BanG Dream! 彼女と過ごす日常 (トマトジュース)
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第一話

香澄が流星堂でランダムスターを見つける前のお話しです。


 「まだ来ていないみたいだな」

 

 

 約束した時間より15分前。僕は遅刻しないように待ち合わせ場所に早く着いていた。

 駅前にあるベンチに座り、のんびりと彼女を待つ。

 

 

 やっぱり早く来すぎたかな。いや、このぐらいがちょうどいいだろうって本に書いてあったし、大丈夫だ。

 でも、待っているこの時間は嬉しいけど、少しキツイなぁ。

 

 

 ふぅ……と、空に向かってため息をつく。

 

 

 何度も経験しているのに、いまだに慣れない緊張感。

 じわりじわりと身体に重くのしかかってくる言いようのない不安。

 恋人が自分のために会いに来てくれる嬉しさ、もうすぐ来てくれる楽しみ。

 

 楽しいのに苦しい。苦しいのに嬉しい。

 

 色々な気持ちが入り混じった想いが、僕の胸の中を駆け巡る。

 

 彼女を待つこの時間が、僕は好きだった。

 

 駅に向かっている人たちを見ていると、こちらに笑顔を向けている少女と目が合う。

 その少女を見た瞬間、僕も笑顔で彼女……戸山香澄に向かった。

 

 

 緊張感や不安はすぐに消え去った。

 

 

 「おはよう!」

 

 「おはよう! もう先に着いていたんだね」

 

 「うん。僕もついさっき来たばかりで」

 

 挨拶を終え、僕は彼女の服装をよく見る。

  

 「服……似合っているよ。すごく可愛い」

 回りくどくに言わず、素直に思ったことを伝える。

 もう少し良い言い方があったんじゃないかと思うけど、僕のボキャブラリーではコレが限界だった。

 元気で明るいイメージがある彼女には、その服装はとても似合っていた。

 

 「えへへ……、ありがとう。気合入れたからね。久しぶりのデートだし」

 はにかみながらも、彼女は嬉しそうに答える。

 心なしか、猫耳のような髪がピョコピョコと元気よく揺れて、喜んでいるように見える。

 

 「優もカッコよく似合っているよ!」

 

 「ありがとう。僕もこの日を楽しみに、気合入れてきたからね」

 

 僕なりにカッコよく言った言葉に、香澄は「一緒だね!」と楽しそうに笑う。

 

 

 「それじゃあ少し早いけど、行こうか」

 

 「うん! ……あ! ちょっと待って」

 行く気満々だった彼女が、突然『待った』の声を出す。

 何か忘れ物でもしたのだろうか。

 僕が座っていたベンチの方をじっと見ている香澄に、どうしたのか聞いてみる。

 

 「えっとね……。少しわがまま言っていいかな?」

 恥ずかしそうに顔をそらしながら、彼女は横目で僕にお願いをしてくる。

 頬が赤くなっており、いつもの元気な様子とは違うしおらしい姿に、僕はドキっとした。

 

 「い、いいよ。言ってみて」

 言葉に詰まりながらも、彼女の頼みを了承する。

 僕の言葉に、ホッとした香澄はコホンと咳払いをする。

 

 一体、何を言うんだろう……。

 次に来る彼女の言葉に、少し身構えてしまう。

  

 「もうちょっと、このベンチに座らない?」

 

 「……え?」

 彼女の言葉に、思わずキョトンとする。

 

 「だ、だから! もう少しココに座ろう!」

 僕が聞き逃したと勘違いしているのか、香澄はベンチに何度も指をさしながら、声を荒げる。

  

 「う、うん。いいよ」

 顔を真っ赤にして、慌てて主張する彼女に戸惑いながらも答える。

 どういう意図か分からないまま、彼女のわがままに従って、ベンチに座る。

 僕が座るのを確認すると、香澄も僕の隣に座った。

 

 「えへへ……ちょっとだけ、あなたとこうしたかったの。」

 彼女が照れくさそうに言うと、そっと僕の肩に自分の身体を寄せる。

  

 「上手く言えないけど、急にしたくなったの。優に可愛いって言ってくれたのが、すごく嬉しくて。嬉しい気持ちがブワァーって出てきてね」

 そう言いながら、香澄はゆっくりと僕の左手に触れて、指を絡ませる。

 彼女がやろうとしている意図を今更ながらに気づいた僕は、彼女の気持ちに応えるように優しく手を握る。

 

 暖かく、どこか心が安心する気持ちが胸に伝わる。

  

 

 「暖かいね……」

 じっくりと、噛みしめるように、彼女は目を閉じて手を握り続ける。

 それからは、僕たち二人は何も喋らずに時間を過ごしていた。

  

 色々な人達が話している声。

 時折聞こえてくる電車の音。

  

 周りの音を聞きながら、彼女の手の温もりを感じる。

 気まずい空気でもなく、盛り上がりが欠けているわけでもない。

 

 心地よく、気持ちが安らぐ。

 彼女と二人しか作ることが出来ない特別な時間。

 

 微笑んでいる彼女を見ながら、僕はこの時間を忘れないように手を強く握った。

 

 

 

 

  

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

  

 僕と香澄が出会ったのは小学生の頃。

 夏休みのイベントとしてあった天体観測で出会った。

 

  

 両親と妹の4人で雲一つない満点の星空を見ている時、双眼鏡で熱心に星空を見ている女の子を見かける。

 僕たちみたいにのんびりと見ているのではなく、何かを探すようにしてあちこちと高原を歩き回っていた。

  

 

 熱心な子だなぁ。

 それが、彼女を見た第一印象だった。

  

 他の子とは違う雰囲気。

 その様子が、僕には気になっていた。

 

 しばらく女の子の動きを見ていると、「おかしいなぁ」と言って、不思議そうに首を傾げていた。

 何がおかしいんだろう。

 好奇心に押されながら、僕は立ち止まっている彼女へ歩き出す。

  

 「何がおかしいの?」

 下ろした双眼鏡を見ている女の子に聞いてみる。

 

 「星の鼓動が聞こえる場所を探しているんだけど、全然見つからないの」

 

 「星の鼓動? どういう音がするの?」

 

 「うーんと、キラキラドキドキするような音! その音を探しているんだけど、あなたは聴こえてこない?」

 

 すごく曖昧な表現。

 どういう音なのかハッキリと分からないが、目を閉じて、女の子が言っていた音が聴こえるか耳を澄ましてみる。

 僕の耳には虫の鳴き声、家族団欒としている声しか聴こえず、彼女が探しているような音は全く聴こえなかった。

  

 「ごめん。そういう音は聴こえないや」

 

 「そっか……。でも、ありがとう! 私、もう少し探してみるね」

   

 しょぼんと落ち込みながらも、すぐに顔を上げて元気に答える。

 「それじゃあね」と笑顔で僕に言うと、踵を返して別の所へ行こうとする。

  

 「あ、うん。頑張ってね……」

 去っていく女の子を応援する。

   

 このままでいいのだろうか。 

 少しずつ離れていく彼女に、煮え切らない気持ちが急に出てくる。

   

 気になる理由が分かったし、もういいじゃないか。

 お父さんたちの場所に戻って、星を見よう。

 でも、星の鼓動がどういうものか気にならない?

 

  

 気になる。

 

 

 そう自覚したとき、僕の中から好奇心が大きく現れる。

   

 星の鼓動も気になるけど、ただこのまま彼女を眺めているだけなのは何か嫌だった。

 

   

 「ちょ、ちょっと待って!」

 勇気を持って、女の子を呼び止める。  

   

 「どうしたの?」

 

 「えっと……。僕も一緒に探してもいい?」

  

  

 その言葉が、僕と彼女がこれからも出会うきっかけの始まりだった。

  

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

  

 「ん~! このアイス美味しい!」

 バニラアイスに舌鼓を打ちながら、彼女はウキウキと楽しんでいた。

 彼女の楽しい姿に嬉しく思いながら、僕も注文した抹茶アイスを食べる。

 

 この抹茶、美味しいなぁ。

 今度、また行こうかな。

   

 抹茶の苦みを味わいながら、いつ頃に行こうか計画を練り始める。

 

 あれから、駅前で過ごしていた僕たちは、当初の予定であったデートを始めた。

 

 ショッピングモール、ゲームセンター、カラオケ。

 色々な場所へ行った僕たちは、近くにあった喫茶店で一休みしていた。

 

 

 「高校生活はどう?」

 

 「すごく楽しいよ! 友達もたくさん出来たし、今は色んな部活の体験入部をやっているの!」

 クラスでのこと、体験入部したことを楽しそうに香澄は語る。

 中学と同じように、クラスの皆と上手く馴染んでいるようでホッと安心する。

 馴染んでいないか心配だったが、彼女の楽しく話す姿を見て、僕の不安は杞憂に終わったようだ。

 

 「優の方はどうなの?」

 

 「僕の方も楽しいよ。初めは緊張したけど、友達のお蔭で楽しく過ごしているよ」

 香澄の質問に、僕は思い出しながらゆっくりと話し始める。

 

 中学からの友達が同じクラスにいて、お互いの近況を話していたこと。

 学内を散策しているときに、購買で売ってあるパンが安くて、すごくボリュームがあることに驚いたこと。 

 校長先生が凄く威厳がある風格を持っている人だったこと。

 

 学校であったことを話す僕に、香澄は相槌を打ちながら耳を傾ける。 

 驚いたり、嬉しかったり、コロコロと表情を変える彼女に、嬉しくなった僕はどんどん話しをした。

 

 

 「学校はこんな感じかな。ごめんね、かなり話しちゃって」

 

 「そんなことないよ。楽しそうに話している優を見て、私も楽しかった。」

 

 「あはは、ありがとう」

 彼女の率直な言葉に、少し照れてしまう。

 

 

 僕は緑茶を一口飲み、次の話題を話す。

 

 

 「キラキラドキドキするようなことは見つかった?」

 

 「まだ見つからないや。でも、探し続ければ必ず見つかるって信じてる!」

 自信をもって、香澄は僕に力強く答える。

 諦めや挫折といった暗い気持ちはなく、熱い気持ちが僕にしっかりと伝わってくる。

 そんな気持ちに答えるように、僕も言葉に力を入れる。

  

 「必ず見つかるよ。僕も応援してるし、何か手伝えることがあったら遠慮せずに言ってね」

 

 「ありがとう! 優が応援してくれるなら、百人力だよ!」

 そう言うと、香澄はスプーンで掬ったバニラアイスを僕の前に出す。

  

 「はい!」

 満面の笑みで一言話す彼女。

  

 

 恋愛事に慣れていない僕でも、この流れはすぐに分かった。

 少し照れながら口を開けて、彼女に食べさせてもらう。

 

 うん、美味しい。

 けど、絶対に今、顔紅くなっているんだろうなぁ。

 顔が熱くなるのを感じながら、僕も抹茶アイスにスプーンを掬って、ニコニコと笑っている香澄の前に出す。

  

 彼女はすごく嬉しそうにして、パクッといった。

  

 「抹茶も美味しい! もう一回食べさせて!」

 キラキラした目でもう一度やってほしいと僕に頼む。

  

 彼女からの嬉しい期待に応えるように、僕は再び抹茶アイスにスプーンを掬った。

  

 

 

 



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第二話

アニメ第一話後のお話です。


 しんとした静かな部屋に、突然携帯電話の着信音が流れる。

 

 こんな時間に誰からだろう。

 

 

 時刻は20時過ぎ。

 多くの高校生が、自宅で勉強や趣味に費やしている時間帯。

 僕は宿題をやっている手を止めて、鳴っている携帯電話を手に取る。

 

 

 この時間帯に電話をかけるのは友人と香澄ぐらいしかいない。

 香澄だったら嬉しいなと軽く期待しながら画面を確認する。

 

 

 

 『香澄』

 

 

 香澄からだ。

 恋人から電話がきてくれたことに少し嬉しくなる。

 姿勢を正し、一度咳払いをしてから、電話を取る。

 

 

 「もしも……」

 

 「こんばんわ! あのね、優! 私見つけたの!」

 

 「わわっ!?」

 

 興奮冷めやらぬ勢いで話す彼女の声に驚いて、思わず携帯電話を落としそうになる。

 

 お、落としちゃう……!

 

 必死に、掴んだ手から離さないように全神経を集中させる。

 集中した五本の指は携帯電話をギリギリ離さなかった。

 

 「あ、危なかった……」

 

 なんとか落とさずに済んだことにホッとする。

 いきなり耳元に大声で話されると、さすがにびっくりしてしまう。

 

 『あれ? 優? どうしたの? もしもし~!』と彼女の気楽な声を聞きながら、おそるおそる携帯電話を耳に近づける。

 

 「……もしもし。聞こえているよ」

 

 「よかった。何も聞こえなかったから、何かあったのか心配したよ」

 

 「あはは、心配させちゃってごめん。ところで、何を見つけたの?」

 

 心配している彼女をなだめ、本題を聞いてみる。

 あんなに、かなりはしゃいでいる彼女の声を聞くのは初めてかもしれない。

 そこまでさせるほど、彼女は何を見つけたのだろう。

 

 

 『キラキラドキドキするようなことは見つかった?』

 

 『まだ見つからないや。でも、探し続ければ必ず見つかるって信じてる!』

 

 

 もしかして……。

 数日前、喫茶店で話していたことを思い出す。

 

 ついに見つけたの?

 

 まだそう決まっていないのに、香澄が次に出す言葉を期待して待っている自分に気づく。

 

 

 「キラキラドキドキすること!」

 

 はっきりと、香澄の言葉が頭の中に響き渡る。

 

 「ほ、本当に?」

 

 夢でもみているのだろうか。

 もう一度、彼女に聞いてみる。

 

 「ホントにホントに! 見つけたよ、優!」

 

 「そっか……! 見つけたんだ」

 

 嬉しそうに話す香澄に、僕も嬉しくなる。

 自分でも、これ以上なく口元が緩んでいることが分かる。

 

 

 「おめでとう! 香澄!」

 

 「ありがとう! もう優に伝えたくて、かなりウズウズしていたよ。この時間からなら、優とたくさん話せるからね」

 

 「だから電話出た時、声が大きかったんだね」

 

 開口一番に大声で話した理由に納得する。

 香澄とこうして電話するのは、付き合う以前からもやっている。

 

 夜は大体自分の部屋で寛いでいることを、香澄は知っているから、この時間から電話することが多いのだ。

 

 「今更だけど、この後、時間は大丈夫だよね?」

 

 「もちろん、大丈夫だよ。この話を僕が断るわけないだろう」

 

 彼女の電話を断るわけがない。

 どうやってキラキラドキドキすることを見つけたのか気になるし、その時の香澄が何を思って、どう感じたのか知りたかったのもある。

 

 長年探していたことを見つけて、どんな気持ちになったんだろうか。

 香澄のことだから、かなり嬉しかっただろうと簡単に想像できる。

 

 

 だけど、自分の想像より彼女の口から嬉しく思ったこと、感じたことを聞きたい。

 香澄のことが好きだから、少しでも彼女のことを僕は知りたかった。

 

 

 

 「さすが、優! ふふふ……、今夜は寝かさないからね!」

 

 「明日も学校があるから、ほどほどにね」

 

 苦笑いをこぼしながら、僕は香澄の話を聞くために、椅子を深く座り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、彼女は今日起きたことを楽しく話した。

 

 帰り途中で見つけた星のシールを辿って、『流星堂』という骨董屋に着いたこと。

 骨董屋の倉庫の中で、大きな星型のシールが貼ってあったギターケースを見つけたこと。

 その時出会った女の子--市ヶ谷有咲とひょんなことから、ライブハウス『SPACE』に入り、ライブしている人たちを見て感動したこと。

 

 香澄の行動に半分驚きながらも、彼女らしいなと納得してしまう。

 

 

 ライブハウスの話に入ったあたりから、彼女は再び興奮したかのようにライブで感じたことを話した。

 すごくキラキラしていて、すごくドキドキした。

 こんなに強く感じたのは、星の鼓動を感じたとき以来だ。

 

 

 自分もバンドを作って、ライブしたい。

 

 

 精一杯、香澄が僕に伝えようとしていることが分かる。

 彼女の声を聞いて、本当にキラキラドキドキすることを見つけたんだと改めて感じた。

 

 

 

 

 「……優。ありがとう」

 

 

 「どうしたの、突然?」

 

 さっきのような盛り上がっている感じではなく、静かで、どこか優しい口調。

 

 急に感謝を伝える香澄に、僕は聞いてみる。

 

 

 「優がいてくれたから、見つけることが出来たよ。私だけだったら、たぶん見つからなかったと思う」

 

 「そんなことはないよ。僕はただ応援してたり、一緒に探していたりしただけ。諦めずに探し続けたのは、香澄が頑張ったからだよ」

 

 実際、僕が出来たことは、極端な話その二つしかなかった。

 自分が出来ることはやってきたつもりだけど、最終的に見つけたのは香澄自身の力だ。

 

 「その諦めない気持ちを作ったのは、優のおかげなんだよ。初めて会った頃のこと、覚えている?」

 

 「覚えているよ。天体観測で会った頃だよね」

 

 まぶたを閉じて、あの頃のことを思い返す。

 

 初めて会ったことは、今でもはっきりと思い出せる。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「えっと……僕も一緒に探していい?」

 

 「……」

 

 「いや、星の鼓動がどういうものか気になっちゃって、僕も探してみたいなぁと思って……」  

 

 きょとんとした様子で、何も言わないまま見ている彼女に、焦りながら話す。

 もしかして、図々しかったのだろうか。

 

 「……駄目かな?」

 

 弱弱しく訊く。

 しばらくして、彼女はパァッと明るい笑顔になると、僕の方に元気よく近づいてくる。

 

 「いいよ! 私、戸山香澄! あなたの名前は?」

 

 「た、高森優だよ」

 嬉しくなっている彼女に押されながら、自分の名前を答える。

 どうやら迎えてくれたみたいだ。

 

 「よろしくね、優! そういえば、双眼鏡は持っている?」

 

 「ううん。お父さんが持っているや」

 

 「なら、優もお父さんから借りよう。星を探すのに必要だからね」

 

 「分かったけど、どうして双眼鏡がいるの?」

 

 「コレなら星が鼓動しているのがよく見えるから、探しやすいの」

 

 なるほど。たしかに探しやすい。

 自信満々に言う香澄ちゃんに、僕は思わず納得する。

 

 

 それから、僕たちはお父さんに事情を説明しに向かった。

 

 事情を聞いたお父さんは了承してくれたが、二つの条件を出した。 

 

 自分も気になるから、一緒に参加したいこと

 お父さんの目の届く範囲にいること

 

 僕たちはすぐに頷いた。

 彼女の方もお父さんと一緒に探していたようで、4人で行動することになった。

 

 

 僕と彼女のお父さんが世間話を話している中、僕たちは双眼鏡で星を探していた。

 双眼鏡から覗いた景色は、キラキラと綺麗に光る星々。

 その景色に見惚れながらも、鼓動する星を探す。

 

 「香澄ちゃんは見つかった?」

 

 「まだ~」

 

 探してから数十分。僕と香澄ちゃんはまだ見つかることが出来なかった。

 ちょうどいい高さの切株に座って、少し休憩をしていると、元気がない様子の彼女を見つける。

 

 「やっぱり、見つからないのかな……」

 ボソッと、香澄ちゃんは呟く。

 

 「香澄ちゃん、どうしたの?」

 

 「クラスの皆に話したの。星空を見て、星の鼓動を感じたって。だけど、みんな『そんなものは見つからない』って言うの。そんなことないのに……」

 

 さっきまで明るい様子とは逆で、香澄ちゃんは暗い気持ちで話し始める。

 

 

 「でも……、何度も探したけど、全然見つからなかった。やっぱり、みんなの言った通り、見つからないのかな……!」

 

 段々と涙目になってくる香澄ちゃん。

 悔しそうに両手を力強く握っている彼女に、僕は励ますように明るい声をだしてこう言った。

 

 「見つかるよ!」

 僕の言葉に、香澄ちゃんは俯いた顔をあげる。

 元気になってほしい。

 よく考えずに、思ったことを香澄ちゃんに話す。

   

 「お父さんが言っていたの。諦めずに最後までずっと探し続ければ、絶対に見つかるって! だから、香澄ちゃんも絶対に見つかるよ!」

 

 「本当に、見つかる?」

 

 「うん! 僕もそのお蔭で失くし物とか必ず見つかったよ!」

  

 さっきの彼女と同じように、僕も自信満々で話す。

 

 

 「……ありがとう! 私、頑張る!」

 

 両目を手でゴシゴシと拭くと、泣きそうな顔から笑顔に変わる。

 元気が出たみたいでよかった。

 香澄ちゃんの笑顔を見て、僕も嬉しくなる。

 

 

 「よーし。それじゃあ、もう一度探そう!」

 

 「「おーー!」」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 「あの時、励ましてくれたことは忘れないよ」

 

 「なんとか元気づけようと一生懸命だったからね。元気になってよかったよ」

 

 照れ隠しに頬を掻く。

 嬉しい反面、どこかむず痒さを感じてしまう。

 

 

 「ねぇ……、優」

 

 「ん?」

 

 「私、バンド頑張るね。すごく大変だと思うけど、頑張ってみせる」

 

 「頑張って。だけど、無理はしないようにね。香澄って、夢中になると無理しちゃうから」

 

 「もう。心配してくれるのは嬉しいけど、私だって体調管理ぐらいできるよ」

 ぶ~と言いたげに、香澄は僕に文句を言う。

 

 「ごめんごめん。少し心配だったからさ」

 拗ねている彼女をなだめる。

 本人が大丈夫だというんだったら、大丈夫だろう。

 

 「焦らずに、香澄のペースでやっていけばいいからね。せっかくだから、楽しまないと」

 

 「うん。ライブすることになったら、すぐに連絡するね。だから、ちゃんと予定を空けといてよ」

 

 「分かっているよ。ライブ、楽しみにしているからね」

 香澄の優しいお願いに、笑顔で答える。

 

 

 

 長い間、見つけることができた『キラキラドキドキすること』。

 嬉しいことや楽しいことだけじゃなく、辛かったり、苦しかったり、色々なことがあるかもしれない。

 

 それでも、香澄なら自分の力でそういったことを乗り越えられるだろう。

 僕は僕なりに考えて、出来る範囲で彼女を応援しよう。

 

 僕は優しく、彼女にこう言った。

 

 「何か手伝えることがあったら、いつでも言ってね。応援しているから」

 

 



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第三話

アニメ第二話後のお話です


 ピンポーン。

 

 

 彼女の自宅前にある呼び鈴を押す。

 チャイム独特の音が流れてからしばらくして、玄関のドアが開く。

 

 

 「いらっしゃい! さぁ、早く来て!」

 

 「お邪魔します」

 

 香澄に急かされながら、玄関に入る。

 

 「そんなに急がなくても、ギターは逃げないよ」

 

 「そうだけど。優に早く見せたいの! あのギターを!」

 

 子供のようにはしゃいでいる香澄に、思わず苦笑いする。

 ブンブンっと激しく手招きしている香澄に誘われながら、彼女の部屋に入る。

 

 

 

 「じゃーん! コレが私のギターだよ!」

 ベッドの上に置かれてある星型のギターを大事に抱え、僕の前に見せる。

 

 「コレが香澄のギター……」

 星型のギターをよく見る。

 窓から来ている日の光に照らされて、ギターは赤く輝いていた。

 

 

 多くの曲を演奏したい。

 演奏する人、聴いた人を熱い気持ちにさせたい。

 

 

 ただの勘違いかもしれないけど、このギターから来る強い気持ちを感じた。

 

 

 「なんか、演奏したくなるギターだね。香澄がこのギターで弾きたくなる気持ちが、なんとなく分かるや」

 

 

