した所で持続的に効果を発していた。要は、今現在周りに湧いている堕天使の瘴気に当てられた動物や、悪霊達は今この場に近づくことはまずない、ということだ。

つまり、彼がやろうとしていたのは討伐ではなく、あくまで《時間稼ぎ》。堕天使はその目論見にまんまと引っかかってしまったということだ。

『…煩わしい。』

そして、いつまでも続きそうな、鍔迫り合い光景に堕天使は痺れを切らしたかのように、両手に力を込めた。目の前の少女の剣を押し切ろうとする。

だが、それと同時に天乃も動く。

堕天使の力の変動があった瞬間、すぐさま踏ん張っていた足の力を少し抜き、まるで相手の剣の力に合わせるかのように体を曲げていく。

そのまま堕天使の剣は彼女の剣の刀身を滑るように、天乃の真横の地面に突き刺さる。

そのへたり込んだかのような体勢のまま天乃は攻撃を再開。右脚の膝から下のスナップのみで堕天使の右脚を払う。

 

無論、ただ足を払われたのみなら堕天使は耐えきれた。

しかし、今は彼にとって不利益な条件が揃いすぎていた。先程の振りで右足に力が乗りすぎていたこと、前戦で傷を受け疲労も蓄積していたこと。

そして、今戦っている相手に彼の()()()が効かないこと。

 

「チッ…!」

崩された堕天使は体勢が安定せぬまま、天乃がいた場所に黒剣で斬りつける。

天乃はそれをバク転で回避。静止した後、足を踏み込み、目標へと斬りかかる。

堕天使は畳んでいた翼を広げ、一振して斬撃を躱す。天乃の剣が空を切った。

「ハァッ!!」

その隙を見逃さず、さらに翼を一振。天乃との距離を一気に詰め、剣を横一閃。

…しかし、天乃はそれにも素早く対応した。横薙ぎが通過する直前、最大限体を前方へと倒し、退くのではなく、突進を開始する。

堕天使の剣は彼女のポニーテールの先を少し切断するだけでそのまま振り抜かれる。

天乃は倒れるギリギリまで低い肢体を足のみで支え、そのまま右脚を軸に斬撃を繰り出した。

「セェイッ!」

横一閃。

今度こそ天乃の剣が、確かに堕天使の体を捉える。彼の太もも付近にピッと小さな切り傷が出来、僅かな血が零れた。

 

天乃の剣は、力強さとは程遠い。修也の剣術のように振るだけで周りの木々を揺らしたりすることなど出来ないし、技を繰り出すだけで地を割るなどということも出来はしない。強化霊術を施せば、可能かもしれないが、それはあくまで術を使えばの話である。

だからこそ、彼女の剣技は《技》と《鋭さ》にのみ特化している。

いかに上手く、いかに素早く相手を倒すか。

彼女はそうすることで今の強さを身につけたのだ。

 

…だが、そこで異変は起こる。今まで、凪のように揺らぐことがほとんどなかった堕天使の霊波の波長がいきなり歪み始めたのだ。そして、やがてそれは現実に影響し始める。

《下等な人間に、斬撃を入れられる》

この事実は、確かに堕天使のプライドを傷つけた。それも、2回目となれば尚更だろう。

彼の中の《何か》がプツンと切れる。

「煩わしい…煩わしい…煩わしい…!!」

溢れ出る負のオーラが先程と同様周りにも影響を及ぼす。それを見た天乃はすぐさま、肉体強化霊術と霊術障壁を最大限展開した。

「この小娘がァァァァアアアア!!」

もはや整った恐ろしく美しい堕天使の姿はそこになく、あるのは翼を持った黒い《化け物》のみ。

凄まじい速度で振り下ろされる黒剣と、それを受け止めんとする流麗な銀色の剣が衝突した瞬間、凄まじい爆風が木の葉と砂塵を舞いあげた。

 

森の中。光り続ける陣の上で琥珀は座ったまま2人の様子を見守り続ける。

修也とジャンヌは意識がないため、顔は俯き目は閉じているが、繋がれた右手は2人とも離さずにいた。

これは現存している英霊と生者との間でかわされる契約の時にのみ付く条件であるが、お互いの体(どこでも可)に触れていなければ契約を結ぶことは出来ないのだ。

これは諸説あるが、有力な説としていわゆる《魂の通り道》を作らなければ互いの意識を繋げるのは不可能だからだそうだ。

だからこそ、この2つの手が繋がり続ける限り、希望は十分にある。

ただ、契約の儀式は成功率は100%になることは無い。主と英霊の思惑性格などの細部が合致しなければ主従関係にはなれない。何故なら契約を結ぶかどうかの最終決定権は英霊に託されているのだ。彼らに気に入られなければ相手にすらして貰えないこともある。

「…ひとまず、最終1歩手前までは行った…」

琥珀は座りながら胸元より《キセル》を取りだし火をつけてから一息吸い、煙を吐き出す。その煙はやがて彼らを囲い始め…まるで防膜のように彼らを包み込んだ。

そこで彼らに向かって《瘴気》が飛び込んでくるが、琥珀が吐き出した煙はそれすらも飲み込み、やがて()()()()()

琥珀はジャンヌ、修也の順で視線を向け、そして主に向かってこう呟いた。

「正念場じゃぞ、お前様。」

 

ーーー嗅ぎなれた匂いだ。

一瞬の浮遊感に包まれたあと、俺はそう感じる。鼻腔をくすぐる匂い。それは目を開けると直ぐに正体がわかった。

目の前に広がるのは、目にも鮮やかな緑色のカーペット。それが群生する無数の芝であることを少し遅まきに気付く。

通りで、懐かしいと思うわけだ。これは、出雲の家の近くに広がる芝とまったく同じ香りだった。

…それもそうか。同じ植物の匂いが、そこまで大きく変わることなどそうそうない。

と、そこで…180度ほど見渡した所で、唯一存在する大木を見つける。どこまでも続き、平坦な土地に唯一存在する、ひとつのオブジェクト。

その木の下に、彼女はいた。

俺はすぐに歩を進めて近づき、彼女も俺に気づき、その顔をこちらに向ける。

その頬には…流れ落ちる雫が2つ。

俺はその光景に息を飲み、理解できない現象に困惑する。

どうやら、俺の表情を見るまで気付かなかったのか、彼女は少しの間の後気づいたように頬を拭う。

「す、すみません…!」

そう言って焦る彼女は、やはり霊などではなく、1人の人間にしか見えない。いや、そうやって素直に涙を流せるのは人間よりも人間らしいというものだろう。

そんなことを考えながら、俺は口を開いた。

「…そんな、泣くようなほど、悲劇的でもねえだろ。俺の過去なんざ…」

彼女が先程まで見ていたであろうことに言及すると、彼女は涙を拭いつつ、首を横に振り、さらに少し腫れた目で俺を睨む。

「…そう思うのは、あなただけです。」

「…体験しているからこそ、そいつの意見が最もになるんじゃないのか?」

「いいえ、体験しているからこそ、その人物は諦め、開き直ることで価値観を変える。それが人間です。…少なくとも、あなたの人生は波乱万丈であった。…私の人生など、比べ物にもならない。」

「…それは…」

さすがに言い過ぎだ、と俺は思わず苦笑する。あったことといえば、ガキの頃に持ち上げられ、そして、堕ちた。()()()()()()()のことだ。

それは決して、悲劇的でも、喜劇的でも、歌劇的ですらない。俺の人生は、ただの《素劇》。なんの面白みもない、人によくある人生譚。

少し、振れ幅が大きいだけ。

「…すみません、今はそれどころではなかったですね。」

俺の物思いは、そこで止まる。ジャンヌを見ると、その目は真剣味を滲ませ光る。こうして俺が相対しているのが、一騎当千の英霊であることを再認識させた。

そして、彼女はゆっくりと問いを口にした。

「…単刀直入に聞きます。」

 

「あなたは、何故力を求めますか?」

 

「…?」

質問の意図が分からなかった。

決して内容ではない。何故、この状況でその質問をするのか、分からなかった。

今、俺がジャンヌを求める理由。それはこの国を救うために他ならない。それは、彼女も分かっているはずだが…

俺の疑問に、ジャンヌは想定内とばかりにさらに質問を重ねた。

「今に限ってのことではありません。記憶だけを見たところ、あなたは長く前線から離れていながらその身を鍛えることをやめなかった。まるで何か目的があるかのように…あれは、常人の域を超えている。」

「それでも、体内に呪印が刻まれてることにすら気付かないほど、鈍ってたけどな。」

「あれは、並大抵の霊術師では刻むことの出来ない代物。剣士である貴方が気付くことはいくら何でも不可能だった。貴方方の一流霊術師でようやく気付けるレベル。おそらく、我々英霊クラスの霊術師でないと消すことは不可能です。」

「…そりゃどーも。」

俺の皮肉じみた自嘲にも彼女は徹底的に説き伏せ、適当は許さない。心無しか圧も強くなっている。先程までの消耗していた彼女とはまるで別人のようだった。

俺はため息を着くと、大木のはみ出た根に座り込み、横を叩いてジャンヌに促す。それに、少し躊躇いつつも横に座ったジャンヌはそのまま口を開いた。

「貴方の目的は、何なんですか?何がそこまで貴方を駆り立てるんですか?」

「…記憶見てんなら分かってんでねえの?」

「私はあなたの口から直接聞かなければ意味が無いと思います。」

俺のささやかな抵抗も、すぐに説き伏せ、ジャンヌはため息をついた。

「…あなたは、前線から離れた後、ほんの僅かな間かもしれませんがかけがえのない《普通の幸せ》に浸ることが出来ました。それは前線でいる時とは違う、人間としての《本能》…もっと貪りたいと思えるほどのものではなかったのですか?」

俺は相変わらず苦笑しか出来ない。

こんなものはただの逃げでしかない。そんなことはとうにわかっている。

だが、俺には否定も肯定も出来なかった。

「…あなたの年齢。もう十代も終わりに近づいている時期…つまりこれからの人生を左右しかねないところです。それはある意味、最も趣のある時期とも言えます。…なら、その選択は、後悔を禁じ得ない。」

そこで少し言葉を止めると、彼女は胸に両手を当てる。そして、少し悲しげに笑った。

「…戦いに身を投じることは、その分だけ悲しみも産むのですから。」

 

「…お前の言わんとしてることは…まあ、分かるよ。俺だって、昔はそんな幸せを望まなかったわけじゃない。」

彼の呟きに、ジャンヌはチラリと視線を送る。元々赤かった瞳にはほんの少し影が落ちる。

「将来の夢とか、未来の家庭とか色んなことを考えまくった。…今じゃ、ただの頭お花畑のガキの妄想だよ。」

「…いえ、それは全ての子供に与えられるべきものです。例えそこに、どんな事情があろうとも。」

「……」

そう言う彼女の言葉には、何か大きなものが入った、そんな気がした。上手くは言えないが、彼女の言葉は確かに彼に響いたのだ。

「……そうだな。」

彼はそう同意しながら、ゆっくりと立ち上がる。そして長い息を吐いて、左手を刀の柄に置いた。

「…けど、それがただの子供でなけりゃ、話は別だ。」

ジャンヌが顔を上げると、修也は横目で見ながら…

「7543人。」

「…え?」

そう呟き、ジャンヌはキョトンとした目で彼を見る。修也はその反応を見て視線をまた前に移すと、続ける。

「俺の家…桐宮家に属する家系の人数を総じたら、それだけの人数が俺の下にいることになる。ま、俺はまだ当主でもなんでもねぇが…」

「…ほんの少し前まで、妹さんの伴侶に継がせようとしていませんでしたか?」

ジャンヌの言葉に、「痛いとこを突かれたな」とばかりに苦笑いを浮かべた。

「あれは、まあ…言い訳に聞こえるかもしれんが…」

「構いません。それも聞いておきたかったので。」

言い淀む彼に、ジャンヌはそう告げる。

「…そうして、当主の伴侶としての地位を確立して育児になんかにでも没頭してくれた方が、良いかもな、と。そういう甘い考えを持ってたんだよ。…そうしてくれた方が、厄介事もなく、命の危険も大幅に減る。」

彼の、確かな本音が草原に微かに響き、優しい声色がジャンヌの鼓膜を揺らす。

そう言いつつも、彼の口には自嘲にもとれる笑みが浮かんでいた。

「…けど、よくよく考えたら、そんなことは有り得なかった。あいつは…翠は、いつだって他人の事を思える、優しい子だ。他人を…ましてや愛する者たちを見送るだけなんてことは、出来るはずもない。」

「似た者兄妹ですね。」

クスリとジャンヌが微笑みを浮かべると、彼は幾度目かの苦笑を浮かべる。

「俺のは、違う。翠が100を見るのなら、俺は99しか見れない。いつだって、切り捨てるべきやつを探してる。…嫌な奴だよ。」

「根本的なものが違う。」そう、彼は呟いた。

「それは、上に立つ者として当然のことです。」

ジャンヌは思い出すかのように、呟く。

「私の場合は、その1が私だった。()()()()()()()()なのですから。」

呆気に取られる修也を他所に、そう呟いたジャンヌは、咳払いの後「失礼、脱線しましたね。」とそう濁す。

「とりあえず、俺が強くなりたい理由を強いて言うなら…」

そう言って、彼はジャンヌの方に向き、満面の笑みでこう告げた。

 

「その《99》の幅を広げたい。」

 

「1を救えるなら10を。次は100を。その次は1,000を。出来る限りの人を救いたい。」

 

彼は重く、強く、そう述べる。

「…俺じゃあ、全ては救えない。そんなのは例え英雄と言えど無理な話だ。」

かつて存在した英雄達は、彼等と相反した者…自分なりの《正義》を持った者達を撃退し…否、()()()()()ことでその地位を確立した。

人は自分と真逆のものを《悪》として定めなければ行動できない。誰かを助けることは、誰かの味方をしないことと同義。

「なら、助けるものが一部だとしたら、俺はその割合を増やしたい。…たとえ、それで俺の青春が、人生が歪んでも。」

 

「俺は、俺の大切な人達がずっと笑えるなら、本望だ。」

 

修也は、赤い目を爛々と輝かせながら、そう宣言する。彼の断固とした決意に、ジャンヌは目を瞬かせ…

「…フッ…フフフッ…フフフフっ……」

自分の宣言を笑われたのがバツが悪かったのか、修也は微かに不服そうにする。ジャンヌはそれに対して謝罪で返した。

「すいません…」

彼女は涙を拭いつつ、修也に微笑みかけた。

「修也君は、琥珀さんの時といい、よくそんなにハッキリと自分の意志を吐き出せますね。」

「ああ。だってそっちの方がカッコよくね?」

「ええ、私もそう思います。」

不敵な笑みと茶化すような言葉遣いの修也に、ジャンヌは濁しもせずそう返す。

これには、さすがに不意打ちだったのか、修也は頬を薄く染める。

「お、おう……」

その様子に、ジャンヌは微笑み、そして嬉しそうに声を弾ませた。

「そうして、自分の意志をしっかりと持ち、そして言葉にできること。それはある意味大きな才能であると言えます。そうでないと、人も、運も…霊だって付いて来ません。」

そして…彼女は満面の笑みをうかべ、呟いた。

 

「貴方の口から、その言葉が聞けてよかった。」

 

「自己の欲望のため、非道に走る人間なら今この場で火刑にでも晒してやろうかと思いましたが…」

「お前がそれ言うとシャレがシャレになんねえからな?」

ジャンヌのジョークに身を震わす修也に彼女は再度笑いかけると、

「…ですが、人の幸福のためにあゆみ続け、尽力するのでしたら、私が否定し、拒む理由もありません。」

そう言って、そのまま頭を垂れ、騎士のように片膝をついて、宣言する。

「…契約、承りました。我が力、とくとお使いくださいませ。」

それに、修也は何も答えない。

ただ、1度だけ頷くと、安堵したかのように方をなでおろした。しかし、その後すぐに心配そうに顔を曇らせた。

「でも、いいのか?その、忠誠って…」

「…?…ああ」

ジャンヌは少しの間、疑問には思ったもののすぐに合点が行き笑いながら告げる。

「…無論、主への信仰は続けさせてもらいます。それに、生前忠誠を誓った彼の王にも、死して、こうして英霊となった後に仕えることは霊としては不可能でしょう。我々霊は主となる人間がいなければ、そのうち消えてしまうかもしれないほど、脆いものです。」

「…そか、ならいいんだ。」

その言葉に、修也はようやく安堵を表情に見せ、それにはジャンヌの頬も緩み、互いに笑いあった。

そして、ジャンヌは顔を引きしめて、再度問う。

「我が主、最後にひとつお聞きします。」

「…?どした?」

 

「…貴方は、何故他人のためにそこまでの無茶が出来るのですか?大切な者達とはいえ、自分の人生というとてつもなく大きな物を捨ててまで、何故貴方がそこまで…」

 

それに彼はすぐには答えなかった。

少し間をあけ、クスリと笑い、彼は返答する。その目に、確かな決意を点して。

「…簡単なことだよ。」

 

「《どれだけ大きなものでも切れる》ほどの人達だから、《大切な人達》なんだと俺は思う。…それだけだ。」

 

その言葉と共に、彼女は笑みを漏らす。そこに、後悔などは微塵もない。あるのは満ち足りた、彼女本来の笑顔だけであった。

「…我が忠誠、この身が果てるまで、あなたに捧げましょう。」

 

 

「あう…ッ!!」

背中から大木に叩きつけられ、肺に溜まっていた空気が漏れ出るような感覚に襲われ、思わずそんな声を出す。

彼女はすぐさま背の治療を施すが、しかし多少の時間がかかりロスが生まれてしまっている。

それも当然。彼女は前日に確かな休みも取れずに、その状態で堕天使などというある意味規格外なものを相手にしているのだ。

修也と離れてたったの5分ほどしか経ってはいないが、それでも彼女の戦闘には少しの狂いが生まれていた。

というのも、今の堕天使は少しばかりフォルムが違った。

大まかなものは変わっておらずとも、まず目を引くのは、体内から漏れでる瘴気だ。

あの後、天乃が堕天使を(結果的に)怒らせた後出現した、高密度の霊力の瘴気はその後も維持され続け堕天使の厄介さに拍車をかけた。

特に近接戦闘では剣を交える間にあの瘴気が触手となり攻撃を加えたりしてきて非常にやっかいとなっていた。

そして、極めつけはその《表情》である。

ほんの数分前までは無機質とも言える感情も読み取れないような表情であったが、いまは、見るからに怒っていた。

憤慨という言葉は、今の状態にピッタリかもしれない。

まあ、そこはいい。問題はそれによって堕天使のパワーが大幅にアップしている事だ。

堕天使はゆっくりと天乃に近づくとその大剣を大きく振りかぶり、そのまま振り下ろす。

これに天乃は難なく対応。しかし、剣が接触した瞬間、彼女の腕に雷撃を食らったかのような凄まじい衝撃が駆け巡る。

彼女はそれに耐え抜き、カウンターで技を繰り出すも、その刃は傷一つ付けられない。

その隙を突いた右足の蹴りが、天乃の横腹を襲う。

それも何とかすんでで横飛びをして威力を殺すも、それで止まるはずもなく、大きく吹き飛ばされる。

何とか止まれたところで、右目に液体がこぼれ落ちてくる。何かと思い手で触ると、そこには何処か見慣れた赤い液体。どうやら先程の攻撃で頭を地面か何かで打ったらしく、そこから血液が流れ出しているようだ。

そう、彼女のこの戦い方は少しの欠点がある。それは今回のように、規格外のパワーを持った相手と対する時、受け流すことで自身に結局ダメージを負ってしまうのだ。さらに、攻撃も高いパワーを誇らないため、肉体を強靭化されては、攻撃が通用しないこともあるのだ。

それは霊や人間相手であればそれこそ無類の強さを誇るが、英霊クラスとなると話は別なのである。

『まずいまずいまずいまずいまずい…』

この時、初めて彼女の思考をそんな言葉が埋めつくした。勝つビジョンが浮かばない。それはつまり、戦いにおいては敗北を表す。

改めて、堕天使を見る。ゆっくりと近づいているものの、その分隙はなく、間合いに入れば斬り捨てられることは明白であった。

だが、天乃は諦めない。どうすれば堕天使を攻略できるか、思考を張り巡らせた…。

「…そっか…」

そこで、天乃はひとつの結論に至る。

思いついた、のではない。()()()()()のである。

彼…修也は、確かに天乃に堕天使の相手を頼んだ。自分が儀式に行くためにと。

だが、彼の作戦は…その中での彼女の立ち回りとしての最終目的は、勝つことではない。彼女が任されたのは、ただの時間稼ぎ。勝つ見込みはなく、その必要も無い。ならば…

「…とことん付き合ってやるわよ。」

どのような攻撃も受け流し続ける。攻撃をする必要は無い。隙は決して作らず、最小限の行動で相手の技を読み切る。幸い、パワーが大幅にアップしたことで攻撃のリズムは単調になっていた。

これならいけると彼女は確信する。

だがしかし、腕も限界であることは確か。たとえ、霊術で回復してもいつまでもは続かない。

だが、それでも…

「……修也(あのバカ)に頼まれたなら、やるしかないわよね…!!」

そう言って、血を拭ってから剣を構え直す。

堕天使はそれを更に恨めしそうな顔で見つめた後…

「……ゥォォォオオオオオ!!」

獣じみた言葉を発しながら突進を開始。天乃は剣を静かに横に倒した…

…と、そこで。

彼女はあることに気づく。スカートのポケット。そこに入れた《何か》がまるで鼓動のように振動しているのだ。やがてそれは、振動の間隔を早めていき、そして…

 

ヒュバッ!!

 

ポケットの中からひとりでに飛び出し、彼女の2歩前ほどの空中で留まり、そして振り下ろされた堕天使の大剣を…

何と軽々受け止めたのだ。

これには堕天使も目を剥き、驚きを隠せない。

それは天乃も同じで、何が起きたのか一瞬分からなかった。しかし、その後すぐに《それ》がなんであるか、気づく。

「これって…ドンレミ村で見つけた」

そう、それはドンレミ周辺の調査の時に見つけた特殊な波形を持つ、焼け焦げた布切れ。いずれ処分しようと思い、たまたまスカートのポケットの中に入れていたのだ。

やがてその布は回転を始め、そして…

 

ドォウッ!!

「ぬッ…お…ッ!!」

 

そのまま堕天使を10メートルほど吹き飛ばし、やがて回転も止まる。

「…何が…」

しかしそこで、彼女は気づく。今まで堕天使の瘴気が原因で感じられていなかったが、彼女の背後からとてつもない力の《何か》が近づいてくることに。

《それ》は確かな足音と共に近づいてくると、ピタリと天乃の真横で足を止めた。

天乃はその人物を、横目で確認した。

横目でみても、彼女の美貌は確かなものであった。艶やかな、絹のような輝きを纏った金の髪に、鋭くしかし美しく輝くブルーの瞳。透き通る白い肌に、スラリと伸びる手足。

そして、たとえ重装備とは言えない、しかし頑丈そうな胸当てや手甲、ブーツと、白を基調にしたワンピースが目を引く。

そして、その霊力量は天乃のそれを大きく上回り、一抹の恐怖を覚えた。

…しかし、それも次の人物の声を聞くまでであった。

「どうだ、ジャンヌ。」

「ひとまず標的は吹き飛ばしましたが、未だ存命です。」

「そか、まあ、俺もやられっぱなしじゃ気がすまねえし、一緒にやるか。」

「それが得策ですね。」

2人のやり取りが落ち着いた後、天乃は後に現れた人物に話しかけた。

「しゅ、修也…あなた…」

「おう、天乃。お疲れさん。生きてて何よりだ。」

そんな気楽な彼の声を聞いていると、自然と力が抜けて、彼女は膝から力が抜ける。修也はそれを何とか受け止めた。

修也は天乃を近くの木に寄りかからせて、声をかけた。

「…悪かったな、キツい役目押し付けちまって。」

その言葉に、天乃は修也の左胸を右拳でポスリと叩くと、ニコリと笑いかけた。

「…そう思うなら、終わった後にネックのダブルチーズバーガーセット、奢りなさいよね。」

「…了解。」

これには、彼も苦笑して、素直に頭を縦に振った。そして、右拳を突き出しながら「それと…」と付け足す。そして、修也はその拳に自分の右拳をコツリと合わせた。

 

「…勝ちなさい。」

「…応よ。」

 

そう言って、2人は笑い合う。

そこに、さらに激昴した堕天使が襲いかかる。凄まじい速度で接近すると大剣を振り下ろした。

…しかし、その刀身はいつまでも修也には落ちない。それもそうだろう。彼が黒い刀でその剣を受け止めているのだから。

…それも、()()で。

さらに、修也はその刀を押し込むと、堕天使は一気に跳躍し、距離を取った。どうやら、先程の現象に理解が追いついておらず、未だに落ち着きがなかった。

そして、修也は刀片手に立ち上がると、天乃に防膜を張り、堕天使と相対する。

一方、ジャンヌは手を自分の目の前に翳したかと思うと、その手のひらのまえには先程天乃を守った光る布切れが1枚。

やがてその布切れの光は徐々に増していき…

 

…ゥオウッ!!

カッ!!!

 

空から無数の流れ星が落ちたかと思えば、その瞬間に4人の視界は光に包まれる。

「…何だ…」

やがて視界が晴れた修也は微笑し、興味深そうに呟いた。

「どこに隠してんのかと思ったら…そういうこと。」

ジャンヌの手には、確かな形の円柱の棒が握られていた。しかしそれはただの円柱ではなく、その先端は尖っており、さらに特徴的なのは、その過程。円柱に付けられた布は正しく、彼女の生前のシンボルとも呼べるものを確かに表していた。

かつての蛮勇達はこれを見て、救国へと奮い立ったのだ。

…そう、《聖旗》である。

彼女は握り心地を試すようににぎにぎすると、やがてその2m程もある旗を地面から離して大きく数度まわして、しっかりと堕天使に向けて構えた。

それには、もはや貫禄さえ伺えた。

「…話は後ほど。今優先すべきは…」

「ああ、そうだな。」

修也はジャンヌの言葉に頷くと、ゆっくりと刀を同じように堕天使へと構えた。それを堕天使はさらに煩わしそうに歯ぎしりもしながら見つめる。

やがて両陣営は数秒ほど睨み合い…

 

………ドドドゥッ!!!

 

同時に地を蹴った。

両陣営の獲物が違う力の方向を向きながら交わりあった。

そして、修也の斬撃と、ジャンヌの打撃は…

 

堕天使を紙細工のように吹き飛ばした。

 

 




どうでしたでしょうか。最近というか、やはり修也視点とかが多くなっちゃうんでそろそろ王都側の様子も描きたいですね。他にも描きたいですエピソードとかあるんで無い頭捻って絞り出します。
では、また次回!


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第21話 目標

最後に描かれた開戦前の描写は数話前の開戦とは別視点のものになってます。出来れば2つとも楽しんでください( ゚д゚)クワッ


刀を振り抜いた後、修也は迷わず追撃を開始する。彼の左手に6つの聖属性光弾が作り出され、それを間髪入れずに発射。体勢を立て直そうとしていた堕天使に襲いかかる。

それを見て避けようとはせず、むしろ迎え撃とうと左手をかざす。

だが、左手に触れる直前に光弾はその形を四散させ、より一層輝きを強めた。これにより堕天使の視界が遮られ、一瞬の隙が生まれる。

彼は、その一瞬を見逃さない。

刀の刀身に炎を纏わせ、一息に振り抜く。

「ガッ…アァ…ッ…!」

切り裂かれた堕天使の肉体から鮮血が飛び散る。修也はその後も追加連撃。確実に仕留めるとばかりに攻撃を続ける。

それは堕天使も同じ。

やられまいと彼の斬撃を数発、辛くも剣と瘴気で受け止める。

そして、6発目に気づく。これは、先程自身を唯一傷付けた8連撃と同種の斬撃であると。

『ならば…!』

堕天使はそのまま足を瘴気で固定し、多量の瘴気と剣で7発目、8発目と修也の斬撃を相殺する。その証拠に、彼の刀の輝きは少しだけ薄れていた。

これには堕天使も笑みを浮かべる。勝利の確信を手に、剣を振り上げる。

 

修也は8連撃目を振り抜いたまま停滞する。しかし、停滞すると言っても、その時間わずかコンマ1秒。その時間に、刀に纏わせた炎を、微かに()()

『…ようやく、人間らしい顔しやがって…』

勝ちを確信したような、最初の仏頂面の時は思いもしなかった笑みを浮かべる堕天使に、彼は不敵な笑みと刀の先程よりも鋭利な輝きで返す。その刀身は、吸い込まれるように堕天使の腹部に叩きつけられる。

そして、足を踏み込み一陣の風となって堕天使の横を駆け抜ける。

霊術を変換してからの、追加8連撃。

 

桐宮流剣術《火》の型仇番《灼龍・千牙陣》。

 

地面に着けていた膝を持ち上げ、刀に付いた血を振り落として、刀身を鞘に押し込んだ。

…瞬間、堕天使の体が鮮血と共に爆発を巻き起こした。

 

「ア…ッ…ガッ…ァ…」

黒煙を立ち上らせながら、両膝を着いて、尚も肉体を保つ堕天使は、しかしその体がもう限界であることを物語っていた。先程まですぐに回復していた肉体は外見だけ誤魔化すのがやっとであり、何より彼の体の輪郭もぼやけ始めていた。

主がいない霊や妖は霊力を使い切った時点で、《あちら側》へ強制帰還する。それは天使も同じである。だからこそ霊達は人を攫い殺すことで霊力を回復するのだ。

『バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカな…』

天を仰ぎながら堕天使は動揺する。

ほんの10数分前まで圧倒していた、下等と見下していた存在が今や自身を圧倒しているのだ。無理も無いだろう。

『何故だ…何故この私が…このような、下等な人間に…』

修也は刀を収めた後に、堕天使へと近づき、彼の頭を右手で鷲掴みする。

「ア…ッ…」

そして、その手が熱を帯び出したのを感じる。聖属性で浄化するのではなく火の霊術で焼き切ろうとしているのだ。

それに気づいた堕天使は背筋が凍り、必死な抵抗で修也の手から逃れる。

『…かくなる上は…あの小娘を殺して霊力を取り込むしか…!』

堕天使は今も気にもたれ掛かる天乃を狙って、突進を開始する。手には確かな殺傷力を持つ短刀が1本。驚きに目を見開く天乃。堕天使はその顔目掛けて手を伸ばす…

…が、それも途中で止まる。そして、止まった瞬間に堕天使の体を襲う激痛と、体の一部が貫かれたかのような不快感。

見ると、彼の体をジャンヌの聖旗の先端が貫き、旗の中腹まで貫かれていた。

「…言ったはずですよ。」

ジャンヌはその青く、鋭い眼光で堕天使を射貫く。

「あなたは、私達2人で倒すと。」

その顔を堕天使は煩わしそうに睨み、歯ぎしりをするが、その口にはすぐに笑みが浮かぶ。

『このまま、小娘の旗から聖属性の霊力を吸収すれば…』

堕天使の特殊能力として、天使であった頃の名残なのかは分からないが、聖属性を緩和するだけでなく、聖属性の霊力を《取り込む》ことも可能である。と言ってもそれは一気に吸える訳ではなく、微量ずつではあるが、堕天使は心の中で存在を保てる程度の霊力だけがあればいいと考えていた。その後、脱出した後は今戦争が繰り広げられているであろう戦地に赴き、すぐさま殺戮の限りを尽くせばいいのだ。その回復の後にこの2人は殺せばいい。

『この私が撤退など恥でしかないが…この際仕方ない。なるべく残酷な方法で殺してやるとしよう。』

そんなことを考えながら堕天使は貫かれた箇所から霊力を吸い取ろうと力を込める。

…だがしかし、そんな事をしてもジャンヌの旗から流れ込む霊力は一切なく、堕天使の霊力はギリギリのままだ。むしろ、自身の存在が尚も消えかけていることに恐怖を覚えた。

その様子に、ジャンヌは呆れたようにため息をついた。

「…ひとつ、勘違いしているようですね。」

ジャンヌは貫かれた堕天使を青い瞳で見下しながら続ける。

「あなた方堕天使が吸収できる聖属性の霊力は自身よりもランクの低い、もしくは存在として下位の者からしか行えません。」

ジャンヌはチラリと修也の方を見て、その後視線を戻す。

「我が主の霊力を吸収できたのも、それはあなたと彼の存在としてのランクがあなたがひとつ優れていたから。…元々、霊力のランクだけで言うなら負けていたのです。」

ジャンヌはそのまま、さも当然という風に言い放つ。

「…私のこの力は、生まれ持った物ではありません。炎に焼かれ、英霊となったその時に、主から与えもうた《神の加護》。…そのような尊き力が、かの堕天使ルシファーのような大悪魔ならまだしも、名も持たない低級の悪魔に、吸収出来るわけがないでしょう。」

その言葉とともに、堕天使の体が一息に燃え上がる。その炎は猛々しい赤ではなく、何処か黄色がかったものであった。

「グアアアアァァァァァァァ!!や、やめろ大馬鹿者!貴様!この崇高なる天使の我にこんなことをして、タダで済むと…」

「馬鹿はあなたです。愚かな悪魔よ。我々は天使ならいざ知らず、堕天使などという異教徒を崇拝している覚えなど、欠片もありません。」

そして、ジャンヌはなお一層《聖火》を強める。それはもはや、太陽とも呼べる輝きであった。

「ギィィィィィィィヤァァァァァァァ!!」

「…消えなさい、愚か者。」

奇怪な、耳をつんざく叫びと共に、堕天使の姿を輪郭を保てなくなっていく。

…そして、その断末魔とは裏腹に、

パシュンッ

という囁かな音と共に、あの堕天使はその肉体を光へと変えたのだった。

 

「ふぅ…」

堕天使の体が消えたのを確認したあと、ジャンヌは軽くため息をついて、掲げていた聖旗を地面へと立てる。

そして、そこに修也が歩み寄った。

「お疲れ様。いい感じにカッコよかったな。」

「…やめてください。」

修也のいじるような口調にジャンヌが口を尖らせて文句を言うと、修也は笑う。

「アハハハハ…あれ…?」

「…っと…」

だが、さらに歩み寄ろうとしたところで、修也は不自然にバランスを崩し、すんでのところでジャンヌが片手で受け止めた。

そのまま、支えられながら体を起こすと、疲労の残る表情で苦笑いを浮かべた。

「…まいったな…」

「霊力の使いすぎ…でしょうか?」

ジャンヌに肩を貸されたまま修也は「多分な」と頷いた。

「そうじゃな、それと共に小娘との契約での意識同調の精神的負荷も相まっておる。」

そう言いながら森の暗がりから現れる琥珀に、修也は不満げな表情を見せた。

「琥珀…もうちょい早く来てくれてもよかったじゃねえか…」

その恨み言に琥珀は肩を竦めて答える。

「儂がいき、無駄に霊力を消費しても変わらんよ。それに、あのように堕天使は貴様ら2人で浄化できた。なんの問題もあるまい。…このエテ公も文句タラタラであったがな。」

「…よく言うぜ。」

「ナー!!」

どうやらアグンの方も、戦闘の参加を琥珀に止められていたようだ。フーフー、と威嚇を続けているが琥珀が気にする素振りは見せない。

ため息をつきながら、修也はジャンヌを見る。そして、ジャンヌは修也を見すえてこう告げる。

「修也君、ここから先は私一人で行く方がよろしいかと。もちろん、この霊力は貴方から頂いたもの。無駄には使いません。」

「駄目だ。」

ジャンヌの提案に、修也は断固拒否する。

修也の目線とジャンヌの不安げな視線がぶつかる。

「しかし…」

「さすがのお前でも、戦場だけじゃなく現王妃とかその子供にまで意識向けんのは無理だろ。行くなら俺も一緒に……ブヘッ!!」

そこまで言った修也に、スパーンという鮮やかなビンタが1発見舞われる。もちろん、その犯人は、立ち上がった天乃であった。

彼女はジトーとした目で修也に詰め寄る。

「こら、修也。あなた私の事忘れてたでしょ?なに、戦闘の疲労から記憶抜けちゃった?」

「うんにゃ、わざと外した。心折られてそうで役に立たなそうだし。」

「正直に言うんじゃないわよ!!」

スコーンと優しめの手刀が修也の頭に降って修也は「んが」と言いながら項垂れた。

天乃は修也の頬を挟み込んで、自分の視線と合わせてから、告げる。

「いい加減私を戦闘からなるべく関わらずに済ませようとするのはやめて。さっきのあなたの戦闘で霊力はそこそこ回復したし、精神的にも休めた。元々霊力は結構残ってたから問題ないわ。」

「良くねえよ。お前な、今から行くのは戦場だぞ?いつもの任務で行くようなそこそこ巨大な霊がいる生半可なところじゃないんだ。それでも…」

「それでも、行くわ。」

天乃の食い気味の言葉に、修也はすぐに口を閉じて言葉を止める。天乃は両手をそのまま修也の肩に移すと、力強く握る。

「私だって、生半可な覚悟でここにいるわけじゃない。城で任務内容を聞いた時から覚悟はしてた。そして…」

肩を掴む力を、天乃はさらに強める。

「何より、貴方だけを危険な場所に行かせるなんて、出来るわけない。…パートナーとしても、幼なじみとしても、それに…」

瞬間、天乃は少しくちごもるが、だが、頬を染めながら、その先を口にする。

「元婚約者としても。」

そう、強く強く、彼の目を見ながら、天乃は言い放つ。

そして、修也は聞いていながら少しだけ目を瞬かせていたが、やがて大きなため息を着くと、

「ったく…何年前の話してんだよ…忘れてもいい頃だろ…」

「…忘れないわ。私は、あの頃のことは1度も忘れたことなんてない。今までも、これからも、絶対に。」

そう言い放つ彼女の目は、今まで以上に強く、決意の色を秘めていた。その目とその言葉を聞いて、修也は「クソッ…」と頭を掻きながら毒づく。

「…覚悟が足りなかったのは、俺の方か…」

「え?」

天乃のキョトンとした顔は、しかし一気に持ち上げられた修也の顔を見て、すぐに引き締まった。

「分かった。それなら、一緒に来い。そこまで言えるなら、大丈夫だろ。ただし、2つ約束だ。」

修也はまず1本指を掲げる。

「1つ、自分に危機が迫ったら、人間だろうがなんだろうが、容赦なく切り捨てろ。甘い考えは捨てろ。」

次に、2本目を掲げた。

「2つ、絶対に死ぬな。」

《死ぬな》。その部分を誇張して、強く、強く言い放つ。

そして、天乃は整った顔に、満面の笑みを浮かべて、頷いた。

「…当然!!」

 

「それで、修也。あなたの霊力はどうするの?」

依然として肩を担がれた修也に、天乃は純粋な問いを投げかけた。

それに、修也は答えずに、バックパックから黒い2つの飴玉らしき球体を取り出し、口の中に放り込んだ。

これは霊使者の霊力回復促進用の丸薬《霊丸薬》。2つも飲めば、数分でそれなりの霊力が回復する。

そして、修也は琥珀とジャンヌ、そしてアグンを交互に見ると、

「お前ら、今個々で保有している霊力の2.5割くらい俺に分けてくれ。…ジャンヌは少ないから1割でいいや。…いけるか?」

修也の問に、琥珀はやれやれと首を振り、ジャンヌはため息をついた。アグンすらため息をついたように「なー」と呟く。

「え、なに?」

困惑するような修也に、琥珀は苦笑いして答える。

「主よ、いまや主従関係のわしらに問うようなことはするなと、何度言ったら分かる?」

「そうです。いまや私たちは修也君から存在を維持してもらっている身。貴方からの命令に指図などできるはずもありません。」

2人に同調するように、アグンも「ナー!」と叫んだ。

それには、修也も驚いたような表情をしていたが、やがて苦笑を浮かべると、「それもそうだな」と苦笑いを浮かべた。

そして、不敵な笑みを浮かべながら、3人に提案、ではなく《命令》を行った。

「命令する。お前らの霊力のあまりの2割ほど、俺に寄越せ。」

「「イエス、マスター」」

「ナー!」

2人と1匹の同調した声が、閑散とした林に響き渡った。

 

 

 

そして、1時間前……

 

「ガーシー、時間は?」

フランス軍側の代表であり王妃であるサレスは隣にいた参謀の髭を蓄えた老人に問う。

ガーシーと呼ばれた老人は、懐の銀時計を開いて確認し、

「残り30分程で開戦の時間となります。」

その言葉に、サレスは玉座で少しだけため息をつくと、「…早いわね」と呟く。

修也達が王城を出発してから、一日と数時間の時が経った。その後、修也からジャンヌ・ダルクの発見及び奪還に成功したことを言伝された軍上層部はほんの少しだけ空気が和らいだ。しかし、彼女の状態が芳しく無いことを知らされた瞬間に、それは消え失せた。

そして、すぐにウィリアムが指揮を取り始め凄まじい統率力と、参謀の指示の元、軍の準備が整っていった。

今は、軍が並ぶ前に霊視者の軍4000人が並ぶという陣取りになっている。

「…参謀、正直、勝つ見込みはあるかしら。」

サレスは参謀にそう問うも、その表情は少し暗い。そして、参謀すらも、その目に影を落とした。

「…申し訳ありませんが、どう足掻いても2桁を超えることはありません。」

ここでいう桁というのは、パーセンテージである。つまり勝利する見込みは今のところ1割にも満たないということ。

その絶望的な状況にも、サレスは笑う。

しかし、それには大きな呆れが確かに含まれていた。

「そうよねー…まあ、仕方ないか…私たちの陣形は()()()()()()()()()()()()()から…」

「それについては、先程雨久殿とも話を通してきました。」

サレスのため息の次に、ダンディなボイスがそれを繋ぐ。

「雨久殿もそれならばと、了承して頂きました。」

「そ、お疲れ様ウィリアム。…霊使者の方々には負担が大きくなってしまうわね。」

「その点も仕方ないと、彼は言っておられました。」

 

「修也君が…?」

ウィリアムの言葉に、雨久康文は驚きに目を染め、その隣に座る氷牙は分かりやすく舌打ちをした。

「んだよ、あの野郎結局来てんじゃねえか…」

「彼はおよそ1日前にここに到着し、そして、英霊ジャンヌ・ダルクを捜索するために出ていかれました。…あなたがたに話さなかったことは謝罪しましょう。ですが、我々の心情も少しばかり理解頂けたらと思います。」

「あァ?お前らの心情だァ?」

ウィリアムは目の前のカップティーで口を湿らしてから、少しだけ眼光を鋭くした。

「あなた方に情報公開をすれば、あなた方は彼らの邪魔をする可能性があった。…そちらの不都合だけで、我々は国を傾きかねなかったのです。」

「ほぉ、数年のブランクがある使えるかも分かんねぇ犯罪者を、現役の俺らよりも信用したのかァ?」

「言い方はあれですが…」

そう呟くとウィリアムはホホッと笑う。

「まあ、そういう事ですな。」

「ッ…!」

ウィリアムの挑発めいた呟きに苛立ちを覚えたのか、氷牙はソファから腰を浮かすが、「やめろ」と康文に止められて、渋々腰を下ろす。

「…あなた方の考えは分かりました。しかし、それによって修也君がジル・ド・レに返り討ちにあう…とは思わなかったんですか?」

「私もそれは危惧しましたがね、しかしどうも彼の作戦では、少数でないと彼らとはやりづらいと…」

「ほう、それまたどうして…」

「なんでも、《助けるのがめんどくさい》、そうですよ。」

修也が発した一言を聞いた瞬間、氷牙はまた大きな舌打ちをした。

「自分が《助ける》側前提っていうその上から目線がまたムカつく…」

そう毒づく氷牙に呆れたようにため息をつきながらも、康文は話を続ける。

「…とりあえず作戦を見直しましょう。」

彼は手元の資料をめくって、考えるように顎に手を添えた。

「…フランス軍の陣形は殲滅するためのものでは無い、と聞きましたが…なら問います。いったい、何を目的にあなた方は戦うのですか?」

康文の問に、ウィリアムはもう一度カップに口をつけてから、その口を開いた。

「…平たく言えば、時間稼ぎですな。」

その一言に、康文の眉がピクリと動き、氷牙は「あァ?」と低い声を出す。

「…我々は国を守る軍としてかなりの戦力を整え、叡智を宿してきました。それにより、世界最強クラスの力を持つと言われるほどには力を付けられました。…しかし、その力もひとつの強大な力の前では無力にすらなり得る。」

「……」

「現状、我々軍の力では彼…ジル・ド・レを倒すことは不可能です。どころか、それに付き従う霊や反乱軍ですら殲滅するのは難しい。」

「オッサン、俺らがいること忘れちゃいねェか?」

「なら問いますが、あなた方だけで1つの軍とそれと同格の力を持った相手を倒しきれますかな?」

その問いに、氷牙は答えられない。何せ、今まで相手したことないレベルの敵だ。思わず口ごもってしまう。

「…あなた方は今日まであらゆる場面で我々軍のことを助けてくださいました。その中で、あなた方の実力は承知しているつもりです。…しかし、それを踏まえても桐宮修也の実力はあなた方の誰よりも上だと断言出来ます。」

ウィリアムの頭によぎるのは、彼と再会した、街中での光景。彼の周りを包む大きくはないが、練り上げられた鋭い霊力の塊であった。

その言葉に、氷牙はギシリと歯ぎしりをするが、康文は「なるほど」と言いながら、そのまま席を立った。

「あなた方の言い分は理解しました。とりあえず霊使者2000に合わせてフランス軍1000を攻撃に加わらせてください。あとの4000はお好きな様に。」

「…ではそれで…ご理解感謝致します、雨久殿。」

「私もそちらの方が建設的であると判断した迄です。今は軍の負傷者も増えてきているので大変なのは周知です。それに、霊相手に危険をおかすのは我々の仕事なので仕方ありません。…氷牙、行くぞ。」

