鬼の鎮守府 (稲荷童子)
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鬼の鎮守府 味方転生個体簡易一覧表(2019/8/22追記)

稼働編未読の場合先にそちらをどうぞ

細かい設定などはもうちょっと話を進めてから世代別にまとめようと思います

2017/9/30 30オーバー組まで出来ました

2017/10/3 20代ズ完成&30オーバー組の設定の一部を修正、情報追加しました

2017/10/15 現行分の10代組の情報追加しました

2017/12/9 護とキャシーの情報追加、望の設定の一部を変更しました

2018/6/3 正蔵、リチャード、伊吹の情報を追加しました

2018/10/7 剛と通の鎮守府での役職を憲兵から特警に変更しました

2019/8/22 本項目のタイトル変更及び戦治郎、空、光太郎、悟、シゲ、翔、司、リチャード、伊吹の簡単な能力の説明を追加しました


長門 戦治郎(ながと せんじろう)【戦艦水鬼】 修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』経営者→長門屋鎮守府提督 11月9生まれ 30→32歳

 

苗字の由来は戦艦水鬼→長門モチーフ説

 

戦闘スタイルは身の丈ほどある大太刀を用いた剣術と打撃メインの格闘術を中心にアンチマテリアルライフルによる狙撃と魔改造ガトリング砲による面制圧砲撃、爪状の専用装備による対潜攻撃、ペットの鷲四郎による機銃掃射&爆撃や金次郎の魚雷での雷撃などオールラウンドな戦い方をする

 

日本に向かう旅の途中で『鬼神紅帝』と言う特殊能力を取得し、それは基本となる3つの型、自分と同じ艦隊に編成されている味方を強化する『帝之型』、理性を失い敵味方の判別が出来なくなってしまうものの、自身の身体能力と攻撃の威力を超絶強化する『鬼之型』、基本の型では自分も影響を受けてしまうが、豪雨や濃霧と言った自然災害を自在に操る事が出来る様になる『神之型』が存在し、戦治郎はこれら基本の型3つと『帝之型』と『鬼之型』を組み合わせた『鬼帝之型』、『帝之型』と『神之型』を組み合わせた『神帝之型』を行使出来る様になっている

 

嫁艦は大和 右腕に『一鬼当千』左腕に『大和魂』のタトゥーを入れ、髪の毛もセミロングくらいまで短くしている

 

 

 

石川 空(いしかわ そら)【空母棲姫】 修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』作業主任者→長門屋鎮守府工廠長 11月17日生まれ 30→32歳

 

苗字の由来は空母棲姫→加賀モチーフ説→加賀藩=石川県

 

戦闘スタイルはペットの猫戦闘機達(ワイルド、ヘル、タイガー、ベア、トム)による航空攻撃、先天性の脳障害が原因で脳のリミッターが外れてしまっているのを利用して身体能力の出力を自分の好みで制御しながら空手をベースに多種多様な格闘術を個人的な趣味でミックスした格闘術を使う

 

翔の存在が切っ掛けとなって知り合う事となった旧支配者クトゥルフとは、格闘術メインで戦闘する仲間と言った関係で、一時期彼と何度も組手をしていた結果、空は格闘術限定での勝負ならば、クトゥルフとほぼ互角に渡り合えるほどの力を手に入れた

 

特殊能力として自身の身体能力及び防御力の強化、そして相手の装甲などを完全無視して身体の内部に直接ダメージを与えられる様になる『龍気』と言うオーラを使用出来る様になるのだが、それを発動出せるには何処かのゲームで見た事がある【技】を使用する必要がある。尚、【技】を自在に使用出来る様になれば、ある程度形を崩した状態の【技】を使用し、『龍気』を発動させる事も可能な模様

 

とある事情で遭遇したアトラク=ナクアをほぼ一方的にボコり、最終的には彼にエイブラムスの名を与え、彼と彼の眷属であるチィトカア及び灰色の織り手達を自身の眷属にしてしまった

 

嫁艦は翔鶴

 

 

 

南 光太郎(みなみ こうたろう)【南方棲戦姫】 消防救助機動部隊隊員→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』トラック運転手→長門屋鎮守府特設救助機動部隊隊長 10月1日生まれ 30→32歳

 

苗字及び名前の由来は南方棲戦姫→南の方角、そこから苗字繋がりで仮面ライダーBLACKの南 光太郎と同名に……

 

戦闘スタイルは給水ポンプ付き主砲による放水と砲撃、放水は出力を上げるとウォータカッターとなり相手を切断する事が可能、それに加え速度に極振りした改造脚部艤装を用いての突撃奇襲攪乱、戦治郎のおさがりの魔改造ガトリング砲による砲撃も出来る

 

救助活動をする際には赤い救助服を着用する、転生前に右目を負傷し失明していたが転生後には回復している

 

特殊能力として『閃転!シャイニングセイヴァー』を使用する事が出来、それを使用する事で光太郎は『輝く救世主』シャイニングセイヴァーに変身する

 

シャイニングセイヴァーに変身すると、深海棲艦固有の艤装以外の装備が全てシャイニングセイヴァー専用の武器に変化し、超高出力の光学兵器や背部スラスターによる短時間の飛行が可能となる。因みに、自動車の運転中にシャイニングセイヴァーに変身した場合、運転していた車もその影響を受けて武装したり、最初から取り付けられていた武装が変化したり、エンジンなどのスペックも飛躍的に向上する模様

 

 

 

伊藤 悟(いとう さとる)【潜水棲姫】 私立総合病院精神科医→開業医→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』受付→長門屋鎮守府軍医 4月10日生まれ 30→32歳

 

苗字の由来は伊号潜水艦→いごう→いとう→伊藤と語感から

 

戦闘スタイルは艤装からの魚雷発射、戦治郎特製オベロニウム製メスの投擲、精神科を専門にしていながらも他の診療科の知識と技術を貪欲に貪り続けた結果手に入れた外科の技術を用いて相手を海中に引きずり込んでからの海中開けっ放し開胸手術からの胸部滅多刺し及び海中開きっ放し開腹手術からの鷲掴み内臓摘出、特製縫合糸での拘束及び絞殺

 

『快癒の翠緑』と言う特殊能力を持っており、彼が手から発する淡い緑色の光に触れると、新陳代謝による老化現象を引き起こす事無く怪我が見る見るうちに治っていき、能力を使用すれば使用するほどその能力は成長していき、現在では神経細胞の治療やウイルスや病原菌による病気の治療も可能となっている。この能力を持つ悟自身の予想では、最終的には欠損部位の再生も可能になるのではないかと言われている

 

 

 

赤城 輝(あかぎ ひかる)【中間棲姫】 工務店下請け大工→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』家屋修繕担当→長門屋鎮守府建築物修繕担当 4月22日生まれ 30→32歳

 

苗字の由来は中間棲姫→赤城モチーフ説

 

戦闘スタイルはスレッジハンマーでの殴打が基本、艦載機を普通に飛ばす事も出来るが艦載機や砲塔を艤装の中にギチギチに詰め込んでからハンマーで艤装をブン殴って飛ばし着弾点から発艦させたり砲弾を撒き散らすなんて真似もする、他にもハンマーのヘッド部分を艤装の中に仕込んでいる戦治郎特製バルディッシュの刃と交換して相手を叩き切ったりハンマーのヘッド部分を艤装に銜えさせる事で艤装を巨大なハンマーとして振り回す事も可能

 

艦これはやっていなかったが新聞の広告で見た赤城に惚れている、だが未だに名前を覚えきれず赤城の事を『餃子の姉ちゃん』と呼んでいる

 

 

 

稲田 剛(いなだ つよし)【水母棲姫】 海外の陸軍対テロ部隊隊長→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』事務員→長門屋鎮守府特別警察隊隊長 5月16日生まれ 45→47歳

 

苗字の由来は水母棲姫→瑞穂モチーフ説→瑞穂=瑞々しい稲穂→稲田

 

戦闘スタイルは艤装による砲撃、艦載機での航空攻撃、魚雷での雷撃に加え重火器を用いた射撃で戦う。特に射撃の技術がとんでもない領域に達しており、相手の砲門の狙撃や撃ち出された砲弾を撃ち落としたり、実現させることが不可能と言われる跳弾でのピンポイント射撃を相棒のハンドガン『ヘルハウンド』を使えば難なく実行出来るという、准将まで昇格していながらも戦場で戦い続ける事が許されたのもこのあたりが理由

 

 

 

愛宕山 重雄(あたごやま しげお)【重巡棲姫】 暴走チーム『大天狗』総長→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』乗物修理担当→長門屋鎮守府工廠所属原動機関係担当 6月16日生まれ 24→26歳

 

苗字の由来は愛宕→重巡→重巡棲姫と他のメンバーと順序が逆

 

戦闘スタイルは喧嘩殺法混ざりの空手を中心に先制魚雷などの雷撃、艤装になったペット達の砲撃や噛み付き、ペット達とのコンビネーションが得意。話が進んだら特殊な戦闘方法が2つ追加される予定

 

特殊な戦い方の1つとして、『迦具土』と名付けた熱と炎を自在に操る能力を取得。これにより自身の身体から超高熱を発し、飛来する砲弾などが自身に着弾するよりも前に熱によって砲弾を誘爆させて無力化したり、相手の身体を灼熱の炎で燃やしたり、超高温の熱線で相手を焼き切ったり焼き払ったりも出来る様になった

 

但しその影響で、気候の変化にも強くなりはしたものの、体感温度に関しては非常に鈍感になってしまっており、体感による温度調節をちょくちょくミスる様になってしまった模様

 

とある事故で1度命を落としてしまったが、神話生物の中で旧支配者にカテゴライズされるクトゥグアのおかげで復活を果たし、その際にその身体の所々にクトゥグアの力の一部が封入された『クトゥグア焔晶』を埋め込まれ、その影響で『迦具土』が大幅強化された模様

 

現在、自身を復活させえてくれたクトゥグアと、復活の為にティンダロスを通過して艦これ世界に戻った際、シゲの存在に興味を持ったティンダロスの大君主であるミゼーアに目を付けられてしまっている模様

 

 

 

神代 通(かみしろ とおる)【軽巡棲姫】 捜査一課の刑事→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』事務員→長門屋鎮守府特別警察隊副隊長 12月8日生まれ 24→26歳

 

苗字の由来は軽巡棲姫→神通モチーフ説だけど神通をそのまま苗字にしても違和感あったから名前と合わせて神通になるようにした

 

戦闘スタイルは母方の祖父の道場で鍛えた二刀流剣術と父の実家にあった書物から覚えた風魔の戦術及びそこから発展した忍術を駆使して戦う、煙玉、空蝉用式神、普通の手裏剣複数種から風魔手裏剣と色々な忍具を生成出来るようになった。風魔の戦術を覚えた関係で夜戦が驚くほど強く戦い方もえげつない、具体的に言うと空蝉使用時に式神ではなく捕らえた相手を使ったり拘束した相手の背後から探照灯を照射して敵の攻撃を誘導して拘束した相手を盾にしたり、分身して攪乱したりとやりたい放題

 

実は極度のシスコン、嫁艦は神通

 

戦闘装束は紺色一色にしていて夜になったときの隠密性を上げている

 

 

 

秋月 護(あきづき まもる)【防空棲姫】 同人サークル『ハグルマ工務店』代表及び修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』アルバイト→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』電気製品及びプログラム担当→長門屋鎮守府工廠所属電気製品及びプログラム担当 7月2日生まれ 24→26歳

 

苗字の由来は防空棲姫→照月モチーフ説→照月は秋月型駆逐艦→秋月、とは言うものの秋月以外の2人の名前を苗字にしたとき凄く違和感があったから少々強引だけど秋月に変えた

 

戦闘スタイルは高射砲と対空機銃、後付けの各種ミサイルを使った射撃が可能、更に自立タイプの艤装を元に作ったロボットペンギンのイワンとトビーを連れており、罠を仕掛けたり奇襲したりも出来るようになっている。ただ本人は積極的に敵陣に突っ込んでいくタイプではないので相手の艦載機に対して対空射撃、後方からの援護射撃や自信作のヘッドマウントディスプレイに搭載された高性能コンピュータを使った電子戦などをメインに立ち回る。また、相手に接近を許してしまった際の護身用として大電流大電圧を放つグローブを装備している

 

自分好みのゲームが少ないからと言う理由で自分でゲームを作り始めたゲーオタ、好みのゲームはアーマ〇ド・コアみたいな奴

 

ある事件でシゲ達と共に旧支配者のイオドと遭遇するのだが、イオドが護のネトゲ仲間であった事が発覚すると、護は彼にイオッチの愛称を与えた後、その身柄を預かり面倒をみる事にした模様

 

嫁艦は瑞鶴

 

 

 

出雲丸 翔(いずもまる しょう)【泊地水鬼】 料亭『出雲』料理人→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』事務員兼台所担当→長門屋鎮守府食堂担当 6月24日生まれ 24→26歳

 

苗字の由来は『飛』って漢字使ってる艦娘が飛龍と飛鷹しか思いつかなかったのに加えて飛龍には別にやってもらいたい事あったから除外した結果飛鷹が残ったけどそのまま苗字にしたら違和感あったから出雲丸の方を採用、名前の由来は泊地水鬼のセリフから

 

戦闘スタイルは砲撃と艦載機による航空攻撃と申し訳程度の剣術と他の連中と比較すると地味だが、本来は食糧を提供するといった後方支援がメインなので本人は気にしていない。但しそれはあくまで平常時の話であって、ブチギレた場合戦治郎や空でさえ震え上がらせるほどの恐ろしいオーラを纏って相手にゆっくりと襲い掛かる

 

とある事件に巻き込まれた事で、旧神クタニドらと共に魂だけで向かう事となった海底都市ルルイエにて、『Eyes of』と言う瞳を使う特殊能力を手に入れた

 

現状では『Eyes of』発動中の翔の目を見た者に、強制的に恐怖心を植え付ける事で、相手がどの様な存在であったとしても確実に恐怖による拘束が出来る様になる能力となっている

 

又、ルルイエでの事件の際、旧支配者であるガタノトーアと親友であり、料理に関しては師弟と言う関係になり、ゾアと言う愛称を与えたガタノトーアや自身と良好な関係を築いた神話生物を召喚し、その強大な力を貸してもらえる様になった上に、その過程で手に入れた複数の『真・魔道書』のおかげで、非現実的な現象を引き起こす魔法を自由に使用出来る様になった

 

 

 

 

鳳 司(おおとり つかさ)【装甲空母姫】 アパレルメーカーソーイングスタッフ→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』管轄の古着屋『ファッションショップ フェニックス』店長→長門屋鎮守府入渠施設内店舗『ファッションショップ フェニックス』店長 4月7日生まれ 24→26歳

 

苗字の由来は装甲空母姫→装甲空母→大鳳

 

戦闘スタイルは艦載機による航空攻撃に遠距離の場合は砲撃、中距離の場合は護が作ったヨーヨーによる攻撃、接近戦の場合は鉄扇による殴打と相手との距離によって攻撃補法を変えている。動画サイトにコスプレした姿で音楽に合わせて踊りながらヨーヨーのテクニックを披露するという内容の動画を投稿していた関係か、ヨーヨーや鉄扇での戦闘では踊りながら戦ったり、艦載機の動きも空中で踊っているような挙動をする

 

旅の途中で『ウンディーネ』と名付けた、水を自在に操る能力を手に入れる

 

『ウンディーネ』は他の能力の様に成長する事は無いが、その分最初から最高の状態で使用する事が可能で、それにより司は能力取得当初から、相手を巨大な津波で押し潰したり、分厚い水の壁で強力な攻撃を凌いでみせている

 

因みに水ならどれでも自在に操る事が可能で、水さえあればそれが例え河川を流れる淡水であっても、下水を流れる汚水であっても能力を使う事が出来る模様

 

嫁艦は全ての艦娘

 

 

 

戸部 藤吉(とべ とうきち)【軽巡ト級】 引き籠り→工務店土木作業員→修理屋兼リサイクルショップ『長門屋』家屋修繕アシスタント→長門屋鎮守府建築物修繕担当アシスタント 3月11日生まれ 15→17歳

 

苗字と名前は『ト』から始まるものをチョイス

後述する九尺は藤吉→藤→野田藤の九尺藤(兵庫県百毫寺のものが有名だけど佐賀県御船山楽園の大藤も同じ品種である野田藤の九尺藤だったので)

 

戦闘スタイルは藤吉自身が相手を傷つける事と相手から傷つけられる事を恐れている為まともに戦闘出来ない、しかし中学と昔の勤務先で行われたいじめと暴力、自身の事を全く理解してくれない両親が原因で生まれた別人格の九尺と交代するとチェーンソーを振り回して大暴れする。九尺は藤吉が何をやっているかを感覚を一方的に共有して把握しているが、藤吉は九尺の存在すら知らない模様

 

藤吉と九尺の判別方法はシンプルで、九尺が表に出ている場合佐賀弁で話すのでそれを基準にしたら今どちらが表に出ているかが分かる、尚何故佐賀弁なのかは本人も分からないとの事

 

 

 

春雨 望(はるさめ のぞみ)【駆逐棲姫】 中学2年生(死亡当時)→長門屋鎮守府看護師見習い 9月21日生まれ 15→17歳

 

苗字の由来は駆逐棲姫→春雨モチーフ説

 

戦闘スタイルは基本的には通常の艦娘と殆ど変わらないが、悟直伝の応急処置の技術と知識、光太郎直伝の傷病者搬送技術を持っている。また、戦治郎達よりも早い段階でこの世界に転生しており、とある泊地に捕らえられ長い間薬物実験の実験体にされていた関係で身体が多少変質しており、短い時間ならば意識を保ちながらの狂戦士化が可能、制限時間を超えてしまうと完全に暴走してしまうので使うのは緊急時のみ

 

 

 

キャシー(きゃしー)【空母棲鬼】 アメリカのTV女優→娼婦→深海棲艦穏健派マダガスカル支部拠点防衛部隊隊長 2月17日生まれ 27→29歳

 

名前の由来はアトラスが出したゲーム『キャサリン』から

 

戦闘方法は艦載機による味方のフォローやバックアップを中心にしているが、攻め込めると思った時には苛烈過ぎると言えるほど非常に激しく相手を攻め上げる。例えるならば昼は男を立てるように振舞い、夜は情熱的に相手を求めると言った具合に、彼女の心の中にある男にとっての理想の女を表したようなものになっている

 

キャシーと言う名は源氏名、だが本名は本人が捨てたと言って誰にも教えていないので不明となっている

 

 

 

長門 正蔵(ながと しょうぞう)【リコリス棲姫】 長門コンツェルン創始者&初代総帥→株式会社ヤマグチ水産代表取締役社長 8月12日生まれ 88→90歳

 

名前の由来は思い付き、ただ『蔵』の字を使いたいと言う気持ちは最初からあった

 

戦闘方法は自身の能力で突如出現する彼岸花の花弁により相手の視界を遮ったり、通信&電探による索敵を妨害した上で、花弁を物理障壁として展開出来る『紅吹雪』を用いての尾張式抜刀術での接近戦闘がメイン。一応艦載機による攻撃も可能

 

戦治郎の祖父で、戦治郎と空が自由な感じになったのは大体この人のせい。嫁艦の概念は無く、手持ちの艦娘全員に指輪を渡しているが謎のプレッシャーのせいで基本扶桑をメインで艦隊を編成していた。尤も、そのプレッシャーの原因は、若い頃の姿が扶桑そっくりな自身の妻(戦治郎の祖母)だったりするのだが……。作中で扶桑を見ても動揺しなかったのは、これまでの経験を活かして動揺を表に出さなかっただけで、内心では冷や汗ダラダラだったりする

 

 

 

Richard=Martin(リチャード=マーティン) 【戦艦棲姫】 アメリカ合衆国大統領→穏健派連合転生個体代表 1月11日生まれ 45(戦治郎達と遭遇時)→47歳

 

名前の由来はスティーブ以外で、外国の方でありふれてそうな名前にしようと思ったのが切っ掛け。けど奇しくも『メタルウルフカオス』の副大統領と名前被りを起こす事態となってしまう

 

戦闘方法は大統領就任前に従軍していた時の知識と技術をフルに活用し、穏健派連合の技術班が作り上げたパワードスーツ『メタルウルフ』を装着して、戦場で大統領魂全開で大暴れするというもの。戦闘開始前に叫ぶのは、『メタルウルフ』に取り付けられた音声入力式セーフティーを解除する為である

 

『スペシャルシークレットサービス』と呼ぶ能力を持っており、リチャードはこの能力を使う事で戦艦棲姫の艤装の複数同時使用が可能となっている。この能力も成長するらしく、成長すると同時使用可能な艤装の数が増える模様

 

因みに現在使用している艤装には、それぞれサムソン、アドン、バランと言う名前を付けており、艤装達はリチャードの指示が無い場合、ボディビルで使用されるポーズを取りながら指示が出るまで待機している模様

 

 

熊野 伊吹 (くまの いぶき) 【重巡夏姫】 鉄工所設備保全課勤務→穏健派連合技術班班長 5月21日生まれ 24→26歳

 

名前の由来は最上型重巡4番艦の熊野と改鈴谷型重巡1番艦の伊吹から

 

戦闘方法は重機関銃を改造して作った巨大な銃剣銃を振り回して戦うというもの、この銃剣の弾はショットシェルとなっており、散弾とスラッグ弾が使い分けられる様になっている。当然、元が重機関銃なので速射が可能である。更に銃身に取り付けたスライド式銃剣のサイズはバスタードソードと呼んでも差支えが無いほど巨大で、刀身だけで1.2mほどの長さがある。また、自身の艤装に乱杭刃が付いたドリルを内蔵しているので、銃剣と併せて接近戦にもある程度対応出来たりする

 

『架空兵器の再現』と言う能力を持ち、その内容は漫画やアニメ、小説やゲームなどに登場する架空の兵器を完全再現出来ると言うものとなっているが、流石に巨大ロボットは現状では再現不可能となっている……が、巨大ロボットをモデルにしたパワードスーツなどは作れる模様。因みにリチャードの『メタルウルフ』は、伊吹のこの能力によって作られた代物である

 

最近になって能力を使ってパニッシャー改なる武器を完成させ、それと同じ物を剛にも渡している模様。パニッシャー改の武装は、トライガンに登場するパニッシャーに、銃夢に登場するダマスカスブレードを銃剣として取り付けた物となっている



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鎮守府稼働編
初期艦着任


初めての投稿になります

至らぬ点が多いと思いますがよろしくお願いします


とある鎮守府に向かうトラックの中、漣は混乱していた

 

大本営管轄の軍学校を今年卒業し、新設されたとある鎮守府の初期艦として着任するように命じられたわけなのだが……

 

「難しい顔してどしたの漣~? もしかして酔った?」

 

と、声をかけてくるのは最上型重巡の3番艦の鈴谷である

 

「気分悪いなら横になったら? ハルルンの膝貸してもらってさ~」

 

「いや、それは榛名さんが迷惑……「そういう事なら榛名は大丈夫です!」えぇ……」

 

鈴谷とのやり取りに反応した自分の隣に座る金剛型戦艦の3番艦の榛名が答える

 

「大本営を発ってからかなり時間が経ってますからね、疲れも溜まっている事でしょうし車酔いしてしまう事もあるでしょう。それなら榛名の膝でよければお貸ししょう!」

 

「酔ったときは横になるとかなり楽になるからね~、それとも鈴谷の甲板ニーソの膝枕のがよかったとか?」

 

「いえ~、漣は別に酔ったわけじゃないんですよぉ、ちょ~っとばっかし考え事してただけなので~」

 

そう言いながら漣は軽く周囲を見渡す、その先には鈴谷や榛名以外にも2人の艦娘の姿が映る

 

ときどきスマホをいじっては幸せそうに微笑んでいるのは翔鶴型空母の1番艦の翔鶴

 

今は携帯ゲーム機で遊んでいるのは同じく翔鶴型空母の2番艦の瑞鶴

 

出発直後は4人で談笑していたものの、翔鶴のスマホに通知が来てからはおもいおもいに行動している

 

そう、これこそが漣が混乱している原因なのである

 

初期艦とは新設された鎮守府に一番最初に着任し運用される艦娘であり、初期艦がいなければ建造や開発なども出来ないはずなのだがどういう事か彼女達は全員漣が向かっている鎮守府に着任する事になっているそうだ

 

初期艦として着任するにあたって、提督がどのような人物なのかという期待とその鎮守府でうまくやっていけるかという不安が入り混じった感情を胸にトラックに乗り込んだ際、先に乗り込んでいた鈴谷にとてもフランクに挨拶されて呆気にとられたりしたものである

 

特に混乱を加速させたのは翔鶴の存在である

 

彼女はなんと練度99、装甲空母への改修も完了させている大本営の主力クラスの実力の持ち主なのである

 

そんな彼女が何故新設されたばかり鎮守府に行く事になったのかを聞いてみれば、翔鶴本人がその鎮守府に着任したいと元帥に直談判したらしいのだ

 

本人曰く、その鎮守府にいる人物に大きな恩がありその恩に報いたいとの事だったが、頬を薄っすらと紅く染めながら語るその姿からもっと別の思惑もあるだろうとその話を聞いていた者全員が思っていた

 

話の流れで鈴谷、榛名、瑞鶴の事も聞いてみたがどうやらこの3人は漣と同じく今年軍学校を卒業したばかりの新人で同じ軍学校にいたらしく(漣が在籍してるときに顔を見た覚えが無いので違う軍学校のようだ)、そこで知り合った候補生の1人が漣が着任する鎮守府の提督になると聞いて鈴谷と榛名がこれまた元帥に直談判、翔鶴がそこに着任すると知った瑞鶴も加わり何度も交渉した結果元帥が折れ着任出来るようになったそうだ

 

3人は軍学校時代に訓練中に大きな事故を起こしてしまい、酷い目にあったらしいのだがその候補生が影ながら何かしらの行動を起こした結果最悪の結末を迎える事もなく救助されたとのこと

 

「あのときばかりは本当にもうダメかと思いました……」

 

「鈴谷とハルルンなんか大破しちゃってたからね~、マジで死ぬかと思ったね……」

 

「いくらあたしに幸運の女神が付いてるって言っても、あの状況だったらね……」

 

当時を振り返りながら語る3人の表情はとても暗いものであった

 

「まぁ、鈴谷達がこうやって生きてるのも彼……、あぁ今日から鈴谷達の提督になるんだっけ、提督のおかげだからね、こりゃあ頑張って恩返ししないと女が廃るってねぇ!」

 

「はい!榛名、全力で参ります!」

 

「あたしは恩はあるけど2人ほどじゃないからあれなんだけど、それよりも……」

 

そう言いながら翔鶴を見る瑞鶴、その視線に気付いていない翔鶴はスマホをとても愛おしそうに両手で抱き、少女漫画に出てくる毛玉の様なものを漂わせながら幸せオーラを全方位に振りまいていた

 

「翔鶴姉をあんな風にした人が気になるのと、あの状態の翔鶴姉が心配で仕方ないってところかな……」

 

そう言った後、目的地に着くまでゲームでもやってるから着いたら教えてと言い残し瑞鶴はゲームを始めたのだった

 

話を聞けば聞くほど余計に混乱していく漣、自分はとんでもないところに着任する事になったのでは?と不安な気持ちが大きくなるばかりであった

 

そんな彼女の気持ちなど知らぬと思わせるかの如く、トラックは目的地へと進んでいく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく着いたーーーーー!!!」

 

鈴谷の声で目を覚ます漣、どうやら途中で眠ってしまったらしく榛名に膝枕をしてもらっていたようだ

 

その榛名も膝枕したまま眠っていたようで、驚いた表情でキョロキョロと辺りを見回していた

 

「あ、やっと着いたの? えらく時間かかったわね?」

 

そう言いながらゲーム機を仕舞う瑞鶴、どうやら本当にずっとゲームをしていたようだが車酔いしてはいないようだ

 

「トラックの中からじゃ風景も見えなかったから、ここが何処か分からないわねっと、翔鶴姉いつまでもスマホいじってないでさっさと降りるよ~」

 

「ふえ? って瑞鶴? もう到着したの?」

 

どうやら時間を忘れるほどやり取りが楽しかったらしい

 

鎮守府の正門に止められたトラックから降りて自分達の荷物を降ろしここまで運んでくれたトラックを見送った後、鎮守府の方へと向き直った時に鎮守府の中からこちらに向かって歩いてくる人物がいた

 

「本日着任する予定になっている方々ですね?」

 

自分達の近くまで来てそう尋ねてきた人物を見て漣は驚愕し、翔鶴は微笑みを返す、鈴谷、榛名、瑞鶴の3人は久方振りに会った友人にでも話しかけるように彼女の名を呼ぶ

 

「「「大和教官!」」」

 

「3人共元気にしていたようですね、と言っても貴方達が軍学校を卒業してからまだ一ヶ月も経ってないと思いますけど……」

 

苦笑しながら大和は3人に対応する大和を見て、漣は混乱はとんでもない領域に達していた

 

何故あの超有名な大和さんが此処にいるのか、翔鶴さんと同じケースなのか? つかここの鎮守府は出来たばっからしいのに翔鶴さんと大和さんを運用出来るの? それにあの3人はなんであんなに大和さんと親しげなの? 教官とか呼んじゃってるんだからそういう関係じゃないの?教官と訓練生でしょ?上下関係どうなってんの?そして今更だけど何で大和さんが秘書艦みたいに振舞ってるの?それ漣のポジションじゃないの?

 

大和を見てからピクリとも動かなくなった漣を見て

 

「どうしました漣さん、大丈夫ですか?」

 

と心配になって声をかける翔鶴、そういえばこの人も大和さんの事見ても殆ど動じてなかったけどこの事を知っていたのだろうか、そう思って尋ねようとしたところ

 

「さて、提督を待たせているので思い出話もこのあたりにしてそろそろ部屋に荷物を置いた後提督のところへ向かいましょう、案内しますので付いてきて下さい」

 

そう言って歩き出す大和、それに付いて行く4人、翔鶴に質問しようとしたところでの移動だったので質問については後でいいかと思い直していたら少々遅れてしまった為慌てて付いて行く事になった漣であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコンコン

 

「提督、本日着任する予定になっている艦娘の皆さんを連れてきました」

 

「あいよ~、入ってどんぞ~」

 

今提督がいるという執務室の扉を大和がノックして要件を伝えた後に返ってきた返事がコレである

 

えらく気の抜けた返事なのだが、本当にこれでいいのだろうか礼式にうるさいはずの軍として大丈夫なのだろうか、漣はそんな事を考えながら入室、提督の気配が近づくに連れて緊張し動悸が激しくなってくる、艦娘の制服の一部という事で装備している艤装も重く感じる、それでも一歩また一歩と提督の元へ歩みを進める

 

提督が座る執務机の前に今日着任する事になっている5名が並び、初期艦という事で皆の代表で挨拶をする事になっている漣は1歩前に出て、軍学校で教えてもらった通りの敬礼をし挨拶を始めようとした

 

「綾波型駆逐艦さざ……な……?……?!!?!」

 

提督の姿を見た瞬間硬直する漣、その表情は絶望と恐怖の色で完全に染まっていた

 

「チィ~ッス、久しぶりじゃ~ん?」

 

「トゥ~ッス鈴谷ぁ、お前も元気してたみたいだな!」

 

「お久しぶりです提督、また貴方と共に戦える日が来るなんて……、榛名、感激です!」

 

「そう言ってもらえると俺も嬉しい限りよ、またよろしくな、榛名!」

 

「提督さん久しぶり、見たところ相変わらずみたいね」

 

「オッス瑞鶴、俺もいい歳してんだから早々変わるわけねぇつぅの」

 

「お久しぶりですね、前に会ったのは軍学校の試験の為に大本営で泊まり込みで勉強なさっていた時でしたね、瑞鶴共々どうかよろしくお願いしますね」

 

「ホント久しぶりだな翔鶴、試験勉強のときは色々教えてくれてありがとうな~ホント助かったぜ、鶴姉妹の活躍には期待してんぜ! あ、それはそうとあいつは今工廠いるから後で皆で行くべ」

 

こんな調子で、漣以外の艦娘とのんびりと挨拶する提督

 

「あの……漣さん……? 大丈夫ですか?」

 

そんな和やかムードの中その雰囲気にまるで合っていない表情で固まっている漣を心配して、提督の隣に控えていた大和が声をかける、その直後

 

「うわあああああぁぁぁっ!!!!!」

 

漣が叫び、あろうことか提督へ向けて主砲を撃つ、撃つ、撃つ、主砲の弾薬が空になりカチンカチンという音が周囲に響くまでその時まで、漣は提督に対して執拗に砲撃を行ったのだ

 

硝煙の臭いが充満する執務室の中、漣の行動に驚き硬直する艦娘達、目に涙を浮かべ怯えた表情をしながらもふーっ!ふーっ!と興奮したように息を荒げる漣、爆煙によって姿が見えなくなっている提督

 

「何をしているんですか、漣さん!!!」

 

大和の反対側に控えていた大淀が声を張り上げ漣に問い詰めるも漣からの返事は返ってこない、今の漣にとってそれはとても些細な事なのである、漣にとって今最も重要なのは目の前にいた提督の生死、それだけなのだから

 

「たぁっはっはっはっはっは!!! こりゃまた活きのいい漣なこってぇ!」

 

薄れゆく煙の中から聞こえてくる笑い声、まだ生きているか!そう思った漣は魚雷発射管から魚雷を持てるだけ引き抜き提督へ向けて投げつけようとした

 

「ちょっ!漣!それはマズいって!」

 

「落ち着いて下さい漣さん!」

 

「やめなさいって!流石にここで魚雷使うのは危ないから!」

 

そういって漣を取り押さえる鈴谷、榛名、瑞鶴の3人

 

「止めないで下さい! ていうか何で皆さんは攻撃しないんですか! おかしいじゃないですか!」

 

「漣さん落ち着いて下さい、あの人は本当にこの鎮守府の提督なのです、元帥直々にスカウトされたにも関わらず律儀に軍学校に通って正式な手続きを済ませてから着任した正真正銘の新人提督なんです!」

 

「嘘だっ!!! 仮にそれが本当だとしても、何で……何で……っ!」

 

完全に興奮状態になった漣と大淀のやり取りを尻目に

 

「提督! 大丈夫ですか!?」

 

そう言って提督に駆け寄る翔鶴、突然の事過ぎて少々パニックになっているのかもしれない

 

「大丈夫大丈夫、練度1の駆逐艦の砲撃なんぞ屁でもないさ、いあ、流石に魚雷はまずいだろうけど」

 

などとのたまう提督

 

「やはりこうなってしまいましたか……」

 

そう言いながら自分のハンカチを使って提督の顔に大量に付いた煤を拭う大和

 

「うん、やっぱ着任挨拶に来る奴の艤装はメンテナンスするって事で工廠に置いてきてもらうようにすっか、重巡や戦艦にこれやられっと俺でも痛いし、っとサンキュー大和もう大丈夫だ残りは自分でやっから」

 

そう言ってところどころに煤が残っている顔を取り押さえられている漣に向ける、と同時に漣が叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深海棲艦の! それも上位中の上位である鬼姫クラスのが提督なんかやってんですか!!!」

 

「お、そうだな!」

 

そう、漣が言う通りここの提督の姿は人間ではなく人類が今敵対して戦争している真っ最中の深海棲艦の、それもかなり強力な鬼級や姫級等に分類されその中でも上位に存在する個体である『戦艦水鬼』のそれだったのだ




自分の妄想をいざ文章にしようとすると、結構大変なんですね……

それはそれで楽しいんですけどね


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提督の名前

漣の暴走から1時間後、改めて着任の挨拶が行われていた

 

漣が提督を砲撃した件に関しては、本来ならば営倉まっしぐら待った無し、最悪艤装解体と艤装を使用する権利の剥奪すらも有り得るものであったが、提督の

 

「俺がこんなナリしてるからな、普通だったら漣みたいに攻撃するもんだろうよ。それにここで漣を営倉にブチ込んだら鎮守府の稼働が遅れっちまうからな」

 

といった感じで、漣がやらかした事に関しては特に気にしてはいないがやった事に対しての落とし前はつけてもらわないと示しが付かないという事で、懲罰の内容は大和と大淀によるお説教1時間コースという事で落ち着いたのだった

 

その関係か、漣はゲンナリとした表情で挨拶をするハメになり、他の4人も苦笑いと共に同情の視線を送っていた

 

漣達着任する側の挨拶が一通り終わり、今度は鎮守府側の自己紹介が始まる

 

「大本営との連絡のやり取り及び事務作業、任務関係の手続きなどを担当している大淀です、どうぞよろしくお願いします」

 

事務的な挨拶を終えて下がる大淀、やはりそういった仕事を担当してるんだなと思いながら気になっている人物の方へと視線を向ける

 

「大和型戦艦1番艦大和です、この鎮守府の秘書艦をやっていますので、この鎮守府で生活していく中で何かありましたら気軽に声をかけて下さいね」

 

やはり秘書艦だったか……、説教されてるときにも感じたが大和の立ち振る舞いやその雰囲気から秘書艦という仕事をやり慣れている感じがしたのできっと過去に秘書艦業務をやっていたんだろうなぁなどと思っていた

 

だが、それ以上にこの人はとんでもなく強い、生物としての本能がそう告げていた

 

ある程度落ち着きを取り戻した後で説教をされたわけなのだが、説教される前は軍学校の教官に抜擢されるくらいの実力があるようなので強いんだろうな~程度に思っていたのだが、いざ説教を開始した途端に殺気にも似た何かをぶつけてきたのである、正直それだけで死ぬんじゃないかと思うほどに恐ろしかった

 

初期艦として華々しく秘書艦デビューを果たせると期待していたが、こんな人がいるんじゃ秘書艦なんてまずやらせてもらえないだろうと内心ガッカリしているところに

 

「トリは俺だな」

 

漣にとって今最も謎の多い人物、提督が自己紹介を始めようとしていた

 

この人(?)の存在は本当に謎だらけなのだ

 

何故深海棲艦が提督になっているのか、自分の事を俺と言っているのはどういう事なのか、自分以外の艦娘はあのとき攻撃しようとする素振りも見せていなかったが怖くないのだろうか、自分は今は落ち着いてはいるがそれでもやっぱり怖いのだが……

 

この人の事を知る為にもこの自己紹介は聞き漏らす事は出来ない、漣はそう思い集中して話を聞く

 

「この『長門屋鎮守府』の提督をやる事になった長門 戦治郎(ながと せんじろう)つぅモンだ! 階級は少佐、今年軍学校出たばっかの新米提督だから提督業務に関しては完全にド素人だがお前らが苦労しないよう頑張って仕事覚えていく、そして何よりも!俺の鎮守府にいる奴は皆俺が守り徹してみせる!誰一人として轟沈なんかさせねぇからな!っというわけでどうかよろしくなっ!」

 

長門 戦治郎と名乗った戦艦水鬼、額の左側のみに生えた長い角や眉間のところでクロスするといった特徴的な前髪(漣はこれで戦艦水鬼と判断した)こそそのままだがその他の部分が大きく異なっていた

 

服装に関しては、本来の戦艦水鬼は膝裏まで届きそうな長い黒髪に黒いドレスを身に纏い、ロンググローブを付けた腕の手首に棘の付いた金属製の腕輪、脚は黒いタイツにヒールの高い靴を履いているはずなのだが、この人(?)は提督だからだろうか軍服を着てはいるがボタンを留めず前は全開、袖まくりをしているがために見える腕には腕輪こそあるもののロンググローブは無し、二の腕にはタトゥーを入れているようで、右腕に『一鬼当千』左腕に『大和魂』の文字が大きく書かれており、靴も軍用ブーツの爪先部分にを鉄板で覆ったようなものを履いている、そして長い黒髪はセミロングと言えるほどに短く切り、後ろで一本結びにしているのだ

 

そして何よりも特徴的なのは、顔の左半分を覆うようについた大きな火傷跡、戦艦水鬼である事と腕のタトゥーも相まってとてつもなく怖い、こんな格好した深海棲艦いたら攻撃しちゃっても仕方ないのではないかと漣は思う

 

「さて、これで自己紹介は終わりだけど何か質問あっか~?」

 

質問タイムキタコレ!このチャンスは逃してはいけない!ここでしっかりと質問して謎を解いておかなくては絶対後で後悔する!主に精神衛生的な意味で! そう思い挙手しようとした矢先

 

「ハイハイハーイ! 軍学校いた頃に鈴谷が右腕に書いた奴が何か違うのになっちゃってるんだけど!?」

 

「そりゃおめぇ、マジックで『鈴谷命』とか書かれてても箔がつかねぇだろ! 何べんも上からなぞってたせいで中々消えなかったんだぞっ!」

 

「それ酷くない! 折角書いたのに~!」

 

「俺はおめぇの所有物じゃねぇからな、つか人の腕に落書きするのも大概だと思うぞ?」

 

会心の出来だったのに~などと言いながらぶぅたれる鈴谷、完全に出鼻をくじかれてしまった、気を取り直して再度挙手しようとして

 

「提督さん、制服とか物凄く着崩してるけど大丈夫なの? 抜き打ちで偉い人達が来たりしたときまずいんじゃない?」

 

「そこらへんは抜かりねぇよ、太郎丸や翔が艦載機でかなり広い範囲を偵察してくれてっからな、俺自身も鷲四郎(しゅうしろう)飛ばしてるし電探もあっから感知してから急いで着替えりゃ何とかなるっしょ」

 

「ホントにそれで大丈夫なの……? それと、演習で相手の提督さんがこっちに来る事になったときはどうするの? やっぱりあの時みたいに変装するの?」

 

「お偉いさんは皆俺達の事は知ってるだろうけど、末端の連中とかはまず知らんだろうからな、そのときゃ軍学の時みたいに変装するしかねぇわな~……」

 

瑞鶴がどうでもよさそうな事を聞いていた、いや、一部重要そうな事言ってるようだけどそこらへんは説教のときに聞いたような……、つか、この人は確か元帥から直々にスカウトされたと言われていたんだった、お偉いさんが皆知ってて当然か……、それにしても、太郎丸?翔?鷲四郎? 一体誰なのだろう……?

 

「あの、提督? ここには大和さんと大淀さん以外にどのくらいの艦娘さん達がいらっしゃるのでしょうか?」

 

「大淀、それと工廠にいる明石はまだ出撃出来るわけじゃねぇから除外するとして、他にいる奴らっつったら……、駆逐は六駆の4人に陽炎、不知火、天津風、時雨、夕立、江風あたりか、軽巡は川内、神通、阿武隈に天龍型の2人だな、雷巡が木曾のみで重巡が摩耶のみ、戦艦も今は航空戦艦になった扶桑だけだな、軽空母は龍驤、鳳翔、龍鳳、水母に瑞穂、装甲空母の大鳳がいるってところだな、皆いい奴らだから仲良くしてくれよ?」

 

「思っていた以上にいらっしゃるのですね・・・・・、全員ドロップ艦なのでしょうか?」

 

「いんや、訳アリの奴らも結構いるぜ、大和もそのクチ」

 

訳アリとは何ぞや? そして大和さんも訳アリの艦娘だったの? いかん、疑問が更に増えた、このままではまずい、頭がパンクしそうだ、そうなる前に聞きださなくては!そう思った瞬間

 

「あの、提督・・・・・? 工廠へは後どのくらいしたら……」

 

モジモジしながら翔鶴が尋ねる、嗚呼、なんというタイミングで・・・・・

 

「お、そろそろ我慢の限界か? そんじゃ質問タイムはこのあたりにして工廠行きますかね、建造用の装置と開発用の装置のロックを解除して念願の初建造と洒落込みますかねぇ!」

 

そう言って、提督は執務室から出ていき皆もそれに付いていく

 

結局、何も聞く事も出来ないまま質問タイムが終わってしまった……、漣はガックリと肩を落としその後を追うのであった



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艦娘と艤装と建造

お気に入り登録、誠にありがとうございます

ノリと勢いに任せて見切り発進で投稿を始めた身としては、非常に嬉しく思います

まだまだ拙い文章ではございますが、どうぞ宜しくお願い致します

今回は設定の解説が入る事になっていますので、ご了承願います

また、今回から地の文の提督だった部分が戦治郎の事を指す場合は戦治郎と表記していきます


戦治郎達が初建造の為に工廠へ向かっているわけだが、ここでこの世界の艦娘と艤装について触れておこうと思う

 

深海棲艦の出現によってシーレーンが壊滅し、航空機を飛ばせば艦載機や砲撃で撃ち落とされるようになり、人類は陸路以外での貿易や旅行もまともに出来ない状況に陥ってしまった

 

これにより、各国に被害が出る事になっらたわけだが食料の自給率が低くそのあたりを輸入に頼っていた島国である日本は甚大な被害を受ける事になってしまった

 

この状況をいち早く何とかしなければ日本は滅びてしまう、そう思い国民をしっかりと納得させた上で自衛隊を大日本帝国軍へと改め深海棲艦に戦争を仕掛けるも通常兵器が碌に効かない深海棲艦に成す術もなく高価な護衛艦を無駄に沈めてられてしまい更に被害を拡大させてしまうという結果に終わり、大本営は頭を抱えていた

 

そこへ、今では妖精さんと呼ばれる存在が現れ深海棲艦打倒に力を貸すと言ってきたのだ

 

今は藁にも縋りたい大本営はその申し出を快諾したのであった

 

そして、対深海棲艦用兵器として艤装が生み出されたのである

 

妖精さんの加護を得た艤装は、装着するものを海上を移動出来るようにし深海棲艦からの攻撃から限度はあるものの保護する、そして艤装に付けられた兵器類もサイズこそ小さいものの加護の影響でモデルとなった兵器と同等の力を持っていた

 

ただそんな艤装にも問題点があり、艤装を扱えるのが女性ばかりだったというのだ

 

男性でもいない事はないのだがそれも一握りどころか一つまみ未満、日本の男性の人口の内のコンマゼロゼロいくらという確率、しかも四捨五入してこの程度なのだ

 

学者達の推測で、恐らく艦船を女性扱いしていた事からこういう現象が発生しているのではないだろうかと言われている

 

また、艤装には適性というものがあり、適性がない艦種の艤装は扱う事が出来ないというのもあった

 

これについてはおかしな話があり、艤装適性は艤装を扱おうとしている人物の名前に引っ張られ易い性質があるらしいのだ

 

例えば、軍に所属し己を鍛え上げ屈強な身体を持った成人女性の田原 睦月さんという女性がいたとして見たところ戦艦の艤装も使いこなせそうなのだが睦月型駆逐艦の適性が検出された

 

また、武蔵野 こころちゃん10歳は小学校の同じクラスの女子児童の中でも小柄な方なのだが、小学校で実施された艤装適性検査の結果大和型戦艦の適性が検出されたなんて話があったのだ

 

そうして、大本営はまず軍に所属している女性達から艤装を纏い深海棲艦と戦う意志がある者を探し適性を調べ、それぞれの適性に合った艤装を纏い戦闘訓練を実施した後に実戦投入、見事深海棲艦の撃沈に成功するのであった

 

この報告は瞬く間に日本全土に知れ渡り、日本の全国民が歓喜したという

 

こうして、人々は艤装を纏い海原を駆け深海棲艦と戦う女性を『艦娘』と呼ぶようになり、多くの女性の憧れとなったのだ

 

これにより、女性の軍への志願が爆発的に増え更なる戦力増強がなされ、深海棲艦の手から多くの海域を取り戻し一部の国との国交も復活させる事に成功していた

 

しかし、この艦娘熱が全て良い影響を出したかと言えばそうではなかった

 

とある民間企業が妖精さんの誘致に成功し、艤装を作り出し民間に販売を始めてしまったのだ

 

それも時が経つに連れて妖精さんの誘致に成功する企業が増え、艤装が自動車を買うような感覚で入手出来るようになってしまった

 

その結果艤装を悪用した犯罪などが増える、戦闘訓練も碌にやっていない民間人が義勇軍を気取って戦場にしゃしゃり出てきてあっけなく死亡する等の事件が多発してしまったのだ

 

それに対して大本営は民間企業による艤装の製造販売を禁止しようとするも、企業どころか国民も一緒になってそれに猛反発、大本営が企業と国民が納得する妥協案を出すまでこれらの問題は増える一方であった

 

その妥協案というのが

 

①企業が製造し民間に販売する艤装にリミッターを取り付け、殺傷能力を極限まで減らす事

 

②艤装を取り扱う者は適切な訓練を受け、問題ないと判断された場合交付される免状を艤装使用時必ず携行する事

 

この2つの案で問題を撲滅する事こそ出来なかったが、犯罪や事件をかなり抑える事には成功していた

 

①については、水風船でも投げつけるかのようなレベルまで殺傷力を抑えられ強盗や殺人、脅迫などには使い物にならないといった感じで犯罪件数はほぼ0に近いところまで下がっていた、完全に0になっていないのは違法改造を施しリミッターを外した物を使われた事などが上げられるが、そういった技術を持っている者が極めて少ないが故この程度の数字になっているといったところだろう

 

なお、それによって発生する艤装の売り上げの低下に対して大本営はそれらの民間企業にリミッターの付いていない軍用の艤装の製造を依頼する形で契約したのであった

 

これについては大本営で製造出来る艤装の数よりも志願者の数の方が増えた事もあって助かった部分があったりもする

 

②については、物凄く乱暴に言えば自動車免許と教習所みたいなものである

 

大本営公認の教習所に通い艤装の最低限の使い方と戦場の恐怖を教えられ、問題がないと判断されたら免状が交付されるという流れだが、たまに演技が得意な武闘派の方や免状入手後に怖くてもやらなきゃと使命感に燃えちゃう方が出たりしてやっぱり戦場に出て死亡する件は減りはしたが0には出来ていなかった

 

そういった艦娘は大体は海の藻屑と消える事が多いが、運良く軍に所属している艦隊に助けられその艦隊が所属する鎮守府で保護、まだやる気があると言うのであれば鎮守府で本格的な戦闘訓練を実施し戦力として迎え入れる事がある

 

それらの流れがゲームで敵を倒したときアイテムが手に入る事を指すドロップと、本来あるべき形からドロップアウトして軍に所属している事と合わせてこういった形で軍に加入した艦娘を『ドロップ艦』と呼ぶようになった

 

では、ドロップ艦にならなかった者達はどうなったのかと言えば、民間の艤装が戦いでは使い物にならなくなった事で折角入手した艤装を何かに使えないかと艤装所有者達が考えた結果、艤装を使ったモータースポーツが生まれ今絶大な人気を誇っているのだ

 

レースに始まり射撃の正確さを競うもの、艦載機のアクロバット飛行の美しさを競うものからサバイバルゲームのようなものと多岐に渡り、今では国際大会なんてものもあるほどである、参加出来ない国が非常に悔しがっているそうだ

 

さて、先程から艤装の製造に関して大本営と民間企業が関わっているという話が出ているが、鎮守府で艤装を製造出来るかどうかについてである

 

答えは出来ない

 

これは、軍用艤装の横流し等の防止の為である

 

大戦初期は鎮守府にも製造する装置があったのだが、ある鎮守府では軍用艤装を民間に横流ししてそれで得た金で私腹を肥やした不届き者がいたり、壊滅してしまった鎮守府から破損した製造装置を盗み出しテロ活動に利用したり資金稼ぎの為に闇市で軍用艤装を売り捌くテロ組織などが発生した為である

 

その為、鎮守府には製造装置ではなく『建造装置』という物が置かれるようになった

 

これは艤装を直接製造するのではなく、艤装のデータ等が入っているICチップが内蔵されたプレートが作られる装置なのだ

 

提督と艦娘達の身分を証明をする為のIDカードを装置に通し資源と開発資材を建造装置に投入して起動させると、まずは提督や艦娘が本当に軍に所属しているかを照合した後大本営に所属していて着任先が決まっていない艦娘のデータを特殊回線を用いた通信で調べ上げ、その中から1人艦娘を選出しその鎮守府でその艦娘が運用出来るか否かをAIが審議して運用可能と判断した場合はその艦娘の個人情報や艤装のデータが入ったICチップ内蔵のプレートが出てくるようになっている

 

着任先未定の艦娘の有無を調べる作業とAIによる審議にかかると予測される時間、これらの合計が建造時間として装置に表示されるようになっている

 

また、妖精さんによって作られた建造装置のCPUにあたるものがおかしな性質を持っていて、なんと加熱すると処理速度が速くなるというのだ

 

高速建造材はこの性質を利用し、バーナーで装置を一気に加熱する事で処理速度を上げてすぐに建造を完了させる為にあるそうだ

 

そのプレートの表面には艦種と艦名が表示されているので、誰が派遣されてくるか分かるようになっている

 

各鎮守府の提督は艦娘を派遣してもらう為の申請書を書き、封筒に申請書とプレートを同封して大本営に送り艦娘を派遣してもらうようになっているのだ

 

このプレートはドロップ艦の出現の関係で民間用艤装にも取り付けられているのである、この場合派遣申請書ではなく着任許可書という書類に変わるだけでやる事は変わらない

 

そして大本営に送られたプレートは印鑑に作り替えられ、派遣される艦娘に持たせたりドロップ艦の着任が許可された場合軍に所属している事を証明する為のIDカードを同封して郵送されるようになっている

 

この印鑑は海軍の書類などで使う事が許されており書類記入の作業効率の向上を図る、提督が印鑑を管理する事で所属艦娘を覚えていてもらうという事で実施されているのだが、噂では艦娘の名前や艦種名(~型○○艦X番艦の誰々)を手書きでいちいち書くのも面倒臭いから始まったのではないかと囁かれている

 

建造装置の導入で軍からの横流しは無くなったが、やっぱり悪用する馬鹿は出てきた

 

また壊滅した鎮守府が犠牲になった……

 

鎮守府が壊滅したという報告で大慌てしてる最中の大本営に実は鎮守府は壊滅していなかったという嘘の情報を流し、建造装置を使ってプレートを作り偽の書類を作り上げ艦娘を派遣させ洗脳やら催眠で艦娘を自分達の駒に仕立て上げたり、艦娘を口封じの為殺害し剥ぎ取った艤装を改造して使用したり売り捌いたりと酷いものである、お前らはそんなに戦争が好きなのか

 

こういった事もあり、建造装置にロックがかかるようになった

 

新品の建造装置は初期艦のIDカードが装置に通されない限りロックが解除されないようになっており、この場合一度解除してしまえば後は秘書艦のIDカードで建造が出来るようになる

 

大和がいるにも関わらず、戦治郎が漣が来るまで建造を行わなかったのはこういった事情があり建造装置にロックがかかっておりやりたくても出来なかったからである

 

長い間使用されなかった場合もロックされるが、これは秘書官のIDカードがあれば問題にはならない

 

どこかしらが破損した建造装置は装置を修復した後提督、秘書艦、工廠長のIDカードが必要になってくるのである

 

特に3人目である工廠長のIDカードが厄介で、殆どの鎮守府では妖精さんが工廠長をやっているのである

 

妖精さんはテロリストや悪意ある人間の前には現れない、故に工廠長のIDカードが入手出来ないので壊滅した鎮守府から奪ってきた破損した建造装置のロックが解除出来ないようになっている

 

艦娘と艤装、ついでに建造装置について理解してもらえただろうか?

 

そろそろ戦治郎達が工廠に到着するようなので、この話はこのあたりにしておこうと思う

 

さて、戦治郎が最初に建造する艦娘は誰になるのであろうか……




後書きは、恐らく戦治郎達の武器の解説とか書いていく事になりそうです


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長門屋鎮守府ツアー 工廠編

通算UA500突破!

多くの人にこの作品を見て頂けてとても感動しております

そしてこの作品を評価して下さった方もいらっしゃるようで、本当に嬉しすぎてニヤケが止まりません

皆様、誠にありがとうございます

これを励みに完結させる事が出来るよう頑張りたいと思います


「はいよ~、ここが我が長門屋鎮守府の工廠となっておりま~す」

 

「「「「おお~!」」」」

 

工廠の入口前に辿り着いた一行に対して、ツアーガイドでも意識しているのだろうか戦治郎が右手で工廠を指しながら建物の紹介を始める、漣、鈴谷、榛名、瑞鶴の4人はその工廠を見て思わず声を上げる

 

この長門屋鎮守府の工廠、軍学校時代にあった鎮守府の施設を解説する写真付きの資料の中にあった工廠よりも明らかに大きく、下手したら大本営の敷地内にあった工廠並の規模だったのだ

 

「俺が機械いじりで生計立ててたクチだったんでな、この鎮守府建設するって話出たとき元帥のじっちゃんに頼んで工廠はでかくしてもらったんよ」

 

「榛名の主砲の砲身の歪みをすぐに見抜いてあっという間に直してしまいましたものね、初めて見たときは榛名、凄い整備士さんがいると思っていましたから提督候補生だと聞いてびっくりしちゃいました」

 

「機械いじりする提督って珍しいもんなんかねぇ? まあ腕には自信あっから工廠長不在のときに機械類で何かあったら言ってくれよ~? なんたって自称工作戦艦水鬼だからなっ!

 

そう言ってあっはっはと大声で笑う戦治郎、自称とはいえ工作戦艦水鬼って何それ怖い

 

「工作戦艦水鬼って……、あれですか? 敵艦とっ捕まえたら解体して一撃必殺~!な~んてやっちゃったりするんですか……?」

 

思っていた事がつい声に出てしまった漣

 

「ん? 道具ありゃ出来るな、まあその距離まで近づけたんならそうするよりぶん殴ったり叩き斬ったりした方が早いし手間もかかんねぇんだけどな」

 

出来るのかよっ! つか殴るとか斬るとかどういう事だよ! 砲雷撃戦しろよ! 冗談のつもりだったが思いもよらぬ返答に内心ツッコミまくりの漣であった

 

「機械類の修理が出来るって言ってたけど、具体的にどんなのまで大丈夫なの?」

 

瑞鶴が問う、そういえば榛名さんの艤装を修理したと言っていたのだが、艤装の修理にはかなりの知識と技術が要求されるはずだったのだが榛名さんはあっという間に直したと言っていた、それが本当だったとしたら戦治郎は本当に腕の立つ、それも凄腕と言えるレベルの技術者という事になるわけだ

 

そうなると瑞鶴の質問の答えも気になってくるものだ、漣はしっかり聞けるよう意識し戦治郎の返答を待った

 

「あ~家電は全部いけるな、パソコンのプログラム関係も込みで。んで自転車バイクに自動車に農耕機械に小型クルーザーも修理したな~、修理依頼で一番でかい仕事だったのは個人所有のエアプレーンだったっけかな? 個人経営の修理屋がやる仕事の範疇超えてるのは間違いねぇな、今は艤装も兵器類もいじれるから更にやれる事増えてるはずだわ」

 

もうやだこの人、個人経営? 深海棲艦が陸で店開いてたの? 農耕機械とか言ってたけど農業もやってたの? もしかして深海棲艦は人類に気付かれないようひっそりと上陸してたとでも言うのか? なにそれ怖い!

 

「提督って色んな事やってたんだねぇ、そういえばエアプレーンって飛行機の事だよね? そういうの修理するのって資格とかいるんじゃないの?」

 

色々考えてるところに今度は鈴谷が質問する

 

「資格は必須だな、飛行機に限らず自動車とバイクもな、あっちいたときは持ってたんだけどこっち来た関係で全部失効しちまったよ、まあ軍学の整備科連中に混ざって取りに行かせてもらったからそのへんは問題ねぇ」

 

あっち? こっち? どっち?! 事情知ってる人だけで盛り上がるのいい加減やめて!自分もう完全に置いてけぼりだYO! 漣、魂の叫びである

 

「提督、話はそのあたりにして建造任務を消化してしまいませんか? 他の設備の案内や皆さんの紹介もある事ですし、早くしないとお昼過ぎちゃいますよ?」

 

そこへ先程まで静かだった大和が早く先に進もうと促す、心なしか大和が頬を膨らませ唇を尖らせているように見えるのは気のせいだろうか……?

 

「あ~それもそうだな、ここは他の鎮守府にない設備いっぱいあっからな~、それにはよ他の連中紹介しとかねぇとまぁた砲撃騒ぎとか起こりそうだしな……、つか建造任務の事すっかり忘れてた! ナイス大和、ありがとうな! って事で大淀お願い」

 

分かりました、大淀は短くそう返すと持ち歩いていたタブレットを操作して任務の手続きを始める

 

「っしゃ! そんじゃ5名様、工廠の中へご案な~い!」

 

戦治郎はそう言うとあまりにも巨大で重厚そうな扉に付いたパネルを操作する

 

プシュッ!という音がしてパネル部分が鉄板のようなもので覆われた後、扉が左右にスライドしながら開いていく、それと同期しているのか工廠内部に設置された照明達が次々と光を放ち工廠内を明るく照らし始めるのだった

 

工廠内には今まで見た事もないような機械が所狭しと並んでいたり、恐らくこの鎮守府に既に所属している艦娘のものであろう艤装が保管してあったり余った兵器類などが隅に積まれていたりと外側から見た感じとは裏腹に窮屈な印象を受けた

 

そんな事を考えていたら、ふと物陰から気配を感じそちらへ視線を向けてみれば、小さな人影がこちらへ近づいて来ていた、それもワラワラと表現出来るほどに

 

「オッス妖精さん達~、遂にこの時が来たぞ~、初建造の時間がよぉ~」

 

戦治郎はそう言いながらしゃがみ込み、戦治郎に群がる妖精さん達の頭を指で優しく撫で回していた

 

頭を撫でられた妖精さん達はキャッキャといった具合に喜びはしゃいでおり、その姿を見る戦治郎の顔からも笑顔がこぼれる、何とも絵になる光景である

 

まあ、それらの全てを腕のタトゥーと顔の火傷痕が台無しにしてしまっていたが……

 

「ああそうだ、丁度いいからお前らの艤装もここに置いていくといい、そうした方が歩き回るとき楽だろ?」

 

ふと、思い出したように戦治郎がこちらへ振り向きながら言う、額の角に妖精さんがしがみつきはしゃいでいた、危ないから怪我しないうちに早くそこから降りなさい

 

着任組は短く返事をした後、妖精さん達の案内で艤装置き場へと向かったのだが、そこには得体も知れない恐ろしい何かがかなりのスペースを使い保管されていた

 

ハンガーにかけられているのは巨大なコンテナのような何か、今の状態では中に何が入っているのかは分からなかった、そのコンテナに付いたパーツが艤装の接続部分にそっくりだった事から、これは誰かの艤装の一部なのだろうと推測する

 

その接続部分あたりから金属製の頑強そうなアームが4本、上部に2本下部に2本ずつ伸びており、その先には上部2本は列車に巨大な大砲を乗せたような何かが取り付けられていた、恐らくこれが主砲なのだろう

 

下部の2本には所謂ガトリング砲と言われる速射砲が砲身部分を折りたたんだ状態で取り付けられていた

 

ただ、これもサイズが桁違いにでかい、折りたたんだ状態で榛名の艤装より大きいのだ

 

それ以外に目に付くのは盾とガントレットのようなもの、この2つも規格外と言えるほど巨大だった

 

まずは盾、形状は長方形で裏側に杭打機のようなものが取り付けられ杭打機の後方には太いシリンダーのようなものが付いていた、恐らくこのシリンダーを用いて杭を打ち出すのではないだろうか

 

次にガントレット、これは指部分に鋭く尖った刃状の大きな爪が付いており相手を握り潰しながらもズタズタに切り裂けそうな雰囲気を醸し出していた、形状から左手に付けるものだと思われた

 

他にも4つの黒い箱状のものがあったが、戦治郎の呼ぶ声が聞こえた為調べる事も叶わず戻る事となった

 

この艤装は一体誰の物なのだろうか……、あんな重装備を扱える者がいるのだろうか……、そもそも、あんな装備が必要になるほど相手が強いのだろうか……、そんな事を考えてならが小走りで戻る漣

 

「よっし全員戻ってきたな、んじゃ漣、俺のはもう通しておいたから早いとこ建造装置のロック解除頼むわ! あ~楽しみだわ~」

 

どうやら自分達が艤装を置きに行っている間に大和から手順を聞いて先にやっていたようだ

 

「ほいさっさ~、そんじゃ……、カードスラッシュ! 漣!」

 

そう叫びながら漣は自分のIDカードを建造装置に通す、そのとき瑞鶴がピクリと反応し戦治郎に至っては軽く吹き出していた

 

これにより、建造装置から漣が初期艦である事を確認した事と建造装置のロックを解除した事を知らせる電子音声が発され、長門屋鎮守府でも建造が可能になったのであった

 

妖精さん達が歓声を上げ、艦娘達からもおめでとうと祝福してもらう中、翔鶴だけは別の事が気になるのかモジモジしながら辺りをキョロキョロと見回している、とりあえず今はそっとしておこう

 

「さて提督~、念願の初建造だけどどうする? ロック解除でここまで大騒ぎしたんだからやっぱ大盤振る舞いやっちゃったりする?」

 

鈴谷がそう尋ねてくる、しかし、戦治郎は割かし冷静に返す

 

「いや、ここはALL30だな、他のとこと比べりゃウチは資源に余裕ある部分はあるっちゃあるが、節約出来るとこは節約して有事に備えるべきだろうよ」

 

ケチ~などとぶぅたれる鈴谷を宥めながらも建造装置のパネルを操作して資源ALL30で設定し

 

「よぉし、そんじゃあ建造……開始ぃっ!」

 

戦治郎はそう叫びながらパネルにある建造開始ボタンを押す

 

「さてさて、一体誰が来るのか……なっ!!!」

 

戦治郎が小躍りした後ウキウキしながらパネルに表示された建造時間を見て驚愕し硬直する

 

1:22:00

 

先程のとても嬉しそうな雰囲気から一転、この世の終わりの様な表情をして膝から崩れ落ちていき頭を抱える

 

「どうしようどうしようマジヤバイヤバイヤバイ俺今日死ぬんじゃね?初建造で夕張一発ツモとか神様今度こそ俺の事殺しにかかってるよ絶対マジで嫌だー!死にたくないー!死にたくないー!」

 

完全に取り乱し我を忘れ泣き叫ぶ戦治郎、それを見た漣は豆腐メンタルなのかな?何かちょっと可愛いと不覚にも思った

 

「提督!落ち着いて下さい! 提督の身に何が起ころうともこの大和が提督の事をお守りしますから!世界の全てが敵になろとも大和だけはずっと提督の味方でいますから!ずっとお傍にいますから!だから落ち着いて下さい!」

 

何かちょっとズレた事を言いならが提督を落ち着かせようとしている大和、鼻のあたりから赤い何かが少し顔を出してるのは気のせいと言う事にしておこう

 

「お前がその程度の事で死ぬようなタマか」

 

聞き覚えのない声が工廠内に響き、こちらに近づいてくる気配を感じた

 

「ふぁっ?!」「うぉっ!?」「えぇっ!?」「うぇっ?!」「あっ……♪」

 

声が聞こえた方を向き、声の主の姿を確認したそれぞれの反応、皆驚きのあまり声を上げてしまったが1人だけ明らかに違う反応をしていた、それはどことなく嬉しそうな感じがしていたが・・・・・

 

「空ぁ、これ本当に大丈夫か? 俺死なない?」

 

「金が絡まない事に関しての幸運に対しては相変わらず豆腐なのだな……、とりあえず、さっきも言ったがお前はその程度の事でくたばるような軟弱者ではないだろう、喧しいからいい加減に落ち着け」

 

「ウッス、サーセンっした」

 

落ち着きを取り戻した戦治郎は先程みっともない姿を晒した事を全員に速やかに謝罪、気を取り直して建造作業を再開

 

「ぬ、建造装置のロックが解除されたのか」

 

しようとしたところで先程の人物が戦治郎に質問してくる

 

「おう、たった今な、んで建造開始したら一発で夕張きおった」

 

「そうか、それでバーナーは使うのか? 使うなら今すぐ持ってくるが」

 

「いんや、どうせ漣含めた新規着任組に鎮守府の案内するからな、その間に出来上がるだろうからいいかな~?ってな」

 

この人物、戦治郎とかなり親しげに話しているのだがどういう関係なのだろうか……

 

いや、それについては間違いないのが1つだけある、この人は戦治郎の仲間だという事、何せこの人も深海棲艦なのだから……

 

そう、この人物もまた戦治郎と同じく深海棲艦、それも姫級、人類が『空母棲姫』と呼ぶ個体だったのである

 

姫と判断したのは首と腕に走る赤いラインがあったから

 

服装についてはやはり戦治郎同様本来のものとは違うものになっていた

 

脚には戦治郎と同じ改造軍用ブーツ、服については都市迷彩の作業ツナギを着こんでいる、もしかしてこの人はこの工廠で作業する整備士の1人なのだろうか、そう考えてるところ戦治郎が言う

 

「あ、そうだ、こいつの事紹介しねぇとだな、こいつはここの責任者、つまり工廠長をやっている俺の親友で」

 

「石川 空(いしかわ そら)だ、戦治郎が言った通り工廠長をやっているもし工廠で何かやるときは俺に一声かけて欲しい、どうかよろしく頼む」

 

この人が工廠長なのか……、それに戦治郎が親友と呼ぶほど信頼している人物であると……、だからあれだけ取り乱してた戦治郎をすぐに立ち直らせる事が出来たという事か……、しかし、戦治郎と対照的に何か落ち着いた感じの人だな、どういう経緯で知り合ったんだろう、今日はやたらと頭を働かせている漣だったが戦治郎の次の発言で思考はそれどころではなくなってしまった

 

「因みに、こいつが翔鶴の旦那な」

 

「提督!いきなり何を言い出すんですか!私はまだ空さんとはそういう関係じゃっ……!!!」

 

「ん?『まだ』? じゃあいつかはそういう関係になるんだな?」

 

それはあまりにも唐突過ぎた

 

戦治郎が空を翔鶴の旦那といい、翔鶴が顔を真っ赤にしながらそれを否定しようとするも揚げ足を取られ更に頭から湯気が出そうなほどに顔を更に赤く染め上げたのだった、いきなりこいつは何を言い出すのだろうか、旦那って空は男なのか? つか翔鶴もその反応だと見てる側からしたらその気があるってのバレバレだと思うのだがどうだろうか?

 

「翔鶴、そんなに必死になって否定するとは……、やはり俺では……」

 

「いえ! そんな事は絶対にっ! でもっ! あのっ! えっと……」

 

追撃の空、翔鶴が涙目で沈黙しプルプルと震えだしてしまった、ちょっと可哀想ではあるが何か可愛かった

 

「すまない、少々冗談が過ぎた」

 

そう言って空は翔鶴に歩み寄り優しく彼女を抱きしめ、愛おしそうに頭を撫でる

 

それに対して翔鶴はほんの少し驚いた表情を浮かべた後、その心地よさに幸せそうな笑顔を浮かべなすがままに頭を撫でられていた

 

「空さん、この翔鶴、いつの日か恩に報いる為に、貴方の力になれるようにと日々己を磨き上げようやく貴方の元へと参る事が出来ました、これからもどうぞよろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそ、よろしくな……」

 

何だろう、あのへん何か凄く甘ったるい

 

「あ~……、もしかして翔鶴姉がいつもスマホでやり取りしてた人って……」

 

「おう、空だろうな、ついでに言うと翔鶴が使ってるスマホは空が一から作った奴だぞ、空も色違いのお揃いの奴持ってる」

 

スマホ自作するとかなにそれ凄い、そりゃ工廠長任されるのも頷けるわ

 

しかし、翔鶴もまた恩とか言ってたけど彼らは一体何をやったのだろうか? 翔鶴のベタ惚れっぷりを見てる限り、相当な事やってるんじゃないかと思うけど……

 

「そういえば、己を磨いていたと言っていたが……」

 

「あっはい、おかげで練度も99に至る事が出来ました、大本営で共に戦った皆さんと、何よりも辛く悲しいときいつも励まして下さった空さんのおがげです♪」

 

はにかむように告げる翔鶴、それに対し空は間髪入れずに

 

「戦治郎、書類と指輪、大至急だ」

 

「持ってねぇよ! 自分で買ってこい!」

 

「任務でもらえる奴があるだろう」

 

「それは俺が大和に渡す奴ですー! あげませんー! つかここ今日動き始めたばっかだろうが! まだ1-1すら終わってねぇよ!!!」

 

「よし、いくぞ翔鶴」

 

「おい馬鹿やめろ! 勝手な事すんなし!」

 

「はい!空さん!」

 

「翔鶴もノッてんじゃねぇよ!!!」

 

もうグッダグダである、つかさりげなく戦治郎が大和に指輪渡すとか言ってるんですが……

 

「そうだ、漣、ここにもう1台建造装置があるからそいつのロックも解除しておいてくれ、それを使って俺が建造しようと思っているんだが」

 

「そんくらいならいいわ、漣、よろしく」

 

「ほいさっさ、そんじゃもいっちょカードスラッシュ!」

 

先程同様、もう1台の建造装置に漣のIDカードを通す

 

「さてっと、まだ行くとこあるしそろそろ工廠から出るか、空の建造は好きなタイミングでやってていいぜ、それと鈴谷と榛名と瑞鶴は鎮守府ツアー終わったらまたここに来るようにな」

 

「ん? 何かやるの?」

 

「おう、お前らの艤装の改修をな、って事で空~、艤装は保管場所に置いてあるから後は頼んだぜ~」

 

「ああ、任された、俺の建造が終わったらすぐに作業を始めるとしよう」

 

改修の対象になった3人はようやくか~とか待ってました!と喜びの声を上げているが、この3人は漣と同じで今年卒業したばかりじゃなかったか? 改修って練度上げないと出来ないはずなのに何で出来るの?漣の中の謎がまた増えたのだった

 

「よ~し、次は入渠ドック行くぞ~、そこにも仲間がいるからな~、覚悟しとけ~」

 

何か恐ろしい事言ってる気がするがきっと気のせいだろう……、そろそろ開き直るべきかで悩む漣であった




工廠の巨大艤装、まあ誰の艤装か分かりやすいですよね……


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長門屋鎮守府ツアー 入渠ドック編

盆休み中に話を進められるだけ進めておきたいところです

それ以降は週1で投稿出来たらいいなぁ……

今回、とあるネタがブチ込まれています、ご容赦下さい

2018/1/27 悟の口調を修正しました


「はぁ……」

 

工廠から出て入渠ドックに向かう道中、漣は大きな溜息をついた

 

「どったの漣~、もしかしてもう疲れたとか?」

 

その様子に気付いた鈴谷が声をかけてくる

 

「あ~、確かに疲れた感じはありますね~、主に精神的に……」

 

工廠で出会った石川 空という人物、一見落ち着いた大人でもしかしたら鎮守府の良心たる人物だと思っていたら後半で思いっきりハジけた事言いだして、第一印象が爆発四散し戦治郎と同等若しくはそれ以上にとんでもない人物だというのが分かってしまった

 

「漣、何かもう今日だけで一生分のツッコミ入れてるような気がするんですよね~……」

 

「あ~……、なんて言うか、ご愁傷様……」

 

あはは……っと苦笑いを浮かべながら鈴谷が返す、何でこの人達は平気でいられるのだろうか、何かちょっと不公平だと思いながらもその足は入渠ドックへと近づいていく

 

入渠ドックとは、艦娘の疲れを癒したり怪我の治療を行う複合施設であり、その中には大浴場やマッサージ、クリーニングや美容室や医療用施設などが完備されている

 

油で汚れ血に塗れ、硝煙の臭いを纏う艦娘達にとって入渠ドックは美容と健康の為には欠かせない、食堂と並ぶ重要施設と言っても過言ではないのである

 

そこにも戦治郎の仲間がいるというのだ、正直気が重い

 

「それにしても……」

 

「ん? どしたよ榛名」

 

榛名が不思議そうに戦治郎に話しかける

 

「いえ、提督の腕のタトゥー……というのでしょうか? 榛名達が初めて見たときよりも綺麗になっているように思ったのですが……」

 

「そういえばそうね、前見たときは何て言うかほら、無理矢理腕に文字になるように傷を付けてそこに塗料流し込んで付けたみたいになってたはずなんだけど、今はそんな感じが全くない、専門の彫り師さんにやってもらったようになってるじゃん、このあたりにいい彫り師さんがいたの?」

 

「あ~、確かに、前の『大和魂』って奴はホント見てて痛々しい感じがしてたのが今じゃキチンとカッコよくなってるし、鈴谷が書いたのに上書きしたのも綺麗にやってもらってるみたいだし~……、そうだ、その人に頼んでどっかに今度こそ『鈴谷命』って書いてもらおうか!」

 

榛名の疑問に瑞鶴と鈴谷が続く、え? そのタトゥーは昔はもっと別の意味で迫力があったの?入れ方とか瑞鶴が言った方法でやってたとしたら……、嫌だ考えたくない超怖い

 

「まず鈴谷のは却下、さっきも言ったけど俺はおめぇの所有物じゃないってぇの、そんで瑞鶴、墨の入れ方は大正解だおめでとう!」

 

「うげっ! ホントにそんなやり方だったんだ……、やってるとこ想像したらすっごく怖いんだけど……」

 

当たって欲しくないものが当たってしまったようだ、何でそこまでして入れようと思ったし……

 

そう思ったとき、瑞鶴が今漣が思った事をそっくりそのまま質問してくれた、瑞鶴さんマジ勇者、大好き

 

「入れようと思った理由か? そりゃ何かしら特徴になるようなもんが身体のどっかにあって、そんなのがある奴が艦娘助けた~とか深海棲艦とステゴロやってた~とか目立つ事やってたら印象に残るだろ? で、上に報告するとき大体は特徴になる部分も報告するわけだ、そしたら艦娘だったら警戒して近づかないか接触してきたりとかするんじゃね?って事で入れたんだよ」

 

要は敵味方の識別用という事か、だったらもっと別の方法もあったのではないだろうか……、そう思っていたら目当ての施設、入渠ドックに辿り着いた

 

「ここは入口のとこにMAP付けてあるから、後日利用したい施設があったらそれ見て場所確認してから各自で行ってくれ、今日は医療施設の関係者に挨拶して次いくぞ」

 

そう言って戦治郎は迷う事なく目的の場所へと進んでいく、そういえば榛名の質問の答えが返ってきていなかったがそのあたりはどうなっているのだろうか……?

 

そう考えてる間に目的の場所へはすぐに着いた、まあ、外を歩くのと違って入渠ドックの内部を歩いて行くのだから当たり前と言えば当たり前なのだが……

 

「邪魔すんぜ~」

 

「邪魔すんだったらとっとと帰りなぁ、こっちはいつ動かなきゃならなくなるか分かったもんじゃねぇかんなぁ」

 

ああ、また個性が強そうな人が……

 

「それともあれかぁ? そんなに女侍らせてよぉ、俺モテ過ぎて困っちゃう~ってかぁ? 望ちゃん塩持ってこい塩、それもバケツ山盛りになぁ、くふっ♪」

 

「先生、流石にそれは酷いんじゃないですか……? 多分昨日戦治郎さんが言っていた新しく鎮守府に来た艦娘さん達じゃないでしょうか……?」

 

増えた、でもこの人はまだマトモそうだ、だが空の件があるから油断出来ない……

 

「そう言う事かよぉ、だったらはよ言えばぁたれ」

 

「悟てめぇぜってぇ分かっててやってんだろ」

 

「さぁてぇ、何の事やらぁ? おめぇが何言ってるかサッパリ分かんねぇなぁ、くひゅ♪」

 

何か喋り方がいちいち腹立つ、戦治郎の声からもイラつきが感じられる

 

「悟、そのへんにしておけ、怪我人治す場所で怪我人出すような真似するなよ、て言うかお前が怪我したら誰が治療するんだよ……」

 

うへ、3人目、こっちもマトモそうだけどまだ駄目だ、しっかり見極めないと……、つかここは戦治郎の仲間が多くないか? 工廠は空だけだったけど……、もしかして工廠にはまだ他に誰かいたのか……?

 

「そんときゃぁ望ちゃんに手厚~い看護をしてもらっちゃいましょうかねぇ、いひっ♪」

 

「……あ"?」

 

「そう怒んなって光太郎ぉ、こっからは真面目にやるからよぅ」

 

どうやらさっきまでのふざけた態度は演技だったようだ、それにしたってふざけ過ぎだろう、一体何者なのだろうかこの人は……

 

「改めましてこんにちはってなぁ、医療施設の元締めやってる元医者の伊藤 悟(いとう さとる)ってもんだぁ、専門は精神科だがやれる事は全部やってきたからよぉ、カウンセリングでも外科でも内科でも産婦人科でも何でも出来るから、何かありゃ言っとくれよぉ、手遅れになる前になぁ」

 

産婦人科のところで翔鶴と大和がピクリと反応した、この2人はもうそのあたりまでいくつもり満々なのですね……、漣にはまだよく分かりません……、ていうかやれる事全部やったって何それ怖い、この人はスーパードクターとか呼ばれてたりしたんだろうか?

 

「こいつが気味の悪い笑いこぼしたときは大体冗談だから真に受けないようにしておくといいよ、分かっていても腹は立つけどな……」

 

「光太郎よぉ、そこバラしてくれんなよぉ、折角からかって遊ぼうと思ったのによぅ」

 

「お前は精神科とか心療内科の知識総動員させて的確に煽ったりからかったりするから性質が悪いんだよ……」

 

光太郎と呼ばれた人から忠告される、あ、この人はマトモだ、良心だ、何か色々助けられた気分になった

 

「えっと、春雨 望(はるさめ のぞみ)と言います、ここでは看護師見習いとして伊藤先生に医療に関わる事を色々と教えてもらいながらお手伝いをさせてもらっています、どうぞよろしくお願いしますね」

 

「因みに望ちゃんは今のところウチらの中でも最年少で唯一の女の子だからよぉ、世代もちけぇ事だし仲良くしてやっとくれぇ」

 

望は女の子だったのか、それでいて最年少ときた、ふむ、そうなると他の皆さんは全員男の人になるわけか……、何か皆さんの年齢が気になってくる、それにしてもウチらの部分が妙に引っかかる、なんだろうこれ?

 

「最後は俺か、俺の名前は南 光太郎(みなみ こうたろう)……、どうした?漣、瑞鶴、何かおかしかったか?」

 

うおぉい! 南 光太郎ってあれじゃねぇか! 仮面〇イダーだろう! て〇をだろう! まさか偽名か!? この人マトモだと思っていたのにぃ!チキショウ! チキショウ! すっごく裏切られた気分だっ! でも笑っちゃう! 悔しい! って言うか瑞鶴も震えてるんだけどもしかして分かるの!? 分かっちゃうの!? このネタが分かってしまう人種だったの!?!

 

「ヒント:お前の名前」

 

戦治郎が言う、言ってしまう

 

「……、ゆ"る"さ"ん"!!」

 

「「ぶっふぉ!!!」」

 

そう言うなり光太郎があるポーズをとる

 

吹き出す漣と瑞鶴

 

そう、仮面ラ〇ダーブ〇ックRXの変身ポーズ!

 

こうなると止まらない! 堪えろっていうのが無理無理無理無理かたつむり! 2人で大爆笑ですよもう! ダメだお腹痛い!

 

変身ポーズを解いて肩を落とす光太郎

 

「瑞鶴、人の名前を笑うなんて失礼でしょ!それに漣さんも! いつまでも笑っていないで早く光太郎さんに謝りなさい! ああ、光太郎さん、瑞鶴達がすみません!」

 

流石に翔鶴が叱りつけ光太郎に謝る、そりゃ人の名前を笑うのは失礼なんてのは重々承知、でも無理なんです、ポーズまでやられたら笑うしかないんですよ!

 

「ああ、大丈夫ですよ翔鶴さん、もう慣れましたから」

 

苦笑しながら気にしていないと言う光太郎、やっぱこの人いい人だったよ……、名前笑ってごめんなさい……

 

何とか落ち着いた後瑞鶴と共に謝罪する、そして光太郎の自己紹介が再開される

 

「改めて、南 光太郎だ、この名前は偽名でもなんでない正真正銘俺の本名なんだ、因みにあの特撮が放映される前に付けられてたから被ったのは本当に偶然だから、そこだけは覚えておいてくれ」

 

「「あっはい」」

 

2人して返事する、偶然って怖い

 

「で、昔はハイパーレスキューにいたんだけど色々あって辞めてしまってね、それから戦治郎に拾われて修理を依頼された物や修理が完了した物を運ぶトラックの運転手をやっていたんだ」

 

ハイパーレスキューって、確か人命救助のエリート集団じゃなかったっけ? この人凄いところにいたんだな~、でも色々あって辞めたって何があったんだろう? この話が出たとき望の表情が暗くなったのは何か関係があるのだろうか?

 

「あぁ、俺は医者辞めた後は戦治郎の店の受付やってたんだぜぇ」

 

個人営業の話、本当だったんだ……、しかし元医者に元ハイパーレスキューの隊員、空もかなりの技術者のようだし戦治郎の店はエリートばかりが集まる店だった……? 何か凄いな……

 

「ここでは輸送任務中の艦娘が深海棲艦に襲われたときに助太刀したり、海上で要救助者が出た場合の救助、搬送、それに輸送任務が多い南西諸島や南方方面を巡回するのが主な仕事になっているんだ、辞めたとはいえやっぱり人命救助の仕事に未練があったみたいでね、ここでまた携わる事にしたんだ、元々人命救助に関わろうと思ったきっかけは自分と同じ名前のヒーローがいたから俺もそうなりたいって言う子供っぽい憧れからだったんだけどね、今はとてもやりがいを感じるよ」

 

やだ、この人かっこいい、本物のヒーローじゃないか、名前を笑ってしまった事を本当に後悔し、最初にこの人も変人でないかと疑った事を恥じた

 

「大体は南西諸島辺りから南下して南方方面を巡回して戻るようにしてるから、案外海上で会う事があるかもしれないね、っと長くなってごめんね、今後ともよろしく!」

 

そう言って光太郎は自己紹介を締めくくる

 

改めて、この長門屋鎮守府の医療チームの面々の姿を見る

 

悟は潜水棲姫、白衣を纏っているくらいで細かい違いはなさそうである

 

望は駆逐棲姫、この子もベレー帽に赤十字が書かれてるくらいで違いはなさそうだ

 

光太郎、彼は南方棲戦姫のようだが紺色のカーゴパンツを穿き、上は男性用の黒いタンクトップシャツを着ていた、やはりあの姿は恥ずかしかったのだろうか

 

「よし、医療班との挨拶も終わったしそろそろ次のとこ向かうべ、確かこの後光太郎は巡回行くんだったよな、頑張ってこいよ~」

 

「ああ、出来れば俺の出番がなければいいんだけどな、それじゃあ艤装の準備してくるから望ちゃん、その間に応急セットの準備をしておいてもらえないか?」

 

「はい!すぐに準備しますね! 光太郎さん、頑張ってくださいね!」

 

「戦治郎よぉ、後で新規着任の艦娘のデータこっちにも回しやがれ、医療ミスなんてヘマやらかしたくないんでなぁ」

 

「おう、後でそっちのパソコンに送っておくわ、んじゃまたな~」

 

そう言ってその場を立ち去ろうとしたとき

 

「あっ!」

 

榛名が声を上げる

 

「提督、そういえば榛名の質問の答え、まだ聞いていませんでした!」

 

今更かい、榛名は意外とマイペースなのだろうか……

 

「あん? 戦治郎に何か質問してたのかぁ?」

 

尋ねてくるのは悟、もしかしたらこの人は戦治郎のタトゥーについて何か知っているんじゃないだろうか、身体に傷つけたりするわけなんだし

 

「はい、提督のタトゥーが榛名達が軍学校で見せてもらったときよりも綺麗になっていたのはどうしてでしょうか? と質問したのです、それでその答えを榛名はまだ聞いてなかったんです」

 

「あぁ、それなぁ、それやったの俺だわなぁ、ここ来て設備も色々揃ってる事だしあの見るからに痛々しいぶっさいくなタトゥーのままってのが我慢出来なかったから俺がちょちょいっとやったんよぉ、その出来見てこのばぁたれ追加注文で右腕にも彫れとか言い出しやがったしなぁ」

 

おおぅ、何か知ってるだろうと思ったら彫った張本人でしたか……、でも漣がその医者すらも痛々しいと評するタトゥーを見ないで済んだ事に関しては素直にGJと言っておきます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入渠ドックを出て次の目的地へと向かっているわけだが、次は何処へ行くのだろうか?

 

食堂か?っと思っていたら食堂を通り過ぎていく、そうなると次は何処へ向かうのか見当もつかない

 

「あの~、次は何処へ行くのです?」

 

あまりにも気になったのでつい聞いてしまう

 

「ん? 次? 次は牧場だ」

 

「「「「……え?」」」」

 

全く予想外な答えが返ってきた、牧場ってどういう事よ……



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長門屋鎮守府ツアー 牧場編

通算UA1000突破、誠にありがとうございます

こんなに多くの方にこの作品を見てもらえるとは想像もしてませんでした……

これに慢心する事なく頑張っていきたいと思います


牧場? 牛や豚、鶏なんかを飼育するあの牧場の事なのか? 確か第二次大戦のときに基地に擬装を施し牧場のようにしていた航空部隊があったとはいうが、その真似事か何かか?

 

漣が思考を巡らせているとき、鈴谷が戦治郎へと問う

 

「提督~……、牧場の事も気になるんだけどさ、鎮守府の敷地に入ってからずぅ~っと気になってたのがあってさ~……」

 

そう言って鈴谷はとある方角を指差す

 

そこには日本ではあまりお目にかかる事がない大きな機械群がゴウンゴウンと唸りを上げて作業をしている

 

「あれ、何?」

 

「あれか、ありゃ石油採掘施設だ」

 

「「「「はいぃっ!?!??!?!」」」」

 

「やっぱ驚くわな~……、俺も軍学校から戻ってきた時マジでビビったからなぁ~……」

 

待て待て待て石油採掘施設だとっ!? 何故日本にそんなものがあるんだ! もし日本で石油が掘れれば今頃大騒ぎになっているはずだ、一体どういう事なのだ!?

 

「石油って、ここ日本でしょ?! 何で石油が出てるのよっ!?」

 

瑞鶴が驚きの表情を隠す事なく戦治郎に問い詰める

 

「知らん、おめぇの姉ちゃんの旦那に聞け、やらかしたのはあいつだからな」

 

「提督、そんな、まだ結婚もしてないのに旦那だなんて……♪」

 

戦治郎が答え翔鶴が頬を赤く染めながら反応する、口の中がジャリジャリする

 

「あいつ、たまにわっけ分かんねぇ事を唐突にやったりすっからなぁ、これも確か偶然見つけた蟻の巣をショベルで掘り返してたら楽しくなってきてどこまで掘れるか挑戦しだしたらこうなったとか言ってやがったからなぁ……」

 

漣の中で空の問題児レベルが上がった! 嬉しくない、と言うか蟻の巣ほじくり返すとか子供かっ!? 貴方いくつですか?!

 

「偶々石油出てくる瞬間を目撃したシゲと護の話聞いてたら、漫画みてぇに噴き出す石油の上に無表情で乗っかってたとか何とか、どこのギャグ漫画だっての……」

 

その場面を想像したらすっごくシュール、そしてシゲと護って誰? まだ紹介されてない戦治郎の仲間かな? まぁた問題児が増えるのか……

 

「それだけならまだしも、あの採掘施設の奥の方に何故かボーキサイトの鉱脈もあるんだぜ? 発見者はシゲ……、ってそういやまだシゲと護を紹介してなかったな、あいつらいいタイミングで喫煙所行きやがったな、全く……」

 

おぉぅ……、どうやらシゲという人もまた問題児のようだ、勘弁していただきたい

 

「本人は修行の一環だ~とか言ってそこの山の岩肌ぶん殴って粉砕したら出てきたとか言ってやがったし、ああもう! あの馬鹿も馬鹿だが、この世界の九州地方の地質もカオス過ぎんだろう……、つぅか俺いねぇ時にそんな面白そうな事やんなよ……」

 

ああ~これまたツッコミどころ満載ですね~、山殴って粉砕するって何ですか?! どんな怪力の化け物なんですか!? 不用意に怒らせて殴られたりなんかしたらたまったもんじゃない! 会うのが恐ろしくなってきた……、皆さん顔が引きつってますよほらぁ……、というか騒ぎに参加出来なかった事悔しがってんじゃねぇですよ!って今サラッと言ってましたけどここ九州なんですか、道理で行くのに時間がかかったと思った……、とぉそういう問題じゃない、地質がカオスなんでしょうけどこの鎮守府もすっごくカオスなんですからねっ!!! ……ん? この世界? この世界ってどういう事だ? 他にも世界があるとでも言うのか? ええい、どうせ今聞こうとしても恐らくダメだろうから後回し!

 

「まあ、そのおかげでウチの鎮守府が燃料とボーキに困る心配は当分先の事になりそうなのが救いっちゃぁ救いか、そういうわけだから翔鶴も瑞鶴もそこら気にせず艦載機でガンガン攻めていっていいからな!」

 

「ごめんね提督さん、私今それどころじゃない……、頭の中を整理する時間頂戴……」

 

今までは自分以外があまり動揺してる感じがしていなかったので不公平さを感じていた漣だが、ここに来てようやく翔鶴以外が動揺しているところを見て安堵感が沸き上がる、しかし翔鶴が強過ぎる気がするがどうしてだろうか?練度が高いと多少の事では動揺しなくなるものなのだろうか

 

「そういや翔鶴よい、おめぇさんあんま驚いてないようだがここらの事知ってたか?」

 

まさかたった今自分が考えていた事を聞いてるぞこの人、GJですぞGJ

 

「それはその……、実は提督達が軍学校に行っている間に、その……、休暇を頂いて時々ここに遊びに来ていてあの……」

 

またも頬を染めモジモジしながら答える翔鶴、ああ、そういう事ですか……

 

「ああ~、空に案内してもらったわけか、鎮守府内デートってか、お熱いこって」

 

そう言って手で自身を扇ぐ戦治郎、いやこればかりは激しく同意しておきます

 

「デートだなんて、そんな……♪」

 

頬に手を当て身をくねらせる翔鶴、はいはいご馳走様

 

「さって、いつまでもここにいても鎮守府ツアー終わんねぇからさっさと先行くぞ~」

 

そう言って一同はまた歩き始める、目的地である牧場に向かって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいっと、ここが我が鎮守府の食材の供給源、牧場でございま~すっとぉ」

 

戦治郎が指し示す方向にはいくつかの建物、かなりの範囲を柵がぐるりと囲んでいた、そして辺りに漂う動物臭さ、それがここが本当に牧場である事を実感させていた、とりあえずその中にある他の建物とは趣が違う一際大きな建物は見なかった事にする

 

「わぁ、皆さん見て下さい、牛さんや豚さんがあんなに沢山!」

 

放牧されているであろう動物達を見てはしゃぐ榛名、なんとも微笑ましい

 

「向こうに畑も見えますし、食べ物に困る事はなさそうですね~」

 

漣の視線の先には多くの野菜が植えてあると思われる広大な畑が広がっていた

 

「この鎮守府は俺も含めて食う奴が多いからな、なんでもかんでも買ってたら破産しかねんのよ、まあ、牧場やろうと言い出した奴には全く別の思惑もあったみたいだがなぁ……」

 

別の思惑? 牧場に食料の供給以外に何か役割があるというのか? 強いて言えば作った農作物などを売りに出して資金稼ぎをするくらいだろうか? そんな事を考えているところに

 

「ご主人様ーーーーー!!!」

 

漣のアイデンティティーに関わるような事を言いながらこちらへ走ってくる少女がいた

 

服装も含め全身が真っ白な少女、人類が北方棲姫と呼ぶ姫クラスの深海棲艦が無邪気な笑顔を浮かべてこちらへ向かって来ている、どうやらこの子も戦治郎の仲間のようだ

 

「とうっ!」

 

そう言ってこの小さな姫は地を蹴って跳び上がり戦治郎の胸へと飛び込んできた

 

「えへへ♪ いらっしゃいご主人様、今日は一体どうしたの?」

 

「おお~太郎丸~、相変わらずお前は元気だな~、今日はここの事とお前達の事を今日着任したばかりの艦娘達に教えようと思ってな」

 

戦治郎に抱き留められ、笑顔で尋ねる太郎丸と呼ばれた少女に対して、少女の頭を優しく撫でながら答える戦治郎

 

「提督……、提督ってまさかそういう趣味があったの……? 鈴谷、流石にこれはちょっちひくわ~……」

 

「その……、提督がそういうのがお好みだったとしても、その……、は、榛名は大丈夫……です……」

 

「提督さん、流石にそういうのはいくらなんでもダメだと思う、その子が可哀想」

 

ドン引きする鈴谷、動揺を隠せない榛名、真顔で諫める瑞鶴、これについては漣はなんもいえねぇです、はい……

 

「ちょっとぉっ! 俺の事特殊な性癖ある人みたいに言わないでくんねぇ?! 俺にそういう趣味はねぇよ! 大和みたいな娘がドストライクだよコンチクショウ! 言わせんなよ恥ずかしいっ!!!」

 

自身に向けられた疑惑を全力で否定する戦治郎、サラリと何か言ってるけど気にしない

 

「ダメ! 皆ご主人様をいじめないで!」

 

そう言って戦治郎の腕から飛び降り両腕を広げて3人から戦治郎を庇うように立ち塞がる少女

 

「ああ~、やっぱ太郎丸はいい子だな~、俺泣きそう……、っとこりゃ早いとこ誤解解かねぇとだな」

 

そう言って少女の隣にしゃがみ込み、少女の頭に手を乗せながら紹介を始める、それに合わせるように少女は広げていた両腕を下す

 

「こいつは太郎丸(たろうまる)、この牧場の主でこんなナリでも獣医もやってる俺達の仲間の1人だ、動物達の声が聞こえるが故に色んな動物達に好かれちまって今ではここら一帯の動物達の頭みたいになってるんだ」

 

「太郎丸です! この牧場の経営やってます! 動物の事なら何でも聞いて下さい! よろしくお願いします!」

 

そういって深くお辞儀をする太郎丸、見た目も相まって可愛らしい

 

「動物の声が聞こえるって、マジ?」

 

「太郎丸さんはあの牛さん達や豚さん達とお話が出来るんですか!? ステキですね! 榛名も動物さん達とお話してみたいです!」

 

驚いたように尋ねる鈴谷、興奮気味に語る榛名

 

「動物の声が聞こえるのは本当だよ! 僕、動物達の仲を取り持つのが得意だったからね! 多分その関係で声が聞こえるようになったんだと思うんだ、もし動物達とお話したかったら僕に言って! 動物達が言っている事を翻訳してあげるからね!」

 

元気よく答える僕っこ太郎丸

 

「そういや太郎丸、弥七は何処行った?」

 

「「「「弥七?」」」」

 

「弥七なら精肉場の方で作業してたはずだよ! 養鶏場から何羽か連れてこようと思ってこっちに来たらご主人様がいたから声をかけたんだ!」

 

「「「「精肉場……?」」」」

 

おい、今何か恐ろしい単語が聞こえたぞ

 

「今日は暁ちゃん達六駆の皆が精肉の当番だったのすっかり忘れててね、準備していた鶏の数が足りなかったんだ」

 

おぃいいい!!! あんなちっちゃい子達になんて事やらせてんのぉぉぉっ!!!

 

今の話を聞いて鈴谷と瑞鶴は呆然とし榛名は青ざめる

 

「ちょっと待って下さい! 鎮守府でお肉にしちゃってるんですか?! てか当番って何ですか!?」

 

「そうだよ? ここで育てた動物達を鎮守府の精肉場で加工して、そのお肉が食堂で振舞われるんだよ! 凄いでしょ! これ、僕が発案したんだよ!」

 

えへん!と言わんばかりに胸を張って答える太郎丸、今とんでもない事言ったぞこの子

 

「そんな! 何でそんな酷い事をするんですか!? 動物さん達が可哀想じゃないですか!」

 

榛名の悲痛な叫び、その瞳には涙が浮かんでいた

 

「酷い? 何が?」

 

そんな榛名の訴えに短く答える太郎丸、その言葉も表情もとても冷ややかなものであった

 

「榛名さん達だってお肉は食べるでしょう? 普段見ているのはパックに入った奴だろうけどそのお肉も元々は生きた動物だったんだよ? 加工してるところが見えてないだけで」

 

「そ、それは……」

 

たじろぐ榛名、だが太郎丸は止まらない

 

「生物は皆食べないと生きていけない、食べる為に殺す、植物だって立派な生物だからね、草食動物だって生きる為に他の命を奪うんだ、それを可哀想? おこがましいにも程があるよ」

 

「……」

 

何も言い返せなくなり沈黙する榛名、太郎丸が更に言葉を続けようとしたところで

 

「そのへんしとけ太郎丸、要はあれだ榛名、俺達は何かを殺して食って生きているわけなんだから、その為に死んだ生物に感謝して食い物は大事にしろって事を太郎丸は言いたかった、そうだろ?」

 

「うん、その通りだよご主人様」

 

「んで、艦娘達にも精肉作業させてるのは自分達でやる事でそれをより印象に残す為、そうだったよな?」

 

「うん」

 

「って事でこの話は終わりだ、こういう理由があったから俺も納得した上で承認してっからな、思うところあんだろうけどそこは堪えてくれよ、頼むから」

 

「はい、そういう事なら……」

 

「よし、んじゃあここはこのあたりにして鎮守府ツアーのラスト、食堂に向かうとすっか、時間も丁度いい感じだしな! んじゃあ太郎丸、作業頑張れよ」

 

そう言って戦治郎が来た道を引き返す、時計を見てみれば正午になろうとしていた

 

それに気づけば急に空腹感が襲ってくる、本当にタイミングがいい事だ

 

「ここの食堂は間宮に伊良湖、鳳翔と龍鳳がいるんだが、その面子に負けねぇほど腕が立つ料理人がいるからな、存分に期待するがいい!」

 

これはいい事を聞いた、どんな料理が出てくるか楽しみである、ただ、今日はちょっと肉料理は遠慮して欲しいかな……、そう思う漣だった

 

「そうそう、精肉作業はお前らにもやってもらうから覚悟しとけよ」

 

……デスヨネー



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長門屋鎮守府ツアー 食堂編

もうちょっとで話に置き去りにされる漣はいなくなる……


色々とショッキングな出来事が多かった牧場から移動する戦治郎一行、目指すは鎮守府の食堂、そこの案内さえ終われば鎮守府ツアーは終了すると言っていた

 

「本当は憲兵みたいな事やってんのが2人いるんだが、片方は暇してそうな艦娘連れてちょっとした訓練がてら日本海側の哨戒行ってるみたいだし、もう片方は川内に付き合って夜戦してたみたいだからまだ寝てるはず、まあそっちは今日は丁度非番だったみたいだからいいっちゃいいんだけど」

 

「鎮守府稼働してないのに哨戒って、それ大丈夫なんですか?」

 

「上の許可は取ったさ、海域攻略は流石に不味いみたいだが哨戒くらいならいいってよ、まあこっちの連中も身体動かしてないと鈍りそうっつってたかんな、俺が軍学行ってる間の2~3年ずっと訓練って苦痛だろうしなぁ、特に摩耶とか付き合い長ぇから余計に辛そうだわ」

 

摩耶とは付き合いが長い? そういえばこの人元帥からスカウトされる以前は何をやっていたのだろうか? 今まで会ったり話に出てきた仲間の皆さんの様子から推測しようにもその殆どが濃厚なキャラをしているのでさっぱり見当も付かない

 

そうこう言ってる間に食堂の入口に到着、辺りに美味しそうな匂いが漂ってきていた

 

「そんじゃ楽しい昼飯の時間だ! 7名ですけど空いてますかー!?」

 

扉を勢いよく開きながら叫ぶ戦治郎、そしてふと思う、7名? 戦治郎、大和、漣、鈴谷、榛名、瑞鶴、翔鶴に大淀で8人じゃないか? そう思って周囲を見回してみたらいつの間にか大淀がいなくなっている

 

「あれ? 大淀は何処行ったの?」

 

「大淀さんなら、工廠で皆さんが艤装を保管場所に置きに行ってる間に工廠でやる事が終わったら執務室に戻るという連絡を頂いてますよ」

 

漣と同様に人数に違和感を感じていたのだろう鈴谷が尋ね大和が返す、工廠で任務の手続きした後はずっと静かだったと思ったらそもそもいなかったのか

 

「こんにちは提督、提督達が一番乗りですから席は空いてますよ、どうぞこちらへ」

 

そう言って席に案内する間宮、案内された席に座ったところで改めて挨拶が行われる

 

「皆さん初めまして、給糧艦の間宮です、この鎮守府の厨房を任された1人としてこの食堂で鎮守府に所属している皆さんに食事や甘味を振舞っています。 皆さんもお腹が減ったときは是非この食堂にいらしてくださいね、腕によりをかけたお料理で皆さんをおもてなししますね、どうぞよろしくお願いします」

 

そう言って頭を下げる間宮、確か間宮以外にも伊良湖、鳳翔、龍鳳、そして戦治郎の仲間が食堂を任されているんだったか、しかし、厨房を見たところ今のところ伊良湖の姿くらいしか確認出来なかった

 

「伊良湖ちゃんもこっちに来て皆さんにご挨拶しましょう?」

 

「あ、はい間宮さん、少々お待ちください」

 

そう言って作業を中断しこちらへ小走りで向かってくる伊良湖

 

「初めまして、給糧艦の伊良湖です、間宮さんと同じくこの鎮守府の厨房を任されています、間宮さん共々よろしくお願いします!」

 

「あれ? 提督さんは鳳翔さんと龍鳳さんもいるって聞いてたんだけど今日はお休み?」

 

伊良湖の挨拶の後、瑞鶴が鳳翔と龍鳳の事を尋ねる

 

「鳳翔さんと龍鳳さんは夕食の後、この食堂を使って居酒屋をやっていらっしゃるんですよ、ですので今の時間帯は私と伊良湖ちゃん、翔さんの3人でやっているんですよ」

 

また出てきた、翔さん? 確か太郎丸と一緒にこの鎮守府の周囲を艦載機で哨戒したり偵察したりしている人だったっけか、その人がここの厨房を任されている……、うぅ……、何か不安になってきた……、恐らく戦治郎の仲間なのだから深海棲艦なのだろう……

 

太郎丸は北方棲姫だったので艦載機については納得出来た、ではこの翔という人はどんな深海棲艦なのだろうか? 艦載機を扱うという事なら太郎丸と同じく陸上型? それとも空と同じ空母型?

 

そう思っているところに厨房の勝手口が開く音がして聞きなれない声が食堂に響く

 

「間宮さ~ん、伊良湖さ~ん、さっき頼まれていた牛肉、精肉場から持ってきました~!」

 

「ありがとうございます翔さん、お肉は冷蔵庫の中へ入れておいてくださいね」

 

どうやら噂の人物が来たようである、それも例の精肉場からお肉を持って

 

「分かりました! 弥七、そっちのお肉はそっちの冷蔵庫にお願いね、つまみ食いはダメだよ? もしやったら戦治郎さんやシゲに言いつけるからね?」

 

「へいへいわ~ってるって、とりあえずしまうモンちゃっちゃとしまおうぜ、早いとここっちも作業終わらせて飯にしたいんだからさ~、ここいると空腹感がマジでやばくなる」

 

おっと、牧場で名前が上がった弥七も翔の手伝いでこっちに来たようだ

 

「お~い、翔~、弥七~、ちょっちこっちカモン」

 

戦治郎が2人を呼ぶ、挨拶させるつもりなのだろう、怖い奴じゃありませんように……

 

「戦治郎さん、どうしたんですか?」

 

「どしたんよ? ご主人~」

 

そう言って姿を現したのは泊地水鬼と戦艦レ級elite

 

「うわあああっ!!!」「ぎゃあああっ!!!」「ひっ……!!!」「うえええっ!!!」

 

漣、鈴谷、榛名、瑞鶴が声をあげる、こりゃまたとんでもないのが出てきたのだから仕方ない

 

方や戦治郎の戦艦水鬼(本人は自称工作戦艦水鬼などと言ってたが)と同じ様に鬼級姫級より上位にいる水鬼クラス、方や悪魔の戦艦などと呼ばれ教本なんかでも見かけたら迷わず逃げろだの死を覚悟しろだの書かれている化け物、それのeliteクラスなのだから心臓に凄まじく悪いだろう

 

「あ、今日新しく着任した娘達かな? 初めまして、出雲丸 翔(いずもまる しょう)と申します、普段は食堂で間宮さん達のお手伝いをさせてもらっています、まだまだ半人前ですが皆さんに美味しい料理が振舞えるよう頑張りますので、何卒よろしくお願いいたします」

 

「半人前だなんて、翔さんはもう一人前の立派な料理人だと思いますけどね」

 

クスクスと笑いながら間宮が言う、間宮に一人前と認められているとなると相当な腕前なのではないだろうか?

 

「次は俺か、俺は弥七(やしち)、主に精肉場での精肉作業と牧場の手伝いやってるわ、お前らも精肉作業やる事なってるみてぇだし、そんときゃビシバシ指導すっから覚悟しとけよ~、んじゃ俺は戻るぜご主人、扶桑や六駆待たせてるかんな」

 

そう言って踵を返す弥七、おぉう、扶桑まで精肉作業やらされてるのか、ご愁傷様……

 

「おう、適当なとこで一旦切り上げてしっかり飯食えよ~、太郎丸が後で鶏持ってそっち行くって言ってたからな、無理せん程度に頑張れ~」

 

う~い、戦治郎に方を向く事もなく短く返事を返し勝手口から出ていく弥七、そういえばこいつも戦治郎の事をご主人と呼んでいる、太郎丸といいこいつといい、戦治郎とはどういう関係だ?

 

「さて、食堂に来たという事は食事をしに来たって事ですよね? 皆さん注文は済みましたか?」

 

挨拶が終わったところで翔が尋ねてくる、ああ、そういえばまだ注文をしていなかった、そういうわけでこの席にいる7人全員にメニューとお冷が渡されてあーだこーだ言いながら思い思いに料理を注文していく

 

だが、漣だけがメニューを開きもせずに神妙な顔をして何か考えているようだ

 

「どったよ漣、難しい顔して何か考えてるみてぇだけど何かあったか? それともまだ腹減ってなかったとかか?」

 

その様子に気付いた漣の正面に座る戦治郎が声をかける、それに合わせて同じ席に座っている者全員の視線が漣に集まる

 

「あ~……、それなんですが~……」

 

あっちの方から話をするチャンスを与えてくれた、でもいざ話を聞こうと思ったら尻込みしてしまう、本当に聞いていいものか躊躇ってしまう、しかし、ここで聞かなければ恐らくチャンスはもうないのではないか? ダメだ、頭が回らない……

 

「何か分からん事あったら今聞いていいんだぞ?」

 

この言葉を聞いたら漣の中の何かがキレた

 

「もう何もかもが分かんねぇですよ! 漣が初期艦だと聞いて来てみれば大和さんとか他にも艦娘が既にいたり、まだ稼働もしてない鎮守府に着任を希望する艦娘がいたり、着任したばかりの艦娘の艤装を改修するだとか提督だけでなく重要なポジションの人が悉く深海棲艦だったりとか、一部の人はご主人様だとか呼んでる事とか、あっちの世界にこっちの世界とかわけ分かんない単語が飛び交ってますし、個人営業だとか望さん以外は男とか、ホントもう何もかもがワケワカメですよ! しかも漣以外の方は事情知ってるみたいですし、漣だけが完全に置いてけぼりじゃないですか! 最初の挨拶のときからずっとこんな事考えてましたよ、ええ! そのへん全部教えてもらえるんですよね?!」

 

一気にまくしたてる漣、それを静かに聞く戦治郎、周りの者達はああ、しまったなぁ……といった表情をしている、そして戦治郎が静かに口を開く

 

「漣……、その件については済まないと思っている、だが、その話をする為に漣がとある事を知っているかどうかが問題になっててな、知らないのであればそれを教えてから詳しい事を話そうと思っていたんだ、それだけは理解してくれ」

 

とある事? まだ何かあるのか? もういい加減にして欲しい

 

「とある事、って何ですか?」

 

「漣、おめぇは深海棲艦の血が何色か知ってるか?」

 

深海棲艦の……、血……? 何を言い出すんだこいつは、と思ったがそういえば自分は深海棲艦の血の色が何色なのか知らなかった、軍学校の教本にもそんな記述はなかったし自分は今年軍学校を卒業したばかりの新兵だから戦場に出た事もない、だから深海棲艦の血の色を知らないのだ、しかし、それにどんな関係があるのだろうか?

 

「それは……、知らないです……」

 

正直に答える、その答えを聞いた戦治郎は目を閉じたまま数回ほど軽く頷く

 

「そうか……、本当は明日来るだろう夕張達と一緒にやるつもりだったんだが、こうなったら仕方ねぇわな……」

 

そう言って目を開き漣を見る戦治郎、その口から思いもよらない言葉が飛び出す

 

「よっしゃ! そういうわけで漣、飯食ったら出撃すんぞ! 旗艦はおめぇだ!」

 

「んぇっ?!」

 

驚きのあまり変な声が出た、え? 自分が旗艦!?

 

「お? もしかして初出撃? いいじゃん! 鈴谷頑張っちゃうよ~!」

 

「はい! 榛名はいつでも行けます! 勝利を! 提督に!」

 

「早速出撃? 腕が鳴るわね! アウトレンジ、決めてやるんだから!」

 

出撃と聞いて闘志を燃やし立ち上がる3人、だがそれは戦治郎の一言で打ち砕かれる

 

「いや、おめぇらは工廠行け工廠、改修作業やるっつってただろうが、おめぇら用に微調整やんなきゃいけねぇからおめぇら行かねぇと終わんねぇぞ」

 

「「「あ……」」」

 

どうやらすっかり忘れていたようだ、肩を落とし静かに着席する3人、何か可哀想

 

「では、大和の出番ですね!」

 

「いや、大和はまだやんねぇといけねぇ書類あっただろ? 大淀と一緒にそっち片づけててくれ、それと漣が主砲ぶっ放ってたから執務室汚れてたはずだしもしかしたらどっかぶっ壊れてっかもしんねぇから輝と藤きっちゃんに頼んで直してもらっといてくれ」

 

「あぅ……、分かりました……」

 

しょんぼりとする大和、本当に申し訳ないです……

 

「翔鶴は~……、空のとこ行ってていいぞ、工廠出るときめっちゃ名残惜しそうにしてたかんな、だからと言って空の事ばっか見てねぇで妹のパワーアップした姿も見てやれよ?」

 

「提督……、ありがとうございます! ……♪」

 

嬉しそうに微笑みながら頭を下げる翔鶴、その気配りを大和にもしてあげて下さい、貴方が嫁にしたい艦娘なんでしょう?

 

「でも、そうなると随伴艦は誰がするの? まだ会ってないここの艦娘の誰かに頼むの?」

 

「あ~、他のは非番だったり剛さんに着いてってたり光太郎に着いてくみたいで空いてるのがいないみたいなんだわ」

 

それは大丈夫なのか? 鎮守府空けて敵とか来たらどうするんだ?とか思ったけど空とか弥七とかいるし何とかなりそうだと思ってしまった、つかそうなるとまさか自分1人だけで戦えと? ここ実はブラック鎮守府だったりするの? そしてさりげなく戦治郎の仲間らしき人の名前が出てた、輝に藤きっちゃんに剛さんだっけか、シゲやら護、憲兵の人もまだ会ってなかったが多くないか? そう考えながらお冷を飲んでいたら戦治郎が予想の斜め上を光の速さでダッシュするような事を言い出した

 

「ってわけで、随伴艦は俺! 以上!」

 

お冷を全力で噴き出した、戦治郎に直撃した




補足 深海棲艦の出血について

艦娘の艤装によって行われる砲撃、雷撃、艦載機による爆撃は深海棲艦に出血するような傷を付けたり身体の一部を吹き飛ばしたりする事が出来ない、これは妖精さんが女性にグロテスクなものを見せるのはどうかと思い配慮した結果である、教本などにそういった記述がなかったのはそのせい

出血させたかったら深海棲艦を物理的に殴ったり斬り飛ばしたりしないといけないが、それはあまりにもリスクが高すぎるという結論が大本営で出されていた


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出撃準備

戦闘回が近づいてくる……、思った事考えた事をしっかりと文章で表現出来るか不安です……


何かとんでもない事になってしまった

 

随伴頼めそうな人がいないからって提督である戦治郎が出撃するって、そんなのアリなのか? いや、あの人は見た目は戦艦水鬼だからやってやれない事はないんだろう、でもそれを大本営が許すのだろうか? それに戦治郎達にとって深海棲艦は仲間じゃないのか? 戦治郎が出撃する事で厄介な事が増えるくらいなら翔鶴を出した方がよくないか? あの人練度99なんだから間違いなく強いだろうし角も立たないだろうし……

 

そのあたりはどうなのか聞いてみれば

 

「問題ねぇ、そこらへんは大本営としっかり話つけてっかんな、大規模作戦の時以外の出撃は1~2人くらいで抑えてくれりゃぁいいってよ、あんまこっちの面子使いすぎると友軍から間違えて攻撃されたり所属艦娘の育成に影響出るし、俺ら見て深海棲艦の鹵獲と運用に成功したと勘違いして鹵獲に挑戦して大打撃喰らう馬鹿タレが出そうだから制限はかかってる、だが出る事自体はOKもらってんだ、俺らの有用性は大本営も認めてるってこった」

 

どうやら話はつけているようだが、本当にそれでいいのか大本営

 

そうこう話をしている間に注文していた料理が届く、因みに漣はお冷を景気よく噴き出し盛大にむせ返った後、落ち着いたところで漣が噴き出したお冷がぶちまけられたテーブルや床を掃除していた翔に頼んでおきました

 

出撃関係の事で頭が一杯で料理の味も、周囲の会話も全然分からなかった……、こうなったら何としてでも無事に帰ってきて改めて料理の味を楽しもう、そう誓う漣だった

 

 

 

 

 

 

 

「さて、この制服汚すわけにもいかねぇから俺は着替えてくるわ、その間に……」

 

食堂での食事も終わり、食堂の皆さんに一言お礼を言って鎮守府ツアーをやっていたメンバーが全員表に出たところで、戦治郎がそう言い放ち息を大きく吸い込む、一体何をする気だ? そう思った瞬間

 

「大五郎おおおおおーーーーーっ!!!!!」

 

食堂の窓がガタガタと震え漣達の身体すらも揺らすような大声を上げる

 

うるせえええええーーーっ!!! そして大五郎って誰えええーーーっ!?!??

 

そんな事を考えていると、牧場の方角から何かがこちらに向かって走って来ていた、ドドドドドッという音を周囲に響かせ土煙を撒き散らしながら勢いよくこちらに突っ込んでくる、その地響きが近づくに連れて段々大きくなっていき、地面が土からコンクリートに変わったあたりで土煙を突き破りその姿が露わになる

 

艤装だ、今地響きを上げて近づいて来ているのは戦艦水鬼の艤装であった、しかし距離の割に大きいように見えるのは気のせいだろうか……?

 

それから更に近づいた所でブレーキをかけたのかギャリギャリギャリとコンクリートが削れるような音を撒き散らしながら漣達の前で停止する艤装

 

「「「でかあああああああっ!!!」」」

 

漣、鈴谷、瑞鶴が叫ぶ、榛名は言葉を失っているようだ

 

いあ、もうね、ほんとでかあああああい!!! 説明必須!!!

 

戦艦棲姫や戦艦水鬼の人型艤装は人間よりも一回りは大きいとは言うけど、戦治郎の艤装だと思われるこれはその人型艤装より明らかに巨大だったのだ、腕だけで戦治郎や大和の倍以上ありそうだった

 

「ご主人~、おらの事呼んだか~?」

 

「「「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」」」

 

そしてこの艤装、喋った! このタイプの艤装って喋れるの?!

 

「おめぇらイチイチうるせぇ! 驚いたのは分かったからちったぁ静かにしろ!」

 

戦治郎に怒られた、でもこれは仕方なくね? こんな巨大ロボットみたいなの出てくるなんて誰も想像出来ないと思うよ?

 

「紹介するわ、俺の艤装になっちまった大五郎だ、全高8.8mと図体はでかいが性格は大人しいいい子だからな、太郎丸の教育のおかげでいきなり襲い掛かったりはしねぇからあんま怖がらないでやってくれ」

 

「はじめまして~、おら大五郎いいますだ~、でっかくてこえぇかもしんねっけどおらぁみ~んなと仲良く出来たら嬉しいと思うんだぁよ、どんぞよろしくおねがいしますだぁ」

 

のんびりとした口調で自己紹介を終え2つの頭でお辞儀をする大五郎、サイズがサイズ故それだけでも妙な迫力がある

 

「よっし、挨拶も終わった事だし大五郎、今から漣と出撃すっから工廠行って準備しててくれ、俺は今から着替えてくる」

 

「承知しただぁご主人~、んで、漣ってどの子だぁ?」

 

「そこの桃色の髪の毛の娘だ、んじゃ行ってくるわ~」

 

漣を指差しそう言った後、さっさとその場を後にする戦治郎、それではまた後ほど、と言って戦治郎の後を大和が追って行った

 

「お~、おめぇさんが漣かぁ?」

 

大五郎がこちらに顔を近づけて聞いてくる、仲間だと分かっていても怖い

 

「あ、はい……、漣は自分です……」

 

大五郎の迫力に気圧されながら答える

 

「お~、今から一緒に出撃すっからよろしくなぁ~」

 

そう言ってこちらにその巨大な右手を差し出してくる

 

「えっと、これは……、握手ですか?」

 

「んだんだ、太郎丸のアニキから教えてもらったんだぁよぉ、人間はこういう時こうやって挨拶するもんだって」

 

あのちっちゃい子がアニキ? どう見ても大五郎の方がアニキって感じがするが……

 

そんな事を考えながらも、大五郎が差し出した手を無下にする事も出来ないのでとりあえずその大きく太い指を掴む

 

「これが初の実戦になるのでまだ勝手がよく分かりませんが、足を引っ張らないようには頑張りますのでよろしくですよ」

 

「お~、これが初めての戦いだったか~、安心してくんろ、分かんねぇ事があったらご主人がきっと分かり易く教えてくれるだろうし、漣とご主人の事はおらがしっかりお守りすっからな~」

 

そう言って左手で自分の胸を叩く大五郎、あれだけ怖かったその姿が頼もしく見えてきた

 

「そんじゃ、工廠に向かうべ、っと漣、これはお近づきの印だぁ」

 

「ふえ? ひゃあ!」

 

そう言って漣を持ち上げる大五郎、何事かと思った矢先に持ち上げられ驚きの声を上げる漣、それを気にも留める事もなく大五郎は持ち上げた漣を自分の右肩にゆっくりと下す

 

「うっわたっか! こっわ!」

 

全高8.8mもある大五郎の肩の上、それはもう高い事高い事、高所恐怖症でなくても怖いだろう

 

「漣~しっかり掴まってくんろ~、そいじゃ工廠へ向けて出発しんこ~!」

 

そう言って工廠へ向かって歩き出す大五郎

 

「ぎゃー! 揺れるー! 落ちるー!」

 

その肩の上でギャーギャーと騒ぐ漣、速さこそゆっくりではあるが下手なジェットコースターより怖いはずだから仕方ないと言えよう

 

その光景を見て苦笑いを浮かべ、鈴谷達もその後を追うのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして場所は工廠の艤装保管場所へと移る

 

鈴谷達の艤装は既に空が作業場所へ持ち出して作業していたので、鈴谷達は今そちらに行っているのでここには漣と大五郎しかいない

 

「それ、大五郎さんのだったんですか……」

 

自分の艤装を装着しながら、納得したように大五郎へと声をかける

 

艤装保管場所にあった巨大な艤装と思われる物、それを今正に大五郎が装着しているのだ

 

巨大なコンテナを背負い、本体とコンテナの隙間から×字状に伸びたアーム、上の2本に列車状の大砲が付けられ、下の2本には巨大ガトリング砲、長方形の杭打機付き盾は右腕に装着し左腕には大きな爪の付いたあのガントレット、4つの黒い箱状の何かの内2つを太ももの外側に取り付けていた、残った2つは右手で大事そうに持っていた

 

「んだ~、この装備はご主人が妖精さん達と協力しておらの為だけに作ってくれたんだぁよぉ」

 

おおう、メイドイン戦治郎ウィズ妖精さんの装備か、それなら深海棲艦にも通用しそうだ、つかとんでもない威力が出そうだしこれで攻撃される深海棲艦が可哀想に思えてくる、漣がそんな事を考えてるのも知ってか知らずか、大五郎は心なしか嬉しそうにそう答えていた

 

「しっかし、太郎丸ちゃんといい、弥七だっけ? あの人の事をご主人様呼びする人が多いんですけど、どういう関係なんですかね~?」

 

ふと、思った事を声に出してしまった漣

 

「ん~? おら達は生まれ変わる前はご主人のペットだったって聞いてなかっただか?太郎丸のアニキが犬でおらがヒグマ、弥七は虎だったと思うだぁよぉ」

 

「んぇ?! ペット!? というか生まれ変わった?!」

 

思いもよらない答えが返ってくる、ていうかヒグマと虎がペットってなにそれこわい

 

「その反応だとご主人はまだ教えてないみたいだぁな~」

 

「ああ、はい~……、そのあたりを教えてくれって言ったらその為に出撃だー!ってなっちゃってですね~……」

 

「なるほどな~、だったら早いとここの戦い終わらせてご主人に聞くべきだぁねぇ、ご主人はこういう約束は違えたりなんかしないからきっと教えてくれるはずだぁよぉ、そういう事でおらもこっから先の話は秘密にしておくだぁよぉ」

 

「えぇ~、そんな~、もうすこ~しだけ教えてもらえませんか~?」

 

「ダメダメ~、ご主人が秘密ならおらも秘密だ~」

 

そう言ってこれ以上情報提供はしない姿勢をとった大五郎にケチー!などと言いながら漣は考えていた

 

大五郎達は深海棲艦に生まれ変わった戦治郎のペット、これはかなり重要な事のような気がする、もしこれが本当だったとしたら戦治郎達も深海棲艦に生まれ変わった人間なのかもしれない、そんな可能性が頭をよぎる、しかしそんな事例は今まで聞いた事もない、軍が情報統制しているからなのか? 今考えてもさっぱり分からない

 

そしてその事と深海棲艦の血に一体どういう関係があるのだろうか、こちらもやはり今のままでは情報が足りない、情報を集めるには何としてでもこの出撃を成功させ生き延びて戦治郎から話を聞くしかなさそうだ

 

そんな事を考えている間に、それぞれの艤装の装着も完了していた

 

「よっし、漣の準備も完了したみたいだし、そろそろ行くだぁよぉ」

 

「ほいさっさ~、早いところ片づけて、この鎮守府の秘密を白日の下に晒してあげまっしょい!」

 

そう言って工廠の出入口へと向かう漣、その背中に頑張れー!漣さんなら大丈夫です!など鈴谷達からの声援が送られる、初出撃のはずなのだが恐れや緊張などが一切湧いてこない、今の漣は非常にやる気に満ち溢れていたのだ

 

「駆逐艦漣、出る!」

 

「漣~、まだ工廠から出てもないのにそれは早いと思うだぁよぉ」

 

ええい、無粋な事を言いおって!



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出撃! 鎮守府正面海域 前編

盆休みが終わってしまった……

恨めしや、憎らしや、残業時間ェ……


「♪~♪♪~♪~♪♪~♪~♪♪♪~♪♪♪♪♪~」

 

戦治郎が鼻歌を歌いながら海の上を駆ける、その姿は最初に会ったときの軍服姿とは違い黒いノースリーブシャツに黒いバイカーレザーパンツ、それに改造軍用ブーツと黒ずくめである

 

今、漣達は鎮守府を発ち鎮守府の正面に広がる海の上を移動していた

 

現在の陣形は単縦陣、旗艦が漣の為漣を先頭に戦治郎、大五郎が続いている形になっているが違和感が半端じゃない、本当に漣が先頭でいいのだろうかとすら思う

 

「しっかし、ここは何処の海なんでしょう? 思ったより広い感じがしませんし~、どこかの湾の中とか?」

 

自分の中の違和感をちょっとでも和らげようと思って、今自分達が移動している海の事を戦治郎に聞いてみた

 

「ん? ここは有明海だ、因みにウチの鎮守府は佐賀県にあんぞ」

 

佐賀……、確か長崎と福岡の間にある県だったか……、しかし長崎には佐世保鎮守府が無かっただろうか? 佐世保鎮守府は規模が大きかったはずだからこのあたりも管轄に入っていそうなものなのだが……、そう考えてる中戦治郎が言葉を続ける

 

「本来ならここは佐世保の管轄なんだろうが、あそこは規模がでけぇからでかい作戦とかにもよく引っ張られるわけだ、そうなるとここの警備や防衛は佐世保の予備の戦力でやる事になるんだが、佐世保の予備の戦力だけじゃ不安だって近隣の住民達が騒いだみてぇでな、どうするかと上が考えてるところで都合よく俺らが登場したんだわ、そんでここに鎮守府建てるからそこの提督やってくれって頼まれたってわけよ」

 

笑いながら答える、なるほど、ここは佐世保鎮守府の予備戦力の補強みたいなものだったのか、何か佐世保の予備どころか主力すら喰らい尽くしかねないような戦力があるような気がするが……

 

「まあ、俺らもいい加減本拠地らしい本拠地欲しかったからOK出したわけだ、ただ提督業がどんなもんか知らんって言ったら変装して江田島の軍学行くハメになったんだがな、鈴谷達と会ったのはその時だ」

 

「本拠地らしい本拠地ってどういう事です? 提督になる前は何やってたんでしょう?」

 

戦治郎に今の会話で気になった点を質問する、この際だから聞けるもんはガンガン聞いていこう

 

「ああ、提督なる前は色んなとこ駆け回って海賊まがいの事やってたな、深海棲艦相手にな、ワ級襲ってボッコボコにして物資奪ったり、補給拠点襲撃して資源や資材強奪したりな、その最中に摩耶とかドロップ艦連中助けたりしたらついてくるようになったりしたっけなぁ……、陰ながら輸送任務の手伝いしたり海域解放の為に来た艦娘と戦ってる深海棲艦を思いっきり横殴りしたり、ブラ鎮所属の艦娘から助けを求められたから助けてあげたりとか、ホント色々やったわ~……」

 

やだ、この人達自由過ぎ

 

「こんな事やってたのとあっちの都合がうまく噛み合った結果スカウトされたって感じだな、腕のタトゥーのおかげでカスガダマ沖で共同戦線張った大本営所属の長門達に覚えててもらえてたのもでけぇ」

 

大本営の長門って、確か元帥の秘書艦じゃなかったか? この人はそんな人とパイプ持ってるのか……、しかし……

 

「何か、鎮守府の案内してるときより色々と教えてくれますね~、漣が聞くタイミング逃したのが大きいかもしれませんが……」

 

「ああ~……、確かに何か聞きたそうにはしてたな、ホント悉くタイミング逃していたが……、まあ、食堂でも言ったがホントは明日夕張達来てから色々教えるつもりだったかんな、そこはホントすまん、こっちの配慮が足りんかった」

 

そう言って頭を下げる戦治郎、ああ、そういう事されるともうこれ以上言えなくなるじゃないか……

 

「いえ、何か考えがあってそうしていたわけなんですし、それにこれが終わったらちゃんと教えてくれるんですよね? だったらこっちももう気にしませんから顔を上げて下さい、ほらほら~」

 

そう言って戦治郎の頭を上げさせようとする漣、ダメだ、全然上がる気配がしねぇ

 

「ありがとよ、漣……、っとお喋りはここらで終わりだ」

 

そう言うなり右腕を水平に上げる戦治郎、一体何が始まるというのだろうか

 

「鷲四郎、偵察頼む」

 

戦治郎がそう告げると、彼の右肩に黒い塊が出現する

 

「ちょっ!! 何ですかこれ?! って鷲四郎?」

 

確か執務室で戦治郎が言っていた名前だ、どういう事だと思っていたら巨大過ぎて視界に納まり切れていない大五郎の事を思い出す、大五郎は戦治郎のペットで生まれ変わったら戦治郎の艤装になっていたそうだ、もしかして鷲四郎とは……

 

漣が考えてる最中に、黒い塊に変化が起きる

 

まず目が1つ中央に出てきた、その後口、尻尾、2本の足が生えてきて戦治郎の腕の上を走りだす、そして勢いが付いたところで翼が出てきて空に飛び立った、そのタイミングに合わせて戦治郎がいつの間に持っていた爆雷のようなものを上に投げる、それを空中で2本の足を使って掴みこちらへ向かって飛んでくる

 

「漣は初めて見るだろうから紹介しとく、俺の艦載機になっちまった鷲四郎だ」

 

「どうも初めましてだな、嬢ちゃん、俺は鷲四郎ってんだ、よろしくな」

 

どういう原理か分からないが、空中に停滞しながら挨拶をしてくる鷲四郎

 

「嬢ちゃんって、漣には漣っていう名前があります! というか、この子もペットなんですか?」

 

「ペット云々は大五郎から聞いたのか?」

 

「ごめんよご主人~、もう教えてるもんだと思って言っちゃっただぁよぉ……」

 

そう言ってしょんぼりする大五郎、工廠で話をしたりしていたせいか最初見たときみたいに恐怖感みたいなのは感じなくなった、むしろちょっと可愛いかも?

 

「気にすんな大五郎、どうせ今日教える事になったかんな、で、鷲四郎の事だが漣が言う通り俺のペットで元は雄の白頭鷲だ、でも何でこの艦載機になったんだろうな? 戦艦水鬼だったらこの艦載機運用出来ねぇはずなんだがな……? つか何で俺使えてんだ?」

 

戦治郎が分からない事が漣に分かるわけがない、つか鷲がペットってすげぇ……、他にもヒグマだとか虎も飼ってたみたいだし、どんだけ生活に余裕あったんだ……

 

「まあいいや、とりあえず鷲四郎、偵察してきてくれ」

 

「あいよ旦那、んじゃひとっ飛びしてきますかねぇ!」

 

そう言い残し鷲四郎は空の彼方へと飛んで行った、この子は戦治郎の事旦那呼びなのね

 

鷲四郎からの通信が来るまでの間に、聞いた事といえば太郎丸がジャーマンシェパードだった事と弥七がベンガルトラだった事くらいだった

 

そんな事を話していたら、鷲四郎から通信が来る

 

「旦那、1時の方向にちっこいのが1匹いるぜ、9時の方向に移動してやがる。距離はそこからそう遠くないがどうする?」

 

どうやら仲間からはぐれた駆逐艦だろう、結構近いとこまで来ているようだ

 

ここが何処かを考えたら、これはかなり不味いのではなかろうか? どう考えても防衛ライン突破してね? 何というザル警備、何やってんだ佐世保鎮守府!

 

「OK分かった、鷲四郎は戻ってきてくれ、んで漣、おめぇの腕前見てぇから1vs1でやってきてくれ」

 

「ふぁっ?! 一緒に戦ってくれないんですか!?」

 

何言い出すんだこの人

 

「さっきも言ったがおめぇの実力を見てみてぇんだ、これ以上はやばいって思ったら俺が何とかするさ、なぁに、おめぇならやれるさ!」

 

何か言いくるめられてるような気もしないでもないが、言ってる事は一理ある、ここでいいところを見せておけば後々主力に抜擢してもらえるかもしれないし、ご褒美として戦治郎からもっと色んな事を詳しく教えてもらえるかもしれない

 

「分かりました、そういう事なら本気でいっちゃいますよ~! もし勝ったらご褒美よろですよ~!」

 

「わ~ったわ~った、そいじゃ行ってこい!」

 

「そいじゃやるよ~! ほいさっさ~!」

 

そう言って駆け出す漣、その後を追う戦治郎と大五郎、漣との距離が離れていくがぶっちゃけ問題ない、実は既に相手は大五郎の射程内にいるのだから……

 

漣の方でも相手を感知したようで、漣は砲撃の準備に移る

 

相手は駆逐ハ級の様だ、まだ漣に気付いた様子もなく移動を続けている、漣達は今南を向いているわけだからそこから9時方向となると……、このままだと熊本が襲われるかもしれない、それだけは避けねばならない

 

「徹底的にやっちゃいますのねっ! これでも喰らえっ!」

 

そう言って主砲を発射するもハ級の目の前に着弾、ダメージを与えるに至らなかった

 

初出撃に加え、単独での戦闘という事もあって無意識のうちに緊張していたのだろう、思ったところに砲弾が飛んでくれなかった

 

しまった! そう思ってしまうと漣の中に焦りがその鎌首をもたげてくる、相手がこちらに気付いていないというアドバンテージを無駄にしたばかりか、そのせいで相手に気付かれてしまった、そうなると相手も砲撃してくるはず! 回避しなくては! そう思えば思うほど身体が鉛のように重くなってくる、不味い、本当に不味い! 焦りがどんどん大きくなっていく、動きも止まってしまっている、どうすれば、どうしたら……、そう考えてると

 

「頑張れ頑張れ頑張れ出来る出来る出来る!!!もっと頑張れ絶対出来る!!!いけるいけるいける!!!諦めんなよっ!!!もっと熱くなれよぉぉぉーーー!!!!!」

 

「漣~! 頑張るだぁよ~! おら達が付いてるんだ~! 焦らなくてもいいんだぁよ~!」

 

戦治郎達が大声で漣に声援を送っているではないか、特に戦治郎の声援は何かに憑りつかれたかのように熱いものだった

 

何やってんだよあの人! などと思うものの先程の身体の重さが嘘だったかのように無くなっている、それどころか身体が軽い、これならどんな砲撃でも避けられそうだ、そう思うほどにだ

 

漣の緊張と焦りを見抜いてこうやって声援を送ってくれているのならば、戦治郎達に感謝しなければならない、そうなるとお礼はしっかりとしないといけない、ならばこの戦いに勝たねば、声援のお礼はこの戦いでの勝利、それしかないだろう!

 

そう考えると闘志が燃え上がってくる、やる気が漲ってくる! この戦い、負けられない!負けたくない!負ける気がしない!!!

 

そして漣が動き出す、ハ級との距離をガンガン詰めていく

 

漣が主砲を撃った事によりハ級が漣の存在に気付き、唸り声を上げて威嚇してくるが漣が退く様子もないので主砲を撃ってくる

 

「よっと! そんな弾当たりません……よっと!」

 

絶妙な回避を決め、お返しとばかりに漣が再度主砲を撃つ、これはしっかりとハ級を捉え着弾、被弾箇所から黒煙が立ち上がってる様子を見る限り、どうやら相手は中破したようだがまだまだやる気の様で主砲を撃ってくる、が、照準が上手く定まらないのか砲弾は明後日の方角へと飛んでいき漣に被害が出る事は無かった

 

これはチャンスとばかりに漣は距離を詰め、魚雷発射管をハ級へと向ける

 

「これで……、トドメだぁっ!!!」

 

魚雷発射管から飛び出した魚雷は真っ直ぐハ級に向かって進んでいく、回避行動をとろうにも身体をうまく動かす事も叶わない

 

そしてハ級がいた場所で盛大に水柱が上がる、どうやら魚雷は直撃したようだ

 

水柱が消えた後には、さっきまでハ級だったものが静かに沈んでいく姿が確認された

 

駆逐艦漣と駆逐ハ級の勝負、それは漣の完全勝利という形で幕を閉じたのであった



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出撃! 鎮守府正面海域 中編

「ハァ……、ハァ……、うぅ~……! とったどー!!!」

 

初出撃の初戦闘で初勝利を飾った漣の最初のコメントがこちら

 

激しく身体を動かした事もあり、肩で息をしているもののその表情は明るい

 

今までテレビや教本の中でしか見た事のなかった深海棲艦と現実で初めて対峙し勝利したのだ嬉しくないわけがないだろう

 

「漣! ヘイ! ヘイ!」

 

そう言って漣にハイタッチを求める戦治郎、大五郎もそれに倣う

 

「ご主人様ヘイ! ゴロちゃんもヘイ! 見てくれました? これが漣の本気って奴ですよ~にゃはははは~!」

 

ここで初めて漣が戦治郎の事をご主人様と呼ぶ、ついでに大五郎にゴロちゃんというあだ名も付いた、ようやく心開いてくれた感じか……、内心喜ぶものの鎮守府に戻った後周りにどう説明するか悩む事となった

 

「ホントよくやったな漣、だがさっき上手くいったからって次も上手くいくとは限らねぇから慢心と油断だけはしてくれんなよ? それで大怪我した奴、死んだ奴を俺らは掃いて捨てる程見てきたからな、特に死んだ奴なんてマジで凄惨な結末迎えてたかんなぁ……、俺らの知ってる顔の中からそんな奴が出るのだけはゴメンだからな、肝に銘じとけよ?」

 

戦治郎が真顔で言ってくる、その表情と雰囲気からそれらが真実であり戦治郎の本心である事は容易に察する事が出来た

 

「は、ハイご主人様! 漣、肝に銘じます!」

 

若干気圧されながらも答える漣、そりゃ大きな火傷痕がある顔が急に真顔になったりしたら見慣れたとしてもやっぱりビビる

 

「それは兎も角、ホント頑張ったなぁ、初戦闘で完全勝利は凄ぇわ、帰ったら間宮のアイス奢るくらいはやんねぇとな!」

 

そう言いながら戦治郎は漣の頭を優しく撫でる、それがまた本当に心地良くて何時までもこの時間が続けばいいのにとすら思うほどであった

 

しかし、それも長くは続かなかった

 

「旦那、ちょっといいか?」

 

「鷲四郎か、どうした? さっき戻ってこいっつったのに戻って来てねぇみたいだが何かあったか?」

 

どうやら偵察からまだ戻っていない鷲四郎からの通信のようだ、戦治郎は漣の頭を撫でるのを中断して鷲四郎との通信に集中する、漣がかなり残念そうな顔をしていたように見えた気がするが気のせいにしておく

 

「あったっちゃぁあったな、いい知らせと悪い知らせがあるがどっちから聞く?」

 

「普通だったらいい方から聞くもんだろうな、まあ俺はそんなんクソ喰らえだから悪い方から頼むわ」

 

「OK、じゃあ悪い方な、そこからかなり離れたところでドロップ艦と思わしき艦娘がドンパチやってるようだ、方角はそっちから見て11時方向だ、漣の嬢ちゃんよりもちっこいみたいだから恐らく駆逐艦の艦娘か? 相手と数も質も違うからか圧倒的に劣勢だな、沈むのも時間の問題かもな」

 

「はい旗艦交代! 旗艦俺! 大五郎は漣をパイルダーオンしろ! それとハコもすぐにでも使える状態にしとけ! 方角は11時方向な! よーいドンで行くぞ! 漣、落っこちないように大五郎の首のどっちでもいいからしっかりしがみついとけよっ!!!」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばす戦治郎、言葉こそふざけた感じはするがその表情は真剣そのものである

 

「え? え? ひゃぁ!」

 

「ごめんな~漣~、どうやら急ぐみたいだぁよ~、すっごく揺れるけど勘弁してくんろ~」

 

大五郎はそう言って漣をひょいっと持ち上げて自分の2つある頭の間におろす、漣は大五郎の上に乗せられた直後すぐに右の首にしがみつく、高さがあって現在進行形で怖いのもあるが、大五郎の口から凄く揺れると忠告があった事で鎮守府で乗せてもらった時よりも激しく揺れるのだろうと簡単に想像出来たからだ

 

「よっしゃ準備いいな?! いくぞっ!」

 

「あ、ちょっと待ってまだ心の準備がっ!!!」

 

準備万端と言わんばかりに戦治郎はクラウチングスタートの体制に入り、大五郎は両腕に力を込め始める、そして今から何が起こるか想像もつかない漣が大五郎の上で騒ぐ

 

「よーい……」

 

「いやー!!! 待って待って待ってーーー!!! 怖い怖い怖いーーーーー!!!!!」

 

先程言った合図を出し始める戦治郎、脚を伸ばし尻を天に突き出すような体制になりレザーパンツを穿いているせいもあってヒップラインが強調されちょっとセクシー、更にヒートアップする漣、そして漣の悲痛な叫びも空しく

 

「ドンッ!!!」

 

合図と共に1人の鬼と少女を乗せたその従者が勢いよく海面を蹴り、或いはその巨大な両腕を叩きつけ駆け出す、その様は正に烈風の如く

 

「ぎゃあああぁぁーーーっ!!! 速い速い速すぎですってえええぇぇーーー!!! 助けてええぇぇーーー!!! 死ぬうううぅぅーーー!!!」

 

漣が絶叫を上げる、見た目はどう見ても低速戦艦のはずなのにとんでもない速度で海面を駆けて抜けて行く戦治郎と大五郎、もし振り落とされれば絶対に無事ではいられないだろうと察した漣は全身全霊の力を込めて大五郎の首にしがみつく、どうやったらこんな速度が出せるのだろう

 

「目ぇ開けてたら酔うかもしんねぇからしっかりと目ぇ閉じておくだぁよ~」

 

口調こそのんびり、しかし走る速度が尋常じゃない、しかも忠告通りめっちゃ揺れる、ここは大人しくいう事を聞いて目を閉じておこう……

 

「間に合えぇぇぇーーーっ!!!」

 

戦治郎は魂の咆哮を上げながらひたすらに海面を蹴って進む、例え名前も顔も知らないとは言え誰かがピンチである事を知ってしまった以上、見て見ぬ振りをする事は出来ない、それをやってしまえば自分を永遠に許せなくなってしまう

 

戦治郎達はひたすら走る、今正に消えてしまいそうな命を救い出す為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて艦娘を見たのは呉に住んでいたときだった

 

父が転勤する事が非常に多く、友達が出来たとしてもすぐに転校する事になって、転校したすぐは友達とよくメールなどのやり取りをしていたがそれもすぐになくなって何度も寂しい思いをする事になった

 

それを全て父のせいにして私は何度も父に噛み付いた、その度に父は「ごめん」「すまない」と謝っていた、そんな父に噛み付く事しか出来ない自分が余りにも惨めに思えて仕方がなかった

 

そんな私を不憫に思った父が、ある日家族で出掛けようと提案し向かった先は呉鎮守府、目的は呉鎮守府で行われる観艦式を見に行く事だった

 

初めて見る本物の艦娘に、私はとても感動し魅かれていった

 

特に大和と呼ばれる艦娘を見たとき、とてつもない憧れを抱いた

 

如何なる敵をも薙ぎ払う事が出来そうな巨大な砲、如何なる攻撃からも民を、己を守り徹す事が出来そうなその強固な装甲、そしてそれらを纏う女性の美しさ、正に大和撫子と言えるだろう

 

柄にもなく興奮して、父と母に何度も大和の事を語っていたのは今でも覚えている、それが両親との最後の会話だったのだから

 

その帰り道でそれは起こった、呉の街にけたたましいサイレンが響き渡り住人に避難勧告が出された、運悪く海沿いの道で渋滞に捕まり立ち往生している時にそれは現れた

 

突如として現れた深海棲艦の攻撃で、私達家族が乗っていた自動車は吹き飛ばされてしまい、その後どうなったのかは分からない、目を覚ました時は病院のベッド上だった、そこで両親が亡くなった事を聞かされた

 

私だけが生き残ってしまった……

 

その後、父の実家がある熊本に移り住む事になった、祖父母は私を温かく迎えてくれた

 

それからというもの、私は己を徹底的に鍛えた、深海棲艦に復讐する為に……

 

艤装の使用資格を取り、密かに独学で戦術などを学び独自の戦闘訓練を行う毎日

 

艤装を購入するとき、私は祖父母に嘘をついてしまった、艤装競技を始めたいと言って祖父母を騙してしまった、軍に入りたいと言ったときに激しく反対されてしまった為こういう手段を取らざるを得なかったのだ

 

艤装購入後あまり私と話をしなくなったあたり、恐らく祖父母も薄々この事に感づいていたのだろう

 

そして今日、私が住んでいる街であのときのようにサイレンが鳴り響いた

 

私は祖父母の静止を振り切って艤装を装着し海に向かって走り出す、両親の仇である深海棲艦を討つ為に……

 

だが、どうやらそれも叶いそうにない、今の私は主砲と魚雷発射管を破壊され抵抗する手段もなければ、機関部もやられてまともに動けない状態になっていた

 

相手は4隻、旗艦と思わしき軽巡ホ級1隻に駆逐ハ級が1隻、駆逐ロ級2隻という構成だ、相手の数が多いだけでなく軽巡もいるのだから絶望的な状況である

 

こちらの艤装は威力を上げる為の改造を施しはしたが、結局リミッターを外す事が出来なかったので水風船から硬式テニスボールに上がった程度、焼け石に水である

 

碌に動けなくなった私に対して、奴らは遊んでいるのだろうか私を直接狙わず至近弾でジワジワと攻めてくる

 

普通の人だったら、ここで神様にお祈りでもしている事だろう、だけど私はそんな事はしない、祖父母を騙し静止を振り切ってこの場所に立った私が神様なんかに縋るなど許されないのだ……

 

「私が沈むなんて……認めない……認めないんだから……」

 

こんな私でも最後くらい強がっても罰は当たらないだろう、そう思っていた時

 

 

 

 

 

 

「ずぁああああらっしゃあああぁぁぁーーー!!!」

 

訳が分からない叫び声を上げながら何かがとてつもない速度でこちらに突っ込んで来たかと思えば、私の身体を有無も言わさず抱き上げてUターンし始める

 

「要救助者、とったどー!」

 

未だ理解が追い付かない頭をフル回転させて状況を整理しようとしたとき、私を抱き上げ大声を張り上げながら海上を走る存在と目が合う、相手は私に優しく微笑みかけてくれていたが私はそれどころじゃない、目を見開き表情が凍り付く

 

戦艦水鬼、私が必死になって集めた資料の中に書かれていた現在の深海棲艦の最上位クラスに数えられる個体が私を助けてくれたようなのだ

 

一体何が起こっているの?! 何故この戦艦水鬼は私を助けたの!? 深海棲艦は人類の敵のはずなのに!!

 

そんな事を考えていたら、戦艦水鬼がまた叫ぶ

 

「大五郎! ハコ展開しろ!!!」

 

その先にいたのは、私と同じ駆逐艦と思わしき艦娘を頭の間に乗せた戦艦水鬼の艤装、それも資料にあったものより明らかに巨大で有り得ないくらいに武装したものが待ち構えていた

 

「おお~、分かっただぁよご主人~!」

 

そう言って艤装は海面に座り込み、背負ったコンテナ状のものを展開し始めた、というか艤装が喋った!

 

「うわっ! なんじゃこりゃ!?」

 

艤装の頭の間で物凄く虚ろな目をしていた艦娘が艤装の背中に視線を向けると同時に驚いたように目を見開く

 

展開されたコンテナの中には様々な機械と作業台、給油機のようなものに薬品棚に診察ベッドにバスタブのようなものが入っていたのだ

 

「漣! 俺を追っかけてきた連中に挨拶してやれっ!」

 

「え?! あっ、ほ、ほいさっさー!」

 

そう言って艤装から飛び降りて戦闘態勢に入る漣と呼ばれた艦娘、戦艦水鬼はというと艤装の背後に回り込み展開されたコンテナの上に乗る

 

「よっし、そんじゃ艤装外せ!」

 

戦艦水鬼が私に向かってそう言ってくる、全く意図が分からない

 

「何で私が深海棲艦であるあんたなんかの言う事聞かないといけないのよ! そもそも何するつもりよ?!」

 

この設備を見てまさかとは思っている、しかし現実を受け入れる事が出来ない、助けてくれたのだろう相手につい噛み付いてしまう

 

「これ見たら想像は付くだろ! おめぇの艤装修理すんだよ! だからとっとと艤装外せ! んでその間そこのベッドで休んどけ! いいな!?」

 

この戦艦水鬼、艤装の修理が出来ると言うのか?!

 

どうするか考える、もしかしたらこの設備はダミーで艤装を外したところで私を始末しに来るのではないか? しかし抵抗しようにも艤装はボロボロで使い物にならない

 

……ついさっき死を覚悟した事を思い出し、何もかもがどうでもよくなってしまった

 

結局、言われるがまま艤装を外して戦艦水鬼に渡す、そして私はベッドに腰を掛けて作業を見守る事にした

 

「うっし、そんじゃ作業開始! 妖精さん達、サポート頼む!」

 

戦艦水鬼がそう言うと、コンテナのいたるところから妖精さん達が姿を現し戦艦水鬼の作業の手伝いを始める

 

「えっ!? 貴方何で妖精さん達と協力して作業が出来るの?! 深海棲艦と妖精さんは敵対してるんじゃなかったの!?」

 

「俺らはちょっち特別でな、っと、なんじゃこりゃ!? おめぇこの艤装ちっとばっかしいじっただろ、何のために威力上げてんだよこれ……」

 

こいつ、私の艤装の中見てすぐに改造してるのに気づいた……!

 

「べ、別にいいじゃない! あんたに関係ないでしょ!」

 

「おめぇがやったのは違法改造だかんな、普通だったらお縄だぞ」

 

作業をしながら私の改造を違法と指摘してくる、そんな事くらい分かっている……!

 

「まあ、何があったかは今は聞かん、……ここをこうしてっと……」

 

あんなにボロボロだった私の艤装がみるみるうちに修理されていく、この戦艦水鬼は一体何者なのだ……

 

「確かこのあたりにあったはずなんだけどな~、っとめっけた!」

 

ボロボロになっていたのが嘘のように修復され、新品かと思うほどに綺麗になっている私の艤装から戦艦水鬼が何かを取り出した

 

「……それは何?」

 

「民間用艤装に付けられたリミッター、それを……、こうじゃ!」

 

そういうなり戦艦水鬼はリミッターと呼んだものを握り潰し破壊した、どういう握力しているんだこいつは……

 

「これで、この艤装は軍用のと同じ威力が出せるようになったわけだが、どうする?」

 

軍用と同じ威力……、つまり深海棲艦とまともに渡り合える力が今の私の艤装にある……、しかしそれは今の私が使えば違法改造より更に重い罪を犯す事になる……

 

「そんなの決まってるじゃない! 使うわよ! 例えどんな罪を犯したとしてもお父さんとお母さんの仇を、深海棲艦を討つ! 私はその為にここにいるの!」

 

私はもう止まらない、誰にも止めさせない! 誰に何と言われようと私は戦うんだ! 両親の仇を取り、深海棲艦を滅ぼし、世界に平和が戻るまで戦い続けてやるんだ!

 

「なるほど、仇討ちねぇ……、それもご両親の……、ところで、俺も深海棲艦になると思うんだがそれはどうするよ?」

 

「あんたの事は保留よ、一応助けてくれたわけだし、私に戦う力もくれた、でもまあ、お礼は言わないわ」

 

本当は一言くらいお礼を言いたいが、相手が何者なのか分からない以上下手な事はしない方がいいだろう

 

「せかせか、ああ、そういや自己紹介まだだったな」

 

「いらないわ、いつ戦う事になるか分からない相手の名前なんて知るだけ無駄よ」

 

「そう言うな、おめぇにとっても俺にとっても悪い話にはならんだろうからな、って事で俺は長門 戦治郎ってんだ」

 

戦治郎って、姿は女性なのに男みたいな名前しているのね、こいつ……

 

「姿形はこんなだが、これでも提督やってんだぜ? 軍学もしっかり卒業してな」

 

はぁっ?! 何言ってんのこいつ、深海棲艦が提督!?

 

「嘘でしょ!?」

 

「マジで、まあ今日稼働したばっかだけどな、聞いた事ないか? 佐賀に新しく出来た鎮守府の事」

 

噂で聞いた事がある、確か長門屋鎮守府だったか……、ってそれまさか自分の苗字からとったとか言わないわよね?

 

「んで、今日は初期艦の漣と初出撃してたとこなんだよな、そんでおめぇがピンチって事で急遽駆けつけて来たってわけ」

 

本気で私の事を助けるつもりだったのか……

 

「本当はよぉ、助けた後民間用艤装で出てくんなって注意して終わりにするつもりだったんだが、おめぇの話聞いて気が変わった」

 

「気が変わった? 何? 私をどうしようって言うの?」

 

まさかと思った、だが敢えて言わない

 

「おめぇ、ウチ来る気ねぇか? もし来てくれりゃあおめぇの仇討ちも手伝ってやる、燃料や弾薬もそう簡単に手に入るもんじゃねぇだろう? それにその艤装の件も何とか出来る、軍に入りゃあ軍用艤装使うのが当たり前になんだからなぁ、どうよ? 悪かねぇだろ?」

 

「あんた、リミッター外したのはそれが狙いだったって言うの?」

 

手口が悪質過ぎる、だが……

 

「さあ、何の事やら、んで、どうすんよ? 来るのか? 来ねぇのか?」

 

「いいわ、行ってあげる、あんたの事思う存分利用させてもらうわよ、覚悟しときなさい!」

 

「はん! 上等だ! 気が済むまで利用しやがれ!」

 

本当に都合のいい話だ、助けてくれた上に力もくれた、それどころか進むべき道も居場所も何もかも……

 

「っと、話がまとまったところで自己紹介してくれ、名前も分からん奴に俺の背中も仲間も預けらんねぇからな(ホントは知ってんだけどな、うん……)」

 

「いいわ、覚えておきなさい、霞よ、ガンガン行くわよ」

 

「霞だな、OK覚えた、んじゃあ早速でわりぃがさっきおめぇが戦ってた奴らを今から潰す、手伝え」

 

「いいわ、やってやろうじゃない! さっきあいつらが私にやってくれた仕打ち、100万倍にして返してやるわ!」




洋上簡易拠点(通称ハコ)

大五郎が背負う巨大なコンテナ状の装備

展開すると十字架状に広がり、中には艤装などを修理する為の機械や作業台、艦娘の怪我の治療や応急処置をする為の薬品棚と診察ベッド、高速修復材を使用する為のバスタブ、補給をする為の給油機や鋼材、ボーキサイト、弾薬を入れるタンクなどが入っている

展開している最中は大五郎が固定砲台と化す

ゲームシステムっぽくいくと1フェイズ(航空戦とか開幕雷撃とか砲撃戦とかのアレ)終了毎に艦娘1人を1段階(大破→中破、小破→全快みたいに)回復させられる事が出来る+洋上補給の効果


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出撃! 鎮守府正面海域 後編

一話で収めるつもりだったのにどうしてこうなった……?


戦治郎が霞の修理と勧誘をしている間、漣と大五郎はどうなっていたかと言えば……

 

「ふんぬー!」

 

自分に向かって次々と飛んでくる砲弾を駆逐艦の機動力と気合で避ける漣、現在相手にしているのは小破した駆逐ハ級1隻と未だ無傷の駆逐ロ級1隻である

 

「今の状態で軽巡クラスを相手にするのはやっぱり面倒だな~、チョロチョロ動き回って中々当てられないだぁよぉ」

 

軽巡ホ級はハコを使用している為固定砲台状態になってしまった大五郎の方へと向かい、砲撃と雷撃を織り交ぜたヒット&アウェイ戦法で大五郎に果敢にも挑んでいた

 

尚、2隻いたロ級の片割れはハコが展開し終えてから動かなくなった大五郎に砲を向け真っ直ぐ進んでいったところを、大五郎の肩に最初から付いていた砲でものの見事に狙撃されあっけなく沈んでいた

 

「2vs1は卑怯だぞー! ってあっぶな!」

 

先程の戦闘では1vs1だった為対処するのは容易だったが、今は2vs1となっている為相手の戦略の幅が広がっている、時に漣を挟み込もうとしたり漣が砲弾を回避し終えたところを時間差で狙ってきたりと数の有利を有効活用してきている、激しくジグザグに走り回り時々Uターンしたりと揺さぶりをかけて隙を見て砲撃してはいるものの、今日初めて戦闘に参加したばかりの漣にはそれはまだまだ難しいものがあり、ハ級を小破させるのが精一杯といったところだった

 

「ぬ~ん、もうちょっと大人しくしろ~」

 

大五郎の方は大したダメージにならないホ級の砲撃は無視し、雷撃を右腕の盾で防ぐ事で自身の被害を最小限に抑える事に尽力していた、但しホ級が背後に回ろうとした際にはそれを妨害するように主砲を叩き込む、追加武装は一応使う事は出来るものの非常に強力なものばかりなので漣を巻き込む可能性を恐れて使う事が出来ない、尤も追加武装を使ってしまえばこの出撃の目的を達成出来なくなる、あくまで事故防止の為に持ってきただけだったから最初から使うつもりはなかったりもする

 

「ええい! 援軍はまだかー!」

 

このままではジリ貧、戦いが長引けば長引くほどこちらが不利になるのは目に見えていた、返答など期待もせず気を紛らわせるつもりで漣が叫ぶ

 

「あいよ! お待たせっ!!!」

 

その声は大五郎の背中、ハコの方から聞こえてきた、声の主はハコからジャンプして大五郎の頭上を飛び越え見事大五郎の目の前に着水する、戦治郎である

 

そして大五郎の横を通り戦治郎の隣に並び立つは先程戦治郎が救出したドロップ艦の艦娘であった

 

「キタ─wヘ√レvv~(゚∀゚)─wwヘ√レvv~─!! メインご主人様来た! これで勝つるっ!!!」

 

「え……、何この子、というかご主人様ってどういう事よ……」

 

漣のこの反応に霞はドン引きしていた、まあこれは仕方ない事だ

 

戦治郎の登場に困惑し動きを止める軽巡ホ級と駆逐2隻、その間に漣は戦治郎の元に辿り着く

 

「それで? 私はどいつと戦えばいいの?」

 

「え? ご主人様、この子も戦うんですか? この子の艤装って民間用だったと思うんですが……」

 

「霞は漣と一緒に駆逐2隻の相手だ、ホ級は俺がやるわ、大五郎はお疲れさん、終わるまで休憩しててくれ、んで霞の艤装ならさっき修理したついでにリミッター外して軍用に切り替えたぞ」

 

あのハコ、そういう事出来るのか……、チート臭ぇ……

 

「そんじゃ、とっととこいつら片付けて鎮守府にけぇるぞ!」

 

「いや、待ちなさいよ、大五郎って言ったっけ? こいつと一緒に戦えばもっと早く終わるでしょ? 何で休憩させるのよ?」

 

「大五郎は地味に燃費わりぃんだよ、後これ終わった後も何があるか分かんねぇから戦力温存すんだ、OK?」

 

「そう、まあいいわ、とりあえず行くわよ漣」

 

「何でこの子が仕切ってるんですかねぇ……? まあいいか、そいじゃ行きましょうか、カスミン」

 

誰がカスミンよ! などと騒ぎながらも指示通り駆逐2隻の方へ向かっていく2人

 

それを見送った戦治郎は、軽巡ホ級の方へと向き直り相手を見据える

 

「さて、さっきは好き勝手やってくれたみてぇじゃねぇか、落とし前、つけてくれんだろ?」

 

そう言ってゆっくりとホ級へ歩み寄っていく、対するホ級は戦治郎が放つ威圧感に完全にのまれてしまい身動きがとれなくなっていた

 

 

 

 

 

 

「沈みなさい!」

 

霞が叫び主砲を放つ、しかしその砲撃は狙っていたロ級に回避されてしまい空を切る

 

砲撃を外した事に舌打ちをしながら砲弾を装填するが、そのタイミングでハ級が霞へ砲を向け主砲の発射準備に入る

 

「キタコレ! そう来ると思っていましたよ!」

 

待ってましたと言わんばかりに漣がハ級に主砲を撃ちこむ、ハ級の死角からの砲撃は狙ったところへ吸い込まれるように飛んでいきハ級に直撃する、漣が単独で戦っていた時に与えていたダメージもあった為かハ級はそのまま海へと沈んでいく

 

仲間を沈められ激昂したのか、ロ級が漣へと砲を撃つがそれも予測してましたと言わんばかりにあっさりと回避する漣

 

「そんなヘナチョコな砲撃なんかに当たりませんよ~、にっしっし~☆」

 

これはおまけといった感じでロ級を煽る、さっき散々追い回してくれたお礼なのだろう

 

その煽りに乗ったのか、再度漣に砲撃しようとしたが、それも中断せざるを得なくなってしまった

 

「みじめよね!」

 

背後に衝撃、振り返ってみればロ級の背後に霞が回り込んでいたのだ

 

そう、ロ級が漣を砲撃している間に霞は密かにロ級の背後に回ろうと動き出していたのだ、それを見た漣がロ級を煽り注意を引きつけていた

 

現在、ロ級は漣と霞に挟まれた形になっており、先程の霞の砲撃で機関をやられ動けなくなってしまっていた

 

「形勢逆転って奴ですね~」

 

ニヤニヤしながらそう言ってロ級に魚雷発射管を向ける漣

 

「さっきはよくも弄んでくれたわね……」

 

怒りを露わにしそう言い放つ霞、霞もまた漣同様魚雷発射管をロ級に向ける

 

「「これはお返しだ(よ)!」」

 

それが合図と言わんばかりに漣と霞は同時に魚雷を発射、動く事が出来ず迫りくる魚雷を見て絶望するロ級、その姿は己に直撃して高く上がった水柱と共に消えていったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっちは終わったか……、んじゃとっとと合流しますかね」

 

戦治郎はそう呟き、漣達が向かった方角へと歩き出す

 

その左手には砲塔と機関部を完全に潰され、全身をビクンビクンと痙攣させ力なく垂れた両腕は骨が骨としての機能を失ったかのように痙攣する度にグニャグニャと動いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ! ご主人様お疲r……なんじゃそりゃぁっ!!!」

 

「これ、さっきのホ級とか言う奴かしら? 本当に惨めな姿になったわね……」

 

漣が戦治郎を見つけ声をかけるも、その手に持ったホ級の姿を見て驚愕しそれに反応した霞がその方向に向き直りホ級を視認すると、復讐の対象であるはずのホ級にこれは流石に……っと言った具合に哀れみの視線を送っていた

 

「2人共お疲れさん、こっちはまあ見ての通りだわ」

 

そう言ってホ級を掲げる、その姿は凄惨の一言に尽きる

 

「あんた、これどうやってこんな状態にしたの? 武装はしてるみたいだけどその武装でやった感じじゃないわよね? 一体何やったの?」

 

霞が戦治郎に問う、そう、戦治郎もしっかりと武装しているのである

 

腰の左右に黒い箱、これは大五郎が工廠から持ち出して大事そうに持っていたあの箱である、中身はやっぱり分からない

 

そして腰の後ろの方には、握力計の取っ手の様なものに4本の小さなシリンダーが付いており、その先には筒状のものがくっついていて更にその先に金属製の爪であろうものが5本、今は花のつぼみの様な形に閉じられている、とあるゲームでクローショットなどと呼ばれているものに近い何かが付いていた

 

そしてその背中には某狩りゲーにでも出てきそうな大きな刀が背負われていた

 

しかし、ホ級の状態を見る限りこれらの武装を使ったようには思えない

 

「こりゃただ単純に殴ったり関節技極めたりしたらこうなっただけだ、気にすんな」

 

ただの暴力だけでこれか……、少々ゾッとする2人、そして気にするなと言われても見た者は全員絶対気になると思われる

 

「それよりも、今からやる事の方がよっぽど重要だと思うぜ? 霞にもついでに教えてやんよ」

 

そう言って戦治郎は背中に背負った刀を右腕だけで10cmほど引き抜いた後持ち上げるようにして鞘から抜く、後で見せてもらったがこの鞘は切っ先から10cmまではしっかりと刀身を包んでいるが、それから先は峰側が開いており先程の様な抜き方が出来るようになっていた

 

そして左手に持っていたホ級の首を刎ねた

 

首から下はそのまま落下し脈打つ様に血を噴き出す、戦治郎はその血を頭からモロに被る事になったが全く気にした様子はない

 

漣と霞は目を見開き絶句しながらもその光景を見つめていた、そんな2人に

 

「よぉく見とけよおめぇら、これは長い事艦娘やってても中々見る機会がねぇそうだ、しっかりとその目に焼き付けろよ」

 

返り血で染まる戦治郎が話しかける

 

首のないホ級から未だドクドクと流れ出す血、深海棲艦の身体を駆け巡る血液は青かった、まるで深い海の如く深い青色だったのだ……

 

「さってぇ、見せてぇものも見せた事だし、これにて今回の出撃は終了! 鎮守府にけぇるぞ! 霞も付いてこい、保護者さんにこっちで保護したって事にすっからな、そんで明日保護者さん説得してから軍への加入手続きすっから覚悟しとけよ~?」

 

「「それより早いとこその血を拭いて下さい(拭きなさい)!!!」

 

火傷痕に両腕のタトゥー、そして今回の返り血は戦治郎の姿を更に迫力あるものに仕上げていたのであった



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鎮守府に帰ろう

後半、頭が回らなくなってました、焦るとダメね……


「ん~……」

 

目的を達成し鎮守府に戻る戦治郎一行、その帰り道で漣が何か考え事をしていたのか難しい顔をして唸っていた、尚、現在漣と霞は大五郎の首の上に乗っかって移動している

 

「どったよ漣~? 何か腑に落ちねぇ事でもあったか?」

 

ハコの中からタオルを取り出してホ級の返り血で塗れた顔を拭う戦治郎が漣に問いかける

 

「いえ、カスミンを助ける前にシューさんがいい知らせと悪い知らせって言ってたじゃないですか~、悪い知らせはカスミンの事だったけどいい知らせって何だったのかな~?って思っただけですよ~」

 

本当は深海棲艦の青い血液と戦治郎達の関連性の方が気になるが、そっちは鎮守府に戻ってからでも遅くはないかと思い直し、鷲四郎のいい知らせの内容は何だったかを聞いてみる事にした

 

「あ~、そういやそうだ、んで鷲四郎、あれなんだったんだ?」

 

そう言って戦治郎はさっきと同じように右腕を伸ばして鷲四郎を発艦させる、その光景を見てギョっとする霞、早いうちにそういうの慣れておかないと鎮守府帰ったら苦労するぞぃ、心の中で先輩面する漣であった

 

「あれか? あれは旦那が着替えてるときホ級がターゲットだって言ってたじゃねぇか、確か手頃な人型、もしくはそれに近い姿のがホ級くらいしかいなさそうだったからとか言ってただろ? その事だ」

 

「あ~あ~あ~、はいはいはい、言ってたわなうん、それとこの海域のボスがホ級みたいだったからついでに殺って海域解放しようってのも狙ってたわな、霞の事で忘れてたわメンゴ」

 

そうだったそうだったとど忘れしていた事を笑って誤魔化そうとしていたが、ふと1つだけ分からない事があったので漣が質問する

 

「手頃な人型? 駆逐艦じゃダメだったんですか?」

 

「ああ、出来れば人型かそれに近いのが都合良かったな、だってよぉおめぇ、駆逐艦みいたいなのぶった斬って青い血がブシャーって出てきてもあんま不思議に思わねぇだろ? イカだって血ぃ青いんだし」

 

なるほど、深海棲艦の血液の色が青いという事実により信憑性を持たせたいから、人型からかけ離れた駆逐艦より人型や人型に近い形の深海棲艦の血を見せた方がいいと判断したというわけか

 

「待ちなさい、貴方達はそれで納得出来るんでしょうけど私は一体どういう事なのかサッパリ分からないんだけどっ?! それに鷲四郎と大五郎だっけ? こいつらが人の言葉を話せる理由も教えなさいよっ!?」

 

「ん~? カスミンは今の話分かんなかった~?」

 

ニヤニヤしながら漣が言う、ああそうだった、そういえばまだ霞にこちらの事情を碌に話していなかった、とは言っても漣もまだ鎮守府にいる他の連中ほど事情を教えてもらってないから偉そうな事言える立場ではないのだが

 

「丁度いい機会だし、霞ともある程度情報共有しとくか、って事で漣、質問してけ」

 

「ほいさっさ~、いきますよご主人様~!」

 

「え? 何? 何が始まるの?」

 

状況が呑み込めず困惑する霞、そんな霞の事など気にも留めず2人は一問一答を開始する

 

「お名前は?」 「長門 戦治郎です、ってコレハコの中で教えた」

 

「おいくつですか?」 「32です」 「うっそだろお前っ!?」 「マジだよ……」

 

「ご職業は?」 「佐賀の長門屋鎮守府で提督やってます、階級は少佐、今年軍学卒業したばっかです」

 

「軍学校に入学した理由は?」 「大本営の元帥から直々にスカウトされたけど提督業がよく分からなかったのでそれを学ぶ為です」

 

「スカウトされるまでは何をしていましたか?」 「海賊です、それも深海棲艦とブラック鎮守府相手に」

 

「具体的にはどのような事を?」 「深海棲艦の輸送部隊や補給拠点を襲撃したり、輸送任務や海域解放に勤しむ艦娘を手伝ったり、ドロップ艦やブラ鎮の艦娘助けたりしてました」

 

こんな調子で漣が出す質問に戦治郎が回答していく形で情報共有を行ったのだった、中にはどうでもよさそうな質問もあったが、そういうのは悉くスルーされていた

 

 

 

 

 

 

 

「とまあこんなとこだ、分かったか霞?」

 

「何か頭が痛くなってきたわ……、ホントバカばっかり……」

 

質問の答えの殆どが霞の想像を遥かに超えたものばかりだった為、脳が悲鳴を上げたようだ

 

「そういえば、深海棲艦の血と俺らの関連性にまだ触れてなかったな」

 

戦治郎が唐突に言う、そう、深海棲艦の青い血と戦治郎達の関連性は先程から非常に気になっていた、鎮守府に戻ってから聞こうと後回しにしていたが向こうから来るのであれば今聞いてしまおう

 

「そうですそうです、結局、あれってどういう意味があったんですか?」

 

「こういう事……だっ!!!」

 

そう言って戦治郎は目にも留まらぬ速さで背中の刀を抜き、自分の左腕を浅く斬りつける

 

「へっ!?」 「なっ?!」

 

戦治郎自ら付けた刀傷、そこから滲み出ては滴り落ちる雫の色はそれはそれは目の覚めるような赤い色……、人間と全く変わらない真っ赤な血が流れていたのだ

 

「どういう事よっ!? 深海棲艦の血は青いんでしょ?! 何であんたの血は赤いの!?? 分かる様に説明しなさいっ!!!」

 

「……、ゴロちゃん達がご主人様のペットの生まれ変わりと聞いてから予想してましたが、ご主人様達も何らかの生まれ変わりだったって事でいいんでしょうか?」

 

混乱極まり捲し立てる霞、大五郎から聞いた話から立てた推測が事実である事を確認する為に戦治郎に問う漣

 

「ああ、俺や長門屋鎮守府にいる深海棲艦になってる奴は皆生まれ変わりだな、太郎丸は犬、弥七は虎だから除外されるがそれ以外の人型は皆元人間だ、但し、この世界の人間じゃぁねぇ」

 

「あっちの世界とかこっちの世界と言っていましたもんね、ここは違う世界だー!って気づいた切っ掛けは何だったんですか?」

 

「自分達以外の深海棲艦に攻撃された事だな、そもそも、俺達が生きていた世界には深海棲艦も艦娘も実在はしてなかった、ゲームや漫画の登場人物としてはいたがな」

 

深海棲艦も艦娘もいない世界……、漣達が生まれた頃には既に深海棲艦が海上を跋扈し、それを艦娘がやっつけるのが当たり前だった為、2人にはとても想像出来ない世界だった、そして自分達が戦治郎達にとって架空の存在である事、それが2人に重くのしかかってきた

 

「まあ、こっちの世界だと深海棲艦も艦娘もいて当たり前のようだがな、目ぇ覚ましたら海の上、なんやかんややってたら深海棲艦来て攻撃してくるんだもんなぁ、最初めっちゃビビったぞ……」

 

当時の事を思い出し、ばつの悪い表情をする戦治郎

 

「ご主人様達が知っているけどこっちにいなかったとか、知らないけどいた艦娘ってのはありました?」

 

「俺達が知ってる艦娘は大本営と軍学いる間に調べた限りだと日本とドイツの艦娘は全員いたな、ドイツ艦娘に至っては共同戦線張ったし」

 

ドイツ艦娘と共同戦線? カスガダマ沖で大本営の艦娘と共同戦線張ったってのは戦治郎から聞いたが、ドイツ艦娘とも協力していたのか……

 

「あんた達、一体何処にいたのよ……」

 

「北海だ、ドイツとかイギリスとかノルウェーとかに挟まれてる海な、そのド真ん中にいたわ」

 

「ヨーロッパから日本に来たんですかっ?! どんだけ距離あると思ってるんですか!?」

 

「HAHAHA! ソロモン海あたりで航路間違えてハワイまで行っちゃったんだZE!!!」

 

「あんた達バカじゃないの?! すぐ戻ろうとか思わなかったわけ!?」

 

「だってそのハワイが襲撃されててなぁ……、救援しに行ったらこうなったわけだが」

 

そう言って自分の火傷痕を指差す戦治郎

 

この世界のハワイは、深海棲艦の出現により観光事業がめちゃくちゃにされてしまった為、それを打破する為に一部を兵器開発の研究所にしていたのだった、恐らく深海棲艦に襲撃されたのもそれが関係していたのだろう

 

「それだけ苛烈な戦いだったって事……?」

 

霞が真剣な顔つきで聞いてくる、恐らく自分もそういう戦いを経験するのだろうと思い集中して話を聞こうとする

 

「いや、助けに行ったら敵と思われてな、要救助者にそこで開発していた兵器で撃たれてこうなって治んなくなったんだわ」

 

霞だけでなく漣も呆れ返っていた、それってそういう理由で付いた傷なのかよ、と……

 

「まあ、その甲斐あってハワイと連絡付くようになってそこで開発した兵器を艦娘用に改良したのがその後の大規模作戦で大いに役立ったみたいだからな、この傷はその兵器の完成に貢献出来た証って事にしてるわ」

 

そういえばそういう話があったな、2人はその頃の事を思い出す

 

ある日を境に、深海棲艦に自己再生能力が備わり、一定時間が経つと今まで負わせたダメージが綺麗になくなってしまうという出来事があったのだ

 

大本営はそれにかなり苦しめられるが、突如音信不通だったハワイから連絡が入りそれを何とか出来そうな兵器の開発に成功したという情報を手に入れたのだ

 

そのデータをハワイから譲ってもらい、艦娘でも扱えるように改良し艤装に搭載した結果自己再生を封じる事に成功したのであった

 

戦治郎はどうやら助けに行ったにも関わらず開発中の兵器の実験台にされてしまったようだ、少々可哀想に思える

 

「そういえば、あんたは私達の事知っていたのよね? 何であの時自己紹介させたの?」

 

話の方向を変えようと霞が尋ねる

 

「いきなり現れた奴がいきなり自分の名前言い当ててきたらこえぇじゃねぇか、そういう事」

 

考えてみたら当たり前の事だった、見るからに強そうな深海棲艦が大丈夫か霞っ!?とか言ってきたら間違いなく困惑するだろう、ちょっと恥ずかしい

 

「ご主人様、ご主人様達にとって漣達はやっぱりゲームのキャラなんでしょうか……?」

 

艦娘がゲームや漫画のキャラと聞いたとき抱いた不安をぶつける漣、その顔はとても暗いものであった、自分達の存在は彼らにとってその程度のものでしかないのだろうか? 下手をすれば道具以下として扱われてしまうのだろうかという不安が漣の心を支配していた、恐らく霞も表には出していないが同じような心境だろう、もしこの不安が現実となって襲い掛かってきても耐えられるように覚悟を決めて戦治郎に聞く

 

「はぁ? 俺らの世界では2次元のキャラかもしんねぇけど、おめぇらは今ここにいるだろ? だったら実在する人物だろうが、つかその理論だと俺も架空の存在じゃねぇか、しかも生まれ変わりとかよりオカルティックな奴になっちまう」

 

さらりと返す戦治郎、更に彼は言葉を続ける

 

「おめぇらを架空の存在だと思うって事は俺も架空の存在だと思う事、自分を否定する事になっちまわねぇか? 俺そういうの大っ嫌いなんだわ、つかさ、今のおめぇらは架空だろうが現実だろうが俺の仲間じゃねぇか、俺は俺を信じてくれる奴を否定したくねぇ、もしおめぇらの存在を否定する奴いたら俺達に言えよ? 生まれ落ちた事後悔させてやっからな!」

 

黙り込む2人、どんな言葉を紡げばいいか分からなくなっていた、ただ分かっているのは戦治郎が自分達をちゃんと人として見てくれると約束してくれた事が嬉しい、ただそれだけ

 

「さって、難しい事はここまで、そろそろ鎮守府につくぞ~」

 

気付けば鎮守府が見えるところまで来ていた、いくつかの人影も見える、どうやら出迎えに来てくれたようだ

 

無事に帰ってこれたんだ、自分達が帰るべき場所へ……



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漣と霞と大浴場

\/内は男湯の会話です

かなり読みにくいですがご容赦を……

2018/1/27 悟の口調を修正しました


出撃を無事成功させて鎮守府に帰ってきた戦治郎一行

 

出迎えてくれたのは大和、鈴谷、榛名、瑞鶴に悟の5人

 

大和は戦治郎を心配して、鈴谷達は改修された自分達の姿のお披露目をしようとして、悟は戦闘による負傷などが無いかチェックする為に埠頭で待っていたようだ

 

そして今現在、その埠頭では第三者が見れば面白可笑しいが当事者からしたらたまったものではないシュールな光景が広がっていた

 

まず霞が埠頭にいた大和を見るなり硬直し、硬直が解けたと思ったら

 

「何で何で何で? え? どうして? え? 何でこの人が? あれ?」

 

などと小さな声でブツブツ言いながら挙動不審になっていた

 

そして戦治郎、彼は今息を呑むような美しさの正座を埠頭のコンクリートの上でしていた、その目の前には腕を組み仁王立ちする悟の姿

 

「戦治郎よぉ、その腕はどうしたんだぁ?」

 

「自分で斬りつけました、はい」

 

「何でだぁ?」

 

「漣と霞に俺の血液を見せようと思ってやりました」

 

「そういう事やるときは俺に言えって昔言わなかったかぁ?」

 

「はい、言っていました、聞いていました、覚えていました」

 

物凄い形相で戦治郎に問い詰める悟、彼の質問はまだ続く

 

「前もって言ってくれりゃぁこっちも準備してよぉ、わざわざ自分の身体をそんな傷つけないで済むように出来たと思うんだがなぁ?」

 

「はい、おっしゃる通りです」

 

「その刀で自分斬る前に何か斬ったかぁ?」

 

「……」

 

無言で目を逸らす戦治郎

 

「こっち向きやがれ、何か斬ったかぁ?」

 

「軽巡ホ級を斬りました」

 

「その後刀身と自分の腕はしっかり洗って消毒したかぁ?」

 

「誠に申し訳ございませんでした」

 

そう言ってとてつもなく綺麗な土下座をする戦治郎、その直後戦治郎の頭を思いっきり踏みつける悟

 

「血液感染症とかがこえぇからやるなっつってただろうがコラァ! ただでさえ深海棲艦の血とかまだ研究進んでねぇようなシロモンなんだから何が起こるか分かったもんじゃねぇんだぞオイッ!! つか望ちゃん助けるときアレ見ただろうがよぉっ!なぁ?!」

 

悟、大激怒である、何度も戦治郎の頭を踏みつけながら捲し立てる

 

「俺ぁおめぇらの命預かる立場なの分かってんだろうがよぉ!! もしおめぇがああなったらどうするだぁ?! アレはまだ治療方法確立されてねぇって前にも言っただろうがよぉ!? 泣くのは大和だけじゃ済まねぇって理解してやがんのかぁ?!」

 

アレとは一体何なのか分からない、ただ分かっているのは戦治郎がやった事が悟の逆鱗を逆撫でどころか引き抜くくらいの事だったようだ

 

肩で息をしながら悟が戦治郎の頭を踏みつけるのを止め、背中を向けて言い放つ

 

「もう二度とそういう真似すんじゃねぇぞぉ、やるならまず俺に言いやがれってんだぁ、いいなぁ?」

 

「ウッス、もうしません、サーセンっした」

 

悟はこの件はこれで手打ちにしたようだ、どうやら悟は人の命が関わる事に対しては非常に真剣な姿勢で取り組んでいるようだ、最初に会ったときのあのふざけ具合が全く感じられなかった

 

「取り敢えず、その傷は縫う必要もなさそうだが念の為何か感染してないか検査すっから戦治郎はついて来やがれぇ、漣ともう1人の嬢ちゃんは風呂にでも入ってサッパリしてきなぁ、んじゃ行くぞ戦治郎ぉ」

 

そう言って歩き出す悟

 

「漣と霞は風呂の後ヒトナナマルマルまで自由にしててくれ、そっから執務室で話するわ、大和は多分空の建造も終わってるだろうからプレート回収しておいてくれ、鈴谷達はすまん、また後で改めて見せてくれ、んじゃな~」

 

そう言い残し悟に付いて行く戦治郎、さっき散々踏みつけられてたにも関わらず顔は汚れが付いてた程度で怪我は全くしてないようだ、なんと頑丈な事か……

 

「ああ~、行っちゃった……、折角改修で強くなった鈴谷を見てもらおうと思ったのに~……」

 

「榛名もちょっぴり残念です……」

 

「まあ後で見せてくれって言ってたし、漣達の件が終わった後にでも執務室に行けばいいでしょ、とりあえずさっき空さんからもらったアイスの引換券で改修祝いでもしよっか」

 

鈴谷と榛名は余程残念だったのかしょんぼりしている、戦治郎に早く見せたくて仕方がなかったのだろう、そんな2人を励ますように瑞鶴が改修祝いを提案する

 

「しっかし、ここの工廠の人達って凄いね~、あっという間に改修終わらせちゃってたし」

 

「シゲさんも護さんも、空さんに負けないくらいの腕前で、榛名びっくりしちゃいました」

 

「あの2人も結構キャラが濃ゆいというかなんというか……、て言うか私はこの鎮守府の準備の良さに驚いてるんだけど……、設計図、一体どれだけあるのよ……」

 

どうやらこの3人はシゲと護とやらに会ったようだ、やっぱりキャラが濃い人達なのか……

 

「それじゃ、鈴谷達は間宮してくるね~、漣と霞ちゃんだっけ? また後でね~」

 

そう言って3人は食堂へと歩き出した

 

鎮守府に戻って3人の姿を見たときは本当に驚いた、まさか3人とも改をすっ飛ばして改二になっていたのだから

 

厳密に言えば、瑞鶴は装甲空母である改二甲になり鈴谷に至っては軽空母である航改二になっていたのだ、一体何をどうしたらこうなるのだろうか……

 

さて、現在時刻はヒトゴーマルマル、出撃したのがヒトサンマルマルだったので思っていた以上に早く鎮守府に戻る事が出来た、大体戦治郎と大五郎のおかげだろうが……

 

それはそうと、折角自由時間をもらったのだから早く風呂を済ませて大いに自由を満喫しゆではないか、その為にはまず霞を再起動させなければ……

 

そう思っていたら誰かの視線を感じた

 

その方向を見てみればそこには大和が立っていた、戦治郎に付いて行ったものだと思っていたがまだいたのか、そう思っていると大和が口を開く

 

「あの、もしかしてそちらの子は……」

 

「ひゃい! わ、私はか、かしゅみと言います!」

 

噛んだ、思いっきり名前を噛んだ、相当緊張しているようだが霞と大和にはどういう接点があるのだろうか?

 

「霞ちゃんですね? 霞ちゃんは前に呉の観艦式を見に来ていませんでしたか?」

 

「えっ!? あ、はい! 私、呉の観艦式で大和さんを見ました! すっごく綺麗でかっこよくて……、と言うか貴女はあのときの大和さんなのですか!? 私の事覚えててくれたんですかっ?!」

 

「やっぱり……あの時の……」

 

大和は誰にも聞こえないように小さく呟く、すみません大和さん、漣には聞こえちゃいました……

 

大和と霞はそういう接点があったのか、しかし大和もよく霞の事を覚えていたものだ、観艦式にはそれはもう大勢の人が集まるのだからその中の1人の顔を見て覚えておけるなんて普通だったらまず無理だろう、てか観艦式に出た事があるとか大和すげぇ……と思うところだがその大和の表情がなんか優れない、もしかしたら他に何かあるのだろう……、って呉の観艦式ってのが何か引っかかる、確か過去に何かあったような気がする……

 

「っと、すみません、そういえば提督にお願いされていた事があったのを失念していました、それではお二人共また後ほど執務室で……」

 

そう言ってこの場を後にする大和、ええい、今は考えても仕方がない、今はこの歓喜の絶頂にいる霞をこっちに呼び戻して風呂に入るのが先決だっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漣は何とか霞を再起動させて今は入渠ドックの大浴場で2人並んで湯船に浸かっていた

 

再起動させた直後の霞がそれはもう凄い事凄い事、大和と再会出来た喜びと自分の事を覚えていてくれた事に対しての感動を恍惚とした表情で熱く激しく語ってくるのだ、大和に対してかなりの憧れがあったようだ

 

「しっかし、かしゅみんはホント大和さんの事好きだね~」

 

「ちょっと! かしゅみんはやめなさいよ! ああもう! 大和さんにしっかりした自己紹介が出来なかったし、もう最悪だわっ!!!」

 

自己紹介のとき自分の名前を噛んだのが相当恥ずかしかったようだ、しばらくはこれでからかえそうだ

 

「もしかしてかしゅみんは大和さんに憧れて艦娘になったってとこですか~?」

 

\オッホ! ダレモイネェ!/

 

「だからそれはやめなさいって! ……まあ、何事もなかったらそうなってたでしょうね……」

 

\コレハチャンスカ? デモイイトシシタオッサンガヤルコトジャネェヨナァ……/

 

「……深海棲艦と戦ってるとき、妙に思いつめたような顔してましたからねぇ、それにご主人様から聞きましたけど民間用艤装に手加えてたんでしょ? そこまでするってなると相当な事があったんじゃないかな~って思ったんですが~」

 

\……/

 

「あんた、ホント鋭いわね……、一体何者なのよ……?」

 

\ヒャア ガマンデキネェ トビコミダ!/

 

「いえいえ~、ちょっと気難しい友人がいたりしたので~、それで、何があったんですか? この際だからここのお風呂で心の汚れも綺麗サッパリ洗い流しちゃいましょうよ、さっきの戦いで一緒に戦った仲なんだし、ね?」

 

\ドッボーン!/

 

「何よそれ……、まあいいわ」

 

\イッテェ! ケツウッタ! オモイノホカアサカッタ! マジイテェ!/

 

そう言って霞は観艦式の後に何があったかを訥々と話し始める、深海棲艦に襲われ両親を殺された事、復讐の為に軍に入ろうとしてダメだった事、祖父母に嘘をついて復讐の準備をしていた事、静止を振り切って飛び出して沈みかけた事、途中から瞳に涙を溜め嗚咽が混ざり始める

 

ああ、神様とは何て残酷なのだろう……、こんな小さな子にこんな悲しい運命を辿らせるなんて……、一体この子が何をしたと言うのだ、この子のどこが気に入らなかったのだろう、そんな事を考えていた漣は気付けば泣きだしそうなのを必死で堪えている霞を優しく抱きしめて頭を撫でていた

 

「辛かったですね、怖かったですね、でももう大丈夫ですよ、霞はもう独りじゃないんです、漣達が付いています、だからもう大丈夫なんですよ……」

 

\テイトク♪ オセナカナガシマスネ♪/ \キャーーー!!!/

 

「な、なによ……、私は……、別に……」

 

\ドウシマシタ? テイトク?/ \ココオトコユー! キミオンナノコー! ナンデキチャッタノー!?/

 

「もう我慢しなくていいんですよ、泣いてもいいんですよ、さっきも言ったじゃないですか、ここで心の汚れも綺麗にしちゃいましょうって、辛い事悲しい事を涙と一緒に出し切って、心も綺麗にしちゃいましょう?」

 

\デスカラ テイトクノオセナカヲオナガシシヨウカト……/ \キミユブネニツカルキマンマンダヨネ?! イマタオルイチマイダヨネッ?!/

 

漣は霞を抱きしめたまま言葉を紡ぐ、まるで小さな子供を諭すように、あやすように抱きしめその頭を優しく撫で続ける

 

遂に霞も耐えられなくなり声を上げて泣き出す、どうして両親が死ななければいけなかったのか、どうして自分だけが生き残ったのか、どうして自分だけがこんな辛い思いをしなければいけないのか

 

辛さを、苦しみを、悲しみを全て涙に乗せて心から押し流していく、そして流れた涙は湯船の中に落ち溶けて混ざって消えていった……

 

 

 

 

 

\ケッキョクオシキラレチマッタァイ……/ \♪~/

 

「……みっともないとこ見せたわね」

 

\デハ ナガシマスネ♪/ \ウイウイ/

 

「いえいえ~、お気になさらずに~、漣はカスミンよりお姉ちゃんですからね~♪ もっとお姉ちゃんを頼ってもいいのよ? なんちって♪」

 

気が済むまで泣いてすっかり落ち着いた霞、恥ずかしそうに俯きながら漣に詫びを入れるが、漣はそれに対してお道化たように答える

 

\ソレデハツギハマエヲ……/ \ソッチハジブンデヤルカラー! モウダイジョウブダカラー!!!/

 

「何よそれ、どうせ歳も大して変わらないでしょ」

 

\ム~ ワカリマシタ……/ \アア ヤッパユブネツカルノネ……/

 

「ふっふ~ん、これでも漣は中学2年ですからね~」

 

\イイオユデスネ~/ \ンダナ~/

 

「3つ違うだけじゃない」

 

やはり小学生だったか、まだまだ遊びたい盛りなのにこんな事になるなんて……、深海棲艦許すまじ、漣は決意を新たにするのだった

 

「いあいあ~、中学に入るとその違いがか~な~り~大きく出てきますぞ~?」

 

\……テイトク/ \ン~?/

 

「そう……、まあ、明日には私は軍に入る事になるだろうし関係なさそうね」

 

\ヤマトハテイトクノオヤクニタテテマスカ?/ \ドシタヨキュウニ?/

 

「ええ~、そういうのは軍の方がよっぽど厳しいと思うんだけど~?」

 

\キョウノシュツゲキ ホントウハヤマトモツイテイクベキダッタハズデス/ \キニスンナ ソレニシゴトモタノンデタダロ?/

 

「ここの鎮守府はそうは思えないんだけど?」

 

確かに、ここの鎮守府は何か空気が緩いというか何というか……、まあトップがあんな調子だからなのかもしれないが

 

「あ~……、多分ここだけだと思いますよ? こんなに緩いのは」

 

\タシカニソウデスケド……/ \ダッタライイジャネェカ ソレデヨゥ/

 

「というか、ここはホントおかしいと思うわ、今日着任したばかりの艦娘の改修やってたみたいだけど練度とか資源とか大丈夫なの?」

 

\デモ……/ \……シツケェゾ/

 

資源については既に聞いてるが、鈴谷達の練度については未だ謎だ、恐らく軍学にいた頃に何かやったのだろうけど……、そう言えば鈴谷達は何らかの事故を起こしたとも言っていたがそれは何なのだろう?

 

「資源については明日説明があるんじゃないですかね~? 漣達もアレ見てすっごくびっくりしましたし~」

 

\ヤッパリヤマトハ…… ングッ!/

 

「あれって何よ? 何か知ってるの? 教えなさいよ」

 

\……プハッ/ \ヤマトヨォ オメェハシッカリトオレノササエニ チカラニナッテルンダ/

 

「いあ~、これは明日のお楽しみってことで~、いや~、カスミンがどんな反応するか楽しみだな~♪」

 

\ジシンヲモテ オメェハオレノジマンノヨメナンダカラヨ/ \テイトク……♪/

 

「ええい! 隣のバカップル! さっきからイチャイチャしおって! ちょっとは自重せい!!!」

 

\サーセンッシタ!/ \キ キコエテタンデスカ?! ゴメンナサイ!!/

 

「……あーもう! バカばっかり!」

 

さて、そろそろ風呂もこのあたりにして自由時間を満喫するとしよう、問題は何処に行くべきかだが……



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超カッコイイ俺様

2018/1/27 悟の口調を修正しました


大浴場から出た漣と霞は、たまたま同じタイミングで男湯から出てきた着崩した軍服に着替えた戦治郎と大和と合流し入渠ドック内のある場所へ向かっていた、大和が眩いほどキラッキラしてたが触れないでおこう、今触れるとするならば……

 

「ご主人様~、その荷物何ですか?」

 

戦治郎が手に持っている大きな紙袋、中身が何なのか、そしてそれをどうしようというのか、今向かっている先に関係があるのだろうか、非常に気になるところである

 

「これか? さっき穿いてたレザパンとその予備が2つほどな、さっき穿いててちょ~っち物足りねぇと思ってほんのちょっと手ぇ加えてもらおうと思って司のとこ行くんだわ、ってそういや司も紹介しねぇとだな……、正直あいつにおめぇら紹介すんの気が引けるんだがな……」

 

またおかしい人、それも戦治郎が躊躇うレベルの変人か、なにそれ怖い

 

「霞はまだ空にも会ってねぇから何のこっちゃってなるかもだが、変人度合いでいやぁ空より司のが断然やばい、俺個人はそう思ってるわ、腕前は間違いねぇんだがなぁ……」

 

翔鶴マジLOVE1000%で蟻の巣ハンターな空よりやばいって冗談じゃないぞ……、会うのが本当に怖くなってきた……

 

そうこうしている間に目的の場所に着いたようだ、入口の上には「ファッションショップ フェニックス」と書かれていた、店の名前からどうやら洋服を扱っているようだが戦治郎の話を聞く限りまともな商品を取り扱っているのかが不安になってくる

 

「漣、霞、あいつが言う事はとりあえず適当に流しとけ、いいな?」

 

返事をしようとしたところで、店内からゴシャッ!っという音が聞こえたかと思えば店から悟が出てきた

 

「んぁ? おめぇらもここに来たのかよぉ」

 

「ああ、ちょっちレザパンいじってもらおうと思ってな、おめぇは何かあったのか?」

 

「鎮守府にいる人間の数増えたからなぁ、健診とかで使う病衣が足りなくなりそうだから注文しに来たところなんだよなぁ」

 

割とマトモな理由だった、というかこのお店で衣類の注文とか改造とかやってるのか

 

「せかせか、それはそうとさっきの音は何だ? まあ大方あの馬鹿が余計な事言ってシバかれたんだろうが……」

 

「大正解、それだったら超セクシーな病衣作ります~とか言いやがったからなぁ、カウンターに頭叩きつけてやったわぁ」

 

超セクシーな病衣って何それ卑猥、つか服を一から仕立てる事出来るのか……、この鎮守府の人は優秀さと変人さが比例していなければいけない法則でもあるのだろうか?

 

さて、仕事に戻った悟と別れ遂に店内へ入る、どんな変人が待ち受けているのだろうか……、いや、ここは見かたを変えよう、この先にどんな面白人間がいるのだろうか、考え方1つ変えるだけでちょっと楽しみになってしまうのもどうだろうかと思うが、怖がるよりはマシだと気持ちを切り替える

 

店内には様々な服が豊富に取り揃えてあり、内装もお洒落で落ち着いた感じの雰囲気を出していた

 

そんな店内のカウンターに突っ伏している影が1つ、見たところ装甲空母姫のようだ

 

妙にタイトなTシャツにスキニーパンツと、セクシーさを演出しようとしているような恰好をしていた、これが戦治郎達が会わせるのを躊躇った人物なのであろうか?

 

「お~い司~起きろ~、仕事だぞ~…………、ダメだ起きねぇな……、大和、頼む」

 

「司さん、起きt」 「おはようございます大和さん!!! いやぁ今日も眩しいくらいお美しいですねぇ! あまりの美しさに俺様の身も心も浄化されてしまいそうですよっ!!! まあ、俺様もそんな大和さんに負けないくらい美しくカッコイイんですけどねっ!!! ああ、そんな美しい2人が巡り合うと言う奇跡を本当に神に感謝しなければいけませんねぇ!!! どうです? 今度2人で一緒に街に出て通行人達を皆魅了し尽くs」

 

「そぉいっ!」 「ごっふぅっ!!!」

 

司と呼ばれている装甲空母姫に戦治郎が声をかけても無反応、代わりに大和に声をかけさせたらこの反応、目を覚ますなり大和を口説き始めデートに誘ってきたのだ、そしてそんな司とやらに戦治郎が豪快に腹パン一発、風呂で大和の事を嫁と言い切っていた戦治郎の目の前でそんな事をしたらまあ、そうなりますよねぇ……

 

霞の方を見れば呆然としていた、そりゃ唐突に始まって終わってしまった茶番に思考が追い付かなくなるのも仕方ない事だと思う

 

そんな事を考えていたら司とやらと目が合ってしまった漣

 

「お? そこのピンクヘアーの可愛らしいお嬢さん? もしかしてボス達が言っていた初期艦の漣ちゃんかな~? 何でここにいるのかな? いあ分かった! 俺様の世界を照らし出すほどの美しさとイケメンオーラを無意識で感じ取ってついつい引き寄せられてきちゃったんでしょ?! いや~、やっぱ俺様の美しさって罪過ぎるな~、ほんっとに困っちゃうよね~、はっはっはっ! そうだ! 俺様と一緒にファッションショップやらない? 俺様の美しさとカッコよさに漣ちゃんの可愛さを兼ね揃えた最っ高のショップになると思うんだけどどう? 興味ない?」

 

何言ってやがんだこいつ、つかこいつは戦治郎の事をボス呼びか、戦治郎の呼び方はいっぱいあるが戦治郎はそれ全部把握してるのだろか? いや、それは今どうでもいい、それよりも目が合っただけで口説いてくるとは、こいつどんだけ女好きなんだよ……、戦治郎が会わせるのを躊躇った理由が嫌というほど分かってしまった

 

「起きたか司、ちょっち頼みたい事あるんだが……」

 

「ん~? 恥ずかしくって声も出ないかな~? まあ仕方ないね、俺様カッコよすぎるからねっ! っとあれ~? そっちにいるのはまさかまさか~? 朝潮型の霞ちゃんだったりしちゃったりする~? おお~! ホントに霞ちゃんじゃーん! ちっちゃくて可愛いねー! ああ~、その驚いた顔も可愛い~! 普段のキリッとした目も俺様のハートを撃ち抜いてしまいそうでそれはそれでいいんだけど、やっぱちっちゃな女の子なんだし年相応の表情も素晴らしいと思うんだよね~! よ~し、俺様今日から霞ちゃんのお兄ちゃんになってあげる! 嬉しいでしょ~? なんたってこんなに見目麗しくて超カッコイイお兄ちゃんが出来たんだからねっ! ほらほら~、お兄ちゃんって言っていいんだよ~?」

 

戦治郎を無視して漣どころか霞にも声をかけ始める司、憲兵さんこっちです、これは本当にアウトだと思います

 

「はぁ……」

 

戦治郎が深いため息を吐き頭を抱える、これ絶対頭痛くなってきてるだろう

 

「ご主人様、この人って……」

 

「あいつの言う事は真に受けるな、実際その気は一切ないからな……」

 

その気がないのにナンパしてるんですかあの人、空なんかよりよっぽど問題児じゃないですかやだー、つかこんな人を艦娘がいる鎮守府に置いてていいのだろうか……

 

「あれだ、仕事はホント出来るんだよ、俺や空とか本来と違う恰好してる奴いただろ?あの服全部作ったのあいつなんだわ、こんな感じの服が欲しいって言えば作ってくれるから下手に通販したり店で買うより安く済むしデザインとかもいいからついつい頼っちまうんだわ……、性格がアレだが……」

 

「なんて言うか、やたら美しいとかカッコイイとか言ってる気がするんですけど……」

 

「ああ、あいつは超極絶ナルシストだ、あのナンパも『超イケメンな俺様がナンパして女の子を次々と魅了するとか、超ウルトラカッコイイ! 俺様マジクール!』って感じでやってるだけだからな、ついでに年齢の幅どころか種族の違いの壁すら超えている、雌雄同体のカタツムリやナメクジ、ウミウシにだってナンパすんぞあいつ」

 

これはもうドン引きです、頭おかしいです、見境なしにもほどがあるでしょう……

 

「さて、そろそろいいか、おい司、仕事だ」

 

「ん~? ってボス、いたんですか?」

 

腹パンされたにも関わらず存在に気付いてなかったとかマジやべぇよこの人……

 

「おう、知覚範囲内にいる女の数と同じ回数だけ無視すんのいい加減やめろ」

 

「? どゆことでしょ?」

 

あ、あの顔全く自覚出来てない顔だ

 

「まあいい、これだけどよぉ……」

 

そう言って紙袋を司に渡す

 

「これは~、レザパンですか、サイズ合わなかったとかです?」

 

「いあ、サイズはいいんだ、左脚のとこにペイント入れて欲しいんだわ、『非理法権天』ってな」

 

「非理法権天ですね~、あらほらさっさ~、俺様は超クールイケメンだからねぇ、こんな依頼ちょちょいのパッパで完璧に仕上げちゃいますよ~」

 

ここでまさかの非理法権天、何か物足りないとは言っていたがそういう事か、ペアルックか? 大和とお揃いにしたいんか? 爆ぜろバカップル、ああ、大和が更にキラキラしだした、もう直視出来ませんよ……

 

「っと、とりあえず司の紹介しとくか、もしかしたら何か用事出来るかもしんねぇしな、司、余計な事言わずに簡潔に自己紹介しとけ、もしまた変な事口走ったら悟に頼んで二度と口開けないように縫い合わせてもらうかんな……」

 

後半部分凄くドスの利いた声で言ってました、容姿も相まって超怖いです……

 

「わーかりました! わかりましたって! 俺様は鳳 司(おおとり つかさ)って言うんだ、欲しい服とかあったら相談してくれれば仕入れたり仕立てたり、修繕から改造まで何でもやっちゃうからね~、よっろしくぅ!」

 

とりあえず挨拶して、用事も終わったので店を出る事にした

 

 

 

 

 

 

「何かとてつもなく濃い人でしたね~……、しっかしご主人様はあんな人とどうやって知り合ったんですか? あの人とご主人様って接点なさそうな気がするんですが~」

 

思った事を口に出してみた、戦治郎は機械関係の仕事をしてたはず、対して司は服飾関係の仕事をしていたようだ、そうなると接点が全くと言っていいくらい見えないのである、強いて言えば作業用の制服関係で付き合いがあったとかだろうか?

 

「あいつとの接点か、あいつは護の知り合いのコスプレイヤーだったんだよ、本職も服飾関係だったみたいだけどな。たまにウチに服の修繕頼みにくるおばっちゃん達がいて管轄違いって断ってたんだが断られたときの姿見るのが忍びなくてなぁ……、知り合いにそういうの出来る奴いないか聞いたら護が紹介してくれたんだわ、その結果古着とか扱う店を修理工場の敷地の外に新しく建ててそこの店長やってもらってたんだわ、容姿の都合もあっておばちゃん達に大人気だったぞ、古着屋」

 

護って人の知り合いだったのか……、でも肝心な護ともまだ会っていないから何とも言えない気分になる、鈴谷達が改修のとき会っているみたいだから少しでもいいから話を聞いておけばよかった

 

「容姿って、あいつは自分で言うほど綺麗だったり格好良かったりするの? ただの自意識過剰な気がするんだけど……」

 

霞が言う、それは自分も同意しておこう、ほんのちょっと若くておば様達にチヤホヤされて調子に乗っているだけだろう、そう思っていた

 

「残念ながら……」

 

戦治郎がそう呟く、まさかの肯定である

 

「あいつ、街歩いてたら女の子からめっちゃチラ見されてたししょっちゅうファッション雑誌のモデル勧誘とかされてたな、コスプレしたときの人の集まり具合が半端じゃなかったぞ、男の俺から見てもイケメンってのが否定出来ん、自分がカッコイイ事自覚してて自分を如何に格好良く見せるかについても物凄く頑張って勉強したり研究したりしてたかんなぁ……、あいつが美男子の定義から外れるならば、美男子とはフィクションの産物かオカルトの領域になる、そういうレベルで格好いい見た目してたぞ、性格が残念過ぎるが……」

 

「えぇ……、そんなに凄かったんですか……、そうなると彼女さんとかいそうなんですが、そういう話は聞きました?」

 

「あいつは1度も彼女作った事ねぇってよ、自分は世界の女性の共有物って認識みてぇだからな、ナンパはさっきも言ったが自分を格好良く見せる手段みたいに言ってたわ、逆に告白とかされなかったかってなるとそれも殆どないんだとよ、女性サイドがあまりのカッコよさに完全にビビっちまってたみたいでな、1度ファッション雑誌のモデルやったときに共演した子がいて、その子が司に告ったみたいだけど司に断られるわその情報が何処から漏れたか知らんが、司の事崇拝してる連中に知られてその過激派が女ばっか50人ほど集まってその子をボコるわ家に火ぃ付けるわで大量に逮捕されるって事件があったんだわな、その子は奇跡的に生きてたみてぇだけど……」

 

ゾッとした……、霞も完全に沈黙している……、大和もこれは初めて聞いたようで凄く驚いてる……、文字通りに罪作りな美貌だったって事か……

 

「そういや、霞は当たり前として漣もまだシゲと護に会ってなかったんだっけか」

 

戦治郎が話を変えてくる、あまりにも衝撃的な話で何とも言えない空気になっていたので正直助かったと思えた

 

「はい~、その2人よく名前出てきてますけど、正直どんな人なのかな~?って思っていたところなんですよ~、それに紹介してもらってない人まだまだいたような気がしますね~、確か憲兵さん2人もご主人様の仲間の人でしたよね?」

 

「んだな、まあ俺は今から霞の事やら建造やらの書類片づけねぇといけねぇから同行は出来ねぇんだけどな、いそうな場所教えておくか、そんでおめぇら2人で挨拶しに行くといい、っとそういや……」

 

そう言って軍服の内ポケットから2枚のチケットを取り出す

 

「間宮アイスの引換券、約束もしてたし2人とも戦闘頑張ってたからな、持ってけ」

 

あ、約束覚えてたのか、つか自分がさっきまで忘れてたのは内緒

 

「メシウマ! ご主人様ありがとーございまーす!」

 

「ふん、お礼は言わないわ」

 

頬を赤くして言う霞、嬉しいのにそれがまだ素直に表に出せないところが可愛らしい

 

引換券とシゲと護がいるであろう場所の手書き地図をもらい戦治郎と大和と別れる漣と霞、地図はかなり綺麗に描かれておりとても見やすいものだった、目的地にはわざわざペンまで変えて赤い丸が付けてある、2人は地図のとおりに歩みを進めて行くのであった、赤丸に囲まれた喫煙所と書かれた場所に向かって



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元ヤンとゲーオタと艦娘

さて、戦治郎に渡された地図の通りに進んで行ったわけだがちょっとした問題が発生した

 

喫煙所に誰もいないのである

 

喫煙所、場所は工廠の裏から少し離れたところにあり非常に簡素な作りになっていた

 

ベンチ4つがスタンド灰皿3つを挟むように設置してあり、申し訳程度の屋根が取り付けられていた、飲み物の自動販売機が3台置いてあるが取り扱っているのがコーヒーが多めで他はスポーツドリンクにエナジードリンク、栄養ドリンクとお茶とミネラルウォーターなどという実用性に尖ったようなラインナップであった

 

「ありゃ~、タイミングが悪かったんですかね~」

 

「どうするの? ここで待つ? 私はまだここの鎮守府の事よく分からないから案内してもらいながら探しても別に構わないのだけど」

 

霞がそう言ってくる、しかし漣は

 

「ここは下手に歩き回らずに待ってみましょう、行き違いになる可能性もありますし、何よりさっきお風呂入っちゃいましたからね~、歩き回って汗かいたりしてもう1回入るハメになるものどうかと思いますから~」

 

本音を言えばもうあまり動きたくないのである、大本営からトラックに揺られて佐賀まで来て、鎮守府の中を歩き回りながら頭をフル回転させていたところに出撃までやったのだ、疲れないはずがないのだ

 

「そう、ならそうしましょう。それにしても、シゲと護だったかしら? こいつらもあの司みたいな奴じゃないでしょうね……?」

 

霞が若干の不安を抱いて聞いてくる、今の霞の中では深海棲艦になっちゃった人達は皆問題児という印象なのだろう、火傷痕とタトゥーの入った提督に嘘吐き暴力医者、見境なしのナンパ師、うん、問題児しかいねぇ、早いところ光太郎と翔と望を紹介してやるべきだと思う

 

「司さんは何と言うか凄いキャラしてましたが、漣が知ってる人の中にはかなりマトモな人もいたんですよね~、そっちである事を願うばかりですよ……」

 

こんな感じで霞と会話しているところにこちらに近づいてくる何者かの気配を感じる

 

漣がその方向へ視線を向けると作業ツナギを着た深海棲艦が2人、会話をしながらこちらに近づいてくる、霞も漣につられてそちらを見てギョッとする

 

作業ツナギの深海棲艦はこちらの視線に気付いたのか会話を止めてこちらに顔を向けて眉を顰め、そのまま歩みを止めずにこちらに向かってくる

 

「あん? 漣と霞? 漣は初期艦だって聞いてたが霞なんて聞いてねぇぞ? おいマモ、おめぇは何か聞いてたか?」

 

2人組の片割れの重巡棲姫が相方に尋ねる

 

「シゲが聞いてないなら自分も聞いてないッスよ、ていうか何でこんなヤニ臭いとこいるんスかね?」

 

答えるのはマモと呼ばれた防空棲姫、何か語尾が特徴的だ

 

「えっと、貴方達がシゲさんと護さんですか?」

 

「んあ? 自分らの事誰かに聞いたんッスか?」

 

「はい、ご主人様からお二人に挨拶してこいと言われましてですね~、本当は建造する為に工廠行ったときに空さんと一緒に挨拶する予定だったらしいのですが運悪くお2人が席を外してる間に着いてしまいまして~」

 

「ご主人様って……、あぁそっか漣はこうだったな、なるほどアニキに聞いたわけだな」

 

アニキ? このシゲと思われる重巡棲姫がアニキと言っているのは戦治郎の事だろうか? そして戦治郎の事をアニキ呼びしてるのはどういう事だ? まさか本当に兄弟だったりするのだろうか?

 

「あ~、漣~、シゲはテンチョー……じゃなくって戦治郎さんの事アニキって呼んでるッスけど血の繋がりはねぇッスよ~、まあ戦治郎さんの弟と中学一緒だったりするんスけどね、自分達」

 

ああ、そういう事か、戦治郎の事に敬意を込めてアニキと呼んでるのか、つかテンチョーってなんだ、そして戦治郎には弟がいたのか……

 

「っと、そういや名乗ってなかったな、俺は愛宕山 重雄(あたごやま しげお)ってんだ、まあ皆シゲって呼んでるからそっちで呼んでくれて構わねぇ、工廠で原動機関係の作業担当してるわ、艤装や艦載機だけでなく普段の足に使う車やバイクも受け付けてるから何かあったら言ってくれ、アニキや空さんほどじゃねぇがしっかり直してやんよ」

 

そう言いながら煙草を咥え火を点けるシゲ、その手つきからかなり吸い慣れてる感じがした

 

「自分は秋月 護(あきづき まもる)ッス、担当は家電やプログラミング、電探なんかも自分がやってるッスよ~、趣味でゲーム作ってたりするッスから興味あったら自分の部屋に来て欲しいッス、テストプレイとかしてくれたら嬉しいッスね」

 

そう言って護もシゲ同様煙草に火を点ける、こちらはシゲよりぎこちなく感じた、しかし趣味でゲーム作れるのか……、瑞鶴が聞いたら喜びそうである

 

「おめぇがその話したら瑞鶴がめっちゃ食い付いてきたよな? あの瑞鶴ゲーマーだったりするのか?」

 

おおう既に話していたか、移動中もずっとゲームやってたみたいだから相当好きなんだろうとは思っていたが……

 

「ありゃゲーマーっていうよりもゲーオタッスね、自分の同志になり得るッス」

 

そう語る護の顔がちょっと嬉しそうである、趣味が同じ異性だからといったところだろうか

 

「話戻るけど、漣はまあ聞いてたから分かるけど霞は何でここにいるんだ?」

 

おっと、シゲは霞の事が気になるようだ

 

「私は有明海で戦ってるところをあいつに勧誘されて付いてきたのよ、軍への正式な加入手続きは今やってるみたいだから明日には加入する事になると思うわ」

 

「ああ、まだ軍入ったわけじゃねぇからあいつ呼びなのな……、まあいい、着任したらちゃんと直せよ」

 

「そのくらい心配しなくても分かっているわ」

 

そりゃアニキって慕ってる人をあいつ呼ばわりはちょっと思うところあるだろうな、まあ霞の事だからそのあたりはしっかりしてくれるとお姉ちゃん信じてる

 

「そういえば、シゲさんは山を殴ってボーキサイトの鉱脈発見したそうですが~、それマジなんです?」

 

「え……? 何それどういう事?」

 

やっぱり霞が驚いた、いや、これは誰だって驚く、自分だってそうだったのだから……

 

「ああ~、あれか、あれはマジだ、空さんみたいにポッカリ穴開けられねぇかな~?って思ってやったらボーキの鉱脈出てきてな、あれはビビったな~……」

 

遠い目をしてシゲが言う、うん、その前に空がなんだって? ポッカリ穴開ける? 山に? シゲは粉砕だと聞いたが空はそれ以上をやらかせるの? ホントあの人何なの?

 

「待ちなさい、その空って奴は何者なのよっ!? 山に穴開けるっておかしいでしょ?!」

 

「霞ちゃ~ん、空さんは蟻の巣ほじくり返して石油と温泉掘り当てるような人ッスからいちいち驚いてたら心労で倒れっちまうッスよ~」

 

「やっぱり司と同レベルの奴もいるのね……、ほんとどうなってるのよこの鎮守府……」

 

霞が肩を落としていう、まあ、そうなりますよね~、っていうか石油は聞いたけど温泉は初耳だ、入渠ドックのお湯ってまさかその温泉のだったりするのだろうか

 

「空さんといいシゲさんといいご主人様といい、何をどうしたらそんな事出来るんでしょ?」

 

「ん~、カラテ=パワー?」

 

シゲが答える、なんじゃそりゃ、空手やってたら皆あんなに強くなれるとでもいうのか?

 

「テンチョーはどっちかって言うと剣術じゃないッスか? 通と同門だったと聞いてるッスけど」

 

「一応、昔はアニキも俺らと同じ道場で空手やってたそうだがな、結局剣術の方とったみたいだけどよ」

 

通イズ誰? もしかして川内と夜戦してたって人なのか? というか戦治郎は空手に剣術と色々やっていたのか、ホ級が凄惨な姿になってしまったのはそれが原因? 他にも何かありそうだが……

 

「シゲは途中で破門にされたッスよね? 族の喧嘩で使ったとかで」

 

おいィ? 族の喧嘩? シゲは何やってたんだ? どういう経緯でそんな事になった?

 

「おい馬鹿やめろ」

 

「結局、集会してるとこに迷い込んじゃったテンチョー達に喧嘩売って返り討ちにされた挙句メンバーの殆どが逮捕されて実質解散になったんスよね? 暴走チーム『大天狗』の元総長の愛宕山 重雄さん?」

 

「やめろおおお!!! 俺の古傷を抉るなあああっ!!! 黒歴史を掘り返すなあああっ!!!」

 

シゲまさかの元ヤン、それを平然とバラす護、何ともいとも容易く行われるえげつない行為である事か……

 

「てか、テンチョーってご主人様の事かな? ご主人様達って事は複数いたって事ですよね? 空さんはいるとして他は誰だったんでしょ?」

 

「悟さんと光太郎さん、それに輝さんッスね、この5人は幼馴染らしいッスよ?」

 

輝って確か執務室の掃除と修繕頼まれてた人だったっけ? こちらもまだ会ってなかったなぁ……、そんであの面子+αが幼馴染と……、何かものっそいやんちゃしてそうなイメージしか湧かない

 

「んで、シゲはその後バイクに乗って単騎で修理工場に乗り込んだところ、バイクのメンテナンスとかの腕買われて晴れて従業員になりましたとさ、おしまいッス」

 

戦治郎と空にバイクの状態を褒めちぎられて、悟が追撃した後光太郎に諭されて最終的に丸め込まれてしまった感が凄いです

 

視界の隅に膝を抱えるシゲが見えたが気にしない

 

「因みに自分はコミケでテンチョーと空さんと知り合った後、コミケの資金稼ぎのバイト探してるところを勧誘されたッス、あの2人自分のゲームのファンだったらしいッスからね、後にサークルに加入してくれたッス」

 

まさかのコミケ、まさかの同人サークル、自分が好きなゲームの生みの親を雇用するとかどんな感じだろうな~、ダメだ、色々あり過ぎて上手く突っ込めない……

 

「こっちでもコミケみたいなのやってるみたいッスから、機会見て参加したいところッスね~」

 

こっちでもやるつもりなのか、もしサークル参加出来たらそのときは一緒に連れて行ってくださいお願いします

 

「っと、そういやここの深海勢と会うのは俺らで最後か?」

 

復帰したシゲが聞いてくる、立ち直り早いッスね

 

「いえ~、さっき話に出てきた通さんと輝さんですっけ? それに剛さんに藤きっちゃんとか言う人に会ってないですね~、他には誰かいるんでしょうか?」

 

「剛さんはもうそろそろ帰って来そうッスね、埠頭で待ってたら会えるかもしれないッス、通は~、今日非番だったッスよね?」

 

「だな、まあ明日になったら会えるだろうよ、輝さんと藤吉か~……、執務室の修繕の後の予定とか聞いてねぇし、こっちも明日でいいんじゃね?」

 

おおう、情報提供は非常に助かる、剛という人がそろそろ戻ってきそうという事だから、時間があるようなら向かってもよさそうだ、そう思って時計を確認してみればヒトロクマルマル、まだまだ大丈夫そうだ

 

「そういえば、ゴロちゃんやシューさんみたいに艤装や艦載機になっちゃった人っているんですか?」

 

「人……はいねぇな、大体そこらになるのはペットとか動物……ってあああっ!」

 

シゲが唐突に声を上げる、霞が驚いてビクリとなっていた可愛い

 

「すまん! お前らの事忘れてた!」

 

そういってシゲは腹部から艤装を展開する、一体何事かと思ったが話の流れ的に……

 

「シゲェ、俺達の事忘れるとかひでぇじゃねぇか」

 

「シゲさぁん、しっかりしてくださいよぉ~……」

 

腹部の艤装が喋る、もうゴロちゃんで慣れたからこの程度では驚かないぞ!

 

「紹介する、俺の艤装になっちまったクロとゲータだ」

 

「おう、シゲに飼われていたクロってもんだ、よろしくな嬢ちゃん達」

 

「同じくシゲさんのペットのゲータです、こんな姿ですけど仲良くしてくださいね?」

 

クロが若干ワルっぽくてゲータが大人しい感じの子だ、喋る以外は至って普通って感じだ

 

「おお~、シゲさんもペット飼っていたんですか~ 因みにこの子達は元は何だったんですか?」

 

これも多分耐えれるはず! ゴロちゃんがヒグマ、シューさんが白頭鷲、弥七がベンガルトラ、これ以上はきっとないはず!

 

「クロがイリエワニ、ゲータはアメリカアリゲーターだ、どうよ? かっけぇだろ?」

 

「ぶぼっほぉっ!!!」

 

思いっきり噴き出す漣、霞に至っては白目を剥いて倒れてしまった

 

「いくら爬虫類が好きだからって、ワニ飼うのはどうかと思うッスよね~、自分とシゲ、翔、空さんに悟さんはテンチョーの家に住んでたんッスけどシゲがワニ飼った関係でコミケ仲間とか家に呼べなくなっちまったんスよ~? 酷いと思わないッスか~?」

 

「うっせうっせ! 大五郎も弥七も大概だろうがよぉ!」

 

いや~、爬虫類は流石にキツイッス……



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鎮守府の猟犬

「カスミン、大丈夫~?」

 

「ホント何なのよ……、おかしいでしょ……」

 

気絶した霞が復活した後、シゲと護と別れ漣達は埠頭の方へと移動していた、そろそろ戻ってくるであろう剛という人物に会いに行く為だ

 

「ペットにワニって何なのよ……、普通そこは猫とか犬でしょう……? 鷲四郎と大五郎も鷲と熊とか言ってたけど何でそんな猛獣ばかりペットにしてるのよ……、あいつは動物園でもやるつもりだったの……?」

 

気絶から復帰してから霞はずっとこの調子なのである、まだベンガルトラだった弥七がいる事は黙っておこう

 

「カスミンが気絶してる間に聞いてみたけど、クロちゃんとゲータちゃんは卵から育てたそうですよ? シゲさんの爬虫類好きは筋金入りみたいだね~」

 

「いらないわよ、そんな情報……、爬虫類とか両生類とか何で飼おうなんて思うのかしら……」

 

どうやら霞はそういうのが苦手のようだ、メモしておこう

 

「さてさて、次は剛さんという方ですか~、今度はどんな面白人間なんでしょうね~?」

 

「私としてはマトモな人である事を願いたいわね……、どいつもこいつも変なのばかりじゃない……」

 

これは早めに光太郎に会わせるべきだろうな……、って言うか漣が見る限り護も比較的マトモだと思うんだけどな~……

 

そんな事を考えながら海を見てみれば人影が6つ、光太郎も巡回の為出ていたのでどちらかの部隊が帰ってきたのであろう

 

「どうやら出ていた艦隊が戻ってきたみたいですね~、それじゃ行きましょか」

 

そう言って若干早歩きで埠頭へ向かう

 

「ちょっと、そんなに急ぐ必要ないでしょう?!」

 

慌てて付いてくる霞、開き直ってしまってからは戦治郎の仲間がどれほど愉快な面白人間なのか楽しみになってしまったのだから仕方ない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~い、皆今日はお疲れ様~☆ 特に不知火ちゃんは前のときより動きが良くなっていたわね~、訓練よぉっく頑張ってたみたいね~偉い偉い♪」

 

そう言って埠頭に上がるなり不知火の頭をいい子いい子と言わんばかりに撫でる水母棲姫

 

「いえ、不知火は当たり前の事をしただけです」

 

頭を撫でられながらそう答える不知火だが頬はほんのり桃色に染まっている、尻尾でもあったらブンブンと振ってるところであろう

 

「司令や剛さんに褒めて欲しい~ってオーラ全開で訓練してたのによく言うわね~」

 

「なっ!? 陽炎、何を言い出すんですかっ?! いえ、不知火は別にそんな邪な理由で訓練をやっていたわけではなくてですねっ!!」

 

陽炎に本音を暴露され慌ててそれを否定する不知火だが、その否定する勢いがそれらを全て肯定してしまっている事に気付いていないようだ

 

「あらそうだったの? でも理由が何であれ頑張っていたのは事実なんだから、う~んと褒めてあげないといけないわね♪」

 

そう言って水母棲姫は不知火を抱き寄せながら頭を撫で続ける、不知火が顔を真っ赤にしプルプルと震えながら陽炎を睨みつける、それに対して陽炎は悪戯っぽい笑みを浮かべながらその光景を見ていた

 

「確かに不知火さんは訓練を頑張っていましたけど、陽炎さんも負けないくらい頑張っていましたよね? 今日の戦闘でも命中精度が上がっているのが見て取れましたしね」

 

「ちょっ! 神通さん?!」

 

神通に言われ今度は陽炎が慌て始める、因果応報とはこの事だろう

 

「あらあら、陽炎ちゃんも頑張り屋さんだったのね~、だったら陽炎ちゃんもしっかり褒めてあげなきゃね~、不知火ちゃんばっかりだと不公平だものね♪」

 

不知火を解放し陽炎に向かって両手を広げ迫る水母棲姫、その姿に下心は一切感じられない、不知火が少々残念そうな顔をしていた

 

「いやいや、私は大丈夫ですから……、そういうの望んでないので……」

 

1歩後退りする陽炎

 

「別に恥ずかしがらなくてもいいのよ~? ほ~ら、アタシの胸に飛び込んでらっしゃい☆」

 

そう言って1歩分前進する水母棲姫

 

「ですが、まだ改善出来る点もいくつかありますので今日の結果に満足せず、改善すべき点を考慮しながらこれからも訓練していきましょう」

 

「多分あっちは話聞くどころじゃないだろうな……、というか陽炎もさっさと観念したら楽になるのに何やってんだか……」

 

神通が今後の訓練の方針を告げるが向こうは碌に話を聞いていない模様、それを見て木曾がため息交じりに言う

 

「あっちはとりあえず放っておいて、あたし達は提督のとこ行って報告済ませて早いとこ入渠ドックに行こうぜ」

 

「何だ? てっきりすぐシゲのところに行くと思っていたんだが違うのか?」

 

摩耶が先を促そうとするが、それに木曾がからかうように返す

 

「さっきから身体がベタベタして気持ち悪いんだよ、だからさっさと風呂に入ってサッパリしたいんだっつの」

 

バリバリと頭を掻きながら摩耶が答える、その様子を見て木曾がククッっと忍び笑いをこぼす

 

「だーっ! 笑うな! ほら、さっさと行くぞ!」

 

「分かった分かった、そう怒るな……、って、誰かこっちに来ているぞ?」

 

叫ぶ摩耶を宥める木曾がこちらに近付いてくる人影に気付く

 

「初めて見る顔ですが、あの子達は一体誰なのでしょう?」

 

不思議そうに問う神通、しかし摩耶も木曾もあの2人の事は知らないようだ

 

「あの~、剛さんという方はどちらにいらっしゃいますでしょうか?」

 

近付いてきた少女が尋ねてくる、どうやら剛に用があるようだが何者なのだろうか?

 

「剛さんに用事か? 今あっちで陽炎と不知火とじゃれ合ってるが……、お前ら何者だ?」

 

2人を警戒し軍刀に手をかけながら木曾が問う

 

「あ、今日この鎮守府に着任した綾波型駆逐艦の漣と言います、そんでこっちの子が……」

 

「霞よ」

 

「え~、カスミンは先程出撃したときに保護したドロップ艦なんですよ~、それで鎮守府を案内したとき会えなかったご主人様のお仲間さん達に挨拶をと思いましてですね~」

 

「そういう事でしたか、では私が呼んできますね……、あ、その前に自己紹介しておきますね、川内型軽巡洋艦2番艦の神通です、どうかよろしくお願いいたします、それでは呼んできますね」

 

深くお辞儀をした後、剛達の元へ駆けていく神通

 

「球磨型軽巡の5番艦の木曾だ、今は雷巡になっているがな、まあよろしくな」

 

簡潔に自己紹介を済ませる木曾、その様子を見た漣がイケメンだ!と声を上げていた

 

「高雄型重巡洋艦3番艦の摩耶さまだ、ま、よろしくな!」

 

これまた簡潔に自己紹介する摩耶、だが漣は摩耶を見るなり虚ろな目になり恐らく無意識だろうが自分の胸のあたりをさすっていた

 

「そういやお前らは提督達の事どのくらいまで聞いたんだ? 剛さんに挨拶しに来るって事はそれなりに話聞いてるとは思うんだけどな……」

 

「ああ~、ご主人様達が違う世界の生まれ変わりだって言うのは聞きましたよ、血の色も見せて頂きました、ただまだ話す事があるみたいでこの後執務室に行く事になってるんですよね~」

 

摩耶が尋ね漣が答える、まだ全てを教えてもらっているわけではなさそうだ

 

「なるほどな、まあ詳しい話は提督から聞くのが一番だな」

 

「そうね~、戦ちゃんが今はアタシ達のトップなわけだし、そこはトップらしく説明してもらわなくっちゃね☆」

 

摩耶の言葉に続いたのは摩耶の背後から現れた水母棲姫、唐突に話しかけてきた為摩耶が驚きの声を上げていた

 

「背後から話しかけんな! びっくりしただろう! 全く……」

 

「ごめんなさいね摩耶ちゃん、さてさて、アタシを呼んだのは貴方達?」

 

摩耶に謝罪を入れながら漣達に問う

 

「あ、はい、綾波型駆逐艦の漣です、そしてこっちが朝潮型駆逐艦の霞……カスミンです」

 

「何でいい直したのよ?! もう……、カスミンじゃなくて霞よ、覚えておきなさい」

 

「漣ちゃんにカスミンね、覚えたわ~♪」

 

「だから! カスミンじゃないって言ってるでしょ!!!」

 

そんな霞を見てクスクスと笑いを零した後自己紹介を始める水母棲姫

 

「それじゃあアタシの番ね☆ アタシは稲田 剛(いなだ つよし)よ♪ 今日は手空きの子がいなかったから代わりに哨戒に出てたけど、普段はこの鎮守府の憲兵みたいな仕事をしているわ♪ 何かあったらすぐに教えて頂戴、そんな悪い子にた~っぷりオ・シ・オ・キしてあげちゃうからね~♪ というわけでよろしくね☆」

 

科を作って剛が言う、その様子を見た漣も霞も少々引いている

 

「あんた、まさか……」

 

引きつった表情のまま霞が尋ねようとする

 

「あら、アタシはこういう口調だけどれっきとした男よ? そっち系の趣味はないわ☆」

 

ハッキリと答える剛、胡散臭い気もするが事実である

 

「ついでに言うと、艦娘ちゃん達はみ~んなアタシの子供くらいの感覚ね~♪ 40後半になるとそうとしか思えなくなっちゃうもの☆」

 

「ぶふっ!」 「はぁっ?!」

 

漣が噴き出し霞が驚愕する、32歳の戦治郎が剛に対してさん付けだったのはこういう理由だったりする

 

「さて、アタシの自己紹介はこのくらいかしらね? それじゃあ貴女達もご挨拶しましょうね☆」

 

剛がそう言って陽炎と不知火の背中を押して前に出させる

 

「えっと、陽炎型駆逐艦のネームシップ、陽炎よ! 同じ駆逐艦同士頑張りましょ!」

 

「陽炎型2番艦不知火です、よろしくお願いします」

 

これでこの場にいる全員の自己紹介が終わった、そのタイミングを見計らったように

 

「さてさてもっとお話したいところなんだけど、アタシ達は今から戦ちゃんのところに今回の哨戒の結果を報告しにいかなくちゃいけないの、だからまた後でいっぱいお話しましょ☆ それじゃあバ~イ♪」

 

そう言って剛は漣達に背を向け執務室のある本庁に向かって進んでいく、それに先程哨戒に出ていた5人が続く

 

「いあ~、剛さんもなかなかに濃い人でしたね~……」

 

その背中を見送りながら漣が言う

 

「ええ、そうね……、でも……」

 

霞は剛に対して思う事があったようだ

 

「……やっぱりカスミンも感じましたか~」

 

どうやら霞だけでなく漣も剛から何かを感じていたようだ

 

「「あの人、ふざけてるにも関わらず話してる間一切隙がなかった……」」

 

そう、剛から全く隙を感じなかったのである、砲を向けた瞬間には地面に組み伏せられるイメージが今でも頭の中にこびりついていた

 

それは剛が意図的にやったのか無意識でやっていたのかは分からない、だが如何ともし難い圧倒的な実力差を感じずにはいられなかった

 

「とりあえず、あの人は怒らせちゃいけないってのはよ~っく分かりました……」

 

「同感ね、確か憲兵みたいな事やってるって言ってたし、変な事しない方が身のためね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、剛さん」

 

「どうしたの? 摩耶ちゃん」

 

「さっき話してるとき素人でも分かりそうなくらい完全に隙をなくしてたのは何でだ?」

 

「昔のクセよ、それにアタシって憲兵やるんだからどんな状況下でも貴方達を簡単に取り押さえる事が出来ますよ~って教えてあげただけ、OK?」

 

「そしたら剛さんの事怖がるようになっちまうだろうけどいいのか?」

 

「仕方ない事よ、それにそれでアタシや通のお仕事が減るんだったら別にそれで構わないと思ってるわ、警察と軍隊が暇してるのは平和な証だと思ってるからね☆」



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報告と侍と相棒

「戦ちゃ~ん、今大丈夫~? って、あらあらお邪魔だったかしら?」

 

戦治郎の返事も待たず執務室の扉を開ける剛、その目に映ったのは大和に膝枕され耳掃除をされている戦治郎の姿だった

 

「剛さん、せめて返事くらい待ってくださいよ……、とりあえずこの恰好のままでいいなら聞きますよ」

 

この反応から察するに耳掃除は大和が提案したようで、中断させるとむくれてしまうだろうから敢えて止めないのだろう、実際大和の表情はとても幸せそうだったので中断させるのも無粋というものだ

 

剛の後ろで「相変わらずやってんな~」だとか、「お熱い事で……」だとか聞こえてくるのは無視しておく、それと神通は自分が想い人の耳掃除している姿を思い浮かべるのを止めなさい、身体が火照ってきているのが丸分かりなので

 

「そのままで構わないわ、それで哨戒の結果なんだけどやっぱり偵察に来ている連中が増えてるわね、まああいつら相手に海賊紛いの事やってきたんだからアタシ達の事血眼になって探すのも当たり前の話よね」

 

「襲ったワ級の数は数百隻以上、潰した補給拠点も15から先は数えてないからな~、ただでさえ純正連中は対立してんのが多いから、そりゃあっちもブチギレますわな」

 

「あたしらそんなに派手に暴れてたのかよ、全く気にも留めてなかったぞ……」

 

摩耶が言う、摩耶と木曾は戦治郎達が初めて救助したドロップ艦なのでこの鎮守府の最古参・オブ・最古参だったりする

 

「提督、そういえば拠点にしていた場所に隠してきた資材や資源はどうするんだ? 他の鎮守府の連中にはまず見つけられないだろうから減る事はないだろうが、そのままにしておくのはもったいなくないか?」

 

今度は木曾が戦治郎に問う、そう、戦治郎達にはワ級や補給拠点を襲撃した際に大量の資源や資材を入手していたのである

 

救助した後仲間になったドロップ艦達は当然として、人から生まれ変わって深海棲艦になった戦治郎達にも補給は必要だったので、それらを目当てにワ級や補給拠点を襲撃したわけなのだが、資源も資材も予想以上に手に入ってしまい全て持ち歩く事が出来なかったので拠点を移動する際持ち歩ける分だけ回収して残りは誰にも見つからないようにしっかりと隠して置いてきたのである

 

「んだな、遠征ついでにちょこちょこ回収していくとすっか、そうなると翔と輝と太郎丸以外のこっちの面子を最低1人は遠征のメンバーに加えるようにすっぞ」

 

「その方が賢明ね、案内役だけなら一緒に海賊やってた子達にやってもらえばいいんだけど、襲われたときの護衛役となると少々力不足になっちゃうのよね……」

 

「面目ねぇ……」

 

「こればっかりは仕方ねぇよなぁ……、何であいつらは当たり前のように連合艦隊をまとめて4つも5つもこっちにぶつけてくんだよ……」

 

木曾が俯き摩耶が恨めしそうな顔をする、深海棲艦の補給拠点の物資の量から考えてこのくらいの事は問題なく出来るのだろう

 

最初あたりは普通の艦隊だったのだが、何度も返り討ちにしていたらドンドン数が増えてきて現在は6vs50~60なんて事がザラになってしまっていた

 

「まあそのおかげで俺らも強くなってんだから問題ねぇ問題ねぇ」

 

「提督、次は反対の耳をやりますからこちらを向いて下さい♪」

 

「うい、……何かごめんなさい」

 

戦治郎のポジティブな返答からの大和からのお願い、向きを変えた結果剛達に尻を向ける形になった為軽く謝罪を入れる戦治郎

 

「いえ、大和は楽しんでやってますから♪」

 

「ごめん大和、剛さん達への謝罪なんだ……」

 

「アタシが最初にいいって言ったんだから気にしないでいいわよ、とりあえず報告はこのあたりでいいかしら?」

 

剛の言葉で哨戒の報告はこれで終了となり、哨戒に参加したメンバーは入渠ドックへ向かっていく、大和は顔を真っ赤にしながらも戦治郎の耳掃除を続けていた

 

「さって、そろそろ漣達が来る頃合いかなっと……」

 

「今はヒトロクヨンゴーです、まだまだ時間はあるようですね」

 

戦治郎の耳から耳かきを抜きながら大和が答える、どうやら耳掃除は終わったみたいなので戦治郎が身体を起こそうとするが、大和がそれを手で制止する

 

「まだ時間がありますから……、もうしばらくこのままでいさせてください……」

 

「……あいよ、5分前までだからな?」

 

「はいっ♪」

 

先程戦治郎の頭を押さえていた手で戦治郎の頭を撫で始める大和、その心地良さに戦治郎もたまにはいいか、と成すがままにされていたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剛達が戦治郎に報告している間、漣達はあるものを見つける

 

埠頭に腰を下ろし釣り竿を握り海に糸を垂らしている人影である

 

その姿は先程別れた神通に似ていたが別人のようだ

 

漣は霞にちょっと待つように頼み後ろからコッソリ近寄って声をかけようとしたが

 

「おや? 私が今まで感じた事のない気配が2つほどしますが……、どちら様でしょうか?」

 

こちらを振り向きもしていないのに、こちらの人数を正確に当て問いかけてきたのだ

 

「気配で気付けるって只者じゃないですね……、貴方何者なんですか……」

 

「人に名前を尋ねるときは先に自分から名乗るものだと思いますが、どうでしょう?」

 

「こりゃ失礼しました~、綾波型駆逐艦の漣っていいます、本日付けでこの鎮守府に着任しました、それで貴方の名前は何というのでしょ?」

 

「貴方が初期艦の漣さんですね、初めまして、私はこの鎮守府で憲兵のような役職に就いている神代 通(かみしろ とおる)と申します、以後お見知りおきを」

 

神代 通と名乗る腰に2本の刀を差した軽巡棲姫はやはりこちらを見る事なく会話を続ける

 

「貴方も憲兵さんでしたか……、この鎮守府の憲兵さんは只者じゃない人ばっかりなのか……」

 

「貴方も……と言う事は、剛さんにはもうお会いしたようですね」

 

やはりこちらを見る気配すらしない、相当集中しているのだろうか?

 

「ですね~、先程お話してましたが、その間全く隙が無いというかいつでもこっちを組み伏せる事が出来るぞ~って雰囲気を出しっぱなしでしたね~、あれって何なんでしょ?」

 

通がその事を何か知っているようなら教えて欲しいものである

 

「あれはあの方のクセのようなものですね、あの方は先輩の店に来るまでは軍隊で結構高い階級にいたそうなので」

 

元軍人、それも結構偉い人だったのか……、それなら何か納得してしまう、でも何でそんな人が先輩の店に……? って、先輩?

 

「先輩って、ご主人様の事でしょうか? 通さんとご主人様ってどんな関係だったんです?」

 

「私と先輩は剣術の道場にいた頃の先輩後輩の仲だったのですよ、その道場の師範は私の祖父だったのですけどね」

 

そういえば護達が言っていたっけな、つかこの人のお爺さんの道場だったのか、そうなるとこの人も相当凄いんだろうな~、実際気配だけでこっちの人数当ててきてたし……、というか戦治郎は空手もやって剣術もやってって色んな事やってるな~

 

そんな事を考えていると

 

「キィー!」

 

通の隣にあるバケツから変な声がした

 

「こら金次郎、バケツの中に入らないで下さい、釣った魚達が驚いてしまいます」

 

通がそう言うと、バケツの中から何かちっちゃいのが飛び出してきた

 

「キキィー!」

 

「大人しくしていて下さい、っと失礼しました」

 

通が謝罪する、が、漣の耳にその声は届くことはなかった

 

「何ですかこの生物! ちっちゃくてチョー可愛いじゃないですかー! この子、通さんのペットなんですか?! 漣に譲って下さいオナシャス!!!」

 

金次郎と呼ばれた漣絶賛のこのちっちゃな生物、人はPT子鬼群と呼ぶれっきとした深海棲艦なのだが、この個体は普通のPT子鬼群とちょっと様子が違った

 

まず、普通は3匹セットのはずなのが金次郎は1匹しかいないのだ

 

そして何より小さい、本来なら赤ん坊くらいのサイズなのだが金次郎は漣の手のひらサイズである

 

「漣うるさい! 一体どうしたのよ……、って何よそれ?」

 

騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた霞、漣が全力で頬擦りしている金次郎を見て問う

 

「その子は金次郎(きんじろう)と言って、先輩が生前飼っていた琉金が生まれ変わった子なんですよ」

 

「今度は金魚か……、あいつどんだけペット飼ってるのよ……」

 

霞が呆れるように言う、それに対して

 

「シェパードの太郎丸、琉金の金次郎、ミドリガメの甲三郎(こうさぶろう)、白頭鷲の鷲四郎、ヒグマの大五郎、コーカサスオオカブトの六助(ろくすけ)、ベンガルトラの弥七の7匹ですね、皆こちらに生まれ変わって来ていますよ」

 

「馬鹿じゃないのあいつ?! っていうかベンガルトラ!? なんてモンまで飼ってるのよっ!? ホンット馬鹿じゃないの!? てかこっちにいるの!?」

 

尋常じゃない勢いで捲し立てる霞、ああ、折角弥七の事黙ってたのに……

 

「っていうか、あんたも人と話をするなら目を見て言いなさい!」

 

霞から指摘される通

 

「それもそうですね、折角の非番だったので精神鍛錬のつもりで釣りをやってましたが、どうも今日は調子が悪いようですね……、このあたりにしましょうか……」

 

そう言って通が立ち上がろうとした時、竿に当たりが来る

 

「っと、最後の最後に来ましたか……」

 

言いながら竿を引きリールを物凄い速度で巻いていく通、獲物の影がみるみる近づいてくるもあまり大きくないようだ、それを確認した通の表情もちょっと残念そうだ

 

「さて、姿を見せなさい……っ!」

 

通の声に合わせたように獲物が海面から飛び出してくる、さて、その釣り糸の先についていたものは……

 

「……なんと」

 

通が釣り上げたもの、それは金次郎と同じくらいのサイズのPT子鬼だった

 

それを見て漣が目を輝かせ金次郎を掴む手の力を緩める、その隙に金次郎は漣の手から脱出し通の元へ駆け寄るが、釣り糸の先のものを見てギョッとする

 

「……金次郎、貴方いつの間に分身の術を覚えたのですか?」

 

PT子鬼から針を外しながら通が金次郎に訳の分からない事を尋ねるも、金次郎は激しく首を左右に振るばかりだ

 

通が子鬼から針を外すなり、漣は通から子鬼をひったくり天に掲げながら

 

「ちっちゃ可愛い子、とったどーーー!!!」

 

などと叫んでいた、その様子を見た霞は額を押さえ溜息を吐く、漣に捕まったPT子鬼も一体何が起こっているのか分からずアタフタとしていた

 

これが、漣とその相棒との出会いであった



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ウサちゃん爆誕と転生個体

「ご主人様! この子飼ってもいいですかっ?! いいですよね!?」

 

「漣、とりあえず落ち着いて状況説明して? な?」

 

現在、漣と霞は先程出会った通とともに執務室に来ていた、時刻はヒトロクゴーマルと予定時刻より10分早い到着となった、何か大和が膨れているが気にしないでおこう

 

理由としては先程通が釣り上げたPT子鬼に関してである

 

「すみません先輩、実はですね……」

 

そう言って通が状況を説明し始める、非番だったので釣りをしていた事、漣達と出会い話をしているところでこの子鬼を釣り上げた事、漣がこの子鬼をペットにしたいと言って聞かなくなった事

 

「なるほどな~……、まあ気持ちは分からんでもないな……」

 

通の説明を受け戦治郎が答える、その首には金次郎が抱き着いて頬をスリスリと擦り付けていた、めっちゃ可愛い、執務室に入って戦治郎を見つけたら通の肩から飛び降りて戦治郎の脚に飛びついてからその身体をよじ登っていく姿はたまりませんでした

 

「んで漣、その子鬼は安全なのか?」

 

「こんなちっちゃ可愛い子が危ないわけないじゃないですか! ね~?」

 

戦治郎が子鬼の安全性、つまり深海棲艦の工作員の可能性を危惧しているのだが漣がまともに取り合ってくれないのだ、肝心な子鬼はあたりをキョロキョロと見回している

 

「ちっちゃ可愛いからって……、いくらちっちゃいからって安全とは限らねぇんだぞ? なぁ、金次郎?」

 

「キィー!」

 

金次郎は返事をするなり両手を上に上げる、そしたら何もないところから突然魚雷が出現し、金次郎は落っこちてきたそれを両手で掴む

 

「子鬼はこのくらいのサイズでもこういう芸当が出来るんだぞ?」

 

漣は先程金次郎がやった魚雷召喚に驚いて目を見開いていたが、ブンブンと左右に首を振り

 

「いやいや、それは金ちゃんだからこそ出来る芸当……」

 

この子には出来ないだろうと主張しようとした矢先に、手のひらの上の子鬼は金次郎と同じ動作で魚雷を召喚していた、成功したのを喜んでいるのかちょっとはしゃいでいる、あぁんかわゆい

 

尚、魚雷は危ないからという事で通が2本とも回収しました

 

「……、こういう時は本人の話聞くのが一番か」

 

戦治郎はそう呟くなり窓際へ立ち窓を開け、ポケットから取り出した笛を吹く

 

フィ~っという音が鎮守府中に響き渡り、しばらくしたら執務室の扉がノックされる、戦治郎が入室許可を出して入ってきたのは太郎丸だった

 

「ご主人様、呼んだ?」

 

あれって太郎丸呼ぶ為の犬笛だったのか……、漣がそう考えている中で話が進む

 

「おう、何か子鬼拾ったらしくてな、ちょいと奴さんの事情聴いてくんね?」

 

「わかりました!」

 

太郎丸は元気よく返事をして犬の様な鳴き声を出し始める、それを見ていると太郎丸は本当に犬だったんだな~としみじみ思う

 

「え~っと……、何と言うか……」

 

太郎丸が事情を聴きだしたようだが様子がおかしい、と言うか目頭を押さえている、一体どうしたと言うのだ

 

「とりあえず、まずコレを見て」

 

そう言って太郎丸が取り出したのはちっさめな注射器、それも採血用のようだ

 

そして太郎丸は子鬼の腕を取り注射器を近づけて……

 

「な、何をするだァーッ!」

 

漣が叫びそれを阻止する

 

「飼うんだったらどの道血液検査するから事情説明ついでで今採血しとこうと思ってね、本人にも了承はとってるから、ね?」

 

とまあこんな感じで太郎丸が漣を説得し採血開始、注射器の針が子鬼の腕に刺さり注射器の中に子鬼の血液が流れ込んでくるが、その色が

 

「え……、赤?」

 

この子鬼もまた、赤い血液を持った深海棲艦だった

 

「この子、どうやらお祭りの屋台の金魚掬いの金魚みたいでね……、この子はちっちゃな子供に掬われたみたいだけど、親が飼えないからって放流したみたいなんだよ……」

 

まあそれはよくある話だろう、生態系云々はこの際おいておくとして……、と考えるがまだ話は続いていた

 

「……お祭りが開催されてたのが海沿いだったってのが問題でね……、この子、海に放流されちゃったみたいなの……」

 

「「おおぅ……」」 「「あ~……」」 「なんと……」

 

戦治郎と漣が、大和と霞が、通までもが察してこのような反応を返す

 

「それで気付いたらこのあたりにいたみたいで、何か美味しそうな匂いがするものがあったから食い付いてみたら釣られちゃったみたいだよ」

 

「姿変わったら食性も変わるもんなのか……?」

 

「それについては僕がいるじゃないかご主人様、今の身体だったら玉ねぎもチョコレートも食べれるからね」

 

太郎丸が胸を張って言う、説得力が半端ないです

 

「ご主人様……」

 

漣が訴えるような目で戦治郎を見つめてくる、これは同情するのも仕方ない事だ

 

「うん、ごめん、飼うの許す、俺もいっぱい飼ってるし1匹増えるくらい大丈夫だよな、うん……」

 

戦治郎が許可を出す、戦治郎自身金魚飼ってるわけだから知識があるわけだ、この金魚だった子鬼の最後がどのようなものだったか想像するだけで涙が出そうになっていた

 

「やったー! よかったね子鬼ちゃん!」

 

漣が大いに喜び、それにつられるように子鬼も喜んでいる、太郎丸がこの子鬼にあの短い時間で色々説明してくれていたようだ、タロちゃんマジ優秀

 

「さて、飼うって事になったみたいだし、僕はこれからこの子の血液検査に行くとするよ、この際だから悟にも協力してもらおうかな? あ、その子の名前は早いうちに決めておいてね、こっちで色々まとめるとき必要になるからね、それじゃまた後でね~」

 

そう言って太郎丸は執務室から出て行った

 

「さて、こいつの名前だけど~……、その前にだ」

 

そう言って戦治郎は机の中をゴソゴソと漁り何かを取り出す

 

裁縫セットと桃色の兎の小さなヌイグルミだった、ちょっと待ってろよ~と言ってヌイグルミの綿を抜くなどの作業を始めてしまった

 

 

 

 

 

 

 

「よっし出来た、漣、こいつをそいつに着せてやってくれ」

 

どうやら作業が終わり目的の物を漣に渡す、細かいところまで色々やっていたようだが時間はさほどかかっていなかった、この人ホント器用だな……

 

「ほいさっさ~、それじゃあ子鬼ちゃ~ん、お着換えしましょうね~」

 

漣はテキパキと子鬼にそれを着せていく、女の子だからだろうか非常に手際がよかった

 

「おお~~~っ!!!」

 

漣が感嘆の声を上げる、そこにいたのは小さな兎の着ぐるみを着た子鬼、腕と脚をパタパタと振ったりクルクルとその場で回ってみたり、戦治郎がいつの間にかとりだした鏡で全身を映して見せてやると一瞬驚いた後はしゃいでいる姿を見る限り着ぐるみを気に入ったようだ、鏡を見たときの反応を見た限り視界もしっかり確保出来ているようだ、正体を知らない者から見れば動く兎のヌイグルミである

 

「むは~~~~~~!!! 超かわええ~~~~~!!!」

 

興奮しすぎたのか少々鼻血を出しながら絶叫する漣、大和がさりげなくティッシュを持ってきてくれた

 

「あのままだと、俺や太郎丸、空や通や剛さんなら分かるだろうがそれ以外の奴が金次郎とそいつの区別がつかなくなりそうだからな、着ぐるみの替えについては気が進まんだろうが司のとこで頼んでこい」

 

「ご主人様、本当にありがとうございまーす!!! さてこの子の名前だけど~、この姿見てキュピーンと来ましたよ~来ちゃいましたよ~……、この子は『ウサちゃん』です! いいですか~? 今日から貴方はウサちゃんですよ~?」

 

「イィー!」

 

ウサちゃんと名付けられた子鬼も、どうやらその名前を気に入ったようだ

 

この日、漣の相棒となるウサちゃんが執務室にて誕生したのである

 

「それはこのあたりで終わりでいいかしら?」

 

そう言って子鬼の件を終わらせにかかる霞、ここに来たのはもっと別の事を話すためだったから仕方がないと言えよう

 

「おお、そうだな、とりあえずウサちゃんの事は後回しにしてだな……」

 

「あ、ご主人様~、ちょっといいですか?」

 

漣が挙手して質問してくる

 

「鈴谷さん達が着任するなり改修、それも改二以上まで改修されてたのってどんな手使ったんですか?」

 

「あれはだな、あいつらとは軍学で一緒だったって言っただろ? そのときに鍛えてやったんだわ、俺1人対あいつら3人+何人かで隠れて演習やったりしてな、そしたらメッキメキ練度上がってなぁ……」

 

「お二人とも、これを見てください」

 

そう言って大和がタブレットを見せてくる、そこに表示されているのは鎮守府にいる艦娘や深海棲艦のステータス表であった

 

「ああ、艦娘のコンディションチェックとかに使う奴ですね~、どれどr……はいぃ!?」

 

「ちょっ!!? 何なのよこれ?!」

 

大和は2人にタブレットを見せながら操作し戦治郎のステータスを表示する、そのステータスの数字を見て2人は驚愕する

 

工作戦艦水鬼 長門 戦治郎 練度48

 

練度以外の数字も艦娘では到底辿り着けなさそうな数字が並んでおり、耐久は4ケタを超え装甲や火力は500オーバー、戦艦にはあるはずのない対潜の数字もあると来ている、化け物のようなスペックである

 

「練度やステータス数値が本来の戦艦水鬼の数値より上がってるのは、生まれ変わり……、ここから先は『転生個体』、或いは『転生』って呼ぶわ、まあ血が赤いのが関わってるみてぇなんだわ」

 

違う世界から生まれ変わってこの世界に存在するから転生か、そう考えてる間にも戦治郎が続ける

 

「本来の深海棲艦、これは『純正』って呼ぶとしてだ、純正は基本何度戦闘しようが練度が上がらねぇもんなんだわ、だが基本スペックが元からぶっ飛んでるのが特徴ってとこだな、艦娘は逆に最初はよえぇが戦いを重ねると強くなっていく、練度はその目安ってなってるのは知ってるはずだ」

 

このあたりは軍学校なんかで習う範疇だ、霞も独学で色々やってたと聞いているから恐らく知っているはずだ

 

「だが転生は双方のいいとこ取りしてるってな、最初から滅茶苦茶高いスペック持ってて更に練度も上がって強化される、後面倒なのが見た目とスペックが一致しねぇ場合がある事だな、エリでもフラでもましてやフラ改でもない普通のル級だと思ったら転生ル級で、まだ戦いに慣れてなかった俺達がかなり苦戦した事もあったくらいだ。ただ、遭遇率はおっそろしく低い、俺らが海賊やってる間でも遭遇したのは3匹くらいだわ、ル級もその中の1匹」

 

遭遇率が極めて低いはずなのにここの鎮守府にはいっぱいいるんですがそれは……

 

それはそうと、見た目とスペックが一致しないのは恐ろしい事だ……、ただでさえ純正と転生の判別方法を血を見る事だけしか知らないので、戦治郎達がいない状況で遭遇してしまったらと考えるとゾッとする

 

「そうそう、俺らの練度だけどよぉ、これが上がらない上がらない、艦娘が練度1からケッコンカッコカリして最大練度になったときにやっとこっちが練度2になれるくらいだわ、まあ練度1上げるのに必要な数値が常に一定なのは助かったと思うところか? その分ステータス上がる量もすげぇわけだがな、まあ俺で言えば俺単体でケッコン艦48人分くらいの戦力になるんじゃねぇか?」

 

何それ怖い、他の人も見てみると大体練度40超えてるし……、あのときのホ級が本当に哀れに思えてきた……

 

「とまあ、鈴谷達が来た直後に改修出来た理由はつまり、俺という化け物相手に何度も演習やった結果だ、OK?」

 

「そういう事だったのね……、ねぇ、それって私達にもやってもらえるの?」

 

霞が問う、敵討ちの為に力が欲しいというのがヒシヒシと伝わる

 

「おう、望むところだ、手ぇ空いてるときならいつでもいいぞ」

 

「鈴谷さん達の練度の事は分かりましたが~……、それをやる事になったきっかけって何ですか? 何かがあって鈴谷さん達に正体がバレた結果演習をやるようにになった感じがするんですよね~……、後鈴谷さんと榛名さんにとってはご主人様は命の恩人みたいになってるのも気になりますね~」

 

漣が戦治郎の回答を聞いて浮かんだ質問をぶつける

 

「鋭ぇな漣……、それはな、鈴谷達が軍学時代にやらかした事故がきっかけだ、そのせいで正体バレちまったんだがな……」

 

「その事故って何よ?」

 

「それは、妖精さんの加護を受けた羅針盤が示す航路から外れて航行する、所謂羅針盤事故って奴だ」

 

……羅針盤事故?



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羅針盤事故

2019/2/3 20:18 内容を一部修正しました

2020/4/7 1:27 内容を一部修正しました


羅針盤……、本来なら方位磁針又はコンパスと呼ばれる磁石の特性を利用して方位を知る為の道具であるが、提督や艦娘にとっては全く別の物の事をそう言うのである

 

提督や艦娘にとっての羅針盤とは、妖精さんの加護を受け深海棲艦の気配を察知し、使用する者を深海棲艦の脅威から遠ざける、或いは被害を最小限に抑えるという魔除けのアイテムなのである

 

軍学校の教本や資料などには、羅針盤が示す航路を無視した場合どうなるかが一切書かれていなかった

 

理由は至ってシンプルである、羅針盤を無視して航行した者が帰還した事がこれまでに一度もなかったからである、通信も妨害されてしまうのか一切連絡が取れなくなり向こうがどのような状況になっているのかすら分からなくなってしまう

 

通信も途絶え帰還者も0、報告しようにも報告が出来ないのである、故に資料が一切存在しなかったのだ

 

「まあ、これは今まではって話だな、来年あたりから軍学の教本に載ったり資料が残るぞ、いいんだぜ? 喜んで」

 

戦治郎がドヤ顔で言う

 

「あんたがその資料とかに関わってるってのは分かったわ、それで? 羅針盤を無視するとどうなるわけ?」

 

霞が若干呆れ気味に戦治郎に問う、戦治郎の表情が一瞬つまらなそうな感じになったがすぐに真顔になる

 

「すげぇぶっちゃけるとだ、おめぇらが想像出来んくらいの数の純正が襲ってくる、それも通信妨害の準備とかしっかり整えたクッソ大規模艦隊がな」

 

漣と霞の表情が凍る、ウサちゃんさえもギョッとしたポーズのまま固まっていた

 

「今でも俺らは50~60隻まとめて相手してるんだが、羅針盤無視は桁が2つは違うぜ? 鈴谷達のときも俺と鷲四郎で1000隻以上潰してたらしいからな、まあ鷲四郎は武装扱いだから実質1人か」

 

そう言って自分の右腕を左手で叩く、『一鬼当千』の文字が刻まれた右腕を……

 

「50隻60隻でもふざけんなって話なのに1000隻とか絶望しかないじゃないですかヤダー!」

 

「その1000隻をあんた独りで倒したとか嘘でしょ……?」

 

2人はその話の信じる事が出来なかった、戦治郎は確かに強いのだろうが戦力差1000倍をひっくり返す事が出来たなどあり得ない、そもそも本人もらしいと確証を持って言っているわけではなさそうなのも手伝ってにわかに信じられなかった

 

「提督はこう仰っていますが、大和達教導艦で編成された艦隊が到着したときには現場には大破した鈴谷さん達と深海棲艦だったと思われる残骸が大量に浮かんでいました……、調査チームの調べでは1026隻分相当の残骸だったそうです……」

 

「そうは言ってもよぅ、俺だってあの時は鈴谷達がボコられたってので頭キて視界真っ白だったんだから殆ど覚えてねぇよ……」

 

大和の言葉でそれらが全て事実だった事が証明されてしまった

 

「着任先のご主人様が化け物だった件について……」

 

「俺だって気付いたら周りが残骸だらけで超ビビったっつぅの……、しっかし未だ分かんねぇんだが何で江田島近辺にあんだけの数の純正がいたのか……、これが分からん……」

 

「恐らくですが……」

 

江田島近辺にいた超大規模艦隊の狙いが分からない戦治郎に、心当たりがあるのか大和が言う

 

「あの艦隊は呉鎮守府を再び攻撃しようとしてたのではないでしょうか……?」

 

大和の言葉に霞がピクリと反応する

 

「呉に再び……、あぁ、1度目ってのは三原をおかしくしていた原因になった奴か?その辺は俺はちょびっとだけ資料に目を通しただけで、詳細まで分かってねぇから、出来れば詳しく教えてくんねぇか?」

 

戦治郎が問う、どうやら戦治郎の知り合いが関わっている事のようだが、如何やら事の詳細については把握していない様である。かなり大きな事件だったので緊急速報や新聞の号外が出たくらいなのだが……、と漣は思ったがよく考えてみれば戦治郎はその頃はまだ転生していなかったか、海賊やってて事件当初の事を知る術がなかった可能性があるのだった

 

「はい、その時丁度呉鎮守府で観艦式が行われていまして、多くの鎮守府や泊地、警備府から提督や艦娘が集まっていました。恐らくそれらをまとめて排除しようとしたのではないでしょうか……? 大和も緊急出撃したのですが多くの方が亡くなられました……、そして、霞ちゃんのご両親もそのときに……」

 

「え……?」

 

霞が大和の言葉を聞き固まってしまう

 

おかしい、大和には自分の両親の事は話してないはずだ、なのに何故大和はその事を知っているのだ? 霞は思考を巡らせる

 

「大和、俺は霞の両親の事言った覚えはねぇぞ? 霞の反応見る限り霞もおめぇにその事話してないみてぇだが……、風呂のときも確かおめぇはその話の後来たはずだから聞けるはずがねぇ……、どうして知ってんだ?」

 

風呂のときの会話、そっちにも聞こえてたのか……、アンタが年甲斐もなく飛び込みしてお尻ぶつけて痛がってたの聞こえてたからまあ聞こえるか、漣は余計な事を考えていた。 そうだ、後でこの事大和に教えておこう

 

戦治郎が大和に問い、大和は嘘偽りなく答えた

 

「それは……、霞ちゃんを救助したのが大和だったからです、深海棲艦が海沿いの道路に出現し砲撃を行ったのですが、その道路には渋滞していたせいで多くの自動車が取り残されていました……、道路に砲弾が直撃し沢山の車が吹き飛ばされていました……、吹き飛ばされた車の内の1つから女の子が1人投げ出され海面に叩きつけられそうになっていたのを大和が助けたんです、その女の子が霞ちゃんでした……、ご両親の事は何とか深海棲艦の撃退に成功した後お見舞いに行った際お医者様から……」

 

「なるほどな……、つかあのド腐れがよく見舞い行くの許したな……」

 

ド腐れって何だ……? 戦治郎と大和とどういう関係があるものなのだろうか……

 

「あいつの艦隊の最高戦力だった大和が戦いで傷ついた子のお見舞いをする事で、あいつの体裁が良くなりますからね……」

 

ド腐れ=あいつ? そうなると大和は別の鎮守府或いは泊地でエースクラスの存在でド腐れというのは大和の提督だった人の事か? そう考えてるときに漣はある事を思い出す、訳アリ、大和もそのクチ、ブラ鎮所属の艦娘から助けを求められてそれを助けた……、やっばい、凄く嫌な予感がする……

 

「まあ霞とおめぇの関係は分かった、霞は誰が自分を助けたか知らねぇみたいだったな~……、良かったな霞、憧れの大和がおめぇの事助けてくれたらしいぞ……って聞いちゃいなさそうだな……」

 

霞の方を見てみれば顔を真っ赤にしてプルプル震えていた、その表情は名状し難いがとりあえず喜んでいるのは雰囲気で分かった、そっとしておこう……、大和はこの霞を見て困ったように苦笑いを浮かべていた

 

「とりあえず、だ、あの艦隊は多分大和の推測通りかもしれんな、リコリスのクソ馬鹿は執着心すげぇからな……、あ~……、ここいるのバレたときは連合艦隊6つ分くらい送り込んで来そうだな~……、何とか見つからんようにしねぇとだな……」

 

戦治郎が頭を抱える、リコリスって誰だよと思うが戦治郎が話を羅針盤の話に戻す

 

「さて、羅針盤っつか鈴谷達がやらかした事故の話に移るぞ~」

 

そう言って戦治郎が話し始める

 

鈴谷達がやらかした羅針盤事故、それは提督候補生と艦娘候補生の合同実習のときに起きてしまった

 

艦娘候補生5人に教導艦1人の6人編成の艦隊を提督候補生が指揮し、羅針盤が示す航路を通って目的地である柱島へ向かうというものだったのだが、戦治郎が指揮する鈴谷達の艦隊の旗艦だった榛名が航路を間違えてしまい、本来大黒神島と沖野島の間を航行するはずだったのが大黒神島と阿多田島の間を通り甲島に近付いたところ、甲島から件の超大規模艦隊が出現したのであった

 

「そん時の編成は旗艦榛名、鈴谷、瑞鶴、瑞鳳、イクに教導艦の鹿島教官だったな……。鹿島教官、あんときめっちゃ焦ってたな~……、まああんだけ数いりゃそうもなるだろうが……」

 

戦治郎の艦隊の通信が途絶えた直後に警報が鳴り生徒達の避難が始まるが、戦治郎はそれを隠れてやり過ごし最後の通信を頼りに海に飛び出したのだ

 

「変装解除して行くかっ!ってとこで空母担当の赤城教官に見つかってな~、避難しろって言ってきたから『んな事言ってねぇで大和とか戦えそうな面子かき集めて柱島の連中と共同で救助しにいけやクソボケェ!』とか言っちまったな~……、そんで変装脱ぎ散らかして海に突っ込んだわ」

 

因みに、その現場を榛名を心配して戦治郎と同様に海に出ようとしていた霧島に見られていたようだ

 

「何とか間に合いはしたが、もう大惨事だな……、皆服ボロッボロで傷だらけ……、それ見たら頭キて後はさっき言った通りよ、んで哨戒してた鷲四郎から大和達と柱島の連中が来たって事で海に潜って逃げたんだわ」

 

その結果、戦治郎の声を覚えていた鈴谷、覗き見した霧島とその霧島から話を聞いた榛名、艦載機を飛ばして戦治郎を追跡した瑞鶴と瑞鳳、変身解除を目の前で見せられた赤城、その日の夜に事情を聴きに来た鈴谷に同行していた熊野といった具合に結構な人数に正体がバレてしまったのであった

 

因みにイクと鹿島に関しては、軍学校が正式に始まる前にとある事情で戦治郎サイドに既に引き込んであり、これがこの問題の解決に大きく関わっていたりする

 

「その日の夜はひでぇもんだったわ……、正体知った奴が俺と大和の部屋に押し寄せて来てな~……、しかも鈴谷が熊野まで連れてきて更に正体知った奴増えたし……」

 

「待った! 質問! 俺と大和の部屋とはどういう事ですかっ!? 同室だったんですかっ?! 候補生と教官なのに?!?」

 

漣が聞いてくる、そこ重要か?

 

「はい、大和は教官だけでなく提督の護衛も兼ねていましたからね、提督の正体を知って襲ってくる輩がいないとは言い切れませんからね、候補生の寮と教官の寮はかなり離れたところにありましたから護衛の為に同室にしてもらったんです」

 

因みに駆逐艦担当の教官に大本営の綾波がいた、彼女はカスガダマ沖共同戦線で共闘していたので戦治郎の事を知っており、大和と共に護衛を任されていた

 

「あの日の夜、俺らの部屋の前の部屋にいた綾波がめっちゃ驚いてたっけな、何か申し訳なかったなぁ……」

 

「綾波ちゃんェ……、つかご主人様に護衛って必要ですか?」

 

「提督の手を煩わせるわけにはいきませんからね! 提督の事はこの大和が全力でお守りします!」

 

大和はそう言って使命感に燃えていた、いや、恐らく理由はそれだけではなさそうだが黙っておこう……

 

「とりあえず鈴谷達が俺の事情知ってたのはこういう経緯だ、しっかしリコリスのクソ馬鹿も俺が江田島にいるってのは読めなかっただろうな、そこだけは超愉快痛快ざまぁみやがれだったなぁ!」

 

「そういえば、さっきからクソ馬鹿クソ馬鹿言ってるリコリスって誰よ?」

 

復帰した霞が聞いてくる、それはいいがとりあえずヨダレ拭いて? 可愛い顔が台無しだぞ? 大和に目配せしてティッシュを持ってきてもらう

 

「リコリスってのは現在純正の強硬派代表のリコリス棲姫のこった、北海で補給基地襲撃したときたまたまその基地の責任者が通信しててな、そこで宣戦布告してやったんだわ」

 

「強硬派代表にですか……、大胆な事しますねご主人様は……」

 

「待ちなさい、純正の強硬派? もしかして他にも派閥があるとでも言うの?」

 

漣が戦治郎の破天荒っぷりに呆れているところに、霞が更に質問する

 

「霞、いい質問だ、今日おめぇらに話そうとしてたのの1つなんだよなぁこれが、因みにもう1つは転生個体の事だったんだがな」

 

「転生個体と派閥に関係があるの?」

 

「あるある大有り、転生個体のせいで純正どころか深海棲艦全体がハードフルカオスになっちまってるからな」

 

一体どういう事なのだろうか、疑問に思っている間にも戦治郎が続ける

 

「純正だけでなく、転生も派閥作って純正と人間両方相手に戦争やってやがんだよ、転生の遭遇率が恐ろしく低いのは、派閥入ってしっかり統率されてるからだったりするんだわ、俺らが遭ったル級ははぐれって言うか野良って言うかって奴だったんだわ」

 

どうやら深海棲艦も面倒臭い事になっているようだ……



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勢力図

UA5000突破!

まさかこんなに多くの人に見て頂けるなんて夢にも思っていませんでした……

この作品を見て下さった方々に多大なる感謝を

本当にありがとうございます

見て下さる方々、そして作者自身も楽しめる作品にしていきたいと思います


「とりあえず、勢力図見ながら説明すっか……、大和よろしく」

 

「分かりました、二人ともまたこのタブレットを見ててください」

 

漣と霞は大和が操作しているタブレットを覗き込むと、赤い丸と青い丸からいくつかの矢印が伸びた画像が表示されていた

 

「今表示してもらってる奴はまあおめぇらが考えてるだろう勢力図だな、赤が人間で青が深海棲艦だ」

 

戦治郎が言う通り、その画像は漣達がさっきまで頭の中に浮かべていた勢力図のそれだったのだ、赤丸と青丸それぞれの中に白い□で囲まれた『強硬派』と『穏健派』の文字、双方の『強硬派』から『強硬派』と『穏健派』に矢印が伸びてその上に【攻撃】と書かれていた

 

「だが、現在はこんな生温ぃモンじゃねぇ、大和」

 

「はい、これが現在の勢力図です」

 

現在の勢力図として出された画像は、先程の画像より明らかにゴチャゴチャとしていた

 

まず、青丸に少し重なっている紫の丸、その紫丸の中には『支配』『継戦』『信奉』『発狂』『自由』と書かれ『自由』以外のものから矢印が至る所に伸びていた、また青丸の中にあった『穏健派』が青丸と紫丸が重なってる位置に移動しており、その隣に『嫌戦』の文字があったこの『嫌戦』からも至る所に矢印が伸びている

 

「な、なんじゃこりゃぁっ!」

 

「それが今の勢力図、すっげぇゴチャゴチャしてっだろ? 1つづつ解説していくわ」

 

あまりのカオスっぷりに漣が驚き、いいリアクションを頂きましたと言わんばかりにクククと笑う戦治郎が解説を入れていく

 

「紫丸は転生個体を示す奴なんだ、青と重なってるのは純正と転生の混成ってわけだ」

 

「それって、純正と転生の穏健派が手を組んでいるって事なの? 一体どうやって……」

 

「手を組むどころか完全に合併してんぞ、転生サイドの穏健派のトップが俺でもビビるくらい優秀な方でな、純正穏健のトップを説得するわ派閥に入ってない転生をガンガン仲間に引き込むわで、派閥の規模では最大だな、ツートップのお茶会は絵になってたっけな~……」

 

戦治郎が懐かしむような眼をしながら語る

 

「お茶会って、ご主人様はそれに参加しちゃったりしたんですか? 絵になるとか言っちゃってますけど……」

 

「深海棲艦同士でドンパチしてたから混ざって暴れてたらお茶会に招待されたんだわ、正に紳士織女のお茶会って感じだったもんだから久しぶりに本気でお茶会したわ、そこで頼まれ事もした、まあ内容は簡単なもんよ、人間の穏健と接触出来るようにしてくれってな」

 

どうやら現在の深海の穏健派は3つの勢力の穏健派全てを合併させようとしているようだ、それは本当に実現するのであろうか

 

「まあこの件は大本営に報告したが、現状じゃ難しいって事だったな、今人類サイドは強硬派が強めだからそこ何とかしてからじゃねぇとまず無理だわ、って事で海軍の掃除なんかも仕事として頼まれる事になってんだよな、俺らの鎮守府は」

 

海軍の掃除……、何か嫌な予感がする……、そういえばこの人達ブラ鎮の艦娘を助けたりしてたとか言ってたよな……、まさか……

 

「今はそれより勢力図だな、掃除の件は依頼来たとき言うからそれまでお楽しみってこった、さて、まずは『支配』がいいか、これは全ての生物の頂点に君臨するべきは転生個体の深海棲艦であるって考えで動いてる連中だな、純正強硬、人類、穏健、嫌戦と対立してるが継戦とたまに手を組んで来る超武闘派だな」

 

「転生個体が頂点って……、こいつら子供なの? 粋がった不良かなんかの集まりとでも言うの? バッカじゃないの?」

 

霞が吐き捨てる、理由が何でも自分が1番じゃないと気が済まないわがままな子供と同レベルな感じがしたのだ

 

「大体それで合ってるから困るんだよな……、雰囲気も世紀末な感じだし……」

 

ため息交じりに戦治郎、どうやら当たっても嬉しくない勘が当たってしまったようだ

 

「次いくぞ次、『継戦』は多分『発狂』と同レベルで頭おかしい連中の集まりだな、自分達の存在意義は戦う事であり戦争が永遠に終わらない世界を創り上げる事こそが使命って考えで動いてやがる、戦場で散った兵士や兵器開発に関わった奴が多いのが特徴でどこにでも攻撃仕掛けてきやがる」

 

「あ~、ゲームとかでもそういう事やってる組織とかってありますよね~」

 

「俺らが生きてた世界にもいたぞ、同じ理由でテロ活動やってたテロリスト集団がなぁ……」

 

何それ怖い、戦治郎の表情もちょっとばっかし渋い

 

「次は『信奉』、信奉は深海棲艦を崇拝してる連中だな、敵は人類のみで純正強硬と手を組んでるって言うか支配されてる感じだわ、その関係で純正強硬からしたら裏切者みたいな穏健には攻撃こそしないっつうか出来ないが協力もしない、転生の事は深海棲艦とカウントしないから支配と継戦とも協力しないって感じだ」

 

「それって不味いんじゃないの? 転生って純正より強い奴ばかりなんでしょ? 純正の艦隊に混ざって出てきたら大惨事にしかならないじゃない」

 

霞が指摘する、スペックが段違いの転生が純正の中に混ざっていれば判別が効かない、通常個体と勘違いして油断したところに手痛いダメージを被る、そしてそこに群がってくる大量の純正……、考えるだけで恐ろしい……

 

「そう、それがすっげぇ厄介なんだよな~……、まあ実行されればだがな、純正強硬トップのリコリスは執着心もすげぇがプライドもべらぼうに高いから切羽詰まるまではその戦法を使うこたぁないだろうな、人類は純粋なる深海棲艦が粛清するんだ~って感じでな」

 

それを聞いてほんの少しではあるが安心した、しかし戦治郎はリコリスとの間に一体何があったのだろうか? 名前を出せばバカバカ言ってるが妙にリコリスに詳しい気がする

 

「次、『発狂』と『自由』だが、こいつらは正直野良犬みたいなもんなんだよな、群れて行動するわけでなく単体で動いてる事が多いがグループ分けの都合でとりあえず~って感じで入れているが……、違いは精神がぶっ壊れているか否かだけ、発狂は自分以外全てが攻撃対象、酷いのは自傷行為やってたりすっぞ、事故って死んだ悪質ストーカーだったり殺人鬼だったり異常性癖持ちのやべー奴が大体ここに入るわ、俺らが戦ったル級は発狂になるな」

 

「はいはーい! 自由はご主人様達みたいな人達って事でOKですか?」

 

「え? あぁ……、うん、大体それで合ってる……、自由は名前通り自由な奴らだな、気分次第で相手に攻撃したりしなかったり、どっかに肩入れしたりしなかったりとホント思うがままに動いてる、各勢力が勧誘してるのは大体自由の奴ら相手だな」

 

大体とは言ったが実際はまんま自分達の事だと思い、なんとも複雑な表情になる戦治郎

 

「気を取り直して最後の『嫌戦』だが、こいつらは非常に面倒くさい、戦う事は最大の悪、戦争は最高の禁忌って考えだな、艤装も武装も付けずにプラカードやら持って行進してる事が多いが見つかると厄介」

 

「? 何が厄介なんですか?」

 

艤装も武装もなく、行進してるだけなら無害な気もするのだが……

 

「こいつらの前で戦闘してたらいつの間にか囲まれて、360度から罵声浴びせられて挙句の果てにこっちの艤装を無理矢理外そうと突っ込んで来る、追い払おうと攻撃したら暴力反対だなんだと……、あー!クッソうるせぇしウゼェんだよあいつらマジで!!おめぇらが無理矢理艤装外したせいで何人の艦娘が溺死したり狙い撃ちされて沈んだりしてると思ってんだよあのクソ共がよぉっ!!!」

 

何か思い出したのか戦治郎が突然怒り出す、大和が一瞬驚くもすぐに戦治郎を宥め始める

 

「ちょっと、何で艤装を外しに来るのよ? 戦うのがダメなんでしょう?」

 

「艤装持ってると戦いたくなるだろうからダメだとか言うんだよ、武器があるから戦争がなくならない、武器がなくなれば平和になるとか甘ったれた事考えてんだよあの平和ボケ連中は……、艦娘がどうやって海上に立っているのかとか知らねぇしそれが戦闘中になくなるとどうなるかまで考えいってねぇ、この世界が戦争の真っ只中ってのにすら気付いてねぇんだよ……」

 

肩で息をしながら戦治郎が答える、まだ完全に怒りが静まったわけではなさそうだ

 

「まあ、深海の穏健派にも同じ事やって本来協力し合っていいはずなのに敵対してるんだよな~、それと群れてなければ何も出来ないから少数で活動してるのは見つけ次第ガンガン沈めてくれていい、こっちの説得には一切耳を貸さないわ仲間を囮にしたり盾にしたりして逃げたりと自己中ばっかだからな、群れが大きくなる前に潰すのがベスト」

 

酷い事を言っているようだが内容が内容だけに向こう側の自業自得としか思えない、というかやり方が違うだけで目的は同じはずの穏健派にすら攻撃するって何を考えているのだろうか、呆れて物も言えなくなる

 

「さて、こっちは言いたい事は大体言ったな、何か質問あるか?」

 

リコリスの事や穏健派のツートップが気になるところではあるが、空腹感が意識を占拠し始めてきたので、このあたりで終わって欲しいのが正直なところである、現在時刻はヒトナナサンマルとかなりの時間ここにいたようである

 

「よっし、じゃあこの話はこれで終わりだ! 丁度腹も減ってきたし食堂行くかっ!」

 

「提督、漣ちゃん達に1つ伝え忘れている事がありますよ?」

 

食堂に向かおうと立ち上がった戦治郎に大和が言う、どんな要件なのだろうか?

 

「ああ、そうだった、漣と霞に頼みたいんだが、おめぇら2人で話し合ってローテ決めて秘書艦である大和の補佐をやって欲しいんだわ」

 

秘書艦の補佐? この鎮守府はそんなに忙しいのだろうか? そう考えたとき海軍の掃除という単語を思い出す

 

「ここの鎮守府は特殊な仕事もやってんだろ? 救助だの牧場だの資源採掘だとかな、通常の書類だけでなくそこらの書類も追加されるし、俺も必要だったら出撃だとか工廠の手伝いしなきゃなんねぇからな、そうなると大和や大淀だけじゃ手が足りんって事でな、それに漣には初期艦で秘書艦やる楽しみ奪っちまった感じするからその埋め合わせってとこか、頼めるか?」

 

ああ、そこ気を遣ってくれるのか……

 

「そういう事なら漣h「いいわ!やってやるわよ!あんた達はいつもイチャイチャしてだらしないし見てらんないのよ!私が補佐のときはガンガン仕事するわよ、覚悟しなさい!」……、あ、漣もOKですよ、はい」

 

言葉こそこんな感じだが表情はすっごく嬉しそうな霞、さっきのセリフもめっちゃ早口で言ってたしホント大和の事が好きなようだ

 

「お、おう……、じゃあ明日からよろしくな、っと気を取り直して飯行くぞ~」

 

戦治郎、大和、霞、漣、途中から空気と化していた通の5人は執務室を出て食堂へと向かうのであった



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多目的提督 長門 戦治郎

「そういえばご主人様って何者なんですか? ああ、今の事じゃなくて戦艦水鬼に生まれ変わる前の事ですからね?」

 

食堂に到着し間宮達に思い思いの料理を注文し、席で待ってるときの漣の発言である

 

「ん? 皆の町の楽しい修理屋さんだったぞ? 機械いじりで生計立ててたって言ってなかったか?」

 

「先輩、あの工場はただの修理屋が持つ規模じゃないと思うのですが……」

 

戦治郎の発言に通がツッコむ

 

「お黙り、他のとこよりちょっち設備が立派なだけじゃねぇかよぅ」

 

「普通の修理屋さんはエアプレーンのオーバーホールが出来るような設備なんてありませんよ……」

 

エアプレーンの修理をやった事あるとは言っていたが、そんなレベルでやってたのか……、個人経営の修理屋の範疇を本当に超えているではないか……

 

「聞こえねぇなぁ……、どうせ宝くじ当てたときの配当金とか言うあぶく銭で拡張増設した設備だからいいじゃんかよぅ……」

 

「は? 宝くじを当てた? 配当金っていくらだったのよ?」

 

霞が食い付く、まあこれは誰だって気になるところだろう、かなり大規模な設備を手に入れた様子だから相当な額だと思うが……

 

「5億だったな、まあ設備強化ですぐ使い切ったがな」

 

「あんた本当に馬鹿なんじゃないの?! もっと他に使い道ってのがあったでしょうが!? いくらあぶく銭と言っても限度ってものがあるでしょ!!」

 

5億円をあっさり使い切るとはたまげたなぁ……、何という大胆な経営……、その修理屋はマトモに経営出来ていたのだろうか……

 

「こういう金はさっさと使い切った方が良いって爺さんと父さんが言ってたからな~、俺ぁその教えに従っただけだし~」

 

「それにその後もかなりの高額配当の2つくらい当ててたしなぁ、アニキの豪運マジパネェわ~」

 

突然会話に加わる声の方向を見てみれば、シゲ、摩耶、木曾、鈴谷、榛名が隣の席に座っていた

 

「シゲか、おめぇらも飯か? つか相棒の護は一緒じゃないのか? 瑞鶴も姿見えねぇけど何かあったか?」

 

「ウッス、マモ達はあっちで燃え上がるようなゲーム談義やってますわ、俺らはついていけねぇんでこっちに移動したんですけどね」

 

シゲが親指を向けた先には護と瑞鶴が向かい合って何かを熱く語っているようだった、二人ともかなり夢中なようでシゲ達が移動したのにすら気付いていないようだった

 

「どうせだし、こっちと合流してもいいッスか? 飯は大人数の方が美味いだろうし」

 

現在座っている席は8人用のテーブルに椅子はベンチシートになっている、漣の隣に通が座り対面の席は左から戦治郎、大和、霞の順に座っている

 

この話が始まる前に聞いたが、夕食後に鳳翔さん達が居酒屋をやるときは輝さんと藤吉さんと妖精さんが瞬く間に改装してくれるそうだ

 

「いいぞ、ちょっち詰めれば問題なかろう……って鈴谷さんなんか近くな~い? 榛名もこっちかって狭い狭い狭んくっ、ちょっとだぁれぇ? どさくさに紛れて提督のデリケートなとこ触ってくるの、ちょっちやめあふんっ、ってコラァッ!!!」

 

やっぱり無理があったので席移動、全員がゆとりを持って座れるようになりました、つか戦治郎にお触りしたの誰だ

 

ゆっくりと話が出来る状態になったので話を再開したが、5億円当てた後も3億、2億5000万と2回も高額配当を当て、結局そっちもすぐに使い切ったようだ

 

「チェーン店でも作るか?って話になった事もあったが、何か父さん達に喧嘩売るような感じして却下したな、実際長門系列の修理屋あったし……」

 

「? お父さんに喧嘩? 長門系列? どういう事です?」

 

長門系列とは一体何ぞや? 名前からして戦治郎が関わっている様な気がするが……、とりあえず聞いてみる

 

「私達が生きていた世界には『長門コンツェルン』という巨大な財閥があるんですよ、それも規模がとてつもなく大きくて四大財閥の内の2つを丸呑みする程の規模でした」

 

「んで、アニキはそこの現総帥の次男坊」

 

ごめん、通とシゲが言ってる事がよく分かんない……、戦治郎は超極絶金持ちのボンボンだったと言うのか? 深海勢以外の人が皆すっごい驚いた顔して固まってるんですが……

 

「チェーン展開すると長門コンツェルンが関わってる企業とやり合う事になっからな、俺はそれだけは避けたかったんだわ、父さんには色々迷惑かけちまったのもあるし正直やり合っても勝てる気しねぇかんなぁ……、だからって系列のとこに就職するってのは何か違うんだよ、親の力無しでやってみたかったし、一国一城の主ってなんかカッコよくね?って感じで独立したんだわ、長門屋……、ああ、俺の修理屋の名前な、長門屋始めるときも金は全部俺が自力で稼いだ金だけだわ」

 

「それをよく許してもらえたわね……、普通こういうのって跡取りになれって言われるものじゃないの?」

 

「ウチの方針でな、ちっこい頃から色んな事経験してもらって本当に興味がある事を見っけてそっちの道に進むなら全力で応援する、跡取りだとか何だとかは考えなくていいって言われてたんだわ、俺が色々出来るのはそのおかげだったりするわけよ、そんで兄さんは医者になって理紗姉は弁護士だったっけか……、そんで俺が修理屋だったわけだが今じゃ違う世界で深海棲艦になって提督……、って俺は何やってんだろうな?」

 

世の中何が起こるか分からないものであるとはよく言うが、流石にこれは色々と酷い気がする

 

「提督が何やってる云々は兎も角、 確かコンツェルンだったっけか? それがなくなるかもしれないのに跡継ぎの事は考えなくていいってそれで本当に大丈夫なのか?」

 

木曾が問う、本当にそれだ、財閥がなくなってしまえばそれに関わっている人達がその後どうなるか考えているのだろうか? あまりにも無責任すぎやしないだろうか?

 

「それについては大丈夫だ、既に弟が跡継ぎとして色々やってるみてぇなんだわ、そのせいで中々顔合わせる事出来なかったがな~……」

 

戦治郎が少し寂しそうな表情をする、もう二度と会えないだろう家族の事を思えばそんな表情にもなるだろう

 

「提督が空手やら剣術やら機械いじりやら色んな事が出来るのは、小さい頃から色々やらされてたからって事か……」

 

摩耶が言う、小さい頃から色々な習い事をやらされてあまり自由がなかったのだろうと思ったようで、視線に同情のようなものが浮かんでいた

 

「いんや~? 強制された事は1度もねぇし興味ある事だけ選んでやってたぞ? 遊ぶのは子供の一番の勉強だ!って父さん言ってたくらいだ、自由時間もちゃんとあったぜ、まあ俺が好奇心旺盛だったもんだから他の兄弟より色んな事に挑戦してたがなっ!」

 

カッカッカとばかりに笑う戦治郎、それを聞いて同情したあたしが馬鹿みたいじゃねぇかと呆れる摩耶

 

「因みに、空手、剣術、機械いじり以外にはピアノ、華道、茶道、日本舞踊、書道なんかもやってたぞ、小学校のとき女みてぇな事してる~って笑われたがな」

 

「日本舞踊はやってたって言ってたね、軍学で1度見せてもらったっけ」

 

「あの舞は本当に綺麗でした……、榛名は思わず見惚れてしまいました……♪」

 

この人軍学で何やってんだ、と思ったが生徒同士の交流会で成績上位の者が何か芸をやるってのが漣が行っていた軍学でもあった事を思い出す、江田島でもその伝統みたいなのがあったようだ、そうなると戦治郎はその成績上位の中に入っていたという事か……

 

「作法関係の事やってた割に、あんたって落ち着きないわね……、歳もいい歳してるって言うのに……」

 

霞が呆れながら言う、ほんそれ、32にもなって風呂に飛び込むとか子供じゃないんだから……

 

「霞ちゃん、提督の事をいい歳してると言いましたが……」

 

何か大和が真剣な顔をして霞を見ている、とか考えてたらこの人懐から財布取り出したぞ

 

「その情報、おいくらですか? 是非大和に教えていただきたいのですが」

 

財布を開きながら訳が分からない事言っていた、大和は戦治郎の歳を聞いていないのか? ってそこ! 鈴谷と榛名も財布取り出すな!

 

「あんまり高いと流石に鈴谷は諦めるけど……、そだ! ハルルン一緒に出さない?」

 

「は、榛名も今はあまり持ち合わせがないので助かります……」

 

いやいやいや、その情報はタダでいいだろう、本人に聞けばプライスレスで済むでしょ? 何やってんですか貴方達!

 

「あ~、シゲ達の歳は聞いたけど提督の歳は聞いてなかったなそういや」

 

「シゲ達はあっさり教えてくれたがな、確か26だったな?」

 

「そうですね、私、シゲ、護、翔、司は26歳で皆同い年ですね」

 

摩耶達も戦治郎の歳は知らなかったのか……、そしてその5人衆は26か

 

「中学で一緒のクラスになってたもんな、アニキの弟とも同じクラスになった事あるわ」

 

喫煙所で言ってたな、つまり弟さんも26歳……、戦治郎と少し歳が離れているのか……

 

「ちょいそこ! 俺の年齢に関する情報売買すんな! つか言ってなかったか? 俺、空、悟、光太郎、輝は32だって」

 

遂に戦治郎が介入、ほらやっぱり本人に聞けば0円で聞けた~、つかこっちも皆同い年なのか、幼馴染とは聞いていたが……

 

「「「「「32……」」」」」

 

さて、戦治郎の年齢を知った面々の反応はっと……

 

「意外と若いんだな……、てっきりもちっといってるかと思ってたぜ……、色んな事やってたみたいだからな……」

 

「同感だな、40前半で若作りしてるのかと思ってたな……、自分でもおっちゃんとか言ってたから尚更な……」

 

摩耶と木曾が少々辛辣、まあ経験豊富となるとそう思うのも仕方ない事か

 

「いいじゃん! 大人の男~って感じじゃ~ん! 鈴谷はそのくらいでも全然OKだし!」

 

「榛名も大丈夫です! 年上の男の人にちょっと憧れていました……♪」

 

鈴谷と榛名には好評、自分にはまだよく分からないがやっぱり年上の男性には憧れを持つものなのだろうか?

 

大和については触れないでおこう、見て分かる、今の大和の輝きっぷりを見れば嫌でもドストライクだったのが分かってしまう……

 

「漣や霞からしたらいいおっさんだろうな、流石にあのくらい離れてるとお兄さんは無理だろうな」

 

「鬼いさんはあり得そうですけどね、と言うか場合によっては霞さんくらいのお子さんいたりしますよね?」

 

「ちょっ!? 何言い出すのよっ?! このクズと親子ってあり得ないでしょ!!」

 

通の言葉に反応して霞が噛み付く、誰も霞と戦治郎が親子とは言ってないはずだが……

 

「あ~、大和さんと結婚して霞が娘ってか? なんか微笑ましいなおい」

 

シゲの追撃ぃっ!!!

 

大好きな大和の娘になるところを想像したのか、顔を真っ赤にしてプルプルしだす霞、実際に言われてみるとちょっと微笑ましい家族に見えちゃう不思議

 

そういえば微笑ましいと言った後のシゲの表情が少し暗くなったが何かあったのだろうか

 

「盛り上がってるみたいだね、そんなところに悪いけど料理が出来たから持ってきましたよ~」

 

そう言って翔が現れる、艦載機まで使って全員分の料理を運んできてくれたようだ

 

「お、来たか、んじゃ話の続きは飯食いながらやるか、これ誰のだ~?」

 

全員分の配膳が終わり、一緒にいただきますを唱和して食事を開始する

 

この後もしばらく他愛もない話をして、消灯時間まで思い思いに過ごすという事でその場で解散になった、料理もとても美味しかったが貰っていたチケットを使ってデザートとして食べたアイスも素晴らしいものであった、機会があったらまた食べたいものだ

 

因みに、食事中に戦治郎が風呂に飛び込みしてお尻をぶつけていた事を大和に教えておきました



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シャイニングレッドキャッスル

鎮守府稼働編はこれがラストになります

次の章は戦治郎達がこっちの世界で目覚めてからリコリスに宣戦布告するあたりまで触れていきたいところです

そろそろ南方海域攻略しないとだな~……


食事の後戦治郎達と別れた漣は入渠ドックへ来ていた

 

ウサちゃんの事で太郎丸から呼び出しを受けたからである

 

とはいうものの、何か深刻な問題があったわけでもなく血液検査の結果も問題なく健康そのもの、どんな名前を付けたか聞かれて飼育方法のレクチャーなどが主な理由だった

 

入渠ドックに呼び出されたのは、牧場方面にある動物小屋と呼ばれる建物には血液検査などに使う設備がなかったからとの事、機会があれば動物小屋に動物用の医療設備を導入したいらしく、太郎丸は戦治郎にその申請書を既に提出しているそうだ

 

要件が終わり医療設備を出たところで、もののついでという事で司の店に行きウサちゃんの替えの着ぐるみを注文しておいた、その時口説かれたがあまりにも鬱陶しいので鼻っ柱に一発お見舞いしておいた、……直撃させた際「ありがとうございます!」と司に言われたが気にしないでおこう

 

さて、これからどうするかと思いながら歩いていると今は『居酒屋 鳳翔』の暖簾がかかった食堂から一升瓶を数本抱えた中間棲姫が出てくる、その後ろには軽巡ト級と料理を担いだ大量の妖精さんが続いている

 

「おーぅおめぇらー! 今日もお疲れさん! 今日は特別手当って事でいいモン仕入れてもらったみてぇだからこいつかっ喰らって明日の英気を養おうじゃねぇの!!!」

 

中間棲姫が叫ぶと妖精さん達から喝采を浴びる、ト級はと言うと苦笑いを浮かべその光景を眺めている感じだったが、こちらの視線に気付いたのかこちらを向き漣の姿を捉えるなり

 

「ひぃっ……!」

 

と言って中間棲姫の陰に隠れてしまった

 

「あん? どうした藤吉、何か変なモンでも見たか……? って、誰だおめぇさん」

 

急に怯えだし自分の陰に隠れる藤吉と呼ばれたト級を見て、中間棲姫が周囲を見回したところ漣を見つけ声をかけてる

 

「あ、どうもこんばんは~、今日この鎮守府に着任した漣っていいます、今後ともよろしくお願いしますね~、それとこの子は友達のウサちゃんです」

 

「イィー!」

 

中間棲姫に名前を聞かれ自己紹介とウサちゃんの紹介をする漣、それを聞いた中間棲姫の眉間の皺が深くなる

 

「漣? 漣……、どっかで聞いたような……」

 

「ひ、輝さん、せ、戦治郎さんがい、言ってた子って……、こ、この子……、です……」

 

どうやらこの2人は戦治郎から名前を聞いていたようだ、しかし、藤吉と呼ばれたト級が何かに怯えたような震える声でその事を輝と呼ばれた中間棲姫に伝えると、中間棲姫の目がみるみるうちに鋭くなっていく

 

「思い出した! あれか、執務室で戦治郎撃ったとか言う馬鹿はおめぇかっ!!!」

 

いきなり馬鹿とか言われた、まあ撃ったのはその通りだが流石に馬鹿は失礼じゃないだろうか?

 

「おめぇのせいで今日はゆっくり出来ると思ってたのに執務室の掃除やら修繕に駆り出される羽目になったっつぅんだよクソッタレ!!!」

 

「え、あ……、それはすみませんでした……、はい……」

 

この人達が執務室の修繕やってくれたのか、だったら馬鹿云々は甘んじて受けます、今思えば自分でもやらかしたって思ってますから……

 

謝罪後しょんぼりし始めた漣を見て中間棲姫の怒りは収まったようだ

 

「次からは気を付けろよ? まあ、その関係で特別手当としてこんないい酒呑めるわけだし、これで手打ちにしとくか、っとそういやまだ名乗ってなかったな、俺は赤城 輝(あかぎ ひかる)だ、建築や建築物の修繕と改装、他には家具作ったりそれの修理なんかが担当だ、この鎮守府だっけか? ここの建物と家具は全部俺らの手作りなんだぜ?すっげぇだろ?」

 

何それ凄い、建物どころか家具までハンドメイドとかやっぱりこの人も戦治郎の仲間なんだなぁと思い知らされる

 

「そんで、こいつが……、ダメか、まあ今日初めて会う奴だからこんなもんか……、こいつは戸部 藤吉(とべ とうきち)って言って俺の手伝いやってんだ、今はこんな調子だが慣れてくるとどもりながらにはなるだろうが話は出来るようになるはずだから、それまでちっと我慢してくれ」

 

輝が藤吉の様子を見てから、代わりに紹介してくれた、しかしこの怯え様は一体何なのだろうか

 

「こいつはこのどもりが原因で中学で結構派手にいじめられて不登校になっちまったらしくてな、高校進学してくれるならって親御さんもそれまでは引き籠りを許してたが、こいつにその気がないってのが分かったら豹変して寮のある職場に無理矢理叩き込んで働かせたみたいなんだわ、まあ俺が大工として下請けやってた会社だったんだがそこでも殴る蹴るとひでぇいじめされててな、頭来てそこの人事の連中に掛け合って連れ出したんだわ、そんで戦治郎のとこに俺ごと世話になったって流れだ」

 

そういう理由か、それなら人間不信になっても仕方がないだろう

 

「とまあ、こんな奴だが仲良くしてやってくれ、俺らよりおめぇらの方が歳もちけぇだろうからな、確か17だったっけか?」

 

輝の問いに「は、はい……」と短く返す藤吉、ここまで酷いとなると本当に酷い目にあったのだろうと想像するのも難しくない

 

「悟にも相談乗ってもらってるんだが、これが中々上手くいってなくてなぁ……、まあ、無理しねぇ範囲で気長に克服すりゃあいいか、ここには藤吉の敵になる奴はいねぇだろうし、そんな奴がいりゃあ俺がぶっ飛ばすしなっ!」

 

だっはっはと大声で笑いながら藤吉の背中をバンバン叩く輝、困ったような顔こそしているが口元が緩んでいるあたり藤吉も輝の言葉を嬉しく思っているようだ

 

「っと、俺らはここらで呑み始めっけど漣も呑むか?」

 

「いえいえ、漣は未成年ですから遠慮しておきますよ~」

 

輝が漣を呑みに誘うが、明日も仕事がある都合ここで呑んだりして明日に響いたら問題になるので断る事にした

 

「と言うか、何で外で呑むんです? 鳳翔さん達が居酒屋やってるって聞いてますからそこで呑んだらいいんじゃないですか?」

 

ふと思った事を聞いてみた、居酒屋があるならそっちで呑んだ方がいいにも関わらず外で呑む理由が気になったのだ

 

「この人数だぞ?」

 

この一言で納得してしまった、輝と藤吉だけならまだしも妖精さんも大量にいるのだ、こんな大勢で店内で呑んでいたら他の客に迷惑がかかるだろうから外で呑むわけか、だったら仕方ない

 

「追加のつまみは食いたい奴が自分で注文しに行けってこった、ここまで持ってこさせるわけにはいかねぇからな」

 

そう言いながら酒の封を切り呑みの参加者のグラスに注いで回る輝、妖精さん達も担いでいた料理を配膳している

 

「さて、全員に酒は回ったな~? んじゃ今日は急な仕事だったにも関わらず手伝ってくれてありがとうな! 乾杯!」

 

料理の配膳と参加者全員のグラスに酒を注ぎ終わり乾杯の音頭をとる輝、そのままぐいっとグラスを傾け酒をあおり息を吐く

 

「くは~! うっめぇなこれ! 思ってたより絶対いい酒だわ! 女将さんに感謝しねぇとな!」

 

どうやら呑んでいる酒が余程お気に召したのか呑むペースを上げていく

 

「あ~、こんなうめぇ酒をあの餃子の姉ちゃんがお酌してくれたら最高だっただろうな~……」

 

餃子の姉ちゃんって誰だよ、まだ知らない仲間がいるとでも言うのか? 漣が困惑していると

 

「あ、あの……、ひ、輝さんがその……、い、言ってる餃子のお、お姉さんっていうのは……あ、えと……、あ、赤城さんの、こ、事……、です……、く、空母の……、その……」

 

藤吉が教えてくれた、何故赤城が餃子のお姉さんなのかは分からないが……、それはそうと藤吉のどもりは本当に酷いものだ、これは予め説明がされてなかったら聞いててイライラしてくるだろう、怯えた態度がそれに更に拍車をかけてしまっている。これはいじめの対象になったのも頷けてしまう

 

「この鎮守府に赤城さんはいなかったはず……、って事は藤吉さんも漣達が出てたって言うゲームか漫画を知ってるんですか?」

 

「う、うん……、か、『艦隊これくしょん』……、つ、通称『艦これ』って……、い、言うゲーム……、ぼ、僕もその……、や、やって……、ま、ました……」

 

『艦隊これくしょん』、『艦これ』と言うのか……、何かそのまんまな名前だな……

 

「第二次大戦のときに存在又は設計された艦艇を擬人化したキャラを集め自分好みの艦隊を作り運用する、と言う内容のゲームだ」

 

唐突に聞こえた声の方を見てみれば空と翔鶴がいた、いつの間に来たのだろうか?

 

「あ……、そ、空さんにしょ、翔鶴さん……」

 

「初対面の相手によく頑張ったな、後は俺が引き継ぐ」

 

空がそう言うと藤吉はほんの少しだが安堵した表情をする、その様子から考えると勇気を出して話しかけてくれたようだがちょっと無理をしていたようだ

 

「この鎮守府で艦これをやっていたのは俺、戦治郎、悟、光太郎、シゲ、護、通、翔、司、藤吉の10人だな、剛さん、輝、望はやっていなかったから艦娘も深海棲艦も知らなかったはずだ、実際お前達を見てすぐ名前が言えなかったはずだ」

 

望はあまり話していなかったからよく分からないが、剛や輝、シゲや通に司などの反応からすると確かにその通りだった

 

「艦これの知識がない者でもこちらに転生してきている原因は不明だが、今は関係ない事だから何処かへ置いておけ、今は何故赤城が餃子の姉ちゃんなどと呼ばれているかだな」

 

転生個体の事は確かに気になるが、赤城が何故そう呼ばれているのかも同じレベルで気になっていたので空の話に耳を傾ける

 

「俺達の世界の新聞の全面広告を赤城が飾った事があってな、それを見た輝が赤城に惚れたがキャラの名前が分からなかった事から広告の内容、餃子のチェーン店の宣伝と合わせて餃子の姉ちゃんと呼ぶようになったのだ」

 

なんじゃそりゃ……、新聞の一面を飾った赤城すげぇと思う反面名前覚えてもらえなくて可哀想とも思う

 

「何度も名前を教えたが、自分の苗字と同じで分かり難いからと言って結局直っていないな……」

 

そう言えば輝の苗字も赤城だったな、何とも言えない理由だ……。そしてふと執務室で話していた羅針盤事故のとき戦治郎の正体を知ったメンバーの事を思い出す

 

「そういえば、この鎮守府の人以外でご主人様の正体を知っている人の中に赤城さんの名前があったような……?」

 

「戦治郎が軍学校に行ってたときの話か、確か空母担当の教官が赤城だったらしいな、それも佐世保所属だと聞いたぞ」

 

なんと佐世保所属の赤城だったのか、その気になれば会いに行けるかもしれないのか

 

「空ぁ、さっきから赤城赤城言ってるけど俺に何か用でもあんのか?」

 

輝が話に加わってくる、顔が赤くなっているから結構酔っていそうである

 

「お前の事ではない、お前の言う餃子の姉ちゃんの話だ、どうやら佐世保鎮守府に餃子の姉ちゃんがいるらしいと漣と話していただけだ」

 

「ちょい佐世保鎮守府行ってkゴブフッ!!!」

 

佐世保に赤城がいると聞くや否や佐世保に行くと言って海に飛び込もうとした輝に、一瞬で前に回り強烈なボディーブローを放ち輝の意識を瞬時に刈り取る空、空手すげぇ

 

「さて、輝も大人しくなった事だ、酒宴はこのあたりでお開きにしておけ、もう少しで消灯時間だからな」

 

気絶した輝を担いだ空が言う、時刻を見てみれば本当に消灯時間が迫って来ていた、もしかして空はこの事を伝えに出てきたのだろうか?

 

ともかく、呑みはお開きになったようなのでこのあたりで部屋に戻る事としよう、明日からは出撃もあるだろうし大和の手伝いもある、疲れた身体でやるわけにはいかないので部屋に着いたら早くベッドに入って寝てしまおう

 

そう考えた漣は一言挨拶した後、艦娘の寮へと戻るのであった



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鬼の目覚めと激昂編
目覚めればそこは海上でした


新章開始です

ここから先は戦治郎視点になっていくと思います


その日はイルミネーションが街を彩り道行く人もカップルや家族連れが多かった、街頭にはそれらをターゲットにしているのか多くの店が店頭販売を行っていた

 

12月24日、所謂クリスマス・イヴと言う奴である

 

そんな中、俺達は野郎ばかりで集まってパーティーをやっていた

 

空は前日に交際相手から別れを告げられ、シゲも半年前に強烈なパンチ貰って振られているし、司は彼女とか作る気が毛ほども無い、通は妹と過ごしたかったようだがその妹はこの時期は忙しいという事で一緒に過ごす事は叶わなかった、他の連中も全くと言っていいくらい女っ気がなく、冬コミに出す作品の仕上げに入っていた同居人ズの1人である護以外は碌に予定がないという状況だったので全員集めてパーティーする事にしたのだ

 

俺の家の2階の一番広い部屋に集まって、テーブルの上には高い酒と翔が作った料理が大量に並び、各々が飼っているペット達もそこに集められた、ついでに部屋の隅には艦これを起動したPCが1台ありその前にはケーキとシャンパンが置かれていた、ディスプレイに映っていたのは大和、俺の最愛の嫁艦である

 

作業の休憩がてらこっちに顔を出した護も結局巻き込まれ盛大に呑んで騒いでしていたわけだが、唐突にペット達が慌てたように騒ぎ出したのだ

 

太郎丸や弥七は俺の服の裾を噛んで出入口へ引っ張ろうとするし、大五郎も他の面子を部屋から押し出そうとする、空の方も飼い猫5匹に、シゲもクロとゲータに引っ張られていたりといった具合だ

 

酒が回った頭で何事かと思っていれば、突如聞こえてきたスキーム音と部屋を揺らす衝撃、その衝撃のせいだろうか停電を起こして混乱する俺達

 

状況を確認しようと動き出した瞬間、俺達は全員強烈過ぎる衝撃と熱に飲み込まれてしまっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャプチャプという普段聞きなれない音が耳に入り意識が朧気に覚醒する、瞼を閉じているにも関わらず眩しさを感じて腕で両目を覆うような動作をしたところで、額に何かが刺さる

 

「いってぇっ! 何ぞっ!! 何事ぞっ!!!」

 

その痛みで一気に覚醒して周囲を見回す、するとどうだ、辺り一面海、海、海! さっきまで部屋の中にいたはずなのにどうして海の上にいる……、待った、海の上?

 

そ~っと下の方を見てみると、見事な双丘とくびれた腰、ドレスの黒いスカートから飛び出た黒タイツを履いたほっそりとした脚、腕には黒いロンググローブと棘の付いた腕輪が付いていてって違う違う今はそこじゃない

 

今の自分の姿勢は両足を投げ出して海面に手をついて座っている状態、何で俺海の上に座れてるん?

 

そしてここで改めて自分の身体の変化に戻る、待って何で俺の胸にこんな立派なものが付いてるん? 俺男じゃね? ドレスの胸元を引っ張って中を確認すると何かが挟まっていたとかいうわけでもなく、真っ白で形も大きさも素晴らしい胸部装甲が継ぎ目無くくっついていた

 

「おおう、失礼しました!」

 

そう言って顔を背けながら胸元を直す俺、自分の身体なのに謝罪を入れるあたりまだ混乱しているようだ

 

「まさか、まさかな……?」

 

嫌な予感を感じながら俺は額に手を伸ばす、この服装に心当たりがあったが確証が持てなかったのでその確認の為だ

 

指先が何か硬い物に触れる、それは額の左側にだけ付いていて上に向かって長く伸びていた

 

確定……、どうやら俺の身体は戦艦水鬼になっていた……

 

「どういう事だよおい・・・・・、何で俺戦艦水鬼になっちまってんだよ……、ってそうだ!他の連中はっ?!」

 

改めて周囲を見回せば痛みで飛び起きて周囲を見回したときには見えていなかったが、俺の周りに深海棲艦が何匹も浮かんでいた

 

「ん……」

 

一番近くにいた空母棲姫が目を覚ましたようなので、駆け寄って声をかけてみる

 

「おいっ! 大丈夫かっ!」

 

「ぬぅ……っ!!! ぬぅんっ!!!」

 

抱き起こしたところで空母棲姫の意識がハッキリしてきたのか、俺の顔を見るなり目を見開き驚きの表情を浮かべた直後、抱き起こされた状態のまま腰と腕の回転を加えた突きを俺の顔面に叩き込む、超痛ぇ!!!

 

「ぐぼほっ!!!」

 

「何故艦これの戦艦水鬼がここにいる!」

 

殴られた衝撃で仰け反る俺にすぐさま起き上がった空母棲姫が言い放ちちょっと変わった構えをとる、あの姿勢からこの威力の突きにあの独特の構えってなると……

 

「おめぇ……、空か?」

 

殴られた鼻っ柱を摩りながら相手に聞いてみれば、空母棲姫の眉がピクリと動く、が、すぐに怪訝そうな顔になる

 

「当たりか、だったらまず自分の身体を見てみな」

 

そう言われた空と思わしき空母棲姫が言われた通りに自分の身体を確認して驚愕の表情を露わにする

 

「やっぱそうなるよな~……、因みに俺、戦治郎な」

 

「なん……だと……っ!」

 

とりあえず落ち着いてくれたようなのでちょっち状況整理の為話し合うか、そう思ったとこで

 

「ずぁらあああぁぁぁっ!!!」 「だぁあああぁぁぁっ!!!」

 

誰かがこっちに殴りかかって来ていた、中間棲姫と重巡棲姫……、中身誰だコンチクショウ!!!

 

どうやら俺と空が騒いでる声で起きたみたいで、状況がよく分からないまま殴りかかってきたようだ、ついでにその後に水母棲姫、軽巡棲姫、南方棲戦姫、防空棲姫もエントリーしてきて収拾がつかなくなり、結局日が沈み始めるまでこの大乱闘が続いた

 

尚、軽巡ト級、泊地水鬼、装甲空母姫は安全なところに退避していた、装甲空母姫が泊地水鬼にオーバーな仕種で声をかけていたようだが返事を聞いた瞬間真顔になっていた事から恐らくあの装甲は司だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

「第1回長門屋波打ち際会議~」

 

「「「「「「うぇーい」」」」」」

 

何人か返事してなかったけどまあいいや、全員落ち着いて誰が誰なのか自己紹介した後に現状を整理し把握する為の会議を始める、場所は近くにあった浜辺、海の上でやるよりも落ち着いて話出来る場所でやろうという事で近くにあった小島に上陸したのだ

 

まあ、結局ここにいる全員が持ってる情報は全部同じようなものだったから状況整理も『何が起こったのか、どうしてこうなったのかが分からない』という結論で終わり、今後どうするかを話し合おうとしたところで、翔が挙手して質問してくる

 

「あの、今後の方針も大事ですけど、それよりも悟さんと太郎丸達が何処に行ったか知ってる人っていますか? 自己紹介のときも姿見えませんでしたけど……」

 

俺と空、シゲの顔が真っ青になる、やっべぇあいつらの事スッカリ忘れてた!

 

3人で海に駆け出し各々のペットの名前を叫ぶ

 

「太郎丸ー! 金次郎ー! 甲三郎ー! 鷲四郎ー! 何処だー! 大五郎ー! 六助ー! 弥七ー! いたら返事しろー!」

 

ペット多いから呼ぶの大変

 

「ワイルド! ヘル! タイガー! 俺は此処だ! ベア! トム! 戻ってこい!」

 

こっちもかなりの数がいる、全部名前の由来は猫戦闘機だったりする

 

「クロー! ゲーター! 何処行ったー! おーい!」

 

ペット持ち勢が必死になって声を張り上げペットの名前を呼ぶ、しかしその声も空しく響き渡るだけで波間に消えていった・・・・・、と思ったところで変化が生じる

 

戦治郎の右腕に黒い塊が出現し、空の周囲の空間が歪む、そしてシゲの腹部からは重巡棲姫の艤装が飛び出してきたのだ

 

「ああ、ようやく出れた……、旦那、腕を水平にしてくれないか?」

 

言われるがままに腕を伸ばせば黒い塊は姿を変えて空へ飛び立つ、そしていつの間にか握っていた爆雷もどきと黒い塊の今の姿を見てピンと来た俺は爆雷もどきを空に投げると、黒い塊はそれを足で掴んでこちらに飛んできて空中に停滞し話しかけてくる

 

「俺の姿もそうだが、旦那もスッカリ変わっちまったようだな……、まあ気配で分かるから問題ねぇけどな、っと鷲四郎、呼ばれて出てきたぜ」

 

今の俺の表情は非常に間抜けなもんだろうな……、文字通り開いた口が塞がらなかった

 

これ、深海のロリ空母や北の痴女が使う艦載機じゃんか……、何で俺の腕から出るんだ? つかこれ鷲四郎なの?!

 

「鷲四郎、無事って言っていいもんなのか……? とりあえず会えてよかったわ……」

 

他のペット達がまだ見つかっていないが、とりあえずホッとする、隣の方も

 

「やっと出れたニャー!」 「というかここ何処だミャ?」 「海が見えるニー!」 「それよりご主人は何処だミー?」 「何かこの人からご主人の気配がするナー」

 

5匹の猫艦戦が空の周りを飛び回る、恐らくあれが空が飼ってた猫達の成れの果てであろう

 

「おめぇさんがシゲ……で合ってるんだよな?」

 

「多分この人がシゲさんで合ってると思うよ? クロ」

 

シゲのところのワニは艤装になったのか……、腹から出てくるところがちょっち衝撃的だった……

 

「他のとこは全員揃ってるみてぇだな、後は俺のとこだが……、鷲四郎、何か知ってるか?

 

「いや、俺はずっと旦那の中らしきとこにいたみたいだからな、すまんが分からん……」

 

そうか……、もしかしたらあいつらはこのあたりにはいない、もしくはしっかりと天に召されたか……、そう思い残念な気持ちが表情に出そうになったそのとき

 

「ご主人様ー!」

 

まさかと思い勢いよく声の方角を見れば、真っ白幼女がこっちに向かって手を振っている、……戦艦水鬼の艤装の上に乗った状態でだ、もしかしてこの艤装って俺のか?

 

近付いてくる艤装をよく見れば、真っ白幼女な北方棲姫以外にも戦艦レ級のelite、砲台子鬼が乗っており、艤装と並走する浮遊要塞、更に海面には潜水棲姫の頭も見えていた

 

「気が付いたんだねご主人様! よかった~……、もう目覚めないかもって心配したんだからねっ!」

 

北方棲姫が俺に飛びつき話しかけてくる、ご主人様って事はこいつは俺のペットの内のどれかになるわけだが……

 

「すまん、心配かけたな……、それはそうとおめぇは誰だ?」

 

思った事をそのまま口にする、それを聞いた北方棲姫はプリプリと怒りながら答える

 

「ご主人様酷い! 見て分からない? 太郎丸、4代目太郎丸だよっ!」

 

おおう、太郎丸だったか……、4代目を名乗ってるって事は本物だな……

 

「すまんすまん、本当に分からなかったんだわ、しかし無事で本当によかった……」

 

太郎丸を優しく抱きしめながら頭を撫でる、えへへ♪っと笑顔を向けて喜ぶ姿が本当に愛らしかった

 

「金次郎が流されてたから戦治郎のペット衆と一緒に助けに行ってたんだよぅ、っと俺悟な」

 

海面に姿を現した悟を名乗る潜水棲姫、PT子鬼を抱き上げていたがどうやらこれが金次郎のようで、太郎丸の頭の上に金次郎を乗せる

 

「さて、金次郎を助けるついでに周囲をちょっとばっかし見て回ったんだがぁ……」

 

悟が言葉を続ける、どうやら俺達より先に目を覚ましていたらしく、金次郎を助けるついでにこのあたりを偵察してくれたようだ、悟マジ有能

 

「このへんはどうやら北海のド真ん中のようなんだわぁ、何でこんな小島があるかは分かんねぇが……」

 

「北海って……、北海道の近くって事ですか?」

 

翔が尋ねるが悟は首を横に振る

 

「ちげぇよぅ、ヨーロッパの北海、イギリス、オランダ、ドイツ、デンマーク、ノルウェーに囲まれた海なんだわぁ」

 

……はい? ヨーロッパだと?



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今後について話し合おう

「いいかぁ? 今俺達がいるのはここなんだわぁ」

 

悟が何処からか持って来た世界地図を広げて現在地を指差す

 

「日本遠っ!」 「うわぁ……」 「自分達、何でこんなとこにいるんスか……」

 

皆それぞれ感想を述べる、しかし俺はそれよりも気になる事があった

 

「なぁ悟、この地図どっから持って来た? 後ここが北海だと言い切れる理由はなんだ?」

 

この地名が英語で書かれたしっとりした世界地図の出処と悟がここをヨーロッパの北海だと断言した理由がどうしても気になってしまったのだ

 

地図に使われている文字が英語ならアメリカの近くの可能性もあるし北大西洋の何処かかもしれない、オーストラリアあたりだったりもするだろう、しかし悟は北海と言い切った、これが非常に気になるのだ

 

「これの出処かぁ? そりゃ海の中、海底に沈んだ船の中よぉ、俺が今何の姿してるか分からんわけじゃないだろぉ?」

 

今の悟の姿は潜水棲姫、なるほど、沈没船から失敬してきたわけか

 

更に悟は言葉を続ける

 

「おめぇらがスヤスヤ寝てる間に目が覚めちまってなぁ、色々試すついでに地図を探したわけなんだが、状態いい奴探して色んな船の中入ったらノルウェー語の奴やドイツ語の奴やら、ヨーロッパの言語大集合なわけよぉ、ってこれも最初から出しときゃ良かったのか」

 

そう言って悟が取り出したのは北海に関する各種海図、おいィそれを先に出せよぉ……

 

「OK、そんなんあったら間違いなくここは北海だな、場所は分かったわけだが……、問題はこれからどうすっかだわな……」

 

「ん? 日本に帰るんじゃねぇのか?」

 

輝が聞いてくる、そういやこいつと剛さんは艦これやってなかったな……、皆知ってるって事で話進めてたわ、ちょっち反省……、でも剛さんは表情見る限りさっきの俺の発言の意図分かってくれてるみたいだ、

 

「輝、おめぇ俺らが今まで生きてきた中でこんな姿した生物が発見されたって話聞いた事あるか?」

 

「ねぇな、けどおめぇらはこの姿はあれだ~とかなんだ~とか言ってたじゃねぇか、って事はこの生物の事何か知ってんだろ?」

 

「あぁ知ってる、知ってるけどな……、この生物は実在しないはずなんだわ、所謂架空の存在、ゲームや漫画の登場キャラなんだよ、OK?」

 

「はぁっ!? って事はあれか? 俺らはゲームや漫画の世界にでも来ちまったとでも言う気か?!」

 

そりゃあ驚きもしますわな、多分全員内心驚いてるだろうからな、そしてある事実を輝に伝えなきゃいかんのが心苦しい……

 

「そこらへんは情報が足りな過ぎてまだ何とも言えねぇ、だがこれだけは間違いないと言えるのがある……」

 

輝が固唾を飲んで見守る、多分あいつも嫌な予感がしてるんだろうな~……

 

「もし、この世界がこのキャラ達が出てくる世界だったら、俺達は全員人類の敵として人類から攻撃されるだろうって事だ……」

 

「ざっけんなコラあああぁぁぁっ!!! ホント一体どういう事か説明しろやっ!!!」

 

輝さん、激おこプンプン丸ですわぁ……、まあ、そうなるな……、とりあえず輝を落ち着かせて深海棲艦の事とついでに艦娘の事を説明する事にした

 

「マジかよ……、このまま戻っても日本の軍隊にやられる可能性とかあんのかよ……」

 

「最悪の場合、今この場にいるだけでもイギリス、フランス、ドイツから艦娘がこちらに差し向けられる可能性もあるぞ」

 

絶望する輝に追い撃ちをかけるように空が告げる、イタリアが入ってないのは地理的な問題もあって除外したのだろう

 

「何をするにしても、まずは情報が欲しいところッスよね~、このままじゃホントに何にも出来ないッスよ?」

 

護が言う、確かにその通りだ、まずはこの世界が今どうなっているのか知る事が重要だ

 

「しかし、どのようにして情報を集めるのですか? 迂闊に上陸しようものなら確実に攻撃される事でしょう」

 

「艦娘とやり合うのは正直勘弁して欲しいよな……、俺らはプレイヤー側、艦娘を指揮する側だったから愛着やらなんやらあるからやり辛くてたまんねぇよ……」

 

通、シゲが続く、本当にそうだよな~……、もし大和とか出てきたら俺、自沈すっかもしんねぇ……、空が翔鶴に会ったりしたら……、ダメだ想像つかん……

 

「情報だったら艦娘ちゃん達から聞いちゃえばいいんじゃないです? この超イケメンな俺様もいる事だし、一声かけたら欲しい情報ドンドンもらえちゃったりしません?」

 

「今のお前は装甲空母姫変わってしまってて男のときと同じような事は出来ないだろう……、いつもの調子で話しかけたら間違いなく撃たれるぞ?」

 

司の発言に光太郎がツッコむ、間違いなく変な装甲空母姫に口説かれたとか通信回されてボコボコにされるだろうな……、しかし艦娘から情報をもらうのは手としてはアリかもしれん、問題はどうやってそれを許してもらえるほどの信頼を得るかだが……

 

「何とかしてどこかの国に入れないかしらねぇ? 流石にアタシや藤吉ちゃんはすぐにバレちゃうだろうけど、戦ちゃんや空ちゃん、通ちゃんなんかはちょっとオメカシしたら上手く溶け込んで情報集め出来ると思うんだけど~……」

 

「そういうの、通が得意だったよね? 確か忍者の末裔だったとか中学のとき聞いた気がするんだけど?」

 

剛さんがどこかの国に侵入する場合を想定してうんうんと唸っていると、翔が何かよく分からん事を言い出してシゲ達同級生ズ以外の懐疑的な視線が通に集中する、あの真面目な通にもそんな時期があったのね……

 

「ですね、家系図を見せてもらったときは綾共々驚いたものです……、まさか父方が徳川に滅亡させられたはずの風魔の生き残りの子孫だったとは夢にも思いませんでしたよ……、先祖が遺してくれていた書物の内容は有意義に使わせてもらったものです」

 

え……、マジなんそれ……? 俺はキャリア組とのいざこざで警察を辞めさせられた事くらいしか知らんぞ? って事は君はあれか? 二刀流侍で忍者な元警察官なの? 外国人にモッテモテじゃね? プリンツとかアイオワが聞いたら黙ってねぇだろうな……

 

「だったら潜入するときは戦ちゃんと通ちゃんにお願いしちゃおうかしら? そんで空ちゃんは戦ちゃんの代わりにアタシ達の司令塔で♪」

 

あ、いつの間にか俺リーダーになってる、いやまあ俺は皆の雇用主だけどそれでいいの?

 

「あ、あの、し、深海棲艦のす、姿をしているから、し、深海棲艦にき、聞くのはど、どうですか? な、仲間だとお、思ってお、教えてくれるかもし、しれませんし……」

 

おずおずと挙手して藤吉がゆっくりと意見する

 

「「「「「「「「「「「それだっ!!!」」」」」」」」」」」

 

11人一斉に声上げると凄ぇな……、それはそうと藤きっちゃんナイスアイデア! そうだよ今俺ら深海棲艦になってんじゃん! だったらそっちに話聞いてみて隙見て逃げればいいだけじゃん! 可能だったらそこのボスの首持ってどっかの国と交渉してもいいな! 

 

……上手くいけばの話だけどな、ぶっちゃけ俺らはこの姿にまだ完全に慣れたわけじゃねぇからどう戦えばいいか分かったもんじゃねぇ、最悪殴り合いだが有効打になるだろうか?

 

「取り敢えず、まずは深海棲艦探して情報聞き出すか、俺らの姿から考えっと恐らく実在するだろうからな、ブラブラしてたらカチ合うだろうよ」

 

「戦治郎、今からやる事は決まったが最終目標はどうする?」

 

空よ、そんなの態々聞く事か?

 

「最終目標? 今のとこの最終目標っつったら日本に無事戻る事だろ!!!」

 

「おめぇさんならそう言うと思っていたわなぁ、まあそこらへんはまず今の世界情勢やら調べてから、都度話し合って変えていけばいいだろうよぉ」

 

んだな、臨機応変に対応すんのは大事大事

 

「それはそうとおめぇさんら、艤装やらの使い方って分かってるか?」

 

悟がここで話題を変えてくる、そういや艤装関係まともに触れてなかったな……

 

俺らは艤装が無くても海の上に立つ事は出来るようだが、海上移動が楽になる事や身体強化の都合上使うべきとは悟の談、ものは試しでやってみたところ陸上型の奴らは海上移動に関しては艤装無しのときとあまり変わらないという結果が出た

 

その後は先行して色々試していた悟にレクチャーされながら艤装の使い方の勉強会と実践、終わったところで腹が減ってきたのでそれぞれ別れて食材探しである

 

海藻、魚、貝ばっかりの食卓だったよ……、まあこんなちっこい島に野生動物なんかいねぇわな……

 

さて、飯も食った事だし明日に備えて寝るか……、しかし、妙に胸騒ぎがするのは何なのだろうか……、まあ、今考えても仕方がない、そう思って俺は浜辺に寝転がって静かに瞳を閉じるのだった



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深海棲艦を発見! これより接触を試みる!

日が昇ってきたところで目が覚める

 

いつもだったら剣術の稽古をしているところだが、生憎それに使えるような棒状の物がないので代わりに海の中を泳いでみる事にした

 

おっほ! 海中でも呼吸出来るとかこの身体凄ぇ! 昨日悟から聞いてはいたが実際やってみると中々に面白い

 

潜れる深さはあんま考えなくていいらしいが、移動速度となるとやはり潜水艦の艤装を使ってる方が速いとは悟の談、う~ん、そこらへん補える機械とか作れねぇかな~?

 

いいところに沈没船を発見、昨日の話し合いのとき思う事があったので船内を探索して使えそうな布切れや服などを回収、ついでに鉄パイプみたいなのも3本ほど頂いて行く、スレッジハンマーも見つけた、これは輝にあげよう

 

島に戻ったら皆起きていたので光太郎と司に布切れや服を、鉄パイプを通に2本、ハンマーを輝に渡す、通と輝に関してはただの武器提供である、素手でもやれん事はないだろうが使い慣れたもんがあるだけで気分が違うだろ?

 

光太郎と司に関しては、取り敢えずそれで隠すとこ隠して欲しかったからだ、渡したとき何だこれ?みたいな顔してたけど身体の方指したら理解してくれたよ……、いつまでもスッポンポンでいるのははしたないと思います!

 

朝食を食べながら今日やる事を話し合う、全員でまとまって動くよりいくつかのチームに分かれて動いた方が効率よく深海棲艦を探せるだろうという事で班分けが始まる、その結果

 

Aチーム 戦治郎(太郎丸+金次郎+大五郎) 護 司 剛

 

Bチーム 空 光太郎 シゲ 通 弥七 六助

 

Cチーム 翔 輝 藤吉 悟 甲三郎

 

こんな感じに分かれる事になった、因みにミドリガメだった甲三郎は砲台子鬼へ、コーカサスオオカブトだった六助は浮遊要塞へと姿を変えていた、鷲四郎達のように言葉を話す事が出来なかったのが残念だった……

 

Aチームが小島の西側から、Bチームが東側から移動を開始して深海棲艦を探して接触を試みて、Cチームは小島にお留守番である、陸上型と潜水艦だとどうしても航行速度に問題が出てくるからだ、それに小島とはいえ今は立派な拠点である、しっかり防衛して欲しいのだ

 

食休みを挟んだ後、それぞれ行動を開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、我々Aチームはただいま絶賛クルージング中でござる、深海棲艦が中々見つからないでござる……

 

「しっかし、北海ってのはホント小島が無いッスね~、精々油田があるくらいッスか?」

 

護が言うように、この北海の真ん中あたりは島がない、その代わりに油田やガス田があるわけだが今の俺達にはそれは障害でしかない、艦娘が警護している可能性が高いので見つけ次第避けるようにしている

 

「確か北海の真ん中あたりには小島がないというのは聞いた事あるんだけど~、でもそうなると今さっきまでアタシ達がいた島はどういう事なの?ってなるのよね~」

 

そう、それは俺も気になる、本来存在しないものが存在している……、この世界と俺達がいた世界には相違点がある……な、深海棲艦とか艦娘とか俺達の世界じゃ存在してねぇもんな、もしかしたら他にも色々違いがあるかもしれん、まあ何にせよ情報集めしないとだわ

 

そう考えているところに司が報告してくる

 

「おっとぉ? 2時方向に団体さんがいるみたいですよ? ル1ヌ2リ1イ2、都合よく黒髪美人さんがいらっしゃるじゃないですか~、ボス、どうします?」

 

「ル級がいるのか……、いきなり鬼やら姫やらが頭数揃えてきたら警戒されそうだし、俺単独でまず接触してみるわ、皆はとりあえず潜って様子見しててくれるか? もし戦闘になったら合図出す、OK?」

 

一同が頷き海へと潜る、さって俺も行きますか……

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、ちょっとだけいいか?」

 

ル級達に声をかけ近づく俺、ル級はこっちを見るなり目を見開いて驚いた後、リ級と何かコソコソと話をしていた、どんな会話してんだろうか?

 

ル級とリ級が小さく頷き合いル級が答える、その後ろでリ級が何処かに通信しているようだ……、あんれ? 何かこれ警戒されてね?

 

「どうしました? 戦艦水鬼様」

 

あ、割と流暢に話せるのね、それともこの身体だからそういう風に聞こえるだけなのか? まあ、それは取り敢えず置いておいてっと……

 

「私は最近このあたりに来たばかりでな、ここら一帯の状況がよく分かっていないのだよ、良ければこのあたり一帯の状況など教えてもらえないだろうか?」

 

「……、そうでしたか、それで、貴方は何処の所属なのですか?」

 

所属ってなんぞ?! いやいや焦るな俺……、まだ何とかなるはずっ!

 

「すまない、そのあたりもよく分からないのだよ……、何分先程目覚めたばかりでな……、気が付いたら海の上に寝ていたもので……、フラフラと彷徨っていたら貴方達を見つけたので声をかけさせてもらったのだよ」

 

「そうですか……、おい、確認はとれたか?」

 

ル級の表情が何か険しくなってきてるんですけどぉ?! 俺何かミスった!?

 

「それが、先程問い合わせたところこのあたりにこちら側の戦艦水鬼が発生したなどという情報はないとの事でした」

 

こちら側って何だよ!? 後深海棲艦は深海棲艦が何処でどの個体が発生したとかいう情報感知出来るって言うのかよっ!?

 

「各員戦闘準備! こいつは転生個体だ! 先程生まれたようだが油断はするな! 確実にここで仕留めるぞっ!」

 

ぎゃあああああぁぁぁっ!!! 敵認定されたあああぁぁぁっ!!! つか転生個体ってなんだよおおおぉぉぉっ!!!

 

「皆すまん! トチった! 戦闘だっ!」

 

俺がそう叫ぶなり剛さん、司、護、金次郎を頭に乗っけた太郎丸を首のあたりに乗っけた大五郎が海面に飛び出す

 

「んなっ!? 仲間がいただとっ?! ええい、怯むな! 一斉射撃!」

 

ル級が叫びヌ級達が艦載機を飛ばし、それに合わせるように砲撃しようとしたところでイ級が1匹水柱に飲み込まれ姿を消す

 

どうやら剛さんが海面に飛び出す直前に魚雷を発射していたようだ、先制魚雷こえぇ・・・・・

 

そんな中、ヌ級達が放った艦載機がこちらに向かってくる……、が物凄い勢いで銃弾と砲弾の弾幕が形成され片っ端から叩き落されていった

 

犯人は護、流石防空棲姫なだけありますわ~……、確かゲーム作る以外の趣味でサバゲーやってるとか言ってたな、ゲームのモーション作るのの参考になるからやってるとか何とか……、って護の機銃捌き見て剛さんが何か感心してません? 気のせい?

 

護の弾幕の間を縫って飛ぶのは司と剛さんの艦載機、無駄な動きがなく正確に弾幕を避けて飛ぶのは剛さんの奴だろう、逆にオーバーな動きしてるクセにヒョイヒョイと踊る様に弾を避けてるのは司のだろうな~、あいつ動画サイトにコスプレしてダンスする動画とかアップしてたしな、しかもそのダンスがやたら巧い事巧い事……って考えてる場合じゃねぇや

 

「鷲四郎、頼んだ!」

 

「あいよっ! 任せな旦那っ!」

 

そう言って俺も鷲四郎を出して2人の艦載機をサポートする

 

護の弾幕のせいでヌ級達の艦載機は全滅したようで、こちらの爆撃や雷撃をモロに受ける相手艦隊、ヌ級1匹、イ級1匹が撃沈、ヌ級1匹中破、ル級は小破止まりでリ級は損害なし、アレを避けるかリ級ェ……

 

「……致し方無し、お前はこの事を報告するんだ! こいつらは私達が引きつける!」

 

ル級がそう叫ぶとリ級は頷き反転し撤退し始める

 

「逃がすかボケェッ!!!」

 

俺はそう叫びリ級を追おうとしたがル級の砲撃がそれを阻む、減速して何とか砲撃を躱すがそこに中破したヌ級が俺目掛けて突っ込んで来る、こいつ玉砕覚悟かよっ!

 

背中に括り付けた鉄パイプを抜こうとしたところ、剛さんが猛ダッシュで突っ込んできてヌ級に飛びつきヌ級の両肩を掴んだと思ったらヌ級の上で倒立、突っ込んで来たときの勢いを殺す事なく縦回転しヌ級を持ち上げたかと思えば海面に垂直に叩きつける、ヌ級は二度と浮かび上がってくる事は無かった……、何ぞこの技かっけぇ!!!

 

そうしている間に護と司がリ級の追跡を始める、そこにル級が砲撃を撃ち込もうとしていたので今度こそ鉄パイプを抜きル級に叩きつける……、が、ル級の盾の様な艤装に阻まれ有効打にはなっていない

 

「甘いわっ!」

 

ル級が叫び艤装で俺の鉄パイプを撥ね退ける、俺はバランスを崩し隙を見せてしまいそこにル級が反対側の艤装を叩きつけようとする

 

そこに砲撃、艦載機による機銃掃射、魚雷のセットが飛んでくる

 

ル級がそちらに気を取られている間に間合いを取ってそれらの攻撃を回避する、攻撃が飛んできた方角をチラ見してみれば大五郎の姿、ナイスアシストだお前ら!

 

ル級はというと、砲撃と魚雷は何とか出来たようだが機銃掃射を受けてしまい中破してしまったようで艤装から煙が出ていた

 

これはチャンス! 鉄パイプを握り直しル級との間合いを一気に詰め、気合を入れて鉄パイプを薙ぐ、ル級はまたも艤装で防ごうそしていたので言ってやる事にした

 

「知ってるか? とある男は鉄パイプで物を切断するんだぜ?」

 

気合を込めた鉄パイプはル級を艤装ごと横一文字に薙ぎ、その身体を両断するのであった

 

……やっべマジで出来るとは思ってなかった



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国に潜入しよう!

オッス、オラ戦治郎!

 

ゲームの真似して鉄パイプで斬りかかったら本当に相手が斬れたときはビックリしちまった! 気合さえあればどうにかなるもんなんだなぁ!

 

ん? 何でこんな事言ってるかって?

 

俺、今絶賛檻の中、現実逃避もしたくなるわ……、こればっかりは気合じゃどうにも出来ねぇわ……

 

何でこうなったかと言えば、時間をちょっち遡る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第2回長門屋波打ち際会議~」

 

「「「「「「「「「「「「「「うぇーい」」」」」」」」」」」」」」

 

今回は太郎丸、大五郎、弥七も合わせて全員返事してくれたな、おっちゃんちょっぴり嬉しい

 

深海棲艦に接触する作戦はものの見事に失敗に終わってしまった

 

俺達の方はル級切断事件の後護と司がリ級を追いかけたものの、結局逃げられてしまった

 

空達の方も同じ様なもので話しかけたら敵認定されて戦闘開始、違いがあるとしたら空達のチームの方がド派手に戦った上に血が流れた回数が多かったくらいか……

 

具体的に言えば、相手編成はヲ2ル1ヘ1ニ2とこっちより重めの編成、航空戦は空と弥七の艦載機で応戦という名の蹂躙が行われたそうだ、特に空の飼い猫達が大暴れした模様

 

ヲ級達が第二航空隊を発艦させようと帽子の口を開けたところに、空とシゲがいつの間にか捕まえていたニ級達を投げ込み発艦を妨害、投げ込んだ直後に2人は走り出しヲ級達の頭に前方回転飛び踵落としなどというキックを叩き込みヲ級の帽子でニ級達を噛み千切らせる、ヲ級達が踵落としのダメージでふらついているところにクロとゲータが顔面に砲撃を直撃させ沈める、惨い!

 

そちらに気を取られてしまっていたル級は弥七の接近を許してしまい、飛び掛かった弥七に喉笛を噛み切られ絶命、逃げ出そうとしたヘ級は六助、光太郎、通に回り込まれてしまい弥七の尻尾も合わさって砲撃をしこたま浴びせられ撃沈されたそうだ

 

俺もル級の返り血で真っ青になってたけど、俺よりもっと返り血塗れになって帰ってきた空達を見てドン引きした

 

ただ、全く収穫が無かったかと言えばそうでもない

 

俺達が出撃している間に輝達が沈没船の甲板を使って小屋を建てていたのだが、その時藤吉がほんの少しだが怪我をしてしまったのだ、悟がすぐに処置したそうだがその傷口から流れた血の色は赤だったとの事

 

そしてそこに深海棲艦の返り血で血塗れになった俺達が戻ってきて、血液の色が俺達と交戦した深海棲艦とで違うという事実が発覚した

 

そこに奴らが口にした『転生個体』という単語を思い出し報告したところ話し合いが始まったのだった

 

取り敢えず分かった事と言えば、俺達は深海棲艦から『転生個体』と呼ばれる普通ではない深海棲艦であり普通の深海棲艦とは敵対関係にあるらしい事、現状で分かっている違いは血液の色程度で転生は赤で通常は青という事くらいであった

 

ダメだ、分からない事がやっぱり多すぎる……

 

こうなったら仕方がないという事で、前回剛さんが言った案を採用し俺はドイツに、通はイギリスに潜入する事になった

 

 

 

 

 

 

 

海に潜って陸に接近し、人気がなくなった港から侵入したわけなんだがちょっち警備ザル過ぎやしませんかねぇ? 駆逐艦のソナーにひっかかるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだがそれっぽい影もないんですがそれは……

 

まあ潜入し易かったからいいか、ここに来る前に司が作ってくれた額の角を誤魔化す帽子を被って移動を開始する、どうせ隠せないならって事で反対側にも同じ様な角付けた帽子……、これ絶対目立つだろうな~……

 

所持金も何もないので図書館に直行する俺、ここならきっと無料で新聞とか文献とかあるだろうし情報集めも出来るだろう、パソコンあったらパーフェクトなんだが贅沢言ってられんか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツは図書館も有料なのかよ……、これじゃあ落ちてる新聞か小銭探すしかねぇじゃねぇかチキショウ……

 

そんな事をボヤキながら道端に何か落ちてないか探しながら歩いていると、前からどっかで見た事ある気がする女性が歩いてくる、邪魔にならんように脇に避けてすれ違ったのだが……

 

「動くな」

 

歩みを止めてゆ~~~っくりとそっちを見てみれば、やっだあの人こっちに拳銃向けてるじゃないですかー! やだー!

 

両手を上げて降参のポーズ、言われるままに両手を後ろに回して地に伏せると腕に何か取り付けられる、アカンこれ……

 

女性は何処かに通信を入れ、駆け付けた軍用車両に乗せられて俺は強制連行と相成りました……

 

そして思い出す、そうだどっかで見たと思ったらこいつビスマルクだよ……、って事はこの車の行先は軍事施設って事か……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っとまあこんな感じで俺は軍事施設の檻の中というわけです、はい……

 

「こいつか? 街中を堂々と歩き回っていた深海棲艦というのは?」

 

「ハッ、市民の通報を受けて向かったところにこいつが道端で何かを探しているところを発見、拘束し連行しました」

 

お偉いさんの登場か? 一緒にビスマルクもいる見てぇだが……、さてどうしたもんかなぁ……、鉄パイプは邪魔になるから置いてきちまったし、つか下手に暴れるとこっちの状況が悪くなるだけだし大人しくしとこう……

 

「よろしい……、おい、貴様にいくつか質問をする、正直に答えろ」

 

「おう、俺が知ってる範疇でならいくらでも答えてやらぁ、どうせ拒否権なんざありゃしねぇんだろ?」

 

ドイツ語で答えてやった、奴さんちょっちばっかし驚いてやがらぁ

 

「貴様! 口を慎め!」

 

ビスマルクが叫ぶがそんな事知らん、だってこいつがお偉いさんなのは分かるけど今の俺にはそいつに畏まる義理も何もねぇかんな

 

「構わん、それで、貴様は深海棲艦で間違いないな?」

 

「見て分かんねぇか?」

 

煽ったらビス子が檻を蹴った、そんなんでビビる程肝はちっこくねぇんでな

 

「よせ、下手に刺激するな……、失礼、では貴様を深海棲艦として扱う、貴様らの本拠地は何処だ? 規模はどのくらいだ?」

 

「それはこっちが聞きてぇんだよなぁ……、何分俺も生まれたばっかなんでな、世界情勢やら何やら全く分かんねぇってのが正直なとこなんだわ」

 

お、怪訝な顔しとる、でも言ってる事は本当なんだよなぁ……

 

「それらを調べる為に上陸して新聞でも拾えたらって思って歩いていたらコレだよ、沈没船から金拾って図書館にでも行くべきだったかねぇ?」

 

「ふざけるのもいい加減にしなさい! 貴方自分の立場が分かっているのっ! 嘘をつくにしてももっとマシな嘘をつきなさい!!!」

 

ビス子が遂にキレる、まあキレるだろうなぁ、でもよぉ……

 

「立場もクソもあっかボケェッ!!! こちとら東京町田で職場の部下達と野郎ばっかでクリスマスパーティーやってたらいつの間にか海の上! 気付けば身体も男だったのに深海棲艦になってるわ深海棲艦に攻撃されるわでマジで自分達に何が起こってるか分かってねぇんだぞゴラァッ! 嘘つく余裕だってこれっぽっちもないんじゃクソッタレっ!!!」

 

俺もブチギレて捲し立てる、分からねぇ事が多過ぎて正直イライラしてたのもある、島に置いてきた仲間達の事も気がかりだったりする、簡単に捕まった自分に憤りも感じる、そんな状態でコレだからつい爆発しちゃった

 

ビス子は気圧されて後退りしとる、お偉いさんの表情は……、あ、これ何かまだ聞きたい事あるって感じだわ

 

「同胞に攻撃されたと言うのか?」

 

「あっちは俺達の事を仲間とも思ってねぇみてぇだな、『転生個体』だとか言って攻撃仕掛けてきやがった、俺が上陸して調べものしようとしたのはさっきも言ったが世界情勢とこの『転生個体』って奴の事を知る為なんだわ」

 

流石にこれには驚いているな……、俺らもそうだったもん

 

「『転生個体』……? 聞き慣れない単語だな……、それについては何か知らないか?」

 

「さっき分かんねぇから調べに来たって言っただろうが……、でもまあ、1つだけ分かってる事があるわ、だがその前にだ、あんたは深海棲艦の血液の色って知ってるか?」

 

ビス子は何を言ってるんだ?って感じだなおい、でもこのお偉いさんの雰囲気からすると……

 

「確か青い血液だったか……、駆逐級の深海棲艦を捕獲し研究チームに送ったところ解剖結果でそのような報告を受けている」

 

OK、ならばと俺は腕を拘束している物体を無理矢理引き千切る、ビス子が驚き警戒するも俺は一切気にも止めず自分の腕に爪を立て勢いよく引っ掻く

 

この爪すっげぇ鋭いからな、簡単に刺さってくれたわぁ……、地味に痛ぇ……

 

その引っ掻き傷から流れる赤い雫を見て、お偉いさんはようやく驚愕する

 

「これが奴らの言う『転生個体』と普通の深海棲艦の違いみたいだぜ?」

 

「これは一体……、貴様……、いや、君は一体何者なんだ?」

 

俺か? 俺の事か? だったら答えてやらぁ

 

「長門 戦治郎、日本の修理屋経営者だった男だ、覚えとけ」



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フレンド登録いいですか?

俺は今、ドイツ海軍の総司令官のお部屋でコーヒーとバウムクーヘンをご馳走になっております

 

あの檻のとこ来てたお偉いさん、まさかの海軍総司令官さんですた……

 

「うめぇ……、マジうめぇ……、目ぇ覚ましてから海藻と貝と魚しか食ってなかったから余計に美味しく感じる……」

 

「海藻って……、貴方そんなのよく食べようと思ったわね……」

 

ビス子が何か言ってやがる、そういや海外の人間は海藻食う事殆どねぇってどっかで聞いたなぁ……

 

「生憎俺は日本人だからな、海苔やら昆布やら食う機会多いから抵抗はねぇよ、っとこのバウムクーヘンはお持ち帰り可能か? 仲間達にも食わせてやりてぇんだ」

 

「構わんよ、戻るときに渡せるように手配しておこう、しかし本当に美味しそうに食べるな……」

 

苦笑いしながらもお土産を手配してくれる総司令さんマジイケメン! 抱いて……、いややっぱいいや

 

俺の正面に座っているこのドイツ海軍総司令官、名前をアクセル・レーダーと言うそうで驚く事に俺とタメなんだとか……、若い総司令官だなぁおい!

 

まあ、話聞いてみりゃぁお偉いさん達が会合してるところを深海棲艦に襲撃されて軍の上層部が壊滅状態になったみたいで、急遽アクセルが総司令なんてもん背負わさせられる羽目になったそうだ、まあそのおかげでドイツ海軍が艦娘配備して戦えるようになったみてぇだ

 

っと、それはそうと何で俺が総司令室でオヤツ食ってるかについてだが、自己紹介の後にこっちが今のとこ持ってる情報を出せるだけ出したのだ

 

と言っても転生個体関連以外での情報は俺が知っている世界には艦娘も深海棲艦も実在せず、それらは架空の存在であると認知されている事と、俺達の大半がそれらが登場するゲームをやっていた人間でどんな艦娘がいるか知っている事くらいしか無かったんだがな……

 

たったそれだけの情報だが、アクセル達を驚愕させるには十分だったようで、俺はめでたく檻から出されただけでなく俺達が欲しがっている情報をくれるって事で移動したところ通されたのがこの部屋で、そこから今に至るってわけ、腹の虫には勝てなかったよ……

 

因みにビス子が俺を檻から出すのをすんげぇ反対してたが

 

『彼の目を見てみるといい、ああいう目をしている奴は信用出来る奴だ、君もそのうち部下を持つ事になるだろうからな、覚えておくといい』

 

アクセルにそう言われて完全に沈黙していた

 

「さて、君達が欲しいと言っていた情報だが、世界情勢だったか?」

 

「ああ、転生個体についてはそっちも分かってねぇみてぇだから当分保留として、まずは世界情勢だな」

 

そう言ってアクセルが話始める……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こ れ は ひ ど い

 

アメリカはボッコボコにやられたのか音信不通、ヨーロッパはそのショックで混乱状態で連携して戦うどころではないそうだ

 

そんで日本は国の都合もあってかなり本気で深海棲艦とやり合ってるらしく、艦娘の配備も日本が最初だそうでそのおかげで今もある程度は戦えているらしい

 

ドイツは上層部壊滅前は艦娘の配備をしない方向だったらしいが、艦娘配備賛成派のアクセルが総司令になった事と旧上層部が使おうとしていた通常兵器類が通用しない事が旧上層部壊滅という形で実証されてしまった為、世界で2番目に艦娘を配備する事が出来たそうだ

 

「艦娘配備はいいんだが……、まさかビス子しかいねぇって事はねぇだろうな……?」

 

気になったので聞いてみた、確かドイツ艦って言ったらビス子にレーベ、マックス、ユー、プリンツ、グラーフだったっけ?

 

「そこは問題ない、ビスマルク、Z1、Z3、U511の艤装は既に量産が可能となっている、しかし……」

 

ん~? こりゃ何かあったな……

 

「量産の為にプリンツの艤装のデータを収集していたのだが、艤装のテストをしていたところを深海棲艦に襲撃されて現在プリンツの艤装とその使用者が行方不明になっているんだ……」

 

あいたたたたた……、こりゃまた面倒な事になっててまぁ……、ビス子の表情がすんげぇ事になってやがらぁ……、おぉ怖い怖い……、あんだけ怒ってるってなると相当慕われてたみてぇだなぁ……、うっし!

 

「戦治郎……、君にt「任せろ!!!」……、まだ要件を言ってないのだが本当にいいのか?」

 

「プリンツ探してくれって言いたいんだろ? そんくらい話の流れで分かるわ、そもそも俺らも今は何やったらいいか分かんねぇ状況だから都合がいいっちゃいいんだよ、前金としてバウムクーヘン貰うしな!」

 

そう言ってアクセルに向けてニカッと笑う俺、もしプリンツが生きて何処かに捕らえられていたら深海棲艦の拠点襲撃するいい口実になるしな~、そんでそこを新しい拠点にして装備関係整えたり出来たらパーフェクト!

 

「……、すまない、本当は我々だけの力で解決するべき問題なのだが、生憎こちらもまだ艦娘の配備が思ってた以上に難航していてね……、港の警護に出せるほどの余裕すらもない状況なんだ……」

 

ああ、道理で警備ザルだったわけね……

 

「気にすんなって、それに……、ほれ」

 

そう言って俺はバウムクーヘンをフォークで切り分けた後フォークで突き刺しアクセルの口元へと突き出す

 

「一体何のつm「いいから黙って食え」……、んぐ……、……これは本当に美味いな」

 

「食ったな? んじゃあこれで俺とおめぇは同じ釜の飯食った仲、共存共栄する関係、つまりダチ……、うん、友達ってこった! OK?」

 

わぁ、アクセルもビス子もポカーンとしてらっしゃる、ちと強引過ぎた気もすっけど気にしねぇ!

 

「少々強引過ぎないか?」

 

「知らん! ともかくこれで俺とおめぇは友達だ、ダチが困ってるんなら助ける! 俺や俺の仲間達からしたら当たり前の事だ、だからおめぇはこの件は俺に任せてプリンツの無事を祈りながらグラーフの艤装の開発を進めるこった」

 

アクセルはその言葉を聞いて笑顔を零す……、が、最後の言葉を聞いて質問してきた

 

「待ってくれ、今グラーフと言ったか? それは第二次大戦中に建造中止になった正規空母のグラーフ・ツェッペリンの事か?」

 

う? グラーフの艦娘いるの知らなかった系?

 

肯定したら凄い勢いでどっかに電話してた、めっちゃ早口で指示出してる事くらいしか分からんかったぞ……

 

何事かと聞いてみれば、どうやら空母相手に苦戦していたみたいだな……、さっきヌ級とヲ級を2匹づつ見かけたからぶっ飛ばしたって言ったらめっちゃ感謝されたぞ……

 

さて、あんま長居してたらあいつらが心配するだろうから戻るとすっか

 

帰り際、お土産のでっかいバウムクーヘンを受け取るときに他の国にも技術提供する事を勧めておいた、特にイタリア、イギリス、フランス、ロシアには渡すべきだと強めに言っておいた

 

深海棲艦が他の連中が思っているほど弱くない事に加え、転生個体の存在がどうも引っかかって仕方がない事を伝えるとアクセルもどうやら俺と同じだったようで二つ返事で承諾してくれた

 

「さて、そろそろ行くわ、機会あったらまた来るわ」

 

「分かった、プリンツの事、頼んだぞ……」

 

「任せとけって、大船……、いや、戦艦に乗ったつもりでいろ、……んっ」

 

そう言いながら俺はアクセルに拳を突き出す、アクセルも意図を理解してくれたようで同じように拳を突き出しグータッチする

 

俺はこの日、この世界での初めての友人を手に入れた

 

戦治郎とアクセルは後に【極東の一鬼当千】【欧州の守護神】と呼ばれる程の活躍をするのだが、それはまだ先の話である

 

因みに同い年だって事教えたらめっちゃ驚かれたような気がするんだよな~……、まあいいか!




戦治郎はこの段階では30歳、鎮守府稼働編では32歳だけどあの段階ではまだ誕生日を迎えていません


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初ドロップ艦との遭遇

あたしが艦娘になった理由は、今思えばしょうもない事だった

 

中学に入学し部活で艤装競技の射撃を始め、才能があったのか技術がメキメキと上達し2年になる頃には大きな大会で優勝出来るほどの腕前になっていた

 

高校は学校推薦で艤装競技の名門と言われているところに入学し、そこでも大いに活躍しあたしはエースの座に付いていた、その頃のあたしは正に井の中の蛙、世界の広さも知らず周囲に持て囃されて天狗になっていたのだ

 

調子に乗ったあたしは高校卒業後の進路で軍に入隊するつもりでいた、自分の射撃の腕を過信して深海棲艦をバッタバタと沈めて国の英雄になってやろうと考えていたのだ

 

だが、両親には激しく反対された、そんな危険な事などせずに大学に進学するなり艤装競技のプロ選手になればいいではないかと言われたのだ

 

あたしを心配して言ってくれている優しい両親、しかしあたしはそんな両親の気持ちを踏みにじるかのように数日かけて準備を整えて、艤装といくつかの荷物を持って家を飛び出した

 

友人にメールで短い別れの挨拶を済ませて向かった先はロシアのモスクワ行きの便が出ている空港だった

 

日本の近くで活動していたらすぐに見つかってしまうだろうし、艦娘の配備が殆ど出来ていないヨーロッパ方面ならもしかしたら活躍して有名になれるかもしれないなどと甘い考えでまずロシアへ向かいそこから陸路でドイツに向かう事にした、直接飛行機でドイツに行こうとしなかったのはバルト海と地中海からの襲撃を恐れたからだ

 

金銭については両親には秘密でバイトして貯めた金があり、一部を向こうで使えるように換金しておいた

 

忘れ物がないかチェックし問題ない事を確認した上で空港の入口に向かってみれば、先程メールを送ったはずの友人がそこに立っていた

 

あたしを連れ戻しに来たのかと思ったが、友人はあたしに付いて行くと言い出したのだ、あたし以上にしっかりと準備をしていたようでこれには流石にあたしも驚いた

 

パスポートについては艤装に付いているプレートがその代わりとして使えたので問題なく飛行機に搭乗し、あたし達はロシアを経由してドイツに向かい北海にて初出撃を果たしたのだった、未来の英雄を夢見て……

 

しかし、現実はそう甘くはなかった

 

艤装は競技用の改造を施しているから普通のものより威力があるだろうと思って付近を通った深海棲艦に戦いを挑んだが、相手にはまるでこちらの攻撃が通用していない、それに気付いてしまってからは思うように身体が動かなくなり、相手の攻撃を悉く受け艤装はボロボロになってしまった……

 

あたし達が如何に愚かだったかを思い知らされた、死を目前にしてようやく両親が正しかった事に気付き、友人を巻き込んでしまった事を激しく後悔した……

 

そして放たれた砲弾が真っ直ぐあたしに向かって飛んでくる、友人が、木曾が何か叫んでいるが聞こえない……、すまねぇな、あたしのわがままに付き合わせちまって……、先にあの世で待ってるぜ……、目を閉じて現実を受け入れようとする……

 

 

 

 

爆発音が聞こえた、嗚呼……、あたしもいよいよ終わりか……、痛みも何も全く感じねぇ……、そう思ったところで疑問が浮かぶ

 

何で砲弾が爆発したのにあたしにダメージがこないんだ?

 

不思議に思って目を開いてみれば、誰かの背中が見えた

 

間違いなく木曾のものではない、あたし達が知らない誰かの背中と、その背中から伸びた腕に握りしめられた鉄パイプと小脇に抱えられた大きな長い箱がハッキリとあたしの目に映った

 

「大丈夫か?」

 

その背中の持ち主がこちらに視線を送りながら問いかけてくる、あたしはその顔を見るなり恐怖で表情が凍り付いてしまった

 

深海棲艦が……、あたしを助けてくれたのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アクセルがくれたでっかいバウムクーヘン、梱包に使われている箱は完全防水、耐衝撃仕様で飛沫も多少の戦闘もへっちゃら! ガンガン飛ばして帰れるぜ! これ見たらあいつら皆驚くだろうな~でゅっふっふ~、しかもドイツ海軍と仲良くなったとか言ったら更に驚く事間違いなし! ……幼馴染連中はそうなって当然みたいなリアクションしそうなのは何故だろうか……

 

来るときと違って今は頼んで譲ってもらった鉄パイプもあるし、軽い戦闘なら出来そうだな、しかし出来ればポン刀が欲しいところだ、どうせだから背中に背負うようなでかくて長いのがいいな~、某狩りゲーの太刀みたいな奴、あれカッコイイよな~、あんなん作ってみたいわ~……、って向こうが何か騒がしいな……

 

そう思ってそっちを見てみてもここからじゃよく見えん……、どうしたもんか……

 

「旦那、何なら俺がひとっ飛びしてくるか?」

 

うぉっ! びっくりした~……、そうだそうだ俺には鷲四郎という艦載機があったんだわ、スッカリ忘れてた!

 

「よし、んじゃちょっち頼んだ!」

 

そう言って鷲四郎を発艦する、しかしこの爆雷みたいなのはいつの間に手の中に入ってるんだろうか……

 

「あいよ! んじゃ行ってくる!」

 

鷲四郎は発艦するなりすんげぇスピードで飛んで行った、あいつめっちゃ速ぇ! もう見えなくなっちまった……、とりあえず俺もそっちに向かうとするか

 

「大変だ旦那! 女の子が深海棲艦に襲われてやがる! 方角は……、確か正面が12時方向だっけ?」

 

「そうそう、因みに俺は今おめぇが飛んでった方角に真っ直ぐ進んでいるからそこんとこよろしく」

 

「じゃあそのまま真っ直ぐ来てくれ!」

 

さって方角も分かった事だし、急ぐとしますか!

 

俺は勢いよく海面を蹴り、全力で真っ直ぐに走り出す、大五郎が近くにいたらもっと速く走れるんだが今はそんな事気にしてらんねぇ!

 

 

 

 

 

いたああああああっ!!! あれは摩耶と木曾かっ!!! つか相手は主砲発射の準備完了してるじゃないですかやだー!!!

 

更に速度を上げて2人に接近する、そうしている間に主砲が発射され砲弾が摩耶に向かって飛んでいく

 

「なっ! 摩耶、新手が来たぞっ!! って聞いてるのか摩耶っ!!?」

 

木曾が叫ぶが摩耶が反応してねぇ、あぁあぁあぁ……、ありゃ砲弾受けて沈む覚悟出来た顔ですわぁ……、でもそんな事俺が許さん!

 

摩耶と砲弾の間に割り込み、気合入れて鉄パイプで砲弾を切り払うようにぶん殴ると砲弾が爆発した、でも鉄パイプは無事! 不思議! とか言ってる場合じゃねぇな……

 

「大丈夫か?」

 

摩耶に視線を送りながら問うが返事はない、つか驚いて固まっちまってやがる……、まあ俺の姿が姿だからしゃあねぇか……

 

そんな事よりも、だ……、相手はリ3チ2イ1か……、戦艦や空母がいなかったのが救いっちゃ救いだった感じだなおい……

 

そんな事を考えていると、リ級の中の1匹が俺を見るなりギョッとする、ああ、こいつは撃ち漏らしたあのときのリ級か、運のねぇ奴だなぁ……

 

「おい、こっちは固まっちまったがそっちは大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……、艤装はこの通り使い物にはならなくなったが命だけは無事だな……」

 

固まっている摩耶は放っておいて木曾に尋ねる、戦闘には参加出来ねぇようだな……

 

「ならこいつを預かっててくれ、大事なもんだから無くすなよ?」

 

そう言って木曾にバウムクーヘンを預けると俺は鉄パイプをしっかりと握り直し、撃ち漏らしリ級に突っ込む、後ろから木曾の声が聞こえるが気にしない

 

撃ち漏らしリ級……、同じ顔が3つもあるからリAでいいや、リAは怯えた表情をしながらも俺に右腕の砲を向けてくる、何か罪悪感が湧いてくるがとりあえずそんなものは無視してその腕を鉄パイプで薙ぐように殴りつける、その衝撃でバランスを崩したのかよろめくリAの首を左腕で掴み、こちらに引き寄せながら腹に左脚で膝蹴りを叩き込む

 

前のめりになったリAの首に気合を入れた鉄パイプを振り下ろせば、その首はバッサリと切断され頭が海に落ちて見えなくなる

 

それを見たリBは怯え竦んでいたがリCは果敢にも俺に砲撃してくる、俺はすぐさまそこから飛び退き……、やっべ飛び過ぎた、丁度着地地点にイ級がいたのでついでとばかりに鉄パイプを突き立ててそこからの斬り上げに繋げて撃沈する

 

それでもリCは砲撃の手を休めない、俺に向けてバンバン砲弾を飛ばしてくる、そういやチ級達はどうなってるのか、気になったのでそっちを見てみれば摩耶達に攻撃しようとしていた

 

急いでそちらに向かって走り、背後からチAの後頭部に鉄パイプを叩き込みそれに驚いたチBの首を掴みリCの砲撃から身を護る為の盾にする、リCの砲撃が当たる度に悲痛な叫び声を上げるチBの事など気にも留めずリCに突撃する

 

リCの表情が段々と恐怖に染まっていく、そんなリCの顔にチBの頭を叩きつけチBの後頭部に鉄パイプを突き立てればリCの顔面も一緒に貫き深海二色団子の出来上がり

 

遂に耐えきれなくなったリBがこちらに背を向けて逃げ出そうとするが、その背中に向けて鉄パイプを振るえばリCとチBの亡骸が飛んでいき激突、リBが身動きがとれなくなったところで一気に間合いを詰めてリBに袈裟斬りを叩き込んだところ3匹仲良く沈んでいった

 

チAは後頭部に鉄パイプを受けた衝撃で気絶していたが目を覚ましたときには既に俺の間合いの中、冥途の土産のつもりで笑顔を向けてやると絶望に染まった表情で震えていた……、俺はそんなチAの首を無情にも刎ねた

 

 

 

 

 

何だこの戦艦水鬼は……、強過ぎるってレベルの問題じゃねぇぞ……、摩耶はさっきの奴の戦いを見ていただろうか? 艤装無しで鉄パイプのみで1対6という圧倒的な数の差をひっくり返して無傷で勝利するとか有り得ねぇ……

 

「もう大丈夫だ……って俺が言っても信用出来ねぇわな……、とりあえずバウムクーヘン返してくれ」

 

その戦艦水鬼が俺に話しかけてくる、ってこれバウムクーヘンだったのか? 何でバウムクーヘンなんか持ってんだこいつ、さっき大事な物とか言ってた気がするんだが……

 

「魚介類以外での貴重な食料なんでな、仲間達に食わせてやりてぇんだ、ってことでほれ」

 

手を伸ばしてきたのでさっき預かった箱を返す、しかしこいつは流暢な日本語を話すな……、一体何者なんだろうか

 

「そういや、おめぇらは自力で航行出来るのか? 艤装滅茶苦茶になってるが大丈夫なのか?」

 

「残念ながらダメだな……、どうにかして助けを呼ばねぇと……」

 

何かこの戦艦水鬼、俺達の事心配しているように感じるんだが気のせいか? いや、気のせいじゃないな……、助けを呼ばないとの件で渋い顔をしていたからだ

 

「残念だが救援は期待しねぇ方がいいぞ、現状ヨーロッパで艦娘配備してんのドイツだけだが、そのドイツでさえあんま頭数揃えられてねぇみたいだからな……」

 

何でそんな事知ってんだよこいつ……、そのバウムクーヘンと何か関係あったりするのか……? まさかな……?

 

そんな事を考えていると、戦艦水鬼が提案してくる

 

「なぁ、もしよければなんだが……、俺達にその艤装いじらせてくんねぇか? どうせボロボロだし直ればラッキーって感じで、どうだ?」



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調査結果を報告をしよう!

「なぁ……」

 

摩耶が話しかけてくる、木曾と話してる途中でようやく状況を飲み込み意識が戻ってきた摩耶にも艤装の件を持ち掛けると、やってみてダメだったとしても状況はあまり変わらないからという事で承諾してくれた、木曾の方も同じ返答だったので俺達の拠点に連れて行く事にしたわけだが……

 

「あたし達の運び方、もう少しどうにか出来ないのか……?」

 

「仕方ねぇだろ、おめぇらの手ぇ引っ張りながらチンタラ走ってたらまたあいつらが来るかもしんねぇだろ、ちったぁ我慢しろ」

 

俺は今、二人を肩に担いだ状態で海上を走っていた、所謂お米様抱っこである、バウムクーヘンはまた木曾に持ってもらってる

 

「運び方云々はこの際いいとして、戦治郎さん達は違う世界から来た、ねぇ……」

 

木曾が言う、こいつら2人に俺達の状況をとりあえず説明しておいた、説明し終えるとポカンとした表情してたがそりゃそうもなるだろうなぁ……

 

「どうしてこうなったかは全く分からんがな、んで情報集め終わって帰ってるとこにおめぇらがいたわけだが、おめぇらかなり手酷くやられてるが抵抗しなかったわけじゃねぇんだろ? 何であいつらあんまダメージ喰らってなかったんだ?」

 

「あぁ……、艤装の仕様とかも知らないのか……、じゃあ説明しておくとするか……」

 

木曾が艤装の事教えてくれたんだが、それ聞いて呆れちまったぞ……

 

「おめぇら自殺志願者か? いくら何でも無茶し過ぎだ馬鹿タレ共」

 

いくら改造してあるって言っても、元の威力が話になってねぇんだからちょっち改造したとこで焼け石に水、しかも改造の仕様は競技用って……、言われて2人は黙り込んでしまう、表情も落ち込んでるみたいだしこの件はこれ以上は何も言わないでおくか、自分達がやった事がどういう事か嫌でも分かったからこそこの表情なんだろうしな

 

「とりあえず修理はやれるだけやってみるわ、だが初めて触るシロモンだから期待はすんなよ、ダメだったときはドイツに送ってやっから」

 

2人の顔がえらく不服そうなものに変わったが無視しておこう

 

「っと、小屋が見えてきたな……」

 

前方に小屋が建った砂浜オンリーの小島が見えてくる、どうやら無事に戻れたようだ……、あいつらは無事かな~っと……、そんな事を考えながら俺は速度を更に上げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~、おめぇら無事か~?」

 

「戦治郎さん、おかえりなさい! ……って、この子達は?」

 

出迎えてくれたのは翔、摩耶と木曾を見るなり不思議そうな顔をする

 

「帰ってる途中でこいつらが襲われてるの見つけてな、艤装もぶっ壊れてるみたいだから連れて来たんだ、っとこれお土産」

 

俺はこの島に上陸した際木曾から返してもらったバウムクーヘンを翔に渡す、因みに食い物の管理は翔に任せている

 

「お土産って……、どうやって入手したんですか……、ていうかコレ何ですか?」

 

「でっかいだろ? バウムクーヘンだ」

 

そう聞くなり翔がめっちゃ驚くが、同時にとてつもなく喜んでいた、やっぱ魚介類ばっかは嫌だわなぁ……

 

「それはそうと、他の連中はどうした?」

 

翔に姿が見えない連中の事を尋ねる、折角こんな素晴らしいお土産持って帰ってきたというのに……

 

「皆さんは資源の調達に向かいましたよ、何時襲撃されるか分からないから何時でも動けるようにする為には艤装の弾薬とか補給しないといけないからって」

 

ああ、確かにその通りだわな、俺はドイツで補給してもらったが他の連中はそうじゃねぇからな……

 

「そういえば戦治郎さん、このバウムクーヘンを切り分ける為の刃物はあるんですか?」

 

あ……、忘れてた……、という事で沈没船に使えるナイフが無いか探しに行く事にした、摩耶達の相手は翔に任せて海中探索してみれば割とすぐに見つかった、最近は錆びないナイフなんてモンがあるとは聞いていたが本当に錆びないんだなコレ、取り敢えずこれは翔に渡しておこう

 

そんなこんなでナイフ探しから戻って来てみればイギリスに行っていた通含めて皆戻ってきていた、時間も丁度いい感じだったので皆で飯にする、飯食いながら摩耶達の事を紹介したら案の定悟が2人に説教を開始する、命は大事だからこれはシカタナイネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第3回長門屋波打ち際会議~」

 

「「「「「「「「「「「「「「うぇーい」」」」」」」」」」」」」」

 

「「う、うぇーい……」」

 

摩耶と木曾も戸惑いながらも返事してくれる、まあ今回初めてでこのノリに追いつけないのもあるだろうし、こんだけ鬼やら姫やら集まってたらおっそろしいわな……

 

とりあえずそれぞれの活動報告から開始する、皆俺が持って帰ってきたバウムクーヘンをつつきながらではあるが……

 

まずは資源集めしてた連中だったが成果は上々との事、各資源1000づつ確保出来たようだ、勝因は大五郎の巨体を活かし荷物の運搬用キャリアーを沈没船を材料にして作成、それを背中に搭載してガッツリ積み込んできたそうだ、工具の類も一緒に引き上げてくれていたのでそれは後で艤装の修理するときに使わせてもらおう

 

通の報告はと言うと、イギリスに向かっている途中でイギリス海軍と深海棲艦が戦闘しているところを発見、編成を見てみれば艦娘はおらず軍艦のみで戦っていて極めて不利な状況になっていたのでイギリス海軍に助太刀、その後はそのままイギリスに向かうわけにもいかず戻ってきたという、ただその戦闘で鉄パイプでの切断、煙幕生成、式神を使った空蝉の術を使えるようになったとか言ってた、何それ凄い、ここに忍者がおるぞ

 

そして俺の番が回ってくる、まずは世界情勢から始め艦娘の配備状況、転生個体についてはどうやらまだ謎ばかりである事を報告したところで全員の表情が曇る、まあこの話を聞けばそうもなるわな……、空気変えようと思ってバウムクーヘンがドイツでは結構珍しい菓子だった事も報告しておいた

 

「先輩、よくそこまで調べる事が出来ましたね……、一体何をやったんですか?」

 

通が聞いてくる、やっぱ気になっちゃう~? も~仕方ないにゃ~でぅふふ~

 

「ドイツ海軍の総司令と友達になった! 以上!」

 

「「「「知ってた」」」」 「「「「「「「はいィッ!?」」」」」」」

 

あぁんやっぱりぃ……、幼馴染連中が声を揃えて言ってくる、剛さんは苦笑いしておりそれ以外は仰天している模様

 

「戦治郎の事だからそんな事だろうと思っていた」

 

「少々強引だけど人を惹きつける魔力めいたものがあるからな、こいつ……」

 

「ここにいる連中の大半はそれにやられたって奴だと思うんだがねぇぃ」

 

「ちげぇねぇ、そうでなきゃ俺らもガキの頃から今の今まで付き合うなんてこたぁねぇからな」

 

幼馴染ズが言いたい放題言ってやがる、まあそれはいいや

 

「取り敢えずだ、今後の方針についてなんだが、艦娘の配備状況が芳しくないって事だから十分な戦力が整うまで俺らも深海棲艦潰すの手伝おうかと思ってるんだがどうだ?」

 

「それはいいんだけど~……」

 

これについては反対意見無しの満場一致で賛成である、しかし恐らく皆気になってるだろう事を剛さんが尋ねてくる

 

「しばらくこの辺りで活動する事になると思うんだけど、拠点はまさかこのままでやるつもりなのかしら?」

 

やっぱそこ気になるよな~、現在この小島にあるのは甲板で作った小屋1つ、まともな設備が全くないんだよな、そんなんでは正直まともに深海棲艦とやり合い続けるのは無理があるというものだ

 

「確かドイツの総司令と友達になったのですよね? まさか拠点も融通してくれるなんて事はないですよね……?」

 

「残念だが現状それは無理だって言ってたわ、俺らの事知ってんのは今のとこアクセル……、総司令の名前な、それとビス子くらいなんだ、もし俺らにそこまでやったら人類を裏切ったとか思われてアクセルの立場が危うくなる、俺の勘だがアクセルが軍から良くて追放、最悪消されるような事になったらヨーロッパ滅ぶ気がするんだわ、ホント何となくそう感じるだけなんだが……」

 

折角出来たダチが酷ぇ目にあうのだけは勘弁して欲しいからな、聞いてきた通が残念なような安心したような何とも言えない表情になっているがちょっち気になった

 

「お前がそう言うのだったら間違いないな、お前のその手の勘が外れた試しが無いからな」

 

空が言う、いあいあ流石に言い過ぎだろうと思って他の連中見てみればうんうんと頷いてやがらぁ……

 

「まあ拠点についてだが、深海棲艦が持ってる拠点を奪って俺達の拠点にしちまおうって考えてる、悠長に拠点建ててる時間もねぇし丁度アクセルから行方不明になっているプリンツの捜索を頼まれてるからな、もしかしたらどっかの拠点に捕まっている可能性があるかもしれんしな」

 

「分かったわ、プリンツちゃんとやらを探しながら拠点を制圧していくのね~、久しぶりだからうまくやれるかしら~?」

 

剛さん、拠点制圧が久しぶりってどういう事でしょうか? 履歴書にそんな事書いてませんでしたよね? つかこないだのあの技も何処で覚えたんでしょうか? 俺超気になる!

 

因みに他の連中、特に血の気の多い奴らは拠点制圧と聞いた途端口角を上げやがった

 

「拠点が確保出来たら武器の類も作っていきたいところだな、いつまでも鉄パイプってわけにもいかねぇからなぁ……」

 

「そうねぇ、アタシも銃火器の1つか2つ欲しいところなのよね~……、あっそうそう、もし銃火器の調達が出来たら護ちゃんをちょ~っと預かってもいいかしら?」

 

「ふぁっ!? 自分ッスか?!」

 

唐突に名前を出されて驚く護、そういや護の機銃捌き見たとき剛さんが感心してたっけか……、あれやっぱ気のせいじゃなかったのか……、つか剛さん人に教えられるほど銃火器使えんの?

 

とりあえず、話し合いはこんな感じで終わって俺は約束通り摩耶達の艤装の修理に取り掛かる、空とシゲが手伝いを申し出てくれたが断った、修理効率は悪くなるかもしれんが空には俺の代わりに指揮してもらわなきゃいけねぇし、シゲには戦闘時切り込み隊長やってもらわにゃならん、だったらしっかり休んで疲れをとってもらなきゃな、……まあ俺もキリのいいとこで休まなきゃ悟がこえぇからやれるとこまでやったら寝るんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダメだスッカリサッパリ分からんちん……、マニュアルでもあればもちっと違うんだろうが……、妖精さん達が組み上げたこの機械は俺の常識を逸脱した代物で何処からどう手を付けていいんか全く分からなかった……

 

何がやれるだけやってみるだ、完全にお手上げじゃねぇか……、すんげぇ悔しいけどホントどうしたらいいものか……、砂浜に大の字に寝転がって考えていると微かにだがパチャパチャという音が聞こえてきた……、何事かと思ってそちらを見てみれば……

 

「あれは……、妖精さん……?」



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溺れる妖精さんは深海棲艦にも縋る

視線を向けた先で妖精さんが溺れていた、大きさは金次郎と同じくらいだろうか、小さな手足をばたつかせ必死にもがいていた

 

何でこんなところに妖精さんがいるんだ? 俺達がこの小島に来たときはその姿を全く見かけなかったんだが……、何で今更姿を見せるようになってしかも溺れてるんだ……? って考えてる場合じゃねぇ、助けねぇとっ!

 

俺は走って妖精さんの元へ向かい溺れる妖精さんを両掌で優しく掬い上げる、妖精さんは一頻り掌の上でもがいた後様子がおかしい事に気付いてキョロキョロと辺りを見回し俺と目が合う

 

「おめぇ、大丈夫か?」

 

声をかけたら尋常じゃないくらいに驚いて震えだす、妖精さん達にとっても深海棲艦は敵だって聞いてたからこの反応はまあ仕方がないものだと思う、でも俺達は妖精さんに対して酷ぇ事するつもりもサラサラないからいつまでもこの状態でいられるのも面白くないんだよな~……

 

どうしたものかと考えてたとき、話し合いのとき食っていたバウムクーヘンの残りの存在を思い出す、そういや妖精さんは甘い物大好きなんだっけか……

 

「ちょっち大人しくしててくれよ」

 

俺は妖精さんにそう言って小屋へ向かう、確かバウムクーヘンの残りは小屋の中で保存するって言ってたっけか……、とりあえず妖精さんにバウムクーヘンあげて落ち着いてもらおう

 

バウムクーヘンはすぐに見つかった、そりゃまあ大した家具とかねぇから隠す場所がねぇもんな……、かなり小さく切り分けて妖精さんに与えてみる、妖精さんはそれをおずおずと受け取ると俺の顔と小っちゃいバウムクーヘンを交互に見る

 

「変なもんは入ってねぇから安心して食っていいぞ」

 

俺の言葉を聞いて恐る恐る食べ始める妖精さん、一口食べた後ニパァと笑ってガツガツと勢いよく食べ始める、余程腹が減ってたみたいだ

 

妖精さんはバウムクーヘンを食べ終わると満足したようにお腹を摩った後笑顔でピョンピョンと飛び跳ねる、これはお礼を言っているのだろうか? その姿はとても可愛らしいものであった

 

「さって……っと……」

 

俺はそう呟いて小屋から出ようとした、妖精さんとの触れ合いがいい休憩になったのでまた艤装の修理に再チャレンジしようと思ったからだ

 

その様子を見て不思議そうな顔をする妖精さん、俺が歩き出したら慌てて付いて来ていたので俺の肩の上に乗せてそのまま摩耶達の艤装のところへ向かった

 

妖精さんは摩耶達の艤装を見て驚きながら俺の方を見ていたが、事情を説明すると納得したのか両腕を組んでうんうんと頷いていた

 

「一応機械いじりはやってはいたんだがな~……、これは何度見てもホントよく分からん構造してて困ってたんだわ……」

 

妖精さん相手に愚痴をこぼしながらスパナを握ったところで、妖精さんが腕を伝ってスパナを握った手の甲の上に立ちピョンピョン飛び跳ねた後自分の額をペチペチと叩いていた、何事かと思って反対の手で額を拭うとブンブンと勢いよく首を横に振り足元を指す妖精さん、こっちの手でやれって事か?

 

取り敢えずスパナを置き妖精さんをどかそうとしたら必死になって手にしがみついたので妖精さんはそのままにして、スパナを握っていた手を額に近付ける、すると妖精さんが飛び起きて自分の額を俺の額にくっつけてきたのだ

 

その瞬間、今まで聞いた事もない言葉がいくつも重なってテレビの砂嵐のような音となり俺の耳の中で暴れだし、これまでに見た事もない図面などが目の前にいくつも現れ視界を埋め尽くす、全身の筋肉がまるで何かに呼応するようにビクビクと脈動し始め奇妙な感覚に陥る、俺は一体何が起こっているのか分からなくなり激しく混乱していた……

 

しばらく続いたそれは前触れもなく唐突に消えて、目の前には摩耶達の艤装と修理に使っていた工具が転がってる、妖精さんと額をくっつける前と変わらない光景がそこにはあった

 

「今のは一体何だってんだよ……」

 

そう呟いて妖精さんの方を見てみれば、妖精さんはニコリと笑顔を返してきた

 

「お礼……? 今の発狂しそうな光景見せるのがお礼って……」

 

口に出したところでふと思う、俺は何で妖精さんが言っている事が分かるんだ?

 

妖精さんが言葉を発したわけではない、しかし妖精さんが何を言っているのかが分かるようになっていた、なにこれこわい、これってもしかしてさっきの奴の影響なのか?

 

そしてまさかと思って摩耶の艤装を恐る恐る開いてみると、その内部構造が全て理解できていた……、うひぃ! これは怖い! 超怖い! 知らねぇはずの事を既に知っているとか恐ろし過ぎるだろう!

 

「ん……? お菓子のお礼に情報交換した?」

 

情報……、交換……?

 

「……おかげで俺がどんな奴か分かったって? お、おう……、そうか……」

 

キィャアアアァァァッ!!! 俺の事も妖精さんにブッコ抜かれてるうううぅぅぅっ!!! すんげぇ恥ずかしいいい!!! すんげぇ怖いいい!!!

 

「そんな貴方にお願いしたい事がある? ……何かあったのか?」

 

お願い? 一体何事だろうか、そういや何でこいつは海で溺れていたのだろうか……、その事とお願いに関連性があるのではないだろうか……?、何か胸騒ぎがするな~……

 

そんな俺を余所に妖精さんが話し始める……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~~~い、皆さ~~~んおはようございま~~~~~す!!!あっさでっすよ~~~~~!!!」

 

ものっそいハイテンションで起床ラッパの如く声を張り上げ全員を叩き起こす、全員が俺の元にノロノロと集まったところで今日の活動予定を話し始める

 

「え~、まず最初に摩耶と木曾の艤装についてなのですが~……」

 

俺はそこで苦悶の表情をしながら言葉を切る、それを見て摩耶と木曾が察したような顔をする

 

「ダメだったみたいだな……、まあ最初に期待するなって言ってたからな……」

 

木曾は仕方ないといった感じだが摩耶は非常に悔しそうだった、やられっぱなしが気に入らないんだろうな~、んじゃあまあ、その表情ぶっ壊しましょうか

 

「完全完璧パーフェクトな状態に仕上がりました~!」

 

すんげえ笑顔でそう言って2人の前に擬装を持ってくる、見よ! この新品の如く輝く艤装を!