 星が好きな香澄にとって、ギターの形もその一つかもしれない。

 だけど、香澄も僕と同じように、何かを感じたから弾きたい気持ちになったのではないかと、このギターを見て、そう思ってしまう。

 

 

 「優もそう思う? このギターを初めて見た時から、絶対にコレでライブしたいって思ったんだ!」

 

 

 「ライブをするなら、しっかり弾けるようにしていかないとね。教本とかはもう買ったの?」

 

 

 「まだ買っていないや。ギターを手に入れたことが嬉しすぎて、今日まで眺めていたり、軽く弾いていただけで……」

 少し気まずいように香澄は話す。

 

 

 「それじゃあライブが終わったら、帰りに本屋に寄って探してみようか」

 

 

 「うん! あ~、ライブ始まらないかな……」

 時計を見ながら、何かを待ち焦がれるように香澄は話す。

 僕が香澄の家に来たのは、星型のギターを見るほかに、もう一つ理由があった。

 

 

 ライブハウス『SPACE』。

 香澄が電話で話していたライブハウスへ、彼女とライブを見るためだ。

 

 

 『明日の土曜日にライブがあるんだけど、一緒に見に行かない?』

 

 

 昨日の夜、電話で雑談していた彼女からの一言がきっかけだった。

 

 

 当日、予定が入っていなかった僕は彼女からのライブの誘いに賛成。

 

 

 ライブが始まる夕方まで時間があるため、ライブハウスから近い香澄の家で過ごしてから行くことになったのだ。

 

 

 

 ギターをしばらく眺めていると、ドアからノック音がした。

 

 

 「入っていいよ~」

 

 

 香澄の言葉を合図に、開いたドアから香澄の妹――明日香ちゃんがお茶菓子を載せたお盆を持って入ってくる。

 

 

 「優さん、こんにちは」

 

 

 「こんにちは。明日香ちゃんも元気そうで」

 

 

 「どうしたの、あっちゃん?」

 

 

 「お姉ちゃん。お茶菓子、持って行くの忘れているよ」

 

 

 「そうだった。ありがとう、あっちゃん」

 

 

 「優さんに見せたいのは分かるけど、しっかりしてよね」

 照れるように笑う香澄を見て、明日香ちゃんは呆れる。

 

 

 「優さん。お姉ちゃんの手綱、しっかり握っといてね。熱が入ると、すぐに前しか見えなくなるから」

 

 

 苦笑いしながら、明日香ちゃんは僕に優しく注意する。

 ふと自分が香澄の手綱を握る想像をしてみる。

 

 

 思い浮かぶのは、全速力であちこちに駆け巡る香澄に振り回されるイメージだった。

 

 

 「振り切られないように頑張るよ」

 

 

 「二人ともひどくない!」

 僕と明日香ちゃんの容赦ない会話に香澄は突っ込みを入れる。

 

 

 『私はそんな人ではありません!』

 眉をひそめて、不服そうな表情で語る香澄に、僕と明日香ちゃんは思わず笑ってしまう。

 

 

 僕たちの笑う姿を見て、柔らかい顔に変わった香澄も笑いはじめる。

 

 

 「さて、それじゃあ私は行くね」

 ひとしきり満足したのか、明日香ちゃんはいたずらっ子のように笑った後、部屋を出た。

 

 

 「それじゃあ、軽くでいいんだけど、弾いてもらっていいかな? どういう音が出るのか気になるよ」

 香澄の家に行くと決まってから、考えていたことだ。

 初めて聴くギターの音も気になるが、彼女が演奏する姿も見てみたかった。

 

 

 「え~、どうしようかな? さっきの言葉でちょっと傷ついちゃったから、今は弾きたくないや」

 ニヤニヤと話しながら香澄は僕の頼みを断る。

 

 

 愛想のある笑みをこぼす彼女に、どうすればいいのか考える。

 

 

 目についたのは、お盆に載ってあるお饅頭。

 とりあえず、香澄に献上して、機嫌を直してもらおう。

 

 「お願いします、香澄様。このお饅頭を二つ差し上げますので」

 

 

 「ウチのお菓子を差し出されてもね~」

 

 

 困った。

 主導権を完全に握られてしまっているから、香澄が満足できるようにしなければならない。

 悩んでいる僕を見かねて、香澄はポーズを取り始める。

 

 

 「ん!」

 両腕を大きく広げて、僕に期待するような視線を送るその姿は、何かを待っているようだった。

 

 

 「……」

 これは……ハグをして欲しいということだろうか。

 彼女の部屋で、二人きりの空間。

 香澄の行動で察してしまう。

 

 

 どうしよう……。

 

 

 これからするべきことに、内心慌ててしまう。

 顔が熱くなり、頭の中が混乱し始めていくのが自分でも分かる。

 

 

 恋人だから、そういうことは当たり前のことだと思う。

 僕もハグしたいし、香澄が嬉しいならやりたい。

 

 

 でも近くに明日香ちゃんがいるかもしれない中で、それを行うのは恥ずかしがり屋な僕にとって難行だった。

 見られてしまったとき、恥ずかしさで精神的に撃沈してしまう。

 

 

 

 『周囲に誰もいないところでやればいいんだよ!』

 『彼女の可愛い頼みを応えるのが、彼氏の務めだろう?』

 

 

 世間体と恋人を載せた天秤が激しく上下し、頭の中の意見が迷走してしまう。

 

 

 「ん!!」

 

 

 煮え切らない僕を見たからなのか、香澄は言葉を強くして、ポーズで強く主張する。

 どうやら時間はあまりないようだ。

 

 

 ……よし、覚悟を決めよう。

 軽く深呼吸を二回する。

 

 

 香澄の強引な後押しに心の中で感謝し、彼女に近づく。

 

 

 近づく度に、女の子特有の甘い匂いが大きくなる。

 落ち着く匂いだなぁ……。

 

 

 彼女との距離が無くなった僕は強すぎず、優しく触れるように抱きしめる。

 

 

 「ん……」

 安心したように声を漏らす香澄の言葉を聞いて、嬉しくなる。

 こういう風に香澄なりに甘えにきてくれることに。

 自分が彼女にとって信頼できる存在なんだと思われているようで温かい気持ちになる。

 

 

 満足そうに香澄は息を漏らす。

 どうやら、この感触を堪能しているようだ。

 

 

 「もうちょっと、お願いしてもいい?」

 

 

 「うん……、いいよ」

 

 

 彼女が幸せそうにしている様子を感じながら、僕はしばらく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、行ってくるね。あっちゃん」

 

 

 「いってらっしゃい。優さんも気をつけて」

 

 

 「……うん。お邪魔しました」

 

 

 少しの間をおいて、明日香ちゃんに別れを告げる。

 

 

 ああ恥ずかしい。

 確実に、明日香ちゃんに部屋でしていたことは分かっているだろうな。

 

 

 さっきよりニヤニヤしている明日香ちゃんの顔を見て、すぐに分かってしまった。

 目は口ほどに物を言うという言葉を、すごく体験した気分だ。

 

 

 「たぶん、あっちゃんにはバレているね」

 

 

 「そうだよね。うーん、明日香ちゃんにバレていると思うと、かなり恥ずかしいや」

 頭を軽く掻いて、香澄の言葉に賛同する。

 さっきの明日香ちゃんの顔を思い出すだけでも、顔の熱がぶり返しそうだ。

 

 

 「あはは。私は、あっちゃんには見せても大丈夫だけどね。それに、優とああいう風に過ごしたかったのもあるの。優は……、嫌だった?」

 

 

 照れくさそうに香澄は僕に向けて微笑む。

 そんな香澄の嬉しそうな表情を見て、さっきまで抱えていた恥ずかしさが無くなっていく。

 

 

 「……」

 

 

 ずるいなぁ……、香澄は。

 そんな顔でそう言われたら、嫌とは言えないよ。

 

 

 「嫌じゃないよ。僕も……やりたいと思ったし。香澄から甘えてきてくれて、すごく嬉しいよ」

 

 

 「えへへ、ありがとう。優なら、そう言ってくれると思ってたよ。ちょっと、ズルかったかな」

 

 

 「そんなことないよ。これぐらいのズルなら、大歓迎だよ。……少し恥ずかしいけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あそこが、香澄が言っていたライブハウス?」

 

 

 「うん。あそこのライブで見つけたの。キラキラドキドキすることを」

 

 

 香澄の後に続くようにライブハウスに入る。

 店内に入ると、入り口のカウンターで座っている高齢の女性と目が合った。

 

 

 「いらっしゃい。……この前の嬢ちゃんかい」

 

 

 「こんにちは、おばあちゃん! 高校生で、チケット二枚下さい!」

 

 

 「オーナーだよ。……1200円だよ」

 

 

 お金を渡した後、高齢の女性――オーナーから緑色のチケットを手渡される。

 

 「はい、ドリンク無料のチケット。……そこのアンタ」

 

 

 「あ、はい」

 オーナーから突然呼ばれたことに、軽く驚きながらも答える。

 

 

 「バンドのライブは初めてかい?」

 

 

 「初めてです。だから、どんなライブなのか、ちょっとワクワクしてます」

 

 

 「そうかい。なら、楽しみに待ってな。良い時間を過ごせるから」

 

 

 女性はひそかに笑うと、手に持っていた雑誌に視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 無料チケットで買ったドリンクを飲み終えてから、ライブ会場の部屋に入る。

 会場には何十人もの人がおり、ライブが始まるのを待っている様子だった。

 

 

 「あっ……!」

 誰かを見つけたのだろうか、一足先に香澄は僕たちと同じ年ぐらいの女の子に声をかけに行く。

 

 

 「りみりん!」

 

 

 「香澄ちゃん!」

 

 

 「りみりんも来ていたんだね」

 

 

 「うん。お姉ちゃんがライブに出るから見に来たの」

 

 

 香澄と同じ高校の生徒だろうか。

 話している二人に近付くと、ボブカットの女の子はこっちに気が付く。

 

 

 「香澄ちゃん。この人って、まさか……」

 

 

 「うん。紹介するね。高森優、私の恋人だよ」

 

 

 「えっと、初めまして。高森優です」

 香澄から『恋人』という言葉に少し照れながらも、自己紹介を始める。

 

 

 「こ、こちらこそ初めまして! 牛込りみです。香澄ちゃんとは同じクラスメイトです」

 

 

 

 牛込さん……?

 

 

 『牛込りみ』という名前を聞いて、思い出す。

 

 

 たしか、香澄が一緒にバンドをやらないかと誘っている女の子だったはず。

 まだ、本人からOKをもらっていないと聞いているけど。

 

 

 「さっき二人の話が聞こえたけど、もしかして、Glitter*Greenが出るの?」

 

 

 Glitter*Green。

 牛込さんのお姉さん『牛込ゆり』がライブしているバンドグループだと、香澄から聞いている。

 

 

 「はい。一番目に出るんです。もうそろそろ始まると思うけど……」

 

 

 牛込さんが話してからしばらくして、フロア全体の照明が暗くなり、ライブステージだけ明るくなる。

 

 

 僕たちはステージの方に、視線を移す。

 

 

 四人の女の子が、このライブのためであろう可愛らしい衣装を着て、舞台袖から登場する。

 

 

 各々が配置につくと、ギターを持ったウェーブ髪の女の子がマイクを持って、こう言った。 

 

 

 「こんにちは! 今日は来てくれて、ありがとう! このライブで、少しでも私たちの演奏が皆の心の中に残れたら、嬉しいです」

 

 

 「それでは、聴いてください」

 

 

 ウェーブ髪の女の子がギターを弾き始めると、他の演奏者はその女の子が作る音に合わせていく。

 

 

 演奏に沿ってギターの女の子は歌詞に意味を込めて歌いだす。

 

 

 すごい……。

 

 初めに思ったことがそれしかなかった。

 テレビやパソコンごしから流れるライブ映像とは全く違う、生の演奏。

 

 

 体験したことのないことだからなのか、身体に鳥肌が立ち、心が熱くなってくる。

 

 

 もっと聴いてみたい……!

 

 

 いつの間にか、強く握っている右手に気づきながらも、僕は彼女たちの演奏を目に焼きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ライブどうだった、優?」

 

 お姉さんと一緒に帰ると言った牛込さんと別れた後、本屋へ向かう道中、香澄がライブの感想を聞いてくる。

 

 

 「すごかった。なんというか……、上手く言えないけど、心が熱くなって、今もまだその熱が残っている。感動したって……、ああいうことを言うんだね」

 

 

 ライブで感じたことを香澄に伝える。

 あれから、僕たちは他のバンドの演奏を熱心に聴いていた。

 参加していたどのバンドも、僕の心の中に残るほど、素晴らしい演奏だった。

 

 

 今でも思い出すと、鎮火し始めた熱が再燃しそうになってしまう。

 

 

 「そうだよね! 私もワァーって熱くなって、早くあんな風にギターを弾いて、歌ってみたいよ」

 

 

 「香澄も練習すれば、必ずできるよ。そのためにも、教本とかで勉強と練習しないとね」

 

 

 「勉強かぁ……。苦手だけど、頑張らないと。 よーし、頑張るぞ!」

 

 

 勉強という言葉に軽く落ち込むが、すぐに強く意気込んでいる香澄の様子に、笑みを浮かべる。

 

 

 やる気に満ち溢れている彼女を見て、香澄がライブしている姿を想像してみる。

 出てきたイメージは、彼女が満面の笑みでライブする姿。

 

 

 香澄がライブしている所、見てみたいな。

 

 

 明るく笑っている彼女を見ながら、僕はそう思った。

 

 

 

 

 

 



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第四話

アニメ第三話後の話です。


五月の中旬。高校生活に大分慣れてきた頃、放課後に学校の先生から一つの連絡があった。

 

『今月の最後の週に、中間テストが始まるからしっかり勉強するように』

 

 

先生のその言葉をきっかけに、テストに向けて勉強を始める人が増えた。

図書館や教室といった学校内で、友達と一緒に勉強する人。

自宅で自分のペースで勉強する人。

 

 

皆が自分のやり方で勉強している中、僕たちも同じように勉強を始めていた。

 

 

 

 

 

 

「よいしょっ……と」

 

両手で持っている大きな机を、壊さないようにゆっくりと置く。

ふぅ……と、息を軽く吐いた後、部屋の中の様子を確認する。

 

「掃除もしたから、汚い場所はない。机もさっき持ってきた。うん、準備は大丈夫だね」

 

あとは、これから来る二人を待つだけだ。

自室のセッティングが終わったことに満足した僕は、時計を見る。

 

 

「まだ時間があるな。それまで、何しようか……」

二人が来るまで何をするか考える。

一足先に、テスト勉強を始めようか。いや、リビングでテレビを見たりして寛ぐか。

 

ピンポーン

 

 

あれこれと考えているうちに、呼び鈴が鳴ったことに気づく。

 

「もう来たのかな?」

 

玄関まで行った僕はドアを開けて、ドアの先にいる人物を見る。

入り口にいたのは、笑顔で待っていた彼女の姿だった。

 

「いらっしゃい」

 

「こんにちは! 予定より早く来ちゃったけど、大丈夫かな?」

 

「大丈夫だよ。ちょうど、部屋の準備が終わったところだったから」

 

「そうなんだ、ありがとう。おじゃましまーす!」

明るい声で挨拶する香澄の声を聞きながら、部屋に案内する。

 

 

「まだ友哉も来ていないから、ゆっくりしてね」

 

「うん! は~、やっぱり優のベッドは気持ちいいね~」

床に荷物を置くと、香澄は一目散に僕のベッドに横になって寛ぐ。

言葉以上にゆっくり過ごしている彼女に苦笑いをこぼす。

 

「分かっているけど、まだ寝ちゃだめだからね。これからテスト勉強をするんだから」

 

気持ちよさそうにしている彼女に軽く注意する。

勉強するためにウチに来ているのに、勉強せずに眠ったまま過ごすのは本末転倒だ。

 

「分かっているよ~。勉強前の休憩~」

 

「休憩するようなことは、まだしていないでしょ」

 

語尾を伸ばして話す彼女に突っ込みを入れる。

 

「優もこっちに来て、一緒に横になろう」

 

「狭くさせちゃうからやめとくよ……って、場所を無理に作らなくていいよ」

断ろうとした矢先に、隅っこの方へ移動して香澄は場所を作り始める。

 

 

 

「ほらほら! こっちこっち」

ポンポンとベッドを叩いて、こっちに来るように香澄は呼びかける。

 

「……しょうがないなぁ」

彼女にそこまでさせて断るわけにはいかない。

僕は軽く咳き込んで、ベッドに向かう。

 

 

「素直じゃないね~。耳が少し赤いよ」

こっちの気持ちを分かっているのか、ニヤニヤと笑う香澄を無視して隣りで横になる。いつもと違う視点で彼女を見るのはどこか新鮮に感じた。

 

「なんとか入るもんだね。窮屈にさせてない?」

 

「大丈夫だよ。このままゆっくりしよう」

 

明るい笑顔で話す彼女に誘われるまま、僕もゆっくり寛いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、優……」

 

 

隣りにいないと聞こえないぐらい、ぼそりと彼女は呟く。

置いてあった枕を弄っている手を止めて、香澄に目を向ける。

 

 

「お願いがあるんだけど、いい?」

普段の彼女とは違う明るい声ではなく、どこか甘えるような声。

俯いていて顔がよく見えないが、耳を赤くしながら彼女はゆっくりと僕の手に触れて、握ってくる。

 

香澄の様子を見て、今までの彼女の甘え方を振り返る。

彼女はどうしたいのか。少し分かってきた僕は彼女を安心させるように優しく答えた。

 

「大丈夫だよ。どうしたの?」

僕の言葉を聞いて安心したのか、香澄は俯いた顔をあげる。

 

 

「頭撫でてくれる? 優に触れてもらうの、温かくて好きだから」

 

「もちろんだよ」

 

上目遣いで、どこか照れるようにお願いする彼女に応えるため、彼女の頭に手を乗せる。

優しく、ゆっくりと撫でる。

 

「えへへ……気持ちいい」

目を細めながら、静かに喜んでいる香澄を見て、僕も嬉しくなる。

香澄が喜んでくれて、よかった。

 

嬉しそうにしている彼女を見ながら、僕はしばらく撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

香澄とベッドでまったり過ごしていると、インターホンが鳴っていることに気付く。

時計を見ると、勉強会を始める5分前だった。

 

「友哉かな? それじゃあ、行ってくるね。早く勉強の準備をするんだよ」

 

「はーい」

 

 

香澄に準備するように促し、玄関に向かう。

ドアを開けた先にいたのは、中学からの友人――野崎友哉(のざきともや)だった。

 

 

きさくな人で、中学の頃から香澄と三人でよく遊ぶ仲である。

そんな彼とは高校も一緒で、同じクラス。

初めての高校生活で緊張していた僕が、今も楽しく過ごせるのは彼のおかげかもしれない。

 

 

「いらっしゃい」

 

「お邪魔するぜ。香澄の靴があるが、もう来ているのか?」

 

「うん。早めに来て、僕の部屋で寛いでいるよ」

 

玄関内にある彼女の靴を見て、疑問に思っている友哉に、香澄がすでに来ていることを説明する。

 

「珍しいな。中学の時は、いつも時間ギリギリだったのに……」

思ってみれば、たしかにそうだ。

中学から一緒に過ごしていた友人の驚いた言葉に、おもわず頷く。

今回みたいに勉強会をする時、香澄は始まる時間ギリギリに来ることが多くあった。

 

今回はどうして早く来たんだろうか……?

 

僕も疑問に思っていると、しばらく考えていた友哉は、「ああ……、なるほど」と納得した様子で僕の顔を見て呟く。

 

 

「何か分かったの?」

 

「確証はないが、一つ言えるのは、相変わらず香澄がお前にべた惚れなのはよく分かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! 友哉久しぶり。元気にしてた?」

 

「当たり前だろ。久しぶりだな香澄。……なんかやけにイキイキしているが、優のおかげか?」

勉強の準備をしている香澄に、友哉は面白そうに訊いてくる。

長年の付き合いで、友哉のワザとらしい様子に気づいたのか、香澄はいたずらっ子のように満面の笑みで答える。

 

 

「うん! 優から元気もらったおかげだよ。ありがとう、優」

 

「恋人から嬉しい言葉をもらったわけだが、どうなんだ彼氏さん」

 

「……恥ずかしいからノーコメントで。早く勉強始めるよ」

二人のからかいに軽い危機感を感じた僕は、肘で小突いてくる友人に苦し紛れの言い訳をして、床に座る。

そんな僕の反応を見て、二人は分かりやすいようにコソコソした会話をする。

 

「照れてるな」

 

「照れているね」

 

二人の的確な言葉に恥ずかしさが増してくる。

なんだろうこの精神的な仕打ちは。穴があったら入りたいほど、身を隠したい気分だ。

 

 

「冗談はこれぐらいにして、優がふて寝していないうちにさっさとテスト勉強を済ませるか」

 

「そう思うんだったら、ほどほどにしてよね。何から勉強する?」

二人にどの科目から勉強するか聞いてみる。

得意科目から始めるか、それとも苦手科目を先に勉強して、後々の勉強を楽にするか。

時間はたっぷりあるから迷ってしまうな。

 

 

「だったら、先に苦手科目を勉強しない? 分からないことは三人で解決した方が良いし。私も分からないことは、優と友哉に教えてもらおうと思って」

先に提案したのは香澄だった。

苦手科目から勉強することを提案する彼女に、僕と友哉は賛成する。

 

「僕もその提案に賛成。苦いものは、後回しせずに早めに終わらせた方がいいと思うからね」

 

「そうだな。だけど全教科は無しだからな、香澄。せめて3つぐらい科目絞っておけよ」

 

「私だって、少しは勉強は出来るよ! 何気に酷くない?」

 

「悪い悪い」

不満げに香澄は話すが、その言葉に嫌悪感は無く、どこか親しみがあった。

冗談で話している香澄に気付いていたのか、友哉は軽く謝る。

二人のやりとりを見て、懐かしくなった僕はクスッと笑う。

 

 

高校生になっても変わらない。中学から見ているいつもの光景だった。

 

 

「それじゃあ、始めようか。大変だけど頑張ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強を始めてから、数十分が経過しただろうか。

 

 

解答欄に答えを書く手が止まり始める。

分かっていたけど、苦手なものを見るのは苦しいなぁ。

 

問題文を見る顔が、自分でも険しくなってきているのが分かる。

 

自分にとって嫌な科目の問題を見ることに、苦痛を感じてしまう。

後回しして得意科目の勉強へ変更したいと、甘い誘惑を受けたくなるが、二人の頑張っている様子を見て、甘かった気持ちを引き締める。

 

「う~」と睨みつけるかのように問題文を見ている香澄。

真剣な様子で問題に取り組んでいる友哉。

 

 

僕も負けずに頑張らないと!