康文に促され、氷牙は不満げに鼻を鳴らしてから立ち上がり、部屋を後にする。そして、その後に続いて康文は扉の前まで行くが、立ち止まり、ウィリアムへと問いかけた。

「…ウィリアムさん…別に、修也君が来る前に倒しても、構いませんよね?」

「…ええ、それはもちろん。」

 

…時は開戦前へ戻る。

フランス軍と反乱軍。

両陣営が相対する場所で、氷牙は落ち着かないように腕を組んでいた。後ろにいた康文が肩を叩く。

「そろそろ開戦だ。心は落ち着かせておけ。」

「…んなこたァ分かってる。ただ、この戦い自体あの野郎の手柄のための茶番かと思うとモチベが上がんねェ。」

「…気持ちは分かるが、人の命をかけたものを茶番などと呼ぶな。私達だけでなく、フランス軍の方々も命を投げ出すような気持ちは同じだ。」

「…そうは言うが…」

氷牙は後ろにいる2000の霊使者の急造軍を見て苦笑いをする。

「後ろの野郎共の雰囲気は芳しくねェぞ?」

「…」

その言葉に、康文は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「…取り消せよ!」

霊使者達の待機所に若さを残した怒号が響く。五大家系各400人の者達から作り上げられる2000の軍。そんな彼らの真ん中で、相対する1人の少年と3人の青年。

「ああ?なんの事だ、ガキ?俺らはなんか間違ったことでも言ったかよ?」

「ふざけんなよ…!修也様がタダの負け犬だなんて、寝言も大概にしろ!」

「おいおい、あんなおかしな家系に生まれちまったからな頭すらおかしくなったのか?今の今まで家に引きこもって、普通の高校生のフリして生きてた奴が負け犬だなんて、なんも間違っちゃいねえだろ?」

「なぁ?!」と周りに同調を求めるように3人の真ん中にいる青年が叫ぶと、周りからは口々に「そうだ」といった賛同の声が多く上がる。

というのも、3人の周りには雨颯家や土御門家といった修也のアンチが多い家系の者たちが集まっている。それとは逆に、少年の後ろの者達には桐宮家の他に、深い関わりのある天樹家や実力トップの雷城家などがスタンバイしてはいるものの、天樹家は否定などすれば面倒事になることは必至なので口出しはせず、雷城家に至っては戦闘準備に集中するために話を聞いてすらいなかった。

そこで桐宮家の集団から1人の中年男が飛び出し、少年の横で説得するように話しかけた。

「陽太!こんな時に他の家系の方々といざこざを起こすんじゃない!ほら、早く謝れ…!」

「嫌だ!!」

少年は拳を握り締めて断固として頭を下げない。どころか、目の前の3人を鋭い眼光で睨む。

「俺は、修也様が負け犬だってことを訂正するまで、絶対謝らない!」

「陽太…」

陽太の目元には涙が浮かぶ。

「あの人は、戦力外になってからも引きこもって、普通の高校生を演じてただけじゃない!これからの自分に悩んで、今の自分に真剣に悩んでた!」

 

陽太は、今から7年前、9歳の時に桐宮流剣術道場の門下生となった。元々、桐宮家直属の下位家系に生まれたので入門はする予定であった。彼にとって、いつも大人達を圧倒する修也は明確な目標であった。生き生きと剣術を使い、格上を倒し続けるその様に、純粋に憧れたのだ。

その後、あの事件の後、少しの間の後、門下生としてでは無く師範代として姿を現した修也は、終始笑顔を浮かべていたものの、微かな陰りがその瞳にかかっていた事を陽太はハッキリと覚えている。周りの大人も、当主にはならないだろうと噂していた。

そして、ある日、忘れ物を取りに桐宮家に帰った陽太の耳に縁側から声が聞こえた。それは、才蔵と修也の声。耳を澄ますと、修也が以来の参加を断っているようだった。陽太はそこの会話はあやふやだが、しかし修也がその後に発した言葉は一言一句覚えていた。

才蔵が離れた後、修也はそのまま縁側に座り込むと、柱に頭を預けて呟くように言う。

 

「…なあ、父さん母さん…海斗。どうしたらいい?あいつを守りたくても、俺にはその力がない。今は任務にすら参加出来ねえ。平和すぎて、周りにも馴染めやしねえ…。俺の居場所、どこなんだろうな………なんて、答えてくりゃしねえか…」

 

「寝よ寝よ」と言いながら彼は自室に戻るが、陽太にはその言葉が強くインプットされた。そして、確信する。彼は、桐宮修也は戻ってくると、

確信というかは、願いに近いかもしれない。

彼は、桐宮修也が、自分の目標が戻ってきてくれることを強く願った。そのためには、今この家系を修也が戻ってくるまで自分達が守らねばと、そう感じた。

その後、彼は2年の道場通い、3年の猛特訓から正式な霊使者へと大きく出世したのだった。

 

陽太からすれば、何も知らないものが、修也の苦悩を知っているかのような口振りで話すのが許せなかったのであろう。

両者はそのまま睨み合いを続け、温度ばかり下がっていたが、やがて間に1人の人物が割り込んだ。

「お前ら、こんな時にくだらないことで揉めるな。」

康文であった。騒ぎを聞き付け、仲裁を行おうとしていた。

「康文さん、このガキが…」

「事態は把握してる。」

そう言うと康文は陽太を見下ろして、言い放つ。

「そのような軽口すら聞き流すことが出来ないのは未熟な証拠だ。今この場にいることが不思議なくらいにな。」

その言葉に、陽太は言い返せない。唇をかみ、とにかく耐える。

それをシメシメと見る3人組ではあったが、康文は3人の方にも向き直った。

「お前らもお前らだ。この忙しい時にそんなことで盛り上がるんじゃない。さっさと準備しろ。」

「そ、そうは言っても康文さん!あんたは耐えきれんのか?うちの家系のエース殺した奴が平然とした顔で報酬かっさらってくんだぜ?」

3人の真ん中にいる青年はそう訴えるが、康文の回答は、酷く冷たかった。

「どうでもいい。今は同じ目標を持つ1人の仕事仲間だ。割り切ってそう接する。…それに、ジル・ド・レ討伐の戦果をやるつもりは毛頭ない。」

そう言うと、辺り一帯は彼の氷点下の視線に凍りつき、しばらくそのままの格好で動けなかったとか。

 

「親父があそこまで介入すんのは、ちと珍しいな。」

「…この任務は生半可な気持ちで遂行できるものじゃない。それは、承知の上だろ。」

「勿論。」

そんなことをす話していると、康文の無線に声が通る。

「康文殿、そろそろ時間です。」

「了解です、ウィリアムさん。」

康文は無線を切ると、鎧や武器の様子を確かめてから、氷牙を見る。

氷牙は横目に康文を見ると、「時間か?」と問う。それに、彼はこくりと頷き、周りの部下達に戦闘準備の号令を出した。

「こんなでけェ任務は久しぶりだなァ…」

氷牙は獰猛に笑って、自身の獲物である《鉤爪》装備した。それに、康文は静かにかぶりを振った。

「…大将首を取った方が勝ちの、単純な任務だよ。」

康文陣営はジル・ド・レの、反乱軍は王女の。

ふたつの首が取り合われる、巨大なシーソーゲーム。

やがて2つの陣営が一瞬だけ止まり、空気が張りつめた…瞬間。

 

秒針が、12に重なった。

それと同時に、赤い大きな膜が戦場全体を覆い隠したのだ。




次回も戦争視点です。


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第22話 戦乱

「修也殿。」
王城を歩く青年に、1人の老人が静かに声をかける。
それに青年は振り向くと、笑顔で返す。
「ガーシーさんじゃん。どしたの?」
「…貴方からの依頼が完遂したので、ご報告をと。」
「そっか、さすがに仕事が早いな。」
修也はガーシーの言葉に微笑みを浮かべて、そのままの表情で返した。
「貴方がお探しの、彼女ですが…」


数としては、霊使者陣営が4000に、反乱軍が6000と霊使者陣営が不利なものだった。しかし、彼らは対霊達のエキスパート。

そして、軍から派遣された2000も手練揃いであった。

戦況としては霊使者陣営が有利のまま時が過ぎていく。

 

「ウィリアムさん、2000もこちらにさいてよろしかったのですか?」

康文の問に、ウィリアムは無線から「ええ」と答える。

「あれから色々試行錯誤しまして、こちらは3000だけで支えることは可能と判断しました。それに、半径20キロ圏内の民達は皆避難させましたので被害の心配もいりません。」

「ウィリアムさんは今どこに?」

「女王のそばに。いつ蛮族共が攻めてくるか分かりませんからな。そちらはお任せします。」

「了解です」

無線を切った康文は離れていた前線に戻った。

 

軍の残りの2000人は20人単位で別れて先頭の者が術式を編み上げ、各自で巨大な盾を作り出す。

これは、無属性防御系霊術《イージス》。

防御系霊術の中では比較的習得しやすい霊術であり、ある意味では基礎霊術とも言えるかもしれない。

しかし、その効果は高く、拡大範囲は無限でそれなりの霊力さえあればかなり有用な盾を作り出すことが出来る。

だが、その利便性から、デメリットもありこの霊術を使っている間、使用者は移動することが出来ない。そして、他の霊術との併用も出来ないのだ。

今霊使者陣営の後ろで王女のもとに行かせないために2000もの軍人達が釘付けとなっている。残りの1000人は各方面の守護を任されていた。

 

しかし、その戦力差など気にも止めてないような活躍をする人物が1人。

「オラオラオラオラオラァ!もっと来いや悪霊共ォ!!」

雨久氷牙は手の鉤爪で目の前の霊達の体を切り裂き、跳ね飛ばしてその数をみるみる減らしていく。

地を削り、風を纏って素早く攻撃を繰り出し、その姿はまさに、獣そのもの。

そして、彼の頭上から剣を振りおろそうとした兵士の頭を1本の槍が貫いた。

「んん?」

氷牙はここで初めて足を止めて、康文と背中合わせに敵襲の真ん中で構えた。

「軍の大将とのお話はもういいのかァ?しばらく俺一人でよかったけど…息子が心配かァ?」

「そんなんじゃない、指揮官として貴重な戦力を無下には出来んのだ。」

「同じことだろォ…で、戦況としてはどんな感じだ?」

「俺らの有利は変わってない。若手が中心だからか少しまとまりがない気もするがそれでも踏ん張ってはくれてる。…後は俺らが敵の大将首を取るだけだ。指揮は俺に任せて、お前はもっと暴れろ。」

「そんなら…」

2人は互いの方向へと散った。

「さっさとやらねえわけにはいかねぇなァ!」

 

「ふむ…隊長、戦況は?」

馬に乗ったジルは、隣のひときわ重厚な鎧を着た兵士に問う。

「ハッ、数としての有利はこちらにあるものの、攻めあぐねているようです。どころか、1組の霊使者が手練のようで、既に100はやられているかと…」

「なるほど、さすがあの小僧の仲間と言ったところですか…」

一瞬、自身をコケにした青年の顔が浮かび上がり青筋が浮かんだが、すぐに大きな笑みを浮かべた。

「隊長、私が出ます。」

馬から降りて、そう告げるジルにしかし隊長は何も言わない。「かしこまりました」とだけ言って、そのまま兵士達への指示を続ける。ジルはそのまま横にいた青年…アルバへと話しかけた。

「彼らは数分後に突入させなさい。タイミングは任せます。」

「…かしこまりました」

 

「オォラァ!!……ん?」

最早何人目かも数えていない兵士を吹き飛ばした後、唐突に目の前に居た兵士達が退き始め、まるで1本の道とも言える隙間が出現する。

そして、氷牙はその先にいる人物を見て、獰猛に笑った。

「…早速大将首のご登場かよ。」

その笑みに、ジルは穏やかに笑った。

「初めまして、霊使者の青年よ。我が名はジル・ド・レ。以後お見知り置きを…」

「おっと、寝言は寝て言え。悪霊の名前なんざ…」

氷牙は両腕を大きく広げた。

「覚えるだけ無駄だ!!」

振り抜かれた鉤爪から数枚の水の波動が出現し、ジル目掛けて飛翔する。

雨久流鉤爪術《水猛破刃》。その波動の1枚1枚は岩をも砕き散らせる威力を誇る。

喰らえば無傷ではすまないであろうそれを、ジルは避けようともしない。どころか、悠長に手を掲げた。

「…目覚めよ、下僕共。」

そう唱えると共に、彼の下の地面から何かが数体浮き上がり、そして、氷牙の攻撃を見事に消し去った。

これに、氷牙は驚きを隠せない。次の瞬間、ジルを取り巻く《何か》の1つは氷牙目掛けて飛び出した。

氷牙はそれを危なげなく迎撃し、その感触に覚えがあるのに気づいた。見ると、その何かはずるりと未だ消えず鉤爪の刃に張り付いていた。

「なるほど…」

氷牙はギロリとジルを睨む。

「お前ェ、死霊使い(ネクロマンサー)か。」

その言葉に、ジルはなおも穏やかに笑って返す。

「おや、もう気付かれましたか。」

「隠す気もねェくせに驚いてんじゃねェよ。」

鋭い眼光のまま睨み続ける氷牙。それに薄ら笑いを続けるジル。2人の周りだけ世界が違うように動かず、音もなく対立する。

「それと、もう1つ。」

「おや、存外霊使者とはお喋りなのですね。これは意外でした。」

「うるせェ。黙って答えろ。」

 

「ここ数年の内にフランス国内で起きてる少年誘拐、墓荒らしの首謀者はテメェだな?」

 

「おやおや、それまた何を根拠に?」

「だからさァ、隠す気もねェ癖にとぼけてんじゃねェ。」

氷牙は分かりやすく顔を顰めた。

「テメェからはこうして顔を合わせて血と脂と死肉の匂いがえげつねェほどしてきやがる。ほんの数人殺したくらいじゃ付かねェレベルの異臭だ。」

「先程の戦い方といい、利く鼻といい獣じみてますねぇ。…で、それを知った事でどうなりますか?」

ニタニタと笑いながらジルは挑発するように問う。それに、氷牙は拳を握り締めて歯ぎしりをする。

「…別に、ただ英霊ってのは珍しいからなァ、上からは捕獲も視野に入れて戦えと言われたが…」

その声は、微かに震えている。目は鋭く光り、彼の内にある怒りを隠しきれていなかった。

 

「《払い殺す》に完全作戦変更だ。」

「…おお、怖い。」

 

氷牙は一気に動く。ジルの目の前まで全力疾走、彼の体に鉤爪の刃を突き立てる。

しかし、その直前で彼の鉤爪は障壁によって静止する。どうやら、障壁に食いこんではいるようだった。

「ラァァァ!!」

爪を真下に振り下ろして障壁を切り捨てた勢いのまま突進を再開する。

瞬時に間合いを詰めて攻撃を繰り出す氷牙。その攻撃をジルは難なく避けていく。

「んだァ?英霊様ってのは避けるしか脳がねェのか!?それともその腰の剣は飾りかよォ!」

ジルはそれに眉を少し動かすと、大きく間合いを取った。

「…そうですね、ならばお望み通りに致しましょう…」

そう言うと彼は掌を地面に付け、霊術陣を発現させる。

「…立ち上がれ、下僕共。」

その言葉と同時に地面から4体の骸骨がボロボロの剣を手に立ち上がり、奇声を上げた。

それは、一種の《使い魔》であった。

「チッ、厄介なもん出しやがって…!」

氷牙はそう毒づきながらも鉤爪を構え直した。

 

「いいぞ、そのまま押しとどめて維持しろ!」

康文の声に野太い男達の掛け声が続く。

彼は氷牙と別れ、少しの間単独攻撃を行った後、前線の指揮に戻った。

この霊使者協会フランス支部はベテランというよりも若手の有望な者達が送られてくる。

つまり、あまり戦場に慣れているものが多くなく、おそらくこのような規模の戦闘など初めての経験である者の方が多いであろう。

…康文は現在霊使者ランキングA級上位という地位を確立しているが、彼自身にそこまでの実力はない。

というのも彼が秀でているのは高い統率力であり、戦闘能力では格段に氷牙の方が上だ。

知の康文と武の氷牙。この2人のコンビは親子と言うこともあり、相性抜群と言える。

「へ、どんなもんかと思ったが、こいつぁ余裕だな。」

「ああ、戦況も優勢だし、英霊っていうのも実は案外大したことねえのかもな。」

康文の近くにいた霊使者がそうボヤくほど、現在の戦況は霊使者側にかなり有利であった。

だからこそ、康文は違和感を覚える。あまりにも、こちらの思い通りに行き過ぎている。

勿論、相手の大将格のミスである可能性は捨てきれない。だが、どうやってもその一抹の不安も捨てきることが出来なかった。

そして…

「や、康文様!ご報告します…!」

その不安は、現実のものとなった。

「敵後方から、敵の援軍が接近中!…その数、およそ2000…!!」

諜報部隊の声に、喧騒とは別のざわめきが起こった。

 

「ラッシャアアアァァァ!!」

最後の骸骨を粉砕して、氷牙は高く雄叫びを上げる。多少の霊力は消費してしまったが、それでも許容範囲内だ。

「おう、もうこっちは終わったぜェ。次はてめぇの番か?」

挑発混じりの氷牙の問いに、しかし、ジルはクスリと笑って返す。

「そうしたいのは山々ですが、私も予定が込み合ってますので。」

ジルは両手をゆっくりと持ち上げ、《それ》を見せるように自身の前に翳した。それは、掌に描かれた2つの円。

「…霊術陣…!?」

「ご名答。まあ、今気付いたところで、どうにもなりませんが…」

 

「…ね!!」

 

地面と触れた掌を中心に、霊術陣が広がる。

それと同時に、氷牙も動いた。このような巨大な霊術陣の起動となると、幾ばくかの隙が生まれる。

『仕留める!!』

 

氷牙の判断は正しかった。その証拠に、いまジルの守りである障壁は解除されており、ほとんど丸腰の状態だった。氷牙は全速力で距離を詰めた。

…しかし、それでも。

ジルの霊術起動速度の方が一枚上手であった。

 

氷牙は、最後の足を踏み抜き、それと同時に体を捻って回転を始める。鉤爪に宿す、《水》の霊術。

「ラアアアァァァァ!!」

雨久流鉤爪術《蒼天爪舞・二連》

一対の鉤爪が、同時にジル目掛けて襲いかかるが…

ドズッ!

「…!?」

しかし、すんでのところで現れた肉塊らしきものに刺さって、その爪は止まる。

引き抜こうとするが、それと同時に、頭上から悪寒を感じて、そのまま飛び退った。その勢いで、鉤爪の刃も抜ける。

見ると、先程まで氷牙のいた場所には、巨大な拳が振り下ろされていた。

その拳は強力な様で、振り下ろされた拳を中心にクレーターが出来上がっていた。

…しかし、氷牙は威力よりも、その敵の形相に視線が移った。

「…なんだァ?そいつァ…」

その体躯は、まるで肉塊。雑に丸めた肉塊に皮が張った様な見た目。下に生えた4本の足に、前方に生えた八本の手。

そして何より、体の至る所に付いた、《人間の顔》が凄まじい存在感を放つ。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

「オオオオオォォォォ」

「ケヒッケヒッケヒケヒッ」

「ルrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」

それぞれの顔が放つ奇声は、聞くだけで嫌悪感を催した。

「なんだも何も、これは私が作り出した最高傑作ですよ。見てくださいこの見るだけで嫌悪感を催すようなフォルム。それに付いた数々の絶望を示す表情達…いつ見ても素晴らしい…」

そう言いながら恍惚と頬を緩ませ、肉塊に触れるジル。その目は、深く濁りきっていた。

「まあ、これを作り出すのに、40ほど人間を()()しましたが、仕方ない犠牲ですね。」

瞬間、氷牙の姿が掻き消える。

「ウルァッ!!」

彼の一撃を、ジルは初めて抜いた剣で受け止めた。

「テメェ、人の命をなんだと思ってやがる…!」

「おや、随分と熱い視線を向けてくれますねえ。最初とは大違いだ。」

剣を振り抜いた、鉤爪を弾く。距離を取った氷牙は、ジルを鋭く睨みつけた。

「消費しただと…?テメェのくだらねェ自己満足のために、無関係のヤツらを巻き込んだのか…!?」

「無関係なんて、そんなことを私がするとでも?」

ジルは軽く笑いながらそれを否定した。

「ちゃーんと許可は取っていますよ。いや何、私の部下は本当に従順でねぇ。」

ジルのその笑顔は、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですから。」

これまで以上に、歪んでいた。

「…殺す!!」

氷牙は殺意を隠さずに、明確なそれをジルにぶつける。ジルはそれを微笑で受止め、氷牙を挑発する。

…そこで、異変は起きた。

ジルの背後から、無数の雄叫びが響き、土煙を巻き上げながら、何かがこちらへと近付いてくる。

「おや、ようやく来ましたか。」

ジルはそう呟き、一層笑みを深めた。

「…んだァ、ありゃァ…?」

 

「馬鹿な、増援だと!?」

諜報部隊の声に前線は混乱に包まれる。

「お前らの捜査では兵士はこれで全員ではなかったのか?」

「は、ハッ!それは間違いありません!た、ただ…」

…次の言葉に、前線はさらに凍りついた。

「…反乱軍の、《人間達》が進行を開始した模様です。」

 

康文達は、相手戦力に人間を組み込んではいなかった。

何故なら、これまでにそのケースがなかったからだ。

ここ数年、確かに人と悪霊が手を組む事例は見えた。しかし、その場合はほとんど人間が作戦を立て、それを霊が実行するというものであった。

何故、人は作戦実行に加わらないのか。

それは、一重に《恐怖感》からである。

霊達は1度死んでいるので、ほとんどの霊はそれを割り切って、特攻でも何でもありだ。

だが、人間ならそうもいかない。

当然死んだことなど1度もないし、ましてや、大切な家族などがいる者達などからしたら、命の危険がある場所へは向かおうとすらしない。

それ故にここ数十年の間、霊使者が人を相手に戦うことなど数える程しかなかった。

だが、今回は相手の格が違う。ジル・ド・レに洗脳された彼らには恐怖感など微塵もない。あるのは、増幅された、彼らの胸の奥に秘められた母国(フランス)への恨みのみ。

これにより、反乱軍の人間達は狂戦士へと変貌した。

 

「康文様!一般兵止まる気配はありません!こちらに向かってきます!」

前線の仲間の焦った声に、康文は歯を軋ませた。

「クッソ…!」

そんな声を漏らしながらも、康文は命令を下す。

「前線隊、そのまま戦況を維持しろ!後方の隊は俺と共に人軍の対処に当たれ!いいか、必ず()()()!可能な限り《戦闘不能》にさせろ!」

「了解!」

霊使者陣営の正念場が始まる。

 

「おや、あなたは向こう側に行かなくてよろしいので?仲間がピンチのようですが。」

「…俺の仕事は、おめェの相手と、おめェを払い殺すことだ。あっちはあっちで、俺のパートナーに任せてる。」

「大した信頼関係。いやはや、その決断が間違いでないことを祈りたいものです。」

そう言うと、ジルは静かに右手を前方に突き出した。それと同時に、肉塊が奇声を上げる。4本の足で一気に跳躍。氷牙を目指して落下した。それを、彼は難なく避けきった。

 

「……!!」

「キュエエエアアァァァァ!!」

 

 

「…さあ、宴を始めましょう。」

 




なるべくこれくらいの量にこれからは収めていきたいな。長いとウンザリするし。頑張ろ!


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第23話 合成体

「………」
フランス国内、王城の豪華絢爛な屋根の上に、1人の人物が佇む。
その体はフードケープに包まれ、その顔には仮面が付けられているため、体型や表情で性別を判断することは出来ない。
彼が見下ろすのは、王城のはるか向こう…赤い膜に包まれ、荒野の中で繰り広げられる戦乱。
悲鳴や怒号、血と命が飛び散る、悪意の溜まり場。
その戦場に《絶対》はなく、不可思議な確率も気を許すことは許されない。
「………」
彼は、そんな戦乱を、何も言わずただ無言で見つめていた。
まるで、何かを待ち望んでいるかのように…


戦場の中央で兵士と霊使者達が鎬を削る中、両翼では少数の霊使者と1000人ほどの軍の精鋭たちが《人》である一般兵達と剣を交錯させる。

それが1合打ち合わされる度に、赤い火花が散った。

「…ぅン''!!」

康文は指揮をとりつつ、襲いかかってくる人の猛攻を何とか受け流し、槍の持ち手で気絶させていく。

他の霊使者達も自分の獲物を使い、軍の兵士達は盾や篭手で殴打して同様に戦闘不能者を増やしていった。

「いいぞ!このまま押し込んで全員戦闘不能にさせろ!」

「了解!」

 

「さすがに世界トップクラスとも言われる戦闘能力を誇るフランス軍ですねえ。素晴らしい統率力だ。」

ジルはわざとらしく大きなため息をつく。

「かつて、私や聖女ジャンヌが指揮した軍も素晴らしい統率力と信頼関係を置いた、まさしく最強とも言える軍でした。今となっては彼らは私の手駒という扱いですが、ね。」

「……」

「…まあ、」

ジルは、足元に転がる虫を見るような目をしながら、告げる。

「聞こえてないかもしれませんけど。」

ガフッと血を吐き出しながら氷牙は手を支えにして、立ち上がる。目元の血を拭ってからジルを睨む。

「ちゃんと聞こえてるよ…自分の昔話なんざ聞かせやがって…」

「冥土の土産には丁度いいかと思いますがね?」

ジルの言葉と口内の血液を飲み込んで、氷牙は幾度目かの攻撃を繰り出す。しかし、それを横にいた肉塊のキメラが防いだ。

「クッソが…!図体のくせにすばしっこい野郎だな…!」

「キュエエエアアァァァァ!」

キメラからのブロー2連撃。

これを氷牙は難なく避けるが、しかし、その直後にまたも2連撃。このループが八本分、4対続く。

「しつっけェ!!」

さしもの霊使者とはいえ疲労もあるし、大威力の攻撃を避け続けると精神的負荷もかかる。そうなると、いくら熟練されているとはいえ、ミスは起きる。

キメラの拳の1つが氷牙を直撃する。氷牙はそれを何とか鉤爪で受け止めるが、刃は軋み、腕は凄まじい痺れを起こす。

「ぐおっ…ガッ…アァ…!」

腕の痺れを気にせず、氷牙は尚も突撃。学習していない様子の氷牙にジルはため息をついた。

しかし、氷牙とて、策がなく突撃した訳では無い。

『攻撃は重ェし、そこそこすばしっこい。けど、俺の方が速ェ!!』

氷牙は更に速度を上げてキメラに近付く。繰り出される拳を最小限の動きで避け、可能なら拳を潰していく。

「ウルアアアアァァァァ!!」

キメラと肉薄した瞬間、氷牙は無数の斬撃を繰り出す。

このキメラには自然治癒の能力も備わってはいるが、しかしそれでも原動力となっている《核》を壊してしまえば塵へと還る。それは体内の奥深くに備わっていた。

「削ぎ落としてやる…!」

そう唸る氷牙。しかし…

「痛い」

その言葉に、一瞬動きが止まる。

横目で見ると、キメラの体に浮かぶ表情の1つが幼子のような瞳を氷牙に向けていた。

「痛い、痛いよ。」

「なんでそんなことするの?」

「私が一体、何をしたって言うの?」

「やめてくれ」

その言葉は、恐らくただの妄言。術式でただ言われてるだけ。冷静に考えれば、誰でも対処はできる。

だが…

「……!!」

出自を、このキメラの素材を理解している氷牙には、痛烈な効果を生み出した。

一瞬動きが止まり、隙を産む。

その一瞬の間に、それは起きた。

ある一つの表情が口を開けたと思えば、その中から赤い何かが光り、氷牙に向けて照射された。

「グオッ…アッ…」

赤い熱線が氷牙の脇腹を抉り、背後で爆発を引き起こした。

「さすがに間合いに入られた時の対抗策は既に仕掛けています。私の設計を舐めないでいただきたい。」

そう言って、ジルはクスクスと笑いご機嫌の様子だ。

だが、這いつくばりながらも氷牙も少しだけ口角を上げた。ヨロヨロと立ち上がりながらも、しっかりと前を見すえる。脇腹の出血を止めながら、ジルに向かって笑みを浮かべた。

「アレだけの霊力注いどきながら、人一人殺れねえたァ随分としょっぺェ霊術だな…。節約しすぎじゃねえかァ?」

「おや、随分と余裕ですね。」

「実際余裕だァ。この程度の霊術じゃあ何発撃ち込もうと俺は殺せねえぞ。」

ジルにとって、安い挑発。しかし、

「ならくれてやりましょう。そんなに死にたいなら、無様に這いつくばりなさい。」

ジルは手を掲げると、キメラがまたもいくつもある表情の中の一つの口を開く。そして、赤い光が辺りを照らす…

「…!!」

氷牙は動く。

それを待っていたとばかりの突進に、さしものジルも驚いたように目を見開いた。

「ウウウゥゥラアアァァァァ!!」

最速の突進で、そのまま宙を浮く。そして鉤爪と足を目一杯に伸ばして、体に水の霊術を纏わせた。

その様は、まるで1本の槍。

青く光る1本の槍が、キメラの開かれた口に直撃。少しの拮抗。

雨久流鉤爪術《蒼牙・一本槍》。

一撃必殺の一撃が、やがて拮抗を破り、そのままキメラの肉体を貫いた。

氷牙は膝をついたまま、左手の鉤爪を振り払うように一振り。鉤爪の1本に刺さっていた赤い球が、粉々に砕け散る。それと同時に、肉塊のキメラも溶けるように消滅していく。

「いやはや驚きました。」

滲み出る感嘆と共に、ジルは笑みを浮かべた。パチパチと拍手を送る。

「まさかあの瞬間に技の構造を理解して突進してくるとは。鼻だけでなく目まで並とは違いますか。」

「別に確証はなかった。強いて言うなら野生の勘ってェやつだな。」

「…尚更獣じみて来ましたねえ。」

苦笑を浮かべるジル。

「本当に、私が作れる最高傑作をこうも塵に変えるとは思いませんでした。やられましたねえ…」

そう言って、困ったように首を振り、落胆しているように見えるジルであったが…

「……」

氷牙は尚も動かない。ジルを睨みつけたまま、身構えることをやめなかった。

その様子に、ジルは笑う。

「おやおや、私に向かってこないのですか?先程までの情熱的な突進なら、私を倒せるかもしれませんよ?」

「…あんま俺を侮ってくれちゃ困るぜェ、英雄サマよ」

康文だけではなく、氷牙もコンビとして、パートナーとして、共にA級上位を長期にわたって維持し続けている猛者である。

()()()()()()()()()()()()を見抜くぐれェ出来なきゃ、生きてけねェんだよ、この世界ってのはなァ。」

そう言うとジルはクスリと笑って、その後も口を抑えたまま笑い続ける。

「いや、奥の手…ですか。」

「違ェってのか?」

「違うとは言っていませんとも。ただ、私としてもこれ以上新しい術式を見せることは不可能なのです。万策としては尽きました。」

そう言うとジルは尚も首を振った。そして…

「私にできることといえば、一つだけです」

()()使()()()()()()もう一度地へと翳した。

 

「今まで使ったものを、使い続ける。それしか、私に手はありません。」

 

先程よりも広範囲に拡がった術式から、10は超えるであろう、見慣れたフォルムが姿を現す。

その丸いフォルムと度重なる奇声は、鉤爪を構えた氷牙にほんの僅かな《絶望》をもたらした。

「行きなさい。」

「……クソッタレが…!!」

 

「康文様!一般兵の9割程が戦闘不能!もう一押しです!」

「よし、お前らこのまま押し切るぞ!」

康文の掛け声に、霊使者達はさらに活気づいた。

『そろそろ霊達の相手をしている奴らも限界が来てるかもしれん。早く終わらせなければ…』

そんな考えが康文の思考の隅をよぎる。

「…う、うわああああああッ!!」

…そんな思考も、彼らの背後から、悲鳴が聞こえるまでであった。

反射的に、康文は後ろを向く。

そして、その瞬間彼は目を驚愕に見開いた。

「こ、こいつらまた…!?」

…なんと、戦闘不能にしていたはずの人々が次々と立ち上がり、さらなる攻撃を加えている。

既に、不意打ちによって何人かはダメージを負ってしまっているようだ。

「バカな…いったい…」

焦燥にかられる康文。

そこで、気付く。

彼らの体にまとわりつく、微かな黒い瘴気。そして、全く光の点っていない眼球。

彼らは、洗脳によって、無理矢理動かされているのだ。

その元凶は、もちろん…

「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

高らかに哄笑する声。

その笑い声に、康文は思わず横をむく。今まで、気にしまいと意識から外していた、1つの戦闘。

そして、彼は見てしまった。…氷牙(パートナー)が地に伏す、その現場を。

「ひょ…」

ビキリと、硬直した瞬間、声を上げる直前。

自身の腹部に、激痛が迸る。

見ると、間を抜けてきた雑兵の剣が、彼の体を貫いていた。

「アヒッ、アヒアヒッ!」

その目に光はなく、まるでこちらを意識していなかった。ただ敵を殲滅するために動く、人形のようであった。

「クッ…ソがァ!!」

康文は、力任せに強打させて、死なないように戦闘不能にさせる。

氷牙を、助けに行きたい。

しかし、それをしては、今ギリギリに保っている前線が崩壊しかねない。

これ以上の犠牲は、出せなかった。

『クソッ…クソッ…』

今だけは、自身が責任職であることを、後悔した。

 

ピクリッ

城内。ウィリアムの《センサー》に感知が引っかかる。

「…潜入されましたか。」

その声は、付近の誰にも感知されず、彼の背後に居たサレスが、彼が立ち上がることでようやく気付く。

「…来たかしら?」

「ええ、それなりの数です。門兵との連絡もつきません。間違いないでしょう。」

そう言うと、彼は単身、玉座の間のドアを開けた。背後の部下たちは連れずに。

そして、彼は命令する。

「貴様らはここで女王様達を守れ。よいか、逆賊には指一本触れさせるな。」

「ハッ!!」

「ガーシー殿、よろしくお願いします」

「存分に暴れて来なされ。」

 

ウィリアムは待つ。

城の玉座に続く広場で。

城に入ってきたネズミと相対する、その時を。やがて、目の前の通路から、複数の足音が鳴り響き、そして、数十人の者たちが姿を現した。

「ほぉ、現フランス軍大将がお相手か。部下はどうした。」

「いや何、わざわざ大人数で相手するようなものでもないと思いましてな。単身迎え撃った次第です。」

そう言って、ウィリアムはホホホッと軽く笑う。そして、はてと首を傾げた。

「おや。あなた方は操られていないのですね。元帥気取りの部下は全員洗脳されていたとの事ですが…」

「へ、あたりめえだろ!俺達は、忠実な幹部とその部下だ!洗脳なんざされてんのは下っ端だけなのさ!」

その言葉に頷くもの達を見て、ウィリアムはなるほどと思う。

確かに彼らは筋力量もそこそこ、それなりの武具を揃えていた。明らかに今戦場で戦っている人々とは強さは段違いなのだろう。

「しかしまあ、それだけの人数で大丈夫ですか?今なら増援を呼ぶことも許可しますが?」

「いらない。お前は、俺達が殺す。そして、王妃も殺す。」

「おや、それなら相手をしない訳には行きませんねぇ。王妃を守るのが私の役目。先に行きたくば私を…」

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ…」

先程まで喋っていた1人の男が、大きく跳躍し、ウィリアムに襲いかかった。

「うっせぇんだよ老いぼれがァ!!!!」

男は剣を高速で振り下ろした。

それをウィリアムはよけず、振り下ろす直前で手首を掴んだ。

「…ぅえ?」

そして、男を《ぶん投げ》て、男は広場の壁に激突して、ピクリとも動かなくなった。

静寂が広がる。

「人の話は最後まで聞けと、教わりませんでしたか?」

たじろぐ集団に、

「もう一度問いましょう。」

彼は和やかに笑いかけた。

「増援を呼んでもいいのですよ?」

「…行け、殺せ!」

命令を受けた雑兵が、ウィリアムに襲いかかった。

 

「…そろそろですねえ。」

そう呟くと、ジルは手のひらをもう一度地面に触れさせ、霊術陣を完成させる。

やがて、そのままの体勢で視線を上げて、兵士と霊使者が入り乱れる場所…のさらに奥。

《イージス》が張られた、兵士の奥地に移した。…やがて、ポウッとその場所に霊術陣が完成する。

「さあ、立ち上がりなさい。下僕共。」

そんな声と共に、霊術陣から無尽蔵に骸骨達が出現する。カタカタと口を鳴らしながら兵士達に襲いかかった。

「て、敵襲ー!」

「総員、迎撃しろ!霊術の維持も同時展開…!」

「いや、流石に…まずい、霊力が…!」

現場はパニックに陥る。

エキスパートである霊使者の助けもないことから、兵士たちの陣はすぐに瓦解した。そして、イージスが無くなったことで、霊使者と相見えていた霊達が弓矢を取りだし、兵士達への攻撃も始めた。

「ギャアッ!」

「まずい!イージス再起動、早くしろ!」

「無理です!霊力足りません!」

「クソッ!お前ら、兵士たちへの攻撃を阻止しろ!弓矢を持っているやつの殲滅が最優先だ!」

「「「「了解!!」」」」

兵士たちとは違い、霊使者たちの統率はしっかりとしているが、それもしかしベテランの間だけ。若手とも見れるもの達はオロオロとしている。

「いやー、いいですねえ。こうして聞く人々の悲鳴、恐怖の産声とは正しく甘美です。」

そう言うジルの顔は大きく歪んでいる。

恍惚とした表情のまま、下を向く。

「あなたも早く降参してください。楽にしてあげますから。」

「……」

ゆらりゆらりと立ち上がる氷牙。

左手はぶらさがったまま動いていない。おそらく、骨折しているのであろう。頭からの血液は目に入り、左目が閉じられていた。

「……!」

しかし、それでもなお、右手で技を繰り出し、ジルを攻撃。

ジルはため息をついてそれをいなし、氷牙を地面へ押し付けた。

「グオッ……!」

「そろそろしつこいですねえ。貴方に私は殺せません。いい加減気付いてください。」

そう告げるジルに、しかし氷牙は頷かない。体を震わせながら、手を付いた。

「…るっせェ…俺は、負けられねェんだよ…親父が、野郎共が…死ぬ気でやってんのに…途中じゃ投げだせねェ…」

睨み続ける氷牙に、ジルは分かりやすくため息を1つ。

「…もういいです。貴方からの殺意には飽きました。…この私に最後まで食らいついたことは覚えておいてあげましょう。」

そう言うと、右手に握る剣を高々と掲げる。刀身がギラリと光り、彼の目が蘭と開かれた。

…瞬間、ジルの剣の刀身で小爆発が起こり、氷牙だけでなく、ジルも驚きに顔を染めた。

「ハアアアァァァァ!!」

そこで、対人の前線から飛び出してきた少年に、氷牙は気付く。

『ありゃァ、開戦前に喧嘩おっぱじめてたガキ…か…?』

少年…陽太はジルに向かって手に持つ剣を踏み込んで、振り下ろしたが、障壁に阻まれ、衝撃波により10メートル程も吹き飛ばされる。

陽太はぎこちないが、しっかりと転倒から立ち直ると刀を構える。

「氷牙様!早くお逃げ下さい!」

「ば…か野郎!そりゃてめェだ!」

「俺は…大丈夫です!なので、早く回復を…!」

「そいつがてめェの手にあまり余ることぐらい()()()()()()()()()いいから早く…!」

「まあまあ良いじゃないですか。」

ジルはニヤリと笑い氷牙の言葉を遮る。

「少年自身が相手をすると言っているのです。貴方が卑下にすることではありますまい?」

「るっせェ!!おいガキ!命令だ!早く…」

「黙りなさい。」

ジルの一声と共に、キメラが氷牙の体をおさえつける。

「カッ…ハッ…!!」

凄まじい衝撃に、氷牙は悶絶する。

ジルは歩き始める。

「こんなにも幼気な少年が私を相手にすると意気込み、熱意ある視線をくれている…嗚呼、素晴らしい!」

その歩調は、まるでダンスをするようにステップを踏み、気楽に鼻歌さえも混じっていた。

「…(なぶ)りがいがありそうです。」

 

『な…んだ…これ…』

陽太はジルと顔を合わせた途端に襲われた硬直に理解出来ず、ただ立ち尽くす。

いや、というか動けないのだ。

刀を構える手も、大地を掴む足も、口や喉でさえ何かに押さえつけられているように動かすことが出来ない。せいぜいできるのは、眼球を動かすくらいのものだった。

「どうですか、私の術。」

「…!」

いつの間にか、陽太の目の前には鎧を着た長髪の巨漢が立っている。ジルは笑みを浮かべながら彼に問うた。

「この術、私のネクロマンサーとしての能力を応用したものなんです。貴方方は《金縛り》と言うのでしたかな?」

「…ッ…」

「おっと、そう言えば喋れないのでしたね。喉と口だけ動かせるようにしましょう。」

パチンとジルが指を軽く鳴らすと、それだけで喉と口の圧迫感が消える。

陽太はできるだけ睨みつけるが、それもジルは軽く受け流していた。

「…なんで、」

「おや、私は感想を所望なのですが、質問が返ってきますか。まあ、構いません。なんですか?」

「…なんで、最初から、洗脳した一般兵を投入しなかった。そうしたら、もっと楽に…なんの障害もなく、勝利を、収められたはずだ…」

「ああ、その事ですか。なんてことはありません。」

 

「ただ、そうした方が()()()()()()()()()()()()です。」

 

「人を絶望の淵に叩きこむ時に重要なのはその深さではありません。それまでの過程です。」

「普通の感情のまま絶望に落としたとしても、その振り幅は人それぞれ。いかに深く落としても()()()とは言えません。」

「なら、効率的にするにはどうするか。」

 

「1度歓喜に持ち上げ、そこから一気に()()()()()

 

「それこそが、人の感情の起伏を大きくする最善の策です。」

「そんな、ことをして…何の、意味が…」

「意味?意味なんてありません。」

 

「私の愉悦のためですよ。」

 

あくまで、自身の欲求を満たすためであると、ジルは断言した。その言葉に、陽太は歯を軋ませた。

「どうやら軍の連中はあの赤目のクソガキが来ることを信じ続けているようですが…大きな期待は自身の首を締めると、なぜ気付かないのでしょう。」

その言葉は自身の上司のことであると、瞬時に気付いた。

「ふざ、けるな…俺の、俺たちの、大将は…修也様は…絶対に、来る…!」

「いいえ、来ません。彼には厄介な相手をぶつけていますから。アレは、私でも抑えきれるか分からないほどに手強い。あのクソガキには余る相手です。」

その言葉に、陽太は、笑う。引き攣りながらも無理に口角を上げた。

「その、クソガキに…一杯食わされた、奴が…よく言う…」

「そうですね、不意打ちとはいえ、あれはやられました。…しかし、それと正面戦闘はまた別物。」

瞬間、陽太を蝕む締め付けが一層強まる。それに、鮮烈な痛みが走った。

「ぐっ…!」

「分かりましたか?あなたの言う大将がこの戦場に降り立つことは不可能なのです。」

陽太の体を、痛みが支配する。無意識に、涙が零れた。だが、その雫と共に、言葉を吐き出した。

 

「それでも…」

「俺は信じてる…」

「あの人は、そんなんに、負ける人じゃ…ない…!たとえ負けても…何度だって、立って…乗り越える…はずだ…!」

 

彼への、深い信頼。それは、長年彼の背中を…いや、彼の背中()()を追いかけて来た陽太だからこそ断言できたものだった。

そんな、絶望などないような顔を向ける陽太に、ジルは初めて煩わしそうな表情を向けた。しかし、直ぐにそれを笑みに変える。

「嫌ですねえ、その根拠の無い信頼。所詮強者に頼るだけの、なんてことない繋がり。反吐が出ますねえ…」

「でもまあ、その信頼ごと叩き折るのも面白そうです。」

ジルは、陽太に向かって手を伸ばす。おそらく、あの掌に触れれば、彼は意識を失うはずだ。だが、それでいい。わずかな時間であるが、当主の来るまでの時間を稼げたのだ。そこに、悔いなどあるはずもない。

陽太は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「なら、俺が遊んでやるよ。」

 

 

 

 

その声に、ざわめきが重なる。

喧騒しか無かった戦場に、静寂が訪れた。

陽太は、目を開く。

その目が捉えたものは、たなびく赤と、純黒の髪。

彼の手はジルの手首を掴み、動かぬよう青筋が出るまで力を込めていた。

陽太は、自身でも分かるほどに、目を見開いた。

「しゅ…」

 

「撃てェッ!!」

 

陽太の言葉に、しかしジルの声が鋭く重なり、かき消される。

瞬間、今まで各々の方向を向いていた反乱軍が一方向を向き、持っていた遠隔武器を一斉照射。彼らの頭上に無数の矢や霊術が襲いかかる。

 

ボォオオォォゥッ!!