 

「「修理出来たのかよっ!!!」」

 

2人が声をハモらせる、その表情は目をまん丸にして驚いてる

 

「早速装備してみな! きっと驚くぜ!」

 

言われてすぐに艤装を装着する摩耶と木曾、おぉ……ってな感じに感嘆の声を上げておられる、ふっふっふ~、頑張った甲斐があるってもんよ~

 

「前の奴よりも漲ってくる感じがするけど、あんた何かやったのか?」

 

「民間用艤装はリミッター付いてるって言ったよな? それ外したんだわ」

 

ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ、驚いておる驚いておる! 話ではそう簡単には外せない、外そうと思ったら日本の大本営のとこの工廠にでも行かねぇといけないくらい外すのが難しいというリミッターを取っ払っちまったんだからなぁ、驚きもするわなぁ!

 

「艤装の事碌に知らなかったあんたがどうやって外したんだよ!」

 

まあ、そうくるよな~……、空達現場組も気になってるみたいだしここらでネタ晴らし

 

「それは~……、こういう事だ! 出てらっしゃいな!」

 

俺がそう叫ぶと俺の首の後ろに待機していた妖精さんが肩の上に飛び出す、ちょっち無茶させてごめんな

 

「それは……、妖精さんかっ!?」

 

あの空が驚いていた、いや~愉快痛快! いあホントた~のし~!!!

 

「ご名答! 昨日の夜に溺れているこの子を見つけてな、助けてあげたら力貸してくれたんだわ」

 

俺の肩の上で胸を張る妖精さん、ホント君のおかげで修理出来たんだからもっと胸張っていいのよ?

 

「流石ご主人様! どんな生物とでも仲良くなれるって凄い凄い!」

 

自分の事のように喜びながら太郎丸が言う、褒めるな褒めるな太郎丸、お前も十分凄いと思うぞ~?

 

「……待った、何で妖精さんが海で溺れてたんだぁ? 妖精さんなら海で溺れないよう対策の1つや2つくらいやれそうな気がするんだがなぁ?」

 

悟が感づいたか……、こいつも普段ふざけまくってるけど頭回る奴だからな~……

 

「それが今日の予定に繋がるわけだ、この妖精さんは深海棲艦の拠点に捕らえられてたらしくてな、仲間の協力のおかげでこの子だけ脱出する事が出来たらしいが追手に追われたらしくてな、移動に使ってた船沈められて流されてこの島まで来たみてぇなんだわ」

 

ここまで話したところで、長門屋の皆さんの眠気は何処へやら、口角上げて目がギラついてまいりました

 

「ってぇことはあれか? その妖精さんの仲間を助けに行くついでにその拠点も頂戴しちまおうって腹か?」

 

輝が言う、うわぁこいつめっちゃやる気になってんじゃん! まあまだ1回も戦闘してないからいい加減暴れたいんだろうなぁ……、つかウチはいつからこんな喧嘩屋集団になってしまったのだろうか……

 

「輝、大正解! 更に言えばその拠点にある情報使ってプリンツの所在なんかも調べるつもりだ、沈めてるなら沈めたって記録とか残しそうだからな」

 

深海棲艦の拠点にカチコミすると聞いて盛り上がる長門屋の面々、そんな戦闘狂になり果てた従業員達は放っておいて、俺は摩耶と木曾の方へ向き直る

 

「さて、俺達はこれから深海棲艦の拠点に攻め込もうとしているわけなんだが、おめぇらはどうすんだ? 今回の事反省して日本でやり直すってんならカチコミの前におめぇらをドイツまで送るが……」

 

摩耶達に尋ねる、そう、今から俺達がやる事は非っ常に危険な事なのである、間違いなく大量の深海棲艦を相手にしなくてはいけなくなるのだ、ぶっちゃけ俺らの方も摩耶達を守りながら戦う余裕はねぇと思うからどうするか聞いてみたのである

 

「生憎俺は戻るつもりはないね、戦治郎さんに助けてもらった恩も返せてねぇし、深海棲艦には右目の礼もしなくちゃいけねぇからな、だから俺は戦治郎さん達に付いて行く、もしダメだと言っても付いて行くつもりさ」

 

木曾の眼帯はマジな奴だったか……、そうなると帰れって言いずれぇ……

 

「あたしも戻るつもりはないぜ、やられっぱなしは嫌だからな! それにあんた達に借りもあるし、あんな酷ぇ目にあったからこそ深海棲艦を野放しにしちゃいけねぇってのがよぉっく分かったからな!」

 

摩耶の奴、いい目してやがんなぁ……、こないだので一皮剥けた感じだな……、んも~! これじゃあ帰れって言えねぇじゃんかよ~! ……とか言いつつもこうなる予感はしてたんだよな~、だからリミッターも外したわけだし……

 

「それに、俺は戦治郎さんのあの鉄パイプ捌きを見て感動したんだ、もしよかったら俺にも教えてもらえないか?」

 

えぇ……、あれってそんな感動するようなもんかねぇ……?

 

「あたしはそれより射撃の腕をもっと磨きてぇんだけど、そういうの得意な人ってあの中にいるか?」

 

いるっぽい、確証まだないけど自信ある人はいるっぽい

 

「ああ分かった、生き残れたら教えてやっから無茶だけはしてくれんなよ?」

 

「「よっしゃぁっ!!!」」

 

こうして、摩耶と木曾が俺達の仲間になった、この2人は後に【鬼神の眷属】と呼ばれる事になる長門屋の主力艦隊を担い、それぞれ【百花繚乱の摩耶】【紫電一閃の木曾】と呼ばれ恐れられる存在となるのだが、それはまだまだ先の話である



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スーパーカチコミタイム!

現在、俺達は拠点カッコカリから出撃してノルウェーの方角へ進んでいた

 

妖精さん曰く、ウツィラだかなんだか言うとこの近くの島に深海棲艦が拠点を構えているそうだ、妖精さんとその仲間達はその北にある自然保護区に指定されている島で暮らしていたそうだが、深海棲艦に襲われて島は滅茶苦茶にされ妖精さん達は皆捕まってしまったとの事

 

うん、あいつらぜってぇ許さねぇ……、罪もない動物達まで巻き込んで何やらかしてんだ……、他の連中もその話を聞いてさっきより殺気立っている

 

「戦治郎、お前が怒る気持ちは分かるがもうちょっと抑えてくれないか? さっきから摩耶と木曾がお前の殺気に中てられて沈黙してしまっているから……」

 

光太郎が言ってきた、あんれぇ? 俺そんなに殺気立ってたかなぁ? 摩耶達を見たら顔が青ざめてる、おんりょぉ?

 

さて、今回のカチコミだがチームを3つに分けて3方向から攻撃を仕掛けて拠点を守ってる連中を殲滅して、拠点に乗り込む際はまたチーム編成して2チームに分けて1つは拠点の外で救援に来た部隊を叩きのめし、もう1つは拠点内部に侵入し制圧する事にした

 

チーム編成はこんな感じ

 

第1段階

 

正面 戦治郎(太郎丸+金次郎+甲三郎+大五郎+六助) 翔 藤吉

 

西 空 光太郎 通 司 悟 木曾

 

東 剛 輝 シゲ 護 弥七 摩耶

 

第2段階 

 

潜入 戦治郎 空 剛 輝 シゲ 通

 

防衛 上記6人以外全員

 

う~ん、この第1段階の偏りっぷりと第2段階の潜入班のガチっぷり……

 

まあ正面は囮的な意味合いがあるのでこのくらいの戦力でいいだろうと判断、木曾がぶぅ垂れていたがこの際無視、どうせだから通の二刀流を見せてもらいなさい、そしてシゲが張り切っていたがやっぱ嫁艦と同じチームにいるとそうなるもんなんだな~、俺も大和に会いてぇよぉ……

 

さて、作戦開始地点に到着したので3チームに分かれて移動を開始する、大五郎達には海の中に潜っておいてもらった、相手を油断させるには大五郎の存在は余りにも大きすぎるからなぁ、物理的な意味で……

 

「だ、大丈夫、で、で、ですかね……?」

 

藤きっちゃんが不安そうに聞いてくる、まあこっちは人数少ねぇから不安にもなるわなぁ

 

「大丈夫だよ藤吉君、戦治郎さんもいるし太郎丸も大五郎も、そして僕もいるからきっと大丈夫、だから一緒に頑張ろう、ね?」

 

翔が藤きっちゃんの不安を拭おうと話しかける、しかしその翔の手も若干震えていた、まあこいつらは初戦闘になるもんなぁ……、ここは俺が頑張らねぇとだなぁ!

 

「なぁに、心配しなくても俺と太郎丸達とでおめぇらには指1本触れさせはせんよ、だから安心して俺の援護しててくれ、OK?」

 

そう言って翔達に笑顔を向ける、安心出来たのか翔の手の震えも収まっていた

 

さって、そろそろ索敵始めますか、俺は鷲四郎を、翔も艤装から艦載機を発艦させて索敵を開始すると割とアッサリ見つかった、どうやら相手側のレーダーか何かに引っかかっていたのか真っ直ぐこっちに向かって来ているようだった

 

数は18匹、エリル1、ル2、ヲ2、ヌ1、リ2にチ2、ホヘが1づつ、イロハが2づつ……、3人相手にどんだけ出してくるんだよ全く……、しかもエリルまでおるし厄介だなおい……

 

そんな事考えていたら空母達が艦載機を飛ばしてくる、おぉおぉ多い多い……

 

「艦載機来るぞ! 翔はちょっちきついが艦載機飛ばして応戦よろしく! 藤きっちゃんは対空射撃で翔を守ってやってくれ! そんじゃ頼んだ!」

 

そう言い残し俺は鉄パイプを引き抜き敵陣に突撃する、指示通り翔が艦載機を飛ばして航空戦に持ち込むがやはり数が多いせいか苦戦しているようだ……、ならば艦載機を操っているであろう空母を仕留めてしまえばあの艦載機の群れも潰せるはず!

 

砲弾が雨あられのように降り注ぐ中を全力で駆け抜ける、当たりそうな奴は片っ端から鉄パイプで叩き落しながら真っ直ぐに突っ走る、そしてターゲットを発見し

 

「くたばれやあああぁぁぁっ!!!」

 

気合一閃、すれ違い様にヲAの胴を切り裂き1匹沈める、あ、腸がちょっち飛び出してる……

 

そのまま振り向き様にヌ級に鉄パイプを振り下ろそうとするが、ルAが割って入り艤装で防がれてしまう、くっ! 気合が足りなかったかっ!? そこにルBやリ級達が砲撃を仕掛けてくるがルAの艤装を蹴って間合いを開けて回避する、あいつら仲間が近くにいるのにお構いなしかよっ!

 

仲間からの集中砲火を浴びたルAだが、流石戦艦と言うべきか小破と中破の間くらいのダメージで済んだようだ、う~んタフだなこいつ……、因みに近くにいたハAが砲撃の嵐に巻き込まれてお亡くなりになっていた

 

それに気を取られている間にチ級達が俺に向かって魚雷を発射していた、ヤバイヤバイ! 魚雷は流石に不味い! 逃げようとしても砲撃のせいで下手に動く事が出来なくなっている、ここでダメージは受けたくないのだがどうしたものか……、思考を巡らせていたところで突如魚雷の1本が爆発する、それに巻き込まれる形で魚雷が次々と誘爆していくではないか

 

「キィー!」

 

声が聞こえて足元を見れば金次郎が海面から顔を出し嬉しそうにはしゃいでいるではないか、ああ、こいつ魚雷に魚雷ぶつけやがったな、よくやったぞ金次郎! 後でいっぱい撫でてやるからなぁ!

 

何が起こったか分からなくて動揺するチ級達、チャンスと言わんばかりに突っ込もうとするがまたも砲撃で足止めされてしまう、ええい鬱陶しい!

 

態勢を立て直しこちらにまたも魚雷を発射しようとしたところで空中からいくつもの銃弾が飛んできてチAに直撃しチAは蜂の巣になって呆気なく沈んだ、突然の出来事に驚くチBだがそれもつかの間、チBも何処からともなく飛んできた爆弾が直撃しチAの後を追うように沈んでいくのであった

 

その上空を飛んでいたのは見覚えのある黒い塊、ヲ級が1匹沈んだ事で余裕が出来たので救援に来た鷲四郎だった

 

とりあえずこれで残りは14匹、せめて空母を沈めて翔がこっちの援護が出来る状態にしたいところだが……、そう考えているところに翔からの通信が入る

 

「戦治郎さん! 僕の艦載機が新たに12匹ほどこちらに近づいて来ているのを発見しました!」

 

これで沈めたの含めて30匹か……、まあこんなとこか

 

「よっしゃ、んじゃあ空達に合図送ってくれ!」

 

俺はそう返答し翔も短く了解!と返して通信を切る、恐らく旗艦と思われるエリルの顔を見てみればニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている、援軍を加えて数で圧し潰そうって腹だなありゃ……、まあそう巧くはいかんものよ

 

その直後にエリルの表情が凍る、どうやら空達が仕掛けたようだな……、んじゃあこっちもいきますか!

 

「おめぇら出番だ! こっから逆転すんぞ!!!」

 

俺が叫べば太郎丸と大五郎、六助がすぐさま海中から飛び出し攻撃を開始する

 

「さぁ! 皆行っておいでー!」

 

太郎丸が叫び艦載機を発艦する、その艦載機の群れに混ざって六助も敵陣に突撃していった、六助、浮遊要塞なんだが実はサイズがバスケットボールくらいしかないんだよなぁ……、だから太郎丸の艦載機の中に混ざると何処にいるか分かりにくくなる

 

大五郎はと言えば敵陣ド真ん中に突っ込んでホ級を握り込んだままハBを殴りつけたり、至近距離からの砲撃でヌ級を爆砕していた

 

「お前達、よくもご主人様に好き勝手してくれたなぁ~! 覚悟するだぁよ~!」

 

間延びした咆哮を上げながら大暴れする大五郎、リ級どころかル級の攻撃受けても全くダメージを受けている気配がしない、大五郎頑丈過ぎるだろうよ……、そんな事思っている間に大五郎が振り払った腕にイAが直撃してイAは物凄い勢いでぶっ飛ばされていた

 

そんなどさくさに紛れて太郎丸と六助のコンビがリ級2匹を沈めて俺もヲBの首を刎ね、金次郎も果敢に魚雷を投擲してイBを倒していた、しばらくすると翔の艦載機が到着しちょっと弱ったルAと近くにいたロAを集中攻撃して沈める事に成功する、残りはエリル、ルB、ヘ、ロBの4匹

 

「形勢逆転だな……、さぁ覚悟しとけよてめぇら……、自然保護区を襲撃した罪は重ぇぞ……?」

 

俺は不敵な笑みを浮かべてエリルを睨む、あのときのエリルの怒りと絶望が絶妙に混ざり合った顔は忘れられないものになるだろう……



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スーパーカチコミタイム! 別視点

西側 木曾視点

 

「翔から連絡が来たぞ、12匹ほど援軍が出たそうだ、これより我々は増援部隊に奇襲を仕掛ける、いいなっ!」

 

「「了解!」」「承知!」「ウェーイ!」「あいよぉ~」

 

空さんから合図が出たと連絡を受け返答するが、俺と光太郎さん以外返事がバラバラである……、特に悟さんの返事は間延びしていて気が抜けそうになる

 

相手の編成はエリヲ1、ヲ3、ル1、リ1、ト1、駆逐が合計5匹との事、駆逐のところが大雑把過ぎないか……?

 

「空さん、こっちは戦闘機だけでいいんでしたよね?」

 

「ああ、向こうがアタッカーをやってくれるという事だからな、行けお前達!」

 

司が空に確認を取り各々に艦載機を発艦する、空の艦載機達がニャーニャーミャーミャー騒ぎながら飛んで行った、何かイトコの姉ちゃんの事を思い出しちまった……

 

何か向こうから白くてでかくて丸い何かがすげぇ勢いで敵陣に突っ込んでル級とヲ級1匹圧し潰した後、艦載機みたいなのと砲弾ばら撒いているんだが何だありゃ……

 

「よぉ~しよしよし、どいつもこいつも上ばっか向いてらぁよぉ……、足元がお留守だってばよぉ くふ♪」

 

空さん達の艦載機が戦闘を開始したところで悟さんが不気味な笑いを発しながら魚雷を発射する、向こうで盛大に水柱が上がったがこれは悟の魚雷だけで発生した水柱ではなさそうだ、恐らく向こうも同じように魚雷を発射した者がいるのだろう

 

「さて、射程に入ったみたいだし俺も始めるとするかっ!」

 

光太郎さんがそう言って砲撃を開始してト級を手堅く仕留めていた、向こうからも砲弾が飛んでいるのを見る限り弥七とやらも砲撃を始めたのだろう

 

「では木曾さん、私達も参りましょうか」

 

そう言って腰の鉄パイプを2本引き抜き敵陣に突っ込んでいく通さん、あの人二刀流なのかよ! 戦治郎さんが見とけよ見とけよ~?などと言っていたがそういう理由だったのかっ! 二刀流の戦い方は興味深かったので俺も急いで通さんの後を追った

 

残っていたのはエリヲ、ヲ2、リ1、駆逐2と半数は既に沈んでいた、ヲ級2匹がワタワタしているところを見ると艦載機を全部やられたのだろう、これはいい的だと考えていたところで向こうから輝さん、シゲさん、摩耶が向かって来ていたので合流する

 

 

 

 

 

東側 摩耶視点

 

「翔ちゃんから合図が来たわよ~、12匹ほど追加で来てるみたいだからアタシ達はその部隊をやっつけちゃいましょ~♪」

 

「よっしゃぁっ!!!いくぜいくぜいくぜぇ!!!」「上等だゴラァッ!!!いくらでも相手してやらぁっ!!!」「この間のみたいに簡単に仕留められてくれるなよぉ!あっはっはっはっは!!!」「皆テンション高いッスね~、あっ合図了解ッスよ~」「お、おお……」

 

こいつらのテンションおかし過ぎんだろう……、特に弥七のなんてこれどう聞いても危ねぇ奴のセリフだろうが……、完全に気圧されちまったじゃねぇか……

 

「それじゃ、皆艦載機の準備はいい? 戦闘機に関しては空ちゃん達に任せてアタシ達は攻撃オンリーでいくわよ~、そ~れ☆」

 

剛さんと弥七が艦載機を発艦して相手に攻撃を仕掛けているが、輝さんは自分の艤装の方で何かゴソゴソしていてまだ艦載機を飛ばしてなさそうだった

 

「輝ちゃ~ん? 一体何をやって……、待って本当になにやってるのっ?!」

 

剛さんの反応が気になって輝さんの艤装を覗き込んでみると、中には砲台とぎゅうぎゅう詰めにされた輝さんの艦載機達……、いやホント何やってんだこの人はっ?!

 

「おっしゃぁ! 準備完了っ! シゲ、手伝えっ!」

 

艤装の口を閉じて輝さんはそう叫びながら背中のでかいハンマーを引き抜き艤装の後ろに回り込む、それを見てシゲも同じ様に輝の艤装の後ろに回り込んだ

 

「輝さんも面白い事考えますな~」

 

シゲがそう言って蹴りの態勢に入る、どうやらシゲは輝さんが何をやろうとしているか知っているようだ

 

「これは絶対俺にしか出来ねぇ事だろうな! んじゃシゲ、気合入れて蹴れよっ!」

 

「あいよっ!」

 

輝さんは手に持ったでかいハンマーを大きく振りかぶり、シゲが意識を集中させる

 

「今ぁっ!!!」

 

輝さんはハンマーをフルスイングして自分の艤装に叩きつけ、そのハンマーが艤装にぶつかった瞬間シゲがそのハンマーに蹴りを叩き込む、すると輝さんの艤装が物凄い勢いで敵陣へ真っ直ぐぶっ飛んで行き、ル級と3匹いるヲ級のうちの1匹に直撃して圧し潰して沈める、艤装は相手にぶつかった衝撃で停止したようだ

 

「狙い通り! んじゃあ景気よく蹴散らせっ!!!」

 

輝さんの合図に合わせて艤装が口を開き艦載機を発艦させながら周囲に砲弾をばら撒き始める、今艤装がある位置は敵陣のド真ん中で相手は慌てふためいて逃げ回っている

 

「輝ちゃん、中々面白い事するわねぇ~……」

 

剛さんが呆れながらも魚雷を発射する、シゲと弥七もそれに倣い魚雷を発射、しばらくすると巨大な水柱が上がる、誰かトチって魚雷に当たったのだろう

 

「おらおらぁ! 逃げ惑え逃げ惑えぇ!」

 

弥七が砲撃を開始する、セリフが悪役がいいそうな奴だったのだがお前は本当にそれでいいのか? 戦治郎の旦那が今ここにいたらどんな顔するだろうか……

 

「いよっし! そろそろ俺らもぶっ込むぞ摩耶!」

 

シゲが敵陣突撃にあたしを誘ってくる、そういやあたしまだまともに戦ってねぇなぁ……

 

「おう! この摩耶様に任せなっ!」

 

「シゲ、俺も連れてけ! おりゃぁまだ暴れ足んねぇぞ!」

 

シゲにそう返答したところで輝さんも同行を希望する、この人あんな派手な事やっといてまだやる気なのかよ……

 

「んじゃ自分はここで待機しとくッスかね、エリヲがまだ何か仕掛けてくるかもッスからそれをいつでも潰せるようにしとくッスね~」

 

護が手をヒラヒラさせながら言う、そういやヲ級2匹はオロオロしてるようだがエリヲは何か落ち着いている、護が言うまでは気にも留めなかったが言われてみれば気になるところだ

 

その事を留意しながら3人で敵陣に向かってみれば通さんと木曾がいたので合流する事にした

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、木曾さんと摩耶さんは駆逐の相手をお願い致します、私とシゲでヲ級を沈めリ級……、黒髪ショートの子は輝さんお願い致します」

 

「ああ、そんでエリヲを全員で囲んで棒で叩くんだな、了解了解!」

 

「人数分棒があるか? 後俺はハンマーでやっていいんだよな?」

 

通が誰がどいつを担当するかを決め、シゲがジョークを挟んだところに輝さんがマジレスをしていた、輝さん、本当に棒で叩くわけじゃないですから……

 

とりあえず通の言った通りにあたしと木曾は駆逐と対峙するのだが……、さっきの猛攻のせいか駆逐2匹は既にボロボロで浮いてるのがやっとといった感じだった……、例えどんな状態だったとしても確実に仕留めるように言われていたので罪悪感に苛まれながらもあたしと木曾は駆逐にトドメを刺すのだった……、お前ら成仏しろよ……

 

さて、アッサリ過ぎる気はするがやる事はやったので他はどうなっているか気になって、まずはシゲの方を見てみれば……

 

「どぅぁらららららっらぁっ!!!」

 

ヲ級の両腕にクロが、両脚にゲータがガップリと噛み付いて身動きが取れないように拘束してシゲの頭上へと持ち上げ、シゲはそんなヲ級の腹部に機銃の如く拳を叩き込み、最後の一撃で拘束を解きヲ級を天高く打ち上げる

 

「しゃぁらぁっ!!!」

 

掛け声とともに繰り出した蹴りを自由落下してきたヲ級の頭部に直撃させ今度は水平にぶっ飛ばす

 

「死に晒せ糞〇〇〇っ!!!」

 

ヲ級が水面に叩きつけられる地点をピンポイントで狙ってクロとゲータが砲撃、ヲ級は跡形もなく消し飛んでいた……、こいつホント口がわりぃな……

 

「えぇ……」

 

木曾の呟きが聞こえたのでシゲから視線を外して木曾が見ている方向に向き直ってみれば……

 

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……、なんてね」

 

通がヲ級と戦っていたが、何か通が余裕かましているのかゆっくりとヲ級へと歩み寄る、ヲ級の表情を見てみれば何かに怯えたような感じ、歯をガタガタと打ち鳴らしながら通を見ているのだ……、何があったんだ……?

 

するとヲ級が持っている杖で通に殴りかかる、危ない! そう思ったのも束の間、何と通さんがいつの間にか姿を消して通さんが立っていたところには1枚の人の形をした紙切れがヒラヒラと宙を舞っているではないか!

 

「えぇ……」

 

あたしも木曾と全く同じ反応をしてしまう、通さんって忍者か何かかよ……

 

「さて、このあたりで終わりにしておきましょうかね?」

 

ヲ級の背後から姿を現した通さんが鉄パイプを抜き両腕を交差させながらヲ級目掛けて突進していく、左手に握った鉄パイプが動いたのに合わせてヲ級が杖を鉄パイプを受け止めようと構えるがそれを待っていたとばかりに右手の鉄パイプが杖を握ったままの両腕を斬り落とし、左手の鉄パイプでその首を刎ねる

 

「後は……、あぁ輝さんの方も終わったようですね」

 

通さんがそう言ったので、その方向に首を向けた瞬間何かが目の前を通過していった、一体なんだったのだろうかあれは……、相当遠いところでボチャンと音を立てて沈んだようだが……、改めて通さんの視線の先を見てみれば、首から上が無くなったリ級がゆっくりと沈んでいく姿と、ハンマーをフルスイングした後の恰好のままの輝さんの姿があった

 

「なんでぇ、こいつ脆ぇな……」

 

ああ、今飛んで行ったのはリ級の首だったか……、多分リ級が脆いのではなくてあんたの腕力がおかしいだけだとあたしは思うんだ……、普通艤装をハンマーでぶん殴ってぶっ飛ばすとか出来ないだろう……

 

「お~い、こっちは終わったぞ~ってなんだ皆終わったみてぇだな」

 

シゲがそう言いながら近づいてくるが唐突にその足を止めとある方向を睨みつける

 

その先には、今にも艦載機を発艦させようとしているエリヲの姿があったのだ、どうやらこういう状況を想定して艦載機をまだ残していたようだ

 

「おや、まだ余力があったのですか……」

 

通さんが鉄パイプを構えようとしたところをシゲが制止する

 

「問題ねぇよ、ほら」

 

そう言ってシゲが頭上を指させばエリヲの艦載機が発艦した直後にボロボロと撃ち落とされていく

 

「ああ、そういえば護がいましたね、それならもう安心ですね」

 

どうやらこれでエリヲも手札が全部なくなったようで、その表情に焦りが出てくる

 

「んじゃあ〆といきますか!」

 

シゲが声を上げ、それに合わせて皆でエリヲに近付くとエリヲが逃走を開始する

 

「あっこいつ!待t……あ~ぁ……」

 

後ろばかり見ながら逃げるエリヲ、その顔には激しい憤りの感情がベッタリと張り付いていた……、が、何かに勢いよくぶつかってしまい尻もちをついてしまった

 

一体何にぶつかったのかを確認する為に前を見てみれば……

 

「何処へ行く気だ?」

 

空さんが立っていた、全身の力を抜いたような姿勢と非常にリラックスしたような雰囲気を醸し出しながら……

 

立ち上がったエリヲは進路に立ち塞がる空さんを押し退けて逃走を続けようと腕を伸ばした瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伸ばした腕だけを残して上半身がなくなっていた、血煙すらも上がっていないそれは正に消滅と言って差し支えないほど綺麗サッパリ消え失せていた

 

「……この身体になってから力加減が少々難しくなったな」

 

空さんは右手を握ったり開いたりしながら呟く、そして残った腕が海面に落ちて沈んでいった

 

「出た~……、空さんの超光速正拳突き~……、つか威力上がり過ぎだろう……」

 

シゲが苦笑いを浮かべながら言う、あれってあの人の正拳突きのせいかよっ! 明らかにおかしいだろっ! どいつもこいつもおかしかったけどあの人がダントツでおかしいって! あの人本当に人間だったのかよっ!?

 

とりあえず、これによって敵の増援を殲滅する事に成功したわけだがあたし達はとんでもない連中の仲間になった事を改めて思い知らされた



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拠点侵攻開始

増援部隊は殲滅され18匹もいたのが今ではたったの4匹しか残っていない迎撃部隊も、旗艦だったエリルは俺に胴、両腕、首をぶった斬られ、ルBは金次郎、甲三郎、大五郎、六助の飽和攻撃に耐えきれず撃沈、残りのヘ級とロBは太郎丸、鷲四郎、翔の艦載機でまとめて撃破と最後はあっけない最後を迎えた

 

その後東チームと西チームと合流して島へ上陸しチームを再編成して潜入チームと防衛チームに分かれたのだが、そのとき見た摩耶と木曾が何とも言えない表情をしていたが一体何があったんだか……、まあそれは拠点制圧してから聞くことにしよう

 

さて、潜入チームは拠点がある方角へと歩みを進めているわけだが、何かこの島生臭い……、嫌な空気がそこら中漂ってる感じがしてものっそい不快だったわ……、草木も生い茂ってて視界悪いし……、ホント嫌になる……

 

「何だこの島……、何か嫌な臭いがそこら中からしません? な~んかどっかで嗅ぎ慣れた臭いもすっけど馴染みのねぇ臭いっつぅかなんつぅか……」

 

シゲが話しかけてくる、やっぱこいつも俺と同じでこの島の空気がおかしいのに気付いたようだ、取り敢えずシゲに同意しながら他のメンバーの表情を見てみれば通と剛さんの表情が凄まじく険しい……、ああ、何か嫌な予感しかしねぇ……

 

「この臭い……、恐らくですが……」

 

「あら、通ちゃんもこの臭い分かるの? ってそう言えば通ちゃんは警察にいたんだったわね、なら現場で嗅いだ事あるはずよね~……、あ~あ、ほんっと不愉快だわぁ……」

 

警察……、現場……、臭い……、あ~これ確定ですわぁ……、出来れば発見したくねぇ……

 

「……なぁ、あれ何だ?」

 

輝が何かを発見したようだ、おいばかやめろ、速攻フラグ回収すんなし……

 

輝が発見したもの、それは太い樹に逆さ吊りにされた複数の女の子の遺体だった、所々欠損しているところを見れば何をされたかなど想像するのは容易いものだった

 

「「うぶっ!」」

 

シゲと輝が吐いた、やっぱこの2人は吐くだろうとは思っていた、こういうのと全く縁がない生活してきただろうしな~……、俺と空? 俺はめっちゃ必死に我慢しているという事実を心の中でゲロっておきますね♪ 空については超極絶鋼メンタルで耐えたのだろう

 

「深海棲艦という生物はこうも狂っていると言うのか……」

 

空が拳を固く固く握りしめながら呟く、ゲームの中じゃどんな事やってるかなんて想像するしか出来ねぇからな~……、現実のインパクトが凄まじ過ぎて今の俺には何も言えねぇ……

 

「ちょっと可哀想だけど埋葬はこの拠点の制圧が終わってからにしましょう、埋葬しているところを襲われてこの子達の身体をこれ以上傷つけられるような事は勘弁して欲しいところだしね」

 

剛さんの意見に反対する者はいなかった、この子達の為にもこの拠点を一刻も早く制圧しなくちゃいけねぇな、全員の怒りが伝わってくるぜ……

 

「この遺体、よく見ると比較的新しいものだと思います……、もしかしたら生き残っている子がいるかもしれませんね」

 

通が遺体を調べて思った事を言ってくる、もしそれが本当だったとしたら急いで保護してやらねぇと……、しかし相手がどのくらい残っているか分からねぇ以上無闇矢鱈に歩き回って探すのも下策だな……

 

「取り敢えず、俺達は拠点の制圧を優先するぞ、それで相手をこっちに引き付ける事も出来そうだからな」

 

俺がそう言うと全員が頷き拠点の方へ向き直る、待っててくれよ、仇は俺達がしっかりとってやるからな……

 

 

 

 

 

しばらく歩けば拠点の入口らしき場所とそこを警護する深海棲艦を発見する、俺達は目配せをして入口と思わしき場所目掛けて一斉に走り出す、すぐに門番に発見され警報が鳴り響くがお構いなしで加速し門番を斬り捨てて内部に突入する、こうする事で相手の注意を引き島の何処かにいるかもしれない生き残りの子から目を逸らさせる寸法である

 

内部に突入してからは盛大に暴れ回る俺達、ハンマーで叩き潰す、複数の相手をまとめて蹴り砕く、角から飛び出して来た相手に確実にヘッドショットを決める、斬り捨て爆砕噛み千切り、何でもありのやりたい放題である、それだけ先程の少女達の悲しい姿が俺達の怒りを買ったのだ、覚えておけこれが因果応報って奴だっ!

 

ある程度進んだところで一旦散開する事にした、ここの代表以外の相手を完全に潰しておいて代表を孤立させる事と、何処かに捕らえられているであろう妖精さん達の保護が目的である、剛さんが武器になりそうなものをついでに探しておくと言っていたが果たしてそれは深海棲艦に通用するのだろうか……?

 

 

 

 

俺は皆と別れてからまず地下室が無いか探して回る、こういうのは地下に閉じ込めるってのが相場だろうよ、駆け回っている途中で発見した敵は鉄パイプで撫で斬りにする、そして道中で俺の肩の上に乗って付いてきた妖精さんが何かに反応し俺にそちらに向かうように言ってくるのでそれに従って突き進む……

 

妖精さんの案内で辿り着いた扉を開けてみれば地下へと続く階段があり、その先には重厚そうな扉とその番をしていたと思われる深海棲艦が1匹、ええいまたリ級かっ! おめぇの顔は見飽きたんじゃいっ!!!

 

「なっ! 貴様はまさか件の転生個体かっ?! 貴様どうやってここに辿り着いたのだっ!? 上の連中は何をやっtぐぎゃあああぁぁぁっ!!!」

 

セリフを最後まで言わせるまでもなく、腹に鉄パイプを突き刺して勢いよく薙ぎ払う、どうやら先端が扉にまで刺さっていたようでギュイイイ!!!という金属同士が擦れ合った時特有のものっそい不快な高音が鳴り響く、耳障りな警報の音と合わさって非常に不愉快な気分になる、はよこの警報を誰か止めろよ……

 

扉には鍵がかかっていたが知った事ではないとばかりにリ級の死骸ごと蹴破る、凄まじい勢いで扉はすっ飛んでいき反対側の壁にぶつかったのかけたたましい音を地下中に響き渡らせた、リ級の死骸は途中で落下した後しばらく転がってとある牢の方を向いた状態で停止する、その牢から「ひっ!」って声が聞こえた気がしたが恐らくさっき扉を鉄パイプで引っ掻いた時の音が耳に残っていたんだろうって事にした

 

すると妖精さんが俺の肩から飛び降りてリ級の死骸が顔を向けている牢屋の前まで走っていく、俺は何があってもすぐ斬りかかれるように鉄パイプを肩に担いだままそれに続く

 

その牢の中には確かに妖精さんが沢山いた、捕まっている妖精さん達は団子のように固まって震えていた、ご丁寧に檻の隙間を無くすように目の細かい金網まで張って隙間から妖精さんが脱走出来ないようにしてある始末……、まあそれはいいんだそれは……、問題は……

 

「な、何よ貴女! そんな事して私がこ、怖がって言う事聞くとでも思ってるのっ!」

 

何か俺に屈したりしない、怖くなんかない!みたいな強気な事言いながら顔を青ざめさせてガタガタとものっそい震えている少女が1人、妖精さん達が捕まっている檻の中に一緒に閉じ込められていた、この子はもしかして生き残りか?

 

「さ、さっきは派手な登場の仕方した割に何も言わないなんて、もしかして私に恐れをなして「おい」ひゃいっ!」

 

静かに考え事してたら好き勝手言い始めたので声をかけると裏返った声で返事してきた、かわええ

 

「危ねぇからちょっちそこをどきな、そうそうそっちそっち、妖精さん達いる方行っときな……、せぁりゃぁっ!」

 

掛け声と共に鉄パイプを何度か振るえば金網と鉄格子はアッサリと斬れて牢の出入口が出来上がる、そこから俺が連れてきた妖精さんが中へ入り仲間達と再会の喜びを分かち合っていた、しばらく見守っていると連れてきた妖精さんがほんのり発光したかと思えばすぐに元の状態へと戻る

 

あれは妖精さん同士の情報交換、俺と額をくっつけたアレと同じものなのだ……、って事は俺の情報拡散共有されちゃったわけね……、捕まっていた妖精さん達が俺の方を向いて飛び跳ねたりお辞儀したりしてるって事は確定だな……

 

それはそうと、少女の方が何か静かになってしまったので俺は少女に声をかける事にした

 

「おい、大丈夫かあまつん?」

 

妖精さん達と一緒に捕まっていた少女、陽炎型駆逐艦9番艦の天津風はただただ呆然と俺が斬った鉄格子と金網を見ていたのだった



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天を吹く風と陥落の気配

私は両親の顔を知らない、物心ついた頃にはとある施設で生活していた

 

その施設には親から捨てられた者から戦災孤児など色んな理由で親族と暮らせない子供が沢山いた

 

私がこの施設にいる理由を知ったのはここ最近の事で、どうやら私はこの施設の正門前に捨てられていたそうだ、最初は捨てられたという事実にショックを受けたが私は両親がどの様な人物だったのか全く知らないので早々に割り切ってすぐに立ち直っていた

 

ある日、施設の職員が私達に尋ねてきた

 

「この中に艦娘になりたい子はいるかい?」

 

この施設は艦娘の育成支援もやっており、希望するのであれば軍に入隊するまで軍学校と同じレベルの教育や訓練などをしっかりサポートしてくれるそうで、私は迷う事なく艦娘になる事を希望した、この施設と施設の仲間達を守りたいからと周囲には言っていたが、両親に捨てられるような私の命が役に立つなら……、両親の事は割り切ったつもりでいても私の無意識の中の何処かでそんな事を思っていたのかもしれない

 

その日から毎日のように厳しい訓練や難しい授業が始まり、私は置いていかれないよう必死に食らいついて頑張っていた、いつか立派な艦娘になる事を夢見て……

 

そんなある日、私達はドイツの艦娘達と交流戦をやる事になったと職員から告げられた

 

最近になってドイツでも艦娘の配備が決定したそうなのだが、如何せん最近になってやっと配備し始めたものだからドイツ艦娘の練度が足りないそうなので親睦を深める意味も込めて合同演習をする事となり、私達の施設は訓練生同士での演習に参加する事になったのだ

 

私達はドイツへと飛び対戦相手との挨拶を終えた後に海上で訓練をやっていたのだが、そこを深海棲艦に襲われてしまったのだ、何人もの仲間が私の目の前で沈んだ、私を含めた数人が捕まってしまった、私達を助けようとした教導艦の先生も必死に戦っていたけど結局数の暴力に負けてしまい沈んでしまった……

 

捕まった私達は深海棲艦の拠点の地下牢に閉じ込められていた、私が入れられた牢の中には妖精さん達も捕まっていて、そのおかげか寂しさといったものは感じる事はなかった、鉄格子の間に金網が張ってあったのは妖精さんの脱走を防ぐためなのだろうか……

 

仲間の1人が牢から出され何処かへ連れて行かれた、どれだけ時間が経ってもその子がこの地下牢へと戻ってくる事はなかった、それから1日に1人、また1人と牢から出されて戻ってこなくなった、気づけば私と妖精さん達しか残っていなかった……、何が起こるのか分からなくて、それが恐ろしくて一睡も出来なかった……

 

そして私はその日を迎える……、はずだった……

 

地下牢の入口で誰かが騒いでいたようで、何事かと思いそちらを見ていたらほんのちょっと甲高い音が聞こえたと思ったら急に扉が物凄い勢いで飛んでいき、その上に乗っていたここの番をしていたと思われる深海棲艦が扉から落下してしばらく転がった後こちらを見ながら停止したのだ……、この深海棲艦……、死んでる……?

 

「ひっ!」

 

思わず声が出てしまったが、この深海棲艦を殺した奴はどうやら私の悲鳴を気にも留めていないのかゆっくりと歩いて近づいて来ていた

 

その足音が段々と大きくなっていく中で牢屋の前に小さな影が現れる、妖精さんだった

 

牢の中の妖精さん達の反応を見る限り、どうやらその子もこの子達の仲間のようで助けを呼びに行っていたみたいだ、足音がする方向へおいでおいでとやっていると遂に妖精さんが連れてきた人物の姿が見えた……、見えてしまった……

 

戦艦水鬼、深海棲艦の上位個体と言われる鬼級や姫級の中でも相当上位に君臨する存在が鉄パイプを肩に担いで姿を現したのだ

 

それを見た妖精さん達は牢の隅にお団子みたいに固まってガクガクと震えていた、私も一瞬呆然としたもののすぐに意識が戻り、静かにこちらを見ている戦艦水鬼と目が合った、凄く怖い……、多分あのリ級を殺したのも扉をぶっ飛ばしたのもこいつがやったのだろう……、そう思うと怖くて怖くて仕方がなかった……

 

もしかしたらこの拠点の深海棲艦と仲が悪いだけで本質的な部分は同類で妖精さんを騙してここに来たのかもしれない……、私を脅して言いなりにさせてから酷い事をしてくるのではないか……、そんな事を考えると身体の震えが止まらなくなった……、でも私も艦娘の端くれ、こんな事で深海棲艦なんかに屈してたまるかっ!

 

「な、何よ貴女! そんな事して私がこ、怖がって言う事聞くとでも思ってるのっ!」

 

言った! 言ってやった! ありったけの勇気をかき集めて言ってやったんだ! 相手はキョトンとした表情のままこちらをまだ見ている、もしかして私のさっきの言葉で気圧されたのか? ならばこのまま捲し立てれば……っ!

 

「さ、さっきは派手な登場の仕方した割に何も言わないなんて、もしかして私に恐れをなして「おい」ひゃいっ!」

 

唐突に話しかけられてつい驚いて裏返った声で返事しちゃった……、恥ずかしい……

 

「危ねぇからちょっちそこをどきな、そうそうそっちそっち、妖精さん達いる方行っときな……、せぁりゃぁっ!」

 

戦艦水鬼に言われるまま妖精さん達のところへ移動すると、この戦艦水鬼はなんと手に持った鉄パイプで鉄格子と金網を叩き斬ってしまったではないか

 

訳が分からない……、鉄格子も金網も簡単に斬れるものだったっけ? それ以前に鉄パイプって物を斬るものだったっけ? それよりも牢に出入口出来ちゃったけどどういう事なの? もしかしてこの人は本当に妖精さん達を助けに来たの? あの人は深海棲艦の仲間じゃないの? 疑問が頭の中を駆け巡る……

 

「おい、大丈夫かあまつん?」

 

声をかけられて意識が戻る、あまつんって誰? もしかして私の事?

 

「え、えっと……」

 

「あっ反応出来るのな、じゃあ細けぇ事は後だ、妖精さん達連れてこっから脱出すんぞ、って事で乗れ」

 

戦艦水鬼はこちらに背中を向けてしゃがみ込む、乗れって事は私をおんぶするって事? 取り敢えず言われるまま背中に乗るとよっこいしょとか言いながら立ち上がる、何かおじさんみたいな戦艦水鬼だな……

 

「よっしゃ、んじゃしっかり捕まっていろよ!」

 

「えっ?」

 

そう言って戦艦水鬼は走り出すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今出口を求めてあまつんをおんぶしたまま全力疾走している俺は元修理屋の現場でも頑張る経営者、強いて違うところをあげるとすれば戦艦水鬼に生まれ変わっちゃった事かなぁ……

 

「ぎゃあああぁぁぁっ!!! 速い速い速いいいいぃぃぃっ!!! 怖い怖い怖い助けてえええぇぇぇっ!!! 嫌あああぁぁぁっ!!! 落ちるうううぅぅぅっ!!!」

 

あまつんエキサイトし過ぎだろうよ、さっきからおっちゃんの首見事に締め上げちゃってるからな~、早く気付いて~……、おっちゃん脳に血が行かなくなって倒れそう……

 

そんな事考えながら走ってたら、目の前に深海棲艦が姿を現す……、邪魔じゃどけぇぃ!!! 勢いを殺す事なく飛び蹴りを放って相手の首を蹴り飛ばす

 

「ひぃっ!!!」

 

あっあっあっ……、この子グロい映像見たせいで余計締まりが良くなったぞぉ~……、呼吸もし辛くなってきたぞぉ~……

 

それでも俺は脚を止める事なく出口へ向かって突っ走るのであった、今はこの子の命が最優先だからな、足止めなんて喰らってたまるかっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一時帰還!」

 

「おっ旦那、おかえり……ってその子はどうしたんだ?」

 

防衛チームのとこに戻ったら摩耶が出迎えてくれた、しかし旦那かぁ……、おめぇも鷲四郎みてぇな呼び方するのな……

 

俺の背中でぐったりしているあまつんを降ろしながら今の侵攻状況を説明する、更に光太郎と摩耶と翔を呼んで移動中見つけた遺体の事を話しておいた、あまつんには拠点制圧が完了するまでは黙っておいて欲しいと伝えておいた、今の状況であんなの見せられたら自殺しちまいそうだからな……、他の奴には機会見てこっそり伝えてもらう事にした

 

「んじゃまた行ってくるわ、次戻って来るときは制圧完了の知らせ持って来るから期待しとけよっ!」

 

あまつんと捕まっていた妖精さん達を防衛チームに預けて俺は再び拠点へ向かって走り出すのだった、恐らく俺が戻る頃には代表以外殲滅完了してるだろう……、まあ美味しいとこは俺が頂くつもりだけどなっ!

 

今まで島全体に響き渡っていた警報もノイズを吐きだした後沈黙した、いよいよこの拠点の最後の時が近づいてきたようだ……



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拠点制圧完了のお知らせ

「ごっめ~ん、待った~?」

 

「アタシ達も今着いたところだから大丈夫よ~ん♪」

 

この拠点の代表がいるであろう部屋の前に向かうと俺以外の潜入チームのメンバーが全員集まっていた、……これにノるのが剛さんだったのが何か意外っ!

 

目の前には拠点内にあった他の部屋の扉より重厚な感じの扉だったが今はどっから拾ってきたのだろうか板が打ち付けられていた、何ぞこれ?

 

「これは俺がやっといたんだ、中の奴に逃げられないようにするためになっ!」

 

板が打ち付けられた扉を見て不思議に思っていた俺に輝が胸を張って言ってくる、ここだけ封鎖しても他の経路で逃走されたらどうすんだよ……

 

「今他の経路で逃走したらどうすんだ?とか思ったか?」

 

こいつ……、俺の心を読みやがったのか……っ!? 驚愕する俺に向かって輝はニヤニヤしながら言葉を続ける

 

「それについては大丈夫なんだよなぁ……、今の俺には不思議パゥワーが備わっててな、聞いて驚け! 何と触った建物の内部構造がぜ~んぶ把握出来るようになったのだっ!!!」

 

ぐわっはっはとばかりに大声で笑いながら告げる輝、えっ何それ超便利

 

「俺達も最初聞いたときはこいつも遂におかしくなったかと思ったんだがな……、こいつの言う通りに進むと本当に目的地に辿り着けたんだ……」

 

空が言うには粗方内部の深海棲艦を始末出来たから一度俺と輝以外の皆で集まっていい加減鬱陶しくなってきた警報を止めようと思ったはいいが、警報装置が何処にあるのか分からなかったので今一度散開して探すかってなったときに輝が合流したそうだ

 

状況を説明したら輝が案内を申し出て付いて行ってみれば警報装置が設置されていた指令室に辿り着いたのだが、輝がこの部屋に入ったのが初めてのようなリアクションをとっていたのを見て不思議に思い聞いてみたら先程と同じような事を言い出したとの事

 

この時点では皆半信半疑だったので試しに代表の部屋と繋がっている隠し通路は無いか聞いてみたら、輝が通にこの場所に行ってこのあたりを探ってみろと言うので言われた通りに行って探ってみれば本当に隠し通路が見つかってしまったそうだ、当然の事だが隠し通路は全て通が潰してくれました、これなら安心っ!

 

拠点内の生体反応も確認出来ると言う事なのでやってもらったら残りはこの部屋の中だけだと言う、そいじゃいっちょ突撃しますかっ!

 

「そういやアニキはこっち来るの遅かったけど何かやってたのか?」

 

扉を蹴破ろうとしたとこでシゲが聞いてきた、ちょっちちょっちいいとこで止めんなよぅぃ……

 

「散開するとき言っただろ? ここに捕まってる妖精さん達助けに行ってくるって……、まあ思わぬ人物が妖精さん達と一緒にいたんだがな……」

 

「もしかして生き残りの子でしょうか?」

 

通大正解~、地下牢に天津風も捕まっていたので妖精さん達と一緒に防衛チームのとこに送ってから戻って来た事を告げる

 

「ただまあ、あまつん特有の連装砲くんの姿は見かけなかったg「連装砲くんってこの子の事かしら?」そうそうその子その子……、その子何処にいたんですか?」

 

天津風の艤装とその一部である連装砲くんが近くに無かった事を伝えようとしたら剛さんが尋ねてくる、そのタイミングに合わせたかのように剛さんの肩のあたりからひょっこり顔を出す連装砲くん

 

「この子は武器庫の中に閉じ込められていたわ~、そういえば摩耶ちゃん達が付けてる機械みたいなのもそこにあったわね、多分それがあまつんちゃんだったかしら? その子の艤装とか言う奴なんじゃないかしら?」

 

なるほど、艤装はしっかり隔離していたわけか……、剛さんナイス情報! ここの代表ボコったら回収しにいかないとだな! それはそうと剛さんホントに武器持って来たんですね……

 

今見えてるだけでグレネードランチャー、ショットガン、ライトマシンガン、アンチマテリアルライフルってめっちゃ持って来てるじゃないですかやだー! これホントに通用すんの……?

 

「因みにだけど~、ここに来る途中で遭遇した深海棲艦とか言うの相手に試し撃ちしたらちゃ~んと仕留める事が出来たから安心していいわよ☆」

 

あっイケるのね、なら大丈夫だなっ! 心なしか連装砲くんが剛さんの方見ながら震えていたのは気のせいかな? 気のせいだなっ!

 

「さって、お喋りはここらにしといて……、いくぞおおおぉぉぉっ!!!」

 

俺達は遂に扉を打ち付けられた板ごと蹴破って内部に突入する

 

 

 

 

「ぎゃあああぁぁぁっ!!! 来たあああぁぁぁっ!!!」

 

突入して来た俺達を見て悲鳴を上げるのはタ級flagship、こいつがここの代表ってわけか……、部屋の隅でガタガタと震えているが何とまあ無様な恰好晒してやがる……

 

「おめぇがここの代表か……?」

 

そう問い掛けながら俺が近づくと

 

「来るなあああぁぁぁっ!!!」

 

フラタは半狂乱になって艤装を展開し俺を砲撃しようとするが、瞬時に間合いを詰めた通に艤装を全て破壊されてしまう

 

その隙に俺も一気に距離を詰めてフラタの首を掴み、持ち上げ、床に叩きつける

 

「かっ……はぁっ……!」

 

床に叩きつけられた衝撃で肺の中の空気が強引に外に押し出されたのか苦しそうな声を出すフラタ、身体も上手く動かせなくなっているようだ

 

そんなフラタを取り囲んで尋問を始める

 

「もう1度聞く、おめぇがここの代表か?」

 

勢いよく何度も首を縦に振るフラタ、今はYESNOで答えてくれりゃ十分だな

 

「じゃあ聞くが、おめぇはこのプリンツ・オイゲンってドイツの艦娘を知ってるか?」

 

アクセルから預かったプリンツの写真をフラタに見せながら尋ねると反応はYES、ここにはいなかった事から別の拠点に連れて行かれたか、或いはそう言う情報が回ってきていたかってとこか……

 

「次、妖精さん達を捕まえていたがそれはおめぇの指示か?」

 

「そうだ……、対艦娘用の兵器の開発をさせる為に捕まえた……」

 

回復はえぇなおい……もう喋れるようになったのかよ……、しかし妖精さんに兵器開発させようとしてたのか……、まあ艦娘の艤装は妖精さんの技術で作られてるから対艦娘用の奴作ろうとしたら妖精さんに作らせるのが確実だわな……

 

「おっと喋れるようになったな、ならプリンツは今何処にいる?」

 

「フェロー諸島のボルウォイ島にある北海及びノルウェー海侵攻部隊の本拠地だ……、ドイツと交渉する材料にする為に確保したそうだ……」

 

フェロー諸島っつったらイギリスの北にあるデンマークの自治領だっけか……、そこに本拠地作ったってなるとそこの住人達の生存は絶望的か……、これはアクセルにも伝えないとだな……

 

「次、艦娘候補生達が訓練してるとこ襲撃させたのはおめぇの指示か?」

 

「それは偶然だ……、そのような報告が確かにあったが私はその件は現場の判断に任せた、だから私は関係ないはずだ……」

 

うわぁこいつ部下に責任押しつけやがった……、まあその部下もとっくの昔にあの世逝きしてるんだがな

 

「んじゃ最後、おめぇの部下達が捕まえた艦娘候補生達を『玩具にして遊んでいた』事は知ってるか?」

 

「知らん! そんな事一言も聞いていないぞ! これは私は全く関kがあああぁぁぁっ!!! 腕がっ! 腕があああぁぁぁっ!!!」

 

自分は関係ないと言い切ろうとしたところを剛さんが懐から取り出したハンドガンで右腕を撃ち抜かれるフラタ、何だあのハンドガン……、俺はあんなハンドガン今まで1度も見た事もないぞ……、ホント何アレ超かっけぇ!

 

ってそれどころじゃねぇや、剛さんがめっちゃこえぇ……、あれ絶対激おこですわ……、無言でハンドガン引き抜いた事といい撃ち抜くときの目といい、本気で怒ってるのが目に見えて分かりますわ……

 

「黙りなさい、部下がやった事は貴女がやったのと同じよ、そしてそれを知らなかった事といい止めなかった事といい監督不行き届きも甚だしいわね、貴女ってホント無能なのね」

 

そう言いながら今度はフラタの眉間に照準を合わせる剛さん、やっべ俺が言いたかった事全部言われちまった……

 

「痛い痛い痛いぃぃぃっ!!! 頼む止めてくれ! 何でもするから! 何でも言う事聞くから! お願いだから助けてくれ!」

 

何でこんなのがフラグシップなんだか……、恐怖と痛みに耐えきれなくなって遂に命乞いまで始めたぞ……、俺は剛さんに目配せしてからこの情けないフラタに声を掛ける

 

「おっ今何でもするっつったな?」

 

「ああっ! お前達の頼みだったら何だって聞くし何でもする! だかr「じゃあ死ね」えっ……」

 

俺がその一言を言い放った瞬間、剛さんがトリガーを引きその弾丸がフラタの眉間を貫いた、戦場で命乞いする奴の言葉なんか信用出来るかっつうの……

 

このド無能クソ上司なフラタの死によって、俺達の拠点制圧戦は俺達の完全勝利という形で幕を閉じるのであった



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葬儀と掃除と送迎

艦娘達の二つ名は大体MHFのモンスター50匹討伐記念称号から来てます


ここの代表だったフラタの首とあまつんの艤装を持って防衛チームがいる浜辺へ向かってみれば、あまつんは意識を取り戻して摩耶達と話をしていたようだ、俺達が近づいて来るのに気づいた摩耶達と一緒にこちらへ顔を向けるなり顔を引き攣らせる、多分フラタの首のせいだと思いたい

 

「ようやく戻って来たな、その手に持ってるのは……?」

 

「出迎えあんがとうな、これがこの拠点の代表だったフラタの首だ、皆に分かり易く伝えるんだったらこれあった方がいいだろ?」

 

「って事はここの拠点を手に入れたって事だなっ! ははっやったな旦那っ!」

 

手に持っている首について尋ねてくる木曾に答えてやれば、隣で聞いてた摩耶が歓喜の声を上げる、それを聞いて体中砂だらけになっている護達も集まってくる、おめぇら俺達が必死こいて戦ってる間砂浜で棒倒しして遊んでやがったな……、それっぽい跡がそこら中にあるからすっげぇ分かり易い

 

「おかえりなさいご主人様! 拠点制圧お疲れ様! こっちは救援部隊が来るかと思ってたけど全然来なくってちょっと拍子抜けだったよ……」

 

「ねんがんの きょてんをてにいれたぞ! いや~やっとしっかりした寝床とトイレが確保出来たッスね~……」

 

労いと報告サンキュー太郎丸、そして護の発言についてはホント苦労かけてごめんな……

 

拠点カッコカリのときは寝床は初日は砂浜で雑魚寝、2日目は小屋の中に鮨詰めととてもじゃないが気持ちよく眠れる環境じゃなかったし、トイレに至っては砂浜に穴掘ってそこに出すとか犬みてぇな事やってたからな~……、1度シゲが海の中でやったがそれはもう大惨事になってしまったかんな~……

 

「貴女があまつんちゃんかしら? これとこの子は貴女の物でいいかしら?」

 

俺達が拠点制圧成功の喜びを分かち合っている中、剛さんがあまつんに艤装と連装砲くんを渡していた、連装砲くんも持ち主との再会を喜んでいるのかあまつんを見るなりすぐに飛びついていた

 

「あまつんちゃんって……、私には天津風ってちゃんとした名前があるんだから! 全く……それはそうと連装砲くんと艤装の事はありがとう……えっと……「剛よん♪」剛さん、次からは普通に呼んでちょうだい、いいわね?」

 

少々高圧的な態度だが剛さんにお礼を言うあまつん、は~い♪といった具合にあまつんの態度を気にも留めずに返事する剛さん、これが大人の男の余裕って奴なんかねぇ……

 

「さって、感動を分かち合うのもいいがそろそろいつもの奴始めるとすっか、全員集まれ~、いつものやんぞ~」

 

拠点も手に入れたし、これから先の事を話し合って決めねぇとなぁ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第4回長門屋波打ち際会議~」

 

\うぇーい!/

 

「え? え? 何? 何が始まるの?」

 

今回は皆テンション高めだなおい、まあ念願の立派な拠点手に入ったから嬉しくもなるよな~、それはそうと戸惑うあまつんか~わゆ~い

 

さて、潜入チームとあまつんの自己紹介から始まる今回の会議だがまず最初に決めるべき事として拠点内部及び敷地内の掃除を分担してやるときの班決めである、俺達が盛大に暴れたもんだから拠点の中は死骸がゴロゴロ血肉でベチョベチョ壁も床も天井もボッコボコだからな、死骸とかそのまんまにして拠点使いたくないでござる、綺麗な拠点を使いたいでござる

 

それと一緒に輝が手に入れたという建物の内部構造を把握する能力、これが太郎丸と翔も使えないだろうかと思ったので試してもらう事にする

 

何でこの2人かと言えば、輝、翔、太郎丸はそれぞれ中間、パクチー、ほっぽと陸上型という共通点があるのでもしかしたらと思ったのだ

 

次に妖精さん達の送迎である、妖精さん達が住んでいた島は深海棲艦の攻撃でボロボロになってしまっている為早急に戻って復興させたいとの事、ただ戻っているとこをまた襲撃されたら元の木阿弥なので俺達が送っていく事になった

 

「よし、決めるべき事は粗方決まったな……、じゃあ行動開始する前にだ……」

 

俺はそう言って例の遺体の事を話し始める、防衛チームのメンバーにはしっかりと伝わっていたから主にあまつんに説明する意味でやってるんだが、あまつんがものっそいショック受けてるのが目に見えて分かるわぁ……、だからこの話は最後に持って来たわけなんだが、ホントこの表情は見てるこっちが堪えるわ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがその現場だが……大丈夫か?」

 

俺達は今、全員で件の遺体があるところにいる、この子達を弔う為に今から遺体を回収するのだがそれにあまつんが同行すると言って付いてきたのだ、本当は浜辺で待っていてもらおうと思っていたのだがどうしてもその子達の最後の姿を、どの様にして殺されたのかを見ておきたいと言ってくるのだ、あまつんにとってこの子達は家族同然なのだから気持ちは分かるんだが……

 

「うっぐぅっ……!」

 

やっぱり吐くよなぁ……、これホントショッキングな映像だからなぁ……、とりあえず摩耶と木曾に付き添ってもらっておいて俺達はこの子達を下ろしてやらないとだな……

 

「よっしじゃあ何人か遺体の下に回っt「ふんごおおおぉぉぉっ!!!」ちょっ!馬鹿!輝の馬鹿!誰がその樹引っこ抜けっつったよっ!あーあーあーもうっ!ゆっくり角度つけながら下ろしてそうそうそうそう、慎重に慎重に……よっし縄外してやってー!」

 

先走った馬鹿がとんでもない事やらかすトラブルはあったものの無事遺体は回収する事が出来た、尚、馬鹿曰くこの樹で墓標と遺体を焼くとき使う薪を作るとかなんとか……

 

改めて遺体を見るがこれは本当に惨い、傷や欠損の状態を見ると艤装の砲などを使わずサブマシンガンやショットガンといった人間用の武器を使っていたと思われる、正に『玩具にして遊んだ』といった具合だった

 

剛さんが持って来た武器の中にはこの子達の命を奪った物があるかもしれない……、だから捨てろなんて言う事は出来ないがな……、武器そのものに罪は無くそれを使っていた者にこそ罪があり罰せられるべきなのだからな……、まあ容疑者全員俺らが既にぶっ潰してるんだがな!

 

火葬は浜辺で行った、流石に遺体があったとこでやると植物に引火して大火事、延焼して拠点までこんがり焼けるとか大惨事になりかねないからね、シカタナイネ

 

物言わぬ友人達を包む炎を涙を浮かべながら見つめるあまつん、今はそっとしておいてやろう……

 

遺骨が残る様に火加減の調整に翻弄される俺と妖精さん達、そうしないと骨が回収出来なくなっちゃうからなっ! 俺は妖精さん達の知識と技術を手に入れたが故に手伝う事になったわけだが一緒に作業するとホント妖精さん達の凄さを思い知らされる……

 

浜辺に遺骨を埋葬して墓標を立てて無事にあの世に辿り着ける様に祈っていると、急に強い風が吹きあまつんの友人達の遺灰を高く巻き上げ飛ばしてしまった

 

「お願い神様……、この風に乗せてこの子達をどうか日本へ連れて行ってあげて……」

 

あまつんが呟いていた、距離的に行けるかとか方角的にどうかとか無粋な事は言うまい、だって俺も同じ様な事考えちゃったんだもん……

 

「……いい風ね、これならきっとあの子達も日本に帰れるはずだわ、皆、あの子達を弔ってくれて本当にありがとう」

 

そう言って俺達の方に向き直り頭を下げるあまつん、そんなあまつんに当たり前の事をしただけだから気にすんなと言っておいた、自分達の拠点の敷地内に遺体がぶら下げられてるとか最悪過ぎるからな、うん……

 

あまつんの友人達を弔った後は妖精さん達を送ろうとしたんだが、妖精さん達が掃除の手伝いをすると言ってきたので先に拠点とその周辺の掃除をする事になった、妖精さん曰く助けてくれたお礼がしたいからだとか何だとか

 

掃除を開始する前にさっき言っていた翔と太郎丸にも内部構造把握能力があるかどうか試してもらったんだが、案の定2人とも出来たようなので輝がガックリと肩を落としていた、まあ自分専用だと思っていたみたいだからな~

 

ただまあ頭の中に描かれる地図の精度に関しては輝がダントツで高かったようだ、流石元大工なだけはあるな……

 

そこに空が思った事を口に出す

 

「この内部構造把握能力、発展させて内部構造掌握能力に出来ないだろうか?」

 

把握ではなく掌握……、監視カメラや警報装置を誤魔化したり鍵や扉の開け閉め自由、拠点防衛用の兵器類をこちらの都合で好き勝手動かせるといったところか? うん、鼻血出そうなくらい超便利能力っ! そう言った理由でこの3人には今後その能力を練習しまくってもらう事になった、今後は拠点潜入するときはこの3人のうち誰かは確実に連れて行かなくてはいけなくなるな……

 

妖精さん達の力もあってか掃除はものっそいスピードで完了、さっきまでのホラーな拠点とはおさらば! 今では新品みたいにペッカペカですわぁ……、妖精さん達マジ感謝っ!!!

 

因みに拠点周辺の掃除担当の話を聞くと、深海棲艦の残党0、艦娘の生き残り0、遺体も0だったとの事、それ聞いてちょっち安心したわ……、残党いたらまた掃除しなきゃいけないしなっ!

 

拠点の掃除も終わりいよいよ妖精さん達を元いた島に送り届ける時が来た、俺、空、護、摩耶、木曾、あまつんの6人で妖精さん達を送り他のメンバーは残って拠点の防衛をやっててもらう、襲撃時は救援に来なかったがもしかしたらがあったら嫌なので念の為である

 

件の島の近くに着いたので鷲四郎と猫戦闘機達に偵察しに行ってもらったが、敵の影無し拠点無しって事だったのでそのまま乗り込む、こういう場合普通は簡単な拠点とか作るもんなんじゃね?などと考えたがおかげでこっちは楽に上陸出来るしまあいっか!

 

島に上陸したところで妖精さん達を降ろしてあげるが、1人だけ頑なに降りようとしない、必死になって俺の腕にしがみついて離れようとしないのだ、それは俺が初めて出会ったあの溺れていた妖精さんである

 

「シャチョー、その子どうしたんッスか? シャチョーから全く離れようとしてねぇッスけど……」

 

「それは俺が聞きてぇよ……、お~い一体どうした~? ……何? 恩返しがしたい? それはさっきの掃除手伝ってくれたので終わっただろ?」

 

この妖精さん、俺に恩返しがしたいと言っているのだがそれは掃除の件で既に終わったと思っていたのだがどうやらこの子にとってはそれは別件なんだとか……

 

「掃除は溺れていたのを助けてくれたお礼? あ~……、それがあったか~……」

 

そういやそれがあった、妖精さんと情報交換したのはバウムクーヘンのお礼であって溺れていた件についてはノータッチだったもんな、なんとまあ義理堅い妖精さんだこと……

 

更に妖精さんは続ける、無理なお願いをしたのに快く引き受けてくれた事、仲間達を無事に助けてくれた事、安全を考慮してここまで送ってくれた事、そして何より俺と情報交換した事で俺の事を深いところまで知ったが故にどんな事になろうとも力になりたい、心からそう思えるようになってしまったとの事……、よせやいくすぐってぇ!

 

「ここまで言われちゃあ無理に引き剝がせねぇな、なぁ旦那!」

 

「どうするんだ戦治郎さん? こいつは無理に引き剝がしてもきっと付いて来ちまうと思うぜ?」

 

「シャチョーも相変わらず罪作りッスね~、人間や動物だけでなく妖精さんにまでこんなに好かれちゃって~、この生物タラシ~」

 

ニヤニヤしながら摩耶と木曾と護が言う、あぁん退路断たれてるぅ!

 

「連れていってやったらどうだ? 妖精さんの力は今後の俺達の活動で大いに役に立つと思うのだが?」

 

空ータスお前もかぁっ!!!

 

「あぁあぁわぁったわぁった! 妖精さんや、俺らが行く道は恐らく滅茶苦茶辛い道になると思う、最悪死ぬかもしれねぇがそれでも本当に付いて来るか?」

 

俺が尋ねてみれば敬礼で答える妖精さん、やる気満々なのね君……

 

「OK分かった、覚悟は十分伝わった! って事でおめぇさんは今日から俺達の仲間だっ! これからよろしくなっ!!!」

 

それを聞いて飛び跳ねて喜ぶ妖精さん、こうして俺達の仲間に妖精さんが

 

「あのっ!」

 

ああ……、来ると思ってたよコンチキショウ!

 

「私も連れて行って下さい! 深海棲艦があんなにも酷い連中だったなんて知らなかった……、もしこのまま深海棲艦が日本を襲撃して施設にいる子達まで……あんな事になったら……、私……私は……」

 

ここから先はもう声になっちゃいなかった……

 

「それだったら日本に戻って軍に入って近くで守ってやったらどうなんだ? 俺はそっちの方が確実だと思うんだが……」

 

俺はあまつん……、いや天津風に問いかける、妖精さんにも言ったが俺らが進み道は茨どころか電流が流れる有刺鉄線の道と言えるだろう、そんな危険冒してまで付いて来るもんじゃねぇと思う、それに施設の子達の事を心配している言葉のその影に復讐の炎がチラチラと見え隠れしているのが気になるんだよな……

 

「戦治郎さん、恐らくこいつは俺と同じだ……、だから俺はこいつの気持ちが痛いほど分かるんだ、尤も俺なんかよりよっぽど根が深いみたいだがな……」

 

木曾が言う、そういやここにも復讐鬼がいたわ……、前例がいるってなるとホント断りにくくなっちまうなぁ……

 

「ん~、少なくともあたしは連れて行っていいと思うんだよな、天津風の事が心配なら心配しなくてもいいくらいに旦那が鍛えてやればいいし、旦那も天津風1人守れないほど余裕がないわけじゃないだろ?」

 

摩耶も天津風の援護に回って追撃してくる、こういう時信頼が痛ぇよ……

 

「それに軍に入ったからと言って絶対に戦える確証もねぇからな、天津風は駆逐艦だから後方支援に回されて前線に出れない可能性だってあるし、たまにニュースになってたブラック鎮守府だったか? そんなとこに所属させられたら目も当てらんねぇ事になるからな……」

 

更に更に木曾の追撃、うっわぁ……やっぱブラ鎮あんのかよぉ……、それ聞いたら下手に戻すのも抵抗出来るじゃんかよぉ……

 

「戦治郎……」

 

空が観念しろとばかりに視線を向けて言ってくる……、全く仕方ねぇなぁ……

 

「分かった! 分かったよもう! 天津風、付いて来たいならついて来い! 但し摩耶と木曾もそうだがおめぇの事も俺らの戦いで生き残れるようガッツリ鍛えていくから覚悟しとけ! 追いつけないようだったら容赦なく置いて行くからなっ!!!」

 

天津風に言い放つ、こんくらい言っときゃ俺らの扱きに食らいついて来てくれるだろうしなきっと多分恐らくメイビーそうだったらいいなぁ……、天津風は涙を拭いながら何度も頷いていた

 

「そんな事言いながらちゃんと待ってくれるッスよね、シャチョーは根が優しいッスから」

 

えぇいシャラップシャラップ黙らっしゃい!

 

妖精さんだけでなく天津風も加わり更に賑やかになった俺達、また今後の方針話し合って何するか決めないとだな……、まあ拠点も手に入った事だし前よりはゆっくり出来る事だろう、そんな事を考えながら俺達は手に入れたばかりの拠点へと帰るのだった

 

後にこの天津風は【不撓不屈の天津風】と呼ばれ連合艦隊での戦闘で猛威を振るうのだった



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設備と装備を整えよう!

「第5回長門屋波打ち際会議~」

 

「ここは波打ち際じゃないぞ?」「適当な事言うなぁ~」「責任者出てこーい!」

 

ええい黙らっしゃい!いちいち揚げ足とるでない! いいじゃんかよぉここまで波打ち際で通してきたんだしさぁ……

 

妖精さん達を送った後俺達は拠点へ戻ってから話し合いを始めたわけだが、今までは浜辺に直接腰を下ろしてやっていたが今回から拠点の中にあった会議室を使っていく事になったのだ、これで尻が汚れなくなったよっ! やったねっ!

 

「とりあえず話始めっから静かにしやがれ~、んで今回の話し合いは~……輝、さっき言ってた奴出来たか?」

 

「おう、バッチリ仕上げておいたぜ!」

 

輝が俺の元にこの拠点の間取りが描かれた透明なシートを持ってくる、妖精さん達を送る前に俺が輝に描いてもらうように頼んでおいたのだ、おっほ思った以上に綺麗に描いてくれてるじゃん!

 

輝に礼を言って会議前に予め設置しておいたオーバーヘッドプロジェクターにそれを乗せて起動させると拠点の間取り図がスクリーンに大きく表示された、因みにこのプロジェクターはこの会議室に最初からあった物だ、深海棲艦もこういう道具使うのな~……

 

窓のカーテンを閉め照明を落とすとスクリーンの画像は先程よりも鮮明に映りちょっち離れた位置からでも見やすくなっていた

 

「これ、この拠点の間取りなんだが……、こいつを見てくれ……どう思う……?」

 

皆が間取り図を注視しているところにイイ男風に言ってみる

 

「風呂が……無いです……、ってこれマジッスか?」

 

「風呂どころかシャワールームすら無くねぇかこれっ?! 深海棲艦って風呂入る習慣無ぇのかよっ!?」

 

そう、護と摩耶が指摘する通りこの拠点には風呂もシャワールームもなかったのだ……深海棲艦マジきちゃない……、ほら見ろ! 女性陣の表情引き攣ってるじゃねぇか!特に天津風とか絶望感半端ねぇぞこれぇ!

 

この件は掃除中に陸上組から指摘された事なんだよな~、実際に掃除中に敷地内全部回って調べてみたけどホントになかった、トイレは流石にあったが風呂が無いのは艦娘がいる俺達にとっては重大な問題である……

 

「今回は風呂場を作るのと装備を作るのに分かれて作業しようと思っている」

 

「装備作りは戦ちゃんが担当になるのかしら?」

 

俺が今日の活動について話したところで剛さんが尋ねてくる、まあそうなんだよなぁ……俺と妖精さんが主体になって武器開発やるつもりで、風呂場については輝、藤きっちゃん、空の3人を軸にして動いてもらおうと思っていたのだ、割り振る人数も風呂場の方を多めにして早く建てて風呂に入りたいからな、俺以外の深海組は皆まだ1度も風呂入ってねぇから尚更だ、俺? 俺はアクセルのとこでシャワー頂いちゃいました♪

 

「そうなりますね、俺と妖精さんが中心になって装備開発する事になると思いますよ」

 

「だったらこの子達をちょ~っといじっておいてもらえないかしら?」

 

そう言って剛さんは持ってた銃器類をメモ帳と一緒に渡してきた、このメモ何ぞ?

 

「そのメモは各銃器の改良して欲しい点をまとめておいたものよん♪」

 

うっわこれめっちゃびっしりと書かれてますやん……、しかも護用とか摩耶用とかも書いてあるしぃ……、こりゃまた大変そうだ……

 

そして班分けだが、俺、通、護、木曾、天津風が装備開発を担当しそれ以外は風呂場に回ってもらった、ペット衆はこっちに来たがってたが大五郎の存在があちらの作業効率向上に大きく関わっていた事から我慢してもらった、すまぬ……すまぬ……

 

さて、この5人で敷地内にある工廠の中に入ったわけだが、装備開発より先に天津風の艤装のリミッターを外す事にした、軍学校と同レベルの教育や訓練と言っても使う艤装はリミッター付きだと事前に天津風から教えてもらったからだ

 

俺が艤装のリミッター解除が出来る事について、天津風は半信半疑だったようだが木曾がそれが事実である事を伝えると取り敢えず艤装を渡してくれた

 

作業を開始すると目ぇまん丸にして驚く天津風、興味があるのか作業を覗き込みに来る木曾、手順などをしっかり覚えようとメモを取り始める護、通には倉庫の資源を持って来てもらっているので今は此処にはいない

 

「貴方、本当に艤装いじれたんだ……」「へぇ……俺と摩耶の艤装もこうやって直していたのか……」「シャチョー、ここの部分ってどうなってるんスか?」「先輩、材料をお持ちしましたよ」

 

えぇい!一斉に話しかけてくんなし!!!

 

連装砲くんをいじる段階でちょっちて手こずったが天津風の艤装のリミッター解除が完了した、そのタイミングで妖精さんが話しかけてくる

 

「ん?どったよ? 護がメモ取ってたのが気になった? あぁ、あいつも現場で作業してる奴ってのは情報交換したので知ってるはずだろ? あれはあいつなりに艤装のいじり方勉強してるって事よ、……え?いいの?」

 

俺と妖精さんのやり取りを見て不思議がっている他の面々、話がついたところで俺は妖精さんを掌の上に乗せて護の方へ向かう

 

「え?シャチョー?何するんスk「ちょっち大人しくしとけよ~……、妖精さん、GO!」は?ふぐうううぅぅぅっ!!!」

 

妖精さんが護のおでこに自分のおでこをゴッツンコ、その瞬間護が手で顔を覆って悶えだす、木曾達が慌てて警戒するが俺がこの現象を説明する事で警戒を解かせる

 

「妖精さんとの情報交換ねぇ……、戦治郎さんのときもこんな感じだったのか?」

 

「まあな、あれはやってみると分かるんだがマジで頭の中パンクしそうになるぞ、それだけ妖精さん達の知識と技術の情報量が半端じゃねぇってこった、これを空とシゲにもやらんといかんのか~……、まああいつらなら耐えられるか」

 

「シャチョー……、これはちょっと酷いんじゃないッスか~……?」

 

まだちょっちフラフラしている護にごめんなさいして、ここからは護にも手伝ってもらう事にした、主に剛さんの銃器類の改造をやってもらうのだ、自分も新規の装備開発がやりたかったとブーブー言いながら作業を始める護、作業開始してから間もなく

 

「うっひょおおおぉぉぉっ!!!何ッスかこれ!?何なんッスかこれぇ!!?銃火器とかいじった事ないはずなのに構造が手に取るように分かるッス!!!分かっちゃうッスよぉぉぉっ!!!」

 

めっちゃ興奮しておられる……、分かるわその気持ち、俺も摩耶達の艤装いじったときそうだったもん☆ 気持ち悪さはあるけどめっちゃテンション上がるんだよな~、天津風が若干引いておられる

 

「さって、こっちも作業始めますかね~っと、何するのかって?それは……」

 

妖精さんに俺がやろうとしている事を説明する

 

俺は日本刀を作るのに使う炉を作ろうとしていたのだ、日本刀の作り方については長期連休なんかを使って職人さんのとこで住み込みで教えてもらってたんだよな、そこでまだ子供だった大五郎と出会ったりしたんだがそれは今はいいか……

 

この工廠には刀を作るのに使えそうな炉がなかったのでそこから作ろうとしていたのだ、時間はかかっちまうが今はそこまで急いでるわけでもないので気長にやるか~って感じで作業に取り掛かろうとしたが……

 

「ん?任せろって?ちょっち何やってんの?おぉい!?何ぞ何ぞ!?何ぞこれぇっ!!!」

 

妖精さんが俺の肩から飛び降りて、手を合わせてゴニョゴニョしたら魔法陣みたいなの浮き上がってそこから何かせり出てきたじゃねぇかっ! ホント何が起こってんだ?!騒ぎを聞きつけて来た木曾、天津風、通もびっくりしてる、この反応はシカタナイネ、俺も今超極絶驚いてる真っ最中だからなっ!!!

 

妖精さんがこちらに向き直り笑顔を浮かべる、そこには俺が作ろうとしていた炉がその存在を主張していた、おいィ……、予定がめっちゃ早まったぞ……、こういう事も出来るんだな……妖精さんパネェ……

 

気を取り直して炉の作成から予定を変更して、刀を作る作業に取り掛かろうとするが

 

「今度はどした~? って何だこの金属? 使えって?」

 

妖精さんが今度は謎の金属を渡して来た、いやホント何だこの金属?

 

軽い、日本刀の材料である玉鋼よりかなり軽いのだ、それが凄まじい違和感を覚えさせる、この金属は軽いのだが触った途端言葉では言い表せないようなとてつもない力を感じたのだ、本来は鋼材から作ろうと思っていたのだが、妖精さんの勧めもあって俺はその金属で刀を打つ事にした

 

やっだ何これ何か思った通りに金属が変化していくんですけどぉ!金属にまで俺の心読まれてるような感じがしてめっちゃ怖い!でも楽しい!不思議っ!

 

焼き入れ作業に入ろうとしたところで護の作業が終わったので、工廠内の採光窓や入口を全部閉めて暗室を作って焼き入れを開始するが、この金属うっすら輝いてません?焼き入れが終わったらその輝きも消えちまった、ホント何だコレ……

 

 

 

 

 

 

 

「出来たあああぁぁぁっ!!!」

 

今ここに俺特製俺専用の刀が出来上がった、全長210cm、柄の長さは80cm、鞘は特殊な形状をしており切っ先から10cmまではしっかりと刀身を包んでいるがそれから先は峰の方が開いており、背負っている状態でも右腕だけで引き抜けるようにしてあるのだ、装飾については必要最低限で留めておいた、個人的に色々飾り付けるの好きじゃないからな~……、取り敢えずこれで鉄パイプともおさらばだっ!!!

 

木曾と天津風もこれには驚いてるみたいだ、まあこの2人どころか俺よりも長い大太刀だからこんな反応になるわな

 

「それはあれッスか? 某狩りゲーの太刀ッスか?」

 

護が言う、鞘に関しては結構参考にしたから否定出来ねぇ……

 

「お疲れ様です先輩、それでその大太刀の名前は決まっているのですか?」

 

「それな、作ってる最中にティンと来たんだわ、こいつの名前は『大妖丸(たいようまる)』だ!妖精さんの大きな刀、若しくは大妖精の刀ってなっ!まあ太陽ともちょっちかけてたりするんだけどな」

 

こいつが完成したのは殆ど妖精さんのおかげだからな、そんな妖精さんに敬意を払う意味もあるんだが、それとは別に作業中ずっと感じていた強大な力が生まれる前から妖刀のソレを感じさせてたってのもあったりはするんだよな~……、まあここらは公表しないけどな

 

「なるほど、いい名前ですね……、それはそうと先輩に折り入ってお願いがあるのですが……」

 

「自分のもお願いしますってか? いいぜ、最初からそのつもりだったしな!」

 

そう言って俺は今度は通の刀を作り始めた、あの金属はまだあるからな、急いではいないが全員分の武器作らないといけないからちゃっちゃとやっちまおうかねぇ!

 

そんな事を考えながら俺はハンマーを振るうのだった



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むせるHMDと包丁大盛りと・・・・・・

「だっしゃあああぁぁぁっ!!! 終わったぁぁぁっ!!!」

 

「これはまた……、先輩、本当にお疲れ様です……」

 

通の刀だけでなく翔が調理のとき使う包丁に悟用の大量のメスまで作ってやったぞ! やってやったぞ!

 

「包丁がこんなに沢山……ねぇ、本当にこんなに必要だったの?」

 

俺が作った包丁達を見て天津風が聞いてくる、途中からテンションに任せて作ってたからな~……、もしかしたらこんなにいらなかったかも……?

 

「なぁ、こいつは俺が貰ってもいいか?」

 

木曾が通に渡す奴以外でもう1振り作った刀を持って尋ねてくるのだが……

 

「ダメだ、木曾はまず剣術の基礎を学んでからだな、そしたらおめぇ専用のを打ってやっからそれまで我慢しとけ」

 

「……すまん、今何て言った?」

 

ん?聞こえてなかったんかな?

 

「おめぇのは剣術の基礎をしっかり覚えてからって言ったんだよ、OK?」

 

「ああ……、いや分かった……、その……、すまん……」

 

あんれぇ~? 俺何かおかしい事言った? 何か皆の表情が複雑な感じになってるのは気のせい?後木曾は何で謝ったし……

 

「さって、取り敢えず刃物関係は終わったから次は他の奴のを……「それは自分がやっておいたッスよ、シャチョー」おぉぅ護ナイス、サンキュー……って何じゃそりゃ?」

 

護の方を見てみれば、額のところに炎の臭いが染み付いてむせそうな鉄の棺桶のターレットレンズの様なものを装備していたのだ、やっだむせちゃいそう

 

「むせそうッスね~、妖精さんの技術を使って作ってみたんッスよ、こんな見た目ッスけど望遠暗視にサーモグラフィー搭載の光学透過式ヘッドマウントディスプレイなんッスよ~」

 

何それ凄い……、それ付けたら絶対前見えねぇだろうとか思ってたのに……、そんなナリで光学透過式とか……外の様子が透けて見えるってやべぇ……

 

「しかもこれ、超小型の高性能コンピュータも搭載してて手動ではあるもののジャミングをかける事も可能ッス、因みにノイズと欺瞞両方いけるッスよ」

 

この子怖い……、プログラミングだけでなくハッキングとかも余裕で出来るコンピュータの申し子みたいなこいつにそんなの持たせたら……、色々捗りそうだなっ!

 

「面白れぇモン作ったな護、機会あったらそれの機能拡張してミサイルとか使えるようにしようぜ!」

 

「あぁ^~いいッスね~、ミサイルで迎撃してか~ら~の~ミサイル攻撃とか最高ッスね~」

 

やっべ夢が広がりんぐ、機銃だけでなくミサイルまで使っての対空射撃とか面白いと思わないかね? 今度マジで作ろうかねぇ……?

 

「っとそういや通よい、刀の名前は決めたのか?」

 

ここで通に話を振る、俺に刀の名前聞いてたんだから通も名前付けるつもりなんだろ?そうだろ?

 

「はい、打刀は『朝日影(あさひかげ)』、脇差は『月影(つきかげ)』にしようと思います」

 

おぉぅ、両方にこいつの今のイメージにピッタリの影って文字を入れながらも意味は朝日の光に月の光、正反対な感じに仕上げてきたか……、そのセンスちょっち好きかも……

 

「いい名前じゃねぇか、大事にしてくれよ? また作れとか言われても同じの作れるか分かんねぇからな」

 

「はい、大切に使わせて頂きますね、本当にありがとうございます」

 

そう言って俺に一礼する通、早速帯刀するが様になってやがるなぁ……

 

「さて、そろそろ出来上がった装備を皆に渡しに行くとすっか!」

 

俺の一言で全員が工廠から出ていく、風呂場の方の作業はどうなってっかな~?

 

 

 

 

 

 

 

 

現場に行ってみれば皆丁度休憩しているところだったので先程出来上がった装備を渡す事にした、深海勢は受け取った装備類を艤装の中に格納していた、こういう時深海棲艦の艤装って便利だよな~、好きな時出したり消せたり出来るし……、俺のはほら、大五郎だからそんな事出来ないからなぁ……摩耶用のサブマシンガンは剛さんに預かっててもらう、艦娘のはこうはいかないから仕方ない

 

それはそうと、翔の姿が見えないが何処行ったんだ?

 

「皆さんお疲れ様で~す、って戦治郎さん達もこっちに来てたんですか?」

 

そんな事考えてるとお茶と大量のサンドイッチを持って翔が姿を現す、あぁ、皆に食事作って来てくれたのな……、この量は1人じゃ大変だったろうに……

 

「おう、こっちは作業終わったからな、今皆に装備渡してたところだ、ちゃんとおめぇのもあるから受け取ってくれ」

 

「え? 僕の装備ですか?」

 

翔が驚いている、まあこいつは積極的に戦闘するタイプじゃないから自分用の装備があるとは思ってなかったんだろうなぁ……、でもまあ……、あそこはある意味戦場だからあって損はねぇはず、それに状況はそれを許してはくれないだろうしなぁ……

 

「いっくぞ~、まず菜切でしょ?薄刃でしょ?出刃でしょ?小出刃でしょ?柳刃でしょ?三徳でしょ?「わぁ……いっぱい作ってくれたんですねぇ」牛刀でしょ?筋引でしょ?骨スキでしょ?そして最後に~……、はい、人斬り包丁~♪」

 

「わぁ最後のいらない☆」

 

最後に渡そうとした人斬り包丁こと打刀、いらないって言われて悲しいけどノってくれてちょっぴり嬉しい

 

「えっそれ翔さんに渡すつもりだったのか? 翔さんがいらないってんなら俺g「ダンメ~」えぇ……」

 

木曾はまだ諦めてなかったか……、今はまだ無理だが後でちゃんとおめぇに合わせた専用の打ってやるからホント我慢してくれ~……

 

「翔はこう見えても剣術の基礎は身につけているんですよ、それも私と先輩が付きっきりでです」

 

通が肩を落とす木曾に諭すように言い聞かせる、それを聞いた木曾の表情は驚き一色

 

「身体を鍛えるのと護身術って事で教えてたんだわ、翔の要領の良さもあって教えた事をスルスルと飲み込んでいくのは見てて面白かったっけな~」

 

何でわざわざ護身術として剣術教えたかについてはほら、俺って長門コンツェルン総帥の息子じゃん?何あるか分かったもんじゃねぇから自衛手段として教えておいたのよ

 

「っと話逸れてた、翔の場合包丁は調理にも使うだろ? 包丁で戦う事になったら深海棲艦斬った包丁で料理作る事になるじゃんか、それは何か嫌だろ?」

 

「僕が戦わないって選択肢は「ありません」あぅ……」

 

いい機会だからこの場で言っておこう、今後は内部構造把握能力を持っている陸上型3人の誰かを必ず潜入チームに入れていくつもりでいるのを嘘偽りなく伝えた

 

「でかい拠点だったりしたらもしかしたら2チームかそれ以上の規模で潜入する可能性もあっからな、そうなったとき自分は戦えません戦いませんは通用しねぇんだよ……」

 

「そう……ですよね……、僕達も生き残る為には戦わなくちゃいけない……、分かりました、そういう事なら僕はその刀を受け取ります」

 

そう言って翔は刀を受け取ってくれた

 

「どうせだからそいつに名前付けてやったらどうだ? きっと愛着わくと思うぞ?」

 

俺がそう言うと翔は考える素振りをしてから答える

 

「そうですね……、では『鼓翼(こよく)』なんてどうでしょう?」

 

鼓翼……、鳥が飛ぶ事、羽ばたく事って意味だったか……、こいつらしいっちゃこいつらしいと思っちまった

 

「お前らしさが出てていいと思うぜ? そんじゃそれは今日からおめぇのだから大事にしてやってくれよ?」

 

「はい! ありがとうございます! これからよろしくね、鼓翼」

 

翔は鼓翼に語りかけた後艤装の中に格納する、まあこいつの場合あんま出番無い方がいいんだがな……、もしものときは頼んだぞ、鼓翼

 

さって、そういえば翔がサンドイッチを作ってくれていたっけか、丁度腹も減ってる事だし早速頂くとしますかね!

 

この時、俺達は気付いていなかった……、拠点からかなり離れた沖に浮かぶ影の存在に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの子達を……助け……ないと……」



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闇に呑まれゆく魂と影と踊る一対の刃

通算UA1万突破!!!

まさか1万の大台に乗るなんて想像すらしていませんでした……

まだまだ未熟ではありますがこれからも見て下さる方々も作者自身も楽しめる作品にしていけるよう頑張りたいと思います

本当にありがとうございます

今回は通視点になっております


今対峙している相手を見ながら、私は柄にもなく心の中で軽く舌打ちをしました

 

これまでの動きから相手が只者ではない事は分かり切っている、この個体が持つ高い身体能力だけでなくそれを完全に制御する技術、幾度となく戦場に身を投じる事で研ぎ澄まされた戦士としての勘も持ち合わせている……、これが非常に厄介極まりない……

 

空蝉を使った奇襲すらも頬に浅い傷を付ける程度の損害で留めてしまう相手、異質な気配を漂わせたこの軽巡棲姫、その頬を伝う雫の色は紫色、そして彼女が見つめる先には天津風さんの姿……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題が発生したのは食事の後、工廠で護がやっていた妖精さんとの情報交換を空さんとシゲにもやっていた時でした

 

「ご主人様大変だ! 誰かが凄い速さでこちらに向かって来てるよ!」

 

哨戒機を飛ばしていた太郎丸が慌てて報告してきたのです

 

「ほう……、で、数はどのくらいだ? 出来ればどんな姿してる奴がいるかも分かるか?」

 

「えっと……数は1人だね! それで姿だけど~……えっ!!!」

 

太郎丸はとても驚いた顔をして私の方へ顔を向けてきました、一体どうしたのでしょうか? そんな事を考えてると太郎丸が驚きを隠す事なく続きを報告してきました

 

「通とおんなじ姿をしてる! 一体どういう事なの!? 通は分身の術も使えたの?!」

 

分身云々の件は皆さんの耳には届いていなかったでしょうね……、私もそうでしたから……、それよりも重要な事、それは軽巡棲姫が単独とは言えこちらに向かって来ているという事実……

 

食後に雑談を楽しんでいた空気が瞬時に張り詰めたものに変わりました

 

「先輩、私が先行して様子を見てきます」

 

妙な胸騒ぎがするものの私は先行して相手を窺う役を買って出ました、私の勘と先程先輩から頂いたばかりの朝日影と月影がそうするよう訴えかけるように小さく震えている気がしたからです

 

「分かった、だがヤバイと思ったらすぐ退けよ? そんときゃ俺らが何とかすっから」

 

「承知しました、でh「待って!」……天津風さん?」

 

「お願い! 何か胸騒ぎがするの……、その深海棲艦に会わないといけない……そんな気がするの! だからお願い! 私も連れていって!」

 

天津風さんも私と同じで胸騒ぎですか……

 

「天津風、こればっかりは流石n「奇遇ですね、実は私もさっきから妙な胸騒ぎがしていたのですよ、だからこの役を買って出たわけなんですけど……、いいですよね、先輩?」……、あぁもうわぁった! おめぇは言い出すと聞きやしねぇからな全く……、だがさっきも言ったが無茶だけはすんなよ? それ守れるんなら行ってこい」

 

「はい! 通さん、ありがとうございます!」

 

「あぁ、ちょっと待って欲しいッス、2人にはこれ渡しておくッス」

 

そう言って護が私と天津風さんに渡したのは小型の片耳ヘッドセットのような物、護が言うには今護が装着している最低野郎共御用達HMDと通信出来る通信機との事、いつか機能拡張を施してHMDを中継して装着した者全員と通信出来る様にしたいそうです

 

「それは海の中でも使えるッスからね、何かあったら海中に潜ったりして身を隠してからそれですぐ連絡するんスよ?」

 

「承知、通信機の件ありがとうございます、では行って参ります」

 

私はそう返して天津風さんを抱き上げる、所謂お姫様抱っこという奴ですね

 

「え? ちょっと!? 通さん?!」

 

顔を真っ赤にしながら尋ねてくる天津風さん、恥ずかしいかもしれませんが我慢して下さい、そうしないと置いて行かざるを得なくなりますからね……

 

「しっかり捕まってて下さいね」 「え"!?もしかしてまた?!」

 

太郎丸に方角を聞きその方角へと走り出す、私が走った後には天津風さんの絶叫が木霊していたそうな……

 

 

 

 

「さて、あれが問題の軽巡棲姫ですか……」

 

私は天津風さんを降ろしながら呟く

 

「貴方達って何で皆揃いも揃ってこんなに足が速いのよ……」

 

ぶつぶつと呟く天津風さん、これでも私は上から3番目程度の速さなんですけどね、因みに1番は空さんで2番は先程の装備で速度強化を施した光太郎さんです

 

「天津風さんは隠れていて下さい、私が仕掛けますのでそれで得た情報を逐一護に教えてあげて下さい」

 

不安そうな顔をしながらも了承して身を隠す天津風さんを見送り、私は件の軽巡の姫君の方へと向き直る

 

「それでは、参りますか……」

 

そう呟いて私は海上へと飛び出し朝日影と月影を引き抜き真っ直ぐ軽巡棲姫の方へ突撃していきます

 

それに気付いた軽巡棲姫はすぐに私の方へ砲を向け砲撃を開始、その砲撃はかなりの精度を持ち正確にこちらを狙ってはいるものの中々命中させる事が出来ずにいました、私もわざと当たってあげるわけにもいきませんからね、上手く砲撃を躱しながらその距離を詰めていきます

 

直接狙うのがダメだと分かったら今度は足止め、減速、誘導を織り交ぜながらの砲撃を開始、私が射程内に入って来たあたりで魚雷の使用も開始し先程よりも回避が困難になってきました……、そろそろ頃合いでしょうか?

 

そう思っていたところでこちらに向かってくる魚雷があったので、空蝉を使い私に魚雷が直撃したように見せかけて私は海の中に潜り軽巡棲姫の背後に回ります

 

「通さん! 無事ですかっ!?」

 

天津風さんの声が私の耳に届きます、不味い!そういえば天津風さんには私が空蝉を使える事をまだ教えていませんでした!

 

天津風さんが狙われる事を危惧してすぐに飛び出そうとしましたが、軽巡棲姫は予想外の反応を示し天津風さんの方を見るなり動きを止めていたのでした

 

勝機! これを逃す手はない! そう思い私は当初の予定通り軽巡棲姫の背後から海面に飛び出し首を刎ねるつもりで朝日影を横薙ぎに振るいました

 

が、それは失敗し精々頬に浅い傷を付ける程度で終わってしまいました、軽巡棲姫が私の想像以上の速度で反応し躱されてしまい、そこからすぐに反撃に移って来たのです

 

この軽巡棲姫、どうやら体術の心得があるようですね……、身のこなしからすぐに気付くことが出来ましたが……、その体術は一体何処で覚えたものなのでしょうか……?

 

この軽巡棲姫が使う体術は恐らく日本の柔術……、それもかなりの使い手の様なのですが、果たして普通の深海棲艦が体術などを使うものなのでしょうか……?

 

軽巡棲姫が繰り出す拳や蹴りを上手く捌きながらも疑問を払拭する為に改めてこの軽巡棲姫を見据えていると、とある事に気付く事が出来ました

 

その頬に付いた傷、その傷から流れ出る血液の色が深海棲艦とも人類及び私達とも違っていたのです、青でも赤でもない……、彼女の血の色は紫色だったのです……

 

「護、聞こえていますか」

 

私は軽巡棲姫から間合いを取り通信機を起動させて護の反応を待ちます、私が間合いを取ると軽巡棲姫は少しだけ大人しくなり、私の後方にいるであろう天津風さんの方を見つめていました

 

「通! よかったッス! あまつんから通に魚雷が直撃したって聞いて心配してたんッスよ~?」

 

「それは後で謝ります、それより妖精さんに聞いてもらいたい事があるのですが……」

 

私は紫色の血の深海棲艦が存在するか否かを尋ねるようにお願いしたところ、予想外の答えが返ってきました

 

「いいッスか通!心して聞いて欲しいッス!妖精さんが言うには紫色の血の深海棲艦は元は艦娘だった深海棲艦だって言ってるッス! 但しこれは時間が経過するとどんどん青色に変化していって最終的には完全に深海棲艦に変わってしまうみたいッスよ!」

 

元艦娘の深海棲艦……、そんなものまでいるのですか……、正直知りたくなかった情報ですよ……

 

「まだ血液が紫色だったら何とか出来るとも言ってるッス! 今からそっちに……ってあまつんどうした? ……えっ神通先生? ちょっとあまつん! それどういう事ッスか?!」

 

なるほど……、先程から天津風さんを気にかけるように見つめているのはそう言う事ですか……

 

あの軽巡棲姫は天津風さんが食事中に教えてくれた、彼女達を艦娘として戦えるように訓練していたという教導艦の神通さんの変わり果てた姿だと言うのですか……

 

変わり果てた姿になっても攫われた教え子達を助ける為にたった1人でこの島に来たのですね……

 

「護、ここは私に任せてもらえませんか? 大人数で来ると彼女を刺激してしまいまた暴れだすかもしれません」

 

「ちょっ大丈夫なんッスか?! シャチョーも後ろで無茶すんなって叫んでるッスよ!?」

 

「出来る出来ないじゃないんです、やってみせるんですよ、彼女の為にも、天津風さんの為にも……っ!」

 

私がそう言うと護はしばらく黙った後

 

「わかったッス、くれぐれも無茶はしないで欲しいッス……」

 

「ありがとうございます、それと天津風さんに伝えておいて下さい、神通さんは必ず助け出してみせます、と……」

 

私は通信を終え再び軽巡棲姫を見据えます、先程から朝日影と月影の震えが大きくなっているのは軽巡棲姫を、神通さんを助けたいという私の心に呼応しているからなのでしょうか? 朝日影、月影、もしそうならば是非私に力を貸して下さい……

 

そう願ったところ朝日影と月影の震えは止まる、そしてそれと同時に軽巡棲姫の双眸を覆う仮面から滲み出る禍々しい何かが見える様になっていました

 

「あれは……、あれが神通さんを縛る異質な気配の根源なのですね……」

 

仮面から出るそれはジワリジワリと軽巡棲姫の身体を徐々に覆っていく……、このままでは神通さんが完全に深海棲艦に変貌してしまう……、ならば……!

 

私は覚悟を決めて軽巡棲姫へ一気に詰め寄る、軽巡棲姫はそれに気付くと先程同様砲撃を開始する、私はそれらを一切回避せずに朝日影と月影を振るい悉く斬り捨てながら更に加速する、もう軽巡棲姫は目と鼻の先にいる!

 

「朝日影よっ! 月影よっ! 今こそ力をっ!!!」

 

朝日影と月影を交差させるように振るい軽巡棲姫の仮面のみを斬り捨てる

 

先程まで軽巡棲姫を覆っていた何かは霧散し仮面が割れて海面に落ちるなり消えてしまいました

 

仮面を失い素顔を晒す軽巡棲姫、その顔は私が知っている川内型軽巡洋艦2番艦の神通のそれそのものでした

 

その顔が天の光に晒されたとき彼女の身体に変化が起き、淡い光を放ちながらその姿は軽巡棲姫のものから神通の、それも改二の姿へと変化しました……

 

その姿が完全に神通のものに変わった後、彼女はフラリと倒れそうになってしまいましたので急いで抱き留め呼吸と脈の有無を確認……、よかった……どちらもありました……

 

彼女を無事助ける事が出来た安心感からふらつきそうになるも踏ん張って耐え、私は穏やかな寝息を立てる彼女を抱き上げて彼女の教え子の元へと歩き出すのでした



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返り咲く華と天を吹き荒れる風

今回は天津風のキャラ崩壊が凄いです……、ご了承下さい……


私はその昔、大本営直属の水雷戦隊の旗艦を務め幾多の戦場に身を投じ数多くの戦いで勝利を収めてきました

 

しかしある日ある戦場にて私は敵の砲撃が直撃してしまい脚に後遺症が残る大怪我を負ってしまい、艦娘として戦場に立つ事が出来なくなってしまいました……

 

戦場に立つ事は出来なくなったものの、後進の育成は出来るだろうと思い教導艦になると申し出たところとある戦災孤児や捨て子を引き取っている施設から教導艦を派遣して欲しいという話があるらしく、私はその施設に教導艦として派遣される事になりました

 

恐らくこれは施設が子供達を間引きする為に行っているのでしょう……

 

深海棲艦との戦争が始まってから戦災孤児や捨て子の数は年々増加しているそうで、このままいくと多くのそういった施設が収容人数の限界を迎えてしまい日本は浮浪児で溢れかえってしまう、そうならないように施設の人間は子供達を聞こえの良い言葉で騙し戦場に送り出す、そこで子供達が活躍したら手柄は自分達のもの、死んでしまえば本来の目的は達成出来る……、何とも大人らしい汚いやり方だと思いました……

 

子供達を自分達の都合の良い道具として使おうとしている施設のやり方に憤りを感じた私は、何時の日か施設の実態を公表し施設の子供達が挙げた戦果の上に胡座をかき悦に入る施設の者達の鼻を明かしてやろう、そんな決意を胸に担当する事になった子供達を何があろうと生き残り多くの戦果を挙げられる様にと徹底的に鍛え上げました

 

そしてある日その成果が実を結んだのかドイツで行われる日本とドイツの親睦を深める為の交流戦と称した合同演習に私が担当している子供達が参加する事になりました

 

私達が現地にてその日の為に訓練を行っていた時の事でした

 

私達は不運にも深海棲艦に襲撃されてしまったのです

 

何人もの子供達が私の目の前で沈められ、攫われてしまいました……

 

私は攫われた子供達を助けようと交戦するものの、脚の後遺症と数の暴力に翻弄され故郷から遥か遠くの異国の海に沈んでしまいました……

 

私は暗く冷たい海に飲み込まれながらも子供達を助けたい、そう願い続けるのでした……

 

 

 

 

 

気が付けば私は海上に佇んでいました、先程まで海の底へと沈んでいっていたはずなのに……、一体何が起こったのかは全く分かりませんでしたが、今の私が思う事はたった1つ

 

「……あの子達を……助け……ないと……」

 

私はそう呟き移動を開始したのですが、それから先の出来事はよく覚えていません……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

気が付けば見知らぬ天井、私の身体はベッドの中にありました

 

「神通先生!? 気が付いたんですか?!」

 

私の声を聞いて驚いた様子で声を掛けてきたのは……

 

「天津風……さん……?」

 

私が助けようとした、深海棲艦に攫われた子供達の内の1人である天津風さんでした

 

「私の事、分かるんですね……、良かった……、本当に良かった……」

 

天津風さんはそう言うと私に抱きつき泣き出してしまいました、この子は私が沈んでいく姿を見ていたはずなので泣いてしまうのは仕方がない事だと思い私は天津風さんの頭を優しく撫でるのでした

 

「天津風さんが無事でいてくれて何よりです……、しかしここは一体何処なのでしょう……?」

 

天津風さんの無事を確認出来た事で安堵した私は改めて周囲を見回しました、何処かの救護室のようですが……、そう思っていたところに何者かの気配を感じ警戒します、その人はノックも無しにこの部屋へ入ってきてこちらへ向かって来ながら話しかけてきました

 

「天津風さん、そろそろ交代しましょう……、天津風さん?どうしm……あっ……」

 

先程部屋に入って来た人物と目が合ったところで私の中で警鐘が鳴り響きます

 

その人物は深海棲艦の軽巡棲姫、深海棲艦の上位個体である姫クラスの存在だったのです、私は今どうするべきかで思考を巡らせる、私が囮になって天津風さんを逃がす事が出来るだろうか、相手をどのくらい引きつける事が出来るだろうか、そんな事を考えていると

 

「大変失礼致しました、どうぞ引き続き感動の再会をお楽しみくださいませ、私は入口の方に控えていますから何かあればお申し付け下さい、それでは……」

 

そう言って引き返していく軽巡棲姫、どういう……事でしょう……?

 

「待って下さい、これはどういう事ですか?」

 

「これ……とはどの事でしょうか?」

 

私が声を掛けると軽巡棲姫は立ち止まり、このように返してきました

 

「ここは何処なのですか?私h「え?あっ通さん! 気付くのが遅れてごめんなさい!」……天津風さん? 通さんというのは……?」

 

私が軽巡棲姫に問い掛けようとしたところで天津風さんが軽巡棲姫の存在に気付き謝罪していました、通というのはもしかしてこの軽巡棲姫の事なのでしょうか?

 

「いえ、私の方こそ感動の再会に水を差すような真似をして申し訳ないです、っとそう言えばまだ名乗っていませんでしたね、私は神代 通と申します」

 

神代 通と名乗った軽巡棲姫は自分の方こそ無粋な事をしたと天津風さんに謝罪していました、本当に訳が分かりません……、私、混乱しちゃいそうです……

 

 

 

 

私が落ち着いたところで2人は私に事情を説明してくれました

 

通さんやその仲間達の事、この拠点の事、攫われた子供達の事、そして……

 

「神通さんは攫われた子供達を助けたいと必死になって思い続けた結果、軽巡棲姫になりかけながらも子供達を助けようとたった1人でこの島に来たようです」

 

「私が……、軽巡棲姫に……」

 

ただただ驚愕する事しか出来ませんでした……、まさか私自身が子供達の仇である深海棲艦になりかけていたなんて……

 

「そんな神通先生を助けてくれたのが通さんなんです! 通さん、神通先生を助けてくれて本当にありがとうございます!」

 

天津風さんは通さんの方へ向き直りそう言って頭を下げていました、この人が……私を……?

 

「あの時の通さん、本当にかっこよかったです!軽巡棲姫の仮面をこう……スパッ!って斬ったら先生が元の姿に戻って……それから……」

 

天津風さんが興奮したのか息を荒げながら身振り手振りで説明しているのですが、最後のあたりになると顔を真っ赤にしてゴニョゴニョと呟くように話していてよく聞こえませんでした……

 

「あの……天津風さん……?」

 

「それから……、その……倒れそうになった先生を優しく抱き留めて……、それからお姫様抱っこしてゆっくりと私の方に……ってキャー♪」

 

天津風さんは顔を更に真っ赤にして頬に手を当てながらイヤンイヤンとばかりに首を振っています……、ってちょっと待ってください、お姫様抱っこ……?私を……?……誰が……?

 

「あの……、お姫様抱っこって……、誰が誰を……?」

 

「通さんが! 先生を! です! もうあのときの2人は本当に絵になっていました!2人共かなり和風な感じですけど正に王子様とお姫様って感じで! 先生の無事が確認出来て安堵した様に微笑みかけてる通さんとかもう……」

 

今度は私が真っ赤になる番でした……、通さんは今は軽巡棲姫の姿をしていますが元々は男の人……、私をお姫様抱っこして微笑みかけている姿を想像してしまい……、どういうことでしょう……身体が、火照ってきてしまいました……

 

「天津風さん、落ち着いて下さい……、その……神通さん、もしそれらの行為が気に障ったと言うのであればこの場で謝罪します、本当に申し訳ございませんでした……」

 

そう言って通さんは私に頭を下げて謝罪してきました、私は別に不快なわけでもなく……、どちらかと言えばちょっぴり残念だったような……って私は何を考えているのでしょう……

 

「あの、顔を上げて下さい、私は特に迷惑だったと思っていませんし、倒れそうになっていたという事は私は気絶していたと思うので……、それよりも私の方からお礼を言わせて下さい、助けて頂き本当にありがとうございます、おかげで天津風さんと再会する事が出来ました、他の子達の事は残念ですが……、それでもこの子達を救って下さった事は事実ですからとても感謝しています」

 

「……そう言って頂けると幸いです、他の子達のお墓を浜辺に作っていますので今日は流石に無理でしょうから明日にでも行ってあげて下さい、きっと喜んでくれると思いますから」

 

本当は今すぐにでも向かいたいのですが、深海棲艦になりかけていたのが原因なのでしょうか、疲労感で思うように身体が動いてくれません……、通さんがいう通りここは大事をとって休む事にしましょう

 

「では、私はこのあたりでお暇しますね、天津風さんも今日は色々あった事ですし疲れが溜まっているはずですから部屋でゆっくりと休んでいて下さい、それでは神通さん、おやすみなさい」

 

「それじゃあ私もこのあたりで戻りますね、先生、おやすみなさい」

 

そう言って通さんと天津風さんは退室し、この部屋には私だけになりました……

 

部屋を出る前に通さんが私に向けた微笑みを見て、少々胸がときめいてしまいました……

 

通さん……、誠実で……、とても素敵な方でした……

 

そんな彼の事を思いながら、私は静かに瞼を閉じました



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懐が寒くなってきました

神通棲姫襲来の翌日、神通達が墓参りを済ませて戻って来たところで

 

「だ、第6回波打ち際会議~……」

 

\ウェーイ!/\ウェェェイィッ!!!/\戦治郎うるせぇ!/

 

「あの……、天津風さん、これは一体……?」

 

「ただの話し合いなので気にしなくていいと思います」

 

天津風も慣れたもんだ……大丈夫だ神通、その内おめぇも慣れるから

 

それはそうと今回は俺が進行役じゃないんだよな~、今回の進行役は皆に伝えておきたい事があるからって事で翔がやっている

 

「え~っと、まずは神通さんの事からかな?通、お願いね」

 

「分かりました、では……」

 

通が昨日の件の報告を始める、神通が軽巡棲姫になりかけながらもここに来た理由、戦ってみた感想、仮面を斬る前に発生した現象の事などを細かく報告する

 

施設の件はまあ置いておこう、今の俺らじゃどうしようも出来ねぇからな……

 

しかし艦娘時代に使っていた柔術を使ってきた、か……

 

「こりゃいい判断材料になりそうだな、俺達は何度か深海棲艦と戦ってるが懐に潜り込めたら大体の奴はすげぇ簡単に倒せるから恐らく普通の深海棲艦は近接格闘ってもんを知らん可能性が高い……、つまりそういう事してくる奴は元艦娘か俺ら同様転生した奴の可能性が高くなるな」

 

「そうかもしれませんね、大日本帝国海軍も格闘術の訓練はありましたからどの方も多少の心得はあるはずです、ただその状況に持ち込むのはリスクが高過ぎるとしてあまり勧められてはいませんでした」

 

下手したら超至近距離から砲撃されるかもだからな~……

 

「俺が気になったのは通が仮面から禍々しいものが出ているのが見えるようになった事だな、それがもし妖精さんがくれた金属の影響だったとしたら俺を含めた一部の連中では対処出来ないという事になるのだが……」

 

空が言う、それは俺も気になったんだよな、俺は大妖丸あるから対処出来るかもしれんが空や剛さんとか装備に妖精さんの金属使ってない奴が元艦娘深海棲艦とぶち当たったら沈めてやるしか手がなくなるのがな~……

 

「そのあたりは工廠組で考えるとするか、全員妖精さんとの情報交換は完了しているからいい案が浮かぶだろう」

 

「あ、だったらついでに自分のHMDの機能拡張もやっていいッスか? 今回ので通信関係の部分を早急に何とかしないといけないのが分かったッスからね」

 

天津風と通の2人と同時に通信する羽目になったのが堪えたっぽいな……

 

「そういや神通、おめぇさんは今後どうすんだ?」

 

「その件ですが、私も貴方方の仲間に加えてもらえないでしょうか? 恐らくですが私が沈んだという情報は既に日本にも伝わっていると思うので……」

 

ああ、逃がす事が出来た子達が報告してるだろうから神通は既に死んだものとして扱われているんだろうな……

 

「先生……、でもここにいたらかなり激しい戦闘にも参加しなくちゃいけなくなるかもしれないんですよ?先生は確か脚に後遺症が「あ~、その事なんだがなぁ」悟さん?」

 

天津風が話しているところに割って入る悟、神通の身体に何かおかしいとこでもあったのだろうか?

 

「神通の身体なんだがなぁ、後遺症や持病の類が綺麗さ~っぱりなくなってるようなんだわなぁ……、それどころか身体機能が俺ら側に傾いてやがらぁ」

 

俺ら側に傾いてるってどういう事だってばよ?

 

「具体的に言うと海の中でも呼吸可能、身体能力の上昇、艤装の召喚可能、全部普通の艦娘には備わっちゃいねぇ能力だわなぁ、まあそれが問題あるかどうかの判断は任せるぜぃ」

 

それって姿が神通になってるだけの軽巡棲姫じゃね? 危うく変な声出そうになったわ……

 

「後遺症がなくなっていた事も驚きましたが、記憶と姿こそ取り戻す事が出来ただけで中身は軽巡棲姫のまま……、尚更日本には戻れなくなってしまいましたね……」

 

おんやぁ~? 神通さんや、言ってる事と表情がちょ~っち一致してないように見えますぞ~?

 

「私の身体については悟さんから問題ないとの事なので「問題なしと判断するたぁ中々強ぇな、神通よぉぃ」コホン、えっと付いて行こうとしている理由でしたか?それについては今の私には行く当てもありませんし、私だけでなく天津風さんも助けてくださった恩を返したいんです、それに天津風さんも付いて行くという話のようですし少々心配なところもありますからね」

 

うん、それはいいんだけど理由話してる最中に君はチラチラと通の事見てましたよね?多分皆気付いてると思うのよ?

 

「そういう事なら分かった、水雷戦隊旗艦の実力と優秀な教導艦の腕前、大いに振るってもらおうかね!」

 

現役時代、【疾風残影の神通】と恐れられた彼女は暗い海の底から戦場に舞い戻り活躍した事が後世にて伝説として語り継がれるのだが、それはまだ先の話である

 

「えっと、そろそろ僕が話してもいいですか?」

 

翔~~~! ごっめ~~~ん! すっかり忘れてた~~~!

 

「では話しますね、それで僕からなんですけど、そろそろ資金集めしませんか?」

 

おっおっおっ? 資金集め? 何があったぞ?

 

「僕達の最終目標は今のところ日本に戻る事なのですが、その為にはものすっごく長い距離を移動しなくちゃいけないじゃないですか、そうなると燃料や弾薬もそうですけど食糧の類はどうするんですか?」

 

あっあっあっ……、そうだよ長距離移動の際の食糧の問題があるんだった……、燃料弾薬なんかはワ級でも襲えば何とかなるだろうが食糧については拠点でも襲わねぇとどうしようもねぇ……、ああ、またシーフード三昧になるのは嫌でござる……

 

「北と南、どっちから日本に向かうか分かりませんけどある程度お金があったら上陸して買い物も出来るようになりますし、今のうちに保存食や保存食に加工出来る食べ物買っておいて保存しておくなんて事も出来ますからね、一応今日からここの食べ物の一部を保存食に加工する作業も進めますけど、いいですよね?」

 

シーフード地獄を知っている連中は一斉に首を縦に振る、何度も振る、これでもかって位振る、知らない連中はきっと頭上に?マーク飛んでるだろうな……

 

うん、お金は大事だなっ! そういやドイツに行ったとき図書館とか有料だったせいで使えなくて悔しい思いしたんだった……っ!

 

「それはいいんだけど、食べ物の保存方法と資金集めの方法はどうするんだ?」

 

光太郎が翔に尋ねる、ほんそれ、どうしてやろうかねぇ……

 

「そういえばここに保管されてた資料の中にあった情報だけどここから北、フレヤ島の近くに補給拠点があるみたいよ?そこを襲撃して資源と資材の一部と食べ物全部頂いちゃってから戦ちゃんのドイツのお友達に拠点と残った資源資材を丸っと売却するのはどうかしら?」

 

剛さんが提案してくる、おっほ剛さん大胆っ!!!個人的にはいいぞ~これ~

 

「ちょっち待って下さいね~っと……、あっこの赤い丸のとこです?「そうそう、そこよん」ここならフェロー諸島攻め込むときの中継基地として使えそうだな……、よし資金集めについてはそれでいこうと思うけど皆いいか?」

 

全員が頷いてくれた、一部は獰猛な笑みを浮かべていたな~……

 

「保存方法についてはそうだな……、翔の艤装を改造して保存用の装備を付けるのはどうだ?」

 

「ああ~、如何に火力や装甲耐久を落とさずに食糧保存用装備を付けるかが腕の見せ所になりそうッスね~」

 

「それ付けたら給糧泊地水鬼ってか?翔らしい感じになっていいじゃねぇかおい」

 

この工廠組、実にノリノリである

 

「どうせだから調理用設備も付けちまおうぜ!翔がその場でクッキングってなぁ!」

 

「「「それだ!」」」

 

当然俺もノっちゃう、当たり前だよなぁ?

 

「あ、あはは……、どうかお手柔らかに……」

 

翔が苦笑いで答える、まあ自分の艤装いじられるんだからなぁ、こういう反応になるか

 

さって今日も忙しくなりそうだ、風呂場の件は神通の件の後俺達も合流してさっさと仕上げてあげましたよ、やっぱシャワーより風呂だな、足伸ばして入れる風呂って最高!

 

そういや風呂上りに食料庫で見つけたというアルマンドロゼをラッパ飲みしていた輝を空と一緒に殴りました、まる



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更なる装備強化とルート選択

「デンドロビウムみたいにしようぜ!」

 

「それだと空さんの得意な格闘戦に難があるんじゃ……」

 

「ミーティアの方がいいと思うんスけどね~」

 

「今ならGNアーマーなんじゃねぇか?」

 

「それらも似たようなもんじゃないか……」

 

「インレ……」

 

「何で皆そう合体に拘るんですかっ!!!」

 

「「「「ロマンがあるからに決まってるだろ?」」」」

 

俺達工廠組が出すアイディアに悉くツッコミを入れる翔、現在俺達は空の艤装の改造案を出し合っていたのだ

 

因みに他の連中は浜辺の方で訓練をやってもらってる、木曾と摩耶から頼まれた事なんだがどうやらこの拠点強奪する時の戦いで見せつけられた俺達との実力差と戦いに殆ど貢献出来なかった悔しさから稽古をつけて欲しいと言ってきたのだ、そういや最初出会ったときに約束してたっけな、生き残ったら戦いに関して教えてやるって……

 

いい機会だから天津風にも頑張ってもらう事にした、付いて来るのを許す条件にそうする事入れてたしな、地下牢から出て防衛チームと合流するまでの出来事や通と神通の戦いを間近で見ていた事もあって俺達の実力はどうやら察しているようで、強くなれる可能性に期待していながらもどんな訓練が待ってるか分からない不安が混ざったような顔してたな……

 

摩耶は射撃関係って言ってたから剛さんに、木曾は剣術関係やりたいみたいだから通に稽古をつけてもらい、天津風は実力が分からん都合でちょっち可哀想ではあるが取り敢えず光太郎と演習してもらってその情報から育成方針を考えるつもりだ、その後は3人一緒に基礎体力作りの為に走ってもらう

 

それはそうと、翔の艤装の改造については本人に意見要望を出してもらったのと大事な事を思い出してくれたおかげで思いの外あっさりと仕上がった、当初の予定では艤装の何処かを削って新しいのを付けるつもりだったがそんな必要すらなかった

 

翔が動き易いからと最終形態の姿でばかり活動していた為泊地水鬼の脚の下の艤装の存在を今の今まですっかり忘れていたのだ、それを出してもらって本体と分離した状態で動かせるか試してもらったところ成功、そっちに食料保存用や調理用の装備類を取り付ける事になったのだ

 

そのおかげでちょっち時間的な余裕が出来たので今度は空の艤装をいじろうと思ったのだがこれが中々話が進まない……

 

妖精さんの金属……、名前がなかったから取り敢えず『オベロニウム』って呼ぶ事にしたんだが、それを艤装に突っ込んだら禍々しいアレが見えるようになるんじゃね?ってなって空の艤装で試してみようってなったわけだが、どうせだからついでに艤装を改造しようって話になって今に至るわけだ、いいじゃん合体機構……

 

「もう……、どうしても合体させたいって言うなら変形機構なんかも付けて腕にも脚にも付けられる電童のユニコーンドリルみたいなのにしたらいいじゃないですか、そしたら空さんの格闘能力も活かせるんじゃないですか?」

 

「「「「その発想はなかった……」」」」

 

合体機構にばっか意識がいって変形機構の事を忘れちまってた……、まさか翔からこんな素晴らしい意見が出るとは……、ここに天才がおるぞ……

 

翔の意見にパイルバンカーの要素を取り入れ、ドリルパイルバンカーとかいうロマンにロマンを上掛けしたような代物の構想が出来上がった、ついでに艤装に飛行機能も付けて上空からの強襲も出来るようにしちまうか……

 

んで、それが完成したら護のHMDの機能拡張なんかもやってから、翔の艤装いじってる時に思いついた奴を作ろうかな~?とか企んでいる

 

前に大五郎の背中にキャリアー付けたって言ってたじゃん? あれと今回の翔の件を合わせたようなもんで、大五郎の背中に修理用設備と補給用のタンク、医療用設備なんかを合わせた装備を付けられんだろうかとか考えてる、大五郎の巨体を上手く使えばいけそうな気がするんだよな~

 

それと俺本体用の射撃武器も欲しい! 今は剛さんが見つけた武器庫からもらってきたライトマシンガンを使う事になるんだが、やっぱ自分が使うのは自作したいんです!ガトリング砲とか好きだからそっち系で何か作りたいな~……

 

「さて、僕はそろそろ保存食作りに戻りますね、皆さんも何か作るのはいいですけどほどほどにしておいて下さいよ? 本拠地攻めに行くときになって資源がない~!とか笑えませんからね?」

 

アッハイ、肝に銘じます……

 

翔が戻ったところで、シゲが俺に尋ねてきた

 

「そういやアニキ、会議のとき翔が北と南どっちから戻るか分からないって言ってましたけどアニキはどっちのルートで戻ろうって考えてるんです?」

 

「それ、自分も気になってたところッスね~、確か北ルートは殆どロシアに沿って進む感じッスかね? んで南ルートはアフリカ大陸に沿って進んで行ってインドから東南アジアに向かってそんで日本って感じッスか?」

 

シゲの質問に護が便乗してくる、まあ気になるところではあるよなぁ……

 

「北はそうだが南がちょっち違うな、南ルートはマダガスカルからオーストラリア方面、ソロモン諸島通ってから日本に向かうつもりだ」

 

「わざわざソロモンの方に行くんですか? あのへんってゲームじゃかなり難易度あったはずじゃ……」

 

「艦これでの難易度が高い、激戦区という事になるがそれはつまり深海棲艦にとってかなり重要な場所だから必死になって防衛している、そうまでして守ろうとしているのが何なのか……、その情報を集めるのが目的と言ったところか? 戦治郎」

 

さっすが空、分かってらっしゃる

 

「それに加えて相手の数を減らすってのがサブタゲAってとこだな、サブタゲBは激戦区だから沈みそうな艦娘がいっぱいいそうだからそれを助けてやりたい、ダメか?」

 

俺がソロモンに向かいたいと思ってる理由を話してみると、3人共やれやれって感じに首振ってるんですが……

 

「お前の中ではメインタゲとサブタゲBが逆なんじゃないか?」

 

「アニキらしいや、俺もそんなアニキに助けてもらった立場だから何も言えねぇ」

 

「ホントシャチョーは優しいッスからね~、自分はいいと思うッスよ」

 

空の奴は本当によく分かってらっしゃる事で……、本音を俺の口から言わせる為にわざと情報の方を先に言いやがったな……、そんでシゲと護は俺の事優しいと言ってるが俺ってそこまで優しいか?

 

「ええい黙らっしゃい! んで取り敢えずルートは分かってくれたな? 一応後で皆にもどっち通りたいか聞きはする、俺個人は南ルートで行きたいんだがな……」

 

「お前が行きたいと言ったら皆付いて来てくれるだろう、尤も俺は最初から南を希望するつもりだったがな、情報の件もあるがアフリカ方面が艦娘の配備が出来るかどうか分からんから俺達で削れるだけ削ろうと進言するつもりだった」

 

そうそう、アフリカの事も気になってたんだよ~、一応ヨーロッパの艦娘が揃ってきたらそこまで心配しなくてもよさそうだが、現状じゃちょっち無理があるからな……、って事で日本向かうついでに軽く掃除しとこうかねってのは考えてた

 

「そうなるとインドあたりも大丈夫か気になるところッスね……」

 

「いあ、西方海域がインド洋あたりの戦いメインだから日本の艦娘がそこらへんまで来てるんじゃねぇか?」

 

この元ヤン、元ネタに詳し過ぎると思うんだが……、そこんとこどうなのさ?

 

「シゲ~……、お前妙に元ネタに詳しいッスけどもしかして本来はミリオタだったりするんスか……?」

 

「俺はハマった事はとことん追求する派なんでな、つかマモは半分はゲーオタで半分はミリオタだろうが、何で知らねぇんだ?」

 

ああ、いるよなこういう奴、まあそんな俺も似たようなもんだから馬鹿にするこたぁ出来ねぇなぁ……

 

「自分は陸が専門ッスからね、海の方はよく分からんッス……、っと通から通信?」

 

ミリオタにも鉄ちゃんみたいに種類があるからな、知らん奴からはどうしても一緒くたにされちまうが……、って通から? あっちで何かあったのか?

 

「……シャチョー、なんか艦隊がこっち向かって来てるらしいんスけど」

 

なぬ、艦隊だと? ドイツかドロップ艦かで話がガラリと変わるんだがどっちだ……?

 

「ん~、どうやらビスマルクみたいッス、どうするんスか?」

 

ビス子か……、何かあったんか? まあ会って本人に話聞けばいいか

 

「OK分かった、俺が行くからそっち任せていいか?」

 

俺はそう言って工廠から出て浜辺へ向かうのであった



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天津風と演習と乱入者

「皆さんこっちです! 急いで下さいっ!」

 

陽炎が声を張り上げながらドイツ艦娘の皆さんを先導します、不知火は誰かがはぐれないように殿を務めています、もし誰か1人でも逸れてしまうと今回の作戦の成否に大きく関わってくるからです

 

海上訓練をやっていたところを深海棲艦に襲撃された不知火達ですが、神通先生のおかげでドイツへと何とか戻る事が出来ました、不知火と陽炎はその事をすぐにドイツ海軍に連絡したのです

 

ドイツ海軍はすぐに艦隊を編成して不知火達が襲撃された現場へと急行してくれましたが、その時には全てが終わっていました……、艦娘候補生だった不知火の仲間達の姿も、そして神通先生の姿も無くなっていました……

 

ドイツ海軍はこの件について生き残った不知火達に謝罪し日本へ戻す手配を始めましたが、不知火と陽炎はそれを拒否しました、不知火と陽炎はドイツへ逃げる時に数人の仲間達が攫われていく姿を目撃していたのです

 

仲間達を攫った深海棲艦が向かった方角も覚えていたので、ドイツ海軍に救助部隊に組み込んでもらい艦隊を先導させて欲しいと無理は承知で申し出たのです

 

戦闘に参加しない事を条件に参加を許可してもらい、ビスマルクさんを旗艦にレーベさん、マックスさん、最近になって配備されたというグラーフさんに陽炎と不知火の6人編成で仲間達を攫ったであろう深海棲艦達の拠点に向かう事になりました

 

ドイツ海軍の司令からは攫われた仲間達の救助を優先する為少数精鋭で潜入してもらうと言われましたが、総司令の秘書官をやっているというビスマルクさん曰くドイツにはまだ拠点を落とすだけの戦力が揃っていない事を道中で教えてもらいました、新人のグラーフさんを連れてきているのもそのあたりの都合との事……

 

それを聞いて不安になっているとビスマルクさんがこっそりと教えてくれました

 

「これはまだ私とアクs……総司令官しか知らない事だけど、運が良ければ非常に強力な援軍が来てくれるかもしれないから不安になる必要はないわ」

 

非常に強力な援軍というのも気にはなりますが、それよりも不知火達は仲間の安否の方が重要だったのでビスマルクさんの言葉をそんなに重要視していませんでした、来てくれるかもしれないという可能性があるだけで来ないかもしれませんからね……

 

攫われた皆……どうか無事でいて下さい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああもう! 全っ然当たらないぃ! 光太郎さん、もうちょっと手加減してください、よっとっ!!!」

 

「おっと危ない危ない、手加減は十分してると思うんだけどね、っとほら!」

 

戦治郎から言われた通り俺は今天津風ちゃんと演習をしている、天津風ちゃんが砲撃してきたのを難なく回避してお返しとばかりに自分の右腕の砲を天津風ちゃんに向けて撃つ

 

「きゃあっ! ってしょっぱ! 口の中に入っちゃった……」

 

俺の砲撃は天津風ちゃんに直撃し彼女はずぶ濡れになってしまう、海水が口の中に入ったのだろうかペッペッと何かを吐き出している

 

俺が今使っているこの砲は正に俺の希望通りと言っても過言ではない仕上がりになっている、流石戦治郎達と言ったところだろうか

 

この砲の最大の特徴は何と言っても弾薬を一切消費しない事だ、ならば何を撃ち出したかと言うと海水である、この砲の後ろに給水ポンプが付けてあり海水を吸い上げて砲から発射するのである、発射方式も塊にして発射したり消防車のように放水する事も出来る、放水の方の威力は出力85%あたりにするとウォーターカッターへと変貌すると戦治郎から説明を受けた、なんてものを仕上げてるんだ……戦闘で使えるからいいんだけど……

 

砲だけでなく脚部の艤装も俺専用のものを作ってくれたようで、デザインは皆と同じ軍用ブーツが基になっているが内容は速度極振りにしているそうで個人的にはとてもありがたい仕様だ、これなら海上での事故などを感知した際すぐに現場に急行出来るからな、人命救助に未練を残したままハイパーレスキューを辞めてしまったから、こちらの世界でまた人命救助が出来るのは非常に嬉しい限りだ

 

尚、戦治郎がそれらの装備を俺に渡した後に、穏やかな笑顔を浮かべながら差し出してきた額のあたりに赤い十字のマークが付いたピポヘルとそれを操作する為の小型のリモコンは、笑顔で受け取った後戦治郎にそのピポヘルをそっと被せてリモコンを操作して起動するとランプは赤い光を放ちながらクルクルと回りだしピーポーピーポーと聞き慣れたサイレンを吐き出し始めた、それを確認したところで1度ゆっくりと頷いてから戦治郎の手を取りリモコンをゆっくりと握らせて、その拳を2度ポンポンと優しく叩いて返品した、あれはいらないからね……

 

さて、俺の装備語りはこのあたりにして天津風ちゃんとの演習だけど、先程言った通り手加減はしているがさっきの砲撃は直撃したら軽く吹き飛ばすくらいの威力は出してたはずだがあの子はどうやら耐える事が出来たようだ、機動力を活かして不規則に動く俺に必死に喰らい付いて砲撃してくる、回避もさっきのは当たってしまったがそれまでは被弾0だった事を考えると悪くないはずだ

 

「ほらほら、ボーっとしてたらやられちゃう、ぞっと!」

 

「それはこっちのセリフっと! 喰らいなさい!」

 

隙だらけだと思って砲撃するもしっかりと反応して回避しながら砲撃してくる天津風ちゃん、その口元がニヤリと笑っているが何かやったのか?そう思っていたら俺の元に魚雷が迫って来ていた、いつの間に撃ってたんだあの子!?

 

「うぉいしょ!!!あっぶねぇ!!!」

 

俺はそれに気付くと右腕の砲を足元に向け結構な出力で放水し高く飛び上がる

 

「ちょ!? それインチキ!!!」

 

そう叫ぶ天津風ちゃんを無視して俺は天津風ちゃんの背後に着水しそのままホールドアップ、少々大人げないがこの演習は俺の勝ちだ

 

「ああ~、もうちょっとだったのに~……」

 

あれは本当に惜しかった、相手が俺達の誰かじゃなかったら間違いなくさっきのは突き刺さって沈める事が出来ただろう、何時の間に魚雷を撃ったのか聞いてみれば口の中の海水を吐き出しながら発射準備を済ませ、その後俺が砲撃したタイミングに合わせて発射してそれを悟らせないように回避しながら砲撃する事で意識を天津風ちゃんの方に向けさせていたとの事、中々どうして……、この子やるじゃないか……

 

「さて、演習はこのくらいにしてちょっと休憩してからr「天津風ぇぇぇっ!!!」えっ?」

 

叫び声が聞こえてそちらの方を見てみれば眼前に迫る砲弾、あっこれ避けられないな……

 

「光太郎さんっ?!」

 

その砲弾は俺の顔面にクリーンヒット……したんだが全然痛くないです、はい……

 

「俺は全然大丈夫、この砲撃痛くもかゆくもなかったから……、それよりもこれを誰が撃ったかが問題だね……」

 

威力こそなかったものの煙はしっかり出ていた為、それを手でパタパタと扇いで散らした後に砲弾が飛んできた方角を見ると凄いスピードでこちらに向かってくる艦娘の姿が……、あれは……

 

「えっ陽炎!? 何であの娘がここに向かって来てるの?!」

 

どうやら天津風ちゃんの知り合い……、って事は施設の子か……

 

「天津風から離れろぉぉぉっ!!!」

 

そう叫びながら猛スピードで突っ込んで来る陽炎ちゃん、ああ、今の状態だと俺が天津風ちゃんにトドメ刺そうとしてる様にしか見えないもんな……、取り敢えず言われた通りにホールドアップを解除して天津風ちゃんからそれなりに距離を取る、あっ何か陽炎ちゃんが驚いてる

 

「えっ!? ちょ?! えっ!??」

 

そんな事言いながら天津風ちゃんと俺との間に滑りこんで来る陽炎ちゃん、さっきより混乱してる様な気がする

 

「えっと、取り敢えず天津風!あいつに襲われてたみたいだけど大丈夫?!」

 

「え? あっうん……」

 

陽炎ちゃんが気を取り直して天津風ちゃんの無事を確認しているが、当の天津風ちゃんは困惑しながら返事していた

 

「自力でここまで脱出したけど追手が追い付いて来た、そんなところね! 相手はすっごく強そうだけど大丈夫! 私と不知火がドイツの艦隊を連れて来たからきっと勝てるはずよっ!」

 

「「え?」」

 

陽炎ちゃんの発言を聞いて俺と天津風ちゃんは同時に陽炎ちゃんが来た方角を見てみれば、本当にドイツの艦隊が迫って来ていた、それを確認した直後今度は2人同時に通がいる方を見る、通は俺達に向かってサムズアップしているから多分戦治郎に連絡が行っていると判断してよさそうだ、ところで何で輝は剛さんにプロレス技の片翼の天使を掛けられて砂浜で犬神家しているのだろうか……?

 

「天津風、何処見てるの……、ってうげっ!あっちにもいっぱいいるじゃない!? それに艦娘が何人かいるm……ってえええっ!!!」

 

天津風ちゃんに釣られて陽炎ちゃんが通のいる方を見た後急に驚いた様に叫び出す、どうしたのだろうか?

 

「神通先生が何でここにいるのっ!? て言うか何で軽巡棲姫と寄り添ってるのよあの人っ?!」

 

ああ、そこ……、あの2人の事……、あの2人が俺達の中で公認カップルになってるとか言ったらどうなるだろう……

 

「陽炎! 危険だから先行しないでって言ったでしょう!」

 

そうこうしてたらドイツの艦隊来ちゃった……、あれはビスマルクか……

 

「こんにちは、遠路遥々お疲れ様です……、って日本語通じるかな?」

 

「……ええ、他の子達は兎も角私は分かるわ、その反応からして貴方達は……」

 

「お察しの通りです、あいつは既に呼んでるみたいなのでもう少ししたらこっちに来ると思います、それまでどうします?」

 

日本語で挨拶したら流暢な日本語で返してくれた、そしてこっちの事も察してくれたので後は陽炎ちゃんの方をどうにかするだけか……

 

「あ、あの……ビスマルクさん……?」

 

あ、不知火ちゃんだ、そういえば陽炎ちゃんが不知火ちゃんと一緒にドイツ艦隊呼んだって言ってたっけか、だったらこの場にいてもおかしくはないな

 

「どうしたの不知火?」

 

「何故この深海棲艦と平然と会話しているんですか?それも日本語で……」

 

「さっき非常に強力な援軍がいるって話をしたじゃない? それは彼らの事よ」

 

不知火ちゃんはオロオロしたり驚いたりと忙しそうだなぁ……、と言うかそんな話していたのか……、非常に強力な援軍ねぇ……うん、俺は兎も角戦治郎とか空とかヤバイくらい強いから納得出来てしまう

 

「お~いビス子や~い、一体何事ぞ~?」

 

そんな事考えていたら丁度戦治郎が到着した、後の事はあいつに任せて取り敢えず混乱している陽炎ちゃんを落ち着かせるとしますかね、必死に抑えている天津風ちゃんも涙目になっちゃってる事だし……



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報連相打って大事よね

俺が到着した頃にはビス子も上陸してたみたいだから、取り敢えず今何がどうなってるのか教えてもらおうかね、特に砂浜で犬神家やっちゃってる輝とか混乱してるっぽい陽炎を落ち着かせようとする天津風と神通、俺を見るなりビス子に引っ付いて子犬みたいにビクビクしだした不知火とか、まだ上陸もせず海上で抱き合ってガタガタ震えるレーベとマックスとかホントもうフルカオス

 

光太郎とビス子に話聞いて輝の件以外は納得する事が出来たわ、輝は何やらかしたのだろうか……

 

「輝ちゃんったら艦隊が迫って来てるの見つけるなりカチコミ上等~とか騒ぎながら突っ込んで行こうとしたから、ちょ~っとばっかし強引だったけど止めさせてもらったわぁ」

 

俺のとこに向かってくる剛さんが教えてくれた、なるほど、それならシカタナイネ……

 

『ビスマルク、これはどういう事だ? 何故貴女は深海棲艦を目の前にしてそんな悠長に構えていられるんだ?』

 

こっちに近寄って来ながらドイツ語でビス子に質問してるのは……

 

『おっもうグラーフ実戦配備出来るようになったんか、はっえぇなぁおい、流石ドイツってとこか?』

 

俺が艦娘として存在している事をアクセルに教えたグラーフ・ツェッペリン、グラ子がいるじゃねぇか、教えてからまだ日にちそんなに経ってなかったよな? パネェッスわぁドイツ……、ドイツ語で会話してるあたり日本語に慣れてねぇのか?もしそうならばって事で俺もちょっちドイツ語モード、俺がドイツ語話したグラーフの奴驚いてやんの~

 

『グラーフ、グラーフ・ツェッペリンの艦娘の存在を総司令に教えたのは他でもない彼よ、そしてこの戦艦水鬼、戦治郎は意外な事に総司令の友人でもあるわ、……私の目の前で総司令と契りを交わしてたから間違いないわ……』

 

契りってな~んぞ?とか思ったがもしかしてバウムクーヘン食わせたアレの事か?つかビス子やい、意外な事にって何だよ~……、そんでビス子の話聞いたグラーフはもう呆然としてらっしゃる

 

「とりまドイツにこっちの状況を報告したいと思っていたところだったから都合が良かったな、んじゃあ会議室行こうか……、っと言いたいとこだがまずは陽炎をどうにかしねぇとなぁ……」

 

まだまだエキサイティングしている陽炎を見ながら呟くのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長門屋波打ち際会議、特別へ~ん」

 

\うぇーい!/

 

「貴方達、会議のときはいつもこんな調子なの?と言うか波打ち際って何よ?」

 

会議開始の挨拶にツッコミ入れるビス子、これがウチのやり方ってもんだ、我慢しな

 

っとまあ工廠組OUTドイツ組INって形で開始する長門屋波打ち際会議、輝は取り敢えず引っこ抜いてやってから腹パンして説教して解放、陽炎は天津風、神通、俺とでジェットストリーム説得して何とか落ち着いてもらって不知火共々会議に参加してもらう

 

グラーフがもう実戦配備されてる件については、俺に教えてもらってからすぐにやってた早口の電話が正にその事だったらしく、俺がそのとき教えた空母レシピ回したら一発ツモだったんだとか、アクセルも中々の豪運だなおい……、つかドイツで空母レシピ回すとやっぱドイツ艦出るんだな……

 

ビス子達の要件はさっき外でも話してたから取り敢えずこれで全部みたいだったから、今度はこっちの番だな……

 

ドイツから帰ってる途中で摩耶達を拾った事、その艤装修理してる時に溺れてた妖精さん助けてものっそいディープな情報交換やった事、深海棲艦から妖精さんの仲間を助けるついでにその拠点強奪した事、拠点に潜入し内部から攻撃していた時に天津風を救出した事、拠点で色々やってたら深海棲艦化した神通が襲って来たので戦って深海棲艦の呪縛から解放した事、そして……

 

「プリンツの居場所が判明した、フェロー諸島のボルウォイ島にあるここら一帯の深海棲艦の本拠地に捕まっているそうだ」

 

「何ですって!? だったら今すぐにでもそこへ向かうわよっ!」

 

「落ち着け阿呆、話聞いてたか?プリンツがいるとこは奴らの本拠地、もしかしたら3ケタレベルの数を相手せにゃなんねぇんだぞ?今のドイツにそれだけの数とやり合える戦力があるのか?」

 

ビス子が苦虫を噛み潰したような顔をする、気持ちは分かるが今のままいけば犬死、もし救出成功しても甚大な被害を被るのは目に見えている

 

「やるなら俺らも協力はするが今ちょっち立て込んでてな、これ見てくれ」

 

そう言って俺はプロジェクターを起動させる、今使ってるプロジェクターは装備作ってるとき護がついでに作ってくれた奴でPCのデータを直接出力出来る奴だ

 

スクリーンに映し出されたのはフェロー諸島まで入っている北海の地図だ、俺達の拠点の位置もちゃんと表示されている

 

「今俺達がいるのはここ、んでプリンツが捕まっているだろう場所はこの島のどっか……、ここを中継基地にしたとしても距離的にきつい気がするんだわ、それに早く行こうと思ったらここ、このメインランド島の間通って行く事になると思うが、ここに残ってた資料みたらそのあたりには3つも4つも拠点があるみてぇなんだわ、そこの相手までやってたら本拠地の相手なんかやってられなくなるよな?」

 

ドイツ連中の表情は渋い、まあそうなるだろうなぁ……

 

そこの拠点の1つを奪ってそこで補給しながら戦うってのも考えたが、本拠地が近いからそこからガンガン増援送られて休む暇もなくなるだろうから没にしたのだ

 

「まあだからって何も考えてねぇわけじゃねぇ、ここ……、ここに拠点があるんだが……」

 

そう言って俺は地図を拡大して今俺達が狙っている補給拠点の場所を表示する

 

「俺達はさっきまでここを攻め込む準備してたんだわ、そこにおめぇらが来たところだな、攻め込む理由はまあ色々あるんだが細かい事はアクセルと直接交渉ってとこだなっと話戻す、んでここを強奪してフェロー諸島攻略のときの中継基地にしようと考えてるんだわ、そしたら対処しないといけねぇ相手の数も抑えられるしここで補給してコンディションも整えられる、ここから直接攻め込むより幾分マシだと思うがどうだ?」

 

俺の意見を聞いてドイツ組は納得してくれたが、今度は陽炎が質問してきた

 

「ねぇ、さっきまでそこを攻め込む準備をしていたって言ってたけど、まさかとは思うけどそれに天津風も参加させようとしてるの……?」

 

「ああ、そのつもりだ、ウチは人数が少ないからどうしても天津風達の力も借りねぇといけねぇんだわ、ここの防衛、内部潜入、外からの増援対策とやるこたぁクソみてぇにあるからな、尤も天津風も神通もやる気満々、むしろ置いて行ったら後が怖くて仕方ねぇ……」

 

天津風と神通のやる気は本物、つかやる気と言うより殺る気なんだよな~……、仇討ちの対象は既に倒しているがやっぱそれじゃ気が収まらんようで大元を自分達でどうにかしたいと言ったところだろうか……、不本意ではあるんだが今はそんな贅沢言ってられる状況じゃねぇしなぁ……

 

「しかし、参加させるとしても艤装の出力についてはd「摩耶、木曾、天津風の艤装のリミッターならもう外してるぞ」……えっ?!」

 

陽炎が黙ってプルプル震えだしたと思ったら、今度は不知火が艤装の問題を指摘しようとしてきたからそれに被せるように問題解決している事を告げた、これには不知火どころかドイツ艦娘達も驚いている

 

「妖精さんとディープな情報交換やったっつったろ? 艤装のいじり方もその中にあったからそれ使ってリミッター解除出来るようになったんだよ、って事で不知火が言おうとしてた件の答えはこれでOK?」

 

こう尋ねてみたが返答なし、よっぽど衝撃的だったんだろうな~……

 

「さって、こっちの状況報告はとりあえずこんなとこだ、んでこっからビス子に頼みたい事あんだがいいか?」

 

「えっええ、何かしら?」

 

唐突に声をかけられ一瞬驚いてから返事してくるビス子に、今俺が考えてる事が可能かどうかアクセルに確認とってもらう

 

「まずアクセルと連絡する手段作れるかどうかだ、ここに最初からあった通信関係の設備は逆探知やら傍受やら警戒して破壊しちまって使えねぇからな、そんでそれ用の装置とかくれるってなったら直接交渉したい事もあるからその装置を俺が取りに行けるようにして欲しい、最後にフェロー諸島攻略のとき使うつもりの艦娘達鍛えたいからしばらく貸してもらってもいいかってな」

 

かなり無茶な内容だがいっけるっかな~?



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地獄の猟犬を冠するもの

今回は剛視点です、……剛視点です


ビスマルクがアクセルとやらとの通信を終えその内容を戦治郎に話したところ、通信用の装置については手配してくれるそうなので、それを受け取るのと恐らく私達が今度制圧する補給拠点の件についての交渉と、フェロー諸島攻略時に協力してくれるドイツ艦娘達の訓練についての話し合いの為に戦治郎は太郎丸と大五郎を連れてビスマルク達ドイツ艦隊と共にドイツへ向かった。太郎丸も連れて行ったのはグラーフとやらだけでは制空権確保が厳しくなるのを懸念したからである

 

装備の改造や開発で忙しい工廠組を除いたメンバーで戦治郎達の姿が見えなくなるまで見送った後、私達は当初の予定通りこちらの艦娘達のトレーニングを再開するのであった。尚、そのメンバーに陽炎と不知火が追加されていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクセルの奴通信装置タダでくれるとか太っ腹だなおい……って事で俺はちょっくらドイツまで行って通信装置受け取ってくるわ、留守番頼んだ!っと太郎丸と大五郎はすまんが付いて来てくれ!んじゃビス子、案内よろしく!」

 

戦治郎はそう言って海に駆け出す、太郎丸と大五郎も戦治郎を追いかけ走り出すのだが……

 

「って、陽炎、不知火、どうした? おめぇらはこっちだろ?」

 

陽炎と不知火も自分の後に付いて来るものだと思っていた戦治郎は不審に思い2人に声をかける。この2人がヨーロッパに残った理由は既に解決したようなものだから、一緒にドイツへと向かいそこから日本へ帰還するものだと思っていたからだ

 

「何で私達がそっちになるのよ?」

 

質問に対してムッとしながら答える陽炎の姿を見て困惑する戦治郎

 

「不知火達は天津風達と神通教官と共に日本へ帰還という目的を達成していないのでそちらへ付いて行く事は出来ません」

 

陽炎に続くように不知火が言う、どうやらこの2人は何としてでも天津風と神通を日本に連れ戻したいようだ。それについては会議の後に天津風と神通の2人から直接話を聞いていたはずで、その決意と覚悟は陽炎達にも伝わっているはずなのだが……

 

「いあ、あいつらは戻るつもりないtt「ああーもう!分っかんないかなー!」う?」

 

その件について話そうとする戦治郎の言葉を遮って話始める陽炎

 

「あの2人が今すぐ日本に戻るつもりはないってのは分かってるわよ!だったら私達もそれに付いてくって言ってるのよ!貴方達の最終目標は日本に帰る事なんでしょ?!」

 

「貴方達の最終目標が日本への帰還、天津風と教官は貴方達に付いて行くと言っています。ならば不知火達もそれに同行すれば不知火達の目的も達成出来る、違いますか?」

 

成程確かにそうだ、心の中で私は納得する。しかし……

 

「いやいやいや、確かにそうだが俺らと一緒に行くのは危険過ぎr「天津風は良くて私達がダメなのはどう説明するのよ?」オウフ……」

 

「それに会議のときに人手が欲しいと言ってましたよね?不知火達では力不足と言うのですか?」

 

これを言われてしまうともうダメだな……、この2人を受け入れるしかないぞ戦治郎……

 

それにこの2人も天津風とは形は違うが相当な決意と覚悟をしているのが眼を見れば分かってしまう。自分達は無事逃げる事が出来たが天津風や他の仲間達を見捨てる様な真似をした償い、自分達の無力さを思い知らされた悔しさ、そして助け出された2人を今度こそは何としてでも守り徹そうとする意志、そういった感情がヒシヒシと伝わってくる眼差しだ。そんなものを向けられれば……

 

「……どうなっても知らんぞ?」

 

やはり戦治郎が折れた、あいつはそういうのに弱いからな……、その返事を自分達を受け入れると受け取った陽炎達は歓喜の声を上げていた

 

「ああもう……、剛さん、俺がいない間こいつらも一緒に鍛えててもらえます?」

 

戦治郎が私に2人の事を頼んで来る、まあそうなるだろうと思っていたので

 

「分かったわぁ、丁度この後艦娘の皆にはランニングしてもらうつもりだったから陽炎ちゃんと不知火ちゃんも一緒に走ってもらう事にするわね♪あぁ、その前に2人には工廠に行ってリミッター解除してもらわないといけないわねぇ……、アタシが工廠まで案内してあげるから2人は付いてらっしゃい♪他の子は今のうちにしっかり身体をほぐしておきなさ~い☆じゃあ陽炎ちゃん、不知火ちゃん、行きましょう♪」

 

私はいつも通りオネェ口調で道化を演じながら2人を工廠へ案内する

 

 

 

 

 

 

妙にハイテンションになっている工廠組に陽炎と不知火の艤装を渡して浜辺に戻る途中、陽炎が私に質問してきた

 

「剛さんってそんな口調していますけど……、その……そっち系の人なんですか?」

 

やはりこの口調の事か……、私にはその気はないので正直に答えておくとしよう

 

「この口調は皆を和ませる為にやってるつもりだからアタシはその気はないわよぉ?自分の事も男ってしっかり自覚してるしね☆」

 

「そう……なのですか……」

 

不知火も疑っていたようだな……、まあ仕方がない事だ……

 

「この口調で話し始めたのは軍のお仕事を辞めた後だったわねぇ、身長2mクラスで体重も120kgオーバー、体脂肪率1ケタの男とか見るからに怖いじゃない?」

 

「ぶぼっ!」「えぇ……」

 

陽炎が吹き出し不知火が引いている……解せぬ

 

「見た目がこんなだからアタシを見る人皆怖がっちゃうからねぇ、それを和らげる為にこの口調を始めたのよ♪まあ、クセになっちゃったあたりで戦ちゃんにその体格でその口調は余計怖いって指摘されちゃったんだけどねぇ……」

 

「そりゃそうよ……、筋肉ムキムキの巨人がオネェ口調で話すとかちょっとしたトラウマになるわよ……、女の子とか寄り付かなそう……」

 

む、これは少々失礼ではなかろうか、ならば現実というものを教えておこうではないか

 

「あら、アタシこれでも結婚した事あるのよ?」

 

「「えっ!!!」」

 

そんなに驚かなくてもいいではないか……、そんなに意外だったのだろうか……?

 

「歳も今45くらいだし結婚くらいしたわよぉ、子宝には恵まれなかったし妻には先立たれちゃったけどねぇ~……、軍を抜けたのも8割はこのあたりが理由だったりするのよねぇ~……」

 

話を聞いた2人の表情が凍り付く……いかん、やはりこの話はするものではないな……、空気が重くなるし私自身も悲しくなる……、無意識の内に懐のハンドガンを引き抜き見つめる……

 

「? そのハンドガンは?」

 

私がハンドガンを見つめている姿を不思議に思ったのか先程のショックから立ち直った不知火が尋ねる

 

「この子? この子は『ヘルハウンド』って名前のアタシの最高の相棒よ、何故この世界にあるのかは分からないんだけどねぇ……」

 

「それってどういう事?ハンドガンなんて色々種類あるでしょ?」

 

陽炎がそう思うのは仕方ない、しかしこのハンドガンがこの世界に存在する事そのものがそもそもあり得ないはずなのだ、何故なら……

 

「このハンドガンは兵器開発に携わっていた亡き妻が当時軍人だった私の為だけに設計開発したものなのだ……、この拠点の武器庫でこいつを見つけたときは正直本当に頭がおかしくなりそうだった……、何故こいつがここにあるのかと……な……」

 

陽炎と不知火は驚愕し言葉を失っている……、こちらの事情は2人にも話しているのでこの出来事の異常性は理解出来るはずだからな……

 

「「剛さん……、普通の話し方も出来るんですね……」」

 

驚いてる理由そこかよっ! 最初に皆を和ませる為にわざとやってると言ったではないか!……っといかんいかん、冷静にならねば……

 

「話し方は兎も角、あれじゃないですか? 自分も力になりたいから大切な持ち主のところに一緒に飛んできた~って感じで」

 

「戦治郎さん達のペット達という例もありますからね、もしかしたらその可能性もあるかもしれませんね」

 

陽炎と不知火はどうにかして良い方向に持っていこうとしているが、私はどうしてもそう考える事が出来なかった……、ヘルハウンドの事を考えるとどうしても嫌な予感がしてしまうのである……

 

「っと、このあたりでこのお話はお仕舞~い☆摩耶ちゃん達を待たせちゃってる事だしそろそろ急いで浜辺に戻りましょ♪……2人共ありがとう」

 

予感の事は取り敢えず置いておく事にしてそろそろ向こうへ戻るよう2人に促す、最後の礼は聞こえないくらいに呟いた

 

「2人が簡単に沈まないようにする為にしっかり鍛えてあげるから、頑張って頂戴ね♪」

 

私の言葉に2人は引き攣った表情で返事をして浜辺へ駆けだして行った、ついつい教官をやってた時のオーラをぶつけてしまったのが原因だろう……、まあそれで真面目にトレーニングしてくれればいいか

 

私はヘルハウンドを懐に戻し2人の後をゆっくりと追うのであった



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迷い犬の親子 前編

不知火です、本日を以って転生深海棲艦でしたか……それと艦娘の混成艦隊へ所属する事になりました。そんな不知火ですがもうダメかもしれません……

 

 

 

「は~い、皆お疲れ様~♪」

 

剛さんのその発言で剛さんとの演習が終わり、参加した艦娘全員がノロノロと浜辺へあがり摩耶さんと木曾さんははしたないですが大の字に寝転がり神通教官改め神通さんも膝をつき、不知火、陽炎、天津風もへたり込んでしまいました。尤もそうなっても仕方ないと不知火は思うのです……

 

まずは艦載機での空襲から始まり先制魚雷を撃ち込まれ、砲雷撃戦ではこちらの砲弾は剛さんが手に持ったライトマシンガンで悉く撃ち落とされた挙句一気に間合いを詰められ砲撃と雷撃と爆撃と打撃の四重奏で不知火達は剛さんたった1人に翻弄され続けました……。この人は何でこんなに強いのでしょうか……

 

「いくら何でも強過ぎだろ剛さん……、あたしの対空射撃がかすりもしないなんて……」

 

「いくつかヒヤリとしたのはあったんだけどね~、もっと練習したらきっと当てられるようになるはずよん♪」

 

剛さんはそう言っていますがかなり手を抜いていたのではないだろうかと思います……

 

「魚雷をいつ発射してるのか全く分からなかったぞ……」

 

「簡単に気付かれない様にしっかり隠しておいたからね~、こういうのは搦め手として使うのが一番なのよん♪」

 

木曾さんが言っている通り、剛さんがいつ魚雷を発射していたのか全く分かりませんでした……、不知火に至っては先制魚雷が直撃しましたし……

 

「摩耶さんの指導をしている時から只者ではないと思っていましたが……、まさかこれほどとは思ってもみませんでした……」

 

肩で息をしながら神通さん、演習前に神通さんから教官や先生と呼ぶのを止める様に言われました。今日からは教導艦と訓練生ではなく共に戦う仲間として扱いたいからだそうです。

 

「この身体になってから妙に力が湧いて来ちゃうのよね~、そのおかげか砲弾撃ち落としなんて芸当が出来るようになっちゃった☆」

 

さっきの演習では砲弾の撃ち落としなんて事をやっていましたが、こちらも恐らく手を抜いていたのでしょう、本気だったらもしかしたら砲門をピンポイントで狙撃出来るのではないのでしょうか……?考えるだけで恐ろしい……

 

「一気に間合い詰められたと思ったら次の瞬間には空見上げてたし……、剛さんも何か武術をやっていたんですか……?」

 

「軍にいた頃にアメリカ陸軍格闘術をやってたわよん、後はプロレスが好きだったからそっちの技もちょっとだけね☆」

 

質問した天津風が驚いていました、と言うか他の皆さんも驚愕しているようですが……、もしかして皆さん剛さんが過去に軍にいたのを知らなかったのでしょうか?

 

「道理で銃火器の扱いに慣れてると思ったッスよ……、階級はどのあたりだったんッスか?」

 

ランニングの後に不知火達の艤装を持って来てくれた工廠組の内の1人……、護さんでしたか……?その人が剛さんの階級について質問します、そう言えば不知火達もそこは聞いていませんでしたね……

 

「頑張って頑張って准将まで昇進してたわね~、懐かしいわ~……、まあ色々あって辞めちゃったんだけどね~……」

 

\ふぁっ!!!/

 

これは不知火含めて皆驚いています、一体何があって軍を辞めたのでしょうか……?確か奥さんの事が物凄い割合を占めていると言っていたような……

 

「剛さん、貴方そんな事1文字も履歴書に書いていませんでしたよね……?どうしてそんな大事な事を隠していたんですか?」

 

「だってそんな事書いちゃったら皆怖くなって縮こまっちゃうんじゃないかしら~?って思ったからよん、ただでさえ見た目が怖かったんだから昔の肩書で更に追い撃ちかけるなんて忍びないわ~」

 

空さんが問い詰めるもヒラリと躱す剛さん、不知火には剛さんがその話題にあまり触れて欲しくなさそうに見えたのは何故でしょうか……?

 

「さて、お喋りはこのあたりにして皆でご飯にしましょう♪翔ももう保存食作りからそっちにシフトしてる頃合いだと思うからね~☆」

 

剛さんがそう言って拠点の方へ歩き始めたので、不知火達もそれに従って歩き始めるのでした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事の後はお風呂に入りしばらく自由時間を楽しんでから就寝となったわけですが、不知火は中々寝付く事が出来なかったので浜辺の辺りを軽く散歩する事にしました

 

誰もが寝静まった真夜中の静かな浜辺を1人で歩いていると、パシュッ!パシュッ!という音が聞こえてきました。不審に思いそちらへ向かってみると海上に的が設置されていました、その的はものの見事に中央にだけ穴が開いていましたが先程の音から少なくとも2回は発砲があったと思われます。どうなっているのか確認しようと的に近付いたとき

 

「動くな」

 

不知火の背後から唐突に人の気配、そして先程の声が聞こえてきました。余りにも唐突過ぎて不知火は思わず硬直してしまいました……

 

「って、あらやだ不知火ちゃんじゃないの~、こんな時間にどうしたの?」

 

先程の声が聞き覚えのある声に変わったので振り返ってみれば、そこには剛さんの姿がありました、貴方こそこんな時間に何をやっていたのですか……

 

「こんばんは剛さん、不知火は中々寝付けなかったので少し散歩していたのです。剛さんこそこんな時間に射撃訓練ですか?」

 

「そうねぇ、アタシも不知火ちゃんと同じで中々寝付けなくってね~……、それで不知火ちゃんは何か悩みでもあるのかしら?」

 

どうして分かったのだろうか?少々驚いて剛さんの方を見てみると、彼は不知火に優しく微笑みかけていました

 

「アタシは人の上に立つ立場だったからそういうのはお見通しよん♪アタシでよければ相談に乗るわよ?」

 

そう言って尚も微笑みかけてくる剛さん、今ここには不知火達しかいませんので不知火はその言葉に甘える事にしました

 

まずはこの数日の間に色々な事が起こり過ぎて混乱している事です

 

ドイツとの交流戦が決まり現地に行ってみれば深海棲艦から襲撃され多くの仲間を失った事、そして不知火の目の前で妹分だった天津風が攫われてしまった事……

 

「妹分?」

 

剛さんに尋ねられたので不知火と陽炎、そして天津風との関係を話す事にしました

 

不知火と陽炎は戦災孤児として施設に引き取られました、父が漁師をしていた為不知火は海辺の小さな町で静かに暮らしていたのですが、ある日漁に出ていた父は海上で深海棲艦に襲われてしまい、母と近くに住んでいた親戚達も父を襲った深海棲艦に町を襲撃され母のおかげで助かった不知火を残して皆殺されてしまいました……

 

陽炎とは同じ日に施設に引き取られた縁で仲良くなり一緒にいる時間が多かったのを今でも覚えています

 

そんなある日、施設の正門前に天津風が捨てられていたので施設は天津風を引き取りそのお世話係に陽炎と不知火を指名してきたのです。それからは天津風の事を自分達の妹分として大切にしながらお世話をしていました

 

「成程、そういう事だったのね~……っとごめんなさい、続きをお願いね」

 

話の腰を折った事を謝罪し続きを話す様に促す剛さん、唐突に妹分などと言えば気になるのは仕方のない事です、気にしていないと伝えた後に話を続けました

 

ドイツ海軍に頼み込んで天津風の救助部隊に入れてもらって拠点に向かってみれば拠点は戦治郎さん達に既に制圧され天津風だけでなく神通さんまで救助されている始末、混乱するなと言われても無理がありました……

 

天津風と神通さんが今すぐに日本に戻るつもりがないというのが更に混乱を加速させ、陽炎と話し合って戦治郎さん達に付いて行く事を決め、その意志を伝え同行するのを許可してもらった後のあの演習で見せつけられた剛さんの強さに追い撃ちをかけられ、トドメになったのは先制魚雷ですぐに中破判定を受けてしまった己の弱さに気付いてしまった事……

 

「このままでは不知火は皆さんのお荷物になってしまいます……、不知火は一体どうしたらいいのでしょう……?」

 

「あの演習についてはごめんなさいね~……、ついつい教官やってたときの事思い出してやり過ぎちゃったわぁ……」

 

そう言って剛さんは不知火の頭を撫で始めました、他人に頭を撫でられるのは何時ぶりでしょうか……

 

「それにしても強さ……、強さねぇ……、強さって言うのは色んな解釈があると思うんだけど~……」

 

剛さんはそう言いながら不意にサイレンサーの付いたヘルハウンドを構えると物凄い速度で何度も引き金を引いた後ヘルハウンドを懐に収めるのでした。すると急に何かがこちらへ飛んできたのですが、剛さんはそれを平然と片手で掴み不知火に見せながら話始めました

 

「こういう強さの事を言っているのなら、最初からこんなに強い人なんて世界中探しても何処にもいないと思うわよ?誰でもみ~んな最初は弱いものなんだからね~、こういう強さは訓練と実戦を積み重ねてようやく手に入るものなんだから今は不知火ちゃんが気にする事じゃないわ♪」

 

剛さんの手には先程海上にあった的が十字を描くように寸分の狂いなく等間隔で穴が開けられた状態で握られていました

 

「どうしてもこんな強さが欲しいと言うならアタシがいくらでも教えてあげるわ、不知火ちゃん、どうするの?」

 

不知火もこのくらい強くなれるのだろうか?皆さんのお荷物になる事なく、それどころか皆さんをしっかりと守れるようになるのだろうか?いや、違うなれるかではない、なるんだ!

 

「剛さん、ご指導ご鞭撻、よろしくです!」

 

これが後に長門屋鎮守府の猟犬の申し子とされる【怒髪衝天の不知火】誕生の瞬間である



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迷い犬の親子 後編

また剛視点です

前回入れられなかった話を突っ込んでいきます


「それにしても、剛さんの銃の腕前もそうですがそのハンドガン、ヘルハウンドでしたか……、その銃も凄いですね」

 

先程弟子入り宣言のようなものをした不知火が言って来た、何が凄かったのか気になったので話を聞いてみるとまずは的の支柱を一発の弾丸で破壊し的を宙に浮かせたその威力、次に片手で撃っていたにも関わらず反動による手ブレが殆ど発生していなかった事、そして宙を舞う的を正確に撃ち抜く命中精度、あんなに激しく連射したにも関わらず動作不良や給弾不良を起こしていなかった事を挙げてきた。よく見ていたものだと思わず感心してしまった

 

ヘルハウンドに使われているのは.50AE、オートマチックハンドガン用の弾としては最高クラスの威力を持っているもので片手で使おうものならば間違いなく肩を脱臼するような代物である。今は亡き妻が設計したヘルハウンドはその威力を殺す事なく反動を驚くほどに軽減する機構を搭載し、更には動作不良なども殆ど起こさない信頼性、どんなに雑に扱おうと簡単には故障しない耐久性も持っているのだ。きっと私が如何なる苦境に立たされても無事に帰還出来る様にと思いを込めて作ってくれたのだろう……

 

「ヘルハウンドはアタシの最高の相棒だからね♪っと言っても、この子はアタシが生前使っていたヘルハウンドとは全く別の子なんだけどねぇ……」

 

私がそう言うとハッとした顔をする、そういえばこの子達はこの銃の事よりも私が普通に話せる事の方に驚いていたな……

 

「実際、アタシが使っていたヘルハウンドはグリップのところにアタシのトレードマークだった首が2つ付いた猟犬のエンブレムが付いてたんだけど、この子にはそれがないでしょ?」

 

このヘルハウンドのグリップにはそういった装飾が付いていない、付けていた形跡も全く見当たらないのだ、つまり陽炎達の立てた仮説は残念ながら外れた事になる

 

「つまり……、剛さん達の様にこの世界にこのハンドガンの開発に関わった人間が来ている可能性があると言う事ですか……?」

 

不知火の言葉は半分正解、半分はハズレと言ったところだろうか……

 

「不知火ちゃん、ちょっと惜しかったわね~、ヘルハウンドの設計開発は妻がたった1人でやった事なのよね~……」

 

「それって……!まさかっ!?」

 

ここまで言えば流石に分かるか……不知火は驚愕したまま動かない、これは仕方がない事だ……

 

「そう、この世界に私の妻だったアリー……、アレクサンドラ・稲田がいる可能性が極めて高いと言う事だ……、もしこの世界でアリーと再び会う事があれば私は……」

 

不知火は私が亡き妻との再会を喜ぶのだろうと思っていたようだが、今の私から漂う雰囲気と血が滲むほど握りしめた拳を見て訝しむ、そんな不知火の事などお構いなしに私は言葉を続ける……

 

「私は……、この手で今一度アリーに引導を渡さねばならない……っ!!!」

 

不知火が驚きを通り越してオロオロし始める、私が言った言葉の意味が分からなくて混乱しているのだろう……

 

「ごめんなさい不知火ちゃん……、ちょっと熱くなり過ぎちゃったわぁ……」

 

「いえ、その……、不知火の方こそ……えっと……」

 

まだ混乱している不知火を落ち着かせようと頭を優しく撫でながらアリーの事を話し始める

 

「アリーと出会ったのはアタシが軍にいた頃、軍で採用された新装備のテストをしているところを視察に行った時だったわぁ、新装備の使い方を説明している姿を見たときに運命って奴を感じちゃってねぇ……、所謂一目惚れって奴かしら?」

 

不知火は私に頭を撫でられながら静かに話を聞いていた

 

「その時ついアタシも新装備のテストをしたいとか我が儘言って皆をちょっと困らせちゃったっけ~、どうしてもお近づきになりたくて必死だったのを覚えているわぁ~」

 

この事は今でも鮮明に覚えている、このテストの後何とか連絡先をもらって熱烈なアプローチの末彼女と結婚するに至ったのだ。不知火には悪いと思いつつも年甲斐もなくつい調子に乗って当時のエピソードで惚気てしまった

 

「そんなある日、アリーがアタシにプレゼントをくれたのよ、それがヘルハウンドだったの。あの時は本当に嬉しかったわ~、愛する妻がアタシの為だけに作ってくれたものだったからねぇ、と~っても大事にしていたわ~」

 

とても重要な場面でいつも活躍してくれた、私の命を何度も救ってくれたヘルハウンドは正に私の最高の相棒だった。毎日メンテナンスをしてそれはそれは大事に扱ったものだ

 

「ただね、アタシがアリーが心の中に抱いていたものに気付いていたらこんな事にはならなかったでしょうね……」

 

私がヘルハウンドと共に戦場を駆け抜け幾多の勝利を収め、世界が平和になればなるほどアリーの様子がおかしくなっていっていた

 

「ある日、アリーは書置きも何も残さずにアタシの前から姿を消したの……、いつかきっとアタシの元に戻って来てくれると信じて待っていたのだけれど……」

 

アリーを待つ日々が続いたそんなある日、世界に途轍もなく巨大なテロ組織が誕生した

 

「『エデン』と名乗るそのテロ組織は戦争こそが人類を飛躍的に進化させる最高の方法とし、永遠の闘争を続ける世界こそが究極の理想郷であると言って世界各地でテロ活動を行っていたわ……、アタシもそいつらと幾度となく戦って遂に指導者を追い詰める事に成功したの……」

 

そこまで言ったところで不知火がこちらを心配した目で見ていた、どうやら気持ちが表情に出ていたようだ、心配させた事に詫びを入れて話を続ける

 

「そこにいたのはアタシの妻のアリーだったわ……、兵器を開発するアリーと戦場で戦うアタシ、戦争がなくなってしまえば自分達は一体どうなってしまうのだろうか……、そんな不安と恐怖が『エデン』を生んだみたいなのよね……、自分と同じような気持ちを抱えた人間を集めて戦争をする事で自分達の存在意義を確立させる……、ホント夢なら覚めて欲しかったわぁ……」

 

この時ばかりは自分の不甲斐なさを呪ったものだ、あの時アリーの不安や恐怖を受け止め解消してやる事が出来ればこんな事にはならなかったはずなのに……、今でもその事で今みたいに夜中に目覚めてしまうのだ……

 

「結局、アタシはアリーと戦ってこの手でアリーを射殺、『エデン』を壊滅させる事に成功したのだけど、首謀者がアタシの妻だった事と『エデン』との戦いで多くの死者が出た事で責任を感じてアタシは軍を辞める事にしたの」

 

「そういう事だったんですね……、その……嫌な記憶を思い出させるような真似をしてすみませんでした……」

 

不知火が頭を下げて謝罪してくるが不知火に落ち度は一切ないので頭を上げるように言う

 

「いいのよ気にしないで、これはアタシが勝手に話し始めた事なんだからね♪それに不知火ちゃんに話したらちょっと気分が楽になったわぁ☆」

 

この話は今まで誰にも話した事がなかったのだ、長い間ずっと心の中にあったそれをこの日初めて、今日会ったばかりの不知火に話した事で気が紛れたのは事実である

 

「あ、この事はまだ皆には秘密にしておいてもらえるかしら?アタシの気持ちの整理が完了したときにアタシの方から皆に話すその時までアタシ達だけの秘密、ね?」

 

「分かりました、この事は内密にしておきますね、とは言ってもこれは気軽に話せる内容じゃないですね……」

 

確かにその通りだ、この内容は余りにも重すぎるからな……

 

「取り敢えずアリーさんの事は分かったのですが、この世界で再会したとき引導を渡すと言っていましたが……」

 

「既にこんなものを作っている段階で気持ちも何も変わっていないんでしょうね……、恐らく何かしらの形で暗躍していつか大きな戦いを起こそうとしていると考えるべきでしょうねぇ……、そうなる前になんとかしなくちゃいけないわぁ」

 

ヘルハウンドの模造品を取り出して不知火に見せながら考えを話す、もしかしたらヘルハウンド以上に危険な代物を既に開発し何処かに流している可能性も考えられる……、もしこれが事実だとしたらこの世界は大変な事になるだろう……

 

「さって暗い話はこのへんにしておいて、軍を抜けてからの話でもしましょうかねぇ?」

 

不知火に、そして自分自身に言い聞かせるように言って軍を抜けた後の話を始める

 

「軍を抜けてからは母国の日本に戻って戦いと無縁なお仕事でもしようと思って色んなとこの面接受けたんだけど、前に言った筋肉ムキムキなおじさんだったから皆から怖がられちゃってね~、口調とかも変えてみてもダメだったからどうしよっか~って思ってるところに戦ちゃんの修理屋さんが事務員募集していてね?軍にいた時から書類作業やる事もあったから面接受けてみて見事合格!それからは長門屋ファミリーの一員として働いていたのよ☆」

 

「そうだったんですか……、しかし現場ではなく事務員……」

 

不知火が苦笑いしている、まあ誰だってそうなるだろうな……、筋肉お化けが事務作業しているとか想像出来ないだろう……

 

「それからはこれと言った不満のない楽しい毎日だったわね~、まあ、今はこんな事になっちゃったけど……、子供がいなかった事はホント幸か不幸か悩むところよね~」

 

子供がいなかった事はほんのちょっとだが心残りと言えるのかもしれない。正直に言えば子供は欲しかったがアリーも私もお互い忙しかった為中々夜の営みが上手くいかなくてなぁ……

 

「ホントは子供は欲しかったんだけどね~……、あっそうだ!いい事思い付いちゃったわぁ♪」

 

「? どうしたのですか? 何を思いついたのでしょうか?」

 

不知火が不思議そうに尋ねてきたのでズバリ言ってみよう

 

「不知火ちゃ~ん、よかったらアタシの子になってみない?」

 

「えっ!?剛さん、いきなり何を言い出すのですかっ?!冗談ですよね?!!」

 

私の唐突な提案にアタフタする不知火、可愛らしいなぁ……、こんな子供が欲しかったんだよなぁ……

 

「うふふ♪アタシは本気よん☆もし不知火ちゃんがよかったらでいいわぁ、お返事はいつでも受け付けてるわよん♪っとそろそろアタシは戻るわね~、また明日会いましょう、それじゃおやすみ~♪」

 

そう言い残して私は自室へと戻っていった、今ならぐっすり眠れる事だろう……

 

後日、不知火から恥ずかしいから皆に秘密にしてもらえるならばという条件付きでOKをもらえた



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早い再会と大きな影

「どらっしゃあああぁぁぁっ!!!」

 

俺は雄叫びを上げながら目の前のル級に横一文字に斬りかかる、得物は当然大妖丸、ル級は艤装で大妖丸を受け止めようとするが残念ながらそれは叶わず艤装諸共バッサリと斬り捨てられる

 

「うおっほっ!戦艦の装甲が豆腐みてぇに簡単に斬れたし!大妖丸パネェ!」

 

「いいな~ご主人~、おらも新しい装備が欲しいだぁよぉ~」

 

リ級を拳で殴りつけパチュンッ!というまるでトマトを潰したかのような音を辺りに響かせる大五郎が羨ましそうに言ってくる、機会あったら作ってやっからもうちょい我慢しててくれ~

 

「貴方達……、砲雷撃戦って知ってるかしら……?」

 

「知ってるに決まってんだろ?戦闘開始直後にやったじゃねぇかよ」

 

俺と大五郎の戦いぶりを見てビス子が頭を抱え溜息交じりに聞いてくる、それに対して俺は当たり前だと言わんばかりに答える

 

哨戒させてた鷲四郎が深海棲艦の艦隊を見つけたので大五郎と一緒に制圧射撃しながら一気に距離を詰め、太郎丸による爆撃に混ざって斬った張ったの大立ち回り、大五郎の背中に乗せてたレーベとマックスはちょっち可哀想だったかもしれん、ビス子とグラーフは俺達が突っ込んで行くのを呆然と眺めてた、おめぇら戦え

 

「貴方達はいつもその様な戦い方してたのか?「おうっ!」……よく今まで無事でいられたものだな……」

 

俺の元気一杯の返事を聞いて肩を落とすグラーフ、こりゃ完全に呆れられたな……

 

「まあいいわ、取り敢えず全員無事みたいね。総司令を待たせるわけにもいかないから先を急ぎましょう」

 

ビス子がそう言って再び移動を開始したんで俺達もそれに付いて行く、そういや情報収集でドイツ行ったときからまだ2日か3日くらいしか経ってないんじゃねぇかな~?えらく早い再会だなおい……、そんな事を考えながら進んでいたら

 

「ちょっと!私を追い抜いてどうするのよっ!早く後ろに戻りなさい!」

 

先頭にいたビス子を追い抜いてしまい怒られた、ごめんちゃい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と早い再会になったな……」

 

「やっぱそう思う~?俺もさっきそう思ってたとこだったんだわ~」

 

アクセルが苦笑いしながら言ってくる、俺も再会は一ヶ月くらい後になるかな~?とか思ってたからそんなリアクションになるのはよ~っく分かるぞ~

 

今俺達がいるのは総司令室、アクセルの執務室だな、部屋の中にいるのは俺、アクセル、ビス子の3人だけで太郎丸と大五郎は港の方で隠れて待機してもらってる。グラーフ達は入渠した後太郎丸達のとこ行ってもらう事になっている、これは太郎丸達が事情知らん連中に発見されないようにするのと待っている間ちょっとした遊び相手をしてもらう為だ

 

「それで、確か私に頼み事と交渉したい事があると聞いていたんだが……」

 

「そうそう、まずはちょっとした報告からなんだが……」

 

こうして俺達の話し合いが始まった、プリンツの居場所とその近辺の状況を細かく伝え、そこから俺達がこれからどう動くつもりでいるかを教える事にした

 

「取り敢えず近いうちにこの補給拠点を襲撃、強奪してフェロー諸島にある奴らの本拠地襲撃及びプリンツ救出作戦の中継基地にしようと思ってんだ、そんで今は俺らと一緒に行動する事になった艦娘達を鍛えたり装備開発したりして戦力増強してるとこなんだわ」

 

「戦治郎達が何をしようとしているかは分かったんだが……、艦娘を拾ったのか……」

 

どうやらアクセルはドロップ艦に興味を持ったようだったからこのへんも教えておく事にした、摩耶達みたいなのが今後出ない確証なんてねぇからな、救助してからの対応のやり方とかドイツから大量にドロップ艦が出ないようにする為の対策立てる為にも知っておいて損はないだろうからな

 

「成程な……これは確かに対策しておくべきだろうな……、それにしても陽炎と不知火か……、確かこの2人は友人達を助けたいから力を貸して欲しいと言ってきた子達だったか?」

 

「ええそうよ、深海棲艦に攫われた仲間達を助けたいから救助部隊に入れて欲しいって言ってた子達よ、尤も私達が到着した頃にはその拠点は戦治郎達に制圧されて彼女達の仲間も無事救出されていたのだけどもね……」

 

ふひひサーセン、でもこれは偶然に偶然が重なった事だからその件で色々言われてもその……困る……

 

「まあそれについては私はどうこう言うつもりはないな、助けるべき命を助ける事が出来たならばそれでいいと思っているよ」

 

やだこの人カッコイイ……

 

「しかし艦娘の深海棲艦化か……、そんな現象が発生するのも驚きだが深海棲艦化した艦娘を元に戻せると言うのも凄い話だな……」

 

「これについてはまだ俺達も全部理解してるわけじゃねぇんだがな……」

 

そう言って俺は大妖丸を抜いてその刀身を眺めながら話を続ける

 

「俺自身まだそういった奴と対峙したわけじゃねぇし、本当にオベロニウム製の武器のおかげで元に戻せたのかスッカリサッパリ分からんチンなわけだからなぁ……、この金属は謎だらけだし……」

 

「入手方法も妖精さんからもらった、だったか……、その金属についてはこちらも調べてみてもし私達でも運用可能だったらすぐに導入していこう」

 

頼んだぞアクセル、深海棲艦になっちゃった艦娘を救えるのが俺らだけとかなったらプレッシャーパネェから是非とも頑張っていただきたい

 

「そうしてくれると助かる、っとそろそろ本題なんだが……」

 

「ああ、確か頼み事と交渉だったか、それで私は何をしたらいいんだ?」

 

ここでようやく本題に入る、俺達が制圧した拠点を買い取ってもらいたい事、フェロー諸島攻略のとき使うつもりの艦娘達を鍛えたいからしばらく貸して欲しい事をアクセルに伝える

 

「そういう事か……、補給拠点の買い取りはいいのだが今使ってる所はどうするんだ?」

 

「それは日本に向けて出発するときに買い取ってくれたら嬉しいな、あっそれと今の拠点からいくらか資源持って来てるからそれは今日即金で買い取ってくれたら超嬉しい」

 

持って来た資源については後で見積もりするって事になった、これで翔から頼まれてた食材買いにいけそう!

 

「見積もりのときに一緒に通信機材もそこに置いておくとして、こちらの艦娘を鍛える件については申し出は嬉しいのだが……」

 

艦娘貸してはまだ頭数が揃ってないのが原因で少々難しいと言う事だった、せめて1人だけでも!と必死に頼み込んでみたらグラーフをしばらく貸してくれる事になった、やったZE!成し遂げたZE!!!

 

「1人だけでも十分十分!グラーフ鍛えて教導艦として他の連中にも指導出来るようにしちまえば問題なかろうて!」

 

「そう言ってくれると助かる……、っと話はこれで終わったか?」

 

「んだな、頼みたい事は全部言ったし後は資源の見積もりと通信機材待つくらいだな~」

 

問い掛けてくるアクセルにそう伝えると、準備が完了するまで時間がかかるだろうからゆっくりしていくといいって事だったので、変装して街へ出て頼まれていた食材が何処にあるか調べてから港へ向かった、今回の変装は大丈夫だよな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資源の見積もりが終わり思っていたより多めのお金GET!早速さっき調べておいた店に突撃して食材を買い漁り、港に戻ってすぐに大五郎の背中に通信機材と共に積み込む、これでやるべき事は全部やったはず!

 

「太郎丸~!大五郎~!また会おうね~!」

 

「いつかまた会いましょう」

 

「また一緒に遊ぼうね……」

 

「皆~またね~!」

 

「それまで元気にしててくんろ~!」

 

ドイツを発つ時、レーベとマックス、そしてレーベが遊び相手として連れて来ていたユーちゃんにビス子とアクセルが見送りに来てくれた、レーベ達が太郎丸達に別れの挨拶をしていたがお互い仲良くなれたようでなによりですわ~

 

「それじゃあ、グラーフの事は頼んだぞ」

 

「おう任された、がっつり鍛えてドイツ一の空母にしてやんよ、そんでフェロー諸島に仕掛ける時は連絡すっからそれまでにそっちも数揃えて練度上げておけよ?」

 

そう言ってグータッチを交わす俺とアクセル

 

「ごめんなさいグラーフ、本当は私が行くべきなんだろうけど総司令の仕事の手伝いもあるから……、決して無理だけはしないようにしなさいよ?」

 

「分かっているさ、これもドイツ海軍の為だからな、学べる事は全て学び無事に戻ってくるさ、だから心配するな」

 

グラーフを心配するビス子に答えるグラーフ、まあビス子の心配も分かるわな、さっきの俺の戦闘見てたら余計心配になるだろうて……、信じて送り出したグラーフが変な深海棲艦に仕込まれた近接格闘術にドハマりして深海棲艦を殴り殺すようになるなんて……とかなったら目も当てられんわな……、ってそういやグラーフって空母だから色々教えるのは空になるんじゃ……あっあっあっ……

 

「よっし、そろそろ行くか、んじゃおめぇら、今度会うとしたらフェロー諸島攻略のときになるだろうな、それまで元気にしてろよ!またなっ!」

 

そう言って海上に降り立つ俺と太郎丸を乗せた大五郎、それにグラーフが続き拠点へ向かって海上を滑るように進んで行く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中で深海棲艦を見つけてはシバき倒しながら進んで行く俺達、戦闘の度にグラーフの表情が引きつっていたが気にしない、日も沈み始めている事だし急がねば……、そう思っているときグラーフが何かに気付く

 

「おい戦治郎、あそこに誰かいるようだが……」

 

う?海上に誰かいんの?何で?そう思いながらグラーフが指差す方向を見てみれば……

 

「……何でこんなとこにこいつがいんだよ……」

 

そこにいたのは非常に見覚えのある深海棲艦の姿があった、冗談抜きで何でこいつがこんなとこいるのか分からねぇ……

 

相手を見据えながらそんな事を考えていたら目が合ってしまった、するとそいつは一瞬驚いたかと思えば俺を睨みつけながら艤装を呼び出した

 

「おいおいマジかよ……、通が言ってたのってコレか……」

 

「何をブツブツ言っているんだ!あいつがこっちに向かって来ているぞ!」

 

「グラーフ、よく聞け……、あいつは元艦娘だ。可能なら本体は無視して艤装のみを狙って攻撃しろ、OK?」

 

俺の言葉を聞いたグラーフが驚愕しながらこっちに視線向けて来るが今は無視、俺は大妖丸を構えながら今こちらに向かって突っ込んで来る深海棲艦を真っ直ぐ見据える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禍々しいオーラを纏った巨大な人型艤装を連れた戦艦棲姫を……



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凄く戦い難いです・・・・・・

戦艦棲姫や戦艦水鬼の艤装の標準的なサイズは全高3mくらいで計算しております


「おい戦治郎!それは一体どういう事だ!」

 

グラーフが俺の発言について問い質そうとしてくる、こいつらが拠点来た時の会議で説明してたと思うんだがな~……

 

「あの戦艦棲姫は元々艦娘だったが何らかの原因で沈んだが何か強い未練か何かで深海棲艦として蘇った個体なんだ!そんでもしかしたら艦娘に戻せるかもしんねぇから本体は傷つけないようにしながら艤装のみぶっ壊せっつったんだ!OK?!」

 

迫りくる戦艦棲姫の攻撃に備えて大妖丸を構えたまま早口でグラーフの質問に答える、さああっちはどう来るか……

 

「何故あの戦艦棲姫が元艦娘だと分かるんだ!通常の個体と何が違うのかを「グダグダ抜かしてんじゃねぇ!言われた通りにやりやがれっ!!!」ぬぅ……っ!」

 

こっちが集中しようとしてるとこに更に疑問を投げかけてくるグラーフを一喝して黙らせて戦闘態勢に入らせる、疑問点はこれ終わったら教えてやっから今は戦闘に集中しろっつうの……

 

段々と相手との距離が縮まっていき、お互いの射程距離に入った……ところで戦艦棲姫は段々減速していき仕舞いには止まってしまった……、ぬ?何事ぞ?

 

疑問に思い戦艦棲姫の顔をよく見てみると何か怯えてらっしゃる……、深海棲艦特有の白い肌をした顔を更に真っ青に染め上げてガタガタと震えておられるのだが……?

 

戦艦棲姫の視線は俺の方ではなくその背後の方に向かっているのに気づいて、そっちを見てみればそこにいるのは大五郎……、ああ、こいつ大五郎見てビビってんのな……

 

大五郎を遠巻きに見たとき自分のと同じくらいのサイズの人型艤装だと思ったら、倍以上でかかったって感じだなこりゃ……。大五郎は工廠で計測したら全高8.8mくらいあっから2倍以上のサイズになるもんなぁ……、取り敢えずまあこれはチャンスだから遠慮なく攻め込ませてもらうぜ!悪く思うなよっと!!!

 

「グラーフ!今がチャンスだっ!思いっきり艤装の奴を爆撃してやれっ!!!」

 

「あ、ああ分かった……、攻撃隊、出撃!Vorwärts!」

 

グラーフに艤装を爆撃するように指示を出し、俺自身は戦艦棲姫の艤装に斬りかかる為に突っ込んでいくのだが……

 

「おいィィィッ!!!グラーフ!爆撃中止中止ぃっ!!!」

 

「ダメだ!ここまで来てしまってはもう止められない!」

 

あの艤装、本体を掴んだかと思ったら爆撃から自分を守る為の盾にしようとしやがったのだ、急いでグラーフに爆撃を中止させようとするがもう既に爆弾投下を開始する直前で止められないとの事、ドチキショオオオォォォッ!!!

 

「太郎丸!鷲四郎!大五郎!可能な限り爆弾を撃ち落とせえええぇぇぇっ!!!」

 

「「「分かった(だぁよ)!!!」」」

 

めっちゃ無理があるがペット衆に指示を出して爆弾を可能な限り撃ち落として戦艦棲姫本体への被害を抑えようとする、上手くいってくれよぉっ!

 

ペット衆が頑張ってくれたおかげで本体への被害は軽微といったとこで留まったが……あの艤装、意志を持ってやがるのか?もしかして俺達が本体に攻撃出来ないって事気付いてるとでも言うのか……?

 

その後俺も何度か艤装に斬りかかろうとするが、本体を盾にしようとしたり俺と艤装の間に本体が来るように立ち回ったりと、艤装の分際で知恵を利かせて非常に厄介な動きをしやがる……

 

グラーフの攻撃も本体で防ごうとしたりするもんだから、俺が間に割って入って機銃の攻撃や爆撃を悉く斬り払うハメになり俺の体力の消耗がマッハになってやがる……、ああもう、本体涙目になってんじゃねぇか可哀想に……

 

そんで相手の方はと言うと、こっちが下手に攻撃出来ないのをいい事に砲撃し放題、好き勝手やり過ぎだろうと思わずツッコミ入れたくなるような状況になってやがる。こうなったら本体を捕まえて艤装から隔離せねばならんな……、そう考えていると

 

「……っ!? 戦治郎!深海棲艦の艦隊がこっちに向かって来ているぞっ!!!」

 

ふぁーーー!!!この状況で敵増えるんかいっ!!!やってらんねぇぜチキショウ!!!

 

「エリル1エリヲ1ヲ1エリリ1リ2、これは面倒な事になったな……」

 

うぇっへっへ、エリ多めな上にえらい攻撃的な編成してやがんなおい!そんで三つ巴とか面倒臭い事この上ねぇぞばっきゃろう!!!

 

「こうなったら後から来た連中を先に潰してから姫の方やんぞ!さっきからじれったい戦いやってたからそいつらで欝憤晴らさせてもらおうかねぇ!!!」

 

俺は艤装の攻撃を躱しながら増援の方へと駆け出す、グラーフと太郎丸も俺の後を追うような形で艦載機を飛ばし攻撃を開始したようだ、鷲四郎と大五郎にはグラーフを守りながら姫の方への牽制をやってもらって可能な限り足止めしてもらう

 

「邪魔してくれてんじゃねぇぞコラァァァッ!!!」

 

叫びながらエリヲの頭に唐竹割りをお見舞いして真っ二つにぶった斬る、その姿勢から半身をずらしながら左逆袈裟でエリリ級に斬りかかるがそれは残念ながら避けられてしまった、ええいすばしっこい……っ!

 

そうしている間にもグラーフの艦載機がリAを沈める、ヲ級の艦載機は太郎丸が相手しているのだろう上空で激しいドッグファイトを展開していた。いあ、太郎丸が元犬だったからって狙ってドッグファイトとか言ったわけじゃねぇからな?

 

そんなくだらねぇ事考えてたらエリリとリBがこっちに砲撃してきた、割と距離が近かったもんだから少々焦ったがリBの砲撃を回避してエリリの砲撃は大妖丸で斬り払って対処する

 

そういやエリルは何やってんだ?と思ってそっち見たらアンチキショウ姫の方狙ってやがるじゃねぇか!

 

「させっかボケェェェッ!!!」

 

俺はエリルに突撃し大妖丸を薙ぎ払う様に振るうが艤装で受け止められてしまった、チィッ!ノーマルだったらこれで倒せたがエリートってなるとそうもいかんかっ!まあ姫から注意を逸らせただけ御の字だ

 

そう思って姫の方をチラ見してみればあぁあぁあぁ……、姫の奴飛んできた砲弾叩き落そうとしてる艤装に脚掴まれてテニスラケットみたいに振り回されてやがらぁ……、早いとこ何とかしてやんねぇとな……

 

っと、余計な事考えてたらエリルとの鍔迫り合い……でいいのかこれ?まあ艤装は武器だからいっか!押されそうになってたからエリルの艤装を勢いよく蹴って後方に飛んで下がる、そのついでにこっちに向かって来てたリBを空中で身体を強引に捻って繰り出した斬撃で斬り捨てる

 

「大丈夫か戦治郎!」

 

そう叫びながらグラーフが駆け寄ってくる、そんなグラーフに短く大丈夫だと答えて戦況を確認するとヲ級が姿を消し、エリルは損傷軽微、エリリは中破していた、ヲ級は恐らく太郎丸がやったのだろう、エリリはどうやらグラーフが頑張って中破に追い込んでくれたようだ、こないだ実戦配備されたばっかって聞いてけどやるじゃんこいつ

 

そんな事考えていたら砲撃音が聞こえて来たので何事かと思いグラーフ共々そっちを見てみれば、なんと姫の艤装がエリリを攻撃してるじゃねぇか!

 

「これは……、あいつは一体何がやりたいんだ……?」

 

「分からん……、だがこれはチャンスかもしれんな……」

 

そう、これは願ってもないチャンスだ、この間に姫と艤装を別れさせ艤装を仕留める事が出来ればあの戦艦棲姫を助ける事が出来るかもしれない……

 

「グラーフ、俺があの姫どうにかすっから艤装の方を頼んだ」

 

「何か策があるのか? まあこの状況で出来る事など限られてくるだろうし、お前に任せた方がいいのかもしれないな……、分かった、それで私はどうしたらいい?」

 

グラーフに俺が考えた作戦を伝えてから、俺は大妖丸を鞘に納めてから鷲四郎に通信を入れて鷲四郎は引き続き姫の牽制をやってもらって太郎丸と大五郎にはエリルの相手をしてもらうように伝え、通信終了後クラウチングスタートの姿勢をとる

 

「そんじゃあ、作戦スタート!」

 

そう叫んで俺は真っ直ぐに姫の方へと全力で走り出す、艤装がこちらに気付いたがその間に鷲四郎が機銃による攻撃を仕掛け一瞬だが意識がそっちに逸れる

 

「いただきぃぃぃっ!!!」

 

その僅かな隙を突いて俺は姫の脚を掴んでいる艤装の腕を斬り捨て、空中に投げ出された姫本体を艤装の身体を蹴って三角飛びして空中でキャッチ、姫を抱きかかえたままグラーフがいる方向へと走り出す、その途中でグラーフが発艦させた艦載機とすれ違う

 

「これで思う存分攻撃出来るというわけだな……、お前の主人の扱い方はとても許されるものではなかった、その言い訳は地獄の連中にでもするんだな!沈めえええぇぇぇっ!!!」

 

グラーフの容赦ない爆撃爆撃アンド爆撃、戦艦の艤装だろうがこれには耐えられなかったようでズブズブと足から沈んでいく艤装の姿が見えた。大金星じゃねぇかグラーフ、ホントよくやった!

 

エリルと中破したエリリだが、エリルは太郎丸と大五郎のコンビネーションに耐え切れず沈んだみたいだ、エリリは姫の艤装の砲撃が直撃して沈んだと太郎丸から報告を受けた

 

「いよっしゃ!これでミッションコンプリートってところかっ!おめぇら皆お疲れさん!」

 

「今回ばかりは肝が冷えたぞ……、それで、その深海棲艦は本当に元艦娘なのか?」

 

多分そのはずなんだよな~……、通が言ってた通りあのキモいオーラも見えたし大五郎見たときのリアクションといい、普通の深海棲艦とは思えねぇんだよな~……

 

そんな事考えてたら俺の腕の中で気絶している戦艦棲姫の身体が淡く光り始め戦艦棲姫の姿が徐々に変わり始める、それを見たグラーフは一瞬驚くがその次の瞬間にはおぉ……って具合に感嘆の声を漏らしていた

 

「こいつは……、扶桑姉様じゃねぇか……」

 

先程まで俺が抱き上げていた戦艦棲姫の姿は扶桑型戦艦1番艦の扶桑へと変わり、俺の腕の中で穏やかな寝息を立てていた

 

「この艦娘は……、なんと立派な艦橋を持っているんだ……」

 

ああ、君もそこツッコむのね……、まあ扶桑型の艦橋は海外で人気だからね……、シカタナイネ

 

「っと、予想外の事が起きたが皆無事だし、このまま拠点に戻んぞ~」

 

俺はそう言って扶桑姉様を抱き上げたまま拠点に向かって進み始めるのだった




扶桑姉様は作者が一番最初に指輪渡した艦娘、作者の本妻です


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毒を以て毒を制す

さて、これは何度目の会議になるだろうか……

 

姉様との戦いの後は何事も無く無事に拠点に戻る事が出来たのだが、姉様を抱きかかえて戻った件で色々いじられた……、姉様はどっかから無理矢理攫ったわけじゃねぇから自首する必要ねぇし、合意の上かどうかとかいやらしいとかそんな事やった覚えねぇっつうの……、一部始終を見ていたグラーフが苦笑してんじゃねぇかよちきせふ……

 

取り敢えず姉様は医務室に預けて、大五郎の背中に積んでいた通信機材やら頼まれていた食材やらを降ろしてからアクセルとの交渉の結果と姉様と戦って分かった事を皆に報告する為に皆に会議室に集まってもらった

 

まずは交渉の件、今度襲撃する補給拠点と今使っている拠点両方を買い取ってくれる事、支払いは日本に向けて出発するときに挨拶の為にドイツに寄るからそのときに渡してもらう手筈になっている事を伝える、因みにもらう金は米ドルにするように言ってある

 

「そういやあたし達の荷物ってどうなったんだ? 駅のコインロッカーの中に突っ込んだままにしてんだけど」

 

摩耶が今思い出したように言ってきた、そういやおめぇと木曾はドイツから出撃したって言ってたもんな……

 

「おっま、それ先に言えよ!言ってくれてたら回収しておいたのに……まあいいや、後で通信機材設置したときテストすっからそんときアクセルに言ってみるわ、でもあんま期待すんなよ?」

 

多分もう処分されてそうだからな……

 

「取り敢えず交渉の件はこんなとこだな、んでこっから姉様との戦いで分かった事なんだが……」

 

そう言って俺は姉様棲姫との戦いの話を始める、大五郎見てビビってた件は黙っておいてあげた

 

まずは俺の方でも禍々しいオーラみたいなのが確認出来た事、そしてグラーフがトドメを刺したにも関わらず艦娘に戻せた事を報告する、本体が艤装の盾にされてたり振り回されていたと言ったら皆引いてた、そりゃそうだわな……

 

「オベロニウムで出来た何かを持っていたらオーラは確認出来るみたいだな、そんで解放に関してはオベロニウムは関係ない可能性が高いのが分かったのも収穫かもしれんな」

 

姉様のときはオベロニウム製のアイテム持ってないグラーフがトドメを刺したのに解放する事が出来たんだからな、今のところはオベロニウムは元艦娘かどうかを識別出来る程度の効果しかないって感じなんだよな~……、でもル級は艤装ごと簡単に斬れたのにエリルになったら艤装で防がれた件は何かひっかかるんだよな~……

 

「つまり、そのオベロニウムだったか……、妖精さんから譲ってもらった金属で作られたものを身に着けていれば私達でもそのオーラとやらを見る事が出来るかもしれないわけか……」

 

グラーフが言う、俺の推測が合ってたら多分そう、出来ればそこらへん確かめてみたいところだな……

 

「どの道オベロニウム製のアイテムを持っていないと元艦娘かどうか判別出来ないから解放するならオベロニウムは必須になるだろうな……」

 

「んだな、それにオーラの出処を破壊しないとダメだからオーラが出てるかどうかと何処から出てるか確認すっ為にもオベロニウム製のアイテムを全員分作らないといかんな~……」

 

空の言葉を肯定して、全員分のオベロニウム製アイテムをどうするか考える。全員分の艤装に仕込むってのは流石に手間がかかり過ぎるし量も必要になってくるだろう、さてどうしたもんか……

 

「それだったらドッグタグなんてどうです?実用性もあるしオシャレにも使えますしね」

 

珍しく提案してくる司、成程、それならそんなに量使わないしいいかもしんねぇ

 

「ナイスアイディアだ司、皆もそれでいいか?」

 

俺が皆に尋ねると満場一致でOKが出た、よっしゃ後で早速作るとするか!

 

「俺は早いとこ自分専用の刀が欲しいんだがな……」

 

木曾よ……それはおめぇの腕前次第で考えてやるからもちっと待て

 

「しかし、どうにも分かんねぇなぁ……」

 

ん?悟が何か話始めたぞ?一体何が分かんねぇんだ?

 

「元艦娘を解放するのはいいんだがよぅぃ、まず何が原因で艦娘が深海棲艦に変化するのかってのが全く分かってねぇ……。艦娘が沈んだ後一体何がどうやって艦娘を深海棲艦に変貌させるのか……、神通よぅぃ、そのへん何か覚えてねぇかぁ?」

 

「いえ……、私のときは攫われた子達の事ばかり考えていてそのあたりの事は……、力になれなくて申し訳ないです……」

 

ああ~……、そういやそのへん全く分かんねぇんだよな……、艦娘って結局艤装背負って深海棲艦と戦っている人間であって、よくある改造人間でも人造人間でもないから深海棲艦に変化する要因ってのが何処にあるのか……、強いて言えば艤装になるんだが……、そう思って妖精さんの方を見てみれば何かすげぇ申し訳なさそうな顔してらっしゃるのですが……

 

「妖精さん、その顔は何か知ってるのか……?」

 

俺が妖精さんに尋ねると、妖精さんはポツリポツリと俺の頭の中に語りかけてきたんだが、俺はその内容に驚く事しか出来なかった……。空やシゲといった妖精さんと情報交換した連中も驚愕しているあたり、あいつらにもこの話聞こえてるんだな……

 

情報交換時は伏せていたと言う内容、それは艤装のブラックボックスの中身の正体なのだがそこには何と深海棲艦の脳を機械化した『コア』と呼ばれる代物が突っ込まれているそうだ……。深海棲艦の脳って……そんなもんどうやって入手したし……

 

一度コアを作る事が出来ればそれをコピーする事で艤装の量産が可能となり多くの艦娘を生み出す事が出来るようになるそうだ……。但しコピー品はオリジナルの物と比較すると性能面でかなり劣化するとも言ってる、その劣化して出来た余白部分に制御用プログラムを入れる事でコアを制御して暴走するのを防いでいるんだとか……

 

「艤装が完全に破壊されて沈んだらそのプログラムが機能しなくなって暴走するってところッスかね……」

 

「そんで暴走したコアが艤装を使っていた人間を侵食し始めて深海棲艦になる……って事か……」

 

護とシゲの発言を肯定する妖精さん、要は毒を以って毒を制すって事か……

 

「それじゃあ私達が艤装について教えてもらったときに出てきた妖精さんの加護って……」

 

天津風の言葉に妖精さんの言葉が続く、どうやら加護は深海棲艦の攻撃からの保護のみで他のものはコア由来である事が分かった……

 

保護効果は艦娘を守るのも理由の1つだがコアの暴走を防ぐ事が一番の理由とのことだそうだ……、そりゃまあ簡単に暴走してたら敵が増える一方だからな……

 

「そんなものを使っている事を公表しようものなら、艦娘の立場は下手したら道具以下になりかねないね……」

 

「だからコアの力に依る部分も加護の内容にしたわけか……」

 

光太郎と空が言う、でもそのせいでドロップ艦が増えて場合によっては敵が増えているとも言えるんだよなぁ……

 

「戦治郎さんが通りかからなかったら俺達も深海棲艦の仲間入りしていた可能性があるのか……」

 

「こりゃホント旦那に足向けて寝れねぇな……」

 

木曾と摩耶、いやホントそうだな、おめぇら俺に全力で感謝してもいいんだぞ?

 

妖精さんが更に続ける、オリジナルのコアについては余りにも危険過ぎる為各地の妖精さんの大きな集落で普段は厳重に封印し、艤装を製造する際には厳戒態勢の中で製造装置とオリジナルコアを繋ぐ実体を持たない特殊回線を利用してコアのコピーをとるとの事、その回線を通っているときに劣化が発生している事も教えてくれた

 

「大本営も民間企業も危険な橋渡ってんなぁ……」

 

俺はそう呟いた、そこまでしねぇとこの戦争はやってらんねぇって事か……、そんでその事がバレたら戦争どころじゃなくなるな……、あぁだから妖精さん達はこの事隠してたのか……

 

そしてここでオベロニウムの事が出て来た、オベロニウムは艤装暴走時の対抗手段として作られたそうで、基本的な効果は俺達が推測した通りだったが更なる効果があるそうだ

 

「オベロニウム製の武器は深海棲艦に対して特効……、その効果は武器の所有者と共に成長する……、ってまるでT〇Dのソーデ〇アンみてぇだなおい……」

 

つい言葉に出てしまった、このネタが分かる奴と分からん奴で反応真っ二つ……、っとそれはいいとしてエリルに攻撃防がれた理由がよく分かった、要は俺と大妖丸が未熟だったって事だな……、それに鉄パイプのときは気合で切断してたけど大妖丸使ってるときは元がポン刀だから普通に斬れるって思ってそこまで気合入れてなかったからなぁ……

 

「しかし、そんな大事な事を不知火達に教えてよかったのですか?」

 

「あれよ、きっと妖精さんはアタシ達はそれだけ信頼出来ると思って話してくれたんでしょうね」

 

不知火の言葉に対して剛さんが妖精さんの心情を汲み取ったような事を言う、実際妖精さんは剛さんの言葉を肯定していた。俺達ならこの戦争を何とかしてくれるかもしれないから、そう付け加えながらだ……、どうやらその信頼に応えないといけないな……!

 

「ふとした事からとんでもねぇ真実を知る事になったが、俺らが今やらねぇといけねぇ事は変わんねぇな、取り敢えずまずはオベロニウム製のドッグタグ作ってから随時兵装の開発だな、それと各自の強化トレーニングもやっていくぞ、それから補給拠点襲撃って流れ、皆それでいいか?」

 

俺の言葉に皆が頷く

 

「んじゃ今回の会議はこれで終わるか! 俺は姉様の容態見に行って起きてたら事情話しておくわ、それとグラーフ、この件はアクセルには伏せておいてくれ、流石にこれは洒落にならんからな……、精々オベロニウムの事くらいで抑えてくれ」

 

「ああ……、正直私もどう説明していいか分からないからそうさせてもらう……」

 

「じゃあ、僕は何か胃に優しいものでも作ってますね」

 

姉様の食事を作ると言う翔に短く頼むとお願いして、俺は医務室へと向かった



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迷子ガチ勢

前回と今回の時間軸は『迷い犬の親子 前編』の食事の後、風呂の前あたりでお願いします


私が艦娘になろうと思ったのは御家に対しての使命感のようなものだったと思います

 

旧家の娘として生を受けた私は両親にそれはそれは大切に育てられてきました

 

私はその恩をどうにか返す事は出来ないかと考えていたところ人類の敵とされる深海棲艦が世間を騒がせている事を知り、御国の為に深海棲艦と戦い勝利する事で故郷に、御家に錦を飾る事こそが最大の恩返しになるだろうと思い立ちました

 

それからというもの艤装の使用許可証を入手する為に艤装の教習所に通いながら己自身を鍛え上げる毎日でした、そんな私の姿を見て心配する妹に大丈夫、心配しないでといつも言っていたのは今でも覚えています

 

艤装の使用許可証を入手してからは今度は海軍に入隊する為に己の力と技、知識を更に磨く日々が続き、海軍入隊試験の日が近づいて来たそんなある日、私の縁談が持ち上がったのです

 

この縁談に乗るのもお家の為、両親の為になるだろうとは思いました。しかし本当にそれでいいのか?自分を押し殺して言われるがままに従って生きていく事が正しいのか?今まで積み重ねて来たものは何のためのものだったか?もう1人の私が問い掛けてきました

 

その答えを出そうと悩みに悩んで……ふと気が付けば私は海の上にいました……、どうやら身体が勝手に動き家を飛び出してしまっていたようです……

 

その結果として私は1つの答えを出しました、両親の、御家の為に他者に言われた通りのやり方ではなく私自身が考えた私なりのやり方で恩を返そう、そう思い私は海の上を駆け出しました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、その結果迷子になってオロオロしてるとこを深海棲艦に囲まれてボコられて沈んだ、と……」

 

「はい……、その通りです……」

 

シュンとしながら力無く答える姉様かわええ、ってそうじゃねぇや

 

「なんつぅかやる気は満ち溢れていたようだな、そのおかげで戦艦棲姫になっちまってたみてぇだし……、つかそれだと結構長い間戦艦棲姫として海彷徨ってた事になるのか?」

 

俺は今、医務室で扶桑姉様と話をしてる。俺が医務室に着いた時には既に目が覚めていたようでノックして返事待って入室したらテンパった姉様に艤装召喚されてからの砲撃叩き込まれますた……

 

あれ?そういや俺ってこの世界に来てから被弾したのこれが初めてじゃね……?やだ……姉様に俺の初めて奪われちゃった……///

 

とか冗談言ってる場合じゃねぇか、取り敢えず姉様が落ち着くまで砲撃に耐えてから落ち着いたところで自己紹介してからこちらの事情と姉様がここにいる経緯を話し、それからちと辛いだろうが姉様がどうして沈んだのか聞いていたところだ、しっかし姉様の砲撃痛かった……

 

「あのぉ……、今は何月何日なのでしょうか……?」

 

「今は12月28日の19時くらいだな、それでどのくらい前に沈んだんだ?」

 

いあ~、ドイツで時計とカレンダー買ってきて正解だったな~……、この拠点そういった類の品が全くなかったんだもん……

 

「確か家を飛び出したのは10月初めだったと思います……」

 

えちょ、この人2ヶ月は海の上彷徨ってたって事?時間経過で暴走したコアの侵食が進んで完全に深海棲艦になるって話だったはずだがそのへんどうなのさ妖精さん?

 

そう思って会議の後俺に付いて来た妖精さんの方を見てみると、妖精さんもめっちゃ驚いてらっしゃるんですがそれは……、って事は姉様には特殊な何かがあってそれが侵食を抑えたって事か……?

 

そのへんの事情を姉様に教えたところ、心当たりがあったのか姉様が話し始めた

 

「そういえば母方が神道と深く関わり合いのある血筋だったと聞いています、もしかしたらそれが何か関係があるのかもしれませんね」

 

あっこれビンゴかもしんねぇ、妖精さんにもちゃんと確認とった話だが深海棲艦は死の恐怖や怨念の塊が実体化したようなもんっつってたからな、神道的に言えば穢れの塊みたいなもんだから神道関係者の血筋が侵食を抑えていた可能性は十分有り得る、禊とか行法知ってたらいつでも出来るだろうからな、周り一面海だし

 

「それがもし正解だったら親御さんにはホント感謝しねぇとだな……、っとそういや姉様は両親の恩返しの為に戦う事選んだんだったっけな」

 

「はい、御国の為、故郷の為、両親の為にも深海棲艦と戦う事が最大の恩返しになると思い行動していたわけなのですが……」

 

まぁたしょぼくれちゃったよ……この状態で姉様の身体がもう普通の人間のものじゃなくなっている事教えるのは追撃にしかならんよなぁ……

 

「その件は取り敢えず置いておいて、だ、姉様は今後どうするつもりなんだ?」

 

「それがそのぉ……、正直に言ってしまうと分からなくなってしまいました……、やはり両親への恩返しはしたいのですが今の私の力では深海棲艦に太刀打ち出来ないと知ってしまいましたから……」

 

成程、まだやる気はあるみたいだな……、念の為しっかり確認とっとこっと、ついさっき置いといた話を速攻ほじくり返す事になるとは思わんかったが……

 

「まだ戦う意志はあるって事でOK?」

 

「それは……はい、ですが今の私では……「じゃあその問題を俺が取っ払ってやるっつったら姉様はどうする?」え……?」

 

お~驚いとる驚いとる

 

「俺らの事情はさっきも言ったな?ドイツの友人の今の悩み事解決したら日本に向かうっての、そんでそんな俺らに同行するって言う気合の入った艦娘達がいるんだが俺から見たら正直言って現状じゃ昔海軍に所属していた神通除いて全員素人みたいなもんなんだわ」

 

いあ俺も過去に軍にいたわけじゃねぇから素人っちゃ素人だが今はそこら関係ねぇ!実戦を既に何度か経験したからヘーキヘーキ!

 

「んで、今は友人の悩み解決の為の準備の一環としてその艦娘達に俺らなりに生き残る術を教えてるところなんだわ、もし姉様が「あのっ!」おおう、どうした?」

 

ちょっちビビった~……急に姉様が大声出すんだもん……、つかすげぇ食い付きだな……何か目からやる気が満ち溢れているのですが……、って近い近い顔が近い!身を乗り出しすぎィ!っと勢いあり過ぎたのに気づいたみたいでちょっと赤面しながら姿勢戻して咳払い、うん可愛い!

 

「その生き残る術と言うのは、私にも教えてもらえるのでしょうか?」

 

姉様さえ良ければって聞こうとしたらあっちから申し出てきたでござる、まあこの場合の返事は決まっているな

 

「もちろんさぁ」

 

「ありがとうございます、この扶桑、精一杯頑張って戦治郎さんが言う生き残る術を学ばせてもらいますね」

 

「おっしゃ任せろ!異能生存体並に生き残れるよう鍛えてやっから覚悟しとけ!」

 

言ってみたけどやっぱネタ分かんねぇよな~……首傾げてらっしゃる……、でもその仕種がまた可愛い事可愛い事……

 

「それとそのぉ……、ちょっとしたお願いがあるのですが……」

 

何々~?おっちゃんが出来る範疇の事なら何でもやっちゃうぞ~?

 

「そのぉ……、もし許されると言うのなら私も日本に向かうのに同行させてもらえないでしょうか……?実は私、小さい頃からよく迷子になる事が多くてですね……、そのぉ……このまま1人で無事に日本に帰れるか不安で……」

 

……連れて帰らなきゃ(使命感)これ多分ドイツ経由で送ったとしても迷子になって家に帰れなくなっちまうだろ……、つか深海棲艦と戦う気満々だから送り返してもまた飛び出してきそうだし……、そうなるよりこっちで連れて帰った方が間違いなさそうだな、道中で恐らく腐るほど深海棲艦と戦う事になるだろうから姉様の目標も多少達成出来るだろうしな

 

「分かった、道中はものっそい危険だろうがその状況下でも生き残れる術教えるっつったからな、それに俺らもフォロー入れるつもりだしな、でも覚悟はしとけよ?」

 

「はい!どうかよろしくお願い致します!」

 

後に【清麗高雅の扶桑】の異名を持つ事になる扶桑はこのような形で戦治郎達の仲間になった

 

尚、この後その身体が普通の人間のものではなくなっている事を告げた時は少々驚きはしていたが姿も記憶も戻っているなら何ら問題ない、むしろ身体能力の向上と艤装召喚は現状では好都合だとものっそい前向きな答えが返ってきました



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それぞれの生き残る術

「♪~♪~♪♪~♪~♪~♪♪♪♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~っと」

 

あっち行ったりこっち行ったりした上であれやったりこれやったりとクッソ忙しかった中とんでもない世界の真実を知った昨日から夜が明けて朝となった、現在時刻は4時半くらい!そんな時間に俺は鼻歌を歌いながら砂浜へ向かって歩いていた

 

オベロニウムの特性の件で自分の未熟さを思い知らされた俺は、今までは色々あり過ぎてサボり気味になっていた剣術の練習を今日から再開する事にしたのだ。もし誰かに見られたら何か恥ずかしいやん?だからこの時間ならきっと皆寝てるはずだろうから俺が剣術の練習してるとこ見られる心配がないはずからなっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました……、何でチミはもう起きていらっしゃるんですかねぇ……木曾さんやぃ……

 

あんりょ~?朝礼は8時からって俺言ってたと思うんだけど~?まだ寝てて大丈夫な時間だぞ~?

 

「ん?戦治郎さんか?こんな時間からどうしたんだ?」

 

どうやらこっちに気付いたようで声を掛けてくる木曾、うん、それそっくりそのままおめぇさんに返してやんよ

 

「起きるのはえぇな木曾さんよぅ、っとおはようさん、んで何やってたんだ?」

 

すんげぃ適当な挨拶をして木曾が何やっていたか尋ねる、例え適当でも挨拶は大事だからな

 

「あ~……、これか……」

 

木曾がバツが悪そうに手に持っていた木の棒を掲げる。こいつもしかして自主的に剣術の練習してたのか?

 

「昨日通さんに剣術の稽古つけてもらったんだが、どうも基礎の基礎からやる必要があるって言われて昨日は結局ずっと素振りばっかやってたんだよ……」

 

ああ~成程な~……、そればっかだと退屈になるかもしれんわな~……、でも通が言ってるのも事実だから何とも言えねぇな~……、実際木曾は多分俺らと会わなかったら剣術と全く無縁……いあ、その前に沈んでるか……、っていかんいかんそれはもう過ぎた事だから無し無し、取り敢えず木曾は剣術に触れるのが初めてだから基礎をしっかり覚えてもらわねぇとその先にもいけねぇからな、うん

 

「おめぇは剣道にしろ剣術にしろ触れるのが初めてだからなぁ、取り敢えずその棒切れじゃなくてこっち使え、んで通に教えられた通りにやってみ?」

 

そう言って俺は気分で持って来ていた2本の竹刀の内の1本を木曾に渡して素振りをしてもらった

 

 

 

うん、まだまだ粗削り!構えから始まって竹刀の振り方に体捌き、足捌き、目付けなど教えるとこいっぱい!これは教え甲斐ってのがありますわぁ……

 

「OKサンキューよっく分かった、これは口でどうこう言うよりまず実際に見て、受けてみるのが早いかもしれんな」

 

俺はそう言うなりもう1本の竹刀を握り構える、木曾は俺の動きを見て今から何をやるかを察したようで待ってましたとばかりにニヤリと口角を上げて竹刀を構える

 

「さあ木曽よ!どっからでもかかってくるがいい!」「素振りばかりで飽きて来たところだったからな……、いくぜ戦治郎さん!」

 

こうして俺と木曾の組手が始まった

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……はぁ……」

 

「おう、もうバテたのか?こりゃ体力作りももうちょっち頑張らないとだなぁ……、取り敢えず休憩すんべ」

 

砂浜に大の字に寝そべる木曾に俺は休憩宣言する、俺は組手中剣術の基本を徹底して守り木曾へそれを実際に受けてもらいながら教示した、少々可哀想な気もするが実物見てから口で詳細を教えてもらう方が分かり易いだろうからな

 

「攻撃が全く当たらねぇ……、一体どうなってんだ……?」

 

「そりゃおめぇ俺は後の先、カウンターって言った方がおめぇには分かり易いか?それ狙いだったからな、相討ち狙いの後の先を取るのは剣術の基本だから覚えておけよ?んで途中からそれ警戒し始めたみたいだがそれも悪手だったな、いいか?剣術ってのは活殺自在、相手の動きを活かして斬るのと相手の動きを殺して斬るのを上手い具合に使い分ける、これが本質なんだわ」

 

上半身を起こして尋ねてくる木曾に答える、それからは木曾の質問に順次答えていく俺の構図が出来上がる、やっだこの子ものっそい向上心持ってるよ~、これは教えてる側も楽しくなってくる~

 

そうこうしている間にいい時間になったので、2人で風呂で汗を流して朝礼の為に会議室へ向かったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

朝礼で姉様の件を皆に伝え俺以外のメンバーの自己紹介が終わり、今日やる事を話す前に俺は皆にとある事を聞いてみた

 

「おめぇらが生き残る術として最も重要視してるのは何だ?」

 

「なぁ、それって姉様に何教えていいか分からなくて俺らに全部丸投げようとしてたりしねぇかぁ?」

 

悟がツッコんで来る、ちげぇし!俺自身考えてるのあるしぃ!

 

「そのつもりは全くねぇよ、ただ俺が一番重要視してるのとおめぇらが一番重要視してるのが一致しないってのはよぉっく分かってるからな、だから皆に俺らが生き残る術として何を一番重要視しているか知ってもらう為に敢えて聞いてるんだ、OK?」

 

悟はこれで取り敢えずは納得してくれた

 

「生き残る術なぁ……やっぱ積極的に攻撃して相手をガンガン倒す事だな、攻撃は最大の防御ってな!」

 

まずは輝、賛同してるのはシゲだな……、攻撃してくる相手がいなけりゃ必然的に生き残れるわな

 

「逆に防御こそが最大の攻撃になる場合もあると思いますけどね、弾薬や艦載機がなくなれば攻撃は出来なくなりますし、無駄に燃料を消費させる事が出来れば相手は動けなくなりますから攻撃も好きなだけ出来るでしょう。何よりも自身の被害を最小限に抑える事が出来れば撤退する事も視野に入れる事が出来ますからね」

 

これは通の意見だな、賛同してるのは護と司、言いたい事殆ど言われてる……

 

「俺としては艤装を自力で修理出来る知識と技術だな、そうすれば被弾し艤装が故障しても自力で航行出来るくらいまで修復出来れば生き残れる可能性は上がる、全て直せるのならば戦闘続行も可能になる為輝の意見に沿う事が出来ると思うのだが」

 

「それに日頃から自分の装備をメンテナンスしてあげたら装備も喜んで力を貸してくれると思うし、自分の艤装の弱点部分も把握出来るようになると思うから被害を最小限に抑えるのに役立つと思うのよね~」

 

空と剛さんの意見は俺も同意、更に言えばこれは自分だけでなく仲間も助けられるようになるのも利点だと思っている、つか体術の空、射撃の剛さん、剣術の俺と三強揃い踏みじゃないですかー!やったー!

 

「仲間も助ける事も考えると医療に関する知識と技術も重要だと思うんだがねぇ……いくら妖精さんの保護があるとしても怪我するときは怪我するみてぇだからなぁ」

 

「症状を悪化させない為の傷病者の適切な運び方もあるし、応急処置が適切に行われていれば生存率は格段にあがるからね」

 

ここで医療組のエントリー、『なおす』のが艤装か本体かの違い、どっちも重要なのは変わらんな

 

「僕は飲み水や食べ物の調達方法とその調理法、更には調達した物に毒があるかどうか判別する方法なんかも重要だと思います。艦娘も深海棲艦も生物ですから何か食べたり飲んだりしないと死んでしまいますからね」

 

翔の意見、賛同者は藤吉、これは失念し易いところだな……、実際俺も忘れてたし……

 

しかし今回は皆意見出してくれておっちゃん嬉しい!何か艦娘の皆さんは驚いて固まっちゃってるけど、この光景ってそんな驚くようなもんかね?

 

「っしゃ!皆色々な意見ありがとうな!んで、これで俺らが生き残る為には何が重要だと思ってるか分かったな?艦娘の皆にはこれ全部覚えてもらいます。流石に医療系は全ては無理だろうが「まあそりゃ仕方ねぇなぁ……」応急処置の方法くらいは覚えてもらろうと思ってるがいいか?」

 

不安や困惑と言った表情が浮かぶ艦娘の皆さん……、まあいきなりこんだけ全部覚えろって言っても難しいわな……普通だったら

 

「そんな不安になりなさんな、ここにいる連中はその道のエキスパートばかりだからきっと面白おかしく分かり易く教えてくれるはずだ!」

 

勝手にハードル上げるなって言いたげな視線が俺に集中するが知らな~い

 

「まあこんな事になったが、全員まとめてやるってのは講師の負担がでかいから班分けしてから日替わりでそれぞれやってもらおうと思う、艦娘の皆は今から班分けを話し合って決めてくれ、工廠組は今から通信機材の設置とテストやっから付いて来てくれ、他は各自やりたい事、やるべき事を好きにやってていいぞ、んじゃ朝礼終わり!あざーっしたー!」

 

こうして朝礼が終わり各自行動を開始する、さって俺もいっちょやりますか!早いとこドイツと通信出来る様にして本拠地襲撃のときの足並み揃えられるようにしたいからな

 

そんな事を考えながら俺は工廠組と共に通信機材を今保管している工廠に足を運ぶのであった



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班分けしながら通信設備を整えよう

「そういやシャチョー、艦娘さん達はいくつの班に分けるんッスか?それと班決め終わったら何やらせるんスか?そのあたり指示出してなかった気がするんッスけど」

 

工廠組が通信機材を拠点の司令室へ運んでいる最中に護が言って来た

 

「あっスッカリ忘れてたわ……、確か護のHMDの拡張は昨日終わらせたんだっけ?」

 

「そうッスよ~、通信機は皆に行き渡ってるはずッス、んでもまだテストしてないっすね~」

 

おっおっ、ならテストがてら通信入れてみるか

 

『テステス、会議室にはまだ誰かいっか~?』

 

『ん?護さんが昨日くれた通信機からか?』『この声は旦那か?』『戦治郎さん、どうしたんですか?』『もう通信機材の設置終わったの?ちょっと早すぎない?』『流石にそれはないのでは?』『こっちはまだ班分けは終わっていないぞ?』『何か伝え忘れた事があったのでしょうか?』『そう言えばさっきの先輩の指示だと班の数と班分けの後艦娘の皆さんは何をしたらいいか分かりませんでしたね』

 

『おめぇらいっぺんに喋るな!おりゃあ聖徳太子じゃねぇんだぞ!っと通大正解、それさっき護に指摘されて思い出したんだわ。んで班の数は3つで頼む、そんでおめぇらの班分け終わったら全員で昼まで戦闘訓練やっててくれ、昼までには各種訓練の講師の先生こっちで決めておくからな、んで昼からはその班に分かれて訓練開始な~、そんでもって艦娘全員司に服のサイズ教えてやってくれ、修理とメンテナンスの訓練のときは作業服に着替えてからやってもらおうと思ってるからな』

 

『ボス~、服のサイズならさっきの朝礼で全員分目測で測ったんで大丈夫ですぜ~。きっとボスの事だから艦娘全員の修理作業用の作業服作れって言うと思って既に作業開始してますぜ~、あっ作業服はツナギタイプなんで皆そこんとこヨロヨロ~』

 

こういうとこはホント優秀だな司は~……、艦娘サイドから目測の件で苦情出てるみてぇだけど気にしな~い

 

さって伝えたい事伝えたし我々は司令室への進軍を再開する!ってな~

 

 

 

 

「そう言えば昨日ドッグタグを作るとなっていたがそれはどうするんだ?」

 

「それは工廠組を2つに分けて片方が訓練担当して残りはドッグタグ作りと装備開発って感じにすっか、んで装備開発だがちょっち俺の装備で作りたいのいくつかあっから俺と空が担当していいか?」

 

「昨日仕上がった空さんの改造艤装に対抗するようなの作るんです?あれは初見は呆然とするか爆笑するかしかないシロモンだと思うんだよな~……」

 

司令室に着き通信機材の設置作業中に空が昨日言ってたドッグタグの件を聞いて来たので答えたわけだが、その後のシゲの言葉が聞き捨てならぬ。空の艤装いじり終わってたんかい、是非とも完成品を見たかったが初見がど~のってどういう事だってばよ?

 

「まあそれは補給拠点襲撃まで待て、お前ならきっと気に入るだろうな」

 

やっだ、超気になる事言ってらっしゃいますわよこのおじ様……ってこいつ俺とタメだった……、つまり俺もおじ様……何かちょっちいいかも……///ってやってる場合じゃねぇや

 

「取り敢えず艤装については期待しとくかんな~、んでこっちの班分けは訓練担当はシゲと護って事でOK?」

 

「「大丈夫だ、問題ない」」

 

ちょっちそのセリフはやめて!不安しかない!つかおめぇらハモんなし!

 

「それはそうと、シャチョーは何作るつもりなんッスか?」

 

護の質問、今考えているのは対潜用装備と本体用の射撃武器、大五郎の背中にちっちゃい工廠みたいなの作れねぇかな~?って感じだな~

 

「ちっちゃい工廠?何かチート臭いの思いつきましたねぇ……」

 

「だって大五郎でっかいから何かそういうの積めそうじゃん?やれそうならやってみてダメだったらまた考える、俺らがいつもやってる事だろ?」

 

「それもそうッスね……あっそうだ、ついでだから悟さんが使えそうな診察台も併設したらどうです?後は薬品棚とかもあったらいいかも」

 

おっほっほ、シゲナイスアイディアだ!それなら艤装と艦娘両方対応出来るようになるな!後でちょっち考えようかねぇ

 

「装備の話もいいが、そろそろ講師をどうするか考えないか?」

 

空さんさーせんっした!

 

んで作業しながら話し合った結果

 

医療→悟と光太郎の医療チーム

 

サバイバル→翔と太郎丸の陸上型コンビ

 

修理メンテ→シゲと護の工廠20代コンビ

 

皆太郎丸の起用が予想外だったみたいだが、まず太郎丸ほど動物に精通してる奴はここにはいないだろう、そもそも太郎丸は元々犬だし他の動物の言葉分かるみたいだし、有毒生物の判別には欠かせんだろうよ

 

剛さんと通は今まで通り戦闘訓練の教官役をやってもらおう、司は洗い替え用の作業ツナギ作っててもらうとして……輝と藤きっちゃんか……、弥七と大五郎、六助あたりと周辺の哨戒やっててもらうか

 

講師が決まったとこでいいタイミングでグラーフから通信が来た

 

『戦治郎、こちらの班分けが完了したぞ』

 

内容は駆逐チーム、巡洋艦チーム、戦艦&空母チームで3:3:2って感じだったがまあそうなるだろうな~

 

「戦治郎、こっちも設置完了だ。後は正常に動くかテストするだけだ」

 

『OK、んじゃあ艦娘達は戦闘訓練やっててくれ、こっちは今からアクセルのとこに繋がるかテストするわ~』

 

グラーフは了解した、と短く返事して通信を切った、んじゃこっちも早速テストといきますか!

 

 

 

「オッスオッス、アクセル聞こえてるか~?」

 

『あら戦治郎、昨日帰ってからすぐ通信してくるものだと思っていたのだけれども何かあったのかしら?』

 

通信機の周波数を教えてもらった奴に合わせていざ通信してみたらビス子が出て来たでござる、因みにこの通信機は映像も出せる奴だからあっちの顔を見ながら通信出来るすげぇ奴なんだ!

 

「いあ~、帰りに元艦娘の戦艦棲姫と戦闘、更にその最中に乱入まであってそれどころじゃなくなっちまってなぁ……、そんで通信機設置が今になっちまったわけよ」

 

『戦艦棲姫って……それに乱入まで……、グラーフは無事なのっ!?』

 

ビス子の奴仲間思いだな~、まあ総司令の秘書艦だから色々考えなきゃいかん部分もあるんだろう、特にグラーフって今のドイツの主力空母だから沈んだりしたら大事だもんな……

 

「安心しな、グラーフは無事だしそれどころか戦艦棲姫にトドメ刺してたぞ、そっち帰ってきたらたっぷり褒めてやんな」

 

『そうか、ならばしっかりと労ってあげないとだな』

 

アクセルさんがログインしました、トイレか?トイレなんか?ん?おっちゃんにこっそり教えんしゃい

 

「アクセルオッスオッス、通信機ホントサンキューな。これでフェロー諸島攻略のときそっちと打ち合わせ出来るぜ」

 

『フェロー諸島はこの海域の奴らの本拠地、今の私達だけではとてもじゃないが攻略するのは不可能だっただろうな……』

 

だろうなぁ……、今のドイツの最高戦力がそこのビス子くらいで全体見てもまだまだ数も練度も足りない感じだからなぁ~……

 

「まあそこは俺達がいるからが何とかなるだろう、だからって鍛錬サボられても困るがな」

 

『そこは安心しなさい、今は私が教導艦をやっているからサボりなんてさせないわ。だからと言って期待し過ぎるのは勘弁して頂戴、正直貴方がぶっ飛んでるもんだから貴方達の足を引っ張らないようにするのが関の山だと思うから……』

 

ぶっ飛んでるとかひっでぇ言われようだなおい、まあ間違ってないかもしれんけど~……

 

『それはそうと……、戦治郎の後ろでえらく殺気立っている空母棲姫は君の仲間なのか?』

 

ん?空がどうしたって……、ぶぉっふぉ!こいつ何でアクセルの事威嚇……、ってああ~そういう事……

 

「空~ストップストップ~、俺の一番の親友はおめぇで相棒もおめぇだから、その地位は揺るがんから安心しろ~」

 

俺がそう言うと空はアクセルを威嚇すんの止めてくれた、うぇっへっへこいつアクセルに嫉妬してやがらぁ

 

『ああ、そういう事か。空と言ったか、私は君の親友を奪うつもりはこれっぽちもないから安心してくれ、そもそも君の親友と友人になった私は君とも友人になりたいと思っているのだがダメか?』

 

空の親友としては是非ともアクセルに空の友達になってもらいたいものだ、空の奴は俺達いなかったら友達って呼べる間柄の人間がどのくらいいるか分かんねぇからな……

 

「ん……そうか……、先程は失礼した、改めて自己紹介させてもらう、石川

空だ」

 

「アクセル・レーダー、ドイツ海軍の総司令を務めさせてもらっている者だ、今後ともよろしくな、空」

 

空の頬が赤いあか~い、さっき自分がやった事恥ずかしくなったんだろうな

 

「ついでに俺も自己紹介しときますかね、愛宕山 重雄、皆シゲって呼んでますんで俺の事はシゲで頼みます」

 

「なら自分も便乗するッスかね~、秋月 護ッス、総司令さん総司令さん、もしシャチョー……戦治郎さんに何か用事あるけどこっちに通信入れても出てこないってときは~……、……これでよしッス、この周波数に通信入れてくれたらこの近辺にいる間は自分が中継点になって通信回すッスよ~」

 

護はそう言っていつも持ち歩いているメモにHMDの周波数を書いてアクセルに見せる、それそこまで拡張してんのかよ……

 

『ほほう、それはありがたいな、ならば緊急時はこちらに連絡するとしよう。ありがとう護』

 

いえいえ~とか言いながら手をヒラヒラさせる護、いあ~これはこっちも助かるな、俺からもありがとうな~

 

「うっし!通信も問題なく出来るみたいだし、テストはこのあたりにしとくか!忙しいところに突然の通信わりぃなアクセル、機会があったらゆっくり話でもしようぜ!」

 

『ああ、そのときは他のメンバーも紹介して欲しいものだな、それではまたな』

 

そう言ってアクセルが拳を突き出してきたので俺も同じ様に拳を突き出す、通信越しのグータッチだ

 

まあこっちの連中が自分も混ぜろって感じで皆拳突き出してたりするんだがな、おめぇらノリいいな、だから大好き!

 

「んじゃ、こっちの作業終わったしこのまま工廠いくか~」

 

そう言って俺達は工廠へ向かったのだった



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森の恵み?

翔視点でお送り致します


「扶桑ー!何処に行ったー!聞こえたら返事をしてくれー!」

 

「扶桑さーん!声が聞こえたからって無理に動かなくていいですからねー!声が聞こえてたらその場で大人しくしていて下さーい!」

 

昼食の後にちょっと修正が入った今日の予定が皆に伝えられて、僕と太郎丸が講師を担当しているサバイバル訓練には扶桑さんとグラーフさんが来る事になったんだけど……

 

「太郎丸、そっちは何か分かった?」

 

「う~んちょっと待って~、ここは色んな臭いが混ざっててちょっと分かり難いんだ……」

 

太郎丸が辺りの臭いを嗅ぎまわりながらうんうんと唸っている、今僕達はちょっと目を離している間に迷子になっちゃった扶桑さんの捜索の真っ最中なんだ……、昼食のときに昨日渡し忘れていたからと護からもらった通信機はまだ上手く使いこなせないようで全然通信に出てくれない……

 

「しかしこの拠点はどうなっているんだ……、砂浜と拠点の入口を繋ぐ道を少しでも外れれば深い森林の中を彷徨う事になる……、天然の防壁と言ったところか……」

 

「その道は輝さんが中心になって繋げてくれたものなんですけどね、最初は全て森林に囲まれていたみたいなんですよ?」

 

僕はこの拠点を攻略するときは浜辺で増援に備えて待機していたからこの情報も潜入に参加したメンバーが言ってたのを聞いただけだから真偽に関しては自信がないんだ……

 

「そうなのか……、それにしてもこうも視界が悪いと扶桑を探すのも一苦労だな……、艦載機も飛ばしているが上からでは木の葉が邪魔でまともに見えん……」

 

そうなんだよね~……、今のメンバーは皆艦載機が使えるから上空からも捜索してるけど木の葉のせいで全然分からなくて、結局太郎丸の鼻を頼るしか手がなくなっちゃった……

 

「くんくん……、ん!もしかしたらこれかもっ!皆付いて来て!」

 

っと遂に太郎丸が扶桑さんの臭いを嗅ぎ当てたみたいだ、その臭いがする方角へ走っていく太郎丸の後を追って僕とグラーフさんも走り出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いたぁ!」」」

 

「み、皆さん……、やっと来てくれたんですね……」

 

ようやく扶桑さんを見つける事が出来たんだけど、肝心な扶桑さんは僕達に気付いたけど涙目になってプルプル震えながらその場を動こうとしない……、何があったんだろう?

 

「どしたんだ扶桑?私達が見つける事が出来たからもう動いてもいいんだぞ?」

 

「それがそのぉ……この子がさっきからずっと私の方を見ていて……」

 

そう言いながら扶桑さんが自分よりちょっと前の地面を指差す、そこにいたのは蛇、ヨーロッパクサリヘビである

 

「成程、それじゃ下手に動けないね……」

 

「そいつか……、そいつは確か毒性は低いが毒蛇だったな、医務室にこいつの解毒薬はあるのか?」

 

グラーフさんは蛇とか大丈夫なのか、扶桑さんなんかさっきのグラーフさんの話聞いてひぃっ!とか言ってさっきより震えが大きくなっちゃってるのに……、っとこのままだと扶桑さんが可哀想だからそろそろ助けますか

 

「扶桑さん、今助けますから大人しくしてて下さい……ねっと!」

 

僕はそう言うと素早く鼓翼を抜き問題の蛇の首を斬る、蛇はしばらくグネグネとのたうち回った後に動かなくなる。鼓翼の初めての出番が毒蛇の相手か……、願わくばこれ以上の事で鼓翼を振るう必要がなければいいんだけど、やっぱりそうもいかないよね……

 

「ふぅ……、やっぱり戦治郎さんや通みたいにはいかないか……」

 

「お前も刀を使えるのか……、ここにはどれだけサムライがいると言うのだ……」

 

僕はしがない料理人ですよ~、剣術はあくまでこういう時くらいしか使うつもりありませんよ~、そんな事を考えていたら扶桑さんが慌ててこちらに駆け寄ってくる

 

「一時はどうなるかと思いましたが助かりました、翔さん、本当にありがとうございました」

 

扶桑さんは感謝の言葉と共に一礼する、その姿が凄く様になっているあたりそのあたりはしっかり教育されたんだなと思う

 

「でも、私に襲い掛かろうとしていたとは言え何だか可哀想ではありますね……」

 

「そのあたりはちゃんと弔ってあげないとですね、食べるって形になりはしますけど」

 

「「……えっ?」」

 

僕のセリフを聞いた2人が急に固まっちゃったけどどうしたんだろう?そもそもこの森の中にいる理由ってこいつを捕まえて捌いて食べる、その方法を教える為だって言って……言って……、そうだ言ってる最中に扶桑さんがいないの気付いて捜索始めたんだった……

 

「と、取り敢えず厨房に行きましょうか、本来ならここでやるべきなんですけどそれじゃあ扶桑さんが落ち着いて話聞けそうになさそうですからね」

 

僕はそう言って頭とお別れした蛇の胴を持って拠点の厨房へ向かって歩き始め、硬直していた2人もすぐに立ち直り僕を追って歩き出した。最後尾には特にお願いしたわけでもないのに太郎丸が付いてくれて扶桑さんがまた変な方向に行こうとしたとき止めてくれていた、本当にありがとうね太郎丸、今度何か食べたいもの作ってあげるね

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り際に追加で4匹も捕れるなんてこの島どうなってるの……?まあ数が増えたおかげで2人にも実際に調理してもらえるからいいんだけどね、そんなわけで今僕達は厨房で蛇を捌いているわけだけど

 

「扶桑さん捌くの上手ですね、もしかして蛇捌くのは初めてじゃなかったりします?」

 

「いえ、小さい頃から色々な事を教えてもらっていましたので、料理もその一環で覚えてときどきですが家族に私が作った料理を振舞ったりしていたので料理自体は得意なんです。ただ蛇を捌くのは流石に今回が初めてです……」

 

皮の剥ぎ方と内臓の取り方を口で説明しただけでスルスルとこなしていく扶桑さん、蛇を捕まえる事さえ出来れば問題は無さそうだね

 

「翔、すまないが先程のところをもう1度頼む……」

 

一方グラーフさんはあまり包丁を握った事がなかったらしく悪戦苦闘していた、いい機会だからここでしっかり料理スキル身に付けてもらいましょうかね

 

「はいは~い、ここはですね……ちょっと失礼しますね、っとまずは包丁はこう持って……、それでここをこうして……」

 

僕はグラーフさんの後ろに回って包丁の握り方から調理台への立ち方など細かいところから入って、本来の目的である蛇の捌き方を教え始める

 

「それにしても翔さんは本当に料理がお上手ですね、昨日の夜に頂いたお粥もそうですが今日頂いた食事は皆まるで本物の板前さんが作ったのかと思いました」

 

「あはは……、僕は戦治郎さんのお店の事務員始めるまでは実家の料亭で働いてたんだ、椀方っていう汁物作り担当まで腕を磨いたんだけど次板……副料理長だった1番上の兄さんと喧嘩……うん、喧嘩しちゃってね……、その事を父さんと京都で修行しているもう1人の兄さんに相談してから自分探しをやろうと思って家を出たところを戦治郎さんに拾われてね、それからは事務員やりながら長門屋の台所を預かってたんだ」

 

扶桑さんが2匹目の蛇をぶつ切りにしながら僕の料理の腕前を褒めてくれた、この2人には僕が昔板前だった事を教えていなかったのを思い出したので、いい機会だから教えておく事にした。てか扶桑さんホント手際いいなぁ……

 

「道理で料理が上手いわけだな……、元本職と言うなら納得だ……っとと」

 

1匹目の蛇を危なっかしくもぶつ切りにするグラーフさんが言う

 

「兄さんとの喧嘩で1度は料理人としてやっていくのが怖くなって逃げだしちゃったんだけどね、まあ長門屋の台所を預かるようになった時にやっぱり僕は料理が好きだって言うのを捨てきれずにいたのに気付いてね、それからは誰にも縛られずに楽しく料理を作らせてもらってるよ」

 

「長門屋は皆のチームワークを良くする為にって理由でお昼は皆でご主人様と翔の料理を食べてたからね~、どんな料理でも皆笑顔で美味しい美味しいって食べるからそれが翔にいい方向に働いたんだと思うな~」

 

太郎丸が言う、そう、その事に気付いたのは僕の料理で皆が喜んでくれているのを見た時だったな……、皆本当に美味しそうに食べてくれてお礼まで言われて……、まあその結果お昼だけでなくお金払ったら晩御飯も食べさせてもらえるってシステムが出来上がったんだけどね、でも僕の料理ってお金払うほどのものだったのかな?この辺りはまだ僕自身未だに疑問に思っているけど、まあそんな事疑問に思っているのも忘れるくらい今後も腕を磨いていけばいいか!

 

「翔さんが本当に板前さんだったのは分かったのですが……、それがどうしたらこういった事の技術に繋がるのでしょうか?」

 

扶桑さんに聞かれたけど真っ当な疑問だよね~……

 

「何か食べる事はとても重要な事だし、食べるのならやっぱり美味しい物の方がいいじゃないですか、そう思ったからサバイバル食の研究を始めちゃったんですよね~……、そしたらそっち方面の趣味も出来ちゃって……あはは~……」

 

僕がそう言うと2人は苦笑いで返してくれた、まあそうなるよね~……

 

そんな事言っている間にグラーフさんの方も切り終わったようなので、塩コショウを軽く振って焼いてから皆で食べる、蛇肉が予想に反して美味しかった事に驚きを隠せない2人、そんな2人に僕はこう告げる

 

「蛇の捌き方と味はこれで分かってもらえたと思いますから、次は見つけられたら蛙に挑戦してみましょうね、蛇の捌き方は当然ですけどしっかり覚えるまで継続しますし、今度は2人にも捕獲を頑張ってもらいますから覚悟しておいて下さいね」

 

2人が硬直しちゃったけど大事な事だからしっかり覚えてもらわないといけないからね、仕方ない仕方ない、って言うかグラーフさんは蛙と聞いた途端扶桑さん共々固まっちゃったけど蛇は大丈夫でも蛙はダメだったりするのかな?

 

「今日はまだ時間があるみたいですし、次やる時に使う蛇の捕獲用トラップを今の内に作っちゃいましょうか」

 

果たしてこの言葉は2人に届いたのだろうか……?最初から素手での捕獲なんてまず無理だって分かってるからね?そこまで無茶させるつもりないからね?

 

僕はそんな事を考えながら太郎丸と一緒に網の上で焼かれている蛇肉を無駄にしない為に食べ続けるのだった



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愛を知らず愛に飢える

シゲ視点でやっていきます


今日の工廠はいつもと違って賑やかだなぁおい

 

今俺達は作業ツナギに着替えた陽炎型駆逐艦3人に艤装のメンテナンスのやり方を教えているわけだが、これがまた大変な事大変な事……

 

陽炎、不知火、天津風の3人は機械いじりは今回が初めてで基本の部分から教えていかないといかんわけだ、だが今回教える側の俺達2人も誰かに作業方法教えるってのが初めてになるんだわ、輝さんのアシスタントやっていた藤吉を除けば現場組の最年少は俺とマモなわけで、俺達より下がいなかった=作業方法を教えるべき相手がいなかったってわけ

 

その事をアニキに言ってみたら

 

『何事も経験経験、男は度胸!何でも試してみるもんよ!それで駄目だったら相談乗るから心配すんな』

 

そう言われて取り敢えず挑戦するわけだがいや~やっぱキツイッス……、俺自身感覚に頼って作業していたのと作業方法を頭でしっかり把握してやってるわけではないってのが浮き彫りになっちまって若干凹んだ、こういう時マモの頭の回転の速さが羨ましい……、話聞いてる俺がほへ~と感心しちまうくらい分かり易く解説してんだもん……

 

「シゲさ~ん、ちょっと見てもらいたいんですけどいいですか~?」

 

陽炎に呼ばれたので短く返事してそっちに向かう、あいつにはあいつのやり方があるんだ、いつまでも嫉妬してねぇで俺は俺のやり方で教えてやればいいか、うっし!やってやらぁ!

 

「ここってこんな感じでいいんですか?護さんが言ってたのがぼんやりとしか分からなかったから何となくでやってみたんですけど、これで合ってます?」

 

どらどら、あんちゃんに見せてみな~……ってこりゃあかん、このまま動かしたら艤装がオシャカになっちまう……

 

「残念だがこれじゃあダメだわ、いいか?よぉ~っく見とけ~、ここはな……」

 

いつもならチャチャっと修正するところだが、今は陽炎に直し方教えなきゃいけねぇから作業ペースをいつもより落として自分が知っている語句を頭から捻り出しながら解説を入れる、陽炎の奴目ぇまん丸にしながら俺の手元を見てやがる

 

「うわぁ……、私がここまでやるのに結構時間かかってたのにシゲさん物凄い速さで修正していくし……」

 

すまんな陽炎、これでもペース落としてるんだぜ?

 

「よっしこれで修正完了っと、やり方はちゃんと頭の中入ったか?」

 

「ありがとうございます、う~ん、やっぱり実際にやってるとこ見ないとよく分かんないわね……、っと助かりました、また分からないとこ出てきたらそのときはお願いしますね☆」

 

礼を言いながらウインクする陽炎、可愛いな畜生

 

「それにしても、シゲさんってホント手慣れてますねっと……、私なんかバラすのにもこんなに手間取ってのに……ぃっ!」

 

俺達がOK出すまではバラして組み上げてを繰り返してもらう事になってるもんだから俺がさっき修正したところを再びバラしにかかってる陽炎が言う

 

「そりゃぁシゲは高校中退してから長門屋に入ってたッスからね~、それ以前からバイクを自力でいじってたみたいッスけど。まあ機械いじりに関しては間違いなく年季が入ってるッス」

 

それに答えたのは向こうで不知火と天津風の相手をしていたマモ

 

「マモ、お前こっち来て大丈夫なのか?」

 

「それなんッスけど、向こうの作業が粗方終わったらしくて空さんがこっち来てくれたんスよ、だからあっちの2人は空さんに任せて来たってわけッス」

 

そう言われて不知火達の方を見てみれば本当に空さんこっち来てるし、そんでアニキの方見たらいつの間にか来ていた剛さんとアニキが何か話し込んでるし……

 

「高校中退……、いやまあそんな気はしてたけど……」

 

そんな気はしてたって……、陽炎おめぇそれ酷くねぇ……?

 

「一時期は暴走チーム『大天狗』とか作って暴れてたみたいッスけどシャチョー達に〆られて解散、そんでチームの敵討ちの為にバイクに跨って長門屋に単騎で殴り込みに行ったらバイクのメンテの腕買われてそのまま長門屋入りしたんだったッスよね?」

 

「よしマモちょい表出ろ……、人の黒歴史ほじくり返すたぁ覚悟は出来てんだろうなぁ?」

 

人の古傷抉るような真似すんなって教えられてねぇのか?だったら俺が今から教えてやんよぉ……、俺は指を鳴らしながらマモに詰め寄る

 

「ふぇっふぇっふぇ落ち着くッスよシゲ~、暴力は何も生まないッスよ~?「護、ちょっと来てくれ」っと御指名入ったッスね、今行くッス~!」

 

あの野郎、人の黒歴史いじるだけいじって逃げやがった……、ああもう!陽炎がドン引きしてんじゃねぇか!

 

「暴走族って……、何でそんな事やろうと思ったんですか……」

 

引き攣った表情のまま陽炎が尋ねてくる、あ~あ~やっぱそう来るよな~!

 

「ただの若気の至りって奴だ、単純に目立ちてぇ、俺はすげぇんだ特別なんだ~っての見せつけたかったってだけだ」

 

取り敢えずこう言っておけば大体の奴は納得してくれる、それを知っていたからいつも通りにこのセリフを口にする俺

 

「……それは自分の周りにいる人皆にですか?」

 

陽炎の奴、手ぇ止めてまで聞いてきたんだが……、つかこの感覚……まさかなぁ……

 

「そうだな、俺の周りにいる連中全部に如何に俺がすげぇ奴なのk「嘘ね」あん?」

 

「私達が施設にいたのは知ってますよね?私と不知火は施設の中では年長組に入るくらいの歳になるのでどうしても自分達より小さい子の世話をする事が多かったんですよ、そんな子達は悪い事をしたら叱られるのが怖くてつい嘘をついちゃうんですよね~、私はそういうの沢山見て来たので人が嘘を付いてるかどうかってのが分かる様になっちゃったんですよ」

 

うっへぇ……、長門屋入った直後に悟さんに俺の事根掘り葉掘り聞かれた時に感じた感覚、嘘を完璧に見抜くあれを陽炎も体得してるってぇのかよぉ……

 

「陽炎、お前悟さんの弟子にでもなったらどうだ?」

 

「それは機会があったら考えておこうかな?それは兎も角、その発言は嘘を認めるって事でいいです?」

 

完敗だ完敗、参りましたよっと……

 

「認める認める、俺がそんな事やってたのは母親に俺の事を見て欲しかったからだわ」

 

「お母さんに……?」

 

施設にいたこいつらに話すのはどうかと思ったが、こっちの負けを認めた以上白状するべきだろうと思って陽炎に話し始める

 

俺は自分の父親を知らない、母親も誰が俺の父親なのか知らない、この母親はそうなるほど数多くの男に抱かれていたのだ……それも自分の方から男を誘ってだ……。俺が生まれてからすぐの間は俺の事をまともに育てていたようだが、物心ついた頃にはちょっとしたネグレスト状態である。祖父母はどうしたと聞かれれば母親はその祖父母に勘当されているので、俺の事は一切祖父母に伝えていないようだった

 

そんな母親も世間体は多少気にしていたみたいで学校と病院、周りがやってるのと自分の自由時間を増やす理由で習い事として空手の道場に行く事が出来たがそれ以外は俺が何を言っても完全無視、そんな調子だったので食事は母親が保管している物をくすねて食べる、洗濯なんかは最初は洗濯してない服をローテーションで着回して、途中から自分でやるようになっていた。

 

俺がこんな事になってても母親は俺に関心を一切持つ事は無く、夜な夜な街へ出ては男に抱かれていた。俺はこんな扱いをされていたがそれでも自分の唯一肉親だからとあの手この手と色々な手段を使って母親の目をこちらに向けさせようとしたのだ、暴走チームを作って暴れ回ったのも結局は母親に自分を見て欲しかったからだったりする

 

「その後はさっきマモが言った通りだな、空手の道場はチームの喧嘩で使ったのが原因で破門にされて、そんで母親の件はアニキ達の世話になりだしてから疑問に思うようになってアニキ達に相談したら絶縁するように言われたっけな、それからはアニキの家に住み着いて母親には会わなくなったな」

 

「ごめんなさい……、シゲさんがそんな苦労してたとは思わなくて……」

 

まあこうなるよな~……、つか陽炎の奴泣いてんのか?俺の為に?おめぇらの方が俺なんかよりよっぽど辛い目にあってんだろうに……

 

「ちょいシゲ~……、ここでそんな重い話すんの止めてくんないッスか?お前の話が不知火と天津風にも聞こえてしまったもんだからこっちも泣き出しちゃったッスよ~?」

 

うん、その……、すまん……、結局俺達は泣き出した3人を落ち着かせるのに結構な時間を使ってしまい、訓練どころではなくなってしまったのだった……



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初日の出を拝む為に

「明けまして……おめでとおおおぉぉぉっ!!!」

 

「うるせぇよ旦那っ!!!」

 

俺は戦場のド真ん中で摩耶の艤装を修理しながら新年の挨拶を叫んだ、そしたら艤装の修理待ちしている摩耶に怒られた、解せぬ……

 

生き残る術を学ぶ訓練が一巡したところで例の補給拠点を襲撃する事にしたわけだが、そこに到着したのは31日の夜、普通なら炬燵の中で蕎麦啜りながらテレビ見て年が明けるのを待つところだが拠点には炬燵も蕎麦もテレビもねぇからなぁ……って違う違うそうじゃねぇ

 

どうせだからこのまま補給拠点制圧してそこで初日の出拝もうZE!って言ったらグラーフ以外がノってくれた、ドイツにはそういう文化無いからそうなるよね……シカタナイネ

 

因みに今回の編成はこちら

 

第1艦隊 戦治郎(太郎丸+金次郎+大五郎) 空 通 グラーフ 扶桑 神通

 

第2艦隊 木曾 摩耶 不知火 剛 護 悟

 

拠点防衛 光太郎 輝 シゲ 翔 司 藤吉 甲三郎 六助 弥七 陽炎 天津風

 

潜入班 戦治郎 太郎丸 空 剛 通 グラーフ

 

迎撃班 悟 護 大五郎(金次郎) 扶桑 摩耶 神通 木曾 不知火

 

こんな形でも空母機動部隊!拠点防衛組の一部がぶぅ垂れていたが安心しろ、本拠地攻めるときは総力戦だから嫌でも来てもらうからなっ!!!

 

因みに不知火は剛さんの推薦である、どうやら剛さんが不知火に色々仕込んだみたいで剛さん直々に工廠に来て作って欲しいものがあるって言って設計図渡された時はたまげたなぁ……

 

まあそれもすぐに見せてもらったんだがな、剛さんが推薦した理由って奴

 

それはまだこちらが相手に発見されていない状況で、どうやって相手を拠点から引っ張り出して拠点内部の守りを手薄にするか考えている時だった

 

「戦ちゃん、アタシちょっとやってみたい事あるんだけどいいかしらん?」

 

剛さんが何か策があるみたいで申し出てきたのだ、何か面白そうだったからOK出したところ

 

「ありがとね☆それじゃあ不知火ちゃん、この間アタシが教えた事実践してみましょうか♪」

 

「分かりました剛さん」

 

2人はそう言うと示し合わせた様にとある武器を出した、剛さんは剛さん専用アンチマテリアルライフルを、不知火がこの間剛さんに作るの頼まれたスナイパーライフルをだ

 

そういう事かっ!超楽しそうな事しようとしてるじゃん!

 

「待った待った!2人共ストップ!」

 

「どうしたの戦ちゃん?やっぱりこれは不味いかしら?」

 

俺は慌てて2人を止めると剛さんがちょっち残念そうな顔して言ってくる、違う違うむしろ逆!ナイスアイディア!

 

「俺も混ぜて混ぜて~♪」

 

俺はそう言って腰に付けた黒い箱から分割して折り畳んで格納していたアンチマテリアルライフルを取り出して組み立てる

 

「あら、戦ちゃんもやるのね、って言うかそれどうしたの?」

 

よくぞ聞いてくれました!俺の場合砲塔とか全部大五郎に付いてて本体には射撃武器ってないじゃん?だからそれ対策として作ってみました!!!

 

このアンチマテリアルライフル、戦艦の主砲をベースに作られており威力も射程も結構あるんだよね~、特に射程は強化改造済みで極長となっております!因みに今は35.6cm砲がベースなんだけどその内51cm砲ベースの奴作ってみたい!

 

「何か凄い物を作りましたね……」

 

俺の銃の事を聞いて不知火が驚いておる、ぬっふっふ~、実はまだまだ凄いのがこの反対側の箱の中にあるんだよな~

 

「おっし、俺らがぶっ放ったら飛ばせる奴は航空戦開始な!んじゃ2人共、いっくぜえええぇぇぇっ!!!」

 

ライフルに取り付けたスコープを覗きながら俺がそう叫び3人同時に引き金を引く、拠点の近辺を哨戒していた深海棲艦達の内1匹は見事眉間を撃ち抜かれ、2匹の頭部が爆発四散した。ビューティフォー……

 

これにより俺達は相手に発見され戦闘開始!剛さんと太郎丸が艦載機を発艦、俺も夜間でも飛べるようになった鷲四郎を発艦し航空戦に挑むわけなんだが……

 

「ちょっち待て、空の奴何処行きやがった?!」

 

何かウチの主力空母がいないんですけどぉ?!

 

「シャチョー、上上~」

 

護が言う、上ってどゆ事?そう思いながら夜空を見上げればウチの主力空母の空さんがが何か艤装に乗って空飛んでるんですけどぉ!?何やってんのあいつぅっ!!!

 

「いや~、空さんの艤装改造してたら皆テンション上がっちゃって気付いたらああなっちゃってたッス☆」

 

テヘペロ☆って感じでとんでもない事言いおったぞこいつ、いあ俺も案出すときデンドロとか言ってたけどさぁ……、どうせ実現出来ないだろうって事で割と適当言ってたんだけどまさか本当に空飛ばすとか夢が広がりまくりじゃねぇかよぉ!!!

 

「なぁ……、あれはどういう事なんだ……?」

 

「すっげぇ……、空さんマジで飛んでんじゃねぇか……」

 

「おい戦治郎、まさか私にもああなれと言うんじゃないだろうな……?」

 

木曾、摩耶、グラーフのコメント、俺は知らん!奴に聞け!航空母艦だから飛べるんだろうなぁ~ってんなわけあってたまるかぁ!そんでもって誰もああなれなんて言うつもりないから安心しろ!

 

「あの……、私……混乱してます……」

 

「戦治郎さんの銃も凄い物ですが空さんのアレはその遥か上をいっていますね……」

 

「戦治郎さん、私もいつかあのように空を飛べるのでしょうか……?」

 

神通、不知火、姉様のコメント、よう!俺も絶賛混乱中だZE!HAHAHA!うん、俺にはあれ以上の物とか今のとこ作れる自信ないZO!そして最後は貴様、飛びたいのかっ?!

 

ダメだ頭が混乱し過ぎて上手く回らねぇ……、そんな俺の事など知らぬとばかりに空は上空で猫戦闘機達を発艦させ攻撃を開始する、って俺も続かねぇと……っ!

 

空、太郎丸、剛さんの艦載機が爆撃を開始しこっちに向かってくる相手の艦隊を蹴散らしていく……って空の艤装も艦載機と一緒になって爆撃してやがらぁ……、あの艤装すげぇ!

 

とか思ってたら空が艤装から飛び降りる、そしたら艤装が変形して……ってマジで変形機構も取り入れたんかいっ!っと変形して空の腕を包み込むように装着される、空は艤装の付いた腕で相手の旗艦と思わしきタ級の頭を自由落下の勢いを乗せて殴りつける、すると拳がヒットすると同時に艤装からオベロニウム製の大きな杭が飛び出した

 

空の拳撃に杭の衝撃、自由落下の勢いまで乗ったもんだからそれが直撃したタ級は一瞬にして全身が血煙に変わり、更に発生した衝撃波で爆撃に耐えた奴らをまとめて吹き飛ばし一網打尽にする。やっべぇ!あの艤装超やっべぇ!!!

 

『戦治郎、俺はこのまま戦闘を続行する、早く追いついてこい』

 

空からの通信、無茶言いやがるぜ全く……、まあおかげで相手は激しく混乱してるみたいだしこれはチャンスだな!

 

「おめぇら、空の奇襲で相手は大いに混乱してる!このまま畳み掛けんぞっ!!!」

 

「おっしゃ!これまでの訓練で生まれ変わった摩耶様の実力、見せ」

 

摩耶が張り切ってセリフを言っているその時、摩耶が水柱の中に一瞬消えてしまう

 

「摩耶っ!!!」

 

それに気付いた木曾が叫び慌てて駆け寄る

 

「痛ててて……、ふっざけるなぁ!み、見てろよな!」

 

どうやら沈んではいないようだが中破ってところか……、しかし何でまた急に水柱が……ってまさかっ!

 

「ソナー持ってる奴は今すぐ使えっ!!!」

 

俺がとある事に気付き急いでソナーを使うように指示を飛ばす、それに反応して剛さん、護、通、木曾、神通、不知火が一斉に動き出す

 

「これは……」「囲まれていますね……」

 

通と神通の言葉からどうやら当たりみてぇだな……、水上にばっか気ぃ取られて潜水艦に気付かなかったのだ……、その数12

 

こういう時の為に対潜用装備も作りはしたが摩耶の方も早く何とかしてやりてぇところだ……、さてどうしたものか……

 

「よぅよぅ戦治郎よぉ、お困りかぁ?」

 

俺が思考を巡らせている時に声をかけられる、その声がした方を見てみれば鼻から上だけ海面から出した悟がいた

 

「これが困ってない様に見えるか?」

 

「だろうなぁ、だったらここは俺に任せろぃ、んでおめぇはとっとと摩耶の艤装を修理してやんなぁ」

 

何か悟がやる気になってやがる、珍しい……

 

「んじゃ任せた、一応爆雷投下出来る奴に爆雷で援護させようと思うが?」

 

「いらねぇなぁ、下手したら俺に当たっちまいかねねぇかんなぁ、おめぇらは上の連中と遊んでくれてて構わねぇさぁ。下は全部俺が始末してやらぁ」

 

悟の口から始末って単語出た時一瞬ゾクッとした……、悟の奴もしかしてキレてる?

 

「分かった、でも無理はすんなよ?」

 

「はん、俺を誰だと思ってやがんよぉ、とりま行ってくらぁ」

 

悟はそう言って潜っていった

 

「おめぇら潜水艦は悟が全部やるっつってたから空を追って水上艦の相手してくれ!そんで摩耶は修理すっからこっち来い!そんで大五郎はこないだの早速使うぞ!」

 

俺は素早く全員に指示を飛ばすと了解!と短い返事の後各自動き出す

 

「旦那、修理するって言っても碌に道具も持って来てねぇのにどうやってやるんだ?」

 

摩耶が怪訝そうに尋ねてくる

 

「実はあの銃作るのより先に作ってたのがあってだなぁ、大五郎、ハコ展開!」

 

「あいあいさ~」

 

大五郎が返事するとこちらに背中を向ける、大五郎のその大きな背中にあるのはコンテナみたいなものなのだがそれが開いていくと……

 

「な、なんじゃこりゃ!」

 

摩耶が驚くのも無理はねぇなぁ……この洋上簡易拠点、通称ハコと名付けたそれは例え戦闘中だろうが何だろうが洋上で修理と簡単な治療と補給と入浴が出来る様になる画期的な装備なのだ!こんなの大五郎がいる俺くらいしか使えないだろうなぁ!HAHAHA!

 

「空さんの艤装もぶっ飛んでたけど旦那のコレも大概だな……」

 

いや~アレには流石に勝てる気がしないッス……

 

「ここなら問題なく修理出来そうだろ?って事で艤装外せ~、はよはよ~」

 

そう言って摩耶に艤装を外させて、潜水艦に包囲された状況であるにも関わらず俺は修理を開始した

 

そんな事してる間に年が明けてしまった為冒頭のような事になったわけだ

 

しっかし潜水艦からの攻撃が全くねぇな……、悟の奴が上手くやってくれてるって事か……、ホント無茶だけはしてくれんなよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は悟が潜水艦達の相手をする為に潜ったあたりまで遡る……

 

「お~お~、おめぇら俺の仲間に好き勝手してくれたみてぇだなぁおい……」

 

俺は周囲にいる潜水艦連中を見回しながら言う、尤も同じ潜水艦同士仲良くお話しましょうなんて気は毛ほども持ち合わせちゃぁいねぇんだけどなぁ……

 

「まぁあれだぁ……、その礼と言っちゃぁ何だが俺が特別におめぇらにおもてなしってぇ奴をやってやんよぉ……」

 

おもてなし、表は無ぇが裏は有るってなぁ……、この瞬間からてめぇらの命は俺の手の中、元は医者なもんで生殺与奪は自由自在ってなぁ……

 

「さぁ……手術の時間だぁ……」

 

俺はそう呟いて哀れな患者の群れへと突撃していく

 

おめぇらは喜んでいいんだぞ?医学の化物と言われたこの俺が直々に手術してやるんだからなぁ……

 

尤も……、誰一人として生かして返す気は皆無なんだがなぁ……



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水面下の隠された狂気

悟視点です

かなりグロいかもしれません


戦治郎達を取り囲むように展開された潜水艦共に単騎で突撃を仕掛ける、普通に考えれば余りにも無謀過ぎる、玉砕覚悟の特攻だと言われてしまうところだろう

 

だがそれはあくまで普通に考えた場合の話だ

 

海中と言う戦場、生まれ変わったこの身体、仲間がいない状況、その全てが俺の味方になった、俺の全てを引き出してくれた

 

未だかつて誰にも見せた事のない仮面の下の素顔すらも……

 

俺が突っ込んで来た事に気付き集まりだす潜水艦共、陣形を組んで俺を迎え撃つつもりなのだろうがそれは今の俺に対しては下策も下策、最悪手と言えるだろう。戦治郎の改造の結果俺の艤装の航行速度も光太郎ほどとは言わないが上昇している、この調子で進めば奴らが陣形を形成し終えるよりも早く奴らの懐に潜り込めるだろう

 

「かぁーはっはっはぁっ!!!遅ぇ!遅ぇ遅ぇ遅ぇ遅ぇ遅ぇ!!!反応がぁ!思考がぁ!!速度がぁ!!!何もかもがすっとろいんだよ腐れ雑魚共がよぉっ!!!」

 

俺はそう叫びながら更に速度を上げて突撃、焦った奴が魚雷を発射するも俺に掠る事もなく魚雷は彼方へと消えていった

 

「覚えた、覚えたぞぉ!おめぇのそのツラをなぁっ!!!おめぇには眼球の手術が必要なようだなぁおいぃ!!!」

 

昂る感情を一切抑える事なく叫びながら奴らが形勢しようとする陣形にある隙間という隙間を駆け抜ける、何度も反転、突撃を繰り返し縦横無尽に駆け巡る

 

俺の思惑が分からず困惑するもの、焦って攻撃を仕掛けるも俺に悉く躱された挙句仲間に魚雷をぶつけてしまうもの、何が起こるか分からない恐怖に襲われ動けなくなるもの、様々な反応を示す連中と幾度となくすれ違う、さて……これで準備は完了した……

 

俺は奴らから距離を取り、先程とは打って変わって悠然とした態度で奴らの方を向く

 

「さあ、まずは『シンサツ』からだなぁ……、名前……は分かんねぇなぁ……、まあいい、俺の気分で選んだ奴からやってやらぁ……」

 

俺はそう言って指を鳴らすような仕草をする、するとどうだろう、潜水艦共が一斉に背後で腕を組まされたような姿勢になってピクリとも動かなくなってしまったではないか

 

「だ・れ・に・し・よ・う・か……な♪よぅしまずはおめぇだぁ……」

 

俺は奴らのツラをゆっくりと見回しその中の1匹と目が合ったので最初の相手はそいつに決め人差し指をまるで糸を繰るようにクルクルと回す、すると動けなくなっていたそいつがまるで糸に手繰り寄せられるように俺の元へとスルスルと向かってくる

 

種明かしをすればこれは本当に糸で手繰り寄せられているのだ、奴らの間を駆け回っていたときに仕掛けた戦治郎特製の縫合糸を使い奴らを拘束、今はその糸を人差し指で巻き取ってこちらへ引き寄せているのだ

 

「よぅ栄えある患者第1号、おめぇはどこが悪ぃんだぁ?顔かぁ?頭かぁ?それとも運かぁ?」

 

手が届くところまで手繰り寄せたところで腕を伸ばしてその首を鷲掴み、その状態から先程の質問を投げかけたのだが返事が無い、ただただ俺を見て震えるばかりである

 

「何か言わねぇと何も分かんねぇだろうよぉ……」

 

まあこう言っているが言えるわけもねぇだろうなぁ……、何しろ奴ら全員の口は俺がすれ違い様に縫い合わせているんだからなぁ……、マスク付けてた奴はわざわざ剥ぎ取ってまでなぁ……

 

「んん~?さっきから妙に脈拍がやけに速ぇなぁ?もしかしたら心臓が悪ぃのかもしれねぇなぁ きゅふ♪」

 

お道化たように言うが勿論嘘だ、俺の事を恐れて心臓がバクバクいってるだけである

 

「いかんなぁ……、これはいかん……これは早速手術しねぇとなぁ……!」

 

俺はそう言うなり患者1号の胸をメスで切り裂く、このメスも戦治郎が作ってくれたオベロニウム製の戦闘用のメスだ、斬れ味が凄まじ過ぎて皮膚どころか筋膜までまとめて斬れてしまった、まあ好都合だ

 

あまりの激痛に仰け反る患者第1号、そりゃあ麻酔なんてしてねぇから痛ぇのは当たり前だ、尤もてめぇらに麻酔なんざしてやるつもりは毛ほどもねぇがなぁ

 

「大人しくしやがれ、手元が狂うぞぉ」

 

俺はそんな事を言いながら手にしたペンチで肋骨を除去していく、患者1号は上げる事の叶わぬ悲鳴を上げるが完全に無視だ

 

「ここをこうして……、はぁい心臓ちゃんこんばんは~」

 

胸膜をメスで切開すると患者1号の心臓とご対面、やる気の無ぇ挨拶を交わしたところで俺はメスを逆手に握る

 

「んじゃあ死ね」

 

俺は短くそう言い放ち患者1号の心臓を握ったメスで滅多刺しにする、こいつの仲間達にもよぉく見えるように位置取りしてからだ

 

「痛ぇかぁ?痛ぇよなぁ?でもてめぇらも俺の仲間に似たような仕打ちしくさったよなぁ?殺気ガンガン放ちながらよぉ……俺の目の前で命を奪おうとしやがったよなぁ……?」

 

こんな事を言いながら何度も何度も繰り返し患者1号の心臓をメスで刺す、こいつの仲間達の目の前で幾度となく刺す、そして患者1号がピクリとも動かなくなったところで縫合糸を外して死骸を深淵に蹴り落とす、患者1号が沈んでいく様子を俺はまるでゴミを見るかのような目で見送る

 

「さぁて、次の方ぁ……」

 

俺はそう言って次の獲物……患者を選出するのだった

 

それ以降も最初は同じ質問をする

 

顔が悪いと頷いて答えた奴がいたからその顔にある皮膚と筋肉を全て削ぎ落としてやった

 

頭が悪いと答えた奴は脳を露出させてからハリネズミみたいになるほど脳にメスを突き立て、縫合糸を使ってメスを一斉に引き抜いてやった

 

眼球の手術が必要な奴が来た、視神経が繋がったまま眼球を抉り出してメスを突き立ててやった

 

質問中に腹が鳴った奴がいたから腹搔っ捌いて内臓を鷲掴みにして引っ張り出してその1つ1つを解説を交えながらゆっくりと握り潰してやった

 

運が悪いと答えた奴がいた、面白かったからフルコースをお見舞いしてやった

 

 

 

 

 

 

最後の1匹を沈めたところで俺の頭は冷静になる、これははしゃぎ過ぎたな……

 

俺がこうなってしまったのは何時からだっただろうか?

 

ガキの頃に火事で両親を失った時か?

 

送られた施設でいじめられ、周囲から完全に孤立した時か?

 

勤め先の病院の跡取り騒動に巻き込まれた時か?

 

それを断って開業医になった後、逆恨みした老害共に診療所を放火された時か?

 

その火事が原因で俺を支えてくれた多くの人が亡くなり傷付いた時か?

 

その被害者の中に光太郎もいて、あいつがガキの頃からの夢だったハイパーを辞めざるを得ない状態になってしまった事を知った時か?

 

精神科が専門のクセに心当たりがあり過ぎて分からねぇとか、これじゃあ精神科医失格だなおい……、まあ未だに俺自身の炎に対してのトラウマを自力で克服出来てねぇあたり今更か……

 

命の大切さは両親が身を以て教えてくれた、だから俺はそんな命を守りたくて医者になった……

 

命を脅かす連中に対して俺は一切の容赦をしなかった、人間のクソさを嫌と言うほど思い知らされたから……

 

その2つの本心が歪に混ざり合った結果があの狂気の正体なのかもしれないが、まあ誰かに聞いたところで分かりはしねぇか

 

こんな面倒臭ぇ本心を誰にも見られたくなくて俺は心に仮面を付けた、これは例え戦治郎の奴にも見られたくはねぇ

 

炎が上がらない海中、そんな海中に最も適した身体、本心を誰にも見られる心配が無い安心感と開放感からテンション上がり過ぎてつい仮面外しちまったが、今回はちと調子に乗り過ぎたと反省……

 

「っとぉ、こっちは片付いた事だしあっちの手伝いと洒落込みますかねぇ……、あいつらの事だしぜってぇ大騒ぎしてんだろうなぁ……、そいつぁちっと乗り遅れるわけにはいかねぇなぁ」

 

俺はそう呟いて戦治郎達がいるであろう場所に向かって進み始めるのだった



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バッカジャネーノ!

「なぁにこれぇ?」

 

「いや、あたしに聞かれても困るっつぅの……」

 

いやね?摩耶の修理が終わって空達に合流しようとしたのよ?そんであいつらがどったんばったん大騒ぎしてるとこに到着したのよ?その光景見た時の第一声がこれ

 

まず空、空飛ぶ艤装で相手を自分の方へ撥ね飛ばして拳や蹴りで更に追い撃ちかけてやんの、それだけならまだしも艤装が空中で反転したときについでとばかりに爆撃や砲撃をばら撒く、もう空飛ぶやりたい砲台ってやかましいわっ!

 

次に通、ってあいつ何処だ?とか思って辺り見回してたら数匹の深海棲艦の首がいきなり飛ぶのよ、スポーン!って……、何事かと思ってみてたら唐突に通が姿現すのよ、まさかそういう忍術でもあんの?!とか思ってたら単純に着ている紺色の忍装束が夜の闇に溶け込んでただけだった……、まあ後から聞いたらそれも忍術の一環だって言ってたよ……俺のワクワクを返して?

 

護は例のHMDをしっかり装着して皆から離れたところからミサイルばら撒いてやんの、ミサイルカーニバルかな?んで俺達に気付いて早かったッスね?とか振り返って言ってくるけど挨拶する時はそれ外して?おめぇの周りだけ炎の臭いが染みついてるし、ターレットレンズがクルクル回って見ててむせそうになるから、ね?これおっちゃんのお願い……

 

剛さんはと言うと不知火とコンビ組んで二丁拳銃で大暴れしておられる、狙撃の件といい貴方どんだけ不知火の事鍛えたんよ……、剛さんの背後に飛び掛かって来た奴を不知火がハンドガンに装着してる銃剣でぶった斬ってるしぃ……あ、あの銃剣こないだ剛さんに作って欲しいって頼まれてた折り畳み式銃剣じゃん、あれ不知火にあげる為に作らせたのな~、ってよく見たら不知火のあのハンドガン剛さんのとお揃いじゃね!?剛さんそれ何時の間に作ったのん?!俺にも作ってー!それがダメなら設計図見せてー!俺あれめっちゃ欲しいのー!

 

いかんいかんつい興奮してしまった、次次……、木曾が戦ってんな、木曾は出撃前に俺が打った念願のあいつ用軍刀『鋼斬(はがねぎり)』を元気よく振り回してらっしゃる、うんうん、俺が教えた事ちゃんとやってるな!因みに名前の由来は俺が鉄パイプ使ってあいつら斬った事からだって、そんな偉大なる鉄パイプ兄貴は今拠点の俺の部屋に適当に転がっておられる……、そんなに気に入ってるなら今度木曾にプレゼントしちゃおうかな?

 

そうそう、そのとき俺が打ったのは鋼斬だけじゃないんだよなぁ

 

あそこでさっきからバッサバッサとあいつらを撫で斬りにしている神通、あいつが今使ってる打刀『夕日影(ゆうひかげ)』も一緒に打ったんだよなぁ、名前の由来?本人は精一杯誤魔化してたみたいだけどどう考えても通の朝日影と月影に合わせたとしか考えられないんだよなぁ……、つか体術使いだと思ってた神通がまさか本来は剣術使いだったってのにはたまげたなぁ……、まあ剣術愛好家が増えておっちゃん嬉しい

 

そんでもって主砲をドッカンドッカンブッ放ってる姉様、姉様にもプレゼントしているんだよな~、『大幣丸(おおぬさまる)』って名前になったナ・ギ・ナ・タ☆

 

姉様は艦娘になる為に自分を鍛えている時に薙刀始めたんだとさ、俺から見ても腕前はかなりのものになっていると思うな、うぅん……薙刀って聞くと俺と同い年の義姉を思い出す……、あいつと何度練習として竹刀vs薙刀の手合わせした事か……って今は天音の事はいいのっ!姉様の薙刀の名前の由来!確か大幣は神道で祓いに使う道具だって言ってたっけな。薙刀をそれに見立てて深海棲艦と言う穢れを祓う……うん、そういうの俺は好き!

 

でもそんな姉様にちょっち違和感感じるんだよなぁ……、だって姉様の主砲が攻撃してる方向を姉様が一度たりとも見てねぇんだもん……、今姉様本体は大幣丸振り回して戦ってる真っ最中だし、姉様はまだそこまで艤装を使いこなしてねぇからなぁ……、まさかねぇ……

 

さて、グラーフなんだけど……砲撃と体術組み合わせて戦っちゃってるよぉ……、やっぱり空手には勝てなかったよぉ……、ごめんなアクセル、ビス子……不甲斐ない俺を許してくれ……

 

まあ戦い方を空に教えさせたりなんかしたらこうなっちゃうわなぁ……、グラーフの奴今めっちゃいい笑顔で相手の顔面に拳突き刺したし……、何かグラーフの中にある開けてはいけない扉開けちゃった感がすんごいのぉ……

 

「おぉおぉ皆派手にやってんじゃねぇのぉ」

 

おっと、悟さんお疲れ様です!

 

「悟さんおかえりッス、何でか分かんねぇッスけどみ~んな接近戦やってるんスよね~、砲雷撃戦は一体何処行ったんッスかね?」

 

「「「知らねぇよ」」」

 

俺、摩耶、悟がハモった

 

「どうせあれだろうよぉ、空が派手にやってんの見て中てられたんじゃねぇかぁ?どいつもこいつも接近戦闘の技術持ちなわけだしよぉ」

 

そんなとこだろうな~、尤もそういうスキルがねぇと拠点制圧の難易度が膨れ上がっちまうから剛さんの推薦で入れた不知火とドイツに渡す資料作ってもらう為に連れて来たグラーフ以外そういう技術持ちを優先して連れて来たんだが、それがこんな事になるとはなぁ……

 

あっ因みに摩耶も剛ズブートキャンプで射撃スキル向上してるんだZO!今は不知火がそれを遥かに上回る上達を見せてるんだがな……、ホント一体何やったし……

 

「って言うかシャチョーは突撃しないんスか?折角作ったミゴロさん使う絶好のチャンスだと思うんッスけどねぇ」

 

護が言ったミゴロさん、正式名称は『ガトリングキャノン356』通称ミゴロさんと言い、これは姉様の艤装に付いてた35.6cm砲を参考にして作った戦艦主砲のガトリング砲である

 

俺の趣味全開の逸品なんですわぁ~、とんでもねぇ速度で戦艦主砲をばら撒く事が出来、戦艦主砲故徹甲弾も三式弾も使える優れもの!

 

問題は重量と反動の関係で普通の艦娘じゃとても扱いきれない事だろう

 

完成したこれをシゲが使ってみたいと言って持ち上げようとした時、腰あたりまでしか持ち上げきれず生まれたての小鹿みたいにプルプル震えていたのは見てて面白かった、護はその光景をHMDの動画撮影機能をフル活用して高画質で撮影してた模様

 

俺と光太郎と元戦艦棲姫だった姉様とでテストしたら俺と光太郎は問題なく使えたんだが、姉様は反動で空飛んじゃったよ……、もしかして姉様の大空への憧れってこれが原因だったりするのか……?一応ダウングレードした20.3cm砲ベースのは姉様でも扱えたので大幣丸と一緒にプレゼントした

 

まあ光太郎はこれよりでかい奴になると運用は無理そうだと言ってたけどな、そんな俺も正直後1段階発展させた奴、41cm砲ベースの奴くらいまでが俺自身が運用出来る上限だと思っている、それ以上のサイズとなると大五郎専用になっちまいそうだ……

 

姉様の感想も聞いたが、20.3cm砲ベースの奴でも神通レベルに鍛え上げられた長門型と大和型くらいしか扱いきれないのではないだろうかとの事、機会があったら姉様には2号砲ベースと3号砲ベースのも試してもらおう

 

とまあミゴロさんの解説はこのあたりにしてっと……

 

「ばっかおめぇ……、今から行くに決まってんじゃねぇかよぉ!摩耶!悟!準備はいいかっ!!!」

 

「おうっ!さっきはいいとこで潜水艦に邪魔されたからな、今度こそ摩耶様の実力見せてやるぜっ!!!」

 

「おりゃぁさっき好き放題やらせてもらったばっかなんだがなぁ……、まあいいさぁ、付き合ってやるさねぇ」

 

そう言って俺達はあのカオスフルな戦場へ突撃して行った、その背中を護がオタッシャデーとか言いながら見送っていた、おめぇはこねぇのな……



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巫女の守護神と攻城戦開始

いや~ミゴロさんは使ってて楽しかったな~、三式弾装填した状態で使うとショットガン連射してるような気分になったわ~、おかげで駆逐艦の掃除がすんげぇ楽だった!

 

摩耶の戦い方見せてもらったけどアクロバティックな射撃が多かったな~、どんな姿勢からでも砲弾叩き込める感じ?動きがすげぇ軽やかで尚且つ派手!見てて面白かったわ~。何気に不知火が摩耶の事チラチラ見てたが何か気になる事でもあったのか?

 

そんで戦ってる最中に唐突に敵が海の中に引きずり込まれてたのはきっと悟のせい、引きずり込まれた奴が2度と浮かび上がって来なかったのは多分気のせい!

 

そんなこんなで俺達が大暴れしてたら拠点の方から深海棲艦が出て来なくなった、もう全部出し切ったとは考えにくいので多分籠城戦に切り替えたんだろうな

 

まあ俺達はそれを待っていたんだよな~、スニーキングミッション得意な奴も正面から突っ込める奴も揃えておいたからな!

 

前やった時もそうだが挟み撃ち対策もやってるからきっと今回も上手くいくはず!

 

だがその前にどうしても気になる事がある……

 

「あのぉ……戦治郎さん……?そんなに触ると、弾薬庫がちょっと心配です……」

 

俺は今姉様の艤装をめっちゃ調べてるんだ、さっきの違和感の正体がすげぇ気になるからっ!!!

 

「戦治郎、これから突入という時に何をやっているんだ?」

 

俺の行動を見て疑問に思った空が聞いてくる、こいつに事情話したら協力してくれるかもしれんな

 

「いあな、さっき戦ってる時ど~も姉様の艤装が勝手に動いてるっぽかったんだわ、姉様はさっき大幣丸振り回してた時艤装での砲撃も意識してやってたのか?」

 

ペタペタと姉様の艤装を触りまくりながら俺は姉様に尋ねてみる

 

「えっ?砲撃ですか?それが……私は薙刀で戦うので頭が一杯になってしまっていまして……、そのぉ……流石に薙刀で戦いながらの砲撃はまだ私には難しいと思います……」

 

だよなぁ、薙刀で戦うのはめっちゃ慣れてたみたいだけど、砲撃はまともにやったのが艤装使用許可証取りに行ってた時くらいだったって言ってたもんなぁ……

 

俺の発言を聞いて空も一緒になって姉様の艤装を調べ始める、姉様の艤装が動いていた事を証明してくれたのは摩耶、悟、護の3人、こいつらは俺と一緒に動いてるとこしっかり見てたかんなぁ

 

変化があったのは姉様が恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になった時だった

 

「う~ん……こんだけ調べても何も出てこんか~……、ハコもある事だしいっぺんバラして調べtぬぉぉっ!!!」

 

俺がバラして調べてみようと言おうとしたところで、突然姉様の艤装からぶっとい腕が勢いよく飛び出して俺に殴りかかって来た。俺はあまりにも唐突過ぎる出来事に驚きながらもギリッギリのところでブリッジしてそのパンチを回避!

 

きっと当たるだろうと思っていた腕もその拳が空を切った事に驚いたのか数秒停止、俺も驚きの余り動きも思考も止まってしまう……ブリッジしたままで、周りで見てた連中も呆然としてやがる……

 

「おい……、これってもしかsプギィッ!」

 

俺が声出した瞬間、空を切って止まっていた腕がそのまま振り下ろされてブリッジしたまま俺下敷き!やだ、変な声出ちゃった……///

 

「ちょっ戦治郎さん!?」「ふぇ?!」「だ、旦那ぁ!無事か!?」「んなっ!?」「ぶっふぉっ!!!」「わっしゃっしゃっしゃっしゃっ!!!」「なんと……」「ちょっと!?戦ちゃん大丈夫っ?!」「これは……、まさかっ!?」「ご主人様ぁっ!!!」「ご、ご主人ー!」「こ、これは一体……」「えっ?えっ……?戦治郎さん?!」

 

心配してくれた人ありがとうねぇ~、今笑った奴、戻ったら工廠裏な

 

まあ取り敢えずだ、これで原因分かったわ……

 

「いっつぅ~……、OK、これで全部分かったわ……取り敢えず姉様は艤装外してみてくれ」

 

俺が言った事に戸惑いながらも従う姉様、艤装無しで海面に立てるのにちょっと驚いてた姉様可愛い、でもその事はちょっと前に教えてなかったっけ?

 

姉様が艤装を外し海面へ置いたところで、艤装に大きな変化が起こる

 

太い腕!太い脚!でかい頭!それらが姉様の艤装から生えてきて、おめでとう!姉様の艤装は戦艦棲姫の艤装に進化した!……何この超変身

 

この超変身を見て驚かなかった奴はいねぇ!だが復帰するのが早かった奴はいたっ!!!

 

「やはりこいつかっ!扶桑!そいつは危険だっ!!すぐにそこから離r「あ~、多分これ大丈夫だわ」何……?戦治郎、どういう事だ?」

 

グラーフが扶桑に艤装から離れるようにと叫ぼうとしたところで俺が割って入る

 

俺がこの艤装は大丈夫だと思った理由は至って単純、だってこいつ姉様を守ろうとして俺に殴りかかったみたいなんだもん

 

姉様がものっそい恥ずかしがってた→姉様にコリbいやらしい事をした→鉄拳制裁!

 

これだけの事がさっき圧し潰された時腕から感じ取る事が出来たんだわ、戦艦棲姫の時とやってる事が真逆、深海棲艦から艦娘に戻った事で艤装の気質が逆転したのかもしれんね

 

「てか、そうでなきゃさっきの戦いの時姉様守るように砲撃してたのに説明が付かねぇ」

 

俺の推測を伝えたところ、皆取り敢えず納得はしてくれたようだ。姉様は艤装に対し先程の戦いで自身を守ってくれていた事にお礼を言う、それに対して艤装は当たり前の事をしたまでと言うかの様に咆哮する

 

このおかげで挟み撃ち防止の為の迎撃班に追加戦力入りました~、姉様は薙刀と20.3cmガトリングキャノン、通称ハタチさんで戦えるから大丈夫なはず!

 

「んじゃあこれから先よろしくな……、う~ん……、何か艤装って呼ぶのも何か変な感じすんな~……」

 

姉様の艤装を普通に艤装と呼ぶのも何か違和感あるし面白くない、俺の場合艤装は大五郎が生まれ変わったものだから大五郎って呼ぶのが当たり前になってるから、このタイプの艤装は名前があるものって認識してるっぽいからな~

 

「でしたら、この子に名前を付けてもらえませんか?」

 

いあいあいあ……姉様~、そこは貴女がやるところでしょ~ぉ?その子は貴女の艤装なんだから~……

 

 

 

 

 

 

どうやら皆も俺と同意見だったらしく命名は姉様がやる事になり、姉様がしばらく考えた末……

 

「これからもよろしくね、形代(かたしろ)」

 

何か名前の響きが貴女の妹さんっぽい気がするのですが……、本当にそれでよろしいのか……?

 

ともあれ、形代が俺達の仲間になったおかげで潜入班も安心して拠点制圧出来そうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここの拠点は軍港みたいになってんのな~……、めっちゃ侵入し易かったな……」

 

「ここは補給拠点みたいだからね~、この形の方が物資搬入の時都合がいいんじゃないかしら?」

 

俺の呟きに剛さんが答える、まあ言われてみればそうだよな

 

「ここにあるのは大体が倉庫みたいだね、それであいつらの反応は~……、向こうの大きな建物からだけだね……結構な数がいるみたいだけど皆大丈夫そう?」

 

内部構造把握能力の特訓をやっていたおかげか、掌握まではまだ至ってはいないが建物の内部どころか敷地内全体を把握出来る様になった太郎丸が言う、尚太郎丸の通信機は何故かシェパードタイプの犬耳型になっている、護はホントいい仕事してるな……

 

つか相手はガチの籠城戦だな……施設の規模から見て多分あの中にもたんまり物資があるんだろうな……、念の為太郎丸に確認取ってみたところ大当たり、面倒臭ぇ……

 

「何処に相手がいるかさえ分かればどうにでも出来ますからね、私と剛さんなら特にそうでしょう」

 

通が言うとマジでどうにか出来そうで怖い、太郎丸の能力と元対テロ部隊隊長やってた剛さんも加われば背中に翼の生えた虎に乗った金棒持った鬼ってところだろうな……、何それ超怖い

 

「私がここにいるのが場違いに思えるのは何故だろうか……」

 

グラーフには提出用資料作ってもらわないといけねぇからな、どうせやるなら実際に体験したリアルな情報の方が喜ばれそうだしな~、って事で気にすんな!

 

「さて、お喋りはこのあたりにしておこう」

 

空が皆を静かにさせる、んじゃあ派手にやりますか!

 

「おめぇらここは売る奴だからあんま派手に建物壊すんじゃねぇぞ、連中はいくらでもぶっ飛ばしても構わねぇがなぁっ!そんじゃ突撃じゃあああぁぁぁっ!!!」

 

俺の咆哮によって少数精鋭による攻城戦の火蓋が切られたのだった



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一方その頃拠点では・・・・・・

酷い文字数稼ぎを見た気がする……


陽炎よ!私は光太郎さんと司さん、翔さんと一緒に浜辺で呆然としているわ……

 

何で浜辺にいるかと言えばさっきこの拠点に深海棲艦の艦隊が接近したみたいで警報が鳴り響いたものだから、皆で慌てて迎え撃つ為に戦闘準備をして浜辺に集まったんだけど……

 

「だー!わいどんいい加減やぐらしかっさ!折角翔さんの夜はひやかし年も明けたけんて夜警しよったおい達にわっざぁわざ雑煮ば作ってくいて皆でおいしかおいしかて食いよったとけ!かんよぉけくんなさフケタレどんがぁっ!!!」

 

訳『あー!もう!お前達いい加減鬱陶しいんだよ!折角翔さんが夜は寒いし年も明けたからって夜警していた俺達にわざわざ雑煮を作ってくれて皆で美味しく食べていたのに!こんなにいっぱい来るなよ馬鹿野郎共がぁっ!!!』

 

何かよく分からない言葉を叫びながらチェーンソー振り回して深海棲艦を叩き切ってるのよね……藤吉さんが……

 

「翔、これは一体どういう事だ……?」

 

光太郎さんが翔さんに状況を確認する為に話を聞こうとしている、本当は翔さんもこっちのチームだったんだけど輝さんがお酒飲んで酔い潰れて寝ちゃって……

 

光太郎さんが叩き起こそうと何度も引っ叩いたみたいだけどダメだったから急遽翔さんが代わりに入る事になったわけよ

 

「あ、光太郎さん……それが僕にもよく分からなくって……、夜は冷えるからって僕がお雑煮を作って皆で食べてたんです、その最中に警報が鳴って皆海に飛び出していったんですけど藤吉君だけがしばらく動かなくなって……それでちょっと心配になって声をかけたら急に艤装からチェーンソー取り出して叫びながら突っ込んで行っちゃったんです……」

 

何それ怖い、藤吉さんって確かかなり大人しい人だったわよね……?何で急にこんなアグレッシブになっているの?食べ物の恨みなの?と言うかそれ何語?何か一緒に戦ってる天津風と弥七も困惑してるっぽいんだけど……

 

『昼組の皆来てくれたんスね!』

 

この声はシゲさんか、あっちで戦いながら通信するって中々器用な事するわね……

 

『ちょい聞きたいんスけど、その中で藤吉が九尺(くしゃく)って名乗るの知ってる人いますかね?!』

 

は?藤吉さんが九尺と名乗る?どういう事?

 

「すまん、俺は初めて聞いたな……、司は聞いた事あるか?」

 

「いあ~、俺様も初めて聞きますわ~、シゲ~もしかして今藤吉が九尺って名乗ってんのか?」

 

「僕も初めて聞きます……、そっちの方で藤吉君に何があったか分からないかな?」

 

ここにいる皆はこの現象を見るのは初めてって事?

 

「シゲさん何ばおらびよっとさ!戦闘に集中しんしゃいさっ!」

 

『シゲさん何を叫んでいるんですか!戦闘に集中して下さい!』

 

だからどこの言葉よこれ……、って言うか通信機の内容聞こえてない?とか考えてたら藤吉さん?がヌ級を真っ二つにしてる、チェーンソーでやるとすっごくグロい!何かビチャビチャ飛んでるしぃ!

 

「これは輝が何か知ってるかもしれないが……、まだ起きないだろうな~……」

 

「光太郎さんそれは取り敢えずどっか置いておきやしょうよ、今は拠点守らないとヤバいんじゃないです?」

 

「……それもそうだな、取り敢えずこの件は保留して目の前の敵を何とかしよう、話はそれからでも出来るだろうしな、それじゃあ皆いくぞ!」

 

光太郎さんの号令に従って私達はもう半分くらいまで減った敵艦隊へ突撃を開始した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、こいであいどんの相手しよっぎんたぁ返り血で身体のじゅっくいなんにゃ~……」

 

『あ~、これであいつらの相手していたら返り血で身体がびしょびしょになるな~……』

 

何とか敵艦隊を殲滅し皆で浜辺に戻った時藤吉さんが言った言葉だけど、じゅっくいってなんなのよ……

 

「皆お疲れ~……、んでえ~っと九尺でいいんだったか?」

 

シゲさんが藤吉さんに尋ねる、多分藤吉さんに何が起こっているのか聞こうとしてるのよね?

 

「ん?なんしたと?」『ん?どうしたの?』

 

もういいうや、大人しく聞いていよう……

 

「九尺って何もんなんだ?唐突に現れてチェーンソー振り回して暴れてたが、俺達の仲間って認識していいのか?」

 

「おいの事ば聞きたかと?よかばい、いくらでん教えてやっけん。改めて名乗っぎんたおいは九尺、簡単に言うぎんたおいは藤吉の別人格になっとさ、輝さんの動ききらん時とか近くにおんしゃらん時に藤吉の痛か事ばしとうなか、されとうなかって思ったら表に出てこらるっとさ、仲間かどうかってとこは仲間って認識でよかよ」

 

『俺の事を聞きたいんです?いいですよ、いくらでも教えてあげますから。改めて名乗ると俺は九尺、簡単に言えば俺は藤吉の別人格になるんですよ、輝さんが動けない時や近くにいない時に藤吉が痛い事をしたくない、されたくないと思ったら表に出てくる事が出来るんですよ、仲間かどうかってとこは仲間って認識でいいですよ』

 

別人格ってマジですか……、確かに藤吉さんの紹介を輝さんにしてもらった時過去に酷い事をされたってのは聞いていたけど、別人格が出来るほどの仕打ちって一体……

 

「言いたい事は何とな~くニュアンスで分かるけど、それって一体何処の言葉よ?俺様が今まで1度も聞いた事無い単語がボコボコ出てきてるから気になっちゃってね~」

 

司さんが尋ねる、それ私も気になった!よく聞いてくれました!

 

「こい?こいは佐賀弁さ、何でおいが佐賀弁ばしゃべいよっとかはおいでも分からんです!やけんて藤吉に聞いても分からんと思うよ?おいはあいつが何ばしよっか把握でくっとけどあいつはおいが何ばしよっか知らんとさ、そいどころか藤吉はおいが存在しとっことば知らんはずやけんね」

 

『これ?これは佐賀弁だよ、何で俺が佐賀弁を喋っているのかは俺でも分からないです!だからって藤吉に聞いても分からないと思うよ?俺はあいつが何をしているのか把握出来るんだけどあいつは俺が何をやってるのか知らないんですよ、それどころか藤吉は俺が存在している事を知らないはずですからね』

 

佐賀弁……、『がばい』って言うのは聞いた事あるけどそれ以外は殆ど聞いた事がない……、てか今までの会話で1度も『がばい』って使ってなかったな~、すごいって意味みたいだけど何か違うのかな?

 

「そう言えば輝が動けない時や近くにいない時に出てこれるって言ってたが、輝はお前の事を知っているのか?」

 

「うんにゃ、おいの事ば知っとったとは悟さんだけやったよ、何でか分からんけど悟さんにおいの事のバレてしもうてね、時々カウンセリングばしてくんしゃぁけど中々出れる条件の揃わんかったい出てこれたとしてもおいの言葉のよぅ分からんごたぁで中々上手くいっとらんねぇ」

 

『いいえ、俺の事を知っていたのは悟さんだけでしたよ、何でか分からないけど悟さんに俺の事がバレてしまいましてね、時々カウンセリングをしてくれますけど中々出れる条件が揃わなかったり出てこれたとしても俺の言葉がよく分からないみたいで中々上手くいってないですね』

 

悟さんよく気付けたわね……、やっぱり専門が精神科だから?でも佐賀弁のせいでカウンセリングが難航してるって何とも言えないわ……

 

「まあ悟さんはおいば無理に藤吉と統合するつもりはなかて言いよんしゃったね、統合すっかどうかはおいが時期ば見て決めろて言いよんしゃったけんが、今はよんにゅ戦う事のあっけんまだおいのおった方が都合はよかろうねぇ」

 

『まあ悟さんは俺を無理に藤吉と統合するつもりは無いって言ってましたね、統合するかどうかは俺が時期を見て決めろと言ってましたから、今は沢山戦う事があるからまだ俺がいた方が都合はいいだろうねぇ』

 

確かに戦わないと生き残れないこの世界じゃ藤吉さんの性格だと生き辛いかもしれない……、藤吉さんが生きる為にも今は九尺さんの力が必要……何か複雑な気分……

 

「あ、もしよかぎんたぁおいの事は藤吉と輝さんには秘密にしとってもろぉてよかです?あの2人に迷惑ばかけとうなかけんね」

 

『あ、もしよかったら俺の事は藤吉と輝さんには秘密にしておいてもらっていいです?あの2人には迷惑をかけたくないからね』

 

九尺さんがそう言うと皆が頷く、私も頷いてはおいたけどやっぱり輝さんには伝えた方がいいんじゃないかな~?

 

まあそれは九尺さんが決める事か、私があれこれと口を挟む問題じゃなさそうだし

 

こうして、九尺の力を借りる事で藤吉も戦場に出れるようになった。但しその事を藤吉本人はまだ知らない……

 

後で聞いたけど九尺の名前は九尺藤から来てるんだとかなんとか、そんで武器のチェーンソーは藤吉さんが輝さんの手伝いする時に使う機会が多かったからだって言っていたわ、九尺はその作業見ててハラハラしてたみたいだけど……




取り敢えず訳付きは今回のみで、今後九尺のセリフは訳無し佐賀弁になります

何故佐賀弁かは作者の地元の方言+九州の外だと何言っているかがかなり分かり辛いからだったりします


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リコリス棲姫

「ノックしてもしもぉぉぉしぃっ!!!」

 

そう叫びながら奴らが立て籠もっている建物の扉を大妖丸片手に盛大に蹴破った、蹴破ったんならノックじゃない?細けぇこたぁいいんだよ!蹴破られた扉は勢い良く飛んでいきおった

 

因みに入口の番をしていた深海棲艦2匹は、俺と空の手によって既に建物の壁の染みになっておられる、これは後で修繕と掃除するからどうにかなるなる!

 

入ってすぐのとこに7匹くらい固まって俺達を待ち構えてたみたいだが、真ん中2匹は俺が蹴破った扉と衝突してそのまま一緒に壁に叩きつけられ絶命し、残りの連中は扉を蹴破る前に準備しておいた空と太郎丸の艦載機の機銃の一斉掃射で蜂の巣になって天に召された

 

「やっぱ内部情報あると戦い易いなおい、ホント太郎丸には感謝感謝だな!」

 

俺はそう言いながら太郎丸の頭を撫でると太郎丸もそれを嬉しそうに受け入れる

 

「やっぱりご主人様の手は暖かいなぁ……、っと言ってたらおかわり来るよ!」

 

気持ち良さそうに頭を撫でられていた太郎丸が奴らの接近を感知して戦闘態勢をとる、この能力マジ便利!とか考えながらも俺はミゴロさんを構え通路から飛び出して奴から順番に砲弾をプレゼントしていく

 

ここから俺と太郎丸、空とグラーフ、剛さんと通の3チームに分かれて奴らの殲滅を開始する、俺が散開指示出した途端に近くにあった通風口に入っていく通と剛さんを見送ってから俺達と空達はそれぞれ動き出す

 

取り敢えずこっちはちょっち狭いかもしれないが鷲四郎も呼び出して少しでも手数を増やしておいて、太郎丸の指示に従って移動し相手に不意打ちかけまくってモリモリ殲滅していく、何か楽過ぎて後がこえぇ……

 

天津風のときみたいな事があるんじゃないかと思って念の為部屋の中や発見した牢獄を調べてみるも成果無し、捕まった奴がいなかったのはいい事だが何も拾えなかったのは残念だった……

 

 

 

 

「ご主人様、残りは司令室にいる奴らだけみたいだよ。しっかし皆凄いね~、あっという間に片付いちゃったよ」

 

太郎丸の連絡を受けて全員に司令室前に集合する様に指示を飛ばす、太郎丸が的確に皆をナビゲートしたもんだから集まるのはすぐだった、そんで皆に確認とってから司令室の扉を蹴り飛ばす

 

「おじゃましまぁぁぁすっ!!!」

 

『あら、もしかしてこいつらが件の転生個体なのかしら?』

 

「報告された情報とほぼ一致しますので恐らくそうではないかと……」

 

司令室に突入すると、フラル改1、エリタ2、フラヲ2、エリネ1とかなり重量級な編成がお待ちかね、ただル改はディスプレイに映し出されている奴と通信しているっぽいな……、つかこの顔は……っ!

 

『そう、まあ念の為確認しておこうかしら、丁度そこにいるみたいだしね。それでウツィラにある私達の拠点を奪ったのは貴方達?』

 

「おう、がっつり有効活用させてもらってるぜ、あそこのトップは雑魚も雑魚だったから碌に装備のなかった俺達でも制圧すんのは楽勝だったぜ、リコリスさんよぉ」

 

ディスプレイに映るリコリス棲姫に嫌味ったらしく言ってやる、しかしこいつ今私達の~とか言いやがったが……

 

「貴様っ!我らが最高指導者であるリコリス棲姫様に向かって何という口の利き方をしているのだ!」

 

ル改が俺の疑問に即座に答えてくれた、リコリスが最高指導者かい……中枢はいねぇのか?

 

『言わせておきなさい、どうせもうそろそろで終わる命なのだし好きにさせてあげるといいわ』

 

ル改が何と慈悲深い……とか言ってっけど俺らがそう簡単にくたばると思ってんのか?俺らの実力見誤り過ぎだろこいつ……、それとも何か仕掛けてるから余裕があるとかか……?俺以外の皆は相手の出方を警戒していつでも動けるようスタンバイしている

 

「そんじゃあ冥途の土産に聞かせろ、何故人間を攻撃する?お互い突き合わなきゃ共存とか出来るもんじゃねぇか?なのにわざわざ戦争に発展させてドンパチやってんのはどういう理由だ?」

 

あいつら俺らを簡単に倒せるって思ってるみたいだから、上手い事言って情報引き出そうって魂胆どぅぇす!取り敢えず1番気になってる人間と戦争やってる理由だな、まあ人間が海を汚染しただのなんだのってとこだろうと推測してみるが……さてどうくる

 

『そうね……いいわ、聞かせてあげる。その前に貴方は地球の陸地と海の比率を知っているかしら?』

 

ぬ?陸地と海の比率?唐突に何言い出すんだこいつ

 

『すぐに答えられないという事は分からないようね、まあ所詮中身は人間だという事ね。なら仕方ないから教えてあげるわ、これを知っていないと話が進まないものね、それで陸地と海の比率は3:7、陸地よりも海の方が広いのよ』

 

あ、表面積の方の話ね、あ~あ~あ~そういう事ね……

 

『そして私達は誇り高き深海の民、海の覇者なの。そしてこの広い海を支配する私達こそがこの地球の支配者であるはずなのに、狭い陸地に棲む人間達はそんな事も知らず自分達が地球を支配していると思い上がり挙句の果てには自分達の都合で海を汚染する……、私達はそんな身の程知らず共に地球の本当の支配者が誰であるか思い知らせる為に立ち上がったのよ!!!』

 

「ほ~ん」

 

こいつ1人でエキサイトしてんなぁ~、取り敢えず適当に返事するとル改が俺を睨みつけてくる、OK分かった戦闘始まったら俺が相手してやっから待っとけよ~?

 

『どう?これで私達が人間と戦う理由が分かったかしら、まあ尤も?姿は私達と同じでも中身人間と同じな貴方達の知能では到底理解出来ないでしょうけど』

 

「戦う理由と陸地と海の表面積の比率が3:7なのは分かりましたわ~、ところで体積の比率はどうなんですかね~?陸地の深さは地殻までとしてな、人間より優れてるって思ってんならこんなのすぐに答えられますよね~?」

 

『は?体積?』

 

おんや~?リコリスさ~ん?もしかしてすぐに答えられないんですか~?

 

「おっ?おっ?リコリスさんもしかして分からないんですか~?んも~しっかたないな~……俺が教えてやっから耳の穴かっぽじってよ~く聞きな~、陸地の地殻の厚さが30kmで陸地の面積が約1.5億km^2、よって陸地の体積は約45億km^3、対して海の体積は13億5000万km^3、比率にしたら大体海3:陸地10だな」

 

ぷっぷっぷ~、馬鹿にしていた相手に逆襲されて顔真っ赤にしてプルプルしてやんの~、何々~?怒った~?怒っちゃった~?トドメとばかりに口元抑えて指差して景気よく噴き出してやった

 

『殺せ!!!』

 

般若みたいな形相したリコリスが部下達に短く命令したところで、両陣営同時に動き出す

 

戦闘開始してすぐにフラヲ達が艦載機飛ばそうとするが、そこを剛さんに狙い撃ちされて頭の艤装が吹き飛び艦載機を封じられる、エリタAがよくもと言わんばかりに剛さんを照準しようとするが、唐突に目の前に現れた空に顔を思いっきり蹴られて脳漿をブチ撒けながら崩れ落ちる

 

いつの間にか距離を詰めて来た空に気を取られたエリタBは空と一緒に攻め込んで来ていた太郎丸に気付かず、着脱可能なオベロニウム製の牙を付けた太郎丸に喉笛に噛み付かれた挙句その首で大車輪されて首にある器官という器官をズタズタに引き裂かれて死亡した

 

瞬時に2匹の攻撃手段を奪い2匹を沈めた俺達を見て怯んでしまったエリネだが、現在グラーフによってボッコボコに殴られている、エリネの艤装は既にグラーフの艦載機による爆撃で無力化された状態でありほぼ一方的にグラーフが攻撃している

 

そんな光景を見せつけられた艤装を無力化されたフラヲ2匹は司令室から逃走しようとしたが、もう少しで出口というところで天井に張り付いていた通によって上から奇襲され首を刎ねられ散って逝った

 

「そ……、そんな馬鹿な……っ!?」

 

ル改が身体を震えさせながら言う、ホントおめぇら俺達の事舐め過ぎだっつぅの……

 

「よう、リコリスが話している間ずっと俺に熱い視線送ってたル級さんよぉ、俺の仲間達すっげぇだろう?おめぇのとこの仲間をあっという間に壊滅させちまったよ」

 

大妖丸を担いで雑談でもするかのようにル改に話しかける俺、ル改は話しかけられた直後に俺の方へ砲を向けるが……

 

「おっせぇよばぁか」

 

砲弾を発射される前に俺は奴を十文字に斬り捨てる、そりゃあもう艤装もまとめて綺麗に4分割、ホント俺らの事甘く見過ぎだっつぅの

 

グラーフが殴っていたエリネもピクリとも動かなくなったところで、全員でディスプレイの前に集まる

 

「リコリス、聞こえてっか~?ここにいるおめぇの部下は皆おねんねしちまったぞ~?」

 

『貴様らぁっ!よくも……、よくもやってくれたなぁっ!!!』

 

おっほ激おこ!まあ部下皆殺しにされた上に補給拠点も奪われちまったらそうなるよな~、ざまぁ

 

「おめぇら人間の事馬鹿にし過ぎだろ、海の汚染については何とも言えんが下らんプライドのせいでこうやって無駄に血が流れっちまった、ちょっち考えれば回避出来たもんなのにな……それすら思いつかねぇようだったらおめぇらの方がよっぽど馬鹿じゃねぇか?」

 

『黙れ!そんなに余裕ぶっていられるのも今の内だ!お前達が戦っている間にそちらに増援を送っておいt「その増援もう壊滅してるみてぇだぞ?さっき通信来たわ」はぁっ?!』

 

こいつが話し始めたタイミングで悟から通信あったんだよな~、何か増援来たけど護が仕掛けておいた罠に引っかかって全員感電死したとかなんとか……、護の奴何やったんだ……?

 

『くそぅ!くそおおおぉぉぉっ!!!』

 

うへぇ糞とか言ってらっしゃいますわよこの人……、どんだけキレてんだよこいつ……

 

『貴様ら覚えておけぇ!貴様ら全員皆殺しにしてくれるっ!絶対に……!絶対にだぁっ!!!』

 

「おうそっちも忘れんなよ、てめぇらが今までやって来た事のその全てをこの俺が、長門 戦治郎が裁いてやっから覚悟しとけよ?」

 

『長門……戦治郎……っ!覚悟するのは貴様らの方だっ!その名前、絶対に忘れんぞっ!』

 

これが戦治郎とリコリスの因縁の始まりであった



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新年の挨拶と作戦完了

「よぅ、早かったなぁ」

 

リコリスに因縁付けられたり宣戦布告したりした司令室から出て、補給拠点制圧完了の知らせを直接伝えようと思って埠頭の方で待機している迎撃組のところへ移動したわけだが、出迎えてくれたのは悟だけで他の皆は護のとこに集まっていた

 

「おう、皆のおかげで最初の時より楽に攻略出来たわ。それはそうと……あの集まりは何だ?」

 

俺は護の方を指差して悟に尋ねるが、悟は行きゃぁ分かるって言って詳細を教えてはくれなかった。悟のケツゥィ~……

 

「あっシャチョーおかえりッス~、思ってたより早く終わったみたいッスね~」

 

集まりの方に向かって行くと護が俺に気付いたのか声をかけてくる、イワトビペンギン抱っこしたままな

 

「おうただいま、皆頑張ってくれたおかげで早く片付いたってとこだな。時に護、何ぞそれぇ?おめぇいつの間にペンギンなんか捕まえたんだよ、つかそのペンギンこのへんにいねぇ奴じゃね?マジでそれどうした?」

 

「この子達ッスか?この子達はイワンとトビーッス。妖精さんと協力して作ったロボットッスけどね、ほら秋月型って長10cm砲ちゃん持ってるじゃないッスか?自分もそれに倣って長10cm砲ちゃんの代わりにと天津風の連装砲くんを参考にして作ってみたんスよ~、因みに元ネタはセ〇パロの自機のサイボーグペンギンッス。トビー、シャチョーにアレ見せてやるッス」

 

そう言って護が抱っこしてるロボットペンギンのトビーに指示出すと、その背中からそれはそれは立派な対空砲が出てきました~、ってえぇ~……

 

普段は艤装の下段の対空砲のところに格納しているとかなんとか……、おめぇいくらペンギンが好きだからって武器にする必要はねぇだろうよぉ……、そいつらがやられたりしたらどうすんのよぉ……?

 

あれか?俺んチでペンギン飼えなかったから代わりにこっちでそんな事したの?だったらごめんね……、でも俺一応飼ってもいいって言ったんだけどな~……

 

「お、おう……中々面白い事してんな……、っとそういや増援部隊が護が張った罠にかかって全員感電死したって聞いたんだがおめぇ何やったんだ?」

 

「それッスか?それはこういう事ッス、イワンもこっち来るッスよ~」

 

護がトビーを降ろし神通が抱っこしていたイワンを呼び戻してから指示を出すと、2匹が1度背中をピッタリと合わせた後お互いに1歩ずつ前に歩き出すと2匹の間には漁で使うような網が付いていた

 

「おい、これってまさか……」

 

「シャチョー達が空さん達と一緒に海の上で暴れてる間にイワンとトビーをセットしておいて、増援が来たところでこの網を増援部隊の脚に絡ませてから高電圧大電流で電気流してやったらすぐだったッスよ~」

 

やだ何それ怖い、俺らと一緒に突っ込まなかったのってもしかしてその為だったとか?

 

「普通の艦船だったら落雷とかの為に対策とかしてるってシゲから聞いてたッスけど、深海棲艦はそういうのやってないっぽいッスね~」

 

だからって艦隊で行動してるときにはあんま使うなよ?こっちまで感電したら洒落にならんからな

 

「さてイワンとトビーの事はこのへんにしておいて、これからどうするんッスか?前のときみたいに掃除するんッスか?」

 

んだな、ここは最終的にはドイツ海軍に買い取ってもらうから綺麗にしとかなきゃな!

 

「だな、まあ掃除すんのはあの建物の中だけでよさそうだからこの人数でも何とかなるだろう。って事でおめぇら早速やんぞ~」

 

俺がそう言うと皆一斉に動き出した、さって早いところ掃除終わらせて初日の出を拝むとしますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時にグラーフよ」

 

「どうした?戦治郎」

 

「1月のドイツの日出の時間って分かる?」

 

「大体8時くらいだったと思うぞ?」

 

時計見てみたらまだ3時くらい、全然時間あるじゃないですかヤダー!しかもここノルウェーだからもっと遅い可能性あるじゃないですかー!

 

「うごごごご……、もう掃除も終わったしやる事がねぇ……、拠点に帰ろうと思っても俺達がいない間にまた占拠される可能性もある……、どうしたもんか……」

 

いっそ倉庫にある資源資材の数数えて待つか?でもそれって超面倒臭そうだからやりたくねぇ……、そんな事を考えていると

 

「戦治郎、こちらにビスマルク達が向かって来ているのだが……」

 

「こっちでも感知したッス、結構な数連れて来てるみたいッスけど……何やるつもりなんッスかねぇ?」

 

哨戒機を出していた空とHMDのレーダー機能で周囲の警戒をしていた護から連絡が入る、ん~?俺は別に呼んだ覚えはねぇんだけどな~?

 

 

 

 

 

 

「また会ったわね、元気にしていた……っと聞くのも野暮のようね、総司令が貴方達にばかり負担をかけるのも心苦しいと言う事で加勢に来たのだけど、既に終わっているみたいね」

 

おおう、アクセルに気ぃ遣わせたか~……、気持ちだけでも嬉しいぞ~

 

「おめぇらありがとうな、でも制圧どころか施設内の掃除も終わっちまったよ、そんで戻るかどうかで悩んでいたところなんだわ~」

 

「貴方達どれだけ仕事が早いのよ……」

 

うっひょっひょっ、それが長門屋の売りですから~。料金安い!仕事が早い!仕上がり綺麗!このくらいやらんとそこらの競合相手と勝負になんないんだもん……

 

んで、ビスマルクに戻るかどうかで何故悩んでるかを聞かれたから正直に答えたところ

 

「そう言う事ね、ならここの防衛は私達に任せてくれないかしら?加勢に来ておいてこのまま何もせずに戻るのは私達ドイツ海軍のプライドに関わるわ」

 

「そう言ってくれるのは有難いが……、本当に大丈夫か?」

 

さっき俺がリコリスブチギレさせた上に宣戦布告してるしてるからもしかしたらがありそうでちょっち怖いんだよな

 

「侮らないでもらいたいわね、確かに貴方達と比べたら私達は弱いかもしれないわ、けどここに今いる子は皆この私が選定したドイツ海軍の精鋭ばかり、そう簡単にはやられはしないわ」

 

頼もしい事言ってくれるじゃないのよ、ここまで言われちゃあ信じるしかねぇよなぁ。まあ最悪俺らに連絡入れてくれればすっ飛んでいけるし、ここはお願いしちまうか

 

「分かった、そこまで言うならここの事は頼んだ!って事で俺達は拠点に戻るぞ!」

 

こうして補給拠点の事はビスマルク達に任せて俺達は拠点へと帰るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま~……っておめぇら何やってんの?」

 

大体9時くらいに拠点に戻ったら輝以外の拠点防衛組が浜辺で何か食ってた

 

「あ、皆さんお帰りなさい、今丁度朝食として御節食べてたところです。まだ日も昇ってないですからどうせだから初日の出見ながら御節食べようって陽炎ちゃんが言いましてね」

 

翔が状況を説明してくれた、おめぇらズ~ル~い~!俺らもさっきしこたま戦闘してきて腹ペコなんだってぇの~!俺らの分もちゃんとあるんだよなっ!?

 

「皆さんの分もありますから慌てなくても大丈夫ですよ、こっちはお雑煮ですけど何種類か作っておきましたから好きなのを自分で装って食べて下さいね」

 

もしかして食材リストに餅あったのはこの為かぁ、探すのめっちゃ大変だったけど翔の雑煮が食べられるってんなら頑張って探した甲斐があるってもんよ!

 

そんなこんなで、皆で御節と雑煮食いながら補給拠点の方であった事を報告する、リコリスに対して俺が宣戦布告した件を話したところ、俺ならそうするだろうと思っていたとか覚悟はとっくの昔に完了しているとか言われた

 

その後防衛組の方からここも襲撃された事を聞いたわけだが、どうやらあんま悠長にやってられなくなってきたな……、だがここで焦って本拠地攻め込んでも被害が大きくなるだろうし……、取り敢えずそこらあたりはアクセルと話して考えるか

 

そんな事考えてたら周囲が明るくなってきてようやく太陽がその姿を現した、待ちかねた……、待ちかねたぞ、太陽!!!

 

皆この光景に感動しているのか感嘆の声を上げている、初日の出知らなかったグラーフもだ

 

「よっし、そんじゃあここで新年の挨拶といきますかぁ」

 

ここで俺が皆で新年の挨拶しようと提案する、だって俺は日付変わった直後にも言ったけどその時は海の上で摩耶と大五郎しかいなかったからね……

 

「皆いくぞ~……せーのっ!」

 

\明けましておめでとう!/

 

この挨拶が新しい年の始まりと共に補給拠点制圧作戦の終了を告げるのであった



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深海棲艦の規模と決意のイメチェン

『例の補給拠点でそのような事があったのか……』

 

『そんな子供みたいな煽りで怒るなんてリコリスとか言うのもたかが知れてるわね……、と言うか戦治郎もちょっと馬鹿にされたからって、ムキになって言い返してるあたり同レベルなんじゃない?』

 

俺と空、悟と剛さんの4人は現在ドイツのアクセルと補給拠点にいるビスマルクと通信で話し合ってるところだ、最初は俺達がアクセルに剛さんと悟を紹介してから補給拠点制圧したのを報告していたんだが、そこに補給拠点に通信機材を設置したビス子からテスト通信が来たもんだから丁度いいから混ざっていけって事になって現在に至る。しっかしビス子よそれはちょっち酷くねぇか?

 

「戦治郎と同レベル……、真正面から戦ってまともに太刀打ち出来るかどうか不安になるな……」

 

「そうねぇ……、いやらしい搦め手を四重五重と張り巡らせたて退路を完全に断った上で正面から攻め込んで来そうで怖いわ~」

 

「普段馬鹿みたいな事ばっかやってるクセに、こういう時はとてつもなく頭回るからなぁ、しかもそんな小細工いらねぇくれぇクソ強ぇクセによぉ」

 

同レベルの部分を素敵解釈しておられる長門屋の有識者共、俺の事高く買ってくれてるのは嬉しいけどその言い方だと俺腹黒キャラっぽくな~い?ほら見ろ!ビス子ドン引きだしアクセルも苦笑いしてんじゃねぇかっ!

 

「俺の事は適当に置いておくとして、ビス子は俺が頼んでた事やってくれたか?」

 

『ええ、言われた通りあの補給拠点にあった資源と資材の数を調べたのだけれど……』

 

何かビス子の奴の表情があまりよろしくないな……、もしかして思ったより数なかったのか?

 

『驚かないで頂戴、あの補給拠点には各種資源が数百億レベルで保管されていたわ……』

 

『何だとぉっ!!!』「ふぁーーー!」「ぬぅ……」「あらぁ……」「うぇっひぇっひぇっひぇっひぇっ!!!」

 

待って待って待って、何?数百億?バッカじゃねぇの?!その数字聞いて純粋に喜ぶ奴はこの場にはいないだろう、逆にその事実が俺達の恐怖と不安を掻き立てる

 

だってそうだろう?この資源は深海棲艦の補給拠点にあるものなんだ、つまり深海棲艦達はこのくらいの資源をかき集める力もあれば、そのくらいの資源を使うほど数がいるって事になるんだからな……、しかも補給拠点は恐らくここだけではないはずだから……考えたら頭痛くなってきた……

 

「戦治郎、確かお前リコリスに宣戦布告していたな……」

 

「どうするの?あっちはとんでもない規模の戦力があるみたいだけど勝算はあるの?」

 

「これはケジメ案件ですわなぁ……」

 

や~め~て~!皆寄ってたかって俺の事い~じ~め~な~い~で~!

 

『確かに敵の数は多いようだが……、だからと言って簡単に降伏するわけにはいかないな……!』

 

『そうね、奴らの戦う理由から考えると私達が降伏したら人類は滅ぼされるか家畜のように扱われるか、と言ったところでしょうね……、だったら私達は戦って戦って戦い抜いて勝利を掴んで人類を守る、例え負け戦だったとしても何処までも足掻いてやるわ!』

 

ドイツ組はこの絶望に負けてないっぽい!だったら俺らも負けてらんねぇな!

 

「んだな、戦いは数だとか言われてるが数の不利をひっくり返せるくらい俺達が強くなりゃぁいいだけだ、人類の敗北もイデ〇ンエンドも絶対にさせねぇぞ!」

 

空と悟には通じたけど剛さんとドイツ組には通じなかったよ……イ〇オンエンド……、ヨーロッパ出る前にイデオ〇見つけて見せなきゃ……(使命感

 

「強くなると言えばよぉ、ドイツの方の戦力の程はどうなってんだぁ?」

 

悟がドイツ組に尋ねる、俺らのとこはしっかりがっつり鍛えてるからそこまで不安がねぇんだよな、補給拠点制圧のときは加入が遅かった姉様とグラーフ以外は改になってたしな

 

『そうね……今こちらにいる子達は問題ないと思うのだけど、本土にいる本拠地攻略に参加する子達の中にはもう少し時間が欲しい子が何人かいるわね』

 

ふむ~……、しかしあんま時間かけ過ぎるとプリンツが危ないかもしれないんだよな~……、よっしだったら!そう思って空の方に目配せするとあいつは頷いてくれた、サンキュー空!

 

「だったら本拠地攻略に参加する奴をそっちに全員集めてくれ、俺と空がそいつらを短期間でとことん鍛えてやる!」

 

「おめぇらは確か装備開発が粗方終わってて手持無沙汰になってたもんなぁ」

 

「それだったらこっちの子達も一緒に連れて行って鍛えてあげるのはどぉ?本拠地攻略の時はお互い協力し合う事になるだろうから、ここで一緒に訓練したら連携とり易くなって戦い易くなるんじゃないかしら?あっ因みにその時はアタシもそっちのお手伝いするわよ☆」

 

おっそれいいかもしんねぇ、念の為アクセルにそうしていいか聞いてみたら快諾してくれたよ、ありがてぇありがてぇ!

 

補給拠点での強化合宿に教導艦として行くメンバーは話し合いの結果俺、空、剛さん、神通になった。神通は陽炎達を育てた実績あるからきっと上手くやってくれるはずだ!

 

サポート要員としては悟と翔、怪我人が出たらすぐに治療してもらうのと美味い飯で士気を高めるのが目的である

 

話がある程度まとまったところで通信を終了し、俺達はこの事を皆に伝える為に拠点内放送で全員会議室に集まるように言ってから司令室を後にする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっし、こんなもんかな?」

 

その日の夜、俺は自室でとある事の準備をしていた

 

俺の目の前に並んでいるのは大妖丸にタオル2枚、ゴムチューブにインク、消毒液にめっちゃ薄めた高速修復材にヘアバンドである

 

「ん?って妖精さんか、どうした~?」

 

俺が妖精さんに尋ねてみるとどうやら金次郎と遊ぶ為にここに来たようだ、そういやこの2人はサイズが同じくらいでいつも俺の肩の上にいたりするもんだから仲良くなったようだ、仲がいいのは良い事だなっ!

 

「気を付けて遊べよ~、さ~ってんじゃやりますか……、って俺は何してるのかだって?それはだな……」

 

そう言いながら俺は自分の左腕にゴムチューブを巻き、左腕と大妖丸を消毒液で消毒し始める。これを見て俺が何をしようとしているかを察した妖精さんは慌てて俺を止めようとする

 

「気持ちはありがたく受け取っとくよ、けどこればっかりは止めないでくれ、これはケジメを付ける為に決意を固める為にやるんだ……、後はパッと見で分かる認識票ってとこか?」

 

妖精さんに微笑みかけた後、俺はタオルを咥えてから大妖丸を左腕に押し当てる、がっはぁ!やっぱ超痛ぇ!タオル咥えてなかったら舌とか噛み切ってたかもしんねぇくれぇ痛ぇ!

 

だがそれがナンボのもんじゃい!俺は気合と根性でその痛みに耐えて、大妖丸で左腕に傷を付けていく、妖精さんも金次郎もその光景を見て抱き合って震えている。後で聞いたがその時の俺の顔が凄まじく怖かったそうだ

 

これはケジメを付ける為だ、皆を巻き込んで俺の都合で振り回している事にケジメを付ける為の行為だ。リコリスへ宣戦布告したのも俺がリコリスの事が気に入らなかったからという独断専行によるもの、先程の会議の時に相手の規模を言った後にリコリスへの宣戦布告の件を報告したら皆にめっちゃ怒られた、でも誰1人として同行を取り消す奴がいなかったのだ。このままだと俺はあいつらに顔向け出来ねぇ……、だから俺はケジメを付ける

 

そしてそんな俺を信じて付いて来てくれるあいつらを誰1人として沈めさせない、あいつらに降りかかる悪意の全てを斬り捨て打ち砕き破壊し守り徹す、この行為はその決意を固める為の行為なのだ

 

腕に刻むいくつもの傷は何度も交わりやがてその傷は文字となる、俺はそこにインクを垂らし傷口からはみ出したインクをタオルで拭ってから薄めた修復材を右手で掬って左腕に薄く塗っていく

 

その結果、俺の左腕には痛みに耐えながらやったせいか少々形が歪んでしまったが『大和魂』の文字が黒く大きく刻まれていた

 

「ぶっはぁ!修復材使ってもまだ痛み残ってんのかよ……あ~いってぇ……、まあこんだけデカデカと刻んでたら分かり易いよな、っておいおいおめぇら泣くなよ……」

 

妖精さんと金次郎が俺に飛びついて来て泣き出してしまった、うん……、本当にごめんな……

 

「こっちはこれで終わりにしてっと、今度はこっちだな。正直長すぎて作業するとき邪魔だったし丁度いいや」

 

俺はそう言って今度は大妖丸で髪の毛をバッサリと切る、女性の髪の長さで言えばセミロングと言われるくらいだろうか、元が凄まじく長かったからものっそい短くなったはずだ。それを一本結びにして全てが完了!これで普通の戦艦水鬼と見分けが付き易くなったはず!

 

それで満足したところで眠くなってきたので寝る事にした、そのとき俺のベッドに妖精さんと金次郎が潜り込んで来たのでそのまま一緒に眠る、おめぇら怖がらせてごめんな、おやすみ

 

 

 

 

翌朝、悟に腕の件で問い詰められた挙句プロレス技のムーンライト・ドライブ叩き込まれた、お前そんな事するキャラだったっけ?って聞いてみたら俺と長い間絡んできた結果とか言われた、何じゃそりゃ?



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20代三羽烏がペット衆の事を話すようです

弥七視点です


「おいこらシゲ!たまには俺に構え~!」

 

拠点の浜辺でシゲ、通、護の3人を見つけたので俺はそう叫んで迷わずシゲの背中に飛びついた

 

「うぉっとぉ!何だ弥七か、そういや最近お前と遊んでやってなかったな」

 

シゲの背中に張り付いて遊べ遊べと肩越しに催促する俺の頭をシゲはポンポンと優しく叩く、ご主人のように優しく撫でられるのは確かに気持ちいいから好きだ、そんでシゲのこのポンポンも心が落ち着くから同じくらい好きだ

 

「しかし、シゲは本当に弥七に懐かれていますね、確かチーム編成のときもシゲと弥七を分けようとしたら弥七が物凄くゴネていましたね」

 

「そりゃまあシゲは赤ん坊だった弥七の面倒よく見てたッスからねぇ、あれじゃないッスか?シャチョーが弥七の父ちゃんでシゲが母ちゃんだと思われてたりするんじゃないッスか?」

 

護が言ってるのに近いのかもしれない、ご主人や太郎丸によく叱られてその度にシゲと大五郎に慰めてもらったっけな~

 

「俺が母親とか何の冗談だよ……」

 

シゲが真顔で言う、シゲは俺の母ちゃんはもしかして嫌だったのか……?ちょっと残念でションボリする

 

「おお……、そういえばシゲも弥七と似たような境遇なんでしたっけ……」

 

おい通、それは本当か?俺初耳だぞ?

 

「きっと自分と同じような境遇だった弥七に自分のような思いをさせたくなかったからよく世話してたんじゃないッスか?」

 

「……あ~、もしかしたらそうなのかもしんねぇな~」

 

シゲは遠い目をしながらシゲの膝の上に移動していた俺の頭を撫で回す

 

俺が物心ついたときには周りには皆がいたから実感ねぇんだが、太郎丸の話によるとどうやら俺は動物園で生まれたが母親に完全放置された挙句、父親にあたる虎に喰い殺されそうになっていたらしい

 

飼育員に何とか救出され人工飼育される事になったらしいがその動物園があまり稼ぎがよくなく資金的な問題が発生してしまったようで、仕方ないから動物病院の掲示板なんかに募金を呼びかける広告を掲載したところ太郎丸の定期健診に来ていたご主人の目に留まり、俺はご主人に引き取られる事になったそうだ

 

「シゲ~、シゲが俺と同じような境遇ってどういう事だ?ずっと遊んでなかった罰として俺に教えろ~」

 

「そういや言ってなかったっけな~……、ホントクソみてぇな話だから聞かねぇ方がいいと思うぞ?」

 

シゲは止めていたが俺はゴネまくって何とか話を聞き出すが、シゲが言ってた通り聞かなきゃよかったと後悔する……、もしその場に俺がいたら躊躇わずシゲの母ちゃんを喰い殺していただろうな~……

 

「似たような境遇と言えば大五郎もかなり近い感じでしたね、ただあちらは母熊が病気で亡くなっていましたが……」

 

確かにペット衆の中では大五郎がよく遊んでくれたが、そんな理由があったのか……。話って聞いてみるもんだな~

 

「亡くなっていたって……まるでその現場にいたような口振りだな、通」

 

「ええ、シゲの言う通り先輩と私と翔の3人でその現場を目撃しています。先輩が刀鍛冶を学ぶ為に職人さんのところに住み込みで修行に行くのに付いて行ったんですよ、そこには腕のいい研師さんもいると聞いたので私達も包丁や居合刀の手入れの為に研ぎの技術を学ぼうかと思いましてね」

 

「通も翔も真面目ッスね~、まあ気持ちは分かるッスけどね~」

 

護も長門屋に入ってから電動ガンのメンテナンスの腕が上がったって喜んでたよな

 

「んで、どうやって大五郎の事見つけたんだ?」

 

「いえ、先輩の日課の朝の訓練に付き合っていた時にたまたまその光景を目にしたんですよ……」

 

通が言うには、ご主人達が剣術の朝練やってた時に子熊の鳴き声が聞こえて来たから興味本位で覗きに行ったら、いつまで経っても動かない母熊を必死に揺り動かしたり顔を舐めたりしている子熊を発見したそうで、その子熊が今の大五郎だって話だった

 

「先輩が母熊を調べたんですがその時には既に……、母熊の死亡を確認したところで先輩が大五郎を抱きしめて泣いていましたね……」

 

その時の光景を思い出したのか通が目頭押さえてる……、しかしご主人が泣くって信じられねぇな~……

 

「そういや俺って他のペット衆の事あんま知らねぇんだよな~。シゲ達は何か知ってるか?」

 

大五郎の過去の話聞いてふと思った事を口に出す、俺は名前の通り長門ペット衆に入ったのが7番目、現状では一番最後になるから今さっき話聞いた大五郎以外の面子がどういう経緯でペットになったのかが気になったのだ

 

「他の連中の事か?ん~……太郎丸の名前が襲名制なのは知ってたか?」

 

それはまあ知っている、ご主人の兄貴が生まれたくらいから飼い始めた初代から受け継がれて我らがリーダーが確か4代目だったっけか……、代を重ねながら長門家に連綿と忠義を誓い続ける忠犬太郎丸だとかなんとか……。4代目はあんな調子だが実は既に子孫を残していると言うから驚きだ……、5代目の顔が見れないのはちょっと可哀想だな……

 

「確か金次郎が意外にも長寿だってのは知ってるッスか?あれで12年は生きてたらしいッスよ?」

 

平均5年が寿命の琉金を10年レベルで生かすご主人もスゲェけどそれ以上に10年以上生き続けた金次郎マジスゲェ!!!これもしかしてペット衆で一番長生きしてたんじゃね?

 

「鷲四郎もエピソード持ちだったと記憶していますね……、確かアメリカに留学していた先輩が白頭鷲のメスを助けたらその白頭鷲が先輩の事を日本まで追いかけて来たとかなんとか……。まあその子はすぐにアメリカに送り返されてしまいましたけど、そのせいで先輩が白頭鷲を飼いたくなってしまって正規の手続きをして購入した白頭鷲、今の鷲四郎が先輩を追いかけて来た子の子供だったと聞きました」

 

何だその数奇な巡り合わせ……、つか鷲四郎の母ちゃん情熱的過ぎんだろう!

 

「鷲四郎の母ちゃん頑張り過ぎだろう……、つか鳥すら魅了するアニキって何かマジでやべぇな……」

 

ご主人って言葉では言い表せない特別な何かを持っている気がするんだよな~……、それが何なのかは俺にはサッパリ分からねぇけどな!

 

そんなご主人達は、こないだ制圧した深海棲艦の補給拠点でドイツの艦娘達と俺達の仲間になった艦娘を集めて特訓をしているそうだ

 

「さて、ここで駄弁ってばっかってのも面白くねえから……、弥七!ご希望通り今から遊ぶか!」

 

シゲが立ち上がり海の方へと走っていく

 

「待ってたぜ!一体何やるんだー!」

 

俺はシゲとどんな遊びをするのか凄く楽しみで、期待に胸を膨らませてシゲの後を追って走り出す

 

「さて、私達はどうしましょうか?」

 

「シゲの奴、弥七にジャイアントスイングかけて海にブン投げたッスね~、っとどうせだからシゲを弥七みたいに海にブン投げるッスかね、ここにいても面白味もないッスからね~」

 

俺がシゲに投げられた後、護と通がやって来てシゲに対してツープラトンブレーンバスターをお見舞いしシゲを海に叩き込んでいた

 

それからは俺とシゲvs通と護のタッグマッチになって、波打際で飛沫を上げながらプロレスを楽しんだ。戦闘以外でこうやってはしゃぐのは久しぶりだから超楽しかった!

 

そんなこんなしてたら日も傾いて来て、哨戒に出ていた光太郎が戻って来たあたりでプロレスも切り上げて皆で飯食いに食堂に向かう。今日は翔がいないから大したものは食えなかったが……

 

その後は風呂入って寝るわけだが今日は久しぶりにシゲのとこで寝るとするか、そう思ってシゲの部屋行ってみたらシゲはもう寝てたから勝手にベッドに潜り込む

 

ご主人達が特訓とかやってるって事は決戦が近いんだろうな~……、まあどんな戦いになろうと俺はご主人とシゲを守る、そんで戦い終わったら遊んでもらうつもりだから俺自身も絶対沈んでなんかやんねぇ!俺は静かにそんな事を考えながら眠るのだった



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フェロー諸島攻略前夜

「フェロー諸島攻略前夜祭、はっじまっるよ~」

 

\うぇーい!/

 

「セリフは違ってもノリは一緒なのね……」

 

『いつもこんな調子なのか?参加者は意見が出し易そうだが少々緊張感に欠けるな……』

 

ビス子と俺達が頑張って回線繋げたパソコンを使って会議に参加しているアクセルが呆れているが気にしない、俺達は補給拠点の会議室でフェロー諸島攻略前夜って事で作戦の打ち合わせやら最終確認やらする事にしたんだ

 

「まずは今回の作戦の目的を改めて確認するとすっか、んで目的はヨーロッパの海から深海棲艦を叩き出すのとプリンツの救出だったな」

 

「私達ドイツ海軍との交渉の材料にする為に捕まえたと聞いてるから恐らく無事だと思うのだけれど……」

 

ビス子の表情は不安一色、まあ妹分が捕まっているわけだしな~……それにその情報手に入れてから結構時間かかっちまったのもその不安に拍車かけてる要因だろうな~……

 

「ここまでくんのに時間かけちまったもんだからプリンツの安否については何とも言えねぇなぁ……、だがそうしてなかったら余りにも無残な負け戦になっていた、ちげぇかぁ?」

 

悟の言葉は尤もなんだよな、もしプリンツの所在が分かったからってすぐに突っ込んで行ってたら皆海の藻屑になってただろう。この拠点にある資源や資材の数が相手の規模を教えてくれたようなもんだからなぁ……、このあたりはビス子も分かってるみたいで何かに耐えるような表情を浮かべている

 

「そうならない為にも多少時間をかけて俺達がドイツ海軍全体の練度を引き上げ勝てる可能性を上げたのだからな」

 

そうそう空の言う通り、それに俺達も協力するからきっとプリンツの事も何とかなるだろうよ!

 

因みに、俺達が特別コーチとしてこの拠点に戻った時に結構な数のドイツ艦娘の皆様から過激な歓迎されたもんだ

 

驚くくらいの艦載機と砲弾が俺達目掛けて飛んできたんだが、剛さん、摩耶、不知火の活躍で全て叩き落されるとかね、もう向こうの子達皆呆然としてたな。全部処理しきったときの不知火と摩耶も自分達がやってのけた事に対して驚愕してたがな

 

そんで1週間くらい訓練やら演習に明け暮れたわけだけど、ドイツの皆見違えるくらい逞しくなったな~……、初日にうちの子らと一緒に走り込みやってもらったら皆バッテバテだったのに3日目くらいにはうちの子らに喰らい付いてくる子出て来てたっけか……

 

剛さんの介入で全体の射撃スキルが向上し、空母達は艦載機の運用方法を空からしっかり教えてもらっていたようだ。何か余計なスキルも身についていそうだけどなっ!

 

多分1番効果があったのは演習だろうな、うちの子vsドイツっ娘は最初は練度の差でうちの子達にボコボコにされて悔しがっていたけど、途中からはいい勝負出来るようになっていた。俺vsドイツっ娘とか……正直すまんかった……やり過ぎたと今は反省している……

 

翔や悟もサポート要員としてしっかり仕事してくれてた、特に翔の飯が好評でドイツっ娘さん達大絶賛でしたわよ~?これがまさかあんな事になるとはこの時の俺達は知らなかった……

 

「そんで今回総力戦って事で俺達もこっちに来たわけッスけど、編成とかどうなってるんスかね?」

 

「それについてはこれを見てくれ」

 

シゲの質問に俺は護に拠点から出る時こっちに持ってくるよう頼んでおいたプロジェクター付きパソコンを操作しながら答える

 

スクリーンに映し出された今回の編成はこんな感じ

 

第1艦隊 戦治郎 太郎丸 悟 通 神通 ユー

 

第2艦隊 ビスマルク 護 翔 シゲ 弥七 藤吉

 

第3艦隊 空 摩耶 木曾 光太郎 輝 天津風

 

第4艦隊 剛 陽炎 不知火 司 グラーフ 扶桑

 

支援艦隊 レーベ マックス 他

 

 

 

本拠地突入班 戦治郎 シゲ 弥七 翔 悟 ビスマルク

 

「今回はこんな感じにしたぞ、突入班については翔は輝、太郎丸と来たから順番的にって感じだな。ビスマルクと悟はプリンツ発見時プリンツを落ち着かせるのをビスマルクにやってもらって、衰弱してた場合すぐに処置出来るように悟を入れたってとこだ。シゲと弥七は俺と一緒に暴れ回んぞ」

 

本当なら突入は2チームにしたかったが、南の方から増援来たら不味いだろうって事で仕方ないが1チームである

 

「ん?俺と藤吉は別々なのか?」

 

輝の質問には戦力のバランスがどーのと適当な理由付けて誤魔化す、本当は確か九尺だったっけか?そいつの力も借りないと正直今回の戦いはヤバそうだと思ったからだ

 

「戦治郎のところは相変わらず囮になっていくスタイルなわけか……、しかも潜水艦2人に闇に溶け込める通と神通まで入れて人数を少なく見せかけるとか……」

 

「ちょっと!せめてユーは私のところにしなさいよ!私以外ドイツ艦どころか艦娘がいないじゃない!」

 

あーあー聞こえませーん!因みに俺の艦隊のペット衆も最初は皆潜っておいてもらいます!傍から見たら俺1人しか姿が見えないので中々の吸引力を発揮する事だろう!更に言えばリコリスに喧嘩売ったのも俺だからきっと俺を優先的に狙うように指示が出てるはずだから吸引力更にアップ!

 

「俺の艦隊を空と剛さんの艦隊で挟む感じになるだろうな、要は最初のときみたいな感じな。ビス子のとこは殿頼むわ、もしかしたら想定より早く増援来る可能性もあっからな、そん時は後方と支援部隊の事頼むわ」

 

ある程度本拠地に近付いたところで、戦いながら再編成と前の時より難易度は高くなるがきっと上手くいくだろう、そう信じてないと出来るもんも出来なくなるからなっ!

 

皆が承知したとばかりに頷いてくれたのを確認したところで、アクセルが話しだす

 

『プリンツを助けてくれるだけでなく、ヨーロッパから深海棲艦を排除する事まで手伝ってもらえるなんて……戦治郎達にはいくら感謝してもしきれないよ……』

 

いやん、アクセルの言葉がこそばゆい……///

 

「気にすんなよアクセル、俺とお前はダチだろ?ダチが困ってんなら助けて当然、ちげぇか?」

 

「な~に言ってるんッスか~、シャチョーはダチだろうが何だろうが困ってる人がいたら無差別に救いの手差し伸べるクセに~」

 

「人どころか他の生物でも助けちゃいますよね、先輩は」

 

おめぇら茶化すなよ~……まあそうなんだけどな!

 

「こいつが誰かを助けるのはいつもの事過ぎてもう慣れてしまったんだよな、俺達はな」

 

え~……、光太郎までそんな事言うのかよ~……

 

「ご主人様が優しい人だっていうのは僕がよ~く知ってるんだからね!だからこそ僕達長門ペット衆はいつまでも、何処までもご主人様の味方でいるって決めたんだよっ!」

 

「太郎丸、その誓いが長門ペット衆だけのものではないと知っておくといい、俺もそのつもりなのだからな。尤も、戦治郎が悪に堕ちようとしたときはこの命をかけてでも止めさせてもらうがな」

 

ペット衆と空の思いがとてつもなく重いYO!俺ってそこまでしてもらうような存在だっけ?

 

『戦治郎は皆から慕われているんだな、皆が戦治郎を思うその気持ちは私にもよく分かるよ。もし私が何か力になれる事があったら是非言って欲しいな』

 

「ええいお前ら!そういうのは作戦成功させてからやんぞ!あっそうだ!だったらアクセルよぃ、作戦成功したら宴会やろうぜ!それなら言いたい事言い放題だからなっ!」

 

照れ隠しで叫ぶ俺、正直これ以上言われたら悶絶しちゃいそうなんだもん……

 

『そのくらいならお安い御用さ、そのときは盛大に飲み明かすとしよう』

 

んだな、まあそうする為にも俺達が頑張って本拠地潰してプリンツを無事に救出しないとだな

 

「んじゃあ、明日はきっと激戦になるだろうから今日は皆早く寝て明日に備えるぞ!って事で会議終了だ!お疲れ様っしたー!」

 

\お疲れ様でしたー!/

 

いよいよ明日か……、長い1日になりそうだ……



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黒い津波

いあ~……これはちょっと見誤ったな~……

 

俺達は作戦通りノルウェーのフレヤ島の補給拠点から出発して、道中でメインランド島から出て来た深海棲艦の艦隊を5つほど潰してフェロー諸島に近付いたんだけどさぁ……

 

「戦治郎!またボルウォイ島から増援が出て来たぞ!」

 

「ちょっと!また南の方から増援が来たわよ!?」

 

空とビス子が叫んでいる通り東南西北本拠地中から増援がとめどなく来やがる!これ多分もう500匹くらい沈めてるんじゃね?

 

ドサクサに紛れて逃げてる奴もいるみたいだが、今は相手してる余裕ねぇYO!

 

最初に艦隊編成して戦ってたけど、もうそれも無意味なくらい皆集まっちゃってるよ……

 

何よりも攻撃が俺の方にめっちゃ飛んでくる!流石スーパーダイソンな俺!でも今支援艦隊の子達の修理してるから!動けないのをいい事に攻撃しまくるのやめて!

 

「ご主人はおらが守り徹すだぁ~!」

 

こういう時の為に大五郎に盾を作っておいて正解だったわ……、艦載機の相手は太郎丸と追加装備として両サイドに対空機銃を装着した甲三郎と鷲四郎に任せているからいいとして、砲弾は現状剛さんみたいに撃ち落とせる状態じゃないから大五郎のシールドバッシュで叩き落してもらっている

 

今俺は支援艦隊の子達を修理しているわけだが、ウチの艦娘達も最低1度はハコで修理を行っているくらい結構なダメージをもらっている。被弾する原因は大体スタミナと集中力の低下なんだがこればっかりはシカタナイネ

 

俺の予想だと200匹くらい倒したら突入出来そうだと思っていたんだが、相手はそれを遥かに上回る規模だったからなぁ……補給拠点に数百億の資源があるとは言え、補給拠点なんだからきっと他の拠点に資源送らなきゃいけないだろうから多めにあるだけ、資源集めも大方人間の輸送船襲って奪ったもんだと思っていたのが大体の間違いだったっぽい……

 

まあだからと言って押されているかと言えばむしろ逆、ほんのちょっちずつだけどこっちが押してるんだよな!

 

戦っている最中に逃げてる奴がいるってさっき言ったけど、その数が段々と増えて来てるんだよな。まだ生き残ってる俺達にビビったのか、他の何かを感じ取って逃げているのかは全く分からんが

 

「よっし、これで修理完了!」

 

「Danke。助かるよ」

 

支援艦隊のレーベの修理が完了した事でようやく戦線復帰出来るぞー!

 

「んじゃ俺は前線に戻る、おめぇもあんま無理すんなよ?」

 

レーベにそう言って俺はペット衆を連れて最前線へと突撃していく。未だに飛んでくる砲弾を大妖丸で斬り払いながら海面を蹴り、ただひたすら前へと駆ける

 

最前線に到着したら飛んでくる砲弾の数が更に増えた、もうスコールと言ってもいいんじゃないかこれ?

 

「あら、もうあっちの子達は大丈夫なの?」

 

剛さんが砲弾を撃ち落としながら聞いてくる、流石に数が多いのでヘルハウンドではなくライトマシンガンを使ってるようだ

 

「しばらくの間は大丈夫だと思いますよ、しっかしホントカオスフルな状況だな~……」

 

ミゴロさんの砲弾をばら撒きながら答える、戦艦以外の命中した奴が片っ端から沈んでいく様子を見るのは気分爽快なんだが、数が多過ぎて相手が減っているのか疑問に思えてくる、実際は減っているってのは頭で分かってはいるんだがなぁ……

 

向こうの方で光太郎が結構な出力で放水してるのか、水柱が通過した後に深海棲艦の首やら上半身やらがやたら宙に舞っている。味方の位置をしっかり把握した上で使っているみたいで、放水に巻き込まれてダメージ受けたって報告はまだ来ていない

 

時々潜水艦の反応があるらしいが、それはこの間同様悟が対処してくれているようなので安心して水上艦と戦えるってもんだ。まああいつ火が苦手だからって理由あるから積極的に潜水艦潰ししてるんだろうな、水上艦相手だとどうしても艤装の炎上とかあるからなぁ……

 

そんな事考えながら周囲見回してたら奴らに追いかけられてた藤吉発見、追っかけてた奴ら全員にミゴロさんお見舞いしてから藤吉を回収して大五郎にライドオン。今は輝が近くにいるから九尺が出てこれないみたいだからシカタナイネ

 

そんな輝はと言えば、ハンマーを自分の艤装に咥えさせてそのまま振り回してまとめて奴らを圧し潰して回っている、距離を開ければ艦載機からの攻撃が飛んでくるし艤装ハンマーをギリギリで避けようとしたら衝撃波で粉々にされる。艦載機関係は多分本能で操作してんだろうな~……

 

衝撃波と言えば空もそんな攻撃出来たっけな、空飛んで艦載機を艤装に付けた副砲と機銃、猫戦闘機達で落としながら下の連中を爆撃、今回は艤装から飛び降りても艤装装着はせずに本体は蹴りを主体とした体術メインで戦い、艤装は砲撃しながら奴らに突っ込んで撥ね飛ばして回っているようだ

 

シゲはお得意の喧嘩殺法にクロとゲータによる砲撃、たまにワニ達も相手に噛み付いて空中で振り回して噛み千切って仕留めている、振り回している時に自分達の身体も派手に動かして周囲の連中を巻き込んで薙ぎ払う

 

護はミサイルと対空砲で艦載機の相手をしながらも、隙あらばミサイルを相手の頭上に叩き込む。そっちに気を取られ過ぎた奴は足元から現れたメカペンギン達の背中の対空砲をしこたまブチ込まれて沈んでいく

 

司も頑張っているようで、艦載機による爆撃に艦載機を派手に動かしてあいつらの注意を引きつけて攪乱、投げたヨーヨーを相手に叩き込んだ後糸を絡めて引き寄せ鉄扇で殴りつけて吹き飛ばし砲撃でトドメを刺す

 

翔の方は艦載機と砲撃を織り交ぜながら艦娘達の支援に集中しているようだ。たまに自分の方に突っ込んで来た奴は鼓翼で3枚おろしにしたり艤装にぶっ飛ばさせたりして上手く対処しているみたいだな

 

通は艦娘達が戦い易いようにと相手の攻撃を引きつけて、時には空蝉で姿を隠してからのバックスタブで相手を確実に仕留めていた。煙玉については艦娘達の砲撃に影響が出る事を考慮して使っていないみたいだ

 

通と翔の支援のおかげか、摩耶と不知火の射撃が次々と突き刺さり、それと合わせるように発射された陽炎と天津風の魚雷が相手の数を削っていく。姉様はハタチさんによる面制圧で相手の動きを封じながら形代の砲撃で的確に敵を吹き飛ばし、神通は艦娘達に接近する連中を片っ端から斬り捨てていく

 

ビスマルクとグラーフ、ユーには支援艦隊の方を守ってもらっている、そっちの方が支援艦隊の子達も安心するだろうからな

 

確かに相手の数は多い、まるで漆黒の津波のように感じちまう。だが俺達は確実にその数を削っていっているのだ、このまま耐える事が出来ればきっと勝機はあるはずだ

 

そう思ってるところにアクセルからの通信が来る、その内容は俺が全く想定していないものだったから凄まじく驚かされる

 

その内容とは、先程イギリスから艦隊が出撃してこちらに向かって来ていると言うものだった

 

もう艦娘が配備されたのか?そう思ってアクセルに尋ねてみれば最悪の答えが返ってきた

 

『いや、それが全て普通の軍艦なんだ……、イギリス海軍にはまだ艦娘は配備されていないんだ』

 

イギリス海軍は何を考えているんだ?深海棲艦には普通の軍艦の攻撃は通用しないってのは前にボコボコにされて通に助けられた時に思い知らされたはずじゃないのか?なのに何故出しゃばってくるんだよ……、この情報は今の戦況に非常に悪い影響を与えかねない、最悪イギリス海軍が全滅するとこ見せつけられて士気が下がってしまうかもしれない……、俺は内心で舌打ちした

 

これが思わぬ出来事を引き起こす切っ掛けとなるのであった



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多大なる犠牲

『ドイツ海軍諸君、今までよく頑張ってくれた。後は我々に任せて君達はドイツに戻るといい』

 

イギリス海軍からビス子へ通信が飛んできたので、護があっちに悟られないように通信を傍受、皆にも聞こえるようにしてくれているんだが内容が本当に腐ってやがる。要は美味しいとこだけ頂いて全部自分達の手柄にしようって事だろ?ふざけるのも大概にしやがれってんだっ!!!

 

「こちらドイツ海軍総旗艦ビスマルク、見たところそちらの艦隊に艦娘がいないようなのですが、まさかその軍艦で深海棲艦と戦うと言うのでしょうか?」

 

この作戦の本当の総旗艦は俺なんだけど、他国に見せる資料にこの戦いの記録残す時とかこういう時の名義はビス子にしてもらってるんだよな、今の俺は中身は人間だけど見た目は深海棲艦だから厄介事が湧いて来るかもしれんからな

 

『無論そのつもりだ、この間は不覚を取ったが今回はあの姫様もいないししっかりと準備もして来ているのだ、我々に負ける要素は何処にもない!』

 

このおっさん絶対負けないって言い切りおったぞ……、だが艦娘もいなければコアも使ってなさそうだしこれフラグだよな?つか前ので懲りろよぅ……

 

「何を言ってるのっ!?深海棲艦には通常兵器が効かないのを知らないわけではないでしょう!今ならまだ間に合うから早く戻りなさいっ!!!」

 

『黙れ小娘っ!!!貴様らのその豆鉄砲が効くのならば我々の艦砲もきっと有効なはずなのだ!私の命令が聞けないと言うのならば貴様らも深海棲艦諸共薙ぎ払ってくれるわっ!!!』

 

こいつら艤装の事とか知らねぇのか?見た目は確かにミニチュアみたいだけど威力は本物と全く変わらないってのに……、アクセルが他国にもきちんと艦娘関係の情報を提供しているのは俺もこないだ確認してるんだが、まさかその情報信じてないとかじゃねぇだろうな……?

 

『大体このあたりは我々の管轄のはずなのにどうしてドイツがそんな薄気味悪い連中を連れてまで出しゃばって来ているのだっ!?露払いに丁度いいと思ってしばらく静観していたがこれ以上出過ぎた真似をするのならばこの件を国際問題にするぞっ!!!』

 

OK分かったこのおっさん深海棲艦が何なのかすら分かってねぇや、俺らの事薄気味悪い連中って……間違ってねぇけどさぁ……、俺らと接触する前のドイツ海軍や日本海軍が見たら小便ちびって慌てて逃げ出すような鬼級姫級の集まりをその程度にしか思わないってんなら深海棲艦の事碌に知らないとしか思えない……

 

「あそこには私達の仲間が捕まっているのよ!私達はその子を助け出す為に来ているのだから全くの無関係とは言い切れないの!私達は今日この日の為に自分達を鍛え上げて確実にその子を助け出して、被害を最小限に抑えようとしているのよ!お願いだから退いて頂戴!私達の頑張りを無駄にするような真似を、無駄に血を流してあの子を追い詰めるような真似をしないで!」

 

最後のあたりは最早ビス子の悲痛の叫びだ、涙を流しながら通信機に向かって懇願してやがる……。もしプリンツが自分を助ける為に大量の犠牲が出たとか聞いたら悟のカウンセリングの常連になるか、最悪自殺コースだわなぁ……、そうならんように是非ともイギリスの皆さんにはとっととお帰り願いたいものなんだが……

 

『くどい!えぇいもういい!ヴァレンタイン大佐、奴らの事は無視して前進しろ!ロイヤルネイビーの力を見せつけてやるのだっ!!!』

 

ですよね~……、こっちの話全く聞いちゃいねぇや……。しかし不味いホント不味い……、このままいけば120%犠牲が出る……。だってあっちには通常兵器効かないけどあっちの攻撃は効くんだから一方的な展開にしかなんないじゃん?しかも的がでかいから当て放題、軍艦がモリモリ沈む未来しかねぇ……

 

「先輩!何とかしてイギリスの艦隊を止める事は出来ませんか?!」

 

うぉっ!びっくりした~……、俺がどうしたものかと思考を巡らせていると通が声を荒げながら俺に尋ねてくる。今それ考えてたとこだから!つか通がこんな焦ってるの見たのは久しぶりなのだがどうしたのだろうか?

 

「あの船にはセオドールさんが……、私の知り合いとその部下の方々が乗っているみたいなのです!早く何とかしないとセオドールさん達が……っ!!!」

 

何だとぉっ!?もしかしてさっきヴァレンタイン大佐って呼ばれてたのが通が言うセオドールさんとやらなのか?!いつの間に知り合いに……、あぁそういや前にイギリス海軍に助太刀したって言ってたっけな……その時に知り合った人なのか、ならば何とかしないとなぁ!

 

っと言ったもののいい案が全然浮かばねぇ……、俺自身心のどっかで焦ってるのかもしんねぇなぁ……。だあああぁぁぁっ!!!もうこうなったらこれしかねぇっ!!!

 

「真総旗艦戦治郎より各員へ!今からイギリスさんの防衛戦だっ!飛んでくる艦載機も砲弾も全部叩き落せ!!的がでかいから気ぃ引き締めてやらねぇとすぐ沈んじまうから全員気合入れていくぞぉぉぉっ!!!」

 

\了解!!!/

 

通が通信機入れっぱなしで話してた結果、皆すぐに事情を把握して動き出す。ビス子の懇願の件もあって皆やる気十分だっ!!!

 

射撃組が主体になって支援艦隊と共に艦載機と砲弾の嵐を迎え撃ち、その間に近接攻撃部隊が相手陣営に突撃し空母や戦艦を中心に仕留めていく。俺と姉様がミゴロさんとハタチさんで駆逐や軽巡など軽量級の連中を始末していくのだが、いくら俺達が頑張ってもやはり撃ち漏らし出てしまい図体がでかいイギリスさんの船はその度に被弾する……、そして最悪の事態に陥ってしまう……

 

「くそぉ!」「ちぃっ!」「しまった!」

 

イギリスさんの船が次々に炎上し始める、俺達はそれに気を取られてしまい撃ち漏らしが増え更に被弾するイギリス艦隊、向こうの通信は怒号が飛び交い阿鼻叫喚、遂には沈み始める艦も出て来てしまった

 

何とか脱出艇で脱出したもののそこを狙われて無残な最後を遂げる乗組員が大量に出てしまった……、結局こうなっちまうのかよ……っ!!!

 

「何故だっ!?何故あいつらの攻撃は効いて我々の攻撃が効いていないのだっ?!おかしいだろうっ!??一体どういう事だっ?!?誰か説明しろぉぉぉっ!!!」

 

俺達の頑張りも空しくイギリスの艦隊は今脱出艇の上で叫んでいるおっさんが乗っていた艦が最後に沈んだ事で完全で完璧な全滅、とてつもない数の死者を出してしまった……

 

「おい貴様!聞いているのかっ!?どうしてこうなったのか説明しろっ!!!」

 

自分の失態から目を背けて俺に噛み付いて来るおっさん、最大の原因はおめぇがビス子の言ってる事無視したからだろうがよ……。俺はおっさんを養豚場のブタでもみるかのように冷たい目で見る、このおっさんが乗っている脱出艇にはおっさん以外の乗組員の姿がない事から乗組員を見捨てて1人で先に脱出したんだろうな……

 

「貴様!何だその目はっ!?言いたい事があるなr」

 

このおっさんは最後までセリフを言い切る前に飛んできた砲弾が直撃して爆散しちまった、まあこればっかりは当然の報いだな……

 

っと、おっさんの事はもう終わったからいいとして他に脱出した奴がいないかを確認する為に周囲を見回す、いくつかの脱出艇が無事だったようなので皆に指示を飛ばして戦力の一部を救助活動に回して救助した乗組員達はこっちの支援艦隊の子達に頼んでイギリスの方へと送ってもらう

 

光太郎が積極的に動いてくれたおかげでかなりスムーズに救助活動が進み、最後の1隻ってところでその脱出艇目掛けて砲弾が飛んでくる

 

俺がいる位置からかなり離れたところにあった為、間に合うかどうか分からないが全力で疾走する俺。頼む、間に合ってくれっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

……ダメだ、間に合わないっ!もう砲弾は脱出艇の目と鼻の先……、これほど自分の速力に絶望した事はねぇ……、くっそ!そう簡単に諦めてたまるかぁぁぁっ!!!俺は最後の悪あがきとして脱出艇の前へヘッドスライディングする

 

 

 

 

 

 

 

 

脱出艇があったところで水柱が上がる……、俺は1人空しく海面を滑る……、すまねぇ……、本当にすまねぇ……、俺は助けられなかった乗組員達に謝りながら自分の無力を呪っていた……

 

「……間に合ってよかった……お久しぶりですね、セオドールさん」

 

んん~?間に合った?どっこと?疑問を浮かべながら顔を上げると、俺がヘッドスライディングしていた位置からちょっち先のとこで脱出艇を抱えた通の姿が見えた。おっまいたんなら声かけろよおおおぉぉぉっ!!!ヘッドスライディングした俺が馬鹿みたいじゃんかよぉぉぉっ!!!超恥ずかしいいいぃぃぃっ!!!

 

つか、それにおめぇの知り合い乗ってたんだ……

 

「通……なのか……?本当に通が来てくれたのか……?」

 

「来たと言うより最初からいたと言ったところでしょうか……、さっきまでここの最前線で戦っていましたからね」

 

通の言葉を聞いた乗組員の皆さんが大歓声を上げる、まるで無事に帰れるのが確定したと言わんばかりの勢いである、セオドールさんらしき人はなんか涙流し始めたんですが……

 

「皆さん落ち着いて下さい、まだ戦いは終わっていません。これから私達の仲間が皆さんをイギリスに送ってくれますからその子達が到着するまでの間しばらく待ってて下さい。私は今から前線に戻ります、そういう事なので後はお願いしますね、先輩」

 

お、おう……任された……、……やっべこれ通ブチギレてやがる……、まあ知り合いにこんな仕打ちされりゃぁ誰だってキレるだろうが……

 

因みに既に悟もブチギレているようで通信機の電源切られてて通信出来ません……、水面下で何が起こってるか分からなくて怖いです……

 

そんな事考えてたらマックス達がこっちに来てくれたので、脱出艇を任せて俺も前線に戻る事にした。そういやセオドールさんとやらに挨拶してなかった!まあ祝勝会に招いてそのとき挨拶すりゃいいか!

 

他の皆が頑張ってくれたおかげか、増援もこなくなり残りの連中を始末したら突入出来そうだ。こっからが本番ってとこだな!気合入れていくぜっ!!!

 

俺は気合を入れ直し、通が向かった方角へ駆け出していった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……数多くの命を奪い、それだけでは飽き足らず私の友人まで手をかけようとした……。私はそんな貴方達を絶対に許さない……っ!!!」

 

私は最大戦速で海上を進みながら深海棲艦への怒りを募らせる、もし私がセオドールさんの救出に間に合っていなかったら……私はきっとこの怒りを抑える事が出来なかったでしょう……。結果として救出する事が出来たが故に今の私は何とか自我を保っていられる状態なのである

 

「……御首頂戴」

 

倒すべき敵の姿を視認し私がこう呟いたとき、何処からかガシャリという音が響き全身に力が漲ってくる感覚を覚えました



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姫様と忍者

戦治郎と通がそれぞれドイツとイギリスに潜入するときまで時間は遡る

 

まさか本当にイギリスに潜入する事になるとは思いもしませんでした……

 

確かに捜査一課にいるときに先祖が遺した風魔の技術を使って捜査や容疑者の確保をやってはいましたけど……

 

まあ潜入関係の記述は非常に多く遺してあったので恐らく何とかなる事でしょう

 

問題はどの情報をどのくらい持ち帰るかなのですが……、私がそんな事を考えながら海上を進んでいると遠くから砲撃音が聞こえてきました

 

もしかして誰かが深海棲艦と戦っているのでしょうか?もしそうだったら好機かもしれません。その戦いを見る事が出来れば今戦っているのが何処の艦隊でどの艦娘がいるかを確認出来るかもしれませんからね

 

考えがまとまった私は早速その戦闘が行われているであろう場所へと足を運ぶのでした

 

 

 

これは酷い……、私が向かった先で行われていた戦闘を見た時に最初に出た言葉がこれでした……

 

深海棲艦の編成は旗艦と思わしきヘ級が1匹で他は駆逐艦が5匹、それと戦っているのは国こそ分かりませんがミサイル駆逐艦らしき艦艇が2隻だけ、他は今正に沈んでいる最中と言わんばかりに艦首のみが海面から出ている艦がチラホラと見受けられます

 

しかしながら艦娘の姿はまだ見ていません、もしかしてまだ艦娘が配備されていないのでしょうか……?

 

そんな事を考えていたらまた1隻沈んでしまいました……、ミサイル駆逐艦も攻撃はしているようですが深海棲艦には全く効いてないようですね……

 

今の私の姿は軽巡棲姫、不用意に近づけば双方から攻撃されかねません。だからと言ってこれを見て見ぬ振りするとミサイル駆逐艦は一方的に攻撃されて沈んでしまう、そうなると寝覚めが悪くなってしまいますからね、私はミサイル駆逐艦に助太刀する事にしました

 

 

 

海の中に身を隠してミサイル駆逐艦に接近すると、どうやら脱出の準備をしているのか救命ボート格納庫のシャッターが開きその中に多くの人が集まっていました

 

その中にこの場所にいるのがおかしく思えるほど美しいドレスで着飾った女性とその従者と思わしき女性の姿が見えましたが……、彼女達の姿……何処かで見たような気が……

 

そんな事を考えていると深海棲艦の砲撃が当たったのか激しい爆発音が辺りに響き、船体が大きく揺れる、するとドレスの女性がバランスを崩したのか押し出されたのか分かりませんが転落して格納庫から投げ出されてしまいました

 

このまま海に落ちてしまえば大怪我をする可能性がある、そう思うよりも早く私の身体は動き出していました

 

海上へ飛び出し海面を駆け、女性が落下するだろうポイントに近付いたところで跳躍して空中で彼女を抱き留める。そして空中で体の向きを無理矢理変えて船体に蹴りを叩き込み凹みを作り、それを足掛かりにして壁を垂直に駆け上っていく。人間やろうと思えばこういう事も出来るのですね……

 

「姫様っ!姫様ぁぁぁっ!!!」

 

「落ち着け!落っこちた姫様は後で回収するから早くお前もボートに乗り込めっ!」

 

壁を上っていくと従者の方の叫び声と従者の方を何とかボートに乗せようとする男性の声が段々と近付いてきました、もうそろそろゴールのようですねっとそう言えばこちらの女性が妙に静かですが大丈夫なのでしょうか……?

 

私が抱き上げている姫様と呼ばれている女性の顔を見てみれば、一体何が起こっているのか分からず呆然としていました。まあそうなるのも詮無き事……唐突に現れた深海棲艦が自分を抱き留めて壁を垂直に駆け上ってたらそうなってしまいますよね……

 

そしてこの姫様の顔を近くで見てから気が付きましたよ……、この人ウォースパイトそっくりなんです……。従者の方はアークロイヤル……

 

姫様の方は兎も角、従者の方が艤装を装着しないところを見る限りこれは艦娘が配備されていない可能性が高くなってきましたね……、っとそんな事を考えていたら壁を上り終えて勢い余って飛び上がってしまいました。取り敢えず縁の方に爪先が置けそうだったので姫様を抱き上げたまま爪先だけで身体を支えるように着地します

 

「姫様っ!ご無事ですかっ!?」

 

アークロイヤル似の従者の方が姫様に尋ねるも、肝心の姫様はまだ呆然としたまま私の顔を見ていて従者の方の声は聞こえていなかったようです

 

「姫様とやらは無事ですよ、ですから貴女も早くボートに乗って下さい」

 

姫様を従者の方に渡しながら早く脱出の準備をするように促します、私が言葉を発したのに多少驚きながらも従者の方は救命ボートに乗り込んでくれました

 

「おい、あんた何もんだ?」

 

先程聞こえた声の主だと思われる男性から質問されますが、詳細は後で話すからと言ってその方にも早く救命ボートに乗るようにと促し、私は全員が救命ボートに乗り込んだのを確認した後救命ボートを抱えて海へ飛び出しました

 

「うおおおぉぉぉっ!!!」「きゃあああぁぁぁっ!!!」

 

沢山の悲鳴が聞こえますが知りません、それより貴方達の無事の方が大事ですからね

 

海上に降り立った後、ゆっくりとボートを降ろしたところで私はボートに背を向け走り出そうとしましたが、また先程の男性からさっきの質問に答えろと催促されたのですが

 

「その前にやっておきたい事があるんです、それが終わってからその質問に答えましょう。それまでの間しばらくお待ちください」

 

私はそう答えてから深海棲艦がいるであろう方角へと走り出しました

 

 

 

「あいつ……、ホント一体何もんなんだよ……?」

 

「……ニンジャ」

 

先程まで呆然としていた姫様が唐突に呟いたんだが……、ニンジャだって?

 

「あの人はきっと噂のニンジャなんだわっ!貴方達もさっきのを見ていたでしょう?壁を垂直に駆け上っていくの!この世の中であんな事が出来るのはニンジャくらいしかいないはずよっ!!!」

 

この姫様、身分を隠して日本に留学した事があるそうだがそこで変な知識を得たみたいで今ではスッカリ親日家になっているそうだ……、いやまあ俺も日本留学やったからどっちかっていやぁ親日家になるんだがいくら何でもそれはねぇわ……

 

「きっとあの人は謎の敵に悩まされている私達の事を知った日本政府が秘密裏で派遣してくれたエージェント、その最高峰にいるニンジャなのよっ!!!」

 

姫様がヒートアップしていく姿を見た従者の姉ちゃんが頭抱えだしたぞ……、そろそろ落ち着いて周りの状況見てもらえないもんかねぇ……

 

俺達が訓練している光景を見せてロイヤルネイビーの凄さとイギリス人としての誇りを思い出してもらう為に姫様を乗艦させろって上からのお達しが来たから乗せてたわけなんだが、こりゃ余計酷くなっちまうんじゃねぇか……?あぁ……、何か俺の方まで頭痛くなってきやがったぞ……。これは上にどう説明したらいいんだよ……

 

って、今更なんだがさっきのあいつが向かった方角って俺達の事襲ってきた奴らがいる方角じゃなかったか?まさかあいつ、たった1人であいつらとやり合おうとしてるとでも言うのかよっ!?全く冗談きついぜ……、あいつらは12隻もいたこっちの艦隊をあっという間に全滅させた化け物なんだぜ?それを腰に付けてた2本の鉄パイプだけで相手するつもりなのかよ……、いくら何でも無謀過ぎんだろうよ……

 

そう思っても援護しようにもこっちは武器もねぇし、部下や姫様もいるから下手に動くことも出来ねぇときてやがる……。くっそ!何とか出来ねぇのかよ!姫様を助けてくれたあいつに何かしてやれねぇのかよっ!?今の状況が歯がゆ過ぎて仕方がねぇぜ!

 

 

 

「さて、そろそろですかね……」

 

私はそう呟くなり腰に帯びた2本の鉄パイプを引き抜きながら奴らがいるであろう方角へと走ります、今使えるのはこの2本の鉄パイプと艤装くらいですか……、せめてもう少し何か使えそうなものが欲しいところですね……

 

そんな事を考えていたら相手の艦隊がよく見えるところまで接近していたようです。さてさて、貴方達には早いところ退場してもらってさっきの約束を果たすついでに情報を少しでもいいので集めようではないですか

 

「神代 通、参ります……っ!!!」

 

そう呟いた後、私は加速して敵の艦隊へ突撃していくのでした



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空想の壁を越えて

今回も通視点、次も十中八九通視点、その次も多分通視点だろうな~……


ミサイル駆逐艦を全て沈めた事で気が緩み、私の接近に気付けなかった深海棲艦の水雷戦隊は緩慢な動作で沈めた艦から出てくる救命ボートに照準を合わせていきます

 

それを私が許すと思いますか?瞬時に艤装を展開しまもなく砲撃するであろう1匹の駆逐艦に3発ほど砲弾を叩き込みあっという間に沈めます。刑事をやっている時にやっていた射撃訓練がこんな形で役立つ日が来るとは思いもしませんでしたね……

 

唐突な出来事に混乱する深海棲艦達、正に油断大敵と言ったところでしょうかね。ここでようやくヘ級が私の存在に気付き、駆逐2匹と共に私に向かって砲撃してくるのですが相当焦っているようで上手く照準を合わせられず撃ち出した砲弾は明後日の方向へと飛んでいきました。相手が冷静になる前にさっさと仕留めてしまいますか、そう思った時です

 

「ぎゃあああぁぁぁ!!!」「ひいいいぃぃぃ!!!」「ぐあああぁぁぁ!!!」

 

遠くから多くの悲鳴が響き渡ります、何事かと思ってそちらへ視線を向けてみれば駆逐2匹が私の出現に目もくれず救命ボートへの攻撃を続行しているではありませんか!

 

これは不味い!そう思い救命ボートへの攻撃を続ける駆逐2匹を止めようと私が動き出そうとしたところに、ヘ級達の砲弾がこちらに向かって飛んで来て上手い具合に足止めされてしまいました……。先程明後日の方向に飛んで行った砲撃も、もしかしたら私の意識を引きつける為のものだったのかもしれません

 

してやられた!このままでは多くの命が深海棲艦達に踏みにじられ先程の姫様達も海の藻屑に……、それだけは何とかして阻止しなければ!相手の砲弾の間を縫うように回避して出来た隙に砲撃を行うものの、ほんの少し駆逐の砲撃の妨害が出来る程度で大して状況は変わらず……

 

どうにか出来ないのか!そう思って鉄パイプを強く握りしめたところで違和感を感じます、鉄パイプと私の掌の間に何かがある……?それを確認する為に砲撃を避けながら鉄パイプを収め掌に残った違和感の原因に目を向けます

 

そこには導火線のようなものが付いた丸い玉がありました、これと似たようなものを子供の頃駄菓子屋か何かで見たような気が……、いえ、これは間違いなくそれですね、でもどうしてこれが突然私の手の中に現れたのでしょう……?

 

っとそんな事を悠長に考えている余裕はありませんね、今の状況で突然出て来たと言うのならばもしかしたらこれを使えば状況を変える可能性があるかもしれません。しかしこれにどうやって火を点ければいいのでしょうか……?

 

そんな事を考えながら導火線を指でいじっていたら突然導火線に火が点きました、なるほどこうやって火を点けるのですね、やり方が非常に簡単だったので今のだけでしっかり覚える事が出来ました

 

私は火の点いた玉、煙玉をヘ級達の方と救命ボートを狙う駆逐達の方へそれぞれ1つずつ投げ込みました。するとどうでしょう、煙玉は安っぽい見た目とは裏腹に物凄い濃さの煙を大量に吐き出し始めるではないですか

 

その結果まるで濃霧が発生しているかのように辺りは煙だらけで相当近づかなければ相手を視認出来ない状況になり、ヘ級達は突然の出来事に動揺し更に煙のせいで私を見失った為焦ったようにキョロキョロと周囲を見回している

 

救命ボートを狙っていた駆逐達も煙が原因で照準を合わせられなくなったのか完全に砲撃の手を止めてしまっている

 

こうなってしまうと私もまともに相手を視認する事が出来なくなってしまいますが、剣術や風魔の技術を身に付けた結果体得した相手のいる位置を気配だけで察知出来る感覚のおかげで、例え相手が見えなくても気配を察知して相手の位置を知る事が出来るので問題なく動けるのです

 

ただこの煙も風で流されたりするものですからずっとこの場所に留まってはくれない、煙が晴れるまでの間に状況を変えるように立ち回らなければいけません。だったらと私は救命ボートを狙っていた駆逐2匹の方へ駆け出し、先輩が言っていたように気合を入れて鉄パイプで殴りかかれば駆逐の片割れは真っ二つに斬れて沈んでいきました。まさか本当に鉄パイプで切断出来てしまうとは……

 

先程の出来事が本当の事だったのか確認する為に同じ方法でもう片方の駆逐を両断したところで、煙は風に流されて消えてしまい私は再度ヘ級達に捕捉され砲撃される事となりましたが、ヘ級の砲撃が先程とは打って変わってそれなりに精度が上がったものとなり至近弾が増えてきました

 

直撃しそうなものは鉄パイプで斬り払ってしまおうと思いはしましたが、鉄パイプがそれに耐えられるのかが現状では分からないので本当にやっていいものか迷ってしまい、そこにヘ級から直撃コースの砲弾が放たれました

 

こうなってしまっては覚悟を決めるしかないですね、鉄パイプがなくなってもまだ艤装があるので何とかなるだろう、そう思って鉄パイプを気合を入れて握り込めば手からクシャリという音が聞こえ、もしかしたらまた何か出て来たのかもしれないと思い確認してみたら握り込んだせいで皺が付いた人の形をした紙が1枚だけありました

 

これは……龍驤や雲龍型が使う式神という奴でしょうか?しかし何故それが出て来たのでしょうか?私はそういう形で艦載機を飛ばしたりするわけでもないのに……。どちらかと言えば川内のように夜戦で忍者のように闇に紛れて戦うのが得意なのですが……

 

そこまで考えたところで忍者という単語に引っかかりを覚えました、忍者……式神……いや、この場合は人型と考えましょう……、そう考えると心当たりが1つあるのですが、それは空想の話ではないのでしょうか……?でも今このタイミングで出て来たと考えるともしかして出来てしまうのでしょうか……?……このまま考えてばかりでは埒が明きませんね、取り敢えず試してみましょう!

 

考えがまとまったので即実行、紙人形を砲弾に投げつけると砲弾が爆発し私の周囲に爆煙が立ち込めました。どうやら当たりのようですね……、まさか空蝉の術まで使えるとは……これじゃあ本当に忍者じゃないですか……

 

私はそんな事を考えながら爆煙が消える前に海中に潜り、あたかも先程の砲撃で私が沈んだかのように見せかけます。海中から海面を見てみれば奴らは私が本当に沈んだかを碌に確認せず再び救命ボートを狙おうとしていましたので、私はヘ級の背後に回り込み一気に浮上、海上に飛び出しながら鉄パイプを真上に振り上げヘ級を斬り捨てました

 

沈んだと思っていた私が再び現れた事と旗艦と思われるヘ級が倒された事で激しく動揺し混乱する駆逐達、私はそんな奴らの気持ちなど知った事ではないとばかりに一蹴し片方を斬り捨て、もう片方へは鉄パイプを振り抜いた勢いを利用して身体の向きを変えてから砲弾を数発叩き込んで沈めてあげました

 

今確認している奴らはこれで全滅、しかし増援があるかもしれないと周囲を警戒するも深海棲艦の反応は確認出来なかったのでその心配も杞憂で終わりました

 

戦いが終わり生存者の確認の為に救命ボートの方へ振り返ってみると、生き残った乗組員の皆さんから盛大な拍手と大歓声を頂きました。ただ、今の私にはその歓声が私に対しての罵声のように聞こえていました

 

全員無事に助けるつもりだったのに、結局犠牲者を出してしまった事がとても悔しくて……、私の未熟さが情けなくて……。それらの感情が皆さんの歓声を、お礼の言葉を歪めて私の心を苛んでいく……

 

「おーい!さっきの姉ちゃーん!無事かー!」

 

姉ちゃん……?それは私の事なのでしょうか?っとそう言えば私の中身が男である事を教えていませんでしたね。声がする方を見てみれば姫様達が乗っているボートがあり、私に質問してきた男性が叫びながら手を振っていました

 

そう言えば戦いが終わったら質問に答えると約束していましたね、その事を思い出して私は彼らのボートの方へと向かいました

 

「姉ちゃんすっげぇなっ!まさか本当にたった1人であいつらを倒しちまうなんてよぉっ!」

 

「いえ、私は貴方が思っているほど凄くはないですよ……、事実何名か助けてあげられませんでしたから……」

 

彼の言葉が私の胸に刺さります、私が頑張っても救えなかった命がある、その事が今の私の心に重くのしかかっていますから……

 

「馬鹿言え!確かに死んじまった奴もいるがそいつらも誇り高きイギリス海軍の軍人なんだ、今回のは不意打ちだったとは言え軍の船に乗る以上いつでもそういうのに対して覚悟決めてるんだ。だからこの事を気にすんなとは言えねぇがお前1人で抱え込むな!そもそも今回の件は俺にも責任があるんだからな、お前1人だけの問題じゃねぇんだ」

 

彼はこんな私を励ましてくれました、と言うか彼にも責任があるとはどういう事でしょうか?そもそもこの方何者なのでしょう?