心の中で喝を入れながら、僕も問題に取り掛かった。

 

分からないことは三人で教え合いながら、少しずつ問題を処理する。

 

 

最後の問題を解いて、軽く息をつき、時計を見てみる。

 

あれから、二時間ぐらいが経過していた。

時間的にキリが良いし、そろそろ休憩してみるのもいいかもしれない。

 

僕は二人に提案する。

 

「そろそろ休憩しない?」

 

「そうするか。はぁーー、疲れた」

重いモノを吐き出すようにため息をつくと、友哉は身体を後ろにそらして伸びを始める。

 

 

「うん。もう疲れた……」

力なく答えた香澄は机にもたれかかる。

 

 

「お茶菓子持ってくるから、ちょっと待っててね」

 

「俺も手伝うぜ。一人じゃ大変だろ?」

 

「ありがとう。お願いするよ」

友哉と一緒にリビングへ向かい、お茶菓子の準備をした。

飲み物を用意するために、冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注ぐ。

 

リビングに、僕たち以外の人がいないことを気にしたのか友哉は聞いてくる。

 

「そういえば、お前の家族が見えないが、出かけているのか?」

 

「うん。真由と母さんは買い物に出かけているよ。お菓子は何が食べたい?」

 

「そうなのか。悪いな、甘い物で」

甘めのお菓子も一緒に用意し、部屋に戻る。

 

「用意できたよ。はい、お疲れ様」

 

「ありがとう!」

ジュースを香澄に渡し、僕もジュースを飲む。

勉強で疲れているせいなのか、いつもより甘くて美味しく感じた。

 

 

しばらく三人で一息ついていると、友哉が話を切り出した。

 

「そういえば、ギターの方はどうなんだ、香澄? 優からは、教本を使ったりして練習していると聞いているが」

 

「ふふん! 上手くなったよ。『きらきら星』をひと通り弾けるようになったの!」

友哉と僕に見せつけるかのようにピースしながら、香澄は上達したことを嬉しそうに報告する。

 

「もう弾けるようになったんだ。頑張ったね、香澄」

 

教本を買う前は、たどたどしい演奏で苦戦していたのに。あれから練習して上手くなったんだね。

香澄の成長に心がほっこりする。

 

「お、おう。上達ぶりがいまいち伝わらないが、とりあえず頑張っているみたいだな」

何を言えばいいのか、微妙な表情をしながらも友哉は香澄を誉める。

 

「もちろんだよ。ライブすることになったら、友哉も呼ぶからちゃんと予定空けといてよ?」

 

「いいぜ、約束する。いい演奏を期待しているから、他の曲も練習しとけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、少し行ってくるね」

 

「おじゃましましたー!」

 

「おじゃましました。いやー、苦手科目を終わらせて良かった」

 

すでに買い物から帰ってきている妹に、気分転換を兼ねて途中まで二人を送ることを伝えてから、僕も外に出かける。

勉強を終えた達成感からなのか、僕たちはスッキリとした顔で道路を歩きはじめた。

夕暮れ時に来る風は、少し暖かく、疲れた頭を癒してくれる。

 

「一緒に出て正解だったよ。風が気持ちいい……」

家で休むのも考えたけど、こうして外に出て気分転換するのも良いかもしれない。

 

「うん。一仕事を終えた感じだよ」

気持ちよさそうに香澄は深呼吸をしていると、夕日色に染まっている空に気づく。

 

 

「見て! 夕日だよ!」

 

「お~。雲一つないから、余計に綺麗に見えるな」

 

「わーー。綺麗だね」

うっとりした感じで、香澄は夕日を眺めながら呟く。

夕日に照らされた彼女の顔は、いつも見ている可愛さとは違って、どこか綺麗な感じがあった。

 

 

こういう顔もするんだ……。

綺麗な笑みを浮かべている香澄に見惚れていると、彼女が僕の方を見てくる。

 

 

「どうしたの、優? もしかして、私に見惚れちゃった? なーんてーー」

 

「うん。見惚れちゃった」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しんっ……と、周りの音が静まり返った。

 

 

 

 

「あれ……?」

自分が何を言葉にしたのか、一瞬分からなかったが、少しずつ理解し始める。

僕は今、恥ずかしいことを言っているのではないだろうか?

 

冷ましたばっかの頭の熱が、急速に熱くなり始める。

 

「えっ…と…あの……、あぅ……」

何かを言おうとしているが、うまく言葉に出せず、戸惑っている香澄。

その顔は真っ赤に染まっていて、嬉しさや恥ずかしさが入り混じっているようだった。

 

しどろもどろになっている彼女の姿は、さっきまでの綺麗とは違って、とてもかわいく見えた。

 

「……ありがとう」

か細い声で香澄は話すと、すぐに顔を俯かせる。

 

そんな彼女の可愛らしい仕草を見た僕も、そのまま直視できず、彼女と同じように顔を俯かせる。

本心を伝えたことの恥ずかしさと香澄の可愛い姿に、顔を上げることは出来なかった。

 

 

 

 

「あー、聞こえてるか? 聞こえているなら、返事してくれると助かる」

 

「「!?」」

 

 

友哉の言葉に、尋常じゃないほど驚く。

 

そういえば、友哉もいたんだ……!

僕たち以外にも、もう一人いたことに今更ながらに気づいてしまう。

 

「わ、私! 家こっちだから! そそそれじゃあ!」

早口でまくしたてながら、香澄は勢いよく走り去る。

夕日に向かって全速力で走る彼女を、僕たちはただただ見つめるしかなかった。

 

「行っちゃったな……。お前は大丈夫か?」

 

「あ、うん……。……なんとか大丈夫かも」

心配してくる友哉に大丈夫なことを伝える。

 

「そうか。とりあえず、俺も帰るな。お前は少し頭を冷やしてから、家に帰ったほうがいいぞ」

 

「うん、そうするよ」

 

「それじゃあな」

 

友哉が帰る姿をしばらく見てから、僕も帰る方向へ歩きはじめる。

さっきまで早鐘のように鳴っていた心臓は、静かに戻り始めていた。

 

『……ありがとう』

 

……しっかりと冷ましてから、帰ろう。

 

小さい声ながらも、精一杯に伝えた彼女の顔が頭の中に離れないまま、僕はゆっくりと家に向かった。

 

 

 



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第五話

アニメ第五話のお話です


とある日曜日。天気は快晴で雲一つない空。太陽の光に照らされながら、僕と友哉は香澄の家に向かっていた。

 

 

事の発端は、香澄から来た一通のメールだった。

 

『今週の日曜日にライブをやるから、予定を空けといてね!』

 

放課後の教室で雑談していた僕たちに届いたそのメールは、驚くものだった。

 

ギターを始めてまだ一か月近くしか経っていない彼女から、『ライブをやる』という言葉が出たことに気になった僕たちは、香澄に経緯を聞いてみた。

 

彼女の話をまとめると、花園さんというクラスメイトから実力を認めてもらうためにライブをすることになったこと。そして、Glitter*Greenの牛込ゆりさんが見に行くことということがきっかけで、僕たちや明日香ちゃんも呼びたいと香澄からの頼みでライブを見に行くことができたという。

 

 

『ライブすることになったら、すぐに連絡するね。だから、ちゃんと予定を空けといてよ』

以前話していた、彼女からのお願いを守れるように、当日は何も予定を入れないようにした。

 

ライブ場所は、キーボード担当の市ヶ谷さんの家の蔵だが、その家の場所を知っているのは香澄しかいなかったため、香澄たちと合流して一緒に向かえるように、現在彼女の家に向かっているのだ。

 

 

 

香澄達のライブ、楽しみだなぁ……。

 

内心楽しみにしていると、家の前に香澄と明日香ちゃんがいることに気づく。僕たちを待っていてくれたみたいだ。

香澄は僕たちに気づくと、明るい笑みをしながらこっちに向かう。

 

「おはよう!」

 

「おはよう、香澄。明日香ちゃん」

 

「おはようございます。友哉さんは久しぶりですね。元気にしてましたか?」

 

「相変わらず元気にやっているよ。明日香ちゃんも元気そうだな」

「当然です」と、明日香ちゃんは穏やかな笑みを浮かべて、友哉に答える。

二人のやり取りを見ていると、香澄が僕に声をかける。

 

 

「ねえねえ、優。どう?」

 

「どう……って、何が?」

どこか期待するように香澄は聞いてくる。話しの意図が分からなかった僕は彼女に聞き返す。

 

 

「え~。何か気づかないの?」

口を尖らせながら、残念そうにしている香澄。

明日香ちゃんにアイコンタクトで聞いてみるが、彼女は首を横に振る。明日香ちゃんも分からないみたいだ。

 

 

『どう』って聞いてくるから、服装か髪のことを伝えてほしいということだろうか?

香澄の姿をよく見てみる。彼女らしい元気なイメージを表している服装だが、普段通りな感じがする。

 

 

あれ……?

 

髪の方を見て、違和感に気付く。猫耳のような形の髪がぴょこぴょこと自己主張をしているのを見つける。

 

「えーと、髪? その髪、いつもより手入れがされているね」

自己アピールしている髪を信じて伝えてみると、彼女はパアァァ…と嬉しそうな笑顔に変わり始める。

 

 

「あたりーー! 実は、今日のために気合入れてきたんだ」

猫耳の部分を指さしながら、自信満々に香澄は答える。香澄の言葉に、友哉は呆れたように突っ込みを入れる。

 

「いや、分からねえよ。いつもと変わらないだろ」

 

「よく分かりましたね、優さん。これも愛の成せる技、ですか?」

 

「……ノーコメントで。それより、そろそろ行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、気になっていたけど。どうして花園さんも一緒に演奏することになっているの? 元々は、彼女から認めてもらうことが目的なんだよね」

 

市ヶ谷さんの家へ向かう道中、僕は気になったことを香澄に聞いてみる。

あとから聞いた話だが、ドキドキさせる相手である花園さんも一緒に演奏するらしい。

 

香澄たちの演奏を認めてもらうなら、僕たちと同じように聴いた方がいいのではないだろうか?

 

「それは俺も気になっていた。普通、俺たちと同じ聴く側じゃないのか?」

 

「ん~、初めはそうだったんだけど。おたえから何回かギターを教えてもらっているうちに、私が提案したの。聴くより一緒に演奏しないかって。そっちの方が、自分がドキドキしているかはっきりと分かるって思って」

 

僕たちの疑問に、香澄は思い出しながら答える。

 

 

「それで一緒に演奏するわけなんだね」

 

「そういうこと! というより、おたえとも一緒にやりたいし、そっちの方が面白いのが本音だけどね」

 

「そういうことか。なるほど、納得した」

友哉は一人頷いて、納得する。

 

 

「ところで、友哉さん。私、気になることがありまして、聞きたいんですけど」

どこか意地の悪い笑みをしながら明日香ちゃんは、友哉に聞いてくる。

その笑顔は、以前SPACEへ行くときに見た顔に似ていた。

 

何を聞くんだろうか? 明日香ちゃんの笑みを見て、思わず軽く身構えてしまう。

 

「ほうほう。気になることとはなんだ? 明日香ちゃん?」

 

「実はある日、お姉ちゃんが顔をすごく真っ赤にして家に帰っていたことがあったんですよ。しかも帰ってから、ボーっとすることが多くありまして」

軽いノリで返す友哉に、明日香ちゃんは香澄に起きたことを説明する。

 

体調を崩したんだろうか。

明日香ちゃんの話しを聞いて、心配になった僕は香澄に聞いてみる

 

 

「風邪引いたの?」

 

「ここ最近は引いていないよ。いつも通り元気だったと思うけど」

 

香澄は大丈夫だったと答える。ましてや、体調を悪くした覚えもないという。

 

どういうことだろうか?

話しの詳細を知るために、明日香ちゃんからの言葉を静かに待つ。

 

 

「二へら~って笑ったり、顔を赤くしながらうっとりしていたり。その様子はまるで乙女のように……。そこで思ったんですよ。あの日、優さんの家で勉強会をしていた時に何かあったんだと……」

 

「勉強会……? も、もしかして……!?」

『勉強会』というワードを聞いて、すぐに明日香ちゃんが言っていることの意味を理解する。

香澄の方も気づいたようで、その顔は赤くなり始めていた。

 

「ということで、友哉さん。優さんがお姉ちゃんにどういうアタックをしたのか詳しく教えてください」

 

「そうだな……。帰りに三人で夕日を見ていた時に、優が――」

 

「わーー! わーー! それ以上のことは言わないで、友哉!」

友哉があの時の事を話そうとする矢先、香澄は猛スピードで彼に詰め寄る。

 

「やっぱり何かあったんだ。やりますね、優さん」

慌てている香澄の様子を見て、何かを確信した明日香ちゃん。ニヤニヤとした笑みをしながら、僕の方を見てくる。

 

 

「いや、あれは思ったことが無意識に出ちゃっただけで……」

 

「へぇ~。そこのところを詳しく――」

 

「ストップ! ストップ! 優もすぐに話さないの!!」

さっきよりも顔を真っ赤にしながら、彼女は困りながらも早口でまくし立てる。

 

 

「はぁ…はぁ…」

急な動きで疲れたのか、香澄は俯いたまま荒い息をする。

しばらくして、息をしっかり整えた彼女は僕たちを軽く睨み付ける。

 

 

「もう! 私、これからライブをやるんだから、集中できなかったらどうするの? この話はもうおしまい!」

プンプンと怒った香澄は、この話題を問答無用に終わらせる。

さすがに深入りし過ぎたのか、ばつが悪そうに明日香ちゃんは彼女に謝る。

 

「ごめんね、お姉ちゃん。少し気になっちゃって。でもさ……」

そう言って、明日香ちゃんは香澄に近づいて、耳元で何か呟く。

 

 

 

 

 

すごく嬉しかったんだよね

 

 

…………うん

 

 

 

 

 

さっきまでの勢いとは逆のように、静かに頷く香澄を見て、明日香ちゃんは満足そうな笑顔をする。

 

「さあ、行きましょうか。早くしないと遅刻しちゃいますし」

 

「う~。あっちゃんのイジワル」

いったい、明日香ちゃんは香澄に何を言ったんだろうか。

頬を紅潮させながら、ジト目で妹を睨んでいる彼女を見て、僕はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市ヶ谷さんの家まで、もうすぐ。この先にある坂を上って、まっすぐ向かえば彼女の家に着く。

それまでに、僕は香澄にしたいことがあった。

 

一度、前で歩いている友哉と明日香ちゃんを見る。

 

「それで、ウチの高校には変わった七不思議あるんだよ」

 

「どういうのがあるんですか?」

 

 

二人は七不思議のことで話しをしているから、こっちをあまり見ることはない。

視線を感じていない今なら、恥ずかしがらずに話せるだろう。

一呼吸を入れて、僕は隣で歩いている香澄を呼んだ。

 

 

「香澄、ちょっといいかな?」

 

「ん? どうしたの、優?」

僕の声掛けに、香澄は明るい口調で返す。

そんな彼女の元気な表情を見て、これから行うことを実行していいのか迷ってしまうが、すぐに切り替える。

 

やることは何か決めた。あとは、それをしっかりやるだけだ。

口の中に出ている言葉を飲み込まないように、僕は香澄に伝える。

 

「……手を出してもらっていい?」

 

「手を? うん……」

意味が分からないまま香澄は右手を出す。

出されたその右手を、僕は左手で優しく握った。

 

「優? どうしたの?」

突拍子もない行動に、不思議に思った香澄は理由を聞く。

僕は素直に話した。

 

「……香澄が楽しく演奏できるように応援を送っている」

 

「優……」

 

「頑張ってと、ただ応援していけばいいと思ったんだ。だけど、ごめん。言葉だけじゃなくて行動でも伝えたかった。一曲とはいえ、香澄にとっては初めてのライブだからね。初めは肝心だと聞くし」

 

「あはは……」と、不安な気持ちを誤魔化すように右手で頬を掻く。

やはり普通に応援すればよかったかもしれない。大げさな感じがするし、かえって彼女の気持ちに水を差したかもしれない。

どこからか来た否定的な考えが、僕を後悔させてくる。

 

「……迷惑だった?」

 

「ううん。そんなことないよ。……優の手は、安心できるね」

自信なさげに聞いたことを、香澄は優しい目で答える。

 

「ちょっとだけね、不安だったんだ。おたえだけじゃなくて、優たちもドキドキさせることができるのかな……って」

 

ぽつりぽつりと、香澄は思ったことを話す。

その言葉は、明るい彼女とは真逆の暗い言葉で、初めて会った頃の彼女に少し似ていた。

 

「上手く弾けなかったら。皆が楽しい気持ちになれなかったら。そう思うと、少し自信が無くなって。でもね……」

最後にそう言うと、香澄は握った手にギュッと力を入れる。

彼女の手から温かい気持ちが伝わってくる。

繋いだ手を嬉しげに見て、香澄は言葉を続ける。

 

 

「優に手を握ってもらったら、大丈夫だって思えたの。温かくて、優しくて、不安とかすぐに消えちゃった」

香澄は僕の方を見る。その顔には暗い表情がなく、彼女らしい明るい笑顔だった。

 

 

「ありがとう、優」

笑顔で、彼女はお礼を言う。

その言葉に、自分の行動が少しでも香澄の力になれているんだと、実感した。

 

「そう言ってもらえると、嬉しいよ。……頑張ってね。香澄なら出来るよ」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市ヶ谷さんの家に着いた僕たちは、家の前にいる三人の女の子に迎えられる。

一人は牛込さんだが、他の二人は会ったことがない人たちだった。

 

香澄は三人に駆け寄って元気に挨拶する。

 

「おはよう!」

 

「おはよう。今日も元気満々だね、香澄」

 

「その元気さが、今日ばかりは羨ましいよ」

 

「えへへ……。元気もらったからね。今日は皆をドキドキさせるよー!」

テンションを上げて声を出す香澄。

 

 

ビリッ!

 

その拍子に、香澄が背負っていたナップサックが破け、入っていたギターケースが地面へ落ちようとする。

 

ま、不味い……!

 

落ち始めるギターケースに両手を伸ばす。下へ落ちるはずだったケースだが、なぜか急に止まり始める。

止まったことで掴むことが出来た僕は、ケースをしっかりと離さないように力を入れる。

 

「ふぅ……」

 

「危なかった……」

 

明日香ちゃんと友哉の声が聞こえる。その声は安心しきった声だった。

周りを見渡すと、二人もギターケースを落とさないように支えていたことに気がつく。

 

 

「三人ともありがとう! でも、破けちゃった……。優、直せる?」

香澄は破れたナップサックを僕に見せにくる。破れた箇所を見てみると、致命的な部分はなく、修復できる範囲だった。

 

 

「これぐらいなら、直せるよ」

 

「本当!?」

 

「うん。今は材料が無いけど、ウチの学校ならある程度揃っているから。直ったら、連絡するよ」

落ち込む香澄に明るく答える。

 

「ありがとう、優! お願いするね」

 

「裁縫が得意なのは本当だったんだ……」

金髪のツインテールした女の子は珍しいように呟く。

 

「といっても、まだまだ未熟だけどね。裁縫が少し出来ることは、香澄から聞いたんですか?」

 

「はい。香澄から高森さんのことは聞いていますよ。色々と……」

最後、ため息をつくように女の子は話す。

内容が気になるけれど、あまり聞かない方がいいのかもしれない。

苦笑いする女の子の様子を見て、そう判断した僕は話題を切り替える。

 

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は高森優。香澄とはその……恋人です。牛込さんとはSPACE以来かな?」

 

「そこは照れなくてもいいじゃないか? 俺は野崎友哉。香澄と優とは中学からの友達だ。よろしく!」

 

「妹の明日香です。姉がいつもお世話になっています」

親しげな友哉に対し、明日香ちゃんは礼儀正しく挨拶する。

 

 

「お久しぶりです、高森さん。ベース担当の牛込りみです。今日は、ありがとうございます」

 

「市ヶ谷有咲です。一応、キーボード担当です。……よろしく」

 

「山吹沙綾です。高森さんたちのことは、香澄から楽しく聞いていますよ。特に、高森さんのことは」

 

「僕ですか? どういう内容なのか、気になるんですけど」

 

「ごめんなさい。それは秘密です」

山吹さんの意味深な言葉に気になって、聞いてみるがはぐらかされる。

いったい、香澄は僕のことを何話しているんだろうか? 

さっきの市ヶ谷さんの反応も相まって、余計に気になっていると、その彼女が僕たちに話す。

 

 

「おたえが来るのにまだ時間があるし、とりあえず蔵に案内しますよ。ついて来てください」

 

 

途中、盆栽を見ていたゆりさんに挨拶をして、一緒に向かう。

 

 

市ヶ谷さんの案内で蔵に入った僕は、周りを見てみる。

蔵の中は綺麗に掃除してあり、整理整頓されているが、演奏に使う楽器が見当たらない。ここで演奏する場所には見えなかった。

 

 

「ここでライブをやるの? 楽器とか見当たらないけど」

 

「ふっふっふ。そう思うよね。でも違うんだよね~」

 

疑問に思っている僕に香澄は自慢げに答える。そんな香澄に市ヶ谷さんは突っ込みを入れる。

 

「何で香澄が自慢げに話すんだ。こっちでやるんですよ」

市ヶ谷さんは慣れた動作で、床についてある木製の扉を開ける。扉の中から電灯の色が見えてくる。

地下に入る市ヶ谷さんに僕たちはついていく。

 

「「お~!」」

地下室の空間を見て、思わず感嘆の声を友哉と一緒に上げてしまう。

 

 

「すごく目を輝かせているね、優さんたち」

呆れたように話す明日香ちゃんに、友哉は興奮気味に答える。

 

「そりゃあ、地下室なんてかっこいいじゃないか! 秘密基地みたいで!」

 

「すごくワクワクするよね。いいなぁ……」

 

「そ、そんなにワクワクしますか?」

素っ気無いように市ヶ谷さんは話すが、口元は少しにやけていて、その顔はどこか嬉しそうだった。

 

 

「良かったね、有咲」

 

「べ、別に関係ねぇよ! それよりも、私たちはまた戻るぞ。おたえがもう来ているかもしれないし。高森さんたちはここで待って下さい」

 

 

「あ、待って有咲ちゃん!」

市ヶ谷さんと一緒に、香澄と牛込さんもついていく。

三人を見送った僕と友哉は、興奮冷め止まぬまま部屋の中を見て回る。

 

「友哉さんはともかく、優さんがあんなにはしゃぐのは珍しいな」

 

「そんなに珍しいことなの?」

 

「はい。優さんって、見た目通りに静かなタイプの人ですから、こういうのはあまり見ないんですよ」

 

「たしかにそういう人の姿って珍しいよね。他にも、どんなエピソードがあったか聞いても良い? 少し気になっちゃって」

 

「あ! 私も聞きたいかな」

 

「ゆり先輩もですか!? ……そうですね、私が中1の時の話なんですけど――」

 

 

 

 

 

あれからしばらくして、地下室を堪能した僕たちは明日香ちゃん達の話に混ざって、盛り上がる。

途中、市ヶ谷さんのお婆さんも加わって話しをしていると、突然入り口から何かが飛び出し、ソレは僕に向かって跳んでくる。

 

「うわわっ!?」

 

「ウサギ?」

明日香ちゃんの言葉を聞いて、膝に乗っているソレをよく見ると、たしかにウサギだった。

ウサギは僕の膝に乗ったまま、こっちをじっと見つめている。

 

どうしてウサギがココにいるんだろうか? 