 

直後、それらを極大の炎が燃やし尽くした。

霊術は光となり、矢は炭となって舞い落ちる。

そして、彼らの周りに、複数の影が着地する。1人は茶色のポニーテールを揺らし、1人は金の長髪をたなびかせ、もう1人は黒い長髪を揺らしながらゆっくりと舞い降りた。

そして青年の頭に、1匹の狐がポスリと収まる。

「この嘘つきめ、警戒心ダダ漏れじゃねえか。相変わらず嘘だけは得意みたいだな。」

「念の為に用意していただけです。それに、こうして貴方に来てくれたことも、私にとっては好都合。」

ジルは、掴まれた手と逆の手で、剣を持ち直し、そのまま一閃。

青年は手を離し、陽太を持ち上げて難なく回避する。少し大きく間をとった。

ジルは、大きく唇を歪ませ、指を細かく操作。地表から生霊達が浮かび上がった。

 

 

「私直々に、手を降してあげましょう、Putain enfant(クソガキ)。」

 

「やってみろよ、三文役者。」




「フッ…」
仮面の人物は、ここで初めて言葉を発する。それは、まるで言葉とは言えないものだったけれど。しかし仮面の人物はゆっくりと立ち上がり、もう一度戦場の様子を確認してから…

ヒュッ…

静かに、その姿を消した。


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第24話 幻想憑依

最強くんの新技続々です。


王城の一室。

豪華絢爛な広場の真ん中で、2人の獲物が交錯し凄まじい音を上げる。

その内の片方…アルバは初老の男性目掛けて剣を振り下ろした。

「…フッ!」

「ホホホ、甘い甘い。」

しかしそれを、ウィリアムは難なく受止め、弾き返した。

「チッ…!」

数メートル程離れたところに着地したアルバは、周囲を見渡しため息をつく。

「…所詮口だけだったか。やはり雑兵は役に立たん。」

「おや、その者達は幹部でしょう?同じことを志す者達。もっと労わってやってみては?」

ウィリアムの言葉に、アルバは「ハッ」と嘲笑うように息を吐いた。

「同じものを志す者達?馬鹿なことを言うな。こいつらなんぞ、金目当てにやってきた使い捨ての駒共だ。幹部なんぞ、こいつらの妄想に過ぎん。」

そう吐き捨てる。

それに、ウィリアムは反応しない。静かに笑みを向ける。

「俺もそうだ。幹部などという高尚なものでは無い。所詮あのお方にいいように使われるコマでしかない。だが、それでいい。我々の目指す理想に届いたなら、この命くらいくれてやる。」

そう告げるアルバの目に、迷いはない。彼の言葉が妄言ではないと、ウィリアムは瞬時に理解した。

だが、こうも思う。

惜しい、と。

「アルバ・トゥール。21歳。大学3年生。妻子なし。政治家の父母の間に生まれ、何不自由ない家庭に生まれ育つ。兄弟は兄と姉が1人ずつ。家族間のトラブルも特になし…。」

ウィリアムはペラペラと詰まることなく言い切り、そして、微笑んだ。

「あなたの素性、調べさせていただきました。なかなか輝かしい実績を持つあなたが随分数奇なことをしますな。いやはや、金持ちとしての暮らしに嫌気でも刺しましたか?」

瞬間、アルバの体は掻き消える。

そして、全力の上段切りを、ウィリアムは右手の剣でしっかりと受け止めた。

キリキリと交錯する刃が音をあげる。

「老害が…余計なことは口にするな…」

「おや、図星でしたか。やることに対して目的は矮小ですな。」

「黙れ!」

アルバは手に込める力を強めた。

その目は見開かれ、手には青筋が浮かぶ。

「貴様に、貴様にわかるのか!?随分大層な目標を掲げておきながら、国民達を道具などと罵るクズどもの下で育つ気持ちが!!」

「この世界は歪んでる!だから、俺達が新しく作り直すんだよ!!」

さらなる力を込め、アルバは剣を押し込んだ。そこで初めて、ウィリアムは後ろへ飛ぶ。彼の居た地面に剣が突き立ち、抉れた。

 

ーザザッーー

「おや…」

そこで、裏門の兵士との通信が途切れる。プツンという音と共に何も聞こえなくなる。そこで、アルバは醜悪な笑みを浮かべた。

「今俺達の仲間が裏門から侵入中だ。俺らは所詮あんたの足止めなんだよ。…まんまと吊られて、拍子抜けだな。」

そこで、初めてウィリアムは笑みを消す。それに、アルバは更に笑った。

「援軍を呼ぶなら、今の内だぜ?」

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

高らかな笑い声、響く轟音。

肉塊の拳のひとつが地面に激突する度に、地面が抉れ、地の破片が飛び散る。

修也は地面に着地する度に繰り出される拳を交わしながら、なおも飄々とした態度を崩さない。

最低限の動きでキメラの攻撃を回避する。

「霊使者というのは逃げることしか脳がないのですか?遠方射撃隊、構え!」

ジルの一声と共に、反乱軍の少数の兵士達が修也に向けて矢を一斉斉射。修也はそれを刀で切り捨てる。

その間にキメラが肉薄し、拳を繰り出すが…

「…ッ!」

無音の気合いと共に、刀を振り抜きキメラの拳が崩れ落ちる。

「グオオオオオオオォォォォ…」

獣のような断末魔と共に、ありとあらゆる《声》が響く。

「あぁ、ぁ、あぁ…」

「痛い、痛いよ…」

「ナゼワタシダケコンナメニ…」

その声に、修也は顔を顰めて、数メートル離れた地点に着地した。

やがて、まわりをキメラに囲まれたジルがわざとらしく両手を広げる。

「さすが、素晴らしい剣技と逃げ足ですねぇ。まるでおわれるネズミのようにすばしっこい。」

「……」

「あなた、このキメラを倒すことに躊躇していますね?まあ、確かにこれは人を使用していますから、いくら霊使者と言えど躊躇うでしょうねえ。青二才なら尚更。」

「……」

「この素晴らしい設計のキメラに、死ぬことを恐れない狂戦士たち。あなたに勝ち目はもはやありません。さっさと降伏してはどうですか?殺しはしますが、楽に殺してあげましょう。」

「……」

「それに、わが聖女をどのようにたぶらかしたかは分かりませんが、さっさとお返し頂きましょう。さあ、早く降伏して…」

「ジャンヌ。」

ジルの言葉に重なるような修也の声に、ジャンヌはすぐさま反応した。瞬時に修也の横に移動する。

「俺の後に、()()()()。」

「御意。」

その会話に、ジルはついていけない。

それに答える代わりに、修也は動く。

一息に脚に力を溜めて、跳躍。彼の体は宙に躍り出た。その行動に、戦場の大半が目を奪われた。

 

ーー其の光は全てを照らし、闇を呑み込む。其れが宿すは、至高の金光ーー

 

「霊術詠唱…!?」

氷牙の肩を持ち、後衛へと下がっていた陽太が、驚きの声を上げる。

修也はかつても剣士としてはありえない、上級霊術を数種会得していた。だが、それでも詠唱を必要としない速攻霊術しか覚えていなかった。つまり、今彼が使っているのは…

「…ったく、これ以上強くなるとか…頭おかしいんじゃねェのか…」

そんな、誰もが頷きそうなつぶやきを、氷牙はため息と共に漏らした。

 

ーー闇を裂き、邪悪を払う。浄化の光よ、天より至り、世を統べよ!!ーー

 

続く詠唱の後、修也の頭上に、巨大な霊術の陣が組み上がり、赤く染った天と地面を照らす。その光景に、ジルは初めて戦慄した。

「まずい…!遠方射撃隊、早く撃ちなさい!極大威力を打ち込みなさい!」

彼の言葉に、反乱軍の全員が修也に視線と武器の切っ先を向けた。それにより、兵士のかなりの数が霊使者によって踏破されるが、だが、ジルの陣営には隠し玉がひとつ。

それは、彼らの後衛に位置する場所に待機した、ローブの集団。

その手には火焔球をともした杖を持つ。

彼らはジルが生前と死後に知り合った、錬金術の研究を行っていた者達。そのもの達を、ジルは部下として召喚していたのだ。

「撃てェ!!」

掛け声と共に、修也に無数の矢と火焔球が集まって出来た《極大弾》が襲いかかる。

修也は動けない。

だが、当たれば致命傷は必至。

霊使者やフランス軍の間に、悲痛な声が響いた。

 

…だが、その一撃さえも、彼には届かなかった。

丸腰の体。なんの防御もなされていない修也の体の周りに、瞬時に極厚の炎の壁が出来上がり、それらを見事に防ぎきった。

「なッ…!?」

驚愕に目を剥くジル。

それを嘲笑うように、《それ》は顔を出した。

「ナー。」

「こんの…エテ公がアアアァァァァァ!!」

ジルの遠吠えにも似た叫びが虚空に消える。そして、修也は目を蘭と開く。そして…

 

「ーー……《煌々波奏(こうこうはそう)》。」

 

無数の光の雨が、戦場に降り注いだ。

それはその場の全員の視界を白く塗りつぶし、全ての者を等しく包み込んだ。

 

「あ、あれ…」

やがて一人また一人と視界が回復し、その目を開いていく。そして、軍の者達や霊使者達が見たのは、自身が空いてしていたはずの兵士の消滅と、一般兵が地に伏す姿であった。

イージス部隊を襲っていた使い魔達も消滅している。

だが、それも束の間。

一般兵達の体をすぐに黒い瘴気が覆い始め、そして侵食していく。それに、霊使者達はさらに身構えたが。

 

ーー告げるーー

 

美しい鈴のような声に、その手は止まる。

 

ーー我に宿りし主の力。尊きその業をこの身と共に繋げましょう。ーー

 

ーー天の鎖(セレスト・バインド)ーー

 

やがてその声と共に、突き立てられた彼女の象徴とも言えるその旗から、木漏れ日のような光が漏れ出す。

その光は一般兵達に漂い…

 

ガシャンッ

 

その身と地面を、金色の鎖で固定してしまった。

その瞬間に一般兵達を覆っていた瘴気も霧散し、ピクリとも動かなくなる。

「…さて、雑魚どもは片付けた。」

地に降り立った修也は、そう呟くと、その赤い眼を、敵の大将に睨め着けるように注いだ。

「あとは、お前だけだ。」

 

「そうですな」

ウィリアムは天井を見上げる。

そこにあるのは、豪華絢爛な内職たち。鳥や木々の彫り物には僅かな安らぎさえ覚える。

「しかし()()援軍を呼んでも、間に合わないことは請け合い。それを提案するとは、貴方なかなかの性格をしていますな。」

「…何を余裕ぶってる。ならばもっと慌てふためけ。今すぐに援軍を呼べば間に合うかもしれんぞ。」

「いやぁ、無理でしょう。私とて、軍の戦力は完璧に把握し、その程度の判断は出来ます。今救援を出して間に合うような人材は()()()()()いません。」

「ならばどうする。このまま王妃達が殺されるのを見守るつもりか?」

アルバの問いに、ウィリアムは「ホホホ」と軽やかに笑う。

「それこそ有り得ますまい。軍から出せぬなら、」

 

「霊使者から出すまで。」

 

瞬間、王城が揺れるような衝撃が付近で巻き起こる。凄まじい音と共に、アルバは驚きの声を漏らした。

「な、何が…」

「まあ、それも私から出したのではなく。」

 

「愛しき()()()からの素晴らしい提案からですが。」

 

「…!」

アルバは驚きに目を剥いた。

 

王城の裏門。

兵士が倒れ、侵入に成功した反乱軍の面々の前に、少し小規模なクレーターが1つ。

それに彼らは身構え、戦闘態勢を取る。

やがてクレーターの煙の中から、人影が1つ。

ゆらりと立ち上がり、やがて煙が晴れて、その人物の姿が鮮明に映されていく。

髪は茶髪に高く結んだポニーテールが揺れ、その目は銀色に輝く。そして白く、華奢な体を軽装と最低限の武具で包み、脚には革でできたブーツを着用。腰には流麗な剣が1本とバックパックが、1つ。

「……」

少女…天乃は剣を引き抜き、反乱軍の者達と真っ向から対峙したのであった。

 

「いやはや見事です。先程の霊術に、聖女ジャンヌを使う機転。素晴らしい判断力だ。」

ジルの賛辞に修也は真顔で受け止める。

やがてジルは両手をわざとらしげに広げ、こう告げた。

「ですが、あなたのその疲労した体で、果たして私を倒しきれますかな?」

その言葉に、修也は眉をひそめた。

修也の霊力は先程の大規模霊術に残っていた霊力のおよそ3分の2ほど持っていかれ、ジルと戦えるかどうか瀬戸際といったところだった。

それをジルは見事に見抜いたのである。

「それに、私には優秀なキメラがこんなにもいるのですよ?」

ジルのまわりを囲む肉塊の数々。嫌悪感しか催さないそれは、しかしここではジルに圧倒的アドバンテージを与えた。

そこで、霊使者達が声を上げる。

「お、おい!俺達も…!」

だが、その声は、すぐに止まる。

声を上げかけた者達の全員がその口を閉ざした。

修也の放つ、一種の威圧感に、気圧されたのである。

「…ま、そうだな。」

修也はため息を着いた。

「こちとらお前が召喚した、堕天使とか言うやつの相手とお前の相手とでかなり消耗してる。この状態で勝つってのは、まあきついだろうな。」

その言葉に、ジルはニタニタと笑う。

彼に勝ち目はない。ジルも今回ばかりは、本当にそう考えていたのだ。それだけ、事態は切迫していた。

…だが、それでも尚彼は。

 

勝つことを諦めてはいなかった。

 

修也は左手を差し出すように横へ動かす。そして、ニヤリと笑い、言い放った。

「だから、奥の手を使わせてもらう。」

シュンッ

瞬間、彼の横に、離れたところにいた、黒髪の少女が転移して現れる。そして彼女はその手を修也の手に重ね、無邪気に笑った。

「待ちくたびれたぞ、我が主よ。」

「悪ぃ。…さあ、暴れよう。」

 

「「幻想憑依開始(オープン)!!」」

 

2人の声と共に、先程の霊術と負けずとも劣らない凄まじい光が周囲を包み、そして凄まじい力の波動を伝える。

「ば…かな!まだこんな力が…!?」

完全に笑みを消したジルの言葉。

それには今までの余裕は微塵もなかった。

 

…やがて、光が収まり、修也は姿を現す。

そこに居たのは、先程までの彼ではない。

赤くたなびいていたコートは黒くふちぶちが破れた襟のたったロングコートに様変わりし、八重歯は長く、赤い眼には金が少し混じり、そしてはねていた髪はしっかりと整えられていた。腰に差していた刀はなくなり、耳はエルフのように長くとんがっていた。

そのフォルムは、(まさ)しく《吸血鬼》。

かつて人々が恐れおののいた怪異であった。

そして、その怪異に震えるものがここにも1人。歯噛みをし、震えるジルに、修也はしかし、変わらぬ不敵な笑みでこう告げた。

 

 

 

「さあ、firstラウンドだ。」




最近リアルの立て込み具合がヤバスlll_ _ )
まだまだ頑張らねば…!


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第25話 決着

戦いは、今、ここで終わる。


「幻想…憑依…!まさか、幻想種があなたの傘下にいたとは…!」

ジルはそう唸るが、しかし確かに、ミディ・ピレネーで彼を襲った重力霊術。あれは並大抵の霊や妖では操ることが出来ない。

そう考えれば、彼の仲間に幻想種に類する何かがいても、おかしくはなかった。

「…!」

ここで初めて、ジルの指揮に長考が入った。

今自身の手札にあるのは、彼の身と周りを囲む多数のキメラ達。別に彼自身が戦ってもいいが、しかし憑依したての彼にジルは()()()()()()()()()()

…と、ここで。事態は急変する。

氷牙との戦いで偶然修也の後ろに陣取る形となっていたキメラが、本能故に修也への攻撃を開始したのだ。しかも、あの奇怪な声も上げていないので、修也は全く気付く素振りを見せていない。

高速の拳が一気に修也へと繰り出された。

完全な死角。素晴らしい不意打ち。

 

ゴオオオォォォウッ!!

 

…その体躯は、消し炭となって舞落ちた。

突然地面から極威力の火柱が出現し、キメラの太く強靭な肉体を一瞬で焼き切ったのだ。

そのあまりにも異次元の光景に、誰もが固まっていると、修也は呟いた。

 

「あと12匹。」

 

 

「アアァァァァァ!」

獣じみた咆哮。

王城の広場に、さらなる剣戟の音が鳴り響く。なおも笑い、剣戟を受け止め続けるウィリアム。それに痺れをきらしたのか、アルバは叫ぶ。

「…何故だ、何故押し切れない!」

「単純に力の問題でしょう?」

「そんなはずは無い!この体にはあのお方の施した強化がなされている!霊使者ならまだしも、たかだか軍人に上回れるものか!」

そう言いながら、アルバはさらなる突進。最大まで力を溜めて斬りつける。だが、それもウィリアムはいなして、弾き返す。

アルバが忌々しいように舌打ちをすると、ウィリアムは考えるように顎を触った。

「そうですね…確かに我々が英霊の術を超えろというのは無理な話です。何十年の歳月を尽くしても、それに到れるのはひと握りでしょうな。今私の強化を施しているのは軍一の術士ガーシー殿ですが、それでも総帥気取りの足元程でしょう。」

「…ならば単純に」

ウィリアムは挑発的な笑みを浮かべた。

「私と貴方の力の差でしょうな。」

「……コロス!!」

アルバは突進…というより飛びかかり、ありとあらゆる剣技を繰り出していく。突き、薙ぎ、上段切り、切りあげ…。

その全てが、ウィリアムの体にすら届かず、逸れていく。やがて、その剣戟は鍔迫り合いになり、拮抗する。

「クソ、なぜ当たらない…!何故こんなにもお前の剣に遮られる…!」

その呻きに、ウィリアムは笑う。

「単純なことです。私の剣は()()ことに特化している。《自身の獲物で守ることは、どんな盾よりも確実》。…今は亡き、我が師の言葉です。」

「クッ…そがァ…!」

拮抗する剣戟。刃が軋む音が鳴り響き一種の静寂にも似た時間が流れる。

しかしそこで、《何か》がウィリアムの背中に直撃する。見るとそれは、剣であった。

ウィリアムが倒した反乱軍の者が、起き上がり自分の剣を投げつけたのだ。

「ムッ…」

ウィリアムは、不意をつかれたことでバランスを崩す。それをアルバは逃さない。

「ハアアアァァァ!」

斜め一閃。アルバの剣がウィリアムの肩口の服を引き裂く。

『殺った…!』

その目に、吹き出す血液すら垣間見えた。

アルバは切り捨てようと腕に力を込める。

 

「…え?」

しかし、その剣はピクリとも動かない。力を入れているのに、肩口から切っ先は彼の剣はウィリアムを引き裂けない。

瞬間、呆然としていたアルバを、凄まじい衝撃が襲う。

「ガボッ…!」

凄まじい速度で壁に叩きつけられ、強化の施された体が軋む。猛烈な痛覚がその身を襲った。

「はぁ…はっ…」

虫の息で、アルバはウィリアムを見る。肩口には、先程つけた傷。だが、血は一滴も出ていない。どころか体にかすり傷すら無かった。

「ば…かな…どう、やって…」

今彼らが持つ剣は対霊術(アンチ・マジック)の特性が付けられている。これはジルが付けたもので、霊術なら多少のものは無効化するという優れものだった。

いくら強化を施されているとはいえ、この剣なら引き裂ける…はずだった。

ウィリアムは背中に当たった剣を持ち主に投げつけ、肩口に命中させる。巻き起こる悲鳴に、彼は興味なさげにアルバへ近づく。

「簡単なことです。私の《これ》は霊術によるものではありません。《体質》なのです。」

彼が思い出すのは、かつての自分。

「20年ほど前、この国にとてつもない怪異が出現しましてな。その時に受けた傷からその怪異の血が入り私の体は鋼鉄の体を手に入れた。それだけの話です。」

そして、颯爽と現れた、二人の霊使者。彼らは凄まじい速さと力で怪異を圧倒し、そして封印した。

「我が師とも、その時に出会いました。私のような青二才には、正しく転機とも言えましょうな。」

笑いかけるウィリアムに、アルバは恨めしそうな目を向け、歯ぎしりをした。

そして…

「…チクショオオオォォォォ!!」

剣を無我夢中で振り回し、抵抗するように攻撃した。

 

キイイイィィィィン…

ウィリアムは剣を弾き、そして剣を振り上げた。彼の剣の切っ先に、半径20センチ程の土で出来たハンマーのようなものが作り出された。

「…貴方にも、そのようなものが現れることを祈りましょう。」

ーー桐宮流剣術《地》の型弐番ーー

「…《地擲》」

衝撃、轟音。

それは、ウィリアムの勝利を決定付けたのであった。

 

 

天乃は、理解していた。

何故自分が、王城の応援に回されているのかを。

「ガァッ!」

「小娘が!」

「やれ!全員で袋叩きにしろ!」

確かに、王城への応援が必要であったことも、あるだろう。

多数の人間を相手にすることが彼女の方が得意であるという点も、含めていい。

だが、それよりも。

一番の理由は…

 

自分自身の、力不足である。

 

そのことを、天乃は痛烈に理解していた。

戦場に降り立った瞬間、理解した。ジル・ド・レとそのまわりに居た肉塊のようなキメラは、強敵であると。

「このチョロチョロと…!」

「ぐああぁぁ!う、腕が…俺の腕がアアァァァ!!」

存在としての格が違う。

雰囲気だけで、理解出来た。

だからこそ、彼は天乃を王城への応援に向かわせたのだ。

「馬鹿な!剣だけでなくハンマーまで受け流されているだと…あのお方によれば、このような剣の使い手はいなかったはず…!」

「ガハッ…!」

「クソッ!副官までやられるとは…!」

ミディ・ピレネー、森、今。…そして、かつての戦場でさえ、彼女は彼の隣にいたことは無い。

いつでも彼と、そのパートナーの戦績を聞いて、無事を安心することしか出来なかった。

いつまでも当事者になることは出来なかった。

「…」

「…ハアアァァァァ!ここだ!」

ズバッ!!

ヒュンッ…

「!?消え…」

ギチッ!

「カッ…!?こ…むす…は、はな…」

キュッ。

「…ッ…」

ドサリッ

ならば、どうすれば良いか。

簡単なことだ。

 

彼女自身が、彼と同等以上の力を宿せばいい。

 

「…フゥ…」

…彼女の中で、ひとつの《決意》が固まった。

天乃は、背後の倒れた数十人を見下ろして、ウィリアムの無線へと繋いだ。

彼女の肩に、一雫の水滴が落ちて広がった。

 

 

キリキリキリキリ…

「…!」

「……」

先程とは真逆に、戦場ではゼロ距離の《斬り合い》が繰り広げられていた。

ジルの剣と修也の刀がせめぎ合うような音を立てて拮抗する。彼らの背後には取り囲むような陣形でキメラ達が並ぶ。

その光景は、まるでバトルフィールドを作り出しているようであった。

 

キメラはいつでも高密度霊力咆を撃てる準備をしたまま待機。

この状況、修也は迂闊に動けない。

何故なら、彼の体には今防御系霊術が施されていないからだ。

その理由は、ひとえに彼の内包霊力量の減少であった。

炎狐は先程から札の中に戻しているが、今展開している琥珀との幻想憑依の維持や、ジャンヌが使用している霊術が断続的に彼の霊力を消費しているため、細心の注意を払わなければならないのだ。

だが、ジルも決して余裕がある訳では無い。

その証拠に、今修也の体には支援系霊術はまったく施されていないが、ジルは自身が使える支援系霊術を全てフル起動しており、それでも鍔迫り合いに持ち込むことが精一杯なのだ。

だが、このままの状態が続くと、元の霊力消費量が激しい修也の方が先に枯渇するのは明らかであった。そして、それこそがジルの狙う状況である。

『このような手を使わなければならないということこそ、負けているようなものですが…これは戦争。汚い手でもなんでも使わせてもらいます。』

ジルは更に強い力で押さえつけようと、力を込めた。

 

修也は、息を吐く。

先程から、霊力の流れが速い。いつもとは比べ物にならない。体に力が湧き出て、フル装備のジルと拮抗するなど容易であった。

だが、その分霊力消費量が激しいのも事実。攻撃を受けることは避けたいため、容易に動けない。キメラの砲弾は、弾くことは出来るが、数が多くて刀一本で弾くのは困難だ。

ならば、どうする。

今、修也が使えるものは、刀だけ。

霊術はなるだけ使いたくない。適応する霊器物も、今は持ってない。

考えろ。思考を加速させろ。霊力がきれる前に…

『難しく考え過ぎじゃよ、お前様。』

頭に響く、可憐な声。その瞬間、修也の頭は現実に引き戻された。

『簡単な事じゃ。…ほれ、メガネ小僧も言っておったではないか。』

メガネ小僧。

そう琥珀が呼ぶのは、1人だけ。

そして、その人物が送ってきた、ひとつの文言。今もコートのの中の機器中にある、ひとつの言葉。

 

【虎穴に入らずんば虎子を得ず。】

 

その言葉に、いったいなにが込められていたのか。彼がどのような理由で送ってきたのか。それは修也には分からない。

だが、その言葉は、確かに修也の背中を押した。

「あぁ、クソッ…」

琥珀の、『フッ…』という柔らかな笑みが聞こえる。それは、どこか安心したような眼差しを連想させた。

「やってやろうじゃねぇか…!」

その言葉と共に、吊り上がる広角、光る眼光。

鋭い八重歯が光り、その目は、金と赤が次々と(またた)く。

その修也の様子に、ジルは彼に何が起きたかわからず、目を(しばた)かせた。

「ジャンヌ!!」

修也は叫ぶ。

直後、ジルの足に金色の鎖が巻き付く。

一般兵達を拘束する、その鎖に、ジルは驚くように目を見開いた。

そして、修也は跳躍。その身を宙に躍らせた。

そこで、勿論、キメラ達は修也に向けて砲弾を構え、一斉放射。高密度の霊力の塊が修也目掛けて襲いかかる。

直撃すれば、タダでは済まない。

だが、そんな状況でも彼は、

 

笑っていた。

 

ーーったく、難しく考えすぎってか。…ああ、まったくその通りだ。ーー

ーー霊力が足りない?なら、霊力を使わなければいい。数が多い?刀一本じゃ対処出来ない?ーー

ーー上等だ。なら、ーー

ーー獲物の数ぐらい、()()()()()()。ーー

ーー頭を、柔軟に使え。想像力を働かせろ。ーー

ーーそれなら…ーー

 

『それなら月詠(そいつ)は、必ず答えてくれる。』

どこかで、そんな声が聞こえた。

琥珀のものではない。

彼女のような可愛らしい声ではない。

低音で、野太く、どこか野性味を感じる。

懐かしくも思えるような、そんな声。

そして、黒刀はその刀身が純白に包まれる。

色が変わっている訳では無い。

だが、《月詠》はその身を確かに光らせ、そして大きく形が変わっていく。

その長細く、流麗なフォルムが。

太く、短いフォルムへと変貌していく。

片手で握っていた柄は、俺の両手に、しっかりと収まった。

そして、その手に、しっかりとした重みが伝わる…瞬間。

 

ヒュッ…

 

鋭い音と共に、巻き起こる爆発、轟音。

修也の周りを爆煙が包み込み、霊使者達は爆風に目を細めた。

やがて煙も晴れ、霊使者達は目を開け始める。すると、修也の姿を見た者たちから、どよめきが上がった。

「ンだァ、ありゃァ…」

治癒霊術を施されていた最中の氷牙も目を凝らして、そう呻く。

まず目に付くのは、彼の体躯。

だが、見ると先程と何ら変わっていなかった。

だが、霊使者達からすれば、それが異常なのだ。先程からなんの変化もない。それはつまり、()()()()()()()()()ということ。あの全方位攻撃の中、負傷がないのは、確かに異常であった。

そして、次に目が引くのは彼の持つ武器。

そこに、先程まで握っていた長刀の面影はなく、一致してるのは黒色ということと刃と峰があることだけ。

両手にそれぞれ握られている柄は彼の両手にしっかり収まり、そこから伸びる刀身は根元から先に行くにつれて太くなり、そしてまた曲折し、鋭い先端を描き出していた。

その造形は、中国刀のそれに酷似していた。だが、太さや長さはククリ刀のようであった。

見たことのない武器に、何人かの霊使者は興味深そうに見つめる。

しかしその視線も、破砕音と共にジルの方へ吸収される。

見ると、ジルに絡みついていた金色の鎖は既に破壊されていた。

ジャンヌは修也に視線を向け、「申し訳ありません」とばかりに悔しそうに眉を寄せた。

修也はそれに「気にするな」と言わんばかりにフンッと鼻を鳴らす。

修也の二刀の刀身が未だにスパークを散らす中、ジルは余裕なく歯ぎしりをする。

「…どこまで私をコケにする気ですか、小僧。」

「勝つまで。」

ジルの言葉に、即答する修也。

それにジルは忌々しげに唸った。

「クソ…これだからイレギュラーは嫌いなんだ。いついかなる時も予想と反した動き、実力を持って戦場を掻き回す…!!」

乱れた長髪を掻き乱す彼の姿に、以前の余裕はない。やがて眼光を鋭くしたジルは、命令する。

「キメラ達、叩き潰しなさい。」

直後、その丸い巨躯を動かし、キメラ達は突進を開始。修也に無数の拳を振り下ろす。

もう、キメラ達の攻撃手段はこれしかない。

だからこそ、高密度霊力砲の無駄遣いよりは良い手であることは間違いないのだが…

 

それでも、悪手であった。

 

「アァ、丁度いい。」

修也は、笑う。

不敵なその笑顔に、ジルは戦慄した。

「俺も、こいつらには用があった。」

瞬間、修也の体は掻き消える。

見失うキメラ。そのうちの一体が…

「ギャアァアッ!」

悲鳴をあげ、顔の一部から液体を吐き出す。

見ると、修也がキメラの体にその手を突っ込んでいた。

そして、一息にその手を引き抜く。

彼の手の中に握られているのは、ビー玉のような球体。直後に、キメラの体は崩れ液体に溶けた。

赤黒いそれは、キメラ達の核となる部分。

修也はそれの場所を見抜き、一瞬で奪い去った。そして、彼はそれを…

 

口に放り込んだ。

 

一同が絶句する中、修也の喉は動き、嚥下されたことを周囲に知らせる。

そして、なんと、彼の霊力は瞬時に2割ほど増加した。

これには、ジャンヌも驚きを隠せない。

普通、キメラの核となる部分を抜き出し、それを食べればやがてその核からキメラが再生するため、腹から破裂する。

だが、修也は違う。

彼には今、琥珀の吸血鬼としての力が働いている。それはつまり、《エナジードレイン》。

噛み付いたりすることは勿論、触れるだけでも発動可能なそれは、《捕食》でも効果は見受けられる。

そしてここに、修也の唯一の懸念であった《霊力不足》は、確かに解消されたのだ。

 

口元を拭う修也。

それにジルは動けない。

どう動いても、負ける。

そんな予感が頭を離れなかった。

だが…

「…我が目的のため、負けられんのだ!!」

そう叫んで、再度突進を開始するキメラ達。

修也も、それに対して動く。

一対の刀身に、霊力を纏わせて、羽のように広げ、大きく振りかぶった。

ーー桐宮流剣術《水》の型参番ーー

「…《飛燕(ひえん)水刃(すいじん)》!!」

振り抜かれる2枚の刀身。

そこから出現する、高密度の水の刃。

ーー高水圧の刃は、ダイヤモンドさえも切り裂くと言われる。

無数の刃は、そのポテンシャルを十分に発揮した。

切り刻まれるキメラ達の肉体。そしてその全てが肉体を溶かし、その存在を消していく。

修也の剣技は、その限りある数で、確かに核を削り取った。

「ば、バカな…」

呻くジル。

だが、そんな暇は、もうない。

修也は一瞬でジルとの間を詰め寄った。

「クソッ…!!」

「フッ…!!」

ギイイィィィィン…!

振り上げた二刀。ジルはそれを自身の剣で何とか受け止める。だが、あまりの威力に体は宙に舞った。

「クソッ…こんな、はずでは…」

見下ろすが、そこに修也はいない。

やがて、自身の体に影が落ちる。

ジルは視線を瞬時に向け、肉薄する修也を捉えた。その手に持つは、二刀ではなく黒の長刀。

 

「堕ちろ。」

 

そんな声と共に、修也の刀は振り下ろされた。ジルはそれを何とか剣で受けるが、下降は止まらない。

だが、彼の体には今、物理攻撃を軽減する霊術防壁が張られていた。これにより、地面と衝突しても、大した怪我にはならない。

『まだ、まだ負けられないんですよ…!』

…ここで、ジルに予想外の一撃が加わる。

 

ドウッ!!

「グハッ!!!」

まるで何かに押し潰されそうになる、そんなダメージ。見えない何かが体に落とされたような衝撃に、ジルは困惑した。

『まさか…霊術…!?』

ジルの結論と共に、彼らは地面と衝突。

衝撃は更に強くなり、ジルは悶絶する。

…やがて、ジルの持つ剣が衝撃に耐えきれず、四散した。

 

 

「…クッ…ソッ…」

 

 

呻くように紡がれる、微かな言葉。

ジルの体に、黒刀が振り下ろされた。

巻き起こされた衝撃と轟音は、戦場に静寂をもたらした。

 

 

 

ーー桐宮流剣術《水》の型伍番《蒼天(そうてん)水鞠(みずまり)》ーー

 

 

 

 

僅かな間の後、霊使者が目にしたのは。

立ち上がる修也と、動かなくなったジル。

 

 

 

「やった…」

 

誰が発したか分からない、その言葉が起爆剤となり、大きな歓声が戦場を包んだ。

 




最強くんの二刀の形はfate stay nightのアーチャーと士郎の《干将莫耶》を参考にしました。あれめちゃくちゃ使いやすそう。


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第26話 墓参り

日本でのお酒は20歳から!


行き交う人の流れ。賑やかな人々の喧騒。

遊ぶ子供達。笑う大人。

そこに身を置きながら、それらを見ながら、ジャンヌは思う。

 

やはり、美しいと。

 

 

あの戦乱から、2日が経った。

軍に少数の、反乱軍に多数の死者を出した凄惨な戦の末、フランス国民はようやく一息がつけるようになった。

だが、軍の指揮などを任されていた王家に、そんな時間はほとんどなく、あれよこれよと多数の仕事が舞い込んでくる。

今は、軍のお偉いさんや霊使者の指揮官と共に会議中であった。

「今回のこともある。やはりデモ隊達は武力で制圧すべきでは…?」

「しかしそれでは国民の反感を買いかねない。慎重に動くべきでは…」

「いやいや」

「いやいやいや」

本当はもっと厳密な、内容の濃い話し合いが行われているのだが、ここでは割愛しておこう。

広がる喧騒。

パンパンッ!!

それらは乾いた音により、一瞬にして、ピタリと止まる。

その音の発生源。軍の総大将であるウィリアムはひとつため息をついて、全体に語りかけた。

「それについては、また話し合いの場を設けます。今回はもう一つの問題についてです。」

ウィリアムの言葉に、肖像画の前に座るサレスが引き継いだ。

「それについては私から。今回の戦乱中、私達王家が代々引き継いできた秘宝。それが何者かに盗まれました。現場から、犯人は見張りの4人を気絶させた後に厳重な金庫を何かしらの強い力でこじ開けたようです。」

ザワッ

サレスの言葉に、どよめきが走る。

それにガーシーが反応した。

「それについては私にも責任がありましょうな。なにせ玉座の間に居続けておりながら怪しい反応に気づけなかったのです。」

「ですが逆に言うならガーシー殿の敵感知を潜り抜けられるほどの腕を持った、霊術士であるということでしょう。」

ウィリアムの言葉にガーシーはふぅとため息をついた。

「私の腕も高いとは言ってもこのフランス軍の中でだけの事。霊使者の方々の腕からすればヒヨっ子でしょう?」

チラリとガーシーが目配せした先には、霊使者のフランス支部責任者・雨久康文が少しの間の後、返答する。

「…確かにガーシー殿に優る術士ならウチには複数人ほどいます。…が、それでもまったく感知に引っかからないなんて不可能ですよ。」

「ほう、その根拠は?」

「霊使者協会のそれぞれの家系は基本的に近接か遠距離か。戦闘方法をその産まれ持っての才能で決めて、それが形になってからデビューするんです。つまり、術士が霊術を使ってこじ開けたりしたら感知に引っかかりますし、近接戦闘者が強化霊術を施してからこじ開けたにしても、どの道強化霊術が引っかかります。どう足掻いても不可能です。」

そう言い切る康文。

しかしガーシーは尚も問う。

「ですが、金庫を破るだけの地力を持っていれば破れるわけでしょう?あなた達なら可能では無いですか?」

「いくら私達が霊と戦うことに命を賭していると言っても、地力の筋力には限りがあります。流石に物理法則は越えられませんよ。」

苦笑いと共にそう言う康文はふいっと目線を背けた。

「そんなのは、()ウチ(協会)のトップレベルぐらいです。」

「…ま、それもそうですな。」

…寧ろトップレベルなら出来るのか。

そんなツッコミを、お偉いさん方はゆっくり飲み込んだ。

 

「あの、その件については私が助力出来るかと。」

少しの静寂を、1人の女性の声が破る。

その瞬間に注目が一気に彼女に集まるが、彼女はそれでも凛とした姿勢を崩さず説明に入る。

「ジルは軟禁していた私の様子を見るためにたまに私の元を訪れていたのですが、そこでの彼の話の中に何度か《あのお方》と呼ばれる者が出てきたんです。ジルは自身の上司…目上の者にしかそのような敬称は使いません。ですので、その者が怪しいかと…」

「なるほど。」

ウィリアムはそれにウムと顎を触って納得する。

「確かに人間でなく霊や妖と言った類のものなら物理法則なんかは関係ありませんからな…ましてやかの総帥気取りの目上の者となると…」

「ええ、英霊クラスであると考えた方が良いでしょう。幻想種ならば、存在を感知されずに金庫を開けることなど容易でしょうし。」

「なるほど、現実味を帯びてきたわね…」

サレスが唸る中、ウィリアムは続ける。

「その者がその秘宝…聖遺物《シャルルマーニュの宝剣》を即座に使うことは有り得ますかな?」

「残念ながら私もそこまでは…ただ、使えるなら奪ったその直後にすぐさま使うはずです。それなら使わない、または使えない何らかの理由があると考えるのが妥当です。しばらくの警戒は必要でしょうが…」

ジャンヌはそう断言した。

その様子に、周りのもの達は頷くことしか出来ず、会議はつつがなく進行していく。

…しかし、1人。

彼女の横に座る黒髪の少女だけがチラリと横目でジャンヌを見て、そして、ゆっくりと卓上の茶を1口啜った。

 

「…小娘、あれは何の能力じゃ?」

琥珀の問いに、ジャンヌはこてんと可愛らしく首を傾げる。

2人は会議の後、ゆっくりと王城の廊下を歩いていた。

「はて、なんのことでしょうか。」

「とぼけるでない。」

琥珀は苦笑いと共に口を開く。

「貴様のあの時の言葉、まだツッコミ所があったにもかかわらず何も言わず軍の連中が引き下がったのは、《統率(カリスマ)》が働いたからであろう?」

 

統率。

それは、霊が宿す特殊性能の1つ。

軍などの多数集団を統治することに特化し、あらゆる局面で活躍する万能系能力。

自身の言葉を他人に説得力があるように感じさせることも出来る。

生前、一定数の集団を1度でも率いたことがあれば出現する可能性があるので、珍しい能力ではないが、その効果は各々によって強さが変わる。

 

「ならば、普通のことでしょう?《統率》ならば自身の言葉を相手に信じ込ませることも不可能では無いのですから。」

「それには自身の中に《確証》が必要となる。自身の中で《間違いでない》と思ってなかったら人は信じ込まんよ。」

そこでジャンヌは、彼女に誤魔化しは通用しないことを思い出す。自身の数十倍もの年月を生きる彼女に、この手の心理戦というか、駆け引きは無謀とも言えるものであった。

ジャンヌはため息をついて話し始める。

「…私のこれは、私の能力ではありませんよ。」

それに琥珀は小首を傾げ、不思議そうな顔をする。

「《聞こえる》という点では私の能力かもしれませんが…私の場合は、未来が《視える》というより、未来を《知れる》と言った方が正しい。」

 

「私には、時折《天啓》が下ることがあるのです。」

 

「ほお、神々の声とか言う胡散臭いあれか。まさか本当に聞こえる者がおったとは。」

胡散臭い、という言葉に引っかかりを覚えたのか、ジャンヌはムッと機嫌を損ねたように眉を寄せる。

それに琥珀は楽しそうに笑う。

「いやなに、儂は《あちら側》にいたとき、その手の連中とも関わる機会があってのぉ。その時のあやつらの印象ではどうもこの世界の者共にそこまでの《ハンデ》を許すか疑問での。」

琥珀のその言葉に、ジャンヌは少しの不審感を覚えるが、しかし彼女の言葉に嘘と見受けられるものはなかった。

いや、《そう信じ込まされた》と言うのが正しいのか。

実は人間の霊だけでなく、妖にもこの手の能力は付与される。先程の感じからして、琥珀は《統率》を入手していることは間違いない。

「……」

ならば、この妖のポテンシャルは如何なるものか。

想像して、ジャンヌは少しだけ身震いを起こした。

 

しばらく歩いて、2人は中庭に出る。

青い空から降り注ぐ昼の日差しが、地面の芝に反射し煌めいていた。

琥珀はベンチに腰掛けると、ポンポンとその隣を叩く。ジャンヌはその行動の意味を察して、琥珀の隣にゆっくりと腰掛けた。

不純物が感じられない、爽やかな風と共に、微かな草木の香りが鼻腔を突く。

それに、しばし体を委ねて、ゆっくりと目を閉じた。数日前の戦場での喧騒が、夢にまで思えてくる。

横目で琥珀の耳がピクリと反応するのが見て取れる。それと同時にジャンヌはある人物が近づくのを感じた。

目を開けて、チラリと左に視線を向ける。

王城の吹き抜けの廊下を、豪華な内装とは全く合わない、簡素なTシャツとジーパンに身を包んだ人影がゆっくりと歩いていく。

その姿に、ジャンヌは優しく笑みを浮かべた。

「おはようございます、修也君。」

「ん〜…おう。」

近づく彼に挨拶をすると、そんな抜けた返答が返ってくる。修也が近づくと共に琥珀はピョンッとベンチから降りて、修也はその空いた箇所に腰を下ろした。直後に、琥珀はその小さな体を修也の膝に乗せて、もたれ掛かる。頭を撫でる修也の姿と、それに目を細める琥珀の姿は父子…いや、飼い主と猫にも見えた。

それに目を細めていると、修也はジャンヌに意地悪い笑顔で笑いかける。

「やって欲しいか?」

それに少しキョトンとして、ジャンヌはポッと頬を少し染めて、首を振った。

「い、いいです!間に合ってます!」

何が間に合っているのかは自分でも分からなかったが、ジャンヌはそう答える。それに修也は楽しそうに笑う。

「冗談だよ。お前は身長高いから絶対俺の腕がすごい体勢になるのは目に見える。」

「…重そうとは言わないんですね。」

「親父にそこら辺はしっかり学んでる。」

そう言って少し得意気に微笑む彼が可笑しくなり、クスリと笑った。

「今日もよく眠ってましたね。霊力の補充ですか?」

「うんにゃ。霊力や怪我なんかはしっかり完治してるけど、どうも体がだるくてな。疲れでも溜まってんのかな。」

「《幻想憑依》の影響じゃよ。」

琥珀が薄目を開けてそう告げる。修也は手を止めると、琥珀は尚も喋り出す。

「元々憑依とは、お前様達《霊使者》達の専売特許ではあるが、それはあくまで普通の霊達ならの話じゃ。」

「…どゆこと?」

「じゃから、儂やそこの小娘のような英霊を憑依させるにはそれなりの条件と対価が必要じゃ。」

そう言って琥珀はくるくると立てた指を宙で回しながら説明を始める。

「まずは条件。1つ、使用者と英霊が契約していること。2つ、使用者のポテンシャルがその英霊を憑依させるに値していること。3つ、一定以上の使用者と英霊の信頼。次に対価として一定以上の霊力が消費される。」

「まあ、簡単に言えば条件さえ満たしてしまえば後は霊力を使えば使えるわけじゃ。最も、2つ目をクリアするのが1番困難じゃがな。」

フッと笑いながら、琥珀は修也の胸に頭を預ける。その頭に顎を乗せて、修也は問う。

「ポテンシャルって言うけど、そんなんどうやって測るんだよ。」

「測れんよ。あくまでその部分は英霊の見立てじゃ。英霊はその者が自身の存在を受け止めきれる存在か直感的に理解出来る。儂もお前様と契約する時にそれは確認しておる。それに、それほどのポテンシャルの無いものが儂を憑依させようとすると、問答無用で四肢が捥げる。」

「四肢ガッ!?!?」

「そう怯えるな。儂はそもそも受けきれんような未熟者と契約することはまず無い。儂とそこらの雑魚を一緒にされては困るしの。それに、1回成功したということはもうこれからいつでも使えるということじゃ。」

「…それもそうか。」

琥珀の言葉に修也は頷きながら受け止める。

「まあ、今回の体のだるさは軽めの副作用と言ったところか。何せ初めての憑依で、今まで使ったことの無い力の奔流がお前様の霊管を流れた。それによって多少の霊管麻痺が起こっているだけじゃ。気にする事はない。」

「ふーん…まあ、お前が言うならそうなんだろうな。」

修也がそう言うと、琥珀はニヤリと笑みを浮かべてジャンヌを見た。

「それに、儂との憑依が可能ということは、儂よりランクの低い者達の憑依も可能ということじゃしな。」

その言葉に、修也はチラリとジャンヌを見て、ジャンヌは困ったような笑みを浮かべた。

「…ランクの低いという言い方には少し引っかかりますが、まあ、そうですね。修也君のポテンシャルなら、私との幻想憑依も可能でしょう。」

「まあ、信頼関係があるかどうかはまた別として、な。まだそんな時間経ってねえし。」

「そこら辺は心配要らんじゃろ。」

「へ?」

琥珀の言葉に、修也は疑問符を浮かべるが、ジャンヌは咳払いでそれを遮る。

「それより、天乃は?」

「神宮寺さんなら、報告があるからと今朝方琥珀さんが転移霊術で送られましたよ。また帰ってくるそうですが。」

「そ。なら、いいや。俺は先に済ませとこう。」

「済ませるって、何をですか?」

「ちょっと…」

「…え?」

 