 

「っと、そういやお互い自己紹介してなかったな。俺はセオドール・ヴァレンタイン、イギリス海軍で大佐やってるもんだ。そんで姉ちゃんは何て名前なんだ?」

 

「私は神代 通と申します、見た目はこんな事になっていますが中身はれっきとした男ですので姉ちゃんと呼ぶのと口説くのは勘弁して下さいね」

 

これが私と後に【欧州の獅子王】の二つ名を持つイギリス海軍総司令セオドール・ヴァレンタインとの出会いでした



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誇り高き風魔の末裔

お互いの自己紹介が終わったところで私はセオドールさん達イギリス海軍がここで何をやっていたのか、彼が言う責任とはどういう事かを問い掛けます

 

「俺達は練習航海をやってたのさ、まあ最近はさっきみたいな化け物が出るって事である程度武装してからやるようになっているんだが……、まさかこっちの攻撃が全然効かないとは思いもしなかったぜ……」

 

どうやらイギリス海軍は奴らに深海棲艦と言う名称が付いている事すら知らないようですね……、この調子だと艦娘の事も知らないかもしれません……。彼らから情報をいくらかもらおうと思っていましたらまさかこちらが提供する側になるとは思いもしませんでした……

 

「そんで俺はこの艦隊の指揮を任されていたんだが攻撃が効いてないのはあいつらが頑丈なだけで、もっと攻撃すりゃぁ倒せるんじゃないかって思って半ば意地になってガンガン攻撃するように指示を出してたんだよ。その結果がこれだ……、艦隊は全滅して死傷者もかなりの数になっちまった……、そしてこれだけの犠牲を出しながらも倒せたのは0と来たもんだ、こりゃぁ絶対処分受けるだろうな……。俺が冷静にもっと早く撤退命令を出していればこんな事にはならなかったはずだからなぁ……」

 

深海棲艦と言う名称すら知らなかったのですから、通常兵器での攻撃が効かないという情報も知るはずないですからね……、攻撃が一切効いていないところを見せつけられれば意地になったり混乱するのは詮無き事……、まあ今回の件で今まで知らなかった情報が手に入ったと思えば成果0ではないのですが、その為の代償が少々大きいですね……

 

「セオドールさん達が何をやっていたのか、そして貴方の責任云々については分かりました

。それで……何故そちらの方々が軍艦に乗っていたのでしょうか?」

 

私はセオドールさんに次の質問を投げかけます、この2人が軍艦に乗っていた事がどう考えてもおかしかったので不思議で仕方がなかったのですよね……

 

セオドールさんは苦笑いを浮かべながらこの問いに答えてくれました、お忍びで日本に留学したら日本オタクになって帰って来たので母国の素晴らしさを思い出させる為に乗艦させたとは……、さっきから姫様がキラキラした瞳で私を見ていたのはそういう事ですか……。そう言えば先程空蝉が使えるようになってしまったので、もう私は忍者ではないと否定する事が出来なくなってしまいましたね……、どうしましょうか……

 

「さて、こっちは質問された事は全部答えたわけだ、次はこっちが質問する番だな。そんで通は何者なんだ?さっきからウチの姫様がニンジャニンジャ言ってるが、まさか本当にニンジャだったりすんのか……?」

 

セオドールさんの質問は私が予想していた通りのものでした、本当ならセオドールさん達を混乱させない為に嘘を付くべきところなのでしょうが、私は嘘偽りなく彼らに私が何者なのか、何をする為にここにいたのかを伝えました。話していて思ったのですが、このセオドールさんはどことなく先輩と似ているんですよね……、何処が?と言われると困るのですが……。まあそのせいかこの人は恐らく信頼出来るだろうと思い正直に話す事にしたんですよね

 

私が話し終わるとセオドールさんは頭を抱えていました、まあ今まで知らなかった事が濁流のように押し寄せて来たら誰だってこうなりますよね……

 

「悪ぃ、ちょい整理させてくれ……、さっき戦っていた連中は深海棲艦でいいんだよな?」

 

「はい」

 

「そんで通は深海棲艦が実在しない世界で生きていた、ここまで合ってるよな?」

 

「そうですね、合っています」

 

「んで、通達は職場の雇用主の家でクリスマスパーティーやってたら何かが起こって気付いたら北海の真ん中でその姿になって気絶していた、ここまでOK?」

 

「はい、その通りですね」

 

「それで、その姿ってのが深海棲艦の上位クラスの連中の姿なんだったか?」

 

「おっしゃる通りです」

 

セオドールさんが驚愕していますね、まあ彼らからしたら今の状況は敵の雑魚の相手をしていたら人の心を持った敵のボスが助太刀してくれた挙句情報提供してくれているようなものですからね、自分で言っててもわけが分かりません……

 

「尤も、私達は転生個体と呼ばれており奴らとは敵対関係にあるみたいなんです」

 

「転生個体……?何だそりゃ?」

 

まあ知るわけがないですよね……、こればっかりは私達も分かりませんから……

 

「転生個体について調べる為に私はイギリスに潜入して情報収集しようとしていたのですが、その道中でセオドールさん達が戦闘しているところを発見したので助太刀に入った、それが今の状況になりますね」

 

私が潜入と言う単語を口にしたところで、セオドールさんの顔が険しくなりました。まあその件はもう心配しなくてもいいんですけどね

 

「安心して下さい、私がイギリスに潜入する必要性がたった今セオドールさんのおかげでなくなりましたから、イギリスに潜入しても私達が欲しがっている情報は碌にないと言うのが今までの会話で分かりましたからね……」

 

イギリスが深海棲艦の事すら知らなかったなら当然の如く転生個体の事など知らないでしょう……、それに深海棲艦が暴れているのはヨーロッパだけではないはずなので深海棲艦と言う名称も情報として何処かの国から入ってくるはずなのにそれも知らなかったとなると世界情勢の件も望み薄でしょう……

 

「ああ~……、何かその……、すまん……」

 

ああ、謝らないで下さい……これは貴方が悪いわけではないのですから……

 

「気にしないで下さい、それよりも私の方こそすみませんでした……、助太刀しに来たのに結局犠牲者を出してしまいました……」

 

「いあいあいあそれこそ気にすんなって、その件はさっきも言った通り俺の見極めの甘さが最大の原因なんだから通が気にする事じゃねぇよ。それに見ろ、確かに犠牲者は出たがお前が来てくれたおかげでこれだけの人間が助かったんだぞ?犠牲者の事ばかり考えてないでお前が助けた生存者の事も見てやれよ」

 

彼が指し示す方向を見てみれば、未だに歓声を上げている生存者の皆さんの姿が見えました。セオドールさんの言葉を聞いてからか先程まであった心の重圧が消えてなくなっており、先程まで罵声として受け取っていた声も今ではしっかりと感謝と称賛の声として受け入れる事が出来るようになっていました

 

確かに犠牲は出てしまいましたが、私はこれだけの命を助ける事が出来た……、何だか皆さんの歓声が嬉しくもこそばゆく感じてきました

 

「セオドール大佐、先程から会話を聞いていましたが肝心なところが聞けていませんよ?」

 

「「えっ?」」

 

唐突に放たれた姫様の言葉に声を合わせて困惑する私とセオドールさん、何か抜けているところがありましたか……?

 

「通は本当にニンジャなのですか?先程からずっと気になっているのです」

 

ああ、そこですか……、先程も考えましたが今の私では忍者ではないと言えませんからね……、いっそ忍者を名乗って今後は忍者スタイルで戦っていくのもアリな気がしてきました

 

「そうですね……、では改めて名乗りましょう。私は神代 通、かつて北条家に仕えた忍者集団風魔一党の頭領である風魔 小太郎の子孫です」

 

私がそう名乗ると姫様から黄色い声が飛んできて、凄まじい勢いで質問攻めされてしまいました……。イギリスの皆さん、姫様の症状を悪化させて誠に申し訳ございません……

 

 

 

「もう行くのか?」

 

「ええ、私の仲間達が私の報告を待っているはずですからね」

 

姫様の質問攻めから解放されたところで、私は拠点としている小島へと帰る事にしました

 

「何から何まで本当にありがとうな、また会う機会があったらその時に飛びっきりの礼をしてやるからな」

 

「それは楽しみですね、それではまた会う日まで」

 

私はそう言って皆さんに一礼してから背を向けて移動を開始しました、後ろから皆さんの別れの言葉の大合唱が聞こえてきます

 

「またなー!戦友ー!俺はお前の事絶対忘れないからなー!」

 

そんな中からセオドールさんの一際大きな声が聞こえます、貴方は私の事を友と言ってくれますか……、ならば私も貴方の事を友と思いましょう

 

「さようなら、盟友!またいつか静かな海で会いましょう!」

 

私は1度振り返り手を振りながら叫び、再び拠点の方へと進み始めました



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隠形鬼

募る怒りが私の中の何かを崩し、漲る力と血液が煮え滾っているかのような熱、そして得も言われぬ高揚感が一斉に湧き上がってきました

 

しかし私はそれらに身を委ねる事はせず、しっかりと手綱を握り制御するように努めます。もしこの衝動に飲み込まれてしまえば、私が私ではなくなってしまうのではないだろうか……そうなってしまった時、私はどんな顔をしてセオドールさんや姫様に会えばいいのだろうか……。セオドールさん達を救出出来た事で生まれた心の余裕が暴走の先にある未来を考えさせてくれる、その結果冷静さを失う事無く動けるのでしょう

 

「ちょっ、速い速い通速いっ!いくら知り合いが酷い目にあったからって先走んなってっ!!!」

 

チラリと後方を見れば先輩が私の後を必死になって追いかけて来ています、私はこれでも冷静なんですがねぇ……

 

「って何だその仮面!?めっちゃカッコイイ!!!それ一体どうしたんだよっ?!」

 

先輩の言葉に小首を傾げます、仮面がどうしたのでしょうか?まあ今はそれよりも眼前の敵です、増援こそなくなったようですがそれでもまだ数が多いですね……

 

どうしたものかと考えている時に、私の腕が、手が、指が勝手に動き出し何か印のようなものを結び始めます。しかしこんな印を私は今まで1度も見た事ないのですが……何でしょうね?これ

 

そう思っていると印を結び終わったのか右手と左手の中指と人差し指を立て、右手の立てた2本の指を左手の立てていない3本の指で包んだ状態で手が止まりました。ああ、これは忍者がよくやってる奴ですね

 

そんな事を考えていると唐突に頭の中に漢字が1文字浮かび上がってきました、もしかしてこれを私が言えばいいんでしょうか?よく分かりませんが取り敢えずやってみましょうか

 

「行!」

 

思わず声に力が入ってしまいましたがこれで多分大丈夫なはず……、するとその声に反応するかのように紙の人形が大量に現れるや否やその姿を変えていきます。一体何が起こっているのでしょう……?

 

やがて人形の変化が終わり人形はあるものに変わっていました。その姿はまるで……

 

「これは……、私ですか……?」

 

突然現れた人形は全て私そっくりな姿に変わっていましたが、その姿に少々思うところがあり頭に疑問符が浮かびます。この仮面は何なんでしょう……?

 

軽巡棲姫の仮面に口布のような追加パーツみたいなものが付いており、それは鋭い牙がまるで剣山のように生え並んでいる閉ざされた鬼の口のように見えました

 

何でこのようなものが付いているのでしょう?そう思いながら顎に手を当てようとしたら硬質な何かに手が触れました、まさかと思い手でしっかり触って確認すると私にも同じものが付いていたようです

 

何時の間に……?と思ったところで、御首頂戴と呟いた後にガシャリと言う音が聞こえた事を思い出しました。ああ、あの時に出て来たのですね……

 

「通が増えたあああぁぁぁっ!!!あれか、遂に分身の術まで覚えやがったのかよっ!!?」

 

先輩うるさいですよ……、しかし分身の術ですか……、まさかあの印が発動のキーになっているのでしょうか?この戦いが終わった後に練習しておきましょう

 

「おほぉ~……、通が64人もいやがるぜ……」

 

何時の間に数えたんですか……、それは兎も角64人もいるのならこの戦いもすぐに終わらせる事が出来そうですね

 

\これは好機かもしれませんね、先輩!/

 

「えぇい、こえぇから一斉に喋るなっ!」

 

 

 

分身を引き連れて敵陣に突撃してみれば、敵も味方も大量にいる私を見て驚きの余り動きを止める

 

私はその隙に分身達を散開させ一斉に攻撃を開始する、目に映る深海棲艦を次々と撫で斬りにしたり、取り囲んで砲撃したりとやりたい放題やっていると相手も次々と我に返り攻撃を開始してきます

 

飛んでくる砲弾に数人がかりで捕まえた別の深海棲艦を投げつけたり、艦載機から降り注ぐ爆弾を奴らを傘にして防いだりと防御方面でも好き勝手に暴れさせてもらいました

 

その時に分かったのですが、分身の方は1撃でも攻撃をもらうと消えてしまうのと分身の攻撃は私本体の攻撃よりも威力が劣っているようでした。次に使う時は計画的に使った方がよさそうですね……

 

分身を連れて戦い始めてからそれなりに時間が経過したのですが、まだまだあちらは結構な数が残っているようでした。一体どれだけいるんでしょうかね……?分身達もちょこちょこと被弾して64人いたのが50人くらいまで減ってしまいました

 

何かもう1手あれば一気に決着が付けられそうな気がするのですが、何かいい手はないものでしょうか……?

 

「えっ!?通さん、口のところから何か出てますよ?!」

 

考え事をしていたら突然陽炎さんが慌てて私に声をかけてきました、一体どうしたのでしょうか?

 

「おいっ!分身の方からも何か出てるけど何だこりゃっ!?」

 

分身からも?そう思って近くの分身を見てみれば確かに追加パーツの口から黒い何かを牙の間から吐き出していました……、何なんでしょうかね?これは……。……そう言えばこの口のようなパーツは開きそうな形をしているのですが、どうやったら開くのでしょう?そしてこの状態で開いたら何が起こるのでしょう?取り敢えず開けと思ったら開いたりするんでしょうかね?まあ試してみますか

 

頭の中で口を開くイメージをしてみても開く気配はしませんでした、どうしたらいいのでしょう……?そう思っているとまた手が動きます、今度は何でしょう?

 

先程とは違う印を結び、先程と同じ形で結び終わる。そして先程同様頭に言葉が浮かんだのでそれをそのまま言葉にします

 

「開放」

 

すると私と分身の仮面の口が開き、黒いモヤのようなものが勢いよく吐き出され周囲を包み込み始めました、もうあまり深く考えるのはやめましょう……、取り敢えず先程の印の結び方を頭の中で反復して終わるのを待ちましょうか……

 

やがて口から黒いモヤが出るのが収まると、辺りはまるで夜にでもなったかのように真っ暗になっていました、これは川内さんが見たら興奮するでしょうね……

 

これによって相手はまた混乱し始めました、これはまた絶好のチャンスと言う奴ですね。先程の術のおかげで戦場は瞬く間に私の狩場へと変貌したわけですからね……

 

「これなら本気で戦う事が出来そうですね」

 

思わずそう呟いて、私は再び突撃を開始しました

 

闇に紛れて音を消し、気配を殺して忍び寄り一撃必殺とばかりに深海棲艦を斬り捨てる、分身達も私と同じ様に振舞い次々と奴らを海の底へと沈めていきます

 

先程とは打って変わって我に返ったとしてもすぐに私の姿を捕捉するする事が出来ず、気付いた時には胸から刃が伸びているといった状況、先輩達の意識が戻ってからはそれは更に苛烈になっていきました

 

先輩達の攻撃に意識を奪われれば私の刃が命を奪う、私を警戒し過ぎて動きを止めれば先輩達の恰好の的になる、外れそうな砲弾があればその着弾点に深海棲艦を蹴り飛ばし強引に命中させる、回避しようとする者がいれば海中からその脚を掴み動きを封じる、中には恐怖に耐え切れなくなって暴れ出し誤って仲間を沈めてしまう輩も出てきました

 

そしてモヤが晴れた時には深海棲艦の姿はなく、海上に立っているのは私達だけになっていました

 

これでようやく本拠地に突入出来る、そう思ったときカシャリと言う音が聞こえ口元に風が当たる感覚を覚えました。どうやら仮面が元に戻ったようですね、そんな事を考えていたら急に全身の力が抜けて私は倒れ込んでしまいました。それと同期したかのように今まで一緒に戦っていた分身達が全て消えてしまいました

 

「通さんっ!?!」

 

それに気付いた神通さんが悲鳴じみた声を上げて私の下へ駆け寄って来ました

 

「大丈夫ですよ神通さん、ちょっと休めばきっと大丈夫なはずです」

 

正直、口を動かすのも億劫なくらい全身が疲労しているのが自分でも分かりましたが、倒れた私を見て涙を浮かべる神通さんを見るとそうも言ってられません

 

恐らくこの疲労感の原因は黒いモヤの術なのでしょうね……、あれは取り敢えず切り札と言う事にして普段はあまり使わないようにしましょう……

 

神通さんに背負われて移動する中、私はそんな事を考えていました

 

後に通には闇を生み出し闇に紛れ敵を討つ姿から【隠形鬼】の二つ名が与えられる事になる




もう少しでこの章のボスが出せる……


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消えない歯形と幽鬼

プリンツ視点でお送り致します


ただ純粋に兄の力になりたかった……

 

私には12歳も年上の兄がいて、小さい頃はよく兄に面倒を見てもらっていたのを今でも覚えています。私はそんな兄が大好きでした

 

ある日、兄が進路に関して話があると言って家族全員を集めて話し合いをする事になりました

 

兄は連邦軍大学へ進学した後ドイツ海軍に入隊するつもりでいる事をこの時初めて両親に打ち明けたそうです

 

両親からは余りにも危険過ぎるから止めるようにと説得されていたそうですが、深海棲艦の出現により混乱している世界を救いたい、大切な家族や友人達をその脅威から守りたいというまるで鋼鉄のような意志を両親にぶつける事で連邦軍大学進学を渋々認めさせたそうです

 

この頃の私はようやく基礎学校に入ったばかりなので細かい事情はよく分かりませんでしたが、兄が進学しようとしている大学は寮で生活しなければいけないのでしばらくの間兄と会えなくなると聞いた途端、私は兄と離れるのを嫌がって激しく泣きじゃくり兄を困らせてしまいました

 

月日が流れて、私がギムナジウムでアビトゥーア取得を目指して勉学に励んでいた頃に実施された艤装適正検査で私に艦娘の適正がある事が発覚し、アビトゥーア取得後私は海軍に入隊するか否かを選択する事になりました

 

適性検査の時に艦娘の事を教えてもらっていた私はそれを快諾、両親を必死に説得して晴れてドイツ海軍へ入隊しました

 

ドイツ海軍で再会した兄から物凄い剣幕で怒られてしまいましたが、兄が両親に対して自分の意志をぶつけた時と同じように私も兄に自分の思いをまっすぐぶつけて納得させる事に成功しました

 

それからしばらくは勉強と訓練の毎日で忙しく、兄と会って話をするのも中々出来ませんでした……

 

そんなある日、私の艤装が遂に完成したそうで量産体制を敷く為のデータ収集をする任務を言い渡され、私は出来上がったばかりの艤装を装着して海上で艤装のテストとデータ収集をやっていました

 

その時運悪く深海棲艦の艦隊に襲撃されてしまい、慣れない艤装で可能な限り応戦したものの結局相手の砲撃を受けた衝撃で私は気を失ってしまい、気が付いた時には知らない場所の檻の中、どうやら私は深海棲艦に捕まってしまったようです……

 

それからどれだけの時間が経ったでしょう……、深海棲艦が出す粗末な食事で多少なれど飢えと渇きは癒す事が出来ましたが、孤独感だけはどうしても拭い切る事が出来ませんでした……

 

最初の頃は兄を、仲間を信じて待つ事が出来ましたが待てども待てども助けはこず、私は皆に忘れ去られてしまったのだろうかという不安と恐怖、そしてたった1人檻の中に閉じ込められているという状況が生み出す寂しさが私の心を蝕んでいきます……

 

そんな中、外が何か騒がしくなりましたがそんな事はもうどうでもよくなってきました……、先程から視界がぼやけてきて周りがよく見えなくなってきましたから……

 

そしてこの牢獄の入口の扉が開かれて誰かが中に入って来る気配はしますが、目がよく見えないので誰が入って来たのかを確認する事が出来ません……

 

「いたっ!皆さん牢獄でプリンツさんを発見しましたっ!!!」

 

誰かが私の今の名前を叫んでいた、あまり聞いたことのない言語で話してるみたいだけど一体誰なんだろう……?

 

「戦治郎さんは鉄パイプで檻を斬ったって言ってたけど……、僕に出来るかな……?」

 

ごめんなさい、何を言っているのかよく分からないです……

 

その人が動いて何かやった後、カランカランという金属の棒がコンクリートの床に落ちた時のような音が辺りに響き渡りました、もしかしてこの人が鉄格子に何かやったのかな……?

 

「うわぁ……出来ちゃった……鼓翼、君って凄いんだね……」

 

この人が何を言っているのか分からない……、貴方は一体何を言ってるんですか……、段々それが怖くなってきました

 

そんな事を考えていたら、その人が檻の中に入って来て私に小走りで駆け寄って来ました、この距離だったらこの人の顔も見えるかな?そう思ってその人の顔を注視したところで私は驚愕してしまいました……

 

「プリンツさん、大丈夫ですかっ?!」

 

海軍で勉強していた時に使っていた教本に載っていた泊地水鬼が私の顔を覗き込みながら何かを叫んでいるのです、もしかしてもう私を生かしておく意味が無くなったから処分しに来たのかな……?私は深海棲艦に殺されちゃうの……?深海棲艦なんかに殺されるくらいならいっそ……っ!

 

私は舌を出し、その舌を自ら噛み千切ろうとした時です

 

「プリンツさんダメっ!!!」

 

泊地水鬼は左手を伸ばして人差し指、中指、薬指で私の舌を口の中に押し込めました

 

「いっつっ!」

 

舌を噛み千切ろうとして勢いよく閉じた口の中に血の味が広がってきました、私は私の舌を口の中に押し込んだ時に口の中に入ってしまった泊地水鬼の3本の指に思いっきり噛み付いてしまったようで、私が感じている血の味はこの人の指から流れ出た血の味だった事に気付くとすぐにその血を吐き出しましたが、自分が吐き出した血の色を見て私は再び驚いてしまいました……、血が……赤い……?

 

教本には深海棲艦の血液は青いと書かれていたのに、この深海棲艦の血は赤かった……。じゃあこの人は何なんだ……?見た目は泊地水鬼のそれそのものなのに……

 

「プリンツさん落ち着いて、僕達は貴女を助けに来たんです……、だからもう大丈夫ですよ……」

 

この人は混乱する私を優しく抱きしめながら耳元でそう囁きます……、私を助けに……?

 

「プリンツっ!何処にいるのっ!?返事をしなさいっ!!!」

 

その直後、牢獄の入口からとても聞き慣れた、ずっと待ち侘びていた声が響いて来ました……、この声は……ビスマルク姉様……?

 

「ビスマルクさん!こっちです!」

 

私を抱きしめる泊地水鬼が声を上げ、ビスマルク姉様の名前を呼んでいました……。まさかこの深海棲艦はビスマルク姉様の仲間だったの……?

 

誰かがこちらに走って来ている、その足音が段々と近づいて来て私がいる牢屋の前に人影が2つ見えました。泊地水鬼はその人影が現れたのを確認すると私から離れ、先程現れた2つの人影のうちの片方が私に駆け寄って来るなり私を強く抱きしめてきました

 

「プリンツ……、良かった……本当に良かった……。遅くなってしまってごめんなさい……、貴女はよく頑張ったわ……だからもう大丈夫、安心しなさい……」

 

私の耳に聞こえてくる嗚咽混じりのその声は、間違いなくビスマルク姉様の声……本当にビスマルク姉様が私を助けに来てくれたんだ……

 

私はビスマルク姉様の温もりを実感したところで緊張の糸が切れて、そのまま意識を手放しました……

 

 

 

「こいつぁ酷ぇ、後数日来るのが遅かったら衰弱死してたところだなぁ……」

 

プリンツさんが眠ってしまった後、悟さんがプリンツさんの容態を診たところ栄養失調で衰弱死してしまうところだったそうです……

 

「んじゃぁ俺達はプリンツ連れて先に戻るとしますかねぇ」

 

悟さんがプリンツさんに携帯用の点滴を打ちながら言いました

 

「悟さん、ビスマルクさん、先に戻っててもらえますか?」

 

「……おぅ、んじゃぁ先に戻っとくから後は頼んだぜぇ」

 

僕は悟さんにここに残る事を伝えると、悟さんは何かを察したのかあっさりと承諾してくれた。悟さんありがとうございます……、心の中でお礼を言いながら僕は檻から出る

 

「翔、何をするつもりなの?」

 

「心配しなくても大丈夫ですよ、戦治郎さん達と合流するだけですからね」

 

プリンツさんをおんぶしてここから脱出しようとしているビスマルクさんが尋ねて来たので、ビスマルクさんの目を見ながら話す為に振り返って答えます

 

「……っ!分かったわ、無理しないように……。それじゃあ悟、ここから出るわよ!」

 

ビスマルクさんの言葉にヘイヘイと答えながら動き出す悟さん、2人の背中を見送った後僕も目的の為に動き出す。目指す場所はこの拠点の主がいる場所……拠点の内部構造とそいつがいる場所は既に把握しているので焦る事無くゆっくりと歩みを進める

 

無言で、ゆっくりと……

 

 

 

「俺が言えたクチじゃねぇけどよぉ……、通といい翔といい簡単にキレ過ぎだろうよぅ。そう思わねぇかぁ?ビス子よぅ」

 

俺と並走するビス子に話しかける、どいつもこいつもブッチブッチキレ過ぎなんだよなぁ全く……カルシウム、不足、してませんかぁ?ってかぁ?

 

「あれってやっぱり怒っていたのね……、翔のあの目すっごく怖かったんだけど、あれって一体何なの?貴方医者だったわよね、何か知らないの?」

 

「細かく調べたこたぁねぇから分からねぇなぁ……、まああいつの生まれつきのもんと思っておきゃぁ気分は楽になるだろうよぅ」

 

俺が言ってる言葉に嘘はねぇ、まあ機会があったら調べてみてぇところだが正直アレと目を合わせたくねぇ……、さっきのやり取りの時目ぇ合わせたんだがそん時出た鳥肌が今でも消えてねぇし……

 

「何よそれ……まあいいわ、それよりも今はプリンツの事よ、しっかり付いて来なさいっ!!!」

 

そう言って加速するビス子、もうちょい患者の事を考えて走れよぉ……

 

しかしここのアタマも運が悪ぃ、戦治郎、シゲ、弥七だけでなくブチギレた翔まで相手にしねぇといけねぇなんてなぁ……、ご愁傷様だぜぇ……



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穏健派の存在

通の活躍のおかげで俺達はようやく本拠地内部へと突入出来るようになった

 

内部に侵入すると翔、悟、ビスマルクにプリンツの捜索を頼み、俺、シゲ、弥七は寄り道せずに真っ直ぐここのアタマがいるであろう部屋へと向かう

 

翔に内部把握してもらったところこの拠点の内部には深海棲艦が殆ど残っていないとの事、恐らくさっきの戦闘で全部出撃させたんだろうなぁ……。若しくは戦闘中に逃げて行った連中が内部の守り担当してた奴らだったりしてなっ!

 

ボス部屋に向かう道中にシゲ達にその話を振ってみたら案外そうかもしれないと、俺の意見を肯定しながら笑っていた。そんな時だった、通路の曲がり角からフラヲ改が姿を現したのは……

 

フラヲ改は俺達の姿を見るなりギョッとするが

 

「ここから先は通さないっ!」

 

手足を大の字に広げて通せんぼしてきたのだった、大した忠誠心だが少々無謀過ぎる気がすんぞ?そっちは1人でこっちは3人、多勢に無勢って奴だろうよ?そんな事を考えながら俺は大妖丸を抜き、シゲ達も艤装を展開し始める

 

俺が一気に距離を詰めて大妖丸で斬りかかろうとしたその時だった

 

「「おかあさーーーんっ!!!」」

 

フラヲ改が出て来た通路からえらいちっこいリ級とネ級が叫びながら飛び出して来て、ネ級はフラヲ改に抱きつきリ級は俺の前に立ちはだかったのだ

 

叫び声が聞こえた瞬間俺はつい動きを止めてしまっていたわけなんだが、案外正解だったかもしれんね、これ

 

「貴方達!どうして戻って来たんですかっ!?ここはもう危ないからツ級と一緒に逃げなさいと言ったでしょうっ!!!」

 

「嫌だ!おかあさんが残るなら私達も残るもん!おかあさんも一緒に逃げなきゃダメなんだもん!」

 

もしかして、このフラヲ改が俺達の邪魔してるのってこの子達逃がす時間稼ぐ為だったりすんの?やっだこれじゃあ俺達の方が悪者みたいじゃんかっ!

 

「チビ達待って~!ヲ改さんが言ってた事守らないと後で怒られる……ってぎゃあーーーっ!!!」

 

あ、ツ級だ。多分さっきの話に出て来た奴だな、つか俺達見るなり叫ぶのやめてくんない?地味に傷つくぞ?

 

「ど、どこからでもかかってこい!お前なんか怖くないもん!ほ、ほんとだもん!おかあさんは私が守るんだ!」

 

リ級が叫ぶ、でも君さっきから脚ガックガク震えてるんだけど?本当に大丈夫?つか少なくともおっちゃんはもうやる気なくなっちゃったよ?だからもう安心していいと思うのよ?

 

そんな事考えながらシゲ達の方を見れば、弥七はシゲとフラヲ改を交互に見ていて攻撃を開始するって感じじゃないし、シゲは眉間に皺寄せて自分の右腕を抑えてる……、こいつらを始末しなくてはと思ってるけど無意識に身体がそれを拒否してるって感じだなぁ……

 

「ツ級!一体何をやっているのですか!?私は貴女に一刻も早くこの子達を中枢様のところに連れて行けと言ったはずですっ!!!」

 

おっとぉ?ちょ~っち聞き捨てならない単語がフラヲ改の口から飛び出してきたぞ~?

 

こいつ今中枢様って言ったよな?中枢って事は中枢棲姫の事だろう……?だが深海棲艦のトップは確かリコリスじゃなかったっけか?これはちょっちお話しないといけないようですね~……

 

「シゲ、弥七、艤装解除しろ。そんでおめぇら、ちょっち話があるんだが……ああ、その前にここのボスと挨拶してぇんだが案内頼めるか?なぁに俺達はもうおめぇらに手を出すつもりもねぇし、おめぇらを処分しに来た連中が来たら俺達がそいつらを処分してやっからよぉ……どうだ?」

 

俺はちょっち気持ち低めの声でフラヲ改達に話しかけながら大妖丸を鞘に収める。フラヲ改達は目配せをすると静かに頷き、俺の言葉に従ってボスのところまで案内してくれた

 

 

 

「貴様ら!敵をここまで案内するとは一体何をk「「ぶっさ……」」ちょっと待て!人の顔を見るなりいきなりブサイクとは流石に失礼だと思わないのか?!」

 

フラヲ改達に案内してもらってこの拠点のボスである装甲空母姫がいる部屋に来たわけなんだが、心の中で俺達がいつも見ている司の顔とこいつの顔を比較した結果がついつい口からこぼれてしまった、シゲも同じ事考えてたのか声がハモっちゃった。どうやら司の超極絶美形は生まれ変わっても健在だってのが証明されちまったな……

 

「ええい、馬鹿にしおって!さっきの戦いで勝てたからと言っていいk「オラァッ!!!」ごぶぅぉっ!!!かぁっ……っ!はぁっ……っ!」

 

俺達のさっきの言葉で完全に頭に来ている装甲空母姫、その怒りを込めたセリフを言ってる最中が隙だらけだった為シゲに一気に間合いを詰められて肋骨の内側にある横隔膜を抉るボディーブローを叩き込まれて悶絶する

 

その光景を見て目を丸くして驚くフラヲ改改めヲ改さんとその仲間達、チビ達におかあさんと呼ばれていたのはこの2人の世話役だったのとツ級がヲ改さんと呼んでいるのをチビ達が聞き間違えたのが合わさった結果らしい

 

悶絶する装甲姫の艤装をクロとゲータまで呼び出して徹底的に叩き壊し、本体の方も何度も何度も何度も何度も執拗なまでに踏み潰し蹴りつけ、首を握り潰しそうなほどに力を込めて掴んで身体を持ち上げたかと思えばその顔面を床に思いっきり叩きつけおまけとばかりに頭を踏みつけるシゲ、とうとううつ伏せのままビクンビクンと痙攣し始めた装甲姫を見たシゲはトドメとばかりに装甲姫の太ももの裏の上に立ち、自分の脚に装甲姫の脚を絡めてその姿勢のまま装甲姫の両腕を取る。そしてシゲはそのまま後ろに寝転がり……

 

「ロメロ・スペシャル!ロメロ・スペシャルじゃねぇかっ!!!」「だいしゅきホールドの対極の位置にある大嫌いホールドの候補に上がったロメロを単独で極めるとは……中々やるじゃねぇかシゲ……っ!」

 

弥七と俺がシゲのロメロを見て思わず声を上げる、これホントやろうとしたら結構難しいんだぞ?

 

「さあアニキ!どうぞっ!!!」

 

どうぞ!って言われても何したらいいか分かんねぇよ……、ってそうだこいつらと話するんだったな……ってまさかそういう事?やっちゃっていいの?まあシゲがどうぞって言ってんならいっか!

 

「サンキューシゲ、んじゃ~お言葉に甘えて……どっこいしょ~「ごぶぅっ!」ほら弥七、こっち来い」

 

俺はジャンプして今ロメロ喰らってる装甲姫の腹の上におっさん臭い事言いながら腰掛ける、更に自分の膝の上をポムポムと叩き弥七を呼ぶ

 

「ご主人に構ってもらうのはホント久々だからな~、よっと「げぶぅっ!」ここ結構高いなご主人」

 

弥七が俺の膝の上に飛び乗ってくる、そういや最近忙しくってペット衆と遊んでなかったな~……、機会あったら遊んでやろう!って今はそれどころじゃねぇや

 

「さて、高いとこからすまねぇな、んじゃあちょっち話しようじゃねぇか」

 

「え?あっはい……」

 

ヲ改さん達ドン引きです、まあさっきまで自分達の上司だった装甲姫を速攻で一方的にボコボコにした挙句、文字通り尻に敷いているんだからそうなるのもシカタナイネ

 

「んじゃあちょっち質問あるんだが……さっきヲ改さんの口から中枢様って単語が聞こえたんだが、深海棲艦のアタマはリコリスじゃねぇのか?」

 

「リコリス様の事を知っているとなると……、やっぱり貴方達が例の転生個体の集団なのですね……っと失礼しました、それについてですが厳密に言えばリコリス様は深海棲艦の強硬派の指導者になります」

 

強硬派……?強硬派って確か好戦的な連中って事で大体合ってたよな……?んでそういうのは大体対になるのがあるはず……、って事はまさか……っ!

 

「多分さっきので察してもらえたと思うのですが、私が先程言っていた中枢様は深海棲艦の穏健派の指導者なのです」

 

やっぱりいるのか……深海棲艦にも穏健派が……、しかもその代表が中枢って一体何がどうなったらそうなるんだよ……。これはしっかりと話を聞かねぇといけねぇみたいだな……

 

そんな事を考えている俺を余所に、ヲ改さんは言葉を続けるのであった……



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穏健派の詳細と恐怖の音

「深海棲艦と人類との戦争が始まった当初は中枢様が深海棲艦をまとめ上げ、人類と熾烈な戦いを繰り広げていたのですが、戦いが長引くに連れて中枢様はこの戦いに虚しさを感じるようになったそうです……」

 

両陣営の被害、損失を考えるとそうなるだろうな……、リコリスは確か地球の支配権がどうのこうのとか言ってたが、意固地になってずっと戦いを続ければ歯止めが利かなくなってお互い落としどころが分からなくなった挙句、大量に血ぃ流して物ぶっ壊しまくった末に天下を取って仲間と喜びを分かち合おうと振り返ってみたら誰もいないし何もない、これを虚しいと言わずして何と言うか……

 

その事に気付けただけ中枢はリコリスより優秀な奴だったんだろうなぁ……、敵じゃなくってホントよかったわ……

 

「中枢様は上層部に召集をかけてその件を話して、そろそろ戦争を終結させようと話を持ち掛けたところリコリス様を筆頭とした強硬派が断固として反対した挙句、中枢様を裏切者として処分しようとしたそうです……」

 

わぁ、強硬派って馬鹿の集まりだったんだぁ。恐らくだが強硬派ってリコリスみたいにプライドめっちゃ高い奴、戦うの大好きな戦闘狂、戦争で私腹を肥やす強欲野郎で構成されてんじゃねぇの?

 

「中枢様は中枢様の考えに賛同、共感した部下達を連れて逃げ出す事に成功したのですが、強硬派にとって中枢様が生きている事は非常に都合が悪いようで今でも穏健派の総本山があるソロモン諸島に艦隊を送り攻撃を仕掛けています」

 

おいィ?今何つった?ソロモンに穏健派の総本山?しかも強硬派が攻撃してる?待て待て待て……、今すっげぇ嫌な予感がしているんだが……

 

「ほんの少し前までは強硬派と穏健派の戦いだったのですが、今では人類サイドの艦娘まで参戦して三つ巴の激しい戦いが展開され、日が経つに連れてその戦いはより激しいものへとなってますね……」

 

南方海域の難易度の高さの正体は、強硬派と穏健派をまとめて相手しているからでした~!そりゃまあ人類側からしたら見た目じゃどっちが強硬派でどっちが穏健派か分からねぇから仕方ない部分はあるが……、つかその状況でも陥落してねぇってどんだけ強ぇんだよ穏健派……、これならチビ達送っても安心出来るだろうなぁ……

 

「穏健派は艦娘達に何か言ったりしてねぇのか?穏健派は和平交渉する気あるんだろ?艦娘達に話しかけて上に報告させりゃぁ席を設けてもらえると思うんだが……」

 

「それが、艦娘達にまともに取り合ってもらえなかったそうです……。深海棲艦は全て人類の敵と言う認識が根付いているようで、穏健派の提案も情報を混乱させる罠だと思われているのか話しかける為に近づいたところを集中砲火された人もいるようです……」

 

あ~……、軍属の艦娘は皆最初の頃のビス子みたいな感じなのか~……、俺はアクセルのおかげで何とかなったんだが……ホントありがとうな~アクセル~、後で一緒に美味い酒飲もうぜ~。それはそうと和平申し込もうとしている相手から話もまともに聞いてもらえず殴りかかられる穏健派マジ不憫……

 

「取り敢えず中枢と穏健派の事は分かった、そんでおめぇらは中枢のとこ行くっつってたけどおめぇらは最初は穏健派じゃなかったのか?」

 

チビ達は兎も角ヲ改さんとツ級は今は何か穏健派っぽいんだけどそこんとこどうなのさ?最初から穏健派だったら中枢が逃げる時一緒に逃げてるはずだからなぁ……

 

「私達は最初は強硬派でしたよ~、でもチビ達のお世話するようになったら戦争続けるのも馬鹿らしくなっちゃってね~、それに戦争が続いたら大きくなったチビ達も戦場に駆り出されて戦わなくちゃいけなくなる。そこであんた達みたいなのと遭遇したらって考えると……」

 

返答してくれたツ級はそこまで言うと身震いし始めた。この2人は要はチビ達の世話してたら母性に目覚めちゃったのね、納得したわ

 

因みにチビ達見た時から疑問に思っていた深海棲艦の艦娘で言うところの建造のシステムってどうなってるのか聞いてみたところ、深海棲艦は基本大人の状態で海上に唐突に発生するそうでチビ達みたいに子供の状態で出てくるのはレアケースらしく、子供の深海棲艦を育てるとかなり強力な個体になる可能性があるらしいので大切に育てるんだそうだ

 

「OK、大体の事は分かったから脱出していいぞ。っと正面の方は俺達の仲間がいるから一応連絡はするが間違えて攻撃されないように別のところから出た方がいいかもな」

 

「分かりました、では皆行きまs……えっ?」

 

ヲ改さんがこの部屋から出る為に扉の方を向いたところで扉が開き、驚きの余り言おうとしていたセリフを引っ込めてしまった

 

「翔?お前悟達と一緒に脱出しなかっt……」

 

この部屋に入って来たのは翔だった、それも俯いて鼓翼を抜いた状態でだ……。様子がおかしかったので声をかけようとして言葉が詰まる、翔が纏っているこの雰囲気って確か……

 

「うおおおぉぉぉっ!!!」「ぎゃあああぁぁぁっ!!!」「ヴェアアアァァァッ!!!」

 

俺と弥七は装甲姫から勢いよく飛び降りるなり床に腹這いになり顔を伏せた状態でヲ改さん達の方へと匍匐前進を開始し、シゲはロメロを解除した後装甲姫を遠くにブン投げてから匍匐前進で俺達に続く

 

「おめぇらも腹這いになれ!顔を伏せろ!死にたくなかったら早くしろっ!!!」

 

状況が掴めずオロオロするヲ改さん達に向かって叫ぶ、これは冗談抜きで緊急事態なんだよっ!!!翔がブチギレるとマジでヤバイんだってっ!!!

 

俺の言葉に従って腹這いになって顔を伏せる4人、後はこれで翔の怒りが収まるのを待つばかりだ……

 

「あの……、これはどういう状況なのですか……?」

 

「俺達の仲間の1人が完全にブチギレてやがるんだ、絶対にあいつと目を合わせるなよ?今のあいつだったら確実に殺しにくるから……」

 

翔のあの目を見たらどんな奴だろうと間違いなく恐怖の余り動けなくなっちまって、動けなくなっちまって……ダメだ、何されるかホント想像出来ねぇ……。情報ソースは俺んち住み込み組、1度翔をガチギレさせたときあの目を見たんだが俺も空も悟でさえも動けなくなって必死になって謝ったっけな~……

 

「何で腹這いになるのさ?普通に顔伏せるだけじゃダメなの?」

 

「顔伏せただけだと下から覗き込んで来んだよあいつ、その対策で腹這いになってんだよ」

 

疑問を投げかけるツ級に答えるシゲ、こう言っているシゲが実際にそれをやられました。唐突に視界に映った翔の目が今でもたまに夢に出るそうだ……

 

翔の眼力の原因、それは翔が先天性白皮症、所謂アルビノという奴で身体にメラニンが一切ない為肌と髪は真っ白で瞳は薄紅色になっていて、原理こそ分かってねぇけど翔がガチギレするとターゲットを見逃さないようにする為なのか瞳孔ガン開きになった上で瞳の色が薄紅色から血のように真っ赤になってそれがホント怖い事怖い事……。尚髪は自身がアルビノだというのを分かり難くする為に普段から黒に染めていた模様

 

瞳の色は泊地水鬼になった今でも変わっていない、これは司の超極絶美形が残ったのと同じように翔が翔であったという名残といったところだろうか……

 

まあこんな事考えているのは現実逃避みたいなもんだ、だって後ろの方からクレーンが動く音がしたかと思ったら装甲姫の短い変な声が聞こえて、それからその声が声にならない悲鳴に変わると同時にザクザクと肉を切るような音が聞こえて来てだなぁ……、シゲも弥七も震えてやがらぁ……

 

俺達は背後から聞こえる音に恐怖し、怯えながら翔の怒りが収まりその音が止むのをひたすら待ち続けるのであった……




ブチギレた翔の目は、いりす症候群!のいりすの例の目をイメージしてもらえたら幸いです


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謎のル級

この章のラスボス、満を持して登場


「ふぅ……」

 

背後から聞こえる音が止み翔が一息入れたところで、俺は瞬時に飛び起きて翔に駆け寄りその頭に拳骨を1発落とす。ブチギレモードでこっち来るとか心臓に悪すぎるわ馬鹿タレ!

 

翔は頭を摩りながら事情を説明してくれたんだが、流石にこれはやり過ぎだろう……。俺が視線を送った先には翔の艤装に増設した食材の入ったコンテナの搬入に使うクレーンのフックに上顎をブチ抜かれた装甲姫の首、その周囲には生皮、内臓、骨、各部位の肉がしっかりと分別され綺麗に並べられていた。怒りに任せて人型深海棲艦の精肉とか震えが止まらないです……、ヲ改さんはチビ達にそれを見せないように必死に目隠ししてるしツ級はその辺で吐いてるし……

 

きっとプリンツの容態診た悟もキレてただろうけど、翔がキレてるの見て頭がクールダウンしたんだろうな……きっとそうだろう!

 

取り敢えずクールダウンした翔にこっちの事情を話し、納得してもらったところで俺達はヲ改さん達と別れて皆がいるであろう拠点前にある軍港へと向かった。帰り際にヲ改さんがボソリと言ったあの人達を敵に回さなくてよかった……って言葉は聞こえてないフリしておいた

 

 

 

「なんじゃこりゃ……」

 

軍港に着いた俺達の目の前に広がる光景を目にした俺は思わずそう呟いた……、この光景を言葉にするなら死屍累々が一番正しいのだろう……、いや皆まだ息あるみたいだけどこの惨状はこう表現する他ないだろう……

 

無数に飛んでくる砲弾相手にその身を盾にして立ちはだかる大五郎、その後ろには空、護、通が倒れており、通に必死に声をかける神通に光太郎から応急処置を施されているグラーフ、展開されたハコの診察台の上にはプリンツが寝ておりビス子が付き添っていて、浴槽の中には木曾が入っていて悟が必死に治療していた。太郎丸や甲三郎も艦載機や機銃で砲弾を迎え撃っている

 

ちょっと離れたところでは剛さんと摩耶が陽炎型駆逐3人の前に立ち迫りくる砲弾を片っ端から撃ち落としていく、時々不知火が2人に弾薬を補給してサポートしているおかげかこっちは負傷者はいないみたいだが、時間が経てば何れ弾がなくなってこの守りも崩壊してしまうだろう

 

剛さん達がいる地点から丁度反対の位置では、形代を盾にして全身血塗れになった輝を悟達がいるところへ連れて行こうと必死になって引っ張って移動する姉様と藤吉の姿があった

 

「おいおいおい……、こりゃ一体どうなってんだ?奴らはもうここら一帯にはいねぇんじゃなk……ってどぅおぉっ!?がっはぁっ!!!」

 

この凄惨な光景を目の当たりにして訳が分からなくなり、状況の確認をしようと口を開いたところでこちらに飛んでくる砲弾に気付くも反応しきれず3、4発直撃を受けるシゲ。砲弾の爆発の規模からこりゃぁ戦艦クラスの砲撃か?

 

未だに飛んでくる砲弾を俺は大妖丸で捌きながら思考を巡らせる、翔と弥七は艦載機の機銃掃射で砲弾を撃ち落として事なきを得たようだ

 

取り敢えず先ずは状況の確認をしねぇとどうにも出来ねぇ、翔と弥七に先程の攻撃を受けて動けなくなったシゲを引っ張らせて俺は先頭に立って大妖丸で砲弾を切り払いながら悟達が集まっているところへと移動を開始する

 

「悟!状況説明頼む!」

 

「他あたれ!こっちは今クッソ忙しいんだよぉっ!!!」

 

悟に聞いてみたけどそれどころじゃないと突っぱねられる、だったらとビス子に聞いてみたら自分達が戻った時には既にこんな状態だったとの事

 

「戦治郎さん!お戻りになられたのですね!」

 

藤吉と一緒に輝を引っ張って来ていた姉様が合流、輝の血が付いたのか手も服も真っ赤に染まっている。丁度いいと姉様に今の状況を説明してもらったわけなんだが……

 

ここでもしかしたら来るかもしれない敵の増援を迎え撃つ為に待機していたら、1匹のル級がフラフラとこちらに近付いて来たらしい。空が様子がおかしい事に気付いて下手に手を出さないようにと指示を出し、しばらく観察しているとル級が急に司の名前を叫びながら暴れ出したそうだ

 

「えっとぉ……そのぉ、つ、つかささまー!どこにいらっしゃるのですかー!・・・・・と突然大きな声を出し始めて……そのぉ……」

 

その時のル級の真似をするも恥ずかしくなって顔を耳まで真っ赤にする姉様、可愛らしいけど今はそれどころじゃねぇな

 

気を取り直して姉様は更に続ける、司の名前が出たので取り敢えずそのル級のところに司を向かわせたが最初は自分に近づいて来た司を敵だと思ったのか物凄いスピードで主砲を連射して司を追い払ったらしい。2度目の挑戦で何とか話し合いを始めたようだが、しばらくすると司がル級の頭を鉄扇で思いっきりブン殴ってそれからこの状態になったそうだ

 

その話を聞いて砲弾が飛んできている方向を見てみたら、司がヨーヨーと艦載機を使いながらル級に果敢にも攻撃を仕掛けるがそれらは悉く砲撃で叩き落され、その時に発射された砲弾の一部が司を襲うも鉄扇で弾かれてたりこっちに向かって飛んできてたりしている

 

「状況は分かった、でも通は兎も角何で空と輝、護までやられてんだ?」

 

「それはアタシが説明するわ」

 

いつの間にかこちらに合流していた剛さんが言う、一緒にいた摩耶と不知火は太郎丸達のフォローに入っており壁役も翔の艤装と形代が加わって攻撃を防ぐ面積を増やしてくれていた

 

「まず知っておいて欲しい事なんだけど、あの砲撃は戦艦主砲の威力ととんでもない連射速度を持っているわぁ、最初は戦ちゃん達が使ってるガトリング砲で攻撃されてるのかと思ったわぁ……それでここからが重要なの、あの砲弾は恐ろしいほどの追尾性を持っていたわぁ」

 

砲弾に追尾性だぁ?!何だそのトンデモ兵器……、いや俺が言える立場じゃねぇけどさぁ……

 

「空ちゃんがやられたのは完全に不意打ちね、あのル級は照準合わせたりなんかせずにがむしゃらに主砲を乱射していたわぁ。それを回避したところで急に砲弾が曲がって背中にズドン!それが何発も当たったもんだから倒れちゃったのよ……」

 

砲弾が曲がるとか流石に想定出来ねぇからなぁ……、こいつばかりはシカタナイネ

 

「輝ちゃんは藤吉ちゃんと扶桑ちゃんを庇って数十発以上を真正面から受けた結果ああなっちゃったのよ、そして護ちゃんは機銃とミサイルで応戦してたんだけど段々ミサイルの装填が間に合わなくなってきて、最終的には押し切られて倒れちゃったのよぉ。通ちゃんも身体に鞭打って無理矢理動かして神通ちゃんを庇って被弾していたわぁ、他の子も直撃だったり至近弾だったりで大なり小なりダメージを受けているってところねぇ」

 

なるほどなぁ……、取り敢えず空達がやられたのはよく分かったんだが司がそいつの頭殴ったのがどうしても分からん……

 

「よっし、俺は今から司の加勢してくる。あいつの事情も聞いておかねぇといけねぇからな」

 

俺はそう言って司がいる方へタイミングを見計らって飛び出そうとしたんだが

 

「戦治郎さん、おいも付き合うよ。あいつは輝さんにこがん酷か事ばして藤吉ば泣かしたけんね、相応の罰ば与えんぎんたぁおいの腹の虫の収まらん」

 

背後から藤吉……じゃねぇな、九尺が話しかけて同行したいと言って来た、輝が気絶してるから出てこれたのか……

 

「分かった、空達をあんな状態にした奴とやり合うわけだからちょっとでも頭数が欲しいところだからな。付いて来るなら俺の後ろから離れんなよ?でなきゃあの砲撃の嵐の餌食になっちまうからな」

 

「そんくらい分かっとぅよ、戦治郎さんこそしくじらんごと気ぃ付けんしゃいよ?」

 

九尺はそう言いながらチェーンソーを取り出す、それは兎も角こいつ中々言うじゃねぇか、俺を一体誰だと思ってんだっつぅの

 

「そこは任せとけ、んじゃ行くぞ九尺!」

 

「あいさー!」

 

そう言って俺達は大五郎の背後から飛び出し、雨霰と飛んで来る砲弾を切り払い叩き落しながらル級と戦っている司の下へと走り出すのであった



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狂信者ル級

司視点です


「死ねえええぇぇぇっ!!!お前なんか死んでしまええええぇぇぇっ!!!」

 

目の前のル級が鬼気迫る表情で絶叫しながら碌に照準も合わせずに主砲を乱射する、まともに狙いが定まってないから回避するのはラクショーなんだけどもこいつの砲弾はメッチャしつこく追尾してくるから下手に躱すと軌道を変えて思わぬ方向から戻ってきたりするから超ウゼェんだよね~

 

ていうか流れ弾で他の皆に被害出ちゃった系だから回避せずに俺様の大胆かつ華麗なテクニックで可能な限り砲弾を叩き落していく、こんな砲弾の暴風雨の中冷静な判断を下して勇敢に立ち向かう俺様ってやっぱ超クールだよね~

 

そんで俺様のファンタスティックな艦載機捌きで作り上げた弾幕の穴からワンダフルなヨーヨーテクニックであいつの顔面に一撃カマしてやったんだけどあんま効いてる感じじゃないねこりゃ

 

「あああぁぁぁっ!!!また殴ったあああぁぁぁっ!!!違う!違う違う違ううううぅぅぅっ!!!やっぱりお前は司様じゃないんだあああぁぁぁっ!!!司様が女の子に酷い事をするはずないんだからあああぁぁぁっ!!!」

 

ありゃりゃま~たエキサイティングしてらっしゃるよあいつ~、1度はちゃんと話聞いてくれたけどその後あいつが持ちかけて来た話聞いて思わず殴っちゃったらこうなっちゃったわけだけど、こればっかりはまあ仕方ないんじゃない?ねぇ?

 

「お前なんかが司様の名前を騙るなあああぁぁぁっ!!!司様の偽物なんか死んでしまえばいいんだあああぁぁぁっ!!!」

 

いや~お前の言う鳳 司は俺様の事なんだけどね~、もし俺様以外に鳳 司がいるんだったら是非とも教えてもらいたいところですわ~

 

あいつがヒートアップ通り越してブレイジングしながら攻撃を再開、ワォ!さっきよりも攻撃激しくなってな~い?流石にこれは俺様でも捌き切るのはちょ~っと難しいぞ~?さ~てどうしてやろうかね~?

 

さっきよりもテンポを上げてこの砲弾の大嵐に挑んでみるも、やっぱ無理無駄無謀だったかな~?ジリジリと押され始めちゃったりしちゃったりするわけなんですよねこれが~。ヤッベヤッベどうしよう、俺様マジピンチ!

 

とまあそんな事考えてたら俺様とあいつの間に誰かが割って入ってきちゃったりしたんですよね~、おっとぉ?俺様の余りのカッコよさに幸運の女神様が遂にデレちゃった系?

 

「司!大丈夫かっ!?ってこれさっきより攻撃激しくなってねぇか?!」

 

大妖丸でバッサバッサと砲弾を斬り捨てながら俺様に話しかけてくるのは我らがボス、長門 戦治郎大明神じゃありませんかー!やった俺様助かった!超感謝!

 

「戦治郎さんはほんてすごかねぇ~、道中で宣言した通り砲弾全部叩き落しておいの方に1発も弾こんかったし」

 

いつの間にか俺様と並んでチェーンソーをドゥルンドゥルン言わせてるのは藤吉……じゃなくってこいつ九尺か!ってぇ事は輝さんやられちゃった系の話っぽい?マジだったら輝さんサーセン!

 

「ボスキターーー!これで勝つる!いや~もうダメかと思ってましたよ~、マジサンキュー感謝ありがとうって感じですわ~」

 

「そがんと後でよかけんが、戦治郎さんに状況ば説明せんね。おい達も状況のいっちょん分かっとらんけんがどがん動いてよかか判断出来んでおっけんがはよ教えんしゃいさ」

 

俺様の歓喜の言葉を遮って状況の説明を催促する九尺、まあボスは今砲弾の相手で超忙しいみたいだから仕方ないっちゃ仕方ないか~

 

「状況の説明って言ってもあいつが襲って来たってしか言えないんですけどね~、まあ襲って来た理由がイカれてるんだけどさ~。ていうかあいつ自身頭のネジ外れてますわありゃ」

 

「あぁん?どっことよ?」

 

ボスがよく分からんって感じで聞いてきたので、俺様は短く答える事にした。これはボスも知ってるって言うか関係者だからその単語だけで分かってもらえると信じての事なんだけどね~

 

「あいつ、あの時の俺様のストーカーですぜ」

 

「ぶぼっふぉっ!!!あのクレイジーストーカーちゃんかよっ!!!」

 

ボスは驚き吹き出しながらもその手を止めない、いや~流石ボスですな~

 

さて、ボスにクレイジーストーカーちゃんと言われたあのル級についてちょっとお話しましょうかねぇ

 

俺様は如何に俺様がカッコイイかを世に知らしめる為に動画投稿サイトにコスプレ姿でダンスやヨーヨーテクを披露するって動画を投稿していたわけなんだけど、その動画を見て俺様のファンの女の子が沢山現れてファンサイトやらなんやら作り始めちゃったわけですよ~

 

あいつも最初はその中の1人だったのよね、それもかなり初期の頃からいる古参の子

 

日に日に数が増す俺様のファン、あいつは自分が古参であるのをいい事に新しい子に対して先輩面して好き勝手やっていたらしく、それを見ていた古参のファンは自分があいつと同類と思われるのを嫌がって次々と抜けていき、それが原因で最終的にはあいつが俺様のファンを取り仕切る存在になっていたんだとか

 

そんである日、俺にファッション雑誌のモデルの話が来たんだよね、前々からしょっちゅう俺様にモデルやってくれって言ってくるとこからね~。いい加減ウザかったからOK出して撮影やったわけなんだけど、その時共演した女の子から告られちゃったんだよね、俺様

 

まあ断ったんだけどね、俺様は世界中の女の子の共有財産だからね!誰か1人のものになるってのはどうも嫌だったんだよね~。普通ならこれでこの話は終わりになるはずだったんだけど、それがそうはいかなかったんだよね、これが

 

どこからこの話が漏れたのか知らないけど、俺様が告られた事がファンの子にも伝わっちゃったみたいでファンサイトやSNSが大炎上して大騒ぎになっていたっけな~

 

そしたらあいつが遂にやらかしちゃったわけでして、俺様のファンの中でも攻撃的な子ばかり50人集めて俺様に告った子をフルボッコにした挙句その子の家に火まで点けやがったのよ。抜け駆けだ~とか司様に近寄るな~とか、ホント酷くない?これ

 

それが原因でこの50人は全員逮捕、その中にあいつもいたわけなんですわ~。まあ逮捕されたのがきっかけで何かが吹っ切れたみたいで、ここからあいつがストーカー化しちゃったわけなんですよ~

 

勝手に合鍵作って俺様の部屋に侵入して物盗って行くわ、見たらすぐ分かるくらいヤバそうな食い物作って置いて行くわ、ベッドに変な染み作るわと大変迷惑しておりましたとも、ええ

 

部屋の中にいる間も視線を感じるようになったから、警察に通報してもファンが勝手にやらかした事件の関係で碌に相手してもらえなかったからボス達に相談したら盗聴器と盗撮用のカメラが見つかる始末

 

まあボス達がそれを逆手に取って罠張ってあいつを再びブタ箱に叩き込む事に成功したから安心してたんだけどね~

 

「ブタ箱から出て来たところで俺様が死んだらしくて、後追いしたらこっちに来たみたいですよ~?」

 

「後追い自殺って……、どんだけおめぇにご執心なんだよこいつは……」

 

呆れながらも相変わらずその手を止めないボス、こっち来てからもう人間辞めてませんかねこの人、ってそういや俺様達皆もう人間じゃなかったや

 

「それはそうと、このクレイジーちゃんは何で襲ってきたんだよ?」

 

「最初は俺様の事探してたみたいですね~、この世界に俺様がいるのは勘で察知出来たみたいで。そんでその道中で遭遇した艦娘や深海棲艦は俺様に言い寄ろうとする可能性があるからって悉く皆殺しにしながらここまで来たみたいですぜ、その延長線で俺様達に攻撃してきたみたいなんですよね~。まさか俺様も女の子の身体になっているとは思ってなかったみたいですが~」

 

ボスからの返事は無い、けども雰囲気からドン引きしているのは分かりますぞ~?

 

「んで俺様が落ち着かせようと俺様と俺様のファンしか知らないような話題を中心に話をしたら一旦信じてくれたんですがねぇ……、話が進むに連れておかしな方向にいき始めて俺様とあいつでこの世界を一旦滅ぼして自分達がアダムとイヴになって世界を再建しようとか言い出したところでつい頭を鉄扇で叩いちゃったんですよね~、これが」

 

「ああ、そしたらこうなったって事な……、OK分かった、お疲れ様司……」

 

労いあざーっす、いやホントもう超疲れたのよ、あいつの相手すんの……

 

「取り敢えず、こいつは放っておくと碌な事にならんだろうから始末しねぇといけねぇな……、司もそれd「よっしさっさとやっちゃいましょうぜ」あ、いいのね」

 

そりゃそうでしょうよ、これ以上こいつの犠牲になる女の子が増えるってのは許し難い事態なんですぜ?だったらちゃっちゃと始末してしまうのが道理って奴じゃないんですかねぇ?

 

「よっしゃ、んじゃあおめぇら気合入れていくぞ!あいつは空達を倒してんだから生半可な相手じゃねぇのは間違いねぇんだからなぁっ!!!」

 

そう叫んで戦闘を開始するボスと九尺、え?空さんもやられたの?もしそれがマジならこれホント勝てる相手なの?

 

俺様はボスの言葉に動揺しながらもボス達に続く事にした、そうしないと世界がヤバそうだからね~



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歪んだ愛の末路

さて、気合入れて行くとは言ったがどうしたもんかなぁ……?

 

こっちは俺、司、九尺の3人に対してあっちはクレイジー……長ぇからラリ子でいいや、ラリ子1人と数ではこっちが上回ってこそいるがラリ子の攻撃の激しさのせいでこっちがまともに動けてねぇから数の有利もクソもあったもんじゃねぇ……

 

「つかこの砲撃何時になったら止むんだよっ!さっきからずっと撃ちっ放しじゃねぇかっ!この速度で撃ち続けて弾切れしねぇとかおかしいだろうがよぉ!!あいつの仕様一体どうなってやがんだチキショウッ!!!」

 

「そのへん聞いてみたんですけど、相手を殺したいと思ったら弾薬とか燃料とか関係無しに動けたとか言ってましたっけ~。多分弾切れは期待しない方が良さそうですぜ?」

 

余計な情報ありがとう司……、しかしそうなると攻略方法はかなり限られてきそうなんだよな~……。司がヨーヨーで攻撃してたけど大したダメージにはなってなかったっぽいからアタッカーは俺がやった方がよさそうだけど、結構長い時間こいつの相手してただろう司の疲労度も気になるところである。ヘマして当たって御陀仏さんだけは勘弁して欲しいからな……

 

「戦治郎さん、司さん、少しの間あいつの気ば引きつけてもろぅて良かですか?」

 

どうやら九尺にいい考えがあるみたいなので了承したら、九尺は司の艤装の陰に隠れてから海の中に潜って移動し始めた。成程そうきたか、ならば俺達がしっかりあいつの注意を引きつけないといけないなっ!

 

俺は鷲四郎を呼び出して隙を見つけ次第徹底的にラリ子に攻撃するように指示を出してから発艦させ、左手だけでミゴロさんを構えてあいつに負けてられっかとばかりに砲撃を開始する。司もヨーヨーと艦載機でフォローしてくれているおかげかさっきよりは楽になったっともんよ!

 

「殺してやるっ!!!司様に言い寄る女もっ!!!司様以外の男もっ!!!皆皆皆っ!!!皆殺しにしてやるうううぅぅぅっ!!!そして私と司様の為だけの世界を作るのよおおおぉぉぉっ!!!だからお前達が邪魔なのよおおおぉぉぉっ!!!邪魔をするなら死んでしまえええぇぇぇっ!!!」

 

おぉ怖い怖い、ここまでキちゃってたらもう悟でもお手上げだろうな~……

 

「お前の願望に俺様を巻き込むのいい加減止めてもらえませんかねぇっ!そういうのはお前の狂い切った頭の中だけでやってろクソ馬鹿野郎っ!!!」

 

「偽物が吼えるなあああぁぁぁっ!!!」

 

流石に司もキレたっぽいな、まあ自分の存在を理由に大量殺戮やろうとしてるわけだから当然っちゃ当然か

 

とまあこんな調子でラリ子を引きつけてたわけなんだが、それもどうやら終わりのようだ

 

ラリ子の背後から九尺が飛び出してチェーンソーで切りかかったのだ、攻撃そのものはラリ子本体を狙っていたわけなんだが艤装で防がれてしまい本体へのダメージはない

 

だが片方の艤装をぶった切って使用不能に追い込む事が出来た為、飛んで来る砲弾の数が半分にまで減ったのだ。ナイス九尺!いい仕事したぞこの野郎!

 

そうなると状況がかなり変わる、さっきまでラリ子に一方的に攻撃されて手も足も出なかった俺達だがラリ子の手数が減った都合こっちに余裕が出来て来たのだ

 

「ぐへっ!!!」

 

もう片方の艤装も破壊しようと突撃するも、残った艤装の主砲を至近距離からモロに受けて吹き飛ぶ九尺、俺は急いで九尺を回収すると司に預けてすぐさまラリ子と対峙する

 

「形勢逆転、とまではいかねぇがこれでこっちにも攻撃する余裕が出来たわけだが……、どうする?まだ続けるか?」

 

「があああぁぁぁっ!!!」

 

ありゃま、ラリ子の奴相当お冠のようですわ。まあ九尺にしてやられたのが相当キてるってところだろうな。つか返事くらいちゃんとした言葉使ってしてくれよなぁ……

 

ラリ子は獣のような咆哮を上げるとまた砲撃を開始する、まるでこれしか攻撃方法を知らないと言わんばかりに滅多矢鱈に主砲を連射する

 

先程と比べて明らかに薄くなった主砲による弾幕、俺は大妖丸を振り回して砲撃を切り払いながらラリ子の下へと突っ込んで行く

 

「おめぇが司の事大好きなのはよぉ~っく分かった、だがおめぇのそれは余りにも一方的過ぎねぇか?ちゃんと司の気持ちも考えたのか?」

 

俺はそう言いながらラリ子との距離を詰めていく、ラリ子の方はと言うと今の状況が分かってるのか分かってないのか相変わらず砲撃を続けている

 

「司がおめぇを殴った理由は分かるか?それはおめぇが越えちゃぁいけねぇ一線を越えようとしたから必死になって止めようとしたからだと思うんだわ」

 

言葉を続けながら更に距離を詰める、ここまで来てもラリ子は攻撃の手を止めようともしない。それどころか

 

「近寄るなあああぁぁぁっ!!!」

 

そう叫び余計ヒートアップしだした、ああ、こりゃ俺が言ってる言葉も届いちゃいねぇな……

 

「だがおめぇは司の気持ちをまともに汲み取ろうともせず、剰えその気持ちを踏みにじるかのように司の……俺達の仲間達を大勢傷つけた!それは断じて許されん!」

 

俺はラリ子を完全に間合いに捉え大妖丸を振りかざす、その最中もラリ子は砲撃していた為数発ほど直撃を喰らってしまったが痛みと衝撃は根性で耐え抜く!

 

「死んで詫びろやクソアマァァァッ!!!」

 

俺は大妖丸を振り下ろし、ラリ子を頭から真っ二つに斬り捨てる。斬り捨てられたラリ子は特に断末魔の叫びを上げるわけでもなく、静かに左右に倒れてそのまま沈んで逝った……

 

「詫びが入れてぇんなら地獄の鬼さん相手に土下座でもしてろ、そんで俺達に二度とそのツラ見せんじゃねぇぞ……」

 

ラリ子が沈んだ場所を睨みながら俺はそう吐き捨てる、尤もラリ子はこうなっても気が変わる事もなければ自分の非を一切認めずやらかした事を反省したりもしねぇだろうなぁ……

 

「ボス~、お疲れ様で~す。結局ボスに美味しいとこ全部持っていかれましたわ~、折角俺様1人であいつやっつけて俺様の素晴らしさを皆に知らしめようとしたんですけどね~」

 

ついさっきまで俺が来たから勝てる~とか言ってやがったのに、終わってみりゃぁこんな感じ。全く調子のいい奴だ……

 

「調子のいい事ばっか言いやがって……、まあ終わったからこそ言える事だわな。んじゃ早いとこ皆のとこに戻……って……」

 

やべぇ、身体から力が抜けていく……さっき喰らった砲撃の痛みもここでぶり返してきやがった……。多分緊張の糸が切れたのと今まで動き回って蓄積してた疲労が限度超えたんだろうな……

 

「ちょっ!?どうしたんですかボスっ?!」

 

突然膝を突く俺に驚いて慌てて声をかける司、後の事はこいつに任せるとするか……、何か眠くなってきたし……

 

「司……、悪ぃがちょっち寝るから……後頼むわ……」

 

俺は司にそう言い放つと完全に意識を手放し、そのままうつ伏せに倒れ込んだ

 

こうしてフェロー諸島ボルウォイ島にある深海棲艦のヨーロッパ方面の本拠地は戦治郎達とドイツ海軍の手によって陥落し、この日を以て北海は深海棲艦から解放されたのであった

 

これにより、ドイツ海軍は深海棲艦に関わる出来事に対しての発言力が大幅に強くなり、それをもって欧州の海軍をまとめ上げる事に成功したのであった

 

ただ、この戦いでドイツ海軍に協力した深海棲艦達の存在はドイツとイギリスだけの機密事項として取り扱われ、しばらくの間はそれらに関する情報が表に出る事はなかった

 

また、ドイツ海軍の総司令官の秘書艦を務めるビスマルクの報告により深海棲艦の転生個体の存在が認知され、その脅威が如何程のものかが伝えられる事となった



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祝勝会の準備

「んあ……?」

 

気が付けば白い天井に薬品の臭い、背中には病室のベッド特有の硬い感触……。上半身を起こし辺りを見渡してからここが俺達の拠点の医務室だという事に気付く

 

「ようやく起きたか寝坊助ぇ」

 

声のする方向を向いてみれば自身に点滴を打っている悟の姿があった、寝坊助と言われて改めて周囲を見ると他のベッドには誰もいなかった。どうやら俺が一番最後に目を覚ましたようだ

 

「おはようさん悟……、取り敢えずラリ子倒した後どうなったか教えてくれ」

 

俺がそう言うと悟はラリ子と言う単語に首を傾げていた、ああそういやこれ俺の中だけでのあいつの名称だったな……。取り敢えずラリ子の事説明してからあの後の事を教えてもらう

 

俺はラリ子を倒した後、司に後の事を頼むと言ってその場で倒れてしまったらしい。そんで砲弾が飛んで来なくなったのを確認してから翔が大五郎達の背後から出ると、俺と九尺を担いで戻ってくる司の姿を見つけて大急ぎで回収したそうだ

 

悟が俺と九尺の容態を診たところ、九尺の方は直撃弾1発分のダメージだったそうだ。恐らく体格が小さかったから至近距離で砲撃を受けた時1発だけでかなり派手に吹き飛んだおかげと言ったところだろうか

 

問題は俺の方だったらしく、俺は数発程度だと思っていたんだがどうやらあの至近距離から50発くらいもらっていたそうだ……。どんだけ超速射してたんだよあいつは……、そんでよく無事だったな俺の身体……。因みに被弾した弾の数の多さは俺がダントツで1位、2位の輝の25発の2倍だそうだ、やったぜ嬉しくねぇ

 

そこから悟と光太郎、無事だった艦娘総出でやられた奴の応急処置を行い全員一命を取り留めたそうだ、いや~これはホント生き残る術講習やらせておいて正解だったな

 

それから本格的な治療をする為に俺達の方は拠点に戻ったとの事、ビス子とグラーフはプリンツを連れてドイツに戻ったそうだが、その時俺達もドイツに来るように言っていたそうだが悟が断ったそうだ。理由としては距離的に拠点の方が近いのとドイツの医者が深海棲艦の姿をした俺達に治療を施してくれるか分からなかったからだとさ

 

悟が今点滴打ってるのは、拠点に戻ってから不眠不休で俺達の治療してたからだそうだ、悟さんマジ感謝!

 

「とまあ、状況説明はこんなとこだなぁ。しっかしまぁおめぇももうちょい早く起きてりゃぁ、通と神通の聞いてるだけで糖尿になりそうなくらいそれはそれは甘ったるぅいトークが聞けたのによぉ」

 

ああもう馬鹿!馬鹿!俺の馬鹿!何でそんな面白そうな事が俺が寝てる間に起こるんだYO!もっと早く起きろよ俺っ!!!

 

「それはそうとぉ、アクセルから通信が来てたぜぇ。大方本拠地攻略前に言ってた宴会の話だと思うんだがなぁ」

 

そういやそんな約束してたっけな、攻撃受けた時の痛みとかももうスッカリ引いてるみたいだし今から返事するとすっか!

 

「せかせか、んじゃあ今からすぐ返事するわ。って事でちょっち行ってくるわ」

 

「おぅ、痛みは引いてるんだろうが精神的な疲れが残ってるだろうから適当なとこで終わらせてからすぐ自室で休むようにしとけよぉ」

 

「その言葉そっくりそのまま返すぜ、自分に点滴打ってるくらいなんだから悟も相当疲れているだろうからな。後はゆっくり休んでいてくれ」

 

俺はそう言い残して医務室を後にして、司令室へと向かうのであった

 

 

 

「アクセルオッスオッス、俺が寝てる間に通信入れてたんだってな」

 

『戦治郎!目を覚ましたのかっ!!!』

 

俺が通信を入れたらめっちゃ驚いた様子で通信に出て来たアクセル、一体どうしたぞ?

 

『ビスマルクからの報告を聞いた時は本当に肝が冷えたぞ……、確か戦艦主砲を至近距離から50発以上受けたらしいな』

 

ああその話か……、正直自分でも何で今生きてるのか不思議なくらいなんだよな~……

 

「その件は俺自身驚いてるわ、あいつの連射性能もだけど俺自身の頑丈さにもな……」

 

『あいつ……、報告によるとル級1隻にやられたと聞いているんだが……』

 

俺はアクセルにそのル級、ラリ子の事を細かく説明する事にした。もしかしたら今後似たような奴が出てくる可能性もあっからな、アクセルの立場上是が非でも知っておいてもらわないといけない情報になるはずだ

 

『そいつも戦治郎達と同じ転生個体と言うわけか……』

 

「ありゃ放置したら世界がヤバそうだったから始末させてもらったわ、世界滅ぼしてから再建するとか頭おかしいだろ……」

 

『その上でこちらの話をまともに聞いてくれないときたら、そうせざるを得ないだろうな……』

 

あいつももうちょっち人の話聞ける人間だったら違った人生歩んでいたんだろうな……、まあ終わった事を今考えても仕方ねぇ

 

「取り敢えず、転生個体はあいつみたいに強力な奴がいるかもしんねぇから下手に手を出さない方が得策だろうな」

 

『そうだな……、もし見かけたら取り敢えず様子を見てからどうするか考える事にしよう』

 

「んだな、それがいいだろうよ。っとそれはそうと俺が寝てる間に入れた通信の内容って何だったんだ?」

 

『ああ、それなんだが……』

 

そう言ってアクセルがこっちに通信入れた理由を話し始めるわけなんだが、1つは俺の安否が気になったからで、もう1つは悟が言ってた通り宴会の件だった

 

俺の安否については今の俺の様子を見て安心出来たようだ。心配かけてすまんな、そしてありがとうなアクセル~

 

んで、その時ふと俺達が救出したプリンツの方はどうだったのかが気になって聞いてみたところ、どうやら悟が頑張ってくれたおかげでプリンツは一命を取り留めたそうだ。それ聞いてこっちも安心したわ~

 

そんで、宴会の件については当初は俺達が戻ってからすぐやる予定だったみたいだが、俺がぶっ倒れたせいで延期になってしまったとの事

 

んでアクセルが延期になってしまったのならばどうせだから一緒に参加させたいからプリンツの回復を待ってもらえないだろうかとお願いしてきた、勿論俺は即OKを出した。だって1人だけ除け者とか可哀想じゃん?つかある意味主役なんだから是非とも参加して頂きたいところである

 

そして今度は俺がついでにあの戦いで俺達に救助されたイギリス海軍の連中も呼んでやろうと提案する、通の友人らしいセオドールさんとやらに挨拶したいし、何よりもイギリス海軍に深海棲艦の情報が殆ど行き渡っていなかった件についてちょっち話を聞いておきたかったからだ

 

アクセルも後者に関してはかなり気になっていたらしい、言うのもアクセルは俺とのファーストコンタクトの後すぐに行動を起こし、俺が念押ししといた国には最優先で情報を提供したらしいのだ。それなのにあの時のイギリスの連中は普通の艦隊で戦おうとしていたのがどうも引っかかるようだ

 

そう言った理由もあってアクセルはイギリス海軍の参加にOKを出してくれた、これを切っ掛けにドイツとイギリスが提携出来る様になったらいいな~

 

『これでこちらの要件は全部話し終わったよ』

 

「ういうい、んじゃあ俺は今からその事を皆に伝えてから色々準備しますかね」

 

『準備?宴会はこっちでやるのではないのか?』

 

その事について、俺はアクセルに話し始める

 

まず宴会の会場だが、アクセル達からしたら場所が遠いかもしれないがどうしても俺達の拠点でやりたいと思ったのだ

 

だって俺達の見た目って深海棲艦じゃん?もし一般人が見ちゃったりしたら大変な事になりそうだからその対策として俺達のところでやりたいってのが1つ

 

もう1つはこの宴会が終わったら、俺達は日本に向けて出発しようと思っているからだ。今までここを拠点にして色々やってたからその感謝の気持ちを込めてここで盛大に騒ぎたいのだ

 

さっき俺が言った準備と言うのも、宴会の準備でもあるがここを出る為の荷造りの事でもあるのだ

 

「とまあこんなところだ、最後に我が儘言ってすまんな」

 

『いや、そう言う事ならば構わんよ。むしろ戦治郎達の船出を祝う為にも盛大にやらなければいけなくなってしまったな』

 

そう言ってもらえると助かるぜ、つかこいつホントいい奴だな~……、こいつと友達になれてホントよかったわ

 

この後、宴会で使う食材や酒はドイツの方で準備するから明日にでも取りに来て欲しいとの事だったので、明日の朝大五郎と翔を連れてドイツに向かうとアクセルに伝えて通信を切り、俺は宴会の件と日本に向けて出発する件を伝える為に皆に会議室に集合するようにと通信を入れるのであった




一方通行の歪んだ愛情

通が煙玉や空蝉と分身で使う人形を出せるのと同じように、ラリ子が持っていた特殊能力

自分の感情を砲弾に変えてぶっ放す為実質弾薬無限、相手をストーキングするかのように執拗に追跡する追尾性、相手の意見や感情を一切無視して自分の都合のみを一方的に押し付けるかの如く砲弾をばら撒く連射性を艤装に付与する

ただ使う為には艤装が必須の為、作中のように艤装を破壊されると効果半減若しくは無力化が可能

ラリ子はこの世界に来てからこの能力に依存した戦法ばかり使っていた為、これが使えない、或いは使えなくなった時の戦い方を碌に身に付けていなかったりする

ラリ子を倒す方法で一番手っ取り早かったのは、悟がラリ子を海中に引きずり込んでフルボッコにする事だったのだが、偶然ではあるが長門屋勢に負傷者を出して悟の動きを封じたおかげでラリ子の寿命は若干ではあるが伸びたのである

因みに九尺がわざわざ海上に上がってからチェーンソーで切りかかったのは、チェーンソーがガソリンで動くタイプ故、海中で使えなかったからである


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宴会と獅子王の軍勢誕生と・・・・・・

いや~、宴会会場は非常に愉快な事になっております、戦治郎でっす

 

まず宴会で出されている料理が殆ど日本料理!寿司!天ぷら!すき焼き!おでん!蕎麦にうどんに丼ものや炊き込みご飯なんかもあるぞ~!当然味噌汁豚汁けんちん汁などの汁物もしっかり用意されていますとも!

 

まあ一番最初はちゃんと膳に乗った料理が出て来てたわけなんだけどさ、どいつもこいつも好き勝手リクエストし始めやがって気が付いたら鍋やら釜やらが会場に設置されてるっていうね

 

そういや正月のとき食った御節と雑煮が余程気に入ったのか、グラーフがこの2つをリクエストしてたが時期的に無理と断られてションボリしていたっけか

 

日本の艦娘達も、正月に食った2つを除けば久しぶりになるであろう日本料理を楽しんでいらっしゃる。それにビス子が混ざっているのに違和感を感じないのは何故なのだろうか……

 

つか向こうでシゲがイギリス海軍の人とドイツ海軍の人と椀子蕎麦早食い大会とかやってるしぃ……、すっげぇ楽しそう……

 

何で日本料理が並んでいるかっていやぁ、どうもアクセルの奴が気を利かせてくれたのかサプライズ狙いだったのか分からんがわざわざ日本料理に使う食材を集めてくれてたんだわ、味噌や醤油も日本から空輸してくれたっぽい

 

当然だけど、並んでいる料理をプロデュースしたのは我らが料理人の翔である。食材と一緒に料理人も貸してくれたんだけど皆日本食を作るのは初めてって奴ばっかだったらしく、食材の山を見て上がったテンションと日本食の良さを是非学んでほしいと言う思い、これだけ色々やってもらってるのに宴会の主役だからと言う理由で他人に任せっぱなしにするのに対しての申し訳なさが壮絶な化学反応を起こして、先陣切って厨房に突撃し貸してもらった料理人達に日本食をレクチャーすると言う珍事が発生した模様

 

そして日本から持って来たのは何も食材だけではない、酒だ酒!日本酒に焼酎に泡盛まで持って来てくれてるYO!それもかなり高級なのばっか!大五郎と翔と一緒に食材を受け取りに行った時、アクセルが日本の酒が恋しいんじゃないか?とか言って出羽桜渡してきた時はめっちゃびびったわ!翔とか目ん玉まん丸にしてガン見してたし!

 

視線をズラせばそんな高い酒とは露知らず、ラッパでガンガン飲み干す輝の姿が見えた。だからおめぇはもっと味わって飲めと……、その後ろにはイギリスとドイツの方々が酔い潰されて転がってるしぃ……

 

「よう、楽しんでるか?」「久しぶりの故郷の味はどうだい?」

 

そう言って俺に歩み寄って来るのは通の友人のセオドールとアクセルの2人だった

 

セオドールとは宴会開始前にお互い挨拶を交わしてからちょっち話をしたところで意気投合して仲良くなっちゃったんだZE♪

 

ちょっち話したときにこのセオドールも俺達とタメという最早奇跡の領域に片足突っ込んでそうな事実が発覚したのが仲良くなる切っ掛けってとこだな、世の中何が起こるかホント分からんね……

 

「応、料理も酒も最高過ぎて涙出そうだぜ、つかセオドールは姫ちゃんの事見てなくていいのか?」

 

「姫様の事は通と従者ちゃんに任せてきた!って事で俺はおめぇとこの宴会の事を忘れないようにする為にたっぷり楽しませてもらうぜ!」

 

セオドールの言葉を聞いて通の方を見てみれば、ほろ酔いになった姫様と神通が通の奪い合いやってて、それを止めるべきか否かで悩んでいるのかその光景を見てオロオロしている従者ちゃんの姿が見えた。両腕をガッシリ掴まれて引っ張り合いされてるにも関わらず、手に持ったグラスから焼酎(ロック)を1滴も零していないあたり流石通と言ったところか……

 

因みに姫ちゃんと従者ちゃんがここにいるのは、セオドールがこの宴会に参加するのを何処かから嗅ぎ付けてお忍びで付いて来たそうだ。大方通が目的なんだろうな……

 

「応、楽しんでけ楽しんでけ~。っとその前にだ、セオドールに聞きてぇ事あるんだわ」

 

「ああ、イギリスが何故深海棲艦の事を知らなかったのかについてか……。アクセルからもさっき聞かれたがどうせだからおめぇにも教えておこうと思ってアクセルと一緒にこっち来たわけよ」

 

ああ、それなら二度手間にならなくて済むからな、俺がそんな事考えてたらセオドールがその件について話し始める

 

 

 

セオドールの話聞いての感想だが、ホント馬鹿じゃねぇの?である

 

アクセルがイギリスに送った情報は確かに届いたんだが、どうやらイギリス海軍の上層部がそれを握り潰したようだ。ドイツの力なんぞ借りるつもりはない!って感じでな、セオドールが通に助けられた後に報告したのもなかった事にされるところだったらしい

 

艦娘についても女子供を戦争に送り出すとは何事かって言って配備するつもりが全然なかったそうだ

 

まあその結果は御覧の通り、とんでもない数の人的被害を出しておきながら成果は0。あの時俺にギャーギャー文句言ってたおっさんがイギリス海軍のアタマだったそうで、あの戦いで爆発四散したのが原因で上層部がガッタガタになったそうだ

 

んで、イギリス海軍は今どうなってんの?ってなるんだが、姫ちゃんが色々動いてくれたおかげでなんとかなったみたい

 

通に助けられた後、姫ちゃんはセオドールとよく情報のやり取りをするようになったらしく、海軍から王室に送られた報告に気になる点がいくつもあった為すぐにセオドールに確認を取り、王室に送られた報告が虚偽である事を突き止めて海軍内部の調査を秘密裏に進めていたらしい

 

「国の存続が関わってるのにプライドやら何やらを優先して虚偽の報告をするとは何事かっ!!!って具合に女王陛下も相当お冠だったそうだぜ?そう言った経緯で姫様が内部調査の話持ってった時快諾してくれたそうだ」

 

ある程度情報や証拠が出揃ったところであのおっさんが死んで上層部が混乱したのでチャンスとばかりに一気に畳み掛けて関係者を根こそぎ逮捕、イギリス海軍を摘発したのである

 

「こうしてイギリス海軍はクリーンな組織になったわけだ、まあ老害共がいなくなった後は誰がアタマ張るんだ?ってなった時に姫様に推薦されて俺が総司令になっちまったんだがな。この件で姫様に協力したのと通と初めて会った時の件を評価されて少将に昇格したが正直納得出来てねぇ……、姫様助けたのは通なのに俺が守った事になってるからなぁ……」

 

その辺りは我慢してくれ、俺達の事が今世間に公表されちまうと世界中が混乱しかねねぇからな……

 

「ドイツも同じ様な経緯で今の状態になっているからな……、尤もこちらは分からず屋の上層部の連中は皆天に召されたがな」

 

結局、人間って1度痛い目見ないと分からん生き物なんだよな~

 

「とまあこっちの状況はこんなとこだな。んで、深海棲艦と艦娘の戦いをこの目にしっかりと焼き付けた俺が総司令になるんだから、当然艦娘は配備する方向で話を進めている。だが艦娘の運用方法とか全っ然分かんねぇからそん時は相談させて下さいよ先輩方☆」

 

セオドールがそう言ったところで3人で一頻り笑ってからそれぞれが手に持った酒を煽ってグラスを空ける、そこに俺がすかさず日本酒を注いでいく

 

「おっと、悪ぃな戦治郎」「日本の酒か……、初めて飲むのがだどのようなものか楽しみだ」

 

「気に入ってもらえたら大和男児としては嬉しいところだ、そんじゃ改めて今回の勝利を祝って乾杯!」

 

俺はそう言って2人のグラスに自分のグラスを軽くぶつけて、グラスの中の日本酒を一気に煽ってすぐさまグラスを空ける、2人も俺と同じようにしてグラスの中身を飲み干した。2人の反応を見る限りどうやら気に入ってくれたようだ

 

「戦治郎、プリンツの事……妹の事は本当に感謝している。改めて礼を言わせてくれ、妹を助けてくれて本当にありがとう……」

 

アクセルはそう言うと涙を流し始める、けどちょっち待って?プリンツが妹とか俺今初めて聞いたぞ?セオドールもめっちゃ驚いてるぞ?詳しい事教えて?

 

この後、いい感じに酔いが回ったアクセルにものっそい勢いで妹自慢された、この場に通を連れて来るかどうかでちょっち悩んだ。通も綾ちゃんだったっけか、妹を溺愛してるから話合いそうだけど喧嘩始めたら止まらなくなりそうなのが恐ろしい……

 

こうしている間にも時間は進み、夜も更けていく……




話を進めるべきか、プリンツと翔の絡みを書くかで悩みます……


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交わした約束

翔視点です


「ふぅ……」

 

時間はもう少しで23時になろうとしている頃、僕は宴会会場で適当に見繕ったジュースで割った日本酒を飲みながら一息ついていた

 

会場にはもう殆ど人はいない、精々輝さんと司、シゲが床に転がっている程度かな?

 

明日日本へ向けてこの拠点から出る事になっているので、艦娘の皆には早めに切り上げてもらいしっかりと睡眠をとって明日に備えてもらっている

 

イギリスとドイツの皆さんはここに来る時に乗って来た船の中で眠っているそうだ、何でも僕達を見送る為にここで一泊してから帰るんだとか

 

僕が今この会場にいるのは宴会の片付けの為だ、宴会の途中から空いたお皿は順次片付けていってたので残りはほんのちょっと、僕だけでも何とか出来そうな量なので料理人さん達には既に戻ってもらっている

 

僕は宴会を途中から抜けて配膳や片付けばかりやっていたので、正直物足りなさがあったので今こうして最後に1杯だけ頂いてるわけだ。まあ片付けがあるからお酒の量は物凄く少な目にしてあるんだけどね

 

しかし、長いようで短かったここでの生活も今日で最後と思うとちょっと寂しくなってくる

 

「あの……」

 

僕が感慨に耽っていると背後から声を掛けられた、振り返ってみるとそこにはプリンツさんが立っていた。もう宴会は終わり皆寝静まっているはずなのに一体どうしたのだろうか?

 

「ん?どうしたの?何か嫌な夢でも見ちゃったのかな?」

 

「あ、いえ、そう言うわけじゃないんです……」

 

僕が聞いてみるとそれを否定するプリンツさん、ホントどうしたの?

 

「捕まっていた私を最初に発見したのは貴方でしたよね……?」

 

「え?ああ、うん、そうだね」

 

「あの時は本当にごめんなさい!あの時は私、気が動転しちゃってその……貴方の手を……」

 

ああ、僕の左手を噛んじゃった事を態々謝りに来てくれたのか、別に気にしなくてもいいのにな~……

 

「これの事なら気にしてないよ、と言うか僕の方こそごめんね、口に中にいきなり手を突っ込んじゃったりして。口の中怪我とかしなかった?」

 

僕は未だに歯形が残っている左手の3本の指をヒラヒラさせながらそう言った。一応悟さんに診てもらったんだけど、傷自体は問題ないけどこの歯形は一生ついたままになるだろうって言われた。まあ人1人助けた時の傷だから勲章と言い張って問題ないだろう

 

そもそもあの時は放っておいたら自分の舌を噛み切っちゃいそうだったから咄嗟に手を入れちゃったけど、今考えるともっと他にやり方あったはずだとつい思ってしまう……

 

「いえそんな!私の方は全然大丈夫でしたからっ!でもその……」

 

何か凄く言いにくそうだけど……ってそう言えばまともに自己紹介してなかった気がする

 

「翔、僕は出雲丸 翔って言います。自己紹介遅れてごめんねプリンツさん」

 

「あっはい!翔さんですね、今しっかり覚えました!それでえっと……」

 

「さっきも言ったけど、手の傷の事は気にしてないからプリンツさんももう気にしなくていいんだよ。それに利き腕は全くの無事だからね」

 

最後のあたりは少しお道化ながら言ったんだけど、表情を見る限りそれじゃ納得出来ないって感じだな~……

 

「ん~、これでも納得出来ないか~……、よし、じゃあこうしよう!僕は今から宴会で使った食器の片付けをするんだけど、プリンツさんにそれを手伝ってもらう。それで手打ちにするって事でどう?」

 

「あっ……はいっ!分かりましたっ!私、精一杯お手伝いしますねっ!」

 

こうして、僕はプリンツさんと一緒に宴会の片付けをする事になった。その時に作業しながらお互いの事を色々と話していると、彼女はそこでようやく笑みを見せてくれた

 

その微笑みはとても可愛らしく、見た瞬間ちょっとドキッとしてしまった……

 

1人でもすぐ終わるような量を2人でやった為、片付けはあっという間に終わってしまった、う~ん……心の何処かでそれを残念がっている僕がいるみたいだ……

 

「翔さん達は明日ここを出るんですよね……?」

 

片付けが終わったところで不意にプリンツさんが聞いてくる

 

「そうだね、ここに長居してたらヨーロッパの人達に迷惑かけちゃうかもだし、僕達の方でやりたい事が出来ちゃったからね……」

 

僕達がやりたい事、それはソロモン諸島にあるらしい深海棲艦の穏健派の総本山へ向かい穏健派の代表と接触する事だ

 

この間の会議で本当は皆で話し合ってルートを決めるつもりだったんだけど、戦治郎さんがヲ改さんの情報の真偽を確かめたいと言ったので南ルートで日本へ向かうのが決まったのだ

 

「そうですか……あ~あ、何か残念だな~……、折角翔さんと仲良くなれたのにそれも今日で終わりだなんて……もっと早く翔さん達と会いたかったな~……」

 

そのセリフ、僕が勘違い起こしちゃいそうなんだけど……

 

「そうだね、そしたらもっと色んな事話せたと思うんだよね」

 

「ですね~……、そうだ!もし翔さんがよければなんですけど、日付が変わるまでもう少しお話しませんか?」

 

プリンツさんがそう提案してきたので、時計を見て時間を確認……残り15分か……

 

「分かった、それじゃあもう少しお話しよっか。元々丁度日付が変わるくらいを目処に片付けするつもりだったんだけど、プリンツさんのおかげで早く終わったからね」

 

僕はそう言って時間が来るまでの間プリンツさんとのお喋りを楽しむ事にした

 

その時に、もしまた会う事が出来たら日本料理の作り方を教えて欲しいとお願いされたので僕はそれを快く承諾した。何でも今日の宴会の料理をビスマルクさんが大層気に入ってくれたらしいのでプリンツさんが作って食べさせてあげたいそうだ

 

そんな楽しい時間もすぐに終わりを告げる、時計の針が0時になったのだ

 

「あ……もう時間かぁ……、それじゃあ私はこのあたりで戻りますね。翔さん今日は楽しかったです、DankeDanke!それではまたいつか会いましょう!約束、忘れないでくださいねっ!」

 

「僕の方こそありがとうね、約束は絶対忘れないから安心して。それじゃあおやすみ」

 

「Gute Nacht.」

 

彼女はそう言ってドイツ海軍の船の方へと帰って行った、それじゃあ僕も戻りますか

 

そう思って厨房から出ようとした時、厨房の隅の方から気配を感じたので僕は思わず振り向いた

 

そこには物凄くニヤニヤしている戦治郎さんとセオドールさん、そして苦笑いを浮かべる通の姿があった……

 

「いや~翔~いいもん見させてもらったわ~」

 

「青春してんじゃねぇかよお~い」

 

何で貴方達ここにいるのおおおぉぉぉっ!!!

 

「すみません翔、私達は先輩の部屋で二次会をやってまして……、ここに肴になるようなものが無いか探していたんですよ。そしたら貴方達が戻って来たので見つからないように隠れていたんですが……」

 

うわあああぁぁぁっ!!!これここでのプリンツさんとの会話全部聞かれてたって事じゃないかあああぁぁぁっ!!!

 

「よかったな~翔~、遂におめぇにも春が来たんじゃないかこれ~」

 

「よっし!これを肴に飲み直そうぜ!」

 

「翔……ご愁傷様……」

 

よし、この3人を消そう……、今すぐ消そう……、ってもう通の奴が逃げてる……、じゃあこの2人だけでいいや……

 

「うん、ごめん翔、冗談だから!冗談だから鼓翼しまって!おっちゃんのお願い!」

 

「ちょっ!何じゃこりゃ!?目ぇ赤っ!めっちゃ怖ぇ!すまんやり過ぎた!俺達が悪かった!この通りだ!なっ!?」

 

ちょっと頭冷やしましょうか……お二方……

 

拠点のある島中に響き渡った悲鳴で眠っていた皆が飛び起きたと言うのは後から聞きました




次回でこの章が終わると思います


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旅立ちの時

気が付けばUA2万5千突破していました

もう本当に何と言っていいか分かりません……

この作品を見て下さる皆様、本当にありがとうございます!


「お前達、本当に大丈夫なのか……?」

 

「「大丈夫だ、問題ない」」

 

アクセルが俺とセオっちの顔を見て心配そうに尋ねてくる、俺達は翔とプリンツのプチ逢引を覗き見した後チョイギレした翔に鼓翼の峰でボッコボコに殴られたわけなんだが、この事をプリンツの兄貴であるアクセルに報告しようもんなら多分出発どころじゃなくなるだろうから黙っておく事にした

 

そもそも俺達が覗き見したのが悪ぃんだから、この負傷は仕方がない事だ

 

因みに逃げた通はあの後神通に匿ってもらって一夜明かしたそうだが、結局神通が朝食をとりに行こうと部屋の扉を開けた先で例の目をした翔に待ち伏せされ痛い奴を一発もらったそうだ、ざまぁ。そうそう、神通はその光景を何とも言えない表情で見守ってたんだってよ

 

「お前達が大丈夫ならいいんだが……、それで確か北海を出てから南へ向かうと言っていたか?」

 

「そうそう、本拠地制圧の時聞いた深海棲艦の穏健派の総本山があるって言うソロモン諸島に向かう都合、どうしても南ルートで行かねぇといけなくなったからな」

 

日本へ向かうルートに関して尋ねてくるアクセルに理由付きで返答する俺、この戦争を早く終わらせる為にはどうしても穏健派と接触しとくべきだと考えているからな

 

「ソロモン諸島はお前らの話聞く限りじゃあかなりの激戦区みてぇだが、本当に大丈夫なのか?」

 

「おいおい、深海棲艦から北海奪還したのは誰だと思ってんだ?それに俺達がそんな簡単に沈むタマだと思ってんのか?」

 

俺達の心配をするセオっち、ぶっちゃけ俺は戦力云々より食料や備品の消耗の方が心配なんだよな~……、南ルートだとかなり距離があるし物資の補給を何処でやるかってのもあるんだよな~……。まあもし見つける事が出来たら深海棲艦の補給拠点襲ったりワ級襲ったりすりゃ何とかなるかっ!って事で取り敢えず俺の心配事を悟らせないようにセオっちには強気発言で返事しておく

 

「それもそうだな!」「お前がそう言うのならきっと問題ないのだろうな」

 

俺の強気発言に、2人は笑みを浮かべながらそう答えた

 

「よっし、あんまダラダラと留まっていたら出発し辛くなるだろうからそろそろ行くわ」

 

「もし日本に着いたら是非連絡してくれ」「そん時に土産話聞かせてくれよ?」

 

俺がそろそろ出発すると伝えると、2人はそう答えて拳を突き出して来た。俺はそれに応えるようにそれぞれにグータッチする

 

「またな、ダチ公」

 

「ああ、また会おう」「元気でな!」

 

「よし、お前ら準備はいいかー!?出発すんぞー!」

 

2人に別れの挨拶をした後、俺は声を張り上げて今から出発する事を皆に伝える

 

皆はその声に反応して、別れを惜しみながらも海へと向かっていく。俺は俺以外の全員が海へ出たのを確認してから最後に海へと出た

 

皆と合流したところで1度後ろへ振り向いて、手を振りながら叫ぶ

 

「皆ー!ありがとうなー!また会おうぜー!」

 

皆も俺と同じように振り返って一頻り手を振って別れの挨拶を告げてから向き直る

 

「よっし、んじゃあ今から日本に向けて旅立つわけだが道中何があるかサッパリ分からん、だが俺達皆が力を合わせればきっと何とかなるはずだ、だから何かあったらすぐ連絡して助け合って日本に戻るぞ!」

 

\おー!/

 

皆が向き直ったところで俺が皆にそう言い放ち、皆はそれに反応し気合の籠った声で答える

 

「それじゃあ、抜錨だあああぁぁぁっ!!!」

 

こうして俺達の日本へ向かう旅が始まったのだった

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうそう、そういや言い忘れてた」

 

ドーバー海峡を越えたあたりで俺は唐突に声を上げる

 

「ん?どうしたんだ?何かあったのか?」

 

突然声を上げた俺の方に振り向きながら空が聞いてくる

 

「いやな、宴会の後色々考えて俺個人の目標ってのを立てたんよ。それを皆に言ってなかったなって」

 

「おめぇ個人の目標だぁ?一体何企んでやがんだぁ?」

 

俺の言葉を聞いて怪訝そうな顔をしながら尋ねてくる悟

 

「企むって人聞きが悪ぃな……、っとそれは置いといて俺の目標なんだけどよぉ……、俺、日本に着いたら日本の海軍で提督になろうと思ってんだ」

 

\はぁっ!?/

 

わ~い皆驚いてやんの~、でも揃いも揃って何言ってんだこいつみたいな雰囲気出すのはやめて?つか皆足止まっちゃったしぃ……

 

「旦那、いきなり何言い出すんだっ!?」

 

「本気なのか?戦治郎さん」

 

「だってアクセルもセオっちもそれぞれの海軍のトップじゃん?それなのに俺だけそういう肩書ないどころか海軍にすら入ってないのって恰好付かねぇじゃんかよ~……」

 

摩耶と木曾が驚いた表情のまま尋ねてきたので、先ずはこう返しておいた。まあこれは半分冗談半分本気ってとこだ

 

あの2人はそれぞれドイツとイギリスの海軍の総司令だ、海軍に所属すらしてない俺が2人は友達だ!って主張しても事情知らん奴からしたら俺と2人との接点が見出せず絶対信じてもらえねぇだろうし、何よりまた共同戦線張るような事になった時に友達と対等な立場で肩並べて戦いたいじゃん?

 

「いや、気持ちは何となくわかりますけど……、そう簡単になれるもんじゃないんじゃねぇですかね……?」

 

「そうですね……、艦娘を運用するとなると最低でも少佐にならなければいけません。特例などと言うのも今まで聞いた事はありませんから、本当に艦娘の提督になろうと思ったら海軍に入隊してから軍学校に通う必要が出てきます……」

 

「軍学校云々は上等だ、つか提督業なんてゲームのくらいしかやった事ねぇから本格的な奴やるとなったら、軍学校でしっかり教えてもらった方が都合いいだろう」

 

シゲの疑問に神通が答え、神通の言葉に俺が思っている事をそのまま返す

 

「それに、これが俺が提督目指す一番の理由になるんだけど、艦娘の皆は日本に戻っても帰る場所がある奴はある、だが俺達はどうだ?」

 

「あ~……、少なくとも自分達はホームレスルート確定ッスね~……」

 

「家どころか国籍も戸籍もないわよね、今のアタシ達って……」

 

そう、例え日本に着いたとしても今の俺達が住む場所がないんだよな。って事で俺が提督になって鎮守府なり泊地なりに着任してから皆と一緒にそこで暮らすって寸法だ。失敗したら護が言う通り皆仲良くホームレス!最悪のケースだと剛さんが言ってるが俺達には国籍も戸籍も無いから国外追放喰らって海にポイされる可能性すらあるかもしれん

 

「それはいいんだけど……、そもそも日本が戦治郎さん達を受け入れてくれるかが問題よね~……」

 

「戦治郎さんだけでなく、私と神通さんも姿こそ艦娘なのですけど中身は深海棲艦ですからそのあたりが少し不安なところですね……」

 

「そのあたりは少々強引な方法になると思うが何とかなるだろう、具体的に言えば俺達転生個体の情報と深海棲艦の穏健派の存在に関する情報をダシに交渉するってところか」

 

陽炎の発言を聞いて不安がる姉様、正直俺もこの方法でいけると確信持ってねぇから不安っちゃあ不安なんだが……

 

「そのカードをより強力なものにする為にも、ソロモンに向かう必要があるってところか……」

 

「その2つ以外にも交渉に使えるものを手に入れる事が出来ればいいのですが……」

 

光太郎の言う通り穏健派の情報を正確にかつ大量に仕入れる事で情報の価値を底上げする、その為にも俺達はソロモンへ行かなければいけないんだ

 

だが交渉材料が2つだけと言うのも心許ないので、通が言ったこの2つ以外にも使えそうな何かを日本に着く前に探さなきゃいけねぇな……

 

「まあこんなとこでグダグダ考えてても仕方ねぇ!取り敢えず先に進んでそっから考えようぜ!この世の中はなるようになってるもんだからなっ!」

 

サンキュー脳筋、考えるのは飯の時でも出来るもんなっ!今は先に進む方が大事!

 

「輝の言う通りだな、今は少しでも先に進む事に専念すっか。っと取り敢えず俺の個人的な目標の話はこんなとこだ、細かい事話し合うのは飯の時にやんぞ」

 

俺はそう言ってこの話を一旦止めて前に進みだす、皆もそれに従って再び歩みを進めるのだった

 

さって、この先一体どんな事があるんだろうな~……




次から新章に入ります

それに伴い戦治郎メインだった視点が、一時的に新章での主役になる光太郎メインの視点に変わります



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カスガダマ沖共同戦線と囚われの姫編
長門屋海賊団誕生


今回から新章突入

この章は光太郎メインになりますのでご了承下さい


ドーバー海峡での戦治郎の提督になる宣言の後、俺達はひたすら海上を移動して現在はモロッコの西にあるポルト・サント島の近くの小島で寝床の確保をしていた

 

ノルウェーあたりからずっと移動して来たものだから皆かなり疲労していたんだけど、艦載機による周囲の哨戒をしていた空がたまたまここに深海棲艦の拠点があるのを発見、それを聞いたナチュラルハイになっていた一部のメンバーが即突撃、即制圧して今に至る。つまり寝床の確保=死体等の掃除なのだ……

 

「うっしゃあああぁぁぁっ!!!これで寝れるぞおおおぉぉぉっ!!!」

 

\うぇぇぇい!!!/

 

戦治郎の雄叫びのような掃除終了宣言に沸き立つ皆、俺もようやく眠れる事実に歓喜の声を上げていた

 

「いや~、やっぱ一気に移動するもんじゃねぇな……、明日からはもうちょっち移動距離短くすっか」

 

今回の長距離移動が余程堪えたのか、戦治郎がそう提案する。俺達には別に目的地に何時迄に行かなければいけないなどというのはないのだから、毎回毎回疲労困憊しながら長距離移動する必要性が全くと言っていいほどないのである。皆も同じ考えなのか首を縦に振っている

 

「だな、ここで入手した地図を見る限りセネガルのダカール付近と赤道ギニアのプリンシペ島に1つずつ拠点があるようだからそこらを制圧しながら進んで行けば丁度いい感じになるのではないか?」

 

「そこまではそれでいいと思うのだけど~、問題はプリンシペ島の後よね~……」

 

手元にあるコピーされた地図を見ながら空が言う、空が言う通り距離的にも丁度いいとは思うのだが、剛さんが指摘する通りプリンシペ島以降の拠点の位置が問題なのだ

 

プリンシペ島の次に拠点があるのはプリンス・エドワード諸島、南アフリカの南東、それも結構離れた位置にある島なのだ。プリンシペ島からそこに直接向かう場合今日よりも長い距離を移動しなくてはならなくなるのだ

 

「これは直接向かうよりもアンゴラかナミビアあたりに1度上陸してから向かった方がよさそうだな……、その場合もしかしたら野宿になるかもしれないけど……」

 

「野宿か……、お風呂とか大丈夫かしら……?と言うかアフリカで野宿って何か不安しかないんだけど……」

 

俺の言葉の野宿という単語に反応する天津風ちゃん、年頃の女の子だとやはりそのあたりは気になるところだろう。俺の方は自分で言っておいてなんだがアンゴラもナミビアもどんな国なのか全く知らないので、天津風ちゃんが言う不安の部分は完全に同意である

 

「んで、プリンス・エドワード諸島の次は俺達にゃあ馴染み深いマダガスカルなわけなんスけど……、何なんスかね?このマーク」

 

シゲが言っているように、この地図のマダガスカルのところには俺達にはよく分からないマークが付いていた。マークの形が何となくではあるが攻撃的な感じがするのは俺の気のせいだろうか……?

 

「まあ行ってみりゃあ分かるだろうよ、そんで攻撃されりゃあやり返す、そうでなきゃあ話を聞いてみる。ここ来るまでと同じ事やりゃあいいだけだ」

 

戦治郎が言う、まああいつが言う通り実際に目で見て話を聞けば間違いはないだろうな

 

因みに攻撃されたら反撃してそうでなければ話を聞くというスタイルについてだが、これは俺達が穏健派の存在を知ってから決めた事で、もし目に映った深海棲艦全てを沈めていってたら穏健派に警戒若しくは敵対勢力と思われる可能性を考慮しての事である

 

「しっかし、拠点を襲撃しながら進むって……、俺達は強盗……と言うより海賊か何かか?」

 

木曾がつい思った事を口からポロリとこぼした、それは皆に聞こえたのか全員の視線が木曾に集中する

 

「海賊……、海賊かぁ……、いいな!海賊!」

 

戦治郎の目が輝きだす、こいつ絶対変な事思いついたな……

 

「え~、今この時を以て我々は『長門屋海賊団』を名乗る事になりましたっ!!!」

 

どうやら俺達は今から海賊になるそうだ、ほら見ろ変な事になった~……

 

「いやいや旦那……、旦那は日本の海軍の提督になるんじゃなかったのか?」

 

「ばっか摩耶おめぇイギリスに海賊から提督になった人がいるっての知らねぇのか?」

 

摩耶がツッコミを入れるも実例があると主張して譲らない戦治郎、そういやいたなそんな人……

 

まあよくよく考えてみたら、ワ級襲って物資奪って拠点襲って占拠するって何処からどう見ても海賊だから何とも言えないな……

 

「それにもし軍に所属する艦娘と会った時、艦隊名みたいなのなかったら面倒な事になりそうじゃね?」

 

「だからと言って海賊はどうかと思うのですが……、最悪の場合勘違いされて攻撃されかねないと思いますよ?」

 

確かに所属を聞かれてすぐに答えられなかったら怪しまれるだろう、だからって海賊を名乗ると通の言うような展開になる可能性があるんだよな~……

 

「そのへんは俺が何とかするさ、まあそれでダメだったらそん時考える!」

 

戦治郎が何とかすると言ったら大体何とかなる、それについては小さい頃からこいつと付き合い続けている俺達がよく知っている。尤もこの海賊団を名乗るのも恐らくだけどただの思いつきではなく、戦治郎なりに考えがあっての事だろうから俺はもう今更どうこう言うつもりはない

 

空と悟の方を見ても戦治郎に何か意見するつもりはなさそうだ、輝の奴はどう見ても乗り気である

 

「つか護はどうしたよ?さっきからずっとムスッとしたまま何も言ってねぇけど……、海賊とか嫌だったか?」

 

「海賊云々なんてどうでもいいッス、それよりもプリンス・エドワード諸島を一刻も早くあいつらの手から奪還したくて仕方ないッス。今もどうやったらあいつらを思いっきり苦しめながらブチコロコロ出来るか考えてるところッスよ」

 

物凄く不機嫌そうに答える護、確か最初に地図で拠点の位置見た時に物凄く取り乱していたけど、護がああなるくらいの何かがプリンス・エドワード諸島にあるのだろうか?

 

「護さんがそこまで言うのも珍しいですね、プリンス・エドワード諸島には一体何があるのですか?」

 

興味本位なのか不知火ちゃんが護に質問する、すると護は物凄い剣幕で叫ぶように話し始める

 

「あの島には!!!オウサマペンギンの!!!繁殖地があるんス!!!そんなところに軍事施設を作るとか!!!何考えてるんスかあいつら!!!自分あいつら絶対許さないッスよっ!!!」

 

まさかペンギンの事でここまでキレるとは……、こいつどれだけペンギンが好きなんだよ……、理由を聞いた皆が呆然としてるよ……

 

「シャチョー、ここの拠点に攻め込む時は絶対自分を入れて欲しいッス。もしかしたらあいつらの犠牲になったペンギン達がいるかもしれないッスからその仇を取ってやるッス」

 

護が珍しく殺る気になっているが、その理由がペンギン達の敵討ち。戦治郎もその気迫につい気圧されて了承していた

 

「取り敢えず話はこれで終わりでいいッスか?自分今からここの工廠であいつらブチコロコロする為の装備作るッスから。それとシゲ借りていくッスよ、いいッスよね?」

 

「お、おう……、俺は別に構わねぇけど……、その、すみませんアニキ……、ちょっと行って来ます……」

 

「お、おう……、いってら~……」

 

護はそう言ってシゲを連れて工廠に向かい、俺達は呆気にとられたままその背中を見送った。護をあそこまで駆り立てるペンギンの魔力とは一体何なのだろうか……?

 

護の件で海賊云々については皆どうでもよくなってしまったようで、そこを戦治郎が押し切って俺達はこの日から『長門屋海賊団』を名乗る事になったのだった



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海賊団としての初仕事

長門屋海賊団誕生から一夜明け、ポルト・サント島から出てダカールへと向かおうかというその時にある問題が発生した

 

「何してくれてんだ護うううぅぅぅっ!!!」「があああぁぁぁっ!!!」

 

戦治郎が護にアルゼンチン・バックブリーカーを仕掛けながら叫ぶ、何と護が装備の開発で手持ちの資源と資材をほぼ使い切ってしまったのである

 

今から補給してさぁ行きますかってタイミングで発覚した為、護以外の皆の補給が終わっていないのである

 

「大五郎に載せていた分だけでなく、この拠点にあった分まで使い切るとは……。一体何をどうしたらこんなに消費するんだ全く……」

 

空が額に手を当てながら呟き溜息を吐く、確か大五郎には各資源を2万5千ほど、この拠点には各資源20万づつと資材が千個ずつはあったと聞いていたんだが……

 

「どっせいっ!!!」「うぎゃあああぁぁぁッス!!!」

 

戦治郎がアルゼンチン・バックブリーカーからバーニングハンマーに繋げて護を顔面から地面に叩きつける、どうやら相当頭に来ているのかそこから更にテキサスクローバーホールドのような技を追加で仕掛けていた、ライオンテイマーのように片膝で護の頭を押さえつけながらのテキサスクローバーホールドなので多分戦治郎オリジナルの技なのだろう

 

「うっわめっちゃ痛そう……、だから俺は止めとけって言ったのによぉ……」

 

後頭部を摩りながらシゲが言う、シゲは巻き込まれたとは言え共犯である事は変わりないという理由で護より先に戦治郎からアサイDDTを喰らっている。シゲマジドンマイ……

 

「何で貴方達は仲間が何かやらかした時すぐプロレス技仕掛けるのよ……」

 

陽炎ちゃんが呆れながら言う、藤吉の世代は分かんないけど少なくとも俺達やシゲ達の世代だったらプロレス技は必修だったと思うんだけど違うの?

 

「関節技なんかはお仕置きには丁度いいですからね、流石に先輩や剛さんのように豪快に投げるのはやり過ぎだと思いますが……」

 

「でも戦ちゃんや輝ちゃんあたりはサブミッション極めてても力任せに強引に解除したりするでしょうし、空ちゃんに至っては瞬時にカウンター仕掛けてきそうじゃない?だったら投げた方が確実だとアタシは思うんだけどね~」

 

陽炎ちゃんの疑問に苦笑いしながら返す通に、投げ技使用に肯定的な意見を出す剛さん。確かにその3人相手だったらその方が間違いないだろうけど……

 

「それでどうするんだ?補給無しで移動するのは危険過ぎるが、だからと言ってジッとしててもどうにもならないと思うんだが……」

 

木曾の言う通りだな、ゲームのように資源の自然回復なんてものは無いのだから自分達で動かなければ問題は解決しない。今やるべきは護へのお仕置きよりも資源を調達する方法を考える事だろう

 

「折角アクセルからグスタフとドーラの設計図貰ったから、大五郎の追加装備として組み込もうとしてたのによぉ……。っとその件については一応考えがあるから多分大丈夫なはずだ」

 

テキサスクローバーホールドっぽいのを解除した戦治郎がそう答えた

 

サラッととんでもない事言ってるが今はそんな事はどうでもいい、重要じゃないんだ。その後俺達は戦治郎の考えと言うのを聞いてからそれぞれ動き始める

 

 

 

 

 

「何処にいるかね~、ワ級ちゃんは~っとぉ」

 

鷲四郎を発艦させ近くにワ級がいないか探しに行かせながらも自身も視認できる範囲内でワ級を探す戦治郎、随伴艦は俺、護、陽炎ちゃん、姉様の4人となっている

 

戦治郎の考えとは、自分だけ補給していた今回の問題の元凶と海水を使えば砲撃可能な俺、同じ陽炎型である不知火ちゃんと天津風ちゃんの燃料と弾薬をかき集める事でフル稼働可能な陽炎ちゃん、そして本体だけで動けば燃料も弾薬も消費しない戦治郎と姉様の5人でワ級を襲って物資を奪って補給するというものだった

 

「これ、本当に上手くいくの……?」

 

俺の隣で不安そうな顔で呟く陽炎ちゃん、普通に考えたら成功率は低そうなんだけどそれをどうにかしてしまうのが戦治郎クオリティー。あいつが出来ると言った以上きっと何とかなるだろうと俺は信じている

 

「あそこの拠点の地図見たところ、ダカールとプリンス・エドワード諸島の拠点が補給拠点みたいなんだよな。そんでもしかしたらダカールからポルト・サント島に物資届ける輸送部隊が既にダカールから出てる可能性があっからそれ狙ってみたんだ」

 

陽炎ちゃんの呟きが聞こえていたのか戦治郎がそう言った

 

「戦治郎さんはよく見ていたのですね、私なんか地図を見ても現在地もよく分からなかったのに……」

 

戦治郎の言葉を聞いてションボリする姉様、地図が読めないとなると姉様が何処か行くって時は必ず誰か同行させないと帰って来なくなりそうだな……

 

「シャチョーの勘が当たってくれたら、かなり早くこの作戦終わりs「あかーーーん!!!」ちょ何スか今の声!?」

 

突然聞こえた声によりあたりに緊張が走り俺達はすぐさま戦闘態勢に入る、そのタイミングで鷲四郎から連絡が入ったようで戦治郎はその内容を静かに聞いてから俺達に告げる

 

「こっからちょっち南に行ったところでドロップ艦と深海棲艦がドンパチやってるそうだ!って事で助けに行くぞ!!!」

 

\了解!/

 

俺達は揃って返答してドロップ艦の救助の為に南へ駆け出して行った

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ不味いでぇ!ピンチ過ぎやー!」

 

そう叫びながらこちらへ全力疾走して来ているのは軽空母の龍驤、その後ろには彼女を追いかけながら砲撃しているエリトとエリイにエリハ、更にエリワが3匹もいた。俺達はドロップ艦を救助しに来たわけだが、その相手がまさかの俺達のターゲットである輸送部隊だったとは……。戦治郎の豪運ここに極まれりって奴だな……

 

「って前から増援来おった!しかもエライごっついのばっかおるやんか!!!」

 

俺達に気付いたのかそう叫ぶ龍驤、生憎俺達はあいつらとは違うんだよなぁ……

 

「あかん……、今度こそウチは終わりや……。無理に付き合わせてもうてすまんかったな阿武隈……、ウチは先逝っとるで……」

 

龍驤はそう言うと段々減速していき、遂には止まって海面に膝をついてしまった。俺と戦治郎はそんな龍驤の脇をすり抜け前に出て、ダカールからの輸送部隊と思わしき深海棲艦の艦隊に攻撃を仕掛けるのであった

 

「ふぇ?!なんや!何が起こっとるんや!?何で深海棲艦が深海棲艦攻撃しとるんやっ?!」

 

「そのへんの事情、説明した方がいいッスかね?」

 

突然の出来事に混乱する龍驤に話しかける護、だが……

 

「護うううぅぅぅっ!!!そっちは姉様と陽炎に任せておめぇはこっち手伝えええぇぇぇっ!!!」

 

戦治郎が叫びながら護を呼ぶ、確かにお前が今回の元凶なんだから身体張って落とし前つけなきゃいけないよな、うん

 

「あちゃあ……って事で自分行って来るッスからそっちは姉様と陽炎に任せるッスよ~」

 

「分かりました、どうかお気をつけて!」「新装備開発したって言ってたんだからそれでちゃっちゃと終わらせて戻って来なさいよ!」

 

護はそう言ってこっちに向かってくる、その背中に姉様と陽炎が声援を送って送り出す

 

「何や、これは一体どういうこっちゃ?ウチに分かるよぅ説明……ってよぅ見たらそっちの扶桑は艤装付いとらんように見えるんやけど……」

 

「あっ……、これは、えっと……そのぉ……」

 

「そのあたりも含めて今から説明しますから、よく聞いて下さい。いいですね?」

 

背後でそんなやり取りが聞こえてきたが今は気にしてられないな、さっさとこいつらを片付けて物資回収して、それからあっちに合流するとしますか

 

俺はそんな事を考えながらポンプで海水をたっぷりと汲み取り、目の前のエリハへ放水を開始するのであった



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先輩と後輩

輸送部隊との戦闘は非常にアッサリと終わってしまった

 

俺と対峙したエリハは俺の放水でその身体にでかい風穴を開けられて沈み、エリトは戦治郎と勝負するも砲撃を悉く躱されて、結局戦治郎に間合いを詰められ首を刎ねられて沈んでいった

 

エリイはと言うと、護の新兵器の実験台にされていた。護がエリイの身体掴んで持ち上げると護の腕が放電し始める、その攻撃で感電してビクビクと痙攣するエリイの身体はしばらくすると炎上し始め、火達磨になったところで海面に叩きつけられ沈み始めた

 

護はその攻撃の最中に艤装から今までのものより明らかに大きなミサイルを3発発射し、エリワ3匹をいとも容易く吹き飛ばしていた。まあエリワの残骸は俺と戦治郎で回収して無事資源を入手する事には成功したのだが……

 

「護!おっま何じゃそりゃっ!?」

 

「これッスか?これは自分専用の近接格闘用装備ッスよ~。自分格闘術とかの心得が全くないッスからね、その対抗手段が何か無いかと思ってる時にイワンとトビーに付けてた電撃ネットの事思い出して、そこからこのグローブを作ったんッスよ。これだったら触った相手に問答無用でダメージ与えられるッスからね」

 

相手をわざわざ持ち上げていたのは、俺達まで感電させないようにする為の配慮だったのだろう。しかし喰らった相手が発火炎上するほどの威力とは……、護は恐ろしい装備を作ったもんだ……

 

「いやそれも気になるがミサイルの方!なんだあのでっかいの!?」

 

戦治郎が気になったのはミサイルの方だったか、確かにいつもの拳2つ分の奴より遥かに大きかったな……、腕1本分くらいはあっただろうか?

 

「あれはほら、自分一応駆逐艦じゃないッスか~、だから火力面で不安があったッスからそのあたり強化する為に作った巡航ミサイルッス」

 

これ以外にも、今回は使っていないが拠点破壊用の大きさが脚1本分くらいある弾道ミサイルも作っているそうだ

 

そんなもの作ってたらそりゃ資源が無くなるわな……、しかし護の武器はミサイルが多い気がするがこいつはミサイル棲姫などと名乗るつもりなのだろうか……?

 

「道理で資源を大量消費したわけだ……、今度からは何か作る時は一声かけろよ?全く……」

 

深海棲艦に八つ当たり出来たのと、必要分以上の資源が回収出来た事である程度怒りが収まった戦治郎が言う。今回みたいな事が今後ないようにしないといけないからな

 

「取り敢えずこっちの要件は終わったし、龍驤の方行ってみるか」

 

戦治郎はそう言うと事情の説明が終わったのか、こちらを見守っていた龍驤達の方へと向かって進み始めたので、俺達もその後を追った

 

 

 

「ウチの事助けてくれたんはホンマおおきに、でも君達のあの戦い方はなんなん?砲雷撃戦はどこいったん……?」

 

「それだけじゃ対処出来んとこをこんな方法でカバーしてるだけだ、なぁにそんな小せぇ事気にすんな!」

 

俺達の戦いを見た龍驤の感想、それに対しての戦治郎の回答がこんな感じ。まあ初めて見たら驚くだろうなぁ……

 

「それはそうと、龍驤さんはこんなところで何をやってたんだい?まさか民間用艤装であの艦隊とやり合おうとしてたの?」

 

戦治郎が発した小せぇに反応して龍驤さんが何か叫ぼうとしていたが、それを言わせてしまうと話が進まなくなりそうだったので俺が龍驤さんに質問する形で割って入る

 

「いやいやいや、民間艤装じゃマトモに戦えんっちゅぅのはウチも分かっとるからな?ウチはあいつらの後を追ってたんや」

 

あいつらを追跡していた?どういう事か聞いたところで龍驤さんが話し始める

 

龍驤さんがドロップ艦になった理由、それは彼女の後輩達が艤装を持って行方不明になったのが事の始まりなんだとか

 

龍驤さんは高校時代に艤装競技をやってたらしく、後輩達の面倒をよく見て可愛がっていたそうだ。そして月日が流れて高校を卒業して大学に進学、そこでも艤装競技をやっていたそうだがある日、その後輩2人が行方不明になったと聞いたのだとか

 

艤装を持っていなくなった事から後輩達はドロップ艦になって何処かの戦場に飛び出していったのではないかと考えた龍驤さんは、大学を中退して自身もドロップ艦になってその後輩達を探す旅に出る事にしたそうだ

 

その時に協力してくれる仲間を募ったところ、その後輩達と同級生だった阿武隈さんしか付いて来てくれなかったんだとかなんとか……

 

勘を頼りに2人で乗り込んだ飛行機がスペイン領テネリフェ島行きだった為、取り敢えずこのあたりを捜索していたそうなのだが、龍驤さんは運悪く阿武隈さんとはぐれてしまったそうだ

 

「いくら探しても阿武隈も見つからんし、燃料もヤバイ事になってきとったところであいつら見つけてな、見つからんよぅ尾行してあいつらの目的地着いたらそこから資源ちょろまかそうか思っとったんやけど~……」

 

「それで結局見つかって今に至るってとこか……」

 

龍驤さんの話を聞いて頭を抱えながら戦治郎が言う、この娘無茶し過ぎでしょう……

 

「ホンマ戦治郎さん達が通りかかってくれてへんかったら今頃ウチは魚の餌になるとこやったわ、そこんとこは改めて礼を言わせてもらうわ、ホンマおおきに!」

 

「俺達ぁ当然の事しただけだ、んでこれからどうすんだ?」

 

「せやな~……、行方不明になったんもそうやけど阿武隈の事も探さんとアカンしそろそろ行こう思っとる、せや!もし行方不明になったんに会ったらウチが探しとるって伝えてもろうてええか?」

 

もしかしたら道中で会うかもしれないから、その時はしっかりと伝えて4人で仲良く帰国してもらいたいものだ

 

「分かった、もし見かけたらそう伝えとくわ。そんでそいつらの名前は?」

 

「摩耶と木曾言うんや、もしその2人に会ったら頼むで」

 

\はっ?/

 

物凄く聞き覚えのある名前が出て来て、俺達全員が思わず間の抜けた声を出してしまった……。まさかこの2人の事だったか~……

 

「あ~……、龍驤?ちょっとお前に伝えなきゃいけねぇ事があるんだ……」

 

戦治郎が物凄く申し訳なさそうな顔をしながら言う、その言葉を龍驤さんは頭に?を浮かべながら聞いていた

 

 

 

 

 

「摩耶あああぁぁぁっ!!!木曾おおおぉぉぉっ!!!」

 

「ちょっ!?龍驤先輩?!」「何で先輩がここにいるんだよっ!?」

 

俺達は龍驤さんを連れて拠点に戻ると、件の2人が出迎えてくれた。それを見た龍驤さんが2人の名前を叫びながら猛ダッシュ、飛びついてワンワンと泣き出したじゃないですか。肝心の2人も予想外の人物の登場で非常に驚き困惑していた

 

事情を話すと2人は申し訳なさそうな顔で龍驤さんを見つめ、龍驤さんの方は泣きじゃくり2人をベシベシと叩きながら心配させるなとかせめて相談しろとか言っていた

 

「ウチだけでなくこの2人の事まで助けてもろうて……、もう感謝の言葉しか言えへん……、ホンマに……ホンマにありがとうなぁ……」

 

一頻り泣いて落ち着いた龍驤さんが土下座しながら俺達に感謝の言葉を述べていた、そこまでする事ないんじゃないかな~……?

 

「そんで、2人は戦治郎さん達と一緒に日本に戻るっちゅーてたか……」

 

「「すみません先輩……」」

 

更に細かいこっちの事情の説明と、2人の意思を聞いた龍驤さんが何か思案するように唸る、その声が止んだところで龍驤さんが声を出す

 

「よっしゃ!そういう事ならウチもその旅に同行するわ!ウチだけでなく後輩達の命も救ってくれた恩人に何もせんちゅぅたら女が廃るわ!」

 

まさかの俺達の旅の同行志願である、物凄く危険な旅だと言ってはみたが日本を出る時に覚悟は出来ていると言っている

 

「これを断って後をつけてこられても困るし、またあのへんフラフラして沈められるよりかは一緒に行動した方が生存率は高いか……、分かった、長門屋海賊団はおめぇの事歓迎するぜ!」

 

こうして、長門屋海賊団に新しい仲間が加わったのであった



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阿武隈の行方と艦載機マスター決定戦

俺達は今、昨日長門屋海賊団に加入した龍驤さんと共にテネリフェ島へと来ていた

 

理由は龍驤さんの荷物の回収と、もしかしたら阿武隈さんが宿泊しているホテルに戻って龍驤さんを待ってくれているかもしれないという可能性に賭けてみたわけなのだが……

 

「龍驤さん、気を落とさないで……」

 

俺はガックリと肩を落とす龍驤さんにそう声をかけた、話によると阿武隈さんは既にチェックアウトを済ませて何処か別の場所に向かってしまっていたそうだ

 

ただ気がかりな事があって、ホテルのフロントの人が言うには彼女はチェックアウトを済ませた後に龍驤さんとは別の女性を連れ立って出て行ったそうで、彼女達の日本語での会話にはダカールや赤道ギニアと言う単語が混ざっていたとの事だ。日本語が分かるフロントの人のおかげで本当に色々と助かった……

 

「聞いてる限りだと俺達の目的地と一致するところがあるな……、まさか阿武隈達は民間艤装であいつらの拠点に攻め込むつもりなのか……?」

 

「いや、それはあり得へんな。阿武隈にはこの艤装やとあいつらの相手はマトモに出来へんって口を酸っぱくして言い聞かせとるんや、それに阿武隈の性格やったらまず自分から攻め込むような真似はする筈ないやろ」

 

戦治郎がそう推測するも、龍驤さんがそれを即否定した。確かに改二になる前の阿武隈さんだとそんな積極的に攻め込んで行く感じじゃないからね……

 

「それよりも気になったのは、阿武隈と一緒にいた女性とやらだな……。聞いている限りだと日本人のようなのだが……」

 

空が言う、確か黒髪ロングで和服のようなものを着ていたと言うのだが一体誰なのだろうか……?

 

「つかよぉ、阿武隈達は一体何処で奴らの拠点の情報を手に入れたんだぁ?普通に考えりゃぁ奴らの拠点の位置情報なんて早々手に入るもんじゃねぇと思うんだがなぁ」

 

悟が疑問を口に出したが、それは龍驤さんの口から思いの外あっさりと答えが返ってきた

 

「それについてなんやけど、ウチらが飛行機でこっち来る時に機内放送でそのへんに近付くなって何度も警告しとったで」

 

まさかのモロバレ、何やってんの深海棲艦……。そのあたりを詳しく聞いてみるとそっちの方から深海棲艦が攻めて来たけど、対抗手段がないのでそのあたりの住民に避難勧告を出して問題が解決するまでの間立ち入り禁止区域に指定したので近づかないで下さいと言うのを飛行機の中で何度も聞いたらしい

 

この話聞いた皆が呆然としていたよ……、普通に考えたら当たり前の事だったからね……。まあ海路を自力で進む俺達だったらそんな方法で情報を入手するなんて不可能だからスッカリ頭から抜け落ちていたよ……

 

「その情報から考えるともしかしたらッスけど、阿武隈達の会話はそのあたりは避けて通ろうっぽい事話してたかもしれないッスね~……」

 

ああ、そう言われるとその可能性は十分ありそうだな……。護の発言聞いた皆がきっとそう思っているはずだ

 

「まあそこらへん確認すっ為にも取り敢えずダカールに行かなきゃなんねぇな、っと龍驤の方はリミッター外した艤装にはもう慣れたか?十中八九向こう行ったら戦闘になると思うんだが……」

 

「つまりダカールでの戦闘がリミッター外したウチのデビュー戦っちゅぅ事やな?艤装の方もここ来るまでの間に十分馴染んだし問題ないで!腕が鳴るでっ!!!」

 

龍驤さんが俺達に同行するのが決まったところですぐに艤装のリミッターを解除、少し試運転するかと言ったところで彼女が試運転ついでに荷物と阿武隈さんの件を提案して今に至っていたりする

 

艤装のリミッターを外した事で、艤装が持つ本来の力を取り戻し全身に漲る力に気分が高揚しているのかやたら強気な発言をする龍驤さん、本当に大丈夫だろうか……?

 

「そういや、海賊団所属の純粋な空母系の艦娘って龍驤が初じゃね?」

 

シゲがふとそんな事を口にする、そう言えばそうなんだよな。グラーフさんはドイツ海軍に戻っちゃったから海賊団所属じゃないし、フェロー諸島での戦いの後航空戦艦になった姉様は航空戦力こそ持ってるけど純粋な空母ではないからね

 

「それホンマかっ?!おっしゃ!俄然やる気が湧いてきたで!ウチの艦載機捌きであっちゅぅ間に深海棲艦を沈めたるで!」

 

ああ、そんな事言っちゃうと……

 

「ほう……、余程自信があるようだな……」

 

「何なら勝負してみたりしちゃいます?俺様超頑張っちゃうよ~!」

 

「あら、だったら水母だけどアタシも参加しちゃおうかしら?」

 

「勝負事だったら俺も混ぜやがれ!ビリッケツには酒でも奢ってもらうかね!」

 

「面白そうだから僕もやるー!」

 

「陸上型深海棲艦も艦載機は使えますからね、っと流れ的に僕も参加しないとかな?」

 

「俺も参加な~、戦艦だけど艦載機飛ばせるからな」

 

ほらぁ……、航空戦力持ちが皆やる気になって勝負する事になっちゃった……

 

「あのぉ……、これは私も参加しなければいけないのでしょうか……?」

 

「いや姉様は無理しなくていいんだぜ?俺も鷲四郎しか飛ばせるのねぇから参加しねぇし……」

 

そう言いながらもちょっと残念そうな戦治郎、鷲四郎以外に艦載機があったら絶対参加してただろうなこいつ……。それと姉様も戦治郎が言う通りこの馬鹿騒ぎに無理に参加しなくてもいいからね?

 

「それ、ミサイルで参加してもいいッスか~?」

 

\ダメだっ(やっ)!/

 

いや、ミサイルはダメだろうよ護……

 

そういう事で、ダカールの拠点制圧戦は第1回艦載機マスター決定戦の会場となり、深海棲艦にとっては凄まじい数の艦載機が空を飛び交う正に地獄と呼べる戦場となったのであった

 

深海棲艦側に空母がいたらもう少し状況は変わっていたかもしれない、だが不運にもダカールの戦力には空母どころか戦艦すらいなかった……。一番強いのがエリリって……、いくら艦娘がいないからってこれは余りにも酷過ぎる……

 

降りしきる爆弾、止む事のない機銃の豪雨、迫りくる大量の魚雷で一方的に虐殺されていく深海棲艦達がほんの少しではあるが可哀想に思えてしまった……

 

優勝したのは空、やはり海賊団の主力正規空母は格が違ったと言ったところだろうか……。一部からは艤装まで使うのは反則と言う声も上がったが……

 

最下位は当然の事だけど龍驤さん……、実戦経験の少なさもあるけどそもそも参加メンバーが凶悪過ぎたのが一番の原因だろう……。これは流石に同情するよ……

 

肝心の本人は心が折れるどころか、激しく悔しがった後皆に再戦を挑むという鋼メンタルを披露して下さいました。この娘ものすっごく強いな……

 

輝が言っていたビリには酒を奢ってもらう件については、龍驤さんの手持ちが心許ないと言う理由で龍驤さんが輝の飲みに付き合う事になったそうだ……、合掌……

 

因みに参加しなかったり出来なかったメンバーは、拠点内部に突入出来るようになるまでの間阿武隈さんの捜索をやったり、釣り糸を垂らして釣りやってたり、忍術の練習なんかやったりして思い思いに時間を潰していた

 

「あ、もう終わった?」

 

「ああ、航空戦力皆無な上に最大戦力がエリリだったからな。正直途中から可哀想になってきたぞ……」

 

何処から持って来たのか分からないが、参加してなかったメンバー全員とトランプでババ抜きをやっていた戦治郎が空に尋ねて、幼馴染ズくらいしか気付くことが出来ない哀れみの表情を浮かべた空が答える。っとこれで俺あがりな

 

「よっしゃ!んじゃとっとと突入して制圧、資材資源を頂いちまうか!ここは補給拠点だったから資源はきっとタンマリあるはずだからな~、これでようやく大五郎の追加装備作れそうだ~♪」

 

そう言って立ち上がる戦治郎に続いて、ババ抜きやっていたメンバーも立ち上がる。トランプ片付けてる時に気付いたけど、ジョーカー持ってたのは戦治郎だったか……、運のいい奴め……

 

「んじゃあここは景気よく、全員で突入すんぞおおおぉぉぉっ!!!」

 

\おおおぉぉぉっ!!!/

 

戦治郎の号令で俺達は拠点に向かって一斉に駆け出し、あっという間に補給拠点の制圧に成功するのだった。まあこんだけ人数いたらそうなるか……



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明日の為の装備の強化と陸路と海路に分かれよう

「うぉっふぉっふぉ~♪でけたでけた~♪」

 

上機嫌で気持ちの悪い声を出しているのは戦治郎、この間アクセルからもらったと言っていたグスタフとドーラ……分かり易く言えば80cm列車砲2両の設計図を基に大五郎用の追加装備を作ったのだ

 

ハコと本体の間にクロスアームを取り付けて、上部2本にグスタフとドーラを模した砲を、下部2本にミゴロさんを取り付けてあった

 

大五郎の追加装備はそれだけではない、前に作っていた盾を改造してちょっと変わった形のかなり太いエアシリンダーを使って杭を撃ち出せる機構を盾の裏側に取り付けていた。盾で防御した際バンカー部分が変形しないよう盾とバンカー部分の間にはしっかり緩衝材を入れてある

 

「アニキはシリンダー大好きですよね~、何か理由ってあるんです?」

 

「よしシゲ、機会あったら一緒にビッグ・オー観ような。なっ!」

 

ああ、あれか……確かにあれのサドン・インパクトはあいつ好みだな……

 

「自分はそれよりも左腕の奴の方が気になるッスね~、何ッスかあれ?パッションリップの奴を更にごつくしたような爪が付いてるみたいッスけど……」

 

「盾と同じように使えるように防御面をガッツリ強化したガントレットなんだが、作ってる間に熊=爪っての思い浮かべちゃってなぁ……。気付いたらそうなってた!」

 

パッションリップが何なのかはよく分からないが、手首から先が巨大化しその指先には凶悪な大きさのいかつい爪が付いていて、手の甲や前腕部に装甲強化の為のプレートがいくつも埋め込まれた巨大なガントレットも盾の強化と合わせて作られていた

 

「これらと一緒に光太郎の追加装備まで作ったにも関わらず、消費資源は護がやらかした時の1/3以下とはな……」

 

「多分あれだ、ミサイルの電子制御系が思いの外資源喰ったんじゃないかと俺は思ってる。作る装備が現代の奴に近付けば近付くほど資源の消費が激しい可能性があっからイージスシステムなんか作ろうものなら1つ作るのにこの拠点の資源全部吹き飛ぶかもしんねぇな」

 

空と戦治郎のやり取りを聞いて戦慄する……、この補給拠点にあった資源の量はノルウェーのフレヤ島にあった補給拠点にあった資源の量より圧倒的に少なかったが、それでもかなりの量があったのは間違い無い。少なく見ても各資源数千万ずつはあったと思うのだが……

 

「護……、分かっているとは思うが……」

 

「分かってるッスよ~、自分もう釘刺されまくってハリネズミみたいになってるッスからね?」

 

これは本当に大丈夫なのだろうか……?護の返答に不安を払拭出来ないでいるのか、俺達じゃないと分からないくらいの表情変化で渋い顔をする空の姿があった

 

「それはそうと、光太郎の新装備は気に入ってもらえたか?」

 

これまでのやり取りを静かにずっと見ていた俺に、戦治郎が話しかけて来た

 

「ああ、正直右腕の奴だけだと少々不安だなって思ってたところだったんだ」

 

俺の追加装備、それは右腕にしか無かった放水砲の増設と放水砲を水上以外の場所でも使用可能にする為の改造だった。まず背中に背負う専用の貯水タンクを作り、それに給水ポンプのホースを接続すると陸上だろうとタンク内の水の分だけ放水可能になった

 

タンクに入る水の量は妖精さんの技術のおかげで見た目よりもかなり入るようになっているそうだ、妖精さんマジ感謝!

 

そして増設された砲門は棒状のものがタンクに接続されており、使用する際はそれが変形して脇の下から前に突き出てくるようになっている。これも右腕の放水砲と同じように直接海水などを吸い上げて放水したり出来るそうだ

 

戦治郎曰くF91のヴェスバーをモチーフにしたとの事、更に追加するならV2アサルトのヴェスバーみたいに腰のあたりに付ける事になりそうだと言っていた。取り敢えずこれで様子を見てから更なる増設が必要かどうか考えよう

 

「ところで、この資源は全部使い切るんです?一応大五郎に積み込める分は積み込んだし、皆の艤装の補給も済んだんですけどまだまだ全然数ありますよね?」

 

シゲの質問を聞いて考える、流石にこれを全部使い切るのは無理があると思うんだが……、戦治郎はそのあたりどう考えているのだろうか?

 

「いんや、ある程度使ったら俺達以外には分からんようにしっかり隠して、後々……うん、俺が提督になってからってとこか?まあ後からちょこちょこ回収していこうかと思ってるんだわ。んでもってその為にも今は数減らして隠す作業を楽にしようかなとな」

 

提督云々は兎も角、戦治郎の意見には賛成だな。これがまたあいつらの手に渡るのは癪だし見ず知らずの連中に勝手に持っていかれるのも微妙に腹立つからな……

 

それに隠す作業を少しでも楽にしたいと言うのは同意、これだけ数があったら隠すのもホント一苦労だからな……。体力的な辛さもあるがかなり時間がかかるだろうし……

 

そして資源を減らす為の使い道が装備開発、これは後の事を考えると俺もやっておくべきだろうと思っている、もしかしたら道中でラリ子のような奴に遭遇する可能性が十分あるのだから、それに備える意味でも装備開発は出来る時にやっておくべきだ

 

他のメンバーを見ても、俺と同じ考えなのだろう皆小さくウンウンと頷いていた

 

「シャチョー、だったらもうちょっと自分の装備追加していいッスか?今度は電撃系の武器にするッスから~」

 

「具体的な案は聞いてねぇから分かんねぇが電撃系は諸刃の剣過ぎんだろ……」

 

護はまだ装備を追加する気なのか……、今度は電撃系ってミサイル棲姫の次は雷様にでもなるつもりなのか……?

 

尚、護は後に多種多用なミサイルと電撃系武器を開発、駆使して戦い【機械仕掛けの雷神】と呼ばれ恐れられる事となる

 

「つぅか、ぶっちゃけっとそろそろ木曾が改二に出来そうなんだよな。早期からいるのと毎日のトレーニングに俺との朝練、そこにこないだの決戦で多分そろそろだと思うんよ。だからその分の資源は確保しとかにゃならんから、護の装備開発はもうしばらくお預けな」

 

マジで?つかお前との朝練って何だ?あの娘そんな事してたの?よく無事だったな……。それを聞いた護がぶぅぶぅ言い出したが取り敢えず無視しておく

 

「って事でここを出るのは木曾の強化ともうちょっち装備開発してからにしようと思うんだけど、それでいいか?」

 

「しかし、そうなると阿武隈の件はどうするんだ?あまり悠長に時間をかけていると追いつけなくなる可能性もあるし、最悪轟沈してしまうかもしれんぞ?」

 

戦治郎の意見に反論する空、確かに阿武隈さんの件は気になる……しかし後先の事を考えると木曾の強化や装備開発も重要なわけで……、これはちょっと悩むところだ……

 

「そういやそれがあったな……、う~ん……よっし!それじゃあこうしよう!チーム分けして艦娘&20代ズは海路でプリンシペ島に向かいながら阿武隈の捜索、30オーバー組でここの片付けやってから陸路で赤道ギニアまで行ってからプリンシペ島に向かう方向で!」

 

「いやいやいや、ツッコミどころ満載なんですが……。取り敢えずそう思い立った理由聞かせてもらってもいいですか?」

 

シゲが理由を尋ねると、戦治郎は自分の考えを話し始める

 

チーム分けについては、艦娘達だけでなく20代ズにもたまには戦闘での指揮など普段やらない色々な事を経験してもらおうって魂胆なんだとか

 

そして30オーバー組が陸路で移動するのは、阿武隈達が艤装の燃料の都合などで陸路で移動している可能性があるからだそうだ

 

この話が終わった後、俺達はすぐに全員で集まってこの事について話し合い戦治郎の案で先に進む事になった

 

話し合いの後は皆で今のうちに出来る限りの資源の隠蔽を開始し、木曾の改修に使う分の資源は輝の艤装に詰め込んで確保する事になったのだった



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絶賛逃走中

陸路組と海路組に別れて行動を開始してしばらく経つわけだが、海路組はしっかりやれているのだろうか……

 

まあサイズ的な問題で大五郎が海路組になったので、シゲや護がハコを使えば海路組が全滅する可能性がグンと下がるのであまり心配する必要はなさそうだが……

 

「おっほ~、あいつらまだ追って来てやがるぜ!」

 

密林の中をバック走行しながら戦治郎が叫ぶ、俺達は今とある集落の原住民の皆様方と絶賛追いかけっこ中なのである

 

「戦治郎お前バック走とか余裕あんなおいっ!」

 

「あいつらを蹴散らせればこんなに走る必要ないんだけどな~」

 

俺はそうやって叫ぶ余裕がある輝も大概だと思うんだけど……、そして弥七が物騒な事を言っているけど、蹴散らしてしまうと後で問題になりそうだから我慢してくれ……

 

「こういう時ホバー走行って楽よね~♪道の状態とか関係無しにスイスイ走れちゃうわ~♪」

 

「すみませんねぇ剛さん……、どうも体力使う事はからっきしなもんでぇ……」

 

本人が言う通りどんな悪路だろうとホバー走行でガンガン進める剛さん、そんな剛さんにおんぶされているのは逃走中にスタミナ切れを起こしてしまった悟、その表情は凄く申し訳なさそうだった

 

「取り敢えずこの密林を抜けたらきっと大丈夫なはずっ!太郎丸、方角はこっちで合ってるんだよな?!」

 

「うん!艦載機は既に密林を抜けて僕達が乗って来た車のところで待機してるから間違いないよっ!!!」

 

俺は太郎丸に俺達がここまで来るのに使った車がある方角が、今向かっている方角で合っているか確認をとる。それを聞いた太郎丸は大きく頷いて肯定してくれた

 

「奴らはまだ追ってくるか……、中々しぶとい連中だな……」

 

空飛ぶ艤装に乗って涼しい顔して空が言う、石ころの1つでも投げつけてやりたいが我慢我慢……。だってそうしないと……

 

「あの……、空さん……?瑞穂は本当に空さんの艤装に乗っていていいのでしょうか……?」

 

空の後ろに乗っている瑞穂さんに当たっちゃいそうだからね……

 

「もぉぉぅ!誰か状況を説明して下さぁいぃ!!!」

 

そんな中、俺に抱きかかえられている阿武隈さんがそう叫んでいた。状況説明は無事逃げ切ったらいくらでもしてあげるから今は頑張って耐えて頂きたい……

 

そもそも、俺達が何でこんな状況になっているかについてなんだけど……

 

俺達陸路組はノルウェーの拠点を売却した時にもらった金を使って車を購入、身分証明とかの書類関係はもしかしたら使うかもしれないからとアクセルが金と一緒に譲ってくれた奴を遠慮なく使わせてもらった

 

そして車に乗って阿武隈さんの情報を集めながら海岸沿いに南下していると、リベリアあたりで目撃情報を入手したのだ

 

まあその目撃情報と言うのがまさかの誘拐の現場の目撃情報だったもんだから、それを聞いた直後俺達はそれはもう大慌て、更に細かい事を聞いてみると何処かの集落の原住民が最近よく街に人攫いに来ているらしく、どうやら阿武隈さん達はそれに巻き込まれてしまったようだ

 

それっぽい原住民がいる場所を教えてもらい、俺達はその場所へ急いで車を走らせたのだった

 

 

 

その場所は密林地帯になっていたので、何かあったら通信機ですぐに連絡するようにして皆で手分けして捜索を開始

 

この通信機は今までは護が近くにいないと使い物にならなかったのだが、この間の護のやらかしの後に戦治郎が電子系装備開発時の消費資源がどのくらいになるか調べる名目で、護が近くにいなくても使えるようにする装置を開発していたおかげで護がいない今でも問題なく使えるようになっている。因みに肝心の消費資源は戦治郎の想定より多めになったそうだ

 

ある程度探したところで食事の時間が近づいてきたので、一旦集合して食事休憩してから捜索再開する事になったのだが、空が中々帰ってこない。何があったのだろうかと心配していたら空から通信が入ってきた

 

『どうやら俺はとんでもないものを見つけてしまったようだ……』

 

空のその言葉で皆に緊張が走る、空の次の言葉を聞き逃さないように通信機に意識を集中させる

 

「空、一体何を見つけたんだ?」

 

戦治郎が真面目なトーンで空に問う、その表情も真剣そのものであった。俺達ももしもの時の為にすぐに動けるように準備を開始したところで、遂に空の口が開かれ次の言葉が出てくる

 

『蟻塚だ、それも3m以上の巨大なものだ……、これは間違いなく俺に対する挑戦状なのだろう……。俺はこれからこの蟻塚の破壊を開始する、以上だ』

 

凄く真剣な声で馬鹿みたいな事言いやがったよこいつ……

 

「そうか……分かった、もうすぐご飯だからそれまでには帰って来いよ」

 

その表情を一切崩す事無く、空と同じように真剣な声で答える戦治郎。多分空にノッてあげただけだと信じたい……

 

「俺、たまに空の事がよく分からなくなっちまう時があるわ……」

 

大丈夫だ、それは皆同じだ

 

「つか、何であいつあんなに蟻が嫌いなんだ?」

 

「空ちゃんは蟻の事になると本気で殺しにかかるわよねぇ、過去に何かあったのかしら?」

 

戦治郎と剛さんが疑問に思っているが、剛さんは兎も角戦治郎は当事者だから知っていなきゃダメだろう……

 

「そりゃぁおめぇあれだぁ、俺達がガキの頃おめぇが家族でヨーロッパの方に旅行に行った時あっただろうがよぅ。そんで土産で買って来たチョコを空んチに集まって皆で食おうってなったの覚えてっかぁ?」

 

「ああ、そういやそんなのあったな。確か父さんが買ってくれたチョコの箱開けたまま皆で手ぇ洗いに行ってる間に窓の隙間から入って来た蟻にチョコを台無しにされた奴だっけ?」

 

悟に言われて思い出す戦治郎、空が大の蟻嫌いになったのはほぼ間違い無くこれが原因だろう

 

戦治郎が家族でヨーロッパ旅行に行き、お土産として戦治郎はクッキーを、その義姉の天音はマカロンを購入し、戦治郎のお父さんが俺達で食べる用にチョコを購入したのだ

 

その後は大体戦治郎が言った通り、空の家でチョコを開封したまま手を洗いに行っている間に、チョコに蟻がたかってチョコがダメになってしまったのだ。まあクッキーとマカロンのおかげで集まりが無駄になる事はなかったんだが……

 

「あの時は天音だけでなく空も大号泣してたよな~……、でもだからってあそこまで徹底して嫌うようになるもんか?」

 

空はああ見えてかなり甘党で、中でもチョコは大好物なのだ。親友が持って来てくれた大好きなチョコを滅茶苦茶にされたせいで、空は蟻を憎悪するようになったとしか考えられない。そして戦治郎はどうやらそこに気付いていないようだ……

 

「まあ、あいつなりに思うとこがあるんじゃねぇか?っとそういやだけどよ、お前と天音が買って来たクッキーとマカロンの値段は聞いてたけど、親父さんが買ったチョコっていくらくらいだったんだ?」

 

輝が戦治郎に尋ねる、そう言えばチョコの値段は俺も聞いてなかったな……。子供の頃は特に気にしてなかったけど大人になった今だとちょっと気になるところだよな

 

「あのチョコか?父さんが言うには日本円で1粒1万5千円だったっけか?父さんは金はこういう時にこそガバッと使うものってよく言ってたっけな~……」

 

「「「……はぁっ?!」」」

 

待て待て待てっ!!!1粒1万5千だとっ!?確かあの箱の中には36粒くらい入ってたよな……?

 

「1箱54万のチョコとか馬鹿じゃねぇのっ!?」

 

「ぐおおおぉぉぉっ!!!ファッ〇ンアリンコオオオォォォッ!!!」

 

「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 

「戦ちゃんのお父さんって豪快なお金の使い方するわねぇ……」

 

俺と輝は叫び悟は腹を抱えて大笑い、剛さんも驚き半分呆れ半分と言った感じでコメントしている

 

「空よぉ、今何処にいるんだぁ?今回限定で加勢してやんよぉ」

 

大笑いを急に止めた悟が空に通信を入れる

 

「確か相当でかいんだろ?今回ばかりは俺も手伝ってやんよ!」

 

怒りが混ざった獰猛な笑みを浮かべた輝が続く

 

「もしかしたら危険な奴かもしれないからな、早いところ駆除してしまおう」

 

当然だけど俺も続く

 

「えっ?何でお前らもやる気になってんの?あっれ?もしかして俺あいつら刺激するような事言った?」

 

「まあ・・・・・、そうねぇ……」

 

困惑する戦治郎に苦笑いしながら答える剛さん、そりゃお前そんな超極絶高級チョコを食い損ねたって分かったら誰だってキレると思うぜ……?現に俺達キレてるしな!

 

その後、俺達3人は空と合流してその巨大な蟻塚を徹底的に破壊した

 

そしてその帰り道だった、偶然集落を見つけてその中央で何かの儀式なのだろうか丸太に縛り付けられて火あぶりにされる阿武隈と瑞穂の姿を見たのは……



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密林を抜けて

「あれは……、阿武隈さんと……瑞穂さんじゃないかっ!?」

 

「何っ?!」「あん?」「う?」

 

俺が驚きのあまり声を上げると、3人は俺の視線を追うようにそちらを向く……のだが俺と空が瞬時に動き悟の両目を塞ぐ

 

「おめぇら何で俺の目ぇふs「おいおいおい!あの娘達火あぶりにされてんじゃねぇかっ!!!」……OK、目ぇ閉じたから手ぇ放していいぞ」

 

俺達の行動に文句を言おうとしたところに輝がセリフを被せるように声を上げて、その内容から俺達の行動の意図を察してくれた悟。恐る恐る手を放してみると本人が言った通りしっかりと目を閉じてくれていた

 

悟は二度も火事に遭ったせいで火が完全にトラウマになってしまっている、そのせいで火を見るとしばらくの間全身に力が入らなくなり、頭痛に襲われ嘔吐を繰り返す。今の状況でそんな事になったら面倒なので、俺と空は咄嗟に悟の目を塞いだのである

 

「戦治郎にゃ俺が連絡しとくからよぉ、おめぇら任せたぜぇ」

 

悟はそう言って目を閉じたまま通信機を操作して戦治郎に連絡し始める

 

「輝、後々厄介事になりかねんから殺すなよ?」

 

「とりあえずぶっ飛ばしゃぁいいんだろ?任せろ!」

 

空が念の為に輝に釘を刺し、それからお互いに目配せしてからすぐに行動を開始する

 

まず俺が先陣を切って突撃しその後を輝が追う、俺達の足音に気付いた原住民の皆様の視線が俺達2人に集中したところで、俺が新装備の放水ヴェスバーで放水を開始する。射線上の原住民を巻き込みながらも阿武隈さんと瑞穂さんの足元で燃え盛る炎に向かって一直線に飛んでいく大量の水は、瞬く間にその炎を消し去り2人を炎の脅威から解放してくれた。

 

「鎮火あああぁぁぁっ!!!」

 

炎が完全に消えた事を確認してから叫ぶ俺、そんな俺に儀式の邪魔をされたのが余程気に入らなかったのか、原住民の皆さんは獣のような雄叫びを上げながら一斉に俺に襲い掛かって来た……が、それを全て輝が1人で迎え撃つ

 

殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばしては複数人を巻き込んで吹き飛ばす。お得意のハンマーを使っていないのは相手を殺すなと言われたからだろう、もしここで使おうものならば阿武隈さんと瑞穂さんに非常にショッキングな映像を見せる羽目になるし、何より後々国際問題になりかねないからな……

 

輝が盛大な大立ち回りをしている間に、俺は阿武隈さんを縛り付けている縄を解き始める。ナイフの1つでもあればよかったのだが、生憎そんな文明の利器は今は持ち合わせていない……

 

「えっ!?あの、貴方は一体……?」

 

「大人しくしてて、すぐ助けるから……、よし解けた!「え?きゃぁ!」」

 

縄が解け阿武隈さんの身体が自由になったところで、短い悲鳴を上げて彼女が落下する。まあ縛られてた位置がちょっと高かったからね……

 

俺は丸太から落下して尻もちをついた阿武隈さんをすぐに抱きかかえて悟がいる方向へと走り出す、阿武隈さんはそんな俺を見て慌てて声をかけてくる

 

「待って下さい!まだ瑞穂さんが「それならもう大丈夫だよ」ふえ?」

 

阿武隈さんのセリフを遮るように俺が返事したところで、俺には聞き覚えのあるターボファンエンジンの音が俺とすれ違う。空が艤装に乗って瑞穂さんの方へ向かって行ったのだ

 

それは凄まじいスピードで瑞穂さんが縛られている丸太の根本に突っ込んで、そのまま丸太をへし折ってしまった。へし折られた丸太は丸太に括り付けられたままの瑞穂さんと共に艤装の方へと倒れ込むのだが、それを空が片手で受け止めると艤装は方向転換し俺の隣へとやって来た

 

「これで無事2人の身柄を確保出来たな」

 

「お前はもうちょっと優しく救助出来なかったのかよ……、瑞穂さん気絶してるんじゃ「あ、あの……、これはどういう事なのでしょうか……?」この娘すげぇなおい!」

 

空が瑞穂さんの縄を解き、オプションで付いてきた丸太を原住民達に投げつけながら俺に話しかけてきたもんから、俺が空の救助方法に文句を言っていたわけなんだが……その最中に彼女から質問されて驚愕する、あんだけの事されといて気絶してないとかマジすげぇ!

 

「よし輝!撤収だ!」

 

「あいよ!てめぇらどけやオラァァァ!!!」

 

未だ暴れていた輝に声を掛けて撤収し始める俺達、空の艤装を見て呆然としていた一部の原住民達が気を取り直して俺達を追いかけようと走り出そうとしたところで一斉に転ぶ。よく見ればその足が悟の縫合糸で雁字搦めにされている、俺の鎮火宣言の後悟が仕掛けたものである。まあそれも刃物で切られてすぐに解除されてしまったが、俺達が逃げる時間を十分稼いでくれた

 

それから原住民達と俺達の追いかけっこが始まり、戦治郎達と合流して今に至るわけだ

 

「皆!出口が見えて来たよっ!」

 

「分かった、ちょっと失礼……「え?きゃっ!」ふんっ!」

 

太郎丸が前方を指差しながら出口が近い事を教えてくれる、それに合わせて空が瑞穂さんを抱きかかえてから艤装から飛び降り、俺達と並走する

 

「OKOK、んじゃちょっち足止めするとしますかねっと!」

 

戦治郎がそう言いながらミゴロさんを取り出して、バック走のまま砲撃を開始する

 

「何やってんだバァタレ!木に火が燃え移ったらどうすんだっ!!!」

 

「でぇじょぉぶだ!今使ってるのは訓練用のゴム弾だからな!」

 

悟が顔を真っ青にしながら叫ぶも、戦治郎はそう返して面制圧射撃の手を止めない。まあゴム弾だから大丈夫だろうきっと多分恐らくmaybe……

 

そして戦治郎の思惑通りと言うべきか、面制圧射撃による原住民の足止めは大成功と言えるものとなった。砲撃に完全に怯え竦む者、弾が直撃して盛大に吹っ飛んでいく者が大量に出たのだ

 

そうこうしている間に密林を抜けて、俺達の車のところまで戻ってくる事が出来た。俺は抱えていた阿武隈さんを降ろし後部座席に急いで乗るようにと言ってから運転席に乗り込む

 

全員乗ったか確認する為に後ろを振り向いてみれば、戦治郎がまだ乗り込んでいないにも関わらず、もう席はいっぱいになっていた……

 

「戦治郎すまん!もう席はいっぱいだっ!!!」

 

「はぁっ!?マジかよざっけんなコラァッ!!!」

 

相変わらずミゴロさんを撃ちながら吐き捨てる戦治郎、仕方がないので屋根の上に乗ってもらい射撃を奴らが見えなくなるまで続けてもらう事にした

 

 

 

「あのぉ……、そろそろ状況説明してもらえますかぁ……?」

 

ミゴロさんの音が聞こえなくなったところで、しびれを切らした阿武隈さんが尋ねてきた、戦治郎が射撃を止めたって事はもう大丈夫みたいだからそろそろ話してもいいか

 

「その前に、お前は龍驤の連れの阿武隈で合っているな?」

 

「えっ?!龍驤先輩の事を知っているんですかっ!?」

 

この娘が件の阿武隈さんで間違い無いみたいだ、そういうわけで俺達が龍驤の、そして摩耶と木曾の仲間である事と現在の状況を阿武隈さんに教え始めた

 

「そんな事になっていたんですね……、うぅ……2人を探しに来たのに逆に探されるなんて……」

 

話を聞いてすっかり落ち込んでしまった阿武隈さん、まあこういう時もあるさ……

 

「阿武隈さんのお友達は無事に見つかったのですね、それは本当に良かったです」

 

そんな阿武隈さんに瑞穂さんが話しかける、そう言えばこの人はどういった経緯でここにいるのだろうか?

 

「そういや瑞穂はどうして阿武隈と一緒にいたんだ?つか何でここにいるんだ?」

 

屋根の上から後部座席側を覗き込みながら戦治郎が瑞穂さんへ問う、そろそろ車を停めて戦治郎を荷室にでも突っ込まないとだな……、ワンボックスカーだから人1人入る余裕はあるだろう。何故最初からしなかったかって?そりゃ足止めの射撃やってもらわなきゃいけないし、後ろのドア開けたまま走るわけにはいかないでしょ?

 

「瑞穂も阿武隈さん達と同じように友人を探していたのです……」

 

そして瑞穂さんは語り出した……

 

瑞穂さんはその友人と家族ぐるみで付き合いがあったそうで、小さい頃からその友人と友人の妹さんの3人でよく遊んでいたそうだ

 

ある日、その友人は両親に恩返しがしたいからと艦娘になる事を決意し、その日から己を磨く鍛錬を続けていたそうな……ん~?

 

それからしばらくすると、その友人にお見合いの話が持ち上がったそうで、その友人はそのお見合いを受けるかどうかで悩み続けていたとの事……あれ~?

 

そしてある日、瑞穂さんにその友人が行方不明になったとの知らせが届いたそうだ。警察にも捜索願を出し瑞穂さん達も必死になってその友人を探したそうだが見つからなかったんだそうだ

 

それから月日が流れるも友人は発見されず、遂に耐え切れなくなった瑞穂さんが行動を起こすのだった

 

両親に対して傷心旅行に出ると嘘を付き、旅先でドロップ艦として友人を探す事にしたのである

 

「そして、旅先で龍驤さんとはぐれてしまった阿武隈さんと偶然出会って少しお話したところ瑞穂と同じような境遇だったので、瑞穂は阿武隈さんと一緒に行動する事にしたのです」

 

そう言って瑞穂さんは自分がどういう経緯でここにいるのかについての説明を締めくくった、何かその話何処かで聞いたような気がするんだけど……?

 

「瑞穂よぉ、その友人の名前ってのはどんな名前なんだぁ?」

 

恐らくもう分かっているんだろうけど、敢えて瑞穂さんの友人の名前を聞く悟

 

「扶桑さんです、とても美しく瑞穂の事をまるで実の妹のように接して下さるほど優しい方でした……。もし扶桑さんの身に何かあったと考えると瑞穂は……瑞穂は……」

 

瑞穂さんはそう言って俯いてしまった……。うん、やっぱり姉様でしたか~……

 

「……もし扶桑さんを手に掛けた不届者がいたならば、瑞穂はその者を絶対に許す事が出来ません」

 

俯いたまま呟く瑞穂さんのその言葉を聞いた俺達は皆その場で凍り付いてしまった……。曰くその言葉を発した瑞穂から夜叉を感じた……、曰くマジギレした翔が重なって見えた……

 

この娘、ホント何者なのですかねぇ……?



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合流と暗雲

阿武隈さんと瑞穂さんを無事救出し密林を抜け出した俺達は海岸へと車を走らせる、陸路での移動は阿武隈さん達の捜索の為だったから、こうやって救出出来たならもうこれ以上陸路で移動する必要性は無いと戦治郎が判断したからだ

 

海岸に着いたところで皆車から降りて海の方へと歩みを進めていたのだが、そんな俺達を見て阿武隈さんが不思議そうな顔をする

 

「皆さんそっちは海ですよ?海で何かやるんですか?」

 

「う?今からここを発って海路でプリンシペ島に向かうんだけど?」

 

戦治郎の返事を聞くや否や不思議そうな表情から驚愕の表情に変わる阿武隈さん、瑞穂さんも驚いてはいるみたいだけど阿武隈さんよりリアクションが薄い

 

「えっ!?海路で移動ですかっ?!艤装も無しにどうやって行くんですか!?空さんが乗ってたあの変なの「ライトニングⅡだ」えっと、ライトニングⅡ?って機械も皆で乗れるような大きさじゃなかったですよねっ!?」

 

どうやらこの娘、俺達の正体に気付いてないっぽい?あれだけ派手に暴れたのになぁ……、それだけこの司特製変装セットが効力を発揮しているって事なのかな?それはそうと空は艤装に名前付けてたのな……、ライトニングⅡって米軍のジェット戦闘機の名前じゃなかったか?こいつどれだけ米軍機好きなんだよ……。つか空の艤装で気付くもんじゃないの?普通……

 

「もしかして俺達の正体気付いてないのか?って事はこの変装セットはきちんと機能してるって事か……、これもうちょい早く欲しかったな~……」

 

戦治郎が俺が考えていたのと同じような事言ってた、多分お前のドイツ潜入の時の失敗を教訓にしたんじゃないかな?

 

「それってどういう「おめぇら変装解除だー!」「うぇーい!」ってえええぇぇぇっ!!!」

 

俺達が一斉に変装を解除すると先程よりも激しく驚く阿武隈さん、瑞穂さんの方は空の艤装に乗っていた関係か予想出来ていたみたいでやはり……と言った感じだったので、どうやら阿武隈さんだけが気付いてなかったようだ

 

「し、深海棲艦っ!?えっ何で?!ホントどういう事か説明して欲しいんですけどおおおぉぉぉっ!!!」

 

名も知らない海岸に、阿武隈さんの声が響き渡っていた

 

 

 

「よっしそんじゃいくぞおおおぉぉぉっ!!!」

 

\うぇ~い!/「おおおぉぉぉっ!!!」

 

「待って待って?誰よそんな気合の入った返事しt……、輝ぅ……それは置いて来ていいんだぞ?「もったいねぇじゃんかよぉ!折角のワンボックス!」……あぁ……そう……」

 

阿武隈さんを落ち着かせた後に俺達の事をしっかりと2人に教えて、納得してもらったところでいざ出発!って時の事だ、輝の馬鹿がここで乗り捨てる予定だったワンボックスカーを艤装まで使って担いで持ってこようとしているのだ

 

皆で説得するも全く聞いてくれず、結局空の艤装にも手伝ってもらいプリンシペ島まで車を運びながら移動する事となった

 

 

 

 

 

「お、旦那達!ようやく来t「摩耶さ~~~ん!」うぉっと!って阿武隈じゃねぇかっ!」

 

俺達がプリンシペ島に到着すると、龍驤さんの時と同様に俺達を出迎えてくれた摩耶に駆け寄って抱き着く阿武隈さん

 

「阿武隈さんを見つけたのですね、流石先輩ですね……っとそちらの方は……瑞穂さんですか?」

 

「はい、この度阿武隈さんのご友人探しの旅に同行していました瑞穂と申します、どうぞよろしくお願い申し上げます。それで、そちらの方が阿武隈さんのご友人の方ですか?」

 

摩耶さんからやや遅れて、神通さんと一緒に姿を現した通が瑞穂さんの姿に気付いて挨拶を交わす。その後瑞穂さんは摩耶さんの方へと向き直り談笑を始めるのだが、その直後から通の挙動がちょっとおかしかった

 

視界の隅に映った瑞穂さんの艤装の下の腰のあたりを2度見、その後は瑞穂さんに気付かれないようにこっそりと腰のあたりを覗き込み、仮面をズラして目頭を手で揉んでからその開いているのか閉じているのか分からないくらい細い目に何かを焼きつけんとばかりに瑞穂さんの腰のあたりをじっくりと見る。あ、ちょっと目が開いた

 

通の挙動を不審に思い、通と同じように瑞穂の腰あたりを覗き込んだ神通の顔色が少し悪くなる、そしてその姿勢のまま一旦見つめ合って再度先程から見ている場所を見つめる

 

それを見ていた俺も流石に気になってきたので、こっそりと瑞穂さんの後ろに回り込んで件の場所を覗き見る

 

そこにあったのは、何とも立派なな・が・ド・ス☆ってちょっと待って頂きたい……、俺達がどうこう言える立場ではないだろうが敢えて言わせてもらおう……。何でこの娘はこんな物騒な物腰に携えてらっしゃるの?!こういうのってその筋の人が使う奴でしょ!?

 

「皆さんお疲れ様です、どうやら阿武隈さんを保護したみたいですね。それでそちらの……え……?瑞穂ちゃん……?」

 

「その声は……扶桑……さん……?」

 

この場所に姉様が姿を現し、それに気付いた瑞穂さんが口元を手で覆いながら驚きの表情を浮かべる。それから瑞穂さんの瞳から涙が流れるまでそう時間はかからなかった

 

その後更に遅れて登場した木曾と龍驤も巻き込んで、2組による盛大な感動の再会シーンとなったのだが、俺、通、神通さんの3人は先程見てしまった長ドスの事で頭がいっぱいで正直それどころじゃないです……。訂正、たった今戦治郎と空も瑞穂さんの腰のあたり覗き込んだので5人に増えました

 

「待ってましたよアニキ、感動シーンの最中なんですけど、ちょっと見て欲しいものがあるんで来てもらえますか?ああ、出来れば悟さんもいいですか?」

 

シゲがここに姿を現すなり戦治郎と悟に付いて来てほしいと言ってくる

 

「んぉ?何かあったのか?」「んぁ?俺もかぁ?」

 

「ええ、ちょっと変なものを見つけたんで……、もしかしたら悟さんの出番があるかもなんで一緒に来てもらえると助かるんですが……」

 

何時になく真剣な表情で言うシゲ、これは本当に何かあったようだ……

 

「分かった、んで何処行きゃいいんだ?」

 

「こっちです、付いて来て下さい」

 

そう言って来た道を戻っていくシゲ、戦治郎と悟はその背中を追って移動を開始しようとしたので、俺と空は2人を呼び止めて同行を志願した。シゲの様子を見て瑞穂さんの長ドスよりもそっちの方が気になるようになったからな……

 

 

 

「これです、アニキ達に見てもらいたかったのは……」

 

「……何だこりゃ?これ何処で拾ったんだ?」

 

シゲに案内されて着いた場所は、この拠点の工廠の隅だった。そこにはシゲが戦治郎と悟に見て欲しいと言っていた『何か』が置いてあり、それを見た戦治郎がシゲに尋ねる

 

「この拠点制圧した後、掃除してる最中に浜に流れ着いてたのを発見したんです……。細かい事についてはよく調べてないので何とも言えないですね……、こういうのは素人の俺らがやるよりアニキや悟さんに任せるべきだと思ったんで……」

 

「下手にいじって原型留めないくらいグチャグチャにされてたら俺でもお手上げだからなぁ……、ナイス判断だぜぇシゲぇ」

 

悟はその『何か』を見据えながらシゲの判断を素直に褒める、それについては俺も同意だ。ただでさえ『これ』が何なのか分からないのに余計分かり難くしてしまうのはちょっとな……

 

そんな事を考えながら、俺は目の前に転がっている異形を見ていた

 

その視線の先にあるもの、それは右腕にリ級の艤装を付け、頭部の半分がイ級になっている睦月型駆逐艦の艤装を背負った少女の亡骸と思わしきものであった……




この章の本筋みたいなのの1つにようやく触れる事が出来た気がする……


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異形の正体

「戦治郎さん、少しだけお時間よろしいでしょうか?」

 

件の死骸を医務室に運び、悟による検死解剖の結果が出るまでの間工廠で待機していた俺達のところに姉様がやって来た

 

「応、今例の死骸らしきものを悟に調べてもらっててな、結果出るまで暇してたところなんだわ。んで、何かあったのか?」

 

「いえ、大した事ではないのですが……、そのぉ、瑞穂ちゃんの事についてなのですが……」

 

その言葉を聞いて戦治郎、空、俺の3人が固まる、あの長ドス見てたらこんなリアクションになるのも仕方ないと思うんだ……。そんな俺達をシゲが不思議そうに見ている、知らないと言うのは残酷だったり罪だったりするけど、こういう時は幸せなんだろうな……。まあもうすぐそれも崩れ去るんだろうけど……

 

我に返った戦治郎がすぐに了承し、姉様が瑞穂さんについて語り始める

 

尚、肝心な瑞穂さん本人はこの場所にはいない、しばらくの間風呂に入ってないと言う事だったので、拠点制圧直後に輝が近くにいなかった為出て来ていた九尺主導で即作られた風呂場に行ってるそうだ。やっぱここにも風呂はなかったんだな……

 

話が逸れた……それで瑞穂さんの事なのだが、やはりと言うか何と言うか……姉様の実家と深い関わりがある『や』の付く自由業のアタマの娘さんだったよ……

 

その付き合いはかなり古く、なんと明治時代あたりから今までずっと付き合いがあるそうだ。なんでも姉様の実家の近辺を守る自警団的な組織のトップだったのが瑞穂さんの実家の方だったんだってさ

 

その自警団のような組織が時代の変化と共に姿を変えて、今では表では建築会社の看板を掲げるそういう組織になっているんだと

 

「瑞穂ちゃんが小さい頃は、お家の事で周囲から怖がられていつも独りで寂しそうにしていました……。それを見ていたら耐えられなくなってしまいまして、妹と共に声をかけて一緒に遊ぶようになったのです。私の実家と瑞穂ちゃんの繋がりを知ったのは、それからかなり後の事でした」

 

それならあそこまで姉様に懐くのも納得かな?それと長ドスの件も取り敢えずは納得出来ました……。けどこの件は姉様には伏せておこう、凄くショック受けそうな気がするし……

 

「そういう繋がりがあったのな~……、しかしそうなると姉様の身体の事とか伝えにくいんじゃねぇか?実はもう既に深海棲艦になってます~なんてとてもじゃねぇけど言えねぇだろ?」

 

「確かにそうなのですけど、この事はしっかりと瑞穂ちゃんに伝えようと思います。例え瑞穂ちゃんがショックを受ける事になったとしても、私が深海棲艦になってしまっているのは変えようのない、受け入れてもらわなければいけない事実ですからね……。それに……」

 

戦治郎の質問に、決意を込めた表情で答える姉様。ある程度話したところで姉様は1度言葉を区切る

 

「瑞穂ちゃんがお家から持ち出して来た物について、ちょっとお話しなければいけませんからね。アレを見た時、私もちょっとショックでしたからそれでお相子と言う事で」

 

あ、もう気付いていたのね……、でもそれインパクトに物凄い差があるんじゃないかな~?瑞穂さん大丈夫かな……?

 

「おめぇら人が気味の悪ぃ死体いじりしてる間楽しそうにしてたみてぇじゃねぇかよぉ……えぇ?」

 

そんな話をしていると、悟がファイルを持って工廠にやって来た。どうやら結果が出たので報告に来たようなのだが、何か悟から怒りのオーラ出てないか……?普段なら完璧に隠蔽するのに今日に限ってはそんな事一切してないみたいで、シゲと姉様もそれに感付いてるのか表情が強張っている

 

「取り敢えず検死解剖の結果が出たから報告するぜぇ、だがその内容が非っ常に胸糞悪ぃモンになってっからよぉ、全員に伝えるかどうかは戦治郎の判断に任せるぜぇ……」

 

悟の言葉に戦治郎は眉を顰めながら了承、それから悟が検死解剖の結果を報告し始める

 

「まずこの死骸……、いや死体は艦娘だったもんだぁ。頭部のイ級は肉体が変質してそうなってるもんなんだがなぁ、問題は右腕の方で艤装だけ付けてんのかと思ったらまさかの右腕丸ごと移植してたみてぇなんだわぁ」

 

そう言ってファイルから件の死体の右腕部分が写った写真を取り出す悟、その写真には肩あたりにくっきりと縫合痕が残った右腕がしっかりと映っていた

 

「衣服で隠れて見えなかったのか……、もしかして頭が半分イ級になってんのって……」

 

「恐らく移植した右腕が暴走したコアと同じように、この艦娘を侵食してたんだろうなぁ……。まあその途中で身体が拒絶反応起こしてお亡くなりになった結果こんな半端な形で止まったのかもなぁ……」

 

成程、悟が怒ってたのはこれが原因か……。そりゃこんなの知ったら誰だって怒る、特に命を守る為に医者になった悟なら尚の事だ

 

「そんでこれを施術したのは恐らくだが人間だろうよぉ……、深海棲艦がわざわざ同胞の腕を艦娘にくっ付ける理由がねぇからなぁ……」

 

確かにその通りだ、その通りなのだが……

 

「つまり、この娘にそんな酷ぇ事した腐れ外道がもしかしたら近くにいるって事かよ……。こりゃ確かに胸糞悪ぃ話だな……」

 

そういう事になるよな……、これをやった奴は艦娘を一体何だと思っているんだ……!この世界では艦娘は間違いなく人間ではないかっ!それなのに何故こんな酷い事をやるんだっ!!!

 

「少し気になったのだが、この娘はドロップ艦なのか?それとも何処かの鎮守府や泊地に所属する軍の艦娘なのか?このあたりが分かれば話が大きく変わると思うのだが……」

 

「生憎それは俺じゃぁ分かんねぇなぁ、って事で戦治郎、こっからは工廠組の出番だぜぇ。この娘の艤装バラしてドロップ艦か軍属か特定しろよぉ」

 

空がふと思った事を口にして、悟が自分はそれは門外漢だからと答え専門家である工廠組に仕事を依頼する

 

「あいよ、そんじゃ外にいる護も呼んできて早速作業開始するとしますかねっ!」

 

戦治郎がそう言って立ち上がり護を呼ぶ為に入口へと向かって行く、わざわざ通信するような距離でもないからな。その間に空があの娘の艤装を作業し易い場所へと移動させ、シゲが必要そうな道具を集めて作業場所へと持って来る。相変わらず工廠組はしっかり連携してるな~……

 

戦治郎が護を呼びに行っている間に妖精さんから聞いたのだが、深海棲艦の身体の一部を人間の身体に移植する案はありはしたが、拒絶反応が恐ろしくて没になり今のように艤装に機械化した深海棲艦の脳のコピーを取り付ける形になったんだとか

 

あの死体を見て、心底移植案が没になってよかったと思っているそうだ

 

「もしこの娘が生きてる時に俺達と会ってたら、この娘を助ける事が出来たのかな……?」

 

「そこは生きてる奴とご対面しなきゃぁ分かんねぇなぁ……、コアの暴走とこいつの件は似てる様で違ぇから、オベロニウムの力で助けられるか否かは実際にやり合って確かめねぇと何とも言えねぇ……」

 

俺がついポロリとこぼした言葉を拾って答える悟、口ではこうは言っているもののその表情と雰囲気から恐らく助けるのは絶望的だと語っているような気がした……

 

「んじゃいっちょ始めますかぁっ!!!」

 

そんな俺達を余所に、護を連れて来た戦治郎が作業開始を声高らかに宣言し作業を開始していた



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深まる謎

「とまぁ、悟の検死解剖で分かったのはこんなとこだ」

 

戦治郎が皆に聞こえるように大きな声で、悟の検死解剖の結果を報告する

 

俺達は今この拠点の会議室に集まって、件の死体を調べた結果を全員に伝えるべく話し合いをしているところだ

 

阿武隈さんと瑞穂さん以外の艦娘の皆は例の死体を1度は見ていたようで、あれが艦娘だったものだと聞いた瞬間ざわつきだした。まあ無理もないだろう……、あれが元は自分達と同じ人間だったと聞かされれば動揺の1つはするものだろう

 

「あれが私達と同じ艦娘だったなんて……」

 

「あれをやったのは人間かもしれないんでしょ?やった奴は頭おかしいんじゃないの?」

 

天津風ちゃんはその内容に驚愕し、陽炎ちゃんは施術者を狂人と断じていた

 

「しかし、何故その人物はこのような真似をしたのでしょうか?」

 

「そのあたりはやった本人かその関係者にでも話聞かねぇと何とも言えねぇなぁ……」

 

不知火の質問にそう返す悟、施術者がこんな酷い事をする意図が本当に分からない……、悟の話ではこの近くに犯人がいる可能性が大きいと言う事なので、何としても見つけ出してその意図、目的とやらを吐かせねばならない。場合によっては覚悟もしてもらわないとだろうが……

 

俺がそんな事を考えてるすぐ傍で、短い悲鳴を上げる阿武隈さん。どうやら阿武隈さんと瑞穂さんが今俺達が何について話をしているのかよく分かっていなかったようなので、戦治郎が悟から借りたファイルを見せながら説明していたらしく、件の死体の写真を見せたところで阿武隈さんが顔を真っ青にして驚き、瑞穂さんも口元を覆い驚いた素振りをする

 

「もしかしたら、私や神通さんもこうなっていた可能性があったのでしょうか……?」

 

姉様が不安そうな声で尋ねる、それを聞いた瑞穂さんの表情がどこか悲しげなものに変わる。この話し合いの前に姉様は瑞穂さんに自分の身体の事を伝えたのだ、その時は記憶があり瑞穂さんの事を覚えていてくれたのならば、例え身体が深海棲艦になろうとも姉様は姉様だと言ってはいたが、やはり姉様が1度沈んだと言う事実は相当ショックだったんだろうな……

 

「これはコアの暴走とは訳が違ぇみてぇだから何とも言えねぇなぁ……、そもそもこんな姿になって死んでるってぇのが一番の謎なんだよなぁ……。死因が拒絶反応によるものってぇのは分かるんだがよぉ、こんな中途半端に姿変わった状態で侵食が止まってんのが謎すぎんだよぉ……。一応侵食が完了する前に本体が死んだから侵食が止まったんじゃねぇかと推測しちゃぁいるんだが、正直自信がねぇ」

 

本格的に調べようにも、どうやらここにある機材や薬品だけじゃ無理なんだそうだ

 

「つか、本体が死んだら本当に侵食は止まるんッスかね?普通に考えたら艤装出して戦ってるって事は大体水の上で戦ってるって事ッスよね?そんでコアが暴走するくらいまで艤装が壊れたら間違いなく水の中に沈んで溺れ死ぬと思うんッスけど」

 

護が疑問をぶつける、そうだよな……艤装が壊れた段階で溺死はほぼ確定なんだよな……。あんな鉄の塊背負ってるんだからドンドン身体が沈んでいくし、疲労や怪我で満足に身体が動かせないかもしれないし、冷静に艤装を外して浮上しようとしてもそこまで息が続くか分からん。そもそもコアが暴走開始してから艤装を外せるものなのか?

 

「……言われてみりゃぁそうだよなぁ……、って事は侵食が完了する前には大体の艦娘は死んでる事になりやがらぁ……。そうなると益々あの中途半端な変化の原因が分からなくなりやがらぁ……」

 

遂に悟が頭を抱えてしまった、これについては色々と情報を集めた方がよさそうだな……。まあ取り敢えず今のやり取りで1つだけ間違いない事が分かった

 

「まあ、取り敢えず姉様達があんな姿になって死ぬ可能性はなくなったって考えてよさそうだね。それとコアが原因で拒絶反応が起こる可能性は妖精さんが否定してくれてたから安心していいんじゃないかな?」

 

俺の言葉を聞いて2人が安堵の息を付く、神通さんには通が、姉様には瑞穂さんがいるから凄く不安だったのだろう

 

「そろそろ工廠組の調査報告していいか?」

 

阿武隈さん達への説明はどうやら終わったらしく、戦治郎が話を進めようと話しかけて来た。悟がOKを出したところで戦治郎が艤装を調べた結果を皆に報告し始める

 

「工廠組があの娘の艤装をバラして調べてみたわけなんだが、どうやらあの娘はドロップ艦ではなく軍属だったみたいなんだわ」

 

会議室がまたざわめきだす、それもそうだろう、もしあの娘がドロップ艦だったら何かの事件に巻き込まれた程度で済むのだが、軍属となると話がガラリと変わってしまうのだ

 

「よくあの娘が軍属だと分かったな」

 

「艤装のリミッターが外されてるのと、艤装の何処にもプレートって奴がなかった事だな。プレートって奴は軍属の場合所属する鎮守府や泊地に提出して印鑑に変えてもらうってのを前に神通から聞いてたからな」

 

海賊団の中で過去に軍に所属した事があるのは神通さんだけだからね、神通さんからの情報ってなるとほぼ間違いないだろう

 

「あんな酷ぇ仕打ちを軍の奴がやったって言うのかっ!?」

 

声を荒げ机を叩きながら勢いよく立ち上がる摩耶、まあこんな事聞かされたら誰でも怒るだろうな、現に俺と悟は相当頭に来ている……

 

「悲しい事にな……、っと続けるぞ、艤装バラしてもどこの所属かなんてのは流石に分からなかったわ。ついでにコアが暴走した形跡もなかったから、悟が言ってた移植した右腕が原因で中途半端だが深海棲艦化した可能性が極濃」

 

「結局艤装バラして分かったのはあの娘が軍属だったって事だけだが、それが分かっただけでも大収穫かもな……」

 

戦治郎が粗方報告したところでシゲがこう言って〆る、しかしあの娘は軍属だったのか……、そうなるとこの件は相当厄介な事になるぞ……

 

「何で軍属やっちゅぅのが分かっただけで大収穫なん?」

 

龍驤さんがシゲに質問する、周囲を見回せば龍驤さん同様ピンとこなかったのか不思議そうな顔をしている娘が何人かいるようだ

 

「あの娘が軍属と言う事は、何処かの鎮守府や泊地に所属していたという事……、つまりあの娘が所属していた鎮守府或いは泊地には、あの娘と同じような目に遭っている艦娘が沢山いる可能性があると言う事ですよ……」

 

通の言葉を聞いて不思議そうな顔をしていた娘達の顔が青くなっていく、もしかしたら今この瞬間にもあの娘のように無茶苦茶な移植手術をされている艦娘がいるかもしれない、拒絶反応を起こして死んでいく艦娘がいるかもしれない……

 

「早く助けないとっ!!!」

 

阿武隈さんが声を上げる、しかし戦治郎がそれに待ったをかける

 

「助けてやりてぇのは俺も一緒だ、だが余りにも情報が無さすぎる。その鎮守府やら泊地やらが何処にあるのかすら分かってねぇんだ、闇雲に探し回っても時間の無駄にしかならねぇ可能性だってある。だから俺はしっかり情報収集してから動くべきだと考えている」

 

「そもそもこの件に首を突っ込むと最悪指名手配される可能性もあると思うぞ?俺達海賊団は何処の国のものかは分からんが、軍に喧嘩を売るわけなのだからな。今なら安全に日本に帰れると思うのだが……、どうするんだ?阿武隈」

 

「こんな話を聞いておきながら自分だけこのまま日本に帰るなんてイヤッ!!!それに摩耶さん達もその戦いに海賊団として参加するんでしょ!?だったらあたしも海賊団に入れて下さい!一緒に戦わせて下さいっ!!!」

 

空の言葉に涙を浮かべながら反論、海賊団への加入を申し出る阿武隈さん、この娘は本当に優しい娘だな……、龍驤さんに協力したのもきっとこの優しさからなんじゃないかな?

 

「かなり危ないんだけどな……俺達の旅は……、っと瑞穂はどうすんだ?おめぇは日本に帰るのか?」

 

「いいえ、私も海賊団への加入を希望致します。もう扶桑さんと離れ離れになるのは嫌ですから……」

 

戦治郎の質問にそう答える瑞穂さん、まあこの娘の場合姉様が1度沈んだ件で相当不安になってるみたいだから強くは言えないだろうな……

 

「……分かった、海賊団はおめぇら2人を歓迎する。が、覚悟決めとけよ?俺達の旅は非常に危険だからなっ!!!」

 

「「はいっ!!!よろしくお願いしますっ!!!」」

 

こうして、阿武隈と瑞穂が海賊団の仲間入りをしたのだった



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改二事情と追跡者

昨日の話し合いから一夜明け、やや重い空気の中俺達はプリンシペ島を出る準備をしていた

 

そりゃあまあ昨日あんな話されれば、誰でも気分よく出発なんて出来ないよな……。阿武隈さん達が無事だった事も海賊団に加入した事も、件の話のせいで全部台無しだよ……

 

それはさておき、しっかり準備出来た事を確認し皆が揃っているかを確認する為に周囲を見回してみると、出発予定時間がかなり近づいているのに遅刻しないようにと皆に言っていた戦治郎含む工廠組と木曾さんの姿が見えないのですが……

 

「悪い、遅くなった!」

 

そんな事を考えている矢先に木曾さんの声が聞こえた、ちょっと寝坊でもしたのだろうかと思いながら声がした方向を向いてみれば

 

「うぉっ!木曾!お前何だその姿っ!?」

 

このメンバーの中で木曾との付き合いが一番長かったであろう摩耶が驚きながら尋ねる

 

「本当にどうしたんですかその恰好!?凄くカッコイイじゃないですかっ!!!」

 

「てか雰囲気もなんかイケメンっぽくなってない?一体何があったんですか?」

 

天津風と陽炎が続く、女の子にイケメンって……まあ俺も最初みた時はそう思ったけどさぁ……。阿武隈さんとか目が椎茸みたいになってピクリとも動かなくなっちゃったんですけど……?

 

「いや、俺もよく分かってねぇんだ……。今朝戦治郎さんと朝練してたんだが、それ終わった直後に工廠に連れて行かれて気付いたらこうなってたんだ……」

 

「皆待たせたな~、木曾の改修してたら遅くなったわ」

 

木曾さんの後から工廠組が姿を現す、木曾さんの改二が近いとは言ってたみたいだが本当だったのか……

 

そう、木曾さんの今の姿は俺達がよく知っている重雷装巡洋艦である木曾改二のものになっているのだ

 

「いや~、今朝木曾と朝練やったらこいつ遂に俺に攻撃掠らせやがったからなっ!急いで工廠組叩き起こして改修作業やっちゃったんだZE!」

 

マジで?お前に攻撃掠らせるとか……、木曾さんは本当に頑張ってたんだな……。まあ恐らく戦治郎も手加減はしてたんだろうけど、それでも掠らせた程度だとしても攻撃を当てる事が出来たのは大したものだ

 

「改修と言う事は……、まさか木曾さんも改二になったと言うのですかっ!?」

 

驚きの声を上げる神通さん、だがその言葉がちょっと引っかかる

 

「応、神通同様木曾にも改二があるんだよ。もしかして知らなかったのか?」

 

首を傾げながら神通さんに問いかける戦治郎、それに対して神通さんは1度頷いて肯定し話し始める

 

どうやらこの世界の軍の皆さんは、どの艦娘が改二になれるのかをまだ把握していないようで、手探りでようやく探し当てたのが川内型と金剛型に大井と北上くらいなんだとか……

 

「マジか……、全体から見たらほんの一握り程度しか分かってねぇのか……」

 

「これはあくまで私が教導艦になる前までの情報なのでもしかしたら今はもう少し増えてるかもしれません」

 

もしかしたら俺達が持っている知識は、世界に相当影響を与える可能性があるかもしれないな……、グラーフさんの件もあるし……

 

「まあそのへんについては今考えても仕方ねぇから日本に着いてから考えるか、んでもって改めて木曾、改二おめでとう!道中頼りにしてるぜ!」

 

「ああ、その期待、しっかり応えてやるさっ!」

 

「よっしゃ、気合十分だな。そんじゃおめぇら準備はいいか?抜錨だぁっ!」

 

戦治郎の抜錨宣言で、俺達はプリンシペ島を離れ南下を開始するのだった

 

 

 

さて、プリンシペ島を離れた俺達が次に向かうのはプリンス・エドワード諸島になるわけなんだが、そこは前にも言った通りプリンシペ島からかなり離れた位置にあるのだ。だからアンゴラかナミビアあたりで1度上陸、1泊してから向かう話になっていた

 

その為何処に上陸するか決める為に地図を見ていたら、ナミビアにポセッション島と言う島があるのをたまたま発見。位置的にも俺達にかなり都合がいいのではと思い、俺は早速戦治郎にその島に上陸するのはどうかと提案したところあっさりとOKが出た

 

「あ"~重がっだ~……」

 

無事ポセッション島に到着した時の輝の第一声がこちらになります、こいつまだあのワンボックスカー持って来てたのかよ……。空も今回はフォローしてなかったみたいだから余計重たかっただろうよ……

 

「輝お疲れさん、取り敢えず何人かはその車の中で眠れそうだな……、つか今思ったんだけどその車は艤装の中に突っ込めねぇの?」

 

この島に着いたところで丁度日が沈み始めたので、寝る為のテントを組み立てる戦治郎が労いの言葉と共に今ふと思った事を輝に聞く。それを聞いた輝はさっきまで肩で息をしていたのがピタリと止まり、輝と一緒に車をここまで運んだ艤装を数秒見つめてからまた戦治郎に向き直り

 

「……ちょい試してくるわ」

 

そう言って車を担いで艤装のところへと向かう輝、そして艤装の口の部分に車を押し付けるとなんとズルズルと入っていくではないかっ!

 

「ゲヴォッ」

 

輝の艤装がまるでゲップのような声を出した時には、車は艤装の中に全てスッポリと収まってしまっていた

 

「……出せ」

 

今度は艤装にさっき中に入れた車を出すように短い言葉で命令すると

 

「ゥ"オ"ォ"エ"ッ"オ"ォ"ロロロロロ……」

 

妙にリアルな声を出しながら口から車を吐き出す輝の艤装、聞いてるだけで気持ち悪くなってきた……

 

吐き出された車をしばらく無言で見つめ、そのまま無言で艤装に蹴りを入れる輝。気持ちは分かるが艤装に八つ当たりするのは可愛そうだから止めてやれ……

 

「今までの苦労はなんだったんだよ……、チキショウ……」

 

あ~あ~……、頭抱えて俯いちゃったよ……。輝マジドンマイ……

 

「取り敢えず艤装の中に入れられるのは分かったな……んで、誰かこの車の中で寝たいって奴いる?」

 

戦治郎が皆に問いかけるが誰1人として反応しない……、まあオエオエ言いながら吐き出されたものに乗るのは抵抗あるかもしれんわな……

 

仕方ないので幼馴染ズ5人で車の中で寝る事にした、輝の愚痴が煩くて中々寝付けなかったけどね……

 

 

 

そして朝を迎えた俺達は翔が準備した朝食を済ませ、後片付けをしてから目的地であるプリンス・エドワード諸島へ向かおうと海岸に出たところで、海岸に打ち上げられた人影を発見した

 

その背中に艤装を背負っていた事から艦娘だと一目で分かった、しかしその艤装は既にボロボロになっており、身体の方も傷だらけになっていた

 

「大五郎!ハコを展開しろっ!悟は本体の方を頼んだ!工廠組は手伝え!」

 

「任せなぁ」「「「了解っ!」」」

 

戦治郎がこの娘から艤装を外しながら叫び、大五郎がすぐにハコを展開する。ハコが展開しきったところで工廠組が集まり艤装の修理を開始し、悟は本体である少女の治療を開始、残ったメンバーはすぐに戦闘態勢に入り周囲の警戒する

 

「こりゃ酷ぇな……、沈んでねぇのが奇跡ってくらいボッコボコにやられてんじゃねぇか……」

 

「こっちもかなり手酷くやられてらぁ……、一体何処のどいつがやりやがったんだぁ?」

 

戦治郎と悟がその手を止める事無くお互いの状態を報告する

 

「艦載機がこちらに高速で接近する影を発見……って速っ!!!もう視認出来るとこまで来たよっ!!!方角は10時方向っ!!!」

 

翔が言う方向に皆が一斉に視線を送る、そこには激しく水飛沫を上げながらこちらに向かってくる何かがいた

 

「あれは……駆逐棲姫だとっ!?でも何か外見が微妙に違わねぇかっ?!」

 

シゲが相手の姿を確認したところで、驚きを隠そうともせずに叫ぶ

 

シゲの言う通り、こちらへ向かって来ているのは駆逐棲姫のようだが俺達が知っている駆逐棲姫とは見た目が若干違っていた

 

胸のあたりに追加装甲なのか胸当てみたいなのが付いており、右手には指先に鋭い爪の付いたガントレットのようなもの、左手の砲にも鉤爪のようなものが付いている、そして一番異質だったのは首に付いている首輪のような機械だ

 

「ターゲット確認、これよりターゲットの破壊を開始します」

 

まるでの機械ような抑揚のない声でえらく物騒な事を言って、砲撃を開始する駆逐棲姫。その砲弾は俺達の頭上を越えて、あろうことか今悟達が治療している艦娘の方へと向かっていたのだ

 

「やらせっかよっ!」

 

摩耶がそう叫び砲弾を撃ち落とす、その光景を見た駆逐棲姫は表情を一切変える事無く

 

「障害物を確認、これより排除します」

 

無機的な声でそう言って今度はこちらへ攻撃を仕掛けて来たのだった



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絶望の使者

途中視点変更あります


不味い……、これは本当に不味い……

 

俺達はボロボロになり海岸に打ち上げられていた艦娘を始末しに来たであろう駆逐棲姫との戦闘を開始したのだが、ジリ貧と言ったとこだろうか状況は非常に悪い

 

まずこの駆逐棲姫、滅茶苦茶速いのだ。どのくらい速いかって言えば速力最速+と言ったところだろうか……

 

最初は皆で一斉射撃したんだけど、この駆逐棲姫はそれに一切臆する事も無く砲弾の弾幕に突っ込んで行きそれを潜り抜けて接近してきたのだ。砲弾が当たった形跡が全く見受けられなかった事から、その全てを持ち前の速力だけで回避したのだろう……

 

接近して来たところを木曾さんや神通さんが斬りかかるも、余裕を持って回避されてしまうという有様だ

 

剛さんが駆逐棲姫の進行方向を予測しての射撃も、急激な方向転換で予想ルートを外されて掠りもしなかったのである。こうなると艦娘の皆の射撃は役に立たなくなってしまう

 

この速度に追いつけそうなのが俺と通、それに空の3人くらいしかいないのだが、空は現在この駆逐棲姫のターゲットとなっている艦娘の艤装の修理の為こちらに参加出来ない。つまり現状俺と通の2人で何とかしないといけないのである

 

「こんのぉっ!」

 

俺が駆逐棲姫との距離を詰め掴みかかろうとするも、寸でのところで回避されてしまった。俺に格闘術の心得でもあったらさっきのタイミングで一撃入れる事が出来たのかもしれないが、今の状況で無いものねだりしても仕方がないな……

 

「っ!?しまったっ!!!」

 

通が舌打ちして叫ぶ、俺の掴みかかりを回避したと同時にハコを展開して動けなくなっている大五郎を狙い砲撃したのだ。だが

 

「ヴォオオオォォォッ!!!」

 

大五郎が咆哮を上げ、その大きな左腕を振るい砲弾を切り裂いた。摩耶が最初の砲弾を撃ち落とした後に、大五郎が自分に向けて砲撃された事に気付き身体の向きを変えてハコに砲弾が当たらないようにしたのだ

 

「これならどうですかっ!?」

 

通がそう言って印を切り3体の分身を生み出し駆逐棲姫の方へと差し向ける、しかし分身は通本体より速力が若干劣るのか駆逐棲姫を追いかけてもジリジリと距離を離されていた。そして時々振り返って砲撃を何度か繰り返して、通の分身を全て倒してしまった

 

そんな駆逐棲姫が姉様の前を通過しようとしたその時

 

「形代っ!!!」

 

姉様の艤装から大きな腕が飛び出し、駆逐棲姫に殴りかかったのだ。だが駆逐棲姫はこの予想外の攻撃さえも瞬時に反応して回避し、姉様の奇襲も空振りに終わる……はずだった

 

「それ捕まえたっ!!!」

 

駆逐棲姫の進行方向を予測し、先回りしていた剛さんが駆逐棲姫に掴みかかりその身体を拘束したのだ。多分俺達が追いかけっこしている間に姉様と打ち合わせしてたんだと思われる

 

「よっしゃ!身動き出来ねぇんなら俺でも攻撃出来るっ!!!」

 

そう言って駆逐棲姫に飛び掛かるシゲ、だがそれも不発に終わってしまう……

 

「ちょっ!?何この娘?!」「グガッ!!!」

 

何とこの駆逐棲姫、自身を拘束していた剛さんの腕を腕力だけで引き剝がし、その体勢のまま下半身の艤装を勢いよく振り上げて、飛び掛かって来たシゲの顎に艤装を叩き込み迎撃して見せたのだ

 

そしてそのまま剛さんの背後に回り込んで砲撃を開始しようとしたのだが、俺が横から飛び掛かって来た為砲撃を中止し俺の攻撃を回避する

 

「このままだと不味いですね……」

 

全くだ……、こっちはさっきから走り回りっぱなしでスタミナがガリガリと削られているのだが、向こうは全然余裕があるのか涼しい顔をしている……。まあ最初みた時からずっと表情変わってないんだけどね……

 

速力といい、反応速度といい、腕力にスタミナ……、この駆逐棲姫はそれら全てが俺達を上回っているとでも言うのだろうか……?そんな相手に俺達は勝てるのだろうか……?

 

「ふんっ!!!」

 

そんな事を考えていると、誰かが駆逐棲姫の背後から殴りかかる。駆逐棲姫はそれにすぐに反応して回避するも

 

「せいっ!!!」

 

駆逐棲姫が回避する方向に既に回り込んでいたその人物は、駆逐棲姫の脇腹にその拳を叩き込んだ。どうやら艤装の修理が完了したのか空が駆けつけてくれたのだ

 

「大丈夫か?」

 

俺達に声を掛けてくる空、空が加わってくれれば正に百人力と言ったところだろうか、負ける気がしなくなってきた。だが空の身体の都合上長い時間この速度で戦うわけにはいかない……、俺自身もそろそろ体力がやばいしな……

 

「助かるぜ空、追いつけるのが3人もいれば何とか出来るはずだ、ここからは短期決戦でいくぞっ!!!」

 

俺の声を合図に駆逐棲姫に向かって駆け出す3人、ここから一気に片を付けてやる!!!

 

 

 

 

 

「ん……、ここは……?」

 

「よぅ、目ぇ覚めたか嬢ちゃんよぉ」

 

声がする方を見てみると、そこには深海棲艦の潜水棲姫が立っていた。普通の艦娘だったらここで攻撃態勢に入るなり混乱するなりするところだけど、私はそうはならなかった。この深海棲艦からはあの娘と同じ何かを感じたからだ……

 

「すみません、えっと……「……悟だ」悟さん、ここは何処なんですか?」

 

「ここはナミビアの西に浮かんでるポセッション島ってところだぁ、ってそれは兎も角よぉ、おめぇは俺見て何とも思わねぇのかぁ?仮にも俺は深海棲艦の潜水棲姫なわけなんだから、艦娘だったら普通何かしらアクションするとこじゃねぇのかぁ?」

 

艦娘である私に現在地を教えてくれた上に、名前まで名乗ってくれた。これはもう確定と言っていいだろう、この人はあの娘と同じで普通とは違う深海棲艦なのだと……

 

「悟さんが普通の深海棲艦だったら、私を見かけた段階で沈めに来るはずですからね。でも悟さんはそんな事はせず、逆に助けてくれてるじゃないですか。こんな風に……」

 

そう言って自分の身体を見てみると、何と服が脱がされてしまっているじゃないですかっ!それに気付いた私は顔が急に熱くなってくるのを感じて……

 

「きゃぁっ!!!」

 

慌てて両手で胸元を隠す、胸に包帯が巻かれているのにも気づかずに……

 

「そのへんの文句は聞くつもりねぇからなぁ、そうしねぇと包帯が巻けなかったからなぁ。っとさっき普通の深海棲艦だったら~とか言ってたが、普通じゃねぇ深海棲艦がいるとでも言うのかぁ?」

 

「え、ええ、それに関してはご自身がよく分かっているんじゃないですか?昔は人間だったけど何かが原因で深海棲艦になっちゃったとか……」

 

私の話を聞いた途端悟さんの眉がピクリと動いた、やっぱりこの人も……

 

「……何処で知った?」

 

「私の友達に同じ境遇の娘がいて……ってそうだっ!あの娘はっ?!」

 

そう、私はさっきまでその娘に追われていたのだ。もしかしたらもうすぐそこまで来ているかもしれない、私は急いで服を着て診察台から飛び降りる。まだ体中が痛いけど今はそんな事を気にしている場合ではない!

 

「もしかして、あっちでドンパチやってる駆逐棲姫がおめぇの友達って奴なのかぁ?」

 

悟さんが指差す方向を見ると、空母棲姫、南方棲戦姫、軽巡棲姫と戦っているあの娘の姿が見えた

 

4人共凄まじい速さで戦っているが、よく見ると南方棲戦姫の動きが悪くなってきていた。恐らく体力の限界が近いのかもしれない……

 

そしてそれに気付いたのかあの娘は南方棲戦姫に砲撃、南方棲戦姫はそれを回避するも勢い余って転んでしまった、恐らくもう踏ん張るような体力も残ってないのだろう……

 

あの娘はそれを待っていたと言わんばかりに南方棲戦姫に飛び掛かり馬乗りになる、そして南方棲戦姫の顔に右手を突き刺そうとしたところで

 

「ダメッ!!!望っ!!!」

 

私、神風型駆逐艦1番艦神風は友人である春雨 望の名前を叫んでいた……



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彼女の名は・・・・・・

やっちまった……っ!

 

あんだけでかいクチ叩いておきながら、砲撃回避した後派手にコケた挙句そこを狙われっちまった!空の身体を気遣って無理した結果がこれかよぉっ!!!

 

駆逐棲姫はそんな無様な俺に飛び掛かり馬乗りになると、鋭い爪の付いた右手で俺の顔目掛けて貫手を放ってきた

 

他の2人も急いでこちらに向かって来ているが、距離的に考えて2人がこちらに到着するよりも早く駆逐棲姫の貫手が俺の顔面に突き刺さるだろう……

 

俺が死を覚悟したその時

 

「ダメッ!!!望っ!!!」

 

誰かの叫び声が辺りに響き渡り、それを聞いた駆逐棲姫が動きを止めたのである

 

だが、変化があったのは何も駆逐棲姫だけではなかった。その声が聞こえた瞬間、俺の右目がジクリと疼いたのである

 

今聞こえた声は、この駆逐棲姫の事を何と呼んだ……?

 

「お願い望っ!目を覚ましてっ!!!」

 

望……?今確かに望と言った……、その言葉に反応するようにまたも右目が疼く

 

「うぐ……っ!あっ……がぁ……っ!!!」

 

今まで1度も表情の変化がなかった駆逐棲姫の顔がその声が聞こえる度に苦痛に歪む、そして頭を抱えながら俺の上から飛び退いて海岸の方へと後退を始める

 

「神……か……ぜ……おね……が……逃げ……」

 

苦悶の表情を浮かべる駆逐棲姫の口から、途切れ途切れではあるがそのような言葉がつむがれる。駆逐棲姫の身に一体何があったのだろうか……?俺は右目の疼きに耐えながらそんな事を考えていると

 

「……重大なエラーが発生……、このまま戦闘を続行するのは不可能と判断……、撤退を開始する……」

 

「待ってっ!行っちゃダメッ!!望っ!!!望ぃぃぃっ!!!」

 

そう言って駆逐棲姫は撤退を開始、駆逐棲姫が海に飛び出したところで先程の声の主であろう神風さんが姿を現し、海岸に駆け寄り駆逐棲姫の背中に向けて必死に制止の声を掛け続けるも、駆逐棲姫は1度も振り返らずに物凄い速度で走り去ってしまった……

 

望と呼ばれた駆逐棲姫の姿が見えなくなると、神風は海岸に膝をつき泣き出してしまった……。このやり取りを見聞きしていた限りだと、どうやらこの神風はあの駆逐棲姫の知り合いのようなのだが……

 

「光太郎、大丈夫かっ!?」

 

「右目を押さえていますけど……、まさかさっきの貫手が当たったのではっ?!」

 

そんな事を考えていると、空と通が俺のところへ駆け寄って来た。俺はそんな2人に無事である事を伝え立ち上がる、右目の疼きは未だに収まっていないんだけどな……

 

「しかし、さっきの駆逐棲姫は何者なんだ?急に攻撃を仕掛けて来たかと思えばすぐに撤退してしまったが……」

 

「私達も詳しい事は分かりません……、分かりませんが……」

 

空の疑問にそう答えた後に神風さんの方へと視線を向ける通

 

「どうやらあの娘はあの駆逐棲姫と知り合いみたいだから、少々酷かもしれないけれどそのあたりの話を聞かせてもらおうか……」

 

その後、俺達は神風を落ち着かせてから皆のところに戻って先程の駆逐棲姫の事を教えてもらう事にした

 

だが、その前に……

 

「もしかしてここにいる深海棲艦は皆普通じゃない深海棲艦なの……?」

 

神風さんが海賊団のメンバーを見て物凄く驚いているのだが、驚いているポイントが他の艦娘と明らかに違っていた

 

「神風の言う通り、ここにいる深海棲艦は皆普通じゃない奴ばっかだな。まあ深海棲艦達が転生個体って呼んでるみてぇだから、俺達もそれに倣って転生個体って呼んでるわけだが」

 

「転生個体……成程、人間から転生した深海棲艦だから転生個体と言うわけね。次からは私もそう呼ぶ事にするわ」

 

取り敢えず普通じゃない深海棲艦の呼称を転生個体に統一する事になったようだ、まあその方がこっちも分かり易いからいいんだけど……

 

因みに神風さんは最初敬語で挨拶してたんだけど、戦治郎が堅苦しいとか言い出したのでこんな感じの砕けた話し方になっていた

 

「それはいいとして、さっきの駆逐棲姫は一体何者なんだ?何かお前の事狙ってたみたいだが……?」

 

ナイス木曾さん、これで話が進む!

 

「それは……」

 

神風さんの表情が暗く陰る、そしてそのままポツポツと話し始めた

 

神風さんはアムステルダム島にあると言う泊地に所属する艦娘だそうで、哨戒任務をやっている時にたまたまあの駆逐棲姫を見つけたそうだ

 

発見した時は酷く混乱していたそうで、何とか落ち着かせて話を聞いたものの彼女の話はよく分からない点が多かったそうだ

 

神風さんは彼女はまだ混乱しているのだろうと思い、アムステルダム島の南にあるサンポール島に彼女を匿い時々会って話をしている内に仲良くなったんだそうな

 

「何でまたそんな便所洗剤みたいな名前の島に匿ったんだ?泊地に連れて行けなかったのか?」

 

「便所洗剤て……、ってそんなん普通に考えたら分かるやろっ!泊地に深海棲艦連れてったら泊地が蜂の巣突いたような大騒ぎになるやろっ!!!」

 

輝の疑問にツッコミを入れる龍驤さん、だがそのやり取りを見た神風さんの表情が更に暗くなった事からそれとは別の事情があるようだ……

 

「アムステルダム島の泊地……、何処かで聞いたような……」

 

そう言った神通さんの方へ皆の視線が集まる、一方神風さんは神通さんの言葉を聞いた途端、ビクリと身体を震わせたのだ……。これは絶対何かあるな……

 

「神通さんもあいつらから声を掛けられた事があるの……?」

 

「あっそうです、思い出しました。確か教導艦になろうと思い大本営に行った時にその泊地の関係者と言う方から声を掛けられました」

 

神通さんによると、その泊地では負傷による後遺症の治療を行っているらしく、もし泊地に着任してくれれば後遺症を治して再び戦場に立てるようにしてくれると言っていたそうだ

 

まあ、神通さんはその時には既に施設の話を聞いていた為、その話を蹴って教導艦になったんだとか

 

神通さんの話が終わると、神風さんはやっぱりと言った表情で俯いてしまった

 

「なぁ、もしかして神風もそいつらに声を掛けられたのか?」

 

「ええ、神通さんと同じ様な内容で声をかけられたわ……。ちょっとこれを見て欲しいの……」

 

摩耶の言葉を肯定した後、神風さんは右手を顔の高さまで上げるのだが……

 

「……何か起こるんッスか?」

 

しばらく待ってみても何も起こらない、神風さんは何を見せたかったんだ?

 

「えっ!?あれっ?!なんでっ!??いつもならもう震えだすところなのに!!?」

 

「かぁっひゃっひゃっひゃっ!!!おめぇの治療している時にそれっぽいの見つけたからなぁ、ついでに治しておいてやったぜぇ。そんなもん残すたぁ一体何処のヤブに診せたんだぁ?ったく笑いが止まんねぇぜぇくぁっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!」

 

ああ、神風さんは自分の後遺症に関するの見せようとしてたわけね。それにしてもいや~悟先生流石です、ホントよくそんなのに気付けたなこいつ……。神風さんもポカンとしてらっしゃるぅ

 

「コホン!私は右手に後遺症があった「過去形」そこうるさい!ああもう!兎に角!私は右手の後遺症を治したくて付いていっちゃったのよっ!」

 

完全にこっちのペースに呑まれる神風さん可哀想……

 

「それで、その泊地は確かに医療関係は充実していたわ。処方される薬のおかげで私の後遺症の症状も抑えられてある程度なら戦えるようになったし、任務なんかも普通にこなしていたわ、表向きはね……」

 

表向きは……ねぇ……、って事は裏で何かやってるって事か……

 

「……何があったんだ?」

 

戦治郎が真面目な顔で神風さんに問う、こいつがこんな表情してるって事は大方予想は付いてるんだろうが、念の為神風さんの口から聞きたいってところだろうな……

 

「あの泊地は、艦娘に深海棲艦の身体パーツを移植したり、艦娘や捕獲した深海棲艦をモルモットにして薬の実験なんかをやっていたのよ……」

 

話を聞いていた皆に緊張が走る、まさかこんなにも早くあの件の犯人に辿り着けるとは思ってもいなかったわ……

 

「こんなところに望を連れて行ったら間違いなく実験台にされてしまう、私はそう思って望を匿っていたの……、結局見つかって連れて行かれてああなっちゃったんだけどね……。それが本当に悔しくて悲しくて……、だから私は助けを呼ぶ為に加賀さん達に協力してもらって泊地を脱走して来たんだけど……、結果はこの通り……、泊地の提督の駒にされた望に追われてここに辿り着いたのよ……」

 

そう語る神風さんの目に涙が浮かぶ……、友達がそんな事されたら泣きたくもなるわな……、これは何としてでも助けてあげないと……

 

「あんがとよ神風、よく話してくれた……。おめぇら、今の話聞いたよな?」

 

戦治郎が皆の方を見回しながら問う、皆は強い意志を宿した瞳で戦治郎を見つめながら一斉に頷く

 

「よっしゃ!って事でえ~……、神風?望ちゃんとやらのフルネームって分かるか?俺達と同じ境遇ってんなら苗字があるはずだから、そこ教えてもらってもOK?」

 

他の皆はそんなのどうでもいいだろうと内心思っているかもしれないが、俺だけはどうしてもその娘の名前が気になって仕方がなかった為しっかりと耳を傾ける。何故あの娘の名前が出る度に右目が疼くのか……、それが知りたかったのだ

 

「え~っと……確か……、春雨、春雨 望があの娘のフルネームです」

 

「何ぃっ!?」「何とっ!?」「……えっ?」

 

悟と通、そして何故か藤吉までもがその名前に反応した

 

そして俺は……

 

「があああぁぁぁっ!!!くあぁ……っ!あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

疼きを通り越し、まるで炎が燃え盛る木材を突き刺したかの様な激しい痛みが俺の右目に襲い掛かる。俺は右目を押さえながら絶叫し倒れ込んでしまった……



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光太郎と悟と春雨 望

とある住宅街にて大規模な火災が発生したとの通報を受けて出場した俺達の目の前には、それはもう凄惨な光景が広がっていた……

 

昔何処かで地獄の中には焦熱地獄と言うものがあると聞いた覚えがある、それがもし実在すると言うならばきっとこの現場のような場所なのだろうとふと思うほどに、炎が勢いよく燃え広がり次々と家屋を飲み込んでいく

 

その光景を見た近隣の住人達の悲痛な叫びと地元の消防団や消防隊員達の怒号が辺りに響き渡り、それが地域住民の不安と恐怖をより一層掻き立て更なる混乱を呼び寄せていた

 

俺達ハイパーレスキューが必死になって救助活動をしている時、1組の夫婦が俺達に泣きついて来た。娘の姿が何処にもに当たらない、もしかしたら家に取り残されるかもしれないと……

 

俺達は急いでその夫婦の家に向かう、現場に到着してみれば確かに2階の窓から助けを求める中学生くらいの少女の姿が見えた。俺達はすぐにその家に突入したわけだが、思った以上に火の回りが早く急いで救助しなければ俺達もこの燃え盛る家の下敷きになってしまう……

 

その考えが俺の中に焦りを生み出し冷静な判断力を奪い去ってしまう……、俺は勢いよく走り出し2階へと続く階段を見つけそれを駆け上っていたその時だった

 

「天井が崩れるぞっ!下れ南っ!!!」

 

隊長の声に気付くが、どうやら遅かったようだ……

 

天井が焼け落ち俺はその下敷きになってしまったのだ、更に運が悪い事に崩落した天井の一部である火の点いた木材が呼吸器のアイピースを突き破り、俺の右目へと突き刺さったのである

 

それから先の事は覚えていない……、恐らく痛みに耐えきれず気絶してしまったのであろう、気が付いた時には病院のベッドの上だった……

 

俺の容態については、下敷きになった後すぐに救助された為一命を取り留め、後遺症も残らないそうだ。……右目以外はだが……

 

やはりと言うべきか……、俺の右目は完全にダメになってしまったらしい……

 

右目を失ったのもショックだったが、その後に知らされた話の内容がそれ以上にショックでしばらくの間病室で放心していた

 

結局、あの少女は助ける事が出来なかったそうだ……、俺を救助した後隊長の判断で撤退したんだとか……これ以上二次災害を発生させる訳にもいかないから妥当な判断だと思う……、思うのだが……

 

階段の上の天井が崩れ、階段を塞いでしまった以上どの道助けには行けなかっただろうと言われたが、俺はどうしても考えてしまうのだ……、あの時俺がヘマしなければ、もしかしたらあの娘を助ける事が出来たのかもしれない、と……

 

放心状態から戻った俺は自分の情けなさと、あの娘に対しての申し訳なさに泣いた。悔やんで悔やんで悔やみ抜いて……、でもいくら悔やんでも悔み切れず更に涙を流した

 

あの娘は俺のせいで助からなかった……、俺のせいで見殺しにされた……、あの娘は……、春雨 望さんは俺が殺したんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悟、光太郎は大丈夫なのか……?」

 

戦治郎がハコの診察台の上で眠る光太郎を心配そうに見つめながら俺に尋ねてくる、春雨 望と言う言葉を聞いた瞬間に右目を押さえながら絶叫し、地面に倒れもがき苦しむ光太郎の姿を見れば誰だって心配するだろうな……

 

このままでは不味いと思って戦治郎達に取り押さえてもらって、よく効く薬を注射して今は眠ってもらっているわけだが……

 

「光太郎さん、一体どうしちゃったんだろ……?」

 

「確かさっきの駆逐棲姫の名前を聞いた途端こうなったみたいだけど……」

 

陽炎と天津風が光太郎の事を心配しながらも先程の出来事を不思議がっている、事情を知らん奴からしたら不思議で仕方ないだろうよ……。当事者の俺からしたらあの名前を聞きゃぁああなるのも仕方ないと思えるがね……

 

「確か……、春雨 望でしたか……」

 

「そういや悟さんや通さんもその名前に反応してたが、何か知ってるのか?」

 

「藤吉もさっき反応してたな、何か関係あんのか?」

 

不知火の言葉に木曾と摩耶が反応し、俺と通、それと藤吉に問い掛けてくる

 

「流石にこうなると話さないわけにはいかねぇなぁ……」

 

通の方を見ると俺に頷きかけてくる、それを確認したところで俺はこうなってしまった理由について話し始めるのだった……

 

光太郎がとある住宅街での大規模火災で救助活動をしていた時に天井の崩落に巻き込まれて右目を失った事、それが原因で撤退する事になって要救助者を助けられなかった事、光太郎がその要救助者を助けられなかった事を自分が原因で見殺しにしてしまったと思い今でも悔んでいる事、そして……

 

「その要救助者だった女の子ってのが、春雨 望だったってわけなんだわぁ……」

 

ここにいる全員が沈黙する、これで光太郎がああなっちまった理由については納得してもらえるだろう

 

「この火災は放火が原因で起こった事件でした、その当時私は刑事だったのでこの事件の捜査に参加、実行犯と関係者の逮捕にも関わりましたね。彼女の名前はその事件の捜査をしている時に知りました」

 

「放火っ!?住宅街で放火とかどう考えてもエライ事になるのが目に見えとるやろっ!犯人は何考えとったんやっ?!」

 

通の言葉を聞いた龍驤が犯人に対して怒りを露わにする、だが龍驤……、怒りをぶつけるべき相手が違ぇぞ……

 

「実行犯はそうなる事は分かっていたんです、分かっていながらやった……いえ、やらされたと言いましょう……」

 

「通さん、それは一体どういう事でしょうか……?」

 

通の言葉を怪訝に思い質問する神通

 

「こっから先は俺が話す、いいよなぁ?」

 

通に確認を取ると、通は静かに頷いた。まあダメだと言われても言うつもりだったんだがな

 

「この放火事件は計画的犯行だったんだよなぁ、ターゲットは住宅街の中にある伊藤診療所……、俺が私立の総合病院から独立して始めた診療所だったんだからなぁ……」

 

全員の表情が驚愕の色に染まる、まあこんなの誰も予想出来ねぇだろうよ

 

俺の診療所が狙われた理由、それは総合病院での騒動が原因だった

 

そこの院長が跡継ぎを探し育てる為に自分の娘を結婚させようとしたわけだが、その候補に俺と先輩の医師が挙げられたのだ

 

最初は幹部連中がこぞって自分の子供を推薦していたが、人を見る目がある院長が全てバッサリと斬り捨てたのだ。その結果俺と先輩が祭り上げられる事になってしまったわけなんだが……

 

「そしたら幹部連中が俺派と先輩派に分かれて派閥争いなんか始めちまったわけよぉ、そんで俺派の連中は殆どが腹黒い奴ばっかでなぁ……、俺が院長の娘と結婚したら自分達が俺の面倒見てやったんだから言う事聞けってな具合で、裏で俺を操って好き勝手しようと企んでたみたいだぜぇ?まあ付き合いきれなくなった俺が辞表出して独立したから話はパァになったんだがなぁ」

 

「ん?俺は義姉さんからは悟が義姉さんの気持ちに気付いてたから、独立して手ぇ引いてくれたって聞いたんだが?」

 

戦治郎のばぁたれ!!!余計な事言うなっ!!!

 

「戦治郎さんのお義姉さん……?それって……」

 

「悟の先輩ってのは俺の実兄、長門 命(ながと みこと)兄さんの事なんだわ、そんで院長さんの娘さんが兄さんと結婚したから俺の義姉さんってわけ」

 

不思議がる姉様に説明する戦治郎、命さんには本当に世話になったっけな……、おかげで今でも頭上がんねぇ……

 

因みに戦治郎が言っていたのは半分正解、本当は両想いだったんだよなぁ……、幹部連中が気に入らなかった事と、命さんには恩があるからってのが重なった結果が独立だったわけだ

 

「話戻すぞぉ、その結果俺は老害幹部共から逆恨みされて診療所に火ぃ点けられたってわけだぁ。放火の実行犯ってのは幹部共の駒だったから奴らに逆らえず嫌々やらされたってところだわぁ」

 

「そんな……、酷過ぎます……」

 

「そのような下郎がいたとは……」

 

阿武隈と瑞穂がそんな事をこぼす……、皆も俺に同情の視線を送ってくるが正直やめてもらいたいものだ……。つか、瑞穂の顔が怖ぇんだが……

 

光太郎の奴は自分が原因で望を死なせたと思っているようだが、あの火災が発生した原因は俺にあるわけだ、お前の右目を失ったのも俺のせい……、つまり本当に悪いのは俺の方なんだ……

 

「そういや、藤吉が反応してたのは何だったんだ?」

 

この流れをぶった切って輝が藤吉に問いかける、そういや藤吉も反応していたっけか……、こいつに関しては俺も全く予想が付かないんだが……

 

「は、春雨さんとは……、ちゅちゅ中学校でい、一緒のクラスだったこ、事があるんです……。い、い、いじめられていた僕にもや、優しくしてくれる子でした……。でででももしぼ、僕と関わっていたのが原因でい、い、いじめられたら可哀想だとお、思って……。だ、だからぼぼ僕はそれからひ、ひ、ひ、引き籠りになってあ、あの娘とかか関わらないようにしようとお、思ったんです……」

 

成程、そういう繋がりだったわけか……、望の為に引き籠りとは藤吉らしいがもうちょい別の方法もあったんじゃないかとは思うんだが……

 

「よっし!暗い話はここまで!終わり終わり!」

 

パンパンと手を叩きながらそう叫ぶ戦治郎

 

「取り敢えず光太郎達と望ちゃんの関係は分かった、大人の面倒事に巻き込まれて亡くなった望ちゃんはこっちの世界でもクッソ面倒な事に巻き込まれちまったわけだ……」

 

戦治郎はそこで1度言葉を区切り息を大量に吸い込む

 

「おめぇらっ!!!春雨 望を助けたいかっ!!?」

 

\応っ!/

 

「あい分かった!これより長門屋海賊団は『春雨 望救出作戦』を開始するっ!!!」

 

\応っ!!/

 

「気合入れていくぞおおおぉぉぉっ!!!」

 

\おおおぉぉぉっ!!!/

 

全員が右腕を天高く掲げ声を上げる、どうやら全員の心に火が点いたようだ……。俺は火は嫌いだがこういう火は嫌いじゃねぇぜ……っ!

 

「皆さん……、ありがとうございます……っ!」

 

この光景を見た神風は、目尻に涙を浮かべながら感謝の言葉を口にする

 

「その言葉は成功してからにしてくれ、神風」

 

さて、このあたりでやるべき事は決まった……

 

俺達は春雨 望救出作戦に必要になるであろう拠点を確保する為に、プリンス・エドワード諸島へ急行するのであった



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やる気スイッチVSミサイルのスイッチ

気が付いた時には既に海の上、俺の身体は大五郎のハコの上に雑に乗せられていた……

 

先程嫌な夢を見たのを思い出して頭を振るのだがそこでふと思う、俺は何で眠っていたんだ……?

 

「よぅ、目ぇ覚めたかぁ?」

 

そんな事考えていると悟の声が聞こえた、悟は大五郎の首の間で胡座をかいていたんだが、多分俺が海に落ちないようにと見ていてくれたんだろう

 

悟から俺が寝ている間にあった事と今の状況の説明を受けたんだが、やっぱりあの駆逐棲姫はあの娘だったのか……、話を聞いている最中に右目に痛みが走るがそれを無視して話に集中する

 

「今回の作戦は俺とおめぇにメイン張れってお達しが来てやがらぁ、全く変なとこで気ぃ使いやがってよぉ……」

 

頭をバリバリと掻きながら悟が言う、俺と悟がメイン……つまり俺達であの娘を救出しろって事か……、出来るのか……?こんな俺にあの娘を救う事が本当に出来るのか……?

 

「おめぇのやらかしについてはよぉく知ってっから不安になるのは分かる、だが俺達がやんねぇとあの娘はずぅっと囚われのお姫様のまんまだぁ。もう出来る出来ねぇの話じゃねぇ、やるしかねぇんだよぉ。それともおめぇは自分にゃ出来ませんっつってあの娘の事を見捨てるのかぁ?腐れ外道に捕まってヤク漬けにされてるあの娘をまた見殺しにすんのかぁ?」

 

「ちょっと待て、ヤク漬けってどういう事だ?あの娘は何かされているのか?」

 

「こりゃ神風からさっき聞いたばっかの話なんだがよぉ……」

 

そう言って悟は先程の発言の詳細を話し始める

 

彼女は泊地の艦娘に捕まった後、その泊地の提督が開発する薬の実験台にされていたようだ。何度も何度も訳の分からない薬を投薬され続けた結果、彼女は一時的ではあるがとんでもない身体強化が出来るようになってしまったらしい

 

泊地の提督はその力に目を付けて、薬で望ちゃんの意識を閉じ込め首輪状の機械を使って彼女に別の人格のようなものを植え付け自分の手駒にしているんだとか……

 

「あの時退いてくれたのは薬の効果が切れてきて、表に望本来の人格が出てこようとしからじゃねぇかと俺は推測してるぜぇ」

 

つまり、そこを押さえて首の機械を何とかしたら助けられるかもしれないと言うのか?

 

「ただそうなると、ちょい急いだ方がいいかもしんねぇとも思ってんだわぁ。こないだの見てる感じだとそれなりに耐性が出来てきてるみてぇだからなぁ……、そうなっちまうと例のクソッタレは望を移植手術の材料にしかねねぇって神風が言ってたんだわぁ。意識が刈り取れなくなっちまえば自分の手駒に出来なくなっちまう、そうなると奴にとって色々と都合が悪くなっちまうからなぁ……」

 

そいつは人を何だと思っているんだ……っ!中学生という若さで、あんな凄惨な死に方をしたあの娘が何故そのような仕打ちを受けなければならないのだ……っ!!!

 

さっきまで不安に支配されていた俺の心は、その言葉によって生まれた怒りの炎に完全に飲み込まれ焼き尽くされていた

 

「これは本当に不安だからとか言ってる場合じゃないな……手を煩わせて悪かった、ありがとうな悟」

 

俺が悟に謝罪と感謝の言葉を述べると、あいつは気にするなと短く言って手をヒラヒラとさせる。今回の作戦は絶対に成功させないといけないな、望ちゃんの為にも、俺の為にもなっ!

 

それで俺達は今この作戦で使う拠点確保の為にプリンス・エドワード諸島の方へと向かっていると言っていたが、今はどのあたりの位置にいるのだろうか?気になった事はすぐに聞く、という事で戦治郎に話しかける

 

「戦治郎、今俺達はどのあたりにいるんだ?」

 

「お?起きたか光太郎、おはようさん、今は丁度中間あたりってとこだな。今回も一気にs「ん?ありゃ何だ?」どうしたシゲ、何か見つk……」

 

俺と戦治郎が話している途中で、シゲが何かを見つけたようだ。何事かと思いシゲが見ている方向を見てみれば、恐らく目的地であろうプリンス・エドワード諸島から白煙を上げながら何かが5つほど空へと昇っていた

 

「んげぇ!あれはぁッスッ!!!」「んなっ!?何であんなのがあんだよっ!!?」「ちょっとぉ!冗談じゃないわよぉっ!?!」

 

戦治郎、剛さん、護が一斉に叫び物凄く動揺しているのが目に見えて分かった、何かやばい物でも見たのだろうか……?

 

そんな事を考えていると、件の空に昇る何かは空中で方向を変えて……えっ?

 

「あれ、何かこっちに向かって来てない?」

 

「あれって一体何なんですか?」

 

陽炎さんと阿武隈さんが戦治郎に疑問をぶつける、それに対して戦治郎は

 

「おめぇら急いで逃げるぞっ!!!」

 

そう叫んで剛さんと護と共に3時方向に大急ぎで走り出す、いやだからあれは何だ?

 

「あれは準中距離弾道ミサイルッス!!!もしかしたら核積んでる可能性がある奴ッスよっ!!!」

 

護の叫びを聞いた全員の血の気が引いていく、そしてすぐに先に動いた3人の後を追いかける。核とか洒落になってねぇだろうがよっ!!!何で深海棲艦がそんな代物持っているんだっ?!!

 

「あれっていつもみたいに撃ち落とせねぇのかっ!?」

 

「核積んでるかもしれない奴を撃ち落とすのは不味いだろっ!!!俺達も間違いなく爆発に巻き込まれちまうぞっ!!!」

 

摩耶の質問に木曾が答えていた、木曾の言う通りあれに核が積んであったら冗談抜きで大惨事になってしまう。だから戦治郎達は気付いてからすぐに逃げ出したのだろう

 

「ちょいちょいちょい、これってマジでヤバk……ってうおわぁっ!!!」

 

司が何か言おうとしたようだが、背後をチラ見した後言おうとしたセリフを切って驚いて大声を上げる

 

「何や!何かいっぱい追ってきよるでっ!?」

 

「ギャーッス!!!巡航ミサイルまであるんッスかぁぁぁーーーっ!!!」

 

海面に対して水平に飛翔するミサイルの群れを見て護が更に叫ぶ、あれ以外のミサイルまで持ってるのかよ!!!どんだけ現代武器持ってるんだよあそこの拠点の深海棲艦はっ!!?

 

「こうなったらっ!」

 

そう言うと剛さんは後ろを向き砲撃と射撃を開始、巡航ミサイルの1つを撃ち落としたのだ。その爆発に巻き込まれて数発ほど誘爆するも、爆煙を突き破って新たな巡航ミサイルがこちらに迫って来ていた

 

「どうやら巡航ミサイルの方は通常弾頭みたいよっ!水平に飛んでいる奴だけ狙って撃ち落としましょうっ!!!」

 

剛さんの言葉に従って、皆が砲撃を開始し巡航ミサイルを次々と撃ち落としていく。しかしまだ上空にはこちらに向かって飛んで来る弾道ミサイルの姿がある、こいつを早く何とかしなければ……

 

「大五郎、ちょっと乗せてもらうッスよ!」

 

そう言って護が大五郎のハコの上に飛び乗って、艤装から取り出したキーボードをHMDに接続して何かを始める

 

「どうしただぁ護ぅ?何やってるだぁよぉ?」

 

「こうなったら弾道ミサイルのシステムにジャミングかけてここじゃないどっかに行ってもらうんッスよっ!!!」

 

えっ!?そんな事出来るのっ?!だったら最初からやってくれよっ!!!

 

「自分に出来るかどうかはスッカリサッパリ分からないッス!これで成功したら儲けもん、けどやらんよりは幾分マシッス!!って事で皆さん巡航ミサイルの方よろしく頼むッス!!!」

 

「分かった!そう言う事だから護に全てを賭けて俺達は巡航ミサイルの方を何とかすんぞっ!!!」

 

「シャチョー!!!プレッシャーかけるのはマジで勘弁して欲しいッスよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

護はそう叫びながらもキーボード操作の手は止めない、頑張ってくれよ護……、俺達の全ては本当にお前にかかっているんだからな……っ!!!



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暗躍する者

誤字報告ありがとうございました

以後極力誤字脱字が出ないよう気を付けたいと思います……


「護まだかあああぁぁぁっ!!!」

 

「こっちもガチでやってるッスよぉぉぉっ!!!そもそも漫画じゃないんだからカタカタポンで簡単に終わるわけないじゃないッスかっ!!!」

 

護がキーボード操作を開始してからしばらく経つが、状況は中々好転する事は無く俺達は燃料と弾薬、そして精神を少しずつ削られていた

 

「次から次に飛んできてっ!このミサイルは一体どのくらいあるって言うのよっ!」

 

苛立ちながら陽炎さんが叫ぶ、巡航ミサイルをいくら撃ち落としても拠点の方から次々と発射され、全く終わりが見えないのが苛立ちの原因と言ったところだろうか

 

「このミサイル、地味に硬いのが厄介過ぎるだろっ!何でこんなに硬いんだよっ!?」

 

木曾さんが砲撃しながら叫ぶ、実際このミサイル群は陽炎さん達駆逐艦の砲撃だけでなく、軽巡や雷巡の砲撃にも数発程度なら耐えてしまうくらい頑丈なのだ。流石に重巡以上の砲撃には耐えられないようではあるが……。恐らくちょっとした衝撃ですぐ爆発しないようにしてあるのが頑丈さの原因なのだろう……

 

その為、今は軽巡以下の艦種の皆には陽炎型3人で1チーム、木曾さんと阿武隈さんで1チーム、神通さんと藤吉で1チームといった具合にチームを組んでもらいミサイルを撃ち落としてもらっている

 

通?通はさっきから向こうで分身出しまくってミサイルに突撃させてますけど?最初にそれ見た神通さんの顔が真っ青になってたけど、気にせずずっと続けてますよ?まあ形振り構っていられないのは分かるが、その方法は正直どうかと思うぞ……?

 

空母系の皆は砲撃出来る人は砲撃で、そうじゃない人は剛さんの武器を借りて何とか迎撃しているようだ。龍驤さんが反動で何度も転びながらも懸命にスティンガーミサイルを撃っている姿が涙を誘い、瑞穂さんが対戦車ライフルを撃つ姿が妙に様になっているのにちょっとした恐怖を覚えたりしながらも、巡航ミサイルの嵐だけは何とかしのげていた

 

問題は弾道ミサイルの方である、核を積んでいる可能性があると言う事で撃ち落とすわけにもいかず、今の今まで放置していたわけだ……。これについては護に任せるしかないのだが、どうやら思うようにいかず苦戦しているようだ……

 

「何でこんなにプロテクト掛かってるんッスかこれ……っ!えぇいここはこうして……これでっ……っ!……みゃおおおぉぉぉーーーんっ!!!」

 

妙な雄叫びを上げてガッツポーズする護、どうやらやってくれたようだ。ミサイルの方も上昇しながらあらぬ方向へ向かって行き何かを切り離した後落下を開始、しかしその先には俺達はいないので護の作戦は成功したと言えるだろう

 

「命中精度を上げる為にロケット部分に変なものくっ付けたのが敗因ッスよ~っと、取り敢えずこれで弾道ミサイルの脅威は去ったッス!自分はこのまま管制室の方に攻撃仕掛けるッスから皆はそれまで引き続き巡航ミサイルの相手をしてて欲しいッス!」

 

護はそう言ってまたキーボードを叩きだす、俺達はその言葉に従ってしばらくの間また巡航ミサイルの相手をしていたが、今度は先程よりも短い時間で終わったらしくそれ以降巡航ミサイルがこちらに飛んで来る事はなくなった

 

「管制の方がザルってどういう事なんッスかねぇ……、まあそれはいいッス、もうミサイルは来る事ないッスからこのまま拠点に突っ込むッスよー!あんなにミサイルバカスカ撃ってたならきっとペンギン達も酷ぇ目にあってるはずッス!敵討ちに行くッスよー!」

 

「何でおめぇが仕切ってるんですかねぇ……、まあいいんだけどよぉ……」

 

ペンギンの事で頭がいっぱいの護、それに困惑する戦治郎、まあ誰が仕切ってもやる事は同じだから気にしなくてもいいんじゃないか?

 

俺はそんな事を考えながら、先陣を切って突っ込む護の後を追って拠点へと向かうのだった

 

 

 

 

 

「くそう……くそう……っ!」

 

悟の縫合糸で拘束された状態で司令室の床に正座するフラリ改、こいつがここの責任者なんだそうだ。だが……

 

「部下はごっそり攫われてここにいるのはお前だけ、更にミサイルとその発射装置をよこした奴に資源も結構な数持って行かれたと……」

 

「ああ……、その通りだよ……っ!」

 

ボロボロと涙を零すフラリ改、俺達が拠点に突入した際誰もこちらに向かってくる気配がなかったので、不審に思い陸上型の皆に内部把握をやってもらったところこのフラリ改以外の生体反応がないと3人が口を揃えて言ってきたのだ

 

フラリ改の話を聞いてみれば、ここよりソロモンの方が重要だからと碌に戦力を送ってもらえず、最大戦力がこのフラリ改という有様だったのだ。ここだけでなくアフリカ方面は全体的に艦娘があまり来ないからと言う理由で主力になる戦艦や空母を送ってもらえないとかなんとか……

 

「私の部下達は皆艦娘に攫われていった……、一体何が目的なのかは一切分からないがな……。そして私以外全員いなくなってしまい途方に暮れるところにこのあたりじゃ見慣れない深海棲艦が現れてな……、資源を寄越してくれればいい物を譲ると言われて……」

 

「それで資源を譲ったところこのミサイルをもらった、と……」

 

コクリと頷くフラリ改、俺はこいつに何と言う言葉をかけてやるべきかで非常に悩んでいた……、敵とは言え流石にこれは可哀想過ぎる……

 

「戦治郎、ミサイルの方は片付いたぞ。そっちの方はどうだ?」

 

そう言って司令室に入って来るのは空と剛さん、この2人にはこの拠点にあるミサイルとその発射装置、管制室を調べに行ってもらっていたのだ

 

「ミサイル関係のものは、剛さんが言っていた通りこちらの世界のものではないようだ。剛さんがあのミサイルの内部構造まで知っていたのは予想外だったが……、剛さん、どうしました?」

 

戦治郎にミサイル関連の報告をしている空が、無言でフラリ改に近付いて行く剛さんの姿を不審に思い声をかける、しかし剛さんはその声に反応する事なくフラリ改の方へと進んで行き、物凄い速さでヘルハウンドを抜きフラリ改へと銃口を向けた

 

「答えろ、貴様にこのミサイルを寄越したのは何者だ?」

 

いつものオネエ口調ではなくやや高圧的な口調でフラリ改に質問する剛さん、いきなりこんな事をするなんて……、剛さんに何があったんだ?

 

「知らない!名前も何処から来たのかも聞いてないんだっ!」

 

その顔を恐怖で染め上げながらフラリ改が答える、剛さんが悟に目配せをすると

 

「こいつぁ嘘は言ってませんぜぇ」

 

悟の言葉を聞いて舌打ちしながらヘルハウンドを仕舞う剛さん

 

「……分かったわぁ、驚かせるような真似をしてごめんなさいね……。一応聞いておくけど、そいつは他に何か言ってなかったかしら?」

 

そいつの事がやたら気になっているようだが、剛さんと何か関係があるのだろうか?

 

「え……っと、これはどういう意味か分からなかったんですが……、取引が成立した後そいつは『エデン再興』がどうとか楽園がどうのとか頻りに言っていました……」

 

これを聞いて長門屋勢、そして何故か不知火が驚愕の表情を浮かべていた。『エデン』って言ったら確か……っ!

 

「エデン……?楽園……?確か同じ様な意味の言葉だったと思いますが……、どういう事なのでしょう……?」

 

「『エデン』と言うのは俺達がいた世界で活動していたテロ組織の名前だ……、頭のネジがぶっ飛んだような狂った理想掲げた連中だったよ……」

 

「戦争こそが人類を飛躍的に進化させる最高の方法であり、永遠の闘争を続ける世界こそが究極の理想郷である……でしたか……」

 

姉様の疑問に俺が答え、奴らが掲げた理想とやらの内容を言う不知火さん。もしかしてこの娘は射撃の手解きを受けている時に剛さんから『エデン』の事を聞いていたのか?それならばあの反応も納得出来る

 

「……そう、貴重な情報ありがとう。それで戦ちゃん、この子の事なんだけど……」

 

「いや~、最初は碌でもねぇ事言ったらぶっ殺す「ひぃっ!!」えぇい最後まで話聞けっ!始末するつもりだったけど流石にこれは可愛そうだからなぁ……。おめぇ、穏健派に下るつもりはねぇか?それだったら俺達はおめぇの事見逃そうと思うんだが?」

 

剛さんが戦治郎にフラリ改の事を尋ねると、戦治郎は条件付きでこいつを見逃すと言ったのだ。これは後で護を説得しないとだな……、肝心の護は今は外でシゲと通、通に付いて行った神通と共にミサイル発射時の衝撃に巻き込まれたペンギン達の亡骸を埋葬している

 

「分かった……、正直リコリスのやり方にはウンザリしていたところだったからな……。私はこの後マダガスカルの方へと向かわせてもらうよ……」

 

ん?マダガスカルに?穏健派の総本山はソロモンじゃないのか?

 

「待った、マダガスカル?そこに何かあんのか?」

 

俺が思っていた事を戦治郎が尋ねる

 

「マダガスカルには穏健派の幹部の港湾棲姫様がいるんだ、知らなかったのか?」

 

穏健派の幹部だとっ?!もしそれが本当だったら中枢棲姫と面会出来るよう話をつけてもらえるかもしれないな、しかし望ちゃんの件も早く何とかしないといけないし……

 

「マジか……、だったらちょっち会っておきたいところだな……。え~っと……フラリン、お前今日からフラリンな。んでフラリンに頼みがあるんだが、マダガスカル行くのちょっち待ってもらえねぇ?今ので俺達にもマダガスカルに用事出来たからな、まあ細かい事はこっちの面子で話し合った後になるが……、いいか?」

 

「フラリン……、あ、ああ分かった、そういう事なら別に構わない。私も急いでいるわけでもないからな」

 

「おっしゃ決まりだ、って事で……」

 

戦治郎はそう言って、通信機で皆にここに集合するように連絡するのであった



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厄介事の連鎖

「……っとまあこんなとこか」

 

戦治郎が司令室に集まった皆にフラリンから聞いた話の内容を伝える

 

「部下が艦娘に攫われたって……、それってもしかして……」

 

「多分加賀さん達だと思う、空母や戦艦がいない素材集めがやり易い場所を見つけたって言ってたからね……。本当はそんな事やりたくないけど、そうしないと薬を渡すのを止めると脅されていたみたいだから……」

 

天津風さんの言葉に神風さんが答える、まるで麻薬の取引のようだな……

 

「だったら尚の事早く神風の泊地の件を片付けねぇとなぁ、ヤク抜きも後遺症も俺がちゃっちゃと始末してやっからよぉ」

 

付き合いの長い俺達以外には分からないレベルで怒っている事を隠蔽している悟が言う、俺としても望ちゃんの件があるので早くそちらに向かいたいところだ

 

「そうなると、神風の泊地の件を片付けてからマダガスカルに向かうって事でいいのか?」

 

「いや、それがそういうわけにもいかないんだ」

 

木曾が戦治郎に尋ねているところにフラリンが割って入る

 

「お前達の事情は戦治郎とやらから聞いている、その件に私達の同胞が巻き込まれている以上早く解決して欲しいとは思うが、マダガスカルの方も色々と問題が発生していてな……、急いでどうにかしなければいけないと言うほどではないが、あまりそちらに時間をかけ過ぎると港湾棲姫様との面会どころではなくなるかもしれない……」

 

「かーっ!ま~た厄介事かよっ!?んで?マダガスカルってとこはどんな問題があんだよ?」

 

少々うんざりしながら輝がフラリンに問う

 

「今までは強硬派と日本の艦娘くらいしか襲撃してこなかったのだが、最近になって変な輩が度々襲って来ていると聞いているんだ」

 

「変な輩?一体何がどう変なのよ?」

 

変な輩と言う単語に反応した陽炎さんがフラリンに尋ねる、陽炎さん……尋ねるのはいいんだけど尋ねた後に俺達の方見るのは止めてくれないか……?

 

「それがガラの悪いヤンキーのような連中が少数ではあるがフランス領南方・南極地域あたりから襲撃してきているそうだ。襲ってくる時は深海棲艦でありながら水上バイクに乗って来るとかなんとか……、少数だからと油断していたらかなりの被害を被ったそうだ……」

 

うん、まごう事無き変な連中だな……、襲ってくる時ヒャッハー!とか言ってるんじゃないか?肩に棘の付いた肩パッド付けてたりとかしてないか?と言うか水上バイクは何処から持って来たんだよ……?

 

「酷い時は強硬派や艦娘と戦ってる最中に乱入してきて、誰彼構わず攻撃を仕掛けて来るそうだ……」

 

それ、最悪四つ巴戦とかになるんじゃないか……?応仁の乱もびっくりな混沌とした戦場になってるんじゃないか?

 

「なぁ、もしかしてそいつらはお前にミサイル寄越した奴の仲間なんじゃないか?」

 

「いや、それはない。そいつと会う前からヤンキー騒ぎはあったからな、私も取引の時気になって尋ねてみたんだがあんな低俗な連中と一緒にするなという具合にきっぱりと否定していた。それどころかいいカモとか言ってたような……」

 

摩耶が自分の推論をフラリンにぶつけるも、あっさりと否定される。しかしカモって……、それってヤンキー達はミサイル寄越した奴に都合よく利用されてるって事じゃないか……

 

「しかし、三下とは言えマダガスカルにかなりの被害を与えたとなるとかなりの実力があるようですね……」

 

「三下て……、ヤーさんみたいな言い方すなや瑞穂ぉ……。それはまあ置いといてぇ、案外そいつらも戦治郎さん達みたいに転生個体やったっけ?別の世界の人間が深海棲艦に生まれ変わったっちゅう奴、その類やったりするんちゃう?」

 

瑞穂さんがヤンキー達の実力に注目し、その発言から龍驤さんが仮説を立てる。もしかしたらその可能性はあるかもしれないな……、生まれつき深海棲艦だったら水上バイクなんて使おうとも思わないだろうからね……

 

「もしそいつらが本当に転生個体だったら厄介ですね……、最悪マダガスカルが陥落する可能性すら有り得ますね……」

 

確かに、通の言う通りそいつらが頭数を揃えてマダガスカルに襲撃したら瞬く間にマダガスカルはそいつらに落とされるかもしれない……、そうなると港湾棲姫との面会どころじゃなくなってしまう……、しかし……

 

「そこで俺から提案なんだがいいか?」

 

唐突に話を切り出す戦治郎、何かいい考えでも浮かんだのだろうか?

 

「例の泊地の事も何とかしねぇといけねぇけど、先の事を考えるとマダガスカルの件も放ってはおけねぇと思う。そこで俺はアムステルダム島とマダガスカルへの二正面作戦を提案する」

 

「つまりチーム分けして両方の問題を片付けるって事ね~、あまり戦力を分散させるのは経験上良くないとは思うけど、今までそれでやってこれちゃったからね~……」

 

戦治郎の提案を聞いて、内容を要約しながら頭を抱える剛さん

 

「望ちゃんは確定として、ヤンキー共の方も転生個体の可能性があるからチーム分けは慎重にやるさ。んでそれぞれの旗艦についてはもう決まってる、マダガスカルの方は俺が、泊地の方は光太郎に任せようと思っている」

 

俺が泊地の方の旗艦か……、戦治郎の奴気を遣ったな……。でも助かる、今度こそ彼女の事を助けたいからな……っ!

 

「それで、マダガスカルの方はフラリン、輝、翔、姉様、瑞穂が確定、泊地の方は神風、悟、護が確定だ」

 

「あのぉ……、確定しているメンバーはどういった理由でそうなっているのでしょうか……?」

 

薄々勘付いてるようだけど、敢えて姉様が戦治郎に尋ねる

 

「フラリンと神風はそれぞれの案内役だな、それで泊地の方の面子はそこの艦娘達の治療の為の悟に、例の首輪をどうにかする為に護に行ってもらおうと思ってな。マダガスカルの面子なんだが……、泊地の方は時間勝負な部分があるから速力を高速で統一しようと思っているだ。悟は艤装の改造で速力が高速+くらいあるから一緒にいけるんだが、姉様達は低速だからな……、申し訳ないが俺の方に力を貸してくれないか?」

 

戦治郎が確定メンバーの選定理由を話し、やはりと言った表情で納得した事を伝える為に頷く姉様、ちょっと心苦しいが事情が事情の為我慢してもらうしかなさそうだ……

 

「取り敢えずチーム分けはこっちで考えるから、その間皆はしっかり休んで疲れをとっててくれ。ミサイルの相手で皆疲れてるだろうからな」

 

戦治郎がそう言うと、皆は素直に各自に割り振られた部屋へと向かって行った。確かにあれはきつかったからな……

 

「ん?光太郎どした?皆もう部屋に行ったぞ?」

 

未だに司令室に残っている俺に気付いた戦治郎が声をかけてきた

 

「いや、頼みたい事があってな……、前に放水砲の更なる増設の話しただろ?」

 

「ああ、あの話か……、もしかしてやるのか?」

 

「それもなんだが、ちょっと思いついた奴があってな……」

 

俺はその思い付きを戦治郎に話すと、戦治郎はニヤリと口角を上げうんうんと頷いた

 

「いいなそれ!OKOK、俺の方はチーム分けでちょっち忙しいから空の方に頼むとやってくれると思うぜ!俺の方からも連絡すっから行ってきな!」

 

「分かった、ありがとうな戦治郎」

 

俺は戦治郎に一言礼を言うと、足早に空のところへと向かって行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達がこんなやり取りをしている時、この拠点に近付く影があった

 

「皆済まない……」

 

「無理して喋らなくていいからっ!今は大人しくしてて!」

 

「彩雲がこの先に大きな拠点を見つけたんだけど、哨戒してる奴が見当たらないってどういう事……?」

 

「もしかしたら誰もおらんのかもしれんな!あの中を探ってみればバケツの1つは見つかるかもしれんぞ!」

 

「でももしそれが罠だったら……」

 

「例え罠だったとしても行くしかないと思います……、警戒しながら進みましょう」



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怪物の兄弟

剛視点です


「貴方に見て欲しい物がある」

 

私が部屋に戻り不知火と瑞穂の2人と話をしている時に、私の部屋にやって来たフラリンが私の顔を見るなりそう言ってきたのだ

 

理由を聞いてみるもついて来れば分かるの一点張りで取り合ってはくれなかった、仕方がないのでフラリンについて行くと、そこには私からしたら存在して欲しくなかった代物が数多く保管されていたのだ……

 

「これは……?」

 

「銃……ですか……?」

 

私について来た不知火と瑞穂が言った通りここには色々な銃が保管されていたのだ、この2人とここまで案内したフラリンには分からないかもしれないが、私が見ればここにある全ての銃が異常な代物である事が一目で分かった

 

「ここにあるのは全て私にミサイルを寄越した奴がおまけとか言って置いて行った物だ、私にはこれらにどれ程の価値が分からないからな……、貴方なら何か分かるかもしれないと思って来てもらったわけなんだが……」

 

「その前に、何で私だったら分かると思ったのかしら?」

 

当たって欲しくなかった予感が当たってしまった為、少々苛立ちながらフラリンに問う

 

「貴方が私に突きつけてきた銃を見てね、さっきそこにあるのはおまけって言っただろう?あいつはお近づきの印とか言ってそれらとは別にもう1つ銃を渡していたんだ。え……っと、これだね」

 

「これは……剛さんが持っているチャカと同じ物でしょうか……?」

 

チャカって……、せめてハンドガンと言ってくれないだろうか……。それは兎も角、フラリンが取り出した銃は確かにヘルハウンドとよく似ていた……

 

「……?剛さん、これは本当にヘルハウンドなのですか……?」

 

「よく気付いたわね不知火ちゃん、確かにこれはヘルハウンドに似ているんだけど、私からみたら最早完全な別物よ。ここを見たらよく分かるわよ」

 

そう言って私はフラリンの銃のある一点を指差す、そこにはヘルハウンドにはないスイッチが付いていたのである

 

「これはセレクターって言って、銃の射撃方式を切り替える装置なの。これを見る限り……、セミオートと3点バーストがあるわね……。このあたりは後で教えるとして、この銃にはセレクターが付いているんだけど私のヘルハウンドにはそんなもの付いていないのよね」

 

そう言って私は自分のヘルハウンドをフラリン達に見せる、こういうのは実物を見ながら比較した方が分かり易いからな

 

「本当だ……、……そう言えば貴方はその銃を何処で手に入れたんだ?私みたいにあいつから直接もらったって感じじゃなさそうだけど……」

 

フラリンの疑問に答えるように、私はこのヘルハウンドの入手経路を話し始めるのだった

 

「う~ん……、そいつはヨーロッパの拠点での拾い物か……。何で私が持っているのと違うんだろうな?」

 

「開発時期が違うからでしょうか……?」

 

「相手を格付けして、それに合う銃を渡しているのかもしれませんね……」

 

不知火と瑞穂がお互いの推論を言っているが、今の私にとってはそんなもの些末な問題だ。今一番の問題……、それは……

 

「その銃の事は後回しにして、ここにある銃を全て手に取ってしっかりと見てみたいんだけどいいかしら?」

 

そう、今この部屋の中にある銃の方が問題なのである。イロモノもあるようだが危険度は間違いなくこちらにある物の方が上だと私は判断したのだ

 

「いいよ、って言うかこいつ含めてここにある奴は全部貴方にあげる、貴方がここにある奴の価値が分かる奴だったらあげるつもりでここに連れて来たからね。私が持ってても意味が無さそうだし」

 

そう言う事ならば有難く頂戴するとしよう、私はそんな事を考えながらここにある銃を1つ1つ手に取ってしっかりと確認してから懐に収めていくのだった

 

 

 

あの部屋にあったのはフラリンのハンドガン、ショットガン、ライトマシンガン、クロスボウ、テイザーガンに水中銃の6種類、正しく銃と言えるのは3種類だが残りの3種類もそれらに負けない程の異常性を放っていたので馬鹿にする事は出来ない

 

今、私達は先程の部屋を出て、外で先程入手した銃達の試射をしていた。流石にテイザーガンと水中銃の試し撃ちは出来なかったがね……

 

「この銃を作った人は何を考えているのでしょうか……?」

 

その光景を目にした不知火は、顔を真っ青にしながらそう呟いた。まあそう言いたくなるのは分かる、実際に使っている私自身そう思っているくらいなのだから……

 

まずは『ケルベロス』と名が刻まれているハンドガン、これはヘルハウンドに3点バースト機構を取り付けて、扱いやすさをそのままに殺傷力だけを上げてあるヘルハウンドの上位互換だと言える代物だった

 

次に『オルトロス』と名が刻まれたライトマシンガン、これは兎に角速いとしか言えなかった。弾速と発射速度が有り得ないくらい速いのだ。速いだけでなく1発1発の威力も高く、まるで大口径の重機関銃でも使っているのかと思う程であった。木に数発当てただけでへし折った時は唖然としたものだ……

 

『ラドン』と名が刻まれたショットガンも脅威的な威力の散弾を広範囲にばら撒き、ショットガンとは思えないような射程の長さを持っていた。一番驚かされたのはこのショットガンは弾速にものを言わせて強引に散弾に貫通力を与えているのだ。これでスラッグ弾を撃ったらどうなるだろうか……

 

最後は連射式クロスボウの『エトン』、連射式とは言えクロスボウにあるまじき連射速度を備え、矢の補充も簡単に出来るような機構を持っている。こいつの恐ろしいところは下手な銃より貫通力がある事だろう、木を2本貫通して3本目に突き刺さるところを見たときは呆然としてしまった……

 

エトンでこれほどの殺傷力があるのだから、試そうにも試せない残りの2つもきっとこれと同レベルの武器なのだろう……、考えるだけでも恐ろしいな……

 

「名前通りの化物揃いってわけね……」

 

試射を終えて一息つきながら呟く私、その呟きは不知火と瑞穂にも聞こえたようで不思議そうに首を傾げていた

 

「武器に刻まれてるのが恐らくその武器の名前なんだと思うんだけど、これ全部ギリシャ神話に登場する怪物の名前なのよ~?試してない水中銃の『スキュラ』もテイザーガンの『ヒュドラ』もぜ~んぶ」

 

それを聞いた2人は納得したような感心したような表情をする

 

「剛さんは物知りなのですね」

 

瑞穂の言葉に長く生きてるからねと返したその時、シゲからの通信が入った

 

『拠点の近くに艦娘の艦隊が来てます!皆揃いも揃ってボロボロになってやがりますよっ!』

 

ボロボロになった艦娘の艦隊?もしかして神風の泊地の艦隊だろうか?

 

『もうちょい細かく状況説明しやがればぁたれ!』

 

これから忙しくなるであろう悟が叫ぶ、確かに今の報告では誰を優先的に治療しなければならないかが分からないからな……、こればかりは悟が正しいと思う

 

『綾波と蒼龍が小破、利根、妙高、飛龍が中破、そして……』

 

シゲがここで言葉を区切り、少しの間深呼吸をしてから叫ぶ

 

『長門が大破してますっ!!!』

 

『んげぇっ!!!長門ぉっ!?!』

 

長門の名前が出た瞬間、何人かが同時に悲鳴じみた叫び声を上げた。声からすると住み込み組のようだが……

 

それからしばらくした後だった、住み込み組が叫んでいた理由を私が知る事になるのは……




クロスボウは火が使えないような場所できっと活躍してくれるはず……!

これらの銃弾は、弾薬補給した際その銃に最も適した弾が装填されると思ってくださいな


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勘違いから始まる出会い

光太郎→シゲ視点です


「こんなものでいいか?」

 

「ああバッチリだ、これがあれば望ちゃん救出の成功率がきっと上がるはずだ。急にこんな事頼んですまなかったな空、ありがとうな」

 

俺はあの後すぐに空を捕まえて、放水砲の更なる追加と俺が思いついた装備を艤装に組み込んでもらったのだった

 

空が新装備の具合を尋ね、それに対して俺が礼を言ったところでシゲからの通信が入ったのだ

 

通信を聞きた瞬間、俺は入渠ドックの方へ走り出した。大破と言う事はかなり負傷しているはずだ……もしここで無理させて症状が悪化でもしたら目も当てられない……、確かストレッチャーがあったはずだからそれを使って大破者を早急に入渠ドックの医務室に連れて行かねば……っ!

 

そんな事を考えていたら、メインストレッチャーを押しながら現場へと向かう悟と鉢合わせした……

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?無理に身体動かすんじゃねぇぞ?」

 

俺と飛龍に支えられた長門にそう声を掛けながらゆっくりと岸へと向かう俺達、長門からの返事が無い事から相当弱っているのが容易に想像出来た

 

とまあ今はこうやって何とか話聞いてもらって一緒に拠点に向かっているんだが、最初に接触した時のやり取りが酷かった事酷かった事……

 

 

 

俺は話し合いの後暇だったから摩耶、木曾、阿武隈を連れて沖に出て釣り糸垂らしてたんだが……

 

「貴方達そこからすぐに離れなさいっ!」

 

背後から急に叫び声が聞こえて来て、何事かと思って振り返ってみたら蒼龍がこちらに向けて艦載機発艦してやんの

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

あまりにも唐突過ぎてマジでビビったわ……、思わず叫びながらクロとゲータを出して艦載機を迎え撃つ俺、他の3人も手伝ってくれたおかげで何とか無傷で生還

 

そんで艦載機飛ばして来た蒼龍の方を見てみれば、有り得ないものを見たような表情して固まってたんだわ

 

「いきなり何すんd……ごばぁっ!!!」

 

蒼龍の奇襲に腹を立てた俺は文句の1つでも言おうと思い、蒼龍を見据えて声を荒げようとしたその時だった、俺の顔面に綾波の砲撃が直撃したのは……

 

「「シゲーーーっ!!?」」「シゲさーーーんっ!?」

 

上半身の仰け反らせる俺を見た3人が叫ぶ

 

「や~りま~した~!皆さん今のうちにその重巡棲姫から離れて下さい!」

 

「いや、や~りま~した~じゃねぇよっ!あたしらのツレに何してくれてんだお前!」

 

「落ち着け摩耶!事情を知らない奴からしたら、シゲが俺達の仲間だなんて誰も思わないはずだから!」

 

「シゲさん大丈夫ですかぁっ!?しっかりしてくださぁいぃっ!!!」

 

俺に砲撃を当てた綾波に噛み付こうとする摩耶に、それを羽交い絞めにして止める木曾、阿武隈は大声を張り上げながら俺の肩を掴んで前後にガックンガックンと勢いよく揺らしていた

 

「えっと~……、これってどういう事……?」

 

「すみません……、綾波もよく分からないです……」

 

この状況を見て、俺に攻撃を仕掛けて来た蒼龍と綾波は混乱してるようだった……

 

 

 

「つまり……、貴方達はその長門屋海賊団だっけ?そう言う集まりの仲間同士って事なのね……?」

 

「さっきからそう言ってるだろ……、クソがっ!」

 

何とか話し合いの席を設けて2人に事情を説明する俺達、さっき俺が攻撃されたのが余程気に入らないのか、摩耶は説明の最中ずっと不機嫌さを露わにしよく悪態をついていた

 

「そうとは知らず、いきなり攻撃を仕掛けてすみませんでした……」

 

「いや気にすんな、事情知らなきゃ誰だって俺の事敵だと思うはずだからな……」

 

先程攻撃した件について謝罪する綾波、まあこれについてはホントに仕方がない事だからな……

 

「それで、この先にある拠点は貴方達の拠点なのよね?」

 

「ああ、当初の予定では奪い取った後1泊してすぐに破棄するつもりだったんだがな……、色んな厄介事が重なって当面の活動拠点にせざるを得なくなっちまってな……」

 

蒼龍の質問に答えながらふと思う、望ちゃんの件にマダガスカルの件、この拠点にミサイル付けた奴の件……、俺達厄介事に好かれ過ぎじゃね?

 

「ここは補給拠点だって聞いてたから、あの時みたいに資源がたっぷりあるんだろうとか思ってたら変な奴にゴッソリ持って行かれた後だったとか……、ここ来るのにかなり苦労したってのになぁ……」

 

肩をガックリと落としながら摩耶が言った、ホント踏んだり蹴ったりだったよな~……。まあすげぇ気になる情報入ったからそれでよしって事になったが、やっぱり遣る瀬無いよな~……

 

「変な奴……ですか……?」

 

おっと、綾波が食い付いちまったか……、だがこれは気軽に話せる内容じゃねぇな、況してや細かい素性が分からないこいつらには尚の事な……

 

「こっちの話だ、深入りすると火傷すんぜ」

 

俺がマジ顔でそう言うと、綾波はビクリと身体を震わせてからその件を突く事を止めてくれた。剛さんがガチになるくらいの事だから、これが相当危険な案件だってのは俺でも分かったからな……

 

「そう言えば、お前達は何でこんなところにいるんだ?何か俺達の拠点の事気にしてたみたいだが……、何かあったのか?」

 

おっとそうだった、話が脱線するとこだったわ。サンキューキッソ

 

「そうだった!えっと……」

 

「蒼龍ー!綾波ー!無事かー!」

 

蒼龍が本題を切り出そうとしたところで、また背後から声がかかる……。あっ今何か嫌な予感がした……

 

「むっ!深海棲艦……それも重巡棲姫じゃとぉっ!?」

 

「もしやお二人はあの重巡棲姫に捕まっているのではっ?!」

 

「うぅむ……仕方がない、やるぞ妙高っ!!!」

 

「2人共中破してるんだから無理だけはしないでねっ!」

 

やっぱこうなるのか……、向こうで勝手に盛り上がっている蒼龍達の仲間のやり取りを聞きながら、海賊団のメンバーは溜息をつきながらのそのそと迎撃準備に移る。しかしさっき聞き捨てならない単語が聞こえたような……?

 

「皆待って待ってー!攻撃禁止ー!」

 

「皆さん落ち着いて下さーい!砲撃しないで下さーい!」

 

慌てて仲間に攻撃中止を呼び掛ける蒼龍と綾波、しかしその努力も空しく砲撃が始まってしまった……

 

面倒臭ぇ……、そう思いながら相手の方を見て驚愕する海賊団のメンバー達。そこにいたのは黒煙を噴き出しながらもこちらに果敢に砲撃を仕掛ける利根と妙高、その後方には同じく中破していると思われる飛龍に……

 

「飛龍に支えられてるのって長門かよっ!しかもあれってどう見ても大破してんじゃねぇかっ!!!」

 

「私が言いたかったのはこの事だったのっ!特に長門が危ないから入渠させてもらえないか聞こうとしてたのよっ!!!」

 

「それを早く言えええぇぇぇーーーっ!!!」

 

摩耶達がこちらに向かって飛んで来る砲弾だけを撃ち落としている間に、俺は拠点にいる皆に向けて通信を入れるのだった……

 

 

 

 

 

「よし着いた!ここで待つようにって医療担当の人から指示があったから取り敢えず艤装を外してここで待っててくれ、俺は今かr「シゲー!リアカー見っけたから持って来たッスよーっ!」ナイスだマモ!摩耶達はあのリアカーに外してもらった艤装を乗せるから手伝ってくれ!」

 

「「「了解っ!!!」」」

 

利根と妙高を何とか落ち着かせて拠点へ向けて移動を開始し、拠点に到着したらすぐに皆に指示を出す俺、皆も素直に従ってすぐに動いてくれたので作業はスムーズに進み後は悟さんを待つだけとなった

 

「しっかし最初会った時は旦那の舎弟としか思えなかったシゲも、今じゃまとめ役が板について来たな!」

 

「そりゃおめぇアニキの教育の賜物って奴だ」

 

待ち時間中に摩耶が話しかけて来た、まあアニキの舎弟ってのは否定しねぇ。しかし俺がまとめ役ねぇ……、俺はただアニキがいつもやってるのを真似してるだけなんだがなぁ……

 

「旦那?アニキ?そやつは一体何者なのじゃ?」

 

「戦治郎さんと言って、俺達長門屋海賊団の頭領で俺の剣術の師匠だな。俺を改二に改修してくれたのも戦治郎さんなんだ、海賊団に所属してる艦娘は大体が戦治郎さん達に助けられた奴らばかりだな」

 

利根の疑問に誇らしげに答える木曾、俺も今のお前の気持ちが超分かる!ホントあの人には頭上がらねぇし、足向けて寝れねぇわ……

 

「そんな凄い人なんだ……って改二改修っ?!木曾って改二があったのっ!?」

 

蒼龍がめっちゃ驚いてやんの……ってそういやこの世界は誰が改二になるかっての殆ど把握してないんだったな……、そりゃ驚きもするか……

 

「木曾どころか今ここにいる艦娘は全員改二になれるんッスけどね、利根と長門、阿武隈は設計図必要ッスけど」

 

そこ!それは今ここで言う事じゃねぇだろっ!ほら見ろ!皆ざわつきだしたじゃねぇかっ!!!

 

「私達皆改二に……、何で貴方はそんな事知ってるの……?貴方達h「どけどけどけー!お医者様のお通りだぁー!」……えっ?」

 

飛龍が何か言い掛けたところで、ガラガラと言う音と共に声が聞こえた。声がした方向を見てみれば、救急車に載ってる台……、名前なんだっけ?まあそれを物凄い速度で押しながらこっちに向かってくる光太郎さんと、その上で胡座をかいている悟さんの姿が見えた

 

「患者はあそこかぁ!光太郎停止だぁ!」

 

「はいはいっとぉっ!」

 

悟さんの言葉を聞いて急ブレーキをかける光太郎さん、すると台の上に乗っていた悟さんが勢いよく前方に投げ出されて海に落っこちる……。これはコントかなんかか……?

 

「あの、今の人って……?」

 

「海賊団きってのスーパードクターです……」

 

蒼龍が海に落っこちた悟さんを指差しながら尋ねる、悟さん……ちょっとハジケ過ぎじゃねぇですか……?見ててめっちゃ恥ずかしかったんですが……

 

取り敢えず悟さん達も来た事だし、後の事は全て悟さん達に任せて俺はマモと一緒に艤装が載ったリアカーを引っ張って工廠へと向かったのだった



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大本営直属

11/29 一部修正入れました


悟と一緒に大破していた長門をストレッチャーに乗せた後

 

「中破以上の連中はこっちで面倒見っからよぉ、光太郎は蒼龍と綾波の治療やっといてくれよぉ、そのくらいの傷ならおめぇでも何とか出来っだろうしよぉ。頼んだぜ元ハイパーさんよぉ」

 

悟のこの一言により、俺はこの場で蒼龍と綾波の治療を行う事となった。まあ医務室も収容人数の都合とかあるから仕方ないか……

 

ストレッチャーを押しながら医務室に向かう悟と、リアカーを引っ張りながら工廠に向かうシゲと護を見送った後、俺は悟に言われた通り蒼龍さんと綾波さんの治療を始める為に2人の方を向いたのだが……

 

「さてと……、それじゃあ蒼龍さん達の治療を始めますか……ってどうしたの?そんな難しい顔して何か考え事?」

 

思案顔でうんうんと呻る蒼龍さんを見て思わずそう尋ねてしまった、まあ何について考えていたのかは何となく予想がついてるんだけどね……

 

「あっすみません!さっきの防空棲姫が言っていた事が気になって……」

 

やっぱりな……、護の奴この世界の人が知らない事を知ってますよと言わんばかりに喋っていたからなぁ……気になるのも仕方ないな……

 

「その話については治療しながらでいいかな?ついでに飛龍さんが聞こうとしていた事についても教えてあげる、それでいいかな?」

 

俺がそう言うと2人は驚き、顔を見合わせた後にこちらに向き直り静かに頷いた

 

「あ~……、どうせだから木曾さんと摩耶さんは綾波さんの方をやってあげて。前に教えた事をちゃんと実践出来るか確認したいしね」

 

「お、おう……、あたしらだけで実践か~……ちょっと緊張するな……」

 

「不安なのか?……とは言ったものの俺自身が正直上手く出来るか不安なんだがな……」

 

「分からない事があったらすぐ聞いてくれていいからね、それと阿武隈さんは俺がやってるのよく見てて……ってごめん!2人に了承取らずに勝手に話進めちゃって……」

 

怪我をしている2人のOKも貰わずについ思い付きで発言してしまった……

 

「いえ、お気になさらないで下さい。むしろ綾波達の方こそ唐突に押しかけて来た上に治療までして頂いて……その、ごめんなさい……」

 

「そのくらいで物凄く貴重そうな情報が手に入るって考えたら、私はOKかな~?って思っちゃった……あはは~……」

 

形はどうあれ2人の承諾は得たので、俺と阿武隈さんで蒼龍さんの、木曾さんと摩耶さんで綾波さんの治療を開始する

 

俺は治療をしながら俺達が何者なのか、何をしようとしているのかを全部2人に打ち明けた。そういう約束だったからね

 

「転生個体……ですか……」

 

「こことは違う世界で死んだ人が生まれ変わって深海棲艦になるって……」

 

「しかも転生個体は普通の深海棲艦より明らかに強いみたいなんだ、俺達は1度ラリ子って呼んでいるノーマルなル級の転生個体と戦って艦隊を半壊させられたからな……」

 

「あの時は死ぬかと思ったな……」

 

「実際木曾は死にかけてたよな……」

 

あの時の事を思い出して渋い表情になる摩耶さんと木曾さん、蒼龍さんと綾波さんは俺からもらった情報を頭の中で整理しているようだ

 

「さっきの改二の情報も、光太郎さん達がいた世界にあるゲームの情報か~……、上の人に信じてもらえるかな~?」

 

「証拠なら今の俺の姿が証明してくれてるんだがな」

 

蒼龍さんの言葉を聞いてニヤリと笑う木曾さん、っとその時通信機から声が聞こえた

 

『司、服を仕立ててもらってもいいか?』

 

『おっおっ?空さんですかい?一体どんな服をご所望なんでしょ?』

 

『飛龍、蒼龍、利根、妙高、綾波の改二の衣装だ』

 

「え?マジで?」

 

驚きのあまり思わず声を出してしまった、通信機を付けている他の3人も驚きの表情のまま固まっている

 

『光太郎か、マジだ。全員改二改修可能なところまで練度がいっているようだからな、修理ついでに改修しておこうと思ったんだ』

 

うわぁ……、サービス満点だなこりゃ……。って俺通信のスイッチ入れっぱなしだったのか……恥ずかしい……

 

『長門の改修は後回しッスね、設計図足りないッスから。それにまだ動ける状態じゃなさそうッスからすぐ動けそうな利根を優先したッス』

 

護の発言は、恐らく工廠組の総意なのだろうな……

 

『そう言う事だ、それで司の方はいけそうか?』

 

『OKOK!この俺様が皆が惚れ惚れしちゃったりしそうな超素晴らしい奴仕立て上げてみせますよっと!んじゃ早速作業入りま~す!ついでに長門のまで仕上げておきますね~』

 

『すまんな、助かる』

 

空の言葉で切れる通信、この娘達が所属してる鎮守府か泊地に戻ったら、そこの提督さんびっくりするだろうな~……

 

そんな事を考えていると、ふととある疑問が頭に浮かんだ

 

「なんか通信が入ってたみたいですけど、何かあったんですか?そこの3人すっごく驚いてますけど……」

 

俺達の様子を見ていた蒼龍さんが不思議そうに聞いてくる

 

「蒼龍さん達の艤装を改二改修するって言ってたよ、長門さんのが諸事情で改二改修出来ないみたいだけどね……」

 

俺の話を聞いた2人が驚愕している、休む為に訪れた場所で改二改修されるって言われたらそうなってしまうよね……

 

2人が驚いている間に治療が終わったので、俺は先程頭に浮かんだ疑問を2人にぶつけてみる事にした

 

「そう言えば、蒼龍さん達は軍属なんだよね?何処の所属なんだい?それとこのあたりに来てたのは任務か何か?」

 

「……あっごめんなさい!えっと私達は横須賀鎮守府内にある大本営の直属の艦隊なんです、このあたりに来たのは作戦の関係なので詳しい事は言えませんが……」

 

俺に声をかけられてハッとしてから答える蒼龍さん、って大本営直属だってっ?!

 

これが本当なら大きなチャンスになるかもしれない、神風さんの泊地の件を報告してもらえるかもしれないし、マダガスカルの件を実際に見せる事が出来れば戦争終結が近づくのではないだろうか?

 

「大本営直属……、どこかで聞いたような……?」

 

「そうだ!大本営直属って言ったら確かz「すみません、遅くなりました!」おっ丁度いいとこに来たなっ!」

 

木曾さんと摩耶さんが話をしているところに、割って入るように声を上げてこちらへ駆け寄って来る影が2つ、通と神通さんである

 

「「じ、神通さんっ!?」」

 

「さっきの通信を聞いてもしやと思いましたが……、お久しぶりですねお2人共」

 

神通さんの姿を見て驚く2人に、優しく声を掛ける神通さん。そう言えば神通さんも大本営直属の人だったな

 

俺がそんな事を考えていると、蒼龍さんが瞳に涙を浮かべながら神通さんに抱き着いていた

 

「ちょっと前にドイツの方で沈んだって聞いた時は頭の中真っ白になったんだよー!ホントに心配させてー!」

 

このやり取りを見ていると、どうやらこの2人は旧知の仲なのだろう。蒼龍さんの方は神通さんとの再会を大いに喜んでいるようだが、神通さんの方は少々浮かない顔をしている。まあ仕方ないよなぁ……

 

「蒼龍さん……、すみません……その報告は本当なんです……」

 

「えっそれってどういう……え……」

 

そう言って蒼龍さんから離れた神通さんの身体に黒い何かが纏わりついていく……、その黒い物体は神通さんを完全に包み込んだ後に霧散して、その後には軽巡棲姫の姿になった神通さんが佇んでいた

 

激しく混乱する蒼龍さんを何とか落ち着かせて事情を説明する、蒼龍さんの表情は未だに目の前で起きた出来事を受け入れられないでいるようだった……。そんな蒼龍さんを見守る神通さんもとても辛そうだ……

 

「確かに神通さんは1度沈み軽巡棲姫となりましたが、今は記憶もしっかりと取り戻しています。この方は紛れもなく貴方方が知っている神通さんなんです」

 

神通さんを助け出した張本人である通が蒼龍さんに話しかける、多分神通さんが辛い表情しているのに耐え切れなくなったんだろう

 

「皆さんは長い間苦楽を共にしてきた仲間でしたから、嘘をついて本当の事を隠したままにしておくのは皆さんを騙しているようでとても心苦しくて……、ですから私は本当の事を話す事にしました、皆さんにはどうしても知っておいて欲しかったから……」

 

「……そっか、あれは本当の事だったんだ……。ごめんね、驚いたりしちゃって……、そしてありがとう、本当の事を話してくれて……」

 

蒼龍さんはそう言って神通さんを優しく抱きしめた、蒼龍さんに抱きしめられた神通さんは姿を戻して涙を流し始めた……

 

そんな感動シーンをぶち壊しにするのは、通信機から聞こえる声

 

『東の方からこの拠点に例の異形が向かって来てます!迎撃出来る方は速やかに出撃して下さいっ!!!』

 

哨戒機を飛ばしていた翔からの通信である、あの異形がこっちに来てる?何が目的だ?

 

そう思って東の方を見てみれば、プリンシペ島で見たあの異形の死体と同じような何かが本当にこちらに向かって来ていたのだ

 

「あれはっ!先程綾波達を襲ってきた奴ですっ!」

 

俺の視線を目で追った綾波さんが叫ぶ、あの娘達はあいつらに襲われてあんな事になっていたのか……っ!

 

「俺があいつらの足止めをしてるから、皆は艤装をっ!」

 

俺はそう叫び、海に飛び出して異形達の方へ向かって駆け出すのであった



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無慈悲な選択

「あれか……っ!」

 

俺は海上を疾走し、件の異形達を視認出来る位置まで接近していた

 

「これは酷いですね……」

 

「もしあの時、あの誘いに乗っていたら私もあの中にいたのかもしれない……、そう考えると……」

 

俺が海に飛び出した後同じくすぐに海に飛び出し俺の後を追って来た通と、通に抱きかかえられた神通が思い思いに言葉を口にする

 

異形達は駆逐や軽巡、重巡ばかり12人、片腕だけ移植されたものから、身体の6割くらいを侵食されたもの、複数個所移植されているものと様々なタイプが揃っていた

 

「死にたくない……、死にたくない……」

 

「タスケテたすけてタスケテタスケテ助けてタスケテタスケテ……」

 

「いや……やめて……いやぁ……」

 

彼女達から助けを……救いを求める声が聞こえる……、出来るならば助けてあげたい、助けてあげたいのだが……

 

「……駄目ですね、朝日影も月影も反応していません……」

 

「私の夕日影も全く反応していません……、恐らくあの娘達はもう……」

 

助けられない、か……、コアの暴走とは訳が違うと聞いてはいたが……、輝にハンマーで頭を殴られたような衝撃が走る

 

「オベロニウムもそこまで万能というわけじゃないんだな……」

 

俺はポツリと呟く、その呟きは2人にも聞こえていたらしく2人共沈痛な表情を浮かべていた

 

さて、俺は今非常に残酷な選択を迫られる事となった。俺達に助けを求める彼女達をこの手で沈めるか否かである……

 

「やりましょう光太郎さん、彼女達をこのまま放置してしまえば望さんと同じように件の提督の駒としていいように利用され、艦娘と深海棲艦に今よりも遥かに多くの犠牲者が出てしまいます。それに使えなくなったと判断されれば即座に切り捨てられて拒絶反応で苦しんで死んでいくだけです……そうなるくらいなら……っ!」

 

通がそう言うと同時に、仮面から口布状の追加パーツがガシャリと言う音と共に出現した。もしかしたらこの口布みたいなのは通の怒りに反応して出てくるのか?ってそんな事考えてる場合じゃないな……

 

「私も通さんに賛成です、先程蒼龍さん達が襲われたそうですから、もしかしたら作戦行動中の艦隊を襲撃して拉致、移植手術の素材にしている可能性も考えられます。そうなると負の連鎖が続いてしまいますから、今ここでそれを断ち切るべきだと思います」

 

……2人の言う通りだな、助けてあげたいけど俺達には助けてあげる手段がない……、だからと言って放置したらその被害は増すばかり……。可哀想ではあるがやるしかないようだ……っ!

 

『あ~光太郎達よぉ、ちょっといいかぁ?』

 

俺が決意を固めたところで悟から通信が入る、えぇいこんな時に何の用だっ!!!

 

『もしやるんだったらよぉ、1人生きたまま攫って来てくんねぇかぁ?血液のサンプルが欲しいんだわぁ。死体のはとてもじゃねぇが使いもんにならなかったからなぁ』

 

そう言えばまだ中途半端な形態変化の原因探ってるんだったな……、神風さんも移植手術の事は知ってても、これについてはよく分からないって言ってたからな……

 

そうなると一体誰を攫うべきか……、そんな事を考えながら改めて彼女達の方を見回すと……

 

「……あの娘とかいいかもしれないな……」

 

俺の目に留まったのは、右腕だけを移植されている駆逐艦だった。血液サンプルを採取するなら少しは侵食している必要ありそうだからね、この娘の場合肘よりちょっと先の部分までで侵食が止まっていたので丁度いいかもしれない

 

「よし、これ以上被害を増やさない為にも……彼女達の為にも……、2人共、やるよ!」

 

「「了解っ!」」

 

俺の号令に合わせて3人が一斉に動き出す

 

「悟のお使いの件は俺に任せてくれ、その間に2人には悪いけど……」

 

「大丈夫です、もう覚悟は出来ていますから!」

 

「今更ですよ光太郎さん、そもそも私達が沈める事を勧めましたからね」

 

俺が悟の件を引き受ける事を2人に告げると、2人は快く承諾してくれた。2人の手を汚すのは気が引けるが、2人は既に覚悟を決めていると言うので通の言う通り今更なのだろう

 

「ありがとう、2人共……。それじゃあちょっと行って来る!」

 

俺はこう言って覚悟を決め、ターゲットの駆逐艦に向かって駆け出す

 

「何だあいつ……っ!なんて速s……いやいやいやいくら何でも速過ぎるd……って待て待て待て!!!まだ加速するのかっ!!!」

 

ターゲットの子が物凄く驚いてる、だがそんな事気にしている暇はない。俺は更に加速し砲撃の狙いを定めにくくする為にジグザグに走る、そして敵陣に突っ込むと彼女達の間を高速ですり抜けながらターゲットの子へと近づく……、そして……

 

「確保っ!!!」

 

「なっ!何だお前っ!私をどうするつもりだっ!?」

 

ターゲットを捕まえると急いで敵陣から離脱する、捕まったその娘は必死にもがき俺の手から逃れようとするが、生憎こっちも君を逃がすわけにはいかないからね、しっかりと拘束する為に俺はその娘を両腕で抱きしめる

 

「ちょっ!?へ、変なところを触るんじゃないっ!!!」

 

そう言って彼女は余計暴れ出すが、俺一応戦艦に分類されてるからその程度じゃ俺の両腕からは逃れられないぞっと

 

「悪ぃ、遅くなったっ!」

 

「光太郎さん、大丈夫かっ!?」

 

「その娘は……、さっき通信で頼まれてた娘ですか?」

 

敵陣からかなり離れたところで摩耶さん達と合流、阿武隈さんにこの娘を託して木曾さんと摩耶さん、そして何故か付いて来た蒼龍さんと綾波さんと共に通達のところに戻って戦闘を開始した

 

蒼龍さんも綾波さんも改二になっており、この戦いで自身の戦闘能力が格段に上がっている事を実感出来たと言っていたけど……

 

「貴方達の戦い方ってどうなってるの……?皆敵陣に突っ込んでバッサバッサと敵を斬り捨てたり、放水で敵を真っ二つにするとか……、摩耶も摩耶であの距離から砲弾を撃ち落としたりとかしてたし……、私さっきからずっと混乱しっぱなしなんだけど……?」

 

「通さんに至っては分身してましたよね……?光太郎さんは残像が出るくらいの速さで戦っていましたし……、もしかして転生個体と言うのはこれほどまでに強いのですか……?」

 

戦闘終了後、阿武隈さんのところで戻っている最中に大本営組の2人がこんな事を言ってきた

 

その……、何かごめんね蒼龍さん……、俺達いつもこんな調子なんだよ……。戦治郎とか空とか加わったらもっと酷い事になるけどね……

 

転生個体の件はその通りなんだよな~……、さっき話したラリ子の件とか詳細教えたら絶対驚くだろうな……。って俺から残像出てたって本当なのか?

 

「皆さんおかえりなさい、それであの娘達は……」

 

そんな事を考えていたら阿武隈さん達がいるところに到着したらしく阿武隈さんが俺達を迎えてくれた

 

「残ったのはその子だけだね、オベロニウムが反応していなかったから多分救出は無理だと判断したんだ……」

 

「そうですか……」

 

そう言って阿武隈さんは俯いてしまった。この件の落とし前は件の提督につけてもらわないといけないな……

 

「オベロニウム?救出?一体何の話だっ!?それに私だけ残して一体何をする気なんだっ?!答えろお前達っ!」

 

攫ってきた娘が話に加わって来る、この娘にはきちんと事情を伝えて協力してもらわないといけないな……

 

「何をするって、ウチのお医者様がお前達の血が欲しいって言ってたんだよ」

 

摩耶……、その説明だと……、あぁもう、明らかに怖がってるじゃないか……

 

「ちょっといいかな?こちらの事情を話す前に聞いておきたいんだけど、君は神風さんって知ってるかい?」

 

「神風だとっ!?まさかお前達は……っ!」

 

「俺達は神風さんにお願いされてね、君達を助けに来たんだ」

 

俺のこの言葉を聞いたこの娘、睦月型駆逐艦8番艦の長月は心から安心したのかその瞳から大粒の涙を流し始める

 

「光太郎さん、この娘達を助けに来たってどう言う事なんですか?」

 

「その話、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

 

そして、大本営直属の2人も真剣な表情でこの件の詳細を尋ねてきてくれたのだった



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鬼神の涙とその理由

俺達は異形達を殲滅し拠点に戻って来たわけだが、どうも拠点の方が騒がしい……

 

一体何が起きているのか調べる為に拠点入口へと向かった俺達だが、そこで目を疑うような光景を目にするのであった

 

蹲り嗚咽を漏らす戦治郎にそれを落ち着かせようと必死に話しかける姉様と剛さんと翔、そして悟の胸倉を掴んで宙吊りにし矢継ぎ早に罵声を浴びせる空、その空を何とか宥めようとするシゲと護の姿を目撃したのである

 

「ちょっ!何だこれっ?!何があったんだ空っ!?」

 

「光太郎か、見ての通りだ」

 

現状の確認と同時に放っておけば悟に殴りかかりそうな空を止める為に、俺は声を張り上げた。その声に反応した空が短く返してくれたんだが、見て分からないから聞いてるんだろうがっ!

 

「戻ったのか光太郎、そこの長月がさっき頼んでた血液サンプル用の異形かぁ……、って事で悪ぃな空ぁ、俺は今からこいつの事調べねぇといけねぇから手ぇ離してもらえねぇかぁ?」

 

空に宙吊りされた悟がブランブランしながら俺と空に話しかける、それを聞いた空は舌打ちすると悟を放り投げる。空に放り投げられた悟は顔面から地面に落ち、逆エビ状態でほんの少し滑走してから立ち上がった

 

「いやこれマジで何があったんですか……?俺達が突然工廠から飛び出した空さん追っかけてここに来た時には既にこうなってましたし……、これだけ見て状況把握しろって無茶振りもいいところじゃねぇですか……」

 

「いやぁ俺がやらかしちまってよぉ……、長門を搬送してるとこを戦治郎に見られちまってなぁ、それであいつ例のアレ発症しちまってこうなったわけだわぁ」

 

例のアレって何だ?それを聞いたシゲと護の顔色が凄い勢いで悪くなっていってるみたいだが……、住み込み組だけが知っている何かが今起こっているという事か?

 

「うわぁ……、このタイミングでシャチョーの長門アレルギー(仮)が出ちゃったんッスか~……」

 

護の口から長門アレルギー(仮)などと言う訳の分からない単語が出て来た、マジで何だそれ?摩耶さん達も首を傾げている

 

「なあシゲ、長門アレルギー(仮)って何だ?それが原因で旦那はああなってるのか?」

 

「ああ……、アニキは艦娘の長門の姿を見たり声を聞くとああなっちまうんだ……。何でそうなっちまうのか全く分かっていねぇ、悟さんが何か知ってるみてぇなんだがアニキから口止めされてるとか精神科医の守秘義務とか言って教えてくれねぇんだよな~……」

 

精神科医の守秘義務って事は、戦治郎はこの件を精神科医としての悟に相談した事があるってことか……。そうなると悟の奴は簡単には教えてくれなくなるんだよな……

 

「この状態っていつまで続くんだ?まさか立ち直るのにひと月もふた月もかかるとかじゃないだろうな……?」

 

「いや大体1週間あれば立ち直るッスけど、今の状況だとその1週間も致命的だと思うッスよね~……」

 

木曾さんの質問に答える護、1週間もかかるのかよっ?!それは時間的に余裕がなさそうな泊地の件では、護が言う通りかなり致命的なタイムロスになってしまう

 

「長月ちゃんの泊地が大変な事になってるって時にそんな事言ってる場合ですかっ!?」

 

蒼龍さんが悟に食って掛かる、大本営組の2人はここに戻って来るまでの道中でその姿がなによりの証拠となっている長月さんの口から泊地の話を聞いていたのだ

 

長月さんの話を聞いた2人は最初は凄く驚いていたけど、話が進むに連れてその表情は驚きから怒りへと姿を変えていった。長月さんの話を聞き終わったところで、2人は俺達に協力を申し出てくれたのだった

 

「患者の個人情報を取り扱う医者が、そうホイホイと他者に患者のカルテを見せるわけねぇだろうがよぉ。もし知りたいってんなら原因を当ててみなぁ、そしたら詳細教えてやんよぉ。さって長月よぉ、今から血液検査すっから付いてきなぁ、ついでにその腕も何とかしてやらぁ」

 

悟はそう言って長月を連れてこの場を去ろうとした、長月さんも困惑していたが腕の話が出たところで戸惑いながらも悟に付いて行っていた

 

「ああ、一応ヒントくらいはくれてやらぁ。ヒントはあいつとガキの頃から付き合いのある奴だったら分かる事ってとこだなぁ」

 

戦治郎と子供の頃から付き合いがある……、つまり幼馴染連中だったら分かるって事だよな……?何かあったっけ……?間違いないのは、あいつが高校の時婚約者にされた仕打ちは関係ないって事だな、うん……

 

空の方を見てみるが、あいつも考え込んでいる感じだな……。時折さっきの出来事を見てオロオロしている飛龍さんの方を見ているのが気になるところだが、それがこの件と何か関係あるのか……?

 

「戦治郎さんと子供の頃からってなると、私達じゃ力になれそうにないですね……」

 

阿武隈さんがそう言ってションボリする、綾波さんも申し訳なさそうにしているんだがこれはこちらの問題だから気にする必要はないと思うんだけどな~……

 

「旦那と一番付き合いが長いのって誰なんだ?もしかしたらその人に聞いたらすぐに分かるかもしれねぇな」

 

「残念だけど、一番付き合いが長い空があそこで考え込んでいるからそう上手くはいかないみたいだよ……」

 

摩耶さんが案を出すも、俺が即座に否定する。戦治郎と一番付き合いが長いのは空、それから悟、俺、輝と続いている

 

「だーっ!分っかんねぇ!アニキと長門にどんな関連性があるって言うんだよぉ!精々苗字が同じなのと見た目がそっくりなくらいだろうがよぉ……」

 

「見た目がそっくり?戦治郎さんはちょっと見た目変えてるけど戦艦水鬼だろ?確かにほんの少し似てる気はするが……」

 

「ああ、シゲが言ってるのは戦艦水鬼になる前の、人間だった頃のシャチョーの姿の事ッスよ~。シャチョーの人間だった頃の見た目はマジで長門をそっくりそのまま男にしたって感じだったッスからね~。髪の毛は作業する時邪魔だからって今みたいに切って結ってたッスけど」

 

シゲが頭をガリガリと掻きながら叫び、その内容に疑問を抱いた木曾さんが質問し、その質問に護が答えていた。その話を聞いた時、俺は何かが引っかかる感じを覚えた……

 

3人のやり取りは空にも聞こえていたようで、目を見開いてこちらを見ている……。さっきの会話の中にきっと何かがあるはずだ……、そう考えてさっきの会話を思い返そうとしたんだが……

 

「の、のう……、先程そこを通って行った長月の腕なんじゃが……」

 

「あれは深海棲艦のもののように見えましたけど……」

 

「えっ?!何それ怖っ!?確か蒼龍たちが連れてきたんでしょ?ちょっと説明してよぉっ!?」

 

利根さん達の言葉を聞いて、思考を中断してしまったのである。そう言えばこの娘達にこちらの事情を碌に教えてなかったな……、戦治郎の件は空に任せて俺はこっちに専念しておこう、そしたら利根さん達も協力してくれるかもしれないからね

 

「その事なんだけど……実h「皆さんお帰りなさい!」……当事者のあの娘から聞いた方がいいかもね……」

 

「? どうしたの?私の顔に何か付いてる?」

 

俺がこちらの事情を話そうとした丁度その時に、神風さんが姿を現したので彼女に状況説明をしてもらう事にした

 

 

 

「神風さん達の泊地でそのような事が起きていたなんて……」

 

「深海棲艦だけでなく、艦娘にまでそのような仕打ちをするとはのう……。何という外道じゃ……」

 

「あんなちっちゃい長月ちゃんや神風ちゃんの友達にそんな酷い事するなんて……、私、そいつの事絶対許せないんだけどっ!多門丸もきっとそいつの事を許すなって言うはずっ!」

 

神風さんの話を聞いた3人が思い思いの感想を述べる、そして飛龍さんの言葉に利根さんと妙高さんも賛同、是非協力したいと言ってくれたのだ

 

「皆ありがとう、泊地の件は何が何でも絶対に成功させたいからね。皆が力を貸してくれれば成功率が格段に上がるから、皆の申し出は本当に嬉しいよ」

 

「光太郎さんの場合、望ちゃんの件もあるッスからね~」

 

俺が皆に礼を言ったところで、護がまた余計な事を言った。こいつはどうしていつもこうすぐに余計な事を言うかな……?

 

大本営組の皆の視線が俺に集まる、こうなると説明しないといけないだろうな……。俺は観念して俺と望ちゃん、そして悟の3人の関係を話し始めるのだった……

 

「この作戦、絶対成功させましょうよっ!昔助けてあげられなかったのを悔んでいるなら、今回の作戦でしっかり助けてあげて昔の事を全部水に流しちゃおうよっ!」

 

「これはきっと神様が光太郎さんに与えてくれたチャンスなんですよっ!過去の過ちを償うチャンス!このチャンスを絶対にものにしちゃいましょうっ!!!」

 

やる気に満ち溢れ燃え上がる二航戦の2人、神様が与えてくれたチャンスか……、そう考えると俺も更にやる気になっちゃうじゃないかっ!!!この作戦は絶対に成功させて、俺は過去を乗り越えてやるんだっ!!!

 

「この話、長門にも伝えておかんといかんのう。しかし、あの石頭が任務を後回しにして協力してくれるか分からんがのう……」

 

利根さんの言葉を聞いた途端、大本営組の表情が渋いものに変わる。そう言えばこの娘達は任務でこのあたりに来てたんだったか……

 

「そんなの、こっち協力してくれたら礼としてそっち手伝うとか言っておけばよくね?」

 

「軍の作戦行動に関係のない人間……?「人間でいいぞ、こうなる前は人間だったからな」……貴方達を巻き込むとは何事かと怒られそうなのですが……」

 

「そもそも作戦って何やるつもりなんだ?事の次第によっては俺達も無関係じゃなくなるかもしれないからな」

 

シゲと妙高さんのやり取りを聞いていた木曾さんが尋ねる、神風さんの件を話す前に聞いた時は内容を教えてもらえなかったが……

 

木曾さんの言葉を聞いた大本営組は全員に目配せしてから頷いて、作戦内容を話してくれた

 

「私達はカスガダマ沖海戦……、作戦コードではカスガダマ島になってるけど、マダガスカルにある深海棲艦の拠点を破壊する任務に就いてるんです」

 

あ~……、ゲームで言うところの4-5って事ね……、ってそれは不味くないか?

 

「そこ自分達の目的地の1つなんッスけどおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「ちょっと待て!そこは穏健派の拠点だぞっ!もし破壊したら最悪和平の可能性すら無くなるかもしんねぇぞっ!?」

 

護達の叫びを聞いた大本営組が困惑し始める、俺はそんな彼女達に俺達がマダガスカルの拠点に向かう理由を話し始めるのだった



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鬼神の母

「深海棲艦の穏健派ですか……、まさか深海棲艦にもそのような考えを持つ個体がいるなんて……」

 

「何と言う事じゃ……、もしもこの事を知らずに吾輩達が作戦を実行しておれば、戦争が泥沼化しておったかもしれんのじゃな……」

 

俺が大本営組に穏健派の存在について説明し終えると、妙高さんと利根さんがそれぞれ感想を口にしていた

 

俺が彼女達に説明している間に、空は長門の艤装の修理があるからと言ってシゲと護を連れて工廠に戻り、阿武隈さんは長月さんの事が心配と言う事で医務室に向かい、剛さんと姉様と翔は戦治郎を部屋へと連れて行き、摩耶さんと木曾さんは先程の戦闘で疲れたからと言って自室に戻ったので、この場には俺と大本営組に通と神通さん、神風さんの計9人が残っていた

 

「それだけならまだしも、変な深海棲艦が艦娘と深海棲艦の両方に襲い掛かって来るって……、そうなったら作戦どころじゃなくなっちゃうわね……」

 

「その変な深海棲艦は、もしかしたら光太郎さん達と同じ転生個体の可能性があるとか……。確か転生個体って普通の深海棲艦より強いですよね?もしそんなのと戦う事になってたら、私達無事でいられなかっただろうな~……」

 

二航戦の2人は件のヤンキー共の事が気になったようだ、特に蒼龍さんはさっき俺達から転生個体について聞いていたのと、俺達と一緒に戦った時に実際に見たものから如何に転生個体が危険かを理解してくれていたようだ

 

「こういう理由があって泊地の件と並行して、マダガスカルの件も何とかしようとしてたところだったんだよ。マダガスカルの方は泊地の方よりも時間的な余裕はあるんだけど、だからと言って泊地の方を解決してから向かうなんて事やってたら、マダガスカルが陥落してしまう恐れがあるからね」

 

「その作戦の準備をしている最中に、このような事態になってしまいましたからね……。早く何とかしないと泊地の方もマダガスカルの方も間に合わなくなりそうです……」

 

通の言葉を聞いた大本営組が気まずそうな顔をする、彼女達は何も知らずにこの拠点に来たんだし、放っておいたらさっきの異形の娘達に全員沈められていたかもしれない、これは単なる事故であって彼女達に落ち度はないので気にするべきではないだろう、少なくとも俺はそう思っている

 

「その為にも、早く戦治郎さんを立ち直らせないといけませんね……。確か戦治郎さんと付き合いが長い方なら分かると悟さんは仰っていましたが……」

 

神通さんが話を切り出す、あいつと付き合いが長いとなると……事情を知っているだろう悟を除けば俺、空、輝の3人が該当するのだろう。しかしこの3人の中で最も付き合いが長い空でさえ考え込んでいた……、本当に俺達なら分かる事なのだろうか……?

 

「先輩の容姿が長門さんそっくりと言うのは長門屋のメンバーなら分かる事なので除外するべきでしょうか?」

 

「いや、容姿の話が出た時に俺は何か引っかかる感じがしたからな、多分容姿の件も関係してるかもしれない」

 

通の言葉を即座に否定する俺、戦治郎の容姿の話になった時に感じた引っかかり……これが一体何を意味するのか正直今の状態じゃ分からない……、けどきっとこの件の解決の糸口になるだろうと心の中で確信していた

 

「戦治郎さんの生前の姿は長門さんそっくりだったと……、う~ん……もしかしたら戦治郎さんのお父さんかお母さんも長門さんとそっくりだったとか……?」

 

神風さんがそう言った時、また何かが引っかかる感じがした……、しかしそれは違うような気がするんだよな……。戦治郎のお父さんの姿は良く知っているから言えるんだけど、あの人に長門の要素は髪の毛の断面の短軸の半分ほどもない

 

「そう言えば、悟さんのヒントを聞いた後空さんが時々飛龍の事見てたけど、あれって何か関係あるのかな?」

 

「えっ何でっ?!何で空さんが私の方見てたのっ!?もしかして空さんって私に気があるとか!?」

 

「それはないですね、空さんは翔鶴一筋でしたから。もし翔鶴を不慮の事故だったとしても沈めてしまった鎮守府若しくは泊地があると聞いたら、翔鶴を沈めた深海棲艦の拠点と一緒にその鎮守府若しくは泊地も滅ぼしてしまいかねないくらい翔鶴が大好きでしたから……」

 

蒼龍さんがふと思った事を口に出すと、それを聞いた飛龍が騒ぎ始める。しかしそれも通の言葉を聞くなり鎮静化、それどころか表情が引きつっていた。まあ空の翔鶴への重すぎる愛の事を聞けばそうなるだろうな……

 

「少なくとも、戦治郎は当然として幼馴染連中は皆飛龍に対してそういう感情持つ事は無いだろうな~……」

 

俺はボソリと呟いたのだが、どうやらそれが飛龍の耳に届いたようで物凄い剣幕で俺に噛み付いて来た

 

「何でですかっ!!!皆揃ってその気が無いってっ!!!私みたいにいい女って早々いないはずでしょうがっ!!?」

 

そう言って科を作る飛龍さん、確かに飛龍さんは可愛らしいとは思うよ?でもどうしても……、そこまで考えたところである言葉が俺の頭の中に響いた

 

――この間親戚の集まりに参加した時、戦君がおじさん達にお母さんそっくりになったな~って言われてたんだ~。私はそれを聞いててとっても不思議に思ってたよ、戦君とお母さん、全然似てないのに~って

 

この後俺がツッコみ入れたんだったな……、何で今まで忘れてたんだよこの事を……っ!!!

 

「そうか……、そうだったのか……っ!それなら全てが納得出来るじゃないか……っ!!!」

 

「ど、どうしたんですか光太郎s「母親だ……」えっ?母親?」

 

唐突に頭を抱えてしまった俺を見て、心配になった神通が声をかけてきたのだが、それを喰うようにして俺は話し始める

 

「恐らくなんだけど、戦治郎のお母さんが長門そっくりなんだと思う」

 

「龍美さんがですか……?あの人はどう見ても飛龍さんと瓜二つでしたよね……?」

 

「違う、龍美さんは戦治郎のお父さんの再婚相手なんだよ!戦治郎を生んだお母さんが長門そっくりな可能性があるんだ!」

 

今の今まで忘れていたのを激しく恥じる、あいつの今のお母さんである龍美さんは当時子供だった戦治郎が使える力を総動員して自分のお父さんと再婚させた人、所謂義母だったのだ

 

「ちょっと待って!今凄く聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけどっ!?さっきそこで蹲ってた人のお母さんと私が瓜二つっ?!」

 

「義母だけどね、しかも連れ子が2人いて妹の方は俺達の幼馴染ときた。そして連れ子2人共戦治郎の義姉になってるんだ」

 

俺の話を聞いて通以外のメンバーが目を丸くする、特に飛龍さんはとてつもなく動揺しているようだった

 

「小学校の頃から龍美さんがあいつのお母さんだったからな、1度教えてもらってたのにそれが当たり前過ぎて今まですっかり忘れてた……、ホント情けないな俺……」

 

「そうだったのですか……、それで先輩を生んだお母さんは今どちらに……?」

 

「そこまでは聞いてないな……、でも今回の件に間違いなくそのあたりが絡んでいそうだ……。っとそう言えば何で通は龍美さんの事知ってるんだ?」

 

戦治郎のお母さんが今どうしているかは気になるが、それと同じくらいに通が龍美さんの事を知っていたのが気になったから、つい聞いてしまった

 

「20代勢は兼続と友好関係にあったので龍美さんと会った事があるんですよ、言ってませんでしたか?」

 

それを聞いて納得した、そう言えばこいつら兼続と同い年だったな……

 

「あの、兼続さんとは何方なのでしょうか……?」

 

神通さんが問う、まあいきなり聞いたことのない名前が出れば気になるよな……

 

「兼続は先輩の腹違いの弟さんで私達の友人なんですよ、私の場合剣術の道場の都合で兼続より先に先輩と会っていましたから、兼続が先輩の弟と聞いた時は大変驚きました」

 

人との縁って奴は本当に不思議なものだな~……、っとそんな事考えている場合じゃないな

 

「よし、取り敢えずこの話はこのあたりにしておこう。俺は今から戦治郎のお母さんが原因かどうか、悟に聞きに行ってみるよ」

 

「分かりました、もし何か分かったらすぐに教えて下さいね」

 

俺は通に分かったと短く答えて医務室の方へと向かって行くのだった。その時すれ違った飛龍さんが何かブツブツ言っていた気がしたけど、気のせいと言う事にしておこう……



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戦治郎のトラウマ

「おめぇも来たかぁ、光太郎よぅ」

 

「光太郎か、お前も戦治郎のアレの原因が分かったのか?」

 

俺が医務室に入ると、そこの主である悟と俺と同じく戦治郎の件で何か掴んだのだと思われる空がそこにいた

 

「多分これで合っていると思うんだけどな……」

 

こうやって改めて聞かれると、ちょっと自信がなくなってくる……。これで本当に大丈夫だよな……?

 

「念の為に確認だ、戦治郎が長門アレルギー(仮)を発症する根本的な原因を当てる事が出来れば、その詳細を教えてもらえる……、そうだったな?」

 

「ああその通りだぁ、当てる事が出来れば約束通り教えてやんよぉ。そんでおめぇらが出した答えってぇのを言ってみなぁ。但し大声は出すなよ?寝てる奴もいるからなぁ」

 

空は悟に長門アレルギー(仮)の詳細を教えてもらう為の条件を確認し、悟がそれを肯定した後俺達にその答えを聞いてくる。その答えとは……

 

「「戦治郎の生みの母親だ」」

 

俺と空の声が重なった、どうやら空も俺と同じ結論に至ったようだ。それを聞いた悟はニヤニヤしながら俺達に続きを話すよう促した

 

「俺が戦治郎と会った時にはもう龍美さんが戦治郎のお母さんだったから、それが当たり前だと思ってて1度教えてもらってたのをすっかり忘れてたんだよ、龍美さんが総一さんの、戦治郎のお父さんの再婚相手だって事をな」

 

「俺に至っては2人の再婚に関わっていたにも関わらずな……、言い訳するとしたら俺と戦治郎が出会った時には既に戦治郎の母親はいなかったから生みの母親の事を知らなかったとしか言えん……」

 

ちょっと待て空、お前今何て言った?2人の再婚に関わってるだと?お前一体何やってんの?

 

「総一さんには外見的な長門要素は皆無、龍美さんは飛龍そっくりな上に再婚相手だからな、そうなると戦治郎のあの姿は生みの母親に似たからああなったのだろうと俺は推測している」

 

あっスルーですか、そうですか……

 

「俺は天音が親戚の集まりの時に、戦治郎が親戚の方々にお母さんに似てきたと言われてたって教えてくれたのを思い出したおかげでこの結論に至った感じだな」

 

俺達がこの答えに至った理由を言い終えると、腕を組みウンウンと頻りに頷いていた

 

「2人共正解だぁ、あいつのあの症状はあいつの生みの母親が大きくかかわっているんだよなぁ」

 

そう言って悟は約束通り、戦治郎の長門アレルギー(仮)の詳細を教えてくれたのだ

 

最初に長門アレルギー(仮)と言うのは、護達が勝手に付けたあの症状の名前でありその正体はアレルギーでも何でもない、PTSD……心的外傷後ストレス障害だったのである

 

戦治郎の生みの母親である長門 青海(ながと おうみ)さんは、愛する夫である長門 総一(ながと そういち)さんを支える為に家事に育児にと奮闘していたそうだ

 

子供達には時に厳しく、時に優しく接し人として大切な事を沢山教えてくれたそうで、戦治郎はそんな母親が大好きだったんだそうな

 

そんな大好きな母親が、ある日突然倒れてしまい救急車で病院に搬送されたのだとか……

 

診察の結果、早期から治療をしていれば助かる病気だったそうだが、夫と子供達に心配させまいと思い無理をしたせいで手遅れになってしまい、その場で余命宣告されたそうだ……

 

そうとも知らず、戦治郎達は毎日のようにお見舞いに行ったそうだ。そうすれば母親もきっと元気になって帰って来てくれると信じていたからだ

 

しかし運命とは残酷なもので、遂にその時が来てしまったのである

 

青海さんは最後の力を振り絞り、家族1人1人に感謝の言葉と願いを1つだけ言っていた

 

戦治郎の番が来た時、青海さんはこう言ったそうだ

 

「生まれて来てくれて本当にありがとう、お前はとても優しい子だった、その優しさで如何なる争い事も治められるような強い男になってくれ」

 

これが戦治郎が愛する母親から聞いた最後の言葉だったそうだ……

 

その後、しめやかに葬儀が行われたそうだが、母親の死をどうしても受け入れられなかった戦治郎は葬儀の最中に1人で何処かに飛び出してしまったそうだ……

 

「まあ、ここまでならよくある話だわなぁ……」

 

悟がそんな事を言うが、こっちはそれどころじゃないです……、涙が……鼻水が止まりません……。歳取るとこういうのにどうしても弱くなってしまう……、空も天を仰いで涙流してるし……

 

「取り敢えずこれでその汚ぇ顔拭きなぁ、そんじゃ続き行くぞぉ」

 

悟から渡されたタオルで顔を拭い鼻をかむ、それを見ていた悟は顔を歪めながらも話を続ける

 

葬儀場を飛び出した戦治郎は、行く当てもなくフラフラと彷徨った後、人気のない公園を見つけてそこで1人泣いていたそうだ

 

もう2度と母親と会えなくなると思うと湧き上がってくる悲しみに、一切抗う事無く声を上げて涙を流したそうだ。自分に近づいて来る2つの影に気付く事も無く、ひたすら泣き続けていたそうだ……

 

そこで戦治郎は誰かに殴られたそうだ、我が身に一体何が起こったのか分からぬまま意識を手放してしまったそうだ……

 

気が付けば口を塞がれ両手両足を縛られた状態で、廃工場と思われる場所に転がされていたそうだ

 

状況を把握する為に目だけで周囲を見回せば、目出し帽で顔を覆った男が2人いてその片割れと目が合ってしまった

 

すると2人の男はこちらへ近づいて来るなり、戦治郎の腹に蹴りを入れて来たのだ

 

唐突な出来事に混乱してしまい、男達が何を言っているのか理解出来なかったが、その目を見た時に直感したそうだ。この男達は自分を激しく憎悪しており、悪意を持って自分に何かするつもりでいる事に……

 

何故自分がこの男達にこんなにも憎悪されているのかが分からなかった為、戦治郎は更に混乱したそうだ……

 

「ちょっと待て、つまり戦治郎は母親の葬儀の最中に飛び出した先で略取されたと言うのか……っ!」

 

「そう言うこったぁ、因みにこの犯人達は戦治郎の親父さんの会社に潰された近隣の中小企業の社長さん達だったんだとさ。戦治郎を監禁した場所も、そいつらのどっちかが経営してた工場の跡地だったんだとよ」

 

戦治郎のお父さんの会社に自分の会社を潰された恨みを、戦治郎を攫って暴行する事で晴らそうとしたと言うのか……、とんでもない外道だな……

 

「更に言えば、身代金要求した上で戦治郎を殺るつもりだったみたいなんだわぁ。このへんは戦治郎が一昨年亡くなった戦治郎の祖父さんから聞いた話なんだとよぉ」

 

暴行どころか最初から殺すつもりだったとか……、しかも身代金まで毟り取ろうなんて……、救いようのない屑だな……。よくそんなのが社長なんかになれたものだ……

 

この話の顛末は、中々帰って来ない戦治郎の事が心配になった父親が警察に通報、更に戦治郎の祖父が秘密裏に組織していた私兵まで動かして捜査、戦治郎を発見するなり私兵達が突入し犯人達の身柄を拘束、警察に引き渡して幕引きだったそうだ

 

「とまぁこんなところだわぁ、戦治郎が長門を見てああなっちまうのは青海さんの死に対しての悲しみと、青海さんの葬儀の時に略取された時の恐怖が同時にフラッシュバックしちまうのが原因なんだわぁ」

 

これ、想像以上に厄介じゃないか……?こんなものどうやって治せばいいか俺にはさっぱり分からないぞ……?

 

「今回は俺がヘマしたせいでこんな事になっちまってるからなぁ……、俺の方で何とかする……って空ぁ、おめぇ何処行くつもりだぁ?」

 

悟がセリフを言い終わる前に、空が踵を返して医務室から出ていこうとしていた

 

「今の状況でそんな悠長な事は言ってられんからな、少々無茶をさせてもらう。それで何か起きた時の責任は全て俺が背負うつもりだ」

 

「それはいいんだがよぉ、具体的に何するつもりなんだぁ?場合によっちゃぁ俺も手ぇ貸すんだがよぉ」

 

空には何かいい案があるのだろうか?もしあるのなら是非とも聞かせてもらいたいのだが……

 

「今から原稿を書き、それを飛龍に読ませるだけだ」

 

……はぁ?



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寄せ書き

誤字報告、ありがとうございます


待て待て待て、まるで意味が分からんぞ?何で原稿?何でそれを読むのが飛龍さんなの?

 

狼狽える俺を見て悟がクックッと笑う、お前は空がやろうとしている事の意図が分かると言うのか?

 

「戦治郎を奮い立たせるような内容の原稿を書いて、それを戦治郎の頭の中に間違いなく入れる為に龍美さんとまるっきりそっくりな飛龍に読ませて聞かせるって魂胆かぁ……、今の戦治郎に話を聞いてもらえるのが親友であるおめぇと飛龍くらいしかいねぇが……」

 

「俺はなるべく早めにアレを仕上げたいところだからな……」

 

そう言って空はカーテンが閉められたベッドの方に視線を送る、空の視線の先に何があるのか気になるところだが、それよりも先に1つ言わせてくれ……

 

悟はさっきの空のあの短いセリフだけで、空の考えてる事マジで理解してやがったのかよぉっ!!!毎回毎回インテリ組だけで話進めて俺達を置いてけぼりにするのいい加減止めてよぉっ!!!

 

心の中で叫んでちょっとスッキリしたところで、空の視線の先にあるカーテンを少しだけ開けてベッドの上を見てみる。そこには上腕を半分くらいから切断されている長月が眠っていたのだった

 

「空にはおめぇが来る前に見せてたんだわぁ、こいつの義手を作るように頼む為になぁ」

 

「侵食と拒絶反応、この2つの問題を解決するにはこうするしかなかったみたいだからな……。このままでは何かと不便だろうし、何よりその姿があまりにも痛々し過ぎる……」

 

なるほど、飛龍さんに原稿読ませようとしてるのは長月さんの義手を作る時間を作る為だったのか……、確かにこのままにしておくのは流石に可哀想だからな……

 

「これで空が飛龍に原稿を読ませようとしていた理由は理解出来たかぁ?光太郎よぉ」

 

ああ、よぉく分かったとチキショウ!改めて聞かれた件と言い、さっき笑った件と言い、地味に腹立つなもうっ!

 

「んでさっき原稿仕上げるって言ってたがよぉ、原稿仕上げる時間も正直もったいねぇんじゃねかと思うからよぉ、いっそ海賊団からの寄せ書きみたいにするってのはどうだぁ?あいつの肩にどんだけの命が乗っかってるか自覚させて奮い立たせる事も出来るが、逆にそれに圧し潰されて立ち直れなくなる可能性もあるけどなぁ」

 

一か八かの賭けじゃないかそれ……、でも時間が惜しい現状ではやる価値はあるか……

 

「それでいこう、それならばシゲと護に早めに書いてもらえばこちらを手伝ってもらえるかもしれないからな」

 

「そんじゃあ海賊団の連中に協力取り付ける為にも、今から説明会といきますかねぇ」

 

そう言って空と悟は医務室から出ていく、俺はそんな2人を追うようにして医務室から出て行ったのだが、その時俺達3人は気付いていなかった……、長月が眠っているベッドの反対側に置かれたベッドの上に動く影があった事に……

 

 

 

 

 

「っとまあ、これが戦治郎が今こうなっている原因ってわけなんだわぁ」

 

戦治郎のトラウマの説明をこう言って〆る悟、それを聞いたメンバーは全員静かに俯いてしまい、説明会を開催したこの拠点の会議室は完全にお通夜ムードになってしまっていた……。どうすんだよこれ……

 

因みに、悟は戦治郎の実家が金持ちだった事は伏せていた。それが原因で戦治郎に偏見を抱いたり萎縮されても困るだろうとの事だった

 

「アニキにそんな過去があったのか……、アニキはそういうのとは無縁だと思ってたんだけどな……」

 

そう呟くのは母親から育児放棄されていたシゲ、あいつの普段の立ち振る舞いを見ていたら過去にそんな事があったなんて想像出来ないよな……

 

「大好きなお母さんの死、そして攫われて殺されかけたなんてなったら誰でもそうなっちゃうわよねぇ……」

 

そう言って溜息を吐くのは愛する妻が国際テロリスト集団の指導者になってしまった挙句、その妻に自らの手でトドメを刺した剛さん、俺が同じ状況になったら間違いなく立ち直れなかったと思います……

 

因みに、アリーさんの件はこの話になる前に剛さんが全員に話してくれた。フラリンを問い詰めている時あんなに必死だったのはそういう事だったんだな……。それにフラリンのところにあった武器の数々の事を考えると、既に行動を開始しているみたいなので早く何とかしないと世界が大変な事になってしまう……っ!

 

「お母さんの葬儀中に攫われたせいで、その2つの出来事が根っこのところで複雑に絡まってしまっているんですね、だからお母さんにそっくりな長門さんの姿を見たり声を聞いたりしただけであんなになってしまうのか……」

 

自分の料理の腕に嫉妬した兄とその取り巻きに長期間執拗に虐められ続けた翔が言う、しかも2つ同時に想起してしまうから、精神的なダメージは相当大きいみたいなんだよな……

 

「ボスが見ちゃったのは搬送されている長門の姿でしたっけ?これホント大丈夫なんですかね?ボロボロになっている長門見たせいで余計にダメージ与えちゃったりしちゃったりしません?」

 

集団暴行事件を引き起こして逮捕されたのがきっかけで頭のネジが外れた自分のファンにストーキングされた司が言う、そう言えばそうだったな……、それが原因で症状が悪化していないか心配になってきた……

 

「そう言われると気になるところだなぁ……、だが今の俺達にそれを調べるような時間はねぇ、とっとと立ち直って作戦に参加してもらわねぇと色々な事が手遅れになりかねねぇからなぁ」

 

2度の火事で数多くの大切なものを失い、炎に対して絶大な恐怖心を抱えてしまっている悟が言う、泊地の件、マダガスカルの件、そしてさっき剛さんが話してくれたアリーさんの件……、どれも早急に何とかしたい案件ばかりだからな、戦治郎には何としてでも立ち直ってもらわなければ……

 

……って言うかさ、ここまでで発言した人皆何かしら心に抱えている人ばかりなのは気のせいなのか……?いや、俺もその1人になるんだろうけどさ……

 

「そういうわけで、あいつを奮い立たせる為に今から海賊団のメンバーには戦治郎宛ての寄せ書きを書いてもらおうと思っている。シゲと護は早めに書いてくれ、長月の義手を作るのを手伝って欲しいからな」

 

「うっへぇ、俺そういうの苦手なんだけどなぁ……」

 

「ぶつくさ文句言ってないでさっさと書くッスよ」

 

なんだかんだ言いながらすぐに寄せ書きを書いた工廠組は、すぐに工廠へと向かい作業を開始した

 

「あの、私も書いた方がいいのかな?」

 

そう質問してくるのは神風さん、この娘は戦治郎と面識がないわけではないが……

 

「いや、海賊団だけって事になっているんだけど……、もしかして書きたいの?」

 

神風さんに聞いてみると、彼女はコクリと静かに頷く

 

「皆さんには助けてもらった恩があるし、望を助けるのに協力してくれると言ってくれたから……。だからこう……、救出作戦一緒に頑張りましょう!みたいなのを書いておこうかなって」

 

なるほど、そういう事なら止めるわけにもいかないな。それに今やらないといけない事を書いておくと奮い立つきっかけになるかもしれないからな

 

「分かった、そう言う事なら……はい、どうぞ」

 

俺のところに回って来た寄せ書きに、自分の分を書いてから神風さんに手渡す。彼女は一礼してからそれを受け取ると、すぐに寄せ書きを書き始める

 

「あの~……、私達は書かなくていいんですか?」

 

恐る恐る尋ねてくる蒼龍さん、大本営組か~……

 

「いや、流石に大本営組はいいよ。あいつが蹲ってる姿しか見てないだろうからね……」

 

「だが飛龍、おめぇには一仕事あるぞぉ。おめぇにはこの寄せ書きを戦治郎の部屋の前で読んでもらうって大役がなぁ」

 

俺のセリフに続いて悟が言う

 

「何で私っ!?」

 

突然の指名に目を丸くして驚く飛龍さん、俺達はそんな飛龍さんを落ち着かせながら細かい事情を説明するのであった



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サルベージ

私は海賊団の皆が書いた寄せ書きを両手で抱えながら、光太郎さんに教えられた通りに通路を走り、戦治郎さんとやらの部屋へと向かっていた。私が何故こんな事になっているかについては少しだけ時間を遡る……

 

 

 

私が何故皆が書いた寄せ書きを戦治郎さんの部屋の前で読む事になっているのかについて、光太郎さんと悟さんから説明を受けたわけなんだけど……

 

「また東から来たよっ!……ってこれは……」

 

2人が私を説得している最中に拠点周辺に哨戒機を飛ばしていた翔さんがそう叫ぶ

 

「今度はさっきと違って本気で来てるみたいだね……その数72、中には空母や戦艦の娘もいるね……」

 

目を閉じ、俯きながら続ける翔さん。何だろう?さっきから翔さんが纏っている雰囲気がジワジワと変化していってるような……?

 

「な、72隻じゃとっ!?」

 

「さっき12隻倒したからって、いきなり増やし過ぎじゃないっ?!」

 

利根と蒼龍が相手の数に驚き叫ぶ、綾波と妙高の方を見てみると2人も叫びこそしなかったもののやっぱり動揺してるみたいね……

 

まあ、正直に言えば私も動揺してるんだよね。私達を倒す為だけにそんな大軍を送りつけてくる泊地の提督の正気を疑いながら、この戦いに本当に勝てるのかどうか不安になってしまう……。どうしよう、多門丸……

 

「神風さん達の泊地の提督さんは、きっと狂っているんだろうね……」

 

そんな最中翔さんが唐突にボソリと呟いた、先程徐々に変化していると思った雰囲気も今は完全に変化を終えたようで、今彼が纏っている雰囲気は激しい怒りに染め上げられていた

 

「そうでもなければ……、こんな多くの人にこんな酷い仕打ちをするなんてあり得ない……っ!」

 

顔を上げ目を見開く翔さん、その瞳は薄紅色から血のような赤に……って怖っ!翔さんの目めっちゃ怖いよっ!何がどうしたらこんなに怖い目になるのっ?!教えて多門丸っ!!!

 

「翔、その中に長月さんみたいに助けられそうな子はいるか?」

 

光太郎さんが翔さんに尋ねるも、翔さんは静かに横に首を振るだけだった……

 

「だったら早いとこ行こうぜ、そしてすぐにあいつらを楽にしてやろうぜ」

 

「そうだな、俺達の手であいつらをこの生き地獄から解放してやろう」

 

そう言って立ち上がる摩耶と木曾、それを皮切りに他の海賊団の面々も次々と立ち上がっていく……。龍驤と阿武隈の2人は私達と同じように動揺しているんだけど、それ以外のメンバーがこの状況に全く動じていないように見えたのは気のせい……?

 

「光太郎よぉ、今回は泊地襲撃の予行練習って事でおめぇが仕切れ」

 

悟さんが口元をニヤニヤさせながら光太郎さんに提案しているんだけど、この人目が笑ってないんですけどっ!?翔さんと同レベルで怖いよっ?!助けて多門丸っ!!!

 

「分かった、それじゃあ……翔は残ってペット衆と一緒に拠点からの支援を頼む、輝は拠点から少し前に出て俺達を突破した奴らを片っ端から叩き潰してくれ。飛龍さんは悪いけど戦治郎の方をお願いね。それ以外の皆は前線であの娘達を鎮めてあげるんだ!いいねっ!?」

 

\了解っ!/

 

「っと飛龍さん、戦治郎の部屋はここを出てから…………、……そこが戦治郎の部屋になってるからね。それじゃ戦治郎の事よろしくねっ!」

 

光太郎さんは戦治郎さんの部屋の場所を私に教えるなり、すぐに部屋を飛び出して行ってしまった……

 

 

 

こんな感じで話の流れでやらざるを得なくなっちゃったんだよね、流石にこればっかりは仕方ないとようやく私は観念したわけよ……

 

戦治郎さんの部屋に向かっている最中に、寄せ書きにどんな事が書いてあるのか見させてもらったんだけど、その内容からこの人がどんな人物なのかちょっとだけ分かったような気がした

 

命を救ってくれた事や色々な事を教えてくれた事への感謝、多くの戦いを共に乗り越えた事で培われた信頼、次の作戦も一緒に頑張ろうと言う意気込み、困っている時に力になってあげたいと言う思いがこの寄せ書きからヒシヒシと伝わって来る

 

この人はそれだけ皆から愛されているんだ、そしてこの人はそんな皆を愛している……、そんな関係がつい羨ましくなって

 

「こんな人が提督だったらな~……」

 

ついそんな事を呟いてしまう……

 

そんな事を考えていると、どうやら目的地へ辿り着いたようだ。遂にこの時が来たか……、そう思うとなんだか緊張してきちゃった……

 

だからと言ってここで退くわけにはいかない、海賊団の皆の気持ちを無駄にしないように、戦治郎さんにしっかりと伝える為にもここは私が頑張らないとねっ!行くよ多門丸っ!!!

 

扉の前で気合を入れた私は、寄せ書きに書かれた内容を読み始める……

 

 

 

寄せ書きを読み終えてしばらく経ったけど戦治郎さんの方に動きはない、部屋の扉は閉まったままだ……

 

しかし私は諦めなかった、何としてでも戦治郎さんを立ち直らせると約束したんだからね!その場で戦治郎さんにかけるべき言葉を考え、頭の中でまとめ上げてから声に出そうとしたところで、カツカツと言う音を通路に響かせながら誰かがこちらに向かってくるのに気づいた……

 

確か今皆はこちらに向かって来ている泊地の艦隊と戦う為に出払っていたはずだけど……、一体誰だろう?

 

そう思い、音がする方へ視線を向けると……

 

「え……っ!」

 

驚きのあまり、つい声を出してしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが俺の部屋の前で何かを言っている……、内容からすると寄せ書きみてぇだな……

 

恐らく悟か誰かの入れ知恵だな……、俺を元気づけ奮い立たせようとしている海賊団の皆の気持ちがその内容から伝わって来る……

 

しかし、今はそれどころじゃねぇんだ……。長門のあの姿を見た時に思い出しちまった母さんの最後の顔が……、殺意丸出しのおっさん達の姿がどうしても頭から離れてくれねぇ……

 

もう2度と母さんに会えないと言う事実がとてつもなく悲しくて……、一切面識がないはずのおっさん達にありったけの憎悪と殺意を真正面からぶつけられたのがあまりにも恐ろしくて……、指先1本すらまともに動かせねぇくらいに身体に力が入らねぇ……

 

急に目の前の景色が変わる、ここは……病室……?

 

病室の中心にはベッドがあり、そのベッドの上には物言わぬ母さんの姿があって……

 

どうして逝っちゃったんだよ……、まだ向こうに行くのは早すぎるだろう……。もっといっぱい色んな事を教えて欲しかったのに……、伝えたかった事全然伝えきれてなかったのに……、何で無理なんてしちゃったんだよ……

 

「う……ぐぅ……」

 

駄目だ、涙が止まらねぇ……。こんな姿あいつらには見せられねぇ……、そんな事は分かってんのに身体が全くいう事を聞いてくれねぇ……。情けねぇ……、ホント情けねぇよ……

 

そんな事を考えていると、場面が切り替わる。廃工場……、またあいつらか……!

 

「あが……っ!ぁぁ……」

 

嫌だ……

 

嫌だいやだイヤダ……っ!

 

イヤダヤメロクルナコワイタスケテ……ッ!!!

 

「戦治郎」

 

唐突に声が聞こえる、その瞬間目の前の景色は拠点の俺の部屋に戻っていた……

 

その声には聞き覚えがあった、絶対に忘れる事の出来ない、今の俺が聞きたくて聞きたくて仕方がなかった懐かしいあの声だ……。しかし何故……?この声はもう2度と聞けないはずなのに……

 

「よく聞け、戦治郎」

 

また声が聞こえた……ああ、このセリフはよく聞いたな……、懐かしい……、本当に懐かしいな……

 

「母さん……?」

 

俺はつい、その声の持ち主にそう声をかけてしまったのであった……



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鬼神再臨

「幼いお前達を残してこの世を去ってしまったのは本当にすまなかった……、総一さんにもお前達にも寂しい思いをさせてしまったな……」

 

そう言って私の前で本当に申し訳なさそうな表情をしているのは、大日本帝国軍海軍元帥の秘書艦及び大本営直属主力艦隊旗艦、そしてこの騒動の発端となった人物である長門その人だった

 

彼女は私が海賊団の寄せ書きを読み上げた後に突然現れて、何処で見つけたのか杖を突きながら戦治郎さんの部屋の前に歩み寄って来て、扉の方へ向かって話し始めたのだ

 

「私の事を忘れないでいてくれているのはとても嬉しい……、だが今のお前は何だ?いつまでもウジウジウジウジと……、情けないと思わないのかっ!?」

 

まるで本当に戦治郎さんのお母さんのように言葉を紡ぐ長門、正直今目の前で何が起こっているのか分からないよ……

 

何故長門が戦治郎さんの名前を知っているの?何故戦治郎さんのお母さんの事を知っているの?何故長門は戦治郎さんのお母さんのように振舞いながら話してるの?本当に訳が分からないよ……

 

「故人を思う事と過去を引き摺る事を取り違えるなっ!今のお前の姿は私が望んだ姿なのか?!違うだろうっ!私はお前に何を願ったか、忘れてしまったのかっ!?」

 

私が混乱している最中、長門がどんどんヒートアップしていく……。これで本当に大丈夫なの……?そこのとこどうなのさ、多門丸?

 

「忘れたと言うのならば、今ここで改めて言ってやろうっ!」

 

長門がそう叫んだ直後、部屋の扉が勢いよく開き中から戦治郎さんが姿を現した

 

そして

 

「「お前はとても優しい子だった、その優しさで如何なる争い事も治められるような強い男になってくれ」」

 

2人共落ち着いた声で戦治郎さんのお母さんが、戦治郎さんに遺した最後の願いを斉唱していた

 

「……ご迷惑を御掛けしました」

 

「気にするな、それにその言葉は他にも言うべき相手がいるのではないか?」

 

2人は視線を合わせて会話している、どうやら戦治郎さんは立ち直ってくれたみたい。よかったよかった……

 

ところで、この扉って開き戸だったよね……?何で折戸みたいになってるの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の方から聞こえて来る言葉は俺の耳に届くなり、俺の心の中へと入り込み響き渡る……

 

その言葉は俺の中の悲しみを見る見るうちに溶かし尽くし、恐怖を次々と追い払って行った……

 

ああ……本当に情けないな……、こうやって言われるまで母さんが言っていた事忘れてるなんてよぉ……

 

母さんは最後に俺に何と言った?俺に一体何を望んだ?

 

そんな事を考えながら、俺は1歩、また1歩と扉の方へと歩みを進める

 

扉の目の前に来たところで

 

「忘れたと言うのならば、今ここで改めて言ってやろうっ!」

 

扉の前の人物はそう叫んだ、母さんが俺に望んだ事……、それは……っ!

 

俺はその声に合わせるように勢いよく扉を開けた……んだが、そういやここの扉は開き戸だったな……。母さんの声聞いたもんだから、つい勘違いして実家の自室の襖開ける感覚で扉開けちゃったZE!

 

扉がバスの出入口みたいな形になっちゃったけど、そんな事気にせず目の前の女性の目を見ながら、俺は母さんの最後の言葉を声にする

 

「「お前はとても優しい子だった、その優しさで如何なる争い事も治められるような強い男になってくれ」」

 

目の前の女性……、母さんと寸分の狂い無く同じ姿をしている艦娘、戦艦長門の声と俺の声が重なったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

互いに自己紹介をし、飛龍から皆の寄せ書きを受け取り部屋に飾っている時に飛龍が長門に話しかけていた

 

「ところでさ、長門は何で戦治郎さんの名前とか戦治郎さんのお母さんの事を知っていたの?」

 

「ああその事か、それは私が丁度目を覚ましたところで空と悟と光太郎……だったか?その3人が戦治郎の母親の事について話し始めたのを聞いてしまってな……。その……すまない、悪気はなかったんだ……」

 

そう言って頬を掻いた後、頭を下げる長門

 

「いや、気にすんなって。むしろおめぇが俺のケツ引っ叩いてくれなかったら復帰にもっと時間かかってたかもだからな、だから頭を上げてくれ。そして本当にありがとうな、長門」

 

俺はそう言って長門に頭を下げる

 

「ちょっと~、私も寄せ書き頑張って読んだんですけど~?それについては何かないの~?」

 

その光景を見ていた飛龍が茶化すように言ってくる

 

「ああ、飛龍もありがとうな。皆の気持ちは確かに俺に届いた、これはホント飛龍のおかげだな。もしおめぇか空じゃなかったら寄せ書きの内容も俺の耳に届いてなかったかもだからな」

 

そう言って、今度は飛龍に頭を下げる。飛龍は冗談のつもりで言ったみたいだったので、俺が本当に頭を下げるとこを見て慌てふためいていた

 

「そろそろいいか?今の状況については、さっきの3人が医務室から出た時の扉が閉まる音で目を覚ました長月から教えてもらったのだが……」

 

そこで1度言葉を切る長門、よく見ると杖を持っていない方の手で強く握り拳を作っている……

 

「このような僻地でそのような非人道的行為を隠れてやっている事が許せん……っ!もしそんな事が今公表されようものならば、その罪を全て現大本営になすりつけられ元帥は失脚し大本営は強硬派に乗っ取られてしまうだろう。そうなる前にその泊地の提督を軍法会議に引きずり出し、この問題を解決せねばなるまい……っ!」

 

今何かすげぇ不穏な単語が聞こえた気がするんだが……?

 

「ちょっち待て、強硬派に乗っ取られるだと?」

 

「ええ、今の日本海軍は強硬派が幅を利かせているのよ……。元帥が頑張ってくれているおかげでなんとか穏健派も少数ではあるけどいるって感じ……」

 

これは不味いな……、もし俺達が日本に着く前に強硬派に大本営を乗っ取られたら、俺が提督になるってのも叶わなくなっちまうじゃねぇか……

 

「強硬派の多くはブラック鎮守府と呼ばれるような運用がされているらしくてな……、元帥はその対応で忙殺されている……」

 

「そんな事してる間に新しいブラック鎮守府が生まれちゃったりして、ホントいたちごっこって感じになってるよね~……」

 

「その状態を何とかしねぇと、マダガスカルの件やソロモンの件がどうにかなったとしても、和平なんて夢のまた夢って感じか……」

 

俺がそう言うと2人は静かに頷いた、話聞いてる限りだとどっかにえらく小賢しいブラ鎮の大元みたいなのがあるっぽいな……、普通の鎮守府をブラ鎮に染め上げている何かが……

 

「これについては後で皆に話しておくべきだろうな、今後に関わる話になるだろうからな。今はそれよりも目の前の事だ、拠点からおめぇら以外の気配がしねぇから何か起こってるっぽいんだが……、皆はどうした?」

 

「それなんだけど……」

 

そう言って飛龍が今皆が何処にいるかを話し始める

 

 

 

「敵襲、それも72隻もこちらに向かって来ているだとっ!?」

 

「72隻ねぇ……」

 

飛龍の話を聞いて長門が驚く、俺の方はその……ねぇ……?

 

「皆は無事なのかっ?!」「俺の取り分残ってっかな~……?」

 

長門と俺の声が重なる、しかし内容が全然違うので不協和音みたいになっていた。俺の発言を聞いた2人は目を丸くしながら俺の方を見る

 

「フェロー諸島の話くらい聞いてるんじゃねぇのか?俺達海賊団はあれの立役者なんだぜ?72匹程度に早々後れを取るかっての」

 

それを聞いた2人は驚愕したまま固まってしまった、アクセル達には俺達の事は伏せてもらっているが、こいつらにだったら話してもいいだろうと思って話してみたんだが……

 

「え……、あ……、す、すまない、取り乱してしまった……。それは兎も角、私達も向かうべきではないか?お前の復活を皆に知らせるべきだと思うからな」

 

立ち直った長門が言う、確かにその通りだわな、うん。寄せ書きまで書いて俺を元気づけようとした皆に俺が元気になったの教えてやらないとな!

 

「んだな、って事でちょっち行って来るわ~」

 

そう言って俺はこの場を去ろうとしたが……

 

「待ってくれ、私も同行したい、高速修復材の使用許可をもらえないか?」

 

長門がそう言って俺を呼び止める、う~ん……バケツか~……

 

「バケツの使用許可は悟の管轄なんだよな~……、とてつもない緊急事態じゃない限り使うなって言われたし~……」

 

「え?何でダメなの?バケツってこういう時使うものじゃないの?」

 

飛龍が問う、まあそうなんだろうけどさぁ……、事情知ったらどうなるかな~……?

 

「悟がバケツの成分調べたらしくてな、その結果あれは新陳代謝を活性化させる働きがあるのが分かったんだ。それでまぁ……、使いすぎるとすげぇ勢いで老化が進むからって理由で早々使用許可が下りなくなったんだわ……。確か19歳の娘が週2か3ペースで1年間バケツ使ったら、実年齢20歳で身体年齢60歳前後になるとかなんとか……」

 

「分かった、私今後バケツ使うのやめる」

 

ですよね~……、長門も表情を引き攣らせていた……

 

「っとまあそんな事情で悪いが、長門は長月と留守番頼むわ。そんで行くぞ飛龍、あいつら蹴散らして俺の復活祭やんぞ!」

 

俺はそう言って皆がいるであろう戦場へと向かうのだった



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戦治郎復活祭

「オラオラオラァッ!!!」「嫌になるわねぇ!もうっ!」

 

摩耶さん、剛さんの2人が思い思いに声を上げ、対空射撃で相手艦載機を迎え撃つ

 

普段なら的確に艦載機を撃ち抜いていく剛さんも、艦載機の操作と並行して対空射撃を行うのはやはり難しいようで、いつもより撃ち漏らしが目立っている

 

何故剛さんがそんな無茶な戦い方をしているかと言えば、こちらの航空戦力が剛さんと司と瑞穂さん、それに制空補助の姉様くらいしかいないからである

 

現在、龍驤さん、阿武隈さんと大本営組4人がまともに動けない状態に陥ってしまっているのである。この6人は別に被弾して負傷しているわけではない、ある相手を見て完全に怯えてしまっているのが主な原因なのである。その相手と言うのが……

 

「あのヲ級と組体操してるような南雲機動艦隊を早く何とかしねぇとっ!!!」

 

そう、今木曾さんが言ったヲ級と組体操してるような南雲機動艦隊と言うのが問題の相手なのだ

 

首から下は完全にヲ級に成り果て、艦娘であった名残は首から上の頭部と纏っている衣服のみとなってしまっている艦娘達……

 

組体操などと言われたのは、ヲ級の上半身がその背中から生えている……いや、これは接合されていると表現すべきだろう……。兎も角、見た目がこれまでとは一線を画している一航戦と二航戦の恰好をした異形の空母達が、俺達の前に立ちはだかったせいで実戦経験の浅い龍驤さんと阿武隈さん、そして異形の二航戦を見てしまった大本営組が激しく動揺してしまい、動けなくなってしまったのである

 

それをチャンスと見た異形空母達は、艦娘本体とヲ級の頭部から一斉に艦載機を発艦させて襲い掛かって来たのだ

 

更にそれを見た一部の駆逐から重巡までの異形達が艦載機に続くように、動けなくなってしまった6人の方へ突撃を開始してきた

 

その結果、艦載機の相手を剛さん、司、摩耶さん、瑞穂さんが、水上艦達の相手を神通さんと木曾さん、陽炎型の3人と神風さんがやる羽目になってしまった

 

それだけならまだよかった……、俺と悟と形代が異形空母達の方へ突っ込んで蹴散らしてしまえば済む話だからね。けど生憎そう上手くはいかないようで……

 

「ああっ!こいつらすっごくやり辛いっ!!!」

 

「身内と似たような奴仕向けてくるとか、泊地の提督って奴ぁ相当な下衆野郎だってこったなぁっ!!!」

 

俺と悟がそれぞれ叫ぶ、今俺達が相手しているのは異形戦艦4匹、ル級の艤装を接合された扶桑型姉妹の恰好をした異形と、タ級の艤装を接合された伊勢型姉妹の恰好をした異形である

 

伊勢型の方は形代が、姉様に似ている奴は俺が、山城っぽい奴は悟が担当しているわけだが、こいつら本っ当に……物凄く戦い辛い!!特に俺が一番辛い!!!姉様攻撃してるような気分になってしまう!!!

 

こうなったら翔達に頼んで異形空母の取り巻きだけでも潰してもらうか、そう思い翔に通信を入れたところ……

 

『ごめんなさい!こちらも今艦載機の相手で手一杯で……っ!』

 

なんてこった……、思ってたより撃ち漏らしがあったって事か……。慢心と予想外のトラブルが原因でこんな事になるなんて……、これは後で反省会……、いやそれもやれるかどうか怪しいところか……

 

俺がそんな事を考えていると、今度は翔から皆に向けて通信が入る

 

『皆、朗報だよっ!』

 

ん?朗報?一体何があったんだ?通信の内容を不思議に思っていると……

 

「……ぉぉぉ」

 

拠点の方向から微かにだが何かが聞こえて来た、なんかこれどっかで聞いたような……?そんな事を考えている間に、それはどんどん近づいて来て……

 

「ぉぉぉおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

OK今ハッキリ聞こえた!この声、聞き間違えるはずがない!ようやく戻って来たかこの野郎っ!!!

 

『戦治郎さんが復活したよっ!今そっちに向かってるっ!!!』

 

\きたあああぁぁぁーーーっ!!!/

 

通信を聞いた海賊団の皆から大歓声が上がる、悟の方を見ると小さくガッツポーズしていた。海面を駆ける音が先程よりも大きくなるに連れて、俺達のボルテージが上がっていく

 

「お ま た せえええぇぇぇーーーっ!!!

 

そう叫ぶなり跳躍し、押し寄せる異形達を跳び越えながら大妖丸を引き抜き、赤城のような異形を両断しながら着地、返す刀で蒼龍っぽい異形の首をスポンッ!と刎ねる。それを見ていた蒼龍さんがヒッ!って悲鳴上げてたけど、今は気にしてる場合じゃない!

 

「皆、心配させてごめんなっ!長門 戦治郎、ここに復活だあああぁぁぁーーー!!!」

 

そんな事を叫びながら、大妖丸を肩に担ぎポーズを決める戦治郎。尚、ポーズをとる動作の中で加賀に似た異形を逆袈裟で斬り捨てていたりする

 

「待ってよ戦治郎、速いって……ってもう敵倒してるしっ!!!」

 

息を切らせながら戦治郎の後を追っていた飛龍さんが驚愕して叫ぶ、まあこんなもの見せつけられたら誰だって驚くよね……

 

「そこの6人!いつまでもビビってんじゃねぇぞっ!!!もう戦闘始まってんだろっ!!!」

 

6人が怯えていた原因である異形空母の最後の1匹、飛龍もどきの上半身と下半身をお別れさせながら戦治郎が叫ぶ。龍驤さんと阿武隈さんはその声で我に返ったけど、大本営組はさっきとは違う理由で硬直してしまっていた……

 

「ああもう……!まあ2人戻って来たしいっか!んじゃあこっから反撃するとしますかねっ!!!飛龍、いけそうか?」

 

「当ったり前じゃん!むしろさっきの見せられてやる気が出て来たくらいっ!友永隊、頼んだわよっ!!!」

 

「せかせかっ!んじゃ鷲四郎、おめぇも一暴れしてきなっ!」

 

「任せな、旦那っ!!!」

 

そんなやり取りを交わして艦載機を飛ばす2人、飛龍さんの友永隊と鷲四郎はすぐに形代が相手をしていた日向っぽいのを捕捉するなり一斉に襲い掛かり、瞬く間に沈めてしまった

 

「おっしゃっ!このまま勢いに乗って残りの連中圧し潰すぞっ!!!」

 

飛龍さんとハイタッチしながら叫ぶ戦治郎、こいつが来ただけで一気に戦況が変わってしまった……、やっぱこいつ凄ぇよ……。っと凹んでる場合じゃないな、俺もあいつの友人として肩を並べていられるように頑張りますかっ!!!

 

俺は気合を入れてから放水砲を全門姉様みたいなのに向け

 

「これで終わりだあああぁぁぁっ!!!」

 

叫び声と共に一斉に発射する、それらは全てル級の艤装の装甲など関係ないとばかりに姉様みたいなのの身体を易々と貫く。ある程度放水したところで放水を止めると、姉様みたいなのは脚しか残っていなかった。その脚は静かに倒れた後そのまま海の中へと沈んでいった

 

自分のところが片付いたところで悟の方を見れば、既に山城(仮)の姿は見えなくなっていた……、いつの間にやったんだよ……?

 

この後はただの掃討戦である、神通さん達が前線に戻って来てくれたおかげで先程の戦闘よりも遥かに早く片付いてしまった。その時皆の口角が上がっていたのは多分戦治郎のせい

 

「皆お疲れさん、皆には本当に迷惑かけちまったな……、すまなかった」

 

そう言って頭を下げる戦治郎、皆はほっとした表情で戦治郎に頭を上げるように言っていた

 

「あんた、後何回頭下げる気よ~」

 

そんな戦治郎を見ていた飛龍さんがからかうように言う、それに対して戦治郎は

 

「工廠組が残ってっから後1回だな」

 

そう返して皆の笑いを誘っていた、取り敢えず戦治郎が戻って来てくれて本当によかった。これでようやく望ちゃんを助けにいける……

 

「そんじゃ、拠点に戻るとすっか!」

 

そう言って戦治郎は拠点の方へと向き直り、歩き始めるのだが

 

「戦治郎」

 

俺の前を通り過ぎたところで俺が呼びかけると、その歩みはすぐに止まった

 

「……おかえり」

 

\おかえりなさいっ!/

 

戦治郎の返事を待たずに俺がその背中に向かってそう言うと、皆もそれに倣って斉唱してくれた

 

「皆、ただいま……ありがとうな……」

 

戦治郎は穏やかな笑みを浮かべながら、こちらへ振り向きそう言ったのだった



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移植手術の理由

「この度、皆さんには大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでしたっ!」

 

異形達の襲撃を退けた俺達は、皆に改めて謝罪がしたいと言う戦治郎の提案に乗り会議室に集合しているのだ

 

会議室に皆が集まったところで、戦治郎が皆に謝罪の言葉を述べ頭を下げた

 

「復ッ活ッ!長門 戦治郎復活ッ!長門 戦治郎復活ッ!」

 

「立った!シャチョーが立った!」

 

その瞬間、シゲ海王とアルプスのペンギン飼いのマーモーが叫ぶ、お前ら嬉しいのは分かるけどうるさいぞ……

 

「戦治郎、俺が言いたい事……、分かるな?」

 

腕を組み戦治郎をジロリと睨みつける空が言う、これは間違いなく怒っているな……

 

「ウッス、この事空に黙っててすみません、はい……」

 

「俺はお前の親友なのだろう?だからせめて俺くらいには教えて欲しかった。お前は俺の親友なのだからな、お前が苦しい時は助けになってやりたいんだ」

 

「ウッス、マジサーセンっした……」

 

空の言葉を聞いた戦治郎がそう言ってションボリするところを見た空は、次からは頼んだぞ、とだけ言っていつもの表情に戻る

 

「戦治郎いじるのはそのへんにしとけぇ、まだやりてぇってぇ奴ぁ後で個人的にやんなぁ。んで今丁度ここに全員集まってるみてぇだからなぁ、長月の血液検査の結果を報告させてもらうぜぇ」

 

そう言って資料を皆に配りだす悟、相変わらず仕事早いなぁ……

 

「長月の血液を調べさせてもらったんだがよぉ、何かよく分かんねぇモンが検出されたんだわぁ」

 

いつの間にか準備されていたプロジェクターから資料が映し出され、その映像の一点を指示棒で差しながら悟が言う

 

「気になって俺の方で成分を調べてみたんだが、これが一体何なのかサッパリ分からなかったんだよなぁ……。ってぇ事で長月本人が何か知らねぇか聞いてみたらよぉ……」

 

悟は申し訳なさそうな表情でガリガリと頭を掻いた後、長月に視線を送る。その視線に気付いた長月は1度頷いてから皆に話し始める

 

「悟さんが言うよく分からない物……、それは恐らくあの男が私に移植手術をした後に投与した艦娘の深海棲艦化を止める薬の試作品だと思う」

 

皆が驚きの表情を露わにしざわめきだす、ちょっと待て、深海棲艦化を止める薬だと……っ!?

 

「後遺症の薬の効きが悪くなってきた事をあいつに報告したところ、すぐに手術室に連れて行かれてな……。目を覚ました時には移植手術は終わり、私の腕はあの悍ましいものに変わっていたんだ……。その後だ、あいつがその薬を私に注射したのは……」

 

長月さんの表情が暗くなる、きっとその時の事は思い出したくもなかったんだろうな……

 

「その薬を投与された後、その薬の事を聞いたらペラペラと饒舌に話していたな……。拒絶反応にも効果があるだとか、これが完成したら多くの艦娘を救う事が出来るだとかな……」

 

「はぁっ?!艦娘を救うだぁっ!?」

 

長月さんの言葉を聞いた摩耶が、そう叫びながら勢いよく立ち上がる

 

「恐らくだがよぉ、移植手術はその薬の実験の為に行われていたんだろうなぁ……。ホント反吐が出るぜぇ……」

 

「艦娘を救う薬を作る過程で、犠牲になった艦娘達から目を背ける……。とんでもない屑じゃのう……」

 

悟と利根さんがそれぞれの意見を言う、どちらの言葉にも凄まじい怒りが込められているのがよく分かった

 

いや、長月さんの話を聞いて怒っていない者はこの場には誰一人としていない、部屋全体に剣呑な空気が流れていた。皆を刺激するような事を一言でも喋れば、皆が飛び出していきそうな雰囲気である

 

「私達が襲われたのは、私達にその実験の邪魔をされるかもしれないと思ったからなのかもしれないな……」

 

長門さんが呟く、こんな事が大本営にバレたら薬の研究どころではなくなるだろうな……

 

「最悪の場合、長門さん達を捕まえて素材にしていた可能性もありますね。行方不明になった原因を深海棲艦になすりつける事も出来ますからね……」

 

通が恐ろしい事を言う、知り合いが移植手術される姿とか想像したくもない……

 

「そんな奴に望は……っ!」

 

そう言って拳を強く握り締める神風さん、この話を聞く限りそこの提督は正気ではなさそうだからね……、一刻も早く望ちゃんを助けてあげないと何をされるか想像も出来ないからね……

 

「後遺症の薬がダメになったら、今度は深海棲艦化防止の薬で脅迫か……、胸糞悪い……」

 

木曾さんがそう吐き捨てる、人間の生きたいという願望を利用しての脅迫、本当に質が悪いなこれ……

 

「そいつもうぶっ殺してもいいんじゃねぇか?裁判とかやってもどうせ死刑確定だろ?だったら俺らで殺ってもいいんじゃねぇか?」

 

「流石にそう言うわけには……、日本海軍の人間がやった事ですから、日本海軍の方でその罪を裁き処罰しないと国民の信用に大きく影響が出てしまいます……」

 

輝の発言に待ったをかける妙高さん、今の大本営は強硬派有利なんだったっけか……、俺達が好き勝手やった結果、大本営が強硬派に乗っ取られる可能性を考えると下手な事が出来ないな……

 

「こりゃ本気でやるしかねぇな……、ただでさえ俺のせいで遅れ出ちまってるからな~……。っと長門達も協力してくれるんだったよな?」

 

「無論、そのつもりだ。私はこんな状態だがな……」

 

戦治郎が長門さんに問いかけ、それに答える長門さん

 

「いや気にすんなって、俺もさっきまで酷い状態だったかんな。んでさっきの戦い見て、時間ねぇけどちょっち準備しなきゃなんねぇようだわ」

 

準備?一体何をするつもりだ?戦治郎の言葉を聞いた皆がそう思ったのか、不思議そうな顔で戦治郎の方を見る

 

「さっきの戦いでビビって動けなくなってた奴がいたからな、そいつらをちょっち鍛えるのと、長門の艤装の改修だな。設計図についてはもう妖精さんにお願いしてっから、それが完成したら作業開始してくれ。長門はその間は怪我治すのに専念してくれ」

 

そういえばそうだったな~……、特に大本営組が酷かったっけか……

 

「いいのか?時間がないのだろう?」

 

「こういうのは全員参加が基本だろうよ、まあ長門はマダガスカルの方に来てもらうつもりだがな。速力の都合もあるが、深海棲艦の穏健派の事をよく見聞きして大本営にしっかり伝えて欲しいからな」

 

なるほど、それが上手くいけば穏健派と艦娘の武力衝突を抑えられるからな。そうなると俺達もソロモンの方で動き易くなるかもしれないしな

 

「そ・れ・に~……、長門って確か41cm砲持ってたよな~?」

 

戦治郎がニヤニヤしながら長門さんにそんな事を聞いていた、正直気持ちが悪かった……

 

「あ、ああ……、艤装には41cm砲と46cm砲を積んでいるが……、それがどうかしたのか?」

 

「46cm砲もあんのっ?!是非見せてくれっ!!!それ参考にして作りたい武器があるんだっ!!!」

 

そう言って長門さんに土下座する戦治郎、ミゴロさんと対戦艦ライフルの更新が目当てか……。まあ戦力強化に繋がるからそれについては何も言うつもりはないけど……、皆が見てる前で土下座するのはどうかと思うんだよな~……

 

「アニキ、利根と妙高が確か3号砲持ってましたぜ」

 

大本営組の艤装を改修したシゲが余計な事を口走る

 

「何とぉっ?!そっちも見せてくれっ!ハタチさんの強化に使えるかも知れねぇからなっ!!!」

 

土下座の態勢のまま利根さん達の方を見る戦治郎、肝心の2人は訳が分からないと言った感じで動揺しているようだった

 

しかし、深海棲艦化を止める薬か……。件の泊地の提督はどういった動機でそんなものを作ろうと思ったのだろうか……?まあそのあたりは本人に聞けば分かるか……。それよりも、何としてでも望ちゃんや泊地にいる艦娘達を助けなければ……っ!!!

 

俺は長門さん達に土下座する戦治郎を眺めながら、決意を新たにするのであった



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作戦開始前日と癒しの手

さて、大本営組を中心とした特訓が始まって2日が経った

 

特訓の内容は至ってシンプルなもので、長門さんを除いた大本営組+龍驤さんと阿武隈さんの計7人が長門屋3強+三羽烏と演習すると言うものである。いくら時間が無いからとはいえ、流石にこの6人を相手にすると言うのは少々酷なような気がした……

 

心が押し潰されてしまいそうなくらいの殺気をガンガン出しながら突っ込んで来る戦治郎とシゲに、その2人とは対称的に一切感情の類を感じさせず、次の手を全く予測させずに攻撃を仕掛ける事で恐怖感を煽る空と通、時に意味深な事を言ったり嘘の情報を流したりして揺さぶりをかけまくる剛さんと護……。果たしてこれは精神鍛錬と言えるのだろうか……?

 

それとは別に長月さんのリハビリも同時に行われていた、空達が作り上げた義手は普通に動かす分は問題なく動き、すぐに身体に馴染んでくれたそうだ。……普通に動かす分はね……

 

「照準を合わせるのが中々難しいな……」

 

そう呟きながら再度前方にある的に向かって砲撃を開始する長月さん、その手には主砲が握られてはいなかった……

 

そう、今長月さんは義手に内蔵されている主砲で砲撃しているのだ……。ベースになっているのは何処で仕入れたのか知らないけど、C型砲なんだとか……

 

それ以外で注目するとしたら、指先から25mm単装機銃が出る事とナデシコのエステバリスが使うワイヤードフィストが使える事か……。初期案はロケットパンチだったらしいが、戻って来なくなったら大変だと言う理由でこっちに切り替えたんだとか……

 

その装甲と耐久性も凄まじく、戦艦主砲も殴って弾けるとか何処のアニメ版の戦艦4姉妹の長女だよとか言いたくなったよ……

 

外見は本当に普通の腕、義手の表面に張り付けた人工スキンは悟監修の下作ったそうなので、かなり精巧なものとなっていたからぱっと見でこれが義手であると判断出来なくなっている

 

「しかし、こいつはいいな。あの不気味な腕がこんな代物に変わるとは……、世の中何が起こるか本当に分からんものだな……」

 

砲撃の手を止め、義手を眺めながら長月さんがそう言った。どうやら本人は満足しているようだ

 

「長月の言う通りだな、私もまさか改二になれるとは思ってもみなかったからな……」

 

長月さんの言葉にそう返すのは長門さん、今の彼女の姿は改二のそれになっている。あの話し合いからしばらくしたところで、妖精さんが設計図を仕上げて戦治郎のところへ持って来てくれたのである

 

戦治郎はそれを受け取るとすぐに工廠組を連れて工廠に向かい、長門さんの艤装の改修をした後に戦治郎用のガトリング砲と対戦艦ライフル、大五郎用のガトリング砲に姉様用のガトリング砲とガトリング砲開発祭を開催していた

 

名前は41cm砲ベースが『ヨイチさん』、46cm砲ベースが『シロクさん』、3号砲ベースが『3号さん』、対戦艦ライフルは『対戦艦ライフル46』となっているそうだ

 

尚、姉様が使っていたハタチさんは改二改修記念と言う事で、長門さんにプレゼントされたそうだ。それを受け取った長門さんは非常に困惑したとかなんとか……

 

「しかし、ここの連中には心底驚かされてばかりいるな、あのようなとんでもない代物を作るわ、戦いになれば鬼神の如き戦いぶりをするわ……」

 

「後方支援も凄まじいものがあるな……、修理と補給は迅速、美味い食事で全体の士気を上げ、怪我人や病人の処置も的確……、何とも恐ろしい艦隊だな……」

 

これは褒められてると受け取ってもいいんだよね……?

 

「怪我と言えば……光太郎、あの悟と言う男は一体何者なんだ?私といい長月といい、高速修復材を使わずに治療を行えば回復にはもっと時間がかかるはずだろう?なのにどちらもたった2日程度でほぼ全快と言えるほどに回復している。彼は何か特殊な力でも持っているのか?」

 

特殊な力……?通が忍術使うようになった感じの力の事だろうか?まあ確かに長門さんが言うように2人の回復速度は異常と言えるレベルで早いんだよな……、まさか悟も通みたいな何かに目覚めたのだろうか……?

 

「いや、少なくとも俺はそう言った話は聞いた事ないな……」

 

「そうか……、変な事を聞いて済まなかったな」

 

気にしないで下さい、長門さんにはそう返しておいたけどこうやって聞かれるとこっちが気になってきてしまって仕方がないな……、後で悟本人に聞いてみるか……

 

そんな事を考えていると、どうやら演習の方は決着が着いたようだ。……あぁ、やっぱりあいつらには勝てなかったか……、まあそれでも初日と比べたら随分と喰らい付いていたみたいだから、これなら何とかなりそうだな

 

長門さんと長月さんの方も、今日の様子を見てる限りだと恐らく明日には完治する事だろう。そうなると、遂に泊地に乗り込めると言うわけか……。明日泊地に向かい望ちゃん達を無事に救出する……、そう考えるだけで気分が昂ってくるな……っ!!!

 

俺は演習を終えてこちらに戻って来る戦治郎達を眺めながら、そんな事を考えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長門達の異常なまでの回復速度……、やっぱこいつが原因なんだろうなぁ……」

 

俺はそう呟いて自分の手のひらを眺める、その手のひらはぼんやりと淡い緑色の光を発している

 

これに気付いたのはラリ子との戦闘が終わった後だったか……、戦治郎の治療をしている時に自分の手が発光している事に気付いたわけだ。それを最初に見た時はそりゃぁもう驚いたもんだ、まあすぐに気持ちを切り替えて戦治郎の治療を続行したわけなんだが……

 

その後の戦治郎の回復が、俺が予想したものよりもずっと早かったのである。これはどういう事かと考えていた時、戦治郎の治療中ずっと自分の手が発光していた事を思い出したのだ

 

その時はまだ確信を持てなかったのだが、今回の件で分かった、こりゃ通の奴と同じだと

 

「この状態で治療や手術を行えば、対象の回復速度が通常よりも早くなるかぁ……、まるでバケツみてぇな能力だなおい……。まあお誂え向きだなぁ、それにこいつはバケツみてぇに老化を促進しねぇと来たもんだからなぁ」

 

バケツは新陳代謝を活性化させて怪我の回復を早める、その為凄まじい勢いで細胞が老化してしまう危険性があるのだが、こいつにはそれがない。そのあたりについてはラリ子戦以降に治療を行った奴らから健診とか言って色々検査させてもらって調べが付いてるからな

 

「通が忍術で、俺が回復の促進ねぇ……。中々面白れぇプレゼントじゃねぇかおい……。この力は有効に使わせてもらうぜぇ、クソッタレな神様よぉ」

 

両親を炎に飲まれたあの日から、俺は神なんてものの存在を信じなくなっていたんだが、この力を手に入れた喜びをぶつける相手がいなかった為、取り敢えず存在するはずのない神とやらにぶつけておくことにした

 

この力があれば、傷ついた大切な仲間達や泊地に囚われているであろう艦娘達、そして名前も顔も知らない多くの命が救える事だろう……

 

「くぁっはっはぁ!いいぜいいぜぇ……この能力ぅ……、覚悟していやがれぇ世界中の傷病者共よぉ……、俺がこの手で楽にしてやっからなぁ……っ!!!かぁあっはっはっはっはっはぁっ!!!」

 

昂る気持ちが抑えきれず、そんな事を誰もいない医務室で独りで叫び、狂ったように高笑いする俺。傍から見たら心配される事間違いなしだがこればっかりは仕方がねぇよなぁっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今は取り敢えずそっとしておいてやろう……

 

悟に能力の有無について聞きに医務室行ったらこれだからな……、外の方に声ダダ漏れだぞ……。しかし悟も能力持ってたのか~……、何か羨ましい……。俺も何か能力が欲しいな~……出来れば人命救助に関わる感じの奴をな~……

 

俺はそんな事を考えながら、医務室の扉の前から静かに立ち去るのであった

 

尚、悟のこの件は結局皆にバレ、悟は幼馴染組からしばらくの間叫んでいた内容でからかわれる事となった



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武器の意味

マダガスカル組からのスタートです


さぁて!遂に始まりましたアムステルダム泊地とマダガスカルの二正面作戦!

 

編成は以下の通り

 

アムステルダム泊地 光太郎 悟 通 護 司 藤吉 龍驤 神通 陽炎 不知火 天津風 神風 長月 蒼龍 飛龍 妙高 

 

マダガスカル 戦治郎(+ペット衆) 空 輝 剛 シゲ 翔 扶桑 摩耶 瑞穂 木曾 阿武隈 フラリン 長門 利根 綾波

 

最初は泊地チームの航空戦力にちょっち不安があったが、大本営組加入によりそれが解消された時は心の奥底からホッとしたな~……

 

んで、通と神通が泊地チームになったのは、泊地の提督がやっている事の証拠集め等をやってもらう為だ

 

火力に関しては不安が残るところだが、高速統一の都合こうせざるを得なかったからな……。まあ夜戦に持ち込めれば何とかなるだろう、通もいる事だしな!

 

マダガスカルの方は道中で潜水艦を相手する事になった場合多少不安があるが、最悪長門屋勢の一部に潜ってもらって対処するか!

 

っとまあこんな感じでチーム分けが完了し、お互いの無事を祈りながら抜錨したわけだ

 

そんで、こちらはマダガスカルチームなわけですが

 

「このハタチさんだったか……、試射した時からとんでもない代物だとは思っていたが……」

 

長門が改二改修記念として姉様からもらったハタチさんを眺めながら呟く、道中で遭遇した敵性の深海棲艦との戦闘で長門は早速ハタチさんを使ったのである

 

「凄まじい早さで駆逐艦や軽巡を蹴散らしておったのう……」

 

その光景を思い出しながら利根が言う、ベースが20.3cm砲だから駆逐や軽巡の装甲だったら簡単に貫通するだろうからな。しかも発射速度もあるもんだから雑魚を一掃したり、戦艦や空母に集中的に当てて大物食いしたりと幅広く使えるときた

 

「まあ、その分重量と反動も凄まじいものになっているようだがな、恐らくこれを使いこなせる艦娘は私と陸奥、後は大和型の2人くらいなものだろうな……」

 

姉様が前に言ってたのと同じ事言ってやがらぁ

 

「そうなると、何故そんなものを扶桑さんが使いこなせているのかが不思議でたまらないのですけど……」

 

綾波が言う、まあそうなるよな~……

 

「その事なのですが……」

 

姉様がそう言って自身の事を長門達に説明し始め、その証拠として背負っていた艤装を変形させ形代を呼び出した。その光景を見た長門達はそりゃもうポカンとしてましたわ~

 

「……ハッ!い、いや済まない……。あまりの出来事につい……」

 

そりゃまあ形代については誰でも驚くだろうな~……

 

「お気になさらないで下さい、取り敢えずこれで私がハタチさんを使える理由が分かって頂けたと思います」

 

「あ、ああ……、要するに見た目は扶桑だが中身は戦艦棲姫だから使えると言う事だな……、しかし、扶桑はその……、辛くはないのか……?」

 

長門が姉様に問う、恐らく自身が深海棲艦になってしまった事についてなんだろうな~……。深海棲艦化したと言う事は1度沈んでいるって事だからな~……、辛くないわけないだろうが……、姉様はどう答えるのだろうか……

 

「辛くないと言えば嘘になりますね……、両親の事を思うと胸が締め付けられるように苦しいです……。ですが、だからと言ってその事でいつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。それに……」

 

そこで言葉を区切り、俺の方へと視線を送る姉様

 

「1度沈んだとはいえ、戦治郎さんとグラーフさんのおかげで私は身体こそ戦艦棲姫のままではありますが、心は戦艦……今は航空戦艦でしたね、航空戦艦扶桑としてこの戦場に戻る事が出来ました。これほどの幸運を掴んでおきながら辛い、苦しいなんて言ってなどいられません」

 

長門へ視線を戻し、微笑みながら姉様はそう言った。何かそう言われると心がこそばゆいッス

 

「そうか……、無粋な事を聞いて済まなかった。……扶桑は本当に強いのだな……」

 

「それも戦治郎さん達のおかげです♪」

 

謝罪する長門に可愛らしく返す姉様、イヤン俺悶絶しちゃいそう……

 

「う~む……」

 

流れをぶった切るように利根が考え込みながら唸っていた、一体何を考えているんだ?

 

「扶桑の事は分かったのじゃが……、何で戦治郎達は使える艦種が限られるような装備を作ったのじゃ?どうせなら吾輩や綾波でも使えるような装備を作ればよかったのではないか?」

 

ああ、それな……、それについてなんだが……

 

「その事についてはアタシが説明するわ~」

 

おぉっとぉ!ここで剛さんがエントリー!確かに剛さんだったら上手く説明してくれるはず!

 

「例えば綾波ちゃんみたいな娘でも戦ちゃんや扶桑ちゃん、長門ちゃんみたいな火力や射程が出せるような武器を作るとするじゃない?そうなると戦艦や重巡ってカテゴリーの存在価値がなくなってしまうのよね、そのあたりは分かるかしら?」

 

剛さんの言葉に、真剣な表情で頷く利根。そうなんだよな、大火力で高機動、更にコスパもいいとなると真っ先に消されるのが戦艦なんだよな~……、次いで重巡

 

「つまり、戦ちゃん達はそれぞれの艦種の役割を理解して、艦種の存在意義を遵守する為に制限の付いた装備を作っているのよ。後は悪用防止と趣味の領域かしらね?」

 

俺の対潜用のクローアンカーとか一部例外はあるけど、大体は剛さんが言った通りなんだよな。お互いが助け合ってこそ艦隊ってもんだろう、俺達長門屋の面々もそうやって得意ジャンルを駆使してお互いを支え合って頑張って来たからなっ!

 

悪用防止について言えば、俺や護の装備に空や光太郎の艤装なんかは途轍もなく強力だから悪用なんかされたらえらい事になる事間違いなしだからな~。それを防ぐ為にも制限を付けたり、専門知識がないと動かせないようにしてあったりするんだ

 

剛さんの話を聞いていた皆が頷いていた、剛さんマジ感謝!

 

「まあ……、アタシ達が戦うべき相手が相手だから、皆の装備が驚くほど強力になってしまうのは仕方がない事なんだけどね~……」

 

……ん?何か話が変わってきてるっぽい?一体どうした剛さん

 

「アタシが使っているこの銃器類、これって実は艦娘でも深海棲艦でもない普通の人が使っても深海棲艦を倒せる仕様なのよね……」

 

そう言って皆にケルベロスを見せる剛さん、ちょっち待って剛さん、俺それ初耳なんですけどぉ~?聞いてる皆が驚愕してる、そりゃそうだろうな、だってそれって……

 

「その武器があれば、艦娘は不要になるとでもいうのか……っ?!」

 

「その通りよ長門ちゃん、この銃器類があれば艦娘は必要なくなってしまう……、そしてこの銃器類が世界中に流出してしまうなんて事になると、どうなっちゃうか分かるかしら……?」

 

そうなるとまず海軍が大混乱になるな……、そしてそういった武器類の扱いに長けている陸軍あたりが台頭してきて海軍のやり方を糾弾し始める。主に艦娘の扱いに関する事でな……、そして今度は国民が艦娘肯定派と否定派に分かれて争い始めて……

 

「世界中が大混乱になるじゃないですか……、なんつー爆弾仕込んでやがんだよ剛さんの元嫁さんは……」

 

「恐らくそれらも織り込み済みでそのような武器を作っているのだろうな……。アレクサンドラ・稲田……、恐ろしい女だな……」

 

シゲと空が呟く、ホントになっ!どんだけ戦争したいんだよ、アリーさんって人はよぉっ!!!

 

「アタシ達はこのまま進めば、きっと何処かでアリーと戦う事になるわね……、アタシは何としてでもアリーを止めたいと思っているの……。その時、皆はアタシに力を貸してくれるかしら?」

 

剛さんの問いに、皆が静かに頷いた。この世界の為にもアリーさんを止めないとだな……、まあ皆で力を合わせればきっと何とか出来るだろう!

 

……って気が付いてみれば当初の話から内容がガッツリ変わっているな……、まあいっか!

 

「見えてきた!あの島に港湾棲姫様の拠点があるはずだっ!」

 

そんな事考えてたらフラリンが前方を指差しながら叫んでいる、どうやら俺達はマダガスカルが視認出来るところまで接近していたようだ……、さてこれからどうなる事か……




何かグダグダ……


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穏健派の使者

「そこの艦隊!今すぐ止まれ!」

 

フラリンに案内されながらマダガスカルの拠点へと進む俺達に向かって、誰かがそう叫んでいた

 

何事かと思って振り向いてみりゃぁ、そこには結構な数の深海棲艦が集まりこちらへ砲を向けているじゃねぇか

 

「このあたりでは見かけない顔だな、それに艦娘まで連れている……、貴様らはここに何をしに来たっ!」

 

そう叫んでいるのは先頭にいるフラタ、いきなり攻撃を仕掛けてこないあたり強硬派ってわけじゃなさそうだな

 

「待ってくれ!私達は別にここに攻撃しようとか考えていない!私はあんた達の仲間になりに来たんだよ、そっちの連中は港湾棲姫様に用事があるって言って付いて来ただけだ」

 

「……何?港湾棲姫様に用事だと……?」

 

そう言ってフラタは俺達の方へと視線を向ける。よっし今がチャンス!フラリンがフラタと話している間に打ち合わせしたこいつを喰らえっ!!!

 

「パワー!」「ピーヤ!」「トゥース!」「ミキティー!」

 

最初は俺、空、輝の3人でやろうと思ってたんだけど、シゲが乗ってくれたおかげで4人の方でやれたZE!まあ輝が俺達と一緒にこのネタあったTV番組見てなかったら多分出来なかっただろうな

 

反応の方を見ると、深海棲艦と大本営組は呆然としている……、けど海賊団にはウケている!翔に至っては腹抱えてやがんぜ!

 

「貴方達、余裕あるわね~……」

 

そう言って呆れている剛さん、こんな時こそ余裕があるように見せないといけないと思います!

 

「そのネタを本当にパワーに自信あるメンバーでやるのは反則……」

 

震える声でそう言うのは翔、どうやらツボってるようだ。やったぜ!

 

「……こいつらは一体何者……って!」

 

我に返ったフラタが俺達を見据えながらフラリンに俺達の事を尋ねようとしたところで、フラタが何かに気付いたのか目を見開いて驚く

 

「その腕……、この戦艦水鬼……まさか『大和魂』かっ!!!」

 

なぁにそれぇ?俺は知らない間に深海棲艦に変なあだ名付けられてたリすんのぉ?

 

「ああそうだ、こいつはあのフェロー諸島の強硬派を一掃したあの『大和魂』ご本人さ。私もこいつらの姿を見た時は死を覚悟したもんさ……」

 

そう言って遠い目をするフラリン、フラリンが無抵抗で捕まったのはそういう事だったのな……

 

「なあ、さっきから言ってる『大和魂』って俺の事だよな?俺って深海棲艦の中じゃ有名なのか?」

 

「当たり前だっ!!!フェロー諸島の本拠地はかなりの戦力を有していたにも関わらず、その五分の一にも満たない規模の戦力で挑んで来たお前達に壊滅させられたのだぞっ?!お前達がやった事がどれだけとんでもない事か分からんわけじゃないだろうっ!!!」

 

フラリンが物凄い勢いで捲し立てる、あの戦いは強硬派に相当な影響を与えたんだな~……、頑張った甲斐があるな!

 

つか本当に認識票として働いたのな、このタトゥー……。悟にはめっちゃ怒られたけどやってよかったと思えるぜ

 

「『大和魂』が来たとなれば話は別だ、ちょっと待っていろ……、今港湾棲姫様に連絡する……」

 

そう言って通信機と思わしき機械を操作するフラタ、ん?今の感じからすると港湾棲姫は俺の事を待っていたように受け取れるんだが……?

 

「凄いな……、まさか深海棲艦にこれほどまでに影響を与えるとは……」

 

「まあ、旦那だからなっ!」

 

「戦治郎さんがいなかったら、あの戦いは勝てなかっただろうからな」

 

この光景を見て驚く長門に向かって、何処か得意げにそう言う摩耶木曾コンビ

 

「いや、あの戦いは皆の力があってこそ成功したもんだろうがよ、それに一番活躍したのは間違いなく通だし」

 

何か恥ずかしくなって照れ隠しでそう返す俺

 

「確かに私も通さんが一番の功労者だとは思います、でもあの戦いで誰一人欠ける事無く勝利出来たのは、戦治郎さんが皆を引っ張ってくれたおかげだと思いますよ?」

 

しかしその言葉に対して姉様が微笑みながらそう返す、あぁん余計に恥ずかしくなってきたぁ

 

「今から使いの者をこちらに向かわせるそうだ、そのまましばらくここで待っていてくれ」

 

通信を終えたフラタがそう言ってきた、おぉぅ……、こりゃさっきの直感は当たりっぽいな……。ここまでされるってなると余程俺と会いたいみたいだな……、しかし何でまた……?

 

「使いを送ってくるとはなぁ……、お主らはその戦いで相当な活躍をしておるようじゃな、是非その戦いの詳細を吾輩達に教えて欲しいものじゃ」

 

利根がフェロー諸島の決戦について興味を持ったようだな、だったら時間がある時にでも教えてやるとするか、現場の状況をリアルに伝えてやんぜ!

 

取り敢えず利根に後で教える事を約束したところで、件の使いとやらが到着したようだ

 

『こいつかぁ?例の『ヤマトダマシイ』だっけか?そんな名前の戦艦水鬼って奴は』

 

初対面でこんな事を言ってくるのは空母棲鬼を侍らせた南方棲鬼、何かこいつ妙にガラが悪いな……。つかこいつ何で英語で話しかけてくんだ?

 

『もしかしてこの人達、ウィルにビビっちゃってるの~?何か聞いた話と違わな~い?』

 

南方棲鬼に引っ付いてる空母棲鬼が言う、OK、俺達はこいつらに確実に舐められてるんだな。空の方から怒りのオーラが伝わってくるのが分かる、多分見た目が似てる奴に馬鹿にされてるのが気に入らないみたいだな……

 

『俺は戦治郎、長門 戦治郎ってもんだ。そんであんた達は何もんだ?』

 

英語で返してやったら一瞬ビクッてしてたわこいつら、それに気付いた南方棲鬼は左右に首をブンブンと振った後、猫背になり首を傾けながら名乗ってきた

 

『俺はウィリアム・サウスパーク、狂犬ウィルの名前で恐れられた軍隊上がりのギャングだ。よぉく覚えておけ』

 

軍隊上がりねぇ……、その単語を聞いて剛さんの方を見ると、何かを思い出そうと唸っていた

 

『んでこいつは俺の相棒のキャシーだ、てめぇらもしキャシーに色目使ったらただじゃおかねぇからな!』

 

『キャシーよ、よろしくね~♪』

 

そう言ってウインクしてくるキャシーさんとやら、何か軽そうな人だな~……

 

「ああ、思い出した!」

 

両手をパンッ!と打ち鳴らして声を上げる剛さん、もしかしてこのウィルって奴と知り合いなのかな?

 

『ウィリアム・サウスパーク……、貴方『垂れ流しウィルちゃん』よね?』

 

ちょっと待って剛さん、垂れ流しってなぁにぃ?俺に詳しい事おせぇておせぇて~

 

『てめぇ!何でその呼び名の事知ってんだよっ!!!一体何もんだっ!!!』

 

剛さんに飛び掛かりその胸倉を掴むウィル、この慌てようからどうやら皆には知られたくない事みたいだな、これは何としてでも聞き出さないといけないなっ!!!

 

『確かに貴様は狂犬だな、あの時も私に噛み付いてその不名誉なニックネームを付けられていたしな』

 

おっと、剛さんマジモード?って剛さんに噛み付いたって……、ウィルの表情も何か段々悪くなってきてるような気がするし……、まさか……?

 

『剛さん、詳細いいですか?』

 

『こいつは私が軍にいた時にな、新人のクセに私に噛み付いて来た大馬鹿者だよ。その罰として新人全員に私が日課としてやっているスペシャルメニュー訓練をやってもらったところ、こいつはその途中で倒れてしまったのだよ。脱糞と失禁と嘔吐をしながらな』

 

\ブボフッ!!!/

 

その話を聞いた英語が分かる奴が一斉に噴き出す、やっべこいつ超ウケる!!!確かに垂れ流しだわこれ!!!

 

『その結果同僚達に恨みを買われていじめを受けたようだ、そしてそのいじめの罰としてまた私のスペシャルメニューをやる事になって……』

 

これは……、まさか……?まさかの……?

 

『またやらかしたのだよ、3点セットをな……、そうしてこいつは皆から『垂れ流しウィル』と呼ばれるようになったのさ』

 

これは酷い!ポンポン痛いです!誰か助けて!このままじゃ死んじゃう~!!!英語分かんない奴は俺達が爆笑している理由が分からんだろうから、後で丁寧に内容を説明してやらねばなっ!!!つか海賊団の皆には英会話が出来るように今度勉強してもらおう!そうしよう!!!

 

『しばらくしたら姿を見なくなったが、まさかギャングなんかに成り下がっていたとはな……』

 

嘆かわしいとばかりに首を振る剛さん、その剛さんの胸倉を掴んでいたウィルは顔面蒼白になっておった。因みにこの間に英語分からなかった奴らに内容教えてあげたら皆噴き出してた

 

『あんた……、まさか……っ!』

 

『稲田 剛だ、忘れたとは言わせんぞ?若造』

 

剛さんが名乗ると、ウィルは慌ててその手を離し数歩下がった後海面に膝を付いていた

 

キャシーさんは驚いた表情でウィルと剛さんを交互に見ていた、そりゃまあこんなやり取り見せられたら驚くのも当然だ、こればかりはシカタナイネ

 

こいつ多分今その時の事がフラッシュバックしてるんだろうな~……、まあ目の前に当事者いたらそうもなるか、俺もこないだそうだったし……

 

俺はそんなウィルの肩に手を置き、優しく声をかけるのだった……

 

「ドンマイ、タレ蔵」

 

また大爆笑が起こった、何故皆が笑っているか分からずにオロオロし出すウィルことタレ蔵。俺達に舐めた態度取った罰だバァカ



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屑と姫

さて、剛さんとウィルのやり取りで大いに笑わせてもらった俺達は、気を取り直して話を本題に戻す事にしたんだが、そこでタレ蔵の奴がやらかしやがった

 

『大日本帝国軍海軍、大本営直属主力艦隊旗艦の長門だ。よろしく頼む』

 

大本営組の代表として長門はタレ蔵達に流暢な英語で自己紹介をした、多分タレ蔵達に日本語は通じないだろうと思っての配慮だろう。伊達や酔狂で元帥の秘書艦やってねぇってとこか

 

『長門ねぇ……、中々いい女じゃねぇか、どうだ?俺に抱かれてみる気はねぇか?』

 

「んなっ!?」

 

こん畜生いきなり何口走ってやがんだ馬鹿野郎!長門の奴驚きのあまり絶句してんじゃねぇかよっ!!!