心を落ち着かせるためにひとまず撫でていると、地下室に見知らぬ女の子が香澄達と一緒に入ってくる。

 

「オッドアイの『オッちゃん』だよ。初めまして、花園たえです」

ウサギの名前だろうか、ギターケースを背負ったその女の子はウサギを見た後、僕たちに自己紹介する。

ふと、彼女の手に持っている空のケージを見つける。どうやら、花園さんのペットみたいだ。

まだ頭の中が追いつかないまま、花園さんに自己紹介をする。

 

 

「えっと、高森優です。初めまして」

友哉と明日香ちゃんも続けて、自己紹介をする。

 

「ごめんね、おたえ、優。抱っこしてたら急に動いて、離しちゃった」

 

「気にしないで」

 

「大丈夫だよ。ウサギの方に怪我がないみたいだし。それより、ライブの準備は大丈夫?」

 

「そうだった! 準備するね!」

 

僕の言葉をきっかけに、香澄たちは準備を始める。花園さんもギターを持って、香澄の隣に立ってスタンバイする。

 

 

「なんかドキドキして、ワクワクするね!」

 

「うん!」

 

やる気満々な香澄と花園さんを見ていると、他の二人の様子に気づく。牛込さんと市ヶ谷さんは緊張しているのだろうか、表情はどこか固く、少しぎこちないように見えた。

香澄も二人の様子に気がつく。

 

「……有咲、りみりん、おたえ」

 

何かを決心したように香澄は市ヶ谷さん達に呼びかける。

彼女達からの視線を受けると、香澄は三人に向かって声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しんでいこう!」

 

 

 

 

 

ただ一言。

笑顔で、力強く話す香澄の言葉に市ヶ谷さんと牛込さんは一瞬呆然としていたが、次第に元気に答えて、明るさを取り戻す。さっきまであった固さは無くなっていた。花園さんの方も見てみると、さらに気合いが入っているように見える。

 

 

深呼吸をして、彼女は言葉を出す。

 

「こんにちは、戸山香澄です! 今日はクライブに来て下さって、ありがとうございます! 今日はおたえを、さーや、あっちゃん、ゆりさん、おばあちゃん、友哉、優をドキドキさせます。楽しんで下さったら、嬉しいです!」

 

 

一緒に演奏するメンバーを香澄は一目見る。三人とも彼女の目を見て、頷いた。

 

 

「聴いてください。『私の心はチョココロネ』」

 

 

曲が流れてくる。

 

 

流れてくる曲に合わせて、香澄は自然に歌う。

趣味であるカラオケによって鍛えられた歌唱力がしっかり発揮し、元気な彼女の歌声が地下室内に響き渡る。

ギターの方も、約一か月で始めたとは思えないほど、彼女は慣れた手つきで音を奏でる。

 

 

香澄だけじゃない。

市ヶ谷さん、牛込さん、花園さん。今日のために練習してきたのだろう。曲のリズムにズレることなくしっかり噛み合い、一つ一つの楽器の音が違和感なく聴こえる。

 

 

みんな、楽しんでいる……。

四人が演奏している姿は、とても楽しんでおり、見ている僕でもその気持ちが伝わってくる。

香澄達が創った音楽が、伝わってくる気持ちとともに、僕の心を楽しくさせた。

 

 

曲が終わり、静寂とした時間がしばらく流れる。

聴いていた僕たちは、思い思いに拍手をする。

 

 

温かい拍手の音を聞いて、香澄達は口元を大きく綻ばせ、喜んだ。

 



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第六話

前話の後日談です。

今回は有咲視点のお話です。


昼放課。

学生たちが昼食をとっていたり、運動や勉強、友人たちと雑談したりなど様々なことをしている。

そんな中、私たち五人は校庭で昼食をとっていた。

 

 

香澄たちが談笑して盛り上がっているのを聞きながら、私はお気に入りの卵焼きに舌鼓を打っていた。

 

やっぱりばあちゃんが作った卵焼きは、相変わらずうめえな。毎日食べているのに、飽きがこない。

 

何年も食べ慣れた味付けなのに、嫌になるどころか、その卵焼きが好きで楽しみにしている自分がいる。

それぐらい、ばあちゃんの卵焼きが美味しくて、最近ツッコミが多くて疲れた私にとって癒しの時間になりつつあった。

 

 

「やっぱり、話しているとき違う」

 

「は?」

そんな数少ない時間を邪魔したのは、クライブ以降、一緒に食べ始めるようになった花園たえ、いや『おたえ』だった。

頼むから、私を巻き込むような発言をしないでくれ。私はゆっくり味わいたいんだ。

 

次の卵焼きを取る箸の手を止めて、顔をしかめながらおたえを睨む。

発言した本人はどこ吹く風ぞと、香澄を見ていた。特に、顔の方をジッと見つめている感じがする。

 

「有咲は気づかないの?」

 

視線に気づいたのか、今度は私の方に顔を向ける。

 

 

しまった。

睨んでいたのが仇になってしまった。

 

適当な言葉で誤魔化して、話題を変えようか考えるが、おたえの真剣な目がその考えを止しとしなかった。

 

 

話しをそらしにくい……。

 

私にもこの話に参加してほしいと、彼女の目が語ってくる。

 

 

はぁ……と、心の中でため息をつく。

 

……この話をうまく終わらせて、さっさと堪能しよう。待っていてくれ、私の卵焼き。

心の中で折り合いをつけた私は、おたえの話に本腰を入れる。

 

「気づかないもどうも、そもそも何が違うんだ?」

 

「香澄の笑顔が違うの」

 

「笑顔が違うって……、私そんな顔をしていたの?」

おたえの言葉に心当たりがないのか、香澄は自分の頬をムニムニと触って確認する。

いや、触って分かるもんじゃないだろ。

呆れた目で香澄を見ていると、りみが答える。

 

「私は、いつも通りだと思うけど」

 

一応、私も違いが無いか振り返ってみるが、思い当る節はなかった。バカみたいに楽しく笑っている顔しか覚えがない。

 

 

あれ? でも、最近だったか。そういうのを見たような気が……。

 

 

うっすらと、おたえの言う通り、香澄の様子がいつもと違うのを思い出す。

だけど、どういう時だったのか思い出せない。

 

「おたえの言っていること、なんとなく分かるよ」

どうにか思い出そうと、腕を組んで考え込んでいた私に対し、沙綾はおたえの言葉に理解を示していた。

 

もしかしたら、おたえの言葉の真意に心当たりがあるのかもしれない。

期待した目で、頼りになる彼女を見る。

 

「有咲とりみりんも分かるよ。思い出して、クライブがあった日のことを」

 

「クライブ? ……あ~、そういうことか」

クライブという単語を聞いて、薄れていた記憶が蘇る。

言われてみればたしかに、その時の香澄はいつもと違う感じがあった。改めて、振り返ってみると心当たりがたくさんある。

 

考え込んでいたりみも初めは分からなかったみたいだが、しばらくして私と同じ表情をしている。

 

 

「どういうことなの? ねえ教えて有咲~!」

一人納得していると、香澄に突然抱き着かれる。

横から来た衝撃に驚くが、未だに分かっていないコイツに聞いてみる。

というか、横腹に頭を擦ってくるな! 地味に痛い!

 

「ひっつくんじゃねえ! お前、分からないのか?」

 

「分からない!」

 

「自慢げに話すな! 少しぐらい、考える素振りをしろ!」

ハッキリと答えるコイツにツッコミを入れる。

言葉もそうだが、考えていない様子からして、本当に分かっていないみたいだ。

 

「あのな……、高森さんだよ! 高森さん!」

 

「優? 優が何か関係しているの?」

 

「有咲の蔵で高森さんと話している時、違うの。すごく楽しそうだった」

 

「だって、優と話す時はすごく楽しいからね! でも、そんなに違って見えるの?」

さらりと惚気が出てきたが、私たちは香澄の疑問に答える。

 

「違いがはっきり出ているな」

 

「なんていうんだろう。目が優しいし、雰囲気が柔らかくなっている感じ」

 

「香澄ちゃん風に例えるなら、パアァ……ってキラキラしながら話している感じ、なのかな」

 

私、おたえ、りみの順番で香澄の変化を挙げる。二人の言う通り、その変化は私も感じていた。

 

「うんうん。そういう風に変わって、嬉しそうに話しているとすごく伝わってくるんだよね」

 

「まぁな。ひしひしと伝わってくる」

私たちを一瞥して含み笑いをする沙綾に、私は二度目の溜息をつけて答える。

あんなに笑顔で話しているのを見ていると、嫌でも伝わってくる。

 

 

「え? え? 何が皆に伝わっているの?」

 

分からない香澄に、沙綾は答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高森さんのことが大好き、ということ」

 

 

 

 

 

 

 

一度きょとんとするが、しばらくして沙綾の言葉を理解したのか、香澄の顔が少しずつ赤くなり始める。

 

「そ、そうかな……。えへへ……」

はにかむように照れながら、香澄は言う。

その表情は幸せそうで、普段の彼女では全く見ない、嬉しさが全面に出ている表情だった。

そんな彼女のしおらしい姿に、思わずドキッとしてしまう。

 

 

 

可愛い……。

 

 

 

素直に、その気持ちがスッと頭の中に自然と出てきた。それぐらい、私の心を揺さぶった。

 

盆栽やネットサーフィンで見る可愛い系のモノとは違う、別次元の可愛さ。

言葉では上手く言い表せないぐらい、今の香澄は可愛いという言葉が似合っていた。

 

 

こんな香澄を見るのは、何気に初めてかもしれない。

しかし、こうも別方向へ様変わりする様子を見ると何か調子が狂ってしまう。

 

平静になるために、自販機で買ってあった緑茶を飲む。

 

 

苦い……。

だけど茶葉特有の苦みのお蔭で、なんとか調子が戻ってきた。

 

 

「どういう所が好きになったの?」

そんな私の心情を余所に、おたえはさらに質問していく。

 

「ガンガンいくな、おたえ……」

 

「だって、気にならない? 有咲も?」

 

「そりゃあ……、少し気になるけど」

普段そういう話題は気にしない私だが、あのポジティブすぎる香澄がこうもデレデレしていると、気になってしまう。

 

 

「そういえば、香澄から聞くことがよくあるけど、私たちから聞くことはあまりないよね」

 

「まぁ大体、香澄主体で話しが進んでしまうことが多いからな」

そういった話題を聞く雰囲気でもなかったし。そう考えると、きっかけを作ったおたえには一応感謝しないとな。

 

私たちが話している中、香澄は「うーん」と上を向いて考えている。

 

「そんなに悩むことなのか? てっきり、ズバッとすぐに言うと思っていたけど」

 

「私もそう思ったけど、中々すぐに言えなくて」

 

「なんだそりゃ」

 

「別に何も無いわけじゃないよ。むしろ、逆な感じで……」

どこか照れるような感じで、香澄は曖昧な表現をする。

言葉の意味が分からなかった私は彼女の言葉を聞き返す。

 

 

「逆?」

 

「思い浮かんだらね。優との思い出がたくさん出てくるの。キラキラしていて、楽しいことがいっぱいあって……。なんていうか、上手く言えないや」

 

「あはは……」と、香澄は頬に指をかく。

困ったように笑う彼女だが、その顔はどこか喜んでいるように見える。

 

 

 

「……あ」

 

何かを思い出したのか、香澄は自分の右手を見る。

 

「手……、優の手が、好きだと思う」

 

「手?」

 

「優に手を握ってもらったり、頭を撫でてもらうとね。嬉しい気持ちがワァーってたくさん出てきて、すごく嬉しくなるの」

目を細めて、香澄は優しい口調で語り始める。

陽気に話しているのとは違う、どこか物静かな話し方。

 

 

ゆっくりと話す彼女の言葉は、私の耳にしっかり入ってくる。

 

 

「温かくて、安心できて、私を元気にしてくれる。優の手はね、私に色んなものを送ってくれるの」

 

そう言って、香澄は胸の前に手を組む。

その時の気持ちを確かめるように、彼女は目を閉じながら、ギュッと組んだ手を握った。

 

 

 

ああ、本当に高森さんのことが好きなんだな……。

 

 

 

一つ一つの言葉に、香澄なりの温かい気持ちがこもっていた。

まだ二人の仲をあまり知らない私でも、高森さんが彼女を大切にしていることが伝わってくる。

いや、彼だけじゃない。香澄も高森さんの想いを大切にしていることが分かる。

 

 

 

「うん。やっぱり優の手、すごく好きだな……」

 

 

頬を赤らめながら、嬉しそうに、幸せそうに話す彼女の姿は。

 

 

私には、とても綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「えっと……、みんな大丈夫?」

 

「……はっ! だ、大丈夫だ!」

香澄の声掛けで、惚けていた意識を取り戻す。

 

ま、まさか香澄に見惚れてしまうとは思わなかった!

周りを見ると、おたえ以外の二人も私と同じように取り乱していた。

 

「こんな感じに答えたけど、コレでよかった? おたえ?」

 

「うん。すごく満足したよ」

 

「よかった~」と安心したように香澄は話す。さっきまでの『可愛い』や『綺麗』とは違う、私たちが知っている香澄だった。

 

 

「……恋ってすごいんだなぁ」

 

おたえと話している香澄を見て、呟く。

 

 

恋をするだけで、あんなにも変わるもんだろうか?

正直な話、未だに頭の中で整理が追いついていない部分がある。

 

 

だけど、一つ分かったことを挙げるとしたら、高森さんと香澄がお互いに想い合っている。

それだけは、私の中で強く感じたものだった。

 

 

キーンコーン

 

予鈴のチャイムが校庭内に鳴り響く。

思っていた以上に長く話し込んでしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

……予鈴のチャイム?

 

 

「……って、もうこんな時間かよ!?」

傍観的になってる場合じゃねえ!

次の授業が刻々と迫ってきていることに、かなり慌てまくる。

 

 

「え!? もう授業始まるの!」

 

「私たち、移動教室だから急がないと不味いよ!」

香澄とりみが驚いているが、それどころじゃない。

私には卵焼きを食べる使命が! でもこんな慌てた時間に食べたら、ゆっくり味わえない!

そんな私の葛藤とは裏腹に、香澄達は昼食を片付ける準備を既に済ませて、行く準備を始めている。

 

 

「行くよ! 有咲!」

 

「あーもー! 覚えていろよ香澄!」

 

「何で私!?」

 

 

沙綾に急かされながら、私は断腸の思いで弁当に蓋を閉めて、片付ける準備に入る。

 

 

もう惚気話なんて、コリゴリだ!

 

 

やり場のない気持ちを香澄にぶつけながら、私たちは教室に向かって全力で走った。

 



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第七話

和月(わづき)、大好きよ」

 

「……はいはい、ありがとう」

 

 

小学一年生の頃の、とある休日の日。

ソファーで寛いでいるお母さんの言葉に、お父さんはぶっきらぼうに冷たい対応をする。

だけど、心なしか父の顔はどこか嬉しそうな感じがあった。

 

昼寝している小さな妹を寝室に運んでいった父を、母は面白そうな目で眺めていた。

 

母が父に大好きだと伝えるのは、実は初めてではない。家の中で静かに過ごしている時、たまに母は父に言うことがある。

 

物心がついてから何度も見ている光景だった。

二人が嬉しそうだと、見ている僕も嬉しくなる。だけど、一つの疑問が僕の中に残っていた。

 

 

 

どうして、お母さんは大好きと伝えるんだろう?

 

 

 

そんな母の行動が気になった僕は、隣に座って聞いてみた。

 

 

「ねえお母さん。そういう言葉って、普通特別な時に、お父さんから言うものじゃないの?」

 

記念日や誕生日、デートの時や二人きりの時に男の人が言うものだと、テレビで見たことがある。

だから、その場面とは全く違う時で伝える母が、その時の僕はよく分からなかった。

 

「どうして、お母さんが言うの?」

 

「そうね……」と、お母さんは顎に手を乗せて、天井を見ながら考える。

 

 

しばらくして、母は穏やかな笑みで答えた。

 

 

 

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ここが山吹ベーカリーなんだ」

 

 

明るい雰囲気のある店内の周りを見てみる。

多くのパンが綺麗に陳列されていて、色々なパンを見るのが楽しくなる。

 

時刻は15時過ぎ。

デートの途中、僕と香澄は山吹さんのお店『山吹ベーカリー』に来ていた。

 

美味しい匂い……。何を買おうか迷っちゃうな。

焼きたてのパンから出る香ばしい香りに、どのパンを買おうか悩んでしまう。

どれも美味しそうだから、選ぶのに時間がかかりそうだ。

 

 

「さーやのパン、すごく美味しいんだよ! 美味しいから、帰りによく買っちゃうんだよね」

 

「あはは、私が作っているわけじゃないけどね。でも、どれも美味しいのは保証しますよ」

 

自分のことのように話す香澄に、山吹さんは照れながらもパンの美味しさに太鼓判を押す。

 

 

「どれにしようかな……」

いくつものパンを見ながら、考える。

色々と食べてみたいけど、とりあえず自分と香澄の好きなものを選ぼう。

 

どのパンを買おうか決めていると、レジカウンターから小さな女の子がこっちに近付いてくる。

 

 

「香澄お姉ちゃん! こんにちは!」

 

 

「さーなん! こんにちは!」

元気よく挨拶する女の子に、香澄も元気に答える。

香澄に倣って、僕も挨拶をする。

 

「こんにちは。山吹さんの妹さん?」

 

「はい。沙南って言うんです。弟の純もいますけど、今日は遊びに行ってまして」

 

山吹さんは三人姉弟なんだ。僕も妹がいるし、同じだな。

同じ兄と姉の立場ということに親近感が湧いていると、沙南ちゃんはワクワクした様子で香澄に話しかける。

 

「ねえ香澄お姉ちゃん、遊ぼう!」

 

「ごめんね、沙南。お姉ちゃんたちは、これから出かける用事があるんだから駄目なんだよ」

 

「そっかぁ……」

山吹さんの言葉に沙南ちゃんはしょぼんと落ち込む。そんな落ち込んでいる沙南ちゃんに、香澄は自信を持って話した。

 

「私たちなら、大丈夫だよ! いいかな、優?」

 

僕の方を見て、香澄は確認をとる。

ニヤリと笑っているその顔を見て、僕は頷いた。

 

「うん、大丈夫だよ。楽しんできて」

 

来る言葉を待っている彼女に、明るく答える。

 

 

「さすが、優! よーし、さーなん遊ぶぞーー!」

 

「ありがとう! 香澄お姉ちゃん! お兄さん!」

 

沙南ちゃんはお礼を言うと、先に山吹ベーカリーを出ている香澄の背中を追いかけていった。

 

はしゃぎながら外に出ている二人を見て、思わず目を細めてしまう。

 

 

二人とも元気だなぁ。

遊び始めようとしている香澄たちを眺めていると、山吹さんは申し訳ないように謝る。

 

「ごめんなさい。せっかくのデートなのに」

 

「いえいえ! 気にしないでください。僕と香澄も考えていたことは同じみたいでしたし」

 

片手でブンブンと横に振りながら、僕は笑って答える。

 

沙南ちゃんを悲しませたくない。

その気持ちは、僕たち二人とも一緒だった。

 

だから、彼女の迷いのない目を見て、僕はすぐに決断することができた。

 

「ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです。香澄の事、よく分かっているんですね」

 

「たまたまですよ。まだまだ知らない部分がたくさんありますし。でも知っていくのが楽しみだったり、知った時は嬉しいんですよ!」

 

 

彼女とこうして一緒に過ごしていても、知らないことを発見することがある。

 

こういった服装が着てみたいんだ。

あのぬいぐるみが好きなんだ。

こんな可愛い仕草をするんだ。

 

知っているようで知らなかったりする。それを見つける度に、まだまだだなぁと反省してしまう。

だけど、彼女のことを少しずつでも知ることができて良かったと、嬉しく思う。

 

 

「これからも傍で見ていきたいな……って。ごめんなさい、勝手に話しちゃって!」

 

「いえいえ。いい話が聞けて良かったです。香澄のことを話している高森さん、楽しそうでしたよ」

 

「あはは……」

 

思った以上に、熱が入ってしまった……。

ニコニコと笑う山吹さんの視線に、恥ずかしくなった僕は彼女から視線を外す。

 

 

「二人とも似ていますね」

 

「似ている、ですか?」

山吹さんの言葉の意味が分からなかった僕は、思わず聞き返してしまう。

 

 

「はい」と、山吹さんは微笑みながら答える。

 

 

「香澄も高森さんのことを話すとき、いつも嬉しそうに話すんです。こっちまで香澄の気持ちが伝わるぐらい。聞いていた私も、なんだか温かい気持ちになるんですよ」

 

「香澄が……」

 

山吹さんの話を聞いた僕は、ぽつりと呟く。

 

 

恥ずかしい……。だけど、それ以上にすごく嬉しい。

 

山吹さんの笑顔を見て、伝わってくる。

香澄が自分のことを嬉しく語っていることに。

 

それが分かった途端、胸の中で嬉しさがどんどん湧き上がってくる。

説明できないぐらい、様々な温かな気持ちがやってきて、恥ずかしさを吹き飛ばしてくれる。

 

どうしよう。今、表情がかなり緩んでいると思う。

 

誰でも分かるぐらい、今の僕は嬉しそうに笑っているだろう。

そう自覚しながら、僕は山吹さんにお礼を言った。

 

 

「……教えてくれてありがとうございます、山吹さん。すごく嬉しいです」

 

「いえいえ。私が勝手に話していただけですし」

 

「そんなことはないですよ! 山吹さんが話してくれたおかげで、こんなにも嬉しい気持ちになれました!」

 

現にこうして山吹さんが話していなければ、こんなに嬉しいことは起きなかっただろう。

教えてくれた彼女には感謝しかない。

 

 

 

「ありがとうございます、山吹さん」

 

 

 

「……」

 

「あの、山吹さん?」

 

ポカンとしている山吹さんに、僕は呼びかける。

何か不味いことを言ってしまったのだろうか……。

内心焦っていると、すぐに山吹さんは呆然とした顔から親しみやすい笑顔へ変える。

 

「いえ、何でもないですよ! ……高森さん、律儀ですね」

笑って話す彼女の姿を見て、ひとまず安心する。

どうやら、おかしな発言はしていなかったみたいだ。

 

「思ったことをただ口にしているだけですよ。……たまに、それのおかげで香澄に怒られることがありますけど」

 

「ふふ、言葉には気をつけないとですね」

 

クスッと笑う山吹さんを見て、僕もつられて笑ってしまう。

 

彼女と雑談を交わしながら、僕はいくつかのパンを買った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山吹ベーカリーを出て、香澄達がどこにいるのか歩きながら周りを見てみる。

たしかここら辺で遊んでいたのを見たが……。

 

 

「待てーー!」

香澄の元気な声が大きく聞こえてくる。声からして近くにいるみたいだ。

声の跡を辿って歩いていくと、香澄が沙南ちゃんを追いかけていた。

 

 

「わーー!」

鬼ごっこだろうか、鬼役であろう香澄から沙南ちゃんは楽しそうに逃げている。

全力で逃げている沙南ちゃんに負けじと、彼女も全力で走って追いつこうとしていた。

 

 

邪魔しちゃ悪いし、終わってから行こう。

 

無邪気な笑顔で遊んでいる二人の邪魔をしないように、遠くから見る。

 

「捕まえたーー!」

 

「捕まっちゃった~」

しばらくして、香澄は沙南ちゃんを勢いよく捕まえる。捕まった沙南ちゃんに負けた悔しさはなく、どこか嬉しそうだ。

 

終わったことを確認した僕は二人に向かって歩く。

 

「あっ、優! 買い物は終わったんだね。何を買ったの?」

 

「とりあえず、僕たちの好きなパンを買ってきたよ。近くに公園があるし、あとで食べようか」

 

「うん! さーやのパンはすごく美味しいから、優と一緒に食べるの楽しみだなあ」

楽しく話す香澄に笑みをこぼしていると、沙南ちゃんはどこか喜んだ顔で香澄を見ていることに気が付く。

気になった僕は、沙南ちゃんに聞いてみた。

 

「どうしたの、沙南ちゃん?」

 

「香澄お姉ちゃん、すごく嬉しそうだなって思ったの。お兄さんとは恋人同士なの?」

 

「え?」

 

沙南ちゃんの純粋な質問に、思わず戸惑ってしまう。

改めて聞かれると、少し照れくさいな。

 

照れ隠しに頭を掻いていると、香澄は満面な笑顔で沙南ちゃんに答えた。

 

 

 

「そうだよ。お姉ちゃんにとって、大切な人なの」

 

「!?」

 

瞬間、頭に衝撃が走る。

香澄の不意打ちに似た言葉に、頭の中が揺さぶられる。

 

 

大切な人? だれ? ……僕か!?

 

揺さぶられた脳が、言葉の意味を求めて活動し始める。

彼女の爆弾発言を理解すると、顔が急激に熱くなっていくのが分かる。

 

 

嬉しいけど、恥ずかしすぎる!