「あの、琥珀さん…」

「しっ、少し静かにせい。今いい所じゃから。」

「いや、いい所も何も、通りを歩いてるだけじゃないですか。」

琥珀とジャンヌ。

密着する2人の視線の先に居るのは多数の人々に合わせて歩く修也。

「あの、この行動になんの意味が…。それにこの格好…」

「馬鹿者。尾行にサングラスと帽子は鉄板じゃろ。これだから今時の若者は…」

「いや、そんな事言われても私英霊なので1度死んでるんですが…」

そんな二人の後ろから、声を出す1人の人物。

「…あの、私に戻ってきてと催促しておいてなにやってんの?」

「ただの尾行じゃよ。」

「「何言ってんの?」とでも言いたげな顔で言わないでよ!私だけじゃなくてアリシア様も連れ出すってどういうこと!?」

「ど、どうも…」

「どういうことも何も、我が主の女付き合いの調査のために付いてきてもらったまでよ。貴様らも気になるじゃろ?」

「いや、でも修也は《墓参り》って言ってたんでしょ?なら調査するまでもないじゃない。」

「甘いのぉ。修也から箱入り娘であるとは聞いておったが、近年稀に見る箱入りさじゃ。」

「変な言葉つくらないで!」

「ま、行って損は無いと思うぞ。…どうせ、多少は気になっておるんじゃろ?」

「多少は…」

「気になります。」

「…はあ、しょうがないわね。」

 

しばらくすると、修也は開けた場所に足を踏み入れる。

そこにあったのは、多数の石材で出来た十字架だった。その中には、花が置かれているものもある。

「なんだ、本当にお墓参りだったんじゃない。」

「ふむ、さすがに女と密会ではなかったか。」

「そりゃそうでしょうよ。」

やがて、修也は立ち止まると、自身の目の前にある墓に、持っていた花を添えた。

そして、ゆっくりと手を合わせる。

静寂な時間が流れ、風が通り過ぎる。

「…もういいでしょ?早く帰らない?」

「…いや、待て」

「もう何よ!こんなのマジマジと見るものじゃ…」

「誰かおるぞ。」

「「「え…!?」」」

瞬間、全員の視線が修也に集まる。

それを見ながら、琥珀は呆れたようにため息をついた。

「興味津々では無いか。」

「そりゃパートナーの交友関係は気にするものじゃないかしら」

「そんなことはない。」

「わ、私も主の素行チェックですので…」

「…」(ジー)

「こ、こら…!あまり身を乗り出すでない!」

 

「…何やってんだあいつら」

建物の影で倒れ込んでいる4人を見ながら、修也はそう呟く。どうやらつけてきたらしい彼らに別に怒りも湧かない。というか怒るようなことでもないだろう。

「おや、どうしたの?あの子達知り合い?」

「うん、まあ、知り合いっていうか仲間だな。大切な戦友ってやつだよ。」

「へー、君にも友達が出来たんだね。お姉さんは安心だよー。」

「からかうなよ。友達くらい作れるさ。」

笑い合う2人。

修也が話す相手。長い金髪に、青い眼。そして、かけられた眼鏡が特徴的。その足はなく、体は中に浮いていた。

いわゆる、浮遊霊と言うやつだ。

「ていうか、俺としてはあんたが死んでることに驚きしか感じねえよ。」

「いやーははははっ。英霊って強いねえ。私も負けると思ってなかったからさ。」

「…いくら国の一大事だからって、傭兵だったあんたが挑むもんでもなかったんじゃねえの?」

「ま、そうだねー。正直軍の奴らに任せておくのも一つの手だったとも思うんだけどさ。…でも、やっぱ可愛い後輩を危険な目に合わせたくなかったのよ。」

「ったく、相変わらず貧乏クジ引くよなーこの女は。」

「あははは。私らしいでしょ?」

「ホント、何のために軍から抜けて傭兵になったんだか。」

「そのきっかけは君なんだけどね。」

ため息をつく修也に、浮遊霊の彼女は笑いかけた。

「数年前に君を助けた時、あの時は私がたまたまあそこの巡回だったから助けられた訳なんだけど、やっぱ軍にこもってたら助けられるのも助けらんないって、あの時気付かされたんだよねえ。あの時だってもう少し遅かったら危なかったでしょ?」

「…まぁ、そうだな。あの時のことは、今でも感謝してるよ。」

「でしょ?もっと感謝してもいいよ?」

「そういうの、自分で言うものじゃないぞ。」

うんざり呟く彼に、彼女は笑う。

けたけたと笑う彼女に、修也も微笑を浮かべた。

 

流れる時間の中、彼と彼女の話は続いた。

世間話や愚痴、その他もろもろの話で時間はゆっくりと過ぎていく。

やがて、空が茜色に染まった頃。修也はおもむろに立ち上がった。

「そろそろいい時間だし、帰るわ。まあ、城に戻るだけだけど。」

「うん、そうしとけそうしとけ。…修也はさ、いつまでフランスにいるの?」

「明日明後日くらいには日本に戻るよ。俺の体調にもよるけど、まだまだ任務があるからな。」

「そ。私は結構ここにいるからさ、君が会いたくなったらいつでもおいでよ。」

「浮遊霊のくせに浮遊しねえの?」

「めんどくさいし、気が向いたらね。」

「あそ。…そうだ、これ。」

「ん…?あ、これ!私が好きなワインじゃん!ありがとー!…あれ、でも君…」

「ここはフランス。16から酒買えるからな。そこら辺は一般常識だろ。」

「そりゃそうか。」

修也は、《ソフィア・アンドリュー》と書かれた墓石の上にグラスを置く。

「1杯貰うぞ。」

「じゃ、私も…」

2人はそれぞれにグラスを持ち、そして…

「乾杯」

「うん、乾杯」

一気に飲み干した。

熱い液体が喉を通る。

慣れない感覚に、修也が少し涙目になっていると、女性が笑う。

「やー、まさかあの修也くんと杯を交わす日が来るとはね。人生何があるかわかんないね。」

「もう死んでるけどな、あんた。」

「そうだった。」

「…なぁ、ソフィさん。」

「ん、なになに改まって。」

「いや…ありがとな、助けてくれて。あん時、あんたが助けてくんなかったら、俺ここにはいなかった。」

「あははは。直球なのも相変わらずだね。言ったでしょ?人助けなんてのは私にとっちゃ普通のことなの。感謝されるようなことでもないのよ。」

そう言って笑う彼女は、どこか寂しそうでもあった。

「だからまあ、恩を感じてるなら、君はもっと頑張って。私の分まで精一杯生きて、色んな人を助けてあげて。…あの子達といっしょにさ。」

そう言いつつ彼女は琥珀達に視線を向ける。それに、修也は笑って返した。

「…年数は保証しかねるけど、精一杯生きるってことなら約束できるな。」

「もー、またそういうこと言う。減らず口も相変わらずだね。」

「あははは。」

 

「約束するよ、ソフィさん。俺はあんたの分まで戦い抜く。世界中のあらゆる人を助ける。あんたが俺にそうしてくれたように。」

 

「うん。応援してる。頑張りたまえ、少年」

「あぁ。…じゃあな。」

「バイバイ、いつでも来てね」

「あぁ…」

修也を見送る中、浮遊霊の少女の頬に、一筋の雫が流れ落ちた。

「…子供の成長ってのは、早いもんだね」

 

「…お前ら何してんの。」

「ひぇっ!?しゅ、修也君…!これは、その…」

「いやなに、お前様の女性素行チェックと言うやつよ。」

「はい?」

「お前様が女をたらしこんでおらんか心配での。…ま、あながち間違いではなかった訳じゃが。」

「それしてなんの意味があんだよ。…あれ、アリシアまで居るじゃん。」

「しゅ、修也さん、あの女性とは、どのようなご関係で…?」

「え?…あぁ、恩人だよ。」

「恩人…ですか。」

「あぁ、命の恩人だ。」

「そう、ですか。…良かった…」

「…?…あ、そういや今日は勝利の宴があるらしいから、さっさと帰ろうぜ。アリシアも帰らなきゃ母親がうるさいだろ。」

「そうね、早く帰ろうかしら。お城に。」

「天乃、報告終わったのか?」

「ええ報告終了の休憩中に強引に連れ戻されたから。また後で弁明しなきゃね。」

「…ご愁傷さま。」

「修也君、そろそろ…」

「ああ、そうだな。…城まで競走するか。」

「絶対修也が1位じゃない。」

「いや、琥珀に負けるかもしれんし、それに…」

ヒョイッ

ポスッ

「ふぇ?」

「今日はアリシア肩車して走るから、結構なハンデだろ。」

「ちょ、あなた!一国の王女になんてこと…!」

「いいだろ別に。な、アリシアは嫌か?」

「い、いえ…私は別に…それに、なんだか凄く懐かしいです。」

「そりゃ良かった。…っし、じゃあしゅっぱーつ!!」

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

「負けんぞー!」

「うふふふ、相変わらず賑やかですねえ。」

 

 

ソフィアの墓に咲く一輪の花が、そっと揺れた。




祝・SAOキリト復活!


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第27話 約束の指切り

久しぶり、妹。


「兄さんなんて、大っ嫌いです!!」

 

 

出雲の山。

少女の声に震えて、木々がざわめく。

そして、彼女の目の前の男は…

 

「……」

立ち尽くしていた。

 

 

夕刻のカラスが鳴く中、修也は自宅の門をくぐる。

「おかえり、修也。」

「爺さん、しばらくぶりだな。」

修也と才蔵は軽く抱擁を交わして、彼の仕事を労わった。

墓参りの後、修也と天乃は城で宴を開いてもらい、一通りどんちゃん騒ぎをした後、次の日の昼に日本の支部へと戻ってきた。

報告などは天乃が事前にしてくれていたが、多少の検査もあったため、1日出雲の地下施設に泊まって、こうして数日ぶりに家へと帰ってきたのだ。

「今回の任務はまた激務だったと聞いている。…よくやったな。」

「あぁ」

「琥珀様も、お疲れ様でした。孫息子をこれからもよろしくお願いします。」

「わっはっは。」

「…。そしてあなたが、修也と新しく契約された英霊・ジャンヌ殿ですね。お話は聞いております。此度は、孫息子の窮地を救ってくださり、誠にありがとうございます。」

「い、いえそんな…むしろ助けられたのは私の方なので…」

「おや、そうだったのですか…それでも、あなたがいなければ危なかったと、修也からは聞いておりますが…」

「いえ、彼があの状況を切り抜けられたのは、彼自身の力のおかげです。私など、ほんの助力で…」

「あんま謙遜すんなよ、ジャンヌ。」

修也は靴を脱いで、玄関先で立ち止まる。

「お前の力がなけりゃ堕天使の野郎を浄化すんのは難しかった。その点はちゃんと自分で評価してやれよ。」

「コラ!修也、敬称を付けて呼ばんか!」

「あ、いえ、今修也君は私の主なので、敬称なんてそんな…」

「そう、ですか…ジャンヌ殿がそう言われるのでしたら…」

才蔵が少し柔和な笑みを浮かべると、修也は「そうだ」と彼に問う。

「なあ、爺さん。《アイツ》、もう帰ってんのか?」

「あぁ、椿()()()なら数日後には帰ってくるようだ。先日連絡があってな。」

「あそ。了解。なら今日の晩飯は5人前で良いな?」

「ああ。よろしく頼む。」

修也はそのまま廊下の奥へと消えていった。

「あの、椿さんって…」

「あぁ、ウチの家政婦というか…修也と翠の世話係として住み込みで働いる分家の女性ですね。家事や、小さい時は勉学なんかを頼んでました。修也が高校に通うようになってからは家事をお願いしたのですが…」

「確か、修也君が休むように言ったんですよね。」

「ええ、『あいつは働きすぎだ。俺らですら休みがあるのに、これじゃ割に合わん』と言って…。最終的には追い出す形になってましたが…」

「あはは…」

 

「兄さん…」

「翠か。入っていいぞ。」

数回のノックの後、聞こえた声に修也は答える。やがて、着流しを来た少女が襖を開けて入ってくる。

「…おかえりなさい。」

「あぁ、ただいま。体は大丈夫か?すぐ飯作るから待ってろ。」

「兄さん。」

遮るように、兄を呼ぶ。

そこに、少し違和感を覚えて、修也は片付けの手を止めた。

「…どした?」

「…ッ…」

翠は口篭り、そして…

「…なんで、また私に黙って、行っちゃったんですか…」

「え…?」

「兄さんは、前もそうでした。霊使者として復帰することも、今回のフランス遠征のことも…お爺様にだけ話して、私は除け者…」

「いや、そんなつもりは…」

「そうなってるんです!!」

彼女の叫びがこだまする。

「なんでですか…私が、邪魔だからですか…?私が、兄さんを引き止めるって分かってるからですか…?」

修也は、答えない。目を閉じて、思考するように黙り込む。

「答えてください!」

それに、翠は催促するように叫ぶ。

「お前が引き止めるって思ってたこと。これに関してはその通りだ。一刻を争ってたからな、手間を省きたかった。」

「手間…」

「ただ、お前を邪魔に思ってるなんてことは、絶対にない。そんなことは、思ったことすら1度もない。」

「なら、私を無視しないでください!私の願いも聞いてください!」

ダンッ!

「私の願いは、兄さんがこの家にいて、学校に通って、ずっと幸せに暮らすことです!」

翠は修也の腕を掴む。

「今なら、まだ引き返せます!」

「無理だ。」

翠の言葉に、修也は冷たく言い放った。

「俺はもう、《そちら側》には戻れない。」

「な、なんで…」

後ずさる妹に、兄は多くは言わない。ただ、少しだけ、悲しげに笑った。

「…悪ぃな、翠。」

その笑顔から、現実を突きつけられたような感覚から、逃げ出すように…

「…兄さんなんて、大っ嫌いです!」

そう言って、彼女は部屋から逃げ出す。

彼女の目じりにあった雫を、彼は見逃さなかった。

 

「おわっと」

琥珀が翠を避ける。

「…修也君。」

背後で見ていたジャンヌは、主人の背中を見つめる。

その背中は、何処か悲壮感すら感じた。

「…ジャンヌ、翠を頼んでいいか?」

「…了解しました。」

シュバッ!

掻き消えた姿の後ろから琥珀は呆れたようにため息をついた。

「…随分と激しい兄妹喧嘩じゃな。」

「あぁ…あいつが声荒らげたのは、久しぶりだな。」

「…追いかけんのか?」

「…今の俺に、あいつにかけれる言葉が思いつかない。」

「…いつもは減らず口が止まらんくせに、相変わらず、妹にだけは弱いのぉ。」

「…本当にな。」

 

 

「ハァハァハァハァ…」

翠は裸足のまま家を出て、そのまま近くの草むらを駆ける。しかし、脆弱な彼女の体では、そこで足が止まってしまう。

膝に手をつき、肩で息をする。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

彼女の体は、弱く、脆い。

彼女の持つ、強化霊術を常にかけておかねば、まともな生活すら送れないほどに。

「翠さん。」

翠は膝に手をついたまま、前方を見る。

そこには、金髪碧眼の異国の美女が立っていた。確か、兄と一緒に歩いていたと、記憶している。

「…なんですか。兄さんに言われて連れ戻しに来ましたか…?あの人の部下が、私達兄妹の事情に首を突っ込まないでください…」

「…彼の部下、であることは否定しません。しかし私はあなたを頼むと言われました。それには従わなければなりません。」

「…連れて行きますか?」

「いいえ、まずは話を聞かせてください。あなたの心の内を聞かなければ、解決には至らないでしょう。」

「あなたに話して、何になると?」

「何かにはならなくとも、あなたの助けにはなるはずです。本人には話せないこともあるのでは?」

「……」

しばらく翠はジャンヌを睨みつけていたが…

「…ハァ…」

根負けしたように、ため息をついた。

「…あなたは、私たちの家を…家系のことをご存知ですよね?」

「はい。霊使者協会直属最高位家系《桐宮家》。司る属性は《火》の霊術…でしたよね?」

「ええ、その通りです。…ただ、霊使者協会直属、というのはあれは誤りです。私達最高位家系の当主…《五元老》はあらゆる決定権を委ねられており、家系の発言力は相当なものです。だから、正確には協会直属というのは誤り。」

「…」

「私と兄さんは…いえ、兄さんは、その家系の次期当主として、あらゆることを期待され、指導されて生きてきました。」

「…妹のあなたは、そうされなかったのですか?」

「私は、幼少期はずっと家にいました。体が弱くて、任務にも行けない。学校だって、霊術を使って、護身用の札を持ってないと行けない始末。…当主として、私には足りないものが多すぎる。」

そう言う彼女の口には、嘲笑が浮かぶ。

「私は、あの人を失いたくありません。…もう、家族を失いたくないんです。…身近な人の死は、もう見たくない。」

「…だから、私は兄さんが他の人のために、自分の命を賭しているなら、それを見てられない。兄さんには、普通の生活をして、普通の幸せを手にして欲しいんです。…最低ですよね。今の今まであの人に押し付けておきながら、自分の要求は通そうとするなんて。」

「…それは、人として当然のことです。誰もが家族を、大切なものを失いたくない。守りたい。…幸せになって欲しい。…その思いは、決して《最低》と評されるようなものではありません。」

「…私は…そう思えるほど、大人じゃ、ないん…で…す…」

トサリ。

途端に、よろけた翠を、ジャンヌは近づいて受け止める。彼女は目を閉じ、ゆっくりと眠りに落ちていた。

「フゥ…ご協力感謝します。琥珀さん。」

『…まったく、貴様が会話をしている最中にバレないように妹の霊力を吸うなど…この距離からの無接触のエナジードレインは難しいんじゃぞ。』

「ええ、だからこそ、交錯する瞬間に自身の髪を翠さんの髪に絡ませたのでしょう?」

『ま、そうじゃがな。…とりあえず、妹君を連れ帰って来い。そろそろ冷えるじゃろ。』

「はい、勿論。」

 

「ん……」

モゾリッ、と布団で寝返りを打って、翠はゆっくりと目を開ける。そして、仰向けになると、視界に入るのは木造の天井。

「あれ…私…」

朧気な思考の中、縁側を歩く音が聞こえて、体を起こしてそちらを見る。

ガラリと一息に開けられた襖。

その奥にいた、黒髪の青年。赤い眼の周りを少しだけ柔和に曲げて、彼は笑いかけた。

「翠、起きたか。体調はどうだ?」

「…問題、ないです。」

「そっか。…飯食うか?雑炊作ってきたけど…」

「…貰います。」

「ん。そのままでいいぞ。」

修也は部屋に入って、布団に入った翠の膝の上にお盆ごと乗せる。

小さめの土鍋の蓋を開けると、白と黄色のマーブル色の物が湯気をあげる。

翠は中身をすくって口に入れる。

「……」

そこで、初めて彼女は笑みを浮かべた。

安心したような、そんな笑みを浮かべながら、噛み締めるように咀嚼し、嚥下する。

「…どうだ?」

「…美味しいです。とっても…」

「そうか。良かった。」

「……」

翠は、黙々とレンゲを進めた。

 

「…先程は、すみませんでした。頭に血が上って…」

「いいよ。怒ることでもない。」

修也はゆっくりと腰を下ろす。

「…なんだか、久しぶりな気がします。こうして2人きりで話すのは。」

「…そうだな。学校行ってた時はリビングのことが多くて爺さんも一緒だったし、病院も爺さんと同じ部屋だったもんな。」

「ええ。…それに、兄さんの隣には、いつも人がいた。」

「人…?」

「はい。海斗さんや、天乃さん、椿さん、門下生の子達。今では琥珀さんや金髪の女の人も。…一緒に戦えない私は、いつだって蚊帳の外。」

いつだって、彼女は傍観者だった。

修也や、両親、祖父の帰りを部屋で待つ日々。

料理すら、自身の脆弱な体では危なくて出来ない。強化霊術を覚えていなかった幼少期ならば、尚更だ。

彼女はいつだって近くにいたが、しかしいつも一緒にいなかった。

それが、修也が霊使者から離れたことで変わった。傍観しかしてこなかった兄との関係は、情報の共有などあらゆることを行えるようになった。

初めて、彼の中に、自身の存在が写ったのだと思った。

「…私は、怖かったんです。いつか、兄さんの中で私の存在が消えるのが。私みたいに、足手まといにしかならない身内なんて…」

「翠…」

「勿論、兄さんが死ぬのも怖いです。…でも、それよりも、見放されて、離れていってしまうのが…1番、怖いです。」

それは、彼女の本音。

軽蔑されたくなくて、自分可愛さにずっと黙っていた、彼女の本心。

それを、彼は…

「……」

黙って、受け止める。

彼女の体と一緒に。

「兄…さん…?」

彼はしっかりと、優しい力で妹を抱きしめる。

ガランガランッ

お盆やレンゲも落ちるが、彼は抱きしめ続ける。そして、頭をポンポンと叩くと、少し笑う。

「…ったく、身なりは少し大きくなったと思ったら、中身はまったく成長してねえな。」

「え…?」

「…ほんと、小学生の頃と一緒だ。」

彼の言葉に、身を震わすが、ゆっくりと兄に体を預ける。

「…覚えてるか?俺が小3の頃…お前が小1だった時、任務に行く俺を引き止めたの。」

「…いえ。」

「そっか。…そん時は深夜の出動で、ただ人手も必要だったから1家全員が呼ばれてな。椿さんに翠の世話を頼んだんだ。」

「そしたら、玄関で息切らしたお前が俺に抱きついて来て、行くの止めたんだよ。離そうとしても服引っ張って離さねえし、大変だったな。…大泣きして力いっぱい掴むお前を、今でも思い出せるよ。」

修也の言葉に、翠の顔が赤くなっていく。

「…その後に、指切りまでさせられてな。『絶対に死なないで』なんて真剣な顔で言われちゃ、断れるわけなかった。」

修也は、頭を撫でると、続ける。

「その時の俺は、ちょいと迷走しててな。期待の声やら周りのプレッシャーで、何のために任務をこなしてんのか分かんなくなってたとこもあった。」

その言葉で、彼の知られざる苦労が、苦悩が告げられる。

「…お前を見て、思ったよ。」

修也は、抱擁を放して、コツリと額と額を合わせる。

「俺は、こいつのために戦ってるんだって。…翠が、町の人がいつだって安全に危険なく過ごせる。そんな日々のために戦ってるんだって。そう、思えたんだ。」

お前のことは、忘れたことなんてない。

そう、修也は断言する。

「…なんだか、嘘みたいな話です。」

「確かにな。…けど、俺はそんだけ単純だった。可愛い妹に泣き付かれちゃ、守りたくなるんだよ。…昔も、今もな。」

「…ならっ」

「ただ、今回のことは…承諾も出来ない。霊使者を離れることは、もうない。」

 

「俺は、《普通の人生》は、もう捨てた。」

 

兄の断言に、翠の目に涙が浮かぶ。

「…なんで、なんで…兄さんが、そこまでしなきゃいけないんですか…?他人のために…どうして…?」

「他人だけじゃない。これは、俺のためなんだ。」

「俺はきっとここでやらないと、一生後悔する。これまで続けてきた高校生活を、その先を一般人として過ごせば、一生…な。」

「…兄さん…」

「だから、俺は、お前の望みは叶えられない。お前の願いは聞けない。自分の、勝手なわがままで…兄貴としては、最低だな…」

「…ええ。本当に、最低です。…体の悪い妹を放っていくだなんて。」

「…すまん。」

「…けど」

 

「私は、そんな兄さんが、自慢です。」

 

「いつだって、減らず口が多くて、少しドジで、態度もでかいけど…」

「おい…」

「だけどすごく強くて、とても優しくて、最高にカッコイイ兄さんが、自慢だったんです。…昔も、今も。」

そう、泣き笑いながら、翠は言って、より一層、強くない腕に力を込める。

「翠…」

「兄さん。…私は、もう止めれません。それだけの決意なら止める方が野暮です。…ただ、これだけは約束してください。」

翠は、額を離すと、ゆっくりと小指を立てて差し出した。

「絶対に、この家に帰ってくること。」

 

ーー死なないで。ーー

 

何処か、そう聞こえるお願いに、修也は笑顔で頷いた。

「ああ。約束する。いつだって帰ってくるよ。大切なこの家に。…大切な、お前の元に。」

「…うん…。」

 

 

「ゆびきりげーんまん。うそついたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった!」

「…ほら、これでいいか?」

「うん!おにいちゃん、ぜったいかえってきてね!それで、またおはなしきかせてね?」

「ああ。とっておきの面白い話用意してやるから、ちゃんと良い子にしてるんだぞ?」

「うん!」

 

「…指切りげんまん。嘘ついたら札千枚喰ーわす。指切った。」

「ちょっとまて。9年前と内容が過激になってんだろ。札千枚の霊術ってやばすぎ…」

「ほら早く。…守ってくれるんでしょ?約束。」

「…わぁーったよ。指切った…」

「うん。…えへへ。」

 

 

2人は、月明かりの下、9年前と同じ約束を指切りで結んだ。




「……」
「妹君との会話、あれで良かったのかの?」
「…琥珀か。というと?」
「…お前様、まだ本当のことを言っておらんな?」
「…」
「お前様が霊使者に復帰した、本当の理由を。」
「翠に話したことも真実だよ。あれに関して嘘はない。」
「だが、核心にも触れておらんじゃろ。…いいのか?」
「………これは、俺の問題だ。あいつに話す事でもねえだろ。」
「……」
「不満か?」
「いや、主が決めたことなら、それで良い。儂はお前様の従霊じゃからの。口出しはせん。」
「ありがてえこった。」
「なら、早く寝ようぞ。疲労が溜まっとるしのぉ。」
「…だな。」


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第28話 最強の者達

最高位階級の方々勢揃い(1人休んでるけど)


ある土地の山の中。

緑と茶のみのその土地に、駆ける影。

その中の一つ…追われる集団の1人。

「ギヒャッ…!!」

妖である小鬼が、呻く。

その頬に垂れ、散るのは雫。

その顔に出るのは、焦燥。

そして、彼の後ろ。14、5ほどの同じような顔の者達は必死に足を動かす。

木をよけ、地を蹴り、岩を飛び越える。

…その背後。

猛追する一つの影。

赤いコートをはばたくようにしながら、凄まじい速度で小鬼との距離を縮める。

瞬間、彼の刀の等身が青く光り、振り抜いた直後、青い閃光が小鬼を切り裂く。

「ギヒャァッ!!」

「グエェッ!!」

それだけで、小鬼の頭数が半分に減る。

それに小鬼は恐怖し…同時に決意する。

「ケヒッケヒッ!」

「キャキャッ!」

そして、7匹の内5匹が追う彼の前に立ち塞がり、2匹が逃げていく。

「チッ…」

赤いコートの青年は、急停止。

小鬼は、棍棒を構えた。

 

逃げる二匹の小鬼。

その片方は、片手を口元に持っていくと、大きく息を吐き出した。

ヒュゥイッ!!

甲高い音が鳴り響き、それと同時に…

「…キュアーッ!!」

天空から舞い降りる怪鳥。

赤く異形なその体を小鬼達の近くに着地させ、小鬼はその背中に飛び乗った。

すぐに怪鳥は翼をはためかせ、その体躯を宙に躍らせた。みるみる地面との距離が離れていき、小鬼は嬉しそうにけたけたと笑った。

下を見ると、先程まで自分達がいた場所に立つ、追尾者が見えた。

あの時間で5匹を倒す早さには感嘆するが、しかしこの距離なら手出しは出来ない。

「ケヒャヒャヒャッ!」

小鬼は笑う。

逃げ切れると確信して。

…しかし、直後。

「キュアーッ!!?」

怪鳥の悲鳴が響き、小鬼達は揺れる。

「!?」

小鬼は何が起きたか分からず、落下していく。やがて…

ドシュシュッ!!

「ケヒッ…」

「キャッ…!」

彼らの体は、()()に貫かれ、そのまま身を宙に踊らせる。

見ると、彼らの胸には、貫通したような大きな傷があった。

 

「まっさか、逃げられるとはなぁ…」

山を降りながら、修也は呻く。

やがて彼の体内から2つの光が飛び出す。

片方は長身の金髪の女性。もう片方は小柄な黒髪の少女が歩く。

「お前様が油断したからであろう。ヘリから降りるのにあんな派手な降り方があるか。」

「まさか到着する前に、霊術で身を躍らせてそのまま気配たっぷりに降りるなんて…」

「しょうがねえだろ、一般人が襲われてたんだから。急がねえとなと思っただけだよ。」

修也の言葉に、琥珀が笑う。

「ま、その行動力は良いところじゃが、今回は褒められんなぁ。」

「…悪かったよ。」

「分かれば良い。」

2人のやり取りに、ジャンヌは笑う。

「それにしても、登山客のお2人助かって良かったですね。」

「あぁ、めちゃくちゃお礼言われとったの。」

「でも、その後協会の方々に連れて行かれてましたよね。」

「まあ、霊使者ってのは基本的に一般人には認知されてねえからな。あれはあの人達の《俺らに関する記憶》を消すために連れて行ったんだよ。」

「え、でも…」

「フランスの戦争のときは、戦場の周りだけ赤い膜で包まれてたろ。あれは《断絶界域》って言って、あの辺りだけ何も無いように見えるんだよ。ちなみに、赤く見えるのは俺らが霊力を探知できるからで、一般人からすれば元の風景に見えるらしい。」

「へえ…」

感心したようなジャンヌ。

その後、修也は唸る。

「…にしても、あの子鬼と怪鳥…協力関係にあったとはなぁ…」

「珍しいんですか?」

「基本的に湧いた妖なんかは知能が低くて別の種族で群れることはない。だから、ああやって協力し合うことは基本的にないんだ。」

「ま、最近は昔に比べて人の《悪感情》が高密度じゃからの。多少なりとも知能の高い奴らが出現しやすくなっとるんじゃろ。」

「…だな。また報告しないと。…ジジイ共(五元老)と会うのか…」

そう言って、頭を搔く修也。

それを微笑ましく見るジャンヌ。

琥珀は同情したようにそれを見つめた。

やがて、宙から舞い降りる一羽の鳩。その鳩を、修也は肩に座らせながら、その足に括られていた紙をのける。

「修也君、それは?」

「丁度いい。ジジイ共からのお通知だよ。」

「…情報の伝達が随分古風ですねえ。」

「いらんとこは伝統にこだわるから。」

「スマホ使えばすぐなのに」と、修也はボヤく。やはり、お約束というのか。《いらない伝統》にこだわる意固地はどの世界にもいるものだ。

「…ほーん。ふむふむ…」

「…なんて書いてありますか?」

ジャンヌが覗き込むように問うと、修也はチラリと見てから、笑う。

そして、その紙を後方に投げ捨てる。

ジャンヌは慌てたようにそれをキャッチした。

「しゅ、修也君?」

「仕事だ。戻るぞ。」

そう言って、修也は歩く。

琥珀は欠伸をして、ジャンヌは中身のない、催促しかない命令書に目を通す。

「…ったく、残業代出ねえかな。」

ないものねだり程、虚しいものは無い。

 

出雲市の地下。

そこにあるのは土層では無い。

排水管などの、さらに下層。

そこに広がるのは、あまたの建造物。

霊使者達が自身の身を隠すために作り上げた、秘密基地…いや、本部、と言うべきだろうか。

何故なら、大体の家系のもの達がこの地下に本家を置いているからだ。

「…広いですね。それに、凄い建物の数…」

「ま、歴史だけはあるからな。」

その理由は、至極単純。霊使者というものは、一般人に《知られる》ことを極度に嫌う。これまで、修行や任務に追われていたせいで、限られた中での範囲でしかコミュニケーションを取れなかった弊害とも言えるだろう。

「まあ、要はだな。霊使者(俺ら)は極度のコミュ障集団ってことだ。」

「まとめすぎです。」

1番高い建造物の、上がるエレベーターの中、興味深そうに外の背景を見るジャンヌに放った修也の言葉に、彼女は苦笑いを浮かべる。

「実際その通りなんだから仕方ねえだろ。…ま、政府のお偉いさんやら軍の兵士たちは知ってるがな。」

「そこから情報が漏れることはないんですか?」

「ないよ。」

修也はなんの躊躇いもなく即答する。

「即答ですね。」

「考えてもみろ。よく分からん変な術式操る強い変人共の事だぞ?しかも任務一緒にしてるとなんの躊躇いもなく人型の霊切り捨てるヤツらのことなんざ怖くて口に出来ねえよ。」

修也はため息をつく。

「人は《恐怖心》には忠実だ。普通の精神状態で死ぬ場所に突っ込んだりはしないし、殺される危険性があるならどんな事でも口には出さねえよ。」

「そう言いながらお前様、死が混ざり合う場所に突っ込んで行ってはおらんかったかの?」

修也の言葉に、琥珀の鋭い一言が入る。

それは、2週間前の任務。

戦争という、死が渦巻く場所に彼は躊躇なく参戦し、そして結果を残した。《自身の死》という、最大の恐怖を持ちながら。

それには、修也も少し黙る。

琥珀はもちろん、ジャンヌもそれの答えを待つが…

ポーン

と、エレベーター到着の音が鳴る。

計算したようなその音と共に、修也は壁から背を離して外に向かう。

そして、少し立ち止まって…

「それは、また今度な。」

そう、呟いたのだ。

 

エレベーターから、少し歩いた角。

白髪の男性が背中を壁に預けていた。

「よく来たな、桐宮。」

「よぉ、雲泉。野郎と待ち合わせた予定はないんだが?」

「当たり前だ。あくまで俺は貴様の監視役だからな。どんな経緯で協会内を荒らされるか分からん。」

「俺ジジイ共にどんな風に思われてんの?」

修也の言葉に、白髪の男性は「フンッ」と後ろを向く。

「付いてこい。」

「了解。」

修也もそれに抵抗せず歩を進める。

彼の名は、水石(すいし) 雲泉(うんせん)。雨颯家の傘下、水石家の現当主。

「そういえば、雨颯家(ウチ)の者達が世話になったようだな。上司として礼を言う。」

「ああ、雨久家の事か。俺達の心情は助け合いだろ?別にいいよ。」

「それは弱者の考えだろ。」

「わーお、相変わらずストレートダニィ…」

「実力があるなら助けはいらん。」

この通り。超ドストレート。

その分敵を作ることも多いが、本当のことしか言わないし、実力も折り紙付きで付いていくものは多い。

霊使者ランキング《S級・8位 水石雲泉》

 

「つっても、上司って…ヤッさんとお前《傘下家当主》てことで同じ立場だろ。」

「それは否定しないが、しかしあいつと俺では《実力》という面で圧倒的差がある。我々には《ランキング》があるのだからなお分かりやすい。」

「自慢か?」

「いや、客観的事実だ。我々は実力社会。年齢だけで生きられるような《ぬるい》世界なら、今や霊使者だけで数十倍の人数がいただろう。」

「そりゃそーだ。」

「だから、()()()()()()()()。」

「…ごもっとも。」

これには、修也も反論は出来ない。

というか反論する気にもならない。

それだけ彼の言葉は、正しく、重く、のしかかる。

「…固定概念てのは、怖いねえ。」

「?何の話だ。」

「安心しな、こっちの話。」

 

やがて、2人は他とは少し作りの違う、豪華な扉の前に立つ。そこには、《五元老会議室》と書かれた標識。

「なんか来んのは久しぶりだな。」

「貴様が犯罪者だから気楽には呼べないだろ。貴様のせいだ。」

修也の言葉に、容赦ない雲泉の一言。

「否定できねぇな。」

その一言と共に、修也はドアの取っ手を持つ。

「失礼はするなよ。」

「それはジジイ共(あちら側)によるかな。」

修也は、重厚な扉を押し開けた……

 

 

「ヤッホー☆修也君、次期最高責任者とロリっ子吸血鬼の次は金髪碧眼美女を篭絡かい!?いやー、君の性欲も隅には置k…」

「死ね。」

 

 

「…失礼がないようにとの約束は?」

「悪ぃ。我慢出来なかった」

見ると、天樹はニコニコと笑顔を浮かべていた。

「いやー、アッハッハッハッハッ。修也君、なんだいその顔は。まるでゴミ虫でも見るような目ブベラッ!!」

「新様。そろそろ会議が始まりますので黙っててください。」

「おや、霞ちゃん。なら僕のこのmouthを君が閉じさせてくれ。そう、君の濃厚なkissで…」

ズドゥムッ!!

「すみません、そうですね。私が丁寧に縫い合わせてあげますから永久に黙らせてあげましょう。」

「え、あ、ちょっ、ま……アッー!」

 

「良かった視力は安定してるらしいな。」

俺の目が見えるんだから。

「……にしても、五元老全員が集まるなんてな。あんたらこんなに出席状況良かったっけ?」

「アァ!?」

俺の挑発とも言えない軽口に、乗る男が1人。

長髪に猫目にも見える細い目。どこか野獣めいた雰囲気。

「俺らはてめえのためにわざわざ集まってやってんだ。礼の1つぐれェするもんじゃねえのかアアン?」

俺は笑いかける。

「それはありがたいけど、わざわざメンチ切って言うことじゃないだろ。少しは相方に頼らず交渉出来るようになったか?」

「相変わらず減らず口は変わんねぇなおい。表出ろやこらタコ助。」

「俺がタコならお前はなんだ?猫か?ちょうど目もそれっぽいしな。」

トントンと目の下を人差し指で叩く修也。震える長髪の男。

「ッ…上等だタコ助…ぶっ殺す!」

「霧氷。」

男が修也に飛びかかる寸前、小さな声が彼を止める。そこに居たのは小柄な少女。

髪はショートボブ。

「こういう場であまり暴れないで。神聖な場所なんだから。それと、修也もあまり霧氷のことを刺激しないで。」

「いや悪い。以後気をつけるよ。」

「…1番信用出来ない。」

「チッ…」

 

長髪の男。

雨颯家直属傘下家系・雨久家

《S級9位・雨久 霧氷(むひょう)

小柄な女性。

雨颯家直属傘下家系・泉寿(せんじゅ)

《S級14位・泉寿 由美(ゆみ)

 

「おうおう、相変わらず知能が低そうだな霧氷さんよ。」

「アァ!?やんのかてめぇ…?」

「おー怖い怖い。この座っている場所と場所の間がなければ殴られているところだ。」

「おうならここから飛んでそっちに行ってやるよ…!」

グイッ

「グエェッ!」

「やめなさい。」

「はっ、野獣も所詮尻に敷かれる、か。」

「おいコラ潰すぞ眼鏡!」

「ちょ、志坤やめなって!また隆樹様に怒られるよ!?」

「…フンッちょっとした悪ふざけですよ。」

 

霧氷と喧嘩しかけた眼鏡。

土御門家直属傘下家系・土蔵家

《S級7位・土蔵 志坤(しこん)

喧嘩を止めたショタ男子。

土御門家直属傘下家系・豊条家

《S級15位・豊条 磊斗(らいと)

 

「あははは。最近の若者は元気いいなあ。ねえ霞ちゃん。」

「…まったく。ここが由緒ある神聖な場所であるという自覚が足りませんね。」

「おや、随分とノリが悪いね。…あぁ、そうか。確か霞ちゃん2じゅ…」

スドムッ!!