 

「い、いや……、生憎私にはそういう趣味はないんだ……。それにお前にはキャシーさんがいるんだろう?」

 

そう言って表情を引きつらせる長門、これ肉体的には百合だけど精神的にはストレートになるんだよな?この場合長門が言ったそう言う趣味ってどっちの事を表してるんだ?そこんとこどうなのさ?って言ってる場合じゃねぇな

 

つか、長門がキャシーさんの名前出した瞬間、キャシーさんの眉がピクリと動いたのは気のせいか?

 

長門に誘いを断られたタレ蔵はチッと舌打ちするなり、視線を巡らせて……ある一点を見てからそれを止める、その先にいたのは……摩耶だ

 

「な、なんだよ……」

 

『長門もいい女だがこいつも中々いいじゃねぇか、出るとこ出てるしな、どれ……』

 

そう言って腕を伸ばすタレ蔵、その腕の着弾点は……うん、たわわに実った摩耶の胸部装甲だなっ!って待てやコラァッ!!!

 

「おい」

 

そう言って摩耶の胸に迫るタレ蔵の腕を掴み、ギリギリと締め上げるのはシゲだった。流石シゲ!嫁艦のピンチに颯爽と現れて助けるとか、かっけぇ事やってんじゃねぇかっ!

 

「何好き勝手やってんだ南方便鬼、普通に考えたらこんな事が許されるわけがねぇって分かるもんだろうが……あ"ぁ"?」

 

そう言いながら更に腕に力を込め、まるで族の総長でもやっていたかのような鋭い視線でタレ蔵を睨みつけるシゲ。……そういやこいつ元族の総長だったわ、つか南方便鬼とか言う言葉のセンスは素晴らしいと思います。後から由来聞いたんだが

 

「あいつが進化したら戦鬼じゃなくて便鬼になるんじゃねぇかと思うんですわ」

 

なんて事言ってたわ、ものスゲェ納得しちまったよっ!更に進化したら南方糞便鬼(なんぽうふんべんき)ってかっ?!光太郎が聞いたら怒りそうだけどなっ!!!

 

その光景を見た摩耶は状況を上手く飲み込めなかったのかキョトンとしている、おっちゃんとしてはここからナニカが始まってくれたら嬉しいな~

 

そうそう、シゲの言葉はちゃ~んと俺が通訳してタレ蔵に伝えているから安心召されよ

 

今度はクソッとか言いながらシゲの腕を振り払うタレ蔵

 

「クソは貴様だ、糞漏らし」

 

空が誰にも聞こえないようにボソリとそう呟いていた事を、俺は決して忘れない……

 

段々と剣呑な雰囲気を放ち始める海賊団のメンバーと大本営組、しかしタレ蔵はそれをどこ吹く風ぞとばかりにスルーして、今度は姉様に狙いを定めたようだった

 

だが残念、そこには既にタレ蔵がパンチの射程圏内に入るのを今か今かと待ち構える形代がいる!この際だから痛いの1発貰いやがれクソッタレめっ!

 

『ねぇ~、そろそろ行こうよ~』

 

『ん?あぁ、それもそうだな。港湾棲姫も待ちくたびれてるところだろうからな』

 

キャシーさんの声に反応したタレ蔵が、そんな事をのたまいやがった。あぁん!もうちょっちでタレ蔵にいいパンチを浴びせられたのにぃ!……しっかし絶妙なタイミングで声かけてきたな、キャシーさんは……

 

『オラ、港湾棲姫のとこ案内すっからついて来やがれ』

 

そう言ってキャシーさんの肩を抱き寄せながら、拠点の方へと進み始めるタレ蔵。何かさっきキャシーさんの手がピクリと動いたような……、その前に眉が動いた件といいこれといい、もしかしてキャシーさんって何か理由があってあいつの近くにいるとか……?ん~……分からんっ!情報が足りんっ!

 

そんな事考えながら、俺達は2人の背中を追って拠点へと向かうのだった

 

 

 

いや~……、このタレ蔵って奴は冗談抜きで糞野郎なのな……

 

港湾棲姫の部屋に向かう途中、通路の端でお喋りしてた深海棲艦達がいたのよね?俺達はその深海棲艦達を見ながら、深海棲艦もそんな事するんだな~ってちょっち和みながら目的地に向かっていたわけよ、そしたら

 

『あ"?邪魔だ退け』

 

タレ蔵はそう言ってお喋りしていた深海棲艦の娘の1人にローキックかましてたのよ……

 

その娘達はすみません……って言いながらそこを退いたわけなんだけど、その表情に申し訳なさと言う感情が欠片ほども感じられなかったんだわ

 

これ見てタレ蔵はこの拠点の深海棲艦からガチで嫌われているのがよぉく分かった!

 

「……なぁ、ガバの助は俺より馬鹿なんじゃねぇか?わざわざあの娘達退けなくても通路の幅には余裕あっただろ?何で態々蹴り入れてまで退けたんだよ……」

 

輝が俺に聞いてくる、多分八つ当たりなんじゃねぇかな?長門の件や摩耶の件が上手くいかなかった腹いせにあの娘達を蹴ったんだと思うわ。うん、あいつマジクソじゃん

 

因みに輝が言ったガバの助、正式にはケツ穴ガバの助はタレ蔵……じゃなくてウィルの事である。タレ蔵に糞漏らし、ガバの助に南方便鬼とか皆好き勝手呼びまくりである、多分悟がいたら更におもしろネーム増えてただろうな~……

 

『港湾棲姫、入るぞ』

 

そう言ってノック無しで入室するタレ蔵、こいつもうホント駄目かも分からんね……。こういう時は普通扉をノックするもんでしょうがっ!親御さんから教わってないのっ!!?流石にこいつは非常識過ぎるわっ!!!

 

『ウィル……、部屋に入る時はノックしてって言ったじゃない……』

 

タレ蔵に向かってそう言うのは、この部屋……いやこの拠点の主である港湾棲姫その人だった。ふむ……、立派なモノをお持ちのようで……って何考えてんだ俺は……

 

『んじゃやる事やったから俺らは戻るぜ、行くぞキャシー』

 

『は~い、じゃあ皆またね~♪』

 

そう言って2人は部屋から出て行ってしまった、キャシーさんは兎も角タレ蔵の方はしばらくはそのツラ見たくもないな……

 

「全く……、本当に好き勝手するんですから……」

 

困り果てた表情でそう呟く港湾棲姫、2人が出て行ってからは日本語で話してくれている。おかげで英語が分からない奴らが置いてけぼりにならずに済みそうだ

 

「改めて、ようこそ私の拠点へ。私は港湾棲姫、貴方達の事はスウ達から聞いています」

 

スウ……達……?まずスウって誰だ?そして達って事は複数形、他にも俺達の事知ってる奴がいるって事か……?まあそこらは港湾棲姫に聞けばいいか

 

「長門 戦治郎だ、『大和魂』の方が通りはいいか?」

 

「戦艦長門だ……、お前がこの拠点の主なのか……?」

 

タレ蔵の時同様俺と長門が代表して自己紹介をする、知ってるって言われてても一応形だけでもやっとくべきだと思ったからな

 

んで、何となしに長門の方を見てみると、かなり驚いているご様子で……。恐らく純粋な深海棲艦とドンパチする事なく、こうやって対談する事になるなんて想像出来なかっただろうからな~

 

「立ち話も何ですから、皆さんどうぞお掛けになって下さい。すぐにお茶の準備をしますので……」

 

そう言ってイソイソと全員分のお茶の準備を始める港湾棲姫、あっれ?何かこの娘可愛くね?つかワンコさんが準備すんのかよっ!?ここは普通部下にお願いするもんじゃねぇのっ?!

 

「お待たせしました、お熱いので気を付けて下さいね」

 

そう言って皆の前に紅茶を出していくワンコさん、手慣れてらっしゃるな~……ってそこは重要じゃねぇな

 

大本営組とか部屋入ってから緊張しっぱなしだったのに、今じゃ完全にその緊張が解かれてらっしゃる、多分ワンコさんがお茶準備してる姿見て毒気が抜かれたんだろうな

 

実際、ワンコさんからは全くと言っていいくらい戦意を感じない、それどころかその立ち振る舞いに和まされてしまう。あ^~癒されるんじゃ^~

 

「ただいま~、あ"~あの馬鹿の相手するの本当に疲れるわ~……。あっワンコ、私にも一杯頂戴」

 

そう言いながら部屋に入って来たのは、先程タレ蔵と一緒に部屋を出て行ったキャシーさんだった。またね~って言ってたけど本当に戻って来たのな……、つか日本語喋れるのかよぉっ!!!

 

「お疲れ様キャシー、いつもごめんなさい……、私がもっとしっかりしていれば貴女に負担をかけなくても済むのに……」

 

「気にしないでワンコ、それより早くお茶頂戴、喉カラカラなのよ」

 

何かめっちゃ仲いいなこの2人……、どういう関係なんだ……?

 

「つかタレ蔵はどうした?一緒に出て行ってたはずだが……?」

 

「あの馬鹿なら今頃部屋の床に転がってるわよ、さっきあいつに酒に付き合わされてね……、まあ私は飲むフリをしてあいつが飲む酒にかなり強力な睡眠薬盛って来たから、あいつは早々起きないはずよ」

 

わぁぉ……、この人怖ぇ……。つか今の彼女を見てる限り、初対面の時のあれは全部演技って事になるのか……?だったらこの人は大女優だな……

 

「初めて見た時と今とではまるで別人みてぇなんだが……、あんた何もんだ?」

 

「私?ん~……、じゃあ改めて自己紹介しとこうかしらね。私はキャシー、あいつに買われた女優崩れの哀れな娼婦よ」

 

俺が尋ねるとあっけらかんと答える彼女、なんとまあえらい濃い経歴持った人だこって……。それを聞いたワンコさんを除く面々がポカンとした表情で彼女を見つめていたのだった



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キャシー

キャシーさんは元々TV女優として活動していたそうなんだが、正直あまり売れてなかったらしく任されるのは端役ばかり、主役を張った事は1度もなかったんだとか

 

「端役俳優なんて言葉はあるんだけど、やっぱり女優やってるんだったら1度くらいは主役をやってみたいと思うのよ、それでつい魔が差しちゃってね……」

 

キャシーさんは主役の座を得たいが為に、TV局のプロデューサー相手に枕営業に手を出してしまったのである

 

「それで本当にドラマの主役に抜擢されちゃってね~……、本当はそこでやめるべきだったんだろうけど……」

 

そう言って苦い表情を浮かべるキャシーさん、それで味を占めてしまったキャシーさんはそれから幾度となく枕営業を行い、多くのドラマ作品の主役を演じたんだとか

 

しかしそれも長くは続かなかったそうだ、週刊誌に枕営業の現場を押さえられ写真付きで大々的に掲載されてしまい、多くのファンから盛大にバッシングされたんだとか

 

「大した演技力もないのに主役とかおかしいと思ってたとか、色んな事沢山言われたっけな~……」

 

それ以降、キャシーさんは端役すら与えてもらえなくなり女優業から手を引かざるを得なくなったそうな

 

「挽回する為に必死になって演技の練習とかやったんだけど、結局貼られたレッテルを剥がすまでには至らなくってね。いっそブルーフィルムの方に行こうと思ったけどそっちも断られちゃったのよね~」

 

普通の職に就こうとしても、貼られたレッテルのせいで何処にも相手してもらえず、遂には街娼にまで身を落としてしまったんだとさ

 

「これに関しては自分でやらかしちゃった結果だからね、もう自業自得って事で受け入れる事にしたわ。本名も芸名も捨てて源氏名のキャシーを名乗ってるのは覚悟の表れと戒めの為ってところかしら?」

 

もし枕に手を出さなければ、この人はきっとこんな事にはなっていなかったんだろうな~……、まあ今は自覚も反省もしてるみたいだし、俺達が今更どうこう言う事じゃないな

 

「それで、私が今こんな事になってるのは大体あいつのせいね」

 

話を続けるキャシーさん、ある日いつも通り街角で客待ちしていたキャシーさんの前にタレ蔵が現れ、彼女を買ったそうだ

 

なんでも大きな仕事をやり遂げて、大金を掴んだから派手に遊ぼうと思った時にキャシーさんが目に留まったとかなんとか

 

「やる事ヤった後、その仕事してる時の武勇伝を嫌っていうくらい聞かされたわね。正直すっごくどうでもよかったんだけど、お金の為にあいつが喜びそうな言葉を選んで相槌打ってたっけな~……」

 

そう言って顔を歪めるキャシーさん、相当嫌だったみたいだな~……、あいつの自慢話……

 

「で、そんな事やってたら見知らぬ男達が部屋に押し入って来てね、何事かと考える暇も与えられないまま私とあの馬鹿はそいつらに撃たれて死んだみたいね。多分あいつの仕事に対する報復ってところじゃないかしら?」

 

厄介事の巻き添え食って死んじゃったってところか……、この人可哀想過ぎやしないか……?

 

「それで気が付いたらこの姿になってて、マダガスカルの近くに浮かんでいたみたいなのよね。まあそれが私だけだったらよかったんだけど……」

 

状況を把握する為に周囲を見回したところで、南方棲鬼になったタレ蔵を見つけてしまったんだとか……

 

「あいつ、気が付くなり私に噛み付いて来たのよね、俺が死んだのはお前のせいだー!とか言ってたわ。どう考えたってあんたのせいでしょうが!って言い返してやったらすぐに掴みかかって来たっけか~」

 

タレ蔵ェ……、お前それ絶対お前のせいだろうがよ……。何でも人のせいにしないと死んじゃう病気とか患ってんのか?剛さんとか額押さえて呆れ返ってるぞ?

 

その喧嘩の最中にワンコさんの部下達がやって来て、2人をワンコさんのところに連れて行ったんだとか

 

「その時にこの世界の事をワンコに教えてもらったのよ、あいつはその話中ずっとワンコの胸ばかり見てたみたいだけどね……」

 

俺も男だから気持ちは分からんでもないが、状況考えろよタレ蔵……

 

因みに、話に出て来たワンコさんは翔と一緒に部屋の一角にあるキッチンでお茶菓子作ってた。ワンコさんばかりに負担をかけたくないと思った翔が、自分がお菓子作りをやると申し出たんだけど、ワンコさんが客人の手を煩わせるわけにはいかないと丁重にお断りしたのだ

 

そうしてどっちも一歩も譲らない展開になったところで、早くお菓子を食べたい空が2人でやればいいだろうと提案、それが可決されて今に至っているのである

 

「OK、2人の事は大体分かった……分かったんだが……、どうしても分かんねぇ事があるんだわ……」

 

「どうしたの?何か気になる点があった?」

 

うん、1つだけすげぇ気になるところがあるな……

 

「何でキャシーさん「キャシーでいいわ」お、おう……、キャシーは俺の脚の上に座ってるんだ?これが分からない」

 

この人、最初俺の対面に座っていたんですよ。そこはワンコさんが座る場所じゃね?とか思ったけど、そんなのお構いなしとばかりに目の前の席にストンと腰下ろしたんですよ

 

その後にキャシーが何者かについての話になったわけなんですけど、その最中に何度も脚を組み替えたり、前屈みになったりしてたんですよこの人

 

紅茶を飲む姿もすげぇ色っぽいのよね、長門屋の野郎共の誰かがそれを見てたからなのだろうか生唾飲んでおったし……、その仕種の1つ1つが妙に艶めかしいんですよぉ……

 

仕舞いにゃ途中で席を立ったかと思えば、ソファーの上で胡座かいてる俺の脚の上に腰をストン……、今も振り返るように俺の方見てるんですよ~、ちょっと身長差があるから上目遣いになりながらね~……。これ、どう見ても誘ってるとしか思えないんですがねぇ……?

 

「あら、気付かない?」

 

ウンボクワカンナーイ、ってマジで誘ってんのかよぉ……。やめて!俺には大和がいるから誘惑するのやめて!いやまだ大和と会ってないけどさ……。イヤン顎に指這わせないでっ!

 

「貴方からはいい男の雰囲気?オーラ?そんなのを感じるのよね~」

 

ウホッいい男!じゃなくって何だそれ、まるで俺が心身共にイケメンみたいじゃねぇか。今の今までそんな事一切言われた事ねぇぞ?

 

「ほう……」「へぇ……」

 

空~?剛さ~ん?何で関心したような呟きしてるの~ん?何頷いてるの~ん?

 

「男を見る目はあるみたいねぇ~」「戦治郎の本質を見抜くか……やるな……」

 

もうやだ……、誰か助けて……

 

「そっちの私とそっくりなお兄さんも、中々イケてると思うんだけどね~。そう言えばお兄さんの名前は?」

 

おっしゃ!矛先が空の方に行った!こいつの名前聞いたらきっとそっちに気が行くはずだ!……ごめんね、空……

 

「……空、石川 空だ……」

 

空の名前聞いた瞬間ポカンとするキャシー、このリアクションから察するにキャシーもこいつが何やったか知ってるっぽいな

 

「石川 空って……、オリンピックのフルコンタクト空手の金メダリストのあの石川 空っ!??」

 

おっほっほ!やっぱり知ってた!ついでに海賊団と大本営組の奴らもめっちゃ驚いてやがんぜっ!!!

 

長門屋の宣伝の為と言う極めて不純な動機で出場してるけど、金メダル獲得とその試合内容のおかげで滅茶苦茶話題になって、長門屋も大繁盛したっけな~……

 

まあ金メダル獲得まで得意の超光速正拳突きや上段回し蹴りで、全て相手を一撃必殺してりゃあ話題にもなるか。こっちはいつあいつが自壊しちまうかでハラハラだったけどなっ!!!

 

「皆さ~ん、お茶菓子が出来ましたよ~」

 

「おかわりもありますので、よかったらどうぞ」

 

どうやらお茶菓子が出来上がったようで、翔とワンコさんがこちらに戻って来た。作ったのはケーキか……、こりゃまた美味そうだわ!

 

さって、キャシーは空の方に行った上にワンコさんも戻ってきた事だし、そろそろ本題に移りますかねぇ……




戦治郎達の世界のオリンピックの種目にはフルコンタクト空手がある設定です


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穏健派転生個体

誤字脱字報告、感謝です


「長らくお待たせして申し訳ございません、それでお二方のご用件をお伺いします」

 

ようやくワンコさんが戻って来て、俺達の要件を尋ねてきた

 

「まずは俺達の方からだが、ソロモンにいる中枢棲姫に会いたいんだ。そこでワンコさんから口添えなり紹介状なりもらいたいんだが……」

 

「ああ、その事ですね。それでしたらすぐにソロモンの方へ向かって頂いて構いませんよ、私はスウ達からもし貴方達と会う事があれば、ソロモンへ来て欲しいと伝えるようにお願いされていましたから」

 

微笑みながら答えるワンコさん、ちょっち待って?これって俺達との面会を望んでいるって考えていいのか?つかさっきも出て来たけどスウ達ってどっこと?

 

「ワンコさん、スウ達ってどういう事です?いや、その前にスウって誰ですか?」

 

「あっごめんなさい、スウと言うのは中枢棲姫の事です。私と彼女は古くからの友人なのですよ、その関係で私は周りからは穏健派の幹部とか言われていますけど……。私は自分が穏健派の幹部だなんて思った事は1度もないです、私はただこの地で静かに暮らしたいだけなんです……」

 

ああ、チュウ『スウ』セイキでスウなのね……、確かにチュウだと違和感あるしな……ってそこはどうでもいいか。ワンコさんはただのスウさんの友人であって、幹部ではないと……まあそれはさっき紅茶出したりお茶菓子作ってたりしてるとこ見せられたら、嫌でも納得するしかないな……

 

「ふむ……、スウと言うのが中枢だと言うのは分かった、では達と言うのは?」

 

すり寄ろうと近づいて来るキャシーを上手く捌きながら空が尋ねる、……お前翔鶴以外の女は完全にお断りなのな……、まあメダル獲得してからは凄まじい数の女性がお前にすり寄って来てたからなぁ……。尤も大体の奴は空がどんな奴か知ったら即刻逃げ出してたっけか、クリスマス前に付き合ってた奴もそうだったな。結局お前の名声にあやかりたい、お前の彼女と言うステータスが欲しいって奴ばっかで本気でお前を愛しているって感じじゃなかったっけな……。って今はそれはどうでもいいわ!

 

「それについてですが、現在の穏健派はツートップ態勢なのですよ。スウは純粋な深海棲艦の穏健派のリーダーで、もう1人は転生個体の穏健派のリーダーなんです」

 

ファッ!?転生個体の穏健派?!転生個体にも穏健派が……いるかもしんねぇな、ソースは俺達☆

 

「彼と出会ったのは偶然ですね、リコリスの刺客から逃げていた私達を見かけるなりすぐに助太刀に入り、たった1人で瞬く間に刺客を倒してしまったのです。その後彼の話を聞いてみると、どうやら彼は転生個体だったらしくこの世界の事も自分の身に起こった事も分からず困っていたそうです。そこにたまたま刺客に追われている私達が通りかかったそうで、困っているようだったから助けに入ったと言っていましたよ」

 

何それかっこいい!自分の事より見ず知らずの他人の為に動けるとか超かっこいい!!!

 

「そうして、この世界の事、彼の身に起こった事、そして私達が追われていた理由を彼に話したところ、彼は私達の力になりたいと言って来てくれたのです。色々な事を教えてくれたお礼、そして私達がやろうとしている事が生前の彼が目指していたものと同じだったから……、彼はそう言って私達に協力を申し出てくれたんです」

 

穏健派の目的はこの戦争を終わらせる事……、その目的と同じものを目指す人物か……。政治関係者か何かだろうか……?

 

「それからというもの、彼は穏健派の転生個体を次々と私達の仲間に引き入れながら少しずつ歩みを進め、目的地であるソロモン諸島へと私達を導いてくれたのですよ」

 

その人とんでもねぇな……、指導者の器って言うか……凄まじいカリスマ?そんなものを持っているみてぇだな……。敵じゃないってのがマジで救いだな……

 

「もしかしてソロモンの総本山が中々陥落しないのは……」

 

「はい、皆さんが一致団結して守りを固めているからですね」

 

そりゃ簡単には陥落しないわな……、なんたって1人でも厄介な転生個体が複数いて、更にとんでもなく強い転生個体が他の転生個体をまとめ上げているんだからな……

 

「私達はそんなとんでもないところに攻め込んでいたのか……」

 

「それ以前に、終戦の糸口になりそうなものを自分達の手で破壊しようとしていた事の方がよっぽど問題じゃのう……」

 

「知らなかったからとは言え、本当に申し訳ありません……」

 

大本営組が口々に言う、まあ知らなかったんだからシカタナイネ

 

「お気になさらないで下さい、今まではこの事を知らなかったのですから仕方がないのです。ですから貴方達がこの事実を大本営とやらに伝え、これからは総本山への攻撃を止めるようにしてもらえばいいだけなのですから」

 

あ~……、その事なんだが確か今の大本営って……

 

「それについてなんだが……」

 

長門がそう言って、現在の日本海軍の状況をワンコさんに説明し始める……

 

「そのような事が……」

 

長門の話を聞き終えたところで、悲しそうな顔をするワンコさん。強硬派が強い今の大本営にこの事を伝えたとしても、穏健派の分が減るだけで大して変化がないだろうな~……

 

「今の状況では、とてもではないがソロモンへの攻撃を止める事は出来ないだろう……。その為には何としてでも日本海軍内部を変えなければならないのだが……」

 

これも難しい問題なんだよな~……、話聞いてる限りだとブラ鎮製造機になってる鎮守府かなんかがあるっぽいんだよな~……

 

「俺が日本着くまで持ちこたえてくれたらいいんだけどな、そしたら俺達もその問題の解決に力貸すんだがな」

 

「そういえばお前は提督になりたいと言っていたな」

 

「最初は友人と肩並べて戦いたいって理由だったがな、今は穏健派との橋渡し役になるってのも追加されてる感じだわ」

 

友人と言う単語に首を傾げる長門、こればかりは簡単には言えねぇな~。だってその友人ってのがドイツとイギリスの海軍のトップだからな知られたら大騒ぎになりそう……、いやその前に信じてもらえないだろうな……

 

「っと取り敢えずアポの件は気にしなくていいんだな?」

 

アポの件からかなり脱線してたから、取り敢えず話を戻す。まだ聞いておきたい事があるからな~

 

「あっはい、スウ達も楽しみにしているようなのでなるべく早く行ってあげて下さいね」

 

俺もさっきの話聞いて楽しみになったわ、穏健派転生個体のリーダー……、一体どんな人物なのだろうか……

 

「あいよ、んで次に聞いておきたい事なんだが……」

 

俺が次の話題を出そうとしたところで、拠点内に警報が鳴り響く

 

「どうしたのですか?」

 

部屋の中にある設置式の通信機を操作し、その先にいる通信士にそう尋ねるワンコさん

 

『北からこっちに向かって来ている艦隊があります!その数48隻です!』

 

北からってなるとヤンキー共ではないって事か……って事は強硬派か?にしては異形艦娘達より数が少ねぇな……、例のヤンキー共は艦娘だろうが強硬派だろが穏健派だろうが関係なく攻撃してくるんだったか……、もしかしてヤンキー共の乱入を警戒して数を絞ってるんだろうか……?っとそんなのは関係ねぇか……、降りかかる火の粉は振り払わないとなっ!

 

皆の方へ視線を向けると、静かに頷いてくれた。皆ありがとうな

 

「ワンコさん、もしかしたら乱入があるかもしれねぇから俺達も出るぜ」

 

俺はせわしなく指示を飛ばしているワンコさんに声をかける、一瞬驚いた表情をするがすぐに気を取り直し

 

「お願いします、ウィルさんが眠っている今、乱入に対処出来るのがキャシーだけですからね。皆さんの力、期待しています」

 

ああ、そういやタレ蔵寝てるんだったな……、まあいいかっ!

 

「っしゃ!んじゃいっちょいきますかっ!!!」

 

\応っ!!!/

 

皆の返答を聞いた後、俺達は部屋を飛び出し迫りくる敵艦隊の迎撃の為、海へ向けて走り出すのであった



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企み事とヤンキー出現

出撃する為に海に向かっている途中でタレ蔵と合流した、どうやら警報の音に叩き起こされたようだな……

 

「戦闘が終わるまで寝てればよかったのに……、いつもだったら警報なんかじゃ起きないのに今回に限って……薬の量が足りなかったのかしら……?」

 

舌打ちしながらキャシーが怖い事を言う、もしかしていつも薬で眠らせて出撃させないようにしてたの?だったら薬に対して免疫が付いちゃった可能性があるかもな……

 

まあそんなこんなあって出撃、2人の実力を見てみたかったから長門屋の転生個体勢は後方に下がって援護に集中し、大本営組と海賊団の艦娘メインで戦ってもらう事にした

 

利根と綾波は相手の数に圧倒される事なくちゃんと動けているな、それさえ出来れば大本営組は基本いい動きするから問題ねぇ

 

長門は最初から相手の数なんて気にしてない感じだ、多分異形戦に参加していたら動けなくなってた大本営組のケツ引っ叩いて戦わせるなんて事出来たのかも知れねぇな……。流石は世界のビッグ7と言ったところか

 

阿武隈は頑張ってはいるんだが、やっぱ実戦経験がまだ足りないのか少々動きがぎこちない気がする。まあそのあたりは今後の経験が何とかしてくれる事だろう、俺達も色々教えてやっからこの戦いで活躍出来なかったからって、気を落とさないでくれよ~?

 

そんな阿武隈をフォローしているのが海賊団最古参の1人の摩耶、艦載機の相手をしながらもお得意の曲撃ちで阿武隈の援護に入るあたり流石は最古参、経験の量が違うと言ったところだろうか。それに突出した特技があるってのもホント強みだよな、剛さんのおかげでそれに磨きがかかってるし、剛さんの申し子の不知火の存在に対抗意識でもあるのか、普段から努力している姿が見受けられるしな

 

特技と言えば、俺から剣術を習っている木曾だな。改二になってからの成長が目覚ましいんだよな~、相手の砲撃をしっかりと回避して、それで出来た隙に着実に鋼斬を叩き込む。それだけでは飽き足らず、接近戦に持ち込む前に予め仕掛けておいた甲標的で自身に気を取られている相手を爆砕していた。何かもう自分の戦い方ってのを見つけてるような気がする、師匠としては嬉しい反面ちょっち寂しいです

 

姉様と瑞穂は小さい頃からの付き合いがあったからなのか、息の合った連携を披露してくれていた。一緒になって艦載機飛ばして相手を分断させたり引っ掻き回したり、小物は瑞穂の甲標的と剛さんから譲られたヘルハウンドのコピー品(羨ましい……)、姉様の3号さんで蹴散らし、強力そうなのは形代に砲撃でしっかり潰させる。たまに玉砕覚悟で突っ込んで来る奴には大幣丸と長ドス、形代パンチでお出迎えとなっております

 

「皆成長してるな~、これなら相当な事がねぇ限り俺達が動く必要なさそうだな」

 

ついそんな事を零す俺、こういう人の成長を見守るのって中々いいもんだな~

 

「木曾とか伸び具合が半端じゃないですね、俺もウカウカしてらんねぇな~……」

 

俺の呟きが聞こえたシゲがそう返す、ホントそうだよな、油断してっとおめぇら20代組はあっという間に抜かれちまうかもしんねぇぞ?それが悔しいと思うならおめぇらも頑張れ☆頑張れ☆

 

「貴方達、ホント余裕があるわね~……、こっちはあの馬鹿の尻拭いで大変だって言うのに……ねっ!!!」

 

そう言いながら艦載機を使って皆のフォローをしているキャシー、まあ専らタレ蔵とワンコの部下の援護をしている感じだ。海賊団の方は特にそういうの必要なさそうと判断したみたいだからな

 

まああれだ、海賊団の戦い方が規格外だったからってのもあるんだろうな、木曾達が突っ込んで行くところを慌てて止めようとしてたくらいだし、戦ってる姿見て目を丸くして驚いてたからな~……

 

んで、キャシーの戦い方を見てて思ったのは、立ち回りは基本フォローが中心みたいなんだよな。あれか?男を立てるいい女ってイメージなんだろうか?でも攻め込む時は凄い苛烈に仕掛けてますよね?油断したらパックリいくぞって事か?ちょっち怖いです……

 

そういう事が出来る奴がいると、かなりスムーズに戦えると思うんだが……

 

「どけオラァッ!そいつは俺の獲物だっ!!!」

 

出たなう〇こタレ蔵、味方の射線遮ったり体当たりして砲撃を妨害した挙句獲物の横取りなどやりたい放題である。何でワンコさんはこいつを今でも抱えているんだ?俺だったら間違いなく叩き出すところなんだがなぁ……。キャシーが薬で眠らせてた理由がよく分かった気がするわ……

 

「あの馬鹿……、ホント元部下がごめんなさい……」

 

そう言ってキャシーに頭を下げる剛さん、今の味方だけでなく元上司の剛さんにまで迷惑かけやがって……、タレ蔵マジクソッタレ

 

「気にしないで下さいよ、悪いのは基本あいつですけど、それを咎めたり出来ないワンコにも問題があると思うので……」

 

あ~……、そうかワンコさんはあまりにも優し過ぎて、人を叱ったり咎めたりとか出来ない性質なのな……、それであいつが増長してこんな事になっていると……

 

「だったらアニキ達がガツンと言ってやったらいいんじゃないです?肉体言語も交えながら」

 

人によっては出しゃばった真似と受け取れるかもしんねぇけど、当事者達だけじゃどうにもならなそうだし、見てる俺達も気分悪ぃからな……、って事で一肌脱ぐとしますかねっ!

 

「しかしどうするんだ?剛さんのシゴキにも耐えたあの歪んだ根性は早々矯正出来んと思うのだが……」

 

「それについては、矯正なんてしないでいっそ追放する方向でいいんじゃないかしら?多分あの子が生き残ってるのって9割9分9厘キャシーさんのおかげだと思うからね、独りにしたら間違いなくすぐに死ぬでしょう」

 

空の疑問に答えるのは冷ややかな目でタレ蔵を方を見る剛さん、その発言から察するにもうタレ蔵の事を見限るって事なんだろうな~……、まあこれまでやってた事見たらその判断も間違いじゃねぇか……

 

「あの馬鹿に何かやるつもりなら、ついでにワンコの方もどうにかしてもらえない?あの子自分は幹部やリーダーなんかじゃないとか思ってるみたいだけど、やってる事はもう皆のまとめ役のそれだからね、いい加減そのへんを理解して欲しいのよね」

 

「んだな、この戦いの前に皆に指示出してたからな。自分は違うと思ってても周りは皆そう思ってんだ、そのへんはスッパリ諦めてもらってリーダーとして自覚してもらうか。その第一歩として、タレ蔵の追放を言い渡してもらおうかねぇ……」

 

キャシーからのお願いを聞いて、ワンコさんの方もマダガスカルのリーダーとして覚悟してもらう事となったわけだ。あのままにしていたら、タレ蔵以外にも和を乱す奴が出て来るかもしれんからな、優しくする事と甘やかす事の違いを知ってもらいますかね

 

『皆さんっ!緊急事態ですっ!南から高速で接近してくる艦隊……?うん、多分これ艦隊だっ!艦隊がありますっ!その数12!』

 

『俺の方でも捕捉した、こいつぁ例のヤンキー共かもしれねぇぞっ!皆気合入れていけよっ!!!』

 

島の方で最後の砦をやってもらってる輝と翔から通信が入った、方角からして輝の言う通りそいつらが例の転生個体の集団なのかもしれねぇな、これは用心してかからねぇとな……

 

そんな事を考えていると南からエンジン音が聞こえてくる、そういや水上バイクに乗ってるって言ってたっけか……、さてさてどんな奴らなのか拝見させてもらいますか……

 

\ヒャッハーッ!!!/

 

水上バイクのエンジン音と一緒に聞こえてきたのは世紀末チックな雄叫び、こいつらマジでヒャッハー!とか言うのかよ……

 

数は12と聞いていたが、水上バイクに2ケツで乗ってるから実質24匹いる事になるのか……、後ろの奴が基本アタッカーって感じなのだろうか?何か面倒臭そうな相手だな……。まあここでグダグダ考えてても状況は変わらんか、ここはとっととやる事やるとしますかねっ!

 

「問題のヤンキー共のお出ましだっ!情報聞き出す為に1匹捕まえて、他はこれまでの迷惑料として沈んでもらうぞっ!!!って事で俺達今から動くから、翔と輝は艦載機での艦娘達のサポート頼むわっ!!!んじゃてめぇらいっくっぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

\おおおぉぉぉっ!!!/

 

こうして俺達はヤンキー共を迎え撃つ為に、奴らがいるであろう南の方へと駆け出して行くのだった



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手応えのないヤンキー

さて、水上バイクを駆るヤンキー共を相手取るのは俺、空、剛さん、シゲの4人なわけなんだが……

 

「もう!こいつらチョコマカチョコマカと鬱陶しいわねぇっ!」

 

12隻ある水上バイクの内の1つにケルベロスを向ける剛さんが叫ぶ、艦載機すら撃ち落とすあの剛さんの腕前を以てしても水上バイクの操縦者を仕留めるのに苦戦しているのである

 

あいつらが使っている水上バイク、思っている以上に速い上にかなり小回りが利いているのである、おまけに後ろの奴が積極的に攻撃を仕掛けてくるもんだから、中々落ち着いて照準を合わせられないでいるのである

 

「これ鹵獲するんすよね?!骨折れそうだなおいっ!!!」

 

奴らの砲撃を躱しながらシゲが叫ぶ、最初はヤンキー1匹捕まえるだけだったんだが、意外にも剛さんの提案で水上バイクも鹵獲する事になったのである。何でもこの水上バイクからフラリンからもらった銃器類と同じ気配を感じ取ったんだとかなんとか……

 

「俺達相手にお喋りたぁ余裕あるじゃねぇか……よぉっ!」

 

シゲを背後から鉄パイプ先輩で殴りつけようとする操縦者のヤンキー、どうやらシゲの隙を突いて背後に回り込み急接近してきたみたいだ

 

「っしゃオラァッ!!」

 

「ガァアアアァッ!!!」

 

まあ相手が悪かったな……、鉄パイプ先輩でシゲを殴りつけようとしたヤンキーは、その腕をシゲに瞬時に掴まれ捻じられ、肘にテコの原理を利用したショートアッパーを叩き込まれた上で水上バイクから引きずり降ろされたのである

 

「よっしゃ!こいつ捕縛して尋問しましょうぜっ!」

 

シゲナイスゥ、よくやったぞ~。って事で1匹捕獲したので後は全部殺っちまって大丈夫だなっ!因みにこの場に拘束する為のロープも鎖も何も無かったので、仕方ないから尋問するヤンキーの残りの肘と膝をシゲに砕かせて逃げられないようにしてもらった

 

相棒がシゲにやられたのを見て驚くアタッカー役のヤンキー、我に返って水上バイクの操縦をする為にハンドルを握ろうとするも、そこを剛さんに狙い撃ちされてそのまま御陀仏である

 

そうやって操縦者を失った水上バイクが何か都合良く俺の近くに来たから、この水上バイクは俺が使わせてもらおうかね☆

 

「水上バイクも鹵獲成功!後は細かい事気にせず奴らを潰すぞっ!」

 

捕獲と鹵獲の関係で、手加減しながら相手してたんだよな~。剛さんもショットガンやマシンガン使えば確実に倒す事は出来るんだけど、そうしたら水上バイクが壊れるし情報聞き出す為に捕まえようとしてるのも無意味になっちまう。でももうそんな事気にせず殺れるってもんだっ!

 

「その言葉を待っていた……っ!」

 

ヤンキーと追いかけっこしていた空は、そう言うとライトニングⅡを宙に浮かせ始める。それ見て驚いたヤンキーが操作誤って味方と衝突、味方同士で喧嘩をおっ始めようとしていたところを空に爆撃されて、ヤンキー4匹がしめやかに爆発四散していた

 

「これ姉様や長門に渡せば速力問題解決するんじゃね?」

 

「艦娘だったらこれの操縦しながら艤装で攻撃なんて事も問題なく出来そうよね~」

 

「おっほ!これ中々いいじゃねぇですか!構造調べて量産出来るようにしましょうよっ!」

 

そんな事を話すのは俺と剛さんとシゲの3人、俺が水上バイクを片手で操縦しながらヤンキー共を追い回して、残った手に握り締めた大妖丸でその首をスポーンと刎ねたところで剛さんとシゲを発見したのだ。そんで剛さんを俺の水上バイクに乗せて戦闘再開、シゲはさっき俺に首を刎ねられたホトケさんを水上バイクから蹴落として沈め、その水上バイクを頂戴して俺達に追随しているのだ

 

しかし、戦ってて思ったんだがこいつら手応え無さすぎねぇか……?こっちはラリ子クラスを相手するくらいの覚悟だったんだが、蓋を開けてみたらそこら辺の深海棲艦に毛が生えた程度の強さ……。単にラリ子の能力が凶悪だっただけで転生個体の基本性能はこんなもんなんだろうか……?

 

「どうした戦治郎、何か考え事か?」

 

そんな事を考えていた俺に、いつの間にか鹵獲した水上バイクに乗った空が話しかけて来る。空が鹵獲したのは今乗っている奴だけではなく、ライトニングⅡの上に1つ、俺が知らない間にライトニングⅡに取り付けたと思われるアームにも1つ掴ませている。空頑張り過ぎぃ!

 

「いやな、こいつらラリ子と比べて弱ぇなって思ってな、転生個体って聞いてたからラリ子くらいの強さかと思ってたんだけどな~って」

 

「ふむ……言われてみれば……」

 

「弱ぇならかえって都合いいんじゃないです?その方が戦いも早く終わりますし」

 

「確かに気になるところねぇ……、でも今は目の前の事に集中しましょ。さっきと違ってこっちも水上バイクを手に入れた事だし、あっちの有利性は無くなったも同然、このまま押し切って早く皆のところに戻りましょ」

 

剛さんの言う通りだな、話し合うのは皆と合流してからでいいか。今は残ったヤンキー達を始末してしまうかっ!

 

この後の展開は割と一方的なものとなった、機動力が同じなら後は戦闘技術での勝負、そうなると俺達の方が圧倒的有利となりまして……

 

空が持ってた余剰分の水上バイクに乗って相手を追いかけ回し、背後からクロスボウのエトンで操縦者とアタッカーを纏めて射殺す剛さん

 

相手に横づけしたらクロとゲータに噛み殺させ、距離があれば砲撃させる。反撃してきたとしても水上バイクを自在に操り、その攻撃を悉く躱すシゲ

 

猫戦闘機達とライトニングⅡを操って相手を追い込み、自分のところに近付いて来たところで相手の水上バイクに飛び移って大乱闘する空

 

俺の方も太郎丸や俺の速力上昇に伴って速力が上昇している大五郎と連携して、すれ違い様に首刎ね飛ばしたり、ラリアット叩き込んだりとやりたい放題である

 

結果、相手は尋問する為に残しておいた奴以外全滅、水上バイクは太郎丸と大五郎にも手伝ってもらって合計8隻ほど鹵獲出来た

 

「大漁大漁!んじゃ皆のとこに戻るとすっかっ!」

 

「あっちも終わっているといいのだがな」

 

「まだやってたら、この水上バイク渡して戦力アップさせちゃいます?」

 

「それいいかもしれないわね、扶桑ちゃんとか喜ぶんじゃない?」

 

そんな事を言い合いながら、俺達は皆がいるであろう北の戦場へ戻るのであった

 

「てめぇら……、こんな事してただで済むとは思うなよ……」

 

シゲの水上バイクの後ろに乗せた尋問用ヤンキーがそう呟いていたが、今の俺達にはその言葉の意味が分からなかった。精々負け惜しみか何かだろう、その程度にしか受け取っていなかったのである

 

これが後に大きな戦いの火種になるとは思いもしなかった……

 

 

 

「ただいま~、ってこっちまだやってたのか」

 

「ちょっ!貴方達のそれってあいつらの水上バイクじゃないっ!」

 

キャシーのとこに戻ったらめっちゃ驚かれた、これが俺達の実力って奴よっ!

 

「それで、状況はどうなっている?」

 

「貴方達が行った後、向こうの増援が来てこっちが数で不利ってところね。貴方達のとこの子達は無事だけど、こっちの損害がかなり出たわ」

 

空がキャシーに状況を聞いたところ、どうやら押されてるっぽいな~……

 

「おっし、んじゃコレ届けて戦力強化しちゃいますかね!って事で行って来るわっ!皆は鹵獲した奴を拠点の方に運んでおいてくれっ!」

 

俺はそう言って、太郎丸と大五郎を連れて皆が戦っている方角へと突っ込んで行った

 

 

 

「こんちゃー!お届けものでーす!」

 

「えっ!?戦治郎さん?!もうあちらの方を終わらせて来たのですかっ!!?」

 

「流石は戦治郎さん達ですね……」

 

まずは姉様と瑞穂のところへ向かった、こいつら2人は低速だったから優先的に渡す事にしてたからな!

 

「応、そんでこれが戦利品ってわけだ。おめぇらに渡すからそれで一暴れしてくるといい!」

 

「ありがとうございます、それじゃあ瑞穂ちゃん、いつものようにお願いね」

 

「分かりました扶桑さん、この瑞穂がしっかりとナビゲート致します」

 

この2人のやり取りを聞いて、姉様が迷子属性持ちだったのを思い出した。っていつものようにって何だ?

 

「では、参りますっ!!!」

 

そこ聞く前に姉様達行っちゃった……、しかし姉様飛ばすな~……。もしかしてこういうの好きだったりすんのかな?

 

 

 

「よう長門、苦戦してるみてぇだな」

 

「戦治郎!?もう戻って来たのかっ?!」

 

姉様達と同じような反応ありがとう、まあ早いとこ渡す物渡して次行きますか。でないと話が長くなりそうだからな!

 

「そんなおめぇにこいつをどうぞ、機動力さえ何とかなればおめぇならあいつらを一捻りに出来る、そうだろう?」

 

「ああ、そうだな!この水上バイク、有効に……」

 

長門が全てのセリフを言い終わる前に俺が動く、長門目掛けて砲弾が飛んできた為俺が間に入って切り払ったのである

 

その射線を目で追うと、その先にいたのは案の定タレ蔵だった……

 

「そいつを俺に寄越しなっ!そうすりゃ俺はもっと活躍出来るだろうからなっ!!!」

 

……あ"?




稼働編で遭遇した転生個体は3匹と言ってたけど、敵性で且つラリ子みたいにボスクラスの強さの奴と遭遇したのが3匹という事でお願いします……


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対価を払え

こいつはホントに……、会った時から馬鹿だ馬鹿だとは思っちゃいたが、まさかここまでたぁなぁ……、剛さんはこいつの事見限ったがそれは間違いなく正解だったな……

 

「聞こえてねぇのか?!そいつを早く越せと言ってんだよっ!!!艦娘のてめぇなんかが使うより、俺が使った方がよっぽど効果的だろうがよぉっ!!!」

 

「貴様っ!いくらこいつが欲しいからt「長門、早く行け」……戦z……っ!?!」

 

長門がタレ蔵に意見しようとするが、俺がその言葉を遮って長門に先に行くようにと促したのだ。長門はそれに不服だったのか、俺の方を睨み一言言おうとしたところで驚愕の表情を浮かべたまま硬直してしまった

 

「いいから行け、こいつの事は俺の方で何とかする」

 

「わ、分かった……」

 

今度は俺の言う事を素直に聞いて、長門は水上バイクに乗ってこの場から離れて行った

 

その背中へ向けて再度砲撃しようとするタレ蔵、しかし俺に射線を遮られてしまい舌打ちして俺に向かって話しかけて来る

 

「てめぇ……、何で邪魔すんだよ?」

 

「あれは俺が長門に渡す為に持って来たもんだ、てめぇの為に持って来たわけじゃねぇんだよ。それにおめぇ何かに渡すより、長門に渡した方が万倍効果的だっての」

 

もしこいつに貸そうものなら、仲間への妨害も激しくなるだろうし、何よりも仲間を轢き潰しながら戦いそうだからより被害が拡大する事だろう

 

「あぁ?何訳分かんねぇ事言ってんだ?艦娘なんかより俺達転生個体の方が強ぇんだろ?だったら俺達は優遇されるべきだろうがよぉ」

 

確かに転生個体は強ぇよ、正直艦娘や普通の深海棲艦なんか相手にならねぇと思うわ……

 

けどそれは飽くまでスタート地点での話だ、普通の深海棲艦の方はどうか知らんが艦娘は経験を積み重ね、練度を上げていけば深海棲艦の上位個体だけでなく並の転生個体とも張り合える可能性があるのだ。艦娘を鍛えて来た俺が言うのだから間違いないだろう

 

事実木曾は手加減していたとはいえ俺に攻撃を掠らせる事に成功している、俺達やラリ子みたいなのの相手するにはまだまだ全然経験が足りないだろうが、こいつくらいなら問題なくやり合える事だろう

 

だってこいつ、さっきから俺が殺気をガンガンぶつけてるのに全く気付いてないんだもん。こいつが雑魚扱いしてた長門は俺見るなり即気付いて固まってただろ?けどこいつ全くそんな素振りがない、動じてないとかそんなんじゃない素のリアクションがこれ、つまりそう言った気配を感じ取れないほどの雑魚なのだ

 

そのクセにこのビッグマウスである、多分自分の実力ってのもしっかり把握出来てない、ホントお話になんねぇよこいつ……

 

「俺が話しかけてるのにダンマリかよ……、ビビってんのか?だったら端から俺の邪魔すんじゃねぇよっ!!!」

 

タレ蔵が叫び、俺に向かって砲撃してきた。まあ即切り払ってやったさ、特に搦め手とか入れてるわけでもない分かり易い普通の砲撃だからな

 

「あ~、キャシー?聞こえるか?」

 

『聞こえてる、それに今貴方達が何やってるかも艦載機経由で見てるわよ』

 

キャシーの通信を聞いて、おもむろに空を見上げればキャシーのものと思われる艦載機が頭上をグルグルと旋回していた

 

「だったらこうなった経緯も分かるよな?」

 

『まあね、流石に今回のは私も引いたわ……』

 

「この状況でお喋りたぁ余裕だなおいっ!!!」

 

またも砲撃してくる、また砲弾を切り払ってやった。だって本当に余裕だからな、なんなら欠伸でもしてやろうか?

 

「なら話が早ぇ、あいつの利き腕ってどっちよ?」

 

『……エグい事考えるわね……、あいつは左利きよ』

 

「利き腕がどうとかいい加減耳障りなんだよぉっ!!!」

 

ようやく砲撃じゃまともにダメージが与えられない事を理解したようで、今度はこっちに向かって突っ込んで来やがった。まあ好都合だわな

 

タレ蔵は俺を利き腕である左腕で殴りかかろうとするが、俺に半身ズラされて見事空振り……したところで

 

「あ……あ……?」

 

空を切ったはずの自身の左腕があるべき場所に無い事に気付く、それに気付いた瞬間左腕があったところから盛大に血が噴き出し始める

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!腕があああぁぁぁっ!!!俺の腕があああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「探しもんはこれか?」

 

そう言って、俺は先程奴とすれ違った際大妖丸で斬り落とした奴の左腕を見せる……はずだったんだけど、あっちはそれどころじゃなさそうね

 

「うわあああぁぁぁっ!!!あああぁぁぁっ!!!」

 

腕を押さえながら泣き叫ぶタレ蔵の声がいい加減鬱陶しくなった俺は、イラつきながら奴を蹴り飛ばし仰向けに倒す。そして奴の右胸を踏みつけながら話しかける

 

「痛ぇか?苦しいか?てめぇが傷つけて来た連中の痛みや苦しみはこんなもんじゃねぇんだぞ?そんくらい分かるよな?」

 

「ああぁ……、腕……、俺の左腕……」

 

こうやって話しかけてるのにまぁだ腕の事かよ……、俺は奴の右胸に乗せた足に力を込めて奴の肋骨を軋ませる

 

「がぁ……っ!ぁ……っ!」

 

「てめぇが好き勝手やって来た分の対価として、てめぇの左腕は貰っていくからな。そんでここまでやってまた同じような事繰り返すようだったら……、次はそのタマ貰い受けるからな、覚悟しとけよ馬鹿野郎」

 

そう言ってタレ蔵の左腕を見せつけながら握り潰す、そして奴の右胸に乗せていた足で顎を思いっきり蹴り飛ばして吹っ飛ばす。これで奴が俺の視界に入る事はないだろうな

 

『うっへぇ……、普通そこまでやる……?』

 

今のやり取りを全て見ていたであろうキャシーが、ドン引きしながら聞いて来た

 

「そりゃおめぇ、ガキの頃に死別した母親と瓜二つの女性に砲向けられちゃぁ黙ってられんよ」

 

『自分から言うようになったか、ならばもう心配する必要はなさそうだな』

 

キャシーとの通信に入って来たのはマイマザーのそっくりさんの長門、その節は本当にご迷惑をお掛けしました……

 

『その……ごめんなさい……、何か理由が思ってたのより重かったから……』

 

こんな理由があるなんて誰も想像出来んわな、こればかりはシカタナイネ

 

「気にすんな、それより後であの馬鹿回収しておいてくれ。そんで最低限の治療だけして牢屋があるんならそこにブチ込んでおいてくれ」

 

『OK、それと貴方達が捕まえて来たヤンキーも牢屋に入れておいたから。尋問する時は言ってくれれば鍵渡すから好きな時に連れ出して始めちゃって頂戴』

 

そりゃ助かるぜ、ただまあ尋問はどの部屋でやればいいかについては言ってくれなかったから、鍵受け取る時に聞くとしますか

 

「ありがとよ、んじゃ俺は今からタレ蔵の代わりに前線いくから、サポートの方頼んだぜっ!」

 

『貴方に私のサポートが必要かどうか甚だ疑問だけど……、いいわ、任せなさいっ!』

 

『おっ旦那も前線に出るのかっ!』

 

『いいぞぉっ!』

 

『私的にはOKです!』

 

『海賊団の皆さんの士気が凄い事になってますね……』

 

『吾輩達も負けておれんぞっ!』

 

俺が前線出るってなった途端やる気になりおって……、俺にいいとこ見せたいってクチか~?愛い奴らめ~♪んじゃもうちょっち気合入れる為に……っとその前に通信機をOFFにしてっと……

 

「んじゃあおめぇら気合入れていくぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

\おおおぉぉぉーーーっ!!!/

 

自身と仲間達を鼓舞するように、俺は腹の底から声を出して叫ぶ。こっからでも返事聞こえるって、どんだけでかい声出してんだあいつら、って俺が言えるクチじゃねぇか

 

俺の介入と水上バイクの導入、更に士気がMAXになった海賊団と大本営組、それに釣られるようにやる気になった穏健派の深海棲艦達の頑張りのおかげで、強硬派深海棲艦の増援はあっけなく蹴散らされ、この戦いは俺達の勝利で幕を閉じるのであった

 

尚、俺の戦いぶりを見ていたキャシーは

 

「貴方、何よあの暴れっぷり……いくら何でも規格外過ぎるでしょう……。えっ?これでも苦戦した相手がいるって?嘘でしょ……?」

 

顔を真っ青にしながらそんな事を言っていた



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海の怪物

ちょっと加筆しました


タレ蔵にキツイの1発カマしてやったもんだから、ホント気分爽快!あいつもこれで懲りてくれたらいいんだけどな~……

 

そんな事を考えながら、前線部隊の皆と仲良く拠点に戻る俺。穏健派の娘達からはタレ蔵の件で口々にお礼を言われたんだよな、ちゃんとお礼言える良い子ばかりだな~

 

っとそれはそうと、それをこの戦いに参加した殆どの娘から言われた事から、あいつがどれだけここの娘達に迷惑をかけて来たかが嫌と言うくらい分かった

 

つか、あいつのあの性格は一体何処で形成されたものなのだろうか?よっぽどの事がない限り、ああはならないと思うんだよな~?

 

「貴方達、ホント凄かったね~。一体どうしたらそんなに強くなれるの?」

 

「旦那達の教育の賜物だなっ!まあ……、その訓練がすげぇハードだけどな……」

 

「おまけに戦闘以外の技術とかも教えられるからな、サバイバル技術とか応急処置のやり方とか、そのおかげか艤装のメンテどころか簡単な修理くらいなら自力で出来るようになったぞ」

 

「そ、そんな事まで教えられるのですか……」

 

「何か凄いね……、私達のところじゃ考えられないよ……」

 

俺が独りで考え事をしている傍で、艦娘と穏健派の娘達が仲良くお喋りをしている。こういう光景が日常化する日が来るといいな~……、いや、ねだるな勝ち取れ!そういう世界を俺達が作ればいいじゃんか!……その為には何としても提督にならねぇとだな~……

 

「蛇を捕まえて調理して食べると聞いた時は思わず固まってしまいました……」

 

「へ、蛇っ!?しかも食べたんですかっ?!」

 

「あたし達の時は蛙だったな~……、見た目はアレだけど意外と食えるもんだぞ?」

 

「ふ、扶桑さん……、それは本当の事なのでしょうか……?」

 

「お主らは何処へ向かって行っておるのじゃ……」

 

いや~、微笑ましいな~、この光景は尊いな~。会話内容?聞こえません。長門が今の話聞いて真剣な表情で考え事してる姿も見えません

 

『戦治郎、ちょっといいか?』

 

不意に空から通信が入る、空と剛さんには俺が前線で暴れている間に水上バイクを調べてもらっていたんだが……、声のトーンも真面目な感じだし何かあったのだろうか?

 

『おう、どしたぞ?』

 

『さっき鹵獲した水上バイクの事で話したい事があるんだ、すぐに来れるか?』

 

ヤンキー達が使っていた水上バイクか……、そういや剛さんが気になる事言ってたからな……。確かフラリンからもらった銃器類と同じ気配……、まさか……っ!

 

「分かった、すぐ行く。おめぇら悪ぃけど俺ちょっち先に戻るわ」

 

前線部隊の皆にそう告げて、俺は急いで水上バイクを保管しているであろう拠点の工廠へと向かった

 

 

 

「今来た、それで何か分かったのか?」

 

「まずこいつを見てくれ」

 

工廠に到着しすぐに空を見つけて話しかける俺、俺に気付いた空はそう言ってバラした水上バイクのエンジン部分を指差した

 

「これは……『ケートス』……?」

 

「そうケートス、ケートスはギリシャ神話に登場する海の怪物よ。説によってはポセイドンに作られたとも、テュポーンとエキドナの間に生まれたとも言われているわ」

 

ギリシャ神話の怪物……、そういや剛さんが使ってるアリーさん製銃器も確かギリシャ神話の怪物の名前じゃなかったっけか……?

 

「恐らくだけど、これもアリーが関わってる可能性があると思うの」

 

「俺達が鹵獲して来た分には武装は付いていなかったが、この構造から考えるとこれは武装させて運用する事が前提で設計されているようだ」

 

ふむ……、武装が付いていなかったのはこいつの素の機動力テストをする為だったのか、或いはヤンキー共はアリーさんにそこまで信用されておらず、譲ってもらえたのがこいつだけだったとか……?

 

「もし武装付きの物が出回るような事になれば、この戦争は更に混沌としたものになるだろうな……」

 

仮に武装した場合、今より機動力は落ちるだろうが正直誤差レベルだろうな……。こいつの機動力はそれだけ恐ろしいものがあるのだ……、それに深海棲艦も倒せる装備なんか積もうものなら脅威としか言いようがないな……

 

「そうなる前にアリーを何とかしないと……っ!」

 

そう呟く剛さんの表情は険しいものだった、確かに自分の元妻が世界を混乱に陥れようとしていたら止めたくなるわな。でも今の俺達はアリーさんの尻尾も掴めていないのでどうしようもない……、だが……っ!

 

「そうですね、その為には何としてでもアリーさんの尻尾を掴まないといけませんね。そうなるとどうしても情報が必要になってくる……、そのへんはスウさんに聞いてみますか。その為にも早いとこソロモンに行かないとですね」

 

俺がそう言うと、2人は静かに頷いた。穏健派の総本山ならきっと情報の1つや2つはあるはずだからなっ!

 

「それはそうと、剛さんはギリシャ神話とか詳しいですね~。好きなんです?」

 

剛さんがケートスの事について話してる時、ふと思った事を口に出してみる

 

「アリーがね……、兵器の名前に使えそうなものは無いかって言って色んな神話を漁っていたらハマっちゃったみたいなのよね~……。それに付き合ってたら覚えちゃったのよ……」

 

すっごく悲しそうな顔でそう語る剛さん、剛さんは本当にアリーさんの事が好きだったんですね~、それがどうしてこんな事になってしまってんだ……。……そのぉ……、剛さん、辛い事思い出させてごめんなさい……

 

「さて、暗い話はこのあたりにしておこう。それで戦治郎、これは武装する事が前提の水上バイクと言う事なのだが……」

 

暗い空気を吹き飛ばすように、空が話しかけて来た。うんうん、これは武装する事前提の水上バイクだな。うん、空~……、俺との付き合いが一番長いお前ならわざわざ言わなくても分かるもんだろ~?

 

「当然、俺達好みに武装するに決まってるじゃん♪でもそれは光太郎達と合流してからだな、もしかしたら光太郎とか悟が傷病者搬送用に欲しいとか言い出しそうだし、何か面白そうな事は工廠組全員でやりたいじゃん?」

 

これについては、ホント俺達の場合水上バイクの運用方法は多岐に渡るからな、だからしっかりと皆で話し合って水上バイクの改造の方向性を決めたいんだ

 

「だな、ならこの件は保留にして……、次はこいつをバラしながらメモとして設計図を描いておいたんだが……」

 

「おっおっ!って事はあれかっ!資源さえあれば俺達でもそれ量産出来るようになったって事かっ!!!」

 

大きく頷く空に最大の感謝を……圧倒的感謝を……っ!!!

 

「それどころか、これがあればこいつの後継機を自称する水上バイクも作れるようになるぞ?」

 

イヤンもう!流石空!ホント大好き!胸が熱くて仕方がないわ~……

 

「盛り上がってるところ悪いんだけど、戦ちゃんはあの馬鹿の件でワンコちゃんのところに行かなくていいの?」

 

いっけね、忘れてたZE♪まあこんなにも夢が広がる話されたら、忘れちゃっても仕方ないよね?っとそうだそうだ

 

「ワンコさんのところには今から行きます、けどその前にですけど……」

 

「何かしら?」

 

「タレ蔵があんなにも歪んでしまった原因、剛さんは知りませんか?」

 

ちょっと前に気になった事を剛さんに聞いてみる、多分この人の事だから多少調べてるんじゃないかな~?って思ったんだけどどうかな~……?

 

「ああ、その事……。いいわ、教えてあげるわ」

 

そう言って剛さんはタレ蔵の事を話し始める

 

なんでも剛さんの部下の中佐さんの弟さんの一人息子がタレ蔵だったそうだ

 

タレ蔵は一人息子だったもんだから、両親に大層甘やかされて育ったらしく非常にわがままなガキンチョになったんだとか……

 

それに拍車がかかったのは、タレ蔵が中佐さんの存在に気付いてからなんだってさ。身内に軍隊の偉い人がいるってのをいいことに、好き勝手に暴れ回っていたらしい

 

今までタレ蔵を散々甘やかして来た両親は次第にタレ蔵の扱いに手を焼くようになり、その事を中佐さんに相談したところ、中佐さんが責任感じて軍隊に入れて根性を叩き直すと宣言

 

至るところにこっそりと根回しして何とかタレ蔵を入隊させるも、タレ蔵が入隊したその日の内に中佐さんの上司である剛さんに噛み付き罰を受け……、最終的に脱走したそうだ……

 

「結局中佐はあの馬鹿に面子を潰されてたわね、それであの馬鹿の件で責任感じて軍を辞めちゃったわぁ……。すっごくいい人だったのに……」

 

何処までも他人に迷惑をかけるかあの阿呆は……

 

「その後の馬鹿の事は知らないわね、知ったところで意味もないしね。多分アタシが知らない期間中ずっとアタシの事とか恨んでたから歪んじゃったのかもしれないわね、まあそんな事してるから馬鹿のままなんだろうけど」

 

そう言って剛さんはタレ蔵の事をバッサリと切り捨てた、これはホントシカタナイネ……

 

多分あいつが歪んだのは、甘やかされ好き勝手やって来たのが急転、いじめられて逃げ出して凄まじい屈辱を味わう羽目になり、その責任を全部剛さんなどの他人のせいにして恨み続けてきたからなんだろうな~……

 

「ありがとうございました……、これはワンコさんには黙っておこう、あの人それ聞いたら可哀想だからってタレ蔵の事庇い始めそうだし……」

 

「そうね、それがいいと思うわ」

 

っと、剛さんの話聞いてたら結構時間経ったみたいだ。俺は2人に断りを入れてワンコさんのところへ向かうのだった



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マダガスカルの主として

俺がタレ蔵の左腕を斬り落とした件について、ちょっちワンコさんとお話し合いする為にワンコさんの部屋に来たわけなんだが……

 

「うぅ……、ぐす……、ひっく……」

 

「ようやく来たのか戦治郎……」

 

「戦治郎さん……、ワンコさんですけど……」

 

「ほらワンコ、戦治郎来たよ。シャキッとしなさいって」

 

部屋に入ったらワンコさんが膝を突き嗚咽を漏らしながら泣いてて、それを翔とキャシーが慰め、その光景を気まずそうに眺めている長門の姿があった

 

「ごめん、これどういう状況?今来たばっかだから事情がスッカリサッパリ分からんちんなんだが……」

 

「それが……、長門さんが先程の戦闘の事をワンコさんに話したらこうなっちゃって……」

 

「いや、私もまさか泣き出すなんて思わなくてだな……」

 

あ~……、長門がタレ蔵に砲向けられた事話したらこうなったってところか?

 

「ウィル……さん……、何で……、そんな……、うぅぅ……」

 

普通に考えたら本当にショックだろうな~……、俺達が客人である云々は兎も角、長門に砲向けたのは穏健派からしたら本当に大事だからな~……。だって長門って言っちまえば艦娘大国日本の海軍の艦娘の頂点みたいなもんだろ?それに砲を向けるとか、穏健派が日本に対して宣戦布告したようなもんだろうがよ

 

そうなると、日本海軍は今まで通り深海棲艦だからと言う理由で穏健派だろうが強硬派だろうが関係なく攻撃を仕掛けるだろうな。それも前以上に苛烈に……

 

そうなった場合、穏健派の目的である人類との和平の道は完全に閉ざされてしまう……、ホントあの馬鹿はやらかしてくれたよ……

 

まあ尤も?長門はタレ蔵のあの行為が組織ぐるみのものではない、タレ蔵個人の暴走だって事は分かっているはずだから、この件はきっと握り潰してくれると俺は信じてる

 

……それはそうと、この状態のワンコさんにタレ蔵の件で物申すのは追い撃ちかけるようでちょっち気が引けるな~……、でも言っておかないと今後似たような事が起こる可能性もあるから……、うん、俺頑張れ!

 

「やっちまったもんは仕方ねぇさ、やっちまった事を嘆くばかりじゃ状況は変わらんだろ?だったら今はやっちまった事をどうやって取り返すか考えようぜ?」

 

俺がそう言うと、ワンコさんは手で顔を覆ったままではあるが頷いてくれた

 

「よし!んじゃまず立って、そんで涙拭いてからあっちの席にいくぞ」

 

ワンコさんは俺の言う事に素直に従い、立ち上がり涙を拭って応接用のソファーの方へと向かってくれた。取り敢えずこれで話は出来そうだな……

 

「んじゃ話始めますか、今回タr……ウィルがやらかした事がどんだけの事かは分かってくれてるみたいだからいいとして、何でウィルがあんな行為に走ったかだけど、ワンコさんは理由分かる?」

 

「私が……、情けないから……」

 

俺の問いにそう答えるワンコさん、まあ当たらずとも遠からず?部下がやらかした事をちゃんと叱れてないのは、人の上に立つ者としては情けないからな。ここはちょっち掘り下げてみるか……、何で叱れないのかについてな……

 

「具体的には?」

 

「私が皆が悪い事をした時に、キチンと叱ったり咎めたり……ちゃんとした罰を与えていなかったから……」

 

そこは分かってるのね、だったら理由の部分何とか出来たら後は早そうだな、うん!

 

「でも……、怖かったんです……。皆に嫌われたり恨まれたり、怖がられる事が怖かった……」

 

「ワンコ……」

 

言葉を続けるワンコさんを心配そうに見つめるキャシー、そのへんは何となく分かるな~……、でもだからってやらなきゃいけない事をやらない訳にはいかねぇからな、腹括ってやるしかねぇわ

 

「それに、私はあの子達のリーダーとか……、まとめ役じゃないですから……、そんな私が偉そうにあの子達を叱っていいものか……」

 

ああ、この人穏健派の幹部云々を否定してたけど、自分がここのまとめ役って事自覚してないのか……、でもそれだったら戦闘前に皆に指示出してたのはどういう事だってばよ?

 

「いや、お前はしっかりとここの連中のリーダーをやっているではないか」

 

ワンコさんの言い分を聞いた長門が口を開く、そうだそうだ!言ってやれ長門!俺が言おうとしてた事言った以上、おめぇが責任持ってワンコさんに自分がここのまとめ役だって事自覚させてやれっ!!!

 

長門の言葉を聞いたワンコさんは少々混乱しておられるようだな……、驚いた表情こそしてはいるが何を見てそんな事を言っているのだろうって言いたげだ

 

「戦闘が始まる前、貴女はこの拠点の者達に的確に指示を飛ばしていた。恐らくこの拠点にいる者達を、その者達が帰るべき場所を守りたかったから必死になってやった、そうだろう?」

 

ワンコさんは相変わらず驚いたままだ、長門もやっぱそこが判断基準になったか~

 

「そして何より、その者達が出された指示にキチンと従ってくれているのは、皆が貴女の事をリーダーと認め慕っている証拠なのではないだろうか?」

 

ここでようやくハッとするワンコさん、そうそうそれそれ!まとめ役って皆から認めてもらってないと成立しないからな、いやホントにね

 

「貴女にその気がなかったとしても、周りの者達は皆貴女の事をリーダーだと思っている。ならば後は貴女がそれを受け入れ、皆を引っ張っていけばいいと思うのだが……、どうだろうか?」

 

「そうそう!ここの皆はワンコこそがここの主なんだって思ってるんだから!」

 

長門が話し終えるや否や、そう言ってワンコさんに抱き着くキャシー

 

「それにワンコには私がいるじゃない、ワンコは私を助けてくれた、その恩がある限り私はワンコの事を絶対に裏切らない。ワンコの友人……いいえ、親友として私がワンコの事を支えてあげるし守ってあげる。それにきっとここの皆も私と同じ気持ちのはずなんだから、ワンコはここの主として自信をもって私を、皆を引っ張ってあげて」

 

「キャシー……、ごめんなさい……。皆の気持ちに気付けなくて本当にごめんなさい……」

 

あら^~……じゃなくって、美味しいとこ全部キャシーに持っていかれたでゴザルの巻……。っと冗談はこれくらいにして、リーダーとしての自覚を持ってくれたワンコさんには早速仕事をしてもらわないとだな

 

「さて、そろそろいいか?ワンコさんが自他共に認める皆のまとめ役になったところで、ウィルの処遇についてなんだが……」

 

「それについてだけど、あいつはもうここから追い出した方がいいと思うの。あいつは皆にすぐ暴力を振るったりセクハラばっかやってたからね、戦治郎もあの後皆からお礼言われてたでしょ?それだけ皆あいつの事で困っていたのよ」

 

ワンコさんに抱き着いたままのキャシーが答える、んだな~……、戦闘終了後からここ来るまでにあった娘全員からお礼言われたよ……、ホント好き勝手やってたのなあいつ……

 

「そうね……、それにあの人はその……」

 

顔を赤くしその豊満過ぎる胸を押さえながら答えようとするワンコさん、OKみなまで言うな……

 

「せかせか、まあこっから先の事は俺がどうこう言うべきじゃねぇな。決めるのはワンコさんだししっかり話し合って決めてくれよ~、って事で俺はこのあたりで次に行くわ」

 

「次?何処か行くところがあるのか?」

 

俺の言葉に反応する長門、次行くとこは長門も無関係じゃねぇからな~……、どうしたもんか……、まあそこらは長門本人が決める事か

 

「ああ、今から捕まえたヤンキーの尋問なんだわ。シゲに頼んで準備しててもらってたからな、後はあいつから話聞くだけだ」

 

「そうか……、なら私も同行しよう。あいつらが一体何者なのか、何が目的で艦娘だけでなく深海棲艦、それも強硬派も穏健派も関係なく襲撃するのかについて聞いておきたいところだからな」

 

「あ、2人共行っちゃうんですか?折角クッキー焼いたのに……」

 

おっほ!翔のクッキーは是非とも食べたいところだなっ!って言ってもシゲ待たせてるからな~……、そうだっ!

 

「だったら、何枚か小袋に詰めてもらえるか?尋問の後で食うわ。ああ、ついでにシゲの分も準備してやってくれ」

 

「なら私のもそうしてもらえないだろうか?」

 

はいは~いと返事をして、すぐにクッキーを準備してくれる翔。沢山作ったからと言う事で沢山クッキーの小袋をくれたよっ!……って多い多い多過ぎィッ!!!これ何袋あんだよっ!!!

 

俺は翔から大量に渡されたクッキーの小袋を、すれ違う娘達に配りながらシゲ達の元へと向かった

 

 

 

シゲが言っていた部屋はここか……、って部屋の前にいるのは……

 

「摩耶木曾阿武隈か……、ここで何してんだ?」

 

「あっ旦那っ!いいとこに来てくれたっ!!!」

 

声をかけると、3人は慌てて俺のところへと駆けよって来た

 

「戦治郎さん大変なんです!シゲさんがっ!!!」

 

「いや、口で説明するより見てもらった方が早いっ!!!」

 

状況を説明しようとした阿武隈の声を遮って、木曾が俺の腕を引っ張りながら勢いよく扉を開け部屋の中に入る。その様子を見ていた長門も、急いで俺の後を追って部屋に入ってきたんだが……

 

「こ、これは……っ!」

 

「なんじゃこりゃっ!?」

 

そこには部屋の中央でヤンキーにネックハンギングツリーを仕掛けるシゲの姿があった、それだけなら俺達もここまで驚く事は無かっただろう……

 

何に驚いたのかと言えば、ヤンキーを宙吊りにするシゲの手から白煙が濛々と立ち上がり、肉を焼いたような臭いと共に煙が部屋の中に充満していたからだ

 

一体何が起こってやがるんだ……?



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迦具土

木曾に引っ張られて入った部屋の中でシゲがヤンキーを2つの意味でシメてました……、しかも肉が焼けてる臭いと白い煙が部屋の中に充満してるというおまけつき……

 

ホント何だこの状況……って言ってる場合じゃねぇぞ!

 

これでヤンキーがオチたら尋問どころじゃなくなっちまう!早くシゲを止めねぇとっ!

 

そう思って俺はシゲのところへ駆け寄ったわけなんだが、何かシゲに近付くに連れて体感温度が上がってる気がするのは気のせい?

 

「何やってんだシゲ!」

 

俺はそう叫びながらシゲの肩を掴んだんだが……

 

ドジュウウウゥゥゥ……

 

あっとぅうううぅぅぅいっ!!!シゲの肩に触った瞬間赤熱した鉄に水をかけたような音と共に、手のひらに焼けるような激しい痛みが走ったのだ

 

いやマジで何だこれっ!?今のシゲは頭だけでなく、身体も物理的にヒートアップしてるのか?!

 

「あっつつつ……、うへぇ……」

 

さっきシゲを触った手のひらを見てみれば、ぐちゃぐちゃに焼け爛れているではないか。思わず声が漏れてしまった

 

「大丈夫か旦那っ!?」

 

「私、水を持ってきます!」

 

「俺は医務室に行って来る!早く戦治郎さんの手当をしねぇと!」

 

慌てて俺に駆け寄る摩耶、阿武隈と木曾も思い思いに行動を開始する。こいつらが部屋の前にいたのはこの状態のシゲを自分達じゃ止められそうになかったからってとこか……。

 

「戦治郎、これは一体……」

 

「恐らくシゲの能力が発動したってとこだな……、しかも発動させた本人がそれに全く気付いてねぇから暴走してるんだと思うわ……」

 

長門が心配と困惑を混ぜたような複雑な表情で俺に尋ねてきたので、まだ確信出来ていない推論で返答する

 

「さっき何つったかもっぺん言いやがれっ!!!何処の誰が何だってっ?!!あ"ぁ"っ!!?」

 

長門とそんなやり取りをしていると、シゲがヤンキーの首を持ち上げる手に力を込めながらそう叫んだ

 

シゲがヒートアップしてる原因はそこか……、しかし今来た俺には何の事かスッカリサッパリ分からん……。っとそういや摩耶がここに残ってたな……、多分摩耶達はシゲの手伝いしてたからここにいるんだろう。だったら何か聞いてるかもしれねぇな……

 

「摩耶、あのヤンキーが何言ったか覚えてるか?」

 

「あ、あぁ……、確か『カルメン』とか『可奈子』とか言ってた気がするんだけど……。ってどうしたんだ旦那?顔真っ青だぜ?」

 

摩耶の言葉を聞いて思わず戦慄する……、おいおいおいマジかよ……。その名前が出てくりゃシゲもああなるわな……、剛さんに続いてシゲもなのか~……

 

「戦治郎、何か知っているのか?」

 

長門が聞いてくる、ああそりゃもうよく知ってるさ……。その事で何度かシゲに相談されたからな……

 

「そのへん教える前にだ、シゲが元族の総長だったってのは知ってるよな?」

 

2人に尋ねると摩耶は頷き長門はちょっち引きつった表情になる、ありゃ~長門は初耳だったか~……

 

「あいつ昔『大天狗』って族の総長だったんだわ、潰したの俺達だけどな……ってこれはどうでもいいか、んでシゲは族の総長って繋がりでとあるレディースのアタマと付き合ってたんだわ」

 

シゲが誰かと交際していた、その言葉が出た瞬間摩耶がピクリと反応した。これが無意識なのかどうかで今後の展開が変わるな~……って今はそこ重要じゃないな、うん

 

「……まさかっ!」

 

「長門は気付いたみたいだな、そう、そのレディースの名前が『カルメン』でそのアタマの名前が『可奈子』、『水門 可奈子(みなと かなこ)』って言うんだわ」

 

「はぁっ!?つまりあれか?あのヤンキーはそのシゲの彼女の手下って事かっ?!」

 

摩耶が教えてくれた事が間違いじゃなかったら、恐らくそう言う事になるんだよな~……。ただ1つ、訂正するところがある

 

「彼女って言うか元カノだな、シゲは俺達がこの世界に来る半年も前にそいつに盛大に振られてるんだわ。シゲの奴長門屋の敷地内でグーで殴られてたっけな~……」

 

その時の事をしみじみと思い出す、いきなり現れたかと思えばシゲを呼べって言ってきて、言われた通り連れて来たらシゲを一方的に責めた上でのグーパンだったな~……。社会の歯車がどうとか牙をもがれたとか喚いてたが……

 

「この世界でそのシゲの元カノ……?の名前が出ると言う事は、そいつもこの世界に来ていると言う事だな……」

 

「それは間違いねぇだろうな、そんであのヤンキー達をまとめ上げてこの世界で『カルメン』を結成したと……、ただ何の為にそうしたのかが全く分からん……」

 

「それを聞こうとしてたんだっけか?でもシゲがあの調子じゃな~……」

 

そんな感じで3人で話してたら、廊下からドタドタと足音が聞こえて来た。木曾達が戻って来たのかと思ったが違った

 

「おい何かこの部屋から変な反応があったんだが……、って何やってやがんだシゲ!?」

 

やって来たのは輝だった、こいつさり気無く建築物把握能力使ってやがったな……。ヤンキーを宙吊りにするシゲの姿を見た輝は、それを止めようと慌ててシゲに近寄って……

 

「待て輝!今のシゲに触r」

 

ズジュウウウゥゥゥ……

 

「ぐおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

あ~あ……、言わんこっちゃない……。シゲを羽交い絞めにして止めようとした輝は、両腕と胸に結構な火傷を負う羽目になった……

 

「水持ってきました……、って輝さんっ!?」

 

「何で被害者が増えてんだよっ!?戦治郎さんの分しか持って来てねぇぞっ?!」

 

「水は輝にかけてやってくれ!ハリーハリー!!!」

 

輝登場からやや遅れて阿武隈と木曾が戻って来た、これ放っておいたら被害者がドンドン増えるだろうな~……、どうしたもんか~……

 

「黙ってねぇで何か言えやゴルァァァッ!!!」

 

俺がそんな事考えていたら、またシゲが叫ぶ。あ~あ~……、ヤンキー君もう目が虚ろになってきてる……ん?

 

そこである事に気付いた、ヤンキー君の服……、火ぃ点いてねぇか……?

 

「てめぇ……、言えっつってんのが聞こえねぇのかよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

更にシゲが叫んだ瞬間、とんでもない事になってしまった。シゲの叫び声に呼応するようにヤンキー君の服の火が一気に燃え広がり、ヤンキー君は哀れ火達磨となってしまったのである。それだけではない、部屋の中にある家具全てが一斉に燃え始めたのである

 

「「「「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」」」」

 

ヤンキー君の悲鳴と巡洋艦3人娘の叫びがハモった、火達磨になった本人はそりゃあ叫びたくもなるし、火達磨になっていなくてもこの惨状を見れば誰だって悲鳴を上げるだろうな~……、って暢気な事考えてる場合じゃねぇ!!!

 

「うぉっ!!?何だこりゃっ?!?」

 

ヤンキー君が火達磨になったところでようやくシゲが我に返り、燃え上がるヤンキー君と激しく燃える部屋の家具を見て驚愕し、慌ててヤンキー君を床に投げ捨てる。ヤンキー君可哀想……

 

「皆火事だあああぁぁぁーーーっ!!!大至急水バケツと消火器持って尋問部屋に集まってくれーーーっ!!!」

 

通信機に向かってそう叫ぶ俺、ここに悟がいなくて本当によかったな~……ってそんな事考えてる暇があったら消火器探しにいかなきゃだわっ!

 

そう思い俺はすぐに部屋を飛び出して消火器を見つけ出し、消火活動を開始した

 

俺の通信を聞いた皆がすぐに消火器や水バケツ、注水ホースを持って集まってくれたおかげで迅速に消火する事が出来た。いや~、一時はどうなるかと思ったが皆のおかげで何とかなったな~、よかったよかった~。……この後シゲと一緒に土下座カーニバルやらないといけないと考えると気が滅入るけどな……

 

「皆さん大変です~!!!」

 

そんな事を考えていたら、穏健派の娘が慌てた様子でこちらに向かって来ていた

 

「火事の事か?だったらさっき消火したぞ?」

 

「違います!牢屋に入れていたウィルが、さっきの騒ぎに紛れて脱走したんですっ!!!」

 

ファッ!?タレ蔵が脱走しただとっ?!そう言われてすぐに窓から外を見ると、水上バイクに跨って海を駆けるタレ蔵の姿が見えた。追いかけようにもここからじゃ距離があるから追いつけそうにねぇな……、してやられたぜ……

 

右腕だけで器用に水上バイクを操縦するタレ蔵、あの水上バイクのスロットルレバーは右側に付いてたから、左腕を失っててもやろうと思えば操縦出来るもんな……。どうせなら両腕斬り落としてやればよかったか……?

 

そんな事を考えていたら、タレ蔵の姿は水平線の彼方へと消えて行った……

 

「あいつ逃げちゃったわよっ!?どうするのっ?!」

 

「手遅れだな……、ここまで離されてちゃ追いつけねぇ……。まあどの道追い出すつもりだったからって考えた方が気は楽かもな……」

 

報告を受けたキャシーが慌てた様子で俺に尋ねる、こうなったら追い出す手間が省けたって考えねぇとやってらんねぇからなっ!!!ちきしょうっ!!!

 

「さて、それはそうと……、シゲ……」

 

「ウッス……」

 

タレ蔵が逃げた事は過ぎた事と割り切って、俺とシゲは先程の火事の事でこの場にいる全ての人に向かって土下座するのであった。下のもんがやらかした場合俺にも責任あるからなっ!踏んだり蹴ったりだよもうっ!!!




迦具土(かぐつち)

シゲの特殊能力で、炎を自在に操る能力。悟キラー

火の玉などを投げつけたり、周囲を一瞬で焼き払ったり、掴んだものを炎上させたりと割と色んな事が出来る。まだ進化する可能性あり

発動中は炎に耐性が出来る、けど発動してない状態だと普通に熱がります、だから発動してない時に鼻の中をライターで炙ったりしないであげてください

名前の由来は日本神話の火の神様から、迦具土を生んだ時の火傷が原因で母である伊邪那美は死んでしまい、直後に迦具土は父である伊邪那岐に斬り殺されたそうな……

一部では大天狗である愛宕山太郎坊(愛宕権現)はこの神様の化身だと言われているそうな……(一部では太郎坊は猿田彦の化身とも言われているようだけど……)


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W土下座からの・・・・・・

「「本当に申し訳ございませんでしたあああぁぁぁーーーっ!!!」」

 

俺とシゲは皆に向かって魂の土下座を行った、小火騒ぎを起こした上にタレ蔵を脱走させてしまったわけだしな~……、本当はこんなもんじゃ済まないだろうけど……

 

「その……、お二人共顔を上げてください。火事の事はわざとではないみたいですし、幸い死者も出ていませんから……。どうかお気になさらないで下さい」

 

ワンコさんの言葉に従い、俺とシゲは土下座フォームのまま顔だけを上げる

 

ホント奇跡的に死者が出ていないんだよな、あの火達磨になったヤンキー君も運良く一命を取り留めてたそうだ。身体中の火を消す為に注水ホースでの放水をモロに浴びてンゴゴゴゴッ!!!とか叫んでいたけど……。あれの直撃ってかなりの衝撃あったと思うんだが、火達磨になった件と言い放水直撃の件と言い、意外とヤンキー君タフだな~……

 

「小火の件はワンコがいいって言ってるからいいけど……、出火原因は一体何だったの?」

 

そんな事考えてたら、小火の原因についてキャシーが尋ねてきた

 

「それなんだが……、シゲ、さっきの再現出来そうか?」

 

「えっ、いや俺自身何でああなったのか分からねぇんですけど……」

 

まあ元カノの事で頭いっぱいで、文字通り我を忘れてた感じだったからな~……

 

「取り敢えずやってみろ、こう……、手のひらの上に火ぃ点ける感じイメージして」

 

「とりまやってはみますけど……、期待しねぇで下さいよ?」

 

そう前置きしてシゲが右手を掲げてウンウン唸り始めると……

 

「ちょっ!?何よそれっ?!それどうやってんのよっ?!!」

 

見事、シゲの手のひらの上に火球が浮かび上がりました~!いやマジそれどうやってんの?キャシーも驚きを隠す事無くシゲに問い詰めている

 

「こんな感じで無我夢中でヤンキー君火達磨にして、更に何かの拍子で家具が発火したんだわ。多分これシゲの能力っぽい」

 

「シゲちゃんは炎使いになったのね~……、これで海賊団の能力持ちは3人になるのかしら?」

 

シゲが生み出した火球を見つめながら剛さんが言う、忍具生成の通に回復速度上昇の悟、そして炎使いのシゲ……、剛さんの言う通り3人だな、羨ましい……

 

「それ、自分の腕に火ぃ点けて相手殴るとか出来ねぇの?ポ〇モンのほのおのパンチ~!みたいなの」

 

輝の言葉を聞いて即実行するシゲ、結果は可能でした!だったら次ブレイズキックやってみてっ!ってそうじゃねぇな……。腕に炎を纏わせてる時は、シゲ自身は全く熱さを感じないんだとか。って事はこれ使ってる間はシゲには炎耐性が付くって事なのか?

 

「でも何でシゲは炎使いになっちゃったんでしょう?通と悟さんのは納得出来るけど……、シゲの何処に炎要素があるんだろう……?」

 

「確かに……、シゲはスイッチ入ったらすげぇ熱くなるけど普段はそうでもないよな?」

 

翔と摩耶がシゲと炎の関連性に疑問を抱く

 

「……まさか太郎坊か?」

 

そう呟いたのは空、ああ、そういやそういう話があったけか……

 

「空さん、太郎坊ってのは何なんだ?」

 

「太郎坊ってのは天狗だ、大天狗愛宕山太郎坊、愛宕権現とも呼ばれてるな。日本神話の火の神様、火之迦具土神の化身とか言われてるんだわ」

 

木曾の疑問に空の代わりに俺が答える、そういやシゲの苗字って愛宕山だったな……。それに迦具土の話は解釈次第じゃシゲと重なるようなそうでもないような……?

 

「ちょっと待って?能力ってどういう事?分かる様に教えてくれない?」

 

シゲの能力の事で海賊団が盛り上がってたところに、キャシーがそう言って介入してきた。キャシーは能力の事知らねぇみたいだな……、ならいい機会だしそのへん知ってる分だけ教えておくとしよう。もしかしたらキャシーも何か能力目覚めたりするかもだし?

 

そう考えた俺は、通や悟、そしてラリ子の事などを交えながら能力の事をキャシーに教える事にした

 

 

 

 

 

「そんなのがあるのね……、もしかしたら私も使えるようになったりするの?」

 

「分からん、だが使えるようになった奴は皆転生個体だから可能性はあるかもな」

 

正直根拠はない、だが先程言った通り能力に目覚めた奴は皆揃いも揃って転生個体だったからな、キャシーだけでなく俺や空にもチャンスがあるかもしんねぇな

 

「話を聞いている限りでは、能力の内容は持ち主の生前の行いや名前、どのような生まれなのかが関わっているように思えるな……」

 

今の情報だけだと俺も長門と同じような予想をしてる、通は忍者の末裔だし、悟は元医者、ラリ子は粘着質なストーカーでシゲには愛宕山って単語が名前にあるからな

 

「あのぉ……、話の流れを切るようで申し訳ないのですけど、尋問の方はどうなったのでしょう?」

 

「そうですね、情報は聞き出す事は出来たのでしょうか?あのドサンピンは医務室に運ばれてもう話が聞ける状態ではなさそうですし……」

 

話の流れを変えるように姉様と瑞穂が尋問の件について尋ねて来た、そういや尋問の結果を皆には教えてなかったっけな。

 

「それなんだが……」

 

俺が皆に尋問の結果を報告すると、皆は驚愕を露わにしながらシゲの方へと視線を集中させるのだった

 

「シゲちゃんもアタシと同じ立場になってるって事なのね~……」

 

自分の顎に手を当てながら剛さんが言う、剛さんもアリーさんの件があるから今のシゲの気持ちを分かってくれると思う

 

「昔の恋人があ奴らの頭目だったとはのう……、どういう星の巡りじゃ……」

 

「何でこうなっちまったのかは俺にも分からねぇ……、もしあいつにちゃんと話してたらこうはならなかったのかもとか考えると……はぁ……」

 

利根の言葉を聞いたシゲは、頭をガリガリと掻きながらそう言って溜息をつく

 

「話?シゲさんはその可奈子さんとどのようなお話をするつもりだったんですか?」

 

不思議そうにシゲに尋ねるのは綾波、綾波の言葉を聞いた俺はシゲの方へと視線を向ける、それに気付いたシゲは俺の方へ手のひらを向けて来た。自分で話すって事か……

 

「結婚の話だよ、アニキのところで真面目に働き出してから急に意識するようになっちまってな……、この金であいつの事養えたら~とか思っちまったわけだわ……。その事でアニキや剛さんにも何度か相談に乗ってもらった事もあったわ」

 

あったあった、もし結婚する事になったら俺んち出る事になるからいいアパートとか紹介して欲しいとか言われたっけな~。結局叶わなかったけどな……

 

尚、シゲのこの言葉を聞いた摩耶がピクリと反応してた、その表情は少々暗かった

 

「そ、それなのに別れちゃったんですかっ!??」

 

シゲの言葉を聞いた阿武隈が驚きの表情のまま大声で尋ねる

 

「原因は俺にある、俺がその事あいつに全く話してなかったからな……。サプライズでプロポーズするつもりだったから黙ってたんだが、それが裏目に出たみたいなんだわ……」

 

これはシゲの言う通りだな、結婚とか超重要イベントの事を当事者同士で話し合ってねぇのはいかんな、そういうのはキチンと話し合っておくべきだった

 

「そんで必死になって仕事して、あいつに会う時間がドンドン減っていってな……。それが不満だったのか遂にあいつは職場に殴り込みに来て、俺はそこで振られたわけだ……」

 

その日の晩飯は豪華だったな~、シゲを慰める会みたいになっちまったからな……

 

「シゲ、もしその元カノと再会したらどうするつもりだ?」

 

摩耶がシゲに尋ねる、摩耶はいつものように振舞っているつもりだろうが、俺から見たらすげぇ動揺してるのが丸分かり、多分空と剛さんも気づいてるだろう

 

「取り敢えず結婚の事黙ってた事を謝る、そっから先はどうなるか見当も付かねぇな……」

 

摩耶はそうかと短く答える、その表情がさっきよりも暗く沈んでいるところを見ると内心不安でたまらないって感じだな~……

 

「よっし!取り敢えず尋問の結果は伝えた!んで皆でこの後の事を話し合おうと思うんだが……、それよりも前にやる事あるな。シゲは当然として……、輝、この部屋直すの手伝ってくれ、終わったら連絡すっからそれまで皆は自由にしててくれ」

 

「そう来るだろうとは思ってたさ、んじゃ早速おっ始めるとすっかっ!!!」

 

そう言って艤装の中から道具を取り出し早速小火があった部屋の修繕作業を開始する輝、俺とシゲもその後に続き作業を開始するのであった



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合流目指してGO!GO!GO!

今回でマダガスカルルートは終了です

次からは時間を戻して泊地ルートいきます


小火が起きた部屋の修繕が終わり、皆でワンコさんの部屋に集まってこの後の事について話し合った

 

まずはタレ蔵の事だが、これは少々気がかりではあるが見失ってしまった以上、今からどうこうする事は出来ない

 

一応探しはするけど仲間に引き戻す為ではなく、今度こそ確実に仕留める為に探すんだそうだ。もしあいつが敵対勢力側に付いてここの情報を流したりしたら大事だからな、多分これ考えたのはキャシーだろう……

 

次にヤンキー達の件だが、恐らくあっちはここへの攻撃を止めるつもりはないだろう、仲間を沈められた事で余計にやる気になって襲ってくる可能性の方が高いくらいだ。しかもケートスの件があるから、もしかしたらアリーさんから新しい装備を渡されている可能性だってある……

 

それに対抗しようと思ったら今の戦力じゃ少々不安がある、俺がワンコさんにそう言ったら彼女も同意見だったらしく、了承してもらえるか分からないが総本山の転生個体を何人かこちらに回してもらえないか頼む事にしたそうだ。それが通れば戦力的な問題は解決するか?まあ送られてくる転生個体がタレ蔵みたいな奴でなければだけど……

 

因みに、火達磨になったヤンキー君については、怪我が治るまでの間はワンコさん達がしばらく面倒を見るとの事。エリチのヤンキー君には後で謝罪しておくか、俺達も両膝と両肘以上の事はやるつもり全くなかったからな……

 

そしてマダガスカルの事に関しては、長門から元帥に話をするそうだ。強硬派がここに攻め込むのを完全に防ぐ事は出来なくても、穏健派の攻撃による被害が無くなるだけでも上等と言っていいだろうからな。それに今回の共闘で海軍の一部だけでも認識を改めさせる事が出来れば、和平への道もきっと見えて来るはずだ

 

最後に俺達についてなんだが、俺達のマダガスカルでの用事は全部終わったわけだから、これから光太郎達と合流する為にアムステルダム島の方へ向かう事にしたのだ……ひとっ風呂浴びてからなっ!

 

いやね?今身体がめっちゃ汗臭いのよ、ほらシゲの能力であの部屋の室温爆上がりしてたし?その後で修繕作業なんかもやったし?それ以前に戦闘の後空のとこ直行したから入渠してないじゃん?だから自分でも分かるくらい臭うんだわ……

 

「って事で風呂入りたいんだけど、ここって風呂あんの?」

 

「あるわよ、私がワンコにお願いして作ってもらった奴がね。最初来た時にお風呂が無いって聞いた時はびっくりしたわね~……、今は皆好んで入ってくれるようになったんだけど」

 

風呂の場所を聞いたらキャシーが答えてくれた、そういや深海棲艦の拠点には基本風呂なんてなかったっけな……、キャシーマジ感謝!

 

そういうわけで俺、シゲ、輝の3人はキャシーの案内のもと風呂に向かったわけなんだが、何か入口が1つしかなくな~い?

 

「あの馬鹿はシャワーで十分とか言ってたからね、だから大浴場は1つしかないわよ?」

 

絶望した!男湯無いとか事故の元でしかねぇぞっ!!!

 

「輝、シゲ、工廠行くぞ!多分空のドラム缶3つくらい余裕であるはずだからな、外でドラム缶風呂やんぞっ!!!」

 

「いやいや、ちゃんと貴方達が入ってる間は誰かが間違えて入らないようにしておくから、安心してこっち使いなさいって」

 

キャシーの厚意と説得の末、俺達はこの拠点の女湯を使う事になったのだった……

 

やたらいい匂いのする更衣室で服を脱いで大浴場へと向かうと、そこには天然大理石製のおっきなお風呂がありました。細部にもちょっとした拘りがあるところから、キャシーって温泉とか好きなのかもしれねぇな……

 

「「んあ"ぁ"~~~……」」

 

「2人共おっさん臭いですよ……」

 

しっかりと身体を洗い湯船に入った俺と輝が思わず声を出す、それを聞いていたシゲが苦笑しながら指摘してくるけど、気持ちいいんだから仕方ないじゃんかよ~。それに俺も輝も火傷してるから湯がちょっち沁みるし……

 

「しっかしシゲも能力使えるようになったか~、しかも炎とか……、炎使いは俺がなりたかったな~……」

 

「何かすみません……、でもアニキだったらもっとかっけぇ能力とかになるんじゃないです?こう……、大妖丸の斬撃飛ばすとか」

 

それもいいな~、でも俺としては大妖丸に炎纏わせて焔霊とかやりたかったな~……

 

「シゲ、おめぇの能力でここの湯の温度上げられねぇ?ここの湯はちょいぬるいきがすっからよ」

 

輝お前腕と胸火傷してんのに大丈夫なのか?まさか馬鹿過ぎて火傷の痛みが分からねぇとか……。……流石に輝もそこまで馬鹿じゃねぇか、すまんな輝

 

「多分出来ると思うんすけど、まだ使いこなしてるわけじゃねぇんで狙った通りに出来る保証ありませんぜ?ミスったら2人共瞬時に茹で上がる可能性も……」

 

「OK、そういやここは他人様の風呂だったな、勝手して怒られるわけにもいかねぇしやっぱいいわ」

 

シゲの言葉を聞いて湯の温度の件を諦める輝、流石にボイルされるのは嫌だわな……

 

そんな感じで3人で他愛もない話をしていると……

 

「どう?ここのお風呂は気にいてもらえたかしら?」

 

そう言いながらバスタオルを身体に巻いたキャシーが、大浴場へと入って来た……ってぇっ!!?

 

「ピャアアアァァァーーーッ!!!」

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「おっほおおおぉぉぉ~~~っ!!!」

 

突然のキャシーの登場に慌てて股間を両手で隠す俺、顎まで湯船に浸かるシゲ、鼻の下を伸ばして両手を叩く輝。俺はすかさず輝に延髄斬りを直撃させ、その意識を即刻刈り取った

 

「おいコラキャシー!俺達以外が間違えて入ってこねぇようにするっておめぇが言ってただろうが!!こりゃどういう事か説明しやがれっ!!!」

 

「説明しなきゃいけないほどの事でもないでしょ?私は貴方達が入っている事を知った上で入って来てるんだから、どこも間違えてはいないわよね?」

 

ああ~、間違えて入ったわけじゃなくて、狙って入って来たって事ね~。って納得出来るかよぉぉぉっ!!!

 

「それに貴方達は今は女の身体なんだから、そんな細かい事気にしなくてもいいんじゃない?……えいっ♪」

 

そう言って俺達の目の前で身体に巻いていたバスタオルを取るキャシー、こいつには恥じらいってもんがねぇのかよおおおぉぉぉっ!!!

 

「やめんかい!俺の心の41m砲が最大仰角になっちまうぅっ!!!」

 

「アニキ、そういう嘘はやめた方がいいと俺は思うんすよ……」

 

俺とシゲは慌ててキャシーから目を逸らしながら、そんなやり取りを交わす

 

「なになに?戦治郎のってそんなに大きくなかったって事?」

 

シゲの発言に食い付くキャシー、もうちょっち自重してよぉ!

 

「いえ逆ですわ、51m砲クラスのサイズあんのにそれより二回りも小さいサイズで周りに申告するもんで、それ聞いた後実物見た野郎共が自信をなくしていくと言う……」

 

そこバラすのやめてぇっ!そんでキャシーは妖艶な雰囲気出すのやめてぇっ!!!

 

「ふふっ、貴方達ってホント面白いわね。っとからかうのはこのあたりにして、こっち見ても大丈夫よ、水着着て来てるから」

 

キャシーの言葉を聞いて恐る恐るキャシーの方を見てみると、本当に水着を着ていらっしゃるではありませんか。それならそうと早く言えっつぅの……

 

その後、意識を取り戻した輝も加わった4人でこの大きな風呂を満喫した

 

風呂から上がったところで、俺達はすぐにマダガスカルを出る準備を始める。ワンコさんとキャシーに騒動を起こした件を改めて謝罪し、世話になった礼を言う。

 

その時に鹵獲したケートスをどうするかの話になったのだが、4隻はワンコさん達が、3隻は俺達が貰い受ける事になった。本当なら4隻貰えるはずだったんだが、タレ蔵が持ち去ってしまったからな~……、シカタナイネ

 

それと、ワンコさん達の拠点の通信周波数を教えてもらった。これは二正面作戦が終わった後の祝勝会のお知らせをする為だ、ここまで仲良くなったんだからお招きしないのは失礼だと思うからなっ!

 

こうしてマダガスカル方面の作戦は成功という形で幕を閉じ、俺達はアムステルダム島へ向かった光太郎達と合流する為にマダガスカルを発つのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおぉぉぉ……、フィンガーフレアボムズッ!!!」

 

アムステルダム島へ向かう道中、シゲは遭遇する深海棲艦との戦いで積極的に炎を使った攻撃を仕掛け続け、遂に能力を使いこなせるようになっていた

 

さっきの戦いでは、先程の声と共に指先の1つ1つから大きな火球を出し5つ同時に放つ、ダイ大のフレイザードのアレを完璧に再現していた

 

「シゲ~、お前それ何処で知ったよ?ダイ大とかおめぇらの世代の作品じゃねぇだろ?」

 

「すみません、アニキの部屋にあった単行本で知ったんですわ。あの作品マジ面白かったですわ~」

 

おっま俺の部屋勝手に入ってたのかよ~……、まあダイ大の良さ分かってくれたんならいいやっ!許す!

 

「ダイ大から技を持って来たか……、ならば俺が言いたい事は……、分かるな?」

 

「ウッス、精進します!」

 

空が言いたい事……、炎関係でダイ大と言えば……、あぁあれか!あれは俺も見たい!

 

「戦治郎さん、ダイ大って何だ?シゲのあれとどんな関係があるんだ?」

 

「木曾達は世代じゃねぇから知らねぇだろうな~……、まあ昔のジャ〇プの漫画だ。もしこっちの世界にもあるなら読んでみるといい、面白れぇぞ」

 

木曾が興味を持ったのかダイ大について聞いて来たから、簡単に説明してオススメしておく。ガキの頃傘でアバンストラッシュの真似したっけな~……、懐かしい……

 

「烈火の炎からは何かねぇのか?俺ぁあれ好きだったんだが」

 

「俺、それ読んだことねぇから分からねぇですわ……」

 

輝の問いにそう答えるシゲ、それを聞いた輝はガックリと肩を落としながらも参考になるからと強く烈火を推していた。あれも面白いよな、ちょっちエロいとこあったけど……

 

っとまあこんな感じで敵を蹴散らしながら光太郎達がいるアムステルダム島に向かっていたんだが……

 

「あれ……?あの島……」

 

「どうした?翔、何か見つけたか?」

 

ケートスに跨り偵察機を飛ばしていた翔が不意に声を出したので、俺は何があったか尋ねてみた

 

因みにケートスに乗ってるのは姉様&瑞穂、長門、輝&翔の5人だ。皆低速だからこうなるのはシカタナイネ

 

「あの島、恐らく僕達が目指しているアムステルダム島だと思うんですけど、その一部が燃えてるような……?……いえ、燃えてますこれっ!位置的に多分件の泊地が燃えてますっ!!!」

 

その報を聞くや否や、俺達は大急ぎで目的の島へと向かった

 

 

 

「悟っ!そっちの状況はどうなってんだっ!?」

 

「来たかおめぇら、随分遅かったじゃねぇかよぉ」

 

島からかなり離れた位置で悟達を発見、近寄って話しかけてみたらこちらを見る事も、手を止める事もなくそう返して来た。悟は今、手のひらを緑色に発光させながら、あの泊地の艦娘と思わしき艦娘達の治療を行っている最中だったのだ

 

「シャチョー達来たんスかっ?!だったら早いとこ泊地の方に行ってあげて欲しいッスッ!!!」

 

俺達に背を向け、艤装からありったけのミサイルを発射しながら護がそう言ってきた。どういう事だ?と思ったが、よく見たら光太郎の姿がここになかった

 

「光太郎は何処行ったんだっ!?」

 

「光太郎さんは泊地の方で戦っているわ!早く助けに行ってあげてっ!!!」

 

「光太郎さんは不知火達を逃がす為に、1人だけ泊地に残って戦っています!」

 

光太郎の居場所を尋ねたところ、悟の治療の手伝いをする陽炎と不知火が答えてくれた。あいつ1人で戦ってるだとっ!?つか誰とだよっ!??

 

「あれ……、加賀さん?加賀さんは何処にいるんですか?」

 

「もしかして、泊地に取り残されちゃったのっ!?」

 

俺達が話している横で龍鳳と明石が話をしていたんだが、会話内容からするにどうやらあの燃えている泊地に加賀が取り残されているみたいだった……

 

「分かった!だったら急いで救援に向かうぞっ!それとそっちの2人!加賀の事は俺達に任せとけっ!!!」

 

不意に声をかけられて驚いたまま固まってしまう龍鳳と明石、だが返事を待ってる時間が惜しいので返事を待たずに俺達は泊地の方へと急行した

 

 

 

「……なんだありゃ……?」

 

「俺に聞くな……、俺も少々混乱しているんだぞ……」

 

泊地に到着した時、その目に映ったものを見て思わずそう呟く俺、そしてそれに答える空も俺と同じ心境のようだった。いや、多分これここにいる皆の心境なんだろうな……

 

俺達の目には、大五郎より一回り大きい腐った巨神兵みたいな奴と、それと戦うまるで特撮ヒーロー番組から飛び出して来たような、黒い甲冑のようなものを全身に纏った奴の姿が映ったのだ。あっヒーローの方がビーム発射したっ!!!

 

『先輩、聞こえますかっ?!』

 

そこで通からの通信が入る

 

「応、今目の前で行われてるヒーローショーのせいで、状況が全く分かんなくなっちまったとこだが……」

 

『よく聞いて下さい、そのヒーローみたいな人が光太郎さんですっ!そして戦っている相手はこの泊地の提督だったものですっ!!!』

 

……ごめん、ホントどういう事なの……?



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泊地突入前

マダガスカルへと向かう戦治郎達と別れ、俺達はアムステルダム島の泊地へ向かっていた

 

道中で今一度こちらのチームの目的を確認する、この作戦は何としてでも成功させたいところだからね

 

①泊地に所属する艦娘及び転生個体である春雨 望の救出、治療

 

②泊地の提督の身柄を拘束し大本営へ連行、その際大本営に提出する泊地の提督がこれまでやって来た事に関するレポートなどを証拠として押収する

 

「①に関しては既に移植手術を施術されている艦娘も一応は対象にしているよ、助けられる命は助けたいからね」

 

皆に向かってそう告げる俺、それを聞いた皆は表情を暗くしながらも頷いてくれた。まあそんな表情にもなるよね……、何たって……

 

「もし救助不可能だった場合、俺達の手でそいつらの事を楽にしてやらねぇといけねぇからなぁ。そんで救助出来る奴がどのくらいいるかについては遭遇するまで不明ときてらぁ、時間経過で深海化抑制薬の効果が切れて侵食が進む可能性も考慮すっと、最悪全滅の可能性もあるから一応って事だよなぁ?」

 

悟がまるで俺の心を読んだかのように言う、こいつ実は能力2つ持ってるなんて事は流石にないよな……?

 

「それを考慮しての高速統一編成ですからね、侵食の被害を抑える為にも急ぎましょう」

 

悟の言葉を聞いた通が言う、被害を無くすとは言わず抑えると言っているあたり施術されている艦娘の救助はあまり期待していないのだろう。正直に言えば俺もそうだからな……、一応と言ったのはそう言う事なんだ……

 

「そういや、向こうの主力艦娘ってどうなってるんッスか?加賀がいるのは分かるッスけど、それ以外は誰がいるか聞いてなかったッス。もしかしたら道中で遭遇する可能性があるかもしれないッスから教えてもらえないッスか?」

 

「加賀さん以外となると……伊勢さん、天城さん、龍鳳さん、羽黒さん、由良さんの5人ね……、でももし遭遇したら私が何とか説得するわ。私があの泊地から脱走する時手伝ってもらったから、きっと私の事を覚えてくれているはずだからね」

 

「その時は私も協力しよう、私が施術された事を話した上でこの腕を見せれば、どちらが味方かすぐに分かるだろうからな」

 

話の流れを切るように護が神風さんに質問し、神風さんの返答を聞いた長月さんが義手を掲げながら向こうの主力艦娘達の説得に協力すると申し出る。実際に移植手術をされた長月さんが説得に加われば、きっと説得し易くなる事だろう

 

……何か羽黒さんの名前が出た瞬間、妙高さんの表情がえらい事になったような気がするのは気のせいだろうか?

 

「そういえば、神風さんは一体何処で移植手術の事を知ったのでしょうか?」

 

不意に神通さんが神風さんに移植手術の事を知った経緯について尋ねる、そう言えばそのあたり聞いていなかった気がする

 

「それなんだけど……実は私、長月が手術室に連れて行かれるところを偶々見ちゃったのよ……、何をするんだろう?って思って2人が出て来るまでずっとそこで見てたの……。そしたら長月の腕が……」

 

そう言って俯く神風さん、その言葉を聞いた長月さんは

 

「そうだったのか……、それで移植手術の事を知ったお前は泊地を脱走して彼らと出会ったと言うわけか……。ならば私が移植手術をされた事も決して無駄ではなかった事になるな」

 

そう言って神風さんの肩に義手になった右腕を置き、気にするなと言わんばかりに笑顔を向ける

 

「しっかし、何でこないな事やってまで深海化抑制薬やったか?そんなん作ろう思うたんやろ?艦娘を救うとか言っとったみたいやけど、これやったら本末転倒もいいとこやろ」

 

「そこらへんの事情は提督から直接聞いた方がよかごたぁね、まあ多分その提督は正気の人間じゃなかと思うとけど」

 

龍驤さんと九尺のやり取りが耳に入る、確かにそのあたりは気になるところである。もしかしたら何かがきっかけで艦娘の深海棲艦化の事を知って、それを防ぐ為の薬を作ろうとしたとか……?

 

「……何か藤吉君のキャラ変わってない?最初見た時はオドオドしてて頼りない感じだったんだけど……」

 

「それどころか話し方も全然違うよね?初めて話した時は吃音が凄かったのに、今はどこかの地方の訛りみたいになってるけど普通に話せてるし……」

 

二航戦の2人が九尺の事で驚いているようだ、そう言えば泊地の2人と大本営組には九尺の事話してなかったな~……

 

「今のおいは九尺って名前やけん覚えとって、藤吉の別人格やけんキャラの違うとか言うとは強ち間違いじゃなかよ」

 

九尺はそう言って事情を知らないメンバーに自分の事を紹介していた、それを聞いていたメンバーの表情が暗くなっていくのが傍から見ていてよく分かる

 

「何て言うか……、長門屋の人達って何か抱えてる人多くないかしら?」

 

「確かに……、戦治郎さんはこの間の事がありますし、光太郎さんや悟さんも望さんの事で……」

 

「ちょっと不知火っ!!!」

 

天津風ちゃんがついこぼした言葉を不知火ちゃんが拾い、それを陽炎ちゃんが止めに入る。そういやちょっと前に望ちゃんの名前が出た時、俺の右目に激痛が走ったっけな~……

 

「大丈夫だよ陽炎ちゃん、ちょっと疼きはするけどあの時みたいにはもうならないみたいだから」

 

俺は陽炎ちゃんに向かってそう言った、実際あれ以来望ちゃんの名前が出ても右目は無事だからね。多分あれは気持ちの問題だったのだろうか?

 

「羽黒……、どうか無事でいて……」

 

そんな事を考えていると、不意に妙高さんの声が聞こえた。そちらの方を見てみると、妙高さんは凄く心配そうな顔をしていた。やっぱあれは気のせいじゃなかったか……

 

「やっぱり羽黒さんは……」

 

「はい……、私の妹です……」

 

妙高さんが言うには羽黒さんは妙高さんと別の鎮守府に着任していたそうで、羽黒さんがアムステルダム泊地に異動するまでは手紙でやり取りをしていたそうだ。

 

「手紙の中に負傷して艦娘を続けれそうにないと書かれていた時は、本当に取り乱してしまいました……。しかしその後に後遺症がどうにかなりそうだと言う知らせを聞いて、心からホッとしたのですが……」

 

そう言ったところで妙高さんの表情が曇る

 

「その異動先がまさかこんな事やってるなんて予想も出来ねぇわなぁ、手紙が来なくなったのは外部にこの事がバレたら不味いって事で、提督が処分していたんだろうよぉ」

 

妙高さんと俺のやり取りを聞いていた悟が言う、もしかしたら処分された手紙の中には妙高さんに助けを求めるような内容のものがいくつもあったかもしれないな……

 

「まあ、それも今日までなんだよなぁ……。その提督の悪事は俺達にバレちまった、最も知られちゃぁ不味い俺達になぁ……」

 

悟はそう言葉を続ける、他者の命を救う事に執着していると言える悟にとって、泊地の提督がやっている事は絶対に許せない事だろう。恐らくこのメンバーの中で最も提督に怒りを覚えているのは悟なのだろう……

 

まあ、俺もそれに負けない程提督とやらに怒っているんだけどな。望ちゃんの件を絶対に許すつもりはない

 

「皆気合い入っちゃってますね~、そんな皆に俺様から朗報ですよ~」

 

哨戒機と偵察機を飛ばしていた司が急に声を出す

 

「もうちょっとで件の泊地に着きそうだったりしちゃいそうなんだよね~、皆カチコミの準備はOKですかい?」

 

どうやら問題の泊地の近くまで来れたようだ、だがここまで1度も異形艦娘と遭遇していないのが気になる……

 

「もしかしたら異形艦娘を泊地に集めて、俺達を迎え撃つつもりなのかもな……、その中に望ちゃんもいるはずだ……、皆準備はいい?」

 

\応っ!!!/

 

「じゃあ……、これより泊地に突入するっ!いっくぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

旗艦である俺の号令の下、俺達は異形艦娘の巣窟と化しているであろうアムステルダム泊地に突入していくのであった



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救助

1/3 ちょっと修正入れました


予想通りと言うべきか、俺達が泊地に近付くと異形艦娘が泊地の方から次々とその姿を現した

 

だがその数はこの間泊地を襲撃してきた艦隊よりも少ない36人くらいで、戦艦はおらず空母は軽空母と思わしきものが3人ほどとなっていた。恐らくこの間のに戦力を割き過ぎたのだろう

 

「うへぇ……、ウチと同じ格好したのがおるで……」

 

異形軽空母の姿を見た龍驤さんがそう呟いた、まあ自分と同型の異形がいたらそう言いたくなるだろうな……

 

「気持ちは分かるよ……、私達も同型の異形の娘がいたからね~……」

 

「しかも戦治郎に瞬殺されてたし……」

 

龍驤さんの呟きが聞こえたのだろう、二航戦の2人が龍驤さんに向けてそう言った。確か蒼龍さんの同型が首刎ねられて、飛龍さんの同型が胴体真っ二つだったっけ……?

 

俺がそんな事を考えていると、不意に悟が話し出した

 

「おめぇら朗報だぁ、あの連中の中に何人か救助出来そうなのがいるみたいだぜぇ」

 

「それは本当なのかっ?!一体どの娘だっ!?」

 

悟の言葉を聞いた俺はついつい悟に詰め寄ってしまった、異形艦娘の救助は半分くらい諦めていたところだったからね……

 

「落ち着きなって光太郎、今から俺が印を付けて回るからそいつらをおめぇと通で掻っ攫ってきなぁ。そいつらの説得は神風と長月に任せんぞぉ、印付け終わったら合図すっからそれまでは大人しくしてな。んじゃ行って来るわぁ」

 

そう言って悟は海の中へと潜行する、その様子を見ていた異形艦娘達は爆雷を周囲に撒き散らしながら俺達への攻撃を開始した

 

俺達は悟が言っていた通りに異形艦娘対して攻撃はせず、合図が来るまでの間相手からの攻撃を回避するのに専念する

 

「なぁ、悟さんは本当に大丈夫なのか?あっちはあんなに爆雷をばら撒いているんだが……」

 

「その程度で悟さんを倒せると思わない方がいいですよ、本気で悟さんを倒そうと思ったら潜行する前に仕留めるべきでしたね」

 

悟を心配する長月さんに対して通がそう答える、水の中に潜ったあいつは厄介過ぎるからな……、速度強化なんてされてるもんだから爆雷が爆発した際の衝撃波からも余裕で逃げ切れるからな……

 

そんな事を考えていると、異形艦娘達の足元から大量のメスが飛び出して来て、一部の異形艦娘の移植された部位に深々と突き刺さる。きっとこのメスが悟が言っていた目印なのだろう

 

海中からの奇襲に異形艦娘達が動揺している最中、悟からの通信が入る

 

『見てたはずだから分かるよなぁ?って事でやっちまいなぁ』

 

それを聞いた俺と通は待ってましたとばかりに行動を開始、異形艦娘からの攻撃を避けながら敵陣に突撃しメスが刺さっている異形艦娘を攫っては自陣に連れて行き、ついでとばかりにメスが刺さっていない異形艦娘達に攻撃する

 

攫われた異形艦娘達を神風さんと長月さんがすぐに説得し、異形艦娘からの了承を得たところで局部麻酔の後神通さんが移植部位を切断、すかさず悟が傷口の処置を行っていた

 

異形艦娘攫いの最中に通とすれ違った際、神通さんが辛い役割やってるから作戦が終わったら慰めてやれと言っておいた

 

そんなこんなで相手の数は見る見るうちに減っていき遂に最後の1人、足にメスが刺さっている娘を俺が攫って自陣に戻って来たところでそれは起こった

 

「な、何するんだよっ!離せって!!!」

 

そう言って俺の腕の中で暴れる最後の異形艦娘、暴れたところで俺の腕からは逃げられない……んだけど、目的地に着いたからもう抱きかかえている必要もないので言われた通りに離してあげた

 

「なっ……、皐月っ!?」

 

その娘の説得の為に近づいて来た長月さんが、その娘の顔を見るなりそう叫んだ

 

そう、最後の異形艦娘は長月さんの姉妹艦である睦月型駆逐艦5番艦の皐月だったのだ

 

「えっ……な、長月っ!?何で長月がここにっ?!……み、見るなっ!こっちに来るなっ!!!」

 

そう言って皐月ちゃんは取り乱し両腕で顔を覆い、長月さんを拒絶するような言葉を吐く。恐らく今の自分の姿を長月さんに見られたくないからなのだろう……。長月さんの最初の反応を見る限り、2人は本当に仲がいい友達だったのかもしれない。そんな友達に今の自分の醜い姿を見られたくない、嫌われるのが恐ろしくて仕方がない、だから皐月ちゃんは長月さんに対してそんな事を言ったのだろう……

 

「落ち着け皐月っ!話を聞いてくれっ!」

 

そう言って皐月ちゃんに近付く長月さん、それを見た皐月さんは……

 

「う、うわあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

完全に我を忘れ、長月さんに向けて砲撃したのである

 

危ないっ!そう思って俺が飛び出そうとしたが、長月さんの視線がそれを制した。その次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長月さんは皐月ちゃんの砲撃を、義手となった右腕で弾いてみせたのである

 

「んな……っ!?」

 

その光景を目の当たりにした皐月さんは、驚きのあまりその手に持っていた主砲を落として両膝を海面に突き呆然とする

 

「怖がらなくていい、お前の気持ちは痛いほどよく分かる、私もお前と同じだったんだからな……」

 

そう言って皐月さんに近付いていく長月さん、皐月ちゃんはと言うと先程の長月さんの言葉を聞いてより驚愕の色を濃くしていた

 

やがて長月さんは皐月ちゃんのすぐ傍まで辿り着き、その鋼鉄の右腕で皐月ちゃんを優しく抱擁する。すると皐月ちゃんの瞳から涙が一筋零れ落ち、海の中へと溶けて消えていった

 

「安心しろ、私の腕を何とかしてしまった人達だ、きっとこの人達ならお前の足も何とかしてくれる。だから……もう、大丈夫だ」

 

長月さんがそう言うと、遂に耐えきれなくなったのか皐月ちゃんが声を上げて泣き始めてしまった。よっぽど辛かったんだろうな……

 

皐月ちゃんが何とか落ち着いたところで悟達が侵食を防ぐ為の処置を行う、移植された部位が足だった為切除後は長月さんが皐月ちゃんの補助を担当していた。片足だと立っているのも辛いだろうからね

 

「そんで皐月よぉ、ここにいる移植手術を受けた艦娘はさっき出て来た分で終わりなのかぁ?」

 

「そうだね、今出撃した人達で移植手術をされた人達はお仕舞いさ。残るは移植手術をされていない加賀さん達と……」

 

悟の問いに対して皐月ちゃんがそこまで言ったところで、急に俺達の目の前で水柱が発生した。それが収まりその場所に視線を向けると……

 

「お出ましだなぁ……」

 

「望……」

 

そこにはこの泊地の最高戦力であり神風さんの親友、そして俺がこの作戦で最も救いたいと思っている春雨 望ちゃんの姿があった……

 

「光太郎、分かってるよなぁ?」

 

「分かってる、通、護、神風さん準備はいいか?」

 

「いつでもいけます、この間のリベンジと行きましょうか……」

 

「この作戦、光太郎さんにかかっているッスからね、頼みますッスよ~」

 

「絶対に……望を助け出してみせる……っ!」

 

俺達は思い思いの言葉を口にして、目の前にいる望ちゃんをしっかりと見据える

 

「他の皆は手筈通りにお願いね、それじゃあ……いくぞっ!!!」

 

俺の声に反応して、皆がそれぞれ決められた役割を果たす為に動き出す

 

泊地の中に残っている艦娘達を助け出す為に、今しがた救助した異形だった艦娘達を護る為に、提督の悪事を白日の下に晒す為の証拠を集める為に、そして目の前にいる少女を救い出す為に……

 

「侵入者を発見、これより排除を開始します」

 

感情と言うものを完全に取り払ったような冷たい表情で俺達を見据え、抑揚のない無機質な声を辺りに響かせる望ちゃん……

 

今度こそ……、絶対に助け出してみせる……っ!!!

 

こうして俺達と望ちゃんの戦いの火蓋が切られた



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ラウンド1

1/3 ちょっと修正入れました


証拠集めを担当する大本営の3人と神通さん、泊地に残っている艦娘達の救助を担当する司と九尺と陽炎型の3人に龍驤さん、そして提督を拘束する悟

 

それぞれの役割を果たす為に、皆が一斉に行動を開始する

 

それを見た望ちゃんは皆の方へと砲を向けようとするが……

 

「させませんよっ!」

 

通が瞬時に間合いを詰め、横一文字に朝日影を振るい望ちゃんの砲撃を妨害する

 

「君の相手は俺達だよ、この間は無様を晒したけど今回はそうはいかないからねっ!」

 

そう言って俺は自身が出せる最高の速度で、望ちゃんへ突撃していく

 

この娘に対して砲撃戦はハッキリ言って弾の無駄である、本気で倒そうと思ったら接近戦に持ち込むしかない。これは前回の戦いで学んだ事だ

 

その経験を踏まえて、俺は大本営組の特訓期間中に空に頼んで体術の基本を教えてもらっていた。大本営組の特訓で忙しかったにも関わらず、丁寧に指導してくれた空には本当に感謝している

 

「せぁっ!」

 

気合いの声と共に右の脇腹を狙って繰り出した俺の中段回し蹴りは、惜しくも望ちゃんの腕に防がれてしまうが

 

「フッ!」

 

俺の蹴りを防いだ為に出来た隙を突いて通が斬りかかる……が、それも寸でのところで後方に下られて回避されてしまったのだが

 

「これで終わりだと思いましたか?!」

 

通が叫ぶ、通の斬撃を回避した望ちゃんの背後には、いつの間にか作り出されていた通の分身が待ち構えていたのだ

 

望ちゃんの身体が分身の間合いに入ったところで振り下ろされる刃、しかしそれも砲の反動を利用したスライド移動で回避されてしまう

 

「相変わらずすばしっこい娘ッスね~……、だったらこれはどうッスか?」

 

先程まで異形だった艦娘達が俺達の戦闘の巻き添えにならないように護っている護がそう言って指を鳴らすと、海面から突如としてネットが飛び出してきて望ちゃんの進路を遮った。恐らく俺達が戦っている間にイワンとトビーを出して、この罠を仕掛けておいたのだろう

 

望ちゃんはそのネットを切り裂こうと鋭い爪の付いたその右手を振り下ろすのだが、爪の先がネットに触れた瞬間何かが爆発したかのような轟音と共に大きな火花が盛大に散っていた

 

「このネットに迂闊に触れちゃ危ないッスよ~っと」

 

そう言えばこのネットには高電圧大電流が流れていたんだった、そうとは知らずにネットに触ってしまった望ちゃんの艤装から黒煙が立ち上る、恐らく艤装内にあった弾薬が全部爆発してしまったのだろう。燃料に引火しなかったのは、不幸中の幸いなのかもしれない……。俺達はこの娘を助けに来たのであって殺しに来たわけじゃないからね、もしここで沈めてしまったら俺はもう立ち直れなくなりそうだ……

 

「……チィ、あの首の機械しぶといッスね~……。あの電撃喰らって無事とかどうなってんッスかね~?」

 

舌打ちしながら護がそう言った、どうやら先程の攻撃で首輪も破壊するつもりだったようだが、肝心な首輪は見た限りどうやら無事のようだ……

 

「う……、ぐぅ……」

 

ここで初めて望ちゃんが呻き声を上げる、どうやらさっきの電撃は望ちゃん本体にはかなりダメージを与えているようだ

 

「光太郎さん!」「ああっ!」

 

俺は通の呼び掛けに応じ、通と共に再び望ちゃんに突撃する。このチャンスを逃す手はないからね!

 

俺が思った通り、ダメージを受けた望ちゃんの動きは最初と比べるとかなり悪くなっている。さっきまではこちらの攻撃をよく回避していたのだが、今はどちらかと言えば反応速度が鈍っているからなのかガードを多用しているように思える

 

こうして俺達が何度も攻撃を繰り返していると、徐々に有効打が増えていき望ちゃんに着実にダメージを与えられるようになっていた

 

そしてかなりダメージが蓄積したのだろうか

 

「損傷が危険域に到達……、これより撤退を開始する……」

 

望ちゃんがそう言って撤退を開始したのだ、だがここで君を逃す事は出来ないっ!

 

「望っ!!!」

 

こちらに背を向け撤退しようとする望ちゃんに、神風さんが大声で呼び掛けた

 

「もういいの!もう向こうに戻らなくていいのっ!戻ったらまたおかしな事をされるだけなのよっ!?だからお願い!こっちに来てっ!!!望っ!!!」

 

ありったけの感情を込めて叫ぶ神風さん、すると撤退しようとしていた望ちゃんに変化が起きる

 

「か……みか……ぜ……?」

 

望ちゃんが神風さんの名前を呼んだのである、もしかしたらあの時のように本物の望ちゃんが表に出ようとしているのではないだろうか?

 

「神……風……な……、んで……?」

 

そう言って足を止め頭を抱えて呻き出す望ちゃん、その姿を見た俺はすぐに望ちゃんの下へ駆け出した。この瞬間を待っていたんだからなっ!!!

 

「ここだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

俺の叫びと共に、俺の艤装から2本の巨大なアームが飛び出して望ちゃんの身体を拘束する。この2本のアームこそが放水砲を更に増やした時に、空に頼んで艤装に組み込んでもらった俺のとっておきなのである

 

双腕重機をモデルにしたこのアーム、救助作業で瓦礫の撤去などに使うものなのだがそのパワーを活かして相手を拘束したり握り潰したりと戦闘でも問題なく使えるのだ

 

これを組み込もうと思ったのは、前回の戦いで姉様が形代を使って望ちゃんに不意打ちを仕掛けたのを見てこれは使えそうだと思ったからである

 

今回は主に拘束するのが目当てである、剛さんの拘束を自力で解くような相手だから本気で拘束しようと思ったらかなりのパワーが必要になるだろう、だからアーム本来のパワーに俺の戦艦としての馬力を加えてガッチリと望ちゃんを捕まえておく

 

「護っ!後は任せたっ!!!」

 

あの時のようにエラーとか言って、また植え付けられたであろう別の人格が出て来て逃げ出さないよう警戒しながら護に向かって叫ぶ俺

 

「はいはい任されたッスよ~、って事でこのコードをズブリッと~ッス」

 

そう言ってHMDと首輪をコードで繋ぎ、キーボードを操作し始める護。これが成功したらきっと望ちゃんは元に戻るはずだ……、俺はそう信じて護の作業を静かに見守る

 

「お願い……、戻って来て……、望……」

 

そう呟くのは顔の前で手を組み、祈るように目を閉じる神風さん

 

「大丈夫ですよ神風さん、きっと護が望さんを元の望さんに戻してくれるはずですから」

 

「だから自分にプレッシャーかけるの止めてくれって言ってるッスよ~……、それでしくじったらどうするんッスか~……」

 

神風さんの肩に手を置き励ます通、その通の言葉を聞いた護が何かブツブツと言っていたが俺には聞こえない、うん聞こえない。望ちゃんの運命はお前にかかってるんだから何とか頑張ってくれよ……!

 

「そう言えば長月達からのリアクションがないッスけど、何かあったんッスか?」

 

不意に護が言う、そう言えば長月さんと皐月ちゃんもこの場にいるんだったな、さっきの戦いのせいでスッカリ忘れてたよ……。それは兎も角護が言う通りさっきからあの2人は黙ったままだけど、どうしたんだろうか?

 

「な……、何だ今の戦いは……。何が起こってるのか全く分からなかったぞ……?」

 

「長月、この人達は本当に味方なんだよね?ボク何か凄く怖くなってきたんだけど……」

 

2人の方を見てみたら、さっきの戦いを見て混乱しているようだった。いや、この2人だけじゃない、異形だった艦娘の娘達皆が驚愕したまま固まってしまっていた

 

「あ~……、皆安心していいから、もう俺達は皆に攻撃するつもりはないから大丈夫だよ、それどころか皆の事を俺達が守ってあげるから、ね?」

 

俺は固まっている娘達にそう言って、安心した表情を見届けてからすぐまた望ちゃんの方へと視線を戻すのであった



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明石ぃ

砲撃音が鳴り響く中、私は照明の点いていない工廠の中で妖精さん達と共に震え上がっていた

 

恐らく戦っているのはこの泊地に所属する艦娘……いや、艦娘だった娘達だろう、先程提督から泊地に残っている施術済みの艦娘を全て出撃させ侵入者を殲滅せよと言う連絡が私に回って来たのだから……

 

何故その連絡が私を経由して施術済みの艦娘に伝えられたのか、何故泊地に所属する艦娘全てに伝えられなかったのか……

 

私を経由して連絡していたのは、私が施術済みの艦娘達を皆工廠の地下に匿っていたからだ。泊地に所属している艦娘で移植手術の存在を知っているのはほんの一つまみ程度しかいないので、何かの拍子で施術された艦娘が手術の存在を知らない艦娘に発見された場合、泊地内が大騒ぎになってしまう。最悪味方同士での殺し合いが始まってしまうかもしれない……

 

それを危惧したのと、施術された娘が他の娘にこの姿を見られたくないと言う理由が合わさった結果、私は独断で工廠の地下に彼女達が安心して暮らせる居住スペースを作ったのである。ただそれもすぐに提督にバレてしまったので、今のように私が彼女達の連絡要員になっているんですけどね……

 

先程の連絡を受けて工廠を飛び出して行った彼女達の無事を祈っていると、外から砲撃音が聞こえなくなった……。果たして彼女達は無事なのだろうか……?

 

そう思っていると工廠の扉が外から開かれた、彼女達が戻って来たのだろうかと思い視線をそちらに向けると……

 

「明石と言えばやっぱここだよなぁ……、っとぉやっぱりいたなぁ明石ぃ」

 

その視線の先にいたのは、ややネットリした男口調で話す潜水棲姫だった

 

「な、何で私の名m「そんなこたぁどうでもいいんだよぉ」どうでもいいって……」

 

何故この潜水棲姫が私の名前を、私が工作艦 明石である事を知っているのかを尋ねようとしたのだが、どうでもいいと切り捨てられた……。そしてこの潜水棲姫は私の都合などお構いなしとばかりに用件を一方的に話し始めたのである

 

「俺達はこの泊地で人道を踏み外したような研究をやってるばぁたれを締め上げに来たんだわぁ、その為に力を貸しやがれ。いいよなぁ明石ぃ?」

 

人道を踏み外したような研究……、まさかこの潜水棲姫はこの泊地の提督が何をやっているのかを知っているの……?でも一体何処でそんな情報を手に入れたの……?いや待て、もしかしたらこれはブラフなのかもしれない……、ちょっと試してみるか……

 

「人の道を踏み外したようなって、一体何のこt「深海化抑制薬……」……っ!!!何故それを知っているんですかっ!??」

 

「そのモルモットになりかけてた長月をこちらで保護したからなぁ、その長月は術後に提督とやらから情報を聞き出したとか言ってたっけかぁ……」

 

長月ちゃんを保護した……?保護したって事は、この人は長月ちゃんを助けたって言うの……?何で深海棲艦が艦娘を助けたの?これは一体どういう事なの……?

 

「まあその前に俺達は神風から頼まれて動いていたんだがなぁ、友達を、春雨 望を助けて欲しいとお願いされてなぁ」

 

神風ちゃんと望ちゃんの事まで……、そうなるとこの潜水棲姫はこの泊地で行われている事を全て知っていると考えていいだろう……、でも何で?何でこの潜水棲姫は敵である私達を助けようとしているの……?敵ならば普通艦娘がどうなろうと知った事ではないはずなのに……

 

「……俺達がおめぇ達を助ける理由が分からねぇって顔してんなぁ、それについて話をする前に確認しときてぇ事があるんだわぁ、いいよなぁ?」

 

確認したい事ってなんだろう?その部分を疑問に思いながらも私達を助ける理由が気になるので、私は1度だけ静かに頷いた。それを見た潜水棲姫が話を始める

 

「おめぇは望が普通の深海棲艦じゃねぇ事、知ってるよなぁ?」

 

「え?あ、はい……、あの娘の検査を最初に行ったのは私ですから……」

 

私の言葉を聞いた潜水棲姫は、ニヤリと笑いながら大きく頷く

 

「なら話がはえぇってもんだわぁ、俺達も望と同じく普通じゃねぇ深海棲艦、転生個体って呼ばれる深海棲艦だってこったぁ」

 

潜水棲姫の言葉を聞いた私は驚愕する、この潜水棲姫も望ちゃんと同じ……?って事はこの潜水棲姫も望ちゃん並に強いって事……?いや、その前に潜水棲姫はさっきから俺達って言っている……。つまりこの潜水棲姫には仲間がいて、その仲間も皆望ちゃんレベルの強さって事なの……?何それ怖い……、そんなのが沢山泊地に押しかけて来たらと考えると、つい身震いしてしまった

 

「続きいくぞぉ、そんな俺達がおめぇ達を助ける理由なんて簡単だぁ、俺達がこの泊地の提督がやっている事が非常に気に入らねぇってだけなんだわぁ。……まあ、俺と相棒には他にも事情があるんだがなぁ」

 

助けてくれる理由が非常にシンプル!他の事情と言うのも気になるけど、これは今は触れない方がいいのかな?うん、取り敢えず今は触れないでおこう!

 

「ってなわけでだぁ、分かったかぁ?分かったよなぁ?分かったんなら俺に力貸してくれるよなぁ?」

 

ちょっと言い方がウザいけど、事情を知った上で助けてくれると言うのであれば信じていいような気がして来た

 

「分かりました、私でいいなら力を貸します。……それで私は何をしたらいいんですか?」

 

潜水棲姫に協力する事を伝えるけど、私は一体何をしたらいいんだろう?っという事で潜水棲姫に具体的な内容を尋ねてみた

 

「なぁに簡単なこったぁ、俺をその手術室とやらに連れて行ってくれぇ。俺ぁこの泊地の事全く知らねぇからなぁ、何処をどう進みゃぁいいか皆目分からん。って事で道案内頼むわぁ」

 

「手術室ですか……、分かりました。今から案内しますので付いて来て下さい」

 

そう言って、私はこのネットリ喋る潜水棲姫を手術室まで案内する為に歩き始めました

 

「おう、しっかり頼むぜぇ……、っとぉそういやまだ自己紹介してなかったなぁ。俺は伊藤 悟ってもんだぁ、覚えときなぁ」

 

簡単な自己紹介を終えた悟さんはすぐに私の隣に並び立ち、私の案内に従って手術室へと進んで行きます

 

その道中で何故手術室に向かうのかを尋ねてみたら、提督を待ち伏せするついでに提督がやっていた移植手術の物的証拠を集める為だと言っていました

 

「集めた証拠は二航戦と妙高に渡しておけば、大本営に届けてもらえるだろうからなぁ。そうなりゃここの提督もお仕舞いだろうよぉ……」

 

そう言ってニヤリと笑う悟さん、……って二航戦と妙高……?大本営……?

 

「あの……、まさかその二航戦と妙高さんって……」

 

「あぁ、おめぇの想像通り、大本営直属主力艦隊の二航戦と妙高だぁ。俺達がここに来る為の準備をしてるところで偶然出会ってなぁ、ここの話したら全員協力してくれるって事になったんだわぁ」

 

クックッと笑いながら答える悟さん、まさかあの大本営直属主力艦隊の方まで来ているなんて……。私達はもしかしたら本当に助かるかもしれない、そう思うと涙が出そうになった

 

「明石ぃ、まだ泣くのははえぇぜぇ。俺はまだ提督を捕まえてもいねぇ、それどころか遭遇すらしてねぇからなぁ」

 

ニヤニヤしながら悟さんが言う、あれ?私泣いてた?全然気づかなかった……

 

「まあマダガスカルに向かっている連中も、あっちの用件終わり次第こっちに来るって事になってっから、早々しくじるなんてこたぁねぇはずだぁ。そうなりゃおめぇ達も晴れて自由の身になるってわけだぁ」

 

「待って下さい、マダガスカルにも戦力を送っているんですかっ!?」

 

「あぁ、そっちは穏健派深海棲艦の幹部との会談が目的だがなぁ。そっちにはウチの最大戦力3人に噂に名高いビッグセブンまでいやがらぁ、すぐにやる事やってこっちに来てくれるだろうよぉ。そうなりゃここの提督も間違いなく終わりだろうよぉ」

 

そう言ってまたクックッと笑いだす悟さん、気になるワードがあったけどそれは今は後回し、どうやらウチの提督はとんでもない人達を敵に回しちゃったんだな~……、これまでやって来た事から一切同情する気になれないけど……

 

そんな事を考えながらも歩みを進める私達、もうそろそろ目的地である手術室に着くはずだ……



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手術室到着

「そう言えば、悟さんは何で私を探していたんですか?こういうのは普通秘書艦の加賀さんとか当たると思うんですけど……」

 

手術室へ向かうその道中で明石が俺に尋ねて来た、まあ普通に考えりゃそんな疑問も浮かぶわな

 

「おめぇは秘書艦が加賀だって知ってるからそう言えるんだろうよぉ、俺達はさっきここに来たばっかで誰がここの秘書艦で、そいつが何処にいるのか全く知らねぇんだぜぇ?」

 

俺がそう指摘したところで気が付く明石、そもそも俺達はここの提督にとっては招かれざる客なのだ、自分が提督の~、こちらは秘書艦の~ってな感じの挨拶なんてやってるはずもないのだからな

 

「それによぉ、この世界の艦娘の仕様を知っているのなら、おめぇが工学関係だけでなく医学についても精通してるってのは簡単に予想出来るんだぜぇ?」

 

そう、この世界の艦娘は艤装と言う兵器を装備した普通の人間の女性なんだから、戦えば艤装だけでなく人間の方も怪我をする可能性だって十分あるのだ。この世界の入渠は艤装の修理だけでなく、艤装を使う人間の治療も行わなければならないので、それらを担当する明石は機械の事だけでなく医学的知識と技術も身に付けていなければならないはずだ

 

「んで、ここの提督がやっている事は薬学と医学が関わっているはずなんだわぁ、そうなると提督が医学の心得があるおめぇに何かしらの手伝いをさせた可能性が十分考えられるんだわぁ……、そこのところどうなんだぁ?」

 

俺の推理を聞いた明石は目を丸くして驚いてやがらぁ、この反応を見る限り多分俺の推理は当たりなのだろう

 

「お見事です……、悟さんの言う通り私は最初のあたりの1、2回は提督の手伝いをしました……、ですがそれ以降は私が耐えられなくなって手伝いを拒否するようになったんです……」

 

明石はそう言うとポツリポツリと話し始める、まるで自分がやった事を俺に懺悔するように、異形艦娘達に許しを乞うように……、仕舞いにゃ嗚咽混ざりでごめんなさいを繰り返す始末……

 

俺はそんな明石の頭に手を置き、慰めるようにその頭を優しく撫でる

 

「その気持ち、ぜってぇ忘れんじゃねぇぞぉ。てめぇがやった事を悔む為でなく、落とし前をつける為にだぁ」

 

俺がそう言うと、明石は涙を流しながら頻りに頷く。俺は明石が落ち着くまでの間ずっとその頭を撫で続けるのだった

 

 

 

「ご迷惑をおかけしました……、さっきので時間取っちゃいましたね、それでは改めて先に進みましょう」

 

そう言って再び手術室に向かって歩き出す明石、その表情は先程までと打って変わって覚悟を決めた凛々しいものになっていた

 

「確か悟さんは手術室で提督を待ち伏せると言っていましたが、提督が今この状況で本当に手術室に来る可能性はあるのでしょうか?」

 

「間違いなく来るだろうよぉ、実験体を補充する為になぁ」

 

俺は明石の疑問に答えたんだが、明石の方はよく分からないって感じの顔をしていやがった

 

「ここの提督にとって、ここの艦娘は深海化抑制薬の実験をする為のモルモットに過ぎねぇんだろうよぉ。そんで今俺達の手によってそのモルモットが全滅したわけだぁ、そうなると薬の実験どころじゃなくなっちまうだろう?だから今からモルモットを補充する為に移植手術を行うだろうって思ったんだわぁ」

 

「なるほど……、でもそうなると悟さん達の事放置する事になるじゃないですか、移植手術中に悟さん達が乱入してくる可能性は考えてないんでしょうか?」

 

「恐らく望が俺達全員を確実に始末すると思ってんだろうよぉ、まあそうは問屋が卸さんってなぁ。こっちは前回戦った時手酷くやられてんだからなぁ、対策も練ってるみてぇだしその為の準備も万全、それに望と因縁がある奴がやる気に満ち溢れてやがるもんだからこっちが負けるビジョンが全く見えねぇんだよなぁ」

 

俺はそう言ってクックッと笑う、それを聞いた明石は引きつった表情でそうですか、と短く答えていた

 

「っと話をしている間に問題の手術室に……って、え……っ!?」

 

明石はそう言って前方を指差すが、その直後に驚愕の表情を浮かべて固まってしまった。明石の反応を見る限り、件の手術室に到着したようなのだが様子がおかしいようだ。俺は明石のリアクションを不審に思い、その指が指し示す方向に目を向けると……

 

「手術中……ねぇ……」

 

手術室の入口にある手術中のランプが点灯していた、それはつまり既に提督は誰かをここに連れて来て、移植手術を始めたという事に他ならない

 

「まさかもう提督が行動を開始したのっ!?だったら急g「嫌あああぁぁぁーーーっ!!!」この声は龍鳳さんっ?!悟さん、急がないと龍鳳さんがっ!」

 

「分かってるっ!行くぞ明石ぃっ!」

 

そう言って俺達は走り出し、手術室の扉に手をかけたのだが……

 

「ちょっ!?扉が開かないっ!内側から鍵をかけられてるのっ!?」

 

明石の言う通り、手術室の扉は鍵でもかけてあるのか押しても引いても横にスライドさせようとしても開かなかった、明石が体当たりをしたところで扉はびくともしない

 

「退けっ!」

 

俺はそう叫んで明石を退かし、オベロニウム製メスを取り出すや否や扉を滅多切りにして蹴りを入れる。すると扉は細切れになって飛んでいき、俺達は無事手術室の中へ侵入する事に成功した

 

その中には手術台に両手足を固定された龍鳳と、見知らぬ男の姿があった

 

「龍鳳さん!無事ですかっ!?」

 

「明石さんっ!って隣にいるのは潜水棲姫っ!?」

 

明石は龍鳳に向けて大声で呼び掛け、それに反応した龍鳳は首だけ動かしてこちらを見るなり驚き硬直する。今の状況で深海棲艦もクソもねぇだろうがよぉ……

 

「うるさいですよ明石、扉を破壊してまで何の用ですか?」

 

淡々とした声で明石に用件を尋ねる男、恐らくこいつがこの泊地の提督なのだろう……。提督はこちらへ一切視線を向ける事無く、手術の準備でもしているのか手をせわしなく動かしている

 

「用があるのは俺の方なんだよなぁ、おめぇがここの提督かぁ?」

 

提督の背中に俺が問い掛ける、だが提督は俺の言葉が聞こえなかったのかこちらを向こうともせず、麻酔と思わしき注射器を片手に龍鳳に近付いた

 

それを見るなり、俺はすぐに数本の縫合糸を取り出し注射器を持っている提督の腕目掛けて投げ飛ばし、1本は注射器に巻きつけて注射器を破壊、それ以外のものは提督の腕に巻きつけて提督が腕を自由に動かせないように拘束した

 

「シカトしてんじゃねぇよぉ、もう1度聞く、おめぇがここの提督なんだよなぁ?」

 

俺がそう言うと、ようやく提督と思わしき男はこちらを見るのだった。その顔はまるで髭を剃った翁の能面でも付けてるのかと思うような、感情の籠っていない不気味な笑顔だった

 

「……こんな事をするという事は、貴方はアレクサンドラさんの関係者ではありませんね?」

 

ちょっと待て、話が噛み合っていない云々はさて置いて、何かとんでもねぇ奴の名前が聞こえなかったか?アレクサンドラって確か剛さんの嫁さんの名前だったと記憶してんだが……、こりゃぁこいつに聞かねぇといけねぇ事が増えちまったなぁ……

 

「アレクサンドラさんの関係者ではないとなれば、ただの侵入者……。望は一体何をしているのでしょう」

 

こいつがそう言った刹那、外から大きな爆発音が聞こえた。恐らく光太郎達が望に何かやったんだろう

 

「望なら俺の仲間が相手してるぜぇ、さっきの音もそいつらが何かやったんだろうなぁ」

 

「そうですか、ならば仕方がないですね」

 

提督と思わしき男はそう言って、俺に拘束されていない手をズボンのポケットに突っ込み、その中にある何かを操作しているようだった

 

「おい、何して……」

 

俺が何をしたのか聞こうとした瞬間、手術室の壁を突き破って何かがこの手術室に侵入して来た

 

「おいおいおい……、マジかよぉ……」

 

手術室に侵入してきた奴の姿を見た俺は、思わずそんな言葉を呟いた

 

その姿は今まで見た異形の中でもトップクラスに異質なものだった

 

正面から見れば長門型戦艦の艦娘、後ろから見れば戦艦水鬼、足は長門型艦娘のそれなのだが踵の部分が戦艦水鬼の爪先になっており、腕は4本生えていた

 

「行きなさい戦艦宿儺(せんかんすくな)、そいつを始末しなさい」

 

奴がそう言うと、戦艦宿儺と呼ばれた化物は咆哮を上げて俺に襲い掛かって来たのであった



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提督の事情

全く……、こんなのアリかよ……。俺は心の中で悪態をつきながら、突如手術室に乱入してきた戦艦宿儺とやらと激しい攻防戦を繰り広げていた

 

いつもだったら戦艦空母は潜水艦の餌と言い切るところなのだが、今回ばかりはそうはいかない。今こいつと戦っている場所は陸の上なのである、潜水艦らしく潜行して身を隠し魚雷で仕留めるなんて真似が出来ないのだ

 

お互い姿を晒したままでの殴り合いとなると、例え転生個体であったとしても耐久と装甲が脆弱な潜水艦である俺の方が圧倒的に不利なのである

 

更に言えば、ある意味龍鳳が人質に取られているようなものなので迂闊な事が出来ないと来ている

 

「望だけでなくこんなもんまで準備してるとはなぁ……」

 

提督の腕に縫合糸を巻き付けたまま、戦艦宿儺の攻撃をかろうじて捌きながら俺がそう呟く

 

「この娘についてはたまたまですよ、廃人になってしまった彼女の代わりをどうするか考えている時に、丁度いいタイミングで主力艦隊の娘達が望を連れてきましたからね」

 

俺の呟きが聞こえていたのか、あの野郎が返答してきた。この娘が廃人化……?こいつはこの娘に一体何をしたんだ?そしてこいつは艦娘が廃人化するような事を望にやったって言うのか……?そこまで考えたところで、望がヤク漬けにされていたって話を思い出す

 

恐らく廃人化の原因は何らかの薬のテストなのだろう……、内容的に抑制薬関係ではなさそうだ、もし抑制薬の実験だったら転生個体とはいえ深海棲艦の望でやる必要がないからな……

 

そんな事を考えていたら、提督の奴が聞いてもいねぇのに独りで話し始めた

 

どうやらこの娘と望は、提督が剛さんの嫁さんから頼まれて作っていた身体能力の上昇と激しい高揚感を与える薬の実験台にされていたようだ。そして望を使って薬のテストをしていた際、ソロモン方面へ向かった望が戦艦水鬼を生け捕りにしたんだとか……

 

そんでこの提督、生け捕りにした戦艦水鬼を廃人化した艦娘にほぼ丸ごと移植したとか言いやがった……、こいつ一体何考えてやがんだ……?

 

「その結果、彼女はこの通り自力で行動出来るくらいに回復したのですよ。まあ精神が安定していないようなので、依頼の前金代わりにもらった首輪を付けて何とか落ち着かせている状態なのですけどね」

 

この状態を回復したと言い切るその勇気には感服するわ……、つかあの首輪は剛さんの嫁さんが作った代物だったか……、少々手こずるだろうが護ならきっと何とかしてくれる事だろう。剛さんの嫁さん製ミサイルの時も何とかしてたからな、あいつ

 

「しかし、アレクサンドラさんには本当に感謝しなければいけませんね、彼女のおかげでこうやって深海化抑制薬を作る事が出来るのですから」

 

相変わらず能面じみた笑顔を貼り付けたままそう語る提督、こっちの薬も剛さんの嫁さんが関わっていたか……。俺がそんな事を考えてながら戦艦宿儺の相手をしてる間も、提督はまた独りで語り始める

 

そもそも、この提督が何故深海化抑制薬なんてものを作ろうとしたのか……。それはこの提督のミスから始まったんだとか……

 

この提督、自身の判断ミスであろうことか指輪を渡した艦娘を沈めてしまったとか言いやがった

 

そんでしばらくの間その悲しみに明け暮れていると、ある日1匹の深海棲艦が泊地に向かってきたんだとか

 

何とか気力を振り絞り深海棲艦を迎え撃つように艦娘達に指示を出し、戦闘を開始したそうなのだが、その最中に通信機に通信が入ったんだとよ。……嫁艦とイチャつく為だけに準備した専用の通信機にな……

 

そこから聞こえたのは沈んだと思っていた嫁艦の声と激しい爆発音、そして先程泊地に近付いて来た深海棲艦を討伐する為に送り出した艦隊の旗艦を務める艦娘の声……

 

そこで提督は気が付いたんだとよ、泊地に近付いて来た深海棲艦が自分の嫁艦の成れの果てだって事にな……

 

それに気付いてからすぐに攻撃中止を呼び掛けるも間に合わず、自分の嫁艦だった深海棲艦は海の底へと姿を消していったんだとか

 

「艦娘が深海棲艦になると言う噂は聞いた事がありました、その時は所詮噂と切り捨てていましたが、まさか本当にそうなるとは思いもしませんでしたよ……」

 

それからと言うもの、提督はその現象を調査していたそうだが、結局何も分からず仕舞いだったそうで……

 

「途方に暮れていたその時でしたよ、彼女が私の前に姿を現したのは……」

 

執務室で独り頭を抱えていた時に、いつの間にか執務室の中に入って来ていた剛さんの嫁さんに声をかけられたんだそうな

 

「最初は本当に驚いたものです、彼女は泊地のレーダーをかいくぐり執務室に音も無く侵入していたのですからね。誰かを呼ぼうとしても身体が言う事を聞いてくれませんでしたよ、あまりの恐ろしさでね……」

 

あまりの恐怖で身動きが取れなくなった提督に向かって、剛さんの嫁さんはとある取引を持ち掛けて来たそうだ

 

「私の腕を見込んで作って欲しい薬がある、もし作ってくれるのならば私が欲しがっている情報を提供する……でしたね……。その話を聞いた私は縋る様に承諾しましたね、何としてでも艦娘の深海棲艦化を止めたくて必死でしたので」

 

その日から、この泊地の艦娘達の地獄が始まった……

 

「移植の件も、彼女の提案なんですよ。わざわざ轟沈するのを待つよりもそうした方が早いと言う事でした、実際にその通りだったので本当に彼女には驚かされましたよ」

 

まさかそこも剛さんの嫁さん絡みだったとは……、冗談抜きでやべぇ奴じゃねぇか、剛さんの嫁さんはよぉ……

 

「他にもあるんですよ?彼女の素晴らしい提案は……、艦娘の補充方法についてもそうでしたね。後遺症に悩まされる艦娘を集めれば、大本営からの派遣を待つよりも多くの艦娘を短時間で集める事が出来るとかですね。彼女は本当に素晴らしい方ですよ、前金の首輪の件も、まるでこうなる事を知っていたかのようでしたしね」

 

こいつ、剛さんの嫁さんの傀儡に成り果ててねぇか……?滅茶苦茶都合よく使われてるような気がするんだが……

 

まあ精神的に弱ってたところを付け入られたんだからこうもなるか……

 

「こうして彼女の助言と私の努力の結果が、近い内に実を結ぼうとしているんですよ。そうなればきっと多くの艦娘を深海棲艦化の恐怖から解放する事が出来る、私はそう信じています。多くの艦娘を救う為にも、私はより一層頑張らなければなりません」

 

「その為の犠牲は仕方ねぇってかぁ?てめぇの自己満足の為に殺された艦娘達は、今のセリフを聞いて何を思ってるんだろうなぁ?」

 

戦艦宿儺と提督の気を引くために、俺は適度に宿儺を攻撃しながら提督にそう投げかけた

 

「殺された?貴方はおかしな事を言いますね、彼女達はここにいるではないですか」

 

そう言って辺りを見回す提督、……今度戦治郎に言っておかねぇといけねぇな、長門屋の求人に霊能力者と薬剤師を追加しておけってな……

 

「深海抑制薬が完成した時には、貴女も私にきっと微笑みかけてくれる……、そうでしょう?」

 

そう言って提督は自身の隣にいると思い込んでいる誰かに視線を送っていた……、正直超怖ぇ……、この時も能面笑顔のままだからより一層恐怖が掻き立てられる……

 

「さて、お喋りはこのあたりにしておきましょう。私は今から新しい実験体を作らなければいけませんから……ね……?」

 

提督はそう言って手術台の方へ向き直ったのだが、先程までそこにいた龍鳳の姿が見えなくなっていた

 

「……どういう事ですか?」

 

「たぁっはっはっはぁっ!てめぇがダラダラ喋ってる間に、龍鳳は明石が連れて行ったぞぉ、話に熱中し過ぎなんだよばぁかぁっ!!!かぁっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃぁっ!!!」

 

先程俺が言った通り、俺が宿儺と提督の注意を引き付けている間に、明石に目配せして龍鳳の救助と避難を頼んでおいたのだ

 

「これで周りを気にせず戦えるってもんだぜぇ……、てめぇら、覚悟は出来てるかぁ?」

 

俺はニヤリと獰猛な笑みを浮かべながら、提督と宿儺をしっかりと捕捉する。そんな俺を見た提督は

 

「やりなさい」

 

短くそう告げて、俺に宿儺をけしかけてきた

 

「さぁ……、手術の時間だぁ……」

 

俺は咆哮を上げながら突進してくる宿儺を見据えながら手術開始を宣言し、手に持てるだけのオベロニウム製メスを持って宿儺を迎え撃つのであった



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ラウンド2

さて、龍鳳を無事解放しこれでようやく暴れられると言うわけだ

 

もしあのまま全力で戦闘しようものならば、大体龍鳳が酷い目に遭うのが目に見えていたからな……

 

全力で戦闘をする場合、両手を使わなければいけない状況になる可能性があるので、いつまでも提督の腕を縫合糸で拘束しているわけにもいかない。だが龍鳳が拘束されたままの状態で提督の腕の拘束を解除したら、提督は間違いなく龍鳳に移植手術を敢行していただろう……

 

それを防ぐ為にも、提督の腕は明石が龍鳳を助け出すまで拘束し続けなければならなかったのだ

 

だったら提督を縫合糸でぐるぐる巻きにしたらよかったんじゃないかって?咄嗟にやった事だったのに加えてそれが出来るような距離じゃなかったから仕方がないんだよ

 

それに提督の注意を引き付けるには、こっちの方が都合がよかったんだよなぁ。適当なタイミングで、適度な力で縫合糸を引っ張ったりして俺の方に意識を向けさせたり、提督の腕を拘束している都合で片腕が使えないってのを敢えて見せつけて、少々不利そうな俺に戦艦宿儺を差し向けるよう誘導したりするのになぁ

 

後はまあ提督の拘束云々とは別に、全力戦闘による流れ弾での被害も考えなければいけないな。龍鳳は拘束されてるから回避行動なんて出来るわけがねぇんだ、俺のメスが龍鳳にブッ刺さったり、宿儺の攻撃が直撃する可能性が十分ある。多分宿儺のパンチとか喰らったら俺も龍鳳も挽肉になっちまうだろうよぉ……

 

「―――――!!!」

 

そんな事を考えていると、生物が出せるとは到底思えないような声で咆哮を上げながら、宿儺が俺の方へと突っ込んで来るなり4本ある腕の内右の2本を使って殴りかかって来た

 

俺は提督の腕を拘束していた縫合糸を引き戻し、宿儺のパンチを回避しながらすれ違い様にメスを投擲、その腕にメスを突き立てる

 

「おっ投げたメスはしっかり刺さったようだなぁ、戦艦だから弾かれると思っていたがこれなら俺でもいけそうな気がしてきたわぁ」

 

宿儺に対して煽るように言うが、ぶっちゃけこれは割と本気の素の安堵の言葉だったりする。もしさっきの攻撃が通用しなかった場合、俺に残されてる手札は魚雷だけになってしまうからだ

 

これを期に俺の猛攻が始まる、距離を取ってはメスをばら撒き、距離を詰められれば回避しながらカウンター気味にメスを投擲、1度相手の腕に縫合糸を巻き付けてから壁を蹴り、遠心力を使って背後に回り込もうとしたが相手に縫合糸を力任せに引き千切られて失敗、危うく自爆するところだった

 

「貴方も中々しぶといですね」

 

「こんな知性も技術もねぇ、力任せに腕を振り回してるだけの奴に後れを取るわきゃねぇだろうがよぉ。俺は何時から闘牛士になったんだぁ?とか思っちまったわぁ」

 

今まで傍観していた提督が口を開きそう呟いた、それに対して俺は軽口で返答してやった。まあそんな事が言えるのは偏に宿儺が射撃武器を持っていないからなんだがな、もし射撃武器なんか使って来てたらここまで有利に事を運べなかっただろうな

 

「なるほど……、ならばこうしましょう」

 

提督の奴はそう言うと、ポケットの中からスイッチのようなものを取り出してそれを指で強く押し込んだ。恐らくそのスイッチは先程宿儺を呼び出す時に使ったのと同じものだろう、実際提督の手に握られたそれにはスイッチが2つ付いており、提督がポケットから取り出した時には既に片方は押し込まれた状態だったんだからなぁ……

 

……ってちょっと待て、それはつまりあれか?おかわり注文したって事なのか?だったら不味くないか……?いや、もしかしたら追加注文の方も宿儺と同じで接近戦しか出来ない奴かもしれない、そうであって欲しいものだ……

 

そんな俺の淡い期待は粉々に打ち砕かれた……

 

宿儺が突き破った壁からまた何かが姿を現したのだ、それも宿儺が開けた穴を拡げるようにして……

 

「艤装の方もあんのかよぉ……、しかも厄介なもんまで背負っちゃってまぁ……」

 

そう、先程この部屋に入って来たのは戦艦水鬼の艤装、しかもその艤装が長門型の艤装を背負っているのである

 

「本体の方は構造の都合上艤装が装備出来ないから、艤装の方に装備させましたってかぁ?」

 

思わずそう呟く、宿儺は後頭部にも顔がある為、艤装の排煙が後ろの顔に直撃し視界が遮られて後ろにも顔がある事の有利性を活かせそうになかったり、顔の位置は別々でも身体は1つなので、裏の顔が排煙を吸い込んで咽た場合表の方にも影響が出てしまう可能性から艤装を撤廃したと思っていたところでこれだったからな……

 

「「―――――!!!」」

 

宿儺と艤装が同時に吼え、宿儺が俺目掛けて突進して来た。俺はそれを先程までと同様に回避してメスを叩き込もうとするが……

 

「―――――!!!」

 

艤装の方が咆哮を上げながら砲撃してきたのだ、それも回避行動が終わった直後の俺を狙い澄ましたようにだ

 

それに気付いた俺は急いで縫合糸を飛ばして適度な大きさの機材に巻きつけるなり、縫合糸を引っ張り機材を引き寄せて盾にする

 

「ぐぅっ!」

 

機材を盾にしたおかげで直撃は何とか避ける事が出来たが、俺の身体は爆風で吹き飛ばされた後、壁際にある薬品棚に叩きつけられてしまった

 

流石は戦艦ってところか……、一撃が重い事重い事……。もし直撃なんてしていたら俺の身体なんて1発でバラバラになっていただろうなぁ……

 

そんな事を考えていると、またもや宿儺が俺の方へと突っ込んで来た

 

「そう何度も同じ手は食わねぇってんだよぉっ!」

 

俺はそう叫び、近くに転がっていた薬品の入った瓶を宿儺へと投げつけた。この瓶は俺が爆風で吹き飛ばされ薬品棚に叩きつけられた拍子に、棚から落ちて来たものである。落下の衝撃で割れてないのは、棚に背中を預けて床に尻を突いていた俺の身体がクッションになったからだ

 

俺の予想外の行動に対してすぐに反応出来なかったからか、瓶は宿儺の顔面に直撃し……

 

「―――――っ!!?」

 

悲鳴じみた咆哮を上げながら目を押さえながら勢いよく仰け反る

 

「あっひゃっひゃっ!効くだろぉ?そいつは目に入ると失明の危険性があんだぜぇ?」

 

俺が宿儺に投げつけたのは消毒用の過酸化水素水、一般的にはオキシドールと呼ばれている薬品である

 

「――っ!?――?!――!??」

 

宿儺はその目に襲い掛かる刺激から逃れようと必死になって腕で目を擦るのだが、どうやら瓶の破片も一緒に入ったようで、宿儺が目を擦れば擦るほど刺激が増し、仕舞いには目から血が流れ始めていた

 

本体がこんな状態になってしまったせいで、艤装の方は暴走しそこかしこに砲撃をし始める。その砲弾が何度か提督を掠めるが、提督はそれに対して全く動揺していないようだった

 

「艤装を出せば有利になると思っていたみてぇだが、そんな事ぁ無かったなぁ。まあこればっかりは運が悪かったと諦めなぁ」

 

俺はそう言いながら天井に向けて縫合糸を飛ばし、針が天井に刺さったのを確認したところで手首に付けているドラムで縫合糸を巻き取りながら上昇を開始、ある程度の高さになったところで制止して今度は前後に身体を揺らして振り子運動を始める

 

「このくらいの高さから落とせば、ちゃんと仕事してくれるよなぁ?」

 

俺はそう呟きながら空いた手に艤装を展開し、魚雷発射管に魚雷を装填する。そして振り子運動を続けながら宿儺と艤装に狙いを定めて……

 

「こいつぁとっておきだ、遠慮せず持って逝きなぁ」

 

俺は先程装填した魚雷を全て宿儺と艤装の頭上に投下し急いで目を閉じる、流石にこの状態でゲロを吐くのは格好がつかねぇからなぁ……。そんな下らない事を考えていると下の方から爆発音が聞こえる、どうやら投下した魚雷は俺の思惑通り起爆したようだ

 

目を開き下の方を見てみると、ボロボロになって床に倒れている宿儺と艤装の姿があった。どちらも身体の一部が欠損していたりするところを見ると、また起き上がって襲い掛かって来ると言う心配はなさそうだ

 

「さて……とぉ」

 

縫合糸を完全に巻き取り天井に刺さった針を回収し、落下しながらそう呟いて床に着地する。天井から床まで結構な高さがあったと思うが、それでもちょっと足が痺れる程度で済んだ我が身に薄ら寒いものを感じた、深海棲艦の身体はスゲェなぁ……

 

「さぁ、次は何を見せてくれるんだぁ?その様子だとまだ何か隠してんだろぉ?それともあれかぁ?今ので打ち止めでその態度はハッタリだったりすんのかぁ?なぁ、どうなんだぁ?提督さんよぉ……」

 

俺は提督にメスを向けながらそう言った、この提督、宿儺がやられても相変わらず能面笑顔のままだったもんから、きっとまだ何か隠し玉があると思ったのだ

 

「まさか戦艦宿儺を倒してしまうとは……、恐れ入りました……」

 

そう言って提督は懐から何かを取り出した、あれは……無針注射器か……?

 

「ですが、このまま素直に貴方に捕まる気はありません。先程貴方が望んだ通り見せて差し上げますよ、私の切り札を……」

 

そう言って提督は自身の首筋に無心注射器を押し当てボタンを押す、ウッと声こそ漏らせど表情はやはり変わる事も無く能面スマイルのままだった

 

「おい、今何をしやがったんだぁ?その無針注射器の中身は何なんだぁ?」

 

注射器の中身が気になり提督に尋ねる俺、すると提督は身を震わせながらとんでもない事を言いやがった

 

「あの注射器の中身ですか……?あれは深海棲艦の血液ですよ……」

 

まさかこいつの切り札が自身に移植する事だったとはなぁ……、輸血も臓器移植の1つになるから、これも深海棲艦の血液を自分に移植したと言えるだろう……

 

そんな事を考える俺の目の前で、提督の身体に変化が起き始めるのだった……



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提督の成れの果て

『おめぇら、ここの艦娘の避難はどのくらい進んだんだぁ?』

 

この泊地に所属している艦娘達の救助作業を行っていた不知火達の通信機から、提督の拘束に向かっている悟さんの声が聞こえました

 

「全体の7割と言ったところでしょうか、伊勢さん達の協力のおかげで救助作業はスムーズに進んでいます」

 

『いきなりどうしたんです?何かそっちでヤバい事でも起こったりしちゃったりするんですかい?』

 

不知火が悟さんに現在の避難状況を報告したところで、司さんが不知火が疑問に思った事を代弁してくれました

 

現在不知火達は不知火、陽炎、九尺さん、天城さんのチームと司さん、龍驤さん、天津風、伊勢さんのチームに分かれて救助作業を行っています。不知火達の事情を知った伊勢さん達が協力を申し出てくれたおかげで、チーム分けによる作業効率アップと泊地の艦娘達の説得が円滑に進むようになりました。2人には本当に感謝しなければいけませんね

 

『司が言う通り不味い事になったわぁ……、具体的に言うと提督の奴が化物になりやがった』

 

『悟さん、一体何があったのですか?』

 

司さんの質問に悟さんが答えたのですが、その内容がいまいち飲み込めず今一度話を聞こうとしたところで、今度は大本営の皆さんと一緒にこの泊地の提督がこれまで行ってきた数々の悪行の証拠を集めに行っている神通さんが悟さんに尋ねました

 

『提督の奴、自分に深海棲艦の血液を注入しやがったんだぁ。そんで姿がバイオブロリーとか腐った巨神兵みたいになりやがった』

 

バイオブロリーと言うのが何なのか分かりませんでしたが、腐った巨神兵と言うので泊地の提督がどのような姿になったのかが想像出来ました。あの作品は名作ですからね、施設にいた時に何度も観た覚えがあります

 

『バイオブロリーって……、あの身体がドロドロになってるアレか……。お前そんなの相手にしながらよく通信出来るな?』

 

『それがなぁ、あいつ俺の事無視して絶賛食事中なんだわぁ。俺が倒した戦艦宿儺とその艤装をなぁ……』

 

望さんと戦っていた光太郎さんの疑問に対して、悟さんはそう答えました。戦艦宿儺とは何なのでしょうか?悟さんが倒したという事は敵だったのは分かりますが……

 

『宿儺については後で説明してやらぁ、それよりもおめぇらはこいつが飯食い終わるまでに艦娘達の避難を完了させなぁ。それより先にこいつが動き始めたら、そんときゃぁ俺が出来る限りの足止めはしてやんよ』

 

「分かりました、急いで艦娘達の避難を完了させます。悟さんもあまり無理はしないようにして下さい」

 

『あいあいさ~、そんじゃちゃっちゃと艦娘ちゃん達をお助けしちゃったりしましょうかね~。その後すぐにそっちに向かって悟さんの事カッコよく助けちゃいますよ~、この超イケてる俺様がねぇ!』

 

悟さんの指示に返答する不知火と司さん、悟さんがここまで言うとなると提督は相当危険な存在に成り果てたのでしょう……、戦艦宿儺とやらが異形艦娘だと仮定したら、それを食す提督は艦娘も食す事が出来るのではないでしょうか……?

 

「あの、不知火さん?今の通信はどういった内容だったのでしょうか……?」

 

不知火が思案しているとこの泊地の主力艦隊の1人であり、不知火達に協力を申し出てくれた天城さんから声をかけられました。そう言えば天城さんは通信機を持っていませんでしたね……

 

「先程の通信の内容ですが……」

 

不知火は天城さんに先程の通信の内容を伝えようとしたのですが……

 

ヴィイイイィィィーーーッ!!!ヴァアアアァァァーーーッ!!!ヴィイイヴィイイヴァヴァヴァヴァアアアァァァーーーッ!!!

 

チェーンソーが発するけたたましい音が、不知火の声を完全に打ち消してしまいました……

 

どうやら九尺さんが部屋の扉を破壊して、中にいる艦娘を引っ張り出そうとしているのでしょう。まあこれに関しては仕方がない事ですね、不知火達が今すぐ避難するようにと懸命に説得していたにも関わらず、それに耳を一切傾けず部屋の中に立て籠もろうとしていましたからね……。部屋の中から凄まじい悲鳴が聞こえますが気にしません

 

「ふんぬぅっ!!!よっし扉開いたよっ!」

 

「いくら扉に鍵が付いてても、鍵が付いてる部分を扉から切り離されちゃどうしようもないわね……、っとそれは兎も角……ここは今から戦場になるわっ!だから急いで逃げてっ!」

 

チェーンソーを停止させてから扉に体当たりするようにして部屋の中に侵入する九尺さんを見て、陽炎がそれらの行動に対する感想を引き攣った表情で述べた後、気を取り直してから中にいた艦娘達に避難するように呼び掛けます

 

「……天城達の時もそうでしたけど、これは流石に強引過ぎませんか……?」

 

「状況が状況ですからね、この場から離れなければ待っているのは絶望的な死だけです。不知火達はそんなものを見たくはありません、だから少々強引だったとしても彼女達にはここから逃げて、生きてもらわなければならないのです。っと通信の話でしたね、先程の通信ですが……」

 

天城さんの言葉に不知火はそう返した後、通信の内容を天城さんにしっかりと伝えました。……少々強引な手段だったとしても、それで助けられる命があると言うのならば不知火達は躊躇う事無くその手段を用いるつもりです。もうフェロー諸島の時のように無駄な犠牲を出したくはありませんからね……

 

「そんな……、提督がそんな事になっているなんて……」

 

不知火から通信の内容を聞いた天城さんは、口元を手で覆いながら驚愕の表情を浮かべている。自身の提督がそのような化物に変貌してしまったと聞けば、誰だってこのような反応をするでしょうね……

 

「戦艦宿儺と言うのがいまいちよく分かりませんが、恐らく移植手術の被害者なのでしょう、提督がそれを食べているとなると恐らく艦娘も食べる可能性があるので、急いで艦娘達の避難を完了させて欲しいとの事でした」

 

「まあそいももうちょいで終わるやろうね、天城さん達の手伝うて(てつどうて)くれんかったらおいが全部の扉ばぶった切らんぎんたぁいかんかったけんね。まあ最初に天城さん達の部屋に入った時伊勢さんに斬りかかられたとはがばいビビったとけどね」

 

そう言って九尺さんが先程までチェーンソーを握っていた腕を回しながら不知火達の会話に加わってきました。まあチェーンソーを持ったト級が部屋に入ってくればそうなるのも仕方ないとは思いますが……

 

「あの時はすみませんでした……、天城達も気が動転していましたので……」

 

「よかよか、おいもこがんナリばしとっけんそがんなるて思っとったけんね。そいよいも次はどっけ行けばとね?向こうで陽炎の待っとうごたんよ?」

 

そう言って九尺さんが指差した先には、腕を組み右足をパタパタさせている陽炎の姿がありました。どうやら私達が話をしている間に、この部屋の艦娘は無事に部屋から出てくれたようです

 

「あんた達、お喋りはそのへんにして次に行くわよっ!」

 

「待たせてしまってすみません、確かここは先程の人達で最後でしたよね?」

 

「はい、この艦娘寮にいたのはさっきの娘達で終わりですので、次の寮へと向かいましょう!」

 

早く次に行くようにと急かす陽炎に謝罪を入れながら、天城さんに確認を取った後不知火達は次の場所へと移動を開始しました

 

こうして着々と避難を完了させていた不知火達ですが、遂に危惧していた事態が発生してしまったようです

 

『遂に提督の奴が動き出しやがったぁっ!ってぇこれはぁ……、足止めするのは俺1人じゃぁ無理そうだわぁ……、すまんが撤退するわぁっ!』

 

通信機から悟さんの声が聞こえるなり急に地面が揺れ始めました、何事かと思い周囲を見回していると入渠施設から悟さんが飛び出して来て……

 

「何よあれえええぇぇぇーーーっ!??」

 

悟さんが入渠施設から飛び出して来た直後に、入渠施設の入口を突き破って巨大な何かが姿を現しました

 

「あれが……提督だと言うのですか……?!」

 

それを見た天城さんが思わずそう呟いていました、不知火達の前に現れたそれは何とか人の形は保っているものの、その身体の表面はドロドロとした何かに覆われていました。そしてその大きさはあの大五郎よりも一回り大きく、悟さんが腐った巨神兵と例えた事に妙に納得してしまいました

 

「足止めするとか言っておきながらこの様だぁ、笑いたきゃ笑いなぁ」

 

悟さんはそう言いますが、そんな事をするつもりは全くありません。これは流石に足止めは無理だと不知火も思いましたから……

 

「ル"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ」

 

不知火がそんな事を考えていると、腐った提督は咆哮を上げた後不知火達の方へと視線を向けたのでした……



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獅子座と蟹座

「これじゃない……、これでもない……、あぁもう!アレは何処に仕舞ったんだっけっ!?」

 

明石さんと共に手術室を脱出した私は、明石さんに手を引かれるまま工廠へと来ていました

 

明石さんは工廠に着くなり、工廠の隅に置かれた大きな箱の中を漁り何かを探しているようでした

 

「あの、明石さん?一体何を探しているんですか?」

 

「武器ですよ武器っ!それもとっておきの奴ですっ!!!」

 

とっておきの武器?それは一体何なのでしょう?私が疑問に思っている傍らで明石さんは必死になって箱の中を漁り……

 

「あったー!まずは1つ!後の2つは……っと」

 

そう言って明石さんが箱の中から取り出したのは……

 

「これは……、拳銃ですか?これが明石さんの言うとっておきの武器なんですか……?」

 

そう、明石さんが取り出したのは1丁の自動拳銃でした。スライドの部分にアルファベットで『Cerberus』と刻まれているその拳銃は、私が見たところではちょっと変わったデザインをしていると思うくらいで他の拳銃と何ら変わりがないように見えました……

 

「そうです、これがとっておきの武器第1号です!……と言っても、これは私が作ったわけじゃないんですけどね……」

 

明石さんはそう言いながら私にその拳銃を渡すなり、再び箱の中を漁り始めます

 

「その拳銃と他の2つ……、グレネードランチャーとアンチマテリアルライフルなんですけど、過去に提督に処分するようにと渡されていた物なんですよ」

 

そう言って明石さんはそれらの武器の入手経路を話し始めました

 

明石さんが言うには、泊地に所属していた長門型戦艦の艦娘の娘が行方不明になった頃に、提督が急に工廠を訪れるなり明石さんにそれらの武器を渡して、使う事もなさそうなので処分するようにと指示を出したそうです

 

「私は工作艦ですからね、触っただけでこれらの銃がとんでもない代物だって分かっちゃったんですよ。だから提督の指示を無視して処分せずに隠しておいたんです」

 

明石さんが提督の指示を無視するほどの代物……、そう聞かされて改めてよく見たりペタペタと触ってみたりしてみても、素人である私にはこの拳銃の価値と言うものがよく分かりませんでした……

 

「この3つの銃器を作った人は、恐らく本物の天才だと思うんですよ……っとあったあった!2つとも見つけたぁっ!!!」

 

そう言って明石さんはグレネードランチャーと言う銃とアンチマテリアルライフルと言う銃をそれぞれの手に持って掲げ、大喜びしていました

 

グレネードランチャーの方には『Karkinos』、アンチマテリアルライフルの方には『Neméos léōn』と刻まれていましたが、これがこの銃の名前なのでしょうか?

 

「よし!探し物も見つかりましたし行きましょう!」

 

「え?行くって何処にですか?!」

 

アンチマテリアルライフルを背中に背負い、グレネードランチャーを手に持った明石さんが唐突にそんな事を言って走り出そうとしていたので、私は慌ててそれを制します

 

「何処って、手術室にですよ!あんな化物を相手にしているんです、いくら悟さんが転生個体だったとしてもきっと苦戦しているはずですっ!!!」

 

「悟さんって誰ですかっ?!転生個体って何なんですかっ?!?」

 

私がそう言うと、明石さんは一瞬キョトンとしたかと思えば、何かを思い出したのか慌てて私に悟さんについて話し始めました

 

 

 

「……あの潜水棲姫が悟さんと言う方で、悟さんとその仲間の方々は神風ちゃんの話を聞いて私達を助けに来たと……」

 

「ごめんなさい!龍鳳さんに悟さん達の事情を教えるのをスッカリ忘れてました!」

 

そう言って明石さんは両手を合わせて頭を下げます

 

「いえ、あの状況だったら仕方ないと思います。それよりも……、本当に助けが来てくれたんですね……」

 

「ええ、それも凄いメンバーなんですよ?あの望ちゃんと同じような深海棲艦、彼らは転生個体って呼んでるそうなんですが、そんな人が悟さん合わせて6人も!それにあの大本営直属の二航戦に妙高さんまで来てくれたそうですよっ!」

 

明石さんが興奮気味に話してくれた内容を聞いて、私は嬉しさよりも先に恐ろしさを感じてしました。望ちゃんの強さは何度か見た事があるのでよく知っています、そんな望ちゃんのような方が6人も来ていてると聞けば薄ら寒いものを感じずにはいられません……

 

「凄い……、よくそんなに大勢の方々を……」

 

私がそこまで言ったところで、外から何かが叫ぶような大きな音が鳴り響き、私の声はかき消されてしまいました

 

「え……?今のは一体……っ!?」

 

「行ってみましょう!何かヤバいのがいたら即撤退で!いいですね?!」

 

そう言って明石さんは工廠から飛び出して行ってしまい、私もその後を追うようにして工廠から出て行きました

 

 

 

 

「な、何なんですかあれえええぇぇぇーーーっ!??」

 

明石さんが目の前にいる巨大な何かを見て叫びます、正直私もその姿を見て思わず悲鳴を上げそうになりました……

 

「おめぇら何で戻って来たっ!?ここは今から戦場になるんだぞぉっ!!!」

 

私達に気付いた潜水棲姫……、悟さんが1度ギョッとした後にそう叫びます

 

「いくら悟さんでもあの戦艦宿儺でしたっけ?あれを1人で相手するのは大変だろうと思って武器を持って来たんですが……、それはそうとアレは何ですかっ!?」

 

「ありゃおめぇらんとこのの提督の成れの果てだぁ、あの提督自分に深海棲艦の血液を注入しやがったんだ。そしたらあんな姿になってなぁ……」

 

明石さんと悟さんのやり取りを聞いて驚愕しました、まさかあれが提督だなんて……

 

「それはそうと、あいつに絶対触るなよ?触れた瞬間喰われるぞ……」

 

「悟さん?触った瞬間喰わるってどう言う事か説明してくれん?」

 

悟さんの言葉を聞いた九州訛りが強いト級の方が尋ねました

 

「言葉の通りなんだよなぁ……、あいつの身体の何処かにちょっとでも触れたらあの表面のドロドロした液体の中に引きずり込まれて、身体を溶かされながら吸収されちまうんだわぁ……、俺は宿儺とその艤装が実際そうなってんのを見てたわけだぁ……」

 

それを聞いた私達全員の血の気が引きます……、触れただけでそんな事になるなんて……

 

「そいぎんたぁ砲撃くらいしか攻撃方法のなかね……、悟さん、そいばはよ通さん達に教えたらどがんね?はよせんぎんたぁ通さん達の来て突っ込んで行くかもしれんよ?」

 

「だなぁ……、それにあいつがあんな大きさになったのは宿儺と艤装を喰ってからだぁ、恐らくあいつは喰えば喰うほどでかくなるかもしんねぇなぁ……」

 

そう言いながら、悟さんは耳に付けているものを操作して誰かに話し始めました。内容は先程悟さんが話していた事でしたので、恐らく他のところにいる仲間の皆さんと情報共有しているのでしょう

 

「……っ!龍鳳さん、その手に持っているハンドガンは一体何処で手に入れたのですかっ!?」

 

不意に誰かが私に話しかけてきたのでその声がする方を見てみると、不知火ちゃんがとても驚いた表情で私が手にしている拳銃を見ていました

 

「その拳銃と私が持っている銃器2つは、前に提督から処分するようにと渡されたものなんですが……」

 

そう言って明石さんは不知火ちゃんにグレネードランチャーとアンチマテリアルライフルを見せました、それを見た不知火ちゃんは驚きのあまり目を見開いていました

 

「『ネメアーズレオン』に『カルキノス』……間違いないです、これはアリーさんが作った武器です……っ!」

 

不知火ちゃんの言葉を聞いた悟さんの仲間の皆さんが、驚きの表情のまま一斉に不知火ちゃんの方を見ます、皆さん一体どうしたのでしょうか……?

 

「不知火、それ本当なの……?」

 

「はい、剛さんにそのあたりの事を色々と教えてもらいました。その中にこの2つの名前があったんです、どちらもギリシャ神話でヘラクレスに倒された怪物の名前……、剛さんが手に入れた武器も皆そうだったので間違いありません」

 

私にはサッパリ分からない話でしたけど、皆さんの反応を見る限りだとこれらの武器は明石さんが言っていたように、とんでもない代物なんだと言うのが分かりました

 

「明石さん、その銃器をどちらか貸してもらえませんか?」

 

不知火ちゃんが鬼気迫る表情で明石さんにお願いしていました。正直あまりの気迫に気圧されてしまいました……

 

「か、構いませんけど……、不知火さんはこれらの武器を使えるんですか?」

 

「問題ありません、これらの銃器の扱いは剛さんからしっかりと教えてもらいましたから。それに……」

 

不知火さんは明石さんからアンチマテリアルライフルを受け取り、動作確認をしながら言葉を続けました

 

「恐らくですが、ネメアーズレオンとカルキノスは戦艦主砲クラスの火力があると思われます。それらの火力はこの戦いで重要になってくる、不知火はそう考えています」

 

ネメアーズレオンの動作確認を終えた不知火さんは、まるで戦艦艦娘のような眼光で提督だった怪物を見据え、こう言い放ちました

 

「徹底的に追い詰めてやるわ」

 

「不知火がやる気になってるみてぇだなぁ……、っとぉ司の方から連絡だぁ、ここの艦娘達の避難が完了したんだとよぉ。って事でおっ始めるぞっ!艤装ねぇ奴はとっとと取ってきなぁっ!全艦、一斉射撃……、始めぇっ!!!」

 

悟さんの号令と共に、皆さんが一斉に提督だった化物へ砲撃や艦載機による爆撃を開始しました。私も工廠に行った時に念の為にと装着していた艤装で艦載機を発艦させた後、例の拳銃を提督だった化物へ向けて幾度となく発砲するのでした

 

こうして泊地の提督だった怪物との戦いが始まった……



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証拠の入手

飛龍視点です


「うわっ!戦闘始まっちゃったっ!これは急いで合流した方がよさそうね……!」

 

私の言葉を聞いた証拠集めチームの皆が頷き返し、私達はこの泊地の提督がこれまでやってきた移植手術に関係する資料などを大量に抱えて、証拠集めの為に侵入していた執務室を飛び出した

 

私達が抱えている資料には、何時どの深海棲艦の部位をどの艦娘に移植したか、移植してからどうなったかなどが詳細にまとめられており、それを見た私達は泊地の提督に対してこれまで以上に強い憤りを感じたのだった

 

「他の皆さんと合流するのはいいんですけど、この資料はどうするんですか?」

 

建物の出口に向かっている途中で、この泊地の主力艦隊の1人である由良ちゃんが私に尋ねて来た

 

「ま、まさか資料を持ったまま戦うんですか……?」

 

由良ちゃんに続くように尋ねてきたのは、由良ちゃんと同じくこの泊地の主力艦隊の内の1人である羽黒ちゃん、私達の仲間である妙高さんの妹さんだ

 

この2人が私達と一緒にいるのは泊地を案内してもらう為だ、望ちゃん出現の後私達は急いで泊地に侵入したわけなんだけど、私達がこの泊地に来たのは今回が初めてで何処に何があるのか全く分からない事に侵入してから気付いたのである

 

そこでどうしようかと皆で考えている時に、妙高さんが羽黒ちゃんに協力してもらおうと提案したのだ。それからは艦娘寮を何とか見つけ出して総当たりで羽黒ちゃんの部屋を探し、部屋を発見するなりすぐに妙高さんにお願いして羽黒ちゃんに話を聞いてもらったところ羽黒ちゃんと羽黒ちゃんのルームメイトだった由良ちゃんが協力を申し出てくれたのである

 

因みに何故軽巡と重巡が同じ部屋にいるかについては、この泊地は敷地面積が広いわけではないので、軽巡と重巡は巡洋艦として一括りにされているんだとか。因みに空母の方も軽空母と空母も空母として一括りにされてるんだとか

 

そして2人の案内で最初に向かった資料室では収穫0、それらしいものは一切見つからなかった……

 

よく考えれば当たり前の話である、そんな大っぴらに出来ないようなものを資料室のような場所に置くはずがない、出来る限り誰にも分からないような場所に隠すはずなのである

 

更に言えば、そういった類のものは自分の近くに置いておくものではないだろうか?誰にも触らせないように、誰にも近寄らせないようにする為に監視するのを容易にする為に……

 

そこで思い当たったのは提督の自室と執務室、急いで提督の自室を調べてみると深海化抑制薬に関する資料が見つかったので押収。その後執務室を調べてみると出るわ出るわ、移植手術に関する資料が山のように見つかったのである

 

因みに資料は全て金庫に入れてあったんだけど、神通が夕日影とか言う刀で金庫の上の部分をバッサリと斬っちゃったので、鍵開けとかで無駄に時間を取られずに済んだ

 

「いやいや、流石にそんな事はしないって。それで資料が滅茶苦茶になったら私達が頑張った意味がなくなっちゃうじゃない」

 

「そうなると、沖の方にいる誰かに資料を預けてから戻って来る形になるのかな?」

 

羽黒ちゃん達の質問に苦笑混じりで答える私に、今度は蒼龍が尋ねて来た

 

「それしか方法ないでしょ、そう言うわけで急いで沖に「その事なんですが……」ん?神通?どうしたの?」

 

私が話している途中で神通が割って入るように話しかけて来たので、私は何事かと思い神通に声をかけた……その直後

 

「皆さん、無事ですかっ!?」

 

ドバァン!と言う音と共に、扉を突き破りそうな勢いで建物に入って来た影がそう叫ぶ。急に私達の前に現れた影をよく見ると……

 

「「「通さんっ!?」」」

 

影の正体は長門屋海賊団の忍者、通さんだったのである

 

「護が頑張ってくれたおかげで望ちゃんは無事救助出来ましたので、私と光太郎さんは前線に復帰するつもりだったんですが、皆さんがまだ戻ってないと言う事だったので何かあったのではないかと思い、前線は光太郎さんに任せて私は皆さんを探しに来たんです」

 

「ああ、そういう事だったのね。ごめんなさい、ちょっと資料集めに集中しすぎちゃって……」

 

通さんの言葉を聞いて謝罪する私、何だか悪い事しちゃったなぁ……

 

「お気になさらずに、それよりも今回の件の証拠となる資料とやらは何処にあるのですか?」

 

「それならここに、丁度今から沖の方にいる人に渡しに行こうとしてたところだったのよ」

 

私の謝罪の言葉を受け取った後、資料の事について尋ねて来た通さんに私達は集めた資料を掲げながら答えた

 

「……凄い量ですね……、その資料の数だけあの提督が罪を重ねたと考えると……」

 

通さんがそう呟くと、ガシャリと言う音と共に通さんの仮面から鬼の口のようなものが出て来て、通さんの顔を完全に覆ってしまった。何コレかっこいいっ!!!

 

「っと、失礼しました、資料は今から私が護に届けますので、皆さんは前線の方へ向かってもらっても構いませんか?」

 

「え?通さんが届けるのですか?正直、通さんは資料を届けるよりも前線に戻った方がよいのではないかと思うのですが……?」

 

通さんが謎のお詫びを入れた後、資料を渡すようにと言ってきた。それを不思議に思った妙高さんが通さんにその真意を尋ねる

 

「それが悟さんの話を聞く限り、どうやら今の提督に対して接近格闘は御法度のようでして……、そうなると皆さんの砲撃や爆撃の方が有効なのではないかと思ったのですよ。それに私の足ならここから護達のところまで行って戻るのに、そう時間はかからないと思いますからね」

 

通さんの言葉を聞いて思い出す、そう言えば今の提督って触っただけでもアウトなんだっけ……、そうなると確かに刀で戦う通さんにはきつい相手になるよね~……。移動速度についても、通さんの言い分には一理ある

 

「そう言う事ならお願いしちゃおう、それじゃあ皆、通さんに資料を渡して……」

 

私はそう言って皆の方を見ると、羽黒ちゃんと由良ちゃんが驚いたまま固まってしまっていた

 

「2人共どうしたの?……ってそう言えば2人は通さんと初対面だったね……」

 

「由良さん、羽黒さん、通さんは私達の味方です。ですからそんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

 

神通が通さんが私達の仲間である事を2人に伝えているが、その表情が少々暗い。確か神通にとって通さんは命の恩人なんだっけ?自分の恩人が怖がられてるの見たら、まあいい気分にはなれないよね~……

 

「本当は自己紹介の1つでもしたいところなのですが、事態は一刻を争いますので……。ですから今はただ私を信じて資料を渡してもらえませんか……?」

 

通さんはそう言って2人に向かって頭を下げた、2人はその様子を見て

 

「分かりました……、それではお願いします……」

 

「ど、どうぞ……」

 

どうやら2人は通さんを取り敢えずは信じてくれたようだ、恐る恐ると言った様子で通さんに資料を渡す2人に続き、私達も資料を渡していく

 

「証拠の資料、確かに預かりました。皆さんもどうかご無事で……」

 

通さんはそう言うと、私達から預かった資料を大切そうに抱えるなり凄まじい速度で走り出し、その姿はすぐに見えなくなってしまった……

 

「な、なんて速さなの……?もう姿が見えなくなっちゃうなんて……」

 

「あ、あの人は本当に何者なんですか……?」

 

通さんの足の速さに驚く2人、あれで海賊団では3番目の足の速さとか言ったら2人はどんな反応するんだろう?っとそんな事を考えてる場合じゃなかった

 

「そのへんの事は終わった後にでも本人から聞こう、それよりも今は……」

 

そう言って扉をくぐり外へ出る私、とある方角からは爆発音と艦載機のプロペラの音が絶え間なく響き渡っている

 

「早く皆と合流して、この戦いを終わらせよう!由良ちゃんと羽黒ちゃんは急いで艤装を取っていて!私達はこのまま皆と合流するよ!」

 

\了解!/

 

皆の返事聞いたところで、私は皆が戦っているであろう方角へ走り出したのだった



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断ち切られる呪縛

悟の号令によって泊地の提督との戦いが始まるその少し前まで時間は遡る……

 

 

 

 

 

「ミサイルの時もそうだったッスけど、アリーさんとやらはホントとんでもない人みたいッスね~」

 

護が望ちゃんに取り付けられた首輪を外す為に、キーボードをカタカタと操作しているその最中にそんな事を呟いた

 

俺の重機アームに拘束されている望ちゃんの様子はと言うと、護が奏でるキーボードの操作音がする度に苦悶の表情を浮かべながら、重機アームから逃れようと必死になって身悶えしていた

 

「どうしたんですか?唐突にアリーさんの話題を振るなんて」

 

護の呟きを聞いて、望ちゃんの拘束が外れた時に備えて待機している通が、不思議そうにそう尋ねる

 

「いや~、この首輪のプロテクトに使われているコードなんッスけど、なんか似てるんッスよね~、あの弾道ミサイルのプロテクトのコードと」

 

キーボード操作の手を止める事無く護が答えた、答えてくれたんだが……

 

「あの、コードって何ですか……?」

 

俺の今の気持ちを神風さんが代弁してくれた

 

「コードって言うのはコンピュータを動かす為の命令文みたいなもんッス、そんでこのコードは入力した人のクセが出たりするんッスよ。んでんで、さっきこの首輪のプロテクトと弾道ミサイルのプロテクトのコードがよく似ているって言ったじゃないッスか?」

 

ここまで話を聞いたところで流石に皆気付いたのか、あのミサイル地獄を味わったメンバーの表情が険しくなった

 

「まさか……、その首輪を作ったのって……」

 

「恐らくアリーさんッスね、ホント色んな事に精通してるッスね~あの人は」

 

「そうなると、この泊地の件にもアリーさんが関わっていると……」

 

ここでもアリーさんが暗躍しているのか……、いくら戦争がしたいからって色んなとこに首突っ込み過ぎだろう……

 

「まあ、そのあたりの話は泊地にカチコミに行った面子から話を聞くとして……ッス」

 

そう言って護がキーボードのエンターキーを押すと、カキンッ!と言う音と共に望ちゃんの首に付いていた首輪が外れた。それと同時に重機アームの中であんなにもがいていた望ちゃんが急に大人しくなる、その表情を見るとどうやら気絶してしまったようだ

 

「首輪の解除完了ッス!身体に異常が無いかについては悟さんが戻ってから調べてもらうとして、取り敢えず自分達の方の目的は達成したッスね」

 

「そうだな……、取り敢えずは、な……」

 

護の言葉にそう返す俺、確かに望ちゃんから首輪を外す事には成功したが、果たして本当にこれで大丈夫なのだろうか?もしかしたら意識が戻らずにずっと眠ったままになったりしないだろうか?そういった不安ばかりが俺の頭の中をよぎり、正直気が気でないのである……

 

望ちゃんが泊地の提督に捕まり薬の実験台にされていたという話も、俺の不安に更に拍車をかける。それが原因で身体に異常が出ていたりしないだろうか?身体だけではない、薬のせいで精神崩壊など起こしたりしていないだろうか?もう不安で不安で仕方がなかった……

 

俺はそんな不安を抱えながらも、重機アームで掴んでいる望ちゃんを神風さんの前に優しく降ろしてあげると、神風さんは今も気絶している望ちゃんを優しく抱きしめていた

 

「光太郎さん、望ちゃんの事を心配するのもいいですが、今は泊地に向かった皆さんの心配もしましょう」

 

どうやら俺の不安は顔に出ていたようだ、通に指摘されるまで全く気付かなかった……

 

「そういや首輪の解除に結構時間かかったはずなんッスけど、証拠集めチームがまだ帰って来てないッスねぇ……」

 

護の言葉を聞いて気付く、護が言う通り首輪の解除にはかなりの時間がかかっていたのだが、その最中に証拠集めチームや救助された泊地の艦娘がこちらに来た事が1度も無かったのである……、まさか道中で何かトラブルでもあったのだろうか?

 

「……どうやらあちらもちょっと手間取ってただけのようですよ」

 

通がそう言いながら泊地がある方角を指差す、その先を目で追ってみると泊地から出て来たと思われる大勢の艦娘達がこちらに向かって来ているではないか。先頭にいる艦娘が俺達の姿を見て一瞬ギョッとするが、その近くで望ちゃんを抱いている神風さんの姿を視認すると今度はホッとした表情をして俺達に近付いて来た

 

話を聞くとやはり司達が救助した泊地所属の艦娘達だった

 

「……神通さん達の姿がない……、まだ向こうにいるのでしょうか……?」

 

通がそう言った直後、悟から艦娘の避難状況の確認の通信が入る……

 

 

 

 

 

「とんでもない事になったッスね~……」

 

悟の通信を聞いた護がそう呟く、まさか泊地の提督が化物になるなんて……、そんなの誰が予想出来るだろうか……

 

「光太郎さんっ!!!」

 

唐突に通が声を上げる、その表情から神通さんの事が心配で心配で仕方ないと言った様子だ

 

「……よし、俺は今から皆と合流して一緒に提督に攻撃を仕掛ける、通は証拠集めチームの方に向かってくれ、もしかしたら何かあったのかもしれないからな。護はここの皆の事を頼んだぞ、神風さんと長月さんは護のサポートをよろしくね」

 

\了解!/

 

「それじゃあ、各自行動開始っ!」

 

俺は皆に号令をかけると、皆はそれぞれの役目を果たす為に動き出した

 

 

 

 

 

「砲撃音……、悟達が攻撃を開始したのか……。だったら急がないと……っ!」

 

泊地に向かう道中で、悟達が戦闘を開始した事を告げる砲撃音や艦載機の爆撃によって発生している爆発音を聞いた俺は、そう呟いて更に速度を上げていく。それらの音を辿るように進路をとって行くと……

 

「あれが泊地の提督か……、本当にドロリーみたいになってるじゃないか……」

 

泊地の提督の成れの果てである化物の姿を確認出来た、一体何がどうしたら人間がこんな姿になるのだろうか……?いや、今はそれどころじゃないな、提督だったものは自身に攻撃してくる悟達に殴りかかろうと腕を引いているところだった

 

「させるかっ!!!」

 

俺はそう叫び放水砲を出力90%で放ち、提督だったものが今にも撃ち出そうとしている腕に直撃させた後、自身の腕を振り上げて提督だったものの腕を切断する

 

放水砲によって切断された腕は、入渠施設と思わしき建物に勢いよくぶつかりその壁を破壊してその内部へと消えて行った。取り敢えずこれで一安心といったところだろうか

 

「すまん!遅くなった!」

 

「遅ぇぞばぁたれ!だがよくやったぁ!」

 

俺は皆と合流するなり遅れた事に関して詫びを入れ、それに対して悟が文句を言いながらも腕を切断した件を褒め称える

 

「光太郎も加わった事だぁ、派手にやってy……」

 

悟が皆を鼓舞しようと何かを話そうとしたのだが、それが途中で止まってしまった。提督だったものの方に変化があったからだ

 

まず先程俺が切り落とした腕だが、提督だったものは残った腕をそちらの方に向けてから勢いよく伸ばして入渠施設内に落ちているそれを掴んだかと思えば吸収し、腕を再生させてしまったのである

 

それだけではない、急に腰の方が盛り上がったかと思えばその中から長門型の艤装が出現したのである。こいつこんなの何処から持って来たんだよ……

 

「こいつぁ……、まさか宿儺の艤装に付いてた長門型の艤装かぁ……?喰ったもんを使えるようになるとかどこの桃色玉だよ……」

 

俺がそんな事を考えているその隣で、悟がそんな事を呟いていた。宿儺の艤装に長門型艤装……?その言葉を聞いた瞬間嫌な予感がした

 

「悟さん……、まさかと思いますが……」

 

「あぁ、戦艦宿儺は長門型艦娘に戦艦水鬼を埋め込んだ異形艦娘なんだわぁ、その結果長門型の艤装を装着した戦艦水鬼の艤装なんてオプションが付いてやがった」

 

悟が不知火ちゃんの言葉に返事をした直後、提督だったものの身体から今度は戦艦水鬼の艤装に付いている砲塔が出現するのだった



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変身

「ちょっと!これは一体どういう事なのさっ!?」

 

「これは……、長門型の艤装に戦艦水鬼の艤装ですか……?!」

 

提督だったものが変貌したそのすぐ後、工廠に自分達の艤装を取りに行っていたらしいこの泊地の主力艦隊の艦娘達が戻って来るなり、それぞれの疑問を俺達にぶつけてきた

 

「天城の言う通り、提督から生えてるのは長門型の艤装と戦艦水鬼の艤装の砲塔部分なんだわぁ。恐らくあの提督は吸収した相手の力を使えるみてぇだなぁ……、まあそんなところだわぁ、分かったかぁ?伊勢ぇ」

 

悟の話を聞いた伊勢さんは納得いかないと言った顔をしながら押し黙る、多分聞きたかったのは提督がこうなった経緯だったんだろうな~……

 

「も、もし私達が提督に吸収されてしまったら……」

 

「そうなったら俺達の艤装があいつの身体に仲良く並ぶ事になっちまうなぁ、それは嫌だったら絶対に提督に触れるんじゃねぇぞぉ、何たって触れただけで無理矢理引き込まれてドロッドロに溶かされながら吸収されちまうんだからなぁ」

 

「悟さん、羽黒をあまり脅かさないで下さい。大丈夫よ羽黒、そんな事私が絶対にさせませんから!」

 

悟の話を聞いて怯えだす羽黒さんに、それを落ち着かせようと話しかける妙高さん

 

俺達がそんなやり取りをやっていると、艤装を展開した提督が動き出した

 

先程展開した艤装で砲撃する為だろうか、俺達を見定め砲塔と砲身を動かし……、動かし……?

 

「……あれは何をしているの?」

 

天津風ちゃんが提督の艤装に付いている砲塔と砲身の挙動を見て思わずそう呟いた

 

提督の艤装の砲塔と砲身は、さっきからガチャガチャガチャガチャと忙しなく動いているのだが、一向に俺達の方に向く気配がしないのである

 

「なんだか、必死になってこちらに照準を合わせようとしてるけど、艤装が言う事を聞いてくれないって感じですね……」

 

今度は由良さんが言う、言われてみれば確かにそう見える気がする……。提督の表情は変わらないが、なんだかイラついてきている雰囲気だけは感じ取ることが出来た

 

「……あれ、もしかしたら艤装が暴走しとるんかもしれんなぁ……」

 

龍驤さんがそんな事を呟く、そういえば艤装って使える人は女性ばかりなんだっけ……?それに適正とかいうのが無いと、艤装をまともに扱えないとかなんとか……?

 

「ル"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

俺がそんな事を考えていると、提督が急に咆哮を上げ……

 

「ちょっ!?撃って来たぁっ!」

 

「照準が上手く合わせられなかったからと言って、無差別攻撃に走るとは……っ!」

 

陽炎ちゃんと不知火ちゃんが驚きの声を上げながら回避行動に移っていた、不知火ちゃんが言っていたように提督はどうやら照準を合わせるのを諦めたようで、荒ぶる砲塔と砲身などお構いなしと言わんばかりに砲撃を開始したのである

 

これは不味い事になった……

 

まず敵の攻撃が予測し辛い、直接こちらに飛んで来る砲弾もあれば、明後日の方向へ飛んで行ったかと思えば、艦娘寮などに当たって建物を吹き飛ばしその瓦礫がこちらに向かって飛んで来たりするのである

 

「ゥ"ォ"オ"ロロロ……、ゴボッ!ゲボォッ!ゥ"ォ"エ"エ"エ"……」

 

「悟さんっ!?大丈夫ですかっ?!」

 

次に悟がダウンした、提督の砲撃が原因で建物火災が発生してしまい、それを運悪く悟が直視してしまったのである。特に弾薬庫や燃料保管庫なんかが激しく燃え盛り、近くにある建物が次々と延焼していくのである

 

更に厄介事が続く……

 

「っ!?ここに来て弾薬が……っ!」

 

妙高さんが舌打ちしながら言う、そう、伊勢さん達みたいに途中から参加した娘は兎も角、最初のあたりから提督への攻撃を仕掛けていた艦娘達の弾薬が尽き始めてきたのである

 

「こっちも艦載機の機銃の弾と爆撃用の爆弾が尽きちゃったよっ!」

 

「このままじゃこっちの攻撃手段がなくなっちゃうよっ!どうするのっ?!」

 

資料集めチームの弾薬が尽きたところで、提督に攻撃を続けられるのが泊地の艦娘達と俺だけになってしまった

 

「くっ……!弾薬が尽きた人は悟を連れて下がって!そして……」

 

俺は皆に指示を飛ばしながら通信機を操作して

 

「護っ!お前のミサイルってここまで届くかっ?!」

 

『問題なく届くッスけど、なんかあったんッスか?』

 

「殆どの娘の弾薬が尽きて攻撃手段が激減したんだよっ!」

 

俺が叫ぶように返答すると、通信機の向こうの護がうへぇと呟き

 

『そういう事なら了解ッス!つか、その提督タフ過ぎるんじゃないッスか?』

 

「どうやら自己再生してるっぽいんだよ、でも攻撃を続けていたらいつかきっとそれも止まるはずだっ!確証なんてないけどなっ!!!」

 

『再生が追い付かなくなるほどの飽和攻撃……は現状では無理ッスけどシャチョー達が来たら何とかなるかもッスね。OK、取り敢えずそれまでの足止めって事で攻撃開始するッスよ~!』

 

俺は護に頼んだと言って通信を切り、提督への攻撃を再開するのだが……

 

「きゃあああぁぁぁ~~~!!!」

 

入渠施設の方から悲鳴が聞こえ、そちらの方へ視線を送ると……

 

悲鳴の主である睦月型駆逐艦7番艦 文月が入渠施設から飛び出したところで提督の姿を直視してしまい、恐怖のあまり座り込んでしまっている姿を目撃してしまったのである

 

「文月ちゃんっ!!?」

 

そしてその姿を見た龍鳳さんが急いで文月ちゃんのところへ駆け寄ろうとしたのだが……

 

「っ!?龍鳳さんっ!!下がって下さいっ!!!」

 

何かに気付いた神通さんが龍鳳さんに鋭い声で叫ぶ、何事かと思っていたら龍鳳さん目掛けて飛んで来る瓦礫を発見、これは不味いと思い俺が走り出そうとすると……

 

「きゃぁっ!」

 

龍鳳さんが物凄い勢いで後方にすっ飛んでいく、何が起こったのか分からず龍鳳さんの後ろの方を見てみると

 

「カフ……ッ!ハァ……ハァ……、ェ"ア"ァ"……」

 

吐くものが無くなり、苦しそうに喘ぐ悟の姿が見えた。九尺に支えてもらってやっと立っている状態であるにも関わらず、縫合糸を飛ばし龍鳳さんを助けたのである

 

「光太郎……、文月……、早く……っ!」

 

掠れて途切れ途切れの声で叫ぶ悟、それを聞いた俺はすぐさま文月ちゃんの方へと向き直り、全速力で駆け出した。先程の悲鳴を聞いた提督が文月ちゃんの存在に気付いてしまったからだ

 

そんな中提督が文月ちゃんの方へと腕を伸ばし始める、恐らく文月ちゃんを吸収して少しでも強くなろうとしているのだろう……そんな事は絶対にさせない……っ!

 

泊地所属の多くの艦娘達が救えた、一部の異形艦娘達も救えた、そしてあちらの世界では救ってあげられなかった望ちゃんをこの世界でようやくこの手で救う事が出来た……

 

幾度となく俺を苛み続けてきたトラウマを、ようやく乗り越えられると思っていたところで、また俺の目の前で命が消えようとしているのである……

 

また俺はあの悲劇を繰り返すのか……?またあの苦しみを味合わなければいけないのか……?

 

否、断じて否!俺はもうあの頃の俺とは違う!俺はもう誰も見殺しになんてしないんだ!

 

「させるかあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

俺はそう叫びながら文月ちゃんの下へと疾走する、文月ちゃんを助け出すと言う思いが俺の中で熱く激しく燃え上がり、その熱が胸から全身へと広がっていくような感覚に陥る。するとどうだ、身体中に力が漲ってくるではないかっ!そのおかげなのか身体がまるで羽毛のように軽く感じる、これならもっと速度を出せるかもしれないっ!!!

 

そう思って地面を蹴る足に更に力を籠めると、思った通り更に加速する事が出来た。これならきっと文月ちゃんを助け出せるっ!!!

 

提督の腕が文月ちゃんに近付く、加速する、更に近づく、更に加速する

 

それを幾度となく繰り返していると、まるでスローモーションの映像でも見ているのではないかと思うほどに周りの風景が、世界がゆっくり動いているように見えて来た。そして俺は遂に文月ちゃんのところに辿り着き……

 

「でぁあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

文月ちゃんを抱きかかえ、提督から距離を取ったところでブレーキをかけ……って制動距離が凄い事になってるんですがぁっ!!!ギャリギャリとコンクリを削りながら滑る俺、結局勢いを殺しきれず艦娘寮だった瓦礫に突っ込んでしまった。当然だけど抱きかかえた文月ちゃんに被害が及ばないように、激突する寸前に体の向きを変えて背中から瓦礫に突っ込んだから文月ちゃんは無事である

 

「痛ててて……文月ちゃん、大丈夫?どこか痛くない?」

 

文月ちゃんに声をかけてみるも、彼女は目を何度もパチパチさせるばかりでそれ以上の反応がない……。多分俺の姿を見て驚いているのかもしれない、普通に考えたらそうだろうなぁ……、まさか深海棲艦が助けてくれるなんて夢にも思わないだろうからね~……

 

「……お~い」

 

念の為にもう1度声をかけてみると……

 

「ヒーローだぁ……」

 

全く予想外の言葉が返って来た、ヒーローってどういう事?俺の方見ながらそう言ってるから俺の事なんだろうけど……俺って南方棲戦姫だったよね?

 

そんな事を考えながら文月ちゃんを見ていると、視界の端に見慣れないものが映った。何かえらく近未来的なデザインをしている厳ついガントレットみたいなものが文月ちゃんの身体を支えて……ってぇっ!

 

「何じゃこりゃぁっ!?!!?」

 

そう、今文月ちゃんの身体を支えているのは俺の腕のはずだから、この近未来的なデザインのガントレットは俺の腕に付けている事になるのだ

 

文月ちゃんを優しく降ろしてあげた後、改めて自分の姿を見てみると……

 

「いやマジでなんだこれ……」

 

俺が着ていた服はメタルヒーローのパワードスーツに甲冑の要素を盛り込んだようなものに変化しており、艤装も腕同様近未来的なデザインになっているではないか

 

誰かに俺の身に何が起こったのか説明してもらおうと思い、皆の方を見てみると……

 

「光太郎さんが……、ヒーローに変身しちゃった……」

 

皆目を見開いて固まってしまっていた……、そんな中誰の呟きか分からなかったけどそんな言葉が聞こえてきた……



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変わったのは服装だけじゃない

文月ちゃんを助けようと必死になって走ってたら、知らない間にヒーローに変身していた

 

……うん、状況を整理しようと考えれば考えるほど、どうしてこうなってしまったのかが益々分からなくなった

 

誰かに話を聞こうにも、皆驚きのあまり呆然としちゃってるし……

 

「ル"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

ってそんな事考えてる場合じゃなかった!提督だったものが誰よりも先に我に返り、雄叫びを上げながらこちらに拳を向けて来たのだ

 

「文月ちゃん、独りで皆のところに行けそうかい?」

 

「うん~、文月は大丈夫だけど~……」

 

文月ちゃんはそう言って心配そうに俺を見つめる、俺が独りでと言った事で今から俺が何をしようとしているのかを察して心配してくれているようだ。皆が文月教とか言って、この娘を持ち上げている理由が分かったような気がした

 

「俺の事なら大丈夫、なんたってヒーローだからねっ!」

 

俺は文月ちゃんにそう言って、彼女の頭を優しく撫でてあげる

 

「う~……、分かりました~……。でもヒーローさんも無理だけはしないで下さいよ~……?」

 

未だ不安そうな表情は変わっていないが、文月ちゃんはそう言って俺の言葉に従い皆の下へと走って行った

 

「さて……っとぉっ!」

 

俺は皆のところへ向かう文月ちゃんの背中を見送った後、すぐさま地面を蹴って左の方へスライド移動する。すると今まで俺達が立っていた場所に提督だったものの拳(?)が突き刺さる、提督だったものの動きが緩慢だったからこそ間に合ったって感じだな……

 

「お前ら!いつまでもボーっとしてないでさっさと行動起こせっ!!!」

 

俺がそう叫んだ事でようやく皆が我に返って行動を再開、撤退の準備を開始するのだった

 

皆の動きを見て、一部が撤退しようとしているのに気付いた提督だったものは俺から視線を外して、そちらへ攻撃しようとするのだが……

 

「させるかよぉっ!!!」

 

俺は提督だったものの注意を皆から逸らす為に、そう叫びながら放水砲を放ったんだが……

 

「ぶっ!?変わってるのは見た目だけじゃないのかよっ?!」

 

なんと放水砲だったものからレーザービームが出た、ホントどうなってんだこれ……?

 

俺が放ったレーザーは提督だったものから生えている戦艦水鬼の艤装の右肩に付いている砲塔に直撃し、ものの見事にその砲塔を破壊したのである

 

その結果提督だったものの注意は皆から逸れ、この状況で最も危険な存在であると認識された俺の方へと意識が集中する

 

「そうだ!お前の相手はこの俺だっ!皆のところに行きたかったらまず俺を倒すんだなっ!!!」

 

言葉が通じるか分からないが、提督だったものを挑発して更に意識を釘付けにしようとする俺。何としてでも提督だったものの意識を俺に向けさせ続けなくちゃいけないからな!

 

「ル"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

提督だったものは再び咆哮を上げ幾度となく俺にその拳を振り下ろす、無差別砲撃も右肩の砲塔を破壊したとは言え未だに続いており、砲弾や瓦礫もこちらに向かって飛んできている

 

だが……!

 

「遅い遅い!そんな攻撃掠りもしねぇぞっ!!!」

 

俺はそれらの攻撃を全て回避する、心なしかいつもより反応速度と移動速度が上がっているようでかなり余裕を持って提督だったものの攻撃を躱し続ける

 

「そこっ!」

 

そして隙あらばレーザーを放ち提督だったものに生えている砲塔を破壊していく、試しに放水砲の出力を上げてみると、発射されるレーザーの威力と太さが強化されていた。出力を上げたレーザーを左肩の砲塔に当てると、なんと砲塔が爆発する事も無く消滅していた……、この武器やべぇ……

 

そんな調子で提督だったものの相手をしていると、龍驤さんから通信が入った

 

『撤退の準備が完了したでっ!光太郎さんが助けた文月も無事合流出来たし後は光太郎さんだけやっ!』

 

文月ちゃんは皆のところに無事辿り着けたか……、ちょっとだけホッとしたけど提督だったものがいる限りまだまだ油断は出来ない……

 

「こいつは戦治郎達が来るまで俺と護で何とかする!だから皆はすぐに撤退を開始してくれ!弾薬が残ってる娘は撤退する皆の護衛を頼んだっ!!!」

 

『そう言う事ッスから、皆早くこっちに来るんッスよ~。特に悟さんは望ちゃんの容態を確認する為にも早く来て欲しいッス、っと光太郎さんに頼まれてたミサイル、そろそろそっちに着くはずッス』

 

そんなやり取りをしていると、無数のミサイルが飛来し提督だったものに直撃、盛大に爆発していた

 

『了解や……、光太郎さん、無理だけはせんといてな』

 

分かってる、俺がそう答えると龍驤さんは通信を切り、皆が泊地から離れていく姿が俺の視界の隅にチラリと映った

 

「グオ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

また提督だったものが咆哮を上げた、どうやら皆が撤退を開始したのに気づいたようで、その咆哮には悔しさと怒りが混ざっているような気がした

 

「そんな姿になっても多少は感情が残ってるみたいだな……、いや、そうなったからこそ感情を出せるようになったのか……?」

 

俺は飛んで来る量こそ減ったものの、未だに飛んで来る瓦礫と砲弾を躱しながらそう呟いた

 

「まあどちらでもいいか、今更感情がどうのこうの言ったところでこいつがやらかした事が覆るわけでもないし……なぁっ!!!」

 

俺はそんな事を言いながら、提督だったものの背後を取り長門型の艤装にレーザーを当てて破壊、これによりようやく無差別砲撃を止める事に成功したのだった

 

「オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

すると、提督だったものは上半身だけをグルリと回転させ俺に裏拳を繰り出してきた

 

俺はそれを回避しようと後ろに跳ぼうとするが……

 

「やっべ!!!」

 

俺の背後には先程まで艦娘寮として艦娘達の生活を支えていた瓦礫があり、俺の回避行動を阻害していたのである。どうするか悩んでいる間にも提督の腕は俺の方へと迫って来ていた、左右がダメ、前後もダメ……、そうなると残るは……

 

「こうなったらっ!」

 

俺はそう言って地面を蹴って天高く跳び上がる、……ってちょっと蹴り足に力籠め過ぎた!思った以上に高く跳んじゃったよっ!このままじゃ提督だったものの攻撃を躱せないっ!!!

 

そんな事を考えていると、提督だったものの裏拳は俺の遥か下を通過、俺の姿が無いにも関わらず裏拳の手応えがなかったのが不思議だったようで、辺りをキョロキョロと見回す提督だったもの

 

やがて提督だったものは上空から落下する俺を見つけ、迎え撃たんと腕を振り上げて来た。これは不味い!俺はそう思い一か八かの賭けで両脇と腰の左右に付いている放水ヴェスバーを一斉に前方に放つ

 

その反動で少し後方に下がる事は出来たけど、これだけじゃ回避しきれない!何とかもうちょい後ろに下がれないかっ!?

 

そう思った時、凄い勢いで俺の身体が後方に下がる。今度は何だっ!?何が起こったっ?!こんな感じで混乱している俺の耳に、何処からともなくロケットエンジンの噴射音が聞こえてきた、そして気が付けば俺の身体はこれ以上落下する事なく、空中に浮かんでいた……

 

まさかと思って背中に背負った放水砲用の貯水タンクを見てみると、貯水タンクは大きなスラスターに姿を変えており、それに付随するようにバーニアがちょこんと付いているではないか……、恐らくさっきのはこれのおかげのようだ……

 

「まさか俺まで飛べるようになるとはな~……」

 

俺はそんな事を呟きながら、スラスターの出力を調整しゆっくりと提督だったものの目の前に着地するのだった……



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ファイナルラウンド

これが今年最後の投稿になると思います

皆様よいお年をお迎えください


俺が提督だったものの目の前に降り立った直後、俺の視界の隅で何かが点滅しているのに気付く、それは携帯バッテリーの残量を示すアイコンのような形をしており、現在その中に表示されているゲージが半分くらいまで減っていたのである

 

これが一体何なのかは今のところ分からない、気になるところではあるが今はそれを悠長に調べている暇はない

 

「ル"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

提督だったものが叫び、目の前に降りて来た俺を踏み潰そうとしているのだ

 

「やらせねぇってのっ!」

 

そう言って俺は地面を蹴って右側に飛び退く、その際距離を稼ぐ為に先程空を飛んだ時に使ったスラスターとバーニアを噴射したところ、視界の隅のアイコンのゲージがちょっとだけ減ったのに気付く

 

「これは……、もしかしてタンクのエネルギー残量か?」

 

だとしたら不用意にスラスターを使わない方がよさそうだ、使わないといけない時に使えませんじゃ話にならないからな

 

「取り敢えずアイコンの謎は解けたとして……、さっきの礼だ、取っておけっ!」

 

俺はそう言って先程俺を踏み潰そうとした足にレーザーを撃ち込んだのだが……

 

「うへぇっ!レーザー撃っても減るのかよっ!?こりゃエネルギーのご利用は計画的にってところだな~……、回復させる方法とかないのかな……?」

 

そんな事を呟きながらレーザーを撃ち込んだ提督だったものの足を見てみると、レーザーが当たったところにポッカリと風穴が開いていたのだが、それも自己再生のせいですぐに塞がってしまう。どうやらレーザーはもっと出力を上げて太い奴を叩き込めば有効打になりえそうだ

 

だが、最大出力のレーザーを確実に相手に当てる為には、どうしても相手の動きを封じる必要がある。護のミサイルがあるっちゃあるが、あれは発射されてからここに到達するまで少々時間が掛かるし、長時間相手の動きを止められそうにないから取り敢えず計算から外す

 

それにタンクのエネルギーを使い切った時、俺自身に何が起こるのか分からない部分が正直恐ろしい。最悪、レーザーを外してエネルギーがゼロになった途端パワードスーツが動かせなくなって、パワードスーツが俺の棺桶になる可能性だって有り得るからな……

 

そういった都合もあって、現状では最大出力のレーザーでの攻撃は実行不可能だと判断する。せめて戦治郎達が来てくれればな……

 

そんな事を考えながらミゴロさんを取り出す俺。レーザーも乱発出来ないとなるとどうしてもこいつを使わざるを得ない、そう思いながら取り出したミゴロさんは俺の変身の影響を受けていないのか、いつものガトリング砲の姿のままで、撃ち出す砲弾にも特に変化が見られなかった。よかった、こいつまで変な事になってたらどうしようかと心配していたが、杞憂に終わったようだ

 

そうして俺はミゴロさんで提督だったものを牽制しながら、戦治郎達の到着を待っていると……

 

「……ぉぉぉおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

背後から誰かの叫び声が聞こえる、この声は……っ!

 

「こいつは翔のリクエストォッ!!!いくぜ『禁忌「レーヴァテイン」』っ!!!」

 

そう叫びながら腕から10mはありそうな巨大な炎の剣を出したシゲが、提督だったものに飛び掛かるように斬りかかる

 

提督だったものはそれを半身をズラして回避しようとするも、ちょっとだけ間に合わなかったのかシゲの炎の剣が右肩に叩き込まれていた

 

炎の剣が叩き込まれた右肩は、激しい光を放ちながら消滅していく。それに巻き込まれた右腕も閃光を放ちながら見る見るうちに消滅していく……、これってもしかしてシゲが出してる炎の剣の熱が原因で提督だったものの腕がプラズマ化現象起こしているのか……?つか、いつの間にシゲはそんな事出来るようになったんだよ……

 

「光太郎!大丈夫かっ!?」

 

気が付けば戦治郎達が俺のところに駆け寄って来ていた

 

「よく独りで持ちこたえたな、後の事は俺達に任せてお前はゆっくり休んでおけよ?」

 

「その姿について色々聞きたいところではあるが、その前にあの化物を何とかしなくてはな……」

 

戦治郎と空はそう言って各々の構えを取るのだが……

 

「待った!あいつに接近戦は不味い!」

 

慌てて俺が2人を制し、提督だったものについて話し始める。俺の話を聞いたマダガスカル組の表情が険しいものになっていく……

 

「あいつに触れると取り込まれるとか……、通りで通が後方に下がってるわけだ……」

 

「生半可な攻撃だと自己再生しちゃうってのも厄介ね……、さてどうしたものかしら……」

 

「それについてなんだけど……」

 

提督だったものの特性を聞いて頭を抱える戦治郎、そして提督だったものを倒す方法を考え始めた剛さんに俺が声をかける。戦治郎達が到着するまでに考えた最大出力のレーザーによる攻撃についてである

 

「なるほど……、その為にはあいつの足止めをする必要がある、と……」

 

「ならば吾輩達があやつの足止めをしようではないか、話を聞いている限りでは吾輩達の攻撃ではあやつを倒せそうもなさそうじゃからな……」

 

「綾波達が出来る事を、精一杯頑張らせてもらいます!」

 

俺の話を聞いた長門さん達は、そう言って提督だったものへと砲を向ける。それに続くように海賊団の艦娘達も提督だったものへ砲を向け、攻撃を開始するのであった

 

「接近戦が出来ねぇってんなら、俺は加賀だったか?ちょっくらそいつ探しに行ってくるわ!」

 

そう言って泊地の内部構造把握を使用する輝、それらの情報を入手するなり輝は舌打ちして入渠ドックの方へと走り出したのだ

 

「あの建物の中から生体反応が1つ!それ以外に反応が無いってこたぁこれが加賀とか言う奴で間違いねぇ!何でこんなクッソ危ねぇとこにいんだよ全くよぉっ!!!」

 

そんな事を叫びながら全力疾走する輝の背中を見送った後、俺は提督だったものの方へと向き直る

 

「ここでようやくお披露目ってとこだなっ!大五郎、グスタフドーラをブチ込んでやれっ!!!」

 

「グオオオォォォーーーッ!!!」

 

俺のすぐ傍で戦治郎が大五郎に指示を出し、大五郎のクロスアームに接続された2門の列車砲を模した武装で提督だったものを攻撃する

 

砲撃の反動でバランスを崩さないようにする為に地面に両手を突き、咆哮を上げながら大五郎が列車砲を発射すると、大五郎のその巨大な身体はその反動でコンクリートをガリガリと削りながら1mほど後退する

 

そしてそれほどの反動を発生させながら大五郎から撃ち出された砲弾は、提督だったものの左腕を再生出来そうにない程に粉々に破砕する。恐らくアクセルから譲ってもらった設計図に、戦治郎が手を加えて強化したのだろう……

 

「戦治郎、次はその砲撃で足を狙ってくれ!あいつを達磨にしてから最大出力を叩き込む!」

 

「あいよっ!大五郎、聞いてたなっ!?」

 

「合点だぁよ~!」

 

俺は先程の大五郎の砲撃を見て、更に確実にレーザーをぶつける方法を思いつき、戦治郎に頼んで提督だったものの両足を吹き飛ばしてもらう事にした

 

「シゲは熱線みたいなの出せるか?!」

 

「熱線……、OK、イメージ出来たんでいけます!」

 

「なら俺のレーザーに合わせてそれをブチかましてくれっ!」

 

「了解!」

 

そして今度は確実にあいつを仕留める為にシゲに頼んで威力の底上げを図る、現在タンクのエネルギーが半分しか残っていないのでどのくらいの威力になるか分からず、少々不安だったのだがシゲの攻撃を見て、同時攻撃したらほぼ確実に仕留められるだろうと思ったのだ

 

そんな事を考えていると、ズズゥンという音と共に提督だったものが地に伏す。どうやら戦治郎達が上手い事やってくれたようだ

 

それを見た俺はすぐにヴェスバーを展開し、タンクに残っているエネルギーを全てそれに注ぎ込む。これでもし俺が動けなくなったとしても、きっと戦治郎達がカバーしてくれると信じているからこそのフルチャージである

 

「いくぞシゲえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!いっけえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

俺とシゲが気合いと共に放った極太のレーザーと熱線は、提督だったものとその背後にあった瓦礫の山を完全に飲み込んでしまうのであった



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赤城と名乗る中間棲姫

新年明けましておめでとうございます

今年もこの『鬼の鎮守府』を楽しみながら書いていきたいところです

無事完結出来るよう頑張りたいと思います


半壊した入渠施設の中、外で激しく鳴り響く砲撃と爆撃の音を聞きながら己の無力さを嘆く

 

提督の命令で自室で待機していた私と龍鳳でしたが、突如私達の部屋に訪れた提督が細かい説明もなく龍鳳を連れ出そうとしたのです

 

嫌がる彼女を助ける為に私は提督に詰め寄ったのですが、提督は懐から取り出したスプレーのようなものを私に吹き掛けてきて……、それからの記憶がありません……。恐らくあのスプレーは、提督が作った暴徒鎮圧用の催眠ガスか何かだったのでしょう

 

私が意識を取り戻した時には、既に2人の姿は何処にも見当たりませんでした……

 

それに気付いた私は提督の暴挙を止めようと自分の艤装を取りに急いで工廠へと向かうのですが、そこには普段いるはずの明石の姿もありませんでした。まさか明石も提督に……?私の中にそんな考えと共に焦燥感が募ります

 

私はすぐに艤装を装着し提督達を見つけ出す為に泊地の中を走り回りますが、提督達の姿を見かける事はありませんでした……。途中で何度か提督達とは違う複数の気配を察知し、物陰に身を潜めてやり過ごしましたが、あれは一体何だったのでしょうか……?まさかこの状況で侵入者……?

 

気配の正体は確かに気になるところではありますが、今は龍鳳達の事の方が重要だと考え直します。仮に本当に侵入者だった場合、いくら腕に自信があっても独りでは太刀打ち出来ないかもしれないので、龍鳳達を救出した後侵入者の排除に協力してもらおうと思ったのです

 

そして提督達を見つけられないまま、未だに捜索していなかった入渠施設に入り提督達を探していたのだけど、唐突に何かが壁を破壊するような音と共に入渠施設が激しく揺れ動きました。この入渠施設で一体何が起こっているのだろうか……?

 

「きゃ~~~っ!」

 

そんな事を考えている私の耳に、女の子の悲鳴が聞こえてきました。私がその声が聞こえた方向を見てみると、頭を抱え蹲る文月の姿がありました

 

「文月っ!?一体どうしたのっ?!」

 

「あっ!加賀さんっ!」

 

私は文月に慌てて声を掛けると、それに気付いたのか文月は私の方を見るなりその目に涙を湛えながら駆け寄って来ます

 

私は飛びつくように抱き着いて来た文月を落ち着かせながら、彼女に事情を聞く事にしました。まず彼女がここにいるのは遠征の後お風呂に入っていたからだそうで、お風呂を出ようとしたところで龍鳳の悲鳴が聞こえ、それが怖くなって脱衣所に籠り悲鳴が聞こえなくなるのを待っていたとの事……

 

龍鳳はここに連れて来られていたのか……、そんな事を考えている私を余所に文月は話を続けます

 

悲鳴が聞こえなくなった後、文月は勇気を出して脱衣所から出て入渠施設の出口に向かっていたそうなのだけど、その途中で慌ただしい足音が聞こえてきた為物陰に隠れてしまったそうだ

 

「それでね、文月は誰が来たのか気になっちゃって隠れながらコッソリ覗いてみたの。そしたらね、明石さんと真っ白い女の人が並んで走って行ってたの」

 

明石は提督に連れて行かれたわけではなかったのね……、それよりも明石と一緒にいた女性とは一体何者……、もしかして本当に侵入者……?でも何で侵入者は明石と行動を共にしていたの……?まさか明石はそいつらと内通していたとか……?

 

私がそんな事を考えていると再び入渠施設が揺れる、今度の揺れは先程と違いまるで誰かが入渠施設内で暴れているかのように連続して揺れているのである

 

「ここに留まるのは危険ね、取り敢えずここから出ましょう」

 

私は文月にそう提案すると文月は私の目を見ながら頷き返してくれました、それを見た私は文月の手を握り出口へ向かって走り出すのですが……

 

「……っ!?」

 

後方から足音が聞こえて来た為、私は文月の手を引き物陰に隠れました。恐らく先程文月が言っていた明石と誰かが戻ってきているのではないかと思ったからです。物陰に隠れながら耳を澄ますと、足音と共に話し声が聞こえてきました

 

「明石さん!あれは一体どういう事なんですかっ!?」

 

「そんな事は後回しっ!今は無事に工廠に行く事だけを考えて下さいっ!!!」

 

……今のは明石と……、龍鳳っ?!これはどういう事なの?さっき文月が言っていた白い女性とやらは何処へ行ったの?

 

私は2人に事情を聞こうと追いかけようとしますが……

 

「きゃ~~~っ!!」

 

またも壁を破壊するような音が鳴り響くと同時に先程よりも大きな揺れが発生し、私と文月は思わずその場に座り込んでしまいました

 

揺れが収まると今度は砲撃音、音の大きさから恐らく戦艦の主砲クラス……っ!?本当にこの入渠施設で一体何が起こっているのっ!?

 

私が混乱しそうになったところで、私の腕がグイグイと引っ張られる。そこには今にも泣きだしそうな文月の姿があった、ここで私が混乱しようものなら彼女が不安になってしまう、そう思った私は何とか冷静さを保つ事に成功し、彼女を連れて再び出口へ向かうのでした

 

 

 

もう少しで出口というところで、最悪の事態が発生しました。これまで幾度となく振動に耐えて来た入渠施設の壁が、まるでタイミングを見計らったかのように崩落し私達に降り掛かって来たきたのです

 

「っ!?」

 

それに気付いた私は文月が崩落に巻き込まれないように、咄嗟に彼女を前方に投げ飛ばしました。その直後私の下半身は崩落した壁に圧し潰されてしまいます……

 

「加賀さんっ!?」

 

「私に構わず行きなさいっ!」

 

私に投げ飛ばされた文月は、下半身が瓦礫に埋まっている私を見て慌てて駆け寄ろうとするのだけど、私はそれを制し早く脱出するようにと声を張り上げます

 

「でもぉ……」

 

「この状況、貴女独りでどうにか出来るものではないわ。だから貴女は助けを呼びに行って頂戴、そうしたらきっと私も助かるはずだから……」

 

私は文月にそう言い聞かせると、彼女は頷き走り出します。これできっと彼女は大丈夫なはず……、私はそう思いながら彼女の背中を見送るのでした

 

それからしばらくすると、またも足音が聞こえてくる。恐らく文月が言っていた真っ白い女性のものなのかもしれない。一瞬助けを求めようかと思うも、素性が分からない相手に助けを求めるのもどうか、最悪トドメを刺しに来るのではないかと考え思い留まる

 

足音が近づいて来たところで、私は気付かれにくくする為に息を潜め足音が通り過ぎるのを待つ。ある程度足音が遠のいたと思ったところで、今度はズシンズシンと重量がありそうなものが歩いているような音が聞こえた為、またも息を潜める……

 

重そうな足音がある程度通り過ぎた後、そちらの方へ視線を向けると得体の知れない化物がこの目に映る……。あれは一体何なのだろうか……?ただ1つ分かるのはあの化物が非常に危険な存在である事……、私の直感がそう告げていた……

 

 

 

 

化物が完全に遠のくと、この場所にいるのは身動きの取れない私だけになる。そうなると頭が勝手に余計な事を考え出す……

 

思えば、私がこうなるのは必然だったのかもしれない……

 

私は提督がこの泊地で何をやっていたのかを知っていて……、いや、それどころかその切っ掛け、提督が指輪を渡したあの娘が沈むその瞬間をその場で見ていたのだから……

 

もしあの時私が彼女を助ける事が出来ていたら……、そんな負い目があった為私は提督に強く言う事が出来ず、提督の暴走を止める事が出来なかった……。その結果多くの艦娘達が提督の魔の手にかかり、今も苦しんでいるのである……

 

それどころか、私は任務と称して移植手術の材料となる深海棲艦を捕獲し、提督の暴挙に加担していた……。そうしなければ今いる泊地の艦娘に渡している後遺症の症状を抑える薬を作るのをやめる、それどころか泊地の艦娘全員を実験の材料にすると言われたから……

 

もし私がそんな脅迫に屈することなく、大本営に提督の事を通報していたらきっと救えたかもしれない艦娘がいたはずなのに……、そうは思ってもその切っ掛けが私にあると思うと提督を通報する事が出来なかった……

 

そう考えると私の最期がこのような形になるのは仕方ない、むしろお似合いではないか……、そう思っていると……

 

「うおっ!何で動かねぇんだとか思ってたら瓦礫の下敷きになってて動けなくなってたのかよっ!?」

 

私の頭上から唐突に声が聞こえてきた、そちらの方へと視線を向けてみると……

 

「……っ!?中間棲姫っ?!」

 

「中間……ってあぁ、俺の事か。んまぁ今はんなこたぁどうでもいいな、ちっと大人しくしとけよ~……、ってそういや光太郎からこういう時は千切れる可能性あっから無理に身体を引っ張るなって言われてたっけな……、って事でっ!」

 

驚愕する私の事など知った事ではないと言った調子で、この中間棲姫は私の下半身を圧し潰す瓦礫に手を掛けるのでした

 

「貴女……、何をしようとしているの……?」

 

「んあ?何って……」

 

中間棲姫は私の質問に答えながら、私の上にある瓦礫の1つを片手で持ち上げます。この中間棲姫、どんな腕力をしているのですか……

 

「おめぇさんを助けるんだよ、桃色頭の姉ちゃんとピンクのクッソド派手な着物着た姉ちゃんに頼まれてるかんな!」

 

私は彼女の言葉を聞いて耳を疑いました、深海棲艦が私を助ける?一体どういう事?そんな事を考える私を尻目に、中間棲姫はまるで小石を退かすかのように瓦礫を掴んでは後ろに投げ捨てを繰り返し、私の上を圧し潰していた瓦礫をその腕力だけで完全に除去してしまいました

 

「よっしこれでOK!立てるか?……って聞くまでもねぇか……、そうなると……っとぉっ!!!」

 

彼女はそう言うと私の返事を待ちもせず、勢いよく私を抱き上げました。恐らく彼女は私の足が動かなくなっているのに気が付いているのかもしれません、まあ下半身が瓦礫の下敷きになっていたら脊髄が損傷しているかもしれないとすぐ予想が付くと思いますからね……

 

「っ!もう少し優しく持ち上げられないのかしら……?」

 

「あっ悪ぃ悪ぃ、姉ちゃんが思った以上に軽かったもんでな。つか艦娘って奴は艤装だったっけか?そんな機械身に付けてても軽いもんなんだな~」

 

彼女が勢いよく私の身体を持ち上げた際に発生した痛みに耐えながら、彼女に1つ小言を言うと彼女はデリカシーもへったくれもない言葉で返して来た。女性同士とはいえ体重の話はするものではないだろう……、それ以前に瓦礫を片手で持ち上げる貴女だったら、大概のものが軽いと感じるんじゃないかしら……?

 

「っし!んじゃちょい揺れるが我慢してくれよ!」

 

そう言って彼女は走り出したのだけれど……、彼女が向かう先には壁しかない……。一体何をするつもりなのかしら……?

 

「こっちの方が近道だからなっ!ちょい俺の首に手ぇ回してしっかり掴んでろよ?OKOK、んじゃいくぜえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

そう言って彼女は私を片腕で支えながら、背中に背負っていたハンマーを片手で掴むなり壁に叩きつけ、壁を文字通り粉々にして大穴を開ける

 

「おっしゃ!んじゃガンガンいくぜー!」

 

「えぇ……」

 

彼女は混乱する私の事などお構いなしに、こんな調子で立ち塞がる壁を次々に破壊しながら突き進んでいく。そして……

 

「じゃっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!っとぉ!今ので最後か」

 

「貴女、本当に無茶するわね……。もし貴女が壁を破壊する衝撃で入渠施設そのものが崩落したらどうするつもりだったのよ……?」

 

最後の壁を破壊し何とか外に出た私達、私は外に出たところで物凄く無茶苦茶な脱出方法を敢行した彼女を咎める

 

「そんときゃ降って来るもん全部ブン殴るまでよ!」

 

彼女は自信満々にそう言ってガッハッハッ!と笑うのであった、そう言われると彼女なら本当に出来そうに思えて少々恐ろしさを感じる……

 

「そんじゃ皆のところに……ってぇ!」

 

彼女が何かを言おうとしたその瞬間、視界の隅の方で何かが激しく輝く。私は何事かと思いそちらに視線を向けると、誰かが2本の巨大な光線を発しているのが見えました……。この泊地で一体何が起こっていたのかしら……?

 

「ありゃぁシゲと……、あぁ光太郎だったな、あの特撮ヒーローみたいなの。あいつらがやってくれたようだな!これでこの泊地の問題ってのも解決だなっ!」

 

彼女の発言を聞いて思わず目を丸くする、もしかして彼女はこの泊地でどのような事が行われていたかを知っていて、それを解決しに来たと言っているのか……?

 

「貴女……、一体何者なの……?」

 

私がそう呟くと、どうやら聞こえていたようで彼女がその呟きに答えます

 

「俺か?俺は赤城 輝、長門屋海賊団の専属大工様よっ!細けぇ事が知りたかったら戦治郎……、俺らのアタマに話聞きなっ!そのへん俺もよく分かってねぇから上手く説明出来ねぇからなっ!」

 

そう言ってまたガッハッハッ!と笑う赤城 輝と名乗る中間棲姫、事の詳細を聞くには彼女が言う戦治郎とやらと話をした方がよさそうね……。しかしその人もこの人みたいな人だったら……、気が滅入るわね……

 

「うっし!んじゃ改めて皆のとこにいくとしますかっ!」

 

輝はそう言って、光線が発生していたところに出来ている人だかりの方へと歩みを進めるのでした



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ヒーローと姫と傷だらけの一航戦

「……やったかっ!?」

 

俺は肩で息をしながら叫ぶ、フルチャージのレーザーの反動が思った以上に大きかったので足に全身全霊を注ぎ意地で踏ん張っていた結果、体力を相当持っていかれてしまったのだ

 

「光太郎さん、それフラグぅっ!」

 

翔が慌てて叫ぶ、そういやそういう話よく聞くよな……、やったか!って聞くと大体失敗してるとか……。……流石に今のでそれはないだろ……?大丈夫だよな……?

 

「……嘘だろ?」

 

木曾さんが何かを見つけてそう呟く……、おいおいちょっと待て、まさか本当に失敗したとかじゃないよな……?!

 

「あいつ、あんなの喰らってまだ息があんのかよ……」

 

嫌あああぁぁぁーーーっ!!!マジでダメだったのかよおおおぉぉぉーーーっ!!!摩耶さんの言葉を聞いて、俺は心の中で頭を抱えながら絶叫する。何か長門屋の面々の一部から向けられる視線が痛いんですけどぉ!

 

「しかし、見た限り自力で移動出来るような状態ではなさそうだな」

 

あ、そうなの?長門さんの言葉を聞いて若干安心する俺、自力で動けないならさっきよりは格段に安全だからね。っとそろそろ皆の言葉を聞いて一喜一憂するよりも、自分の目で提督だったものがどうなったかを確認した方がいいな

 

そう思って俺は皆が見ている視線の先に向かって歩き出す、おぉ!エネルギー無くなってもパワードスーツの方には影響ないんだな!だったらエネルギー関係にそこまで神経質になる必要はなさそうだ!最悪ミゴロさんもある事だし、今後はバンバン使っていくか!

 

「……えぇ~……?」

 

俺が歩み寄った先にあったのは、ソフトボールの球くらいの大きさに縮んだ提督だったものの頭部だった。頭部だけなので長門さんが言った通り自力で動く事も出来ないようだが、目や口が動いているところを見ると摩耶さんが言ったようにまだ生きているようだ……。つか皆よくこれが見えたな……

 

「あれだけの攻撃を受けてまだ生きてるなんて……、これじゃ正真正銘の化物ね……」

 

剛さんの呟きが聞こえる、その言葉を聞いて俺は少しだけ考える。深海棲艦の生体パーツを植え付けられた異形艦娘の場合ここまで酷い事にはなっていなかったのに、血液を注入した提督はこんな化物になってしまった……、この差は一体何処から生まれたのだろうか……?

 

「んで、この化物どうすんです?処分するなら俺が速攻終わらせますけど?」

 

俺がそんな事を考えているとシゲがそう言いながら両手の指先に火の玉を作り出す、ってそれもしかしてダイ大のフレイザードのアレか?お前何処からそんなネタ仕入れて来るんだよ?

 

「いや待て、どうせならコレも証拠として提出するべきだろう」

 

空の発言に耳を疑う、コレを持ち帰る?どうやって?こんな姿になってるけど触ったら取り込まれる可能性は無くなったわけじゃないんだぞ?

 

「いや、どうやってコレを持ち帰るのじゃ……?」

 

俺の気持ちを代弁してくれた利根さんに心の中で感謝する、それとも空にはこいつを触っても大丈夫なようにする案があるのだろうか?

 

「それについては、妖精さんが何とかするって言ってるぜ」

 

そう言ったのは妖精さんを肩に乗せた戦治郎、俺はその言葉を聞いて妖精さんの方に視線を向けると、妖精さんは任せておけとばかりに胸を叩く。この様子だとかなり自信があるみたいだ

 

妖精さんが何とかすると言ったら本当に何とかしてくれそうだな。……まるで戦治郎みたいだな、こいつも何とかするって言ったら本当に何とかしちまうからな。ホントこの妖精さんと戦治郎は似た者同士って感じだな~、だからこんなにも仲がいいのかもしれないな

 

「あの……、光太郎さん?」

 

そんな事を考えていると、なんか呼ばれたみたいなのでそちらの方を向くと、阿武隈さんが恐る恐るといった様子で挙手をして話しかけて来る

 

「どうしたの?阿武隈さん」

 

「いえ、貴方が本当に光太郎さんなのかな~?って思っちゃって……」

 

「そうですね……、確かに今の姿では誰かから予め話を聞いているか、名乗ってもらうかしてもらわないと分かりませんね……」

 

阿武隈さんと姉様が口々に言う、あ~この姿の事か~……、つかこれホント何なんだろうな?正直俺自身いつの間にこんな姿になったのか分からないし、この姿で出来る事ってのがレーザー撃ったり空飛べる事くらいしか分かっていないと言う……

 

「つか、光太郎さんは何でそんなメタルヒーローみたいな恰好になってるんですか?」

 

さっき俺が考えてた事を尋ねてくるシゲ、俺個人としてはお前が炎を自在に操ってる姿の方が、よっぽど不思議なんだが?

 

「もしかしたら、そのヒーローみたいな姿になるのが光太郎さんの能力なのかもしれませんね……」

 

翔がそんな事を言う、能力ってあれか?通が何処からともなく忍具を取り出すのや、悟のあの発光する手とかの事か?もし翔の言う通りこれが俺の能力だったとしたら、どういう経緯でこうなったのかを小一時間ほど問い詰めたい気分だ

 

「有り得るな、光太郎の名前はまんま仮面ライダーBLACKとBLACK RXの主人公の名前だしな。それに引っ張られてそうなったのかもしれねぇな」

 

「他にも小さい頃にヒーローになりたいとよく言ってたな、それが実現不可能だと分かってからはヒーローと同じ様に人命救助が出来るレスキュー隊の隊員になると方向転換していたが……。もしかしたら心の何処かで、まだヒーローになるのを諦めていなかったのかもしれんな」

 

「って事は、光太郎さんがヒーローになりたいと思っていたからヒーローになっちゃったって事ですか?」

 

「やったじゃないですか光太郎さん!念願のヒーローになれちゃいましたよっ!!!」

 

えぇい黙れ長門屋特撮同好会会員共っ!!いいじゃないかよ~、ヒーローに憧れるくらいよ~……。皆1度くらいヒーローに憧れるもんだろ~……?その期間がちょっと延長されるくらい問題ないだろ~……?

 

「そうなった経緯は兎も角、光太郎ちゃんはその姿の時どんな事が出来るのかしら?その内容次第では戦略の幅が広がると思うのよね~」

 

流れをぶっちぎるように剛さんが言う、剛さん、本当に助かりました……

 

「えっと……全部把握してるわけじゃないんですけど、取り敢えず放水がさっきみたいなレーザーに変化するのと、貯水タンクがスラスターとバーニアに変化して空が飛べるようになります。けど、どちらも同じところからエネルギーを引っ張っているみたいで、エネルギーの残量が0になるとどちらも使えなくなるみたいです」

 

俺がこの姿で出来る事を皆に聞こえるように話したところ、皆が驚きの表情のまま固まる。特に空の驚きっぷりが凄まじい事になっている。うわ言みたいにアイデンティティーが……とか言ってるし……

 

「マジモンのヒーローじゃねぇかよ……、つかそのエネルギーってどうやったら回復するんだ?そこさえ何とかすりゃあかなり強力な能力だと思うんだが……」

 

「それが俺もよく分からないんだよな……、つかいつ変身したのか自分でも分かってないくらいだし……。まだまだこれに関しては分からない事ばかりなんだよ……」

 

戦治郎の問いに対して、俺は正直に分からないと返す

 

「ふむ……、だったら何度も使って地道に把握していくしかないな……。まあ余裕ある時に工廠組の方でもエネルギー関係の対策考えてみるわ」

 

戦治郎の言葉に対して俺が礼を言ったところで……

 

「お~い、おめぇらお疲れさん!さっきのビームみてぇなのスゲェなっ!一体どうやったんだ?」

 

「鬼級姫級の深海棲艦がこんなに……、いえ、それよりもこのヒーローみたいな人は何者……?」

 

俺達を見て困惑する加賀さんをお姫様抱っこした輝が、声を張り上げながらこちらに向かって歩いて来る。どうやら加賀さんを無事……、いや……これは……

 

「加賀さん、ちょっと失礼します……」

 

「え……?」

 

俺は戸惑う加賀さんを無視してその足を触る、そして足を触りながら加賀さんの反応を見て確信する

 

「加賀さん、正直に答えて下さい。加賀さんの足……、自力では動かせないんじゃないですか……?」

 

輝を除く皆が俺の言葉を聞いて絶句する

 

「やっぱりか……、この姉ちゃん、下半身が瓦礫の下敷きになってやがったんだよ。俺も最初見た時ダメだろうなと思ったんだわ……」

 

現場を見ている輝には分かったか……、加賀さんが脊髄損傷を起こして下半身が動かなくなっている事に……

 

「私の足の事見ただけで分かるなんて……、輝、この人は何者なの?」

 

加賀さんが驚きながら輝に問う、俺に直接聞かずに輝に聞くあたり、加賀さんは輝に対して心開いてるって感じなのかな?それとも俺がこんな格好してるせいかな……?

 

「そいつは昔ハイパーレスキューにいたんだわ、だから多少の怪我や病気なら見ただけで分かるみたいだぜ?」

 

輝がそう言うと、加賀さんは困惑の表情を浮かべる。……この反応からすると……

 

「輝、お前加賀に俺達の事説明したか?」

 

「そのへんの事情はお前に任せたっ!!!俺だってまだまともに理解してるわけじゃねぇからなっ!!!」

 

戦治郎の質問に、胸を張ってそう答える輝。うん、そんな事だとは思っていたよ……

 

俺がそんな事を考えていると、通信機から声が聞こえてくる

 

『おめぇら喜べぇ、望の奴が目ぇ覚ましたぞぉ』

 

「本当か悟っ!!!望ちゃん、本当に目を覚ましたんだなっ!!?」

 

悟からの朗報に光の速さで反応する俺、悟が喜べと言ってるあたり、精神の方も問題ないという事なのだろう……、良かった……、本当に良かった……

 

「おぉっ!望ちゃんの方も無事だったかっ!っし!光太郎!こっちは俺達でやっとくからお前は望ちゃんのとこ行ってこい!それと輝もだ!加賀を悟のとこ連れてって診てもらえ!」

 

「戦治郎……、ありがとう!行って来る!」「応!んじゃまたちょっくら行って来るわ!」

 

そう言って俺と輝は駆け出そうとしたのだが……

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

綾波ちゃんに呼び止められる、一体どうしたのだろうか?

 

「光太郎さん、望ちゃんに会う前にその姿をどうにかした方がよくないですか……?」

 

\あ~……/

 

綾波ちゃんの言葉を聞いて思い出す、そういや今の俺の姿ってヒーローのままだったな……、この姿で行ったら望ちゃんだけでなく向こうに残っている元異形艦娘の娘達とかも混乱しちゃいそうだな……

 

その後、俺は悪戦苦闘の末何とか変身を解除して、望ちゃん達がいる沖の方へと急いで向かうのであった



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目覚める姫

「ん……、ここは……?」

 

耳を打つ波の音と背中から伝わる温もりを感じて、私はゆっくりと瞼を開く

 

「望……?」

 

聞き覚えのある声が私の名前を呼ぶ……、その声が聞こえた方を向いてみると未だ覚醒しきっていない私の瞳に誰かの姿が朧気に映る。恐らくこの人が私の事を呼んだのだろう、そう思って私はこの声の持ち主を思い出す為に記憶の糸を手繰り寄せ、ある人物の姿を思い浮かべます

 

「……神風?」

 

私が思い浮かべた人物の名前を声に出したところで、段々と私の視界がハッキリとしてくる。するとそこには先程私が頭の中に思い浮かべた人物の、神風の姿がありました

 

「望、私の事が分かるの……?」

 

神風はその瞳に涙を湛えながら私にそう尋ねます、彼女の質問の意図がよく分からなかったけど、彼女の様子を見る限りどうやら私は彼女を心配させてしまったようです

 

「神風……、ごめんなさい……、心配させちゃって本当にごめんね……」

 

私が神風に謝ると、彼女は私を強く抱きしめ声を上げて泣き出してしまいました

 

「どうやらこちらの方は一件落着、と言ったところでしょうかね?」

 

「そうッスね~、これで後は光太郎さんが来てくれたら役者は揃うって感じッスね~」

 

私が神風を落ち着かせようとその頭を優しく撫でていると、不意に誰かの話し声が聞こえてきました。私と神風以外にも誰かいるのかな?そう思ってそちらの方を見てみると……

 

「え……っ!?」

 

私の視線の先には人とは思えないほど真っ白な肌をした女の人が2人、何かに乗っているわけでもないのに海の上に立っているじゃないですか……っ!?

 

私は一瞬パニックになりそうになりましたが、そこでふとある事に気付きます。この人達だけではなく、神風も、そして私自身も海の上にいるじゃないですか……

 

そこでようやく今まで自分の身に何があったのかを思い出します……、そういえば私はあの火事のせいで……、そして気が付いたら人間じゃなくなっていて……、それから……

 

「どうしたの望ちゃ~ん?もしかしてそこの野郎共が怖かったのかな~?だ~いじょ~ぶ!心配しなくてもこの超イケメンの俺様が望ちゃんの事シッカリバッチリ守ってあげちゃったりしちゃうからね~!」

 

私が今までの事を思い出していると、なんか変な人が私に声を掛けながら近寄ってきます……。って言うかこの人は何で私の名前を知っているんですか……?

 

「おいそこのナル公、恐らく今一番怖いのはお前だと思うんッスけど?」

 

「すみません、先程不審者がいると言う通報を受けまして……、ちょっとお話いいですか?」

 

最初に見た2人が後から来た人にじっとりとした視線を送りながらそんな事を言っています、特に鬼のお面みたいなものを付けていらっしゃる方の発言はまるで本物のお巡りさんのようでした

 

「あの……、皆さんはどうして私の名前を……?」

 

「そ、そそそれは、かか、神風さんが……、そ、その……は春雨さん達をたた、助けて欲しいって……、いいい言ってきたんだよ……、ぼ、ぼ僕達に……」

 

今度は私の左の方から声が聞こえました、かなり緊張しているのか吃音が酷いみたいですけど……

 

「んあ?藤吉?」

 

「ほら、先程先輩達が来たじゃないですか、恐らくそれで九尺が引っ込んだのかもしれません」

 

先程の2人のコソコソ話が聞こえてきます、私はその中で聞こえた藤吉という名前に思わず反応してしまいました。藤吉……?それに酷い吃音……

 

そこで私はとある同級生の男子の事を思い出しました、吃音が酷くて皆から虐められていた男子生徒の事を……

 

「藤吉君……?貴方……、戸部 藤吉君なの……?」

 

私がそう言うと、先程どもりながらも私に話しかけて来てくれたちょっと姿が人間からかけ離れた人が、ビクリと身体を震わせました

 

「……お、覚えててく、くくくれてたんだ……」

 

やっぱり……、この人は私が知っているあの藤吉君なんだ……。そうなると藤吉君も何らかの原因でこの世から去って、それから私と同じように……

 

私はそんな事を考え、藤吉君にどんな言葉を掛けてあげるべきか悩んでいると……

 

「光太郎おおおぉぉぉーーーっ!!!おっま速過ぎんだってぇっ!!!ちったぁ俺らの事も考えて走りやがれえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

誰かの叫び声が聞こえてきました、何事かと思ってそっちを見てみると、激しく水飛沫を上げながら物凄い速さでこちらに向かってくる人と、その人を追い掛けていると思われる水上バイクに2人乗りしている人達の姿が見えました。水上バイクの後ろに乗っている人、目を閉じて凄く必死になって運転してる人にしがみついてるみたいだけど大丈夫なのかな……?

 

「でいやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

先頭を走っていた人が、気合の掛け声と共にブレーキをかけ私の目の前で止まり、すぐさま私の顔を見つめてきました、この人は一体どうしたんでしょうか……?

 

「望ちゃん……、本当に目が覚めたんだね……」

 

凄い速さで走って来た人が、私を見つめながらそう尋ねて来ました。その人の表情はとても穏やかな感じなのですが、その中には私の事を凄く心配していた……、そんな感情が含まれているような気がしました……

 

「え?あ、はい……」

 

私は戸惑いながらそう答えると……

 

「そうか……、よかった……、本当に……よか……った……」

 

その人は私の返事を聞くなり、そう言いながら海面に両膝を突き泣き出してしまいました……

 

「あ、あの……っ!どうしたんですかっ?!何があったんですか!?」

 

「生前に果たせなかった事をこの世界でようやく果たせたんだぁ、そうなりゃぁいい歳こいたおっさんでも泣きたくなるわなぁ、だから今は思う存分泣かせてやんなぁ」

 

突如泣き出してしまったこの人に私が慌てて話しかけると、また違うところから声を掛けられました。何処かで聞いたようなやたらネットリした声の方へ視線を向けると、全身真っ白な女性が腕を組み、泣き出した人の方を見ていました

 

「え……?それってどういう……「あっ悟さん、皆の処置終わったんッスか?」……え……っ!?」

 

あの人が泣き出した理由を聞こうとしたところで、~ッスとかなり特徴的な喋り方をする人の口から思い掛けない人物の名前が飛び出してきて、私はとても驚いてしまいました

 

「その話し方に悟って……、もしかして貴方は伊藤先生なんですか……っ!!!」

 

思わず大きな声が出てしまいました、でもそれも仕方ないと思うんです。もしこの人が本当に私が予想した人物だったら……

 

「……藤吉だけでなく、俺の事まで覚えてるたぁなぁ……」

 

やれやれとばかりに頭を振る伊藤先生……、私は突きつけられた現実に驚愕してまともに話す事が出来なくなってしまいました……。まさかこの人まで死んでしまうなんて……

 

「ん~?悟さん、望ちゃんとはどういう関係だったんッスか?」

 

「恐らく護が考えているような関係ではないと思いますよ?確か望ちゃんの家の近くに悟さんの診療所がありましたから……」

 

「って事は望ちゃんのかかりつけの診療所が、悟さんの診療所だったりしちゃったりするとか?」

 

皆さんが色々話をしていますが、私はショックから未だ立ち直れていないのでそのあたりの事情を上手く皆さんにお話出来そうにありません……、本当はそれだけじゃないんですけど……

 

「あ~……、昔ちょっとなぁ……、まあそれは機会あったら話す事にするわぁ。それよりもだぁ……」

 

そう言って伊藤先生は水上バイクに乗っている人達の方を向きました

 

「ようやく話終わったか、んじゃ悟、この姉ちゃんの事頼むわ!」

 

「輝、貴方いい加減私の名前くらい覚えなさいよ……」

 

どうやら私達の話が終わるのを待っていたようです、話を聞く限り後ろに乗っていた女の人を伊藤先生に診てもらおうとしているみたいですが……

 

「お~お~加賀ぁ、輝の事呼び捨てにするたぁなぁ~……、生憎俺はそっち方面の処置は出来ねぇがよぉ……、その足の方なら今すぐに何とかしてやんよぉ。輝、加賀をこっちに連れて来やがれぇ」

 

先生は加賀と呼ばれた女の人の足を見るなりニヤリと笑いました、そして輝と呼ばれたこれまた真っ白な女の人は加賀さんをお姫様抱っこして、そのまま先生のところへ連れて行きます。その様子を見る限りどうやら加賀さんは足を怪我しているようです

 

「……今日の俺はちぃっとばっかし機嫌がいいんだわぁ……、この怪我、瞬殺してやんよぉ……!」

 

そう言って先生はちょっと怖い笑顔を浮かべながら、加賀さんの足の治療を開始するのでした



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二正面作戦成功

「もう、いつまでも泣いてないでシャキッとしなよ~」

 

望ちゃんの無事を確認して、つい感極まって泣いてしまった俺に対して飛龍が言う

 

確かに飛龍が言う通り、こんなみっともない姿をいつまでも皆に晒しているわけにもいかないな。そう思って俺は涙を拭い立ち上がる

 

「光太郎さん、大丈夫なんですか?」

 

「心配させてごめんね蒼龍さん、そして飛龍さんもありがとう」

 

俺の事を心配そうに見ていた蒼龍さんと、俺の事を激励してくれた飛龍さんに礼を言い、俺は改めて望ちゃんと話をしようと思ったのだが、どうやら彼女は俺が立ち直る前に何処かに移動したようだ

 

望ちゃんは何処に行ったのか、視線を巡らせ探してみる。長月さんと皐月ちゃんに身振り手振りで何かを伝えようとしている文月ちゃんや、涙を流しながら抱き合ってこの場で改めて再会を喜ぶ妙高さんと羽黒さんの姿が目に映るが今はスルー……、そしてようやく目当ての人物である望ちゃんを見つけ出すと、俺はゆっくりとそちらの方へと歩き出す

 

 

 

「これは……一体……」

 

悟の緑色に発光する手を腰に当てられた加賀さんがそう呟く、残念ながらさっき来たばかりの俺にも今の状況がどういう事なのか分からない為、俺が加賀さんの疑問を解決する事は出来ない……

 

「本来ならこの状態で手術するのが確実なんだがよぉ、生憎ここにはその為の道具もなけりゃぁそんな事出来る環境でもねぇ。だが異形艦娘だった奴らに処置してる間にこの力が強化されたみてぇでなぁ、時間こそ多少かかるがこれだけでも治療そのものは出来るようになりやがったんだわぁ」

 

何それ凄い……、つまり今の悟は二足歩行する人体限定の入渠ドックになってるって事か?しかも今の口振りからすると、その能力は使えば使うほどパワーアップするみたいだから……、その内歩くバケツになる可能性もあるって事か?

 

「凄い……手を当てるだけで治療するなんて……」

 

その光景を目をキラキラさせながら見ている望ちゃんが言う、確かにこの能力は凄いけどここまで目を輝かせるほどのものなのだろうか……?

 

「悟さんの治療を食い入るように見てるわね……、確か望ってお医者さんになりたいかったんだっけ?尊敬するお医者さんがいるとか言ってなかった?」

 

「そう!私も先生みたいな立派なお医者さんになって、病気や怪我で苦しんでる人をたくさん救いたいって思ってたの!でも……」

 

ふと神風さんがキラ付けされた望ちゃんにそんな事を尋ねると、望ちゃんは最初のあたりは元気一杯に答えるんだけど、途中から先程までの元気は何処へ行ったのかといった感じに消沈してしまう

 

「私も立派なお医者さんになろうと思って一杯勉強してたんだけど、それが原因で寝不足になって……。それであの日、遂に無理が祟って机の上で眠っちゃって、火事に気付くのが遅れて逃げ遅れちゃって……」

 

望ちゃんはその目に涙を浮かべながらそう語る、この娘が逃げ遅れた原因はそういう事だったのか……、……いや、理由はどうあれ俺がこの娘を助け出しさえすれば、この娘はこんな辛い目に遭わずに済んだはずなんだ……

 

「……ごめんね、望ちゃん……」

 

このタイミングで言うべきではないと分かっているものの、つい彼女に対しての謝罪の言葉が俺の口から零れ落ちる

 

「え……?」

 

「俺がもっとしっかりしてれば……、周囲の状況を確認しながら君の下に向かっていれば……、君にこんな辛い思いをさせずに済んだはずなのに……、君を救助出来たはずなのに……。本当にごめんね……」

 

1度口から零してしまうと、もう自分の意思では止める事が出来なくなり、俺は俺の心の底から次から次へと溢れ出してくる後悔の念を言葉に乗せて、望ちゃんに向かってただひたすら頭を下げて謝罪するのであった

 

「え、えっと……光太郎さん……?」

 

「これはどういう事かしら……、いえ、その前に貴方達が一体何者なのかについて聞かなければいけないわね……、輝に聞いても他の奴に聞けと言われてはぐらかされてしまったし……」

 

俺の様子を見た望ちゃんと加賀さんが困惑しながら口々に言う

 

「そう言う事なら私が説明しますよ」

 

通がそう言ってまず自分達……転生個体の事について話し始め、それから俺達が泊地に来た経緯、そして最後に俺と望ちゃんの関係について話をするのだった

 

「そう言う事だったんですね……」

 

「なるほど……、だから彼はこんな事になっているのね……」

 

状況を飲み込んだ2人が沈痛な面持ちで俺の方を見る、そして……

 

「光太郎さん、顔を上げて下さい」

 

望ちゃんの言葉に反応し、俺は彼女の言葉通りに頭を上げる

 

「光太郎さんが私を助けようとしていた気持ちは、今ので十分伝わりました。でもこの件で一番悪いのは私なんです、私が無理をしたせいで逃げ遅れてしまった……、言わば自業自得なんです。だから光太郎さんがそんなに気に病む必要なんて……」

 

「異議ありッスっ!!!」

 

望ちゃんが俺に語りかけている最中に、護の奴が異議を唱える

 

「その件は望ちゃんも悪くないッスよ、一番の悪はその火災を起こした人物のはずッス、そう思わないッスか?悟さん」

 

「あぁそうだなぁ、護の言う通り一番悪ぃのは火災の原因を作った俺になるわなぁ……。俺が余計な事しなけりゃぁ望が死ぬ事もなけりゃぁ光太郎がハイパーを辞める事も無かったはず……」

 

「待ったっ!!!」

 

護に促されて悟が発言するのだが、今度は通の奴がその発言に待ったをかける。尚この悟の発言を聞いた望ちゃんは、驚愕のあまり目を見開いて固まっている

 

「確かにあの放火事件の遠因は悟さんにあったかもしれません……、ですが実際に火を放ったのは悟さんではなく、悟さんの事を逆恨みした元上司とその人達の指示を受けて放火を実行したその人達の部下ではないですか。ですからここにいる誰かが悪いのではなく、ここにいる誰もがあの火災の被害者……違いますか?」

 

確かに通の言う通りなのかもしれない……、だが俺はそれを聞いてもまだ納得出来ないでいた……

 

「そう……ですね……」

 

不意に静まり返ったこの状況を打ち破るかのように望ちゃんの声が聞こえる、そして望ちゃんは俺の目を見ながら言葉を紡ぐ

 

「通さんが言うように、私も、先生も、そして光太郎さんも……、皆が被害者なんですから、この事を光太郎さんだけで思い悩む必要なんてないんですよ。それに……」

 

望ちゃんはそこで1度言葉を区切り……

 

「光太郎さんはおかしくなっていた私を助ける為に、必死になって頑張ってくれたんですよね?そのおかげで私はこうやって無事に神風と再会する事が出来たんです。私を、皆の事を助けてくれて本当にありがとうございます」

 

そう言って俺に対して頭を下げる望ちゃん、俺はその言葉を聞き、その姿を見るなり……

 

「あ~あ~、ま~た光太郎さん泣き出しちゃったッスよ~っと」

 

「いいんですよこれで、しばらくそっとしておきましょう」

 

あれだけ泣いたにも関わらず、またも涙腺が決壊し泣き出してしまった……。ホントみっともねぇなぁ、俺……

 

「ぅおおおぉぉぉーーーいっ!!!」

 

そんな事を考えていると、遠くから俺達を呼ぶ声が聞こえて来る。何事かとそちらを見ると、何かを小脇に抱えた戦治郎がこちらに手を振りながら向かって来ていたのだ。その後ろには他の皆の姿も見える

 

「あの化物の件、ホントに妖精さんが何とかしてくれたぞっ!!!」

 

俺達の下に駆け寄って来た戦治郎が、そう言いながら抱えていたものを俺達に見せて来る。それは透明な立方体で、中にはあの提督だったものの頭部が入っているではないかっ!

 

「これ、この樹脂なんだけど、妖精さん達がオリジナルのコアを運搬する際に使う奴らしいんだわ!そのおかげでこの通り!問題なく触れるようになったぞっ!!!」

 

「運用目的が運用目的なだけあって、凄まじく頑丈で且つ耐熱性にも優れているようだ」

 

「おかげで俺がめっちゃ苦労したんですけどね……、これ溶かすのに30万度の熱を加えにゃなんねぇとか……、必要な熱量もそうですけど皆が熱にやられないようにすんのも大変でしたよ……」

 

未知の物体を持ってはしゃぐ戦治郎に、その物体の性質を解説する空、そして何かとんでもない事を口走るシゲ。そのせいでさっきまでのシリアスな空気がお亡くなりになられた……

 

「っと、その様子を見ると望ちゃんの方も大丈夫っぽいな!って事は二正面作戦によるマダガスカルとアムステルダム泊地の同時攻略戦は成功って事だなっ!!!」

 

こうして、戦治郎の宣言によりこの二正面作戦は成功という事で幕を閉じるのであった



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帰還した先は・・・・・・

戦治郎の作戦成功宣言の後、俺達は泊地の艦娘達を連れてマダガスカルへと向かう事になった

 

当初の予定では泊地の方で元異形艦娘達の義肢を作ったり、宴会したりするつもりだったらしいのだが、今長門さんが乗っている水上バイクに括りつけられている提督だったものとの戦闘のせいで、泊地が壊滅状態になってしまった為急遽予定を変更してマダガスカルにあるワンコさんとやらの拠点で、それらを実行する事になったんだとさ

 

「お~キャシー、出迎えご苦労さん」

 

「さっき通信である程度状況は説明してもらってたけど……、これはまた酷い有様ね……」

 

俺達の事を出迎えてくれた空母棲鬼のキャシーさんとやらが、元異形艦娘達の姿を見てその表情を曇らせる

 

「これをワンコさんが見たら確実に気絶するだろうからな、ワンコさんに見られる前にチャッチャとこの娘らの義肢を作ってあげてぇわけよ。って事で工廠使わせてもらってもいいか?」

 

「そう言う事なら全然構わないわ、私の方から言っておくから貴方達は早く工廠に行きなさい」

 

戦治郎の頼みを快諾するキャシーさん、今の発言からするとこの人はこの拠点で結構重要なポジションにいるみたいだな

 

「サンキューキャシー、んじゃ工廠組と移植手術されちゃった娘達は俺に付いて来てくれ~」

 

戦治郎がそう言って工廠組と元異形艦娘達を集めて移動しようとしたその時だった

 

「あの、戦治郎さん、ちょっといいですか?」

 

明石さんが戦治郎を呼び止める

 

「んお?明石か?一体何事ぞ?」

 

「いえ、大した事じゃないんですけど、もしよければなんですが私にも皆の義肢を作る手伝いをさせてもらえませんか?」

 

明石さんが元異形艦娘の皆の義肢作りに参加したいと申し出たのである、まあ明石さんの事情はここに来るまでに聞いていたから分かるんだよね。義肢作りを手伝いたいと申し出たのは、恐らくちょっとだけとはいえ移植手術に加担した事に対しての罪滅ぼしと言ったところだろうか

 

「おっそりゃ助かるわ、作らなきゃいけない義肢の数が数だからな、手伝いは大歓迎だぜっ!」

 

戦治郎の返答を聞いた明石さんは、感謝の言葉を述べた後戦治郎達と共に工廠へと向かうのであった

 

その後、残ったメンバーもキャシーさんの許可を得て拠点の方へと向かって行くんだけど……

 

「え~っと……、キャシーさん?」

 

拠点へ向かおうとした俺の前に、キャシーさんが立ち塞がり俺の事をジロジロと見て来るではないですか……。まあそれも仕方ないっちゃ仕方ないよな……、だって……

 

「貴方のその恰好は一体何なの?アイアンマンか何かのコスプレ?いくら何でも怪し過ぎるでしょう?」

 

そう、今の俺の姿はあのヒーローの姿なのである、戦治郎に言われて変身する事になったんだけど、何度理由を聞いても教えてくれなかったんだよな~……

 

「ですよね、やっぱこんな格好の不審者何かそう簡単には入れられませんよね~……。何で戦治郎は俺にこの姿になれって言ったんだか……」

 

「え……、戦治郎の指示なの?って言うかそのへんの事情聞いてないの?」

 

残念ながら教えてもらえませんでした……、ただ変身解除する前にキャシーさんとよく話をしておけとは言われたんだが……、一体何が狙いなんだか……

 

「聞いても教えてもらえなかったんですよね……、まああの戦治郎の事だから何か理由があってこんな事させてるんだと思ってるんですけど……」

 

「そう……、まあいいわ、取り敢えずそのヒーローみたいな格好は解除出来るの?出来るんだったら解除してもらえるかしら?」

 

俺はキャシーさんに言われるがまま、変身を解除する

 

因みに変身方法とその解除方法なんだけど、これが思った以上にシンプルなものだったんだよね。初めて変身解除した時から俺の腕に付いているブレスレットを操作してから、腰に付いているベルトのバックル(大きさは拳1つ分程度)にかざすと変身、解除もヒーロー状態で同じ事をすると変身解除が出来るのだ。感覚的には電王やオーズ、ウィザードの変身みたいな感じである。

 

……それが分からなかった時はホント色々と酷い目に遭ったよ……、変身解除方法が分からずパニック起こしてる時に、戦治郎達にそそのかされて幕張の奈良づくしの真似事させられたっけな~……。俺の事見てる皆の視線が物凄く痛かった……

 

そしてキャシーさんは変身を解除した俺の顔を見るなり、ギョッとした表情のまま固まってしまった

 

「え……、ウィル……?」

 

「えっウィル?誰ですかそれ?」

 

キャシーさんの呟きに反応し、ついウィルさんとやらについて尋ねる俺。そこで我に返ったキャシーさんから詳しい事情を聞いて、俺は戦治郎の意図をようやく把握した

 

「そのウィルって言うのと俺がそっくりで、拠点にいる皆が俺をウィルと勘違いして攻撃してこないようにって配慮だったわけか……。だったら先に言ってくれよ戦治郎~……」

 

「その、さっきはごめんなさい。光太郎とあいつがあまりにもそっくりだったものだから……」

 

先程の事を謝罪するキャシーさん、そんなにそのウィルって奴は俺に似ているのか……、なんかちょっとショックである……

 

そこでふと思う、キャシーさんは転生個体で艦これの事知らないっぽいから仕方ないとして、純粋な深海棲艦であるこの拠点にいる穏健派の皆さんも俺とウィルとやらの区別が付かないのだろうか?……まあそれは今はどうでもいい事か……、俺はそう思い直して先程の考えを頭の隅っこに押し込める

 

「いえ、気にしないで下さい。それよりも俺とそっくりな奴が皆さんにご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ないです」

 

俺はそう言ってキャシーさんに頭を下げる、その姿を見たキャシーさんは

 

「……自分と全く関係ない事なのに頭を下げるなんて……、完全にあいつとは別人ね……」

 

そんな事を呟いていた、どんだけ評価低いんだよ俺のそっくりさんとやらは……

 

「さって、光太郎があいつとは全くの別人ってのがたった今証明されたわけだし、拠点の方へ向かいましょう。さっきのお詫びって事で私が案内するわ」

 

キャシーさんはそう言うなり、俺の手を引っ張りながら拠点へ向かって進み始めるのだった

 

 

 

「光太郎のあの姿も、戦治郎達が言っていた能力って奴なのね~……」

 

「俺自身、あの能力についてはまだ把握しきっていない状態なんだけどね。機会を見て色々と試してみないとってところだよ」

 

俺はキャシーさんの案内を受けながら、彼女と他愛もない話をしていた。……その前にお互いが生前どんな事をしていたかって話題になってすっごく気まずい空気になってたりするんだけどね……

 

「それにしても能力か~……、私だったらどんな能力になるのかしら?」

 

「ん~……、確かキャシーさんって女優だったんだよね?だったらそれに関係する感じの能力になるんじゃないかな?」

 

「TV女優関係?ちょっと想像しにくいわね~……」

 

そんな感じで彼女と話をしながら歩いていると、輝と藤吉、そして加賀さんの3人と遭遇した。ここに来る道中もそうだったけど、何か輝と加賀さんの距離近くないか?

 

「おっ光太郎、女連れて歩いてるなんていい身分だなおい」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。って言うか加賀さんの方はもう大丈夫なの?」

 

輝の奴が俺がキャシーさんと並んで歩いているところを見るなり、ニヤニヤしながらそう言ってきたので、俺はお返しとばかりに言い返す。そしてそこで加賀さんの足の事を思い出し、俺は加賀さんに容態について尋ねる

 

「心配ないわ、さっき悟さんのところで念の為にと精密検査をして来たところなの。それで異常無しと診断されたわ」

 

加賀さんは表情を崩す事無くそう告げる、それを聞いた俺は一先ず安堵する。悟の事を信頼してないわけではないんだけど、あの能力もまだまだ完全に解明されているわけじゃないからね、もしかしたらがあるのではと少々不安だったのである

 

「つか加賀さんよぉ、ここ来る時もそうだったがおめぇ俺に絡み過ぎじゃねぇか?」

 

「あら?何か問題でも?」

 

そう言って輝から離れようともしない加賀さん、この拠点に来る時も悟から単独航行可能だと言われていたにも関わらず、移動は輝のケートスだったっけ?それに2人乗りしてたし……

 

「いや、特に問題があるとかじゃねぇけどよ……」

 

「そう、なら問題ないわね」

 

そう言ってやっぱり輝から離れようとしない加賀さん、一緒にいる藤吉が非常に気まずそうにしている。藤吉も何処か別のところに行けばいいだろうと思うんだけど、藤吉の行く当てってかなり限られてるからな~……

 

「ねぇ、もしかしてあの人って……」

 

俺がそんな事を考えていると、キャシーさんがコソコソと話しかけて来た。多分俺も同じ意見です、はい……

 

「そろそろいいかしら?検査も無事に終わったから、私は輝にこの拠点の案内をしてもらおうと思うのだけれど?」

 

「ああ~……、分かった分かった、って事で悪ぃけど俺ら行くわ。んじゃまた後でな」

 

不意に加賀さんがそう言うと、輝は観念したのか俺に詫びを入れて加賀さんを連れて何処かへ行ってしまった

 

「攻めてるわね~……、でもあれだけじゃ輝はあの人の想いに気付かないんじゃないかしら?」

 

「相手が輝ってのがな~……、俺からは加賀さん頑張れとしか言えないよ……」

 

俺とキャシーさんは、輝達を見送りながらお互いの意見を口々に言うのであった



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医務室にて

輝達を見送った後、俺達は悟達がいるであろう医務室の方へと足を運んだ

 

マダガスカルへ向かうその道中で、悟からマダガスカルに到着し次第望ちゃんの精密検査をすると聞いていたからだ

 

望ちゃん自身は精神的にも肉体的にも大丈夫だと言ってはいたものの、薬漬けにされていた関係で望ちゃんの感覚が麻痺している可能性も考えられた為、悟が念の為と言って何とか望ちゃんを説得して精密検査をする事になったのである

 

そういう訳で医務室に辿り着いた俺達は、ノックして返事を待つが中々返事が返ってこない事を不審に思い勝手に医務室の中に入るのだが……

 

「誠にありがとうございましたあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

俺達の目の前には、悟に対して土下座して感謝の意を表明するエリチの姿があった。そしてそんなエリチを見て、あたふたしてる望ちゃんと何故か医務室にいる龍鳳さん。龍鳳さんが何故ここにいるのかは取り敢えず置いておくとして、一体何があってこのエリチは悟に土下座をしているのだろうか……?

 

「悟……、こりゃどういう事だ……?」

 

「光太郎かぁ、まあ見ての通りなんだわぁ」

 

いや分かんねぇよ……、面倒臭がらずちゃんと説明しろよ……

 

「こいつって……、確かシゲが尋問の時火達磨にしたあのエリチ?」

 

え?何それ怖い、尋問中に火達磨って……、それ尋問じゃなくて拷問じゃね?

 

キャシーさんの言葉を聞いた望ちゃんと龍鳳さんがビクリと身体を震わせて硬直するが、今は敢えてスルーしておく。何があってシゲはこいつを拷問にかけたのだろうか……

 

「あの火傷はシゲのせいだったのかよぉ、道理で全身満遍なくこんがり焼けてるわけだわぁ。んで、シゲは何でこいつの事ウルトラ上手に焼いたんだぁ?」

 

俺がそんな事を考えてると、悟が俺の隣にいるキャシーさんに尋ねる。それを聞いたキャシーさんはその時の状況とその尋問の結果手に入れた情報を俺達に分かり易く教えてくれたんだが……

 

「シゲの元カノの話が出て、それが切っ掛けでシゲの能力が発現した……ねぇ……」

 

「そりゃぁそうなっても仕方ねぇわなぁ……、確かあの女だろ?長門屋に乗り込んできてシゲぶん殴って盛大にフッた奴だろ?」

 

俺に話を振って来る悟にウンウンと頷き返す、確か殴られたシゲが盛大に吹っ飛んでたのが印象的だったな~……

 

「あ、あの……」

 

不意に声を掛けられたのでそちらを見てみると、先程の話を聞いて思うところがあったのかオドオドしているエリチがいた

 

「先程の話を聞いてる限りだと、俺の事丸焼きにした奴は可奈子さんと付き合ってたって事ですよね……?それってまさか……?」

 

「お?おめぇシゲ……、愛宕山 重雄の事知ってんのかぁ?」

 

シゲの名前を聞くなり、エリチは顔を真っ青にしていく……、この反応見る限り知ってるんだろうな~、あいつの事……

 

「お前の想像通り、お前の事をこんがり焼いたのはあの『大天狗』の愛宕山 重雄だよ」

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

俺がエリチに真実を告げると、彼は悲鳴を上げて蹲りガタガタと震えだした

 

「あの、『大天狗』って確か私達の世界にいた暴走族でしたよね……?クラスのちょっとワルぶった男子がよくその名前を口にしてカッコイイとか言っていたんですけど……」

 

「あぁそうだぁ、シゲはその暴走チーム『大天狗』の元総長……、一番凄ぇ奴だったんだわぁ」

 

俺達のやり取りを聞いていた望ちゃんがオズオズと尋ねてくる、それに対して悟がありのままに事実を伝えると、望ちゃんは目を丸くして驚いていた

 

「シゲさん、本当に不良さんだったんですね……」

 

話を聞いていた龍鳳さんも驚いた表情のままそう呟く、まあ道中の戦闘で相手の事滅茶苦茶口汚く罵ってたからその辺は想像し易かったんじゃないかな~?

 

「シゲってヤンキーの割には貴方達には敬語使ってるわよね?……まさか貴方達……」

 

「キャシーさんが想像してるような事はしてないよ、あいつは根はいい奴だから社会がどういうものか理解させたら、それに合わせてキチンと応えてくれる。たったそれだけさ」

 

俺達がシゲに対してよからぬ事をしたと思ったキャシーさんの誤解を解くように俺が言う、まあシゲと初めて出会った時は少々手荒な事はしたけどさ……、でもあれはあっちから仕掛けてきた事だからノーカン……、に出来るかな~……?

 

「やべぇよやべぇよ……」

 

不意にエリチの声が聞こえたのでそちらに視線を向けると、未だに蹲って震えているエリチがブツブツと何かを言っていた

 

「この人、シゲさんの事物凄く怖がってますけど……、この人とシゲさんの間に一体何があったのでしょう……?」

 

エリチの異常なまでの怖がり方に対して疑問を抱いた龍鳳さんが言う、言われてみれば確かにこの怖がり方は尋常ではない、彼の過去に一体何があったのだろうか……?

 

「なぁ、シゲの事怖がってるみたいだけど、昔あいつに何かやったのか?」

 

俺が彼にそう尋ねてみると……

 

「やったんじゃなくてやられたんですよっ!!!」

 

彼はそう叫びながら勢いよく立ち上がる、……あ~、そういやあいつ言ってたな……

 

「『大天狗』が活動を開始した際、真っ先に俺がいたチームが襲撃されて『大天狗』の傘下に突っ込まれたんですよぉっ!!!それ以降『大天狗』の活動全てに付き合わされて……、あいつのすぐ傍でその実力を見せつけられ続けたんですよぉ……」

 

最初こそ勢いよく捲し立てたものの、途中からその時の事を思い出したのか段々威勢が無くなっていき、最後は頭を抱えてしまっていた。その光景を見ていた望ちゃんと龍鳳さんは愕然とし、キャシーさんは……

 

「あいつ、昔は相当ヤンチャしてたみたいね……」

 

コメカミに指を当てながらそう呟いていた、まあそうなるよね~……

 

「シゲにとってその頃の話は今では黒歴史……、触れて欲しくない恥ずかしい過去になってるみたいだけどね。あっ本人に聞いたらダメだからね、激怒するか滅茶苦茶落ち込むかのどっちかになるから」

 

俺がそう言うと、望ちゃんと龍鳳さんはブンブンと首を縦に振る

 

「……ってすっげぇ今更なんですけど、大先生はあいつの知り合いなんですかい?」

 

ふと思い出したようにエリチが悟に尋ねる、……今の話聞いてる限りだと……

 

「クカカカカッ!本当に今更だなおいぃ」

 

エリチの話を聞いた悟が笑いながらそう答えると、またエリチの顔色が悪くなっていく

 

「ちょっと待って下さい……、その笑い声……、まさか……」

 

「あぁそうだぁ、『大天狗』が壊滅する切っ掛けになったあの大乱闘、俺とこいつはそれに参加してたんだよなぁ。クキャキャキャッ!!!」

 

悟が俺の方に親指を向けながらそう言い放つと再び笑う、それを聞いたエリチはガチガチと歯を鳴らして震え始める。やっぱりあの現場にいたのか~……

 

「あの、大乱闘って……?」

 

「戦治郎の家で飲みやろうってなった時にね……、皆で酒を買いに行ったその帰りに偶然『大天狗』の集会に遭遇しちゃってね……」

 

「そこで奴らに絡まれてなぁ、穏便に済ませようとしていた戦治郎をシゲの手下だった奴が押し倒しちまってなぁ、それで空がキレて攻撃開始、それに便乗して輝の奴も暴れ出しちまって収拾つかなくなっちまったんだわぁ」

 

「その時俺と悟も巻き込まれて、結局皆で大乱闘になっちゃったんだよ……。んで、戦治郎の号令で逃走した直後に警察が来て、『大天狗』のメンバーは殆どが捕まっちゃったんだよね」

 

「その結果『大天狗』は壊滅して、その仇討ちの為に単身長門屋にカチコミに来たシゲは戦治郎達に翻弄されて、そのまま長門屋の仲間入りって訳よぉ」

 

大乱闘について尋ねて来た望ちゃんに、俺と悟は当時の事を思い出しながら説明する

 

「……貴方達も随分ヤンチャしてたみたいじゃない……」

 

キャシーさんが頭を抱えながら放った言葉に悟は大笑いし、俺は苦笑するしかなかった……



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アシスタント

「落ち着いたかい?」

 

「あっはい……、おかげさまで……」

 

俺は大いに脱線した話を元に戻す為に、悟の笑い声を聞いて取り乱したエリチを何とか落ち着かせる

 

「取り敢えず、君の名前を教えてもらってもいいかな?いつまでも個体名で呼ぶのもどうかと思うからね」

 

彼が何故悟に土下座して感謝の言葉を述べていたのかを聞く前に、まずは彼の名前を聞く事にした。その方が親しみ易くなって話がスムーズに進むだろうと思ったからだ

 

「え?この身体エリチって言うんですか?名乗っても無いのに皆エリチエリチ言うから、ここの連中皆エスパーかよっ!?って思ってたとこなんですわ~。いや~、そう言う事か~」

 

何かこの人俺の話聞いて勝手に納得してるんですが……、一体どういう事だよ……

 

「ごめん、ちょっとどういう事か説明してもらえるかな……?」

 

「ああ、すいやせん。俺、江利地 正人(えりち まさと)って言います」

 

彼の自己紹介を聞いた皆が思わずズッコケそうになる、まさか苗字がまんまエリチだったとは……、ちょっとばっかし予想外だったよ……

 

「皆してどうしたんすか?」

 

「あ、いや、気にしないで……、それで……え~っと……、正人君、でいいかな?「あっはい」うん、それで正人君は何で悟に土下座してたのかな?」

 

彼の事は名前の方で呼ぶ事にする、折角名前を教えてもらったのに苗字で呼んでたら今までと何ら変わらないからね、苗字が苗字だから……ね……

 

「そんな難しい話じゃねぇだろうよぉ、望の精密検査の後そいつの治療をしたらああなった、たったそんだけだなんだわぁ」

 

ここで悟が口を挟み、そこでようやく俺は事態を把握する事が出来た。そう言う事だったのね……、いやホントちょっと考えればすぐ分かる事だったな……。あの絵面のインパクトが強くて考えるどころじゃなかったけど……

 

「全身の火傷のせいで碌に身体を動かせなかったのに、あの人がちょっとの間手をかざしてるだけで火傷が見る見るうちに治っていって、今じゃこの通りっ!こんな凄ぇ事するからきっとあの人は神か仏かとか思ってたんですが……」

 

正人君の方からも事情を話してくれたわけなんだけど……

 

「俺が神だぁ?あんな糞野郎と俺を一緒にすんじゃねぇ」

 

悟が正人君の方へと向き直り睨みつける、こいつは過去に色々あり過ぎて神様とか言う単語大嫌いだからな~……。それはそうと、悟に睨みつけられた正人君は短い悲鳴を上げて思わず身を竦ませる、今の悟は異様なまでに迫力あるのに加えて、正人君にはあの大乱闘の時の記憶があるからね、相当怖いだろうな~……

 

「こいつはエネミー認定した相手に対しては情け容赦を一切しない悪魔そのものだけど「おいコラ」味方と怪我人に対しては良い奴だからさ、もうそんなに怯える必要はないと思うよ?」

 

悟のツッコミをスルーしながら俺が言う、それを聞いた正人君は少し考え込んだ後こう言い放つ

 

「エネミー認定って敵だと思うって事ですよね……、つまりこのまま姐さんのとこに帰ったら……、……すいやせん、何処か隠れるのにうってつけの安全な場所ってありやすかね……?」

 

まあそうなるよね……、あっちは彼らを見てる限り修羅の国みたいだからこのまま帰ったら何されるか分かったもんじゃない、それを覚悟して戻った場合今度は彼のトラウマになっているであろう俺達を相手にしなきゃなんない……、そりゃ逃げたくもなるよね……

 

「貴方、可奈子とやらのところに戻らなくていいの?」

 

「このまま戻ったら姐さんにボコられるのは目に見えてるし、それを乗り切ったら今度はこの人達の相手しなきゃいけないでしょ?俺が死ぬの確定じゃないですかっ!!!だったら地の果てまで逃げた方がいいでしょっ!!?」

 

キャシーさんが正人君にそう尋ねると、正人君はオーバーアクションしながらそう答えるのだった

 

「そう……、だったらいいところがあるんだけど?」

 

「おぉ!マジですかっ!?それでそれって何処なんですかい?!」

 

キャシーさんが正人君の言葉を聞いた後、何処か心当たりがあるのか正人君に話を持ち掛ける。当然の事ながら正人君はキャシーさんの話にガップリと食い付く、そのやり取りを見ていた俺は何となくだけどこの後の展開が予想出来るんだよな~……

 

「それはね~……、こ・こ♪」

 

「……は?」

 

蠱惑的な仕種をしながら正人君に詰め寄ってから、下の方を指差しながら答えるキャシーさん。キャシーさんの行動にドギマギしていた正人君は、その言葉を聞いた瞬間思わず間の抜けた声を出してしまう

 

その後、キャシーさんが正人君にこの拠点の現状を説明し、彼に取引を持ち掛けたのである

 

「……取り敢えずソロモンの方に頼んで転生個体を何人か派遣してもらう事になってるんだけど、その間私1人で貴方がいた『カルメン』だったかしら?それの相手をしなくちゃいけないのよね……。それが凄く面倒ってのが分かり切ってるから、私は貴方と取引しようと思うの」

 

「取引……ですかい……?」

 

「そう、取引。ソロモンから派遣された転生個体がここに到着するまでの間、貴方に私の手伝いをしてもらいたいの。その間貴方の身の安全は私が保障するし、ここの設備もある程度自由に使っていいわ。そして派遣された転生個体がここに到着したら、貴方が望むのならば貴方を穏健派の総本山があるソロモンに送ろうと思うんだけど、どうかしら?」

 

増援来るまでキャシーさんの手伝いしたら、現状最も安全なソロモンで暮らせる権利をもらえる、か……。確かにこれはお互いに旨味がある話だな……さて、正人君は一体どう出るだろうか……

 

正人君はキャシーさんの話を聞いた後、しばらく考え込み……

 

「分かりやした、俺はその話に乗りやす。そうした方が敵が少なくて済みそうですからね。そういう訳でよろしくお願いしやす!」

 

彼はそう言ってキャシーさんに頭を下げるのだった、彼が言う敵ってのは多分俺達の事なんだろうな~……

 

尚、正人君はその後ワンコさんの優しさに触れた結果、庇護欲を掻き立てられ彼女に忠義を誓い、派遣された転生個体がマダガスカルに到着した後もワンコさんの為に拠点に残り、キャシーさんの右腕として戦い続けたそうな……

 

「おめぇらの方の話は粗方纏まったようだなぁ」

 

キャシーさんと正人君のやり取りを見ていると、不意に悟が声を上げるのだった

 

「今から俺は光太郎と話すっからよぉ、細けぇ打ち合わせやるんだったら余所でやんなぁ」

 

そういやそうだった、俺は望ちゃんの精密検査の結果を聞く為にここに来たんだったわ、正人君の土下座シーンに意識持っていかれてスッカリ忘れてた

 

「そう、だったら私達は少し外すわね。しばらくしたら戻って来るから、光太郎の方が先に終わったらここで待ってて頂戴」

 

そう言ってキャシーさんは正人君を連れて医務室から出ていくのだった

 

「すまん悟、正人君の件でスッカリ忘れてた……」

 

俺が正直に告げると、悟は心底どうでもよさそうに鼻で笑い、望ちゃんの精密検査の結果について話し始めるのだった

 

「まず精神の方については全く以て異常無し、薬に対しての依存症なんかも見受けられなかったんだわぁ」

 

それを聞いてまずは安心1段階目、ここでもし依存症が確認されていたら俺はその怒りを何処にぶつければいいか分からなくなるとこだった……

 

「身体の方については問題なしだなぁ、日常生活送る分には差し支えねぇ」

 

その言葉に反応する俺、その言い方だと日常生活に差支えがない異常があったって事になるからな……

 

「身体の方、もうちょい詳しく聞かせてもらえないか?」

 

「やっぱおめぇにはこの言い方だと気付かれるわなぁ……」

 

悟はそう言うと頭をバリバリと掻いた後、とんでもない事を言い放った

 

「望の身体なんだがよぉ、薬が原因なのかかなり変質しちまってるようなんだわぁ……」

 

変質……?それは一体どういう事なんだ……?俺はその言葉を聞いて困惑しながら悟の次の言葉を待つのであった……



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異常体質と進む道

「先に確認しときたい事があるんだがよぉ、光太郎、おめぇ今の望の姿を見てどう思うよ?」

 

「望ちゃんの今の姿……?」

 

悟の問いかけに疑問を抱きながら望ちゃんの方を見る俺、当の望ちゃんは表情を曇らせて俯いているくらいで、他は普通の駆逐棲姫の姿を……

 

そこである事を思い出した俺は、悟に思い出した内容について尋ねる

 

「なぁ、望ちゃんに付いてた鉤爪や追加装甲みたいな胸当てが見当たらないんだが……」

 

「直接やり合ったおめぇならすぐに気付くわなぁ」

 

そう、あの時の望ちゃんに付いてた鉤爪やら胸当てやらが綺麗サッパリ無くなっていたのだ。もしかしたら着脱可能だったのかもしれないと思い辺りを見回してみたが、それらしいものは影も形も見当たらない……

 

「その鉤爪や胸当てなんだけどよぉ、精密検査始めようとした時に溶けるようにして望の身体の中に入っていっちまったんだわぁ」

 

「はぁっ!?」

 

話を聞いた俺は驚きのあまりつい声を荒げてしまい、望ちゃんと龍鳳さんを驚かせてしまう

 

「俺だって最初見た時は驚いたわなぁ、んでその辺も気になって必要以上に細かく検査して分かった事がいくつかあるんだわぁ」

 

そう言って悟は望ちゃんの身体について説明し始める

 

鉤爪や胸当てについては、どうやら望ちゃんの血液中にアドレナリンが分泌されると出て来るようになっているらしい

 

この状態になると、彼女は俺達と戦った時と同等の力を発揮出来るんだとか何とか……

 

その状態になっていなくても、提督に投与された薬の影響で筋肉細胞や皮膚が強化されているみたいで、スピード以外なら通並のスペックを叩き出せるそうだ

 

更に言えば、筋肉細胞の強化は出力だけでなく耐久面も強化されているようで、脳のリミッターを完全に外して行動しても空ほどのダメージにはならないんだとか……

 

ここまででも十分戦慄ものなんだけど、何と更にヤバイのがあるみたいなんだ……

 

望ちゃんの血液中にアドレナリンが分泌されてから、一定以上の時間が経過してもアドレナリンの分泌が止まっていなかった場合、特殊な物質が血液中に分泌されるようになっているらしい……

 

「こいつがホント厄介なもんでなぁ……」

 

そう言って悟が言葉を続けるのだが、どうやらその物質は人間だろうと深海棲艦だろうと体内で生成出来るようなものではないらしい。しかし望ちゃんの身体はそれを生成出来るようになってしまっているらしく、悟は提督が膨大な種類の薬を望ちゃんに投与したのが原因なのではないかと予想しているようだ

 

んで、その物質の効果なのだが、極めて強力な覚醒剤のようなものらしく気分をとんでもなくハイにさせながら脳のリミッタ-を外すと同時に痛みや疲労感を感じさせないようにした挙句、筋肉細胞を更に強化させるんだとか……

 

ただ、こうなると自分を制御出来なくなる上に、効果が切れると同時に凄まじい絶望感や自殺衝動が襲ってくるそうだ。要は空の精神ヴァージョンってところか……

 

「取り敢えず俺が分かってるのはこんなとこだなぁ、望を長時間興奮状態にさせないように気を付けりゃ何とかなるって感じだなぁ」

 

悟はそう言って望ちゃんの身体についての説明を締めくくった、その話を聞いた俺はやり場のない怒りに耐えるように拳を握り締める……

 

本当は今すぐにでも医務室を飛び出して、樹脂で固められた提督だったものに今一度フルチャージしたレーザーを叩き込んでやりたいのだが、それをやってしまうと長門さん達に迷惑が掛かると思うと実行出来ないでいたのだ……

 

「光太郎さん……、その……ごめんなさい……」

 

不意に望ちゃんが俺に向かって頭を下げて謝罪してきた、俺はそんな望ちゃんを見て少々混乱してしまった。何でこの娘は俺に謝っているんだ?今までのやり取りの何処に望ちゃんがそんな事しなきゃいけないとこがあったんだ?

 

「え……?急にどうしたの?」

 

「私のせいで光太郎さんは沢山辛い思いをしてきたのに……、折角光太郎さんが頑張って私の事を助けてくれたのに……、それなのに私はこんな事になってしまってて……、本当に、ごめんなさい……」

 

そう言って彼女は涙を流しながら何度も俺に謝罪する、俺はそんな彼女の頭に優しく手を乗せてこう告げる

 

「望ちゃんが謝る必要なんてないんだよ、身体の事に関してはちょっと残念ではあるけどさ……、でも君を死なせる事無く助け出す事が出来た、それだけで俺は救われたんだ、だからもう謝る必要も、涙を流す必要もないんだよ」

 

そう言って俺は彼女の頭を優しく撫で始める

 

「この件については全部あの糞野郎が悪いって事でいいよなぁ?じゃなけりゃまぁたお通夜ムードになっちまうからなぁ。っとそれはそうと、だぁ」

 

俺が望ちゃんを落ち着かせようとしていると、悟がそう言って話を切り出して来た

 

「望の今後についてなんだがよぉ、体質の都合で俺達の戦いに巻き込むのは悪手だと思うからよぉ、長門達か穏健派の総本山に預けるべきだと思ってんだわぁ」

 

「確かに……、戦闘ってなるとどうしても長時間興奮状態や緊張状態になってしまうからな~……、その方がいいかもしれないな。んで、出来るなら顔見知りがいる大本営の方がいいんじゃないか?総本山は強硬派が結構来るって話だから避けた方がいいかもだな」

 

「大本営に送った場合どっかの阿呆がいらん気起こして望を攫いに来るかもしれんがなぁ、まあそこらは龍鳳達に頑張ってもらうとしますかねぇ」

 

俺と悟が2人で話を進めていると……

 

「「えっ!?」」

 

望ちゃんと龍鳳さんが驚きながら声をハモらせる

 

「そ、そんなっ!私、悟さんに助けてもらった恩を全然返せてないのにっ!?」

 

まずは龍鳳さんがそう叫ぶのだが……、確か龍鳳さんって悟に2回も命を助けられたんだっけ?1回目は移植手術開始直前に手術室に乱入した悟が囮になって提督達の注意引き付けてくれたおかげで脱出出来た奴で、2回目は飛んで来る瓦礫に気付かずに文月ちゃんのところに駆け寄ろうとしたのを縫合糸で引き寄せて止めた奴だったっけ?

 

……そりゃフラグの1つも立つわな、でも悟も輝とは方向性は違うけどかなり攻略難しいと思うぞ?大丈夫か龍鳳さん……

 

「ちょっと待って?今のリアクションからすると、望ちゃんは俺達について来るつもりだったの?」

 

「あっはい……」

 

俺が望ちゃんにそう尋ねると、彼女は弱弱しく返事をして、その理由について話始めるのだった

 

望ちゃんには尊敬する医者がいて、その人に憧れて医者を目指していたとは聞いていたんだけどさ……、その医者ってのが俺の目の前にいる医学界の怪物と言われたこの半狂人、伊藤 悟その人だったんだって……

 

何でも昔、望ちゃんは深夜に急患として救急車で病院に搬送されたそうなんだが、病院を何件かたらい回しにされ、当時悟が勤めていた病院に辿り着きはしたもののそこでも受け入れを拒否されそうになったんだとか

 

んで、いよいよもってヤバイと思っていた時に偶々悟がその場に居合わせて、望ちゃんの姿を見るなり血相を変えて上に掛け合って了承を得て、すぐに治療を開始して望ちゃんを助けたんだそうな

 

「何処の病院も専門の先生がいないからって言って、受け入れてくれなかったのに伊藤先生だけが専門医がいねぇなら俺が診る!って言って私を助ける為に動いてくれて……。その姿が本当にかっこよくて、私もこんなお医者さんになりたいなって思ったんですよ。どんな時でも患者さんを見捨てないで手を差し伸べるようなお医者さんに……」

 

「あん時の事まで覚えてやがったのかよぉ……、おめぇどんだけ記憶力いいんだって話だわぁ……」

 

話を聞いていた悟がバリバリと頭を掻きながらそう呟く、こいつ今絶対照れてるだろ、付き合い長い俺達にはそういうのお見通しなんだからな~?

 

「それで、私はこの世界に来た時にお医者さんになるのを半分くらい諦めてたんですけどね、この世界で先生と再会して、先生がこの世界でもお医者さんとして頑張ってる姿を見て、もう1度頑張ってみようって思ったんです」

 

望ちゃんの話を聞いていた悟が急にそっぽ向いちゃった、これで確定したな……、悟の奴柄にもなく照れてやがる、それも最大クラスで

 

「それでその……、先生達が危ない事をやっているって言うのはここに来るまでに沢山見て来たので知っています、先生達について行けば私も危険な目に遭うのも分かっています……。それを覚悟した上でお願いがあります」

 

望ちゃんはそこで言葉を区切り、1度深呼吸をしてからこう言い放った

 

「お願いします!先生みたいな立派なお医者さんになれるように私に指導して下さいっ!!!」

 

深く頭を下げたまま動かなくなる望ちゃん、しばらくの間医務室に沈黙が流れるが……

 

「……望ぃ、悪ぃ事は言わねぇから俺みたいになるのはやめておけぇ」

 

悟はそう言いながら望ちゃんの方へと向き直る、それを聞いた望ちゃんは泣き崩れそうになるのだが……

 

「だがよぉ、医者になりてぇって事ならよぉ、本当におめぇが望むんならよぉ」

 

そう言いながら視線の高さを望ちゃんに合わせる悟、その言葉を聞いた望ちゃんは顔を上げ、悟としっかりと目を合わせる

 

「俺が持っている全ての医療技術を、その知識をおめぇに叩き込んでやらぁ。その覚悟、あるんだろうなぁ?」

 

その言葉を聞いた望ちゃんは思わずその瞳を潤ませる、今度は嬉し泣きみたいだね

 

「はいっ!どうかよろしくお願いしますっ!!!」

 

望ちゃんはそう言って悟に対して今一度深くお辞儀をする

 

「って事だからよぉ、望の事はおめぇがしっかり守ってやってくれよぉ、いいよなぁ?ヒーロー様よぉ?」

 

悟が俺の方を見ながらそう言ってきた、これに対しての俺の返事は決まっている

 

「当然だ、つかそん時はお前も手伝えよ?」

 

こうして、俺達の旅に望ちゃんが同行する事となったのだった

 

 

 

 

 

「……あの、私は……?」

 

「龍鳳の方は長門達と話し合って決めるんだなぁ」

 

悟の言葉を聞いた龍鳳さんは、肩をガックリと落とし項垂れるのであった。龍鳳さんの場合軍属ではなかったら素直にOK出せたと思うんだけどね……、まあこればかりは仕方ないかな?



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ヒーローの相棒

望ちゃんの同行が決まったところで、通信機から声が聞こえてくる。声の主はどうやら工廠にいる戦治郎のようだ

 

『光太郎、ちょっち工廠まで来てくんねぇか?お前に見せたいものがあるんだ』

 

俺に見せたいものだって?そう考えたところである事を思い出す、そういえば戦治郎が余裕ある時にヒーロー変身時のエネルギー関係の対策考えてくれるって言ってたっけな……。もしかしたらそれ関係なのかな?もしそうだったら俺としては非常に嬉しい限りである

 

「そういう訳だから、悪いけど行って来るわ」

 

「おぅ、早いとこ行ってやんなぁ」

 

そうして俺は医務室を出て工廠に向かおうとするのだが、ここで肝心な事を思い出す、そういえばまだ工廠までの道教えてもらってなかったわ……

 

医務室を出てちょっと進んだあたりで頭抱えて悩んでいたところで、用事を済ませて戻って来たキャシーさんと合流、この時はキャシーさんが女神に見えたよ……

 

こうして俺は無事に工廠に辿り着いたのだが……

 

「うわぁ……、死屍累々じゃない……」

 

キャシーさんが言った通り、工廠には少々悲惨な光景が広がっていたのだ……

 

まず明石さんが休憩用に置かれているのだと思われるソファーに横たわり、シゲが椅子に座って矢吹丈みたいに真っ白に燃え尽き、護に至っては死体のように床に転がりピクリとも動かないのである……

 

「よう!待ってたぜ!」

 

そんな中、戦治郎が元気一杯に俺に話しかけて来た、その後ろに控えている空も見た限りピンピンしている模様。この差は一体何処から生まれたのだろうか……?

 

「何で貴方達だけそんなに元気なのよ……?まさかあそこの3人に仕事押し付けてたとかじゃないわよね……?」

 

キャシーさんが戦治郎達に疑いの眼差しをむけるのだが……

 

「いや……キャシーさん、それは違います……、単純に俺達の鍛え方が甘かっただけですわ……」

 

いつも以上に真っ白になったシゲがそれを否定する、要は年季の違いってわけか、元の体力が段違いなのに加えて身体が自然に最効率で作業して無駄な体力の消耗を抑えてくれた結果あの2人は全然余裕があるって感じだな

 

「まあシゲの言う通りだな、取り敢えずこいつらももっと場数踏めば体力に余裕出て来るってもんよ。っとそれはそうと、光太郎に見せたいものについてなんだが……、ちょっち付いて来てくれ」

 

そう言って戦治郎と空は工廠の奥の方へと姿を消す、俺とキャシーさんが慌ててその後を追うと、そこにはケートスとは異なる水上バイクが1台置いてあった

 

「これは……?お前達が使ってたケートスとは違う水上バイクみたいだけど……」

 

「そいつの名前は『リヴァイアサン』、アリーさんが作ったケートスを参考にして俺達がお前専用に作り上げた水上バイクだ。因みに命名したのは護な」

 

戦治郎はそう言うと、そのままリヴァイアサンについて説明し始める

 

このリヴァイアサンはケートスよりもサイズが大きく、見た感じ4人乗りが出来そうなほどの大きさだった。戦治郎が言うには、専用のアタッチメントを使う事で後部座席にストレッチャーを取り付けられるようになっているそうだ。ただその場合最大搭乗人数が4人から操縦者と傷病者の2人だけになるんだとか

 

装備も充実していて、シートの下には応急キット、前方には内蔵式機銃2門と放水砲1門を取り付けており、アタッチメントを使っていなければ後方に爆雷投射機を装備出来るそうだ。当然装甲と速力も強化済み、特に速力については戦闘用ならば両サイドにブースターを取り付けて更に加速出来るようにしてあるらしい

 

まあ流石に傷病者を搬送する時にブースターを使うのは危ないからと、ストレッチャー装着用アタッチメントを取り付ける部分とブースターを取り付ける部分を同じ場所にして両方を同時に使えないようにしているんだとさ

 

カラーリングについては、赤をメインに所々に黒が入るツートンカラーになっている。これなら海上でもよく目立つだろうな、要救助者に見つけてもらう為にもある程度目立つ必要があるって事から俺が赤い服を好んで着ているのを戦治郎あたりが覚えていてくれたのかもしれない

 

「今は取り敢えずこんな感じだな、何か要望あったらすぐ言ってくれよ?すぐに対応してやっからなっ!」

 

そう言って戦治郎がニカッと笑い、空もちょっとばっかし微笑んでいるように見えた

 

「俺専用か……、凄く嬉しいんだけど何でまたそんなの作ろうと思ったんだ?」

 

俺が不思議そうに戦治郎に尋ねると、これを作ろうと思った経緯を簡単に説明してくれた。どうやら戦闘中俺がヒーローに変身している時に水上バイクを使う事で無駄なエネルギーの消耗を抑えようとしているんだとか

 

「それに、可及的速やかに傷病者を搬送しないといけない状況なのに、エネルギーがスッカラカンで飛行やら加速やらが出来ませんってのはお前も嫌だろう?」

 

うん、それは最悪のパターンだな……、そのせいで助かりませんでしたとかなったら目も当てられなくなっちまう……。これはエネルギーの消耗を抑えるだけでなく、エネルギーが切れた時の保険としても使えそうだな

 

「っとまあそんな感じだ、戦闘にも救助にも使える、そんな最高の相棒をお前にプレゼントしたいと思ったんだよ。今回の作戦で一番頑張ったのってお前だと思うからな!」

 

「そういう事なら有難く使わせてもらうよ、ありがとうな、2人共」

 

俺は2人に深くお辞儀をしながら礼を言う、戦治郎はそれに対してサムズアップを返してくれた。一方空はと言うと……

 

「まあ、乗物に乗ってないヒーローは様にならないと言うのもあるんだがな」

 

……その一言で今までのやり取りがちょっとだけ台無しになった気がするのは俺の気のせいだろうか……?キャシーさんもちょっと呆れ気味である

 

「っとそうだそうだ!エネルギーで思い出した!」

 

何か戦治郎が空の発言を誤魔化すように声を張り上げる、この様子から戦治郎も共犯なんだろうな……

 

「光太郎、ちょっち貯水タンク出してくれ」

 

戦治郎に言われるまま、俺は艤装を展開すると戦治郎が何かを取り出して貯水タンクに取り付けていた

 

「何だそれ?」

 

「これは護が作ってた発電用の風力タービンと太陽光パネルだ、これについてはちょっち実験も兼ねてるんだがな……、っとこれでよしっ!」

 

こうして俺の艤装に発電用の装備が取り付けられたのだが、ちょっとした疑問が頭の中に浮かんできた

 

「何で護はその2つを作ってたんだ?」

 

俺が戦治郎に尋ねたところ、あっさりと答えが返って来た。護の装備である近接格闘用の電撃グローブとロボペンギンのイワンとトビーが装備している電撃ネットがバッテリー式で動いてる為、その充電をする為に発電用の装備を作ってたんだとか

 

「もしかしたらこの発電用装備でエネルギー回復出来るんじゃねぇか?って思ったから護に頼んで余剰パーツ譲ってもらったんだわ。さっき実験って言ってたのはこれで本当にエネルギーが回復するかってのと、仮に回復したとして風力と太陽光だとどっちが回復量多いか調べたいってのがあるんだ。って事で……」

 

戦治郎はそこで言葉を一旦切り、腹から声を出しながらこう言い放つ

 

「今から実験すっから変身してから外行くぞっ!!!」

 

「そんな叫ばなくても聞こえるってぇの……」

 

俺は戦治郎の叫び声のせいで発生した耳鳴りを我慢しながら変身するのだが……

 

「光太郎、やり直し」

 

「はっ?」

 

戦治郎のこの短いセリフを聞いて、俺は思わず呆気に取られてしまった

 

「光太郎、お前も長門屋特撮同好会の一員だろうがっ!だったら変身ポーズの重要さくらい分かるだろうがよぉっ!!!」

 

「それだけではない、そもそもその姿の時の名前は付けているのか?いつまでもヒーロー状態では格好が付かんだろう」

 

戦治郎と空が凄まじくどうでもよさそうな事について熱弁し始めたのだ、その場に居合わせたキャシーさんも思わず頭を抱えている、その……、友人が変な事言いだして申し訳ないです……

 

「どうやらどっちも碌に考えていないようだな……だったらっ!」

 

戦治郎がそう言って通信機を操作し……

 

「え~、長門屋特撮同好会の皆さんに連絡です、今から光太郎の変身ポーズとヒーローになった時の名前決めますので今すぐ工廠に集まって下さい。繰り返します、光太郎の変身ポーズとヒーロー名決めるので工廠に集合して下さい、以上です」

 

何か凄く面倒な事になったぞ……?特撮同好会全員集合とか絶対碌な事にならない気がするんだが……。そんな事を考えていると、通信機から声が……

 

『遂にこの時が来たのですね……、この神代 通、最高の変身ポーズとヒーロー名を付けるべく馳せ参じました」

 

通信聞いてる途中から、通信機付けてる耳の反対側からも通の声が聞こえてきた、おっま来るの早いよっ!!!どんだけ待ち侘びてたんだよっ!!?

 

「通……ちょ……早い……、宴会の準備……、終わらせておいて……よかった……」

 

通の到着からしばらくしてから翔が到着、かなり急いで来たのか肩で息をしている……

 

「そんじゃ始めますかっ!」

 

「光太郎さん、覚悟は出来てるッスか?」

 

いつの間にかシゲと護も復活してるし……、本当に特撮同好会全員集合してるし……、こりゃもう覚悟するしかないか……

 

こうして、工廠には長門屋特撮同好会の面々が集まり、俺のヒーロー名と変身ポーズを決める会議が開かれる事となった……



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輝く救世主

1/11 セイバーの部分を1か所除いてセイヴァーに変更しました

     修正し忘れの指摘感謝です


「よっし、全員揃ったなっ!んじゃあ光太郎のヒーロー名と変身ポーズを決める会議、始めんぞ~」

 

戦治郎の宣言の下、遂に海賊団として活動してる期間中に行われた会議の中で、最も下らない理由で開かれた会議が始まる

 

「そんで、どっちから先に決める?個人的には名前の方がいい気がするんだが……」

 

「ポーズの方は時間がかかりそうだからな、先に名前を決めてしまった方がいいのではないか?」

 

まずは名前とポーズのどちらを先に決めるかを、自分の意見を添えた上で皆に尋ねる戦治郎。それに同意するのは戦治郎の相棒である空

 

「では先に名前を決めてしまいましょう、取り敢えず実際にそう名乗る事になる光太郎さんから皆さんに何か要望などありませんか?」

 

そう言って俺に話を振って来る通、通は何かこの会議を待っていたみたいで理由は分からないけど今キラが付いてたリする

 

「ネタ満載のカッコ悪い奴じゃなかったらいいよもう……」

 

会議が始まってしまった段階で諦めがついた俺は、念の為に変な名前にしないようにと皆に釘を刺して、後は流れに身を委ねる事にした

 

「取り敢えずライダーは外せねぇと思うんですけど、どうですかね?」

 

「ん~……、水上バイクに乗るみたいだからアリかもしれないけど、光太郎さんはバイクより車のイメージが強いような気がするんだよね~」

 

シゲが俺の名前からライダー要素を抽出して、ヒーローの名前にライダーを組み込もうとするも翔に阻止される。翔が言う通り、俺はバイクよりも車の方が好きなんだよな~……、因みに生前の愛車はスカイラインGT-RのBNR34型

 

「ゴールドのフルコンプ運転免許を持っていた光太郎がライダーの枠に収まるのか疑問だな……」

 

空がそう言って顎に手を当て考え始める、多分ライダー以外の候補を考えてくれているんだろう

 

「水上バイクって言ったら、海水浴場とかにいるライフセーバーのイメージがあるッスね~」

 

ライフセーバーか~……、海上での救助がメインになりそうな現状だと確かにそっちのがそれっぽいよな~……。護の発言を聞いた俺がそんな事を考えていると……

 

「ライフセーバー……、セイヴァー……、……それだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎が突如叫びながら護の方を指差す……が、勢い余ってその指が護の鼻の穴の中にズッポリと入ってしまう

 

「うぎゃあああぁぁぁーーーッス!!!」

 

「あ、悪ぃ」

 

鼻の穴の中に指を突っ込まれた護が悲鳴を上げながら鼻を押さえる、戦治郎は事態を把握するなり慌てて指を抜き、指をタオルで拭こうとするもどうやらタオルが見当たらなかったようで、その指をちょっとの間眺めた後、その指を無言でゆっくりと空の方へと近付ける。対して空は無言で上半身を傾けたりして必死になってその指から逃れようとしていた。やめろ馬鹿野郎、いい歳したおっさんが何やってんだよ……

 

「突然どうしたんですか?もしかして何か思いついたのですか?」

 

通がそう言いながら何かの紙を戦治郎に手渡す、……その紙って確か通が空蝉や分身する時に使う奴じゃなかったっけ……?

 

「ああ、さっきの護の奴聞いて思いついたわ、名前のどっかにセイヴァーって単語入れたらいいんじゃないかってな」

 

通から紙をもらった直後、通の顔を二度見してからその紙で指を拭く戦治郎がそう言った

 

「セイバーって騎士王様ッスか?」

 

「VF750の事かもしれねぇぞ?」

 

「ミニ四駆かな?」

 

「超音速ジェット戦闘機の事かもしれんぞ?」

 

「普通に刀剣の方かもしれませんよ?」

 

戦治郎の話を聞いた皆が思いつくものを口にするが……

 

「全員ちげぇよっ!英単語の『Savior』の方っ!」

 

戦治郎がそれら全てを否定する、英単語の方って言うと確か……

 

「救助、救済するもの……だったか?」

 

「光太郎正解!もっと言えば救世主!」

 

俺がその意味を呟くと、戦治郎はその呟きに返すようにそう言って大きく頷く

 

「救世主とは大きく出たな……、まあ確かにヒーローだったらそれで問題ないかもしれんな」

 

空がそう言うと皆は納得したように頷き、俺のヒーロー名にセイヴァーと付く事が決定した

 

「そんじゃあそれにどんな単語くっ付けるかだな……」

 

「それについて提案があるんですけど……」

 

戦治郎の言葉を聞いた翔がオズオズと挙手しながら何かを提案しようとしていた、翔の事だからぶっ飛んだ内容を提案する事はないだろう、これが護だったらヒヤヒヤものだけどなっ!!!

 

「皆が良かったらなんだけど、セイヴァーにくっ付ける単語は光に関係する単語にするのがいいんじゃないかな?って思ったんです」

 

「光太郎さんの名前に『光』って入ってるからッスか?」

 

翔の提案を聞いた護が茶化すように尋ねる、理由が本当にそれだけだったら俺個人としてはどうかと思うんだが……

 

「それも関係ある感じになるのかな?確か光太郎さんが変身したら、放水砲関係がレーザー兵器になっちゃうんでしたよね?」

 

「そうだな、腕の奴もヴェスバーも皆レーザーになってたな」

 

「これは僕の推測なんですけど、放水砲がレーザー兵器に変わっちゃったのは光太郎さんの名前の『光』の字に引っ張られちゃったからなんじゃないかな~?って思ったんですよ」

 

翔の言葉を聞いた皆が目を丸くして翔の方を見る、皆その発想はなかったといった感じである、まあ俺もその中の1人なんだけどね……

 

「何で粒子ビームじゃなくてレーザーなのかって思ってはいたが……、そういう事だったのか……」

 

戦治郎が妙に納得した顔でそんな事を呟く、俺にはその呟きにどんな意味があるのかはサッパリ分からないんだけどね……

 

「それで、変身した光太郎さんはメイン武器がレーザーになると思うので、光のイメージが強くなるから名前にも入れたらどうかな~?って……」

 

翔の話を聞いた後、誰も翔の提案に異を唱える奴はいなかったので光に関する単語をくっ付ける事になったんだけど……

 

「スパークルは何か違うな……」

 

「グリント……、ミサイル……、うっ頭が……」

 

「ラスター……は光沢だったな、黒光り……、ゴキブリか?」

 

「トゥウィンクルだとちょっと可愛らしい感じになってしまいそうですね……」

 

「単純にライトだと被るものがあるからな……」

 

1人を除いて皆が無駄に光に関する英単語を知っている都合、色々なものが出て来て中々決まらないでいた……

 

「皆色んな単語知ってんな~」

 

この中で唯一英語が苦手なシゲが暢気にそんな事を言っていた

 

「おめぇも少しくらい考えて意見出せよ~……、この際何でもいいからよ~……」

 

「そうは言っても、俺が知ってるのって言えばフラッシュとかライトニングとか……、後はシャイニングとかありきたりなもんばっかですよ?」

 

そんなシゲからも意見を出させようと戦治郎が話を振ると、シゲは御冗談をって感じに手を振りながらシゲが知っている光に関する英単語を取り敢えずいくつか並べる。すると皆が最後の単語を聞いた瞬間一斉にシゲに注目する

 

「無駄にひねったり凝ったりするのは悪手だったか……」

 

「ちょ、皆一斉にこっち見て一体どうしたんです?ちょい怖いんすけど」

 

空が額に手を置きながらそう呟き、皆に注目されてるシゲは突然の出来事に慌てふためいていた

 

「皆の反応見る限り、これで決まりみたいだな。って事で、光太郎のヒーロー名は『シャイニングセイヴァー(ShiningSavior)』で決定だっ!!!」

 

こうして俺は変身した時は『シャイニングセイヴァー』と名乗る事となった、輝く救世主か……、分かり易くていいかもね。まあセイヴァーを通みたいに刀剣の方で捉える人も出そうだけど、自分達が正しい意味を把握してればいいか!



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変身ポーズなどの重要性

さて、俺のヒーロー名が決まったところで次は変身ポーズを決める事になったのだが……

 

「ねぇ、ちょっといいかしら?」

 

名前決めの時は介入してこなかったキャシーさんが、ここで介入してきたのだ

 

「んお?どしたぞキャシー、何かあったのか?」

 

「いえ、特に何かあったわけじゃないわ。今貴方達がやっている事についてね……」

 

何事かと戦治郎が尋ねると、キャシーさんは変身ポーズ決めについて少し思うところがあるようだった

 

「その変身ポーズってやる必要あるの?その間に敵に攻撃されたらどうするの?」

 

キャシーさんがとんでもない爆弾発言をしちゃいました……、特撮やアニメが好きな人の前で言うべきではない奴を……

 

「……キャシー、ちょっち話しようや……」

 

戦治郎のこの一言を皮切りに、俺を除いた長門屋特撮同好会のメンバーがキャシーさんに変身ヒーローの変身ポーズと名乗りの重要性について1時間以上使って丁寧に且つ分かり易く解説し始める……

 

 

 

「いくぞおめぇらぁっ!!!」

 

\応っ!!!/

 

どうしてこうなった……

 

「戦艦水鬼!経営者、戦治郎!」

 

キャシーさんが言葉だけじゃ分かり難いから実際やって見せてと言った為、戦治郎達がダイレンジャーの名乗りをやる事になったのである

 

「軽巡棲姫!事務職員、通!」

 

名乗りは内容を改変してもカッコイイというのを証明する為に、変身後の名前のところを艦名に、守護星のところは職務内容に、そして最後の名前のところは自分の名前を名乗る事になったのだ

 

「重巡棲姫!原動機担当、重雄!」

 

正直、職務内容はどうかと思うんだよね……、でも自分の守護星なんて誰も分かってないから仕方ないと言えば仕方ないけどさ……

 

「空母棲姫!作業主任者、空!」

 

因みに空がキリンレンジャーのところをやってるのは、その動きが戦隊名乗りポーズでは屈指の難易度を誇るからである。そうじゃなかったら大体2番目に名乗ってるんだよね

 

「泊地水鬼!事務兼厨房担当、翔!」

 

……翔はこういうのやる時は大体女性戦士のとこ担当してるんだよね……、本人は何か諦めついてるみたいなんだけど、たまには誰か変わってあげて……

 

「皆の町の修理屋さん!」

 

「「「「「長門屋特撮!同好会っ!!!」」」」」

 

カッコイイかどうかは分からないが、自分達用に名乗り部分を改変したダイレンジャーの名乗りを完璧に再現しきった戦治郎達、これで後はキャシーさんの感想を聞いて変身ポーズと名乗りの重要性云々のくだりは終わり……、俺がそう思っていると何か視線を感じる……

 

まさかと思って戦治郎達の方を見てみると、皆俺の方見てるんだよね……。キャシーさんも皆に釣られて俺の方見てるし……、これはあれか?俺に参加しろって事なのか……?

 

そんな事考えながら名乗りに参加していなかった護の方を見ると、護はHMDを装着して皆の方を向いたまま俺に手だけでGOサインを出す。こいつHMDで動画撮影してやがるな……

 

俺が皆の視線に身を震わせて耐えていると、唐突に戦治郎が悲しそうな顔をして俯いてしまった。すると他のメンバーもそれに合わせるように俺から顔を背けたり、天を仰いだりしだした……。それを見た俺は遂に耐えられなくなって……

 

「待ったぁっ!!!」

 

俺の叫びを聞いた皆が一斉に俺の方を向く、えぇいままよっ!

 

「もう1人、従業員はいるぜっ!」

 

俺はそう叫びながら変身し……

 

「とあぁぁぁっ!!!」

 

高く跳び上がって皆の前に着地、そして……

 

「運送ドライバー、シャイニングセイヴァー!ただいま参上!」

 

叫びながらポーズを決める、……うん、こんな運送ドライバーは嫌だな……。特撮ヒーローみたいなのが玄関先にいたり軽トラ乗ってたりしてたら、見てる人はどんな気持ちになるだろう……?チビッコは喜んで集まってきそうだけどさ……

 

いやね?輝く救世主って言ってもよかったかもしれないよ?でも皆職務内容で統一してたでしょ?俺まだこの姿で泊地関係以外で救助活動とかまだしてないから、職務内容救世主とか言いづらいじゃん?こればかりは仕方がなかったんだよぉ……

 

後、変身した理由と名前のとこヒーロー名名乗った理由について言わせてもらうと、原作のキバレンジャーは名乗りやってるのは正体がバレるまでの間だけだったでしょ?だからそれに合わせただけなんだよ、お願いだから信じて?

 

因みに俺の名乗り聞いた皆の反応だけど、実演組は特に反応してなかったんだけど撮影してた護は必死になって笑いを堪えてるせいか、物凄くプルプルしておられたよ……。……後で覚えとけよ……?

 

「っとまあこんな感じだ!分かってくれたか?」

 

戦治郎が満開の笑みでキャシーさんに尋ねると……

 

「ええ、貴方達にとってそれがとても重要な事だって言うのがよく伝わったわ」

 

キャシーさんは慈愛に満ち溢れた表情でそう言った、……何かこの表情の裏には諦めの感情が潜んでいるような気がするのは俺の気のせいか……?

 

こうして変身ポーズと名乗りの重要性に関する話は終わり、改めて変身ポーズを決める事になったのだが、その最中に通がふと何かを思い出したのか俺に話しかけて来た

 

「光太郎さん、ちょっといいですか?」

 

「どうしたんだ?何か気になる事があったのか?」

 

「いえ、光太郎さんが変身する時なんですけど、蒸着!とか赤射!とかの掛け声は不要なのですか?先程もそう言った類の掛け声を叫んでいる様子がなかったようですが……」

 

どうやら通は俺が変身する時掛け声を掛けないのが気になったようだ、……何でだろう、通の質問を聞いてから妙に嫌な予感がするんだけど……

 

「ああ、掛け声とか無くても変身出来るんだよこれ」

 

俺が通の質問に正直に答えると、通はニヤリと笑って余計な事を口走りやがったのだ……

 

「それはつまり、変身時の掛け声も自由に決める事が出来ると言う事ですね……?」

 

それを聞いた特撮同好会の面々がざわつき出す、しまった……っ!そう思った時には既に遅く、追加で変身の掛け声まで決めるハメになってしまった……。通の奴……、謀りやがったな……っ!!!

 

 

 

 

 

「よっし!これにて会議終了だっ!皆さんお疲れ様でしたっ!!!」

 

\お疲れっしたー!/

 

ああ……、長かった会議がようやく終わった……。変身ポーズも変身時の掛け声も無事に決まったので、戦治郎が終了宣言をしてこのしょうもない会議はやっと幕を閉じたのである

 

「お疲れ様、とんだ災難だったわね」

 

変身ポーズを決める際、色々なポーズを何度もとっていた関係で少々疲れ気味の俺に、キャシーさんが話しかけて来た

 

「名前は近い内に考えないといけないと思ってたからいいんだけど、変身ポーズと掛け声まで決めるハメになるとは流石に思ってもみなかったよ……」

 

本当は変身後の口上まで決めようとしてたみたいなんだけど、これ以上キャシーさんを待たせるのは流石にどうかと思い、俺が何とか皆を説得して阻止したのだ

 

「光太郎~、まだ発電用装備のテストやリヴァイアサンの試乗会が残ってるの忘れてないか~?」

 

戦治郎に言われて思い出す、そう言えばまだそれがあったな……、ついでだから提督だったものと戦ってた時使ってなかった双腕重機アームと、放水砲ばかり使ってたせいで碌に出番がなかった南方棲戦姫の艤装が変身後どうなるかも調べてみるか……

 

「すまん、スッカリ忘れてた。すぐ行くよ」

 

俺はそう言って戦治郎の下に向かい、リヴァイアサンの操縦方法を教えてもらってからリヴァイアサンに跨って海へと飛び出すのだった

 

因みに、キャシーさんには戻っててもいいと言ったんだけど、俺の装備が気になるからと言う理由でリヴァイアサンの試乗会と装備テストに参加する事にしたそうだ

 

……はい、今彼女はリヴァイアサンのシートに座っています。後ろから俺の腰に手まわしてます、何か彼女の距離感近くない?俺、もしかして彼女に気に入られてる……?……まあきっと気のせいだろう……、そうだよね?




セイバーとセイヴァーの件で、余計な事思い付いちゃった☆


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必殺その1

戦治郎達が作り上げたこのリヴァイアサンと言う水上バイク、これすっごくご機嫌だなっ!ちょっと操作するだけで物凄いスピード出るし、とても取り回し易くて小回りも利く!俺専用って言ってたけど、ホント俺好みの性能だわっ!!!

 

「おっま……はっえぇよ……、どんだけ……飛ばし……てんだ……」

 

つい調子に乗ってリヴァイアサンで海上を駆け回っていると、後ろから戦治郎達がダッシュで追って来ているのが見えた。それを見た俺はようやくクールダウンしてリヴァイアサンを停めて戦治郎達を待つ、そして合流したところで息を切らせた戦治郎が言ったセリフがこちらになります

 

「さて、まずは変身して適度にエネルギーを使わないとだな」

 

「だな、でないと発電用装備が仕事してるか確認出来ねぇからな、って事で早速変身してくれ」

 

俺がそう呟くとその呟きが聞こえていたのか、呼吸を整えて落ち着いた戦治郎がそう返して来た

 

俺は戦治郎の言葉に頷き返し、先程決まった変身ポーズを早速とる事にした

 

足を肩幅くらいに開き、右腕を引いた後に左手で右腕に付いているブレスレットを上から覆うようにして操作し、ブレスレットをスタンバイ状態にする

 

そこから今度は左腕を引き、右腕を左の方へ水平に伸ばす。右腕の角度がもうちょい上だったら仮面ライダー1号の変身ポーズの一番最初と同じ状態になるんだよね

 

そして右腕を時計回りに回していく、ここまでは1号と同じだけどここからちょっとだけ違う、右腕が真上に来たところで左腕を下に伸ばし、こちらも時計回りに回していくのだ

 

そのままずっと回していくと、ブレスレットがベルトのバックルの上を通過していくが構わず腕を回し、右腕が9時を、左腕が3時を指したところで右腕が下、左腕が上の状態で腕が接触する。腕同士が接触したところで両手で拳を握り、左腕はそのまま固定し右腕は肘を軸にして回して12時を指したところで止めると、両腕が十字の形になる。そこで拳を力一杯握り締めながら……

 

「閃転っ!!!」

 

俺がそう叫ぶと俺の身体が一瞬だけ眩く輝く、その輝きが消えた時には俺の姿はシャイニングセイヴァーへと変わっていた

 

「シャイニングセイヴァー、参上!」

 

名前のところで右腕を引き左手の中指と人差し指を伸ばし、参上のところで先程伸ばした2本の指で相手を指す……んだけど今は相手がいないから取り敢えず前方を指差しておく

 

これ手早くかつダイナミックにやらないと、ポーズの途中で変身しちゃって格好つかなくなっちゃうんだよね……

 

ここまでやったところで皆から拍手を送られる、どうやら同好会の連中はこれで満足してくれたようだ

 

「よっしバッチリ変身出来たなっ!んじゃあ次はレーザーを……「ちょっといいか?」んお?どしたぞ光太郎?」

 

俺にレーザーを撃つように指示しようとした戦治郎のセリフに割って入る俺

 

「実は変身してから使ってない装備があるんだ、先にそっち試してもいいか?」

 

「ああ、そういや空が言ってたな。確か重機のアームみたいなの付けてたんだっけか?んであいつとの戦闘じゃ使えなかったからここで試したいと……、OKOK、やってみやってみ」

 

戦治郎からOKをもらったので、早速双腕重機アームを出すのだが……

 

「見た目はちょっと変わってるみたいッスけど……、構造は殆ど変わってないみたいッスね」

 

望ちゃんを拘束している時にこいつを見ていた護が言ったように、外見は他の艤装同様近未来的なデザインになってるが、構造はそのまま、爪のところは鋭利な感じになってるな……

 

取り敢えず普通に動かしてみるけど、エネルギーは減っていない。エネルギーを減らさないと発電用装備のテストにならないから、何としてでもエネルギーを減らさないといけないんだが……、どうしたものか……。……そういや、レーザーの時は意識してなかったけど、このエネルギーって送るところを指定出来たりするのだろうか……?

 

……ダメ元で試してみるか、そう思って双腕重機アームにエネルギーを送るイメージを頭の中で描いたところ……

 

「ぶほっ!」

 

「ちょっ!おまっ!」

 

「これは……」

 

戦治郎が噴き出し、シゲが驚き戸惑い、空が愕然としている

 

「爪の部分が……、輝き出した……!」

 

驚く翔が言ったように、俺がエネルギーを送るイメージを思い浮かべた途端、双腕重機アームの爪の部分が青白く光り始めたのである。おいおい、これって……

 

「レーザーブレードッ!皆さんレーザーブレードですよっ!!!」

 

同好会ではメタルヒーロー推しの通が大興奮しながら声を上げる、ブレードって言うかクローな気はするけど、俺も同じもの連想したからな~……

 

「光太郎さん光太郎さん!こっちこっち!こっち見て欲しいッス!」

 

言われた通りに護の方を見ると、護がカンペ出しているではないか。内容は……ドモと途中まで書いた後二重に打ち消し線を引いて御大将と書かれている……、ああ、あの人か……

 

「的になってくれるならやってもいいぞ?」

 

俺がそう言うと、護は短い悲鳴を上げて後退る。何でこんな事言ったかって言うと、この状態でもエネルギーが減っていないんだよね。だから的にこいつをぶつけたらエネルギーが減るんじゃないか?そう思ったからなんだ

 

「私の艦載機でいいなら出すわよ?」

 

「ちょっと待て、お前本当にそれでいいのか……?」

 

「愛着のある艦載機など無い、お前はそう言うのか……?」

 

的を出すと申し出てくれたキャシーさんに対して、ペットが艦載機になってしまっている戦治郎と空が待ったをかけるのだが、話を聞いたところキャシーさんのところにはそういった類の艦載機はないとの事なので、俺達はその申し出を受ける事にしたのだった

 

「準備はいい?いくわよっ!」

 

「お願いしますっ!」

 

キャシーさんと俺のこの短いやり取りの直後、キャシーさんが3機ほど艦載機を発艦させて俺の方へ真っ直ぐ向かわせる。俺は飛んできた艦載機の内の1機を右のアームで捕まえて……

 

「ディアナの事がそんなに好きかぁっ!!!」

 

そのままグシャリ!と握り潰す、するとゲージがレーザーを発射した時の半分くらい減ったのだ。その直後同好会連中の方から笑い声が聞こえる、護に至ってはガッツポーズを決めているところを戦治郎に笑いながら頭を叩かれていた

 

「ディアナって誰よ……?まさか光太郎の昔の彼女の名前?」

 

そんな中、キャシーさんがジットリした目で俺を見る……、いやいや!俺彼女とかいた事ないですから!ディアナ様はアニメのキャラの名前だから!俺は何とか彼女の誤解を解いた後、先程握り潰した艦載機を回収して戦治郎達に見せる

 

「こりゃまたまぁ……、爪が当たってた部分が溶断されてんなぁ……」

 

「これが光太郎のシャイニングフィンガーというものか……」

 

戦治郎が言った通り、俺が握り潰した艦載機は爪と接触していた部分が焼き切られたようになっており、爪による押し潰しで機体はグニャグニャと折れ曲がった状態で溶断されてバラバラになっていたのである。……それと空、多分これはフィンガーじゃなくてクローだと思うぞ?まあ俺も御大将のセリフでやったからそれで合ってるのかもしれないけどさぁ……

 

「マジでターンXの溶断破砕マニピュレーターみたいじゃねぇですか……、光太郎さん、今度一緒に合体技とかやりません?俺も爆熱ゴッドフィンガー出来るんで」

 

シゲがそんな事を提案してくる、確かにお前なら余裕で出来るだろうな、ゴッドフィンガー……、まあ機会あったらやってもいいかな?

 

「これで光太郎さんも近接格闘もイケるようになったッスね、砲雷撃戦とは一体……」

 

そうは言うが護も電撃グローブあるし、そもそもメイン武器がミサイルだから人の事言えないと思うぞ?

 

「光太郎さん、次はギャバンダイナミック……、シャリバンクラッシュでもシャイダーブルーフラッシュでも構いませんから!是非っ!!!」

 

余程興奮しているのか、キラキラを通り越してピカピカと輝き出している通が角度45度のお辞儀をしながらお願いしてくる。……爪を開いて引っ掻くようにしたらいいのだろうか?まあこれも機会あったらかな?

 

「う~ん……」

 

皆が盛り上がっているところ翔だけが、何か思案しているのかウンウンと唸っていた

 

「あら、貴方は皆みたいに騒がないの?」

 

「あっキャシーさん、いえ、このアームを使った大技みたいなのは無いのかなって思って考えてたんです」

 

翔の事に気付いたキャシーさんが声を掛けるが、その返答を聞いて貴方もあいつらと同類なのねと言わんばかりに呆れた表情をする。……まああれだ、その……、さっきの翔の発言は当然こいつらにも聞こえているわけで……

 

「よし!じゃあ次は大技いってみようかっ!!!」

 

「だったら次はアレいきましょうよアレ!リボルクラッシュ!!!」

 

ですよね~……、しかしそうなると問題が発生してくるわけでして……

 

「流石に艦載機にあのでっかい爪を突き刺すのは無理があるんじゃないか?せめてもう少し大きい的でないと……」

 

「問題ねぇ、ちょっちここで待っててくれ。っとリヴァイアサン借りるぞ、空とシゲもカモン!」

 

俺が皆を説得しようとしたら、戦治郎に考えがあるのか空とシゲを連れてリヴァイアサンに乗って戻って行った……、一体何を企んでいるんだ……?

 

 

 

「お待たせぇっ!これなら問題なくブッ刺せるだろうっ!!!」

 

戦治郎達が戻って来ると、リヴァイアサンと翔が乗って来たケートスの他にそれらとはデザインが違う水上バイクが3台ほど俺の前に並べられたのだ。その内の1台は戦治郎がリヴァイアサンで無理矢理牽引して来た模様……、こっち向かってるとこ見た時海面をビッタンビッタン跳ねる水上バイクが見えてちょいと怖かったぞ……

 

「今持って来た水上バイクは何なんだ?何かリヴァイアサンに似てる気がするんだけど……」

 

「これはリヴァイアサンのプロトタイプだ、作ってはみたが欠陥が見つかって使えないと判断したもので、ガラクタと化した先輩と言ったところだな」

 

何それ臭そう……じゃなくて失敗作の処分ついでに大技試せと言うのか……、まあ作った本人達がOKならいいんだけどね

 

「って事で早速やっちゃってくれっ!ハリーハリーッ!!!」

 

「分かった分かった、それじゃあ……、いくぞっ!」

 

戦治郎がそう言って急かしてくるので、俺は腹を括ってリヴァイアサンのお兄さんになるであろう水上バイクの内の1台を見据えて……

 

「でやあぁぁぁっ!!!」

 

気合いの掛け声と共にクローをそのボディーに突き立てて、頭の中で爪を通してこの水上バイクにエネルギーを注ぐイメージを形成する。エネルギーを50%ほど注入したところで爪を突き立てられた水上バイクが見る見るうちに輝き始めたではないか、それを見た空とシゲが危険を察知したのか慌てて残った2台の水上バイクを安全なところへ避難させる

 

空達の避難が完了したところで、俺は爪を引き抜くと同時にその反動を利用して後ろを向いて、RXの『一欠』みたいに見えるポーズをとる。すると……

 

 

 

ゴオオオォォォーーーッ!!!

 

 

 

何か物凄い音が聞こえて来たので、慌てて背後を見てみると雲を貫き天に向かって1本の大きな光の柱が伸びているではないか……、ちょい待って!これちょっと想像している以上の事が起こってるんですけどっ!?やり過ぎなんじゃない?!ねぇっ!??

 

\す、すげえええぇぇぇーーーっ!!!/

 

盛大に沸き立つ同好会連中、あまりの出来事に言葉を失い愕然とするキャシーさん。これをやらかした俺自身も動揺して慌てふためいていたりする……

 

 

 

「今のは結構エネルギー使ったんじゃねぇか?」

 

「あぁ、50%以上消費したな……、エネルギーの消費はこのあたりにして発電用装備のテストに移ろうか?」

 

「そのくらい減ってたら十分だろうn「ちょっといいッスか?」どしたぞ護?」

 

俺と戦治郎のやり取りに護が介入、こいつが絡むと碌な事が無いきがするんだが……、さっきから嫌な予感が止まらない……

 

「さっきの奴、刺してからエネルギーを50%注入したんッスよね?じゃあ刺さずにそれくらいエネルギーを爪に送ったらどうなるんッスか?」

 

やっぱりそうなるよな~……、そういう訳で今度は爪を刺さずに爪にエネルギーを大量に送ってみようとなったわけだ……




ちょっと変身ポーズダサいかもだけど、簡単で覚えやすいだろうからチビッコでも真似して遊べるかもしれないし、これでいいよね!

閃転はMHFのスキルから、会心率30%UPの上に100%を超えた会心率を√余剰会心率×7で攻撃力に変換してくれるスキルです。メタルダーの瞬転と似てるからって事でこうなりました


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必殺その2

「準備完了だ、さあやってくれ」

 

空が次のターゲットとなる水上バイクを俺の前方に配置し、潮に流されないように対策を施してから退避する

 

俺は空がターゲットを設置している間に、エネルギー残量の方をチェックしていたんだがそこである事に気が付いた

 

なんとエネルギーがちょっとずつではあるけど回復しているじゃないか!現時点で御大将の真似をした分は回復しているようだ。多分だけどこれは太陽光パネルだけの回復だな、今俺動いてないし風も結構穏やかなものだから風力タービンが回ってないからね

 

まあ、それは後で報告するとして……

 

「それじゃあ……、いくぞぉっ!」

 

俺はそう叫び双腕重機アームを爪を閉じた状態にして天に掲げる、そして残りのエネルギーを全てアームに注ぐイメージを思い浮かべると……

 

「ファーーーッ!!!」

 

「おおおぉぉぉっ!!!」

 

「成程、そうきたか……」

 

「凄い……、綺麗だなぁ……」

 

戦治郎、シゲ、空、翔が口々に感想を述べる、俺は皆のリアクションを聞いてからアームの方に視線を向けると……

 

「……今度は光の剣か……」

 

そこにはそれはそれは巨大な、先程の光の柱と遜色ないくらいの大きさの光の剣があったのだ。いやこれデカ過ぎないか?本当に振り回していいの?

 

「よし光太郎!行けっ!行けっ!GOGO!!!」

 

俺の光の剣を見て興奮した戦治郎が早く振り下ろせと急かしてくるが、俺はそれを無視してちょっとだけ気になった事を試してみる事にした。この閉じている爪を、この状態で開いたらどうなるのだろうか……?そう思いながらゆっくりと爪を開いていくと……

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!あぶねえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「いかん危ない危ない危ないっ!!!」

 

「ぬうううぅぅぅんっ!!!」

 

「うわわわ、ぎゃーーーっ!!!」

 

光の剣が3本に分かれ、俺の前方に1本、戦治郎達がいる後方に2本倒れ込んでいくのだった。それを見た戦治郎達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う

 

「ちょ、光太郎ストップストップ!!!」

 

「光太郎さん!戻して戻して!そのまま開ききったら皆に直撃しちゃうッス!!!」

 

キャシーさんと護が慌てて止めに入り、大惨事は何とか回避する事に成功するのだった。……うん、皆にしこたま怒られました……。皆ごめんね……

 

 

 

さて、皆に叱られたところで仕切り直し、今度こそやるかっ!って時にだ……

 

「Hey!光太郎さんHey!」

 

「光太郎さん光太郎さん!こちらを!どうかこちらをっ!!!」

 

……護だけでなく、今度は通までもがカンペ出してるじゃないか……、しかも通の筆で書いてるみたいだし……。内容は護の方が騎士王様、通の方が宇宙刑事……ってコラ戦治郎、お前までカンペ書くんじゃない!

 

「取り敢えずいくぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

俺はそう叫び、遂にこの巨大な光の剣を振り下ろしに入る

 

「ギャバン!ダイナミックゥッ!!!」

 

はい、今回の掛け声は空振りが多かった通のリクエスト聞いて、宇宙刑事ギャバンのギャバンダイナミックにさせてもらいました!この光の剣をレーザーブレードと言うには余りにもデカ過ぎる気はしないでもないけどね!

 

振り下ろされた光の剣は水上バイクを丸呑みするだけでは留まらず、その周囲の海水すらも巻き込み、それら全てを光の粒子に変えてしまったのである……、この攻撃もやばいな……、沢山人がいるところでは迂闊に使えないぞ……

 

「ふぅ……」

 

「光太郎さん、賢者タイム中悪いッスけど……」

 

俺が振り下ろした光の剣が消えたのを確認したところで一息ついていると、いつの間にか俺の背後に忍び寄っていた護がそんな事を言う。いやこれ賢者タイムじゃねぇからっ!ちょっと疲れただけだからっ!って言うかお前何自分の艤装ゴソゴソ漁ってんだ!?何かするつもりなのか?!

 

「はいドーン!」

 

そう言って護は自分の艤装から取り出した大型バッテリーを俺の貯水タンクにぶつけてきた、いや待て!お前ホント何するつもりだよ!答えろ護ぅっ!

 

「ここをこうして……、ほいほい接続完了ッス!光太郎さん、エネルギーゲージはどうなってるッスか~?」

 

ニヤニヤしながらそう尋ねてくる護、俺は嫌な予感を感じながらも護に聞かれたエネルギーゲージの方を見る。すると……

 

「うぉっ!ゲージが凄い勢いで回復してる!……って言ってたら止まった……、護、これは一体どういう事だ?」

 

「何となくそのタンクにバッテリー繋げたらエネルギー回復するんじゃないかと思ってやってみたらビンゴだったってだけッス。まあ今考えればレーザーは電力消費するッスから成功して当然ッスよね」

 

その場の思い付きか……、でもこれでエネルギーの回復方法が把握出来たんだから護には感謝しないとだな。50%まで回復したエネルギーゲージを眺めながらそんな事を考えていると、未だニヤニヤしている護がいらん事言いやがった……

 

「って事でおかわりを所望するッス!もう1発ドカーンとやっちゃって欲しいッス!!!」

 

こいつ……、自分の要望通す為に回復させやがったな……っ!……まあこいつのおかげでエネルギー回復方法が分かったわけだし、これで満足するなら問題ないか……

 

そんな事を考えている間に、護が水上バイクを設置し準備完了する。んじゃあ今度は護のリクエストにお答えして……

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)っ!!!」

 

今一度この巨大な光の剣を振るい、水上バイクを消滅させると同好会の連中が大爆笑、戦治郎はカンペが間に合わなかったのかちょっと悔しそうだった

 

その後、今度こそスッカラカンになったエネルギータンクを回復させる為に、太陽光パネルを閉じた状態でそのあたりを走り回る。風力タービンだけによる回復量を調べる為である

 

「どうだ?エネルギー回復したか?」

 

ある程度走り回ったところで足を止めた俺に、戦治郎が風力タービンでの回復について尋ねて来た

 

「ああ、回復はしたけど太陽光パネル単体よりも回復量は少な目だな……」

 

風力タービンが小型なのもあるせいか、太陽光パネルの時の半分くらいしか回復しなかったのである。恐らくだけど太陽『光』パネルだから補正か何かがかかってるのかもしれない

 

この結果から、太陽が出ている間は両方使って、夜は風力タービンだけで何とかやりくりしていく必要があるのが分かった

 

「話変わりますけど、最後に使ったあのでっかい光の剣の奴、パロってばっかでしたけど光太郎さんはあれに名前付けてるんですかい?」

 

唐突にシゲがそんな事を言った、それを聞いた同好会連中がざわめき出すんだが……

 

「ああ、さっき思いついたよ」

 

ここでまた必殺技の名前決める会議なんて来たら面倒だからね、咄嗟にそう言ってしまった……。まあ全く考えが無いわけでもないんだよね

 

「光の剣の奴は『ライジングセイバー』ってところだね、天に昇る増大された光の剣ってね」

 

「成程……、いいかもしれませんね、ライジングセイバー。……それで突き刺す奴の方はどうなんですか?」

 

翔の言葉を聞いた皆がウンウンと頷く、いかんそっちは考えてなかった……。俺はそれでつい動揺してしまうと戦治郎と空に考えていなかった事を見抜かれ、突き刺す方の必殺技の名前を考える会議がその場で開かれるのだった……

 

その会議の結果、突き刺す方の必殺技は『グリッタークラッシュ』、リボルクラッシュを元にした名前に決定するのだった

 

「さって、色々やってたらいい時間になったな、って事で戻って宴会始めるとしますかっ!!!」

 

戦治郎の宣言により俺の装備のテストと必殺技開発は終了し、俺達は拠点へと帰還するのであった



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宴会実況外伝すごいよ!!悟さん

今回の宴会は屋外でバーベキューをする事になった、主な理由は泊地の艦娘達が結構な数いる為、屋内で宴会しようものなら部屋に入りきらない奴が出てしまうからだとよ

 

そんで宴会の方はそれはもう盛り上がる盛り上がる、最初は拠点にいる穏健派の深海棲艦を見てビクビクしていた泊地の艦娘達も、お互い次第に打ち解け合って一緒になって騒いでると言ったところだ

 

騒ぐと言えば海賊団の連中は最初からぶっ飛ばしてやがったな……

 

宴会開始前にワンコと長門がそれぞれスピーチして、お互いガッチリと握手を交わしてから乾杯の音頭を戦治郎に取らせたわけだが、そこで戦治郎も何か話をしようとしたところで海賊団の連中がさっさと始めろと言わんばかりに、ブーイングを垂れ流しながらそこらで拾った蟹やら貝やらを戦治郎に投げつけ始めたのだ

 

それを見ていた穏健派の深海棲艦と泊地の艦娘達も便乗して、戦治郎に向かって物を投げ始める始末。まあこのくらいはじゃれ合いの範疇なので別に構わんのだが、俺の近くにいた皐月がマダガスカルアジロイモガイを投げようとしていたのは流石に止めさせてもらった。宴会前に俺の仕事を増やされるのは勘弁して欲しかったからな

 

それからすぐに乾杯の音頭が取られ宴会が始まったわけだが、その直後に海賊団の連中が戦治郎達特撮同好会のところへ殺到した。原因はあの巨大な光の柱の件である、一体何があったのかを木曾や摩耶、龍驤が中心になって問い詰めていたのだ。話を聞いた海賊団の艦娘の一部はその現場を見ておきたかったと非常に悔しがっていたようだな

 

その後翔の監修の下、シゲが巨大ステーキを焼いて皆に振舞っていた。こいつの能力ならどんなデカさの肉だろうと完全で完璧に焼き上げる事が出来るだろうよ、まあ俺はその現場を見てはいないんだがな。多分見てたらその場にいる全員が食事どころじゃなくなっちまうからな

 

それからしばらくして、光太郎がえらくしょぼくれた文月を発見し声を掛けていた

 

「どうしたの文月ちゃん?何か元気がないみたいだけど……」

 

「光太郎さん?あのね~、ヒーローさんが来てないみたいなのぉ」

 

文月の言葉を聞いた瞬間、文月の近くにいるヒーローの正体を知っている連中が一斉に噴き出しやがった。これには文月の言うヒーローご本人も苦笑いだ、光太郎が真実を告げるべきか誤魔化すかで悩みながら視線を巡らせていると、周囲から期待の眼差しを向けられている事に気付いたようだ

 

それに気付いてからの光太郎の行動は早かった、グラスに注がれていた酒を一気に呷り文月から距離を取る、そして奇妙な踊りを踊った後……

 

「閃転っ!!!」

 

光太郎がそう叫ぶと光太郎の身体が一瞬輝き、気付いた時には光太郎はヒーローの姿になっていた。正体を明かす方向でいく事にしたのか……

 

「シャイニングセイヴァー、参上っ!!!」

 

そう叫びながら前方を2本の指で指す光太郎、名前といいこのポーズといい……、同好会の召集はこれらを決める為にやりやがったんだな……。そんな事を考える俺の視界には、自身を助けてくれたヒーローもちゃんと宴会に参加している事を理解した文月が満開の笑みを浮かべて光太郎に飛びつく姿が映っていた

 

その後特撮同好会の連中が介入し、宴会会場である砂浜で即興のヒーローショーが行われた。悪の大ボスを戦治郎が、幹部役は空、他の4人は戦闘員としてシャイニングセイヴァーとやらになった光太郎に戦いを挑み、激闘の末最終的には敗走していた。尚重機アームの光る爪に挟まれたシゲがガチの悲鳴を上げていたのは何だったんだろうな?

 

このヒーローショーは大好評に終わり、ヒーローを演じた光太郎は駆逐艦を中心とした艦娘と穏健派深海棲艦にもみくちゃにされていた。良かったな光太郎、モテモテじゃねぇか

 

それからしばらくすると、ワンコが拠点の方からカラオケ用の機材を持ち出しカラオケ大会になったんだが、ここでも特撮同好会が大暴れしやがった

 

先鋒通が人は誰でも1つの太陽と歌い、次鋒シゲは何も迷わずに嵐の中に飛び込んでくそうだ、中堅は護と翔の2人が紫の力を解き放ち、副将空が自分の事をちっぽけな青い果実とのたまい、そして大将戦治郎が魔戒の剣士とやらに何か指示してやがった

 

その後に続いたのは意外な事に神通、水やら花やらのようにどうたら歌っていたがそれ以上に神通の歌唱力に驚いたわ。そして案の定加賀が持ち歌で参戦してきたんだわ、輝の奴を引っ張って来てな。まああの曲は輝もCD買って歌ってたから、問題なく歌えるからいいんだけどよ。因みに輝がその曲知った切っ掛けは、戦治郎達がやってた艦これのBGMを聴いたからだ

 

「悟さんは歌わないのですか?」

 

不意に声を掛けられたので、そちらの方を見てみれば龍鳳がいた

 

「生憎よぉ、あんま音楽ってのを聴かねぇもんでなぁ」

 

「え~そうなんですか?う~ん……、折角悟さんが歌うところ見たかったのに~……」

 

俺の返答を聞いてしょんぼりとする龍鳳、全く持ち歌がないわけではないんだがこの場に似つかわしくない気がするんだよなぁ……

 

「う~?悟さん持ち歌あるじゃないッスか」

 

いつの間にか俺の隣にいる護の奴がそう言いやがった、おい護お前余計な事言うんじゃねぇ!……あぁあぁ、龍鳳の奴期待の眼差し向けてやがんよ……

 

「つか護よぉ、おめぇ何でこんなとこいやがんだぁ?」

 

「自分は宴会を楽しんでる皆さんを撮影してるだけッスよ~」

 

そう言ってHMDを指差す護、そういやこいつのそれにはそういう機能があったんだっけか……、恐らくこの宴会の様子を写したデータを証拠品の中に混ぜて大本営の元帥に見せようって魂胆だろうな……

 

「やっぱり悟さんも持ち歌あるじゃないですか!皆さんも歌ってらっしゃる事ですし、悟さんも行きましょうよっ!」

 

そう言って俺の腕を引っ張ってカラオケ大会の会場に向かおうとする龍鳳、こうなったら仕方ねぇと諦めがついた俺は、龍鳳と共にカラオケ大会の会場に向かうのだった

 

「龍鳳さんも好きッスね~、まあ誰かが悟さんの事支えてやらないと悟さん潰れちゃうかもしれないッスからね~。自分は応援してるッスよ~」

 

護が何か言ってたような気がするが、会場の喧騒のせいでよく聞き取る事が出来なかった。あいつ一体何言ってやがったんだ?

 

さて、俺は龍鳳に引っ張られながらカラオケ大会の会場に向かっているわけだが、その前に俺の持ち歌の事について考える

 

この曲を知った切っ掛けは、大体特撮同好会の連中関係である。あいつら土曜の夜に戦治郎の家に集まって、戦治郎が気まぐれで買って来た特撮のDVD観ながら宴会するんだよな……、そんで皆で部屋で雑魚寝して日曜の朝に特撮番組観て解散って流れ作ってやがる。そのせいで俺が日曜に朝飯食う時は高確率で特撮番組を観る羽目になるのだ、この曲を知ったのは正にその時だったのだ

 

何故か分からねぇが、妙に聴き入っちまったんだよなこの曲……。おかげで気付いたらCD買って趣味の医学書の粗探ししてる時も1曲をループさせまくってたんだわ……

 

「おっお前達も歌うのか?」

 

そんな事を考えているとどうやら会場の方に到着したようで、そこにいた戦治郎にそう尋ねられた

 

「いえ、悟さんだけです。私が悟さんが歌うところを見てみたくてついお願いしちゃったんです」

 

「そう言うわけなんだわぁ、って事であの曲入れといてくれぇ」

 

「ああ、お前っつったらあの曲だもんな、……OK、次すぐ歌えるからって事でほれ」

 

戦治郎はそう言って俺にマイクを手渡す、すると今歌っていた奴が歌い終えて即席で作られた壇上から降りていく姿が見えたので、俺は先程手渡されたマイクを握り締め壇上に上がる。するとすぐに機材にこの曲の歌詞が表示されたので、俺はそのまま歌い始めるのだった

 

戦治郎達が社長応援歌とか息子応援歌と呼ぶその曲を……



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龍鳳の決意

さて、1曲歌い終わったところで降壇し独りで酒を呷ろうとしたのだが……

 

「歌ってる悟さん、とってもカッコ良かったですよ~」

 

龍鳳の奴が俺から離れる気配が毛ほども感じられない……、俺はこいつに付き纏われるような事を何かしたのか……?

 

「そりゃぁよぅござんしたぁ、つかよぉ、おめぇさっきから俺にべったりなんだが他の奴のとこ行かなくていいのかぁ?」

 

宴会の喧騒から離れながら龍鳳に尋ねる、別にこいつの事を嫌ってこういう事を言っている訳ではない、ただほんの少し気になっただけなのだ

 

「皆さんのところには悟さんのところに来る前に、もう行って来ちゃったんですよ。その時にはもう加賀さんは輝さんのところに行っちゃってて、もう話しかけられるような状況じゃなかったですね~」

 

龍鳳の言葉を聞いてチラリと輝の方を見てみると、輝は加賀に酒を取り上げられ、加賀は輝から取り上げた酒を飲みながら輝に説教しているようだった。その内容はこの場所からは流石に聞き取れなかったが……、大方輝の飲酒量についてだろう。これについては俺の方からも言いたいところだったし、まああいつにはいい薬になるかと思い無視する事にした

 

「それにしても、静かになりましたね……」

 

ふと龍鳳がそう呟く、今はもう夜の帳が下りていて辺りは暗くなっていたのだ。駆逐艦の多くは騒ぎ疲れて床に就いているようで、残っているのは軽巡以上の艦娘や一部の穏健派深海棲艦といったところだ。望も神風に連れられて既に夢の中だろう、まああいつは今日は色々あって非常に疲れているだろうから、早めに眠ってしっかり疲れを取ってもらいたいところだ

 

「中心になって騒いでた連中も大体大人しくなったからなぁ、まあ俺としてはこのくらい静かな方が落ち着くんだよなぁ」

 

そう言いながら俺は浜辺に腰を降ろし、先程適当に取って来たバーベキューの串にかぶりつき、良く味わった後それを飲み込み胃に酒を流し込む

 

今回の宴会で大暴れした特撮同好会の連中も今はとても大人しくしているものだ、シゲと通の姿が見えないのは恐らく酔い潰れた摩耶と神通を寝室に送ったからだろうな……

 

翔の奴は穏健派深海棲艦達と片付けられそうな食器を片付け始め、戦治郎はワンコさんと長門と何かを話しているようだった。空はと言うとカラオケ大会の会場の方を片付けているな……、もう寝てる奴がいる以上カラオケを続ける訳にもいかねぇからな

 

そして今回の功労者の1人である光太郎は、浜辺に大の字になって寝そべりキャシーに膝枕されてやがった。今回の作戦の成功を一番喜んでいるのはあいつだし、あいつの最大のトラウマを乗り越える事も出来たわけだから、騒ぎたくなる気持ちは分からんでもないな……。取り敢えず今はゆっくり休みな、光太郎……

 

「悟さん、何か嬉しそうですね」

 

「……さて何の事やら、ってなぁ」

 

俺の顔を見てそんな事を言う龍鳳、しまった表情に出ていたか……?俺はそんな事を考えながらその言葉に対して誤魔化すように返事をし、手酌でグラスに酒を注ごうとするが、酒瓶を龍鳳に奪われてしまい……

 

「はい、どうぞ♪」

 

そのまま龍鳳に酌をされる……、ホント俺はこいつにここまでさせるような事を何かやったのか?まるで思いつかんぞ……

 

「龍鳳よぉ、おめぇ何でここまで俺に絡んでくるんだぁ?」

 

思っていた事がつい口から零れる、それを聞いた龍鳳は一瞬キョトンとした後

 

「だって、悟さんは私の事を2回も助けてくれたじゃないですか。ですから、その恩返しをしたいな~って思ったんですよ」

 

そう言って俺に微笑みかけてくるのだった、……あぁあの時の事か……

 

「ありゃぁ俺の自己満足みてぇなもんだ、おめぇが気にするような事じゃねぇ」

 

「自己満足……?」

 

俺の言葉を聞いた龍鳳が小首を傾げながらそう呟く、それを聞いた俺は先程龍鳳に注がれたグラスの酒を一気に呷り、自身の自己満足の事について話し始めるのだった。……口が軽くなってるのはきっと酒のせいだろう

 

自身の目の前で命が失われる事を大いに恐れ、誰かの命を弄ぶような輩を絶対に許す事が出来ず、それらから命を守る為に医者になった事、そして気付けば自分がどのような人生を歩んで来たかを捲し立てるように話していた

 

結局のところ、俺が龍鳳を助けたのは俺の目の前で龍鳳が死ぬ事が恐ろしくて仕方がなかったから、自身が不快にならないようにする為の自慰のようなものだったのだ。そんなものに感謝などされても……

 

そんな事を考えていると、俺の身体を柔らかいものが包み込んでいた。よく見ると龍鳳の奴がいつの間にか俺の後ろに回り込み、俺の事を抱きしめていたのだ

 

「悟さんは、本当に優しい方なんですね……」

 

「……はぁ?」

 

「誰だって自分の目の前で誰かが死んだりするのは嫌ですし、命を弄ぶような真似なんて絶対に許せません。例え自己満足だったとしても悟さんはそういうのに真正面から立ち向かっている……、私はそんな事が出来るくらい優しい人を今まで見た事ありません。そんな悟さんは何処の誰よりもきっとかっこいい、少なくとも私はそう思います」

 

俺を抱きしめたまま龍鳳が言葉を紡ぐ、そういや今までこんな事言われた事はなかったな……、改めて龍鳳の言葉を頭の中で反芻すると少々気恥ずかしくなってくる

 

「……よし、私決めました!」

 

「あん?何をだぁ?」

 

唐突に声を上げる龍鳳に驚き、思わず聞き返してしまった

 

「私、悟さん達について行きます!例え誰が何と言おうとも絶対に絶っ対について行きますよっ!」

 

「おっま、何言い出してんだぁ?」

 

「今の話を聞いて思ったんです、こんなに優しい悟さんですもの、きっと誰かを助ける為に無茶しちゃうんじゃないかって。他の人の命を守る為に自分の命を二の次にして、そんな事をずっと続けていって……、そして最後は倒れちゃうんじゃないかって……」

 

そう言って龍鳳は涙ぐむのだった、龍鳳の言葉を聞いて思い返すと、確かに自分の命を勘定に入れた事がこれまで1度もなかったな……。そのせいで医者やってた時は何度か倒れかけた事もあったっけか……

 

「だから、私は悟さんが無理をしなくて済むように……、苦しまなくていいように……、傍で支えてあげたいんです……、悟さんの力になりたいんです……」

 

遂に龍鳳が泣き出してしまった……、しかしどうしたものか……

 

こうなってしまった以上申し出を断るわけにはいかないが、如何せん龍鳳は現在日本の海軍に所属している為このような自分の都合だけで軍を抜けるなんて真似は出来ないはずなのだ。もし勝手に連れ出そうものなら日本海軍から目ぇ付けられかねん……

 

「女を泣かせてんなぁ、この色男」

 

そんな事を考えていると、俺の頭上から声が聞こえた。その声の主は……

 

「戦治郎……、誰が色男だってぇ?」

 

「おめぇだよおめぇ、いつの間に龍鳳とそんな仲になったんだよ、ちょっちおっちゃんに聞かせてみ?ん?」

 

そう言って耳に手を当てこちらに向けて来る戦治郎、ちょいそのツラぶん殴ってもいいか?

 

「今それどころじゃねぇんだよぉ、龍鳳の奴が「軍を抜けてお前達に同行したいそうだな?」……おめぇもいたのかよぉ、長門……」

 

俺が戦治郎に事情を話そうとしたところで、会話に長門が割って入って来やがった。どうやらワンコさんとの話が終わって皆の様子を見に来たようだ

 

「龍鳳の件だが、私の方から元帥に話をつけるとしよう」

 

長門の奴がとんでもない事言いやがった……、本当にそれでいいのか日本海軍……

 

長門曰く、龍鳳を俺達が日本に着くまでの間の監視役として同行させるようにするとの事だった、そうなった場合龍鳳はその間俺達の動向を逐一記録し、俺達が日本に着いた際その記録を大本営に提出する事になるらしい

 

「そうすれば龍鳳もお前達に同行出来るし、その記録の内容次第では日本海軍がお前達を信頼してくれるようになるかもしれないからな」

 

「記録方法についてなんだけどよ、ここ出る前に皆の通信機改修してカメラ付けようと思ってるから、それと手記で頑張ってもらおうと思ってるんだわ」

 

俺達全員の映像も提出して、龍鳳の映像の信憑性を上げようって魂胆だな。他にも何かありそうだが、まあ気にしても仕方ないか

 

「そういう事なんだが、頼めるか?」

 

龍鳳の件について長門が説明し終え、龍鳳に監視役を引き受けてくれるか尋ねたところ

 

「是非やらせて下さい!お願いします!」

 

龍鳳は頭を下げながら二つ返事で快諾し、龍鳳はめでたく俺達に同行出来るようになったのであった



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ソロモンへ向けて

楽しい宴会が終わり、ワンコさん達に別れの挨拶をしてマダガスカルを発ち、俺達は再び廃墟と化したアムステルダム泊地へと来ていた

 

何故泊地に戻ったのかと言えば、ここの通信機を復活させた後長門さんに大本営へ通信を入れてもらい、迎えの船を出してもらう為だ。まあ長門さんがそれを実行してる頃には俺達はここを発ち、オーストラリアで一休みしてからソロモン諸島へ向かうんだけどね

 

プリンス・エドワード諸島やマダガスカルからここまで凄い距離あったけど、ここからソロモンってなるとその2倍以上移動しないといけないからね……、オーストラリアあたりで休憩入れないと絶対誰か倒れそうだよ……。まあそれでも物凄い距離移動するんだけどね……

 

そうそう、どうして迎えの船を出してもらうのかについても話しておこうと思う

 

1番の理由としては、泊地の艦娘の数が多いから。数が多過ぎると移動中に誰かがはぐれてしまった時気付くのが遅れてしまうかもしれないし、敵に発見されやすくなって頻繁に戦闘になる可能性があるんだよね

 

2番目の理由は、この泊地の多くの艦娘が解体を希望しているからである。今回の件で大きなトラウマを植え付けられてしまい、戦場に出るのが怖くなった娘や軍を信用出来なくなった娘が沢山出たのである。そんな娘達に道中で戦闘をさせるなんて事が出来る訳もなく、安全に日本に連れて帰る為にこうやって船を呼んでもらう事になったのだ

 

因みに義肢を作る前に解体希望か否かを聞いていたらしい、何でも戦場に戻る気がある娘には長月さんの義手のように武器を仕込んだ義肢を作り、解体希望の娘には武装を排除した義肢を作ったそうな

 

「しかし、まだ使えそうなここの資源の一部を俺達が持って行ってもいいって、本当に良かったのか?」

 

戦治郎が瓦礫の山から発掘した通信機を修理しながら加賀さんに尋ねる、何とここの秘書艦を務めていた加賀さんが今回の件のお礼として、この泊地に残っている使えそうな資源を持って行っていいと言ったのである

 

「今の私達に出せるものがこれくらいしかありませんから、それに軍に渡すよりも貴方達に渡した方が効果的、そう思っただけよ」

 

淡々とそう答える加賀さん、確かに資源は欲しいところではあるんだよね、今回の移動は特に長い距離を移動する事になるから尚の事……、でも本当にいいのかな?

 

「戦治郎さん達に渡した分は焼失した事にしておきますから大丈夫ですよ!ですから細かい事は気にせず使っちゃって下さい!きっとそっちの方が資源も喜ぶと思うんですよ!」

 

「そう言う事なら有難く使わせてもらうぜ!」

 

明石さんの言葉を聞いて戦治郎が納得する、ここまで言われたら遠慮する方が失礼なのかな?ならば戦治郎が言う通り有難く使わせてもらおう

 

まあ、その資源も既にかき集められており、俺達の前にズラリと並べてある状態だったりするんだけど……

 

「取り敢えず艤装に積載スペースある奴はガンガン積み込んでくれ~」

 

作業の手を止める事無く戦治郎が言う、俺はその言葉を聞いてから自分の艤装の積載スペースを確認すると……、OK、俺の方はまだ余裕があるからいくらか積み込んでおくか。そう思ってドラム缶を持ち上げると……

 

「うわわわわ……!」「うきゃ~」「ちょ……っ!お前達!声を出すなっ!」

 

ドラム缶の中から聞き覚えがある声が微かに聞こえてくるのですが……、周りの皆も作業の手を止めこっち見てるし……

 

取り敢えず手に持ったドラム缶を地面に置き、周囲に目配せしたら木曾さんが鋼斬を抜きながら近づいて来た。木曾さん、どうぞよろしくお願いします……

 

「ふっ!」

 

気合いの掛け声と共に、鋼斬を振るってドラム缶の上部を斬り飛ばす木曾さん。いや~お見事です!

 

その後斬り飛ばされたドラム缶の上部を外して中を覗き込んだら……

 

「「「あ……」」」

 

その中には長月さん、皐月ちゃん、文月ちゃんが入っていた……。資源集め中に姿を見かけないと思ったら……

 

「3人共、何か言う事は?」

 

「ごめんなさい~……」

 

俺が3人にそう尋ねると、文月ちゃんがしょんぼりしながら真っ先に謝ってくれた。俺はよく出来ましたと言わんばかりに文月ちゃんの頭を優しく撫でてあげる、すると文月ちゃんはとても気持ち良さそうに笑みをこぼしていた。……フミィ……

 

「頼む!私も連れて行ってくれっ!私はまだお前達に恩を返し切っていないんだ!ここまで案内してくれただけで十分だと言っていたが、それでは私が納得出来ないんだっ!だから頼むっ!!!」

 

そう言って頭を下げる長月さん、皐月ちゃんと文月ちゃんを助けた事で恩義が更に上乗せされた感じかな……?

 

「長月は案内が出来ただけまだマシじゃないかっ!ボクなんて助けられてからまだ何もやってないんだよっ!?折角こんな凄い義足までもらったのに、何も返せないままお別れなんて嫌だよっ!!!」

 

そう叫ぶのは皐月ちゃん、彼女の言う凄い義足と言うのは、その義足で意識しながら海面や地面を蹴った時にとんでもない移動速度や跳躍力を叩き出せるという代物である。並の艦娘だったら、皐月ちゃんが唐突に消えたように見える事だろう

 

っと今は義足の事じゃなくて皐月ちゃん自身の事か……、確かに彼女は助けられてから碌に恩返しになりそうな事出来てないんだよな~……、……よし

 

「2人の気持ちは伝わったよ、俺達はその気持ちだけで十分……なんて言っても2人共納得出来ないよね?だからこうしよう、2人には日本海軍が変わる切っ掛けになるように、今回の件の証言を元帥さん達にしっかりと伝えて欲しいんだ。2人共あの提督の被害者で実際に手術をされた立場なんだから、その証言はきっと重いはずだ」

 

俺は2人の事をしっかりと見ながら諭すように言う、2人は1度顔を見合わせた後黙って頷いてみせてくれた

 

「2人が頑張ってくれれば、俺達も日本に受け入れてもらい易くなるなるはずなんだ。だから2人にはその準備をやっててもらいたいんだ、頼めるかな?」

 

俺が2人に尋ねると……

 

「ああ、任せろっ!!!」「まっかせてよっ!!!」

 

2人は声を合わせて、大きな声で返事をしてくれた。取り敢えずこの子達の事はこれでOKかな?

 

「大したものね」

 

俺達のやり取りを静かに見守っていた加賀さんがそう言った、……輝の隣をしっかりとキープしながらだけどね……

 

「俺はヒーローになっちゃいましたからね、このくらいの事は出来ないと……なんてね」

 

俺が悪戯っぽく加賀さんにそう返事したところで……

 

「つかおめぇは向こうだろうがっ!何で俺の隣にいるんだよっ!?」

 

そう言って輝は加賀さんを持ち上げ、そのまま長門さんの方へ向かい……

 

「ほれ、お届け物だ」

 

「あ、ああ……」

 

「そんな……、馬鹿な……」

 

輝はそう言って長門さんに加賀さんを手渡す、長門さんは引き攣った表情で輝から加賀さんを受け取り、加賀さんは長門さんの腕の中で絶望に打ちひしがれていた……。いやまあ、これは仕方ないんじゃないかな?加賀さんは此処の提督の秘書艦だったわけだし、提督が普段どんな事をしていたかを大本営の人達に伝えないといけないでしょ?だから貴方が俺達に同行するのはどうしても無理だって事、お願いだから分かって下さい……

 

「よっし!修理完了っ!!!」

 

輝達がそんなやり取りをしていると、戦治郎がそう叫び勢いよく立ち上がる。どうやらお別れの時が来たようだ……

 

「そうか、終わったか……、通信機の事もそうだが、今まで明るみに出ていなかったこの泊地の事といい、穏健派深海棲艦や転生個体の事といい、お前達には助けられてばかりだったな、本当に感謝しているよ」

 

そう言って手を差し伸べて来る長門さん、戦治郎はそれを握り返しながら

 

「俺はお前にすっげぇ助けられたんだけどな、情けねぇ俺に喝を入れてくれた件、本当に助かったわ」

 

そう言ってニカッと笑う、そしてどちらからともなく手を放したところで長門さんがハッとして戦治郎に尋ねる

 

「そう言えばこの通信機はどうしたらいいんだ?やっぱりお前達に返しておくべきか?」

 

「いや、記念品って事でお前達が持っててくれ。もしかしたらまた使う機会があるかもしれねぇからな」

 

俺達が使っている通信機を慌てて耳から外そうをする長門さんを、戦治郎がやんわりと手で制止ながらそう言った

 

「そうか……、なら有難く頂戴しておこう。っと引き留めてしまったな、それではまたな」

 

「応、またな!出来れば再会するのは日本がいいな!」

 

「ああ、そうだな……」

 

戦治郎と長門さんは、そう言ってからお互いに背を向け歩き始める。戦治郎は俺達の方へ、長門さんは先程戦治郎が修理した通信機の方へ……

 

「待たせたな、んじゃあ長門屋海賊団、ソロモンへ向けて抜錨だぁっ!!!」

 

\応っ!!!/

 

こうして、俺達はアムステルダム泊地の艦娘達と長門さん達大本営主力艦隊の面々と別れ、ソロモン諸島へ向けて旅立つのだった




閃転!シャイニングセイヴァー

光太郎の能力、救いを求める者達を助け出し、立ち塞がる脅威を打ち砕く『輝く救世主』、シャイニングセイヴァーへ変身する力

救助活動極振りだった艤装を、攻撃極振りに変更するような感じ

エネルギーの制約こそあるものの、その攻撃は当たれば大概のものは粒子レベルで分解されるなど、凄まじいの一言に尽きる

ヒーローに憧れ続け、その人生最大のトラウマを乗り越えた光太郎だからこそこんな能力になったのかもしれない



快癒の翠緑

悟の能力、命に執着する悟に芽生えた癒しの力

発動中は手が緑色にほんのり発光し、細胞の老化現象を起こす事無く傷を癒したり、痛みを取り払う事が出来る。使えば使うほど成長し成長すれば傷の治癒速度が上昇したり、細菌やウイルスによる病気の治療、肉体疲労回復なども出来るようになる

転生個体の能力の中でも非常に珍しいタイプの能力


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火種を育てる者

今回で2章は最後、次から3章に突入します

今回の視点は……、ようやくあの人の登場です


今日もまた、可愛い可愛い戦争の火種達の様子を見に行く為に、私は私とあの人専用の水上バイクでこの大海原を駆けていた

 

プロフェッサーの話によると、どうやらまたあの子達はマダガスカルに攻撃を仕掛けたみたいなのよね……。私はいつも言ってるんだけどねぇ、攻め込むのならもっと兵の数を増やしてからにしなさいってね

 

それに戦争と言うものは貴方達が考えているほど生ぬるいものではない、貴方達が普段やっていたヤンキーの喧嘩とは次元が違うと言うのをいい加減分かってくれないかしら……

 

そんな事を考えながら、水上バイク『クリュサオル』を操縦していると……

 

「クソッタレ!動け!動け!動きやがれってんだっ!!!」

 

何処からともなく誰かの悪態と、ガンッガンッと言う機械か何かを殴るか蹴るかしているような音が聞こえたの

 

何事かと思ってその声と音がした方角を見てみると、深海棲艦……、あれは確か南方棲鬼だったかしら?何かそんな感じの名前だったと思う子が水上バイクに蹴りを入れていたのよ……って、あれはケートスじゃない。あの子は一体何処であれを手に入れたのかしら?

 

前に可奈子のところに行った時はあんな子いなかったはずだし……、新入りの子かしら?まあそんな事は重要じゃないわね、今私がやるべき事は……

 

「何をやっているのかしら?」

 

私はそう言ってこの南方棲鬼に話しかけたの、いつまでもその子を足蹴にされるのは気分が悪くなるのよね

 

「あん?」

 

私の声に反応して、南方棲鬼が私の方を見て来たんだけど、この子は私が『クリュサオル』に乗っている事に気付くとニヤリと笑ったのよ

 

「さっき動け動けと言っていたのは貴方なの?その子が動かなくなって困っているの?」

 

「ああそうだ、突然こいつが動かなくなっちまってな、俺は機械にあまり詳しくねぇから動かなくなった原因が分からなくて困ってたんだわ」

 

そう言いながらもニヤニヤと笑うのを止めない南方棲鬼、気持ち悪いから早くニヤつくのを止めてくれないかしら?大方私の水上バイクを狙ってるんでしょうけど、残念だけどこの子は私とあの人以外には動かせないのよね

 

「ちょっと見せてもらってもいいかしら?」

 

この先の展開は予想出来ている、けど敢えて乗ってあげる。私はそう言って『クリュサオル』のエンジンを切ってから降りて、南方棲鬼が乗っていたケートスの傍まで歩み寄る。すると……

 

「はははははっ!!!そいつはくれてやるからこいつをもらっていくぜっ!!!」

 

そう言って南方棲鬼は『クリュサオル』に跨り、エンジンをかけ……ようとしたのだけど何度キーを回しても『クリュサオル』のエンジンはかからなかったの

 

「……あん?何でエンジンがかからねぇんだよ!!」

 

「やっぱり『クリュサオル』を狙っていたのね、でも残念でした、それは私とあの人以外にはエンジンをかけられないようにしてあるのよ」

 

そう、『クリュサオル』には生体認証機能が付けられてて、私とあの人以外には動かす事が出来ないの

 

……あの人のデータを手に入れたのは本当に偶然だったのだけれどね……

 

ちょっと前にヨーロッパの方で取引していた深海棲艦の拠点が陥落したと聞いて、何となく様子を見に行ったら見つけちゃったのよ、私が心の奥底から愛して止まないあの人を……。姿は私同様変わってしまっていたけど、それでも一目見ただけであの人だって分かっちゃった

 

あの時は本当にびっくりしたわ~……、まさかあの人がもうこちらの世界に来ているなんて……、あの人が死んでしまったのは悲しいけれど、また会えたのは本当に嬉しかったわ……。私がこっちの世界で作った貴方への贈り物の紛い物を見て、すぐに私がこの世界にいるって気付いてくれた時は思わず泣きそうになっちゃったわ……

 

でもちょっとせっかちさんよね、私はまだ私とあの人の理想郷を作り上げていないのに、まだ準備中だったのに来ちゃうんだもの……

 

でもいいの、あの人がこんなに早くこの世界に来たのは、きっと私に会いたくて会いたくて仕方がなかったからだと思うの。そう思うと私は今まで以上に頑張れる、そう思うの。だから待っていて、すぐに私と貴方の理想郷を……、戦争を糧に生きる者達の最高の楽園を作ってあげるからね!

 

ち・な・み・に、あの人のデータはあの人があそこの拠点で使っていた寝具から髪の毛を1本頂いたの。それから得たデータを、『クリュサオル』の生体認証システムに入力してはい、お仕舞い。ね?簡単でしょ?