今回ばかりは、恥ずかしさの方がかなり勝っていた。

心なしか、沙南ちゃんは目を輝かせているように見える。

 

「どうしたの、優? もしかして、疲れちゃった?」

 

僕の様子がおかしかったからなのか、香澄は心配して聞いてくる。

聞いてきた彼女はいつもどおりに話していた。

 

 

「え? あー、大丈夫だよ!」

心配する彼女に、慌てて答える。

……僕が気にしすぎなんだろうか?

当たり前のように接している彼女を見て、なんだか気恥ずかしさを感じてしまう。

 

 

そんな僕を余所に、ホッとした香澄は軽く注意する。

 

 

「ならよかった。でも、本当に疲れたなら言ってね」

 

「ありがとう。その時はしっかり甘えるから、お願いするよ」

 

「任せて! よーし、さーなん。もう一回鬼ごっこしようか!」

 

「うん!」

 

 

二人は元気な声を出して、もう一度走り出す。

 

 

……とりあえず、終わるまでには頭を冷ましておこう。

熱くなっている頭を冷ましながら、僕は元気よく走っている二人を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、沙南ちゃんを呼びにきた山吹さんと別れを告げた僕たちは、公園で一休みしていた。

夕焼けで色が変わっているベンチに座って、買ってきたクリームパンを食べる。

 

 

「美味しい……」

 

 

パンがもちもちしていて、クリームがパンの風味と相まって甘く美味しく感じる。

うん。たしかに香澄の言う通り、学校帰りに食べたくなってしまう。

 

値段が学生に優しいし、小腹が空いたときや軽食を食べる時にはちょうどいいかもしれない。

今度、友哉を誘って帰りに買い食いしてみようかな。

 

そう考えている時、隣から甘い声が聞こえてくる。

 

「チョココロネ美味しい~」

 

香澄は美味しそうにチョココロネを頬張っていた。

 

 

和むなぁ……。

目尻を下げて喜んでいる彼女の姿に、思わず頬が緩んでしまう。

 

香澄の素直な行動を見て、ふと彼女がさっき言ったことを思い出す。

 

 

 

『お姉ちゃんにとって、大切な人なの』

 

大切な人……。

 

胸の中で、また温かい気持ちが芽生えてくる。

うぬぼれかもしれないが、あの言葉は自然に出た言葉だろう。

 

 

当たり前のように、『大切な人』だと言ってくれる彼女に、僕は嬉しさを感じていた。

 

 

僕も、何か香澄に言いたいな……。

彼女が僕にそう伝えたように、僕も何か彼女に伝えたい。

そう思った時、頭の中に小さい頃の思い出がよぎる。

 

 

小さい時、どうして母さんは気持ちを伝えるのか聞いたあの頃。

 

 

 

そういえば昔、母さんが話していたな……。

 

 

 

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「気持ちを伝えたいからよ。お父さんに大好きな気持ちを」

 

「気持ちを?」

 

幼かった頃。

どうして父に気持ちを伝えるのか、母に聞いたあの日。

僕は母さんの言葉を繰り返しながら聞いていた。

 

「ええ、お父さんもお母さんも嬉しくなるから。優は、お母さんたちのことは大好き?」

 

「大好きだよ! お母さんもお父さんも、真由も!」

自信満々に、声を大きくして言った僕に、母さんは笑顔で答える。

 

「ありがとう。お母さんも大好きよ。優に言ってもらえて嬉しいわ」

 

「僕もお母さんに言われて、すごく嬉しいよ! お母さんの言ったとおりだね!」

 

胸の中が優しい温かさに包まれて、元気な気分になる。

母の温かい言葉に、嬉しくなった僕はやや興奮気味に話していた。

 

「特別な日に伝えるのも大事だけど、そういう嬉しい気持ちを伝えるのに時間や場所は関係ないと思うの」

 

僕の頭を優しく撫でながら、母は話し続ける。

その手に少しだけくすぐったくなった僕は、母さんの顔をもう一度見る。

 

その時に話していた母の顔は、僕が大好きな温かくて優しい笑顔だった。

 

「こんなにも、みんなを温かい気持ちにさせてくれる。だからお母さんは、これからもお父さんに大好きを伝えるわ。もちろん、優と真由もね」

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

……気持ちを伝える。

自分の好意を、改めて恋人に伝えるのは、ある意味勇気が必要だと思う。

照れくさいし、かなり恥ずかしいかもしれない。

 

でも、伝えたい。

胸の中で積み重なったこの想いを、彼女に伝えたい。

 

 

大丈夫。

 

落ち着いて。

 

彼女からもらった温かい気持ちが、もう一歩踏み出そうとしている僕を後押ししてくれる。

 

 

深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 

 

「香澄」

チョココロネを食べ終えて、夕日色の空を眺めている彼女を呼ぶ。

 

「ん?」

微笑みながら、香澄は振り返る。

目に映るのは、見ているこっちが元気になる彼女の笑顔。

これからも、隣で見ていきたい彼女の優しい笑顔。

 

 

その笑顔を見て、僕は言葉を口にした。

 

 

 

 

 

自分の想いを、しっかり込めて。

 

 

 

 

 

 

「大好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

魔法がかかったように香澄の体が止まる。

その顔は驚いており、目を何度もパチパチとしている。

赤くなり始めている彼女の顔は、何を言えばいいのか戸惑っていた。

 

 

「ど、どうしたの、急に……!」

真っ赤な顔をして、上擦ったような声で香澄は話す。

たどたどしく話す彼女の姿は、普段見せている元気な可愛さとは違って、どこか守りたくなるような可愛さがあった。

 

 

「気持ちを伝えたかったから、香澄に」

戸惑っている彼女に、素直に答える。

 

「ありがとう。大切な人って言ってくれて。香澄に大切に想われていて、すごく嬉しかった」

自分の想いを、ゆっくりと言葉にする。

少しでも、彼女に伝わるようにと願いを込めながら。

 

 

「僕にとっても、香澄は大切な人だよ」

 

 

僕がそう言った後、香澄は顔を俯かせる。

何も反応せず、少しだけ見えた彼女の口は未だ閉じていた。

 

「……」

静かな時間が流れる。

耳に届くのは、風で茂った木が小さく揺れる音。

 

ハッキリと聞こえてくるその音を聞きながら、彼女の言葉を待つ。

しばらくして、香澄は静かに口を開いた。

 

 

「……優はズルいなぁ。すぐそういうことを言う……」

文句を言うように彼女は話すが、その声は嬉しそうで、どこか優しさを感じた。

香澄は言葉を続ける。

 

 

「……もう一回、言って。好きって……」

小さい声。

だけど、しっかりと呟いた彼女の甘える声。

振り向いた彼女の顔は、見惚れるほど優しい笑みをして、僕の言葉を嬉しく待っていた。

 

 

 

「大好きだよ、香澄」

 

胸を張って、彼女にもう一度伝える。

 

 

 

香澄はさらに隣へ近づき、自分の身体を僕に預けてくる。

ちょっとした空いているスペースもない、密着した距離。

彼女の頭が、僕の肩にゆっくりと触れる。

 

「……すごく嬉しい。胸の中がポカポカして温かいよ」

普段話している言葉とは全く違う、静かに感情がこもった彼女の言葉。

喜びが強く感じられるその言葉は、僕の心にじんわりと染み渡り、胸の中を温かくさせる。

 

 

「私も大好きだよ……。優と一緒に過ごす時間はね、こんなにも嬉しくてドキドキするんだよ」

僕の手を、香澄はギュッと優しく握る。

握られた手からも彼女の気持ちが伝わってくる。

 

 

 

「ありがとう……。優に出会えて、本当によかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれぐらい、時間が経っただろうか。

オレンジ色に染まっていた空が、だんだん暗くなり始めていた。

 

「ねえ、優。まだ帰るのに時間はあるよね?」

 

「うん。時間はまだあるけど、どうしたの?」

 

「そうだよね」と分かったように話を進める香澄。

何かを思いついたかのように、彼女はニンマリと笑っていた。

 

「だったらさ、少し遠回りにして帰らない? もうちょっとだけ、優と一緒に居たいと思って……」

頬をほんのりと赤く染めながら、香澄は僕を誘う。

どこか期待するような目で、見つめてくる彼女に僕は笑顔で賛成した。

 

 

「うん、帰ろう。ゆっくりとね……」

 

「ありがとう。それじゃあ、行こうか!」

 

ベンチから立ち上がる。

立ち上がった時、僕の前に出している香澄の手が目に入る。優しく触れるように、指を絡めながら彼女の手を繋ぐ。

 

「えへへ……」

嬉しそうに笑う彼女を見て、僕も一緒に笑う。

 

彼女にもらった温かな気持ちを胸に、僕たちはゆっくりと歩きはじめた。

 

 



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第八話 

アニメ六話のお話です。
今回は沙綾視点です。


夜。

夕日が完全に沈みきり、月の光が暗い空を照らしている時間帯。

 

自室についてある照明に見守られながら、私と香澄は各々作業をしていた。

 

「……よしっ、と」

 

明日伝えるクラスの運営内容をメモ用紙に書きまとめ、軽く息をつける。

 

……うん。とりあえず、これぐらいでいいかな。あとは、今日試食した文化祭で出すパンのことを説明するぐらいだと思うけど。

 

指示しないといけないこと、説明しないといけないことはメモに書いた。

学校で出た相談事も、出来る範囲のことは解決策を作ってある。

 

 

今の所、今日の分の文化祭関連の仕事は終えたはずだけど、何かあったかな?

他に何かしないといけないことはないのか考えていると、向かい側に座っている香澄が重いため息をつけていることに気が付く。

 

 

「はぁ……」

『難しい』、『分からない』が多く含んである、スッキリとしていないため息。

 

「うーん……」

眉間に皺を寄せながら、香澄は一枚のルーズリーフを見て悩ましい声を出していた。

への字になっている口からして、かなり難航しているようだ。

 

 

 

今、私の部屋に香澄がいるのだけど、それには理由がある。

 

そもそものきっかけは、もうすぐ始まる文化祭にあった。

 

文化祭で、新曲もバンド演奏すると決めた香澄達は、みんなそれぞれ曲づくりに勤しんでいた。

歌詞を作ることになった香澄だけど、一人だと歌詞作りに集中できず、中々上手くいかないらしい。

 

 

そこで私は、彼女にウチの家でやらないかと誘ってみた。

文化祭のことで香澄と打ち合わせをしたいことがあったし、なによりも、私も彼女の力になりたかった。

 

幸い、ウチのパン屋が次の日は休みで、私が手伝うことはあまりないから時間はかなり余裕がある。

 

 

前日の朝に言ったことだから、さすがに急すぎたかと思ったけど、彼女は元気よくOKしてくれた。

 

打ち合わせを済ませた今は、歌詞作りに専念してもらっている。

 

 

 

「駄目だ……。全然ドキドキする歌詞が浮かばないよ」

机に突っ伏しながら、香澄は疲れた声をあげる。

心なしか、彼女の猫耳に元気はなく、へたりと倒れているように見える。

 

 

「まぁ、そう簡単に上手くいかないからね」

ギブアップしている香澄を見て、苦笑いで答える。

自分がイメージしているものを文字に置き換えるのは中々大変だ。

ましてや、作詞経験が少ない香澄にはかなりの難行かもしれない。

 

「そうだけど一行も出てこないよ~! どうしよう~!」

ガバッっと勢いよく顔を上げると、香澄は泣きつくように半分ほど真っ白になっているルーズリーフを見る。

私もチラッと見てみると、その紙にはいくつかの単語や言葉が書かれているが、どれも×印がついていた。

 

 

「はぁ……」

香澄は再びため息をつけると、ベッドの横に置いてある自分の鞄に目を移す。

 

 

「こっちの方の歌詞はドキドキするんだけどな……」

落ち込んだ表情のまま、彼女は羨ましそうに呟く。

だけど、そんな彼女の言葉にどこかひっかかりがあった。

 

「こっち? 他にも歌詞を作っていたの?」

香澄の言い方だと、まるでもう一つ歌詞を作っているみたいに聞こえる。

りみりん達からは、一つだけと聞いていたけど、どういうことだろう?

 

「え? あっ……」

 

私の質問に、香澄は呆気のない声を出すが、すぐに表情を固くさせる。

まるで、余計な言葉を言ってしまったとばかりに。

 

彼女の様子が変わった瞬間、周りの音が静かになり、静寂とした空気だけが流れる。

部屋の外から、お母さんたちの団欒とした声がうっすらと聞こえてくる。

 

「香澄」

彼女の名前を呼ぶ。

普通に話しているはずの自分の声が、いつもより大きく聞こえてくる。

 

私の呼びかけに、香澄は冷汗をかきながら気まずそうに答えた。

 

 

「あはは……。……聞こえない事には?」

 

「ごめんね。聞こえちゃったし、かなり興味が出てきちゃった」

流してもらうように香澄はお願いをしてくるが、笑顔で断る。

長い間をもたせて話すほど、彼女が作った別の歌詞に興味があった。

 

「う~。しまった……」

苦い声で、香澄は呟く。その声には恥ずかしさが入り混じっており、あまり知られたくなかったように感じられる。

 

ここはちょっと、何か条件をつけたほうがいいかな。

彼女が話してくれるように、こっちもそれに見合った以上の条件がないか考える。

 

 

いくつかの案を考えた私は、頬を赤くさせている彼女に一つ目の条件を伝えた。

 

 

「ポイントカード、かなりおまけしとくから。今度出す新作パン、一つ無料で買っていいことも追加で」

 

「……ダメ」

微動だにしない。

普段の香澄だったら喜ぶはずなんだけど、反応しないあたりよっぽど見せたくないかもしれない。

 

 

コレはどうなんだろう。

少しズルい気がするけど、私は彼女にとって『嬉しい条件』となるものを提示してみた。

 

「おすすめのデートスポットとか教えるから」

ピクッと動く。

一瞬、香澄の表情が崩れるが、すぐに固くさせる。

彼女の様子を見逃さなかった私は、畳み掛けるように話し出す。

 

「色々と協力するよ? 服やアクセサリーのコーディネートに付き合う。高森さんが見惚れて、喜ぶぐらいに」

 

「むむむ……」

誘惑から耐えるように、香澄は口を噤む。だけど、喜ぶ高森さんのことを想像していたのだろうか、閉じていた口が段々と緩み始めている。

 

 

あともうひと押し。

目が少しにやけている彼女に、私は優しく話しかけた。

 

 

「相談に乗るから」

 

「……分かった」

しばらくして、彼女から降参の声があがる。

香澄は鞄を自分の方へ取り寄せると、中からクリアファイルを取り出す。

ファイルの中には、二枚のルーズリーフが入っていた。

 

 

「他の皆には内緒だよ?」

念を押すように香澄は話すと、二枚の紙を私に手渡す。

その時、彼女は私の耳元に近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あとで、服とかデートスポット、教えてね

 

 

 

 

ひっそりと、お願いするように香澄は話しかける。

離れていった彼女の顔は恥ずかしげで、頬だけではなく耳まで真っ赤に染まっていた。

 

恋人のために、頑張ろうとしている彼女に力強く返事する。

 

「うん、気合い入れていくから任せて! 見せてくれて、ありがとう!」

 

高森さんが見惚れるほど、可愛くしてみせよう。そして、二人が喜ぶような場所を見つけよう。

心の中で決意をしながら、私はルーズリーフを一枚ずつじっくりと見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?」

おずおずと心配そうにしながら、香澄は歌詞の感想を聞いてくる。

 

「……良いと思う。胸が温かくなって、元気をもらうね」

伝わってくるのは、優しい気持ちだった。

好きな人から伝わる優しさや愛情。それらの想いが、背中を押し、夢に向かって一歩踏み出す。

そんな気持ちにさせてくれる歌詞だ。

 

 

「よ、よかった~」

良い反応が来たことに安心したのか、緊張していた彼女の表情が和らいでいく。

 

 

「……実は、この歌詞はね。一昨日の夜、優と電話していた時に思いついたの。優と話すのは楽しくて、嬉しくて。今、この気持ちを歌詞に込めたらどうなるのかなって……」

 

照れくさそうに笑いながらも、香澄は穏やかな口調で歌詞を作った経緯を話し始める。

 

「最初は息抜きのつもりだったの。歌詞作りが行き詰ったときに、書いていこうって。だけどね、書いていくうちに色んなことを思い出したの」

 

「色んなこと?」

 

「優に出会ったこと。想いを伝えあって、恋人になったこと。そして……、今も私の傍にいてくれること」

だんだんと声に力が入り、気持ちが少しずつ込められていることに気が付く。

想い人に向けた温かな気持ちが言葉に乗せられていた。

 

「優がいてくれたから、私は諦めずにキラキラドキドキするものを見つけることができた。それだけじゃない、私にはもったいないぐらい、大切な気持ちも見つけてくれた」

ほんのりと頬を紅く染めながら、香澄は優しい笑顔で静かに言葉を続ける。

どこか魅力を感じさせる彼女の一つ一つの言動や表情から、私は目が離せなかった。

 

 

「大切な人、好きな人が応援してくれたら、どんなに長くてもきっと夢は叶う……。そんな風に書いていたらね、いつの間にか自分でもよく分からないぐらい込めちゃって……」

 

「えへへ……」と、香澄ははにかむように笑う。目を細めながら自分の想いを話した彼女の言葉に、私は思わず息を漏らしてしまう。

 

もう一度、歌詞を改めて見る。

彼女が綴った歌詞の想いを聞いたこともあって、優しい気持ちが強くなる。

 

 

「……こっちの方も、文化祭で歌えばいいんじゃない?」

 

「そ、それは駄目だよ! まだ自信が無いし、優に聴かれるのはかなり恥ずかしすぎる!」

私の提案に、香澄は必死に使わないことを説明する。

 

 

「香澄が自信が無いなんて珍しいね」

いつも自信満々な彼女にしては珍しい反応。

恥ずかしいという意味なら分かるが、自信が無いというのはどういうことだろうか。

 

 

「なんていうんだろう。まだ自分でも『コレだ!』って自信が出ないんだよね……」

 

「私は良いと思うんだけどな」

私からすれば、この歌詞に改良する必要はないと感じられる。それぐらい、歌詞に込められたメッセージがしっかり伝わっているのだ。

 

 

「そ、そう……?」

 

「うん。大丈夫だよ、自信もって」

 

「えへへ、ありがとう。でも、もうちょっと考えてみるよ。今は文化祭で歌う歌詞を考えないとね! 」

 

意気揚々と、香澄はシャープペンを手に持ちながら、再びルーズリーフに目を向ける。

 

私も、香澄に負けないように頑張ろう。

頑張る彼女の姿に元気をもらいながら、私は今できる仕事がないか、もう一度メモ用紙に書かれてある内容の確認をした。

 

 

 

 

 

 

それから、文化祭の仕事を終えた私は、彼女の歌詞作りの手伝いをした。

二人で伝えたい歌詞を探しだし、話し合って、文字にする。

真っ白に近かったルーズリーフは、段々と綴られていき、歌詞と成っていった。

 

歌詞作りが一段落をついたとき、お互いに「ふぅ……」と一息をつきはじめる。

 

時計を確認すると、時刻は21時を過ぎていた。

 

「少し休憩をしようか。飲み物持ってくるね」

 

「賛成~。休みたいよ~」

ぐったりと疲れている香澄に見送られながら、キッチンへ向かう。

二人分のカフェオレと、お父さんが差し入れてくれたパンをお盆に載せて、部屋へ戻る。

 

「お待たせ、カフェオレでよかったよね」

戻ってきた私に気づいた香澄は、携帯電話から私の方へ顔を向ける。

 

「ありがとう! わ~、パン美味しそう」

 

「お父さんが差し入れにね。何を見ていたの? ニコニコ笑っていたけど」

 

さっきまで携帯電話を嬉しそうに見ていた香澄。その様子が気になった私は彼女に聞いてみる。

 

「ちょっと写真をね。元気もらっていたの」

 

「写真?」

 

明るい笑顔で香澄は答えると、携帯電話の画面を私に見せてくれた。

画面に写っていたのは、ベッドに腰掛けながら赤色のランダムスターを持って、演奏しようとしている男性の写真。

 

控えめな笑顔をしているが、その表情からはワクワクが隠しきれておらず、弾くことを楽しみにしていることが伝わってくる。

この写真の人物を、私はよく知っている。

 

「高森さん?」

 

「うん。優の写真を見ていると、癒されるというか元気が出るんだよね。だから、疲れた時はたまに見ているんだよ」

携帯電話を見ていた理由を説明すると、次に香澄は写真のことを楽しく語り始めた。

 

「この写真は、優がウチに遊びに来た時に撮ったの。それでね! ぎこちないけど、楽しそうに弾いている優がすごく可愛くて!」

さっきまでの疲れはどこ吹く風といったところか、香澄はキラキラした目で高森さんのことを力説する。

疲れた顔から、一瞬にして元気な顔で嬉しそうに話す香澄の姿に、思わず笑みを浮かべる。

 

「はいはい。ゆっくりと聞くから落ち着いてね」

熱が入った彼女に、一呼吸を置くように話す。

座る姿勢を正しながら、私は香澄の話を聞いた。

 

 

 

 

 

この写真は、優が抹茶パフェを食べている写真。美味しそうに食べているのが可愛くて、なんだかこっちまで嬉しくなったの。

 

この写真は、優が眼鏡を試着した写真。クールな感じがして、カッコよかったの。私もつけてみたけど、やっぱり印象がガラっと変わるね。

 

この写真は、優と友哉と一緒にランニングした写真。朝早く起きるのは大変だったけど、三人で走るのは楽しかったし、雲一つない空の景色はすごく綺麗だったの。

 

この写真はね――。

 

 

 

一つ一つの写真を、彼女は思ったこと、感じたことを私に伝える。

嬉しそうに話す彼女の口ぶりから、とても充実しているのがしっかりと伝わってくる。

そんな彼女の様子を見ていると、聞いているこっちまで嬉しくなり、笑顔になってしまう。

 

「ふふ、高森さんからたくさんの元気をもらっているね」

 

「うん! だけど、これにはちょっと欠点があって……」

 

「欠点?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……会いたくなるんだよね。優に」

 

 

 

携帯電話で口元を隠しながら、香澄は照れるように小さく話す。

その声はどこか恋しそうで、会いたい気持ちが秘められていた。

 

 

 

……これは、応援したくなるね。

静かに主張する彼女の反応を見て、自分のお節介焼きに火がつく。

 

 

「よし。それじゃあ、高森さんに会えるように一緒に頑張ろう。準備が早く終われば、会う時間が作れると思うし、ね?」

彼女を励ますように、明るく話す。

私の言葉を聞くと、香澄は花が咲いたような嬉しい表情をした。

 

「うん! ありがとう、さーや。よーし、明日からもっと頑張るぞー!」

 

 



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第九話

アニメ八話(前半部分)のお話しです。


賑やかな声が、学校内から聞こえてくる。

 

輪投げや釣りをして勝負を楽しんでいる生徒達。

祭りの雰囲気を楽しみながら、好きな人と校舎内を散策しているカップル達。

友達と一緒に、出店にある食べ物を舌鼓している人達。

 

明るい気持ちが宿っているたくさんの声が、花咲川女子高校に入ったばかりの僕達の耳に入ってくる。

 

「すごく盛り上がっているね。どこへ行こうか迷っちゃうな……」

楽しい声につられ、ワクワクした気分で正門から校内まで並んでいる出店を見る。

輪投げや射的もあるし、色々遊んでいきたいなぁ。いや、あそこで作っている綿菓子を食べるのもいいかもしれない。

 

「おいおい。色々行きたい気持ちは分かるが、迷子にはなるなよ。まだ香澄は来ていないから」

あれこれと見ていると、友哉から注意を受ける。だけど、その表情は僕と同じように楽しそうだった。

声の雰囲気からでも固さはなく、柔らかく話しているのを見て、友哉もこの日を楽しみにしていたかもしれない。

 