「私は若者です。」

「オグッ…」

「ていうか天樹、お前早く上の席に戻れよ。」

 

PSYCHOPATH BAKA

最高位家系天樹家第21代目当主

《S級4位・天樹 新》

その秘書

霊使者協会最高位家系・天樹家

《S級12位・天樹 霞》

 

「あまり騒ぐでないぞ、お主ら。」

「おや、才蔵殿。良いではありませんか。このような若人の元気な声もいつも聞けるとは限りませぬぞ?」

「限度を考えろと言っておるのだ。」

「おお、怖い。」

「まあまあ才蔵殿に隆樹殿。そこまでにして早く会議を始めましょうぞ。」

「ええ、そうでございますな!」

「…麗澄殿」

「あまりここで痺れを切らしても仕方ない。…いかがかな?」

「…反対する理由もありません。」

「それは良かった。」

 

止めた者

霊使者協会最高位家系桐宮家第23代目当主

《S級2位・桐宮才蔵》

 

良いものとした者

霊使者協会最高位家系土御門家第30代目当主

《S級5位・土御門隆樹》

 

なだめた者

霊使者協会最高位家系雨颯家第28代目当主

《S級3位・雨颯 麗澄(れいちょう)

 

「才蔵殿。お主の傘下のS級の1人は何処に?」

「あの者は今出掛けておりまして。連絡もつかない始末です。」

「おや、随分な無鉄砲さですね。手綱を握ってないからでしょ。」

「いや、普通に俺が追い出しただけ。」

隆樹の含み笑いの声に、修也も笑う。

「有給を無理矢理取らせるために数ヶ月追い出してんの。悪い。俺のせい。」

「…そうか。」

「ふ、フンッ!これからは気をつけろよ罪人!」

「へーい」

隆樹の言葉に、修也は抜けた声で返す。

そして、チラリと《彼女》が座っていたであろう席を見た。

 

現在有給中

桐宮家直属傘下家系・熾火家

《S級10位・熾火 椿》

 

「ま、椿は仕方ねえとして…」

修也は苦笑する。

()()()()は?」

その言葉に、重なるため息。

まるで「察しろ」と言わんばかりの反応に、修也も喉を鳴らして笑う。

直後、開かれる扉。

そして入ってくる4人の者達。

ドアを開ける2人の者達。

 

ドアを開ける長髪の美形男性

雷城家直属傘下家系・紫雷家

《S級11位・紫雷 斗真》

反対側を開ける短髪の小柄ガチムチ

《S級13位・紫雷 颯馬》

 

そして、入ってくる2人。

「ガハハハハ!!スマンのぉ!飯を食いすぎて遅れてしもうたわ!待たせて悪かったな!」

大声で笑う男の後ろを歩く青年。だが、青年は何も言わない。ただ、前を見つめたまま歩き続ける。

 

無口の青年

雷城家直属傘下家系・鳴海家

《S級6位・鳴海 凪》

 

ーーそして、

2人は目を合わせる。

「フン…ッ」

《最強》の称号を手にした男と。

「…ッ…」

《それ》に最も近いと称された青年。

男の目は紫閃のように鮮やかに光り、青年の目は燃えるように赤く強く輝く。

2人は、同時に笑った。

 

二つ名は、《戦帝》。

それが表すは、《最強》

霊使者協会最高位家系雷城家第4代当主

《S級1位・雷城 霹靂》

 

二つ名は、《万能者》。

そして、《最悪の異端》

霊使者協会最高位家系桐宮家次期当主

《S級16位・桐宮 修也》

 

 

 

「来たか、クソガキ。」

 

「あぁ、ようやくな。」




名前考えるのムッズ


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第29話 いざ、次の地へ。

今日は全体的に短めです



「おおー…!」

快晴の中、コンクリートの上を移動する巨大な鉄の塊を見て、琥珀は感嘆の声を上げる。

「これが飛行機…かつてみた木造ですぐ落ちるなんちゃってプロペラ機とは訳が違うのぉ…」

「お、おう…反応に困るな。そのなんちゃってプロペラ機も見てみたい。」

琥珀の例えに修也は困ったような笑みを浮かべる。そして隣にいたジャンヌも窓から外を見ながら、見とれるように注視した。

「確かに…私のいた時代もそのようなものしかありませんでしたから…。これはすごいですね…」

「なに?2人共知らなかったの?」

()()()()()()()()()()()。ですが、やはり実物を見るのは初めてですね。見た事の無いものを《知っている》というのは、どこかおこがましいでしょう?」

「わしも数百年あの蔵の中じゃったからのぉ…見ようにも見れんかった。」

「なるほどね…あ、そろそろ搭乗時間だな。2人共、行くぞ。」

「わかりました」

「りょーかい」

 

飛行機の中。3人の会話は続く。

ちなみに、今乗っているのは霊使者協会が用意したプライベート・ジェットなので客は修也達だけである。

「にしても、まさか本当にあの集まりが顔合わせのためとは思わんかったの。」

「そうですね。もう少し尋問なんかもされるかもと思っていたんですけど…」

2人の言葉に、修也はフンッと鼻から空気を押し出す。

「ま、あいつらの目的はあくまで俺らの戦力分析だろ。今の現役で最も危険とされてんのは俺だからな。そこに英霊と反英霊が仲間になったら、誰でも警戒するだろうさ。」

そう言って修也は、外に見える空に視線を移した。

 

 

あの後。

S級定例集会は少しの話し合いの後に解散となった。

そして、帰宅のために会議場を出た修也に、声をかけるものが1人。

「桐宮。」

そこに居たのは、雲泉だった。1つの書類を修也に手渡す。

「これが、次のお前への任務だ。」

「…またかよ。」

「何か文句でも?」

「いーや。ま、俺の仕事はそれしかねぇしな。了解だ。…明後日出発すりゃいいんだな?」

「ああ。行きと帰りは協会のジェットを用意する。転移霊術を使う必要は無い。」

「あそ。ならありがたい。じゃ、俺飯作んなきゃなんねぇから。じゃあな。」

「桐宮」

「…んだよ、まだあんのか?」

「数ヶ月前から、手練の霊使者の不審死が相次いでいることは話したな?」

「…ああ、言ってたな。」

「恐らくはかなり高位の悪霊だろうが…1人だけ目撃者がいてな。その者の情報によると、人型で《獣のような仮面》をつけていたらしい。」

ピクリッ

「才蔵氏と、翠さんが連れ去られた時に貴様が目撃した者と、関係があるかもしれん。貴様にコンタクトを取ってきたということは、貴様も用心しておけ。」

「お、心配してくれてんの?」

「貴様は今はウチの貴重な戦力だ。馬鹿なことをしない限りは思う存分使ってやる。」

「ありがてえこったな。」

 

 

「しかし、あの娘がペア解消を求めてくるとはの。」

琥珀の言葉に、修也は自然と横を見る。

普通ならそこにいるであろう、ポニーテールの少女の姿は、ない。

「…寂しいか?」

「別に。解消つっても一時的なものだし、あいつが鍛錬のために休暇が欲しいって言ってきたんだ。…断る理由はねえだろ。」

そう言って、修也はもう一度窓の外を見つめた。

 

 

プルルルルプルルルル

会議場から帰った後、夕飯を終え、皿洗いをしているところで、修也に電話が入る。

「ジャンヌー。」

「はい、今行きます。」

修也の声に、ジャンヌは卓上の電話を操作して、彼の耳に近づけた。

「はい、もしもし。」

『あ、修也?私だけど…』

「なんだ天乃か。どうした?お前が電話って珍しいな。」

『えっと…それより修也。なんか水の音が聞こえるけど…』

「ああ、今皿洗い中だからな。ジャンヌにスマホ持って貰ってる。」

『…あなた英霊の人にによくそんなことさせられるわね。』

「別にいいだろ、一応主なんだし。…それでなんだよ。世間話したくてかけてきたわけじゃねぇんだろ?」

『ああごめんなさい。そうだったわ。えっとね修也…少しだけ、私とのペア関係を解消してくれない?』

「ん…?」

天乃の言葉に、修也は少しだけ動きを止めた。考えるように「ふむ…」と呟く。

そして、「あっ」と納得したような声を上げた。

 

「お見合いでも入ったか?」

『なんでよっ!!!!!』

 

きーーーーん…

怒号とも取れる叫びに、修也に耳鳴りが起こる。あまりの大きさにジャンヌの耳にすら響く。

「あれ、違うの?俺とのペア関係という経歴を抹消したいことでもあったのかと…」

『そんなわけないでしょっ!大体少しの間だけって言ったじゃない!』

「…ああ、そういえば。」

『そうじゃなくて、この前の任務で実力不足を実感したから、少しの間だけ休暇というか…とにかく鍛錬を出来る時間が欲しいの。』

「なるほどねー。まぁ、いいんじゃね?そういうことなら別に俺が止める必要もねぇだろ。」

『…ありがと。お父様からは許可貰ってるから。あ、それと私の代わりに傘下の子をつけるから…』

「…別にいいよ。ただでさえ今1番嫌われてる奴のペアなんてしたくもねえだろ。わざわざ強制させることでもねえ。」

『そ、そう?でも修也…』

「大丈夫だって。任務の数も控えめにするから。…そろそろ切っていいか?」

『わ、分かったわ。えと、修也。』

「んー?」

『ありがとうね。』

「ああ、修行頑張れよ。」

『うんッ。』

ピッ

修也の合図の後、ジャンヌはスマホの電話を切る。

ジャンヌは修也の横顔を苦笑しながら見つめた。

「控えめと言いながら、明後日から任務ですけどね。」

「別に、今日から控えめにするとは言ってねえよ。実際控えめにすんのは、数年後かなー。」

「悪い男じゃのぉ。」

横にいた琥珀も、苦笑を浮かべた。

 

 

「ま、俺としてもあいつが今以上に強くなってくれたら安心だしな。さっきも言ったけど止める理由はねぇよ。」

「フランスの時も、わざと1番の危険からは遠ざけていたからの。」

「むっ…」

「まあ、あそこまで分かりやすいと天乃さんも気付いてたでしょうね。修也君に除け者にされたのが悔しかったんじゃないですか?」

「…そんな気はなかったが、わざわざ幼なじみを危険に晒そうとは思わん。」

「その見方があの娘にとっては嫌だったのだろうよ。…相棒なら、頼って欲しいもんじゃからの。」

「…何か経験でもあんのか?」

「まあの。数多の年数を生きておれば、そんなこともある。」

「…俺にも責任はあるか。」

修也はそう言って、背もたれに体重を預けた。

「…ま、とりあえず今はこれからの任務について意識を向ける。…天乃なら大丈夫だろ。」

「随分な信頼じゃの。」

「わざわざ俺が心配するほどのことでもねえってだけだよ。」

「そういえば、次の任務の舞台となる国は何処なんですか?まだ存じていませんでしたが…」

「んー、この前のフランスとかなり近い国だよ。」

 

 

 

「イギリス。」




短ぇ


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精霊の少女
第30話 イギリスという国


リアルのイギリス王家とは全く関係ないんでそこら辺はご了承ください。




修也達を乗せた航空機は、スピードを落としながら着陸する。

そして、完全静止した航空機の中から修也は姿を現した。

体を伸ばしながら、階段を降りる。

「んー…何時間も座りっぱなしはやっぱきちぃな…」

その背後から従霊の2人も姿を現した。

「思ったより早かったの…」

「さすが現代技術…数千キロも離れた地へ1日もかからずに着くなんて…」

「ま、本当の飛行機は1日ちょいはかかるけど、このジェットは霊使者協会が作った特注品だからな。スピードも桁違いだし、燃料もガソリンじゃなくて霊力だからコスパもいい。」

「へー…」

そんな会話をしていると、向こう側から歩いてくる男性が1人。

キチッした黒い服を着て、整った髪が少したなびく。男性は修也達の目の前で止まると腰を折って会釈を行った。

「イギリスへようこそ。お迎えに上がりました、桐宮修也様。」

「や、フロスさん。相変わらず元気そうだな。」

「お陰様で無病息災でございます。」

二人の会話に、ジャンヌが修也にゆっくりと耳打ちした。

「しゅ、修也さん。この方って…」

「ん?ああ、イギリス王室の執事のフロス・ベイリーさんだ。」

その会話を聴きながら、フロスと呼ばれた男性はニコリと微笑んだ。

「詳しいお話は、車内で致しましょうか。」

 

周囲にある建物の間を駆け抜ける車の中、修也と琥珀にジャンヌは向かい合って座る。

リムジンに揺られながら話は続く。

「そういえば、フランスといい、イギリスといい、未だに王政が続いているんですね。少し意外でした。」

「いやまあ、本質的に言えば、その2つは決定的に違うんだけどな。」

「と言いますと?」

「フランスに関しては王族つっても、今は所詮大臣位の階級だろ。フランス大統領もいるしな。けど、イギリスは違う。政治も経済も、全てがイギリス王を中心に回ってる。だからまあ、イギリスが本当の王政ってことだな。」

「なるほど…」

修也の説明に、フロスは笑う。

「その通りです。現状フランス王妃のサレス様が指揮できるのは、対霊の時の軍や、霊使者の方々との交流についてのみ。ですが我々の国は、イギリス王を中心に回っております。国の法律の合否も、王室内の機関が行っておりますので。」

「な、なるほど。」

「それに我らが王は軍の指揮も受け持っております。まさしくこの国の要と言えるのでございます。」

「しかも御本人も超強えぞ。いやマジで。」

「修也君がそこまで言うのは珍しいですね…」

ジャンヌの言葉にフロスがフフフッと笑った。

「修也様が以前いらしたのは6年ほど前でしたでしょうか。お父上もご存命でしたね。」

「ああ、そうだな。いきなりバトりだした時はビビったけどな。」

そういった後に、何処か懐かしそうに微笑む。そこには、何処か悲壮感も漂っていた。

それに気づいたのか、フロスは「そういえば」と話題を変える。

「王が是非修也様と手合わせをしたいと申しておられました。心の準備をしておいた方が良いかと思われます。」

「うぇえ…マジかよ…」

修也は心底面倒くさそうに顔を歪めて呻いた。その様子が何処かおかしくて、ジャンヌはクスリと笑う。そして、足を組んだ琥珀が不敵に笑った。

「安心せい。死にゃせんわ。」

「そういう問題じゃねぇよ…」

 

車が走り始めて数十分後。

巨大な門をくぐって広場に出て、車は端に停められる。直後に地面が外れて急降下。彼らを地下シェルターへと誘った。

完全停止して、4人はゆっくりとコンクリートの地面に足を下ろす。

「ここは職員や大臣達の車置き場にも使われています。勿論来賓用と国王用の物とは扱いが違いますが。」

「ああ、通りで数台しかないわけだ。」

4人はそのまま近くのエレベーターまで歩き、エレベーターで地上へと上がる。

扉が開いた瞬間に差し込む日差しに、3人は目を細めた。そして視界がクリアになると同時に…

 

巨大な建造物に圧倒される。

 

先日フランスで見たものよりもう一回りほど大きいそれは、何処か神々しさも感じた。

「相っ変わらず、すげぇなぁ…」

修也の感嘆の声に、ジャンヌもコクコクと頷いた。

「元々、人の上に立つもの達が自身の根城を大きくするのは、敵や部下に自身の器量の大きさや権威の大きさを示す為じゃ。ま、この国の真意は分からぬがな。」

「ま、敵から丸見えだけどな。」

琥珀と修也がチラリとフロスの方に目を向けると、彼は微笑みながら淡々と告げる。

「私が生きていなかった頃の君主の方々の事は分かりません。なので一概には答えられません。」

そんな真面目な回答。

それに琥珀も可笑しそうに笑う。

「ですが…」とフロスは続けた。

「我らが王は、《良いものだ》と述べておりましたが。」

「え、それって…」

ジャンヌの声に、フロスはニコリと笑った。

「さて、そろそろ参りましょう。…王の元へご案内します。」

 

 

コツ、コツ、コツ、コツ…

巨大な廊下を修也達はフロスを先頭に歩く。

廊下の脇には凄まじく絢爛な装飾がなされており、凄まじい美しさだ。

そんな中、ジャンヌが修也に耳打ちする。

「しゅ、修也君。」

「ん、なんだよ?トイレはその角曲がって右側だぞ?」

「違います!軽くセクハラしないでください!」

ジャンヌの声にチラリとフロスが視線を向けるが、それは柔和なものだった。

ジャンヌはまたヒソヒソと話し出した。

「そうじゃなくて、イギリス王城ってなんでこんなに大きいんですか?敷地なんて本当にフランス王城の倍くらいありますけど…それに、私達って今国王殿下の元へ向かってるんですよね?」

「ああ、それか。ちなみに言っとくけど、俺達が今いるここって王城じゃねえからな?」

「え?」

「正確にはここは王城に併設された議会堂だよ。王城はこのさらに奥。」

「な、なるほど…」

「まあ、日本で言えば国会議事堂と皇居が併設されてる感じか。」

「フランス人に分かるかのその説明。」

「あ、大丈夫です。知識としてはあるので…」

「それと、今向かってんのは国王の仕事場とかじゃねえぞ。なあ?」

修也の呼び掛けにフロスはこれまた微笑で答えた。

「ええ。国王の元には向かっていますが、執務室ではないですね。執務室は正面玄関の階段からしか行けませんし。」

「え、じゃあどこに…」

修也はそれにニヤリと笑う。

「ま、あの人なら()()()だろうなぁ。」

その言葉に、フロスも何処か困ったような笑みを浮かべた。

それに、ジャンヌはついていけない。琥珀も何も喋らず淡々と歩き続ける。

やがて廊下の奥に、普通の物とは違う横スライド式の扉が現れた。作りも素朴なその扉をフロスは手で指した。

「お疲れ様でした。こちらでございます。」

「ん、ありがとう。」

修也はそう言うと、躊躇わずにドアをスライドさせて、開いた。

 

…そこは、それまでの豪華絢爛な場所とは違った。まず、印象としては素朴。

装飾などはなく、あるのは白い壁と窓。そして木造の床と天井。いい素材なのは間違いないが、先程のような大理石作りなどでは無い。

日差しが差し込み、何処か暖かい。

修也はそのまま下枠を超えて《部屋》に踏み入る。

3人もそれに続く。

そして修也は段差のある場所で靴を脱ぎ、揃えてから、ゆっくりと歩いた。

ジャンヌと琥珀も同じようにして木造の床を踏む。

そのまま修也は、ある場所で部屋に向かって一礼。数秒した後に頭をあげると歩を進める。

3人もそれに続いた。

そして、ジャンヌはそこで気付く。

中心にいる、荒々しくも、何処か洗練された気配を放つ1人の人物に。

先日何処かで見た服装に身を包み、黙して正座をするその背中に、修也は近付く。

やがてその足が1mほどまで近付いた瞬間。

「…やはり、この場所はいい。」

唐突に、その人物は口を開いた。

「あらゆること、あらゆるものを忘れて1つのことに集中することが出来る。これが、本当の《ユウイギ》と言うのだろうな。」

男性は立ち上がる。

大きい。

ジャンヌは瞬間そう思う。

背丈は2mを超えているだろう。

筋肉量も凄まじく、修也の体のもう一回りほど大きそうだ。まさしく、筋骨隆々。

短い髪を揺らして、彼はこちらに向く。

青白い目と整った顔を修也に向ける。

彼らは対峙して、お互いに視線を合わせた。

そして、男性が笑った。

 

「…修也よ、元気そうで安心したぞ。」

 

それに、修也は一礼で返す。

 

「…ありがたきお言葉、感謝します。アルトゥース陛下。」




こんくらいの量が丁度いいかもね。


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第31話 アスベル・ウル・アルトゥース

アァ、ネムイ…


 

狭い建物…道場の中。

180の青年と、220の王が対峙する。

2人はしばらくそのままでいたが…

「…フッ…」

アルトゥースが笑みを浮かべてそれを破る。

「立ち話もなんだ。座れ修也。お前のことも少し聞いておきたいしな。」

「…お言葉に甘えるよ。」

 

「なんだ、飲まんのか?」

大きめの盃を手に持ち、あぐらをかきながら問うアルトゥースに、修也は肩を竦めた。

「俺未成年だし、それにこの後任務もあるし。…流石にやめとくよ。」

その言葉に「ふむ」と頷く。

「ならば緑茶にしよう。お前も紅茶などよりは緑茶の方が良かろう。」

「お気遣い痛み入るよ。」

「そこの2人は何にする?酒ならなんでもあるぞ。」

「ガハハハ!」と豪胆に笑う王を前に、2人は特に萎縮することなく返答する。

「あ、なら私は紅茶を…」

「儂は日本酒で。一升瓶辛口で頼む。」

「お前マジか。」

「安心せい。任務に支障はもたらさんよ。」

「そう?ならいいや。」

「いいんですか。」

3人の会話の間に、メイド達の準備は着々と進み、それぞれの前に湯のみ、ティーカップ、瓶と盃が用意された。

修也は何処か高そうな湯のみに口をつけて、目の前のアルトゥースに目を向けた。

「…さて、じゃあ仕事の話をしよう。」

「そうだな。…フロス。」

「ハッ。書類はこちらです。」

素晴らしい手際で修也に書類を渡すフロス。それに彼は「ありがとう」と返す。

見るとそこにあったのは1つの《島》の情報だった。

「マン島…ってどこだっけ?」

「我々イギリス、スコットランドの属するグレートブリテン島とアイルランド島の丁度間にある島です。」

「で、それがその島の情報をまとめた書類だ。目を通しておけ。」

「なーるほーどねー…」

そう言いながら、修也は顎を触りながら書類に目を通していく。所々で目を細めながら目を通していく。

ペラリペラリとめくりながら、読み終わるとそれを後ろに回し、琥珀が受け取る。

琥珀は見ずにジャンヌへと渡した。

「目を通したか?」

「…まぁ、一応。これ本当のこと?」

「わざわざ俺が嘘をつくと?」

「そういう訳じゃないけど…ただ、霊達の仕業による被害量の増え方が異常だろ。1ヶ月で100件以上増えるなんて普通ないぞ。」

「普通ではないから、貴様を呼んだのだ。」

そう告げると、アルトゥースは盃を一口で煽った。引き継ぐようにフロスが話始める。

「ご覧の通り、マン島の被害件数はこれまでと比較にならないほどの速度で増加し続けております。更にはそれは海岸近くの他の都市や街にすら影響を及ぼしています。」

「…つまり、イギリスとアイルランド両方に影響があると…厄介だな。」

「更に最近では島周辺に高位の悪霊や妖も出現しているとの情報を現地の兵士からもらっている。」

「はぁ?」

アルトゥースの言葉に思わず素っ頓狂な声を上げた修也は、腕を組んで唸る。

「んー…そこまでいきゃまさしく《異常》だなぁ…なんか心当たりはねえのか?そこまでになった原因に…」

「ふむ…原因か…」

アルトゥースは瓶を盃に傾けながら思考するように眉をひそめる。

「殿下、例の…」

「んん?…ああ、あれか…」

やがてフロスがアルトゥースに耳打ちをすると、彼は納得したような反応を返す。

「どしたの?」

「ふむ、一つだけ、ないことは無い。」

「随分煮え切らんな。」

「あまり関わっていないのでな。…実を言うと、あの島には《精霊》がいるんだ。」

「精霊?」

 

精霊。

それは霊術の4つの属性を司る妖精の総称。

4つの種族に別れている彼らはそれぞれ司る属性の霊術の扱いに長けており、種族の名を炎精霊族(サラマンダー)水精霊族(ウンディーネ)風精霊族(シルフ)土精霊族(ノーム)と言う。

 

「元々我らがイギリスは妖精や精霊とは縁の深い国だからな。小さなものならそこら辺にうろちょろしてる。」

「あー…《アーサー王伝説》のやつか。湖の妖精の話だな。」

「うむ。…今回の異常は、島に住まう精霊に何か異常があったからかもしれん。精霊とは、その土地と周りを守護する役目もあるからな。」

「ま、その分《地脈》の霊力も豊富だしな。…ところで、現地の霊使者には向かわせたのか?」

「いいや、あの程度の奴らではこのレベルの任務はこなせんだろ。妖の餌になって終わりだ。」

「相っ変わらずドストレートだな。…まあでも、その通りだけどな。」

修也は苦笑した後に、「さて」と膝を叩いた。

「任務については了解した。とりあえずこれから直ぐに島に向かう。移動手段なんかある?」

「我々がボートを出しましょう。」

「分かった。じゃあ、アルトゥース王。また後日…」

 

「待て、修也。」

 

そそくさと逃げ去ろうとする修也に、アルトゥースは一声で押しとどめた。

そして、盃を一気に飲み干すと、自身の傍らにあった1本の木刀を修也へと投げる。

「ととっ…」

彼がそれを危なげなく受け取ると、アルトゥースも片手にそれを持ちながらゆらりと立ち上がる。

そして、獰猛な笑みを浮かべた。

「フロスから聞いていたろう?心の準備をしておけと。」

「…はぁ、マジでやんのか?」

「ああ、勿論。別に断っても構わんぞ?」

「一国の王の命令に、一般人の俺が逆らえるわけねぇだろ。」

 

静かな道場の中、2人の人物が対峙する。

他の3人は道場の端で見物をする。

修也は振り心地を確かめるように一振すると、対峙する人物に問う。

「で、ルールは?」

アルトゥースはニヤリと笑うと木刀を構える。

「一本勝負だ。使っていいのは剣術と体術のみ。霊術の使用は禁止だ。戦闘続行不可でも敗北とすることにしよう。タイムリミットは…フロス、俺のスケジュールはあと何分余裕がある?」

「2分は確保できます。」

「だそうだ。良いか?」

「国王様の仰せのままに。」

修也はチラリと木刀を見ると、苦笑を浮かべる。

「にしても…この道場と言い、木刀といい、さっき飲んでた日本酒といい…相変わらず日本のこと好きだよな、アルトゥース殿下。」

その言葉に、アルトゥースはニヤリと笑う。

「俺にとって、日本の価値観や文化は目新しいものばかりだったからな。リスペクトしているだけだ。」

そう答えると、アルトゥースは上段に木刀を構えた。

「…俺の事はいい。それよりも、貴様の今の腕前、見せてもらおう。…楽しませろよ?」

「…ったく、この戦闘狂め。」

「ああ、否定はしないさ。」

「…俺も人の事言えんけどな。」

そう言って2人は笑い合うと、ゆっくりと刀を構えた。

 

「第56代イギリス国王アスベル・ウル・アルトゥース。」

「霊使者協会所属S級16位・桐宮修也。」

 

 

「「…押して参る!!」」

 

 

「ヌゥンッ!!」

「ゼアァッ!!」

両者気合いの声が漏れる。

蹴った互いの床が揺れ、接触すると同時に凄まじい轟音と突風を生み出した。

キリキリと木刀の接触点が軋む。

「ほぉ…俺の一太刀を受け切るか…」

「あんたこそ…紛いなりにも英霊契約者の攻撃を、膂力だけで受け切るとか…相変わらずめちゃくちゃだな…」

「ふん、当たり前だ。我が50年の研鑽と鍛錬…」

 

「そこらのものとはモノが違うわ!」

 

カァンッ!

アスベルが振り抜き、乾いた音と共に修也の体は弾かれる。

彼は一回転して体勢を整え、足の力で踏ん張った。急停止した体に、アスベルの巨体が迫り来る。

「チッ…!」

「ムンッ!」

アスベルの横薙ぎを修也は何とか受け止めるが、そのまま体が宙に浮き、壁に向かって飛翔する。

アスベルは追撃すべく、その巨体をまたも踊らせた。

…だが、修也も易々とは終わらない。

壁に直撃する直前。くるりと体の向きを変えて、両足で壁と接触をして、そのまま自身の足を踏み切り急加速。一筋の流れ星のように高スピードでアスベルとの距離を詰めた。

桐宮流剣術《火》の型弐番《不知火》。

駆け抜ける一瞬の間に剣撃を叩き込むが、間一髪アスベルの木刀に防がれる。

修也は駆け抜けた後、すぐさま体勢を戻して着地。もう一度アスベルと対峙する形となった。

アスベルは感覚を確かめるように手を開閉させると、ニヤリと笑う。

「ふむ…膂力、脚力、技の制度。全てにおいて成長しているな。いい傾向だ。」

「そりゃどーも…」

「だが…」

 

「…もっと、楽しませてくれ。」

 

手招きするような仕草に修也は少し笑うと…

「…なら、お答えしましょう、殿下。」

修也はそう答えると、剣を構え直す。

そして、直後。

2人の剣戟が始まる。

1合撃ち合う度にかわいた音が響き、その度に刀も軋む。そして、剣術と同時に体術も使用可なので、一種の心理戦も繰り広げられていた。

そして、10数合の撃ち合いの末、またも鍔迫り合いへと移行した。

「クックック…いいぞ、ここまで血湧き肉躍る戦いは久しぶりだ…!」

「そりゃ、持ったいねぇお言葉だな…!」

言うと、2人は更に刀へ力を込める。

戦いの末だからか、木刀もミシミシと変な音を立て、所々に亀裂が入りかけている。

それを見てアスベルは、躊躇わず足で修也の足を払った。

「しまっ…!?」

アスベルは戦闘続行不可による引き分けを嫌ったのだ。目の前にいる強敵を、自分の手で捻り潰したかった。それだけの話だ。

「ムゥンッ!!」

アスベルの高速の剣撃が修也を襲う。

極大の威力を誇り、凄まじい速度のそれは視認できるものすら少ない、霊術無しならまさしく回避不可の技。

ましてや今の修也の体勢は崩れていた。

ここから回避することなど不可能だった。

 

 

…だが。

アスベルどころか、脇にいる3人も修也が一本入れられる幻影を見るほど完璧な一撃を受け切る。その直前。

ヒュオッ…

…修也の体は、刀に触れると共に掻き消えた。

これにはアスベルだけでなく3人も驚きに目を染める。

瞬間的な移動ではない。それならば、先程までの修也の肉体は、視認出来ていた彼の体はなんだと言うのか。

だが、そんなことを考えている間に。

アスベルは真上から気配を感じる。

それは、殺意。

鋭く荒々しい気配に目を向けると、そこには天井に足をつけた修也の姿。

直後に修也は動く。

右手の刀を限界まで引き絞って、アスベルに突進する。

「お…オオオオオォォォォ!!」

気合いを発しながら、修也はアスベルの体を狙う。

対してアスベルも、遅れることなく刀を真上に振り上げる。修也よりも先に刀を届かせるために。

「ム…アアアアァァァァ!!」

こちらも気合と同時に、修也の体を狙う。

凄まじい二つの剣撃が交錯するように近づいていく。

やがて2人の刀は、それぞれの体に吸い込まれた……

 

 

 

 

「ム…?」

瞬間、アスベルの刀が弾けた。

先程まで耐えきっていた木刀が突然の終わりを迎えた。

…そして。

修也の刀は、アスベルの喉元に突きつけられていた。それを確認して、フロスは叫ぶ。

「アスベル・ウル・アルトゥース殿下、戦闘続行不可!桐宮修也殿の一本を確認!この勝負、桐宮修也殿の勝利!」

それに「おぉ〜」という2人の歓声と拍手が巻き起こった。

何とも寂しい演出であるが、まあ仕方ないだろう。

修也はボロボロの刀をスススと入ってきたメイドに渡す。アスベルは自身の折れた刀を拾い、マジマジと見る。

「ふむ…自然と折れた訳では無いか…修也、何をしたんだ?」

アスベルの問いに、修也は笑いながら答える。

「まあ、これは技術っていうか、知識かな。…刀ってさ、構造上横の力に弱いんだよ。知ってるだろ?」

「ああ」

「だから刀を撃ち込む一瞬の間に刀にも、拳術で攻撃しておいたんだ。単純だろ?」

そう言って左手を開閉させる修也を見て、アスベルは可笑しそうに笑う。

「なるほど、単純だが誰も思いつかず、そして、実行しようとしない手だ。こういう大胆な発想も、貴様の強みだったな。」

笑いながらアスベルは立ち上がると、頭2つ分程も差のある青年に笑いかけた。

「…強くなったな。出来ればまた、よろしく頼む。」

「ここいる間は、俺はあなたの傘下だからな。出来るだけ応じるよ。」

2人はそう言って握手を交わした。

アスベルが少し力を込めると、呼応するように修也も同じように力を込めた。

 

「…頼んだぞ、修也。」

「頼まれたよ、アルトゥース殿下。」





頭2つ分て多分40~50cmなんだよね


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第32話 悪霊の住まう海

海外で妖怪とかのことモンスターって言うのかな?
もしくはゴースト?(-ω- )




青黒い大量の水の上を白い物体が滑走する。

駆動するエンジン音に波の音が重なる。

揺れるその上で立つ青年、修也は船頭で人差し指と親指で円を作り、覗くように目に当てていた。

その横で腕を組んで立つ少女、琥珀は横目で見ながら尋ねる。

「どうじゃ、お前様。なにか見えるか?」

「んー、島自体は見えるけど…ちと遠すぎんのと…あと悪滓(あくさい)が多すぎる。めちゃくちゃ視界が霞む。」

そう怪訝そうな声で呟く。

修也は前のめりにしていた体勢を戻して、腕を組んで立つ。

それを後ろから見ていたジャンヌは苦笑いを浮かべた。

「…修也君、この距離から島が見えるんですか?」

「え?見えないの?」

「いや《見えて当然だろ?》って顔しないでくださいよ。まだ出港してから数分しか経ってませんよ?」

そう、グレートブリテン島の港を出てからまだ数分しか経っていないので未だに目標の島は、はるか遠くにある訳だ。

「ま、とりあえず島はもう少ししてから確認するか。そこまで焦ることでもねえしな。」

そう言うと修也は座り込んでボートの端に背中を預ける。

それに流れるように琥珀は修也の太ももの上に座って体重を預けた。ジャンヌはその横に座り込んで、修也に問う。

「…それにしても、海も随分と悪滓に影響されてますね…」

「ま、高位妖やらが現れるくらいの状況だ。こんぐらいならわけねえだろうな。」

「まあだが、それだけの悪滓を溜めておきながら未だに海の所々に影響されていない場所があるのを見ると、そこまで長い年月で溜め込んだ訳では無いようじゃな。」

「そうなのか?」

「うむ。長い年月溜め込んでおると、海の場合はそれこそ深い所まで穢れきるものじゃ。…が、今回の場合はそうではなく、せいぜい穢れておるのは水深5メートルほどまで。要は上澄みにしか影響は出ておらん。」

「深海は生命体が少なくて、霊力も多くないからな…穢れんのには時間がかかる。…琥珀は大体何年くらいで出たもんだと予測する?」

「年も要らん。この影響ならざっと1〜2ヶ月と言ったところじゃな。」

「1、2ヶ月…短ぇな。」

「それに、今回の悪滓はどこか作為的なものを感じるのぉ。」

「作為的なもの…?」

「うむ。…実を言うと作為的な悪滓は今までも感じたことはあった。」

琥珀はそう言うと、修也を見る。

「お前様、数ヶ月前に妹君を攫った霊を覚えておるか?」

「ああ、勿論。」

「あやつからもどこか作為的…第三者から植え付けられたと見れる悪滓は感じ取れた。お前様が浄化した、あの者の娘と妻の心から作られたと見られる《闇》もそれじゃな。」

「…そうなのか」

「それと、そこの聖女の娘を助け出した後になし崩し的に契りを交わした…」

「ちょっと言い方に棘あるな。」

「気のせいじゃ。…その時にいたあの…長身の…長髪の…顔が気持ち悪い…体調悪そうな…」

「ジルですね。ジル・ド・レ。」

「お前あいつの外見的見た目のそこまで好意的に見られない点だけ取り上げて思い出すなよ。絶対わざとだろ。」

「気のせいじゃて。…あやつもどこか、主が遭遇した霊と同じような状態にあったように感じた。」

「…つまり、今回も…」

「うむ。今回の場合、あの島で自然と積もりに積もった悪滓ではなく、()()()()()()()()()()()()()()という可能性が限りなく高いじゃろうな。」

「一体誰が…なんのためにそんなことを…」

「さあのぉ。儂もエスパーなどではないからそういう細かいところはわからん。…ただ、」

 

「儂らの知らんところで、何かが動いておるのは確かじゃろうなぁ。」

 

「何か…ねぇ…」

「修也君?」

呟き、淵にもたれかかる修也。

揺れる船の上。彼はゆっくりと視線を上げて、自身を包む空を見る。

どこか薄暗い雲の中、隙間からの零れ日が彼を照らしていたーー。

 

 

「船首さん。」

島まであと1キロという所まで近づいた頃。

修也は船を操作していた人物に声をかける。

「悪いけど、ここで止めてくれ。あと、俺達が離れたらすぐに全速力でイギリスに戻ってくれ。」

「え…ど、どうかなされたんですか?」

少し歳のとった船首の問いに、修也は見えてきた島を見ながら答えた。

「…少し、嫌な予感がする。」

「は、はぁ…」

船首は少し怪訝そうな顔で修也を見るが、特に反論をすることなく船を止めた。

修也は「ありがとう」と言って操縦室を離れ…

 

ピクリッ

 

それと同時に、修也の《感知》に反応があった。すぐさま彼は操縦し直していた男性を抱えて操縦室を出る。

「琥珀!ジャンヌ!」

「はい!」

「分こうとるわ!」

3人は叫ぶと同時に船から飛び、そのまま上昇。修也は霊術を足元でバーストさせながら男性を抱え、琥珀は翼を広げて、ジャンヌは光に包まれて飛翔する。

そして、飛んだ瞬間。

乗ってきたボートが、呆気なく粉砕される。

巨大な、長い口によって。

まるで蛇のような形状のそれは、バリバリとボートを粉々にして嚥下する。

ボートは破片となり見る影もなかった。

青い鱗。長い体。巨大な口。

それは正しく、大蛇。

「シーサーペント…」

 

シーサーペント。

またの名を大海蛇。

かつて中世のヨーロッパから海域に目撃されていた、高位悪霊。特定のものを示すのではなく、それに類似したものの総称ではあるが霊使者の間では固有名として扱われる。

 

「…」

見ると、巨大なシーサーペントの周りにも小粒ではあるがかなりの数の悪霊が取り巻いている。

払えなくはないが、修也1人では時間がかかりそうだ。周りに高位悪霊がいるかもしれないので、なる早で終わらせておきたい。

「…しゃあねぇか。」

修也は呟くと琥珀に向き直る。

「琥珀、船首のおっちゃん転移霊術で送り届けてやってくれ。霊力消費するけど、この際仕方ねえ。」

「心得た。」

「頼んだ。…ジャンヌ。」

「はい。」

 

「やるぞ。」

「了解しました。」

 

言うやいなや、2人は互いの手を握る。

暖かい手の感触の後、2人は目を開いた。

 

「幻想憑依・開始(オープン)!!」

 

瞬間。

2人の体を白い光が包み込む。

神聖にも見えるそれを嫌がるように悪霊達は呻く。そんな中、シーサーペントだけは、振り払わんと首を振って突撃を開始した。

白い光の中心に長い肢体をぶつける。

 

ドガァッ!!

「キッ…!?」

 

白い光に入った瞬間。

シーサーペントの体を硬い何かが弾き返した。衝撃と共に崩れ、シーサーペントは海に体を沈めた。

そしてその直後に光は薄くなり、中心の人物が姿を現す。

 

髪は黒い。

だが、服装が完全に違っていた。

赤いコートは白いものに変わり、ズボンも白。中の服やブーツは黒いままだが、腕や足、手などのあらゆる部位に金属製の鎧を纏う。手に持つ旗が、彼の黒髪と共に風になびく。

そして目を開くと、その目は赤と同時に金色の光も瞬き、悪霊を見据えた。

 

その目に、悪霊達は畏怖を示す。

声も出さずに震え、顔を出したままその場から動かない。

そんな霊達にも、修也は躊躇わない。

ゆっくりと右手に持つ旗を振りかぶる。

…そして、空間を振り抜いた。

それと同時に旗から凄まじい量の光が溢れ出す。光は海の悪霊に降り注ぐと、その体を全て浄化させる。

悪霊達は何もすることなく、神の慈悲を受けるかの如くその場から消え去った。

そして、光が晴れると…

 

海の半径数百メートルが全て、浄化され尽くしていた。

 

まさしく、圧倒的。

修也はゆっくりとため息を着く。

そして、その瞬間。

今までなりを潜めていたシーサーペントがその姿を現す。海から飛び出すやいなや、一心不乱に修也目掛けて突進する。

それを彼は、《物理障壁》を作り出すことで防ぐ。

強固な壁に阻まれ、怯んだ所でもう一度旗を一振。光で浄化しようとするがシーサーペントは尚も威嚇するように口を開く。

「シャアアアァァァァ!!」

「…ったく、面倒だな。」

修也はもう一度、手に持つ旗を構えた。

 

『修也君!』

「…ッ!?」

 

瞬間、背後から感じた気配に、思わず体を逸らす。そして、先程まで自身がいた場所を《何か》が通過した。

それはやがてシーサーペントにまで届き…

 

巨大な蛇の体を、真っ二つに切り裂いた。

 

2つに分かれた蛇の体を見送りながら、修也は先程の《斬撃》が飛んできた方向を眺める。

…そう、マン島の方角に。

「…修也君。」

幻想憑依を解いて、横に立つジャンヌが声をかける。

修也はマン島の、小高い丘の上。

一人立つ少女の姿を見つめる。

金色の髪をたなびかせる少女。

かなりの霊力を感じさせるその少女に、修也は笑う。

先程向けてきた、彼女の気配。

 

 

 

確実な、《敵意》を。

「…ったく、手荒い歓迎なこった。」

 

 

彼の周りを、一陣の風が過ぎ去ったーー。




シーサーペントって総称なんだね。


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第33話 少女の居所

ロリっ子ロリっ子〜




「んー…」

マン島の大草原の中に立つ修也は、周囲を見渡して唸り声をあげる。

彼がいたのは、先程まで少女のいた、小高い丘の上。僅かに霊力の残滓は残っているが、彼女自身の姿はなかった。

「どこに行ったんでしょうか。」

「霊力の残滓を見るに、あの森の中に消えたようじゃな。」

琥珀が見た方向には、あまり背の高くない木が並ぶ森がある。

「どうする、お前様。」

琥珀の問うような視線に、修也は即答した。

「追うぞ。あいつならこの島の異常について知ってる可能性が高い。」

「了解」

「分かりました。」

「そうと決まれば…あいつがいるな。」

修也はコートの懐から、1枚の紙…札を取り出す。そして霊力を流し込むと、札は煙を上げる。

そして煙が晴れるとそこに居たのは、炎を体の所々に灯した小動物。

「ナー。」

最高位幻獣である炎狐…アグンは一声鳴いて毛繕いをすると、そのまま腕を経由して修也の右肩に飛乗る。

修也はアグンの頭を撫でながら告げる。

「うっし、アグン仕事だ。今ここに残ってる霊力の持ち主のとこに案内してくれ。」

「ナー。」

了解と言わんばかりに一声鳴くと、アグンは肩から降りて彼らの先頭に立つ。

ジャンヌが座り込んで「よろしくお願いします」と言って頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。

…が。

「フシャー!シャー!」

「む、なんだエテ公!やる気か!?」

何故か琥珀に対しては全身の毛を立たせて威嚇する。琥珀もそれに対抗するようにファイティングポーズをとるが、それを修也は呆れた目で見つめた。

「…お前らなんでそんなに仲わりぃんだよ。もうそこそこ長ぇ付き合いだろ?」

「そういう問題では無いのだ、我が主よ。このエテ公とは近い将来立場を分からせるために戦う必要がある!」

「何のだよ…」

 

 

テチッテチッテチッテチッ…

ザッザッザッザッ…

緑の中に、茶色い葉が混じる森の中。

1匹と3人は、1匹を先頭にして森を歩く。

アグンは時折鼻をひくつかせながら、足取りに迷いはない。

「アグン、どんな感じだ?」

「ナー。」

「そか。順調ならいいや。」

修也が笑いかけると、ジャンヌが微笑ましそうな視線を向ける。

「修也君とアグンは、本当に仲が良いんですね。」

「まあ、仲は良いよな。もうかれこれ十年以上の付き合いだし。」

修也は前を歩くアグンを見る。

「霊使者としてじゃなく、普通に生活してる時もこいつは時々出して、色々遊んだりしてたからな。さすがに数年札に籠りっきりってのも大変だろ?」

「そうですね。」

修也は笑うと、ジャンヌは納得するように頷く。

「そういえば、まったく人の気配がないが市民は既に退去した後なのかの?」

「お前報告書に書いてたろ。見てないのか?」

「すまぬ。正直どうでもいいと思った。」

「正直に言うな。…マン島の島民は全員本土に避難済みだよ。だから、一般人に被害が及ぶことは基本的にない。」

「ほう…イギリスの上層部は随分と仕事が早いのぉ。」

「いや、軍や政府が実行したわけじゃねえぞ?」

「…なに?どういう事じゃ?」

修也の言葉に琥珀は怪訝そうに眉を顰める。

修也は説明しながらクルクルと指を回す。

「何でも、島民全員が自力で避難してきたらしい。まあ、霊やらが見えん人達からすりゃ、ただの自然災害にしか見えんからな。」

「それなら尚更、『大丈夫だろう』という心理が働かんかの?」

「まあ、確かになぁ。災害ある毎に避難してたら日本なんざ住めんし。…まあ、そこら辺の細かいところはわからんが、ヨーロッパは台風とか地震とか少ないからな。『あ、これやべえ』って思ったんじゃねえの?」

「大雑把じゃなぁ。…ま、そういうことにしておくかの。」

そんな会話が続き、そこで1度区切りがつくと、1つの静寂が訪れる。3人は言葉を発することなくアグンへとついていく。

…やがて、アグンはある場所で止まった。

そしてその周りをスンスンと鼻をひくつかせて嗅ぐが、困ったように眉を顰める。

修也は膝をおってアグンに顔を近づける。

「…ここで終わりか。」

「ナー…」

どうやら、あの少女のものと見られる霊力の波長が、ここで途切れているようだ。

一応まだ森には先があるようだがこれ以上進む必要はないだろう。

「…ふむ…」

修也は思考する。

今のこの状況。

あらゆる可能性を導き出す。

『この森に入ったことは間違いない。なら問題はここからどうやって移動したか。徒歩じゃない。それなら霊力の気配は続くはず。それをアグンが見逃すわけが無い。なら、飛んだ?いや、これだけ木々が生い茂ってるなら何かしらに当たって音が発生する。…いや待て。それ以前に…』

「ジャンヌ、今木々に鳥はいるか?」

「え、鳥ですか?えーと…いえ、1匹もいないです。」

「琥珀、霊は…」

「おらんよ。儂らの周辺というか、この森の中には1匹もな。」

「分かった、ありがとう。…なるほどな。」

修也は納得したように1度頷くと、「よっこらせ」と立ち上がる。

「修也君?」

「いやなに。俺が勘違いしてたってだけだ。」

「勘違い?」

修也は関節を伸ばすように腕や足を動かす。

「ここで霊力が途切れてるってことは、何らかの手を使ってこの場から離脱…飛び去ったってことだ。ここまではあってる。…けどこの森に隠れたわけじゃない。」

「え、でもこの森に霊力が残ってるってことは…」

「ああ、()()に入ったことは間違いない。俺が言いたいのは、()()()()()()()だ。」

「正体…?」

修也は腰の刀の柄を握り刀身を引き抜いて、そのまま森の中を歩く。

ジャンヌ達もその後ろに続いた。

やがて数メートルほど歩いた後、修也はその場で立ち止まった。

彼の目にはいつの間にか、赤の他に鮮やかな蒼色の光が瞬いていた。

「《考えるな、感じろ》なーんて、誰かが言った名言があるけどさ。この場合は《見過ぎるな、感じろ》ってとこか。…視覚に頼りすぎんのも、愚行ってことだな。」

言いながら、修也はくるりと刀を逆手に持ち直す。そしてーー

 

そのまま地面へと突き立てた。

 

パリンッ

そんな音が響き、やがてーー

彼らの周りにあった草木が柔らかな光と共に消えていく。そして、草原に建つ木造や石造りの家々が並ぶ、集落のような場所が姿を現した。

「こ、れは…」

「なるほどのぉ。自身達の集落を幻惑霊術で偽装することで場所を特定されないようにしておったのか。幻惑じゃから木々に鳥が止まることは無いし、霊達も精霊の住処には近づかんわな。」

「そういうこった。ま、ここまで生物的反応なくても、森の中なら気にするやつもいねえだろうしな。」

そう言いながら、彼は刀を鞘にしまう。

…その瞬間。

「修也君!!」

ジャンヌが動き、彼の背後に投擲された刃を旗で弾く。霊術で出来たそれは、弾かれた瞬間に霊力となって消える。

ジャンヌが構える中、修也はゆっくりと後ろを向いて、笑った。

「…相変わらず、手荒だなぁ。お嬢ちゃん。」

修也の視線の先。

1つの建造物の上に立つ、1人の少女。

金色の長い髪に、緑色の目。白い肌を白と緑を基調としたワンピースに包んでいる。

そして靴は、西洋だからだろうか少し大きめのブーツ。

そして手には、黒い傘。

傘を差しながら少女は口を開く。

「…まさか、あの結界を破れる人間がいるなんてね。少し見くびってたかしら。」

初めて聞いた、少女の鈴のような声。かけられた声に、修也は肩を竦めて答える。

「確かに、凄く良い術式だったな。こいつらの嗅覚や探知能力なんかが無けりゃ見落としてたかもしれん。」

修也が応えると、金髪の少女は傘の影の下で少しだけピクリと眉を動かす。

少しの間の後、彼女は告げる。

「…まあ、いいわ。それじゃ、早く出ていってくれる?ここは強欲で穢れた人間が来るところじゃないの。」

「お生憎さま。俺もこの場所…というかお前に用があるからな。お前が素直に話してくれるって言うなら大人しくこの場所から離れるさ。」

「馬鹿なこと言わないでくれる?穢れた人間と話すことなんて無いわよ。」

「それなら俺もここから動けないな。無駄足は嫌いなもんで。」

拒絶するような態度に、軽く返す修也。

…やがて少女は少しだけため息をついて、修也達を見下ろした。

「まあいいわ。それなら…」

…彼女の周りに風によって舞上げられた木の葉が出現する。

「力づくで追い出すだけだから。」

それは、敵意。

先程も修也に向けられた、その気配に、修也はーー

 

いつも通りの笑みで返した。

 

「構えなさい…死ぬわよ?」

「やれやれ…この国のヤツらはどいつもこいつも殺気立ってて怖ぇな。」





え、ロリっ子多過ぎだって?

好きだからしょーがないでしょ!?(なかなかの問題発言)


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第34話 話し合い

題名と本編の矛盾をお楽しみください





「構えなさい。…死ぬわよ?」

草原の中に響く、精霊の少女の言葉。

その言葉にジャンヌは武装を展開し、旗を構え直す。

「修也君、ここは私が…」

琥珀は腕を組んだまま、主の背後に立つ。

そして修也はといえば…

 

未だに笑みを浮かべていた。

 

尚も身構えるジャンヌの肩を、修也はポンと叩く。そのまま前に出る。

「しゅ、修也君!」

自身の主の行動に少しだけジャンヌは声を荒らげるが、修也は笑いながら彼女を見る。

「下がってろ。ここは、俺がやる。」

「で、ですが…」

修也の指示にジャンヌは尚も食い下がろうとするが…

「なんだ?ココ最近活躍出来てないから仕事が欲しいのか?」

「ち、違いますよ!」

意地悪な、修也のからかうような言葉に思わず反論してしまう。

それに彼はニッと笑う。

「安心しろ。負けるつもりはねえよ。…ただ、俺達はあくまで《話し合い》に来てるからな。そこは勘違いされてちゃ困るんだよ。」

修也はそう言うと、2人を置いて歩き始める。ジャンヌがそれを困ったように見送っていると、後ろから琥珀が声をかけた。

「聖女、武装を解いておけ。あまり無駄な霊力を消費するものでもなかろう。」

「で、ですが琥珀さん…万が一があれば…」

「万が一どころか、無量大数分もの心配も要らんよ。…それよりも、これからの戦闘に備えておく方が大事じゃ。海辺にいた蛇と同じかそれ以上の階級の霊共を相手にせんとならんからの。」

「…」

琥珀のその言葉に、ジャンヌは少しだけ躊躇いながらも、大人しく自身の武装を解く。

彼女は自身の主を静かに見守る。

 

 

「へえ…ボーヤが出るの?まずは付き添い2人を出して来るものかと思ったわ。」

「出るも何も。俺は別に戦うためにお前を追ってきたわけじゃないよ。話を聞くためにお前を探してたんだ。」

「そう。それなら残念ね。私は人間と話す気なんてさらさらないの。」

「…なんでそこまで人間を嫌うんだ?」

「あなたに関係ないでしょ。それより…」

 

「本当に死ぬわよ?」

 

ヒュッヒュバッ!