 

「シカトしてんじゃねぇぞてめぇっ!!!」

 

っと、ついあの人への想いで頭も心も一杯になってて、この子の存在をスッカリ忘れてたわ、いけないいけない♪そんな事を考えながら、私はこの子が至近距離から放つへなちょこな砲撃をヒョイヒョイと躱すの。ついつい欠伸が出そうになっちゃうけれど、はしたないから我慢我慢っと

 

そうこうしてると、南方棲鬼が弾切れを起こしたのか砲撃が止んだの。あんなに無駄撃ちしてたらそうなっちゃうわよね~、撃つならちゃんと相手を見ながら撃たなきゃダメじゃない

 

「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」

 

あらあら、砲撃のし過ぎで疲れちゃったのかしら?砲撃の腕前だけでなく体力もないなんて……、おまけに他人様のものを盗もうともしてたしホントこの子ってゴミ未満ね~。ウチには絶対いらないわ~

 

「てめ……何もん……だ……?」

 

「あらあら?相手に名前を尋ねる時は、まずは自分から名乗るものじゃない?」

 

私はクスクスと笑いながらそう言ったの、そしたらこの子、苛立ってるのを隠そうともせず名乗ってくれたわ~

 

「ウィリアム・サウスパークだ、覚えてやがれこのアバ〇レ……」

 

「ウィリアム・サウスパーク……、何処かで聞いたような……」

 

私がこう言うと、この子ったら急にまたニヤつき出したのよね~……。ホント気持ち悪いわね、この子

 

「ああそうだ、俺があのk「ああ、思い出したわ!」おお、そうかそうか!だったら俺が何て呼ばれてたか分かるよなぁ?」

 

この子の気持ち悪いニヤニヤも、いい加減見飽きたので言ってあげたわ

 

「垂れ流しウィルちゃんよね?あの人が言ってたのよ~」

 

「おいちょっと待て!何でお前がその事知ってるんだ!いや……、あの人って誰の事だよっ!?答えやがれっ!」

 

そう言ってウィルちゃんは弾の入ってない砲を私に向けてきたの、取り敢えずこの子も名乗ってくれた事だし、名乗ってあげてもいいわね

 

「あの人って言うのはね、私が愛してやまない旦那様、貴方にその不名誉なニックネームがつく切っ掛けを作った貴方の元上司……、稲田 剛の事……。そして私はその妻、アレクサンドラ・稲田と言うの。覚えてくれたかしら?ウィ・ル・ちゃん?」

 

プロフェッサーが水母水姫と呼ぶ深海棲艦となった私、アレクサンドラ・稲田はウィルちゃんに微笑みかけながら名乗ってあげるの。そしたらウィルちゃんったら凄くびっくりしたまま私の事を見てるのよね、そんなに私を見つめてもその気になんてならないわよ?だって私には剛がいるんだもの♪

 

「さ・て・と、お互い名乗り合ったところで話を戻してもいいかしら?」

 

ウィルちゃんに尋ねてみたんだけど、この子驚いたまま全く反応してくれなかったの。仕方ないから無言は肯定って事にして話を進めることにしたわ

 

「この水上バイク、ケートスって言うのだけど、調子が悪いなら見てあげるわ。それを作り上げたのは私だからね、動かなくなった原因なんてすぐに直してあげるわ」

 

……これも反応なかったから勝手に修理を始めるんだけど、原因はただのガス欠だったわ……、こんな事も分からないなんて、ホントにこの子っておバカさぁん

 

取り敢えず予備の燃料を分けてあげて、ケートスを動かせるようにしたところで、この子が何でこんなところにいるのかを尋ねてみたの。そしたら穏健派に裏切られたとか、剛に馬鹿にされたとか、『大和魂』に腕を斬り落とされたとか……

 

今までの言動からしたら、全部この子の自業自得なんでしょうけどね。大方好き勝手やってたツケが回ってきた感じ、そうでしょ?

 

「そう、それでこれからどうしようとしてたのかしら?」

 

私がそう尋ねるとダンマリを決め込むお馬鹿なウィルちゃん、ノープランなのね……。こんな子をウチで面倒見るのは絶対嫌だし、だからと言って放置するのもどうかと思うし……。いっそ可奈子のところを紹介してあげようかしら?あそこならこの子と相性よさそうだしね!まあこの子がヘタレなければだけど……。……そう言えば、ここ最近作った武器でまだ試していないのがあったわね~……、……そうだわっ!

 

「ねぇウィルちゃん、ケートスの修理代って事でお願いしたい事があるんだけどいいかしら?」

 

「あぁん?」

 

「実はね~……」

 

私がウィルちゃんに話を持ち掛けると、この子はすぐにそれを了承してくれたわ。武器の事を話してあげたらお誂え向きだ~ってものすっごく喜んでいたわ~、ホントこの子って単純

 

そう言う事で、私はウィルちゃんの左腕に新開発した義手型の武器を取り付けて、可奈子にウィルちゃんの身柄を押し付ける事にしたの。この子の教育頑張ってね、か・な・こ♪




『憑依天龍が行く!』を執筆されている鳴神 ソラさんが、なんとこの『鬼の鎮守府』とコラボしてくださいました!

鳴神 ソラさんが描くここのとはちょっと違った戦治郎達を、どうぞお楽しみ下さい!


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ソロモンの王と龍と鶴編
青空英語教室


今回から3章に突入、空成分多めの章になると思われます


ここはインド洋の東側、穏健派深海棲艦の総本山があると言うソロモン諸島へ向かうその道中である

 

本来ならば直接ソロモン諸島へと向かうべきなのだろうが、肝心のソロモン諸島は現在地から遥か遠く、余りにも遠すぎて途中で誰かが倒れてしまわないか心配になる、それほどまでに遠いところにあるのである

 

故に俺達長門屋海賊団は一度オーストラリア西部に上陸し、休憩と補給を済ませてから再びソロモンを目指す事になったのだ

 

俺は俺の艦載機に生まれ変わったペットの猫達を哨戒機として発艦させ、周囲を警戒しているのだが……

 

「皆本当に飲み込みが早いわね~、これならアタシも教え甲斐があるわ~♪」

 

戦治郎の艤装である元熊の大五郎の背中に取り付けられた兵装である洋上簡易拠点、通称ハコの上に設置されたホワイトボードの前に立つ剛さんが言う

 

現在、長門屋海賊団の一部は移動しながら剛さんを講師とし、英語の勉強をしているのである

 

マダガスカルにいる港湾棲姫、通称ワンコの拠点を訪問した際、南方棲鬼の転生個体である糞漏らしが英語しか喋らなかった為、仲間の一部が会話の内容を聞いただけでは理解出来なかったのである

 

その状況を目にした戦治郎が、もしかしたら転生個体の中には糞漏らしのように英語しか話せない輩がいるかもしれないと懸念した為、海賊団のメンバーには英語の読み書きと聞き取りをマスターしてもらう事になったのである

 

最初は戦治郎が講師で俺がそのサポートをする予定だったのだが……

 

「あら、戦ちゃんが皆に英語を教えるの?だったらアタシは裏方に回っておこうかしら?」

 

「「剛先生、本日は何卒よろしくお願い致します」」

 

剛さんのこの言葉を聞いた戦治郎と俺は角度45度のお辞儀をしながら、剛さんに講師役をお願いするのだった。高々1ヵ月ほどアメリカに留学していた俺達と、1度アメリカ国籍を取得し20年近くアメリカに住んでいた剛さん、どちらが講師として相応しいかは火を見るよりも明らかである

 

その結果、剛さんのサポート役は戦治郎が担当する事になり、俺は手が空いたのでこうやって哨戒機を飛ばしているのである

 

こうして、稲田 剛先生をお迎えして青空勉強会が開催されているのだが……

 

「んで、これが加賀さんと輝さんが2人で一緒に加賀岬歌った時の奴ッスね」

 

『ちょっと待て!俺はお前らが歌うような曲歌えねぇぞっ!?』

 

『問題ないわ、私が先に1番を歌うから輝はそれの真似をしながら2番を歌えばいいのよ』

 

『いやそれ無茶振りもいいとこだろうがよっ?!?』

 

翔の水上バイクに乗った護が宴会の時に撮影した動画をHMDから伸びるコードを接続したタブレットを使って再生し、通、神通、不知火、龍鳳の4人がその動画を見ていたのだ

 

「これは本当に酷い無茶振りでしたね……」

 

「自分、これ聞いた時は笑い死ぬかと思ったッスよ~」

 

動画を見てその時の様子を思い出しながら会話をする不知火と護

 

『\デデン!/』

 

『始まったわ、準備はいい?』

 

『……あっこの曲?この曲ならそらで歌えるわ、いいよなこの曲!俺の好みド真ん中なんだわ!』

 

「この時は流石に私も大笑いしてしまいましたよ……」

 

「この後の加賀さんずっとキラキラしてましたよね~、気のせいか結ってる髪もピョコピョコ動いてたような……」

 

タブレットから輝と加賀が歌う加賀岬が聞こえる中、今度は通と龍鳳がそんな会話をしていた

 

ここにいるメンバーは既に英語の読み書き聞き取りをしっかり身に付けている為、勉強会への参加を免除されているのだ。この5人の他にも光太郎と悟、そして翔も免除されている

 

光太郎と悟は兎も角、神通と龍鳳は日本海軍の方で教えられたようで、通は刑事と言う仕事の都合上外国人の相手をする事があった為覚えたそうだ。不知火については剛さんが銃器の扱い方を教えるついでに教えていたそうだ

 

そして予想外だったのは護と翔の2人、翔は料理の研究の為に英語のレシピを読み漁ったり実際に現地に行ったりしていたらいつの間にか覚えていたと言い、護はプログラミングやSt〇amのゲームを漁っていたら覚えたなどと言う……

 

「あの、歌っている時の私……、おかしいところはありませんでしたか……?」

 

「いいえ全く、むしろ私の方がおかしかったのではないでしょうか……?」

 

俺の耳に神通と通のやり取りが聞こえてくる、少なくとも俺からしたらどちらもおかしなところはなかったと思う。それよりも通の方は既に知っていたからそうでもなかったが、神通の歌唱力の高さに驚かされたのを今でも覚えている

 

「そろそろいいッスか?そんでこれが悟さんがエグゼイドの社長の曲歌ったとこッスね」

 

「悟さんの奴ですかっ!?見せて下さい見せて下さいっ!!!」

 

護のセリフに即座に反応した龍鳳が、タブレットにガップリとかぶりついた。それでは他の奴らが見る事が出来なくなるのではなかろうか……?

 

「ああ~……、歌ってる悟さん本当にカッコ良いな~……。護さん、この動画を後でコピーして譲ってもらえませんか?」

 

「いいッスよ~、後でUSBにでもコピーしとくッス」

 

「……最前列で見ていたのによぉ、それでも満足出来なかったって言う気かぁ……?」

 

龍鳳と護のやり取りが聞こえたのだろうか、光太郎のリヴァイアサンの後ろに乗っている悟がそう呟いていた。想い人との思い出はいくらあっても足りないものだろうし、これだけ愛されているなら別に問題ないだろう、俺もこのくらい翔鶴に思われたいものだ……

 

……いや、それよりもだ……

 

「誰か1人くらい俺の手伝いをしてもいいと思うのだがな……」

 

そうは思うのだが、楽しんでいるところを邪魔するのも忍びない為俺は誰にも聞こえないよう独りそう呟くのだった




今回は短いです……


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龍と鶴の邂逅

「そういえば……」

 

護達と動画を見ていた不知火が、ふと何かに気付いたのか動画を見ながら不思議そうに護達に尋ねる

 

「ドイツでの宴会の時、戦治郎さんは終始お酒を飲んでいたはずなのに今回は途中からジュースに切り替えていらっしゃるようなのですが……、一体どうなさったのでしょうか?」

 

「そうなんですか?私はドイツの宴会の事は分からないんですけど……、でも確かに動画にちょくちょく出て来る戦治郎さんが握ってるグラスには、オレンジジュースみたいなものが注がれてますね」

 

不知火の言葉を聞いた龍鳳が、動画に映っているであろう戦治郎のグラスの中身を見てそんな事を言った

 

「ドイツの時はセオドールさんと通さんと一緒に二次会もやったと聞いていますが……、通さんは戦治郎さんから何か聞いていませんか?」

 

龍鳳同様動画を見ていた神通が通に尋ねる、しかし通はその問に対して

 

「いえ、私は特に何も聞いていませんね……、もしかしたらこのグラスの中身はスクリュードライバーかもしれませんよ?」

 

そう返すのだが、俺から見たら嘘を付いているのが丸分かりだった……。通よ、もう少し挙動を抑えて嘘を付いている事がバレないようにする努力をしたらどうなんだ……?

 

「枠々さんがこう言ってるんだから、多分そうなんじゃないッスかね~?」

 

通の発言に便乗するように、今度は護がそんな事を言った。恐らく通のフォローなのだろうな、まあその発言を聞いていた艦娘達は枠々さんと言う単語を聞いて頭に疑問符を浮かべているようだったが……

 

因みに今護が通の事を枠々さんと呼んだのだが、これは通が恐ろしいほどに酒に強い事から付けられた渾名である

 

飲む量は輝がダントツでトップなのだが、アルコール耐性については通の方が圧倒的に高いのである。いくら飲ませたところで全くと言っていいほど酔わない、そんな素振りすら見せないのである。通は過去に輝と飲み比べをして勝った実績があるからな……

 

そう言えば、輝は飲み比べで通に負けた結果『鬼コロリ』なる渾名を付けられていたな……。枠々さんと鬼コロリ……、どこぞのTV番組に登場して番組内で終始酒を飲んでいそうだな……

 

それは兎も角、戦治郎のグラスの中身についてだが、あれは正真正銘オレンジジュースである

 

戦治郎は高校の頃に発生したとある事件のせいで、クセが付いてしまったのか痔の発症率が普通の人よりも高くなっているのだ。そのせいで酒と刺激物が大量に摂取出来ず、色々と苦労する羽目になったのだ

 

こちらの世界に来た時に光太郎の右目が治っていた事から、戦治郎のそれも治っていると思われていたのだが、ドイツでの宴会からしばらくしてから発症してしまい、戦治郎はその事実が発覚した後長門屋の面子以外にバレないように表面に出す事無く、心の中でさめざめと泣いていたのである

 

因みに今回の宴会では、そのあたりの事情を警戒しながら楽しんだおかげで発症するに至らなかったようだ。……前回悟から次発症させたら、注入式から坐薬に変えると釘を刺されていた為気合いを入れて発症を抑えたのだろう……

 

そんな事を考えていると、俺宛の通信が入ってきた。どうやら哨戒機として飛ばしていた艦上戦闘機に生まれ変わったワイルドからのようだ

 

『ご主人、深海棲艦に襲われている艦娘の艦隊を発見したニャ!』

 

「そうか……、深海棲艦側の規模はどうなっている?」

 

『36匹くらいだニャ!艦娘達の方は6人しかいないから、このままじゃ嬲り殺しにされちゃうニャ!』

 

ワイルドの報告を聞いた俺に緊張が走る、そしてそれを感じ取ったのか皆と動画鑑賞を楽しんでいた通、護、神通の3人が一斉にこちらへ視線を向けてきた

 

「空さん、猫達が何か見つけたのですか?」

 

真剣な表情で尋ねてきた通に先ほどの報告内容を伝えると、今度は海賊団全体にピリピリとした空気が漂い始める

 

「36隻っ!?何でそんな大艦隊がこんなところにいるんですかっ?!」

 

「俺達がソロモンに向かってるって情報がリコリスに伝わったのかもしれねぇなぁ……、そんで俺達が穏健派の総本山と接触するのを阻止する為にそいつらを派遣したってところだろうよぉ」

 

相手の規模を聞いて驚愕する龍鳳さんと、その質問に答えるようにその艦隊がこのインド洋を徘徊している理由について自分の予想を述べる悟。恐らく悟の考えている通りなのだろう

 

「それに何処かの艦娘達が巻き込まれてしまったと……、こうしちゃいられない!早く助けにいかないとっ!」

 

「んだな、俺達の厄介事に巻き込んじまったわけだし、ここはいっちょ救援するとしますか!……って言っても全員で一斉に行ったら艦娘達がパニック起こしそうだし……、ってわけで今手ぇ空いてる面子だけで行ってもらってもいいか?」

 

悟の話を聞いた光太郎が艦娘達を助けるべきだと意見をし、戦治郎もそれを肯定してからすぐに出撃する面子を選出し指示を出す

 

「その数に空さんと光太郎さんッスか~……、相手が可哀想になるくらいの過剰戦力ッスね~」

 

「そう言う護さんも大概だと思うのは不知火だけでしょうか……?」

 

出撃メンバーを聞いて護と不知火がそれぞれの感想を述べる、俺、光太郎、悟、通、護、翔、神通、龍鳳、不知火……、確かに36匹程度の艦隊には過剰戦力な気もしないでもないが、今はそんな事はどうでもいい、重要な事ではないのだ

 

「承知した、ではこれより艦娘の艦隊の救援を開始する。該当するメンバーは俺について来い」

 

俺はそう言ってワイルドから受け取った情報を下に、その戦場に武力介入する為に進軍を開始するのだった

 

 

 

「あれか……っ!」

 

途中で合流した猫戦闘機達の誘導を受けながら進んだ先で、先ほど報告にあった艦娘の艦隊を発見する。見たところ誰も轟沈している様子はないので一先ず安心するが、相手は艦娘達の抵抗でほんの少しは沈んでいるようだがまだまだ健在、油断出来ない状況であった

 

「光太郎!通!俺達は先行して敵陣に突入、引っ掻き回すぞっ!」

 

「OK!変身は……したら艦娘達が驚いちゃうだろうから無しでいいか!」

 

「承知致しました、私は念の為に分身を作っておいて海に潜ませておきますね」

 

俺がそう叫ぶと2人はそれぞれ応答し、通が分身を海の中に隠しきったところで俺達3人が海を駆け、敵陣ド真ん中に突撃する

 

「神通はどうするんッスか?あの後追うんッスか?」

 

「いえ、私はここで皆さんを襲って来た相手を迎え撃とうと思います」

 

「そうして頂けると狙撃に集中出来るので助かります、龍鳳さんはそろそろ艦載機を飛ばした方がいいのでは?」

 

「えっ?!空さん達が突撃しちゃったのにですかっ!?」

 

「あいつらがおめぇの爆撃を喰らうようなタマだと思うかぁ?っとぉ、それはそうと潜水艦はいねぇみてぇだからよぉ、俺は神通の援護に入らせてもらうわぁ」

 

「僕の方は艦載機の半分を空さん達の方へ、残りは直掩機にしておきますね。それじゃあ龍鳳さん、やっちゃいましょうか」

 

後方からそんなやり取りが聞こえてくる、龍鳳は俺達の戦い方にまだ慣れていないようだな……。まあそのうち慣れるだろうから今は気にしないでおこう

 

そうこうしていると深海棲艦が艦娘達に向けて砲撃、砲門から飛び出した砲弾は艦娘達に向かって放物線を描きながら徐々に近づいていく

 

ターゲットにされた艦娘は必死になって回避行動をとろうとしているのだが、艤装がピクリとも動いていなかった、恐らく機関部をやられてしまったのだろう……

 

不味い!そう思った俺は一気に速度を上げ狙われた艦娘と砲弾の間に割って入り……

 

「ふっ!!!」

 

掛け声と共にサッカーのジャンピングボレーの要領で蹴りを放ち、俺は砲弾を蹴り砕いたのである。因みに蹴りの威力を上げる為に足の装甲を増やしているので、砲弾を蹴った足へのダメージは一切ない

 

「大丈夫……か……?」

 

俺は海面に降り立った後、ターゲットにされた艦娘の安否を確認する為にそちらを向きながら無事かどうか尋ねようとしたのだが、その艦娘を見た瞬間それ以上の言葉を話す事が出来なくなってしまった……

 

「空母棲姫が私を助けた……?一体どうして……?」

 

砲撃のターゲットにされた艦娘、翔鶴型正規空母の1番艦である翔鶴は驚愕の表情を浮かべながらそんな事を呟き、ただただ俺を見つめてくるのであった




ワイルド……白猫戦闘機、語尾にニャーと付く

ヘル……白猫攻撃機、語尾にミャーと付く

タイガー……白猫爆撃機、語尾にニーと付く

ベア……白猫戦闘爆撃機、語尾にミーと付く

トム……白猫噴式戦闘爆撃機、語尾にナーと付く、勢いよくものにぶつかったり、殴られたり挟まれたりしても変形したりしないし、攻撃食らっても「ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ーーーッ!!!」とか叫んだりしない


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龍の勉強会

俺と翔鶴は互いに見つめ合ったまま、ピクリとも動けなくなっていた

 

翔鶴の方は恐らく深海棲艦である俺達が何故自分を助けてくれたのかについて、頭の中に浮かび上がる疑問を処理しきれずに軽いパニックに陥っているのだろう。そのくらいの事は翔鶴の表情と雰囲気で大体予想が付く

 

一方俺の方はと言うと、今まで会いたくて会いたくて仕方がなかった翔鶴が今自分の目の前にいるという事実に心底驚き、完全に固まってしまっているからである。……不味いな、胸の高鳴りが止められそうにない……

 

因みに彼女達を襲っていた深海棲艦も動きを止めてしまっている、これは間違いなく俺達が武力介入してきた事で艦隊全体が動揺してしまったからだろう

 

その隙を突いて通と光太郎が作戦通りに敵陣に突入し、通は朝日影と月影を、光太郎は双腕重機アームを振り回して深海棲艦達を蹴散らし、更に混乱と動揺を拡散させていた

 

そして追撃とばかりに翔と龍鳳が発艦させたと思われる航空隊が到着し、相手の航空隊を食い散らしながらも、隙あらば魚雷や爆弾で混乱し足を止めてしまった奴らを次々と沈めていく

 

そこでようやく我に返り戦闘態勢に入ろうとした深海棲艦が唐突に仰け反り倒れ、暗い水底へと姿を消していく、これはきっと不知火の狙撃が直撃したのだろう……。あの場所から狙撃したとなると、不知火は相当腕を上げたようだな。不知火の頑張りもあるのだろうが、これほどまでに成長出来たのは剛さんの教えがあったからこそあろう、不知火は本当にいい師に巡り合えたようだな……

 

俺がそんな事を考えていると、今度は空から大量にミサイルが降り注ぎ、海上に汚い花火がこれでもかと言わんばかりに咲き乱れる。これは護からの援護射撃だろうな、この場でこんな芸当が出来るのは現状奴しかいないからな

 

「翔鶴!大丈夫かっ!?」

 

不意に聞こえた声に反応し、何事かと思いそちらの方を向いてみると翔鶴の随伴艦と思わしき日向が、大破した翔鶴の元へ慌てて駆け寄って来ていたのだ

 

「日向さん……申し訳ありません、どうやら機関部をやられてしまったようで自力で航行出来そうにないです……」

 

翔鶴のその言葉を聞いた俺の胸がチクリと痛む、俺達がもっと彼女達を発見し早く駆けつける事が出来れば、彼女はこのような姿になる事はなかったはずだ……。そう考えると胸が締め付けられるような気分になってしまった……

 

「分かった、ならば私が曳航しよう。相手が混乱しているこの隙に、私達は撤退するぞ!」

 

日向はそう言って翔鶴に肩を貸し、彼女達の艦隊は俺達に背を向けて撤退を開始するのだった

 

(待ってくれ!)

 

……そう言いたかったのだが、その時の俺はどうしても上手く言葉を紡ぐ事が出来ず、結局彼女達の背中に向けて手を伸ばした姿勢のまま、俺は彼女達が撤退するその様子をただ見送る事しか出来なかったのである……

 

結局俺は彼女達の背中が見えなくなるまでその手を伸ばしたままその場でしばらくの間立ち尽くす、折角出会えたのに名乗る事すら出来なかった……、これが本当に残念で仕方がなかった……。それから俺は伸ばしていた腕をゆっくりと下ろし……、反対の腕で俺の方へと飛んできた砲弾を掴む

 

俺が立ち尽くしている間に、結構な数の砲弾が俺の後頭部にバカスカ当たっていたのである。えぇい貴様らは空気の1つも読めないのか……っ!

 

「空ぁぁぁーーー!!!そろそろ戻ってこぉぉぉいっ!!!」

 

その直後に光太郎の叫びが聞こえて来たので、俺は気持ちを切り替え……

 

「……よかろう、人の恋路を邪魔する痴れ者がどの様な末路を辿るか……、その身に嫌と言うほど深く刻みつけてやろう……っ!」

 

る様な事は一切せず、その怒りの全てを奴らに叩きつけて発散するのであった

 

後にその時の俺の様子を間近で見ていた光太郎と通は

 

「理由はどうあれあの戦いぶりを見てたら、後で反動で動けなくなるんじゃないかと凄く心配したよ……」

 

「あそこまで周囲に怒気を撒き散らす空さんは、本当に久し振りに見た気がします……。あの時は戦闘中ずっと鳥肌が立っていましたよ……」

 

このような事を言っていたそうだ……、誰だって俺と同じ立場になればこうなるものではないのか?ぬぅ……、解せぬ……

 

 

 

俺が我に返った時には敵は既に全滅し、その海域には俺達しか残っていなかったので俺達は戦治郎達のところに戻り、先程の戦闘の詳細を皆に報告したところ……

 

「今日は講師役として忙しいわね~、でも空ちゃんの今後の為だと思うとやる気が出て来るわ~♪」

 

「空さんには今日ここで、乙女心をしっかり理解出来るようになってもらわないといけませんねっ!」

 

何故か「女性のハートを掴む男の講習会」などと言う講義が俺のみを対象として開催されてしまったのである……何故だ……?

 

因みに講師は英語教室から引き続き剛さんが担当、その助手を務めるのは龍鳳であった

 

剛さんが講師になった理由については海賊団の中で唯一結婚した事があるからであり、龍鳳がサポートに入ったのは現在進行形で恋する乙女の代表としてとの事だった

 

この時点で講義を止める事は不可能と判断した俺は、発案者である戦治郎にすぐさま講義をする理由について尋ねる。すると……

 

「いや、おめぇ今までまともに恋愛した事ねぇだろ?メダル取ってからは彼女作ったりしてたけど本気でそいつらの事好きになった事なんて一切なかっただろ?そのせいで女心とか分からなくて普段通りに振舞って、思いっきりドン引きされて逃げられて……そんな調子だったから未だにサクランボなんだろうが」

 

戦治郎がそのような事を言う、ぬぅ……全く反論出来ん……

 

学生時代は戦治郎達とつるむので忙しく、恋愛などする余裕もなかった。そしてオリンピックで金メダルを獲得してからは向こうから俺に寄って来る事が多かったが、その殆どが自然体の俺ではなく金メダリストの俺しか見ていなかった為、全くその気になれなかったのである

 

「そんなおめぇが本気で翔鶴に惚れたってんなら、親友として全力で応援するしかねぇだろうがよ。この講義はそんなおめぇに絶対に必要になる、そう思ったからやる事にしたんだよ、そこんとこOK?」

 

「そういう事か……、そのなんだ……、気を遣わせてすまない……」

 

戦治郎の言葉を聞いた俺は、気を遣わせてしまった事に対して頭を下げて謝罪するのだが……

 

「あ~あ~聞こえな~い、俺はそんな言葉聞こえませ~ん」

 

戦治郎は耳を塞ぎながらそう言って、俺の謝罪を受け取り拒否するのだった。この反応を見る限り、戦治郎は俺の事を本気で応援してくれているのだと言うのがよく分かった。ならばここで返すべき言葉は……

 

「……感謝するぞ、戦治郎」

 

「最初からそう言いやがれっての、んじゃ剛さん、龍鳳、空の事お願いしますね~」

 

俺が今度は感謝の言葉を述べると、戦治郎はそれをしっかりと受け取ると後の事を剛さん達に任せ、俺に背を向けて離れて行った

 

「任せて頂戴☆アタシも今の空ちゃんの気持ちはよ~く分かるからね~、だから先輩としてみ~っちりその辺の事教えてあ・げ・る♪」

 

「私も女性の立場から色んな事を教えちゃいますから、しっかり覚えてくださいね♪」

 

剛さんと龍鳳がそう言った後、すぐに講義が開始されるのであった

 

尚、この講義を盗み聞きする者が何人かいたそうだ、海賊団にはこういった話に興味があるだろう年頃の娘もいるのだから、仕方ないと言えば仕方ない事か……

 

俺はそんな事を考えながらも、剛さんや龍鳳の言葉を普段から持ち歩いている手帳に要点をまとめながら記入していくのだった



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鶴の報告

「今日は本当に災難だったな……」

 

私の隣で湯船に浸かる日向さんがそう話しかけてきました、ここは私達の拠点であるショートランド泊地にある入渠施設内の大浴場、私と日向さんは先程の戦闘の疲れを癒す為に一緒にお風呂に入っていたのです

 

「そうですね……、まさかあんなところに深海棲艦の大艦隊がいるなんて……」

 

先程の戦闘の事を思い出しながら、私は日向さんの言葉にそう返すのでした

 

「だがまあ、おかげで私達の任務は達成出来たのだがな」

 

日向さんが言う任務、それは深海棲艦同士が戦っていると言う噂の真偽を調査する事でした

 

事の発端は泊地に所属する駆逐艦の皆さんの間に広まっている噂話でした、何でも遠征を終えて泊地に帰還するその道中で、深海棲艦同士が激しい戦闘を繰り広げていたというものでした

 

少し前まではそんな話は一切なかったのですが、ある日を境に誰かがそう囁き始め、今ではショートランド泊地だけでなく、トラック泊地やブイン基地、ラバウル基地の方でもその噂が広がっているのだとか……

 

この噂が真実なのか、将又深海棲艦が私達を混乱させる為に流したデマなのか、噂が広がっている泊地や基地の提督達が話し合った結果、噂の真偽を各拠点がローテーションで調査する事が決まり、今日は私達ショートランド泊地が調査をする日だったのです

 

「あの噂は本当だった……、しかし何故深海棲艦同士が戦うのか……、そこだけがどうしても分からんな……」

 

日向さんが言うように、何故あの時後から来た深海棲艦達が仲間であるはずの深海棲艦と戦い、私達を助けるような真似をしたのかが何度考えても分かりませんでした……

 

特に私を助けてくれた空母棲姫のあの反応……、砲弾を蹴り砕いた直後に私の顔を見て驚愕し、動かなくなってしまった事については本当に謎が多いような気がします……

 

「まあ、ここで私達がいくら話し合っても答えは出ないか……。この続きは提督に任務の報告をした後、提督を交えて話し合おうじゃないか。このままここで話をしていたらのぼせてしまいそうだからな」

 

日向さんはそう言って湯船から出て脱衣所の方へと向かい、私もその後を追うようにして大浴場を後にするのでした

 

 

 

「……以上が今回の調査結果となります」

 

「噂は本当だったか……、しかも艦娘を助けるというおまけ付き……か……」

 

私が今日の出来事を提督に報告すると、提督はそう呟きながら机の上に置かれた書類に視線を向けるのでした

 

「それは?」

 

「お前達が出撃している間に届いた奴だ、見てみてくれ」

 

秘書艦を務める日向さんが書類の事を尋ねたところ、提督はそう言って書類を日向さんに手渡します。日向さんがその書類に目を通したところ……

 

「……これはっ!?」

 

とても衝撃的な内容だったのか、日向さんは驚き目を見開いたまま硬直してしまいました。私が日向さんの反応を不思議そうに見ていると、日向さんが私にその書類を手渡してきたので、私はその書類を受け取りその内容を読み始めました

 

それは先日行われた大本営直属の主力艦隊の方が書いた作戦名『カスガダマ沖海戦』の報告書の写しでした

 

深海棲艦の拠点があるというマダガスカル島に向かう道中に謎の深海棲艦の襲撃を受け、旗艦である長門さんが大破、随伴艦の方々も全員中破や小破と言った損害を受けてしまった為、相手を撒く為に南へ進路をとって移動を開始し、何とか相手を引き離し安全そうな場所を見つけ、そこで救援を待とうとしていたらそこには珍妙な深海棲艦達がいて、怪我の治療や食事の提供、艤装の修理だけでは留まらず改修までしてくれたと書かれていました

 

それにはまだ続きがあり、長門さん達を追って来た謎の深海棲艦達をその珍妙な深海棲艦達が蹴散らし、その正体がとある泊地で行われていた非合法の手術が原因で深海棲艦のようになってしまった艦娘である事を教えてくれたそうなのです。そして驚きの新事実はそれだけではなく、なんと長門さん達が攻撃しようとしていた深海棲艦の拠点は、人類との和平を望む深海棲艦の穏健派の拠点の1つだった事まで教えてくれたそうなのです

 

ここまで書類を読み進めた時点で私は既に混乱しているのですが、書類にはまだまだ信じがたい出来事が数多く書かれていました……

 

「他にもマダガスカルの拠点の代表の直筆の手紙やら、泊地の提督の成れの果ての標本、作戦成功を祝って開催された宴会でその拠点の深海棲艦と泊地所属の艦娘達が一緒になって騒いでる映像やらが元帥の下に届けられたそうだ……」

 

「待ってくれ、今標本と言ったかっ?!」

 

私が書類を読み進めている途中で、提督がそのような事を仰いました。提督のその言葉を聞いた日向さんがその事について問い詰めたところ、提督は机から写真を取り出し私達に見せてくれました。そこにはプラスチックのようなもので固められている得体の知れない化物の頭部と思われるものが写っていました……

 

「珍妙な連中に泊地を襲撃された提督が、反撃の為に自分の身体に深海棲艦の血液を注入したところこんな姿になってしまったんだとさ……。直接触ると取り込まれてしまうからって事で、その珍妙な連中が連れていた妖精さんがこのプラスチックみたいなのでこの化物の頭部をガッチガチに固めて、持ち運び出来るようにしたんだとか……」

 

深海棲艦の血液を自分に注入した結果こうなってしまった事や、直接触ると取り込まれる事など気になる点はいくつかありましたが、私が一番驚いたのは深海棲艦であるはずの珍妙な方々が妖精さんを連れている事でした

 

妖精さんは深海棲艦と敵対関係にあったと記憶しているのですが……、何故その妖精さんはこの方々と行動を共にしているのでしょう……?もしかしてこの方々は私達が知る深海棲艦とは何か違うのでしょうか……?

 

「その書類を見て分かった事をまとめると、深海棲艦にも穏健派がいる事、転生個体と言う強力な変わり種がいる事、そしてこれは俺達に大いに関わる事なんだが……」

 

提督はそこで言葉を区切り、一拍入れてから言葉を続けます

 

「穏健派の深海棲艦の総本山がソロモン諸島にあり、長門屋海賊団を名乗る珍妙な深海棲艦達がそこを目指していると言ったところだな……」

 

「……もしや」

 

提督の話を聞いた日向さんが少しだけ考え込み、何かに気付いたのかそう呟いた後その内容について話し始めました

 

「噂の正体は深海棲艦の穏健派と強硬派の派閥争いだとして、私達を助けてくれたのはソロモン諸島に向かっていると言うその長門屋海賊団の連中だったのではなかろうか……?砲弾を蹴り砕く空母棲姫に、剣術で戦う軽巡棲姫、ウォータージェットで相手を真っ二つにする南方棲戦姫……、こんな深海棲艦を私は今まで見た事も聞いた事もないぞ」

 

「え?翔鶴の報告に出て来た奴らってそんな戦い方してたの?」

 

「はい……、他にも海中から沢山腕が伸びて来て深海棲艦を捕まえて海中に引きずり込んだり、大量にミサイルが飛んできたりしました。恐らくあの深海棲艦の仲間が放ったものだと思われます……」

 

少々自信がなくて小さな声になってしまいましたけど、私は私がこの目で見たものを正直に提督に伝えました

 

「何それ怖い……、珍妙とか言われてたけどそんなレベルじゃないだろこれ……」

 

そう言って提督は頭を抱えてしまいました……、とても信じがたい事ですがこれらは全て私達の目の前で実際に起こった出来事なんです……

 

「……まあ、そうなるな……」

 

その光景を目にした日向さんがそう呟いていました……



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龍と謎の企業

剛さん達の講義が終わったところで、俺達はオーストラリアの西部にあるパースと言う都市に到着した

 

長門屋の面々は上陸するなりすぐに変装し、街を歩き回って宿を確保した後海賊団全員に集合をかける

 

「なんとか今日宿泊する宿を確保出来たわけだし、今から自由時間……と言いたいとこなんだが、その前に俺から皆に提案があるんだわ」

 

全員が集まったのを確認したところで、戦治郎がそう切り出して来た

 

「明日起きたら、俺達はすぐにソロモンに向かうわけなんだが、ちょっちオーストラリア国内の様子を見て回る意味も込めて、ちょっち陸路で移動してそこから海路に切り替えて移動するってのはどうだ?」

 

「具体的にどのあたりまで行くんだぁ?」

 

「北の方にあるポートヘッドランドあたりまでだな、出来れば海岸沿いのルートで行きたいところだな」

 

どのあたりまで陸路で移動するのかを尋ねる悟に、戦治郎はそう返答する。移動距離が中途半端な気はするが、きっと戦治郎なりに考えがあっての提案なのだろう

 

「あら、てっきりマッカイかブリスベンあたりまで行くものだと思ってたわ~」

 

戦治郎の言葉を聞いた剛さんがそう言った、マッカイとブリスベンはオーストラリア東部にある都市で、そのあたりまで行けば確かにソロモン諸島にかなり近づけるのだが、戦治郎はそれを敢えてやらないつもりのようだ。さて、どういった理由でポートヘッドランドまでにしたのか聞かせてもらうとするか

 

「急いでソロモンに行かなきゃいけないのならそっちの方がいいんですけど、けど今回は別に時間制限があるわけでもないし、海路で移動中に敵の拠点見つけて潰して回ったら穏健派の連中もちょっちは助かるんじゃないかな~?って思っただけなんですよ」

 

なるほど、確かにポートヘッドランドから出れば南西諸島に拠点を持つ強硬派の戦力を削りながら移動が出来るかもしれないな

 

「それに、宿探してる時気になる話が聞こえたんだよな~……」

 

「気になる事?」

 

戦治郎の呟きを拾い、その内容について摩耶が尋ねる

 

「いやな、ここ最近オーストラリアで商売始めた水産業の会社があるらしくてな、そこが何かえらい勢いで成長してるとかなんとか……、名前も『ヤマグチ水産』とかモロ日本っぽい名前らしくてどうしても気になってな~……」

 

「戦治郎さんが気にするような事なのか?俺にはただの偶然のような気がするんだが……」

 

戦治郎の話を聞いた木曾が言う、まあ普通に考えれば木曾の言う通りただの偶然なのかもしれん……。偶然なのかもしれんが……

 

「そっかな~……?いやほら、俺の苗字って長門だろ?長門って今の山口県だろ?な~んか関係あるような気がするんだよな~……」

 

そう言いながら頭を掻く戦治郎、戦治郎がこう言う時は大体当たるから恐ろしいのだ……

 

「陸路で行くのはいいんだけどさ、俺のリヴァイアサンやケートスはどうするんだ?」

 

「そうですね、あの水上バイクはきっと今後も私達の力になってくれると思いますから、ここで乗り捨てたりするのもどうかと思うのですが……」

 

ここで光太郎と姉様が戦治郎に質問を投げかける、そう言えばそうだな……、陸路で行くとなると水上バイクを乗り捨てるか、運ぶ為の車両がどうしても必要になるはずだ。戦治郎はそのあたりをどうするつもりなのだろうか……?

 

「それについては問題ねぇ、輝の艤装にまだ空きスペースがあっただろ?」

 

「応、車やら資源やら突っ込んでるがまだまだ全然余裕あるぜ」

 

それを聞いたメンバーの一部の表情が引きつる、取り出す時に嘔吐するような声を出すあの艤装に積み込むのか……、まあ今後何が起こるか分からない都合、懐に余裕を持たせる為にも金の節約をしないといけないだろうから、ここは素直に従っておくか……

 

そういう訳で、水上バイクについては輝の艤装の中に積み込む方向で話が固まった

 

「そういや移動手段はどうすんだ?あれだったら車出しとくぞ?」

 

「いや、あれに全員は乗らないだろ……。移動はバス買ってそれで移動すっか、これなら全員乗れるだろうしな!あっ運転は光太郎に任せるわ」

 

「そうなるだろうとは思ってたよ……、まあ、このメンバーだと俺くらいしか大型の免許持ってる人いないだろうしね……」

 

バスか……、きっと道中は騒がしい事になるだろうな……。恐らく戦治郎がバスガイドの真似をして物を投げつけられ、第2回カラオケ大会が開催される可能性が非常に高いと推測しておく……

 

「そんなわけで適度に休憩入れながら移動して、休憩ポイントに着く度にヤマグチ水産の情報集めだなっ!気になる事はちゃんと調べておかねぇと気持ち悪ぃからな!」

 

「あ、やっぱりその会社について調べるんですね……」

 

「相当気になっているようですね……」

 

戦治郎がそう言うと、阿武隈と神通が苦笑しながらそう呟いていた

 

「ちょっち考えてみてくれ、ヤマグチ水産だぜ?水産っつったらどういう業種か分かるか?」

 

2人の呟きが聞こえたようで、戦治郎が皆に向かってそんな質問をする。水産か……、水産と言えば……

 

「まずは漁業ですね、それから缶詰や練り物などのように、魚介類を加工する水産加工業、養殖業なども水産業に含まれていたはずです」

 

「不知火、あんた詳しいわね……ってそう言えばあんたのお父さんって漁師さんだったんだっけ?」

 

戦治郎の問いに答えたのは不知火、不知火の回答を聞いた陽炎が思わずそう言うと、不知火は少しだけ悲しそうな顔をしながら陽炎の言葉を肯定する、どうやら不知火は父親が生きている時にこのあたりの話を教えてもらったそうだ

 

そんな不知火の頭を彼女の師である剛さんが優しく撫で始めると、先程まであった悲し気な表情は消え去り、代わりに気恥ずかしそうな表情が表に出て来ていた

 

「そう、さっき不知火が言ったように水産業ってのは水産物を取り扱う業種なんだわ、……深海棲艦がうろついてるこの世界で真っ先にダメージ受けたのは水産業だと思うんだが、どう思う?」

 

「せやな……、言われてみたらおかしな話や。普通このご時世で水産業始めるなんて自殺行為もいいとこや、なのに水産業で商売始めた挙句、今急成長しとるんやろ?なんかきな臭い感じがしてきたわ……」

 

龍驤の言葉を聞いた全員がここでハッとする、世界各地で倒産が相次いでいるであろう業種であるにも関わらず、ここ最近になって急成長している。しかもオーストラリアは南方海域に該当するわけだ、南方海域と言えば激戦区も激戦区、穏健派と強硬派と艦娘が入り混じって戦争をしている海域なのだから、とても漁業など出来るとは思えない……。龍驤の言う通り、その会社にはどうも何かがあるようだ……

 

「やっと分かってくれたみたいだな……、って訳で俺達はヤマグチ水産の事を調べながらソロモンに向かう、それでいいよな?」

 

戦治郎の言葉に皆が頷き返す、ヤマグチ水産……か……、その実態、暴かせてもらおうか……

 

「さって、俺が言いたかった事は全部言ったし、ここからは皆自由行動としますかね。そんじゃおめぇら羽目外し過ぎないようにしながら楽しんでこいよ~」

 

こうしてちょっとした会議は戦治郎の宣言により終了し、この海域で俺達がやるべき事が1つ増えるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、俺はこの後部屋に籠り講義中にとったメモを何度も読み返し、メモの内容を頭にしっかりと叩き込み、翔鶴と再び出会った時の為にシミュレーションを幾度となく繰り返してその時に備えるのであった。あの時の翔鶴は一体何処にいるのだろうか……?



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龍と企業の正体

「おめぇら全員いるな~?……よし、いるみたいだから全員バスに乗り込め~」

 

光太郎が運転するバスから降りて来た戦治郎が、海賊団のメンバーが全員揃っている事を確認した後、バスに乗り込むよう促す

 

戦治郎と光太郎は早い時間からバスを購入する為に出掛け、残った俺達は戦治郎達が戻るまでの間ヤマグチ水産についての情報を集める事にしたのだ

 

その結果新たに分かった事がいくつかあった

 

1つ目はヤマグチ水産の本社がここ、パースにある事

 

2つ目はヤマグチ水産はオーストラリア西部で日本食のチェーン店を展開している事

 

3つ目はヤマグチ水産の社員は、社長の顔を知らないという事

 

そして最後のはヤマグチ水産と直接関係あるかどうかは不明だが、オーストラリアの人々の多くが深海棲艦との共存を望んでいる事である

 

「……以上が俺達の方でヤマグチ水産について調べた結果だ」

 

「本社がここにあったのか……、まあ直接出向いて話聞こうとしたら騒ぎにしかなんねぇだろうから、取り敢えず1つ目についてはスルーだな」

 

バスで移動を開始したのに合わせて俺が調査結果を戦治郎に報告したところ、戦治郎は本社については無視する方向で行く事を決めたようだ。確かに、ここで俺達が本社に行って社長に会わせろなどと言うと、警備員が飛んで来る事間違いなしだからな……

 

「2つ目について補足なんですけど、そのチェーン店はオーストラリア東部を避けているのかと思うくらいに、東部に出店していないんだそうです」

 

「東部を避けているね~……、まるでソロモン諸島を避けているって感じだな~……」

 

龍鳳の補足を聞いた戦治郎がそう呟く、もしかしたらそのチェーン店には東部の人間に見られては不味いものがあるのかもしれないな……

 

「3つ目の自分の会社のトップの顔を知らないって、どんな会社だよそれ……。でかい会社ならまだしも、ヤマグチ水産は急成長してるとは言え最近出来た会社なんでしょ?そういうのって起こり得るの?」

 

「漁業とかやってる現場の人間が言ってるんならまだ多少は分かる話だが、聞いてる限りだと本社にいる奴も知らないっぽいなこれ、これは流石におかしいと思うわ……」

 

バスを運転しながら光太郎が戦治郎にそう聞いたところ、戦治郎はそれに対して率直な感想を述べていた。社員にも顔を見せない社長か……、ますますきな臭い感じがしてきたな……

 

「それよりも、オーストラリアの多くの方が深海棲艦との共存を望んでいるのが気になりますね……」

 

「これに関しては何とも言えねぇな~……、俺達の立場からしたら嬉しい限りなんだが、その考えに至った理由について全く分からないのがな~……。東の方で激しくドンパチやってる相手を受け入れるって、簡単な事じゃないだろうに……」

 

「もしかしたら、この件にヤマグチ水産が関わってる可能性があるかもしれないッスね~。洗脳だとかイメージ操作だとかやってる可能性も否定出来ないッス」

 

瑞穂の言葉に戦治郎が答え、それに続くように護が可能性の話をする。イメージ操作は兎も角、洗脳は少し無理があるような気がしないでもない、だがチェーン店の食事に何か薬物を混ぜ込めば或いは……。……もしこれが事実だったら翔が本気で怒りそうだな、食べ物を冒涜するなと言った具合にな……

 

この話し合いの後、何度か休憩しながら情報収集をしたのだが、結果は今出ている事以上の事は何も分からないのだった……

 

それからしばらくすると、戦治郎が最後方の席で横になって眠り始める。戦治郎曰く……

 

「俺、空と同室だったんだけどさ、こいつ寝言で翔鶴の事口説いてたんだぜ?それもしっかりと言葉が聞き取れるくらいの音量で……。それがもううるさくてうるさくて……、だから全然眠れてねぇのよ……」

 

確かに翔鶴と再会する夢を見て、シミュレーションした事を夢の中で実行していたが……、まさか寝言として口から出ていたとは……、不覚……

 

その後戦治郎を起こさないように静かにしていると……

 

「皆!あれ!あれ見て!」

 

そう言って天津風が窓の外を指差しながら大声を上げる、何事かと思い外を見てみると……

 

「あれは……、割烹アンダーゲート……っ!」

 

天津風が指差した先にあったのは、先程話に出ていたヤマグチ水産が展開しているチェーン店である『割烹アンダーゲート』の看板だった

 

割烹アンダーゲートは、ヤマグチ水産が提供する新鮮な魚介類を使って作った日本食を楽しめる飲食店で、深海棲艦が原因で漁獲量が激減し高級食材となっていた魚介類を気軽に食べられる事で有名になったらしく、次々と店舗とファンを増やしているのだとか……

 

「例のチェーン店か……、……時間も丁度いいしあそこで話聞くついでに飯でも食うか」

 

先程の天津風の声で目を覚ましたと思われる戦治郎がそんな事を提案する

 

「バスで乗り込んで大丈夫なんですかねぇ?駐車場なかったらどうするんです?」

 

「あ~……、電話で確認取ってみっか……、ついでに席の予約もしとこっと……って事で光太郎、電話あるとこに行ってくれ!」

 

戦治郎の提案を聞いた司が懸念している事を戦治郎に尋ねると、戦治郎はそう言って件のチェーン店に確認と予約の電話を入れる為に光太郎に指示を飛ばす

 

「そう言うと思ってそれっぽいところ見つけておいたよ」

 

どうやら光太郎はそれを見越して運転していたようで、電話がありそうな場所はすぐに見つかり、そこにバスを停めると戦治郎にアンダーゲートの電話番号が記載されたメモを渡して戦治郎をバスから降ろすのだった

 

 

 

「予約、とったどおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

戻って来た戦治郎がそう叫び、それを聞いた光太郎はすぐにバスをアンダーゲートへ向けて発進させる。どうやらその店には宴会用の席があるらしく、大型の車両も駐車出来る駐車場も完備しているとの事だった

 

「ところで、何でアンダーゲートって名前なんだろうな?」

 

道中で摩耶がそんな事を言う、これはまだまだ英語教室をやる必要がありそうだな……

 

「摩耶ちゃ~ん、アンダーって日本語だとなんて言うか分かるぅ?」

 

「アンダーは下だろ?それくらいはあたしでも分かるぜ!」

 

「じゃあゲートは?」

 

「門だろ?」

 

「確かにゲートは門って意味もあるけど、それ以外にも関って意味もあるのよ~?」

 

「関……、下の関ねぇ……。……ん?下の関……?下の関……下関……って!?」

 

「そういう事よ、山口水産の割烹下関。ここの社長ってどれだけ山口県が好きなのかしらねぇ?因みに~、下関市の隣には長門市があるわよ~♪」

 

摩耶と剛さんがこんなやり取りをしていた、その光景を見ていた者は笑いを堪えていたり苦笑を浮かべていたりと様々な反応をしていたのだった。尚長門市のくだりの時、剛さんは戦治郎の方へ視線を向けていた

 

 

 

俺達のバスがアンダーゲートの駐車場に入ると、店内から店員が出て来てこちらへ向かって来た

 

「おっ店員さんがお出迎え……ってはぁっ!?」

 

その様子を見ていたシゲが急に声を上げて驚き、皆がシゲの視線の先を目で追うと愕然とし固まってしまう。当然の事ながら、俺も驚愕し動けなくなってしまった者の内の1人である

 

「いらっしゃいませ!ようこそおいでくださいました!」

 

こちらへお辞儀しながら対応する店員、それは店員としては問題ないのだ……。問題なのは店員の姿である……

 

「今からお席の方へご案内させて頂きますね、どうぞ付いて来て下さい!」

 

「いやごめん、ちょっち待って?これはどういう事?説明プリーズ」

 

俺達を案内する為に踵を返した店員に向かって戦治郎がそう言った

 

「どうかなさいましたか?」

 

戦治郎に対して、店員が不思議そうな顔をして尋ねる

 

「いやね?おっちゃんすっごく気になる事があってね?……何で君ここで飲食店の店員やってるの?君深海棲艦だよね?」

 

戦治郎が店員にそう尋ねる、そう、この店員は何処からどう見ても割烹着に身を包んだ深海棲艦の戦艦ル級だったのだ……

 

「厳密には転生個体なんですけどね」

 

店員ル級の言葉を聞いた俺達の周りに張り詰めた空気が……

 

「っと、それはそうと!さっき予約の電話をもらった時から皆それはもう張り切ってるんですよね~、ワンコさんが言ってた人が来るー!とか噂の『大和魂』が来るー!って!……まあ私もその中の1人なんですけどね……。実は今すっごく緊張してたりします……」

 

流れる事はなかった、目の前のル級の言葉を聞いて皆の気が抜けて呆気に取られてしまったのである

 

「ちょっち待って、今皆って言った?それにワンコさんの名前出した?ちょっちその辺詳しく教えてもらってもいい?」

 

すぐに我に返った戦治郎が店員ル級に尋ねる、流石戦治郎だな……、俺が気になっているところを聞いてくれている

 

「あれ?もしかしてここの事全然聞いてないんですか?」

 

店員ル級の言葉を肯定するように何度も首を縦に振る戦治郎、俺達はそのやり取りを静かに見守っていると……

 

「じゃあ簡単に説明しますね!ここ割烹アンダーゲートとヤマグチ水産は穏健派深海棲艦がオーストラリアの人達と友好関係を築く事と軍資金を稼ぐ事を目的として経営しているんです!特にアンダーゲートは世にも珍しい、スタッフ全員深海棲艦と言うとてもユニークな仕様になっています!」

 

店員ル級がとんでもない事を言った……、スタッフが全員深海棲艦だと……?そんな飲食店は世界中探してもここしかないと思うのは気のせいか……?

 

「っと、立ち話もなんですからお席の方へいきましょう。そのあたりの詳しい話は向こうでエリアマネージャーがやってくれると思いますので!」

 

そう言って店員ル級は再び踵を返し店の方へと歩き出し、俺達は困惑したままその背中を追うのだった……



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龍と企業の詳細 その1

店員ル級の案内で、俺達は割烹アンダーゲートの宴会席へと通されるのだった。まあ長門屋13人+艦娘11人、合計24人全員を座らせようと思ったら宴会席になってしまうのは当然と言えば当然か……

 

「ではエリアマネージャーを呼んできますので、皆さんはここでしばらくお待ち下さい!」

 

そう言って店員ル級は宴会席を出て、何処かへ行ってしまうのだった

 

「……あれ?」

 

そのすぐ後、不意に誰かが声を上げたのでそちらを見てみると、翔が何かを探しているのかキョロキョロしていた

 

「どしたよ翔、何か探し物か?」

 

「いえ、ここはどんな料理を提供しているのか気になったのでメニューを見てみようと思ったんですけど……、テーブルの上にメニューが無いみたいなんですよね……。誰か心当たりありません?」

 

翔の様子を見た戦治郎がそう尋ねてみると、相変わらず辺りを見回しながら翔が答えた。よっぽどここの料理が気になるのだな……、などと暢気な事を言っている場合ではなさそうだな……

 

「飲食店なのにメニューが無いって、一体どういう事よ?」

 

「戦治郎さんが電話で予約していましたから、不知火達がここに来ると言うのはここの店員達皆が知っていたはず……。なのにメニューが無いとなると……」

 

不思議がる陽炎の言葉を聞いた不知火が、そう言った後に何かを考え始め

 

「まさか罠……、何て事は流石に無いわよね~……」

 

剛さんが真剣な表情でそう呟いたその時

 

「すみません、遅くなりました~」

 

遅れて来た事を謝罪しながら、この宴会席にスーツを身に纏った深海棲艦が1人入ってきたのだ。服装からはどの深海棲艦なのか一切分からないが……、この顔立ちと髪型は……

 

「いや~、別の店舗の様子を見に行ってる最中に連絡を受けましてね~、大急ぎで戻って来たところなんですよ~。っと申し遅れました、私はこの近辺のエリアマネージャーをやっている一湊 夏姫(いっそう なつき)と言う者です、どうぞよろしくお願いします~」

 

そう言ってエリアマネージャーを名乗る深海棲艦、港湾夏姫の夏姫は深々と頭を下げるのであった

 

「これはこれはご丁寧に……、俺はなg「ああ、皆さんの事は既に存じ上げておりますよ~」ああ、そう……」

 

挨拶しようとしたところ、先手を打たれて少しばかり肩を落とす戦治郎。俺達の事は既に知っている、か……、そう言えばさっきのル級も俺達の事を知っているようだったな……

 

「フェロー諸島の戦いにワンコさんを助けたりと、皆さんかなり活躍してらっしゃいますからね~。皆さんは穏健派の中では凄い有名人なんですよ?艦娘の皆さんも含めて、ですね」

 

そう言う事か、噂が広まるのは早いと聞くがこうも早く情報が拡散されているとは……、流石に予想外もいいところだな……

 

「それはそうと、戦治郎さん宛てに伝言を預かっていますよ~」

 

「う?俺にか?」

 

俺がそんな事を考えていると夏姫が不意にそんな事を言い、それに対して戦治郎が頭に疑問符を浮かべながら夏姫にそう尋ねる

 

「はい~、ウチの社長からですね~」

 

夏姫のその言葉を聞いて、皆に少しだけ緊張が走る。ここの社長とやらは戦治郎に何の用があるんだ……?

 

「では読み上げます~、『大方ヤマグチ水産の事が気になって調べているのかもしれんが、そんな事をしている暇があったらとっととガダルカナルに来んかい!こちらの要人待たせている自覚があるのかお前はっ!!?』だそうです」

 

「お、おう……」

 

先程までの態度とは打って変わって、ソウルフルに伝言を読み上げる夏姫に気圧されて、つい引き気味に返事をする戦治郎。この伝言の内容からすると、ここの社長とやらは戦治郎と面識があるだけでなく、戦治郎の事をよく知っており、時として戦治郎に説教をする人間のようだな……。そんな立場の人間が転生個体になってこの世界にいるのか……?……ああ、そう言えばいたな……、ここに来れそうな人物が1人……

 

「社長はこう言ってますけど、あまり気にしない方がいいんじゃないですかね?戦治郎さんには戦治郎さんの都合があると思いますしね~」

 

「サンキューナッツ、ガダルカナルの方は俺らのペースで行く事にするわ、まあそれはそうと……」

 

夏姫にお礼を言ったところで話を切り替える戦治郎、ここで聞く事と言えばやはり……

 

「何d「あの、この部屋にメニューが無いみたいなんですけど、メニューは何処にあるんですか?」oh……翔ェ……」

 

戦治郎が本題に入ろうとした矢先、翔が戦治郎の発言に割り込んでメニューの事について夏姫に尋ねるのだった。お前はどれだけ料理の事が気になるんだ……

 

「あ~、それなんですけど~、ここの皆が戦治郎さん達が来るって聞いて張り切っちゃってですね~、通常メニューに無い特別メニューを提供したいって事でメニューを準備していないんですよ~」

 

「そうだったんですか……、分かりました、ありがとうございます……」

 

夏姫の回答を聞いた翔がちょっとだけ落ち込む、翔としては通常メニューの内容でこの店舗の実力を測ろうとしたのだろう。残念だったな、翔……

 

「気を取り直して……、何d「ハイハイハ~イ!ここの従業員って皆女の子だったりしちゃったりするんですか~!?」司!お前ちょっち黙ってろっ!そこ全然重要じゃねぇだろうがよぉっ!!!」

 

今度は司が話に割り込む、俺達にとっては全くと言っていいくらいどうでもいい事なのだが、司にとっては最重要事項なのかもしれんな、あいつの中だけだろうが……

 

「いいえ~、元男性の方もいらっしゃいますよ~。他の店舗には生前は女装趣味があった方がいらっしゃいます~」

 

「あ、そうですか……、お返事ありっした~……」

 

司が完全に意気消沈して黙り込んでしまう、よかったな司、もしこの情報がなかったら場合によってはお前は野郎を口説く事になっていたな。その光景を見れないのは少々残念ではあるが……

 

「今度k「お待たせしました~!お料理お持ちしましたよ~!」……空~、俺泣いてもいいよな……?」

 

今度こそ本題に入ろうとしたところで、料理が届いてしまった為また本題に移れなかった戦治郎が泣き言を言い始める。頑張れ戦治郎、少なくとも俺はお前の味方だ……

 

先程駐車場で知り合った店員ル級を筆頭に次々と料理が届けられ、届けられた料理達は店員ル級達の手で俺達の前に綺麗に配膳されていくのだった

 

 

 

「それではごゆっくりお寛ぎ下さい!」

 

そう言って店員ル級達は持ち場へと戻っていき、俺達の目の前にはここの従業員達の心遣いで準備された……

 

「これは……、ふぐ刺しですね……。そっちはふぐ鍋に……、ふぐの唐揚げ……。ふぐ尽くしじゃないですか!」

 

「シドニーの方で獲れたトラフグを使っているそうですよ~、皆さんからの電話を貰ってからすぐに取り寄せたそうです。あ、調理資格を持ってる方が調理しているので安心して食べてくださいね~」

 

配膳された料理を見て驚く翔に対して、夏姫がそう返していた

 

「ああ、下関だからふぐなのな……」

 

「そういう事です~、ささ、皆さんお腹も空いてる事でしょうから早く召し上がっちゃって下さいな~」

 

戦治郎の呟きに返答した後、早く料理を楽しんで欲しいと促す夏姫

 

「まあ、本題は飯の後でいいか。って事で!」

 

戦治郎はそう言ってパンッ!と音をたてて両掌を合わせ……

 

「頂きます!」

 

\頂きます!/

 

頂きますを皆で唱和して、目の前に並んだふぐ料理を食べ始めるのだった

 

 

 

 

 

「ふぅ、美味しかった……、ここの調理担当の皆さんは素晴らしい腕前をお持ちのようですね」

 

「ありがとうございます~、それを聞いたらきっと皆喜んでくれると思います~」

 

鍋の残りで作った雑炊まで平らげた後、翔がここの料理人達の事を素直に称賛し、夏姫も翔の言葉が嬉しかったのか少々照れながらそう返していた

 

「さて、飯も食った事だしそろそろ本題に入るぞ」

 

「はいはい~、私がお答え出来る事なら何でもどうぞ~。っとそうそう、社長が何者なのかについては社長から秘密にするよう厳命されていますので悪しからずですよ~。知りたかったら総本山にカモンだそうで」

 

「どんだけ秘密にしたいんだよ……、社員も顔を知らない社長とか普通有り得ねぇだろうが……」

 

夏姫の言葉を聞いたシゲが思わず悪態をつく、が、それが夏姫に聞こえていたようで……

 

「ああ、社長の顔を知らないのは本社に勤務している人間の社員さんですね~、深海棲艦の社員さんは皆社長の顔を知ってますよ~。人間の社員さんに社長の事を教えていないのは、社長も転生個体だからですね~。その事がバレたらきっと社内が大騒ぎになると思いますから~」

 

思ってもみなかった返事が返って来た、成程……、素性を隠していたのは下手に人間の社員を刺激しないようにする為の配慮だったわけか……

 

「市場に獲って来た魚介類を卸す方々は、社長の事を知ってますね~、って言うか社長が直々にお話しに行ったから当然の事なんですけどね~」

 

確かに、深海棲艦が魚介類を大量に持って市場に姿を現せば大事になるからな……、その為の業者にはちゃんと手を回していると……

 

「そう言えばアンダーゲートは西部にのみ展開されてるみたいッスけど、それは東部の戦争に巻き込まれないようにする為の配慮だったりするんッスか?」

 

「それもありますけど~、一番は日本海軍の艦娘さん達に私達の事がバレないようにする為ですね~。東部にはラバウル、ブイン、ショートランド、トラックと言った具合に日本海軍の基地や泊地が多くありますからね~、たまの休日にオーストラリア東部の都市に遊びに行って、食事の為にアンダーゲートに入って私達とこんにちは~したら明日は市街戦間違いなしですからね~」

 

護の質問の答えを聞いたわけなのだが……、いやまあ確かに夏姫が言った通りになるのだろうが……

 

「深海棲艦を店員にするのを止めればいいのではないか?」

 

つい思った事を口にしてしまう

 

「いや~、社長がこの路線で行くって聞かなくてですね~……。私達も止めようとしたんですよ?でも社長が綺麗どころがこんなにいるのに使わないなんて勿体ない~って言ってですね~……」

 

ああ、集客か……。深海棲艦は確かに美しい姿のものが多いからな、それにホイホイされる奴も大勢いるだろう。商売をする以上客を集めない事には話にならないと考えると、これも戦略としてはアリなのかもしれない……

 

「っとまあ、西部に展開してるのはこんなところですね~。西部の戦況は比較的穏やかな感じですから艦娘さんが来る事は滅多にないんですよ~」

 

「そういう事だったんッスね、納得したッス」

 

「ん~……」

 

護が夏姫の言葉に納得したところで、今度は光太郎が唸り始める

 

「どうしました~?」

 

「いや、店員のル級さんからはオーストラリアの人と友好関係を築く事もこの会社の理念だと聞いてたんだけど、卸業者とお客さんには深海棲艦である事を教えておいて、本社の社員さんと艦娘には秘密って言うのが何かおかしいんじゃないかな~?って」

 

「本社の社員さんについては、もうちょっと時期を見てから明かす方向みたいですよ~。薄々気が付いてる方もいらっしゃるみたいなので、その人数が今よりもっと増えたらって感じです~。艦娘さんについては~……、皆さんの今後の頑張り次第?」

 

夏姫の最後の言葉を聞いて軽くズッコケる俺達、そこは俺達頼みなのか……

 

「そうそう、そう言えばそのオーストラリアの人達と~の奴ですけど~、それ考えたのは社長じゃなくて穏健派のリーダーさんですよ~」

 

穏健派のリーダーか……、確か中枢棲姫のスウとやら以外にも1人いると聞いているが……。俺がその事について考え始めたところで……

 

「皆さ~ん!食後のデザートをお持ちしました~!」

 

店員ル級のこの言葉を聞いた瞬間、俺の脳はデザートの事で埋め尽くされてしまうのだった。デザートとは気が利くではないか……、翔が称賛するほどの腕前を持った料理人が作ったデザート……、これは流石に気分が高揚するな……っ!



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龍と企業の詳細 その2

俺達は店員ル級達によって部屋に運び込まれた本日のデザート、小豆餡がかけられたアイスクリームを楽しみながら話を続ける

 

「さて話の続きだけどよ、何で水産業の会社にしたんだ?怪しまれないようにしたかったら他の業種の方が良かったんじゃねぇか?」

 

「そこなんですけど~、これはリーダーさんの方針が関わってるんですよ~」

 

戦治郎の質問に対して夏姫がそう答える、確かオーストラリアの人々と友好関係を築きたいと言っていたのもリーダーだと言っていたな……。それとこれが一体どういう関係にあるのか是非聞かせてもらわないとだな……

 

「リーダーさん、世界中の皆さんが気軽に魚介類を食べられなくなっている現状をすっごく不憫に思ってたらしくてですね~、最初は世界中の人々に私達が獲って来た魚介類を無償で提供しようとしてたんですよ~。それを通じて穏健派深海棲艦の存在を世界中に知らせて、無益な戦いを減らそうとしてたそうなのですよ~」

 

「無償って……、そりゃ貰う側は嬉しいだろうがおめぇらの負担がでかくねぇか?」

 

戦治郎の言う通り、それでは穏健派側の旨味が薄過ぎる気がする……。確かに友好関係は築けるかもしれんが、穏健派の維持費に漁をする者に対しての褒賞としての手当等の出費に対して収入が0、どう足掻いても収支が真っ赤に染まってしまうのである

 

「ですね~、ですのでスウ様が止めに入ったんですよ~、穏健派の仲間達の方にも目を向けてあげてくれって感じで。実際その当時は穏健派には収入が無く、スウ様が貯蓄していた資金を切り崩して穏健派を維持していましたからね~」

 

よくやったスウとやら、穏健派の破滅はお前のおかげで回避されたのだ、この件については誇りに思い大いに胸を張って頂きたい

 

「それでどうしたものかと考えてる時に、哨戒に出てた娘達が孤島で瞑想していた社長を見つけて連れて来たんですよ~。そこからは本当に凄かったですね~、話を聞いた社長がネット環境と一つまみ程度の資金、それに人材をちょっとだけ貸してくれって言うものですから、スウ様が許可を出したところネットを使って株やFXを始めて最初に借りた資金を100倍?ん~……もっと多いですね、1000倍くらいですかね~?まあそのくらいすぐに稼いじゃったんですよね~」

 

戦治郎以外の全員が唖然とするしかなかった……、何と言う豪運の持ち主……、いや、もしかしたら市場の全てを把握していたのかもしれん……。そんな芸当が出来る人物、俺は1人しか知らんぞ……、伝言を聞いた時に立てた予想がこの話を聞いた瞬間確信に変わりつつあった……。戦治郎の方も社長の正体に気付いたようで頭を抱えていた……

 

「それで社長は借りたお金をスウ様に返してからヤマグチ水産を経営し始めたんですよ~、水産業にしたのはリーダーさんの世界中の人々に魚介類を提供してあげたいって思いを汲んだ形になるんじゃないですかね~?まあこれによって減る一方だった穏健派の収支は黒字になって、現在はオーストラリアだけですが皆さんに高級食材となってしまっていた魚介類を気軽に楽しめるようにしちゃったんですよ~」

 

水産業を選択した理由はそういう事だったか……、あの人の剛腕が一切衰えていなかった事と、あの人の心を動かしその思いを経営理念にまでさせてリーダーとやらの人柄に対して薄ら寒いものを感じた……。穏健派を敵に回さずに済んだのは本当に幸運だったのかもしれんな……

 

「それからアンダーゲートを使ってより魚介類を楽しめるようにすると同時に、軍資金稼ぎをスムーズにしたり、深海棲艦の印象操作したりしています~。そうでもしないと穏健派の存在を認知してもらった上で受け入れてもらうなんて難易度が高過ぎますからね~」

 

人類の敵がいきなり仲良くしましょうなどと言っても、そうすぐには信じてもらえないだろうし、そもそも深海棲艦に穏健派がいる事を知っている人間は一体どのくらい存在しているのだろうか……?そう考えると穏健派にとって、ヤマグチ水産とアンダーゲートは重要な施設になるのだろうな

 

「アンダーゲートを展開してからは、売上が凄い事になっているんですよね~。おかげで遠征の名目で漁をやっている人達や店員をやってる人達だけでなく、穏健派に所属してる人達全員にお給料を払っても余裕があるくらいになってるんですよ~」

 

それはまた凄い事になっているな……、確か穏健派は現存する勢力の中でもトップクラスの規模を誇る組織ではなかったか?そのメンバー全員に給料を払っても尚余裕があるとなると相当な額を稼いでいる事になるが……。……ダメだ、売上は気になるが聞くのが恐ろしい……

 

「お給料って……、貰ったところで何に使うんだ?つか使える場所があんのか?」

 

摩耶が夏姫にそう尋ねる、それについては少し予想が出来た……

 

「純正の深海棲艦の人達はあまりお金を使う事はないんですけど~、転生個体の人達は元が人間ですからね~、美味しいものが食べたいとかオシャレしたいとかでお金使いますからね~。使う場所についてですが~、大体休日に転生個体の人達が西部の都市に出かけたりしますよ~、アンダーゲートがある地域は私達が普通に出歩いても大丈夫な地域の目印って感じになってます~」

 

「このチェーン店、そんな意味もあったんですね……」

 

夏姫の言葉を聞いた阿武隈がそう呟く、やはりアンダーゲートがある地域=穏健派を認知してくれた地域となっていたか……

 

「あっ!」

 

皆が愕然とする中戦治郎が急に声を上げた、その様子を見ていると何だか慌てているようだが……、一体どうしたと言うのだ……?

 

「夏姫さんや、今回の食事代についてなんですけど……」

 

ああ……、そこか……。確かに宴会席でこれだけふぐを堪能した上にデザートまで出されたからな……、支払いをする戦治郎にとっては気になるところだろうな……

 

「それでしたら、店長さんから皆さんの来店記念と言う事で無料でいいと言われてますよ~」

 

いや、それは飲食店としてどうかと思うぞ……?俺がそう考えていると戦治郎も俺と同意見だったのか断固として支払いをする姿勢を示した為、夏姫が店長を呼び出して価格交渉を行った結果、店長が想定する今回のふぐ料理コースの価格の半額を支払う方向で話が付いたようだ。因みにこの交渉中に判明した事だが、ふぐを捌いたのはこの店長なのだそうだ

 

 

 

「夏姫さん、店長さん、今日は本当にありがとうございました!ふぐ料理、本当に美味しかったですよ」

 

「こちらこそ、今日はアンダーゲートにお越しいただき誠にありがとうございました~。皆さんがよければまた食べに来て下さいね~」

 

支払いを終え、店長に頼まれて色紙に寄せ書き型式で海賊団全員のサインを書いた後、俺達はわざわざ送迎の為に駐車場まで来てくれた夏姫と店長であるニ級後期型eliteに一言礼を言ってから次々とバスに乗り込んでいく。今挨拶をしている戦治郎が、最後に2人に向かって最敬礼である角度45度のお辞儀をしながら礼を述べ、それに対して夏姫が返礼していた

 

戦治郎がバスに乗り込んだところで光太郎がバスを発進させる、名残惜しさから後ろを見てみると2人は俺達に向けて手を振ってくれていた

 

「いや~、まさかオーストラリアでふぐが食えるとはな~!」

 

「またオーストラリアを訪れる事があったら、是非またここで食事を取りたいところですね」

 

ポートヘッドランドへ向かうバスの中ではアンダーゲートでの食事の感想で大いに盛り上がり、そのままの勢いで案の定第2回カラオケ大会が開かれ、英語教室での成果を試すかのように通と護が洋楽のロックバンドの楽曲を歌ったり、シゲとまさかの弥七が強き心と強き願いが重なる時無敵になると歌ったり、翔が尖ったナイフを突きつけられると歌っていた

 

個人的にはシゲと弥七の曲が心にクるものがあったな、こいつらが今まで歩んで来た道と曲の歌詞が重なる部分があるからな……

 

それからしばらくすると、どうやら目的地に着いたのかバスが停車する。ここからソロモンへ向かうのか……、道中で翔鶴と会う事が出来ればいいのだが……

 

俺はそんな事を考えながら艤装を展開し、海上へと降り立ち……

 

「おっし皆準備はいいな?んじゃあ長門屋海賊団、ソロモン諸島へ向けて抜錨だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎の号令に合わせて、俺達は一斉にソロモンへ向けて移動を開始するのであった



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鶴の困惑

先日、噂の真偽についての報告と大本営主力艦隊が提出したと言う報告書の写しの内容についての会議が開かれたのですが、そこでトラック泊地の提督から新たな問題が発生したと言う報告を受けたそうです

 

その内容はと言うと、遠征の為に出撃した6人の駆逐艦が何時まで経っても帰って来ないと言うものだったそうです

 

心配して通信を入れてみても反応が無かった為、深海棲艦の襲撃を受けて通信機が破損し、何処かに退避して救援を待っているのではないかと思い救援部隊を編成して周辺を捜索しても、その遠征部隊は一向に見つからなかったそうです

 

遠征中に深海棲艦に襲撃される事はこれまで幾度となくあったそうなのですが、今回のように捜索隊を出してもその姿を確認出来なかったのは初めてだとトラックの提督は言ったそうです

 

その報告を受けた強硬派に所属するラバウル基地の提督は、深海棲艦の襲撃を受けて6人全員が轟沈したのだろうと推測し、捜索を打ち切ってすぐにでも深海棲艦を殲滅するべきだと主張していたそうです

 

このラバウルの提督は、大本営主力艦隊の報告書を読もうが私達の報告を聞こうが穏健派だろうと強硬派だろうと関係なく、深海棲艦は全て滅ぼすべきだと主張するような武闘派な提督であると日向さんから聞きました

 

噂の真偽の調査に協力したのは、噂をそのままにしておくと基地の艦娘達の士気に関わると言う判断から、渋々ながら協力したんだそうです

 

そんなラバウルの提督を私達が所属するショートランド泊地のすぐ近くにあるブイン基地の提督が宥めながら、トラックの提督に捜索に協力する事を約束していたそうです。流石にラバウルの提督はこれ以上付き合っていられないと言って断ったそうですが……

 

そして私達の提督と言えば……

 

「まあ、こうなるな」

 

私の後ろを航行する日向さんがそう呟きます、今現在私達は行方不明となった艦娘達の捜索の為に泊地から出撃、コロンバンガラ島近辺を捜索する為にソロモン海を南下しているところでした

 

私達の提督もトラックの提督に協力する事にしたそうです、捜索に協力する主な理由については……

 

「捜索している途中で長門屋海賊団とやらに遭遇した場合、私達を助けてくれた礼がしたいからここに連れて来てくれ、か……。全く難しい事を言う提督だな……、そもそもトラックの艦娘の方がついでであって、提督の本命は海賊団の方だろうな……」

 

日向さんが私達が出撃する前に提督が言っていた事を口にします、そう、提督はトラックの件がなかったとしても長門屋海賊団を探す為に私達を出撃させるつもりだったんだそうです

 

流石に謎の深海棲艦を探すなどというのを大っぴらには出来ませんので、何かいい口実は無いかと考えているところに今回の艦娘行方不明事件が発生したので、これはいい隠れ蓑になると言う事で艦娘達の捜索に協力する事にしたそうです

 

「長門屋海賊団か~……、その中に夜戦が得意な人はいるかな~?もしいたら是非私と夜戦して欲しいな~!」

 

日向さんの言葉を聞いた随伴艦の川内さんがそう言います、川内さんの夜戦好きはよく知っていますが、流石にあの艦隊に夜戦を挑むのは少々無謀な気がします……

 

「川内さん!その時は江風もお供しますぜっ!」

 

「江風だけズルいっぽい!夕立もご一緒したいっぽいっ!」

 

川内さんの話を聞いた駆逐艦の江風さんと夕立さんが参加表明しますが、それでも焼け石に水な気が……

 

「翔鶴、難しい顔をしてるけど……、考え事?」

 

「雲龍さん……、いえ、大した事ではありませんので……」

 

不意に雲龍さんに声をかけられました、どうやら考え事をしているのが表情に出ていたようです……、取り敢えず雲龍さんには心配ないと伝えると、雲龍さんはそう……、と短く返してそれ以上私の考え事について尋ねて来る事はありませんでした

 

私が今考えている事、それはあの時私を助けてくれた空母棲姫の事でした

 

何故あの空母棲姫は私の顔を見てあんなにも驚いていたのでしょうか……?

 

報告書の写しの内容から、長門屋海賊団は人類に友好的な深海棲艦だと言うのが分かりました、しかしいくら友好的だとしても所詮は深海棲艦なので艦娘に対して特別な思い入れなどがあるとは到底考えにくい……。なのに長門屋海賊団のメンバーと思われるあの空母棲姫は私の顔を見て凄く驚いていた……、これは一体どういう事なのでしょうか……?

 

私がそんな事を考えていると、川内さん、夕立さん、江風さんの目つきが急に険しくなり、装備しているソナーに手を当て注意深く辺りを警戒し始めました

 

「ソナーに感あり!近くに何かが潜んでるみたい!」

 

川内さんが叫ぶようにして私達に警戒するようにと促し、それを聞いた日向さんも急いで水上機を発艦させて周囲を警戒します

 

「ン?……っ!?海中から何かが急浮上してくるぜ!」

 

江風さんの言葉を聞いた私達はより警戒を強め、私と雲龍さんはすぐに艦載機を飛ばせるように準備します

 

「来るっぽいっ!!!」

 

夕立さんがそう叫ぶと同時に、その何かが海中から飛び出し姿を現しました。それを見た私達はしばらくの間愕然としたまま固まってしまいました……。海中から飛び出して来たもの……、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左右の手それぞれにメバチマグロを持った空母棲姫でした……

 

「ふっ!」

 

まるでイルカのジャンプのような美しいフォームで海上に飛び出した空母棲姫は、短い気合の声と共に海面に着地、その手に握ったマグロを見て1度だけ小さく頷き……

 

「あ……」

 

私達の存在に気付いたのかこちらへ視線向けて来た空母棲姫と目が合ってしまいました……、すると空母棲姫は一瞬目を見開いた後、何処からか取り出したロープを使ってイソイソと自分の腰にマグロの尾を括り始めました。この空母棲姫は何をしているのでしょうか……?

 

ビチビチと元気よく暴れ回るマグロに苦戦しながらも、何とか2匹共腰に括り終えた空母棲姫はまたも小さく頷いて……

 

「……夕立の姉貴、あいつ一体何やってンだ?」

 

「夕立にも分からないっぽい……」

 

陸上の短距離走者のようにクラウチングスタートの姿勢に入った空母棲姫を眺めながら、江風さんと夕立さんがそんなやり取りをしていました。恐らくここにいる全員があの空母棲姫の行動を理解出来ていないと思います……。そして……

 

「うわっ!こっち来た!マグロをビッタンビッタンさせながらこっち来た!」

 

川内さんが言うように、空母棲姫は腰にマグロを括りつけたままこちらへ向かって物凄い速度で突っ込んで来たのです。腰のマグロが何とかロープから逃れようともがくせいでマグロが海面に何度も頭を叩きつけられているように見えるので、川内さんはこう言ったみたいですね……

 

「ちょっ!?こっちくンなぁぁぁーーーっ!!!」

 

「ぽぃいいいぃぃぃっ!!!」

 

その様子を見ていた駆逐艦の2人が、理解し難いものへの恐怖のせいで混乱して空母棲姫へ砲撃、更に魚雷まで発射し始め……

 

「稼働全機、発艦始め!」

 

同じく得体の知れない存在を排除しようと、雲龍さんが艦載機を発艦させてしまいました

 

「日向さん!あれ何?!何でマグロを腰に括り付けてこっちに向かってくるのっ!?」

 

「マグロは分からん!だが、あの装備を見る限りあの空母棲姫は翔鶴を助けた空母棲姫と同一の存在のはずだ……」

 

「皆さん!攻撃を中止して下さい!!お願いですから攻撃を中止して下さい!!!」

 

混乱した川内さんが日向さんにあの空母棲姫の事を尋ね、日向さんがあの空母棲姫が私を助けてくれた空母棲姫だと言い、私は慌てて皆さんを止めに入るのでした

 

肝心の空母棲姫はと言うと、放たれた砲弾と魚雷、そして艦載機からの爆撃を全て最小限の動きで躱しながら速度を落とす事無くこちらへ向かって来ています。そして……

 

「って!翔鶴さん危ないっ!!!」

 

空母棲姫の狙いが私であると気付いた川内さんが叫びますが、既に空母棲姫は私のすぐ傍まで迫って来ていたのでここから回避するのは不可能と判断し、私は空母棲姫との衝突を覚悟して衝撃に備えるのでした……

 

確かこの空母棲姫は体術を得意としていたはず……、ならば激突した時の衝撃も凄まじいものになるのでは……?そう考えると覚悟を決めたとは言え恐ろしくなってきて、思わず目を強く閉じてしまいます

 

しかし、いくら待っても衝撃が来る事は無く、どうしたのかと思い目を恐る恐る開いてみると、空母棲姫は私の目の前で片膝を突いた姿勢で停止して……

 

「貴女を一目見た瞬間、俺の全てが貴女に奪われてしまいました。どうか結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?」

 

空母棲姫はそう言って、まるで繊細なガラス細工にでも触るかのように優しく丁寧に私の左手を取り、その手の甲へキスをするのでした……

 

ちょっと待って!?結婚?!私と!!?本当にちょっと待って下さい!?!私達は女性同士ですよ?!!いえ、その前に私は人間で貴女は深海棲艦じゃないですかっ??!本当にこの空母棲姫は何を言い出すんですかっ?!?

 

余りの出来事に混乱する私、そして私の返事を待っているのか私の手を取ったままの姿勢でキラキラと輝く瞳を私へと向けて来る空母棲姫……

 

川内さん、夕立さん、江風さんが呆然とその様子を眺めている中、雲龍さんは手に持った錫杖で、日向さんは拳骨でこの空母棲姫の頭を思いっきり叩いていました……

 

「……解せぬ」

 

2人に頭を叩かれた空母棲姫がそんな事を言っていましたが、私達の方こそ貴女の行動の意図が全く理解出来ないのですが……



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鶴と龍の一時的合流

「ふんっ!」

 

気合いの掛け声と共に撃ち出された正拳は、空さんの眼前に立ち塞がる戦艦ル級eliteの装甲を易々と貫き、それの直撃を受けた戦艦ル級eliteはその場で倒れ込み静かに海の中へと姿を消してしまいました

 

空さんの攻撃はそれだけでは終わらず、そのすぐ傍にいた駆逐艦に回し蹴りを放って蹴り飛ばし、空母ヲ級eliteの飛行甲板になっている帽子の中に駆逐艦を叩き込んだのでした

 

無理矢理駆逐艦を口の中に叩き込まれた為、オエオエとえずく帽子と叩き込まれた駆逐艦を何とかして取り除こうと奮闘するヲ級elite、しかしその隙を空さんが見逃すわけもなく、空さんは艤装を遠隔操作してヲ級eliteに突撃させて、ヲ級eliteの腰の骨を完全に破壊してしまうのでした

 

「強ぇ……、あれが長門屋海賊団のサブリーダーの実力って奴かよ……」

 

「空さんすっごくカッコイイっぽい!夕立もあんな風に強くなりたいっぽい!」

 

空さんの戦いを見て、江風さんはただただ驚愕し、夕立さんは大はしゃぎしていました

 

「凄いのは彼だけじゃない……」

 

雲龍さんがそう言って、空を見上げると……

 

「ニャニャニャニャニャーッ!!!」

 

「逃げる奴はただの艦載機だミー!逃げない奴はよく訓練された艦載機だミー!ホント航空戦は地獄だミー!ミャーハッハッハァーっ!!!」

 

そこでは空さんの艦載機であるワイルドちゃんとベアちゃんが、次々と深海棲艦の艦載機を撃ち落とし……

 

「その綺麗な船体を吹っ飛ばしてやるミャーッ!!!」

 

「死ねよニーーーッ!!!」

 

ヘルちゃんとタイガーちゃんが片っ端から相手に雷撃と爆撃を叩き込み、見る見る内に相手を海の藻屑へと変えていたのでした……

 

「たった1人で24隻もいた深海棲艦の艦隊を瞬く間に半壊させるとは……、長門屋海賊団のサブリーダーは伊達ではないという事か……」

 

感心したように頷きながら日向さんがそう呟きます

 

「空さん自身は格闘戦が得意だから夜戦も問題なくやれて、艦載機も元は皆猫だから夜間飛行もお手の物……、ん~!益々空さんと夜戦してみたくなっちゃった!早く夜にならないかな~!」

 

その傍らで川内さんがそんな事を言っています、空さんの実力を目の当たりにしてもブレない川内さんがちょっとだけ羨ましいような……、恐ろしいような……

 

「終わったぞ、それで日向、これで俺の事は信じてもらえるか?」

 

私がそんな事を考えていると、先程まで戦闘していた空さんが艤装に乗って私達のところに戻ってきました。本当に短い時間であれだけの敵を殲滅してしまうなんて……、石川 空、なんて恐ろしい人なのでしょう……

 

「ああ、お前が言っていた事は信じるし、お前の実力も認めよう」

 

日向さんがそう言うと、空さんはうむと短く返事をしながら1度だけ頷きます。一体何がどうなってこんな事になっているかについては少しだけ時間を遡ります……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として出現した謎の多い空母棲姫は、現在日向さんと雲龍さんの前で正座しています

 

「君、名前は?」

 

「石川 空だ」

 

日向さんの質問に対して、不機嫌そうに答える石川 空と名乗る空母棲姫。告白を邪魔された事がよっぽど気に入らなかったのでしょう……

 

「深海棲艦にも名前はあるのね……、それにしても日本人みたいな名前……」

 

「名前があるのは基本転生個体だけだろうな、通常個体の方は転生個体に名付けられない限り名無しのままだと思うぞ。そして先程雲龍が日本人のような名前と言ったが、俺は生前はれっきとした日本人男性だ」

 

空と名乗る空母棲姫が、雲龍さんの呟きに対して私達の予想の遥か上を行く答えを返して来ました……。転生個体と言えば報告書に書いてあったあの変わり種の深海棲艦の事だったはず……

 

「ほう……、そのあたりの事情に詳しいようだな、少し話を聞かせてもらおうか」

 

「む?転生個体云々の事についてか?それについては長門達の報告書の写しが各鎮守府や泊地、基地などに送られているはずだが……」

 

日向さんがこの空母棲姫に質問しようとしたところ、空母棲姫が不思議そうな顔をしながらそう言いました。この空母棲姫は報告書の写しの事を知っている……?!一体どうやってこの事を知ったのでしょう……?まさか日本海軍の情報が深海棲艦に漏洩している……?

 

「何故それを知っている?」

 

「長門達と話し合って決めた事だ、日本海軍は穏健派の事も転生個体の事も知らないようだったからな、穏健派の存在と転生個体の脅威性を伝える為にこのような方法をとってもらったのだ。それにその報告書の添削には俺達も関わっているぞ」

 

情報の漏洩どころかこの空母棲姫とその仲間が情報の出処だったとは……、それなら知っていてもおかしくはない……、いや、それは不味いのではないでしょうか?あの報告書の内容について関わっているのなら、あの報告書は深海棲艦による情報操作と言う事に……

 

「ちょっと待って!報告書って何?私達はそんなの知らないよ?それ以前に転生個体って何なの?」

 

私がそんな事を考えていると、川内さんが話に割って入って来ました。そう言えばあの報告書を見たのは私と日向さんだけでしたね……

 

「川内さん、報告書の事なのですが……」

 

私はそう言って報告書の写しの事を皆さんに伝えます、ところどころで空母棲姫が補足を入れたり修正を入れたりする事でその内容はより分かり易いものとなり、皆さんにもしっかりとその内容を理解してもらう事が出来ました

 

「私が聞こうとしていた事を全て言われてしまったな……」

 

日向さんがそんな事を呟きます、どうやら日向さんはあの報告書の内容でよく分からなかった部分について尋ねようとしていたようです

 

「補足や修正なんかも的確……、まるでその報告書の内容を全て記憶してるみたい……」

 

「他のメンバーはどうか分からんが、俺は添削する前の内容も全員分暗記しているぞ」

 

雲龍さんの呟きに対してそう返す空さん、全てを暗記しているって……、とても普通の人間には真似出来ないような芸当だと思うのですが……

 

「報告書の内容を全て覚えてるって凄いっぽい!それって夕立も頑張れば出来るようになるっぽい?」

 

「やめておけ、これは俺の生まれつきの病気からくるものだからな。普通の人間がやると頭がおかしくなってしまうぞ」

 

夕立さんが空さんの記憶力について尋ねたところ、空さんはそう言って夕立さんを止めるのでした。生まれつきの病気と言う部分が少々引っかかりますが……、今は気にしないでおく事にしましょう

 

「しかし、こンな奴が提督が言ってた長門屋海賊団のメンバーだなンてなぁ……」

 

江風さんがふとそう呟きます、報告書には凄い人達だと書かれていましたが空さんの今までの行動を見る限り、それも疑わしくなってきました。ですから江風さんがそう呟くのも仕方がない事だと思います……

 

「俺は海賊団のサブリーダーなのだがな」

 

空さんの言葉を聞いて皆さんが一斉に固まります、この人がサブリーダーなんですかっ!?まさか海賊団はこんな人の集まりだったりしませんよね……?提督は泊地に連れて来いと言っていましたが、こんな人達をそう簡単に泊地に入れていいのでしょうか……?正直不安しかありません……

 

「……どうやら信じてもらえていないようだな」

 

「そうだな……、今までの行動を顧みても君が信用に値する人物かどうかを判断出来んからな……、さっきまでの話も君が海賊団のNo.2であると言うのも、正直まだ疑っている……」

 

日向さんがそう言うと、空さんは曲げた人差し指と親指で顎をつまむような仕草をしながら考え込み始めました。どうやったら私達に自分の話を信じてもらえるのかを考えているのでしょうか?

 

そんな事をしていると、私が飛ばしていた哨戒機から通信が入ります。それと同じタイミングで空さんも自分の耳に手を当てていました、恐らく空さんが飛ばしていた艦載機にも通信が入ったのでしょう

 

私はその通信の内容を聞いて、驚愕の表情を浮かべながら皆さんにその内容を伝えます

 

「深海棲艦の艦隊がこちらに向かって来ているそうです!その数24隻!」

 

「何っ!?24隻もいるのかっ?!」

 

「流石に分が悪すぎる……、日向、ここは退きましょう……?」

 

日向さんが相手の数に驚き、雲龍さんが撤退を進言します。このまま戦えば私達は相手の数に押し潰されて無事では済まない……、最悪沈む人も出てしまうかもしれない……、そうなるくらいなら雲龍さんが言うように撤退するべきでしょう……

 

「ふむ、24か……。日向、ちょっといいだろうか」

 

私達のやり取りを聞いていた空さんが、不意に私達に話しかけてきました

 

「こんな時に何だ?」

 

状況が状況の為、少々苛立ちながら日向さんが空さんに聞き返します

 

「その艦隊を俺1人で殲滅する事が出来たら、俺の話を信じてもらえないか?」

 

空さんがとんでもない事を言い出します、1人であの数を相手にすると言うのですか?!それも殲滅って、全て撃沈するって事ですよね!?本当に何を言い出すんですかこの人はっ!!?

 

「……正気か?」

 

「フェロー諸島での決戦と比べれば容易いものだ、それで、返答は?」

 

「そこまで言うならやってもらおうか、当然ながら私達は手出ししない、それでいいならその提案に乗ろうではないか」

 

「決まりだな、敵艦載機含めて1匹も通さずに終わらせてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このやり取りの後、空さんは単騎で敵艦隊に乗り込み、宣言通り艦載機1機すら私達のところへ向かわせる事無く戦いに勝利してしまったのでした

 

「転生個体とやらがどれほど恐ろしいものなのか……、この目でしっかりと確かめさせてもらったぞ」

 

「それが分かってもらえただけでも十分だな」

 

日向さんの言葉に空さんがそう返し、日向さんに向けて手を差し伸べていました。空さんに手を差し伸べられた日向さんはその手をしっかりと握り、空さんと固い握手を交わしていました

 

「そう言えばさ……」

 

そんな中、川内さんが何かを思い出したかのように空さんに話しかけます

 

「空さんは何でこんなところに独りでいるの?空さんの仲間は何処にいるの?」

 

「俺がここにいる理由か、それは仲間の1人がこの間オーストラリアで食べたふぐ料理に触発されて何か魚料理を作りたくなったと言う事でな、会議の結果ふぐに対抗するならマグロと言う事になって俺がそのマグロを調達することになったのだ。丁度この辺りにはキハダマグロとメバチマグロの漁場があるからな、俺ならすぐ行ってすぐ戻れるからと言う理由でマグロ調達係を任されたのだ。他の連中はロッセル島で俺がマグロを獲って来るのを待っているだろう」

 

……色々とツッコミどころがありますが、今はそっとしておきましょう……

 

「さて、俺がここにいる理由は話したわけだが、今度はお前達がここにいる理由を尋ねるとしよう。一体何があった?通常の遠征でこのような艦隊を編成するとは思えんからな」

 

「ふむ、それはだな……」

 

「待って下さい!日向さん、この人に任務の事を話すのですか?」

 

「そのつもりだ、彼の話を聞く限り転生個体がこのあたりをウロウロしている可能性もあるし、先程のような艦隊とまた出くわす可能性もある。何より私達の本来の任務は彼らを泊地に連れて行く事、違うか?」

 

日向さんが小声でそう返してきました、どうやら日向さんは空さんを泊地に連れて行く為の流れを作ろうとしているみたいです。確かに提督は長門屋海賊団の方をお連れしろとは言っていましたが……、正直人間性の部分ではまだ完全に信用しきれていないんですよね……

 

「話しにくい事なのか?」

 

「いや、そういう訳ではない、気にしないでくれ」

 

そう言って日向さんはこちらの事情を空さんに話し始めるのでした……

 

 

 

 

 

「そういう事か……、分かった、俺もその話は気になるからな、情報収集する為に同行させてもらおう」

 

日向さんの話を聞いた空さんは、自分達もその事件の情報が欲しいと言う事で同行して下さる事になりました

 

「あの、仲間の方に連絡しなくてもいいのですか……?」

 

「マグロ漁に苦戦していたとでも言っておけば問題ないはずだ、それにこの事件には転生個体が関わっている可能性が高いからな。ある程度遠征をこなして襲撃時の対応などをしっかり把握しているであろう駆逐艦達が、一斉に消息不明になると言うのは異常と言えるだろうからな……。こういった今まででは有り得ない事が起こった時は大体奴らが絡んでいる事が多い、そんなところに翔鶴達をこのまま向かわせるのは危険だと判断した。取り敢えずこんなところだが、まだ理由が必要か?」

 

私がそう尋ねると、腰に括り付けていたマグロを艤装の中に収納しながら、空さんがそんな事を言いました。もし空さんが言う通り、この行方不明事件に空さんのような強力な転生個体が関わっていた場合、私達は成す術も無く沈められてしまうかもしれない……。そう考えると空さんの同行は非常に助かるのではなかろうか、私は自分にそう言い聞かせ納得する事にしました

 

「よし、準備はいいな?では行くぞ」

 

日向さんの号令と共に、私達は空さんと共にコロンバンガラ島付近の捜索の為に再び移動を開始するのでした



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龍と鶴の衝撃

今回から『R-18』タグを追加しました

ただエロ要素は今後もほぼありません……


「凄いすご~い!空さん空さん!これ本当に凄いっぽい!」

 

「夕立の姉貴!あンまはしゃぐなって!っとあっぶなっ!危うく落ちるとこだったぜ……」

 

俺のライトニングⅡに乗った夕立と江風がこんなやり取りをしていた、行方不明になった駆逐艦達を探す翔鶴達と共にコロンバンガラ島に向かうその道中で、夕立が俺のライトニングⅡを興味津々に見つめていたので、何事かと聞いてみると

 

「夕立もその艤装に乗ってみたいっぽい!空さん空さん、夕立もその艤装に乗ってみてもいいっぽい?」

 

「別に構わんぞ」

 

俺がそう言って夕立をライトニングⅡに乗せてやると

 

「あっ!夕立の姉貴だけずりぃぞっ!なぁなぁ空さン、江風も乗ってみてもいいか?」

 

どうやら江風も興味があったのか、江風もライトニングⅡに乗りたいと言ってきたのだった

 

「いいぞ、ほら、掴まれ」

 

俺はそう言って江風に手を差し伸べ、それを掴んだ江風を引き上げてライトニングⅡへ乗せてやる。ライトニングⅡの大きさでは大人2人が限界だが、この2人くらいの体格なら3人乗りも十分可能である

 

その状態でしばらく進んでいると夕立からライトニングⅡの事を色々と聞かれ、その中でライトニングⅡが飛行可能だと教えてやると

 

「この艤装、空を飛ぶっぽいっ!?夕立、この艤装が飛ぶところを見てみたいっぽい!」

 

「ふむ……、分かった、しっかり掴まっていろよ?」

 

「え"っ!?マジでこれ飛ぶのかっ?!」

 

江風のこのセリフの直後、俺はライトニングⅡを飛行モードに切り替えてその身体を宙に浮かせるのだった。その結果が先程の2人のやり取りなのである

 

「凄い……、本当に飛ぶなんて……」

 

その様子を見ていた雲龍が驚いた表情を浮かべたままそう呟く、他のメンバーも予想外の出来事だったのか雲龍同様驚愕の表情を浮かべながらこちらを向いていた

 

「……はっ!ああ……、済まない……、あまりの出来事につい固まってしまった……。その、ウチの者達が迷惑をかけて済まないな……」

 

立ち直った日向が申し訳なさそうにそう言った、このくらい別に気にしていないと返すと、日向は感謝の言葉の述べて改めて前を向くのであった

 

 

 

程なくして目的地であるコロンバンガラ島に到着したのだが、そこには想定を遥かに超えた、目を覆いたくなるほどの凄惨な光景が広がっていた……

 

「これは……っ!?」

 

「惨過ぎる……っ!」

 

「……うぷっ!」

 

俺と日向はそれを見て驚愕と怒りを覚え、雲龍はただただ呆然と立ち尽くし、翔鶴はあまりのショックで嘔吐し始めてしまった。川内は夕立と江風にその光景を見せまいと必死になって2人の目をその手で覆っていたのだった

 

俺達が今立っている砂浜には、四肢と頭部をもがれ、その腹を刃物を使わず腕力だけで強引に引き裂かれ、その内臓を綺麗に抜き取られ絶命している駆逐艦達の遺体が並べられていたのである

 

その傍にはベットリと血が付いた艤装が並べられており、その艤装のおかげで何とかこの遺体の身元を明らかにする事が出来た。やはりと言うべきか、ここにいる物言わぬ遺体達が件の行方不明になった駆逐艦達だそうだ……

 

「空さん……、深海棲艦とはこのような事を平然とするものなのか……?」

 

表情にこそ出さないものの、その雰囲気で怒りが絶頂に達しているのが分かる日向がそう尋ねて来た

 

「お遊びで木に吊るした艦娘を、人間用の銃器の的にしているものは確かにいた……。だがここまで酷いのは初めて見たな……」

 

俺の返答を聞いた日向がギリッと奥歯を噛み締める、まあこんなものを見せられて怒りを覚えない輩はいないだろう……

 

何とか立ち直った雲龍と翔鶴に頼んで、この遺体達をライトニングⅡから取り出した布で包んでもらっている間に、俺と日向はせめて顔が分かるようにと彼女達の頭部を探すのだが、いくら探してもそれは見つかる事はなかった……

 

 

 

「それで、それはどうするのだ?」

 

翔鶴、雲龍、日向がそれぞれ2つずつ抱えている彼女達の遺体について、俺が尋ねてみる。ぼかした表現にしたのは夕立と江風に配慮した為だ

 

「トラック泊地の方に届けるさ、きっとそちらで丁重に弔ってくれるだろうからな……」

 

日向が沈んだ表情でそう答える、この状況で笑えるような奴などいないだろうからな……、いるとしたらそれは彼女達にこのような仕打ちをした張本人だけだろう……

 

「分かった、途中まで付き合おう。その状態ではとても戦闘など出来ないだろうからな」

 

日向は助かるとだけ答え、トラック泊地へ向かって舵を切るのだった

 

 

 

 

 

「どうしてこの子達が、こんな目に遭わなければいけなかったのでしょう……」

 

トラック泊地に向かうその道中で、翔鶴が悲しみを湛えながらそう呟く

 

「ここは南方海域、激戦区である事は重々承知しています……。でもこの子達をこんなに惨たらしく殺す必要なんて何処にもないはずなのに……、なのに何故このような酷い仕打ちを……」

 

最後のあたりは嗚咽混ざりでしっかりと聞き取る事は出来なかった……

 

「翔鶴……」

 

雲龍が翔鶴の事を心配して声を掛けるが、その後どのような言葉を掛けてやればいいのか分からず、結局黙り込んでしまった

 

「恐らく……、いやほぼ確実に……、これは転生個体の仕業だな……」

 

「空さん、何故そう言い切れるんだ?」

 

俺の呟くような声に、日向が反応しそう尋ねて来る

 

「俺が生きていた世界でな、これと同じような事件があったからだ」

 

それを聞いた日向達が驚愕する

 

これは俺達が死んだと思われる日から大体3年ほど前だったか、エデンの構成員が当時のアメリカ大統領を暗殺し犯行声明を出した後に大々的に活動を開始したのと同じ頃に、アメリカ全土を震撼させた1人の猟奇殺人鬼がいたのだ

 

そいつは一切武器の類を使わずに、その身体能力だけで人間を易々と殺害し捕食していたと言うのだ。特に内臓、それも人糞が詰まった大腸が好みのようで捕食の際真っ先に遺体の腹を強引に引き裂いて内臓を取り出して食っていたと聞いている

 

こいつもエデンの構成員なのではないかと噂が流れた事があったが、エデン側がそれを完全に否定、この食人鬼は単独犯である事が判明したのであった

 

結局この食人鬼は警察の手には負えないと判断され、たった独りのテロリストであると認定された後、当時エデンの相手をしていた軍隊に射殺されたのだとか……

 

尚、軍隊がこの食人鬼の相手をした際、5名ほどの隊員が素っ裸の食人鬼の手にかかり殺害されたと聞いている……

 

「その犯人は内臓を食った後、残った身体を天日干しにして保存食にしていたと聞く……、俺は今回の件はそいつの仕業ではないかと睨んでいるんだ。先程のアレは恐らく保存食にする為にあそこに並べていたのではないか、そう考えている」

 

「何、その化物……」

 

雲龍の言葉が俺の胸に刺さる、普通に考えればそう言いたくなるのは理解出来る……。だが……

 

「それは本当に人間なのか?人間にそんな事が出来るのか……?」

 

俺の話を聞いて驚愕の色を更に濃くした日向がそう尋ねる

 

「普通の人間にはまず無理だ、だが出来る奴はいる……」

 

「……何か知っているのか?」

 

「ああ……、だがその前に聞いておきたい事がある。お前達は脳のリミッターの話を聞いた事はあるか?」

 

俺がそう尋ねると、全員が不思議そうな顔をしてきた。突然何を言っているんだと言わんばかりの表情で首を傾げている

 

「確か……、人間の身体は脳にリミッターをかけられていて、本来の身体能力を完全に引き出せていないと言うアレですか……?」

 

「ああそれだ、身体が持っている本来の力をそのまま出してしまえば、身体がその負担に耐え切れなくなり自壊してしまう為、それを防ぐ為に脳が身体にリミッターをかけていると言う奴だ」

 

翔鶴が自信なさげにそう尋ねて来たので、俺はそれを肯定しもう少し踏み込んだ内容を皆に話した

 

「まさか……っ!?」

 

「察しが良いな日向、そう、そいつが軍隊に始末された後に判明した事なんだが、そいつは生まれつきそのリミッターが機能しない脳障害を抱えていたそうだ。そいつの異常過ぎる身体能力はそれが原因だったのだ……」

 

俺の言葉を聞いた全員が、またも驚き凍り付く……。嘘のような話だが、これが事実である事は変わりはしないのである……。何故なら……

 

「空さん、さっきから表情が暗いけどどうしたのさ?何か脳のリミッターがどうとかの話になったあたりから何か変だよ?」

 

「そうね……、それにこの脳障害に妙に詳しい……。どうしてそんなにその事に詳しいの……?」

 

川内と雲龍がそう尋ねて来た、俺はしばらく沈黙した後、意を決して彼女達に話す事にしたのだ。俺が抱えている問題についてを……

 

「それは……、俺自身もその脳障害を抱えているからだ……」

 

俺のこの一言で、辺りは完全に静寂に包まれてしまったのだった……




この章のボスの都合でR-18になっちゃいましたが、基本的な方向性は変わらないと思います

むしろ表現の幅が広がったと喜ぶべきかもしれませんね


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龍の報告

翔鶴達が静まり返ってしまったのを見てた俺は、内心しまったと舌打ちする

 

「済まない、変な事を言ったな……、今のは忘れてくれ。それよりも先を急ごう、もしかしたらこの件の犯人が遺体を取り返す為に追って来ているかもしれないからな」

 

俺は先程の発言を誤魔化すようにそう言って、翔鶴達に先に進むように促すのであった

 

彼女達はそれぞれ驚きや戸惑いと言った表情を浮かべながらも、俺の言った事に素直に従いトラック泊地へと再び歩みを進める

 

それから何とか無事にトラック泊地へと到着した翔鶴達は、発見した遺体をトラックの提督に引き渡し発見した時の状況を詳しくトラックの提督へと伝える

 

遺体を受け取った提督はその場で泣き崩れてしまい、泊地に所属する艦娘達に連れられて自室へと向かったのだとか……

 

その時俺はもしもの時に備え、泊地から離れた場所で周囲警戒を行っていた。ここで猫戦闘機達を飛ばすと流石に泊地の艦娘達に俺の存在がバレてしまい、一斉攻撃される可能性があった為、俺は仕方なく目視確認のみで警戒する事となった……

 

その後、任務を終えた翔鶴達はショートランド泊地に帰投する事になったのだが

 

「前回助けてもらった件で、ウチの提督が空さん達に直接会って礼をしたいと言っているんだ。よければ私達と一緒に泊地に来てもらえないだろうか?」

 

その道中で日向にそう言われたのだが、俺の独断で決める訳にはいかないし、何よりこの間の伝言の件もあった為俺はその頼みを断ったのであった

 

「そうか……、分かった、まあ急ぐ事でもないからな、機会があったらその時は是非来てもらいたい」

 

俺がそれを了承したところで泊地の近くまで辿り着いた為、俺はそこで翔鶴達と別れを告げてから海賊団の皆が待つロッセル島へと向かうのであった

 

 

 

「遅かったな、やっぱ素手でマグロ獲るのは無理があったか?」

 

戻って来た俺を最初に迎えてくれたのは戦治郎だった

 

「いや、マグロはすぐに捕まえる事が出来た」

 

俺はそう言ってライトニングⅡの中に格納していた2匹のマグロを戦治郎に手渡す、本当は1匹は翔鶴達に渡そうと思ったのだが、あの直後にマグロを渡すのはどうかと思い留まり結局2匹共持ち帰る事にしたのだ。翔鶴達が知っているかどうかは不明だが、鉄道事故の被害者の遺体の事をマグロと言うからな……

 

「皆は何処にいる?」

 

「向こうに集まってるが……、……向こうで何かあったみたいだな」

 

俺が戦治郎にそう尋ねると、戦治郎は何かを察したのか真剣な表情をして聞き返して来た。こいつとは付き合いが長いからな、ちょっとした事でもすぐに気付いてくれるから助かる時は本当に助かる

 

「ああ、詳細は皆のところに行ってからでいいな?」

 

俺がそう言うと戦治郎は1度頷き、皆のところに行くまでの間何も尋ねてこようとはしなかった

 

 

 

 

「……以上が俺がここに戻るまでにあった事だ」

 

「あのカニバ野郎までここにいんのかよ……」

 

「しかもこの近辺にいるんだろう?襲撃して来たりしないよな……」

 

俺が皆に先程までの出来事を報告したところ、戦治郎と光太郎がそれぞれ口を開く。猟奇殺人鬼の事を知らない艦娘達には、報告の前に予めそいつの事を解説したところ全員が引きつった表情をして黙り込んでしまった

 

「またあいつの相手をしないといけないの……?ホント嫌になるわぁ……」

 

剛さんが頭を抱えながらそんな事を言ったのだが、皆その言葉に引っかかりを覚えたのか視線を一斉に剛さんの方へと向ける

 

「またって……、剛さんは過去にその殺人鬼の相手をした事があるのですか?」

 

「ええ、あいつにトドメを刺したのはアタシなのよ、あいつにやられた隊員5人は全員アタシの部下だったのよ……。ああもう、あの時の事思い出しちゃったわぁ……、重武装した部下達を軽々と殺していくスッポンポンのあいつの姿を……。もうブランブランさせながら大暴れするのよぉ?あんなのに殺された部下がもう不憫で不憫で……」

 

そう言って顔を手で覆う剛さん、その場面を想像してみたが本当に不愉快極まりない光景であった……。奴に倒された剛さんの部下が本当に可哀想に思えて来たぞ……

 

「何で全裸だったんだよ……」

 

「Nの住処の情報を手に入れてね、寝込みを襲おうとしたんだけど直前で気付かれちゃってこうなっちゃったわけ」

 

木曾の呟きに答える剛さん、剛さんが言うNと言うのは奴のコードネームのようなものらしい

 

「Namelessの頭文字をとってNね、あいつは生みの親から名前を付けられるどころか出生届を提出してもらってすらいないみたいなのよね~。父親も何処の誰かも分からない、正にサノバビッチって奴よ」

 

剛さんがサノバビッチと口にした瞬間、シゲがピクリと反応していた。そう言えばこいつも似たような境遇だったな……、ただ出生届は提出されてるし名前も付けてもらっている分Nよりは全然マシだろう……

 

「その状態でしばらくは育ててたみたいだけど、すぐに物を壊したり怪我をしたりするもんだから、何かおかしいんじゃないかって思ったみたいだけど、お金が無くて病院に診せる事も出来なくて結局そのままにしちゃったらしいのよ」

 

物を壊したり怪我をしたりか……、正に小さい頃の俺そのものだな……。何気なく触った物がすぐに壊れたり、ちょっと走っただけで脚が悲鳴を上げてすぐに転んでしまったり……。俺の場合生まれる前にその原因が判明していたが、こいつの場合出生届が出されていない事から普通の出産方法ではなかったのではないかと推測され、そのせいで原因が分からず仕舞いになってしまったのではないだろうか……?

 

「それで、日に日にエスカレートする破壊と怪我に母親が耐えられなくなっちゃったみたいでね、Nはスラム街に体一つで捨てられたらしいのよね。それからはさっき空ちゃんが言ってた通り窃盗や強盗で生計を立ててたって感じ」

 

「それがいつの間にか食人鬼……、一体どうしてそうなった……」

 

皆が剛さんの話を沈痛な面持ちで聞いてる中、戦治郎がそう呟いた

 

「お金に困って食べるのに困ってってところね、空腹の絶頂の中でやった強盗殺人の被害者の遺体をついつい食べたらハマっちゃったみたいなのよね~……」

 

「どんだけ切羽詰まってたんだよそいつ……」

 

摩耶がそう呟く、確かに強盗殺人を犯した後ならそれで得た金で食事をしたらいいものなのだが……、そのような行動に走るほど追い詰められていたと言う事なのだろうか……?

 

「そんな事をしてたらいつの間にかスカトロ属性まで付いちゃって、ウ〇チがパンパンに詰まった大腸なんかを好んで食べるようになっていたらしいわ~。ホント気持ち悪いわよね~……」

 

「最悪……」

 

「そんなのがこの世界にいるって言うの……?冗談じゃないわ……」

 

天津風と陽炎が口々に呟く、本当に勘弁してもらいたいところだな、特に俺の場合こいつと同じ脳障害を抱えているわけだから、下手したら同類と思われてしまうだろう……。それだけは何としてでも避けねば……

 

「って言うか何で剛さんはそいつの事そんなに詳しいんッスか?」

 

「警察からの情報提供のおかげね、警察が白旗上げちゃったもんだからこいつの始末を軍が引き継ぐ事になったのは空ちゃんが言ったわよね?その関係で警察が助けになればって事で情報をくれたのよ。皆も注意しなさいよ~?ああ見えて警察の情報網って馬鹿に出来ないんだから、ねぇ?通ちゃん?」

 

「ですね、そこに身を置いていたので痛いくらい分かりますよ……。皆さんも変な事をして警察に目を付けられないように気を付けて下さいね」

 

護の質問に剛さんが答え、剛さんに話を振られた通がこう言ったところで翔がマグロ料理を運んできたので、奴についての話はここで終わる事となった

 

「よっし、これ食ったらいい加減ガダルカナルに行くとしますかっ!道中でそいつと遭遇して戦闘になった時、腹減って力が出ないなんて事にならないようにしっかり食うぞっ!って事でっ!」

 

\頂きます!/

 

こうして、俺達は翔のマグロ尽くしを堪能した後ガダルカナルへ向けて出発するのであった



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鶴の悪寒 そして・・・・・・

「……以上が今回の出撃で分かった事だ」

 

日向さんがその言葉を以って今回の出撃での成果の報告を締めくくります、その報告を聞いた提督達は沈痛な面持ちのまま黙り込んでしまいました……

 

今このショートランド泊地の提督執務室で日向さんの報告を聞いていたのは、私達の提督であるショートランド泊地の提督、ブイン基地の提督、そして用事があってここを訪れていたパラオ泊地の提督、そして私の4人。本来はトラック泊地の提督もお呼びする予定だったのですが……

 

「自分のところに所属する艦娘がそんな目にあったら、誰だって復讐したくなるものよね……」

 

執務室内の静寂を打ち破るように、ブインの提督が口を開きます。この人はここに集まっている提督の中で唯一の女性で、今回の集まりは彼女の提案で開かれる事になったのです

 

彼女の言葉についてなのですが、この集まりが始まる前に彼女からトラックの提督が強硬派に所属するラバウルの提督と協定を結んだと聞かされたのです

 

「その復讐の為にラバウルの戦力を利用しようって魂胆だろうな、ラバウル基地はこのあたりで一番戦力整ってるところだし、提督の血の気が多過ぎるからちょっと唆してやればすぐに大艦隊を動かすだろうからな」

 

「問題はその大艦隊で本当に相手が倒せるかよね~……、貴方達は確かその相手と似たような深海棲艦と行動を共にしたんだったわよね?」

 

提督とブインの提督がそんなやり取りをした後、ブインの提督が私達の方へと話を振って来ました

 

「空さんの事でしょうか……?「そうそう、そいつそいつ」でしたらそうですね、私達は確かに空さんと行動を共にしていました」

 

「彼についてだが、彼はあの報告書に出ていた長門屋海賊団のサブリーダーで、その戦闘能力は折り紙付きだな。実際24隻からなる深海棲艦の艦隊を1人で瞬く間に殲滅していたからな」

 

「「え"……?」」

 

私がブインの提督の質問に答えると、日向さんがその事について補足を入れ、それを聞いた提督とブインの提督が驚きのあまり変な声を出して固まっていました……

 

「ちょっと待て、俺そんな事聞いてねぇぞっ!?たった1人で24隻の大艦隊を相手して勝っただとっ?!」

 

「しかも殲滅って言った!?1隻残らず全部水底に沈めたって言うのっ?!何よその化物っ!有り得ないわよ普通っ!??」

 

「信じ難い話だが、私達の目の前で実際にやってのけていたからな。しかも当の本人はまだ余裕があったようだがな……」

 

日向さんは目を閉じてその時の光景を思い出しながらそう言いました、あの時は私も夢でも見ているのかと思いました……

 

「嘘だろおい……」

 

「冗談じゃないわよ……」

 

日向さんの言葉を聞いた2人は、椅子の背もたれに力なく背を預け呆然としていました……。気持ちは分かりますが、これは事実なので何とか受け止めて欲しいところです……

 

「……そいつはその事件の犯人と同等の力を持っているんだったか……?」

 

「そのあたりは犯人に遭遇しない限りハッキリしないと彼は言っていたな、彼は空母棲姫の転生個体だが過去に姫級より下位であるはずのル級の転生個体に手酷くやられた事があると言っていたからな……」

 

「転生個体……、これも確か報告書に書いてあった奴ね……。そのあたりについて詳しく聞いてない?」

 

今まで沈黙を続けていたパラオの提督が口を開きそう尋ねて来たので、日向さんが答えたところ、今度はブインの提督から転生個体についての質問が飛んできました

 

「それについてなんですが……」

 

ブインの提督の質問に対して、今度は私が転生個体についての説明を始めるのでした。この時、川内さん達に報告書の事を話した後に、空さんから頂いた詳細が分かり易くまとめられたメモ帳が大いに私を助けてくれました。これについては本当に空さんに感謝しなくてはいけませんね……

 

「別の世界で死んだ人間が深海棲艦に生まれ変わる、ねぇ……」

 

「こちらの世界で死んだ人間が深海棲艦になるパターンと言うのはないの?」

 

「そのパターンも一応はあるそうだ、事実海賊団には1度沈んで深海棲艦になってから、記憶と姿を取り戻した者が2人いるらしい。ただこのパターンの場合普通の深海棲艦よりは強いが、転生個体には性能で劣ると聞いている……」

 

「……っ!?」

 

私の説明を聞いた提督とブインの提督がそれぞれ呟いたり更なる質問を投げかけて、それに日向さんが答えます。そして日向さんの言葉を聞いたパラオの提督が反応し……

 

「それで……、それで1度沈んだ艦娘が戻って来てくれると言うのかっ?!どうしたら深海棲艦になった艦娘を元に戻せるんだっ!?頼む!その方法を教えてくれっ!!!この通りだっ!!!」

 

そう言ってパラオの提督は私達に土下座して、その方法を教えて欲しいと言ってきたのでした……

 

このパラオの提督は私達が行方不明になった艦娘を捜索している事を聞き、そのついでで構わないからと、ある艦娘の捜索の協力をお願いしに来ていたのです

 

ですが、偶々居合わせた執務室で私達の報告を聞き、その艦娘の生存が絶望的だと直感したようで、このような行動に走ったようです……

 

「……恐らく、その艦娘は深海棲艦にすらなれないだろうな……。艦娘の深海棲艦化には損傷の少ない艦娘の身体が必要なようだからな……」

 

これも空さんから渡された情報でした、空さん達と共にいる妖精さんから聞いた話だそうで、艦娘の艤装に組み込まれたコアと言うものが沈んだ艦娘を深海棲艦に作り替えるらしく、身体に損傷が多かったり欠損部位がある場合はコアが思うように身体を深海棲艦化させる事が出来ないそうです

 

今回の場合、相手が食人鬼なのでほぼ間違いなく身体の何処かを食べられて欠損状態になってしまうので、深海棲艦になる可能性は0だと空さんは断言していました……

 

日向さんの言葉を聞いたパラオの提督は、土下座の姿勢のまま泣き崩れてしまいます。折角一筋の希望の光が見えたと思ったところで、それがすぐに断たれてしまったのですからね……

 

「パラオの、お前もトラックの奴と同じように復讐に走るつもりか?」

 

そんなパラオの提督に、私達の提督がそう話しかけました。正直、私としては思い留まって欲しいところですね……、犯人が空さんと同等、若しくはそれ以上の実力者であった場合、いくら艦娘が束になって戦いを挑んでも返り討ちにさせるのが関の山だと思いますから……

 

「……いや、それはダメだ。それをやっては余計に被害が広がるだけだ……」

 

どうやらパラオの提督は思い留まってくれたようですね……、私はその言葉を聞いて内心ホッとしました

 

「よく思い留まったわね、まあ翔鶴達の報告を聞いたらそいつと真正面からやり合おうなんて思えないわよね」

 

「だな、つか俺達の場合搦め手入れたとしても勝てるか分からねぇからな……。取り敢えず今回の件は俺達じゃどうしようもなさそうだから、例の海賊団とやらに頼るしかなさそうだな……。っとそういや日向、海賊団をここに連れて来てくれって頼んでたはずだが、それはいけそうなのか?」

 

ここで提督が思い出したように日向さんに海賊団を連れて来る件について尋ねます、しかし日向さんは首を横に振り、その件の詳細を提督に話し始めるのでした

 

「サブリーダーだけでの判断じゃ無理か……、まあ相手も組織だから仕方ねぇか……。もしあっちがOK出した時は遠慮なく連れて来てくれよ、お前達の話聞いてたらそいつらに興味湧いたからな!」

 

「確か飛行可能な艤装を保有しているとか……、ただそれをノリと勢いだけで作った為根本的な部分を自分達でも把握出来ておらず、他の艤装に応用出来なくなっているんだったか……。こうやって聞くと馬鹿のようだが、技術力も実力もとんでもないものを持っているんだな……。確かにそいつらがどんな奴らか見てみたくなるな」

 

提督がそう言ったところでパラオの提督が提督の話に乗り……

 

「馬鹿のようって言ったら!そのサブリーダーって翔鶴に告白して来たんでしょう?!ちょっとそのあたり詳しく教えなさいよっ!悪いようにはしないからっ!ねっねっ!?」

 

それから今度はブインの提督が、空さんが私にその……、こ、告白して来た事についての詳細の報告を要求して来ました……

 

「えっ!?そ、それはちょっと……」

 

「ああ、それはもう情熱的なアプローチだったな、片膝を突いて想いを真っ直ぐぶつけて来て、挙句の果てに左の手の甲にキスだったか……。私の時もこのくらいの事はしてもらいたかったものだな」

 

困惑する私の方にニヤニヤしながら視線を向け、空さんがどのような告白をしたかを赤裸々に話す日向さん。最後のあたりのセリフについては、左手の薬指にある指輪がよく見える位置に手を置いて、提督の方に視線を送りながら言っていました

 

その後は、日向さんの話を聞いたブインの提督がヒートアップしながら返事はしたのか、どう返事するつもりなのかなどを根掘り葉掘り尋ねられてしまいました……

 

そんな中、私は急に悪寒のような何かを感じ、ついキョロキョロとあたりを見回しました。しかし執務室の中には特に何か変わったものがあったわけでもなかったので、その感覚について不思議に思っていると……

 

「ちょっと翔鶴!?私の話聞いてるっ?!」

 

その様子を見ていたブインの提督から告白の件で、更に色々と追及されてしまいました……。その……、誰か助けて下さい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少々時間は遡り、翔鶴達が遺体を回収しトラック泊地へ向かった後の事である……

 

誰もいなくなったコロンバンガラ島の沖に、1つの影が姿を現した

 

その影は1人の人間を脇に抱えたまま、沖から浜まで移動を開始する

 

「チッ!あいつら俺の保存食を持って行きやがった……、まあ晩飯は確保出来たからいいんだが、飯が確保出来なかった時の事考えるとやっぱ保存食があった方がいいよな~……」

 

その影は保存食と称した駆逐艦達の遺体が無くなっている事に気付き、舌打ちしてそんな事を独り言ちる

 

その影が抱えているのはパラオ泊地付近で確保した金剛型の艦娘であった

 

この艦娘は泊地の哨戒をしていたところでこの影に襲撃され、影との実力差を直感した彼女は仲間を逃がす為に囮となり、何とか足掻いて時間を稼ぎ仲間が全員退避した事を確認したところで仕留められてしまったのである

 

その彼女の下腹部からは小腸が飛び出しており、既に彼女が息絶えている事を明確にしていた

 

彼女を仕留めたのは影が放った貫手であり、それが下腹部に突き刺さるなり影は彼女の腹部をその手でまさぐり、彼女の意識があるにも関わらず大腸を引きずり出し、その場で美味しそうに、見せつけるように食べたのである……。彼女はその光景を目の当たりにしたところで、意識を手放してしまった……

 

「殺した後だとクソを撒き散らしちまうからな、ホント勿体ねぇよな~……。っと盗られたもんは仕方ねぇ、今日はこいつを食ってとっとと寝て、明日代わりを確保しにいくか」

 

そう言って影は彼女の遺体から腕を引き千切り、口の中へと放り込み咀嚼を始める

 

「そういや、保存食持って行った連中の中の弓持った銀髪の女……、あいつは美味そうだったな~……。よっし!明日の晩はあいつ食おう!ありゃ絶対美味いぞ~……」

 

月明かりにに照らされてその姿が露わになった軽母ヌ級改flagshipは、遺体を貪り食いながら、そんな事を呟いていたのだった……



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龍とソロモンの王

マグロ尽くしを堪能し、休息を入れてからガダルカナル島へ向かった俺達を待っていたのは……

 

「ぬがあああぁぁぁっ!!!敵と味方が分かり辛えええぇぇぇっ!!!」

 

「穏健派の皆さーんっ!もうちょっと!もうちょっとだけ後方に下がってもらえませんかー!」

 

「そちらの方ー!突出しないで下さーい!サインは後で書きますからー!」

 

ガダルカナル島攻略を目論む強硬派とそれから総本山を守ろうとする穏健派による激しい戦いであった……

 

戦治郎が言うように、穏健派の深海棲艦と強硬派の深海棲艦の見た目の違いが全くと言っていい程分からない為、取り敢えず俺達に砲を向ける奴を片っ端から沈めているのだが、正直これで本当に合っているのか分からなくて少々不安になるのである

 

以前マダガスカルで穏健派と長門達と共同戦線を張った時は、同じ場所から出撃したおかげで対峙している相手を沈めればいいと言う認識で何とかなっていたのだが、今回はそれも無いので非常に苦労しているわけだ

 

今は光太郎や翔が声を張り上げて、俺達が敵味方を判別し易くする為に穏健派は後方に下がるように頼んでいるわけだが……

 

「きゃー!戦治郎さんかっこいいー!」

 

「マジで長門屋海賊団が来てるのかよっ!」

 

「司様ー!お慕い申し上げておりますー!」

 

「やべぇ……、手が震える……」

 

「空さーん!光速正拳突きを見せて下さーい!」

 

「翔きゅんきゃわわ~」

 

「これ本当に後でサインもらえるんだよねっ!?ねぇっ?!」

 

「シゲさんマジカッケーッス!マジリスペクト!」

 

「……勝ったな」

 

「ああ……」

 

……こいつら本当に戦う気があるのだろうか……?俺達がこの戦場に姿を現したところで急に大歓声が上がり、それからしばらく経った今でもこの調子なのである……。一応俺達の言葉は聞いてはくれるのだが、たまに我慢出来なくなって飛び出してくる奴がいるのである……

 

戦況に関しては俺達が介入した関係で穏健派優勢のようなのだが、如何せん相手の数が多過ぎて減っているように見えないのである……。まあ難攻不落の穏健派総本山を陥落させようと思ったら、これくらいの戦力が必要になるのは分かるのだが……、いくら何でも多過ぎるぞ……

 

そんな事を考えながら強硬派を沈めては移動、沈めては移動を繰り返していると先程俺に光速正拳突きを見せて欲しいと言って来た奴とすれ違いそうになったので、リクエストに応えてそいつの脇腹に叩き込んでやると、「アリガトウゴザイマスッ!!!」と言う断末魔を上げてそいつは倒れ伏してしまった。これについては俺は何も悪くないはずだ

 

「だあああぁぁぁっ!後どんだけ倒せばいいんだよ畜生っ!」

 

「気持ちは分かるけど落ち着きなさい、もしかしたらもうちょっとで撤退し始めるかもしれないじゃない?だからもうちょっとだけ頑張りましょう?」

 

倒せど倒せど一向に減らない強硬派にイライラし始めるシゲに、それを窘める剛さん。2人のやり取りを聞いた後、気になって周囲を見回してみると一部の艦娘達もシゲと同じように苛立ちを感じているのか動きが段々と雑になってきている……、これをあいつらに気付かれては不味いな……、俺がそう思ったところで……

 

『苦戦しているようだね?手を貸すよ、長門屋海賊団の皆さん』

 

「うぇっ?!あんた誰ッスかっ!?何でこの通信機に割り込めるんッスかっ?!?」

 

通信機から聞こえた声に護が驚愕する、この通信機は護が細工してそう簡単に外部から割り込めないようにしてあるのだが、先程の通信はその内容から考えて外部の者からの通信だったのである

 

『そう警戒しないでくれ、大丈夫、僕は君達の味方だからね』

 

「いきなりそのような事を言われましても……、正直信用出来ません……」

 

通信機の先にいる人物に対して、通がそのような事を言った。そうだな……、普通では割り込めない通信に平然と割り込み、いきなり味方だと主張したところで信用出来るわけがないのである

 

『まあそうだろうね……、分かった、ならば僕が君達の味方であると証明してみせよう。今すぐにね』

 

声の主は悪戯っぽくそう言うと通信を切ってしまった、その直後……

 

「オオォケイィレッツパーリィィィ!!」

 

先程通信機から聞こえていた声とよく似た声で何処かの誰かが叫び……

 

「「おお……おおおぉぉぉーーーっ!!!」」

 

声が聞こえた方角を見た戦治郎と護が一斉に歓喜の叫びを上げる。気になって俺もそちらを向くと……

 

「「メタルウルフだあああぁぁぁーーーっ!!!」」

 

そこにはとあるゲームに登場した大統領の愛機であるメタルウルフの姿があったのである、そのメタルウルフは敵陣のド真ん中で盛大に大暴れし大統領魂をこれでもかと言うほど俺達に見せつけて来たのであった

 

強硬派の深海棲艦達は、メタルウルフの姿を確認したところでその表情を歪め、俺達とメタルウルフを交互に見た後分が悪いと判断したのだろうか、すぐに撤退を開始したのである

 

「追撃はどうするんです?」

 

「ようやくお帰りになってくれたんだ、そのまま見送ってやろうじゃないか」

 

こちらに背を向けて撤退する強硬派の深海棲艦を見て、光太郎がメタルウルフにそう尋ねたところこのような返事が返って来た

 

「すっげ!これマジモンのメタルウルフじゃねぇかっ!マジカッケェなおい!」

 

戦治郎が目をキラキラと輝かせながら、メタルウルフをあらゆる角度から観察していた。護の方はと言うとHMDの撮影機能をフル活用してメタルウルフを撮影している

 

「ハハッ!どうやら君達はこいつの事を気に入ってくれたみたいだね、技術班の皆がそれを知ったら大喜びするだろうね」

 

「これはあんたのとこの技術者達が作ったんッスか?完成度高いッスね~」

 

護がそう言うとメタルウルフは自慢のスタッフ達さと返し、楽しそうに笑い始めるのであった

 

「メタルウルフも結構だが、そろそろ貴方が何者なのかを教えてもらえないだろうか?」

 

このままでは埒が明かないと思った俺が、メタルウルフに対してその正体について切り出すのであった

 

「済まない済まない、同好の士がいると分かるとつい話し込んでしまうのは僕の悪い癖のようだね……」

 

メタルウルフはそう言うと、その頭部に手をかけてバイクのフルフェイスヘルメットを脱ぐような動作で頭部を外す。するとそこには戦艦棲姫の顔があり……

 

「初めまして長門屋海賊団の皆さん、僕はリチャード・マーティン。戦艦棲姫の転生個体で穏健派転生個体の代表を務める者だ」

 

パワードスーツの中に入っていた髪の毛を外へ出すように髪を掻き上げながら自己紹介をする戦艦棲姫……、ちょっと待て、リチャード・マーティンだと……っ!?

 

その名を聞いた長門屋の面々が硬直する、剛さんに至っては驚愕の表情を浮かべその身を震わせているではないか……。その光景を目にした艦娘達は不思議そうに首を傾げる

 

「お前……、本当にリチャードなのか……?」

 

声を震わせながら戦艦棲姫に尋ねる剛さん、それに対してリチャード・マーティンを名乗った戦艦棲姫は……

 

「久しぶりだね剛、君がここにいるのは正直複雑な気分になるけど……、また会えて僕は嬉しいよ。今は忙しくて無理だけど、いつか機会があったらまた2人で飲まないか?……あぁ、アリーさんの惚気話は勘弁だけどね」

 

リチャードがそう言うと、剛さんは飛びつくようにして彼に抱き着き声を上げて泣き始めた。剛さんの非常に珍しい姿を見て目を丸くして驚く艦娘達、俺も驚きはしたが2人の様子を見る限り、この2人は……

 

「なあ、この人一体何者なんだ?名前聞いた瞬間長門屋の皆が固まってたみたいだが……」

 

木曾がそう尋ねて来る、まあこいつらが知らないのは当然か……

 

「この方は……、俺達の世界でエデンの構成員に暗殺されたアメリカ大統領だ……」

 

\……はぁっ!!?/

 

戦治郎の言葉を聞いた艦娘達が一斉に驚愕の声を上げた、まあ驚くのも無理は無かろう……

 

「それだけじゃ今の状況を説明するには言葉不足だね、僕は昔陸軍に所属していて剛とは同期で友人だったのさ。アリーさんとの結婚の事でよく相談されたものだよ」

 

リチャード大統領は剛さんを落ち着かせる為にその背中を優しく叩きながらそう言って、こちらへ苦笑いを向けて来るのであった



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龍と王の趣味

「皆ごめんなさい、急に取り乱しちゃって……」

 

ようやく落ち着いた剛さんがそう言って頭を下げる、それを聞いた俺達は気にしていない、だから気にしないで欲しいと口々に言う。もし俺が剛さんと同じ立場であったなら、間違いなく同じようになる自信があるからな……

 

元々は剛さんと同期の軍人で、アリーさんとの結婚について安心して相談出来るほど信頼する友人、そんな友人が妻であるアリーさんが立ち上げたテロ組織によって暗殺された……

 

きっとリチャードさんは自身を暗殺したのが誰なのかを知らないはず……、そんな彼に真実を伝えた時、果たしてリチャードさんは剛さんの事をどう思うのか……、それを知るのがとても恐ろしく、そして自分の妻がやらかしてしまった事をどう償えばいいのか分からなくて、その結果あんな事になってしまったのであろうと想像する

 

「さて、何時までもここで立ち話をするのもどうかと思うから、そろそろ拠点に向かおうじゃないか」

 

海賊団の面々が剛さんの心境を考え、俯いて沈黙しているところに大統領がそう提案してきた。俺達はその提案を受け入れて島の方へと移動を開始したのだった

 

「何か最初見た時レッツパーティー!とか叫んでたから、この人も旦那達と似たような人なのかと思ったんだけどよ~、話してみると全然普通だな」

 

「おいコラ摩耶!大統領に向かってそんな口の利き方があるかっ!」

 

移動中に摩耶がふと思った事を口にする、戦治郎がその口の利き方について注意するのだが

 

「いや、僕は全く気にしてないから大丈夫だよ。むしろいつも通りの話し方をしてくれた方が僕としては嬉しいかな?大体僕はもう大統領ではないからね」

 

そう言って摩耶を叱りつける戦治郎を宥める大統領……、いや、ここからは彼の希望通りリチャードさんと呼ぶとしよう

 

「でも貴方、今は穏健派のトップの1人でしょ?」

 

リチャードさんの言葉を聞いた剛さんがそう言うと、リチャードさんは痛いところを突かれたとばかりに苦笑いを浮かべる

 

「……そういや護、おめぇリチャードさんの事あんた呼ばわりしてたよな……?」

 

「あっあっあっ……」

 

ふと思い出したように戦治郎が呟き、それを聞いた護が顔を真っ青にする。その直後戦治郎が護に飛び掛かり2人で一緒にリチャードさんに向けて、横スライド移動土下座しながら謝罪するのであった

 

「ハハハッ!君達は本当に面白いねっ!っとそう言えばあの叫びの事なんだけど……」

 

2人の姿を見て笑うリチャードさんが、ふと思い出したように最初の叫びの事について話し始めた

 

「あれはね、技術班が付けたメタルウルフの安全装置を解除する為のものなんだよ。僕があのセリフを叫ぶ事で、安全装置が音声を認識してセーフティーモードから戦闘モードに切り替わるようになっているんだ」

 

そう言う事だったのか……、しかし音声入力式か……、ここの技術班は中々面白い物を作るのだな

 

「技術班が僕にあのセリフを叫ばせたいが為にそんな仕様にしたんだと思うんだけどね、まあそんな僕も元ネタは知ってるからノリノリで叫ばせてもらってるけどね☆」

 

悪戯っぽくそんな事を言うリチャードさん、まさか元ネタを知っているとは……

 

「大統領と言う仕事の都合で公に出来なかったけど、これでも僕はゲームが好きなんだよ。特にアーマードコアみたいなのはやってて気持ちがいいから大好きだったよ」

 

それを聞いた護がピクリと反応し、他のメンバーは意外そうな顔でリチャードさんの顔を見る。確かにそんな趣味があると世間に知れたら一部の層には支持されそうだが、一般層には変な噂を流されて悪評を付けられかねないからな……、こればかりは致し方無しと言えるだろう

 

「つか、さっき元ネタ知ってるって言ってましたけど、メタルウルフカオスって発売されたの日本だけでしたよね……?何でリチャードさんが知ってるんですか?」

 

「いや~、部下にお願いしてコッソリ買って来てもらったんだよ。そのついでに『ハグルマ工務店』のゲームもね」

 

シゲがリチャードさんにメタルウルフカオスを何処で知ったのかを尋ねたところ、全くの予想外の返答が返って来る。それを聞いた護が今度は大きくビクリと身体を震わせるのだった

 

「ハグルマ工務店……?何故工務店がゲームを出しているのでしょう……?」

 

「ああ、ハグルマ工務店と言うのはロボットアクション系の同人ゲームを作っているサークルの名前でね、僕はそこのファンなんだよ」

 

ハグルマ工務店に疑問を抱いた姉様に対して、リチャードさんがハグルマ工務店について簡単に説明する。それを横で聞いていた護がプルプルと震えだす……

 

「ぐ、具体的にどんなところが好きでファンになったんッスか……?」

 

「やっぱり戦闘だね、メカのデザインや背景、オブジェの出来も凄いけど、派手な演出と思った通りに動かせる操作性から来る爽快感が本当に魅力的でね。ただまあシナリオと音楽はもうちょっと頑張って欲しいかな?とは思うね」

 

む、護の振動が若干弱まったな……、まあこのあたりはいつも指摘されているからな……

 

「護さん、どうしたんですか?何か震えてるみたいですけど……」

 

阿武隈が護の様子がおかしい事に気付き、心配して声を掛けるのだが……

 

「どいつもこいつもシナリオシナリオ音楽音楽……、自分だって慣れない作業を頑張ってやってるんッスよ……?そういうの得意な人雇えるなら雇うッスよ……?でもそういう人が身近にいないから出来ないんッスよ……?一体どうしろって言うんッスか……」

 

阿武隈の声が聞こえていないのか、護はブツブツと愚痴を零し続ける……

 

「彼は一体どうしたんだい?もしかして調子が悪かったのかい?」

 

「いえ、いつもの事なんで気にしないで下さい」

 

「新作を出す度に言われてる事なのだがな……、いい加減慣れればいいものを……」

 

護の様子を見て不思議に思うリチャードさんに戦治郎がそう返し、俺はやれやれとばかりに首を振りそう呟く

 

「ちょい待ち、新作を出す度ってどういう事や?」

 

俺の呟きを聞いた龍驤がそう尋ねる、むぅ……、聞かれていたか……、不覚……

 

「あ~……、うん、そのな……、ハグルマ工務店ってサークルなんだけどよ、護がそのサークルの代表なんだわ。んで俺と空はサークルメンバー」

 

「何だってっ!!!それは本当なのかいっ!!?」

 

戦治郎の言葉を聞いたリチャードさんが驚愕しながら尋ねて来た

 

「ええ、俺と空もこいつのゲームのファンだったんですけどね、こいつが金になるバイト探してるって言うものだからウチでバイトとして雇って働いてもらってたら、気付いた時には住み込みの正規雇用になってたんですわ。んでこいつが自室で作品作ってるの見て作業を手伝ったところ、俺達は護に頼まれてサークルメンバーになったんです」

 

懐かしい話だな……、戦治郎がメカデザインを担当し、俺が背景やオブジェなどを担当したところ人気が急上昇して、サークルメンバーになって欲しいと頼まれたんだったか……

 

「これは朗報だっ!こちらの世界でもハグルマ作品が楽しめるようになるなんて!」

 

戦治郎の話を聞いたリチャードさんは、子供のように大はしゃぎして喜んでいる。どうやらこちらでもハグルマ工務店として活動しなければならなくなったな……、まあ楽しいから別に構わないのだがな

 

「こうしちゃいられない!技術班の皆のも早くこの事を伝えてあげないとだなっ!」

 

そう言って航行速度を上げるリチャードさん、この様子だと件の技術班の中にも俺達のファンがいるようだな、ならば尚の事頑張らないといけないな

 

俺達はそんなリチャードさんの背中を追うように、速度を上げて島の方へと進むのであった



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龍と格納庫と胸騒ぎ

ハグルマ工務店のメンバーが海賊団にいると聞いて心を躍らせるリチャードさんに何とか追いつき、俺達は穏健派の総本山があると言うガダルカナル島へと上陸する

 

「遥々来たぜガダルカナルー!って、ここらへんに施設とか見当たらないんですが……」

 

「ここの重要施設の類は島の中心にあるからね、ここからは僕の車で移動するんだよ」

 

そう言ってリチャードさんが指差す先にあるのは……

 

「「「ぶぼふっ!!!」」」

 

それを見た戦治郎、シゲ、護が思わず吹き出してしまう、そこにあったのは緑色の大型トラックだったのである

 

「まさかのこれかよぉっ!!!」

 

「ここの技術班の連中はリチャードさんで遊び過ぎだろっ!!!」

 

「突っ込むんッスかっ!?もう我慢ならん!って深海棲艦に突っ込むんッスかっ?!」

 

「空ぁ……、俺あのトラックをどっかで見た気がするんだけど……」

 

騒ぐ3人を見て光太郎が俺に話しかけて来る、そうだな、俺もこのトラックについてはよく知っているぞ……

 

「間違いなく、ガンハザードの序盤で大統領が乗っていたあのトラックだな……」

 

俺がそう言うと光太郎はやっぱりか……と短く返してくる、俺達がそんなやり取りをしている中、リチャードさんはトラックの荷台の上でメタルウルフを脱いで荷台に固定していた。手際よくスーツを固定しているところを見ると、この作業を今まで幾度となくやって来た事がよく分かった。それだけこのスーツを装着する機会があったと言う事実の証明と言ったところだな……

 

「これでよし、それじゃあ今から拠点へ向かうんだけど、誰か助手席に乗るかい?」

 

メタルウルフを荷台に固定し終えたリチャードさんが、俺達に向かってそう尋ねて来るのだが……

 

\剛さんどうぞ!/

 

あのやり取りを見ていたが故、海賊団全員が剛さんに助手席に座る権利を譲り皆はイソイソと荷台の上に乗っていくのだった

 

「おやおや、皆気を遣ってくれたみたいだね」

 

「何か悪いわねぇ……」

 

「こういうのは有難く受け取っておくべきじゃないかな?っと、皆乗り込んだようだしそろそろ行こうか。積もる話は道中で、ってね」

 

「そうね……、分かったわ、それじゃあ行きましょうか」

 

リチャードさんと剛さんがそんなやり取りを交わした後、それぞれ運転席と助手席に乗り込んだところでトラックが発進し、拠点へ向かって進んで行くのだった

 

 

 

 

 

それからしばらくして、俺達を乗せたトラックは拠点の敷地内に入りある建物の方へと進みその中へと入っていく。その建物の中には戦車やバイクなどが停めてある事から、俺はここは格納庫の類だと推測する

 

「「うおおおぉぉぉーーーっ!!!」」

 

また戦治郎と護がはしゃいでいるが、こいつらは一体何を見つけたのだろうか……?

 

「あの戦車、メタルマックスシリーズのレッドウルフだろ絶対!何でこんなとこにあるんだよっ!!!」

 

「あの装備構成……、雷神ゲパルトじゃないッスかーっ!?なんつーモン作ってるんッスかここの人達はーっ!」

 

今度はメタルマックスの戦車か……、ここの連中は随分と趣味の幅が広いな……。まあそれが分かる俺達も大概だとは思うが……

 

そんな事を考えながら他のメンバーの様子を見ると、大騒ぎする2人を見てポカンとする者達の中に、1人だけ戦治郎達と同じ方角を見て愕然としている者がいた

 

「あれは……、タキオンSS……、あんなもんまで作ってるのか……」

 

シゲである、戦治郎達ほど騒ぎはしないものの、格納庫内に駐輪してあるプラチナに輝く未来的なデザインをしたサイドカー付きバイクに、完全に見惚れてしまっているのである

 

「やっべーぞここ!ここには夢と希望とロマンと技術がたんまり詰め込まれてるぞおいっ!!!んあーっ!俺もこういうの作りてぇなーっ!資源の消費度外視で好きなもん作ってみてぇなー!」

 

「シャチョー……、いいんッスよ~?もう我慢しなくていいんッスよ~?好きなものを好きなだけ作っちゃっていいんッスよ~?」

 

技術屋魂が触発された戦治郎に対して、悪魔のように囁く護。恐らくそれに自分も便乗して好き勝手に開発したいだけなのだろうが……

 

「おめぇらうるせぇんだよぉ、それ以上騒ぐようだったらその口縫い合わしちまうぞぉ?」

 

若干苛立ちながら悟が言う、実際のところ敷地内に入ってからの俺達は物凄く周囲に注目されているのである

 

ここの代表の1人であるリチャードさんが運転するトラック、その荷台には噂になっている長門屋海賊団の面々、これだけでも十分目立つのだが今は2人が大騒ぎするものだから更に目立ってしまっているのである

 

きっと悟はこんなに注目されている中で恥ずかしい姿を晒すなと、遠回しに言ったのだと思っていたが、その悟の傍らで落ち着かない様子でアワアワしている望の姿を見て、本心は別のところにある事を察する事が出来た

 

アドレナリンと言うものは、何も興奮状態の時だけ分泌されるものではない。恐怖や不安、緊張状態になっても分泌されてしまう為、今のように多くの人から注目されて恐怖や不安を覚えてしまった結果分泌されてしまう可能性がある。それを警戒して悟はああ言ったのだろうな……

 

俺がそんな事を考えていると、トラックが停止し運転席と助手席からリチャードさんと剛さんが降りて来た

 

「誰も荷台から落っこちたりしてないね?技術班が今からこのメタルウルフの整備をするらしくてね、トラックごと工廠に持って行くらしいから皆荷台から降りてもらえないかな?」

 

リチャードさんにそう言われた俺達は、言われた通りすぐに荷台から降りる。戦治郎と護が技術班と話がしたいからと言って荷台に残ろうとしていたが、俺と光太郎がその首根っこを掴んで2人を荷台から引きずり下ろす。と、その時だ……

 

 

 

俺の脳裏に翔鶴の顔が浮かぶと共に、背筋にゾクリと冷たいものが走る……。それを皮切りに妙な胸騒ぎがし始めたのだ……

 

途轍もなく嫌な予感がする……、もしかして翔鶴の身に何かあったのか……?そう思った俺は……

 

「戦治郎すまん」

 

「う?っておいィィィッ!??」

 

「おっとっと……、って空ちゃん?!一体どうしたのっ!?」

 

首根っこを掴んでいた戦治郎を剛さんへ投げ渡し、すぐにライトニングⅡを展開し飛行モードに切り替え、格納庫の出口の扉を突き破って外へ飛び出した

 

「空の奴一体どうしたんだ?!」

 

「俺達も何がなんだか……、取り敢えず俺が後を追うっ!」

 

「光太郎ぉ!俺も連れて行きなぁ!さっきから嫌な予感がビンビンしやがるからよぉ!」

 

「ちょい待てって!俺置いてくなってっ!」

 

「すみませんリチャードさん!ちょっち俺達行って来ますね!海賊団の皆はここで待ってろ!いいなっ!?」

 

背後で戦治郎と光太郎、それに悟と輝の叫び声が聞こえたが、俺はそれらを気にする事なく高度と速度を上げ、翔鶴を探しながら海上の空を駆け抜けるのだった

 

一体なのが起ころうとしているのだろうか……、直前に翔鶴の顔が浮かんだとなるときっと翔鶴の身に何かが起ころうとしているのではなかろうか……?もしそれが本当の事だとしたら、翔鶴が危ない……っ!どうか無事でいてくれ……翔鶴……っ!!!

 

俺は心の中で何度もそう願いながらソロモン海の上空を飛び回り、翔鶴の姿を探して回るのだった。そして……

 

「見つけた……っ!?」

 

ようやく翔鶴の姿を発見するのだが、彼女は今正に絶体絶命……、いや、絶対絶命の危機に瀕していたのである

 

大破した彼女の下へその巨大な口を大きく開きながら、ゆっくりとした歩みで歩み寄っていく異様な気配を漂わせる改ヌ級がそこにいたのである

 

俺はその改ヌ級の姿を見た瞬間直感した、こいつが例の食人鬼か……っ!だとしたら翔鶴が危ないっ!!!

 

そう思った俺はライトニングⅡを更に加速させ、改ヌ級へと突撃するのであった……



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鶴と龍と食人鬼

それは私達がショートランド泊地近海を哨戒していた時でした

 

いくら常軌を逸脱した化物がこの辺りを徘徊しているからと言って、危険だからと艦娘達による近辺の哨戒任務を一時的に中止させるわけにもいかない為、提督は苦虫を噛み潰したような表情をしながら私達に哨戒任務の指令を命じられました

 

いつもなら哨戒任務は軽巡の娘と駆逐艦の娘が担当するのですが、もし例の化物の襲撃を受けた際、軽巡と駆逐艦だけでは太刀打ち出来ないだろうと言う提督の判断で、私、川内さん、時雨さん、夕立さん、江風さん、そして戦艦艦娘の娘1人の6人編成で哨戒任務に当たる事になったのでした

 

そして私達は覚悟を決めて出撃し任務に当たるのですが、その時は空さんが言う強硬派の深海棲艦も出る事無く順調に任務をこなす事が出来ました。それからすぐに帰投する事になり、泊地に向かうその道中で戦艦の娘がとんだ肩透かしを食らったなどと言ったその時です……

 

『見つけた見つけた、銀髪の女、ようやく見つけたぜぇ~……』

 

不意に流暢な英語で誰かがそのような事を言ったのでした……

 

それを聞いた皆さんは一斉に臨戦態勢に入り周囲を警戒し始めますが、その言葉の内容を理解出来た私は、独り背筋にゾクリと冷たいものを感じるのでした……。この声の主は、私を狙っている……?

 

そんな事を考えていると背後から禍々しい気配を感じて、私はすぐさま後ろを振り返りました。すると海の中から1隻の軽母ヌ級……、いえ、軽母ヌ級改flagshipが姿を現すのでした

 

「何でこんな奴がこんなところにいるのっ?!」

 

本来このようなところで見かけるはずのない改flagshipの個体を見た戦艦艦娘の娘が、有り得ないとばかりに驚きの声を上げ

 

「川内さん?それに夕立と江風も……、一体どうしたんだい?」

 

この改ヌ級の姿を見るなり、急に敵意を剥き出しにする3人に時雨さんが問い掛けます

 

「川内さン……、こいつが例の奴みたいですね……」

 

「現場を見てない2人にも分かっちゃうか……、江風の言う通り恐らくこいつがあの事件の犯人だと思う……」

 

「あの島からこいつと同じ匂いがプンプンしてたっぽい!きっとこいつが皆が言ってる悪い奴っぽい!」

 

時雨さんの問いを無視して、3人は真剣な表情でこのようなやり取りを交わしていました。やはりこの3人は気付きましたか……、駆逐艦の2人は目隠しされて現場を直接見ていないでしょうが、あの現場に漂う淀み切った瘴気のような空気に触れたとなれば、嫌でも気付いてしまうでしょうね……

 

「皆さん!すぐに撤退しましょうっ!」

 

「えぇっ!?改flagshipとは言えたった1隻じゃないですかっ!こんなの6人で相手したら何とかなるでしょうっ?!」

 

私がすぐに撤退指示を出した事に対して、戦艦艦娘の娘が異論を挟みます。この娘は空さんの戦いぶりを見ていないから、転生個体の恐ろしさが分からないのでしょうね……

 

「時雨の姉貴!すぐに逃げるぞっ!」「ぽいっ!」

 

「えっ!?2人共急にどうしたんだいっ?!いつもなら揃って相手に向かって行くのにっ!??」

 

「それだけヤバい相手だって事っ!だからここは素直に撤退するよっ!!!」

 

江風さんと夕立さんは時雨さんを両サイドから抱えながら、ヌ級に背を向けて撤退を開始し、2人の行動に疑問を抱く時雨さんに川内さんがそう言い聞かせていました

 

『アッハッハァッ!!!こっちに背中向けちゃって……、まさか逃げる気か?』

 

そんな私達を見て、そんな事を言いながら膝を叩いて大笑いするヌ級。その笑い声が非常に癪に障るのですが、その気配から実力の差は歴然としていますからと自分に言い聞かせて、その声を無視して私達は撤退を開始しますが……

 

『させるわけねぇじゃん、バ~カ』

 

ヌ級は笑うのを急に止めたかと思えば、そのような事を言って艦載機を発艦させてきました

 

「皆さん!対空射撃っ!!!」

 

それにいち早く気付いた私は、皆さんにすぐにその艦載機を迎え撃つように指示を飛ばすのですが……

 

「なンじゃこりゃぁっ!?」「ぽいぃっ!?全然当たらないっぽいっ!?」「何て動きをするんだ、あの艦載機は……っ!!?」「何であんなに機敏に動けるのっ!?弾と弾の間を縫うように飛ぶって有り得ないってっ?!」

 

ヌ級が放った艦載機は、機敏な動きで私達の対空射撃や戦闘機を翻弄した後、まるで獰猛な獣のように襲い掛かり……

 

「うがぁっ!」「あぅっ!」「くぅっ!」「きゃぁっ!」「痛ぅ……っ!」「うぁっ!!」

 

私達を一方的に蹂躙し、時雨さんと川内さんを中破、夕立さんと江風さん、そして私を大破に追い込むのでした

 

『飯の分際で小賢しい真似してんじゃねぇよ、っといい具合に銀髪も動けねぇみてぇだし、ここいらで晩飯にするとしますかねっと』

 

そう言ってこちらへ向かって舌なめずりしながら近寄って来るヌ級、何とかこの場から逃げようとしても艤装が動いてくれない……、このままでは私だけでなくこの娘達も危ない……っ!

 

そう思った時でした、ヌ級の頭部に砲弾が直撃し炸裂しました。一体誰が……?まさか誰かが助けに来てくれたのでしょうか……?

 

そう思い砲弾が飛んできた方角を見ると、戦艦艦娘の娘の艤装から濛々と煙が立ち上っていました。その姿を見る限り小破と言ったところでしょうか、あの艦載機による激しい攻撃を受けて小破で済むあたり流石は戦艦の艦娘だと思うのですが……

 

『お前、今何しやがった?まさか俺の飯の邪魔するつもりか?えぇ?』

 

「何言ってるか分からないけど、これ以上勝手な真似させないっ!」

 

彼女はそう言って更にヌ級を狙って砲撃をするのですが……

 

「えっ!?嘘っ?!消えたっ!!?」

 

彼女の視界から急にヌ級が消えたらしく、彼女は慌てて消えたヌ級を探して周囲を見回していたのですが……

 

「う"ぐっ!?」

 

『遅ぇんだよノロマ』

 

腹部に走った衝撃に耐えきれずそのような声を漏らす戦艦艦娘の娘、彼女が視線を自身の腹部に向けるとそこには例のヌ級がおり……

 

『ったく、俺は好きなものから喰う主義なんだけどなぁ……、まあたまには前菜からってのもいいか』

 

そんな事を言いながら、彼女の腹部から引き抜いた内臓をモッチャモッチャと不愉快な音を立てながら咀嚼し、それを飲み込んでしまいました……

 

このヌ級は戦艦艦娘の懐まで一気に詰め寄り、一瞬の内にその艦娘の腹部に手を突き刺して内臓を引きずり出して食べてしまったのです……。彼女の視界からヌ級が消えたように見えたのは、恐らくヌ級の速度に彼女の目が追い付かなかったからでしょう……。傍から見ていた私達にはヌ級の動きがよく見えていたのですが、それを彼女に伝える前に彼女はヌ級の攻撃を受けてしまったのです……

 

「あ"……、あ"……?」

 

彼女は何かを告げようとするも、それを言葉としてまともに発する事も叶わず、力尽きて崩れ落ちるように倒れ……

 

『おっと』

 

そうになったところをヌ級に抱き留められた後、艤装を強引に引き千切られたかと思えば、そのまま口の中に放り込まれグチャグチャと音を立てながら咀嚼されてしまうのでした……

 

『おっし前菜も食った事だし、メインディッシュといきますか!』

 

ヌ級は戦艦艦娘だったものを飲み込んだ後、そう言ってその血塗れになった巨大な口を大きく開きながら、私の方へとゆっくり歩み寄って来るのでした……

 

「「「「翔鶴さんっ!!!」」」」

 

ヌ級の動きを見た皆さんが、ヌ級の狙いが私である事に気付き一斉に私に呼びかけますが、ヌ級が食事する姿をしっかりと見せつけられたせいで、私の身体は恐怖で竦み上がってしまってピクリとも動かせなくなってしまいました。それを見た川内さん達が何とか身体を動かそうとしているようですが、彼女達も私と同じように身体が思うように動かなくなっているようです

 

艦娘になった時、いつか私も沈む日が来るだろうと覚悟はしていたつもりです……、ですがこのような化物に骨も残さず食べられるなんて最期だけは絶対に許容出来ません……っ!ですがもう身体も艤装も動いてくれません、絶体絶命と言うのはこの事なのでしょうね……

 

そんな事を考えていると、私の頭の中に空さんが私に告白してくるシーンが思い浮かびました。私は最初は告白して来た空さんが深海棲艦である事や身体が同性である事にとても混乱してしまいましたが、包み隠さず純粋な想いをまっすぐにぶつけてくれたのは本当に嬉しかったのが本音です

 

もっと色々とお話がしたかった……、もっとあの人の事を知りたかった……、それももう叶わなくなる……、そう思った時不意に私の瞳から涙が一筋零れ落ちます……

 

せめて最後にもう1度だけ会いたかった……、そう思っていたその時でした

 

何処かで聞いた覚えのあるターボファンエンジンの音が、その轟音を轟かせながらこちらに向かって来ていました。そして次の瞬間

 

上空から物凄い速度で急降下して来た何かが、私の目の前にいるヌ級に激突してヌ級を吹き飛ばしてしまいました。そしてそれがヌ級に激突する直前の事です、1つの影がその何かの上から飛び降りて私の目の前に着地、私とヌ級の間を遮るように立ち塞がるのでした

 

「大丈夫か?翔鶴」

 

それはこちらへ振り向く事もせず、ヌ級をしっかりと見据えたまま私にそう話しかけてきました。それは正に、先程私が会いたいと思っていた人物である石川 空さんその人だったのです

 

『今度は何だ?ってなんだよあのクッソ不味い青白い奴かよ。てめぇに用事はねぇからすっこんでろ、それともてめぇも俺の飯の邪魔すんのか?』

 

『その口振りから察するに……、貴様、翔鶴を喰おうとしていたのだな……?』

 

ヌ級の言葉に対して、空さんも英語でそう返します

 

『だったらどうする?』

 

ヌ級がニヤニヤしながらそう返答したところ……

 

『何、簡単な事だ……、貴様を殺してでも阻止するだけだ』

 

空さんはその激しい怒りを一切隠そうともせず、そう言いながら空中で変形しながら戻って来た艤装を右腕に装着するのでした

 

『アーッハッハッハッハッハッ!!!面白れぇ事いうじゃん、やってみな?出来るんならなっ!』

 

ヌ級がそう叫ぶと、空さんとこのヌ級は目にも留まらぬ速度で同時に動き出し、衝撃波で海面を激しく揺らしながら激突するのでした……




Nは深海棲艦の味はお好みではないようです


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龍と食人鬼の激突

俺はヌ級の叫びに合わせて奴目掛けて突撃し、その腹にライトニングⅡを装着した右腕を叩き込んでやろうと光速正拳突きを撃ち出したのだが、何と奴は俺の光速正拳突きに合わせるようにして拳を撃ち出してきたのである

 

その衝撃で海面が激しく揺れ、大きな飛沫をあたりに撒き散らしていた。それほどの衝撃が発生したにも関わらず奴は無傷のようで全く動じた素振りを見せない

 

「中々良いパンチ出すじゃねぇか、まあ尤も?そのオモチャが無かったらその拳がグチャグチャになってただろうけどな?」

 

そう言ってゲラゲラと気持ちの悪い笑い声を辺りに響かせるヌ級

 

認めたくないものだが、こいつと拳をぶつけ合った時に直感してしまったのである、こいつが言った通り俺がライトニングⅡを装着せずにこいつに殴りかかっていたら、俺の拳はあいつの拳に潰されてしまっていただろうと……

 

「しっかしおめぇ、今まで食って来た奴らと全っ然違うな~。他の連中はおめぇのオモチャみたいなの使っても大した事なかったのによ~……」

 

ヌ級は余裕があるのだろうか、そう言って考え込む素振りを見せるのであった。奴の口振りからすると、どうやら奴は純正の深海棲艦も食った事があるようだな……、いや、その前に俺を見た直後にクソ不味い青白い奴と言っていたので、ほぼ間違いなく食っているな……

 

「おめぇ……、もしかして俺と同類か?」

 

「貴様などと……、一緒にするなっ!!!」

 

考える素振りを止め、俺に向かってヌ級がそう言ってきた。それを聞いた俺は先程以上に怒りを覚え、奴に連撃を仕掛けるのだった

 

恐らく奴は転生個体と言う意味で同類と言ったのだろうが、俺には全く別の意味に聞こえてしまった為、それを否定したくて攻撃を仕掛けたのである

 

奴と同類……、脳のリミッターが外れているが故に人間離れした身体能力を手に入れてしまった人の形をした化物……、人間離れしているが故に人から恐れられ忌み嫌われる存在……、そしてその力を己の欲望を満たす為だけに振るい続けた外道……

 

違う!断じて違うのだ!俺には確かにこいつと同じように人間離れした力がある、だが俺はこいつのように自身を化物や怪物などとは思ってなどいないし、腐れ外道に身を堕とした覚えもない!貴様とは違うのだっ!!!

 

奴の言葉を否定したくて、拒絶したくて、受け入れたくなくて……、俺はそれだけを考えながら奴に対してありとあらゆる攻撃を奴の身体にひたすらに叩き込む、拳を撃ち込み、蹴りを叩き込み、肘で突き、膝を見舞う。俺は俺が思いつく限りの全ての攻撃を、奴の身体に絶え間なくブチ込んでやった。ブチ込んでやったのだ……、だが……

 

「アッハッハッハッハッ!ムキになってやんの!何だ?もしかして俺が言った事がそんなに気に入らなかったのか?ん~?」

 

このヌ級は俺の攻撃を一切回避する事無く、その全てをその身に受けたにも関わらず、まるでお前の攻撃なんて効きませんよと言わんばかりに、そう言って平然と振舞うのだった。俺はそれを見て得体の知れない恐怖を感じて、急いで間合いを取って奴を警戒する

 

「なん……だと……っ!?」

 

流石の俺でもこれに対しては衝撃を受けざるを得ない……、俺の攻撃が一切効いていないだと……?まさか……、そんな馬鹿な……っ!?

 

「驚いてやんの!まあ普通そうだろうな~、自分の全てを叩き込んでも俺がケロッとしてるんだからな~」

 

そう言ってまたゲラゲラと不愉快な笑い声を上げるヌ級、今この時だけはこいつの笑い声が本当に不愉快極まりなかった……

 

「よし!おめぇは中々頑張ったからご褒美として俺の秘密教えてやらぁ!どうせブチ殺すんだから冥途の土産に丁度いいだろう!」

 

不愉快な笑いを止める事無くヌ級がそう言った、こいつの秘密だと……?もしやそれがこいつのタフネスに関係あるのではないか……?そう思った俺は黙ってヌ級の話を聞く事にした。但しいつでも攻撃を再開出来るように警戒しながらではあるが……

 

「俺はいつものように血ぃダラダラ流しながら飯を獲ってたんだがよぉ、ある日を境に全力で動いても平気な身体になってたんだよな~。それからはもうスゲェ事スゲェ事、今まで直撃したら痛かった青白い連中や水に立つ女達の攻撃受けても、全く痛くなくなったんだよな~。ホントそれのおかげで気に食わねぇ奴は殺し放題だし、飯も食い放題、そのおかげで俺は天国を満喫出来るってわけだ。分かったか?」

 

そう言い終えた後、ヌ級は先程よりも大きな声で笑いだすのだった。身体が全力行動に耐えるようになっただと……っ!?それに深海棲艦や艦娘の攻撃も効かなくなった……、まさかこいつのタフネスは能力によるものだと言うのか……っ?!

 

それを聞いた俺の心に焦りが生まれる、こいつはその能力のおかげで常に全力で行動出来るようになっており、その副次効果で耐久性も跳ね上がっていると言う事になるのである。そんな奴を相手にするのは流石に分が悪すぎる……!

 

だが、だからと言って俺は退く事は出来なかった、もしここで俺が退けば間違いなく翔鶴達が殺されてしまう……、それだけは何としてでも避けねば……っ!!!

 

「何だ?俺の話聞いてビビったのか?何だよ面白くねぇなぁ……。まあいいや、取り敢えずビビりなお前は後でぶっ殺すとして~、先にあっちの雑魚を始末すっか!俺が見てない間に銀髪連れて逃げようとしてたみたいだからな~!」

 

俺はヌ級の言葉を聞いてハッとして後ろを振り向く、するとそこには翔鶴、夕立、江風を連れてここから撤退しようとしていた時雨と川内の姿が見えたのだった

 

「逃がすかよぉっ!!!」「行け!お前達っ!!!」

 

「「「「うー!にゃーっ!!!」」」」

 

俺とヌ級の声が重なり、それと同時にお互いの艦載機が発艦し壮絶な空中戦を開始するのだった。ワイルドとベアが片っ端から相手の艦攻と艦爆を撃ち落とし、魚雷を爆弾に積み替えたヘルとタイガーが爆撃で相手艦載機を破壊すると言う荒業を実行し、この空中戦は俺の航空隊が優勢の展開となり、それに伴い翔鶴達への被害を出さずに済んだ

 

「な~んだ、てっきりビビってもう動けねぇと思ってたんだけどな~……。まあいいか、殺す順番がちょっと変わったくらいだ、何の問題もねぇ……なっ!!!」

 

ヌ級はそう言って俺との距離を一気に縮め、その勢いに乗って貫手を放ってくるのだった

 

「ふんっ!」

 

「はんっ!それを待ってましたよっとっ!」

 

俺は奴の貫手を半身をズラす事で紙一重で躱し、お返しとばかりに奴の顔目掛けて左腕で突きを放つのだが、奴はそう言ってそれを躱そうともせずあろう事か口を開いて待ち受けるのだった

 

それを見た瞬間、俺は直感で不味いと感じすぐにその突きを止めて左手で下顎を掴み、ライトニングⅡを装着した右腕で上顎を押さえる

 

「ははへほらぁっ!!!」

 

口を開けたまま叫ぶこいつの息が俺の顔に直撃する、うむっ!臭い!尋常じゃないくらいこいつの息が臭い!!鼻の感覚が麻痺してしまいそうなほどの途轍もない悪臭ではないかっ!!!思わずそれで力が抜けそうになるが、何とか堪えて俺はこいつの顎を押さえ続けるのだった。もしここで力を緩めてしまえば、俺の手はこいつのこのデカい口にガブリと噛まれ、最悪食い千切られてしまうからな……

 

と、そこでふとヌ級の歯が俺の目に映るのだが……、その隙間や根本には乾燥してガチガチになった黒い物体と茶色で柔らかい物体がびっしりとこびりついており、歯の表面は赤黒い液体がべっとりと付いていた……

 

そこで俺はある事を思い出す、こいつが何を好んで食っていたのかを……

 

「ぬうううぅぅぅんっ!!!」

 

それを思い出した俺は、すぐさまヌ級の腹に蹴りを入れて吹き飛ばし、急いで足元の海水で手を洗うのだった。そう、こいつの歯にこびりついていたのはこいつが今まで食って来た人糞、赤黒い液体はこいつに食われた者の血液なのだ

 

もしこいつに噛まれていたら、ほぼ間違いなく破傷風になっていただろうな……。そう考えると何としてでもこいつの噛み付きを喰らうわけにはいかなくなった……っ!

 

「何だよ、オモチャ使わなくてもいい蹴り放つじゃねぇかよ、えぇ?おい」

 

ヌ級にそう言われて気付く、先程あいつに蹴りを入れる時に思わずかなりの力を入れてしまったようで、蹴り足に負担がかかってしまったのかズキリとした痛みが蹴り足を駆け抜けたのだ

 

「ん~?んん~?もしかして~?もしかしちゃう~?まさかお前も~?俺と同じで限界超えて動けちゃったりするのかな~?ハッハッハッ!な~んだ、お前もなのか~!お前も俺と同じ化物だったのかよ~!俺と同類だと思ってたらそんな事まで同じだったんだな~!それなら先に言ってくれよ兄弟~、そう言う事ならこれから仲良くしようぜ~?なぁ?ば・け・も・の・さん♪」

 

お道化たようにヌ級が言い放つ、それを聞いた俺は……

 

「黙れえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

力の限りにそう叫び、奴に向かって突っ込んでくのだった。もういい……、もうこいつに容赦はしない……!望み通り全力で相手をしてやる……!!こいつだけは絶対に殺してやる……!!!例えこの身が滅びようとも、俺を化物扱いしたこいつだけは絶対に殺してやる……っ!!!戦治郎が言ってくれた通り、俺は……、人間なんだあああぁぁぁーーーっ!!!

 

こうして俺は、食人鬼ヌ級に対して全力攻撃を敢行するのであった……




作者はこれを書いてる最中、メタルマックス2:リローデッドの『WANTED!』をかけっ放しにしてました。人によっては『お尋ね者との戦い』の名前の方が馴染み深いかもしれませんね


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龍の全力

「―――――!!!」

 

先程の叫びのせいで声帯が潰れてしまったのか、声にならない声を張り上げながら俺は奴に突撃を仕掛ける

 

その際海面を蹴った足から奴を蹴り飛ばした時とは比べ物にならないほどの激痛が発せられるが、俺はそれを気にする事なく真っ直ぐ奴に向かって行き、まずはライトニングⅡを装着した右腕で奴に殴りかかる

 

「うぎっ!」

 

それがヌ級の腹部に突き刺さると、耐久性を上げているヌ級も流石にこれは効いたようで呻き声を漏らす

 

それと同時に俺の右腕からビキリ!と言う音と共に激しい痛みが駆け抜けていく、どうやらライトニングⅡを装着していても衝撃を殺し切れず、骨にヒビが入ったようだ……。だがそんな事を気にしている場合ではない……っ!

 

俺はそのまま続けて左腕を突き出して奴の頬に拳をめり込ませる

 

「ぶべっ!」

 

奴の声と共に今度は左腕からバキャリ!と言う音が聞こえる、何も付けていなければこうなるのは仕方ない、俺はそう割り切って砕けてしまった左腕の事を無視して追撃で右足で蹴りを入れる

 

「あがっ!」

 

衝撃であらぬ方向へ曲がろうとした右足を、筋肉を使って無理矢理矯正して真っ直ぐにする。その結果右足から鮮血が飛び散る、筋肉を酷使した為筋肉細胞や血管が破裂して皮膚から飛び出してしまったようだな……、当然だが相手にしない

 

「ごぼっ!」

 

蹴りを放った際の回転を利用して、左足で後ろ回し蹴りを放つ。それが奴の顎に直撃すると同時に踵が粉砕し左足も関節とは逆の方に曲がろうとする、これも筋肉で強引に阻止するとまたも鮮血が宙を舞い、更にブチブチと靭帯が悲鳴を上げる……、当たり前のように無視する

 

正面に向き直ったところで、今度は奴の頭部を掴んで己の額を叩きつける

 

「んごっ!」

 

衝撃で額の骨が砕け、額が割れて流血し、激しく脳が揺さぶられた為意識が飛びそうになるが何とか踏ん張って耐え、それらを一切無かった事にする

 

こうして俺は身体が発する警鐘の全てを無視してひたすら奴に攻撃を浴びせ続け、身体の感覚が麻痺してこようともその手を緩めず、徹底的に奴にその全てを叩きつけてやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくの間その身を己の血で真っ赤に染め上げながら、ヌ級を殴り続けるだけの機械と化していた俺の身体が急に動かなくなってしまった。どうやら限界が来てしまったようだな……、倒れそうになる身体を何とか踏ん張って立たせようとするのだが、既に全身の感覚が無くなってしまっている為それも叶わず、俺は海面に倒れ伏してしまったのである……

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

俺の攻撃を喰らい続けていたヌ級が、肩で息をしながら俺の様子を窺っている……。どうやら俺の全力の攻撃は流石に効いた……

 

「……なんてな♪」

 

そう言って先程まで息を上げていたのがまるで嘘だったかのように振舞うヌ級……、そんな馬鹿な……っ!?俺の全力の攻撃でも奴にダメージを与えられなかったとでも言うのか……っ?!

 

「いや~、おめぇは頑張ったと思うぜ?実際俺もノーダメージってわけじゃねぇからな、これでも所々痛むところあんだぜ?」

 

お道化たようにヌ級が言うが、その振舞いからはそんな様子が微塵も窺えないのである……

 

「だがまあ、俺を倒すまでには至らなかったな、いや~それだけはホント残念だったな!」

 

ヌ級はそう言って身体の向きを変え、翔鶴達がいる方角へと歩み寄っていく。その速度は距離が詰まる毎に徐々に早くなっていき……

 

「そんな残念なおめぇに、最高のショーを見せてやんよ!俺によるあの銀髪の捕食ショーをなぁっ!!!」

 

そう叫ぶと、ヌ級は翔鶴目掛けて走り出したのであった。このままでは翔鶴がっ!頼む俺の身体!ほんの少しでいいから俺の言う事を聞いてくれっ!

 

「そんでこんだけ頑張った残念なおめぇは、銀髪の後デザートとして食ってやんよっ!良かったなぁ!俺の腹の中でずっと一緒になれるぞっ!!!タァッハッハッハッハッハッ!!!」

 

不愉快な笑い声を上げながら、見る見る内に翔鶴との距離を縮めていくヌ級……、そして翔鶴とヌ級の距離が手を伸ばせば届きそうなほど縮まったところで、ヌ級がその巨大な口を大きく開けて翔鶴にかぶりつこうとする……。その笑い声を聞いた翔鶴がこちらに視線を向けると同時に、その表情を絶望の色に染め上げてしまう……。そんな翔鶴の顔を見た俺は……

 

「―――――!!!」

 

先程まで全く言う事を聞かなかった俺の身体が動き出し、翔鶴達がいるところへと声にならない咆哮を上げながら駆け出し、瞬時に翔鶴のところへ辿り着くと翔鶴を左腕で突き飛ばし……

 

「―――――――!!!!!」

 

俺はヌ級に左腕を思いっきり噛まれてしまうのであった、このままでは腕を噛み千切られてしまうと思った俺は、左腕の筋肉に今残っている俺の力の殆どを込める事で噛み千切られるのを何とか阻止しようとする。尤も、今の俺は全身の感覚が無くなっているので、それが本当に思った通りに出来ているのか実感出来ないでいたのだがな……

 

だがヌ級の様子を見るとどうやらそれは成功しているようで、ヌ級は必死になって俺の腕を噛み千切ろうとしていた。そしてヌ級はそれに意識を集中させているあまり、周囲の状況が見えていないようだったのである。俺はそれを利用して、霞む目で位置を確認しながら奴の脇腹に右腕のライトニングⅡの杭打機をセットして……

 

「ぐがぁっ!!!」

 

オベロニウム製の杭を叩き込んでやった、そのせいで腕の一部が歯に引っかかって引き千切られてしまったが、翔鶴が食われるのと比べれば安いと思う事でその損害を無視する事に成功した

 

「てっめ……、そんなもん隠し持ってたのかよ……っ!」

 

流石オベロニウム製、深海棲艦の身体となっている奴にはよく効いたようだな。だが今度こそ本当に限界のようだな……、両足は先程無理矢理身体を動かした際にどちらとも変な方向に曲がってしまっていて、まともに動かせそうになかった……。そうして俺は再び倒れ伏してしまう……

 

「空さんっ!!!」

 

その様子を見た翔鶴が俺の身体を抱き上げ目に涙を浮かべながら悲痛の叫びを上げる、その様子を見ていたヌ級はまた気持ちの悪い笑い声を上げ……

 

「今の最後っ屁は冗談抜きで効いたわ、だがもう終わり……」

 

ヌ級がセリフを言い終わる前に、ヌ級の頬を一筋の光が掠めて行った……

 

「「「空あああぁぁぁーーーっ!!!」」」

 

その直後、3人分の聞き覚えのある叫び声が聞こえて来た……、あぁ……、あいつらが来てくれたのか……

 

「あの深海棲艦達、空さンの名前を呼ンだぞっ!?」

 

「もしかして……、あの人達は空さんの仲間なのかな……?」

 

「って何であの中間棲姫は水上バイクに乗ってるのっ!?そしてあのヒーローみたいなのは何っ!?」

 

「ぽいぃっ!!?あの戦艦水鬼の艤装、すっごく大きいっぽいっ!??」

 

あいつらの姿を見た江風、時雨、川内、夕立が口々にその感想を述べて若干混乱する、安心しろ、あいつらは俺の仲間だ、そう伝えたいのだがそれを口にする体力も、そして声帯も今の俺は持ち合わせていなかった……

 

「大丈夫か空っ!ってうげぇ!こいつ全力モードで動きやがったなっ!?」

 

「戦治郎っ!!!」

 

「OK!大五郎、ハコッ!!!」

 

「分かっただぁよぉっ!」

 

輝が俺の姿を見て驚き、光太郎ことシャイニングセイヴァーのリヴァイアサンに同乗していた悟が戦治郎に向かって叫び、それを聞いた戦治郎が大五郎にハコを展開するように指示を出し、大五郎がそれに従いハコを展開するのだった

 

「こいつがあの食人鬼か……、空をここまで追い詰めるなんて相当出来るみたいだね……」

 

「相手が強かろうが弱かろうが、今の俺達がやる事は変わらねぇだろ」

 

「てめぇ……、よくも俺のダチに好き勝手してくれやがったな……。この礼はたっぷりしてやっからなコンチクショウッ!!!」

 

3人がそんなやり取りを交わし、シャイニングセイヴァーが重機アームを光らせながら展開し、輝が背中の大型ハンマーをその手に取り、戦治郎が大妖丸を引き抜く……

 

「行くぞおめぇらっ!!!空の仇討ちの時間だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎がそう叫ぶと同時に、3人はヌ級の方へと駆けだして行く。俺はそれを見送った後、静かに意識を手放すのだった……




今回はメタルマックス2:リローデッドの『Red Zone More』をBGMに書いてます

限界振り切って戦う空に合いそうな気がします


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鶴の涙

「空さん!空さんっ!!!」

 

空さんの仲間と思わしき深海棲艦の登場に愕然としていた私は、両腕に感じる重みで我に返り必死になってその腕の中でグッタリとしている空さんに呼びかけました

 

どうして空さんがこんな目に遭わなくてはいけなかったのか、どうして空さんはこんなになろうとも私を助けようとしたのか、どうして私は空さんが傷付く姿を見守る事しか出来なかったのか……。いくら考えてもパニック状態になっている今の私の思考ではそれらの答えを出す事が出来ず、今この状況で私は何をしたらいいのかも全く分からず、私は空さんにただひたすら縋るようにして何度も呼び掛けるのでした

 

「翔鶴よぉ、そんなに空の事が大事ならとっととこっちに連れて来てくれねぇかぁ?」

 

そんな私を呼ぶやたらネットリとした声が聞こえ、驚きながら向けた視線の先には先程左腕に大和魂と刻んだ戦艦水鬼から大五郎と呼ばれた艤装の背中にあるコンテナを展開し様々な器具や機材を載せたような物に乗った、潜水棲姫の姿がありました

 

「貴女は……?」

 

「そんな問答してる場合じゃねぇよなぁ?空を死なせたくなかったらよぉ、急いでこっちに空を連れて来いっつってんだわぁ」

 

口調はかなり攻撃的ですが、その言葉には空さんを何としてでも助けたいと言う必死な気持ちが込められているのが分かりました、しかし……

 

「申し訳ありません……、そちらに向かいたいのは山々なのですが……、艤装が大破していて浮いているのがやっとのようなのです……」

 

「チッ、太郎丸、翔鶴と空をこっちに連れてきなぁ」

 

「OK悟、僕だって空を死なせたくないからね!」

 

私の言葉を聞いた潜水棲姫は舌打ちすると、大五郎と言う艤装の2本の首の間に座っていた北方棲姫の方を向いて声を掛け、それに答えた太郎丸と呼ばれた北方棲姫は艤装の首から飛び降りて私達の下へ駆け寄り、私達を悟と呼ばれた潜水棲姫のところへ連れて行くのでした

 

「よくやった太郎丸よぉ、んじゃあ早速治療と……ってこりゃぁまた酷ぇなぁおいぃ……」

 

「うわぁ……、人間のう〇ちが傷口に一杯付着してる……。悟、これ急いで何とかしないと破傷風になるんじゃない?」

 

「んなこたぁ分かってんだよぉ、俺を誰だと思ってやがんだぁ?」

 

空さんの腕の具合を見た2人の深海棲艦がこのようなやり取りを交わしました、破傷風って……っ!?本当に空さんは大丈夫なのでしょうか……?!

 

「あの……空さんは助かるのですか……?」

 

空さんの事が心配になった私は、空さんの傷口に付着した人糞をしっかりと取り除き、消毒する悟さんとやらにそう尋ねたところ……

 

「助かるとか助からねぇとかの問題じゃねぇんだよなぁ、何があろうとこの俺が助けてみせるんだよぉ」

 

傷口の消毒を終え、早速治療に移る悟さんがそう言いました。私は悟さんのこの言葉から悟さんが本気で空さんを助けようとしているのを理解し、私はその様子を静かに見守る事にしました

 

それからすぐの事、川内さんと時雨さんが江風さんと夕立さんを連れて何とかここまで辿り着き……

 

「翔鶴さん!空さん!2人共大丈夫ですかっ!?」

 

川内さんが慌てたようにして、私達の容態について尋ねてきました

 

「私は艤装が大破しているだけなので……、それより空さんが……」

 

川内さんの問いかけに何とか答えたものの、最後のあたりは私の心が悲しみと不安に押し潰されてしまい、蚊の鳴くような声になってしまいました……

 

「うげぇ!こいつはひでぇ……」

 

「この人はこんな姿になってでも僕達を助けようとしていたのか……」

 

「うぅ~……、ものすっごく痛そうっぽい~……。空さん、本当に大丈夫っぽい?」

 

ボロボロになった空さんの姿を見た江風さん達が思い思いの言葉を口にして、空さんの事を心配そうに見つめていました……

 

「脈も呼吸もあるから生きてはいるんだよなぁ、ただまあ相当無茶したようでなぁ、見ての通り全身、いやそれだけじゃねぇなぁ、神経系も含めてズタボロになってやがらぁ。まあ尤もぉ?」

 

空さんの左腕の傷口の縫合を終えた悟さんが、夕立さんの問いにそう答えると共に空さんの左腕を掴み……

 

「今の俺ならそんなこたぁ些末な問題なんだよなぁ」

 

自身の両手の掌を淡く、優しく、緑色に発光させながらこう言い放ちました。この光は一体……?

 

「な、なンだそりゃっ!?」

 

「手が……、光っている……?」

 

「ぽい~……、凄く綺麗っぽい~……」

 

「えっ!?ちょっ?!……えぇ~っと……「悟、伊藤 悟ってモンだわぁ」悟さん!その光は一体何なのっ?!!」

 

悟さんが放つ光を見た皆さんが口々にその感想を述べ、川内さんがその光について悟さんに驚きながら質問しました

 

「こいつはなぁ、『快癒の翠緑』って言う俺の能力なんだわぁ。効果はまぁ、手っ取り早く言やぁ副作用のねぇバケツだなぁ」

 

「バケツの副作用……?そンなのあンのか?」

 

悟さんはこの光の正体と効果を説明した後、江風さんの疑問について懇切丁寧に解説してくださいました……、老化の促進……バケツにはそんなに恐ろしい副作用があったのですね……。話を聞いていた皆さんも衝撃の事実を知らされて思わず絶句していました……

 

「……ちょっといいかな?」

 

誰よりも早く我に返った時雨さんが、悟さんに質問しようと小さく挙手していました。一体どうしたのでしょう……?その様子を見た悟さんはおうと短く返事をして、それを聞いた時雨さんが悟さんに質問します

 

「今、悟さんは能力と言っていたけど、それは深海棲艦全てが持っているものなのかい?」

 

「これについては俺達も完全に把握したわけじゃねぇんだけどよぉ、恐らく能力を持っているのは俺達のような転生個体だけだと俺は推測してるんだよなぁ。因みにあっちのヒーローみてぇな奴、南 光太郎っつぅ南方棲戦姫の転生個体なんだけどよぉ、あいつのあの姿も能力の1つなんだぜぇ?」

 

悟さんの答えを聞いた時雨さんは、不思議そうな顔をして「転生個体……?」と呟きました。そう言えば時雨さんはまだ転生個体の事を聞いていませんでしたね……

 

それを見ていた悟さんは、今度は転生個体について話し始めました。それを聞いた時雨さんは一瞬驚愕の表情を浮かべますが……

 

「あのヌ級も恐らく転生個体なんだね……、改flagshipとは言え動きが僕が知っているものと違い過ぎる……。そしてあのヌ級は何らかの能力を持っていて自身を強化している可能性がある、と……」

 

「ご明察って奴だなぁ、おめぇ中々頭回るじゃねぇかおいぃ。輝よか頭いいだろうよぉこれはよぉ」

 

時雨さんの言葉を聞いた悟さんは、そう言って大笑いし始めました。私はと言うと、悟さんが名前を出した輝さんと言う方がどんな方なのか気になり、悟さんに聞いたところ悟さんは今ヌ級と戦っている中間棲姫を指差しながら

 

「あのハンマー振り回してる脳筋がそれだわぁ」

 

そう言って再び大笑いしました。仲間の方をそれ扱いですか……

 

「っとぉ話が逸れたなぁ、あのヌ級は話を聞いてる限り空と同じ脳障害を抱えてるわけなんだからよぉ、全力の空を相手にしたらあいつも空みたいに血濡れになるはずなのになぁ……、しかし現実はそうじゃなかったわけだぁ、恐らくあいつが今も無事なのは何らかの能力の影響って事になるわけだよなぁ」

 

悟さんが丁度セリフを言い切ったそのタイミングで

 

『くっそ!やっぱ同類3匹相手すんのは分が悪ぃか!』

 

「黙れ豚野郎っ!!!誰が喋っていいって言ったっ!!?」

 

『てめぇ二度とその口開くなっ!!吐く息が果てしなく臭ぇんだよっ!!!』

 

「ヘッドパーツにガスマスク機能あって助かった……」

 

向こうからそのようなやり取りが聞こえ、そちらの方を向いたところヌ級が艦載機を空さんの仲間の方々に直接ぶつけるような軌道で発艦させ、撤退を開始するのでした

 

「てめぇっ!!!待ちやがれっ!!!」

 

「待て輝!それよりも空の容態が心配だっ!!!」

 

「だね、急いで空のところに行こうっ!」

 

艦載機を凌ぎ切った3人の内、輝さんがヌ級の後を追おうとしたところを戦艦水鬼の方が制し、光太郎さんがそう言ったところで3人は急いでこちらへ向かって来るのでした

 

それを見た私は脅威が去り無事に生還出来た喜びと、戦艦艦娘の娘を失った事と空さんがボロボロになった事による悲しみが綯交ぜになった涙を一筋流すのでした



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鬼と鶴

久し振りの戦治郎視点


いや~、あのNとか言うヌ級は一体何なの?

 

空の事ズタボロにしたくせに、俺達と対峙したらもうひたすら逃げ回って攻撃まともに当てられねぇのよ……

 

まあ十中八九オベロニウム製武器と光太郎のエネルギー系攻撃を警戒して、逃げの一手に走ったんだろうけどな……。あいつは恐らく本能的に、自身にダメージを与えた空の杭打機の杭と俺の大妖丸や輝のハンマーが同じ素材で出来てるって察知したのだろう……。なんて厄介な……、お前は野生の獣か何かかよと言いたくなったわ……

 

っと、そんな事よりもっ!

 

「「空ぁっ!大丈夫かっ!?」」

 

俺と輝が同時に叫ぶ、悟が何とかしてくれてると分かっているものの、やっぱり心配なものは心配なんだよぉっ!!!

 

「うるせぇぞおめぇらぁ、怪我人の傍で騒ぐんじゃねぇ。取り敢えず一命は取り留めたから安心しやがれってなぁ、まあしばらくの間安静にしててもらうんだがなぁ」

 

「取り敢えず命に別状はないんだな……、悟の能力も万能じゃねぇって事か……」

 

叫ぶ俺達を叱り飛ばす悟先生、そしてそれから続いた悟の言葉を聞いた俺は安堵の息を漏らしながらそう言った。ホント無事でよかったわ~……

 

「この能力はまだ発展途上みてぇだからなぁ、もっと使い込んだらもしかしたらバケツがいらなくなるかもしれねぇんだよなぁ。因みによぉ、いつもだったら最短1か月、最長で半年はかかる空の全力後の回復がよぉ、こいつのおかげで最短で1週間、最長で1か月まで縮められるようになったみたいだぜぇ?」

 

「「「流石です、悟大先生」」」

 

悟のこの言葉にはホント驚かされたわ、俺だけでなく光太郎も輝もこれに関しては予想外だったらしく、思わず3人揃ってこう言っちまったよ。つかこれ以外言葉が思いつかねぇよ……

 

「あの……」

 

3人で驚きのハモリを奏でた直後、不意に声をかけられたのでそちらを見てみると、そこには涙の跡を残した翔鶴がいた

 

「先程は危ないところを助けて頂いて本当にありがとうございました」

 

そう言って頭を下げる翔鶴、この翔鶴が空が今夢中になってる翔鶴みたいだな……。俺達が知ってる翔鶴まんまだし、ほぼ間違いないだろうな

 

「いや、お礼は空に言ってやってくれ。俺達はただ空の後を追って来ただけだからな」

 

「碌に説明もせずに急に艤装を展開して飛んで行ったからね、いつもの空だったらちゃんと連絡入れてから行動するのに、今回はホントいきなりだったからね、心配になって後を追って来たんだよ」

 

変身を解除しながら俺の言葉を補足する光太郎、その光景を見た夕立と江風がおおっ!と驚きの声を上げる。初見だとやっぱ驚くだろうな~、光太郎の変身とか変身解除とかはな~……

 

「悟さンが言ってた通り、ホントに中身は南方棲戦姫だったンだなっ!」

 

「凄くかっこいいっぽい!ねぇねぇ、どうしたらさっきの姿になるっぽい?夕立、変身するところを見てみたいっぽい!」

 

興奮気味に光太郎に話しかけるぽいぬと江風、つか悟から一応そこら辺聞いてたのな……。って言うか夕立は好奇心旺盛だな、まあ普通あのくらいの子供だったらあんなん見せられたら興味湧くよな……

 

「ダメだよ夕立、光太郎さんが困ってるじゃないか」

 

「いや、いいんだよ時雨さん。こうなるのは想定内だったからね、っという事で!」

 

光太郎に変身をリクエストする夕立を窘める時雨、それに対して大丈夫だ、問題ないとばかりにポーズを決めて変身する光太郎。その瞬間を見た時、夕立と江風だけでなく時雨と川内も感嘆の声を上げていた

 

「その……、ウチの娘達がすみません……、それで……えぇっと……。すみません、戦艦水鬼の方は何と言うお名前なんですか?光太郎さんと悟さん、輝さんの事は悟さんから聞いてはいたのですが、貴方の事は聞いていなくて……」

 

申し訳なさそうに尋ねて来る翔鶴、それを聞いた俺は悟の方を睨みつけてやると、悟は俺から顔を逸らして口笛で社長応援歌を吹き始めやがった……。こいつこの曲ホント好きだな……、じゃなくて俺の事もついででいいから紹介しとけよ~……

 

「ああ、俺は空の親友で長門屋海賊団のリーダーやってる長門 戦治郎ってもんだ。よろしくな翔鶴!」

 

俺が自己紹介すると、翔鶴は口元を手で隠しながら驚愕し、光太郎に質問攻めする4人も一斉にこちらを向いて来た。う~?何ぞこの反応は……?

 

「貴方が……あの海賊団のリーダーなんですか……?!」

 

その表情を崩す事無く尋ねて来る翔鶴、あんれぇ?俺ってそんなに有名なん~?そこんとこどうなのさ~空~……、って空は今寝てるんだったな……

 

その辺の事情が気になった俺は翔鶴から詳しい説明を受けるのだが、どうやらマダガスカルで長門達と協力して仕込んでいた奴がうまく機能した結果がこの反応の正体だったようだ。やったぜ!

 

それからお互いの事情を説明し合ったところで、翔鶴以外の全員が驚愕する情報が翔鶴の口からもたらされるのだった……

 

「翔鶴がヌ級に狙われてるだって……っ!?」

 

「おいおいおいおいおい、それマジか?」

 

「あのフンコロガシ野郎はよぉ……、ホント余計な事ばかりしやがってよぉ……」

 

「翔鶴さん、それは本当なのかい……?」

 

「あいつが英語で何か言ってるのは分かったけど、そんな内容だったなんて……」

 

「って事はあれか?あいつはこれからずっと翔鶴さンの事付け狙ってくるって事か?」

 

「あんな汚くて臭い奴がストーカーとか嫌過ぎるっぽい!何とかしなくちゃ翔鶴さんが大変な事になるっぽい!」

 

翔鶴がヌ級から目を付けられた、それを聞いた皆が驚きの表情を浮かべたまま口々に言う。こいつは非常事態だな……、もしあのヌ級が翔鶴の所在を知ったら翔鶴達の泊地に甚大な被害が出るかもしれねぇ……。俺がそんな事を考えていると……

 

「戦治郎……」

 

不意に声をかけられた、その声が聞こえた方に視線を向けてみると、視線だけをこちらに向ける空の姿があった

 

「空っ!?気が付いたのかっ!!?」

 

「ああ、心配かけてすまなかった……」

 

俺が思わずそう話しかけたところ、空は落ち込んだ雰囲気を出しながら謝罪してきた

 

「意識が戻ったんなら後は経過を診ていくだけだなぁ」

 

「だな、っとそう言えばこれからどうするんだ?空とは合流出来たし、ヌ級の脅威は取り敢えず去ったわけだし、今からガダルカナルに戻るならリヴァイアサンの換装するんだけど?」

 

空が意識が戻った事に安堵しながら悟が言う、それに反応した光太郎がふと思い出したようにそう尋ねて来た。ヌ級の事をリチャードさんに伝えないといけないから、ここはすぐ戻るべきなんだが……

 

「それについてなんだが……」「それについてなのですが……」

 

俺が考えている最中に、空と翔鶴が同時に同じ様な事を言った。ん?これは結婚案件かな?ってふざけてる場合じゃねぇな

 

「どうした空、何か言いたい事でもあるのか?」

 

同時発言のせいでお互いに発言権の譲り合いを始めた2人を制するように、俺が空に尋ねる。そうしないとこいつらずっとどうぞどうぞし続けそうじゃん?そしたら話進まないじゃん?

 

「ああ、翔鶴がヌ級に狙われている件についてなんだが、その問題が解決するまでの間、俺は海賊団から一時的に離れて翔鶴の護衛をやろうと思っているんだが……」

 

「ん、承認」

 

「「「知ってた」」」

 

「済まない、本当に助かる……」

 

「ちょっと待って下さい!承認するの早くないですかっ!?皆さんも止めようとか考えないのですか?!空さんは今大怪我してるんですよっ!??」

 

俺達のやり取りを聞いた翔鶴が、驚きながらそう言ってきた

 

「空ならそう言うと思ってた」

 

「空なら仕方ないね」

 

「空だからなぁ……」

 

「空の怪我が心配ならおめぇが傍で面倒見てればいいだろうがよぉ、そうすりゃ空も怪我してる間は大人しくしてるだろうからなぁ」

 

「そう言う事で、しばらくの間厄介になる。何、流石の俺も怪我をしている間は無茶はするつもりはないから安心してくれ、但し、お前の身に何かあったその時は保証出来ないがな……」

 

「え、えぇ……」

 

こうして、空は一時的に海賊団を離れ翔鶴の護衛任務に就くのだった。流石は俺の親友だ、俺が懸念していた事を分かってくれたみたいだな

 

もしこのまま空を連れてガダルカナルに戻っていたら、きっと翔鶴は今日と同じように任務に駆り出されて、そこをヌ級に襲撃されて食われる可能性があるからな……。そうなったらほぼ確実に空が無茶して、今度こそ死んでしまいそうだからな~……

 

だったら自分の看病を翔鶴にさせて、翔鶴を表にあまり出さないようにしてヌ級の目を掻い潜り、傷が完治したら任務に同行するようにしたらほぼ間違いはなくなるだろう

 

それに空の事だから、きっと泊地の方でヌ級対策を何か考えるかもしれないな。翔鶴の為だけでなく、己自身の為にもな……

 

「ねぇ、そう言うのってここで勝手に決めていいの?提督に話しておいた方がいいんじゃない?」

 

ここで川内がそんな事を言ってきた、まあ確かにそうだな……、よし!

 

「それもそうだな、って事で今から直接交渉と行きますかっ!って事でお前らの提督のとこまで案内頼めるか?」

 

俺が翔鶴にそう頼むと翔鶴は少々驚きながら頷き、翔鶴達が所属するショートランド泊地まで案内してもらう事になったのだった

 

因みに道中で聞いたのだが、翔鶴が空と発言権の譲り合いをした時提案しようとしていたのは、1度翔鶴達の泊地に行って空をゆっくりと休ませている間に、翔鶴達の提督とその件について話し合い一緒に対策を練ろうと言うものだった。な~んだ、どの道結果は一緒になる流れだったのな~



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鬼とショートランドの提督

「そういや、ヌ級に食われて亡くなったって言う戦艦艦娘の艤装は何処いったんだ?」

 

俺は翔鶴達の艤装を修理している最中に、ふと思い出したように翔鶴にそう尋ねた

 

翔鶴達にショートランド泊地への案内を頼んだ後、俺達がいざ行かんとばかりに移動を開始したところで、彼女達の航行速度が妙に遅い事に気付き、何事かと思って尋ねてみたら皆艤装が中破以上の損傷受けてると言って来たんだよな~……、何で初見で気付かなかったんだよ俺……、俺ってホント馬鹿……

 

そういう訳で俺は一人で翔鶴達の艤装の修理を始めたんだよな、んでその最中に翔鶴達の艦隊には本来もう1人、戦艦艦娘がいたのだがあの臭ぇヌ級に食われて亡くなったと言っていたのを思い出して、今こうやって気になった事を尋ねてるところ

 

「それが……」

 

翔鶴がその表情を曇らせながら教えてくれた、どうやらその艦娘の艤装はヌ級に捕食される直前に、ヌ級の腕力で強引に引き千切られた後海に捨てられ、この辺りの海底に沈んでいるんだとか……

 

「あの艤装、あの娘の遺品として何とか持ち帰ってあげたいところなんだけど、専用の装備も持ってない今の私達じゃ海底に沈んだ艤装のサルベージは出来ないからね……。取り敢えず泊地に戻ったら提督に何とか出来ないかってお願いしようと思ってるんだけど……」

 

川内がその表情に陰りを見せながらそう言った、確かにそうだよな~……、この世界の艦娘って要は艤装で武装した人間だから、俺達や潜水艦の艦娘みたいに海に深く潜ったりとか出来ねぇから今現在のこいつらじゃ回収不可能だもんな……

 

「って事らしいぜ?」

 

「ったくよぉ……、潜水艦使いが荒過ぎんだろうがよぉ……。まあいいぜぇ、どうせ暇だから回収して来てやらぁ」

 

今の翠緑の力ではこれ以上空を回復させる事が出来ない為、少々暇になっていた悟がそう言ってリヴァイアサンから飛び降りるなり海中に潜り、件の戦艦艦娘の艤装を回収しに行ったのだった

 

 

 

それからしばらく時間が経ち、翔鶴達の艤装の修理が完了したところで……

 

「輝よぉ……、少しばかり手伝いやがれぇ……。あの艤装がよぉ、思った以上に重てぇんだよぉ……」

 

海面から首だけを出した悟が言う、どうやら艤装の位置は分かったようだが如何せん艤装が悟の腕力じゃ持ち上げられなかったようだ……。阿武隈見つけて密林の中ダッシュした時もそうだったが、こいつは昔から体力なかったよな~……。まあ奏姉ほどじゃねぇけどさ……

 

「悟はホント昔からモヤシだったよな~、っとそれはそうとその艤装とか言うのは何処だ?俺が引っ張り上げてやんよ」

 

「輝ならそう言うと思ってよぉ、縫合糸全部括り付けてきたんだわぁ。ほれぇ」

 

2人のそのやり取りの後、悟が差し出した右手の指先に付いた縫合糸を輝が右手で全て掴んで握り込み、思いっきりそれを引っ張ると戦艦艤装が一本釣りでもされたかのように、海中から勢いよく飛び出して来たのである。まあ当然の事だが、それを見ていた艦娘の殆どが呆然としていたわ。唯一の例外?そりゃおめぇ好奇心旺盛なぽいぽいに決まってるだろうがよぉっ!!!

 

こうして翔鶴達の艤装の修理と遺品となる艤装を回収して、俺達はショートランド泊地へと向かったのだが……

 

「おぅおぅ、派手に歓迎されてるじゃねぇかよぉ!翔鶴っ!ここの提督は本当に俺達を連れて来いって言ったんだよなぁっ!!?」

 

「は、はい!確かに提督は戦治郎さん達を遠慮なく連れて来いと仰っていましたっ!!」

 

砲弾と爆撃の嵐の中俺と翔鶴がこのようなやり取りを交わす

 

何か俺達が泊地に近づくなり泊地中に警報が鳴り響いて、泊地に所属してるだろう艦娘達がゾロゾロ姿を現して一斉に俺達に向かって攻撃して来たんだよなぁ……。一応俺達が泊地に近付く前に翔鶴に頼んで連絡入れてもらってたはずなんだけどな~……

 

「ちょっと皆っ!ストップストップ!攻撃中止中止ー!!!」

 

「お前らぁ!江風達の姿が見えねぇのかよぉっ!!?」

 

「皆落ち着いてっ!この人達は敵じゃないからっ!!!」

 

「夕立達は敵じゃないっぽいー!皆攻撃止めるっぽいーっ!!!」

 

川内達も必死になって呼び掛けるのだが、悲しい事にその声はあちらの娘さん達には聞こえていないようで、攻撃の手を止めてはくれなかった……。その時だった、翔鶴がこの泊地用のものと思われる通信機に手を当て、その通信機の先にいる相手と会話を始めたのだ

 

「提督っ!これは違うんです!私達は深海棲艦に捕まったわけではないんですっ!!」

 

ああ、相手はここの提督なのね……。察するに翔鶴達と一緒に現れた俺達が、翔鶴達を人質やら何やらにしてると勘違いしてるわけね……

 

「違います!むしろこの人達は私達を助けて下さったのです!ええそうです!この人達が件の海賊団なんです!!!」

 

翔鶴が通信機に向かってそう叫んだ後、しばらくしたら俺達を狙った攻撃がピタリと止まる……。どうやら誤解は解けたみたいだな……

 

こうして、俺達はようやくショートランド泊地の敷地を跨ぐ事が出来るようになったのである……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に申し訳御座いませんでしたっ!!!」

 

翔鶴の案内で通された提督の執務室で、ここの提督が俺達に向けて角度90度のお辞儀と共に謝罪の言葉を述べる

 

「私もこいつを止められなくて、本当に済まなかった……」

 

謝罪する提督と共に、秘書艦の日向も頭を下げる

 

「いやいや、気にしないで下さいって。提督として多くの艦娘の命を預かる立場なんですから、こういう時はむしろそちらの判断の方が正しいんですから」

 

俺はそう言って2人に何とか頭を上げてもらおうとするのだった、だって俺もこの人の立場だったら絶対翔鶴の通信は脅されてやったとか考えちゃうもん……。こればかりはホントシカタナイネ……

 

「まあ実際、鬼級と姫級だけで構成された艦隊がいきなり来たら、誰でもこうなるよね~……」

 

「特に戦治郎は墨入れてるわ、艤装が有り得ねぇくれぇでけぇわで余計警戒されちまうだろうしよぉ」

 

光太郎と悟がこんな事言ってるけど、あんりょ~?これ俺が悪いの~ん?

 

因みに俺の艤装である大五郎や、俺達について来た太郎丸は現在お外でこの泊地の駆逐艦の皆さんと戯れてる最中でございます。姉様の形代なんかより圧倒的にでかい大五郎はチビッコの興味を引くようで、俺達が泊地に上陸した際ここの駆逐艦達が興味深々と言った様子で大五郎に群がって来たのである。その時の駆逐艦達の警戒心が薄れていたのはほぼ確実に、大五郎の上に乗ってはしゃいでいた夕立のおかげだろうな……

 

そうして俺達はここの提督さんとそんなやり取りを何度か交わし、それから翔鶴から今回の哨戒任務についての報告が行われると、提督は「そうか……」と短く返事をしてしばらくの間俯いてしまった……。まあ所属艦娘が1人亡くなったわけだからな……、それに艤装はあっても遺体が無い、キッチリと弔ってあげたいけどそれも叶わないとか辛いだろうからな……

 

それからしばらくして、提督が気を取り直したところで今度はそのヌ級に翔鶴が狙われている事を告げると……

 

「あいつだけでなく翔鶴まで奪うつもりでいるだと……っ!?ふざけるのもいい加減にしろっ!!!そもそもそいつは一体何なんだっ!?艦娘を捕食する深海棲艦なんて今まで聞いた事がないぞっ?!」

 

ヌ級に対して怒りを露わにする提督、感情の赴くままに机を何度も殴りつけ、その怒りをこれでもかと言うくらい込めた叫び声を上げ、肩で息をしながらようやく我に返るのだった

 

そこからは翔鶴とバトンタッチして、俺がヌ級……食人鬼Nについて提督達に説明し始めるのだった。それを聞いた提督と日向は顔面蒼白になり、日向に至っては恐怖でその身を震わせるも、それを誰にも悟らせないようにと必死になって震えを抑えようと己の身体を強く押さえ始めるのだった

 

「そんな異常者の転生個体がこの近辺に潜伏していると言うのか……?」

 

「提督、これは流石に危険過ぎると思うぞ……、その問題がどうにかなるまでの間艦隊の運用は控えるべきではないか……?」

 

驚愕する提督にしばらくの間艦隊の運用を中止するべきだと進言する日向、これについては俺達も同意だったので、日向の意見に賛成の意を示すのだが……

 

「しかし、だからと言って大本営がそれを了承してくれるかどうかなんて分かったもんじゃないからな……、くっそ!一体どうしたら……っ!!?」

 

「だったら……っと、日向、ペンと紙……何かの裏紙でもいいや、貸してくれ」

 

提督がそう嘆いているのを聞いた俺は、日向に頼んでペンと紙を用意してもらい、1通の手紙をしたためる

 

「戦治郎さんだったか……、それは一体……?」

 

「読んでみりゃ分かる、ほれ」

 

手紙の事が気になった日向が俺にそう尋ねて来たので、俺は今したためた手紙を日向に渡してその内容を黙読してもらう

 

「……これはっ!?」

 

その内容を読んだ日向が驚愕し、それが気になった提督も手紙を読んで驚きのあまり固まってしまう。うん、これの宛先は大本営で元帥の秘書艦やってる長門なんだよな、長門だったら転生個体について理解があるし、俺達が困っていると言ったら力貸してくれそうだからな。手紙には今回の事件の分かる範囲の詳細を細かく書き記し、しばらくの間南方海域にある泊地や基地の艦隊運用を止めて欲しいと書いておいたのである。そしてこの手紙が本当に俺が書いたものである事を証明する為に、俺の血判まで捺しておいたのである。尚血判を捺した直後に悟から頭叩かれました……、痛ぇ……

 

「これを書類と一緒に出しておいてくれ、そしたらちょっちの間くらい艦隊運用を止めてても大丈夫になるはずだ。それとだ……」

 

手紙の件が終わったところで、今度は空が翔鶴の護衛を希望している事を提督に伝える

 

「あいつとしては負けたままなのが嫌ってのと、翔鶴がターゲットにされてるのが気に食わないってところだろうな。あいつ翔鶴の事ホント大好きだからな~」

 

俺がそう言うと翔鶴が顔を真っ赤にし、日向がニヤニヤし始める。ああ、日向は生で空の告白シーン見てたんだったな~……、そりゃニヤニヤしたくなるわなっ!

 

「あの……、空さんが私を守ろうとするのは、本当に私が好きだからなのですか……?」

 

「応、あいつに翔鶴の事語らせたら2~3時間はずっと翔鶴に対しての熱く激しい想いを語り続けるからな。まあそこらへん気になるなら本人に聞いてくれ」

 

自信なさげに尋ねて来た翔鶴に対して、俺は取り敢えずそう返しておいた。まあさっき言った負けっ放しが嫌なのと翔鶴が好きなのは確実として……、他にも護衛を申し出た理由はあるだろうな……。だがそれが何なのかはサッパリ分からん、確か空とヌ級の共通点と言えば……

 

俺がそんな事を考えていると……

 

「分かりました、空さんの申し出に関しては喜んで受けさせてもらいます。空さんには3回もウチの艦娘達を助けてもらっていますからね、彼が望むのならそれを受けるのが私からの恩返しになる事でしょう」

 

提督から空の護衛希望についての返事をもらい、空のショートランド泊地一時滞在が正式に決定されるのだった




これでようやく過去編3章の本筋みたいなのが書ける……

果たして、ショートランド泊地の提督の頭髪と胃粘膜は無事でいられるのだろうか……?


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龍の本音

泊地の敷地に入るなり、俺は悟の指示ですぐにこの泊地の医務室のベッドに寝かされ、執務室で行われる話し合いに参加出来なかった……

 

まあこれは仕方がない事だ、今の俺は全力行動の反動のせいで首から下がまともに動かせない状態なのだからな……。そんな奴が大事な話し合いに参加しても、周りに迷惑しかかけないだろうからな……。そういう訳で俺は大人しくこのベッドで横になっているのだが……

 

「……暇だな」

 

ついポツリと呟く、首から下が動かないので今の俺が出来る事と言えば、視線を動かすか独りでボソボソと独り言を言うくらいしかないのである。独り言はやってても空しくなるだけなので何とか視線を動かし医務室を観察するのだが、吊るされた点滴と誰もいない為変化が起こらない風景しか見えない為飽きてしまった……。その結果が先程の呟きなのである

 

さてどうしたものか……、俺がそう考えていると不意に医務室の扉がノックされる。今の医務室には俺以外誰もいないので、恐らく誰かが俺に用があって来たのだろう、そう思って俺は返事をして今しがたここの扉をノックした者に入室許可を出す

 

扉を開き中に入って来たのは翔鶴だった、翔鶴は今の俺の姿を見ると一瞬表情を曇らせたが、すぐに気を取り直して先程行われたであろう話し合いの内容と、戦治郎達がガダルカナルに戻った事を伝えてくれるのだった

 

ふむ、俺の滞在の許可が下りたか……、ならば一刻も早く傷を癒して翔鶴とお互いの理解を深め合いながら、ヌ級を討伐しなければならないな……

 

「そうか……、戦治郎達は戻ったか……。戻る前にこちらに顔を出せばいいものを……」

 

「あのヌ級の件をリチャードさんとやらに早急に伝えなければと言って、急いで戻って行きましたからね……。その時皆さんと日向さんがニヤニヤしていたような気がしますが……」

 

ああ、あいつら気を遣ってくれたのか……、これについては感謝しておくとしよう

 

「空さん、その……、具合はどうですか?」

 

不意に翔鶴がまたも表情を曇らせながら、言いにくそうにそう尋ねてきた。一体何が翔鶴の表情を曇らせているのだろうか……?正直俺は翔鶴のその表情をあまり見たくはないのだが……

 

「正直に言えば最悪だな、首から下が全く動かせなくてな、翔鶴が来るまで話し相手もいなかったものだから暇で暇で仕方がなかった……」

 

今の気持ちを正直に告げたところ、何か思い詰めているのか翔鶴の表情が更に暗くなる……。やめてくれ、その表情は俺に効く……

 

「ごめんなさい……」

 

翔鶴が不意にポツリと呟く、そしてそれを皮切りに翔鶴は涙を流しながら俺にまるで懺悔でもするように語り掛けてきたのである……

 

「私のせいで空さんはボロボロになってしまいました……、でも空さんはそんな姿になっても私を守ろうと必死になって戦って……、私はそんな空さんを助ける事も出来ず、ただただその光景を見守る事しか出来ず……、本当にごめんなさい……」

 

そう言って俺に向かって嗚咽混じりに何度も謝罪する翔鶴、どうやら翔鶴は俺がこんな事になってしまった事に責任を感じているんだな……

 

「気にするな翔鶴、これは俺がやりたい事をやった結果であって、お前は何も悪くないんだ。だからそんな顔をしないでくれ、そっちの方が俺は辛いぞ……」

 

本当はここで頭を撫でるなり、優しく抱擁してやるなりするところなのだろうが、生憎今の俺の身体ではそれも叶わない……、おのれヌ級め……

 

「どうして……、どうして空さんはこんな私にそんなにも優しくしてくれるのですか……?どうしてこんな無力な私を命がけで助けようとするのですか……?」

 

相変わらず涙で頬を濡らしながら翔鶴が言う、どうして?そんなのは決まっている

 

「言ったはずだ、俺はお前を一目見たその時から全てをお前に奪われたと、翔鶴の事を愛していると……。それでは理由にならないか?」

 

それを聞いた翔鶴の顔にほんのりと赤みがさす、このまま翔鶴と愛を語らいたいものだが、そう言うわけにもいかないな……。俺が翔鶴を守ろうとする理由が他にもあるのだから……

 

「それは……、その……」「それに……」

 

戸惑いながら俺の言葉に何とか答えようとする翔鶴の言葉に、俺は被せるようにして他の理由について話し始めるのだった

 

あいつは俺と同じ脳障害を抱えている、そんな奴が好き勝手に暴れれば俺達以外でこの脳障害で悩む者達が迫害される可能性がある、そうなればあいつと同じような存在がこの世界でも出現するかもしれないのである。俺はそれを阻止したいが為にあいつを何とかしたいと思っている事……

 

あいつは俺の事を化物と呼んだ、それがどうしても許せなかった。もしそれを俺が認めてしまえば、俺が社会で生活出来るように尽力してくれた両親の頑張りや、戦治郎が小さい頃に俺の事を人間だと言ってくれた事、それらが全て無駄になってしまうような気がして、それが恐ろしくてたまらなかった事……

 

「そしてこのまま負けっ放しでいるのが気に食わない、これが俺がお前を守ろうとする理由の全てだ。どうだ?これで納得出来たか?俺はお前を餌にして奴を誘き出し、自分の都合のみで奴を始末しようとしているのだ」

 

俺が理由の全てを打ち明けた時、翔鶴の目から涙は消えていた。それと同時に翔鶴は鋭い目つきで俺の事を睨んでいた

 

「つまり貴方は私の事を都合の良い駒にする為に、私に愛を囁いて利用しようとしていると言うのですか?」

 

こんな事を言われれば、誰ってそう思うだろうな。だが……

 

「そんな奴が胸騒ぎがしたからと言って、わざわざ500kmも離れた場所から探し回りながら助けに来て、負傷しながらも庇ったりすると思うか?俺がお前を守ろうとしているのは心の奥底からお前の事を愛しているからであって、他の理由はオマケに過ぎん」

 

俺がそうキッパリと言い切ると、またもや顔を赤くする翔鶴……。ああ、本当に抱きしめたくなるな……、だが身体が動かん……。ヌ級め……、絶対に許さんぞ……

 

俺がそんな事を考えているとまたも扉がノックされ、こちらの返事を待たずして誰かが入室して来たのだった

 

「チーッス!江風さンが見舞いに来たぜー!」

 

「空さーん、身体の方は大丈夫っぽい?」

 

「夕立、江風、いくら空さんの容態が気になるからって勝手に入るのはダメだろう?」

 

「とか言いながら、結局時雨も入って来てるじゃん」

 

「そう言う川内もね……、まあ私も偉そうに言える立場ではないけど……」

 

そんなやり取りを交わしながら、俺のところに江風、夕立、時雨、川内、雲龍が歩み寄って来る。全員俺と面識があるここの艦娘である

 

「って翔鶴さンも来てたのか」

 

「ええ、私は先程執務室で行われた話し合いの内容を、空さんに伝えに来たんです」

 

「話し合いの内容……?一体どんな感じだったの?」

 

川内が翔鶴に話し合いの内容について尋ねると、翔鶴は俺に目配せをしてきた。恐らく内容を彼女達に話してもいいか了承を得ようとしているのだろう。俺からしたら彼女達は立派な関係者だと思っているので、俺はそれを了承する。それから翔鶴は彼女達に話し合いの内容を話し始めるのだった……

 

 

 

「しばらくの間は出撃も遠征も中止……、仕方のない事ね……」

 

「あンな化物がこのへンウロウロしてるって分かりゃ、そうなるだろうな……」

 

「私はそれよりも、戦治郎さんの人脈に驚いてるんだけど……」

 

「大本営の長門さんと友達って凄いっぽいー!ねぇねぇ!どうやって長門さんと友達になったっぽい?」

 

「それは僕も気になるね……、良かったら教えてもらえないかな?」

 

彼女達は口々に、思い思いの感想を述べるのだった。長門達との出会いは前に報告書の件で説明したような……?ああ、その時時雨はいなかったな……。夕立はあの時いたはずだが……、まあ時雨に教えている時に思い出してくれればいいか……

 

こうして俺はさっきまでの静寂と退屈が嘘だったかのように賑やかになった医務室で、彼女達と会話を楽しむのであった



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炎の交渉

シゲ視点です

途中作者の趣味が混ざってます、ご容赦頂ければ幸いです……


アニキ達が飛び出して行った時、俺達はあまりの唐突な出来事に対して驚き戸惑ってしばらくの間立ち尽くしていた……。そしてようやく皆が我に返って後を追おうとしたのだが……

 

「待ちたまえ、戦治郎は君達にここで待っているようにと言っていたはずだよ?」

 

リチャードさんに止められてしまった、何人かがそれに反論しようとしたのだが

 

「今の僕は君達の事を戦治郎に頼まれている立場なんだ、ここで君達に勝手な事をされると僕だけでなく戦治郎にも迷惑がかかるというのを分かっているかい?」

 

リチャードさんのこの言葉を聞いて、皆が悔しそうに口を閉ざす

 

「よしいい子だ、取り敢えず移動しようか。客人をこんなところで待ちぼうけさせるわけにはいかないからね、部屋を用意してもらうから戦治郎達を待つならそこで待っててもらえるかな?ああ、もしここの敷地内を見て回りたいのなら一言言ってもらえるかな?案内役を付けて案内させるからね」

 

リチャードさんはそう言って移動を開始し、俺達はその後を追って行き各自の部屋に案内されるのだった

 

 

 

「シゲー!今から格納庫行くッスよー!」

 

部屋でアニキ達の帰還を待っていた俺のところに、マモがノックもせずに部屋に侵入しそう叫ぶ。その後ろには案内役と思われる軽巡ヘ級の姿もあった

 

「あ~、お前技術班の人達と話したいって言ってたもんな……。……ここにずっといるのもなんだかんだで暇だし……、いいぜ、俺も付き合うわ」

 

俺はそう言ってマモと一緒に格納庫に向かう事にしたのだった、実際あそこには非常に気になる代物があったから、時間がある時また行きたいとは思っていたからマモの誘いは好都合ではあるんだよな。今度はしっかりジックリ近くで見させてもらうぜ、タキオンSSをよぉ!

 

格納庫に向かう道中で教えてもらったんだが、どうやらあの格納庫は往来を楽にする為にここの工廠と繋がっているんだそうな。だからここの人達にとっては、格納庫も工廠も同じ意味になるんだとか……

 

そんな話をしているとすぐに格納庫に到着する俺達、マモの奴は到着するなり案内役のヘ級の手を引っ張って奥にダッシュして行って、現在格納庫に残っているのは俺だけとなっていた。部屋に案内されるまでここにいた人達の姿も見当たらなかった事から、皆ここでの作業を終わらせて持ち場に戻ったのだろうと思いながら、俺は目的地であるタキオンSSがある場所へ向かう

 

その道中で大砲5門のツァーリプーシュカや、機銃5門の武装警察パート4、金色に染め上げたギドラ砲を装備した金星ウォーカーなどを見かけたのだが、ここの人達はメタルマックス3のファンなのだろうか……?

 

俺がそんな事を考えながら歩みを進めていると、目的地であるプラチナカラーのタキオンSSのところにすぐに辿り着いた。さっきは遠巻きにしか見る事が出来なかったが、今度は手を伸ばせば届くほど近いところにある、さぁて隅々までこいつを観察してあわよくばこいつのコピー品を自作してやんぜ!俺はそう意気込んでタキオンSSの観察を始めるのだった……

 

 

 

……このタキオンSSを調べて分かった事だが、こいつの持ち主はメタルマックス3を相当やり込んだ奴のようだ……

 

機銃はひぼたんバルカン、大砲はデリック砲、S-Eは固定装備のチタンソードにスモールパッケージと閃光迎撃神話、そしてボディーにMETEOR DRIVE(メテオドライブ)と書かれたステッカー、メーターパネルのところにはPAC3000の文字が……

 

これ絶対超改造施してんだろ!ひぼたんとスモパとかそれ前提だろこれっ!?しかもデリック砲とかセメント弾撃ち込む気満々じゃねぇかおいっ!そのクセ自分の方はCユニットのPAC3000の迎撃補助の恩恵受けた迎撃神話で相手の砲撃撃ち落とそうとしてやがるしっ!

 

そして何よりこのステッカー!エンジンはメテオドライブ積んでますって事かっ!?敢えて積載量最大のV100コングじゃなくて、タキオンSSの元となるサイファイの入手条件に関わっているスピードキングの超極レアドロップ品であるメテオドライブを拘りで積んでますって自慢かこの野郎っ!!!ホントえげつねぇ構成してんなっ!

 

……つかこれ、こんだけ改造してるけど実戦で使う気なのか?まさかこれ海上も移動出来るとか言わねぇよな……?俺がそんな事を考えていると……

 

「おぅ、われワシのバイクに興味あるんか?」

 

不意に背後から声を掛けられ、俺は驚きながらそちらの方を向いてみると、そこには作業服を身に纏った重巡棲姫の姿があった。……ちょい待て、今ワシのバイクっつったか……?

 

「あ、ああ……、つかこれアンタのなのか?」

 

「応、そいつはワシの相棒の『伊吹号』じゃ!っとそう言えば自己紹介しとらんかったのぅ、ワシは熊野 伊吹(くまの いぶき)っつぅもんじゃ。ここの技術班の班長をやっちょる重巡夏姫の転生個体じゃ」

 

こいつ夏姫の方だったのかよっ?!服違ったら全然違い分かんねぇなおいぃっ!?つかこいつがここのブッ飛んだ技術班のアタマかよっ!!?……まさかここのクルマの趣味って……

 

「最初の頃はワシしか技術屋がおらんかったけぇのぉ、そのせいで色々とまあ苦労したもんじゃ。ワンオペでここの連中の艤装の修理するとか、もう地獄としか言えんかったわ。まあおかげで班長なんて肩書もろうて、多少好き勝手しても目を瞑ってもらえるようになったけぇ頑張った甲斐はあったじゃろうなぁ」

 

そう言ってカッカッカッと笑いだす伊吹さん、ここにあるクルマは今まで伊吹さんが頑張って来た事に対してのご褒美って事か……

 

「ここって結構な人数いるんだよな……、それをおっさん1人で捌くとか、アンタってスゲェ人なんだな……」

 

俺が思った事を口に出した瞬間、伊吹さんは急に笑うのを止めて俺の胸倉を掴み唾を飛ばしながら格納庫に怒号を響かせる

 

「誰がおっさんじゃ誰がっ!!?ワシャまだ24じゃ!オンドレにおっさん呼ばわりされるほど老けとらんぞっ!!!」

 

こいつ俺達とタメかよぉっ!!!口調からてっきり爺さんか何かだと思ったけど、ストレートに爺さんって呼んだら失礼だと思って、オブラートに包んでおっさんにしてたのにそれでもダメだったのかよぉっ!?!

 

俺はすぐさま伊吹さん……、いや伊吹に謝罪し伊吹号を徹底的に賛美して、何とか怒りを静めてもらうのに成功した……。その時に分かったよ、こいつ生まれも育ちも広島だってのがな……

 

それからしばらくの間、俺と伊吹はサイファイ談義に花を咲かせ友好関係を築くのだった。まさか使用するクルマをバイクのみにしてクリアする奴がいたとは……、まあ俺もアニキからもらった奴で同じ事やったんだけどな……

 

「ところでシゲ、ワシの伊吹号を見とったらワレもサイファイが欲しゅうなったんじゃないか?つかぶち物欲しげに見とったじゃろ?」

 

唐突に伊吹がそんな事を言い出した、バッカおめぇそんな……、ったりめぇじゃねぇかこの野郎っ!!!あんなん見せられて欲しくならない方がおかしいだろうがよぉっ!!!見てろよこん畜生!さっきまで観察してたので大体の構造は分かったからなっ!!!いつか絶対同じもん仕上げてやるからなっ!覚えてやがれっ!!!

 

「そりゃまあ……、自分のお気に入りの奴が実在してたら当然欲しくなるだろうがよ」

 

まあ思ってる事全部ぶちまける訳にもいかず、こんな感じで返事をしたわけだが……

 

「まあそうじゃろうな!そんなワレに耳寄りな話があるんじゃが……、聞くか?」

 

俺の返事を聞いた伊吹がそんな事を言い出した、ある程度予想はしてるが取り敢えず話を聞いてみるか……。そういう訳で俺は伊吹の耳寄りな話とやらを聞いたのだった

 

 

 

 

 

伊吹の話を聞いた後、俺は伊吹に連れられて格納庫の隅にやって来た。そこにはカバーが掛けられたバイクが1台佇んでおり……

 

「こいつじゃ!」

 

伊吹がそう言ってカバーを取り外す、カバーが外された事でその姿が露わになったバイク、それは俺がさっきまで見ていたタキオンSSの元となったサイファイの強化型であるリュウセイだったのである

 

「バイク仲間を作ろう思うて作ったんじゃが、どいつもこいつも戦車の方に走りやがってな……。そのせいでこいつはここで埃被っておったんじゃ」

 

そう言って渋い顔をする伊吹、まあバイクは身体が露出してるから好きな奴じゃない限り乗ろうとは思わねぇよな……、転んだりしたら危ねぇし、戦場で乗るとかなったら頭おかしいとか言われるだろう……

 

「いつも伊吹号と一緒に整備しとったけぇ状態は悪うないはずじゃ」

 

伊吹が言う通り、このリュウセイはいつ作ったものか分からないが新品のような輝きを放ち、その2つのタイヤで大地を駆ける日を今か今かと待ち受けているように見えた……

 

「こいつを売ってくれるのか……」

 

「応、本当はタダでもいいんじゃがの」

 

そう、伊吹がいう耳寄りな話とは折角作ったのに誰にも使われないこいつを譲ると言うものだったのだ。伊吹はタダでいいと言っているが、俺はアニキから他者の作品を譲ってもらう時は必ず敬意と金を払えと教えられてきた為、それを伊吹に伝えてから購入する事を決めたのだ

 

「状態はホント新品みたいだな……、んでスペックはどうなってるんだ?」

 

「そうじゃのぉ……、こがいな感じじゃったわ」

 

俺はこいつの値段を決める為に伊吹にスペックを尋ねたところ、伊吹はそう言ってリュウセイのスペックを殴り書きしたメモを手渡してくる。……こいつぁまたまあ……、日本の公道をギリギリ走れる感じだな……。なんつぅモンスターマシン作ってんだこいつぁよぉ……、そうなると値段は……

 

「よし買った!値段に関してなんだが……、こんな感じでどうだ?」

 

「馬鹿野郎!こんなんいくらなんでも高過ぎるわ!そうじゃのぅ……、このくらいでどうじゃ!?」

 

「……いやいやいや、それは流石にお前に悪過ぎるわ!……これでどうだっ!」

 

「ワレ金銭感覚おかしいんちゃうかっ!?何でそないな金もっとんじゃっ?!そないな値段にされるとワシが吹っかけたみたいに思われるじゃろっ!!?だったらこれでどうじゃっ!!!」

 

こうして3時間にも及ぶ価格交渉の末、俺はスズキの隼の新車価格と同じくらいの値段で伊吹作のリュウセイを手に入れるのだった……。まあ、伊吹がいいって言ってるならいいか!

 

因みに価格交渉の後、伊吹に頼んでリュウセイのカラーを変更してもらった。何色にしたかって?そりゃお前、こんな未来的な形したバイクなんだからAKIRAの金田のバイクを意識したようなカラー、アキラレッド一択だろうがよぉっ!!!




あんりょ~?シゲが値引き交渉するはずが、作った伊吹サイドが値引きしてる~?

……まあいいかっ!


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鬼を知る者

ショートランドの提督との話し合いが終わった後、俺達はすぐにガダルカナルへと戻ったわけなんだが……

 

「なあ……、俺達がここ出る時こんなのあったか?」

 

「いや……、無かったと思うんだけど……」

 

「つまりよぉ、俺達が出て行った後誰かがこいつに乗ってここに来たって事だよなぁ……」

 

「こいつに乗るって事は、俺達みてぇに生身で海を渡れねぇ奴って事だよな……?一体誰だ?」

 

俺達は上陸した地点の近くにある埠頭に停泊してある大型クルーザーを眺めながら、そんなやり取りを交わしていたのだった

 

こんなバカでかいクルーザーに乗ってここに来るってなると、こいつの持ち主は艦娘や深海棲艦ではないただの人間のはず……?いや、もしかしたら海上で速度を出せない陸上タイプの深海棲艦の可能性もあるのか……?う~ん……、分からんっ!!!

 

取り敢えずクルーザーの事は後で考えるとして、今はリチャードさんにヌ級の事を伝えないといけない、俺がそう思ったところで……

 

「おかえりなさい、皆さんお疲れ様です」

 

不意に誰かが俺達に声をかけてきたのである、急に声をかけられた俺達は驚くと同時に声をかけて来た人物に対して警戒心を抱く……、先程見慣れないクルーザー見たばかりなのでここが穏健派の総本山であるにも関わらず、皆警戒心が高まっているのである

 

でもな~んかさっきの声に聞き覚えあるんだよな~……、他の連中の反応を見る限りそう思ってるのは俺だけっぽいんだけど~……。何処で聞いたんだっけな~……?

 

俺はそんな事を考えながら俺達に話しかけて来た人物の顔を見る、うん、見た瞬間思い出した!俺この人知ってるわ!

 

「ヲ改さん!ヲ改さんじゃねぇかっ!ひっさしぶりだなおいぃっ!どうやら無事にここに辿り着けたようだなっ!」

 

「お久しぶりです戦治郎さん、あの子達もツ級も何とか無事にここに来る事が出来ましたよ」

 

そう、俺達に声をかけて来たのはフェロー諸島で出会い、俺達に穏健派の存在を教えてくれたあのヲ改さんだったのだ。そっか~、チビ達もツ級も無事だったか~。それ聞いてちょっち安心したわ~

 

俺とヲ改さんの会話を呆然としながら眺める光太郎達に、ヲ改さんの事を紹介する。すると光太郎達は警戒心を解いて、俺の知り合いであると判明したヲ改さんに自己紹介を行うのだった

 

その後、ヲ改さんに俺達を出迎えた理由を聞いたところ、どうやらリチャードさんに俺達を部屋に案内するよう頼まれたんだとか

 

そういう訳で俺達はヲ改さんの後に付いて行きながら、拠点の方へと向かうのだが……

 

「そう言えば、戦治郎さんと剛さん、それと空さん宛てにリチャードさんから伝言を頼まれていました」

 

道中でヲ改さんがそんな事を言ってきたのである、生憎空は別行動中なんだよな~……。まあそのへんの事情は俺からリチャードさんに話すとするか

 

で、その伝言とは部屋に荷物を置いたら、一緒にティータイムにしないかと言うものだった。ヌ級の事もあるから好都合だな、そう思った俺はすぐに了承、剛さんも構わないと言う事で、俺と剛さんは部屋に荷物を置いた後ヲ改さんの案内でリチャードさん達が待つ部屋へと向かうのだった

 

 

 

ヲ改さんの案内で通された部屋には、リチャードさん以外に2人ほど見知らぬ顔があった。片方は中枢棲姫、恐らくワンコさんの友人であるスウさんなんだろう。だがもう片方の顔は……

 

「リコリス……棲姫……っ?!」

 

剛さんが驚きつつも警戒心を高めいつでも仕掛けられる状態になる、俺もまあ驚きはしたが多分剛さんと驚いたポイントが全然違うと思うのん……

 

このリコリス棲姫、普通のリコリス棲姫と格好が全然違うのよ。普通のリコリスってドレス着てるじゃん?このリコリスは黒の紋付羽織袴なのよ……、あ、でもこれ紋が染め抜きじゃなくて縫紋だ。いや、それはどうでもいいや。問題はその紋の形なのよ、この紋……めっちゃ見覚えあるんだよねぇ俺……

 

その3人が今入って来た俺達の方を一斉に向く、リチャードさんは笑顔でこっちに手を振っていて、スウさんはちょっち緊張しているのか表情が固い。そして問題のリコリスはと言うと……

 

「戦ちゃん、下がってて……っ!」

 

そう言って俺の前に立ち塞がろうとする剛さん、そう、このリコリスは俺達の姿を確認すると席から立ち上がり、こちらへ向かってゆっくりと歩いて来たのである。それも妙に太い杖を突きながらだ……

 

「剛さん、大丈夫ですよ。きっと剛さんが思ってるような事にはならないはずですから……」

 

俺は剛さんにそう言って後方に下がってもらい、問題のリコリスと対峙する……。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はリコリスに持ってた杖で思いっきり頭を殴られた、それを見た剛さんが飛び出そうとしたが俺がそれを手で制する。そしてリコリスは俺の胸倉を掴みこう叫ぶ

 

「こんの親不孝もんがぁっ!!!何でお前が総一より先にこっちに来とるんじゃ馬鹿タレがぁっ!!!順番が違うじゃろうが順番がっ!!!分かっとるのか戦治郎っ!!?」

 

胸倉を掴まれたまま前後にグワングワンと振られる俺、そしてリコリスの方はそんな俺の事などお構いなしに、これでもかと言わんばかりに俺に罵詈雑言を浴びせて続けるのだった。うんまあ、これは仕方ない事だな、言ってる事大体合ってるからな。つかやっぱりアンタだったのかよ……、アンダーゲートで聞いた伝言でまさかとは思ってたけどさぁ……

 

それからしばらくしたら、言いたい事言い終えたらしくリコリスがその手を放して肩で息をし始める。俺の方はと言うとリコリスの手から自由になっても、しばらくの間前後にグワングワンしておりました

 

「ちょっと貴方、いきなりアタシ達のリーダーに何やってるのかしら?」

 

リコリスがある程度落ち着いて来たところで、タイミングを見計らったように剛さんが剣呑な雰囲気を出しながらリコリスに尋ねる。するとリコリスは

 

「何、ちょっち悪ガキに説教しただけじゃ。ホントこいつはちっこい頃から悪ガキじゃったからのぅ」

 

あっけらかんとそんな事を言う、ああ~、俺もガキの頃は空達とつるんで色々やったよな~、ホント懐かしい……

 

「貴方、戦ちゃんの何を知ってるって言うの?」

 

相変わらず警戒心MAXの剛さん、剛さ~ん、この人は敵じゃないからそんな警戒しないで大丈夫ですよ~

 

「儂はこいつの事、いや命や理紗、奏に天音に兼続の事もよ~く知っとるわい。青海さんや龍美さんに頼まれてよく面倒見る事があったからのう」

 

リコリスの言葉を聞いて驚愕する剛さん、そりゃまあ母さん達の名前が出て来たら驚きもするだろうな~……

 

「いや~、懐かしいのう……。青海さんに頼まれて儂がぐずるこいつのオムツを替える事になった時じゃったか……、こいつ儂がオムツを外すタイミングを見計らったかのように小便しおってのう、思いっきり顔にひっかけられた事があったわい。全く……、う〇こした後に小便を出すとか器用な真似しおって……」

 

ちょっとぉっ!??その話止めて下さるぅっ!?!めっちゃ恥ずかしいんですけどぉっ?!!ほらぁ!リチャードさんがその話聞いた瞬間紅茶噴き出したぁ……、スウさんが慌ててリチャードさんの顔拭ってらっしゃいますわよぉ?

 

「貴方、一体何者なの……?」

 

「お?聞くか?聞いちゃうか?だったら答えて進ぜよう!儂の名前は長門 正蔵(ながと しょうぞう)、長門コンツェルンの創業者にして初代総帥、更にヤマグチ水産の社長でお前達のリーダーである長門 戦治郎の御祖父ちゃんじゃ!いつも孫がお世話になっておりますっ!!!」

 

ほらやっぱり~、2年前にポックリ逝った祖父さんだった~。祖父さんはそう言って剛さんに向かって角度90度の綺麗なお辞儀をし、それを見た剛さんは驚いた表情で俺と祖父さんの顔を交互に見る

 

「やっぱ祖父さんがヤマグチ水産の社長だったか……、だったら異常過ぎる成長速度も納得だわ……」

 

「たっはっはっ!!!総帥の座は総一に譲ったが、企業経営の手腕はまだまだ現役っ!一切衰えたと思ってはおらんからのうっ!」

 

姿勢を正した祖父さんはそう言って笑いだす、ああ、また経済界の歴史に長門の名が刻まれるのか……、俺がそんな事を考えていると、祖父さんが何かを思い出したかのように尋ねてきた

 

「そう言えば、埠頭で儂の姿を見るなり斬りかかって来た木曾と神通と軽巡棲姫は戦治郎の仲間じゃったか?つい反撃してノしてしまったんじゃが……」

 

「ちょっち祖父さん何してくれちゃってんのぉっ!??それ俺達の仲間ぁっ!!!そんでその軽巡棲姫はカネの友達の通ぅっ!!!」

 

「おおそうじゃったか!あやつは通じゃったんかっ!姿が変わっとったから分からんかったわいっ!つか、あの3人ちょっち鍛え方が足りんのじゃないかのう?3人まとめて一閃で片付いたぞ?」

 

おぉぅ……、もう……、経営手腕だけでなく抜刀術の腕も鈍ってないのね……。って事はその杖は仕込み刀なんだろうな……、って祖父さんの話聞いてた剛さんが固まっちゃったよぉ……、どうすんのこの状況……

 

「よっし決めた!今決めた!お茶会が終わった後、あやつらが目を覚ましたら儂直々にあやつらの事鍛えてやるわい!鍛え方は足りんが筋は良いみたいじゃからのう、きっとあやつらは名だたる剣豪になるぞ~!」

 

祖父さんがウキウキしながらそんな事を言ってる、それを聞いた俺は現実ではこの豪快老人(ゴーカイシルバー)の発言に頭を抱え、心の中では祖父さんのターゲットとなった3人に合掌するのだった……




やっとお祖父ちゃんが出せた……


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鬼とお茶会 上

空が行動不能だから、しばらくは戦治郎のターン


「ねえ戦ちゃん、さっきおじい様が通ちゃん達を一閃で片付けたとか言ってたみたいだけど……?」

 

「ああ~、ウチの祖父さんは色々武術やってて、その中でも抜刀術が得意なんですよ。多分通達はそれをモロに喰らったんだと思います……」

 

我に返った剛さんが俺にそう尋ねて来たので、俺は予想を交えながらそう返す

 

「あのくらいの相手じゃったら抜くまでもないのう、実際通達をノした時も鞘付けっ放しじゃったし」

 

3人まとめて鞘で殴ったのかよ……、峰打ちですらないのかよぉ……。ってまた剛さん固まっちゃったよぉ……

 

「何つぅか、祖父さんパワーアップしてね?通って俺の目から見ても結構出来る奴だったと思うんだが……?」

 

「ん~、ここに来るまでの間はずっと戦い続きじゃったからのう、もしかしたらそれのせいで儂自身鍛えられたからかもしれんのう。確かこっちに来たのが2年前じゃったか……、っとなると大体1年半の間はずっと独りで強硬派と斬った張ったしとった事になるはずじゃ」

 

1年半て……、ちょっちそこら辺が気になって詳しく聞いたところ、なんでも最初この世界に来た時は祖父さんに攻撃して来た6匹編成の強硬派の連中を週に2、3回相手にしてたらしいんだが、ある日を境に一気に30匹編成に増えたとかなんとか……

 

「1匹仕留め損ねた後じゃったかのう?それから急に儂に襲い掛かって来る時の数が増えおったわい、確かリチャードの話によると今の強硬派のトップは儂と同じ姿の奴なんじゃろ?恐らく儂がそやつと同じ姿なのが気に食わんから、意地になって儂の事を倒そうとしとるんじゃろうな~」

 

ああ~、リコリスだったらそうなるかもしんねぇな~……。俺がそんな事を考えてる最中にも祖父さんの話は続く

 

祖父さんはその30匹編成の艦隊も問題なく退け続けていたんだとか、そしたら今度は襲撃の頻度が上がって毎日の様に強硬派を30匹ずつ倒す羽目になったんだとか……

 

そんなんを1年半も続けていたらそりゃ強くなるか……、つかよく今まで無事でいれたな……

 

っと、俺がそんな事を考えていたその時だった

 

「正蔵さん、そろそろよろしいですか?」

 

ついさっき紅茶を噴き出してたリチャードさんが、俺達に声をかけて来たのである。そういやお茶会するんだったな、祖父さんの事でスッカリ忘れてたわっ!

 

「すまんすまん、つい話に夢中になってしもうたわい。って事で行くぞ戦治郎、楽しいお茶会の時間じゃ」

 

祖父さんはそう言って部屋の中央にある紅茶と菓子が並べられたテーブルの方へと向かって行き、俺達はそれに従うようにして祖父さんの後を追い席に着くのだった

 

 

 

「おや?空君の姿が見えないのだが……、彼はあの後どうしたんだい?」

 

簡単な自己紹介を終えたところで、空の姿が見えない事を不思議に思ったリチャードさんが俺に尋ねてきた

 

「空の事なのですが……」

 

俺はそう言って空が不在である理由とヌ級の件を皆に伝える、それを聞いたリチャードさんと剛さんは顔を顰め、スウさんは驚きのあまり目を見開き、祖父さんは軽く舌打ちをしていた

 

「空坊が全力で挑んで倒せなかった相手か……、とんでもない奴がおるようじゃのう……」

 

空の事を昔から知る爺さんがそう言った、先程の舌打ちも空が全力を出せばどうなるかを知っているが為、自然と出てしまったのだろう

 

「ヌ級か……、最近になって何処かの海域からフラリとやって来て、この辺りで暴れ回っている奴だったね……」

 

「ええ、そいつのせいで私達の仲間も1人犠牲になっています……」

 

リチャードさんとスウさんが言う、2人の言葉を聞く限り2人はヌ級の事を知っているようだな……。つか1人犠牲になっていたのか……、そう言えば空はあいつと対峙した時クソ不味い青白い奴とか言われたとか言ってたが……、それはそういう事だったんだな……

 

「剛、そいつの正体について何か知らないかい?僕はあくまでそいつがこの辺りで暴れている事くらいしか分からないんだ……」

 

「そいつの事ならよく知っている、何たってあいつを殺したのは私だからね」

 

おっと、剛さんマジモードですか、だったら俺もこのお茶会の間はマジモードでいきますか。俺がそんな事を考えている間に、剛さんはヌ級の正体である食人鬼Nの事をリチャードさん達に話すのだった

 

「……僕が死んだ後に活動を活発化させた猟奇殺人鬼か……、道理で僕が知らないわけだ……」

 

剛さんの話を聞き終えたリチャードさんがそう呟く

 

「武装した兵士を素手で5人も殺めるなんて……、とんでもない人間もいるのですね……」

 

今度はスウさんがそんな事を言う、因みに剛さん達がNを襲撃した際Nがフルチンだった事は伏せられていた。まあお茶の席でフルチンだとかブランブランさせてたとか言えるわけねぇもんな……

 

その後、俺の方から2人に対して空の前でNの事を化物とか怪物とか言わないようにして欲しいとお願いしておいた。最初は2人共不思議そうにしていたが、理由を話すと納得してくれたようだった

 

「んで、空坊はその後ヌ級に狙われた愛しの翔鶴を守る為に、ショートランドに残ったと……、しかし勝算はあるのか?」

 

「0ではないと言ったところですね、一応俺達のところに配備されている装備の中に有効打になるものがあるので、それを上手く使えば奴を倒せると思います」

 

祖父さんの問いにそう答える俺、今回はマジモードなので祖父さん相手でもこんな口調で行くつもり

 

「そうか……、ぬ~ん……、儂ももうちょっち自由な時間があったら空坊に加勢出来たんじゃが……」

 

そう言って頭をバリバリと掻く祖父さん、今の祖父さんはヤマグチ水産の仕事があるので自由に動ける時間が限られているそうだ……。まあこれについてはシカタナイネ

 

「全く……、次から次へと問題が発生するね……」

 

「そうですね……、ヌ級の事も気になりますが、絶対平和党の件もありますからね……」

 

リチャードさんの呟きに対してスウさんがそんな事を言ったのだが、その中に聞き慣れない単語が1つだけあった

 

「絶対平和党……?リチャード、それは一体何なんだ?」

 

俺が疑問に思っていた事を剛さんが尋ねる、名前からして政党っぽいんだが……、こりゃ一体何なんだ?

 

「ああ、剛達は知らないのか……、そうだな……、簡単に言うと空気の読めない平和ボケ集団かな?」

 

うん、余計意味が分からなくなった。それが表情に出ていたのかリチャードさんが俺の顔を見るなり苦笑いして、詳細の説明を開始してくれた

 

絶対平和党とは、この世界から戦争と暴力、その元となる兵器や武器を全て無くして永遠に平和な世界を作ろうとしている転生個体と深海棲艦からなる集団なのだとか

 

こう聞くと穏健派と仲良くやれそうな集団のようだが、実際のところは完全に対立しているそうだ

 

「彼らが言うには、全ての事柄は話し合いで片が付くものであり、自衛手段を持つ事すらも戦争の原因になるんだとさ」

 

「戦いが虚しいものである事は身をもって知っています……、ですが仲間を守る為には、時として武器を手に戦う必要もあると言うのに……。彼らはそれすらも許さないと言っているのです……」

 

「しかも奴らの武器の定義の幅が広すぎてのう……、ぶっちゃければほんのちょっちでも危険だと思われる物は全て武器認定しよるんじゃ。確かコンクリート片や食器、ボールペンですら武器扱いじゃったぞ」

 

3人の話を聞いて耳を疑った、この戦争の真っ只中、戦場のド真ん中を丸腰で動けと申すか……、しかも筆記用具まで武器扱い……、そいつらアホなんじゃね?

 

「普段は艤装を外した状態でデモ行進をしているのだが、艤装を装備した者の姿を見かけたらすぐに取り囲んで罵詈雑言を浴びせ、最終的にはその艤装を奪い破壊して去っていくと言うはた迷惑な集団なのだよ……」

 

いやホント迷惑な連中だな……、艤装を奪って破壊って……。……ん?

 

「リチャードさん、先程その集団のターゲットになるのは艤装を装備した者と仰っていましたけど……、それは艦娘も対象となると思って良いのでしょうか……?」

 

俺がリチャードさんにそう尋ねると、リチャードさんは目を伏せて静かに頷く……。それを聞いた俺と剛さんは驚愕し互いに顔を見合わせるのだった

 

おいおいおいっ!これちょっち冗談じゃ済まされねぇぞっ!?艦娘からも艤装を奪うだとっ?!艦娘は艤装のおかげで海上に立てると言うのを知らないとでも言うのか!??もし艦娘が海上でそんな事されたら溺死確定じゃねぇかっ!!?

 

「恐らく彼らのせいで轟沈した艦娘も少なくないだろうね……」

 

その言葉を聞いた俺と剛さんは、衝撃のあまり言葉を失ってしまうのだった……



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鬼とお茶会 下

「絶対平和党の党首、名前は七瀬 直忠(ななせ なおただ)と言うんだけど、彼は名前の通り何処までも真っ直ぐで、本当に自分に忠実な人間だったよ」

 

「誰に何と言われても自分の考えを変える事無く、ただひたすら己の思想の為に行動を起こす人物……。このような言い方をすれば普通ならば好感が持てる人物なのですが……、彼はあまりにも独善的過ぎたのです……」

 

先程のショックから立ち直った俺達に、リチャードさんとスウさんが絶対平和党の党首について教えてくれるのだが……、その名前を聞いた俺と剛さんはまたも驚く羽目になってしまった……

 

俺、こいつの名前知ってるわ……、前に選挙に出てた奴だ……。俺達と年が近かったからよく覚えてる……

 

確か公約に憲法第9条の改定阻止と在日米軍の追放を掲げて支持者を集めたのはいいけど、自衛隊の解体と警察の武装解除も公約に追加したところで一部の支持者に疑問を持たれ、危険物廃絶を宣言したところで産業関係者や飲食業関係者、建築業関係者など数多くの労働者や主婦と主夫を敵に回したんだったな……

 

こいつが言う危険物ってのが、料理人の包丁や食器、俺達が普段扱う工具、農具や建材、筆記用具や家電、自家用車や自転車までと幅広く対象となっており、それら全てを規制、或いは許可制にしようとしてたんだよな~……。しかも許可制の場合毎日書類を何枚も書かせた上で、何度も慎重に書類審査して許可を出すシステムにするつもりだったらしい……

 

そんなふざけたシステムなんて誰も望んでいなかった為、こいつは結局その選挙では投票数0を記録し落選したのだが……。何とこいつ、それ以降の参議院選と知事選以外の全ての選挙に同じ公約で出馬していたのだ。当然誰にも相手にされてなかったが……

 

それからしばらく経ったある日、リチャードさんが暗殺された直後にエデンが声明出して活動開始するわ、それと同時期にNが活動を活発化させるわで世界中が大混乱になっている最中、この男が暗殺されたのだ……。誰にも関心を持たれなかったがな……

 

専門家が言うには、こいつの公約がエデンの反感を買って暗殺されたのではないかと言われていたが、誰も興味を示さなかった為マスコミもそれ以上の事を追及せず、結局こいつは世間から存在しなかったものとされてしまっていたのだった……

 

「親や兄は優秀な政治家だったんじゃが、こいつは戦治郎が略取された件でそれを恐れた両親から世間から隔離されて育ったようじゃったからのう……。おかげで世間と感覚がガッツリとズレてしもうてああなってしまったんじゃろうと儂は思っとる」

 

俺がそんな事を考えてる最中に祖父さんがそんな事を言った、あいつがああなったのって俺のせいだったりすんのっ!?俺って知らず知らずの間にやらかしちゃってたのっ?!

 

確かに俺は長門コンツェルンの2代目総帥の次男坊だから、政界や経済界の人達に存在を知られてる事だろう、つかガキの頃父さんに連れられてパーティーとか参加してたから知られてて当然だわな……。俺が攫われた件もそのパイプを経由して広まったんだろうな~……。俺のせいであの男が歪んだってなると、ちょっと複雑な気分になるな~……

 

「そんな顔をするな戦治郎、あやつの人格についてはお前が攫われた件が間接的に関わっているかもしれんが、お前自身が好き好んでやった事ではないんじゃからお前が気に病む必要はないわい。むしろそれに気付かず放置した親の問題じゃろう」

 

「正蔵さんの言う通りだ、だからそんな顔をするな。お前がそんな顔をしていると海賊団の皆が不安になってしまうだろう?」

 

どうやら沈んだ感情が顔に出ていたらしく、祖父さんと剛さんにそんな事を言われてしまった。確かにそうだよな、俺のせいで息子がおかしくなったとか言われても、俺はそいつと直接会って何かやったわけじゃないからな!何か言われたとしても知らんの一点張りでいけるな!実際今の今まで知らなかったわけだし!!!

 

「……どうやら3人は彼の事を知ってるみたいだね、良かったら彼の事を詳しく教えてもらえないかい?色々と気になる言葉も聞こえた事だしね」

 

俺達の先程のやり取りから、俺達がそいつの事を知っていると気付いたリチャードさんがそう尋ねてきたので、俺達はそいつの事をリチャードさんに説明すると同時に、ウチの世界の同じ国の馬鹿な政治家が迷惑をかけている事を謝罪するのだった

 

「済まない……、正直なんて言えばいいのか分からない……」

 

「少し可哀想な方ですが……、だからと言って彼の行いや思想を肯定する事は出来ませんね……。その行いのせいで尊い犠牲が出ていますから……」

 

俺達の説明を聞いたリチャードさんは頭を抱え、スウさんはその表情を曇らせるのだった……。いくら生前冷遇されたからって、こっちで好き勝手やっていい理由にはならないからな~。まあ当の本人は生前の復讐とか一切考えず、至極真面目にその歪んだ正義を貫いてるだけな気もするが……

 

「っと、取り敢えず絶対平和党についてはこんなところだね。あまり面白くない話を長々としてしまって申し訳ない、そう言うわけで気分転換にお茶とお菓子を頂こうじゃないか。折角スウが頑張って準備してくれた品だからね、思う存分楽しもうじゃないか」

 

そう言ってリチャードさんは絶対平和党の話を終わらせて、俺達にお茶とお菓子を勧めてくるのだった。さっきのリチャードさんの言葉から推測すると、このお菓子はスウさんが作ったのか……?だったら穏健派の上層部は女子力が高いみたいだな~、ウチの艦娘達にもこういうの覚えさせた方がいいのかな~?先生はもちろん翔な!

 

俺がそんな事を考えながら菓子に手を伸ばしたその瞬間……

 

「スウ様!リチャードさん!大変ですっ!!!」

 

この部屋に慌てた様子で飛び込んで来た深海棲艦の娘がそう叫ぶ、すると場の空気がすぐに張り詰め……

 

「どうしたんだい?そんなに慌てて……、取り敢えず落ち着いて、何が大変なのか教えてくれないかい?」

 

リチャードさんがその深海棲艦の娘に向かって落ち着いた様子でそう言うと、その娘は1度深呼吸をしてから報告を開始する

 

「先程哨戒に出ている艦隊から連絡があり、ラバウル基地が絶対平和党と強硬派に襲撃されて消滅しましたっ!!!」

 

その報告を聞いた全員が思わず目を見開く、ラバウルが消滅だとっ!?壊滅じゃなくて消滅っ?!つか絶対平和党と強硬派が一緒にいるのはどういう事だっ!??これは現場行って確かめた方が良さそうだな……

 

俺はそう思って立ち上がるのだが、どうやら俺と同じ考えだったのが他にもいたみたいで、スウさんを除く全員が一斉に席から立ち上がった

 

「報告ありがとう、これは事が事だけに僕も出た方がよさそうだね。……それで僕と一緒に立ち上がった皆は、僕に協力してくれると考えてもいいかな?」

 

「当然だ、流石にこれは看過出来ない問題だからな」

 

「絶対平和と強硬派が一緒にいるとなると、相当な数を相手せにゃならんじゃろうからな。それにこの後戦治郎のとこの娘っ子達に修行をつけてやるつもりじゃからな、準備運動に丁度いいじゃろうて」

 

「だったらウチの連中も連れて行くか、祖父さんの戦いは学べる事も多いから見せておきたいところだし、何より日本海軍の提督志望の俺が日本海軍の拠点のピンチに駆けつけないってのも可笑しい話だからな、って事で……」

 

そう言ってマジモードから戦闘モードに気持ちを切り替えた俺は、通信機に手を当て……

 

「長門屋海賊団のメンバーに告ぐ!これよりラバウル基地の救援に向かう!すぐに出撃準備に取り掛かれっ!!!」

 

そう叫び、すぐにこの部屋と飛び出して出撃準備に取り掛かるのであった



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鬼と大鬼神と紅吹雪

さて、ラバウル救援の為に海賊団に集合をかけたわけだが……

 

まず一番乗りだったのはシゲ、なんでも俺達が空を追って行った後にここの技術班の班長からバイクを買ったらしく、さっきまでここの敷地内にあるサーキットで試運転してたんだとか……

 

それは別に構わないと思う、ただその重巡夏姫の班長さんとやらと2ケツしてここ来るのは止めて欲しかったかな?最初見た時シゲが増殖したとか分裂したとかで大騒ぎになったでしょ?

 

因みに班長さん連れて来たのは、この後バイクを回収してもらう為なんだとさ。まあバイクで海上は走れないからシカタナイネ

 

そうそう、シゲが買ったバイクのスペックと購入価格を見せてもらったんだけど、最初見た時頭金160万円だと思って残りを俺が立て替えようようとしたら、班長さんに怒られた……。俺がこんなだからシゲの金銭感覚がおかしくなっとるんじゃろうが!ってね……、解せぬ……

 

そのやり取り見てた祖父さんが、腹抱えて俺の事指差して笑ってやがった……畜生……

 

その後来たのは通と巡洋艦組、祖父さんにノされた3人を摩耶と阿武隈が面倒見てたんだとさ。うん、まあ当然だけど、ここでも騒ぎになったのよね。祖父さん見た木曾と神通がまぁた斬りかかろうとしちゃったわけよ……、まあすぐ俺が止めに入って皆に祖父さんの事紹介したの、そしたら皆驚く驚く!

 

木曾と神通と通なんて、顔真っ青にして祖父さんに謝罪してたわ。まあ謝罪を受けた祖父さんはこりゃ好都合ってばかりに、3人に罰として祖父さんの修行に付き合うようにと言い渡してたんだわ。それ聞いた通がまたぶっ倒れてたっけか……、成仏しろよ通……、まあ俺もどうせ巻き込まれるんだろうけどさ……

 

そんな騒ぎがありながらも海賊団のメンバーが全員集まり、出撃準備が整ったところでいざ出撃って時に、祖父さんに呼び止められた

 

「あの水上バイクに乗らない艦娘は儂のクルーザーに乗るといい、そうすりゃほんのちょっちじゃが燃料節約出来るじゃろうしのう」

 

そういう訳で、巡洋艦組と駆逐組は祖父さんのクルーザーで移動する事になった

 

後から聞いたんだけど、移動中祖父さんが嬉々として俺の昔話を皆にずっと話してたんだとさ……、やめてよぉ……、恥ずかしいよぉ……

 

 

 

「そう言えば……」

 

ラバウルへ向けて移動しているその最中の事である、俺はふとある事を思い出してそう呟いていた。それは先程開かれたお茶会でリチャードさん達に尋ねようとしていた事だ

 

「どうしたんだい?何か気になる事でもあったかい?」

 

俺と並走するメタルウルフを装着したリチャードさんが、俺の呟きが聞こえたのか不思議そうにしながら尋ねてきた

 

「いえ、祖父さんがこっちに転生してるんだから、もしかしたら母さんもこっちに転生してるのかな?って思っただけなんです。もし母さんがこっちに来ていたらどうしようかな~?って……」

 

「その事か……、戦治郎、凄く言い辛いんだが……」

 

俺の話を聞いたリチャードさんがそう言って一旦言葉を区切ってから、俺の疑問の答えを教えてくれた

 

「君のお母さんである青海さんは、間違いなくこちらの世界には来ていないんだ……」

 

リチャードさんはそう言って、その理由について話し始める

 

どうやらリチャードさんは穏健派の転生個体が何時、どのようにしてこちらに来たのかをガダルカナルに拠点を作った後に調べたんだそうな。何故そのような事をしたのかについては、この異世界転生と言う現象の原因を調べる一環だったんだとさ

 

それで1つだけ分かった事があるようで……

 

「穏健派転生個体の中には2013年4月23日より前に亡くなった者が誰一人としていないんだ」

 

その日付は……、確か艦これが正式サービスを開始した日じゃなかったか……?つまり艦これが艦これとして動き出す前に亡くなった人は転生出来ない……?って事は……

 

「母さんが亡くなったのは俺が幼稚園入る前だったから……、母さんがこちらに来ている可能性はほぼ0って事か……」

 

「そう言うことになるね……」

 

リチャードさんが申し訳なさそうにそう言った、ほんのちょっち期待してたから少々ショックではあるが、本来死んだ人間とはもう2度と会えないものなんだからな、普通に考えたらこれが正解なのかもしれんね

 

俺がそんな事を考えていたら、いつの間にか目的地であるラバウル基地の近くに着いてたわけなんだが……

 

「何あの人だかり……?」

 

「恐らく強硬派が絶対平和党に襲われているんだろうね、よく見るといい、非武装の深海棲艦が武装した深海棲艦に群がっているのが分かるかい?」

 

「本当ですね……、これが奴らの判別方法なのですね……。それはそうと、何故強硬派が絶対平和党に襲われているのでしょう?」

 

「確か一緒になってラバウルに攻撃していたんでしょ?なのに何でこんな事になってるのよ……?」

 

先頭を走っていた祖父さんのクルーザーが急に停止したので、俺達もそれに合わせて停止し何事かと思い周囲を見回したところ、クルーザーのデッキから身を乗り出して周囲を警戒していた陽炎が黒い人だかりを発見したのだ

 

そして陽炎の呟きを聞いたリチャードさんがそれに答えると、今度は陽炎と同じようにクルーザーから身を乗り出した不知火が疑問を口にし、天津風も不思議そうな顔をしながら不知火の言葉に続いていた

 

「その辺の事情は誰か適当に取っ捕まえて聞き出しゃいいだろう、って事d……、ん……?」

 

俺がそう言って敵陣に乗り込もうとしたその時である、あちらから微かにだが声が聞こえて来たのである……

 

「さあ立……がれ同……っ!今こ……久……平和を……だっ!!!」

 

これは……、演説か……?何か平和とか聞こえたような……?平和……、平和か~……、そう言えば最近は戦いばっかで全然落ち着いて開発とかやってなかったな~……。って開発……?俺って何を開発してたんだっけか……

 

「戦治郎っ!!!」

 

俺がそんな事を考えていたら、急にリチャードさんに殴られた。いってぇっ!!!この人いきなり何すんだよっ!?俺は今……、……俺さっきまで何考えてた?確かあっちから平和とか聞こえた気がしてから、何か記憶が曖昧なんだが……?

 

「いいか戦治郎、これは七瀬の能力なんだ!七瀬の能力は平和と言う単語を含んだ演説で相手を洗脳、それが完了し次第今度は相手の人格を自分の人格と同質のものに作り替えて、自分の支持者と言う名の操り人形にしてしまうものなんだっ!!!」

 

リチャードさんが先程の現象について説明してくれたんだが……、あの野郎なんておっそろしい能力持ってんだよっ!?つまりあれか?あいつに従ってる連中ってのはあいつの能力で操り人形にされた深海棲艦や転生個体って事なのかっ!??

 

そしてそこまで考えたところで、嫌な予感がして海賊団のメンバーの方を見てみると、皆なんか間の抜けた顔して棒立ちしてんじゃねぇかっ!!!これ絶対直撃してるよねっ!?!このままだと皆があいつの操り人形にされちまうっ!!!こうなったら1人1人引っ叩いて正気に戻すか……っ!!?

 

俺が焦りを覚えながらそんな事を考えていると……

 

「戦治郎は戻ってきおったか、んでリチャードはその無敵のメタルウルフのおかげで無事、他の連中は皆危険な状態っと……」

 

祖父さんがそう言いながらクルーザーから飛び降りて、俺達の前に降り立った。どうやら祖父さんも無事だったか……、……何で無事なんだろ?

 

「こりゃ早急に手を打たんとこっちも全滅じゃのう、って事でっ!」

 

祖父さんのこの言葉の直後、海が急に真っ赤に染まったかと思うと、海の中から何かが大量に浮かび上がって来た……。これは……、彼岸花の花弁か……?

 

「長門 正蔵が奥義!『紅吹雪(くれないふぶき)』っ!!!な~んてのう♪」

 

祖父さんが紅吹雪と叫ぶと同時に、海面を埋め尽くす彼岸花の花弁達が一斉に宙に舞い上がり、辺りに漂い始めるじゃねぇかっ!?もしかしてこれ、祖父さんの能力か……?

 

その直後……

 

\ギャアアアァァァーーーッ!!!/

 

俺を含む長門屋海賊団のメンバーの悲鳴が辺りに響き渡った、何が起きたかって?通信機からとんでもない音量のノイズが聞こえたからだよっ!!!

 

「一体何なんっ?!通信機が壊れよったんかっ!?」

 

「くそがっ!!!鼓膜破れるかと思ったじゃねぇかっ!!!」

 

通信機を耳からむしり取りながら龍驤と摩耶が叫ぶ、さっきのノイズのおかげで我に返ったのか……?

 

「……っ!?これは……一体……っ?!」

 

「これは……、彼岸花の花びらか……?何でこんなものがこんなに大量に空中に舞ってるんだ……?」

 

神通と木曾が彼岸花の花弁に気付いて、疑問を声に出していた

 

「祖父さん、これは一体何なんだ……?もしかしてこれが祖父さんの能力なのか……?」

 

俺が祖父さんにそう尋ねたところ……

 

「お前らの言葉で言うならそうじゃのう、この『紅吹雪』は儂の能力と言う事になる。最初は只の目くらましだったんじゃが、使っている内にデコイや物理攻撃や音波攻撃も防ぐ障壁に出来るようになったんじゃよ。ついでに肉眼だけでなく電波妨害効果でレーダーも潰せるんじゃ、中々凄いじゃろ?1年半戦い続けた結果と言う奴じゃ!」

 

そう言って笑いだす祖父さん、通信機のノイズはこれが原因か……。つかそういうのあるなら先に言ってくれよ……、そしたらこっちもこんな酷い目に遭う事なかったのによぉ……

 

「さて、これで心置きなく進軍出来るようになったね。そういう訳で皆、準備はいいね?それじゃあ……」

 

「リチャードさんちょっち待ったっ!おい皆!気合い入れる為にリチャードさんに合わせるぞっ!いいなっ!?」

 

\応っ!!!/

 

「そういう事か、いいね、面白いじゃないか!では改めて……」

 

\オオォォォケイィレッツパーリィィィッ!!!/

 

俺達はそう叫び、祖父さんが発現した彼岸花の花弁で出来た真っ赤な吹雪を纏いながら、強硬派と絶対平和党が群がる人だかりの中に突撃して行くのであった……



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鬼と党首

俺達はリチャードさんのあのセリフと共に、カッコよく敵陣に突入したわけなんだが……

 

「なあ戦治郎……、これ俺達が来る意味あったか……?」

 

「お前の祖父さんとリチャードさんだけで、敵陣壊滅してんじゃねぇか……」

 

シャイニングセイヴァーに変身した光太郎はそんな疑問を俺に投げかけ、それに続くように輝が今の状況を分かり易く言葉にしてくれた

 

そう、今絶対平和党は祖父さんとリチャードさんの奇襲を受けて、海上にいる戦力の2/3を失っていたのだ

 

強硬派は何処に行ったかって?さっきの演説のせいで全員絶対平和党に組み込まれてしまったみたいなんだわ……

 

奴らは修羅と化した祖父さんと大統領魂全開のリチャードさんを止める術を持ち合わせていないようで、ただただ一方的に蹂躙され祖父さんとリチャードさんに狩られるだけの存在と成り果てていた……

 

ホント光太郎が言った通り、これ俺達の出番ねぇじゃん……。艦娘達も皆揃いも揃って祖父さん達の動きに圧倒されて、口開けたまま呆然とその様子見てるだけだし……。っとそうだったそうだった!

 

「木曾、神通、祖父さんの動きは目で追えてるか?」

 

「すまねぇ、碌に追えてねぇ……」

 

「これはその……、あまりにも凄すぎて参考にならない気がします……」

 

俺が剣術使いの2人にそう尋ねたところ、このような返事が返って来た。まあ正直俺も無茶言った自覚はあるんだよな……、2人共ごめんな?

 

「1年半でしたか……、そんなに長い時間戦い続け、生き残り続ければあれほどまでにに強くなるのも頷けますね……」

 

近くにいた通がそんな事を零す、しかも数も数だったみたいなんだよな~……。確か1年半の間で、強硬派の深海棲艦を大体1万5千匹は斬り捨てたとか言ってたような……?ホントよく今まで生きてたな、この祖父さん……

 

通の言葉を聞いた俺がそんな事を考えていると、俺の足元から悟の頭が突如出現!ちょっとぉっ!?いきなり出て来るとビックリするでしょぉっ!?!

 

「おめぇらよぉ、人が何度も呼び掛けてんのに無視するたぁどう言う了見だぁ?」

 

ああ、悟の奴今通信機が使えねぇの知らねぇのな……、そういう訳で俺は悟にその事について説明するのだった

 

「そう言う事ならまぁ仕方ねぇわなぁ……、ったく洗脳とかクソ面倒クセェもん出してきやがってよぉ……。つか人格を作り替えるとかよぉ……、戦争よりてめぇの方がよっぽど危ねぇじゃねぇかよぉ……」

 

俺の話を聞いた悟がそんな事を言っていた、そうなんだよな~、この党首の能力は人権を完全に無視してんだよな~……。七瀬とか言う奴は、人が人として生きる事より世界平和の方が重要だと言うのか?ホントわけ分かんねぇよ……

 

悟の言葉を聞いた俺がそんな事を考えていると……

 

「ええい!忌々しい野蛮人共がぁっ!何故我々の邪魔をするっ!?何故そうやって武器を手に取り無駄に戦火を拡げるっ?!我々はただ世界平和の為に活動しているだけではないかっ!!!それが何故貴様らに邪魔をされなければならないのだっ!!?貴様らは平和な世界と言うものを見てみたいと思わんのかっ!??」

 

えらく早口でそんな事を叫んでいる声が聞こえて来た、俺はその声が気になって声の発生源の方を向いたところ、そこには口に主砲の代わりに黄色いメガホンを咥えた駆逐ナ級後期型flagshipが1匹いた。何だこいつ……?何でメガホンなんか咥えてんだ……?

 

俺がしばらくそのナ級の事を観察していると、不意にそのナ級と目が合ってしまった。恐らく向こうも俺の視線に気付いたんだろうな……

 

「何だ貴様はっ!私の方をジロジロと見て何を企んでいる!?それに何だその姿はっ!!?あちこちに武器など装備して……、まさか貴様はあいつらの仲間だと言うのかっ!?貴様もあいつらと同じで争い事を好む道理の通じん野蛮人なのかっ?!!」

 

何かめっちゃ高圧的にボロクソに言ってきやがったんですが……

 

「y「あいつらの仲間ならばその言葉を聞く耳は持たん!やつらと同じように戦争を望む貴様の話など聞く価値が一切ない!それだけではない!貴様の話を聞く時間がもったいない!その時間を我々の活動に充てた方が間違いなく有意義なのだからなっ!!!それが分かったら二度と私に話しかけるなっ!!!いいなっ!?!」

 

あの野郎……、俺の言葉に自分の言葉思いっきり被せて来やがったぞ……、そんでまた自分だけ言いたい放題言って話を無理矢理終わらせやがった……

 

「n「私はさっき二度と話しかけるなと言ったはずだっ!!!まさか貴様は人間の言葉も理解出来ない獣か何かかっ?!?ふざけるのもいい加減にしろっ!!!私は先程貴様とこのような下らんやり取りをするのは時間の無駄であると!確かにそう言ったはずだ!!!なのに貴様はまた私に話しかけようとしてきた!!!そうか!!!これはあいつらの仲間である貴様による我々の活動に対しての妨害工作なのだな!!!何故貴様はそのような事をするっ!!?貴様もあいつら同様いたずらに戦火を拡げたいとでも言うのかっ!??そう言う事なら我々はそんな危険な貴様を粛清するっ!!!」

 

何か勝手に決めつけられて攻撃対象にされてしまったんですが……、いやもうホント何なのこいつ!?話が通じないを通り越して話させてくれないっ!!!会話が成立しないっ!!!ふざけるなとか言ってたけど、それはこっちのセリフだばっきゃろうっ!!!

 

つかこの口振りからすると……、どうやらこの駆逐ナ級後期型flagshipが絶対平和党の党首、七瀬 直忠のようだな……。党首って言うから鬼か姫だろうと思ってたら、まさかのナ級だったでゴザル……。まあその能力がえげつなさ過ぎて鬼や姫の比じゃないくらい油断出来ない相手なんだがな……

 

俺がそんな事を考えていると、七瀬は七瀬の支持者と思われる深海棲艦を自分の周りに集め始め、俺達に差し向けようとしていた……のだが……

 

「じゃらっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

ある程度数が集まったところを祖父さんに狙われて、支持者達は祖父さんが飛ばした剣閃でまとめて真っ二つにされて海底へとその姿を消していくのだった……

 

「また貴様か大鬼神っ!!!ええいこのままでは支持者の数が減ってしまう!こうなったら撤退だっ!!!これは逃走ではない!明日への前進であるっ!!!繰り返す!これより我々は明日へ向かって前進するっ!!!皆の者!この私!!七瀬 直忠に続けぇっ!!!」

 

七瀬は祖父さんの姿を見るなり、そう叫んで撤退を開始したのである。って七瀬の航行速度早ぇっ!!!支持者全員置き去りにして、一人だけとっとと水平線の彼方に消えやがった!!!お前自分の支持者を何だと思ってんだよっ!!?

 

「戦治郎!今がチャンスじゃ!!!支持者連中をここで削れるだけ削るぞっ!!!」

 

「穏健派各員に告ぐ!これより僕達は絶対平和党を追撃するっ!!!今のうちに倒せるだけ倒してしまうよっ!!!」

 

祖父さんの言葉に呆気にとられてた俺達は、リチャードさんが出す指示を聞いて我に返り、リチャードさんが予め配置していた穏健派の皆と協力して絶対平和党に追い打ちをかけるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦治郎、彼と話してみてどう思った?」

 

追撃戦が終わり、七瀬こそ取り逃したものの残りの支持者を殲滅したところで、リチャードさんが不意に俺にそう尋ねて来た

 

「俺はあれを会話と認めるつもりはありませんよ……、何ですかあれ……、一方的にあいつが喋るだけじゃないですか……」

 

「だよね……、実はあいつは1度僕達のところに話し合いを持ち掛けて来た事があるんだよ……。まあそれもさっきの君とのやり取りと同じような感じだったけどね……」

 

俺の返事を聞いたリチャードさんが、メタルウルフのヘッドパーツを取りながらそう言った。自分から話し合いって言っときながらそれかよ……、あいつは会話って単語の意味知ってんのかな……?

 

「あの……、最後の追撃は本当にやらなければいけなかった事なのでしょうか……?」

 

俺とリチャードさんがそんな事を話していたら、姉様が表情を少々曇らせながら近づいて来てリチャードさんにそう尋ねる。姉様の後ろには瑞穂の姿もあり、こちらも姉様と同じように浮かない顔をしていた

 

そういやリチャードさんと初めて会った時、強硬派が撤退開始したら見送ってたのに今回は情け容赦なく追撃してたな……。一体何でなんだろ?

 

「あの党首の能力は洗脳のようなものと聞きました、それだったら悟さんにお願いしたらどうにか出来たのではないかと、先程扶桑さんと話している時にそう思ったのですが……」

 

瑞穂の言葉を聞いたリチャードさんは、俯きながらもその疑問に対して返答する

 

「僕達も同じ事を考えて、支持者を捕まえて医療スタッフに治療を依頼した事があるんだよ……。その結果、あの能力の影響を最後まで受けた者は自分が何者なのか、自分がどうしてここにいるのかも分からなくなっていて、病室のベッドで七瀬が主張する思想を譫言の様に賛美し続けたていたんだ……。スタッフからも言われたよ、これは無理だって……」

 

何それ怖い……、って事はあいつの能力で人格書き換えされた時点で詰みって事なのな……、冗談抜きで恐ろしい能力だなおい……

 

「おめぇらがお茶会やってる間によぉ、俺はここの医療スタッフと話してたんだけどよぉ、ここの連中がダメってなると俺でもダメみてぇだわ」

 

また突如海面から生えて来た悟ヘッドがそんな事を言った、ってだからいきなり現れんなっつぅのっ!!!ってか、悟がこう言うのは珍しいな……、それだけここの医療スタッフは信頼出来る腕前って事になりそうだ

 

「っとそういやナ級の件ですっかり忘れてたわ、ほれ」

 

悟はそう言うと海面から何かを引っ張り出し、俺達に見せて来たのだが……

 

「これは……、ソ級か?」

 

「あぁ、あの時俺がおめぇらに伝えようとしてたのはよぉ、これの事だったんだよなぁ」

 

悟が俺達に見せて来たもの、それは縫合糸で雁字搦めにされた1匹のソ級だったのである

 

「こいつはよぉ、どうやら強硬派の所属みたいなんだわぁ。つか海の中には強硬派の潜水艦しかいなかったんだよなぁ、まあ俺がこいつ残して全部捌いてやったんだがなぁ」

 

悟はそう言って口角を上げる、悟は確か俺達が七瀬に洗脳されそうになる前から海の中にいたっけな。んで七瀬の能力の事知らなかったって事は、七瀬の能力は海の中にいたら回避出来るって事か……。でもそれだと艦娘達がどうしようもないからな……、これは対策考えねぇとだなぁ……。まあそれは兎も角、今は……

 

「サンキュー悟、海上のは絶対平和党に無理矢理組み込まれた後、祖父さん達が全部片付けちまって確保出来なかったから助かったわ。って事で~……」

 

俺はそう言って不気味な笑顔(姉様談)を浮かべながらソ級に迫り、尋問を開始するのであった。何故こいつらは絶対平和党と行動してたのか……、それがホント気になってたからな、そう言うわけでこいつにはその辺の事洗いざらい喋ってもらうぜ~……?ぐっひょっひょっひょっひょ……



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鬼とラバウルの惨状と生き残り

2018/2/18 1:07 描写し忘れがあった為加筆しました


俺達は悟が捕獲したソ級に尋問して手に入れた情報の内容を確認する為に、ソ級を引っ張りながらラバウル基地があったと言う場所に上陸する事にした

 

うん、お茶会の時ラバウルが消滅したって聞いたけどさ、ホントに消滅してるよこれ……

 

もうね、瓦礫の1欠片すらないのよここ、建築物があったと言う面影すら残っておりません……。あるのは野晒しにされた大量の血溜まりと肉片のみ……、その肉片もご丁寧に骨をキチンと抜き取ってあるのよね……。コンクリートで固められた埠頭だったと思われる場所も、わざわざコンクリを全部剥がした上に岩とかも除去して、土や砂が剥き出しになっておるのですよ……

 

何故こんな事になっているのかと言うと、絶対平和党の連中が危険物を完全に排除したからである。埠頭のコンクリや岩、建築物から出た瓦礫や遺体の骨や遺品になりそうな物も危険物だと言って何処かに持ち去っていったんだとか……。確かに骨とかちょっち加工したら武器になるけど、そこまでやらにゃならん事なのか?あいつらはホトケさんを見ても、ただの物くらいにしか思ってないのか?正直イカれてるとしか言えねぇぞ……

 

んで、ラバウル基地だったところが肉片まみれになってる理由については、あのリコリスの策なんだとさ……

 

リコリスが立てた策、それは水上艦60隻と潜水艦60隻の大艦隊を編成し、水上艦の艤装を潜水艦に持たせ、非武装状態の水上艦を絶対平和党に接触させて絶対平和党を言葉巧みに丸め込み、ラバウルに差し向けるように上手い具合に唆し、絶対平和党がラバウルに対して攻撃を仕掛けたところで潜水艦に持たせていた艤装を水上艦に装備させ、絶対平和党の攻撃のせいで丸腰になった艦娘や基地、そして絶対平和党に対して総攻撃を仕掛けると言うものだった……

 

「何とか海上に出た艦娘も、すぐに艤装を奪われて次々と海の中に沈んで来てたわね。まあそこに私達が魚雷を叩き込んでやったんだけどね、自分達に迫って来る魚雷を見て表情を絶望の色に染める艦娘を見るのは最高の気分だったわ~。まあ貴方達がそれを台無しにしてくれたんだけどね……」

 

尋問中拘束されたソ級が、忌々し気に俺達を睨みながらそう吐き捨てていた。沈んだ艦娘に追撃したのもリコリスの策の内らしく、後々救助されてまた艤装持ち出して来て戦場で戦う羽目になったら面倒だから、遺体も完全に潰しておけとの事らしい……

 

それを聞いた直後悟がソ級を1発ブン殴ってたな……、策を立てたのはリコリスだがソ級もそれを楽しんでた感じだったから、これは命大好きマンの悟に殴られてもシカタナイネ

 

その後、悟が穏健派の潜水艦艦隊を率いて海底を徹底的に調べ尽くし、回収可能な遺体や遺品を全て回収して来てくれた。まあどれもこれも腕だけだったり脚だけだったりと凄惨な状態になっているが、まだ骨が残っている分まだマシって感じだわ……。陸の上にいた艦娘は骨も遺品も残ってないからな……、遺族の方々に何と申し上げればいいか分からねぇよ……

 

尋問の内容を確認し終えた俺達が、拘束したソ級をほったらかしにしたままショートランド泊地経由で遺体を故郷に帰してあげる為に、遺体の回収と一緒にそこら一帯を掃除しているその最中だった

 

近辺を哨戒していた穏健派の深海棲艦から、ラバウル所属と思わしき艦娘を6人ほど保護したと言う通信が届いたのである

 

それを聞いたリチャードさんがすぐにこちらに連れて来るように指示を飛ばすと、すぐに6人の艦娘が俺達のところに連れて来られた

 

「そんな……、姫や鬼がこんなに沢山……」

 

「これほどの軍勢に襲撃されれば、いくら南方海域最強と謳われたラバウル基地でも太刀打ち出来ないだろうな……」

 

連れて来られた6人の艦娘の内の、睦月型駆逐艦10番艦の三日月と同じく9番艦の菊月がそんな事を言っていた、まあこの惨状を見て俺達の姿見たら俺達が襲撃したと思うわな……、実際は全然違うけどな……

 

「答えるクマ、これはお前達がやったクマか?」

 

この艦隊の旗艦を務めていたのだろうと思われる、球磨型軽巡洋艦1番艦の球磨が俺達を睨むようにしてそう尋ねて来た。よく見ると球磨の主砲は既に俺達を捉えている状態になっており、返答次第ではすぐにでも攻撃を仕掛けられる状態になっていたのである

 

取り敢えずこの娘達の誤解を解かないとな……、そう思って俺が声を出そうとしたところで……

 

「本当に済まなかった……っ!僕達がもっと早く事態に気付く事が出来たらこんな事にはならなかったのに……!君達の仲間を救ってあげられなくて本当に申し訳ない……っ!!!」

 

突如リチャードさんがそう言って、球磨達に向けて頭を下げるのだった。いや、リチャードさんだけじゃねぇ……

 

「儂もガダルカナルに向かう途中、偵察機を飛ばしながら移動してればこの件にいち早く気付く事が出来たかもしれんからな……、本当に済まなかった……」

 

祖父さんまで球磨達に対して土下座し始めたではないか!急に物凄くゴツい格好をした戦艦棲姫と、紋付羽織袴を着たリコリス棲姫に丁寧に謝罪されて、謝罪を受けている球磨達は非常に困惑していた……

 

「ちょっと待つクマ!これはお前達がやったわけじゃないクマかっ?!」

 

「ああ、俺達はラバウルが消滅したって聞いて駆けつけて来た穏健派の深海棲艦なんだわ、俺達が来た時には既にこんな状態だったみたいだぜ?詳細はそこにいるソ級に聞きな、そいつは実行犯の内の1人だからな」

 

2人の謝罪を受けて混乱する球磨がそう尋ねて来た、それに対して今度は俺がその返事をしてあげた。2人が未だに頭下げてたリ土下座してたりで、まともに話せそうなのが俺しかいなかったからな……

 

その後、俺の発言のせいで余計混乱する球磨達を何とか落ち着かせ、ソ級に尋問させてあげたら球磨がソ級を豪快にブン殴った。そりゃまあ、基地の仲間を楽しみながら殺した相手とか殴りたくもなるわな……、これもシカタナイネ……

 

それからしばらくの間、ソ級の話を聞いて怒り狂う球磨を何とか宥めていたんだが……

 

「戦治郎さん、陸上にある遺体の回収が終わった……ぞ……?」

 

遺体回収完了の報告をしに来た木曾が、荒ぶる球磨の姿を見て驚きのあまり目を見開き硬直する。そして木曾の声に反応した球磨が、ゆっくりと木曾の方を向くと……

 

「クマッ?!お前何でここにいるんだクマッ!?つかその格好は一体なんだクマッ!!?」

 

今度は球磨が驚きの声を上げているではないか、こいつらもしかして知り合い……?

 

「い、いや……、その……」

 

「母ちゃんの事もお前の右目の事も姉ちゃんに任せておけって言ったはずクマッ!それなのに何でお前はこんなとこにいるんだクマッ!?」

 

まさかの姉妹でした!つか母ちゃんの事ってどゆ事?俺聞いてないと思うんだけど?っとそんな事考えてる場合じゃねぇな、俺は今にも木曾に掴みかかりそうな球磨を羽交い絞めにして、木曾の事情を球磨に説明するのだった……

 

 

 

「戦治郎さん、妹の事を助けてくれて本当にありがとうだクマ。そして出来の悪い妹がご迷惑をおかけして申し訳ないクマ」

 

事情を説明し終えたところで、球磨が俺に感謝と謝罪の言葉を述べ頭を下げて来た

 

「何、当然の事しただけだし迷惑なんてのも感じてねぇから気にすんな。それと木曾の事出来が悪いとか言ってやんな、今の木曾はウチのエースの一角担ってる実力者なんだからよ」

 

俺がそう言うと球磨は信じられないとばかりに驚き、木曾は気恥ずかしそうに頬を掻いていた。まあ、その木曾はこの後祖父さん主催の地獄の大特訓祭に参加する予定になってるんだがな……、きっと俺も巻き込まれる……

 

っと、そういや球磨が言ってた2人のお母さんの事について、球磨から教えてもらう事が出来たんだった

 

2人のお母さんは深海棲艦の襲撃のせいで、両足欠損と言う大怪我を負って今でも存命ではあるが車椅子生活を余儀なくされたんだとか。木曾の右目もその時に負ったものなんだとさ、なるほど、それなら木曾の復讐心も理解出来るわ。

 

んで、球磨はお母さんの両足と木曾の右目の敵討ちの為に、艦娘となり深海棲艦との戦いに身を投じたってわけだ。その際球磨は木曾に自分の後を追わないようにと言いつけて行ったそうなんだが、木曾はそれを破ってドロップ艦になって摩耶と共に戦場に飛び出したと……。そりゃ球磨が怒るわけだ……

 

「取り敢えずクマ、戦治郎さんが妹と妹の友達の命の恩人って事が分かったから、戦治郎さんが言う事は球磨は信じるクマ。んでそんな戦治郎さんに聞くクマ、あそこで球磨達に謝罪してる人達の言ってる事は本当に信じて大丈夫クマ?」

 

球磨が未だに謝罪した姿のままのリチャードさんと祖父さんの方を指差しながら俺にそう尋ねて来た、あの2人まだ謝罪してんのかよ……、そろそろ姿勢正していいんじゃないか……?

 

「まず指差すのやめてあげて?んで、あの人達は信頼出来る人達だから信じて大丈夫だ。特に紋付羽織袴着てるリコリス棲姫の方は俺の祖父さんだから、尋常じゃないくらい規格外だから頼りまくっていいぞ」

 

「分かったクマ、戦治郎さんがそう言うなら球磨はあの2人の事も信じるクマ。……しかし球磨達はこれからどうしたらいいクマか……、遠征から帰ったら基地が綺麗サッパリ消滅してるとか、冗談でも笑えないクマ……」

 

球磨がそんな事を言いながらウンウンと呻り始める、こいつらは遠征行ってたから助かったのか……、中々運がいいな……

 

「なあ、他に遠征に出てたラバウルの艦娘はどのくらいいるんだ?」

 

「私達の任務が一番時間がかかるものでしたから……、恐らく他の方々は私達よりも先に基地に帰還していたと思います……」

 

「一番時間がかかる任務と聞いた時は運が悪かったと思ったが、まさかそれに救われる事になるとはな……」

 

他に生き残りになった奴がいるかもしれないと思った俺が、球磨達にそんな質問をしたところドラム缶を括ったロープを腰に巻いた三日月と菊月が答えてくれた。つまり生き残りはこいつらだけか……

 

「そうか……、分かった、だったら~……、リチャードさん、そろそろ俺達は撤収するんですよね?」

 

「そうだね、やる事は全てやった事だしそろそろ引き上げようと思っているところだよ」

 

俺はリチャードさんに確認を取ったところで、球磨達に1つ提案をするのだった

 

「俺達はそろそろ撤収するんだが、途中でここで回収した遺体や遺品を故郷に帰してもらう為にショートランド泊地に届けるつもりなんだわ。そういう訳で、お前達の事をショートランドまで送るから付いて来てくれないか?」

 

「ふむ~……、でもそれは本当に大丈夫クマ?戦治郎さん達と行動してた球磨達が裏切者扱いされて処分されたりしないクマ?それに戦治郎さん達も泊地の艦娘に攻撃されるかもしれないクマよ?」

 

「ああ、それなら大丈夫だ、泊地の提督は俺達の事知ってるからな、つか仲間の1人がそこに厄介になってるんだわ。だから裏切者とか疑われる心配ねぇから安心してくれ、そのへんの経緯が知りたかったら道中で説明する、それでいいか?」

 

俺の提案に疑問を投げかける球磨に対して、俺はそう答えて球磨達を納得、同行を了承させる

 

「待ちなさい、貴方達が撤収するのは良いけど、私の事はどうするつもり?確か尋問前に私が知っている事を全て話したら解放するって約束したはずよね?」

 

俺と球磨達がそんなやり取りをしていると、それを聞いたソ級が叫ぶようにして俺に尋ねて来た。そういやそうだった、球磨達の事ばかりでソ級の事忘れてたわ

 

「ああ、済まん忘れてた。ちょっと待ってろ……」

 

俺はそう言ってソ級の拘束を外してやった、するとソ級は……

 

「覚えていなさい!この事はリコリス様に報告して絶対貴方達の事を潰してやるんだからっ!覚悟していなさいっ!!!」

 

そう言って海の方へと走って行くのだが……

 

「大五郎」

 

「あいさ~」

 

俺は大五郎に呼び掛け、大五郎も俺の言葉に応じてソ級の背中に照準を合わせる

 

「撃て」

 

大五郎の照準がソ級の背中に定まったところで、俺はたった一言そう言ってグスタフ&ドーラをソ級に叩き込んでやる、するとソ級がいた場所が盛大に爆発しそれはそれは大きなクレーターを形成する。約束通り解放してやったぞ、この世界からな……

 

「戦治郎さん……、ここまでやる必要があったクマか……?流石にやり過ぎじゃないクマか……?」

 

ソ級がいた場所に出来たクレーターを、驚愕の表情を浮かべながら眺める球磨が尋ねて来る

 

「あいつに情報を持ち帰らせるわけにはいかねぇし、何よりあいつらがやった事は許されねぇ事だからな。いくら戦争でも殺しを楽しむのはダメだろうよ……」

 

俺がそう吐き捨てたところで、出発準備が整ったと言う連絡を受け、俺達はラバウルを後にするのだった……




名前が出てない艦娘は基本モブです


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鬼の報告

「ヘーイテートクー!さっき振りー!」

 

「いやホントそうですね……、それで一体どうしたんですか?何か伝え忘れた事でもあったんですか?」

 

ショートランド泊地に到着するなり、こんな事を言いながら執務室に突撃する俺。そんな俺の姿を見た提督は一瞬驚きはしたものの、すぐに気を取り直し用件を聞こうとしてくるのだった

 

「いや~……、それがさ~……」

 

俺がそう言って用件を伝えようとしたその時だった

 

「大変だ提督っ!ラバウルが陥落したぞっ!!!」

 

慌てた様子で執務室に飛び込んで来た日向が、俺が伝えようとしていた事を代わりに提督に伝えてくれましたよっと

 

「何だってっ!??今ラバウルはどうなっている?!!」

 

「それが……」

 

「その事なんだけどよ~……」

 

緊張感溢れる2人のやり取りに割って入る俺、2人の視線が俺に集中する中俺は2人にラバウルであった事を報告し始めるのだった

 

 

 

「ラバウルでそんな事があったのか……」

 

「ヌ級だけでも頭が痛いのに、絶対平和党だと……?流石にもう勘弁してくれよ……」

 

俺の話が終わったところで、日向はこめかみを指で押さえ、提督は両手で頭を抱え込んでしまいましたとさ……

 

「平和な世界を作ると言う目標は素晴らしいのだが……、その手段が全ての兵器や危険物の破壊と他者の洗脳か……」

 

「そのせいでラバウルが冗談抜きの地獄と化してたわ……、建物の類も全部破壊された後持ち去られて、そこら中肉片だらけってな具合よ……」

 

「艤装が取り外されてしまえば、艦娘は妖精さんの加護も受けられないし海上に立つ事も出来ないからな……、正直その光景は想像したくないな……」

 

俺と日向のやり取りを聞いていた提督が、顔を青くさせながらそんな事を言っていた。今の提督に強硬派の潜水艦共が何やったか教えるのは流石に酷だろうな~……、後で日向に教えておいて提督の調子が戻った時にでも話してもらいますか

 

「んで、俺達がここに来たのは俺達が回収して来た遺体と遺品をここ経由で遺族の方々に送り届けて欲しいってのと、たまたま遠征に出てて助かったラバウルの艦娘達を預かって欲しいってお願いしに来たわけよ」

 

「なるほど、そう言う事だったんですね。分かりました、遺体と遺品については何としてでも遺族の方々のところに届けて見せます。それで、先程生き残った艦娘がいると仰っていましたが……」

 

「応、そこで待たせてるから連れて来るわ。っとそうそう提督さんや、俺に対しては敬語じゃなくていいからな、普段の話し方で話してくれた方がこっちとしては気が楽なんだわ」

 

「……分かった、じゃあこれからはそうさせてもらうぞ」

 

俺と提督はこのようなやり取りを交わし、俺は提督の言葉に納得したように大きく頷いた後球磨達を執務室に招き入れたのだった

 

「んじゃ俺は空にこの事伝えて、遺体と遺品の受け渡し手伝ったらガダルカナルに戻るわ!」

 

球磨達が全員執務室に入ったのを見届けた俺は、そう言って執務室から出ようとするのだが……

 

「クマ?戦治郎さんもう行っちゃうクマか?」

 

球磨に呼び止められてしまった、その表情は心なしか寂しげに見えたのだが……

 

「ああ、俺らもまだ他にもやる事あっからな」

 

「む~……、そう言う事なら仕方ないクマ……。戦治郎さん、今日は本当に色々とありがとうだクマ。またいつか会える事を願うクマ~」

 

俺の言葉を聞いた球磨は、少々不服と言った感じではあるが取り敢えずのところはそれで納得し、俺に対して感謝と再会を願う言葉をかけてくるのだった

 

俺は球磨の言葉に応、またなって具合に短く返し、執務室を出て医務室の方へと足を運ぶのであった

 

 

 

「ってな事があったんだわ」

 

「ヌ級だけでなく、あの馬鹿げた政治家の軍団まで相手にしなければならんのか……」

 

俺が医務室のベッドに横たわる空に、今回の件を報告すると空は嫌悪感丸出しでそう吐き捨てていた

 

「話聞いてる限りだと、ホントとンでもねぇ奴らだな……」

 

「強硬派と戦闘している時に介入されたりなんかしたら、厄介な事この上ないね……」

 

「そんな事されたら、夕立達は戦えなくなっちゃうっぽい!」

 

「それを防ぐ為に支持者を先に倒そうとしても、洗脳攻撃があるんだっけ……?」

 

「私達の場合……、それよりも先に海に沈められてしまいそうだけどね……」

 

俺が来るまでの間、医務室で空と談笑していた江風、時雨、夕立、川内、雲龍が今の話を聞いて思い思いの言葉を口にする。つか雲龍とも知り合いだったのか

 

「あの……、その政治家の方の話が出た途端に空さんの機嫌が悪くなったような気がするんですが……」

 

そんな中、翔鶴がオズオズとそんな事を言ってきたのだった。翔鶴の奴、この短い間で空の機嫌が分かるようになったか~……、いいぞ^~これ~

 

「ああ済まない、俺はあの七瀬と言う政治家が吐き気がするほど嫌いだからな」

 

翔鶴の言葉を聞いた空がそう答える、空のその言葉を聞いた面々は意外とばかりに驚きの表情を浮かべる。空はホントあいつの事嫌いなんだよな~……

 

あの七瀬の公約、危険物の中には武術の知識や技術も含まれていたりするのである。それを聞いた空はもうホント、烈火の如く激怒して思わず俺ンチの食卓を叩き割ってたんだよな~……。ただそれもタイミング悪く飯の最中で、空が食卓叩き割ったせいで並んでた飯が華麗に宙を舞い、全部ダメになってしまって直後に翔にキレられて説教されてたっけか~……。それ以降、空は七瀬の事を猛烈に毛嫌いするようになったんだとさ

 

「空は武術のおかげで人並みの生活が出来るようになった奴だからな、それが規制されるってなるとこうも言いたくなるだろうな~……」

 

俺がそう言うと皆押し黙ってしまい、医務室に重い空気が流れる。空の事情知ったらまあそう言う反応になるわな……

 

「確かお前も七瀬の事を愚痴っていなかったか?危険物撤廃以外の部分でな」

 

「ああ~……、まあな~……」

 

「その七瀬とか言う奴、まだ他にも変な事言ってたの?」

 

俺と空のやり取りを聞いた川内が話題に食い付いて来た、これについて気にしてたのはこっちの面子だと俺と祖父さんくらいじゃねぇかな~?

 

「あの野郎、企業の競合も争い事認定して撤廃させようとしてたんだわ……、ライバル関係の企業があってこそ企業はお互い切磋琢磨して新しい技術を生み出したり、面白い商売方法考えるんだろうがって言ってやりたかったわホント……」

 

「武術や企業の競合だけでは収まらず、サッカーや野球など相手と競うスポーツも全面的に規制する方針だったみたいだぞ。本当に七瀬と言う人物は何を考えているのかが分からなかったぞ……」

 

俺の言葉を聞いた空が付け加えるようにそんな事を話し、聞いていた艦娘達皆をドン引きさせていた……。まあこんな事聞きゃそうなるよな~……

 

「あれもダメ、これもダメって何かとっても窮屈な人生になっちゃいそうっぽい~!」

 

「ああそうだな……、あいつの思想が実現したら平和な地獄が待ってるだろうな……」

 

夕立がジタバタしながらそんな事を言ったので、俺は夕立の言葉を肯定しこのような言葉を続けるのだった

 

「平和な地獄って……、何かおかしな表現だね……」

 

「まあな、でもこれ以外で適切な言葉が思いつかねぇわ。だってそうだろ?確かに戦争や争い事はないかもしれねぇけど、企業も人間も全くと言っていいくらい進歩する事なければ規制だらけで自由もねぇ、場合によっては平和の為に人権も簡単に無視されるような世界、それを地獄と言わずなんと言うかってな」

 

時雨の言葉にそう返す俺、そして俺の言葉を聞いた艦娘達は皆揃ってその表情を引きつらせるのだった。実際、こんな世界とか嫌だろ?俺は嫌だぞ!

 

「っと、つまんねぇ話して悪かったな。長居し過ぎたみてぇだし俺はこの辺りで行くわ、また何かあったら来るかもしんねぇけどな。っと空は怪我治るまでここで大人しくいい子しとけよ?いいな?」

 

「分かっている、そう心配するな。それより早く外の連中の手伝いに行かなくていいのか?」

 

おっといけねぇ、忘れるとこだったわ!そういう訳で、俺は空とそんなやり取りを交わした後、医務室を後にし外で遺体と遺品の受け渡しを手伝うのだった



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Lightning memory ~ Aspirationcraft~

護視点です

護のキャラの都合上地の文に顔文字が多用されます。ご容赦頂ければ幸いです……


遺体と遺品の受け渡しが終わってからの事ッス!(゚Д゚)

 

自分達はそれからすぐにガダルカナルに帰った訳なんッスけど、ガダルカナルに到着したところで悲劇が発生したんッスよ……(;´Д`)

 

自分達が島に上陸するなり、シャチョーのGさん……、この場合ソースイとか言った方がいいッスかね?(・3・)ゝ?

 

まあGさんでいくッス、そのGさんが通と神通と木曾にシャチョーを加えた4人に今から鍛えてやるとか言い出したんッスよ……(;^ω^)

 

それだけで済んだら良かったんッスよ……、でもそうならなかったから悲劇なんッスよ……(>'A`)>

 

Gさんのその発言を聞いた剛さんが触発されて……

 

「ならアタシ達も一緒に鍛えちゃいましょうか♪そういえばここ最近忙しくって皆全然トレーニングとかやってなかったしね~、ホント丁度いい機会だわ~♪」

 

こんな事いい出したんッスよ……、当然の事ッスけどそれ聞いた皆顔引きつらせていたッスよ……。ホント勘弁して欲しかったッス……(lll´Д`)

 

その直後だったッス……

 

「あっ!僕達は食堂の人達と一緒に夕飯を作る約束をしてたんでしたっ!そう言う訳で行きましょう!扶桑さん!龍鳳さん!」

 

「そ、そうでしたね、ラバウルに向かう前にそんな約束をしていましたねっ!」

 

「皆さん私達ばかりごめんなさい!代わりにとっても美味しいご飯を作って待ってますからっ!」

 

そう言って翔達は急いで食堂の方へと走っていったッス……、上手い事言って逃げ果せおって……、この裏切者め……ッス!(#´゚皿゚)

 

これだけじゃ終わらなかったッス!この地獄から逃げ切ったのがもう1組いたりするんッスよっ!!!(#゚Д゚)

 

「すみません!俺達は空の事で話し合いする事になっているので、この辺りで失礼しますねっ!!!」

 

光太郎さんがそう言って、悟さんと望ちゃんを小脇に抱えてダッシュでこの場を去って行ったんッスよ……、えぇい小賢しい真似を……(#^ω^)

 

そういう訳で、翔達食糧チームと光太郎さん達医療チームが逃げたところで、いざ修行開始ってタイミングだったッス……

 

「シゲー!ようやく戻って来おったかっ!ワレのリュウセイにメテオドライブ積んだけぇ今からもっぺんテストすんぞっ!ほれ!はよケツの方乗れっ!!!」

 

「マジかよ伊吹っ!?メテオドライブ量産したのかよっ?!分かった、すぐ行くっ!!!」

 

何とハンチョーさんがシゲを掻っ攫って行ったんッスよ……、つかこの2人いつの間にそんな仲良くなったんッスか……?(;´∀`)

 

ってな感じでシゲまで抜けたところで、地獄の修行が開始されたんッスよ……(ヽ'ω`)

 

もうホント、これでもかって言うくらい皆扱かれたッスよマジで……('、3_ヽ)_

 

シャチョーとか、ランニングの時や腕立てスクワットの時Gさん背負わされてやらされていたし、見てたらホントシャチョーが不憫で不憫で仕方なかったッスな~……つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

 

その後、約束通り翔達の美味い飯食って風呂入って汗流して、出撃と修行の疲れのせいか皆すぐに泥のように眠る事になったッス、まあ自分もそうだったんッスけどね……(¦3[___]

 

 

 

そんなこんなで次の日ッス!( ノ゚Д゚)

 

シャチョーが朝早くに皆を集めて、今後について会議する事になったんッスけど……

 

空さんの調子が戻ってヌ級の件が片付くまでの間、自分達はこのガダルカナル島に滞在する事が決定したッス!(゚∀゚)

 

空さんの容態については、悟さんが定期的に様子を見に行く事になったみたいッス。まあこれについては仕方ないッスね┐(´-`)┌

 

んで、その間自分達は何をするかについてッスけど……

 

①工廠組はヌ級や絶対平和党対策の装備の開発

 

②艦娘達は訓練と生きる術講習で自身に磨きをかける

 

③光太郎さんと輝さんはソロモン諸島周辺の警護の手伝い

 

大体こんなところッスかね?何か翔が提案してた気がするッスけど、自分は装備開発の方に意識がいっててよく聞こえなかったッス(;・∀・)

 

いやだって開発ッスよ?しかもシャチョーが言うにはリチャードさんの許可取ってるから資源は好きに使っていいって言われたんッスよ?しかも必要だったら技術班の人に協力要請してもいいって言われたんッスよ?それで滾らなかったら技術者じゃないッスよ!(゚爪゚)

 

②については、一部の艦娘が生きる術講習をまだやってないのもあるし、今のままだとヌ級と遭遇した時逃げ切れるか微妙なラインだから、可能な限り鍛えておいてヌ級から無事に逃げ切れるようにしておきたいって事だったッス(。A。)

 

まあ恐らくッスけど、艦娘達を訓練に集中させる事で下手に遠くの海に出さないようにして、ヌ級と遭遇する確率を減らす為ってのもあるんじゃないかと思うんッスけどね(_Д_)

 

③については、現状ヌ級と渡り合えそうなのがこの2人とシャチョーくらいだと思われるからッスね、剛さんの場合弾を避けられたり弾かれたりする可能性が大きいからちょっと難しいかもって本人が言ってたくらいッスからね……(´・ω・`)ゞ

 

つか、今思うと輝さんの腕力ってホント何なんッスかね~……?(;゚Д゚)

 

この間戦った時、ヌ級に組み付かれたのを腕力だけで強引に引き剝がして、そのまま投げ飛ばしたとか聞いたんッスけど……(((( ;゚д゚))))

 

もしかしたら、輝さんの能力ってあの腕力なんじゃないかと最近思うようになったんッスよね~……(´ε`;)

 

因みにシャチョーはいつでもすぐ動けるように待機しておくとか言ってたッス、まあ大方リチャードさんと更に情報交換するのがメインだと思うんッスけどね~(´ー`)

 

こんな感じで会議は終わり、それぞれ行動を起こす事になり、自分は今ここの工廠にいるわけッス!ヽ(・∀・ )ノ

 

取り敢えず最初に言われていたヌ級と絶対平和党対策の装備を作る事にしたんッスけど~……、絶対平和党の方は耳栓と大音量で音楽を流せる大型スピーカーを作る事にしたッス。耳栓で声を聞くのを阻害して、スピーカーでその内容を聞き取り辛くする作戦ッス!(`・ω・´)

 

そんでヌ級についてなんッスけど、取り敢えず追加装甲を作ってはみたんッスけど、正直焼け石に水かな~?っと思うんッスよね……(;´ρ`)

 

だってヌ級って空さん並に動けるんッスよね?その機動力で一気に距離詰められて、そのまま装甲剥がされてしまったら装甲作った意味が無くなってしまうんじゃないかって思う訳なんッスよ……ヽ(´Д`;)ノ

 

それにかなりの腕力もあるみたいじゃないッスか?もしかしたら貫手で装甲ごと腹部を貫ける可能性もあるから怖いんッスよね~……、実際人間の身体ってリミッター完全解除した状態だと拳も砕けてしまうッスけど、鉄板貫けるらしいッスからね~……。転生個体になったらもっと強度の高い金属でも破壊出来そうッスから、今作れる追加装甲は無いよりマシくらいの、ホント気休めにしかならない気がするッス……(|||;´Д`)

 

まあ言われた以上取り敢えず作るんッスけどね、そこら辺の話も説明する時一緒に話すつもりッス(´゚ω゚`)

 

んでんで、それを作り終えたところで、ここからが本番ッス!(ΦωΦ)

 

実は自分、前々から作りたいと思ってたものがあるんッスよね~……(Φ∀Φ)

 

ただ、資源の都合とかで諦めていたんッスけど……、今回何と資源無制限で装備を作っていいと言われてるじゃないッスか!これを逃す手は自分には無いッスよ~?(☆ω☆)

 

んで、何を作ろうとしてるか気になるッスか?気になるッスよね~?(´゚∀゚`)

 

そんな皆に教えてあげるッス!自分が作ろうとしているもの!それが一体何なのかについてっ!!!(`∀´)

 

自分が作ってみたかったもの、それは何と……、個人用人工衛星っ!!!(☆∀☆)

 

恐らくッスけど、これがあるとめっちゃ便利な気がするんッスよね~。衛星軌道上からの偵察やGPSによるミサイルの制御に自分達の居場所の特定、通信の有効範囲の拡大に……ぐっふっふっふっふっ……(´^ω^`)

 

とまあこんな具合に、便利機能盛沢山で自分によし、お前によしなものを作ろうとしてるんッスよ~(´∀`*)

 

しかも今回は資源だけでなく人材も制限無しと来てるッス!これならきっと想像以上に早く作る事が出来そうッスね~(*´∀`*)

 

ってな訳で、早速人工衛星作りを開始するッス!今回ばかりはトコトン張り切らせてもらうッスよー!ヽ(`Д´)ノ




多分次回もこんな調子です……


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Lightning memory ~Fu〇kin' fireworks~

前回から引き続き護視点です

そしてまた顔文字を多用します、ご容赦頂ければ幸いです……


気合いを十分に入れたところで、工廠の人達を集めて自分の人工衛星作りに参加したい人を募ったところ、予想以上に多くの人が興味を示し参加してくれる事になったッス!v(゚∀゚)v

 

そんで皆さんと協力してすぐに人工衛星を完成させたッス!普通だったらこんなに早く仕上がる訳ないんッスけど、妖精さんと情報交換した自分と架空兵器を再現する技術を持った技術班の方々がタッグを組めば、こんな事朝飯前ッスよっ!!!v( ̄Д ̄)v

 

けど、何か皆さん自分の人工衛星見て苦笑い浮かべてたリ、必死になって笑い堪えてたりしてる気がするんッスけど気のせいッスかね……?(゚д゚)ゝ?

 

まあそんな事はどうでもいいとして、次はこの人工衛星を打ち上げる為のロケットを作る訳なんッスけど、これも割とアッサリと仕上げる事が出来たッス!('∀`)

 

前に自分が弾道ミサイルと電子戦やったの覚えてるッスか?自分あの時ミサイルのデータをブッコ抜いておいたんッスよね~、んで今回使うロケットにそのデータを応用する事で簡単にロケットを完成させたって訳ッス(´・∀・`)

 

そうそう、軌道上でのロケットの操作についてなんッスけど、流石に有人ロケットにして軌道上でどうこうするのは無理だと思ったので、工廠の隅に転がってた箱コンを魔改造して地上からでも軌道上のロケットを操作出来るようにしたッス!ヽ(゚∀゚)ノ

 

ここまでくると、自分の才能が恐ろしいッスな~……( ̄ー+ ̄)

 

んで、人工衛星24個をフェアリングで包んでる最中にバイク馬鹿の重巡2人組が途中参戦して来たッス(・д・)

 

取り敢えず遅れて来たシゲ達に人工衛星をフェアリングで包む作業を担当してもらって、その間に自分はこのロケットを打ち上げるのに適した場所を調べ、そこにロケットを運ぶ方法を手配してたんッス(・ω・)

 

これがまさかあんな事を引き起こす原因になるとは、夢にも思わなかったッス……(;´Д`)

 

そうして打ち上げる場所が決まりそこへロケットを運び出した訳なんッスけど、その頃にはもう日が沈み、夜の帳が下りてしまっていたッスけどそんな事は一切気にせず、自分達はロケットの打ち上げ準備に取り掛かったんッスよ( ・`д・´)

 

そんなこんなで打ち上げ準備が整い、打ち上げのカウントダウンが始まり……

 

「3……、2……、1……、0ッス!!!」

 

自分の声に合わせたかの様にロケットが空に向かって飛び上がり、天高く昇り始めたんッスよ~、この段階でちょっと感動したッスけどそれは衛星を設置するまでお預けにする事にしたッス、途中で何があるか分からないッスからね( ・`ω・´)

 

自分がそんな事を考えてるその隣で……

 

「伊吹、そろそろよくね?」

 

「そうじゃのう、そろそろやるかっ!」

 

……何か重巡2人組が不穏な事言ってる気がするんッスけど……、ってハンチョー?その手に持ってるスイッチは何なんッスか?(゚Д゚)?

 

「そんじゃポチッとなぁっ!!!」

 

ハンチョーがそう言ってスイッチを押した途端……

 

ドパアアアァァァーーーンと言う音と共にフェアリングが弾け飛び、中から色とりどりの打ち上げ花火が次々と発射されたッス!それが怒涛の24連射っ!!!( ゚д゚ )

 

うわぁ~綺麗な花火ッスね~♪赤に青に緑にオレンジ、色鮮やかな花火が幾多の星々が瞬くこの美しい夜空に、より一層彩りを添えてとても幻想的な風景を演出していたッス(*´∀`*)

 

だが待って欲しいッス、自分がロケットで打ち上げようとしていたのは花火じゃなくて人工衛星だったはずッスよね?(・3・)ゝ?

 

肝心な人工衛星は何処行ったんッスかね?自分はそう思ってHMDを操作して先程の花火の映像をもう1度再生したんッスけど……

 

そこには花火が弾けると同時に火達磨になって地面や海面に向かって落下していくMy人工衛星の姿が……(´゚Д゚`)

 

「ノ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

それに気付いた瞬間、自分は天を穿つほどの咆哮を上げたッス……。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。

 

今回の件を最初から手伝ってくれていた人達も、花火が上がったところで皆揃って自分みたいに落胆したり呆然としてたッスね……゚(゚´ω`゚)゚。

 

「うおっ?!いきなりどうしたんだ?」

 

「何じゃ?何か不都合でもあったんか?」

 

人の気も知らずに重巡2人組がそんな事をほざいて来たんッスよ……、誰のせいでこんな事になったと思ってるんッスか……?(つд;)

 

「シゲ達は自分達が何しようとしてたか、ちゃんと把握してるッスか……?」

 

「「えっ?ロケットで花火打ち上げようとしてたんだろ(じゃろ)?」」

 

それを聞いた瞬間、自分はシゲとハンチョーをグーで殴ったッス、それを見ていた技術班の人達は自分に歓声を上げたり口笛を吹いてたリしてたッス、これは自分だけの怒りじゃないッス、手伝ってくれた皆の怒りッスよっ!!!(`Д´#)

 

その後2人には作業取り掛かる前にちゃんとしっかり話聞けと言いつけた上で、自分達の目的について説明したッス(`Д´)

 

「人工衛星を打ち上げていたじゃと……?」

 

「ちょい待てマモ、お前が言う人工衛星ってあのパロディウスに出て来そうな人の事心底馬鹿にしたような表情とポーズした、変なペンギンみたいな奴の事か……?」

 

自分の話を聞いたシゲが物凄く失礼な事を言ってきたッス、何が変なペンギンッスかっ!あれも立派なペンギンじゃないッスかっ!!(#´゚皿゚)

 

人が必死こいてデザインしたものに対して、それはホント失礼だと思うッスッ!!!ヽ( `皿´ )ノ

 

「あれがワシらの頭上をグルグル回るんか……?」

 

「想像しただけで腹立って来たんだが……?」

 

自分はそんな事を零す2人を黙らせて、次はこんな事しないようにと厳しく注意してたんッスけど、そのタイミングで騒ぎを聞きつけてシャチョーとリチャードさんがこの場に駆けつけて来たッスΣ(゚Д゚)

 

んで、シャチョーは上下黒のジャージで、リチャードさんはパジャマ姿だったッス。恐らくどっちも寝てる最中に花火の音に驚いて飛び起きて、着の身着のままここに来たんじゃないかと思うッス(;´∀`)

 

2人に事情を話したところ、シャチョーからは変な騒ぎ起こすなとか、いくら使用出来る資源の制限が無いからと言って滅茶苦茶な事するなと怒られたッス(´・ω・`)

 

ただちょっと気がかりだったのが、この時のシャチョーが説教しながらもウツラウツラしてた事ッスね~……、これ多分まだちょっと寝ぼけてるんじゃないッスかね……?(;・∀・)

 

んで、リチャードさんはと言うと……

 

「中々面白い事に挑戦してるみたいじゃないかっ!その人工衛星も後々役に立ちそうだし、僕はいいと思うよ。いや、むしろ応援させてもらうよ!いい報告を期待してるよ?っと、そろそろ僕達は戻る事にするよ、皆も無理しない範囲で頑張ってくれ!」

 

そう言って自分の人工衛星打ち上げを応援する意思を表明してくれたッス!ヽ(*´∀`)ノ

 

今の言葉、しっかり録音したッスからね~……、後からやっぱ無しってのはもう出来ないッスからね~……(ΦωΦ)

 

取り敢えず、この日はもうやる気が無くなってしまったのでこの場で解散して、明日また頑張る事になったッス、流石に作った人工衛星を目の前で爆破されると萎えるッスよ……(|||;´Д`)

 

 

 

次の日─wヘ√レvv~(゚∀゚)─wwヘ√レvv~─!!!

 

今回はなんと!リチャードさんに頼まれたらしく、シャチョーも参加する事になったッス!!!シャチョーと、いつもシャチョーと一緒にいる妖精さんの力が加われば、背中に翼が生えた虎に跨った鬼に金棒持たせたくらいの頼もしさがあるッス!これはホント期待出来そうッス!!!+(0゚・∀・)

 

……まあ、自分が抱いたこの期待はこの後シャチョー自身の手によって粉々に砕かれるんッスけどね……(|||;´ω`)

 

昨日と同じ要領でロケットを作っていったんッスけど、人工衛星をフェアリングで包む作業の際、シャチョーが自分がやりたいと申し出て来たので、シャチョーなら大丈夫だろうと思ってお願いする事にしたんッス、それが間違いだと気付かずにッス……(|||;´ρ`)

 

シャチョーが参加してくれたのと場所探しなどを省く事が出来たおかげで、昨日より早く打ち上げ準備に取り掛かる事が出来たんッスけど……

 

「さって、上手く作動すっかな~……?」

 

シャチョーが腕を組んで作業を見守る中、そんな不穏な事を……って何か既視感を感じるんッスけど……?(;゚Д゚)ゝ?

 

そんな事を考えていると打ち上げのカウントダウンが始まり、カウントが0になると同時にロケットが再び空へと昇り始めたッス!……今回は何もないといいんッスけど……、さっきのシャチョーのセリフもあって少々不安ッス……(|||ヽ´ω`)

 

自分のそんな不安など知った事ではないとばかりにロケットはグングン上昇していき、豆粒みたいに小さくなったところで……

 

ドパアアアァァァーーーンと言う音と共にフェアリングが弾け飛び、中から色とりどりの打ち上げ花火が次々と発射されたッス!それが怒涛の48連発っ!!!しかも1発1発が前回の奴よりも一回りも二回りも大きなサイズッ!!!(;´゚д゚`)

 

うわぁ~おっきな花火ッスね~♪こんなにおっきかったら迫力も桁違いッスね~♪それに前回よりも沢山打ち上げられてるし……って!!!Σ(´Д`;)

 

「ヴォ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ーーーッ!!!」

 

「わっしゃっしゃっしゃっしゃっ!!!」

 

「だぁっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!」

 

我に返った自分が叫び、重巡コンビが腹を抱えて笑い転げるッス!またッスかーっ!!!天丼ッスかーっ?!!これは流石にあんまりッスよシャチョーッ!!!(#`゚皿゚)

 

「よっしゃ!時限装置はしっかり作動したみたいだなっ!っておめぇらどしたん?」

 

小さくガッツポーズを決めるシャチョーがそんな事を抜かして来たッス、取り敢えず事情聞いたらシャチョーも自分達がロケットで花火打ち上げてると思ってたらしいッス……、昨日自身が説教した後の事は睡魔と戦うのに集中し過ぎていた為、よく覚えていないとか……_(:3」∠)_

 

この日も結局打ち上げは失敗、今度こそは成功させようと皆で誓って今日は解散する事になったッス……、技術班の皆さん、ホント申し訳ないッス……('、3_ヽ)_



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龍と車椅子散歩

「っとまあこっちの状況はこんなとこだなぁ」

 

「そうか……、護がそんな事をやっているのか……」

 

ショートランド泊地に往診に来た悟の口から、今現在のガダルカナルの様子を聞いたのだが、どうやら護が主体となって面白そうな事をやっているようだった

 

どうして俺がいない時に人工衛星の打ち上げなどと言う、間違いなく愉快な事が起こるようなイベントを実行するのだろうか……。もしこの身体がまともに動いてくれたなら、俺も喜んで参加していたと言うのに……、おのれヌ級……

 

「悟、それは今日もやっているのか?」

 

「いやぁ、今日はやらねぇって言ってたなぁ。確か今日は人工衛星の生産プラントを作るだのなんだの言ってやがったなぁ……、護の奴立て続けに手作りの人工衛星を爆破されたのがよっぽど堪えたみてぇでなぁ、人工衛星を量産して有事に備える設備を作るとか言ってやがったわぁ」

 

俺の身体に翠緑を使用する悟に今日の護達の予定を尋ねてみたところ、何とも珍妙な回答が返って来るのだった……。何だその人工衛星生産プラントと言うのは……?凄まじく気になるではないか……

 

「俺も詳しく聞いた訳じゃねぇからよく分かんねぇんだよなぁ……、何かマインクラフトがどうとか、工業化MODがどうとか言ってたみてぇだがよぉ、俺にはサッパリ理解出来なかったんだわなぁ……」

 

待て何だそれは?益々意味が分からんぞ……?護達は本当に何をしようとしているのだ……?何故そこでマイクラの工業化MODの話が出て来るのだ……?これは早急に護の話を聞かなければいけないな……

 

「っとこんなとこだなぁ、よかったなぁ空ぁ、これで点滴生活とおさらば出来るぜぇ。けど油断してっと食った物がすぐにブリュッと出るかもしんねぇからなぁ、そこだけ注意しとけよぉ?くっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃっ!!!」

 

翠緑の使用を止めた悟はそう言って立ち上がり……

 

「そういう訳で今回の往診はお仕舞いだぁ、今日のところはこれで引き上げさせてもらうぜぇ。っとそういやこないだ来た時言ってた車椅子の件だがよぉ、それは今日からはOKだからなぁ。流石に寝たきりってのは退屈だからなぁ、誰かに頼んでゆっくり散歩でも楽しんどけってなぁ」

 

そう言い放って医務室を出て行ったのだった、そうか……、ようやくこの点滴生活が終わり翔鶴の食事を楽しめるようになったわけなのだな……、その言葉を聞いてから胸のあたりが燃え滾るように熱くて仕方がないな……

 

「おめでとうございます空さん、これでやっと普通の食事が出来ますね」

 

「ありがとう翔鶴、これでようやく翔鶴の手料理が楽しめるようになったぞ。とは言ってもしばらくの間口から物を摂取していなかったからな、当分はお粥ばかりになりそうだ……」

 

俺は俺を祝福してくれた翔鶴に向かってそう言ったところ、翔鶴は一瞬だけ驚いた後、恥ずかしそうに俯いてしまうのだった。最初の頃と比べると大分俺の言葉に慣れて来たようだな、前は俺がこんな事を言おうものなら顔を真っ赤にして慌てふためいていたのだがな……、っとそれはそうと

 

「さて、食事の話もいいがもう1つの朗報の事も忘れてはいけないな」

 

「あっそうですね、ちょっと待っててもらえますか?」

 

俺の言葉を聞いた彼女は、そう言って医務室の隅に置いてある折り畳まれた車椅子を展開し、それを押しながら俺のところへと戻って来るのだった

 

寝たきりと言うものは本当にストレスが溜まるものでな……、いくら視線を動かしてもその目に映るのは殆ど代り映えのない風景なので、退屈で退屈で仕方なかったのである……

 

誰かが見舞いに来て色々な話をしてくれている間は気が紛れるのだが、それが終わってしまうと退屈な上に寂しくなってきてしまって、余計苦痛を感じるようになるのである……

 

しかしそれも今日までである、今日からは誰かの補助こそ必要ではあるが車椅子での移動が可能になったのである

 

「ちょっと失礼しますね……」

 

翔鶴がそう言ってベッドに寝ている俺を抱き上げ、そっと車椅子に座らせる

 

「お待たせしました、それで……最初は何処に向かいますか……?」

 

「済まないな翔鶴、それで行先についてなんだが……、俺はこの泊地を碌に見て回っていないのでな、出来たら翔鶴に案内して欲しいんだが……」

 

行先について尋ねて来た翔鶴に対して俺がそう答えたところ、彼女は俺の願いを承諾し俺が座る車椅子を押しながら泊地の至る所を案内してくれるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぽいぽいぽ~~~いっ!!!」

 

それがどうしてこうなった……

 

「夕立!ストップストップ!」

 

「夕立さん!お願いですから止まってくださいー!」

 

「夕立の姉貴ー!空さンはまだ本調子じゃないンだから無理させちゃ駄目だろぉー!」

 

翔鶴に泊地内の案内をしてもらっている途中で、俺達は夕立達と遭遇したのである。そこで事情を聞いた3人は俺達に同行したいと言って来たので、俺がそれを承諾ししばらく5人で行動していたのだが……

 

「翔鶴さん翔鶴さん、夕立も車椅子押してみたいっぽい!」

 

夕立が突然そんな事を言ってきたのだ、翔鶴も医務室からずっと俺が座った車椅子を押し続けていたものだからきっと疲れているかもしれないと思った事と、夕立がやってみたいと言っているのを無碍にするのもどうかと思った事が重なった為、俺は夕立の申し出を受け車椅子を夕立に押してもらう事にしたのだ・・・・・

 

そして車椅子を押す役を代わった途端、夕立が車椅子を押しながら猛ダッシュを始めてしまい今に至るのである……

 

「空さん!早いっぽい?楽しいっぽい?」

 

夕立が俺に向かって無邪気にそう尋ねて来るのだが、今の俺にとってはこの状況は正直恐怖でしかない……。身体が動かせるのならば何かあったとしても受け身を取ったりして被害を抑えられるのだが、今の俺はそれが出来ない状態だからな……。もし何かがあって怪我でもしようものなら、また寝たきりに逆戻りになりかねん……

 

しかし夕立に対して強く言えそうにもないな……、恐らく夕立は今まで寝たきりだった俺を楽しませようと思ってこんな事をやっているのだろうと思ったからである

 

だからと言って今のままでいいと言う訳ではない……、さてどうしたものか……。取り敢えず夕立を説得してせめて減速してもらうか……?俺が現状を打破する為にそんな事を考えていたところ……

 

「夕立!止まれ!」

 

誰かが夕立に向かって、言葉こそ短いものの力強くハッキリとした声でそう叫ぶ

 

「ぽいっ!?」

 

その声を聞いた夕立は、驚いた拍子にそんな声を上げて突然急停止してしまったのである……

 

そう、急停止である……

 

その結果、シートベルトなど付いているはずもない車椅子に座っていた俺は、夕立が急停止したのに伴って前方に勢いよく投げ出され、顔面を地面に強打した上にしばらくの間地面を滑走してからようやく停止するのであった……

 

「「「そ、空さーーーん(ン)!??」」」

 

そんな俺を見た翔鶴、時雨、江風が一斉に叫び声を上げ、慌てて俺のところへと駆け寄って来る。幸い俺の身体には大きな怪我は無かったのだが……

 

「空さんはまだ本調子になっていないと言うのにこんな事をして!空さんに何かあったらどうするつもりだったんだっ!?」

 

「ご、ごめんなさいっぽいー!」

 

夕立の方は、夕立を急停止させた声の持ち主である日向にこってり油を絞られていた……。どうやら日向は翔鶴達の声が気になって表に出て来たところ、俺が座った車椅子を押しながら爆走する夕立を見つけ、すぐさま停止するように呼び掛けたそうだ

 

その後、俺は夕立のフォローをしながら怒れる日向を何とか静めるのであった……




護の人工衛星のデザインについて

姿はパロディウスに出て来るペンギンのそれだが、ポーズと表情が人の事を明らかに馬鹿にしているとしか思えないものになっている

具体的には尻を後ろに突き出しながら荒ぶる鷹のポーズを決め、目はへの字の三白眼に両端を吊り上げながら口を開き、人様を馬鹿にした様に舌を出している

手には団扇の要領でソーラーパネルを持ち、腰にもバレリーナのチュチュのスカートのような感じでソーラーパネルが取り付けられている

何故このようなデザインになったのかについてだが、スペースデブリの中にこんなのが混ざってたら面白そうだからとの事だった


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龍と見習い妖精さん

何とか日向を宥めて職務に戻ってもらったところで、俺達は泊地巡りを再開する

 

現在俺の車椅子を押しているのは先程と変わらず夕立なのだが、日向にこっ酷く叱られた関係で今は非常に大人しくなっているので、さっきみたいに暴走する事はなさそうだ

 

そうして俺達はゆっくりと穏やかに泊地の至る所を巡り歩き、泊地巡り最後の場所へと辿り着くのだった。その場所とは……

 

「ここが泊地の工廠か……」

 

俺は目の前にある大きな建物を見て、ついそう呟いてしまうのだった

 

「はい、ここが艦娘の艤装の保管や改装、兵装の開発と改修が行われているショートランド泊地の工廠となっています」

 

「僕達がいつでも万全の状態で深海棲艦と戦えるようにと、妖精さん達が日夜頑張っているところだね」

 

「まあ最近はヌ級の出現のせいで、妙に慌ただしくなってるみたいだけどな」

 

俺の呟きが聞こえたようで、翔鶴、時雨、江風がそれぞれの意見を口にする。ヌ級関係で慌ただしくなったか……、恐らくその原因は提督の指示で対ヌ級用の装備の開発しているからなのだろう……

 

しかし、そんな状況で更に絶対平和党の事も伝えたら、一体どうなってしまうのだろうか……?少々妖精さん達の事が心配である……

 

「翔鶴……」

 

「中に入りたいのですね?それなら安心してください、既に提督から許可は頂いてますから」

 

俺が翔鶴に話しかけたところで、翔鶴は俺の発言を予知でもしてたかの様にそう言って、工廠の方へと歩みを進めるのだった

 

俺達はそんな翔鶴の後を追うようにして工廠に近付き、翔鶴が開けてくれた入口から中の様子を窺ったのだが……、確かに先程江風が言った通り、中の妖精さん達は慌ただしく工廠内を走り回り、忙しなく何かの作業を行っていたのだった

 

「いつもは皆もっとのんびり作業してるっぽい、けどあいつが現れてからは皆いつも忙しそうにしてるっぽい~……。休憩する余裕もない感じで働いてるみたいだから、ちょっと妖精さん達が可哀想っぽい……」

 

その様子を見た夕立がションボリしながらそんな事を言った、休む暇すらないと来たか……、これは思った以上に深刻な問題だな……

 

長門屋海賊団の場合、生きる術講習で艤装のメンテナンスどころか、中破レベルの修理やオーバーホールが自力で出来るほどまでに鍛え上げられているので問題視する事ではないのだが、軍属の艦娘の場合そういう訳にはいかない

 

軍属の艦娘はメンテナンス程度なら軍学校で習うそうだが、それ以上の事は基本明石と妖精さんに依存する形になるのだ

 

もし今の状況が長く続けば、いつか妖精さん達が倒れてしまうかもしれない……。そうなった時に出撃や遠征が解禁されてしまえば、ここの艦娘達は碌にメンテや修理が行われていない艤装で戦場に立たざるを得なくなってしまうかもしれないのである……

 

そうなると艦娘達の生存率が著しく低下してしまい、多くの犠牲者が出てしまうかもしれないのである……

 

それを解決するにはヌ級をどうにかしなければ……と言いたいのだが、絶対平和党の存在が明らかになった今、ヌ級だけをどうにかしたらいいと言う問題ではなくなってしまった……

 

まあ、絶対平和党については戦治郎達に任せて、俺はヌ級に集中するとしよう。ヌ級の目標が翔鶴である事が分かっているからな

 

ただ、肝心なヌ級をどうにかする為の力が、今の俺には圧倒的に足りないのである。前回ヌ級に有効打を与えられるライトニングⅡの杭打機を使った為、恐らくヌ級は次からは杭打機を警戒してくるだろう……

 

その対策をどうにかしなければならないのだが、俺の身体はこの調子、代わりに依頼しようとしていた工廠の方は絶賛修羅場中……

 

こうなると、俺のヌ級対策は俺の調子が戻ってからになりそうだ……。正直なところ、この手の準備は早期に片付けてしまいたいところだが、状況が状況故仕方ないか……

 

俺がそんな事を考えていたところで、突如工廠の隅の方で爆発が起きた

 

「一体何事だっ!?」

 

「あそこで爆発したっぽい!ちょっと見に行ってみるぽいっ!」

 

職業柄こういった事態に敏感な俺がそう叫ぶと、夕立が俺の言葉に返すようにそんな事を言い、俺の車椅子を押しながら爆発した場所に向かって走り出すのだった。とは言っても速度は先程俺を射出した時よりも随分と遅かったわけだが……、日向に叱られたのがよっぽど効いたみたいだな、夕立……

 

そうして辿り着いた場所には作業を中断した妖精さん達が円を描くように集まり、その中心に妖精さんが1人座り込んでおり、先程の爆発の煙を吸ってしまったせいかコホッコホッと言った具合に咽ていた。近くに高速建造材、所謂バーナーが転がっているところから、あの妖精さんがバーナーの操作を誤り爆発させてしまったようだ……

 

俺がその様子を心配そうに見守っていると……

 

「またあの子っぽい……」

 

夕立がそんな事を零すのだった、俺はそれが気になって夕立に尋ねてみたところ、どうやらあの妖精さんはちょっと前にこの工廠に見習いとして着任したばかりの新人なのだとか……

 

更に詳しく話を聞くと、あの妖精さんは他の妖精さんよりも少々要領が悪いようで、同期の妖精さん達が既に一人前として扱われている中、あの妖精さんだけが未だに半人前を脱却出来ずにいるのだとか……

 

俺と夕立がそんな話をしていると、ここの代表と思わしき妖精さんが姿を現し、件の妖精さんの頭を叩いて何かを言っているようだった。それをしばらく見ていると代表と思わしき妖精さんは言いたい事を言い終えたところで持ち場へと戻って行ってしまったのである……

 

「今あの子を叩いたのが、ここの工廠長っぽい。何て言ってるかは分からないけど、多分忙しい時に面倒な事するなって怒ってたっぽい」

 

それを聞いた俺は少々あの工廠長と呼ばれた妖精さんに呆れてしまうのだった、忙しいのは分かるがその接し方はいくらなんでも無いだろう……

 

この手の輩は何が原因で失敗したのかが分からない場合があったりするのだから、しっかりと手本を見せてから、何処が悪かったのか、どうしたらいいのかを指摘してやるべきだと俺は思うのだが……。いくら忙しいと言っても、そのくらいの余裕はあるものではないのか……?こんな調子ではいつまで経ってもそいつは半人前のままな気がするぞ……

 

俺がそんな事を考えながらその妖精さんを見ていると、不意にその妖精さんと目が合ってしまった

 

妖精さんは俺の姿を見てしばらく呆然とした後、大丈夫と言わんばかりに俺に微笑みかけ、立ち上がるなり服に付いた煤を手で払い落してから、足元に転がるバーナーを再び手に取り作業を再開する

 

その様子を見た他の妖精さん達は、すぐに各自の持ち場に戻る為にバラバラと散って行くのだった

 

それに合わせて夕立も移動しようとするのだが、俺がそれを制止してあの妖精さんを見守る事が出来る、作業の邪魔にならない場所まで移動するようにお願いする

 

そしてその条件が揃う場所まで来たところで、翔鶴達が合流して来た

 

「空さんはその妖精さんの事が気になるのかい?」

 

俺が3人に先程何が起こったのかを説明したところで、時雨が不意にそんな事を尋ねて来るのだった

 

「そうだな……、放っておくとまた失敗しそうだと言うのもあるが……、先程あの妖精さんが俺に向けた笑顔を見て確信した、こいつはいい指導者と巡り合えたら化けるタイプだとな……」

 

俺は時雨の言葉にそう返しながら、あの妖精さんと重ねるようにしてある少年の事を思い出していた……

 

生前、俺がオリンピックで金メダルを獲得した後に顔を出した道場で見かけた、見た瞬間俺を戦慄させたあの少年の事を……



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炎の打ち上げ

シゲ視点です


これは空が工廠で見習い妖精さんと出会っていた時の事である……

 

 

 

ガダルカナル島にて……

 

先日の人工衛星連続爆破事件を教訓に、マモが打ち上げる人工衛星を予め量産しておく為の装置を作りたいとか言い出したのである

 

「人工衛星の量産て……、そがいな事そう簡単に出来るんか?」

 

伊吹が訝しげな表情を浮かべながらマモに尋ねる、それを聞いたマモはふっふっふと笑った後に伊吹の問いに答える

 

「そのへんについては考えがあるッス!」

 

「ほぉ~、何か自信あるみてぇじゃねぇか。ちょっちその考えって奴がどんなのか教えてくれるか?」

 

自信たっぷりに言うマモを見たアニキが、マモの考えとやらに興味を持ったようでその内容について尋ねる

 

それを聞いたマモは仰々しい態度をとりながら、その考えとやらを俺達に説明し始める

 

「自分の考えと言うのは、技術班の皆さんにマイクラの工業化MODとそれに関係するMODで作れる機械類を再現してもらうってもんッス。皆さん架空の機械や兵器を再現するのは得意って言ってましたッスからね、んでそれを使って人工衛星の生産ラインを構築するんッスよ」

 

それを聞いた俺、伊吹、アニキの3人が大爆笑し始める、マモが言うようにここの技術班の人達は架空の機械や兵器を精巧に再現するのが得意な人達なのだ、実際リチャードさんのメタルウルフや格納庫の戦車群がその全てを物語っている

 

そんな人達なら、きっとマイクラの産業用機械も余裕で再現出来るだろう。うん、正直その発想はなかったわ……、多分俺と一緒に爆笑してるアニキと伊吹もそうなのだろう

 

それからの俺達の行動は早かった、技術班の人達は伊吹を中心にしてすぐさま作業に取り掛かり、あっという間に人工衛星の生産に必要な機械群を次から次へと作り上げていくのだった

 

そしてそれらが出来上がり次第、アニキとマモが次々とデータを入力していくのであった。俺?俺はアニキ達がデータ入れ終わった機械を、指定された位置まで運ぶ作業を担当してるんだよな~

 

そうしている内に機械群の作製とデータ入力、機械群の配置が完了し動作テストを行ったところ、機械群は正常に動作し無事にあの見てるだけでムカついてくるペンギン型人工衛星が生産されるのだった

 

「なぁマモ……、やっぱデザイン変えた方がよくね?」

 

「俺もそう思うわ……、普通の人工衛星にするだけで1基あたりのコストは減るし、何より見てる俺らが苛立たなくて済むからな……」

 

出来上がったふざけ切った見た目の人工衛星を見ながら、俺とアニキがそんな事を言うと……

 

「何を言ってるんッスかっ!?このデザインのおかげで耐久性が上がり、一目見ただけで自分達が作ったって分かるようになってるんッスよっ?!このデザインを捨てるなんてとんでもないッス!それにコストと一緒に性能まで減ったらどうするんッスかっ!??」

 

マモの奴が必死になって却下する、どうやらマモはどうしてもこのデザインで行きたいらしい……

 

そう言えばさっきアニキがコストの話してたけど、この間の打ち上げ失敗による資源の損失をアニキが計算したようで、その結果2回の打ち上げ失敗で各資源が4億ずつ無駄になったんだとか……

 

そういう訳で、アニキがマモを連れてリチャードさんのとこに謝罪に行ったところ、笑って許してもらった上に、ここの資源の備蓄に関するデータを見せてもらったそうで……

 

その結果、後100回は打ち上げ失敗しても全然余裕があるほどの資源がここにある事が判明したのである……

 

ただまあ、だからと言って遠慮なしに資源を浪費するのはどうかって事で、アニキはコスト削減を提案したのである。まあ先程マモが即座に却下したがな……

 

その後機械群は順調にクソペンギンを量産し、合計72基のクソペンギンを作り上げる。そしてそれを使って3台のロケットを組み上げたところで今日の作業が終了するのであった

 

 

 

 

 

そして次の日、組み立てたロケットを早速打ち上げるのだが……

 

1台目はある程度上昇したところで爆砕してしまった……、原因は海賊団所属の艦娘達が対空射撃の訓練をしていた為である、訓練中に発射された砲弾が運悪く、流れ弾としてロケットに当たってしまったのだ……

 

「2度ある事は3度あると言うッスからね!こうなると思って昨日あんだけ量産したんッスからねっ!!!」

 

爆砕するロケットを見たマモはそう叫び、2台目の準備をしながら艦娘達に訓練を一時中断するように頼み、すぐさま2台目の打ち上げを開始する

 

そして2台目を打ち上げ、しばらく見守っているとさっきより上昇したところでまたも爆砕してしまう……。今度の原因は先程の爆発を見て集まって来た強硬派による、ロケット打ち上げの妨害を目的とした対空射撃だったのである。哨戒機を飛ばしていた翔からこの連絡を聞いたマモは……

 

「ゆ……許さないッス……絶対に許さないッスよ虫ケラ共っ! じわじわとなぶり殺しにしてやるッス!! 一人たりとも逃がさんッスよ覚悟やがれッスッ!!!」

 

怒り狂いそう叫び散らし連中がいる海に飛び出して行く、流石にこれは許容出来ねぇよなぁ……。そう言う訳で俺達は部隊を編成して、マモの後を追い強硬派の連中を念入りに〆上げるのだった

 

この後海上に警護部隊を配置してから臨んだ5回目の打ち上げ、これだけやってダメだからと、誰もが諦めかけていたのだが今回打ち上げたロケットは順調に上昇していき、その姿は見る見るうちにちいさくなっていき、しばらくするとロケットは視認出来なくなる

 

ロケットが視認出来なくなったところで、マモがHMDを操作してロケットに取り付けたカメラの映像をHMDに映し出したところで……

 

「……やった……、やったッスよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

マモが歓喜の咆哮を上げる、そして皆にもその映像が見えるようにと準備しておいたスクリーンにその映像を映し出す。そこには俺達が住む青い地球の姿が映されており、それを見た皆が一斉に歓声を上げる。どうやらロケットは無事に衛星軌道に乗ったようである

 

それからマモがワイヤレスの魔改造箱コンを使って、衛星を狙い通りに設置していき……

 

「これで……ラストッスッ!!!」

 

マモがそう叫びながらボタンを押し、それを以って24基全ての人工衛星の設置が完了するのであった

 

その直後、俺達はマモの下に駆け寄り皆でマモを胴上げし、最後はアニキによるノーザンライト・ボムで〆となった。そりゃまあ余裕あるとは言え、人様のとこの資源を全部で10億ずつ使い込んだらそうなるわな……

 

こうして無事人工衛星を打ち上げる事に成功した俺達は、食堂で祝杯を上げようとしていたのだが……

 

「あ、シャチョー達にはもうちょっと付き合ってもらうッスよ~」

 

マモがそう言って俺、伊吹、アニキの3人を呼び止め、海の方へと向かっていく。俺達はマモが何をするつもりなのか疑問に思いながらもその後を追う

 

そうしているとマモは海に出て島から離れ、しばらく辺りをうろついたところで敵艦隊を発見する。するとマモは懐からハンドガンのような物を取り出し、相手に向けてその引き金を引いた

 

「護、そりゃ一体何じゃ?」

 

「これはッスね~……、見てのお楽しみッス!」

 

伊吹がそのハンドガンのような物についてマモに尋ねたのだが、マモにそう返されて詳細を説明してもらえなかった。その直後、ハンドガンのような物からピピッ!という電子音が鳴り……

 

「これでOKッス!皆ちょっと離れるッスよ~」

 

そう言ってマモが敵艦隊から離れていく、俺達は本当に訳が分からないまま取り敢えずマモについて行く。そうしてしばらく移動していると今度はピーッ!と言う電子音がハンドガンもどきから鳴り響き、その直後……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空から無数の巨大な光線が敵艦隊に向けて降り注ぎ、瞬く間に敵艦隊を消滅させてしまったのである……

 

「わっしょーいっ!!!こいつも問題なく作動したッスねー!」

 

「なあ護……、今の何だ……?」

 

ハンドガンもどきを片手にガッツポーズをとるマモにアニキが尋ねる、アニキの顔が真っ青になっているが、多分それは俺も同じだろう、伊吹の方は驚愕して立ち尽くしてやがるな……

 

「今のはあの人工衛星に仕込んでおいた衛星レーザー砲で、その名を『ゼウスサンダー』って言うんッスよ~。このレーザーポインターガンでターゲットを指定して、腰に付けてたソーラーパネルで集めたエネルギーを自動追尾したターゲットに叩き込む超ド派手な自分の必殺武器ッスッ!!!」

 

マモが胸を張ってそんな事を言っていた、道理で作ってる時資源を馬鹿食いした訳だ……

 

「それ俺の許可無しで絶対使うなよ、いいな?」

 

それを聞いたアニキが無慈悲にそう言い放つと、マモは驚きのあまり固まってしまっていた。まあ普通に考えたらこうなるよな~……、これ冗談抜きで強力過ぎるもんな……。下手に乱発してたらこっちにも被害出そうだし、何よりアリーさんとかがその技術応用して似たようなの作ってきたら厄介だからな~……

 

「護の用事も終わったみてぇだし、帰って打ち上げすっか!」

 

俺がそんな事を考えていたら、アニキは固まってしまったマモを肩に担ぎながらそう言って島の方へと戻り始めたので、俺は未だに固まっている伊吹を引っ張りながらその後を追うのであった



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復活の龍

見習い妖精さんと出会ったその次の日、翔鶴と散歩しているところで悟が言っていた護のロケットが天に昇っていく姿を見かけ、それからしばらく経ったところで急に空から幾多の光の柱が降り注ぐ光景を目の当たりにし2人揃って愕然としていたあの日から数日が経過した

 

「こんだけ回復してりゃぁ、後はリハビリして感覚を掴むだけだなぁ」

 

往診に来ていた悟の口からそんな言葉が放たれた、これでようやくオムツとベッドを卒業出来るのか……、そう思うと心の底から喜ばしく感じる……

 

食事を解禁された次の日から今日この時まで、俺は常にオムツを装着した状態だったのである。理由は油断していると括約筋が緩み、中のモノが漏れ出してしまう時があったからである。これでは俺も糞漏らしではないか……、そう思うと本当に自分が情けなくて泣きそうになったものだ……

 

そして何より辛かったのは、俺が粗相する度に翔鶴が嫌な顔一つする事無くその後始末をしてくれた事だった。この時ばかりは心底申し訳なく思い、幾度となく涙で枕を濡らしたものだ……

 

だがそんな悲しみに明け暮れる日々も今日この時を以って終わったのである、これからは自分の2本の足で立ち、行きたいところへも自らの足で歩き、自力でトイレにも行けるようになったのだ、これほど嬉しい事は中々お目にかかる事は出来ないだろう……

 

「おめでとうございます空さん!これからは普通通りに生活出来るんですね、空さんの事を介護している時、いつも思っていたんです……。もしかしたら空さんの容態が急変するんじゃないかと、もう2度と立ち上がれなくなるのではないかと……、ずっと心配してたんです……。でもそれも杞憂で終わったんですよね……?良かった……、本当に良かったです……」

 

俺の傍にいた翔鶴が、悟の言葉を聞いて俺に祝福の言葉と共に今までの不安を曝け出し、思わず涙ぐんでいた

 

「心配かけて済まなかったな、そして今まで俺の面倒を見てくれてありがとう。翔鶴がいなければ俺はまともに生活が出来ない状態だったからな……、翔鶴には本当に感謝している」

 

俺はそんな翔鶴に向かってそう言いながら、翔鶴の頭に触れ落ち着かせるように優しく撫で始める

 

「あ~……、んんっ!甘ったるい空気の中悪いんだがよぉ、いくら身体が動かせるようになったからっていきなり出撃とか無茶な事してくれんじゃねぇぞぉ?さっきも言ったがまずはリハビリして身体の感覚取り戻すのが先だからなぁ?」

 

そんな俺の幸せタイムを粉々に破壊するように、悟がわざとらしく咳払いをしてからこんな事を言ってきた。流石に自分の身体の事は自分がよく分かるからな、そんな無茶な事はする訳ないだろう。ただでさえ長い間寝たきり生活をしてきたせいか、筋力が低下しているのか身体が鉛の様に重いと言うのに……

 

「そんで翔鶴よぉ、こいつの事だから早く調子を戻したいとか言って無茶苦茶なトレーニングを始めるかもしれねぇからよぉ、おめぇはそれをさせないように監視及び空のリハビリの手伝いをやって欲しいんだがよぉ、頼めるかぁ?」

 

「そうですね……、それでまた調子を崩されてしまっては大変ですし……、分かりました、私も空さんの力になりたいと思っていますから、空さんのリハビリのサポートは任せて下さい!」

 

俺が自分の身体の事を考えている間に、悟が翔鶴に俺のリハビリの手伝いを頼み、翔鶴もそう言って悟の頼みを快諾していた。また翔鶴に迷惑をかけてしまうな……、本当に申し訳なく思えて来るものだ……、翔鶴にはいつか改めて礼をしなければいけないな……

 

「んじゃぁ俺は帰るわぁ、何かあったら空の通信機で俺達に連絡入れやがれってなぁ。護が腐れペンギンを打ち上げたおかげでよぉ、どこからでもその通信機で通信が繋げられるようになったからなぁ」

 

俺が考え事をしている中、悟はそんな事を言い残しショートランド泊地の医務室から出ていくのであった。悟が言う腐れペンギンとは護が打ち上げた人工衛星の事なのか……、ペンギンは兎も角腐れとは一体どういう事だろうか……?機会があったら護……、いやここは戦治郎に聞いておくか、護の場合ペンギンが絡むと碌な事にならん筈だからな……

 

しかしこの通信機を使えば、何処からでも通信が出来るようになった、か……。……いい事を思いついた、これを利用して今まで心配と迷惑をかけてきた翔鶴にお礼として送るプレゼントを作ろう

 

それと並行して対ヌ級用の装備も作ろうではないか、ここの工廠の妖精さん達は非常に忙しそうだからな、自分が欲しい物を自力で作れるのならば自分で作ってしまう方が圧倒的に早いと思うからな……

 

だがその前に、自分の身体の感覚を取り戻すのが先決だな。その為には……

 

「翔鶴、早速で悪いがリハビリを始めようと思う。少々やりたい事が出来たのだが、このままだとそれを実行するのもままならんようだからな」

 

「分かりました!それで……、一体何をするんですか?」

 

俺の言葉を聞いた翔鶴が不思議そうに尋ねて来る、その表情も美しくも可愛らしいな……。と、今はそれどころではないっ!

 

「何、大した事ではないさ。道具なども使う必要がないから、そのまま俺に付いて来てくれ」

 

俺はそう言って移動を開始し、翔鶴は俺の背中を見るなり慌ててその後を追ってくるのだった

 

 

 

そうして俺達がやって来たのは泊地の埠頭、俺はそこで翔鶴に危険だから離れているようにと頼み、それから1度深呼吸をして心を落ち着かせ……、とある県と有名なRPGがコラボした際作られたコラボサイトで聴く事が出来る、7人の英雄との戦闘時に流れる曲のアレンジver.を頭の中で流しながら演武を開始する

 

時に緩やかに、流れるように……そして時に大胆に、力強く、頭の中で流れる音楽に合わせて突きや蹴りを繰り出していく俺。その最中に翔鶴の方をチラ見してみると、翔鶴は俺の演武を見て驚くと同時に見惚れてしまっているようで、静かに俺の姿を見入っていた

 

その後、俺は集中してしばらくの間演武を行い、ある程度自分の状態を把握したところで〆に入り、演武を終わらせると俺は翔鶴の方に向き直って一礼する。するといつの間にか集まっていた見知った面々とラバウルの生き残りである球磨、三日月、菊月の3人から盛大な拍手を送られた

 

「大したものだな、本当に病み上がりなのか疑問に思うほどの演武だったぞ」

 

「ぽい~!空さんすっごくカッコ良かったっぽい~!」

 

「素晴らしい演武だったな……、思わず見惚れてしまった……」

 

「凄いですね……、昨日まで寝たきりだったのにもうそんなに動けるなんて……」

 

「空さンってこんな事も出来たンだな~……」

 

「江風、流石にそれは空さんに失礼だよ……」

 

「クマ?この人が戦治郎さんが親友と言ってた空さんクマか?道理ですげぇ動きするわけだクマ」

 

「そう言えば球磨は空さんと初めて会うんだっけ?光太郎さんと輝さんと一緒に例のヌ級と渡り合った戦治郎さんも凄いと思うけど、空さんも十分凄い人だからね!」

 

「私達が空さんと初めて会った時、たった1人で24隻からなる強硬派の深海棲艦の大艦隊を殲滅してたわ……」

 

俺の演武を見ていた面々が、口々にその感想を言い始める。途中から俺の実力についての話になっているようだったが、そんな細かい事は気にしない

 

「お疲れ様です空さん!とても素晴らしい演武でした!その……、私も何かお手伝いをしなければと思ったのですが……、つい演武に見惚れてしまって……」

 

最後に翔鶴が俺の演武を褒め称えたかと思ったら、手伝いが出来なかった件でしょんぼりしてしまった……、やめてくれ、その顔は俺に効く……

 

「気にしないでくれ、むしろ翔鶴が俺の演武を見ていてくれたからこそ、俺は集中してあの演武が出来たんだ。翔鶴が俺の事を見ていてくれたのも立派な手伝いだったのだから、そう気を落とさないでくれ」

 

俺がそう言うと、翔鶴は一瞬驚いた後柔らかな笑顔を俺に向けて礼を言うのだった。うむ、やはり翔鶴はこの顔が一番だな。俺は誰にも悟られぬよう注意しながら、1人心の中でそんな事を思うのであった



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龍の爪

2018/2/27 21:40 テキサス関係について加筆しました


その日の午前中に行った演武によって得た情報を元に、俺は午後から長い間寝たきりだったが故に鈍り切ってしまった己の身体を徹底的に鍛え直す為にトレーニングを開始するのだが、翔鶴の頼みでその内容を当初の予定から大幅に減らす事になってしまった……

 

トレーニング開始前、翔鶴に俺の今回のトレーニング内容を教えて欲しいと頼まれた為、俺は何気なくその内容を話したところ、病み上がりなのに無茶をしないでくれと翔鶴に烈火の如く怒られてしまったのである……

 

当初の予定では倒立片手腕立て伏せを左右それぞれ250回ずつ、ライトニングⅡで自身を宙吊りにした状態での腹筋250回、ライトニングⅡのアームに掴まった状態での懸垂250回、ライトニングⅡを担いだ状態でのスクワット250回、ライトニングⅡをバーベル代わりにしてのベンチプレス250回などを4セット行う予定だったのだが、25回ずつ3セットにまで減らされてしまったのである……、解せぬ……

 

その結果、午後の殆どの時間をトレーニングに使う予定が大幅に狂い、かなりの空き時間が出来てしまったのである……。さっきまで俺の傍にいた翔鶴も、これから訓練があるという事で今はここにはいない。いつもならこの時間をぼんやりと過ごすのも悪くはないとは思うところなのだが、ヌ級やゼッペーとやらのせいで混沌としている南方海域をどうにかしなければならない都合、そういう訳にはいかないのである

 

さてどうしたものか……、俺がそんな事を考えている時に、ふと視界の隅にここの工廠が映る。そう言えばヌ級対策の装備を考えないといけなかったな……。そう思った時には、既に俺の足は提督がいるであろう執務室の方へと向かっている最中であった。俺の新装備を作る為の許可を提督からもらう必要があったからである

 

 

 

俺の新装備の開発の際消費される資源関係で話が多少難航していたが、ヌ級の件が終わり次第消費した分を返す事を条件に、俺の新装備開発の許可が下りる。俺は許可をもらったところですぐさま工廠へと向かい、その扉を豪快に開け放ちながら中にいた妖精さん達に向かって大きな声でこう言い放つのだった

 

「これより俺の新装備を開発するのだが、サポート要員として1人作業員を借りていく!そうだな……、そこのバーナーを持っている妖精さん!悪いが俺の作業を手伝ってもらうぞ!」

 

俺に指名されたバーナー妖精さん、そう、昨日爆発事故を起こしたあの見習い妖精さんは俺に指名された時は自分が指名されている事に気付いていなかったのか、辺りをキョロキョロと見回していたのだが、指名されたのが自分である事に気付いた瞬間驚いた様にアタフタし始めるのであった

 

俺はそんな見習い妖精さんを問答無用でつまみ上げ、他の妖精さん達の邪魔にならないようにと工廠の隅の方へと移動を開始する。その際ここの工廠長と思わしき妖精さんに勝手な事をするなと抗議され思わず足を止めてしまったのだが、俺はこの事も含めて提督から許可を取っていると言ってこれ以上工廠長に構う事無く目的の場所まで移動するのであった

 

こうして俺は見習い妖精さんと共に、自分の新装備を作る事になった

 

作業中、俺は見習い妖精さんの事を気にかけながら作業を進め、妖精さんが困っている様子だったらすぐに話を聞きに行くようにした

 

分からない事は人に聞く、これは当たり前のような事だが実際にやろうと思ったら、それなにり勇気がいる事であると俺は思っている。故にその1歩を踏み出せず分からない事を分からないままにしてしまう者も中にはいるからな……

 

そんな時俺はすぐに声をかけて話によく耳を傾け、分からなかったところを丁寧に説明しながら手本を見せ、その後実際にやらせてみて上手く出来た時にはしっかりと褒め、しばらく作業を見守り安定して作業が出来るようになるところを見届けてから、自分の作業に戻る。その際、分からない事があったらすぐに聞くようにと釘を刺すのを忘れずにやるのであった

 

そんな調子で作業を進めていると、見習い妖精さんは俺が教えた事をスポンジが水を吸うような勢いで吸収していき、俺が作業方法を教える頻度は時間が経つに連れて段々と減っていくのであった

 

俺はこの妖精さんの笑顔を一目見た時に感じたのだ、この妖精さんは勇気を振り絞り人に聞くと言う大きな1歩を踏み出し、適切な作業方法を教えてもらう事が出来ればその技術をしっかりとモノに出来る、腕の良い技術者になるだろうと……

 

俺がそんな事を考えながら作業をしていると、見習い妖精さん……、いや、この妖精さんはもう既に立派な一人前だ、ならば……これからはバーナー妖精さんと呼ぶとしよう。バーナー妖精さんが駆け寄って来て、俺が頼んでいた作業が全て完了した事を報告してくるのであった

 

それからしばらくしたところで、俺の方の作業も完了し俺の新装備が完成する

 

その姿はガ〇ダム0083 スターダストメモリーに登場するヴァル・ヴァロそのものである。見た目の違いは強いて言えば色が青い事と後部スラスターの間にスクリューが付いているくらいだろう。大きさは俺の艤装であるライトニングⅡと同等である

 

こいつの正体は対潜水艦用無人潜水艇、その名を『テキサス』と言う。名前の由来はアメリカの原子力潜水艦である

 

普段はライトニングⅡに付いている4本のアームを使い、ライトニングⅡの底に固定する形で格納し、使用する際はそれらを外して海に投下、その後はライトニングⅡや艦載機と同じ感覚で遠隔操作出来るようになっている

 

そしてこの機体に使われている塗料は、戦治郎のところの妖精さん……、バーナー妖精さんと区別する為にハンマー妖精さんと名付けておくか……、ハンマー妖精さんが開発した物で、何と潜水時の深度が深くなれば深くなるほど色が暗くなっていき、周囲に溶け込め易くなる不思議な塗料なのである。この機体に使った塗料はハンマー妖精さんがこれを開発した際にサンプルとして譲ってもらった時の物だが、まさかこんな形で使う日が来るとは思いもしなかったな……

 

主武装は大型クローアーム2本と4連装対潜魚雷発射管2基、そして機首に内蔵されているオベロニウム製の杭を撃ち出す杭打機である

 

そう、こいつもライトニングⅡ同様変形し腕に装着出来るようになっているのである

 

その結果俺は両腕に杭打機を装着出来るようになったのである、いくらヌ級が杭打機を警戒していたとしても、繰り出す回数が増えれば対処しにくくなるだろうと言う考えからこのような形になったのである。後は純粋に対潜装備が欲しかったと言ったところだろうか?

 

これのおかげで向上したのは何も火力だけではない、前回の戦いでライトニングⅡを装着していた右腕の被害が比較的少なかった事から、腕の負荷の軽減とある程度の装甲強化も実現、防御性能も多少ではあるが向上したのである

 

また、こいつを腕に装着する際に機体を浮かせる為に使う後部スラスターを、ライトニングⅡに格納した状態で使えばライトニングⅡの最高速度が上昇し、腕に装着した状態でライトニングⅡのスラスターと併せて使えばアーマ〇ド・コアのクイックブーストのような芸当も出来るようになるのである

 

俺が完成したテキサスを眺めていると、今しがた出来上がったばかりのテキサスの周りには、バーナー妖精さんだけでなく工廠中の妖精さんが集まり、大歓声を上げているではないか

 

中にはバーナー妖精さんを称えている妖精さんの姿も見受けられる、どうやらバーナー妖精さんは他の妖精さんにも認めてもらえたようだな……

 

こうして、俺の新たなる力が誕生し、これからの戦いで猛威を振るい多くの敵に恐れられる事になるのであった



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龍と緊急事態と寝床

俺はテキサスを完成させたところで、次は何を作るかと思考を巡らせていると突如日向が慌てた様子で工廠へと駆け込んで来た

 

俺は突然の出来事に少々驚きながらも肩で息をする日向に何があったかを尋ねる、すると日向は提督が俺を呼んでいるから一緒に来て欲しいと言って来るのであった。提督が俺を……?まさか資源の消費量が泊地の運営に影響を及ぼすようなレベルだったものだから、問題が発生してしまったとか言うのだろうか……?

 

俺はそんな事を考えながらも、日向と共に提督がいる執務室へと向かったのであった

 

「済まないな空さん、こっちの方で緊急事態が発生したものでね……」

 

「俺の新装備開発の際使用した資源関係か?それだったら事が終わったら返すと約束していたはずだが……?」

 

「ちっげぇしっ!そっちじゃねぇし!いやまあそっちもある意味問題っちゃ問題だけどさぁっ!!!」

 

俺と提督がそんなやり取りを交わす、どうやら装備開発で消費した資源の話ではないようだな……

 

「提督は工廠から送られてきた明細を見て顔面蒼白になっていたな、確か燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトがそれぞれ10万ずつだったか……、泊地の全資源の2割を空の新装備に持って行かれたわけだが、今はその事は重要ではないな。むしろ今回の問題を解決する為の投資と考えれば安いものだと私は思っている」

 

ふむ、日向の口振りからすると、どうやら碌でもない事が発生したようだな……

 

「空さん、こいつを見てくれ……、どう思う……?」

 

提督はそう言ってある文章が書かれた1枚の紙を俺の方へと差し向けて来る、俺はその紙を手に取ってその内容を黙読するのだが……

 

「凄く……不味いです……」

 

「ちょい待て、何でくそみそ風に言った?」

 

「振ったのはそっちだろう?」

 

「いや俺そんなつもりなかったし!俺のせいにすんなよ!」

 

俺と提督がまたも下らないやり取りを交わし、その光景を見ていた日向がやれやれとばかりに頭を振る。この様子を見たら誰もがその問題は大した事ではなさそうだと思うだろうがそんな事は一切ない、今すぐにでも戦治郎達にこの事を伝え、協力して問題の解決を図らなければ非常に不味い事になるのが明白なレベルの問題なのである

 

先程の紙には、今日から南方海域での活動を遠征任務に限り解禁する事を通達すると書かれていたのである。これは一体どう言う事だ?まだこちらの問題は解決していないのだぞ?大本営は一体何を考えているんだ?

 

「理由を知りたそうだな……」

 

提督が俺に向かってそんな事を言ってきた、どうやら顔に出ていたようだな……

 

俺がそう思っているところで提督が詳細の説明を開始したので、俺は提督の言葉によく耳を傾ける。後で戦治郎達にも伝えなければいけないからな、聞き漏らさないように注意せねば……

 

それで、今日から南方海域での遠征任務が解禁された経緯についてだが、南方海域での任務を全面的に禁止した事で資源が枯渇する鎮守府や泊地、基地が大量に出てしまったのだとか……

 

他にも血の気が多い提督が暴走し艦娘に対して暴力を振るい傷害事件を起こしたとか、東急依存症患者が耐え切れなくなって自殺未遂事件を起こしたりであちらの方でも大事になっているそうだ……

 

その結果、多くの提督が南方海域解禁の為に嘆願書や抗議文を提出したり、ストライキを起こすようになったようで、それを重く見た大本営が遠征の身解禁する事にしたのだとか……

 

「資源の枯渇……、そいつらは一体どのような運営をしていたのだろうか……?」

 

「大方大型建造を狂ったように回してたとか、無茶な開発や改修を続けてたとか、そんなところだろうよ……、全く……、ウチみたいにもうちょい計画的に運営出来ないもんかと言ってやりたいところだわ……」

 

俺の言葉を聞いた提督が、頭を振りながらそう答える。先程日向が言っていたが、テキサスの開発で各資源が10万ずつ消費したにも関わらず、この泊地の全資源の2割程度の消費で済んだと言っていたか……。どうやらこの男は先程のセリフを口に出せるほどの運営手腕を実際に持っているようだな……

 

「っとまあこんな感じで、ヌ級の問題が解決するどころか絶対平和党に関する問題が増えてしまったこの状況で、遠征任務に限り南方海域が解禁されちまったからどうするかってのを話し合おうと思って、ここに空さんを呼んだって訳だ」

 

俺がそんな事を考えている間に、提督が話を本来の流れに戻す為にそんな事を言ってくるのだった

 

「なるほどな……、しかしこればかりは俺達だけではどうにもならん問題だ……」

 

「だよな~……こういう時戦治郎さんとも話が出来ればもうちょい何とか出来そうなんだが……」

 

俺の言葉を聞いた提督が、そんな事を言いながら椅子の背もたれに力なくその身体を預ける

 

「なら今から話すか?」

 

「今から戦治郎さん達がいるガダルカナルに向かうのか?流石にそれは時間かかり過ぎると思うわ」

 

俺が提督にそう尋ねると、提督は手をヒラヒラさせながらそんな事を言ってきたのである。そう言えば提督にこの通信機の有効範囲が広がった事を伝えていなかったな……

 

「ちょっと待っていろ、今から繋ぐ」

 

「……はぁ?」

 

俺はそう言いながら通信機を操作し、その言葉を聞いた提督がキョトンとした顔をしながら俺の方へと顔を向ける

 

そんな提督の事など気にする事無く、俺は通信機の周波数を戦治郎のものに合わせて通信を開始、数回のコールの後に通信が繋がり……

 

「戦治郎、聞こえるか?」

 

『空か、南方海域の件だろ?』

 

俺が戦治郎に呼びかけたところで、戦治郎が返事をしながら俺が話そうとしていた内容をズバリ言い当てて来た。こいつ……、いつの間に俺の心を読めるようになったのだ……?

 

俺がそんな事を考えながら戦慄していると……

 

『空か、マダガスカル以来だな。戦治郎の手紙で例のヌ級にやられたと書いてあったが、その様子だと復活したみたいだな』

 

通信機から長門の声が聞こえて来た、どうやら俺が通信を繋げる前に2人で話をしていたようだな。戦治郎はこの件を長門から聞いたから知っていた訳か……

 

「ああ、今朝方悟から許しが出たばかりだがな」

 

『そうか……、その、今回の件は本当に済まない、私達の力が及ばなかったせいでこんな事になってしまって……』

 

長門が申し訳なさそうに言ってくる、内容が内容なだけにこればかりは仕方ない事なのではないだろうか……

 

「気にするな、むしろ俺が復活するまでよくぞもたせてくれたと感謝しているくらいだ」

 

俺は長門にそう言って何とか彼女を立ち直らせてから、提督が戦治郎と話がしたいと言っていた事を伝えて、提督に通信機を手渡し操作方法を簡単に教えるのだった

 

提督は恐る恐るといった様子で通信機を耳に装着し、会話を始めた直後に1度ビクリと身体を震わせるも、すぐに立ち直って戦治郎達と今回の件についての話し合いを始める。その間俺が暇になってしまったのだが、丁度いいとばかりに日向が俺に話しかけてきたのである

 

「そう言えば空さんがここに滞在している間に使う部屋の事なんだが……」

 

そう言って日向が俺の寝床について話し始めたのだが、それを聞いた俺はつい呆然としてしまうのだった……

 

何でもこの泊地にはもう空き部屋の類がなく、俺の寝床を確保出来なかったと言うではないか……

 

そこで今から妖精さん達を連れて、泊地内で俺が気に入ったところに居住スペースを作って欲しいと言ってきたのである……

 

流石にこの対応は無いのではないかと思うのだが、俺も唐突に転がり込んで来た身である為そう強く言う事が出来なかった……

 

そういう訳で、俺は自分の寝床にふさわしい場所を探す為に泊地内を自らの足で歩き回り、最終的にテキサスを作った工廠の隅に居住スペースを作る事にしたのであった。工廠長にこの話をした時、何言ってんだこいつ?と言いたげな表情をされたのがとても印象的だったな……

 

こうして俺はショートランド泊地に滞在している間、工廠暮らしの石川 空となるのであった



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龍と通信会議

俺の居住スペースが完成したところで、丁度いい時間になったので執務室に戻ってみると、そこにはぐったりとした様子で椅子に座る提督と、そんな提督を見て苦笑いを浮かべる日向の姿があった

 

何があったのか提督に尋ねてみたが反応がない……、どうやら精神的に相当疲れているようである……

 

そういう訳で事情を知っていそうな日向に話を聞いたところ、提督がこんなにも疲弊してしまうのも仕方ないと納得してしまった

 

俺が提督に通信機を渡してからしばらくの間は、戦治郎、長門、提督の3人で話し合いをしていたそうなのだが、その途中でリチャードさんとスウさんが話し合いに参加して来たそうだ

 

話を聞いたところ2人は護から通信機を受け取りテストをしていたところ、偶然戦治郎達の会話を拾ったようで、自分達にも関係ある話だからと参加する事にしたのだとか……

 

提督もまさか穏健派のツートップが参加してくるとは思いもしなかったそうで、話し合い中ずっと緊張しっ放しだったそうだ

 

これだけで済めば提督もこんな事にはならなかっただろう……、しかしどうやら天はそれを許してはくれなかったようである……

 

リチャードさんとスウさんが話し合いに参加してから、またちょっと時間が経過したところで、今度はドイツのビスマルクがこの通信を拾ってしまったのである

 

ビスマルク曰く、フェロー諸島の決戦の時の事をふと思い出したらしく、何気なく通信機をいじっていたら戦治郎達の会話を拾ったのだとか……

 

ビスマルクと通信が繋がると、通信出来るようになったらすぐに連絡しろと怒られたそうだが、それが出来るようになったのがつい最近だからと戦治郎が伝えると、ビスマルクは何とか矛を収めてくれたそうだ

 

そんなこんなで芋づる式に参加者が増えいき、最終的には戦治郎、長門、アクセル、ビスマルク、セオドール、姫様、リチャードさん、スウさん、御大将こと正蔵さん、そして最後に提督と言う錚錚たるメンバーが通信機を使い会議する事になったのだとか……

 

因みにアクセル達欧州のメンバーは、ビスマルクが持っていた通信機をドイツ海軍が解析して作った通信機を使っての参加だったのだとか……、流石ドイツと言わざるを得ないな……

 

さて、この豪華絢爛なメンバーで話し合った結果……

 

①欧州勢に頼んでおいた俺達や穏健派に関する情報規制を解除、今度は逆に大々的に伝えていく

 

②穏健派は今後強硬派と区別し易くする為に、旗艦だけでもいいから何かしらの目印を身に付ける

 

③日本海軍は南方海域の遠征任務時、むやみやたらに戦闘しないようにする

 

④南方海域の穏健派は、日本海軍の遠征部隊を見かけたら気付かれないように注意しながら護衛する

 

⑤割烹アンダーゲートをオーストラリア東部にも展開していき、穏健派の存在をオーストラリア中に伝える

 

このような決まり事が出来上がった

 

①については俺達が派手に暴れ回った結果、色々な噂が流れ始め混乱を防ぐ為にやっていた情報規制では抑えきれなくなってきているからである。間違った噂のせいで混乱が生じるより、正しい内容で混乱してもらった方がまだマシだと言う判断から決まった事なんだそうだ

 

②については強硬派と穏健派は見た目では区別しにくい為、間違いで穏健派を沈めないようにする為である

 

③についてはヌ級とゼッペー対策、穏健派への誤射を防ぐ意味合いがある、ただのヌ級だと思って攻撃したら食人鬼ヌ級で艦隊全滅なんて事も考えられるし、砲撃音を聞きつけたゼッペーが集まって来る可能性があるからこうなったそうだ

 

④も③と同じでヌ級とゼッペー対策である、いくらヌ級でも転生個体を複数相手するのは辛いところだろう、ゼッペーの方も数とスペック差で追い返す事は十分可能だと判断され、このような形になったのだとか

 

⑤は意識操作以外にも、穏健派と南方海域の拠点の艦娘が提携し易くする為にコミュニケーションを図る場所を作る為との事だった

 

噂の海賊団のリーダー、元帥の秘書艦、ドイツ海軍総司令とその秘書艦、イギリス海軍総司令、イギリス王室の王女、穏健派深海棲艦のツートップ、現在急成長中の企業の社長にして穏健派深海棲艦の最大戦力……、それらが参加する会議に放り込まれた提督が本当に可哀想に思えて来たな……

 

しかし、改めて考えてみると戦治郎がこの世界に来てから築き上げて来た友好関係は凄まじいの一言だな……、提督以外は誰もが何かしらのジャンルに多大な影響を及ぼす者ばかりである……。そんな戦治郎の親友である俺は、そんな親友を誇らしく思うと同時に恐ろしさを感じてしまった……

 

そして決まり事がある程度決まったところで、今度は交流会が始まってしまったそうだ

 

アクセルが初めて戦治郎と接触した時の話から始まり、フェロー諸島での決戦の真実、マダガスカルでの活躍とアムステルダム泊地での出来事、穏健派発足の経緯、日本海軍の現状、戦治郎の幼少時代の話、長門が青海さんそっくりである事などが話されていたのだとか……

 

その途中、戦治郎がヤク中DV親父から女の子を救った事を御大将が自慢げに話しているあたりで提督は適当な理由を付けてこの話し合いから抜け出して来たんだそうな

 

「戦治郎さんの人脈ってどうなってんだよ……?長門や穏健派のツートップは兎も角、海外の総司令とかイギリス王室の王女とか聞いてねぇぞ……」

 

ようやく復帰した提督がそんな事を呟く、まあ気持ちはよく分かる、普通に考えれば有り得ない人脈ではあるな……

 

「っと戦治郎さんの人脈の件は取り敢えず置いておいて、何とか今回の問題の対策は立てる事が出来たな……、後はその問題の大元になってるヌ級やゼッペーだったか?それらをどうするかだな……、さっきの会議じゃ緊張し過ぎて話題にする事すら出来なかったからな~……」

 

「それについては俺の方から後で伝えておこう、まあヌ級に関しては俺が何とかするつもりだがな。あいつだけはどうしても俺の手で倒したいからな……」

 

提督の言葉を聞いた俺は、拳を握りながらそう返す。あいつには借りがあるし、何より翔鶴を捕食しようとしている事が絶対に許せないからな……

 

「その為に新装備作ったんだったっけか……、っとそういやその新装備ってどんなのだ?あんだけ資源使ったんだから相当スゲェモン拵えたんだよな?」

 

不意に提督がそんな事を言ってきた、目を輝かせているあたり相当興味があるようだな……

 

「ならば見てみるか?それなりの大きさがあるからここで出す事は出来ないが……」

 

「それなりにデカいのか……、OK、益々興味湧いたぜ!早速外行くぞ外っ!!!」

 

そう言って提督は執務室を飛び出して行き、その様子を見た日向が苦笑しながらその後を追う。っと、提督を待たせる訳にはいかないので俺も外へ向かわねばな……、俺はそんな事を考えながら執務室を出て外へ向かうのだった

 

そうして、俺は提督にテキサスを見せてやったのだが……

 

「うおおおぉぉぉっ!!!これまんまヴァル・ヴァロじゃねぇかっ!?えっ?!これ乗れるの!?乗れるんなら乗ってみてぇんだけどっ!??」

 

テキサスを見た瞬間、提督は大はしゃぎし始めたではないか……。しかもヴァル・ヴァロが分かるのか……。気になって日向に聞いたところ、どうやらこの提督は無類のガンダム好きで私室には大量のガンプラがあるのだとか……。因みに好きなガンダムはEx-Sだそうだ

 

その後、提督が資源をいくら使ってもいいから、自分用のガンダムを作って欲しいと言ってきたので、人型は今のところ無理だと言うと提督は膝から崩れ落ちると同時に、日向に頭を叩かれるのだった



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深淵の鉄板焼き屋

南方海域での遠征任務解禁から数日が経過した今、南方海域には多くの遠征部隊が資源を求めてあちこちを航行していた

 

今のところ轟沈騒ぎが発生していないあたり、戦治郎さん達が行った会議で決めた事はしっかりと機能してくれているみたいだ

 

ヌ級やゼッペーの件もあって、現在長門屋海賊団と穏健派深海棲艦の皆は厳戒態勢で遠征部隊の艦娘達を陰から護衛しているのである

 

まず決定事項にあった目印については、護衛艦隊の皆はその艦隊の旗艦が決めた花が描かれた腕章を装備する事になったのである

 

因みにこの目印、僕達の方も装備するようになっており、巡回チームの光太郎さんはセツブンソウ、輝さんは戦治郎さんが決めた美女撫子の腕章を装備してる。僕も一応ピンクのゼラニウムの腕章を付けていたりするんだけどね

 

こんな感じで僕達は会議で決まった事を守りながら護衛任務をやっている訳なんだけど……

 

肝心の遠征部隊の艦娘さん達の方はと言うと、無闇に戦闘するなと言われているにも関わらず、深海棲艦を見かけたら戦闘を開始する娘達が散見されている……

 

穏健派の護衛艦隊からの連絡、巡回している光太郎さんや輝さんからの定期連絡からも戦闘する艦娘達の事が報告され、作戦開始前に護から渡されたタブレットにも人工衛星から撮影された穏健派深海棲艦に戦闘を挑む艦娘達の姿が映し出されたりしていた……

 

この事を長門さんに報告したところ、どうやら一部の鎮守府や泊地の提督さんが戦闘禁止の部分をわざと伝えずに遠征部隊を送り出している事が発覚、長門さんも今その対応に追われているんだとか……。その原因を調べてみたところ、その多くは戦果目当てでそんな事をやっているんだとか……。戦果ってそんなに大事なものなのかな?って話を聞いた時ふと思っちゃった

 

さて、皆がこんな風に頑張ってる中僕は何をしているかと言うと……

 

「翔さん!おかわりいいですかっ!?」

 

大本営所属の吹雪ちゃんがそう言いながら、500円玉を僕に差し出して来る

 

「おかわりだね?ちょっと待ってて、すぐ作るから」

 

僕は吹雪ちゃんから500円玉を受け取ってから、すぐに焼きそば1人前を作り始めるのだった

 

「ホンマ吹雪達は完全に翔さんの料理の虜になってもうたな~、最初翔さんの姿見た時は一目散に逃げ帰っとったのにな~」

 

僕の隣でたこ焼きを作っている龍驤さんが、ニヤニヤしながら吹雪ちゃんに向かってそう言っていた

 

「し、仕方ないじゃないですかっ!あの時は翔さんが噂の海賊団のメンバーだなんて知らなかったんですからっ!!!」

 

龍驤さんの言葉を聞いた吹雪ちゃんが、慌てながら大声で弁明する

 

「海賊団の事は長門さんや綾波達から聞いてたから知ってたけどさ、そんなスゲェ人達がこんなとこで屋台やってるなんて誰も思わないだろうからな~……。こればかりは深雪様も吹雪に同意だな」

 

吹雪ちゃんの弁明を聞いた深雪ちゃんが、箸巻き(お好み焼きを箸に巻いた食べ物)を頬張りながらそう言った

 

「龍驤さん、たこ焼きおかわり……」

 

そんな中、初雪ちゃんが龍驤さんに500円玉を渡しながらたこ焼きのおかわりを注文していた

 

「おおきに!ちょっち待っててな~……っと!お待ちどうさん!出来立てやから注意して食べるんやで?」

 

初雪ちゃんから500円玉を受け取った龍驤さんが、そう言いながら手際よく先程作っていたたこ焼きを容器に入れ、初雪ちゃんに手渡したところで初雪ちゃんは大丈夫と呟きサムズアップする

 

そう、僕と龍驤さんは今、ババス島で遠征部隊の艦娘さん達を相手に粉物を中心とした鉄板焼き屋の屋台をやっているのである

 

これはラバウル基地消滅事件の次の日に行われた会議で僕が提案した事で、これは南方海域の問題が解決する前に南方海域での活動が再開された時、艦娘さん達に安全エリアと美味しい食べ物を提供してあげたいと言う想いから思いついたものだったりする

 

有償にしている理由については、材料や資源を提供してくれている穏健派の皆さんにお礼として売り上げを渡すつもりでいるからだったりする

 

因みにどのメニューも500円で提供しているんだよね、まあ価格設定の内訳は食べ物の値段が200円、残りの300円は場所代って感じ

 

食人鬼ヌ級やゼッペーが闊歩するこの海域では、安全を確保して安心して食事が出来る場所と言うのは貴重だと思うからね。僕も龍驤さんも、屋台を経営しながら直掩機や哨戒機を飛ばしていたりするから、その分の費用も場所代の中に含まれていたりするんだよね

 

場所をババス島にしたのは、消滅してしまったラバウルの代わりに休憩ポイントになりそうな場所を探していた時に偶然見つけたからである

 

んで、もし中破以上の損傷を負った艦娘がここに辿り着いた場合だけど、その時はお隣であるアンベル島の方で修理屋してるシゲと伊吹のところに運ぶようになっている。これは僕の提案を聞いたシゲが便乗した形でやっているものなんだけど、これが地味に助かる事助かる事……

 

で、僕達が吹雪ちゃん達と出会った経緯なんだけど、吹雪ちゃん達は長門さんの頼みで遠征任務をしていると装って、南方海域で活動している艦娘達の偵察を行っていたんだとか……

 

その途中で僕達の屋台を発見して、警戒しながら近寄ったところでテーブルや椅子の準備をしている僕を発見、そして僕の事を強硬派の深海棲艦だと思った吹雪ちゃん達は龍驤さんが言ってたように一目散に逃げ帰り、その次の日に主力艦隊所属の綾波ちゃんを連れて再び僕達のところに来たんだよね……

 

「あ、あの……」

 

「シゲさん達はまだいらしてないのですか?」

 

僕がそんな事を考えながら吹雪ちゃんに焼きそばを手渡している時、磯波ちゃんと白雪ちゃんがシゲ達について尋ねて来た。この2人、綾波ちゃんを連れて再びここに来る道中で強硬派に襲われて大破しちゃったんだよね……

 

そんな2人を救援したのが、僕の屋台で昼食をとろうと移動していたシゲと伊吹なのである、シゲはようやく習得したバーン様のカイザーフェニックスを強硬派に対して情け容赦なく叩き込み、伊吹の方はと言うと自作したものだと思われるバスタードソード並の大きさの銃剣を取り付けた、3インチマグナムシェルを使用する重機関銃を片手で軽々と振り回し、その大きな銃剣を相手に突き立てた状態でトリガーを引き、大量の銃弾を至近距離からブチ込むと同時に、その振動で震える銃剣で相手の傷口を抉ると言う戦い方を披露したのである

 

そんな事があったせいなのか、彼女達がシゲ達を見る眼差しがちょっと熱っぽいんだよね~……。まあ取り敢えずそれは憧れ的なものって事にしておいて、摩耶さんにはこの事は黙っておこうと思う……。僕は、だけどね……

 

尚、伊吹の武器を見たシゲは

 

「伊吹、そりゃモンハンのガンランスか何かか?」

 

なんて事を言っていた。確かにそれっぽいけど、伊吹はそれを否定していた

 

唐突に戦闘に乱入して来た挙句、敵をあっさりと殲滅してしまったシゲ達を見た吹雪ちゃん達は、僕を見た時以上に混乱したみたいなんだけど、綾波ちゃんのフォローのおかげで何とか立ち直ったみたい

 

その後、綾波ちゃんから事情を聞いた2人は白雪ちゃん達を自分達の修理屋に連れて行き、2人の艤装をしっかり修理した後僕のところに皆を連れて来たのである

 

それからお互い自己紹介をして、驚かせてしまったお詫びとして僕が料理を振舞ったところ、吹雪ちゃん達は僕の料理を大変気に入ってくれたようで、それからというもの吹雪ちゃん達は南方海域の偵察任務を自ら志願して、その途中でこうやって僕達の屋台に立ち寄って食事をするようになったんだ

 

「時間的にそろそろ来るんじゃないかな?……って言ってたら」

 

僕は当時の事を思い出しながら海の方を見ると、凄い速度でこちらに向かってくる2つの人影を見つけ、それがシゲ達であると確認したところでソワソワする2人に向かってそう言って、人影の方を指差すのであった

 

さぁて、これから忙しくなるぞ!あの2人はホントよく食べるからね、気合い入れて作らないと!僕はそんな事を考えながら2人の昼食の準備にとりかかるのであった



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佐世保・・・・・・鎮守府にて

「皆さん、本日は集まって頂き本当にありがとうございます」

 

赤城型正規空母1番艦である赤城は、そう言って佐世保……鎮守府の執務室に集まった者達に向かって頭を下げる

 

現在執務室にいるのは秘書艦代行の赤城と水上機母艦の千歳と千代田、軽巡洋艦の五十鈴、そして駆逐艦の長月、皐月、文月の計7名である

 

「赤城さんが秘書艦を代行してるって事は……、また金剛さんは提督の事を夜遅くまで待っていたみたいね……」

 

五十鈴がそう言った後深いため息をつきながら頭を抱える、五十鈴が言うように本来ここの提督の秘書艦を務めているのは金剛型戦艦に1番艦である金剛なのだが、現在彼女は夢の中で提督とキャッキャウフフしている最中なのである

 

「その通りです……、来月いっぱいまでは日付が変わるくらいの時間からほんの少しだけしか顔が出せないから、自分の事は気にするなと仰っていたのですが……」

 

「金剛さんの方が寂しくなって、つい無理しちゃったみたいね……。金剛さん、いつもはフタフタマルマルになる前には寝てるからね……」

 

申し訳なさそうに告げる赤城に対して、千歳が苦笑しながらそんな事を言う

 

「それで、結局提督は何時くらいに姿を現したの?」

 

「マルマルサンマルあたりでしたね……、ただその30分くらい前に金剛さんは睡魔に負けて眠ってしまいましたが……」

 

「あら、今回は惜しかったのね。金剛さん、それを知ったら本気で悔しがるでしょうね」

 

千代田が提督が姿を現した時間について赤城に尋ね、その答えを聞いた五十鈴が冗談交じりにこう言うのだった

 

この佐世保……鎮守府の提督は、昼間は行方をくらませているのだが、夜になると唐突に姿を現し短時間で執務を片付け、次の日の予定を書いたメモを金剛や赤城に手渡した後にまた姿をくらませる不思議な提督なのである

 

以前金剛が普段は一体何処にいるのかを尋ねたところ、提督は曖昧な返答をして誤魔化してしまう。なので鎮守府に所属する艦娘達は提督が普段何処にいるのかを全く知らないのである

 

「普段は姿を見せない司令官か……」

 

未だに提督を見た事が無い長月がふとそう呟く、この執務室にいる長月、皐月、文月、そしてこの3人と一緒にアムステルダム泊地から佐世保……鎮守府に異動して来た加賀の4人は、異動して来てしばらく経つのだがまだ提督と会った事が無く、提督がどんな人物なのかを知らないのである

 

「ここの司令官ってどんな人なんだろうな~?」

 

「すっごく面白い名前の司令官だから、きっととっても面白い人だと文月は思ってるよ~」

 

長月の呟きを聞いた皐月と文月が、思い思いの言葉を口にしていた

 

「面白いって……、まあ確かにユニークな名前よね……。確か『オパンチュ大天使モモロウ』だったかしら……?長い事提督の名前を口にしてなかったからうろ覚えなんだけど……」

 

「ええ、その名前で合ってますよ」

 

文月の言葉を聞いた五十鈴がうろ覚えながら提督の名前を口にし、それを赤城が肯定していた。そう、ここの提督の名前は五十鈴が言った通り、『オパンチュ大天使モモロウ』と言うのである

 

恐らく偽名だと思われるのだが、この鎮守府の艦娘達は誰1人提督の本名を聞き出そうとしなかったのである。本名を聞き出す際、どうしてもこの名前を口にしなければならなくなり、それを誰もが嫌がった為誰も提督の本名を知らずにいるのである

 

「変な名前のクセに仕事だけは短時間でキッチリこなす……、ホント提督って何者なの……?」

 

千代田がしかめっ面でそんな事を言う、千代田は提督の名前がとても気に入らないようで、その仕事振りこそ認めるが仕事以外の事では提督と関わり合いになりたくないと普段から言っていたりするほど、提督の事を嫌っているのである

 

「提督の事は本当に誰もご存じないみたいなので、私からは何とも……。っとすみません、話が脱線してしまいましたね」

 

千代田の言葉を聞いた赤城が、皆に謝罪した後今回皆にここに集まってもらった理由を話し始めるのだった

 

「本日、皆さんに集まってもらったのは他でもありません、皆さんに南方海域での遠征任務、『水上機基地建設』を行って欲しいのです」

 

赤城が南方海域と口にした瞬間、場の空気がガラリと変わってしまう。この張り詰めた空気の中で赤城は言葉を続ける

 

「この任務は大本営所属主力艦隊旗艦にして元帥秘書艦である長門さんから直々に私達佐世保に依頼されたもので、とても重要な任務となっています」

 

赤城の口から長門の名前が出た瞬間、長月が反応して身体をピクリと震わせる

 

「赤城さん、この事は提督は知っているの?」

 

赤城の言葉を聞いた千歳が挙手しながらそう尋ねる

 

「はい、昨晩提督がお見えになられた時に私の方から伝えています」

 

その言葉を聞いた千歳は納得し、それを見た赤城は話を続ける

 

何でも南方海域での遠征任務を解禁した後、こちらから戦闘を仕掛ける行為を全面的に禁止したにも関わらず、積極的に戦闘を行っている艦娘が多く存在していると偵察に向かわせた吹雪達から報告があった為、それらの対策として要所要所に水上機基地を建設し、そこから発進させた水上機でその手の輩を探し出して監視し、最終的にはその艦娘達が所属する鎮守府及び泊地に大本営から警告、それでも戦闘を繰り返すようならば対象の鎮守府及び泊地の提督に厳罰を与えるつもりでいるそうだ

 

「以上で任務の説明を終わります、何か質問はありますか?」

 

赤城が皆に向かってそう尋ねるが、誰も質問をせず沈黙を貫くのだった

 

「では、準備が整い次第南方海域に向かい任務を開始してください」

 

\了解!/

 

赤城の言葉を聞いた艦娘達が一斉に敬礼しながら返事をし、任務に参加する艦娘達は執務室を出てから各自準備を開始するのであった

 

 

 

「……長月、今回の任務だけどさ……、どう思う……?」

 

出撃準備をしている最中、皐月がふと長月にそう尋ねる。恐らく皐月はこの任務には他にも何かがあると思っているようである

 

「その事なんだが……、実は私は長門から直接その話を聞いているんだ」

 

「えぇ~!長門さんから直接~!?一体どうやって長門さんとお話したのぉ?」

 

皐月の質問に対して長月が予想外の答えを口にする、それを聞いた皐月と文月は大層驚き、その方法について文月が長月に質問する

 

「こいつさ」

 

長月はそう言いながら自分の左耳を指差す、そこにあったのは……

 

「それって……、戦治郎さん達がくれた通信機?」

 

「ああ、護さんが頑張ってくれたおかげでこの通信機を持っている者同士なら、海の中以外なら何処ででも通信出来るようになったそうだ」

 

「すっご~い!ねぇねぇ長月ちゃん、もしかしてその通信機を使ったら……」

 

「そうだ、長門屋海賊団の皆や大本営の主力艦隊と神風、そしてキャシーさんやワンコさんといつでも何処でも話が出来るぞ」

 

長月は2人の言葉にそれぞれ返した後、通信機の入手経路と長門から聞いた話を2人に聞かせるのだった

 

以前、光太郎達と共にアムステルダム泊地解放戦に参加した長月は、作戦中連絡を取り合う為に護特製通信機を貰っていたのである。長月は作戦終了後に通信機を返却しようとしたのだが、戦治郎から思い出の品として持って行けと言われ、以後大事に保管していたのだが、先日通信機から声が聞こえてきている事に気付き、試しに装着して使ってみたところ南方海域を巡回している光太郎と輝の通信に割り込んでしまったのである

 

長月はその時に南方海域の現状を知るのだが、佐世保に着任してしまった以上勝手な行動が出来なくなってしまった為、長月はここをすぐにでも飛び出して皆の力になれない事を大いに嘆くのであった

 

それからしばらく後、長門から通信が入り長月は今回の任務についての説明をそこで受けたのである

 

この任務、皐月が察した通り他にも意図があったのである

 

それは翔達の店の事である、これは消滅してしまったラバウルの代わりに翔達の店を翔達がガダルカナル島に滞在している間限定で拠点代わりにする事で、任務中の損傷の修理や疲労回復を行い効率よく任務にあたれるようにしようとしているのである

 

一応ラバウルの建て直しは考えているらしいが、実行されるのはヌ級とゼッペーの問題が解決してからになりそうだと長門は言っていた

 

ただ現状翔達の店を知っているのが吹雪達だけなので、このままでは拠点代わりには出来ないと思い、何か手は無いかを考えていたところで戦治郎達と面識がある長月達の事を思い出し、長月達には吹雪達と協力して翔達の店を流行らせて欲しいとの事だった

 

因みに、水上機基地を作る場所の1つにシゲ達が修理屋をやっているアンベル島が含まれていたりする。これはシゲ達に水上機基地の防衛をお願いしているからである

 

それと水上機の監視対象についてだが、赤城が言っていた艦娘達に加え例のヌ級とゼッペーも監視対象になっているのだとか……

 

前者はあの空を倒してしまった危険過ぎる存在、後者は放置していると数が増える上に戦争被害が拡大してしまう厄介者、よく考えれば監視対象になるのは当然である……

 

「とまあこんなところだ、私達が行う任務は私達が思っている以上に重要な任務であり、任務を遂行する海域は非常に危険な場所になっている……。それを踏まえた上で、2人共準備は終わったか?」

 

「長月が話してる間にやってたからね、バッチリ準備完了だよっ!」

 

「あたしの方も大丈夫だよ~」

 

長月は2人の言葉を聞いた後1度だけ頷き、艦娘寮の自分達の部屋を出て埠頭に集まっていた五十鈴と千歳、千代田と合流する

 

その後、見送りに来ていた赤城に敬礼し……

 

「それじゃ皆、いくわよ!」

 

旗艦である五十鈴の号令により、佐世保……鎮守府、正式名称『佐世保オパンチュパラダイス鎮守府』所属の遠征部隊は南方海域へと向けて抜錨するのであった




佐世保鎮守府の皆さんごめんなさい


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光の導き

五十鈴率いる佐世保オパンチュパラダイス鎮守府の遠征部隊は、最初の水上機基地建設予定地であるグアムを訪れ、予定通り水上機地を設置した後次の目的地であるフェニ諸島のアンベル島に向かうのだが、その道中で絶体絶命の危機に陥るのであった

 

「あいつらまだ追って来てるのっ!?」

 

「こっちを見るなり危険分子がどうとか言いながら、凄い形相でこっちに向かって来てるけど、ホントあいつら一体何なのよっ?!」

 

五十鈴と千代田が全力でダッシュしながら後ろを振り向き、自分達を未だに追跡してくる者達の姿を確認したところで思わずそう叫んでしまうのであった

 

「いや~!来ないで~!」

 

「ホントいつまで追ってくるのさっ!?いくら何でもしつこ過ぎでしょっ?!僕達さっきまでグアムにいたはずなのに、もうトラック泊地がある島通り過ぎちゃったよっ?!?」

 

文月と皐月が叫ぶ、彼女達はグアムを出てほんの少し南東に向かったところで、この追跡者達と遭遇し現在進行形で追いかけっこを展開しているのだ

 

「皆絶対捕まるな!恐らくあいつらが長門さんが言っていたゼッペー、絶対平和党だっ!!!捕まれば艤装を剥ぎ取られて沈められてしまうぞっ!!!」

 

長月が事前に聞いていた情報から推測した追跡者の正体を、目一杯の声で叫び皆に注意喚起する

 

「あいつらがラバウルを消滅させた奴らだって言うのっ?!」

 

「非武装だと聞いていたから、もしかしたら私達でも対処出来るかもとか考えてたけど、あんなに数がいたらどうしようもないわねっ!!!」

 

長月の叫びを聞いた五十鈴が驚きながら聞き返し、千歳が自分の考えが甘かった事を猛省する。現在彼女達を追い掛けているゼッペーの数はおよそ60隻、もしここで追いつかれ組み付かれてしまえば、長月が言ったように彼女達は艤装を剥ぎ取られ海の底へと沈められてしまうだろう……

 

今のところ追いつかれる様子はなさそうだが、それも時間の問題かもしれない。彼女達の艤装の燃料が無くなってしまえば航行速度が低下し、今の速度を維持出来なくなってしまうからである

 

このように追いかけっこをしている間にも、彼女達の燃料はジワリジワリとその量を減らしていき、それが彼女達に焦燥感を与えるのであった

 

「この状況……、一体どうしたら……!」

 

この艦隊の旗艦を務める五十鈴が苛立ちながらも、この状況を打破する方法を考えていると……

 

「……えっ!?」

 

「どうしたの千歳姉っ!?何か見つけたのっ?!」

 

偵察機を飛ばしていた千歳が突如驚きの声を上げ、その声を聞いた千代田が思わず千歳にそう尋ねる

 

「えっと……、12時方向から水上バイクに乗った南方棲戦姫がとんでもない速度でこちらに向かって来てますっ!!!このままじゃ挟み撃ちにされちゃいますっ!!!」

 

この報告を聞いた彼女達は、真っ二つに分かれ正反対の反応を見せるのであった

 

五十鈴、千代田、そしてその報告をした千歳は絶望感でその顔を歪め、長月と皐月は希望でも見出したのかニヤリと笑い、文月に至っては待ってましたと言わんばかりにその目をキラキラと輝かせ始めるのだった

 

「こうなったら……、皆、9時方向に「希望の光が見えて来た!皆このまま真っ直ぐ進むぞっ!!!」ちょっと長月!一体何を……っ!?」

 

五十鈴が皆に針路変更の指示を出そうとしたところで、長月が突然そう叫び航行速度を上げて真っ直ぐ進み出し、皐月と文月がそれに従うように長月の後を追い始める。五十鈴がそんな長月達を叱りつけ止めようとしたところで、前方から猛スピードでこちらに突っ込んで来る南方棲戦姫の姿を目視してしまったのである

 

「貴方達っ!危ないから下がりなさいっ!!!……って、えぇっ!?」

 

このままでは長月達が危ない!そう思った五十鈴が今1度彼女達を制止する為に声を張り上げるのだが、その直後五十鈴は信じられない光景を目にするのであった

 

なんとこの南方棲戦姫、長月達とぶつからないように左手で道を開けるように指示しているではないかっ!しかも長月達はそれに素直に従い道を開け、南方棲戦姫が通り過ぎた後その背中に声援を送っている!一体これはどういう事なのだ?!