 

今日は『咲祭』という花咲川中学校と高校が合同で開催する文化祭。

香澄から誘われた僕と友哉は、彼女達の学校に遊びに来ていた。

 

「あはは、ごめん。そういえば集合時間より早く着いちゃったし、どうしようか?」

友哉に軽く謝り、次の予定はどうするか訊いてみる。

校内を巡りながら呼び込みをしている香澄と合流して、そのまま彼女のクラスへ向かう予定だったが、まだ香澄の姿が見えない。

彼女が来るまで、空いている時間を何か使った方が良いかもしれない。

 

「それだったら、あそこの綿菓子を食べながら待たないか? 俺もそうだけど、優も気になるだろ?」

ニヤリとした笑みで聞いてくる友哉に、僕は軽く驚く。

 

まさか気づかれるとは思わなかった。

考えを見抜かれたことに少し恥ずかしさを感じながら、友哉の言葉に頷く。

 

「うん。実はどんな美味しさなのか気になっていて」

 

「お前は分かりやすいからな。さっさと買いに行こうぜ」

綿菓子屋についた僕たちは、引換券を受付の人に渡した。

棒に包まれていく綿が大きく形になっていくのを眺めながら楽しみに待つ。

 

「おまたせしました! どうぞ!」

元気な笑顔で迎えてくる学生から、綿あめを落とさないように受け取る。

待ち合わせ場所に戻りながら、僕たちは食べ始める。

 

「美味いな」

 

「うん。買って正解だったね」

友哉の言葉に頷く。ふわふわした食感で、ほどよい甘さが口の中に広がってくる。

綿菓子の味を堪能していると、きょろきょろと周りを見ている香澄を遠くから見つけた。

 

 

「香澄ーー!」

周りの声に呑まれないように、彼女の名前を大きく呼ぶ。

呼び声に気づいた香澄は、僕たちの方を見つけると明るい笑顔へと変える。

 

「優ーー!」

嬉しそうな声で、僕の名前を呼びながら彼女は僕たちの方へ近づく。

彼女が来るのを笑顔で迎える。

 

「今日は二人とも来てくれてありがとう! 楽しんでね!」

そう言った後、僕たちが食べている物に視線を移す。

 

「ソレ、すごく美味しいって噂になっているんだよ。いいなぁ~」

 

「食べてみる? 少し食べかけだけど」

羨ましそうにしている彼女に、僕は聞いてみる。

幸い、二口しか食べていないから食べられる部分は多くある。

僕の提案に、彼女は表情を嬉しく変えた。

 

「食べる!」

 

「はい。落とさないように気を付けてね」

元気よく返事する香澄に笑みをこぼしながら、綿あめを渡す。

棒を掴もうと彼女の手が近づくが、急にピタッと止まり始めた。

 

「……」

 

「どうしたの?」

不思議に思った僕は、彼女の顔を見てみる。

その顔は何か思いついたのか、悪戯っぽく笑っていた。

 

「優に食べさせて欲しいなぁって」

微笑みながら、香澄は僕にお願いする。

彼女の甘える言葉と期待が籠めてある視線に、思わず困惑してしまう。

 

「えっと……」

一言を漏らして、左手で頬をかきながら、どうするべきか考える。

二人の時なら大丈夫なんだけど、ここには僕だけでなく友哉もいる。さすがに友人の前で行うのは、いささか恥ずかしい。

 

断るべきか一瞬考えるが、彼女の期待している表情を見て、その考えはすぐになくなる。

 

……きっと、喜ぶだろうな。

思い浮かぶのは、満面な笑顔で食べている彼女の姿。綿あめの甘い美味しさもあって、かなり喜ぶだろう。

そんな香澄の笑顔を見たいという気持ちが出てきて、止まっていた綿菓子が動き始める。

 

「安心しろ、優。俺は違う所へ向いとくから」

 

声の方へ顔を向ける。

友哉は親指でサムズアップすると、僕たちに背を向けて、綿菓子をもう一度食べ始めた。

 

気をつかわれたみたいで、なんだか申し訳ない。

 

だけど、ありがとう。

 

友人のフォローに、心の中で感謝を伝える。

軽く深呼吸をして、彼女の方へ向く。

 

目に映ったのは、小さく微笑んでいる香澄の姿が。

楽しみにしているからなのか、そわそわと体を小さく揺らす彼女を見て、応えたい気持ちが強くなる。

 

 

やっぱり、香澄はズルいなぁ……。

 

そんな仕草に可愛さを感じながら、ゆっくりと綿菓子を彼女の口に近づけた。

綿あめを噛み、ゆっくりと味わうように香澄は頬張る。

 

「美味し~!」

香澄は嬉しそうに笑う。明るい気持ちを放つその笑顔は、僕が思った以上に喜びを語っていて、見ているこっちまで嬉しくさせるものだった。

 

「もうちょっと、食べても良い?」

キラキラした目で、香澄は僕に聞いてくる。

頬に表れている熱を感じながら、僕は彼女のお願いに笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これって、香澄達のポスターじゃないか?」

香澄達のクラスへ向かう途中、友哉は廊下の壁に貼ってあるポスターを見つける。

その中で、Poppin'Partyという文字が書かれていた。

 

Poppin'Party……。たしか、香澄達のバンド名だよね。

以前、香澄から教えてもらったことを思い出す。

 

「そうだよ! コレ、りみりんが描いてくれてね。すごく可愛いでしょ!」

 

「うん。可愛いね」

 

香澄に似ているデフォルメされた女の子を指さしながら、彼女は自慢するように話す。

香澄の話を聞きながら、僕はゆっくりと眺めるように絵をみる。

 

ポスターに描かれた星の各先端にはメンバーの名前であろうkasumi、arisa、rimi、tae、sayaと書かれていた。

そういえば、山吹さんは教室にいるのだろうか。

山吹さんの名前を見て、僕は彼女が1-Aにいるのか聞いてみた。

 

「香澄、山吹さんはこの時間1-Aカフェにいるかな? この前のことでお礼を言いたくて……」

僕が山吹さんに会うのには理由があった。

今週の月曜日。文化祭の準備やバンド練習が佳境に入り始めた頃、香澄から放課後にどこか出かけないかと誘いがあった。

 

準備が忙しい時期なのに大丈夫か心配があったが、山吹さんが文化祭の準備を早めに終わらせてくれたおかげで時間を作ることができたのだと香澄は言っていた。

 

『さーやがね。優からたくさん元気もらってきなって、背中を押してくれたの。さーやには、本当に頭が上がらないよ……』

山吹さん自身も香澄と同じ実行委員で忙しくて大変なのに、彼女のことを気にかけてくれた。

そんな山吹さんにお礼を言いたかった。

僕の言葉に、香澄は顔を曇らせる。

 

「さーやは、今日来れなくなっちゃった……」

 

「来れなくなった……って、体調を崩したの?」

 

「ううん、そうじゃないの。実はね――」

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ、お母さんが……」

山吹さんのお母さんが突然倒れたこと。軽症で体調の方は大分良くなっているけど、お母さんの容体が心配でやむなく学校を休むことになったこと。

突然の展開に、僕と友哉は驚くしかなかった。

 

香澄から山吹さんの事情を聞いた僕たちに、静かな時間が流れる。

どこか暗い雰囲気が、明るい空気を少しずつ支配していた。

 

しばらくして、友哉が口を開いた。

 

「……それは、仕方がないな。だけど、回復しているようでよかったよ」

 

「うん……。それでね、さーやのお父さんから伝言を聞いたの。文化祭、成功しますように。ライブ、成功しますように……って。それを聞いて、決めたの」

友哉の言葉に、香澄は曇った表情から決意した顔で話す。

 

「文化祭も、ライブも絶対に成功させようって。今度会った時には胸を張って、笑顔で言えるように!」

さっきまでの暗い感じを吹き飛ばすように香澄は力強く宣言する。

そんな明るく振る舞う彼女の姿を見て、少しでも応援できるように僕も明るく話した。

 

「だったら、まずは香澄もしっかり楽しまないとね」

 

「私も?」

 

「そりゃそうだろう。たとえ両方が大成功したとしても、お前自身が楽しんでいなきゃ、山吹は喜ばないと思うぞ」

『楽しむ』という言葉に、香澄は疑問符をあげる。きょとんとしている彼女に、友哉は僕の言葉を補足するように話す。

 

「まだ少ししか会っていないから自信が持てないけど、そういう意味も込めて言ったと思うよ。山吹さん、友達想いなのは話していて伝わってきたし」

 

「さーやが……」

 

僕たちの言葉に、香澄は何か考えるように口を閉ざす。山吹さんが言ったことを反芻するように。

しばらくして、彼女の口が小さく広がった。

 

「……そうだね。さーやだったら、そう言うと思う。せっかくの文化祭、楽しんでいかないとね!」

香澄はニッと笑って答える。その目は楽しむという気持ちが込められていた。

彼女の表情を見て満足したのか、友哉はズボンのポケットから携帯電話を取る。

 

「ああ。楽しんでいこうぜ! というわけで、さっそくこのポスターを背景に三人で撮ろうぜ」

 

「それいいね! やろう!」

 

「うん。皆で撮ろう」

手に持っている携帯電話をアピールしながら、提案する友哉に僕と香澄は賛成する。

 

香澄を中央にして、僕と友哉はそれぞれ隣に立つ。

カメラに映る画面を見ながら撮る位置を決めた後、友哉は声を出した。

 

「それじゃあ、いくぞ。はい、ポーズ!」

友哉の携帯電話から『カシャッ』とシャッター音が鳴る。

撮った画面を、三人でよく見てみる。

 

 

画面には、楽しそうな笑顔で撮られている三人の姿が写ってあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、1-Aカフェへ!」

元気に、笑顔で挨拶する香澄に促されながら、教室に入る。

教室の中は明るく、寛ぎやすい雰囲気になっていた。

周りを見ていると、見知った二人を見かける。二人の方も僕たちに気づくと、軽い足取りで近づいて来た。

 

「花園さん、牛込さん、こんにちは」

 

「こんにちは。今日は来てくれてありがとうございます」

 

「いらっしゃい。座る席はあそこの方が良いよ」

花園さんはいくつか空いているテーブル席のうちの一つを指さす。

 

「何か理由があるんですか?」

窓側にある席を選ぶ理由について、花園さんに聞いてみる。

 

「パンダがよく見えるから」

 

「パンダ? ……ああ、そういうことか」

どこか自慢気に答える花園さんの言葉に友哉は疑問を持つが、黒板の方を見て、納得の声をあげる。

僕も彼と同じ方向へ向いて、同じ声をあげる。

 

黒板には、大きな文字で書かれている『1-Aカフェへようこそ!』を中心にして、パンダや星のイラストなどが描かれていた。

窓側の席だと、パンダだけでなく他のイラストもちょうどよく見える位置だった。

たしかに花園さんの言う通り、この席ならよく見えるかもしれない。

 

「それじゃあ、その席に座ります。教えてくれてありがとうございます、花園さん」

花園さんの案内の下、僕と友哉は座る。

僕たちが座った後、彼女は黒板の方へ近づき、おもむろに腕を上げた。

 

「こっちの二匹のパンダはりみが描いてね、そっちの大きな星は香澄は描いたんだよ。こっちの方はね――」

あっちこっちと人差し指で黒板に描かれている絵を指しながら、花園さんは笑みを浮かべて説明する。

彼女の語りに、香澄は自信満々に、牛込さんは少し照れた表情をする。

 

 

「上手く描けたんだよね!」

 

「みんなと比べると、上手くは描けていないんだけどね」

 

「そんなことないですよ。牛込さんが描いたパンダ、楽しそうだし、見てると和んじゃいますよ」

どこか謙遜する牛込さんに、僕は思ったことを伝える。

牛込さんが描いた二匹のパンダは、両手でチョココロネを持って美味しそうに食べている絵。

嬉しそうな表情をしている二匹の姿は、見ているこっちも嬉しくなってくる。

 

「あ、ありがとうございます。……嬉しいです」

 

「ねえねえ、優! 私は私は!」

ワクワクと、期待するような目で香澄は僕の感想を待つ。

 

「香澄はね……」

香澄が描いた星の絵を見て、考える。

彼女の明るい性格を表すように、黄色のチョークをベースに輝く光る星を描いてある。

黒板からでも元気に主張する星は、気持ちを明るくしてくれるような感じがした。

 

「見ていると、なんだか元気がもらえるよ。頑張って描いたね」

 

「えへへ……、ありがとう!」

 

「私のパンダはどう?」

 

「えーと、花園さんはね……」

 

「それは後にした方がいいじゃないか? 入口にお客さんが来てるみたいだし」

花園さんの絵を見ようとした時、友哉から待ったの声がかかる。

入口の方を見てみると、彼の言うとおり、数人の人たちが並んでいた。

 

「いけない! おたえちゃん、行こう! お二人とも、ゆっくりしていってくださいね」

 

「感想、待っているからね~」

慌てながらお客さんの所へ行く牛込さんに、花園さんはついていく。

 

「とりあえず、メニューは決まった? どのパンもすごく美味しいから、全部おすすめだよ!」

明るい口調で話す香澄に、友哉は突っ込みを入れる。

 

「いや、それじゃあおすすめの意味がないだろ。とりあえず、俺はメロンパンとカフェラテで」

 

「僕はクリームパンと抹茶ラテで」

 

「了解! パンもだけど、私が作るラテアートも楽しみにしといてね!」

自信ありげに宣言をしながら、香澄はキッチンであろうカーテンで仕切られた場所に入っていった。

去り際に、彼女が言った言葉に僕は疑問を持つ。

 

「ラテアート?」

 

「メニュー表に書かれてあるぞ。動物や絵文字にしたりと、色々作るそうだ」

確かにメニュー表にあるラテアートの項目を見ると、『クラスの生徒が、動物の顔や絵文字で可愛く描きます。どういうアートかは見てのお楽しみ!』と書いてあった。

 

「香澄が作るとしたら、星かもね」

星が好きな彼女なら作るに違いない。

確認に近い予想に、友哉は断言するように答えた。

 

「だな」

何も根拠もないのに、自信をもって答える姿に思わずクスッと笑みがこぼれる。

僕の笑う声に、友哉もつられて小さく笑った。

 

黒板の絵を見ながら待っていると、香澄がパンとマグカップを乗せたお盆を運んできた。

 

「おまたせ!」

先に友哉の分をテーブルに置く。彼のラテアートを見てみると、僕たちが予想した通り、大きい星が描かれていた。

僕のはどういう感じなんだろう。友哉と同じなんだろうか。それとも、別のアートなんだろうか。

どんなアートなのか楽しみにしながら、彼女が僕の分を置くのを待つ。

 

「何だろう……。……え?」

抹茶ラテを上から見て、驚く。

 

 

 

 

 

 

抹茶色の生地に白いミルクで描かれたのは、大きなハートだった。

 

 

 

ど、どういうこと……!?

自分の予想とはかなり違った衝撃に、頭が追いつかない。

驚きのあまり、思わず彼女の顔を見てしまう。だけど、僕の行動が分かっていたのだろうか、既に香澄は僕から視線をそらしていた。うっすらと頬を紅く染めながら。

 

……えっと。そういう意味、だよね? 

こう、『好き』の意味合いが込められているという……。

 

そういう風に解釈しちゃって大丈夫だよね? 期待しちゃっても、バチは当たらないよね?

彼女の照れている様子と綺麗に描かれているハートを見て、熱を帯び始めた頭が僕に都合の良い願いを教えてくる。

まだ彼女の口から意味を聞いていないのに、僕の心はたくさんの嬉しさで明るくなっていた。

 

 

「攻めていくなぁ、香澄」

僕のラテアートを見た友哉が、何か感心したように呟く。

友哉の言葉に、香澄は恥ずかしさを誤魔化すようにお盆を両手でギュッと抱きしめた。

 

「優にはコレを描こうって、前から決めていたの。……喜んでくれると思って。それは、かなり自信があったよ。……渡すまで、少し緊張しちゃったけどね」

「あはは……」と照れるように、香澄は友哉にそう答えると、彼女は僕の方へ向く。少ししか見えなかった彼女の小さな笑顔がはっきりと見え、僕の顔を見た瞬間、その笑顔が嬉しさで一段と輝き始めた。

 

「よかった。喜んでくれたみたいで!」

 

「おっ、そうみたいだな。よかったじゃないか、香澄。お前も黙っていないで、何か答えたらどうだ?」

破顔する友哉に促されながら、僕は言葉を出す。

嬉しさのせいなのか、上手く動かせない口をなんとか使って、思ったことを彼女に伝える。

 

「……あ、ありがとう。その、嬉しいよ。すごく……」

言い終えた後、気恥ずかしくなった僕は彼女から目を逸らす。

 

もう少し、気の利いた言葉を言えばよかったな……。

香澄に嬉しかったことを伝えるのは、もっと他にもあったのではないだろうか。今更ながらに後悔してしまう。

 

伝わったのかどうか心配で、もう一度香澄を見る。

視線が合った彼女は嬉しそうに笑っていて、頬だけでなく両耳も紅くさせていた。

 

「大丈夫だよ。優の気持ち、しっかりと伝わっているから」

心配している僕を安心させるように、香澄は目を細めて話す。

ただ二言。その二つを言っただけなのに、彼女の言葉には重みがあり、安心感があった。

 

「ありがとう」

優しく微笑みながら、彼女は伝える。

嬉しさが十分に伝わる笑顔と言葉が、僕の中にある不安を包み込み、ゆっくりと消えていく。

 

「それじゃあ、私は行くね。ゆっくりしていってね!」

笑顔で言いながら、香澄がカーテンの中に行くのを静かに眺める。

胸の中がさっきよりも温かく感じる。たくさんの嬉しい気持ちが現れて、自然と笑みがこぼれているのが自分でも分かる。

 

友哉が、僕を優しい目で見ていることに気が付く。

 

「さて、このラテアートも見ながらパン食べようぜ。すぐに飲むのは勿体ないからな」

 

「……そうだね。ゆっくりと、楽しんでから飲もうか」

 

 

 



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第十話

前話の続きです。


「よーし、皆。色々見て回っていくよーー!」

 

「「おーー!」」

 

「お、おーー」

香澄の元気な号令に、友哉と花園さんは元気よく、僕は照れながら彼女の号令に倣う。

 

あれから、香澄たちが休み時間になるまで、僕と友哉は色々な所へ回って行った。

どこのクラスも、みんな活気があって僕たちも楽しく過ごすことが出来た。

 

それにしても、あのマジックは凄かったな……。

一番記憶に残っているのが、金髪の女の子がマジックショーを披露していた時。

別の階へ行こうと階段へ向かった際、廊下の階段付近でやっていたのを偶然見つけたのだ。

 

シルクハットから鳩を何匹も出すなんて、どうやったら出来るんだろう……。

香澄と同じ以上に明るい性格の女の子が、笑顔で手に持った帽子から鳩を出したのは驚いた。

 

思い返していると、牛込さんが香澄に今後の予定を聞いていた。

 

「まずはどこに行く?」

 

「えーとね、あっちゃんや有咲の所へ行くでしょ? あとは輪投げだったり、もう一回綿あめ食べたり……」

 

「どっちだよ。まずは、一つに絞ったらどうだ」

たくさんの要望を言う香澄に、友哉は呆れながらツッコミを入れる。

彼の言葉に乗っかるように、僕も話に加わった。

 

「それだったら、明日香ちゃんの所はどう? たしかここから近いし」

 

「たしか、明日香ちゃんのクラスはメイド喫茶だったな。どんな感じか気になるな」

僕の提案に、友哉は賛成するように頷く。

 

明日香ちゃんのクラスは、ここから数分にある距離だ。

初めに行くとしたら、最適だと思うけどどうだろうか……。

花園さんと牛込さんの意見を聞いてみる。

 

「その、どんな風なのか気になるから、私も行ってみたいです」

 

「私も賛成だよ。このカメラで記念撮影しよう」

 

花園さんと牛込さんも賛成なようだ。

向かう場所が決まったことに、ひとまず安心する。

 

「よーし、それじゃあ行こうか!」

香澄の言葉を合図に、僕たちは明日香ちゃんのクラスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

向かう道中、花園さんから声がかかる。

 

「そういえば、高森さん。私やりみと話す時、別に敬語じゃなくていいよ。同い年なんだから」

 

「いいんですか?」

まだ少ししか会っていない二人に、香澄や友哉のように話すのは図々しいと思い、敬語で話していた。

 

そこまでの関係に入って、大丈夫なのだろうか……。

不安に感じながら、もう一度彼女に聞く。

 

「うん。二人と仲良くなりたいし、友達になりたい。一緒に写真を撮ろうよ」

 

「あの……。私も、おたえちゃんと同じです。高森さんと野崎さんと色々なこと話したいです」

 

ハッキリとした意思で、花園さんと牛込さんは僕達を迎え入れる。

二人の優しい言葉に、不安だった考えが無くなっていく。

 

 

「ここまで言われたら、応えるしかないだろう?」

友哉が僕に言葉を投げかける。

その表情は爽やかに笑っていて、これから応える僕の言葉を分かっているようだった。

 

 

 

 

 

「……ありがとう。花園さんたちに、そう言ってもらえてすごく嬉しいよ。僕も花園さん達とたくさん話したい。改めてよろしく。花園さん、牛込さん」

 

 

僕の言葉に、二人は笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日香ちゃんのクラスへ向かいながら、僕たちは思い思いに話した。

 

牛込さんはチョココロネが好きで、よく山吹ベーカリーに通っていること。

花園さんはウサギのオッちゃん以外にも、たくさんのウサギを飼っていること。

僕が裁縫を始めたのは、不器用さを治すためにやっていたこと。

 

二人のこと、自分のこと、色々な話をすることができた。

 

 

話している途中、明日香ちゃんのクラスが目に入る。

教室前にはメイド服を着ている女の子が二人いて、呼び込みのためだろうか看板を持ちながら道行く人達に声をかけていた。

そのうちの一人は僕たちがよく知っている人物で、香澄は彼女の顔を見ると表情が明るくなっていた。

 

「あっちゃんーー!」

クラス前で立っている明日香ちゃんを見つけた香澄は、一足先に駆け足気味で彼女の所へ向かう。

声に気づいた明日香ちゃんは、香澄の方へ向くと表情を険しくさせた。

 

「ちょっと! 恥ずかしいから、静かにしてよ!」

 

「えへへ、ごめん。あっちゃん、その衣装可愛いね! すごく似合ってる!」

注意する明日香ちゃんに香澄は軽く謝った後、彼女が着ているメイド服を絶賛する。

香澄の言う通り、メイド服を着ている明日香ちゃんは可愛らしく、とても似合っていた。

 

「可愛いよ、明日香ちゃん」

 

「ああ、すごく似合っているぞ」

 

「あ、ありがとうございます……」

称賛する僕たちに照れてしまったのか、明日香ちゃんは顔をほんのりと紅く染めながら、僕たちから視線を外す。

 

「香澄も着たら、姉妹メイドになるね」

 

「おたえ、それいいね! あっちゃんとお揃いの服を着たら最高だよ!」

 

「生憎、お姉ちゃんに着せる服はないよ。他の皆が使っているから。それに、お姉ちゃんにメイドは合わないでしょ? ご奉仕とかできるの?」

明日香ちゃんの呆れた言葉に、香澄は自信ありげに反論する。

 

「ふふん! それは大丈夫だよ! 優にそういうことをしているから完璧!」

 

「優は香澄のご主人だったの?」

 

「え? いや、恋人だと思うけど……」

 

花園さんの質問に、少しの照れを混ぜながら答える。

 