顔の横を、薄緑色の刃が通過する。

彼は何でもないようにそれを首を傾けるだけで避けると、ゆっくりと歩き出す。

隙だらけのその行動に、精霊の少女は眉を顰めた。

少女は同じように、しかし数を増やしながら彼に向かって風の刃を繰り出し続ける。

「…なんのつもり?何故反撃してこないの?」

「最初から言ってるだろ。俺はお前と戦いに来たんじゃない。戦う理由がないなら、俺は刀は抜かねえよ。」

そう言いながら第三陣も第四陣も難なく避けきる。

第五陣を切り抜けた瞬間、少女の中にも多少の焦燥が現れ始める。

『…なんで当たらないの…?』

今や彼を襲う風の刃の数は最初の2発と比べて数倍の数にまで増えていた。そして、かなりの速度で、多数の部位に向かって飛翔する刃なのだ。

それを彼は最小限の動きで避け、少女との距離を詰める。それには、焦らずにいられないだろう。

「なら…」

少女は刃の精製をやめて、両手を修也に向けてかざす。修也は歩き続けていたが、やがて彼の足元から渦巻く風の奔流が姿を現した。

竜巻に修也の体はふわりと浮き上がり、やがて足も地面から離れる。

このままでは彼は間違いなくこの場から放り出されるだろう。

だが…

「……」

修也は少女と同じように自身の前に両手をかざし、目を瞑る。

それと同時に彼の手に霊術が展開、収縮。

そして…

「…ハアッ!!」

気合と共にそれを解放。

収縮した風の霊術の瞬間的暴発が起き、彼を取り囲んでいた竜巻を消し飛ばした。

あまりの風の奔流に少女やジャンヌ、琥珀も顔を守るように手をかざす。

「…ッ…」

目を開ける少女。

止まらない修也。

少女の焦りは確かなものとなる。

「…このッ…!」

苛立ちを含んだような声と共に少女が手を振ると、細長い、鞭のように編まれた風の霊術が修也へと襲いかかる。

修也は対処のために手を翳すが…

シュルルルッ

「…おっ…」

鞭は避けるように修也の手をすり抜けると、そのまま彼の四肢に絡みついた。

修也の動きが止まる。

「…何か言い残すことはあるかしら?」

少女の問いに、しかし修也は抜けた声を出した。

「なー、そろそろ俺の話聞いてくれよー。」

「…終わりよ。」

そして、少女が用意していた極大の威力を誇る霊術が彼に襲いかかった。

放たれた瞬間、修也へと着弾する。

轟音、爆風。

凄まじい力の奔流が辺りを満たす。

少女は現れるであろう傷だらけの修也の姿を幻視した。

 

「…なッ…?」

 

だが、それはあくまでも幻視。

砂煙が晴れたあと、少女の目が直視したのは修也の前に現れた地属性の壁が崩れ落ちる様と、無傷の彼の姿。

修也は飄々と少女を見つめる。

やがて自身を束縛する鞭を強引に引きちぎると、またも前進を開始した。

ここまで来ると、彼女の中に少しだけの《恐怖》が姿を表す。

それを振り払うように、少女は攻撃を再開した。だが、彼はそれも難なく無力化していったーー

 

 

「…流石ですね。」

ジャンヌが感嘆したように呟くと琥珀はさも当然と言わんばかりに「フンッ」と息を吐き出す。

「あの程度、我が主からすれば赤子を捻るようなものであろう。同属性の攻撃の連続など、細かなことを調整さえすれば簡単に無力化できるからの。」

「その《細かなこと》が本来なら凄く難しいんですけどね。」

「そんなものは、大して問題ではないだろうよ。儂から見ても、主の粒子レベルの霊力操作は天才的じゃ。大抵の霊術では我が主は崩せんよ。」

「琥珀さんから見ても、そうでしたか。…ですが、あの精霊の少女…」

「うむ。《次の一手》をどう対処するかでこの勝負、決まるの。」

 

 

ももう何回目かの攻撃を無力化した後。

修也はもう一歩足を踏み出した。

そこで、地面が揺れ…

「うおっ…?」

ガチャガチャガチャガチャッ

彼の体を土で出来た鎖が締め付ける。

なかなかの強度のそれは、修也の動きを完全に封じた。

いきなりの別属性の攻撃に、修也は対処出来なかったのだ。

そして…

 

ダンッ!

 

少女が小さな足で建造物の屋根を踏み付けて音を出すと、修也の目の前の土が段々と変形していく。

「おおー…」

修也は感嘆の声と共にその変形を見上げた。

やがてその変形は少女の立つ建造物をも超えて…

 

人型のゴーレムが完成した。

 

そして少女が手を振ると、ゴーレムは腕を引き絞り…

凄まじい速度で拳を打ち出した。

それは修也の体へと直撃する。

爆風と共にクレーターが出来上がり、その中にゴーレムの拳は埋もれる。

「…ようやく、ね。」

少女はため息をつくと、傘を畳んで地面へと飛び降りる。

彼女はクレーターの近くに近寄り、ゴーレムに指示を出す。ゴーレムが拳を上げると、そこには塵すらも残っていなかった。

「…仕方ないわよね。」

少女はクレーターを眺めながら呟くと、視線を先程まで相手にしていた青年の付き添いに目を向けた。

ここから立ち去る旨を、伝えようと…

パラリッと…

何かが落ちてくる。

それは、固形の土。

少女が背後を見て、視線を上げるとそこには…

 

崩れかけている、ゴーレムの姿があった。

 

少女が戦慄すると同時。

彼女の頭に、トンッと何かが押し付けられて

 

パリッ

 

そんな音と共に彼女の意識は刈り取られた。

 

 

 

「ん…」

少女は目を覚ます。

まず視界に入るのは、暗い地面。

木々があるようで、精霊の集落とは離れた場所らしい。

そして視線を上げると、揺れる炎が入り込む。

そして…

 

「ふむ、フィッシュアンドチップスか。このような食材、いつの間に用意しておったのじゃお前様よ。」

「べーつにー。どうせ今日一日で終わるわけねえから食材用意しておいただけだよ。油とか調味料も《異界製造》の中に入れてるし。…ほれ、アグン。チーかま。」

「ナー♪」

「あ、あの…修也君。おかわりを…」

「えぇ?もう食ったのか?食べ盛りだなぁ。」

「す、すみません。美味しくてつい…」

「いやまあ全然いいけどさ。」

 

ワイワイと。

焚き火の周りでそんなことを騒いでいる一行。先程とはまるで違う雰囲気に彼女は黙り込む…

「ちょっと」

…ことはせずに、喧騒を遮るように声を出す。

それに、修也だけが反応して、手に持っていた金網のようなものをジャンヌに渡した。

「自分のタイミングでフライあげてくれ。」

「あ、わ、分かりました。」

ジャンヌは受け取ると鍋とにらめっこを始めた。

修也はそれを横目で見ながら少女に近づく。

「よ、悪ぃな。こうしねえと話して貰えねえかと思ってよ。」

修也はかがみこんでそう言うと、少し申し訳なさそうに少女の二の腕を見る。少女も少しの重さを感じるそこは、何か紐状のもので縛られていた。

何かかけられているのか、霊術を使おうとしても、使えない。少女は少しだけ身を捩ってから、キッと修也を睨みつける。

「…少し手荒じゃない?レディに対しての対応じゃないわね。」

「あー…うん。その点は本当に申し訳ない。ただ、俺もゆっくりしてる暇はないんだ。…話してくれないか?この島のこと。」

少女は修也の言葉にプイッとそっぽを向く。それに修也は少しだけ困ったように笑う。

しかし…

「もういいじゃろ、お前様。」

琥珀はそう言って、食べていた飯の皿を置いて立ち上がる。

そのまま少女に近づくと、立ったまま話し始める。

「いや、琥珀待てって。」

「そうは言うがの、儂らにも時間はない。下手をすれば悪霊がイギリスの内陸部にまで被害を及ぼすかもしれぬ。」

琥珀の言葉に、修也は黙り、琥珀は少女を見下ろした。

「おい、小娘。貴様がどーしても話したくないと言うなら、それでも構わん。ただ、その場合…」

 

「この島の周りにいる、全ての悪霊達を払いきることになるがの。」

 

「…ッ!!」

ビクリッと。

少女はこれまで見なかったような大きな反応を示す。それはまるで恐怖するような、反応であった。

「まあ、当然じゃの。儂らとしても人々の害となる悪霊を払うことが仕事な訳じゃし。その霊がいったいいかなる過程でそうなっていたとしても、全て躊躇いなどなく斬り倒すほかないしの。」

身を震わす少女。

明らかに反応が違った。

琥珀は修也に目配せをすると、修也は少女に話しかける。

「まあ、そうだな。俺たちはこの島の周りに住み着いてる悪霊を全部払い切るしかない。元々そのために来たようなもんだしな。…悪いけど、払い切るぐらいなら余裕だ。」

「それどころか、今現在、この島の中心部に住み着いておる巨大な反応の持ち主にも手をかけることになる…」

 

「それはやめてッ!!!」

 

そう。

初めて聞いた彼女の大声に、周りにいた鳥達が飛び去り、木々が揺れる。

少女はそれにハッと我に返ると更にそっぽを向いた。

修也はそれも構わず、まっすぐ彼女を見る。

「…話して、くれないか?」

「…私は人間が嫌い。もちろん、あなたも。」

「ああ、そこを承知で、頼む。」

修也は目をそらすこと無く、彼女をみたまま、それを告げる。

少女はその視線を少しだけ避けるように見ながら…

 

「…分かったわ…」

 

観念したように、項垂れた。




こういう話は薄くならないようにめちゃくちゃ頑張ってる。(知らんがな(・3・)アルェー


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第35話 島の悲劇

やべぇ、疲労が…チ───(´-ω-`)───ン




「ほれ、お茶。」

金髪の少女が座る目の前。

暗く影の落ちた地面に簡素なカップが置かれる。湯気が出る液体はすぐ横で揺れるオレンジ色の火を反射していた。

「…どういうつもりかしら?」

「え?…ああ、縄を解いたこと?こっちは話してもらう身だし、それに拘束したままだと話しにくいだろ?」

「…お人好し…?…いえ、能天気なのかしら。…私が逃げ出すとは思わないの?」

少女の言葉に、修也は座りながら、苦笑いを浮かべた。

「そりゃ、多少は心配だけどさ。」

チラリと修也は後ろの2人に視線を向ける。

「…この2人から逃げ切れると思うか?」

背後にいる、凄まじい存在感を示す2人をみて、少女はため息をついた。

「…無理そうね。」

少女は目の前に出されたカップを両手で持ち上げて、少し啜った。

「…話すわ、これまでのこの島のことを。」

 

 

何でも、元々は平和な島だったようだ。

元々霊使者協会が定める《危険地域》にも登録されていないため、それも当たり前ではあるが。

彼女達《風精霊族(シルフ)》は元々決まった群れはなさず、それぞれの小範囲の者達がより集まって世界中に散らばっている。

マン島のシルフ達は数十年前からこの島に住み着き、以来島民とも適切な距離を保って生活をしてきたそうだ。

…だが、その生活が崩れたのは、数ヶ月前の事だ。

ある日、彼女達の集落のある幻惑の森に人が迷い込んだらしい。

どうやらそういったことは度々あるらしく、ましてやその人物がどこか体調の悪そうなことも考慮して、早急に手を打とうと言うことになった。

そして精霊数名が彼の案内のため、結界の外に出た。

…瞬間。

その人物の体が暴発。

その人物は即死。

案内に出た精霊数名も、それぞれが重軽傷を負ったそうだ。

そしてその衝撃で、集落を覆っていた結界も破壊され、そして…

 

ある人物が、現れた。

 

 

「ある人物?」

修也がカップを持ち上げながら反応すると、少女は「ええ」と頷く。

「まるで人間が暴発して、私達の集落の結界が破れるのを待っていたようなタイミングだった。…間違いなく、そいつの仕業でしょう。」

「んー…その男、何か特徴は?」

「特徴…?そうね…体はローブに包まれてたけど…あ」

 

「確か、獣の仮面をつけてたわね。」

 

ピクリッ

「…修也君?」

「どうかしたのかしら?」

ジャンヌと少女の声に、修也は特に気にするなと言わんばかりに首を振る。

「何でもねえ。続けてくれ。」

 

 

その仮面の人物は、特に攻撃をすることなく、「自身は話し合いに来た」と言ったそうだ。この集落の長と話がしたいと言い、精霊達もそれに応えた。

やがて少女の父と兄がその話し合いに応じたようだ。

 

 

「あ、お前って長の娘だったの?なんか意外。」

「黙りなさい。今はそこはどうでもいいのよ。」

 

 

その後、長宅で謎の男との話し合いが執り行われた。

もちろん、今すぐ追い出すべしとの声も上がっていたようだが…その意見も、男の内包霊力量をみて押し黙ったようだ。

それほどまでに、男の実力は圧倒的だったようだ。各属性を司る精霊が全員押し黙るというのは、余程だったのだろう。

やがて、話し合いは終了し仮面の男は特に何も言わず、集落を後にしたようだ。

そして、男との話し合いを終えた長がみなに伝えたことは…

 

早急な、結界の強化だった。

 

 

「ふむ…」

そこまで聞き終え、修也はカップの中の紅茶を飲み干して、袖で口元を拭いた。

「精霊の集落を治める長が結界の強化を命令したのか…」

「それほどまでに、彼の仮面男は驚異的だったのでしょうか?」

「いいや、聖女よ。その男自身ではなく、その男の持つ思想が危険だったという可能性もある。」

「まあ、確かに。長はそいつと話をしてからそれを命令したわけだからな。…そのあたりはどうだったんだ?」

「…男と話した内容は、私達には知らされなかったわね。」

「へぇ…よっぽどの事だったのか、それとも大した話はしなかったのか…後者を望みたいな。」

「…続けるわ。」

 

 

それから、数ヶ月。

今から数週間前。

それまで集落は特に問題なく、平和に暮らしていたようだ。多少、霊の出現頻度は高くなっていたが、その程度だった。

 

だが、ある日。

 

また、結界が破られた。

 

結界の強化は行われていた。

それこそ、通常の霊術などでは傷1つ付けられないほどに。

…だが、なんの予兆もなく結界は破られ、そしてそれと同時に。

数多の悪滓が集落へと入り込み、集落の精霊を汚染していき…

 

その精霊のほとんどが、悪霊へと変貌したのだ。

 

 

「最初はお兄ちゃ…父と兄が何とか抑えこんで、皆が避難する時間を作ってたけど…結局は抑えきれずに、全員が巻き込まれた。」

「…で、今のマン島のこの状況と。」

「なるほど、今この島の周りにいる悪霊の中には元は精霊だった方々がいる、という訳ですか…」

「精霊って言うのは、人々の悪滓の影響を受けすぎると漏れなく全て高位悪霊へと変貌するからな。多分海にいた細かい霊は海が汚染されて、魚なんかに取り憑いたんだろ。」

「…小娘、この集落の精霊の数はおおよそ何人じゃった?」

「…私が知る限り、赤ん坊も合わせて、63人。」

「60以上、か。」

「なかなかの数ですね…」

「……」

トントントンと。

修也は考えるように地面を指で叩く。

「…ちなみに聞いとくけど、お前がそこまで俺達人間を嫌う理由はなんだ?」

「それは関係あるのかしら?」

「ああ、もちろん。」

少女の言葉に、修也は真剣な眼差しで答えた。それに少しだけ気圧されながらも、少女はため息をついて答える。

「…人間は、強欲、愚かだわ。そして、何よりも浅ましい。」

「…」

「目の前に転がっている物だけを拾い上げて、その先のことなんて考えようともしない。私達精霊が如何に人間の未来を考えて行動しようと、その思いをなんの躊躇もなく踏みにじる。…自分のことしか考えない。」

 

「だから私は、人間が嫌い。」

 

少女の言葉は、重く、周りに響く。

まるで、彼女自身の経験談のように、実感のこもったそれに、修也は「そうか」と頷いた。

「…状況は理解した。琥珀、ジャンヌ。明日から動くぞ。今日はもう遅いしな。」

「了解。」

「分かりました。」

「じゃ、今日はありがとうな。お前が話してくれたおかげで、かなり立ち回りやすくなったよ。」

「…ねえ。」

「ん?どした?」

「…あなたは、皆を祓うの?」

少女の、修也への質問。

何処か、心配そうな彼女に、修也ははっきりと答える。

「そうしたくはないけど、ただ、それしかないって言うなら、そうする。多分お前は俺を更に恨むと思うけど、俺の仕事は…やるべき事は、この世界から1つでも多く災厄を消すことだ。」

「…それは、トカゲの尻尾と同じじゃないかしら。」

「そうだな。…でも、俺達にはこうするしかない。人が悪感情を捨てられるかと問われたら、無理だ。そんなことは、天地がひっくり返ってもな。どう足掻いても、悪滓が生み出され悪霊が産まれるのを止める術はない。」

「…その行動に、なんの意味があるのよ。」

「分からない。ただ俺は、自分が正しいと思うことを、出来ることを精一杯する。それだけだ。」

「…そう。」

少女は修也の言葉に力無く答えると、その場から立ち上がって、傍らに置いた傘を持ち上げる。

「行くのか?」

「別に私、あなたの部下じゃないし。構わないでしょ?」

「…ああ、そうだな。」

「…心配しなくても、あなたの邪魔をすることは無いわ。…私に、彼らをどうすることも出来ないしね。」

「…そうだ。お前の名前、聞いていいか?」

修也の問いに、少女は振り向いて答える。

「…別に、これから関わることもないし、知らなくていい事でしょ。」

「…そう、だな。」

「…それじゃ。」

「ああ…」

 

「俺の名前は、桐宮修也っていうんだ。良ければ、覚えといてくれ。」

「…気が向いたらね。」

 

 

「良いのか?」

「ん?何が?」

「あの小娘を行かせて。出来ることなら、我らの手中に収めて置いた方が…」

「怖ぇこと言うなよ…」

「じゃが、下手をすればあやつは儂らの邪魔立てをするやもしれぬぞ。芽は摘んでおいた方が…」

「んー、その心配はいらねえんじゃねえかな。」

「何故じゃ?」

「あいつは、自分の弱さを知ってるからだよ。」

 

「…まあ良い。それよりもお前様。1番大事なことを聞いておらんな?」

「んー?何の話ー?」

「とぼけるでない。…あやつ1人が何故悪霊とならんかったのか、聞いておらんかったな。」

「…そーだなー…」

「何か考えでもあるのか?」

「まあ、考えというか…単純に今聞いても答えてくれなさそうだなと思っただけだよ。」

「ふむ。」

「…これに関しては、あいつ自身に聞くんじゃなくて、俺らで調べる必要がある。」

「それは、この島を救うことに関係あるのか?」

「さあな。」

 

「俺は、俺の出来ることをするだけだよ。」

 

 





あー、バトル書きたい…


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第36話 島のヌシと修也の心

人の罪とは、なんだろうか。

人は誰しも間違いを犯す。

間違いを犯さないものは、一人もいない。

その中で、私は極めつけだ。

何故なら、

私の罪は産まれた時からあるのだから。


「グオオオオオ!!」

 

芝の生い茂る草原の中。

巨大な怪鳥が襲い掛かる。

修也はそれを引く事無く迎撃。

嘴を弾いて、受け流した。

怪鳥はそのまま迂回して、もう一度攻撃を仕掛けた。

修也はそれを、ジャンプで躱して…

そのまま頬を蹴飛ばした。

「キュアアァァ!」

怪鳥は悲鳴をあげて、大空へと飛び去った。

修也は着地して、ため息をつく。

刀を鞘にしまう。そして、ジャンヌと琥珀が修也の中から飛び出す。

「…やはり、多いの。」

「だな。さっきの拠点から出てからまだ数時間しか経ってねえけど、もう6回目のエンカウントだからな。」

「修也君、逃がして大丈夫なんですか?逃げてイギリス本土へ影響は…」

「あー、それは安心しろ。一応島の周りにイギリス支部の霊使者達が結界張ってくれてるから。霊がこの島から出ることは多分ねえよ。」

「そうなんですか?」

「ま、除霊を全部俺がやるんだから、こんくらいしてもらわねえとな。」

修也はそう言って笑うと、また歩き始める。

「さ、行くぞ。今日中に島の様子を把握しておかねえと。」

「はい。」

「了解じゃ。」

 

 

島の中心部。

人一人すらいない草原の中に出来た、大きなクレーター。

それの深さはかなりのものであり、小石がひとつ落ちても、底に落ちる音は聞こえない。

…だが、小石はしばらくして、ある物にあたって跳ね返る。

《それ》は小石が当たるとピクリと反応して、ゆっくりとその体躯を動かした。

「……」

あまりにも、巨大なそれは…いや、《それら》は。

顔を光の見える穴に向けて、大きくアギトを開いた。

 

「「グオオオオオォォォォォ!!!」」

 

巨大な絶叫が、辺りに響き渡った。

 

「お父さん…お兄ちゃん…」

遠くで穴を見つめていた少女は、小さな声で呟いた。

 

 

「あ?ドラゴン?」

もぐもぐと、自身が作った昼飯を咀嚼しながら、修也は訝しげに眉を顰める。

「それって、あのドラゴンか?」

「はい。高位悪霊最強とも名高い、あの幻獣・ドラゴンです。」

 

ドラゴン

それは、かつての国々であらゆる場所で描かれてきた、伝説の生き物。

その強大な力から、高位悪霊最強との声も名高い。

ただ、高位悪霊としてのドラゴンと、()()()()()()()に生息する幻獣・ドラゴンとでは、戦闘力が桁違いでもある。

 

「その高位悪霊最強って、なんか引っかかるのぉ…」

「高位悪霊よりも高位の奴が何言ってんだ。」

琥珀の感想に呆れたように答える修也。

それを見て、ジャンヌはコホンと咳払いを1つ。

「それで、そのドラゴンがこの島にいると?」

「はい。その通りです。…修也君も感じてますよね。この島の中にある、強大で邪悪な霊力を。」

「…ま、そりゃな。」

ジャンヌの言う通り、修也はこの島に入る前から感じていた。

この島の中心部から感じとれる、巨大な負のオーラを。

「…実際どうよ、ジャンヌ。お前、そいつ倒せるか?」

修也の問いに、ジャンヌは頭を振る。

「いいえ。…ただ、祓う。もしくは殺せと申すのでしたら、修也君(我が主)の名のもとに負けることはないと思います。」

「ふむ、琥珀は?」

「そんなトカゲ1匹、遅れをとることなどまずないわ。」

「…いや、あれをトカゲというのは無理がねえか?」

「まあただ…ひとつ面倒なことと言えば…」

琥珀はピンッと2本の串を焚き火に放り込んだ。

「そのトカゲが、2匹いることじゃな。」

「だな。」

修也は串焼きの最後の1つを引き抜くと、串をそのまま焚き火に入れた。

「正直、どう思う?」

「ドラゴンの退治、ですか。…私達の戦力では恐らく不可能では無いと思います。」

「不可能でないどころか、()()()()()()正直余裕じゃ。どのようなイレギュラーが来たとしても、対処することは可能じゃろう。」

「そうは言いますが、例の集落を訪れた仮面の男が襲ってくる可能性も…」

「それなら儂らが島に入ってきた時点で襲いかかっとるわ。それがないということはそやつも傍観主義者ということじゃろ。」

「いやしかし…」

パンパンッ

「はいはい。今はそんな細かく考えなくていいから。とりあえず2人の意見を合わせると、可能ってことでいいな?」

「…ええ、そうですね。」

「…確かにそうじゃが、しかしお前様。」

「ん?」

呼びかけに修也が反応すると、琥珀は笑いかけた。

「祓うだけでは、ないんじゃろ?」

「あー…」

琥珀が問うと、ジャンヌも修也の方に視線を向ける。

それに、修也は苦笑いを浮かべ、少しだけ頭を掻いて…

「率直に聞くとさ。」

 

「ドラゴン2体浄化すんのって、可能か?」

 

2人にそう問う。

琥珀はそれに「やっぱり」と言わんばかりに笑みを浮かべ、ジャンヌは考えるように顎に手を添える。

「…どうだ?」

修也の問い。

それに、最初に答えたのは琥珀だった。

「可能じゃよ。」

「本当か?」

「うむ。…じゃが、1つ問題がある。」

「問題?」

「そのトカゲ2体を浄化する間、誰が他の霊達を阻止するかじゃ。」

琥珀は少しだけ茶を飲む。

「儂らが戦力を分散させれば、トカゲ2体を同時に相手にすることは可能じゃ。しかし、他の霊はそうもいかぬ。ここには質はともかく、数多の霊達が存在する。間違いなく寄ってくる、そいつらの相手はどうする?」

「なるほどな…」

「琥珀さんの言う通りですね。この作戦は少し非効率的です。間違いなく、一気に祓うことが最善の策でしょう。」

「だよなぁ…」

「じゃが、主はそれは嫌なんじゃろ?」

「そうなんだよなぁ…」

その言葉に、ジャンヌの眉が少し動いた。

「なんでそこまでって、思うか?」

「…少し。」

「だろうな。…正直さ、ジルの時も浄化しようと思えば出来たんだよな。」

「え…?」

「ただ、あいつの時は堕天使に霊力使い過ぎてたせいでその分浄化に回すことなんて出来なかったし、それにあいつ自身、かなりの数の人間を殺してたってこともあって…戒め、って言ったらちょっと違うかもだけど。まぁ、だから…この世に留めておくには違うかなと思って、祓ったんだ。」

「そう、なんですか…」

「…ただ、今回は違う。」

 

「あいつらは…精霊は誰も殺さず、俺らのために動いてくれていたのに汚染され、そして悪霊となった。そんで最後は祓われるだけなんて…虚しすぎる。」

 

「だからまあ、言い方変えりゃ自己満だ。…俺が納得出来ねえからやるんだ。」

「修也君…」

「…」

修也の微笑みながらの告白に、ジャンヌは頷く。

「…分かりました。そういうことなら、決行致しましょう。…私も、その意見には賛成です。」

「サンキュ。…琥珀も、それでいいか?」

修也が問うと、琥珀はニヤリと笑う。

「言ったじゃろ?儂はお前様の指示に従うと。なら、否定する余地もなかろうよ。」

「…ありがとな。」

「…ただ、どうじゃろな。」

「?どうか、したのか?」

「いや何。」

 

「人の為には動けても、《訳アリの同族》の為には動けんのじゃなと、思ってのぉ。」

 

「?どういう意味だ?」

「なぁに、その内分かることよ。…恐らくな。」

「?」

修也とジャンヌは、2人同時に首を傾げた。

 

 

「それじゃあ、動くのは明日からですか?」

「いや、本ちゃんで動くのは明後日。明日はちょっとやりたいこともあるしな。」

「やりたいこと?」

「まあ、ちょっとな。」

「…あの小娘の事か?」

「…ああ。」

「随分と、気にかけておるな。どうした?惚れでもしたか?」

「アホ言え。そんなもん、あっちもありがた迷惑だろうよ。…ただ、」

 

「あいつからは、俺と同じ感じがするんだよ。」

 

「だから、少し気になるだけだ。」

「ふむ…ま、お主の好きにせい。儂らはついて行くだけじゃからのぉ。

「そうですね。そういうことは、修也君にお任せします。」

「分かった。…ありがとな。」

修也の礼に、2人は笑って返した。

 

 

 

「さて、と…」

それから、2日後。

修也が立つのは、草原。

辺りには何処か価値のありそうな古い建物もあるが、正直そんなものはどうでもよかった。

それ以上に、凄まじい存在感を放つ物が。

 

…今、数百メートル先に2()()いるのだから。

 

「グルルルル…」

「カアァァ…」

それぞれの黒い鱗や角。緑色の目に、少し大きめの1軒家2つ分は軽くありそうな巨大な体躯。

強靭な牙から漏れる少しのヨダレと共に零れる呻き声のようなもの。

「まあ、大きさはそこそこか。」

「え、あれで?」

「何を言う。《あちら側》の奴らはこれの倍以上は軽くあったぞ?」

「…俺絶対、間違っても《あちら側》に行かない。」

「安心せい、死んだら嫌でも行くことになる。」

「じゃあ俺ずっと死なない。琥珀、これからも末永く仲良く一緒に居ような。」

「うむ、もちろんそのつもりじゃよ。」

「…イチャイチャしないでくださいよ。」

「ん?なんだ?羨ましいのか?」

「え、そうなの?」

「違いますよ!戦いに集中してくださいってことです!」

「そんな必死になって否定せんでも…まあ、安心しろ。戦いに始まったらちゃんとするし。」

「…本当ですか?」

「ああ。…俺も痛いのは嫌だし。」

「…理由が微妙ですね。」

 

「ちょっと」

 

2人とは違う、少女の声。

それが自分にかけられたものであることを知りながら、修也は振り向く。

そこに居たのは、金髪の黒い傘を差す少女。

「呼んだ?」

「呼んだ?じゃないわよ。どういうことよ、これは。」

「どういうことって言っても…お前に応援頼んだだけだよ?」

「私達、関わることはないって言ったわよね。何のために名前を教えなかったと…」

「ああ、それな。言っとくけど、俺最初からそんなつもり無かったよ。」

「はぁ?」

 

「だって俺、名前教えたじゃん。」

 

「俺の名前を聞いた時点で、《絶対に》関わることはないなんて、ないんだよ。」

「………フンッ」

爽やかな笑みで告げた修也に、精霊の少女はプイッとそっぽを向いた。

「…私が手伝う保証なんてないわ。」

「いや、お前は手伝うよ。だって、」

 

「肉親の2人を救いたいと思うのは当然だろ?」

 

「…気づいてたの?」

「会った時からな。霊力の波長ってのは悪滓に汚染されたくらいじゃ変わんねえよ。正直、五分五分だったけど、お前の話聞いて合点がいったよ。」

「…………」

「…お前に任せたいのは、ジャンヌの手伝いだ。内容は…ジャンヌから直接聞いてくれ。…いけるか?」

「………」

プイッともう一度少女はそっぽを向いた。

そして、ポツリと一言。

「…これっきりよ。」

「ああ、それでいい。」

修也は口元に笑みを浮かべる。それを見て、少女は顔を隠すように傘を傾けた。

「さあ、やるぞお前ら!!」

拳を掌に打ち付けて、修也は叫ぶ。

 

 

 

「俺史上最初の竜退治だ!!」

 

「知らんわ。」

「それはどっちでもいいですね。」

「どーでもいい。」

「ナー。」

「あれ?」





なんか考えるのが楽しくなってきた今日この頃


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第37話 その時、外部は。

ピルルルッガチャ
『やあ、修也君。数日ぶりだね。』
「よお、天樹。…ちと疲れてるか?」
『んー、君のペアの修行が色々厄介でね。』
「なんだ、お前が修行の相手してんのか?」
『そういう訳じゃないけどねー。ただ、必死なんだなーって言うのは分かるね。』
「?どういう意味だよ。」
『あー、大丈夫。君が帰ってくる頃には多分分かるよ。…それより、何か用があるんだろう?なんだい?』
「ああ、そうだな。…イギリスに戦力を送ってくれ。それと、マン島に近い港に集めてくれ。」
『…ふむ、数は?』
「霊術師2000、近接戦闘1000だ。…いけるか?」
『なるほど…それぞれの国の支部から少しずつ集めるかな。本部から送れるのは大体霊術師1500、近接戦闘者700といったところだからね。』
「ああ、サンキュ。」
『なるべく高位の者達を送るよ。どうせ、《保険》なんだろうけどね。』
「…悪いな。」
『なに、それだけの戦力に挑むなら必要だろう。それに、何が起こるかわからないしね。』
「…頼んだ。」
『りょーかいっ。じゃ、頑張ってねー☆』
「ああ。」
ピッ

「…さ、やるか。」


「それじゃ、それぞれ持ち場についてくれ。…散開!」

ビッ!

修也の声と共に、2人と1匹がそれぞれ動く。

その場に残るのは、修也と琥珀のみ。

なおも停滞したままのドラゴンを見たまま、コキコキと修也は首の骨を回す。

「…思えば、このレベルに1人で挑むのは初めてだな。」

「レベルだけで言えば、お前様がフランスで相手しておった堕天使よりも下じゃがな。」

「そーだなー。あん時はあのクソイケメンにボッコボコにされたらからな。多少は俺も変わってんだろ。」

そう言って、関節を伸ばす修也はニッと笑う。琥珀も笑い返すと、前を向く。

見ると、彼らの周りには既に、巨大な結界が作られていた。

「それでは、儂が左でお前様が右でいいかの?」

「どっちでもいいぞ。…さて、」

 

「じゃ、いくか。」

「うむ。…それでは、参ろう。」

 

瞬間、膨れ上がる2人の霊力。

それに危機感を覚え、ドラゴンは身体を震わせる。

そして、極大の警戒心と共に…

「「グオオオオオァァァァァ!!」」

雄叫びがコダマした。

 

 

「それじゃ、私達の仕事はドラゴンと2人が戦う戦場の周りに結界を維持し続けることです。…大丈夫ですか?」

「…ええ、一応。」

「それじゃ、頑張りましょう!」

「ナー!」

「…」

ジャンヌが無邪気に拳をあげると、アグンもそれに呼応するように声を上げた。

やがて2人と1匹は結界の準備を始める。

彼女達の周りと、半径数百メートルに及ぶ範囲に結界が作られていく。

傍から霊使者が見れば極大の霊力のドームが出来ているはずだ。

ジャンヌ達は確かな速度でそれを構築していった。

「…ねえ。」

9割方完成した時。

ジャンヌに少女が声をかけた。

「?ど、どうしたんですか?」

少し驚いたように反応するジャンヌに、少女は気にする素振りもなく続ける。

「あなた、何であいつについて行くの?」

その質問に、パチパチとジャンヌは目を瞬かせると、困ったように笑う。

「え…と…そうですね…」

そして、ゆっくりと視線を修也の方へ向けた。

横にいる黒髪の少女と話している青年を見ながら、口元を微笑みに変える。

「…実はですね。私も、彼に救われたんです。」

「…え…」

「元々、私はフランスにいたんですけど、その時に悪霊に捕まってしまって、宝具である旗も召喚出来ないし、霊力も寄生された悪霊に吸われるしで、かなり危ない状態だったんです。」

「…」

「そんな時、捕らえられてた場所に彼が来てくれて…そのまま色々ありましたけど、私の中にいた悪霊も祓ってくれて、更には母国も救ってくれたんです。」

 

「彼には、感謝の念しかありません。」

 

「つまり、それにつけ込んで脅されてる…」

「あはは…そういう訳じゃないんですけど…」

ジャンヌは笑いながら否定する。

「それに、彼と契約する時に彼が言ったんです。『俺は全部は救えない。だからこそ、救える数を多くしたい』って。…それって、自分の弱さを自覚してるからこそ出てくる言葉なんだって私は思うんです。…それと彼、自分ではよく『必要があれば切り捨てる』なんて言うんですけど、この数週間見てると分かった事があるんです。」

ジャンヌは笑みを強くした。

「彼、普通なら切り捨てるかもしれないことでも、必ず最後まで粘るんです。粘って、粘って…それでも無理なら、恐らく切り捨てるんでしょうけど。それって、『出来れば救いたい』。多分、そんな気持ちが強いからこそできる行動なんですよね。」

「……」

「私はそんな、彼の考え方や行動が好きなんです。それに、そんなことを見てると、支えたいとも思います。…勿論、感謝によるお礼っていう側面もありますけど、それ以上に私が彼について行きたいって、そう思うんです。…彼のその先に、いったい何があるのかも、見てみたいんです。」

「…ふぅん。」

その、恍惚とした彼女の瞳に。

少女は少しだけ微笑みながらそう答える。

「…あいつのこと、好きなのね。」

「ええ。尊敬もしてます。」

「…そういう事じゃないんだけど。」

「え?」

ジャンヌの疑問符と、ドラゴンの雄叫びが重なった。

 

 

ピルルルッガチャッ

「はい、イギリス王室対応局でございます。はい。はい。…分かりました。しばらくお待ちください。」

ピッピッピッピッ

「フロス様、霊使者協会の方から電話です。国王殿下にと。」

『通せ。』

「了解しました。」

 

「もしもし、アルトゥース陛下の側近のフロスと申します。なんの御用でしょうか?…はい、はい…承知致しました。今すぐお代わり致します。…殿下。」

「誰?」

「霊使者協会の天樹様からです。」

「…分かった。変わってくれ。」

フロスはアルトゥースへ受話器を差し出す。彼はそれを受け取ると、耳に当てた。

『私霊使者協会の日本支部支部長の天樹新と申します。そちらはアスベル・ウル・アルトゥース陛下で間違いないでしょうか?』

「ああ、間違いない。ところで、天樹。」

『はい。』

「その気持ち悪い喋り方をやめろ。吐き気がする。」

『…酷いなぁ。こちらとしても外交ってこと意識して喋ってるのに。』

「お前の柄じゃないだろ。いいから、いつもので喋れ。」

『はい、陛下の御心のままに。…ところで単刀直入に言うんだけどさ。』

「ああ。」

『今からフランス空港に3000ほど転移させるから、マン島周辺の港に全員配備してくれないかな?』

「…誰からの要請だ?」

『そっちに向かわせた、あなたにとっては懐かしいだろう青年からだよ。なんでも、かなりでかい戦闘があるらしいよ。』

「ああ、通りで島の方からかなりの霊力が溢れ出ておるわけだ。」

『そうなの?』

「ああ、これほどのものはあまり感じたことは無いな。」

『へえ、それはよっぽどだね。』

「ああ…とりあえず了解した。至急王室の兵士達を空港まで向かわせよう。」

そう言ってアルトゥースがフロスに向かって手を振ると、フロスは1度頭を下げて部屋を出た。

『よろしく頼むよ。…ところで、どうだった?』

「?何の話だ。」

『修也君。どうせあなたのことだ。もう手合わせは済ませてるんだろう?』

天樹の言葉にアルトゥースはニヤリと笑った。

「お見通しか…年月の経過を体感した、というのかな。こういうのは。」

『強かったでしょ?』

「…ああ、俺もまだまだ鍛錬が足りんな。」

広い執務室に、無邪気に楽しそうな国王の声がしばらく響き続けた。

 

 

「クソッ…なんで俺達がこんな事を…」

海の上。

頑丈な船の上で1人の人物がそうボヤく。

そこに居たのは、数多の霊使者達。

見ると、彼らはマン島の周辺を取り囲むように船をつけて、複数の者がそれぞれ結界を張るために手を翳していた。

ボヤいたものを、同じ船の者が宥める。

「そう言うな。俺達じゃあのレベルの悪霊をあんな量捌くのは無理何だから。」

「だとしても、こんな雑用みたいなこと…」

「今回ばかりは雑用に甘んじるしかない。」

そうは言うが、自分は、戦果を挙げて一家の本隊に合流するために来たのだ。そして、見返してやるのだ。家で見下してくる親族たちを。

このようなところで雑用に立ち止まってる場合ではない。

「…クソッタレ。」

青年は船の縁から下を見る。

…そして、それを見つける。

そこにあったのは、何処か球体に似た形をした、潜水艦。

どうやら、未だにエンジンはかかったままで、人の出入りは無さそうだ。

そして、今術士が張っている結界は深海にまでは張られていない。

「…そうだ。」

青年は、ニヤリと笑った。

 

「おーい、こっち手伝って…あれ?」

「どうしました、隊長?」

「いや、ここにいた奴どこに行ったのかな?」

「トイレじゃないすか?それより他の人早く呼びましょうよ。」

「…そうだな。おーい…」

 

島の外は、冷たい風が吹き荒れていた。




鬼が出るか蛇が出るか。

それは、神のみぞ知る。


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第38話 光と闇

ちょっと長くなった




「それで、あいつの作戦は?」

精霊の少女はジャンヌに問うた。

それに、彼女は今度は慌てる様子もなく答える。

「修也君の作戦はですね。まず第一に…」

 

「ドラゴン2体をボコボコにします。」

 

「は?」

「あ、これ大真面目ですよ?で、その後に私達は結界を解除して、集まってきた悪霊達を全て中に入れます。」

「それ、ドラゴン回復するんじゃない?」

「そうですね。なのでそうされる前に、私と修也君の《幻想憑依》で全て浄化します。」

「全部?」

「はい、60体全部。」

「…それ、大丈夫なの?」

少女の怪訝そうな表情に、ジャンヌは苦笑いを浮かべた。

「…正直、微妙ですね。でも、やるしかないので。」

「…なんで、そこまでするの?あなた達からすれば、ただの他人の不幸じゃない。」

「…修也君、そうやって割り切るのは苦手なんですよ。私もですけど…人が不幸なら、助けたい性分なんですかね。」

「…そう…」

少女はその言葉を聞いて、傘の下の視線を修也に向ける。変貌した、自身の父兄と戦う姿を見つめた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ぬおぉらァ!!」

 

ガキィイイィイィンッ…

ドラゴンの鼻柱に修也が刀を振り下ろす。

黒刀と黒い鱗が接触すると、凄まじい金属音を響かせた。

衝撃波が周りに響くが、ドラゴンは特に動じる気配もないままじろりと修也を睨みつける。

 

「グオオオオオ!」

 

ブゥンッ!!

 

「っと…!」

 

尻尾の横なぎを修也はバク転で回避。

そのまま足で着地、制止してから、さらに足を踏み込んだ。

今度は、背中…

 

「ドッセイッ!!」

 

ガキィイイィイィンッ!!

キリキリキリキリ…

 

「チィッ…さすがに無理か。」

 

金切り音と共に震える手元を見て、修也は毒づく。

ドラゴンは全身を回転させて修也を振り払う。その瞬間、彼は飛んで回避。

再度ドラゴンを見ると、こちらを見ながら、アギトを開いていた。

 

「グオオオオオァァァ!!」

 

咆哮と共に現れる、超高温の赤い玉。

吐き出された火球は修也目掛けて宙をかける。

それを見て、修也は自身の刀に炎を纏わせた。

 

「ゼァッ!!」

 

ズバッ!!

 

火球は真っ二つに別れて光と消える。

それと同時に、ドラゴンは突進を開始した。

 

「グルァッ!」

 

「ぬぉっ…!?」

 

それを刀と物理障壁でガードするものの、凄まじい衝撃に思わず体が浮き上がる。

そして、ドラゴンは止まらない。

修也はちらりと背後を確認。数百メートル先に結界が存在する。

このままでは、自身が結界の壁に追突することは間違いない。

 

「…ッ…上等だ…!」

 

「力比べといくかァ!!」

 

修也は瞬時に自身の体に赤い線を刻む。

その線の濃さから、かなりの量の霊力が流れていることが分かる。

そして、浮かしていた体を、頭上から風の霊術で押し下げて足を地面へと着地させる。

それと同時に襲う凄まじい衝撃と地面を削る感覚。ドラゴンは止まらない。この程度では。

 

「…ッ…!」

 

修也は片方の足を1歩下げる。

先程より、万倍力が入りやすい。

瞬間、重くなった感覚にドラゴンは目を見開いた。

だが、突進を続ける。

 

「オオオオオォォォォォォッ!!!」

 

修也の凄まじい絶叫。

その絶叫と共に。

…ドラゴンは、足を止めた。

いや、()()()()()

幻想種のパワーをも凌ぐドラゴンに、彼は力勝ちしたのだ。

ギシギシと。

2人の体は揺れる。

未だ凄まじい力の応酬が行われているのだろう。だが…

 

ヒュッ

 

修也は物理障壁を解除。

そのコンマ一秒後。

体勢の崩れたドラゴンの顎を、膝で蹴飛ばした。

 

「グルァッ…!?」

 

不意をついた、完璧な一撃に。

ドラゴンも困惑の声を上げた。

天高く打ち上がった、黒色の巨体。

その上まで、修也は飛翔。

握り拳に、凄まじい量の霊力を宿した。

あまりの霊力量に、空間が赤く軋む。

 

「ヌオオォラアァッ!!」

 

そしてそれを、思いっきり打ち込んだ。

それは、丸出しの腹部にめり込んで、確かなダメージをドラゴンに与えた。

 

ズゴォンッ!!