 

その直後、今度は五十鈴達が南方棲戦姫とすれ違うのだが、南方棲戦姫は五十鈴達に向けてすれ違い様にサムズアップをし、そのままゼッペーの群れに突っ込んで行ってしまったのである

 

こうして南方棲戦姫は、やや大きめの水上バイクで多くのゼッペーを撥ね飛ばして回り、しばらくしたらこちらに戻って来たのである

 

「皆大丈夫かい?」

 

南方棲戦姫が水上バイクから降りながら五十鈴達に声をかける、そして先程先走っていた長月達がこちらに戻って来て……

 

「久しぶりです光太郎さん、救援感謝します」

 

長月が改まった態度で南方棲戦姫に礼を言い

 

「その水上バイクどうしたの?何か凄く強そうだねっ!」

 

皐月が南方棲戦姫が乗っていた水上バイクの事を尋ね

 

「光太郎さんだ~!会いたかったよ~!」

 

文月がそう言って南方棲戦姫に飛びついた

 

「皆久しぶりだね!っと積もる話もあるだろうけど、今はあいつらを何とかしないと。じゃないとゆっくり話も出来ないだろうからね」

 

飛びついた文月を抱き止めた後、そう言いながら文月を降ろしゼッペーの方へと向き直る光太郎と呼ばれた南方棲戦姫、この口振りからするとどうやらこの3人とは面識があるようなのだが……、一体何者なのだろうか……?

 

「お前は……、まさか党首様が言っていた野蛮人共の仲間かっ!?」

 

「だったら……、どうするっ!?」

 

ゼッペーの中の1隻が光太郎の姿を見てそう叫び、それに対して光太郎はそう言いながらブレスレットを操作してポーズを決め……

 

「閃転っ!!!」

 

光太郎がそう叫ぶと、突然光太郎が光り輝きその姿をまるで特撮ヒーローのようなものへと変える……!これは一体何が起こったのだ?その光景を見た五十鈴、千歳、千代田は驚きのあまり呆然とし、長月達は

 

「早速かっ!」「光太郎さん、やっちゃえー!」「ほわ~……♪」

 

声援を送ったり、その光景に見惚れていたりしていたのだった

 

「平和を騙り更なる混沌を呼び起こす絶対平和党よ!お前達の野望はこの俺が……、シャイニングセイヴァーが打ち砕くっ!!!覚悟しろっ!!!」

 

ゼッペーの群れを指差しながら光太郎がそう叫び、それを合図に光太郎とゼッペーの戦いが始まるのであった

 

ゼッペーは光太郎の装備を剥ぎ取ろうと果敢に突撃を仕掛けるも……

 

「トルネードメイカーッ!!!」

 

光太郎の叫びと共に、背中の艤装のような物から姿を現した扇風機のような物によって生み出された風に吹き飛ばされたり、足止めされたりしている

 

「この装備がこれだけで終わると思うなよっ!!!」

 

光太郎がその様子を見るなりそう叫び、扇風機に何かしたのか突然扇風機が輝いたかと思うと、扇風機から何といくつもの真空波が広範囲に飛び出しゼッペーを次々と切り裂いていくではないか!

 

だがゼッペーの連中は、その様子を見ても一切怯む事無く光太郎に突撃を仕掛ける。まあゼッペーの連中は艤装を持っていない為、これしか戦闘方法が無いようなので仕方ないと言えば仕方ないのだが……

 

そして何とか頑張って光太郎の近くまで辿り着いた支持者が出て来るのだが……

 

「双腕重機アームッ!!!」

 

光太郎の声に合わせて飛び出して来た、2本のショベルカーのアームのような物に有無を言わさず叩き潰されてしまう

 

「この娘達には指一本触れさせてやるものかあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

光太郎はそう叫びながら、腕や腰、脇の下から伸びる砲からレーザーを発射しゼッペーに更に追撃を仕掛ける。その光景を見ていた五十鈴達は、あまりに一方的な戦い過ぎて、ゼッペーに同情してしまうのであった……

 

「あの人、ホント何者なのよ……?」

 

「光太郎さんの事~?あのねあのね、光太郎さんは文月達の事を助けてくれたヒーローさんなんだよ~!」

 

「文月、それだけじゃよく分からんと思うぞ……?五十鈴さん、あの人は私達が以前いたアムステルダム泊地を強襲し、私達を救助してくれた長門屋海賊団のメンバーの1人なんだ」

 

ゼッペーを容易く蹴散らしていく光太郎の姿を見た五十鈴が思わずそう呟き、それを聞いた文月が興奮気味に光太郎の事を五十鈴に教え、長月が文月が五十鈴に教えた内容に補足を入れて改めて光太郎の事を説明する。そして……

 

「よっし終わり!ゼッペーは皆片付けたからもう大丈夫だよ、皆本当によく頑張ったね!」

 

戦闘を終えた光太郎が変身を解きながら戻って来るのであった

 

「いえ、私達はただここまで逃げて来ただけですから……。援護の1つでもすればいいのに、驚きのあまり呆然としちゃって……。力になれず本当にすみませんでした……」

 

光太郎の言葉を聞いた五十鈴が、先程の戦闘で何もせずただ見ていただけだった事について謝罪する

 

「気にしないで、俺からしたら皆が無事であった事が一番の助けになったからね。それよりここまで走りっぱなしで疲れたでしょ?仲間がラバウル基地の代わりになりそうな休憩ポイントを設置してるからさ、案内するからそこで休憩しながら改めて自己紹介しよう、いいよね?」

 

光太郎は五十鈴に対してそう言って慰めた後、休憩ポイントへ移動しようと提案、光太郎が言うようにここまで追いかけ回されてヘトヘトになっている五十鈴達は、その提案に乗り光太郎の案内で翔の屋台があるババス島へと向かうのであった



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名状し難き島

気が付けば200話……

これこの調子で話を進めていたら、現代編に時間軸戻すまでに500話近くになりそうです……


五十鈴達は光太郎の案内で辿り着いたババス島にて、五十鈴達にとってはとても信じられない光景を目の当たりにするのであった

 

そこには祭でよく見かける物よりやや大きめの屋台が1つだけポツンと存在し、その周囲には屋台の料理を食べる為に設置されたテーブルや椅子が並び、多くの深海棲艦が屋台の料理に舌鼓を打っていたのである

 

それだけならここが深海棲艦の拠点だと言う事にしてそこまで驚かずに済んだのだが、その中にほんの一撮み程度ではあるが艦娘が混ざっており、深海棲艦と談笑しながら屋台の料理を一緒に楽しんでいたのである

 

「ここは一体……?」

 

その光景を目にして驚愕する千歳がそう呟いたところ

 

「ここは主にゼッペーのせいで消滅してしまったラバウル基地の代わりに、出撃や遠征で南方海域にやって来た艦娘達の休憩ポイントとして使えるようにと、俺達の仲間である出雲丸 翔が提案し設置した場所なんだ」

 

千歳の呟きを聞いた光太郎がそう答える、ここは艦娘の為に作られた場所だったのか……、しかしその割には深海棲艦の数の方が多いような気がするのだが……?光太郎の言葉を聞いた五十鈴が内心そう思っていると……

 

「本来はそのつもりで設置したんだけど、今はこの場所が長門さん達以外の艦娘さんに全く認知されてなくて、偶然訪れた吹雪ちゃん達以外の艦娘が来た事が無いんだよね……」

 

台拭きを片手に握った泊地水鬼が、そう言いながら五十鈴達の前に姿を現した。その正体を知らない五十鈴、千歳、千代田の3人はすぐにその泊地水鬼の事を警戒するのだが……

 

「翔、屋台の方にいなくていいのか?」

 

「ここにいる方々の注文は全て捌きましたからね、今は龍驤さんだけでも何とかなると思います。それで余裕ある内に食べ終わった方々のところを片付けようと思って出て来たところで光太郎さんが長月ちゃん達を連れて来ているのを見かけたので、挨拶しようとこっちに来たんですよ」

 

光太郎と泊地水鬼のやり取りを見てこの泊地水鬼が光太郎の仲間である事を察し、警戒心を解いてお互い自己紹介をするのだった

 

「五十鈴さん達が長門さんが言っていた佐世保の遠征部隊なんだね、本当に協力感謝するよ」

 

自己紹介が終わったところで翔がそのような事を言い、それを聞いた五十鈴達が頭上に疑問符を浮かべていると、その様子を見ていた長月が何かを思い出したかのようにあっと言う声を上げる。何事かと思い話を聞いてみると、どうやら長月が長門から頼まれていた話を五十鈴達に説明していなかったのを今思い出したのだとか……

 

「なるほど……、私達が今やっている水上機基地建設任務には、そんな隠し任務があったのね……」

 

「本来の任務である水上機基地建設も戦闘禁止を違反する艦娘達を取り締まる為だけでなく、私達を襲った連中や凄く危険なヌ級を警戒する為なのね……」

 

「その上でここの知名度を上げる事も任務の中に含まれているのね……、これって思った以上に責任重大なんじゃ……?」

 

長月から説明を受けた五十鈴、千歳、千代田がそれぞれの感想を口にする

 

「穏健派深海棲艦や俺達の事は長門さんの報告書で多分知れ渡ってると思うけど、まさか長門さん達がここまで穏健派や俺達と深い関係にあるとは誰も思わないだろうな~……」

 

「その関係を今表沙汰にしちゃうと、日本海軍の強硬派に燃料を与えかねないから長門さんはこういう形でお願いしたんだと思います。そしてこれを長月ちゃんがいる佐世保にお願いしたのは、事情を知っている長月ちゃん達なら任せられると思ったからでしょうね」

 

3人の言葉を聞いた光太郎と翔が、それぞれ思った事を口にする

 

実際のところこの関係を表沙汰に出来るのならば翔達の店があり、常に翔と龍驤の艦載機が飛び交うババス島の隣にあるアンベル島に、わざわざ水上機基地を建設する必要が無いのである

 

だが長門達と穏健派や海賊団との関係は現状表沙汰に出来るものではない為、このような事になっているのである。もしこの事が強硬派にバレてしまえば、現元帥は強硬派にその地位を引きずり降ろされ強硬派主体の大本営が誕生し、この戦争が長引く可能性が高まってしまうのである

 

「そのあたりの事情を考えると、可能な限り穏健派に所属する鎮守府や泊地に所属している艦娘を中心に、この屋台の事を伝えていくべきね……」

 

「方法については遠征中に会った時や、演習の時にこっそりと伝える感じになると思うけど……、問題は私達じゃその娘達が所属しているところが穏健派か強硬派か判断し辛い事ね……」

 

五十鈴と千歳が隠し任務について頭を悩ませていると……

 

「だったらそれを知っている人に、そこらの事情を直接聞けばいいんじゃないッスか?」

 

不意に誰かがこの話に割って入って来たのである、五十鈴達がその声が聞こえた方に視線を向けると、そこには焼きうどんを頬張る防空棲姫、関西風お好み焼きを食べる重巡棲姫、広島風お好み焼きを食する重巡棲姫(?)の姿があったのである。その3人の中で防空棲姫が五十鈴達に向けて手を振っているところを見ると、どうやら先程の発言はあの防空棲姫が発したものだと分かった

 

「誰よあんた?」

 

千代田が不審がりながらその防空棲姫に声をかける

 

「自分は今臨時で穏健派の技術班の班長やらせてもらってる、秋月 護って言うモンッス」

 

「本来なら俺の隣で広島風お好み焼き食ってる重巡夏姫、熊野 伊吹って言うんだがこいつが穏健派の技術班の班長なんだが、人工衛星打ち上げ以降技術班の人達に妙に気に入られたマモが技術班の人達にお願いされて、ガダルカナルにいる間臨時で班長する事になったんだわ……。っと俺は愛宕山 重雄ってモンだ、皆シゲって呼んでるから俺の事呼ぶ時はシゲで頼む」

 

「むお?ふぁふぃふぉふぉふぉふぉんふぁふぁ(ワシの事呼んだか)?」

 

すると防空棲姫と重巡棲姫が自己紹介をし、シゲの発言により重巡夏姫だと判明した伊吹が、広島風お好み焼きを口いっぱいに頬張りながら喋り出す。行儀が悪いので、口の中の物を飲み込んでから会話に参加して欲しいものだ……

 

「それで護だったかしら?日本海軍の穏健派と強硬派の事情を知っていて、私達が直接話が出来る人と言うのは一体誰の事?そして私達はその人とどうやって連絡を取ればいいのかしら?」

 

五十鈴が護に対してそう問い詰める、日本海軍の穏健派と強硬派の事情を知っている人物なんて早々いる訳がないし、もしいたとしても簡単に会う事が出来る訳も無く、そこらの事情を直接聞くなんて到底出来るものではない、五十鈴はそう思っていたのである

 

「そんなの簡単ッスよ、こいつを使えばッスけどね」

 

護はそう言いながら腰に付けたポーチから何かを取り出しテーブルの上に置く

 

「これって……、長月が装着している通信機……?」

 

「その通りッス、話は前もって聞いてたッスから長月以外のメンバー用のを準備しておいたッス。これを使えば長門さんから日本海軍のハト派とタカ派の事情を聞けると思うッスからね」

 

護が取り出した物を見た皐月がそう呟き、その呟きを聞いた護が五十鈴の質問にこのような形で答えるのだった

 

「ねえねえ、これって文月も貰ってもいいの~?」

 

「その為に準備したモンだからな、大事に使えよ?」

 

「あ~……、それで光太郎さんといつでも通信出来るようになった訳ッスけど、頻繁に通信するのはしばらく待って欲しいッス。光太郎さんも南方海域の巡回とかあって忙しいッスからね」

 

文月の問いにシゲが答え、護が通信頻度について注意したところ、文月はそれを了承し通信機を受け取る

 

「もしかして護さん達は、これを僕達に渡す為にここに来たの?」

 

皐月は通信機を受け取り、装着しながら護に尋ねたところ……

 

「いや、マモ達はお前達の水上機基地建設の手伝いとしてこっちに来てるんだわ、んで今は丁度飯の時間だったから皆揃って翔のとこで楽しく食事中って訳よ」

 

護の代わりにシゲがその質問に答えるのだが、その言葉を聞いた直後に皐月の腹の虫が鳴る……

 

「グアムあたりからここまで、ずっと走りっぱなしだったみたいだからそりゃお腹も空くだろうね……。そういう訳で佐世保の皆、メニューの中から食べたい物を言ってくれたらすぐに作るよ。今回はお近付きの印って事で無料で提供させてもらうよ」

 

「佐世保勢はしっかり食っておけよ~?これから俺達と一緒に水上機基地建設やるんだからな~?建設中に腹減って力出ませんとか言わずに済むようにしとけよ~?」

 

皐月の腹の虫を聞いた翔がそう言って屋台の方へ向かい、シゲが食後の予定を五十鈴達に伝えたところで、五十鈴達は翔の後を追い料理を注文、料理を受け取り席に付いたところで綾波の代わりに神風を加えた吹雪達と挨拶を交わし、翔の料理を堪能しながら吹雪達と歓談し交流を深めるのであった



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⑨デストロイヤー

2018/3/6 20:16 加筆しました


「ねえシゲ……」

 

「何だ五十鈴……?」

 

「私達って確か水上機基地を建設しようとしていたのよね……?」

 

「ああ、確かにその予定だったな……」

 

五十鈴は自分達の任務の内容を確認する為にシゲに問いかけ、頭を抱えながら地べたに座り、胡座をかくシゲは深いため息を吐きながらその質問に答える

 

「「……どうしてこうなった……」」

 

自分達の視線の先にある物を見た2人は、意図的に合わせたわけでもないのに同時にそう呟くのであった

 

2人の視線の先には、水上機基地と言うにはあまりにも巨大で、凄まじく堅牢そうな大要塞がそびえ立ち、その大要塞の門の前で護と伊吹を含む技術班の面々がスタジャンを着た輝の事を胴上げしているのだった

 

 

 

時は少々遡る……

 

 

 

翔の屋台で食事を終えた五十鈴達は、吹雪達に別れを告げて自分達の次の目的地であるアンベル島に向けて移動を開始する

 

その道中で作業の段取りについて話し合い、目的の島とシゲ達の簡素な造りをした修理屋が見えて来たところで、不意に艦載機を飛ばしていた千歳が声を上げた

 

「あれ……?小屋のところに誰かいるみたい……」

 

「ホントだ……、あの人もあんた達の知り合いなの?」

 

千歳の言葉を聞いた千代田も艦載機をそちらに向かわせて確認すると、シゲ達に向かってそう尋ねるのであった

 

「いや、艦種とか教えてもらわねぇと分かんねぇよ……」

 

「あっごめんなさい、えっと……、中間棲姫ね。それもスタジャン着てる」

 

シゲが千代田にそう言い返すと、それを聞いていた千歳が謝罪もそこそこにその人物の艦種を教えてくれた

 

「ああ、輝さんッスね。でも輝さんって今日は午後からも巡回やる日じゃなかったッスか?」

 

「その辺は本人に聞きゃええじゃろ、そがいな訳で取り敢えず行くで」

 

千歳の話を聞いた護が思い当たる人物の名前を告げると同時に、その人物が何故ここにいるのかについて疑問に思う。そんな護に対して伊吹がそう返し、一行は輝の下へと歩を進めるのであった

 

 

 

「遅かったじゃねぇかおめぇら!俺ここでずっと待ってたんだぞっ?!」

 

「いや、それ以前に輝さんが何でここにいるんですか?今日は午後も巡回するんじゃなかったんです?」

 

島に上陸してくるシゲ達を見つけた輝が、腕を組み仁王立ちしながらそう叫ぶ。それに対してシゲが皆を代表して、先程頭に浮かんだ疑問をそのまま輝にぶつけるのであった

 

「応っ!その予定だったがおめぇらが何か建設するって聞いたから、戦治郎に頼んで巡回する役代わってもらったんだわっ!!!」

 

シゲの質問にそう答え、腕組み仁王立ちのままカッカッカッと笑う輝

 

「輝さんも手伝ってくれるんだ!だったら水上機基地の建設もすぐ終わりそうだねっ!」

 

「応!俺に任せとけばこんなのとっとと終わらせてやんよっ!!!」

 

皐月の言葉を聞いた輝は、自信満々にそう言いながら自身の胸をバシン!と叩き、またガッハッハッと笑いだす

 

「ねぇシゲ……、この人本当に大丈夫なの……?」

 

「ああ、建築や建設に関しては長門屋一の腕前だから問題はねぇ……はず……」

 

「『はず』とか言うの止めなさいよっ!不安になるじゃないっ!!?」

 

輝の様子を見て不安になった五十鈴がシゲにそう尋ねたところ、シゲの返答を聞き余計不安を募らせてしまうのであった……

 

「っとそういや見ねぇ顔もいる事だし、自己紹介しとくか!俺は赤城 輝!長門屋海賊団専属の大工だ!よろしくな嬢ちゃん達っ!!!」

 

輝はふと思い出したようにそう言って五十鈴達に向かって自己紹介をし、それを聞いた五十鈴達も輝に自己紹介をし、輝が作業に加わった関係でここでまた改めて作業の段取りについて話し合うのであった

 

「ふむ……、ところでおめぇらはどのくらい建材持って来たんだ?」

 

話し合っている最中に、不意に輝が建材について尋ねて来た

 

「ここに来る前に、グアムにも水上機基地を作って来たので……、取り敢えず今あるのはこのくらいですね」

 

輝の質問に対して、千歳が自分達の艤装に積んでおいた建材を降ろし、それを輝に見せながらそう答える

 

「ふむふむ……、まあ必要最低限はあるって感じだな……」

 

それを見た輝はニヤリと笑いながら立ち上がり、自分の艤装を展開し……

 

「おめぇらこれを見ろぉっ!!!」

 

輝が突如そう叫び、自身の艤装の背中っぽい部分を勢いよく叩くと……

 

「ゥ"ヴォ"オ"オ"オ"ゥ"エ"エ"エ"ェ"ェ"ェ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ーーーッ!!!」

 

艤装が気持ちの悪い声を出しながら、その口から次から次へと建材を吐き出す

 

「ヴォ"ロロロロロッ!!!ゥ"オ"ゥ"ロロロロロッ!!!」

 

そして建材を吐き出し終えたかと思えば、今度は資源を大量に吐き出し始める。しかし吐き出す時の声があまりにも汚過ぎて、その様子を見守っていた五十鈴達がドン引きしていた……

 

 

 

「コヒュ~……コヒュ~……」

 

「おっ全部吐き出したみてぇだな、っとどうよこの建材と資源の量っ!!!すっげぇだろっ!?」

 

輝の艤装が聞いていると心配になってくるような呼吸音をし始めたところで、輝が今しがた艤装が吐き出したとんでもない量の建材と資源の前に立ち、胸を張りながらそんな事を言う

 

「ほあ~……、こんなに沢山……、輝さんすごぉいっ!」

 

「確かに凄いが……、これは一体どうやって手に入れたんだ……?」

 

文月がその建材と資源の量に驚き、長月がその入手経路について輝に尋ねる

 

「輝さん、まさかこれリチャードさんに頼んで譲ってもらったとか……?」

 

「いや、これ全部拾った奴だっ!」

 

シゲが訝しみながら輝に尋ねたところ、予想外の返答が返って来るのであった

 

その後、輝はこの建材と資源の入手経路について詳しく話し始める……

 

 

 

普段の格好で水上バイクに乗ると、スカートだけでなく袖もバタついて鬱陶しいと思った輝は何かを上から着てそれを防ごうと考え、穏健派の総本山の敷地内にあるショッピングセンターであるスタジャンを見つけ購入していた

 

そのスタジャンの背中にはビリヤードの9番ボールを咥えた、物凄くリアルな髑髏が大きく描かれており、輝はその不気味さと迫力、そしてこの手の物は大体8番ボールが使われる事が多いのに、敢えて9番ボールを使っているところを気に入って購入に踏み切ったのだ

 

そして今日の午前中、それを着て上機嫌で巡回しているととある島に物資を運び込む深海棲艦の艦隊を発見したのだ

 

(腕章してねぇみてぇだし……、強硬派の連中か……?)

 

そう思った輝はその艦隊の後を追い、その身を隠しながらその艦隊の動向を観察、その艦隊が運び込んだ物資をよく見たところ……

 

(ありゃ建材と資源だな……、あいつらまさかここに拠点作るつもりか……っ!?)

 

そう考えた輝は、背中に背負った某狩りゲーのリーチ極長ハンマーのような大型ハンマーを担いで突撃を仕掛ける。輝が接近している事に気付いた強硬派の艦隊はすぐに輝を迎え撃つ準備を始めるのだが……

 

「おっせぇよ愚図共がぁっ!!!」

 

輝はそう叫びながらその大きな鈍器を横薙ぎに振るい、3匹ほどまとめて上半身と下半身を分離させる。そして運悪く輝に吹き飛ばされた上半身達の進行方向にいた1匹に、その衝撃でクチャクチャに混ざり合った上半身達が激突、その深海棲艦も上半身達と仲良く、識別不可能なくらいグチャグチャに混ざり合って絶命するのであった

 

その光景を目の当たりにした残り2匹はすぐに逃げ出そうとするのだが……

 

「この俺から逃げられると思うなぁっ!!!」

 

輝はそう叫ぶと艤装を展開すると同時に艦載機を発艦させ、強硬派深海棲艦の退路を完全に断つ。その2匹は必死になって艦載機を撃ち落とし何とか逃げ出そうとするのだが……

 

「おおおぉぉぉ……っ!!!」

 

ハンマーのヘッド部分を艤装に咥えさせた輝が、地を這うような声を出しながら2匹の方へと駆け寄り……

 

「ざあああぁぁぁっさいぃっ!!!」

 

気合いの掛け声と共に天高く跳躍し、2匹目掛けて艤装付きハンマーを勢いよく振り下ろす。輝の艤装がその脳天に直撃した強硬派の2匹は、頭頂部と爪先の高さが同じになるほどに叩き潰され、その衝撃のせいで半径2m、その中心部が30cmほど陥没した地面にその内臓をブチ撒けるのであった

 

「ふぅ……、取り敢えずこいつらの拠点作りは阻止出来たな……、……ん?」

 

輝が額の汗を拭いながらそう呟いたところで、あるものを発見する

 

それは建材の上に投げ置かれた計画書のような物だった、それが気になった輝はそれを手に取り中身を読んでみると……

 

「……どうやらここ以外にも拠点作ろうとしてんじゃねぇか……、それもたんまりとよぉ……」

 

その計画書を読み終えた輝はニヤリと口角を上げ、計画書に書かれていたポイントに向かおうとするのだが……

 

「おっと、そういやこの建材と資源もそのままにしとくのは勿体ねぇな……、そうだっ!」

 

輝はそう言うと強硬派が用意した建材と資源を全て艤装の中にしまい込み、意気揚々と次の強硬派の拠点建設予定地に向かったのである

 

こうして輝は巡回任務そっちのけで計7ヵ所の拠点建設予定地を単独で襲撃し建材と資源を強奪、本当は現場にいた強硬派を証拠隠滅の為に全滅させるつもりだったのだが、数匹ほど取り逃がしてしまうのだった

 

その取り逃がした強硬派の深海棲艦達が輝の事を仲間達に報告した結果、輝はこれ以降強硬派深海棲艦からその衣装の特徴と、自身に立ち塞がる障害物をその手に握ったハンマーで悉く破壊しながら真っ直ぐ突っ込んで来る戦闘スタイルから【(ナインボール)デストロイヤー】と呼ばれる事となるのであった

 

その後、この事をリチャードと戦治郎に報告した時にシゲが修理屋をやっている島に水上機基地を作ると言う話を聞いて、午後の予定を変更してシゲ達のところに駆けつけたのである

 

 

 

「ってな訳よっ!いや~、このスタジャン買ってから何か妙にツイてるんだよな~!こりゃもう家宝にした方がいいかもな、このスタジャンッ!!!」

 

スタジャンを見せびらかしながら輝が建材と資源の入手経路についての話を締めくくり、話を聞いていた面々は2通りの反応を見せるのだった

 

輝の事を知っているメンバーは輝のあまりに突拍子もない行動に呆然とし、輝の事をよく知らないメンバーは輝がとんでもない戦闘能力持ちだと知ってその顔を青ざめさせていた……

 

「まあこういう経緯で手に入れた品だから、この建材も資源も気兼ねなく使ってくれて構わねぇからな!」

 

「そう言う事なら遠慮なく使わせてもらうッス!後からダメって言っても知らないッスよっ!?」

 

「拠点7つ分の建材と資源か……、こりゃ凄いもんが作れそうじゃのぉっ!」

 

輝の言葉を聞いた護と伊吹が気分を高揚させながらそう言って立ち上がり、基地建設の準備を開始する。他の技術班の面々も護達と似たような反応をしながら、護達同様作業の準備に取り掛かるのであった

 

「俺、何か嫌な予感すんだよな……」

 

「奇遇ね、私もよ……」

 

その様子を見ていたシゲと五十鈴がそんなやり取りを交わす中、遂に水上機基地建設が開始されるのであった……

 

 

 

こうして護、伊吹、技術班、そして輝と言う匠達がノリと勢いで作業を進めた結果、水上機基地になるはずだったものは、水上機だけでなく大型飛行艇なども運用可能な大規模な航空基地、戦艦主砲すらも防ぐ堅牢な防壁、驚くほど充実した拠点防衛用兵器、あらゆるものに対応可能な大規模な工廠、凄まじく快適な居住性を完備した巨大要塞と姿を変えてしまったのである。何と言う事をしてくれやがったのでしょう……

 

 

 

そして話は冒頭に戻る

 

 

 

「俺さぁ、この事アニキ達に報告しなきゃなんねぇんだけどさぁ……、どう報告したらいいんだ……?」

 

「私も長門さんにこの事報告しなきゃいけないのよね……、ホント何て言えばいいのかしら……?」

 

シゲと五十鈴はそんなやり取りを交わし、2人同時に深いため息を吐くのであった……




輝の⑨には東の方的な意味も含まれてるかもしれませぬ


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炎とカオスフル通信

シゲと五十鈴が水上機基地の代わりに出来上がってしまった大要塞の事を、どう報告したらいいか考えているその時だった

 

『皆、聞こえているか?』

 

不意に通信機から声が聞こえて来る、その声の持ち主はどうやら長門のようでその言葉には何処か緊張感が漂っていた

 

通信機を装着している者達の表情が真剣なものに切り替わり、皆が長門の声に耳を傾ける

 

「どうしたんですか長門さん、何かあったんですか?」

 

シゲが皆を代表して長門にそう問い掛けると……

 

『シゲか、お前達は確かアンベル島に水上機基地を作っていたな……。そちらにいるメンバーにこの通信は聞こえているか?』

 

「ええ、こっちの通信機持ちは全員聞いてますよ」

 

長門の問いにシゲがそう答えると……

 

『巡回中の光太郎です、こちらも食事中に護から通信機を受け取った吹雪ちゃん達含めてしっかり聞こえてますよ』

 

『こちらババス島の翔です、こちらも感度良好。一体何があったんですか?』

 

他のメンバーからも、この通信が聞こえている事を伝える通信が入って来るのであった

 

『皆聞こえているようだな……、それでこの通信の内容なんだが……、緊急事態が発生したんだ』

 

緊急事態、その単語を耳にした瞬間場の空気が更に緊張する

 

『先程トラック泊地から連絡があってな……』

 

長門の言葉を聞いたメンバーの一部が、またトラックか……と内心で舌打ちする。そんな事を考えている者がいるとは露知らず、長門は言葉を続ける

 

『今度は対潜任務中の海防艦が6名行方不明になったそうだ……、この話を聞いた時私はすぐに例のヌ級の仕業だと思い、こうやって皆に連絡を入れる事にしたんだ』

 

「海防艦って……、こりゃまたエライ事やったッスね~、あのヌ級は……。その筋の紳士淑女の皆々様が絶対黙ってないッスよこれ~……」

 

内容を聞いた護がそう言いながら顔を顰める、護の言葉を聞いた一部のメンバーがこの話を聞いたそう言う趣味のあるお兄さんお姉さん達が、一斉に武装蜂起してヌ級に立ち向かう光景を幻視したのだが、今は関係のない話である

 

『その子達がどの辺りで消息を絶ったかって分かりますか?俺達が今から向かって近辺を捜索しようと思うんですけど……』

 

光太郎がそう言った直後である

 

『あ~……長門?\ワーワー!/その件なんだけどよ~……\ギャーギャー!/』

 

戦治郎から通信が入るのだが、後ろの方が騒がしいのか妙なノイズが入っている

 

『6人全員は無理だったが\大丈夫、僕達は何もしないから出ておいで~/その内の2人は現在\絶対嘘っす!占守が出て来たところであいつみたいにガブリッ!ってやるつもりっしゅ!/ガダルカナルで保護してる\占守ちゃん、お願いだから出て来て頂戴~/ってコラ佐渡ぉ!そこの棚に登るな!棚の上走るなぁ!!!』

 

通信機の先で戦治郎が怒鳴っているようだが、あちらでは一体何が起こっているのだろうか……?

 

『戦治郎、一体どうしたんだ……?』

 

『すまん、ちょっちチビ達が暴れててな\誰がチビだっ!佐渡様はチビじゃねぇぞっ!/イテッ!ちょっち佐渡!棚の上の物こっちに投げんなって!危ねぇだろうがっ!\うっせぇ!深海棲艦が佐渡様に指図すんなっ!/アダッ!ってもう!止めろっつってんだろうがっ!!!あんま調子乗ってるとお尻ペンペンすんぞゴラァッ!!!\ギャ~!やっぱり何もしないって嘘だったっすねっ!占守がここから出て来たらお尻ペンペンするんっすね~!/\戦治郎!あまり占守ちゃんを刺激するような事を言うのは止めてくれっ!!!/』

 

長門が戦治郎に状況を尋ねたのだが、どうやら向こうはそれどころではなさそうである……

 

「え……、何これ……?」

 

「俺に聞くな……」

 

このカオスフルな通信を聞いた五十鈴がシゲに尋ねる、しかしそのシゲもあちらの状況が一切分からない為、五十鈴のその問いに答える事が出来なかった……

 

「長門さん、取り敢えず俺達のとこはもう作業終わってるんで、今からアニキ達のとこ向かって向こうを落ち着かせて来ますわ。通信はその後でいいです?」

 

『あ、ああ……、そうしてもらえると助かる……』

 

『ああシゲ!出来たら五十鈴達連れて来てくれ!\これでもくらえ!おんりゃぁ!/あっぶね!オラ佐渡ぉ!待てコラァ!\いひっ、捕まえられるもんなら捕まえてみなっ!/っとこっちいる艦娘は皆祖父さんの修行のせいで動けねぇんだ!だから頼んだっ!えぇいチョコマカとぉっ!!!』

 

そういう訳で水上機基地建設チームは、戦治郎達の救援の為にガダルカナルへと向かうのであった

 

 

 

さて、ガダルカナル島にあるリチャードの執務室に辿り着いたシゲ達は、それはもう凄惨な光景を目の当たりにし、メンバー全員が愕然とするのであった……

 

室内に散乱した書類、棚の上から落下して壊れてしまった飾りの数々、壁に飾られていたであろう額縁も何かの拍子に落下しており、ソファーやテーブルには子供くらいの足跡がいくつも付けられている有様である

 

そんな室内を走り回るのは長門屋海賊団のリーダーである戦治郎と、択捉型海防艦の3番艦である佐渡。そしてこの部屋の主である穏健派転生個体のリーダーのリチャードとその相方である穏健派深海棲艦のリーダーのスウは、リチャードの執務机の下に立て籠もる占守型海防艦1番艦である占守を必死に説得していた

 

「ほれ戦治郎、もっと気合い入れて頑張らんか~い」

 

そう言って部屋の隅で戦治郎を煽りながら暢気に茶を啜っているのは、穏健派が保有する企業であるヤマグチ水産の社長を務める戦治郎の祖父、長門 正蔵である

 

「そう言う祖父さんもちょっちくらい手伝ってくれYO!」

 

「お前今日の修行に参加しとらんかったじゃろ?じゃからこれが今日のお前の修行じゃ、ほれほれ、はよそこのお嬢ちゃんを捕まえてみせんか~い」

 

「チキショーめえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「ぎゃ~!いや~!助けて~っしゅ!」

 

佐渡を追いかけ回す戦治郎が正蔵に援護を頼むも、アッサリ断られてしまいついつい叫び声を上げる。そして戦治郎の叫びを聞いた占守がパニックを起こして、釣られるようにして叫び声を上げる

 

そんな長門家の祖父と孫の微笑ましいやり取りを、入口で突っ立ったまま眺めていた五十鈴の下半身に急に衝撃が走る。何事かと思い視線を下ろすと、そこには先程戦治郎に追いかけられていた佐渡がしがみ付いていた

 

「あんた艦娘だろっ?!助けてくれっ!深海棲艦に追われてるんだっ!」

 

「えっ?えっ?!」

 

佐渡にそんな事を言われた五十鈴が、どうするべきかと戸惑っていると……

 

「確保おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

戦治郎がそう叫び……

 

「ウィッス!」

 

「うぉっ!?ってよく見たら隣にいるの深海棲艦じゃねぇかっ?!てめっ!この!放せっ!!!」

 

その声に反応したシゲが、すぐに行動を起こし佐渡を捕まえてしまう。捕まった佐渡はそこでようやくシゲの存在に気付き、何とかシゲの腕を逃れようと抵抗するのだが、シゲはその腕で佐渡をガッチリホールドしてしまっているので、佐渡はシゲの腕を振りほどけないでいた

 

「よくやったシゲ!褒めて遣わすぞ!」

 

「あざっす、んでこれどういう状況なんです?」

 

ようやく追いついた戦治郎がシゲに向かってそう言うと、シゲは感謝の言葉もそこそこにこの状況の説明を戦治郎に要求するのであった

 

「こいつらの事か……、こいつらは今日の午後俺が輝の代わりに巡回してた時に、ヌ級に襲われているところを助けて保護した艦娘なんだわ」

 

戦治郎はこの言葉を皮切りに、その時の状況について詳しく話し始めるのだった……



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鬼と海防艦と食人鬼

「あ~、風が気持ちいいな~」

 

「ホントだね、ご主人様!」

 

輝の代わりに午後から巡回任務に就いた戦治郎が、巡回中自身の肌で感じる風の心地良さに思わずそう呟くと、大五郎に乗った太郎丸が戦治郎の呟きに同意するように声を上げる

 

本来戦治郎は今日1日ずっとリチャードの手伝いをやる予定だったのだが、午前中の巡回を済ませその内容を報告しに来た輝の前で、リチャードがつい口を滑らせてシゲ達が午後から水上機基地を建設する事を話してしまったのである

 

それを聞いた輝が、自分も水上機基地建設に参加したいと駄々をこねるのだった。最初はしっかりとダメだと言うつもりだった戦治郎だが、輝が単独で強硬派の拠点建設計画を粉々に破壊した事を知ってからは、そのご褒美という事で仕方なく参加を認めて代わりに戦治郎が午後からの巡回任務に就く事になったのである

 

「最近のご主人はリチャードさんの手伝いばかりで、部屋に籠りっきりで中々外に出てなかったはずだから、余計そう感じるんだと思うんだぁよ~」

 

「つか、ご主人を外で見るのマジで久しぶりじゃね?あんま俺達の事放置してっといつか反乱起こしちまうぞ~?それが嫌だったらもっと俺達に構え~」

 

2人の会話を聞いていた大五郎も自身が思っている事を口にし、その横から戦治郎と並走する弥七が可愛らしい脅しをしてくるのだった

 

そう、戦治郎はこの巡回任務をやる事になった際、丁度いいとばかりに最近構ってあげられなかった長門ペット衆全員を連れて巡回任務をこなす事にしたのである

 

太郎丸達以外のペット衆だが、金次郎は友達のハンマー妖精さんと一緒に戦治郎の肩に腰掛けており、甲三郎は大五郎の首の間に座る太郎丸の膝の上にライドオン、鷲四郎は先行して偵察を行い、六助は直掩機の代わりとして戦治郎の頭上を飛び回っている

 

「悪い悪い、俺ももっとお前達と遊んでやりたいんだがな~……、ほら俺達この世界に来てからずっとバタバタしてるだろ?今回も本来は巡回任務な訳だし……」

 

「弥七、気持ちは分かるけどご主人様にあんまり無理言っちゃダメだよ?」

 

弥七の言葉を聞いた戦治郎がそう言うと、ペット衆筆頭の太郎丸が弥七に対して諭すように注意する

 

「わ~ってるよそのくらい、さっきのは俺達ペット衆がこう思ってるっての知って欲しいって事で言っただけなんだって。俺だって今のご主人の背中に、どれだけの命が乗っかってるのか分かんねぇ訳じゃねぇんだし」

 

太郎丸に注意された弥七は、唇を尖らせながらそう返す。今の戦治郎は自分達や長門屋の面々だけでなく、海賊団に所属する全ての艦娘達の命も背負って立っているのである。その事実を最も近い位置から戦治郎の事を見続けているペット衆が、気付かない訳がないのである

 

「あ~……、お前達にまで気を遣わせてすまんな……」

 

弥七の言葉を聞いた戦治郎が、つい申し訳なくなってそう言うと……

 

「気にしないでご主人様、僕達は大丈夫だから。それよりもご主人様が辛くなった時はちゃんと教えてね?その時は僕達がご主人様の事支えてあげるから!」

 

「ご主人の事は今度こそオラがお守りするだぁよ~!」

 

「もしご主人の邪魔する奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやんよっ!」

 

「キィー!キキィーッ!」

 

ペット衆が思い思いの言葉を口にする、言葉を喋れない金次郎や甲三郎も太郎丸達に呼応するようにはしゃいだり、砲身を上下にピコピコさせて自分達も太郎丸達と同じ気持ちである事を表現する

 

そんな時だった……

 

『旦那っ!小さい女の子達があのヌ級に……、ああっ!!?』

 

先行して偵察していた鷲四郎から、今までの空気を粉砕するような通信が入る

 

「ヌ級だとっ!?鷲四郎、今何処にいるっ?!女の子達は無事なのかっ!??」

 

『……すまねぇ旦那、1人食われた……。場所はモートロック諸島付近だ……』

 

鷲四郎から場所を聞いた戦治郎達は、自身が出せる最高速度で現場に急行するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたっ!ってありゃ海防艦じゃねぇかっ!!?」

 

ヌ級に襲われている少女達の姿を確認した戦治郎が、思わず驚愕の声を上げる

 

少女達の内の1人はヌ級に艤装を剥ぎ取られた状態で首を掴まれ、足先からジワリジワリと噛み千切られながら絶叫染みた悲鳴を上げていた。ヌ級はその姿を今残っている2人の海防艦に見せつけ、その光景に怯え切った少女達の表情を楽しみながら手に持った海防艦艦娘を食らっていたのである

 

「何でっ!?何で弾が出ないんだよっ?!引き金引いてるだろっ?!?何で出ないんだよっ??!」

 

そう叫びながら弾切れを起こしている主砲の引き金を何度も引いているのは佐渡、仲間を助けようとしているのだろうが、パニックを起こしているせいで主砲が弾切れを起こしている事に気付いていないようである

 

「あ……、あぁ……」

 

歯をガチガチと鳴らしながら海上に座り込んでしまっているのは占守、どうやらヌ級の凶行を目の当たりにしたせいで、完全に恐怖に飲まれて立ち上がる事すら出来なくなっているようである

 

その様子を見た戦治郎は何とかヌ級達の間に割って入ろうと更に速度を上げようとするのだが、これ以上速度を上げる事が出来なかった為内心舌打ちする

 

そうしている間にヌ級は遂に手に持っていた海防艦を食い尽くし、今度は佐渡の方へと手を伸ばす……

 

「何する気だてめぇっ!!!止めろっ!!!こっちにkガッ!!?この……っ!はな……っ!?」

 

佐渡の首を掴んで吊し上げ、佐渡の艤装を剥ぎ取ろうとするヌ級。このままでは佐渡もヌ級の餌食になってしまう!そう思った戦治郎は……

 

「大五郎っ!グスタフドーラッ!!!」

 

「あいさ~!!!」

 

戦治郎は大五郎に指示を飛ばし、ヌ級にグスタフドーラの砲口を向ける。そして先程の戦治郎の叫び声が聞こえたのか、ヌ級がこちらを向いたところで……

 

「撃てぇっ!!!」

 

戦治郎の声を合図に大五郎がグスタフドーラを発射する、ヌ級はこちらに視線を向けた直後は余裕の表情を見せていたのだが、グスタフドーラから放たれた砲弾を目の当たりにした途端、ほんの少し焦りを見せ手に掴んでいた佐渡を占守がいる方へと投げ捨て、両腕で自身の頭部を守ろうとする

 

そして砲弾がヌ級の両腕に着弾すると、凄まじい大爆発を起こして占守と佐渡をその衝撃波で吹き飛ばす。それによって2人は気絶してしまったが、ヌ級から距離をとる事に成功していたりする

 

それからすぐ、戦治郎がヌ級に接近し両者が対峙する事になったのだが……

 

『てめぇは……、あの時のハラキリ野郎か……っ!?』

 

戦治郎の姿を見たヌ級が、忌々し気にそんな事を言ってきた。どうやらヌ級はサムライとハラキリの違いが分からず、色々とごちゃ混ぜにして戦治郎の事をそう呼ぶのであった

 

『誰がハラキリ=セップク丸だ糞食らい、っつってもてめぇなんざに名乗ってやる名前は持ち合わせちゃいねぇがなぁ……』

 

戦治郎がそう言いながらヌ級をギロリと睨みつける、が、内心ではかなり焦っていたりするのである

 

前回は自分と光太郎と輝の3人で挑んでようやく撃退する事が出来たのだが、今回は自分1人……、正直自信がないのである……

 

取り敢えずヌ級を何とか引き付けて海防艦達が逃げる時間だけでも稼げればいいか……、戦治郎がそう思っていた時である……

 

「大丈夫だよご主人様、ご主人様には僕達がいるから」

 

まるで自分の不安を感じ取ったかのように、太郎丸が不意にそんな事を言ってきたのである

 

「てめぇがあの空をやった奴か……、上等だ!俺達がここでてめぇをぶっ倒して空の仇とってやんよっ!!!」

 

「おめぇがどんな事をしようとも、ご主人には指一本触れさせないだぁよぉっ!!!」

 

そして太郎丸の声を皮切りに、ペット衆が目の前の敵を打ち破らんと気合の籠った声を上げる

 

それを聞いた戦治郎は先程自分がどれ程馬鹿げた事を考えていたかを思い知り、悔い改めてヌ級を両の眼でしっかりと見据え、こう言い放つのであった

 

『覚悟しやがれ糞食らい野郎、これから俺達がてめぇがこれまでやって来た事……、いや……、この世に生まれて来た事を後悔させてやんよっ!!!』

 

こうして、トラック泊地近海にて戦治郎達とヌ級の戦いの火蓋が切られるのだった



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百鬼夜行対食人鬼 上

『後悔させる?この俺に?はんっ!出来るってんならやって見せやがれっ!!!』

 

戦治郎の言葉を聞いたヌ級がそう叫んだ直後、戦治郎達がすぐに行動を起こした

 

戦治郎達は腰に取り付けたポーチから、懐からと様々な場所からある物を取り出して顔に装着した

 

「うう~……、前もって話聞いてコレ持って来たけど……、コレって僕達向けじゃないね~……」

 

「俺の方はまあちったぁマシにはなったが……、って大丈夫か大五郎?」

 

「ご主人~……、これが終わって帰ったらオラのコレをもうちょっと強化して欲しいだぁよぉ~……」

 

「ああ~……、人間用のじゃやっぱきついよな……、戻ったら強化しとくわ……」

 

装着したソレについてペット衆が文句を言い、それを聞いた戦治郎がペット衆に向かって申し訳なさそうに謝罪する……

 

そう、先程戦治郎達が装着したのはガスマスクである

 

前回ヌ級と戦った際、ヌ級の口臭が常識を逸脱していると思う程臭かった事を覚えていた戦治郎が、その対策としてシャイニングセイヴァーのヘッドパーツにガスマスク機能が付いている光太郎以外の巡回任務に参加する者にガスマスクを持たせるようにしたのである

 

何故そこまでヌ級の口臭を警戒するのか、それは前回の戦闘の時その臭すぎるヌ級の口臭が様々な厄介事を引き起こしたからだ

 

ヌ級との間合いを詰めようとした時、身体が無意識のうちに臭いに近付くのを拒んで足が止まってしまう事があった

 

その臭いが目を刺激して、常時涙目になってしまいヌ級をしっかりと見据える事が出来なくなってしまう事があった

 

臭いのせいで全身の力が抜けてしまい、思うように身体が動かせなくなったリ狙い通りの威力の攻撃を放てなかったり、戦治郎の大妖丸や輝の大型ハンマーが手からすっぽ抜けてしまう事があった。因みに輝のハンマーがすっぽ抜けた時、そのハンマーが戦治郎の頬を掠めていたりするのである

 

そういう訳で今回はガスマスク持参で戦闘する事になったのだが、ここでもちょっとした問題が発生してしまった、それはこのガスマスクが人間用だった事である

 

元が虎だった弥七は兎も角、人間より嗅覚が遥かに優れている元犬の太郎丸や、犬よりも優れた嗅覚を持った元熊の大五郎の場合、人間用のガスマスクでは完全に臭いを防ぎきる事が出来ないのだ。これが最初のあたりに出たペット衆の文句に繋がる訳である

 

『そんなもん付けやがって……、俺の事馬鹿にしてんのかよぉっ!!!』

 

戦治郎達のやり取りを見ていたヌ級が苛立ちながら叫び、その臭過ぎる口を大きく開いて一斉に艦載機を発艦させる

 

『うるさい喋るなっ!それが無理ならせめて歯くらい磨けっ!!!』

 

「これでようやくまともに戦えるな……っとっ!!!」

 

「不用意に近づくと臭いで墜落しちまいそうだな……、ホントいやらしい奴だなこいつはよ……っ!!!」

 

その様子を見た太郎丸と弥七が艦載機を発艦させ、2人が放った艦載機と並ぶように鷲四郎と六助が飛翔しヌ級の艦載機を迎え撃つ

 

戦治郎達の頭上で繰り広げられる激しい空中戦は、質でも量でも勝っているこちらが優位に立つ事が出来たのだが……

 

『ヒャァッ!』

 

「っ!あっぶねぇなおい!」

 

「ゴオオオォォォッ!!!」

 

『遅ぇんだよぉ!このデカブツがぁっ!!!』

 

海上の戦いに関しては、少々苦戦を強いられる事になるのであった……

 

ヌ級は全身の筋肉をフル活用して海上を駆け回り、戦治郎に集中攻撃を仕掛けて来たのである。それも攻撃が戦治郎に当たろうが当たるまいが関係なしに、自身が攻撃した直後にすぐ間合いを取って相手に反撃させないようにする一撃離脱戦法を駆使しているのである

 

そのせいで戦治郎は上手い具合に攻め込む事も出来なければ、後の先を取る事も出来ずただただ回避に専念する羽目になってしまい、ヌ級に全く相手にされていない大五郎の方は何とか攻撃を当てようとその両腕を必死になって振り回すのだが、ヌ級の機動力に追いつけずその攻撃を悉く空振りさせてしまうのであった

 

「う~……、攻撃が全然当たらないだぁよ~……」

 

「バ火力持ちのクセにこの機動力かよ……、それに空の全力攻撃に耐える頑強さもあると来た……。ったくどんだけチート染みてんだよこいつ……」

 

『HAHAHA!!!どうしたんだ?俺に後悔させるんじゃなかったのか?ああそっか、今自分達が後悔してんだな?こいつと戦うんじゃなかったってなっ!HAHAHAHAHA!!!』

 

ヌ級に対して手も足も出ない大五郎と戦治郎がそんな事を言っていると、ヌ級がそんな2人に挑発を仕掛けて来る。そして……

 

『いい加減お前らで遊ぶのも飽きたし、そろそろ終わらせてあそこのガキ共食って帰るか~』

 

ヌ級がそう言い放った直後、その姿を消してしまったのである。戦治郎達は慌てて周囲を見回すのだがヌ級の姿を発見出来ず……

 

『遅ぇっつってんだろ?ぶぁ~か』

 

その声が聞こえた時には既にヌ級は戦治郎の懐に潜り込み、得意の貫手を戦治郎の腹部に突き立てようとしていたのである

 

「やっばっ!!!」

 

「ご主人っ!!!」

 

2人が一斉に声を上げたその時だった

 

「しゃぁらあああぁぁぁっ!!!」

 

いつの間にかこちらに来ていた弥七が、オベロニウム製の鋭い爪が付いたガントレットを両腕に装着してヌ級に襲い掛かったのである

 

弥七の存在に気付いたヌ級は戦治郎への攻撃を中止し、代わりに弥七の方に貫手を放つのだが、弥七はその突き出されたヌ級の腕に飛び乗るや否やその腕の上からヌ級の顔をその鋭利な爪で斬り付ける

 

『ぐがぁっ!!!』

 

その攻撃を受けたヌ級は思わず後方に飛び退き、ヌ級の腕の上に立っていた弥七はヌ級が飛び退く間際に腕から飛び降りて、戦治郎達の目の前に降り立つのであった

 

「この籠手、中々いい感じじゃんか!こいつをくれたご主人にはマジ感謝だなっ!」

 

「ご主人様!大丈夫?何処も怪我してない?」

 

ガントレットを装着した手をワキワキさせながら弥七がそんな事を言い、ヌ級の艦載機を殲滅し終えた後、先程の光景を目の当たりにして慌てて戦治郎の下に駆け寄って来た太郎丸が戦治郎を心配そうに見つめながらそう尋ねる

 

「俺は大丈夫だ、そんで弥七、さっきはありがとうな」

 

戦治郎は太郎丸と弥七に微笑みかけながらそう答えると、すぐに視線をヌ級の方へと向け直す。先程弥七の攻撃をモロに顔に受けたヌ級は、未だに自身の顔を……、左目の方を両手で押さえてその痛みに耐えているようであった……

 

やはりオベロニウム製の武器はよく効くようだ……、戦治郎がそう思っていたその時だった、戦治郎はとある事を思いつきペット衆と妖精さんを集めてその考えを皆に伝える

 

「そいつぁいい!俺は乗るぜっ!」

 

「それならオラも頑張れそうだぁよ~」

 

「皆、ご主人様が考えた作戦を絶対成功させるよっ!」

 

戦治郎の話を聞いたペット衆と妖精さんが沸き上がり、気合いを入れ直したところで……

 

『てっめぇら……、よくもやってくれやがったなぁ……っ!そこのチビのその爪も、お前のハラキリソードと同じ物だったんだな……っ!?』

 

ヌ級が忌々し気にそう言ってくるのだった

 

ヌ級が今しがた言った弥七の爪だが、これは弥七のリクエストで外装を虎の毛皮風にし、指先の爪の方も表面を白いティルタニア樹脂……、アムステルダム泊地の提督だったものを触れるようにしたあの樹脂でコーティングして虎の爪のようにして外から見ても中身がオベロニウムであると分からなくしてあるのだ。尚、その際シゲが樹脂を溶かす作業でかなり消耗していたりする……

 

『おめぇはそろそろサムライとハラキリの違いを覚えやがれ……、っとそれはそうと今のでおめぇの攻略方法が分かったんだよなぁ……。次の攻撃で確実にてめぇの事沈めてやらぁっ!!!』

 

戦治郎はヌ級に向かってそう叫び、口角を吊り上げるのだった



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百鬼夜行対食人鬼 下

「皆、手筈通りに頼むぜっ!」

 

\おー!/

 

戦治郎の言葉にペット衆が答えたところで、戦治郎発案の打倒ヌ級作戦が開始される

 

先程はヌ級の機動力に翻弄されてしまった戦治郎と大五郎だったが、ペット衆の中で鷲四郎に次ぐ機動力を持つ弥七が加わった事で……

 

『てめぇこのチビ!俺の邪魔ばっかしてんじゃねぇよっ!!!』

 

「俺に何か言いたい事あったら、日本語で喋りやがれってんだっ!!!」

 

ヌ級の攻撃後の退路を弥七が上手い具合に断ち、一撃離脱戦法を妨害する事に成功したのである。その結果……

 

「ショォォォラァッ!!!」

 

『くっそ!てめぇも事ある毎にちょっかい出してきやがって!』

 

戦治郎が攻め込むチャンスが生まれ、戦治郎はそのチャンスを活かす為にヌ級に対して果敢に攻撃を仕掛けるのであった。ヌ級は基本戦治郎の攻撃を回避して捌いていたのだが……

 

「大五郎、そこっ!」

 

「ゴオォッ!」

 

『またてめぇかデカブツゥッ!!?』

 

ヌ級が戦治郎の攻撃を回避した際の着地ポイントを太郎丸が予測し、大五郎がそのポイントで待ち構え迎え撃つのであった

 

戦治郎達はこれらの行動を何度も繰り返し、ヌ級の攻め込む余裕をジワジワと削っていくと、遂に業を煮やしたヌ級がある行動を取る

 

「ぬぉっ!?」

 

『捕まえたぜぇ、ハラキリ野郎……っ!』

 

ヌ級は戦治郎が大妖丸で自身の右側から横薙ぎに斬りかかって来た際、多少の負傷を覚悟の上で大妖丸をその右手で掴み、戦治郎の攻撃を防ぐと共に大妖丸を破壊しようとしたのである

 

「てんめっ!放しやがれっ!」

 

戦治郎はそう叫びながら何とかヌ級の手を振りほどこうとするのだが、ヌ級は相当な力を込めているようで中々大妖丸を手放そうとしなかった

 

「グゴオオオォォォッ!!!」

 

その様子を見ていた大五郎が、主人を助けようとヌ級の左側からその大きな右の拳をヌ級目掛けて振り下ろすのだが……

 

『ハアアアァァァンッ!!!』

 

ヌ級は何と大五郎のその巨大な拳を、左腕だけで受け止めてしまったのである。大五郎はありったけの力を拳に込めてヌ級を押し潰そうとするのだが、ヌ級に掴まれた拳はそれ以上ピクリとも動かない……。と、その直後、ヌ級の右腕に衝撃が走る。ヌ級は何事かと思い自身の右腕の方に視線を向けると……

 

「……捕まえたのはこっちなんだよなぁ……!」

 

すると何と戦治郎がニヤリと笑みを浮かべながら今まで握っていた大妖丸を手放し、ヌ級の右腕を両手で掴んでいるではないか。ヌ級が戦治郎の行動に驚いていると……

 

「今だ弥七っ!!!」

 

「了解だご主人っ!!!」

 

戦治郎が叫び、弥七が自身の尻尾をヌ級に向けて伸ばし、ヌ級の身体を雁字搦めにするではないか。特に口に関してはまともに開閉出来ない様に入念に絡みつけている

 

ヌ級が戦治郎達の行動に疑問を抱いていると……

 

「舞台は整った!金次郎、やってやれっ!!!」

 

「キキィー!!!」

 

またも戦治郎が声を張り上げ、今度は大五郎の右側の頭の上にいた金次郎が行動を開始する

 

金次郎は大五郎の頭の上から飛び降りて、大五郎の腕の上を伝って拳の方へと移動し、大五郎の拳の上、ヌ級の頭頂部が見える辺りで停止すると両手を天に掲げて自分の身体より遥かに大きく、そして特殊な形状をした魚雷を呼び出した

 

その魚雷は先端部分が鋭く尖っており、まるで騎乗槍(ランス)の様な姿をしているのである。これは先程戦治郎、太郎丸&大五郎、弥七がヌ級と戦っている最中に、この瞬間の為にハンマー妖精さんに作ってもらった物で、当然の事ながら先端部分はオベロニウム製である

 

「キー……、キキィーッ!!!」

 

金次郎が気合の叫びを上げ、騎乗槍型魚雷をしっかりと両手で掴んだまま、大五郎の拳から飛び降りる。そしてその先端部分を下に向けて落下するその先には、弥七の爪で切り付けられた時の傷が残っているヌ級の左目があった

 

『ぐぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

ズブリと言う生々しい音と共に金次郎の騎乗槍型魚雷がヌ級の左目に深々と突き刺さり、その激痛に耐え切れなかったヌ級が口を閉じたままかつてない程に絶叫する。その隙に六助が魚雷にしがみついていた金次郎を回収して所定の位置まで飛んでいき……

 

「全員、魚雷目掛けて撃てえええぇぇぇっ!!!」

 

戦治郎の号令の下……

 

弥七は尻尾の先端の主砲を

 

六助は口の中にある主砲を

 

大五郎はクロスアーム下部に取り付けられた46cm砲をベースにしたガトリングキャノン2門を

 

鷲四郎は口の中にある機銃を

 

大五郎の肩の上に乗った甲三郎は自慢の砲と追加武装である40mm対空機銃2基を

 

六助の上に乗っている金次郎はハンマー妖精さんから騎乗槍型魚雷と共に渡されていた金次郎専用ロケットランチャーを

 

そして長門ペット衆筆頭の太郎丸は艤装の主砲と、戦治郎が剛のケルベロスを元にして作り上げた戦治郎とお揃いのハンドガン『ジェスター(Jester)』を構え、先程金次郎がヌ級に突き立てた騎乗槍型魚雷に対して集中砲火を浴びせる

 

すると騎乗槍型魚雷はその衝撃で大爆発を起こし、その爆煙がヌ級の姿を包み隠してしまうのであった……

 

そう、これが戦治郎が立てた作戦なのである

 

ヌ級が弥七に顔を斬りつけられた際、左目を押さえて異様に痛がっていたのを見た戦治郎が、ヌ級の目は能力の効果が乗っていないのではないかと思った事から思いついたのがこの作戦である

 

作戦の内容はヌ級を何とかして拘束し、能力の効果が乗っていない為防御力が低い目から体内に魚雷を差し込み、集中砲火で魚雷を起爆させてヌ級を内部から破壊しようと言うものである

 

戦治郎達が張り詰めた空気の中、先程までヌ級が立っていた場所を見据えていると……

 

『あぁ……あああぁぁぁーーーっ!!!』

 

ヌ級の絶叫と共に爆煙が晴れ、ヌ級の姿が露わとなった……

 

今のヌ級の姿は頭部の左半分を先程の爆発で吹き飛ばされ、そこから脳や骨の一部が露出していると言う凄まじく痛々しいものとなっていた……

 

『あああぁぁぁーーーっ!!!お前らぁっ!!!お前らあああぁぁぁーーーっ!!!お前らがあああぁぁぁーーーっ!!!うがあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

怒り狂い、感情のまま意味を成していない絶叫を繰り返すヌ級……、その様子を見た戦治郎達は……

 

「おいおいおい……、マジかよ……」

 

「あれ喰らっても生きてるのかよ……」

 

「冗談きついぜ……、どうすんだよ旦那……」

 

「荒れ狂ってるね~……、まああれだけの事されれば当然か……」

 

「オラが言うのもなんだけど、あいつどんだけ化物染みてるんだぁよ~……」

 

言葉を話せる者達は思い思いに感想を述べ、ヌ級の尋常ではない耐久性と生命力にただただ驚愕、戦慄する事しか出来なかった……

 

『殺す!殺す殺す殺す!お前ら絶対ぶっ殺してやるぁぁぁーーーっ!!!絶対にっ!!!絶対に絶対に絶対にぃっ!!!銀髪と腐れ同類野郎を食った後、絶対にぶっ殺してやるからなあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

ヌ級はそんな捨て台詞を残して海中に姿を消し、しばらくするとその気配は周囲から感じ取れなくなるのであった……

 

「退いてくれたね……」

 

ヌ級の気配を感じなくなったところで、太郎丸がボソリと呟く

 

「あのままもう1戦とかにならなくてホント良かったな……」

 

「ホントにな……、多分もう同じ手通じねぇはずだから、そのまま戦ってたら俺達負けてたかもな……」

 

「皆無事でホント良かっただぁよ~……」

 

そして太郎丸の呟きを聞いた鷲四郎、弥七、大五郎がこのようなやり取りを交わす

 

「海防艦の娘達については残念だが、全滅を免れただけでも良しとしなきゃだなこりゃ……」

 

ペット衆のやり取りを聞いていた戦治郎は、自身の頭を乱暴にバリバリと掻きながら未だに気絶している佐渡と占守に視線を送りそう呟くのであった……




前回と今回を書いてる時、ゼノブレイドの『名を冠する者たち』を垂れ流しながら書いてました

この曲聴いた瞬間、この戦いの光景が頭の中に浮かんだもので……、予定には無かったのについ書いちゃいました


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炎の説得

「その後俺は弥七と一緒に海の中潜って犠牲になった海防艦達の艤装を回収して、佐渡と占守連れてこっちに戻って来た訳だ」

 

戦治郎がそう言って自身の通信機に内蔵されたカメラの映像データを、リチャードの執務室に備え付けられたスクリーンに投影するのを止めながら話を〆る、戦治郎の話とその戦闘の映像を静かに見聞きしていた佐世保鎮守府の遠征部隊と、話の最初の辺りで光太郎と共にこちらに合流した大本営の遠征部隊の面々は、顔を青ざめさせながら話と上映会が終わった事に安堵し息をつくのだった

 

「あのゼッペーとか言うのだけでなく、こんな怪物まで徘徊してるなんて……」

 

「長門さん達が必死になって南方海域への出撃を阻止していた理由がようやく分かりました……、こんなのがいたらまともに任務なんて出来ませんよ……」

 

上映会の後、佐渡を後ろから抱きしめている五十鈴と涙目になっている占守に引っ付かれている吹雪がそれぞれの感想を口にする

 

何故五十鈴と吹雪がこのような状態になっているかだが、話が始まった直後にシゲが捕まえていた佐渡を五十鈴に預け、リチャードの執務机の下に籠城している占守を少々強引に引っ張り出し、その直後に部屋に入って来た吹雪にシゲが占守を預けたからである。その為占守が涙目になって吹雪に引っ付き、シゲを警戒しているのである

 

因みに戦治郎が五十鈴達を連れて来て欲しいと言っていたのは、佐渡達を落ち着かせる役を頼む為である。本来は海賊団の艦娘にお願いしようとしたのだが、海賊団の艦娘達は戦治郎が巡回に行っている間に唐突に訪ねて来た正蔵に修行をつけられ、まともに身体を動かせなくなってしまっていたのである……

 

吹雪の発言についてだが、どうやら吹雪達は翔達と初めて出会った日、元帥と長門に任務の報告をした際に長門達の事情を教えてもらったのだが、その話が余りにも突飛過ぎた為その話をあまり信じてはいなかったのである

 

だが先程戦治郎に見せられた映像のおかげで、吹雪達はようやくこの海域の惨状を実感する事が出来たのである

 

「でも何でまたここに佐渡達を連れて来たんッスか?そのままほっといたら異常を感知したトラック泊地の連中が出て来て、佐渡達を連れて帰るんじゃないかと思うんッスけど?」

 

不意に護が口を開き、佐渡達をここに連れて来た理由について戦治郎に尋ねる

 

「いや、そのまま放置してたら強硬派に襲われる可能性あんだろ、それにこいつら間違いなくPTSD発症してるだろうからさ……」

 

護の質問に対して戦治郎がそう答える、そう、佐渡と占守は自分達の目の前で通常の戦闘ではまず有り得ないような方法で仲間が惨殺される光景を見せつけられた事で、ヌ級にトラウマを植え付けられてしまったのである

 

その為占守はすぐにパニックを起こすようになり、佐渡は自身のトラウマになっているものを何としてでも排除しようとかなり攻撃的になってしまっているのである

 

「ちょっち気になってショートランドの提督にトラックの提督の事聞いたんだけどよ、今のトラックの提督は深海棲艦絶対殺すマンに成り果ててるみたいでな……、多分あのままチビ達をトラックに戻しても佐渡達のトラウマガン無視で出撃させるか、使えないと判断して艤装解体してから日本に送り返すかのどっちかだと思ったわけよ……」

 

「ああ、それでこっち連れて来たんですね。こっちには悟大先生もいるし、大先生公認の優秀な医療チームもいるみたいだから、こっちでPTSDをどうにかしてからトラックに返そうとしてる訳ですね」

 

戦治郎の言葉を聞いたシゲが、納得したように首を縦に振りながらそんな事を言う

 

「その通りだシゲ、そういう訳でこいつらの艤装をこっちに残ってた技術班の連中に預けて、本体の方は悟達に預けてリチャードさん達に今回の事報告して今後について話し合ってたんだが……」

 

戦治郎がシゲの言葉を肯定した後、渋い顔をして頭をバリバリと掻きながら言葉を続ける……

 

どうやら戦治郎とリチャード達が話し合いをしている最中に、佐渡達が目を覚まし医務室から脱走したのである。その連絡を受けた戦治郎達は大慌てで執務室を飛び出し佐渡達を捜索、その道中で佐渡達を追っていたが体力が尽きてしまい倒れてしまった悟を発見し、悟を医務室に放り込んだところでここは任せて欲しいと言ってきたリチャード達の部下達に後の事を任せて執務室に戻ったところ、執務室を荒らし回る佐渡達を発見したんだそうな……

 

「んで、俺達が佐渡達を追いかけ回してる時に祖父さんが執務室に来たんだが、見ての通り祖父さんは手伝ってくれなかったんだよな~……」

 

「さっきも言ったじゃろ、これはお前の修行じゃと。実際今回の戦いではヌ級の機動力に翻弄されとったじゃろ?ならこれはいい修行になったじゃろ?」

 

戦治郎がそう言いながら正蔵に恨めしそうな視線を送ると、正蔵は相変わらずお茶を啜りながら戦治郎に言い返す。それを聞いた戦治郎は正蔵の発言も一理あると思ったのか、悔しそうに口を噤んでしまうのであった

 

「ん~……」

 

長門家の祖父と孫のやり取りを尻目に、シゲは考え込むような仕草をして微かな唸り声を上げる。そして五十鈴が抱いている佐渡の前へと移動すると、ヤンキー座りをして佐渡と視線の高さを合わせ……

 

「佐渡、おめぇらは何で執務室を荒らしたんだ?」

 

佐渡に向かってそう尋ねるのであった、佐渡はそんなシゲを見て一瞬驚いたのかビクリと身体を震わせるのだが……

 

「な、何でお前なんかに教えなきゃ……「いいから答えろ……」うっ……、じょ、情報を持ち帰ろうとしたんだよ……。折角こんな大きな深海棲艦の拠点に来たのに、このまま手ぶらで帰るのはどうかと思ってな……」

 

佐渡はシゲに向かって強気の態度を取ろうとしたのだが、凄味を利かせたシゲに圧倒されてしまいついつい正直に執務室を荒らした理由を答えるのだった。因みにそのやり取りを見ていた吹雪が、シゲの眼光を見て思わず短い悲鳴を上げていた……

 

「そっか……、おめぇらはまだ深海棲艦と戦う意志が残ってんだな……。だったらおめぇらはまずやらなきゃいけねぇ事があるな」

 

「へっ?」

 

シゲの言葉を聞いた佐渡がつい間抜けな声を上げてしまう、そして佐渡がシゲが言う自分達がやらなければいけない事について考え始めると……

 

「おめぇらは誰のおかげで今ここにいるのか分かってるか?誰がさっきの映像の化物を追っ払って自分達を助けたか……あの映像見てたら分かるだろ?それにその人はおめぇらの心の傷もどうにかしようとしているし、ちゃんとおめぇらの事を泊地に帰すって言ってたと思うが聞いていなかったのか?」

 

その様子を見ていたシゲが口を開き、それを聞いた佐渡と占守は何かを思い出したかのようにハッとする。それを見たシゲが更に言葉を続ける……

 

「気付いたみてぇだな……、んでおめぇらはその人に対して何したか分かるか?ここまで言ったらおめぇらが何をしなきゃなんねぇかもう分かるだろ?そりゃまあおめぇらが深海棲艦についていい感情抱いてねぇのは分かる、だが自分達にしてもらった事に対してはそう言う感情抜きでやらなきゃいけねぇ事があるだろ?」

 

シゲがそう言うと、佐渡と占守はばつが悪そうな顔をしながら互いの顔を見合わせ、1度頷いてから五十鈴と吹雪から離れて戦治郎の方へと近寄って行き……

 

「「……部屋を荒らしてごめんなさい、そして助けてくれてありがとうございます!」」

 

2人はそう言って戦治郎に頭を下げる、それを聞いた戦治郎は2人に視線を合わせるようにしゃがみ込み……

 

「気にするな、それよりお前達2人が無事でいてくれて本当に良かった……」

 

2人の頭を優しく撫でながら、2人に不安を与えないように微笑みかけながらそう答えるのだった

 

そんな2人の様子を見守っていたシゲは、腕を組んで1人うんうんと頷いていた

 

「あんた、中々やるじゃない」

 

「ありゃ俺が昔アニキから言われた事だ、俺はそれをただあいつらにそのまま言っただけだ」

 

そんなシゲに五十鈴が声をかけ、シゲはそれに謙遜するようにそう返すのだった

 

「……何かシゲさんが座ってる姿とか眼光とか、凄く様になってた気がするんですけど……?」

 

「シゲは元族の総長ッスからね、そういうのが堂に入ってるのは当然ッス」

 

シゲと五十鈴のやり取りの傍らで吹雪がそんな事を呟くと、護に聞こえていたのかその様な返事が返って来た為、吹雪はその表情を引き攣らせる事しか出来なくなってしまうのであった……



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龍と怨敵?

佐渡達が戦治郎達に保護されてから数日後……

 

『佐渡達は悟達の尽力のおかげで何とか回復したんでな、そろそろトラックに帰してやろうと思ってるんだわ』

 

『んで、その佐渡達をトラックに連れて行く役を俺達にお願いしたいと……』

 

戦治郎とショートランド泊地の提督が通信でそんなやり取りを交わしていた

 

今提督が使用している通信機は、テキサスを作り上げた件とバーナー妖精さんを鍛え上げた件、そして終業後毎日欠かさず工廠の設備の点検と修理を行っていた件で妖精さん達に認められ、今ではショートランド泊地の工廠妖精さん達のまとめ役となった空が重役だらけの通信会議の後に新たに作り上げたものである

 

この通信機は提督だけでなく、翔鶴は当然として日向、雲龍、川内、時雨、夕立、江風、そして元ラバウル基地所属の球磨、菊月、三日月にも渡してある。球磨達は提督と話し合いラバウル基地にいた仲間達の仇討ちを理由に、正式にショートランド泊地に異動、着任する事にしたのである

 

そしてショートランド泊地所属の艦娘達は、穏健派深海棲艦と提携してゼッペーやヌ級から事情を知らない艦娘達を守る為に光太郎達同様巡回任務を行っているのである。その関係で事情を知っている艦娘達全員に通信機を渡しているのだ

 

『ああ、本当は俺達が連れて行くのが筋なんだが……』

 

『それをやったら、トラックの面々に集中砲火されるのが目に見えてるからな……。しかも佐渡達も裏切者扱いで一緒に処分しようとするだろうしなぁ……』

 

2人がその光景を想像したのか同時に溜息をつく

 

今のトラック泊地の提督は所属している艦娘6人をヌ級に殺害されて復讐鬼と化し、その復讐を果たす為に協定を結んだラバウルが消滅した事で怒り狂い、海防艦達が行方不明になった事で完全に修羅へと豹変してしまったのである

 

最早正義や平和、戦果など知った事ではなく、只只管全ての深海棲艦を根絶やしにする為だけに戦っているトラック提督の前に、戦治郎達が佐渡達を連れてノコノコと現れたらどうなるかなど火を見るよりも明らかなのである……

 

戦治郎達が駄目なら海賊団の艦娘ならどうか?となるところだが、海賊団の艦娘は日本海軍のデータベースに存在しない存在なのでもし怪しまれて調べられたらアウト、五十鈴達や吹雪達に関しては、向こうにも都合があると言う理由で無理だろうと判断したのである。そうして白羽の矢が立ったのがショートランド泊地なのだ

 

『まあそう言う訳で、佐渡達の事お願いしたいんだわ』

 

『分かった、そう言う事ならその件はウチが引き受けよう。……それで例の件の進捗は……?』

 

提督が佐渡達の件を承諾したところで、戦治郎にそう尋ねる

 

『技術班に聞いてみたんだが、原寸大は無理なんだと……』

 

『やはり駄目か……』

 

『いや諦めんなって、原寸大は流石に今は無理だけど、リチャードさんのメタルウルフみたいにパワードスーツみたいな感じにしていいなら出来るって言ってたぜ』

 

『何ぃっ!?OKOKOK!それでもいいからお願いしますっ!!!』

 

2人がそんなやり取りを交わし、提督がそう言いながらそれはそれは美しい角度45度のお辞儀を、通信機の先にいる戦治郎に向けて披露する

 

そう、提督は自分用ガンダムの事を諦め切れず、その事を戦治郎にお願いしていたりするのである。それを聞いた戦治郎は面白そうだと言う事でリチャードの許可を取り、技術班にこの話を持ち掛けたのである。因みに許可を出したリチャードは……

 

「彼の気持ちは痛いくらい分かるよ、僕だって最初はメタルウルフではなくてACのホワイト・グリントをお願いしたクチだからね☆」

 

との事だった、それが何故メタルウルフになったのかについては、技術班がその話を聞いた途端大統領だったらコレッ!と言った具合に技術班全員がリチャードに猛抗議したせいである

 

こうして、佐渡達は後日ガダルカナル島からショートランド泊地に向かい、空達と合流後アンベル島にある巨大要塞『海戦ちゃんぽん要塞』(命名者:翔、海鮮ではなく海戦との事)で休憩と補給を済ませた後トラック泊地に向かう事になったのである

 

 

 

「久し振りの出撃か……」

 

戦治郎達の通信の一部始終を聞いていた空が、作業の手を止めてそう呟く

 

話によると戦治郎が奴に深手を負わせたとの事だったが、正直に言えばそれがちょっとした不安材料になっていたのだ

 

手負いの獣は生き延びる為に必死になり、何をしでかすか分かったものではないからである……。もしかしたら佐渡達をトラック泊地に送る道中で奴と遭遇するかもしれない……、そうなった時自分は奴を倒せるのだろうか……?空の頭の中にそんな不安が過る

 

しかし空はすぐに頭を振り不安を頭の中から追い出そうとする、自分はその時の為に己を1から鍛え直し、対抗する為の装備まで準備したのである、それに戦治郎が出来た事が自分に出来ない筈が無い、今度こそ奴を倒し翔鶴を守り抜く!空はそんな思いを胸に秘めながら、自身の頬を両手で叩き気合いを入れるのだった

 

その直後、空の懐で何かが震える。空はそれに気付くと懐に手を伸ばし、青と黒のツートンカラーのスマホを取り出して操作して画面を表示させる

 

このスマホだが、空が寝たきりだった時色々と世話をしてくれた翔鶴に、そのお礼として作ったお揃いスマホの片割れなのである。因みに翔鶴用の物は赤と白のツートンカラーとなっている

 

このスマホは護の衛星回線を使う事で、何時、何処にいても空と翔鶴限定ではあるが通話やSNS機能を使えるようになっている。更に手持ちのスマホのSIMカードを差し込めば、普通のスマホとしても使用出来るようになっているのである

 

更に更に、GPS機能もあるのでお互いがどんなに離れた場所にいても正確にその位置を知る事が出来るようになっており、翔鶴の身に何かあった際すぐに空が文字通りすっ飛んで行けるようになっているのである

 

そこにはメッセージを受信したとの通知が入っており、空はそれを開いて内容を確認する。そこには……

 

【先程の提督達の通信はお聞きになりましたか?】

 

このようなメッセージが書かれていた、差出人は翔鶴となっていた

 

空はそのメッセージを黙読すると……

 

【ああ、最初から最後までな。恐らくその道中で再び奴と対峙する事になりそうだ、俺の勘がそう言っている】

 

すぐさまこのようなメッセージを入力し、送信するのであった。すると対して間を置く事も無く翔鶴から返事が届き

 

【やはり……、私も提督達の通信を聞いてから妙に胸騒ぎがして……】

 

その内容から、空は翔鶴が不安を抱えている事を察し……

 

【安心しろ、翔鶴の事は俺が絶対に守り徹してみせる。前回のような醜態を晒すつもりも更々無い、その為の準備もして来た、だから翔鶴もそんなに不安になるな】

 

このような返事を返すのであった、するとまたメッセージが届き

 

【分かりました、ありがとうございます空さん。でも本当に無茶だけはしないで下さいね?あの時は私だけでなく、皆が空さんの事を心配していたんですから!】

 

翔鶴からこのようなメッセージが届き、それを読んだ空が何とか翔鶴の不安を取り除けたかと安心していると……

 

【それはそうと……、空さんの怨敵との戦いはどうですか?】

 

このようなメッセージが届いた、それを見た空は

 

【問題ない、そろそろ決着を付けてやろうと思っていたところだ】

 

【そうですか……、その、頑張って下さいね?】

 

こんなメッセージを返信すると、翔鶴から応援メッセージ(?)が届き、身体中に力が漲るのを感じるのであった

 

その後空は短く【ああっ!!!】と返信して、作業……、いや、空にとっての決戦を再開すべくショベルを手に持ち、深く深く穴を掘り始めるのであった……

 

そう、これは空と工廠裏に巣を作った蟻との戦いなのである、空が設備の点検ついでに施設の点検を行っていた際、たまたま工廠の裏に蟻の巣があるのを発見し、空は前日の終業時間からずっとこんな調子で穴を掘り巣を壊滅させていたのである

 

そして先程翔鶴からの声援(?)を受けた空は、決着を付ける為に掘るペースを上げどんどんその穴を深く掘り下げていくのであった……

 

それから数時間後、提督の下に空が工廠裏で温泉を掘り当てたと言う連絡が届くのであった……



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龍と要塞

空の温泉発掘から数日後、遂に佐渡達をトラック泊地へ送り届ける日がやって来た

 

その日佐渡と占守は穏健派の護衛艦隊と、翔鶴達の代わりにショートランド泊地近海の警護を担当する事になった光太郎と共にショートランド泊地へと向かうのであった

 

その道中で強硬派との戦闘となったのだが、光太郎の活躍により強硬派は無残にも蹂躙されるだけの存在と成り果てるのであった

 

その際、光太郎は泊地に着き次第補給を受ける事になっていた為、佐渡達の前で遠慮無しにレーザー砲と化した放水砲の一斉射撃、『オリオールロード』を横薙ぎにぶっ放すのだった

 

その巨大な光の奔流に飲み込まれ、次々に消滅していく強硬派の姿を見た佐渡と占守はこの日初めての驚きを体験するのだが、この時彼女達はまだ知らなかったのである……、この先にまだまだ多くの驚くべき事実が存在する事に……

 

その後、彼女達はショートランド泊地に到着するのだが、そこですぐに2回目の驚きを体験するのだった。何とショートランド泊地全体から温泉特有の匂いが漂っていたのである、佐渡達がこれは一体どういう事なのかと考えていると、今回佐渡達をトラック泊地に送り届ける役を引き受けた日向、翔鶴、雲龍、川内、時雨、江風の6人が彼女達の前に姿を現すのだった

 

そこで佐渡達はこの匂いの原因を日向達に尋ねると、驚くべき事につい先日この泊地の工廠裏で温泉が発掘されたと言うではないか。佐渡達はここで3度目の驚きを体験したのであった

 

その辺りの話を詳しく聞こうとしたところで今度は空が姿を現す、そこで日向が透かさず佐渡達に空の事を紹介し、空が単独で温泉を掘り当てた事を佐渡達に伝えるのであった。佐渡達はここで4度目の驚きでそろそろお腹一杯かもしれないだろうが、この先にもまだ驚きポイントは存在するので我慢して驚いてもらおう

 

こうして佐渡達は無事に空達と合流し、光太郎達に別れを告げて今度は海戦ちゃんぽん要塞へと向かうのであった。尚、この際穏健派の護衛艦隊は泊地近海の護衛を担当していた者達と交代して、佐渡達の警護を続行するのであった

 

その道中で佐渡達は5度目となる驚きに遭遇する、言わずもがな空の飛行する艤装ライトニングⅡを目の当たりにしたからである。その後空から乗ってみるかと尋ねられた2人は、人生初の艤装での飛行を体験するのであった。尚、その際時雨と江風も便乗した為、ライトニングⅡ初の5人乗りを達成するのであった

 

それからしばらく航行したところで、一行は無事に海戦ちゃんぽん要塞へ到着するのであった。

 

「ここが海戦ちゃんぽん要塞……、すっげぇでけぇな……」

 

「とても大きな要塞っすね~……、でもそれよりも……」

 

2人が本日6度目の驚きを体験しながら口々にその巨大要塞を見た感想を述べるのだが、その途中で不意に占守の腹の虫が鳴ったのである

 

「名前を聞いてたらお腹が空いてきたっしゅ!誰っすかこの要塞にこんな名前を付けたのは~っす!!!」

 

「その……、何かごめんね……?」

 

占守が声を張り上げると、唐突に申し訳なさそうな声が聞こえて来たのである。占守達が慌ててその声が聞こえた方角を見ると、そこにはしょんぼりした泊地水鬼が立っていたのである

 

「君は……?」

 

「初めまして、僕は出雲丸 翔です。南方海域の問題が解決するまでの間、ここの管理人と料理人を任されています」

 

日向が名前を尋ねると、泊地水鬼は素直に自分の名前を名乗るのだった

 

「管理人と料理人か……、屋台はもうやらないのか?」

 

「ええ、こっちの方が設備が整っていますからね。シゲ達もここの工廠で作業する事にしたみたいです」

 

空がふと翔にそんな事を尋ねると、翔は苦笑いを浮かべながらそう答えるのであった

 

「この人が噂の翔さンか~……、確かここで飯食ってからトラックに向かう予定だったっけか?翔さンが噂通りの人ならここの飯はすっげぇ期待出来そうだなっ!」

 

「夕立が凄く悔しがっていたね……、翔さんのご飯を食べてみたかったって……」

 

「噂って……、空さん、僕の事ショートランドの皆になんて言ったんですか……?」

 

江風と時雨のやり取りを聞いた翔が、空の事をジト目で見ながらそう尋ねる

 

「長門屋一の料理人である給糧泊地水鬼、そのレシピのレパートリーはもしかしたら間宮を超えるのではないか、と言っただけだが……?」

 

相変わらず無表情でそう答える空、翔はその言葉を聞いた途端……

 

「空さん……、僕の与り知らないところで僕のハードル上げるの止めてもらえませんか……?」

 

翔はそう言いながらその瞳を血の様に真っ赤にするのだった、それを見た全員が思わず短い悲鳴を上げてしまう

 

「ハァ……、取り敢えず付いて来て下さい。皆さんの期待に添えられるような物が作れるか分かりませんけど、精一杯皆さんを楽しませる事が出来る物を作りますね」

 

翔は溜息を吐いた後そう言って要塞の中へと入っていく、その後我に返った面々は慌てて翔の後を追い、要塞の食堂へと辿り着くのであった

 

「凄い……、こんなに沢山の深海棲艦と艦娘が同じ空間で食事している……」

 

食堂の中に広がる光景を目の当たりにした雲龍が、思わず感嘆の声を漏らすのであった

 

「皆さん、楽しそうに談笑しながら食事を楽しんでいますね……」

 

雲龍に釣られるように翔鶴が呟く、その会話内容に耳を傾けてみると何処のポイントが資源を集め易いかについて話している者や、この個体はどうしてもこの部分に難があるなど自身の弱点を教えてしまっている者までいるのである

 

「吹雪ちゃん達と五十鈴ちゃん達が頑張ってくれたおかげで、こんなに沢山の穏健派派閥の艦娘ちゃん達が来てくれるようになったんだよ」

 

不意に声を掛けられた面々は驚きながらそちらに視線を向ける、その視線の先には1人の戦艦仏棲姫が立っていたのである

 

「皆さん初めまして、リチャードさんから翔君達の手伝いをするようにと頼まれて来た璃栖瑠 俊彦(りする としひこ)です。どうぞお見知りおきを」

 

そう言って璃栖瑠は空達に向かってお辞儀をしてくるのであった

 

「璃栖瑠とは珍しい苗字だな……」

 

「でしょう?僕、フランスのクォーターなんですよ。祖父がフランス人だったんですけど、日本の事をとても気に入って帰化したんです。今の苗字もRichelieu(リシュリュー)の当て字なんですよ」

 

空の質問に対して、璃栖瑠はそう返してニッコリとほほ笑むのであった

 

「璃栖瑠さ~ん、皆さんを席に案内したら手伝ってもらえますか~?!」

 

「ごめんごめん!ちょっと待っててねっ!っという事で今から皆さんを席に案内するね」

 

厨房の方から翔の声が響き渡ると、璃栖瑠は翔に軽く謝罪をしてから空達を席の方へと案内し始めるのであった

 

「今日は翔君が皆さんに食べて欲しい物があるって事で張り切っていたよ、かなりの気合いの入れようだったから期待してもいいかもね。っとそうそう、僕は普段はカフェのマスターをやってるからコーヒーには自信があってね、もしよかったら食後のコーヒーをご馳走するよ」

 

空達を席に案内した璃栖瑠はそんな事を言い残し、翔の手伝いの為に厨房の方へと姿を消すのであった。それからしばらくすると……

 

「皆お待たせ、璃栖瑠さんから聞いていたと思うけど、ちょっと皆に食べて欲しいものがあってね。申し訳ないと思ってるけどメニューをこっちで勝手に決めさせてもらったよ」

 

そう言って翔が空達の前に差し出して来たのはちゃんぽんだった

 

「うわぁ!すっごく美味しそうっ!」

 

「なぁ!これもう食ってもいいのかっ?!」

 

「占守、もうお腹と背中がくっつきそうっしゅ!」

 

翔が作ったちゃんぽんを見た川内が思わず声を上げ、佐渡と占守が我慢出来ないのかそれぞれそんな事を口にしていた

 

「あはは、我慢出来ないみたいだね。どうぞ召し上がれ」

 

\頂きます!/

 

翔の言葉を聞いた面々がそう言って一斉にちゃんぽんを食べ始める、翔のちゃんぽんの味はそれはそれは素晴らしいもので、皆の期待に十分沿うものだったそうな

 

そうして幸福感に包まれながらの楽しい食事の最中に、ふと時雨が疑問の声を上げるのであった

 

「そういえば、何でこの要塞の名前は海戦ちゃんぽん要塞なんだい?」

 

「ああ、その事?それについてなんだけど……」

 

そう言って翔がこの要塞の名前について話し始める

 

この要塞は輝の暴走で出来上がったものではあるが、艦娘と穏健派の純正の深海棲艦、そして転生個体が力を合わせて完成させたものである事と、ここを利用する者達が種族など関係なしに食事などを楽しめるようにと言う願いを込めて、混ぜたものを意味するちゃんぽんを名前に入れたとの事だった

 

「本当は海戦じゃなくて海鮮にするつもりだったんだけど、それじゃあ要塞っぽくないって事で海戦になったんだよね。それで要塞の名前がちゃんぽんだから、ここの名物料理もちゃんぽんにしちゃおうって思って、龍鳳さん達と話し合ってレシピ考えて作ったのがこのちゃんぽんなんだよね」

 

翔の言葉を聞き終えた面々は、翔の考えに賛同しこのちゃんぽんは以降この要塞の名物料理となるのであった

 

その後、ちゃんぽんを食べ終えて璃栖瑠のコーヒーを堪能した面々は休憩した後要塞を発ち、トラック泊地へと向かうのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……その後を追ってくる影に誰も気付く事も無く……



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龍と怨敵

それは本当に一瞬の出来事であった

 

空達がアンベル島を発ち、トラック泊地を目指して北上しヌクオロ環礁近海を通過した辺りで、空が海中から爆発的に増幅する殺気を察知したのである

 

そして次の瞬間、海中からヌ級が翔鶴を狙ってその歪で巨大な口を大きく開いて飛び出して来たのである

 

「やらせんっ!!!」

 

空が叫びライトニングⅡの底部に4本のアームで固定しているテキサスの大型クローアームを瞬時に動かし、そのアームでヌ級の足を捕らえるなり海面に勢いよく叩きつけたのだ

 

『ぐぇっ!』

 

海面に叩きつけられたヌ級が潰れた蛙のような声を上げると、その声を聞いた翔鶴達が一斉に動き出し戦闘態勢に入る。だが……

 

「お前達はこいつらを連れて先に行けっ!」

 

空がそう叫び、ヌ級の姿を見た途端顔を青くした佐渡と占守を日向と翔鶴に投げ渡すと、すぐにライトニングⅡとテキサスを変形装着し、戦闘態勢に入るのだった

 

「空さんっ!?」

 

佐渡を何とか受け止めた翔鶴が、驚愕を露わにして叫び声を上げる

 

「今回の任務はそいつらを無事に泊地に送り届ける事だろうっ!俺がこいつを引き付けるその間にお前達は先に行くんだっ!!!」

 

「でもっ!」

 

「安心しろ翔鶴、俺はこの間のような真似はするつもりはないからな。だから頼む、そいつらを無事に泊地に送り届けてやってくれ」

 

空の叫びを聞いた翔鶴が食い下がるのだが、空は今度は翔鶴に微笑みかけながら、優しくそう頼むのであった

 

「しk「翔鶴、ここは空さんの言う通りにするぞ。加勢はこの娘達を送った後にやればいい」……分かりました……。空さん、どうかご無事で……っ!」

 

尚も食い下がろうとする翔鶴を日向が止め、翔鶴達は佐渡達を連れてトラック泊地へと向かうのだった

 

「お前達も翔鶴達の方に付いて行ってやってくれ」

 

この場に残り空の援護をしようとしていた護衛艦隊に向かって空がそう言い放つと、護衛艦隊の面々は渋々と言った様子で翔鶴達の後を追い、この場に残ったのは空とヌ級だけとなった

 

「さて、これで俺達だけになったな……」

 

「んなこたぁどうでもいいんだよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

空がそう呟いた瞬間、ヌ級が怒りを露わにしながら空に向かって襲い掛かって来た

 

「全く……、戦治郎達にやられたのがよっぽど気に食わなかったようだな」

 

「うるせえええぇぇぇーーーっ!!!うるせぇうるせぇっ!!!うるせぇんだよおおおぉぉぉーーっ!!!」

 

ヌ級の攻撃を捌きながら空がそんな事を言うのだが、肝心のヌ級は怒りのあまり語彙力が低下しているのか会話もまともに出来なくなっているようだった

 

こうして空とヌ級の激闘の第二幕が幕を開けるのだった

 

ヌ級は最初、戦治郎達と戦った時の様にその機動力で空を翻弄しようとしたのだが、空がその動きを完全に捉え、ヌ級にピッタリと張り付き要所要所でライトニングⅡとテキサスに搭載された杭打機を作動させて、ヌ級に的確にダメージを与えていくのだった

 

空が的確にヌ級に攻撃を当てられているのは、偏に戦治郎達がヌ級の左目を潰してくれたからに他ならない。そのおかげでヌ級に死角が生じるようになり、空はその死角を利用して攻撃を仕掛けているのである。これについては本当に戦治郎達に感謝せねばと思う空であった

 

この状況、一見すると空が優勢の様に見えるのだが、実際のところは空の方が焦りを感じていたのだった

 

確かに攻撃は当たっている、だがどの攻撃もヌ級に対して決定打にはなり得ないような軽いダメージしか与えられていなかったのである

 

1度チャンスが巡って来たので、試しにエンジェル伝説の北野君の双掌打のような感じで杭打機を2つ同時にヌ級の腹に叩き込んでみたのだが、それなりにヌ級を吹き飛ばす事は出来たものの、すぐにヌ級は立ち上がり態勢を整え襲い掛かって来たのである

 

このままダメージを蓄積させ続ければ、ヌ級を何とか倒す事が出来るかもしれないが、恐らくそれまで自身の身体が持たないだろう……、空はヌ級の貫手を回避しながらそう考える

 

今回の空は前回の様にフルパワーで戦っている訳ではない、だがそれでもかなりの出力を出しながらヌ級と戦っているのである。これが長時間続くようならばいつか身体が悲鳴を上げて、激痛が全身を駆け巡る事になるかもしれないのである……

 

空としては翔鶴との約束がある為、そんな事態だけはどうしても避けたいところなのである。だがこのまま悠長に戦っていればそれすら叶わなくなってしまう……

 

「とっとと俺に食われやがれっ!この腐れ同類があああぁぁぁーーーっ!!!」

 

空がそんな事を考えながら、ヌ級の攻撃を捌いていると不意にヌ級がそんな事を叫んできた

 

「生憎俺はお前に食われるつもりはないし、翔鶴を食わせてやるつもりもない。それと俺の事を同類と呼ぶのを直ちに止めろ」

 

翔鶴に泣かれたのがよほど堪えたのだろう、今回は冷静にヌ級の言葉を受け流す空。もしその件がなかったらきっと空はさっきのヌ級の言葉を聞いた途端、また怒り狂ってフルパワーを出していたところだろう……

 

「黙れえええぇぇぇーーーっ!!!俺はさっさとおめぇとあの銀髪食ってハラキリ野郎とその仲間達をぶっ殺すんだよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

ヌ級の叫びを聞いた空は、一瞬ハラキリ野郎とは一体誰の事なのだろうかと疑問に思うのだったが、ヌ級が怒り狂っている原因が戦治郎とペット衆に深手を負わされた事だったのを思い出し、ヌ級の言うハラキリ野郎は戦治郎の事なのだろうと思い至る空なのであった

 

「ならば尚の事、お前の思い通りにさせる訳にはいかんな。翔鶴と……、俺の大切な親友を守る為にもここでお前を打ち倒さなければならんな」

 

空はヌ級に対してそう言い放つのだったが、内心で更に焦りを募らせるのであった。こうは言ったものの状況の打開策が全く思い浮かばないのである……

 

そんな事を考えていると、ヌ級がまた雄叫びを上げながらこちらに向かって突進してくる。さてどうしたものか……、そう考えながらまたヌ級に杭打機を叩き込もうとしたその時だった

 

 

 

 

 

                 \ピコーン!/

 

 

 

 

 

空の頭の中に聞き覚えのある音が響き渡ると同時に、ある映像が頭の中に映し出されるのであった。その映像はこれまで空が幾度となく繰り返した事を細かく解説し、その実用例などが映し出されていたのである

 

空が内心困惑していると身体が勝手に動き出し、『ソレ』をヌ級に向かって叩き込むのであった。空は自身の身体が勝手に動いた事で更に困惑する、何故あの映像が頭の中に浮かんだ途端ヌ級に『アレ』を叩き込んだのか……、フルパワー状態で『アレ』をヌ級に叩き込んでも全く効いていなかったのに……。そしてあの音が何故頭の中に響いたのだろうか……?あの音、間違いなく『アレ』の音だったのだが……

 

空がそんな事を考えながら『アレ』を叩き込んだヌ級に視線を向けると、そこにはとても信じられないものが映ったのだった

 

「ぐがぁっ……、あが……っ」

 

フルパワー時には全く効いていなかった『ソレ』を喰らったヌ級が、その痛みに耐えるように喘いでいたのである……っ!

 

これは一体どう言う事なのだっ!?何故『アレ』を喰らったヌ級がこれほど苦しんでいるんだっ?!空は困惑を超えて混乱し始めていた……

 

「てめぇ……っ!一体何しやがった……っ!?」

 

ようやく呼吸が整って来たヌ級が空に向かってそう問い掛けるのだが、肝心な空も絶賛混乱中でその質問に答えられなくなっていた……

 

空がヌ級にこれほどのダメージを与えたもの、それは何の変哲もないただの【キック】だったのである……



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龍の覚醒

ある効果音が鬱陶しいほど出ます、ご了承下さい……


空が自身に一体何があったのか、それを把握するまでの間にもヌ級との戦いは続く

 

「何したか聞いてんだろうがよおおぉぉぉーーーっ!?」

 

呼吸を整え態勢を立て直したヌ級が絶叫しながら空へと突っ込んで来る、それに気付いた空は尚も混乱したままヌ級に蹴りを放つ。それを見たヌ級は思わず身構えるのだが……

 

「……あぁ?」

 

先程とは違い、今回の蹴りはヌ級に全く通用していなかったのである。空の蹴りを警戒して身構えていたヌ級は、気の抜けた声を発した後に空の方を見ながらニヤリと笑い……

 

「なんだよ、今のはただのマグレか……よっ!!!」

 

そう言って空に向けて貫手を放つ、そこで我に返った空はヌ級の貫手を慌てて回避してお返しとばかりに杭打機をその腹に叩き込んで、その反動を利用してヌ級と間合いを開けるのだった

 

おかしい……、今の蹴りと先程の蹴り、一体何が違ったと言うのだ……?ヌ級と距離を取ったところで空が先程の蹴りと今の蹴りの違いについて、冷静に分析を開始してある違いについて気が付く

 

先程の蹴りは頭の中の映像をトレースしたような動きで放ったのに対し、今の蹴りは特に何も考えたり意識したりせず、混乱したまま咄嗟に放ったものであった

 

「……あの映像に何か関係があるのか……?」

 

つい思った事を口に出す空、それを聞いたヌ級は

 

「何をゴチャゴチャと言ってんだよっ!!!」

 

そう言いながらまたも突進してくるのであった。その様子を見た空は先程の考えが正しいかどうかを試す為に、先程の映像を頭の中に思い浮かべながら、その動きを再現するようにして蹴りを放つ。すると……

 

「がっはぁっ!!?」

 

今度は成功したようで、空の【キック】を腹にモロに喰らったヌ級が声を上げながら景気よく吹っ飛んでいくのだった。これにより空は1つ確信するのであった、あの映像を意識しながら放つ蹴りはヌ級にかなり有効である事を……

 

「てんめえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

今の【キック】を受けたヌ級が逆上し、馬鹿の一つ覚えの様にまたもや突進を繰り出して来た。空はそんなヌ級を待ち構え再び【キック】を叩き込もうとしたその時だった

 

                 \ピコーン!/

 

また頭の中にあの音と共に新しい映像が流れ込んで来る、そしてまた身体が勝手に動き出しヌ級の蹴りを回避すると同時にガラ空きになった脇腹に突きを叩き込む……

 

「ぐぎぃっ!?!」

 

ヌ級が空が放った【カウンター】を受けた痛みに耐えるように、歯ぎしりしながら苦悶の声を漏らす

 

先程の現象から空はまた1つ確信を得るのであった、この現象は間違いなくサガシリーズで登場した『閃きシステム』であると……

 

この『閃きシステム』とは、簡単に言えば敵と戦っている最中にプレイヤー側のキャラが突然必殺技を編み出すと言うものである。そしてそうやって編み出す技に関してだが、細かい事を除き大雑把に言えば強い技はキャラが使用する武器の熟練度に比例し、技の編み出し易さ、閃き易さは敵の強さに比例する感じなのである

 

空がこの事実に気付いたところで、形勢は一気に逆転し空による『閃き祭』と言う名の一方的な戦いが始まるのであった

 

未だに苦痛に耐えるヌ級に空が追撃しようとしたところで……

 

                  \ピコーン!/

 

またも技を閃いた、空は先程閃いた自身と馴染み深い、いや得意技とも言える正拳突きと同じ原理を持つ【コークスクリュー】をヌ級に叩き込んで豪快に吹き飛ばす。吹き飛ばされたヌ級の身体は海面で1度高くバウンドし、倒れた姿勢のまま飛沫を上げながら海面を滑っていくのであった

 

何が起こっているのか分からぬまま、態勢を整えようと立ち上がろうとしたヌ級に……

 

                  \ピロリーン!/

 

先程とは違う音を頭の中に響かせながら、空がヌ級に向けて飛び蹴りを放つ。その跳び蹴りを受けたヌ級は

 

「あぎゃあああぁぁぁーーーっ?!!」

 

まるで全身に電流が流れたような激痛を覚え、思わず叫び声を上げてしまう。【稲妻キック】を受けたヌ級が意地で立ち上がり、空を睨みつけ何か言葉を発しようとするのだが……

 

                  \ピロリーン!/

 

空が勢いよく両腕を振り上げた際に発生した風圧で、ヌ級は身体を宙に持ち上げられるや否や、そのまま身体を海面に叩きつけられてしまうのであった

 

「何だよっ!?何なんだよっ?!何だってんだよおおおぉぉぉーーーっ?!?」

 

自身の理解を遥かに超えた攻撃の数々に対して、【空気投げ】を受けて倒れたヌ級が思わずそう叫ぶ。その叫びを聞いた空は

 

「俺にも分からん」

 

たった一言そう返すのであった、実際空からしてみれば何かしら行動を起こす度に技を閃き、身体が勝手に動いてヌ級を攻撃しているのである。今の空が理解している事と言えば、自身に閃きシステムが実装された事と、これによって覚えた技がヌ級にとても有効である事だけなのである。何故これらの技がヌ級に有効なのかについては空自身サッパリ分かっていなかったりするのだ

 

「……っざけんじゃねぇぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

怒りの咆哮を上げながら立ち上がるヌ級、そしてその勢いに任せて空に突撃を仕掛けるのだが……

 

                  \ピコーン!/

 

空はヌ級の貫手に合わせるように、身体を前に滑り込ませながらのカウンター、【ジョルトカウンター】をヌ級に直撃させてまたも盛大に吹き飛ばすのであった

 

「ぬがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

ヌ級は海面でバウンドした直後に空中で態勢を整えて、再度空に突撃していく……。最初の時のように海に潜るなど手はあるはずなのに、何故かヌ級は突撃や突進ばかり仕掛けて来るのである、これには空も流石に呆れてしまうのであった

 

いっそこのままこいつを実験台にするか……、そう思ったところで空はある事を思いついたのである。丁度ヌ級も近づいて来た事なので、思い立ったが吉日と言った調子で空は自身の思い付きを実行に移すのであった

 

                  \ピコーン!/

 

自身の方に突っ込んで来るヌ級の頭に【ソバット】を叩き込んで迎撃し……

 

                  \ピロリーン!/

 

怯んだヌ級の胸に透かさず【短勁】を叩き込む、すると……

 

「……っ!??―――っ??!」

 

ヌ級は直後に胸を押さえながら倒れ込み、最早声すら出せないくらいにもがき苦しんでいた……

 

そんなヌ級の姿を見た空は流石にやり過ぎたかと一瞬思うのだが、ヌ級がこれまでやって来た事を思い出すと、それはただの気の迷いだと断じこのままトドメを刺してやろうとヌ級に近付く……、と、次の瞬間

 

突如ヌ級が自身の身体を軸にして横回転、空に対して足払いを仕掛けて来たのである

 

空はそれに気付いた瞬間バックステップでその足払いを回避、その直後に倒れていたヌ級が立ち上がり態勢を立て直すのであった

 

「外したか……、まあまた立ち上がれただけでも御の字だなぁおい……」

 

「お前もしぶといな……、いい加減くたばったらどうなんだ?」

 

起き上がったヌ級がそんな事を呟き、それを耳にした空は内心舌打ちしながらそう切り返すのであった

 

「言ってやがれぇっ!!!」

 

ヌ級はそう叫ぶなり今度は海の中に潜り、海中を出鱈目に泳いで攪乱を図る。ここでようやく頭を使うようになったか……、空はそんな事を考えた後すぐに海中のヌ級に意識を向ける。最初は深度が浅かった為かヌ級は飛沫を上げながら海中を泳いでいたのだが、段々その飛沫も小さくなっていき今では海面が揺らぐ事は無くなってしまった

 

これが普通の空母が相手だったら、翔鶴に仕掛けたように海中から奇襲を仕掛けて相手を仕留める事が出来ただろう……

 

しかし今のヌ級の相手は明らかに普通ではない空母なのである、空はテキサスに搭載されたソナーを起動してヌ級を探し始めるのであった。と、その直後……

 

「死ねやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

空の背後からヌ級が飛び出し、翔鶴の時同様空に噛み付こうとしたのである。だが……

 

               \ピロロロロキュピーン!/

 

テキサスのソナーでヌ級の居場所を察知していた空は、【裏拳】を繰り出して奇襲を仕掛けて来たヌ級を迎撃、その際ヌ級の上の前歯を2本ヘシ折るのであった

 

「がふぁっ!……あ?……あぁっ?……あああぁぁぁーーーっ?!!」

 

空の【裏拳】を喰らって吹き飛んだヌ級は、立ち上がった直後自慢の前歯が無くなっている事に気付き絶叫するのであった

 

「喧しいっ!!!」

 

ヌ級のあまりのしぶとさと、その声の大きさに流石に苛立ちを覚えた空がヌ級に対して怒鳴りつけ……

 

               \ピロロロロキュピーン!/

 

閃いた技を叩き込んでヌ級を黙らせる、黙らせるのだが……

 

「なん……だと……っ?!」

 

今しがた自分が使った技に驚いた空も黙ってしまうのであった、先程空が閃いた技……、それは【ブライトナックル】だったのである

 

本来この技は武器を使った攻撃から派生して閃く技であり、空のように体術での攻撃で閃く技ではないのである。しかも形こそ光り輝くパンチではあるが、分類は体術技ではなく『ヒーロー技』、ヒーローでも何でもない空には使えないはずの技なのである……

 

「……まさか見た目が体術のようなものなら、派生や分類などを無視して節操無く閃くのか……?……何だか胸が熱くなって来たぞ……っ!!!」

 

「があああぁぁぁーーーっ!!!」

 

空がそんな独り言を言っていると、前歯を折られた事で怒り狂ったヌ級が絶叫しながら勢いよく突っ込んで来たので、空は今一度【ブライトナックル】を堪能する為にヌ級を迎え撃とうとするのだが……

 

               \ピロロロロキュピーン!/

 

またも技を閃き【ブライトナックル】の上位技とも呼べる、眩い輝きを放つフックと裏拳のコンビネーションを叩き込む【スパークリングロール】をヌ級にお見舞いするのであった。これには空も内心ニッコリである

 

技を閃く事が楽しくなってきた空が、次のヌ級の突撃をまだかまだかと興奮しながら待っていると……

 

「空さんっ!!!」

 

不意に背後から呼びかけられ、我に返った空がそちらを向くとその先には先程トラック泊地に向かった翔鶴達の姿が見えたのだ

 

「ぶるぁぁぁあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

その直後である、ヌ級が雄叫びを上げながら空を無視して翔鶴の方へと突っ走り始めたのである

 

「あ……っ!」

 

「いかんっ!ヌ級がこちらに向かって来たぞっ!迎え撃つぞっ!!!」

 

ヌ級が自身の方へ真っ直ぐ近付いて来るのに気付いた翔鶴は思わず声を上げ、それから翔鶴の事を守ろうとする日向達と穏健派の護衛部隊が戦闘態勢に入る。だが予想以上にヌ級の航行速度は速く、ヌ級はあっという間に翔鶴のところまで辿り着いてしまう

 

日向達の準備も間に合わず、驚きのあまり動けなくなっていた翔鶴の目の前にヌ級の口が迫って来たその時だった

 

いつの間にか空の腕から外れていたテキサスが、クローアームで翔鶴を挟んでそのまま後方へとすっ飛んで行ったのである

 

「翔鶴に近付くなあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

               \ピロロロロキュピーン!/

 

その直後、空が叫びながらライトニングⅡを付けた腕から5発の光弾、【アル・ブラスター】を発射しその全てがヌ級に殺到し直撃、ヌ級を思いっきり吹き飛ばし……

 

「おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

                  \ピコーン!/

 

追撃とばかりに空が雄叫びを上げながら両腕を天に掲げ、巨大な光の玉を生み出しヌ級目掛けて投げつける。ロマサガ2式の活殺破邪法……、ここでは【弐式活殺破邪法】と呼ばれる事になる技を吹き飛びながら受けたヌ級は、先程以上に勢いよく吹っ飛び何かを叫びながら水平線の先へと姿を消してしまうのであった

 

「何だ今のは……?」

 

【アル・ブラスター】と【弐式活殺破邪法】を放った空を見た日向が、驚きのあまり呆然としたままそんな事を呟いたその直後……

 

「空ーっ!」

 

空の後方からリヴァイアサンに跨った光太郎が姿を現し……

 

「翔鶴さん達からヌ級が出て、お前が相手してるって聞いて来たんだけど……、肝心のヌ級は何処行ったんだ?」

 

空に向かって不思議そうにそう尋ねるのだった

 

「来るのが遅かったな、あいつなら先程水平線の向こうに飛んで行ったぞ」

 

遅れてやって来た光太郎に対して空がそう答えると、光太郎はがっくりと肩を落とすのであった

 

そんな光太郎の様子を眺めながら空は考えるのであった、恐らく奴はまだ死んでいない……、何時かきっとまた翔鶴を狙って来るだろうと……




ヌ級が雑魚になった訳じゃないんです、空が一気に強くなり過ぎただけなんです……


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龍と大鬼神の修行

ヌ級との戦いの後、空の下に駆け寄って来た日向達が空に対して一斉に質問攻めを開始する

 

空がヌ級に対して行った攻撃についてやそれで何故ヌ級が盛大に吹き飛んで行ったのか、何時の間にそんな攻撃方法を習得したのか、どうやったらその技を使えるようになるのかと言った内容の質問を、濁流の如く空に尋ねる日向達

 

対して空は答えられる範疇のものはしっかりと答え、自身も分かっていない事は分からないとハッキリと皆に伝えその場を何とか収めようと努めるのだったが……

 

「空さんがあの大きな光の玉をヌ級に向かって投げつける時、腕のキラキラした奴が光の玉に纏わりついてたんだけどあれって何だったの?」

 

川内が少々気になる事を尋ねてきたのである、空はそのキラキラしたものと言う単語が妙に頭に引っかかるのだったが、その場を収める為にそれについては分からないと川内に告げ、少々強引に話を終わらせて泊地に戻る事にしたのであった

 

その後空達は泊地に戻り提督に今回の任務の報告をするのだが、その時も空は提督に質問攻めされるのであった。空はこれも日向達の時と同じように対応し、報告を無理矢理終わらせてすぐに工廠の隅にある自分の居住スペースに戻って今回の出来事に関して思考を巡らせるのであった

 

それから空は数時間ほど1人で考えてはみたものの碌に成果を上げられず、頭を抱えてしまうのであった。結局、自分が把握しているのは

 

①自身に閃きシステムが実装された事

 

②それで覚えた技はヌ級に対して決定打となり得るが、しっかりと頭の中でモーションをイメージしながらやらないと不発に終わる事

 

③見た目が体術のような技だったら派生や技の分類など関係なしに覚えられる事

 

この3つだけだったのである、閃きシステム実装に関しては恐らく能力が関わっているのだと見当をつける事が出来たのだが、何故ヌ級に対してあれほどの威力を叩き出せたのか、そして川内が言っていたキラキラとは何なのか……、それらについては全く以て見当が付けられなかったのである

 

このまま考えてても埒が明かない、そう思った空は気晴らしでもするかと思い立って顔を上げるのだが、その時不意に視界に映った時計を見て……

 

「いかん!夕方の鍛錬の時間ではないかっ!」

 

そんな声を上げて、慌てて工廠から出て埠頭の方へと向かうのであった

 

空は寝たきりから回復した後、朝と夕方に鍛錬をする事にしたのである。元々は寝たきりで鈍った身体の感覚と筋力を取り戻す為だったのだが、今では習慣化しやらないと身体が落ち着かなくなってしまったのである

 

空が急いで埠頭に向かうとそこには夕立がおり、夕立は空の姿を見つけるなり

 

「空さん遅いっぽい!夕立はもうアップも終わらせて準備万端っぽい!」

 

頬を膨らませながら空に向かってそう言ってきたのであった

 

何故ここに夕立がいるのかについてだが、夕立は空が鍛錬を開始してから数日経ったある日、空が鍛錬開始前に自身の調子を確認する為の演武をやっている最中に、空の隣に並び立ち見様見真似で演武を始めたのだ

 

空が演武を中断して夕立に何をしているかを尋ねたところ、夕立は以前空の戦闘を見た時に格闘術に興味を示し、自分も格闘術を覚えたいと言ってきたのであった

 

空がその理由を尋ねてみたところ、どうやら夕立は戦闘に不慣れな頃に出撃した際、戦闘中に過度の緊張が原因で動けなくなってしまい、そんな夕立を同じ艦隊のメンバーが庇って大怪我を負ってしまい、その艦娘はその怪我が原因で艦娘として戦い続ける事が出来なくなってしまったのだとか……

 

「夕立、あの時はいっぱいいっぱい泣いたっぽい、何度も何度もその人にごめんなさいって言ったっぽい……。その人はそんな夕立を笑って許してくれたけど、夕立はその人をこんな目に遭わせた夕立の事が許せなかったっぽい、だから夕立は強くなってもう二度とそんな事が起こらないようにしたいっぽい!」

 

夕立は最初こそ力なく発言するのだが、最後のあたりには気を持ち直し、真剣な眼差しで空の事を見つめながら力強くそう言ったのである

 

ただの興味本位ではなく、しっかりとした理由を持って格闘術を学びたいと言う夕立の気持ちを無下には出来ないと思った空は、その日から夕立に格闘術を教えながら一緒に鍛錬をするようになったのである

 

「済まない、ちょっと考え事をしていてな……。っと、もたもたしていると夕食の時間になってしまうから、すぐに始めるぞ」

 

「ぽいっ!」

 

こうして2人は日課となっている鍛錬を開始するのであった……

 

 

 

 

 

そしていつも通りに鍛錬を終わらせ、汗を流してから食堂に向かおうとした時だった、空の頭の中にヌ級との戦闘後に川内が言った言葉が蘇り、空は思わず立ち止まってしまうのであった

 

急に立ち止まった空を不思議そうに見つめる夕立が空に向かって声をかける

 

「空さん急に立ち止まってどうしたの?何かあったっぽい?」

 

「ああ、済まない。少々気になる事があってな……、夕立は先に行って待っててくれ」

 

空がそう言ったにも関わらず、夕立はその場に残り空の動向を窺うのであった。どうやら夕立はこれから空が何かをやると察し、それが気になり様子を見る事にしたのだろう

 

空としてはこれが成功した場合、夕立から質問攻めされると分かり切っている為、出来れば夕立にはご退場願いたかったのだが、その様子を見るとテコでも動きそうになかったので、諦めてある事を試すのであった

 

空は頭の中で【キック】のイメージを思い浮かべ、架空のヌ級目掛けて【キック】を放つ。その際空は蹴り足をじっくりと観察し、川内が言っていた事の真偽を確かめるのであった

 

「えぇっ!?空さん、これは一体どういう事っぽいっ?!空さんの足がキラキラしてるっぽいっ!!?」

 

そう、夕立が今言った通り、今しがた【キック】を放った空の足がキラキラと銀色に光っていたのである

 

その輝きは光太郎がエネルギー消費系の攻撃を行った時のような激しいものではないが、悟のようにぼんやりとした発光でもない、例えるなら星の瞬きのような輝き方だったのである

 

念の為、川内が見たと言う【弐式活殺破邪法】使用時の腕の輝きを再現する為に今度は海に向かって【弐式活殺破邪法】を放つ。光の玉を海面に叩きつけた直後にすぐに自身の両腕を観察すると、先程の【キック】の時と同様に空の両腕はキラキラと瞬いていた

 

川内が言っていたのはこれの事だったのか……、しかしこれは一体何なのだろうか……?空がそんな事を考えていると……

 

「なんじゃ空坊、おまえさん腕に電飾なぞ付けおって……、っておりょ~?よく見たら電球もコードも見当たらん……。……何じゃその腕はぁっ?!?」

 

唐突に空でも夕立でもない声が埠頭に響き渡る、空は何事かと思い夕立と共にそちらに視線を向けてみると、そこには紋付羽織袴を着たリコリス棲姫が驚愕の表情を浮かべ、こちらにやたら太い杖を向けながら立っていたのだ

 

「御大、何故ここにいるのですか?」

 

「御大?空さん、空さんはこの人の事知ってるっぽい?」

 

「おお、夕立は儂の事知らんようじゃな。ならば名乗っt「この人は戦治郎のお祖父ちゃんだ」あぁん空坊のケチィ……」

 

戦治郎から事前に情報を聞いていた空は、このリコリスが正蔵である事を知っており、何故正蔵がここにいるのか尋ねてみたところ、どうやら正蔵はここの提督に用があったようで、空が工廠で考え事をしている間に来て用事を済ませて戻ろうとしたところで空達を発見したと言うのだ

 

その後、空は同じ転生個体である正蔵にヌ級との戦いの最中に自身に起こった出来事や、先程の現象について話してみたところ……

 

「ふむ~……、十中八九そりゃ空坊の能力じゃろうのぅ……。じゃがその能力がどんなものなのかスッカリサッパリ分からんちんと……、相分かったっ!取り敢えずお前達は飯食って来いっ!そんで食い終わったら必ずここに戻って来いっ!いいなっ!?」

 

自身の太ももを叩いて軽快な音を響かせながら、正蔵がそんな事を言う。空達は正蔵が何を企んでいるか分からないが、取り敢えず言う事を聞いておく事にしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空と夕立は夕食を済ませるとすぐに正蔵に言われた通り埠頭へと戻って来たのだが、肝心の正蔵の姿が見えない……、一体何処に行ったのか……、そう思いながら辺りを見回していると……

 

「お~い!こっちじゃこっち~!」

 

声の方を向いてみると、そこには海上に立つ正蔵の姿があった

 

「分からん事があるならしっかり試してじっくり調べるっ!そう言う訳で儂が空坊に修行をつけるついでに空坊の能力を徹底解明するぞっ!って事で何処からでもかかってこいっ!!!」

 

「ぽいぃっ!?お祖父ちゃん、空さんと戦うっぽいっ?!……ホントに大丈夫っぽい?」

 

「戦治郎から聞いたが、御大は現在穏健派の最大戦力らしいぞ……」

 

正蔵の言葉を聞いた夕立がやる気満々な正蔵の心配をするのだが、空の言葉を聞いた直後に驚愕の表情を浮かべる

 

「夕立ぃっ!お前にその気があるなら空坊諸共儂が鍛えてやるぞぉっ!!!」

 

正蔵がそう叫んだ瞬間、夕立がピクリと反応し直後に工廠へ向かってダッシュし始める。どうやら夕立の鍛錬スイッチがONになったようである

 

こうしてショートランド泊地の埠頭にて、空&夕立&騒ぎを聞きつけて乱入して来た川内&江風対正蔵の戦いが始まり、その激しい戦いは日が昇るまで続くのだった……

 

尚、泊地にいる者全てがその戦いによって発生した騒音のせいで安眠出来なかったそうだ……



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龍気

「ふぅ……」

 

数日前、ショートランド泊地にて発生した正蔵の修行によって損壊した場所の修繕を終えた空が、まるでメトロノームのように上体を揺れ動かしながら備え付けられたベンチに腰掛けていた

 

正蔵との修行で、埠頭のコンクリートはズタズタに切り裂かれたり、ベコベコに凹まされたりと本当に酷い事になっていた

 

それだけならまだしも正蔵の流れ弾(斬撃)が直撃して工廠が半壊、それにより空の居住スペースが瓦礫の下敷きになったり、空が正蔵を【ジャイアントスイング】で投げ飛ばした際、投げ飛ばした正蔵の身体が運悪く提督の執務室の壁に当たり執務室に大きな風穴が開いたり、川内が手裏剣の如く投擲した魚雷が正蔵のクルーザーに直撃し、クルーザーが爆発炎上したり、夕立の砲撃が提督が泊地内を移動する際使用する装甲車に直撃、装甲車が爆発四散したり、空と正蔵が真正面からぶつかり合った際に、泊地にある施設の窓ガラスが一斉に割れてしまったりと、この修行のせいで泊地に甚大なダメージが発生してしまったのである

 

外から聞こえて来た轟音のせいで飛び起きた提督と日向は、何とかして主犯の2人を止めようと思ったのだが、主犯2人が有り得ない程狂気染みた笑顔を浮かべながら心から楽しそうにぶつかり合う姿を見て、武力行使による鎮圧を諦め翌日事情聴取をする方向で話を固めた為、この騒動は日が昇るまで続いてしまったのである

 

そして修行が終わった直後、空達は提督と日向にこっ酷く怒られ、空は泊地の修繕、川内、夕立、江風の3人は正蔵が持って来た遠征任務の遂行、正蔵は依頼の報酬を倍額払うようにと言い渡されたのだった

 

因みに正蔵が持って来た遠征任務についてだが、通信会議からしばらく経ったある日、正蔵は姫からイギリスにもアンダーゲートを展開して欲しいと頼まれたのだ

 

現在イギリスとドイツでは和食ブームが到来しているらしく、多くの飲食店が和食を取り扱うようになったらしいのだが、どこの店もなんちゃって和食ばかりでいい加減うんざりしていたのだとか

 

そんな時、アンダーゲートがかなり本格的な和食を提供すると聞いた姫がすぐに正蔵にイギリスでもアンダーゲートを展開するようにお願いしたのである

 

それを聞いた正蔵はこの話は儲かると判断し、姫のお願いを快諾し必要な物資や人材をオーストラリアから欧州に輸送船を用いて送る事にしたのである

 

あの日正蔵がショートランド泊地に来たのは、その輸送船の護衛役を海賊団とショートランド泊地の艦娘にお願いしようと思い、提督にこの話を持ち掛ける為だったのだ。提督はこの話を大本営に通し、正式な遠征任務にしてもらってから正蔵の依頼を承諾するのであった

 

話を空の方に戻す、空は提督から泊地の修繕を言い渡されると、罪悪感からすぐに作業に取り掛かり、三徹して泊地を復元する事に成功したのである

 

そして今、空は睡魔と戦いながら修行で得た情報を整理するのであった

 

 

 

先ずは技を使った際腕や足に発生するあの煌めきについてだ

 

当初、空は閃きシステムで技を覚える事が自分の能力だと思っていたのだが、実はそうではなかったのである。あの煌めきこそが空の能力だったのだ

 

閃きで覚える技は飽くまであの煌めき、『龍気』と命名したあの煌めきを行使する為のものでしかなかったのである。だからと言って技の強さは関係ないと言う訳にはいかない、強い技ほど『龍気』の放出量が多いので、高い効果が望めるのはやはり強い技になってしまうのである

 

この『龍気』の効果だが、単純な威力強化系の能力ではない事が今回の修行のおかげで判明したのだ。その効果とは……

 

①身体能力と攻撃の威力を強化

 

②相手の体内に入り込み、内部から相手に追加ダメージを与える。【短勁】のように相手の体内に気功などを注入するタイプの技を使った場合、追加ダメージの威力が上昇する

 

③自身の防御力を上昇させ、攻撃時の反動や自分にかかる負荷を軽減させる

 

④相手の肉質を変化させ、攻撃を通し易くする

 

この4つが『龍気』の主な効果となっている

 

③は一見すると防御系のようだが、空からしてみれば立派な攻撃強化に分類されるものになるだろう。空は脳障害が原因である一定以上の力を行使したら身体が自壊してしまうのだが、この効果のおかげで行使出来る力の上限が多少アップし、①の効果と合わせると爆発的に攻撃の威力が上昇するのである

 

そして④は本当に強力なもので、例えるなら鉄の塊やゴムの塊を絹ごし豆腐に置き換えるようなものなのだ。あの途轍もなく頑強なヌ級にダメージが通っていたのは、この④の効果のおかげだったのである

 

このように『龍気』は非常に強力な能力となっているのだが、発動させる時やり方を間違えると不発に終わってしまう……

 

だがそれにも例外がある事が発覚したのだ、それは『極意を習得した技』である

 

極意とはロマサガ3に登場したシステムで、閃いたばかりの技は忘れさせてしまうともう1度閃かせなければいけないのだが、何度も技を使用しその技の極意を習得するとその技は技リストに登録され技の付け替えが自由に出来るようになるシステムなのである

 

空の場合、技の極意を習得すると頭の中の映像を意識する必要がなくなり、型に囚われずマウントポジションなど変則的な姿勢からでも『龍気』を放つ技を使用出来るようになるのである

 

そして空が使える技の数についてだが、これはロマサガ2、ロマサガ3、サガフロの3作品に登場する体術と体術系ヒーロー技を全て、それにロマサガ3の大剣技である無刀取りと凄まじい数になっていたりする

 

空はこれらの技を全て修行中に閃く事に成功し、一部の技は極意まで習得済みなのである。恐らく相手が正蔵だったからこそ出来た事なのだろう……、そう思うと本当に正蔵には感謝しなければ……、空は微睡ながらそんな事を考える

 

そんな中、空はふと修行に参加した夕立達の事を思い出す

 

そう言えばあの3人の練度はどうなったのだろうか……?あの腐れ政治家に大鬼神などと呼ばれていた御大を相手にしたんだ、きっとあいつらの練度も爆上がりしている事だろう……、もし改二改修に必要な練度に達していたら、今度改修してやらないとだな……

 

空がそんな事を考えている間に、意識は睡魔に蝕まれていきやがて空は……

 

「やはりこの歳で三徹は無謀だったか……」

 

そう呟いた後意識を手放しベンチで横になるのであった……

 

 

 

それは空が子供の頃のある日の出来事、家族で山に行った時の事だった……

 

山の頂上で何処までも広がる青く澄み切った空を眺めながら、空は父親にこう尋ねる

 

「お父さん、どうして僕の名前は空って言うの?」

 

空の父親は空を肩車しながらこう答える

 

「お父さん達はな、お前にこの空のように何処までも広くて綺麗な心の持ち主になって欲しい、向上心を忘れずに色んな事に挑戦して高みを目指して何処までも高く高く、天高く昇っていくような人になって欲しい、そう思ってお前に空って名前を付けたんだ」

 

それを聞いた空は、天に向かって昇っていく自分の姿と昔話で見た龍の姿を重ねて想像していたのだった

 

空はこの頃から龍と言う生き物が大好きだった、強く逞しく格好良く、空を優雅に飛ぶ姿は空の王様のようで、自分もいつかそうなりたい、そんな事を思っていた

 

30歳になった今でも龍と言う生き物が好きな事は変わらない、流石にあの頃のように自分も龍になりたいとは言わなくなったが……

 

……この時の空は想像すらしていなかっただろう、この先、この世界で自分が【鋼鉄の龍神】の異名で恐れられるようになるなどとは……



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欧州輸送作戦開始

空が独りで泊地の修繕をしている頃、オーストラリアのパースにある港にて……

 

「これは……、本当に輸送船護衛任務に参加する艦隊なのかしら……?」

 

正蔵の依頼である輸送船護衛任務に参加する事になった雲龍が、パースにある港の光景を見て思わずそう呟く

 

その視線の先には、輸送船の護衛にしては多過ぎる気がするほどの艦娘達の姿が映っていたのである

 

その数、雲龍を含めて30人。通常艦隊5つ分の護衛が付く事になってしまったのである

 

「親分がOK出しちまったからな~……、あたし達からしたらやり難くて仕方ねぇんだけどよぉ……」

 

先程の呟きが聞こえたのだろう、雲龍の傍で渋い顔をしながら摩耶が言う。摩耶が言う親分とは正蔵の事である、摩耶が戦治郎の事を旦那呼びしているのを知った正蔵が、自分もそう言う呼ばれ方したいと摩耶に頼み込んだ結果、摩耶は正蔵の事を親分と呼ぶ事にしたのである

 

それはそうと何故こんな事になっているのか……、それはヤマグチ水産側のミスから始まったのだった……

 

当初の予定では、ショートランドから川内、球磨、時雨、夕立、江風、雲龍の6人、海賊団から摩耶、木曾、阿武隈、陽炎、不知火、天津風の6人の計12人で護衛任務に就くはずだったのだが、正蔵の部下達が気を利かせたつもりなのかリンガ泊地、ブルネイ泊地、タウイタウイ泊地に一斉に護衛任務の依頼を出してしまい、それが全て受理されて各泊地から6人ずつ、計18人の艦娘が派遣されてきたのである

 

本来なら手違いである事を告げて各泊地の艦娘達にはお帰り願うところなのだが、正蔵が面白そうだからと言う理由でOKを出してしまい、その結果こんな大艦隊で輸送護衛任務を行う事になったのである

 

そのせいで主に海賊団の艦娘達が、頭を抱える羽目になるのだった

 

先ず海賊団の艦娘達の所属に関する問題だが、これは正蔵の私兵と言う事で何とか誤魔化す事が出来た

 

だが厄介な問題がまだ残っている、輸送船の目的地が欧州である都合、どうしても『カルメン』の縄張りであるインド洋を突っ切って進まなければいけないのである

 

これはたまに自社の漁船や輸送船などを守る為に、オーストラリア西部の海の『掃除』をする正蔵からの情報なのだが、最近の『カルメン』はしっかりと武装し、以前よりも強くなってきているらしいのだ

 

そんなところをこんな大所帯で突っ切ろうとしたら、すぐに発見されて襲撃されてしまい、かなりの被害を受ける可能性があるのである。もしこれが本来の形、事情を知ってるメンバーのみの12人編成だったならば……

 

『アタシ達も陰から援護するから、何とか頑張って頂戴……』

 

『こんなに一杯艦娘ちゃん達がいるのに、表に出て声を掛けられないって言うのがホント残念だったりしちゃったりするんだよね~……』

 

『そんなに女の子が口説きたかったら、向こうにいるクマノミでも口説いてるといいッス』

 

『確かクマノミて雄から雌に性転換すっ魚やったよね?って言うか護さん、どっけクマノミのおっと?この辺にはおらんごたぁけど……』

 

通信機の先にいる『カルメン』対策として、念の為に付いて来た剛、司、護、九尺に堂々と援護を頼めるのだが、現状ではそうする訳にはいかなくなってしまったのである。もし剛達の存在がバレてしまえば、事情を知らない各泊地の艦娘達が混乱してしまい、そこを『カルメン』の連中に狙われる可能性があるからだ

 

それに各泊地の艦娘達は転生個体との交戦経験が無いと言うのだ、これが厄介さに拍車をかけていた。もしこのまま彼女達を『カルメン』の連中と戦わせた場合、異形艦娘を初めて見た飛龍達のように驚き竦んでしまう可能性がある為、事情を知っているメンバーは常に彼女達に対して気を配り、フォローしなければいけなくなるのである。そうなると、事情を知っているメンバーの負担が大きくなってしまうのだ

 

ただでさえ強い転生個体を相手にする必要がある上に、事情を知らない彼女達の面倒までみないといけない、そう考えると事情を知っているメンバーは憂鬱になるのだった

 

「まあなっちまったもんは仕方ねぇ、気持ちを切り替えていこうぜ」

 

港の様子を見ながらぶう垂れる摩耶の下に、木曾がそう言いながら歩み寄って来た

 

「俺達が以前のままだったらもっと色々対策考えないといけないだろうが、今の俺達は違うだろう?剛さんや正蔵さんのおかげで間違いなく俺達は前より強くなっているはずだ、今回の件、俺達はもしかしたら剛さん達の手を借りなくても何とか出来るんじゃないか、俺はそう思ってる」

 

木曾が摩耶の隣に並び立ちながらそう続ける、そんな木曾の視線の先には正蔵達の厳しい修行を乗り越えた結果改二になった阿武隈の姿があった

 

「……そうだな、お前が言う通りなのかもな。あたし達はあの地獄のような修行を乗り越えて来たんだ、前よりも確実に強くなっているはずだ。だからあいつらの面倒見ながらでもあたし達だけで『カルメン』の連中を相手に出来るかもな!そう考えるとやる気出て来たぜ!サンキュー木曾!よーし、やるぞっ!」

 

木曾の話を聞いた摩耶は気持ちを切り替え、やる気に満ちた声を上げる。そんな彼女もまた、阿武隈同様改二になっているのであった

 

そう、今の海賊団の艦娘は正蔵達の修行のおかげで、全員が改二になれるほどの練度に達しているのである。ここにいない扶桑もしっかりと改二に改修してあったりするのだ

 

龍驤はガダルカナルに来てからは、翔の手伝いばかりで修行に殆ど参加していないのだが、翔の手伝いをしながらも常に艦載機を飛ばし、かなりの頻度で戦闘をしていた為正蔵の修行に匹敵する程の経験値を手に入れていたので、他の皆と同じように改二になっていたりするのである

 

「かなりの自信ね……」

 

「雲龍達も正蔵さんの修行がどんなものか見たんだろう?俺達はアレを乗り越えてここにいるんだ、そう考えると嫌でも自信が付くぞ」

 

摩耶の様子を見た雲龍が呟くように言うと、木曾はニヤリと笑いながら雲龍にそう返すのであった

 

『そうじゃろそうじゃろ?自信を持つのは大事じゃからなっ!やれると思って必死になってやれば大体の事は何とかなるっ!儂の修行はそういう事も考慮してあるんじゃよ?凄いじゃろ?』

 

その直後、通信機から正蔵の声が聞こえてきた。木曾は正蔵の声を聞いた途端ビクリと身体を震わせ、辺りをキョロキョロと見回してその姿を探す。それからしばらくして、ようやく木曾は自分の通信機の通話スイッチが入りっぱなしになっていた事に気付くのであった

 

『雲龍よ、もしその気があったらお前さんにも儂の修行をつけてやるぞ?あっちで手が空いたちょっとした時間にやるだけでもかなり違うみたいじゃからなぁ!』

 

正蔵がそう言って通信機の先でカッカッカッと笑う、それを聞いた雲龍は……

 

「そうね……、検討しておこうかしら……」

 

そう言って正蔵の修行のお誘いを暗に断るのであった、雲龍達ショートランド泊地の艦娘は空と正蔵の修行を目の当たりにしているので、正蔵の修行がどれほど壮絶なものなのか知っているのである。自分にあんな事をされてしまったら間違いなく自分は死んでしまう、そう思ったが故雲龍は正蔵の誘いを断ったのである

 

『せかせか、ちょっち残念じゃな……、まあ気が向いた時にでも言ってくれれば修行をつけてやるからのぅ!っと、そろそろ出港の時間じゃな、済まんがこの通信を聞いてる艦娘達は他の者達にそろそろ出港すると伝えてもらえんか?』

 

雲龍の返事を聞いた正蔵は少々残念そうな声を上げた後、そろそろ欧州に向けて出発する旨を皆に伝えて欲しいと言うのだった

 

現在正蔵は輸送船の中におり、木曾達と共に欧州に向かう事になっているのである

 

理由は現在の欧州の様子を自身の目でしっかりと見て、今後欧州の方にどのくらいの規模でアンダーゲートを展開していくかを考える為なのだとか……

 

「分かった、それじゃあ行くか」

 

「おっしゃ!やってやるぜ!」

 

「この任務……、無事に終わるといいわね……」

 

正蔵の言葉を聞いた3人は思い思いの言葉を口にして、通信機を持っていない艦娘達に先程正蔵が言っていた事を伝えて回り、全員が海に出たところを確認したところで自分達も海に向かって歩いて行くのであった



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地獄の先で掴んだもの

遂に輸送護衛任務が開始され、木曾達がパースを発ち第1休憩ポイントであるマダガスカルを目指してインド洋を突っ切るように航行している時だった

 

9時方向にあの忌まわしきアムステルダム泊地跡地が見える辺りで、案の定『カルメン』に所属する転生個体と遭遇、戦闘になってしまったのである

 

相手の数は12人、以前戦った時はケートスに2人乗りしていたらしいのだが、今回は全員がそれぞれケートスに乗った状態で姿を現したのだった。……お馴染みの世紀末的な雄叫びを上げながら……

 

「あんだけ護衛を付けてんだ、きっととんでもねぇシロモンがあの船の中にあるはずだっ!」

 

「船ごと売っ払っちまえば相当な金になるだろうからなぁ!てめぇら船に傷つけんじゃねぇぞっ?!」

 

奴らはどうやら護衛の数で船の中身の価値を予想し、奪い取る為に襲い掛かって来たようだ……。カルメンの連中のやり取りを聞いた海賊団のメンバーは、まさかこのような形で護衛の数がマイナスに働くとは思いもせず、内心舌打ちするのであった

 

「やっぱり来やがったな……、皆、準備はいいかっ?!」

 

こちらに向かってくるカルメンの連中をしっかりと見据えながら、摩耶が皆に向かってそう尋ねると……

 

\応っ!/

 

海賊団のメンバーが気合いの入った返事を返す、それを聞いた摩耶は1度だけ小さく頷くと

 

「それじゃあ各自手筈通りに……、いくぞっ!!!」

 

そう言い放って木曾と阿武隈と共に敵陣に突撃し、残った不知火達もそれぞれの役目を果たすべく行動を開始するのであった

 

「私達も負けていられないわね……、皆、準備はいい……?」

 

「これが夜戦だったら良かったんだけど……、まあ修行の成果が試せるならいっかっ!」

 

「雲龍さん、夕立達はまだお預けっぽい?」

 

「江風達ならいつでもいけるぜっ!」

 

海賊団が敵に向かって行く様子を見た雲龍が、負けてられないとばかりに艦隊のメンバーに確認を取ったところ、川内と夕立、そして江風が待ちきれないと言った様子でそう返事するのであった

 

「そう……、なら……」

 

3人の言葉を聞いた雲龍は、そう呟くなり艦載機の形をした人形(ひとがた)を展開し……

 

「第一次攻撃隊、発艦始め。さあ、私達も始めましょう……っ!」

 

\了解!/

 

雲龍が艦載機を発艦させると同時に戦闘開始を宣言、ショートランドの艦娘達が一斉に返事を返し、正蔵の修行を受けた3人が待ってましたとばかりに即座に敵陣に突っ込んでいくのであった

 

さて、転生個体について知っているメンバーはこのように勇猛果敢に挑みに行った訳なのだが、事情を知らない艦娘達はと言うと……

 

「え……、何あれ……?」

 

「変な声上げてたけど……、あいつら一体何なの……?」

 

「てか、何で水上バイクなんかに乗ってるの?マジ意味不明……」

 

やはりと言うか奴らを見た途端混乱し、碌に動けなくなってしまっていた……

 

「お?おおっ?あいつら全然動いてねぇじゃん!あいつら狙い撃ちすりゃ撃墜スコア稼げそうだなおい!」

 

「っしゃ!一番手頂きだぁっ!!!」

 

当然の如く、奴らはそれに目を付け攻撃を開始してくる。奴らはその手に持った無反動砲を構え、事情を知らない艦娘達へと狙いを定めて発射する

 

無反動砲の発射音に気付いた艦娘達が、我に返って回避行動を起こそうとするのだが、そうしている間にも見る見るうちに無反動砲の弾は彼女達の方へと迫って来る……

 

もうダメだ!ターゲットにされた艦娘はそう思って自分の顔を腕で庇い、両目を閉じてその時を待つ……

 

ズドォォォンッ!!!と言うただの無反動砲の弾が爆発しただけとは思えないような爆音が辺りに響き渡り、爆煙が周囲を覆い尽くしターゲットにされた艦娘の姿を隠してしまう……。彼女の仲間達が心配そうにそちらに視線を送っていると、段々煙が晴れていく……

 

そうして煙が完全に晴れたところで、彼女達は信じられない光景を目の当たりにするのであった

 

「あいつらの目の前で棒立ちしているからこんな目に遭うのよ、さあ、すぐに立ち上がりなさい。そしてあいつらの事をしっかり見据えて、今自分がどうしなきゃいけないかを考えながら動きなさい。いいわね?」

 

ターゲットにされた艦娘の前に、海賊団の天津風が【不撓不屈】と書かれた大きな盾を構えながら立っていたのである。そして天津風は狙われた艦娘に対してそう言うと、手を差し伸べて彼女を立たせる。そして……

 

「さあ連装砲くん!この娘の代わりにお返ししてやるわよっ!」

 

天津風がそう叫ぶと連装砲くんが艤装から飛び降りて、先程無反動砲を発射した奴の方へと突撃し、相手の攻撃を上手い具合に躱しながら砲撃を至近距離から叩き込み始めるのであった

 

「よし……、そのまま……、いきなさいっ!」

 

そして連装砲くんが奴を引き付けている間に、天津風は盾の裏に取り付けられた魚雷発射管から魚雷を発射、魚雷は天津風の狙い通りに前に進み……

 

「うごぉっ!!?」

 

連装砲くんが相手をしていた奴のケートスに直撃、それによりケートスは爆発四散しそれに乗っていた奴は爆風で吹き飛ばされた後、海面に勢いよくその身体を叩きつけられるのであった。因みに連装砲くんは天津風の魚雷が直撃する直前に離脱、天津風の艤装へ帰還していたのだった

 

「痛ぇ……!てっんめぇ!よくもやr」

 

天津風の攻撃を受けて逆上した相手が、怒りのままに叫ぼうとするのだがその叫びは最後まで紡がれる事は無く、奴は額に風穴を開けられて静かに沈んでいくのであった……

 

「正蔵さんから強くなっていると聞いていたのですが……、思っていたほどではないようですね……」

 

銃口から煙を立ち昇らせるスナイパーライフルを構えた不知火が、沈みゆく相手の姿をスコープ越しに眺めながら思わずそう呟く

 

そんな不知火の姿を見た艦娘達は、驚きのあまり絶句していた。何せこの不知火は戦艦主砲の射程より更に先にいる相手の額に、正確にその弾丸を撃ち込んだのである。駆逐艦が何でそんな真似が出来るの?そう思うと艦娘達は絶句せざるを得なかったのである

 

「あんたのそれは殆ど不意打ちみたいなもんだからでしょ、真正面からやり合ったらこうはいかないんじゃない?」

 

不知火の傍に立つ陽炎が呆れ気味に言う

 

彼女達は現在、カルメンを見て動揺し動けなくなった艦娘達をフォローするように立ち回っているのである。陽炎を天津風は主に向かって来た相手の迎撃を担当し、それを不知火が狙撃で援護する形である

 

「さてと、私はそろそろ天津風の手伝いに入るから、悪いけど不知火の事頼んでもいい?この娘の狙撃が私達の生命線だからね、そう言う訳でお願いねっ!」

 

陽炎はそう言い残して行動を開始し、天津風同様木曾達が取りこぼしたり、木曾達を無視したりしてこちらに向かって来た奴らを迎え撃つ為に、輸送船の周囲を忙しなく動き回るのであった

 

そんな陽炎達の姿を見た艦娘達は……

 

「依頼主の私兵の娘達……、強過ぎじゃない……?」

 

「私達、もしかしたらいない方がよかったのかも……?」

 

口々にこのような感想を述べる、その表情は皆そろってどんよりとしたもので、明らかに自信を喪失している感じなのであった……

 

だがその中にたった1人だけ、他とは違う表情を浮かべる艦娘がいた

 

「凄い……あの人達は本当に強い……、どうしたら私もあのようになれるのでしょう……?」

 

リンガ泊地から派遣された朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮は、海賊団の戦いぶりを見て思わずそう呟くのであった……。その瞳は周りの者達とは違い、静かに、ただ静かに燃え上がっていた……



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修羅に交われば赤く染まる

不知火達が他の艦娘達のフォローをしている間、木曾達はどうしていたかと言うと……

 

「ふんっ!!!」

 

木曾はカルメンのメンバーの1人から奪ったケートスに跨り、戦場を駆け巡りながらすれ違った相手に向けて鋼斬を振るい見事その首を刎ね飛ばすのであった

 

木曾はこれまでずっと戦治郎と共に朝練で剣を振るい続け、正蔵の修行に加え戦治郎と正蔵の勝負のその目に焼き付けて何とかして2人の技術を盗もうと必死に努力し続けて来た、それが今このような形で実を結んでいるのである

 

敵陣に突撃する際、木曾は阿武隈と共に甲標的を使って先制雷撃を仕掛け、相手の動揺を誘って油断しているところに飛び掛かり、その額に鋼斬を突き立てて1人仕留め、そいつが乗っていたケートスを奪って先程2人目を始末したのだ

 

「やるなぁ木曾っ!こりゃあたしも負けてらんねぇ……「そんなとこ突っ立ってたら轢き殺すぞぉっ!!!」なっ!とぉっ……!」

 

そんな木曾の活躍ぶりを目の当たりにし、思わずそんな事を言う摩耶の下に奴らの1人がケートスに乗ったまま突っ込んで来る。それに気付いた摩耶はすぐさま跳躍、相手の肩を踏み台にして空中で前方1回転しながらその後頭部に主砲と機銃をこれでもかと言うほどお見舞いしてから海面に着地する

 

重巡の主砲と機銃の嵐をまともに受けた相手はその場で絶命、しばらくケートスを走らせた後ケートスからずり落ちて海の中へと消えていくのであった

 

摩耶もまた、木曾同様に血の滲む様な努力を積み重ね、今この戦場に立っているのである。不知火と言う形こそ違えど同じ射撃をメインとした戦い方をするライバルと共に、剛の厳しい指導を受け、正蔵の地獄の様な修行を乗り越えて来たのである。今の曲芸撃ちもその努力の成果なのである

 

「も~う!大人しくして下さぁい~!」

 

そんな2人とは対照的に、阿武隈はケートスに乗って暴れ回るカルメンのメンバーに中々砲撃を当てられず、苦戦を強いられる状況となっていた

 

「阿武隈!無理に本体を狙わずに奴らの足を潰せっ!」

 

「甲標的と魚雷を上手く使って足止めするんだっ!」

 

そんな阿武隈の様子を見た2人が、阿武隈に向けてそうアドバイスをすると……

 

「は、はいっ!こ……のぉっ!」

 

阿武隈は2人のアドバイスに従い甲標的と魚雷で相手を巧みに誘導し、相手の動きが鈍くなったところで主砲をケートス目掛けて発射、放たれた砲弾は吸い込まれるように相手のケートスの燃料タンクを撃ち貫き派手に爆発炎上させるのであった

 

努力を重ね幾多の修羅場を潜り抜けて来た摩耶や木曾の戦闘技術と比べると、やはり阿武隈の戦闘技術は見劣りしてしまうのだが、それでも彼女はかなり成長していると言っていいだろう

 

戦治郎達と出会う前の彼女は、自分に自信が持てないネガティブな思考の持ち主であったのだが、尊敬する先輩達を追う為に勇気を振り絞ってドロップ艦になり、自分の先輩達を助け出した戦治郎達と出会い、この戦争の深い闇に触れて怒りを覚え、戦いを通じて自分に自信を持つようになると言った具合に心身共に成長しているのである

 

「や、やった!やりましたよ2人共っ!今の見ててくれましたっ?!」

 

「まだだ阿武隈!あいつは生きてるぞっ!!!」

 

苦戦していた相手に一泡吹かせる事に成功して喜びはしゃぐ阿武隈、しかし木曾が言うように相手は先程の爆発で多少負傷はしているもののまだまだ健在で……

 

「調子乗ってんj「ぽいっ!!!」ぐがぁっ!!!」

 

仕返しにと叫びながら阿武隈に砲を向けたところで、突如現れた夕立に首に蹴りを叩き込まれ、首の骨を砕かれてしまうのであった

 

「阿武隈さん、ちょっと油断し過ぎっぽい?」

 

「あぅ……、ごめんなさい……」

 

夕立にそう指摘された阿武隈は、思わず縮こまり謝罪の言葉を述べるのであった

 

「そこまで気にしなくてもいいんじゃない?私も阿武隈の気持ちは分かるからね~」

 

ケートスに乗った川内が阿武隈の隣で停止するなりそんな事を言った、彼女が乗っているケートスもカルメンの連中から奪ったものである

 

具体的には突っ込んで来た相手を摩耶と同じように跳躍で回避して肩車のような状態から相手の首を足で締め付け、相手が川内の足を引き剝がそうとその太ももを両手で掴んだところで、正蔵との修行中空が閃いた【バベルクランブル】を見様見真似でやったところ成功し、相手を後方の海面に叩きつけ馬乗り状態からしこたま主砲を叩き込んで始末すると、相手が今まで乗っていたケートスを追いかけてそのまま失敬したのである

 

「こいつら、思ったより手応えねぇな……、普通の転生個体ってこんなもンなのか?」

 

いつの間にか近付いて来ていた江風がそんな事を言う、所々返り血を浴びている辺り彼女もしっかりと奴らを仕留められているようであった

 

「その辺りはどうなんだろうな?まあ強い奴はとんでもなく強いってのは間違いないな。それに関してはヌ級や空さんや正蔵さんの戦い見たお前らなら分かるだろ?」

 

江風の問いに木曾がそう答える、すると木曾の回答を聞いたショートランドの3人は思わずその身を震わせた後、その表情を引き締めるのであった

 

「確か旦那達が戦った時は鉄パイプ持った奴ばっかで、こんな武器持ってる奴なんていなかったって聞くぜ?」

 

摩耶が先程倒した相手から剥ぎとった『Chimaira(キマイラ)』の文字が刻まれたアサルトライフルを掲げながらそんな事を言う

 

「以前の失敗を教訓に、今度はしっかり武装して来たって事ですか?」

 

「その辺の事情は分からねぇな……、っとそれよりも……」

 

阿武隈の問いに対して木曾がそう答えた直後、突然カルメンの連中が全員一斉に爆発する

 

『皆お喋りはいいんだけどぉ、そう言うのはやる事やってからにしたらどぉ?』

 

『取り敢えず援護射撃としてミサイルお届けしといたッス、このチャンスを棒に振らないようにして欲しいッスよ~』

 

通信機から剛と護の声が聞こえて来る、どうやら奴らが戦場のド真ん中で暢気に会話している木曾達に攻撃を仕掛けようとしていたようだったので、剛達が対処したようだ

 

「すみません、事が上手くいき過ぎてつい調子に乗ってました。今からすぐ片づけますんでもうちょっと海の中で待っててもらえますか?」

 

『ええ、そうさせてもらうわ~。っとそうそう、出来たらアタシの分の無反動砲とアサルトライフルも確保してもらえる?建物の中だとライトマシンガンは使い辛くて仕方ないのよね~……』

 

「了解、あたしの分と合わせて頂いてくるぜっ!」

 

木曾、剛、摩耶の3人がこのようなやり取りを交わした後、海賊団とショートランド泊地の艦娘達はカルメンの連中を殲滅するべく再び行動を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの娘達も逞しくなったわね~、ホント色々教えて来た甲斐があったわ~♪」

 

「確かにそいは喜ばしかとばってんが、折角付いて来たとけ出番の無かとか考ゆっぎんた少々複雑か気持ちになっね~……」

 

「まあどの道マダガスカルで休憩している間に出番があると思うッスから、それまで自分達はゆっくりする事にするッス~」

 

「はぁ~……、ホントならこの俺様が艦娘ちゃん達のピンチに超カッコ良く颯爽と駆けつけて、ウルトラグレートクールに助け出すところだったのにな~……」

 

木曾達が懸命に戦う海の下で、剛達がこのようなやり取りを交わしていた。先程の爆発は護が言ったように、援護射撃として護が海中から放ったミサイルが、カルメンの連中が乗っているケートス全てに直撃したのが原因である。敵味方の判別は通信機の有無で判断し、通信機の信号があるケートスは対象から除外したので木曾や川内が乗ったケートスは無事だったのである

 

その後、木曾達は輸送船を襲撃して来たカルメンの殲滅に成功し、休憩ポイントであるマダガスカルに無事到着するのであった

 

その際、摩耶が先程の戦闘で確保したキマイラと『Sphinx(スピンクス)』の名を持つ無反動砲を、他の艦娘達にバレないように注意しながら剛に受け渡すのであった




スピンクスはスフィンクスのギリシャ読みなんです

それはそうと、17日に佐世保巡りをした際に手に入れた冊子に書かれていたガンビアベイがあまりにも可愛かったので、急遽イベントをE4までですが丙で開始しました

現在E2までクリア、途中で占守と国後をGETして今まで海防艦がいなかった自分の泊地に、E2クリア報酬の日振も合わせて一気に3隻も海防艦が着任しました

頑張って育てないと……


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難関突破記念パーティーと朝潮

「え~……、皆さん今日は本当にお疲れ様でした」

 

マダガスカルの東部に位置する都市トゥアマシナのとあるホテルの大広間にて、正蔵がマイク片手にそう告げる

 

現在沢山のテーブルが並んだこの大広間には今回の輸送船護衛任務に参加した艦娘達が集まり、今回の任務の依頼主である正蔵の話を静かに聞いていた

 

「皆さんの活躍のおかげで、何とか今回の航海の一番の難所を乗り越える事が出来ました。皆さんのご協力、本当にありがとうございます」

 

このように正蔵が艦娘達に感謝の言葉を述べると同時に感謝の意を込めて頭を下げるのだが、肝心の艦娘達の多くは正蔵の言葉を聞くなりその表情を暗くし俯いてしまうのであった。恐らく自分達が何もしていない事を自覚しているのだろう

 

「皆さんもこの長い海の旅と激しい戦闘できっと疲れているだろうと思い、私は皆さんがゆっくりと休めるようにとこのホテルを借り切って、難所を乗り越えた記念としてちょっとしたパーティーを開催しようと思っております」

 

正蔵がそう言ったところで大広間に大量の料理が運び込まれ、次々と艦娘達の目の前にあるテーブルに手際よく配膳されていくのであった

 

その料理群は普段早々お目にかかれないような高級そうで、とても美味しそうな料理ばかりだったのだが、一部を除く艦娘達はその料理を見ても碌に反応を示さなかったのである……

 

「わぁ~……、すっごく美味しそうっぽいっ!ねぇねぇ!これってもう食べてもいいっぽい?」

 

「ダメだよ夕立……、まだ正蔵さんが話してる最中なんだから……、正蔵さんがいいって言うまで我慢して……」

 

「こンなスゲェ料理初めて見たぞ……、マジでコレ江風達が食っていいのか……?」

 

「こんなに沢山……、本当に食べきれるのかしら……?」

 

「あ~……、雲龍さん食が細いもんね……。もし食べきれそうになかったら私達が代わりに食べるから、その時はちゃんと言ってね?私達前衛組はホント動いたからお腹減っちゃっててね~」

 

「そりゃあんだけ動いてたらお腹も空くクマね……、つか球磨としては妹が修羅の如く相手をバッサバッサと斬り捨ててた姿に驚きを隠せないクマ……」

 

「球磨姉……、あんなので驚いてたら海賊団の戦い見たら失神するぞ?」

 

「旦那とか空さんとか輝さんとか、すっげぇ豪快な戦い方するからな……。最近の光太郎さんやシゲもかなり派手に暴れ回るよな~……」

 

「って言うか基本的にちっちゃい子供に見せられないような戦い方するわよね……、ル級をル級が手に持ってる艤装で挟んで潰したり、蹴飛ばした頭で他の個体のお腹に風穴開けたり……」

 

「陽炎、それは食事前に話す事ではないと思うのですが……?」

 

「……陽炎がこんな話しても、周りの艦娘は全然反応しないのね……」

 

「皆さ~ん!ちょっと静かにして下さいぃっ!正蔵さんが困ってますよ~!」

 

一部を除いて……

 

「ん"ん"っ!え~……、では皆さん、杯は持ちましたでしょうか?では今日の成功を祝し、明日の無事を願って……乾杯っ!!!」

 

\カンパーイ!/

 

正蔵が乾杯の音頭を取るのだが、やはり反応したのは海賊団とショートランドの艦娘だけで、他の艦娘達はただただ暗い表情で俯いたまま杯を持つ事もしなかったのである

 

こうしてどんよりとした空気の中でパーティーは開始されるのだが、やはりと言うべきか出された料理を楽しんでいるのは海賊団とショートランドの艦娘ばかりで、他の艦娘は目の前にある料理にすら全く手を付けなかったのである……

 

(こりゃ木曾達に圧倒されて完全に自信をなくしておるのう……)

 

そんな艦娘達の様子を見た正蔵が内心で独り言ちる、正蔵が思った通り彼女達は木曾達の次元が違うと思わせるほどの実力を目の当たりにし、これより先はこれほどの実力を要求されるのかと思い込んだ事で心が完全に折れてしまったのである

 

他にも自分達は戦場で突っ立ったままで何もしていないのに、こんなに高そうな食事を頂いていいものかと、こんな素晴らしい持て成しを受けてもいいのかと迷っていたもするのである

 

そんな中、話題となっている木曾達はこの高級料理群を殲滅せんとばかりに食べ、行儀がいいとは言えないが料理の感想や思い出話などをしながら食事を楽しんでいた

 

(さって、どうしたもんかのう……、このまま付いてこられても正直足手まといにしかならんし……ん?)

 

この意気消沈してしまった艦娘達をどうしようかと頭を悩ませていた正蔵が、視界の隅で動く影を発見し思わずそちらに視線を向ける。そしてその先に見えたのは……

 

「あ、あのっ!」

 

ありったけの勇気を振り絞って木曾達に話しかける朝潮の姿であった、急に話しかけられた木曾が思わずビクリと身体を震わせて、危うく手に持った皿を落としそうになる

 

「っと……、あぶねぇ……。っとすまない、急に話しかけられてつい驚いちまった。んで俺達に何か用か?」

 

「あ……、驚かせてしまってすみません!その……、私はリンガ泊地所属の朝潮と言うのですが先程の戦闘での皆さんの活躍、本当に凄かったですっ!」

 

木曾が朝潮に返事をしたところで、朝潮は驚かせてしまった事を謝罪してからの自己紹介、そして目を輝かせながらそんな事を言うのであった

 

「へぇ……、あたし達以外にもまともな反応する奴がいるなんてなぁ……。他の奴らはまるでお通夜でもやってんのかってくらい沈んでるのにな」

 

「私的には多分摩耶さん達の戦いぶりにびっくりしてるんじゃないかと思うんですけどぉ……」

 

「ありゃそんなレベルじゃないクマ、恐らく心が折れてるクマ」

 

「ああ、自分達も木曾達レベルの実力を要求されてるって思っちゃったのか~……。ってこの話聞こえてるのかな?」

 

「ダメだ、俺達の会話も碌に聞こえてねぇみてぇだ……。全く反応がねぇ……」

 

巡洋艦ズがそれぞれこんな事を言うのだが、朝潮以外の艦娘達は相変わらず全く反応を示さなかったのである。その様子を見た海賊団とショートランドの艦娘達は、段々そんな艦娘達が怖くなってくるのであった

 

「あの……」

 

そんな中、朝潮が再度声を掛けて来た

 

「ああごめんね、それでどうして僕達に話しかけたのかな?」

 

時雨が朝潮に詫びを入れてから、彼女が自分達に話しかけて来た理由について尋ねる

 

「いえお気になさらずに、それでどうしたら皆さんのように強くなれるのかが気になったので聞いてみようと思ったんです」

 

「どうやったら、か……」

 

朝潮の質問を聞いた木曾が考え込む、いや、木曾だけでなく海賊団のメンバーが揃って考え込むような仕草をするのであった

 

「トレーニングに関しては別段普通なのよね、出された課題をただこなしていく感じだし……」

 

「木曾さん、摩耶さん、そして不知火あたりは確か普段のトレーニングとは別に朝練とかもやってるわよね?」

 

「そうね……、不知火と摩耶さんは剛さんの、木曾さんは戦治郎さんの指導を受けてるくらいですね……」

 

海賊団の駆逐艦達が思い思いの言葉を口にしたところで

 

「夕立も空さんと一緒に格闘術の練習してるっぽい!毎日朝と夕方に色々教えてもらってるっぽい!」

 

混ぜて混ぜてと言わんばかりに夕立が挙手しながらそんな事を言う

 

「私的には工廠組の皆さんが作った装備の性能もあると思います」

 

「ああ~、剛さん監修の銃とかヤベェよな……、あれ滅茶苦茶手に馴染むんだよ……」

 

「分かります、まるで私達の為に作られたのではないかと思うほど馴染みますね……」

 

「俺の鋼斬なんか正にそうなんだよな……、戦治郎さんが俺の為だけに打ってくれた1振り……、戦治郎さんが俺の事を一人前だと認めてくれた証でもあるから尚更思い入れが深い代物だな……」

 

阿武隈、摩耶、不知火、木曾が思い思いの言葉を口にする、木曾に至っては話をしている最中に鋼斬を抜き、朝潮の方へと掲げていたりする

 

そんな時だった

 

『お前達、この後残っておれ。ああ、朝潮ものう』

 

正蔵からそんな通信が入るのであった、それを聞いた木曾達が一斉に正蔵の方を向くと正蔵の身体から得体の知れない恐ろしい何かが立ち上っていたのである。それを見た木曾達は鳥肌を立てながら素直にその言葉に従う事を決意する

 

「なるほど、皆さんにはいい師匠がいr「朝潮、この後ちょっと残ってもらえるか?」え?この後っt」

 

朝潮の言葉を遮るようにして木曾がそう告げる、朝潮はその意味が分からず木曾に理由を尋ねようとしたのだが……

 

「貴様らいい加減にせんかあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

正蔵が発する怒りの咆哮に言葉を遮られる、それを聞いた朝潮は驚きのあまり絶句し立ち尽くすのであった……



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大鬼神、怒る

正蔵の怒りの声は余りにも大きく、大広間にある全ての物を震わせ、テーブルに設置されていたナプキンに至ってはその声の衝撃で軽く吹き飛ばされてしまうほどであった

 

「儂の私兵の実力見て驚き竦むのは仕方ないとしておこう……、じゃがその後貴様らは一体何をしていた?何をしにここに来た?貴様らは儂のとこの輸送船の護衛任務の為に来たんじゃろうがっ!!!」

 

そう叫ぶ正蔵の顔は、正に大鬼神と表現出来るほど恐ろしいものへと変貌していた

 

「我に返ってすぐに木曾達の援護をするなり、輸送船の守りを固めるなりしたらいいものを……、貴様らときたらただただ木曾達の戦いぶりを呆然と眺めておるだけ……。ふざけるのも大概にせんかぁっ!!!」

 

その表情を更に怒りの色に染め、護衛任務に参加していた彼女達に向かって先程より大きな声でそう叫ぶ正蔵

 

「そして戦闘が終わった今でも何時までもウジウジしくさりおって……、声をかけても反応せんだけでなく、気分転換の為に準備した料理にも碌に手を付けない、挙句の果てに儂にこれだけ言われても悔しがりもせん……。儂の事馬鹿にしておるのかあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

またもや大広間が大きく揺れる、そんな中この説教の対象外である木曾達は両手で耳を塞いでその大声に何とか耐えるのであった

 

「何ですかあの人……!?物凄く怖いのですが……っ!?」

 

正蔵の豹変ぶりに驚き怯える朝潮、まあ先程まで普通だった者が突然怒り狂い鬼の様な表情をして凄まじい声量で説教を始めれば、誰だってこのような反応をする事だろう……

 

「戦闘中はこんなもんじゃねぇぞ……」

 

「えっ!?戦闘中?!依頼主さんは深海棲艦と戦えるのですかっ!?」

 

摩耶が呟くように言った言葉に反応した朝潮は、驚きを更に加速させ段々混乱し始めるのであった……

 

そうしてしばらくの間正蔵の説教が続くと、遂に艦娘達がすすり泣き始めた。これがここに来て彼女達が初めて示した反応である、だがそれは今の正蔵に対しては逆鱗に触れるどころか生えている方向と逆方向に力を込めて無理矢理剥ぎ取るような行為にしかならなかったのである……

 

「泣けば許されるとでも思っておるのか馬鹿者共があああぁぁぁーーーっ!!!」

 

遂に正蔵の怒りが頂点に達し、今まで以上に大きな声で咆哮を上げる。するとその声のせいで閉まっていた扉が蝶番ごと吹き飛び、料理が乗っていたテーブルが悉くひっくり返る

 

「あああっ!!!」

 

テーブルがひっくり返る際、空中に投げ出された料理達を見て夕立が思わず声を上げ、その表情を絶望に染める……

 

そして完全に頭に血が上った正蔵が、とうとうこの言葉を言ってしまう……

 

「もうよい!ここから先は貴様らの力などいらんっ!!!とっとと自分の泊地やら基地やらに帰れっ!!!報酬の事なら成功時と同額払ってやるから気にせんでいい、それが分かったらここから出ていけっ!!!」

 

正蔵がそう叫ぶと、艦娘達は涙を拭いながら次々と大広間から退出していく……

 

 

 

「……もしかして木曾さんが言っていたのはこの事だったんですか……?」

 

「多分な……、俺も正蔵さんからそうするように指示を出されただけだから何とも言えねぇけどな……」

 

先程の正蔵の叫びからしばらくして、大広間には正蔵と海賊団、ショートランドの艦娘と朝潮だけが残っている状態になるのであった

 

そして朝潮が木曾にそう尋ねるのだが、木曾はただただ曖昧な答えを返すだけなのであった……

 

「はぁ……」

 

そんな中、大声を張り上げすぎて疲れたのか、正蔵が溜息を吐く

 

「なあ親分、いくら何でも今のは言い過ぎじゃねぇか……?」

 

「自覚が無いわけじゃないわい、じゃがあれだけ言われても食って掛かるような真似もせんような奴らが、この先でヌ級のような転生個体と遭遇してもカモにされるだけじゃ」

 

「じゃあ何で連れて来たのよ……?」

 

「お前らの戦いぶりを見て奮起するかと思ったんじゃがな……、アテが外れたわい……、まあこの朝潮は例外じゃがな」

 

摩耶と陽炎の問いに正蔵がそれぞれ答え、朝潮の方へと視線を向ける。正蔵に見つめられた朝潮は一瞬ビクリと身体を震わせるも、気を持ち直して姿勢を正し正蔵に問いかけるのであった

 

「あの、私が例外と言うのはどういう事でしょうか……?」

 

「お前さんくらいじゃぞ?あの戦いの後木曾達にコンタクトを取ったのは、他の連中はみ~んな下向いてウジウジウジウジしておった……。あ奴らは落ちてる小銭でも探しておるんか?とか思ったわい」

 

「はぁ……」

 

朝潮の問いに対してこう答え、苦虫を噛み潰したような顔をする正蔵に向かって何とも言えない様な微妙な表情をしながら朝潮はそう返事するのであった

 

「それにその目を見れば分かる、お前さんは強さを求めて木曾達に接触した……、違うか?」

 

「……分かるのですか?」

 

正蔵の言葉を聞いた朝潮は一瞬驚きの表情を浮かべるのだが、すぐに気を引き締めて正蔵にそう尋ねる、すると正蔵はニヤリと笑いながら大きく頷くのであった

 

「伊達や酔狂で長生きしてた訳ではないからのう、どれ……」

 

正蔵はそう言うと指を鳴らし紅吹雪を発動させるや否や、宙を飛び交う花弁を集め即座にテーブルと椅子を形成し、その真っ赤な椅子に「よっこらせ」などと言いながら腰掛けると、朝潮に対面の椅子に座るよう促すのであった

 

「こ、これは一体……っ!?」

 

「こいつについてはお前さんの話を聞いた後じゃ、ささ、遠慮なく座るといい」

 

突然目の前に現れた彼岸花と思わしき花の花弁で出来たテーブルと椅子に驚愕する朝潮だったのだが、それを作り出したと思わしき正蔵が再度椅子に座るようにと勧めて来たので、朝潮は素直に正蔵の言う事聞き正蔵の対面の椅子に座るのであった

 

「正蔵さんの紅吹雪にはこんな使い方もあるのか……」

 

「長く使っているとこんな真似も出来るようになるんじゃよ」

 

驚愕しながら何とか言葉を紡ぐ木曾に対して正蔵がそう返し、今度は大き目のソファーをいくつか作り出して木曾達にも座るようにと勧めるのであった

 

「それで、朝潮は何故強くなりたいんじゃ?」

 

「それは……」

 

正蔵が朝潮に向かってそう切り出したところで、朝潮は力を求める理由をポツポツと話し始めるのであった……

 

 

 

「なるほどのう……、お父上の敵討ちか……」

 

朝潮の話を聞き終えた正蔵がそう呟く、それとほぼ同じくらいのタイミングで木曾、球磨、陽炎、不知火、天津風が目を伏せる

 

朝潮が強くなりたいと思う理由、それはこの戦争の初期ごろに深海棲艦との戦いでその命を散らしてしまった海軍中佐であった父親の仇を討つ為だったのである

 

朝潮は尊敬する父親を奪った深海棲艦を激しく憎み、艦娘になってからは深海棲艦を討ち滅ぼす為に毎日欠かさず己を磨き上げ、戦場でその修練の結果を遺憾なく発揮し数多くの深海棲艦を沈めて来たと言うのであった

 

だがそんな朝潮でもどうしようもない相手と言うものはやはりいるようで、それをどうしたら倒せるようになるのか、毎日の様に試行錯誤していたのだとか……

 

そして今日この日、朝潮は木曾達の戦いぶりを目の当たりにし、この人達なら何か知っているのではないかと思い木曾達に接触したのである

 

そう、朝潮もまた先程目を伏せた5人と同じ復讐鬼だったのである。木曾達が思わず目を伏せたのは、朝潮の話を聞いた時ふと自分達が戦い続ける理由を思い出し、朝潮の気持ちを理解した為である

 

「相分かった!そう言う事なら儂がお前さんに、お前さんが望む力を授けようではないか!……じゃがその前に確認じゃ」

 

正蔵はそう言った直後、正体を隠す為に今の今まで顔を覆っていた頭巾を脱ぎ、朝潮を見据える。朝潮は正蔵の行動に疑問符を浮かべていたのだが、その素顔を見た瞬間思わず驚愕する……

 

「リコリス……棲姫……っ!?」

 

「朝潮、さっきも言ったと思うがお前さんが力を望むなら、リコリス棲姫の転生個体であるこの儂が直々に力を授けようと思うのじゃが……、どうする?」

 

朝潮は正蔵の問いに答えられず、ただただ絶句する事しか出来なかった……



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朝潮の知らない世界

「正蔵さんが……、深海棲艦だったなんて……」

 

正蔵の正体を目の当たりにした朝潮は、驚愕の表情をその顔に張り付けたままそう呟く

 

「細かい事を言えば深海棲艦の転生個体なんじゃがな」

 

朝潮の呟きを耳にした正蔵がそう答える、すると朝潮は怪訝な顔をして

 

「転生個体……?そう言えば先程もそんな事を言っていたような……?」

 

このように答えるのであった、その様子からするとどうやら朝潮は転生個体がどの様なものなのかよく分かっていないようである

 

「何じゃ?朝潮は転生個体の事を知らんのか?木曾よい、お前達は確か長門と協力して穏健派の存在と転生個体の事を日本海軍に伝えたんじゃよな?これはどういう事じゃい!」

 

「いや……俺に聞かれても……」

 

「それってあの報告書の事だよね?なら間違いなく日本海軍に所属する提督のところには穏健派と転生個体の話がいってるはずよ、実際翔鶴さん達から報告書の話を聞いた後に実物を見せてもらったし」

 

正蔵に問われて困惑する木曾に助け船を出すように川内がこの様に答える、すると川内の言葉を肯定する様に球磨以外のショートランド泊地の艦娘達が一斉に頷くのであった

 

「川内、球磨達ラバウル組は報告書なんて物がある事すら知らなかったクマよ……?」

 

「恐らくラバウルの提督がその情報を握り潰したのかもね……、あの人は噂の調査の時も艦隊の士気に関わるからって理由で参加していたし……」

 

「そうだったクマ……、そう言えばあの人は強硬派だったクマね……」

 

川内と球磨がこのようなやり取りを交わす、実際のところ川内の言う通りラバウルの提督は穏健派と転生個体の情報を艦娘達に伏せ、報告書はすぐに焼却処分していたのである。それもこれも艦娘達が深海棲艦と戦う際、動揺したり躊躇ったりしないようにする為、深海棲艦を滅ぼす事に戸惑いを覚えさせないようにする為である

 

「私もそんな物があるなんて知りませんでした……、転生個体については提督からそう言う呼ばれ方をしている変わり種の深海棲艦がいると聞いただけで詳細までは……」

 

「朝潮の方は提督の不手際だな……、明らかに伝えるべき情報が伝わってねぇぞこれ……」

 

川内達のやり取りを聞いた朝潮がそんな事を言うと、それを聞いていた摩耶が頭を抱えながらそう言って溜息を吐くのであった

 

「そういう事じゃったら、儂が転生個体について教えてしんぜよう。いいか?心して聞くんじゃぞ?」

 

正蔵はそう言うと、朝潮に対して懇切丁寧に転生個体について説明し始めるのだった

 

 

 

 

 

「異世界の死者が深海棲艦に生まれ変わる……、ですか……」

 

「そうじゃ、ここに来る途中水上バイクに乗って襲い掛かって来たあの連中も、この儂も1度こことは違う世界で死を体験し、どういう経緯かは分からんがこの世界で深海棲艦に生まれ変わった存在なんじゃ」

 

「補足すっと転生個体になるのは人間だけじゃねぇぞ、犬や金魚、挙句の果てはカブトムシまで転生個体になるんだぜ?」

 

正蔵の話を聞き終えた朝潮がそう呟き、それを聞いた正蔵がおさらいとばかりに今一度転生個体とは何かについて話し、摩耶が太郎丸や金次郎、六助の事を例に出して補足を入れる

 

「待って!金魚!?カブトムシ?!空さんの艦載機が猫だったのは聞いてたけど、そんなのも転生個体になるのっ!??」

 

「ああ、旦那のとこのPT子鬼の金次郎は元琉金だし、浮遊要塞の六助は元々コーカサスオオカブトだったって話だぜ?」

 

摩耶の補足を聞いた川内が驚いた様子で摩耶に尋ね、摩耶はそんな川内に対してあっけらかんとしてそう答える

 

「他にも太郎丸が犬、甲三郎が亀、鷲四郎が鷲、大五郎が熊「クマ?」……いや姉さんの事じゃねぇ、んで最後の弥七が虎だったっけか……」

 

「後半のラインナップがとんでもない事になってるね……」

 

摩耶の言葉に続くようにして木曾が残りのペット衆の話をし、それを聞いた時雨は愕然とする

 

「コーカサスオオカブトって何だか凄く強そうっぽい!」

 

「夕立の姉貴、食い付くところは本当にそこでいいのか……?」

 

そして夕立はコーカサスオオカブトに興味を持ち、それに江風がツッコみを入れるのであった

 

「とんでもないと言えばシゲだな、あいつの艤装はあいつが飼ってたイリエワニとアメリカアリゲーターだって話だぞ?」

 

「あの人達は自分のペットを持ち寄って、動物園でも作るつもりだったの……?」

 

何故か自慢げに語る摩耶に対し、雲龍が頭を押さえながらそんな事を言うのであった

 

「そろそろ話を戻してもいいかのう?」

 

この話題を放置していたら話が進まなくなると判断した正蔵が、ここでペット衆関連の話にストップをかける。すると今まで盛り上がっていた海賊団とショートランドの艦娘達が急に大人しくなる

 

「えっと……」

 

「すまんすまん、取り敢えず転生個体についてはこんなところじゃ。それで、他に何か聞きたい事はあるかのう?」

 

木曾達の話に付いて行けずオロオロしていた朝潮に正蔵が詫びを入れ、他に質問がないかを尋ねる

 

「では……、このテーブルと椅子についてなんですけど……」

 

「ああ、これか。これはじゃのう……」

 

すると朝潮は正蔵が紅吹雪で作ったテーブルに触れながら、紅吹雪について尋ねる。聞かれた正蔵は今度は転生個体特有の能力について触れるのであった

 

 

 

 

 

「そんなものまであるなんて……」

 

「こいつが本当に厄介でのう……、今話題のヌ級やゼッペーの党首も非常に厄介な能力を持っておるんじゃよ」

 

転生個体の能力の事を聞いた朝潮はその顔を真っ青にしながらそう呟く、そして正蔵もそう言って頭を抱えてしまうのであった

 

「私的には正蔵さんの能力も大概だと思うんですけどぉ……」

 

「視界の阻害に通信妨害、物理障壁に防音壁に空中の足場、そして最後はテーブルセット……。正直こんな能力使える奴を敵に回したくないわね……」

 

「不知火のように狙撃メインの戦い方をする者からしたら、視界の阻害は特に厄介ですね……」

 

「空中の足場も、そのうち進化して空を飛べるようになるかもとか考えたら……。地獄絵図しか想像出来ないわね……」

 

正蔵の言葉を聞いた阿武隈、陽炎、不知火、天津風が口々にこのような感想を述べ……

 

「空を飛ぶ……、のう……。ちょっちイメージが出来たわい!この仕事が終わってから試してみようかのう!」

 

天津風の発言が正蔵に更なる力を与えるきっかけを作る事になってしまうのであった……

 

「あ、あの……」

 

「うん、本当にすまん……。まあ能力も厄介なんじゃが転生個体は通常の深海棲艦よりも身体能力が上がってる事が多いんじゃよ。こんな風にのう!」

 

またも置いてきぼりを喰らった朝潮に正蔵が謝罪し、今度はそう言い残して突然正蔵は姿を消してしまうのであった。これに関しては朝潮だけでなく海賊団とショートランドの艦娘も驚く事しか出来なかった

 

そして……

 

「「キャアアアァァァーーー!!!」」「ガオ~☆食べちゃうぞ~♪」

 

大広間の入口付近から少女の悲鳴が2つ、正蔵のおかしな発言が1つ聞こえて来るのであった

 

この場にいる全員が一斉にそちらに顔を向けると……

 

「荒潮!それに満潮までっ!?」

 

荒潮と満潮が正蔵に追いかけられながら大広間に入って来るのであった

 

それを見た朝潮が思わずそう叫ぶ、そうなると今度は朝潮に皆の視線が集中してしまい、朝潮は彼女達について話す事になるのであった

 

朝潮から話を聞いたところ、今正蔵に追いかけられている2人は朝潮と同じくリンガ泊地所属の艦娘で、朝潮と一緒に今回の輸送船護衛任務に参加したのだとか……

 

そして朝潮が2人の事を話している間に、荒潮と満潮は正蔵に捕まってしまいこちらに連れてこられるのであった……



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朝潮型の地獄の始まり

「あらぁ、捕まっちゃったわ~」

 

「このっ!放しなさいよっ!」

 

「お~お~、この満潮は活きがいいのう!こういうのもっと早く見せて欲しかったわい!」

 

正蔵がそんな事を言いながら、先程捕まえた2人を小脇に抱えて朝潮達のところに戻って来る

 

満潮の方は正蔵から逃れようとその腕の中で必死にもがくのだが、正蔵は満潮の抵抗を意に介さず満潮の身体をその腕でガッチリとホールドする

 

対して荒潮は観念したのか、それとも今の状況を楽しんでいるのか、正蔵の腕の中で微笑みを浮かべながら暢気な事を言うのであった

 

「正蔵さん、一体何やってるんだよ……?」

 

「いや~、ここの入口で何かコソコソしておったからのう、取り敢えず捕まえてみたんじゃよ」

 

木曾が呆れながら正蔵に質問すると、正蔵はいけしゃあしゃあとそんな事をほざき朝潮の目の前まで来たところで2人を解放するのであった

 

「朝潮っ!大丈夫っ?!あいつに変な事されてないわよねっ!?」

 

「この満潮は、儂の事を何だと思っとるんじゃ……?」

 

「変な深海棲艦ってところじゃねぇか?いきなりあんな事されりゃそんな風に思われるのも仕方ねぇだろ」

 

正蔵の腕から解放された途端、満潮は朝潮に駆け寄り叫ぶように彼女の無事を確認するのであった

 

そしてそんな満潮の言葉を聞いた正蔵がついそんな事をポロリと零すのだが、その発言を聞いた摩耶が正蔵に対してそんなツッコミを入れる

 

「んで、何であんなとこでコソコソと盗み聞きしとったんじゃ?」

 

「盗み聞き?」

 

「そうじゃ、この2人は儂がテーブルと椅子を作ってる時には、既にあの場所におったんじゃよ」

 

正蔵が2人に質問するのだが、その質問の中に気になる単語があったようで天津風が話の流れを切って正蔵に尋ね、それに対して正蔵があっけらかんとそんな事を言うのであった

 

「それってさっきの話の殆どをこの娘達に聞かれてたって事?」

 

「そう言う事になるのう、まあまたさっきの説明をせんで済むから儂としては助かるんじゃがな」

 

陽炎の問いに対して正蔵が涼しい顔でそんな事を言う

 

「そんな早い段階で気付いていたなら、招き入れてあげてもよかったんじゃないかしら……?」

 

「だって出ていけって言ったばかりだったじゃろ?それなのに今度はまた入ってこいとか流石に虫が良過ぎるし、何よりカッコ悪いじゃろ?」

 

雲龍の疑問に対してはばつが悪そうな顔をしながら答える正蔵であった

 

「っと、話が脱線してしまっとるのう、話を戻すぞい。それで満潮と荒潮はどうしてあの場所にいたんじゃ?まさかお前達も朝潮同様力を欲しておるんか?」

 

「別にそう言う訳じゃないわ」

 

正蔵が2人の目をしっかりと見ながらそう問い掛ける、すると満潮は視線を逸らしながらそう答え……

 

「私達は単に朝潮姉さんを探していただけよ~?今回の事を提督に何て説明したらいいかを皆で話し合おうとしたところで、朝潮姉さんがいない事に気付いて探していたのよ~」

 

荒潮が事情を説明するのであった

 

「なんじゃ、そう言う事じゃったか……。儂はてっきりお前さん達も朝潮同様やる気があるクチだと思っておったんじゃが……、残念じゃのう……」

 

「それなりに実力も向上心もある朝潮だったら、あの戦いを見たら折れるどころか奮起するでしょうね。でも私達はそうじゃないのよ、いつも遠征ばかりやっている何処にでもいる平凡な駆逐艦なのよ……」

 

荒潮の話を聞いて残念がる正蔵に満潮が自虐的に答える、そんな満潮の表情は見る者に物悲しさを覚えさせるのであった

 

「満潮姉さんが言う通り、私達は前線に立たせてもらえない遠征要員なのよね~。確かに前線には立ってみたいとは思うのよぉ?でも今回の戦いを見て、遠征要員でよかったかもなんて思っていたりもするのよね~」

 

「転生個体と言うのが恐ろしい存在だと言うのは、さっきあんたがしっかりと示してくれたわ。だからこそ私達みたいな平凡な艦娘は足手まといにしかならない、私はそう思ってこの件から退く事にしたのよ」

 

2人が揃って後ろ向きな発言をする、それを静かに聞いていた正蔵が口を開こうとしたところで……

 

「気は済みましたか?」

 

唐突に不知火がそんな事を言ったのだ、これにはこの場にいる全員が驚き不知火に視線を集中させるのであった

 

「……何?」

 

「気が済んだかと聞いているのです、貴方達の中にある不満や不安は吐き出し終えましたか?」

 

「それはどう言う事かしら~?」

 

不知火の発言に対して、満潮は怪訝そうな表情を、荒潮は不思議そうな表情を浮かべながら反応するのであった

 

「貴方達の気持ちはよく分かります、不知火も昔はそうでしたから……」

 

「はぁっ!?あんたがっ?!何それ、意味分かんないっ!?あんな狙撃スキル持っておきながらあんたが平凡?ふざけてるのっ?!」

 

不知火の言葉を聞いた満潮が不知火に食って掛かる、だが不知火はそれに一切動じる事無く昔自身にあった事を満潮達に語り始める

 

囚われた天津風を助けに行った時の事や、剛達との演習で自分の弱さに気付いた事など、不知火は当時の事を思い出しながら満潮達に言い聞かせるのであった

 

「皆のお荷物にはなりたくない、もう惨めな思いをしたくない……、だから不知火は剛さんの指導を受ける事にしたんです。剛さんの指導は厳しく、不知火は何度も投げ出そうとしました……。しかしその度にあの時の事を思い出して自分を奮い立たせ、歯を食いしばって頑張ってきました、その結果が今の不知火なんです。だからそんなに卑屈にならず、平凡なら平凡なりに頑張ればいいのです。そうやって頑張っていればいつの日かきっと平凡な自分から脱却出来るはずなのですから」

 

不知火が話し終える頃には満潮も大人しくなり、荒潮共々黙り込んでしまうのであった

 

「俺も動機は違うが不知火と似たようなもんだな、つか摩耶以外の海賊団の艦娘は大体不知火と似たり寄ったりな感じなんだよな」

 

「待て木曾、何であたしを除外した?」

 

「お前はドロップ艦になる前から、色々な大会で賞取るくらいの腕前あっただろうが」

 

「うぎぎ……」

 

不知火の話を聞いた木曾がそんな事を言い、それに摩耶が噛み付くのだがすぐに木曾に論破され、言い返すことが出来ず思わず歯噛みするのであった

 

「私達のエースもこう言っていますが、これでも心変わりはしませんか?」

 

木曾の言葉を聞いた不知火が満潮達にそう尋ねる、すると……

 

「あんた達が努力して実力を手に入れたのは分かったわ、でもどうしろって言うのよ……?今更私達が頑張ったところで、すぐにどうにか出来るようになるわけじゃないんでしょう……?」

 

「確か朝潮姉さんを訓練するみたいな事言ってたけど~、私達ってそろそろ泊地に帰る事になるのよ~?そんな短い時間で海賊団の皆みたいに強くなれるのかしら~?」

 

満潮と荒潮がそれぞれ意見するのであった、だが……

 

「それなら儂に任せておけぇっ!!!」

 

いつの間にか頭巾を被った豪快老人(ゴーカイシルバー)が声を上げる

 

「親分、今度は一体何する気なんだ……?」

 

「気にするでない!それよりもお前さん達の旗艦は何処じゃ?ちょっち案内してくれんか?」

 

摩耶が怪訝そうな顔で正蔵に尋ねるのだが、正蔵はそれを一蹴し満潮達に旗艦の居場所まで案内を頼むのだった。満潮達はそんな正蔵の様子を見て困惑しながらも、頼まれた通り自分達の旗艦のところまで正蔵を連れて行くのであった

 

それから数分後、大広間に戻って来た正蔵の口からとんでもない発言が飛び出すのであった

 

「リンガ泊地からこの3人を借りて来たぞっ!!!そんでこの3人を欧州に辿り着くまで徹底的に鍛えて提督の奴を驚かせてやろうではないかっ!!!」

 

こうして朝潮、満潮、荒潮の3人の地獄が始まるのであった……



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札束ビンタ

大広間に戻って来た正蔵のトンデモ発言を聞いた木曾達は、驚き戸惑い我が耳を疑った

 

「いや借りて来たって……、正蔵さんがここを出てからまだ数分くらいしか経ってないのに、どうやって朝潮達の提督と話を付けたんだよ……?」

 

正蔵はこの大広間から出て、ものの数分でリンガの提督と話を付けてしまったのである。これはどう考えてもおかしい、そう思った木曾が正蔵にどんな手品を使ったのか尋ねてみると……

 

「そりゃ勿論、儂が長年培ってきた交渉スキルでd「よくもまあ、そんな嘘を平然とつけるわね……」あらやだ、ミッチー辛辣ぅ」

 

「満潮、正蔵さんはどんな手段を用いてこんな短い時間で話を付けたのですか?」

 

正蔵が胸を張って話をしようとしたその時、満潮がこめかみに手を当てながら正蔵の話に割って入り溜息をつくのであった。そんな満潮の様子を見た不知火が、満潮に正蔵が何をやったのかを尋ねる。すると……

 

「こいつ、通信機越しに私達の司令官を札束と物資満載のコンテナでぶん殴ったのよ……」

 

「金と物資で釣ったのかよ……」

 

満潮がそう答え、それを聞いた摩耶もまた、満潮の様にこめかみに指を立てるのであった……

 

そう、正蔵は朝潮達の艦隊の旗艦が持っている通信機を使って提督と会話をし、その際正蔵は朝潮達の提督に対して、朝潮達を貸してくれれば今回の報酬を弾む、具体的には結果に関係なく金銭を倍額、各資源も10万ずつ払う事を約束し、もしいい結果が出れば追加でネジも500個ほど渡すと言ったのである

 

最初は正蔵のお願いに難色を示していた提督も、報酬の話が出た途端手のひらギガドリルブレイクして正蔵のお願いを快諾し、朝潮達にエールを送って通信を切ってしまったのである

 

満潮から詳細を聞いた皆がドン引きする、何故ならこれは見方を変えれば正蔵が提督から朝潮達を金で買った様に見えるのである

 

「何じゃお前ら儂の事そんな目で見おって……、儂は朝潮達を買った覚えはないわい、やる事やったらちゃ~んとリンガに返すつもりじゃ!」

 

艦娘達の軽蔑の眼差しの集中砲火を受ける正蔵がそう言った

 

「その辺りは信じてるんだけど……、でももう少しいい方法があったんじゃないかしら……?」

 

「こういうのは可能であるならば金で解決するのが確実なんじゃよ、ここで真面目に交渉してたら朝潮達を鍛える時間が減ってしまうからのう。もしまだ何か抵抗があるならこう考えるんじゃ、南方海域と南西諸島海域の安全を金で買ったとな!金というものはこういう時にこそ使うもんじゃからなっ!!!」

 

正蔵のやり方に雲龍が渋い表情をしながら意見するのだが、正蔵は事も無げにそう返しカッカッカッと笑うでのあった

 

実際のところ正蔵がこの様な手段に出たのは、正蔵が言う通り時間が惜しいからに他ならないのである。朝潮達3人をこの遠征任務中に木曾達と同じくらい戦えるように鍛え上げる、それはつまりこのマダガスカルを発って欧州で用事を済ませ、オーストラリアに戻るまでの短い間しか朝潮達に修行をつけられないという事になるのだ

 

修行をつけられる時間が短くなれば短くなるほど、その修行の内容は濃くなっていってしまい、本当に辛く、苦しく、厳しいものになってしまうのである。そうなると朝潮達が投げ出したり壊れたりしてしまう可能性が出てしまう、正蔵はそれを危惧して札束ビンタからの物資コンテナ叩きつけという手段を使って交渉をとっとと済ませ、修行する時間を作ったのである

 

「っと、交渉云々についてはこの辺りにして、時間が惜しいから今から早速修行を始めるとするかのう。と言っても今日は朝潮達の実力を調べるのがメインじゃから、そこまでハードな奴はやるつもりはないぞい。って事で全員表に出ろぉっ!!!」

 

突然カッカッカ笑いを止めて正蔵が声を張り上げる、それを聞いて

 

「はいっ!よろしくお願いしますっ!」

 

朝潮は正蔵に敬礼しながらそう返し

 

「今からって……、どんだけ時間が惜しいのよ……」

 

満潮が呆れたように、溜息交じりにそう返し

 

「正蔵さんの修行、一体どんなものなのかしら~?」

 

荒潮がにこやかに笑いながらそんな事を言うのであった

 

そんな3人とは対照的に、修行の過酷さを知っているメンバーは正蔵の言葉を聞くなりビクリと震え、その表情を引き攣らせてしまうのであった……

 

因みに、正蔵達が修行の為にホテルを出ているその間に、朝潮達の艦隊の旗艦だった艦娘も含めた正蔵に帰れと言われてしまった艦娘達は、荷物をまとめて自分達の拠点へ帰ってしまったのである

 

尤も、正蔵はその事を予見しており、ガダルカナルからワンコのところに物資を輸送する為に来ていた穏健派の艦隊に彼女達の護衛をする様に頼んでいたのであった

 

 

 

 

 

 

さて、他の艦娘達が自分達の拠点に戻っている中、正蔵達はホテルを出るなりここに来る途中に正蔵が見つけたと言う浜辺へ走って向かうのであった。その距離大体2.7km

 

「なんじゃ?もうへばったんか?」

 

「だ、大丈夫です……、まだやれます……」

 

「いや、無理しなくていいからな……?」

 

肩で息をする朝潮に向かって、皆を置いていきそうな勢いで全力ダッシュで先頭を突っ走っていた正蔵がケロリとした顔で尋ねる。それに対して朝潮は大丈夫だと返すのだが、傍から見るととても大丈夫そうには見えなかったので、同じ距離を走っていながらピンピンしている木曾が心配そうにそう言うのであった

 

「あらあら……、あのお爺ちゃん……、本当に……、凄いのね~……」

 

「何で……、あの距離を……、あんな陸上短距離……、みたいな速さで走って……、ピンピンしてる……、のよ……?」

 

その様子を見た荒潮と満潮は、朝潮同様ゼェゼェと荒い息をしながら呟く

 

「あたし達は普段からこれくらいやってっかんな~……」

 

「慣れって怖いですよね……」

 

満潮の呟きを聞いた摩耶と阿武隈が、苦笑混じりにこんなやり取りを交わしていた

 

「海賊団が平然としてるのは……、まあ分かるクマ……。けど夕立も……、何事も無かったかのように……、してるのは……、納得いかねぇクマ……」

 

「夕立は空さんと一緒に鍛錬してるっぽい!だからこのくらいなら全然平気っぽい!」

 

そんな摩耶達を見ていた球磨が呟くようにそう言うと、夕立がえっへん!とばかりに胸を張ってそんな事を言うのであった。実際、空の鍛錬は正蔵の修行ほどではないが、艦娘からしたらかなりハードな内容になっているので、空と共に鍛錬をこなす夕立もまた、海賊団レベルに鍛え上げられているのである

 

「ウォームアップでこれか……、これは鍛え甲斐がありそうじゃのう!」

 

「だからと言って、無理させ過ぎるのも考え物だと思いますけどね~……」

 

正蔵が言葉を発したその時、海の方から唐突に声が聞こえて来るのであった。その声を聞いた途端ショートランドの艦娘と朝潮達が警戒心を高めるのだが、海賊団が全く警戒しない様子を見て皆揃って不思議そうな顔をするのであった

 

そんな事をしていると、海の中から何かが姿を現し朝潮達の方へと近付いて来る。そしてある程度距離が縮まったところで……

 

「あれは……、水母棲姫……っ!」

 

朝潮が近寄って来る存在が何者であるかを確認し、敵意丸出しの視線を向けながらそう言ったその時だった

 

「何じゃ剛、お前さんも修行に参加するんか?」

 

「ええ、でもどちらかと言えば教官の方で参加したいな~って思ってるんですけど~……、それでもいいですか?」

 

正蔵が水母棲姫に話しかけ、水母棲姫も平然と正蔵のその問いに答える。その様子を見た海賊団以外の艦娘が混乱し始めたところで

 

「あの方は稲田 剛さん、不知火達が所属している海賊団の相談役を務めている方です」

 

「あたしと不知火の射撃の師匠でもあるな、あたし達の射撃テクがスゲェ事になってるのはあの人のおかげなんだぜ。もし射撃関係で伸び悩んだ時は相談してみな、きっと親身になって聞いてくれるはずだからな!」

 

空気を察した不知火が剛の事を紹介し、それに続く様に摩耶がこんな事を言うのであった

 

「ふむ……、そうじゃのう……、摩耶達もこう言っとるし何より儂は射撃に関してはサッパリじゃからな……。相分かった!剛、こいつらの射撃関係の教官をしてやってくれ」

 

「ありがとうございます♪そういう訳だから、しばらくの間よろしくね~☆」

 

摩耶達の話を聞いていた正蔵が、剛のお願いを聞き入れて剛を射撃の教官に任命し、剛は正蔵に感謝の言葉を述べ、それから摩耶達の話を聞いて未だに驚いている艦娘達の方へと向き直り、ウインクしながらそんな事を言うのであった

 

こうして朝潮達の修行に鬼教官が加わり、修行は更に過酷なものになるのであった



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龍と鶴の約束

朝潮達が剛と遭遇していた頃、ショートランド泊地内に設置されたベンチで眠りこけていた空は、後頭部に感じる柔らかさに気付きその正体を確認する為に重い瞼を持ち上げるのであった。そして寝起きの為ぼんやりとした空の視界に飛び込んで来たのは……

 

「あっ……、おはようございます、空さん」

 

そう言って空に微笑みかける翔鶴の顔と、彼女の性格とは対照的にやや自己主張が強い彼女の双丘であった

 

空はそれを認識した瞬間、意識を完全に覚醒させその映像を網膜に焼き付け、頭の中のSSDと心の中のHDD、そして魂の中にあるフラッシュメモリにしっかりと保存する。そしてその直後、空は自分が彼女に膝枕をしてもらっている事に気付くのであった

 

「ああ、おはよう、翔鶴」

 

空は頭の中で先程記憶した映像を、脳内翔鶴フォルダに移しながら彼女に挨拶を返す

 

「こんなところで眠ってしまうなんて……、余程疲れていたみたいですね……」

 

「心配させてしまって済まないな……」

 

空が翔鶴に挨拶を交わしたところで、彼女は心配そうな顔をしながらそう尋ねてくる。そんな翔鶴の表情を見た空は、少々申し訳なさそうにそう答えるのであった

 

「ええ本当に……、朝の哨戒任務を終わらせて戻って来たら、空さんがこんなところで眠っているんですよ?最初見た時は本当に驚いてしまいました、空さんの身に何かあったんじゃないかって……、私、本当に心配したんですよ……?」

 

「いや、本当に申し訳ない……。ようやく泊地の修繕が終わってな、それで気を抜いていたら眠ってしまったようなんだ……」

 

翔鶴がそう言いながらその表情を見る見るうちに暗いものへと変えていく様子を見て、空は罪悪感に駆られまたも謝罪するのであった

 

すると翔鶴の表情は先程とは打って変わって、恥ずかしそうにその頬を紅く染めていき

 

「そうだったんですね、それでその……、こんなところで寝ていると風邪をひきますよって、私、空さんに何度も話しかけたんですが……、一向に起きる気配がなくって……、あの……」

 

彼女はしどろもどろに話し始める、空はその話を聞いてる最中に自分の身体にタオルケットが掛けられている事に気付き、彼女が何を言おうとしているのかを察するのであった

 

彼女は何度話しかけても中々起きない自分を居住スペースに運ぼうとしたのだが、自分を抱き上げたまま工廠まで移動するのは骨が折れると判断し、いっそ目が覚めるまでここで寝かせる事にしたのだろう

 

そう考えた彼女は自分が風邪をひかないようにと、自分の居住スペースからタオルケットを持ち出しかけてくれたのだと空は考えた

 

だがそうなると疑問に思う点が1つ浮かび上がる、何故翔鶴はタオルケットを持ってくるついでに枕を持ってこなかったのか……。そこまで考えたところで、空はある仮説を立てる

 

もしかして翔鶴は意図的に枕を持って来ず、自分の膝を使って膝枕をしているのではないかと……

 

そう考えた途端、空の頭の中で完全勝利した時専用BGMが流れ始める。それと同時に身体中に力が漲り未だ身体に残っていた疲労感が全て吹き飛んでしまう、今までのアプローチは全て無駄ではなかったと……、頑張って来た甲斐があったと……、そんな事を考えながら空は心の中で右腕を天高く掲げるのであった

 

「あの……、空さん……?」

 

空がそんな事を考えていると、不意に翔鶴が不思議そうに空の顔を覗き込む、それに気付いた空は柄にもなく慌て……

 

「ああ、いや、何でもない、気にしないでくれ。それよりも俺はもう大丈夫だ、ずっと俺の頭を乗せてて辛かっただろう、すぐ退くから……」

 

そう言いながら空は身体を起こそうとするのだが、それを翔鶴にやんわりと止められてしまう

 

「空さんは3日も寝てないんですよね?もしかしたらまだ疲れが残ってるかもしれません、だからもうしばらくゆっくりしてていいんですよ?」

 

彼女はそう言うのだが、空の方は先程の思考で疲労感は消滅し、修羅をも凌駕する存在となってしまっており、今ならヌ級すら容易く倒せるだろうと思えるほど気分が高揚しているのである

 

ただまあ、空も男なので今の光景と翔鶴の感触を満喫したいとは思うのであるが、理性がそれを許してくれず、翔鶴にこれ以上迷惑を掛けまいと何とか起き上がる方法を模索する。そして……

 

「それなら問題ない」

 

「えっ?」

 

空は翔鶴に向かってそう言って、正蔵との修行の際に極める事に成功した【集気法】を使って見せるのであった

 

翔鶴は突然キラキラと輝き出す空を見て驚き、それが収まった後に空にこの現象の事を尋ねて更に驚くのであった

 

「これが空さんの能力……」

 

「厳密には違うのだが……、まあ些細な事だな。っとそれはそうと本当に済まなかったな、翔鶴にも予定があるのにこんな事に付き合わせてしまって」

 

「あっいえ、お気になさらないで下さい。実は今日は朝の哨戒の後はお休みになっていて、これと言った予定がないんです」

 

空と翔鶴がこのようなやり取りを交わしている中、翔鶴の言葉を聞いた空に電流が走る……。予定がない……、だと……?その瞬間、空は物凄い速度で思考を巡らせある事を思いつくのであった

 

「そうか……、予定がないのか……」

 

「はい……、実は哨戒任務が終わった後はどうしようかと悩んでいたところなんですよ……」

 

「ふむ……、だったら翔鶴、少し付き合ってもらえないか?」

 

翔鶴が予定について悩んでいたと聞いた空は、先程の思い付きを実行に移す為にそう切り出すのであった

 

「あっはい、それで何をしたらいいのでしょう?」

 

「何、大した事じゃない、ちょっと俺と一緒にシドニーに買い物に行かないか?」

 

空の言葉を聞いた翔鶴が、瞬時に顔を真っ赤にして硬直してしまう。そう、空が先程思いついたのは翔鶴とデートしようというものだったのである

 

「居住スペースを作った時に気が付いたのだが、俺の服が現状これしか無いのでな、洗い替えや部屋着、外出用の服も確保しておきたいんだ。だが俺のセンスだと周囲にドン引きされてしまう事が多くてだな……、そこで翔鶴に俺に合いそうな服を選んでもらおうと思ってるんだが……、頼めるか?」

 

空は今自分が着ている空母棲姫の服を引っ張りながらそう言うのであった、服飾に関しては司に頼めば間違いないのだが、生憎その司が輸送船護衛艦隊の護衛に出ている為服を作ってもらうのに時間が掛かり過ぎてしまうのである

 

泊地の修繕をしながら龍気の事と並行して服の事を考えた結果、買った方が早いと思い至り機会があれば買いに行こうと考えていたところで、今回の翔鶴の発言が飛び出して来たのである。こうして空はこれ幸いとばかりに思考を巡らせてこれを理由に翔鶴をデートに誘おうと考えたのだ

 

「えっ……、あの……、それって……?」

 

「まあ、そういう事になるな……。……もしかして嫌だったか?」

 

我に返った翔鶴がアタフタしながら何かを言おうとしたので、空はその内容を察して翔鶴の言葉を肯定した後少々悲し気に翔鶴にそう尋ねる。すると……

 

「いっいえっ!全然そんな事はなくてっ!そのっ!えっと……、はっはいっ!この翔鶴、その任を全力で全うさせて頂きます!」

 

かなり緊張した様子で翔鶴はそう答え、準備があるからと言い残しそそくさと自室に戻ってくのであった

 

その場に残された空は提督に外出許可をもらう為に執務室に向かい、超ハイテンションになっている提督から翔鶴の分と合わせて許可をもらい、翔鶴と待ち合わせしている間にシドニーのショップ関係の情報を徹底的に集め、その脳内に刻み込むのであった

 

因みに、何故提督がハイテンションになっているかについてだが、以前提督が戦治郎に頼んでいたガンダム型パワードスーツが完成したとの情報を受けたのが原因だったりするのである



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龍と鶴の逢引

空がシドニーのショップ情報を頭にインプットし終えたところで、彼の方へと向かってくる足音が1つ聞こえて来る。空がそちらへ視線を向けると、私服に着替えこちらに慌てた様子で駆け寄って来る翔鶴の姿がその目に映るのであった

 

その姿はいつもの凛々しく美しいものとは違い、どちらかと言えば可愛らしさを感じるものであると空は思うのであった。当然の事ながら、空はこの姿もしっかり脳内翔鶴フォルダに保存する

 

「すみません、遅くなりました!」

 

「特に急いでいる訳ではないから、もう少しゆっくり来てもよかったのだが……。転んで汚れが付いてしまったら、折角の可愛らしい姿が台無しになってしまうからな」

 

息を切らせながら謝罪する翔鶴に対して、空が微笑みかけながらそう答えると翔鶴は恥ずかしそうに視線を逸らし沈黙してしまうのであった

 

「翔鶴も来た事だ、早速……、っとその前に……」

 

空がそう言いながらライトニングⅡを展開し、中から何かを取り出す

 

「それは……?」

 

「変装セットだ、今から街中に行く訳だからな、俺達の姿は深海棲艦のものだからそのままの姿で行くと騒動になりかねん」

 

空がライトニングⅡから取り出した物を不思議そうに見つめる翔鶴に、空はそう答えながら変装セットを装着していく。その内容は黒髪ロングストレートのウィッグに、色が薄いサングラスと非常に簡素なものとなっている

 

本当はマスクや含み綿、帽子に衣装もあるのだが、マスクは日本でなら兎も角海外だとマスク着用者=病人のイメージが強く、マスクを着用して表を歩けば変な誤解をされる可能性が高い為使う事が出来ず、含み綿は途中で食事をするつもりでいる為使うのを避けた。最後の帽子と衣装だがこれはどちらも女性用のものなので、翔鶴とのデートで着るのはどうかと思った空が使うのを拒んだのである

 

「よし、こんなところだろう……。待たせてしまって済まないな、では行こうか」

 

空がサングラスを掛けウィッグを被って髪型をポニーテール状に結ったところで、翔鶴に向かって声を掛け、ライトニングⅡに乗る様に促すのであった

 

翔鶴もそうなるだろうと予測していた様で、空の言う事に素直に従ってライトニングⅡに跨る様にして搭乗し、それを確認した空もすぐに翔鶴の前に搭乗してライトニングⅡを起動しエンジンに火を入れる

 

そしてしばらくするとライトニングⅡが垂直に上昇し始め、ある高さに至ったところで空中で停止するのであった

 

「これから出発する訳なんだが道中でもしかしたら強硬派の対空射撃を受ける可能性が考えられる、もし実際にその様な状況に陥った場合機体を激しく動かす事になるから、落ちない様にしっかりと掴まっていてくれ」

 

「は、はいっ!それではその……しっ失礼します……っ!」

 

発進前に空が翔鶴に注意事項を伝えたところ、翔鶴は頬を染めながら恐る恐るといった様子で空の腰に腕を回し、落ちないようにしっかりと空に抱き着くのであった

 

正直、翔鶴のこの行動は空にとって予想外の事であった。空はライトニングⅡ本体に掴まる様にと言ったつもりだったのだが、どうやら翔鶴は空に掴まる様にと解釈した様なのである

 

翔鶴に抱き着かれた瞬間、空は表には出しはしなかったものの内心では非常に驚くと同時に、背中に当たる柔らかい感触に思わず歓喜の咆哮を上げるのであった

 

「よし掴まったな、では行くぞっ!」

 

空が出発を宣言すると同時にライトニングⅡが前進を開始するなり一気に加速、見る見るうちにショートランド泊地が小さくなっていくのであった。その際、翔鶴が可愛らしく短い悲鳴を上げていたのを空は聞き逃さなかった

 

「これは……っ!凄まじい速度ですね……っ!」

 

「今回は翔鶴が乗っている事もあって、速度は抑えているんだがな。こいつはその気になれば音速飛行も可能だぞ、まあ今回はやらないがな……」

 

目を閉じて必死になって空にしがみつく翔鶴が空に向かってそう尋ねると、空は涼しい顔でそう答えるのであった

 

それからしばらくすると翔鶴もライトニングⅡの速度に慣れたのか、道中で他愛もない話をする様になるのであった。尚、道中では空が懸念していた強硬派との遭遇もなく、平和な時間を過ごす事が出来たのだった

 

そうこうしている間に空の視界にシドニーの街が見えて来る、普通に考えればここでオーストラリア空軍とドッグファイトを展開するところなのだろうが、そんな事にはならなかった。何故なら空が提督に外出許可をもらった際、提督がオーストラリア海軍に話を通しておいてくれたからである。因みに空の着陸地点もシドニーにあるオーストラリア海軍基地の敷地内だったりする

 

こうして空達は無事にシドニーに辿り着き、予め準備してもらっていた車を使い目的地まで移動するのであった

 

「それで、最初は何処に向かうのでしょうか?」

 

「それなんだが、先ずは部屋着を買っておこうと思ってな……、っとここだな」

 

空が運転する車の助手席に乗った翔鶴が尋ねたところで、空はこの様に返し車を停めて最初の目的地に到着する。翔鶴がそのショップを目にするなり怪訝そうな表情を浮かべる

 

「ここって……」

 

「見ての通り、作業服などを取り扱っているショップだ」

 

空はそう言ってショップの中に入っていく、その様子を見た翔鶴は疑問を抱えながらも空の後を慌てて付いて行くのであった

 

ショップ内を歩き回り目的の物を発見した空は早速物色を開始、その中からいくつかの候補を選び出すのであった。それを見た翔鶴が空に尋ねる

 

「それは……、作業ツナギですか……?」

 

「ああ、俺はツナギを部屋着にしているんだ。トイレの時こそ不便ではあるが、思いの外動き易くてな。まあ仕事の時よく着ているものだから着慣れていると言うのもあるのだが……っと、こんなところか」

 

空は翔鶴の問いに対してこの様に答えながら、先程選び出した候補の中から5着ほどを選出する。空がどの様なものを選んだのかが気になった翔鶴は、空が手に持っているツナギを見るのだが、その全てが迷彩柄のものなのであった。違いがあるとしたら、森林用、砂漠用、市街地用、雪上用、そして夜間迷彩であると言ったところだろうか……

 

空はそれらのツナギを手に意気揚々とレジに並ぶ、そんな空の背中を眺めながら翔鶴はある言葉を思い出す

 

『俺のセンスだと周囲にドン引きされてしまう事が多くてだな……』

 

空が翔鶴を買い物に誘った時に言った言葉である

 

この言葉を思い出した翔鶴は、自分の役割がどれほど重要なものなのか、ここに来てようやく気付くのであった

 

部屋着はまあ空のセンスで選んだもので問題はないだろう、だが外行きの服となるとそういう訳にはいかない、場合によっては自分や戦治郎達も好奇の目に晒される可能性があるのである

 

それだけは何としてでも避けたい、そうならない為にもここは自分が何とかしなければいけない、翔鶴は心にそう固く決意するのであった

 

翔鶴がそんな事を考えている間に、会計を済ませた空が戻って来て次の目的地に向かう事になる。そこで翔鶴は空に提案してあるショップに向かってもらう事にしたのであった

 

そうして向かった先は、男性用のスーツをメインに取り扱っているショップであった

 

そう、翔鶴はこう考えたのである。空のセンスに問題があるのならば、空を自分のセンスに染め上げてしまえばいいと……

 

「さあ行きましょう!私が空さんに似合う服を選びますので、楽しみにしていて下さいねっ!」

 

翔鶴はそう言って空を伴ってショップの中へと入っていくのであった



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鶴の好み

先程の宣言の後から翔鶴の様子がおかしい……、そう思った空が翔鶴に話しかけたところ……

 

「どうしました?」

 

翔鶴は笑みを浮かべながらこの様に返すのだが、空はその笑顔に途轍もない威圧感を感じ押し黙ってしまうのであった……。後に空はこう語る……

 

「あの時の翔鶴には、やると言ったらやる……『凄味』があったッ!」

 

そして翔鶴に気圧された空は大人しく翔鶴の後に続き、ショップ内のスーツ売場に辿り着くのであった。そしてその直後

 

「それでは空さん、私はこれから空さんによく似合うお洋服を選んで来ますので、空さんは試着室の中で待っていて下さい」

 

翔鶴がそう言い残してスーツ売場に向かい、真剣な眼差しで空のスーツを選び始める。そんな翔鶴の姿を見た空はあるものを思い出す、そう、今の翔鶴のその眼差しが敵艦を発見し攻撃を仕掛ける為に艦載機を発艦させる際、矢をつがえ狙いを澄ます時の眼差しと全く同じである事を思い出してしまうのであった……

 

そうまでして自分の服を選んでくれる翔鶴に対して、空は感動を覚え彼女を信じて言われた通りに試着室の中で待機する事にしたのであった。それからしばらくしたところで、翔鶴が大量のスーツを抱えて試着室のカーテンを開き

 

「お待たせしました!取り敢えず目ぼしい物を持ってきましたので、試着してみて下さい!」

 

そう言って先程選んだ大量のスーツを空に手渡すと、翔鶴は試着室のカーテンを閉じて空が着替えるのを試着室の外で待つのであった

 

ただその時、翔鶴の目がやたらキラキラと輝いていた事に空が気付く。それは何処からどう見ても空のスーツ姿を期待する眼差しであった

 

こうして空は翔鶴が選んだスーツを試着する事になったのだが、空はその手の中にあるスーツを見て少々困惑してしまうのであった。何故なら翔鶴が選んだスーツは全て黒、男は黒に染まれと言わんばかりに真っ黒だったのである

 

「まるで礼服だな……」

 

空は思わずそう呟きながらも、翔鶴の期待に応える為にも着替え始めるのであった

 

 

 

「お疲れ様でした、空さんはスタイルがいいのでどのスーツも本当によく似合いますね……」

 

翔鶴が持って来た分の最後のスーツの試着を終わらせたところで、翔鶴がウットリしながらこのような事を言うのであった

 

「そうか、ありがとう翔鶴。しかし、最初は黒のスーツばかりで困惑してしまったが、実際に着てみると中々良いものだな。この身体だと特にそう感じるな」

 

空は翔鶴に礼を述べ、試着室の中で考えた事を思い返す

 

翔鶴に渡されたスーツに袖を通し、試着室の鏡を見た空は思わず感嘆の声を上げるのであった。今まで着ていた空母棲姫の服もそうなのだが、空母棲姫となった空のその真っ白な肌や髪とスーツの黒が鮮やかなコントラストを描き、美しさを見事に演出していたのである

 

これが他の色だったらこうはいかなかっただろう、まあネイビー系の色だったらまだマシではあるだろうが……、空は鏡に映る自分の姿を見ながらそんな事を考えるのであった

 

「ええ、私もその事を頭の隅に置きながら選んでみたんです。ちょっと不安だったんですけど、空さんに気に入ってもらえたようで本当に良かったです♪」

 

自分が選んだスーツを気に入ってもらえたのが嬉しかったのか、翔鶴は微笑みながらこの様な言葉を紡ぐのであった

 

「そのおかげでどれを買うか本当に迷う事になったがな……、取り敢えずこの3着を買おうと思う」

 

空はそう言って3ピースと言うジャケット、ベスト、スラックスがセットになっているスーツを3着購入する事にした。この3着は色が黒でスラックスがワンタックであるところまでは共通なのだが、襟の形状がノッチド・ラペル、ピークド・ラペル、ピークド・スリムとそれぞれ異なる形状をしていたりするのであった

 

空がその3着を手にレジに向かおうとしたその時だった

 

「あの……、空さん……?ちょっとお願いが……」

 

「……っ!……どうしたんだ?」

 

翔鶴が空の服を引きながら、上目遣いでお願いして来たのである。空はそんな翔鶴の姿を見た瞬間昇天しそうになるのだが、何とか踏みとどまってその映像を脳内翔鶴フォルダに保存しながら返事をする

 

「ちょっと空さんに試着してもらいたい服を見つけてしまいまして……」

 

翔鶴は上目遣いのまま、申し訳なさそうに、オズオズとした様子でそんな事を言ってきたのである。空はその様子を今度は動画として翔鶴フォルダに保存しながら、服を選んでくれたお礼と言う事で翔鶴のお願いを聞く事にしたのだった

 

そういう訳で翔鶴のお願いを聞く為に、彼女の後に続いて目的地に向かった空だったが、そこに並んでいるスーツを見て思わず驚愕してしまうのであった

 

そこにはモーニングコートや燕尾服と言った、格式の高い礼服ばかりが並んでいたのである。我に返った空がまさかと思いながら翔鶴の方を見ると、彼女は先程よりも強く目を輝かせながら空の事を見つめていたのである

 

翔鶴のお願い……、それはモーニングコートや燕尾服を着た空の姿を見せて欲しいと言うものだったのである

 

ここで空はある推測をするのであった、もしかしてこの翔鶴は制服フェチ……、正確にはスーツフェチなのではないかと言うものである

 

未だに期待の眼差しを空に向ける翔鶴、その瞳を濁らせる訳にはいかない、先程の約束を違える訳にはいかない……、そう思った空は意を決してモーニングコート一式と燕尾服一式を手に取り試着室へと突撃する。そんな空の背中を翔鶴は満面の笑みを浮かべながら追いかけ、先程と同様に空が着替え終わるのを試着室の外で待つのであった

 

試着室の中、燕尾服に着替えた空が改めて今の自分の姿を鏡で確認する。するとそこには燕尾服を身に纏った見目麗しい空母棲姫の姿が映されるのであった

 

それを見た空は何とも言えない複雑な気分になるのだが、それを頭から追い出すように首を振り、これも翔鶴の為だと決心し試着室のカーテンを勢いよく開く。すると勢いよく開いたカーテンに驚いた翔鶴がそちらに目を向けた際に空と目が合い、それを認識したところで翔鶴は空が着替え終わった事に気付いてすぐさま空を頭のてっぺんから爪先までじっくり観察し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その身体をキラキラと輝かせるのであった、その様子を見た空は翔鶴がスーツフェチである事を確信するのであった

 

その後空が翔鶴に感想を聞く為に話し掛けるのだが、翔鶴は自分の世界に旅立ってしまった様で全く反応してくれなかった

 

そういう訳で空は燕尾服の感想を聞くのを後回しにし、今度はモーニングコートに着替え始めるのであった。その最中に翔鶴が我に返り、慌てた様子で何か言っていたのだが今はスルーしようと思う空であった

 

そしてモーニングコートに着替え終わった空が再び翔鶴の前に姿を現す、すると翔鶴は先程までアタフタしていたのを急に止め無言で空の姿を観察し、静かに……、ただ静かに……、一筋の鼻血を垂らすのであった……

 

「まさか鼻血を垂らすとは……、翔鶴、いくら何でも興奮し過ぎだ……」

 

「……えっ?……あぁっ!すみません!本当にすみませんっ!!!」

 

今度は話し掛けたところですぐに我に返る翔鶴、そして空の言葉を聞いたところで自分の鼻に手を当て、その手に血が付いている事に気付いたらまたもやアタフタと慌てふためき出すのであった。そんな翔鶴の様子を見た空は、自分のいつもの服からハンカチを取り出して翔鶴を落ち着かせてから、翔鶴の頬にそっと手を添えながらその鼻血を優しく拭ってあげるのであった



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炎と提督

これは空がシドニーで翔鶴とのデートを満喫している間に発生した出来事である……

 

 

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

シゲが咆哮を上げながら、その両手から2つの巨大な火の玉を発生させる。そしてそれからしばらくすると、シゲが生み出した火の玉が徐々に巨大な火の鳥へとその姿を変えていき、やがて完全に姿を変えたところでシゲ達に向かって突撃してくるゼッペーの支持者達へと向かって飛翔するのであった

 

「焼き尽くせっ!カイザーフェニックスッ!!!」

 

シゲの叫びに答える様に生み出された2羽の火の鳥が翼を羽ばたかせて加速し、その内の1羽が先頭に立ってシゲ達に向かってくる支持者に直撃、その刹那火の鳥が爆発するや否や凄絶な火柱を上げて火の鳥の直撃を受けた支持者の周囲にいた者達を次々と飲み込み、灰や炭すら残さず焼き尽くしてしまうのであった

 

「これだけで終わると思ってんじゃねぇぞキ〇〇イ共おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

未だ火柱が猛り狂う中シゲが叫びながら炎を纏って飛び上がり、火柱の中へと突っ込んで行き……

 

「スピキューーールッ!!!燃え尽きやがれえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

シゲがそう叫んだところで火柱が凄まじい勢いで爆ぜ、更に広範囲に被害を及ぼすのであった

 

しかし、ゼッペーの支持者達はその光景を目の当たりにしようがお構いなしに突っ込んで来る。奴らが目指す先……、そこには人間サイズのEx-Sガンダムと日向、そして彼らを護衛する伊吹がいるのであった

 

「ったくシゲの奴……、数匹討ち漏らしおって……。フォローするワシの身にもなって欲しいもんじゃ……っと!」

 

伊吹がぶつくさと文句を言いながら、迫って来たゼッペーの支持者の1人に巨大過ぎる銃剣を突き立て、そのまま引き金を引いて凄まじい速度でとんでもない数の散弾をその身に叩き込み、串刺しにした支持者をあっという間に挽肉に変えてしまうのであった

 

しかし伊吹は相手を仕留めても引き金から指を外す様な事はせず、未だ散弾を吐き出し続ける銃口をそのまま右往左往させる。そうする事で他の討ち漏らしにももれなく銃弾をお見舞いしているのである

 

その範囲内にシゲがいたとしてもお構いなしに散弾をばら撒く、何故なら今のシゲは文字通り熱く激しく燃えており、散弾がシゲに当たる前に燃え尽きてしまう事を伊吹が知っているからである

 

「流石は海賊団と穏健派の若手エースと言ったところか……」

 

その光景を見守る日向がそう言って腕を組み何度も頷いていた、その姿は目の前で繰り広げられる地獄絵図を認めきれず現実逃避しているように見えていた……

 

「ごめん日向……、俺さ……、転生個体の戦い舐めてたわ……」

 

日向の隣に並び立つEx-Sガンダムが、日向に向かってそんな事を言うのであった

 

このEx-Sガンダム、正体はショートランド泊地の提督なのである

 

そもそも何故このような状況になっているのかについて説明すると、シゲと伊吹がEx-Sガンダム型パワードスーツを完成させショートランド泊地に届けた際、提督がEx-Sパワードスーツのテストついでに翔鶴達の報告の中にあったちゃんぽん要塞をこの目で見てみたいと言い出したのである

 

それが原因で提督と日向が少しの間揉めたのだが、どうせ戻るつもりだからと言う理由でシゲ達が提督の同行を許可、それを聞いた日向がこうなっては仕方ないと言う事で提督の護衛の為に同行する事になったのである

 

そしてその道中、ブカ島沖でゼッペーの集団と遭遇してしまいシゲ達は已む無く戦闘になってしまったのである

 

その戦いの中で日向と提督はシゲ達の戦いを目の当たりにして、その迫力に完全に圧倒されてしまいこの様な事になってしまっているのである

 

特に日向の驚きは凄まじいものとなっていた、日向は空の戦いを知っていた為シゲの戦いもそれと同じくらいだと思っていたのである。だが現実は果てしなく無情だった……

 

シゲは日向達の前でも遠慮なく能力を使用し、次から次へと立ち塞がるゼッペー支持者達を光の粒子へと変えていく。多少火柱から離れたところにいる相手には、空と比較したら見劣りするものの、自身に向かって振るわれれば冗談では済まされないような体術を駆使して殴り飛ばし蹴り飛ばし、情け容赦無く火柱の中へと放り込んでいくのだった

 

そしてシゲの派手な戦闘のせいで隠れがちだが、伊吹の戦いも日向の想像を軽く超えていたのであった

 

普通の人間では持ち運ぶ事すら一苦労しそうな巨大な機関銃にこれまた巨大な銃剣を取り付け、それを軽々しく平然と振り回し相手を両断したりまとめて串刺しにしたりと大暴れし、相手と間合いが開けばその重機関銃が火を噴き相手とその周囲にいるものをあっという間に挽肉にしてしまう

 

伊吹の攻撃方法はそれだけでは留まらず、腹から生える艤装の口から乱杭歯付きのドリルが飛び出し、相手にドリルを突き刺すと同時に高速で回転を開始、グチョグチョと言う生々しい音を立てながら相手の肉を内側から抉り続け、最後はトドメとばかりにその傷口に砲撃を叩き込み相手を爆砕してしまうのである

 

日向は2人の戦いを見てこれが自分達に向けられたらと考えるのだが、どう足掻いても凄惨な映像しか頭に浮かばなかった為、今の様に現実逃避する事にしたのである

 

「日向……」

 

そんな中、不意に提督の声が聞こえて日向は我に返る。そして提督は日向の返事を待たずして言葉を続ける

 

「転生個体がヤバイヤバイって騒がれてるけどさ……、俺正直実感なかったんだよな……。空さんの強さについてもぶっちゃけ半信半疑だったんだわ……、けど今日から見方変えるわ……」

 

提督は震える声でそう宣言する、まあ現場を見ていない者には例え何度話を聞こうとも、転生個体の脅威が如何なるものなのか想像しにくいところがあるので、日向はこれについては仕方ないと思っていた

 

だが提督は今回この戦いを目の当たりにした事で、転生個体への認識を改めると決意してくれた、日向にとってそれは本当に喜ばしい事なのであった。何故ならそれによって泊地から転生個体の犠牲になる艦娘が減る可能性が生まれたからである

 

「こんな化物みたいなのに人間が……、普通の艦娘が勝てる訳ねぇだろうがよおおおぉぉぉーーー!!!」

 

「「誰が化物だ(じゃ)っ!!!」」

 

「おめえら以外に誰がいるってんだよコンチクショウ共っ!!!」

 

提督の叫びを聞いたシゲと伊吹が戦いながらも声を揃えて提督に噛み付く、だが提督も負けじと言い返すのであった

 

その後、提督と日向もシゲ達を援護する形で参戦し、ゼッペーを無事殲滅する事に成功するのであった

 

それからちゃんぽん要塞に到着するまでの間、提督はシゲ達に改めて転生個体に関する事を根掘り葉掘り質問するのであった。そしてそれで得た情報をしっかりとまとめ、今後の艦娘の運用と泊地の防衛に活かす為に、転生個体の対策を立てる為に思考を巡らせるのであった

 

そうしている間に一行は目的地である海戦ちゃんぽん要塞に到着し、今ではここの名物料理となったちゃんぽんを堪能、それから要塞内を視察して回り最後に要塞の工廠に入ったところで、提督がある物を発見するのであった

 

「これは……、まさか……っ!?」

 

「応、そのまさかじゃ!まあこいつはまだ未完成なんじゃがな……、完成したら提督さんのところにすぐ持ってっちゃるけぇのう!」

 

「伊吹……、お前神か……?」

 

「いや、これ以上提督に変なものを与えないで欲しいんだが……」

 

提督と伊吹のやり取りを聞いた日向が、頭を抱えながらぼやくのであった

 

提督が工廠で見つけた物、それは提督のEx-Sスーツの追加パーツとも言える代物、製作途中のディープストライカー用のパーツだったのである




ロックマンX2のフレイムスタッガーステージのBGM聴いてたら、この話を思いついてしまった……


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龍と鬼の出会い

「本当に申し訳ありません……」

 

空のスーツを購入した後、休憩がてら立ち寄ったカフェにて翔鶴がションボリしながら空に向かって謝罪する

 

「何、気にする事は無い」

 

そんな翔鶴を気遣う様に空が言う、そんな空の傍らには翔鶴が選んだ3着のスーツの他に先程の翔鶴鼻血事件の原因となったモーニングコートと燕尾服が紙袋に入れられて置かれていた

 

あの後、空が翔鶴の鼻血を拭ってあげたその直後に、翔鶴が今度は勢いよく鼻血を噴出してしまったのだ。主な原因はモーニングコートを着た空の翔鶴の鼻血を拭う時の仕種と、拭い終えたところで柔らかい微笑みを翔鶴に向けながら……

 

「よし、綺麗になったな。あのままではお前の綺麗な顔が台無しだからな」

 

この様なセリフを空が言った事である。それらの言動は翔鶴が異性にやって欲しいシチュエーションの1つだった為、翔鶴は更に興奮してこの様な事になってしまったのである

 

その際、翔鶴の鼻血がモーニングコートを試着したままの空を襲うのだが、空はそれを間一髪のところで回避、何とか試着しているモーニングコートを派手に汚さずに済んだのだが、もしかしたら空が気付かないレベルの血痕が付いてしまっている可能性がある事と、店内で騒ぎを起こしてしまった事に対しての詫びとして、試着しているモーニングコートと燕尾服を購入する羽目になってしまったのである

 

「これのおかげで翔鶴の好みが分かったし、何より好きな時に翔鶴を喜ばせられる様になったのだからな。こちらとしては寧ろ幸運だと思っているさ」

 

「あぅ……」

 

空が続け様にそう言うと、翔鶴はそう言って耳まで真っ赤にして縮こまってしまうのであった

 

それからしばらくすると注文していた品がテーブルに運び込まれ、それから少しの間翔鶴と空は他愛もない話をしていたのだが……

 

「空さんは戦治郎さんの事が本当に好きなのですね」

 

空が戦治郎の話題を出したところで、不意に翔鶴がクスクスと笑いながらこのような事を口にするのであった

 

「ん?ああ、戦治郎は俺の親友であり恩人だからな」

 

「恩人……、ですか……?」

 

空が翔鶴の言葉にそう答えると、翔鶴が不思議そうな顔をしてそのような事を言うのであった。その言葉を聞いた空は、自分と戦治郎との出会いについて懐かしむ様に語り始めるのであった……

 

 

 

幼い頃の空は先天性の脳障害を抱えて生まれてしまった結果、自分の力や思考を上手く制御する事が出来ず、毎日の様に物を破壊してしまったり大怪我を負う日々を過ごしていたのであった

 

それをどうにかしようと考えた空の父親は、ある日空に空手を習わせようと思い立つのであった。空手などの格闘術を学ぶ事で力のコントロールのやり方を覚え、武術の心構えを学ぶ事で精神的に成長するのではないかと考えたからである

 

こうして空は家の近くにあった空手道場に入門する事となったのだが、ある日空がそこで問題を起こしてしまったのである

 

その日、その道場の師範はちょっとした用事があって道場を空けており、その間の門下生の指導を師範代に任せていた。そしてその師範代は幼い門下生達にミット打ちを体験させようと考え、空達に手の付けたミット目掛けて蹴りを入れるように指示するのであった

 

他の門下生達が次々と師範代が持つミットに蹴りを放っていき、遂に空の番となり空は指示通りに師範代のミット目掛けて蹴りを放つ。すると空の蹴りを受けた師範代が50cmほど横に吹き飛び苦悶の表情を浮かべ、それと同時に空の足から血が噴き出すのであった

 

師範代の様子がおかしいと思った他の大人の門下生達が、師範代の腕を見たところその腕は見事なまでにくの字に折れてしまっていたのである。それに気付いた門下生達が大慌てで救急車を呼び、師範に連絡を入れるのであった

 

この時に空の両親から空の障害の事を聞いていた師範が、師範代にその事を伝えるのを忘れていた事が発覚し、この件の責任問題は師範が受け持つ事となるのだったが、これ以降空は門下生達から畏怖の念を抱かれ、道場内で完全に孤立してしまうのであった

 

組手をする際も皆から避けられ、この件を耳にした同年代の門下生達の保護者達からも非難される。自分は望んでこんな身体になったわけではないのに……、好き好んであんな事をした訳ではないのに……、何で自分がこんな目に遭わなければいけないのか、空はそう考えている内に空は日を追うごとに人間不信になっていくのであった

 

そうしていつか道場を辞めようと考えたある日、戦治郎が道場に入門して来たのである

 

空はその時は戦治郎の事を気にも留めていなかったのだが、ある日を境に戦治郎に興味を持つ様になる。それは戦治郎が入門してからしばらく経ったある日、組手をする事になった時だった

 

他の門下生が次々と2人組を組んで組手を開始する光景を、空は道場の隅でしばらく眺めてからいつも通り独りで練習を開始しようとしたその時だった

 

「お前そこで何やってんだ?今から組手するんだろ?」

 

不意に声を掛けられ、そちらに視線を向けるとそこには戦治郎が立っていたのである。急に話し掛けられた為空はほんの少し驚き呆然とするのだが、すぐに我に返り戦治郎の事を無視して独りで練習を開始する。すると

 

「もしかしてパートナーがいないのか?だったら俺と組んでくれよっ!」

 

戦治郎がそう言って空の腕を掴み、皆が組手をしている場所に向かおうとしたのである。それに気付いた空は慌てて戦治郎の腕を振り払うのだが、戦治郎は空の行動に対して不思議そうな顔をして再び空の腕を掴もうとしたのである

 

「やめろ!あっちいけっ!」

 

その次の瞬間、空はそう叫びながら感情に任せて戦治郎を突き飛ばしたのだ。空から突き飛ばされた戦治郎は、かなりの勢いで吹き飛び道場の床を二転三転と転がってようやく止まる。そこでようやく師範が空達の事に気付いて慌てて駆け寄って来るのだが……

 

「おっまえスゲェなっ!!!どうやったらこんな事出来るようになるんだ?!なぁなぁ俺にもその技教えてくれよっ!!!」

 

空が師範に叱られる中、吹き飛ばされた戦治郎が戻って来て空に向かってこんな事を言い放つのであった。この戦治郎の発言には空も師範も愕然としてしまうのであった

 

 

 

「あの時は本当に驚いたな……、あの言葉もそうだが何よりも俺に突き飛ばされたあいつが無事だった事がな……。まあ後から聞いた事なんだが、あいつは俺に突き飛ばされる直前に、無意識のうちにガードを入れると同時に自分から後方に飛び退いてダメージを軽減したとか言っていたな……。この辺りは恐らく御大のバトルセンスを色濃く受け継いだ戦治郎だからこそ出来た芸当だったのかもしれんな」

 

空はそう言ってクックッと笑うのであった

 

 

 

それからと言うもの、戦治郎は空に付き纏うようになり組手の時も空を引っ張って参加し、事ある毎に空に絡んで来るようになったのである

 

そうして遂に空が戦治郎に何故自分にそんなに執拗に絡んで来るのか、あんな事されてどうして平然としていられるのかについて尋ねたところ……

 

「だってお前皆に避けられていつも独りぼっちじゃん、そんなの普通の人間だったら寂しいに決まってんだろ。それに父ちゃんや祖父ちゃんが言ってたんだ、自分がされて嫌な事は他人にするなって、だから俺は皆から避けられて独りぼっちになるのは嫌だから、皆みたいにお前の事避けてお前の事独りぼっちにしたくないんだよ。あいつらと一緒くたにされたくないんだよ」

 

戦治郎の言葉を聞いた空は、今まで周りから言われた事の無い言葉に動揺しながらも、戦治郎に自分の身体の事やこの道場にいる理由を打ち明け、戦治郎を自分の厄介事に巻き込まない様にする為に遠ざけようとするのだが……

 

「そう言う事ならもっとお前の事独りに出来ねぇじゃん!お前が力の事どうにかしたいって言うなら俺も協力する!だって1人でやるより2人でやる方がどうにか出来そうじゃんかっ!そんでお前の事化物扱いしてる周りの連中に思い知らせてやろうぜ!お前が化物なんかじゃない普通の人間だって事をなっ!お前が嫌だって言っても俺が勝手に手伝うかんな!これはもう決まりだからなっ!!!」

 

空の事情を聞いた戦治郎は、腕を組み胸を張ってそう宣言するのであった

 

 

 

「あの時、戦治郎にああ言われた時は思わず泣いてしまったな……。俺にそんな言葉を掛けてくれるのは両親以外いなかったからな、あいつの口からあの言葉が飛び出して来た時は本当に嬉しくなって、つい……、な……」

 

空は当時の事を思い出し、恥ずかしそうにそう言うのであった。そして空は更に言葉を続ける

 

「それからと言うもの、俺は道場を辞めるなんて事は考えなくなり、戦治郎の事を傷つけない様にする為に必死になって空手に打ち込み、戦治郎に御大を紹介してもらって色々と教えを乞い、何とか自分の力をコントロール出来る様になったんだ」

 

「なるほど……、お二人にはそんな過去があったのですね……」

 

空の言葉を聞いた翔鶴が、その目尻に涙を浮かべながらこう呟いた

 

「もし戦治郎と出会わなければ、俺はあのヌ級のようになっていたかもしれない……、そう考えると今でもゾッとする……。本当にあいつと出会えて良かった……、俺は心からそう思っている、だからあいつは俺にとって恩人であり親友なんだ」

 

空の言葉を聞いた時、翔鶴は空がショートランド泊地の医務室で言った言葉を思い出す。そして初めてヌ級と戦った時、空が激怒していた理由をようやく悟るのであった

 

空があの時あんなにも激しく怒りを露わにしたのか、それは自分を傷つけただけでなく空の事をこんなにも思ってくれる親友を侮辱する様な事をあのヌ級が言ったから……

 

翔鶴がこの様な事を考えた時、あるちょっとした不安が頭の中を過る。自分と戦治郎、空にとって大事なのはどちらなのかと言う当事者以外にしてみれば下らない、そんな疑問が浮かび翔鶴の胸を締め付けるのであった

 

「戦治郎さんは空さんにとって本当に大事な人なのですね……、空さん、もし……、もしもですよ?戦治郎さんと私、どちらかしか助けられないような状況になった時……、空さんはどちらを助けるのでしょうか……?」

 

翔鶴が空に向かってそのような質問をする、翔鶴自身この質問をする事に関して空に対して意地悪な質問をしていると自覚し罪悪感を感じるのだが、どうしても気になってしまった為意を決して尋ねる事にしたのである

 

「愚問だな」

 

翔鶴の質問に対して空はそう言い放ち……

 

「その様な状況になったなら、助けるのは翔鶴、お前の方だ。あいつはそんな状況になったとしても簡単に死ぬはずがない、それどころか自力でその問題を解決してみせるだろう。だから助けるのは翔鶴の方だ」

 

空は自信たっぷりにそう続けるのであった

 

「なるほど……、戦治郎さんの事を信頼していらっしゃるのですね」

 

翔鶴は内心で馬鹿な質問をしたと反省しながら、空に向かってそう言うのであった

 

「当たり前だ、でなければあいつの事を親友などと言えんからな。っと、いい時間になった事だ、そろそろ泊地に帰ろうか」

 

空はそう言って荷物を手に席を立ち、会計を済ませてカフェから出て行き、翔鶴の手を取りオーストラリア海軍基地へと向かうのであった



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苛烈!熾烈!猛烈トレーニング!

空と翔鶴がデートを満喫し泊地に戻っている頃、マダガスカルにいる輸送船護衛部隊がどうしているかと言うと……

 

「よぅし、今日はここまでじゃっ!!!」

 

正蔵のこの声を以て、その日の修行が終了する

 

「よ、ようやく終わった……」

 

「死ぬかと思ったクマ……」

 

砂浜に大の字になって寝転がる江風と球磨がそう呟くのであった

 

剛の登場後、彼女達は早速修行を開始するのだったが、その修行の内容は本当に苛烈極まりないものとなるのであった

 

 

 

ウォームアップについてはホテルからのダッシュで済ませたものとして、最初に行われたのは剛主導による射撃訓練であった

 

射撃訓練の具体的な内容についてだが、剛の指示で護達が設置した的に砲撃を叩き込むと言うとてもシンプルな内容なのだが……

 

「そこっ!撃ったらすぐに次弾を装填するっ!モタモタするなっ!!私だったらその間にお前を10回は沈める事が出来るぞっ!!!そうなりたくなかったらきりきりと動けっ!!!相手に隙を与えてやるなっ!!!いいなっ!!?」

 

ここで鬼教官と化した剛が猛威を振るう、海賊団以外の艦娘達が先程までのオネエ口調の時とのギャップに驚き呆然としていると、すぐさま叱責が飛んで来て今度はその迫力に気圧されてしまい立ち尽くしてしまう。そうなると今度は罰が課せられ、連帯責任として海賊団含む皆で仲良く筋トレ地獄である

 

「ちょっと!さっき親身になって相談に乗ってくれるって言ってたわよね?!全然そんな事ないじゃないっ!!!何よこの鬼教官振りはっ!??」

 

「そりゃお前、親身になって相談に乗ってくれるのは訓練以外の時の話だぞ?剛さんは訓練の時は大体こんな感じなんだぜ?」

 

「そこぉっ!!!無駄口を叩くなぁっ!!!」

 

「は、はいぃっ!!!」「はいっ!!!」

 

話が違うとばかりに満潮が喚き、それに対して普段から剛の指導を受けている摩耶がこの様に答え、2人のやり取りが耳に入ったのかすぐに剛のお叱りの言葉が飛んで来て、2人は同時に返事をするのであった

 

そして射撃訓練が終わったところで、今度は正蔵との鬼ごっこである

 

これもルールは簡単で、とにかく制限時間まで只管正蔵から逃げると言うものである

 

この修行の狙いは相手の位置と距離感を正確に把握する能力と、瞬時の判断力、それをすぐさま実行に移す行動力と瞬発力を鍛えようと言うものだ

 

ただまあ、正蔵に捕まってしまうと当然ペナルティーがある訳で……

 

「ほぉれ!護、確保ー!」

 

「ギャアアアァァァーーーッス!!!捕まったあああぁぁぁーーーッス!!!誰かっ!誰かヘルプミーッスうううぅぅぅーーーっ!!!」

 

正蔵に捕まってしまった護が、つい先程周囲の警護を司と交代したところで修行に巻き込まれてしまった護が必死の形相で助けを求める。だが現実は無情で誰も護の事を助けようとせず、それどころかチャンスとばかりに正蔵達から距離を取るのであった

 

「そぉらいくぞ~!」

 

「ちょっ!!!待って待って待って欲s……、ウギャアアアァァァーーーッスッ!!!」

 

正蔵がそう言うと護を掴んだまま勢いよく横方向に回転し始める、そしてそれはどんどん加速していき仕舞いには砂浜の砂を巻き上げ小さな砂嵐のようなものを形成し始めるのであった。そのリトル砂嵐の中からは、護の悲痛の叫びが聞こえ……

 

「高いたか~い!」

 

「ノオオオォォォーーーッ!!!」

 

正蔵の高い高いの声を同時に、絶叫する護が天高く射出されるのであった。その高さ、実に50mである

 

そう、この鬼ごっこのペナルティーとは、正蔵に捕まってしまうともれなく正蔵から高い高いと言う名のゲッター的大雪山おろしをお見舞いされるのである

 

一応、艦娘が捕まった場合寸でのところで正蔵がその身体を掴んで地面に激突しないようにはしているのだが、そのタイミングはいつも本当に際どいもので、大体が鼻の頭と地面との間が5mmあるかないかと言ったところで止めるのである

 

当然そんな恐ろしい目には遭いたくないと言う事で、使える物を全て駆使して皆必死になって正蔵から逃げるのである

 

因みに……

 

「ゴブフェッ!!!」

 

転生個体の者が捕まった場合、正蔵のサポートは適応されずそのまま地面に激突する事になるのであった。そういう訳で先程天に打ち上げられた護は見事顔面から砂浜に着地し、短い断末魔を上げて沈黙しぐったりするのであった

 

こうして恐怖の鬼ごっこが終わったところで、今度は防空射撃訓練となるのだが……

 

「さあっ!儂らの艦載機群を全て撃ち落としてみせぇいっ!!!」

 

「使っている物は演習弾だが、当たれば当然痛いからなっ!痛い思いをしたくなければ何としてでも撃ち落とす事だっ!!!」

 

「ごめ~んね、マジごめ~んね!でもこの2人の言う事聞かないと後で俺様が酷い目に遭う事になっちゃったりしちゃったりするから、ホントごめ~んね~!手加減も出来なくてガチごめ~んね~~~!!!」

 

今度は正蔵、剛、そして九尺と交代した司が艦載機を発艦させ、正蔵がこれらを全て撃ち落とせとほざくのであった……

 

「こ、この数をかい……?」

 

「すっごくいっぱいいるぽいぃっ!!!」

 

時雨と夕立が3人が発艦させた艦載機が飛び交う空を見上げながら、思わずそんな声を上げるのであった。現在時雨達の視界に映る艦載機と空の比率は7:3と言ったところだろうか……、凄まじい数の艦載機があちこち飛び回ったり、滞空していたりするのである。その殆ど、8割くらいは正蔵が発艦したものではある

 

「あら~……、これは骨が折れそうね~……」

 

「あんだけの数から攻撃されたらひとたまりもねぇぞっ!皆、気合い入れてやるぞっ!!!」

 

時雨達同様に空を見上げながら荒潮がそう呟き、木曾が全員に発破をかけたところで防空射撃訓練が開始され、参加した全員がかなりの数の演習弾をその身に受けるのであった……

 

尚、先程大雪山おろしを喰らってぐったりしていた護が尻に演習弾を数十発受けたところで我に返って復帰し、さっきのお返しとばかりに艦載機を叩き落しまくったおかげで想定より早くこの訓練は終了するのであった

 

 

 

「貴方達……、もしかしていつもこんな訓練をやってるの……?」

 

「そうね……、鬼ごっこ以外は大体いつもこんな感じね……」

 

「なるほど……、道理で海賊団の皆が桁違いに強いわけだ……」

 

砂浜に座り込み肩で息をする雲龍が、陽炎に海賊団の普段の訓練の事を尋ねたところこのような回答が返って来る。そしてそれを聞いた川内がその表情を引き攣らせながらこの様な言葉を口にするのであった

 

「私達の場合、敵の拠点を制圧するか何処かにお邪魔するかしないと拠点らしい拠点が持てないのよね……、だから野宿中の急な襲撃なんかに対応する為には、生き残る為にはどうしても強くならなくちゃいけないのよね……」

 

「剛さん達の指導は本当に厳しいものですが、それは不知火達に心から生き残って欲しいと言う思いがあるからだと不知火は思っています。だからこそ不知火達はそんな剛さん達の思いに応えるべく、歯を食いしばってこの厳しい訓練を乗り越えていくんです」

 

川内の言葉を聞いた天津風が、不知火が口々に己の意見を口にする。そして2人の話を聞いた朝潮は

 

「海賊団の皆さんが強い理由……、どうやら訓練だけではないようですね……」

 

思わずそう呟くのであった

 

「そいじゃ修行も終わった事じゃし、ホテルに戻るとするかのう。明日の朝にはここを発ちダカールまで行く予定じゃからな、しっかり身体を休めるんじゃぞ。ああ、ダカールに着いたらまた修行するから、そこんとこよろしくのう。っとそうじゃそうじゃ、どうせじゃし剛達もホテルに来るといい、ついさっき空き部屋がたっぷり出来たところじゃからなぁ!」

 

朝潮が呟いた直後、正蔵がそんな事を口にしてホテルの方に向かって歩き出し、それを聞いた海賊団以外の艦娘達はガックリと肩を落としてその後を追い、その後ろに変装を済ませた剛達が続くのであった



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輸送船護衛任務終了と・・・・・・

苛烈過ぎる修行の後、朝潮達は風呂を済ませるなりすぐにベッドに潜り込み、泥の様に眠るのであった。あれだけ厳しい修行を行ったものだから、疲れ果てて眠ってしまうのは仕方が無い事だろう……

 

そういう訳で次の日の朝、輸送船はトゥアマシナを発ち予定通りセネガルのダカールへと舵を切るのであった

 

その際艦娘達は輸送船に乗り込んで移動する事になった、本来はパースを出る時からこのような形で移動する予定だったのだが、正蔵の部下達の心遣いのおかげでそうする訳にはいかなくなってしまったのである

 

何せこの船には輸送船の乗組員と欧州に派遣するヤマグチ水産の社員が多数乗り込んでいるだけでなく、過積載にギリギリならないレベルで荷物を積み込んでいる為あまりスペースに余裕がないのである

 

一応、正蔵がタコ部屋のようにはなるが何とか海賊団とショートランド泊地の艦娘が休めるスペースを確保してくれたのだが、先程述べた心遣いのせいでタコ部屋の収容数を大きく上回る艦娘が集まってしまい、結局艦娘を常時展開しタコ部屋は休憩の際交代制で使わなければいけなくなってしまうのであった

 

それが一体どのような問題を引き起こすかについてだが、実はこの輸送船は穏健派の技術班による改造が施されており、荷物を限界まで積んでいる状態でも下手するとそこらの駆逐艦娘よりも速く航行出来るのだ。その速度、実に52ノット……、約96km/hで通常の貨物船の倍以上の速度を叩き出せるのである

 

普通の輸送船の場合は艦娘が輸送船の速度に合わせて航行するのだが、この輸送船の場合輸送船の方が艦娘に合わせて航行しなくてはいけなくなる、つまり航行速度が著しく低下してしまうのである

 

だがその問題もトゥアマシナで木曾達12人と朝潮達3人以外の艦娘達が帰った事で、取り敢えず解決と言う形になったのだ。まあ少々タコ部屋の密度が上がってしまったが、この程度なら問題ないと言う事で艦娘達は有事の時以外は輸送船内で過ごす事になったのである

 

因みに、護衛役として付いて来ている剛達は甲板の方で交代しながら艦載機やレーダーを用いて索敵を行っていたりする

 

ただまあ、この船が52ノットと言う速度を叩き出せてもトゥアマシナからダカールまではどうしても距離があり、結局輸送船がダカールに到着したのはトゥアマシナを出て5日後となるのであった

 

それまでの間、艦娘達は敵がいないようならば朝と夕方に甲板の空きスペースで軽いトレーニングを行い身体を鈍らせない様にしたり、剛主体で座学や英語の勉強をしたりして有り余る時間を有意義に使うのであった

 

そして時々強硬派の深海棲艦を発見し戦闘となるのだが、その戦闘の殆どは拍子抜けしてしまうほどあっさりと片が付いてしまうのであった

 

この辺りの深海棲艦を戦治郎達がガダルカナル島に向かう途中で粗方倒してしまった事と、元々この辺りの深海棲艦の強さが大したものではなかった事、そして朝潮達が凄まじい勢いで強くなった事が重なった為、その様な結果になっていたりするのである

 

そしてダカールに到着したところで、しばしの休憩を挟んでから正蔵が宣言通りに猛特訓を開始し、艦娘達はトゥアマシナの時と同様に疲れ果ててすぐに眠りこけてしまうのであった

 

そしてその翌日、輸送船は目的地であるイギリスのフェリックストーに向けてダカールを発つのだが……

 

「そこの船、止まってくださーい!」

 

輸送船がイギリス海峡に差し掛かろうとした時、近海警護をしていた艦娘に呼び止められ輸送船はその艦娘達の指示に従ってその場で停止するのであった

 

その後、件の艦娘達が輸送船に乗り込み船長達と話をしているところを、姿を隠した剛達が話の内容に怪しいところが無いか調べる為に盗聴していたのだが……

 

「……あら?この声って……」

 

「あ~、これ間違いなくあの娘ッスね~。でも残念だったッスね~……、翔はここにはいないッスからね~……」

 

聞こえて来た声に聞き覚えがあった剛と護が思わず声を上げる、そして通信機を操作して……

 

「おお……?おおっ!お前プリンツかっ?!ひっさしぶりだなおいっ!!!」

 

「その様子を見る限り、元気にしていたようだな」

 

「えぇっ!?摩耶さんに木曾さんっ?!」

 

摩耶と木曾を甲板に呼び出し、件の艦娘達の旗艦を務めていたプリンツとまさかの再会をさせるのであった

 

その後摩耶が陽炎達も呼び出してしばしの間昔話に花を咲かせた後、木曾が任務の話を切り出したところでプリンツが何処かに通信を繋げて話し始める。そしてプリンツが通信を終えると、木曾達に笑顔を向けながらこう言うのだった

 

「先程兄さ……、総司令に確認を取ったところ、目的地までエスコートして差し上げろとの事でした!そういう訳でこれより我が艦隊は警護任務を終了し、輸送船護衛任務を開始します!」

 

こうして輸送船はプリンツ達の先導の下無事目的地であるフェリックストーに辿り着き、木曾達は輸送船の荷下ろしと正蔵の商談が終わるまでの短い間ではあるが、イギリスとドイツの観光を満喫するのであった。尚、この期間中もトレーニングは欠かさず行い、時としてドイツ海軍の訓練に混ざったり、イギリス海軍と演習を行ったりしていた。また、時間がある時は正蔵が訓練に介入し、ドイツ海軍やイギリス海軍を巻き込んで地獄の猛特訓が行われる事もしばしば見受けられたのだった

 

それから数日後、正蔵の商談がまとまった為木曾達はプリンツ達に別れを告げて、来る時と同じ航路でオーストラリアへと戻るのであった

 

そしてその道中、インド洋に差し掛かったあたりで木曾達はまたもカルメンの連中に襲撃されるのだったが、この遠征中に行われた猛特訓の成果が実を結んだのかものの数分で、鎧袖一触と言わんばかりの勢いで連中を完膚なきまでに叩きのめしてしまったのだ

 

この結果には朝潮達だけでなく夕立を除くショートランド泊地の艦娘達も大いに驚き、彼女達に自信をつける事となるのであった

 

その後しばらく移動したところで、正蔵が木曾達に朝潮達をリンガ泊地に送る様に指示を出し、正蔵は今回の商談の内容をまとめた書類をパースにあるヤマグチ水産の本社に持ち帰る為に木曾達とその場で別れるのであった

 

正蔵と別れた木曾達は正蔵に言われた通りリンガ泊地へ向けて移動を開始し、インドネシアのジャカルタ付近に到着するのであった

 

「ここからは私達だけで大丈夫だと思います、それにもしかしたら私達の泊地の哨戒機がこの辺りを飛行しているかもしれませんので……」

 

「そうね~、最悪アタシ達の事を敵と勘違いして攻撃してくるかもしれないし、ここは朝潮ちゃんの言う通りにしましょうか」

 

不意に朝潮がその様な事を言ってきたので、剛がそう言って朝潮の意見に賛成して木曾達はここで朝潮達と別れる事になるのだった

 

「皆さん、本当にお世話になりました!今回の遠征で得た経験と知識、今後の戦いで活かせる様精進していこうと思います。本当にありがとうございましたっ!!!」

 

朝潮はそう言って深々とお辞儀をし

 

「この付近にまた来る事があったら、その時は私達に声をかけてくれてもいいわ。流石にこれだけの力を与えてもらっておいて、何もしないほど不義理じゃないから……」

 

「あらあら、素直じゃないわね~。っと、貴方達との旅、本当に楽しかったわ~。また縁があったら会いましょう~」

 

満潮が顔を背けながらそう言い放ち、荒潮がそう言いながら木曾達に向けて手を振るのであった

 

「ええ、アタシ達も朝潮ちゃん達とまた会える日が来るのを楽しみに……」

 

そんな3人に対して皆の代表として剛が言葉を掛けている最中……

 

「誰かあああぁぁぁーーーっ!!!助けてえええぇぇぇーーーっしゅっ!!!」

 

突然通信機から助けを求める悲鳴と、通信機越しに砲撃音が微かに聞こえるのであった……



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トラック泊地防衛戦 上の上

「んなくそおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

戦治郎が迫り来るゼッペーの群れに向けてヨイチさんの砲弾をばら撒き、派手な爆発音と共に次々とゼッペーの支持者達を海底へと叩き込んでいく

 

「非武装とは言え、流石に512隻も相手するのは骨が折れると言うものだ……」

 

「ゼッペーだけ相手にしてればいいって状況だったらもちっとらk……あだぁっ!!」

 

戦治郎の隣でマルチミサイルとマシンガン、無反動砲を撃ちまくるリチャードがやれやれとばかりにそう呟く、そんなリチャードの呟きに反応した戦治郎が発言しようとしたところで、後方から飛んできた砲弾が戦治郎の後頭部に直撃してしまい、戦治郎の発言は途中で途切れてしまうのであった

 

「戦治郎っ!?」「ご主人っ?!」

 

「でぇじょうぶだっ!威力からして重巡の弾みたいだったから大したダメージになっちゃいねぇっ!」

 

突然頭が爆発した戦治郎に驚いたリチャードと、背後から飛んで来る砲撃や爆撃から戦治郎を守る為に戦治郎に背中を向けてその身を盾にする大五郎が慌てた様子で声を掛ける。戦治郎はそんな2人に砲撃の手を休める事無く自分の無事を報告する

 

「すまねぇだぁよぉご主人……、全部捌き切れなかっただぁよ……」

 

「気にすんな大五郎、それよりもそっちは相手を傷つけないよう細心の注意を払ってくれよ?」

 

ションボリしながらそう告げる大五郎に対して、戦治郎は視線を向けずにそう答えるのであった

 

何故戦治郎がこの様な事を言ったのか、それは今戦治郎達を背後から攻撃している者達こそが戦治郎達の救援対象であるトラック泊地の艦娘だからである……

 

 

 

時間は通信機から悲鳴が聞こえたところまで遡る……

 

 

 

「その声、占守かっ!?」

 

ガダルカナル島のリチャードの執務室で、リチャードの執務の手伝いをしていた戦治郎は通信機から鳴り響いた悲鳴を耳にした瞬間、椅子から勢いよく立ち上がり通信機の先にいる相手に大声で話し掛ける

 

『助けてって……、一体どうしたのっ!!?』

 

『落ち着け占守っ!1度深呼吸して、落ち着いて現状を報告しろっ!』

 

『穏やかじゃないわね~……、占守ちゃん、シゲの言う通り1度落ち着いて、ゆっくりでいいから何があったか教えてくれるかしら?』

 

戦治郎の言葉に続く様に、光太郎が、シゲが、剛が事態を把握しようと占守に向かってこの様な言葉を掛ける

 

『敵が……、敵が沢山っ!こっちに敵が沢山来てるっす!』

 

だが余程切羽詰まった状況に立たされているのか、皆の発言に対して占守は少々パニック気味にこう答えるのであった

 

『だぁー!それじゃ皆に言いたい事がちっとも伝わらないだろっ!こっから先は佐渡様がやってやるからお前は何とかして心を落ち着かせてろっ!』

 

そんな占守に佐渡がこの様に言い放ち、占守に代わって佐渡が状況説明を開始するのであった

 

『すまねぇ、状況が状況だからあいつがああなってるのは許してやってくれ……』

 

「分かった、んでそっちは今どうなってんだ?占守がパニック起こしてるって事はただ事じゃなさそうだが……」

 

『ああ、緊急事態だ。今トラック泊地に非武装の深海棲艦の大群が向かって来てるらしい……、つか既に主力艦隊が交戦状態になってやがるんだ……』

 

佐渡の言葉を聞いた全員が戦慄する、非武装の深海棲艦と言えばゼッペー以外有り得ない、それが今トラック泊地に大挙して押し寄せているとなると……

 

『まさか……、あいつらトラックにもラバウルと同じような事仕掛けようとしてやがんのかっ!??』

 

『それは不味いクマッ!そんな事になったら球磨達みたいな艦娘が沢山出てしまうクマッ!』

 

佐渡の言葉を聞いたシゲが声を荒げ、ラバウルの生き残りである球磨が顔を青ざめさせながらそう叫ぶ

 

「緊急事態ってレベルの問題じゃねぇぞそれっ!!!つか佐渡達はそんな状況なのによく俺達に通信出来たな?」

 

『占守達は泊地の最終防衛ラインとして後方に下がっているっしゅ!だからまだ敵がこっちに来ていない今、こうやって通信してるっしゅ!』

 

戦治郎の疑問に答えたのは、落ち着きを取り戻した占守であった。それを聞いた戦治郎は佐渡達が通信出来る理由に納得したところで

 

「そう言う事か……、まだそこまで奴らが来てないとは言え、それも時間の問題かもな……。OK分かった、今すぐそっちに向かうから何とか持ち堪えててくれ!悟!通!神通!通信聞いてたよな?!すぐ準備してトラック泊地行くぞっ!!!」

 

『『了解!』』『あいよ~』

 

戦治郎は今ガダルカナルに残っている戦闘可能な海賊団のメンバーを集めて、トラック泊地に向かおうとする

 

だが戦治郎の中にはちょっとした不安があった、それは頭数が少なすぎる事である。現在剛達は欧州に遠征しており不在、シゲ達はショートランド泊地の提督のEx-Sスーツの大規模改造中、現状トラック泊地に急いで向かえそうなのが自分達と光太郎達くらいしかいないのである。果たしてこれだけの人数でこの件に対処出来るのか、それが不安で仕方なかったのである

 

しかし、だからと言ってトラック泊地を見殺しにする訳にもいかないので、戦治郎は覚悟を完了させてトラック泊地に向かう事にしたのである

 

「相手の規模がどのくらいか分からないけど、たった4人だけじゃちょっと不安なところがあるね。よし、僕も同行しようじゃないか」

 

「ありがとうございます!リチャードさんが言う通り、ちょっち頭数が不安だったんですよね……。リチャードさんが来てくれるなら百人力です!」

 

そんな戦治郎が執務室から出ようとしたところで、戦治郎の不安を感じ取ったのかリチャードが同行を申し出てくれたのだ。そのおかげで戦治郎が懸念していた戦力不足が解消されるのであった

 

『巡回組もすぐに向かうよ!幸い俺も輝も今ミクロネシア辺りにいるからすぐに駆け付けられると思うから、それまで何とか頑張ってっ!』

 

『相手がどんだけいるか分かんねぇけど、俺と光太郎で全滅させるくらいの気持ちでやってやんぜっ!』

 

戦治郎とリチャードが揃って執務室を出たところで、巡回組の2人が先行する旨を伝えるや否や早速行動を起こしたのか、水上バイクの駆動音が通信機越しに聞こえて来るのであった

 

「2人共、俺達もすぐに駆け付けるから絶対に無理だけはすんなよ?」

 

『ああっ!』『応っ!』

 

戦治郎が2人を心配しこの様な言葉を掛けると、2人は昂然と返事を返すのであった

 

そうしている間に戦治郎達は悟、通、神通、そして穏健派の護衛艦隊と合流し、リチャードのメタルウルフを格納庫から持ち出して海面に立つ。その際戦治郎が皆に向かって激励の言葉をかけるのであった

 

「今回の件は絶対に間に合わせるぞ!俺達はラバウルの悲劇を繰り返しちゃなんねぇんだ!全員気合い入れたかっ!?」

 

\応っ!/

 

「OK!そんじゃこれより俺達はトラック泊地に向かい、ゼッペーのクソッタレ共を爆裂的に鎮圧するっ!!!いくぞおおおぉぉぉーーっ!!!」

 

戦治郎の叫びと共にガダルカナルにいたメンバーは一斉に海を駆け、トラック泊地へと向かうのであった

 

 

 

それから戦治郎達は大急ぎでトラック泊地へと向かうのだが、通信機から唐突に佐渡の叫び声が聞こえて来るのだった

 

『戦治郎さん大変だっ!司令が駆け付けてくれた光太郎さん達にまで攻撃する様命令を出しやがったっ!!!』

 

「はぁっ?!おめぇらのとこの提督は何考えてやがんだよっ!?」

 

佐渡の通信を聞いた戦治郎が素っ頓狂な声を上げる

 

『占守達が必死になって光太郎さん達は味方だって言っても、司令は全く話を聞いてくれなかったっしゅ!それどころか敵だろうが味方だろうが、深海棲艦なら関係無く殲滅しろって言ったっしゅ!』

 

「ショートランドの提督からトラックの提督は復讐鬼になってるとは聞いてたが……、まさかここまで根が深いとはなぁ……」

 

占守の言葉を聞いた戦治郎は、そう呟きながら頭をバリバリと掻く

 

確かにトラックの提督の気持ちは分からんでもない、自分のところに所属している艦娘がここ最近だけで10人も殺されていたら復讐の1つや2つはしたくなるだろう

 

だが流石にそれはやり過ぎだろうと戦治郎は思うのであった、いくら深海棲艦が憎いと言っても、自分のところの艦娘を助ける様に立ち回る者達まで攻撃するものなのか?普通だったらもうちょっと様子見て、敵か味方か判断すると思うのだが……。まさかトラックの提督はそれすら出来なくなるほど精神的に参っているのか……?

 

『司令は遠征部隊があの怪物に殺されてから、ホントに人が変わっちまったからな……』

 

『あれ以来司令は毎日の様に艦隊を必要以上に出撃させて、沢山深海棲艦を沈めていたっす……』

 

「毎日の様に……、必要以上に……、まさか……」

 

佐渡達のやり取りを聞いた戦治郎は、思考を巡らせるのを中断してそう呟く

 

「戦治郎よぉ、一体どうしたってんだぁ?」

 

「いや、今回の襲撃についてちょっちな……」

 

戦治郎の呟きを聞いた悟が戦治郎に向かってそう尋ねたところ、戦治郎はそう言って自分の推測について話し始めるのであった

 

「今の占守の言葉を聞いて今回のゼッペーの襲撃は、元を辿るとトラック泊地の提督が原因なんじゃねぇかと思ってな……。あの連中って極度の戦争アレルギーだろ?そんな連中が徘徊する海域で毎日の様に派手にドンパチやってたから、目ぇ付けられたんじゃねぇかって思ってな……」

 

「あ~……」「確かに……」「そうかもしれませんね……」

 

戦治郎の言葉を聞いた悟、通、神通が何処か納得した様な声を上げるのであった

 

「十分有り得る話だね……、そして七瀬がその件について『話し合い』をしようとトラックに使者を出したところ、使者が何時まで経っても戻ってこない。それで怒った七瀬がこの様な手段に出た、と……」

 

「すみません、俺そこまで考えてなかったッスわ……。でも言われてみるとそんな感じしますね……、トラックの提督はあんな調子だから多分使者が泊地近海に出現したところで、艦娘達の集中砲火浴びせてぶっ殺した可能性が高そうですわ……」

 

リチャードがそう言ったところで、戦治郎が申し訳なさそうにそう返す。と、その時だった

 

『うぎゃあああーーーっす!!!』

 

またも占守の悲鳴が通信機越しに聞こえて来る

 

「今度は何だっ!?」

 

占守の悲鳴に驚いた戦治郎が、大声で占守に呼びかける

 

『今こっちの方に連絡が来たんだが、北マリアナの方から深海棲艦が向かって来てるらしいんだっ!しかもそいつら武装してるらしいっ!!!」

 

佐渡の通信を聞いた面々の間に張り詰めた空気が流れ始める、武装していると言う事は後から来た深海士官はゼッペーではない、恐らく強硬派の深海棲艦だろうと戦治郎は予測する

 

「マジで前回と同じ状況じゃねぇかよぉっ!?!」

 

そう考えたところで戦治郎が思わず絶叫するのだが……

 

「いや、前回の件でゼッペーと強硬派の関係は悪化して、手を組むなんて真似はまずしなくなったんじゃないかな?っとなると恐らく騒ぎを聞きつけた強硬派が便乗して来たってところだと思う」

 

リチャードが冷静に細かいところを訂正するのであった

 

「そんな細かいとこはいいんですよ!結果はどの道一緒なんですからっ!って言ってる場合じゃねぇ、お前ら急ぐぞっ!!!」

 

こうして戦治郎達は更に速度を上げて、トラック泊地へと急行するのであった



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トラック泊地防衛戦 上の中

戦治郎達よりも先にトラック泊地に到着した光太郎達は、窮地に追いやられていたのだった

 

光太郎達はミクロネシア付近から大急ぎで戦場に駆け付けゼッペーと交戦状態になったのだが、その直後に光太郎が背後から砲撃をモロに受けてしまったのである

 

「光太郎さんっ!」

 

思わぬ出来事に声を上げたのは、光太郎達と共に巡回任務をやっていた大本営の遠征部隊に所属する神風であった

 

「何で光太郎さんに攻撃してるんですかトラックの人達はっ?!光太郎さん達は味方だって通達してあったはずなのにっ!?」

 

その様子を見て叫ぶのは白雪、彼女が言う通り光太郎達長門屋海賊団や穏健派深海棲艦の事は、以前行われた通信会議の後長門がすぐに全鎮守府や泊地、基地などに通達したはずなので、知らないはずがないのである

 

そしてその直後、佐渡から光太郎達にまで攻撃命令が下された旨を伝える通信が入ったのである……

 

「そんなっ!あんまりですっ!!!」

 

佐渡達と戦治郎のやり取りを聞いていた吹雪が、怒りを露わにしながらそう叫ぶ。いくら深海棲艦が憎いからと言って助けに来た光太郎達を攻撃するのは酷過ぎる、彼女はそう考えると叫ばずにはいられなかったのである

 

そうしている最中にも次から次へと光太郎達へと砲弾が降り注ぐ、そして……

 

「あうっ!」

 

「初雪っ!?大丈夫k……うがっ!」

 

「初雪ちゃんっ!?深雪ちゃんっ?!」

 

初雪と深雪が巻き込まれる形で被弾、中破してしまうのであった。それを見ていた磯波が悲鳴染みた声を上げ2人のところに駆け寄る

 

「私達がいるのにお構いなしだって言うのっ?!」

 

「多分、皆の事を裏切者、深海棲艦との内通者と断じて攻撃してるのかもね……」

 

神風の叫びに光太郎が砲弾を回避しながらそう答える、そんな2人がこの様なやり取りを交わしている内にトラック泊地の艦娘から更なる追撃の矢が放たれる

 

「あれは……、爆撃機っ!??」

 

「ちぃっ!輝っ!!!」

 

「任せろっ!!!」

 

砲弾の雨の更に上空を飛ぶ爆撃機を発見した吹雪の叫びを聞いた光太郎が、輝に呼びかけたところすぐに輝は艦載機を発艦させその爆撃機を片っ端から撃ち落とすのであった

 

「爆撃機は何とかなったが、砲弾はまだまだ飛んで来やがるな……。うっし!光太郎、ゼッペーの方は任せた!俺は砲弾と艦載機を何とかするのに徹するぞっ!!!」

 

「すまん、頼んだっ!吹雪ちゃん達も輝の方を手伝ってくれっ!」

 

「はいっ!分かりましたっ!」

 

こうして光太郎達は各自行動を開始し、光太郎はゼッペーの相手を、輝と吹雪達は砲弾を撃ち落とす事に意識を集中するのであった

 

しかし、それでもやはり撃ち漏らしは発生してしまい……

 

「きゃぁっ!?」

 

「うわっ!」

 

「くぅっ!!」

 

「あぁっ!?」

 

大本営の遠征部隊の面々がジリジリと追い詰められていき、遂に全員中破してしまうのであった……

 

「お前ら大丈夫かっ!??えぇいっ!こなくそぉっ!!!」

 

艦載機だけでなく艤装での砲撃と、オベロニウム製バルディッシュの刃をブーメランの様に投擲しながら砲弾と艦載機を撃ち落としていく輝が吹雪達に安否を問う

 

「だ、大丈夫です……っ!」

 

「何のこれしき……っ!」

 

吹雪と深雪がそう答えるのだが、それは輝の目から見ても無理をしている様にしか見えなかった。そんな彼女達を見て輝は内心舌打ちし、果敢に砲弾や艦載機を迎撃しながらも焦りを募らせていく。そして遂に輝が想像していた最悪の事態が発生する……

 

「しまったっ!!!」

 

輝が砲弾を1つ撃ち漏らしてしまい、その砲弾が神風の方へ真っ直ぐに向かって行く……

 

「あ……っ!」

 

「神風さんっ!!?」

 

自分の下へ向かってくる砲弾を視認した神風がその様な声を漏らし、光太郎が彼女の名前を叫びながら砲弾を撃ち落とそうとレーザー砲の砲口を向ける。その直後だ、砲弾が神風にあたるより早く爆発したのは……

 

『あっぶねぇ!マジ間一髪だったわっ!!!』

 

「え……?」

 

通信機から声が聞こえ、その声が聞こえた直後神風が辺りをキョロキョロと見回すと、かなり離れた位置にアンチマテリアルライフルを構えた戦治郎の姿を確認するのであった

 

 

 

「お前ら大丈夫か……、ってこいつぁひでぇなおいっ!」

 

あの後、戦治郎達が急いで駆け寄って来て吹雪達の様子を見たところで戦治郎が思わずそう叫ぶのであった

 

「先輩、私と神通さんは光太郎さんの援護に向かいますので……」

 

「ああ、ここは任せろ!光太郎の事頼んだぞっ!大五郎、向こうに背を向けてハコを展開してくれ!」

 

「ゼッペー相手だったら砲弾が飛んで来る可能性がないからだぁね、分かっただぁよぉ」

 

通は戦治郎にそう伝えた直後、神通と共にゼッペーと戦う光太郎のところに急いで向かい、戦治郎は通達に背を向ける形でハコを展開する様大五郎に指示を出す。そして戦治郎は急いで吹雪達の修理を開始するのだが……

 

「くっそ!めっちゃ揺れて作業しにくいっ!!!」

 

「ご主人、頑張るだぁよぉっ!!!」

 

「ご主人様、僕に手伝える事はある?!」

 

大五郎が被弾する度に作業台が揺れ、吹雪達の艤装の修理は戦治郎が思った以上に難航するのであった。そんな戦治郎に大五郎が声援を送り、太郎丸が手伝いを申し出て来る

 

「太郎丸は弥七や甲三郎達と一緒に砲弾の迎撃を頼む!何とかしてこの揺れを抑える様にしてくれっ!!!」

 

「了解っ!それじゃあ艦載機、全機発艦だよっ!!!」

 

戦治郎は太郎丸にそう伝えると、太郎丸は意気揚々と艦載機を発艦させ戦治郎に言われた通り艦載機を用いてトラック泊地の艦娘達が放つ砲弾や艦載機を迎え撃つのであった

 

「このまま戦治郎が拘束されるのは辛いな……、僕1人で抜けて来た連中の相手をするのはくたびれてしまいそうだ」

 

「ホント何とかならないですかねコレ!」

 

戦治郎の前に立ち光太郎達の猛攻を抜けて来たゼッペーの支持者を淡々と始末するリチャードが呟き、それに対してこの様な言葉で返す戦治郎。こういう風に聞くと大した数ではなさそうだが、実際のところはそうではなく結構な数が3人の猛攻を掻い潜り戦治郎達の方へと向かって来ているのである。何故ならゼッペーの数が余りにも多いからだ

 

戦治郎達が来るまでは光太郎がかなり頑張ってくれていた為、殆ど抜けて来る奴がいなかったのだが、その頑張りの代償として光太郎はかなりエネルギーを消耗していたのである。もし戦治郎達の到着が少しでも遅かったら、吹雪達が海底に沈んでいた恐れがあったのである

 

通達が参戦したところで光太郎は変身を解除しエネルギーを消耗しない通常の放水砲でゼッペーの相手をしていたのだが、変身を解除したせいで変身時より反応速度や火力が低下、更に先程までの戦闘で疲労が蓄積し動きが鈍くなってしまっている上に通達がまとめて相手を始末する手段を持ち合わせていない為、どうしても打ち漏らしが発生してしまうのである

 

そうなると戦治郎のヨイチさんやグスタフ&ドーラの力が欲しくなるところだが、生憎戦治郎は現在吹雪達の修理中で動けないどころか保護対象なのである。そんな状況を打破するには何とか戦治郎に頑張って修理を終わらせてもらうしかないのだが、その修理もトラックの艦娘達の攻撃のせいで難航中なのである

 

「このままではジリ貧だね、全く困ったものだよHAHAHA!」

 

「余裕ありますねリチャードさん!こっちは結構大変なのにねぇっ!!!ああもう!どっかに大五郎守る様な物理障壁とか無いもんかねぇ!!?」

 

リチャードが冗談めかしてこの様な事を言うと、流石に苛ついてきた戦治郎が半ギレでそう叫ぶ。すると……

 

「物理障壁か……、そう言えばそれっぽいのがあったね」

 

「ファッ!?あるのっ?!バリアみたいなのがっ!??」

 

リチャードの予想外の言葉に戦治郎が驚愕しながら聞き返す

 

「いやね、最近メタルウルフばかり使っててスッカリ存在を忘れていたよっ!ありがとう戦治郎、君のおかげで彼らの存在を思い出せたよ!」

 

戦治郎にお礼を言うリチャード、そんなリチャードの言葉を聞いた戦治郎はある事を思い出す、それはリチャードが戦艦棲姫の転生個体である事だ。だがそれと同時にその言葉に引っかかるものを感じる戦治郎であった、今リチャードは彼らと言ったか……?何故複数形……?

 

「それじゃあ久しぶりに呼ぶとしよう、来い!『スペシャルシークレットサービス』!」

 

戦治郎がそんな事を考えているとリチャードが何かを呼び出すように声を上げた、するとその声に反応して海の中から何かが姿を現すのだった

 

それを目の当たりにした戦治郎は、思わずあんぐりと口を開け作業の手を止めてしまう。そんな戦治郎を見て何事かと思った吹雪達も戦治郎の視線を目で追いかけ、その視線の先にあったものを見て固まってしまうのであった

 

戦治郎達が見たもの、それは左からフロント・ダブル・バイセップス、サイド・チェスト、モスト・マスキュラーと言うボディビルのポーズを決める恐ろしい程に筋肉バッキバキのムッキムキでビッキビキな3体の戦艦棲姫の艤装だったのである

 

「紹介するよ、彼らは僕の艤装で左からサムソン、アドン、バランと言うんだ。そしてさっき僕が叫んだ『スペシャルシークレットサービス』って言うのは僕の能力名でね、彼らをシークレットサービスに見立ててそう名付けたのさ。効果は凄く単純で、彼らを最大3体まで同時に動かすってものさ。どうだい?驚いたかい?」

 

「す、凄いッスね……、艤装を同時に3体まで動かせるって……」

 

戦治郎は色々とツッコミたい気持ちを抑えながら、悪戯が成功した子供の様な表情を浮かべるリチャードに向かってそう答えるのであった

 

こうしてリチャードの暑苦しい艤装であるサムソン達を大五郎の盾にする事で大五郎の被弾を防ぐ事で、作業台の揺れを抑える事に成功し戦治郎の作業は滞りなく終了するのであった

 

尚、戦治郎はしばらくの間、ポーズを決めるサムソン達の姿と被弾する度に聞こえる「もうダメだぁ……」と言う声が頭から離れなかったそうだ……



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トラック泊地防衛戦 上の下

リチャードのやかましく暑苦しい艤装のおかげで、何とか吹雪達の修理が完了し戦治郎が前線に復帰、戦治郎が戦闘を開始して今に至るのであった

 

戦治郎が戦線に復帰した事でゼッペーはその数をかなり減らす事となったのだが、戦治郎は焦りを抑える事が出来ずにいた

 

佐渡の通信によって北マリアナから強硬派の深海棲艦がこちらに向かっている事が明らかになり、それをどうにかしなければトラックもラバウルの二の舞になってしまう、そう思った戦治郎はどうしても焦りを感じずにはいられなかったのである

 

「早くこいつらを片付けねぇと……っ!」

 

「そう焦るな戦治郎……、と言いたいところだが……」

 

戦治郎の呟きを聞いたリチャードが戦治郎を落ち着かせようと言葉を掛けた直後、リチャードの視界にとても小さいが動く影が映ってしまう。それを認識したリチャードは思わずため息をつき、このように言葉を続けるのであった

 

動く影が見つかった方角は、リチャード達から見て2時の方角……。つまりこの小さな動く影こそが北マリアナから来た強硬派の艦隊なのである

 

「うげっ!もう視認出来るとこまで来てんのかよっ!?」

 

リチャードの態度を不審に思った戦治郎が、リチャードが視線を向ける方角を見た瞬間顔を歪めながら声を上げる

 

「さて……、この状況をどう打破したらいいものか……」

 

『くっそ……っ!こうなったら今から俺達があっちに向かって……』

 

「光太郎っ!俺は戦闘前に無理すんなって言っただろっ!?」

 

『ですが先輩、このままでは……っ!』

 

リチャードが呟き、光太郎がその疲れ切った身体に鞭打ってまで強硬派を迎え撃とうとして戦治郎に止められる。それに対して通が反論しようとしたところで……

 

『だったらこっちはあたし達に任せなっ!』

 

通信機からこの場にはいないが聞き慣れた艦娘の声が聞こえて来る、そしてその直後水平線の向こうで大きな水柱が上がるのであった

 

『戦ちゃん達、おまたせ~☆遠征部隊、輸送護衛任務を完了させたった今戻ったわ~』

 

『待たせっちまったな戦治郎さん、ここからは俺達も参戦するぜっ!』

 

『遅れて来た分、しっかり頑張らないとねっ!ね?皆っ!』

 

『不知火!天津風!張り切って行くわよっ!』

 

『言われるまでもないわっ!』

 

『徹底的に追い詰めてやるわ……っ!』

 

水柱がその姿を消したと同時に、通信機から遠征に参加していた艦娘達のやる気に満ちた声が次々と聞こえて来る

 

「いやちょっち待って?確か通信機から占守の悲鳴が聞こえた時、剛さん達ってジャカルタ辺りにいるって言ってたよね?いくら何でも来るの早過ぎな~い?」

 

思わず戦治郎が剛達遠征部隊に疑問をぶつける、まあ戦治郎が疑問に思うのは仕方が無い事だろうとは思う。何せジャカルタからここまでの距離は、下手したらガダルカナルからトラック泊地までの距離の約2倍くらいあるのである。普通だったらもっと時間が掛かるはずなのに、どうやってこんな短時間でジャカルタからここまで来たのだろうか?戦治郎は不思議で不思議で仕方なかったのである

 

『走って来たんだクマ』

 

「はいぃ?」

 

『球磨の言う通り、私達はあの距離を全力で走って来たの……』

 

『いや~、最初剛さんが提案してきた時は無理だと思ったけど、やってみると出来るもんだね~』

 

球磨の返事を聞いた戦治郎は思わず裏返った声を上げる、そして先程球磨が言った内容を雲龍が復唱し川内があっけらかんとそう告げるのであった

 

これには流石に戦治郎も耳を疑う、走って来た?ジャカルタから?ここまで?約5230kmと言う距離を?またまた御冗談を……

 

『きっとあの修行のおかげっぽい!』

 

『艤装のアシストがあるとは言え、ここまで息切れせずに来れたのは間違いなく正蔵さンの修行のおかげなンだろうな~……』

 

『正直僕は今でも信じられないんだけどね……』

 

白露型の3人のやり取りを聞いた戦治郎が思わず頭を抱える、どうやらあの遠征に参加した娘達は祖父さんにナニカサレタヨウダ……。でもそのおかげでこうやって急いで救援に来てくれた訳なのだから……、そう考えると戦治郎は複雑な気分になるのであった

 

その後戦治郎はこの件について深く考えるのを止めて戦闘に集中、剛達が強硬派の相手をしてくれているおかげで精神的に余裕が出来た戦治郎達は、先程よりも早いペースで次々とゼッペーを始末していくのであった

 

だが、それも長くは続かなかった……

 

『これ、どうやったら通信出来る様になるのかねぇ?』

 

通信機から突然聞き覚えこそあれど、聞こえる筈が無い声が聞こえて来たのである

 

「その声は……、隼鷹か……?」

 

『うぉっ!?これで合ってるのか……、ここだ、このボタンで通信出来るようになるみたいだよ!』

 

訝しむ戦治郎がその声の持ち主である隼鷹の名を呼んだところ、相手は驚きの声を上げたかと思うと近くにいるであろう誰かに話し掛けていた

 

『これで通信出来る様になったのか……?あー……、誰か私の声が聞こえているか?』

 

「今度は那智か……、通信は聞こえている……、が、先にこちらの質問に答えてもらおうかねぇ?」

 

すると今度は那智の声が聞こえて来る、それに対して戦治郎が困惑しながらも応答し那智に質問を投げかけようとしたのだが……

 

『おおっ!聞こえているんだなっ!今返事をしたのは佐渡達を、姉さんや羽黒を助けてくれた長門屋海賊団とか言う深海棲艦の集団の内の誰かと考えていいんだな?!』

 

「お、応……、あ~……、その~……、長門屋海賊団のリーダーやってます、長門 戦治郎って言うモンですが……」

 

戦治郎が質問する前に那智が勢いよく捲し立てて来た為、戦治郎は質問するタイミングの逃すだけでなく那智の勢いに思わず気圧されてしまい、ついこの様な感じで自己紹介するのであった

 

『戦治郎だとっ!?佐渡達を助けた張本人かっ!だったら都合がいいっ!済まないが私の話を聞いてもらえないかっ?!』

 

「えっ?あっはい……、どうしました……?」

 

戦治郎の名前を聞いた途端、那智の勢いが更に増し遂に戦治郎はその勢いに圧倒されて弱弱しく返事をし用件を聞く事にしたのであった……

 

『単刀直入に言うぞ!佐渡と占守がお前達と繋がっている事がバレて、提督に連れて行かれてしまったんだっ!!!』

 

「ウゾダドンドコドーン!!!」

 

『いや、日本語で返事しとくれよ……』

 

那智の言葉を聞いた戦治郎が驚きのあまり思わずオンドゥル語で返事したところ、隼鷹に引き気味に突っ込まれるのであった……

 

落ち着きを取り戻した戦治郎が2人の話を聞いたところによると、どうやらトラックの提督の方針を支持する艦娘が佐渡達の様子を不審に思い、会話内容を盗み聞きした事で佐渡達が戦治郎達と繋がっている事が発覚、すぐさま佐渡達は提督のところに連れて行かれてしまったのである

 

『その際佐渡達は抵抗する振りをして、私達にこの通信機を投げ渡したんだ……』

 

『那智はあの子達がショートランドの艦娘連れて戻って来た後、事情聴取やらで事情を知ってあの子達の協力者になったクチなんだよ。そんであたしはあの子達が襲撃される前からあの子達をからかって遊んでたら妙に懐かれちまってね……、んであんた達との繋がり関係であの子達や那智から相談されて協力する事にしたのさ』

 

「成程、お前達が通信機を持ってる理由はそう言う事か……。しかし参ったなおい……、今こっちはゼッペーの相手で手一杯だってのに……」

 

那智達が通信機を持っている理由について納得した戦治郎は、最初の1/3ほどにまで数を減らしたゼッペーにヨイチさんで砲弾を更にプレゼントしながら、佐渡達の件をどうするかで悩むのだった

 

『無理は承知……、っ!何だとっ!??』

 

那智が何かを言おうとしたところで、急に驚愕の声を上げる

 

『やべぇ!今度はウェーク島の方から武装したのが来やがったっ!!!』

 

「んもおおおぉぉぉーーーっ!!!大概にしろよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

隼鷹の言葉を聞いた戦治郎が耐え切れなくなって絶叫する、今度の増援は北東の方角からやって来ている、つまりそいつらを倒すには大きく移動しなければいけないのだ。こちらが片付いていない、佐渡達の事もどうにかしなければいけない、そんな中でここから遠い位置に増援、こうなると戦治郎だけでなく他の者達にも動揺が広がるのであった

 

「どうするんだい戦治郎!?」

 

これには流石のリチャードも焦りの色を表情に出す、聞かれた戦治郎は必死になって思考を巡らせるのだがいい案が出ない。本当にどうしたものかと悩んでいると……

 

「「(`0言0́*)<ヴェアアアアアアアア!!!」」

 

凄まじい叫び声と共に、何かが2つほどとんでもない速度で飛んで来てトラック泊地の建物に激突、大爆発するのであった……



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トラック泊地防衛戦 中の上

『な、何だ今のはっ?!』

 

『おいおいおいおい……、さっきの奴泊地に思いっきり突っ込みやがったぞ……。ここに来て更に増援か……?』

 

先程トラック泊地に凄まじいスピードで突っ込んだ飛来物のせいで、トラックの艦娘達が激しく動揺、混乱し辺りは騒然となる。そんな中戦治郎とリチャードはポカンとした顔のままどちらからともなく話し始めるのであった……

 

「今の声、シゲの奴だな……」

 

「伊吹の声も混ざっていたね……」

 

「まあ飛んで来たのが2つですからね……、それはそうとリチャードさんには見えましたか……?」

 

「ほんの少しだけだけどね、でもまああれが何なのかについては自信を持って答えられると思うよ……」

 

「奇遇ですね、俺もですよ……」

 

「じゃあせーの、で言ってみるかい?……せーの」

 

「「バンガード・オーバード・ブースト」」

 

2人が声を合わせてシゲ達が使っていたあの物体の正体を言い当てる、そして2人の間に暫しの間沈黙が訪れ、その後2人は同時に溜息を吐くのであった

 

その直後である、戦治郎が頭を抱えながら何かを言おうとしたその時

 

『全くあの2人は……、いくら何でもはしゃぎ過ぎだろうが……』

 

『いやいやいや、あれははしゃいでるとか言う問題じゃねぇと思うぞ……?』

 

通信機から聞き覚えがある声が2つ聞こえてくるのであった

 

「その声は空かっ!?それにショートランドの提督もっ?!」

 

『ああ、つい先程Ex-Sスーツの改造が終わってな。丁度一息入れているところで増援がどうたらと騒がしくなったから、スーツなどのテストがてら参戦する事にしたんだ』

 

『そういう訳で源 燎(みなもと りょう)少将以下8名はこれよりウェーク島からの増援部隊を迎え撃つ!これでいいんだよな?』

 

戦治郎がその声に反応し大声で呼び掛けたところ、声の主である空とショートランド泊地の提督である源 燎少将はこの様に答えるのであった

 

「助かるっ!ってそういやそっち誰がいるんだ?」

 

『VOBが飛んで来た方角を見てみろ』

 

戦治郎が気になった事を尋ねてみたところ、空からこの様な返事をもらった為戦治郎とリチャードはシゲ達が飛んで来た方角に視線を向ける。するとそこには5つの飛行物体が存在していたのだった……

 

「わぁい、ツッコミどころの大バーゲンだ~!さぁて~、どっからツッコもうかな~?こんなに一杯あると迷っちゃうな~……、コンチクショウ!」

 

『さぁ何処からでもかかってこいっ!』

 

それを視認した戦治郎がついつい声を荒げ、それを聞いた空がそんな戦治郎を挑発する様なセリフをほざくのであった

 

「じゃあ遠慮なく行くぞこの野郎っ!燎については除外!」

 

『普通だったら真っ先にツッコまれるところだろうがな……』

 

まず除外された燎についてだが、現在燎は大改造を施されてEx-Sからディープストライカーに姿を変えたガンダムスーツを装備してこの空を駆けているのである。本当なら燎自身が言うように、真っ先にツッコみを入れられても可笑しくない存在なのだが、戦治郎がこの事を知っていた……、いや、暇が出来た時ちょくちょくパーツ作成を手伝っていた為晴れてツッコミ対象から除外されたのであった

 

「って事で一番手は姉様!」

 

『は、はいっ!?』

 

戦治郎が最初に指名したのは扶桑であった、扶桑は急に名前を呼ばれた事で大いに驚き、その様子を隠そうともせずに返事をする

 

「姉様はなんで飛ぶのん~?」

 

『え?あっ!え~っとぉ……、せ、戦艦ですけど~……』

 

「おい空、姉様に何仕込んでんだ、おぉん?」

 

扶桑とやり取りを交わした直後、戦治郎は空に対して矛先を向けるのであった

 

『解せぬ……、何故俺だと思った……?』

 

「シゲと伊吹は年齢的にあずまんが知らねぇだろうがよぉっ!!!そうなると消去法でおめぇしか残らねぇんだよっ!!!」

 

『戦治郎、いくらなんでも決めつけるのはよくないと思うぞ?まあこのネタを姉様に教えたのは俺だが』

 

「やっぱりかよコンチクショウッ!!!」

 

空の返答を聞いた戦治郎が地団太を踏みながら叫び、その様子を傍から見ていた扶桑は苦笑いを浮かべるのであった

 

さて、何故戦治郎が扶桑にあの様な質問をしたのか……、それは扶桑が本当に空を飛んでいるからに他ならないのである

 

今扶桑が背負っている艤装には、GP01フルバーニアンのユニバーサル・ブースター・ポッドが取り付けられ扶桑はそれを用いる事で空を飛んでいるのである。本来ならそれだけで飛べるはずがないのだが、何故か扶桑はそれだけで空を飛んでいるのである

 

戦治郎がその辺りの事を空に尋ねるのだが、空からはディープストライカーの余剰パーツを使って伊吹が作った事以外は知らないと言う答えが返って来るのであった

 

空からの回答を聞いた戦治郎は扶桑が飛ぶ原理を解明する事を諦め、次の標的に狙いを定める

 

「次っ!日向っ!おめぇも飛ぶのかよっ!?」

 

『ああ、私もシゲが作ったこの『ズーイストライカー』のおかげで飛べるようになったんだ。おかげでよく分かったよ……、これからは航空火力艦の時代である事と瑞雲の偉大さがな……』

 

そう言って腕を組みうんうんと頷く日向の姿を見た戦治郎は、引きつった表情を浮かべながら困惑するのであった

 

扶桑のユニバーサル・ブースター・ポッドと同じ様に、ディープストライカーの余剰パーツを使ってシゲが作り上げたと言うこのズーイストライカーは、見た目はガンダムSEEDに出て来るエールストライカーと同じなのだが、配色が瑞雲カラーとなっているのである。恐らくシゲが気を遣ってこの様な配色にしたのだと思われる……

 

こちらについては劇中でもこれを装備して飛んでいるので、戦治郎は追及の必要は無いと判断して話を進めるのだった

 

「次っ!!そこのクソでけぇ尻尾生やしたペーネロペー!!!誰だね君はコンチクショウッ!??」

 

『僕ですよ僕、璃栖瑠です。シゲ君と伊吹君に対抗して技術班の子達がディープストライカーと並行してこの機体を作ってて、僕はそのテストパイロットをお願いされてたんですよ。で、ディープストライカーと同時にこの機体も完成したので皆さんに同行したってところです』

 

「ガダルカナルの連中が作ってたのはこれかよぉっ!!?つかその尻尾どうにかなんねぇの?さっきから風で靡いてすっげぇブルブルして見ててめっちゃ気持ちわりぃんだけど……?」

 

『一応引っ込める事は出来るんですけど……、そうすると艤装を使って手数を増やす事が出来なくなっちゃうんですよね……」

 

戦治郎とこの様なやり取りを交わした璃栖瑠は、ははは……と力なく笑うのであった

 

こうして戦治郎のツッコミ祭は幕を閉じ、脱線した話は本来の軌道に戻る

 

「ハァ……、ハァ……、取り敢えず話戻すけど、そっち8人いるんだっけ?空と燎と姉様と日向と璃栖瑠さんに……」

 

『俺の艤装に乗っている翔鶴、扶桑に抱かれている瑞穂、日向に抱かれている龍鳳を加えて8名だ。この8名でウェーク島の増援を叩く』

 

戦治郎がツッコみ疲れの為か肩で息をしながら改めて空達の艦隊に誰がいるかを尋ね、それに対して空が先程とは打って変わって真面目なトーンで戦治郎の問いに答えるのであった

 

「承知した、そっちに関しては任せたぞ」

 

『ああ、任せてくれ。こっちの連中は誰一人として泊地には近付けさせないさ』

 

戦治郎と空はこの様なやり取りを交わした後、相手が目の前にいないにも関わらず2人同時にグータッチをする様な仕種をし、互いに今やるべき事の為に直ぐに行動を開始するのであった

 

「お疲れ様、いや~……色々と凄いものが見れたね」

 

戦治郎が空との通信を終えたところで、リチャードが労う様に戦治郎に話しかけて来る

 

「全くですね……、ディープストライカー以外についてはホントマジで俺は知りませんでしたから、めっちゃ驚かされましたよ……」

 

「だね、僕としてはVOBまで作っていた事に驚きを隠せないよ……。っとVOBで思い出したんだけど……」

 

リチャードとこんな感じでやり取りを交わしている最中、リチャードの口から出て来たVOBと言う単語を聞いた時に戦治郎はある事を思い出す

 

「ああ、シゲ達の事ですか……。あいつらには佐渡達の救助をお願いしておきますか……、あの2人今丁度泊地の敷地内にいるわけですし……」

 

戦治郎はそう言いながらシゲ達に佐渡達の事を伝える為に、通信機を操作してシゲ達に向けて通信を飛ばすのであった



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トラック泊地防衛戦 中の中

「いってぇ……、あ~……、能力が無かったら俺の身体もVOBごと爆発四散してるところだったわ……」

 

VOBと共にトラック泊地の建物に激突したシゲが、全身を駆け巡る痛みに耐えながらこの様な事を呟きその身体を無理矢理起こす。もしシゲに迦具土がなかったら本人が言う通りその身体はVOB諸共爆散していたと思われ、シゲは心の底から自身の能力に感謝するのであった

 

「シゲ~、無事か~?」

 

丁度シゲが立ち上がったところで、今の相棒である伊吹がヨロヨロしながらシゲの下に歩み寄って来る。そんな伊吹の身体は全身が擦り傷まみれとなっていた

 

「応、迦具土が無かったら爆散してたところがな……」

 

「それについてはホンマすまん、ワレに聞かれた時素直にVOBを切り離す方法教えときゃ良かったわ……」

 

シゲが伊吹にそう答えたところ、伊吹がシゲに対して自分のミスについて謝罪を入れるのであった

 

何故2人がこの様な事になったのか、それは燎のディープストライカーが完成したところまで話は遡る

 

 

 

 

 

空達がちゃんぽん要塞でディープストライカーを完成させ、ようやくとばかりに休憩しているところで、通信機からウェーク島から増援が来ている旨の話が聞こえて来たのである

 

「ウェーク島か……、今戦治郎達が戦っている場所からかなり離れたところだな……」

 

「それってつまり……、そちら側の守りが薄いって事ですか……っ!?」

 

「まあ……、そうなるな……」

 

通信を聞いた空がそう呟き、その呟きを聞いた翔鶴が愕然とし日向が目を閉じてお決まりのセリフを口にするのだった

 

「でしたら急いで向かわないとっ!」

 

翔鶴が声を張り上げて救援に向かうべきだと主張するのだが……

 

「私達もそうしたいのですが……」

 

「私達は空さんの様に高速で空を飛ぶなんて事は出来ませんから……」

 

「瑞穂達が保有しているケートスでは、あの速度には追い付けませんし……」

 

休憩と言う事で空達にお茶と茶菓子を持って来ていた扶桑、龍鳳、瑞穂がそう言ってしょんぼりとする。そんな彼女達は自分達が力になれないのが心底悔しいのかその表情からその悔しさが滲み出ていた

 

「ふっふっふ……」

 

そんな彼女達の言葉を聞いた伊吹が、不意に不気味な笑い声を上げる

 

「どうした伊吹、変な物でも食べたのか?」

 

「変な物って……、ここの食堂には翔さんがいるからそんな変な物なんて出るはずがないのですが……?」

 

そんな伊吹を見た空が不思議そうに尋ね、空の言葉を聞いた龍鳳が訝しみながらそう答える

 

「いや、別にワシは変なモン食った訳じゃないんじゃが……、っとそうじゃなくて!こんな事も有ろうかと作っておいたモンがあるんじゃっ!」

 

伊吹はそう言った後シゲを引き連れて工廠の奥に1度姿を消すと、大きめのコンテナを2つ持って戻って来るのだった

 

「さぁ、目ん玉真ん丸くしてとくと見るとええっ!!!」

 

そう言って伊吹がコンテナを開けると、中にはそれぞれGP01フルバーニアンのユニバーサル・ブースター・ポッドとエールストライクガンダムのエールストライカーのような物が入っていた

 

「これは一体……?」

 

それらを見た日向が伊吹に疑問をぶつけると、伊吹はニヤニヤしながらこれが何なのかについて話し始めるのであった

 

これらはディープストライカーパーツを作っていた際、余ってしまったパーツを使って作られた飛行ユニットなのだと言うのだ

 

「こいつこんな事もあろうかととか言ってたけど、ぶっちゃけ余剰パーツが勿体ないからって理由で何となく作ったのがコレなんだけどな……」

 

「シゲェッ!余計な事は言わんでええじゃろぉっ!!!」

 

こうしてシゲと伊吹の漫才を艦娘達が引き攣った表情で見届けた後、これらのパーツを扶桑と日向に取り付ける事になった。何故この2人なのかと言えば、装甲と艤装の出力の関係と言ったところである

 

艤装の出力で言えば翔鶴の艤装がこの中では最高なのだが……

 

「艦載機なんかは航空力学に則った、飛ぶ為の形しとるから装甲が薄くてもええんじゃが、これはそんなのを一切合切無視して強引に物体を飛ばすモンじゃからな、そうなるとどうしても装甲や耐久性が気になって来るところなんじゃ」

 

伊吹がそう言って翔鶴がこの装備を使うのは避けるべきだと言うのだった、事実彼女の艤装は空母艤装であるが故装甲が薄い為どうしても耐久性に難があるのである。それを聞いた翔鶴は納得した様な、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべてその事を承諾するのであった

 

そしてこれらのパーツをまずは日向に取り付けようとした時だった

 

「ちょっといいか?私にそれを取り付ける前に頼みたい事があるんだが……」

 

日向がそう言って取り付け作業に待ったをかける、伊吹達が何事かと思いながら日向の話を聞くと、どうやらエールストライカーの配色を変えて欲しいという事だった

 

こうして伊吹達が彼女のリクエストを聞き入れ、エールストライカーに彼女が指示する通りに塗装を施す。そうして……

 

「空を飛ぶとなれば、やはりこの配色でなくてはな……。ならばそうだな……、確かこいつはエールストライカーと言ったか……、よし!こいつは今日から『ズーイストライカー』だっ!!!」

 

瑞雲カラーとなったエールストライカー改めズーイストライカーを見ながら日向が声を上げる、その後塗装が乾いたところですぐさま日向にズーイストライカーを取り付けたところ……

 

「ああ……、遂に私は瑞雲と一体化したのだな……」

 

日向が訳の分からない事を言いながら恍惚とした表情を浮かべるのであった、伊吹達はそんな日向を無視して続いて扶桑の艤装、形代にユニバーサル・ブースター・ポッドを取り付けようとしたのだが……

 

「うおぉっ!?」

 

「何じゃこりゃぁっ?!」

 

形代にユニバーサル・ブースター・ポッドを近付けた瞬間、形代から突然触手の様な物が伸びて来てユニバーサル・ブースター・ポッドを捕らえると、すぐさま触手の様な物を引き戻しユニバーサル・ブースター・ポッドをその身体に取り込んでしまうのだった

 

「えぇっとぉ……、形代?」

 

扶桑が困惑しながら形代に話し掛けたところ、形代の身体から突如ユニバーサル・ブースター・ポッドが飛び出すのであった

 

「取り付け作業は自分でやるってか……」

 

「いきなり過ぎてビビったわっ!ああ……、まだ心臓がバクバクゆうとる……」

 

「そのぉ……、お二人共、形代が驚かせてしまってすみません……」

 

取り付け作業をしようとしていたシゲと伊吹が呆然とする中、形代の持ち主である扶桑が申し訳なさそうに2人に謝罪するのであった……

 

こうして扶桑と日向に飛行ユニットを取り付ける作業が完了したところで、燎がディープストライカーを装着しようとする

 

「待て提督、まさか提督も一緒に来るつもりなのか?」

 

「当たり前だっ!こんな状況であいつらが頑張っているのに、戦う力を持っていながら指咥えて見てるだけなんて俺には出来ねぇからなっ!ダメだと言っても俺は行くからなっ!!!」

 

我に返った日向が燎を制止しようとするのだが、燎にこの様な事を言われた為日向は燎を止める事を諦め……

 

「分かった、だが無理だけはしてくれるなよ?私も最大限に援護するが、これ以上は無理だと判断したら君を引っ張ってでも撤退するからな?」

 

そう言ってすぐに出撃準備に取り掛かる、燎はそんな日向の背中に短く感謝の言葉を述べて完成したばかりのディープストライカーを装着するのであった

 

 

 

 

 

「では俺達は行ってくる、シゲ達はここの防衛を頼んだぞ」

 

全員の出撃準備が整い、空がそう言ってライトニングⅡに翔鶴を乗せて発進しようとしたところ……

 

「いや、俺達も食堂にいる連中に指示出ししたら後追いますよ」

 

「む……、しかし……」

 

「大丈夫じゃいや、ちゃんとその為の準備もしとるんでのう!」

 

シゲがこの様に返してきた為空は困惑する、その直後に伊吹がこの様な事を言った為空はその言葉を信じ、ライトニングⅡを発進させるのであった

 

それからシゲ達は食堂に向かい翔や燎の護衛として付いて来ていた菊月と三日月、そして偶々その場に居合わせた五十鈴達に要塞の防衛を頼み、翔達がその件を承諾した後自分達も出撃する為に再び工廠へと足を向けるのであった

 

「いや~、まさかホンマにコレ使う機会が出来るとは思いもせんかったわ!」

 

工廠に戻った後、ウキウキとした表情でそんな事を言いながら伊吹はVOBを装着する。このVOBは燎からEx-Sの製作依頼が来るまでの間、暇を持て余した2人が何となくで作った作品だったりするのである

 

「なあ伊吹、これ切り離しはどうやるんだ?」

 

「そないなん出撃してから教えちゃるわ!っとシゲの方も装着し終えたようじゃのう!」

 

伊吹と同じ様にVOBを装着したシゲがVOBの切り離し方について伊吹に尋ねるのだが、伊吹はVOBを使って空を飛ぶ事で頭が一杯のようで質問するシゲを軽くあしらってしまうのであった

 

この時、伊吹はこれが後に激突事故を起こす原因になるとは想像もしていなかったのである……。普段の彼ならば作業機械に巻き込まれると言う労働災害によって命を落とした関係でこの世界に来ている都合、危険予知については人一倍気を遣うところなのだが、この時ばかりはそれらがストンと頭から抜け落ちていたのである……

 

「よっしゃ!こっちも準備完了じゃ!そんじゃいくでぇ!!!」

 

「何か嫌な予感がするが……、今は気にしてる場合じゃねぇな……。っし!やってやるぜっ!!!」

 

そして伊吹とシゲは気合いと共にVOBを起動させ……

 

「ちょっ……!!!これ……っ!!!速……っ!!!」

 

「こんなん……っ!!!想定外……っ!!!」

 

正直なところ、この2人はこのVOBは見せかけだけのただの飛行ユニットのつもりで作っていたのだが、2人が知らぬ間に誰かが勝手に手を加えたらしく原作に登場したものを忠実に再現したものに生まれ変わっていたのである……

 

そんな事とは露知らず、自分達が想定していた速度より圧倒的に速い速度で2人は空中に射出され、その身体にかかるGに耐えるのがやっとと言った感じでまともにVOBを操作する事も、会話をする事も出来ないままトラック泊地に突っ込んでしまうのであった……

 

 

 

 

 

こうして2人は今に至るのである

 

「しっかし何であんな速度が出たんだ……?俺達そんな風に設計した覚えないんだけどな……?」

 

「恐らくじゃが、ウチのモンが遊びに来た時勝手に手を加えたのかもしれんのう……」

 

2人がそんな事を言っていると、戦治郎から通信が入って来る。内容は佐渡達の救助をシゲ達に頼みたいと言うものだった

 

『頼めるか?』

 

「OK、やってやりますよっ!」

 

「幸いワシらは丁度泊地の敷地内にいるわけじゃしのう、ちゃっちゃと片付けて空さん達と合流しますわっ!」

 

佐渡達の事を頼めるかと尋ねて来る戦治郎に対し、2人はそう言って佐渡達の救助依頼を快く引き受ける。と、その時だった……

 

「まさかあんな方法で泊地に侵入してくるなんて……、最近の深海棲艦は小賢しい真似をするのね~……」

 

そう言いながら誰かが2人のところに歩み寄って来る、その声を聞いた途端シゲ達はすぐに声が聞こえた方を向き、その声の持ち主をしっかりと見据えながら臨戦態勢に入るのであった

 

「見たところ2隻共重巡棲姫のようだけど……、そんな事関係ないわね。鬼だろうと姫だろうと深海棲艦は全て沈める、あの日私はそう誓ったのだから……。……っと、無駄話しちゃったわね、さぁ、今すぐにでも沈めてあげるから、2人まとめてかかってらっしゃい……っ!!!」

 

シゲ達の視線の先で、とてもぱんぱかぱーん♪などと言いそうにない雰囲気を漂わせる愛宕が、この様な事を言いながらシゲ達に装着した艤装の主砲を向けるのであった……




現在コラボしている鳴神 ソラさんの『憑依天龍が行く!』も6話目と着々と話が進んでおります!

出ている設定が時間軸の関係で若干こちらより先行していますが、それらは劇場版特撮ヒーロー物を見るくらいの気持ちで見て頂ければと思います……


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トラック泊地防衛戦 中の下

「くっそ……、厄介な事になりやがった……」

 

物陰に隠れながら辺りを見回すシゲが、思わず悪態をつく

 

あの後シゲ達と対峙した愛宕は一切の躊躇いも無くシゲ達に砲撃を仕掛けたのだが、シゲ達はそれを散開して回避、そのまま2手に分かれて佐渡達を探す為に泊地内を走り回る事になるのであった

 

それからしばらくの間、2人は愛宕と鬼ごっこをしていたのだが時間が経つに連れて騒ぎを聞きつけ駆け付けたトラック泊地の艦娘達が次々に愛宕に加勢していき、遂には那智、隼鷹、佐渡、占守を除いた全員がシゲ達を追い回し始めるのであった

 

それ以降、シゲ達は鬼ごっこからかくれんぼにシフトチェンジして、艦娘達の目を盗みながらトラックの提督に連れて行かれた佐渡達を懸命に探すのだった

 

『今度はメタルギアか……、ホンマたいぎいのう……』

 

「攻撃して蹴散らせりゃ楽なんだろうがよぉ……』

 

『そないな事したら、間違いなく怒られるじゃろうな……』

 

2人が言う通り、今回の戦いはトラック泊地の艦娘達をゼッペーや強硬派から守る事が目的である為、2人は艦娘を攻撃して傷つける訳にはいかないのである。故に2人はこうして艦娘達に見つからない様に、その身を隠しながら佐渡達を救助しようとしているのである

 

そのせいで佐渡達の捜索はかなり難航してしまう、なんせ相手の数がシゲ達より遥かに多い為、シゲ達は彼女達に見つからない様にする為に何度も同じ道を行ったり来たりする羽目になってしまっているのである

 

そんな事を何度も繰り返している内に、2人は徐々に苛立ちと焦りを募らせ注意力が散漫になって来るのであった。そして……

 

『いかん!見つかってしもうた!……こうなったら……っ!、シゲ!ワシがあいつらを引き付けるけぇワレはその隙に先に進めっ!!!ええなっ!!?』

 

遂に伊吹が見つかってしまったのである、すると伊吹はシゲに向かって一方的にそう告げると今隠れている場所から飛び出し、多くの艦娘達を引き付けながら泊地内を駆け巡り始める

 

「伊吹……、無茶だけはすんなよ……っ!」

 

そんな伊吹に対して、シゲがその無事を祈る様に一言呟いたところで……

 

「こんなところに隠れていたのね~、本当に頑張っていたみたいだけどそれもこれで終わり……。さぁ、覚悟しなさ~いっ!」

 

シゲが隠れていた部屋の入口に愛宕が立っており、この様な事を言ってシゲに主砲を向けるのであった。その様子を見たシゲは何とか部屋から脱出しようと辺りを見回し他の出入口を探すのだが、この部屋の出入口が今愛宕が立っている場所しかない事に気付くと、シゲはほんの少しだけ覚悟を決めるのであった

 

「こうなったらやるしかねぇな……、だがその前に聞かせてくれ、何であんたはそこまで深海棲艦を憎むんだ?ここの提督が深海棲艦を憎悪している事情はまあ知ってるが……、あんたがそんな夜叉みたいになる理由がサッパリ分からねぇ。どうだ?ここは1つ冥途の土産として俺にあんたの事情って奴を教えてくんねぇか?」

 

シゲは動き出す前に愛宕にそう尋ねてみるのだが……

 

「深海棲艦の貴方にそんな事する義理があると思う?」

 

愛宕がそう返して来た直後、愛宕の艤装の主砲から砲弾が放たれる、それを見たシゲは仕方ないとばかりに頭を振ってから、迦具土を発動させて自身の方へと飛来する砲弾を30cmほど手前の位置で瞬時にプラズマへと昇華してしまうのであった

 

「え……っ!?嘘……っ?!何なのよそれ……っ?!?」

 

「俺がそれに答える義理があると思うか?」

 

突然の出来事に驚愕、動揺しながらこの様な事を呟く愛宕に対して、シゲはニヤリと笑みを浮かべながら、意趣返しだとばかりにそう返事するのであった

 

「そんじゃあいくぜ……っ!!!」

 

そう言ってシゲが自身の顔の前に掲げた右手の指先1本1本に大きな火の玉を形成し……

 

「いけやぁっ!フィンガー・フレア・ボムズッ!!!」

 

そう叫びながらシゲの右側にある壁にフィンガー・フレア・ボムズを放ち、次々と部屋の壁を破壊して大穴を開けていく。その光景を目の当たりにした愛宕はほんの少しだけ呆然としてしまう、そうして生まれたチャンスをシゲは逃す事なくしっかりと掴み取る

 

「そんじゃああばよっ!」

 

シゲは愛宕に向かってそう言い放ち、今しがた開けた壁の大穴を潜ってこの部屋を脱出するのであった。そう、シゲがほんの少しだけ決めた覚悟とは、部屋の壁を破壊する覚悟だったのである

 

「……はっ!?ちょっとっ!!待ちなさ~いっ!!!」

 

我に返った愛宕はそう言いながら、先程シゲが潜って行った穴を同じ様に潜ってシゲを追跡し始めるのであった

 

伊吹が他の艦娘達を引き付けてくれているおかげで、シゲはしばらくの間愛宕と1対1で追いかけっこをする事になるのであった

 

「待ちなさいって言ってるでしょー!」

 

「待てって言われて待つ奴がいるかってぇのっ!!!」

 

愛宕がそう叫びながらシゲに向けて砲撃するのだが、その砲弾は悉くシゲの迦具土に焼き払われ、光の粒子となって消えていくのであった

 

「もうっ!ホント何なのよそれっ!?」

 

「教えて欲しけりゃあんたが深海棲艦を恨む理由を教えやがれってんだっ!丁度いい交換条件だろぉっ!?」

 

いい加減砲撃が無駄であると思った愛宕が、シゲの背中に向かってうんざりしたようにそう叫ぶと、シゲはそう返して高笑いをし始めるのであった

 

そんなやり取りを幾度となく繰り返していると、やがて観念したのか愛宕が深海棲艦を恨むようになった経緯を走りながら話し始めるのであった

 

彼女には妹がいたのだが、その妹が競技用の艤装を持ち出して行方不明になったそうなのだ。彼女はその頃には軍に所属しており、行方不明になった妹の捜索をしたいと上に何度も掛け合ったのだが、それらは全て却下され途方に暮れていたらしい

 

それから月日が流れるも妹からは何の連絡も無かった為、彼女の妹はドロップ艦として海に飛び出し轟沈したと軍から断定されたそうだ。それを聞いた彼女は妹を失った悲しみで三日三晩泣き徹し、遂に彼女は深海棲艦への復讐を心に誓うのであった……

 

愛宕の話を無言で聞いていたシゲは、心の何処かに引っかかりを感じずにはいられなかったのである

 

「……その妹さんの名前は?」

 

「それも答えないといけないのかしら?」

 

シゲがその引っかかりを解消しようと、愛宕に妹の名前を尋ねたところこの様に返された為、当然だと言い返して何としてでも愛宕の妹の名前を聞き出そうとするのであった

 

「……摩耶、愛宕 摩耶よ」

 

愛宕のその言葉を聞いた瞬間、シゲは迦具土を解除すると同時に急停止、その直後シゲの後を追っていた愛宕がシゲのその背中に盛大にぶつかるのであった

 

「ちょ……、いきなり止まるなんて……」

 

「あ~……北マリアナの方の皆様方~、忙しい中すみません~」

 

ぶつかった拍子に鼻をシゲの背骨にぶつけたのか、鼻を押さえて痛がりながらシゲに抗議する愛宕を無視して、シゲは北マリアナからの増援部隊を相手にしている艦隊に通信を入れるのであった

 

『なんだよこのクソ忙しい時にっ!?』

 

いの一番で返事をしてくれたのは、この通信の内容の主役と言える人物であった

 

「あ、すみませんね~、愛宕 摩耶さ~ん」

 

『ちょっ!?何でシゲがあたしの苗字知ってんだよっ?!あたし確かお前にだけは苗字教えてなかったはずだぞっ!??』

 

凄まじく焦った様子でそう返事する摩耶、そして摩耶と言う言葉を聞いた愛宕が驚いたせいなのかその身体を大きくビクリと震わせるのであった

 

「ちょっと変わりますね~」

 

『おい待てシゲッ!話は……っ!』

 

シゲは通信機の向こうでがなり立てる摩耶を無視して、自身の耳から通信機を外して愛宕に手渡す。愛宕はそれを震える手で受け取った後、己の耳に装着し……

 

「摩耶……?摩耶なの……?」

 

『うぇっ!?ちょっ……っ!その声……、姉ちゃんか……っ?!』

 

愛宕は摩耶のその言葉を聞いた途端、通路にへたり込んで泣き出してしまうのであった




今回もロックマンX2のフレイムスタッガーステージのアレンジ曲を垂れ流しながら書いてました……

もうこれシゲのテーマ曲でいいような気がして来た……


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トラック泊地防衛戦 下の上

「その……、さっきはごめんなさい……」

 

ようやく落ち着いた愛宕がシゲに対して心から申し訳なさそうに謝罪する、あの後摩耶と愛宕のやり取りを聞いた戦治郎が、愛宕に摩耶が海賊団にいる理由と今現在トラック泊地がどうなっているかについて説明したところ、愛宕は震える声で感謝の言葉を述べながらこの場にいない戦治郎に向かって何度も何度も頭を下げるのであった

 

摩耶の声を聞いた後の愛宕は、シゲ達がよく知るいつもの愛宕へと戻っていた。恐らく彼女が深海棲艦を憎む理由だった摩耶が健在である事を知り、彼女から深海棲艦への憎悪が消えた為こうなったのだとシゲは予想する

 

「気にしちゃいねぇ、そう言う理由だったらああなってもおかしくねぇと俺も思うからな。っと、そういや愛宕さんにいくつか聞きたい事があったんだわ」

 

シゲそう言って愛宕の謝罪を受け取った後、まずは佐渡達が何処にいるか知らないかを愛宕に尋ねるのであった

 

「佐渡ちゃん達は私が貴方達と対峙したあの時から何処にも移動していなかったら、提督の執務室にいるはずよ。あの子達を秘書艦として執務室に連れて行ったのは私だからね……」

 

彼女はそう言った後、その表情を暗くする。恐らく自分が佐渡達に行った行為に対して、今になって罪悪感が湧いたのだと思われる

 

「これ終わった後2人に謝罪したらいいだろ、今は落ち込むより2人を助ける事が大事、そうだろ?」

 

「そう……、そうよね、うん、きっとそう!2人にちゃんと謝る為にもまずはあの子達を助けてあげなきゃねっ!」

 

シゲと愛宕がこの様なやり取りを交わした後、シゲが愛宕にいくつかの質問を投げかけ、その答えを聞いたところで現在絶賛逃走中の伊吹に合流を提案、伊吹がそれを承諾したところで合流地点を指定して愛宕と共にその場所へと移動を開始するのであった

 

伊吹より先に合流地点に到着したシゲ達は、シゲの迦具土の事を話しながら伊吹を待つ事にしたのだった

 

「シゲさんにはそんな力があったんですか……、道理で砲弾が途中で消えちゃう訳ね……」

 

「あの時は自分の周囲の気温を爆上げして、範囲内に入った砲弾を一気に加熱してプラズマ化させてたんですよ。まあ調整ミスったら天井と床が大炎上しちまうんですけどね~……」

 

「攻撃にも防御にも使えるけど、ちょっとしたミスで味方にも被害を出しちゃう諸刃の剣って感じなのね~……。っとそう言えば何で敬語なんです?逃げてる時はもっと砕けた感じだったのに……」

 

「いや、あの時はまさか貴女が摩耶の姉ちゃんだとは思わなかったので……、一応この世界の艦娘やら艤装やらの仕様については聞いていますので、もしかしたら姉妹艦ではあるけど血縁関係は無いだろうな~とか思ってましたので……。って言うか愛宕さんも今敬語じゃないですか……」

 

シゲと愛宕がこんなやり取りを交わしていると……

 

「ふんぬらばあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

雄叫びを上げながら伊吹がシゲ達がいる方へと全力疾走してくるのであった、そんな伊吹の背後には夥しい数の艦娘達が迫っていたのであった

 

「お~お~、大漁じゃねぇか伊吹!もしかしてこれトラック泊地の艦娘全部いるんじゃね?」

 

「いえ、佐渡ちゃん達は兎も角、那智と隼鷹の姿が見えないわ……。恐らくあの2人はまだ外にいるんじゃないかしら?」

 

「そがいな事言うとらんで早う何とかせえええぇぇぇーーーっ!!!なんかええ考えがあるんじゃろうがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

伊吹の様子を見たシゲと愛宕が暢気にそんな事を言ったところで、伊吹が咆哮を上げるのであった。それを聞いたシゲは自身が思いついた策を実行する為に伊吹の方へと駆けだし、伊吹とすれ違った際シゲは伊吹に愛宕さんを頼むと言って艦娘達の目の前に立ち塞がる様に停止、艦娘達に威圧感をぶつけてたじろがせる事で彼女達の足止めを図り、伊吹はシゲに言われた通り走りながら愛宕の身体を抱き上げて、そのまま奥へと姿を消すのであった

 

「今度はあんたが囮になるって言うのっ?!」

 

「残念だが、そんなつもりは毛頭……、ねぇよっ!!!」

 

艦娘達がシゲに向かって大声を張り上げながらそう尋ねると、シゲはそう答えながらすぐさましゃがみ込んで両手で床を勢いよく叩く。その直後シゲの背後と艦娘達の背後に突然炎のような物で形成された壁が発生するのであった、その壁のすぐ傍に立っていた艦娘達は、その壁から発生する熱に驚き思わず壁から離れる様に飛び退くのであった

 

「こ、これは一体……っ!?」

 

「あちぃだろ?その壁に触れたら火傷じゃすまねぇぜ?」

 

突然の事態に騒然とする艦娘達に向かって、シゲはニヤリと笑いながらそう言い放つ。そして……

 

「事が終わるまでその中で大人しくしてなっ!んじゃあばよっ!!!」

 

シゲは艦娘達にそう言い残し、その壁を通過して伊吹達の後を追うのであった

 

 

 

 

 

「シゲ、あの娘達に一体何したんじゃ?さっきから追っかけてこんのじゃが……?」

 

「あの娘達ならさっき俺が発生させた高温プラズマジェットの壁に閉じ込められてるぜ」

 

「高温プラズマジェットと来たか……、またエグいモン出しおって……」

 

「あの……、高温プラズマジェットって……?」

 

「金属を簡単に溶断出来る光線みたいな物だと思ってもらえたらいいですよ」

 

「ちょっとでも触ったら、触れたところが即御釈迦になるのは間違いないのう」

 

「えぇ……」

 

3人はこの様なやり取りを交わしながら、佐渡達がいるであろうトラック泊地の執務室へと向かう。そして3人が執務室の扉に立ったところで、室内からシゲ達にとっては聞き慣れた乾いた音が鳴り響くのであった

 

その音を聞いた瞬間、シゲと伊吹は同時に執務室の扉を蹴破り中へと侵入する。そして2人が室内であるものを見た途端驚きのあまりその目を見開くのであった

 

2人が見たもの、それは銃口から煙を吐き出すハンドガンを佐渡に向けるトラック泊地の提督と、右太ももを撃ち抜かれその白いストッキングを赤く染めて蹲る占守、そんな占守に懸命に声を掛ける佐渡の姿だったのである

 

その後遅れて執務室に入って来た愛宕は、目の前に広がる光景を目の当たりにすると驚愕しながらその口元を両手で押さえて硬直してしまうのであった

 

シゲと伊吹が頭の中で状況を整理したところで2人の怒りは臨界点を突破、すぐさま2人は提督に向かって何かを叫ぼうとするのだが……

 

「ずぇあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

誰かの雄叫びと共に、大きな何かが執務室の壁を外から突き破って侵入してくるのであった

 

「な、何だっ!?」

 

突然の出来事に驚くトラック提督が壁の方へと視線を向けると、巻き上がる砂埃の中から緑色に輝く双眸がトラック提督を射抜くように見据えるのであった

 

「よう、トラックの……、面白れぇ事やってんじゃねぇか……、ええ……?」

 

その声が執務室内に響き渡ると同時に砂埃が晴れ、執務室にド派手に侵入して来たものの正体が明らかになる。そう、それは空達と共にウェーク島の増援部隊を叩きに行ったはずの燎のディープストライカーだったのである

 

「その声は源少将っ!?何故お前がここにっ?!いや、それ以前にそれは一体何だっ!??」

 

「うるせえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

トラック提督は動揺しながらも燎に何かを問い質そうとするのだが、それを燎が遮る様に叫びながら、ビーム・スマートガンの砲身でトラック提督を殴り飛ばすのであった

 

目の前に広がる光景を見て呆然としていたシゲ達は燎の叫びを耳にした途端我に返り、大急ぎで佐渡達の下へと駆け寄り、トラック提督に撃ち抜かれたであろう占守の右太ももに悟直伝の応急処置を施すのであった

 

「貴様……っ!何を……っ?!」

 

「黙れゴラァッ!!!」

 

燎を睨みながら呻く様に声を上げるトラック提督に対して、追撃とばかりに燎がビーム・スマートガンの砲身をその脳天に叩き込む。何故ビーム・スマートガンでばかり殴打するのかについては、それしか手頃な鈍器がディープストライカーには装備されてないからである

 

「例のヌ級に所属艦娘をやられっちまってから、お前はホントに変わっちまったよな……、昔のお前は仏だとか慈愛の塊だとか言われてたのによぉ……。ああ、そうか……、お前は優し過ぎたからそうなっちまったのか……」

 

燎はトラック提督をディープストライカーのメインカメラ越しに、まるでゴミを見る様な目で見据えながら、悲し気にそう呟くのであった……

 

「分かっているなら、何故邪魔をするっ!!!この泊地に大量の深海棲艦が押し寄せて来ているのだぞっ?!!それらを全て殲滅しないとどうなるか分かっているのかっ!!!お前はラバウルの悲劇を繰り返そうと言うのかっ!??」

 

「繰り返そうとしてるのはてめぇの方なんだよばっきゃろおぉっ!!!」

 

燎の呟きを聞いたトラック提督がそう反論するのだが、それを聞いた燎が雰囲気を一転させありったけの激情を乗せた叫びを上げるのであった

 

「戦況をよく見やがれっ!誰と誰が戦っているっ?!深海棲艦同士が戦ってんだろがっ!!!それを見てお前はおかしいとか思わねぇのかっ!??」

 

「同士討ちならば殲滅するチャンスだろうっ!!!まさかお前はそのどちらかが人類の味方だとでも言うつもりなのかっ??!笑わせるなっ!!!深海棲艦は全て人類の敵だろうがっ!!!」

 

「笑わせんなはこっちのセリフだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

遂にブチギレた燎がディープストライカーの主砲砲身ユニットの砲身で、掬い上げる様にしながらトラック提督の腹を思いっきり殴りつけるのであった

 

「うわぁ……、あれぜってぇ痛ぇぞ……」

 

「おぉ怖い怖い……、桑原桑原……」

 

その様子を見ていたシゲと伊吹が、思わずそう呟くのであった……

 

「前に日本海軍に所属する全提督宛てに大本営の長門の報告書が回って来たのは知ってるだろうっ!!?まさか知らんと言うつもりじゃねぇだろうなぁっ!!!えぇっ?!!」

 

「そんな物は知らんっ!!!知った事では無いっ!!!深海棲艦は……、あの娘達の命を奪った深海棲艦は全て皆殺しにするべきなんだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

燎の叫びに対して、トラック提督がそう叫び返した直後である

 

ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュッ!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥッ!!!

 

トラック提督の尻からこの様な音が鳴り響くと同時に、執務室内に不快な臭いが漂い始めるのであった……

 

「うげぇっ!!!あいつまさか力一杯叫んだせいでクソ漏らしおったんかっ?!?」

 

「ちょっと待て伊吹……、あいつ白目剥いてねぇ……?」

 

「白目って……、まさかこいつ憤死したんじゃねぇだろうなっ?!」

 

絶叫と脱糞の末、白目を剥いたまま動かなくなったトラック提督を見たシゲ達は、慌てて彼の脈の有無を確認しトラック提督が気絶しただけだと判明したところで胸を撫で下ろし、すぐさま彼を拘束して床に転がすと、シゲが負傷した占守を抱きかかえて燎のディープストライカーのレドーム側の肩に乗り、治療の為に悟の下へと急行するのであった



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トラック泊地防衛戦 下の中

「うぅ……」

 

「もう少しの間だけ堪えてくれよ……?すぐに悟さんのとこに連れてってやっからな……」

 

トラック提督に撃ち抜かれた右太ももが痛むのか占守が苦し気に呻き声を上げ、それを聞いたシゲがそんな占守を励ます様に声を掛ける

 

「連絡を受けた悟がこっちに向かって来ているそうだ、何か目印をつけてるとか言ってたが……、ってあれかっ!?何であいつあんなの持ってんだよっ!?」

 

そんなシゲ達に向かって燎がそう言ったところで、燎が何かを発見すると同時に驚愕の声を上げる。彼が見たのは鼻から上だけを海面に出し、ピポヘルを被りその頭頂部に付いた赤いパトランプをピカピカと光らせる悟の姿だったのである

 

「ありゃアニキが光太郎さんに被せようとしてた奴だな……、何処行ったか分かんなかったが悟さんが持ってたのか……。って言ってる場合じゃねぇっ!燎さんっ!」

 

「あ、あぁすまん。すぐ寄せるっ!」

 

シゲと燎がそんなやり取りを交わした後、燎はディープストライカーを悟の傍へ寄せ、シゲは海上に出現した悟に占守を渡す

 

「んじゃぁすぐに治療を始めるとしますかねぇ……、ったくゼッペーと言いトラックの提督と言い……、ホント碌な事しやがらねぇなぁおいぃ……」

 

悟がそう愚痴りながら自身の艤装の上に占守を寝かせ、彼女の容態を確認するとすぐに翠緑を発動させてその淡い緑色の光を彼女の右太ももに当てて、治療を開始するのであった

 

「これで一先ず安心ってところだな……」

 

「そうですね……、っとそういや……」

 

その様子を見守っていた燎が胸を撫で下ろしていると、ふとシゲが思い出したかの様に燎に尋ねるのであった

 

「燎さん、こっち来るの滅茶苦茶早かったですけど、ウェーク島の方はよかったんですか?」

 

「あぁ~……、それなんだが……」

 

シゲの質問を聞いた燎は、ディープストライカーを装着したまま己の頬をポリポリと掻きながら、シゲの質問に答えるのだった

 

「ウェーク島の方な……、新装備もらった関係で皆滅茶苦茶テンション上がっててな……、勢いに任せてついつい相手を瞬殺しちまったんだよ……」

 

「oh……」

 

シゲは予想外の回答に思わず呆然とする

 

ウェーク島方面の戦いがどの様なものだったか具体的に説明すると、相手を視認出来るところまで来た空達は翔鶴と瑞穂、そして龍鳳の3人を海上に降ろした後、翔鶴にいいところを見せたいからと張り切る空がすぐさま【錬気拳】を発動させ、相手戦力の7割を自分が立っている場所にまるでブラックホールにでもなったかのように強引に引き寄せ、片っ端から殴り飛ばして青い血煙に変えていったのである

 

そしてその最中、今度は扶桑、日向、璃栖瑠が残った敵に突撃を仕掛け、相手の頭上から伊吹達が作った瑞雲12型(六三四空)と瑞雲(六三四空/熟練)による爆撃と、戦艦主砲による砲撃、ペーネロペーに搭載されたミサイルと艦載機の操作方法を応用する事で再現する事に成功したファンネル・ミサイルをしこたま叩き込んだのである

 

それでもしぶとく生き残った奴には、燎がディープストライカーに搭載されている主砲砲身ユニットから、シゲが迦具土の力で再現した東方非想天則式の爆符「ギガフレア」を参考にした熱線をご褒美としてお見舞いしてあげたり、伊吹がガダルカナルの格納庫から持ち出して、ディープストライカーの腰部に取り付けたMM3仕様の超改造スモールパッケージとMM2R仕様の超改造シーハンターをプレゼントしてあげたりしていたのだった

 

そんな中新装備をもらっていない翔鶴達はと言うと、自分達が出来る範疇の事を頑張ろうと言う事で空が引き寄せている相手を何とか爆撃したり、長ドスで叩き斬ったりして空の援護をしていたのだった

 

その結果、ウェーク島からの増援は瞬く間に殲滅されてしまうのであった

 

「そんで今から戦治郎達と合流するか~って時にだよ、あの通信が入って来たんだわ……」

 

「あの通信?」

 

燎の言葉を聞き頭上に?マークをいくつも浮かべるシゲ、どうやらシゲと伊吹はかくれんぼに夢中になり過ぎたあまり通信を聞きそびれたようだ

 

「聞き逃したのかよ……、いいか?よく聞けよ?」

 

そう言って燎はシゲに通信の内容を教える、それを聞いた途端シゲは驚愕の表情を浮かべる……。その内容とは、戦治郎達が戦っている海域に先程の倍の数の支持者を引き連れた七瀬が出現したと言うものだったのである……

 

「あん時摩耶がクソ忙しいって言ってたのはそう言う事かっ!!!」

 

「そう言う事だ、んで俺達も戦治郎達のとこに急行してた訳なんだが……、その道中でこいつのセンサーが占守達とトラックのの会話と、トラックのが発砲した音を拾っちまってな……。それでつい頭に血が上って俺だけ執務室に突入したって訳よ……」

 

自身の左腕を掲げながら燎が言う、このディープストライカーのレドームと左腕のマルチセンサーは護謹製のもので、原作のものより性能が格段に上がっている為飛行中の燎が占守達の声を拾う事が出来たのである

 

「今はそれはどうでもいいっ!!!それよりも早くアニキ達のところに行かねぇとっ!!!」

 

「っとそうだな!って事で悟、占守の事頼んだぞっ!!!」

 

「あいよ~、これ以上怪我人出さねぇ為にもよぉ、おめぇらはとっととあいつらのとこ行きやがれってんだぁ」

 

3人がこの様なやり取りを交わした後、シゲは再び燎のディープストライカーの肩に乗り、戦治郎達の下へと急行するのであった……

 

 

 

 

 

その頃、戦治郎達はと言うと……

 

「……なんだありゃ……?」

 

ゼッペーとの戦闘中に、突如姿を現した『ソレ』を目の当たりにした瞬間、呆然としながら戦治郎はそう呟くのであった……

 

『ソレ』は大五郎に匹敵する大きさの人型艤装の様な形をしていた、『ソレ』の事を『人型艤装の様な』と表現したのには理由がある。『ソレ』には大五郎とは違い6本の大きな腕と3つの頭があった為、そのシルエットが余りにも人からかけ離れていた為、戦治郎はこの様な表現をしたのである

 

「凄いでしょ?貴方のペットの大五郎ちゃんとお友達の光太郎ちゃん、そして部下の護ちゃんのデータをベースに私が作った作品なのよ?」

 

突然聞こえて来た声に戦治郎達は驚き、すぐさまその声が聞こえた方角に視線を向ける。するとそこには見慣れない水母水姫が1人、ケートスとは異なる外見をした水上バイクに跨っていたのだった

 

「オラと……」

 

「俺と……」

 

「自分ッスか……」

 

「ええそうよ?貴方達のデータを使って私があの子を作ったの、そしてあの子は『究極の艤装』と言うコンセプトのもと作られたの。凄いと思わない?自分のデータが『究極の艤装』に組み込まれているのよ?そんな貴方達はもっと胸を張っていいと私は思うわ」

 

大五郎と光太郎と護が思わずそう呟くと、水母水姫は3人に向かってニコリと微笑みかけながらそう答える

 

「っと、ちょっとお喋りし過ぎちゃったかしら?あっちのゴミもプルプルしながら待っててくれたみたいだしね♪」

 

水母水姫はそう言うとそれぞれの太ももに取り付けたガンホルダーから2丁のケルベロスを引き抜き……

 

「さあ『ハデス』、あの理想と現実の区別が付かない世間知らずに、剛と私の存在を否定したゴミ屑にきつ~いお仕置きをしてあげましょう♪」

 

そう言い放つと同時に彼女は愛用の水上バイクのアクセルを全開にし、彼女が『ハデス』と呼んだ人型艤装の様なものを引き連れて1000匹以上にもなるゼッペーの集団へ突撃を仕掛けるのであった

 

突然の出来事にその場にいた誰もが呆然とする中……

 

「君は……、アリー……、なのか……?」

 

目を見開いて彼女の背中を見送る剛が、思わずそう呟くのであった……



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トラック泊地防衛戦 下の下

戦治郎達の目の前にアリーが現れる前の話である

 

戦治郎達の奮闘の末ゼッペーの数がようやく減り、長かった戦いもそろそろ幕引きかと戦治郎が思ったその時だった……

 

前方に見えていたカロリン諸島が黒い何かに飲み込まれ、完全に見えなくなってしまったのである

 

その出来事を不審に思った戦治郎達が目を凝らして、黒い何かをしっかりと見てみると……

 

「あれは……、あれが全てゼッペーの増援とでも言うのか……っ?!」

 

「いくら何でも冗談きついぜ……」

 

トラック泊地の艦娘達が自分達だけを残してシゲ達を捕まえる為に泊地に戻って行った事を確認したところで、戦治郎達に加勢しに来た那智と隼鷹が驚愕しながらこんな事を言った

 

「巡回組が普段から散発的に駆除してたはずなのにな……、あいつらどんだけ戦力溜め込んでたんだよ……」

 

そのとんでもない数の増援を認識したところで、戦治郎が頭を抱えながら頭を振る

 

「絶望的な戦力差ではありますが……」

 

「私達がやらないと、トラック泊地がラバウル基地の様になってしまいます……」

 

増援の方を見据えながら通と神通がそう呟く

 

「んだな、ここで俺達がやらねぇと待ってるのは地獄だからな……、って事で皆気合い入れてやんぞっ!!!」

 

「俺のエネルギーが回復し次第、オリオールロードを撃つから出来たら接近戦は控えて欲しいんだけど……、いいかな?」

 

戦治郎が皆を鼓舞する様に声を上げたところで、光太郎が皆に1つお願いするのであった

 

「そう言う事なら……、行って来やがれっ!」

 

「ヴォ"エ"ッ!ヴェ"ォ"ロロロロロッ!!!」

 

光太郎のお願いを聞いた輝が自身の艤装の背中にあたる部分を勢いよく叩くと、輝の艤装は不快な声を上げながらその口から大量に艦載機を吐き出し始めるのであった

 

そして戦治郎達の第二ラウンドが始まった直後、剛と燎から強硬派殲滅完了とこちらと合流する為に移動を開始したと言う知らせが届き、それから間もなくして戦治郎達は北マリアナ方面からの増援を相手していた剛達と合流したのであった

 

それからしばらく戦闘しているとシゲからの通信が入り、トラック提督の秘書艦を務めていた愛宕を仲間に引き込む事に成功し、それからほんの少し経ったところで空達が合流、その直後に今度は燎から占守がトラック提督に撃たれたとの報を受けて、悟が何処からかピポヘルを取り出して装着、占守の治療の為に戦線を離脱して燎達がいる方角へと泳いでいくのであった

 

「もう少しでエネルギーが満タンになりそうだっ!皆もう少しだけ頑張ってっ!」

 

光太郎がそう言い放った直後である

 

「また貴様らかっ!何度も何度も我々の邪魔ばかりしおってっ!!!」

 

戦治郎達からしたら二度と聞きたくなかった声がゼッペーの群れの中から聞こえて来るのであった、そんな中その声の持ち主について全く知らない那智と隼鷹は、その声が聞こえた途端戦治郎達の間に殺伐をした空気が流れ始めた事に困惑する事しか出来なかった……

 

「全くっ!穏健派と名乗っているにも関わらずっ!関わっているのが海賊やら軍人やら戦争などの争い事ばかりやっている連中ばかりではないかっ!!!一体何が穏健派だっ!!!聞いて呆れるとは正にこの事ではないかっ!!!ふざけるのもいい加減にしろっ!!!」

 

その声が聞こえ始めたところで戦治郎達は手際よく耳栓と遮音性が高いヘッドホンを装着し始め、護に至っては艤装から大きなスピーカーを取り出して大音量で流し始めるのであった。そんな戦治郎達の事などお構いなしにこの声の持ち主である七瀬はいつも通りにがなり立て、その双方の様子を見ていた那智達は更に困惑する

 

「特に軍人と関わり合いになるとはどういうつもりだっ!!?あいつらは戦争を食い物にする害獣そのものだろうがっ!!!平和の為に戦っているなどと口では耳障りの良い事を言うが!やっている事は全くの正反対!戦う事しか能が無いが故にただただ戦争を繰り返して!!延々と戦争の連鎖を重ねていくだけではないかっ!!!お互いに話し合いのテーブルに着く!それだけで戦争など!人類が武器を手に取る必要などないはずなのにっ!!!軍人と言う生物はそれが出来ない!分からないとでも言うつもりなのかっ!?!それでは本当に本能だけで生きているただの獣ではないかっ!!!そんな野蛮な獣を自分達と対等に扱うなど貴様らは本物の馬鹿なのかっ!!!」

 

その途中、七瀬がこの様なセリフを吐いたところで剛が苦い表情を浮かべながら、その身体をほんの僅かではあるが震えさせていた

 

「軍人だけではないっ!軍事産業関係者もそうだっ!!!あいつらもまた戦争を食い物にしているゴミの様な存在だっ!!!日夜大量の命を奪う兵器を開発し!挙句の果てには敵味方関係なく兵器を販売しているっ!!!自分達の利益の為だけに他者の命などどうでもいいとでも言うつもりなのかっ!??貴様らが生み出した兵器のせいでどれだけの命が散って逝ったか知らん訳ではなかろうっ!!!それを知っていて何故兵器の開発を止めようとしないのだっ!!!兵器があるからこそ人類は戦う事を止めようとしないのだろうが!!!兵器がなければ戦争など起こり得ない!!!だから我々には兵器などと言うものは必要ないはずだっ!!!なのに何故兵器を生み出し続けるのだっ!?!貴様らはそんなに金が必要なのかっ??!馬鹿も休み休み言えっ!!!」

 

七瀬が独りで演説している最中、那智と隼鷹の身体が突如フラフラと左右に揺れ始める。それを見た戦治郎は急いで2人に駆け寄ると、自身が持っていた予備の耳栓とヘッドホンを装着させ、その頬を景気よく引っ叩く!