「ほうほう、例えばどういうことをしているの?」

途中、ニヤニヤと悪巧みするような笑みで明日香ちゃんは香澄に聞く。

 

あっ……。この顔は、何かからかおうとする顔だ。

見慣れてしまった彼女の顔に、思わず冷や汗が出てしまう。

 

「えっとね、膝枕したり、耳掃除したり、マッサージしたり……」

自分の指で数えながら、香澄は僕に奉仕のようなことをしたのを一つずつ挙げていく。

 

「へぇ~」

にやけた顔で感心するように頷きながら、明日香ちゃんは僕の方へ視線を移す。

彼女だけではない。複数から視線が突き刺さるように感じる。

周りを見てみると、友哉や牛込さん、花園さん。ましてや、明日香ちゃんの隣にいる女の子まで微笑ましそうな目で僕を見ていた。

 

 

こ、これは今までの中でかなり恥ずかしいかもしれない……。

 

 

 

一瞬にして、自分の顔が急激に熱くなる。

香澄の思い出話だけでなく皆からの視線に恥ずかしさで耐え切れなくなった僕は、今も続いている香澄の語りを止めに入った。

 

「ま、待って香澄。ちょっと、いやかなり恥ずかしいからその辺で……!」

 

「あとはたまにだけど、出かける日におにぎりを作って一緒に食べたり……って、どうしたの優? 顔を真っ赤にして?」

手で制しながら話しを中断させると、香澄はキョトンとした顔で僕を見る。

 

「メイドが似合っているのは十分に伝わったから、大丈夫だよ!」

 

「えへへ、よかった! どう、あっちゃん? 私の奉仕っぷりは!」

自信満々のまま、香澄は明日香ちゃんに自慢するように話す。

 

とりあえず、なんとか終わらせることができてよかった……。

奉仕話が終えたことに内心ほっとしていると、「こほん」と明日香ちゃんがどこかわざとらしく咳払いをする。

 

「なるほどなるほど。至れり尽くせりなんだね。そこんところはどうなんですか、優さん。」

香澄からのご奉仕について、明日香ちゃんは僕に感想を求めてくる。

 

や、やっぱり答えないといけないよね……。

なんとか誤魔化そうか考えるが、キランと獲物を逃さないような眼で見てくる彼女を見て、それは困難だと予感させる。

 

……ここは正直に話して、上手く終わらせよう。

熱が残っている頭を動かしながら、迂闊な言葉を言わないように考える。

 

 

 

「……まぁ、うん。すごく嬉しいよ。好きな人からここまで奉仕されて、僕は幸せ者だよ」

 

思い出すのは、香澄の家で過ごしている時に「こっち来て来て!」と、明るい笑顔で自分の膝に誘う彼女の姿。

その行動が膝枕だと気づいた時、照れ臭くて遠慮をしたのだが、あれこれと彼女に押し切られてしまったのが懐かしく感じる。

 

 

「……」

 

昔は恥ずかしかったけど、今はソレが楽しみになっているな……。

香澄の嬉しそうな声色を聞きながら奉仕されるのは、どこかくすぐったくて、だけど嬉しくて胸の中が温かな気持ちで一杯になるものだった。

 

彼女と過ごした日々を思い返して、改めて自分が香澄のことが好きで、今も彼女から大切に想われていることに気付く。

 

……やっぱり、僕は幸せ者かもしれない。

さっき言った自分の言葉に、心の中で強く頷く。

頬の熱が再び上がり、自分が笑っているのが分かる。

 

ふいに、香澄と目が合う。

目を大きく開け、驚いた表情でいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつもありがとう、香澄」

 

 

 

 

 

 

 

「……」

しんとした時間が流れる。周りは祭りの賑わいで盛り上がっているのに、ここだけ祭りの外にいるかのように静かな音が支配していた。

 

あ、あれ? 何か不味いことを言ってしまった……?

香澄達が何も言葉を発していないことに、急に不安感が募ってくる。

自分が言った言葉に、何か不快なことがあったのだろうか。

 

「……ふわぁ」

明日香ちゃんの隣にいた子が奇妙な言葉を漏らす。気になって見てみると、顔を赤くしながら驚いている様子だった。

彼女の言葉をきっかけに、他の皆も口を開き始めた。

 

「お前、やっぱりすごいな」

 

「そうだった……。優さんって、たまに爆弾発言するんだった……」

驚きを通り越して、呆れるように笑う友哉と明日香ちゃん。

 

「な、なんだかこっちまで恥ずかしくなるね」

 

「二人は本当に仲良しなんだね。羨ましいな」

 

何故か恥ずかしい様子の牛込さんといつも通りな花園さん。

五人の言葉に疑問を抱きながらも、不快な表情をしていないあたり、どうやら変なことは言ってないみたいだ。

 

香澄は大丈夫だろうか。

今も声が出ていない彼女が気になった僕は、様子を見てみる。

 

 

 

 

 

 

「……」

目を丸くさせながら、香澄はぽかんと小さく口を開けていた。

 

 

 

「……私の方こそ」

数分。いや数秒が経っただろうか、香澄は小さな声で一言呟く。

その声は、いつも彼女が話す明るさとは違い、穏やかで優しい想いが込められていた。

 

目を細めながら、香澄は僕を見る。

頬を桜色に染めながら、嬉しく微笑んでいる彼女の表情は、どこか綺麗な笑顔だった。

 

「私の方こそ、いつもありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「……ということが、あったんだよ」

 

「ああ、だから香澄と高森さんの様子がおかしかったんですね」

1ーA教室にある、窓際の席。

向かい側の席に座っている野崎さんから細かい話しを聞いて、納得する。

私が合流した時、二人の様子がおかしかった。

香澄も高森さんも顔が真っ赤になっていて、お互いにぎこちない接し方になっていた。

 

ある程度、校舎内をしばらく回ってからは大分調子が戻っていたようだけど、何故そんな状態になっていたのか疑問に思っていた。

 

それにしても突然な発言をするなんて、なんだかおたえに似ているな……。

ここから離れた席でギターを弾いている彼女を見ながら、心の中で呟く。

 

「有咲、呼んだ?」

 

「呼んでねえよ」

こっちの視線に気づいたのか、おたえは私に何か用か聞いてくるが、すぐに断る。

 

危なかった。前回みたいに、巻き込まれたくない。

演奏に集中し始めた彼女の様子を見て、安堵した私は注文したカフェオレを飲む。

 

ほどよい苦みの中に、砂糖による甘みが相まっていい感じの美味しさになっていた。

 

 

「それにしても、悪いな。せっかくの文化祭なのに、二人に気を遣わせてもらって」

申し訳ない表情で、野崎さんは私に謝る。いや、『私』というより『私たち』の方が正しいかもしれない。

そんな彼に、私は慌てて答えた。

 

「謝らなくていいですよ! これに関しては、前から決めていたことですから」

りみ、おたえ、ここにはいない沙綾と話して決めたことだ。

後悔もないし、やるべきだと今も思っている。

 

 

「……それに。香澄が喜ぶと思いますし」

以前、校庭で高森さんのことを話した彼女を思い出す。

こっちまで分かるぐらい嬉しそうに語っていたのは、今でも覚えている。

彼女が本当に高森さんのことを好きなのだと、ハッキリと。

 

そんな彼女を間近で見て、話しを聞いて。好きな人と回ってほしいと願うのは当たり前だ。……友達として。

我ながら、あまり恋愛に興味がない自分がよくやったものだ。

慣れないことにむず痒さを感じながら、カフェオレをもう一度飲む。

 

「そうだったのか。……ありがとう。アイツらも喜ぶよ」

朗らかな笑顔で、野崎さんはお礼を言う。

その言葉に、照れ臭く感じた私は彼から窓の景色を視線を移す。

 

外の景色は、皆が楽しそうに賑わっていた。

香澄達は、今どこにいるんだろうな……。

 

『ありがとう。この時間、大切に使うよ』

 

『みんな、ありがとう! 楽しんでくるね!』

 

窓に映る人たちを見ながら、私は彼女たちの行方を思った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

深呼吸をして、神経を集中させる。

想像するのは、木製の小さな支柱に輪っかが綺麗に入るイメージ。

 

大丈夫だ、入る。

 

そう自分に言い聞かせながら、手に持っている青色の輪っかを投げた。

放物線を描いた輪っかを、祈るように見つめる。

 

 

 

コツンッ

 

 

輪っかが支柱に当たり、そのまま地面に落ちてしまった。

結果が決まったことに、香澄は大きい声をあげた。

 

「やったーー! 私の勝ちだーー!」

 

「負けちゃったか……。上手く投げれたと思ったんだけどな……」

顔を綻ばせている香澄をよそに、当たった支柱を名残惜しげに見る。

 

 

今、僕と香澄は輪投げ勝負をしていた。

回っている道中で、輪投げ屋を見つけた香澄が勝負しようと持ち掛けてきたのだ。

 

結果は6:5。中々の接戦の中、香澄は僕に勝った。

 

喜々とした表情で、香澄は受付の学生から景品であるクッキーが入った袋を受け取りに行く。

 

「ねえ、優。あそこの校庭で休憩しながら、一緒に食べよう!」

手に持っている袋を大きくチラつかせながら、香澄は満面な笑顔で校庭へ誘う。

たしかに彼女の言う通り、色々と歩いたから少し休んだ方が良いかもしれない。

香澄の言葉に、僕は頷く。

 

「うん。食べようか」

 

「それじゃあ、行こうか! おすすめの場所があるからそっちに行こう……って、そうだ」

張り切った様子で香澄は率先して前へ行くが、何かを思い出すように声をあげると、急に立ち止まって僕の方へ振り返る。

 

どうしたのだろうか?

行動の意味が分からないまま、彼女の言葉を待つ。

 

 

「はいっ」

香澄は柔らかい笑みで、自分の手を僕の前に出した。

何かを待っているようかのように、期待した目で僕を見つめてくる。

何度も見ている彼女の仕草を見て、これから何をすればいいのか分かっていた。

 

 

彼女の手にゆっくりと触れながら、優しく握る。

 

 

「えへへ……」

照れるように笑いながら、彼女は頬をほんのりと赤くさせる。

香澄の笑顔を見て、僕も小さく笑みをこぼす。

 

「優にはお見通しだね。私がして欲しいこと」

 

「たまたまだよ。予想が上手く当たっただけ」

 

「それでも当たったんだから、私のことをちゃんと見てくれて嬉しいよ」

 

「……」

彼女の褒め言葉に、照れるのを誤魔化すように頬をかく。

 

……返す言葉が見つからない。

返事をしないといけないのだけど、不意打ちに似た彼女の言葉にどう答えればいいのか分からない。

 

静かになっている僕に、香澄は意味深な笑みを見せる。

 

 

「照れちゃった?」

 

「て、照れていないよ」

 

「本当~?」

香澄の問いに即断で答えるが、僕の言葉に信用がないのか顔をニヤニヤとしながら僕を見つめる。

 

……なんだか、見透かされているみたいだ。

彼女の悪戯っぽい笑みは、僕の心境を分かっているみたいで図星を指された感じになる。

 

彼女からの追及を避けるために、僕はわざとらしく話題を変えた。

 

「本当だよ。いつも通りの調子だ。……そういえば、ライブの調子はどうなの?」

クスクスと小さく笑っている彼女に、調子の方はどうなのか聞いてみる。

クライブの時とは違う、かなりの人数が見に来る。緊張はないだろうか、心配になる。

 

「バッチリ良いよ! たくさんの人たちの前にライブするのはすごくドキドキするけど、それ以上にすごくワクワクするの!」

目を輝かせながら、香澄はライブへの抱負を語る。彼女の表情は明るく、不安や緊張が見えない。

期待を胸に大きく秘めていて、話す言葉には持ち前の元気さがあった。

 

「それに……」

香澄はそう呟くと、僕を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして優から元気をいっぱい貰ってるから、大丈夫だよ」

 

 

 

 

優しい笑みをこぼしたまま、香澄は繋いだ手を主張するように力を小さく込める。

その言葉を聴いて、彼女の明るい笑顔を見て、ライブへの心配は無用だと察する。

 

「そっか……。香澄の力になれたなら、嬉しいよ」

安心するように小さく息をつけた後、応援の気持ちを込めて、口を開く。

 

この話になった時、伝えようと決めていた言葉。

以前の時は迷っていた行動。

 

だけど、今は不安を感じることなく伝えることができた。

 

「頑張ってね。香澄なら出来るよ」

言葉と一緒に、僕も香澄の繋いだ手をギュッと優しく握る。

少しでもこの応援が、彼女に伝わるように。

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなありがとう! 次のバンドも聴いてね!」

ギターの少女が大きな声をあげる。彼女の声を皮切りに、体育館内から大きな拍手が包まれる。

拍手の音の中、友哉がステージを向いたまま話しかける。

 

「CHiSPAっていうバンドすごかったな」

 

「うん。聴いていてすごく楽しくなったし、カッコよかったよね」

友哉の言葉に頷く。

力強い歌声もそうだったけど、特にドラムの鳴らす音が迫力があって、身体中がビリビリとなってしまうことがあった。

 

「お姉ちゃん、大丈夫かな。さっきの人達のライブで緊張していないといいけど……」

眉をひそめながら、明日香ちゃんは心配そうな目でライブステージを見つめる。

そんな明日香ちゃんに、僕は明るい口調で話した。

 

「大丈夫だよ。一緒に回っていた時、本人はやる気満々だったし、きっと良いライブができるよ」

 

「それに香澄だけじゃなくて、市ヶ谷達もいるんだ。一緒に演奏する仲間がいるから大丈夫だろう」

 

「……そうですよね。お姉ちゃんだけならともかく、先輩たちがいますから大丈夫ですよね」

僕と友哉の言葉に、明日香ちゃんは固くなっていた表情を和らげる。

 

なんとか、励ますことができてよかった……。

いつも通りの調子に戻った明日香ちゃんに、心の中でホッとする。

 

 

アナウンス役の女の子の声が体育館内に響く。

 

「CHiSPAの皆様、ありがとうございました。次はPoppin'Partyの皆様です。準備の方、よろしくお願いします」

しばらくして、香澄達が壇上に上がってくる。

準備を始める四人を見るが、緊張してる感じはなく、普段通りの様子に見える。

 

各々が楽器の準備を始める。

 

いよいよ始まるんだな……。

ライブが始まることにワクワク感が出てくる。

 

準備が早く終わったのだろうか、香澄は誰もいないドラムの方を見ていることに気が付く。

 

 

……頑張るね、さーや

ドラムの方を見つめて、香澄は何かを呟いていると観客席の方へ向いて、マイクに声を発した。

 

「こんにちは! ポッピン――」

 

「待て待て! いきなり自己紹介じゃないだろう。順番を間違えるな」

 

「あっ! そうだった……」

 

元気よく挨拶する香澄に、市ヶ谷さんは待ったの声をかける。

どうやら予定していたMCとは違っていたみたいだ。

市ヶ谷さんの注意に、香澄は「あはは……」と乾いた笑みをした。

 

そんな彼女たちのコントのような様子に、周りの人達から小さな笑い声が聞こえてくる。

 

「もう、しっかりしてよお姉ちゃん……」

 

「えーと、ほら! 香澄なりの気のほぐし方かもしれないし!」

 

「そのフォローは無理があるじゃないか、優」

 

違った理由で眉をひそめながら、呆れた声で呟く明日香ちゃんに慌てて弁明するが、友哉に一刀両断される。

 

ごめん、香澄……。良いフォローが見つからなかったよ……。

心の中で彼女に謝る。

 

そんな僕たちの様子を知らないまま、香澄は仕切り直すようにもう一度元気な声をあげた。

 

「文化祭、盛り上がっていますかーー!」

 

彼女の明るい声に、ここにいる人たちの返事が体育館内に大きく響き渡る。

 

 

「最初の曲、行きます! 『私の心はチョココロネ』――」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が終わり、体育館内から拍手の音が響き渡る。

 

 

 

「ありがとうございました! 次は、今日のために皆で作った曲です」

 

「今日は一人いないけど、いつか一緒に歌おうって約束しました。いつかは分からないけど、信じてる。一緒に歌うこと、出来るって……。……私たちは待ってます」

 

「そんな気持ちで歌います。聴いてください――」

 

曲の名前を言おうとしたとき、体育館のドアが開いた音がする。

 

香澄は視線を横に向けると、驚いた表情をし、言葉を失っていた。

僕も彼女が見た方向を見ると、そこには山吹さんが立っていた。

 

「沙綾!」

香澄が彼女の名前を呼ぶ。

僕だけでなく、花園さんたちも彼女が来ていることに驚いていた。

 

「山吹が来たってことは……。親御さんの方は大丈夫そうだな」

 

「あ、たしかにそうだね。よかった……」

友哉の言葉に我に返ると、小さく息をつける。

彼女がここに来たということは、お母さんの体調は良好なんだろう。

 

「どういうことですか? 私には状況が分からないですけど」

安心している僕たちを見て、明日香ちゃんは質問をする。

そういえば、明日香ちゃんは山吹さんの事情は知らなかったんだ。

 

彼女にどう説明しようか考えていると、友哉が待ったの声をあげる。

 

「ああ、そのことは後で話すよ。今はライブを聴こうぜ。山吹もステージに参加するみたいだし。というか、ドラム出来るんだな」

 

僕たちが話しているうちに、山吹さんはステージに上がってドラムを鳴らし始めていた。

リズムよく軽快に鳴る音から、彼女がドラムを経験していることが十分に分かる。

 

「……そうですね。色々気になることはありますけど、今はお姉ちゃんたちのライブを聴きましょうか。ちゃんと、説明してくださいね」

 

 

そう言って、明日香ちゃんはステージの方へ視線を移す。

僕たちも香澄達の方を見てみると、既に打ち合わせが終わっており、演奏する準備に入っていた。

 

明日香ちゃんの言う通り、今は香澄達のライブを聴こう。

もう始まるであろう、彼女たちの新曲を聴く姿勢に入る。

 

いったい、どんな歌なんだろう。

どんな感じの曲なんだろう。

 

ワクワクした気持ちの中、一段と明るくなった香澄の元気な声が大きく響いた。

 

 

「お待たせしました! 聴いてください、『STAR BEAT!~ホシノコドウ~』」

 

 

 

 

 

 



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第十一話

前話の後日談です。
今回は香澄視点のお話です。


 

ギターの音が、私の部屋に響き渡る。

 

 

「えっと……。じゃん、じゃん……っと」

たどたどしい手つきで、ギターが鳴らす音と一緒に声を出しながら、優は『きらきら星』をゆっくりと弾いていく。

どうやって弾けばいいのか分からなかった初めの頃と比べて、少しずつ上手になっている。

 

休日の午後。

こうして彼がランダムスターを弾くのは見慣れた光景で、私たちにとって日常の一つとなりつつあった。

 

「あれ? ちょっと音がずれちゃった? こっちで弾けばいいのかな?」

反省点を見つけると、自分に問いかけながら優は修正するようにもう一度演奏を始める。

四苦八苦と慣れない手つきで弦を鳴らすが、その表情は楽しそうで、演奏することを楽しんでいるのが伝わる。

 

そんな無邪気に弾いている彼の姿を見て、私も楽しくなる。

 

 

私も、優のように弾いていたなぁ……。

二月前は自分が彼と同じように弾いていたことを思い出す。

 

昔のことを懐かしく感じながら、一生懸命に頑張っている優の演奏を聴く。

リズム感を掴めたのか、彼は段々と口を閉じ、ギターを鳴らすことに集中する。

 

弾く音の流れに乗って、再び音を鳴らす。

一つ一つの音が続き、曲になっていく。

 

ゆっくりと、『きらきら星』で鳴らす音を楽しむように、優は最後まで弾くことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「……できた」

優は小さな息を吐くと、嬉しそうな声を出す。

音が乱れることなく、綺麗に弾くことが出来ていた。

 

頑張った彼を祝うように大きな拍手をする。

 

「おめでとう! すごくよかったよ!」

 

「あはは、ありがとう。まだまだだけど、ちゃんと弾けるようになって嬉しいよ。なんだか他の曲も弾きたくなるね」

嬉しさを隠せないのか、落ち着きながらも優は瞳を爛々と輝かせながら答える。

 

「そうだよね! 私も『きらきら星』が弾けるようになった時、すごく嬉しかったんだ! 次はどんな曲を弾こうかな、この曲はどんな音になるんだろうってワクワクしたの!」

 

そんな彼に私も強く賛成する。

弾けるようになったあの日、次はこの曲を弾こうとワクワクした気持ちに動かされて、何時間も続けていたら、あっちゃんに怒られたことを思い出す。

 

さすがに寝る時間まで引いたのはいけなかったなぁ……。あのときはごめんね、あっちゃん。

「何時までやっているの!」と、鬼のような形相で怒った妹に心の中でもう一度謝る。

 

そんな私の心境を癒すように、優は嬉しそうに話を聞いていた。

 

「そんな嬉しいことがあったんだ。そうすると、香澄達もこれから色々な曲を演奏するから楽しみだね」

 

「うん! ポピパの皆と、たくさんライブするのが楽しみだよ。そういえば、肩とか大丈夫? キリもいいし、休もうか」

 

キリが良いと感じた私は、休憩することを提案する。

 

時計を見てみると、優がギターを弾いてから軽く一時間は超えていた。

ギターは何気に重たい。弾き慣れている私ならともかく、まだ数回しか経験がない彼にとっては疲れてしまっているかもしれない。

 

 

「そうだね。……っと、けっこう肩に負担がかかるね」

私の提案に優は賛成すると、左肩にかけていたランダムスターを優しく置き、左肩をほぐすように回す。

そんな彼の様子を見て、私はもう一つの提案を出した。

 

「肩もみでもしようか?」

 

「ありがとう。お願いしてもいい?」

 

「もちろんだよ! ふふふ、成長した私の奉仕力を見せてあげるよ」

 

「うん。楽しみにしてるよ」

 

私の冗談に優は笑って答えると、私に背中を向ける。

 

よーし、優がリフレッシュできるように頑張るぞーー!