 

凄まじい衝撃と共に、ドラゴンを中心にクレーターが出来上がる。

 

「ガハッ…!」

 

ドラゴンの肺から空気が漏れて、それと同時に血液らしき物も飛び出た。

だが、この程度で倒れては最強の名折れと言わんばかりに、ドラゴンは全身の筋肉を使って起き上がる。

 

「ガアアァァァッ…!!」

 

翼を広げ、口を開けて目を光らせる。

明確な威嚇行動。

それを修也は見下ろす。まるで気にしていない。そして、

 

チョイチョイッ

 

あろう事か、手招きを行う。

その瞬間、ドラゴンのプライドの琴線に触れる。凄まじい激昴の後、ドラゴンは身体を震わせる。

そして…

 

「グアアアァァォォァッ!!」

 

弾丸のような速度でその体躯を躍らせた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「グルルッ…」

 

「ほお…無闇には突っ込んでこんか。この落ち着きよう…もしや、こちらがあの小娘の父方かの?」

 

こちらは逆に、大人しい戦況だった。

刀と体を交えた回数は数合。お互いが様子見のような状況を保っていた。

 

「そちらから来ぬなら…」

 

「儂から行くぞ…!」

 

琥珀はそういうと、自身の前に手を翳す。

そしてその瞬間にドラゴンの足元から風が吹き荒れる。その風は黒く変色していた。

闇属性と風属性の混成霊術。

 

「《死の奏風(ヘル・メロディ)》!」

 

瞬間、黒色の竜巻は急激に成長してドラゴンの体を包み込む。やがて、その体躯を浮き上がらせた。

普通喰らえば、その四肢を切り裂き続ける竜巻に、ドラゴンは晒される。

 

「…グルッ…!」

 

だが、ここでドラゴンは黒い体躯の大きな翼を広げる。

そして、黒い竜巻の流れに沿うように飛翔を始めた。

 

「ムッ…?」

 

琥珀も、自身の術式のおかしな流れに気付く。そしてその瞬間に、竜巻の向きは、琥珀に向かった。

凄まじい速度で竜巻は琥珀の体をつつみこんだ。

しかし、その竜巻は直ぐにその姿を消した。

琥珀の周りには霊術障壁が作られており、その攻撃を無傷で躱す。

 

「なるほど…風に沿い、飛翔することで儂の霊術の支配権を奪うとはな…伊達に風の精霊ではない、ということか。」

 

琥珀の言葉に、ドラゴンは特に反応しない。無言で、琥珀を見つめ続ける。

そして、そのドラゴンに、琥珀は…

 

「良い…良いぞ…」

 

「もっと楽しませろ!トカゲ!!」

 

満面の笑みを浮かべた。

その少女の凄まじい存在の力に、ドラゴンは身体を震わせる。

…いや、これは本能だ。

本能で彼女との交戦を体が拒否している。

 

「…グルアァァッ!」

 

それを振り払うように、ドラゴンは一声叫んだ。

それと同時に、琥珀の髪がざわりと浮き上がった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…なにあれ。」

 

戦況を見守る3人。

その中で、修也の戦闘を見るのは3回目の少女が声を上げる。

それに、ジャンヌが微笑みかけた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、どうした?じゃないわよ。…なにあれ。圧倒的じゃない。」

 

「まあ、そうですね。」

 

「どういうこと?私との戦闘の時も思ったけど、ただの人間になんであそこまで…」

 

「ただの人間ではありません。」

 

少女の言葉を、ジャンヌは遮った。少女の緑色の目と、ジャンヌの青い瞳が交錯する。

 

「現在、修也君の体は同じくドラゴンと戦っている黒髪の少女…かつての《吸血鬼の王》である琥珀さんと契約したことで、その体にも異変が起きたんです。」

 

少女の目に映るのは、自身の何十倍も大きい高位悪霊とタイマンをはる修也の姿。

彼はドラゴンの爪の攻撃を全て弾ききって、そのまま反撃を加えた。

 

「今の彼の体は、人でも無ければ、完全な妖怪・怪異でもない。…半人半妖とでも言いましょうか。」

 

悲鳴を上げながら倒れ込むのは、またもドラゴンの方であった。彼の無数の剣戟と一撃必殺の打撃に地面へと沈みこんだ。

 

「…通りで歪な波形の霊力してるはずね。まさか、人間じゃなかったなんて。」

 

「…そうですね。その影響で、彼はそれまでの人生を犠牲にして、霊使者として、人を守りながら生きる道を選んだんです。」

 

その言葉に、少女はピクリと眉を動かした。

 

「ちょっと待って。あいつは元から…昔からこの任務に就いてた訳じゃないの?」

 

少女の問いに、ジャンヌは答えなかった。

彼女は少しだけ微笑むと、告げる。

 

「…すみません。ここからは私が独断で言う訳にはいかないんです。…この後は、修也君に直接聞いてください。…ほら、もう終わりそうですよ。」

 

ジャンヌが指差すと、その瞬間。

琥珀と修也、2人のもとから凄まじい量の霊力が溢れ出る。

全てを焼き尽くすような炎の力と、全てを飲み込むような闇の奔流に、少女は目を奪われた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「この技を出すのは、久しぶりじゃな。」

 

ドラゴンの思考を、恐怖ではなく、《驚愕》が埋めつくす。

琥珀の手は天に掲げられ、それに収縮するように凄まじい量の霊力が集まる。

そして、彼を驚愕にしているのは、そこでは無い。

掲げられた手の、更に上。

結界の中。

結界の壁のスレスレに出来た、黒い粒子の集まり。人々はそれを、《雲》と呼ぶ。

その暗雲は、わずかに差していた日光すら飲み込み、肥大していく。

やがて、それは修也達の戦う場所まで広がった。

…そして、感じる、霊力の膨張。

 

「さあ、どう躱す?トカゲ。」

 

 

ドラゴンの目の前。

そこにあったのは、太陽の光。

赤く猛る、揺れる炎。

修也は右腰の横に刀を構え、そして右足を1歩引いている。

光源は、その刀。

炎を纏うその刀は、琥珀の術によって生まれた暗闇を照らし返す。

炎風に髪が揺れ、コートがたなびく。

 

「…決めるぞ。」

 

それが示すは、《一撃必殺》。

そして、ここで初めて。

 

ドラゴンが、1歩。

後ろ足を、引いた。

 

 

凄まじい霊力の奔流が2つ。

勿論2人とも、死なないように加減はしている。その中でも、この影響力。

天には、黒く染める黒雲。

そして地上には、それを照らす太陽。

それは正しくーー

 

神話。

 

その場にいた誰もが、悪霊さえも、その光景に目を奪われた。

そしてーー…

 

2人は、動いた。

 

「さぁ、降り注げ」

 

「桐宮流剣術《火》の型十伍番」

 

 

 

「ーー……《闇夜に降りし箒星(カースド・スターゲイザー)》」

 

 

「ーー…《紅・一文字》」

 

 

琥珀の術式。

修也の剣術。

それらは同時に発動される。

 

黒き流星が降り注ぎ、翼、鱗、爪、角。

その全てを破壊していく。

ドラゴンの断末魔も響くが…

 

そのほとんどが、弾幕に掻き消された。

 

ドラゴンが動いた直後。

赤い太陽も、ゆらりと動く。

そして…急加速。

一気にドラゴンを追い越す。

彼の進路に残るのは、赤い閃光。

一筋のその光。

消えた、その直後に。

ドラゴンの前後足が全て、切り落とされた。

鋼鉄の鱗など、ものともせずに。

彼は、高位悪霊最強(ドラゴン)を戦闘不能に陥れた。

 

 

 

 

…やがて、土煙が晴れる。

そこで見たものは、倒れる2つの黒い巨体。

そして、それを見下ろす少女と、刀をしまう青年だった。

…だが、これで終わりではない。

 

「お前ら、もういいぞ!」

 

「分かりました!」

 

「ナー!」

 

修也の一声と共に、待機していた者たちは呼応して、張っていた結界を解除する。

…すると…

オオオオオォォォォォォゥッ!!

凄まじい量の悪滓と共に、凄まじい量の悪霊が乱入する。

修也達の戦闘で漏れ出た霊力の反応に引かれてきたのだろう。

少女とアグンを、ジャンヌが結界を張って悪滓から守る。

霊達は、まるでドラゴンにひきつけられるように中心部へと集まっていく。

悪霊とは、あまり意思を持たない代わりに、自分よりも高ランクの者に従うという習性がある。だから、こうして集まってきたのもあるだろう。

そして、60体以上の霊達が中心部へと集まった…その瞬間。

 

「琥珀!」

 

「了解…じゃ!」

 

修也の声に、琥珀が呼応するように、霊術を展開。暗黒の膜が集まった悪霊全てを包み込んだ。

 

「琥珀、今の中の数は!?」

 

「細かいののけたら65体…安心せい、全部おるわ。」

 

「分かった!」

 

「…ジャンヌ!」

シュンッ

「はい!」

 

「いけるよな?」

 

「勿論!準備万端ですとも!」

 

「うしっ…!行くぞ!」

 

「「幻想憑依、展開(オープン)!!」」

 

2人の声と共に、眩い光が辺りを照らし出す。先程の光とは違う、優しい、神聖な光。

そして、光から姿を表した、旗を持つ白い騎士。

修也は旗を高く掲げる。

それだけで旗は光り始め、そして、その光は実体を持ち始める。やがて光は剣を形作り、十数本のその剣はチキリッと悪霊の入った球体の周りを囲んだ。

 

 

「ーー…《聖なる白き剣製(セイクリッド・オブ・セイバー)》。」

パチンッ

 

 

修也の指が鳴ると、その瞬間光の剣は球体へと飛び、そのまま全て球体へと突き刺さる。

そして、眩い閃光が彼らの視界を塗りつぶした。

 

 

「ハァッ…ハァッ…ハァッ…ハァッ…」

 

光が晴れて、彼らの視界は回復する。

しかし、地表が未だに砂煙に隠れていた。

…そして、飛翔していた修也は、そのまま地面へと下降する。

フラフラと力無く着地すると、そのまま地面にへたりこんだ。

ジャンヌはすぐに幻想憑依を解除して修也に寄り添う。

 

「修也君、大丈夫ですか?霊力はまだあるみたいですが…」

 

「…っと、悪ぃ。ちと、一気に霊術使いすぎたな…体が火照って動かしにくい。」

 

修也が頬に汗を垂らしながらそう告げると、ジャンヌは近くにあった岩に修也を持たれ掛けさせた。

 

「どうですか…?」

 

「…ああ、楽になった。」

 

「サンキュ」と礼を言って少しだけ休んでから、「そうだ」とジャンヌに問う。

 

「ジャンヌ、悪霊はどうだ…?ちゃんと浄化出来たか…?」

 

修也の問いに、ジャンヌは笑みを浮かべて、コクリと確かに頷いた。

 

「はい、確かに。…いま、琥珀さんが確認に行ってます?」

 

「そっか…よかった…」

 

修也はそう言うと、力を抜くように背中を預ける。ジャンヌはそれを見て、「お疲れ様でした」と修也を労う。

…やがて、

彼の元に近づく、1人の人物。

ブーツが草を踏む音に、修也とジャンヌは視線を向けた。

 

「…よぉ、お疲れさん」

 

「…」

 

修也が手を挙げて笑いかけると、少女は開いた傘で表情を隠す。

…だが、それでも視線は修也に向ける。

それは、彼も気付いていた。

 

「…まさか、本当に浄化しきっちゃうなんてね。」

 

少女のどこか呆れたような、しかし何処か感嘆も含まれているような言葉に、修也はニッと笑みを浮かべた。

 

「言ったろ?俺は、俺の出来る事をするだけだって。」

 

「…《できること》の範囲が桁違い過ぎるのよ。」

 

「そうか?」

 

「…そうよ。」

 

そこまで言って、少しだけぎこちない雰囲気が流れる。お互いが黙って、おかしな沈黙が続く。

その空間にいたジャンヌは2度視線を彼らの間で往復させると、少しだけ微笑んでゆっくりと立ち上がって、彼らの元を離れる。

それを修也は疑問符を浮かべながら見送るが…

 

「…ぁの…その…」

 

少女の方から聞こえたその声に、彼女に視線を向けた。

少女は何処かモジモジしている。

修也は更に疑問符を浮かべた。

そして、彼女はまた自身の顔を黒い傘で隠した。そこで…

 

「…あ…あり、がとう…」

 

頬を朱に染めた彼女の言葉。

確かなその感謝に、修也は驚きに目を見開くが…直後に柔和に微笑んだ。

そして、その笑みを深くして、ニカッと口元に刻む。

 

「おう!どういたしまして!」

 

「…っ…」

 

そこで少女は、傘の影の下で、彼に対して初めて小さな笑みを刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゥンッ

 

「…え…?」

ピシュッ

 

響く銃音。

貫かれる少女の肩。

飛び散る鮮血。

倒れ込む少女。

彼女を、修也は必死に受け止めた。

 

「おいっ!大丈夫か!?」

 

「…ぅっ…」

 

軽い彼女の体。

肩口から溢れる鮮血を、修也は治癒霊術で止める。だが、弾丸は取り出せない。

 

「クソッ…!対霊弾かよ…!…ジャンヌ!」

 

「修也君…!どうしました!?」

 

修也は毒づくと、ジャンヌを呼び、彼女もすぐに駆けつける。

少女を彼女に預けた。

 

「弾丸は取り出せんかもしれんけど、お前のレベルの治癒なら上手く行けば押し出せるはずだ。頼む。」

 

「わ、分かりました…」

 

修也は、そう言うと、弾丸が飛んできた方向を見る。

…そこに居たのは、予想外の人物。

蒼を基調とした武装をしている、1人の青年。

 

「あれは…霊使者、か…?」

 

修也が呟くと、青年は何か錆びたような動きで銃をさらに構える。

その目に、光はなかった。

 

「ギッ…ギギッ…」

 

「…琥珀!」

 

「承知。」

 

修也の掛け声と共に、琥珀が彼の横を通り抜けてそのまま青年の元に移動した。

 

「眠れ。」

 

彼女が首に蹴りを入れる。

数メートル吹き飛んで、気絶したのか青年は動きを止めた。

琥珀は青年に近づいて、見下ろす。

 

「…これは…」

 

琥珀は少しだけ、眉を顰める。

 

「琥珀!」

 

彼女の元に、少しだけ覚束無い足取りで修也が到着する。

 

「どうだ?」

 

「気絶させた。これで動きはせんじゃろ。…それより、これを見ろ。」

 

「ん…?」

 

琥珀が指差すと、青年の体から黒い瘴気が溢れ出す。

 

「これは…」

 

「闇の霊術を使った時に出るものじゃ。…おそらく、何者かに操られておったのじゃろうな。」

 

「…にしても、他の霊使者がなんでこんなとこに…」

 

「それは分からぬが…」

 

「キャアッ!」

「…!?」

 

響く悲鳴。

その声は、ジャンヌの物。

見ると、彼女は芝生に倒れ込んでいた。

 

「ジャンヌ!!」

 

修也は動くようになった足で彼女に近づき、抱き上げた。

 

「おい、どうした!?」

 

見ると、彼女の肩口には斬りつけられたような傷が存在していた。

修也はそれを治癒の霊術で応急処置をする。

 

「しゅ、修也、君…」

 

動く左手で彼女は、宙を指差す。

彼はその方向に、視線を向けた。

 

 

ざわりと。

空気が変わる。

その源は、間違いなく、修也。

彼は見た。その姿を。

たなびく黒いローブ。

そこからはみ出した手が精霊の少女の首を掴んでいる。

ローブの隙間から見える服も黒で体型は中肉中背。

そして、その顔は…

 

獣の仮面で隠されていた。

 

 

「久しいな、桐宮修也。数ヶ月ぶりか。」

 

「…ああ、会いたかったよ。」

 

 

2人の霊力が交わり、凄まじいスパークを散らした。

 




さあ、今舞台も終幕に近づけよう。


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第39話 少女の過去

ちょいと長くなったすまぬ



「…む…?」

 

グレートブリテン島。

その中で、最も目立つ建造物の中。

巨漢の人物は感じ取った邪悪なオーラに思わず視線を向ける。

そして、訝しげな視線を向けた。

「…フロス」

「はい。」

「俺の装備を用意しておけ。」

「了解しました。」

 

 

マン島。

そのある草原の中。

少しだけ明るかった空が、再度雲に隠され黒く変色する。

冷たい風が吹き抜け、削れたクレーターから砂埃が発生する。

だが、修也は目を背けずに仮面の男を見続ける。そこに込められたものは、確実な《敵意》。

「…カッ…ァ…」

漏れる、精霊の少女の呻き声。

「おい、そいつから手を離せ。」

「ん?何故だ?こいつを今離したところで何になる?」

「それ以上は、死んじまうだろ。」

「ふむ、別に構わないだろう?」

 

「産まれた意味すら知らぬ者など。」

 

ギリリッ…

「カッ…ハッ…ァ…」

「やめろ!!」

響く、修也の怒号。

周りの草木がビリビリと震えた。

仮面の男は「フンッ」と反応すると、彼女から手を離した。

少女が無造作に転がる。

「冗談だ。この娘にはまだ使いようがあるからな。…それより」

仮面の男は修也の方に向き直ると、少しだけ声のトーンを上げた。

「あれから、随分と腕を上げたようじゃないか、桐宮修也。俺は嬉しいよ。」

「…お前のために強くなってる訳じゃない。俺は俺の目的のために強くなってるだけだ。」

「それは結果的には俺と戦うためだろう?」

「…それについては、否定しねえよ。」

修也の答えに、またも「そうだろうそうだろう」と仮面の男は嬉しそうに呟いた。表情は全く見えないが。

「いやはや、今日貴様を見て驚いたよ。そこまで腕を上げているとはな。最初の下級悪霊に手こずっていた時とは…」

「ハァ…」

「ん、なんだ?そんなにも退屈だったかね?」

「それもあるがな…お前、嘘下手すぎ。」

修也は呆れたように呟くと、そのまま仮面の男を見下ろすように睨めつけた。

 

「フランス大戦の時、()()()()()()()()()()()だろうが。」

 

「…ほぉ、気付いていたか。」

「隠す気もなかった癖に、何言ってんだ。」

仮面の奥で、笑う気配。

修也はそれをひと睨みで一蹴する。

「それだけじゃねえ。…お前、今回のマン島の現状の元凶だよな。」

「ああ、そうだな。それについては、薄々勘づいていただろ?俺が精霊の村を訪れて、奴らを穢した張本人だよ。」

「そんで、お前がその使った悪滓だが…」

 

「あれ、フランスで回収したもんだろ?」

 

「…え?」

これには、ジャンヌが少しだけ驚いたように声を上げた。

「お前、あの戦場にいたんだもんな。なら、あの戦乱の中で生まれた悪滓を集めててもおかしくない。」

修也はため息をついた。

「通りで、戦乱の後の悪霊の被害届が少ないわけだ。横から目当てのもんだけこそ泥してる奴がいんだからな。」

「ハッハッハッハッハ。よく気がついたな。素晴らしい推理だ。」

「…1人の人物が精霊のほとんどを悪霊に変えるような量の悪滓を収集できる出来事は、フランス大戦しか無かった。そして、その元凶がお前で、そのお前がフランス大戦に来てたなら、答えは1つだろ。」

「Congratulation!褒めてやろう。」

「いらねえよ。てめえからの賛辞なんざ。」

 

大袈裟に手を広げて叫ぶ仮面の男。

修也はそれを、尚も飄々とした態度を崩さずに受け流す。

今の彼は、酷く落ち着いている。

どんな戦いでもある程度の熱量を爆発させる彼にしては、少し珍しい。

まるで、()()()()()()()()ようだ。

だが、あまりの饒舌の応酬に、その場にいる修也の従霊は口を挟むことが出来ない。

…だが、そんな中でも、闖入者が1人。

 

「アミィ!?アミィ、どうしたんだ!?」

 

「あ?」

「チッ、いらねえ邪魔だ…」

修也が声のする方向を見ると、そこに居たのは黒髪に緑目の中年の男性。

「お、お前は…あの時村に来た…!私の娘を返せ!」

その言葉で、修也もピンと来る。

「…あー、あんたあの嬢ちゃんの父親か。」

「そ、そうだ!おい、仮面の男!早く私の娘を返せ!さもないと…」

「これはこれは、偉大な村の長様ではありませんか。悪霊から元に戻った気分はいかがですか?」

仮面の男は挑発するようにわざわざ頭を下げて対応する。

「そんなものはどうでもいい!いいから早く…」

「おや、この娘が産まれてから()()()()()()()()()()()()()()()()、随分と必死ではありませんか。」

「そ、それは…」

嘲笑するような雰囲気を仮面の奥に宿しながら男はそう言うと、また修也へと視線を向ける。

「お前も知ってるだろ?桐宮修也。この男の、集落の所業を。昨日、集落全てを調べ尽くしていたもんなぁ?」

「…ああ。」

修也は、今も仮面の男の足元にいる精霊の少女を見た。

 

 

彼女は孤児だった。

いや、正確には親はいた。

だが、殺されたのだ。

それも人間や悪霊ではなく、精霊達に。

まず父親。

彼は長の弟であり、勇敢な男だった。

集落一番の霊術、体術の使い手であった彼は…やがて、土精霊族の少女と恋に落ちた。

そして、結婚して子をもうけた。

その子は、両親の血を受け継いで、土精霊の金色の髪と、風精霊の緑の目をしていた。

…その子の誕生を喜んだのは、両親だけだった。

精霊の中で、他種族の者と愛を育むことは禁忌とされた。

別に、これは誰かが決めたものでは無い。

何か悪影響がある訳でもない。

…そう、()()()暗黙の了解だ。

『他の者がそうしているのだから、自分もそうしよう』という潜在意識。

ましてや、子供を産むなど言語道断であった。

彼らはまず、父親を処刑した。

村の英雄とも言える彼を、彼らはたった一つの不都合で殺した。

その後、残った母親と子供は処刑を免れた。

…だが、それは正しく生き地獄。

生きていてもほとんどが村八分のような状態。

やがて、風精霊の集落にいた母親はどこかにある土精霊の集落へと連れ戻された。

0歳で彼女は父を亡くし、5歳で母親と離れた。

そして、それからの数十年間。

彼女は長に引き取られたが、外出禁止、与えられるのは3食のみという、束縛された生活が待っていた。

更に、今の名前は村人達が勝手に付けた物であり、彼女の本当の名前とは異なる。…そんな名で呼ばれるなど、不快でしかなかっただろう。名を聞かれても、理由をつけて答えないほどに。

…彼女はやがて、世界を憎むようになった。

 

 

「…た、確かに私は、その子を外に出さず、束縛していた…だがそれは、その子のためだ!その子が村の者や子供に虐げられれば、どのような苦しみが…」

「だからさぁ、その認識自体が虐げてるっつうのがなんで分かんねえかな。」

「うぐっ…」

「いいか、努力して褒められんのは子供までなんだよ。結果も出てねえのに、その行動に意味があるわけねえだろ。」

仮面の男の最もとも言える意見に、長は膝から崩れ落ち、そのまま彼は男の霊術で吹き飛ばされる。

静かになった空間で、仮面の男の声がさらに響く。

「どうだ?これがお前の救った精霊共の本性だ。まあ、既知ではあったようだがな。」

嘲笑うような声に、修也はすぐには答えない。飄々とした態度のまま立ち尽くし、そして答える。

 

()()。」

 

「なに?」

「別に、って言ったんだ。それは俺が助けるのも癪には触るが、助けない理由にもならない。人にも、精霊にも失敗はある。」

「そうだとしても、こいつらは同じことをするぞ。植え付けられた《固定概念》は簡単には消えない。」

「んなもん、やってみなきゃ分からん。…それに、誰も彼もがそうとは限らんだろ。」

「なんだと…?」

修也の言葉に、仮面の男は少し首を傾げた。

…その瞬間。

 

「ハアアァァッ!!」

「…!?」

 

仮面の男の後ろから、誰かが斬り掛かる。

気配に気付けなかった男は少しだけ驚いた様子で背後に霊術を起動。その人物は吹き飛ばされた。

だが、よろめきながらも立ち上がる。

緑色の髪と目を持つ、その者の正体は…

「…お、にい…ちゃ…」

少女は息を切らしながら、その者の呼称を呼ぶ。その青年は剣を構え直した。

「この化け物め…!俺の妹を放せ!」

先程まで、ドラゴンに変貌しており、体にかかっている負担は凄まじいものだろう。

だが、そんなものは気にせずに青年は果敢に仮面の男と対峙する。

仮面の男は煩わしそうに手首を動かす。

「また邪魔が入ったか…大体、貴様もこの娘を閉じ込めていた張本人だろ。何を偉そうにほざく。」

「…」

青年はすぐには答えない。だが、仮面を蘭々とした目で睨みつけた。

「…確かに、俺はこいつを閉じ込めた。精霊60人にすら呼びかけられない、自分の無力さを隠し、目を背けた。」

力が込められて剣が揺れて、軋む。

 

「だが、だからこそ!今この場で逃げて、目を背ける訳にはいかない!アミィが…妹がどうしようもないこの兄貴のために、頑張ってくれたんだ…なら、今度は俺が!妹を守る番だ!」

 

青年の言葉は高らかに響く。

仮面の男はそれには答えない。

表情は見えないが、煩わしく思っているのは確かだろう。

 

「その通り。」

「…!!」

 

ガギィィイイイィィィン…ッ!

ここで、仮面の男は初めて剣を抜いた。

赤黒く歪な形の両刃剣と、黒い流麗な刀が交錯する。

「…桐宮、修也…!」

「兄貴が妹弟を助けるのに、理由なんざいらねえ。俺らは、俺らだから下の奴らを助けるんだ。」

「…それなら、1人の自由を奪うのはいいのか…?」

「まさか。ただ、言ったろ。人にも精霊にも間違いはある。その間違った分はしっかりと償って、またやり直せばいい。数十年間間違い続けたなら、数十年間かけて償いきればいい。」

 

「それが出来んのが、《家族》のいい所だろ。」

 

「…グッ…!」

キリキリキリキリと。

修也は仮面の男の剣を段々と押し込んでいく。だが、やがて

「…ァア!!」

男は刀を弾いて、更に横薙ぎを繰り出した。

修也はバックステップで躱して、もう一度中段に構え直した。

男は息を直す。

「…まあいい。今更兄妹の絆なんぞを見せられても、結果は変わらんさ。」

男はそう言うと、1度ため息をついた。

「なあ、桐宮修也。貴様が浄化した悪滓はどれくらいだ?」

「…んだよ、いきなり。」

「いいから答えろ。」

修也は剣を構えたまま目を細めて答える。

「…ざっと、フランスの大戦で産まれた悪滓全部ってとこか。」

「そう、私はフランスで手に入れた悪滓を惜しむことなく使った。だからこそ、60を超える高位悪霊が生み出せたわけだ。」

「…何が言いたい?」

「簡単な事だよ。60人全てを簡単に穢せる量の悪滓を…」

 

「2人にぶつけたら、どうなるかな?」

 

その瞬間、黒い雲の中、響くような音と共に黒い稲光が発生する。

「…あれは…」

精霊の青年がそれを見て呻くと同時に、

 

…カッ!!

 

黒い閃光と共に、長細い雷が墜ちる。

それは、不規則に動きながら、少女と青年に向かう。

「させない…!」

ジャンヌが咄嗟に聖属性の結界を展開。素晴らしい反応速度。

パリィンッ!

「なっ…」

だが、雷はそれを粉砕して尚も落ち続ける。

「クソッ…!」

修也は足を踏み出し、それを止めようとするが…

 

雷が、墜ちる。

 

「…ァ…ハッ…」

黒い矢が少女を貫き、黒い膜に包み込まれる。修也はすぐさま膜を斬り付けるが、あまりの硬さに弾かれる。

「チクショウが…!」

修也は毒づきつつも、そのまま拳に聖属性を纏わせて、殴りつけた。

だが、傷一つ付かない。

「斬撃も、打撃も、聖属性も無効化しやがる…」

修也は続いて《魔眼》を起動。中にあるであろう《核》を見る。それは、確かに存在していた。

だが、通常のものより一際強く光っていた。

それは、彼の経験上。もしこの核を壊せたとしても、おそらくその中の少女も命を落とすと思われる。

「クソ…打つ手なしかよ…!」

修也が毒づくと、フワリと黒髪の少女が彼の隣に舞い降りた。

「琥珀…」

「そうとも限らんぞ。これはあくまで凄まじい量の悪滓が密集することでこの強度を生み出しておる。お前様の《霊力粒子操作》をもってすれば多少なりともこの球の強度、攻撃対応能力は下がると思われる。」

「そうなのか?」

「うむ。多少時間はかかるが…」

 

ドクンッーー。

 

瞬間。

黒い球体が鼓動するように揺れる。

それと同時に凄まじい量の霊力が動くのが感じられた。

「お前様、下がるぞ。」

「…分かった。」

琥珀と修也は同時に2回ほど飛び退き、球体と距離をとる。

球体は段々と鼓動を速め、やがてその音も大きくなっていった。

そして…

 

バシュッ!!

 

「グッ…」

破裂すると同時に感じる悪滓に、思わず修也は腕で顔をガードした。琥珀も立ち尽くしてはいるものの、少しだけ顔を顰める。

あまりの霊力と悪滓の奔流で目が霞んだ。

…そして、霞んだ視線の、その先。

1つある、黒い物体。

それが人である事を、修也は遅まきながら気付く。

 

長い髪を持ち、ワンピースを着た少女。

それは正しく、あの精霊の少女だ。

だが、あらゆるところが違った。

細く白い足に、黒くも光沢のある軽装。その上にある胴には先程まで少女が着ていたワンピース。だが、緑を基調としていたそれは、真っ黒に変色していた。

更に頭部に生えた黒い角と、所々に作られたこれも黒色の鱗。そして、腰周りから生えた長い尾。

彼女は目を開く。

その目には、先程までの緑色の穏やかな物はなく、赤く禍々しい眼球へと変貌していた。

そして、口内に鋭い牙達が光った。

「竜人…」

修也は呻くように呟いた。

 

竜人。

竜種(ドラゴン)の上位互換に位置付けられている幻想種。

悪霊の中では《超高位悪霊》と呼ばれている。ドラゴン以上のパワー、敏捷性を持ち、火球だけでなくその他の属性の霊術も操ることが出来る。

更に、ドラゴンよりも高位の知能を持つ。

 

「…なぁ、琥珀。…精霊が穢れて、《幻想種》になるなんてこと、あるのか?」

「…まあ、今回ばかりは穢された悪滓の量が桁違いじゃったからな。」

霞む視界の中、竜人となった少女は頭上に片手を掲げ、口を開いた。

オォウッ!!

そして、周りに充満していた悪滓全てを自身の中に取り込んだ。その行動に、修也も頬に冷や汗を流す。

目の前の、未知数の相手に覚える一種の恐怖。

修也はここで初めて、足が動かせなかった。

どこか遠くを見つめる竜人の少女に、修也は構えたまま立ち尽くす。

少女はゆっくりと視線を下に移すと、しばらくそちら側を見つめる。

その後、キョロリと修也の方に視線を移した。それだけで、修也は緊張感を増す。思わず刀の柄に手をかけた。

…だが。

少女はその様子を見ても、大した反応は見せず、彼を見つめ続け…

そして、目を逸らした。

瞬間、彼女は跳躍し、その身を躍らせた。

先程まで見ていた方向に飛翔する。

「なぁ、琥珀…」

「…ヤバいのぉ。」

修也と琥珀は唸る。

2人の言葉に、仮面の男が反応する。

「さあ、どうする?桐宮修也?」

挑発するような仮面の男の物言い。

その言葉でジャンヌは少しだけ睨むように男を見るが…

修也は、思考する。

この状況下の中で取れる、最善の策を張り巡らせていく。

…やがて。

修也は目を開けた。

 

「…琥珀、」

「なんじゃ。」

「お前は、ここに残ってそいつの監視を頼む。」

「一人で行く気か?」

「安心しろ。1人じゃねえ。ジャンヌとアグンも連れていく。そこの仮面野郎は現状俺とお前しか相手に出来んだろ。」

「…ま、それもそうじゃな。」

琥珀はそう言うと笑い、修也も少しだけ笑いながら《紅》の影響で焦げた赤コートを脱ぎ、《異界》から新しい物を取りだした。

「琥珀、も1つ頼んでいいか?」

「なんじゃ、手短に済ませよ。」

「……」

「…ふむ、了解じゃ。やっておこう。」

琥珀が笑いかけると、修也も笑う。

そして…

大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。さらに、背中を丸めると…

 

大きく、黒い羽根が背中から出現した。

 

コウモリのようなその羽根を二振りして、修也は背後を見た。

 

 

 

 

「さ、行くぞジャンヌ、アグン。」

「…はい!」

「ナー!」

 

 

タイムリミット

残り

10分。




金髪ロリの兄貴の行方とタイムリミットの意味はまた次回


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第40話 精霊の少女

もう40話か。
はええな(そこまででもない)


「……ん……」

 

暗闇の中、少女は目を覚ます。膝を折り、抱えた状態の中、少女は思考する。

そして、思い出す。

自身を襲う灰色の銃弾。

自身を貫いた黒い雷。

 

 

「…ここは、どこ…?」

少しだけ見渡して、彼女は暗闇を進もうと体を動かした。

ーー何をしている。ーー

「…戻らなきゃ。」

ーー何故だ?ーー

「私を、待ってる人が…」

ーーどこにいる?ーー

ーー父を亡くし、母と離れたお前にーー

「…でも、私には家族が…」

ーーお前を閉じこめ、束縛した奴らがか?ーー

ーー村の連中と一緒に迫害した奴らが?ーー

「……」

ーー諦めろーー

「…でも…」

ーーお前には、生きる意味が無い。ーー

ーー共に生きる者もいないお前にはーー

ーー…さあ、眠れーー

瞬間、彼女を強烈な眠気が襲った。

「…ぅ…」

ーーおやすみ、哀しき少女よーー

精霊の少女は目を閉じて、意識を飛ばす。

そして、彼女が最後に見た光景は…

 

 

黒い邪竜人と化した彼女は滑空する。

彼女の体を動かすのは、悪滓の中にある憎悪と怨念。それに汚染された彼女の思考は、人間への復讐と精霊への恨みのみ。

あの島で精霊を見逃したのは、こちらの人間を狙った方が確実だと考えたからだ。

邪竜人の少女はグレートブリテン島目掛けて宙を翔けた。

 

 

場所は戻り、マン島。

残る琥珀と仮面の男。

琥珀はしばらく腕を組んだまま突っ立っていたが…

「…あー、ダメじゃ。やはり待つのは性にあわんのぉ。」

そう言いながら《異界》に手を突っ込むと強引に何かを引っ張り出す。

…それは、酒瓶と盃であった。

「…余裕だな。」

仮面の男の言葉に、琥珀は盃を一煽りしてから、ニヤリと笑う。

「なぁに。わざわざ警戒する必要もないことに警戒しても仕方ないじゃろ。」

そう言って座り込んで晩酌を始めた。

男は動かない。動かずに、吸血鬼の王である彼女を見つめる。そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに対する驚きがあった。

「飲むか?」

「…いや、俺は…」

「安心せい。貴様の素顔をいくら見ようが、我が主に密告することは無い。儂は、そう言うデリケートな問題は気にするのでの。」

そう言って、盃を差し出す琥珀。

男はそれを渋々ながらも受け取る。

男は仮面をずらしてそれを煽る。

…興味深そうに見る琥珀に気付く。

「…なんだ。」

「いーや。案外イケメンじゃなと思てな。何故そんな趣味の悪い仮面をつけておるのか…」

「放っておけ老害。」

男は言い捨てると、仮面を直して、触れる。

「…これは俺自身への戒めだ。弱かった頃の俺への…」

「《人間の頃》、の間違いであろう?」

「…何?」

不意をついた琥珀の一言。

男が反応する。

「貴様のその霊力反応…禍々しい邪気が覆っている。それはまさしく《魔族》と言われるもの達のものであろうな。…じゃが、儂を舐めてもらっては困る。」

琥珀は、笑った。

()()()()()()()()()()()()()()など、見落とすはずがなかろうて。」

「…」

「儂も曲がりなりにも、一族の長。それくらい見極める目は持っておるさ。」

そう言って、もう一度琥珀は盃を傾けた。透明な液体を嚥下する。

男は置いてあった酒瓶を持ち上げて自身の物に注ぐと、一気に飲み干した。

「…人間だったことは、どうでもいい。…過去にしがみつくなんざ、愚か者のすることだ。」

「…ま、確かにの。」

そこには、どこか彼の本心が隠れている気がして、琥珀も何も言わずに頷いた。

 

「…それにしても、こんなことしていていいのか?」

「ん?何がじゃ。」

「お前の主様は今幻想種を相手にしてるんだろ?それなら、こんなことしてる暇ねえだろ?」

仮面の男の言葉に、琥珀は笑いながら答える。

「構わん構わん。儂は今日十分働いておるし…()()()()、1人で倒してもらわんと困るからの。」

そう言う琥珀は本当に何も心配していないのか、また酒瓶に手を出した。

「それに、今の儂じゃとあの精霊の娘を瞬殺してしまうからの。それでは我が主のためにならん。」

琥珀がそう言うと、男は先程まで彼女がいた場所を見る。

そこには1人の精霊の青年が倒れ込んでおり、しかしそのまわりには、一切の悪滓も存在しない。

…彼に雷が落ちる前に、琥珀が全て吸収したのだ。

だが、さすがに2人同時には無理だったようで、精霊の少女は当たってしまったが。

「欲を言えば、我が主にもあれは防いでもらいたかったが…あそこまで高密度な悪滓は、《あの状態》ではさすがにキツかったの。」

そう言って、冗談などない雰囲気で言い切る琥珀。

男は、彼女を見る。

外見的には、何も変わらない。

だが、悪滓の雷を吸収したことで、その中の霊力は全て回復しさらに、どこか身体的強化もされているようにも見えた。

「…そうは言うが、あの邪竜人はかなり手強いぞ。ドラゴンを超える攻撃に素早さ、さらに高度な知能も持っている。一筋縄では行かないだろ。」

「ま、そうじゃな。だいたいあの娘の今の戦闘力はフランスの変態と同じくらいか。あの時は儂の幻想憑依で倒したが…」

 

「しかしまあ、我が主も停滞はしておらん。ちゃんと日々成長しておる。」

 

「…」

「あの頃とは別人と思ってよかろうよ。」

そう言って彼女は、数週間前の彼と比べた。

そこにあったのは、絶対的信頼と、彼女自身の自信であった。

 

 

私には、物心ついたときから父親というものがいなかった。

けど、母親がいたから、あまり寂しいとは感じなかった。

いつも笑顔だった母。美味しい料理を作ってくれる母。慰め、包み込んでくれる母。笑顔で話しながら、髪を梳い、切り整えてくれる母。

 

…ある日になると、彼女はいつも小さな石の前で泣く。

 

まるで私の前で流すものを全て出し切るように、いつまでも、いつまでも。

やがて目尻を赤くした彼女は、私の手を取って、集落から離れた家に戻る。

そこでの彼女は、いつもの母で、笑顔で私と接してくれた。

そんな彼女は、強がるようで…幼心な私には、どこか痛ましかった。

 

やがて、母は連れていかれた。

 

金色の目と髪を持った初老の人物に体を掴まれて、家から引きずり出される姿は、今でもこの目に焼き付いている。

大声でなにか叫んでいたが、猿轡のせいで何も聞き取れなかった。

 

彼女が、私の目を見て涙を流すのは、それが最初で最後だった。

 

1人になった私は、親戚宅に引き取られて、そしてその半分の時間を、家の2階の部屋で過ごした。

短かった髪は伸び続け、外に出ることはあっても同族であるはずの精霊達との関わりはほとんどなかった。

わざわざ自身を除け者にする同族と群れるより、ある年の誕生日に買ってもらったブーツを履いて、母が好きだった黒い傘を差して島を歩く方が有意義だった。

1人なことは、普通だった。

窓から見える景色も、草原から見える景色も。何も変わらない。

幸福な《他人》と孤独な《自分》。

いつからか、希望を見出そうとすることをやめた。自分の人生は、こんなものだと割り切るようになった。

 

だから、村の精霊全員が悪霊に変貌したのにも、別に何も感じなかった。

 

その日、たまたま村から遠くに位置する海岸に出ていた私は、悪滓の一部が流れてきたことで異変を感じた。

村の周りに悪霊が湧いていたことには驚いたが、霊力反応や結界の欠損状況を見て、すぐにその状況を察した。

別に、悲しみは感じない。憎悪も、嬉しさも、何もかも。

1度は、この地から離れようと思った。

彼らが悪霊と化したことで髪飾りの《拘束具》は機能していなかったし、逃げ出すには絶好の機会だった。

…ただ、1つ。

一つだけ、気になることがあった。

それは、自身を引き取った親戚の長たち。

彼らの私への扱いは良いとは言えなかったが、接し方はそこまで酷くなかった。

叔父は必要があれば何か買ってくれたし、叔母も料理などの家事を教えてくれた。それに従兄である青年は、たまにリビングで話したりもした。

だが、それでも彼らと自身の中にある距離感は、埋まることは無かった。

…しかし、その気がかりは、彼女をこの島に引き止めた。元々、やることも無かったため、彼女にとってはどうでもよかった。

やがて島の人間も避難し、1ヶ月間、助けも何も無いまま、1人で島の集落や草原で過ごし…

 

そして少女は、霊使者の青年と出会う。

 

 

ーなぜ生きるー

ーあなたは誰にも求められていないー

ーあなたは産まれるべきじゃなかったー

ーそうすれば両親は離れ離れにならなかったー

ー不幸の子ー

ーいらない子ー

 

ーー災厄の子ーー

 

自身に語りかけられるその言葉の数々。

まるで侵食しようとしているような言葉の奔流に、しかし少女は抗わない。まるで身を委ねるように膝を腕に抱き、丸まり、全てを終わらせようとする。

別に、良いだろう。

『…私は、誰にも求められていないのだから。』

…それは、世界にすらも。

 

だが、やがて声の奔流が止まる。

パタリと止んだ侵食に、少女も意識をハッキリと戻す。そして何処からか、自身に取り付く悪霊達の威嚇するような声すらも聞こえる。まるで、侵食よりも重大な何か…天敵が向かっているような気配。

少女は顔を上げた。

そして、その目が捉えたのは。

 

…黒髪の青年の姿だった。

 

 

「…追いついた。」

標的に追いつき、修也はゆっくりと息を吐いた。羽を細かく動かして滞空する。

「…修也君、どうしますか?」

ジャンヌの問いに修也は簡潔に答える。

「どうもこうもあるか。市街地に入る前に奴を叩く。あいつはいわば人の味を知らねえ『小熊』だ。やりようはある。」

「…市街地に入ると?」

「下手すりゃ人間食うか、悪滓大量補給して超強化される。そうなっちまえば祓い殺すしかなくなるだろうな。」

修也がそう言うと、邪竜人はそこで動いた。

修也を見ていた視線を逸らし、イギリス本島へ向けると…

 

そのまま光弾を発射。

大エネルギーの爆発物が市街地に向かって翔ける。

 

「しゅ、修也君!早く止めないと…!」

ジャンヌの焦った声に、しかし修也は

「大丈夫だ。」

そう、告げた。

その言葉通り光弾はあろうことか市街地からかなり離れた場所で四散し、光へと変わる。

そして、ジャンヌは見た。

市街地を守る、凄まじく分厚い金色の壁を。

そこで修也の無線に音声が入った。

修也は何も言わずに起動させる。

『修也、健在か?』

「ええ、もちろんですとも、アルトゥース陛下。今目の前にいるこいつを祓えば任務完了ですので、もう少しお待ちください。」

『よかろう。街は俺の《宝具》で守っておくから、思う存分暴れろ。これは国王命令だ。』

「…YES,BOSS。」

修也は無線を切ると、口元に笑みを浮かべた。まるで喜びを押し殺すように白い歯を浮かべる。

「聞いたかジャンヌ。一国の国王から「暴れろ」命令だ。ここまで雑な命令今まであったかな?」

「そ、それより…アルトゥース国王の言っていた《宝具》について気になるのですが…まさか彼、人間の身で宝具を扱っているので…?」

「ハイハイ、それはまた今度な。」

修也はジャンヌの話をすぐさま遮って、ゆっくりと腰の刀を抜いて、邪竜人の方へと構えた。

それと同時に、邪竜人の凄まじい咆哮がこだました。

 

 

 

「さあ、いくぞ。」

 

 

イギリスでの、幕引きは近い。





暗くね?(暗いよ?)


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第41話 修也VS邪竜人

この話だけで、次イギリス編エピローグ行こうと思ったけど全然無理だった。




キイイイイィィィィ…

 

イギリスの港。

霊使者達が集まる場所の後方。

イギリス軍が集まる場所に、金色の鎧に身を包んだ巨漢の男が腕を組んで立ち尽くす。その男は体を光に包まれながら、隣にいる人物に笑いかけた。

「な?フロス。やっぱり必要だったろ?」

「必要かどうかではなく、貴方様が前線にいることが異常なのですよ。」

はぁ、と頭を抱えるフロスに、アルトゥースは笑う。

「ガハハハハ!民や兵士を率いらんで何が王か!これも俺の仕事だ。」

「…なんのために軍部を設置なされているのですか?」

「あんなものは建前だ。俺の兵は俺が動かす。もう慣れたろ?」

「慣れてたまりますか。まったく…」

アルトゥースの笑い声が高らかに響き、フロスのため息が消え失せた。

そして、アルトゥースは上空にある、2つの点を見上げて、笑う。

「さあ、舞台は整った。」

 

「決めろよ、修也。」

 

 

 

「ジャンヌ。」

「はい。」

「俺の体から出て、後方支援頼む。」

「了解しました。」

ジャンヌはそう言うと、修也の体から出て、彼の後ろに下がった。

それと同時にアグンも外に出ると、そのまま修也の肩に飛び乗る。

両者とも、見据えるのは目の前の幻想種。

黒く変貌した、精霊の少女。

修也は腰の鞘から黒い刀身を引き抜く。

今、自身の傍には相棒の吸血鬼の少女はいない。思えば、彼女抜きで幻想種に挑むのはこれが初めてだ。

1滴、冷や汗が流れる。

ペロリ。

それを、アグンがゆっくりと舐めとった。

修也がそちらに向くと、アグンは

「ナー」

と鳴いて、笑うような表情を作る。

「…だよな。お前らがいるもんな。」

修也は呟いて笑うと、アグンの頭を撫でて、黒い少女を睨みつけた。

 

「さあ、やるか!」

 

叫ぶと、邪竜人は凄まじい速度で腕を振り抜いた。襲いかかる悪滓。

それを修也は聖属性の障壁で防ぐ。

「初っ端から行くぞ、アグン!」

「ナー!」

両者、高らかに叫ぶと、修也は目の前に刀を翳した。それと同時に凄まじい量の霊力が刀に注ぎ込まれていく。

それに異変を感じて、邪竜人は悪滓の槍と矢を修也に向けて放った。

…それを、ジャンヌが張った障壁が弾く。

 

ーーその身が宿すは陽の炎。その命が灯すは勝利の炎。ーー

ーーその身その命、我に預けし幻獣よ。今こそ我に、勝利の導きを…!!ーー

 

詠唱が終わると同時に、黒い刀は凄まじい光を放ち、その形を変えていく。

長く流麗な真っ直ぐなフォルムは湾曲し、さらに細く、長くなっていく。

やがてその中部が修也の手に収まり、刀は更なる変形が続く。

変形がおさまり出すと、肩に乗っていたアグンが丸い膜に包まれ、変形した刀に宿った。

やがて光は治まり、その全容が映し出される。

黒く長い、湾曲したフォルム。

修也に近い先から弦が張られていた。

そして、所々に赤く猛る炎が彼の体を照らす。

それは、長弓であった。

 

 

「《幻獣精装(げんじゅうせいそう)・ツクヨミ炎帝》」

 

 

彼の体に、変化はない。

だが、変貌した刀…いや、弓から凄まじい量の霊力が漏れ出て、辺りの空気を焦がす。

そして…

チキッ…

修也は弓を構えて、弦を引く。

矢はない。

その動作に意味があるのかという行動。

だが、直後。

オォウッ!!