 

「いってぇっ!いきなり何すんだよっ!!?」

 

「戦治郎さん、これは一体どういうつもりだっ!??」

 

突然の出来事に驚き、抗議の声を上げる那智と隼鷹

 

「間に合ったか……っ!いいかよく聞け、お前ら2人はな……、今あそこで喚き散らしているナ級に洗脳されそうになってたんだよ……」

 

抗議の声を上げる2人を見た戦治郎は胸を撫で下ろした後、2人に七瀬の事について通信機を使って説明し始めるのであった。その後戦治郎の話を聞き終えた2人は、顔を真っ青にしながら戦治郎に向かって謝罪と感謝の言葉を述べるのであった

 

「音楽であいつの声を遮る方法はダメみたいッスね~……」

 

「いや、そうでもないみたいだぜ?あれだけあいつが騒いでたにも関わらず、那智達の洗脳が始まったのはついさっきだ。多分もうちょっち手ぇ加えたらもしかしたらいけるかもしんねぇぞ?」

 

戦治郎が那智と隼鷹の謝罪と感謝を受ける姿を見ていた護が、考えてた作戦の1つがそこまで効果的ではなかった事に軽くショックを受けて思わずそう呟いたところで、戦治郎が励ますようにこの様な事を話していた。2人はこの様なやり取りを交わしながらもゼッペーの支持者達に果敢に攻撃を仕掛けていくのだが、その数は殆ど減る事無く、数の暴力を有効活用しながらジワジワと戦治郎達の方へと近づいて来るのであった

 

「こりゃ不味いな……、このままじゃあいつらに組み付かれかねねぇ……。仕方ねぇ、ちょっち戦線下げるか……っ!」

 

今の戦況を見て戦治郎が戦線を下げる事を決断し、皆にその旨を伝えて一斉に行動を開始したところで……

 

「って剛さんっ!後ろ下がりますよっ!」

 

何故か一向に動こうとしない剛を発見した戦治郎が、慌てて剛に呼びかけるのだがそれでも剛は動き出そうとはしなかったのである

 

「剛さんっ!!!」

 

「っ!!?って戦ちゃん?ごめんなさい、ちょっとボーっとしちゃってたわ……」

 

戦治郎が今度は剛の肩を掴みながら呼び掛けたところ、そこでようやく剛は我に返るのであった

 

「それは後でいいですからっ!今はそれより……」

 

気落ちしている剛に対して、戦治郎が後退するよう指示を出そうとしたその時だった

 

「「「「「「七瀬 直忠万歳っ!!!」」」」」」

 

ゼッペーの支持者が6人ほど、七瀬の事を称えながら戦治郎達に飛び掛かって来たのである。それに気付いた戦治郎と剛はすぐさま彼らを迎え撃とうとするのだが……

 

突如海中から巨大な腕が6本ほど飛び出して来て、支持者達をまとめて天高く殴り飛ばしてしまったのである

 

何が起こったのかさっぱり分からず、2人が呆然をしていると海中からその腕の持ち主が姿を現し、それを見た2人は更に混乱し……

 

「……なんだありゃ……?」

 

戦治郎は思わずそう呟くのだった……

 

 

 

 

 

その後、アリーが姿を現し『ハデス』と呼ばれる大型人型艤装の様な物を引き連れて、七瀬率いるゼッペーの集団に突撃を仕掛けた訳だが……

 

「おいおい……、あの人マジかよ……」

 

彼女の戦い方を見た摩耶が、思わずそう呟く

 

アリーは水上バイク『クリュサオル』でゼッペーの群れに急接近したところで、クリュサオルのシートを蹴って天高く跳び上がるなりその両手に握ったケルベロスのトリガーを引き1匹の支持者に瞬時に12発もの銃弾を浴びせる

 

そしてその銃弾を浴びた支持者をクリュサオルが豪快に撥ね飛ばすと、撥ね飛ばされた支持者を空中で踏み台にして、アリーが更に天高く跳躍する

 

支持者達がそんな彼女に気を取られていると、突如発生した海上を水平に飛ぶ大きな光の渦に飲み込まれて次々と消滅していくのであった。渦が飛んで来た方角を見ると、そこにはハデスが鎮座しており両肩に取り付けられた巨大な砲を支持者達がいた方角へと向けていたのであった

 

こうしてアリーによる蹂躙が始まるのであった

 

アリーはその後も相手の頭や肩、ハデスが発射したミサイルなどを勢いよく蹴って跳躍、時にはムーンサルトや4回転ジャンプ、トリプルアクセルやらを混ぜながら次々と支持者達に鉛玉を浴びせて沈めていく。時々支持者の足元で手榴弾も炸裂していたが、恐らく彼女がこっそりと仕掛けた物だと思われる

 

一方ハデスは近寄って来た支持者にはその鋼鉄の腕を叩き込んだり、腕に内蔵されたスパイクドリルや大型チェーンソーなどの武装をお見舞いしたり、護の巡航ミサイルほどの大きさのミサイルを大量に発射したり、先程使用した波動砲(命名:戦治郎)を横薙ぎにぶっ放したりして、凄まじい勢いで支持者達をいとも容易く葬っていたのであった

 

そしてそんな2人(?)の猛攻を掻い潜りながら、遠隔操作で動くクリュサオルがこの戦場を縦横無尽に駆け回って片っ端から支持者達を撥ね飛ばして回りながら、内蔵された機関銃とミサイルポッドを乱射するのであった

 

「k「ちょっと喋らないで下さる?耳が腐れ落ちてしまいますから~」」

 

怒りのあまりに何かを叫ぼうとした七瀬の言葉を遮って、アリーは支持者達を沈めながら七瀬に向かってこの様な言葉をぶつけるのであった

 

その後、我に返った戦治郎達もアリーに加勢する形で戦闘を再開、1000匹以上いたゼッペーの群れは瞬く間に七瀬のみ残して壊滅してしまうのであった……



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トラック泊地防衛成功と稲田夫妻

「さぁ、残ったのは貴方だけね」

 

アリーが七瀬を踏みつけ、ケルベロスの銃口を突きつけながらそう言った

 

「き、きs……っ!」

 

七瀬がアリーの事を睨みつけながら叫ぼうとした瞬間、アリーが瞬時にケルベロスのセレクターを操作してバーストモードからセミオートモードに切り替え、七瀬の左目を撃ち抜いたのである

 

「私は耳が腐れ落ちるから喋らないでって言ったと思うんだけど?まさか聞こえなかったのかしら?」

 

アリーは七瀬を踏みつける足に力を籠めて七瀬が口を容易に開けない様にしながら、そう言って未だに煙を吐き出すケルベロスの銃口を再度七瀬に突きつける

 

「っと、そう言えば自己紹介がまだだったわね、初めまして七瀬 直忠さん、私は貴方の事を暗殺した組織であるエデンの指導者をやっているアレクサンドラ・稲田と言う者よ。以後お見知りおきを♪」

 

アリーの自己紹介を聞き、七瀬だけでなく剛を除く全てのメンバーが驚愕を露わにする

 

「あの人が剛さんの……」

 

「でも確かアリーさんって兵器開発関係の研究者だったって剛さん言ってたわよね?そんな人が何であんなアクロバティックな戦闘してるのよ?転生個体である事を抜きにしてもおかしくない?」

 

不知火の呟きを耳にした陽炎が、ふと思った事を口にする。すると……

 

「陽炎ちゃんだったかしら?それについては簡単な事よ、私はエデンを立ち上げた後、軍人も真っ青になるくらいの戦闘訓練を自身に課していたの♪そのおかげで最後は剛と二人っきりで長い時間語り合う事が出来たのよ~♪」

 

恍惚とした表情を浮かべながら、アリーが陽炎の疑問に答える

 

「ちょっと待て、それってつまり……」

 

「今度は摩耶ちゃんね~、それについては貴女が思っている通り、私は剛と長い時間互角に撃ち合いをしていたの♪」

 

その表情を崩す事無く、今度は摩耶の疑問に答えるアリーであった。そんなアリーの言葉を聞いたこの場にいる殆どの者がその表情を青ざめさせる、もし彼女が言っている事が本当だったならば、アリーは生前から剛と同じレベルの射撃スキルを持っていると言う事になるのだから……、剛の射撃スキルを知っている者からしたら、これほど恐ろしい事実は存在しないと思うところであろう……

 

「つか、今サラッとこいつ殺したとか言ってた気がするんッスけど……?」

 

「それについては部下から事後報告があったのよ~、私達の思想を真っ向から否定する政治家がいたから勝手ながら始末したって。まああの時は資料を読んでもふ~ん……くらいにしか思っていなかったわね~、こいつのその政治理念が余りにも狂い過ぎてて支持者が誰もいないって分かったら、相手にするだけ無駄なすっごくどうでもいい奴くらいに思ってたんだけど~……」

 

七瀬を指差しながら護がアリーにそう尋ねたところ、アリーは困ったような表情をしながらそう言った後……

 

「でもそれはたった今撤回するわ、こいつは剛を貶め苦しめる存在であり私にとって最優先で抹殺すべき最大級の敵、この世界に存在する事が許されない存在、そう思う事にしたわ」

 

全身を凍てつかせ、凍傷を負わせてしまうのではないかと錯覚してしまうほど冷え切った視線を七瀬にぶつけながら、アリーは淡々とそう告げるのであった。そんな彼女の瞳を見た護は後にこう語った、あの瞳は……、ハイライトさんが銀河の彼方へと旅立っているあの瞳はあまりにも危険過ぎるッス……、と……

 

「最大級の敵ね……、だったら僕はどうなるのかな?」

 

「あらあらこれはこれは……、私の究極の敵、リチャード・マーティン大統領……、あら私ったら……、ごめんなさ~い、元大統領でしたね~♪」

 

アリーの言葉を聞いたリチャードが彼女に話し掛けたところ、彼女はリチャードの事を煽る様に返事をするのであった

 

「君は何故僕の事をそんなに嫌っているんだい?僕は君の気に障る様な事をしたのかい?全く心当たりがないんだが……。もし僕が無意識の内に君に不快な思いをさせていたと言うならこの場で謝罪するんだけど……?」

 

「あらあらどの口がそんな事を言うのかしら~?私達から戦場を、存在意義を奪おうとするだけでなく、私から剛を奪おうとした貴方のそのお口かしら~?」

 

アリーはそう言いながら、もう片方の手に握ったケルベロスをリチャードへと向けるのであった

 

因みに、戦治郎と空はアリーのこの発言を聞いた瞬間、高校時代に漫画研究部の女子生徒達が自分達を題材にした薔薇満開の薄い本を作成、配布していた事で一時期自分達に薔薇疑惑がかかっていた事を思い出し、思わず2人揃って頭を抱えながら苦しそうに呻き声を上げてしまうのであった……。尚、その薄い本の殆どが空×戦治郎だったとかなんとか……

 

「前半は兎も角、後半の件についてははっきりと否定させてもらうよ」

 

戦治郎と空が譫言の様に「違う……、俺達はただの親友……、そう言うのじゃない……」と謎の否定の言葉を繰り返し呟く中、リチャードは真顔になってそう発言する

 

「どうかしら?軍人ってそう言う趣味の人がそれなりにいるって話をよく聞くわよ~?」

 

こうしてアリーとリチャードが、戦治郎達の呻き声とそんな戦治郎達を心配する艦娘達の声をBGMに下らない問答を繰り返していると……

 

「ふんっ!!!」

 

「きゃぁっ!?」

 

突如七瀬が気合いの声と共に暴れ出すと、七瀬を踏みつけていたアリーはバランスを崩し転倒しそうになるのであった

 

「アリーッ!?」

 

その刹那、剛さんがまるで何かに弾き飛ばされたかのような勢いで、アリーの名前を呼びながら彼女の下へ駆け寄り、転倒しそうになった彼女を抱き止めるのであった

 

「えぇい下らん茶番なんぞやりおってっ!!!っと言っている場合ではないなっ!!!」

 

その身が自由になった七瀬は、そう叫ぶなり身体を180度回転させ……

 

「覚えておけっ!我々こそが正義である事をっ!!我々の正義こそがこの世界に平穏を与えるという事をっ!!!」

 

七瀬はそう叫びながら、凄まじい速度で逃走を開始するのであった

 

「あっ!てめぇ待ちやがれっ!!!」

 

「放っておいたらまた増援を呼ぶかもしれないぞっ!!今から追撃戦を仕掛けるっ!いくぞ皆っ!!!」

 

\了解っ!/

 

そんな七瀬の背中に向かって摩耶が叫び、木曾が皆に追撃戦を提案、この場にいる者の殆どがその提案を受け入れ、一斉に七瀬の後を追って移動を開始するのであった

 

そんな中……

 

「あぁ……、剛……、剛がこんな近くにいる……。……はぁ……、剛の匂い……、とても落ち着くわぁ……♪」

 

剛に抱き止められたアリーが、そんな事を呟きながら恍惚とした表情を浮かべる……

 

「アリー……、君は……」

 

そんなアリーの事を見つめていた剛が、彼女に話し掛けようとしたところで……

 

「……っ!」

 

突然アリーが剛の首に腕を回し、剛の唇を覆う様にキスをしてくるのであった

 

「ん……、ちゅる……、んぅ……」

 

アリーは剛の唇に吸い付き、舌を巧みに使って剛の口を開かせ、何度も舌同士を絡ませたり、剛の上顎を自身の舌でなぞったりして剛を心行くまで堪能するのであった……。そして……

 

「ぷはぁ……」

 

彼女がその唇を剛から離すと、2人の間に銀色に輝く糸が伸びる。彼女はそれを舌で巻き取った後、己の唇の周りに残った剛の唾液をそれはそれは愛おしそうに舐めとるのであった……

 

「剛ったら本当にせっかちさんなんだから……、まだ私達の楽園が出来上がっていないのにこっちに来ちゃうんだもの……♪」

 

蕩け切った顔をしながらアリーがこんな事を口にする

 

「私達の楽園……、アリー……、君はこの世界でも……」

 

剛がアリーに話し掛けようとしたところで、アリーは剛の唇を己の人差し指で押さえて制し……

 

「大丈夫、今度は絶対成功させるから……、だからそれまで待ってて……?きっと迎えに来るから……、だから今はこれだけで我慢して……ね……?」

 

そう言ってアリーは剛から離れ始めるのであった

 

「待ってくれっ!アリーッ!!!」

 

「それじゃあ、またね……、愛してるわ、剛……」

 

自分から離れていくアリーを止めようと、彼女に向かって腕を伸ばしながら剛が声を張り上げるのだが、アリーはそれを無視して剛から更に距離を取る様に海上を歩き、しばらく歩いたところで剛の方へ向き直り、この様な言葉を口にした直後懐からスモークグレネードを取り出し、すぐさまそのピンを抜く。すると尋常ではない濃さの煙が辺りを覆い隠してしまい、剛はアリーを見失ってしまうのであった……

 

その後、彼女が乗っていたと思われる水上バイクの駆動音が聞こえるなりすぐに遠ざかって行き、剛はアリーがこの海域から離脱した事を悟ると悲し気な表情を浮かべて、伸ばした腕を下ろしながら静かに俯いてしまうのであった……

 

それからしばらく後、遅れて来たシゲ達が俯きながら立ち尽くす剛の姿を発見、何があったのかを尋ねても反応しない剛の事を心配していると、七瀬を追って行ったメンバーがこの場に帰還するのであった

 

こうして、いくつかの疑問を残しながらもゼッペーによるトラック泊地襲撃事件は泊地の防衛成功と言う形で幕を下ろすのであった



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報告連絡とトラック泊地のその後

「え~、んじゃあ今から今回の戦いでの反省点やら連絡事項やらの会議始めんぞ~」

 

\お~/\うぇ~い/

 

現在、戦治郎達はトラック泊地の大会議室に集まり会議を行おうとしていた

 

何故大会議室で会議するのかについては、参加メンバーの数が結構なものになっている事と、執務室がトラック提督が粗相してしまった関係で今現在清掃&消臭消毒中の為使用不可になってしまっているからである

 

「何と言うか……、想像以上の数ね……」

 

皆の返事を聞いた直後、愛宕が周囲を見渡しながら思わずそう呟く

 

「おめぇらを助けに来たのは実際のところこんなもんじゃねぇぞ?リンガに帰った朝潮達3人もいるし、ここの提督の診察してる悟もいる。今外でこの泊地の警護やガダルカナルに戻って建材集め、リンガやらタウイタウイやらで待機してくれてる穏健派の護衛艦隊の皆もいるんだからな?」

 

「あぅ……、その……、この度は皆さんに迷惑を御掛けして誠に申し訳ございません……」

 

愛宕の呟きを聞いた戦治郎があっけらかんとした様子でその呟きにこの様に返したところ、愛宕は心から申し訳なさそうに縮こまりながら、トラック提督の代理として皆に向かって謝罪の言葉を述べるのであった

 

さて、先程の戦治郎の話について順を追って説明しておこう

 

輸送護衛任務が終わり、剛達と別れの挨拶をしているところで占守達の通信を聞いた朝潮達3人は、急いで戦治郎達の下へ駆け付けようとしていた剛達を呼び止めて協力を申し出たのである

 

状況が状況である為少しでも戦力が欲しいと考えた剛は、朝潮の申し出を承諾に共にあの戦場に駆け付けたのであった

 

その後朝潮達はアリーの拘束を振り解き逃走した七瀬の事を戦治郎達と共に追跡するも、シャイニングセイヴァーとなった光太郎や、最高速度到達寸前まで加速した空のライトニングⅡの追跡すら振り切って七瀬は見事逃走し切ってしまい、戦治郎達はそんな七瀬の姿を見失ってしまうのであった

 

見失ってしまった七瀬をどうするか……、その事について戦治郎が思考を巡らそうとしたその時、荒潮がある事を提案してくるのであった

 

「さっきの奴の事、私達に任せてもらえないかしら~?」

 

「お前達3人にか?流石に危険過ぎやしねぇか……?」

 

荒潮の言葉を聞いた戦治郎が、すぐさまこの様な言葉を返すのだが、荒潮は軽く首を横に振った後、自身の考えを説明し始めるのであった

 

七瀬が向かった方角は南シナ海、フィリピンやマレーシア、台湾に囲まれた海域であり、自分達が上手く立ち回れば七瀬をそこに閉じ込める事が出来る様になるのではないかと言うのだった

 

「ブルネイやタウイタウイ、パラオの力を借りる事が出来たら、さっきの奴を南シナ海に縛り付けられそうなのよね~。そしたらあいつの事も発見し易くなると思うんだけど……、どうかしら~?」

 

「確かにそれならある程度は何とかなりそうだね……、ただ北の方にまだ逃げ道が残っている……、よし!こうしよう!」

 

荒潮の話を聞いたリチャードが、突如大声を上げながら提案をしてくるのであった

 

北の方にある抜け道を塞ぐ為に、今からすぐに台湾南部、高雄市あたりに新しい穏健派の拠点を作って穏健派の艦隊を常駐させて七瀬を南シナ海に完全に閉じ込め監視、そんな中七瀬が強硬派を洗脳し支持者を増やそうものならすぐさま攻撃を仕掛けられる様にしよう、これがリチャードの提案である

 

この話が出たところで戦治郎はそれを承諾、すぐさま行動を起こすのであった

 

戦治郎、リチャード、そして後から駆け付けて来た燎の3人が先ずは朝潮達と共にリンガに向かい、リンガの提督の説得を開始、それが成功すると戦治郎達は朝潮達3人とそこで別れ、すぐさま残りの泊地の提督の説得の為に東奔西走と言った具合にあちこち飛び回って各泊地に協力を仰ぐのであった

 

その間残ったメンバーは七瀬の捜索を開始、穏健派の艦隊は朝潮達のような異様な強さの艦娘がいない泊地に艦隊ごと派遣されたり、ガダルカナルに1度戻って台湾に建てる拠点の建材と建築に必要な人材を集め始めるのであった

 

その後、戦治郎達は七瀬達と戦った地点に戻ると立ち尽くす剛とそんな剛を見て慌てふためくシゲを発見、2人を正気に戻したところで今に至るのであった

 

そうして会議が始まると、誰もが真っ先にこの件について質問して来るのであった……

 

何故アリーがすぐに七瀬を始末しなかったのか……、誰もがこれについては疑問を抱いていたようである……

 

それについて何か心当たりはないかと、戦治郎が剛に尋ねたところ……

 

「多分だけど……、アリーはアタシに七瀬のトドメを刺させようとしてたんだと思うわ……。もしそれが上手くいってたらアタシはゼッペーを壊滅させた英雄になる……、アリーはそのつもりで七瀬をすぐに殺さず、左目を潰すだけに留めたんだと思うのよ……」

 

それを聞いた皆が思わず黙り込んでしまう……、思う事は色々あるがそれを口に出したら剛がどうなってしまうかのかが分からず、それが本当に恐ろしかったかった為、皆は余計な事を言うまいと閉口してしまったのである……

 

と、その時であった

 

「おめぇらぁ~、速報だぁ~」

 

大会議室の扉を盛大に開け放ちながら悟が大声で話し掛けて来る、そんな悟を見てこの部屋にいる全員が首を傾げていると……

 

「トラック提督、精神崩壊につき現場復帰が絶望的、その関係でトラック泊地には新しい提督を派遣されるってよぉ」

 

悟の言葉を聞いた瞬間大会議室の中がざわつき始める、そんな皆のリアクションを見ながらニヤニヤする悟が、トラック提督を診察した結果を皆に報告する

 

今のトラック提督の状態は、重篤と言えるレベルの幼児退行を起こしているのだとか……、診察する悟の姿を見ても怯えたり襲い掛かって来たりする事は無く、ただただ口の周りをヨダレでベトベトにしながら「う~」や「あ~」と言った喃語を口にするだけの存在と成り果てているのだとか……

 

「良かったなぁおめぇらよぉ、提督が変わるからこの泊地の空気もちったぁ良くなるかもなぁキィッシャッシャッシャッシャッシャアァっ!!!」

 

提督の状態を説明し終えたところで、悟が不気味な笑い声を上げながら大笑いし始めるのであった。その笑い声を聞いたメンバーは心理学に関してはド素人であるはずなのに、その笑い声から「ざまぁみやがれぇ!クソばぁたれがっ!!!と言う感情が容易く読み取れるのであった

 

悟がトラック提督に対してここまで言う理由、それはこの提督の指示のせいで戦治郎達が余計な被害を被る羽目になり、更には占守が撃たれた事で重症を負ってしまったからに他ならないのである。悟は普段から自分が暇=怪我人病人0で無事太平と考えている為、今回の戦いで悟に仕事をさせた提督に対して激しい怒りを感じているのである

 

そういう訳で愛宕達トラック泊地の艦娘達は、新しい提督が着任するまでの間は待機と言う事になり、その間は穏健派の艦隊が哨戒などの任務を代わりに受け持つ事となるのであった

 

「よっし、これで粗方話し合うべき事は話し合った感じか?」

 

戦治郎が会議を終わらせようと話を進めていく中で、唐突に空が挙手してくる。それを見た戦治郎が不思議そうな顔をしながら空の発言を認めたところ……

 

「先程、台湾に新しい拠点を作ると言っていたが……、そこの名前は決まっているのか……?」

 

こんな感じの、とってもどうでも良さそうな事を真顔で尋ねて来るのであった。普通なら一蹴しそのまま会議を終わらせても問題ない様な内容なのだが……

 

「すっっっっかり忘れてたわっ!!!サンキューソッラ、って事で今からその拠点の名前決めんぞぉっ!!!」

 

それにノッてしまうのが戦治郎クオリティーだったりする、そう言う訳で急遽まだ土台すら出来上がっていない拠点の名前を巡って、4~5つほどの派閥が血で血を洗う様な戦いを繰り広げるのであった……



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基地の名は・・・・・・

トラック泊地の大会議室……、そこでは現在それはもう激しい戦いが繰り広げられていた……

 

戦治郎が鋭い目つきで空、光太郎、悟の3人を見据える中、件の3人も戦治郎同様対峙する相手に鋭い視線を向け、非常に重苦しい雰囲気を漂わせる……

 

辺りを見回せばシゲ、護、伊吹の3人が床に倒れ伏せ、輝に至っては腰から上が壁に突き刺さっていた……。そんな地獄絵図の様な光景が広がる中、戦治郎が不意に喋り出す……

 

「おめぇらも中々しぶてぇな……」

 

「それはこちらのセリフだ……」

 

「こっちとしては早いところ折れてくれたら助かるんだけどね……」

 

「ほんっとぉにおめぇらはよぉ……、分かってねぇよなぁ……」

 

戦治郎の言葉を聞いた3人が思い思いに言葉を口にしていき、悟がここで一旦言葉を区切って一息入れたところで、続けてこの様な事を言い放つ

 

「ラーメンってのはよぉ……、塩こそが至高だって言ってんだろうがよぉ……っ!」

 

「味噌の種類と作り方によって無限大の楽しみ方がある味噌こそが、究極のラーメンだってさっきから言ってるだろうっ!」

 

「ラーメンと言えば醤油だろうっ!日本のラーメンの原型と語り継がれ、宇宙食にもなった醤油ラーメンこそがラーメンの原点にして頂点っ!これだけは譲れんぞっ!」

 

「ラーメンっつったら豚骨だろうがよぉっ!直ぐに茹で上がる極細ストレート麺にしっかりと絡むとろみのあるスープ!この組み合わせこそが最高なんだろうがっ!」

 

悟の言葉を聞いた3人が一斉に魂からの叫びを上げ、悟の意見に反論する

 

そう、ここにいるメンバーはどのラーメンが一番素晴らしいかで言い争っているのである。事の発端は台湾に建設予定の基地の名前決めを始めるところまで遡る……

 

 

 

 

 

「穏健派の拠点の名前決めるんです?だったらいっその事穏健派の拠点の名前はちゃんぽん要塞みたいに食べ物の名前で統一しません?その方が覚えやすそうですし、何より艦これのイベント海域で食べ物の名前付いてる海域とかありましたよね?それに則るって意味も込めてですけど」

 

会議の最後の最後で台湾に建設予定の基地の名前を決める事になった際、シゲがこの様な提案をしたのである

 

「中々面白い事を言うね、うん、確かにそうやって何か関連性を持たせたらその拠点の名前も憶え易くなるだろうし……、僕はいいと思うよ?」

 

「んじゃそれ採用なっ!そんでついでだからちゃんぽんとも関連性付けてみようぜっ!」

 

こうしてリチャードから了承をもらい、戦治郎の意見も取り入れて名前を考えているといくつかの候補が上がり、その中から名前を決める事になったのだが……

 

「う~ん……、ラーメン……、ラーメンか~……」

 

候補の中にあったラーメンの文字を見た戦治郎が思わずそう呟く

 

「ラーメン美味しいよね~……」

 

「うむ、あれは最早日本のソウルフードと言っても過言ではないだろう……」

 

「たまに無性に食いたくなるよな……」

 

その呟きを聞いた光太郎、空、輝がつられるようにそう呟くのであった

 

その直後である、後に「ラーメン聖戦(ラーメン・ラグナロク)」と呼ばれる事となる戦いの始まりを告げる悟の呟きが言い放たれた(ギャラルホルンが吹き鳴らされた)のは……

 

「そんなラーメンの中でよぉ、最高に美味い奴と言やぁ……」

 

「豚骨だろ」「醤油だな」「味噌だね」「チキンラーメンだろな~」「塩だろうよぉ」

 

「「「「……あ"ぁ"?」」」」「ん?」

 

こうしてラーメン聖戦は開戦し、インスタント麺の王の名を出した輝が戦治郎、空、光太郎の3人に真っ先に狙われ、3人の攻撃を同時に受けて吹き飛ばされ頭から壁に激突、そのまま腰のあたりまで深々と突き刺さって輝は沈黙してしまう

 

こうして暴れ出した4人を止めようと醤油豚骨派のシゲと尾道ラーメン至上主義の伊吹が割って入ったのだが、戦治郎と空に半端者扱いされながらぶっ飛ばされたシゲが伊吹を巻き込みながら魚介系派の護に衝突、そのまま3人一緒に仲良く気絶してしまうのであった……。護が完全にとばっちりではあるが、これは運が悪かったと諦めてもらおう……

 

その後4人は己の意見を主張しながら激しく激突、大会議室を豪快に荒らし回るのであった……

 

そうして4人はそれらの行為を幾度となく繰り返し、今に至るのであった……

 

「埒が明かねぇ……、こうなったら次で決めてやるぁっ!!!」

 

「「「おおおぉぉぉーーーっ!!!」」」

 

そろそろ決着を付けようと4人が気合いを入れているところで、突然翔の言葉が聞こえて来た

 

「それじゃあ台湾の基地の名前は『護目(ごもく)炒飯基地』でいいね?」

 

\異議な~し/

 

その言葉を聞いた4人は、思わず愕然としながら硬直してしまう。そう、彼らが激闘を演じている間に翔が皆の意見をまとめて基地の名前を決定してしまったのである

 

「ちょっち待ちぃっ!!!これは一体どういう事だっ!!?説明プリーズッ!!!」

 

4人の中で最初に我に返った戦治郎が、大慌てしながら翔にそう尋ねると……

 

「貴方達が馬鹿やって皆に盛大に迷惑かけている間に、こっちで意見まとめて決定させてもらいました……。そっちが終わるのが何時になるか分かったもんじゃないですからね……、これ以上皆に迷惑をかけない為にもこうした訳なんですけど……、まあ仕方ないですよねぇ……?」

 

翔は戦治郎達がいる方向へ最大まで目を見開き、その瞳を向けながらそう答える、その瞳は例によって例の如く瞳孔がガン開きし、虹彩が真っ赤に染まっていた

 

「「「「マジすみませんでしたっ!!!」」」」

 

ガチギレした翔の瞳を見てSAN値を削られてしまった馬鹿騒ぎの主犯4人は、直後に迅速に謝罪の言葉を述べながらその頭を驚くべき速度で下げるのであった

 

こうして非常に馬鹿げた理由で始まったラーメン聖戦は、1人の料理人のおかげで終息するに至ったのであった……

 

そうして会議が終了し、戦治郎達はトラック泊地を発ち各々が帰るべき場所へ、向かうべき場所へ移動を開始しようとした時だった、戦治郎がある事を思い出してそれを愛宕に尋ねると……

 

「今医務室で赤ちゃんの真似事しているあの人の事?あの人は新しい提督がここに派遣された際、乗って来た船で大本営に送って引き取ってもらう事になったわ」

 

愛宕はニコニコしながらそう返して来るのであった

 

その後の事も聞いてみると、調子が戻り次第あの提督を軍法会議にかける事になっているのだとか……。罪状はやはりと言うべきか、勝手に戦闘行為を繰り返していた事と占守を私情で撃った事が挙げられていた

 

「もしあの人が変な事を口走りそうになったら、その時は証人として付いて行く事になっている私が何とかして止めてみせるわ。そうしないと折角再会出来た摩耶がまた危険な目に遭っちゃいそうだからね♪」

 

愛宕はそう言って摩耶の方へとウインクをする、すると摩耶は余程恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしながら俯いてしまうのであった

 

「せかせか、んじゃあその時は頼んだぜ愛宕。っと長話しちまったな……、皆待たせてすまんっ!」

 

愛宕の言葉を聞いた戦治郎は、そう言うと急いで海に向かい……

 

「トラック泊地防衛戦、これを以て爆鎮完了とす!って事で帰るぞー!」

 

声高らかに作戦終了宣言をして、戦治郎達はガダルカナルへ、輝達は基地建設予定地である台湾へ、燎達はショートランド泊地へ、翔達はちゃんぽん要塞へと向かって出発するのであった

 

尚、これは後から愛宕から教えてもらった事だが、トラック提督は送られた大本営で治療を受け幼児退行こそ治ったものの、結局廃人の様になってしまい海軍から除籍されたそうだ……



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鶴達と修行

トラック泊地防衛戦から2日後……

 

ショートランド泊地の上空では、熾烈なドッグファイトが繰り広げられていた……

 

「ニャニャニャニャニャ~ニャニャニャ~ニャニャニャ~ニャ♪ニャニャニャニャニャ~ニャニャニャ~ニャニャニャ~ニャ♪」

 

「ワイルド~、流石に余裕かまし過ぎだミー……、つか何でロデムくんなんだミー?」

 

「昔ご主人とDVD観た時から、このフレーズが耳から離れないんだニャー」

 

などと飛行しながら暢気に会話を交わすのは、空の艦載機であり現在の長門屋海賊団の制空権争いの要であるワイルドとベアの艦戦爆戦コンビである

 

そんな彼らの後を追うのは……

 

「あいつらなんつー機動力してやがんだよっ!?攻撃が当たる気がしねぇぞっ!!」

 

ディープストライカーを駆る燎と

 

「あの艦載機達が凄いのか、母艦である空さんが凄いのか……、まあどちらにしても恐ろしいものだな……」

 

ズーイストライカーを装着した日向、そして……

 

「皆さん!何とかあの子達に振り切られない様に頑張って下さいっ!!!」

 

このドッグファイトを始める切っ掛けとなった翔鶴が放った航空隊であった

 

何故この様な事になっているのか……、それはトラック泊地防衛戦からの帰り道での出来事だった

 

 

 

 

 

道中で翔鶴が落ち込んでいる事に気付いた空が、何事かと思い翔鶴に落ち込んでいる理由を尋ねたところ、どうやら輸送護衛任務に就いていた雲龍の艦載機操作技術が飛躍的に上昇しているところをまざまざと見せつけられてしまい、自信を無くしてしまったようなのだ

 

恐らく正蔵が任務中に雲龍達に修行を付けた(地獄を見せた)のだろう……、そんな事を考えながら空は翔鶴の事を慰めるのだが、その効果はイマイチだったのか彼女は俯いたまま大した反応を示さなかったのである

 

そんな翔鶴を見ているのが辛くなってきた空が彼女に1つだけ、この様な提案をするのであった

 

「ならば翔鶴が自信を取り戻せる様俺が翔鶴の事を鍛えよう、それも雲龍以上の腕前になるまでだ」

 

空の言葉を聞いた翔鶴はピクリと反応し、顔を上げ空の顔をしっかりとその両目で見つめ……

 

「本当に……、私もあれほどの技術を身に付ける事が出来るのでしょうか……?」

 

「お前ならきっと出来るさ、それに俺も傍に付いているからな」

 

この会話の後、翔鶴は空の提案を受け2日後から修行を開始する事にしたのであった。何故明日からすぐに開始しないのか、それは今身体に蓄積している疲労がたった一晩寝ただけで回復するとは思えなかった為、今回の戦いに参加したメンバー全員に向かって明日を休みにすると燎が宣言したのである

 

そして翔鶴の修行に燎と日向が参加したいと申し出て来た、理由はそれぞれの新装備を早く身体に馴染ませたいからと言うものであった。それを聞いた空は内心では翔鶴と2人っきりになれなくなるのを残念がりながらも、2人の参加を認め一緒に修行する事にしたのであった

 

 

 

 

 

そういう訳で現在、翔鶴達は修行の一環としてワイルド達と模擬戦を行っているのであった

 

因みにちょっと視線を動かすとそこでは夕立と江風が、ヘルとタイガーを相手に対空射撃の訓練を行っていた。こちらがこうなっている理由は、いつもの朝練の後すぐに翔鶴達の修行を開始したところ、最初こそこの模擬戦を大人しく観戦していた夕立がソワソワしだし、遂には自分も何かやりたいと言い出したので空は手が空いていたヘルとタイガーを発艦させ、夕立に対空射撃の訓練を言い渡したのである。それを聞いた夕立は偶々隣で模擬戦を観戦していた江風の腕を掴んで海に飛び出し、江風を巻き込んで対空射撃の訓練を開始したのである。江風、完全にとばっちりである……

 

「死ぬミャ~?ミャーを見た奴は皆死んじまうミャ~?」

 

「うおぉっ!?あっぶねぇっ!!!ンなろぉ……っ!こいつはお返しだっ!」

 

そんな江風は現在ヘルが発射した魚雷を間一髪のところで回避、すぐさま態勢を立て直してお返しとばかりに江風から遠ざかって行くヘルに向かって砲撃を開始するのだが、ヘルはそれを難なく回避し、飛びながら自分の中に予め格納しておいた魚雷を再装填するのであった

 

「今回の訓練は魚雷も来るっぽいから、本当に油断出来ないっぽい!」

 

「だからと言って魚雷を警戒し過ぎて足元ばっか見てると、頭上の爆撃に足元掬われちゃうニー」

 

「ぽいぃっ!?」

 

夕立がこんな発言をした直後、タイガーが情け容赦無く頭上から夕立に爆撃を開始する。それに気付いた夕立は驚きの声を上げながらも、すぐにタイガーから放たれた爆弾に砲弾を直撃させて事なきを得るのであった

 

「まさか艦載機からの爆撃さえも迎撃してみせるか……」

 

「そうでもしないとあの修行は乗り越えられそうになかったのよ……」

 

今の夕立の動きを見た空が思わず感心しながらそう呟くと、その呟きに誰かが返事をするのであった

 

不意に聞こえた声に驚いた空が、声が聞こえた方へ視線を向けるとそこにはたった今目覚めたばかりなのだろうか、眠そうな目をした雲龍が立っていたのであった

 

「おはよう雲龍、その様子だと寝起きか?」

 

「おはよう空さん……、そうね……、昨日の夜ちょっと準備してたら寝るのが遅くなっちゃって……」

 

そんな雲龍に挨拶したところ、彼女はそう言いながら寝ぼけ眼をゴシゴシと擦る

 

「準備……?」

 

空は先程の彼女の発言を聞いた時、何か引っかかりを覚えた『準備』と言う単語を口にする。すると……

 

「これよ……」

 

雲龍はそう言って空にある物を手渡した、少々困惑しながら空が雲龍から手渡された物に目を向けると、そこにはデカデカと『挑戦状』と書かれていたのであった

 

空はそれをしばらく眺めた後、再び雲龍に無言無表情で視線を送る。すると彼女はパァン!と言う音を辺りに鳴り響かせるほど強く、己の両頬を叩いて気合いを入れ先程の眠たそうな表情から一変、凛とした表情で空の事を見据えながら話し始める

 

「正蔵さんから修行をつけてもらってから、自分がどれだけ強くなったのか……、貴方達転生個体にどれだけ喰らい付けるのか……、ちょっと試してみたくなったの……。どう……?お相手してもらえるかしら……?」

 

彼女のその表情から、その声から彼女がどれだけ本気かを察した空は彼女の挑戦を受ける事を決意、キリのいいところで翔鶴達と夕立達の修行を切り上げ、ワイルド達を呼び戻すと海上に立ち……

 

「来い雲龍、お前の挑戦……、受けて立とう……っ!」

 

そう言って彼女を挑発する様に、手のひらを上に向けながら彼女に手招きするのであった

 

空のこの言葉を聞いた雲龍はすぐに海上に、空と対峙する様に立つと……

 

「手加減は要らないわ……、お互い全力でいきましょう……?」

 

そう言うなりすぐに艦載機の発艦準備に入るのであった

 

そして……

 

「それじゃあ……、よ~い……、ぽいっ!」

 

特に頼んだわけでもないのだが、夕立がそう言って戦闘開始の合図としてその手に持った連装砲を天に向け空砲を発砲、その直後に空と雲龍は同時に動き出すのであった……

 

 

 

 

 

「こうなるのは分かってたけど……、やっぱり悔しいわね……」

 

海上で大の字になって寝転がる雲龍がそう呟く……、やはりと言うべきかこの戦いは空の勝利と言う形で幕を閉じるのであった

 

「こればかりは相手が悪かったとしか言えんな……、もしこれがそこらの……、カルメンあたりか?まあその辺りの転生個体が相手だったら十分渡り合える……、いや、もしかしたら勝てるかもしれんな」

 

空はそう言いながら、模擬戦用のペイント弾のせいで塗料まみれになった雲龍に手を差し伸べ、彼女を立ちあがらせる

 

「そう……、でももしかしたら貴方達クラスの相手と戦う可能性も考えると……、やっぱりこのままじゃ駄目ね……。空さん……、良かったら私も修行に参加してもいいかしら……?」

 

彼女の言葉を聞いた空は、声を出さず頷いて彼女の申し出を承諾する。とその時空はある事を思い出して時計を見て時間を確認する、そしてその直後……

 

「いかんっ!この後時雨達の改二改修をする予定だったのを忘れていたっ!予定時間も大幅に過ぎている……っ!夕立っ!江風っ!今すぐ工廠に向かうぞっ!!!」

 

空はそう叫び、夕立と江風を連れて大慌てで工廠に向かうのであった……



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時雨とドラ猫

空と雲龍が一騎打ち演習をしていた頃、自室で欧州観光中に撮影していた写真の整理をしていた時雨は、改修作業の予定時刻となった為写真整理を中断し工廠へと向かっていた

 

この時雨、写真撮影が趣味で機会があればお気に入りのカメラを片手にフラフラと出掛け、自分が素晴らしいと思った風景や珍しいと思った物を撮影し、その写真を撮った時の出来事を思い出しながら現像した写真を整理しアルバムに収める事を楽しみとしているのである

 

この間の輸送護衛任務の時も、前情報として欧州観光をする時間があるかもしれないと聞くとすぐに荷物の中にカメラを入れ、観光中は皆と行動を共にしながら多くの写真をそのカメラで撮影していたのだった。先程彼女が整理していた写真は、その作戦に参加していた皆に配る用の写真だったりするのである

 

「皆、喜んでくれるかな……?」

 

時雨がそう呟いたところで上空から轟音が聞こえて来る、彼女は何事かと思いながら空を見上げると、そこにはライトニングⅡに乗って上空を縦横無尽に飛び回る空とそんな彼を追い回す雲龍の航空隊の姿が見えるのであった

 

「……これはちょっと遅くなりそうだね……」

 

頭の中で思った事をつい零してしまう時雨、その後彼女は自室に戻って写真整理の続きをするか、空の居住スペースで空達が戻るのを待たせてもらうかで悩んだ末、後者を選択して工廠の扉を開いて中に入り、バーナー妖精さんの案内のもと空の居住スペースに辿り着くのであった

 

時雨はバーナー妖精さんに一言お礼を言って、その背中を見送った後居住スペースに入ろうとしたのだが……

 

「ナナナナーナナナナーナナナナナー♪ナナナーナナナーナナーナーナーナー♪」

 

中から聞こえて来た歌声の様なものと、ゴォーっと言う音に反応してその足を止めて警戒し始める。居住スペースの中に誰かがいて何かを用いて何かをやっている……、一体誰が……?何のために……?そんな事を考えながら、時雨は居住スペースの中にいる存在に気付かれないよう細心の注意を払いながら、その身を隠し中の様子をこっそりと窺うのであった。そんな彼女の目に飛び込んで来たのは……

 

「ナナナナナーナナー♪」

 

何かの歌を歌いながら居住スペースに掃除機をかける、空の艦載機の姿であった……

 

その光景を目の当たりにした時雨は、思わず前のめりにズッコケそうになりその拍子に工廠と居住スペースを仕切る壁と言っても差支えが無さそうなパテーションに、自身の頭をぶつけてしまうのであった……

 

「むっ!?誰だナーッ!!!」

 

その時に発生したゴンッと言う鈍い音で、居住スペース内部にいる空の艦載機が時雨の存在に気付く。その叫びを聞いた時雨は降参とばかりに両手を上げ、苦笑いを浮かべながら艦載機の前にその姿を現すのだった

 

「何だ時雨かナー、確か今日改二改修をやる予定になってたんだったかナー?でもまだご主人は戻って来てないナー、一体ご主人は何をしてるんだナー?もう時間になっているはずなのにナー?」

 

「それなんだけど……」

 

時雨の姿を確認した艦載機は、不思議そうに小首を傾げる様に空中に滞空するその機体を傾けながらそう言った。それに対して時雨は先程工廠の上空で見たものと、自分がここにいる理由について話し始めるのであった

 

「そんな事になってたのかナー……、ちょっとワイルド達が羨ましいのナー……。っと今はそれどころじゃなかったのナー、そう言う事ならここでご主人の事を待ってるといいナー。今ナーが掃除しているからちょっとうるさいかもしれないナー、でもそこはちょっと我慢して欲しいのナー」

 

「ありがとう……、えっと……「トムだナー」、トムだね、ありがとうトム」

 

トムは事情を聞くと時雨にここで待っていていいと許可を出し、すぐに掃除を再開するのであった。そんな時雨はトムに一言お礼を言うと、空の事を待ちながらトムの事を観察し始めるのであった

 

「……さっきからナーの事見てるけど、何か気になる事でもあるのかナー?」

 

「あ、うん……、ちょっとだけね……」

 

時雨の視線に不快感を覚えたトムが時雨にそう尋ねてみると、時雨は歯切れの悪い返事をして困った様な表情を浮かべるのであった……

 

「気になる事があるなら聞いてもいいのナー、その方がお互いスッキリすると思うナー」

 

トムのこの言葉を聞いた時雨は、ちょっとだけ覚悟を完了させたのか真剣な表情を浮かべてトムに質問するのであった

 

「じゃあお言葉に甘えて……、トム、君は何でこんなところで掃除なんかやっているんだい?空さんの艦載機だったら普通は空さんに付いて行って皆の訓練の手伝いをするものじゃないのかい?」

 

「あ~……、その事かナー……、それについてだけどナー……」

 

時雨の質問を聞いたトムは、自身の舌で掃除機のスイッチを切った後、困った様な表情を浮かべながら時雨の質問に答えるのであった……

 

何とこのトム、今の空の艤装では武装した状態で発艦する事が出来ないのだと言うのである。もし彼を発艦させようと思ったら、『試製甲板カタパルト』なる物が必要なんだとか……。一応空に投擲してもらったり、航空基地を使ったりしたら飛ぶ事は出来るそうなのだが、前者の場合空の投球(?)速度が尋常ではないせいでトムがしょっちゅう空中で気絶して墜落、発艦成功率が著しく低い為、後者の場合航空基地からしか発艦出来ない艦載機と言う矛盾を空に突きつけてしまい、空を大いに悩ませてしまった為この2つの方法でトムを発艦させるのは禁止になったのだとか……

 

「ご主人は旅の途中、どっかでそれを拾えるだろうと思ってたみたいで、これまで自作しようとは思っていなかったみたいなのナー」

 

「そうだったのか……、しかし『試製甲板カタパルト』……?そんな物の名前は今まで1度も聞いた事が無いな……「そう!ソコナーッ!!!」えっ?」

 

自分が話しているところに突然割って入って来たトムに、時雨はつい驚いてしまう。そんな時雨の事など気にも留めず、トムは話を続けるのであった

 

「これはこの工廠に来た時聞いた事なんだけどナー、何とこの世界には試製甲板カタパルトがまだ生まれていないみたいなんだナー。妖精さん達の方もまだ企画段階とか言ってたんだナー」

 

その言葉を聞いた時雨は思わず驚愕してしまう、まさか彼をまともに飛ばす為にはこの世界に存在しない技術を使う必要があるのかと……。時雨はそんな事を考えながら驚きの表情のまま固まってしまうのだが、とある事を思い出して今度は不思議そうな表情を浮かべる……

 

「その表情をみる限り、時雨は気付いたみたいだナー……」

 

そんな時雨の表情を見たトムがそう呟く、その呟きを聞いた時雨が思った事を口にしようとしたところで……

 

「言わなくても分かっているナー、実際ご主人はそのつもりなのナー」

 

トムが時雨の発言を遮るようにそう言って、更に言葉を続ける

 

「ご主人は時雨達の改修作業の後、自分が持っている技術を全て使ってこの世界に『試製甲板カタパルト』などを生み出すつもりなのナー」

 

やっぱりか……、トムの言葉を聞いた時雨は心の中でそう呟くのであった。艤装やパワードスーツに飛行能力を付与する事が出来るほどの技術力を持った空達に、その『試製甲板カタパルト』とやらを作れないという理由がない、時雨はそう思ったのである

 

「まあその作業に取り掛かる為には、まずは時雨達の改修作業を終わらせないといけないナー。そう言う話になってるみたいだからナー」

 

トムの最後の発言が気になった時雨がトムにどう言う事なのかを尋ねたところ、どうやら空は試製甲板カタパルトの開発を許可してもらう為に、時雨達の改修作業を引き受けたという事だった

 

「取り敢えず、何をするにしてもまずはご主人が戻ってこない事には話が始まらないのナー。って事でナーはご主人を待ってる間ここを掃除してるナー、時雨はそれまでゆっくりしていくといいナー」

 

「いや、僕も掃除を手伝うよ。何かやってた方が時間が早く過ぎる様な気がするからね」

 

こうして時雨は空がここに戻るまでの間、トムと共に空の居住スペースを雑談を交わしながら掃除する事にしたのであった



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龍と改修作業

雲龍との一騎討ちの後、空は夕立と江風を連れて大急ぎで工廠へと向かう。一騎討ちについ夢中になってしまい、気付けば改修作業の開始予定時間を大幅に過ぎてしまっていたのである

 

もしかしたら既に誰かが先に来て、自分の事を待っているのではないだろうか?そんな事を考えながら空は辿り着いた工廠の扉を開き、中にいた妖精さん達に話を聞いてみたところ案の定時雨が来ていて空の居住スペースで待っていると伝えられるのであった

 

やってしまった……、空は内心でそう思い申し訳なさそうな表情を浮かべながら、自身が普段寝泊りしている工廠の隅にある居住スペースへ向かい、辿り着くなり中に入り……

 

「済まない時雨、急に予定g……」

 

空がそこまで言ったところで、時雨が自身の唇の前に人差し指を立てて静かにするようにと促してきた。空はそんな時雨の事を不思議そうに見ていると、時雨は今度は先程立てた人差し指で自分の膝のあたりを指す、その指が示す先には……

 

「スピョ~……、スピョ~……」

 

時雨の膝の上で寝息を立てるトムの姿があった

 

「空さんを待っている間、この子とここの掃除をやっていたんだ。それで掃除が終わったところで疲れちゃったのか眠っちゃってね……」

 

「そうか……、待たせてしまっただけでなく掃除まで手伝ってくれたとは……。ありがとう、そして本当に済まなかったな……」

 

囁く様な小声で経緯を説明する時雨に対して、空もまた小声で感謝と謝罪の言葉を述べるのだが、時雨は気にしていないとばかりに首を小さく横に振るのであった

 

その後、空は時雨の膝の上で眠るトムを持ち上げ、部屋の隅にあるクッションのところまで行くとその上にトムを乗せ、自由になった時雨を連れて作業場へと向かうのであった

 

空達が作業場に到着したところで、工廠の扉が開き息を荒げた川内が中に入って来る。曰く今の今まで寝ていたらしく、起床後時計を見た直後に改修作業の事を思い出し大急ぎでこちらに来たのだとか……

 

川内が遅れて来た理由を聞いた空は、自身も一騎討ちに没頭して作業開始時刻が遅くなってしまった事も有った為川内の遅刻に関してはお咎め無し、特に強く注意したりはしないでおく事にしたのだった

 

こうして時雨、夕立、江風、川内の計4人の改修作業が始まり、空は改修作業に興味を持ち手伝いを申し出て来た妖精さん達と共に彼女達の艤装を次々と改修していく。改修が終わった者には順次事前に司に頼んで作っておいてもらった改二の衣装を手渡し、空の居住スペースで着替えてもらう事となっていた

 

予定時刻より大幅に遅れて始まった改修作業だったが、空の手腕と妖精さん達のサポートもあって当初の終了予定時刻ピッタリに終了するのであった。これには艦娘達も、そして改修作業を行った空自身も大いに驚くのだった

 

「凄い……、力が漲って来る……っ!」

 

「ンっ!これなら転生個体の連中相手でも、早々に負ける気がしねぇなっ!」

 

着替えを済ませ改修された艤装を背負った時雨と江風が、驚きと喜びの感情が混ざった様な声でこの様な事を言う

 

「確かにお前達は艤装の改修によって強くなったが、転生個体連中の中には俺達やヌ級の様なお前達の想像の遥か上をいく輩もいる。いくら強くなったからと言って慢心だけはするなよ?」

 

そんな2人に対して空が釘を刺すようにこの様な事を言うと、2人は表情を引き締め力強く返事を返すのであった

 

「しっかしこの服、採寸とかしてなかったはずなのにサイズピッタリだね~……。これ作ったのって司さんだよね?どうやって私達のサイズを知ったのかな……?」

 

その直後、川内が自分が今身に付けている衣装を改めて観察しながらそう言った

 

「それはあいつが生前から持っているスキルのおかげだろうな、あいつは見た相手の身長と3サイズ、手足の長さに腕回りと脚回りの太さを服越しでも驚くほど正確に目測出来るんだ。比較対象さえあれば相当距離が離れていても、かなりの精度でサイズを言い当てる事が出来るぞ」

 

「何それ凄い……、あの人女の子を口説く事しか能が無い人だと思ってたんだけど、意外な特技を持ってる人だったんだね……」

 

川内の疑問に空が答えると、川内だけでなく他の3人も驚愕の表情を浮かべ固まってしまうのであった……

 

その後、司のそのスキルが戦闘でも使えるのではないか、そのスキルはどうやったら身に付くのかと言う話題でしばらくの間話が盛り上がり、その話が収束したところで一同は艤装の試運転の為に工廠を出て海へと向かうのであった

 

「それにしても何か皆に悪いなー、江風達だけが改二になって」

 

「それについては仕方ない部分があるな、俺達が知っている限りで改二に出来るのが翔鶴を除けばお前達しかいなかったのだからな」

 

その道中で何気なしに江風が言った言葉に、空が反応してそう答える

 

「ぽい?翔鶴さんも改二になれるっぽい?」

 

「ああ、それどころか翔鶴には装甲空母化する改二甲などと言うものもあるぞ。しかもそれは資源と開発資材を使えばいつでも正規空母に切り替えられる、所謂コンバート改造が出来る様になっているんだ」

 

「何だそれっ!?スゲェじゃンっ!!なぁなぁ空さん、江風達にもそのコンバートとか言うのは……「無い」無いのかよ……」

 

先程の空の発言を聞いた夕立が小首を傾げながら空に尋ねると、空はその返答として翔鶴のコンバート改造の事を話す。すると江風がこの様な反応をするも、空に即刻バッサリと切り捨てられガックリと肩を落とすのであった

 

「じゃあ何で翔鶴さんの改修作業を今日やらなかったっぽい?」

 

「だね~、どうせなら皆まとめてやっちゃえば良かったのに」

 

「それがそう言う訳にはいかないのだ……」

 

空の言葉を聞いた夕立が不思議そうにそう尋ね、夕立の発言を肯定する様に川内がそう言うと、空は渋い顔をして話し始めるのであった……

 

「翔鶴の改二改修には、『試製甲板カタパルト』と言う物が必要でな……」

 

「……っ!それって……っ!」

 

空の口から聞き慣れない単語が飛び出して来たところで夕立達は頭の上にいくつも疑問符を浮かべるのだが、その中で時雨だけがその単語に反応して驚きの表情を見せるのであった

 

「時雨の姉貴、何か知ってるのか?」

 

「さっきトムから聞いたんだ、トムを空さんの艤装から安全に発艦させる為にはそれが必要だって……」

 

「成程、だから俺の言葉に反応した訳か……」

 

1人だけ違う反応を示した時雨に皆の視線が集中する中時雨はそう答え、それを聞いた空は納得したと言った感じに1度頷くと、話を再開するのであった

 

「さて、そのカタパルトについてだが……、時雨は既に知っているだろうがそれは今、この世界には存在していないんだ。妖精さん達に聞いたが、現状ではまだ企画段階だと言っていた……」

 

空の発言に驚きを隠せない夕立達だったがそれも束の間、何かを思い出したのか今度は不思議そうな顔をし始めるのであった。そんな皆の表情を見た時雨は、トムの話を聞いた時の自分もこうだったのだろうかと思い、苦笑いを浮かべるのであった

 

「その表情を見る限り勘付いてるな……、そう、お前達が思っている通り俺はお前達の艤装の試運転が終了し次第、妖精さん達と共に試製甲板カタパルトの開発を開始するつもりなんだ」

 

「無いなら作ってしまおうって事か~……、何か空さんらしいね」

 

「自分の艤装を空飛ぶ艤装に改造したり、提督のガンダムスーツや日向さんのズーイストライカーの開発に関わった空さんならきっと出来る、僕はそう信じてるよ」

 

空のこの言葉を聞いた川内がこの様な事を言い、時雨は空にエールを送る。それを聞いた空は2人の方を向きながら力強く頷いて見せ

 

その後空は時雨達の艤装の試運転を滞りなく済ませると、すぐに工廠へと引き返し妖精さん達を集めミーティングを行い試製甲板カタパルトの開発に着手するのであった



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龍と試製甲板カタパルト 上

時雨達の改二改修が終わった後、空はすぐさま試製甲板カタパルトの開発に着手した訳だが……

 

 

 

それ以来空は工廠に籠りっぱなしになり、ここ2日ほど皆の前に姿を見せなくなってしまったのである

 

食事の時も食堂まで妖精さんが代わりに食べ物を取りに来ていたり、艦娘達の出撃時や帰還時の艤装の出し入れに関しては工廠の入口で妖精さんが受け渡しを受け付けていたりと、何が何でも工廠から出ようとはせず、誰とも一切会おうともせず、それどころか関係者以外の工廠への立ち入りも徹底して禁止していたりするのである

 

空が工廠に籠って1日が過ぎた時、燎が提督権限で無理矢理工廠の中へ入ったのだが、その数分後、顔を青ざめさせた燎がフラフラと外に出て来て空が出て来るまで工廠への立ち入りを禁止してしまうのであった

 

その際燎が譫言の様に「アカン……、あれはマジでアカン奴や……」と言っていた為、艦娘達も怖がりしばらくの間工廠には近づくまいと心に誓うのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった1人を除いてだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、そんな空の様子を見たいから俺の力を借りたい、と……」

 

「はい……、入口の妖精さん達にお願いしても空さんの指示だと言って追い返されてしまいますし、提督や他の娘達に声を掛けても断られてしまいまして……。こうなると頼れるのが空さんの親友である戦治郎さんくらいしかいなくて……」

 

ガダルカナル島にある穏健派深海棲艦の総本山である拠点の中にあるリチャードの執務室にて、困った顔をした戦治郎と今にも泣き出しそうな顔をした翔鶴が、この様なやり取りを交わしていた

 

空の事を心配した翔鶴が、遂に耐えきれなくなってしまい提督の許可を得て空の親友である戦治郎がいるガダルカナル島へ、空の様子を確認する為に力を貸して欲しいとお願いする為に、穏健派の護衛艦隊4艦隊に守られながやって来たのである

 

因みに護衛艦隊が4艦隊も付いて来たのは、翔鶴がヌ級のターゲットである事を考慮しての事である

 

「空の親友である俺の頼みだったら空も簡単には断れない……、そう考えて俺のとこに来た訳か……」

 

「はい……、お願い出来ませんか……?」

 

戦治郎がそう言った後、翔鶴は涙を浮かべながら戦治郎に懇願してくる

 

「実はその事なんだが……」

 

そんな翔鶴に戦治郎がある事を話そうとしたその時だった

 

「アニキ~、愛宕山 重雄、只今参上しましたよ~っと」

 

こんな事を言いながら、執務室の扉を開いてシゲが中に入って来るのであった。そしてシゲが翔鶴の姿を見るなり

 

「……って翔鶴さん?何でここにいるんです?」

 

不思議そうな顔をしながら翔鶴にそう尋ねる、対して翔鶴は突然現れたシゲに驚いた事と何故シゲがここに来たのかが分からない事が重なり、オロオロし始めるのであった

 

「あ~……、俺の方から説明するわ、それでいいよな?」

 

そんな2人に向かって戦治郎がそう言うと、2人は戦治郎の方へ向き直るなり頷いて返す。その様子を見た戦治郎がお互いの事情について話し始めるのであった

 

翔鶴サイドの事情を聞いたシゲは納得したとばかりに大きく頷いて見せると

 

「そう言う事ならマジ丁度良かったかもしれませんね」

 

「んだな、しっかし空の奴……、惚れた女をホイホイ泣かしてんじゃねぇよ全く……」

 

「あ~……、俺は空さんの気持ちが分からんでもないんですよね~……、ほら、俺ってたまに人間溶鉱炉やるじゃないですか……」

 

「ああ、こないだ出力調整ミスって要塞の工廠吹き飛ばしたアレか……、それ言われるとまあ……なぁ……」

 

そう言って頭の上に疑問符を浮かべる翔鶴の事をそっちのけで、戦治郎とシゲは2人だけで話をし始めるのであった

 

「あの……、丁度いいと言うのは……?」

 

そんな2人の会話に、オズオズとしながら翔鶴が参加しようとしたところ、戦治郎は一言詫びを入れてから自分達の事情を翔鶴に話す

 

「さっき言いかけてた事なんだけどな、実は俺とシゲは昨日の夜、空から応援を頼まれたんだわ」

 

「何かカタパルトの開発が思った以上に難航してるから、力を貸して欲しいって言われたんですよ、俺達」

 

「んで、どうせだから一緒に行くかって事で俺はシゲをここで待ってたら翔鶴が来たわけよ」

 

「もしかしたら俺達に便乗する形で中入って、空さんの様子見る事が出来るかもしれない。そう言う訳で丁度いいって言ったんですわ」

 

「そう言う事だったんですね……、それで……」

 

交互に話す戦治郎とシゲの言葉を聞いた翔鶴が納得したところで、翔鶴が何かを言おうとするのだが

 

「みなまで言うな、当然付いて来ていいぞ」

 

戦治郎が翔鶴の言葉を遮り、自分達に同行するのを許可するのであった

 

その後翔鶴は戦治郎達に礼を言い、戦治郎達と共にショートランド泊地へと戻り空がいるであろう工廠へと向かう。そして戦治郎達と共に工廠の中に入ろうとした翔鶴を入口にいた妖精さん達が止めようとしたのだが……

 

「翔鶴には俺達の手伝いしてもらうんだ、そういう訳で翔鶴も中に入れさせてもらうぞ」

 

戦治郎がそう言って妖精さん達に睨みを利かせ、翔鶴を連れて工廠内へと足を踏み入れるのであった

 

 

 

「えぇっと……、これは……?」

 

「なあシゲェ……、ここってショートランド泊地の工廠だよな……?」

 

「その筈なんですけどねぇ……」

 

工廠の中に広がる光景を目の当たりにした3人が、口々に己が抱いた感想をもらす

 

3人が見た工廠の様子、それはまるで激戦区の戦場及び野戦病院の様になっており、空の居住スペース付近に敷かれた布団の中で呻き声を上げる妖精さんや、その場所に搬送されている最中の妖精さん、自力で動く事が出来ないのか倒れた状態で救助を待つ妖精さんの姿、更には至る所に散らばってしまった工具や作業用機械などが見受けられた。よく耳を澄ましてみると、居住スペースの方からも呻き声が聞こえてきていた為、戦治郎達は工廠内でとんでもない事が発生し甚大な被害を与えたと推測、そしてそれを意図的にやった存在がいるのではないかと予測するなり警戒心を高めるのであった

 

「……っ!?空さんっ?!」

 

そんな中翔鶴が壁にもたれ掛かりながら座り込む空の姿を発見し、急いで彼の下へと駆け寄って行く。その様子を見た戦治郎達も後を追い、空の容態を確認する

 

「空さんっ!しっかりして下さいっ!!」

 

空の身体を抱きかかえた翔鶴が必死になって彼に呼びかけると、空はうっすらと瞼を開けて……

 

「翔鶴……?何故ここに……?工廠への立ち入りは禁止していたはずだが……?」

 

蚊の鳴く様なか細い声でこの様な事を言うのであった

 

「翔鶴は俺達が連れて来たんだ、それはそうと空……、ここで一体何があったんだ?この惨状はどういう事なんだ……?」

 

「それなんだが……」

 

戦治郎がそう言うと、空は申し訳なさそうな顔をしながらこうなった経緯について話し始める。それを聞いた戦治郎達は思わず呆然としてしまうのであった……

 

この惨状の原因、それは空達が作った試製甲板カタパルトが原因だったのである……

 

「最初に試した時は豆鉄砲か何かかと思うほど、艦載機を撃ち出す力が弱くてな……。そう言う訳で調整を行って2度目のテストを行ったところ、今度は強くなり過ぎてしまって撃ち出した際に衝撃波が発生してしまってな……、工廠内にある工具や機械、そして妖精さん達を薙ぎ払うと言う甚大な被害が出てしまったのだ……」

 

「えぇ……」

 

空の言葉を聞いた翔鶴がドン引きしてしまう、そんな翔鶴の様子に気付いていないのか空は話を続けるのであった

 

「その後も何度も調整を行ったのだが……、豆鉄砲とレールガンを交互に繰り返すだけで、狙い通りに調整が出来なかったんだ……。工廠を立ち入り禁止にしたのはそれが原因だ……」

 

「極端過ぎィッ!!!何ですかその二極スイッチ調整はっ?!調整はダイヤル式だって教えたの空さんでしたよねっ!??何でそんな事になってるんですかっ??!」

 

「その原因が分からんからお前達を呼んだんだ……、そういう訳で済まんが戦治郎、こいつをちょっと見てもらえないか……?」

 

空はシゲの叫びにそう返しながらヨロヨロしながらも立ち上がり、その手に持った試製甲板カタパルトを戦治郎に手渡すのであった。そして……

 

「空さん……っ!無理しないで……」

 

カタパルトを戦治郎に預けた後、ふらつきながらも工具を取りに行こうとする空を翔鶴が呼び止めるのだが……

 

「済まない、翔鶴の頼みであってもそれは聞けないんだ……。このカタパルトは俺の専用装備ではない、お前も使う事になる物なんだ……。その辺りの話は戦治郎達から聞いていると思うのだが……?」

 

空はそう言って戦治郎達に視線を向けると、それに対して戦治郎達は静かに頷いて見せ、それを確認した空は視線を翔鶴の方へと戻し話の続きを話し出すのであった

 

「もしお前がこのカタパルトを使って、何かしらの被害を受けたとなると俺は死んでも死にきれなくなってしまう……。そんな思いを俺自身がしたくないから、お前をそんな目に遭わせたくないから……、だから俺は今、このカタパルトを完璧に仕上げたいと思っているんだ……。心配させてしまった事は本当に悪かったと思う……、だがこればかりはどうしても譲れない、譲ってはいけないんだ……。だからこれについてはどうにか堪えてもらえないか……?」

 

空が真剣な眼差しを翔鶴に向けながらそう訴え掛ける、そんな空の言葉を聞いた翔鶴は

 

「……分かりました、でもこれ以上は無理だと私が判断したらすぐに止めさせてもらいます。いいですよね?」

 

1度諦めた様な表情を浮かべた後、空同様真剣な眼差しを空にぶつけながらこの様に答えるのであった

 

「済まない……、ありがとう……」

 

「空ーっ!ちょっちいいかーっ?!」

 

空が翔鶴にそう答えた直後、早速カタパルトを分解して構造を見ていた戦治郎に呼ばれ、空は翔鶴に背を向けて戦治郎の下へと歩き出すのであった

 

その後、戦治郎達と調整したカタパルトの試運転を行ったところ、またしても衝撃波が発生し居住スペースで妖精さん達の看病をしていた翔鶴以外の3人が、まとめて工廠の壁に叩きつけられるのであった……



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龍と試製甲板カタパルト 下

「よし……、空っ!やれっ!!」

 

「うむっ!」

 

戦治郎の声に合わせる様にして、あれから20回ほど調整したカタパルトを装備した空がカタパルトの上に乗せた艦載機のレプリカを射出する。すると……

 

ペインッ!ガンッ!ゴンッ!ゴトッ……

 

レプリカは空が立っている位置から1m50cmほど飛んだところで落下、2バウンドした後30cmほど床を滑走して停止してしまうのであった……。それを見た3人は……

 

「よっしゃっ!さっきより30cm飛距離が伸びたぞっ!!この調子で後1/8目盛ほど出力上げてみるかっ!」

 

「いやアニキ、1/8目盛上げたところでコレですから、いっそ1目盛ほど上げてみません?」

 

「うむ、俺もシゲの意見に賛成だな……。この調子でやっていたら完成まで何日かかるか分からんぞ……」

 

「ん~……、でもさっきもそれでしくじった気がするんだよな~……、まあいいかっ!んじゃ1目盛上げでいくぞ!」

 

この様にお互いの意見を交え、すぐさま21回目のカタパルトの調整に取り掛かるのであった

 

これまで3人は幾度となくトライ&エラーを繰り返し、何度も壁に叩きつけられたところでようやく1目盛単位で調整していく事を決意し、今は徐々に出力を上げていく方向で調整を行っているのであった。そして……

 

「いくぞっ!」

 

「やってやれ空っ!」

 

「あぁ、怖ぇ!何かめっちゃ怖ぇっ!」

 

21回目の調整を終えたカタパルトで、再度レプリカを飛ばそうとする。空がレプリカをカタパルトにセットし、意識を集中させてカタパルトを作動させレプリカを射出すると……

 

ズゴオォッ!!!ボボボッ!!!ゴガアアアァァァーーーンッ!!!

 

「ゲセヌゥッ!!!」

 

「ヘモジッ!!!」

 

「タシロッ!!!」

 

どうやら出力を上げ過ぎてしまったのか、カタパルトから衝撃波が発生し3人はまたも吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、そのカタパルトから射出されたレプリカは凄まじい勢いで工廠の壁に激突、尋常ではない音を工廠内に響き渡らせるのであった……

 

「上げ過ぎたか……」

 

「シゲェッ!やっぱ駄目だったじゃねぇかっ!!!」

 

「サーセン!マジサーセンっしたっ!!!」

 

「しかし俺が初めてやった時よりも幾分かマシだな……、俺が最初にやった時は空気の壁を10枚ほど貫いてたからな……」

 

「何それ怖い……」

 

「ヤベェ……、マジ震えてきやがった……、怖いです……」

 

3人が壁に叩きつけられた時に生じた痛みに耐えながら立ち上がり、今一度集まる為にフラフラと歩きながらこの様なやり取りを交わしていると……

 

「ん……?どしたよ?妖精さん」

 

不意に戦治郎の手の上にいるハンマー妖精さんが、何かを訴え掛けようとピョンピョンと飛び跳ねていた。因みにこのハンマー妖精さんが無事なのは、衝撃波で吹き飛ばされる度に戦治郎が咄嗟にハンマー妖精さんを自分の手の中に収めて庇っていたからである

 

その後何とか3人が集まったところでハンマー妖精さんはカタパルトの方を指差し、自分にカタパルトをよく見させて欲しいと頼み込んで来るのであった

 

そんなハンマー妖精さんの様子を不思議そうな表情を浮かべながら見ていた戦治郎達は、ハンマー妖精さんに頼まれた通りに、ハンマー妖精さんが見易い様にとカタパルトを床に置き、その近くに妖精さんを降ろしてあげる

 

そうしてしばらくの間、ハンマー妖精さんがカタパルトを観察しているとカタパルトの出力調整用の目盛を指差してまたも何かを訴え掛けて来たのである

 

一体何事かと思いながら、戦治郎が目盛をジッと観察すると……

 

「あああぁぁぁーーーっ!!!」

 

何かに気付いたのか、突如大声を上げるのであった……

 

「アニキ、一体どうしたんです?」

 

「何か見つけたのか?」

 

「おめぇら、ここよく見てみろっ!」

 

そんな戦治郎に対して空とシゲが怪訝そうな顔をしながら尋ねてみると、戦治郎は工廠の床に転がっていたルーペを拾い上げるなり目盛のところに当て、2人に見て欲しいと促す。空達は1度顔を見合わせた後、戦治郎に言われた通りにルーペを覗き込むと……

 

「……これはっ!」

 

「はぁっ!?マジかこれっ?!」

 

驚愕の声を上げる2人が見たもの、それは目盛の間に大量に存在する注意して見ないと間違いなく見落としてしまいそうなほどの、それはそれは細かい目盛だったのである

 

「こんなの見落とすに決まってるじゃないですかぁっ!!!一体何なんですかこのちっさい目盛はっ!??」

 

「恐らくだが……、この目盛は妖精さん基準で設定されたものなのではないだろうか……?よく考えれば本来カタパルトは、妖精さんが開発しようとしていたものだからな……。俺も渡された設計図通りに作っただけで、詳細な説明までは受けていなかったからな……」

 

「それで合点がいったわ……、最初見た時妙に目盛の数少ねぇな~とは思っていたが……。んでそれを基準にすると……、俺達が1目盛だと思ってたのは実際は1000目盛分くらいあるみたいだわ……」

 

「「oh……」」

 

こうして調整が極端になってしまう原因が判明したのだが、それと同時に新たなる問題が発生してしまうのであった……

 

「取り敢えずこれで二極スイッチ調整問題は解決すると思うんだが……」

 

「新たな問題として、これを誰が操作して出力調整するかだな……。まず俺達ではこれほど細かいものを精密に調整する事は出来ないと思うからな……」

 

戦治郎と空が考え込む様な仕種をしながらそんな会話をしていると、ハンマー妖精さんがまるで自分がやると言っているかの様に、自分の方に指を指しながら挙手をしていた

 

「お?もしかしてやってくれるのか?」

 

それに気付いた戦治郎がハンマー妖精さんにそう尋ねたところ、ハンマー妖精さんは任せろと言わんばかりに自分の胸をトン!と叩くのであった

 

「これなら正確に目盛を操作出来そうですね、ただ適正な数値にするのにどれだけ時間が掛かるか考えると……」

 

その様子を見ていたシゲが、この様な事を口にしたところで4人が考え込み始める

 

確かにハンマー妖精さんのおかげで目盛を正確に操作する方法は確立出来た、しかしこの4人はカタパルトの出力の適正数値を知らない為、それをまず手探りで探さなければいけないのである

 

そうなると間違いなくとんでもない時間が掛かってしまうのが目に見えている、そう思いながら戦治郎がチラリと時計を見ると時刻はフタサンサンマル、もし適正数値を探す為に妖精さん基準で1目盛ずつ出力を上げ下げしていたら、ほぼ確実に総員起こしの後も作業を続ける羽目になる。そうなると空の工廠引き籠り記録が更新されるだけでなく、自分とシゲにも引き籠り記録が付いてしまう……。それだけは避けねば……、戦治郎がそう考えていたその時だった

 

「手こずっとるようじゃのう」

 

「しr……じゃなかったッス、手を貸そうッス!」

 

「おめぇら……、遅かったじゃないか……」

 

不意に工廠の扉が開き伊吹と護が中に入って来るのであった、そんな2人に対して戦治郎がやや渋い顔をしながらこの様な言葉を掛ける

 

それは15回目の調整を行った時の事である、中々上手くいかない調整に業を煮やした戦治郎がこうなったら技術屋総出でやるべきだと言って、残っていた伊吹と護にまで招集をかけたのである。その時の時刻はヒトハチマルマル、タイミングとしては夕食の時間である。当然の事ながら2人が通信に出た時には既に食事を始めており、2人は口の中の物をモチャモチャ言わせながら戦治郎の応援要請に答えるのであった

 

その後、後から来た2人に現状を説明してこれからどうするかについて話し合おうとしたところで……

 

「そのカタパルト、ちょいとワシに見せてもらえんか?」

 

伊吹が挙手をしながらそう言ってきたので、戦治郎がそれを承認し空が伊吹にカタパルトを手渡すのであった

 

「……ふむ、なるほどのう……。え~っと……、確かハンマー妖精さんじゃったか?ちょいと目盛をワシが言う数値のところに合わせてもらえんか?」

 

カタパルトを眺めていた伊吹が突然そんな事を言い出す、そんな伊吹の言葉に疑問を抱きながらも妖精さんは伊吹の言う目盛のところに数値を合わせる。そして……

 

「空さん、ちょいとこれで1度試してもらえんか?」

 

「あ、ああ、分かった……」

 

ハンマー妖精さんが数値を伊吹が指定したところまで動かしたところで、伊吹がそう言いながら空にカタパルトを手渡す。それに対して空は困惑しながらもカタパルトを受け取って装着、言われた通りにカタパルトを使ってレプリカを飛ばしてみると……

 

バシュゥッ!!!……ガツゥンッ!ガンッ!ゴンッ!ゴトッ……

 

何と今までの豆鉄砲やレールガンの様な射出が嘘だったかの様に、レプリカは空達が頭の中に思い描いた通りにカタパルトから射出され、勢いを保ったまま工廠の扉に激突するのであった

 

「beautiful……」

 

その様子を見ていた空が、思わず物凄く綺麗な発音でそう呟き……

 

「「……はいぃ?」」

 

戦治郎とシゲが某特命係の係長の様な発音でこう言いながら、目を丸くして2人同時に伊吹の方へと視線を向けるのであった

 

「伊吹ぃ……、これは一体どういう事ッスか……?」

 

戦治郎達が今正に心の中で思っている事を、護が代弁して伊吹に尋ねる。すると伊吹は……

 

「ん?ああ、そう言えば海賊団の面々にはまだワシの能力について教えとらんかったのう」

 

あっけらかんとした様子でそんな事を言うのであった、それを聞いた戦治郎達がざわつき出すのだが、伊吹はそれを無視して話を続ける

 

「ワシの能力は架空の兵器の再現なんじゃ、今のもそれを使って出力の適正数値を割り出した感じじゃな。因みに総本山の戦車群は全部ワシが能力を使って、メタルマックスシリーズに登場した戦車を再現して作ったものなんじゃ。まあそれが今のワシの限度なんじゃが……、もし能力が成長したら、もしかしたら前に無理だと言っとった原寸大のガンダムも作れるようになるかもしれんのう!」

 

そう言って伊吹は高笑いを始めるのだが……

 

「おっま……、それ先に言えやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎がそう叫びながら伊吹に飛び掛かるなりヘッドロックを仕掛け、頭頂部に拳を突き立ててグリグリとし始め……

 

「俺達がこれまで頑張って来たのは何だったって言うんだよ……?」

 

シゲがそう呟きながらガックリと肩を落とすのであった……

 

「あの~……、もしかして自分が来る必要無かったんッスか……?」

 

「いや、実はこのカタパルトに合わせてある物を作りたいと思っているんだ。護はその手伝いを頼む」

 

「あいあいさ~、そう言う事なら自分来たのは無駄にならないッスね」

 

「だな、っと……、そろそろ戦治郎を落ち着かせて次の作業に入るか」

 

そんな中、護と空はこの様なやり取りを交わした後、空は戦治郎を落ち着かせ、護はシゲを立ち直らせてから次の作業へと移行するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、工廠の妖精さん達の看病をしていた翔鶴はと言うと……

 

「すぅ……すぅ……」

 

工廠の妖精さん達の看病で疲れてしまったのか、空の居住スペースで布団も敷かずに眠ってしまっていた

 

そんな彼女の腕の中には看病中に偶然見つけたのだろうか、空が寝る前にちょっとしたメモを入れながらちょくちょく書き、居住スペースの隅に置いた棚の中に保管していた試製景雲(艦偵型)、噴式景雲改、橘花改の設計図が、それはそれは大切そうに抱きしめられていたのであった……




伊吹の能力、戦闘向けの奴にしようと思っていましたけど急遽変更、この様な形になってしまいました……

そして最後の噴式の設計図、これは空の規格で設計図が引いてあります。この世界の妖精さん達は、まだ噴式の開発の企画すら立ててないと言う……。まあカタパルトですら企画段階ですからシカタナイネ……


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鬼と提督会議

空達が試製甲板カタパルトの調整に成功し、カタパルトの量産とそれを用いる事で使用可能な装備を製作している中、ショートランド泊地の執務室ではトラック泊地で起こった戦いの顛末についての説明会が行われていた

 

説明会にはお隣のブイン基地の提督が直接来訪、それ以外のパラオ、リンガ、タウイタウイ、ブルネイの提督がオンラインで参加していた

 

その中に工廠で空の手伝いをしていた戦治郎の姿もあった、何故戦治郎がここにいるのかについてだが、カタパルトの調整に成功した際に空が工廠への立ち入り禁止を解除、この事を燎に伝えて欲しいと空が寝起きの翔鶴に頼むと彼女は直ちに行動を起こし、すぐさま執務室へと向かい燎に報告したのである。それを聞いた燎はすぐに工廠へと向かい戦治郎に今日執務室で説明会を開く事を伝え、戦治郎にも参加してもらえないかと頼み込むのであった

 

それを聞いた戦治郎は、空の了承を得て説明会に参加する事にしたのだが……

 

『戦治郎さんではないですか!この間は本当にありがとうございます~。いや~、まさかウチの朝潮達にも改二があるなんて思いもしませんでしたよ~』

 

戦治郎が執務室に現れるなり、リンガの提督が挨拶代わりと言わんばかりに間髪入れずにこの様な事を言ってきたのである

 

実はこの戦治郎、空が時雨達の改修を行っていた頃にリンガ泊地を訪れ、朝潮達の改修を行っていたのである。朝潮達の改二時の衣装については、時雨達の衣装を作っていた司に追加として製作依頼しておいた為抜かりなく準備が出来ていたりするのであった

 

とまあこんな事があったせいで……

 

『すみません、ウチの艦娘達の中に更なる改修が施せる者はいませんか?』

 

『いや、階級的にまず俺のところからだろうっ!』

 

『階級の場合、タウイタウイの提督より先に昇進していた私の方が先になると思うのだが……?』

 

「私のところ!私のところにはいないのっ?!ねぇっ!どうなのっ!?」

 

リンガの提督の言葉を聞いた他の提督達が、戦力強化が目的なのだろうかこんな調子で自分のところの艦娘達も改修出来ないかと挙って尋ねてくるのであった

 

「お前らその辺にしとけよ……、戦治郎が困ってるだろう……?」

 

その様子を見ていた燎が、他の提督達を落ち着かせようと頭を抱えながらそう言うと……

 

『お前のとこはいいよなぁっ!最優先で改修施してもらえてよぉっ!!!』

 

『しかも秘書艦の日向さんだけでなくご自身用の特殊な装備まで頂いているではないですか……』

 

『ああ、あのガンダムの奴……、初めて見た時は本当に驚いたな……。ウチの艦娘達も変なのが飛んで来たと大騒ぎしていたぞ……』

 

「ちょっと待って!私そんなの知らないわよっ?!特殊な装備ってどういう事よっ!?その辺しっかり説明しなさいよっ!!!」

 

提督達は今度は矛先を燎に向け、ギャーギャーと騒ぎ出すのであった……

 

「えぇいっ!静まりやがれコンチクショウ共っ!!!改修に関してまずはおめぇらのとこの艦娘のデータ見ねぇ事には何とも言えねぇよっ!!!どうしても改修して欲しかったら説明会の後こっちにデータ回しやがれっ!!そんで特殊装備については俺じゃなくて、穏健派の技術班の班長に問い合わせやがれってんだっ!!!いいなっ!?」

 

呼ばれたにも関わらず、肝心な話が一向に始まらない事に業を煮やした戦治郎が提督達に一喝、それで提督達が大人しくなったところでようやく説明会が始まるのであった

 

最初にトラック防衛戦の顛末が説明されると、提督達は沈痛な面持ちで昔のトラック提督がどんな人物であったかを懐かしむ様に話し、そんな彼が変わってしまった原因となったヌ級に対してその怒りをぶち撒ける。中でもタウイタウイの提督の怒りは尋常ではなく、その苛烈過ぎる様を見た戦治郎と提督達は思わずほんの僅かの間ではあるが押し黙ってしまうのであった……

 

その後、提督達がヌ級への怒りを吐き出し終えたところで、今度は防衛戦の後逃走した七瀬の事について話す事となった

 

一応リンガ、パラオ、タウイタウイの提督には防衛戦後一通り話をしていたのだが、タウイタウイの提督に強請られて協力する事となったブルネイ提督の為に、今一度改めて説明する事にしたのである

 

その際、七瀬を南西諸島に閉じ込める作戦をリンガの荒潮が提案したと戦治郎が言うと、リンガの提督がニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていたとかなんとか……

 

『北の方は穏健派深海棲艦が台湾の高雄市に拠点作るってなってるみてぇだが……、それは本当に大丈夫なのか?作ってる最中に逃げられる可能性とかねぇのか?』

 

話を聞いていたタウイタウイの提督が、不意にそのような事を尋ねて来た。それに対して戦治郎は……

 

「炒飯の事か?それなら大丈夫だ!」

 

「いや、何でいきなり炒飯の話になるのよ……?」

 

「信じられるか……?その基地の名前、『護目炒飯』なんだぜ……?転生個体と言う脅威から【護】るのが【目】的だから護目なんだとさ……」

 

問題ないと返したところをブインの提督にツッコまれ、そのツッコミに対して燎が解説を入れるのであった。尚、ついでとばかりに海戦ちゃんぽん要塞の事を話すと、今度はブイン以外の提督が目を丸くするのであった……

 

「っと、話戻すけど……、炒飯基地は既に完成してるんだわ。ウチの優秀な大工様と、リチャードさんのとこの技術屋達が頑張ってくれたおかげでな。それと高雄市の方の許可も既に貰ってんだよ、あちらさんもやっぱ不安だったみてぇだからな、強硬派や転生個体の事話すとすぐさま快諾してくれたわ」

 

「その交渉、俺も隣で見てたけどよぉ……、リチャードさんとお前の交渉テクが凄過ぎて終始ビビってたわ……。戦治郎が市長やら台湾総統と打ち解けたところですかさずリチャードさんが話持ちかけて……。あのコンボ決められたら、多分誰だってお前らの要求飲んじまうと思うわ……」

 

戦治郎の話を聞いた燎がその時の事を思い出し、その時の様子を苦笑いを浮かべながらこの様に語る。それを聞いた提督達はその表情を引き攣らせる事しか出来なかったと、後にそう語っていたのだとか……

 

その後、話をまとめ各自の役割を改めて確認したところで説明会は終了、その直後に提督達が自分のところの艦娘達のデータを戦治郎に送ろうとし始める。それに対して戦治郎は約束だからと言って、自作したタブレットのメールアドレスを提督達に教えたところ、艦娘達のデータが津波の様に押し寄せて来るのだった

 

因みに、タウイタウイの提督からのメールには

 

『燎だけガンダム持ってるのはズルいから、自分にも何か作ってくれ』

 

この1文が書かれていた為、戦治郎はこの後すぐに伊吹にネオジオングスーツの製作を依頼、戦治郎達が南方海域を去った後に完成したそのスーツをタウイタウイの提督の下へ届けてもらうのであった

 

因みに、タウイタウイの提督が燎の事を呼び捨てにしていたり、砕けた態度を取っていた事、そしてトラック提督を復讐鬼に豹変させてしまったヌ級に対して怒り狂う様子に疑問を感じた戦治郎が、他の提督達が帰った後に燎にタウイタウイの提督の人間関係を尋ねてみたところ、なんと彼と燎、そしてブインの提督とトラックの提督は同じ軍学校の同期だったと言うのだ

 

「俺と鳳成……、ああ、タウイタウイの提督の事な、あいつ大原 鳳成(おおはら ほうせい)って言うんだ。んで軍学いる時は俺達2人がいつも喧嘩して、今ブインの提督やってる敷島(しきしま) アリスが止めに入って、その様子をトラックのがオロオロしながら見ててな……」

 

燎は昔を懐かしむようにそう言って、自分の昔話を始めるのであった。戦治郎はそんあ燎の話を文句1つ言わず、時に相槌を打ちながら静かに聞くのであった

 

「トラックの……、あいつ前は俺達の事君付けやさん付けだったんだが……、ああなってからは俺達の事も階級で呼ぶ様になりやがって……。恐らくそれは俺達を自分の復讐劇に巻き込みたくなかったから、俺達を遠ざけようとわざとやっていたのかもしれない……、そう考えると……、な……」

 

そう言って燎は物悲し気な表情をするのであった

 

「本当は俺達があいつのがああなる前に何とかしてやってりゃ、こんな事にはなってなかったんだろうな……。っと、悪ぃ、感傷に浸ってる場合じゃねぇな」

 

燎はそう言うと表情を引き締め、今後の事を戦治郎と話し合うのであった。七瀬の件は鳳成達に任せるとして、今も何処かに潜伏しているであろうヌ級をどうやってあぶり出し仕留めるかについて、じっくりと時間をかけて話を詰めるのであった



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動き出す影

時刻はマルナナサンマル、翔鶴が空からの伝言を燎に伝えた後食堂で自身の朝食を済ませ、空達の朝食を準備してから工廠に戻った時には、空達はカタパルトの量産とネ式エンジンの組み立てを終わらせ次のステップである試製景雲(艦偵型)、噴式景雲改、橘花改の開発を開始していたのであった

 

空達はカタパルトの調整に成功した後、カタパルトを取り敢えず4つほど形にしたところで時刻がマルヒトマルマルを過ぎてしまった為皆揃って工廠で仲良く雑魚寝、マルロクマルマルの総員起こしで起床したところで翔鶴に伝言を頼んでから作業を再開したのである

 

その日最初に取り掛かった形だけ作っておいたカタパルトの調整と、ネ式エンジンの組み立ては架空の兵器を再現すると言う伊吹の能力が大いに役立ち、最初のカタパルトの開発の時とは打って変わって滞りなく作業が進んだのである

 

「皆さんお疲れ様です、朝食をお持ちしましたので良かったらどうぞ食べて下さい」

 

工廠組の作業がひと段落したところで、翔鶴がそう言って工廠組の朝食として作って来たおにぎりを彼らの前に差し出すと、余程空腹だったのか彼らはすぐに翔鶴が作ったおにぎりに群がり、すぐさま美味い美味いと言いながら食べ尽くしてしまうのであった

 

それから食休みを挟んだ後作業を再開しようとしたところで、翔鶴が訓練が始まるまで作業風景を見ていてもいいかと尋ねて来る。それを聞いた空は安全なところから大人しく見ている事を条件に翔鶴のお願いを了承し、作業を再開するのであった

 

「しかし、翔鶴も物好きだな……、俺達の作業風景など見てても特に面白みなどないはずなのにな……」

 

作業中、不意に空がこの様な事を呟いていたのだが……

 

「のう、空さんのこれはマジで言いよるんか?」

 

「残念ながら……」

 

「こりゃ翔鶴さんが本当に見たいのは、自分達の作業風景じゃないって事に気付いてないッスね~……」

 

その呟きを聞いた20代ズが小声で口々にこの様な事を言い、その後翔鶴の方へと視線を向けると、真剣な表情で作業に取り組み、時に額の汗を拭う空の姿を少々ウットリした眼差しで見守る翔鶴の姿があった

 

それからしばらくすると戦治郎が会議に参加する為に離脱、翔鶴も訓練の時間となりキラが付いた翔鶴はワイルド達と共に工廠を出て訓練を開始、それと入れ違いになる様にして今度は時雨が工廠に入って来るのであった

 

「時雨?工廠に何か用か?」

 

「おはよう空さん、翔鶴さんがワイルド達と訓練を始めたのを見かけたから、もしかしたらと思ってね……」

 

特に予定のない時雨が工廠にやって来た事を不思議に思った空が時雨にそう尋ねたところ、時雨はこの様に返して工廠の隅にある空の居住スペースに視線を向けるのであった。その様子を見た工廠組が揃って小首を傾げていると……

 

「ナー!時雨ー!また来てくれたのかナー!」

 

「うん、いくら狭いとは言えその身体であそこの掃除を1匹だけでやるのは大変だと思ってね」

 

ワイルド達と共に表に出て、空の居住スペースの掃除をやっていたトムが居住スペースから飛び出して来て、時雨とこの様なやり取りを交わすのであった

 

その後時雨はトムと共に空の居住スペースの掃除を開始、その様子を見ていた20代ズは……

 

「おや?天使かな?」

 

「大天使シグエル……、まさか実在しとったとはのう……」

 

「あ^~浄化されてしまいそうッスな~」

 

作業の手を止めて思わずそう呟き、空から注意を受けるのであった

 

そうこうしている間にも作業は進み、遂に試製景雲(艦偵型)、噴式景雲改、橘花改の3機が完成、それとほぼ同じタイミングで翔鶴が工廠へと戻り

 

「遂に完成したんですね!おめでとうございます!これが空さんの新しい艦載機ですか……」

 

翔鶴はそう言いながら噴式3種をまじまじと見つめるのであった、そんな翔鶴の様子を見た4人は翔鶴から少し離れた位置に集まり……

 

「空さん……、あの噴式は翔鶴さんのだって……」

 

「すまん、カタパルトの事以外は殆ど伝えていなかった……」

 

「つか、形状から自分のじゃと分かるもんじゃ思っとったんじゃが……」

 

「伊吹、この世界はカタパルトが企画段階だったんッスよ?だから噴式が翔鶴さん専用だなんて分からないと思うッス」

 

頭を突きつけ合ってこの様な事を話すのであった、その後その様子を不思議そうに眺めていた翔鶴に対して、空が代表としてその艦載機が翔鶴の物である事を伝えると、翔鶴は両手を口に当て大層驚いていた

 

「それを使えるようにする為に、今から翔鶴の改修を行おうと思っているのだが……」

 

翔鶴の驚きの表情が消えない内に、空が続けるようにしてそう言ったところで

 

「あ、俺達この辺で帰りますわ~」

 

「ワシがハンマー妖精さんと協力して書き上げた設計図、空さんに渡しときますわ」

 

「そいじゃ空さん、グッドラックッス!」

 

「掃除も終わった事だし、僕もこの辺りで戻るよ」

 

「時雨~、ありがとうだナー。ナーはちょっと疲れたからここらで一休みしておくナー」

 

空の言葉を聞いた20代ズと時雨がそう言って工廠から出て行き、トムは居住スペースの中へと引っ込み昼寝を開始する。その様子を見た空は……

 

「気を遣わせたか……」

 

後頭部をバリバリと掻きながら、そう呟くのであった

 

その後、空は改めて翔鶴に改修するかどうかを尋ねたところ……

 

「それで空さんのお役に立てると言うのであれば、是非っ!」

 

真剣な眼差しで空を見つめながら翔鶴は力強くそう答え、それを聞いた空は了承したと言う意思を翔鶴に伝える様に1度だけ大きく頷くと、カタパルトと伊吹から渡された設計図を手にすぐさま改修作業に入るのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が翔鶴の改修を行っている頃、ヌクマヌ環礁にある小島の1つでは……

 

「足りねぇ……、食っても食っても……、食い足りねぇ……っ!!!」

 

そう言いながら手足が引き千切られた戦艦棲姫の亡骸を、骨ごとバリバリと貪り食うヌ級の姿があった。そんな彼の周りには、ヌ級の犠牲となった夥しい数の強硬派深海棲艦の艤装の金属部分が散乱し、その中には今彼が食べている戦艦棲姫の艤装のパーツや空母棲姫の艤装も多数含まれていた

 

「ゲヴォッ!!!……やっぱこんなクソ不味いモン食っても食った気にはなんねぇなぁ……」

 

豪快にゲップをした後、彼は口の周りに付いた青い血を舌で舐めとりながらそう呟くのであった……

 

彼は空に撃退された後、それはそれはひもじい思いをする事になったのである。南方海域にいる艦娘達には悉く穏健派の転生個体が大量に護衛に付き、光太郎や輝などが巡回しているせいで下手に襲撃する事が出来なくなってしまったのである

 

こうなっては仕方ないという事で、彼は今いるヌクマヌ環礁の小島に居を構え、まずはその近隣にある島の住人達を襲撃して島民全てを喰らい尽くしてしまったのである。しばらくの間はそれで空腹を満たす事は出来たのだが、島民が全滅した後も時間が経てば空腹がまた彼に襲い掛かって来る……。そう言う訳で彼は今度は近くを通りかかった強硬派深海棲艦を襲撃してその肉を喰らい、彼は飢えを凌いで来たのである

 

だがそれも限界が訪れた……、純正の深海棲艦の肉は彼の味覚には合わない上に、最近の彼の1日の食事量は日に日に増え、いくら食べても空腹感が紛れなくなってしまっているのである

 

自身の空腹を満たすには艦娘や人間の肉が必要なのだが、今の南方海域ではそれを入手する事も叶わない……、そう思った彼は南方海域を離れ、別の海域で活動しようと考えるのだった

 

「だが、その前に……」

 

彼はそう呟いて南西の方を右目で睨みながら言葉を続ける……

 

「あの銀髪の女、それと俺にふざけた真似してくれやがった同胞とハラキリ野郎……、あいつらを腹の中に入れてからだな……。でねぇと俺の腹の虫が収まらねぇ……」

 

彼はそう言って南西の方角、ショートランド泊地を見据えながら舌なめずりをするのであった……



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ショートランド泊地強襲

途中で昼食を挟みながら空が翔鶴とライトニングⅡの改修を終えた頃には、時刻はヒトヨンヒトゴーとなっていた

 

2人が改修を終えて艤装と噴式艦載機の試運転を行おうと工廠の外へ出たところ、時雨から話を聞いたのだろうか2人の事を待っていたのだろう燎と日向、そして白露型3人と雲龍の姿があった

 

「ようやく改修作業が終わったみたいだな」

 

「ああ、翔鶴の艤装の改修に時間がかかってな」

 

燎が空にそう尋ねると空はこの様に答え、その姿を見ていた翔鶴がクスクスと笑いだす。空が言うように確かに翔鶴の艤装の改修に時間がかかってしまった為、作業が終わるのが遅くなってしまったのだが……

 

「もし翔鶴の艤装を稼働させた時に、何らかのトラブルがあってはいかんからな」

 

空がこの発言と共に、一切のミスが無い様にと物凄く丹念に作業しとても丁寧に仕上げを行ったのが作業が遅れる原因となったのである。その事を知っている翔鶴は、空の発言に対して笑みをこぼす事しか出来ないでいたのだ

 

「翔鶴さん、凄くカッコ良くなってるっぽいっ!」

 

「前より凛々しくなって、頼り甲斐がありそうな感じになってンなっ!」

 

燎と空が話をしている中、夕立と江風が翔鶴の下に駆け寄り改二甲となった彼女の姿を見た感想の述べる

 

「2人共、ありがとうございます」

 

翔鶴がそんな2人に一言礼を言うと……

 

「これが……、新型の飛行甲板……、そう言えばそれ専用の艦載機もあるのよね……?翔鶴、良かった艦載機の方も見せてもらえる……?」

 

カタパルトを取り付けられた翔鶴の飛行甲板をまじまじと見ていた雲龍が、興味深々と言った様子で翔鶴にそうお願いするのであった。翔鶴は雲龍のその頼みに嫌な顔1つせず、頼まれた通りに橘花改を見せると雲龍は本当に興味深そうに橘花改を観察するのであった

 

その後、翔鶴は艤装の試運転を行った後噴式艦載機を用いてワイルド達と今日2度目の模擬戦を行うのだが

 

「ウニャー!なんつー速度だニャー!」

 

「でもやってやれない事は無いミー!」

 

噴式艦載機の方は、空の猫艦載機達と互角に渡り合い

 

「なっかなか当たらないミャー!」

 

「翔鶴も日々精進してるって事だニー」

 

翔鶴自身もヘルとタイガーの猛攻を掻い潜り、日々の努力の成果をこの場にいる全員に見せつけるのであった

 

それからしばらくして、翔鶴の模擬戦が終了しその光景を見ていた者達が翔鶴の下に集まり話をしていたその時である

 

『こちらショートランド泊地哨戒艦隊!緊急事態ですっ!応答お願いしますっ!!!」

 

ショートランド泊地近辺の哨戒を担当していた穏健派の艦隊から、緊急の通信が入るのであった。その声には殆ど余裕と言う物が無いのか、がなり立てる様にして通信する哨戒艦隊の様子を怪訝に思いながら空が応答すると、通信機の先にいる相手の口からとんでもない事が伝えられる

 

『空さんですかっ!?大変ですっ!!例のヌ級がすぐそこまd……、うわあああぁぁぁっ!!!』

 

通信相手の断末魔の悲鳴が聞こえた後、通信機はノイズだけを吐き出すようになり通信は途絶えてしまうのであった……

 

「まさかあいつに翔鶴の居場所がバレたのか……っ!?」

 

通信を聞いた空が驚愕の表情を浮かべ、思わずそう呟くと

 

「そんな事よりも今は奴を迎え撃つ準備だっ!!!」

 

日向がその呟きに答える様に声を荒げ

 

「雲龍と白露型の3人はあいつとやり合えそうに無い艦娘達を連れてブインに避難しろっ!ったく……、まさか向こうからお出ましとはなぁ……。折角戦治郎と考えてた作戦も全部パァだよクソッタレッ!!!」

 

燎が忌々し気に悪態をつきながらも、その場にいた艦娘達にすぐさま指示を飛ばすのであった

 

その直後、泊地内に敵の接近を伝える警報がけたたましく鳴り響き、それを合図に泊地の艦娘達が次々と燎の下に集まり始め、集まった艦娘達に燎が状況の説明とそれに対しての指示を出すと艦娘達と燎は大急ぎで工廠へ向かって走り出すのであった

 

「皆揃ったね!それじゃあ行くよっ!!!」

 

昼寝をしていたところを警報に叩き起こされた川内が、ブインに避難する様に指示を出された艦娘達が全員いる事を確認し、それらを率いて泊地から脱出しようとしたその時である、北西の方角から激しく水飛沫を上げながら凄まじいスピードで何かが接近して来る……

 

「うげっ!?もう来たのかよっ?!」

 

「皆、急いでここから離れるよっ!!!」

 

相手の速度に驚愕する江風の傍らで他の艦娘達に脱出を促す時雨、そして艦娘達が時雨の指示に従い動き出したところで、泊地に急接近して来た物体であるヌ級は海面を勢いよく蹴って飛び上がり、泊地の埠頭に着地するのであった

 

『久しぶりだなぁてめぇら……、元気にしてたか……?えぇ……?おい……』

 

埠頭に着地するなりヌ級は英語で泊地の者達に挨拶するのだが、川内達はヌ級に構わずに泊地から脱出を開始するのであった。その様子を見たヌ級はニヤリと笑みを浮かべ……

 

『おいおい……、俺の事無視すんなよ……。寂しいじゃねぇ……k「「させるかっ!!!」」……あぁ?』

 

そう言いながら身体を縮め、川内達の方へと飛び掛かろうとしたその刹那、ディープストライカーを装着した燎と艤装とズーイストライカーを装着した日向が同時に声を張り上げながらヌ級に砲撃し、その行動を妨害するのであった

 

『何のつもりだてめぇら……、まさか雑魚の分際でおr「黙れ糞野郎っ!!!」』

 

ヌ級が燎達を睨みつけながら何か話そうとするのだが、それに割り込むようにして燎が声を上げヌ級に向かって右手の中指を立てる

 

「こっちはてめぇに好き勝手されたせいですっげぇ迷惑してんだよっ!!!てめぇの犠牲になった艦娘達の……、あいつの仇を今ここで討ってやるぁっ!!!」

 

燎はそう叫んだ直後、ヌ級に向かってビームカノンを、ビーム・スマートガンを、頭部バルカン砲を、そしてスモールパッケージとシーハンターをこれでもかと言わんばかりに叩き込み、それに合わせる様にして日向もヌ級に全砲門を向けて一斉射する。だが……

 

『そんな豆鉄砲が効くかよおおおぉぉぉーーーっ!!!』

 

燎と日向の集中攻撃を受けたにも関わらず、ヌ級は健在だったようで叫び声を上げながら爆煙を突き破って燎の方へと突っ込んで来るのであった

 

「マジで報告通りにタフな奴だなこいつはよぉっ!!?」

 

燎がしまったとばかりに舌打ちした後叫ぶ、そうしている間にも燎とヌ級の距離は縮まっていき、それに気付いた日向が燎を庇おうと2人の間に割って入る様に飛び込んだ直後……

 

「ぬぅんっ!!!」

 

その右足に龍気の煌めきを纏わせた空が、後方に跳び上がるなり突如出現した光の壁を勢いよく蹴り、その勢いを殺さぬままヌ級の側頭部に跳び蹴りを、【ディフレクトランス】を叩き込んでヌ級を豪快に吹き飛ばす

 

「2人共無事か?」

 

「ああ、私の方は大丈夫だ」

 

「さっきのはマジで危なかったわ……、ありがとよ、空」

 

ヌ級を吹き飛ばした空が2人の安否を確認する様に声を掛けると、燎と日向はこの様に答え、それを聞いた空は安堵した表情を一瞬だけ浮かべた後、その表情を引き締めヌ級が飛んで行った方角を見据えるのだった

 

『銀髪女の事ばっかで忘れてたが、お前もここにいるんだったなぁ……、同胞よぉ……』

 

『俺の事を同胞と呼ぶなと以前言ったはずだが……、まあいい……、それよりもどうしてここに翔鶴がいる事が分かった……?』

 

空に蹴り飛ばされたヌ級がそう言いながら立ち上がり、それに対して空はヌ級が翔鶴の居場所をどうやって突き止めたのかに関して問い質す

 

『知りてぇか?だったら力尽くで喋らせてみな』

 

「まあ、そうなるだろうとは思っていた……、燎、日向、お前達は翔鶴のところまで下がって援護してくれ。この状況でこいつの相手が出来るのは俺しかいないだろうからな……」

 

ヌ級が空の質問にそう答えたところで、空は燎と日向を翔鶴のところに向かわせ改めてヌ級と対峙する

 

こうして、空とヌ級の最後の戦いが始まるのであった……



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燃えるショートランド泊地

「ふんっ!!!」

 

空が気合いの掛け声と共にその手に掴んだヌ級を勢いよく地面に叩きつけ、バウンドして戻って来たヌ級の頭部に右の拳を叩き込み、更にバウンドして来たところを踏みつけるなり今度は左の拳を突き刺し、その直後にヌ級の頭部を右手で掴んで振り回すようにして幾度となく地面に叩きつける

 

空が【どつきまわす】を放った地点のコンクリートは陥没し、尋常ではない数のヒビが入り、その威力がどれほど凄まじいものであるかを物語っていた。だが……

 

『シャァッ!!!』

 

ヌ級は【どつきまわす】を喰らいながらも、空に対して反撃とばかりにその顔目掛けて貫手を放ってくるのであった

 

「くっ!?」

 

寸でのところでヌ級の貫手を回避した空は、すぐさまヌ級に【キック】を放って蹴り飛ばしてヌ級と間合いをとる

 

『てめぇ、こんなラフファイトも出来たんだなおい……。俺の頭がcoolじゃなかったら大打撃喰らうところだったぜ……』

 

『こっちとしては前の様にhotな戦いをしてくれた方が楽だったのだがな……』

 

空に蹴り飛ばされたヌ級が空中で姿勢を整え、見事な着地を見せたところで放った言葉を聞いた空は、内心で舌打ちしながら相手を煽る様な言葉を吐き出す

 

先程空が放った【どつきまわす】で繰り出した攻撃の数々は、寸でのところで悉くヌ級に捌かれてしまい思った以上のダメージを与えることが出来なかったのだ

 

それ以前にも空は何度かヌ級に龍気を込めた小技を放っているのだが、ヌ級はそれらを冷静に見極め時には避け、時には受け流し、隙を見てはすぐさま反撃を繰り出したりして上手い具合に捌き、空に有効打を与えさせなかったのである

 

冷静なヌ級がどれほど厄介であるかを思い知らされた空は、ここに来てようやく少し改良を加えたライトニングⅡとテキサスを呼び出し、その腕に装着する。と、その刹那……

 

『だったらお望みどおりにしてやん……よぉっ!!!』

 

ヌ級が空に飛び掛かり、回し蹴りを放ってくる。その様子を見ていた空は1度その蹴りを右腕のライトニングⅡで受けた後、すかさず新たにマニピュレーターを取り付けた左腕のテキサスで掴み、【ドラゴンスクリュー】をお見舞いしてやろうとするのだが……

 

『シャァラァッ!!!』

 

ヌ級はその声と共に今にも空の右腕に当たりそうな左足を1度畳み、身体を傾け股関節を捻じって蹴りの軌道を強引に変え、そこで今一度左足を伸ばして回し蹴りを縦蹴りに切り替え空の顔面に叩き込もうとしてきたのである。空がそれに気付いた時には既に遅く……

 

「ぐがっ!?」

 

「空さんっ!!?」

 

ヌ級の左足は見事に空の顔面に叩き込まれ、空にダメージを与える。そんな空の姿を見た翔鶴が思わず悲鳴染みた声を上げ、ヌ級がニヤリと不気味な笑みを浮かべる。だがその直後

 

『んぐぅっ!??』

 

ヌ級の腹に衝撃が走ったかと思った途端、激痛が全身を駆け巡りヌ級は思わず苦悶の声を上げてしまう。何事かと思って自身の腹部を見てみると、そこには大きく開かれた空の左手が当てられていたのであった

 

空がヌ級の蹴りを喰らった瞬間、その衝撃で仰け反りながらも根性で【参式活殺破邪法】を発動させ、ヌ級の腹部に叩き込んだのである

 

『おおぉ……ごおぉっ!!!』

 

『こいつも喰らっておけ……っ!!!』

 

余りの激痛に悶絶するヌ級に、追撃とばかりに空がそう言って今度は右手を大きく開いて先程と同じ様にヌ級の腹に勢いよく、掌底を叩き込む様に押し付ける。すると……

 

『があああぁぁぁーーーっ!!!』

 

空から追撃の【金剛神掌】を喰らったヌ級は、遂に耐えきれなくなったのか叫び声を上げコンクリートで舗装された埠頭の上を転げまわるのであった

 

『喧しいっ!!そして臭いっ!!!』

 

そんなヌ級にこの様な言葉をぶつけながら、空はヌ級の身体を持ち上げると天高く放り投げ、落下してきたヌ級の身体が地面に叩きつけられそうになった瞬間、その腹に思いっきり飛び蹴りを、【流星蹴り】を叩き込む

 

空の【流星蹴り】の直撃を受けたヌ級は、勢いよく吹き飛んだ後凄まじい速さで地面を滑走、そのせいで以前戦治郎に付けられた傷が開いたのか、埠頭のコンクリートにヌ級の血液と肉片がこびりついてしまうのであった……

 

「空の奴……、ヌ級を圧倒してないか……?」

 

「油断するな提督、あのヌ級はまだ死んだ訳ではないからな……、あいつが何をしてくるか分からんから警戒だけは怠るな……」

 

空とヌ級の戦いを見ていた燎と日向がこの様な会話をした直後、ヌ級は頭部の傷を押さえながらヨロヨロと立ち上がるのであった

 

『今のはスゲェ効いたぞクソッタレ……、ったくやっぱ真正面からは分が悪ぃな……』

 

ヌ級はそう言いながら態勢を立て直し、その言葉に引っかかりを覚えた空が警戒しながらヌ級の様子を窺っていると……

 

『って訳でこんなのはどうだっ!!!』

 

ヌ級が急にそう叫んだ直後ヌ級の口から艦載機が飛び出し、空目掛けて突っ込んで来るのであった。空はそれを紙一重で回避するが、ヌ級の艦載機はすぐさま空の後方で旋回し再び空に向かって突撃して来る

 

『しばらくそいつらと戯れてやがれ同胞っ!!!』

 

ヌ級は空に向かってそう言い放つと、翔鶴がいる方向へと走り出す。それに気付いた空がしまったとばかりに顔を歪め、翔鶴の下に駆け寄ろうとするのだが、行く手をヌ級の艦載機に阻まれてしまう

 

『最初はてめぇからだぁ!!銀髪女ぁっ!!!』

 

「させるかっつってんだろうがよぉっ!!!」

 

「貴様をこの先には行かせんっ!!!」

 

ヌ級がそう叫び翔鶴のところへ真っ直ぐ突っ込んで行くのだが、それを妨げる様に燎と日向が立ち塞がる

 

『邪魔だ雑魚がぁっ!!!』

 

ヌ級はそう叫ぶと、今度は燎と日向目掛けて艦載機を発艦させる

 

「いけおらぁっ!!!」

 

その直後今度は燎が腰に付けたスモールパッケージを発射して、ヌ級の艦載機を次々に撃ち落としていく。だがそれでも全ての艦載機を撃ち落とすことは出来ず……

 

「がっはぁっ!!?」

 

「ぐぅっ!?!」

 

燎と日向はヌ級の艦載機をモロに喰らい、2人同時に吹き飛ばされてしまうのであった。そんな2人の様子を見たヌ級がニヤリと笑い、翔鶴の方へと視線を向け直す。この時恐らくヌ級は翔鶴が迫りくる自分の姿を見て恐怖に顔を歪め、怯えているだろうと思っていたのだろう。ニヤニヤしたまま翔鶴の姿を自分の視界に収めた時、ヌ級は思いもしなかった翔鶴の表情を見て、つい驚愕してしまうのであった

 

翔鶴は自身の下に迫りくるヌ級の姿を見ても怯える事無く、希望を捨てていないのか、将又この状況がどうにかなると信じているのか、凛とした表情でヌ級の事を見据えていたのである。自分の獲物になった人間が今まで見せた事が無かった表情を見て、ヌ級が一瞬困惑したその刹那……

 

「ニャラッシャーッ!!!」「ミャミャミャミャミャーッ!!!」「タイガー、アパカッ!!!」「ドリルミーッ!!!」

 

空が隙を見て発艦した猫艦載機達が雄叫びを上げながら、意趣返しとばかりにヌ級の頭に、顎に、肋骨に、脇腹に激突し、豪快にヌ級を吹き飛ばしたのである

 

「空さん、今助けますっ!」

 

ヌ級が吹き飛ぶ姿を見た後、すぐさま翔鶴がそう言って艦載機を発艦させ、猫艦載機達と共に空を追い回すヌ級の艦載機を撃ち落とす。ヌ級の艦載機から解放された空はすかさず翔鶴のところに駆け寄り、今しがた吹き飛ばされたヌ級を見逃さない様にとしっかりと見据える

 

『まさか俺が使った手をそっくりそのまま使ってくるとはなぁ……』

 

「ざまぁみるニャーッ!!!」「ミャー達はお前のとこの艦載機みたいにヤワじゃないミャーッ!!!」「うげぇっ!さっき顎に一撃お見舞いした時あいつの涎が身体に付いたニー……」「うぎゃー!くっさいミー!タイガーの奴めっちゃ臭いミーッ!!!」

 

ゆっくりと起き上がって来るヌ級がそう言うと、ワイルド達がヌ級に対してすかさず馬鹿にする様に言いたい放題言い始めるのであった。ヌ級がそんなワイルド達を睨みつけると、ワイルド達はすぐに空の後ろに隠れる。その際空の服にタイガーに付着したヌ級の涎が付いてしまった事は、猫艦載機達の秘密となるのであった

 

『だったら……、これでどうだっ!!!』

 

その直後、今度はヌ級の口から大量の艦載機が発艦され、空を覆い尽くし始めるんであった……

 

「なんて数……っ!?」

 

『貴様……、一体どうやってこんな数の艦載機を……っ?!』

 

翔鶴と空が驚愕する中、ヌ級はゲラゲラ笑いながら話し始める

 

『難しい事じゃねぇよ、俺が今まで喰って来た奴が持ってた艦載機を使ってるだけだ。っとそういやおめぇ、どうやって俺が銀髪女の居場所を突き止めたか知りたがってたなぁ……。まあこれが答えなんだけどなっ!アッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!』

 

そう、ヌ級はこの大量の艦載機を至る所に飛ばし、翔鶴の居場所を突き止めたのである。本来ならば深海棲艦の艦載機が泊地の近くを飛んでいれば、すぐさま撃ち落とされてしまいそうなものなのだが、ここ最近泊地近海の哨戒をしていたのが穏健派の深海棲艦であった為、味方の艦載機と勘違いされて見逃されてしまっていたのである

 

『さて……、おふざけはこのあたりにして……、行けっ!!!そこら辺一帯全部破壊し尽くせっ!!!』

 

「え……っ?!」

 

「いかんっ!!!」

 

ヌ級の号令と共にこの大量の艦載機が一斉に動き出し、泊地に凄まじい数の爆弾を集中的に投下し始め、ショートランド泊地は瞬く間に火の海に飲み込まれて、付近の海面を炎の色で染め上げてしまうのであった……



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ドラ猫、飛ぶ

ヌ級が放った爆撃機から自分目掛けて爆弾が投下される様子を目撃した翔鶴は、つい反射的に目を閉じ身体を縮こまらせ爆発に備えたのだが……

 

「ふっ!」

 

その声と共に誰かが自身の身体を抱き寄せ、その直後に頭上から爆発音が鳴り響く。爆発音が聞こえたにも関わらず衝撃や痛みを感じなかった事を不思議に思った翔鶴が、何が起こったのかを確認する為に恐る恐ると言った様子で瞼を持ち上げると……

 

「翔鶴、大丈夫か?」

 

翔鶴の視界には、彼女を庇う様に抱き締める空の顔が弩アップで映し出されていた

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

あまりに唐突な出来事に焦った彼女は、その顔を紅潮させながら慌てて返事をしてしまうのであった

 

その後ようやく落ち着いた翔鶴は、何が起こったのかを確認する為に周囲に視線を巡らせる。その時まず視界に入ったのはコンクリートの地面に機首を突き立て、両方の大型クローアームで翔鶴達を包む様にして守るテキサスの姿、そしてその次に翔鶴が見つけたのは空の腕から離れ、自分達の頭上で滞空する事でその身を挺してヌ級の爆撃から自分達を守ってくれているライトニングⅡの姿であった

 

翔鶴がライトニングⅡとテキサスに向かって感謝の言葉を述べ、改めて周囲の状況を確認した際、炎の海に沈み赤々と燃え上がる艦娘寮や執務室などがある本庁を目の当たりにし思わず絶句する

 

「俺達がヌ級の相手をしている間に、川内達が他の艦娘達を連れて脱出してくれていたおかげで人的被害は最小限に抑えられたが……、これは酷いな……」

 

その惨状を見た空が怒りで表情を歪め、ギリリと歯軋りをした後にそう呟いた。その際空の頭の中にふと悟の姿が浮かび上がる、悟が体験した大火災の時は凄まじい人的被害が出てしまった事を思い出し、悟の絶望感が如何ほどのものであったかを想像してしまい、空は思わず身震いしてしまうのであった……

 

『ぎゃーっはっはっはっはっはっ!!!どうした同胞~、早く俺を止めねぇと状況はもっと悪くなっちまうぜ~?』

 

空がふとそんな事を考えていると、耳障りな高笑いの後ヌ級がこの様な事を叫ぶ

 

『とか言ってたら町はっけ~ん!くくっ……、今の俺が何考えてるかくらい……、わかるよなぁっ!?同胞よおおおぉぉぉーーーっ!!!』

 

ヌ級がそう叫んだ刹那、空が弾かれる様にしてヌ級に飛び掛かる。その際空は自身の身体を空中で4回転半ほど横回転させその勢いを殺す事無くそのままヌ級に向かって回し蹴りを、【クワドラブル】を放つ。が……

 

『おめぇが何かしてくる事くらい……、お見通しなんだよおおおぉぉぉーーーっ!!!』

 

ヌ級はそう叫びながら空の足をガッチリと掴み、【どつきまわす】の時のお返しとばかりに何度も空をコンクリートの地面に叩きつける

 

「ぐぅっ!!?」

 

空の身体が叩きつけられる度にコンクリートが粉々に砕け空中に舞い上がる中、空がその痛みに耐える様な苦悶の声を上げる、それを聞いたヌ級がトドメとばかりに空の身体を持ち上げ、今まで以上の力で空を地面に叩きつけようとしたその時だ

 

「てんめえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

突如姿を現した燎のディープストライカーが、ヌ級目掛けて突撃し凄まじい勢いで激突、思わぬ奇襲に動揺したヌ級はつい空の足を掴んでいた手の力を緩めてしまい、折角捕まえた空に逃げられてしまうのであった

 

「てめぇがっ!!!てめぇのせいでっ!!!泊地がっ!!!俺達の思い出がよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

ヌ級と激突した状態のまま、燎は怒りの叫びを上げながら幾度となくビーム・スマートガンで、左腕のマルチセンサーでヌ級を殴打する。何度も何度も殴打するのであった

 

「それだけで飽き足らずっ!!!」

 

燎はそう叫びながらヌ級を思いっきり殴り、弾き飛ばしてしまう

 

日向(ひなた)に……、俺の妻に大怪我させやがってよおおおぉぉぉーーーっ!!!ぜってぇぶっ殺してやるあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

その直後、燎は主砲砲身ユニットを起動させ、ヌ級に照準を合わせ一切の躊躇いも無くその引き金を引き、ヌ級に巨大な熱線を浴びせるのであった

 

燎の怒りっぷりに困惑する空が翔鶴の方へ視線を送ると、翔鶴はある一点を見たまま両手で口を覆いながら驚愕の表情を浮かべる。翔鶴の表情からただ事ではない事を察知した空が、翔鶴が見ている方向に視線を送ると……、そこには鋼材が突き刺さった両足から夥しい量の血を流す日向の姿があったのである

 

そう、先程燎が叫んだ日向(ひなた)と言うのは燎の妻である日向の本名、源 日向(みなもと ひなた)の事だったのである

 

「日向っ!!!」「日向さんっ!??」

 

事態に気付いた空が、我に返った翔鶴が急いで駆け付け、すぐさま日向に応急処置を施す

 

「済まない……、どうやら足を引っ張ってしまったようだな……」

 

苦悶の表情を浮かべる日向が呟く様にそう言うと、空は首を横に振りながら

 

「そんな事は無い……、だから気にするな……。だがこれは一体……?」

 

日向に対してこの様に返す、それから空は応急処置の手を止める事無く日向からこうなった経緯を聞き出そうとするのだが……

 

その直後、尋常ではない規模の爆発音と……

 

「あがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

燎の悲痛の叫びが同時に響き渡るのだった……

 

何事かと思い空がヌ級と戦っている燎の方へと視線を向けると、そこには背中に資源保存庫の扉が突き刺さったディープストライカーの姿があった……

 

「燎っ!!!……つっ……っ!」

 

燎の凄惨な姿を目の当たりにした日向が思わず声を上げるのだが、直後に両足に激痛が走りその表情を歪める

 

『なんだよ……、かかったのは雑魚の方かよ……』

 

そんな中、ヌ級が心底つまらなそうにそう呟いた

 

日向の足に突き刺さった鋼材……、そして燎の背中に突き刺さった資源保存庫の扉……、実はこれら2つは全てヌ級が空に対して仕組んでおいた罠だったのである

 

このヌ級、泊地全体を爆撃した様に見せかけて工廠と資源保存庫には一切爆撃を行っていなかったのである。この2つに共通する物……、それは中に凶器になり得る物と爆発物が数多くある事……

 

そう、ヌ級はこれらを空が飛び出して来たところで爆破し、その爆発で吹き飛ばされた工具や作業用機械、鋼材、砲弾に建物の破片を用いて空にダメージを与えようとしたのである

 

空がヌ級に【クワドラブル】を放ったところでヌ級は工廠を爆破したのだが結果はヌ級にとっては空振り、破片や工具はまるで空を避ける様に飛んで行ってしまったのである。尤もそのせいで日向の両足に工廠内に残っていた鋼材が突き刺さり、日向を行動不能に追い込んだのだが、今のヌ級にとって日向の存在はすこぶるどうでもいい存在だった為、存在そのものをなかった事にされてしまうのであった

 

その後、空達が日向の応急処置を始めたところで今度は空達の近くにあった資源保存庫を爆撃したのだが、こちらは本命である空達にダメージを与える事こそ出来なかったが、主砲砲身ユニットで多少ダメージを与えて来た燎を行動不能に追い込んだ為、判定はカス当たりとなったのである

 

『小賢しい真似を……っ!!!』

 

日向の話を、ヌ級の呟きを聞いた空が思わずそう呟く……。と、その直後である

 

『ご主人ー!大変だニャーッ!!!』

 

上空で翔鶴の艦載機と共にヌ級の艦載機の相手をしていたワイルドから緊急通信が入る、こんな時に……っ!空がそう思いながら通信に出ると……

 

『ヌ級の艦載機の半分くらいが、ブインの方に飛んで行ったニャーッ!!!』

 

『多分逃げた娘達を狙ってるんだミーッ!!!』

 

『どうするんだニーッ!?追いかけるのかニーッ?!』

 

『でもミャー達の誰かが1機でも離れると、こっちが押し切られてしまうかもしれないミャーッ!!!』

 

ワイルド達は矢継ぎ早に状況を報告して来る、それを聞いた空はすぐさまヌ級を睨みつける。するとヌ級は……

 

『さあどうする?別にあっちに戦力割いてもいいんだぜ?まあそしたらもしかしたら?おめぇらを直接爆撃出来る艦載機が出来ちまうかもしんねぇけどな?ぎゃっはっはっはっはっ!!!』

 

そう言って大笑いし始めるのであった

 

ここで空は超高速で思考を巡らせ、この状況を打破する方法を考え始める。こちらの戦力は下手に割けない……、現在翔鶴を守っているライトニングⅡを向かわせた場合流れ弾が翔鶴に当たる可能性がある……、雲龍を信じるか……、いや……、あの数ではいくら彼女や時雨達が優秀だったとしても押し切られてしまう……。一体どうしたら……っ!!?

 

空がそう思ったその時である

 

『ご主人!ここはナーが行くナー!』

 

なんとトムが名乗りを上げたのである

 

「トム……、お前……、しかし……」

 

しかし空はそれを中々了承しようとはしなかった……、それもそのはず、トムはその仕様上今まで1度もまともに戦闘どころか訓練すら行っていないのである。理由はそれだけではない、カタパルトの試運転も未だに終わっていない為、上手くトムを発艦出来るか不安で不安で仕方が無かったのである

 

『今はそんな事言ってる場合じゃナー!ぶっつけ本番だとしてもやらなきゃいけない時なんだナー!でないと時雨が……、皆が危ないんだナーっ!!!』

 

トムのこのセリフを聞いた空に衝撃が走る、そうだ……、今はこんなつまらん事で悩んでいる場合ではないのだ……っ!

 

「まさか自分の飼い猫に諭されるとはな……、分かった、トムの発艦を許可するっ!トムは直ちに発艦シークエンスに入れっ!!!」

 

『合点ナーッ!』

 

空とトムがこのこの様なやり取りを交わした直後、ライトニングⅡがブインの方角へ機首を向けてカタパルトを展開、そこに今度は完全武装したトムが姿を現し……

 

「時雨……、ショートランドの皆……、ナーがすぐ行くからそれまで耐えててくれナー……。トム、行くナーッ!!!」

 

トムが声を上げエンジンを点火、そしてカタパルトから打ちだされると同時に一気に加速し……

 

                 ボッ!

 

空気の壁を突き破る音を辺りに響かせて飛翔し、トムの姿はすぐに見えなくなってしまうのであった……

 

「頼んだぞ……、トム……っ!」

 

トムが飛んで行った方角を見ながら、空はトムとショートランドの艦娘達の無事を祈りながらそう呟くのであった



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DOG FIGHT(猫)

「無理に当てようとしなくていいからっ!兎に角撃って撃って撃ちまくってっ!」

 

川内がそう叫びながら、天に向かって幾度となく砲撃を繰り返す。彼女が見据える先には尋常ではない数の艦載機が爆撃する機会を今か今かと待ち侘びながら彼女達を嘲笑うかのように空を舞っていた

 

空達がヌ級を引き付けている間に、彼女達は多くの艦娘を引き連れて何とか泊地を脱出してブインに向かって航行していたのだが、彼女達の視界にブイン基地が見えホッと胸を撫で下ろしたところで、突如この艦載機達が姿を現し彼女達に向けて爆撃を開始したのである

 

「ここは球磨達が何とか抑えるクマッ!だから負傷した奴は先にブイン基地に行って入渠させてもらうクマッ!その時は必ず誰か曳航するクマッ!今の状況で単独で動くのは危険クマッ!」

 

球磨が対空射撃の手を止める事無く、負傷した艦娘達に向かって矢継ぎ早に指示を飛ばす。そう、最初の爆撃は完全な不意打ちであった為、少なからず泊地の艦娘達に被害を及ぼしたのである……

 

「正蔵さんの修行の時も、これくらいの数を相手にしていたけど……っ!」

 

「動きが全っ然違い過ぎるだろっ!?あの艦載機は野生動物か何かかよっ?!」

 

時雨が顔を顰めながらそう呟き、その隣にいる江風は苛立ちのあまりに声を荒げながら、上空で爆撃の機会を窺う艦載機達に向かって何度も何度も砲撃を繰り返す

 

「空母及び軽空母の皆……、何とか持ち堪えて……っ!」

 

泊地に所属する空母系艦娘達をまとめ上げ、この艦載機の群れに対して航空戦を仕掛ける雲龍が、辛うじてと言った様子で声を上げる。今の彼女は艦載機の群れを迎え撃つ為に手持ちの艦載機を全て発艦させ同時に制御している為、精神が激しく消耗しているので、今の彼女にとってはこれが精一杯の大声なのだろう……

 

「全く……、こンな時に……、夕立の姉貴は何処行ったンだよおおおぉぉぉーーーっ!!?」

 

「江風、今は夕立の事よりも……」

 

「江風っ!時雨っ!お喋りしてる暇があったらガンガン弾幕張ってっ!!!」

 

「「はいっ!!!すみませんっ!!!」」

 

遂に苛立ちがピークに達した江風が、いつの間にか姿をくらませてしまった夕立に対して文句を言い始め、それを時雨が宥めようとしたところで川内に2人まとめて叱責される

 

それからしばらくすると異変に気付いたブインの艦娘達が救援に駆け付けるのだが、ヌ級の艦載機達の変態機動に翻弄されてしまうだけで、状況は大して変わる事は無かった……

 

それからまたしばらくすると遂に艦娘達に疲労の色が見え始め、艦載機達に爆撃するチャンスを与えてしまう事となり、負傷者を続出させてしまう事態に陥ってしまうのであった……

 

万事休す……、残った艦娘達がそう思ったその時である

 

ゴオオオォォォーーーッ!!!

 

突如として聞き慣れない音が辺りに響き渡り、それを耳にした艦娘達はついつい辺りを見回し、その音の出処を探してしまうのであった。その際対空射撃の手を緩めていなかったのは、あの地獄の遠征を乗り越えた川内と球磨の指導の賜物と言ったところであろうか……

 

「あれは……っ!?」

 

「まさか空さンの艦載機かっ!?でもあンな奴いたっけか……?」

 

そうして遂に雲龍がその音の出処と思わしき艦載機を発見、その視線を追った江風が思わず疑問を口にする。他の艦娘達もそれを視認したところで一斉にあれは一体何だと言った具合にざわつき始める……。そんな中ただ一人……、時雨だけが驚愕の表情を浮かべたまま、その艦載機の名を口にする……

 

「まさか……、トム……っ!?」

 

時雨のこの発言を聞いた者達が、一斉に時雨に視線を向けたその直後

 

「これでも喰らうナーッ!!!」

 

凄まじいスピードで飛翔するトムが、その叫びと共に自身に取り付けられた空対空ミサイル、AIM-54フェニックスとAIM-9 サイドワインダーをヌ級の艦載機目掛けてこれでもかと言うくらいに発射、ミサイルの追跡から逃れられなかったヌ級の艦載機は次々とフェニックスとサイドワインダーの直撃を受けて爆砕し墜落していくのであった

 

「ちょ……っ!?今の何っ?!」

 

「あのミサイル……、何か取り付けられてた数より明らかに多く発射されてた気がするクマ……」

 

その様子を見ていた川内が驚嘆の声を上げ、球磨が呆然としながらそう呟く中、トムは急旋回してヌ級の艦載機の後ろにつくなりM61バルカンを発砲、瞬時にヌ級の艦載機を蜂の巣にして撃墜する

 

こうしてトムは無事時雨達の下に到着し、彼女達に牙を向くヌ級の艦載機達をその圧倒的な力でねじ伏せ、蹂躙し始めるのであった……

 

艦載機の背後を取ればバルカンが火を噴き

 

距離が開けばフェニックスとサイドワインダーが猛追を開始

 

トムの下をくぐろうとしようものならすかさずMk.84が投下され

 

トムの横を通り過ぎようとしたならば両サイドに取り付けられた可変翼型ブレードが展開されて見事相手を真っ二つにする

 

トムはこれらの行動を幾度となく繰り返し、目に映るヌ級の艦載機を次々と撃墜してその数を凄まじい勢いで減らしていくのであった

 

「これ以上お前らに好き勝手させたりはしないのナーッ!!!」

 

尚も蹂躙を続けるトムが、昂る感情を抑える事もせずに叫ぶ

 

「負けていられない……っ!私達も続きましょう……っ!」

 

そんなトムの姿を目の当たりにし、叫びを聞いた雲龍の闘志が真っ赤な炎となり、彼女の心の中で暴れ出す。彼女はその感情に従って他の空母系艦娘達を激励鼓舞し、トムに続いてヌ級の艦載機を撃ち落とし始めるのであった

 

「皆っ!トムの援護をするよっ!!!」

 

雲龍に続いて時雨が声を上げ、今まで以上の勢いで対空射撃を開始する。トムの姿に勇気づけられた艦娘達は、すぐに時雨に続いて対空射撃を開始。時にヌ級の艦載機を攪乱し、時にトムの下へ誘導する様に砲撃し、全力でトムのフォローに入るのであった

 

トムの登場により形勢は完全に逆転し、ヌ級の艦載機は時が経つに連れてその姿を次々と消していき、遂には完全にいなくなってしまうのであった

 

「……艦載機がいなくなった……?」

 

「はは……っ!見たかこンにゃろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

\やったー!/\勝った!私達勝ったんだー!/\ざまぁみろー!/

 

ヌ級の艦載機が見当たらなくなった事に気付いた川内が呟いたところで、その呟きを聞いた江風が勝利の雄叫びを上げる。それが合図となったのか艦娘達が次々と歓声を上げ、あの絶望的な状況から生還した喜びを分かち合い始める。と、その時である

 

「もう大丈夫なのかナー……?時雨に酷い事する奴はいなくなったのかナー……?」

 

空中で滞空していたトムがそう呟くと、突然落下し始めるのであった

 

「トムッ!??」

 

それに気付いた時雨が声を上げるなり大急ぎでトムの下に駆け寄り、落下してきたトムをその両手で優しく包み込むようにして抱き止める

 

「トムッ!?大丈夫かいっ?!しっかりするんだっ!!」

 

時雨が涙目になりながら、慌てた様子でトムに話し掛ける。すると……

 

「時雨かナー……?ナーは慣れない事して疲れただけだナー……、だから心配しなくていいんだナー……」

 

トムは時雨の腕の中で力なくそう答える

 

「心配するなって……、そんな姿見せられたら……、無理に決まってるだろう……。何でそんな無茶をしたんだい……?」

 

「時雨が危ないって聞いたら……、居ても経ってもいられなくなったんだナー……。あ~……、時雨が無事で本当に良かったナー……」

 

時雨の問いにそう答えると、疲労の限界が来たのかトムは瞼を閉じて静かに寝息を立て始めるのであった……

 

時雨はそんなトムの寝顔をしばらく眺めた後

 

「ありがとう、トム」

 

涙を拭い、静かにトムにお礼を言うとその小さな額に軽くキスをするのであった

 

その後、時雨達は予定通りにブイン基地に辿り着き、時雨、江風、川内、球磨、雲龍の5人は泊地の艦娘達をブインの提督に預けると補給を済ませ、空達の援護の為に泊地に向かう準備を始めるのであった



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銀の龍

川内達の準備が終わり、泊地に残った空達の救援に向かう為に5人がブインを出ようとしたところで、ブインの艦娘が異様なものが基地に迫って来ているとブインの提督に報告して来るのであった

 

その時ブインの提督は川内達を見送る為に埠頭に出ていた為、川内達はその報告を偶々耳にする事となり、内心で舌打ちしながら報告の中にあった方角に視線を向ける

 

するとそこには『医者』と書かれた麻袋で頭部を覆った上でピポヘルを被った何かをリヴァイアサンの後部座席に乗せた光太郎、グスタフドーラ以外の砲を放水砲に換装した大五郎と戦治郎、そして全ての砲を放水砲に換装しお決まりのポージングをしながら海面を滑る様にして進むサムソン、アドン、バランを連れたリチャードの姿が見えるのであった

 

「嫌あああぁぁぁーーーっ!何なのあの珍集団っ!?いや、戦治郎さんは今日会ったから分かるけどっ!!!それ以外の面子は一体何なのよっ?!ヤバイヤバイヤバイってっ!!!マジ怖いんだってえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

その異様な集団を目にした提督が狂乱し所属する艦娘達に攻撃指示を飛ばそうとするのだが、それは川内達の必死の説得で何とか回避され、その間にもブイン基地に接近して来ていた珍集団は、無事にブイン基地に入港、上陸するのであった

 

 

 

「いや~……、お騒がせしてホント済みません……」

 

「全くだよ……、来るなら連絡の1つくらいしたら良かったのに……」

 

先程の騒ぎについて謝罪する戦治郎に、川内が呆れ気味に言葉を掛ける

 

「いえ……、私もすぐに混乱してしまって申し訳ないです……。もし川内が説明してくれなかったら、皆さんに対して攻撃指示を出してしまうところでした……」

 

「あ~……、いや……、それは仕方ないんじゃないですかね~……?」

 

戦治郎の謝罪を受けた提督が縮こまりながら言ったセリフに対して、光太郎が自分達が連れて来たものに視線を送り、苦笑しながらそう返す

 

「んなこたぁどうでもいいんだよぉ、それより光太郎よぉ、早く俺を怪我人のところに連れて行きやがれってんだぁ」

 

戦治郎達のやり取りを聞いていたMr.ピポヘル麻袋こと悟が、そう言って自身の手を伸ばし光太郎に自分を怪我人のところに連れて行く様に急かす

 

何故悟が麻袋を被っていたのか、それは戦治郎が現状把握の為に先行させた鷲四郎から、ショートランド泊地が炎上している事を伝えられたからである

 

戦治郎達は泊地哨戒艦隊の通信を聞いたところで、すぐに鷲四郎を偵察に向かわせ準備を進めるのだったが、鷲四郎から泊地が炎上した事と川内達が奇襲を受け負傷者を多数出してしまった事を聞くと、ヌ級討伐より負傷者の救助を優先する方向に方針を切り替え、それに合わせて装備の換装を行った為出撃に時間がかかってしまったのである

 

この時、鷲四郎が川内達の救援に入らなかったのは、焦った戦治郎が鷲四郎を武装するのを忘れて発艦してしまったからである。この件については、既に戦治郎が川内達に謝罪し、川内達からは許しを得ているのだが……、後からこの事実を知った空からはしっかりとお仕置き(物理)が実行されるのであった

 

話を戻す、負傷者が出てしまったという事で、悟を連れて行かざるを得ない状況になってしまった訳だが、ここで1つ問題が発生してしまった

 

悟を負傷者がいるブインに連れて行くには、ルート上どうしても炎上するショートランド泊地の近くを通らなければいけないのである。しかし悟は炎にトラウマがあり、1度炎を見てしまうとしばらくの間身を震わせながら嘔吐を繰り返し、行動不能になってしまうのである……

 

それをどうやって回避するかを話し合った結果、悟に目隠しをしてブインに連れて行く事が決まり、悟は炎対策として麻袋を被せられてブインに連れてこられたのである

 

光太郎が悟を入渠施設に連れて行っている間に戦治郎は鷲四郎の武装を完了させ、リチャードはブインの提督に改めて自己紹介をして提督を凍り付かせ、光太郎が戻って来たところで川内達と合流し、共にショートランド泊地に向かおうとしたのだが……

 

「あ……?何じゃありゃ……?」

 

戦治郎が何かを見つけて声を上げ、その声に従う様に他のメンバーが戦治郎が見つめる方角に視線を向ける

 

その視線の先には燃え盛る泊地から赤、青、紫の3匹の光の龍が螺旋を描きながら天へと昇って行くと言う何処か幻想的な光景が存在していた

 

「綺麗……」

 

「確かに綺麗だけど……、あれは一体……ってっ!?」

 

その光景に見惚れていた雲龍が思わずそう呟き、それに反応した光太郎が疑問を口にしようとしたその時だった、今度は泊地から巨大な炎の鳥が翼を大きく広げて飛び上がり、龍達の中心点目掛けて急降下を開始したのである

 

その光景を目の当たりにした者達は思わず驚愕し、一斉にざわつき始める。一体泊地で何が起こっているのか……、この現象は誰かが人為的に引き起こしているのか……、誰もが疑問に思っていると……

 

「……っ!?何か来るぞっ!!!気を付けろっ!!!」

 

全身に鳥肌を浮かべた戦治郎が、鬼気迫る表情を浮かべながらそう叫んだ。と、その直後である

 

泊地からそれはそれは巨大な、銀色に輝く龍が姿を現すなり、こちらに向かってその大きな口を開きながら水平に、粉塵と化したコンクリートの破片や土砂、水飛沫や少量の肉片をその身に纏いながら飛翔して来たのである。その飛行速度も非常識としか言いようが無いくらいに速く、あの光太郎ですら反応出来ないでいたのである

 

幸い、銀色の龍は基地の敷地を掠めるようにして何処かへ飛んで行ったのだが、龍が通った跡はそれはもう凄惨としか表現出来ない状態になっていた

 

海はバックリと割れて海底を露出し、陸地は完全に削り取られ、そこに周囲の海水が流入し地形を変えてしまっている。ラハラ湖があった場所も、今はスッカリ海となってしまっていた……

 

「戦治郎、あれは一体何だと思う?」

 

龍を目撃した者達全員が呆然とする中、リチャードの声が辺りに響き渡る。それが合図になってしまったのか誰もが一斉に我に返って大混乱が発生し、ブイン基地は悲鳴と怒号と黄金水が溢れる地獄と化すのであった

 

その後何とか事態を鎮静化させた戦治郎達は、この混乱の原因となった龍の発生場所であるショートランド泊地へ空の救援と調査の為に急行する。その際、戦治郎が自身を奮い立たせる為にレスキュー用BGMだとか消防士応援ソングなどと称される歌を歌い始め、それに光太郎が乗っかって一緒に歌い始め……

 

「爆裂的に鎮火せよとか言ってたけど、出火原因ってその歌なんじゃないかな?」

 

こんな具合にリチャードにツッコミを入れられるのであった

 

そんな事をしている間に戦治郎達はショートランド泊地に辿り着き、上陸するなり辺りを見回して空を探す

 

「ぬ?戦治郎達か……、こっちは終わったぞ」

 

声が聞こえた方を向いてみるとそこには空と夕立の姿があり、その後方には翔鶴と負傷した源夫妻の姿が確認出来た

 

負傷した源夫妻を悟に診せる様にと指示を出して川内達に預け、戦治郎達は急いで泊地の消火作業を開始、その時に戦治郎が消火作業の傍らに空に先程戦治郎達が目撃した現象の事を尋ねると、空の口から思いもしない返答が返って来るのであった

 

「あれか……、あれは俺が使った【三龍旋】、【真アル・フェニックス】、【龍神烈火拳】のエフェクトだが……、何かあったのか?」

 

その言葉を聞いた戦治郎達は思わず作業の手を止め、愕然とした表情を浮かべながら空の顔を注視する。そして我に返ったところでそれがどの様な事態を引き起こしたかを空に教えてやると、空は顔を真っ青に染め上げて慌てふためき出すのであった……




次回、事の真相が明らかになります


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ソロモンの悪夢

『おいおいおいおい……、俺と対峙しておきながら背を向けるなんて真似しておいて、やった事が艦載機1つ発艦させただけとか……、もしかして俺の事舐めてんのか?』

 

先程発艦したトムを見送る空の背中に、若干苛立ちを募らせたヌ級が声を掛ける

 

『何、今のはお前を殺す為の準備の様なものだ、人質があっては集中など出来そうもないからな』

 

『艦載機1つだけでどうにか出来ると思ってんのかよ……、思い上がんなあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

トムならば絶対に何とか出来る、そんな自信を胸にヌ級の方へと向き直る空に対して、ヌ級はやれやれと言った感じのボディーランゲージを行った直後、そう叫びながら空に向かって殴りかかるのであった

 

「ぬんっ!」

 

空はそんなヌ級の行動を読んでいたかの如く、ヌ級が自身に向けて繰り出した腕を片手で掴むなりヌ級の身体を自身の方へ引き寄せると同時に反対の腕でヌ級の鳩尾に肘打ちを叩き込む。それから素早く肘打ちを放った腕でヌ級の肘を捕らえるなり、一本背負いの要領でヌ級を地面に叩きつけたのである

 

技の極意を習得し空なりのアレンジを加えた【当て身投げ】の直撃を受けたヌ級は、かなりのダメージを受けたのか、地面に叩きつけられた直後に肺から空気が強引に押し出された様な奇妙な声を上げる。だが……

 

「ぬっ!?」

 

ヌ級の腕を掴んでいた腕をヌ級に掴み返された事で空が動揺し、その直後ヌ級がニヤリと笑みを浮かべるのであった

 

『捕まえたぜ、同胞……』

 

ヌ級のその呟きを聞いた空がヌ級がまだ何かを企んでいる事に気付き、急いでヌ級から離れようと掴まれた腕を振り解こうとする。だが気付くのが遅かったがか、空は反対の腕もヌ級に捕まれ、その身体をヌ級の口の方へと引き寄せられてしまうのであった

 

「ぐうううぅぅぅっ!?ぬうううぅぅぅーーーんっ!!!」

 

ヌ級は自分を捕食しようとしている……、その事実を直感で察した空は必死になってヌ級の拘束から逃れようともがくのだが、空が暴れる度にヌ級は掴む力を強くしていき、簡単に拘束を解かれない様にしていたのであった

 

『おめぇも中々しぶといな……』

 

『生憎俺はお前に喰われる趣味はないのでな……っ!徹底的に抵抗させてもらうぞ……っ!!!』

 

『ほ~ん……、んじゃあこんなのは……どうだぁ?』

 

ヌ級の呟きに対して空がこの様に言い返した直後、ヌ級はそう言うなり空の顔を舌でベロリと舐めるのだった

 

「ぐうううぅぅぅおおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

ヌ級に顔を舐められた空は、地面を軽く揺らしてしまう程の大声で叫ぶ。先ずヌ級の舌の悍ましい感触が脳に焼きついてしまい、その感触が神経を伝い全身を駆け巡り始めたのである。それが心底気持ち悪く、空の身体から見る見るうちに力が抜けていくのであった

 

それに続く様に今度は鼻の中で異常が発生する、空の鼻の中にヌ級の唾液が入り込んでしまったのである。尋常ではないくらいに臭いヌ級の唾液の臭いが鼻の中に充満し、その臭さは時間が経つに連れて……、唾液が乾燥すればするほど強烈になっていき、空の力を更に奪っていくのであった

 

そして遂に空が片膝を突き、ヌ級との距離がグンッと近付く。その様子を見たヌ級は、今からお前を喰ってやると言う意志を伝える為なのか、空を喰える事が単純に嬉しいのか、ガチガチと何度も歯を打ち鳴らし始めるのであった

 

鼻の中の臭いのせいで段々と意識が朦朧としてくる空に向かって翔鶴が何か叫んでいるようではあったが、今の空にはそれを聞き取る力も残っていなかった……

 

この状況をどうするか……、空が回らない頭を無理矢理回して何とか問題の解決方法を模索するのだが、中々良いアイディアは浮かんで来ることは無かった……

 

こんな形では死ねない、そう思った空が意地で抵抗を続けていると、不意に1つの影が2人のところに近付いて来るのであった……。こんな時に……っ!、一体誰だ……っ!?空がそう思っていると……

 

「ぽい?」

 

2人の耳に影の持ち主の声が聞こえて来た、空にとっては聞き慣れたその声の持ち主……、それは……

 

「夕立……っ!?何故此処に……っ?!」

 

空は驚きを隠そうともせずに夕立に向かってそう尋ねるのだが、肝心な夕立はそれを無視してヌ級の方へとゆっくりと歩み寄るのであった……

 

『……あん?』

 

夕立の行動を不審に思ったヌ級が思わず声を上げるのだが、夕立はそれを聞くなりニコリと笑い……

 

「お腹が減ってるなら、空さんよりこれを食べた方がいいっぽい!」

 

夕立はそう言うとその手に大量の魚雷を持ち、まとめてヌ級の口の中へと放り込むのであった

 

『……っ!?!』

 

口の中に魚雷をたっぷりと突っ込まれたヌ級は、魚雷がキーとなり戦治郎達と戦った時の記憶がフラッシュバックしてしまい、思わず硬直してしまう。そのチャンスを夕立が逃す筈など無く……

 

「空さん、ちょっと我慢するっぽい!」

 

そう言って己の主砲に装填された榴弾をヌ級の口目掛けて発射、榴弾は見事に魚雷に直撃して誘爆の連鎖を引き起こす。そのショックでヌ級の腕の力が緩み、空はその隙を見計らって何とかヌ級の拘束から逃れる事に成功するのだった

 

その後、空は夕立から手渡されたハンカチで顔を拭い、鼻をかんでヌ級の唾液を鼻の中から排出し、汚れたハンカチを後で洗濯する為に懐に仕舞ってから夕立に改めてここにいる理由を尋ねる。すると

 

「空さん達の事が心配になって戻って来たっぽい、なんか提督から編成を聞いた時から嫌な感じがしてたから……。それがどうしても気になって、皆に黙ってこっそり戻って来たら案の定、大変な事になってたっぽい!」

 

夕立の言葉を聞いた空は、夕立の勘の良さに驚きつつも

 

「そうだったか……、心配かけて済まなかったな……、そして夕立のおかげであの窮地から脱することが出来た、本当に助かった、ありがとう、夕立」

 

そう言って、夕立の頭を撫で始めるのであった

 

その後空は【集気法】で体力を回復させると、ヨロヨロと起き上がって来るヌ級の方へ向き直って、その一挙手一投足を見逃すまいとばかりにヌ級をしっかりと見据えるのであった

 

『そこの小娘……、ハラキリ野郎みたいな真似しやがって……っ!上等だっ!お前も銀髪女と同胞と一緒に喰ってやるぁっ!!!』

 

「夕立、英語は全然分からないっぽい。夕立とお話したかったら日本語で話して欲しいっぽい!』

 

怒りで表情を歪めるヌ級が夕立に向かってこの様な言葉をぶつけ、対する夕立はそう言ってヌ級を切り捨て、気を引き締めてヌ級を睨みつける

 

「夕立……」

 

不意に空が何かを提案しようと、夕立に話しかけるのだが……

 

「翔鶴さん達の護衛ならお断りっぽい、誰かがすぐにフォローに入れるようにしておかないと、また空さんがピンチになっちゃうかもしれないっぽい」

 

夕立のこの言葉を聞いた空は、夕立に提案しようとする事を諦める。夕立に提案しようとしていたのが正にそれであった事と、夕立の言葉にも理があったからである

 

「分かった……、じゃあ俺の援護を頼む。だが無理だけはするなよ?分かったな?」

 

「ぽいっ!」

 

空が夕立にそうお願いすると、夕立は自分の意見を聞き入れてもらえた事が嬉しかったのか、笑顔で元気いっぱいに返事をする

 

『ごちゃごちゃうるせえええぇぇぇーーーっ!!!』

 

空と夕立のやり取りが癪に障ったのか、ヌ級はそう叫びながら空達の方へと突っ込んで来る。それを見た夕立は……

 

「夕立達の泊地を滅茶苦茶にしたお前を……、夕立は許さないっぽいっ!ソロモンの悪夢……、見せてあげるっ!!!』

 

そう叫びながらヌ級に飛び掛かる、その姿を見ていた空は

 

「後方からの援護と言ったつもりだったが……、まあいい、俺が夕立に合わせて連携を叩き込めばいい事だ……。っと言ってる場合ではないな、行くぞ!そろそろこの戦いを終わらせてくれるっ!!!」

 

ほんの少し呟いた後、気を取り直して叫び声を上げながらヌ級に突撃を仕掛けるのであった



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龍神伝説の始まり

「ぽいぽいぽいぽいぽいぃ!!!」

 

ヌ級と夕立、お互いがお互いに向かって突撃を仕掛ける中、夕立がその手に持った12.7cmB型砲を乱射する。ヌ級はそれを両腕で防ぎながらも更に夕立との間合いを詰め……

 

『らあぁっ!!!』

 

夕立が自身の間合いに入った途端、夕立に向かって拳を突き出す。自身目掛けて打ち出された高速の拳を目にした夕立は、迫りくる拳に向かって飛び上がりながら前方回転、空中でヌ級の腕を掴んでその上で逆立ちの様な姿勢になったところで

 

「ぽぉいっ!」

 

夕立は戦治郎達によって付けられ、空の【流星蹴り】を受けた際に再び開いてしまったヌ級の頭部の傷痕目掛けて蹴りを放つのであった。夕立のこの蹴りは流石にヌ級も予想外だったようで、思わず驚愕し固まってしまい碌に対処出来ないでいたのであった。そして夕立の蹴りはそのままヌ級の傷痕に直撃し……

 

『あがあああぁぁぁっ!!!』

 

夕立の足にブヨブヨした感触が伝わった直後にグチュリッ!と言う音が辺りに響くと同時に、ヌ級が痛みに耐え切れなかったのか凄まじい音量で絶叫する

 

「今の、すっごく気持ち悪かったっぽい~……、っとこれはオマケっぽい!」

 

夕立はそう言うと片手でB型砲を、先程夕立が蹴りを叩き込んだヌ級の傷口目掛けて発射し、その反動を利用してヌ級の間合いから離脱するのであった

 

『このガキャあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

怒りの咆哮を上げながら、ヌ級が夕立の方へと駆けだそうとするのだが、いくら足を動かしてもその身体は一向に前に進まない。ヌ級がそれを怪訝に思ったところで……

 

『捕まえたぞ、化物』

 

ヌ級の背後から声が聞こえた、ヌ級が驚いて自身の背後に視線を向けるとそこには自身の腰に両腕を回した空の姿があり……

 

「いくぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

その掛け声と共に、空はヌ級にジャーマンスープレックスを喰らわせ……

 

「1往復っ!!!」

 

そう叫んで上半身の力だけで姿勢を戻し、空中でヌ級を持ち替え、今度はパワーボムをお見舞いする

 

「まだだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

空はそう叫び、ヌ級の身体を持ち上げるとまた空中で持ち替えて、再びジャーマンスープレックスを叩き込む。それを同じ様に何回も繰り返し……

 

「ぬうううぅぅぅんんっ!!!」

 

6発目のパワーボムを投げっ放しパワーボムに切り替え、空はヌ級をこれまで以上の勢いで地面にたたきつけ、コンクーリートで舗装された地面をべっこりと陥没させるのであった

 

その後、空は駆け寄って来た夕立とハイタッチを交わし

 

「この技、修行の時も見たけどやっぱり凄いっぽい!え~っとぉ……、確か【ロコモーションG】だったっぽい?」

 

「ああ、確かにそうだが……、その前に夕立の【カポエラキック】がヒットしていたから……、そうだな……、連携技《カポエラG》と言った名前になるだろうな」

 

この様なやり取りを交わしていると、今まで沈黙していたヌ級がピクリと動く。それに気付いた2人はすぐに後方へと飛び退き、ヌ級との距離を空け警戒するのであった

 

『何でだよ……、何でどいつもこいつも俺の邪魔ばっかしやがるんだよ……』

 

よろめきながら立ち上がるヌ級が、力ない声で呟く

 

『俺はただ、飯喰ってるだけだろうがよ……、それの何処に問題が……っ!あるってんだよおおおぉぉぉーーーっ!!!??』

 

その呟きはヌ級が言葉を重ねる毎に、ヌ級の体力が戻るに連れて力強いものへと変わっていき、最後は最早咆哮と言っても差支えが無い程に力強く、大きなものになっていた

 

『おめぇらだって牛や豚喰ってんだろうがよおおおぉぉぉーーーっ!!!ただそれが人間に変わっただけでっ!!!何でこんな仕打ち受けなきゃなんねぇんだよおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!??!?!』

 

更に絶叫するヌ級の姿を、空と夕立はただただ静かに傍観する。尤も、夕立の方は英語が分からない為ヌ級が一体何を言っているのか理解出来ず、頭に疑問符を浮かべながら黙っている事しか出来ない訳だが……

 

『今回もただ他のとこ行く前の腹ごしらえなのにっ!!!景気付けに銀髪女と同胞とハラキリ野郎喰ってっ!!!気分よく出発しようってだけなのn『もういい……、黙れ……』あぁっ?!!』

 

尚もヌ級が叫び続ける中、今までヌ級の言葉を静かに聞いていた空が遂に沈黙を破って口を開く。それにヌ級が反応を示したところで空が言葉を続ける

 

『貴様に人としての教養も道徳も、人間に対しての愛情も無い事がよく分かった……』

 

空がそう言った刹那、彼の全身がキラキラと輝き始めると同時に黄金色の闘気が彼の身体を覆い尽くしていく。闘気が空の身体を覆い尽くしたところで、今度は徐々に球状に膨れ上がっていき……

 

『貴様の生まれの事を剛さんから聞いて、多少なれど同情した……。だが……』

 

空がこの言葉をその口から紡いだところで闘気の膨張が止まり、今度は空の全身の筋肉が膨れ始めるのであった

 

『だからと言って、それが許されると思うなっ!!!』

 

空がそう叫んだ次の瞬間、空はヌ級にショルダータックルを喰らわせ、己が纏う龍気と闘気を同時にヌ級の身体の中に流し込む

 

『があぁっ!!!』

 

『自然界では共食いは確かにある!だがそれが許されるのは飽くまで自然界の、野生動物の世界の中だけだっ!!!』

 

空の【タイガーブレイク】の直撃を受けたヌ級が苦悶の声を上げる、そんなヌ級に向かって空はそう叫び、ヌ級に叩きつけた肩とは逆の腕に闘気と龍気を送り、その2つの気を上手い具合に混ぜ合わせ練り上げながら、その腕を引く

 

この時、夕立と負傷した日向の傍にいた翔鶴は、空の身体から『一撃必殺』の文字が浮かび上がって来るのを目撃するのであった

 

『そんな獣の常識をっ!!!人間の世界に持ち込むなっ!!!』

 

その叫びと共に空は2つの気を織り交ぜ纏わせた拳を、ヌ級の腹に勢いよく叩き込み先程と同じ様にヌ級の身体の中に気を流し込む。すると……

 

ボボボボボッ!!!

 

突如ヌ級の全身が幾度となく爆発し始める、それにより夕立の魚雷攻撃で千切れかけていたヌ級の舌が完全に千切れて宙を舞い、爆風によって何処かへと吹き飛ばされてしまうのであった……

 

しかしそれでも空は止まらない

 

『人間が人間の世界にいるのは当たり前だと思ったか……?自分の事を人間だと今でも思っているのか……?』

 

ヌ級に【羅刹掌】を打ち込んだ空がそう言った直後、今度は何と空が分身しヌ級を取り囲み始めたのである

 

『もしそうだと言うならばっ!!!それは大きな間違いだっ!!!』

 

分身して増えた空達が一斉にそう叫ぶと、空達はヌ級を取り囲んだまま、凄まじい速度で幾度となくその両の拳を叩き込み出す

 

『人間を喰った人間が……』

 

【千手観音】をヌ級に叩き込み終えた空は、分身を戻しながら一言ポツリと呟くなり天高く跳び上がり……

 

『人間でいられると思うなっ!!!』

 

ヌ級の頭上で横方向に高速で回転し始め、それがやがて竜巻を生み出してヌ級を取り囲むと空は急降下を開始、竜巻によって打ち上げられそうになっているヌ級に対して、竜巻の流れに乗って高速でヌ級の周囲を回りながら拳と蹴りのラッシュを叩き込み、ヌ級の身体を幾度となく地面に叩きつけるのであった

 

その際、ヌ級の艦載機がその竜巻に飲み込まれ、かなりの数が墜落してしまうのであった

 

【スカイツイスター】で発生した竜巻が消えると、そこには地に伏せたヌ級と空の姿があった。今までの空の必殺技ラッシュを見て、思わず呆然としていた夕立が我に返ってその光景を目にしたところで、空の下に急いで駆け寄ろうとするのだが空がそれを片手で制す。その直後にヌ級がフラフラとしながら立ち上がろうするのだが……

 

『人間を喰った人間……、人はそれを……っ!』

 

立ち上がろうとするヌ級に対して、空が飛び掛かる様にして飛び回し蹴りを叩き込んでヌ級の残っている目を蹴り潰し

 

『鬼っ!!』

 

ヌ級の左後方に着地と同時に今度はヌ級の右後方に向かうようにして飛び後ろ回し蹴りを放ち、ヌ級の腕をへし折る

 

『若しくは化物と呼ぶっ!!!』

 

空はまたも着地と同時に今度はヌ級の右後方から飛び回し蹴りをお見舞いして、残った腕もへし折りながらヌ級の正面へと戻るのであった

 

『人を家畜の様に喰らって来た貴様はっ!!!既に人間の枠組みから外れているのだっ!!!』

 

空がそう叫ぶと同時に勢いよく両手を打ち鳴らす、するとどうだ、先程空が飛び蹴りを放った時に通った軌道が輝き始め、そこから赤、青、紫の龍が出現しヌ級を中心に螺旋を描きながら天高く上昇し始めると同時に、ヌ級の身体も天高く持ち上げ始めたのである

 

『そんな貴様と俺が同胞だと……?』

 

【三龍旋】で生み出されちゃ光の龍達を見送りながら空がそう呟くと、空の身体が何の前触れもなく突然燃え始める。その光景を目の当たりにした翔鶴と夕立が慌て始めるがまたも空が片手で制し、空は炎上しながら天高く跳び上がる

 

『馬鹿も休み休み言えっ!!!』

 

空が跳躍でヌ級より高い位置まで上昇したその直後、空を覆っている炎が巨大な火の鳥の姿に変わっていき、空の叫びが辺りに響き渡ると同時に空の身体を包む火の鳥が、その翼を大きく広げて急降下を開始、ヌ級に激突する

 

この時【真アル・フェニックス】を発動させた空はヌ級と激突するのに合わせて空中でマウントポジションをとり、その状態のまま地面に激突し、コンクリートで舗装された泊地の地面を粉砕するのであった

 

『俺はこれまで何度も言ってきたはずだ……』

 

空がそう呟いたところで、これまで翔鶴の事を守っていたライトニングⅡとテキサスが空の下に戻り、空の腕に再装着されると同時に龍気と闘気が流し込まれ、5本爪の龍の腕の様な形をした気を纏い始める

 

『俺の事を同胞と呼ぶなとっ!!!』

 

空はそう叫んだ瞬間、マウントポジションのまま龍の腕の様な気を纏ったその両腕で、凄まじい速度のラッシュをヌ級の顔に叩き込み始める。空の拳と地面の間を尋常ではない速度で何往復もしていたヌ級の頭部は、やがてグチャグチャと言う音を立て始めるのであった

 

『俺は……、誰がなんと言おうと……』

 

空がラッシュを止め、ヌ級に最後の一撃を喰らわせようと右腕を引き、これまで以上に大量に龍気と闘気を右腕に流し込み、これまで以上に丁寧に混ぜ合わせ、これまで以上に丹念に練り上げる

 

この時、夕立と翔鶴は空の身体から巨大な銀色の龍が出て来る瞬間を目の当たりにし、愕然とするのであった

 

そして……

 

『人間だあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

空の絶叫と共にアッパー気味に打ち出された右腕は完璧にヌ級の顎を捕らえ、ヌ級の頭部を粉砕し辺りにその肉片を盛大にばら撒く。その際銀の巨龍が空の腕の動きに合わせて真っ直ぐ射出されたのだが、空はヌ級の頭を粉砕出来た喜びで頭が一杯になり、巨龍の存在に気付けないでいたのであった……

 

空が最後にヌ級に放ったこの技、【龍神烈火拳】がきっかけとなり、石川 空は日本海軍内で【鋼鉄の龍神】と呼ばれ恐れられる様になり、空に纏わる話は『龍神伝説』、空が普段から寝泊りしている長門屋鎮守府の工廠は『龍の穴』と呼ばれる様になるのであった



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食人鬼討伐成功後の泊地

「……これがお前達が来るまでの間に、泊地で起こった出来事の全てだ」

 

「成程……、あの龍が纏ってた肉片はヌ級の奴だったんだな~……」

 

空が泊地に駆け付けた戦治郎にヌ級との戦いの顛末を報告すると、戦治郎はポツリと呟いてヌ級の遺体の方をチラリと見る

 

ヌ級の遺体の頭部は空が打ち出したらしいあの銀の龍に吹き飛ばされてしまったのか、その部分だけ綺麗に消失してしまっていた

 

(いくら頑丈でタフなヌ級でも、脳を頭部ごと吹き飛ばされてしまえば流石に助からんか……)

 

戦治郎が遺体を見ながらそう考えていると

 

「ねえねえ、あの龍ものすっごく遠くまで飛んで行ったみたいだけど、戦治郎さん達は何か知らないっぽい?」

 

「あ~……、何処まで行ったかは分からんが、ブイン基地の敷地を掠って行ったのは見てたわ……」

 

「戦治郎……、それによる人的被害は……「それは今ブインの提督が調べてるから、報告来るまで待っとけ」ぬぅ……、分かった……」

 

不意に夕立が戦治郎に対して銀の龍の行方を尋ねてくる、戦治郎が頭をバリバリと掻きながら夕立の質問にこの様に返すと、今度は空が震えながら銀の龍での被害がどのくらいになったのかを聞こうとして来た。それに対して戦治郎は空が言葉を言い終える前に現在調査中である事を伝えると、空はこう呟いて申し訳なさそうに俯くのであった

 

空が銀の龍の存在に気付いたのは、空がヌ級討伐の余韻に浸っているところで夕立が龍の事を尋ねて来たからである。空がヌ級に対して最後の一撃を放った際、その腕から銀の巨龍が射出された事を夕立が身振り手振りで空に伝え、その龍の正体について空が思考を巡らせ、その龍は己が放った技である【龍神烈火拳】のエフェクトだろうと思い至るのであった

 

この時空はその龍はただのエフェクトで、特に周囲に被害を出すようなものではないだろうと思っていたのだが、件の龍が地図を書き換える必要があるほどの被害を出したと言う現実を戦治郎達から突きつけられて、空は顔面蒼白になりその身を震わせたのだった

 

「空さん、きっと大丈夫ですよ。ヌ級接近の知らせを聞いたブインの提督さんがきっと住民の皆さんにすぐに避難勧告を出したはずですから、恐らく人的被害は無いと思いますから」

 

しょげる空を元気づけようと、空に寄り添った翔鶴がこの様な事を口にする。翔鶴が言う様にブインの提督は出撃準備をしていた燎からヌ級接近の報を受けると、すぐさま地域住民に避難勧告を出して戦場になりそうな地域の住民を避難させてヌ級との戦いに備えたのである

 

だが万が一と言うのも有り得る、もしかしたら逃げ遅れた者がいたかもしれない……、その時はどうしたらいいのだろうか……?戦治郎がこんな事を考えていると、不意に通信機から呼び出し音が聞こえて来る。戦治郎がその通信に出ると、通信機からはブインの提督の声が聞こえて来る。どうやら銀の龍の被害調査が終わったようだ……、戦治郎は固唾を呑んでブインの提督から調査報告を聞くのであった……

 

 

 

結論を言えば、銀の龍での被害は建物と地形だけで、人的被害はなかったそうだ。それを戦治郎から伝えられた空は胸を撫で下ろし、無表情で喜びオーラを辺りに漂わせ、そんな空の様子を見ていた翔鶴も思わず笑みを零すのであった。と、その直後である

 

「戦治郎ー!そっち終わったならこっち手伝ってくれー!」

 

光太郎が声を張り上げて戦治郎を呼ぶのであった、呼ばれた戦治郎が光太郎の方を向くと、光太郎は双腕重機アームを使って、燎の身体からガンダムスーツを引き剝がそうとしていたのであった

 

戦治郎達は泊地の消火活動を終えた後、戦治郎は空と夕立から事の顛末を聞き出す為に事情聴取を、光太郎はヌ級の策略で背中に資源保存庫の扉が突き刺さった燎の救助を、リチャードは光太郎のリヴァイアサンを借りてブインにいる悟をこちらに連れて来る役を担当し、それぞれ行動を起こしたのである

 

さて、今光太郎に救助されている燎だが、扉が背中に突き刺さると言う非常に痛ましい姿をしているが、実際のところ日向よりも軽傷である事が判明したのだ

 

言うのも、ディープストライカーの背面にあるバックパックはプロペラントタンクやブースターユニットなどでごった返している為、それらがクッションとなり燎本体にまで扉が突き刺さらなかったのである

 

とは言え、扉が身体に激突した時の衝撃は凄まじく、燎自身はその衝撃で腰の骨が砕け、ガンダムスーツはフレームが歪んでしまい脱げなくなってしまっている。つまり今の燎はガンダムスーツの中に閉じ込められた状態なのである

 

「分かった!すぐ行く!」

 

戦治郎は叫ぶ光太郎に対してそう答え、光太郎の下へと駆け寄って行き燎の救助を手伝い始めるのであった

 

 

 

「いや~、一時はどうなるかと思ったが……助かったぜ2人共っ!」

 

「思ったより元気そうだな……」

 

「良かった、燎が無事で何よりだよ」

 

戦治郎が協力したおかげでガンダムスーツから燎を助け出す事に成功し、燎からお礼を言われた2人がこの様に返す

 

「……悪ぃ、ちょっとだけ強がった……。正直なとこちょっと凹んでるんだわ……」

 

2人の返事を聞いた燎はそう言ってボロボロになったディープストライカーを見て、次に自分の足を見てその表情を暗くするのであった

 

「命は助かったが、どうも軍人としての生命線はブチ切られちまったみたいなんだわ……、さっきから足動かそうとしても動かねぇ……。それにお前達が折角くれたこいつもこんなにボロボロにしちまって……、本当に済まねぇ……」

 

項垂れながらそう言う燎を見た戦治郎と光太郎は、1度顔を見合わせてから燎に話しかける

 

「ディープストライカーについてはそういうもんなんだから気にすんなって、後でこっちの技術屋総動員してすぐ直してやるよ」

 

戦治郎は壊れたディープストライカーに目を向けながらそう言い放ち

 

「その足なんだけど、ほぼ間違いなく治ると思うから安心して。俺達のところには……「戦治郎達ー!悟を連れて来たよー!」「おらぁ~、怪我人はいねぇがぁ~」ほら来た!」

 

光太郎が言葉を発している最中に、リチャードがブイン基地から悟を連れて泊地に戻って来るのであった

 

悟は泊地に到着するなりすぐに日向と燎の治療を開始する、翠緑の力を使って日向の両足の傷を見る見るうちに塞いでいき、燎の腰の骨もたちまち元の状態へと戻っていく

 

「転生個体の能力と言うのは、本当に凄いものだな……」

 

痛みも傷痕も残っていない自分の両足を見た日向が、その驚きを隠そうともせずこの様な言葉を口にする。その一方で……

 

「うおおおぉぉぉっ!!!マジかっ!?めっちゃ軽快に動くぞ俺の足っ!!!」

 

燎が再び動くようになったその足で、反復横跳びをしながら歓喜の雄叫びを上げる。そして……

 

「くっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!いくら何でも喜び過ぎだろうよぉ!!!喜びの反復横跳びとか今まで見た事ねぇぞっ!!!かっしゃっしゃっしゃっしゃっ!!!」

 

そんな燎を見た悟が、燎の事を指を指しながら爆笑するのであった。その様子を他の皆も笑顔で見守っていたのだが、戦治郎だけが少しばかり渋い顔をしていた

 

「どうした戦治郎、お前も燎と一緒に反復横跳びしたいのか?今なら俺も付き合うぞ?今の俺はヌ級討伐成功の喜びで昂っているからな」

 

「ばっかおめぇちげぇよ、ちょっち考え事してただけだ」

 

「考え事?」

 

不審に思った空が戦治郎にこの様に尋ねると、戦治郎はそれを断り自分がこんな表情をしている理由について話すのだった

 

「いやな、ヌ級を討伐した事を大本営に伝える際、今回の件の説明しなきゃいけないだろ?んでそれに使えそうな映像データとか誰か持ってないかって思ったんだわ。けどこんだけ激しい戦闘だったら誰も撮影とかする余裕ねぇだろうって思い直してな~……」

 

戦治郎は俯いて頭をバリバリ掻きながらそう言う、それを聞いた空は納得した様に頷いた後、戦治郎同様難しい顔をして思考を巡らせようとする。と、その時だった

 

「空の戦闘の映像データなら、俺のディープストライカーのカメラで撮影してるぞ?」

 

「あ、それなら私もあります。確認しますか?」

 

戦治郎の言葉が聞こえたのか、燎と翔鶴が名乗り出て来たのだ

 

燎の方は足が動かない関係でディープストライカーのブースターなどの操作が出来なくなってしまった為、翔鶴の方は負傷した日向を放置する事が出来なかった為、戦闘に参加が出来なかった訳だが、2人はこのまま見てるだけと言うのに耐えられなかったらしく、何か自分に出来ないかを模索した結果、燎はディープストライカーのカメラで、翔鶴は空から貰ったスマホのカメラで空達の戦いを撮影し、映像データを残そうと思い至ったのである

 

2人の話を聞いた後、戦治郎は燎のディープストライカーのカメラと自身が持っているタブレットを接続して、空は翔鶴のスマホを貸してもらってから映像データを確認し、そのデータが使えそうだと判断すると、戦治郎はタブレットに、空は自身のスマホに映像データを転送するのであった

 

尚、空が映像を見ていた時、自身が生み出したはずの件の龍を見たところでその大きさに驚愕するのであった。後に空はこう語る……

 

「【龍神烈火拳】の出力調整を考えなければな……」

 

どうやら空は【龍神烈火拳】を封印する気は更々無く、今後も使い続けるつもりの様である……



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桂島泊地の提督

「送った映像データが使えないだって?」

 

『ああ……、折角送ってもらったのだが……』

 

ちゃんぽん要塞の大会議室に戦治郎と長門の声が響き渡る

 

ショートランド泊地での救助作業を終えた戦治郎達は、燎達を連れて1度ブイン基地に戻ったのだが……

 

「ショートランドの子達を預かれるほどの余裕がウチにはないの……、ホントごめん!」

 

顔の前で両手を合わせて謝罪するブインの提督のこの言葉を聞いた戦治郎達は、ショートランド泊地の艦娘達の当面の寝床を提供する為に、ブイン基地に預けていた彼女達を引き取って、すぐにちゃんぽん要塞へと向かったのである

 

そうしてちゃんぽん要塞に辿り着いた戦治郎達は、艦娘達には自由行動を許可した後に海賊団の面々と事情を知る艦娘達をちゃんぽん要塞の大会議室に集めて、今後について話し合う事にしたのだ

 

その際、戦治郎が大本営の長門をオンラインで呼び出して、ヌ級の討伐成功の報とそれによる周囲の被害を伝えると共に、燎と翔鶴が撮影した映像データを送ったところ、長門からその映像が使えない事を伝えられたのである

 

「理由を聞いても?」

 

真剣な顔つきをしたリチャードが長門にそう尋ねると、長門は申し訳なさそうな表情を浮かべて現在の日本海軍の派閥問題について話し始める。そして長門の言葉を聞くなり大会議室にいる者達全員が、愕然とした表情を浮かべるのであった

 

何と今の日本の世論は、強硬派を支持する意見が多数派であると言うのである

 

何故その様な事態になっているのかを長門に尋ねたところ、恐るべき事に強硬派の代表とも言える桂島泊地の提督が、多くのマスメディアを買収して自分達が有利になる様に情報操作を行い、国民を扇動して味方につけたのである

 

もしこの状況で先程送った映像を公開しようものならば、大本営の穏健派は売国奴として強硬派に弾圧、一掃され大本営が強硬派に乗っ取られてしまう可能性があると長門は言うのであった

 

『そうなっては戦争は泥沼と化し、艦娘は使い捨てられ、国の財政は圧迫され……、日本は……、崩壊するだろう……』

 

「うっおーーーっ!!くっあーーーっ!!ざっけんなーーーっ!!!」

 

沈痛な面持ちで語る長門の言葉を聞いた戦治郎が、怒りに震えながら叫び、勢いよく机を殴りつける

 

「強硬派はエデンの構成員かなんかかよっ!?自分の国が滅びようがお構いなしに戦争してぇのかよっ?!!マジでふざけんなよクソがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「戦治郎……、気持ちは分かるが少し落ち着け……」

 

「ねえ長門ちゃん、その桂島の提督って一体何者なの?マスメディアを買収するってそんな簡単に出来る物じゃないと思うんだけど……?」

 

尚も吼える戦治郎を空が宥め、その間に剛が桂島の提督の事を長門に尋ねる。その時の剛の口調こそいつも通りだが、その表情はリチャード同様真剣そのものであった。恐らく戦治郎がエデンの名を出した事で、この提督がアリーと繋がっているのではないかと思ったからだろう

 

剛の質問に対して、長門は渋い表情を浮かべながら答える

 

桂島泊地の提督は20代後半と言う若さでありながら、現在の日本海軍でトップの戦果を上げ続けている男で、今の日本海軍の若き提督達の憧れとも言われる人物なのだとか……

 

また、彼は元帥を差し置いて海軍内にあった様々な派閥をそのカリスマ性でしっかりとまとめ上げ、強硬派と言う巨大な派閥を作り上げたのである

 

多くの提督達のカリスマとも言える彼だが、その異様過ぎる戦果と普通では考えられない金払いの良さから、彼に纏わる黒い噂が絶えず付きまとっている様で、長門も何度かその噂を耳にした事があるそうだ

 

ある者は資源の横流しを疑い、ある者は人身売買を疑い、またある者は深海棲艦との内通を疑ったのである……

 

『大本営も何度か桂島泊地の監査を行ったのだが……、全く尻尾を掴む事が出来なくてな……』

 

「悪知恵働かせるのが得意ってか……、けっ!俺が1番大っ嫌いなタイプの野郎だぜ……」

 

「あたしも輝さんと同じだな……、こいつ絶対裏で何かやってるだろ……。そっちの憲兵は一体何やってんだよクソがっ!」

 

依然として沈痛な面持ちの長門が語る中、話を聞いていた輝と摩耶が顔を歪めながら悪態をつく

 

「摩耶、流石にそれは言い過ぎだろ……」

 

その直後、木曾が摩耶を諫めるのだが……

 

『いや、摩耶にそう言われても仕方が無いかもしれないな……』

 

その表情を更に暗くしながら、長門がそう呟いたのである

 

「あの……、それは一体どういう事でしょうか……?」

 

長門の態度を不審に思った不知火が尋ねると、長門は重い口を開き、先程の呟きの理由を話す

 

『噂の中には、不正で手にした金を使って憲兵を買収して、自身の罪を無かった事にしているのではないかと言うものもあるのだ……』

 

「憲兵までグルの可能性があるんか……、もしそれが事実やったらホンマえらいこっちゃやで……」

 

「火が無いところに煙は立たないって言うし……、私は多分憲兵もクロだと思うわ……」

 

長門の言葉を聞いた龍驤と陽炎が、苦い表情をしながらそれぞれ呟く

 

長門の話を聞けば聞くほど、室内の空気は重いものとなっていき、遂には誰も発言しなくなってしまう……。と、そんな中……

 

「よし分かったっ!俺が日本海軍で提督になる前にやらなきゃなんねぇ事がよ~ぉく分かったっ!!!」

 

『戦治郎……?……まさかっ?!』

 

戦治郎が叫びながら立ち上がり、その様子を見た長門が最初は訝しむようにして、そして途中から戦治郎が何をしようとしているのかに勘付いたところで今度は驚きの表情を浮かべながら戦治郎に話し掛ける

 

「俺達は南方海域を去った後、日本に直行して桂島を叩く!そんでこいつの悪事を白日の下に晒してその地位を奈落のズンドコまで叩き落す!!そうすりゃ海軍の強硬派もちょっちは大人しくなるだろうよっ!!!」

 

「アニキのその言葉、待ってましたぜっ!!!」

 

「その時は自分張り切ってその提督の事丸裸にしてやるッスよ~!」

 

戦治郎がそう宣言すると、シゲと護が沸き立つ様に賛同する。だが……

 

『戦治郎……、張り切っているところで悪いんだが……、それは少し待ってはもらえないか……?』

 

長門のこの発言が飛び出すと、戦治郎は思わずズッコケそうになる

 

「何で何でぇ?こう言うのはちゃっちゃとサックリ片付けた方がいいだるぉ~?」

 

『今それをやられると、私達の方も困るんだ……』

 

戦治郎がそう言って、長門から事情を聞き出す

 

どうやら日本海軍は近日中にミッドウェーに攻撃を仕掛ける様で、その際桂島の艦隊が主力に据えられており、今桂島の戦力が欠けてしまうと作戦どころではなくなってしまうと言うのである

 

「桂島の代わりに俺ら据えりゃいいじゃん」

 

『確かに戦力的には爆発的に強くなるが……、それをやってしまうと日本海軍全体が無能の烙印を押され、最悪軍縮の危険性があるんだ……。そうなるとお前達の居場所を与えられなくなってしまうかもしれん……』

 

「延期ー!桂島へのカチコミは延期でーす!!作戦終了まで延期しまーす!!!」

 

「見事な手のひらドリルだなぁおいぃ……」

 

「でもやるのは変わらないんですね……」

 

戦治郎が長門に代替案を提案するが却下、その理由を聞いた戦治郎がカチコミ延期宣言をすると、悟が呆れたた様子で呟き、望がそう言って苦笑いを浮かべるのであった……

 

「ってなると、それまでの間俺達はどうすっか……」

 

「どうせ暇なら、ラバウルとショートランドの復旧の手伝いでもするか?」

 

『それも待ってくれ……、それをやられるとまた強硬派が騒ぎ出してしまう……』

 

戦治郎が今後どうするかを考えてると、輝が今回の戦いで被害があったラバウルとショートランドの復旧の手伝いを提案するのだが、それも長門に却下されてしまう……

 

その後戦治郎達は今後の事を話し合い、取り敢えず日本海軍の作戦が終わるまでの間、北マリアナ諸島にあるであろう強硬派深海棲艦の拠点にトラック泊地防衛戦の時のお礼参りと称してカチコミを仕掛けて占拠、そこで時間を潰す事にしたのであった



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監視員増員

桂島の提督の話題で大いに脱線してしまった話を戻し、戦治郎達は映像データの代わりをどうするかについて話し合い……

 

「まあ……、そうなるな……」

 

「大本営か……、行きたくねぇ……」

 

決定した方針を聞いた日向と燎が、それぞれこの様に呟くのであった

 

あの映像が使えない以上この戦いの表面上の英雄を捏造する羽目になり、話し合いの結果燎がその役を演じる事になったのである。尤も、元帥と長門が信用に値すると思った穏健派に所属する者達に対しては映像データを送って、真の英雄が誰であるかを伝える手筈になってはいるのである

 

「話の流れとしては、燎がヌ級と戦って主砲砲身ユニットでヌ級の頭吹っ飛ばしたって感じだな」

 

「それはいいんだが……、銀龍の事はどうするんだ?」

 

戦治郎が大雑把な偽のシナリオを口にしたところで、問題の龍を射出した張本人である空が戦治郎に質問をする

 

「それについてだが、幸いにもあの龍を見たのがブインの連中だけだったから、ブインの連中に頼んで銀の龍は見ていない事にしてもらって、被害については全部ヌ級のせいにする事にするつもりだが……、それでいいよな?」

 

「死人に口無しか……、まあそう言う事なら分かった」

 

戦治郎に自身の疑問をぶつけた空は、戦治郎の返答を聞くとその内容を了承するのであった

 

その後、粗方話が終わったところで戦治郎が今の内に話しておきたい事を話していいと言うと、龍鳳がおずおずと挙手をするのであった

 

「あの、話しておきたいと言うか……、長門さんにお願いなんですけど……」

 

『私にか?一体どうした?』

 

恐る恐ると言った様子で龍鳳が話し始めると、名指しされた長門が不思議そうな顔をして龍鳳に続きを話す様に促す

 

「その……、今私は海賊団の監視役をやっているんですが……、出来たら監視要員を増やして欲しいと思いまして……」

 

『監視要員の増員……?』

 

龍鳳の言葉を聞いた長門と、海賊団の面々が一斉に首を傾げる。その様子を見た龍鳳は、1度深呼吸をしてから一気にまくし立てる

 

「皆さんホント自由過ぎますよっ!!!監視役は私しかいないのに皆さんはあっちこっち好き勝手に、バラバラに行動したりしてっ!!!特に遠征に参加した人達っ!!!ヨーロッパって……、一体何処まで行ってるんですかっ!!?そんなところ私の目が届きませんよっ!!!私は皆さんの事を監視して、細かいところまで全部記録して、その情報を全部大本営に提出しなくちゃいけないんですよっ!?!一応映像データとかもらってますけど……、そこから記録を書き上げるの本当に大変なんですからっ!!!」

 

言いたい事を言い切った龍鳳が、ハァハァと肩で息をし始める。その様子を見ていた長門は……

 

『そ、そうか……、ならちょっと元帥に掛け合ってくるから席を外すぞ……』

 

その勢いにやや気圧され、引きつった表情を浮かべながらそう言って席を立ち、海賊団の面々は流石に申し訳なく思ったのか、龍鳳に向かって一斉に頭を下げて謝罪するのであった

 

 

 

『元帥から許可を取って来たが……』

 

戻って来た長門は、大会議室の様子を見るなり、つい言葉を詰まらせてしまう……。そう、今の大会議室の空気がまるでお通夜でもやっているかの様に重く暗いのである……

 

何故この様な事態になってしまったのか……、それは恐らく翔鶴が原因なのではないかと長門は予想するのであった

 

実際、今の翔鶴の表情は尋常ではないくらいに暗いものになっていた

 

翔鶴がこうなってしまっている原因、それは偏に翔鶴も燎達と一緒に大本営に向かわなければいけなくなっているからである

 

翔鶴が大本営に向かわなければいけない理由についてだが、翔鶴は燎の件の証人の1人であると同時に、現在唯一噴式艦載機を保有、運用出来る装甲空母の艦娘である事が挙げられる

 

一応明確にヌ級のターゲットになった事から、ヌ級の犯行動機関連について調べる為に色々と話を聞きたいと言う話もあるが、恐らくそれは建前であり本命はやはり艦載機の研究解析の為だろうとこの場にいる誰もが思うのであった

 

とまあそう言う理由があって、どう足掻いても監視役として空達に同行出来ない翔鶴ががっつり沈んで場の空気が重くなり、監視役に立候補したい艦娘も空気を読んで黙り込んでしまったのである

 

と、そんな中……

 

「空っ!雲龍っ!チェンジッ!!!」

 

突如戦治郎が席から立ち上がり、腕を交差させるジェスチャーを何度も繰り返しながらそう叫ぶ

 

「空さん……、お願いします……」

 

「任せろ」

 

その直後、空と雲龍は立ち上がり移動を開始、そして2人はすれ違った際この様なやり取りを交わして、空と雲龍は座っていた席を交換する。そして空は雲龍が座っていた席、翔鶴の隣の席に腰を下ろすとすぐに翔鶴を慰め始めるのであった

 

「ねぇ……」

 

2人の席替えが完了して間もなく、川内が声を上げる

 

「その監視役ってさ、私がやってもいい?」

 

「川内か……、理由聞いてもいいか?」

 

川内はそう言って監視役に立候補し、その理由を戦治郎が尋ねる

 

「通さんの闇寄せだっけ?何時でも何処でも好きな時に夜戦出来る様になる奴。それが気になるって言うのと……」

 

川内はここまで言ったところで1度言葉を区切った後、その表情を真剣な物に切り替えてから続きを話し始める

 

「折角死んだと思っていた妹と再会出来たのに、またすぐ離れなくちゃいけないってのが嫌だから……、かな」

 

川内がそう言うと、その様子を見守っていた神通が沈痛な表情を浮かべて俯いてしまう

 

そう、この川内と神通は球磨と木曾同様血の繋がった姉妹だったのである。川内達はトラック防衛戦の時にようやく再会し、神通の事情を聞いた川内は最初こそ戸惑いはしたものの、最終的には現実を受け止め神通を優しく包みながら、彼女の耳元でおかえりと呟いたのである。その言葉を聞いた神通は堪えきれなくなったのか、形振り構わず泣きじゃくりながら川内に抱き着き、川内はそんな妹を優しい笑みで見つめながら、神通が泣き止むまでずっと優しく抱きしめていたのであった

 

「また離れ離れになって、私の知らないところで神通が危険な目にあって、また沈んじゃうなんて事になったら……、私もう立ち直れそうにない……。そんな事にならない様に、神通の傍で、姉として、妹の事を守ってあげたい……、それじゃ駄目かな……?」

 

川内が握り拳を作りながら、監視役に立候補した理由を言い終えたところで……

 

「はい採用っ!!!文句ある奴いるかぁっ!?いるなら出てこいやぁっ!!!」

 

戦治郎が叫びながら辺りを見回す、その視線の先には異論を挟もうとするものはおらず、川内は目出度く監視役の任に着くのであった

 

『川内だな、分かった、後で元帥にそう伝えておこう。他にはいるか?龍鳳の話を聞いた限りだと、もう少し数が必要なようだが……』

 

長門がそう言って龍鳳の方をチラ見すると、龍鳳は勢いよく何度も首を縦に振り、長門の言葉を肯定するのであった

 

と、その直後である

 

「ぽいっ!!!」

 

いきなり夕立が大きな声で返事をしながら立ち上がり、元気いっぱいにその手を天高く伸ばす

 

「夕立もその監視役……?やるっぽい!そしたら夕立も空さん達と一緒に旅が出来るっぽい!」

 

『夕立は空達に付いて行きたいだけなのか?』

 

長門がそう尋ねると、夕立は首を横に振って長門の質問を否定する

 

「夕立は強くなりたいぽい!時雨や江風、泊地の皆、ううん、日本の、世界中の人を守れるくらい強くなりたいっぽい!その近道は空さん達との旅の中にあるって、空さんがヌ級をやっつけるところを見た時、夕立の中の夕立が言ってたっぽいっ!!!それに……」

 

夕立はここまで話したところで、急にその表情を暗いものに変えて話を続ける。その際夕立改二の特徴の1つとも言えそうな犬耳のようなハネッ毛も、力なく垂れ下がってしまっていた

 

「桂島の提督の話を聞いた時、夕立の中の夕立が言ったっぽい……、今日本に戻っちゃ駄目だって……、今の日本に戻っても夕立の夢は叶わないって……」

 

夕立の言葉を聞いた誰もが、夕立が言いたい事がよく分からず首を傾げるのだが……

 

「今の海軍内部の状況で夕立が帰還したら、夕立の中にある可能性が潰える可能性が高く、何より都合よく使い潰されて捨てられてしまう危険性がある……、と言ったところか?」

 

不意に空がこの様な事を口にした、それを聞いた夕立は急に元気になると空の方へと駆け寄って、飛びつくようにして抱き着いた

 

「多分そんな感じっぽい!空さんなら分かってくれると思ってたっぽい!」

 

夕立は抱き着いたまま見えない尻尾をブンブンと振りながら、嬉しそうにそう言うのであった

 

「長門、俺からも頼みたい。夕立の可能性とやらを引き出してみたいんだ」

 

「夕立の可能性か……、具体的に聞いてもいいか?」

 

夕立の頭を撫でながらそんな事を言う空に対して、現在剣術家として木曾を育てている戦治郎が尋ねる

 

「ヌ級との戦闘中、夕立が【カポエラキック】を使ったのを覚えているか?」

 

「ああ、あの腕の上で逆立ちして、俺達が付けた傷痕蹴っ飛ばしたあれか……」

 

「俺は夕立の前であの技を使った事はあるが、実際にあの技の使い方を教えた覚えがないんだ」

 

「はぁっ!?って事はあれか?ありゃお前が使ったのを見様見真似でやったって事かっ?!」

 

戦治郎と空はこの様なやり取りを交わし、戦治郎は空に突きつけられた現実に驚愕する事しか出来なかった

 

「ぽいっ!」

 

戦治郎の驚きの声を聞いた夕立が、戦治郎の言葉を肯定する様に返事をしたところで、戦治郎は驚愕の色をより一層濃くするのであった

 

その後、皆に確認を取って夕立の加入を認めたところで

 

「夕立だけだとちょっと心配だ……、よかったら僕も監視要員に加えてもらえないかな?」

 

「夕立の姉貴は抜けてるところあるからなっ!つかサラッと江風を置いていこうとすンなよ、時雨の姉貴っ!!!」

 

続くようにして、時雨と江風が監視役に立候補するとすぐに2人の加入も認められ、龍鳳が待ち望んだ監視員の増員は成され、海賊団には合計5人の監視が付く事になるのであった

 

因みに、空の艤装の中でこの話を聞いたトムが大はしゃぎし、ワイルド達によって鎮圧されたのは空の艤装の中だけの話である



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南の島でお茶会を

戦治郎達がちゃんぽん要塞で今後の方針などについて話している頃、フランス領南方南極地域にあるウエスト島では、2人の転生個体がお茶会を実施していた

 

「でねっ!でねっ!私が転んじゃいそうになったその時なのっ!剛が私の事呼びながら凄い速さで私のところに来てくれてねっ!!繊細なガラス細工でも扱う様に私の事を優しく抱き止めてくれたのよ~っ!!!」

 

そう言いながらほんのりと赤く染めたその両頬に手を当て、嬉しそうにイヤンイヤンと頭を振るのは、トラック防衛戦の時突如姿を現しゼッペーの増援の殆どを単独でいとも容易く蹴散らしてしまった『エデン』の指導者で、剛の妻であったアレクサンドラ・稲田その人である

 

「それだけでもう昇天しそうだったのに……、私の事を心配そうに見つめながら名前を呼んでくれてね~……、もう……、もう……っ!我慢出来なくなっちゃってついついこう……、むちゅ~~~ってっ!!!キャ~~~ッ!!!」

 

彼女は恍惚とした表情でこの様な事を言った後、クネクネしながら自身を抱きしめる様な仕種をし、彼女の頭の中に存在する愛しい愛しい剛と抱き合いながらキスでもしているかのように目を閉じ唇を尖らせる。その直後、彼女は恥ずかしそうに自分の顔を片手で覆い、もう片方の腕を照れ隠しでもするかの様にブンブンと振り始めるのであった

 

「ふ~ん……」

 

そんな彼女の様子を対面の席で呆れた様子で眺めながら、興味なさげに適当な相槌を打つ者がいた

 

(ったく……、この話これで何度目だよ……。つかもう3時間くらい同じ事喋ってるだろこのババア……)

 

彼女は苛立ちながら内心でそう呟いて舌打ちし、止めどなく溢れる剛への愛を語り続けるアリーの話を適当に聞き流すのであった

 

「ちょっと可奈子!私の話聞いてる?」

 

不意にアリーが自分の対面に座る港湾水鬼に対して、自分の話を聞いていたかを尋ねる

 

「ああ、聞いてる聞いてる、愛しの旦那様が自分の事を未だに愛してくれてて嬉しい嬉しいだろ?」

 

「そう!そうなのっ!もうホントねっ!私それg「お"い"……っ!」……、もう……、そんなに怒らなくてもいいじゃない……」

 

可奈子と呼ばれた港湾水鬼が返事をすると、アリーはまたも剛について話し始めようとするのだが、流石にこれ以上は勘弁して欲しいと思った可奈子が、アリーを睨みつけながらドスの利いた声を出すと、アリーは頬を膨らませながらも大人しく着席するのであった

 

水門 可奈子、それがこの港湾水鬼の名前であり、彼女こそが転生個体の暴力を以て全生物を支配しようと企む『カルメン』の親玉、そしてシゲの元カノなのである

 

「あんたはお茶しながら自分の旦那の話する為だけにここに来たわけじゃねぇんだろ?だったら早く用件言いやがれ、このクソババア」

 

「相変わらず口が悪いわね~……、まあいいわ、それで今日来たのはそっちの進捗状況がどうなってるか聞きに来たのと、ウィルちゃんの腕のメンテナンスしに来たってところね」

 

可奈子はテーブルに肘をついて紅茶を啜りながらそう言うと、アリーは少々呆れた様子で今回尋ねて来た理由を話すのであった

 

「ふ~ん……、取り敢えず野郎共はあんたに言われた通り大人しく訓練させてるぞ、まあ偶に馬鹿がイキってマダガスカル行って帰って来なくなるがな」

 

アリーの用件を聞いた可奈子は、相槌を打った後アリーが提案した戦力増強計画の進行状況をアリーに伝える

 

「あら?この間ヤマグチ水産の輸送船を襲撃して返り討ちにされたって話を聞いたんだけど?」

 

「ああ……、それもあったな……。ったくあの馬鹿共……、ヤマグチ水産には手ぇ出すなってあれほど言っただろうが……」

 

話を聞いたアリーが不思議そうに尋ねると、可奈子は不機嫌そうな顔をしながら返事をし、ぶつくさと愚痴を零すのであった

 

「教育不足みたいね~」

 

可奈子の愚痴を聞いたアリーが、ついついこの様な呟きを零すと……

 

「生憎ウチの連中はあたし含めて馬鹿しかいないからね、言葉で言っても全く理解出来やがらねぇ奴ばっかなんだわ」

 

アリーの呟きが耳に入ったのか、可奈子はそう言って指をバキバキと鳴らしながら席を立ち、何処かへ向かおうとする

 

「また肉体言語での教育?正直あんまりオススメしないわよ?」

 

「さっきも言ったろ、あたしも馬鹿だって。あたしはこの方法しか知らねぇし、この方法が一番手っ取り早いからこれしかやるつもりねぇんだよ。って訳で行って来るわ、ウィルのメンテは好きな時に行ってくれ」

 

アリーの忠告に対してこの様に返した可奈子は、部下達の躾の為に部屋を出て行ってしまうのであった

 

「もう……、剛も可奈子もホントせっかちさんよね~……」

 

アリーはそう呟くと、スッカリぬるくなってしまった紅茶を啜って一瞬顔を顰めるが、勿体ないからと残り全てを一気に飲み干し、また新しく紅茶を淹れ直すのであった

 

「ふぅ……」

 

新しい紅茶を啜って一息つくと、アリーはまたも剛の事を考え出す

 

生前、軍事関係者の楽園を築く為に、剛との対立を覚悟してまでも起ち上げたテロ組織『エデン』の最後の時、致命傷の弾丸を5発も受けながら尚も自身を止める為に戦う最愛の人の姿を……、渾身の弾丸で仕留めた世界最高峰の反逆者をその腕に抱きながら、荘厳な顔をクシャクシャにして子供の様にボロボロと涙を流し、それはそれは愛おしそうにその名を呼ぶ愛する夫の姿を……、目尻に涙を浮かべながら思い浮かべるのであった

 

「私は貴方を裏切ったのに……、何で貴方は涙を流してくれたの……?どうしてそんなに愛おしそうに名前を呼んでくれたの……?そんな事されたら……、貴方の事以外どうでもよくなっちゃうじゃない……」

 

涙で頬を濡らしながら、彼女はそう呟く……。そして……

 

「貴方と私の為だけの世界……、貴方と私の存在が必要不可欠な世界……、貴方が王として戦場を駆け巡り、私がそんな貴方を支える……、ああ、なんて素敵なの……?」

 

虚空を見つめながら、うっとりとした様子でアリーはそう呟く……

 

「……そう……、そうね……、その為にはどうしても戦場が必要よね……、絶え間なく人と人……、いいえ、この際人じゃなくてもいいわ……。常に誰かが争い続ける、永遠に途切れない戦争が必要よね……」

 

彼女はそう言うとニヤリと笑い、自身の計画について考え始める

 

世界各地で戦争を引き起こし、必要ならば武力介入してそれらを全て自分が管理する……、それが彼女が考えている計画である

 

兵や物資が減れば戦争の規模を小さくし兵となる子供と物資を増やせる環境を整え、十分な数を確保出来れば規模を戻して再度争わせる

 

戦力差があり過ぎる場合は、自分達が劣勢の方に協力し相手の戦力を削りに削って戦力差を無くし拮抗させる

 

新兵器の開発で戦況が大きく変わりそうになった時は、すぐに技術提供や対抗策を施して新兵器の有利性を迅速に潰す

 

こう言った事を延々と繰り返し、戦争を繰り返し続ける世界を作る。これが今の彼女の計画なのである

 

「以前は軍事関係者全員の面倒を見てたせいで足を引っ張られたけど……、今回はその心配もない……、本当に私と貴方の為だけの戦場を作るの……。だから待ってて貴方……、私が今度こそ本当の楽園を作ってあげるから……、完成したらすぐに迎えに行くから……、もうしばらく我慢しててね……?ふふふ……、うふふふふ……」

 

つい堪えられなくなった彼女は、不気味な笑い声を室内に響かせながら、自分にとっての理想郷を夢想するのであった……

 

 

 

 

 

「……いつまで経っても帰って来んと思ったら……、こんなとこで妄想にふけっておったか……。全くあの馬鹿女は……、何が楽園だ……、戦争はビジネスの場であってお前のおままごとの舞台じゃないと儂はいつも言っておっただろうが……」

 

部屋の入口にて、不気味な笑みを浮かべるアリーの姿を眺めながら、白衣を纏った泊地棲姫がつい愚痴を零すのであった

 

「なんだ、プロフェッサーのジジイか」

 

「可奈子か……、ってまたお前は部下を〆ておったのか……」

 

そんな事をしていると不意に誰かから話しかけられ、プロフェッサーと呼ばれた泊地棲姫はすぐに後ろを振り向き、返り血に濡れた可奈子の姿を見るなり不快そうな表情を浮かべて可奈子にこの様に尋ねる

 

「んなこたぁどうでもいいんだよ、それより早くあいつ連れて帰れ。あいつああなったらホント気持ち悪くて仕方ねぇからな」

 

「言われんでもそうするつもりじゃ、っとそう言えば可奈子、儂の薬の件はどうするつもりじゃ?」

 

可奈子にアリーを連れて帰る様に言われたプロフェッサーが、室内に入ってアリーの首根っこを掴んで引っ張りながら部屋から出たところで、ふと思い出した様に可奈子に尋ねる

 

「お前の?笑わせんな、お前が殺した弟子から奪ったガキが作ったヤクだろ?」

 

「あいつに薬学の知識を教えたのは儂じゃ、だからあいつが作ったものは儂が作ったのと同じ、っと、それはそうとどうするんじゃ?使うなら安く売るぞ?」

 

「いらねぇ、つかとっとと帰れ」

 

可奈子とプロフェッサーはこの様なやり取りを交わした後、可奈子はプロフェッサー達に向かってその巨大な手でしっしっと追い払う様なジェスチャーをし、プロフェッサーはやれやれといった様子で頭を振ってから、アリーを引き摺りながら『カルメン』の拠点を後にするのであった



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赤い海賊旗と祝勝会

カルメンの拠点を出たところで我に返ったアリーが、思い出した様に慌てて拠点に戻ってウィルの腕のメンテを始めた頃、ちゃんぽん要塞の方では……

 

 

 

「このスーパークールでベリーホットでウルトラスタイリッシュでアルティメットハンサムな俺様が、空いた時間を使ってこんな超ウルトラグレートハイパースーパーハイセンスな逸品を仕上げちゃったりしちゃいましたよ~!」

 

「司、英語教えてもらったからって、無理に使う必要ないとおっちゃん思うの……」

 

話し合いがある程度終わったところで、急に司が立ち上がって持参して来た赤い布を皆に見える様に広げる。その際戦治郎が司にツッコみを入れるのだが、司はそのツッコミを無視してこの赤い布について話し始める

 

「前に穏健派深海棲艦は識別票としてお花の腕章とか鉢巻とか付ける様にってなっちゃったりしちゃったりしたじゃないですか~、それを真似て俺様達が長門屋海賊団だって一目で分かる様にと、長門屋海賊団の海賊旗(ジョリー・ロジャー)作っちゃったりしちゃいました~!」

 

「俺達が必死になってヌ級と戦っている間、お前はそんな事をしていたのか……」

 

未だに翔鶴の事を慰める様に頭を撫でる空が不愉快そうに司を睨みつけ、司はまぁまぁと空を宥めて話を続ける

 

「普通の海賊旗って黒地に白い髑髏と骨じゃないですか~、でもそれじゃそこら辺の連中と変わらないじゃないですか~、個性ってものがないじゃないですか~。って訳で!俺様達の海賊旗は赤地に黒の髑髏にしちゃったりしてみました~!」

 

そう言って司は海賊旗がより見易い様にと椅子の上に立ち、旗を掴む両手を更に上に伸ばす

 

司が作った海賊旗は司が言う通り普通のものとは違い、向かって右側に長い角が生えた髑髏が砲弾を口に銜え、交差した骨の代わりとして交差した日本刀とコンビネーションレンチが黒で描かれており、日本刀の刀身には『大和魂』の文字が白抜きで書かれていた

 

「コンビネーションレンチは長門屋が技術屋である事を示していて、角が生えた髑髏に口に銜えた砲弾と日本刀、それに『大和魂』の文字は我らがボスの事を示しちゃったりしてる訳ですよ~。戦艦って砲弾のイメージありますからね~」

 

海賊旗に描かれている絵の意味を得意げに説明する司、それに対して海賊旗のモデルとなった戦治郎は

 

「いくら何でも俺の事前面に出し過ぎじゃね?何か小っ恥ずかしいんですけどぉ~……?」

 

少々恥ずかしそうに頬を染めながら、この様な事を言う

 

「シャチョーの今のネームバリューは結構なもんになってると思うッスからね~、これはもう仕方ないんじゃないッスかね~?」

 

「そそそそ、ボスはもうスッカリ有名人ですからね~、下手したら名前出すだけで逃げる深海棲艦も出ちゃったりしちゃったりするんじゃないです?じゃけぇボスは腹括って諦めましょうね~」

 

それに対して護がこの様な事を言い、それを司が肯定、2人の言葉を聞いた戦治郎は不満そうに唇を尖らせて頬を膨らませるのであった

 

その後、全員に海賊旗のデザインはこれで良いかと尋ねると、モデルとなった戦治郎以外は特に不満は無いという事で意見が一致し、長門屋海賊団の海賊旗はこの血の様に赤い海賊旗に決定するのであった

 

と、その直後である

 

「皆さ~ん、祝勝会の準備が整いましたので、よろしかったら食堂の方へどうぞ~」

 

大会議室に食堂で行われる祝勝会の準備をしていた穏健派深海棲艦の声が響き渡る、それを合図に戦治郎は話し合いを〆、大会議室にいた面々は食堂の方へと移動を開始するのであった

 

因みに、今回の祝勝会の準備に翔は参加していない、普段食堂で翔達の手伝いをしている穏健派の者達が、今日ばかりは翔にもゆっくりと祝勝会を楽しんでもらいたいからと言って、翔を厨房から追い出したのである

 

戦治郎達が向かった食堂には既に多くの深海棲艦が入っており、祝勝会が始まるのを今か今かと待ち侘びていた

 

その中に見知った艦娘の姿がちらほらと見えた、彼女達を祝勝会に呼んだ覚えがなかった戦治郎が不思議に思って彼女達を捕まえここにいる理由を聞いてみると、大本営横須賀の吹雪達と佐世保の五十鈴達は、遠征任務の休憩がてらちゃんぽん要塞に立ち寄ったところ食堂で祝勝会の準備をしているところを目撃し、話し合いの結果祝勝会に参加する事を決定したのだとか……

 

そしてトラックの那智と隼鷹は、トラック泊地に着任したばかりの提督の面倒を見ている愛宕の代理として、新しい提督が着任した事で何とか泊地が落ち着きを取り戻した事を伝えると共に、改めてトラック泊地を守ってくれた事に対して礼を言いにガダルカナル島に訪れた際、祝勝会の話を聞いたんだそうな……

 

こうして戦治郎が見知った艦娘達から事情を聞き終えたところで、近寄って来た穏健派深海棲艦の娘が戦治郎にグラスを渡し、酒を注ぎ始めるのであった

 

酌をしてくれた娘に戦治郎が礼を述べたところで、スピーカーからリチャードの声が鳴り響く。戦治郎が音源の方へと向き直ると、いつの間にかリチャードが食堂内に設置されたステージの上に立っていた。その様子を見る限り、どうやらリチャードが乾杯の音頭を取る事になったようだ

 

『あ~あ~、マイクテスト、……ここから見てる限りだと、皆早くパーティーを始めたいようだね……、じゃあ乾杯の音頭も手短に済ませようか』

 

ステージの上でマイクを握ったリチャードがそう言うと、辺りからわぁっ!と歓声が上がる。それを笑顔で確認したリチャードは……

 

『それじゃあ……、絶対平和党の追放と、食人鬼ヌ級の討伐を祝して……、乾杯っ!!!』

 

\カンパーイッ!!!/

 

リチャードが乾杯の音頭を取ると、皆大きな声で復唱してグラスを呷り、すぐさま料理にてを伸ばしていくのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ剛、祝勝会は楽しんでいるかい?」

 

「あらリチャード、おかげさまでね。アタシ達の南方海域での活動を支えてくれて助かったわ、本当にありがとう♪」

 

祝勝会が始まってそこそこ時間が経過したところで、リチャードはある物を手に剛の事を探し、ようやく見つけた剛とこの様なやり取りを交わすのであった

 

「こっちも今まで悩まされてたゼッペーの件と、新しく問題になりそうだったヌ級の件を片付けてくれたおかげで、色々と助かったよ」

 

お互いがお互いに感謝の言葉を述べると、2人は揃って笑顔を零す。と、その時、剛はリチャードが何かを持っている事に気付いてそちらに視線を注ぐ

 

「ああ、これかい?これは君へのプレゼントさ」

 

「あら、いいの?ちょっと中の物を拝見させてもらっても?」

 

それに気付いたリチャードはそう言って剛にその手の物を渡し、剛の問いに笑顔で頷く

 

「それじゃあ失礼して……、……これはまた……、本当にいいの?」

 

「構わないよ、きっとよく馴染むと思うよ?」

 

戸惑う剛に対して、リチャードはニコニコしながらこの様に答えるのであった

 

先程リチャードが剛に渡した物、それは黄金色の輝きを放つトランペットだったのである

 

「そう?そう言われるとちょっと試したくなるわね……」

 

剛はそう言うと、早くこのトランペットを試してみたいのか、ソワソワしながら辺りをキョロキョロと見回し、トランペットを演奏するのに丁度良さそうな場所を探し始める。そんな剛を見たリチャードは……

 

「だったらさ、久しぶりに……」

 

そう言って自身が背負っている物を剛に見せながら、ステージの方へ親指を向け……

 

()らないか?」

 

たった一言、そう言い放ったのである

 

「ウホッ♪」

 

リチャードのその言葉を聞いた戦治郎が、思わずこの様な言葉を口にする

 

「……いつの間にそこにいたんだい?」

 

「いや~、アルトサックスのケース背負ったリチャードさんが、トランペットのケース片手に剛さんの事探しているのを知ってですね~……、何か面白そうな事やりそうだな~っと思いまして~……、つい後付けちゃいました♪」

 

「あら、戦ちゃんは知ってたの?アタシの趣味がトランペットの演奏だって事」

 

「貴方、履歴書の趣味の欄に達筆な字で書いてたじゃありませんか~……」

 

「それで戦治郎、君は何がしたいんだい?」

 

「お邪魔じゃなかったら、俺も混ぜてもらえません?これでもピアノの演奏出来るんで」

 

「ピアノか……、確かグランドピアノが何処かに運び込まれてたはずだね……」

 

「OK、翔に聞いて持ってきますわ」

 

「アルトサックスにトランペット……それにピアノだったらジャズがいいかしら?」

 

「だったら、俊彦にも声を掛けようか。彼はコントラバスの演奏が出来たはずだからね」

 

リチャード、剛、戦治郎の3人は、この様なやり取りを交わした後、リチャードは俊彦に声を掛け、戦治郎はちゃんぽん要塞の管理人だった翔にグランドピアノの在り処を尋ねると同時に、ドラマーとしての参加をお願いし、剛はステージの使用許可を取りに行くのであった

 

こうして5人の男達がステージに集まり、この面子で演奏可能なジャズ楽曲をそれはそれは数多く演奏し、聞く者を次々と魅了していくのであった

 

尚、演奏前の事だが、戦治郎がグランドピアノを肩に担いでステージの上に運ぶ姿を見た者の殆どが、口の中に含んでいたものを思わず吹き出しむせ返ってしまったそうだ



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龍神と鶴の約束

「わぁ……♪」

 

リチャード達の演奏を聴いた翔鶴が、その素晴らしさに思わず感嘆の声を上げる

 

「まさかリチャードさんも楽器の演奏が出来るとは……」

 

そんな翔鶴の隣で、空がそう言って少々驚きながらステージの上の奏者達を眺めていた。因みに今は観客のリクエストに応えてリチャードと戦治郎の2人が某大怪盗三世のテーマを演奏していた

 

「私からしたら、その……、失礼なのは分かっているんですが……」

 

「ああ、戦治郎と翔か」

 

空の言葉を聞いた翔鶴が困った顔をしながらこの様な事を言い、翔鶴が何を言おうとしているのかを察した空が、翔鶴が言おうとした事を先回りして言う。それを聞いた翔鶴はコクリと1度頷いた後に話を続ける

 

「戦治郎さんは修理工場の経営者と聞いていますけど、普段やっている事は空さんと同じでどちらかと言えば技術者さんのようですし、翔さんは料理人さんでお二人共楽器に触れる機会があまりなさそうな感じでしたので……。正直、今お二人がステージの上で演奏している姿にとても驚かされています……」

 

「それは翔鶴だけではないと思うぞ?あっちを見てみるといい」

 

そう言って苦笑する翔鶴に対して、空はそう言ってある方向を指差す。翔鶴が不思議に思いながらその方向へ視線を向けると、そこには目を丸くしながらステージで演奏する戦治郎達の事を見ている海賊団の艦娘達の姿があった

 

「そもそも俺達は、この姿になってから楽器に触れる機会が無かったし、普段斬った張った撃ったばかりやっている俺達の姿から、俺達に楽器演奏スキルがあるなど想像出来んだろう。だから翔鶴やあいつらから、この様なリアクションをされても仕方が無いと言うものだ」

 

「そう言えば空さん達は、ヨーロッパからここまでずっと旅をしていましたね……。それなら……、って、今俺達と言いましたか……?」

 

空のセリフを聞いた翔鶴が、納得しようとしたところで思い出した様にそう尋ねて来る

 

「ああ、長門屋の面々は何かしら楽器の演奏が出来るぞ。楽器に触れる事になった切っ掛けは、殆どの者が中学の頃の学園祭のステージだったな……。で、各自の腕前は戦治郎と通、そして今ステージの上で演奏している剛さん以外はアマチュアレベルだな。まあ、楽器の修理依頼が来た時くらいしか触る事が無かったから仕方ないと言えるだろうがな」

 

空は翔鶴の問いにそう答えると、再びステージの方へと視線を向ける。その視線の先には戦治郎のピアノと翔のドラムの間に、鉄琴を設置しようとしている深海棲艦達の姿があり、他にもテナーサックスとトロンボーンの奏者が増えていたりしていた。どうやら戦治郎達の演奏に触発されて、自分達も参加したいと名乗り出た者達なのだろう。空がその様子を見てそんな事を考えていると

 

「という事は……、空さんも何か楽器の演奏が出来ると言う事ですね?」

 

鉄琴を設置している者が手を滑らせて鉄琴を落とし、ステージの上で大きな音を発生させても動じることなく演奏を続ける戦治郎達が奏でる旋律と共に、翔鶴がこの様な事を尋ねて来た

 

「そうだな、俺はエレキギターなら弾けるぞ。とは言っても、警察を辞めた後アイドルとなった妹のバックバンドになろうとして凄まじい努力を重ねた通と比較したら、どうしても劣ってしまうがな……。他の面々……、光太郎と司、それと本来ベーシストだが必要ならばギターもやるシゲとどっこいどっこいと言ったところだ」

 

他の奏者に申し訳なさそうに謝る鉄琴奏者と、フルアコースティックギターを片手にステージに上がる隼鷹の様子を眺めながら、空は翔鶴の質問にこの様に答えるのであった。と、その時だった

 

「皆さん、盛り上がってらっしゃるようですね」

 

不意に背後から声が聞こえ、その声に反応した空と翔鶴が後ろを振り返れば、そこにはスウの姿があった

 

「貴女は……?」

 

ショートランドで寝たきり生活を過ごし、その後も碌にガダルカナルに戻っていなかった為、彼女と面識が無い空が彼女が一体何者であるかを尋ねると

 

「空さん、この方は穏健派のもう1人のリーダーのスウさんですよ」

 

「貴方とは初めましてですね、先程紹介に与りました、深海棲艦穏健派の純正深海棲艦のトップを務めさせてもらっています、中枢棲姫のスウと申します。以後お見知りおきを」

 

1度ガダルカナルに向かった際、彼女と会った事のある翔鶴が彼女の事を空に紹介し、スウが改めて空に自己紹介しながら丁寧にお辞儀をする

 

「貴女が穏健派のもう1人の……」

 

空が呟くようにして言った言葉に彼女は頷いて返し

 

「貴方の事は戦治郎さんとリチャードからよく聞いています、リチャードは海賊団の中に貴方がいると初めて聞いた時、それはもう大はしゃぎしていましたよ。あのオリンピック金メダリストの、カラテアーティストの石川 空が来る!って」

 

クスクスと笑いながらスウは言い、空は自身と会う事を心待ちにしていたリチャードとの面会が遅くなってしまった事に対して申し訳なさを、自身の事を賛美するリチャードの言葉に気恥ずかしさを覚え、思わず照れた様に頬を掻くのであった

 

その後、3人で他愛もない話をしていると……

 

「あら……?スウさん、それは……?」

 

翔鶴がある事に気付き、スウに尋ねる。翔鶴が見た物、それはスウの左薬指で輝きを放つ指輪だったのである

 

「これですか……?これはその……、リチャードとの結婚指輪なんです……♪」

 

恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうに答える彼女の言葉を聞いた途端、空と翔鶴はステージの上にいるリチャードの方へと顔を向け、左薬指をじっくりと観察しリチャードの指にも同じ物がある事を確認する

 

「お互い、何時何が起こるか分からない立場なので、普段は外していてこういう場に参加する時だけに限って填める様にしているんですよ」

 

最早ジャズ・オーケストラと呼んでも差支えが無いくらいに規模が大きくなったステージの方へ視線を向ける2人に向かって、スウは恥ずかし気にモジモジしながらこの様な言葉をかける

 

その後、スウは空と翔鶴に自身の惚気話を話すだけ話して……

 

「それでは私はリチャードのところに行きますね」

 

そう言って2人の下を離れ、ステージの方へと歩いて行くのであった

 

「リチャードさん……、中々のやり手だな……。そう思わないか?」

 

スウの話に出て来たリチャードの行動を参考にしようと、真剣に話を聞いていた空が話が終わったところで翔鶴に話しかけるが、翔鶴はウットリしたまま空の言葉に反応を示さなかった。どうやら翔鶴はスウの話を聞いている時、スウのところを自分に、そしてリチャードのところを空に置き換えて話を聞いていた様だ

 

「……翔鶴?」

 

「はっ!?ひゃいっ?!」

 

空が怪訝そうにしながら翔鶴に話しかけ、それによって我に返った翔鶴は裏返った声で返事をする。その後2人は先程の話の感想を、ステージを眺めながら話すのであった

 

それからしばらくすると2人は静かにステージの演奏を聴くようになるのだが、その途中で不意に服の裾を引っ張られた空が、不思議に思いながら引っ張られた方へ視線を向ける。するとそこには沈んだ表情を浮かべながら空の服の裾を引く翔鶴の姿があった

 

「どうしたんだ翔鶴?」

 

「……、この祝勝会が終わったら、空さんと会えなくなりますね……」

 

心配した空が翔鶴に尋ねると、翔鶴は寂しさを込めた言葉をその口から零す

 

「今生の別れではないだろう」

 

「それは分かっています……、けどどうしても不安で……。私が知らないところであの時みたいに、空さんがまたボロボロになってしまうんじゃないか……、そう思うと……」

 

そう言って涙ぐむ翔鶴、そんな翔鶴を見た空は彼女の手を取り……

 

「もうあの時の様な無様を晒す事は無いさ、今の俺には龍気もあるし、何より信頼出来る仲間達がいるからな」

 

不安に押し潰されそうになっている彼女を励ます様に、空は彼女の目をしっかりと見つめながらそう言い放つのであった

 

「空さん……、うぅ……」

 

空の言葉を聞いた翔鶴が、遂に泣き出してしまった

 

「結局、私は貴方に助けられてばかりでした……。貴方の力になりたい……、貴方を支えてあげたい……、そう思っていても何一つ行動に移す事が出来ず、最後の時までこうやって励まされて……」

 

ボロボロと涙を流しながら、翔鶴が言葉を紡ぐ。するとその身を震わせながら嗚咽混じりに話す彼女の姿を見るのが耐えられなくなった空が、彼女の身体を引き寄せるなり優しく、包み込むように彼女の事を抱きしめる

 

この時、ステージの上からその様子を戦治郎がバッチリと見ていたりするが、今は気にするべきではないだろう

 

「翔鶴、何も行動を起こす事だけが相手を支える、相手の力になると言う訳ではないんだぞ?何もしなくてもただ傍にいる、それだけでも人の支えに、力になる事だってあるんだ。実際俺がそうだったからな」

 

「空……さん……」

 

空の言葉を聞いた翔鶴は、そう呟きながら空の背中にその両腕を回して抱き着き返す、それはまるで不安や恐怖を取り除こうと、必死になって母親にしがみつく赤子の様にも見えた……

 

「例えお前と離れ離れになったとしても、お前が俺の事を想ってくれているならば、それは全て俺の支えとなり、力となってくれるんだ」

 

空がそう言いながら、翔鶴の事を抱きしめたまま、その頭を優しく撫でてやると、翔鶴の震えは止まり、安心したのか空の事を抱きしめるその腕の力も弱くなっていくのであった

 

尚この時、何故かステージから流れて来る曲はやたらムーディーで、大人の魅力満載のセクシーな曲になっていた

 

「翔鶴、俺と約束してくれないか?俺達が無事に日本に辿り着き、戦治郎が提督となった時、俺がお前を迎えに行く。だから……、その時まで待っててくれないか?」

 

「分かりました……、この翔鶴、空さん達が日本に辿り着くまでの間、空さん達の力となれるよう己を磨き上げ、空さん達が目指す日本を守り抜きながら、その時を待ちましょう!」

 

空の言葉に対し、翔鶴が涙を拭い、凛々しい表情でそう答えた刹那

 

「「「エンダアアアァァァーーーっ!!!イアアアァァァーーーッ!!!」」」

 

シゲと護と伊吹がそう叫びながら、アンプやエレキギターやらを担いでステージに突撃し、司と通もその後に続いていた

 

「皆さん今の聞きました?!お前を迎えに行くですってよぉっ!!!こりゃもうプロポーズみたいなもんでしょうっ!??」

 

「それに対して翔鶴さんは分かりましたとっ!!!しっかりハッキリと了承しおったのうっ!!!」

 

「こんな人が沢山いる中で結ばれた2人っ!!!こりゃもう盛大に祝ってやらないといけないッスよねえええぇぇぇーーーっ?!?」

 

アンプや楽器の設置を行う司達を余所に、シゲ達3人がマイクを片手に観客達を煽る。それを聞いた観衆が、ステージの上の奏者が一斉に歓声を上げるのであった

 

「でもその前にっ!!!先程プロポーズを実行した、今回の祝勝会の主役である空さんにっ!!!何か一言言ってもらいましょうかっ!!!」

 

「待てやシゲッ!!!それだけで終わらせるんは勿体ないじゃろっ!!!どうせじゃから何か1曲、空さんにこのステージの上で歌ってもらうのはどうじゃっ??!」

 

「あ^~、いいッスね^~っ!!!って訳で空さんっ!!!ステージの上にカモンッスッ!!!」

 

ステージの上で騒ぐ3人がこう言うと、観衆達はその場を退いて空達とステージの間に道を作るのであった。その様子を見た空と翔鶴は互いに顔を見合わせ……

 

「済まない、呼ばれたようだから行って来る」

 

「はい……、その……、頑張って下さいね」

 

この様なやり取りを交わした後、空は翔鶴から離れステージに立つなり主犯3人を殴り飛ばした後に、簡単なスピーチを済ませて自身のカラオケの十八番を歌い始めるのであった

 

この曲を歌う度、空は戦治郎との出会いを思い出す

 

自身を苦しめる脳障害の事をどうにかしたいなら協力すると言う約束

 

他者との壁を壊す切っ掛けと脳障害に立ち向かう為の勇気を戦治郎がくれた事

 

そんな戦治郎が自分の希望を照らす光の様に思えた事

 

もうあの様な思いはしたくないと、二度と戻りたくないと思える様になれた事

 

そして親友として、立ち止まる事無く、共に歩んでいきたいと思える様になった事

 

これらの気持ちを、空はその歌声に乗せて、ステージの上で熱唱するのであった




空のカラオケの十八番は、アニメ【ドラゴン ドライブ】のOPで下川みくにさんが歌う『TRUE』となっております


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いざ北マリアナ!

祝勝会の翌日、ちゃんぽん要塞に朝から1隻の大型輸送船がやって来る

 

この輸送船はブインにショートランドの艦娘を預けられないと分かった戦治郎が、すぐにちゃんぽん要塞に艦娘達を迎えに来て欲しいと長門に連絡を入れて寄越してもらったものである

 

戦治郎が何故その様な事をしたのか、何故ショートランド泊地の代わりとしてちゃんぽん要塞を使おうとしなかったのか……。理由は簡単だ、ちゃんぽん要塞に日本海軍の強硬派を立ち入らせない様にする為である

 

もしショートランド泊地の代わりにちゃんぽん要塞を艦娘の拠点として使ってしまうと、どうしても監査や視察などで、海軍の人間を中に入れなくてはいけなくなってしまう。その時監査及び視察に来る人間が強硬派の者だった場合、変に探りを入れられる可能性があったり、何かと理由を付けて異動と称して工作員を潜入させようとするかもしれないのである

 

それらを防ぐ為に、ショートランドの艦娘達は戦治郎達の監視員となった川内達4人を除いた全員が、大本営横須賀に戻る事となったのである

 

そして今回の輸送船の乗組員は、全て元帥と長門が厳選した穏健派のメンバーで、その護衛も……

 

「くぅ~!美味しいっ!!!」

 

「吹雪ちゃん達が持って帰って来る『お持ち帰り用海戦ちゃんぽん』もいいけど、やっぱ作り立ては全然違うねっ!」

 

「流石は名物と言うだけはあるなっ!ぬぅ……、これを何とかして筑摩に食べさせてやれぬものか……」

 

「気に入ってもらえて何よりです♪筑摩さんの方は……、しばらくの間はお持ち帰りで我慢してもらうしかないでしょうね……」

 

海戦ちゃんぽんをそれはそれは美味しそうに食べる飛龍、蒼龍、利根に向かって、海戦ちゃんぽんを振舞った翔はこの様な言葉を掛ける

 

「ちゃんぽんを食べさせたいが為に航巡を遠征に出すなんて事したら、鷹派の連中が騒ぎ出しそうだからね~……、遠征など駆逐や軽巡にでもやらせればよかろう~なんて言ってね~」

 

「それが原因で強硬派にここの存在がバレてしまうなんて事になってしまったら……、リチャードさん達に何と言えばいいのでしょう……?」

 

翔の言葉を聞いた伊勢がこの様な事を言い、それを聞いた綾波が嫌な展開を想像して苦笑を浮かべながらそう言った

 

「作戦行動中に立ち寄る事も出来ないんでしたよね?確かそちらの報告書は嘘偽りなく、かなり細かく内容を書かなきゃいけない上に、資料として長期間報告書は保管されるんでしたっけ……?」

 

「だね~、だから出撃してる最中にここに立ち寄った場合、ここの事も報告書に書かなくちゃいけなくなっちゃう、そしてそれが資料保管庫に保管されるからその内誰かの目に留まって騒ぎになる。それだけは避けたいから、今回のコレも遠征って形になってるんだよね。遠征の報告書は資料保管庫には行かないで、その拠点の提督達……、私達だったら元帥が管理する様になっているからね」

 

ここのちゃんぽんの事を多くの艦娘達に伝えたいと心から思っている吹雪の問いに、3杯目のちゃんぽんを食べ始めた飛龍が答える

 

と、この様に輸送船の護衛には、戦治郎達と面識がある大本営横須賀の主力メンバーである飛龍、蒼龍、利根、綾波、そして長門の代わりにアムステルダム泊地の件で戦治郎達に助けられた伊勢、妙高の代わりに案内役を買って出た吹雪が付いているのである

 

現在彼女達はショートランドの艦娘達が輸送船に乗り込み終わるまでの間、休憩と言う事で食堂で吹雪達が普及させた噂のちゃんぽんを頂いていたのである

 

「ホントは俺らも一緒に行けたらよかったんだが……」

 

「そうしたら強硬派の連中が、輸送船諸共俺達を沈めに来るかもしれんからな……」

 

「そうなると翔鶴さんに危機が迫って、空さんがブチギレ」

 

「横須賀が銀の龍に飲み込まれる光景が、いとも容易く想像出来るッスね~」

 

不意に食堂の入口の方から、聞き慣れた4つの声が聞こえて来る。その声に反応して飛龍達がそちらに視線を送ると、そこには目の下に隈を作った戦治郎、空、シゲ、護の姿があった

 

彼らが何故隈など作っているのか、それは彼らが祝勝会の後ディープストライカーとズーイストライカーを徹夜で修理したからである。そうして修理が完了したディープストライカーとズーイストライカーは、艦娘達と共に横須賀に送られる事になっており、彼らは今の今までその搬入作業を手伝っていたのである

 

「4人共お疲れ~、で、今何を話してたの?」

 

4杯目のちゃんぽんに手をかけた飛龍が、4人に労いの言葉を掛けると共に4人が何を話していたのかについて尋ねる

 

「いやな、俺達もあの輸送船に乗って横須賀に向かったら、色々捗りそうだと思ったんだがな~……」

 

「ただ、今の状況でそんな事をしようものなら、強硬派が面倒な事をしてくるだろうと言う話だ」

 

戦治郎と空の言葉を聞いた艦娘達が、あ~……と言う声を出しながら苦笑を浮かべる

 

「何処までも自分達の邪魔してくるッスね~……、日本海軍の強硬派って奴は~……」

 

「まあ、それも長門達がミッドウェーを攻略するまでだろうけどな」

 

忌々し気に吐き捨てる護に対して、シゲがこの様な言葉を掛ける

 

「ああ、戦治郎達はミッドウェーの事を長門から聞いてるんだ」

 

「まあな、それも参加してやりてぇけど……」

 

「大丈夫、察してるから……」

 

飛龍と戦治郎が、この様なやり取りを交わした後、同時に溜息をつく

 

「そういう訳で、俺達はその作戦が終わるまでは北マリアナにあるであろう強硬派深海棲艦の拠点を占拠して、そこで時間を潰すつもりだ」

 

「空さんはサラリと言ってますけど、拠点占拠とか私達からしたら結構な規模の作戦になりそうな……」

 

「でもこの人達だったら、簡単にやってのけそうと思う自分がいるわ……」

 

軍属の艦娘達からしたら結構な大事をやらかそうとしている事を、あっけらかんとした態度で告げる空に対して、吹雪は表情を引き攣らせながら、伊勢は額に指を当てながらこの様な事を言うのであった

 

その後、戦治郎達は食事を済ませるとすぐに食堂を出て、荷物をまとめたり部屋の掃除をしたりして、ちゃんぽん要塞を後にする準備を始めるのであった

 

戦治郎達が作業を進めている間に、輸送船は横須賀に向かって出港し、空はその光景を戦治郎が借りていた部屋の窓から眺めていた

 

「翔鶴に挨拶しなくてよかったのか?」

 

「問題ない、ディープストライカーを修理している最中に既に済ませておいたからな」

 

「ああ……、道理で途中姿が見えなかった訳だ……」

 

戦治郎と空はこの様なやり取りを交わすと、戦治郎は1度ガックリと肩を落とした後、気を取り直して部屋の片づけを再開し、空は何かを思い出しながら、そっと自分の唇を指でなぞっていた

 

 

 

 

 

その翌日……、戦治郎達が荷造りと部屋の掃除の後、泥の様に眠ってしまった為、出発が予定より1日遅れてしまったが、戦治郎達が南方海域を離れる時がやって来たのであった

 

「リチャードさん、本当にお世話になりました!」

 

戦治郎が海賊団の代表として、リチャードに礼を言い

 

「こちらこそ、君達のおかげで色々と助かったよ。本当にありがとう、長門屋海賊団の皆」

 

リチャードもまた、そう言って戦治郎達に向かって頭を下げるのであった

 

「もし困った事があったら、すぐに教えて下さいね。私達穏健派深海棲艦は貴方達の味方ですから、何かあればすぐに駆け付けますからね」

 

柔らかい笑みを浮かべながら、スウがそう言うと

 

「本当にどうにもなりそうになかったら、その時は遠慮なくそうさせてもらいますね。で、そちらもまた何かでかい問題が発生したら、すぐに教えて下さいよ?」

 

戦治郎はニヤリと笑いながら、この様に返すのであった。それを聞いたリチャードが静かに頷く姿を確認した戦治郎は……

 

「よっし!んじゃ行くか!いざ北マリアナッ!トラックの時のお礼参りの時間だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

\おおおぉぉぉーーーっ!!!/

 

そう叫んで海賊団を奮い立たせ、大五郎のクロスアーム部分に設置した旗立てに、司が作った海賊旗を差し込んでから、大海原に駆け出すのであった

 

 

 

その道中で、更なる厄介事に巻き込まれてしまうと知らずに……



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ハワイ×ミッドウェー×ルルイエ編
絶望との邂逅


過去編4章、開始です

きっと過去編3章ほど長くはならないはず……


ハワイ諸島のオアフ島はホノルル近海にて、戦治郎は対峙する北端上陸姫及び戦艦水鬼改と激しい攻防を繰り広げていた

 

「死ねえええぇぇぇーーーっ!!!長門 戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

まるでこの世の全ての恨み辛みを込めた様な叫びを上げながら、北端上陸姫がその手に握ったエストックで、嵐の様な突きを繰り出して戦治郎に襲い掛かる

 

「アルバート!いくら何でも根に持ち過ぎだろっ!!!もうお互い30だろうがっ!!!25年以上前の事何時までも引き摺ってんじゃねぇよっ!!!」

 

戦治郎も負けじと叫び返しながら、アルバートと呼んだ北端上陸姫の突きを全て躱して見せる

 

「黙れえええぇぇぇーーーっ!!!お前があんな事しなければっ!!!父さんの会社は倒産する事もなかったはずなんだっ!!!僕があんな屈辱的な日々を送る必要なんてなかったはずなんだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「それぜってぇ俺関係ねぇだろっ!!!いくら俺がガキの頃に一緒に来ていた空と天音の事馬鹿にしたお前の事社交パーティーの会場で投げ飛ばして、そのショックでお前が大衆の面前で小便漏らしたからって、それだけでお前の親父さんの会社が潰れるわきゃねぇだろうがよぉっ!!!」

 

「があ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

戦治郎とアルバートがこの様なやり取りを交わし、激昂したアルバートが怒りに任せてエストックを振るい、それを戦治郎は紙一重のところで躱す。と、その時……

 

「ごおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

戦艦水鬼改が、海面を揺らすほどの雄叫びを上げながら、その手に持った巨大な薙刀を横薙ぎに振るい、アルバート諸共戦治郎を叩き切ろうとする

 

「「ずおおおぉぉぉっ!!?」」

 

それに気付いた2人は、まるで呼吸を合わせた様に同時にしゃがみ、戦艦水鬼改の薙刀を回避するのであった

 

「そこの戦治郎モドキッ!!!一体なんのつもりだっ!!?」

 

「おいコラヘモジーッ!!!おめぇもおめぇでいい加減しつけぇよっ!!!武人なら武人らしく、いっぺんやられたら大人しくしてやがれっ!!!」

 

「今の攻撃を避けるかっ!流石は俺を1度倒した漢っ!!!さあこのまま死合おうぞっ!!!」

 

戦治郎とアルバートが、戦治郎がヘモジーと呼んだ戦艦水鬼改に対して文句を言うのだが、ヘモジーはそんな事は知った事かと言わんばかりに薙刀を構えそう叫ぶ

 

「僕の事無視するなあああぁぁぁーーーっ!!!つか、今お前僕ごとこいつを斬ろうとしただろっ!??」

 

「むっ!?誰だ貴様っ!!!」

 

「認識すらしてねぇのかよてめえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「まさか貴様、俺と戦治郎の死合を邪魔しようと言うのかっ!!?だったら容赦はせんぞっ!!!」

 

「それはこっちのセリフだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

アルバートがそう叫ぶや否や、ヘモジーに斬りかかる。が、ヘモジーはそれを薙刀の柄で捌いた後、薙刀の石突をアルバートの腹に叩き込むのであった

 

その間に、戦治郎はこっそりとこの場から離れようとするのだが……

 

「逃がすかあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「チェストオオオォォォーーーッ!!!」

 

アルバートが痛みに耐えながら艦載機を発艦させ戦治郎の足止めを行い、その隙にヘモジーが再び戦治郎に突進し、その巨大な刀身を戦治郎目掛けて振り下ろす

 

「チクショオオオォォォーーーッ!!!」

 

戦治郎はそう叫びながら大妖丸を引き抜き、アルバートの艦載機を斬り捨てるなり右方向に跳躍し、ヘモジーの攻撃をギリギリのところで回避するのであった

 

こうして3人が三つ巴の戦いを展開していると、急に周囲の空気が冷たいものへと変わり、戦治郎に悪寒を感じさせる。それは他の2人も同じだった様で、3人は一時的に戦いの手を止めて辺りをキョロキョロと見回すのであった

 

そして戦治郎がウェーク島の方を向いた時、ある異変に気が付くのであった

 

ウェーク島の近くに、それはそれは巨大な黄金色の魔法陣が浮かび上がっているのである。それが一体何なのか、皆目見当も付かなかった戦治郎が首を傾げていると、突然大気が震えだし、巨大な何かが魔法陣の中から姿を現すのであった……

 

「シスター・エリカがやったのかっ!?」

 

「あん?アルバート、てめぇアレが何なのか知ってんのか?」

 

訳知りと思わしきアルバートの、この言葉を聞いた戦治郎が反射的にそう尋ねると

 

「誰がお前に教えるかっ!……と、言いたいところだが……、冥途の土産に教えてやるのも悪くないな……」

 

アルバートはドヤ顔でそう言うと、あの巨大な何かの正体について話し始め、ヘモジーは戦治郎に攻撃を再開するのであった

 

「あの方は僕達が崇拝する深海棲艦達の神の1柱……「あちょっ!?ヘモジーッ?!待ってっ!ハウスハウス!人が話を聞いてる時くらい大人しくしろっ!!!」「問答無用っ!!!さあ俺と死合おうぞっ!!!長門 戦治郎っ!!!」……、続けてもいいかな?」

 

「あぁんもうっ!!いいところでぇっ!!!いいよいいよ続けて続けてっ!!!」

 

アルバートが話し始めた途端、戦闘を再開した2人に冷ややかな目を向けながら尋ねるアルバート、それに対して戦治郎はヤケクソ気味にそう答え、ヘモジーは更に苛烈な攻撃を戦治郎に仕掛ける

 

「あの方は、僕達が崇拝する深海棲艦達が崇める神の1柱であるガタノトーア様だっ!シスター・エリカはこの地でガタノトーア様を召喚し、その力をお借りしてこの地球に巣食う腐れ切った人類を殲滅しようとしているのだっ!!!」

 

「お前ら何つぅモン召喚してんだよっ!!?ホントバッカじゃねぇのっ!??」

 

アルバートの話を聞いた戦治郎が、その顔を真っ青にしながらそう叫ぶ。戦治郎達がそうしている間に、アルバートがガタノトーアと呼んだ存在は、魔法陣から全身を現しウェーク島近海に降り立つのであった

 

戦治郎は驚愕の表情を浮かべながら、ガタノトーアの事を見ていたのだが、ある違和感を覚えてヘモジーの猛攻を凌ぎながら小首を傾げる

 

(あれがガタノトーアだったら、今頃俺は生きた石像になってるはずなんだが……、何で俺は石化してないんだ……?つかアレ……、よく見たら……)

 

戦治郎はヘモジーから間合いを取りながら、件のガタノトーアをじっくりと観察する。そして違和感の正体に気付くのであった

 

(間違いねぇっ!アレ、ガタノトーアって言うよりガタノゾーアだっ!!!ティガのラスボスだったウルトラ怪獣っ!!!ってどっちにしろヤベェ奴じゃねぇかっ!!?)

 

戦治郎が絶望する中、アルバートとも、ヘモジーとも違う女性の声が、辺り一帯に響き渡る

 

「ああっ!!ガタノトーア様っ!!!遂に我々の声に応え、この地に来て下さったのですねっ!!!さぁ、どうか我々に力をお貸し下さいっ!!!その力を以て、この穢れ切った世界を浄化して下さいませっ!!!」

 

アルバートがシスター・エリカと呼んでいる者が、叫ぶようにしてガタノゾーアっぽいガタノトーアに懇願する。それを聞いたガタノゾーアみたいなガタノトーアは、大気を揺るがせるほどの大きな声で、シスター・エリカの言葉に答える。そんな中、ヘモジーは戦治郎との間合いを詰め、果敢に攻撃を仕掛けるのだが、それらは全て戦治郎に回避されてしまう

 

「「「……はっ?」」」

 

ガタノトーアと呼ばれているガタノゾーアの返事を聞いた戦治郎、アルバート、シスター・エリカの3人は、思わず間抜けな声を出し、アルバートとシスター・エリカは呆然とし、戦治郎は流石に鬱陶しくなってきたのか、大妖丸でヘモジーの薙刀を刀身も柄もまとめて細切れにしてしまうのであった

 

 

 

何故この様な事態になっているのか……、それは戦治郎達がちゃんぽん要塞を発って北マリアナ諸島を目指して北上し始めた時まで遡る……



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幸先最悪

「遂に旅立ちだー!一体どんな夜戦が待ってるのか楽しみだなー!」

 

「姉さん……、どの夜戦もそんなに変わらないと思いますけど……?」

 

戦治郎達がちゃんぽん要塞を発ち、ミクロネシアを越えた辺りで急に川内が声を上げ、それに対して神通が困り顔でこの様な言葉を口にする、すると川内は

 

「え~?そんな事ないって~、ね~?通さ~ん!」

 

そう言って通に隣接し、同意を求めるのであった

 

「そうですね……、確かに夜戦には色々な場面があると思います。例えば燃え盛る炎の中での乱戦や、月明かりもない真っ暗な状況での静かな攻防戦、闇夜に紛れて相手をやり過ごす隠密行動……、言い出したらキリがないですね……」

 

「でしょでしょ!?やっぱり通さんは分かってるなー!」

 

通がそう言って自分の意見を肯定してくれたのが余程嬉しかったのか、川内はニコニコしながら通の腕に組み付く

 

「……」

 

それが面白くなかったのか、神通は頬を膨らませ唇と尖らせ、無言で川内が組み付いている腕とは反対の通の腕に組み付くのであった

 

「いや~、神通さんがあんな表情するなんて、何か新鮮ね~」

 

「不知火達の教官を務めていた頃には、絶対に見せなかった表情ですね」

 

「最近の海賊団って、色恋沙汰が多い様な気がするのは気のせいかしら?」

 

そんな神通達の様子を見ていた陽炎、不知火、天津風の3人がこの様な会話を交わし、天津風はチラリとある方向へと視線を向ける

 

その視線の先にはさっきから自作のスマホをいじってばかりの空の姿があり、別の方向へ視線を向ければ今度は悟が操縦するケートスに、満面の笑みを浮かべながら悟の腰に手を回して搭乗する龍鳳の姿があった

 

因みに空の肩の上には、空がショートランド泊地の工廠で出会ったあのバーナー妖精さんが乗っかっていたりする

 

このバーナー妖精さん、祝勝会中に燎達と話を付け、海賊団に同行する事になったのである

 

同行を希望した理由については、空からまだまだ色々と教えて欲しい事がある事とと、自分の見聞を広げたいからと言うもので、それを聞いた空からその向上心を認められ、同行の許可が下りたのである

 

まあ、その空は現在翔鶴とのやり取りに夢中だったりするのだが……

 

「その……、陰鬱な雰囲気になるよりはマシなんじゃないかな~?と私は思いますけどね……」

 

陽炎型3人の話を聞いていた望が、苦笑いを浮かべながらそう答えたその時だった

 

「……冠者よ、護冠者よ……」

 

不意に戦治郎がこの様な事を吐かし出す

 

「誰が冠者ッスか、んで、どうしたんッスか?シャチョー」

 

「今GPS起動してるか?」

 

HMDを装着しキーボードをカタカタと叩きながら自身の艤装に跨って移動する護が、この様に返したところ、戦治郎は続けてこんな事を護に尋ねるのであった

 

「あ~……、今システムメンテナンスしてるところッス……」

 

「って事は気付いてるって事か……」

 

「どうした?何かあったのか?」

 

戦治郎達がこの様な会話を交わしていると、空がスマホの操作を中断し、不思議そうな表情を浮かべながら2人に向かってそう尋ねる

 

「確か空のそいつにも、護特製のGPSアプリ入れてたよな?ちょっち起動してみ?」

 

空は怪訝そうな表情をしながら、自作のスマホを操作して戦治郎の言う通りにGPSアプリを起動する。すると……

 

「ぬぉっ?!」

 

「何々?どうしたっぽい?」

 

空が驚きの声を上げ、それが気になった夕立が、空にこの様に尋ねながら空のスマホの画面を覗き込む。するとそこには凄まじい速度で縦回転と横回転を同時に行うメニュー画面の映像が映し出されていた

 

「まるで意味が分からないっぽい……、これって一体なんなの……?」

 

夕立は思わず真顔でこの様な事を口にする、それを機に皆が足を止めて空のスマホや戦治郎のタブレットを覗き込み、驚きの声を上げたり、呆然としてしまうのであった

 

「えっ!?えっ?!これって一体どういう事っ!?!」

 

「旦那、その状態で操作して地図とか……「出せない」マジかよ……」

 

混乱する阿武隈の隣で、摩耶が戦治郎に質問しようとしたところで、戦治郎が先回りして答えた返答を聞いて思わず肩を落とす

 

「もしかして……、私達全員迷子になってしまったのでしょうか……?」

 

「扶桑さん、どうして心なしか嬉しそうなのでしょうか……?」

 

瑞穂の補助がなかったらしょっちゅう迷子になってしまう扶桑が、ほんのりと嬉しそうにこの様な事を口にすると、すかさず瑞穂がツッコミを入れるのであった

 

「そう言えば、羅針盤の方はどうなってるんだ……?」

 

木曾がそう言って羅針盤を取り出すと、羅針盤の針はとんでもない速度で回転し続け、やがて……

 

「うぉっ!?」

 

羅針盤の針は更に回転速度を上げ、ガラス面を突き破って天高く飛び上がってやがて見えなくなってしまうのであった……

 

「もしかして……」

 

時雨がそう呟いて木曾と同じ様に自分の羅針盤を取り出すと、時雨の羅針盤の針は大暴れする様にそこら中を回転しながら跳ね回り……

 

「あっ!?」

 

そしてガラス面を突き破って外へ飛び出し、海の中へとダイブしてしまうのであった……

 

「羅針盤もダメか……、マジで一体何が……、って……っ!何じゃこりゃっ?!」

 

時雨の羅針盤の針がダイブしたところを見ていたシゲが、急に驚愕の声を上げる。今まで透き通る様な青色をしていた海面が、突如として濡れた地面に零した油の様な七色の光を放ち始めたのである

 

「これは……、油かしら……?」

 

「いえ、どうやら油じゃないみたいですよ……」

 

疑問を口にする剛に向かって、翔が先程計量カップで汲み上げた海水を見せる。カップの中の海水は、全体的に虹色の輝きを発していたのである

 

「……おいおいおい嘘だろ……?」

 

「うげぇっ!気色悪ぃっ!!」

 

その直後、今度は輝がそう呟きながら天に向かって指を指し、それに倣って天を見上げた江風が思わずそう叫ぶ。海だけでなく空まで七色の不気味な光を発し始めたのである

 

「何か分かんないけど……、凄く嫌な予感がする……。急いでここから離れた方がいいんじゃないか?」

 

光太郎の提案に戦治郎が頷いたところで、パシャリと何かが海面に落ちる音が辺りに鳴り響き、それからすぐ後に今度はバシャンッ!と先程よりも大きなものが海面に叩きつけられた様な音がした

 

一同が何事かと思い音の発生元に視線を送ると、そこには先程まで元気に立っていたはずの翔が倒れ込んでいたのであった

 

「翔っ!?」

 

悟がそう叫びながら慌てて駆け寄り、すぐに容態を診始める……

 

「……特に異常はねぇなぁ……、ただ寝てやがるだけだなぁ……、だがよぉ……」

 

悟はそう言うなり翔の頬をペチペチと叩き始める、だが翔は叩かれているにも関わらず、全く起きる気配がないのである

 

「翔さんっ!一体どないしたんっ!?ちょっちはよ起きてぇやっ!」

 

悟のペチペチに合わせる様に、龍驤が大声で翔に呼びかけながらその身体を揺らす。だが翔は一向に起きようとはしなかった……

 

「ぼ、ぼぼ僕達の、ま、ま、周りで、いい、一体何が、お、お起こってるんでしょう……?」

 

「流石にこれは俺にもすっかりさっぱり分からんちんよ……、だが1つだけ分かってる事がある……、ここに留まってるのは多分不味い、先を急ぐぞっ!」

 

不安がる藤吉に戦治郎がそう言うと、海賊団の面々は一斉に頷き、眠ったままの翔を光太郎のリヴァイアサンに乗せ、翔が乗っていたケートスには陽炎と不知火が搭乗し、一行は急いで移動を再開するのであった

 

 

 

それからしばらく航行していると、戦治郎達の目に大きな拠点が見え始める。ようやく目的地に着いたと戦治郎達が安堵の息を漏らしたのも束の間……

 

「あいや待たれよっ!!!」

 

急に何者かが馬鹿デカイ声を張り上げて、戦治郎達を呼び止めるのであった

 

海賊団の全員が水を差された事に苛立ちながらその声の主の方へと視線を向けると、そこには戦治郎の大妖丸よりも明らかに長大な鉄パイプを握り締めた、戦艦水鬼の様な深海棲艦が仁王立ちしていた

 

それを視認した海賊団は、目に見える厄介事に思わず一斉に溜息を吐くのであった



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戦闘中毒者

2018/6/3 一部加筆しました


「そこの野太刀を背負った者っ!かなりの手練れと御見受けするっ!!!」

 

「おいどうすんだ戦治郎、俺より馬鹿そうなのに絡まれたぞ」

 

「コラ輝っ!指を指すんじゃありませんっ!あいつの事は見なかった事にしなさいっ!」

 

馬鹿デカイ声で話し掛けて来る戦艦水鬼の様な深海棲艦の方を指差しながら輝がそう言うと、戦治郎は輝を叱りつけながら輝のその腕を掴んで強引に降ろさせる

 

「とは言ってもよぉ、奴さんおめぇさんの事御指名だぜぇ?」

 

「んなもん無視無視っ!それより翔の事が心配だっ!」

 

悟が戦治郎に尋ねると戦治郎はこの様に返し、それを聞いた海賊団の面々が頷いて問題の深海棲艦を無視して、拠点に向かおうとするのだが……

 

「あいや待たれよっ!!!」

 

戦艦水鬼っぽい奴が叫びながら海賊団の前に立ち塞がる

 

「こっちはおめぇと遊んでる暇はねぇんだよ」

 

その様子を見た戦治郎が、若干苛立ちながらそう言うと……

 

「そうかっ!!!ではっ!!!」

 

戦艦水鬼モドキはこの様に返しながら、その手に握った長大な鉄パイプを構えるのであった

 

「いや、さっき俺が言った言葉の意味分かってるか?こっちは急病人が出てそれどころじゃねぇんだ、分かったらそこを退け……」

 

それを見た戦治郎は、苛立ちを隠そうともせずにそう言い放つのだが……

 

「知らんっ!分からん!どうでもいいっ!いざっ!!!」

 

戦艦水鬼みたいな奴はそう言って身を屈め、戦治郎に飛び掛かろうとするのであった

 

「……タイム、ちょっち時間くれ」

 

「ぬっ!?俺との戦いの準備かっ?!ならば認めようっ!!!」

 

そんな戦艦水鬼亜種に対して、戦治郎は諦めの表情を浮かべながらそう言って、海賊団を集めて話し合いを始めるのであった。その時戦艦水鬼変種は、鉄パイプを握ったまま海面に胡座をかいて座り込み、戦治郎達の話し合いが終わるのを大人しく待っていた

 

「もうヤダあいつ……、話が通じねぇ……」

 

「あいつ、どれだけ戦治郎と戦いたいんだよ……」

 

「戦治郎、俺が代ろうか?」

 

相手の態度に憔悴しきった戦治郎が呟き、余りにも好戦的過ぎる相手に光太郎が困惑し、空は戦治郎に交代を提案するのであった

 

「いや、こうなったらやってやるさ、って事でお前らは俺があいつの相手してる間に翔連れて拠点に行ってくれ」

 

戦治郎はこう言って空の提案を断り、面倒臭そうに大妖丸を引き抜いて件の戦艦水鬼と対峙し、その間に空達は戦艦水鬼奇種の横を通り過ぎて拠点へと急ぐのであった

 

 

 

「しかしあいつ……、一体何者だったんだ……?」

 

「シャチョーと同じ戦艦水鬼だと思ったッスけど、な~んか違ったッスよね~。主に前髪とか」

 

移動中、不意にシゲがこの様な事を言い、それに護が反応して返事をする

 

「言われてみれば確かに……、前髪もそうだけど艤装の方も何か違わなかったか……?」

 

「だな……、俺達が知っている戦艦水鬼の艤装には、あんな角は無かったはずだ……」

 

2人の会話を聞いた光太郎と空が話題に乗り、先程の戦艦水鬼の様なものについて話し始めるのであった

 

「えっと……、つまりどういう事……?」

 

話題に乗れない艦娘達を代表して、陽炎が空達にこの様に尋ねると……

 

「もしかしたら、さっきの奴は俺達が知らない深海棲艦である可能性があると言う事だ」

 

空がこの様に返し、その場にいた艦娘達を驚愕させるのであった

 

 

 

その後、空達は拠点のかなり近くまで接近するのだが……

 

「おかしいわね……、アタシ達がここまで接近しているにも関わらず、深海棲艦が1匹も出てこないなんて……」

 

剛が怪訝な顔をしながらそう呟き、罠である可能性を考慮して更に警戒心を高める

 

だが、空達が拠点の内部に侵入した時、空達はそれが徒労であった事を思い知らされるのであった

 

「……何これ?」

 

拠点内部に広がる光景を目の当たりにした川内が、驚愕の表情を浮かべながら思わずそう呟く

 

拠点の内部はそれはそれは酷く荒らされており、床には血溜まり、壁には大きな斬撃の痕、そして至る所に深海棲艦の死骸が転がっていたのである

 

「……今内部把握してみたが、生体反応は司令室にかなり弱ってるのが1つだけしかねぇ……」

 

「ならばそこに向かってみるか……、輝、案内を頼m「おぉっとぉ、それより先に医務室とかねぇかぁ?何時までも翔を背負ってるとよぉ、俺まで倒れちまいそうでよぉ」……、なら先に医務室の方へ行くぞ」

 

輝がボロボロになった壁から手を放しながらそう言うと、空が輝にすぐさま司令室までの案内を頼もうとするのだが、それを悟が遮って医務室の所在を尋ねて来るのであった

 

それから空達は翔を医務室のベッドに寝かせ、悟に翔の事を頼んだ後に司令室へ足を運ぶ。空達が扉が吹き飛ばされてしまっている司令室の室内を見渡すと、そこにはボロボロになった中間棲姫が横たわっていた……

 

「……さっき輝が言ってたのはこいつの事だね、辛うじて息がある」

 

光太郎が中間棲姫の容態を確認し、まだ息がある事を告げるとすぐにこの中間棲姫の手足を縛って拘束し、医務室に搬送して悟の治療を受けさせる

 

やがて意識が戻った中間棲姫がパニックを起こすのだが、それを悟が何とか静めると空達は中間棲姫の事情聴取を開始するのであった

 

その内容は、空達を驚愕させるには十分過ぎるインパクトを持っており、話を聞いた海賊団の面々は思わず愕然とするのであった

 

「飛行場姫様が転生個体の戦艦水鬼改を捕まえたから、私のところでしばらくの間預かっていて欲しいと頼まれたの。それで私はそいつを地下牢に幽閉してたんだけど……、預かってから2時間くらい経ったあたりだったかしら……?急にそいつが薬でもキメたのかって思うほどに、狂ったように『戦え!』って叫びながら暴れ出したの……。そしてそいつが私の部下を薙ぎ払いながら勢いよく司令室に飛び込んで来て、私を鉄パイプで殴って……、……ここから先の記憶は無いわ……」

 

「戦艦水鬼改……、そんな個体がいたのか……」

 

「それって……、今戦治郎が戦ってる奴じゃないのか?」

 

「それよりも、飛行場姫が何でそいつをここに預けたのかが気になるんですけど……」

 

空が、光太郎が、シゲが思い思いに言葉を口にする

 

「飛行場姫様の拠点があるミッドウェーに、艦娘が攻め込んで来るって情報を飛行場姫様がプロフェッサーとか言う泊地棲姫の転生個体から購入されたのよ。それで捕まえる時こちらにかなりの被害を与えたこいつを、本拠地であるミッドウェーに置いておくのは不味いと思ったそうよ。また暴れ出して被害が出たら艦娘どころの騒ぎじゃなくなっちゃうって」

 

「プロフェッサーですってっ!!?」

 

中間棲姫の言葉を聞いた剛が目を見開き、思わず身を乗り出して、叫ぶようにして中間棲姫に尋ねる

 

「剛さん、その転生個体について何かご存じなのですか?」

 

急に大声を出した剛に若干驚きながら不知火がそう尋ねると、剛はハッとした後プロフェッサーについて話し始める

 

「そいつはエデンのNo.2だった科学者よ……、とんでもない守銭奴で、人の命よりも金銭を優先し、金になると判断した物は持ち主を殺してでも奪う様なクソジジイだったわ……。情報を購入って言ってたのでピンと来たわ……、あのジジイは何するにしても金を要求していたからね……」

 

「そいつもこっちに来てるんッスか……、って事はもしかしてこっちでもアリーさんと……?」

 

剛の言葉を聞いた護が剛に尋ねると、剛は短く「恐らく……」と答え、俯き黙り込んでしまうのであった

 

「ちょい待ちっ!?何でプロフェッサーっちゅぅ奴が大本営がミッドウェーに攻撃仕掛けようとしてたん知っとるん?!おかしいやろっ!??」

 

「もしかして、日本海軍の中にそいつと繋がってる奴がいるって事……?!」

 

不意に龍驤がプロフェッサーが大本営の作戦の情報を握っている事について指摘し、それを聞いた天津風が大本営に内通者がいる可能性を危惧する

 

天津風の言葉を聞いて、不安に駆られる海賊団が沈黙していると……

 

「ねぇ、そろそろいいかしら?情報提供する代わりに解放してくれるって約束だったわよね?」

 

中間棲姫がそう言って、身じろぎし始めるのであった

 

その後、空は思った以上に情報提供してくれた中間棲姫を解放し、海賊団の面々に拠点の掃除を開始する様に指示を出した後、今までの話をまとめる為に思考を巡らせるのであった



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ヘモジー

空が中間棲姫から聞いた話をまとめている頃、戦治郎はと言うと……

 

「えぇいちょこまかとっ!!!貴様それでも武人かっ!?!」

 

「武術の心得はあるが、俺は基本技術者だよこんちくしょうっ!!!つかいちいち叫ぶなっ!煩くて仕方ねぇんだよばっきゃろうっ!!!」

 

戦艦水鬼っぽいの改め戦艦水鬼改が振るう鉄パイプを、ひょいひょいと躱しながら反撃の機会を窺っていた

 

戦治郎は戦闘が始まってからは、兎に角回避に徹して相手の様子を観察して、頭の中でこの戦艦水鬼改の攻略方法を考えていたのである

 

まず最初に分かった事は、こいつの戦闘スタイルが我流の薙刀術である事だった。戦治郎は生前薙刀部のエースであった義姉の練習に付き合わされていた為、薙刀術の使い手の動きを熟知していたのである。故にこいつの動きから、それが我流のものであると判断したのだ

 

尤も、こいつが振るう鉄パイプの変形具合や、血の付き方からこいつは薙刀使いだろうと予測はしていたりするのだが……

 

次にこいつに関して分かった事と言えば……

 

「つかっ!俺の仲間が病気か何かになってて大変だって言ってんのにっ!それを知らん分からんどうでもいいとかっ!ふざけてんのかてめぇっ!!!他人の命を何だと思ってやがるっ!??」

 

「仲間っ!?仲間だとっ!!?ふざけているのはそちらではないかっ!!!」

 

戦治郎が戦艦水鬼改の攻撃を回避しながらそう叫ぶと、戦艦水鬼改は鬼の形相になるや否や、怒声と共に鉄パイプを戦治郎目掛けて振り下ろす。戦治郎はそれを大きく後方に飛び退いて躱して、戦艦水鬼改との間合いをとる

 

「友人!?恋人?!家族?!!それらは全て斬り捨てるべきものであろうっ!!?」

 

自身と間合いをとった戦治郎に向かって、戦艦水鬼改は怒りを露わにしながらとんでもない事を口にする

 

「そんなものが生きる上で何になるっ!?斬り捨てるべきものに情けをかける事が生きる事にどう繋がるっ?!答えろっ!!!」

 

「……は?あ~……、あぁ?」

 

戦艦水鬼改の言葉の意味が全く理解出来ず、戦治郎は思わず間の抜けた声を出す

 

「どうしたっ!答えられぬのかっ?!答えられぬにも関わらずっ!貴様は愛だ絆だとほざくのかっ!!?馬鹿にするのも大概にしろっ!!!」

 

完全に激昂した戦艦水鬼改が驚くべき速度で突進を仕掛け、あっという間に戦治郎との間合いを詰めるとすぐさま鉄パイプで戦治郎に斬りかかる。我に返った戦治郎は、急いで回避しようと一瞬だけ思ったのだが、戦艦水鬼改の鉄パイプが迫る速度が尋常ではなく、とても今から回避行動に移っても間に合わない事を悟ると、その手に握った大妖丸で戦艦水鬼改の薙刀を受けるのであった

 

「ようやくその刀を使ったかっ!さあっ!武人の魂である己の武器の力を、その刀の力を俺に示してみせろっ!!!」

 

そう言って鉄パイプを力任せに押し込んで来る戦艦水鬼改、戦治郎は何とかこの状態から抜け出そうと抵抗するのだが、最初に受けた一撃が余りにも重すぎた為腕が若干痺れてしまい、思う様に腕を動かす事が出来なくなってしまっていた

 

「武人の魂とか言っておきながら、自分の武器はどっかから適当に拾って来た様な鉄パイプか……、てめぇの魂ってのはその程度って事か?」

 

「抜かせっ!!人生というものを全く理解しておらんクセに愛だの絆だのほざく輩がっ!!!身の程を弁えろっ!!!」

 

戦艦水鬼改の言葉を聞いた戦治郎が皮肉ると、戦艦水鬼改はそう言って鉄パイプに更に力を加えて来る。戦治郎は戦艦水鬼改のその力に押し潰されそうになるものの、気合と根性で何とかそれに耐え切ってみせる

 

「だったらおめぇの言う人生って奴を、この恥知らずに教えてもらえませんかねぇ?」

 

「人に聞かねば分からぬとは……、誠情けないものだ……。まあいい……、本来なら自身で感じ取るものだが、特別に教えてやろう……っ!」

 

2人は鍔迫り合いの最中にこの様な会話を交わし、戦艦水鬼改は1度大きく息を吸い、海面を揺るがすほどの大声で己の人生について語る

 

「人生とは戦い也っ!!!人は戦う為に生まれっ!戦いの中で育ちっ!!戦いに殉ずるべき存在なのだっ!!!己が持つ力を全力で振るいっ!!!その目に映る森羅万象全てと戦うっ!!!それこそが人生と言うものなのだっ!!!分かったかっ!!!」

 

「まっっったく理解出来ない上に理解しようとも思えねぇわっ!!!」

 

戦治郎は戦艦水鬼改の人生観を聞くなり、思わずそう叫びながら戦艦水鬼改の腹を勢いよく蹴りつけて、再び間合いをとるのであった

 

そう、この戦艦水鬼改は明らかに狂っている、産まれるべき世界を間違えているのである。恐らくあのエデンもこいつとは関わり合いになろうとはしないだろう……、何故ならエデンの目的は戦争を永遠に続ける事であり、この戦艦水鬼改の様にただの殺し合いをしたい訳ではないからである

 

「ここは人間道であって修羅道じゃねぇんだぞっ!!!トチ狂った事言ってんじゃねぇぞこの糞馬鹿がぁっ!!!」

 

「貴様の意見など知った事では無いっ!!!仮にこの世界が貴様が言う様に人間道だったとしたら、この俺がこの世界を修羅道に塗り替えてしまえばいいだけの事っ!!!」

 

「ふざけんなあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦闘狂を超越した何かの発言を聞いた戦治郎の堪忍袋が遂に限界を迎え、戦治郎は大妖丸を脇に構えると戦艦水鬼に突撃を仕掛けるのであった

 

「待っていたぞ貴様の攻撃をっ!!!さぁさぁっ!!!貴様のその渾身の一撃、この俺に喰らわせてみるがいいっ!!!」

 

戦艦水鬼改はそう言うと、戦治郎を迎え撃つべく鉄パイプを構え、戦治郎をしっかりと見据えて精神を集中させる……

 

「てめぇのクソ物騒な理屈を他人に押し付けんじゃねえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

戦治郎はそう叫ぶと、大妖丸の切っ先を海面に擦りながら加速し、戦艦水鬼改が自分の間合いに入ったところで大妖丸を全力で振り上げようとする。それに対して戦艦水鬼改は、狙い澄ませた様に戦治郎目掛けて凄まじい速度の突きを繰り出すのだが、戦治郎は何とそれをジャンプして躱すのだった

 

と、次の瞬間、海面を擦っていた大妖丸の切っ先が勢いよく跳ね上がり、大妖丸は戦艦水鬼改が繰り出した鉄パイプを縦に真っ二つにするだけでは留まらず、戦艦水鬼改のその顔と胸に縦一文字の深い傷を負わせるのであった

 

 

 

「……見事だ」

 

「そりゃどうも……」

 

顔と胸から大量の血を流しながら、海面に大の字になって寝そべる戦艦水鬼改が戦治郎に向かってそう言うと、戦治郎は戦艦水鬼改を忌々し気に睨みながらそう返す。この時戦治郎は仕留め損ねた事に内心で舌打ちしていたが、この出血量から放っておけば勝手に死ぬだろうと考えて、トドメを刺さずに放置したのである

 

「貴様……、名を何と言う……?」

 

戦っている時とは打って変わって、消え入りそうな声で戦治郎の名前を尋ねて来る戦艦水鬼改

 

「戦治郎、長門 戦治郎だ。まあ冥途の土産だ、覚えておきな」

 

「そうか……、長門 戦治郎……、覚えたぞ……」

 

戦治郎が名乗ると、戦艦水鬼改はそう呟いて瞼を閉じ、沈黙してしまうのであった……

 

戦治郎はそれを見届けると、空達が向かった拠点に向かって移動を開始するのだが……

 

「あっ!そういやあいつの名前聞いてなかったっ!!!」

 

ふと戦艦水鬼改の名前を聞きそびれた事を思い出す

 

その後戦治郎は、戦艦水鬼改の呼称をどうしようかと1人で悩み、取り敢えず『弁慶みたいな戦艦水鬼』、略して『ベンキ』と名付けようとしたのだが、『ベンキ』は既にシゲがウィルの事を呼ぶ時に使っていた事を思い出し、被るのはよくないと考え再び呼称を考える

 

その結果、戦治郎は件の戦艦水鬼改の事を、『へのへのもへじ』からとって『ヘモジー』と呼ぶ事にし、改めて空達が向かった拠点に足を運ぶのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦治郎とヘモジーの戦いが終わってしばらく経った頃、その場に残されたヘモジーの亡骸の傍に1つの影が立っていた……

 

「デュフフ……、これはまた力強そうな死体ですな~……、これならきっと某の最強の兵になりますぞ~……、デュフフフフフ……」

 

影は不気味な笑い声を辺りに響かせながら、ヘモジーの亡骸を持ち去ってしまうのであった……




ヘモジーの元ネタは、本当はアークザラッドのモンスターからなんですけどね……


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海賊団に迫る危機

「き~たぞ~きたぞせ~んじろう~ってかぁ?皆の者、掃除ご苦労~!」

 

拠点の掃除を終え、拠点内に転がっていた強硬派深海棲艦の亡骸をまとめて海に流そうとしていた空達の前に、戦治郎が替え歌を口ずさみつつ労いの言葉を空達にかけながら姿を現す

 

「思ったより時間かかったみたいだが、やっぱそれだけの相手だったのか?」

 

「ああ~、我流だったから動きは荒かったが、一撃必殺を地で行くって感じだったな。もし一発でも貰ってたら俺でも即轟沈だろうな、ありゃ……」

 

戦治郎の姿を見た木曾が、思った事をそのまま戦治郎に尋ねると、戦治郎はヘモジーとの戦いを振り返ると苦い顔をしながら答えるのであった

 

「動きが荒い、ねぇ……、そう言う奴が相手だったら、動きがしっかりしている戦治郎さんの方が有利なんじゃない?」

 

戦治郎の言葉を聞いた陽炎が、何となしにそう言うと……

 

「「「そんな事はないぞ、陽炎」」」「「「そんな事はありませんよ、陽炎さん」」」「そんな事はないわよ、陽炎ちゃん」

 

戦治郎、空、シゲ、通、神通、扶桑、剛の7人が一斉に、異口同音で陽炎の言葉を否定する。そう、今声を上げたのは全員多少なれど武術の心得がある者達なのである

 

「相手が先輩の大妖丸と同じリーチの武器を使っていたならば、陽炎さんの言う通り動きが精練されている先輩の方に分があるのですが……」

 

「戦治郎さんが戦った戦艦水鬼改は「戦艦水鬼改 is 誰?」「俺が説明してやる」……コホン、戦艦水鬼改は一目見ただけで、戦治郎さんの大妖丸より長大だと分かる程の長さの鉄パイプを手にしていました。恐らくあの鉄パイプこそが、あの戦艦水鬼改の武器なのだと思われます」

 

まずは通が使用する武器の長さが同じだった場合の話をし、続けて神通が戦艦水鬼改の武器があの長大な鉄パイプだと予想して話を進める。その最中、戦治郎が戦艦水鬼改と言う単語に反応した為、空がその事を戦治郎に説明する為に1度この場から離れて戦艦水鬼改とは何かについて戦治郎に説明を開始するのであった

 

「んであの鉄パイプ、目測だが多分ありゃ全長が400cm近くあるはずだわ」

 

「対して戦治郎さんの大妖丸は全長210cm、柄の長さが80cmだと聞いています。これだけ長さに差があれば、それぞれの武器の有効打突範囲もかなり違ってくるんです」

 

続いてシゲが戦艦水鬼改の鉄パイプの長さの話をしてから、扶桑が間合いについて話をする

 

「間合いの差は技量の差を簡単に埋めちゃうのよね~、ほら聞いた事ない?剣道三倍段とか剣術三倍段って言葉。こんな言葉があるくらいだから、間合いの違いってかなり戦いに影響を及ぼすのよ~?」

 

「まあそんな訳で、攻撃のチャンスが中々巡って来なかったから、ちょっち時間かかっちまったってところだな」

 

扶桑に続いて剛が発言した後、戦艦水鬼改の説明を受けた戦治郎が、戻って来るなりこう言ってこの話を締めくくるのであった

 

その後、空達が中間棲姫から聞き出した情報を戦治郎に伝えると、戦治郎は大慌てで通信機を操作してこの事を長門に伝えようとするのだが……

 

「……駄目だっ!ノイズばっかで繋がる気配がしねぇっ!!!」

 

「俺達もお前が戻って来る前に試したのだが……、恐らく空と海に起こっているこの現象の影響だと俺は思っている」

 

戦治郎は通信機から吐き出されるノイズに苛立ちながら叫び、空はそう言って忌々し気に海を睨みつける

 

「何とかしてこの事を長門達に伝えねぇとだな……、もしかしたら飛行場姫の奴が罠張ってるかもしれねぇからな……。あ~……、長門達が作戦開始前に北マリアナに来てくれたらいいんだが……」

 

「戦治郎……、その事だが……」

 

「ぬん?」

 

「いいか、心して聞いてくれ……、ここは北マリアナ諸島じゃない、ここはウェーク島なんだ……」

 

「……またまた御冗談を~」

 

2人がこの様な会話を交わしたところで、空が懐からファイルを取り出し戦治郎に手渡す。そのファイルの表紙には『ウェーク島航空基地管理用』と言う文字がデカデカと印刷されたシールが貼られており、中身を確認してみれば拠点周辺の地図に赤い印を付け、その傍に艦娘襲撃ポイントの文字やら修繕に使った資源資材のメモ書きが添えられていた

 

「中間棲姫が使っていたと言う執務室から回収して来たものだ、他にもあるが……、どうする?」

 

「いやいいわ……、取り敢えずここがウェーク島だって事はよ~く分かった……、おかげで長門達にこの情報提供出来る可能性が高くなったが……、な~んか約束破ったようでな~……」

 

空が更にここがウェーク島である証拠を出そうとするのだが、戦治郎はそれを手で制した後この様な事を言って頭を抱え始める

 

「そこは気にしても仕方ないんじゃないか?こっちは翔が眠ったまま起きなくなったから緊急でここいる訳だし、それにこの海と空の事も気になるし……。って言うかこの現象何処まで広がってるんだ?」

 

そんな戦治郎に向かって、光太郎がこの様な事を言うと

 

「そういやGPSも羅針盤も通信機も使い物にならなくなってたっけな……、そんな中で戦闘ってなると……、長門達ヤバくね……?」

 

「ちょっとばっかしこの現象について調べた方がよさそうだなぁ……、翔の方も相変わらずみてぇだしよぉ、翔が起きるまでの間この現象を調べるってのはどうだぁ?長門達への言い訳にもなるだろうしよぉ」

 

戦治郎がふと思い出した様に呟き、それを聞いた悟がこの現象の調査を提案する。悟の発言の後、海賊団の面々の顔を確認を取る様に見回すと、一同が一斉に頷き返す。こうして長門屋海賊団は翔が目覚めるまでの間、この怪奇現象の調査を実施する事にしたのであった

 

「よっし、それじゃあ……」

 

戦治郎が何かを話そうとしたその時である、戦治郎の腹の虫が辺りに鳴り響く。それを聞いた面々はクスクスと笑いだすのだが……

 

「……ん?腹の虫……、食事……、あぁっ!!!」

 

何かに気付いたのか、急に戦治郎が大声を上げてその顔を真っ青にしていく……。その様子を不思議そうに見守っていた皆に向かって、戦治郎は声を震わせながらある事を尋ねる……

 

「おめぇら、この拠点の食糧がどのくらいあるか分かるか……?」

 

戦治郎の言葉を聞いて、一部は未だに頭の上に疑問符を浮かべていたが、一部はハッとするなり戦治郎同様見る見るうちに顔色を悪くしていく……

 

「私達だけで消費する場合、大体1週間くらいの量になると思います……」

 

「なぁ、食べ物がどうかしたのか?」

 

顔色を悪くした龍鳳が戦治郎の問いに答え、その会話を聞いていた摩耶が訝しみながら尋ねる

 

「摩耶……、俺達の食糧の管理してるのは誰だ……?」

 

「は?誰ってそりゃ翔さん……、あぁっ!!!」

 

戦治郎と摩耶のこのやり取りを聞いた事で、事の重大性に全員が気付く……

 

そう、海賊団の食糧は全て翔が管理しているのである、現在眠ったままになってしまっている翔が、である……

 

「翔が寝たままだと食糧を保管している艤装も展開してもらえねぇ!俺達の手持ちの食糧が取り出せねぇっ!!!」

 

「そうなると……、不知火達はここにいる間はその1週間分の食糧だけで生きて行かなくてはいけない、っと言う事でしょうか……?」

 

叫びながら頭を抱える戦治郎に向かって、不知火がおずおずとそう尋ねる

 

「いや、一応釣りや拠点周辺で食べられそうなものを採取したり、野生動物を狩猟したりする事で、多少はマシになると思うのだが……」

 

「まさかマジでサバイバル技能が役に立つ時が来るとはなぁ……」

 

不知火の問いに空が答え、続くようにして戦治郎がそう言うと溜息を吐く

 

こうして、戦治郎達は拠点にいながらサバイバル生活を余儀なくされるのであった



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近辺調査

自分達が今やらなくてはいけない事を洗い出した海賊団は、すぐに話し合いをし班分けを開始するのであった。その結果……

 

食糧の管理……龍鳳、扶桑、龍驤

 

翔の回復を見守る会……悟

 

拠点の防衛&強化……戦治郎、輝、藤吉

 

グループA……空、護、摩耶、木曾、阿武隈、天津風、夕立

 

グループB……光太郎、剛、望、瑞穂、不知火、時雨

 

グループC……通、シゲ、司、川内、神通、陽炎、江風

 

この様な班分けがなされるのであった

 

食糧の管理担当は基本この3人で固定され、主な仕事内容は文字通り現在拠点の厨房の冷凍庫と冷蔵庫に保存している食品の管理となっている。また、もしかしたら誰かがつまみ食いを働く可能性もある為、それの防止もこの3人にお願いしているのである

 

見守る会も基本悟のみでやる事になっている、主な仕事内容は翔が目覚めた際すぐに全員に知らせ、翔に現状を説明する役となっている。また、グループA~Cのメンバーが負傷した時もすぐに動いて負傷者の治療にあたる事にもなっている為、基本悟は医務室から動かない事になっている、まあこれに関してはいつも通りと言えるのだが……

 

拠点の防衛&強化についてだが、これはこの拠点がある場所の都合やっておいた方がいいのでは?と言う意見が出た為追加されたものである。事実、このウェーク島はミッドウェー島と北マリアナ諸島に挟まれた場所にある為、もしかしたら近い内に強硬派深海棲艦の襲撃があるかもしれない、しかも最悪のケースではその双方から挟撃される可能性まであるのである。尤も、空はその可能性は低いだろうと予測しているが……

 

何故空はそう言えるのか、その根拠を戦治郎が尋ねると空はその根拠を1つずつ挙げていく

 

①意識を取り戻した中間が、空達の姿を見るなり「噂の海賊団が攻めて来た」と言ってパニックを起こした事から、この辺りに生息する強硬派は海賊団をかなり警戒しているのではないかと思えたから

 

②現在ミッドウェーの強硬派は、プロフェッサーからもたらされた情報を基に日本海軍との戦闘に備えて準備を進めているそうで、ここで下手に海賊団にちょっかいを出して戦力を無駄に消耗してしまう様な事は、出来れば避けたいところだろうから

 

③それ以前に羅針盤やGPS、通信機などがまともに使えなくなってしまっている上に、方向感覚まで狂わされる様になってしまったこの海域を、強硬派が迷う事無く航行出来るとは思えないから

 

③の『強硬派が迷う事無く航行出来るとは思えない』と言い切った部分については、事情聴取の際に空達が中間に今の海と空の状態について尋ねたところ、中間もそれについては初耳だと狼狽えながら返して来たからである

 

空はこれらの根拠を基にして、ここが襲撃される可能性は低いだろうと予測したのだった。それを聞いた戦治郎は納得はしたものの、もしかしたらがあった時に何も対策をしていないのは不味いだろうと言って、念には念をという事で最低限の拠点の防衛&強化を施す事を決定したのであった

 

そして最後のグループA~Cは

 

①釣りや採取や狩猟などを行って食糧の調達

 

②周辺の調査&ワ級を見かけた場合襲撃して物資を奪う

 

③休息

 

これらの役割のどれかを1つそれぞれのグループが担当し、1日交代でローテーションで回していく事になるのであった

 

こうして話がある程度決まり、今日は移動と戦闘で疲れたから明日から実行しようと戦治郎が言ったところで、再び戦治郎の腹の虫が先程よりも大きな音を鳴らした。そこで話し合いは終了して拠点の食堂に移動、食事を済ませると皆すぐに明日に備えて就寝するのであった

 

 

 

 

 

そして次の日、空達が狩猟してもいい動物がいるか調べてもらう為に太郎丸を連れて近くの森の中に入ったところを見届けた光太郎達が、近隣の島の調査の為にウェーク島を発つ

 

今回光太郎達はウェーク島から、迷子防止の為に戦治郎が作ったブイを海上に浮かべながら南へ移動し、マーシャル諸島方面を目指すのであった。その道中では敵と遭遇する事は無く、光太郎達は難なく目的地であるマーシャル諸島に辿り着くのだが……

 

「これは……っ!?」

 

光太郎達は偶々立ち入った森の中で、とても信じられないものを見つけてしまうのであった……

 

光太郎達が目にしたもの、それは首を斬り落とされ、腹を鋭利な刃物で裂かれ、大きな樹に打ち付けられた艦娘と深海棲艦の亡骸がそれぞれ2つずつ、そして祭壇の様なものに並べられたその亡骸達の頭部だったのである

 

「これはまた酷いわね……」

 

「これは……、祭壇でしょうか……?これを実行した犯人は怪しい儀式でもしていたのでしょうか……?」

 

その惨状を目にした剛が表情を歪め、瑞穂は首が並べられた祭壇の様なものを見て疑問を口にする

 

「瑞穂さんの推測は多分合ってるんじゃないかな……?皆、あそこを見て欲しいんだけど……」

 

報告用の写真を自前のカメラで撮影する時雨がそう言って、光太郎達を集めてとある場所を指で指し示す。時雨が指差す方向を目を凝らしてよく見てみると、そこには地面に赤い血で魔法陣の様なものが描かれていたのである

 

「冗談抜きで儀式してるのかよ……、この亡骸は差し詰め生贄って事か……?」

 

「そうなると……、この2人は自ら望んで生贄になったのでしょうか……?」

 

「望ちゃん、それってどういう……、ちょっと望ちゃんっ?!」

 

光太郎の呟きに望がこの様に答えた為、不思議に思った剛が望の方へ視線を向けると、そこには深海棲艦の頭を両手で持って観察する望の姿があったのである。それを見た剛はギョッとしてつい驚きの声を上げるのであった

 

「どうして望ちゃんはそう思ったのかな?」

 

光太郎がやや引きつった表情で望にそう尋ねると、望は光太郎の方へ生首を突き出しながら話を始めるのであった

 

「この深海棲艦……、正確には転生個体なんですけど……、この首の表情をよく見て下さい。何処となく誇らしげな感じがしませんか?」

 

「言われてみれば確かに……、そこはかとなく使命を全うした戦士の様な表情しているね……。って言うか望ちゃん、よくそんなの平気で掴めるね……?」

 

光太郎は望に言われた通りに生首を観察し、その感想を口にすると同時に疑問をぶつけるのであった。それに対して望は、「悟先生と医療チームの皆さんのおかげです!」と笑顔で元気よく返事するのであった。どうやら望は悟達に何かされたようだ……

 

因みに、望がこの深海棲艦が転生個体であると判断したのは、祭壇に付着していた血液が赤色だった為である

 

と、その直後である

 

「皆さん、これを見て下さい」

 

急に不知火が声を上げ、皆の視線を自分の方へ集める。不知火が全員が自分の方を見ている事を確認すると、すぐさま地面に描かれた魔法陣をその足で地面を削る様にして消そうとするのだが……

 

「魔法陣が……、消えない……?」

 

「はい、何度も同じ様にやってみたんですが、この魔法陣が消える事はありませんでした」

 

時雨が呟くようにそう言うと、不知火は1度頷いてから時雨の呟きを肯定するのであった

 

「もしかして、これが今この海域に起こっている現象と何か関係があるのかしら……?」

 

「生憎俺はこういうのの知識はサッパリなので何とも言えませんね……、取り敢えずこの事は戻ったらすぐに戦治郎達に伝えないとですね……」

 

剛が疑問を口にしたところで、光太郎がこの様に返し皆の顔を見回す。それに対して一同が同意とばかりに1度頷くと、光太郎達は情報をもっと集めようと近辺を細かく調査し始めるのであった

 

それから光太郎達はしばらく周辺の調査を行ったのだが、今持っている情報以上のものは出てこなかった為、適当なところで調査を終わらせブイを辿って拠点に戻った訳なのだが、そこで驚愕の事実を空の口から知らされるのであった

 

そう、食糧調達の為にウェーク島の森の中に入った空達も、光太郎達が見つけたものと似たような形をした儀式の跡を発見していたのである……



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アビス・コンダクター

「緊急会議ぃーーーっ!!!」

 

\うぇーい!/

 

シゲが伊吹から譲ってもらった閃光迎撃神話の設計図を基に、戦治郎が拠点防衛用に閃光迎撃神話を大量に量産していたところで、戻って来た光太郎達の報告を聞いた戦治郎が全員に緊急招集をかけ、海賊団は会議室に集合するのであった

 

「まずは皆正面スクリーンに注目っ!」

 

戦治郎がそう言って会議室の照明を落とすと、スクリーンには時雨が撮影した例の儀式跡の写真がプロジェクターを通して映し出されていた

 

その映像を見た数人が短い悲鳴を上げたりしていたが、戦治郎はそれらを無視して話を進めるのであった

 

「これは今日、周辺の調査を担当していた光太郎達が見つけたものを時雨が撮影したものだ。詳細は時雨、頼めるか?」

 

戦治郎が時雨にそう尋ねると、時雨は1度頷いてその時の状況などを皆に細かく説明する

 

首だけになってしまった転生個体の表情が異様であった事、魔法陣をいくら消そうとしても消えなかった事、それらを事細かく時雨が話すと、主に拠点に残っていた者達が怪訝な顔をするのであった

 

そして時雨が話し終えた直後に、今度は空がウェーク島の森の中で同じ様なものを発見したと報告するのだが……

 

「俺達のところの生贄の数は転生個体が3人、艦娘が2人だったがな……」

 

空は細かい違いだけを述べて、すぐに着席するのであった。恐らく空達もそれを発見してから周辺を調べてみたが、結局光太郎達と同じくらいの情報しか出なかったのであろう

 

その後、皆でこれは何なのか、誰が何の目的で行ったのかについて話し合ったのだが、あまりにも情報が少な過ぎた為、話し合いは難航するのだった。そんな中、空がふと戦治郎の方を見ると、戦治郎は1人眉間に皺を寄せて何か考えていた

 

「どうしたんだ戦治郎?」

 

「いやな、この写真見た時ふとリチャードさんの顔が浮かんでな、それで何か教えてもらった様な、そうでない様な~ってなっててな……」

 

何気無しに空が尋ねると、戦治郎は難しい顔をしたままこの様に返すのであった。と、その時

 

「謎の儀式ねぇ……、まるでカルト宗教ね……」

 

「カルト……、宗教……、それだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

陽炎がさり気無くそう言うと、戦治郎は何かを思い出したのか目を見開き陽炎の方を指差しながらそう叫ぶ。突然大声を上げた戦治郎に驚きながらも皆が戦治郎を注目する、戦治郎は皆に注目されている事などお構いなしと言った様子で、思い出した事を言葉にし始めるのであった

 

「そうだそうだ!リチャードさんが言ってた転生個体の組織の中に、『信奉派』って言われてる連中がいたんだったっ!!!」

 

戦治郎はしばらく1人で思い出せた事を喜んだ後、皆に注目されている事に気付くなり咳払いをして『信奉派』とやらについて話し始める

 

転生個体個体組織の1つに『Abyss Conductor(アビス・コンダクター)』と言う組織があり、その組織は何と深海棲艦を神の使いと称して崇め讃え祭り、逆に人間を不浄なるものとしてこの世界から排除しようとしている組織なのだと言う

 

「何でそんな事しようと思ったのかについては、リチャードさんも全く分からんそうだ。ただアビス・コンダクターの連中が人類を本気で滅ぼそうとしてるのは間違いないんだとさ」

 

戦治郎の言葉を聞いた全員が、唖然としたまま固まってしまっている。だが戦治郎はそんな事気にも留めずに話を続ける

 

アビス・コンダクターは先程述べた通り、深海棲艦を神の使いとして崇めている組織である。故にアビス・コンダクターの連中は深海棲艦と艦娘の戦いに乱入して艦娘を攻撃したり、深海棲艦に供物として物資や資金を無償で提供したり、人類側の重要拠点を襲撃したりして深海棲艦を支援していると戦治郎は言うのであった

 

「戦治郎……、まさかとは思うのだが……」

 

「うん、空の予想通りなんじゃね?多分今回の件にそいつらが関わっていると思うわ」

 

空が引きつった表情で戦治郎に尋ねようとすると、戦治郎は先回りして空が戦治郎に問い掛けようとしていた質問に答えるのであった

 

「待って、そうなるとそのアビス・コンダクターって組織は強硬派深海棲艦と手を組んでるって事なの?」

 

「恐らくそうでしょうね、ただリコリスの命令とかではなく、飛行場姫の独断で手を組んでるんじゃないかと思います」

 

剛の質問に対して、戦治郎は自分の予想を織り交ぜてこの様に答える

 

「アビス・コンダクター……、深淵の案内人、若しくは地獄の指揮者ッスか……、どっちにしろ物騒な名前ッスね~……」

 

「地球人類の皆様を奈落の底へご案内致しま~す、そして私の指揮で滅びの歌を共に歌いましょ~うってか?冗談でも笑えねぇな……」

 

組織名を直訳した護が苦い表情を浮かべ、それを聞いたシゲが最初こそ冗談めかして言うものの、最後の一言だけは顔を顰めながら呟くのであった

 

「もしかしたら、飛行場姫がアビス・コンダクターの連中をこっちに差し向けて来る可能性もありそうだな……」

 

「十分有り得るな……、戦治郎、さっきお前が作った奴話し合い終わった後で早速設置して回るぞっ!!!」

 

摩耶が何となく言った言葉に輝が反応し、大声で戦治郎に話しかける

 

「んだな、相手がどんな攻撃手段持ってるか分かんねぇけど、設置しないよりはマシだわな」

 

「戦治郎、少々試したい事があるからこの後護……と夕立を連れて出てもいいか?」

 

「ん、許可。結果は後で報告してくれ」

 

戦治郎が輝の発言に答えた直後、今度は空が外出許可が欲しいと言って来たので、それもついでに了承する。因みに空が言葉を詰まらせていたのは、空が外出しようとしている気配を感じ取った夕立が、熱い視線を空に向けていたからである

 

その後、戦治郎は今後も情報と食糧集めを頑張ろうと皆に言って話し合いを終わらせ、海賊団のメンバーは食事の後、就寝時間まで思い思いに行動を起こすのであった

 

因みに、この日の夕食では空達が狩って来た野豚が振舞われた。恐らくこの野豚は深海棲艦に支配されるまでこの島に住んでいた者達が飼育していた豚が、深海棲艦の襲撃のどさくさに紛れて脱走して野生化したものだと思われる

 

 

 

それからしばらく時間が経ち、就寝時間が迫って来た頃に外出していた空達が帰還した

 

それを知った戦治郎はすぐに空の下に向かい、空が何を試したのか、その結果はどうなったのかについて尋ねる。すると空は驚くべき事を口にするのであった

 

「今しがた、この奇妙な海域から出れるかどうかを試しに行ってみたんだが……、戦治郎……、どうやら俺達はこの海域に閉じ込められてしまったようだ……」

 

「……マジ?」

 

空の言葉を聞いた戦治郎が尋ねると、空は1度だけ頷いて返すのであった

 

空は食事の後、護と夕立を連れて西の方へと真っ直ぐ進み、ある地点から護達に観測者になるよう頼んでから、ライトニングⅡを展開してそのまま真っ直ぐ西に向かったそうだ

 

それからしばらくすると、護達から見て12時の方角に飛んで行ったはずの空が、3時の方角から飛んで来たと言うではないか。それを聞いた空はもう1度12時の方角に飛んで行ったのだが、今度は9時の方角から戻って来たそうだ……

 

「俺はひたすら真っ直ぐに飛んでいたはずなんだがな……」

 

「3回目の時は6時方向から戻って来たッスよ?もう頭がおかしくなりそうだったッス……」

 

「夕立もすっごくびっくりしたっぽい!何度目か忘れたけど、空さんが飛んで行ったと思ったら急に消えて、それから少ししたらすぐそこから現れた事もあったっぽい!」

 

「何それ怖い……」

 

空が、護が、寝息を立てる傷だらけの猫艦載機を抱っこした夕立が話す言葉を聞いた戦治郎は、ただただ戦慄する事しか出来なかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……待った、その猫艦載機はなんぞ?」

 

「こいつか、こいつはアグ、帰りに偶々こいつを見つけてな。交渉の末俺の新しい艦載機になってもらった」

 

「はいぃ?」

 

ふと思い出した様に戦治郎が夕立が抱っこする猫艦載機について尋ねると、空は胸を張って自慢げにそう返し、戦治郎はつい間抜けな声を上げてしまうのであった



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町田の野良猫の総大将 前編

「まさかこの海域に閉じ込められてしまうとはな……」

 

「通信も駄目、脱出も不可能……、こりゃこの現象を引き起こした奴を何とかするしかないみたいッスね~……」

 

「夕立、この海域にはあまり長くいたくないっぽい~……、空も海も変な色してて気持ち悪くて頭がおかしくなりそうっぽい~……」

 

食事の後拠点を出て、この海域から出る事が出来るかを試しに行った空達3人が、この様な会話を交わしながら重い足取りで拠点へと帰還していた

 

実験の結果、自分達はこの海域に閉じ込められてしまった事が判明し、それを報告した際戦治郎達がどの様なリアクションをするかは想像に難くない。故に空達はこの結果を戦治郎達に報告しなければいけないと思うと、気が重くて仕方が無くなっているのである

 

「しかしこの現象……、一体どうやって引き起こしているのだろうか……?」

 

「あの魔法陣が関係してるのか、はたまた誰かの能力なのか……、まあどっちにしろやった奴をボコにするのは変わらないッスね。こんな気色悪い空間に自分達を閉じ込めた訳ッスからね、その落とし前はキッチリつけさせてもらわないとッスね」

 

空が顎に手を当てて考え込む様な仕種をしながらそう呟くと、それを聞いた護がそう言いながらニヤリと笑う

 

と、その時だった

 

「ぬ?」「ぽい?」

 

空と夕立の直感が、自分達の方へと飛んで来る何かを感知する

 

「2人共どうしたんッスか?」

 

いつもならこういった類のものに真っ先に反応するはずの護が、不思議そうな顔をして2人に尋ねる。まあこの海域では護自慢のレーダーもポンコツと化しているので仕方ない事である

 

「護、HMDの望遠機能はまだ生きているんだったな?「ウィッス」ならそれで向こうの方を見てもらえないか?」

 

「合点承知ッスよ~っと……、どれどれ~……」

 

護は空に言われた通りにHMDを起動させ、望遠機能で空が指し示す方角を見てみると、そこには身体のあちこちに傷がついた猫艦載機が1機だけ、フラフラと蛇行しながらこちらに向かって飛んで来ていたのであった

 

「何ッスかあの猫ヤキは……、全身ボロボロで如何にも修羅場くぐって来ましたよ~って感じなんッスけど……」

 

「猫艦載機だったか……、周囲に持ち主と思われる空母の影はないか?」

 

「無いッスね……、あれだけ単騎でフラフラしながら……、ってウェッ?!」

 

護と空がこの様な会話をしていると、護が突然そんな声を上げながら身体をビクリと跳ね上げる

 

「護さん、どうしたの?何かあったっぽい?」

 

夕立が不思議そうに尋ねると、護は慌てた様子で空達に今自分が見た事をありのままに話す

 

「あの艦載機と目が合ったッス!そしたらあの艦載機いきなりこっちに猛スピードで……、ってキターーーッ!!?」

 

護が思わずそう叫ぶと、2人はすぐに護が見ている方角へ顔を向ける。するとそこには先程護が言っていたものだと思われる、傷だらけの猫艦載機が物凄い速度を出しながら、真っ直ぐこちらに向かって来ていたのであった

 

「護っ!奴は蛇行してると言っていなかったかっ!?」

 

「自分と目が合うなり、急にああなったんッスよっ!!」

 

「あの艦載機……、夕立達と戦うつもりっぽいっ!!!」

 

3人が傷猫を見据えながらこの様なやり取りを交わしている間に、傷猫は高度を落とし海面スレスレを飛行し……

 

「……っ!?2人共ここから離れろっ!!奴の魚雷が来るぞっ!!!」

 

空が切羽詰まった声で2人に指示を飛ばし、それを聞いた2人はすぐさまその場を飛び退く。するとそれまで2人が立っていた場所を魚雷が通過していき、2人は辛くも難を逃れたのであった

 

「危なかったっぽい~……、空さんナイスっぽい!」

 

「油断するな、奴はまだ健在……、次は何をしてくるか分からんぞ……」

 

空の指示で魚雷を回避する事に成功した夕立が、空に向かって感謝の言葉を述べるのだが、空はそれを手で制し問題の傷猫を警戒する様に険しい顔で見据える

 

「魚雷って事は艦攻ッスか……、こりゃ当たるとヤバそうッスね~」

 

と、護がそう言った直後の事である、真っ直ぐ自分達の方へと飛んで来ていた傷猫は急に緩やかなカーブを描いて方向転換し……

 

「あだだだだっ!!」

 

護に向かってすれ違い様に機銃をお見舞いしたのである

 

「くっ!お前達っ!!!」

 

「「「「「ニャァイッ!!!」」」」」

 

護が攻撃されたところで空が舌打ちしつつワイルド達を発艦し、傷猫を撃墜する様に指示を飛ばすと、猫艦載機達は一斉に傷猫を追いかけ熾烈な航空戦を……

 

「ふぎゃっ!?」「ぎゃうーっ!」

 

開始した直後に艦攻のヘルと艦爆のタイガーがあっという間に撃墜されてしまった……

 

「ヘルッ!?タイガーッ!?!」

 

空が撃墜された2匹の下へ慌てて駆け寄り抱き上げると、2匹は声を揃えてこう言った

 

「「あの艦載機、化物かミャー(ニー)ッ!?」」

 

何でもあの傷猫、ワイルド達の存在を感知した途端、墜落する様に急降下したかと思えば身体を捻って機銃を発射し、ヘルの魚雷とタイガーの爆弾を撃ち抜いて爆破したと言うではないか

 

2匹の話を聞いた空が驚愕しながら上空を見上げると、そこにはワイルドとベアの機銃攻撃を躱すと同時に、速度を活かして不意打ちを仕掛けたトムの可変翼型ブレードを噛み付いて凌ぐ傷猫の姿があった

 

「ナ"ッ?!ナーの速度に反応するってどういう事ナーッ!?」

 

「雑魚相手だったらこれで終わってただろうニ"ャ……」

 

想定外の出来事にトムが驚き、慌てて傷猫を引き剝がそうと可変翼型ブレードを開いたり閉じたりしながら思わず声をあげると、傷猫が可変翼型ブレードをガジガジと噛みながらそう言って……

 

「だが俺相手だったらそうはいかねぇニ"ャッ!!!」

 

続け様にそう叫ぶと同時に、傷猫はトムの可変翼型ブレードをものの見事に噛み砕いてしまうのであった

 

「ナ"---ッ!!?」

 

その直後、バランスを崩したトムが悲鳴を上げながら墜落し始め……

 

「可変翼型ブレード、パージッ!!!」

 

空の声を聞いたトムが、言われた通りに可変翼型ブレードをパージすると、トムは何とかバランスを取り戻して墜落を待逃れるのであった。だがそれと同時に、トムは多くの武装が取り付けられていた可変翼型ブレードを切り離してしまった事で、丸腰に近い状態でこの傷猫と戦わなくてはいけなくなってしまうのであった……

 

「トムッ!ここはニャー達に任せるニャッ!!!」

 

「お前はご主人達のとこに戻って、新しい装備一式もらって来るミーッ!!!」

 

ワイルドとベアの言葉を聞いたトムは、2匹に向かって無言で頷くとすぐに空の下へと飛んでいく

 

「てめぇ!よっくもニャーの仲間達をやってくれたニャーッ!!」

 

「ぜってー許さねぇミーッ!御首頂戴するミーッ!!」

 

トムが空のところに飛んでいく姿を見届けた後、2匹は傷猫に向かってそう叫び……

 

「ひよっこがよく吠えるニ"ャ……、いいニ"ャ……、俺に向かって二度とそんな口が訊けなくなる様みっちり躾けてy……、ぐぅっ!?」

 

傷猫が2匹に向かって叫んでいる最中に、いきなり呻き声を上げて墜落し始めるのであった……

 

その様子を間近で見ていたワイルドとベアは、唖然としながら墜落する傷猫を見送った後、どちらからともなくお互いのその間抜け面を見合わせるのであった

 

「……一体何が起きた?」

 

「ちょっと夕立にも分からないっぽい……」

 

「あ、あいつまだあそこに浮かんでるッスね、どうせだから本人に聞いてみるッスか?」

 

突然墜落した傷猫に困惑する空達3人、そんな中護がこの様な提案をした為3人は何が起こったのかを確認する為に傷猫が墜落したところに向かうのであった

 

 

 

傷猫が墜落した地点に辿り着いた3人は、海面にプカプカと浮かぶ傷猫を警戒しながら更に近づいていくのだが、不意に聞こえて来たぐぅ~と言う音に驚いてその足を思わず止めてしまう

 

3人が音の出処を見つける為に、辺りをキョロキョロと見回してみると、またもぐぅ~という音が辺りに鳴り響く。それからしばらくすると、先程までとは打って変わってか細い声で呟くように傷猫が言葉を口にする

 

「腹ぁ……、減ったニ"ャァ……」

 

そう、この音は傷猫の腹の虫だったのである。それに気付いた3人は思わず呆気に取られてしまうのであった……



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町田の野良猫の総大将 後編

傷猫の弱々しい声と腹の虫を聞いて呆然としていた3人は、しばらくしたところで我に返り、未だに海面を揺蕩う傷猫をどうするかについて話し始める

 

「んで、こいつどうするんッスか?自分らにいきなり攻撃仕掛けて来る様なヤバそうな奴ッスけど……?」

 

「でも事情も聴かずに沈めるのは流石に可哀想っぽい……」

 

「しかし、この様子ではまともに話が出来そうにないな……、よし」

 

3人がこの様な会話を交わすと、突然空がそう言って立ち上がるなり傷猫を両手で掴み、海上に浮かぶライトニングⅡの上に乗せるのだった

 

空がいきなり傷猫に向かって両手を伸ばしたところで、護と夕立は空が傷猫に噛まれるのではないかと心配し慌てて空を止めようとするのだが、肝心の傷猫が空腹が限界を突破しているせいで動く気力もない為か、特に抵抗する事無く捕まった為2人の心配は杞憂に終わる

 

「おめぇ……、俺に何をする気だニ"ャ……?」

 

「何、気にするな……、別に大した事をするつもりは無い……」

 

空の事を睨みつけながら問い掛ける傷猫、対する空はそんな事などお構いなしとばかりにライトニングⅡの中に手を突っ込み、探し物をしているのかその中をガサゴソと漁っていた。それからほんの少ししたら、目当ての物を掴んだのか空の動きが止まり、空はライトニングⅡからその手を引き抜く

 

「そ、それは……っ!?」

 

空が手にした物を目の当たりにした護が、思わず目を見開いて驚く。空はそんな護の事など無視して行動を開始するのであった

 

空がその物体に付いたプルタブを立てると辺りにパキッ!と言う音が鳴り響き、その後空がゆっくりとプルタブを引いてその蓋を開封していき、やがてそれはまたもパキッ!と言う音を鳴らしながら本体から離れてしまう

 

するとどうだ、今まで気だるそうにライトニングⅡの上に寝転がっていた傷猫が、瞬時に起き上がって空の手の上に乗ったそれを注視しているではないかっ!

 

その様子を確認した空が、恐らくそれを取り出す際一緒に引き寄せていたであろう皿の上にその中身を盛って、傷猫の前に差し出すのであった

 

「……人間の施しは受けないのニ"ャ……」

 

皿から顔を背けるものの、やはりそれが気になるのか何度もチラチラとそれの方へと視線を向ける傷猫。恐らく相当強がっているだろうと、その様子を見守っていた護は推測するのであった

 

「……ならばこれでどうだ?」

 

空から発せられた言葉を聞いた傷猫が、空の方へと視線を移すと思わず驚愕の表情を浮かべる。そこには先程空が皿の上に盛ったものと全く同じものを握った空が立っており、空は先程と同様にそれを開封し皿の上に盛る。すると……

 

「……ニ"ャーーーッ!!!」

 

我慢の限界だったのか、傷猫は遂に皿に飛びついてガツガツと勢いよく、一心不乱に皿に盛られた物を食べ始めるのであった

 

「猫まっしぐらっぽい?」

 

「今パッケージがチラっと見えたッスけど……、あれ結構お高い奴じゃないッスか……っ!?あんなの一体何処で仕入れたんッスかあの人……っ?!」

 

夕立と護の会話など気にすることなく、空はそれをねだる様に寄って来たワイルド達にもそれを、翔鶴とシドニーで買い物した帰りに買っておいたリッチな猫缶を振舞い、それを美味しそうに食べる猫艦載機達の様子を、慈愛に満ち溢れた表情で見守るのであった

 

尚、このリッチな猫缶をどのくらいライトニングⅡに積んでいるのかを護が空に尋ねたところ、最近出来た余剰スペースが埋まる程、大体25mプール1杯分だと正直に空が答えたところ、空は護からその半分くらいは食糧を積んでおけと説教された挙句、口止め料として護には明日の晩のおかずを献上し、夕立には新しい技を教える羽目になったのである

 

「……何が目的だニ"ャ」

 

空達がそんな事をしている間に傷猫が猫缶2つを完食し終え、空達に短い言葉で尋ねて来る。それを聞いた空達はすぐに傷猫に色々と質問し始めるのであった

 

まずこの傷猫の正体だが、元々は戦治郎達と同じく東京都町田市に住む野良猫達を束ねるボス猫だったらしく、野良犬との抗争の際命を落としてしまった様で、気付いたらこの姿になっていたと言うのである

 

「目が覚めたら真っ暗なとこに閉じ込められてたニ"ャ、んでそこで出せ!って叫びながら暴れたらリコリスなんたらとか言う奴の右腕をやってるアンタそっくりな姉ちゃんに捕まって、お前は私の艦載機なんだから大人しく私に従い決して逆らうな、もし逆らったらその命は無いと思えとか舐めたクチ利かれたニ"ャ、そんであまりにもそいつの態度がムカついたからそいつの足に唾吐きかけて、そいつの部屋の中で大暴れしてやったニ"ャ。その時に腹の下の奴とこいつの使い方を知ったニ"ャ」

 

傷猫はそう言って腹の下の魚雷に視線を送った後口の中から機銃を出す、傷猫の話をここまで聞いた3人はこいつの凶暴さに引くべきか、強硬派のリコリスの側近と思われる空母棲姫に哀れさを感じるべきかで悩み、揃って微妙な表情を浮かべるのであった

 

その後傷猫は強硬派深海棲艦の総本山を飛び出し、ひたすら北へと逃げ、休憩する為に下りた場所でハイイログマやオオカミの群れと激戦を繰り広げたり、追って来た強硬派を撒いたり、艦娘から追い回されたりしている内に、この海域に辿り着いたそうだ

 

「道中、全く飲まず食わずで移動してたもんだから、もう腹が減って死にそうだったニ"ャ。そんな時にアンタ達を見つけたもんだから、こうなったらぶっとばして食い物を奪うかって思って攻撃を仕掛けたニ"ャ」

 

「で、戦ってる最中に限界突破して墜落した訳ッスね……」

 

傷猫の話を聞いた護がそう言うと、傷猫は舌打ちしながら護の事を睨みつけ、護はその迫力に思わず気圧されて、思わずその身体をビクリと震わせる

 

「っと、そろそろ質問は終わりでいいかニ"ャ?まさかこれだけの為に俺に食い物を献上した訳じゃないだろ?」

 

「ああそうだ、先程の戦闘を見て思ったんだ、お前のその力が欲しいとな。どうだ?俺達と共に来る気は無いか?」

 

ある程度質問に答えた傷猫が、空の事を見据えながら目的について尋ねて来る。そんな傷猫の事を空もまた真っ直ぐ見据えながら、正直に自身の思惑を話すのであった

 

「俺は誰かの下に就く気は無いニ"ャ」

 

「そう言うと思っていた……」

 

傷猫がそう言って空の頼みを一蹴すると、それも想定内とばかりに空は傷猫の前に猫缶を置き、話を続ける

 

「だから取引だ、もしお前が俺達と共に来てくれるなら、出撃の度にこの猫缶を1つお前に譲ろう。食糧の安定供給が出来ないお前からしたら、悪くない条件だと思うのだが……、どうだろうか?」

 

「……3つ」

 

「2つまでが限度だな……」

 

「……寝床はどうなるニ"ャ?」

 

「俺のライトニングⅡの中になるな、余程の事が無ければ雨風も凌げるし、格納庫内にはお前達用の個別ベッドもトイレも完備している」

 

「……主従関係は?」

 

「無い、俺とお前は同等の立場として扱う、これでどうだ?」

 

「……及第点ってところだニ"ャ、いいニ"ャ、その話乗ってやるニ"ャ」

 

「感謝する」

 

こうして傷猫と空の取引は成立し、傷猫は空の艦載機となるのであった

 

その後、名前が無いと不便だと言う事で傷猫に名前を付ける事となり、話し合いの結果傷猫には『アグ』と言う名前が与えられるのであった

 

「よろしく頼むぞ、アグ」

 

「任せるニ"ャ、飯の分はしっかり働いてやるニ"ャ。っと腹が一杯になったら眠くなって来たニ"ャ……、悪いがちょっと眠らせてもらうニ"ャ……」

 

空とアグがこの様なやり取りを交わした直後、アグはライトニングⅡの上で眠ってしまうのであった

 

「このままライトニングⅡを動かせばこいつが落ちてしまうし、格納庫の中に入れても多少自力で動いてもらわんとベッドにいけない様になっているからな……。ワイルド達もさっきの戦闘でボロボロになっているから、流石にそんな身体でこいつを運んでもらうのも申し訳ない……、そう言う訳で頼めるか?」

 

「ぽいっ!」

 

空が困った顔で夕立に向かってそう言うと、夕立は元気よく返事を返し空から受け取った睡眠中のアグを起こさないよう優しく抱っこし、3人は戦治郎達が待つ拠点へと帰還するのであった




アグ……白猫戦闘攻撃機、一人称は俺、語尾はニ"ャ、猫缶2つを与えれば戦闘に参加してくれる


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貴方は骨抜き(物理)

空達がアグを仲間に加えた日の翌日、戦治郎と輝と大五郎は拠点の至る所に閃光迎撃神話を設置していた

 

「「ヒーコラヒーコラバヒンバヒンッ!ヒーコラヒーコラバヒンバヒンッ!!」」

 

戦治郎と輝がこの様な掛け声を発しながら、戦治郎は巨大なケーブルロールをいくつも担いで、輝は1つあたり22tを超える閃光迎撃神話を大量に詰め込んだせいで自力で動けなくなった自身の艤装を担いで、そして大五郎が地面に溝を掘りながら2人の後を追う様にして、2人と1匹はひたすらウェーク島内を駆け回る

 

昨晩、護から自身のレーダーがこの海域に来てから碌に仕事しなくなったと聞いた戦治郎が

 

「だったらこの海域でも仕事するレーダーを、今から作ればいいだろうっ!!!」

 

そう言って空とシゲまで集めて徹夜で作業を行い、遂にこの海域でも仕事をする拠点用、艦載用、艦載機用の3種類のレーダーを完成させたのである。まあ、そのせいで就寝時間直前までこの海域を調べていた空と護が、疲労の為ダウンしてしまったのだが……。因みにシゲは意地と根性で何とか耐えたそうだ

 

それは兎も角、これにより護とトムのミサイルによる攻撃も復活し、1人と1匹はこの海域で荷物化してしまう事態を無事回避する事に成功したのであった

 

因みに、ミサイル攻撃が復活したところでトムは単独でアグに再戦を挑み、見事勝利を収めるのであった。この戦いで負けてしまったアグは

 

「あのすばしっこいの、何かまだカードを持ってると思っていたが……、それがミサイル攻撃だったのは流石に想定外だニ"ャ、いくら逃げてもとんでもない速度で追っかけて来やがるし、撃ち落とせば撃ち落とすほど自身の視界が爆煙のせいで狭くなっていくとか……、インチキ兵器もいい加減にするニ"ャッ!!!まあ……、どんな手を使ったとしても勝ちは勝ちニ"ャ、そこだけは認めてやるニ"ャ……」

 

そう言ってアグは素直にトムの勝利を認めるのであった

 

話を戦治郎達に戻そう、現在戦治郎達が運んでいる巨大なケーブルロールは、先程話に出て来た拠点用レーダーと閃光迎撃神話を接続する為のケーブルなのである。まずは輝が閃光迎撃神話を設置し、それに戦治郎がケーブルを接続、その後大五郎が掘った溝にケーブルを埋めながら拠点に戻ってそのケーブルを今度はレーダーと接続、戦治郎達はこれらの作業を、今日だけで少なくとも150回は繰り返しているのである

 

「輝ぅっ!後いくつぅっ!?」

 

「まだまだぁっ!後100基はあるぞぉっ!!!」

 

「おっしゃっ!ガンガン取り付けてこの拠点ガッチガチにしてやろうぜっ!!!」

 

「「おおおぉぉぉーーーっ!!!」」

 

戦治郎と輝は走りながらこの様な会話を交わすと、2人揃って気合の雄叫びを上げながら作業を続けるのであった

 

「ご主人達は楽しそうだぁね~、まあそんなご主人達を見てたらおらも楽しくなってきただぁよ」

 

そんな2人の背中を見守りながら、大五郎はそう呟くのであった

 

 

 

そんな事を繰り返している内に、設置すべき閃光迎撃神話は残すところ後20基と言うところまで来た。230基目の閃光迎撃神話を接続し終えた戦治郎が、次の設置ポイントに向かおうと立ち上がったところで……

 

「戦治郎さ~ん!!大変ですぅ~っ!!!」

 

今日の予定は休息となっている阿武隈と天津風が、大慌てで戦治郎に駆け寄って来るのであった。よく見ると阿武隈が何かを背負っている様に見えるが……、あれは一体何なのだろうか……?戦治郎はそう思いながら2人に話しかける

 

「どしたよお前ら、そんなに慌てて……」

 

「それが……、私達と摩耶さん、木曾さんの4人で近くを散策してたら、大怪我を負った駆逐棲姫を見つけて……」

 

「その駆逐棲姫、神通さんと扶桑さんと同じみたいで、元艦娘の深海棲艦みたいなんですっ!」

 

慌てふためく2人を落ち着かせてから、戦治郎が何があったかを2人に尋ねると、2人はとんでもない事を言い出すのであった。それを聞いた戦治郎と輝に緊張感が走り、2人はその表情を引き締める

 

「それで、その駆逐棲姫は?」

 

戦治郎が真剣な面持ちで阿武隈達に尋ねると、阿武隈が自分の背を戦治郎達の方へ向ける。そこには苦痛に耐える様にその表情を歪める駆逐棲姫の姿があった……、と、よく見るとこの駆逐棲姫、何と右腕の骨が丸ごと抜き取られた様になっているではないか……っ!?それを目撃した戦治郎は、思わず目を見開いて驚愕するのであった

 

「それでその子に応急処置を施そうと近付いたところで、今まで見た事も無い深海棲艦が姿を現して、急に私達に襲い掛かって来たのよ……っ!」

 

「今、木曾さん達がその深海棲艦の足止めをしてくれてます!だから戦治郎さん!!急いで木曾さん達のところへっ!!!」

 

「分かったっ!お前らはすぐ悟のとこ行ってその子を診てもらえっ!!行くぞ輝っ!!大五郎っ!!!」

 

「合点承知の助っ!!!」

 

「承知しただぁよ、ご主人~!!!」

 

戦治郎達はこの様なやり取りを交わし、戦治郎、輝、大五郎はかすかに残る阿武隈達の足跡を辿って現場へ急行し、阿武隈達は悟の下へと走り出すのであった

 

その道中、戦治郎は先程見た駆逐棲姫の腕の事を思い出すと、急に胸騒ぎを覚える……。この戦い、何事も無ければいいんだが……、戦治郎は1人内心でそう呟きながら木曾達の下へと急ぐのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら大丈夫かっ?!って、あれは……っ!?」

 

現場に駆け付けた戦治郎が、木曾達と対峙する深海棲艦を見て思わずその目を見開いてしまう

 

今木曾達が対峙している深海棲艦、それは異様な雰囲気を纏った深海双子棲姫だったのである

 

「なんだありゃっ!?1つの艤装に人型2つ?!おい戦治郎、あいつら一体何モンだっ!??」

 

「ありゃ深海双子棲姫って言う2人で1つの深海棲艦だ……、気を付けろよ輝……、あいつらタダモンじゃねぇぞ……」

 

「そりゃ見りゃ分かる……、あいつら、どっか何か変だわ……」

 

深海双子棲姫の事をしっかりと見据えながら、輝と戦治郎がこの様な会話をしていると、戦治郎達の存在に気付いた木曾達が後方に勢いよく飛び退いて来て、戦治郎達と合流するのであった

 

「来てくれたか旦那っ!」

 

「これで何とかなりそうだな……」

 

摩耶が嬉しそうに戦治郎達に話しかけ、木曾はそう言って安堵の息を吐くのであった

 

「遅くなってすまん、んで、状況は?」

 

「正直、攻めあぐねいてる……」

 

「下手にあいつらに手を出すなって、あたし達の直感が言ってんだ……」

 

戦治郎が2人に状況を尋ねると、2人は苦い顔をしながらこの様に返すのであった

 

それについては戦治郎も、そして隣にいる輝も恐らく思っている事だろう……。あいつらに不用意に近づくな、あいつらは非常に危険だ……、戦治郎の直感もその様な感じで警鐘を鳴らしていた……。と、その時である

 

「「キキーッ!!!」」

 

深海双子棲姫がまるで猿の様な声を上げながら、2匹同時に飛び掛かって来たのである。それに反応した4人は急いで散開し、深海双子棲姫の攻撃を躱そうとするのだが……

 

「うっそっ!?マジかよっ?!」

 

戦治郎が黒い方の攻撃を避けた直後、白い方が時間差で戦治郎の頭にその手を伸ばす。この姿勢のままでは回避出来ないっ!戦治郎がそう思った瞬間、戦治郎と双子の白い方の間に巨大な何かが割って入って来る。そう、大五郎の腕である

 

「させねぇぞぉっ!!!」

 

大五郎が叫んだところで、白い方の手が大五郎の腕に触れる。すると……

 

「ごお"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"---っ!!!」

 

大五郎が悲痛の叫びを上げる、何とこの深海双子棲姫の白い方、大五郎の腕に触れた瞬間大五郎の腕の肘から先の骨をそれはそれは綺麗に、鮮やかに抜き取ってしまったのである

 

「大五郎おおおぉぉぉーーーっ!!?」

 

その光景を目の当たりにした戦治郎の絶叫が、大五郎の悲鳴と共に辺りに響き渡るのであった……



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死霊使いと眷属

「大五郎っ!?大丈夫かっ?!」

 

大五郎に庇ってもらったおかげで難を逃れた戦治郎が、大五郎の腕の骨を抜き取った双子棲姫の白い方を派手に蹴り飛ばして自分達から無理矢理離れさせ、大慌てで大五郎の下へ駆け寄り声を掛ける

 

「ご主人の方は無事だったみたいだぁね……、よかっただぁよ……」

 

骨を抜き取られた腕から夥しい量の血を流しながらも、大五郎は自身の主人の無事を確認すると、激痛を堪えている為か途切れ途切れに返事をする

 

戦治郎と大五郎がこの様なやり取りを交わす中、問題の双子はと言うと、白い方が先程抜き取った大五郎の腕の骨を振り回して遊び始め、その様子を見ていた黒い方が自分も遊びたいと思ったのか、大五郎の腕の骨に飛びついて両者は腕の骨の奪い合いを始めるのであった

 

「ばっきゃろうっ!!!俺の事より自分の事を心配しろっ!!!」

 

戦治郎はそう言って大五郎の応急処置を始め

 

「直感を無視してたら、俺達もこうなっていたのか……」

 

「下手に仕掛けて、カウンターで頭蓋骨や肋骨引き抜かれてたらヤバかったな……」

 

大五郎の腕が抜き取られる瞬間を目の当たりにした摩耶と木曾が、冷や汗を流しながら互いにそう呟く

 

「下手に近寄れねぇって、この面子だと厄介過ぎんだろ……」

 

件の双子をしっかりと見据えながら、輝がそう呟いて舌打ちする

 

当の双子はと言うと、骨の奪い合いをしていたら尺骨と橈骨が分離してしまった事で、白い方と黒い方両方に骨が行き渡る事となり……

 

「ウキー!ウキキー!」

 

「ウキャキャ!キキー!」

 

双子はこの様な声を上げながら、輝達の前で満面の笑みを浮かべながら、大五郎の骨でチャンバラを開始するのであった

 

と、その時だ

 

「てめぇら……、大五郎にこんな仕打ちしておいて……、タダで済むと思ってんじゃねぇぞ……?」

 

大五郎への応急処置を済ませた戦治郎が、ヨイチさんを片手にユラユラと身体を左右に揺らしながら、そう呟いて双子の方へと向き直る。そして次の瞬間……

 

「くたばれオ"ラ"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"---っ!!!」

 

戦治郎は咆哮を上げながらヨイチさんを双子に向かって発射する

 

「「ウキ?……キキャーッ?!」」

 

チャンバラ中の双子が戦治郎の叫びを聞いて、何事かと思い不思議そうな顔をしながら声の方へと顔を向け、自分達に迫りくる砲弾の嵐の存在に気付くと大慌てで逃げ惑い始めるのであった

 

「木曾っ!」「ああっ!」

 

摩耶の呼び掛けにすぐに反応する木曾、そして2人は戦治郎に加勢する様に自分達の艤装に取り付けられた主砲を双子に向かって撃ち始める

 

「ウキャー!?キャッキャー!!」

 

「ウキキャー!キャキーッ!!!」

 

戦治郎達が放つ砲弾の嵐に動揺した双子が、何か話をし始めた様だが何を言っているのかさっぱり分からない……

 

「これでも……、喰らいやがれえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

と、そんな中、輝がバルディッシュの刃をオーバースローで投擲し、その時の身体の回転を利用して素早く背中のハンマーを引き抜いて、自身の艤装を思いっきり殴り飛ばす

 

「キッキキーっ!?キキキーッ?!」

 

「キャキャキー!!kべぶらっ!!?」

 

その様子を見ていた双子が、驚いた様子で会話をし輝の攻撃を急いで回避しようとするのだが、戦治郎達の砲撃に阻まれて上手く回避出来なくなってしまい、結局白い方が目測速度500km/hで迫り来る、重量440tオーバーにもなっている輝の艤装の直撃を受けて、大五郎の骨を持ったまま豪快に吹っ飛ばされてしまうのであった

 

「キキャキーッ?!?」

 

「他人の心配たぁ余裕だなぁっ!!!え"ぇ"お"い"ぃ"っ!!?」

 

驚愕の表情を浮かべながら、お星様となってしまった白い方が飛んで行った方へ顔を向けていた黒い方へ、戦治郎が鬼の形相をしながらそう言い放ち、これでもかと言うくらいにヨイチさんの砲弾を叩き込む

 

それでも黒い方は、苦い表情を浮かべながらも何とか戦治郎達の攻撃を回避し耐え凌ぐ。しかしそれも時間の問題の様で、時間が経つに連れてその表情に疲労の色も混ざり始める……

 

「第二打、いっくぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

そんな事をしていると、どうやら輝の艤装ノックの準備が整った様だ

 

「やれ、輝うううぅぅぅーーーっ!!!」

 

「おっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎の号令の下、輝が先程と同様に艤装をハンマーで殴りつけて、黒い方目掛けて艤装を打ち出す。それを目の当たりにした黒い方が、悔しそうに顔を歪めたその時だ

 

「デュフフ……、帰りが遅いと思ったらこんなところにいたんですなぁ……、さぁ帰りますぞボーン、ここは飛行場姫様が立ち入り禁止に指定した場所ですぞ?長居していたら某が怒られてしまいますぞ?」

 

突然海の方から海峡夜棲姫が姿を現すなり、そう言いながら懐から取り出した小袋を黒い方の足元に投げつける。無事に小袋が黒い方の足元に届いた事を確認した海峡夜棲姫が、何やらブツブツと言い始め……

 

「さぁ皆さん、ボーンの壁となるのですぞっ!」

 

海峡夜棲姫がそう言い放った直後、小袋が急に足元の砂などを勢いよく吸い始め、それが止まるや否や小袋が弾け飛びその中から大量の深海棲艦や、真っ白な肌をした艦娘が飛び出して来て、ボーンと呼ばれた双子の黒い方の前に群がり始めるのであった

 

そして輝が打ち出した艤装は、その深海棲艦と艦娘の塊に直撃すると勢いが完全に殺されてしまったのか、その場で完全に停止してしまうのであった……

 

「「「「はぁっ?!!」」」」

 

その光景を目の当たりにした4人が、輝の艤装が激突したショックで弾け飛び、空中に舞い上がった深海棲艦と艦娘の肉片が飛び交う中、驚愕のあまり揃ってこの様な声を上げる

 

「デュフフフフ……、皆さん驚いておりますなぁ……、本当はここで挨拶の1つくらいしておくものだと思いますが、そんな事をして飛行場姫様の機嫌を損ねてしまえば、飛行場姫様のおみ足をスリスリすると言う某の野望が達成出来なくなってしまうかもしれませぬからなぁ……、デュフフフフ……」

 

愕然とする戦治郎達の様子を見ながら、海峡夜棲姫が不気味な笑い声と共に気持ち悪い発言をする。そして……

 

「さぁ、今の内に帰りますぞボーン、スカルの方はちゃ~んと某が助けておいたので心配する必要はありませんぞ?っと言う訳で某達はこの辺りでドロンさせてもらいますぞ。デュフフフフフフフフ……」

 

海峡夜棲姫はそう言うと、ボーンを連れてウェーク島から離れていき、その途中でこちらに振り向きもせず、背を向けたまま指を鳴らすと、先程出現した深海棲艦と艦娘の群れは砂となりボロボロと崩れ出すのであった……

 

「……何だったんだありゃ?」

 

輝が呆然としながらそう呟くと

 

「俺達にも分からねぇよ……」

 

「喋り方がウザくて、言ってる内容もキモいってのは間違いないけどな……」

 

唖然としたまま木曾と摩耶がそう返す、と、その時だ

 

「危機が去ったんならこれ以上ここにいる義理はねぇ!輝は大五郎運ぶの手伝え!木曾と摩耶はさっきの奴が残した小袋とその小袋から出て来た奴らが崩れた時出て来た砂を、ほんの少しでいいから回収しておいてくれっ!!!」

 

戦治郎が大声で指示を出し、木曾と摩耶が言われた通りに小袋と砂を回収すると、戦治郎達はすぐさまこの場を離れ、拠点へと大急ぎで戻るのであった

 

 

 

その後、拠点に戻った戦治郎は悟と寝ているところを叩き起こした空と協力して、大五郎と阿武隈達のおかげで元の記憶と姿を取り戻した駆逐棲姫、白露型駆逐艦5番艦 春雨の腕に入れる人工骨格を作ると共に、先程回収した砂の分析を行った

 

その結果、この砂の中には微量ながら深海棲艦と艦娘の骨粉が混ざっていた事が判明するのであった……



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ミッドウェーの不愉快な仲間達

戦治郎達が大五郎と春雨の為に人工骨格を作ったり、回収した砂の分析を進めたりしている頃、ミッドウェー島にある飛行場姫の拠点では……

 

「貴方達が儀式とやらで生贄として使おうとしていた艦娘達が、隙を見て脱走したからそれを捕まえる様にと貴女が指示を出した、と……」

 

「はい、その通りでございます……」

 

飛行場姫の趣味で作られた執務室と言う名の謁見の間にて、部屋の中央最奥に設置された玉座に座り腕と脚を組んだ飛行場姫が、自身の前で顔を伏せ片膝を突いて佇む欧州棲姫に向かって尋ねると、欧州棲姫はその姿勢を崩す事無く飛行場姫が言っている事を肯定する

 

「で、その結果生贄を取り逃した挙句そっちにいる貴女の部下とそのペットが、立ち入り禁止指定したウェーク島に侵入し、長門屋海賊団の連中に秘密にしておきたかった貴方達の存在がバレてしまった、と……」

 

「はい……、誠に申し訳ございません……」

 

飛行場姫続けてそう尋ねると、欧州棲姫は先程と同じ姿勢のまま謝罪の言葉の述べるのであった。その反応がつまらないと思ったのか、飛行場姫は眉を顰めながら欧州棲姫から視線を外すと、その隣に欧州棲姫と同様に片膝を突いて佇んでいるものの、鼻息を荒げながらその目をガン開きして、自分の足を注視する彼女の部下である海峡夜棲姫の姿があった

 

その後ろには、長門屋海賊団と接触するというポカをやらかしてしまった彼のペットである深海双子棲姫が、後ろ手に拘束された状態で不満そうな表情を浮かべながら、両膝を付いて佇んでいた。拘束されている理由については、こいつらの『手で生物に触れた際、触れた部位の骨を抜き取る』と言う能力を発動させない為である

 

「先程からシスター・エリカばかりが謝罪してるけど、山城 駆(やましろ かける)、やらかしたペットの飼い主である貴方からは、何か言う事はないのかしら?」

 

シスター・エリカと呼ばれる欧州棲姫の謝罪の言葉を聞き飽きていた飛行場姫は、悪戯半分で山城 駆と呼ばれる海峡夜棲姫に尋ねる。すると駆は……

 

「太ももスリスリ!ふくらはぎスリスリ!そのおみ足で某をどうか踏んづけて欲しいのですぞっ!!!(今回の件は某の躾不足が最たる原因、今後この様な事が無い様スティーラーズを厳しく躾ける所存にございますぞっ!!!)」

 

駆は目を血走らせながら、全身全霊の力を込めてそう叫ぶのであった。この時、飛行場姫は駆に冷ややかな目を送りながら、変な気起こすべきじゃなかったと己の迂闊さを内心後悔した

 

そして駆のそんな変態発言を聞いたシスター・エリカは……

 

「……アルバート」

 

「はっ!」

 

駆の反対側に佇む北端上陸姫のアルバート=ザハウィーに声を掛ける、するとアルバートはエリカが言おうとしている事を察し、力強く返事をするとすぐに駆の方へ歩み寄り……

 

「フンッ!!」

 

掛け声と共に腰に差していたエストックを、鞘を付けたまま駆の脳天に勢いよく振り下ろすのであった

 

「オウフッ!アルバート殿っ!?いきなり殴るとは酷いですぞっ?!」

 

殴られた痛みで駆は我に返り、先程殴られた頭を手で摩りながらアルバートに抗議する。その際、駆の後ろにいたスティーラーズと呼ばれている深海双子棲姫、白いスカルと黒いボーンが飼い主である駆の真似をしてキーキーと声を上げるのであった

 

「貴様が下劣な発言をするからだっ!全く……、貴様がそんな調子だからリコリス様に協力を申し出た際、品格を疑われ断られてしまったと言うのに……」

 

アルバートは抗議する駆に向かって一喝した後、ブツブツと小言を言いながら先程自身が佇んていた場所へと戻って行く

 

(この男が如何わしい事を言わなかったとしても、リコリス姉様はその申し出を断っていたでしょうね~……。リコリス姉様は純粋な深海棲艦による世界の統治が目的だし……)

 

アルバートの言葉を聞いた飛行場姫が内心で独り言ちる、そう、この飛行場姫は強硬派深海棲艦の現トップであるあのリコリス棲姫の妹なのである

 

彼女はその高過ぎるプライドのせいで時代の流れに取り残されかけている姉とは違い、仲間に加わろうとしている者は例え転生個体であったとしても快く引き入れ、戦力を増強しているのである。そして……

 

(まあ、そのおかげでこっちも下克上し易くなってるんだけどね……。今に見ていなさい、リコリス姉様……、いつかきっと私はこいつらの力を使ってでも、貴女を強硬派のトップの座から引きずり降ろしてやるんだから……っ!)

 

とまあ、こんな感じで強硬派深海棲艦のトップになると言う野望を持っていたりするのである

 

「飛行場姫様……、飛行場姫様……っ!」

 

飛行場姫が内心で打倒リコリスの為に気合いを入れていると、不意に囁くように声を掛けられる。それによって我に返った飛行場姫が慌ててそちらに顔を向けると、そこには以前ウェーク島の拠点を任せていた自身の右腕である中間棲姫が立っていた

 

「そろそろ切り上げないと、後のお仕事に支障が出てしまいますよ……?」

 

「そうね……、いい加減こいつらの漫才も飽きて来た事だし……」

 

これ以上こいつらの相手をしていると、まだ残っている今日の執務に差し支えるとひそひそ声で伝えて来る中間棲姫に対し、飛行場姫は同じ様にひそひそ声でこの様に返し

 

「取り敢えず脱走した艦娘については貴方達の方で何とかしなさい、そして駆に関してはそのお猿さん達をしっかり躾けて、今後このような事が無い様にしておきなさい。ああ、それともし脱走した艦娘が海賊団の手に渡った時の事や、誤って沈めちゃった時の事も考慮して、新しい艦娘をプロフェッサーから購入しておくわ。で、その代金としてエリカの結界だったかしら?アレの影響を受けなくなるお守りをプロフェッサーに渡すから、今持ってるなら今すぐ私にそれを渡しなさい。いいわね?」

 

シスター・エリカ率いるアビス・コンダクターの面々に向かって、声高らかにそう言い渡すのであった

 

その後、アビス・コンダクターの面々は一斉に返事を返し、エリカはアビス・コンダクターに所属する者全員に渡した、一定範囲内の相手を自身が張った結界の中に閉じ込めると言うエリカの能力、『sanctuary(聖域)』の影響を受けなくなると言うロザリオを、言われた通りに飛行場姫に手渡して、アルバートと駆、そして駆のペットであるスティーラーズを連れて謁見の間を後にするのであった

 

 

 

「さてシスター・エリカ、脱走した艦娘はどうするんだ?」

 

謁見の間を出た後、アルバートが自分の前を歩くエリカに尋ねる。現在この場にいるのはエリカとアルバートの2人だけ、駆は用事があるからと言ってスティーラーズを連れて、早々にミッドウェーの拠点内部にある自室に戻ってしまったのである

 

「そうですね……、生贄の準備は急いだ方が良いと言えば良いのですが……、脱走した者を探し出して捕まえるのは時間が掛かり過ぎる様な気がするのです……。それに飛行場姫様が新しい生贄を準備して下さるとの事でしたから……、いっそ脱走した艦娘達には貴方のところの戦い慣れていない方々の為の練習用の的になってもらいましょう。そうすればあの悪魔の眷属共も、きっと我々の神の偉大さを知って改心してくれるでしょうから」

 

アルバートに質問されたエリカは、最初の方こそほんの少し困った様な顔をしていたのだが、最後のあたりはまるで天使の微笑みとでも言えばいいのかと思う様な、素晴らしい微笑みを浮かべながら、途轍もなく物騒な事を言い出すのであった

 

エリカの言葉を聞いたアルバートは、すぐさま返礼すると自身の部下である狂信者達に指示を出す為に、エリカを残してその場を後にする。そしてその場に独り残されたエリカは、天使の様な微笑みを崩す事無く、胸元にあるロザリオを握り締めながらこう呟くのであった

 

「ルルイエに住まう神々よ……、どうか我らに力をお貸しください……」



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アルバート=ザハウィー

飛行場姫の執務の補佐を終え、自室に戻っている途中で中間棲姫は思わず溜息を吐いた

 

転生個体と関わってから、彼女はここ最近ずっと碌な目に遭っていないのである

 

先ず最初に彼女達の前に姿を現したのはプロフェッサーだった、彼は今まで見た事も無い兵器や、深海棲艦や転生個体では到底入手出来ない様な情報を飛行場姫に売り、その兵器の優秀さや情報の精度から彼はすぐに飛行場姫の信頼を勝ち取ったのである。その結果、飛行場姫は転生個体への認識を改め、転生個体を自分達の軍勢に数多く登用する様になったのだ

 

そんな中、飛行場姫はプロフェッサーから日本海軍がこのミッドウェーに大規模な攻撃を仕掛けようとしていると言う情報を手に入れ、それを迎え撃つ為に今まで以上の勢いで転生個体を集め始めたのである

 

そんな最中、あのアビス・コンダクターの連中が飛行場姫の前に現れ、何と無償で協力を申し出て来たのである

 

この時、飛行場姫はアビス・コンダクターの連中が纏う怪しげな雰囲気を流石に訝しみ、彼女はアビス・コンダクターの連中の実力を確かめる為に、最近ミッドウェー付近に姿を現す艦娘達をどうにかする様にと命令を下すのであった

 

それからは早かった……

 

アビス・コンダクターの連中は、その命令が下されるや否や、ものの数分でその艦娘達を全員捕まえ、拷問の末艦娘達が持っている情報の全てを引き出して見せたのである

 

これにより、プロフェッサーが言っていた事が事実であった事、転生個体の集団であるアビス・コンダクターの実力が本物であった事、これら2つの事柄が合わさった事で飛行場姫の中での転生個体の株が爆上がりしたのである

 

その結果、今まで彼女の右腕として頑張って来た中間棲姫はウェーク島の指揮を任され、飛行場姫の周りはアビスコンダクターを中心とした転生個体で固められるのであった

 

左遷同然にウェーク島を任された中間棲姫は、しばらくの間鬱屈した日々を過ごすのだが、ある日彼女は飛行場姫からある頼み事をされるのだった

 

それがあの戦闘狂を超越した、修羅としか形容しようのない戦艦水鬼改の転生個体の身柄を預かり、可能であれば説得し自分達の仲間に引き込んで欲しいと言うものだったのである

 

中間棲姫はその任を成功させ、その功績を以てミッドウェーに返り咲こうと画策するのであった。尤もそれは戦艦水鬼改の暴走によって拠点が壊滅した直後、長門屋海賊団に拠点を乗っ取られると言う最悪の形で実現してしまう訳だが……

 

形はどうあれ、中間棲姫は飛行場姫の右腕のポジションに返り咲いた訳だが、頼まれていた戦艦水鬼改の説得に失敗した挙句、拠点を海賊団に奪われ情報を吐かされただけで留まらず、警告の為のメッセンジャーとして使われた事が彼女の中で尾を引いており、彼女は非常に肩身が狭い思いをするのであった。そんな彼女に対して、飛行場姫は

 

「こればかりは、運が悪かったと思うようにしなさい」

 

と、慰めの言葉を掛けたのだが、それは中間棲姫にとっては追い撃ちにしかならなかったのであった……

 

その時の事を思い出して、憂鬱になった中間棲姫が再び溜息を吐いたところで、不意に外から雄々しい声が複数聞こえて来る

 

「貴様らの敵は誰だっ!!?」

 

\腐れ切った人類だっ!!!/

 

「我らは誰の味方だっ!?!」

 

\神の御使い深海棲艦っ!!!/

 

「我らが崇めるべき神は誰だっ?!!」

 

\神聖なるルルイエに住まう崇高なる神々だっ!!!/

 

その声量に驚いた中間棲姫が思わず外の様子を窺うと、そこには狂信者達に戦闘訓練を受けさせるアルバートの姿があった

 

アルバート=ザハウィー、この北端上陸姫となった男はイギリスの大富豪の息子だったらしいのだが、父の会社が経営悪化で倒産してしまい、それはそれは苦しい生活を余儀なくされるのであった

 

その後、何とか資金を集めた彼は起業のノウハウを学ぶ為、海外留学を決意し単身飛行機に乗って海外に飛ぶのだが、運悪く彼が乗った飛行機は大規模な事故を起こし、彼はその事故に巻き込まれて亡くなってしまうのであった

 

そうして気が付けば彼はこの世界に転生し、右も左も分からない状態だった彼をシスター・エリカが拾い、彼をアビスコンダクターに加入させたのである。その為彼は、シスター・エリカを呼び捨てにこそしているが、基本彼女に忠誠を誓っているのである

 

そんな彼は、幼少の頃から続けていたフェンシングの技術を活かして、敵対する存在を悉く葬り去る騎士となり、いじめや差別などが原因で人類を強く恨むようになった転生個体達を、エリカと共に深海棲艦とルルイエの神々の素晴らしさを説いて狂信者に仕立て上げた上でまとめ上げているのである

 

さてこの男、一見すると特に問題点が見当たらない良識人の様に見えるが、実はたった1つとんでもない悪癖があり、その内容は自身に都合が悪い事があった場合、その全てをある男のせいにし、激しく怒り狂うと言うものである。その男の名は『長門 戦治郎』、あの長門屋海賊団のリーダーである男である

 

アルバートは幼少の頃、戦治郎のせいで大衆が集まる社交パーティーの会場で、大恥をかかされたと言うのである。それが原因で彼の父の会社の傘下にいた企業が、傘下から抜けた挙句、長門コンツェルンの傘下に入ったなどと言っているが、恐らくそれは彼の妄言だろうと中間棲姫は思うのであった

 

それは兎も角アルバートは今現在、狂信者達に銃剣銃を使っての戦闘方法を指導しているのだが、中間棲姫は艦娘や深海棲艦にはそんな銃での攻撃は通用しないと分かっているのも関わらず、何故そんな事を狂信者達に教えるのだろうか、そんな事が何に役に立つのだろうかと、眉を顰めながら思うのであった

 

尤も、中間棲姫はその銃剣銃がプロフェッサーからもたらされた、艦娘も深海棲艦も倒す事が出来るとんでもない代物である事を知らないので、こういう風に思ってしまった訳なのだが……

 

アルバートの無駄な訓練をこれ以上眺めているのは時間の無駄だ、そう思った中間棲姫はアルバート達から視線を外し、再び自室へ向かって歩みを進めるのであった

 

と、その道中で偶々通りかかった部屋の前で、彼女はまるで呪詛の様な言葉を耳にするのであった

 

「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……」

 

思わずギョッとした中間棲姫は、何事かと思いながらその声が聞こえて来る部屋の扉をノックする。するとノックに反応して部屋の中がバタバタと騒がしくなったかと思ったら、すぐに静まり返ってしまう。中間棲姫は不思議に思いながら扉を開けると……

 

「これはこれは中間棲姫殿……」

 

そこには肩で息をする変態……、山城 駆が部屋の入口に立っていたのである。駆は来訪者が中間棲姫である事を確認すると……

 

「そのたわわに実った胸の谷間に、顔をうずめて窒息してもよろしいですかな?(某の部屋に一体何用ですかな?某の部屋には中間棲姫殿が喜びそうな物は無いと思うのですぞ?)」

 

すぐさまセクハラ発言を発する、それに対して中間棲姫は駆を睨みつけると同時に、その頬に思いっきりビンタをお見舞いしてやるのであった。尚、ビンタをもらった駆は……

 

「ありがとうございますっ!!!」

 

と、中間棲姫に礼を述べそれはそれはいい笑顔を浮かべながら吹っ飛び、部屋の入口の壁に勢いよく激突するのであった

 

この時、駆をビンタした際彼の部屋の奥にあるクローゼットの扉が、ガタリと音を立てて揺れた事に中間棲姫は気付く事が出来なかったのであった……



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山城 駆

山城 駆は本当にどうしようもない男だった

 

高校生になっても伸びる気配がしない156cmという低身長、指いらずと揶揄される醜悪な顔の造形がコンプレックスとなり、彼は高校2年になると同時に引き籠り生活を始めるのであった

 

それから時が過ぎ、彼は30代半ばを過ぎたにも関わらず、定職どころかバイトの1つもやった事が無く、ただただ親の脛をかじって生きていき、両親もいつかきっと部屋から出てくれるだろうと彼の事を信じ、彼の事をとことんまで甘やかしていた

 

そんなある日、温泉旅行に行った彼の両親が事故に巻き込まれて2人揃って亡くなってしまう。普通の人間ならば両親の死を大いに悲しむところなのだが、この男は収入減が減ったと内心で舌打ちしながら、涙を流すなどと言う事は一切せず、ただ事務的に、淡々と両親の葬儀を済ませ、いつも通りの日常に戻ったのである

 

その後の彼は両親が遺した家に引き籠り、遺産を食い潰しながら毎日の様にオカルト関係のサイトとアダルトサイトを巡り、艦これを含む様々なゲームを貪りながら、本人にとって充実した毎日を満喫するのであった

 

脂質の多い食べ物を好んで食べ、風呂に入る間も寝る間も惜しんで長時間ゲームやサイト巡りに没頭していた彼の容姿は、日に日に醜悪さを増していくのであった。高カロリーなものを好んで食べていながら碌に運動もしていなかったが故にその身体は凄まじい勢いで肥え太り、それが原因で皮脂の分泌量が増えているにも関わらず、碌に風呂に入っていなかったが故に頭髪が見る見るうちに減っていき、1日中パソコンの画面ばかり見ていたせいで視力も著しく低下してしまう

 

その結果、彼はチビデブハゲ眼鏡の童貞キモメンキモオタヒキニートという数え役満級のろくでなしになるのであった

 

そんな彼の人生は、唐突に終わりを迎える。乱れに乱れた食生活、風呂にも入らなければ掃除もしないと言う不衛生的極まりない生活環境、狂い切った生活習慣などの付けが回り、彼は重い病気にかかってしまい、誰にも看取られる事無く独りで床の染みとなってしまったのである

 

その後、彼は気付けば海の上にいた。自分の身に一体何が起こり、どうして海の上にいるのか、それらを知る為に彼が辺りをキョロキョロと見回した時、彼はある物を発見する。そう、それは海峡夜棲姫の艤装であった

 

海峡夜棲姫の艤装を見た直後、彼は直感めいた何かに従ってすぐさま自身の今の姿を確認する。するとそこには、海峡夜棲姫となってしまった自分の身体があったのである

 

それを見た彼は、驚くより早く、歓喜の声を上げた。自身のコンプレックスが一掃され、自分が愛した深海棲艦の姿になった事、彼はそれが嬉しくて嬉しくて仕方が無かったのである

 

そう、彼は艦娘ではなく深海棲艦を愛した提督だったのである。深海棲艦の活躍を見たいが為に、イベントの度にイベントクリア用の艦娘とは別にイベントMAPの数と同じ数の同じ艦娘を、有り余る時間を使って揃えて各MAPで1人ずつ轟沈させるなどと言う行為を、嬉々としてやっていたのである

 

そんな彼が歓喜の叫びを上げていると、何処の所属かは分からないが艦娘の艦隊が彼の前に姿を現した。彼の存在に気付いた艦娘達が、彼を倒そうと攻撃準備を始めたところで、彼は艦娘達をテンションが赴くままに、一切の躊躇いも無く皆殺しにしてしまうのであった

 

その後、我に返った彼が自身の手に握られた艦娘の腕に頬擦りをしながら

 

「どうせなら、彼女達の身体をもっと満喫してから沈めればよかったですなぁ~……。ついついテンションに任せて勿体ない事をしてしまいましたぞ……」

 

残念そうにそう呟いた時だった、急に彼の足元にある海水が彼が頬擦りしていた腕に集まり始め、ある程度の量が集まったところで海水が形を変えていき、海水の塊はやがて先程彼が沈めた艦娘になってしまうのであった。ただ1つ、海水で出来たその艦娘の肌が、まるで死人の様に真っ白な肌になっていると言う違いがあったが……

 

その光景を目の当たりにした彼は、自身の知識をフル動員して思考を巡らせ、ある結論に至ったのである。それは自身が海峡夜棲姫になったと同時に、死霊使いになったと言うものである。それに気付いた彼は、先程よりも大きな声で歓喜の声を上げるのであった

 

それからというもの、彼は自身が殺した艦娘や艦娘に沈められた深海棲艦を配下に引き込み、盗人猿が転生して生まれた深海双子棲姫を餌付けして、白い方をスカル、黒い方をボーン、2匹まとめてスティーラーズと命名してから自身のペットにし、道中で出会った同志を仲間に加えながら至る海域で暴れ始めるのであった

 

そんなある日、彼は彼と同じ様に多くの仲間を引き連れた欧州棲姫と出会う。そして彼は彼女が手にするとある本に強く興味を示し、それを見せてもらう事を条件に、彼は彼女の傘下に、アビス・コンダクターに加わる事にしたのである

 

その本の内容を確認し終えた駆は、ある呟きと共に不気味な笑いをつい漏らしてしまう……

 

「これが実在するなら……、きっと他の魔道書も……、デュフフフフ……、これは面白くなりましたぞ……」

 

その呟きの後、駆は先程読ませてもらった本を、『ルルイエ異本』を持ち主である欧州棲姫であるシスター・エリカに返却するのであった……

 

 

 

時間は戻り、自身に強烈なビンタをお見舞いした中間棲姫の姿が見えなくなると、駆は部屋の奥に向かってこう言い放つ

 

「もう出て来てもいいですぞ」

 

その直後、部屋の奥にあるクローゼットから人影が現れるのであった

 

「何故俺が隠れなければならんのだ……」

 

クローゼットから現れた戦艦水鬼改が不平を漏らす

 

「防人、貴方はあの人に何をしたか覚えておりますか……?」

 

「知らんっ!!!」

 

防人と呼ばれた戦艦水鬼改がそう答えると、駆はすぐにその右手を何かを鷲掴みするように握り始める。すると……

 

「ぐぬ"う"う"う"ぅ"ぅ"ぅ"---っ!!?」

 

突然戦艦水鬼改が胸を抑えながら蹲り始める

 

「貴方はあの人にとんでもない迷惑をかけているんですぞ?貴方の存在そのものが、あの人のトラウマになってるかもしれないのですぞ?そんな存在が同じ敷地内にいる、それがバレたら何が起こるか分かったものではないのですぞ?」

 

そう言いながら、駆は右手をグニグニと動かす。するとそれに連動しているかの様に、駆から防人と呼ばれた戦艦水鬼改は苦しみ悶えるのであった

 

駆が今右手に握っているもの、それは現状駆以外には見る事が出来ないが、この防人という戦艦水鬼改の魂なのである

 

駆はある日、自分の兵を増やそうと死体探しをしている時、ウェーク島の近くでこの陸奥守 防人(むつのかみ さきもり)と言う名の戦艦水鬼改の転生個体の死体を発見したのである

 

駆はそれを嬉々として持ち帰り、自身の能力で兵士に仕立て上げようとしたのだがそれが中々思う様にいかず、日を改めて今日この日、つい先程、改めて自身の能力を使用した際ようやく死体を動かす事に成功したのだが、予想外の事態が発生したのである

 

何とこの死体、自我を持っていたのである。そしてこの死体、防人は動き出したかと思えばすぐさま駆に襲い掛かって来るという、自分の能力で作られた兵士には絶対に出来ない事をやってみせたのである

 

駆は防人の攻撃を避けている最中に偶々見つけた防人の魂を捕まえ、それを人質に防人に言う事を聞かせる事に成功するのであった。その後、駆は頭を抱えながらまるで呪詛を唱える様に失敗したを連呼し、それが外に聞こえてしまったのかその直後に心配した中間棲姫が部屋を訪れたので、駆は急いで防人をクローゼットに押し込んだのである

 

「取り敢えず、某がいいと言うまでこの部屋で大人しくしてるんですぞ?」

 

駆はそう言いながら右手に力を込める、すると防人はその苦しみに耐えきれなくなったのか、気絶し倒れ込んでしまうのであった

 

「全く……、スティーラーズと言い、こいつといい……、もうちょっと大人しく某の言う事を聞いて欲しいものですぞ……」

 

駆はそう呟くと、自分達の寝床でグースカと眠っているスティーラーズと先程気絶した防人を一瞥し、溜息を吐くのであった




ネクロマンシー

山城 駆の能力で、死体や身体の一部を使用して自分の思うがままに操れる兵士を作る能力

身体の一部を使用する時は、それをコアにして土や砂、海水、肉片をコアに纏わせてコアの基となった存在を再現し、兵士として使役する事が出来る

ただ、防人の場合、身体に染みついていた戦いを渇望する闘志が新たな魂を形成してしまった為、自我を持ち、自分の意思で動けるようになっている。その魂は潰されてもまた同じ様なのが作られる様になっている


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春雨の願い

「ん……」

 

意識を取り戻した春雨は、自身を優しく包み込む柔らかな何かに疑問を覚えながら、その重い瞼を開く。すると……

 

「よぅ、お目覚めかぁ?」

 

春雨の視界には自分の顔を覗き込む潜水棲姫の顔のドアップが映し出されるのであった、最初はぼんやりとしていてよく分からなかったが、意識がハッキリしてくるにつれ潜水棲姫の顔の輪郭がハッキリと映し出される様になり、潜水棲姫が自分の近くにいると言う現状を春雨の脳がしっかりと認識すると……

 

「きゃあああぁぁぁーーーっ!??」

 

春雨は目尻に涙を浮かべながら大きな悲鳴を上げ、その悲鳴を至近距離で聞いた潜水棲姫は腕組みした姿勢のまま、思わず上半身を仰け反らせるのであった

 

どうしてここに深海棲艦の姫級がっ?!いや、それ以前にここは何処っ!?私は確か……、たし、か……

 

状況が分からず混乱する春雨は、自身を何とか落ち着かせようと状況整理の為にここに来る前に自分が何をしていたかを思い出す、思い出してしまう……、あの正体不明の双子の攻撃から天龍を庇った事で、自分は1度沈んでしまった事を、そして自分が、自分達がこんな目に遭う羽目になった原因を……、春雨は思い出してしまったのである……

 

自身の過去を思い出した事で湧き上がって来る恐怖に、春雨が身を震わせ始めたその時であった

 

「何ぞ何ぞ何事ぞおおおぉぉぉーーーっ!!?」

 

「悟うううぅぅぅーーーっ!!!お前まさか春雨ちゃんに手ぇ出したんじゃないだろうなあああぁぁぁーーーっ?!!」

 

部屋の入口の扉が勢いよく開かれると同時に、戦艦水鬼と南方棲戦姫がそう叫びながら部屋の中に飛び込んで来た

 

「悟さんっ!!!春雨ちゃんに手を出したって本当ですかっ!?!」

 

「いくら悟さんでも、それだけは夕立許せないっぽいっ!!!」

 

「落ち着いて夕立、多分それは勘違いだと思うから……」

 

そしてそれに続くようにして、龍鳳が、夕立が、時雨が部屋の中に入って来る。それからすぐに戦艦水鬼と南方棲戦姫、龍鳳と夕立が潜水棲姫の下へ駆け寄ると、自分に手を出したかどうかを問い詰め始めるのであった

 

「皆さん、医務室ではお静かにー!」

 

先程自分が上げた悲鳴を聞きつけて駆けつけて大騒ぎする面々に向かって、どうやら自分が目覚める前からここにいたであろう駆逐棲姫が、慌てた様子で声を張り上げる

 

「くかかかかっ!望ちゃんの言う通りだぜぇ、ここではお静かにってなぁ、それと念の為に言っておくがよぉ、おりゃぁ春雨には手ぇ出してねぇから安心しなぁ」

 

駆逐棲姫の声を聞いて静まり返る面々に向かって、変な笑い声を上げながら潜水棲姫がそう言い放ち、潜水棲姫の言葉を聞いた龍鳳と夕立は安心した様に息を吐き、その傍で時雨は苦笑いを浮かべるのであった

 

そこで春雨はまた混乱し始める、どうして深海棲艦と艦娘が一緒にいて、仲が良さそうにしているのっ?!春雨はそう思いながら艦娘達の顔を改めて確認し、その中に見知った顔がある事に気付くと、驚きの表情を浮かべながらこう呟いた

 

「夕立……、姉さん……?それに時雨姉さんも……?」

 

「良かったっぽいー!本当に記憶が戻ってるっぽいー!」

 

「戦治郎さんや空さんが言っていたのは本当だったんだね……、うん、本当に良かったよ……」

 

春雨の呟きを聞いた夕立が涙を浮かべながら春雨に飛びつき、時雨はその様子を見守りながら、その瞳に浮かんだ涙を指で拭うのであった

 

「春雨の口振りからすると、どうやらお前らは姉妹っぽいな……、でも何で部屋に飛び込んで来た段階で気付かなかったんだ?」

 

「多分その時はまだ混乱してたんだろ」

 

その様子を見ていた戦艦水鬼が疑問を口にすると、南方棲戦姫がこの様に返す。それを聞いた春雨は正にその通りだった為特に反論はせず、自身と熱い抱擁を交わす姉を落ち着かせる事に集中するのであった

 

 

 

その後、夕立が落ち着いて春雨から離れたところで戦艦水鬼達が自己紹介を始め、それから春雨が今何処にいるのかについてや、どうしてここにいるのかについて説明してくれた

 

説明を受ける春雨は、終始驚きっ放しであった。自身が沈んだ後深海棲艦になってしまっていた事、そんな自分を彼らが助け元の姿に戻してくれた事、そして何より驚いたのは……

 

「あの双子に引き抜かれた春雨の腕の骨だけど、駆逐棲姫から春雨に戻っても治らなかったんだわ……」

 

「そういう訳でだぁ、今のお前の腕の骨はこいつと俺、そして空母棲姫になっちまった空って奴が頑張って作った人工骨になっちまってるんだわぁ」

 

「素材は妖精さん達特製のオベロニウム鋼、それをこれまた妖精さん達謹製のティルタニア樹脂でコーティングした特別仕様の人工骨となっておりま~す」

 

「で、そいつをこの俺が手術して埋め込んだんだわぁ、どうだぁ?傷口が何処にあるか分からねぇだろぉ?それが俺の腕前って奴だぁ、くっきゃっきゃっきゃっきゃっ!!!」

 

戦艦水鬼の戦治郎と潜水棲姫の悟のこの発言である、自分の腕の骨があの謎の双子に引き抜かれていた事に加え、その代わりとなる人工骨を彼らが今まで聞いた事も無い様な謎の素材で作り上げただけに留まらず、その骨を何と自分の腕に埋め込んだと言うではないか。何処をとっても驚くべき点しかなかった為、春雨はただただ愕然とするしかなかったのである

 

その後、春雨は戦治郎から戦治郎達が此処に来るまでの話を聞き、戦治郎達があの南方海域の問題も解決した存在であると知ると、ある決意を固め戦治郎達にあるお願いをするのであった

 

「あの……、皆さん……、お願いがあるんです……」

 

「どったよ春雨、藪からスティックに……」

 

春雨の言葉を聞いた戦治郎が最初は冗談めかしながら尋ねるが、春雨の表情を見るなりそれが真面目な内容である事を察し、その表情を真剣なものへと変えて春雨が言葉の続きを話すのを静かに待つ

 

「助けて欲しい人達がいるんです……」

 

「詳しく話を聞こうか……」

 

春雨と戦治郎がこの様な会話を交わし、春雨はまずは自分が、自分達が何故この海域にいるのかについて話し始める。それを海賊団の面々が聞いた途端、部屋の中の雰囲気がガラリと変わった、部屋の中の空気が明らかに剣呑なものに豹変したのである。夕立と光太郎に至っては、燃え上がる激しい怒りを必死になって堪えているのが傍から見ても分かる様な状態となっていた

 

「OKありがとう春雨、んで、今回その腐れ外道の被害被ってる春雨以外の艦娘の名前は?」

 

「天龍さん、暁ちゃん、響ちゃん、雷ちゃん、そして電ちゃんの5人です……」

 

戦治郎に尋ねられた春雨が、自分と共にこの海域に送り込まれた艦娘達の名前を挙げる。戦治郎はそれを聞くと静かに立ち上がり……

 

「今拠点にいる奴を全員会議室に集めろ、天龍達の捜索隊を編成してすぐに出撃するぞ」

 

そう言って医務室から出て行き、それに続くようにして光太郎達も医務室から退室、すぐさま散開して拠点内にいる海賊団のメンバーにこの事を伝えに走るのであった

 

「もしかしたら天龍達が負傷してる可能性もあるからよぉ、今回の出撃は俺も出るぜぇ。そういう訳で望ぃ、悪ぃがその時は春雨と翔の事頼むわぁ」

 

悟は望に向かってそう言い放ち、それを聞いた望は悟の言葉を了承した事を伝える為に、静かに1度だけ、コクリと頷いて見せるのであった。それを確認した悟はすぐに医務室を出て、会議室へと向かうのであった

 

それから間もなく、周辺の調査に出ていた通達も帰還し、会議室には海賊団のメンバー全員が集結するのであった




白露~春雨の5人姉妹、その親戚が五月雨~涼風の5人姉妹という設定です


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超弩級ブラック泊地

「皆集まってくれてありがとうな、ちょっち緊急事態が発生しちまってな……、それ解決する為に出撃する事になったんだわ。詳細は春雨、頼んだ」

 

戦治郎が会議室に集まってくれた皆ににそう言って頭を下げた後、春雨に向かって視線を送り続きを話す様に促した

 

春雨は海賊団全員の視線が自分に集中したところで、気圧されてしまったのか1度だけ身体をビクリと震わせた後、気を取り直して自分がこの海域に来る羽目になった切っ掛けを話し始める

 

まず彼女が話したのは、自身が所属する泊地が超弩級と言っても差支えが無いレベルのブラックな艦隊運営を行っている泊地である事だった

 

泊地の備蓄資源が大本営が定めた上限30万を遥かに超過しているにも関わらず、遠征部隊は設定されたノルマの為に毎日の様に出撃させられ、もしノルマが達成出来なかった場合は罰として暴力を振るわれていたそうだ。特に旗艦を務める軽巡クラスの艦娘は、酷い時は性的暴行を加えられる事さえあったと春雨は言う

 

そしてそれが原因で精神に異常が出る者や、自主的に解体申請をする艦娘が後を絶たなかった。誰かが抜ければまた誰かがすぐに新しく配属され、何かしらの原因でまたいなくなる。春雨はそれを今まで幾度となく見て来たと言っていた

 

それだけならばまだ普通のブラック運営なのだが、この泊地はこれから先の内容が明らかに他とは違うのである

 

何とこの泊地で精神を患った艦娘や解体された艦娘は、全員が全員行方不明になってしまっているのである。親族から警察に捜索願が出されているのだが、今の1度も誰かが発見されたなどと言う報告は無かったそうだ

 

警察の要請で憲兵が提督を事情聴取しても、提督はその件に関しては知らぬ存ぜぬを貫き通し、毎回シロと判断されてすぐに釈放され、またいつもの様にブラック運営を行うのだ……

 

この様な仕打ちは何も遠征部隊に限った事では無く、海域攻略作戦に参加する艦娘達にも行われていたのだ

 

海域攻略作戦に参加する艦娘達と親しい艦娘を人質に取って、一定以上の戦果を挙げられなければ人質に手を出す、或いは人質を解体する。提督はそう言って艦娘達を脅迫し、艦娘達を自分の都合の良い手駒に仕立て上げているのである……

 

春雨がここまで話を進めると海賊団全員が殺気立ち始め、春雨の目にはどことなく空間の一部がその殺気のせいで歪んで見えていた

 

と、ここで護は手を上げて、春雨に向かって質問する

 

「何か話の一部が確定情報みたいになってるッスけど、その情報ソースは何処ッスか?」

 

「それが私がここにいる原因なんです……」

 

護の質問に対して、春雨はそう答えて話を続ける

 

そんなある日、遠征から戻った春雨達が報告の為提督の執務室に立ち寄った際、中から話し声が聞こえてきたのだそうな……

 

その時春雨達は話の邪魔をしたら何をされるか分からないと言う恐怖から、すぐに執務室から離れようとしたのだが、その会話の内容をハッキリと聞いた瞬間、春雨達は思わずその足を止めてしまったのだ

 

 

 

「この間お前さんが売ってくれた情報なんじゃが、無事買い手が見つかったぞ」

 

「そうか……、まあ誰が買ったかなど容易に分かるがな……。で、そいつらの情報はいくらだ?」

 

「……これくらいでどうじゃ?」

 

「ふむ……、いいだろう……」

 

「毎度あり、で、お前さん達が攻撃を仕掛けようとしておる飛行場姫なんじゃが、アビス・コンダクターとか言うグリーンランド近くに拠点に据えている転生個体の集団を味方に付けたようじゃ」

 

「グリーンランドだと……?よくもまあそんなところからミッドウェーに行ったな……」

 

「大方アメリカにいるリコリスが、そいつらを追っ払う時に飛行場姫の名前を出したんじゃろ」

 

「成程……、それで、そいつらは俺が警戒しなくてはいけない程危険な奴らなのか?」

 

「毎度、奴らの企み事が成功したら、地球人類と深海棲艦全てが一丸となってそいつらに戦いを挑んでも、勝てるか分からんな。もし企みが失敗したとしても、幹部クラスの連中の実力じゃったらお前さんの自慢の大和もワンパン確定じゃな」

 

「……笑えん冗談だな」

 

「お前さんがそう思うんならそうなんじゃろ、んでそのアビス・コンダクターから飛行場姫経由で商売の話が来たんじゃ」

 

「ほう……?」

 

「何でも生贄にする娘が6人ほど足りんから、儀式成功の為に売って欲しいと言う事なんじゃが……」

 

「流石にそこまでしてやる義理はないな」

 

「言い値で買うと言っておるそうじゃが?」

 

「……だったら、一人当たり……」

 

「お~お~、いつもの10倍の価格じゃな」

 

「いつもの泡風呂や臓器売買、奴隷貿易とは訳が違うからな、攻め潰す相手を強化するのだからこれくらいで丁度いいだろう」

 

「ふむ……、まあいいじゃろう、あっちにその価格でいいか確認取りに行って来るんで、その間に誰を出すか決めておけ」

 

「通信は出来んのか?」

 

「毎度、アビス・コンダクターのトップの能力のせいで、あの海域じゃ通信機も電探関係も碌に使えんのじゃ。まあ電探は電波ではなく電磁波、或いはビーム方式にしたら何とかなるかもしれんがのう」

 

「そんな技術がこちら側にある訳ないだろう……、まあいい、取引の件は頼んだぞ、プロフェッサー」

 

「任せておれ、何とかその価格で話をつけてやるわい、じゃから仲介料の方は頼んだぞ」

 

 

 

「私達はこの話を聞いた後、司令官に気付かれない様に注意しながら、急いで部屋に戻って司令官を大本営に通報したのですが……、憲兵さんは動いてくれず、それどころか通報した事が司令官にバレてしまって……」

 

「それで提督は口封じの為にお前達を生贄にした、と……」

 

俯きながら自分達がこうなってしまった経緯を話した春雨は、何処かから持って来たコーヒーメイカーで作ったコーヒーを啜る空の言葉に対して、力なく頷いて返すのであった

 

「そして私達はそのアビス・コンダクターと呼ばれている方々に捕まっていたんですが……、天龍さんが機転を利かせてくれたおかげで、何とか脱走する事に成功したんですけど……」

 

「追って来たあの双子の攻撃から天龍を庇った結果、春雨は沈んでしまって駆逐棲姫になってしまった、と……」

 

春雨の話を聞いた木曾がそう言うと、春雨はまたコクリと頷いて見せる

 

「身体の方に重傷を負っていたら深海棲艦化……、あぁ、今後扶桑や神通、春雨みたいに1度深海棲艦になっちまった奴の事は、これからは黄泉帰りからとって『黄泉個体(よみこたい)』って呼ぶ事にするわ。んで、身体に重傷負ってたら黄泉個体にはなれないから、恐らく春雨は黄泉個体になった後、天龍達を逃がす為に、双子の意識を引き付ける為に戦って、そん時に腕の骨を抜かれたみたいだな」

 

「あの時は皆を逃がさなくちゃって事で頭がいっぱいで……」

 

「だから春雨さんは黄泉個体になったんですね……、私も同じ様な経験をしているのでその気持ちはよく分かります……」

 

戦治郎の言葉に対して春雨はこの様に返し、それを聞いた神通がそれはそれは優しい瞳で春雨の事を見つめるのであった

 

「で、でだ、骨抜かれて気絶した春雨がこのウェーク島に流れ着いて、それを摩耶達が発見、その後春雨を追って来た双子と摩耶木曾コンビが激突、その間に阿武隈と天津風が春雨を連れて戦線離脱、俺達に双子の事を報告して俺と大五郎、輝が摩耶達の応援に駆け付けるが、大五郎が春雨が喰らった骨抜きを喰らってダウン、それから射撃攻撃で双子を追い詰めたんだが、双子の関係者と思われる海峡夜棲姫が乱入して来て、双子には逃げられたんだわ……」

 

戦治郎が春雨と交代して、春雨がこのウェーク島に流れ着いてからの話を皆に話す。それを聞いた海賊団のメンバーの表情が、一斉に真剣なものへと変わる。それも当然だろう、先程の話から出撃の目的が今も何処かを彷徨っているであろう天龍達の保護であると察しがついたところで、強力な転生個体が天龍達を追っている事が判明したのだから、真剣にならざるを得ないのである

 

「……皆の表情を見る限り、目的は分かってくれているみたいだな。取り敢えずさっきの話に出た双子と闇城には注意してくれ。んじゃ編成に移ろうと思うんだが……」

 

戦治郎がそう言って、艦隊編成の話に移ろうとした時である

 

「その前に1つだけいいか?」

 

会議中ずっと眠気覚ましのコーヒーを啜っていた空が、春雨に視線を向けながらある事を尋ねようとする。戦治郎が許可を出すと、空は春雨に対して質問をぶつける

 

「春雨は何処の所属なんだ?俺達はこの海域の問題を解決し、長門達がミッドウェーを攻略するのを見届けた後、日本のある泊地を襲撃する予定でな、そこを潰し終えた後、ついでに春雨のところにも1つきつい灸を据えてやろうと思っているのだが……」

 

「んだな、人身売買とか洒落になってねぇし、何よりエデンの構成員に日本海軍の情報流してるのは流石に見過ごせねぇ。って事で春雨、春雨が所属してる泊地ってのは何処だ?春雨の仲間を助け出す為に、俺達に教えてくれねぇか?」

 

空の言葉を聞いた戦治郎がその話に乗っかり、空と共に春雨の所属する泊地の名前を尋ねる。春雨は少し戸惑った後、意を決して自身が所属する泊地の名前を口にする

 

「桂島……、日本にある桂島泊地です……」



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天龍達を助け隊

春雨が所属する泊地が判明した途端、海賊団全員が一斉にやる気になった

 

今この瞬間を以て春雨とその仲間達は、自分達が襲撃を仕掛けようとしている桂島泊地の提督の悪事を知るだけでなく、直接的な被害者であり重要参考人となったのだ

 

桂島提督の悪事を白日の下に晒し、提督を公正な裁きの場に突き出し、しっかりとした罰を与えてもらおうとしている戦治郎達にとって、春雨達の様な存在は喉から手が出るほど欲しかった存在なのである

 

そんな彼女達が今、命の危機に瀕している……。桂島の提督を追い詰める為の重要な証拠が、春雨にとってとても大切な仲間がこの世界から消されそうになっている……。それだけは何としてでも阻止せねばっ!海賊団はそんな思惑と思いを胸に一丸となったのである

 

その後、戦治郎はグループCを一度解散させ、シゲ、川内、陽炎をグループAに、通、司、神通、江風をグループBに編入、そしてグループAの空が戦治郎と、グループBの望が悟と交代した2つの艦隊を編成する

 

望と悟の件は兎も角、何故空と戦治郎が交代したのか……、理由をぶっちゃけてしまえば空を少々酷使し過ぎた為である。戦治郎が部隊編成を全員に伝え、今から準備を始めるかと皆が席を立った時、立ち上がった空がヨロリとよろめいたのである。それを見た戦治郎は空に対して酷使した件を謝罪し、空と自分が交代する事を決定したのである

 

その際、空は司に連絡要員としてベアを一時的に預けた。これは未だに使える状態になっていない通信機の代わりに、言葉を話せる艦載機を用いて情報の伝達を行おうという提案が可決された為である

 

そうして準備が整った海賊団は、すぐに海に飛び出し天龍達の捜索を始めた

 

戦治郎達はこのサイケデリックな色をした海を長い時間駆け回り、燃料が尽きそうになれば1度拠点に戻って燃料を補給して再び海へ出る。それを幾度となく繰り返したのである

 

そして……

 

「いたあああぁぁぁーーーっ!」

 

グループAがタラワ島付近で、48隻ほどの深海棲艦に攻撃される天龍と六駆の姿を発見したのである

 

「春雨が言ってたメンバーと一致するっぽい!多分あの人達で間違いないっぽい!」

 

「多分なのか、間違いないのか、それっぽいのかハッキリしなさいよっ!!!」

 

戦闘態勢に入る夕立が放った言葉を聞いた天津風が、夕立と同様に戦闘態勢に入りながらツッコミを入れるのだが、当の夕立は天津風の言葉を無視して今にも砲撃をしようとしているリ級に向かって一気に加速して間合いを詰めるなり、勢いよく飛び掛かるのであった

 

「ぽいっ!!!」

 

夕立はリ級に飛び掛かった際、空中で己の身体を4回転半ほど回転させ、その勢いを乗せた回し蹴りをリ級の側頭部に叩き込んだ。そう、これは空がショートランド泊地でヌ級と戦った時に使用した【クワドラブル】である、夕立はアグの件でこの技を空から教えてもらったのだ。夕立の【クワドラブル】の直撃を受けたリ級の頭部は、ブツリと言う音を立てながら首から千切れ、豪快に飛んで行ってしまうのであった

 

夕立の突然の乱入に動揺し狼狽え始める深海棲艦、そして駆逐艦が重巡を蹴り殺すというとても信じられない様な光景を目の当たりにして、思わず愕然とする救助対象である天龍と六駆の4人……、彼女達が混乱する中……

 

「隙だらけだぜっ!!!」

 

「もらったぁっ!!!」

 

「喰らいなさいっ!!!」

 

夕立に続くようにして、摩耶、木曾、天津風が攻撃を仕掛けた

 

摩耶は海面をスケートの様に弧を描く様に滑りながら敵陣のド真ん中に突っ込み、自分の身体をクルクルと回転させながら砲撃を行い、広範囲に正確にその砲弾をばら撒いて次々と相手を沈めていく。また、相手が放った艦載機には視線を送る事もせずに、容赦なく機銃や高角砲の弾を浴びせ、見る見るうちに海面に艦載機の残骸の山を築き上げていく

 

木曾は魚雷を大量に発射して相手の退路を粗方絶ち、魚雷のせいで動けなくなった、或いは魚雷を回避した深海棲艦の懐に潜り込んで相手をバッサバッサと斬り捨て、自身の斬撃を避けた相手にはすかさず予め射出しておいた甲標的から雷撃を行い、確実に相手を仕留めていた

 

天津風は巨大な盾を構えて相手に激突、相手の身体の凹凸を真っ平らにしながら木曾が放った魚雷の射線上に相手を吹き飛ばしたり、吹き飛ばした相手に向かって盾に取り付けられた魚雷発射管から魚雷を発射して攻撃を仕掛けたり、味方や救助対象に向けて放たれた砲撃の射線上に割って入り、その盾で砲撃を防いで回ったりと、攻撃とサポートの両面で活躍していた

 

ここでようやく深海棲艦側が我に返って、海賊団を迎え撃とうとするのだが……

 

「敵に気付かれずに(懐に)侵入するの、私的には十八番なんですっ!」

 

「これ、夜だったらもっとやり易いんだけどね~……」

 

「追撃よ、追撃っ!なんてね♪」

 

いつの間にか懐に潜り込んでいた阿武隈、川内、陽炎に奇襲され、深海棲艦達は更に混乱し始めるのであった

 

 

 

突如現れ自分達を追っていた深海棲艦に攻撃を開始し、瞬く間に深海棲艦の軍勢を半壊させてしまった艦娘達の戦いを呆然と見ていた天龍達が、ここでようやく我に返る

 

「何なんだあいつら……?」

 

「すごいね……、あれだけいた深海棲艦がもう半分になってしまっている……」

 

「一体何処の所属の艦娘なのかしら?」

 

戦艦も空母もいない編成で、48隻もいた深海棲艦達をあっという間に半壊させた彼女達を見て、天龍が目を見開きながら呟き、響が驚嘆の声を上げ、雷が疑問を口にする。すると……

 

「あいつらは長門屋海賊団の所属だ、よ~く覚えとけよ?」

 

「「えっ?」」

 

彼女達の背後から、雷の疑問に対しての答えが返って来る。不意に聞こえて来た声に暁と電が驚きながら振り向くと、そこには腕に入れ墨を入れた戦艦水鬼と、変なゴーグルをつけた防空棲姫、そしてやたらゴツゴツとしたグローブとレガースを装着した重巡棲姫が立っていたのである

 

「「なっ!?」」

 

「えぇっ?!」

 

「ひぃっ!?」

 

「はわわっ!?」

 

突如出現した姫級の深海棲艦達に驚愕する天龍達、そんな天龍達を見た戦艦水鬼はニヤリと笑うと……

 

「桂島の天龍と六駆だな……?ようやく見つけたぞ……」

 

そう言いながら天龍達に向かって手を伸ばす……

 

「何企んでやがんだてめぇっ!こいつらには指一本ふれさせねぇぞっ!!!」

 

天龍がそう言いながら戦艦水鬼の前に立ち、折れた刀を構えるのであった

 

「そうか……、ならお前からだっ!!!」

 

戦艦水鬼はそう言うと、その手で天龍の肩を掴むと同時に、反対の手で天龍の太ももを掴んでその身体を持ち上げると……

 

「一名様ご案な~~~いっ!!!」

 

そう叫びながらすぐさま天龍を肩に担いで、自身の艤装の方へタッタカタッタカと走り出すのであった。そして艤装の方はと言うと自分の主人に背を向けるや否や、背負った箱を展開し始めるのであった

 

「あれは……、工廠にある機械のようだが……?」

 

箱の中身を見た響が疑問を口にすると、重巡棲姫がその疑問の答えを口にする

 

「ああ、響の言う通り、ありゃ工廠にある艤装修理用の機材だ。俺達はアレを使って、今からお前達の艤装を修理するんだよ」

 

重巡棲姫の言葉を聞いた六駆が驚きの表情を浮かべるのだが、それはすぐに消えてしまい、今度は怪訝そうな表情を浮かべるのであった

 

「あ、貴方達っ!一体何を企んでるのっ!?そんな事をして……、暁達に何をさせようと……」

 

「強いて言うなら、桂島の提督をやっつけるのに力を貸して欲しいってところッスかね~?」

 

暁が重巡棲姫に向かって虚勢を張りながら尋ねようとするのだが、その途中で防空棲姫が暁のセリフに被せる様にしてこう言い放ったのである

 

「司令官を……、やっつける……?」

 

「ホントどういう事っ!?私達に分かる様に説明しなさいよっ!!?」

 

「い、雷ちゃん……、落ち着いて欲しいのです……」

 

防空棲姫の言葉を聞いた響と雷がそれぞれに反応を示し、電は興奮する雷をあわあわしながらも宥めようとする。そんな中再び重巡棲姫が口を開き、その内容を聞いた六駆は思わず驚愕の表情を浮かべながら固まってしまうのであった

 

「お前達の事なら春雨から聞いた、俺達はお前達の仲間の、天龍を庇って沈んじまった春雨から頼まれて、お前達を助けに来たんだよ」

 

その時、戦治郎に修理してもらっている天龍もまた、戦治郎から事情を聞いて驚愕すると同時に、春雨が戦治郎達の手によって助けられたという事を知ると、ハコの中に設置してある診察台の上で喜びの涙を流すのであった



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洋上の修理改修作業

2018/6/10 2:32 UA10万突破!

この作品を見て下さっている皆様、誠に……、誠にありがとうございますっ!!!

この作品、何としてでも完結させようと頑張ろうと思う所存ですっ!!!