心の中で気合いを入れながら、私はマッサージを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、優?」

 

「……左肩が段々ほぐれていくのが分かるよ。上手くなったね」

 

「えへへ、ありがとう。家族みんなにマッサージをやっているからね。すごくうまくなっていると思うよ!」 

 

優の喜ぶ声に、笑顔で答える。

日々のマッサージと、教本を読んで勉強していたおかげもあって、お母さんたちからはお墨付きをもらっている。

そのかいもあって、こうして優から褒められるのはかなり嬉しくて、マッサージによりいっそう力が入る。

 

 

会話はそこで途切れ、静かな時間が流れる。

 

しんとした、有咲の蔵や自宅で聞き慣れた楽器の音がない静かな空間。

気まずさや居づらさとは無縁の時間。

私と彼の間に時々やってくる、穏やかな時間の形。

 

 

この時間、やっぱり好きだな……。

不思議なほど居心地が良く、心が安らぐ。

 

優も同じなのか、リラックスしているようでマッサージに身をゆだねていた。

 

 

「……香澄のマッサージは、いつも元気が出るよ」

五分ほど経っただろうか、穏やかな声で話す優に私は聞き返した。

 

「元気が出るって、どういうこと?」

 

「なんていうんだろう……。マッサージしていたところだけじゃなくて、心が元気になるんだよ。頑張ろうって、やる気が出て、気持ちが明るくなるんだ。なんだか、香澄から元気を貰っている感じがするよ」

 

マッサージをする手が、一瞬緩まる。

だけど、すぐに気持ちを引き締めて、緩んだ手を動かし始める。

 

緩んだことに気付いていないのか、「ちょっと、変だったかな?」と照れ笑いをしながら優は話す。

 

 

 

変じゃないよ、優。

心の中で、優しく否定する。

 

マッサージに秘めていたことが伝わって、心から嬉しくなる。

自分の応援が、彼に伝わっているんだと。

 

「……そんなことはないよ。心を込めてマッサージしているから、優はもっと元気になったんだよ」

 

「心を?」

 

優の質問に、笑顔で頷く。

 

「お疲れ様。頑張ったね。早く良くなりますように……って、たくさんの気持ちを込めているからね」

 

労わるように、励ますように。

「ありがとう」と、優しい笑顔で答える優の元気な姿が見ることが出来るように。

そんな風に、応援を送りながらマッサージしていたことを伝える。

 

「……そっか」

指を頬で掻きながら、優は短く話すと静かになる。

顔は見えないけど、耳が段々と赤くなっていることに気が付く。

そんな優の様子を見て、小さく笑う。

 

「……ありがとう、香澄」

小さな声で、優は感謝を伝える。

彼の言葉に微笑みを隠さないまま、私はマッサージを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腕が軽くなるぐらいだいぶ良くなったよ。ありがとう」

左肩を何回か回した後、優はお礼を言う。

見たかった彼の笑顔に、嬉しくなった私は元気に答えた。

 

「どういたしまして! 元気になってよかったよ。必要な時は遠慮せずに言っていいからね!」

 

「うん。その時は、またお願いするよ。……ねぇ、香澄。もう一つお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「いいよ! どんなお願い?」

 

 

 

 

 

 

「僕も、何か香澄にできることはないかな?」

 

「私に?」

 

話しの意図が分からなかった私は、疑問の言葉をあげる。

 

「うん。さっき香澄の話を聞いて思ったんだ。僕も、君に気持ちを込めたい。頑張っている香澄のことを、少しでも応援したいんだ」

 

落ち着いた口調で、優は自分の気持ちを話す。

 

「音楽経験がないから、僕ができることは少ないと思う。だけど、できない僕なりに香澄の力になりたい」

 

優の言葉がまっすぐに伝わってくる。

思いやりと優しさが多くつまった彼の気持ちが、私の胸にしっかりと届く。

 

 

 

 

 

 

嬉しい。

 

 

届いた彼の気持ちが、特別な気持ちへと変えていく。

胸の中を温かい気持ちで満たしていき、好きな想いが強くなる。

 

「あ、別に今すぐじゃなくていいからね? 香澄が何かして欲しいって思った時でいい――」

 

「ううん! 今すぐがいい! ちょっと、待ってて。どうしよう、優に何してもらおうかな……!」

嬉しくなった私は、遮るように自分の主張を強く言う。

自分でも分かるほど気持ちが舞い上がっていて、急ぐように頭の中が大きく活動していた。

 

私の突然の行動に驚くが、「えっと、慌てなくて大丈夫だからね」と彼は小さく笑う。

 

優なりに考えた言葉に断るわけもなく、何がいいかと頭をいつもより早く回転させる。

 

 

以前みたいに抱きしめてもらおうかな?

いや手を繋いで、彼に甘えるようにもたれかかるのもいいかもしれない。

それか、これから外でデートするのもいいかもしれない。

 

それとも――。

 

 

色々なアイデアがどんどん出てくる。

どれもがドキドキして、すごく嬉しくなるものを予感させる。

まだ決まっているわけじゃないのに、私の口はすでに嬉しい笑みを浮かべていた。

 

「あっ……」

 

考えている最中、一つのものがピンと思い浮かぶ。

その思い浮かんだことを、私は迷うことなく言った。

 

「あのね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「固くない? 大丈夫?」

 

「固くないよ。ちょうどいい感じ!」

 

真上から聞こえる彼の声に、笑顔で答える。

 

私がお願いしたことは、優に膝枕をしてもらうこと。

今、私はベッドに腰掛けている彼に膝枕をしてもらっていた。

 

「えへへ、一度はやってみたいと思ったんだ。は~、癒される~」

 

「香澄が喜んでくれて、よかったよ」

思う存分に甘える私に、優は柔和に笑う。

 

優から膝枕をしてもらうのは、いいかもしれない。

こうして触れ合えるのもいいし、優に違った甘え方ができるのはすごく嬉しい。

 

膝枕を満喫していると、しばらくして優は言葉を口にした。

 

「……なんとなくだけど、香澄が膝枕をする理由が少し分かったよ。嬉しくなるね」

 

「そうでしょ! すごく嬉しくなってくるんだ。優もこれからやってみる?」

 

「うん。香澄が良ければ、喜んで。……まだちょっと恥ずかしいけど」

私の提案に、優は指で頬を掻きながら、照れるように答える。

 

「ふふふ、楽しみだ~」

 

これからのことに胸を弾ませながら、楽しく考える。

 

また、優に膝枕をしてもらえる。

彼と過ごす時間に新しいことが増えて、嬉しくなる。

 

 

ふと、優の顔を小さく見てみる。

彼も私の顔を見ていたのか、お互いに目線が合う。

 

 

「どうしたの、香澄?」

 

穏やかなトーンで、優は私に聞いてくる。

 

 

目に映るのは、いつも見ている変わらない自然な笑み。

優しくて、私を明るくさせる大好きな笑顔。

 

彼の笑顔が、私を優しく見ていた。

 

 

 

 

 

嬉しいな……。

 

 

彼から温かい気持ちを向けられていることに、心が温かくなる。

胸の中に宿った想いを確かめていると、目線の先でベッドにつけている彼の手を見つける。

 

 

「……」

 

ゆっくりと、自分の指を優の手に近付ける。

 

「ん?」

 

私の行動に優は疑問を持つが、すぐに気付いたのか、優も自分の手を私の指に近付ける。

お互いの指が触れ合い、絡め合う。

 

彼の手の温かな熱が、私の手からしっかりと伝わってくる。

優しくて、安心する温かさに想いが深くなる。

 

 

「えへへ……」

私の声に、優も小さく笑う。

 

もう一度、彼の顔を見てみる。

私と同じくらい、頬を赤くしながら優は私を見つめていた。

 

 

「……ねぇ、このまま話してもいい?」

 

「もちろんだよ。香澄の話、たくさん聞かせて」

優しい笑顔で答える彼に見守られながら、私は色々なことを話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぁぁ」

ほのぼのと過ごしていると、小さなあくびが優の口から出る。

 

「大丈夫? 今度は私が膝枕しようか?」

うとうとしはじめている優に私は提案する。

私の声にハッとしたのか、優は恥ずかしそうに否定する。

 

 

「い、いや大丈夫だよ! 今さっき、目はバッチリ覚めたから!」

張り切るように答えるが、しばらくして再び意識が眠りに入る優。

そんな彼を見た私は、起き上がって彼の隣に座る。

 

 

「優、こっち来て。こっち」

ポンポンと自分の膝を叩き、明るい口調でここに寝るように誘う。

 

「いや、でも……香澄に悪いし」

 

「眠たい時は、無理せずに寝たほうがいいよ。それに、私も優に膝枕したいの」

遠慮している優に、私は半分押し切るように提案する。

私が引かないことを察したのか、彼は少し考えた後、軽く照れ笑いしながらお願いした。

 

「えっと……、お願いします」

 

「はい。お願いされました!」

 

笑顔で、彼の願いを迎える。

私の膝に、優はゆっくりと頭を下げてくる。

 

 

「……少し、寝るのがもったいないなぁ」

ぼそっと、小さな声で優は呟く。

その声はどこか惜しむようで、彼にしては珍しい甘える言葉だった。

 

そんな優をフォローするように、彼の頭を撫でながら明るい声で話す。

 

「またしてあげるから、今はゆっくり寝てて。なんなら子守唄でも歌おうか?」

 

「それだと、本格的に寝ちゃう気がするような……」

優のツッコミに無視をしつつ、子守唄を歌う。

 

『きらきら星』、『私の心はチョココロネ』、『STAR BEAT!~ホシノコドウ~』。

大きすぎず、だけど聞き取れるような小さな声量。

 

聴いている人がリラックスするようなイメージで、ゆったりとしたテンポで歌う。

 

 

 

 

 

 

「……」

最後の歌を歌い終え、優の様子を見てみると、ぐっすりと眠りに入っていた。

 

「寝ちゃったね……」

起こさないように、もう一度彼の頭を優しく撫でる。

気持ちよさそうに熟睡している優の寝顔を見て、笑みがこぼれる。

 

しんとした静かな時間が流れて、もう一度穏やかな時間がやってくる。

 

そんな優しい時間に後押しされるように、私は寝ている彼に言葉を伝えた。

 

 

 

 

 

彼への好きな気持ちを。

 

 

 

「伝わっているよ、優の気持ち。十分すぎるぐらい、優は私の力になっているんだよ」

 

クライブの時。

文化祭の時。

 

そして、今。

 

 

いつも優は私の隣にいて、応援してくれた。

 

ハッキリと。今でも鮮明に思い出すことができる。

想いが込められた言葉を伝える彼の優しい表情。

繋がれた手から伝わる、優しい温もりを。

 

 

「……優。私もね、幸せ者だよ。あなたの言葉は優しい気持ちがいっぱい。その言葉に、私は何度も励まされて。その想いに、私はあなたのことが大好きなんだって何度も自覚するの」

 

胸の中に再び温かい想いが現れ、溢れる。

少し早くなった心臓の鼓動が、私の気持ちを主張してくる。

 

 

「好き……」

溢れた想いを言葉にする。

たった一言。想いを口にしただけなのに、心が満たされていく。

 

キラキラドキドキとは違う、かけがえのない私の大切なもの。

 

 

ありがとう、優。

 

私のことを、好きだと言ってくれて。

こんなにも、たくさんの気持ちを伝えてくれて。

 

 

「私も、優のことが大好きだよ。これからも、傍にいてね」

 

 



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第十二話

アニメ九話前のお話です。
今回は沙綾視点のお話です。


快晴な空が広がっている。どこか出掛けるには最良の日で、太陽の日差しに照らされながら、私はベンチに座って友人を待っていた。

 

「やっぱり、人が多いなぁ……」

 

休日の駅前ということもあり、多くの人達が行きかいしている。

その中で、カップルの女性に目が留まる。

 

可愛く、綺麗に。

恋人に喜んでもらいたいと願いを込めたであろう、自分の魅力を最大限に引き立たせる服装。

その服を着た彼女は、花が咲いたような笑顔で恋人と語り合っていた。

 

あの二人、すごく幸せそうだな……。香澄や高森さんもあんな感じなのかな?

 

嬉しそうに話しているカップルを見て、ふと高校生活で出来た友達二人の様子を想像する。

 

思い浮かぶのは、仲睦まじく一緒に歩く二人の友人の姿。

一人は持ち前の快活な笑顔で話す彼女と、柔和な笑顔で話しを聞く彼。

 

彼女達の姿はすぐにイメージでき、さっき見ていたカップルと同じ温かな雰囲気を持っていた。

想像しているだけなのに微笑ましく感じ、気持ちが明るくなってくる。

 

自分の口が、静かに笑みを浮かべていることに気が付く。

 

 

「ふふっ、二人が喜べれるように私も頑張らないと。……って、ちょっと意気込みすぎかな」

 

自分の心境に軽く笑っていると、友人が私の所へ駆け寄ってくるのが見えてくる。

快活な笑顔で走る彼女に、私はベンチからゆっくりと立ち上がった。

 

「おはよう、さーや! 嬉しそうにしているけど、何か良いことがあったの?」

 

「おはよう、香澄。うん、ちょっとね。それじゃあ行こうか」

 

「うん! 今日はお願いします。さーや先生!」

 

「あはは。先生は恥ずかしいけど、期待に応えられるように頑張るよ」

 

突然な先生呼びに気恥ずかしさを感じながらも、私は彼女に意気込みを語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポピパの練習が休みである休日。

私達はかねてから計画していたことを実行していた。

 

『高森さんが見惚れて、喜ぶような服を一緒に探す』

 

文化祭準備の時、私の家で香澄と話していた約束。

お互いに予定が無かった私たちは、その約束を果たそうとしていた。

 

 

「分かっていると思うけど。今回は服をメインに買うんだから、他の物とかあまり買わないようにね」

 

目的地へと歩いてからしばらくして、香澄に軽く注意する。

キラキラと目移りする彼女のことだ。たぶん、色々欲しくて買うだろう。

 

「わ、分かっているよ。でも、どれも見てると欲しくなるんだよ~」

 

図星だっただろうか、香澄は戸惑うように答えながらも、困った表情で理由を説明する。

たしかに彼女の言う通り、目移りしてしまうことがあるが、それが原因でお金が足りなくなってしまうのは本末転倒過ぎる。

 

「気持ちは分かるけど、それは服を買った後にね。まずは、高森さんを最優先しないと」

 

「う~。優にすごく喜んでもらいたいし、我慢しないと。がまんがまん……」

 

頬をほんのりと紅く染めながら、香澄は自分に言い聞かせるように呟く。

そんな彼女の様子に苦笑いしていると、目的地であるショッピングモールが視界に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ~、すごく広いね!」

 

中に入ると、香澄は目を輝かせながら周囲を見渡していく。

このショッピングモールは広い分、可愛い系や綺麗系など多彩なジャンルがあり、香澄の服を探すには最適な場所である。

 

「ここなら、色々な服を見ることが出来るからね。さて、これから回っていくけど、その前に少し聞いていい?」

 

「いいよ。どうしたの?」

 

「高森さんの好みってどういうものか分かる? それを参考に、服を見繕うと思って」

 

敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

状況は違うけど、高森さんの好みを知ることが出来れば、それに合った彼女の魅力を引き立たせる服が探しやすくなる。

 

「優の好みかぁ……。う~ん……」

 

手を顎に乗せて、香澄は思い出そうと考える。

彼女が考えている間、私は彼の好みを予想してみる。

 

高森さんの性格からして、お淑やかな服装が好みなのかな? それとも、清楚系な服装かな?

 

クライブの時に、彼女の妹である明日香ちゃんの言葉を思い返す。

 

彼女の話だと、高森さんは静かな性格だと聞いている。

実際、彼と何回か話したことがあるけど、その印象は同じだった。だけど、高森さんの話す言葉は優しくて、温かみがあった。

 

言葉もそうだけど、雰囲気でも『優しい人』という感じがあったな……。高森さん。

例えるなら、ほのぼのとした柔らかい空気が彼から出ているような感覚。

 

気構えもせず、自然体で話せる安心感。

 

その感じた印象は私だけでなく、おたえやりみりん、有咲も同じだった。

有咲は照れていたけど、三人は高森さんの優しい雰囲気に惹かれたと言っていた。

 

そんな彼のことを考えると、先ほど挙げた二つの衣装の可能性が高くなる。

 

 

「……」

 

「どうしたの、香澄? 何か分かった?」

 

私が予想している中、香澄は顔を少し俯かせていたことに気が付く。

彼女の表情はどこかにこやかで、心なしか頬が紅く染まっているように見える。

 

何か答えが見つかったのだろうか。

私の質問に、香澄はしばらくして答える。

 

「……えっとね。明るくて、元気さが伝わるような服装が一番好きだって」

 

「明るくて、元気さが伝わる服か……」

 

どうやら、自分の予想は外れていたみたいだ。

だけど、高森さんの好みが分かっただけでも十分だろう。

 

 

 

……好み?

 

一つの単語が頭の中に引っかかり、連想していく。

 

明るくて、元気さが伝わるような服装。

どこか照れている彼女の表情。

 

高森さんの好み。

香澄の性格。

 

 

もしかして……。

 

「それって、もしかして香澄のイメージに合った服?」

 

こくんと、香澄は顔を赤くしながら頷く。

照れをこらえるように少し溜めながら、彼女は言葉を口にした。

 

「……その、天真爛漫っていうのかな? 私らしい服装が好きだって言ってくれて……」

 

頬を指で小さく掻きながら、香澄は私から視線を外す。

少し恥ずかしそうにしているが、その表情はどこか嬉しそうである。

 

 

想われているなぁ……。

 

静かに嬉しさを表現している彼女を見て、微笑ましく感じてしまう。

 

高森さんの好みの背景に、香澄が大きく存在している。

その事実に、なんだか私まで嬉しくなってしまう。

 

 

「嬉しかった?」

既に分かっている質問を、彼女に聞いてみる。

 

 

「……うん。すごく嬉しかった」

 

目を細めながら、香澄は大きく頷く。

嬉しさを全面に出した笑顔に、彼女がとても喜んでいたことが伝わってくる。

 

「ふふふ、想われているね。それじゃあ、香澄らしい服を探そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、私たちは色々な服屋を回った。

多くの服を見て考えることがあったが、高森さんの好みと香澄の意見を参考にしたおかげで、彼女のイメージに合った服装を買うことができた。

 

 

「ふぅ……。色々と買うことが出来たね。ありがとう、香澄。私の分まで見繕ってくれて」

 

「えへへ、気にしないで! 私も楽しかったから」

 

私の言葉に、彼女は問題ないと元気に答える。

 

彼女の素直な言葉に喜んだ私は、腕時計を確認する。

時刻は昼過ぎを回っており、昼ご飯にはちょうどいい時間帯だった。

 

「もう昼過ぎだし、どこか食べに行こうか」

 

「うん! 私もうお腹ペコペコだよ~」

 

お腹が空いて待ちきれないのか、香澄は先に歩いていく。

 

私はどうしようかな? 洋風か和風……、中華もありかな?

昼ご飯は何を食べるか考えていると、前を歩いていた香澄が服屋の前で立ち止まっていた。

 

「香澄、どうしたの?」

 

「……」

 

私の呼ぶ声に香澄は反応もせず、ただ一心に服を見続けている。

感動するかのように、彼女の瞳には輝きが宿らせていた。

 

気になった私も、その服をよく見てみる。

 

「この服は……」

 

展示されている服を見て、感嘆の声をあげる。

 

その服は、明るさを基調としていた。

だけどそれだけでなく、女性の美しさも表現するように刺繍や装飾が施されていた。

 

先ほど買っていた服とは違う、綺麗な魅力に私は目を奪われていた。

 

 

……この服。香澄に似合うんじゃないかな?

 

 

香澄のイメージに合うものとは少し違うかもしれない。

だけど、不思議とその服は似合うと確信に似たものを持っていた。

 

なんでだろうと疑問をもつが、すぐに気が付く。

 

高森さんのことを話す香澄の姿を。

普段の彼女から見せない、綺麗で、可愛くて。どこか特別な魅力を持った彼女の姿を。

 

 

 

 

 

「値段は……、うん! 何とか足りる! すみません、この服を試着したいんですけど」

 

彼女の嬉しい声に、我に返る。

すぐに店員さんを呼んで、試着室に向かおうとする。

 

「さーや、ごめん。ちょっと待っててもらっていい?」

 

申し訳ない表情で香澄は頼んでくる。

そんな彼女に、私は元気に答えた。

 

「もちろん! 私も香澄と同じことを言おうと思っていたから」

 

「……! ありがとう!」

 

言葉の意味が分かった香澄は、明るい表情へと変えながら試着室へ入る。

 

絶対に似合うだろうなぁ、あの服を着た香澄……。

心の中で、確信へと変わった結果を呟く。

 

期待感が強くなっているのを感じながら待っていると、しばらくしてカーテンが開かれた。

 

 

 

 

 

 

「……うん。やっぱり似合ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この抹茶パフェ美味しい~! あとで優と一緒に行こう!」

 

香澄の嬉しそうな声があがる。

 

昼食を食べ終えた私たちは、デザートとしてパフェを食べていた。

美味しそうに頬張っている彼女に倣うように、私も注文していたチョコパフェを食べる。

 

チョコ独特の甘みとクリームが相まって、バランスが良い美味しさだった。

パフェの美味しさに舌鼓を打っていると、香澄は私にお礼を言う。

 

「今日はありがとうね、さーや。おかげで、この服を買うことが出来たよ」

 

「いい服が見つかって良かったよ。次のデート、楽しみだね」

 

「うん! この服で、優と出かけるのがすごく楽しみだよ! 優、喜んでくれるといいな……」

 

期待に胸を膨らませるように、香澄は目を細めながら呟く。

高森さんの喜ぶ顔を想像しているのか、彼女は頬を紅く染めながら微笑んでいる。

 

そんな香澄の笑顔を見て、私は自信を持って答える。

 

「きっと喜ぶよ。さっきの香澄、すごく綺麗だったから。私が保証する」

 

「えへへ、ありがとう。さーやにそう言われると、自信が持てるよ」

 

「そうなの? 香澄のことだから、高森さんに関しては自信があると思っていたよ」

 

有言実行。自信満々に行動している彼女が自信を持てていないのは、意外だと感じてしまう。

軽く驚いている私に、香澄は照れ笑いしながら否定する。

 

「もちろん自信はあるけど、少し心配しちゃうんだよね。服似合っているかな、喜んでくれるかなって不安に思っちゃうし。優と二人きりだと、たまにドキドキするから、余計に緊張しちゃうし……」

 

最後の方は、香澄はぼそぼそと尻込みするように話す。

紅潮した顔で惚気を話している彼女に、思わず頬が緩んでしまう。

 

 

「でも……」

 

言葉を漏らした後、香澄は何かを思い返すように静かな笑みをする。

 

普段とは違うどこか魅力的な、その笑顔に見覚えがあった。

恋人のことを想って、嬉しそうに話している彼女の笑顔に。

 

「優の笑顔とか喜ぶ顔を見るとね。不思議なくらい自信が出て、不安なんかすぐに消えちゃうの。似合っているって言ってくれて、胸の中がすごく嬉しくなるんだ」

 

笑みを深めながら、香澄は穏やかに語り始める。

聴いている人に伝わるぐらい、彼女は想いを乗せた言葉を紡ぐ。

 

「そう思う度に、これから優とどこかに出かけるのがもっと楽しみになるの。今日選んだ服と一緒に、どんな思い出ができるのかな。どんな嬉しい気持ちになるのかな。ワクワクして、ドキドキする……」

 

温かな熱が込めてある言葉を聴き、彼女の気持ちが伝わる。

 

言葉だけじゃない。

想い人に向けた潤んだ瞳と、嬉しさを表している紅潮した頬。とても優しい目で語る彼女の姿に、香澄が高森さんと過ごす日々を大切にしていることが伝わってくる。

 

「不安に思っちゃうこともあるけど、頑張るよ。優の笑顔が見たいし、言葉が聴きたいから!」

 

穏やかな笑みから元気さが伝わる笑顔で、彼女は気合の入った言葉を話す。

不安に負けない、まっすぐな想いで好きな人のために努力する気持ち。

 

その気持ちに、自分の心が突き動かされる。

 

頑張っている彼女のことを、応援したい。

 

 

「……って、なんだか話が違う方に進んじゃったね。変じゃなかった?」

 

「そんなことはないよ。伝わっているよ。香澄が今も、高森さんのことが大好きだってこと」

 

心配する香澄に、私は思ったことを伝える。

私の言葉に、彼女ははにかむように笑う。

 

「えへへ……」

 

「……大丈夫だよ、香澄」

 

嬉しく笑っている彼女に、私は優しい口調で話しを続ける。

 

「こんなにも、好きな人のことを想って頑張っているんだから、自信なんてすぐにつくよ」

 

「さーや……」

 

「次のデートも、二人とも良い笑顔で過ごせるよ。楽しんできてね、香澄」

 

「うん! ありがとう、さーや!」

 

「どういたしまして。パフェも溶けちゃうし、早く食べようか」

 

「あ、そうだね!」

 

そう言って、香澄は抹茶パフェを再び食べ始める。

満面の笑みで美味しそうに食べている彼女を見て、心から願う。

 

頑張ってね、香澄……。

 

駅前で、幸せそうに過ごしていたカップルのように。

香澄と高森さんも、幸せな笑顔で過ごせるように。

 

 

溶けかけているチョコパフェを食べる。

さっき食べた時より甘く、美味しく感じた。

 



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