彼の右手に、炎で作られた霊術の矢が握られ、それは凄まじい熱量で周りを焦がした。

そして、

「…ッ…」

修也は、手を離す。

矢は真っ直ぐな軌道を描いて、邪竜人に襲いかかった。

それを何とか避けて、邪竜人は矢を見送る。

そして、下の海と接触した。

…直後。

 

ジュワッ!!

 

「…ッ!?」

凄まじい範囲の海水が蒸発し、その後水が暴れて軽い津波を巻き起こす。それを霊使者やアルトゥールが張る防壁が防いだ。

「チッ…流石に避けられるか。」

修也は毒づくと、右手を開閉させて感覚を確かめる。

「…まぁいい。」

 

「次は当てる。」

 

またも向けられたその敵意に、邪竜人の頭は最大の警報を鳴らした。

こいつはヤバいと。

全力でやるべきだと。

「グアアアァァァァァ!!」

高らかな咆哮。

周りの空気を揺らすその咆哮。

それと同時に彼女の周りの悪滓が巨大な黒い膜を作り出して邪竜人を包む。

「…」

それは破壊できないと修也は予測し、少しだけ見守る。

やがて膜を中心に黒い渦が巻き、そして…

 

ビシュッ!

グシャッ!

 

ひとつの悪滓の玉が修也に襲いかかり、彼はそれを握り潰した。聖属性で浄化してから、膜を見る。

やがて膜は弾けて、そのまま中心に向かうように収束していく。

…そして、そこで彼女の姿が視認できる。

 

邪竜人の特徴でもある角は長くそそり立ち、さらにワンピースだった服は所々何処か鎧のような鉄素材の防具に覆われる。

さらに白かった肌は褐色に変色し、眼球の赤色は充血したように周りに広がっていた。

 

威嚇するように牙を見せる邪竜人。

修也は弓を構える。

そして…

彼の前から姿が消える。

修也は咄嗟に首を捻ると、黒い風が通り過ぎて、その風は彼の頬を切りつける。

流れる赤い血。

「…へえ。」

いつの間にか移動した彼女を、修也は血を舌で舐め取りながら見つめる。

そして…

 

チョイチョイ。

 

またも、手招き。

余裕綽々なその行動に、邪竜人は反応しない。下手に出ては行けないとは分かっているのだ。

「流石ってとこか。」

ドラゴンなら挑発出来たのになと、修也は笑う。これが、邪竜人の特徴でもある、高度な知能の賜物のひとつであろう。

 

「厄介そうだ!!」

「…ッ…!!」

 

修也と邪竜人は同時に動いた。

両者は丁度中間あたりで交わると、そのまま少しだけ拮抗してから、もう一度離れる。

邪竜人は腕を振って巨大な土の槍を数本生み出して修也に向けて放つ。

それを彼は2本回避して、2本は蹴りと拳で破壊。

その隙をついて距離を詰めると、邪竜人は至近距離で素手の攻撃を繰り出す。

今の彼女の腕力なら、少しでも握れば修也の体を潰すことは可能だった。

修也は弓を握ったままそれを避け続け、六撃目の手刀を足で蹴って距離を取ると、弓矢を引き、放つ。

それを彼女は避けて、もう一度彼と距離を詰めた。

その瞬間にからに向けて最高速度の手刀を繰り出した。

修也はそれを体の捻りだけで避ける。

そして、そのまま膝と肘で彼女の突き出された腕を挟んだ。

「捕まえた。」

修也はコンマ数秒の間に矢を顕現。

限界まで引き絞る。

邪竜人はそれを見て咄嗟に腕を引き抜こうとするが、気づく。

彼女の腕が、まったく動かない事に。

引き抜こうとしてもギシギシと震え、彼の膝と肘に押さえつけられていた。

邪竜人は危険を感じて腕を切り落とし、その場を離れた。修也の矢がまだも空を切る。

「…あまりその体傷つけんなよ。」

修也は呻く。

基本、精霊に自然治癒はない。

だから、欠損した部分は霊術で治す他ないのだ。

だが、邪竜人からすれば、そんなことはどうでもよかった。何故なら、所詮は寄生主の体なのだから。

邪竜人は悪滓を使って、黒色の仮の腕を作り出してそれを数回動かして、感覚を確かめる。そして、動くことを確認してから更なる攻撃を開始した。

邪竜人は口を開き、火球を作り出した。

修也は迎え撃とうと、弓を構えるが…

「…ッ…」

邪竜人が放出した炎はすぐさま原形の球体を崩して、波となって修也に襲いかかる。

「火炎放射か…!」

修也はすぐさま弓を引いて、左手の前に霊術障壁を展開した。

火球なら1度攻撃を相殺すればいいが、火炎放射の場合は障壁で相殺し続ける必要がある。

火が収まると、そこには邪竜人はいない。

そして、修也は視界の端。

距離を詰めてきた少女に気付く。

「チッ…!」

舌打ちをしながらバックステップ。

少女の手刀が彼の脇腹を掠る。

その部位からかなりの量の血液が吹き出す。

「修也君!」

ジャンヌが叫ぶが、修也は距離を取って右手を開いて突き出す。

「大丈夫だ、問題ない。」

そう言って修也は()()()()()()()()()()

彼は息を整える。

そして、距離をとり、弓を引く。

凄まじい量の霊力。

空気を焦がすその術は、修也が現在使える、最大火力級の霊術。

彼の弓から放たれる、暴力の塊のような火柱。修也は限界まで引き絞る。

その熱量は、耐熱の彼のコートすら焼くほどの威力だった。

 

「…《烈日紅鏡(れつじつ こうきょう)》。」

 

修也は矢を離す。

瞬間、放たれる凄まじい量の力の奔流。

1本だった矢は分裂し、雨となって邪竜人に降り注ぐ。

着弾した瞬間、とてつもない爆発を引き起こし、空間が歪んだ。

 

「…」

煙が晴れたあと。

彼女は項垂れたような、気絶したような格好のまま浮き続けている。ホバリングだけで浮いているようだが、意識はないようだ。

元々、殺す気は無い。

このまま彼女を浄化すれば、元に戻る。

修也はゆっくりと近づいた。

 

「修也君ッ!!」

 

ジャンヌの声が届いた瞬間、修也の胸を、手刀がつらぬく。

「ゴバッ…!?」

彼の胸から血液が吹き出し、口からも赤い液体が吐き出される。彼を貫いた手には、赤い臓器。それをその手は容赦なく握り潰した。

「…囮…かよ…」

そしてもう片方の手で彼の頭を掴むと…

 

グチャッ!!

 

まるでリンゴを握り潰すように易々と粉砕した。

修也の血液、目玉、あらゆる部位が海へと落ちていく。

それを見送ることも無く、邪竜人は背後に向く。まるで修也にはもう興味が無いようにジャンヌの方へ振り向くと、彼女を駆除すべく、邪竜人は動いた。

 

 

 

「…国王様。」

「…ああ、決まったな。」

 

 

「修也の、勝ちだ。」

 

 

 

ガシッ!

「…!?」

動こうとした邪竜人の体を、何者かが掴む。

腕を拘束されて、ジタバタと動く邪竜人。

誰に拘束されているか分からない彼女は、すぐさま後ろを向いた。

「……ッ!?」

そして、その姿を見て戦慄する。

彼女を掴む体には、首が無かった。

それもそのはず。

彼女を掴む人物の正体は、先程彼女自身がトドメをさしたはずの、青年だったからだ。

その証拠に、その胸には穿たれた傷跡。

いや、だがしかし…

『不思議に思ってるか?』

「…ッ!?」

まるで、頭に直接響くような声。

『お前の思ってる通り、半人半妖ってのは核となる脳と心臓を潰せば大体は絶命する。この判断は、高知能なお前くらいしか出来ねぇだろう。流石は幻想種だ。』

修也の褒めるような言葉の間も、邪竜人は抵抗しようと足をばたつかせるか、振り解けない。

『…ただ、舐めてもらっちゃ困る。俺は一応吸血鬼の、しかもその種族の王の契約者だぜ?』

やがて、海の中から細かい破片や赤い液体が引き込まれるように昇ってくる。そしてそれらは体の首の上に集まると、融合を始める。

そして、十数秒後。

 

「この程度じゃ、死なねえよ。」

 

完治した修也は、笑いながら言い放った。

邪竜人は咄嗟に霊術を使って逃げ出そうと試みる。

…だがそこで、あることに気づいた。

いつの間にか、自身の中に相当量あったはずの霊力が、ほとんど無くなっていることに。

衝撃が邪竜人を包む中、修也はゆっくりと額を少女の後頭部に触れさせた。

フワリとした髪の毛の感触を感じながら、修也は呟いた。

 

「さ、もう起きる時間だぜ。お嬢ちゃん。」

 

 

2人の意識は、一息に刈り取られた。




3話以内に終わると思う(イギリス編)


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第42話 生きること

やべ、眠い。




「修也君…」

ジャンヌは動かなくなった2人を見つめながら、思わず手を握り合わせた。

まるで、祈るようなポーズを作った。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「作戦?ねえよそんなもん」

「え、ええ?じゃあどうやって彼女を…」

「んー、悪いけど幻想種に関しちゃ細かい作戦立てたところで決まんねえことが多いし…ま、今回はやるべき事が明確だから、そこは楽だな。」

「やるべきこと?それって…」

あいつ(嬢ちゃん)の意識を、悪滓から取り除くこと。」

「…」

「正直に言うとな、あそこまでの結合があの短時間で出来るってことは、嬢ちゃんも心の中で何処か受け入れてるんだろ。…もしかしたら、この世にあまり未練もないかもな。」

「で、でも修也君。それなら、野暮ってことになるんじゃ…」

「かもな。…けどさジャンヌ。俺がそんなこと、気にするやつだと思うか?」

「え?」

 

「そんなの気にする奴なら、()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「…確かに、そうですね。分かりました。そういう事なら私は、サポート役に徹した方がいいですか?」

「ああ。霊力も余裕あまりねえし、アグンと俺で最大火力をぶつけて隙を見せる。そんで近づいてきて、油断したところをついて、そのまま俺の意識とあいつの意識を繋げる。」

「分かりました。…けど、修也君。」

「ん?」

「意識を繋げることは、あれは琥珀さんがいないとできないのでは?私と契約した時に使った術ですよね?」

「…なぁ、ジャンヌ。俺の一番の特技って知ってるか?」

「え?い、いえ…」

 

「《真似事》、だよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「………」

 

暗闇の中、うずくまる1人の少女。

やがて彼女は顔も伏せる。

…だが、やがて聞こえる足音。

それに少しだけ視線を上げて、言葉を発する。

「…何しに来たの?」

その質問に、人物は…彼は、何の気なしに答える。

「助けに来た。」

軽々と、飄々と答える青年に、何故か苛立ちを覚えた少女は、吐き捨てるように言う。

「そんなの、頼んでない。」

「ああ、俺も頼まれてないな。」

「なら、なんで来たの。…知ってるんでしょう?私がどれだけ望まれず、愛されずに生きてきたか…。」

彼女が何処か呻くようにつぶやく。

そこには、彼女が今まで受けた仕打ちの全てが乗っているように重く響いた。

それに対して、修也は…

 

「おう。だから?」

「…は?」

 

軽く返す。

まるで何も気にしていないように修也は笑った。

「なんだよ。鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって。そんなもんわざわざ気にするようなことでもねえだろ。」

「…分からない?私は、生きることを望まれていない。だから、このまま助けられても意味が無い。…失せなさい。私は、助けなんて求めない。」

それは、彼女の純粋な気持ち。

明確な拒絶。

…だが、修也は退かない。

「だから、それとこれとは関係ないだろ。今重要なのは俺がお前を助けるかどうかだ。そこに他の奴らががお前をどう思ってるかなんて関係ない。」

「…なら、あなたはなんで私を助けようとするのよ。」

「ん?」

「そう言うボーヤは…私とそこまで関わってないあなたが、私を助けようとする理由はなんなのよ。」

 

「理由なんてねえよ。」

 

「…はあ?」

「さっきも見たなその反応。…だから、お前を助けることに理由なんてない。」

「何よそれ。…ボーヤあなた、必要があればどんな奴でも切り捨てるんじゃないの?なら、今この状況なら、私がそれでしょう?」

「なんでそうなる。」

「え?」

修也は腕を組んだ。

「いいか。お前は勘違いしてるかもしれんが、俺がある奴を助けない、切り捨てる場合は《大量死亡の可能性があるとき》と《そいつ自身に救いようがない時》だ。」

 

「それ以外なら、俺はどんな奴も助けるし、切り捨てる時は仲間だって容赦しない。」

 

「けど、お前はそんな危険もなけりゃ、救いようなんざ幾らでもある。だから、俺はお前を助けてお前の《今の》家族の元に連れ戻す。」

「…また、同じ扱いを受けろって…?」

「まさか。…ただまあ、そこら辺はお前自身が決めろ。あいつらの元を離れるも良し。そのまま滞在するも良し。…一応霊使者協会に入るっつー手もあるが…まあそれはいいや。」

修也は片手を腰に当てた。

「とにかく、俺がお前に言うことは2つだけ。《他人に流されるな。》《自分で決めろ。》いつまでも村の連中に感化されっぱじゃ、見えるもんも見えねえよ。」

「…随分と知ったかで話すのね。」

「…ま、俺も少しだけ覚えがある。…周りと違って迫害されて、両親も、今はいねえからな。」

修也の話に、少女は驚いたように目を見開いた。

「…だからま、さっき理由はないって言ったけどさ…実際は、同じような境遇のお前に、少しだけ同情してたのかもな。…お前ほど長くもなかったけど…。後、俺は単純に、お前に生きてて欲しいんだよ。」

「…」

その言葉に、今まで抱えていた氷が溶けるような、杭が抜けるかのような感覚に彼女はなる。

「それに、お前の気持ちも、そこそこ分かるんだよ。」

 

「お前が嫌ってんの、人間や精霊じゃなくて、《自分自身》だろ?」

 

「…ッ…」

「…図星、って顔だな。」

修也は少しだけため息をついた。

「ま、最初は実際に恨んでたんだろうが…自分だけ生き残ってると、どうも《生きてること》に対して、自身が無くなるからな」

 

それは、かつて彼も経験したこと。

あの日に目覚めた彼を襲ったのは、困惑と疲労。そして、両親を殺したであろう、あの時の敵への憎悪。

しばらくは、それを起動力に鍛錬に励み続けた。

…だが、それから後。

次に彼を襲ったのは、自己嫌悪だった。

優秀な両親と、そして親友を差し置いて生き残った自分。彼らを助けられなかった自分への無力感と、生きていてもいいのかという葛藤に彼は苛まれ、苦しめられた。

…それは、今も続いている。

そして、彼女は死にたがっている訳では無い。

ただ、考えることを放棄し、自暴自棄になっているだけだ。そのような《逃げ》は、彼は許さない。絶対に。

 

「俺も、何回も考えたよ。自分が生きる意味、価値、どんな生き方が1番最善か。そうでもしねえと、もたなかったからな。」

「…」

「でだ、結論を言うと、何も分からんかった。今でも悩み続けてるよ。」

 

「だから、探すことにした。」

 

「世界中回って、色んな人と触れ合って、色んなこと経験して、俺の出来る限りのことを精一杯やって…そんでその過程で、あいつらに会った時に胸を張れるような生き方がしてえなと、そう思ったんだよ。…両親と親友に救われた命なんだ。3人に恥じねえように生きることが、今の俺の目標だ。」

「…それにさ、そうやって蹲って、ましてや死のうとするなんざ、助けてくれた…お前を大事に思ってくれてた人達に、申し訳ねえだろ?」

………

彼女からすれば、そう言い切る彼はとても眩しく見えた。どんなことがあろうと前を向く青年。《そうなりたい》と、無意識に思う。

少女は少しだけため息をついて、天を仰いだ。広がるのは悪滓に埋められた黒い空。

「…口だけで言うのは、簡単よね。」

「…ま、確かにな。」

「…けどあなたはしっかりと、私の前でやり遂げたのも、事実よね。」

「確かにな。」

 

 

「…責任、取ってよね。」

「ん?」

「私に、あんな事言って、教え込ませて…生きる道に導いたんだから。」

「…ああ、勿論。退屈させねえよ。」

 

 

青年は笑い、少女は微笑む。

2人は近付き、お互いの手を取った。

「随分と、あっさりした決断だな。」

「そうかもね…私も、助けてくれた両親には感謝してる。…2人が繋いでくれた命を、無下にしたくなくなったの。」

「理由としちゃ、充分だ。」

修也はそう言うと笑って、少女の体を引き寄せた。

「…ちょっと…?」

「今から、お前の意識から悪滓を引き剥がす。」

「…私にできることは?」

「《生きたい》って願えば、それで充分だ」

「…分かった。」

 

 

確かに、私は望まれなかった。

どんな時も除け者で、邪魔者で、忌み物だった。

…だけど。そんな過去以上に。

私は、繋いでくれた両親の努力を、命を、無駄にしたくない。

いまなら、思い出せる。

母の記憶だけじゃない。

父の温かさや、大きさ。逞しいその手を。

そして、母が娘にかけた、最後の言葉も…

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「…ごめんなさい…最期まで、生きて…そしたら、きっと…」

 

ーーきっと、素敵な人に出会えるからーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

少女は青年を見上げる。

白い光を体に纏う青年は、少女に気付くと…

ニッと。

白い歯を見せ、笑った。

少女も、つられるように微笑む。

そして…

 

「…私は、生きたい。」

 

「まだ、この世界で!!」

 

言葉の瞬間、修也を包む白い光が更に強くなる。包んでいた暗黒さえ照らす、神の光。

少女を抱き寄せ、コートをたなびかせながら、青年は手を前に翳した。

「さあ、お姫様の決意は決まったぞ…。」

 

「お前らは、邪魔だ。…失せろッ!!」

 

彼らの視界を、白い光が塗りつぶした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ビキッ…ビキッ…!

 

見守るジャンヌの目の前。

邪竜人の体に亀裂が走り、その間から淡い光が漏れ出す。

そして…

 

バリィンッ!!

 

変色していた彼女の外部がひび割れ、四散した。やがて、中から姿を出した金髪の少女が落ちていく。

それを、ジャンヌが何とか抱き留めた。

「あれ…私…」

少女が目を開くと、ジャンヌは安心したようにため息を漏らす。すぐに治癒を始めた。

やがて、上空。

滞空していた悪滓の塊が変貌を始める。

球体だったそれは意識があるようにうねうねと動きながら…

そのまま、人を模した形に変貌した。

輪郭がボヤけ、何処か歪な形をした《悪滓の塊》。

それは、手らしき部位を振り上げると、そのまま2人目掛けて振り下ろす。

細かく分裂した黒い気弾。

高速で襲いかかるそれに、ジャンヌは霊術障壁を展開した。

…だが、接触する直前。

ヒュカッ…!

修也が割り込み、その全てを切り捨てる。

煙が晴れた瞬間、分厚い雲から漏れる日に照らされた彼は、何処か神々しさすら感じた。

「アグン!」

「ナー!」

彼に呼ばれた瞬間、炎狐が彼の腹部から姿を出した。

修也は先程と同じように刀を自身の目の前に翳した。

形状変化・再展開(フォルムチェンジ・リスタート)。」

修也の言葉の直後、黒刀はもう一度黒い弓へとその体躯を変貌させる。

そして、アグンが憑くと同時に、赤く猛る炎が姿を現した。

…そして、彼はそこから更に手を加える。

「霊管内の霊力《火》と《聖》の属性、混成接続。ツクヨミに再供給(リチャージ)。」

修也が言葉を紡ぐと、それに合わせて弓に纏われる炎も色を変える。

赤からオレンジ。そして、黄色へとその色を変化させる。

それは、聖火。

全てを浄化する、聖なる炎。

色の変化はその時点で止まるが、霊力の増大は、未だとどまらない。

それは、修也がゆっくりと弦を引くと同時に更に出力を増した。あまりの熱量に少しだけ離れたところにいるジャンヌと少女にも伝わる。

「ジャンヌ。」

「は、はい!」

「お前に、俺のコート1着預けてるだろ。それにくるまっとけ。少しはマシになる。」

「わ、分かりました…!」

ジャンヌが異界からコートを取り出してそれを自身と抱く少女に被せる。それを見てから、修也は目の前にいる、人型の悪滓…《闇》を見つめた。

霊力の波長だけを見ると、かつて翠や才蔵を攫った霊の中にいたものとおおよそ同じような存在だ。

まあ、霊力の大きさだけ見れば桁違いは凄まじいが。

『…となればやはり…』

 

「…ヤラナイノカ…?」

「…何?」

 

『やはり喋るか…』

修也は闇を睨み付けながら、出力を維持しながらそれを見つめる。

かつて、修也が浄化した闇も自我があり、言葉を話した。そもそも、幻想種の悪霊達も知能はあるので、不思議なことは無いのか。

 

「セッカクノヤドヌシヲムダニシテクレテ、ジツニメイワクダ。」

「お前の迷惑なんざ考えねえよ。」

「フハハハハ、アイカワラズダナ。…ワレワレハ《ヤミノジュウニン》トキサマラガヨブ、アチラガワノセカイノソンザイダ。」

「闇の住人…?」

聞き覚えのない単語に、修也は疑問符を浮かべる。それに何処か笑う雰囲気。

「シラナイノカ?キサマラノオサハズイブントショウシンモノナノカナ?…マアイイ。」

 

「キケ、ニンゲン。ワレワレハチカイショウライ、コノセカイヲホロボス。ソシテ、ワレワレガアタラシイ《コノセカイノハシャ》トナルノダ。」

 

腕を広げ、何処かたかだかと宣言する闇の住人を修也は訝しげに見つめた。

「随分と流暢に喋るな。お前はそういう性格なのか?」

「アタリマエダ。チガイハアチラガワ二イルカコチラガワニイルカニスギン。」

「…」

「キサマラハアイカワラズマナバン。シュゾクデノクベツナドイミナイトイウノニ。」

「この世界を滅ぼす野郎が言うことじゃねえな。」

「アンシンシロ、コレハクベツデハナイ。タダ…」

 

「コチラガワノニンゲンヲスカヌダケダ!」

 

そう言って、凄まじい速度で港にいる霊使者の方へ突進する。彼からすればあのような霊使者達が張る結界は、薄い膜でしかなかった。

闇の住人は手を振りあげた。

 

ピキンッーー。

 

「アッ…?」

瞬間、止まる彼の肉体。

彼の体に巻き付く数十本の光の糸。

それが締め付け、彼の動きを阻害する。

その糸の発生源を…彼は睨みつけた。

「ジジイ…!」

その視線の先。

巨漢の鎧を纏った初老の男性が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

そして…

 

それと同時に、強くなる背後の光。

着弾すれば間違いなく自身の体を吹き飛ばすであろうそれを、彼は見つめた。

何処か白くも見える強い光の中、赤と黒の色を纏う青年がゆったりと弓を構えている。

それは、黒い雲におおわれた大地を強く照らし出した。

 

「…あっち側に戻ったら、お前らの長に伝えとけ。」

 

「《いつでも来い。ぶっ潰してやる》ってな。」

 

「《炎帝天照(えんていアマテラス)》ーー。」

 

そう言い放ち、修也は右手を開く。

離された矢が、動かない闇の住人の体へと叩き込まれた。

 

「グオオオオォォアアァァァ!!」

 

凄まじい断末魔は、聖属性の強烈な輝きと爆発音にかき消された。

闇の体が浄化されて消え去っても、白く輝く柱はしばらく残り続けた。

 

 

 

闇が消え去ったあと、彼の下で歓声が巻き起こるのを横目で見ながら、修也はゆっくりと2人の方に向き直った。

「さ、戻るぞ。」

修也は、ジャンヌと少女にそう言って笑いかけたのだった。

 




ああ、終わった…


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第43話 涙と前進


精霊の少女編最終回




広い大理石の床を歩く4人の足音。

やがて4人は大きい扉の前に立つ。

先頭を歩いていた燕尾服の男性が扉をノックすると、「入っていいぞ」との答えが返る。

先頭の男性はゆっくりと扉を開けた。

 

「アルトゥース陛下。連れて参りました。」

「おう、おつかれさん。…それと、お前もおつかれさん、修也。」

「労りのお言葉、痛み入ります。アルトゥース陛下。」

「うん。…まあ座れ。立ち話もなんだからな。」

「お言葉に甘えるよ。」

 

「修也様。お飲み物はどう致しましょうか?」

「あー…」

「フロス。俺は緑茶で頼む。急須ごと持ってきてくれ。」

「かしこまりました。」

「あれ、今日は飲まないんだな。」

修也の驚きの言葉に、アルトゥースは苦笑を浮かべた。

「ココ最近は仕事が立て込んでるからな。…ま、終われば飲むさ。…それより、今回のマン島の出来事のあらましを説明してくれるか?」

「了解です。」

 

ズズッ…

「ふむ、なるほどな。そのようなことが目と鼻の距離で行われていたとは…俺にも分かっていないこともあるものだな。」

「流石にそんな細かい場所で起きてる迫害や一人の男の奇行なんて知ってる奴の方が少ないだろうよ。」

「それもそうか。…しかし、その男は何者だ?お前らの言いようだと人間のようだが…」

「元だ。」

「…何?」

「それは、あいつが《元々》人間だったって言うだけの話。今はそんな面影はほとんどねえよ。」

「そうか。…ところで、そいつとは戦ったのか?お前なら野放しにしたくないと思うが…」

「そうしようとは思ったけど、俺も霊力の余裕なかったし…それに…」

チラリと、修也は琥珀に視線を向ける。彼女は肩を竦めた。

「しょうがなかろう。あいつが凄い速度で離れたんじゃから。あれはわしでも止めれん。」

「…ほんとかー?」

「本当じゃって。…それに…」

 

「どうせいずれは当たる相手じゃ。…急くと思いもよらないとこで転ぶぞ?」

 

「…わぁーってるよ。」

修也は気の抜けた返答をして、アルトゥースを見て苦笑した。

「…悪ぃ、そんなわけだ。」

「まあ、そういうことなら仕方ないだろ。流石に死にに行けなどとは俺も言えん。…ところで、例のお前らに事の顛末を話して、邪竜人になった精霊の娘とやらは何処だ?そいつからも話を聞きたいんだけど?」

「あー…すまん、そいつのことなんだけど…」

「ん?」

 

「行かないわよ、私。」

黒い傘をさしながら、長い金色の髪の少女はそう言い放つ。

「いやでも…お前1番の当事者だし、話はしておいた方が…」

「そんなの、あなただけで事足りるでしょ。…私は少し用があるから。」

「用?何それ。」

「…個人的なものよ。それじゃ。」

「あ、おい…」

 

「…てなわけで、逃げられた。」

「ほう、用か…もしやその精霊の娘、人間が嫌いなのか?」

「んー…まあ、好意的ではない、かなぁ。まあでも、精霊の中で人間に好意的なやつの方が少数派だろ。」

「確かに。精霊が我々に悪影響を及ぼすことはほとんどないが、我々は《負の感情》が悪滓となると、精霊達に悪影響を及ぼすからな。好意的な精霊は少ないだろうよ。」

アルトゥースはそう言うと卓上の茶を飲み干して、急須で追加する。

「それならば仕方ない。その点は妥協しよう。そのような悪影響を及ぼすもの達の長になど、会いたくないだろうしな。」

「本当にそうなら、この先支障があるけどな。」

修也がそう言って笑うと、アルトゥースもそれに笑って答える。

「お前なら大丈夫だろ。…とりあえず、俺が聞きたいのはそれくらいだな。今回は霊使者も頑張ってくれてさしたる被害もなかった。感謝するよ。」

「そういうのは電報なんかで本部に送ってくれ。礼金と共に。」

「一国の王に金を催促するな。」

「この世の真理は等価交換っつーことで。それじゃ、失礼するよ、アルトゥース陛下。また機会があったら寄るよ。」

「うむ。その時は一段と鍛え上げた俺を見せてやろう。」

「それ以上鍛えたらマジで人間やめるだろ。」

修也の凄まじく嫌そうな顔と共にそう言われたアルトゥースは朗らかに笑った。

それに修也もつられて笑うと、ヒラリと手を振って部屋をあとにした。

 

 

夕刻。

マン島の浜辺の1つ。

そこの影にある、2つの少し大きな石。

それにそれぞれ刻まれた、2つの名前。

「…」

それを見ながら、少女は傘をさして膝を抱える。波の音が彼女の背後で響く。

ザッ…ザッ…ザッ…

やがて聞こえる、1人分の足音。

少女はそれに見向きもせずに、ため息をつく。

「…よくここが分かったわね。」

「お前の叔父から聞いたんでな。…なるほど、それが…」

「ええ。…私の、両親のお墓。」

それは、何処か埋葬するには小さすぎで、あまりにも質素な物だった。

「…父は私が幼い頃に処刑されて、母は土精霊族に連れて行かれたあと、海に身投げしたそうよ。」

「…」

「心配いらないわ。精霊は死んでも、死体は残らない。…どうせ《あちら側》に戻るんだから。」

「…そうだな。」

確かに、精霊は死ねば死体は残らない。

ただ、それは確実に《あちら側》に戻れるからという訳では無い。というか、そんな確証はない。

当然だ。

向こう側に行く…つまり死ねば、戻って来れないのだから。

だから、先程の少女の話は間違ってもいなければ、合ってもいない。

…そう、彼女が両親に会える《可能性がある》のは彼女自身が死んだ時。…もしくは、もう二度と。

「いいのよ。どうせ2人とも死んでるんだから。会えるなんて思ってもいなかったし。」

「…」

「だから、これもただの自己満足なのよ。誰の魂も残ってないただの石に手を合わせても意味は無い。」

少女はそう言って、自嘲気味に微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。ワンピースのスカートの部分を手で払う。

「…もう暗いわね。早く行きましょう。」

「…いいのか?」

「別に、この島にもう心残りはないわよ。それに、叔父やお兄ちゃんにももう話はつけてるから。」

「…そうか。」

そして、修也は思う。

 

そうでは無い、と。

 

「…それじゃ、私は先に…」

ガシッ

グイッ

「え…?」

トサリ、と。

彼女が持つ黒い傘が砂浜に落ちる。

修也は、彼女の左腕を掴んでゆっくりと自身の胸に抱き寄せた。

「ちょ、ちょっと…!何を…」

サラリ…

「…!?」

彼女の頭を、修也は抱きしめながら撫でる。

1回、2回、3回、4回…

子供をあやす様に、何度も何度も。

優しく、ゆっくりと。

彼女は感じる。

彼の胸の温かさ。大きな手。優しい、どこか安心するようなその行為。

その瞬間、彼女の目に温かい何かが込み上げてくる。

それは、母と離れてから、ついぞ流したことのなかった数多の雫。

 

「ちょっと…何よ…これ…」

 

最初は我慢しようと唇を噛み、目を擦る。

だが、溢れる雫は止まることを知らない。

 

「…ッ…わた、しは……!」

 

1度離れた体を、修也はもう一度、優しく引き寄せた。彼女は抵抗せずに、彼の胸にその顔を埋めた。

 

「…フッ………ウ…ッ…」

 

もう、限界だった。

少女は声も出さずに、零れ落ちる雫に身を任せて幼子のように泣きじゃくる。あまりに多くの涙に、修也のTシャツが濡れて変色するが、修也は気にする様子もなく一定のリズムで頭を撫でていく。

 

修也は、彼女とは琥珀のように五感までは共有をしていない。彼に、彼女の考えていることは分からない。

なら、何故あのような行動をとったか。

それは一重に、《経験則》だ。

人は誰しも、大事な人を失うと涙を流す。

それは悲しい気持ちの表現であると共に、その悲しみを乗り越えるために涙を流す。

もうそのことを引きずらず、前に進むために。人々は前進するために、その目から涙を流すのだ。

修也は、知っている。

大事なものを亡くし、それでも前に進もうとしている時に、して欲しいことを。

それは、かつて自身も同じ時に、自身の祖父が何度も何度も、夜通しでもしてくれた行為。

本来なら、両親がしてくれる…抱きしめるとう、その行為。

 

「…ゥア…ッ…フ……ウ……ッ…」

なおも嗚咽が漏れ、彼女の目からとめどなく雫は流れ、砂浜に落ちて修也の上着を濡らす。

彼のシャツの裾を握りしめ、唇を噛んで嗚咽を押し殺すともするが、しかしそれでも止まらない。

まるで、彼女が我慢してきた数十年の全てが溢れだしているようだった。

「…」

修也はゆっくりとゆっくりと。

その手を優しく動かした。

2つの重なる影を、オレンジ色の夕焼けが照らし出していたーー。

 

 

「落ち着いたか?」

夕日が落ち始め、夕焼けも薄暗くなった時間。修也は焚き火で沸かした茶を少女に差し出した。

少女は未だに、鼻を赤くして鳴らしていた。

「…泣き顔なんて、他人に初めて見せたわ。」

「ま、だろーな。おまえ可愛げないし。」

その言葉に少女はキッと修也を睨むが、それを修也は「冗談冗談」と笑いながら返す。

少女はため息をついて、茶を啜る。

そして、修也は少し笑う。

「ま、実際どっちでも良いじゃねえか、そんなことはよ。」

「え…?」

「泣いた顔も、怒った顔も、それに笑った顔も。」

 

「これからは、ずっと俺に見せるんだからよ。」

 

修也が笑いかけると、少女は頬を赤くしてそっぽを向いた。

「…フン…そんなのは、ボーヤの力量次第ね。いかに私に尽くせるかによるわ。」

「…いや、お前俺の従霊になったんだからお前がどっちかって言うと従うほうじゃ…」

「固定概念は捨てなさい。」

「へーい…」

少女の1睨みに、修也は手を挙げて参ったとも言わんばかりの行為をとる。

それに少女は頬笑みを浮かべると、残っていた茶を飲み干して、立ち上がった。

「…?おい、どした。」

修也が慌てて追いかけると、少女は先程までいた、墓の場所に立つ。

 

「…私は、前に進むわ。」

「…?おう。」

「狭かった私の世界を抜け出して、もっともっと広い世界に飛び出す。」

「…おう。」

「…だから…」

少女は、地属性の短剣を作り出した。

 

「乗り越えるわ、この島の全てを。」

 

少女は一思いに、自身の伸びた髪を切り捨てた。そして、付けられていた髪飾りも共に離れ落ちる。

肩ほどまでの長さの髪を揺らしながら、少女は切り捨てた髪を両親の墓に捨てる。

「…このままじゃ、誰かに壊されちゃうかもしれないわね。」

そして、次の瞬間。

彼女の金色の髪は大地に溶け込み、そのまま緑色の草や小さめの木を生み出す。

彼女が作った両親の墓の周りには、ありとあらゆる生命が生み出されたのだった。

これで、簡単には見つけられなくなっただろう。

少女は踵を返して、ゆっくりと歩き出す。

修也はその後ろに付いていく。

「ねえ、()()。」

「ん?」

「私は、強くないわ。」

「…いや、お前は強いだろ。」

「いいえ、私はただ、過去に目を背けてただけ。だから、何も変えようとしなかった。」

少女は黒い傘を拾い上げた。

「けど、今乗り越えようとしてるじゃねえか。」

 

「それは、あなたがいたから。」

 

「修也と一緒なら大丈夫だって、そう思えたから。だから、こうして乗り越えられた。」

「…そうかよ。なら、良かった。」

「…ねえ、修也。」

「ん?」

少女は少しだけモジモジと身体をよじってから、そして…

 

柔らかな、笑みを浮かべた。

 

 

「これから、よろしくね。」

「…ああ、()()()。」

 

 




それは、帰りの空港での出来事。

「うし、じゃあ帰るか。」
「帰ったら少しはゆっくりしましょう。」
「わし、帰ったら酒瓶開けるんだ…」
「そうね、私もあなた達の家を見てみたい…」

………

「おい待て琥珀。お前今フラグ建てたな?」
「は?何の話じゃ?」
「いや、お前その流れは…」

ダダダダダダダッ!
「しゅ、修也様!緊急任務です!」
「…こうなるだろぉ…」


「天乃様を、お救い下さい!!」


「はぁ?」


次回、新章開幕。


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修行編
第44話 天乃の修行



遅くなってすいませんでしたm(_ _)m



修也が、イギリスに発った、次の日。

天乃はある場所にいた。

付き添いは何処かきっかりとした格好をした僧侶。

彼女達が歩くのは深い森の中。

僧侶を先頭にして、ポニーテールを揺らしながら土を踏み締める。

…やがて、彼女達の目の前に、洞窟のような祠が姿を表した。

「…ここですか?」

「はい、ここにございます。」

天乃が問うと、僧侶は深深と頭を下げて答える。

天乃は中を見る。

ここではあまり多くはないが、しかしかなりの量の悪滓が充満しているようだ。

彼女は頷くと、僧侶を見た。

「あとは私一人で行きます。あなたは戻っておきなさい。」

「ハ…ご武運を。」

僧侶は一礼すると、そそくさと山を降り始めた。

天乃をそれを見送って、もう一度祠の中を見つめた。そして…

「…」

ゆっくりと、その中に足を踏み入れたのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…で、そのまま祠に入っていった天乃の手助けをして欲しくて、ここまで来たと…」

 

修也の問いに、彼の前で座り込む男性は首を振った。

修也は呆れたようにため息をつくと、踵を返した。

 

「お前ら、家に帰るぞ。わざわざ聞くまでもねえ。」

 

「お、お待ちください修也様!このままでは天乃様のご命が…!」

 

「ンなもん、天乃だって覚悟の上で行ってるに決まってるだろ。パートナーとはいえ、わざわざ俺が口出すことじゃないよ。」

 

「そ、そんな…」

 

修也は固まる男性を置いて、飛行機へと乗り込んだ。

 

 

 

「良かったの?あの男。」

 

ネフィの言葉。修也は頬杖をつきながら、ため息をつく。

 

「いいんだよ。あいつら神宮寺家の傘下の連中は、少し天乃の身を案じすぎだ。あいつ自身が行くと決めたなら、俺が出る幕じゃない。」

 

「けど、天乃さんとはペア関係ですし…一応行っておくべきじゃ…」

 

「くどいぞ、聖女と小娘。」

 

二人の質問に、琥珀が反応した。

彼女は淡々と話す。

 

「我らが主が決めたことなら、口出すものでもなかろうよ。…それに、ペア関係にありながら、何故あの娘は1人で向かったか…。それくらいは察してやるのが、年長者というものじゃ。」

 

そう。

天乃という少女は、無謀なことはしない。

出来ることなら、可能性が最大限まで上がるように尽力する方だ。

だが、彼女は修也を連れていくという、《最大限の可能性》を切り捨てた。わざわざ、《修行》という理由をつけて。

それはつまり…

 

「…ま、今回は一人でやりたいんだろうよ。」

 

修也はそう呟いた。

それに、ネフィがため息をつく。

 

「まったく…人間って本当にめんどくさい。どうでもいいところでプライド高いわよね…。」

 

「そう言うな、小娘。…実際、人間も精霊もそう大きくは変わらんからのぉ。」

 

「…それは、否定できないわね。」

 

3人の会話。それを聞きながら修也は、ゆっくりと目を閉じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

暗い洞窟の中。

天乃は荒い呼吸を繰り返しながら、一歩一歩慎重に進んでいく。

天乃が祠に入ってから、既に数日が経過していた。

この祠、距離は奥までの当然の事ながら、道の各所に罠が張り巡らされており、その対処に手こずり、ここまで時間がかかっているわけだ。

 

「まったく…これ作った人絶対神経質ね…」

 

そんなことを呟きながら、天乃は先に進む。

この先にあるであろう、《ある物》を求めて。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー…よく寝た…首いってぇ…」

 

ゆっくりと伸びをしながら、修也はジェット機から出て空港へと降り立った。

あれから数時間ほど経ったが、日本の空は明るい。

大体イギリスを出たのが現地時間午後9時頃だったため、それから3時間経過分、そして、時間誤差9時間分を足して、日本時刻は午前9時頃といったところか。

そばにある建造物から人の喧騒も少しだけ聞こえる。

 

「ネフィさん、どうですか?初めての日本は。」

 

ジャンヌが話しかけると、ネフィは少しだけ神妙な顔をして答える。

 

「…なんだか、あまり新鮮味は無い感じ。」

「まあ、まだ空港しか見ておらんからな。それにここは霊使者協会直属の空港。あまり新鮮味はなかろうよ。」

 

琥珀がそう言って少しフォローを入れると、ジャンヌが「すみません」と少し縮こまった。

 

「…ま、日本にはゆっくり慣れてくれりゃいいよ。そう慌てることでもねえしな。…とりあえず。」

 

修也は脱いだコートを肩にかけて、3人に笑いかけた。

 

「1回家に帰るぞ。ネフィの色々はそっから考えようぜ。」

「そうじゃな。儂も1杯やっておきたいし…」

「イギリス王城で結構飲んだろ…」

「あれは別酒よ。」

「新しい単語を作るな。」

 

修也はそう言って笑うと、コートを翻した。

 

「じゃ、行くぞ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「フゥ…フゥ…」

 

あれから、更に数時間後。

天乃の前に広がる、少し広めの部屋。

そこには勿論整備された形跡はなく、苔は生え、水は滴り、岩肌が突き出していた。

 

しかし、その中でも1つ。

群を抜いた存在感を放つ物体。

それは、《祭殿》。

何かを祀るためのそれは、天乃に一つの確信を植え付けた。

 

「ここが…最奥…」

 

そう。

この部屋こそが天乃の目指していた、祠の最奥。

凄まじい罠の終了地点な訳だ。

 

その事に天乃は少しだけ力を抜くが、しかしそれも一瞬。すぐに気を引き締める。

その理由は、祭殿にあった。

 

ありとあらゆる煌びやかな装飾品。

それらの下に存在する、1つの物体。

あまり大きいとは言えないその大きさ。そしてゴツゴツとしたフォルム。

それは正しく、《石》。

だが、その石は、凄まじいオーラを放つ。

 

「…」

 

天乃は息を飲んで、そのまま少しだけ祭殿に近づく。

一歩。二歩。三歩。四歩。

次第に距離が縮まっていった。

ーーやがて。

 

オォウッ!!

「…ッ…!?」

 

彼女と石の距離が、数メートルまで近付いた瞬間。石は凄まじい霊力を放出した。

それには天乃も思わず顔を腕で隠した。

…そして。

 

「ホッホッホッホッ。この地に人間が足を踏み入れたのは、何時ぶりでしょう。」

 

目を開けた瞬間、そこにいた人物。

その姿を、天乃は確かに見つめた。

 

長い白髪。頭から生えた、狐の耳と、腰から生えた狐の尻尾。

目を奪われるような美貌。白い肌と碧い眼。

ありとあらゆるその全てが、《美しい》と思える。

 

その神々しいとも言える姿に、呆気に取られる天乃。

そんな、彼女を見つめて、狐耳の女性はーー

 

「おやおや…ねえ、お嬢さん?」

 

 

 

「…少し、一息つきましょう?」

 

「…え?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おかえりなさい。兄さん。」

 

バイクで帰宅した修也を、妹の翠が玄関前で出迎える。修也は身につけていた手袋やヘルメットを外してから、「ただいま」と返す。

 

「あれ、爺さんは?」

「お爺ちゃんは今少し出てます。何でも話があるとかで…」

「ふーん…」

 

修也はコートを脱いで、翠に預ける。

 

「翠、なんか変わりなかったか?」

「はい。最近は体調も良いですし、問題なくやれてます。学校も楽しいですし。」

「そっか。」

 

大切な妹の笑みに、修也も自然と微笑みを浮かべた。

 

「ほら、玄関でもなんですし、お風呂にでも入ってきてください。沸かしてありますから。」

「おう。サンキュ。」

 

そう言って、2人が仲睦まじい様子で玄関で話していると…

 

ガラッ。

 

唐突に、入り口の引き戸が開けられる。

2人は同時に振り向く。

 

「あれ、お爺ちゃん…」

「おう、爺さんおかえり…」

「うん、ただいま。修也も、よく帰ってきたな。お疲れ様。」

 

笑みを浮かべる才蔵に、修也も笑みを浮かべる。

 

「それほどでもねえよ。…ところで、何か用事があったんじゃねえのか?随分早い帰宅だな。」

「ああ…その事なんだがな。修也、お前に客人だ。」

「客…?」

 

修也が怪訝そうな表情をする。

それと同時に、才蔵が隣にいた人物に「どうぞ」と声をかけた。

そして、その人物は頭に被っていた、大きな帽子を頭からのける。

それによって、その人物の顔が見えた。

…修也は、目を剥いた。

 

 

「や、久しぶりだね。修也君。」

 

「…し、使媒頭(しばいのかみ)様…」

 

霊使者全員のトップは、爽やかな笑みを浮かべた。

 





おとーちゃーん!


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