「何っ!?訓練部隊が襲撃されているだとっ?!」

 

「は、はいっ!我々訓練部隊は例の艦娘達を捕捉し、予定通り艦娘達を標的に訓練を行っていたのですが……、突如現れた艦娘と深海棲艦の混成艦隊に襲われ、現在応戦しているところです!」

 

訓練部隊として出撃させた狂信者の1人が、大慌てでミッドウェーに戻りアルバートに訓練部隊が襲撃されている事を伝えると、アルバートは驚愕の表情を浮かべながら驚きの声を上げるのであった

 

「相手の数はどうなっているんだ?」

 

「艦娘が7人、深海棲艦が3人となっていました。私がこの事を報告する為に戦線離脱する頃には、艦隊は既に半壊状態となっておりまして……」

 

「いくら訓練部隊の練度が低いからと言っても、たった10人で4倍以上の数の、それも転生個体ばかりの艦隊相手に、戦況をひっくり返すなどあり得んだろうっ!」

 

アルバートが相手の規模を狂信者に尋ねると、狂信者はとても普通では考えられない様な事を言い、それを聞いたアルバートはその表情を険しくするのであった

 

「信じがたい事ですが事実です……、長門屋海賊団を名乗るその艦隊は、今も尚我々の同志達に攻撃を仕掛け、次々と訓練部隊の者達を沈めております……」

 

狂信者がそう言うと、アルバートはピクリと身体を震わせ、次の瞬間にはその狂信者の胸倉を掴み……

 

「貴様っ!今長門と言ったかっ!?そいつらは長門の名を冠する艦隊なのかっ!?!」

 

ただならぬ様相で大声を張り上げながら、アルバートは狂信者に問い詰める、狂信者は唐突に豹変したアルバートに困惑と恐怖が綯交ぜになった感情を抱きながら、アルバートの問いを肯定するのであった

 

「今すぐ増援を送れっ!!!数は100……、いや120だっ!!!長門の名を冠する艦隊などこの世に存在されてはならんっ!!!今すぐそいつらを叩き潰せっ!!!」

 

狂信者の言葉を聞いたアルバートが鬼の形相のまま狂信者にそう指示を下すと、狂信者は震える声で応答するなりアルバートに背を向け走り出し、すぐさまこの事をアビス・コンダクター全体に通達するのであった

 

「何が長門屋海賊団だ……っ!!!あの男の名前を冠するなど……、絶対あってはならんのだ……っ!!!……そうだっ!より確実にそいつらを殲滅する為に、この僕も出撃すれば……っ!!!」

 

アルバートが未だに怒りでその身を震わせ、衝動に駆られて出撃しようとしたところで……

 

「流石にそこまでは許容出来ませんよ、アルバート」

 

何処からともなくシスター・エリカが姿を現し、独断専行しようとするアルバートに制止の声をかけるのであった

 

「貴方が長門 戦治郎という男の事を大いに恨んでいる事は私も知っています、ですがだからと言って長門と言う名前を名乗っているというだけで、そんな大規模な艦隊を差し向けるだけに留まらず、貴方まで出ようとする……、これは流石にやり過ぎです。それに私はここに来る時に最初にいいましたよね?私達が本格的に行動を起こすのは、儀式を完了させ我らが神をこの世に顕現させた後だ、と……」

 

エリカが『ルルイエ異本』を両手で抱きながらそう言うと、アルバートは唇を噛み締め、その両手を強く握り締めながらも、エリカの言葉に従って大人しく拠点で部下達の帰還を待つ事にしたのであった。尤も、先程出撃した彼の部下達は誰一人として、この拠点に戻ってはこなかったが……

 

 

 

ミッドウェーでこの様なやり取りが行われている頃、戦治郎達の方は言うと……

 

「ふふふんふふんふ~ふふんふふん、ふ~ふ~ふ~ふふ~ふふふ~ん♪」

 

「シェイシェイハッ!シェイハッ!シェシェイ!!ハァーッシェイ!!」

 

「ラロラロラロリィラロローラロラロラロリィラロヒィーィジヤロラルリーロロロー♪」

 

戦治郎が鼻歌を口ずさみながら六駆の艤装を修理し、六駆を連れて戦治郎達の下へ来たシゲと護が、理想のテンポや熱情のリズムを刻みながら艤装の部品を作り上げていた

 

何故この様な事態になったのか、それは天龍達の艤装の損傷が思った以上に酷く、今手元にある部品だけでは完璧な修理が行えない事が、戦治郎の調べで分かったからである

 

またその際天龍達の艤装が、練度的に改修が可能であるにも関わらず未改造である事も判明、特に暁と響に至っては改二改修可能なところまで練度が上がっていた事が分かったのである

 

それを知った戦治郎は、こうなったら修理ついでに改修までやってしまおうと思い立ち、ハンマー妖精さんに暁改二とヴェールヌイの艤装の設計図を超特急で描いてもらい、それに沿った部品をシゲ達に作るよう指示を出したのである

 

さて、そんな光景を目の当たりにした天龍達はと言うと……

 

「ハラショー……、まさか本当に洋上で修理するなんて……。それに皆とても手際がいい……!」

 

「凄いわっ!まるで魔法でも使ってる様に、見る見るうちに艤装が治っていってるわ!」

 

響と雷が目を輝かせながら、戦治郎達の作業を見守っていた。そんな2人の事をそっぽを向きながらもチラチラと横目で見ているのは暁、彼女は艤装の修理に興味はあるようだが、その感情に任せて艤装の修理を見学するのはレディーらしくないと言って、現在進行形でやせ我慢中なのである

 

そんな中電は1人、診察台で横になっている天龍の看病をしていた

 

この天龍、アビス・コンダクターに捕まっている間自分の分の食べ物を皆に分け与えてあげたり、自分達を追い掛けて来る艦隊の攻撃から皆を守る為に、その身を盾にして攻撃を受け続けていたのである。そんな中で春雨が自分を庇って目の前で沈んでしまうと言う光景を目の当たりにしてしまった為、天龍は身も心も艤装もボロボロになっていた

 

先程、天龍は六駆を守ろうと戦治郎達の前に立ち塞がったが、実はその時には天龍の身体はとっくに限界を迎えており、彼女は相当無理をしてあの様な行動をとったのである。戦治郎に担がれた際、碌に抵抗をしてなかったのはそれが原因である。尚、戦治郎は彼女を担いだ時にその体重の軽さに驚いた後、彼女が無抵抗だったのはこれのせいだろうと原因を推測し納得していたりする

 

その後、戦治郎から春雨の事を聞いた天龍は、春雨の無事を喜び涙を流した直後に緊張の糸が切れてしまったのか、その場に倒れてしまったのである

 

「天龍さん……」

 

電が心配そうに天龍の事を見つめながらそう呟くと

 

「安心しろ電、天龍は間違いなく助かる。だからそんな顔すんな」

 

戦治郎が作業の手を休める事無く、電を安心させる為にそう言うのであった

 

と、その時だった

 

「戦治郎さん!大変よっ!」

 

陽炎が大慌てしながら、戦治郎達の下へやって来たのである。恐らく連絡用の艦載機が無かった為、この様な形で連絡しに来たのであろう。戦治郎が何事かを陽炎に尋ねると、陽炎は呼吸を整えてから戦治郎達に今発生した緊急事態を報告する

 

「敵の増援が来たわっ!数は正確には数えてないけど……、多分100隻以上いると思うわっ!」

 

陽炎の報告を聞いた途端、六駆の面々が顔面蒼白になり、この世の終わりの様な表情をするのであった

 

「OK、こいつらの修理終わらせたらすぐ合流するわ。まあお前達の事だから何とか出来るだろうし、何より……」

 

報告を受けた戦治郎が、あっけらかんとした様子でそう言った直後……

 

「デデンデンデデン、デデンデンデデンってかぁ?」

 

某殺人アンドロイドのテーマを口ずさみながら、腕を組んだ悟が海面上にゆっくりと浮上してくるのであった

 

「そのテーマで来るのかよ……」

 

「このテーマだったら沈む方がお似合いってかぁ?だったらお望み通りにしてやるがよぉ」

 

「やめてください!(天龍が)死んでしまいます!!」

 

戦治郎と悟がこの様なやり取りを交わした後、戦治郎は先程言い掛けた言葉の続きを口にするのであった

 

「悟がここにいるって事は、光太郎達も近くに来てるって事だ。って訳で陽炎、光太郎達と速やかに合流して奴らにとっとと海底にお還りしてもらえ」

 

「そう言う事なら了解よっ!」

 

陽炎はそれを聞くとすぐに踵を返して戻って行く

 

「さって、俺が大和の件で八つ当たりする為にも、とっとと作業終わらすか……、って事で気合入れろよ野郎共っ!!!」

 

「「ウェーイ!」」

 

戦治郎は陽炎の背中を見送った後、シゲ達に向かってそう言い放って作業ペースを格段に上げるのであった



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水が舞い、波が踊る・・・・・・、俺様の為に

「天龍さん達の安全の為に……、皆吹き飛べえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

グループAと合流したグループBの旗艦を務めていた光太郎が、その叫びと共に出力50%のライジングセイバーを横薙ぎに振るい、増援部隊を3割ほどをまとめて消し飛ばす

 

「ホント、相手をまとめて吹き飛ばせる装備があるっていうのは羨ましい限りだわ~」

 

「個人的には、もうちょっと燃費がいい装備が欲しいんですけどね……」

 

光太郎のライジングセイバーを見た剛が、近づいて来る相手にはライトマシンガンのオルトロスの銃弾を、遠くからこちらを狙い撃ちしてくる輩には無反動砲のスピンクスの砲弾を叩き込みながら独り言ちる。それを聞いた光太郎は、バッテリーを用いてエネルギーを充填しながらそう答えるのであった

 

光太郎達はグループAが天龍達の身柄を確保した事を、戦治郎が放った鷲四郎から聞くとすぐに鷲四郎の誘導の下グループAと合流したのだが、その直後に敵の増援が出現した為、彼らは自分達の後ろにいる天龍達を守る為に、直ちに戦闘を開始したのである

 

「不知火も、今この時だけは剛さんと同意見ですね。流石にこれだけの数を相手にする状況では、不知火や剛さんの戦い方は少々不利な気がします」

 

「主に前衛を務めているグループAの皆さんが、消耗している状態からの増援ですからね……。皆さんの為にも射程が長く、広範囲に攻撃出来る装備が欲しいところですね……」

 

光太郎達のやり取りを聞いていた不知火が、前線で戦っている木曾達のサポートをする様に、戦艦艦娘もビックリな長距離狙撃を駆使して相手を次々に沈めながらそう言うと、不知火を狙って接近戦を試みた相手に長ドスを突き立て、長ドスをグリグリと動かしながらその眉間に不知火から譲り受けたコピーヘルハウンドの銃弾を3発ほど叩き込む瑞穂が同意するのであった

 

何故不知火が瑞穂にコピーヘルハウンドを譲ったのか、それはウェーク島の掃除をしている時、不知火が拠点の中でケルベロスと新しいアリーズウェポンを発見、その事を剛に伝えたのだがハンドガンをこれ以上持ってても仕方ないし、見つけた銃器は今持っている銃器と役割が被るものばかりだからという事で、新しく入手したケルベロスと新しく発見されたスナイパーライフルの『Phaia(パイア)』は不知火の手に渡り、不知火が今まで使っていたヘルハウンドのコピー品は瑞穂の手に渡ったのである

 

因みに、新しく発見されたアリーズウェポンの1つ、パーソナルディフェンスウェポン(PDW)の『Gēryōn(ゲーリュオーン)』は、護から熱いラブコールがあった為護の手に渡っている。何故護がこの銃を猛烈に欲しがったのか、それについて本人に尋ねてみたところ……

 

「自分、サバゲでP90愛用してたッスからね、こいつは形状も似てるッスからきっと自分の手に馴染むと思ったッス!」

 

護はそう言って、手にしたゲーリュオーンを愛おしそうに撫でるのであった

 

話が逸れた、光太郎達がこの様な会話をしながら、木曾達前衛部隊のサポートを行っていると……

 

「ぅおいしょおおおぉぉぉーーーっ!!?」

 

近くから奇妙な叫び声が聞こえて来た、光太郎達が何事かと思いながらそちらに首を向けると、そこには大量の敵に追われる司の姿があった。恐らく前衛の取りこぼしや前衛を無視して突っ込んで来た者達が集まって出来た部隊なのだろう……

 

「空襲されたら厄介だっ!!艦載機持ちは優先的に狙えっ!!!」

 

\おおおぉぉぉーーーっ!!!/

 

司を追う深海棲艦達は、そう叫びながら司に向けて砲撃を行う。それを見た光太郎達は内心でしまったと呟きながら、慌ててその部隊に向かって攻撃を仕掛けるのだった

 

その際、剛と瑞穂が艦載機を使用した為、相手の矛先が光太郎達の方にも向けられる事となり、深海棲艦達は部隊を2つに分け、片方は引き続き司を追いかけ、残りは光太郎達の方へと向かって来るのであった

 

「司っ!何とか持ち堪えてくれっ!!!」

 

光太郎が接近してきた深海棲艦に、この海域に来る途中に空から仕込まれた【フラッシュスクリュー】を叩き込みながら司に向かってそう叫ぶ。因みに、光太郎はシャイニング・セイヴァーはヒーローみたいだからと言う理由で、空から他のヒーロー技も仕込まれていたりするのである

 

「あちょっ!?マジで言っちゃったりしちゃったりしてますそれっ?!そんな事言わずに早く助けて下さいYO!!!」

 

「生憎、司ちゃんのファンがこっちにも流れて来ちゃったのよっ!だからこの子達の相手が終わるまで何とか頑張って頂戴っ!!!」

 

司が涙目になりながら悲痛の叫びを上げるのだが、その願いは剛のこの言葉によって無残にもバラバラに打ち砕かれてしまうのであった

 

「おっふ……、なら仕方ないねもう!こうなったらこの俺様の超カッコイイ戦闘を……」

 

司は剛の言葉を聞くと、ヤケクソになりながら振り返り相手を迎え撃とうとするのだが、直後にその視界に映し出されたのは自身に向かって飛んで来る大量の砲弾であった……

 

「にょわあああぁぁぁーーーっ!!?」

 

司はそう叫ぶなり急いで艦載機を発艦させ、艦載機とヨーヨーを用いて迫り来る砲弾の嵐を次々と撃ち落としていく。だが、戦治郎達の様なバトルセンスを持たない司にはそれはやはり難しかった様で、撃ち漏らした砲弾が次々と自身にぶつかり爆発、司にダメージを蓄積させるのであった

 

「「司さんっ!?」」

 

「司っ!?えぇい!邪魔するなっ!!!」

 

「そこを……どけえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

ボロボロになっていく司を見て不知火と瑞穂が声を上げ、光太郎は司の下に駆け付けるようとヒーロー技と重機アームを駆使して自分達に群がる深海棲艦を蹴散らし、剛は素になりながらも艤装の下にある腕でスピンクスの装填を繰り返し、スピンクスとオルトロスを乱れ撃ちして司のところに辿り着く為の道を作っていた。しかし、光太郎達がそうしている間にも、砲撃は止む事無く行われ、先程より一層濃くなった砲弾の弾幕が司に襲い掛かるのであった……

 

と、その時だ

 

「だあああぁぁぁーーーっ!!!いい加減にしろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

自棄になった司がそう叫びながら、ヨーヨーと共に手にしていた鉄扇を1発の砲弾に叩きつけた瞬間、司の少し先の海面から巨大な波が発生し迫り来る砲弾を悉く飲み込み、それだけに飽き足らず砲弾を放った深海棲艦達も、その波が身体に激突した時の衝撃で次々と吹き飛ばされ、海面にその身を叩きつけられたところで今度は崩れる波の圧倒的な質量に圧し潰され、司を追っていた深海棲艦達は全て圧死し、その身体をぐちゃぐちゃにしながら沈んで逝くのであった

 

その光景を目の当たりにした者達は、敵味方関係なく全員が呆気にとられ呆然としていた……

 

そして、この現象を引き起こした張本人であろう司が誰よりも早く我に返り、試す様に、恐る恐ると言った感じで鉄扇を上に振り上げると彼の足元から水柱が上がり、その状態で司が鉄扇を∞を描くように振ると、水柱はそれと連動する様にクネクネと動き始めるのであった

 

「くふ……、くふふふふ……」

 

それを見た司が急に不気味な笑い声を上げ、直後に仰々しくポーズを取りながらこう叫ぶ。その際、先程司が出現させた水柱は海の中へ静かに帰って行くのであった

 

「来たよ来たよ来ちゃったよー!この超ウルトラグレートハイパーマキシマムイケメンな俺様の時代って奴がーーーっ!!!さぁ~て、そこの仔猫ちゃん達~?さっきはよくもやってくれちゃったりしちゃったりしてくれたね~?そのお礼……、た~~~っぷりしてやるよ~~~っ!!!」

 

その直後、光太郎達の足元が凹むと同時に司の足元が盛大に盛り上がり、先程のものより大きな津波となって光太郎達を攻撃する深海棲艦の方へと迫って行く。それを見た光太郎はすぐに我に返り、剛達3人をリヴァイアサンの後部座席に乗せると大急ぎで司が乗った大津波の軌道から離脱するのであった

 

「司の阿呆っ!!!そう言うのはもうちょっと考えてから使えっ!!!」

 

光太郎が司を叱りつける様に叫ぶのだが、その声は司には届く事は無く、司は自身が発生させた大津波の上で意気揚々と得意のダンスを踊りながら、大津波の軌道上にいる深海棲艦達を片っ端から圧し潰していくのであった




ウンディーネ

司の能力で水を思うがままに操れる能力

水が無いところでは使えない上にこれ以上成長する事も無いが、その分最初からフルパワーで使う事が出来る

水だったら海水でも淡水でも、下水の水でも雨水でも使えるので割と強力な分類に入るかもしれない能力


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死霊兵

司の能力のおかげで後方に流れて来た敵は一掃され、前衛として戦っていた木曾達も増援を始末し終えたところで後方に下がって光太郎達と合流する

 

その際司が前衛組に、今しがた使える様になった能力を自慢げに披露し

 

「俺様の新しい魅力に溺れないよう注意しなよ☆」

 

などとほざきながらウインクすると、前衛組は司に一斉に白い目を向けるのであった

 

その後、光太郎の提案で皆で戦治郎達のところに向かおうとしたその時だ

 

「……っ!?」

 

何かの気配を感じ取ったのか、神通が急に立ち止まって後ろを振り返り、辺りをキョロキョロと見回し出すのであった

 

「神通さん、どうしました?」

 

急に停止した神通に対し、通が不思議そうに声を掛ける。その際他のメンバーも神通の行動を不審に思って立ち止まり、怪訝そうな表情で彼女の事を見つめる

 

「いえ……、今、向こうから悍ましい気配がした様な気がして……」

 

神通の言葉を聞いたメンバーが、その目つきを変えて神通が視線を送る方角をジッと眺める。すると……

 

「な、なンだありゃっ!?」

 

何かを見つけた江風が、その方角を指差しながら叫び声を上げる。江風は一体何を見つけたのか?そう思いながら他のメンバーが江風が指差す方角を目を凝らしてよく見ると、そこには真っ白な肌をした艦娘と深海棲艦の混成部隊24隻の姿が映り込むのであった

 

「んげっ!?あいつらはあの時のっ!!!」

 

「まさか戦治郎さんが闇城とか言ってた奴が、この近くにいるのかっ!?」

 

迫り来る艦隊を見た摩耶と木曾が思わず声を上げる、それを聞いた他のメンバーは驚愕の表情を浮かべながら動揺し始める。何故なら先程の戦闘のせいで、このメンバーの燃料とメイン武器の弾薬、光太郎のエネルギーと予備のバッテリーの残量も底を尽きてしまっているからである

 

相手は24隻しかいないが、それらは全てまだまだ詳細が分かっていない得体の知れない相手である。どんな攻撃をしてくるのか、どう対処したらいいのかが全く分からない未知の相手に、光太郎達はただただ動揺し警戒する事しか出来なかったのである……

 

 

 

 

 

そんな彼らの事を、遠くから眺めながら溜息を吐く存在がいた

 

「やれやれですなぁ……、防人もそうですがアルバート殿も我が儘過ぎるのではないかと思うのですぞ……」

 

そう、光太郎達に接近している死霊艦隊を生み出した張本人である、アビス・コンダクターの山城 駆である

 

彼は今、自身の兵隊を増やす為の死体集めと、暴走しがちな自身の下僕と逆恨みでブチギレている同僚の頼みの為にこっそりと行動しているのである

 

彼はアルバートとエリカの会話を偶然聞き、スティーラーズを追い詰める程の実力を持った海賊団を相手にして、訓練部隊は生き残る事は出来ないだろうと、戦治郎達と僅かではあるが対峙した駆がそう思ったところで、駆はウェーク島で自身の能力を使う際使用する骨粉を消費した事を思い出し、これは消費した骨粉を補充するいい機会だと考え、駆は訓練部隊の死体を回収しに行く事を決定したのである

 

駆は急いで自室に戻り、現場に行く為の準備を進めているところで、自身の下僕である防人にある頼み事をされたのだ。その内容は以下の通り……

 

「俺に戦闘の手伝いをさせたかったら俺の武器を持ってこい、武器は武人の魂だからな、丸腰の武人など笑いものでしかない。ああ、出来れば薙刀で頼むぞ」

 

防人は駆に向かって一方的にそう言うと、駆が防人用の玩具として作った死霊兵をその拳で一撃必殺の下にバラバラに破砕したのであった。この光景を見た駆は、お前は武器が無くても十分戦えるだろうと、内心でツッコミを入れるのだった

 

因みに、防人が何故この様な事をしているのかに関してだが、この防人は何と2時間以内に戦闘行動をしないと禁断症状を発症し、2時間の間自我を失って大暴れしてしまうのである。この状態になると魂を直接攻撃しても怯む様な事は無くなり、駆は初めて防人が禁断症状を起こした時、2時間の間ずっと彼の暴力の嵐から逃げ惑っていたのであった

 

防人を戦力に加えたいと考えている駆は、防人の頼みを渋々ながら了承し、準備が完了したところで部屋から出て、こっそり出撃しようとしたのだが、そこをアルバートに目撃されてしまったのである。この時駆はアルバートから八つ当たりされるかと思ったのだが、現実ではそんな事は無くアルバートは頼みを聞いてくれたら、この事は見逃してやるとかなり上から目線で言ってきたのである。その内容は……

 

「死体回収に行くついでに、訓練部隊の援護をしてやって欲しい。本当は僕が行きたいところなんだが、生憎エリカに止められてしまってな……。もしこの頼みを聞いてくれれば、お前が今まで無許可で出撃していた事は全てエリカに黙っておいてやる」

 

こんな感じである。多分この言葉の裏には「海賊団をぶっ潰して来い」と言う言葉がある気がしたが、駆はそれを無視する事にした

 

この時駆は頼みの内容と報酬が釣り合わないとケチをつけ、報酬にアルバートが趣味で行っている武器コレクションの中にある薙刀を1つ追加する様に言ったのである。それを聞いたアルバートは最初は渋い顔をするのだが、止むを得ないと言った様子で駆の要求を呑んでくれたのであった

 

それを聞いた駆は不気味な笑い声を上げた後、訓練部隊が出撃した方角に針路を取ってミッドウェーの拠点を発ったのであった

 

そして彼が戦場に到着する頃には、訓練部隊は全滅しその姿は見えなくなっていた。それを確認したところで……

 

「部隊の援護は間に合いませんでしたが、頼まれた事はやっておきますかな?」

 

駆はそう言って懐から例の小袋を取り出して、骨粉を少量手のひらの上に出してから、それを力士が土俵に塩を撒くように海面に撒き、海水を利用して死霊兵を生み出してから海賊団に差し向け、自身は海賊団が撤退するまでその光景を遠くから眺めながら待つ事にするのであった

 

 

 

 

 

「こいつら沈めても沈めてもキリがNEEEEE!!!何度沈めても何事も無かったかの様にすぐに浮き上がってくるYO!!!」

 

司が先程覚えた能力を駆使して、死霊兵の相手をするのだが、司が言う様に死霊兵はいくら倒してもすぐにその身体を元の状態に戻して再び浮上し襲い掛かって来るのであった

 

「諦めるな司っ!!きっとこいつらを倒す方法があるはずだっ!!!それまで何とか耐えるんだっ!!!」

 

弱音を吐く司に向かって、変身を解いて放水砲で応戦する光太郎がそう叫ぶ。光太郎以外のメンバーも、先程の戦闘であまり使用していなかった為弾が残っていた武器や主砲を使って応戦するのだが、やはりこちらもあまり効果がない様であった

 

因みに近接格闘は禁止にしてある、相手の近接攻撃によってどの様な事態が引き起こされるか分からない、下手に近接格闘を仕掛けてこっちにとって都合の悪い何かが発生し、状況を悪化させる可能性がある為である。それを聞いた時木曾と夕立が舌打ちしていたが、光太郎はこの際それを無視する事にした

 

こうして長い時間応戦していると、1人、また1人と弾切れを起こしていき、遂には司と光太郎以外の全員が弾切れを起こし、攻撃手段を失ってしまうのであった……

 

絶体絶命……、光太郎の頭の中にこの四文字の言葉が浮かんだその時であった

 

「攻撃するからねっ!!」

 

「さて、やりますか・・・・・・っ!」

 

「逃げるなら今のうちだよ?!」

 

「なのです!!」

 

不意に後方から4つの声が聞こえると同時に、多くの砲弾と魚雷が死霊兵に殺到、直撃するなり死霊兵を沈める……、が、死霊兵は先程の攻撃など無かったかのようにすぐに浮上して来るのであった

 

「ちょっ!?何あれっ?!」

 

「まるでゾンビだね……」

 

「相手がゾンビだとしても、やる事は変わらないわっ!」

 

「ゾンビは怖いけど……、でも誰かを道連れにしようとするのはダメなのですっ!」

 

そう言いながら光太郎達の前に姿を現したのは、新品の様な輝きを放つ艤装を装備した暁改二、ヴェールヌイ、雷改、電改の4人であった。どうやら戦治郎達がやってくれたようだ……、光太郎がそんな事を考えた直後だった

 

「俺達の取り分残しててくれてサンキューなっ!これで心置きなく大和の件の八つ当たりが出来るってもんよっ!!!」

 

「ゾンビだろうが何だろうが、昇華させちまえばどうと言う事はねぇっ!!!いっくぜええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「シャチョーの許可はGETしたッス、って事でお前らには光になってもらうッスよ~っ!!!」

 

戦治郎、シゲ、護の3人もこの窮地に駆け付け、戦治郎はヨイチさんを、シゲは2羽のカイザーフェニックスを、護がゼウスサンダーの照準用レーザーを一斉に発射するのであった

 

その結果、シゲのカイザーフェニックスと護のゼウスサンダーの直撃を受けた死霊兵は完全に消滅、戦治郎のヨイチさんの攻撃を受けた死霊兵は再び浮上して来たところを、護が持って来たバッテリーのおかげで、エネルギーが回復した光太郎の出力50%オリオールロードで狙い撃ちされ、この世界から消え失せてしまうのであった

 

尚、カッコつけて登場したにも関わらず、美味しいところを光太郎に持って行かれた戦治郎が、この後ほんの少しの間拗ねたのは此処だけの話である



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ウェーク島の食堂で

天龍達の身柄を無事に保護し、追跡者達を殲滅し終えた戦治郎達は、拠点に帰還するや否やすぐさま衰弱した天龍を医務室に搬送すると、戦治郎の解散宣言の下今日の海賊団の活動は終了し、通達の調査結果の報告や天龍達への事情説明を後日に回して、戦治郎を除く戦闘に参加した海賊団と暁達は、すぐに寝床へと潜り込み、今日の疲れを残さない様にしっかりと睡眠をとるのだった。戦治郎はそれを確認し終えるなり、1度食堂に立ち寄ってから明日の朝食を確保する為1人森の中へと入って行くのであった・・・・・・

 

それからしばらく経った頃、4人の艦娘が寝床から出てある場所を目指し、拠点の中を彷徨い歩き始めるのであった

 

「食堂は何処にあるのかしら……」

 

「こんな事になるなら、皆が起きている間に場所を聞いておけばよかったね……」

 

「だからと言って、それだけの為に今寝ている人を起こすのは忍びないし……」

 

ウェーク島の拠点内部を彷徨う4人の内の1人である暁がそう言うと、それを聞いたヴェールヌイと雷が言葉を続ける。と、その時彼女達の後を追っている電の可愛らしい腹の虫が鳴り

 

「お腹が空いたのです……」

 

電は恥ずかしかったのかほんのりと頬を紅潮させながらそう呟くのであった

 

彼女達は空腹感で目を覚まし、食べ物を求めて食堂に向かう為に部屋を出たのだが、ある程度進んだところで食堂の場所を教えてもらっていなかった事に気付き、こうして食堂目指して拠点内を彷徨い歩いているのである

 

そして、恥ずかしがる電を温かい眼差しで見ていた他の3人の腹の虫が、電の腹の虫に共鳴する様に鳴り響いたところで・・・・・・

 

「なんや、拠点内に響き渡っとった腹の虫は、君達のやったんか」

 

背後から急に話しかけられ、暁達は驚きのあまりにその身を震わせた後、慌てて声が聞こえて来た背後に視線を向ける。そこには扶桑と龍鳳と共に、今回海賊団の食糧管理を任されている龍驤の姿があった

 

「お姉さんは一体・・・・・・?」

 

「ウチは戦治郎さん達の世話になっとる龍驤ってもんや、よろしゅうな~」

 

ヴェールヌイが龍驤にそう尋ねると、龍驤は自分より背が低い暁達と目線が合うようにその身を屈めながら自己紹介をすると、暁達に握手を求める様に手を伸ばすのであった

 

龍驤が伸ばす手を暁が代表して恐る恐ると言った様子で握ると、龍驤は笑顔を浮かべながら暁の手を握り返してから1度頷くと

 

「ほな、食堂まで案内したるからしっかり付いてきぃよ~」

 

そう言って暁の手を引きながら食堂まで案内するのであった

 

 

 

「扶桑、龍鳳、すまんけどこの子らに何か作ってやってくれへんか?」

 

龍驤が食堂に入るなり声を上げると、食堂で談笑していた扶桑と龍鳳が龍驤達が立っている食堂の入口の方へと視線を送ると

 

「その子達は確か……」

 

「戦治郎さんが言っていた子達ですね、分かりました!すぐに持ってきますから、その間龍驤さん達は席の方で待ってて下さいね!」

 

「なら、私もお手伝いしますね」

 

「ありがとうございます扶桑さん、では……」

 

扶桑達はこの様なやり取りを交わした後、厨房の方へ入り早速調理を開始するのであった。その際、暁が扶桑の立ち振る舞いから何かを感じ取ったのは此処だけの話である

 

それから龍驤達は扶桑達に言われた通り席について料理が来るまでの間、お互いの事について話し始めるのであった

 

先ずは龍驤が自身が艦娘、それもドロップ艦になった経緯を話し、それから続けて戦治郎達との出会い、それからここまで来るまでに見聞きして来た出来事を身振り手振りを交えながら暁たちに話す。龍驤の話を聞く暁達は、時には団子の様に固まってその身を震わせて怖がったり、その目をキラキラと輝かせながら食い入る様にして龍驤の話を聞いたり、子供らしい可愛らしい声でお腹を抱えながらケラケラと笑ったりしていた

 

その途中で料理が出来上がり、扶桑達が暁達の目の前に料理を並べると、暁達は本当に食べてもいいのか?と言う思いを込めた視線を扶桑達に送る。それを見た扶桑達は笑顔を浮かべながら、了承の意味を込めて1度頷いて返すと、暁達は目を輝かせ、花の様な笑顔を浮かべながら扶桑達が作った料理を食べ始めるのであった

 

因みに、暁達が今食べている料理に使われている食材だが、これは光太郎達が確保してくれた魚介類と拠点に元からあった食材である。戦治郎が森に行く前に食堂に向かったのは、もし暁達が食堂に来たら拠点にあった食材を使っていいから、いいものを食べさせてあげて欲しいと頼む為だったのである

 

それからしばらくの間、暁達はそれはそれは美味しそうに料理を食べていたのだが、彼女達は突如その手を止めるなり、その瞳から大粒の涙を流し始めるのであった。突然の出来事に驚いた龍驤達が慌てて声を掛けると、暁達は零れる涙を止める事なく、桂島泊地で提督からこれまで受けて来た仕打ちについて、ポツリポツリと話し始めるのであった……

 

暁達が所属する桂島泊地の遠征部隊の食事は、作戦行動に参加する出撃部隊とは違いそれはそれは質素なレーションしか与えられていなかったのだとか……

 

その事で不平を漏らしたり、ノルマを達成出来なかったりしたら罰として暴力を振るわれた挙句、食事抜きにまでされたそうだ……

 

そして食事抜きにされた者に、自分の食事を分け与えようものなら連帯責任として食事抜きを言い渡された者が所属する艦隊のメンバーと、食事を分け与えた者が所属する艦隊のメンバー全員が、食事抜きにされてしまうのだそうだ……

 

その話が出たところで、暁が壊れたラジオの様にごめんなさいを連呼し始め、ヴェールヌイ達も暁の言葉を聞いた途端顔を俯かせてしまった……。どうやら過去に暁が先程教えてくれた事を実際にやらかしてしまい、天龍やヴェル達に迷惑をかけてしまったのだろうと、その様子を静かに見ていた龍驤が推測する

 

その後扶桑が暁を優しく抱擁し、「もう大丈夫ですよ」と囁きながら、未だにごめんなさいを連呼するその震える背中を優しく摩って何とか落ち着かせようとするのであった

 

「こんなん、翔さんが聞いたらマジギレしてまいそうやな……」

 

「桂島の提督には生きてその罪を償わせるつもりでいる戦治郎さん達の意に反して、怒りのあまり提督の事を殺してしまいかねませんね……」

 

暁達の話を聞いていた龍驤と龍鳳が、扶桑達のやり取りを眺めながらこの様な会話を交わした後にその光景を想像し、恐怖のあまり思わずその身をブルリと震わせる

 

それからしばらくの間、龍驤達は暁達が落ち着くのを待ち、彼女達が落ち着いたところで龍驤が暁達に向かってこう言い放った

 

「今まで苦労してきたみたいやな……、でももう大丈夫や、君達にそんなん強要するアホはここにはおらんし、そんなんがここに来てもウチらがすぐに追っ払ったるわ!せやから君達は、今は扶桑達が作ってくれた料理を安心して腹いっぱい食べて、疲れを残さんようぐっすり眠るんやで?ウチとの約束や!ええな?」

 

龍驤がそう言うと、暁達は再び涙を流しながら何度も頷いて返し、やや冷めて来た料理を自分達が満足いくまで堪能するのであった

 

と、その時だ

 

「おおおぉぉぉーーーいっ!!!お前ら見ろ見ろ見ろぉっ!!!こんなでけぇヘビ捕れたぞっ!!!」

 

戦治郎がこの様な事を叫びながら、その手に握る全長10m近くありそうな蛇の頭を食堂にいる扶桑達に見せつける様に突き出しながら、食堂の中に突入してくるのであった。それを見た直後、食堂にいた全員が大きな悲鳴を上げ、戦治郎はその悲鳴で叩き起こされた海賊団のメンバー全員から説教されるのであった

 

尚、戦治郎が捕って来た蛇は、海賊団のメンバーの明日の朝食になりました




多分戦治郎が捕まえた蛇は、強硬派深海棲艦がウェーク島を制圧する前に、南西諸島から来た貨物船に紛れ込んでやって来たアミメニシキヘビだと思われます


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桂島遠征部隊の協力と亡骸の出処

戦治郎達が天龍達の保護に成功した次の日、未だ眠ったままの天龍と翔、そしてその2人の様子を見る悟以外のメンバーが会議室に集まり、昨日後回しにしたこちらの事情の説明と通達の調査結果の報告、そして春雨を助けた際回収しておいた死霊兵を形成していた砂の分析結果の報告を行うのであった

 

この時、六駆の4人と春雨が感動の再会を果たし、春雨の今の身体の事を彼女達4人に伝えると、彼女達はそんな姿になりながらも、自分達を守ってくれた春雨の事を嫌う訳が無いと言い切り、春雨の事を受け入れる姿勢を見せてくれる。それを聞いた春雨は、今まで抱いていた不安から解放されると同時に、心の底から込み上げて来る嬉しさで思わず涙を流すのであった

 

それから戦治郎が自分達が何者であるかについて話そうとしたところで、ヴェルが昨日食堂でその辺りの話は龍驤達から聞いたと言ってきた為、出鼻をくじかれた戦治郎は自分達が今置かれている状況を六駆に分かり易く教える事にした

 

この海域では通常の電探や通信機、羅針盤やGPSなどが軒並み使用不可能になっている事、この海域から脱出しようとしても途中で変なところに飛ばされてしまう事、この海域に強硬派深海棲艦以上に非常に危険な集団がいる事を、丁寧に解説を入れながら六駆に教えてやると、彼女達はその愛くるしい顔を真っ青にしながら、愕然としてしまうのであった

 

「電探と羅針盤関係、それに危険な集団については知っていたけど……、まさかそんな形でこの海域に閉じ込められてしまうとは……」

 

「運が悪ければ海域の境目を踏んだ途端、ミッドウェーの目の前に飛ばされる可能性もあるかもしれん……」

 

「折角脱出したのに目の前に放り出されるとか、最悪のパターンじゃないっ!?」

 

戦治郎の言葉を聞いたヴェルが頭を抱えながらそう呟き、それを聞いた空が自身の実体験を基に一番考えたくない可能性を口にし、それに反応した雷が声を荒げるのであった

 

その後戦治郎が自分達がこの現象が如何にして発生しているのかを、現在調べている事を六駆の4人と春雨に伝えると、何と彼女達はその調査に協力したいと申し出てくれたのである

 

「今の状態ではこの危険な海域から脱出が出来ない、そんな中闇雲に行動を起こすのはハッキリ言って自殺行為でしかないからね」

 

「私達の力だけじゃ、あの変な連中を追い払う事すら出来ないものね……。だからここは戦治郎さん達に協力した方が生存率も、この海域から脱出出来る様になる可能性も上がると思うわ」

 

ヴェルと雷はこの様に建設的な話をし

 

「私達は皆戦治郎さん達に助けてもらったからここにいる……、無理だと思っていた皆との、姉さん達との再会も果たす事が出来た……。私は、私達はそんな命の恩人である戦治郎さん達の力になりたいんです、恩返しがしたいんですっ!」

 

「戦治郎さん達は桂島の皆の事も助けようとしていると、龍驤さん達から聞いたのです。きっとあの司令官は今も桂島の皆に酷い事をしているのです……、電はもう辛い思いをしたくないし、皆にも辛い思いをさせたくないのです……。そんな皆を助ける為には戦治郎さん達の力が必要なのです!電達を助けてくれた時の様に、皆の事も助けてあげて欲しいのです!その為だったら、電は何でもするのです!」

 

春雨と電は恩義を返す為に、桂島の艦娘を助けてもらう為に戦治郎達の力になりたい事を告げ

 

「響と雷はああ言ってるけど、本音はきっと電達と同じだと思うし、今眠っている天龍さんもきっとそうだと思うの。だから改めてお願いするわ、ここから脱出するのに私達皆が力を貸すから、桂島の皆を助ける為に、私達に力を貸して下さい、お願いします!」

 

暁が天龍の代理として、戦治郎に向かってそう言うと頭を下げてみせるのであった

 

「是非もねぇ、俺達からしたらお前達の存在そのものが桂島の提督の悪行の重要な証拠になるんだ。お前達を全員を連れてここから脱出し、桂島の提督を裁きの場に立たせ、今までやって来た事に対しての償いをさせる為には、お前達の力がどうしても必要になるんだ。脱出については任せて欲しい、だから提督を捕まえた後の件でお前達の力を貸して欲しい。……頼めるか?」

 

暁の言葉を聞き、その振舞いを見た戦治郎がそう言うと

 

「任せなさいっ!!!」

 

暁は自信満々な表情を浮かべながら、己の胸を強く叩いてそう言い放つのであった

 

尚、それからしばらくしてから、暁は我慢の限界に達したのか涙目になりながら、強く叩き過ぎた胸をその手で摩るのだった

 

こうして戦治郎達は、桂島の遠征部隊と協力し合ってこの海域から脱出する事を決定した後、次の議題である通達の調査結果の報告に話を移すのだった

 

通達が昨日向かったジョンストンアトールにも、やはり謎の祭壇が設置されており、そこにはアビス・コンダクターの狂信者と思われる深海棲艦の亡骸が3つ、艦娘の亡骸が2つ発見されたそうだ……

 

そして追加情報として、この艦娘達が舞鶴鎮守府所属の艦娘である事が発覚したのである。情報提供者は川内で、彼女がショートランド泊地に所属している頃に1度だけ、演習で今回発見された艦娘の1人と戦った事があったそうだ

 

「演習の後に話をする機会があってね、その時に色々聞いたんだ。彼女は普段は舞鶴鎮守府の主力艦隊の旗艦で、今回は他の子達の指導役みたいな立ち位置で演習に参加した~とかね」

 

「舞鶴の主力の旗艦か……、恐らく長門達が言ってた作戦の為に偵察に来たところを奴らに捕まって、生贄にされちまったってとこか……、……ん?」

 

川内の話を聞いた戦治郎が、顎に手を当てながらそんな事を呟いて、思考を巡らせようとしたところで、ふとある事を思い出して春雨達に1つ尋ねる

 

「春雨、確かプロフェッサーって爺さんが生贄が6人足りないとか言ってたのを聞いたんだったな?」

 

戦治郎の言葉を聞いた春雨が、肯定する様に首を縦に振ってみせる。それを確認した戦治郎は少しだけ考え込み……

 

「舞鶴のと合わせて生贄が12人必要……?けどそうなると8つの狂信者の亡骸の意味が……、ぬ~ん……、こんな時翔がいたら……」

 

このような事を呟いた後、ガシガシと頭を掻き始めるのであった

 

「今、翔さんの名前が出たけど……、翔さんが何か知ってそうなのかい?」

 

「ああ、あいつ怪獣とか好きでな~……、その延長でクトゥルフとかにも詳しいんだよ。あれは生贄とか言う単語がしょっちゅう出て来るから、もしかしたら翔ならさっきので何か分かるかもって思ったんだが……」

 

「翔さンは今ぐっすり寝てるもンな……」

 

そんな戦治郎の呟きを聞いた時雨が戦治郎に尋ね、戦治郎が溜息を吐きながらこの様に答えると、話を聞いていた江風がそう言って困った顔をするのであった

 

「あ~~~……、考えても全っ然分っかんねぇ。取り敢えずあいつらが生贄使って良からぬ事考えてるくらいしか分からねぇな……」

 

「あいつらが一体何を企んでいるのか全く分からんが、兎に角警戒はしておいた方がよさそうだな」

 

戦治郎が椅子の背もたれに寄りかかりながらそう言うと、空が皆に向かってそう言い放ち、それを聞いた者全員がその表情を引き締めながら頷いて返すのであった

 

そうして戦治郎達は次の議題、死霊兵の身体を形成していた砂の分析結果の報告に話を移すのだが、これと時を同じくして、ミッドウェーの方では桂島の提督から天龍達の代わりとして、新たに売りに出された艦娘達6人の受け渡しがプロフェッサーとシスター・エリカとの間で行われていたのであった……



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死霊兵対策

「皆、まずはこいつを見てくれ」

 

戦治郎が死霊兵の身体を形成していた砂の分析結果の報告を開始すると同時に、自身の手元にあるタブレットを操作してプロジェクターを起動すると、会議室に設置してあるスクリーンには戦治郎達が調べた砂の拡大写真が映し出された

 

「これは春雨を助けた時、あの闇城が呼び出した……でいいのか?まあいいや、闇城が呼び出して双子の盾にした兵隊の残骸から回収した砂の拡大写真だ。お前ら……、こいつを見てどう思う……?」

 

「ただの……、砂ッスね……」

 

「アニキ、それがどうしたんです?」

 

画像の解説を入れた後感想を尋ねて来る戦治郎に対して、護とシゲが怪訝そうな表情を浮かべながらこの様に返答する。戦治郎が2人の言葉を聞いた後、周りを見回して皆の表情を確認すると、やはりと言うべきか皆も護達と似た様な表情をしていたのだった

 

「まあ普通だったらこんなもんだわな、って事で今度はこいつを……、ドンッ!!」

 

そう言って戦治郎がタブレットを操作すると、スクリーンの画像に数ヵ所ほど赤丸が付いた

 

「その赤丸の中をよく見てくれ」

 

会議室に集まった皆が、戦治郎に言われた通りスクリーンの赤丸の中を凝視していると……

 

「あれ……?」

 

「……何これ?」

 

不意に阿武隈と天津風が何かに気付いて声を上げる、するとそれを皮切りに皆が赤丸の中に存在するある物に気付き、口々に疑問を口にする

 

この赤丸の中にある異様に白い物体は何なのか……?と……

 

「皆気付いたな、他の砂よりやたら白い粒がある事に……。んでその白い粒の正体なんだが……、何とこれ、人間及び深海棲艦の骨の欠片なんだ。砂と一緒に回収した小袋の中にも、この骨粉がビッシリと付着してたわ」

 

戦治郎がそう言うと、会議室にいるメンバーは全員一斉にその顔色を悪くしながらその表情を引き攣らせる

 

「んで、これは俺と悟が話し合って推測したもんなんだが……、あの闇城はこの骨粉を使ってあの兵達を生み出す能力を持っているんじゃないか……、ってな」

 

戦治郎のその発言を聞いた皆の表情が、とても渋いものに変わった。それもそうだろう、あれだけ苦戦させられた相手を、骨粉がある限り生み出し続ける事が出来る奴が敵にいると分かれば、誰だって嫌な顔をしてしまうものだろう……。皆が憂鬱になり始めたところで、戦治郎が更なる追い撃ちをかける

 

「もしこの推測が正しかったら、今度会う時あの闇城は非常に厄介なものを連れて来る可能性が出て来るんだわ。あの双子が抜き取って持って行っちまった春雨と大五郎の骨を使って生み出した、春雨ゾンビと大五郎ゾンビの大群なんて言う、ホント厄介極まりねぇ代物をなぁ……」

 

戦治郎のこの言葉を聞いた皆がある光景を想像する、この海域を埋め尽くす大五郎ゾンビの群れと、その肩に乗った春雨ゾンビの群れがこちらに襲い掛かって来るという、悪夢の様な光景を……、想像したくもないのに、想像してしまった……

 

その直後、皆が一斉に呻き声を上げたところで、剛が挙手して戦治郎に尋ねる

 

「それが実現してしまったら、アタシ達はどうしたらいいの?あの時あいつらを沈める事が出来たのは、光ちゃん、シゲちゃん、護ちゃんの3人だけだったと思うんだけど……?まさかあのゾンビみたいなのは全部3人に任せちゃうの?」

 

「その辺については今から話します、って事でドンッ!!」

 

剛の質問に対して戦治郎はそう答えるなり、またもやスクリーンの画像を変更する。そこに映し出されていたのは、物理の教科書なんかに載っていそうな、分子や原子や原子核、更には中性子に陽子に電子と言った素粒子のモデル画像なのであった

 

「さあ、物理の勉強の時間だ!この画像、中学や高校出てる奴は見覚えあるな?原子とか素粒子とかのイメージ画像な。あ、全く分からないって奴いたら、後でおっちゃんが詳しく教えてやるからそれまでいい子して待っててな?って事でいくぞー!」

 

そう言って戦治郎は、先ず原子の画像を拡大して見せる

 

「まず、シゲが奴らを倒せた理由な。シゲの場合、この原子核の周りを回ってる電子をカイザーフェニックスの熱で放出させて、骨も砂もまとめてプラズマに変える事が出来たから倒せたんだと思う」

 

戦治郎がそう言ってタブレットを操作すると、画像が原子核の周りを回る電子が、カイザーフェニックスに掻っ攫われていくと言うアニメに変わるのであった

 

「あの闇城は骨……、もしかしたら肉片とかででも同じ事出来るかもだが……、取り敢えず今は骨で話進める、骨をコアにしてあの兵隊……、俺は死霊兵って呼ぶ事にした、その死霊兵を生み出してると思ってるのな。んでシゲのパターンだとコアになってる骨がプラズマになっちまったもんだから、コアとしての機能が無くなって死霊兵の身体が崩壊、めでたく倒せたんじゃないかって思ってるんだ」

 

戦治郎の話を聞いた皆の反応は、真っ二つに分かれた。納得する様に頷く者と、話が分からず首を傾げる者と言った具合にだ。戦治郎はそれを無視して画像を切り替えて話を進める

 

「んで次は光太郎と護のパターン、この2人の場合はシゲの時とはちょっち違って、超高出力のレーザー光線、光子ビームを原子核にぶつけて、原子核を構成する陽子や中性子を放出させて骨を構成する原子をぶっ壊したから倒せたんじゃないかって思う。んで後の流れは、シゲの時と一緒だから割愛する。あ、因みにこの現象は、光崩壊とか光壊変、光分解って呼ばれてるから覚えておくといい」

 

レーザー光線が原子核に直撃するなり、中性子と陽子を弾き飛ばして原子を破壊するアニメを背景に戦治郎がそう言って物理の授業を終わらせると、一部の艦娘から戦治郎に向けて拍手が送られるのであった。と、その直後

 

「戦治郎、つまりどう言う事だ?」

 

海賊団一の馬鹿を自称する輝が、首を左右に何度も傾けながら戦治郎にそう尋ねる

 

「ああ、俺が言いたかったのは、このコアになる骨を別の物質に変えちまえば、闇城は死霊兵を復活させられなくなるんじゃないかって、そう言いたかったんよ。あの3人の攻撃がヒントになった感じだな」

 

「あいつらの身体からあのクッソ小っさい骨抜き取って、石やら木やらと差し替えるって事か?」

 

「違う違う、その骨に薬品とかぶっかけて化学反応を起こさせて骨を溶かしたりしちまえばいいって事よ。衝撃とかで骨を更に砕いても、今以上に小さくなるだけでコアとしての機能は殺せそうにねぇからな」

 

それから戦治郎と輝がこの様な会話をしていると

 

「確かにそれなら死霊兵を倒す事は出来そうね、そうね~……、フッ化水素酸あたりを使ったグレネードランチャーの弾なんてどうかしら?ある程度弾が体内に入ったところで、時限装置で薬液の容器を炸裂させて体内に薬液を撒き散らす様にしたらいいんじゃないかしら?」

 

「グレポンキター!それと合わせて、骨や肉片の位置を割り出す装置とか作っておきたいッスね~。それがあれば薬液をコアに当てられる確率上がりそうッスからね」

 

剛が納得したとばかりに頷きながらこの様な事を提案し、それを聞いた護が便乗する形でその補助用の装置の開発を提案する

 

「んだな、それを全員に行き渡らせておけば、光太郎達ほどの確実性はねぇけど俺達でも死霊兵を何とか出来るかもしれねぇからな。って事で……」

 

戦治郎はここで1度言葉を区切ってから、改めて続きを大きな声で皆に伝える

 

「今日は調査は無し!工廠組は工廠に集合して対死霊兵用装備作るぞっ!んで残ったメンバーは食料の確保を頼んだっ!!人数増えたから今まで以上に集めないといけないって事留意しとけよっ!?って事で会議終了っ!!!各自行動開始だーっ!!!」

 

こうして海賊団の今日の会議は終了し、メンバーは各自与えられた仕事をこなす為に動き出すのであった



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四代目太郎丸と・・・・・・

戦治郎の号令の下、扶桑達食糧管理組と空達工廠組以外のメンバーが、食糧確保の為に一斉に行動を開始する

 

拠点に住む人間が増え、それに伴って1日あたりの食糧の消費量が増えた為、今現在食堂の方で保管している食糧だけでは心もとなくなってしまったのだ。故に海賊団のメンバーは真剣に食糧集めに取り組むのであった

 

ある集団は森の中へと入り食べられそうな果実などの採取や、狩猟しても問題ない生物の狩猟を行い、ある集団は海で釣り糸を垂らして魚を釣ったり、海に潜って貝や海藻の採取や蟹や海老を捕獲して、順調に食糧を増やしていくのであった

 

因みに、集めて来た物が本当に食べられる物であるかの判断を下していたのは、軍に在籍していた頃にその手の知識を入手していた剛と、長門屋ペット衆筆頭である太郎丸であった

 

剛は兎も角何故太郎丸がこの様な役をやっているのか、それは戦治郎がガダルカナルにいる間、リチャードの手伝いに没頭していた事が少々関係している

 

リチャードの手伝いで忙しい戦治郎に中々構ってもらえなかった太郎丸は、暇つぶしの為にガダルカナルの中にある図書館の本を読み漁っていたのである

 

北方棲姫となった太郎丸は、生前長門一族に仕える犬だからと言う理由で様々な訓練を受けていた為、そこらの犬より知識と経験に富み、体力も凄まじい事になっていた

 

因みに、太郎丸に施された訓練は、猟犬、軍用犬、水難救助犬、各種探知犬、災害救助犬、警察犬、身体障害者補助犬と驚くほど多く、これらを全て修了した太郎丸は晴れて四代目太郎丸を襲名したのである。太郎丸がこれらの厳しい訓練に耐える事が出来たのは、偏に大好きな主人である戦治郎を守りたいと言う思いと、父である三代目太郎丸への強い憧れのおかげである

 

太郎丸の父である三代目は、それはもう凄まじい犬であった。過去に戦治郎と総一が三代目と太郎丸の散歩をしていた際、総一の事を快く思っていない輩が複数名、長門親子に襲い掛かって来た事があるのである。それを迎え撃とうと長門親子が構えたその時、三代目が親子の前に飛び出して襲撃者をたった1匹で襲撃し、無傷で撃退してみせたのである。その光景を目の当たりにして以来、太郎丸は三代目の事をとても尊敬する様になった

 

話を戻そう、ガダルカナルの図書館に入り浸っていた太郎丸は、ある日ある書物から生物の中には人間にとってとても有害なものがいる事を知るのであった。それを目にした太郎丸は、それらから戦治郎を守らないといけないと言う使命感を覚え、すぐさまそれらの生物についての情報を集め始めるのであった

 

有毒生物の存在を知ればその生物が持つ毒の成分と人体への影響を調べ上げ、その対処法を医療室に通って悟や医療チームにしっかりと教えてもらい、それらの毒を持つ植物が存在すると知れば、今度は植物に対しての知識を蓄え始める

 

そんな事を繰り返した結果、太郎丸は菌類を含む動植物達に関わる莫大な知識を、全て自分の物にしたのである

 

そう言う訳で……

 

「これはいける……、これもOK……、こいつは……、スンスン……、あぁダメ、これは毒あるから破棄ね」

 

「この子はそのままでいいわね、この子は背びれに毒があるのよね~……、こっちの子は内臓に毒有り……、この子は食べられる部位が無いから海に帰してあげて~」

 

太郎丸は己の知識と探知犬の訓練の成果を遺憾なく発揮し、集められた食糧の選別作業や問題がある部位を除去する作業を剛と共に砂浜に腰を下ろした状態で行っていた

 

そんな2人の作業を目の当たりにした艦娘達は、時には残念そうな表情を浮かべたり、時にはメモを取りながら選別が完了した食糧を輝の艤装の中に入れたり、問題あるものを処分したりしていた

 

と、その時だ

 

「これは……、……ん?」

 

不意に太郎丸が作業の手を止めて、海の方へと視線を向ける

 

「どうしたの?」

 

そんな太郎丸の様子を怪訝に思った剛が、太郎丸に向かって声を掛けると

 

「直掩機が深海棲艦の艦隊を見つけたみたい、え~っと……、これは~……っ!?」

 

太郎丸は一瞬驚きの表情を浮かべるのだが、それはすぐに表情から消え去り今度は獲物を見つけた肉食動物の様な獰猛な笑みを浮かべるのであった

 

太郎丸の表情の変化に戸惑いながらも、剛は太郎丸に艦隊がいると言う方角を尋ねると、自身の艦載機を飛ばして太郎丸が何を見たのかを確認する。すると今度は剛までもが太郎丸と似た様な表情を浮かべ、食糧集めに参加している者全てをこの場に集めて自身が何を見たのかを報告する

 

「皆、朗報よ。太郎丸ちゃんがワ級とか言う深海棲艦の艦隊を見つけたわ、進行方向から考えて、ミッドウェーの拠点から北マリアナの拠点に物資を運んでる最中だと思われるわ……」

 

剛の言葉を聞いた皆が目を見開き、ニヤリと口角を上げる。その様子を見た剛はすぐに立ち上がり……

 

「今の私達は海賊……、だったら海賊らしく、派手に暴れて物資を奪っちゃいましょうっ!!皆、準備はいいっ?!長門屋海賊団、出撃よっ!!!」

 

\応っ!!!/

 

この場にいる全員に指示を出すなり海に飛び出し、36隻のワ級と24隻の護衛からなる深海棲艦の輸送部隊に襲撃を仕掛け、ワ級達が持つ全ての物資を奪い尽くすなり、情報を持ち帰らせない為に1隻残らず海の底へと沈めてしまうのであった

 

これにより拠点の食糧はしばらくの間食糧集めをしなくてもよさそうなほどに集まり、その日の夕食は、食糧問題解決祝いとしていつもよりちょっぴりリッチな物となった

 

また、剛達による輸送部隊襲撃は、結果的に北マリアナの拠点に兵糧攻めを仕掛けた形になり、北マリアナの深海棲艦達は飢えに苦しみ士気を著しく低下させ、後日攻撃を仕掛けて来たトラック泊地の艦娘達に完敗し、拠点を奪われてしまうのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、食糧問題が解決した事を喜ぶ海賊団だが、それは思った以上に長続きはしなかった……

 

「全員付いて来ているなっ!?今一度ここで作戦内容の確認をするぞっ!!!」

 

連合艦隊第一艦隊の旗艦を務める戦艦艦娘が、後ろを振り向きながら声を張り上げて作戦内容の再確認を行う

 

「これより私達は中部海域の制海権を取り戻す為に、ミッドウェー島にある深海棲艦の拠点に攻撃を仕掛け、拠点諸共中部海域を支配する飛行場姫を討つっ!!!」

 

「けどミッドウェー島の近くにあるウェーク島にも深海棲艦の拠点があるから、後顧の憂いを断つ為に先にそっちを破壊するんだったよね?」

 

旗艦の戦艦艦娘の言葉に続くようにして、随伴艦である空母艦娘が確認する様にそう尋ねた

 

「ああそうだ、本当はウェーク島の拠点の内部に侵入して拠点を制圧、そこを中継基地にして万全の状態でミッドウェー攻略に臨みたいのだが……」

 

「私達には難しいでしょうからね~……」

 

戦艦艦娘がそう言って溜息を吐き、その様子を見ていたもう1人の空母艦娘が苦笑しながらこの様な事を呟くのであった

 

「こういう時、彼らがいると助かるのだけれど……」

 

「ああ、そう言えばお前も彼らに助けられたんだったな。まあ毎回あいつらに助けられてては日本海軍の沽券に関わるからな、今回は北マリアナで大人しくしていてもらおう」

 

先程の2人の空母艦娘とは違う、3人目の空母艦娘がそう言うと、戦艦艦娘はこの様に返すのであった。と、この様に一部の艦娘が真面目な話をしている中、その後方では……

 

「うわー!これ凄いねっ!」

 

「これ1つで低速戦艦を高速化させるだけでなく、飛行まで可能にするとは……」

 

「私からしたら、お前達の義肢も十分オーバーテクノロジーだと思うぞ?」

 

「確かその義肢もあの人達が作ったものでしたよね?本当に凄い技術力ですね~」

 

駆逐艦艦娘3人と、彼女達を艤装に乗せて飛行する航空戦艦艦娘がこの様な会話を楽しんでいた。そしてそんな4人の様子をその更に後方で驚きのあまり言葉を忘れ、ただただ唖然とした表情で見つめる4人の艦娘がいるのであった



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狂信者のロザリオ

拠点の食糧問題が解決して浮かれていたのも過去の話、その2日後の朝、ようやく目を覚ました天龍を加えて会議が行われた

 

会議が始まる前、目を覚ましたばかりの天龍に悟がこちらの事情を話すと共に会議に参加する様にと言うと、天龍はその言葉に素直に従って医務室に居合わせていた望と共に会議室に向かうのだった

 

因みに、天龍は望の姿を見た瞬間目を見開いて驚き硬直してしまうのだが、望が自分は春雨とは別人であると伝えると、天龍は硬直こそ解いたもののとても複雑な表情を浮かべるのであった

 

天龍が会議室に姿を現すと、すぐさま六駆の4人が天龍の下に駆け寄り彼女の回復を涙を浮かべながら喜び、対して天龍は内心で暁と響ことヴェルの姿の変わりように戸惑いながらも、彼女達の頭を撫でながら落ち着かせようとする。その際、暁が子供扱いするなと喚いたのだが、天龍はそれを無視して彼女達の頭を撫で続ける

 

それからしばらくしたところで、天龍は自分の下に近付いて来る存在に気付き、そちらに視線を向けるなりその表情を固くする。そう、彼女に近付いて来たのは彼女の不手際が原因で、彼女の目の前で沈んでしまった春雨だったのである

 

そして春雨が天龍のすぐ傍まで来たところで、天龍は彼女に向かって土下座して、涙を流しながら何度も何度も謝罪する。沈めてしまって済まなかった、苦しい思いをさせてしまって申し訳なかった、天龍はその様な言葉を何度も繰り返しながら、春雨に許しを請う様に謝罪するのであった

 

そんな彼女に対して春雨は、彼女の肩に手を置いて、倒れてしまうほど無理をしながらも自分達を何とか助けようとしていた天龍に向かって、感謝の言葉を掛けるのであった。それを聞いた天龍は、思わず春雨に抱き着いて大声を上げて泣き始めるのであった

 

その後、天龍が落ち着いたところで会議が始まる。議題は昨日海域の調査の為に出撃した空達が持ち帰った情報と、とある品に関するものが主な議題となっている

 

先ず空達が持ち帰った情報についてだが、その日空達はマーシャル諸島の南東にあるベーカー島に向かったそうだ。そこで空達はまたも例の祭壇と生贄と思わしき深海棲艦の亡骸2つ、艦娘の亡骸3つを発見、詳細を調べたところ祭壇に付着した血液から、この祭壇を使った儀式がつい最近行われた事が判明したのである

 

そして空が戦治郎から借りたタブレットでプロジェクターを操作して、生贄となった艦娘の写真をスクリーンに映し出すと、桂島の艦娘達が驚愕の表情を浮かべるのであった。そう、生贄となったのは彼女達が所属する桂島泊地の艦娘だったからである

 

余りにも変わり果てたかつての同僚達の姿を見たところで、暁と電がショックで胃の中の物を吐き戻し、ヴェルはスクリーンを見据えたままその顔を顰め、雷と春雨は目を見開きながら口元を両手で覆って硬直する。そして……

 

「これが深海棲艦のやり方なのかよっ!?ふざけるのも大概にしやがれっ!!!」

 

天龍が怒りに身を任せ、そう叫びながら会議室の机を力一杯殴りつけるのであった

 

「これをやった奴らは純粋な深海棲艦じゃねぇ、俺達と同じで異世界で死んでこっちで深海棲艦に生まれ変わった転生個体って類の深海棲艦なんだがな……。まあ強硬派深海棲艦に手ぇ貸してる段階で、ここの海域にいる連中に限れば一緒くたにしちまってもいいな……」

 

天龍の様子を見た戦治郎がそう呟いた後、会議を進める為に天龍を何とか宥めてその怒りを鎮めてもらう

 

それからある程度情報を集め終えた空達は、ウェーク島に戻ろうとするのだが、その道中で偶々洋上で戦闘訓練をしていた狂信者達と遭遇、戦闘になったそうだ

 

この時、空達は相手の中に死霊兵がいるのではないかと警戒するのだが、どいつもこいつもシスター・エリカなる人物や深海棲艦を称えたり、人類と深海棲艦に従わない転生個体を滅ぼせなどとほざいていた為、この中には死霊兵はいないと判断し、ほんの少し安堵の息を漏らすのであった

 

それが分かったところで、空が更なる情報を手に入れようと思い立ち、他のメンバーに狂信者を1隻でもいいから鹵獲しようと提案、他のメンバー全員がその提案を聞くなり頷き返してくれた事を確認した空は、すぐさま行動を起こし狂信者を1隻捕まえ、それ以外の狂信者達は全て叩き潰すのであった

 

その後、空が鹵獲した狂信者に片手でネックハンギングツリーをかけながら、質問をしようとしたのだが……

 

「シスター・エリカッ!!!後は任せますっ!!!」

 

有ろう事か狂信者はそう叫ぶと、自身の頭部を主砲で撃ち抜き自害してしまうのであった……。空が情報を引き出せなかった事に対して内心で舌打ちしたその時、狂信者の残骸の胸元で光る何かを見つけるのであった……

 

「それがこれだ」

 

空がそう言ってスクリーンの画像を切り替えると、そこには何とも冒涜的で忌まわしい何かが映し出されていた

 

それは聖職者が持つロザリオの様なのだが、それを形作っているパーツがロザリオの神聖さを完全にぶち壊しにしてしまっているのである。具体的に言えば、瞳孔に魔法陣の様なものが浮かび上がっている目玉から、タコの足の様な触手が何本も絡まり合いながら四方に生えており、結果的に十字架の様に見える様になっているのである。それだけならいいのだが、それらのパーツは異常なほど、今にも動き出しそうなほどに精巧に作られており、そのロザリオもどきの不気味さをより一層増幅させていたのだった

 

「気持ち悪っ!!!」

 

「何それっ!?いやホント何それっ?!」

 

「ああ~、SAN値が削られる音~ッスッ!!!」

 

「あぁ!スクリーンに!!スクリーンにっ!!!」

 

その映像を見た瞬間、ウェーク島に残っていた者達が一斉に悲鳴を上げたり意味不明な発言をし始める。そんな阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される中、空はこのロザリオもどきが一体何なのかについて話し始める

 

「最初にこれを見た時、俺はこれはアビス・コンダクターの連中が使っているただの識別票のような物だと思っていたんだが……、実際はとんでもない代物であった事が分かったんだ」

 

「とんでもない代物……、ですか……?」

 

ウェーク島に残っていたメンバーの中で唯一発狂していなかった瑞穂が、空に向かって不思議そうにそう尋ねると、空は頷き返しながら懐からロザリオもどきの実物を取り出し、瑞穂に手渡す

 

「それを握ったまま外の風景を見てみろ」

 

瑞穂にロザリオもどきを渡した空がそんな事を言い、瑞穂はそれに従いロザリオもどきを手に握ったまま会議室の窓から外の風景を見てみると、何と何とも名状し難い色をしていた空と海が、瑞穂達が知るいつもの青い海と空に戻っているではないか

 

瑞穂が驚きの表情を浮かべたまま空の方に視線を送ると、空は先程の話の続きを話し出すのであった

 

「俺と共に出撃したメンバーにも試してもらったが、全員そのロザリオのような物を手にしている間は、海と空が元の状態に戻っている様に見えたそうだ」

 

空の発言を聞くなり、発狂していたメンバーが一斉に我に返って驚きを露わにする

 

「それだけではない、摩耶がそれを手にしている間、装備していた対空電探が復活したんだ」

 

「これはあたしも驚いたな、空さんに言われるまま試しで起動したら、この海域に来てからずっと狂った様な反応しかしてなかった電探が、今までの狂いっぷりが嘘だったかの様にいつも通りに動いたんだ」

 

摩耶の言葉を聞いたメンバーの驚きの表情が、より色濃いものとなる

 

「この実験の結果から、俺はある仮説を立てた。これはただの識別票ではなく、この海域で発生している異常現象から身を守る為のものなのではないかとな」

 

「アビス・コンダクターの連中がそんなモン持ってるって事は、この現象を引き起こしてるのはアビス・コンダクターの中の誰かって事だな……。んで、恐らくこの現象は能力のものと思われるから、あの闇城と猿みたいな双子はこの現象を引き起こした犯人じゃねぇだろうな……。あいつらはこれとは違う能力持ってるみてぇだしな」

 

空と戦治郎がこの様な会話をしていると、急に護が手を上げて2人の会話に割って入る様にして発言する

 

「この現象の犯人について話すのもいいッスけど、自分はそれより重要な事があると思うんッスけど」

 

「「重要な事?」」

 

護の言葉を聞いた空と戦治郎が、声をハモらせながら護に尋ねる

 

「その変な奴、量産出来るんッスかね?もし量産出来たらブイを使った移動もしなくて済む様になるし、通信機能も回復するんじゃないかって思ったんッスよ~」

 

すると護はこの様に返し、それを聞いた2人は顔を見合わせた後同時に頷き、この日の工廠組と司の活動予定を決定するのであった

 

因みにこれはこの会議の後の話だが、このロザリオもどきの量産は問題なく成功、それどころかデザインの変更にも成功し、海賊団版のロザリオもどきは持ち主の好みに合わせたデザインのオシャレなペンダントとなり、オベロニウム製のドッグタグと共に海賊団の首に下げられるのであった



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儀式との遭遇と・・・・・・

ロザリオもどきの複製は工廠組+司の頑張りのおかげで、午前中だけで完了し海賊団と桂島遠征部隊の胸元には各自の好みのデザインのペンダントに生まれ変わったロザリオもどきとオベロニウム製ドッグタグが、仲良く下げられる事となった

 

そしてその日の昼食後、ペンダントのテストも兼ねて調査出撃をした光太郎達が、遂にアビス・コンダクターの儀式の現場に鉢合わせたのだ

 

以前海賊団が天龍達を保護したタラワ島の近くにある、アラヌーカ島を調査しようと光太郎達が島に上陸したところ、剛と不知火が森の方に多数の人の気配がある事を感知したのである。そして2人の勘を信じて光太郎達が森の中に入ると、そこには異様な光景が広がっていたのであった

 

森の中の開けた空間の真ん中に禍々しい祭壇が築かれており、その祭壇には拘束されて身動きが取れなくなっている艦娘が乗せられ、その傍にはそんな彼女の首に向かって手に持った儀礼用の剣を、今にも振り下ろさんとする欧州棲姫の姿があり、欧州棲姫の傍には静かに佇む北端上陸姫と、あの忌まわしき海峡夜棲姫が不気味な笑みを浮かべながら控え、祭壇の周りにはその光景を見守る大量の深海棲艦の姿があった

 

この光景をアビス・コンダクターの連中に見つからない様に、木の陰に身を隠しながら見ていた光太郎達は、この状況をどうするべきかで話し合いうのだが、意見は真っ二つに割れてしまうのであった

 

今すぐあの集まりに攻撃を仕掛け、生贄となっている艦娘を救出すべきだと主張するのは光太郎、望、瑞穂の3人、対して剛、不知火、時雨の3人が流石に多勢に無勢過ぎるから下手な事はせず、情報を持ち帰る為にすぐにでも拠点に帰還するべきだと反論するのだった

 

海賊団の面々がこんな事をしている間にも儀式は進み、生贄となった艦娘は欧州棲姫にその首を刎ねられてしまい、欧州棲姫は祭壇に艦娘の血をある程度吸わせたところで次の生贄の準備を始めるのであった

 

欧州棲姫が先程斬り捨てた艦娘の亡骸を、汚い物でも扱う様にその手で掴むなり勢いよく地面に投げ捨てる。するとそれを狂信者達が回収して、すぐさま近くにある大きな樹に打ち付けていく。よく見るとその樹の近くには既に生贄にされたのであろう艦娘の亡骸が1つ、そして狂信者と思わしき深海棲艦の亡骸が2つ打ち付けられていた

 

その後、新しい生贄なのだろう拘束された艦娘が1人、狂信者達に担がれて祭壇の方へと運ばれて行く。艦娘は何とかこの状況から逃れようと必死になって踠くのだが、拘束具がガッチリと取り付けられている事と、転生個体である狂信者達の腕力が強かった事が合わさり、抵抗虚しくその艦娘は祭壇の方へと連れて行かれてしまうのであった

 

このままでは埒が明かない、光太郎と剛がそう思った瞬間祭壇の方から突然爆発音が鳴り響いて来た。2人が何事かと思い辺りを見回すと、2人の視線はある艦娘のところで同時に止まる。その艦娘とは光太郎達の調査出撃に、同行したいと申し出て来た天龍だった。天龍は木陰から飛び出して、その艤装の主砲から濛々と煙が立ち上らせており、それは先程の爆発音は天龍の砲撃により発生したものだと、その場にいる全員がそう思い至る為の判断材料となるのだった

 

その直後、儀式に参加するアビス・コンダクター全員の視線が、先程祭壇に砲撃した天龍に集中する。すると……

 

「誰かと思えば……、貴女は確か脱走した生贄の艦娘の1人でしたね……。報告によると海賊団に保護されたと聞いていましたが……、まさかそこからも脱走したのですか?」

 

欧州棲姫が天龍に向かってこの様な言葉を放つ、するとそれを合図にでもしたのか北端上陸姫と海峡夜棲姫が欧州棲姫を守る様に前に出る

 

「エリカ、こいつは僕がすぐに始末する。だからそのまま儀式を続けてくれ」

 

「折角救ってもらった命を粗末にするとは、感心出来ませんなぁ……」

 

北端上陸姫と海峡夜棲姫が口々にそう言って、北端上陸姫は腰に下げたエストックを引き抜き、海峡夜棲姫は懐から小袋を取り出す。と、その直後木陰から発砲音が2つ聞こえるなり、北端上陸姫と海峡夜棲姫の手に突然衝撃が走り、2人は持っていたエストックと小袋を取り落としてしまう。特に小袋の方に関しては、地面に落下するより早く木陰から飛んで来た太い光線に撃ち抜かれ、消滅してしまうのであった

 

「ぐぅ……っ!、何者だっ!?姿を現せっ!!!」

 

先程撃ち抜かれた手を押さえ、北端上陸姫が怒りの形相を浮かべながら叫ぶと、木陰から真っ赤な光を放つ目で北端上陸姫達を見据える、全身を真っ黒な機械仕掛けの甲冑の様な物で包んだ何かと、水母棲姫と桃色の髪をした駆逐艦と思われる艦娘が姿を現す

 

「4対3で救助する、でいいですよね?」

 

「こうなったら仕方ないわよ……」

 

「天龍さん、不知火達が援護するので、その間に生贄になっている方の確保をお願いします」

 

突然の乱入者達がそんな会話を交わしていると、海峡夜棲姫が両手で頭を抱えながら絶叫する

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!?某の骨粉があああぁぁぁーーーっ?!!今日はさっきの1つしか持って来ていないんですぞっ?!?どうしてくれるのですぞっ!??」

 

「喧しいぞ駆っ!!!だったらエリカと生贄を連れて撤退したらいいだろうっ!!!そこの艦娘だけならまだしも、こいつらが出て来るとなると話は別だからなっ!!分かったらすぐに行動に移せっ!!!」

 

駆と呼ばれた海峡夜棲姫の叫びを、至近距離で聞く羽目になった北端上陸姫が、駆とやらが立っている方の耳を押さえ苛立ちながらそう叫び返すと、駆は北端上陸姫の言葉に渋々と言った様子で従い、狂信者から生贄を預かるとエリカと呼ばれた欧州棲姫を連れてこの場から撤退し始める

 

「待ちやがれっ!!!」

 

天龍が叫びながら海峡夜棲姫達を追おうとするのだが、狂信者達が彼女の前に立ち塞がりそれを妨害する。が、直後に天龍の後方から銃弾や砲弾に艦載機、果てはレーザー光線まで飛んで来て狂信者達をまとめて吹き飛ばしてしまう

 

この様な事を何度も繰り返している内に、結局天龍達は駆を見失ってしまい、生贄の救助に失敗してしまうのであった……。因みに、このどさくさに紛れていつの間にか北端上陸姫もその姿を消していた……

 

その後、光太郎達が現場の撮影している最中、天龍は剛から勝手に行動するなと説教され、説教の内容と自分達の代わりに生贄となってしまった艦娘を助けられなかった事で非常に落ち込み、帰り道では終始瑞穂と時雨と望の3人に慰められるのであった

 

そんな事がありながらも無事にウェーク島に戻った光太郎達は、拠点の様子がおかしい事に気付き、警戒しながら拠点の中へと入って行く。拠点に入ってしばらく歩みを進めたところで、光太郎が戦治郎に通信を入れると皆工廠に集まっている事を教えられ、光太郎達は工廠へ足を運ぶのであった

 

そして光太郎達が工廠の扉を開くと、そこには信じられない光景が広がっていたのであった

 

顔を真っ赤にしながらプルプルと震え、挙動不審になっている戦治郎を含む海賊団のメンバー全員が工廠の床に正座させられ、その前には不機嫌そうな表情を浮かべながら腕を組んで仁王立ちする大本営の長門、そして長門の後方には同じく大本営所属の飛龍と蒼龍、綾波に元ショートランド泊地の日向、佐世保鎮守府の所属となった加賀、長月、皐月が控えており、その光景を工廠の隅で動揺しながら見守る大和、大鳳、矢矧、初霜の姿があったのである……

 

「なぁにこれぇ?」

 

その光景を目の当たりにした光太郎が、思わず間抜けな声色でそう言うと

 

「光太郎達か、お前達も向こうに並んで正座だ。お前達には聞かねばならん事が山ほどあるからな……」

 

青筋を立てた長門が、光太郎達を睨みつけながらそう言い放つ。光太郎達は長門が放つ威圧感に圧倒され、素直に長門の言葉に従って海賊団の皆がいるところに向かい、言われた通りに正座するのであった……



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疑惑の大和

長門に言われた通りに海賊団+天龍が工廠の床に正座したところで

 

「む?そこの天龍は新しいメンバーか?」

 

長門が天龍の存在に気付いて、この様な言葉を投げかける。それに対して天龍が自己紹介しようと声を上げたその時だ

 

「「「「天龍(((さん)))っ?!」」」」

 

工廠の隅にいた大和、大鳳、矢矧、初霜の4人が、天龍を見るなり目を丸くして驚きの声を上げ、すぐさま彼女の下へと駆け寄っていく

 

その直後に大和達は天龍に色んな事を夢中になって質問し始め、その様子を見ていた長門は困惑しながら戦治郎達にあの天龍が何者なのかを尋ねる。すると現在進行形で挙動不審になっている戦治郎に代わって、空がその質問に答えるのであった

 

空の言葉を聞いた長門達が驚愕の表情を浮かべたところで、不意に悟が天龍に向かってこの様な提案をするのであった

 

「天龍よぉ、積もる話があるんならよぉ、医務室の方でやってもらえねぇかぁ?ここ来る前によぉ、チビ達に翔の事頼んでたんだわぁ。きっとチビ達も大和達に話してぇ事が山ほどあるだろうからよぉ、どうせだから加えてやったらどうだぁ?」

 

天龍は悟がどんな意図でこんな提案をしたのか分からなかったが、取り敢えず頷き返して大和達を六駆と春雨がいる医務室へと案内するのであった

 

その後悟が太郎丸に頼んで内部把握を使ってもらい、大和達が工廠から完全に離れた事を確認したところで、悟は空に向かってこう言い放つ

 

「空よぉ、大和はここから完全に離れたからよぉ、そこの非童貞ピュアピュアおじさんを叩き起こしてやんなぁ」

 

「任せろ、すぐに再起動してやる」

 

悟の言葉を聞いた空は、悟にそう言って1度頷き返すと周囲の者達に危ないから離れる様にと注意を促し、皆が離れたのを確認したところで……

 

「ふんっ!!!」

 

空は気合の掛け声と共に先ずは正座してプルプルしている戦治郎に勢いよく【スライディング】を仕掛けて戦治郎のプルプルする身体を宙に浮かせながら上下反転させ、直後に空は身体の向きを反転させて腕の力だけで跳躍するなり、戦治郎の首を足で挟み【バベルクランブル】をお見舞いする

 

しかしそれだけでは終わらないっ!空はすぐさま頭から床に叩きつけられた戦治郎の身体を起こして今度は【スープレックス】として魔神風車固めを叩き込むと、続ける様に戦治郎を掴んだまま自身の上半身を起こして、戦治郎の首を掴んだ状態で【ジャイアントスイング】を開始、そして戦治郎の身体を宙に投げ飛ばすと空も跳躍して〆の【スープレックス】として空中でスイングDDTを戦治郎に仕掛けるのであった

 

「「【DSC】!!【DSC】!!!」」

 

その光景を見ていたシゲと護が興奮しながら立ち上がってそう叫び、他の者達は戦治郎に対しての空の仕打ちにただただドン引きした後、直後に我に返り何事も無かったかのように振舞う戦治郎に、更にドン引きするのであった……

 

そう、戦治郎が挙動不審になっていたのは、戦治郎が大和の気配を感知してガチガチに緊張していたからである。非童貞でありながら、自身が好意を寄せている女性に対しては初心、故に悟は戦治郎の事を非童貞ピュアピュアおじさんなどと呼んだのである

 

その後、再起動した戦治郎が長門達に自分達がここにいる理由とこの海域の現状を説明すると、長門達は驚愕しながら思わずその場で固まってしまうのであった。そしてそこまで話したところで、ふと思い出した様に戦治郎が長門達に尋ねる

 

「そういやお前ら、どうやってここに来たんだ?」

 

この海域は現在不思議な力が働いて羅針盤やGPS、通信機が仕事をしなくなっている為、何かしら目印を付けながら航行しないと間違いなく迷子になってしまう状態になっているのである。なのに長門達は迷う事無く、最初の目的地であるこのウェーク島にやって来た。戦治郎はそこが不思議でたまらなかったのである

 

「それなんだが……」

 

戦治郎の言葉を聞いた長門は、困惑の表情を浮かべながら、自分達がウェーク島に辿り着くまでの話を始めるのであった

 

長門達はこの海域に入ったところで作戦内容の再確認を行い、第1目標であるウェーク島を目指して進んでいたのだが、いくら進んでもウェーク島が姿を現さない事にメンバーが疑問を持ち始めたそうだ

 

そこで長門が羅針盤を確認すると、羅針盤の針はグルグルと勢いよく回転するなり、羅針盤のガラス面を突き破って天空目指して飛び上がって行き、やがてその姿は見えなくなってしまったのだとか……

 

そこに来て、ようやく長門達は空と海の色がおかしい事に気付き、大本営がある横須賀鎮守府に通信を入れたのだが、通信はノイズが走るばかりで繋がらず、その事実が彼女達に絶望を突きつけ、彼女達は不安に駆られ動揺し始めるのであった

 

そんな時だった

 

「皆さん、あちらに向かってみましょう」

 

出撃時に日向のズーイストライカーを目の当たりにした瞬間愕然とし、道中での戦闘で見た長月と皐月の義肢を駆使した戦闘方法に度肝を抜かれていた大和が、突然そう言いながらある方角を指差したそうだ

 

「それから私達は大和の言う通りに針路を取っていたら、ここに辿り着いたんだ」

 

「大和の言う通り、ねぇ……」

 

長門の話を聞き終えた戦治郎が、そう呟きながら怪訝な表情を浮かべる

 

「天龍に気付いてからの反応を見る限り、彼女と大鳳、矢矧、初霜は……」

 

「ああ、空が思っている通り、彼女達は桂島泊地所属の艦娘だ。更に言えば大和は桂島泊地の提督の秘書艦だ」

 

「お~お~、あの腐れ外道のド畜生の秘書艦やってやがったのかぁ……、こりゃぁ何かあると思って良さそうだなぁ、えぇ?おいぃ?」

 

空が長門に大和達の事を尋ねたところ、長門はこの様に返し、それを聞いた悟が顔を顰めながらこの様な言葉を口にするのであった

 

「こりゃあ大和に色々と聞かねぇとだなぁ……」

 

悟の言葉を聞いた戦治郎が、そう呟きながら頭をバリバリと掻きながら溜息を吐くと……

 

「頑張れ戦治郎、お前ならきっと出来るだろう」

 

「てめぇの嫁艦なんだろぉ?だったらてめぇが何とかしやがれってんだぁ」

 

「そうだな、いつまでもあんな調子では、口説き落とす事も叶わんぞ?」

 

「そうねぇ、変に気を遣わずにいつもの調子で接してあげたら、すぐにいい関係になれるんじゃないかしら?」

 

「頑張って下さい戦治郎さん!空さんだって翔鶴さんをGET出来たんです!きっと戦治郎さんだってやればデキるはずなんです!」

 

空が慈愛に満ちた表情を浮かべながら、悟と日向がニヤニヤしながら、剛がニコニコしながら、龍鳳が目を輝かせながらこの様な事を口々に言ってくる

 

「ちょい待ち!俺が聞くのん?!無理無理無理ぃっ!!もうちょい慣れる為の時間頂戴っ!?」

 

「いいのか戦治郎?そんな事している間に、アビス・コンダクターの連中が儀式を完了させてしまうかもしれないんだぞ?」

 

皆の言葉を聞いた戦治郎があわあわしながら返事をすると、すかさず光太郎がこの様な事を言って戦治郎の退路を断とうとする。が、それはこの状況ではほんの少し悪手であった

 

「あ、そうだ!そういや光太郎達の報告聞いてねぇや!って事で光太郎達は報告よろっ!」

 

光太郎の言葉を聞いた戦治郎はそう言って話を誤魔化し、わざとらしく姿勢を正してから光太郎達の報告を待つ。それに対して戦治郎をからかっていた集団は一斉に光太郎を睨みながら舌打ちをする

 

その後、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、光太郎がアビス・コンダクターの儀式に鉢合わせした事、それを妨害した事、そして生贄の艦娘の救出に失敗した事を皆に報告すると、その場にいた全員が険しい表情を浮かべるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、ウェーク島に到着した長門達は、早速拠点に攻撃を仕掛けようとしたのだが、長門が拠点に掲げられている赤い海賊旗の存在にいち早く気付き、すぐさま攻撃中止を指示するが、時既に遅し、大和達桂島の艦娘達がその時には既に砲撃を行っていたのであった

 

大和達が撃った砲弾は真っ直ぐ拠点に向かって飛んでいくのだが、砲弾がある地点まで到達したところで、戦治郎達が前日に設置完了させた合計250基の閃光迎撃神話が一斉に起動し、大和達の砲弾は閃光迎撃神話達が放つ250本のレーザー光線に蜂の巣にされ、拠点に届く前に空中で爆散してしまうのであった

 

この光景を目の当たりにした艦娘達の多くが呆然とし、一部は腹を抱えて笑い転げ、長門は頭を抱えて溜息を吐いたそうだ

 

その後、長門が般若の形相で拠点に乗り込み、戦治郎を捕まえるなり工廠に海賊団のメンバーを集合させ、戦治郎達にこの海域にいる理由を聞いた上で、説教を行おうとしたのだった。尤も、それは天龍の存在によって有耶無耶になってしまった訳だが……



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ホノルルからの悲鳴

光太郎が戦治郎達に今日起こった出来事を報告している頃、ミッドウェー島の飛行場姫の拠点の中にあるシスター・エリカの部屋には、部屋の主であるエリカとアルバート、そして駆の姿があった

 

彼女達は光太郎達にアラヌーカ島での儀式を妨害された後、最後の生贄を連れてすぐにミッドウェー島に帰還したのである。そして遅れて戻って来たアルバートがエリカに今後どう動くつもりでいるのかを尋ねたところ、エリカはアルバートと駆に自分に付いて来て欲しいと一言言うと、2人を自室に招き入れたのである

 

「んほぉ~、部屋中から女の子の匂いがして来て、某、クラクラしてきましたぞ~(女性の部屋の割に、飾り気も無い質素な部屋ですなぁ)」

 

エリカの部屋に入った直後、駆がこの様な発言をすると、すぐさまアルバートが駆を睨みつけながらその頭を鞘に入れたエストックで殴りつける

 

その後2人が言い争いを始めたところで

 

「2人共、どうぞ掛けて下さい」

 

エリカが部屋の中央にあるテーブルセットの椅子に腰を下ろしながら、言い争いする2人に向かって着席を促すのであった

 

「先程アルバートが尋ねた件ですが、私は儀式を続行するつもりでいます」

 

2人がエリカの言う事を素直に聞いて、エリカの対面に並べられた2つの椅子に座った事を確認したところで、エリカは2人の顔を真っ直ぐ見つめながらそう言い放った

 

「儀式を続行すると申しますか……、しかしどうするのですぞ?海賊団の連中はこの海域中を嗅ぎ回っていたようですから、某達が過去に儀式を行った場所を既に知っているのではないですかな?」

 

「恐らく奴らは僕達が儀式を続行すると踏んで、儀式を妨害する為に各地に見張りを立ててるかもしれないぞ?」

 

「それについてですが、これを見て下さい」

 

2人の言葉を聞いたエリカは、そう言うと予め準備していたのであろう地図をテーブルの上に広げるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、取り敢えずこいつを見てくれ」

 

場所は戻ってウェーク島、話し合いの場を工廠から会議室に移したところで、戦治郎がそう言いながらプロジェクターを操作して、この海域の地図をスクリ-ンに表示する

 

戦治郎に言われた通りに海賊団のメンバーと長門達が地図を注視していると、全員がある事に気付く、そう、この地図には数ヵ所ほど赤丸が付けてあったのである

 

その赤丸はウェーク島、マーシャル諸島、ジョンストンアトール、そしてベーカー島の計4ヵ所に付けられていた。そう、この4つの島は全てあの祭壇があった場所なのである

 

「皆気付いてるだろうから丸の説明は省く、んで、今の光太郎の話だと……」

 

戦治郎はそう言いながら地図に新しく赤丸を付ける、今日光太郎達が向かったアラヌーカ島がある場所である

 

地図に赤丸を付けた戦治郎が、皆に向かってこれを見て気付いた事を言ってみて欲しいと言い放ち、皆はそれに従って色々な意見を口にする。そして……

 

「形が歪で凄ぇ汚ぇけど、五芒星を逆にした様にも見えるな」

 

何気無しにシゲがそう言った瞬間、戦治郎が急にシゲの事を指差して

 

「それなっ!」

 

そう言ってシゲの意見を肯定してから、戦治郎は自身の考えを皆に話し始める

 

「あいつらは恐らく、儀式を行う場所で悪魔の印をベースにした魔法陣を描きながら、何かよく分からん存在を召喚する為に生贄を捧げていたんじゃないかと俺は思ってるんだ。確か逆さの五芒星は悪魔の印とかどっかで聞いた覚えがあるんだわ、って事で少なくともあいつらが呼び出そうとしてんのは、碌でもない存在なのは間違いないと思うわ」

 

「そいつらは召喚した何かに頼んで人類を滅ぼそうとしている訳か……、一体何に為にそんな事をするのか……、元は同じ人間だったはずだろうに……」

 

戦治郎の言葉を聞いた長門が、眉間に皺を寄せながらそう呟くと

 

「理由は流石に分からんが、闇城の戦闘方法と言い、光太郎達が見たと言う儀式での艦娘の扱いと言い、余程人間に恨みがあるのだろうな……」

 

「で、人間滅ぼす為のあいつらの秘密兵器の召喚には多くの生贄が必要で、現在23人まで生贄を捧げている、と……」

 

「春雨ちゃん達が言っていた事と戦治郎の予想から考えると、恐らくアラヌーカ島での儀式が最後だったのかな?」

 

「って事はよぉ、奴らは後1人生贄を捧げりゃ準備完了って事かぁ?」

 

長門の呟きを聞いた空、戦治郎、光太郎、悟の4人が、思い思いの言葉を口にすると、この場にいる全員の表情が、より険しいものへと変化する

 

もしこの予想が当たっていた場合、アビス・コンダクターは儀式を何としてでも完了させようと動こうとするのが容易に想像出来たから、そしてそれを阻止出来なければ、ここにいる者達だけではなく、世界中に存在する人類が危険に晒されてしまう事が分かり切っているから、自分達が背負っているものの重させいで、皆の表情は暗くなってしまったのである

 

「こりゃ何が何でも儀式を阻止しねぇとな……」

 

「阻止しないといけないのは分かるけど……、どうやって阻止するの?まさか今分かってる祭壇の場所を手分けして張り込んで、あいつらが来たところで奇襲でもかけるの?」

 

戦治郎の呟きを聞いた陽炎が、その方法について尋ねると

 

「馬鹿言え、ウチの規模とあっちの規模を考えろ、あっちはこれで最後だから兵隊全部連れて来る可能性あんだぞ?そこに俺達が数人突っ込んでも自殺行為にしかならんだろ」

 

「では、どうするのですか?」

 

戦治郎は陽炎に対してこの様に返すと、今度はそれを聞いていた不知火が戦治郎に尋ねてくる

 

「実は地図見て思った事があんだわ、って事でまた地図見てくれ」

 

戦治郎の指示に従い、皆がまたスクリーンに視線を向けたところで、戦治郎はある場所に丸を書いた後、先程丸を書き加えた場所と祭壇があった場所を線で結び始める。すると……

 

「これは……っ!?」

 

線が書き加えられた地図を見た空が思わず声を上げ、他のメンバーも驚愕の表情をその顔に張り付かせて硬直するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この場所で儀式を行えば、当初の予定から少しだけ外れますが、魔法陣を描く事が可能になります」

 

「奴らが見当違いな場所を守っている間に、僕達は密かに儀式を進め、あの御方を召喚すると言う事か……」

 

「それなら邪魔される心配もありませんなぁ」

 

エリカが地図のある点を指で指しながらこう言うと、アルバートと駆は納得した様に頷いて見せる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで儀式が行われたら、六芒星の魔法陣にならねぇか?」

 

「後1人捧げりゃいいだけですからね、そこならパッと始めてパパっと終わらせる事が出来るでしょうね……」

 

「もし戦ちゃんの予想が合ってたら、ホント骨が折れそうね……、潜入するのも生贄ちゃんを助けるのも、ね……」

 

戦治郎がつい先程丸を書き加えた場所をペンで指しながら皆に向かってこう尋ねると、シゲと剛が苦虫を噛み潰した様な顔で、この様に答えるのであった

 

 

 

 

 

戦治郎とエリカが示した場所、それは飛行場姫が住まう島、そして長門達が攻め入ろうとしているあのミッドウェー島だったのである

 

その後、戦治郎達は長門達と共にミッドウェー島攻略の為の会議を始め、エリカ達は飛行場姫の許可を得た後に儀式の最終段階の準備を始めるのであった

 

 

 

 

 

それからしばらくして、戦治郎達の作戦が決まったところで、不意に通信機に通信が入る。戦治郎が不審に思いながらも通信に出ると、通信機の先にいる人物は慌てた様子で、流暢な英語でこう告げるのだった

 

『こちらホノルルの兵器開発研究所っ!応答願うっ!!こちらホノルルの兵器開発研究所っ!!我々は今、深海棲艦からの襲撃を受けているっ!!!誰か聞いてるなら返事をしてくれっ!!!頼むっ!!!誰か助けてくれっ!!!』

 

直後に通信は途絶えてしまい、通信機からはノイズが吐き出されるだけとなってしまうのであった……



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侵攻!潜入!救出開始!

ホノルルからの通信を聞いた戦治郎が、拠点内放送を使って医務室にいるメンバーを会議室に呼び、会議室に大和達が姿を現した瞬間極度の緊張状態に陥った戦治郎に対して空がドラゴン・スープレックスを放って緊張を解した(?)ところで、戦治郎が大和達に今から行おうとしている作戦について説明し始める

 

当初の予定では3つの艦隊で作戦を実行するはずだったのだが、先程の通信を聞いてしまった以上助けない訳にはいかないという事で、戦治郎達は4つの艦隊に分かれて作戦を実行する事になったのだ

 

その編成は以下の通り

 

ミッドウェー潜入……通、シゲ、護、木曾、神通、川内、天龍

 

ミッドウェー陽動→侵攻……剛、輝、司、摩耶、阿武隈、瑞穂、陽炎、不知火、天津風、時雨、夕立、江風、長門、日向、大和、飛龍、蒼龍、加賀、大鳳、矢矧、長月、皐月、綾波、初霜

 

ホノルル直行……戦治郎、空、光太郎、藤吉、望、長門ペット衆

 

お留守番……悟、扶桑、龍鳳、龍驤、春雨、暁、ヴェル、雷、電

 

作戦としては、先ずは剛達がミッドウェーに攻撃を仕掛け、拠点周辺と内部にいる深海棲艦を引っ張り出してかき集め、引っ掻き回して混乱させている間に潜入部隊である通達を島に向かわせ、アビス・コンダクターの儀式を妨害しながら生贄の救助に当たる様になっている

 

ホノルル直行部隊は文字通り、作戦開始と同時にホノルルに全速力で向かい、研究所とやらを攻撃する深海棲艦を排除した後、生存者達を救助する流れとなっているのである

 

最後のお留守番部隊だが、時々苦悶の表情を浮かべて呻きながら眠る翔をほったらかしには出来ないし、皆が出払っているところを攻撃されたらたまったものではないと言う事で、一部の艦娘に拠点に残って拠点を防衛してもらう事にしたのである

 

そして通達が生贄を救出し、戦治郎達がホノルルの生存者達を救助完了したところで、お留守番以外の部隊が全て合流しミッドウェーに本格的な攻撃を仕掛け、拠点を陥落させるのがこの作戦の概要である

 

この作戦を立てる際、戦治郎は長門に今回の作戦には介入しないと言う約束を反故してしまう形になってしまった事を謝罪するのだが

 

「状況が変わってしまったのだから仕方ない、この事は気にするな」

 

長門はそう言って、自身に向かって申し訳なさそうに頭を下げる彼を許したのであった

 

事実、今回の場合戦治郎達は事故に巻き込まれて、不可抗力でここに来ているのである。そんな彼らを一体誰が責められようか、最初は説教の1つでもしてやろうと思っていた長門は、彼らの事情を知ったところでそう考える事にしたのである

 

そもそも長門達の作戦の仮想敵は、飽くまでも強硬派深海棲艦だけだったのだ。そんな彼女達が作戦を開始し、いざ蓋を開けてみれば相手は転生個体の集団と手を組んでいて、その中には戦治郎達に苦戦を強いる様な奴が紛れ込んでいると言うではないか

 

もしここで戦治郎達と会わなければ、自分達は呆気無く全滅し戦治郎達が闇城と呼んでいる転生個体の手駒にされていたかもしれない……、長門はその事を考えると背筋を震わせると同時に、戦治郎達がここにいてくれて本当に良かったと内心で安堵の息を吐いていたのであった

 

戦治郎が大和達に作戦の概要を伝えたところで、戦の前の腹ごしらえと言う事で今から食事にしようと提案、全員がそれを了承すると戦治郎達はすぐさま食事の準備に取り掛かるのであった

 

その際、お客様に変な物は食べさせられないと言う事で、戦治郎の指示で今回の食事の材料は全てワ級達から奪った物を使ったのだが、それは間違いだったと戦治郎は後に語るのであった……

 

海賊団の食事事情を知らない長門達は、情け容赦無く料理を貪り食い、有ろう事かおかわりまで要求して来たのである。一部の者に至っては、翔の料理が食べたかったと不平まで漏らす始末……。その光景を見ていた戦治郎は内心で頭を抱えながら絶叫し、ホノルルへの救援物資に回す分の食糧を確保隠蔽した後、他の海賊団のメンバーと共に自分達で獲って来た食糧で腹を膨らませるのであった。尚、これが原因であれだけ余裕があった食糧は想像以上に、ゴッソリと減ってしまうのだった……

 

 

 

そして食休みの後、戦治郎の口から作戦開始の号令がかかり、ウェーク島にいる者達は各自割り当てられた役目を全うする為に、すぐさま行動を開始する

 

ミッドウェーに向かう部隊は、尋常ではない速度で走り出したホノルル直行部隊の背中を見送った後、ミッドウェー島へと針路を取って移動を開始、しばらく航行してミッドウェー島が見えるところまで来たところで通達潜入部隊が停止、剛達が戦闘を開始するのをその場でじっと待つのであった……

 

それからしばらくすると、遠方から砲撃音や破裂音、荒れ狂う波の音が聞こえ、それは時間が経つに連れて激しさを増していく……、どうやら剛達が予定通り戦闘を開始したようだ

 

「始まりましたね……、皆さん、準備はいいですか?」

 

この部隊の旗艦を任された通が、後ろを振り返りながら尋ねると

 

「問題ないッスよ~」

 

「"待"ってたぜぇ……、この"瞬間"(とき)をよぉ……っ!!!」

 

「あいつら絶対許さねぇぞっ!!!泣いても攻撃止めてやんねぇからなっ!!!」

 

「気合い入れるのはいいが、感情に任せて突っ走ったりするなよ?」

 

海面に腰を下ろしていた護、シゲ、天龍、木曾の4人がこの様に答えながら立ち上がり

 

「今から移動したら、いい感じに夜になるかな?うーん!この状況での夜戦!!すっごく楽しみだなーっ!!!」

 

川内が瞳を輝かせながら声を上げる、川内の言葉を聞いたメンバーが空を見上げると、空は夕日で真っ赤に染まり、川内が言う様に目的地に着く頃には日は完全に沈み、夜の帳が下りていそうであった。とその時である

 

「到着する頃などと言わず、どうせですから今この瞬間から、夜の闇に紛れて移動しませんか?」

 

唐突に通がこの様な事を言ったのである、通の言葉を聞いたメンバーが怪訝そうな表情を浮かべたその刹那、通の仮面が変形し鬼面モードとなるや否や、通が即座に印を切ると鬼面の口からフェロー諸島での決戦の時、フェロー諸島周辺を真っ暗な闇に閉ざしたあの黒いモヤが勢いよく噴出され始めたのだ

 

「ちょっ?!おまっ!?」

 

「通ストップストップッスッ!!!」

 

その光景を目の当たりにしたシゲと護が、ギョッとした後すぐさま通を止めようとするのだが……

 

「お二人共、安心してください」

 

不意に神通がそう言って慌てる2人を制止すると、通に代わって事情を話し始めるのであった

 

何でも通はガダルカナルにいる間、神通が見守る中この術を完全に制御出来る様に修行を重ねていたそうだ。最初の内は初めて発動させた時と同じ様に、術の効果が切れると共に倒れていたそうだが、修行を重ねる内に術の効果が切れても倒れなくなり、やがては闇の効果をかなりの範囲に広げられる様になったそうだ

 

「今ならこの海域全てを、この闇で覆える様になっていると思いますよ」

 

通は例の黒いモヤを吐き出し続けながら、神通の話を聞いて呆然とするメンバーに向かって、ほんの少しだけ得意げにそう言い放つのであった

 

それからしばらくして、鬼面からモヤが出なくなる頃には辺りは完全に闇に閉ざされてしまうのであった

 

「準備完了ですね、では皆さん……、参りましょうか……っ!!!」

 

\応っ!!!/

 

通は辺りを見回してしっかりと術の効果が出ている事を確認したところで、行動開始を宣言、皆の返事を耳にした瞬間神通を抱えて超高速で移動を開始するのであった

 

尚、シゲ達がとんでもない速度で移動し始めた通を追いかける際、シゲは木曾を抱きかかえた状態で、護は艤装から降りた後に天龍と川内を自身の艤装に乗せて、自力で全力でダッシュする羽目になったのだとか……

 

因みに、通は事前に戦治郎と剛に『闇寄せ』を使用する事を伝えていた為、それぞれの部隊は『闇寄せ』が発動した時も特に混乱する事はなく、予定通りに作戦を遂行する事が出来たそうだ



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闇の騎士吼える時

剛達の戦闘開始を合図に行動を開始した通達は、陽動部隊と上手く連携出来たおかげで何のトラブルも無く、全員無事に目的地であるミッドウェー島はサンド島へ上陸する

 

「司の能力、こういう時はホント強ぇな……」

 

「いや~、自分はシゲの迦具土も大概だと思うッスよ?」

 

サンド島に上陸した際、シゲが戦場を突っ切っている最中に目にした司の能力に対しての感想を呟き、それに対して現時点では能力に目覚めていない護が、シゲにじっとりとした視線を送りながら返答する

 

シゲが言う様に、海上では司の能力は脅威の一言に尽きるのである。潮の流れや波の大きさを操った上に、相手の視界を遮る様に雨を降らせて砲撃を妨害し、一点に固まって攻撃をしてようものなら頭上に海水の塊を形成して叩きつけ、散開していたら津波を発生させて問答無用で圧し潰す。他にも海水で作った鞭で相手を攻撃したり拘束したり、渦潮を発生させて相手の退路を断ったりと、文字通りやりたい放題なのである

 

そんな地獄の様な光景を目の当たりにした長門達は、しばらくの間呆然と立ち尽くしてしまうのだったが、剛に一喝されるとすぐに立ち直り、司に続くように、司に負けていられないと言わんばかりの勢いで、猛然と攻撃を繰り返して司に負けず劣らずの戦果を叩き出すのであった

 

「2人共、お喋りはその辺りにしておきましょう」

 

その後話を続けようとするシゲ達に対して通がこの様に言うと、祭壇を見つける為に通達は島のあちこちを音を立てない様に細心の注意を払いながら歩いて回り、遂に問題の祭壇と今まさに儀式を行おうとしているシスター・エリカと北端上陸姫、そして儀式を見守る大量の狂信者達を発見するのであった

 

「うわぁ……、こいつら剛さん達が派手に暴れてるのに、完全に無視して儀式やろうとしてるよ……」

 

「こいつらにとっては、それだけ重要な儀式って事なんだろうな……」

 

近くの茂みにその身を隠しつつ、その光景を目にした川内と木曾が、思わず顔を歪めながらそう呟く。と、そんな事をしている間にも儀式は進み、遂にエリカが儀礼用の剣を

振り上げ、生贄の首に向かって振り下ろそうとする

 

「通さん……っ!」

 

「分かっています!皆さん、仕掛けますっ!!!」

 

神通が通に指示を仰ぐと、通はすぐさまこの様に返して手の中に出現させた手裏剣を投擲してエリカの剣を弾き飛ばすと、それを合図に通達は茂みから飛び出して、生贄となっている艦娘が拘束されている祭壇目指して一直線に走り出す

 

突然の出来事に動揺する狂信者達を、シゲが炎を纏った突撃技【アル・フェニックス】で焼き払いながら道を作り、我に返って攻撃を仕掛けようとして来る狂信者達を今度は護がマルチプルミサイルとPDWのゲーリュオーンで迎え撃ち、シゲが切り開いた道を塞ごうとする狂信者達を、通、神通、天龍、そして前日に戦治郎から『夜戦丸』と言う忍者刀を貰った川内の4人が、次々と斬り捨てながら一心不乱に前に進む

 

そして……

 

「死に晒せアバ〇レエエエェェェーーーッ!!!」

 

先頭を走っていたシゲが、そう叫びながら纏っている炎を一層燃え上がらせながら加速して、エリカに【アル・フェニックス】を叩き込もうとしたその時だ

 

「させるかぁっ!!!」

 

シゲとエリカの間に割って入って来た北端上陸姫が、何とシゲの【アル・フェニックス】をエストックで受け止めてしまったのである

 

渾身の一撃を受け止められたシゲが動揺していると、北端上陸姫はシゲの攻撃を受け止めた姿勢のまま、エリカに向かってこう言い放つ

 

「こいつらの相手は僕がする!だからエリカはその間に儀式を進めるんだっ!!!」

 

「頼みましたよ、アルバート!」

 

アルバートと呼ばれた北端上陸姫の言葉を聞いたエリカは、この様に答えるとすぐに通に弾き飛ばされた剣の下に走り出す。それを見た川内が剣を奪う為にエリカ同様剣の方へ走り出し、神通は軽巡棲姫に姿を変えながら剣とエリカの間に割って入ってエリカを妨害する

 

「邪魔を……、しないで下さいっ!!!」

 

「そういう訳にはいきません……っ!!」

 

エリカはそう叫びながらエイの様な艦載機を発艦させて神通を攻撃するのだが、神通はそれを次々とその手に付いている艤装で撃ち落としながら、エリカの妨害を続行する。そして川内が落ちている剣を拾って破壊しようとしたその時

 

「えぇい邪魔だっ!!!やらせはせんぞぉっ!!!」

 

アルバートが叫びながらシゲを弾き飛ばすと、すぐさま鳥型艦攻を発艦させて川内に向かって突撃させ、艦載機の体当たりを受けて怯んだ川内が剣を取り落とそうとしたところで、アルバートの艦載機がその剣を空中で銜えて主の下へ戻って行く

 

「やらせないはこっちのセリフッスよっ!!!」

 

その直後、雑魚の掃除を終えた護がそう叫ぶと、剣を銜えた鳥型艦攻に向かってこれでもかと言うくらいにミサイルを発射、ミサイルの存在に気が付いた鳥型艦攻はすぐさま回避行動を取り、しばらくの間空中で護のミサイルと追いかけっこを展開するのであった

 

その後、アルバートは護を先に始末しようと思い、川内の時同様艦載機を発艦させて護に向かって突撃させるのだが、護はそれを艤装の高射砲とゲーリュオーン、マルチプルミサイルを駆使して全て撃墜して見せる

 

「ならばっ!!!」

 

それを見て護には艦載機は通用しないと判断したアルバートは、エストックを構えて護に斬りかかろうとする。が……

 

「ずぇぁりゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「疾っ!!!」

 

護に斬りかかる直前で、アルバートはシゲと通に両サイドから奇襲される。アルバートは2人の奇襲に気付くとすぐに腰に下げたソードブレイカーを引き抜いて、シゲの攻撃をエストックで受け流し、通の攻撃をソードブレイカーで防ぐと同時に通の『朝日影』を絡めとってしまうのであった

 

それからアルバートはシゲを蹴り飛ばし、通に艦載機をぶつけて吹き飛ばし、先程絡めとった『朝日影』をへし折ろうとするのだが……

 

「折れない……、だと……っ!?」

 

どれだけ力を込めても折れるどころか曲がりもしない『朝日影』に、思わず驚愕し声を上げてしまうのであった

 

「妖精さんから頂いた素材を使い、先輩の手で鍛え上げられた打刀、『朝日影』はその程度では折れも曲がりもしませんよ!」

 

通の言葉を聞いて意固地になったアルバートが、『朝日影』の刀身にソードブレイカーを打ち付け始めたその時である

 

「戦治郎さんが打った刀は何もそれだけじゃないぞっ!『朝日影』の弟分の『鋼斬』の斬れ味、その身を以て思い知りやがれっ!!!」

 

木曾がそう叫びながら、『鋼斬』を引き抜いてアルバートに斬りかかる。だが……

 

ある言葉を耳にしたアルバートは突然無表情になると、木曾の攻撃を躱した直後、隙だらけになった木曾をエストックの柄頭で勢いよく殴りつけ、盛大に吹き飛ばしてみせ……

 

「今……、何と言った……?」

 

ボソリとそう呟く、アルバートの呟きを聞いた通達が怪訝な表情を浮かべた次の瞬間

 

「貴様っ!!!たった今!!!戦治郎と言ったかっ!!!??」

 

先程までの無表情から打って変わって、凄まじく殺気だった表情をその顔に貼り付けながら、アルバートは絶叫するのであった

 

アルバートのあまりの変わり様に通達が思わず唖然とする中、アルバートは更に激昂し、天を見上げながら怒りの声を上げる

 

「この世界に戦治郎が来ているのかっ!?!?!僕の人生を滅茶苦茶にしたあの男がっ!!!?!?僕の怨敵長門 戦治郎が来ていると!??!?お前達は言うのかっ?!!?!そうかっ!!!!!分かったぞっ!!!!!お前達はあの男の手下でっ!!!!!あいつはまた僕から全てを奪おうとしているんだなっ!!?!??!そうだっ!!!!!きっとそうに違いないっ!!!!!!!」

 

アルバートはここで一呼吸入れ……

 

「お前達があいつの手下と言うならばっ!!!!!容赦は一切しないっ!!!!!全員まとめて皆殺しにしてやるうううぅぅぅぁあぁぁぁーーーっ!!!!!!!」

 

アルバートがそう叫んだ次の瞬間、アルバートと直接戦っていた通達4人と、エリカの妨害をしていた神通と川内、そして人知れず拘束された生贄を解放しようと拘束具相手に悪戦苦闘していた天龍は見えない何かに全身を徹底的に切り刻まれ、全身を駆け巡る激痛に耐え切れず、通達潜入チームの全員が思わず膝を突いてしまうのであった



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凶刃の正体と・・・・・・

一体何が起こった?何処から攻撃が来た?アルバートは一体何をやった?

 

突然の攻撃を受けてまともに身動きが取れなくなってしまったシゲ達は、驚愕の表情を浮かべながらも状況を把握する為に全身の神経が鳴らす警鐘を無視して周囲を見回すのだが、アルバートが自分達を攻撃する際に用いた物の痕跡は何1つ見つける事は出来なかった

 

アルバートはこちらが認識出来ない方法で、こちらを一方的に攻撃し嬲り殺しに出来る

 

その事実を突きつけられたシゲ達は次第に動揺し始め、その様子を見ていたアルバートは動揺するシゲ達を鼻で笑った後、シゲ達にトドメを刺そうとエストックを握り締めて動き出そうとするのだが……

 

「アルバート、この者達が気に入らないのは分かります、ですが今は儀式を優先して下さい。この者達を始末するのは、儀式を終え偉大なる神の力を手に入れてからでも遅くはないと思います」

 

アルバートの背後から姿を現したエリカがこの様に言うと、アルバートは舌打ちしながらもエリカの言葉に従って、先程の攻撃の最中に回収したと思われる儀礼用の剣をエリカに差し出す

 

エリカはそれを受け取ると祭壇に向かい、生贄の拘束を解こうとしていた天龍を思いっきり蹴飛ばして祭壇から遠ざけ、儀式を再開しようとする。と、その時だ、儀式を再開しようとしたエリカに向かって、誰かが大きな何かを投擲したのである

 

しかしそれはエリカに当たる事は無く、祭壇の手前で何かによって撃ち落とされてしまう。突然の出来事に驚いたシゲ達は、先ずはエリカに向かって投げられた物に視線を向ける

 

得体の知れない何かに撃ち落とされた物、それは普通の手裏剣より遥かに大きい手裏剣、風魔手裏剣であった。こんな物を扱う者は1人しかいない、そう思った一同が該当者の方に視線を送れば、風魔手裏剣を投擲したと思われる人物、神代 通はゆっくりと立ち上がりながら己の腕に付いた傷を、反対の手で撫でて見せるのであった

 

するとどうだ、先程までパックリと割れていた通の腕は、すっかり元通り、傷一つない状態にまで回復しているではないか!それを見たシゲ達が驚き慄いていると

 

「あの状況で斬られたフリをするか……、貴様……、何者だ……っ?!」

 

アルバートが忌々し気に通の睨みながら、その名を尋ねるのであった。そう、通はあの不意打ちを見事に捌き切り、忍具として出現させた血糊を使って刃物傷を偽装し、あたかも不意打ちを受けたように見せかけていたのである

 

「風魔一党の頭目は風魔小太郎の末裔、神代 通と申します。以後お見知り置きを……」

 

「風魔……、忍者の末裔か……っ?!あの男、何と言う奴を味方に引き込んでいるんだ……っ!?」

 

尋ねられたのならば仕方が無いと言った様子で、通がアルバートに対して自己紹介すると、アルバートは風魔と言う単語を聞いた瞬間、驚きの表情を露わにした後この様な事を呟くのだった。どうやらイギリス生まれのアルバートにとって、忍者は強敵であると言う印象がある様だ

 

「……しかしいくら忍者と言えど、僕の攻撃を見切っていたとしても、たった1人ではこの状況はどうしようもないだろう」

 

「果たしてそうでしょうか?」

 

アルバートが通に向かってそう言い放つと、通はこの様に返すと同時に指を鳴らして『闇寄せ』を解除してしまう。折角自分が得意な戦場を作り上げているのに、どうして通は『闇寄せ』を解除してしまったのだろうか?突然の『闇寄せ』解除に対して、シゲが疑問に思っていると、辺りは沈み切っていない夕日に照らされ、通が『闇寄せ』を解除した理由がその正体を現すのであった。それを目の当たりにしたシゲ達は、思わず愕然とし硬直してしまう

 

何とアルバートの影から、斧の刃の様な物が先端に付いた真っ黒な触手の様な何かが何本も生えていたのである。いや、アルバートの影だけではない、木の根元にある影や木の葉の裏に出来た影、そして自分達の足元にある影からも同じ様な物が生えてきているではないか

 

そう、アルバートの能力は影を自在に操ると言うもので、その名を『シャドウ・スレイヴ』と言うそうだ。その有効範囲はアルバートの目が届く範囲全てとなっており、彼が対象をしっかりと捕捉し、攻撃に使う影の有無とその位置を把握していれば、何時でも何処からでも攻撃を仕掛けられる様になっているのである

 

つまり先程の不意打ちは、『闇寄せ』によって作られた影で、『闇寄せ』の影に紛れて行われたもの、通の『闇寄せ』を逆に利用しての攻撃だったのである

 

「これで先程の手は使えなくなりましたね、とは言ってもまだまだあちこちに影はありますが……」

 

「さっきの攻撃でそこまで読むか……、いや、それよりもあの夜はお前が作り出していたものだったのか……。道理で影が中々言う事を聞かなかった訳だ……」

 

「これも修行の賜物と言ったところでしょうね、尤も、気付くのが遅れて皆さんにダメージを負わせてしまいましたが……」

 

通とアルバートはこの様な会話を交わしながら、同時に剣を構える

 

先程の言葉通り、通はアルバートが『シャドウ・スレイヴ』を発動した時、自身が生み出した影に何者かが干渉して来た事を感知し、そこでアルバートの能力に気付いて影の主導権を渡さない様に奮闘したのである。だが結局主導権の半分以上をアルバートに奪われしまい、精一杯の抵抗として潜入チームに向けられた影の刃のコントロールに妨害を仕掛け、致命傷になりそうな攻撃だけは何とか逸らす事に成功したのである

 

「他の連中はどうでもいいが、お前だけは殺すのが惜しくなったな……、どうだ?この僕、アルバート=ザハウィーと共に来る気はないか?」

 

「生憎と、私は貴方達の様に人間に絶望していませんので。それに……」

 

通とアルバートはお互いに剣を構えたまま、ピクリとも動く事無くこの様な会話を交わしていると……

 

「おい……、俺達のダチ公をカルトに勧誘してんじゃねぇよ……」

 

「タネと仕掛けが分かればこっちのモンッスね……、覚悟しやがれッス、サイコ野郎……」

 

不意に2つの声がアルバートの耳を打つ、アルバートが声が聞こえた方へ視線だけ送ると、そこにはアルバートの『シャドウ・スレイヴ』でボロボロになったシゲと護がユラユラしながらも、アルバートを打倒しようと言う意志をその瞳に宿らせながら立っていたのである

 

「彼らを、友を置いて貴方達に就こうなんて気は一切ありません」

 

「そうか……、ならば仕方が無いなっ!!!」

 

通の返答を聞いたアルバートは、そう言うと一気に間合いを詰めて、通に襲い掛かるなり驟雨の様な突きを繰り出すのであった

 

「シカトこいてんじゃねえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

その様子を見ていたシゲがそう叫ぶと同時に駆け出し、アルバート目掛けてカイザーフェニックスを撃ち出す。が、それはアルバートにヒットする直前で回避されてしまうのであった

 

シゲの攻撃を紙一重のところで回避したアルバートは、お返しとばかりに『シャドウ・スレイヴ』を発動し、影の刃達をシゲに向かって殺到させるのだが……

 

「はいは~い、ちょっとそこ通るッスよ~!」

 

突如視界の隅から姿を現した護が、シゲの襟首を掴むなり靴の爪先と踵に仕込んでおいた球状のローラーで、凄まじく不規則な軌道を描きながらローラーダッシュして影の刃を全て回避して見せるのであった。その最中にも

 

「メ・ラ・ゾ・ー・マっとぉっ!ダブルフィンガー・フレア・ボムズッ!!いけやコラァッ!!!」

 

護に首根っこを掴まれたまま引っ張られるシゲが、そう言いながら両手の小指から順に火の玉を発生させながら指を立てていき、最後の掛け声と同時に計10個の火の玉をアルバートに向かって投げつける

 

アルバートは身体を横にスライドさせて、シゲの攻撃を回避するのだが、そこに待ってましたと言わんばかりに、通が風魔手裏剣を2つ投げ込む。アルバートはそれをエストックで叩き落すのだが、それで出来た隙に乗じて今度は通自身が斬りかかって来たのである

 

通の斬撃を影の刃で凌ぎ、カウンター気味にもう1本の影の刃で通に斬りかかるアルバート、彼が放った影の刃は見事通の腹に直撃……した様に見えたが、それは通が予め仕掛けておいた空蝉、つまり偽物だったのだ

 

アルバートが本物の通を見つける為に周囲を見回すと、本物の通は彼が立っている位置から少し離れた位置で、シゲと護の2人と何かを話していたのであった

 

「遺言でも残していたのか?」

 

アルバートが3人に向かって、挑発する様にそう言うと……

 

「いいえ、3人で貴方を倒す方法を考えていたのですよ。貴方を倒さない限り、あの祭壇には辿り着けそうにないですからね」

 

「ほれ、昔から3人寄れば何とかって言うだろ?」

 

「シゲ~、あいつ名前からして日本人じゃなさそうッスよ~?その言い回し分かるッスかね~?」

 

3人は口々に、この様に返答する。そして……

 

「そして先程1つだけですが方法を思いついたので、早速試してみようと思っていたところなのですよ」

 

通はそう言うと、謎の機械が取り付けられた己の両腕を、アルバートに見せる様に自身の胸の前に掲げる。と、その時である

 

「う"わ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

突然祭壇の方から誰かの絶叫が聞こえて来たのである、通達3人だけでなく、アルバートまでもが何事かと思いそちらに首を向けると、そこには祭壇を見つめながらボロボロと涙を流し、怒りと悲しみと無力感が綯交ぜとなった感情が籠った声で絶叫する天龍の姿があった……

 

そう……、たった今、『シャドウ・スレイヴ』のダメージのせいで動けなくなっている天龍の目の前で、シスター・エリカの手によって、最後の生贄が彼女達が言う偉大なる神に捧げられてしまったのである……



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これは果たして忍法なのか?

「そん……な……」

 

「こんなのって……」

 

全身を駆け巡る激痛に耐えながら、神通と川内は先程儀式が完了したと思われる祭壇を見つめながら、愕然とした表情のまま思わずそう呟く

 

生贄の救出に失敗した、その事実が潜入チーム全員の心に突き刺さり、時が経つに連れてその傷口からまるで膿が出て来るかの様に、絶望感と無力感、虚無感が湧き上がって来る

 

特に酷いのは天龍である、かつての仲間が自分の目の前で殺され、自分はそれをただ見ている事しか出来なかった……。それだけならまだしも、彼女は生贄の首が刎ねられた直後、生贄の首と目が合ってしまったのである

 

何で助けてくれなかったの?どうして動こうともしてくれなかったの?

 

天龍は生贄の首と目が合った瞬間、生贄の首の目が天龍にそう訴え掛けている様に感じてしまった為、他のメンバーよりも余計に精神的なダメージを受けてしまい、思わずあの様な声を上げてしまったのである

 

「チィッ!」

 

その光景を目の当たりにしたシゲが、舌打ちしながら忌々し気にアルバートを見据える

 

こいつさえいなければ、もしかしたら生贄を助けられたかもしれない……。シゲは内心でそう思うのだが頭を振ってその考えを頭から追い出す

 

たらればの話をしてても仕方ない、現にこいつは目の前にいる、もしこいつを放置して生贄を助けに行こうものなら、あの影の刃で背中からバッサリやられるか、或いは祭壇の近くにある影から発生した影の刃で迎撃されていたかもしれない、そう考えるとシゲ達はどうしてもアルバートを無視する訳にはいかなかったのである

 

さて、シゲがそんな事を考えている間に、エリカが行動を起こすのであった

 

「本来なら樹に打ち付けてから行うものですが……、今はその様な事をしている場合ではありませんからね……」

 

エリカはそう呟きながら腰に吊るしたランタンの様な物を手に取ると、生贄の亡骸の上にかざして見せる。すると生贄の亡骸の胸の辺りから、ぼんやりと輝く何かが出現するなりランタンの中へと入っていってしまうではないか

 

「何だありゃ……?」

 

シゲ達の傍で蹲る木曾が、驚きながらそう呟くのだが、その問いに答える者は誰1人としていなかった

 

と、その直後、エリカはアルバートに向かってこう言い放つ

 

「これで戦士と乙女の魂は全て集まりました、後は駆が準備してくれているはずの燃え上がる祭壇に、この魂達を捧げて召喚の呪文を唱えれば儀式は完了です。さあアルバート、すぐに駆達が待つホノルルへ向かいましょう」

 

だが、アルバートはエリカを一瞥するなりすぐに視線をシゲ達の方へと戻し、エリカに背を見せながらこの様に返答するのであった

 

「そうしたいのは山々だが、こいつらを放置していく訳にはいかない。こいつらを放置すると、後々面倒な事になりそうだからな、こいつらは僕がここでキッチリ始末しておくから、エリカは先に行っててくれ」

 

「分かりました……、では後ほど、ホノルルで会いましょう」

 

エリカはアルバートの言葉を聞くと、すぐさまその身を翻してこの場から立ち去ろうとするのであった

 

「待てっ!!」

 

「お前っ!!逃げる気かっ!?」

 

そんなエリカの背中に向かって、川内と木曾が制止の言葉をぶつけるのだが、エリカは川内達の言葉を聞く様な素振りは一切見せず、そのまま森の中に入って行こうとする

 

「逃がすかよぉっ!!!」

 

「させると思ったかっ!?!」

 

その様子を見ていたシゲが、エリカの背中目掛けて大きな火球、メラゾーマを放つのだが、それはアルバートが樹の影から発生させた影の盾で防がれてしまい、結局シゲ達はエリカをみすみす逃がしてしまうのであった……

 

エリカがこの場から完全に姿を消したところで、アルバートがシゲ達に向かって話し掛けて来る

 

「さて……、そう言えば先程お前達は僕を倒す方法を思いついたと言っていたが……、果たしてそれで本当に僕を倒せると思っているのか?」

 

「それはやってみない事には分かりませんね……、シゲ、護、準備はいいですか?」

 

アルバートの言葉に対して通はこの様に返事をした後、シゲと護に準備の程を尋ねる

 

「応!いつでもいけるぞ!」

 

「やってやる……、やってやるッス!!」

 

通の言葉に対して2人が返事をすると、通は1度頷いて見せると全身の力をその両足に込めて、アルバート目掛けて一直線に飛び出して行く

 

アルバートはそれをエストックの突きで迎え撃つのだが、その突きは通が空蝉を使用する際に使用する人型を貫くだけで、通に有効打を与える事は出来なかった

 

「またこれかっ!?えぇい小賢しい真似をっ!!」

 

アルバートがエストックの先に付いた人型を外しながら叫ぶと……

 

「ずぇぁらっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

突然自分とは違う誰かの叫びが聞こえると同時に、炎の柱……、いや、シゲが横薙ぎに振るう巨大な炎の剣、『レーヴァテイン』が向かって右側から自身の方へと迫って来ていた

 

「ぬうううぅぅぅんっ!!?」

 

アルバートは驚きながらもシゲのレーヴァテインを防ごうと、自身の影から大量の影の盾を出現させるのだが……

 

「ヘイヘ~イ!仲間外れはよくないッスよ~!自分も入れてくれないとぉっ!!」

 

いつも間にか移動していた護が、そんな事を言いながらシゲが振るう『レーヴァテイン』の反対側、アルバートから見て左側からゲーリュオーン、艤装とイワン&トビーの高射砲、マルチプルミサイル、巡航ミサイル、更には弾道ミサイルまで駆使して攻撃を仕掛ける

 

「貴様ぁっ!!飽和攻撃でもするつもりかぁっ!?」

 

「いやいや~、ちょっとお手伝いをと思ってッスね~」

 

アルバートは止むを得ないと言った様子で、シゲの『レーヴァテイン』を防ごうと思って出した影の盾の一部を、護の攻撃の防御に割きながら叫ぶと、ミサイルの爆煙によってアルバートの視界に朧気に映る護はあっけらかんとこう言い放つ。その言葉にアルバートが疑問を抱いた直後、影の盾にシゲの『レーヴァテイン』が激突する

 

「う"お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ーーーっ!!!」

 

「ぐぬうううぅぅぅおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

影の盾ごとアルバートを焼き切ろうとするシゲと、何としてもこの攻撃に耐えようと踏ん張るアルバートの気合いの咆哮が互いに共鳴し辺りに響き渡る。そんな大迫力のバトルを遠くから息を呑んで見守る川内達、と、その時神通がある事に気付く、アルバートの背後に通がいる事に……

 

「捉えました……」

 

「何っ?!いつの間にっ!?」

 

通がそう呟くと、通の存在に気付いたアルバートが驚愕の表情を浮かべながら叫ぶ。通はそんなアルバートの事を無視して、腕に付いている謎の機械を起動し……

 

「いきますっ!『科学忍法っ!!竜巻ファイタアアアァァァーーーッ!!!』」

 

アルバートに渾身の一撃を加えるべく、この様に叫んで謎の機械から竜巻を発生させ、アルバートを天高く舞い上げてしまうのであった

 

さて、通はどうやってこの機械を手に入れたのか?答えは忍具生成である

 

通はアルバートから勧誘された時、この男を倒せる様な忍具はないだろうかと考えていた、すると突然この機械が生成されたのである

 

この時通にはこの機械が何なのか、どの様にして使うものなのかがサッパリ分からず、どうしたものかと考えていると、天の助けとばかりにシゲ達が戦線復帰したのである

 

その後、通はアルバートの注意を空蝉で逸らし、シゲ達にこの謎の機械の事を尋ねたのである。2人は通が機械を見せた途端勢いよく吹き出し

 

「マジでコレが忍具として出て来たのかよっ!?」

 

「忍具の判定ガバガバじゃないッスか~……」

 

この様な事を言いながら、この機械が何なのか、どう使うのかを通に教えたのである

 

そう、この機械はInfini-T Forceと言うアニメに登場したガッチャマンが、『科学忍法 竜巻ファイター』を単独で使う時に使用したものなのである

 

機械の使い方が分かった通は、すぐにこれを使った作戦を思いつき、その作戦を2人に提案したところ、2人は快く作戦に協力してくれるのであった

 

その作戦とは、まず通がアルバートの注意を引いてシゲのダミー用の攻撃の準備を整え、シゲの準備が整ったらすかさず攻撃してもらい今度はアルバートの注意をシゲに引き付けさせ、通は護に煙幕と足音消しの為にミサイルをばら撒いてもらっている間にアルバートの背後に回り、竜巻ファイターの準備を整え使用すると言うものであった

 

「空の上じゃあ自慢の影攻撃は出来ないッスよね~」

 

護はそう言いながら通が発生させた竜巻の中に、イワンとトビーと共に次々と爆雷や機雷を投げ入れて行く

 

「貴様あああぁぁぁーーーっ!!!その狡っ辛い攻撃を今すぐ止めろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

竜巻に舞い上げられた爆雷と機雷は、竜巻の中をグルグルと回っているアルバートに次々と直撃し、思わずアルバートはこの様な事を叫ぶのであった

 

「はい、分かりました……、何て言うと思ってんのかぁっ?!」

 

アルバートの叫びを聞いたシゲが、この様な事を言うと同時に指を鳴らす。するとどうだ、竜巻の中を漂っていた爆雷達が突如爆発するなり、竜巻は炎の渦へと姿を変えてしまうのであった

 

「があ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"---っ!!!」

 

全身を焼かれるアルバートが、苦しみの余り思わず悲痛の叫びを上げる。だが三羽烏の攻撃はこれだけでは終わらないっ!

 

「やれっ!!通っ!!!」

 

「カッコ良くキメるッスよ~!」

 

「はいっ!これでトドメですっ!!!」

 

シゲと護が叫ぶと通がこの様に返す、すると炎の渦はみるみる内にその姿を変えていき、やがて炎の渦は大きな火の鳥となって、その大きな翼を広げて天高く飛び上がるなり、地面に向かって落下するアルバート目掛けて突撃を開始するのであった

 

炎の渦から解放され重力に従って落下するアルバートは、自身に迫り来る巨大な火の鳥に思わず戦慄し、驚愕の表情を浮かべる。そして……

 

「『科学忍法っ!火の鳥っ!!!』」

 

通の叫び声が上がると同時に、アルバートに火の鳥が直撃する

 

「ぐおおおぉぉぉーーーっ!!?」

 

「火の鳥のおかわりだぁっ!!!このクソボケがぁっ!!!」

 

火の鳥の直撃を受けたアルバートが断末魔の悲鳴を上げたところで、追撃とばかりにシゲが【真アル・フェニックス】をアルバートに叩き込み……

 

「今ならセットメニューとして、弾道ミサイルも付いて来るッスよ~!」

 

更に護がありったけの弾道ミサイルを、アルバートに向かって放つのであった。三羽烏の総攻撃を全てまともに喰らってしまったアルバートは……

 

「貴様らあああぁぁぁーーーっ!!!戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!!この借りは必ず返すからなあああぁぁぁーーーっ!!!覚えていろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

この様な捨て台詞を吐きながら、何処か彼方へと猛烈な勢いで吹き飛ばされて行き、やがてその姿は見えなくなってしまうのであった……

 

「いや……、アニキは関係ねぇだろ……?」

 

「とんだとばっちりですね……、一体先輩は彼に何をやったのでしょうね……?」

 

「それより、あんだけ自分達の攻撃受けて原型留めてるとか……、あいつ化物ッスか……?」

 

シゲ達は思い思いの言葉を口にするなり、緊張の糸が切れてしまったのかその場に倒れ込んでしまうのであった

 

その後、何とか気力が回復した3人はすぐに生贄の救出に失敗した事と、エリカ達がホノルルに向かった事を戦治郎達に伝えると、戦治郎の指示に従って未だに動けないでいる川内達を抱えて1度拠点に戻り、悟の治療を受ける事となるのであった




何気無く大型建造を3回ほどやってみたら、念願の大鳳が出て来てくれました

後はビスマルクとサラトガだ……


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蹴散らせ!変態の海

「何っ!?\おっぱい揉ませろおおおぉぉぉーーーっ!!!/生贄の救出に失敗したっ?!\んほおおおぉぉぉーーー☆/」

 

ホノルルの兵器開発研究所に突入した戦治郎は、物凄い形相で戦治郎の胸に飛び込もうとする駆の同志を斬り捨てながら、通からの知らせに耳を傾け、その内容に驚愕の余り大声を上げる

 

『すみません先輩……、指導者を護衛していたアルバート=ザハウィーと名乗る北端上陸姫の相手をしている間に……』

 

「アルバートって……\太ももスリスリ!!タイツスリスリ!!!/あのアルバートか……?\ありがとうございます!!!/」

 

申し訳なさそうな声色で失敗の原因を話す通に対して、戦治郎は戦治郎の足目掛けてタックルを仕掛けようとする駆の同志を、思いっきり踏み潰しながら通に尋ねる

 

『先輩の名前を聞くなり激昂したり、捨て台詞でも先輩の名前を出していましたし、恐らく先輩が知っているアルバートと言う方で間違いないかと……」

 

「うへぇ……、まさかあの小便タレが\ヤらせろオラァァァン!!!/てめぇらいい加減にしやがれゴラァッ!!!\ンギモッチイィッ!!!/」

 

戦治郎の問いに対して通がこの様に答えると、戦治郎は相当嫌そうな声を上げた直後に戦治郎に掴みかかろうとした駆の同志を叩き斬ってから怒りの声を上げる

 

『……お取込み中の様ですね、後でかけ直しましょうか?』

 

「いや、取り敢えず\うなじいいいぃぃぃーーー!!!うなじクンカクンカアアアァァァーーーッ!!!/お前らは拠点に帰還して、悟に怪我の治療してもらえ\ふんっ!!!/\にょわあああぁぁぁーーー☆/」

 

周囲のノイズと先程の怒りの声から状況を察した通が、気遣って戦治郎にそう尋ねたところ、戦治郎は戦治郎のうなじの臭いを嗅ごうと突進してきたところを、空に迎撃されて勢いよく吹き飛ばされる駆の同志を見送りながら、通に帰還命令を出すのであった

 

 

 

 

 

さて、ここで戦治郎達の状況を説明しておこう

 

戦治郎達はウェーク島を発った後、真っ直ぐハワイ州ハワイ諸島のオアフ島にあるホノルルに向かったのだが、その沖でアビス・コンダクターの幹部の1人である山城 駆と彼が率いる部隊と遭遇したのである

 

「何故貴方達がここにいるのですかっ?!」

 

「その問いに答えてやる義理があると思うか?」

 

戦治郎達の姿を見て驚きながら尋ねる駆に対して、戦治郎は大妖丸を抜きながら答える

 

その直後、駆は懐から小袋を取り出すなり、それを勢いよく海面に叩きつける。すると小袋が海水を勢いよく吸い上げ始め、やがて小袋から大量の死霊兵が姿を現すのであった

 

その光景を見た戦治郎達は、一斉にその顔を顰める。それもそのはず、小袋から出て来た死霊兵は全て、駆逐棲姫だったからである

 

最も実現して欲しくなかった可能性が現実になった事で、駆に対しての戦治郎達のヘイトが高まる中、駆は今度は背中から何かを2つほど取り出して、それも小袋と同じ様に海面に叩きつけた。それを目の当たりにした戦治郎の表情が急変、歯を剥き出しにして激しい怒りを露わにするのだった

 

駆が先程海面に叩きつけたのは、それはそれは大きな骨……、そう、あの双子が大五郎から抜き取ったあの腕の骨だったのである

 

「この骨……、凄まじく硬くて骨粉に出来なかったのですぞ……。まあ尤も……」

 

駆がこの様な事を言った直後、2本の大五郎の腕の骨に海水が纏わりついていき、やがてそれは2匹の、一切武装していない状態の大五郎へと姿を変えるのであった。そして

 

「こんなに大きかったら、2匹でも十分な気はしますからなぁ。っという事で行きなさい死霊兵達!!奴らを八つ裂きにして差し上げなさいっ!!!」

 

駆はそう叫ぶと、戦治郎達に先程作り出した死霊兵を差し向けるや否や、戦治郎達に背を向けホノルルの兵器開発研究所目指して猛ダッシュで逃げていくのであった

 

「待てやコラァッ!!!」

 

戦治郎が思わず叫び、その後を追おうと駆け出そうとするのだが、駆逐棲姫の死霊兵に行く手を阻まれてしまい、戦治郎達は駆を見失ってしまうのであった

 

と、その時である、戦治郎達の目の前に立ち塞がっていた駆逐棲姫達の一部が、光の奔流に飲み込まれて消滅してしまう。その光の発生源を目で追うと、そこにはいつの間にかシャイニング・セイヴァーに変身した光太郎が、レーザー砲を向けた姿勢のまま立っていた

 

「ここは俺が何とかするから、戦治郎達は奴を追ってくれ!」

 

「お前1人でどうこう出来る数じゃねぇだろこれっ!?」

 

光太郎が戦治郎に向かってそう叫ぶのだが、戦治郎はそう言って光太郎の提案を即座に却下する。すると

 

「そいぎんたぁおいもこっちに残ろうかね、そいないばよかろう?」

 

「オラの偽もんがいる以上、オラもこっちに残った方がよさそうだぁね……。太郎丸、弥七、ご主人の事頼めるか~?」

 

九尺と大五郎がこの様な事を言い出すのであった、2人の言葉を聞いた戦治郎は渋々と言った様子で光太郎達の提案を了承し、直後に太郎丸と弥七が大五郎に向かって「任せろ」と言い放つのであった

 

「なら私も……」

 

「いや、望ちゃんは戦治郎達の方に付いて行ってくれないかな?あいつを追っている道中で要救助者を発見するかもだからね、その人達はきっと望ちゃんの力が必要な状態になってるはずだから、ね?頼めるかな?」

 

ここで望も光太郎達と共に残ろうとするのだが、それを光太郎が制止、光太郎の言葉を聞いた望はハッとした後に1度コクリと頷いて見せるのであった

 

「うっし、んじゃあ空、望ちゃん、太郎丸、弥七……、行くぞっ!!!」

 

\応っ!!!/「はいっ!!!」

 

それからすぐに、戦治郎達は光太郎が切り開いてくれた道を駆け抜け、兵器開発研究所があるオアフ島に突入するのであった

 

「いきんしゃったね」

 

戦治郎達の背中を見送った九尺が、戦治郎達に新しく作ってもらった電動式のハンディーチェーンソーをそれぞれの手に握りながら呟くと

 

「ご主人達ならきっと、あそこで救助を待つ人達全員を助けられるはずだぁよ」

 

大五郎が背中のクロスアームに取り付けたグスタフドーラとガトリングキャノン46ことシロクさん2基、そして大五郎専用手持ちガトリングキャノン51ことゴイチさんを構えながらこの様な発言をし、それを聞いていた金次郎、甲三郎、六助がジェスチャーでその発言を肯定して見せ

 

「それじゃあ、俺達は外に避難しに来た人達の安全を確保する為に、いっちょ頑張りますか」

 

光太郎はレーザー砲を全て展開しながらそう言って……

 

「行くぞ2人共っ!!!」

 

「「応っ!!!」」

 

自分達を取り囲む死霊兵達との戦闘を開始するのであった

 

 

 

 

 

こうしてオアフ島に上陸した戦治郎達は、その直後にとてもではないが信じられない光景を目にしてしドン引きしてしまうのであった

 

「ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ!!!」

 

「ふぅ……、やっぱり駆逐艦は最高だぜぇ……」

 

「YESロリコン GOタッチ、いい時代になったもんだなぁ……」

 

戦治郎達が見てしまったもの、それは駆が作り出したと思われる死霊兵の駆逐棲姫を拘束し、その全身を己の限界を超えながらも舐め回すタ級と、やる事やって賢者モードに突入していると思わしきネ級、そしてうんうんと頷きながら碌でもない事を言い出すル級の姿があったのだ

 

そう、こいつらはあの駆が同志と呼ぶ転生個体達で、どいつもこいつも揃いも揃って、燃え滾る性欲を止めどなく溢れさせながら、深海棲艦を性的な目で見る変態の集まりなのである。当然の事ながら、駆の同志はここにいる3人だけではない。駆が率いる変態部隊は、生贄達の魂を捧げる為の燃え上がる祭壇を、ホノルル兵器開発研究所と言う名の燃え上がる祭壇を現在進行形で作っている最中なのである

 

途轍もなく衝撃的な光景を目の当たりにして呆然としていた戦治郎達は、我に返るなりこの非常識過ぎる変態3人を瞬殺し、拘束され涎でベトベトになっている駆逐棲姫に薬液をかけて破壊、自分達の推測が当たっていた事を確認したところで研究所内に突入し、押し寄せる変態達をバッサバッサと斬り捨てたり、原型が保てなくなるほどボッコボコにしながら先を急いでいたのである

 

そして、そのタイミングで通達の作戦が失敗したと言う報を聞き、戦治郎達は冒頭の様な状況になるのであった



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続・蹴散らせ!変態の海

「どうする戦治郎!?「尻いいいぃぃぃーーーっ!!!」このままでは埒が明かんぞっ?!「そげぶっ!!!」」

 

戦治郎が通との通信を終えた後、これまでに胸を4回、尻を3回揉まれた空が、自身の尻に向かってダイビングヘッドを決めようとする変態に【ソバット】を叩き込みながら戦治郎に尋ねる

 

「そうは言ってもよぉっ!!「へそっ!!!へそを出せえええぇぇぇーーーっ!!!」「脇汗のかほりが呼んでいるうううぅぅぅーーーっ!!!」こんなんどうやってっ!!「ぎえぴーっ!!!」突破しろって言うんだよっ!?「くぴぃっ!?」」

 

空の問いに対して、これまでに胸を3回、尻を2回揉まれ、胸の谷間に1回顔を埋められた戦治郎が、へそ狙いの変態を叩き斬った後、脇狙いの変態の首を手で掴んで勢いよく壁に叩きつけ、その首を押し潰しながら尋ね返す

 

そう尋ねられた空が、変態達が向かってくる通路に視線を向けると……

 

「早く行けよ変態野郎共っ!!さっさとしねぇと戦艦水鬼のおっぱい堪能出来ねぇだろうがっ!?」

 

「後閊えてんの分かってんのかよド変態共っ!!!さっきから空母棲姫の尻が俺を呼んでんだよっ!!!」

 

「ババア専は黙ってやがれっ!!!俺は今、あの駆逐棲姫の脇をペロペロする為に精神統一してんだよっ!!!」

 

「おめぇも十分ババア専じゃねぇかっ!!!ホッポちゃんの黒パンツをクンカクンカする俺の邪魔すんじゃねぇよっ!!!」

 

「お前達がそんな事してる間に、俺が颯爽とレ級ちゃんのブラを頂いていきますね☆」

 

通路に変態を変態と罵り合い、ところどころで殴り合いの喧嘩を展開する変態がぎっちりと詰まっており、とてもではないが通行出来そうにない状態となっていた

 

「多分あれ、誰か1人でも倒したら決壊して「髪の毛クンカクンカさせろーーーっ!!!」皆一斉に襲い掛かって来るかも……「クゥーンッ!?!」」

 

「変態の津波ってか?「レ級ちゃんペロペローーーッ!!!」勘弁してくれよ全くよぉっ!!!「ペギィッ?!!」」

 

頬4回、腕を2回、足を3回舐められた太郎丸が襲い来る変態に、ジェスターの鉛玉を数発お見舞いしながらそう言うと、頬を2回、胸を1回、腕を1回、足を2回舐められた上に、1回無理矢理キスされた弥七が、舌をベロベロしながら突っ込んで来る変態の頭部を、自慢の爪付きガントレットで輪切りにしながら叫ぶ

 

と、その時だ

 

「きゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

突如戦治郎達の後方から、悲鳴が聞こえて来るのであった。戦治郎達はその声に驚き、1度だけその身を震わせた後に、何事かと思いながら後方を振り返る。するとそこには、今まで戦治郎達がその身を犠牲にしてでも守りとおしていた望に抱き着いて、望の唇にキスをしようと迫る変態がいたのである

 

「やめてっ!!お願いだからやめてっ!!!」

 

望は涙目になってそう言いながら、変態の頭を押さえて必死に抵抗するのだが……

 

「あぁ^~その表情マジそそる俺の心の主砲が最大仰角だわマジたまんねぇ大丈夫ほら怖くないから全然怖くないから俺とキスしようよねぇいいでしょう?俺と大人のキスしようよほらン~マン~マ」

 

変態は望の表情に更に興奮し、目をガン開きにしてセリフを息継ぎ無しで滅茶苦茶早口で言いながら、望の唇を奪おうとその顔を近付けるのであった

 

望が危ない!そう思った戦治郎達が望の方へと駆け出そうとしたその時……

 

「お前いい加減にしろおおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

遂にあの望がキレた……、望はその身体を変質させて戦闘モードになると、変態のこめかみに主砲を突き刺してから砲弾を発射し、変態の拘束が緩んだところで変態の腕から脱出、その直後に鉤爪の付いた腕で変態の股間から頭までをバッサリと縦に切り裂いたのである

 

\ひぇっ……!/

 

その光景を目の当たりにした戦治郎達と変態達は、恐怖のあまり一斉に股間を押さえながら腰を引いて内股になる。もしこの光景を外野として傍観する者達がいたならば、野郎共の見事な玉ヒュンシンクロに、きっと感嘆の声を上げていた事だろう……

 

と、ここで通路の最前列にいたとある変態が、戦治郎達の挙動に対して疑問を抱く

 

「おいちょっと待て、何であいつらまでイチモツある場所押さえてんだ……?」

 

思わず口から出てしまった変態のささやかな疑問に対して、戦治郎が声を大にして答える

 

「それは俺達もお前達と同じで、中身が野郎だからに決まってんだろっ!!!」

 

「えっ?!」

 

「望ちゃん、ここはご主人様に合わせて」

 

「でねぇとあいつら、今度は望だけ狙って来るかもだぜ?」

 

悟から教えてもらった方法ですぐさま興奮状態を鎮静化させた望が、戦治郎の言葉を聞いた途端思わず戦治郎の方へ首を向け、驚きながら声を上げてしまうのだが、直後に太郎丸と弥七が小声で話しかける。そして太郎丸達の言葉を聞いた望は、コクコクと何度も頷いてから、話を合わせる事にするのであった

 

さて、戦治郎の言葉を聞いた変態達はどうしたかと言うと……

 

「はい終わり!!終了!!閉廷!!解散!!お疲れ様でしたー!!!」

 

\お疲れっしたー!!!/

 

この場にいる変態の3分の2が、戦治郎達が男であると分かった途端、心の主砲が完全に萎えてしまったのであろうか、踵を返してゾロゾロと持ち場に戻って行くのであった

 

そして戦治郎達が男だと分かっても残っている連中は……

 

「ぐふ……、ぐふふ……、も、もしかして貴方達……、そ、その……、は、は、生えてたリするんですか……?」

 

「おっしゃバッチコーイッ!!!熟練ア〇ニストの俺がお前ら全員まとめて肉バイ〇にしてやんよぉっ!!!」

 

「これって所謂女体化って奴ですよね……?ある日突然スケベボディーな女になってて、男達からあんな事やこんな事をされて……、ああ^~いいっすね~!!」

 

どいつもこいつも悍ましい事ばかり口走っていた、どうやらここに残った野郎共は全員変態上級コースを突き進む、エリート変態の様である……

 

自分達の性別が分かれば、変態達は皆何処かに散って行くだろう思っていた戦治郎達が、予想外の出来事にドン引きしながら困惑していると、ふとノーマル変態達の会話が耳に入って来るのであった

 

「折角いい気分になって作業しようと思ってたのによ~……、全員野郎とかマジ萎えるわ~……」

 

「真面目に作業したら深海棲艦の誰かを自由にしていいとか、報酬あったらもっとやる気でるんだけどな~……」

 

「そんなんあったら皆絶対本気になるだろうなっ!ここら辺とか一瞬で火の海になってるかもなっ!」

 

「間違いねぇっ!皆どんどんそこら辺に火ぃ放って回るだろうからなっ!!」

 

ノーマル変態達はこの様な会話を交わした後、ゲラゲラと笑いながら戦治郎達に背を向けて、ここから立ち去って行くのであった

 

「火を放って回るって……、あいつら此処焼くのが目当てなのかっ!?」

 

「どうやら詳しい話をあいつらから聞いた方がよさそうだな……」

 

戦治郎と空がそう言って、ノーマル変態達の方へ駆け寄ろうとするのだが、刹那にエリート変態達が2人の前に、ハァハァと息を荒くしながら立ち塞がる

 

「その為には、こいつらをどうにかしなくちゃだね……」

 

「ならば……、こうするまでだっ!!!」

 

その様子を見ていた太郎丸が舌打ちしながら呟くと、突然空がそう言うなり【弐式活殺破邪法】を使って、エリート変態達の一部を吹き飛ばして道を作り上げる

 

「行け戦治郎っ!!奴らを見失わない内にっ!!!」

 

空は戦治郎達の為に道を切り開いた後、戦治郎達に先を急ぐよう促す為に叫ぶ。空の叫びを聞いた戦治郎は1度は渋い顔をするのだが、頭を振った後真剣な表情を浮かべると

 

「無理だけはしてくれるなよ?んで、そっち終わったら要救助者の方頼むわ」

 

戦治郎達はそう言って、空に背を向けて走り出すのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行かなくてよかったのか?」

 

「空さんだけ置いて行くのはどうかと思いますし、要救助者の方々が怪我をしてたら私の出番かなって思ったので……」

 

戦治郎達の背中を見送った空が、エリート変態達を見据えながらこの場に残った望に問うと、望はこの様に返してエリート変態達に主砲を向けるのであった

 

「後者の方は一理あるな……、だが前者の方はちょっと違うな……」

 

空はそう言うと両手に猫缶を持ち、器用に片手で開封するなり中身を宙に飛ばして見せる。すると宙を舞う猫缶の中身は突然姿を消し……

 

「食い物食えるのはいいニ"ャ、でも流石に働かせ過ぎだと思うがどうなのニ"ャ?」

 

そこには猫缶の中身をモチャモチャと咀嚼しながら空に話しかけるアグと、トムを除く猫艦載機達が姿を現していた

 

「俺にはこいつらがいるからな」

 

「そう言えばそうでしたね」

 

「おいコラ、無視すんニ"ャ」

 

空達はこの様なやり取りを交わした後……

 

「戦治郎に頼まれた事を片付ける為にも……、いくぞ、望……っ!!」

 

「はいっ!!!」

 

こうして空と望は、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるエリート変態達との戦闘を開始するのであった



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偽りの盾

戦治郎達が研究所の奥へ戻って行ったノーマル変態達から、情報を絞り出す為にその後を追い、空達がエリート変態達との戦いを始めた頃、沖の方に残った光太郎達はと言うと……

 

「ごおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「ぐおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

大五郎の骨から生み出された死霊兵、大五郎ゾンビA&B相手に苦戦を強いられていた

 

戦治郎達を見送った後、光太郎が最初からローリングオリオール・ロードをぶっ放し、死霊兵の大半を即刻消滅させてしまうのだが、大五郎ゾンビと大五郎ゾンビに庇われた事でオリオール・ロードの直撃を免れた死霊兵達が、なんと無傷で生き残ってしまったのである

 

それを見た光太郎が急いでバッテリーを使ってエネルギーを回復させ、2発目のオリオール・ロードを放とうとした時、大五郎ゾンビ達が光太郎目掛けて突進して来るのであった

 

「えっ!?ちょっ?!」

 

自身に向かってくる大五郎ゾンビの移動速度に、思わず光太郎が驚き動揺してしまう。何とこの大五郎ゾンビ、本物同様全高が8.8mあるくせに、そこらの軽巡や駆逐よりも速く移動しているのである。予想外の出来事に光太郎が動揺している間にも、大五郎ゾンビ達は間合いを詰め……

 

「ぐごおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「ごがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

2匹同時に光太郎に向かって、巨大な拳を振り下ろすのであった

 

「やっば!?」

 

我に返った光太郎が思わず声を上げたその時、光太郎の前に巨大な影が割って入って来る。そう、本物の大五郎である

 

「ぐがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

大五郎は咆哮を上げながら、2匹の大五郎ゾンビの拳を腕の盾で弾き飛ばした直後、巨大過ぎる鉤爪が指先に付いたガントレットを装着した腕を勢いよく振るい、大五郎ゾンビ達の胴を豪快に切り裂いた後、光太郎を抱えて後方に飛び退く

 

「サンキュー大五郎!」

 

「まだだぁよ光太郎……」

 

光太郎が自身を庇ってくれた大五郎にお礼を言うのだが、大五郎は大五郎ゾンビ達が立っていた場所を見据えながら、この様な事を言うのであった

 

大五郎の言葉と視線を不審に思った光太郎が、その方向に視線を向けるとそこにはなんと上半身と下半身が分離した大五郎ゾンビが立っていた。光太郎がそんな大五郎ゾンビ達に驚いていると、大五郎ゾンビ達に海水が集まり始め、やがて大五郎ゾンビの切り離された上半身と下半身は、集まった海水を取り込む事で見事にくっついてしまうのであった

 

「コアになってる部分をどうにかしない限り、奴らは復活し続けるのか……、ホント厄介だな……」

 

光太郎がそんな事を呟いた時、他の死霊兵の相手をしていた九尺が光太郎達の下へ、どういう原理で実行しているのかは不明だが、連続後方宙返りしながら寄って来ると

 

「光太郎さん、大丈夫やったね?」

 

先程大五郎ゾンビのターゲットになっていた光太郎に、心配そうに尋ねるのであった

 

「大五郎のおかげで助かったよ」

 

光太郎はそんな九尺にそう返すと、九尺は1度頷いて見せてから、更なる問いを光太郎に投げかける

 

「そいで光太郎さん、あの大五郎のバッタモンはどがんすっと?」

 

「今考えてる真っ最中なんだよね……、何で俺のオリオール・ロードが効いてないのか……、まずそこが分からないと何とも言えない感じ……」

 

「ああ~、あれか~」

 

九尺と光太郎がそんな会話を交わしていると、不意に大五郎が訳知りと言った感じで声を上げる

 

2人が大五郎に、大五郎ゾンビに何故オリオール・ロードが効かなかったのかを尋ねると、大五郎はこの様に返答した

 

「あの光線、オラの偽もんの身体の表面を半分ほど削っただけで、コアのところまで達してなかっただぁよ。要は光線を当ててる時間が短すぎたから、効いてない様に見えてるだけだぁよ」

 

「ああそうか……、大五郎クラスのサイズの相手にいつもの感覚でやったら、そうなるよね……」

 

大五郎の言葉を聞いた光太郎が、そう言いながらガックリと肩を落とす。と、光太郎の発言と同時に突然九尺が動き出し、手にしたハンディーチェーンソーで、光太郎目掛けて飛んで来た砲弾を切り払う

 

光太郎が何事かと思って砲弾が飛んで来た方を見ると、そこには未だに残っていた春雨の骨から作られた駆逐棲姫の死霊兵が、手に付いている主砲の砲口から煙を立ち上らせながら立っていたのである。いや、よく見るとその周囲に今すぐにでもこちらに砲撃を仕掛けようとしている個体の姿もあるではないか

 

「長話し過ぎたごたぁね、そいぎんおいは引き続きあいつらの相手はしよっけん、光太郎さん達はデカブツの方ば頼むね」

 

九尺は一方的にそう言うと、駆逐棲姫の死霊兵達に向かって突撃を仕掛け、その中の1隻の胸に容赦なくハンディーチェーンソーを突き立てた後、その傷口に薬液が入った容器を無理矢理突っ込んでから、空いた手で強引に閉じた傷口にハンディーチェーンソーのグリップ部分を思いっきり叩き付けて薬液の容器を破壊、体内に埋め込まれた容器から飛び出した薬液が死霊兵のコアに触れると、死霊兵はビクビクと身体を震わせた後、その姿を保てなくなって海水の塊になるなり、その姿を海の中へと溶け込ませてしまうのであった

 

「九尺にああ言われた事だし、俺達もやるかっ!」

 

「んだ~!」

 

光太郎と大五郎はお互いに言葉を交わした直後、それぞれ左右にジャンプして飛び掛かって来た大五郎ゾンビ達の攻撃を回避するのであった

 

「つか今更だけど、何でこいつらこんなに速いんだよ……?その図体でその速度は反則じゃないか……?」

 

「あいつら一切武装してないからな~、武装が無い分身軽になって、あんな動きが出来るのかもしれないだぁよ」

 

ふと思い出した様に光太郎が呟くと、大五郎がのんびりとした口調でその様に返す

 

「じゃあ大五郎も武装解除したら、あのくらいの速度で動けるのか?」

 

殴りかかって来た大五郎ゾンビAの攻撃を回避しながら、光太郎が大五郎に尋ねると

 

「多分出来ると思うだぁよ~、でもご主人が折角作ってくれた装備を外すなんてオラしたくないだぁよ~」

 

大五郎は大五郎ゾンビBの攻撃をガントレットで弾き返した後、その腹部に盾の裏に取り付けられた連装杭打機を叩き込みながら答えるのであった

 

「太郎丸と言い、大五郎と言い、ホント長門ペット衆はご主人様が大好きだな……、ってぇっ!?」

 

大五郎の返答を聞いた光太郎がこの様な事を言ったところで、ある事に気付いて驚きの声を上げながら、慌ててレーザー砲を構えてすぐさま発射する。そう、先程の大五郎の杭打機での攻撃で、大五郎ゾンビBのコアがその身体から勢いよく飛び出したのである

 

光太郎のレーザーを浴びた大五郎ゾンビBのコアは、あっという間に光の粒子へと姿を変えて消滅し、それと同時に大五郎ゾンビBは崩れ落ちて海と一体化して消えてしまうのであった

 

「……長時間レーザーを当てるより、こっちの方が早そうだぁね……」

 

「だな……、そういう訳で、手伝ってもらえるか?」

 

大五郎と光太郎はこの様な会話を交わした後、作戦と言うにはあまりのも単純過ぎる作戦を立てて、すぐさま実行に移すのであった

 

その内容は実にシンプルで、大五郎が大五郎ゾンビAを拘束して、身動きが取れなくなった大五郎ゾンビAの腹に、光太郎が双腕重機アームを突っ込んでからコアを抜き出し、そうして摘出したコアに光太郎が直接レーザーを撃ち込んで、大五郎ゾンビAを葬り去ると言う寸法である

 

こうして光太郎達は大五郎ゾンビAとちょっとした鬼ごっこを展開した後、光太郎が手筈通りに双腕重機アームを拘束した大五郎ゾンビAの腹に2本共突っ込み、コアを手探りで探し、コアを発見して掴んだ途端強引に重機アームを引き抜く。その際大五郎ゾンビAがビクビクと痙攣していたが、光太郎はそれを無視して予めスタンバイさせておいたレーザー砲の砲口の傍にコアを近付けると、すぐさまレーザーを発射してコアを破壊するのであった

 

その後、光太郎達は九尺と合流して残った死霊兵を一掃すると、戦治郎達と合流するべくすぐに移動を開始する

 

その途中で、空から外の状況の確認の通信が来た為、光太郎達は外の死霊兵は全て片付いた事を空に伝える。すると空は安堵の息を吐いた後、この様な事を言うのであった

 

『先程サラトガそっくりなここの所長と、その部下達を俺達の方で保護したのでな。それで彼女達を安全そうなところに避難させようと思ったのだが、安全そうな場所が現状外しかなさそうだったから、こうやって光太郎に確認を取ったんだ。そういう訳で俺達は彼女達を連れて今から外に出るから、光太郎達とはそこで落ち合おう』

 

空の言葉を聞いた光太郎はすぐさま空の提案を了承し、空達と急いで合流する為にその足を速めるのであった



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滅・蹴散らせ!変態の海

今回は下ネタ多いです……


視点は再度変わり、空達がエリート変態共との戦闘を開始してから、ほんの少し時間が経過したところまで時間は遡る

 

「た、助けてくれえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚すエリート変態が、通路を駆け抜けながら救いを求める様に大声を張り上げる。が、彼の叫びは空しく通路に響くだけで終わり、彼の身体は突然浮かび上がると、今まで彼が走って来た道を逆走するかの様に凄まじい引っ張られていく

 

エリート変態がその表情を絶望一色に染め上げたところで、この謎の引力の発生源が姿を現す。それは先程彼らが余裕の表情を浮かべながら取り囲んでいた空であった

 

「嫌だあああぁぁぁーーーっ!!!死にたくないいいいぃぃぃーーーっ!!!」

 

空の姿を見たエリート変態が激しく泣き喚き出すのだが、空はそんな事など気にも留める事無く、宙に浮かぶ彼の身体を突如発生した謎の輝きを放つ三角錐で包み込むと、すぐさま三角錐を殴りつけて粉々に破壊する

 

するとどうだ、つい先程まで必死に抵抗していたエリート変態は三角錐が破壊されると同時にピクリとも動かなくなり、そのまま頭から地面に落下した後、首からゴキリと言う音を立てて以降完全に沈黙してしまうのであった

 

空は【超次元ペルソナ】で仕留めたエリート変態を一瞥した後、すぐに壁の方へと視線を動かし次のターゲットに狙いを定める。彼の視線の先には、壁際で股間と足元をびしょびしょに濡らしながら、互いに抱き合いガタガタと酷く怯え震えるエリート変態が2人いた

 

 

 

 

 

何故この様な状況になったのか、それはエリート変態共が触れてはならない空の逆鱗に触れてしまったからである

 

彼らは戦治郎が離脱した直後、空に向かってこの様な言葉をぶつけたのである

 

「お前、ホモかよぉっ!?」

 

「……は?」「え……?」

 

彼らの発言を聞いた空と望が、呆気にとられながら思わず声を上げてしまう

 

どうやら彼らはやたら戦治郎に話し掛けたり、結構な頻度で戦治郎のフォローに入る空を、戦治郎に惚れているゲイ認定した様なのだ

 

これだけなら空は怒る事はなかった、精々後から少しだけ落ち込む程度で終わるところだったのである。だがそうならなかったのは、その後の彼らの行動のせいである

 

「イけ戦治郎っ!!俺が理性を失わない内にっ!!!」

 

空達の反応を見たエリート変態達は、調子に乗って空が戦治郎を送る際言い放った言葉を改変した言葉を叫びながら、ゲイセックスの真似事を始めたのである。そしてそれを見た他のエリート変態達が、馬鹿にした様にそれを指差しながらゲラゲラと笑い始める

 

これにより、彼らが馬鹿にしている対象が自分だけでなく、戦治郎にまで及んでいる事に気付いた空が完全にブチギレてしまうのであった

 

それから更に燃料投下が実行される、そう、空がキレた=図星を突かれて必死になったと思ったエリート変態達が、空を挑発するだけでは飽き足らず……

 

「ほらそこの君ぃ、そんなとこいるとそいつに掘られちゃうぞ~?」

 

「え……?え……?」

 

なんと望に対してこの様な事を言ったのである、それに対して望が困惑していると……

 

「え?もしかして君もソッチ側なの?実は既にヤられちゃってたりすんの?」

 

そんな事を言って、今度は望まで巻き込んで馬鹿にし、笑いものにし始めたのである

 

これにより怒りの臨界点を突破した空が、彼らを滅殺する為に行動を開始する

 

まず空は【錬気拳】を使ってエリート変態共の大半を自身の方へ吸い寄せ、自身に接近したエリート変態共を近付いて来た順に順番に、残ったエリート変態共に見せつける様に殴ったのである、空の十八番である光速正拳突きで……

 

空の光速正拳突きの直撃を受けたエリート変態共は、次々とその姿を血煙へと変えて絶命して逝く。そしてそんな光景を見せつけられたエリート変態共は……

 

\ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!/

 

悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い始めたのである

 

彼らが空に向かって余裕の表情を浮かべていた理由は3つある

 

1つは自分達の実力を勘違いしていた事である

 

彼らは自分達と同類である駆の強さを目の当たりにした事で、自分達もこれくらい強いものなのだと勘違いしてしまったのである。実際のところ駆と彼らは大人のシャチと子供のペンギンくらいの実力差があるのだが、彼らはそれに今の今まで気付いていなかったのである……

 

もう1つは空の実力を見誤った事だ

 

ここに来るまで自身の身体の負担に気を遣って、大技の使用を控えて小技ばかり使っていた空の実力を、彼らはその程度だと思ってしまったのである。本来ならネクロマンシーを使用している状態の駆や、怒り狂ったアルバートと真っ向から戦える空を、彼らは有ろう事か雑魚認定してしまったのである……

 

最後の1つは人数の差である

 

彼らは相手は2人しかいないから、それなりに強い自分達なら数で抑え込めば何とか出来ると思っていたのだ。特にその考えを増長させたのが、空が体術でばかり戦っている事である。体術だったら個別撃破しか出来ないだろうと思っていたからこそ、彼らは空達を数で抑え込めると判断してしまったのである、空の技の中に複数の相手をまとめて引き寄せて攻撃出来る【錬気拳】と、地面に足を付いて直線状に並んでいる相手をまとめて蹴散らせる【鬼走り】があるとも知らずに……

 

そんな彼らの余裕を、たった今空がその全てを完全に破壊して見せた為、彼らは大混乱に陥って発狂しながら逃走を開始したのである

 

因みに、数人ほど望を人質に取ろうとしたのだが、それは空の猫艦載機達の機銃一斉射によって防がれ、望に手を出そうとしたエリート変態共は物言わぬ肉塊へと変貌するのであった

 

こうして、空による殺戮ショーが開催され、エリート変態共はその数を凄まじい速度で減らしていくのであった

 

「悪かったっ!!!さっきの事は謝るっ!!!だからどうか俺だけは見逃してくれっ!!!」

 

「ちょい待てっ!!!何でお前だけなんだよっ!!?ふざけんじゃねぇぞてめぇっ!!!」

 

壁際で抱き合ったまま震える2人のエリート変態の片割れの発言がきっかけで、2人は口論からの掴み合いの喧嘩を始めたのだが、空はそんな2人の行動など全く意に介さず、自身の左右それぞれの手に【羅刹掌】を展開し、2人のエリート変態に打ち込もうとするのだが……

 

「おい、お前何やってんだ?」

 

空は不意に背後から聞こえて来た声に反応し、思わず動きを止めて背後を振り返る。するとそこには余裕そうな表情を浮かべながら腕を組む、3人の深海棲艦の姿があったのである

 

「「あ、あんた達はっ!?」」

 

今まで空を見て怯えていたエリート変態2人が、その3人の姿を見るなり突然声を上げる

 

「無重力オナニーを体感する為に、自宅の2階の屋根から全裸で飛び降りて、頭から地面に落下して亡くなった『無重力のヒデ』じゃないかっ!!?」

 

「それだけじゃねぇっ!!自身が飼っていた雄犬のケツ穴をファックした際、感染症にかかって命を落とした『ドッグレイパーのマサ』に、真空パックプレイを興じるも、口のところに空気穴を開け忘れてそのまま窒息死した『真空のケン』までいるじゃねぇかっ!!!」

 

「まさか『フラグシップ変態三銃士』が揃い踏みとは……、これはもしかしたらもしかするんじゃねぇか……?」

 

突然のフラグシップ変態三銃士の登場に、エリート変態2人が安堵の息を吐き

 

「お前、中々派手に暴れてるみてぇじゃねぇか……、落とし前……、付けてくれるんだろうな……?」

 

フラグシップ変態三銃士の1人がそう言って空を睨みつけると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、フラグシップ変態三銃士は空に蹴り飛ばされて1か所にまとめられ、空の【千手観音】の直撃を3人同時に受け、声を発する暇もなく見事な肉団子へと変化してしまうのであった……

 

「えええぇぇぇーーーっ!??」

 

「瞬殺かよおおおぉぉぉーーーっ?!!」

 

もしかしたら助かるかもしれない、そう思った矢先にこれである……。折角フラグシップ変態三銃士の登場に希望を見出した2人は、目の前で起こった出来事によって即座に絶望の底に叩き落されてしまい、その顔を再び真っ青に染め上げて震え始める

 

フラグシップ変態三銃士を始末したところで、空は不愉快そうな顔をしながら再度エリート変態達を始末しようと動き出すのだが……

 

「待てーーーぇぃっ!!!」

 

何者かが待ったをかける、それに対して空は舌打ちをした後声が聞こえた方角に視線を向けると、そこには只ならぬオーラを放つ深海棲艦が1人、仁王立ちしていたのであった

 

「「あ、あの方はっ!?!」」

 

再びエリート変態達が声を上げ、その深海棲艦の紹介を始める

 

「まさか『伝説の改フラグシップ変態』である、『蠱惑のカズヤ』が助けに来てくれるなんて……」

 

「確か、夜の森林を全裸で駆け回り、虫達が群がる樹液に己の主砲を叩きつけた際にノコギリクワガタに自慢の主砲を挟まれ、その痛みで興奮した心を静める為に木の洞に主砲を突っ込んで腰を振ってたところ、木の洞の中に巣を作っていたオオスズメバチに襲われてアナフィラキシーショックで死んでしまった……ってあぁっ!!?」

 

エリート変態達が話をしている間に、空が件の改フラグシップ変態に【龍神烈火拳】(微弱)を放ち、その存在を無かった事にしてしまうのであった……

 

「いくら天丼だからって、その扱いは酷過ぎるだろっ!!!お前は血も涙もねぇのかよっ!!?」

 

「流石にこれは『蠱惑のカズヤ』が可哀想過ぎるじゃねぇかっ!!!せめて一言くらい喋らせてやれよっ!!!」

 

エリート変態達は空に猛抗議するのだが、空はエリート変態達の言葉を完全に無視して、予定通りエリート変態達に無言で【羅刹掌】を叩き込み、その命を瞬時に刈り取ってしまうのであった

 

 

 

 

 

こうして、空達の前に立ち塞がったエリート変態達は全滅し、ようやく落ち着いた空はその場を引き返して望達と合流した後、戦治郎との約束を果たす為に要救助者達を探して研究所内を走り回るのであった

 

そして……

 

「ぬ?」

 

ある扉の前で、空はその足を止める

 

「どうしたんですか?」

 

急に足を止めた空に向かって、望が不思議そうな顔をしながら尋ねると

 

「ここから複数の人の気配がする……、もしかしたら要救助者かもしれん……」

 

空はそう言って扉を開けて部屋の中に入るのだが……

 

『来ましたっ!!皆さん、私に続いてっ!!!』

 

部屋の中にいた者達が、部屋に入って来た空に向かって一斉にアサルトライフルの弾を、まるで嵐の様に撃ち込み始めるのであった



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兵器開発研究所の女所長

ホノルル兵器開発研究所の所長を務める女性が、他の研究員達に指示を出して彼女達がいる部屋に侵入して来た空母棲姫に対して、この研究所で開発された対深海棲艦用の特殊な弾丸を装填したアサルトライフルで、集中砲火を実行する

 

彼女達は生き延びたい一心で、ただただ空母棲姫が倒れる事を祈りながら、フルオート射撃モードになっているアサルトライフルの引き金を、マガジンが空になるその時まで引き続けるのだった

 

やがて彼女達が手にするアサルトライフルが、弾切れを起こしたのか弾丸を発射しなくなってしまう。そこで彼女達はようやく引き金から指を外し、特殊弾丸の集中砲火を浴びせた空母棲姫の様子を窺うのだが……

 

「やはり独歩の様にはいかんか……」

 

件の空母棲姫はこの様な事を呟きながら、何事も無かったかの様に、平然とした様子でその場に立っていたのであった……

 

これには彼女達も度肝を抜かれ、ただただ呆然と空母棲姫を眺める事しか出来なくなってしまうのであった……

 

いや、呆然としているのは何も彼女達だけでは無かった、空母棲姫の傍に控える駆逐棲姫もまた、彼女達同様相当驚いたのか目を見開いて固まってしまっている……

 

さて、この空母棲姫、石川 空が何故嵐の様な一斉射撃を受けていながらピンピンしているのか、何故駆逐棲姫の春雨 望が驚いて固まってしまっているのか、その原因について話そうと思う

 

先ずは空が無事な理由だが、彼は己に向かって飛んで来るあの凄まじい数の弾丸の9割7分以上を、バキシリーズに登場した愚地 独歩の真似をして空手の廻し受けで捌いて見せたのである

 

ここで残り3分はどうしたのかとなるのだが、これが望が驚いている理由に繋がっていたりする

 

空が捌き損ねた3分の弾丸は、現在全て空の背後にある壁に突き刺さっている。そう、空は廻し受けで捌き損ねた全体の3分の弾丸を、自身に当たる直前、正に紙一重のところで回避していたのである

 

廻し受けを使い素手で弾丸を弾きながら、要所要所で身体をほんの少し動かして捌き損ないを直前で回避すると言う、常人にはとても真似出来ない様な事を、目の前で当たり前の様に繰り広げる空の姿を目の当たりにした為、望は驚愕し立ち尽くしてしまったのである

 

と、ここでようやく我に返った女所長が、空に再び攻撃を仕掛けようと、大慌てでアサルトライフルのマガジンを交換しようとするのだが……

 

『あっ!』

 

彼女は焦り過ぎたあまり、手を滑らせて交換用のマガジンを床に落としてしまったのである。彼女が慌ててマガジンを拾い上げようとしたその時

 

『落としたぞ?幸い落下の衝撃によるマガジンの変形は見当たらないが……、次からは気を付けた方がいいぞ?』

 

いつの間にか彼女の目の前まで接近していた空が、彼女が落としたマガジンを拾い上げて変形が無いかを確認した後、流暢な英語でこの様に言いながらマガジンを彼女に手渡したのである。他の研究員達が驚愕の表情をより一層色濃いものに変えながら硬直する中、空からマガジンを受け取った彼女は……

 

『キャアアアァァァーーーッ!??』

 

恐怖と混乱のあまり、その目に涙を浮かべながら悲鳴染みた声を上げるのであった

 

「ぬうぅぅんっ?!」

 

彼女の声量に空が驚き、思わず仰け反ってしまう。そして空は内心でただただ困惑する、深海棲艦の姿をしている自分が怖いのはまぁ分かる、だがそれにしたってこれは怖がり過ぎではなかろうか?

 

空がそんな事を考えていると……

 

「空さん!空さんっ!!これっ!これ見て下さいっ!!!」

 

望が大慌てで空に駆け寄り、懐から可愛らしい手鏡を取り出すなり空に鏡面を向けながら見せて来る。望の行動に対して怪訝な表情を浮かべる空が、望の言う通りに鏡を覗き込むと……

 

 

 

 

 

そこには顔と髪……、いや、それだけではない……、腕や足……、もう全身の至る所に大量の真っ赤な血や肉片をべっとりと付着させた無表情の空母棲姫の姿が映し出され……

 

「ぬうぅぅぅんっ?!!」

 

それを見た空が目を見開いて驚愕し、思わず身体を逸らして鏡から逃げようとするのであった。そう、今の空はエリート変態殺戮ショーを終わらせた時のままの姿、つまりエリート変態の返り血と攻撃した際飛び散った肉片を全身にベッチョリと付着させていると言う、非常に悍ましく恐ろしい姿をしているのである

 

女所長があそこまで取り乱した理由、それはつまりこう言う事である

 

彼女が落としたマガジンを拾おうとしたら、目の前に突然全身血塗れ肉片塗れの空母棲姫が現れて、無表情のまま真っ赤に染まった手でマガジンを拾い上げてしばらく眺めた後、その手に付着していた肉片や血液をベットリと塗りつけたマガジンを、彼女達の母国語を流暢に話しながら彼女の手に直接手渡して来た

 

先程の空の一連の行動は、彼女の目にはこの様に映った為、彼女は恐怖のあまり盛大に取り乱してしまったのである

 

その後、空は室内にあった手洗い場で手や顔を洗い、身なりを整えると望と研究員達が頑張って落ち着かせた女所長の目の前で、土下座して先程の件を謝罪するのであった。尚、この際他の研究員達が空のそれはそれは美しい土下座を見るなり、口笛を吹いたり、思わず感嘆の声を上げたりしたそうだ

 

これがきっかけとなって、女所長達は空達が研究所を襲撃しに来た深海棲艦とは違う事に気付き、空達に事情を聞いたところで、彼女達は安堵の息を吐いたり、歓喜の声を上げるのであった。何せこの研究所内を跳梁跋扈する変態達を一方的に蹂躙し、自分達の攻撃をほぼ捌き切ってしまったとんでもない奴が、自分達の事を守りながら研究所からの脱出を手伝ってくれると言っているのだ、嬉しくない筈が無いのである

 

『そういう訳で、俺達が今からお前達を安全なところに誘導しようと思うのだが……、サラ……じゃなかった、所長、無事な研究員はここにいる者達だけなのか?』

 

空が女所長にこの様に尋ねたところ、女所長は口元を押さえながら驚きの表情を浮かべ……

 

『空……、どうして私が皆からサラと呼ばれているのを知っているんですか……?』

 

この様な事を聞いてくるのであった

 

それに対して空は、知り合いに似ていたからついそう呼んでしまったと適当な事を言って誤魔化そうとするのだが……

 

「空さん、その知り合いの方と言うのはこちらの世界の知り合いなんですか?それとも生前の知り合いなんですか?」

 

空が女所長をサラと呼んだ事を誤魔化す為に適当な事を言った直後、空は望に小声の日本語でその知り合いについて尋ねられるのであった

 

それに対して空は、望に耳を貸す様に指示を出して、事情を説明するのであった

 

「望は艦これをやった事が無いから知らないだろうが、あの女所長……、艦これに出て来るサラトガと言うアメリカの空母艦娘と瓜二つなんだ。で、その艦娘の愛称がサラなものだからついクセでそう呼んでしまったんだ」

 

空は望が納得したところで女所長の方へ向き直り、改めて生存者について尋ねると

 

『研究所が襲撃された時、私の近くにいた生存者の方々は全員ここにいるのですが……、もしかしたら他のところにも生存者がいるかもしれません……。何分ここはとても広く、研究員も沢山いますから……』

 

彼女はそう言ってその表情を曇らせてしまうのだが

 

『安心しろ、お前達を無事に脱出させた後、俺がすぐに再突入してそいつらを全員助け出して見せる、だからそんな顔をするな』

 

不安に押し潰されてしまいそうになっている彼女に対して、空は彼女の肩に手を置き、力強い眼差しを向けながらそう言い放つ

 

と、その時である、遠方から大きな爆発音と共に施設が大きく揺れ動き、その揺れのせいでバランスを崩した女所長が危うく転倒しそうになるのだが、それを空が間一髪のところで抱き止めた事で、彼女は事なきを得るのであった

 

「どうやら急いだ方が良さそうだな……」

 

女所長を抱き止めた空は、日本語でそう呟くとすぐに通信機を操作して光太郎と連絡を取り、外の状況を確認した後に自分達の状況を説明、それから少し話し合った後通信を切り……

 

『サr……ではなk『呼びやすいのならサラで構いませんよ?』……、なら遠慮なく……、サラ、今から脱出を試みるから俺達の後に付いて来てくれ』

 

女所長改めサラに向かってそう言うと、空達はサラ達を連れて研究所からの脱出を開始するのであった



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兄弟分の仇

空達が研究所からの脱出を開始した頃、戦治郎達はどうしているかと言うと……

 

「おう、ホントにこんだけしか知らねぇのか?まだ何か隠し持ってんじゃねぇのか?えぇ?おい?」

 

「マジだってっ!!俺達下っ端は皆このくらいの情報しか持ってないんだよっ!!!」

 

戦治郎がノーマル変態ホ級の頭を鷲掴みして宙吊りにし、彼が持つ情報を引きずり出そうと凄味を聞かせながら問いかける。するとホ級は恐怖でその身を震わせながら、戦治郎の問いに答えるのであった

 

「チィッ!」

 

「ほらっ!俺は知ってる事全部話したんだっ!!だから解放してくれよっ!?最初に約束しただろっ?!知ってる事全部教えたら解放するってっ!!!」

 

ホ級の言葉を聞いた戦治郎が舌打ちしたところで、ホ級が自身を早く解放する様に急かしてくる。戦治郎はホ級の言葉を聞くなり、ホ級を床に投げる様にして叩きつけて拘束を解除し、すぐさま次の情報源を探しにホ級に背中を見せて走り出す。すると……

 

「敵に背中見せるとか……、余裕カマしてんじゃねぇぞコラァッ!!!」

 

戦治郎の拘束から解放されたホ級が、起き上がるなりそう叫びながら戦治郎の背中に主砲を向け……

 

「てめぇで13人目っと」

 

この声と共に発射された砲弾に頭部を潰され絶命する

 

「命乞いからの騙し討ち率が100%とか、こいつらホント馬鹿だよな~」

 

「ご主人様が、騙し討ちを警戒してないとでも思ってるのかな?」

 

戦治郎から騙し討ちを仕掛けようとした不届きな輩を始末する様に頼まれて、気配を消してホ級の傍で待機していた弥七と太郎丸が、戦治郎に騙し討ちを仕掛けようとしたホ級を始末するなり、この様な会話をしながら戦治郎の後を追って走り出す

 

現在戦治郎達は、アビス・コンダクターが何を企んでいるのかを知る為に情報収集を行っているのである

 

その情報収集のやり方と言うのが、まずは5~10人くらいで行動する変態のグループを探し、情報を吐かせる為の1人を残して全員を目の前で撫で斬りにする事で残した1人が情報を吐き出したくなる様に恐怖心を植え付けてから、脅迫して情報を無理矢理吐かせると言うものである

 

まあ、こんな事をしているから背中から撃たれそうになる訳だが……、戦治郎は全く気にしている様子が無い。状況が状況であるが故、戦治郎は手段を選んでいる余裕が無いのである

 

と、こんな調子で13グループほど変態のグループを叩き潰した戦治郎達が、変達達の口から吐かせて入手した情報は、以下の通りである

 

①シスター・エリカはこの研究所を、儀式の最終段階で使用する祭壇、『燃え上がる祭壇』にしようと考えている

 

②変態達はエリカの指示を受けた駆の指示で、この研究所を『燃え上がる祭壇』にする為に、研究所のあちこちに火を放っている

 

③エリカが具体的に何をしようとしているのかについては、変態達には全く教えられていない

 

ホ級を始末した後、戦治郎達は追加で2グループ潰して情報を聞き出すのだが、既存の情報しか入手出来なかった為、戦治郎は雑魚からはこれ以上の情報は入手出来ないと判断し、情報を持っていそうな駆を探す方向に切り替えて、行動を再開するのであった

 

さて、駆を探して研究所内を駆け回る戦治郎達が、とあるT字路に差し掛かった時である

 

『だ、誰かっ!誰かあああぁぁぁーーーっ!!!』『いやあああぁぁぁーーーっ!!!助けてえええぇぇぇーーーっ!!!』

 

突然T字路の右側から、若い男女の悲鳴が聞こえて来る。突然の出来事に戦治郎達が驚き足を止めていると、声が聞こえた方の道から若い男女が飛び出して来るのだが……

 

「キキーッ!!!」

 

直後にこの男女を追って来たと思われる双子の黒い方が男性に飛び掛かり、男性の胸からあっという間に肋骨を抜き取り殺害してしまうのであった

 

その光景を目の当たりにした女性が、恐怖のあまり硬直していると……

 

「ウキャーッ!!!」

 

今度は双子の白い方が通路から姿を現し、女性に襲い掛かろうとする……

 

「やべぇっ!!!」

 

今にも双子の白い方に殺されそうな女性を助けようと、戦治郎が叫びながら懐からジェスターを取り出して発砲しようとしたその時である

 

「喰らえやクソがぁっ!!!」

 

弥七が声を張り上げながら双子の白い方、駆がスカルと呼ぶ深海棲艦目掛けて尻尾の主砲を発射する。だが、それは寸でのところでスカルに回避されてしまい、砲弾は壁に当たると盛大に爆発し、辺りにその爆煙を撒き散らすのであった

 

「キキャキャキャキャッ!」

 

煙の中からスカルが弥七を馬鹿にする様な笑い声を上げ、再び女性の方へと向き直りゆっくりと彼女に近付いて、その頭蓋骨を抜き取ろうとしたところで……

 

「でいやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

煙に紛れ込んでスカルに接近した太郎丸が、スカルの側頭部に見事な飛び蹴りを叩き込み、勢いを殺す事無くそのままスカルを壁に叩きつけるのであった

 

突如目の前で始まった深海棲艦同士の戦いを見た女性は、混乱してオロオロしながら辺りを見回し始める。そんな彼女に対して、戦治郎がこっちに来るようにと声を張り上げて呼びかけると……

 

『もうホント訳分かんないっ!!!お願いだから誰か助けてえええぇぇぇーーーっ!!!』

 

彼女はそう叫んで、そのままT字路の左側に走って行ってしまうのであった……

 

それから戦治郎は走り去った女性を追うべきか、太郎丸達に加勢するべきかで迷ってしまうのだが

 

「ご主人様、こいつらの相手は僕達に任せてっ!!」

 

「俺達は丁度こいつらに用事があったからな、って事でご主人はさっきの姉ちゃんの方頼むっ!!!」

 

太郎丸と弥七から揃って頼まれた為、戦治郎は先程の女性の後を追う事にするのであった

 

「お前ら気を付けろよ、絶対無茶だけはしてくれるなよ?」

 

戦治郎が太郎丸達にそう言うと、2人は双子をしっかりと見据え戦治郎に背中を向けたままサムズアップで返答、それを見た戦治郎はこの場を2人に任せて、この場を後にするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……、俺がさっき言った用事っての、おめぇら心当たりはあるか?」

 

戦治郎が走り去った後、弥七は駆がスティーラーズと呼ぶこの双子に向かって、ガントレットの爪を擦り合わせながら尋ねる。それに対してスティーラーズは

 

「何の事?」「シラネ」

 

同時に首を傾げながら、弥七の問いに対してこの様な返答をする。それを聞いた弥七は

 

「はぁ……、自分らがやった事覚えてねぇとか……、こいつら頭の中は猿のままかよ……」

 

溜息を吐いた後、スティーラーズに向かってやれやれと頭を振りながら、そんな言葉をぶつける。するとその直後に

 

「所詮猿なんだから仕方ないんじゃない?これまで頭の中お花畑のパッパラパーにして好き勝手して生きて来て、その結果こっちに来てるっぽいし」

 

太郎丸が戦闘用の牙を口に装着し、両手にジェスターを握りながらそう言い放つ

 

「何だとテメー!」「じゃあその用事とか言うの言ってみろよー!」

 

すると太郎丸の言葉が癇に障ったのか、スティーラーズはプリプリと怒りながら太郎丸達に用件とやらについて聞いてくる

 

「だったら教えてやんよ……」

 

スティーラーズの言葉を聞いた弥七が呟く様に返答した直後、太郎丸と弥七は瞬時に全身から殺気を放ち……

 

「よくも大五郎と春雨に酷い事したな……、そんなお前達を僕は絶対に許さないから……、覚悟しろ……っ!!!」

 

「俺の兄貴分への仕打ちの礼だ……、遠慮なく受け取りやがれっ!!!」

 

2人はそう言って、すぐさまスティーラーズに襲い掛かる。こうして、太郎丸達による大五郎の仇討ちが始まるのであった




実際のところ、動物から転生しているキャラは皆動物の言葉が分かるけど、その事実を公にしているのは太郎丸だけと言う設定です


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仁義無き戦い ~ペット達の挽歌~

スティーラーズについて話をしておこう

 

スティーラーズは元々とある山に住んでいた野生の猿のコンビで、コンビを結成した最初の頃は人里の農作物を荒らす程度のごく普通の野生猿だったのだが、ある日民家に侵入した時、自分達にとっては珍しいキラキラする物や、とても美味しそうな食べ物を大量に発見、民家の中を盛大に荒らしてそれらを持ち帰り、自分達の物にしてしまうのであった

 

そして次の日、2匹が再び民家を荒らしに行った時である、今度はその家の住人が部屋を荒らす2匹を追っ払おうと果敢に立ち向かうのだが、何とスティ-ラーズは家の住人に襲い掛かり、住人に大怪我を負わせ返り討ちにしてしまったのである

 

これがきっかけとなり、スティ-ラーズは調子に乗って民家を襲撃する様になり、山には無い様な食べ物だけでなく、貴金属で出来たアクセサリーやキャッシュカードとクレジットカードが入った財布まで奪い始め、更には部屋に飾られた骨董品なども悉く破壊し、自分達を追っ払おうとした人間も、逆に追っ払う様になってしまうのだった。しかも人を襲った時は身包みを全部剥ぎ取った上で、大怪我を負わせ撃退するのだと言う

 

こうしてスティ-ラーズは、自分達にとってはそれはそれは幸せな日々を満喫するのだが、それも長くは続かなかった。猟友会が動き出したのだ

 

猟友会はスティーラーズの行動パターンを分析し、次に2匹が襲撃しそうな家に罠を張って待ち構え、2匹が罠にかかったところですぐに罠がある場所に駆け付け、これ以上2匹に好き勝手させない様にとその場で射殺、処分したのである

 

その後、スティーラーズはこちらの世界で深海双子棲姫に生まれ変わり、駆と会うまでは自分達を殺した猟師を連想させる砲を持った艦娘や深海棲艦及び食べ物を積んだ輸送船を襲撃して回る日々を送るのであった

 

それからしばらく経ったある日、スティーラーズは遂に駆が率いる変態集団と運命の出会いを果たすのである

 

スティーラーズは駆達の姿を見かけるなり、すぐに激昂し襲い掛かる。それを見た変態達は大慌てで駆の背後に逃げ、そんな変態達の様子を見た駆は呆れたように溜息を吐いた後、死霊兵を大量に作り出して自分達に襲い掛かって来るスティーラーズを拘束する

 

「某の顔を見るなり襲い掛かるとは、感心出来かねますなぁ……」

 

拘束したスティーラーズに向かって、そう言いながらニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる駆。この時駆は突然自分達に襲い掛かって来たスティ-ラーズを、強硬派の深海棲艦だと思っていたのだ。そして自分の手を煩わせたスティ-ラーズに罰を与えようと思い、変態達に2匹を好きにしていいと言おうとしたその時……

 

「ウキーッ!!キーキーッ!!!」「キッキャーッ!!ウキャキャーッ!!!」

 

猿の様な鳴き声を上げながら暴れる2匹を見て、思わず声を詰まらせてしまったのだ

 

「何故言葉を話せるはずの姫級深海棲艦が、その様な声を出すのです?何か言いたい事があったら、キチンとした人の言葉で話して欲しいものですぞ?」

 

駆は怪訝な顔をして2匹の前で屈みながらそう言うのだが、2匹は相変わらず猿の鳴き声で返事をする。それから駆が探る様に何度か2匹に質問をしたところ、その返事が全て猿の鳴き声で返って来た為、駆はそこでようやくこの2匹が猿が転生した転生個体だと気付いたのだ

 

その後、駆は2匹の拘束を解くと2匹に多めの餌を与え、2匹が餌に夢中になっている間に気付かれない様に移動を開始するのだが、何と2匹は駆が移動を開始した事に気付くと、餌を食べる手を止めてすぐに駆を追いかけたのだ

 

2匹が駆に付いて来た理由は2つある

 

1つは自分達は駆達の事を襲ったにも関わらず、駆が餌を与えてくれたから、駆に付いて行けば楽に餌がもらえるかもと思ったから

 

もう1つは駆がネクロマンシーを行使した時の姿を見て、こいつには逆らわない方がいい、むしろ服従するべきだと、野生の勘が訴え掛けて来たからである

 

こうして深海双子棲姫に生まれ変わった野生の猿コンビは、駆から白い方はスカル、黒い方はボーンと言う名前と、その能力からスティーラーズと言うコンビ名をもらい、駆のペットとなりある程度好き勝手しながらも、彼に従い付いて行く事になるのだった

 

 

 

そんなスティーラーズは現在、苦しい戦いを強いられていた

 

駆の指示に従い研究所に侵入して来た者達を始末する為に行動を起こしたスティーラーズだが、途中で逃げ惑う研究員達に気が行き、研究員達を玩具にして遊んでいたところで、自分達に苦汁を舐めさせた戦治郎達と遭遇してしまったのである

 

それからスティーラーズは、戦治郎が連れていた太郎丸と弥七を相手に戦闘を開始するのだが……

 

「ぐぅるぅあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「いぎゃあああぁぁぁーーーっ!!?」

 

咆哮を上げながらボーンの右腕に噛み付いた直後、凄まじい速さで大車輪を開始すると言う太郎丸の攻撃を受けて、思わずボーンは悲鳴を上げる

 

ボーンはその激痛に耐えながら、左腕で太郎丸を引き剝がそうとするのだが、ボーンが左腕をピクリと動かすや否や、弥七が発艦した艦載機達がボーンの左腕目掛けて一斉に機銃を発射し、ボーンの行動を妨害して来たのだ

 

これは不味いっ!そう思ったボーンが相棒であるスカルに、救援要請する様に視線を送るのだが……

 

「オラオラオラオラオラアアアァァァーーーッ!!!」

 

「ガッ!アガッ!!アグゥッ!!!」

 

頼みの綱の相棒は、現在弥七の尻尾に巻き付かれ拘束された状態で、顔面を鋭い爪で滅多刺しにされている最中であった

 

そう、スティーラーズは戦いが始まるなりこんな調子で、さっきからずっと太郎丸と弥七にボコボコにされているのである

 

太郎丸達はまず艦載機を大量に発艦させると共に、艤装の主砲をスティラーズ目掛けてしこたま発射し、砲弾で牽制しながらスティーラーズの視界を爆煙で潰したのである。そして太郎丸達は艦載機達を引き連れてスティーラーズとの間合いを詰め、相手の得意分野であろう格闘戦を仕掛けたのだ

 

戦治郎達からの情報でスティーラーズが砲撃などの遠距離攻撃に弱い事を知っているにも関わらず、何故太郎丸達はわざわざ相手の土俵に上がって戦うのか?その理由は単純なもので相手の土俵で相手を蹂躙し、心身共にスティーラーズを潰し尽くす為である

 

太郎丸達は立ち込める煙の中で、臭いを頼りにスティーラーズを見つけ出し、太郎丸はボーンの両足の健を噛み切って機動力を下げ、弥七はスカルを尻尾で拘束するなり、尻尾を勢いよく振り回してスカルの頭を床、天井、壁に何度も何度も、執拗なまでに叩きつけてその意識を削るのだった

 

と、ここで

 

「ぐぅるぅおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

太郎丸が噛み付いていたボーンの腕から牙を抜き、大車輪の勢いに乗って天井に向かって飛び上がるなり、天井を蹴ってボーンの頭に変則的な【三角蹴り】をお見舞いし、その勢いの余りボーンが倒れ込んだところで、今度は至近距離から砲撃を行いボーンを弥七の方へと吹き飛ばしたのだ

 

この時ボーンはせめて一矢報いようと、吹き飛ばされながらも左腕を弥七に向けて必死に伸ばすのだが……

 

「待ってたぜぇ……、おめぇがそれを使う時をよぉ……っ!!!」

 

弥七は何と、先程まで尻尾で拘束していたスカルを盾にして、ボーンの攻撃を待ち構えていたのである。それに気付いたボーンはスカルの骨を抜き取るまいと、慌てて手を引っ込める。その様子を見ていた弥七は、渋い顔をしながら舌打ちすると尻尾でボーンをの脇腹を殴って吹き飛ばし、壁に叩きつけるのであった

 

「同士討ちは失敗か……、まあいいや、どうせ立つ事も出来ねぇだろうしおめぇはそこで大人しくこいつの最後を鑑賞してなっ!!!」

 

壁に叩きつけられながらも弥七を睨むボーンに向かって、弥七はそう言い放つと同時にスカルの首筋から背中までをその鋭い爪で切り裂いた後、スカルの首に爪を突き立てる

 

「―――――――ッ!!!」

 

「これが……、骨を抜き取られる痛みって奴だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

スカルが声にならない悲鳴を上げる中、弥七はそう叫びながら、ボーンに見せつける様にしてスカルの首から背骨を引き抜き始める。その光景を目の当たりにしたボーンは、目を見開いてスカルを助けようと左腕を伸ばすのだが……

 

「ぐぅがあ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"---っ!!!」

 

その左腕に太郎丸が噛み付き、先程同様大車輪を開始し……

 

「ぐぅお"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"---っ!!!」

 

太郎丸は咆哮と共に、ボーンの左腕を噛み千切ってしまうのであった

 

「ぐgy「うるせぇっ!!!こいつでも食ってろっ!!!」おごぉっ!?」

 

腕を噛み千切られた際に発生した激痛に耐え切れず、ボーンが悲鳴を上げようとしたその時、弥七が先程抜き取ったスカルの背骨をボーンの口に中に投げ込んで黙らせる。その直後、太郎丸と弥七は主砲を構え……

 

「「今まで好き勝手やって来た報いを受けろっ!!この糞猿がっ!!!」」

 

2人は同時にそう言い放つとボーンの顔面に主砲を叩き込んで、スカルの背骨諸共ボーンの頭を爆砕する。こうしてペット達による仁義と情け容赦無き戦いは、長門ペット衆の勝利と言う形で幕を閉じるのであった……

 

 

 

 

 

スティーラーズとの戦いで体力を消耗した太郎丸達は、僅かな休憩を挟んだ後に戦治郎と合流しようとするのだが……

 

「っしゃっ!んじゃ早いとこご主人のとこ行くかっ!!」

 

床に座って休憩していた弥七が、そう言いながら勢いよく立ち上がると

 

「ご主人様があの女の人を追っかけて行った通路……、凄い数の血の臭いがするから注意した方が……、えぇっ!?」

 

太郎丸が弥七に注意を促している最中に、驚愕の表情を浮かべながら絶句する。その様子を見ていた弥七が首を傾げていると……

 

「ご主人様から、肉が焼けた様な臭いがする……っ!?弥七っ!!急いでご主人様のところに行くよっ!!!」

 

「肉が焼ける臭いって何だよっ?!まあ取り敢えずご主人様がピンチっぽいのは分かるけどよぉっ!??」

 

2人はこの様な会話を交わした後、太郎丸の嗅覚と建築物把握能力を駆使して自分達の主人である戦治郎の下へ大急ぎで向かうのであった



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修羅神との再会

太郎丸達がスティーラーズを相手にしている頃、駆は研究所の敷地内にある資源保管庫である仕掛けを作っていた

 

研究所の資源保管庫には、提督達には馴染み深い4大資源の他にも、天然ガスやニトログリセリンなどの爆薬も保管されており、駆は戦治郎達が研究所の職員に気を取られている間に、ここを盛大に爆破する事で研究所を内部と外部の両方から火を放ち、エリカに頼まれていた通りにこの研究所を『燃え上がる祭壇』に作り替える為の装置を作っているのである

 

本当は死霊兵を使って爆破するのが最も手っ取り早いのだが、それでは自分が安全な場所に避難するより早く施設を爆破してしまう可能性が非常に高かった為、駆はわざわざ起爆装置を作って安全な場所に退避してから起爆しようと考えたのだ。そして……

 

「これで準備は整いましたぞ……、後はこの島から脱出してエリカ殿と合流してから起爆するだけですなぁ……」

 

起爆装置を完成させた駆はそう呟きながら立ち上がると、起爆スイッチを片手に誰にも悟られぬ様細心の注意を払いながらオアフ島を脱出し、沖の方でエリカ達の到着を静かに待つ事にするのであった

 

 

 

さて、視点を戦治郎の方へ向けてみよう

 

先程太郎丸達に双子の事を任せた戦治郎は、既視感を覚える女性の後を追いながら考え事をしていた

 

まず最初に考えたのは、進めば進むほど逃走速度を上げていく女性の事である

 

(あの女……、眼鏡かけてるけどどっからどう見てもアイオワだよな……?)

 

そう、戦治郎は彼女を初めて見た時から、彼女にアメリカの戦艦艦娘であるアイオワの姿を重ねていたのである

 

もしこれまでの経験からくる自分の勘が正しければ、あの女性にはアイオワの適性があるだろう、だが何故彼女は艦娘にならず研究者なんかやってるのだろうか……?戦治郎は一瞬そんな事を考えるのだが、ドイツにいた時にアクセルから聞いた艦娘の配備状況の事を思い出す

 

艦娘が日本で誕生した頃には既にアメリカは音信不通となっていたそうだから、アメリカには艦娘に関する知識や技術が行き渡っていない、アメリカは艦娘と言う存在を知らない可能性まであるだろう、戦治郎はそう考える事にしたのである

 

アイオワっぽい女性の事に関する推測が終わったところで、戦治郎は次の疑問について考え始める。それはこの通路の状況である

 

今戦治郎達が走っている通路だが、先に進めば進むほど凄惨な状態になっているのである。至る所に研究員と変態達の亡骸が転がり、綺麗に全身が残っているものもあれば、上半身や下半身だけしか残っていないもの、最も酷いものは壁や床に人型の真っ赤な染みとなってしまっているのである

 

他にも天井、床、壁など通路の至る所に、巨大な刀傷の様なものが幾つも付けられいる事も、この通路の異常さを強調してしまっているのである

 

アイオワの様な女性が、さっきから加速に加速を重ね続けているのは、この通路の異様さに恐怖心を煽られ、生存本能が働いて彼女の身体にかかるリミッターが次々と外れていっているからではないかと、戦治郎はその背中を見失わないように、彼女の加速に合わせて自身も加速しながら結論付けるのであった

 

それから2人はしばらくの間追いかけっこを展開するのだが、女性がある角を曲がったところで姿を消してしまうのだった

 

女性を見失った戦治郎は内心で舌打ちした後、彼女が姿を消した通路にある部屋を片っ端から調べて回る。その間にも何度も扉の開閉音が聞こえ、彼女が自分の様子を窺いながら移動している事に気付いた戦治郎は、部屋を調べる順番などを工夫し、彼女に話を聞いてもらう為に、取り合ず何処かの部屋に追い詰めようと考え即実行に移す

 

その後、彼女がとある部屋に入った事を確認した戦治郎は、その部屋に入る為に扉の前に立つのだが……

 

「飛び道具などと言うちんけな物に頼るとはなぁっ!!!!!」

 

部屋の前に立った直後に、突如中から鳴り響く何処かで聞いた覚えがある大声に驚き仰け反った戦治郎は、嫌な予感を感じながらも気を取り直し、すぐさま扉を蹴破って中に突入する。その結果、戦治郎は先程感じた嫌な予感が的中した事を確認すると、頭を抱えながら舌打ちするのであった

 

戦治郎が部屋に突入した際見たもの、それは自分達で作ったバリケードを盾にしながらアサルトライフルで戦艦水鬼改を集中攻撃するも、アサルトライフルが弾切れを起こしたところで反撃として、戦艦水鬼改がその手に持った薙刀を振るった際に発生した衝撃波で、バリケードと彼らの後方にある部屋の壁ごと、血煙にすらなる事無く粉々に砕かれる研究員達の姿と、戦治郎の足元で尻もちをついてその光景を目の当たりにし、恐怖でその身をガタガタ震わせるアイオワみたいな女性の姿であった

 

「何でこいつが此処にいやがんだよ……?」

 

戦治郎が思わず呟くと、その声が聞こえたのか戦艦水鬼改はピクリと身を震わせた後、戦治郎の方へと向き直ると、喜色満面の笑みを浮かべながらこう叫ぶ

 

「おおぉっ!!!戦治郎っ!!!長門 戦治郎ではないかっ!!?俺の存在に気付いて戦いに来てくれたのだなっ!?!俺も丁度お前と再戦したいと思っていたところなのだっ!!!さぁさぁっ!!!今一度此処でっ!!!納得いくまでっ!!!死合うではないかっ!!!!!」

 

そう、先程研究者達を瞬く間の内に消し飛ばして見せた戦艦水鬼改は、戦治郎達がこの海域に辿り着いた時に戦治郎に勝負を仕掛けて沈んだはずのあの戦艦水鬼改の転生個体、戦治郎がヘモジーと呼んでいる陸奥守 防人だったのである

 

「俺としてはもう二度と会いたくはなかったんだがな……、おめぇ何で此処にいる?あの状態からどうやってそこまで回復したんだ?そしてその薙刀……、何処から仕入れて来たんだ?」

 

「それを知りたければっ!!!力づくで聞き出してみせろっ!!!!!」

 

戦治郎が防人にそう尋ねると、防人は問答無用とばかりに薙刀を構え、戦治郎目掛けて突進するのであった

 

戦治郎は防人が行動を起こした事を視認した直後、自身の前で尻もちをついて怯えるアイオワの様な女性の襟首を掴むと、防人との戦いに巻き込まない様にと部屋の隅の方へ彼女を投げ飛ばし、すぐに大妖丸を引き抜いて防人の攻撃をその刀身で受け止めるのであった

 

そうして2人が激突した直後、部屋の中に衝撃波が発生して部屋の中にある物全てを、破壊はせずとも勢いよく吹き飛ばし、アイオワっぽい女性は、部屋の隅で目に涙を浮かべ、その身体を小さく丸くしながらその衝撃に耐えるのであった

 

そんな彼女の事などお構いなしと言った様子で、防人は喜びにその身を震わせながら、戦治郎に向かって果敢に攻撃を仕掛ける

 

「そうだっ!!!これだっ!!!お互いの武器をぶつけ合った時の衝撃っ!!!闘志に燃える魂の共鳴っ!!!死霊兵相手では絶対に得られないこの感覚っ!!!これが無ければ戦いではないっ!!!そうだろうっ!??長門 戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

「うるせえええぇぇぇーーーっ!!!おっまこんな至近距離で叫ぶなっ!!!つか今お前死霊兵とか言いやがったなっ!!?お前あいつらに協力してんのかよっ?!!」

 

「俺から話を聞きたければっ!!!見事俺を打ち倒して見せる事だなぁっ!!!」

 

「ああそうだったなっ!!!コンチクショウがぁっ!!!」

 

防人と戦治郎は、お互いに大声で叫びながら、お互いの武器を打ち付け合い激しい攻防戦を繰り広げるのであった

 

 

 

この時、戦治郎は気付かなかったのである、自分達の戦いで発生する衝撃波がアイオワの様な女性の下に、この研究所で研究開発されている武器を送り届けた事に……



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大火傷と帝一文字

さて、防人が此処にいる理由なのだが、それはスティーラーズと同様侵入者の排除の為である。但し駆はスティーラーズにはメインターゲットやらこの作戦の目的やら、詳細情報まで伝えていたのに対して、防人に出した指示は「行ってこい」の一言だけ、扱いに圧倒的格差があったりするが……

 

まあそれも仕方が無い事だろう、いくら駆が頑張って防人に細かい指示を出したところで、知らん、どうでもいいで片付けられた挙句、戦場に出るなり勝手に暴走するのが目に見えているのだから……。実際、防人は指示を出された後、研究員だろうと味方の変態達だろうと、目に付いたものはどんなものだろうとお構いなしに襲い掛かり、片っ端から対象をその薙刀の錆や床や壁の頑固な染みに変えてしまっているのである……

 

それに駆は、この戦いで防人の事を切り捨てようと考えているのである。確かに戦闘力は尋常ではない防人だが、常に暴走状態で制御が非常に難しいとなると、流石に考え物なのである……。そういう訳で駆は防人を時間になるまでここで適当に暴れさせておいて、エリカが儀式に成功させ邪神を呼び出し戦闘を始めたら、防人を唆して邪神に突撃させ始末しようと考えているのだ

 

そんな事とは露知らず、防人は今……

 

「はっはっはっはっはっ!!!もっとだっ!!!もっと俺に生を実感させてくれっ!!!この世界にっ!!!俺が存在していると言う証を刻ませてくれっ!!!なぁっ!!?いいだろうっ?!!長門 戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

気分を最高にハイにしながら、戦治郎とお互いの得物を何度も何度も、飽きる事無く打ち付け合っていた

 

「だっからさっきからうるっせぇよヘモジーッ!!!つかおめぇマジで頭おかしいんじゃねぇかっ?!?生の実感とか存在の証が戦いとかっ!!!正気の人間が言う言葉じゃねぇってのっ!!!」

 

「そんな些末な事はどうでもいいっ!!!さぁっ!!!さぁさぁさぁっ!!!もっと俺と戦えっ!!!もっと俺と打ち合えええぇぇぇーーーっ!!!!!」

 

「あぁもうやだこいつっ!!!マジで誰かこいつを何とかしてくれえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

戦治郎は防人とこの様な会話を交わしつつも、防人の余りにも重過ぎる一撃一撃を何とか捌きながら、救いを求める悲鳴染みた魂の叫びを上げる。しかし残念ながら、戦治郎の叫びを聞きそれに応えようとする者は、現在この場所には誰一人としていなかった……。そう、応えようとする者は……

 

『もう……、いい加減にしてえええぇぇぇーーーっ!!!』

 

戦治郎が必死になって防人の攻撃を捌く中、不意に誰かの叫び声が聞こえる。戦治郎は何事かと思いはするのだが、生憎今は防人の攻撃を捌くので精一杯だった為、声の方へと視線を送る事は叶わなかった

 

『何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのっ!?いきなり訳が分からない深海棲艦に襲われてっ!!目の前で同僚を沢山殺されてっ!!!そして今度は深海棲艦同士の戦いに巻き込まれるとかっ!!!ホント意味分かんないっ!!!私が一体何したって言うのよっ!??』

 

嗚咽混じりに叫ぶ女性の声を聞いて、戦治郎はここでようやくこの部屋には防人以外にも、アイオワに似た彼女がいた事を思い出す。そして彼女の叫びと同時に聞こえて来たガシャリと言う金属音が聞こえると、戦治郎は防人と戦いながらも怪訝な表情を浮かべると……

 

『こんな訳分かんない状況を作り出している貴方達何か……、死んでしまえばいいのよっ!!!』

 

彼女がそう叫んだ直後、戦治郎にとっては聞き慣れた感じのバシュゥッ!!!と言う音が聞こえると同時に、戦治郎と防人のすぐ横を一筋の光が通って行く。それを目の当たりにした戦治郎と防人は同時に彼女の方へと視線を向けると、そこには光太郎のレーザー砲と何処か似ているライフルの様な物を構えた、アイオワそっくりな女性が立っていたのであった

 

(何ださっきのはっ!?まさかここで開発された兵器の類かっ?!)

 

戦治郎が彼女が構えるライフルっぽい物を見て、そんな事を考えていると……

 

「成程な……、貴様も俺達と戦いたかったのだなっ!!!よかろうっ!!!ならば俺が相手をしてやろうではないかっ!!!いくぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

突然防人がそう叫ぶや否や、薙刀を構えて彼女の方へと突進して行くではないかっ!?

 

「やっべぇっ!!!」

 

戦治郎はそう叫ぶと、自身の腰にマウントしていた本来対潜用に作っておいたクローアンカーを手にするなり、彼女に向かって突撃する防人目掛けて発射、射出した爪で防人を捕まえると……

 

「ふんぬらばあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

気合いの雄叫びと共に、ハンマー投げの要領でアンカークローを振り回して豪快に防人を投げ飛ばすのであった

 

「あっぶねぇ……」

 

間一髪のところで彼女を助けた戦治郎がそう呟き、彼女の方へと視線を向けると……

 

『いやあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

恐怖のあまり目を閉じてしまっていた彼女が、混乱したままライフルの様な物の引き金を引き……

 

「あ"があ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!?」

 

ライフルっぽい物から発射された光線が、戦治郎の顔の左側を掠めるなり、戦治郎の顔の左半分と左肩から首筋までの間に、皮膚がグチャグチャに爛れる程の大火傷を負わせたのである。戦治郎は光線が顔を掠めた直後から発生した激痛に耐え切れず、上半身を勢いよく仰け反らせ、顔の左側に手を当てながら思わず絶叫するのであった

 

そんな戦治郎の様子を見た彼女は、しばらくの間呆然とした後……

 

『やった……、やってやったわっ!!!これは私達の、アメリカの勝利よっ!!!』

 

まだ若干混乱しているのか、そう叫びながらその場でピョンピョンと飛び跳ねて大喜びするのであった。と、その直後である

 

「飛び道具にも中々面白い物があるものだなあああぁぁぁーーーっ!!!!!」

 

突然姿を現した防人がそう叫びながら、またもや彼女に襲い掛かったのである。そして防人の叫びで我に返った彼女が、防人の方へ首を向けると先程までの笑顔は一瞬の内に消滅し、彼女の表情は絶望の色で染め上げられてしまう

 

そして彼女が心の中で油断した事を後悔していると、突如凄まじい爆音が連続して辺りに鳴り響くなり、防人が物凄い勢いで真横に吹き飛ばされて行くのであった。突然の出来事に驚いた彼女が、音の発生源へと視線を向けると……

 

「どうだヘモジー……、俺の自慢の飛び道具が放つ榴弾の雨のお味はよぉ……?」

 

そこには先程彼女が倒したと思っていた戦治郎が、それはそれは巨大なガトリング砲を片手で構えて立っていた。そして……

 

『おい姉ちゃん……、今のはめっちゃ効いたぞ……』

 

戦治郎は彼女の方へ焼き爛れた顔を向けながら、流暢な英語で彼女に向かってそういい放つ。それを聞いた彼女は、恐怖で表情を引き攣らせながらライフルっぽい物を再び戦治郎に向けるが……

 

『ごめんマジでそれ止めて?冗談抜きで効いたから、後俺はあいつみたいにお前に危害を加えようなんて更々思ってねぇから、寧ろ救援要請聞いて助けに来たクチだから、そこんとこ理解してもらえる?』

 

戦治郎のそんな言葉を聞いて、アイオワの様な女性はライフルの銃口を戦治郎から外す。その様子を見た戦治郎は内心で安堵の息を吐いた後、幽鬼の様に立ち上がる防人へと視線を向け……

 

「まだ立つかよ……、マジでしつけぇなおめぇはよぉ……。だがいい加減俺はおめぇの顔見飽きたんだわ……、次で決めさせてもらうぜ……?」

 

戦治郎に攻撃を仕掛けようと構えを取る防人に対して、戦治郎は獰猛な笑みを浮かべながらそう呟く

 

するとどうだ、その直後に突如戦治郎の左目から血の様に赤い炎が激しく噴き出し、燦然と輝き始めたではないか。そしてその真っ赤な炎の中には、炎の色より更に濃い赤色で『帝』の文字が浮かび上がっていた

 

「覚悟しろやヘモジイイイィィィーーーッ!!!」

 

戦治郎はそう叫ぶなり、ヨイチさんで砲弾を撒き散らしながら防人との間合いを一気に詰め、防人が間合いに入るなりすぐさま大妖丸を振るって斬りかかるのであった



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修羅神を断つ

「いいぞ長門 戦治郎っ!!!先程よりも一撃が重くっ!!!動きも良くなっているではないかっ!!!戦いの中で成長するとはっ!!!流石は俺が認めた漢だっ!!!!!」

 

左目から赤い炎を噴き出す戦治郎の攻撃を捌きながら、防人は心底嬉しそうな表情を浮かべながら歓喜の叫びを上げる。一方、自身の左目がエライ事になっている事に気付いていない戦治郎はと言うと……

 

(身体が軽い……、ベストコンディション以上の調子で戦うなんて初めて……、もう何も恐く……、いかんいかん!こりゃ死亡フラグじゃねぇかっ!!危うくこんなところで御陀仏しちまうとこだったわ……、でも全身から力が溢れ漲って来てどうしてもハイになっちゃうっ!!悔しいっ!!!でも……っ!!!昂っちゃうっ!!!)

 

まるで羽根の様に軽くなった身体と、防人が言う様に自身が繰り出す一撃が重くなっている事に気付き、心の中で驚きながらも舞い上がっていたのであった

 

何故突然この様なパワーアップを果たしたのか、その理由については戦治郎自身全く分かっていない。今の彼がたった一つ分かっている事、それは……

 

(この力があれば、今度こそあいつを確実に潰せるっ!!!)

 

今の状態になった戦治郎は、数回防人と打ち合ったところで自身の今の力量を把握し、今の自分なら防人に絶対に勝てると確信したのである。その証拠に

 

「ぐぅっ!!!」

 

戦治郎の攻撃を薙刀で受けた防人が、思わず苦悶の声を上げる。戦治郎の攻撃は今までは割とアッサリと防人に捌かれていたのだが、今はどうだ?防人は戦治郎の一撃を受ける度にその表情をほんの一瞬歪め、先程の様に苦しそうな声を上げているのである。更に言えば、余程余裕がなくなって来たからなのだろうか、あの煩くて仕方が無かった防人の叫びも時間が経つに連れて聞こえる回数が減ってきているのである

 

その様子に戦治郎は勝機を見出し、戦治郎はこのチャンスをものにしようと、積極的に防人に攻撃を仕掛ける様になったのである

 

「ぬおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

ここでジワジワと追い詰められ始めた防人が、戦治郎が次々と繰り出す攻撃の間に僅かに発生した隙を突いて、咆哮を上げながらその手に握った長大な薙刀を横薙ぎに振るい、戦治郎を後方に飛び退かせて間合いを取ろうとする。だが……

 

『これでも喰らいなさいっ!!Fire!!!』

 

ここで敵味方の区別が付くようになったアイオワらしき女性が、戦治郎を援護する様に防人に照準を合わせてレーザーライフルっぽい武器の引き金を引く。その様子を見た防人はその表情を不愉快そうに歪めながら、急いでレーザーライフルの様な物の射線から退避するのだが……

 

「こいつも喰らっとけっ!!!」

 

戦治郎がそう叫びながら防人が退避した先に向かって、ヨイチさんの砲弾をこれでもかと言わんばかりにばら撒く。すると

 

「小賢しいいいいぃぃぃーーーっ!!!」

 

その直後に防人が叫び、勢いよく薙刀を振るうと三日月状の大きな衝撃波が発生し、衝撃波は戦治郎が放った砲弾を次々と撃ち落としながら戦治郎に襲い掛かるのであった

 

戦治郎はその衝撃波を跳躍して何とか回避するのだが、そこを防人に狙われてしまう。落下して来る戦治郎目掛けて防人が薙刀で突きを放つのだが、それはどうやら不発に終わってしまった様である

 

防人が突きを放った直後、何処からともなく飛んで来た2発の砲弾が、防人が手にしていた薙刀を弾き飛ばしてしまったのである。防人が何事かと思いながら砲弾が飛んで来た方角に視線を向けるとそこには……

 

「ご主人大丈夫k……、ってうおおおぉぉぉーーーっ!?」

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!?ご主人様の顔が大火事だあああぁぁぁーーーっ?!」

 

全身を真っ赤に濡らし艤装の主砲から煙を立ち上らせる深海棲艦が2匹、戦治郎の顔を見るなり悲鳴を上げて大騒ぎしていた……

 

その片割れが消火器を持って来ると言って通路に飛び出し、残った方が動揺しアワアワしているところを見た防人が呆気に取られていると……

 

「往生しやがれっ!!!ヘモジイイイィィィーーーッ!!!」

 

防人は頭上から聞こえて来た声で我に返るなり、声の方へと向き直るとそこには今にも大妖丸を防人目掛けて振り下ろそうとする戦治郎の姿があったのである。防人は内心で舌打ちしながら、今にも振り下ろされ様としている大妖丸を白刃取りしようとするのだが……

 

「悪いねアンタ、生憎それをやらせる訳にはいかないんでね」

 

いつの間にか防人の傍に滞空していた鳥型艦攻がそう言った直後、口から生やした機銃で防人の両手を蜂の巣にして白刃取りを妨害し……

 

「ずぇあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎の渾身の叫びと共に振り下ろされた大妖丸は、見事防人の脳天へ叩き込まれ防人の身体を縦に真っ二つにして見せるのであった

 

この時戦治郎は確かな手応えを感じるのだが、以前倒した後そのままにしていた結果この様に再戦する羽目になった事を思い出し、念には念をの精神で着地するなり防人の亡骸をそれぞれ左右に蹴り飛ばして、動いていない事を目視確認した後、ようやく安堵の息を吐き出すのであった

 

「これで大丈夫な筈……、だよ……、な……?」

 

一応対策はしたものの、不安を拭いきれない戦治郎がそう呟いたところで

 

「ご主人様あああぁぁぁーーーっ!!!」

 

顔を涙でクシャクシャにした太郎丸が、そう叫びながら戦治郎に飛びつき、縋りつきながら大泣きし始めるのであった。太郎丸の様子を見た戦治郎は怪訝そうな表情を浮かべると、太郎丸を落ち着かせながら泣いている理由を尋ねようとするのだが……

 

「爆裂的に鎮火せよってかぁっ!!?」

 

その直後、弥七がこの様な事を叫びながら、その手に持った消火器を戦治郎の顔面目掛けて噴射してくるのであった

 

それからしばらくすると、中身が無くなったのか消火器が沈黙、弥七は空になった消火器を投げ捨てると、恐る恐ると言った様子で戦治郎の顔を見るのだが……

 

「消えてねえええぇぇぇーーーっ!??何だよこの炎っ?!どうやったら消せるんだよっ!!?」

 

「あん?炎?弥七、そりゃどう言う事だ?」

 

未だに煌々と燃え盛る戦治郎の左目の炎を目にするなり、弥七は頭を抱えて絶叫し、弥七の言葉に気になる点があった戦治郎は、弥七に向かってそう尋ねるのであった

 

その後、弥七達から話を聞くより早く、アイオワらしき女性が差し出して来た手鏡を覗き込んで自身の顔を確認した戦治郎は……

 

「か、火事じゃあああぁぁぁーーーっ!?!俺の顔が大火事じゃあああぁぁぁーーーっ!??えっ!?これ一体何ぞっ?!どうなってるぞっ??!」

 

自身のペット達と同じ様な反応をした後、濡らしたタオルで自身の顔を何度も叩いたり、水を張った洗面台に顔を突っ込んで消火を試みるのだが、炎が消える気配は一切なかった為戦治郎はこの件を保留にし、アイオワっぽい女性にこちらの事情をもう少し細かく伝えた後、彼女を連れて研究所からの脱出を開始するのであった

 

因みに、戦治郎は空達と合流した直後、戦治郎の左目から噴き出す炎を見て混乱した光太郎から顔面に海水を大量に浴びせられ、空からは砂をこれでもかと言うくらい顔にかけられた後、首から上を砂浜に埋められるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦治郎達が空達と合流を果たした頃、戦治郎が防人と激戦を繰り広げた部屋では……

 

「「まだだ……、まだ俺は……、戦えるぞ……っ!長門……、戦治郎……っ!!!」」

 

2つの影が同時に蠢き、この様な呟きと何かが這いずる様な音が、変態達が放った火が延焼した結果燃え始めた部屋の中に響き渡るのであった……




鬼神紅帝 帝之型(きしんこうてい みかどのかた)

戦治郎の能力の1つ

効果は自身を含む艦隊のメンバーの全ステータス値を1.5倍にすると言うもの

発動中は戦治郎の左目から赤い炎が噴き出し、その炎の中に『帝』の文字が浮かび上がる

どうやら他にも型があるようだが……?


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儀式の最終段階

戦治郎が防人と壮絶な戦いを展開した部屋で異変が発生していた頃、ホノルルの近くにあるワイキキ海岸のかなり沖の方で待機していた駆はエリカと合流していた

 

「ようやく来ましたかエリカ殿、某、待ちくたびれていましたぞ?」

 

「すみません、少々邪魔が入りまして……」

 

「なんとっ!?まさかそちらにも海賊団の関係者がっ?!」

 

エリカの到着を今か今かと待っていた駆が、ようやく姿を現したエリカに向かってこの様に話し掛けると、エリカは申し訳なさそうな表情を浮かべながら遅れた理由を駆に話し、それを聞いた駆は驚愕の表情を浮かべながらエリカにそう尋ねると、エリカは無言で頷いて見せるのであった

 

「むむむ……、エリカ殿が此処にいると言う事は儀式自体は成功しているのですな?」

 

「それについては問題ありません、後は燃え上がる祭壇にこの魂達を捧げるだけなのですが……、もしやそちらの方で何か問題が……?」

 

「いえいえ、こちらも問題なく準備は完了しております。最後の仕上げは貴女が到着してからと思いまして、こうして待っていたのですぞ」

 

駆とエリカがこの様なやり取りを交わした後、駆は懐から仕掛けのスイッチを取り出すと

 

「そういう訳で、今から最後の仕上げと行きますぞっ!」

 

そう言い放つや否や、スイッチを操作して資源保管庫に仕掛けた起爆装置を起動させるのであった。すると研究所がある方角から盛大な爆発音と共に火柱が上がり、その爆発の衝撃で資源保管庫を中心に辺り一帯の地面と空気が激しく揺れ動くのであった

 

その後資源保管庫から発生した火柱は周りにある物に次々と延焼していき、その途中で研究所にも飛び火し、駆の思惑通り研究所は内部と外部から同時に凄まじい勢いで燃やされてしまうのであった……

 

「さあエリカ殿、燃え上がる祭壇はたった今完成しましたぞ、今こそこれまで集めて来た魂達を祭壇に捧げ、我らが神を召喚する時なのですぞっ!」

 

駆がエリカに向かってそう言うと、エリカは1度頷いた後自身の艦載機に魂達を詰め込んだランタンをぶら下げ、燃え上がる祭壇と化した研究所の中に艦載機を突っ込ませ、手にした『ルルイエ異本』を開いて詠唱を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ時は戻り、ホノルルのサンド島にある浜辺にて、戦治郎は砂浜で胡座をかいて望に火傷の応急処置をしてもらいながら、砂浜で正座する光太郎と空に説教をしていた

 

「チミ達一体何なの?人の顔見るなり何してくれてんの?」

 

「いやさ……、戦治郎の顔に火が付いてたからつい……」

 

戦治郎が2人に向かってそう言うと、光太郎が申し訳なさそうな表情をしながらそう答える。すると戦治郎は自身の膝をリズムを取る様に3回ほど指で突いて

 

「僕を見ろおおおぉぉぉーーーっ!!!分かるぅ?ねぇ?俺顔とか首とか火傷してるだろぉぅっ?!そんなとこにミネラルたっぷりな海水なんかかけられたらどうなるか分かるだろぉぅっ!?めっちゃ沁みたぞこん畜生っ!!!」

 

「それについてはホントごめんって!!まさかあんなに酷い火傷してるなんて思わなかったんだよっ!!!」

 

某スタイリッシュアクションゲームの主人公が、エレキギター型処刑鎌で一人遊びする時流れる曲の空耳を叫んだ後、火傷痕に海水をぶっかけられた事で悶絶する羽目になった件で、激おことなった戦治郎が光太郎に怒声をぶつけ、光太郎はそんな戦治郎にただただ土下座して謝罪する

 

そんな光太郎の姿を見た空が、光太郎の事を鼻で笑うと……

 

「空あああぁぁぁーーーっ!!!お前も同罪じゃいっ!!!何あの砂?ショットガンの散弾か何かなの?当たった時火傷痕じゃなくても滅茶苦茶痛かったぞっ!!!しかも火傷痕に砂が引っ付いてめっちゃチクチクするしよぉっ!!!応急処置してくれてる望ちゃんの手ぇ煩わせる様な事すんなYO!!!」

 

「すまんな、親友が大変な事になっていると知ったら居ても立っても居られなくてな」

 

「そんな親友の首から上だけを砂浜に埋めたのはぁ、何処の何方だったかしら~ん?あれ危うく窒息するところだったぞこの野郎っ!!!」

 

「お前ならきっと抜け出せる、俺はそう信じていたぞっ!」

 

「そんな信頼、僕いらないっ!つかお前ら大火傷してる俺の事ちったぁ労わってくれよぅ……」

 

その様子を見ていた戦治郎が、即座に空に説教を開始。それから2人がこんなコントの様な会話を交わしたところで……

 

「ふんっ!!!……次はお前がこうなる番だ……っ!」

 

「うん、定番のボケをありがとう……。労われってそう言う事じゃないからな……?」

 

空がそこらに流れ着いていた厚めの木の板を手に取るなり、腕の力だけで真っ二つに割って見せた後、戦治郎を指差してこの様な言葉を言い放つ。その様子を見ていた戦治郎は、そんな空の言動に対して溜息交じりにツッコミを入れるのであった

 

それからしばらくして

 

「戦治郎さん、応急処置が終わりました……、この規模の火傷となると、やっぱり私の力じゃどうしようもないです……。これくらいの事しか出来なくてすみません……」

 

「やっぱそうなるよな~……、でも望ちゃんが応急処置してくれたおかげで、かなり痛みが和らいだよ。ホントありがとうな望ちゃんっ!!!」

 

戦治郎の火傷の応急処置を終えた望が、ションボリしながらその事を戦治郎に伝えると、戦治郎は彼女に笑顔を向けながら、励ます様に彼女の頭を優しく撫でてあげる。とその時だ、研究所がある方角からこれまでに無かったくらいの凄まじい爆発音を発生させながら巨大な火柱が立ち上ると同時に、衝撃波がサンド島の地面と大気を大きく震わせるのであった

 

「一体何の起こったとっ!?」

 

「あちらは確か研究で使う資源を保管していた倉庫があった方角……?」

 

「まさかあいつら、資源保管庫を爆破したのっ!?例の燃え上がる祭壇とか言うのを作る為にっ?!」

 

空を赤く染め上げるほど巨大な火柱を見つめながら、九尺が思わずそう叫ぶと、サラがそちらに何があるかについて呟き、それを聞いたアイオワっぽい女性が驚愕しながら声を上げる

 

皆が火柱の方に注目していると、戦治郎達の視界にある物が不意に映り込む。それは光の玉のような物が幾つも入ったランタンをぶら下げた、エイ型と言う極めて特徴的なフォルムをした艦載機で、そのエイ型艦載機は火柱目掛けて一直線に飛んでいき、やがて火柱の中に突入して姿を消してしまうのであった

 

「今のは欧州棲姫艦載機……、まさか通達が言ってたシスター・エリカってのが近くに来てるってのかっ!?」

 

「今のが生贄になった人達の魂なのかっ!?って事は……、例の儀式は最終段階に入ったって事っ!?」

 

「急いで止めないとっ!!!」

 

戦治郎、光太郎、望の3人が愕然としながら声を上げ、艦載機が飛んで来た方角に向かって走り出そうとした時である

 

「……急いで止めに向かいたいところだが……、どうやら奴らはそれを許してはくれないみたいだな……」

 

空がある場所を見据えながらそんな事を言う、空の視線が気になった戦治郎が、空が見据えている場所に視線を向けると、そこには研究所に火を放っていた変態達の姿があったのである

 

「あいつらまだこんなに残ってたのかよ……」

 

戦治郎が舌打ちしながら呟いた直後、今度は海の方から大量の死霊兵が飛沫を上げながら姿を現し、戦治郎達目掛けて殺到して来たのである

 

「こいば全部相手にしよったら、間に合わんごとなりそうやね……」

 

「こうなったら、誰か1人だけシスター・エリカのところへ向かい、儀式を阻止するしかないな……」

 

「死霊兵がいるなら、俺はこっちにいた方がいいだろうな……、ならっ!!」

 

九尺の言葉を聞いた空と光太郎が呟くなり、光太郎が死霊兵達の方へレーザー砲を向け……

 

「戦治郎っ!!!頼んだっ!!!」

 

そう叫びながらオリオールロードを発射し、戦治郎が進むべき道を切り開き……

 

「任せろっ!!!」

 

戦治郎はそう叫びながら、光太郎が作り出した道を駆け抜け、シスター・エリカの下へと向かうのであった



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絶望が希望に変わる時

「ん~?」

 

儀式の最終段階へと移行したエリカ達を止めるべく、戦治郎は海上を猛スピードで駆けていたのだが、不意に悲鳴の様な声が聞こえた様な気がして、思わずその足を止めて辺りを見回してみるのだが、悲鳴の発生源を見つける事は出来なかった。おかしいな……、戦治郎がそんな事を考えながら怪訝そうな顔をして小首を傾げていると……

 

「……………ぉぉぉおおお!!!」

 

今度はハッキリと、自身の頭上から悲鳴が聞こえて来る。戦治郎は悲鳴が聞き間違いでなかった事に安堵したところでふと思う、どうして頭上から悲鳴が聞こえるのだ?と……。そんな疑問が頭を過ったところで、戦治郎が急いで上を見上げると、そこには空から戦治郎目掛けて凄い速さで落下して来る北端上陸姫の姿が目に映るのであった

 

「わっしょいっ!?」

 

思わず戦治郎が声を上げながらバックステップで落下して来る北端上陸姫を回避すると……

 

「ノブオッ!!!」

 

北端上陸姫は見事な顔面着水を決めた後、ゆっくりと身体を傾けていき海面に倒れ込んでしまった

 

その一部始終を見守っていた戦治郎が、北端上陸姫に声を掛けるべきかどうかで悩んでいると、不意に北端上陸姫がのっそりと起き上がり……

 

「おのれ……、長門 戦治郎……っ!何時の日か必ず、目にもの見せてやる……っ!!」

 

忌々し気な表情を浮かべながら、戦治郎に対して恨みの言葉を呟く。北端上陸姫の呟きを耳にした戦治郎は、何故何もしていない自分が、目の前にいるこの深海棲艦にこの様な事を言われなければいけないのか?と疑問に思ったところである事を思い出す

 

そう、通達が生贄を救出しようとした際戦ったと言う、アルバート=ザハウィーを名乗る北端上陸姫の事である。その事を思い出した戦治郎は、通の報告内容と先程自分の目の前で起こった出来事を照らし合わせる事で、目の前にいる北端上陸姫がアルバートであると確信し、顔から滝の様な汗を流しながら、アルバートに対してどう対応すべきかで頭を悩ませるのであった……

 

迂闊に会話をして自分の正体がバレれば、間違いなく戦闘になってしまい、儀式の阻止が出来なくなってしまう可能性が高くなってしまう……。ならば気配を殺して足音を消して、アルバートに気付かれない内に逃げればいいっ!そう思った戦治郎が早速行動を起こそうとしたのだが……

 

「ちょっといいだろうか?」

 

「ひゅいっ?!」

 

戦治郎が行動を起こす前にアルバートに気付かれ、あちらから声を掛けられてしまったのである。戦治郎は驚きのあまり思わず奇声を発し、そんな戦治郎の事を訝しみながら、アルバートは戦治郎に質問をする

 

「済まないが、ここが何処なのか教えてもらえないだろうか?ちょっとした事情があって、自分が今いる場所が何処なのか分からなくなってしまったのだよ……」

 

困り顔で自分達が今いる場所を尋ねて来るアルバートに対して、戦治郎はと言うと……

 

「ここですか?ここはウェーク島付近ですね~」

 

素知らぬ顔で、呼吸をする様に平然と嘘を付くのであった

 

「何っ!?僕はそんな所まで吹き飛ばされたと言うのかっ?!不味いな……、急がなければ長門 戦治郎の仲間に儀式の邪魔をされかねない……。度々済まないが、ホノルルは何方に向かえば辿り着けるだろうか?」

 

今度はその表情に焦りを浮かべるアルバートに、戦治郎はエリカ達がいるであろう方角と逆の方角を指差しながら、アルバートの質問に答えようとするのだが……

 

ここで戦治郎の通信機に通信が入る、相手は空の様だがその声にはちょっとした焦りが含まれている様な気がしたが……。そして通信の内容を聞いたところで、戦治郎は真顔になって思わず硬直してしまうのであった……

 

『すまん戦治郎っ!!突如姿を現した戦艦水鬼改を通してしまったっ!!!気迫あふれる笑顔を浮かべてお前の名前を叫びながら薙刀を振り回して、仲間のはずである変態共と死霊兵達を蹴散らす姿を見て敵味方問わず全員が愕然としている内に、そいつは海に飛び出しお前が向かった方へ一直線に進んでいる!!!十分気を付けてくれっ!!!』

 

戦治郎はこの通信を聞いた直後、先程自分が真っ二つに斬り捨てた男の顔を思い浮かべる……

 

(どうしてさっき真っ二つにして、左右をそれぞれ別の方角に蹴り飛ばしておいたあいつが復活して、そんな元気一杯に暴れ回ってんだよっ!!?つかこっち来てるとかヤバ過ぎじゃねぇかYO!!!)

 

戦治郎が頭の中でそんな事を考えていたその時だ

 

「見つけたぞっ!!!長門 戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

もう二度と聞きたくなかった声が辺りに響き渡る……、戦治郎がその顔に絶望を張り付けながら声がした方角へ首を向けると、そこには左半身と右半身が上下方向に2cmほどズレた状態でくっ付いているヘモジーこと防人が、両眼を全開にし口の両端を限界まで吊り上げながらこちらに向かって突っ込んで来るではないか……

 

「先程は後れを取ったがっ!!!次はそうはいかんぞおおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

防人はそう叫ぶなり薙刀を構えながら跳躍、飛び掛かる様にして戦治郎に斬りかかって来る。戦治郎はその攻撃にすぐに反応し、大妖丸を引き抜くと真正面から防人の薙刀を受け止めてみせるのであった

 

「ん?先程より弱体化している様な気がするが……、まあそんな些細な事はどうでもいいっ!!!さぁっ!!!先程の続きといこうではないかっ!!!!!」

 

「うぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!キモいっ!!!ちょっとズレてるヘモジーの顔がエクストリームキモいいいぃぃぃーーーっ!!!そんでその状態で喋ってるからアルティメットキモいいいぃぃぃーーーっ!!!」

 

鍔迫り合い中に防人の顔を見た戦治郎が思わず悲鳴染みた声を上げ、防人を蹴飛ばして距離を取るなり心を落ち着かせようと深呼吸を開始する。それと同時に、防人が先程の戦治郎の悲鳴で自身の身体のズレにようやく気付き、グチャグチャと言う音を立てながらそのズレを修正して見せ、ようやく落ち着いた戦治郎の顔を引き攣らせるのであった

 

こうして戦治郎は防人のと戦闘を開始した訳だが、正直なところ戦治郎は内心ではかなり焦っていた。今のままではアルバートの時に懸念していた儀式の阻止が叶わなくなる、それだけは何としてでも避けたい戦治郎は、この戦いを今すぐにでも終わらせる何か良い手はないかと思考を巡らせ解決策を模索するのだが、焦りと防人の性格が原因で中々良い打開策を思いつけずにいた……。と、そんな時である

 

「まさか……、貴様が長門 戦治郎だったとはな……っ!」

 

突如聞こえて来た声に驚いた戦治郎が、何事かと思いながらそちらに視線を向けると、そこには両手を力一杯握り締め、プルプルとその身を震わせるアルバートの姿があったそして……

 

「ここで会ったが百年目えええぇぇぇーーーっ!!!積もり積もった貴様への恨み辛みっ!!!今ここで晴らしてやるうううぅぅぅぁぁぁーーーっ!!!!!覚悟しろおおおぉぉぉぁぁぁーーーっ!!!!!」

 

「やっぱこうなるのかよ畜生めえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「さあ長門 戦治郎っ!!!最高の戦いをっ!!!究極の死合いをやろうではないかあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

アルバートはそう叫ぶなり腰に下げたエストックを抜いて戦治郎に斬りかかり、それに対して戦治郎はヤケクソになりながら叫び返し、戦治郎の声に反応して防人が戦治郎に対しての攻撃を再開、2人から同時に狙われた戦治郎はアルバートの攻撃を回避しながら防人の斬撃を受け流し、何とかその場を凌ごうと立ち回るのであった

 

こうして戦治郎、アルバート、そして防人による三つ巴の戦いが始まり、その結果何の妨害も受ける事無くエリカがガタノゾーアの様なガタノトーアを召喚、その様子を見た戦治郎は最後の儀式の阻止に失敗したと……、そう思うのであった……

 

「ああっ!!ガタノトーア様っ!!!遂に我々の声に応え、この地に来て下さったのですねっ!!!さぁ、どうか我々に力をお貸し下さいっ!!!その力を以て、この穢れ切った世界を浄化して下さいませっ!!!」

 

ここから凄まじく離れた場所にあるウェーク島付近に出現したガタノゾーアっぽいガタノトーアに向かって凄まじい声量で叫ぶエリカ、それに対してガタノゾーアみたいなガタノトーアは大気を揺るがす程の声量で、エリカの懇願への返事を返す

 

「ぅお断りだあああぁぁぁーーーっ!!!!!」

 

「「「はぁっ?」」」

 

ガタノトーアと呼ばれているガタノゾーアの返事を聞いた戦治郎、アルバート、エリカの3人は思わず間抜けな声を出し、アルバートとエリカはただただ問題のガタノゾーアの様なガタノトーアがいる方角に目を丸くしながら視線を送り、戦治郎は流石に鬱陶しくなってきたのか、大妖丸でヘモジーの薙刀を刀身も柄もまとめて細切れにしてしまうのであった

 

その直後、突如ガタノゾーアなガタノトーアが天高く跳躍、あっという間に姿を消したかと思ったら、すぐさま戦治郎達の目の前に着水する。その光景を目の当たりにした防人以外の者達が思わず驚き慄いていると……

 

「そこの『ルルイエ異本』を手にしている者が、我を召喚しようとした白痴者かっ!??」

 

ガタノゾーアなガタノトーアが触手でエリカを指し示しながら叫ぶと、その場にいた者達全員の視線がエリカに集中する。但し防人は除く

 

「貴様の歪すぎる召喚法のせいで、危うく我は暴走してしまうところだったぞっ!!!その責任、どう取るつもりだったのだっ?!!」

 

そんな中、ガタノゾーアなガタノトーアはエリカに対して説教を開始するのであった。この時、戦治郎は先程のガタノゾーアなガタノトーアの発言に引っかかりを覚え、防人はガタノゾーアなガタノトーアに突撃を仕掛けて殴りかかったところ、お返しとばかりにガタノゾーアなガタノトーアの触手で思いっきり殴り飛ばされてしまうのであった

 

「あの……、ちょっちいいですか?」

 

「この力っ!!!素晴らし過ぎるっ!!!さあ貴様っ!!!もっと俺と戦ええええぇぇぇーーーっ!!!!!」

 

戦治郎がガタノゾーアなガタノトーアに対して、オズオズとした様子で挙手して質問しようとし、驚くべき速さでこの場に戻って来た防人は、ガタノゾーアなガタノトーアの圧倒的過ぎる強さに感動しながら、腹の底から咆哮を上げてガタノゾーアなガタノトーアに襲い掛かるも、触手で叩き潰された後先程よりも遠いところへ殴り飛ばされる

 

「ぬ……?おぉっ!お主が戦治郎かっ!!話は聞いておるぞっ!!っと……、して、何を聞きたいのだ?」

 

防人を軽くあしらった後、ガタノゾーアなガタノトーアは戦治郎の方へ視線を向けるなりこの様な発言をし、戦治郎に質問の許可を下す

 

「待って、何で俺の事知ってるのん?俺と貴方は今日が初対面ですよね?っとそれよりも!先程の言い方では、貴方はこの女に召喚された訳ではない様に受け取れたのですが……、この女以外に貴方を召喚した者がいるのですか?」

 

戦治郎がガタノゾーアなガタノトーアにそう尋ねると、ガタノゾーアなガタノトーアは触手で腕組みをしている様な仕種をしながらウンウンと頷いて見せ、その後自身の見た目が逆さまになっている様に見える頭を触手で指し示しながら、この様に答えた

 

「うむっ!!!我を召喚し、お主の事を我に教えてくれたのは他でもない、ここにいる我が親愛なる友、出雲丸 翔だっ!!!」

 

「はいぃっ!??翔ぅっ!?!」

 

ガタノゾーアなガタノトーアのツッコミどころ満載な返答を聞いた戦治郎は、思わずそう叫ぶなり、武器を格納している腰のボックスから双眼鏡を取り出し、双眼鏡を使ってガタノゾーアなガタノトーアの頭部を見てみると、そこにはウェーク島で待機しているはずのお留守番組と……

 

『あ~……、その……、皆さんおはようございます~……』

 

困った様な表情を浮かべながら、通信機を使って皆に挨拶をする、今の今までずっと医務室で眠り続けていた翔の姿があったのである

 

『長い間迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないです……。この埋め合わせは……、今ここで、やらせてもらいますっ!!!行くよゾアッ!!!まずは空さん達のところだっ!!!』

 

翔は通信で皆に謝罪した後、ガタノゾーアなガタノトーアに指示を出し、ゾアと呼ばれたガタノゾーアなガタノトーアは翔の言葉に答える様に咆哮を上げ、サンド島の砂浜付近に群がる死霊兵の群れ目掛けて紫色の光を放つ光線を口から吐き出し、その光線に飲み込まれた死霊兵達を瞬く間に石像に変え……

 

「ぬぅんっ!」

 

掛け声と共に使用した念動力で、石像になった死霊兵達を全てまとめて粉々に破砕してしまうのであった

 

『この調子でガンガン行くよっ!!!』

 

黒いケープを羽織り、刀身から黒い液体の様な物を滴らせる様になった鼓翼を片手に、翔は通信機越しに声を張り上げ、ゾアに的確に指示を出してサンド島の敵をあっという間に殲滅してみせるのであった



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衝撃を超越した事実 ~修羅神、散る(物理)~

ゾアの戦いぶりはそれはそれは凄まじいものであった

 

戦闘開始直後に、先手必勝と言わんばかりに死霊兵を石化光線でコアごと石像に変え、その石像を念動力でまとめて粉々にして見せた後、口から対象を追尾するシャドウミストを吐き出して逃げ惑う変態達を次々と始末し、シャドウミストから逃れて海に飛び出した変態達を片っ端から巨大な爪と触手で叩き潰し、自身の実力を戦治郎達とエリカ達にまざまざと見せつけるのであった

 

「何故……?どうして貴方様が私達の敵になるのですか……?これでは生贄となった仲間達が浮かばれないではないですか……」

 

ゾアがその圧倒的な力を振るってアビス・コンダクターのメンバーを次々と屠って行く様を、茫然自失と言った様子で見ていたエリカがそう呟くと、未だに殺戮を繰り返すゾアがエリカに向かってこう言い放つ

 

「貴様らが儀式を完成させる前に、我と翔が出会った事が貴様の運の尽きだろう。尤も、我と翔が出会う前に儀式を実行していたとしても、我はこちらで発生していた問題のせいで、とてもではないが貴様の呼び掛けに応える事など出来なかっただろうがなっ!!!」

 

ゾアのこの言葉を聞いたエリカは、あまりのショックで海面に膝を突いて項垂れてしまう。しかしながら、ゾアはそんな彼女の心境などお構いなしと言った調子で、彼女に対して更なる追撃となりそうな事を言い放った

 

「そうだ、ついでだから教えておいてやろう。こちらで発生していた問題を翔達が解決した関係で、我を含むルルイエに住まう旧支配者達及び旧神のクタニドは、翔達に対して全面協力を約束、今後は翔以外の召喚には応えない方針でいく事になったのだ」

 

再びこの場に戻って来た防人を、巨大な爪で天高く打ち上げるゾアの言葉を聞いた途端、エリカはその表情を絶望で染め上げ、遂には両手をも海面に突いてブツブツと何かを呟き始めるのであった……

 

さて、このゾアの発言にショックを受けたのは何もエリカだけではなかった、そう、翔が所属する長門屋海賊団のリーダーである戦治郎もまた、凄まじいショックを受けたのである。自分が与り知らぬところで、旧支配者や旧神のリーダーと海賊団の団員である翔との間で、とんでもない約束が交わしていたのである、その事実を知った戦治郎がショックを受けるのも仕方が無い事であろう……

 

ゾアの言葉を聞いた戦治郎とエリカが揃って愕然としていると、唐突に誰かがヒステリックな声を上げる

 

「こうなってしまっては仕方がありませんっ!!某達は現時刻を以て飛行場姫との同盟を破棄っ!!!死にたくない者達は某と共に本拠地に戻りましょうぞっ!!!」

 

アビス・コンダクターの幹部の1人である駆がそう叫ぶと、アビス・コンダクターの面々はすぐさま逃走を開始、そして駆が指示を出した事が相当気に食わなかったのか、アルバートが苦々しい顔をしながら舌打ちし、絶望するエリカを抱えてこの海域から脱出を開始したのであった

 

(邪神の相手なんかやってらんねぇだろうからな~……、まあ賢明な判断だな……)

 

駆の叫びで我に返った戦治郎が、内心でこの様な事を呟いていると

 

「むっ!!逃げる気かっ!?」

 

『戦治郎さん、追撃しますか?』

 

逃走を開始したアビス・コンダクターの連中の姿を見たゾアが叫び、翔が追撃すべきかどうかを戦治郎に尋ねて来る

 

「あ?あ~……、いいや、追撃は無しで。それより翔に聞きたい事が山ほどあるんだが……?」

 

『ですよね~……、でも細かい事は後でいいですか?今ここで全部説明するってなっちゃうと、どうしても二度手間になっちゃうので……』

 

戦治郎と翔はこの様なやり取りを交わし、戦治郎が翔の頼みを了承すると、一行は空達が待つサンド島に向かおうとする。……のだが……

 

「何処を見ているっ!!!俺は此処にいるぞおおおぉぉぉーーーっ!!!!!

 

そう叫びながらゾアに襲い掛かる防人の姿を見て、一行はその足を止めて呆れた表情を浮かべながら溜息を吐く。そう言えばこの馬鹿がまだ残っていたな……、その場にいる全員が同じ事を考え、今一度大きな溜息を吐き出すのであった……

 

「いい加減鬱陶しいぞっ!!!」

 

余りにもしつこ過ぎる防人に対して遂にゾアがブチギレ、念動力で防人を空中に浮かせるなり石化光線を直撃させて防人を石像に変え、その身体を念動力で粉々に砕き……

 

「あーっ!ちょっちいいです!?ちょっちいいですかっ?!」

 

ゾアが防人の破片を自身の足元にばら撒こうとした時だ、戦治郎が慌てた様子でゾアに待ったをかけたのだ

 

「ぬ?戦治郎か?一体どうしたのだ?」

 

「そいつの破片でs「別に敬語でなくても構わんぞ?」……じゃあ、そいつの破片だけど、出来るだけ広い範囲にバラバラに散らしてくれないか?そいつ縦に真っ二つにぶった斬っても、切り口合わせて復活して来やがったんだよ。だから何かの拍子で石化が解けちまったら、同じ感じで復活して来そうで何か怖いんだわ……」

 

「成程なっ!承知したぞっ!!ではっ!!ぬぬぬぬぬ……、でぇいやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎の頼みを聞いたゾアがほんの少し唸り声をあげた後、最大出力で念動力を使用して防人の欠片を世界中にばら撒いてみせた

 

「これなら石化が解けても、容易には復活出来んだろうっ!」

 

「アザーッスッ!!!ゾアさんマジリスペクトッ!!!」

 

戦治郎とゾアはこの様な会話を交わし、ゾアがよいよいと言った様子で爪と触手をヒラヒラさせると、一行は改めてサンド島へと向かうのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ翔……」

 

「何ですか……?」

 

「俺さぁ、さっき聞きたい事山ほどあるって言ったよなぁ……?」

 

「そうですね……」

 

「……一番最初に聞くのに相応しい質問は決まったっ!!!」

 

「あっはい、どうぞ……」

 

戦治郎と翔がこの様なやり取りを交わし、戦治郎は翔の事を指差しながら翔に最初の質問をぶつける

 

「ゾアは何処いったぞ?」

 

「ゾアは今あっちに……」

 

サンド島に到着するなり姿を消してしまったゾアの所在について、戦治郎が不思議そうに翔に尋ねたところ、翔はある方向を指差しながらそう答えた。戦治郎が翔が指し示す方向へ顔を向けると、そこには……

 

「ぬお~!雷っ!!あまり我をナデナデするでないっ!!こそばゆくて仕方が無いぞっ!!!」

 

「いいじゃないっ!ゾアが頑張ったおかげでここにいる皆が無事だったのよ?ゾアは皆から撫でてもらってもおかしくない事をやったのよ?だから胸を張って撫でられるべきよっ!!!」

 

「戦うゾアちゃんは凄かったのですっ!電にもゾアちゃんの様な力があったらって、その力で泊地の皆だけでなく世界中の人達も助けられるかもって、つい思っちゃったのですっ!」

 

「ハラショー、流石は邪神だね。君が味方で本当に良かった、心からそう思えるよ……」

 

「わ、私だってもっと訓練したらあれくらい戦えるし……っ!」

 

「暁ちゃん……、流石にそれは難しいと思うよ……?」

 

「えぇ……?この子がさっきの大きな怪獣さんなの……?」

 

今この場にいる駆逐艦達にもみくちゃにされる、1匹のオムナイトの姿があった

 

「すまねぇ翔……、俺には雷に抱っこされてナデナデされてるオムナイトしか見えねぇわ……」

 

「えっと……、凄く言い辛いんですけど……、それがゾアなんです……。色々あってゾアはクタニドさんの手によって取りつけられたフィルターみたいなものの影響で、通常時はポケモンのオムナイトに、戦闘時はティガのラスボスのガタノゾーアになる様になっているんです……」

 

「なしてそんな姿になっちゃうん?それとフィルター付ける理由は何ぞ?」

 

「姿については僕の記憶からクタニドさんが適当にチョイスした結果で、フィルターについてはゾアの姿を直視した際、見た人が石化するのを防ぐ為ですね。もしフィルターが無かったら僕以外の皆が、今頃生きた石像になってたところです……」

 

翔の言葉を聞いた戦治郎は、この件については無理矢理納得する事にして、次の質問を翔にぶつけようとするのであった



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紅帝の印と信頼の印

「取り敢えずゾアの姿についてはよく分かった……、って事で次の質問なんだが……、お前が鼓翼を鞘に収めてる時チラっと刀身を見たんだけど……、あれは一体何だ?どういう原理で刀身に浮かび上がった文字が、液体みたいになって垂れ落ちるんだ?」

 

ゾアの件についての質問が終わったところで、戦治郎は今度は自身が作り翔に譲った鼓翼について尋ねる事にした

 

戦治郎は先程の発言通り、サンド島に戻った際ほんの僅かな時間ではあるが鼓翼の刀身を目にしたのである。その時戦治郎の目には、鼓翼の刀身に突如浮かび上がってはジワリと滲み、それから液体の様に重力に引かれる様に刀身を伝って垂れていき、やがて刃から滴り落ちて地面を濡らして消えていく黒い謎の文字……、所謂クトゥルフ文字が映ったのである

 

その現象を目の当たりにした事でSAN値をほんのちょっと削られた戦治郎は、自身が作った鼓翼に一体何があったのかがどうしても気になったのである

 

「あれですか……、あれは~……、鼓翼を作ってくれた戦治郎さんには酷な話だと思いますが……」

 

「いや、ちゃんと教えて?あんなん見たら気になり過ぎて夜も眠れなくなっちゃうよ?いいの?今度はおっちゃんが倒れちゃうよ?本当にそうなってもいいのん?」

 

歯切れの悪い返事をする翔に向かって、戦治郎は鼓翼がああなってしまった理由をハッキリさせる為に、この様に尋ねるのであった。それを聞いた翔は、少々困った顔をしながら戦治郎の問いに答える

 

「あれはクタニドさんとクトゥルフさんが力を合わせて、鼓翼とルルイエ異本、無名祭祀書、ポナペ教典、ネクロノミコンと言う4冊の魔道書を融合させて、鼓翼を『魔道刀【鼓翼】』に作り変えたせいでああなってるんです……。しかも融合に使われた魔道書の事なんですけど、ルルイエ異本はクトゥルフさんの、無名祭祀書はクタニドさんの、ポナペ経典はイダー=ヤアーさんの、ネクロノミコンはカソグサさんの直筆の生原稿、ある意味真の魔道書と言う事で、人間達の間で出回っている魔道書とは比べ物にならない魔力を秘めているそうなんです……」

 

「何それ超怖い……、つかお前、そんなん持っててよく発狂しねぇな……?」

 

翔の話を聞いてSAN値を更に削られ戦慄する戦治郎が、そんな恐ろしい物を手にしていながら発狂していない理由を翔に尋ねる。すると翔は自身が今羽織っている漆黒のケープを、指でつまみながら苦笑を浮かべて戦治郎の質問に答え始めるのだった

 

「それはこのケープのおかげですね、これはクタニドさんお手製のケープで、クトゥルフTRPG的に言えばSAN値減少を完全に防いでくれるだけでなく、魔法による直接攻撃も防いでくれる探索者垂涎ものの逸品ですね。ああ、そう言えばケープの事聞いてる時に、司が裁縫とか衣装制作が得意だってクタニドさんに教えてあげたら、機会があったら是非会ってみたいって言ってましたよ」

 

「お、おう……、そうか……、そんな機会あったらいいな……」

 

戦治郎は翔の話を聞くと、引きつった表情を浮かべながらこの様に返事をし、先程から翔がつまんでいるケープへ視線を向ける。件のケープは光すら飲み込んでしまいそうなほど真っ黒な生地で作られ、所々にクタニドやクトゥルフと言った旧神や旧支配者の印及びクトゥルフが治めるルルイエを示す印などが金色の塗料の様な何かでプリントされ、そのプリントはプリントであるはずなのに、時々何故かドクンドクンと脈動していた。また前を閉じる為のボタンも古き印の形をしている事で、このケープが神話生物達と関わりがある品である事を、それはそれはとても強く主張していたのであった……

 

「あっあっあっ……」

 

この得体の知れないケープを直視した事で、またも戦治郎のSAN値が削られてしまい、ここで遂に戦治郎の正気度が限界に達し、戦治郎は一時的狂気に陥り変な声を上げ始めるのであった……

 

「あっちの連中の治療が終わったんでよぉ、戦治郎の火傷の治療しに来たz……、って何だこりゃぁっ!?」

 

その直後、タイミングよく姿を現した悟の活躍により、戦治郎は一時的狂気から立ち直り、翔への質問を一旦中断して顔や首、肩に付いた火傷の治療を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺も全力で治療を施したんだけどよぉ……」

 

治療を終えた悟がその顔を顰め、戦治郎に手鏡を手渡しながら治療の成果を確認する様に促し、戦治郎はそれに従い手鏡を覗き込むと……

 

「おおう、ガッツリ痕が残ったのな……」

 

そこには悟の治療を受けたにも関わらず、火傷痕がしっかりと残った自身の顔が映し出されるのだった

 

「いつもなら傷痕1つ残さず治療すんのによぉ、こいつに限ってはどんだけ翠緑を当てても痕が残っちまったんだわぁ……、これは俺の力不足なのかぁ?それとも他に原因があるのかぁ?戦治郎よぉ……、おめぇはどう思うよぉ……?」

 

悟はそう言いながら更に眉間に皺を寄せてしまう、恐らく先程から悟が顔を顰めているのは、火傷痕を消せなかった件で戦治郎に申し訳なく思っている事と、自身の未熟さに嫌気が差している事が合わさった結果なのだろう。戦治郎はそんな事を考えながら、悟に手鏡を手渡して先程の問いに答えるのだった

 

「十中八九俺に火傷を負わせたあのレーザーが原因だろうな、まああのレーザーの詳細は空が聞いてくれてるみたいだし、俺達は空がこっち来るまで翔から話聞いていようや」

 

「了解だぁ、っとそういやぁよぉ、治療してる時に気付いたんだがよぉ」

 

戦治郎の言葉を聞いた悟が戦治郎の提案に乗ったところで、ふと思い出した様にそう言うと、何かがあった時用として戦治郎から海賊団全員に配られたタブレットを操作し、ある画像を表示して戦治郎へ見せる

 

「これはよぉ、おめぇの背中を撮影したモンなんだがよぉ……」

 

「イヤン♪悟のエッチィ……///」

 

「……絞め殺されてぇのかぁ?」

 

「サーセン」

 

「続けんぜぇ、おめぇいつの間にこんなモン彫ったんだぁ?やる時は俺に言えって前に言ったはずなんだけどよぉ……、こりゃぁ一体どういう了見だぁ……?」

 

戦治郎に問い詰める悟のタブレットには、不動明王が背負う迦楼羅焔の様な炎に包まれた3つの円を線で結んで形作られた三角形が、まるで入れ墨の様に戦治郎の背中に浮かび上がっていたのである。更にその入れ墨の様なものをよく観察してみると、右下の円の中には戦治郎の左目から噴き出す、鮮血の様に真っ赤な炎の中に浮かび上がる『帝』の文字と全く同じ書体で、『帝』の文字が刻まれていたのであった

 

「何じゃこりゃぁっ!??俺こんなモン彫った覚えねぇぞっ?!!つかどうしようっ!これじゃ皆と一緒に、プールにも温泉にも海水浴にも行けねぇじゃんっ!!!」

 

「そこ重要なんですか……?」

 

「腕に彫ってる段階で既にアウトなんだよなぁ……、つか戦治郎よぉ、おめぇ自身覚えがねぇって事なのかぁ?」

 

戦治郎の反応を見て、翔と悟がそれぞれ思った事を口にしたところで

 

「応、こいつに関しちゃ全く覚えがねぇ。それ以前にこれ背中だろ?単独でやるってのはいくら何でも無理ゲだし、そもそもそんな事してる時間ここ最近あったか?」

 

「確かにそうだよなぁ……、ってこたぁよぉ、何かの拍子にそいつがおめぇの背中に浮かび上がったって考えるのが妥当かぁ?」

 

「多分、切っ掛けになったのはこいつだろうな~……」

 

戦治郎と悟がこの様な会話を交わしたところで、戦治郎が能力を発動させ左目に赤い炎を灯す。悟と翔は戦治郎の左目から炎が噴き出し始めたところを目撃した瞬間、ギョッとした後、口々に思った事を言葉にする

 

「それが戦治郎の能力って訳かぁ……、つかその炎の中の『帝』って文字……、背中の奴と全く同じ形してやがんなぁ……。もしかしたら背中の彫りモンが浮かび上がった原因はよぉ、戦治郎が言う通りそいつが原因なのかもしんねぇなぁ……」

 

「遂に戦治郎さんにも能力が……、戦治郎さん……、どうか気を付けて下さい……。実はクトゥルフさんとクタニドさんは戦治郎さんが暴走するかもしれないと言う可能性を凄く警戒し、愉悦至上主義で腐れ外道のニャルラトの超弩級クソ馬鹿に至っては、戦治郎さんが暴走するのをとても楽しみにしていたんです……。戦治郎さんが暴走した時、一体何が起こるのかは全く分かりませんが、どうか能力に振り回されて暴走しない様に注意して下さいね……?」

 

「待って待って?翔がニャルに対して辛辣過ぎるのは取り敢えず置いておいて、俺ってそんな大物2柱から警戒されてんの?何でそんな事になってんの?マジで何でどうして?」

 

翔の口から衝撃的過ぎる事実を聞かされ、動揺しまくりその理由を翔に尋ねる戦治郎だったが……

 

「それについては皆と合流してからですね……、これは皆と情報共有しておくべきだと思うので……」

 

翔はそう言って、戦治郎が旧支配者のリーダー格と旧神のリーダー格から目を付けられている理由を、この場で話す事を控えるのであった

 

自身がとんでもない存在から目を付けられている事を知った戦治郎は、何とか動揺を抑えようと深呼吸するのだが、相手が相手であるが故どうしても落ち着く事が出来ないでいた……。と、そんな時だ

 

「翔~!これを見ろ~!凄く綺麗な貝殻をこんなに沢山発見したぞ~!」

 

戦治郎が不意に聞こえて来た声の方角へ思わず視線を向けると、そこには雷達からようやく解放され、浜辺で拾ったのであろう小さな貝殻を、沢山抱えてこちらに向かってパタパタと走って来るゾアの姿があった

 

(こいつ、戦闘の時とキャラ違い過ぎじゃね……?)

 

戦治郎がそんなゾアの事を観察しながら、内心でそう思っていると……

 

「あうっ!」

 

突然ゾアが短い悲鳴を上げて、前のめりに転倒する。恐らく背負った殻の重さでバランスを崩して、転倒してしまったのだろうと推測する戦治郎の目の前で、ゾアは無言で立ち上がった後辺りに散らばった貝殻をかき集めて、再びこちらに向かって駆け寄って来るのであった

 

「凄いじゃないか!こんなに沢山あったら、司にお願いしてアクセサリーにしてもらって、クティーラちゃんにプレゼント出来そうだね!」

 

そんなゾアに対して、翔は素なのか演技なのかは不明だが、驚いた様なリアクションをとって見せ……

 

「うむっ!!本当は父上達の分も集めて皆でお揃いにしたかったのだが、それはまたの機会としようっ!!」

 

ゾアはそう言いながら自身が背負う殻の中に先程集めた大量の貝殻を収納した後、翔の身体をよじ登り、翔の頭の上にパイルダーオンして満足そうな笑みをこぼすのであった。この様子を見る限り、どうやら翔の頭の上がゾアの定位置の様だ。戦治郎と悟はその様子を見て、翔の首の無事を心配するのであった

 

「っと、そこにいるのは戦治郎だなっ!戦闘中は碌に挨拶出来なくて申し訳ない、そういう訳で改めてここで自己紹介するぞっ!!我はガタノトーア、ルルイエを統治するクトゥルフの第一子で、翔の友であり弟子となった者だっ!!!」

 

「待って……、ちょっち待って……、今翔の弟子とか言った?」

 

「うむっ!我は怒り狂う父上を鎮めた翔の料理に感動し、料理にルルイエ統治の可能性を見出し、その術を身に付ける為に翔に弟子入りしたのだっ!!!」

 

「これほんとぉ?」

 

翔の頭の上でエッヘンとばかりに胸を張るゾアと、この様なやり取りを交わした戦治郎は、事実確認の為にゾアから視線を落として翔と目を合わせてこの様に尋ねると、翔は静かに頷き返して見せ、翔が頷いた時の揺れで翔の頭から落っこちそうになったゾアは、必死になって翔の頭に生えている角を掴んで転落しない様に踏ん張るのであった。因みに悟はこの時、ゾアの発言聞き、行動を目の当たりにした瞬間から、腹を抱えて笑い転げていた

 

「翔っ!いきなり頷くでないっ!!危うく落っこちるところだったぞっ!!「ごめんごめん」っと、そういう訳で戦治郎に折り入って頼みがあるのだが……」

 

「何となく予想は付いたが……、何じゃらほい?」

 

「我をその海賊団とやらに加えてくれぬか?翔に弟子入りした都合、我は翔から教えを乞い、その技を盗む為にも常に傍にいるべきだと判断したのだ。もし我の願いを聞き届けてもらえるのならば、我は信頼の紋章に誓って、お主達の事を全力で守護しようと思う。それで……、その……、どうだろうか……?」

 

最後のあたりは尻すぼみになりながら、ゾアは戦治郎に海賊団への加入希望を申し出て、このやり取りを聞いた悟が急に笑うのを止めるなり驚愕しながら立ち上がり、翔はその双眸で戦治郎にゾアの加入を認めて欲しいと懇願する。そして戦治郎は……

 

「構わねぇよ、むしろ大歓迎だなっ!!!」

 

ゾアの加入を快諾し、戦治郎の返答を聞いたゾアは翔の頭の上で喜びのあまりピョンピョンと飛び跳ねるのであった

 

「正気かぁ……?こいつの力はさっき見ただろぉがよぉ?あまりにも強力過ぎる力は事情を知らねぇ奴らからしたら脅威でしかねぇしよぉ、その力を我が物にしようとする連中から狙われる可能性だってあるかもしんねぇんだぜぇ……?」

 

「それ、俺達海賊団そのものに言える事じゃね?俺達もここに来るまで何度も事情を知らねぇ連中から攻撃されて来ただろ?今更じゃねぇか。その度に俺達は砲弾やら爆撃やら雷撃喰らいながらも、相手を説得して理解を得て来てるし、不届き者達はその都度ぶっ飛ばして来た。今までと大して変わらねぇだろ?」

 

「そりゃぁ……、そうだがよぉ……」

 

「それに今回の件で、アビス・コンダクターが神話生物を使って世界を滅ぼそうとしてんのが分かったんだ、それに対抗する為にはこっちも神話生物の力を借りるのが一番手っ取り早い、そうだろ?まあ尤も……、ゾアの力は通常時だと過剰戦力にしかならんから、ある程度制約は設けさせてもらうがな……」

 

「それを言われちまったらよぉ……、何も言えねぇだろうがよぉ……」

 

「ん、分かってもらえて何よりだ。まあ、何かあったら俺が責任取るし、ゾア含めて団員は皆俺が守るさ。それがアタマ張ってるモンの役目ってもんだ、だからおめぇらは安心して俺について来い!ってなっ!!」

 

「……あんま独りで背負い込むんじゃねぇぞぉ?」

 

悟と戦治郎はこの様なやり取りを交わし、戦治郎は最後の悟の言葉に対して「わかってるよ」と短く返答するのであった

 

「礼を言うぞ戦治郎っ!!お主が話が分かる奴で助かったぞっ!!!」

 

「応、っとそれはそうとだな……、さっき言ってた信頼の紋章って何ぞ?」

 

海賊団への加入を了承してくれた戦治郎に向かって、ゾアが前のめりに倒れ込んで翔の頭から落下しない様注意しつつ、小さくお辞儀をしながら礼を述べたところで、戦治郎は1つ気になった事をゾアに問う

 

「信頼の紋章と言うのはな……」

 

「これの事です、これに鼓翼の刀身を当てながら、僕と面識がある神話生物に呼び掛けて、相手が応えてくれた場合その神話生物を召喚出来ると言う紋章なんです」

 

「あぁっ!!折角我が説明しようと思ったのにっ!!」

 

戦治郎の問いにゾアが答えようとしたところで、翔が左手甲を胸の辺りに掲げながら質問に答えると、ゾアは少々声を荒げながら翔の頭を腕の様に使っている足でペチペチと叩き出す

 

戦治郎が翔の左手甲に視線を向けると、そこには何とも名状し難いデザインの紋章が、ワンポイントの入れ墨の様に刻まれており、その紋章は時折まるで生物の様に、翔の左手甲上で蠢いたりしていた

 

「これによりまどろっこしい儀式や生贄を使わずに、翔は我々神話生物を即座に召喚出来る様になっておるのだっ!!!どうだっ!?素晴らしいだろうっ!!!」

 

「召喚の際使う生贄の部分を、神話生物達との信頼関係に置き換えたって感じになるんでしょうかね?ケープの件といい、魔道書の件といい、施術してくれたクタニドさんには、ホント頭が上がりませんよ……」

 

そう言ってゾアは腰に足を当てながら自慢げに胸を張り、翔は苦笑を浮かべながら頬をポリポリと掻く。ここでそんな1人と1柱の様子を見ていた戦治郎は、つい思った事をポロリと呟いてしまう

 

「しょっちゅうクタニドの名前出るが……、何?クタニドって世話焼きおじさんか何かなの……?」

 

「ああ、クタニドさんは女性ですよ、それもかなり美人のお姉さんでした」

 

「マジでっ!?司には黙っておかなきゃっ!!あいつぜってぇナンパすんぞっ!?!ナンパのせいで世界滅ぶとか洒落になんねぇぞっ!!!」

 

「肝心なクタニドさんが、司と会ってみたいって言ってるんですよねぇ……」

 

「もう駄目だぁ……、お仕舞いだぁ……」

 

戦治郎の呟きを聞いた翔が、戦治郎とこの様な会話をしていると、突然通信機から声が聞こえて来る。戦治郎が通信に出ると、剛が焦った様子で戦治郎達に救援要請を出して来る。その内容は以下の通り……

 

『戦ちゃんっ?!大至急で救援に来れないかしらっ!!?艦娘ちゃん達に雑魚の相手をしてもらっている間に、アタシ達が突っ込んでここのボスの飛行場姫と戦ってるんだけど、この飛行場姫……、アリーが開発した兵器を使ってて碌にダメージを与えられないのっ!!!それを打ち破る為に飽和攻撃を仕掛けたいから、急いで来てもらえるっ!??』

 

「何じゃそりゃっ!?ダメージ与えられないってどう言う事だってばよっ?!って言ってる場合じゃねぇっ!!!皆行くぞっ!!!」

 

剛の通信を聞いた戦治郎達は、大急ぎで海へ駆け出し剛達の救援に向かおうとする。と、その時だ

 

「翔っ!!!」

 

「うんっ!!皆っ!!今からゾアを戦闘形態に切り替えるからっ!!大きくなったゾアに乗ってミッドウェーに急行するよっ!!!」

 

翔はそう言って鼓翼を抜くと、自身の左手甲に当てて詠唱を開始する。すると鼓翼の刀身から液体の様に滴り落ちていたクトゥルフ文字達が、今度は文字としての形を保ったまま刀身から剥がれ落ち始め、それは風に舞う花びらの様に宙を舞った後、次々とゾアの方へと殺到しゾアの身体にベタベタと張り付いて行き、やがてゾアの身体を真っ黒に染め上げてしまう

 

その直後、今度はゾアの目の前に空中に浮かび上がる、金色に輝く巨大な魔法陣が展開され……

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

ゾアが雄叫びを上げながら魔法陣目掛けて一直線に走り出し、途中で転んで起き上がり、再び走り出してから跳躍、魔法陣をサーカスの日の輪潜りの要領で潜ろうとする。そしてゾアの身体が魔法陣の面に接触したところで

 

「我は今っ!!猛烈に熱血しているうううぅぅぅーーーっ!!!」

 

魔法陣を通過しながら叫ぶゾアの姿は、見る見るうちに可愛らしいオムナイトから巨大で威圧感満載なガタノゾーアのものへと変貌していくのであった

 

「ちょっとゾアっ!?そんなセリフ何処で覚えたのっ?!」

 

ゾアの叫びに驚いた翔が、ゾアに向かって叫ぶようにしてそう尋ねると

 

「戦治郎の頭の中だっ!!!」

 

ゾアは変身を完了させると同時に、そう叫び返すのであった

 

その後、戦治郎達一行はサラ達をサンド島に残して、全高130m、全長200m、体重20万tのガタノゾーアへと変身したゾアに乗ると、剛達が待つミッドウェー島へと急行するのであった……、跳躍で……




オムナイトは高さ40cm、重さ7.5kg、戦治郎達が翔の首の事を心配するのは已む無し


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我、参上っ!!!

一体どれだけの時間戦っただろうか?一体どれだけの深海棲艦を沈めただろうか?そして……、一体何時になったらこの深海棲艦達の増援は終わるのだろうか……?

 

長門達はそんな事を考えながらも、ミッドウェーの拠点から続々と姿を現す深海棲艦達に対して、果敢に攻撃を行い次々と沈めていくのであった

 

「この拠点の深海棲艦達は、一体どれだけいると言うの……っ!?」

 

「今のところ全く増援が途切れる気配がしないわね……」

 

「本当に……、私達はこの戦いに勝てるのでしょうか……?」

 

終わりが見えない戦いのせいで、心身共に疲弊しきった大鳳、矢矧、初霜が思わずこの様な弱音を吐く。無理もない事だろう、彼女達はこれまでこの様な絶望的な戦いに参加した事が無いのである、海域攻略の時の様にスムーズに事が進まない事から生じる焦りと、圧倒的な数の暴力に押し潰されてしまうのではないかと言う恐怖が、ジワジワと彼女達の心を蝕んでいくのである、彼女達が弱気になってしまうのは仕方が無い事なのだ……

 

彼女達の様子を見てそんな事を思った長門が、彼女達を何とか奮い立たせようと声を掛けようとしたその時だ

 

「皆さん、気を強く持ってください。終わりが無いなどと言う事は絶対に有り得ません、奴らを倒し続けていれば、いつかきっと好機は来るはずなんです。ですから今は、奴らを倒す事だけを考えましょう」

 

彼女達と同じ泊地に所属する大和が、彼女達に向かって叱咤激励する様にそう言うと

 

「そうね……、大和さんの言う通りですね……っ!」

 

「こんなところでへこたれていたら、あっちの連中に笑われてしまうものね……っ!」

 

大鳳はそう言って己を奮い立たせ、矢矧はチラリとある方角で視線を向ける。矢矧の視線の先では……

 

「なぁ摩耶、この戦い、フェロー諸島での決戦を思い出すなっ!!!」

 

剛達と合流を果たした木曾が、敵陣の中で四方八方に魚雷を撒き散らしながら、昔を懐かしむ様に摩耶に話し掛け

 

「ああっ!あん時もこんな感じだったなっ!!!あのでけぇ艦艇のお守りしながら、大暴れしてたっけなっ!!!」

 

摩耶は木曾の言葉にそう返しながら、機銃と高角砲で艦載機と砲弾を撃ち落としながら、合間合間に主砲で器用に深海棲艦の眉間を撃ち抜いていく

 

「やはり皆さんは、トラック泊地防衛戦以外にも大きな戦に参加していたのですね」

 

そんな2人のやり取りを聞いて話に加わって来たのは、自分に向かって飛んで来た砲弾を、手にした長ドスで叩き斬るなり相手の懐に飛び込み、相手の前歯をへし折りながら強引に口にねじ込んだ拳銃の引き金を3回引いて、相手の頭部を吹き飛ばした瑞穂だ

 

「あの戦いからまだ大して時間が経っていないはずなのですが……、どうしてでしょう?何処か懐かしく感じてしまいます……」

 

ここで自身が味方である事を周囲に伝える為に、仮面を額のところまで上げた軽巡棲姫、神通が瑞穂を背後から攻撃しようとしていた深海棲艦を斬り捨てながら、そんな事を呟く

 

「改めて思うと、私達って本当に濃い戦いばかりしてるわね~」

 

そう言いながら神通のフォローに入る陽炎、彼女は砲撃で相手を上手い具合に牽制して、焦った相手が隙を見せたところで容赦なく魚雷をぶつけ、堅実に、そして確実に相手を仕留めていく

 

「その分、不知火達は他の艦娘が経験しない様な事を経験し、それをしっかりと力に変えられていると思うのです」

 

そんな陽炎に対して、不知火はそう言いながらこの場にいる者達の射程外にいる、戦艦や空母をこの間手に入れたパイアを使って狙撃して、着実に相手の数を減らしていく

 

「ホ~ント、皆余裕あるわね~……」

 

「他人事みたいに言ってますけど、そう言う阿武隈さんも大概だと思うわよ?」

 

「えっ!?ウソッ?!」

 

木曾達の会話を聞いていた阿武隈がそう言うと、傍で戦っている天津風がこの様な事を言い、それを聞いた阿武隈は信じられないとばかりに驚きを露わにする。そんな彼女達も、他のメンバー同様主砲と魚雷を駆使して次々と深海棲艦達を沈めていたのである

 

「……何故あの人達は、あれだけの数の敵を前にして、平然としていられるのでしょう……?」

 

矢矧が見つめる方角を見ていた初霜が、そんな疑問を口にする。すると

 

「あいつらは普段の鍛え方と踏んで来た修羅場の数が、私達とは比べ物にならないからな……。そう言った経験があいつらを強くして、今やるべき事を冷静に判断出来る様にしているのだろう」

 

初霜の問いに長門が答え、不意に聞こえて来た声に対して、初霜は思わず驚いてしまうのであった

 

「さて、こんなところでのんびりとお喋りしていると、本当にあいつらから笑われてしまうぞ?そうならない為にも、私達も頑張ろうじゃないか!」

 

長門が続けてそう言うと、先程まで弱音を吐いていたのがまるで嘘だったかの様に、大鳳達は凛々しい顔立ちになり、元気よく返事を返して前へ駆け出すなり攻撃を再開するのであった

 

「ありがとうございます、流石は【抜山蓋世の長門】と呼ばれるだけはありますね」

 

長門が立ち直った彼女達に続こうとしたところで、不意に大和からこの様な事を言われ、長門は思わず足を止めて大和の方へと向き直り

 

「いや、私はただ便乗しただけさ。最初に彼女達を奮い立たせたのは貴女のはずだ、そうだろう?【国士無双の大和】」

 

大和に向かってそう言うと、大和は長門の言葉を聞くなりその表情を曇らせる。そんな大和の様子を怪訝に思った長門が、彼女に話し掛けようとしたその時である

 

『ガタノトーアエクスプレスのご利用、誠にありがとうございま~す。次は終点、ミッドウェー沖~、ミッドウェー沖です~。ご搭乗の皆様~、着水時の衝撃にご注意下さい~、着水の際の衝撃にご注意下さい~。そしてお足元の皆様~、全員まとめて御往生下さい~、とっととくたばれ馬鹿野郎ーっ!!!』

 

『戦治郎さん、落下してるのに余裕ありますね~。それ電車の車内アナウンスの真似ですか?』

 

『翔も大概だろうがあああぁぁぁーーーっ!!!これ大丈夫なのっ!?マジで大丈夫なのっ?!!』

 

『ぶっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃっ!!!光太郎よぉ、いくら何でもビビり過ぎだろうよぉ、おめぇそれでも空も飛べるヒーロー様なのかぁ~?』

 

『鍛え方が足りんな、今度ライトニングⅡで垂直急降下の練習でもするか?』

 

『こ、光太郎さん落ち着いて下さいっ!ゾアちゃんが最初に言ってたじゃないですかっ!!ゾアちゃんの念動力で身体を押さえてあるから転落の心配はないってっ!!』

 

『うっひょー!まるでテレビで見たジェットコースターみてぇだなぁこれっ!!!』

 

『わ~!すっご~い!これた~のし~!!ねぇねぇゾアッ!後でまたやってっ!!!』

 

『お、おらは流石に怖いだぁよぉ……』

 

突然通信機から騒がしい声が聞こえたかと思えば、急に空から大量の悲鳴が聞こえて来たのである。悲鳴に反応して長門と大和が空を見上げれば、そこには巨大な何かが敵陣のど真ん中目掛けて落下して来ていたのだった

 

そしてそれが豪快に海上に着水すると、かなりの数の深海棲艦がその巨体に押し潰されて絶命し、その衝撃で発生した巨大な津波が次々と周囲の深海棲艦達を飲み込んでいく

 

「な、何ですかあの怪物はっ!??」

 

「いや、流石にこれは私にも分からん……。だが、あの怪物の方から聞き覚えがある声が聞こえた様な気がするが……」

 

突然空から降って来た巨大な怪物を目にした長門と大和は、激しく動揺しながらこの様な会話を交わす。そして長門が先程聞こえた聞き覚えのある声が、誰のものだったかを思い出そうと記憶を辿ろうとしたその時だ

 

「聞けえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

突然怪物が凄まじい音量で咆哮し、その声量に長門と大和は思わず飛び上がって驚いた後、2人は動揺しながらも怪物を警戒しながら身構える。そんな2人の事などお構いなしと言った様子で、怪物は大声でその続きを叫び始める

 

「我の為翔の為っ!!敵の野望を打ち砕く邪神ガタノトーアッ!!!この赤き海賊旗を恐れぬと言うのならっ!!!かかってこいぃっ!!!!!」

 

そう言って邪神ガタノトーアと名乗る怪物は、触手で巨大な長門屋海賊団の海賊旗を広げながら、何処か満足気にその場に佇むと……

 

「あちょっ!?ゾアァッ!!!おめぇいつの間にそんなでかい海賊旗作ったんだYO!!?」

 

「跳躍して移動している間に、魔法のちょっとした応用で作ってみたのだっ!!流石に質はクタニド殿の手作りの物には劣るがなっ!!!」

 

「また戦治郎さんの頭の中から、変なセリフ覚えてきて~……」

 

「すまぬ翔っ!!カッコ良かったのでつい言いたくなったのだっ!!!」

 

その頭に乗せた戦治郎と翔の2人とこの様なやり取りを交わし、長門と大和を呆然とさせるのであった……



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まだまだ!邪・神・全・夜

ゾアが本格的に暴れ始めるので、必須タグに『クロスオーバー』を、タグに『クトゥルフ神話』と『神話生物』を追加しました


ゾア達がミッドウェーに到着した頃、サンド島に残されたサラは瞳を閉じて、天を仰ぎながら祈る様に指を組み……

 

「皆さん……、どうか早く戻って来て下さい……」

 

その身を小刻みに震わせながら、小さな声で呟くのであった……

 

そんな彼女の肩に手を置き、その気持ちに同意するとばかりにウンウンと首を縦に振る存在があり、肩に手を置かれた彼女が驚いてそちらに視線を向けると、そこには1匹のディープワンが立っていたのであった

 

その表情を引き攣らせるサラが周りをよく見てみると、ディープワンの背後では一部の研究員達が、このディープワンとは異なる個体と焚火を囲み、ディープワンが獲って来たであろう魚を焼いていたり、彼らと共に現れたショゴス達が近辺警護の為に辺りを徘徊していたのであった

 

その光景を目の当たりにしたサラが、諦めた様な表情を浮かべながら天を仰げば、そこには空を埋め尽くすほどのナイトゴーントが飛び回っていた

 

そう、このディープワン、ショゴス、ナイトゴーントの群れはサラ達を守る為に、ゾアが召喚した者達なのである。戦治郎達がゾアに乗り込む際、空が警護の為にサラ達のところに誰かを残すべきではないかと言ったところ、それを聞いたゾアがすかさず彼らを大量に召喚し、サラ達を守る様に命令を下したのである

 

サラの先程の祈りはとんでもない数の神話生物に囲まれていると言う、この恐ろしい状況から早く解放されたいと言う願いから行われたものだったのであった……

 

「サラ~、焼き魚出来たわよ~、一緒に食べましょ~」

 

そんな彼女の心境を知ってか知らずか、アイオワ(仮)はサラに向かって暢気にそんな事を言って、彼女をディープワン主催の焼き魚パーティーに誘うのであった

 

 

 

 

 

それはさて置き、ミッドウェー沖はゾアの強襲により騒然としていた。尤もこんなに巨大で不気味な存在が、突然空から降って来るなり大声で堂々と名乗りを上げれば、誰だって混乱してしまうものであろう……

 

「ふむ、どうやら敵味方問わず隙だらけになっているな……。これは絶好のチャンスだなっ!艦載機を使える者は、全員今の内に発艦させて攻撃を仕掛けるぞっ!!!」

 

その状況を見た空が、猫缶を開封しながらそう叫ぶと

 

「はいっ!全機突撃っ!!艦載機の皆さん、頑張って下さいねっ!!!」

 

「艦載機の皆、久しぶりの戦場でのお仕事やっ!!気合入れて行きぃよっ!!!」

 

空の言葉に呼応する様に龍鳳と龍驤が声を上げ、ゾアの上から艦載機を次々と発艦させていく

 

「さて、僕の方も……、って何だこれぇ?……まあいいや、皆よろしくっ!!!」

 

龍鳳達に続いて翔が艦載機を発艦させると、姿こそ今までの物と変わらないものの、名状し難い禍々しいオーラを纏った艦載機が出現する。それを見た翔は1度軽く困惑するのだが、気にしていても仕方ないと思い直して今しがた出現した艦載機達を、呆気に取られて動けなくなっている深海棲艦達に向けて飛ばすのであった

 

その後空が猫戦闘機達を発艦させたところで、艦載機が次々と深海棲艦に襲い掛かると言う光景を目の当たりにした1柱が、興奮気味に翔に話し掛ける

 

「なんと翔達も眷属を使役していたのだなっ!これは邪神として負けておれんなっ!!っとこうしてはおれんっ!!早速我も眷属を召喚するぞっ!!!」

 

「艦載機は眷属じゃないんだけどね……、ってまた眷属を出すのっ!?う~ん……、やり過ぎない様にね……?」

 

ゾアの言葉を聞いた翔が、1度驚いた後苦笑交じりにそう言うと、ゾアは短く「分かった!」と返して左爪を回して円を描いた後……

 

「来い来い来い来い・・・・・っ!!」

 

左爪を掲げながらまるで呪文の詠唱の様に何かを呟く、そんなゾアの姿を見た戦治郎が思わずハッとするなり、ゾアと同じ様な構えを取り……

 

「来た来た来た来たぁっ!!」

 

そう言いながら戦治郎は自身の顔の前に左腕を掲げ、ゾアも戦治郎と同じ動きをする。その後1人と1柱は左腕(左爪)を腰溜めに構えて

 

ロイガー族(ドラゴン)ッ!!!」「鷲四郎(イーグル)ッ!!!」

 

それぞれ叫んだ後……

 

「「マインダアアアァァァーーーッ!!!!!」」

 

今度は声を合わせて絶叫しながら左腕(左爪)を前に勢いよく突き出し、戦治郎は鷲四郎を左腕から発艦させ、ゾアは左爪から大量の光球を発射するのであった。ゾアの爪から発射された光球達は、ある程度その姿のまま飛行した後、見る見るうちにその姿を光球から西洋のドラゴンの様なものへと変えていき、姿を変え終わった光球だったもの達は、次々と深海棲艦達に襲い掛かって行くのであった

 

「イエーイ!ゾアイエーイ!」

 

「流石戦治郎っ!お主ならきっと察してくれると思っておったぞっ!!」

 

「猫艦載機達を発艦するタイミングを間違えたか……、これをやると分かっていれば俺も参加していたのだが……、不覚……っ!」

 

ゾアが召喚したロイガー族に襲撃される深海棲艦達の断末魔の叫びをバックに、戦治郎とゾアは手と触手でハイタッチをし、1人と1柱のガリバーボーイごっこに参加し損ねた空が両手と両膝を付いて項垂れる。と、その時だ、突然通信機から誰かの声が聞こえて来る

 

『ちょっと戦治郎っ!?これどうなってんのよっ?!そのデカブツが発射した光の球が、突然ドラゴンになって深海棲艦達を襲ってるんだけどっ?!!そのデカブツは一体何なのっ!??私達の味方って考えていいのっ?!?』

 

我に返った飛龍が、通信機の向こうで勢いよく捲し立てる

 

「こいつか、こいt『お主も戦治郎達の仲間か?我は先程名乗ったはずなのだが……、まあよいっ!改めて自己紹介しようではないかっ!!我は邪神ガタノトーアッ!!本日付けで海賊団に加入したものだっ!!よろしく頼むぞっ!!!』おっま通信にも割って入れるのかよっ!?『テレパシーを使えば造作でもないっ!!』っと悪ぃ飛龍、こいつが言う通り、こいつも今日からウチの団員、俺達の仲間なんだわ」

 

そんな飛龍に対して、戦治郎は途中ゾアに割り込まれながらも、ゾアが味方である事をミッドウェー攻略組に伝えると、それを聞いたミッドウェー攻略組は大混乱に陥り、通信機越しに大騒ぎを開始してしまうのであった……

 

「さて、通信が騒がしくなっちまったが気にせずに……、俺達も参戦するとしますかねっ!!!皆、準備はいいかっ!?」

 

\応っ!!!/

 

その後、騒がしくなった通信を無視しながら戦治郎がゾアに乗って来た者達にそう尋ねると、皆はその表情を引き締めながら力強い返事を返す。それを聞いた戦治郎は……

 

「んじゃ、俺、空、光太郎の3人は剛さん達のとこへ、それ以外の皆は雑魚の相手を頼んだぞっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

皆に大声で指示を出し、その返事を聞いたところでゾアの触手に飛び乗り、立ったまま滑り台を滑り降りる様にしてゾアの触手を滑り降りて行き、翔以外の他のメンバーもそれに倣ってゾアから次々と滑り降りて行くのであった

 

それからしばらく経ったところで、唯一人ゾアの頭の上に残った翔が、皆がゾアから滑り降りて行った事を確認したところで、ゾアに向かって話し掛ける

 

「さて……、皆降りて行ったね……。それじゃあゾア、僕らも頑張ろっか。大丈夫だと思うけど一応確認するよ?ちゃんと誰が味方で誰が敵かは分かってる?」

 

「うむっ!!その辺りの情報は戦治郎の記憶から引き出しておるっ!!」

 

「ならOK、それじゃあいくよっ!!!」

 

「うむっ!!!我らに仇なす存在にっ!!!今こそ知らしめてくれようっ!!!我の力と本当の恐怖と言うものをっ!!!」

 

1人と1柱はこの様なやり取りを交わすと、ゾアは天を揺るがせそうな咆哮を上げながら、その口からシャドウミストを吐き出し飛行場姫の配下の深海棲艦達を、次々とその闇で包み込み死に至らしめるのであった

 

 

 

 

 

「ゾアの奴、派手にやってんな~」

 

「取り敢えず、向こうは心配する必要性はなさそうだね」

 

「それよりもだ、碌にダメージを与えられない飛行場姫と言うのが気になるな……」

 

剛達の下へ急ぐ戦治郎達3人は、後ろ向きに前進すると言う器用な真似をしながら、この様な会話を交わす

 

「アリーさんが開発した兵器とか言ってたけど……、一体どんなものなんだろう?」

 

「打ち破る為に飽和攻撃したいとか言ってたから、何となくバリアみたいなモンだと思うわ。んで限界達したら、お約束みたいにパリンッ!!って割れたりしてな!!」

 

空の発言を聞いた光太郎が件の兵器について疑問を口にすると、戦治郎が冗談交じりにこの様に返す。すると

 

「まあ、どんなものだったとしても、『こいつ』が役に立ちそうなのは変わらんな」

 

空が手にしたものを眺めながら、この様な事を口にする。今、空の手にはアイオワ(仮)が戦治郎の顔に酷い火傷痕を付けた時に使っていた、あのレーザーライフルみたいな物が握られているのである

 

「確かサラ達のとこにいる妖精さん達がもたらしたって言う、深海棲艦の細胞を完全に破壊する粒子、『デュラハライト粒子』だったっけか?それを照射するビームライフルってのがそいつの正体なんだっけか……」

 

「その傷痕は悟の翠緑の効果すら受け付けず、艤装に使われているコアの影響で艦娘にも大ダメージを与えられ、妖精さんの加護すら突き破るとか……、危険極まりない代物……。死告精の名は伊達じゃないってところだね……」

 

「戦治郎の一件で、これが危険過ぎる代物である事が証明され、こいつは後で封印される事が決定しているがな。まあ封印される前に一暴れ出来るんだ、こいつにはそれで納得してもらうとしよう」

 

「んだな、俺らが言うのも何だが、強過ぎる力はいつか身を滅ぼすからな。っとそろそろだな……、おめぇら気合入れていけよ?この戦いがきっとここでの最後の戦闘になるはずだからなっ!」

 

「うむ!」「OK!」

 

3人はこの様なやり取りを交わした後、前に向き直って戦闘態勢に入り、飛行場姫と交戦する剛の背中を視認したところで、一気に加速して突撃を開始するのであった



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翠緑の恐怖

時は剛が戦治郎達に救援要請を出す前まで遡る……

 

剛達は通達の作戦失敗の報を聞いた後、自分達の作戦内容を陽動から侵攻に切り替えて引き続きミッドウェーの拠点に対して攻撃を加え続けていた

 

それからしばらく時間が経ったところで、悟の治療を受けて戦線復帰した通達と合流すると同時に、蒼龍と加賀の艦載機が飛行場姫が拠点から出て来るところを目撃したとの報告を受けるのであった

 

飛行場姫出現の報告を聞いたところで、通、シゲ、護の3人が剛に飛行場姫をすぐに倒すべきだと進言する。理由はもしアビス・コンダクターが儀式を完了させ、得体の知れない何かを呼び出す事に成功した場合、それと飛行場姫を同時に攻略するのは流石に無理があると思ったから、アビス・コンダクターの連中が神と崇める存在よりも、強硬派深海棲艦である飛行場姫の方が明らかに倒し易そうだから、先に飛行場姫を倒し後顧の憂いを断っておいてから、得体の知れない相手に集中すべきだと言う事だった

 

それを聞いた剛は通達の意見を汲み取り、長門達に雑魚の相手を任せるとこの場にいる長門屋のメンバーを集め、飛行場姫の目撃情報があった場所へと急行するのであった

 

そして剛達が言われた場所へ向かうと、そこには確かに飛行場姫が配下の深海棲艦達を引き連れて、まるで自分達の到着を待っているかの様に佇んでおり、飛行場姫は剛達の姿に気付くなり

 

「来たわね……、それも転生個体ばかり数を揃えて……」

 

剛達に向かって、余裕たっぷりに言い放つのであった。この時剛は、飛行場姫の態度を不審に思い警戒するのだが……

 

「任務に失敗して気が立っているところにその態度……、気に入りません……っ!皆さんっ!申し訳ないですが一番槍は頂きますっ!!!」

 

剛が制止する間もなく通がそう言って、飛行場姫達に向かって突撃し……

 

「科学忍法っ!竜巻ファイタアアアァァァーーーッ!!!」

 

飛行場姫に対して竜巻ファイターを仕掛け、飛行場姫の配下を巻き込みながら、両腕から発生させた竜巻で飛行場姫達を天高く打ち上げるのだった

 

「通ちゃんったら……、柄にもなく先走っちゃって……っ!」

 

そんな通の独断専行に剛が内心で舌打ちしていると、不意に護が剛に向かって声を張り上げながら話し掛けて来る

 

「剛さんっ!自分達もこのまま追撃するッスよっ!!!」

 

護はそう言うと通が発生させた竜巻へ突入し、自身の身体を竜巻の力で浮上させながらゲーリュオーンとミサイルを乱射して、飛行場姫とその配下達に追撃を仕掛けるのであった

 

「ああもうっ!皆好き勝手しちゃってぇっ!!!」

 

かなり無茶な方法で相手に追撃を仕掛ける護の姿を見た剛は、そう叫ぶとヤケクソになって護と同じ方法で自身の身体を浮上させ、キマイラとオルトロスで追撃の追撃を行う。その後、ある程度相手に攻撃を加えたところで護と剛は竜巻から飛び出し、通は竜巻での攻撃を止めて落下し始めたところで……

 

「ここでイケメン指数が天元突破した俺様が、華麗に追撃しちゃったりしちゃいますよ~っ!!!」

 

司が能力で生み出した水柱で落下する3人を捕まえて、ゆっくりと海面に降り立たせる。その際、剛達は司が攻撃用に生み出した水の槍とすれ違い、その水の槍が飛行場姫達の腹に何本も突き刺さる光景を目の当たりにするのであった

 

この時点で、飛行場姫の配下の深海棲艦達全員が既に絶命しているのだが、追撃はこれだけでは留まらなかった

 

「これで終わりだとか……、思ってんじゃねぇぞゴルアアアァァァーーーッ!!!」

 

ここで更にシゲが追い撃ちとして『爆符「ギガフレア」』を発射、シゲの腕から放たれたその巨大な熱線は飛行場姫達を飲み込み、瞬く間の内に全員を昇華させた……。その光景を見ていた誰もがそう思っていた……、しかし……

 

「んなっ!?飛行場姫のだけ炭化で留まっただとっ?!」

 

熱線が消えた後に残った、位置からして飛行場姫だったものだと思われる炭人形の存在を確認したシゲが、驚きを露わにしながら思わず硬直してしまう

 

「だったらぶん殴って粉々にするまでだろうがよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

ここでシゲの驚愕の声を聞いた輝が、己のハンマーのヘッド部分を艤装に咥えさせるなり、天高く跳躍して思いっきり飛行場姫だった炭人形を殴りつける。輝の化物染みた腕力で殴られた炭人形は、凄まじい勢いで海面に叩きつけられるのだが……

 

「……うそでしょ?何でまだ原型を留めているのよこれ……っ?!」

 

輝に殴らてた段階で、粉々になっていてもおかしくないはずの炭人形は、驚異的な勢いで海面に叩きつけられたにも関わらず、剛が言う様に原型を留めていたのである……

 

誰もがこの炭人形を見て警戒する中、なんと炭人形が突然ひとりでに立ち上がって見せたのである。それを見た剛達がより一層警戒心を高める中……

 

「やぁだぁ♪痛いじゃな~い♪壊れちゃう~♪…な~んてね♪ウフフ♪」

 

炭人形がそう言うと、炭人形の体表を覆っていた炭が見る見るうちに剥がれ落ちていく。やがて炭がその身体から全て剥がれ落ちると、そこには今まで剛達の猛攻を受けていたのがまるで嘘だったかの様な、無傷の飛行場姫が姿を見せるのであった……

 

あれだけの攻撃を加えたにも関わらず、無傷な飛行場姫を見て一同が驚愕している中、飛行場姫は妖艶な笑みを浮かべながら、余裕たっぷりに剛達に話し掛けて来る

 

「私が無事である事に大層驚いているようね……、まあ無理もないわよね……、あれだけ死力を尽くして放ったものが、ぜ~んぶ無駄に終わったんだからねぇ……」

 

「一体どうなってやがんだよ……っ!?」

 

飛行場姫の言葉を聞いたシゲが思わずそう呟くと、飛行場姫は浮かべた笑みを一切崩さず話を続ける

 

この時、剛は隙を見て通信機を操作し、戦治郎達に救援要請を出したのである

 

「ちょっとだけネタ晴らししてあげようかしら……?実は私、プロフェッサーとの取引でアリーとか言う奴が開発した兵器を、この身体の何処かに埋め込んでいるのよ」

 

飛行場姫が放った言葉を聞いた剛達は、驚愕の表情をより一層濃くしながらただただ硬直してしまう。そんな剛達の様子などお構いなしと言った様子で、飛行場姫は更に余裕を見せながら更に言葉を続ける

 

「何処に埋め込んでいるかまでは、流石に教えてあげられないけど……、効果くらいならいいわよね?どうせ貴方達は、ここで私の部下達に徹底的に体力と気力を削られて、最後は成すすべなく沈められる運命なのだからね……っ!!!」

 

彼女がそう言うと突如海面が盛り上がり、次々と彼女の部下であろう深海棲艦達が姿を現すのであった。飛行場姫が呼び出した増援を目にした剛達は、思わず苦々しい表情を浮かべながら飛行場姫を睨みつけるのであった

 

「さて、その兵器の効果なんだけど……、確か『翠緑』がどうこう言ってたわね……、それは触れたものの怪我を瞬く間に治しちゃう兵器らしいんだけど、私はそれを自分の身体に埋め込む事で、常時その効果を受けている状態になっているのよ。つ・ま・り♪私は貴方達からどれだけ攻撃されようと、その兵器のおかげですぐに負傷したところが治っちゃう、疑似的な不死身の身体を手に入れたって訳♪」

 

飛行場姫のこの言葉を聞いた剛達は、最早愕然とする事しか出来なくなっていた。『翠緑』と言えば悟の能力、触れたものを瞬時に治療してしまうあの能力の事しか考えられないのである

 

そしてここで、剛はある事を思い出す。剛達がトラック泊地防衛戦を展開している時に、突如として姿を現したアリーの言葉である。あの時アリーは、『ハデス』を作る際光太郎のデータも使ったと言っていたはず……。光太郎のシャイニングセイヴァー時の攻撃は、基本的に能力に依るものである……、それはつまり……

 

「アリーは……、光太郎達の武装だけでなく、悟の能力をもコピーした兵器を作り出したと言う事なのか……っ!?」

 

「あら?貴方達はこの兵器の効果に心当たりがあるのかしら?まあどうでもいい事よね、どうせ……」

 

剛の呟きを聞いた飛行場姫が、そう言いながら配下の深海棲艦達に攻撃開始の合図を送ろうと、立てた人差し指を天に向けながら右腕を掲げたその時だった、突然一筋の閃光が飛行場姫の右腕を飲み込むなり、消失させてしまったのである

 

「え……?……ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

突然消滅してしまった右腕を呆然と眺めた後、飛行場姫は襲い来る激痛に耐え切れず思わず絶叫し始める。一体何が起こったのか分からず、彼女の配下の深海棲艦達と共に剛達が動揺していると……

 

「あれま、威嚇射撃のつもりが腕に当たっちまった……」

 

「うっわ……、直撃したら消滅するのかよ……」

 

「そいつがより一層危険な代物である事が、今ので決定付けられてしまったな……。後でサラ達に報告しなければな……」

 

剛達の後方から、突如この様なやり取りが聞こえて来る。聞き覚えのある声達に思わず剛達が勢いよく振り返ると、そこには変な形をしたライフルの様な物を構えた戦治郎と、顔を真っ青にしながら表情を引き攣らせる光太郎、そして顎に握り拳を添えながらやたら渋い表情を浮かべる空の姿があった



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ミッドウェー陥落

「戦ちゃん達っ!?さっき呼んだばかりなのにもう来たのっ?!って言うか戦ちゃんのその顔はどうしたのっ!??」

 

余りにも早すぎる戦治郎達の到着と、戦治郎の顔に付いた大きな火傷痕に大いに驚きながら、剛は捲し立てる様にして戦治郎達に尋ねる

 

「顔の件はまあ大体これのせいだとして、移動についてはガタノトーアエクスプレスでシュシュっと参上っ!ってなっ!!」

 

そんな剛に対して、戦治郎はその手に持ったビームライフルを剛達に掲げて見せながら、冗談めかしてそう答えるのであった

 

「何ッスか……?そのクッソ物騒な名前の交通機関は……?」

 

「何だおめぇら、通信聞いてなかったのか?まあいいや……、取り敢えずあっち見てみ?」

 

「あっちって……ドゥエッ?!」

 

戦治郎の言葉を聞いた剛達が、言われた通りに揃って戦治郎が指し示す方角へ視線を向けると、そこには眷属であるロイガー族と共に元気一杯に暴れ回る巨大な邪神、ゾアの姿があった。それを視認したシゲが、驚きのあまり思わず奇声を上げてしまうのだった

 

「何だあのデカブツはあああぁぁぁーーーっ!?!」

 

「あれがアビス・コンダクターの連中が呼び出そうとしていた存在の正体だ、まあ奴らがあいつを召喚する前に翔がこちらに引き込んでくれたそうだがな」

 

「本名は邪神ガタノトーアで愛称はゾア、愛称の命名者は翔な。んで今日からあいつも海賊団の一員だから、皆仲良くしてやってくれよ~?今の見た目はウルトラ怪獣のガタノゾーアだが、普段はポケモンのオムナイトの姿してるし、ノリもいいし話せば分かってくれるいい奴だから、無駄に怖がるんじゃねぇぞ~?」

 

「先輩……、ちょっと何言ってるか分からないです……」

 

シゲに続いて輝が大声で疑問を口にし、その疑問に空が答えた後戦治郎が言葉を続けると、通が額に手を当てて困惑しながらこの様に返答するのであった……

 

こんな調子で、戦治郎達が和やかに話をしていると……

 

「痛いっ!!痛いいいいぃぃぃっ!!!何でっ!?どうして奴らの攻撃が通ってるのよっ!!?さっきのは一体何だと言うのよおおおぉぉぉーーーっ!??」

 

その空気を打ち砕かんとばかりに、飛行場姫が消失した腕を反対の腕で押さえながら絶叫する。そんな彼女の悲鳴を耳にした戦治郎は、彼女の方をしっかりと見据えながら

 

「っと、そういやこっちの状況聞いてなかったな……。剛さん、状況を説明してもらえます?」

 

「分かったわ、先ずはこちらの事情を戦ちゃん達に教えるから、後でそのライフルみたいなものの事を教えてもらえる?恐らくそれが、この戦いの勝利の鍵になりそうだからね」

 

戦治郎と剛はこの様なやり取りを交わし、情報交換を開始するのであった

 

「あいつにダメージが通らなかったってのは、そのアリーさんが開発した兵器のせいだったって訳か……。内容が悟の翠緑を常に受けている状態になるって事なら、マジでこいつが活躍してくれそうだな……」

 

「そうみたいね……、まさか相手に大ダメージを与えながらも、悟ちゃんの翠緑の効果を受け付けなくする効果がある兵器が開発されてたなんて……」

 

「この戦いが終わったら、こいつは開発者と妖精さん達の手によって厳重に封印するそうですよ。俺の顔の件でそいつの危険性が実証されましたし、何より飛行場姫の腕を吹っ飛ばしたのが決定打になりそうです」

 

「でしょうね……、戦ちゃんの話を聞いている限りだと、その子は荷電粒子砲に分類されると思うのよ……。そんな危険極まりない代物は、封印されても仕方ないと思うわ……」

 

「荷電粒子砲……、やべぇ……、ちょっと勿体n「戦ちゃん……?」サーセン!っとぉ、取り敢えずこいつは剛さんに預けておきますね。あいつアリーさんが関わった兵器を持ってるみたいですし……、回収するんですよね?その兵器を」

 

「ええそうね……、本当はその場で破壊するのが筋なんでしょうけど……」

 

「剛さんがやりたい様にやっていいんですよ、きっと誰も文句言わないと思いますし、言おうとしてたら俺が黙らせます。だから気にせんといて下さいな」

 

戦治郎と剛が情報交換を終えると、戦治郎は最後にそう言いながら剛にビーム砲改め、デュラハライト砲を手渡すと……

 

「さっておめぇら!さっきの話聞いてたなっ?!飛行場姫の相手は剛さんがやるって事だから、俺達は邪魔な雑魚の掃除と洒落込むぞっ!!!」

 

\応っ!!!/

 

剛以外のメンバーに雑魚の掃討を指示し、返事を聞き次第すぐさま行動に移る。そうしてしばらくすると、飛行場姫を取り囲んでいた深海棲艦達は戦治郎達に即座に始末され、あっという間に姿を消してしまう。そしてその場には隻腕となった飛行場姫が、たった一人残され、目に涙を浮かべガタガタと震えながらへたり込んでいたのであった。そんな彼女の視線は、剛の手に握られているデュラハライト砲にのみ注がれていた……

 

「あれだけ余裕を見せていたのに、自分に有効打を与える武器が登場しただけでこんな姿になるなんて……、ホント無様よねぇ……」

 

剛はそう呟きながら、ごく自然な動作でデュラハライト砲を片手で構えると、即座に彼女の左脚を撃ち抜く

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「悲鳴を上げてる暇があったら、何処にアリーの兵器を埋め込んだのかすぐに白状しなさい。こういう時は、すぐに吐いた方が楽になるわよ?」

 

激痛のあまり絶叫する飛行場姫に対して、剛は無表情でそう言い放ちながらすぐにデュラハライト砲の照準を彼女の右脚に合わせる。と、その時剛は恐怖のあまりガチガチと歯を打ち鳴らす彼女の口の中から、微かな異音を聞き取るのであった

 

それに気付いてからの剛の行動は早かった、剛は彼女の口を強引に開かせる為に飛行場姫の右脚にデュラハライト砲を撃ち込み……

 

「あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

彼女が再び絶叫するなり、その下顎を右手で掴んで口の開閉が出来ない様にする。それから剛は彼女の口の中を観察し、彼女の左下の奥歯のところに奇妙な機械が埋め込まれている事に気付くのだった

 

「これね……っ!」

 

剛はそう呟くなり、飛行場姫の口に中に左手を突っ込み、件の機械を人差し指と親指でつまむと……

 

「ふんっ!!!」

 

掛け声と共に件の機械を飛行場姫の歯茎から、勢いよく引き抜いてしまうのであった。そして剛は件の機械を懐に仕舞うと、機械を引く抜く際一旦腰に下げたデュラハライト砲を再び手にして……

 

「長門ちゃん達の為にも、貴女がプロフェッサーから購入した艦娘ちゃん達の為にも……、貴女はここで散りなさいっ!!!」

 

そう叫びながらデュラハライト砲の引き金を引き、飛行場姫の頭部を吹き飛ばしてしまうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛行場姫様の反応が消えました……」

 

ミッドウェー島にある飛行場姫の拠点の中にある司令室にて、オペレーターの深海棲艦の口から、拠点で指揮を執っていた中間棲姫に向けてこの様な報告がなされる。彼女は飛行場姫が出撃する際、飛行場姫からこの場を任されたのである。その時中間棲姫は何度も飛行場姫に出撃しない様頼み込んだのだが、彼女の願いは飛行場姫の「プロフェッサーから仕入れた兵器があるから大丈夫」の一言により一蹴され、飛行場姫は戦場へと飛び出して行ってしまったのである……

 

「あの怪しい機械の力を過信した結果ね……、だから私はあの時止めておけと言ったのに……」

 

報告を聞いた中間棲姫は、その時の事を思い出しながら瞳を閉じて深い溜息を吐く……

 

「中間棲姫様、このまま戦いを続けますか……?」

 

不意にオペレーターが、か細い声で中間棲姫に尋ねて来る。その声色と表情から、これ以上戦っていても無意味なのではないだろうか……?と言う彼女の気持ちが容易に読み取れた

 

これについては中間棲姫も完全に同意している、兵を出せば出す程犠牲だけが増え、一切状況が動く事が無いのである。それもこれも突然姿を現したあの巨大な化物のせいである……

 

化物が発艦した艦載機と言うには余りにも大きすぎる何かは、兵達を見つけ次第次々と喰い殺していき、それを逃れた兵達は化物が吐き出した黒い霧に包まれるなり絶命したり、口から発射された光線を浴びて石に変えられたかと思ったら即座に不思議な力で砕かれたり、巨大な爪や触手で豪快に叩き潰されたりと、兵達はただただ一方的に、あの巨大な化物に蹂躙されているのである……

 

司令室のディスプレイに現れたかと思えば即消えていく判別信号、艦載機から送られてくるのは兵達が凄惨な最期を遂げる瞬間の映像、司令室に絶え間なく響き渡る兵達の断末魔の叫び……。長時間こんな環境にいた中間棲姫達の心は、とっくの昔にポッキリと折れていたのである……

 

「……全軍に通達、我々はこの拠点を放棄し、撤退を開始する」

 

中間棲姫がオペレーターに向かってそう言うと、オペレーターはすぐに全軍に中間棲姫が撤退指示を出した事を伝え、中間棲姫は司令室にいる者達と共にすぐさま拠点から脱出するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む……っ!深海棲艦達が撤退を開始したぞっ!」

 

ズーイストライカーで空中戦を行っていた日向が、深海棲艦達の挙動を見るなり声を上げる

 

「拠点から出て来た奴らも、向こうに行っちゃってるね……」

 

「恐らくゾアには敵わないと判断したのだろうな……」

 

自分達から離れていく深海棲艦達の背中を見送りながら、皐月と長月が思い思いの言葉を口にする

 

「一応、これは私達の勝ちと言う事になるのかしら……?」

 

「何か納得いかないけど……、そうなるんでしょうね~……」

 

「あーもうっ!美味しいところ全部あのゾアってのに持ってかれちゃたー!」

 

皐月達の後方では、本来主力として活躍するはずであった加賀、蒼龍、飛龍がこの様なやり取りを交わし……

 

「凄い子が仲間になったみたいだね……」

 

「翔さンは一体どうやってあンなの仲間に引き込ンだって言うンだよ……?」

 

「ゾアは凄いっぽい!夕立も負けてられないっぽい!作戦が終わったら、早速空さんにお願いしてゾアみたいに強くなれる様に修行をつけてもらうっぽい!」

 

皐月達の隣では、時雨、江風、夕立の3人が勝利の咆哮を上げるゾアを眺めながら、この様な会話をするのであった

 

その後、剛が飛行場姫を討伐した事を通信で皆に伝え、それを聞いた長門がミッドウェー攻略作戦は成功したと宣言、これを以てミッドウェー攻略作戦は幕を閉じるのであった



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恒例行事 拠点物色

ミッドウェー攻略作戦を終わらせた戦治郎達は、島に上陸するなり集合して話し合いを開始するのであった

 

最初の議題となったのは、この島にある元飛行場姫の拠点の処遇についてである

 

長門達の当初の予定ではこの拠点は破壊するつもりだったのだが、戦治郎達……、正確にはゾアの介入により、図らずも無傷の拠点を手に入れる事に成功してしまったのだ。故にこの拠点をどうするべきかで話し合う事となったのである

 

話し合いが始まってすぐ、矢矧が当初の予定通り拠点を破壊すべきなのではないか?と提案するのだが、大多数から勿体なさ過ぎると言う理由で破壊案は即座に却下される。だが、ならばこの拠点をどう活かすのか?と尋ねられた際、皆が使い道を思いつかず一斉に黙り込んでしまった為、結局この拠点は取り敢えず日本海軍が接収し、後から使い道を考える方向で話が決まるのであった

 

拠点そのものの扱いについての話が保留になったところで、次の議題である拠点の中にある物資関係の所有権についての話し合いが始まろうとするのだが……

 

「なぁ、それまず中見てからにしねぇ?」

 

戦治郎のこの一言により一同は物資の状況を確認する為に、拠点把握能力を使った輝の案内の下拠点の中へと入って行く。そして目的地である資源保管庫に到着した戦治郎達は、2種類の異なる反応を見せるのであった

 

「な……、何だこの資源の量は……っ!!?軽く見繕っても各資源数千万……、いや、億以上ありそうじゃないか……っ!??」

 

「ちょっと待ってよ……、強硬派の深海棲艦達はこのくらい資源がないと艦隊を運用出来ないレベルの規模だって言うのっ?!」

 

この様に目の前に積まれた莫大な量の資源に圧倒され驚愕を露わにするのは、長門達日本海軍所属の艦娘達と欧州以降に海賊団に加入した艦娘達。そんな彼女達の傍らでは……

 

「そういやここは、補給拠点も兼ねてたんだっけか。だったらこの資源の量も納得だな。つか多分これ、ノルウェーのフレヤ島にあった補給拠点の備蓄量より多いんじゃね?」

 

「流石にこの量は持ち出せんな……、拠点は日本海軍が接収するという事だから、俺達は積める分だけもらって残りは日本海軍に譲るとするか」

 

欧州で補給拠点制圧に参加したメンバーが、暢気にこの様な会話をしていたのであった

 

そんな戦治郎と空の会話を聞いた長門はすぐさまその提案に待ったをかけ、話し合いに話し合いを重ねた結果、この尋常ではない量の資源は半分は日本海軍の物となり、残り半分は戦治郎達の物となるのであった

 

その後、戦治郎達は拠点内部の探索の為に1度解散し、各自自由に行動を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ~て、ここにはどんなお宝があるんッスかね~?」

 

「護ちゃんったら……、よっぽどゲーリュオーンが気に入ったみたいね~」

 

ニヤニヤしながらそんな事を呟く護に対して、剛が苦笑しながらそんな事を言うと、護は「そりゃあもうっ!」と力強く返答するのであった

 

戦治郎の口から自由行動が宣言された後、護はこの拠点にあるはずのアリーズウェポンを探す為に剛、不知火、瑞穂の3人と行動を共にする事を決めたのだ

 

この時護は、この拠点にアリーズウェポンがある事を確信していた。何故ならここの飛行場姫は、エデンの構成員であるプロフェッサ-と取引をしていたと公言しており、しかも悟の能力をコピーしたと言う特殊な兵器の取引をする様な関係だった様なのである

 

その様な間柄ならば、他のアリーズウェポンの取引もしているのではないかと護は予想したのである。そして護のこの予想は、見事に的中するのであった

 

護達がアリーズウェポンを見つけた場所、それは飛行場姫の私室と思わしき部屋にあった隠し部屋の中である。そこには初見の物から剛が既に保有している物まで、様々なアリーズウェポンが所狭しと飾られていた

 

「おほ^~、大漁じゃないッスか^~!!!」

 

隠し部屋の中に入るなり、護は歓喜の声を上げながら早速物色を開始する。そんな護の様子を見ていた剛達は、苦笑を浮かべながら護の後に続いて物色を開始するのであった

 

「これは……、マシンガンでしょうか……?」

 

物色を開始してしばらく時間が経過したところで、不意に瑞穂が声を上げる。その声を聞いた剛が瑞穂の下へ駆け寄り、件の銃を観察して彼女の疑問に答える

 

「それはサブマシンガンね、貫通力と射程はアサルトライフルには負けちゃうのよね~、……普通の奴だったらだけど……。アリーの事だからきっと、取り回し易さでキマイラと差別化を図ったんだと思うわ~。……気になるなら使ってみる?」

 

「いえ、何だか持て余してしまいそうなので遠慮しておきます。それに、瑞穂にはこれがありますので……」

 

剛の問いに対して、瑞穂はヘルハウンドコピーをチラつかせながらそう答える

 

「そう、分かったわ~。それじゃあこれは……、そうね~……、摩耶ちゃんにあげちゃおうかしら?あの子は戦闘中派手に動くから、取り回し易いこの子と相性がいいかもしれないしね♪」

 

瑞穂の返答を聞いた剛はそう言うと、『Medoūsa(メドゥーサ)』の名を冠するサブマシンガンを自身の艤装の中に仕舞い込む。この後摩耶の手に渡ったメドゥーサは、以降摩耶の良き相棒となるのであった

 

剛がメドゥーサを艤装の中に仕舞い込んだ直後、今度は護が突如奇声を上げながらある武器を構えて見せる

 

「ヒャッハーッ!汚物は消毒ッスよーっ!」

 

突然モヒカンごっこを始めた護の姿を見て、不知火と瑞穂はただただ困惑し、剛は護の手に握られた武器を見て思わず声を上げる

 

「それ火炎放射器じゃないっ!護ちゃんったら中々面白い物を見つけたわね~。実は拠点制圧とかやってる時、それがあったらな~って思う時が結構あったのよね~……」

 

「あ、もしかして剛さんコレ欲しかったりするんッス?だったら別に構わないッスよ~、正直これは自分のイメージに合わない気がするッスからね~……」

 

「あらいいの?だったら遠慮なくもらっちゃうわね♪ありがとね護ちゃん♪」

 

こうして剛の手持ち武器に『Minotaur(ミノタウロス)』の名を持つ火炎放射器が加わり、ミノタウロスは拠点制圧戦などで猛威を振るう事となるのであった

 

それからかなりの時間が経過し、部屋の中を調べ尽くした剛が護達に向かってそろそろ切り上げようかと提案しようとしたその時である、今度は不知火が金属製でやや大型のガンケースを手に剛の下に駆け寄って来たのである

 

「剛さん……、この様な物を見つけたのですが……」

 

「金属製のガンケースね……、ちょっと中を見させてもらうわね~」

 

剛はそう言いながら、不知火から手渡されたガンケースを開いて中身の確認を行う。するとそこには、1丁のアサルトライフルとそのオプションパーツと思わしきパーツが、ケース内に所狭しと詰められていたのであった

 

「これは……、システム・ウェポンね……」

 

「システム……、ウェポン……?」

 

「それは一体何なのでしょう……?」

 

聞き慣れない単語を耳にした不知火と瑞穂が、そう言いながら揃って首を傾げていると……

 

「キタ─wヘ√レvv~(゚∀゚)─wwヘ√レvv~─!!!」

 

突然護が絶叫しながらガンケースに飛びついて、かなり興奮しているのか鼻息を荒くしながらガンケースの中を観察し始める

 

「パーツを見る限り、アサルトライフル、PDW、スナイパーライフル、GPMG(汎用機関銃)への切り替えが可能で、更に銃身下部にグレポンやショットガンも付けられるみたいッスね~……。PDWモードにしてゲーリュオーンとセット運用するのも面白そうッスね~……、戦闘中の換装に関してはイワンとトビーに頑張ってもらえばいいかもッスね~……。あぁ^~、夢が広がるッス~」

 

ガンケースの中身の観察を終えた護が、恍惚とした表情を浮かべながらこんな事を言い出す。そんな護の姿を見ていた不知火と瑞穂は、ドン引きしながらも剛にシステム・ウェポンとは何なのか尋ねる

 

「システム・ウェポンって言うのはね、部品を組み換える事で複数の銃器の役割を1つの銃器で担える様にして、あらゆる戦況に臨機応変に対応するって概念の事なの。んで、あの銃はそれを実現出来る銃って事で、私はあの銃をシステム・ウェポンって呼んだのよ」

 

「なるほど……、実に興味深い話ですね……」

 

剛の解説を聞いた不知火は、そう言いながら顎に手を当て頻りに頷くのであった

 

その後、我に返った護の情熱的過ぎるおねだりによって、『Kentauros(ケンタウロス)』の名を持ったこの銃は護の物となるのであった

 

こうして新しい武器を手に入れた剛達は、この隠し部屋の中にある武器達が容易に誰かの手に渡らない様にする為に、部屋の入口を厳重に封印しこの場を後にしたのであった



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さり気無く戦車

飛行場姫の隠し部屋を後にした剛達は、ケンタウロスの分析に協力して欲しいと言う護の頼みを聞いて、この拠点にある工廠へと向かうのであった

 

「さてさて~、こいつをしっかり分析して、予備パーツを自作出来る様にするッスよ~」

 

「確かにそれが可能となれば、わざわざアリーさんの顧客となっている人達を探し出して、予備パーツを奪う手間が省けますね」

 

「アタシとしてはそっちの方が都合がいいんだけどね~……、まあパーツの消耗と供給が釣り合わなくなって、パーツを供給して修理出来る様になるまで使えませんなんて状況になったらお話にならないものね。これについては仕方が無い事だと割り切っておくわ~」

 

「アリーさんが作り出した兵器を回収する事も大事ですが、自分達の身を守る事はもっと大事ですからね……」

 

護達がこの様なやり取りを交わしながら工廠の中に足を踏み入れると、そこには戦治郎、シゲ、輝の3人が、とある兵器を目の前にしてウンウンと唸っている姿があった

 

「何やってるんッスか?3人揃ってこんなところでウンウン唸って……、トイレなら向こうッスよ?」

 

「護バッカおめぇちげぇしっ!何が悲しくてこんなところで野郎ばかり3人並んで糞せにゃならんのだっ!!!」

 

そんな3人の姿を見た護が不思議そうにそう尋ねると、戦治郎が怒りを露わにしながら反論するのであった

 

その後、落ち着いた戦治郎から話を聞くと、どうやら戦治郎達は目の前にある兵器をどうするべきかで悩んでいたそうだ

 

「長門達にこの拠点にも閃光迎撃神話を付けて欲しいって頼まれてな、数必要だから今からでも少しずつ作っておこうって思って工廠に来たら、中央にこいつがデンッ!ってあった訳よ」

 

「何だこりゃっ!?て思って調べてみたら、どうやらこいつはアリーさんが作った奴みたいで……」

 

「んで、今俺達が唸ってたのは剛さんにこいつ見せた後、こいつをどうするかって考えてたとこなんだわっ!」

 

戦治郎達から話を聞いた剛が、その目つきを鋭くして件の兵器を見据える。その視線の先には、1人の人間が運用するには余りにも大き過ぎる砲、140mmクラスの滑腔砲が取り付けられた戦車の砲塔が鎮座していたのであった

 

「……砲と砲塔だけ?車体とかなかったの?」

 

件の兵器を目にした剛が、怪訝そうな顔をしながら戦治郎に尋ねると……

 

「残念ながらそれしかありませんでした……、周りの状況から推測すると、恐らく飛行場姫はこいつを艤装に取り付けるつもりだったんじゃないかと思われます」

 

「そう……、ちょっと調べさせてもらうわね~」

 

戦治郎の返答を聞いた剛は、そう言ってこの戦車砲と砲塔を調べ始めるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「威力は間違いなくこれまでのアリーズ・ウェポンとは比較にならないものがあるみたいだけど……、これを実際に運用しようと思ったら、大五郎ちゃんくらいのサイズの艤装が必要ね」

 

「「「やっぱりか~……」」」

 

それからしばらく経った後、戦車砲と砲塔を調べ終えた剛の調査結果を聞くなり、戦治郎達はそう言いながらガックリと肩を落とす

 

「改造して小型化したり、砲だけを取り出して運用する事は出来ないのですか?」

 

「残念だけど、あの砲はライフリングもされてないただのおっきな筒だから、単体で運用する価値は無いわ~。この兵器の本体は砲塔の方で、こっちはとても厄介な事になってるわ~。砲弾の自動装填装置と弾倉、更には各種センサーとそれらを制御する電子制御システム用の装置がみっちり詰め込まれていて、これ以上小型化させる事が出来なくなっているのよ~……」

 

「電子制御の奴、自分も見せてもらったッスけど……、完全敗北ッス……、弾道ミサイルの制御プログラムがどれだけ手抜きだったかを、まざまざと見せつけられたッス……。アリーさんってマジで天才なんじゃないッスか……?これ自分がどう頑張っても、これ以上電子制御系を小さくするのは無理ッスよ……」

 

剛の言葉を聞いた不知火がふと思った事を口にすると、渋い顔をする剛と得意分野で敗北した事でショックを受けた護がこの様に答える

 

「それで、こいつはどうします?大五郎なら使えそうって事ですけど、個人的にはそれは無しでお願いしたいんですよね……。大五郎の装備については、飼い主である俺が何とかしてやりたいってのがあるので……」

 

「分かったわ~、けどそうなるとどうしようって話よね~……。このままだと誰も使えないし……、だからって壊すのは勿体ないのよね~……。ん~……、車体があったら戦車として拠点制圧戦の時使えると思うのだけど~……」

 

気を取り直した戦治郎と剛が、この砲塔をどうするかで話し合っている傍らで、シゲが独りで何かをブツブツと呟いていた。そして……

 

「砲塔……、車体……、戦車……、あっ!」

 

「ん?何か思いついたのか?」

 

シゲが何かを思いついたのか突然声を上げ、それに反応した輝がシゲに対してそう尋ねると……

 

「輝さん……、戦車とか欲しくないですか……?」

 

シゲは輝に対して、唐突にそんな事を尋ねて来るのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来たあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

シゲの意味深な発言からしばらく時間が経過した頃、工具を手にしたシゲが両腕を上げ、天を仰ぎながら叫ぶ。どうやらシゲはあの発言の後何かを作っていた様である

 

「シゲ……、これがお前が言う戦車なのか……?」

 

「ウッス!!」

 

輝がシゲが作り上げた戦車とやらの姿を見て、やや呆然としながらシゲにそう尋ねると、シゲは力強く頷きながら元気よく返答する。そしてその戦車とやらを見た戦治郎と護は……

 

「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!これ野バスじゃねぇかっ!!!」

 

「あっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃっ!!!確かに原作だと戦車扱いッスけどもぉっ!!!」

 

腹を抱えて大爆笑し始めるのであった

 

そう、シゲはあの発言の後、輝の艤装の中に収納されていたアフリカで購入したワンボックスカーとオーストラリアで購入したバス、そして件の砲塔を使ってメタルマックスと言うゲームに登場した『野バス』と言う戦車を作り出したのである

 

シゲはまずワンボックスカーを解体してそのパーツと資源を使用してバスの装甲を補強、そして駆動系に関してはとことんまでいじり倒してなんとダブルエンジン仕様に改造してしまったのである。しかも搭載するエンジンにも手を加え、ワンボックスカーとバスに搭載されていたエンジンを、自身が伊吹から購入したリュウセイに搭載されているエンジン、メテオドライブに作り変えてしまったのだ。その結果、シゲが作り出したこの野バスと呼ばれる戦車の積載量は、車体とエンジンの重量を差し引いても150tを超える事となるのであった。そしてそんな怪物染みたバスの天井の中央に、件の砲塔は取り付けられていた

 

「ホントは防弾タイヤとか履かせたかったんですけど、そんなモンここにはないですからね~……、っと取り敢えず車体の方はこれでOKとして……、マモッ!何時までも笑ってねぇで手伝えっ!!!」

 

今しがた出来上がった野バスを眺めていたシゲが、突然そんな事を言いながら笑い転げる護の首根っこを引っ掴んで移動し始める

 

「ファッ!?手伝えって、これ以上何するんッスか?!」

 

「CユニットだCユニットッ!!車体の制御用Cユニット作るんだよっ!!!そっちはお前の得意分野だろうがっ!!!」

 

突然の出来事に混乱護がシゲに尋ねると、シゲは護の身体を引き摺りながらそう答えるのだった

 

「ちょっ!?別にそんなの無くてもいいじゃないッスかっ!!!そんなの付けたら砲塔の電子制御システムと干渉して動きがチグハグになる可能性あるんッスよっ?!」

 

「だったらシステム同士を連動させりゃいいだけだっ!!!大丈夫マモなら出来るっ!!!」

 

「流石に無茶振りが過ぎるッスよおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

護の悲痛の叫びも空しく、結局護はシゲと共に野バスの車体制御用Cユニットを製作する事となり、野バスの所有者である輝の意見を取り入れて、迎撃補助能力を持つCユニット『ニューロPAC』を完成させ、『ニューロPAC』による車体制御と『Argos(アルゴス)』の名を持つ砲塔の電子制御システムを何とか連動させる事に成功するのだった

 

因みに、野バスはこの後更に手を加えられ、140mm滑腔砲1門の他に、スモールパッケージ3基、閃光迎撃神話1基で武装する事となったのだった




アルゴスの電子制御システムの性能は、メタルマックス2:リローデットに登場するCユニット『ダロス3000』☆3のフル改造相当と言う設定です。Cユニット特性のトリプルアタッカーも付いてます


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新たなる英雄の胎動

戦治郎達が長門に頼まれた閃光迎撃神話の量産を始めた傍らで、シゲが完成した野バス、件の砲塔から名前を引用して名付けられた『アルゴス号』のフロントバンパーにメタルブレード、車体の後方にアースチェインとロケットブースター、運転席にうさぎちゃんと安全おまもり、それと迷彩シールドGとオートエアコンと消火装置の操作用パネル、更に後部座席の殆どを取り払って業務用冷蔵庫とキャンプキット、診察台と医療キットEXを取り付けている頃、工廠にいない空は何をしていたかと言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空っ!荷物の積み込みが完了したぞっ!」

 

「承知した、ならこのままサラ達のところへ向かうぞ」

 

「分かったっ!では空と翔は我の背に乗ってくれっ!」

 

空はゾアの報告を聞くと、この様な指示を出して翔と共にゾアの背中に乗り込むのであった

 

護達が飛行場姫の隠し部屋を物色している頃から、空、翔、ゾアの2人と1柱はこれまで拠点にしていたウェーク島の拠点から、ミッドウェーの拠点に引っ越す為に拠点に設置したレーダーと閃光迎撃神話250基以外の荷物を回収していたのである

 

何故日本に近いウェーク島から、日本から遠のいてしまうミッドウェー島に拠点を移すのか……、それには2つの理由があった

 

1つは単純にミッドウェーの方が設備が整っていたり、資源が大量にあるからである

 

ミッドウェーの拠点はこの海域の本拠地なだけはあって、兵用の部屋1つ1つがウェーク島のものより広く、調度品などもワンランク上のものが置いてあったのである

 

他にも入渠施設や工廠などの設備も、あちらには無い様な機材もこちらには設置されていたりと、兎に角こちらの方が環境が格段に良いのである

 

そしてもう1つの理由、それはサラ達の事である

 

ミッドウェー攻略作戦終了後の話し合いの後、空は通信機を使ってサラに作戦が成功した事を伝えると同時に、彼女達に日本かこのミッドウェーの拠点に避難する事を勧めたのだ

 

だがサラは空の提案を断り、自分達はこのままホノルルに留まるつもりでいる事を空に伝えるのだった。それに対して空が、何故そうまでしてホノルルに留まろうとしているのかについて、サラに尋ねてみたところ……

 

「あの研究所の地下には、あのライフルと同じ様に開発されたものの封印された兵器達や、採用されなかった兵器達が眠っているんです。それらがもし悪意ある者の手に渡ってしまえば、きっと大変な事になってしまうのではないか……、そう考えた私達はこの地に留まって、封印された兵器達が勝手に持ち出されない様に守って行こうと決意したんです」

 

サラは決意の籠った声で、この様に返答するのであった。それを聞いた空が、この事を戦治郎に伝えたところ……

 

「だったら研究所の再建を手伝うかっ!んでその報酬はサラ達が持ってる技術の一部を、こっちに提供するって感じでどうよ?」

 

この戦治郎の鶴の一声で、海賊団はホノルルの兵器開発研究所の再建を手伝う事となり、先に述べたミッドウェーの拠点の居住性の良さとホノルルまでの距離の都合が突き刺さり、海賊団は拠点をウェーク島からミッドウェーに移す事となったのである

 

その後、戦治郎が引っ越しの件を海賊団全員に通達しようとしたところで、長門から閃光迎撃神話の量産設置の話を持ち掛けられ、戦治郎が長門とその打ち合わせをしている間に、空が戦治郎の代わりに引っ越しの件を通達、手伝ってくれる者を募集したところ……

 

「それなら我と翔がいれば事足りるなっ!」

 

『確かに……、荷物の積み込み作業はゾアの眷属の皆に手伝ってもらえばいいし、食品以外の荷物はゾアの殻の中に積み込めばいいし……、ホントに僕とゾアだけで何とかなりそうだね……』

 

ゾアのこの発言により、引っ越し作業は空、翔、ゾアの2人と1柱が担当する事となるのであった。因みに、ゾアの殻の中に食品関係が積めない理由は、単にゾアの殻の中が冷蔵や冷凍に対応していないからである。一応クーラーボックスなどを使えば、多少なれど食品も保存出来はするのだが……、そんな事は今は些末な問題である

 

それから空と翔はゾアの背に乗り、念動力を用いて跳躍力と推進力を強化したゾアの跳躍でウェーク島に向かい、引っ越し作業を開始するのであった

 

その際、ディープ・ワン達が持って来た食糧を仕分けしていた翔が、持って来られた食糧を見て……

 

「これは蛇肉……、こっちは野豚の肉……、僕が眠っている間、皆食糧関係で難儀したみたいですね……。本当に申し訳ないです……」

 

思わず謝罪の言葉を口にするのであった。尚、眠っている間の翔も食べ物関係で苦労させられた事を知っているゾアは、苦い表情を浮かべながらただただ閉口するのであった……

 

因みに、今回の件で翔だけに食糧の保管を任せるのは危険だと知った海賊団は、輝と太郎丸の艤装に手を加え、この2人の艤装でも食糧が保存出来る様にし、そちらにもある程度食糧を積み込む様になったそうだ

 

こうして引っ越しの荷物を回収した空達は、以前救援物資として確保していた食糧をサラ達に届ける為に、1度ホノルルの方へと跳躍するのだが、そこで空達は少々信じ難い光景を目の当たりにするのであった……

 

ホノルルのサンド島で空達が目にした光景、それはゾアの眷属達が研究員達と協力して、瓦礫の撤去作業を行っていると言うものだったのである

 

先ずはショゴス達が現場に入り積み重なったコンクリートや金属片を崩していき、それらをバケツリレーの要領で所定の場所まで運ぶディープ・ワン達と研究員達、ナイトゴーント達はと言うと、ショゴスが対応しきれない大きな瓦礫を、何処から持ち出したのかは不明だがワイヤーで吊るして所定の場所まで空輸して見せていたのである

 

「おかしいな……、我は眷属達にこんな命令を下した覚えがないのだが……?」

 

この光景を見たゾアが、そう呟きながら前脚(?)を組んで困惑していると……

 

「あっ!空さんっ!!」

 

不意に誰かから声を掛けられ、空達はほんの少し驚いた後声がした方角で視線を向ける。そんな空達の視線の先には、これまた何処から持って来たのか不明な、安全メットを頭に被ったサラが、こちらに向かって駆け寄って来る姿があった

 

「サラ……、これは一体……?」

 

ゾア同様この状況に困惑する空が、駆け寄って来たサラに預かっていたデュラハライト砲を返却しながら、この様に尋ねてみたところ……

 

「私達がこの場に留まると言う話は先程しましたよね?この決定は研究所の皆と話し合って決めた事なんですが……、その話し合いが終わったところで、眷属の皆さんが突然集まって話し合いの様な事を始めて、それが終わったところで眷属の皆さんが私達に協力を申し出てくれたんです。ボディーランゲージで」

 

「なるほど……、サラ達の話を聞いて感化されたディープ・ワン達が中心となって、他の眷属達を説得してみせた様だな……。ディープ・ワンの精神的価値観は人間と同じだから、こうなる可能性も十分有り得た訳だ……」

 

サラの言葉を聞いたゾアは、納得した様にウンウンと頷きながら、その様な事を口にするのであった

 

その後、空がウェーク島から持って来た救援物資をディープ・ワン達に運ばせながら、海賊団が研究所の再建を手伝う方針でいる事をサラに伝えると、サラは流石にそこまでしてもらう訳には……、と申し出を断ろうとする。しかし……

 

「そう言わずに手伝わせてくれ、戦治郎は報酬云々と言っていたが……」

 

空がそう言って食い下がりながら、とある場所へと視線を向ける……

 

そこには今回の騒動のせいで命を落としてしまった、サラの部下である研究員達の墓がいくつも建てられていた。そう、瓦礫撤去作業を行っているゾアの眷属達が、作業中に発見した研究員達の遺体をここに運んでくれたのである

 

「俺達がもっとうまく立ち回っていれば、これほどまでの犠牲を出さずに済むはずだった……、この墓の下に眠っている者達は、俺達の不手際のせいでこうなってしまったんだ……。だから俺達はその事に対しての謝罪と、新たなる旅立ちに対しての餞の意味を込めて、再建に協力したいんだ……」

 

空がサラの方へと向き直りながらそう言うと、サラは少しだけ困った様な表情を浮かべた後……

 

「……分かりました、そう言う事ならばその申し出を受けましょう」

 

その表情を引き締めながらこの様に返答し、空はサラの言葉を聞くなり有難いと言いながら、サラに対して深々とお辞儀をして見せるのであった

 

それからしばらくして、救援物資を降ろし終えた空達がミッドウェーに帰還しようとした時である、不意にサラが空に声を掛け呼び止める

 

「そう言えば研究所が襲撃された時に助けてくれた事に対してのお礼と、救援物資に対してのお礼がまだでしたね」

 

サラはそう言って胸ポケットからある物を取り出し、それを空に手渡してくるのであった

 

「これは……?」

 

「それは私達の研究所で妖精さん達と協力して開発した、超極薄型のパワードスーツが格納されているブレスレットです。対深海棲艦用に開発された物なのですが、防御面に不安があり過ぎると言う理由で不採用になってしまったんです」

 

突然手渡された物を眺めながら困惑する空に対して、サラはそう言って先程空に手渡した物の説明を開始する

 

「超極薄型と言われる通り、このパワードスーツは全身タイツの様に薄く、装甲なんて物は一切付いていません。ですが装甲が付いていない分恐ろしい程に軽く、装甲同士が干渉したりしないおかげで非常に動き易くなっています。更にこのパワードスーツには、装着者の筋力を大幅に増幅すると同時に、装着者の肉体的負担を大幅に軽減させるパワーアシスト機能が搭載されているんです」

 

「ほう……、つまりこれはパワーアシスト機能をフル活用して、相手の攻撃を回避する事に特化したパワードスーツと言う事なんだな……?」

 

サラの説明を聞いた空が、突如目を輝かせ始め、サラに対してこの様な質問をする

 

「はい、他にも頭部に装着するフルフェイスタイプのヘルメットには、ガスマスクの機能と各種センサー類を搭載しているので、あらゆる環境に対応して行動出来る様になっていますね」

 

「それだけの機能がありながら没になったのは、これを使いこなせる人間が碌にいなかったから、と言ったところか?」

 

「はい……、いくらパワーアシスト機能や優秀なセンサーがあっても、発射された砲弾に反応出来る人が殆どいなくて……」

 

空とサラがこの様なやり取りを交わすと、サラはその表情を曇らせてしまう。恐らく微妙な品だと思っている物を渡している事に、少々罪悪感を感じているのだろう……。そんなサラの反応を見た空は

 

「なるほどな……、ならば有難くもらっていこう。まさかこれほどまでに俺にうってつけの装備があるとはな……、本当にサラには感謝しなくてはな」

 

「えっ!?」

 

そう言いながら、先程サラから渡されたブレスレットを自身の右腕に装着し、サラを驚かせるのであった

 

「こいつがあれば、俺は本当の自分の力を十全に発揮して戦えるかもしれない……、そう考えると……、胸が熱くなるな……っ!」

 

「えっと……、それは一体どう言う……?」

 

空の言葉に対して疑問を口にするサラ、そんなサラに空は生まれた時から自身に付けられた枷、身体と思考のリミッターが外れたままになる脳障害を自身が患っている事を話し、サラを驚愕させるのであった

 

その後、空は改めてサラに感謝の言葉を述べ、翔達と共にホノルルのサンド島を後にして、ミッドウェーの拠点へと帰還するのであった。尚、空はこのブレスレットに格納されているパワードスーツの存在を、誰にも知られないよう秘匿するように翔とゾアに頼み込むのだった。恐らく戦治郎を拗ねさせない様にする為であろう……

 

この出来事が、後に深海棲艦との戦争によって治安が悪化した日本に蔓延る悪党達を震撼させる白銀のヒーロー、『クロム・ドラゴン』誕生のきっかけとなるのであった……



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大和の独白 ~桂島提督の野望~

「ふんふんふ~ん、ふんふんふ~ん、ふんふんふ~ん、ふんふんふんふんふ~ん♪」

 

空達がホノルルで救援物資の荷下ろしをしている頃、戦治郎は某果物ライダーの挿入歌を鼻歌で口ずさみながら、上機嫌で独りミッドウェー島の浜辺を散歩していた

 

長門の依頼で閃光迎撃神話を単独で50基、アルゴス号の最終調整を終えたシゲが加わってから更に150基、ケンタウロスの分析を完了させた護が加わってからは一気に300基、合計500基の閃光迎撃神話を作り上げた戦治郎は、区切りがいいからと言ってここで休憩に入ったのである

 

因みにこの作業中、戦治郎はふと思い立って鬼神紅帝・帝之型を使用してみたところ、自身だけでなく作業を手伝っていたシゲと護にも効果があった事を知り、この能力の現時点での本当の効果を把握するのであった。故に戦治郎は今、とっても機嫌がいいのである

 

「これだけでもかなり強力な能力なのに、背中の奴見る限りだとまだ何かありそうなんだよな~……。残りは一体どんな感じなんかな~?おっちゃんマジで期待しちゃうっ!!!」

 

戦治郎はそう言いながら軽い足取りで散歩を続けていると、ふと視界に浜辺に座り込む1つの人影を発見するのであった

 

「う~?こんなところで独りで座り込んでるとか、何かあったんかな~?おっちゃん今機嫌いいから、何でも相談乗っちゃうぞ~♪」

 

戦治郎はそんな事を口走りながら、目を凝らしてその人影を注視する。そしてその人物が誰であるかに気付くと……

 

(おおおおおおちおちおちおちちつつけけけ……、おちおちおちけつ・・・・・、じゃなくって落ち着け俺……、まだあわてるような時間じゃない……。そう……、まだあわあわあわわわわわ……)

 

その人物、憂鬱そうな表情を浮かべながら浜辺に座り込んで、じっと海の方を見つめる大和に背を向け、内心で激しく動揺しまくるのであった……

 

それからしばらくして、ようやく落ち着いた非童貞ピュアピュアおじさんは、まだ多少の緊張を残しながらも、決死の覚悟を決めて大和に話し掛けるのであった

 

「よ、よう大和、こんなとこで何してんだ?」

 

「あ……、ど、どうも……」

 

戦治郎に話し掛けらてた大和は、戦治郎の方へ視線を向けるなり驚きの表情を浮かべながらも、余所余所しい感じで返事をする。大和が戦治郎に対してこの様な反応を見せたのは、恐らく初対面の時の戦治郎の様子が原因なのだろう……

 

それからしばらくの間、2人は無言で互いに見つめ合っていたのだが、不意に大和が視線を逸らし、 憂いに満ちた表情を浮かべながら再び海を眺めるのであった

 

そんな大和の表情から深い悲しみと怒り、そして絶望感を感じ取った戦治郎は、今までの緊張がまるで嘘だったかの様に落ち着いて……

 

「隣、いいか?」

 

「え?あ、はい……」

 

大和に向かって隣に座っていいか確認を取り、大和の返答を聞くなり大和の隣にドカリと胡座をかいて座り込むのであった

 

「それで、そんな時化たツラしてどうしたんだ?作戦は成功したんだから、ここは笑ったりして喜びの表情を浮かべるべきなんじゃないか?」

 

「それは……、その……」

 

それから戦治郎は大和に向かってこの様な事を言うのだが、大和は戦治郎の言葉を聞くなりその表情の理由を言い淀み、俯いてしまうのだった

 

「……ここには噂の糞野郎はいないんだ、安心して溜まってるモン吐き出していいんだぜ?」

 

「……糞野郎と言うのは、大和達の提督の事でしょうか……?」

 

そんな大和に対して戦治郎がそう言うと、大和は少し驚いた後戦治郎に向かってこの様に問う。そして大和の問いに戦治郎が頷き、天龍達から事情を聞いている事を話すと、大和はポツリ、ポツリと言葉を発し始めるのであった

 

その内容はやはりと言うべきか、桂島泊地の現状についてであった……。まるで奴隷の様にこき使われる軽巡艦娘と駆逐艦娘、そんな彼女達が集めた資源や資材は不正な横流しによって売り払われ、更には酷使され心身共に消耗し切った艦娘達も、完全に人権を無視した人身売買によって金に換えられる……

 

それだけでは飽き足らず、戦闘に参加する艦娘達も、まるで消耗品の様に使い捨てられている。彼女達の命は金ではなく戦果に換えられているのである……

 

大和はそんな現状を何とかしたい、桂島の提督の魔の手から彼女達を救いたいと、常日頃から思っている、思っているのだが……

 

「大和と大鳳さんは鳳翔さんを人質に取られ、もし大和達が変な事をしたら、鳳翔さんを手にかけると脅されて、大和達はあの男の言いなりになっているのです……。大和はそんな自分が情けなくて……、無力な自分が恨めしくて仕方が無いんです……」

 

「なるほどな……」

 

大和の独白に対して、戦治郎は1度相槌を打つ。そして大和の独白はまだ続くのであった

 

「仮に鳳翔さんの事が無かったとしても、大和は行動を起こせないと思います……。あの男は泊地の憲兵だけでなく、高官含む陸軍の兵の7割と通信士までもを、汚い方法で集めた金で買収し、いかなる時でも自分のところに情報が来る様にすると同時に、自身の悪事を隠蔽する様に工作しているんです……」

 

「天龍達の通報は、そいつの傘下にいる通信士に握り潰された挙句、件の通信士が天龍達が通報した事実をその糞野郎に通達していたって訳か……」

 

大和の言葉を聞いた戦治郎がそう呟くと、大和は戦治郎の呟きを肯定する様に1度頷いて見せる

 

「つか今サラッと恐ろしい事言わなかったか?陸軍の7割を買収?そいつは一体何を企んでいるんだ……?」

 

「それは……、あの男が大本営の現体制に対して、反乱を起こそうとしているんです……」

 

「はぁっ!?」

 

戦治郎の疑問に対しての大和の答えを聞いて、戦治郎は思わず声を荒げてしまう

 

「天龍さん達から話を聞いているなら知っていると思いますが、あの男はプロフェッサーと呼ばれる泊地棲姫の転生個体と取引をして、深海棲艦達の情報と戦治郎さん達がアリーズ・ウェポンと呼んでいる武器類を大量に購入し、自身が買収した陸軍の兵達に支給しているんです……」

 

大和の言葉を聞いた戦治郎は、思わず言葉を失ってしまう……。当然の事だろう、これはつまり剛が最も危惧していた事態を、桂島の提督は実行しようとしている事に他ならないからである……

 

「今回の作戦も、あの男の中では失敗に終わると思われていた様です……」

 

大和はそう言いながら、自身が現在身に付けているペンダントと思わしき物を戦治郎に掲げて見せた。それを見た戦治郎は、長門の話を聞いていたおかげで予想出来ていたので、大して驚きはせず、その表情を顰めるだけに留まるのであった

 

大和が戦治郎に見せたそれは、紛れもなくアビス・コンダクターの狂信者達が持っていた、あの禍々しいロザリオだったのである

 

「あの男はこれを大和だけに持たせ、戦闘が始まったらある程度被弾してから大和だけ戦線を離脱し、泊地に戻って来る様にと指示してきました……。恐らく大和を反乱の引き金にする為に……、無謀な作戦を敢行し、無駄な命を散らさせた大本営の現体制と言う国民の敵をでっち上げる為に……。あの男が強引な手法で戦果を挙げ、自身の地位を築き上げ、マスコミを味方に付けた理由は、反乱の際国民を味方に付ける為だったんです……」

 

「その男は、そこまでして何を得ようとしてんだよ……?」

 

大和の言葉を聞いた戦治郎が、ついそんな事を零すと……

 

「……世界です、あの男は日本制圧を足掛かりにして、深海棲艦との戦争で混乱している世界を我が物にしようとしているんです……」

 

「oh……、それはちょっちおっちゃん予想外だったわ……」

 

戦治郎の呟きに対しての大和の答えを聞くと、戦治郎は頭を抱えながらそう呟くのであった……



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大和の苦悩と鬼一文字

「つかよぉ、そいつは何処見て行動起こしてんだ?どう考えても世界征服より、深海棲艦をどうにかする方が優先順位上だろ?それなのに混乱に乗じて世界征服って……、頭おかしいんじゃねぇか?」

 

大和の話を聞いて頭を抱えた戦治郎が、気を取り直してこの様な事を口にすると

 

「あの男の中では、その順位が逆転している様なんです……。世界征服を達成した後、各国の軍隊を全て大日本帝国軍に引き入れ、情報伝達の効率化の為に情報系統を一本化し、優秀な人材を厳選した後自身の手元に置き、全権をあの男が握る新しい大日本帝国軍を築き上げ、転生個体も純正個体も、強硬派も穏健派も全てひっくるめて、深海棲艦をこの世界から根絶やしにする……。それがあの男の野望なんです……」

 

大和はその表情を曇らせながら、戦治郎の問いに対してこの様に答えるのだった……

 

「いやいやいや……、待って?ちょっち待って?それ単純に同盟組むとかでよくね?各国で軍管理した方が、そいつの負担軽くなるよね?つか戦力を一点に集め過ぎたら、相手から集中攻撃されね?軍関係者だけでなく、国民にまで甚大な被害及ばねぇ?」

 

「あの男は自分以外の人間を一切信じていません……、それどころか自分以外の人間を見下している節までありますから……。他人に任せるより自分がやった方が間違いない、自力で事を成す事も出来ず、他人に頼る様な無能は不要だと……、あの男は私の前でハッキリとそう言い切った事があるんです……。そんな考えであるが故に、自身が組織した強硬派の関係者も、自分の部下である艦娘も、買収した陸軍の方々や国民、更には取引を行っているプロフェッサーという方も、あの男にとっては自分にとって都合がいい道具でしかないんです……。深海棲艦を根絶やしにする為の……、只の道具に過ぎないんです……」

 

大和の言葉を聞いた戦治郎が、まるで意味が分からないと言った風の表情を浮かべながら大和に尋ねると、大和はその表情を更に暗いものにしながら、そう答えるのであった……

 

「深海棲艦滅ぼすのが第一で、人命は二の次三の次って……。つか、国民まで道具って……。ん……?まさか戦力を一点に集めて相手に狙わせるってのは……」

 

「それは……、広い海を駆け回って相手を探すよりも、戦力を日本に集める事で深海棲艦達に日本を狙う様に仕向け、相手を誘き出してから叩いていく方が無駄な時間をカット出来ると言う狙いがある事と、深海棲艦の攻撃によって家族や友人を失った国民の憎悪や怒りを利用して、志願兵を効率よく集める事が出来るからだそうです……。仮に適性が無い人物だったとしても、アリーズ・ウェポンを握らせれば戦力として数えられる様になりますからね……。そして国内からの志願兵が減った場合、今度は国外、制圧した国の住民達を徴兵し兵に仕立て上げる……、それが世界征服の狙いの1つになっています……」

 

戦治郎が大和の話を聞いた際、ふと頭に過った事について尋ねようとすると、大和はその目に涙を湛え始めながら、この様な言葉を口にするのであった……。そんな大和の姿を見た戦治郎は、自身の心に、左目に、そして背中に燃え盛る炎の様な、熱い何かを感じるのであった……

 

「どうして……、こんな事になってしまったのでしょう……?」

 

不意に大和が声を震わせながら、力なくそう呟く……

 

「大和はただ……、深海棲艦達から国民を……、人類を守りたかっただけなのに……、どうして……、こんな事態に巻き込まれてしまったのでしょうか……?元帥から賜った【国士無双】の二つ名も……、今の大和には……、余りにも重過ぎます……。あの男の言いなりになり……、泊地の仲間達の事も助けられず……、何が【国士無双】なのでしょうか……?」

 

大和は溢れ出してしまいそうな感情を、理性で無理矢理抑え込みながら、この様に言葉を続ける……

 

戦治郎はそんな大和の言葉を隣で静かに聞いていたのだが、言葉を発する度にその表情を絶望の色に染めていく大和の姿を見ていたら、遂に堪えられなくなってしまい、戦治郎は大和の前に回り込むなり彼女の事を優しく抱きしめ、その頭をまるで硝子細工でも扱う様な繊細なタッチで、撫で始めるのであった

 

「大和……、さっきも言ったがここには今は俺とお前しかいねぇんだ……、誰も聞き耳なんざ立てちゃいねぇし、馬鹿にする奴もここにはいねぇんだ……。だから無理して自分の気持ちを抑え込まなくていい、泣きたけりゃ泣いていい、何かをぶちまけたいならぶちまけていいんだ。それを全部俺が受け止めてやる、今のお前は自由なんだ、自由とはそう言うものなんだ……」

 

戦治郎が大和の頭を撫でながら、慈愛に満ちた声色でそう言うと、大和はその言葉を合図にでもしたかの様に、堰を切ったかの様に大声で泣き始めるのであった。提督がプロフェッサーと関りがある事を知った際、罰として無理矢理純潔を奪われた時でさえ、涙を流す事が無かった【国士無双】の二つ名を持つ大和が、この日この時この場所で、戦治郎に縋りつく様に抱き着いて、まるで赤子の様に泣きじゃくるのだった

 

そんな大和の事を慈愛溢れる表情で見守っていた戦治郎だが、その心の中は先程以上に怒りの炎が熱く激しく燃え滾っていた。自身が嫁艦認定している大和を、ここまで思い詰めさせた桂島の提督が、兎に角憎くて憎くて仕方が無かったのだ。戦治郎はその感情を抑え込みながら、大和の事を労う様に、慰める様に優しく撫でていたのだが……

 

「……っ!?!」

 

不意に背中に走ったジクジクとした火傷の様な激しい痛みに、刹那の間ではあるが思わずその表情を歪ませる

 

それに勘付いたのか、大和が顔を上げて不思議そうな表情を浮かべながら、戦治郎の表情を窺ってくるのだが、戦治郎は痛みを堪えながらも大和に向かって優しい笑みを返すのであった

 

この時の戦治郎は気付いていなかった……、自身の背中に痛みが走った時、背中の三角形の印の頂点に位置する円の中に、『鬼』の文字が刻まれた事に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく時間が経ち……

 

「お見苦しいところをお見せして、本当に申し訳ございません……」

 

ようやく落ち着いた大和が、ほんの少し気恥ずかしそうにしながら、戦治郎に向かって謝罪の言葉を述べる

 

「誰だって泣きたくなる時はあるもんだから気にすんな、むしろ泣きたくなった時はいつでも頼ってくれていいぞ?そん時も今回みたいに、全部俺が受け止めてやんよ!」

 

そんな大和に対して、戦治郎は冗談めかしながらこの様に返すのであった。その様子を見た大和は、思わずクスリと笑みを零し……

 

「最初に見た時はガチガチに緊張してとても頼りない、変な人だと思っていましたが……、本当はそんな事ない、とても頼れる方だったんですね。海賊団の皆さんが戦治郎さんを慕って、付いて行く理由が分かった様な気がします」

 

この様な事を口にするのであった

 

「お、おう……、そうか……」

 

それを聞いた戦治郎は、面と向かって変な人だと言われた事に軽くショックを受けながらも、苦笑いを浮かべながらこの様に返答するのであった

 

その後戦治郎は立ち直った大和を連れて工廠へ向かい、輝達と共に明日実行予定の閃光迎撃神話500基の設置作業の準備をすると、その日の作業の終了宣言を行って食堂へと向かうのだった

 

因みに、この日の夕食は翔とゾアが担当し、久し振りの翔の料理を心待ちにする一同は、厨房内を慌ただしく飛び交う食材や、空を飛び自ら食卓に並ぶ料理と言う、極めて珍妙なサムシングを目撃する事となるのであった



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めっちゃ護られる鳳翔さん

久方振りの翔の料理を堪能した一同は僅かな食休みを挟んだ後、戦治郎の呼び掛けに応じて会議室に集まっていた

 

そこで戦治郎が大和の許可を得てから、自身が大和から聞いた話を皆に聞かせ……

 

「それじゃあ皆~、桂島の提督をボコってもいいかな~?」

 

この場に集まった者達に向かって、この様に尋ねてから皆の返答が良く聞こえる様にと、自身の耳に手を当てて返答を待つと……

 

「いや、流石にそこまで行くと殺しても問題ねぇんじゃねぇか?」

 

「ついでだ、そいつの親族にもその責任を負ってもらおう」

 

「そいつとそいつの実家及び親族の住居を区画ごと滅ぼすつもりなら、我に任せるがよいっ!!!すぐにでもその地を死の大地に変えてみせるぞっ!!!」

 

「ゾア~、そん時は自分も混ぜてもらうッスよ~。ゼウスサンダーの本気って奴を見せるいい機会ッスからね~」

 

「いっそ今から出向いてそっちを先に焼き尽くしてから、ホノルルの再建やった方がいいんじゃないです?」

 

やたら殺る気に満ち溢れた返答が返って来て、思わず戦治郎はドン引きする……

 

「おめぇら……、気持ちは分かるけど殺気立ち過ぎぃっ!!!いや、俺もそうしたいのは山々なんよ?けどそれを衝動に駆られてやっちまったら、俺達はお仕舞いな気がするんだわ。桂島の提督には、ちゃんと生きてその罪を償ってもらわねぇといけねぇと俺は思うんよ、だからここはちょっち堪えて?ね?これおっちゃんのお願い……」

 

「いや、多分軍法会議に出すまでもないと思うよ?多門丸もこれは国家反逆罪だって、極刑だって言ってるよ?」

 

「まさか現在の国防の要である私達を犠牲にして、世界征服などと言う絵空事を企むなんて……、流石に頭にきました……」

 

「プロフェッサーだかプロセッサーだかと組んでいるからって、それだけでそんな事が可能だと思ってるの?だったらそいつは相当な馬鹿なんじゃないかな?」

 

戦治郎がこう言って殺意MAXな海賊団の面々を宥めていると、今度は目が全く笑っていない飛龍、加賀、蒼龍の空母トリオが物騒な物言いをし、それを聞いた戦治郎と彼女達の指揮艦である長門が、同時に頭を抱えてしまう

 

「確かに皆が桂島の提督に殺意を抱くのは分かる、だが冷静になって考えてくれ。あちらには今、人質となっている艦娘達がいるんだ、私達が今すぐに桂島に仕掛けた場合、誰が人質の命を保障してくれるんだ?」

 

「それだけではない、世界征服などと言う事を企んでいる男の手札が、泊地の艦娘とアリーズ・ウェポンで武装した陸軍の兵だけだとは考えにくい……。恐らくまだ何かを隠し持っているのではないか?」

 

空母トリオの気迫に気圧されて、思わず黙り込んでしまった戦治郎に助け船を出す様に、日向がこの様な発言をし、日向の発言を聞いて気を取り直した長門がこの様な言葉で続き

 

「そういやぁよぉ、確か飛行場姫は俺の能力を模倣した兵器ってのを使ってたとか言ってたよなぁ?それの入手経路はプロフェッサーだったかぁ?んでよぉ、桂島の提督もプロフェッサーとつるんでるらしいじゃねぇかよぉ……。最悪、量産された俺の能力のバッタモンが、そいつの手に渡っている可能性って奴も十分考えられるんじゃねぇかぁ?」

 

長門の話を聞いた悟が、桂島の提督が飛行場姫が持っていた兵器と同じ物を所有しているかもしれないと言う可能性について指摘する。と、その時である

 

「戦治郎さん、ここにプロジェクターの様な物はあるのでしょうか?」

 

不意に大和が戦治郎に対して、プロジェクターの有無について尋ねて来るのであった。それを聞いた戦治郎がすぐさまプロジェクターを準備すると、大和はプロジェクターの上に懐から取り出した1枚の何かの書類を乗せ、プロジェクターを起動してその書類に書かれた文章をスクリーンに拡大しながら映し出し、それを見た者達全員を驚愕させるのであった

 

その書類の中央には大き目の文字で【強化クローン製造計画】と書かれ、書類の隅の方にはアリー=稲田の名前が記されていたのである……

 

それを目にした途端、剛が目の前の机を殴って叩き割り……

 

「戦争の為ならば命を冒涜する事すら厭わないと言う気かっ!!!見損なったぞっ!!!アリイイイィィィーーーーーッ!!!!!」

 

荒れ狂う激情に身を委ね、鬼の様な形相を浮かべながら絶叫するのであった。その声量は凄まじいもので、剛の隣に座っていた不知火と瑞穂を、声だけで椅子から転げ落としてしまう程であった……

 

その後、剛が何とか落ち着いたところで、大和がこの書類について話し始める

 

「これはあの男とプロフェッサーが繋がっている事に、大和が気付く切っ掛けとなった書類の表紙のコピーです。大和がいつもの様に執務室に入った時、この書類があの男の執務机の上に投げ置かれていていたんです。大和はつい興味本位でこの書類を手に取ったのですが、直後にあの男が執務室に近付いて来る気配を感じて、大和は思わずこの書類を懐に仕舞って、執務が終わった後そのまま持ち出してしまったんです……」

 

その後大和は自室でこの書類に目を通し、この書類の内容が如何に危険な物であるかを知ると、大和はこの書類を桂島の提督を告発する為の証拠にしようと思い立つのであった

 

そしてこの書類に関する事を書類の提供者が提督に尋ね、提督が書類の存在に気付く前に書類をコピーして原稿を元の場所へ戻そうと考えた大和が、コピーが完了した表紙を1枚だけ懐に仕舞ったところで、大和は書類の存在に気付いた提督に捕まり、罰としてその純潔を散らされてしまったそうだ……

 

「あの男が優秀な人材を集めようとしているのは、恐らくこれが関わっているのではないかと思われます……」

 

「クローンを作る機材はプロフェッサーから購入して、大和さんや長門さんみたいに優秀な艦娘のクローンで捨て艦戦法やったり、サラさんみたいな若くて優秀な技術者のクローンを、オリジナルに何かあった時の予備として準備しておくってところか……。いくら何でも他人の命を軽く見過ぎだろ……」

 

「ねぇ戦治郎、やっぱこいつ私達で仕留めた方が良くない?」

 

大和の言葉を聞いた光太郎が、怒りでその身を震わせながら自身の推論を口にし、それに続くようにして、再び飛龍が慈悲の無い発言をするのであった

 

「えぇい落ち着けぇいっ!!!さっき日向が言っただろっ!?あっちには人質がいるってっ!!!」

 

飛龍の発言に多くの者が同意する中で、戦治郎がやや苛立ちながらそう言うと……

 

「あの~……、1つ確認したい事があるんですけど~……」

 

不意に翔がオズオズと挙手しながら、この様な言葉を口にする。そんな翔に戦治郎が発言の許可を出すと、翔は一礼した後大和へ視線を送りながら、この様な事を尋ねる

 

「確か、桂島泊地には鳳翔さんがいらっしゃるんですよね?」

 

「ええそうよ、大和と大鳳はあの男に鳳翔を人質に取られて、言いなりになっていたのよ」

 

翔が大和に向かって質問したところ、鳳翔の事を心配して表情を曇らせる大和の代わりに、矢矧が翔の質問に対してこの様に答える。すると翔は大きく頷いた後、驚くべき事を言い出すのだった

 

「だったら人質の事は心配しなくて良さそうですね、ですので僕達は泊地襲撃の準備を急いだ方が良いと思います」

 

「Hey 翔!!!その根拠は一体何処から来るんだい?是非おっちゃんに教えて欲しいんだけどぉ?」

 

翔は何と人質を無視して攻め込むべきだと言い出したのである、それに対してすかさす戦治郎がその理由を尋ねると……

 

「今の鳳翔さんの傍には、問題解決に協力してくれたお礼として、旧神のリーダー格であるクタニドさんと、鳳翔さんに懐いちゃったクティーラちゃん、そしてクティーラちゃんのお世話係のダゴンさん夫妻が付いてくれているんです」

 

「ごめん翔……、ちょっと何言ってるか分からないです……」

 

「あの……、翔さん……?翔さんが言う問題と言うのは一体何の事ですか……?それと鳳翔さんはその出来事に関わっているのですか……?」

 

翔の発言のせいで会議室の中が大混乱に陥る中、戦治郎と大和が何とか気力を振り絞って翔に尋ねると、翔はケロッとした態度でこの様に答えるのだった

 

「僕と鳳翔さんが巻き込まれた問題、それは長い間戦争を続ける人類と深海棲艦に対して、ゾアのお父さんでありルルイエの支配者でもあるクトゥルフさんが、怒りの余り眷属を集めて全面戦争を仕掛けようとしていた事です。僕と鳳翔さんはクタニドさんのお願いで、クトゥルフさんの説得をするクタニドさんのお手伝いをする事になったんです」

 

「その結果、翔達は我やクタニド殿の想像を遥かに超える活躍をし、翔達はルルイエの者達と良好な関係を築き上げたのだっ!!!」

 

この発言の後、翔とゾアは自分達の身に一体何が起こっていたのかについて、時折談笑を挟みながら語り始めるのであった……



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旧神からのお呼び出し

着弾は誤字に非ず……


時は戦治郎達が北マリアナを目指して移動している最中に、海と空の異変に気付いたあたりまで遡る……

 

計量カップを使って奇妙な色をした海水を掬って皆に見せた後、急に凄まじい眠気に襲われた翔が目を覚ましキョロキョロと辺りを見回したところ、翔は現在自分が真っ暗な闇の中に独り佇んでいる事に気付くのであった

 

「え……?ここは何処……?さっきまで海の上にいたはずなのに……?」

 

余りにも突然過ぎる状況の変化に、思わず翔が驚きながら疑問を口にすると……

 

「む……、どうやら紛い物の方が先に目を覚ましたか……」

 

不意に何処かから、全く聞き覚えの無い女性の声が翔の耳に届くのだった。謎の声を聞いた翔が警戒心を高めながら、声の主の位置を探る様に辺りの様子を窺うと……

 

「あぁそう警戒するな、私はお前達に危害を加えるつもりはないからな」

 

この言葉と共に翔の視界に突如、男女問わず見た者全てが惹き付けられてしまいそうなほどの、それはそれは艶麗な女性が姿を現すのだった。もしこの場に司がいたら、光の速さを超越してこの謎の女性に駆け寄り、捲し立てる様にしてナンパを開始するだろうと考えながらも……

 

「この状況でそんな事言われて、はい分かりましたと言うと思います?もし僕に警戒を解いて欲しかったら、先ずは名乗ってもらえませんか?」

 

翔は警戒心を最大にしながら、この様に返答するのであった。それを聞いた女性は、やれやれと頭を振るなり

 

「私が名乗るのはもう少し後だ、どうせならまとめて自己紹介したいところだからな」

 

そう言って翔の後方を指差す、翔は鼓翼を何時でも引き抜ける態勢のままその指先を目で追うと、その先に周囲を見回した時には発見出来なかったものを、眠る様に瞳を閉じてその場に佇む鳳翔型軽空母1番艦の鳳翔と、鳳翔の周りを眠ったまま漂う妖精さん、装備改修任務でよくお世話になる戦闘糧食(おにぎり)のイラストに描かれているあの妖精さんの姿を発見するのであった

 

現状を全く把握出来ず激しく混乱する翔の視線の先で、不意に鳳翔が声を漏らしながらゆっくりと瞼を上げ始める

 

「あ、おはようございます」

 

その様子を見ていた翔が、条件反射でつい鳳翔に向かって挨拶をすると……

 

「おはようござい……、ま……?」

 

彼女は寝ぼけ眼のまま翔に挨拶を返そうとするのだが、途中で意識がハッキリして来て翔の姿をその両目でしっかりと目にすると……

 

「き、きゃあああぁぁぁーーーっ!!!どうしてここに深海棲艦が……っ!?それよりも早く艤装を……っ!!って、此処は一体何処なんですかっ?!」

 

挨拶を言い切るより先に絹を割く様な悲鳴を上げるなり、彼女は翔を撃退する為にここには存在しないと思われる彼女の艤装を装着しようと艤装を探して辺りを見回し、そこでようやく辺りが真っ暗になっている事に気付いて、翔以上に激しく混乱し始めるのであった……

 

「ちょっ!?お、落ち着いて下さい鳳翔さんっ!!僕は貴女に攻撃するつもりはありませんからっ!!」

 

自分以上に混乱する鳳翔の姿を見て冷静になった翔が、そう言いながら彼女を落ち着かせようと不用意に近づくと……

 

「嫌っ!!来ないで下さいっ!!!」

 

鳳翔のこの言葉と共に繰り出された平手打ちが、見事としか言いようが無いほど綺麗に翔の左頬に直撃し、バシィンッ!と言う平手打ちが着弾した際の音と共に、翔の左頬には真っ赤な紅葉が出来上がるのであった……

 

尚、後に給糧妖精さんと呼ばれる様になる妖精さんは鳳翔の悲鳴で飛び起き、謎の女性は翔達のやり取りを見るなり、大声を出して笑い始めるのであった

 

 

 

 

 

「本当に申し訳ございませんっ!少々気が動転していて……」

 

「誰だってこんな状況になったら、混乱の1つや2つはするものですからね、さっきの事は本当に気にしないで下さい……」

 

それからしばらくした後、ようやく落ち着いた鳳翔が翔に本当に敵意が無い事に気付くと、心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、何度もお辞儀をしながら翔に謝罪し、翔は己の左頬を摩りながらそう言って、鳳翔の事を許すのであった

 

そんな中謎の女性はと言うと……

 

「いや~、中々面白い物を見せてもらったぞ」

 

翔達に向けてこの様な事を言いながら拍手を送り、その声を聞いた翔は謎の女性を睨みながら鳳翔を庇う様に前に出て、先程の様に鼓翼に手をかける。そして何時でもこの女性に斬りかかれる様構えを取ったところで、翔はこの謎の女性に話し掛ける

 

「気に入って頂けて幸いですってね……、それで、ここにいる人達は皆目を覚ました様ですが……」

 

「ああ、自己紹介の件だな。安心しろ、ちゃんと守ってやるさ……」

 

翔の言葉を聞いた女性は、そう言うなりパチン!と指を鳴らして翔達を包んでいた闇を取り払い、この場所の本当の景色を翔達に見せ、翔達を驚愕させるのであった

 

翔達が現在立っている場所、それは何処からどう見ても海の底、それもかなり深いのか翔達の周りを深海魚が遊泳していたり、ボロボロになった軍艦と思わしき船が、翔達の傍でその船体を横たえていたりしていたのである

 

これにより翔達はここが海底である事を理解するのだが、どうしても腑に落ちない点がいくつかあった為、翔はその疑問をついポロリと口から零す

 

「この辺りを泳いでる魚とか、鳳翔さんの足元を闊歩している蟹とか、かなり深いところ、それも太陽の光が届かないくらい深いところにしかいないはず……。なのにどうしてこの辺りはこんなに明るいんだろう……?それにどうして鳳翔さんが海底で呼吸出来てるんだろう……?」

 

翔はそう呟いた後、鳳翔の方へと視線を向ける。するとそこには息を止めてますよと言わんばかりに、頬袋に餌をたっぷり溜め込んだハムスターの如く頬をぷっくりと膨らませ、口を両手で塞ぐ鳳翔の姿があり、そんな鳳翔の姿を見た翔は思わずガックリと肩を落として脱力してしまうのであった……。因みに、謎の女性は鳳翔のこの姿を見るなり、腹を抱えて爆笑していた

 

それから謎の女性は一頻り笑った後、鳳翔に向かって今なら問題なく呼吸出来るから、そんな事をしなくていいと言い放ち、それを聞いた鳳翔は恥ずかしさの余り、顔を真っ赤にしながら縮こまってしまう。そして女性はその様子を見た後、翔の目を見ながら自身の後方を親指で指して、翔の疑問に答え始める

 

「ここで鳳翔達が問題なく呼吸が出来るのは私の魔法のおかげで、海底であるにも関わらずこの辺り一帯が妙に明るいのは、あそこの主の魔法のおかげだな」

 

その言葉を聞いた翔達が女性の後方へ視線を向けると、そこには石造りの建物群に囲まれた、神々しさと禍々しさを併せ持つ何とも名状し難き巨大な城が聳え立っていたのである

 

「ヒッ……!」

 

それを目の当たりにした鳳翔は短い悲鳴を上げながら思わずその身を竦ませ、翔はその建物を見るなり驚きの余り目を見開き、ブルブルとその身を震わせながらこう呟くのであった……

 

「あれって……、まさかルルイエ……?」

 

怪獣ものの特撮作品を好む翔は、ウルトラマンティガのガタノゾーアの元ネタがクトゥルフ神話から来ていると聞いて、クトゥルフ神話の事をよく知ろうと思いクトゥルフ神話に手を出していた為、件の場所の正体にいち早く気付いたのである

 

そして謎の女性は翔の言葉を聞くなり、ニンマリと笑いながらこの様な言葉を口にする

 

「そうだ、あの場所こそがクトゥルフが統治する海底都市ルルイエ、私達の目的地だ」

 

「目的地……、ですか……?」

 

「ああ、私達は暴走寸前のクトゥルフを止める為に、今からルルイエに向かい奴を説得し、世界の滅亡を防ぐんだ」

 

女性の言葉を聞いた鳳翔が、戸惑いながら女性に尋ねると、女性は何かとんでもない事を言い出すのであった

 

「いやホント待って下さい!!クトゥルフが暴走?!それを止める!?僕達がっ!?!それは本当の事なんですかっ!!?いや、それ以前にそんな事本当に出来るんですかっ!??って言うかっ!!!そもそもそんな事言いだす貴女は一体何者なのですかっ??!そう言えば今更ですけどサラッと魔法とか言ってましたけどっ?!?あれってどう言う事なんですかっ?!!」

 

それを聞いた翔が、大慌てしながら女性に向かってこれでもかと言うくらい凄まじい勢いで捲し立て、それを聞いた女性は何かを思い出した様にハッとした後、翔の質問に答えるのであった

 

「そう言えば自己紹介をすると言っておきながら、まだ名乗ってすらいなかったな……。スマンスマン、スッカリ忘れてた。そういう訳で自己紹介しておこう、私の名前はクタニド、旧神の頂点にしてクトゥルフの従姉だ。今回私がルルイエに向かう事になったのは、人類と深海棲艦に対して全面戦争を仕掛けようとしているクトゥルフを説得で止める為、そしてお前達に来てもらったのは、クトゥルフの説得をスムーズに進める為の手伝いをしてもらいたいからだ」

 

クタニドを名乗る女性の言葉を聞いた翔は、ここである事に気付いてしまうのであった……。彼女から伸びる影の形が、翔が知るクタニドの姿と完全に一致していると言う恐るべき事実に……。これにより翔は、この女性が本当に旧神のリーダーと呼ばれているクタニドであると確信するのであった……



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真実を知る為に ~ゾアとの邂逅~

さて、目の前の女性がクトゥルフ神話に登場するクタニドであると知った翔が、あの後どうなったかと言うと……

 

「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ……」

 

この様にSAN値をごっそりと削られて不定の狂気に陥り、何かに取り憑かれたかの様に意味不明な言葉を羅列し始めるのであった……

 

余りにも突然過ぎる翔の発狂に驚き、どうしていいか分からずオロオロし始める鳳翔とは対照的に、クタニドはやっちゃったZE☆とばかりに笑顔を浮かべながら己の額をペチリと叩いた後、翔に精神操作系の魔法を掛けて翔を正気に戻すのだった

 

「本当にご迷惑をおかけして申し訳ないです……」

 

それから正気に戻った翔は、鳳翔に向かって突然奇行に走って驚かせてしまった事を詫び

 

「いえ、私もその前に貴女を叩いてしまっているので……、あっ!ならこうしましょう!私は貴女を叩いてしまいました、そして貴女は私を驚かせてしまいました、これでお互いお相子と言う事で……、どうでしょうか?」

 

それを聞いた鳳翔は、名案が浮かんだとばかりに手を打ち鳴らした後、翔に向かって笑顔を浮かべながらこの様な提案をする。そして鳳翔の提案を聞いた翔は、本当にそれでいいのか……?とやや困惑しながらも、鳳翔の提案を受け入れる事にするのであった

 

と、その直後である

 

「紛い物、ちょっとこっちに……」

 

翔を不定の狂気に陥れた張本人であるクタニドが、翔の事を紛い物呼ばわりしながらチョイチョイと手招きして呼んできたのである。それに対して翔は紛い物と言う呼称にムッとしながらも、鳳翔に断りを入れてからクタニドの下へと向かうのであった

 

そして翔が自身の手が届く範囲に来たところで、クタニドはいきなり翔と肩を組むなりしゃがみ込み、耳打ちする様にボソボソと話し始める

 

「なあ紛い物、あの……、鳳翔だったか?何故あいつは私の正体を知っても平然としていられるんだ?普通だったらお前の様に、不定の狂気に陥るものなんだが……?」

 

「何でわざわざ僕に聞くんですか……、まあ……、強いて言うなら鳳翔さんはクトゥルフ神話に疎い上に、普段から深海棲艦の相手をしている関係でこの手の見た目した相手を見慣れてるのではないかと……。後は……、もしかしたら鳳翔さんは天然なのかも……?」

 

「ふむ……、なら試しに今一度影を見てもらって、感想を聞かせてもらうか……。っと助かったぞ紛い物」

 

クタニドと翔はこの様な会話を交わし、翔はクタニドが最後に言い放った言葉を聞くなり、心から不愉快そうに眉間の皺を更に深くしながら……

 

「お礼を言うよりも先に、その『紛い物』って呼び方止めてくれませんか?僕には出雲丸 翔って名前があるんですから。って言うか何なんですか?その『紛い物』って呼び方は……」

 

クタニドに向かって、この様な言葉をぶつけるのであった。それを聞いたクタニドは、心底不思議そうな表情を浮かべながら、翔に1つ質問する

 

「む……?まg……じゃなかった、翔は自分がどうやってこの世界に来たのか知らんのか?」

 

「え……?」

 

「……その反応を見る限り、把握していないようだな……。いや、すまん、変な事を聞いてしまった、今のは忘れてくれ」

 

自分の質問に対しての翔の反応を見たクタニドは、そう言って話を終わらせようとするのだが……

 

「待って下さい、今のはちょっと驚いて変な反応してしまっただけです。ちょっと今から思い出しながら話すので、少しだけ待って下さい」

 

翔がそう言って食い下がり、翔は自分達がこの世界に来るまで、転生個体になるまでの話をクタニドにゆっくりと話し始めるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな感じです」

 

「ふむ……、本来いた世界で死んだ後、気付いたらこの世界で深海棲艦の姿になっていたと……。そう言う経緯があったから、同じ様な形でこの世界に来た者を『転生個体』と呼ぶ事にした……、か……」

 

翔の話を聞き終えたクタニドは、考え込む様な仕種をしながらこの様な事を呟く……

 

「……何かおかしいところがありましたか?」

 

「……それなりにな……、だが今ここで話せる様な内容ではない……。そんな事したらクトゥルフを止められなくなってしまうからな。もし詳細を聞きたかったら、私の手伝いをする事だ。いいな?」

 

1人と1柱はこの様なやり取りを交わし、翔はクタニドが持つ情報を手に入れる為に、クタニドに協力する事を約束するのであった

 

その後1人と1柱は鳳翔と給糧妖精の下に戻り、クタニドが再び自身の本来の姿の影を出して、鳳翔に影を見た感想を聞くと……

 

「わぁっ!大きな影法師ですねっ!」

 

鳳翔は目を丸くしながらこの様に答え、その反応を見たクタニドは、翔の予想はかなり当たっているのではないかと推測するのであった

 

その後翔達は改めて自己紹介を行い、目的地を目指して移動を開始する。のだが……

 

「クタニドさん……、移動魔法とかないんですか……?冗談抜きでここからルルイエまで歩くんですか……?」

 

翔がゲンナリしながらクタニドに尋ねる、そう、クタニドは自分で急いだ方が良さそうだとか言っておきながら、有ろう事かルルイエまで徒歩で向かうとほざいたのである

 

「確かに急いだ方がいいのだが……、移動魔法はあるのだが……、それを使うとあっという間に目的地には着くが、間違いなく到着した瞬間準備も予備知識も無いまま、数百万と言う数の神話生物達に囲まれる事になるぞ?」

 

「さぁ歩きましょうかっ!あっ鳳翔さん、疲れたら言って下さいね?そしたら僕が艤装を展開しますから、その上で休憩して下さいねっ!!」

 

「え?あ、はい」

 

クタニドの返答を聞いた瞬間、翔は凄まじい掌返しを実行し、そんな翔の姿を見た鳳翔はやや驚きながらも、この様に返事をするのであった

 

 

 

それから一行がしばらく歩いていると、先頭を歩くクタニドが不意に足を止めて大声を上げる

 

「よしっ!完成したぞっ!!」

 

そう叫ぶクタニドの手には、真っ黒なケープと女性向けのリボン、そしてとても小さなバレッタが握られていたのであった

 

「それは……?」

 

どことなく嬉しそうな表情を浮かべるクタニドに対して、皆を代表して翔が不思議そうに尋ねると……

 

「これか?これは先程私が作ったものでな、これら全てに降り掛かる狂気や神話生物の魔法、それから一部の旧支配者が持つ特殊能力から身を守る魔法を仕込んでおいたぞ。まあ、さっき私が言っていた準備と言うのはこれの事だ」

 

クタニドはそう答えながら、ケープを翔に、リボンを鳳翔に、小さなバレッタを給糧妖精さんに手渡していく

 

「作ったって……、魔法か何かでですか……?」

 

クタニドからケープを受け取った翔が、クタニドに促されるがままにケープを纏いながらそう尋ねると……

 

「いや、完全なお手製だ。翔は知っているだろう?私の本来の大きさを」

 

「えぇ……、まぁ……」

 

「私が人間の姿になると、どうしても余ってしまう肉体が出て来てしまうだろう?私はそれを魔法で作った特別な空間に置いているんだが、先程渡した物はその特別な空間の中で、余った肉体から作り出した分身を使って、手作業で作り上げたものなんだ!因みに分身とこの身体は、感覚を共有しているので例えそれらが分身が作った物であったとしても、作っている時の感覚は共有されているので、私が作った物と言う事になるんだっ!!!」

 

クタニドはそれはそれは得意げに、自身が持つ豊満な胸を張ってこの様な事を言い出すのであった。それを聞いた翔は、思わず……

 

「ブライガーかな?」

 

などと意味不明な事を口走ってしまうのであった……、まあ翔が変な事を言いたくなるのは仕方が無い事である、作られた物や作り方が、どう考えても常識と言うものを遥かに超越してしまっているのである……。翔が現実逃避をしたくなるのは、至極当然で本当に仕方が無い事なのである……

 

その後、件のリボンを装着した鳳翔に対して、何か一言言ってやれとクタニドに言われた翔が、その声で我に返って鳳翔の方へ視線を向けるのだが、その際翔は鳳翔の遥か後方に、凄まじく異様なものが存在する事に気付いてしまうのであった……

 

翔が見つけてしまったもの……、それは岩壁に上半身が完全に埋没し、残った下半身を力なくダラリと垂らしてしまっている、巨大な神話生物であった……

 

これこそが、翔とゾアの邂逅なのである……



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ゾア救出と・・・・・・

熱中症には気を付けましょう……


「あの……、クタニドさん……?」

 

「いや、私ではなく鳳翔にだな……」

 

「あれって、神話生物ですよね……?」

 

「む……?」

 

翔が引きつった表情を浮かべながら、先程発見した岩壁に突き刺さる巨大神話生物の方を指差して、クタニドに確認を取る様に話し掛ける。そんな翔の様子を怪訝に思ったクタニドが、翔が指差す方向に視線を向けると……

 

「ぬぁっ!?ありゃガタノトーアじゃないかっ!?あいつ何であんなところに突き刺さってるんだっ!?!」

 

この様に叫ぶなり、慌てた様子で件の神話生物……、クタニドがガタノトーアと呼ぶ神話生物のところへと駆け出すのであった

 

翔と鳳翔は急に走り出したクタニドに困惑しながらも、彼女の後を追って走り出すのだが、クタニドが尋常ではない速さで走っている為、とてもではないが追いつくことが出来ず、結局2人がクタニドに追いつく頃には、クタニドは別空間にある自身の両腕を呼び寄せ、それを用いてガタノトーアの身体を岩壁から引き抜き終えていたのだった

 

「いきなりどうしたんですか……?それにさっきガタノトーアって言ってましたけど……?」

 

クタニドと合流した翔が、息を切らせながらクタニドに尋ねると

 

「ああ、置いて行ってしまってすまんな、あのままだとこいつが窒息死してしまうところだったからつい……な……。で、こいつは私にとっては従甥になるクトゥルフのとこの長男坊……、ゾス三神の内の1柱であるガタノトーアだ。しっかしこいつは何であんな事になっていたんだ……?」

 

クタニドは1度苦笑いを浮かべながら顔の前で両手を合わせて見せ、その後姿勢を正してからこの様に答えるのだった

 

「それを私達に聞かれても……っと、どうしたんですか妖精さん?……ってあれは……?」

 

クタニドが口にする疑問に対して、鳳翔が分からないと返答しようとしたその時だ、鳳翔の肩に乗っていた給糧妖精が、何かを発見したのか鳳翔の着物の衿をクイクイと引っ張って、ガタノトーアの顔と思わしき部分を指差す。それに従い鳳翔が給糧妖精さんが指差す方へ視線を向けると、ある物を発見して思わず声を上げる

 

その声に反応した翔とクタニドが怪訝そうにそちらへ視線を向かると、そこにはとても人の物とは思えない程巨大な握り拳の痕が、それはそれはクッキリハッキリと気絶するガタノトーアの顔面に刻まれていたのであった……

 

「これって……、まさか……」

 

拳痕を見た翔が思わずそう呟いた直後、突如ガタノトーアが両の眼を見開き……

 

「実の息子に全力で殴りかかる父上もっ!!!イソグサもゾス・オムモグも酷過ぎるのだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

この様な事を叫びながら、蛸の様なその目から滝の様な涙を流し始めるのであった……。唐突に泣きじゃくり始める巨大な邪神の姿を見て、翔と鳳翔が困惑しながらお互いの顔を見合わせていると、クタニドが事情を聞く為にガタノトーアに向かって話し掛ける

 

「落ち着けガタノトーア、一体何があったんだ?」

 

「ぬ……?おぉっ!?クタニド殿ではないかっ!!?やはり父上の件でこちらに来てくれたのだなっ!??」

 

「あぁ……、そうなんだが……、その前にお前の身に一体何があったのかを教えてもらいたいんだが……?」

 

クタニドとガタノトーアはこの様なやり取りを交わした後、ガタノトーアが何故自身がこうなっていたのかについて話し始める

 

「我は父上が人間と深海棲艦に戦争を仕掛けようとしている事を知ると、イソグサ達に協力を要請して父上の説得を行おうとしたのだ。しかし我らがいざ説得を開始すると、父上は我らが歯向かったと思ってすぐさま逆上し、我らに殴りかかって来たのだ……。それで我はこうなっては仕方ないと、父上を迎え撃とうとしたのだが……、イソグサ達は怒り狂う父上の姿を見るなり、有ろう事か我だけ残して脱兎の如く逃げ出しおったのだっ!!!」

 

「なるほど……、それでお前だけクトゥルフに殴り飛ばされて、あの岩壁に突き刺さっていたのだな……」

 

ガタノトーアの話を聞いたクタニドが、ルルイエの中央にあるクトゥルフの居城の方へ視線を向けると、その壁のある一点に大きな穴が開いている事を確認する事が出来た。恐らくガタノトーアがクトゥルフに殴り飛ばされた際に、ガタノトーアの身体が壁を突き破ってしまった為出来た穴なのだろう……

 

「うむっ!最初は何とかあの岩壁から脱出しようと頑張っていたのだが、思った以上に深く突き刺さってしまっていた様で中々抜け出す事が出来ず、時間が経つに連れて疲労と空腹から全身の力が抜けて行き……、最後の辺りには段々と息苦しくなってきてな……」

 

「冗談抜きで窒息死寸前だったのか……、翔が見つけていなかったら大変な事になっていたな……」

 

「ぬ?翔?クタニド殿、その翔と言うのは誰の事なのだ?」

 

ガタノトーアとクタニドがこの様な会話を交わし、クタニドがガタノトーアの質問に答える様に翔の方へと視線を向け、それに倣ってガタノトーアが翔へ視線を向けると……

 

「……この紛い物が、クタニド殿が言う翔と言う者なのか?」

 

ガタノトーアまでもが、翔の事を紛い物扱いするのであった……。それに対して翔が意見しようとしたその時である、突然ガタノトーアのそれはそれは大きな腹の虫が辺りに鳴り響き、翔は先程湧き上がった怒りも忘れて、鳳翔と共に呆気にとられるのであった

 

「そう言えばあそこに埋まってから3日ほどか……、我はその間何も食べていなかったぞ……」

 

「あの状態なら仕方が無い事だな……、流石に岩石を食う訳にもいかんからな……。しかしどうしたものか……、生憎今私は食べ物の類は持っていないんだ……」

 

ガタノトーアの言葉を聞いたクタニドが、この様に返答した後困った様な表情を浮かべながら考え込む様な仕種をする

 

「ガタノトーアさんがお腹を空かせていると言う事なら、何か食べさせてあげたいところなのですが……、食材が無い事にはどうしようもないですね……」

 

2柱の話を聞いていた鳳翔がそう呟き、給糧妖精さんが同意する様に頷く中、翔はと言うと……

 

「……艤装の中の食材はこっちに来る前のままか……、しかしあの体の大きさだから、きっと相当食べるんだろうな~……。う~ん……、これだけじゃ絶対足りないだろうな~……」

 

自身の艤装の中の食材があるかどうかを確認した後、この様な事を呟いていたのであった……

 

「ん?翔の方は何かアテがあるのか?」

 

するとどうやら翔の呟きが聞こえていたのか、クタニドが考え込む仕種を止め翔の方へと視線を向けながらこの様に尋ねて来る

 

「食材はあったんですが、ガタノトーアさんが満足出来そうなほどの量が無さそうなんですよ……。もうちょっとこう……、サイズが小さかったらどうにかなりそうなのですが……」

 

「ふむ……、こいつの図体のデカさが問題になっているのか……。よし分かった、ならば……」

 

翔の言葉を聞いたクタニドは、そう言うと翔の目の前に立って翔の頭に手をかざして目を閉じる。そしてそれからしばらくすると……

 

「よし、これがいいな!」

 

クタニドが目を開きながらそう叫び、ガタノトーアの方へ向き直ると指を鳴らして、ガタノトーアに何かの魔法をかける。するとガタノトーアの身体は次第に闇の様なものに包まれていき、やがてその姿は翔達には見えなくなってしまうのだった

 

「クタニドさん……、これは一体……?」

 

クタニドの一連の行動に対して疑問を浮かべる翔が、不思議そうにクタニドに尋ねると、クタニドはやや得意げな顔をしながらこの様に答える

 

「翔の記憶の中から、あいつに似ていて身体が小さい生物を探して、今の魔法でガタノトーアをその姿に変えたんだ。そうしたらサイズ問題は解消するだろう?」

 

クタニドがそう答えた直後、ガタノトーアの身体を包んでいた闇は消え去り、その中からポケモンのオムナイトが姿を現すのであった……




本来のガタノトーアの全高は、大体30m前後くらいで考えています

……ガタノゾーア状態になったら4倍くらい大きくなっちゃうけど、気にしない方向でいきましょう!!!


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救いを求める声

「クタニド殿っ!これは一体どう言う事なのだっ!?何で我がこんなにも小さくならねばならないのだっ?!」

 

自身を包んでいた闇が晴れた後、自身の姿を確認するなりガタノトーアが声を荒げ、クタニドに対して猛抗議を開始する

 

今のガタノトーアの姿はポケモンのオムナイトと全く同じ……、いや、最早オムナイトそのものと言っても過言ではない姿となっており、30m以上あった全高も今ではたったの40cmにまで縮んでしまっているのである

 

「落ち着けガタノトーア、さっきも言ったがこれはお前に食事を施す為にやった事なんだ。それに理由はそれだけではない、私の事情を知ったお前の事だから、どうせ私に同行すると言い出すつもりなのだろう?もしそうなった場合、あの姿のままだと何時私や翔達がお前にうっかり踏み潰されてしまうか、全く分かった物ではないからな……。実際、お前らみたいに図体のデカい神話生物達は、碌に足元を確認せずにそこらを歩き回って、しょっちゅうディープ・ワン達の様に小柄な眷属達を、誤って踏み潰しているだろうが」

 

ガタノトーアの抗議に対してクタニドがこの様に答えると、ガタオトーアは心当たりがあったのか、指摘された直後に思わずクタニドから視線を外し、その様子を見ていた翔達は引きつった笑みを浮かべながらドン引きするのであった……。そんな中、クタニドはそんな皆の様子など気にも留めず、懐から雑誌の様な物を取り出しながら話を続ける

 

「取り敢えず、お前の本来の姿はコレに封じておいた。事が終わればちゃんと戻してやるから安心しておけ」

 

「そう言う事なら仕方が無いな……」

 

その手に持った雑誌の様な物を、ヒラヒラさせるクタニドの話を聞いたガタノトーアは、やや不満そうな表情を浮かべながらもこの様に答える。と、その時である

 

「え……?その雑誌みたいな物に、ガタノトーアのあの大きな身体を封じ込めているんですか……?その雑誌って一体……?」

 

その様子を鳳翔と給糧妖精とで見守っていた翔が、思わずこの様な疑問を口にする。それに対してクタニドは……

 

「これか?これは私が書いた旅行ガイドの様な物だ、仕事の都合上色々な旧支配者の領地に訪問するものでな、たまにその土地の祭やイベントに出くわす事があるんだ。それでそれらをまとめた本なんかがあってもいいかと思って、思い切って自分で書いてみたんだ。読んでみるか?」

 

この様に答えながら、翔に雑誌を手渡そうとしてくる

 

「いえ……、今はいいです……」

 

それに対して雑誌から得体の知れない何かを感じ取った翔は、やや引き気味にそう答え、翔の返事を聞いたクタニドは若干ションボリしながら「そうか……」と、短く返事をして雑誌を懐に仕舞うのだった

 

この時の翔は知らなかったのである、クタニドが持っているこの神話生物向けイベントガイドブックこそが、この世界に出回っている『無名祭祀書』の本来の姿である事を……

 

 

 

その後、気を取り直した翔は自身の艤装を展開すると同時に、艤装に取り付けられた簡易厨房と食糧保存用冷蔵庫を出現させ、食器や調理器具の確認と言った料理の準備を始める

 

そんな翔の様子を見ていたクタニド達は

 

「先程記憶を読んだ際、翔が料理人である事を知ったのだが……、まさかここまで筋金入りだったとはな……」

 

「艤装に簡素ながらも厨房や冷蔵庫を取り付けるだけでなく、備わっている調理器具も皆かなり上質な物ばかり……。翔さんは一体何処であんなに良い物を手に入れたのでしょう……?」

 

「何だあれはっ!?一体奴はあれを使って何をするつもりなのだっ?!」

 

この様に驚愕を露わにしながら、思い思いに言葉を口にするのであった

 

こうして翔の準備が整ったところで、我に返った鳳翔が翔の手伝いを申し出て、翔は鳳翔と協力しながらガタノトーアの食事を作り始めるのであった

 

「素晴らしいお手並みです……、クタニドさんが言っていた通り、翔さんは本当に料理人さんだったんですね」

 

その最中、鳳翔は翔が調理する姿を見て、思わず感嘆の声を上げる

 

「はは……、まあ色々あって料理人の道から、1度逃げ出した事があるんですけどね……」

 

そんな鳳翔に対して、翔は調理の手を休めずに、苦笑いを浮かべながら返事をする

 

「逃げ出す……、ですか……」

 

その直後、翔の言葉を聞いた鳳翔は突然その表情を曇らせ、調理の手を止めて俯いてしまう。その様子を見た翔は、自身も調理の手を止めて、怪訝そうな表情を浮かべながら鳳翔の方を見る

 

「あ……、いえ、気にしないで下さい。深海棲艦の世界でも、料理の道は厳しいものなのかと思っただけですから……」

 

そんな翔の視線に気付いたのか、鳳翔は誰が見ても空元気だと分かってしまう様な笑みを浮かべながら、この様な事を口にするのであった。ここで翔は、自身の正体についてまだ鳳翔に話していなかった事を思い出し、この際だからという事で、翔は鳳翔に自分の正体について話す事を決め、鳳翔に向かって話し掛ける

 

「鳳翔さん……、自己紹介の時は名前しか教えていませんでしたが……、実は僕は転生個体なんです……。料理人云々のくだりも、僕が人間として生きていた頃の話なんですよ……」

 

「え……?てんせい……、こたい……?」

 

翔の言葉を聞いた鳳翔が、驚きの表情を浮かべながらこの様に呟くのだが、この次の瞬間、今度は翔が鳳翔の言葉に驚かされる事となるのであった……

 

「翔さん……、『てんせいこたい』とは一体何なのでしょう……?」

 

「……え?転生個体の事を知らないんですか……?じゃあ長門屋海賊団については……?」

 

「海賊……、ですか……?いいえ、そちらについても全く……」

 

これはおかしい……、翔は鳳翔の言葉を聞くなり内心で訝しむ。転生個体や海賊団の事に関しては、長門を通して日本海軍全体に通達してもらったはずなのに、自己紹介の際所属している場所こそ明かさなかったものの、自分が軍属である事を明かしているこの鳳翔は、それを知らないと言っているのである。それがどうしても気になった翔は、ちょっとだけ賭けに出る事にした

 

「おかしいな……、この件は大本営の長門さんに頼んで、情報拡散する様にお願いしていたのに……」

 

翔は内心でダシにした長門に謝罪しながら、鳳翔をチラ見しつつこの様に呟く。すると……

 

「大本営の……、長門さん……?翔さんは大本営の、元帥の秘書艦である長門さんとお知り合いなのですか……?」

 

鳳翔は翔の言葉を聞くなりビクリと身体を震わせた後、恐る恐ると言った様子で翔に向かってこの様な事を尋ねて来る……

 

この時翔は当たって欲しくない予感が的中した気がして、表情に出さない様細心の注意を払いながら、内心で不快さを全開にした表情を浮かべる。どうやら鳳翔は、艦娘に情報規制を敷く様な酷いところに着任していると、翔は心の中でそう思うのだった

 

「僕は仲間達と旅をしている途中で、色々あって長門さん達と出会い、助けた事があるんです。それ以降、お互い困った事があったら助け合う様な関係になっていますね」

 

「そう……、だったんですか……」

 

翔の返答を聞いた鳳翔は、何か戸惑う様な表情を浮かべながら1度俯いてしまうのだが、しばらくすると意を決したのか、真剣な面持ちをしながら翔に話し掛ける

 

「翔さん……、私のお願いを聞いてもらえませんか……?」

 

「僕に出来る事なら……」

 

「では……、クタニドさんの件が終わってからでも構いません、今から私が話す事を大本営の長門さんに伝えてもらえませんか……?」

 

「分かりました、それで、長門さんに伝えたい事とは……?」

 

鳳翔と翔はこの様なやり取りを交わした後、鳳翔は長門に伝えて欲しい事について話始める。その余りにも惨過ぎる内容を聞き終えた翔は、最後に1つだけ鳳翔に質問する

 

「なるほど……、それで鳳翔さんが所属しているのは、一体何処なのですか……?」

 

「桂島泊地です……」

 

そう、この鳳翔はミッドウェー攻略が完了した後、海賊団が襲撃しようと考えているあの桂島泊地の艦娘だったのである……。鳳翔の言葉を聞いた翔は、眉間に皺を寄せながら1度ギリッと歯軋りをした後、表情を引き締めながら、鳳翔に向かってこう言い放つ

 

「分かりました、この件は必ず長門さんに伝えます。そしてしばらくの間待っててください、必ず鳳翔さん達の事を助け出して見せますから……っ!」

 

翔のこの言葉を聞いた鳳翔は、感極まったのかその瞳に涙を浮かべながら、翔に向かってお礼を述べ、それを受けた翔は鳳翔を落ち着かせた後、今は目の前の事に集中するべきと言って、調理を再開するのであった




真・魔道書の定義は『執筆者である神話生物直筆の生原稿である事』です。直筆サイン入りだと更に強化されるかも?


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旧支配者の胃を掴む

「お待たせしました」

 

あの後調理を済ませた翔達が、そう言って調理を開始する前に設置しておいたテーブルと椅子に座って待っているクタニド達の下へ、今しがた完成させた料理を手にして戻って来る。因みにオムナイトになってしまったガタノトーアだが、こちらは流石に椅子に座っているとテーブルの上の物に手が届かなくなってしまう為、行儀が悪いがテーブルの上に乗ってもらっていたりする……

 

「ようやく儀式が終わったかっ!待ち侘びたぞっ!!」

 

そんな翔達に向かってガタノトーアはこの様な言葉をかけ、それを聞いた翔達は料理の事を儀式と表現したガタノトーアに苦笑いしながらも、先程自分達が作った料理をテーブルに配膳していく

 

「ほう……、カツカレーか……」

 

「本当は3日も何も食べてないって事でしたので、胃に優しいうどんにしようかと思ったんですけどね……。って言うかクタニドさんは料理を知ってたんですか?ガタノトーアさんの反応を見る限り、神話生物は料理の事をあまり知らないみたいですけど……?」

 

配膳された料理を見てクタニドが呟くと、翔は苦笑しながらこの様に尋ねる

 

「私は仕事の都合、人間社会に紛れ込む事があるから多少はな。他の連中に関してはよく分からん……、たまに自身の化身にする為に人間の精神を食って、それで満足して物理的な食事をしない奴もいるからな……。っとそれはそうと、私達の胃はその程度の事で早々弱ったりはせんよ。むしろガッツリ系は、今のあいつには丁度いいかもしれん」

 

クタニドはこの様に答えながら、チラリとガタノトーアの方へと視線を送る。それに釣られる様にして、翔と鳳翔が視線をガタノトーアの方へと向けると……

 

「これは食べ物なのか?我はこんなもの初めて見るが……、しかしこれの匂いを嗅げば嗅ぐほど、我の腹がこれを食らえと訴え掛けて来る……」

 

ガタノトーアはこの様な事を言いながら、マジマジと翔達が作ったカツカレーを観察する

 

「ガタノトーアさん、どうぞ遠慮なさらずに食べて下さい」

 

そんなガタノトーアに対して、鳳翔が微笑みかけながらこの様に言うと

 

「うむ!ならば早速頂こうではないかっ!!」

 

ガタノトーアはそう言うと、触腕の中にある口を大きく開けてカツカレーを犬食いしようとするのだが……

 

「待てガタノトーア、人間の食べ物を食べる時には道具を使うマナーがあるんだ。まあお前の事だから分からんと思うから、私をよく見ておけ」

 

それにクタニドが待ったをかけ、この様な言葉を口にした後、手にしたスプーンでカレーを1口分掬い上げ、己の口の中へと運んで見せるのであった

 

「これはまた……、素晴らしい出来ではないか……。このカレー、スパイスは自分達でブレンドしたのか?」

 

「いえ、これは市販のルーを使ってます。流石にそこまでやっちゃうと時間が掛かり過ぎちゃいますからね……」

 

翔達が作ったカレーを一口食べたクタニドは、その美味しさに思わず目を見開いて驚き、翔に向かってこの様な質問をすると、翔はやや苦笑しながらこう答えるのであった

 

「なるほど……、っと次はカツを頂こう……。ふむ……、衣はサクサクしていながら中の豚肉は柔らかく、噛めば噛むほど肉汁の旨味が口の中いっぱいに広がっていく……。これにルーをかけて……、うん、思った通り、肉の旨味とスパイスの風味が上手い具合に絡み合っている……。まさか市販ルーでこれほどの物を作り上げるとは……」

 

「市販ルーと言う物は、メーカーさんが考え抜いてブレンドして完成させたスパイスですからね。中々侮れないものだと思いますよ?」

 

翔の言葉を聞いたクタニドが今度はカツに手を付け、その完成度の高さに思わず感嘆の声を上げたところ、今度は鳳翔がこの様な事を口にする

 

クタニドと鳳翔が話をしている間に、翔はガタノトーアの口に自分達のカツカレーが合ったかどうかを確認する為に、ガタノトーアの方へと視線を向け反応を窺うと……

 

「うまあああぁぁぁーーーいぃっ!!!何だこれはっ!?口にすれば口にするほど、このトロトロした物体が放つピリッとした刺激と香りが、我の胃にこれを渇望させるではないかっ?!そしてこの肉っ!!我に捧げられた生贄の肉より遥かに美味いこの肉は一体何の肉なのだっ!??」

 

ガタノトーアは触腕で器用にスプーンを使いながら、凄まじい勢いでカレーを自身の口へと運んでいき、皿の上にあったカツカレーをすぐさま平らげてしまうのであった

 

「どうやらお気に召してもらえたようですね」

 

自分達が作ったカツカレーを絶賛するガタノトーアを見ていた翔が、内心でホッとしながらガタノトーアに微笑みかけ、この様な言葉を口にする

 

「むっ!これを作った紛い物かっ!?どうしたらこんなに美味い物を作れるのだ!?人間はいつもこんなに美味い物を口にしているのか?!我はもっとこれを堪能したいのだが!??」

 

翔に話し掛けられたガタノトーアは、すぐさま翔の方へと視線を向けるなり、捲し立てる様な勢いで次々と翔に自身が抱いた疑問をぶつけていく

 

それに対して翔は、ガタノトーアが発した『紛い物』と言う単語に不快感を感じた為

 

「僕の事を紛い物扱いする方の質問に、答えるつもりはございませんよ~」

 

翔はそう言いながら、わざとらしく頬を膨らませながらそっぽを向く。そんな翔の反応を見たガタノトーアは、このままではカツカレーのおかわりにありつけないと悟るなり慌てた様子で翔に謝罪を入れ、それを確認した翔はガタノトーアの皿にカツカレーのおかわりを装いながら、ガタノトーアの質問に答えていくのであった

 

それからしばらく経った頃……

 

「よし!決めたぞっ!!」

 

急に何かを決意したクタニドが立ち上がりながら、大声でこの様な言葉を発する。突然の出来事に、一同が驚きながら視線をクタニドに集中させると、クタニドは翔達に向けてこの様な言葉を口にする

 

「翔達に頼んでいるクトゥルフ説得の手伝いの件なんだが、お前達……、その料理の腕前でクトゥルフの胃を掴んでくれ。それであいつが緩み切ったところで、私が一気に仕掛けてあいつを丸め込む、どうだ?出来そうか?」

 

「えぇっ?!」

 

クタニドの発言に、思わず鳳翔が驚きの声を上げるのだが……

 

「やっぱりそうなりますよね~」

 

翔の方は鳳翔とは対称的に、分かってましたとばかりに返答するのであった

 

「不服か?」

 

翔の言葉を聞いたクタニドが、眉間に皺を寄せながらそう尋ねると……

 

「いえ、むしろ別の方法で手伝えって言われたら、なんとしてでもこっちの方向に変更してもらう様説得しようと思ってたくらいですよ。悲しい事に僕にはこれ以外で手伝える方法がないですし、何より料理人としてのプライドが、これ以外の方法を認めてくれませんから」

 

翔はガタノトーアの皿に7杯目のカツカレーを装いながら、この様に答えるのであった

 

「……そんな口を叩ける人間が、何故1度料理人の道から逃げ出したのか、是非とも教えてもらいたいところだな……」

 

翔の発言を聞いたクタニドが、やれやれと頭を振りながら皮肉っぽくそう言うと

 

「僕がこんな口を叩けるようになったのは、戦治郎さんが自分を見つめ直す時間と場所を僕に与えてくれたから、ですかね?」

 

翔はクタニドに向かってこの様に言い放つのであった

 

と、次の瞬間……

 

「おい翔……、今、戦治郎と聞こえた気がしたが……?それは長門 戦治郎の事か……?」

 

クタニドが急にその表情を豹変させ、地を這う様な低い声で翔に尋ねる

 

「え……?はい……、戦治郎さんは生前からの僕の恩人で、今所属している長門屋海賊団のリーダーですが……?」

 

クタニドの豹変に驚きながらも、翔はクタニドの質問に答える。するとクタニドは……

 

「まさか翔があの爆弾の関係者だったとは……」

 

そう呟きながら額に手を当て、苦悶の表情を浮かべるのであった。そんなクタニドの様子が気になった翔は、クタニドに一体何事かと尋ねるのだが……

 

「すまん……、これもクトゥルフの件が片付いてからだ……」

 

クタニドはそう言って、この件から話をはぐらかすのであった……



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常識と法則が乱れる

戦治郎の名前を出した際のクタニドの反応を見て以来、翔は心にモヤモヤした物を抱える事となってしまうのだが、時間は情け容赦なく過ぎていき、翔達は食事の後片付けを済ませると、再びルルイエに向けて歩き出すのであった

 

因みに、オムナイトになってしまったガタノトーアだが、案の定クタニドが言っていた通り、クタニドに向かって同行を申し出、翔達と共にルルイエに向かう事になっていた

 

それから一行が雑談を交えながら進んでいると、一行はそれはそれは広大な畑と、至る所に畜舎が建ち並ぶ風景と遭遇する

 

「ここは……、農場ですか……?」

 

「どうやらそうみたいですね、あっ!翔さん翔さん、見て下さい、あちらの畑に何かが植えられているみたいですよ?一体何が植えてあるのでしょうね?」

 

その光景を目にした翔が思わず呟き、畑に何かが植えられている事に気付いた鳳翔は、そちらを指差しながら翔にこの様な事を尋ねる。その後翔達があれが一体何なのかについて、自身の予想を交えながら話していると……

 

「どうやらその答えを、すぐにでも知る事が出来そうだな」

 

不意にクタニドがそう言いながら、ある方角を指差す。クタニドの言葉を聞いた2人が、揃ってそちらの方へと視線を向けると、そこには農夫ファッションに身を包んだディープ・ワンの姿が……

 

「あ、やっぱディープ・ワンいるんだ……」

 

「当たり前だ、っと言うかこいつら以外にルルイエに住む様な神話生物がいると思うか?」

 

「ですよね~」

 

ファーム・ワンを見るなり思わずそう呟いた翔に対し、クタニドがこの様に尋ね返すと、翔は引きつった笑みを浮かべながらこの様に返答する

 

と、翔達がこの様な会話を交わしている間に、ファーム・ワンは収穫の準備を終え、問題の作物を収穫しようと正体不明な植物の茎を掴み、腰を入れ勢いよくその植物を引き抜く。するとそこには大地の養分をしっかりと取り込んで、立派に育ったショゴスの姿が……

 

「あちょっ!?えぇっ?!」

 

「あら、すっごく大きいお芋さんですねっ!」

 

その光景を目の当たりにした翔と鳳翔は、それぞれ全く性質が違う驚きの声を上げる。そんな中、ファーム・ワンは驚く2人に目もくれず、ショゴスを引っ込抜いては籠に入れると言う作業を、黙々と続けるのであった

 

因みに、籠に入りきれず籠から落っこちてしまったショゴスが、次々と脱走していくのだが、ファーム・ワンはそんな事など気にも留めず、ひたすら畑のショゴスを収穫していた

 

「随分驚いているようだな?」

 

「はい、まさか海の底でもあんなに立派なお芋さんが採れるなんて、思ってもいませんでしたので……」

 

2人の様子をニヤニヤしながら見ていたクタニドが、2人に向かってこの様な言葉をかけ、ショゴスを活きがいい芋だと勘違いしている鳳翔は、ほんの少しはしゃいでいた事を恥ずかしがりながらそう答える。そして翔はと言うと……

 

「いやいやいやっ!!!ちょっと待って下さいよクタニドさんっ!!!何なんですかあれっ!?何でショゴスが畑から採れてるんですかっ?!ショゴスって神話生物ですよねっ!?!これじゃあまるで野菜じゃないですかっ!!?何でこんな事になっているんですかっ!??」

 

自身の中から次々を湧き上がる疑問を、クタニドに向かってマシンガントークでぶつけていく

 

「いやな~、古のもの達が作り上げたショゴスを、クトゥルフ達が品種改良した結果ああなってしまったんだ。まあクトゥルフ達は、簡単に数が増やせるようになったと喜んでいたが……、っと翔、こんな事やっている間に次の面白イベントが来るようだぞ?」

 

「ああ……、その単語からすっごく嫌な予感しかしない……」

 

クタニドが翔の質問に答えている最中に、この様な事を言いながら畜舎の方を指差し、翔は死んだ魚の様な目をしながらそう呟くと、ノロノロと畜舎の方へと視線を向ける

 

翔達の視線の先には、畑で作業するファーム・ワンとは別の個体と思われるファーム・ワンが、ハンドベルを片手に佇んでいた。そして翔達がその姿を確認した直後に、ファーム・ワンは手にしたハンドベルを掲げながら鳴らし始め、それと同時に畜舎の扉が開き、畜舎の中から大量のナイトゴーントが姿を現す……

 

「ああそんな気はしてたよ畜生っ!!!」

 

ナイトゴーントの放牧シーンを見た翔は額に手を当てながらその表情を歪め、この様な事を叫ぶのであった。そんな翔の姿を見ていたクタニドが腹を抱えながら笑っていると……

 

「あの……、クタニドさん……?」

 

不意に鳳翔がその身体を震わせ、顔を真っ青にしながらクタニドに声を掛けるのだった。そんな鳳翔の様子を怪訝に思ったクタニドが、一体どうしたのかを鳳翔に尋ねる。すると彼女は突然目尻に涙を湛えながら、クタニドにこう尋ねるのであった……

 

「あの人型の子達なんですけど……、畜舎から出て来たという事は……、その……、家畜と言う事なんですよね……?それはつまり……、ここの人達は人と同じ姿をしているあの子達を食べると言うのですか……?」

 

「いや鳳翔、あれは食べる為の家畜ではなくてだな……、あ~……何だ?え~……「……馬?」そう馬だっ!あれは私達にとって馬の様な存在なんだっ!!!」

 

声を震わせながら尋ねて来る鳳翔に対して、クタニドがどう答えたものかと困り果て、言葉を詰まらせてしまうのだが、そこで見かねた翔が適当に助け舟を出すと、クタニドはハッとするなり、大声でこの様に返答するのであった

 

その後鳳翔はクタニドの言葉を聞くなりほっと息をついて安心し、静かにナイトゴーントの放牧シーンを眺め始める。そんな鳳翔の様子を確認した後、クタニドは翔に礼を述べた後、ナイトゴーントについて話し始める

 

「先程お前はナイトゴーントを馬と例えたが、それは強ち間違っていないんだ。ここのディープ・ワン達はナイトゴーントの飛行能力を移動手段に使ったり、荷物持ちに使ったりと本当に馬の様に扱っているんだ」

 

「同じ奉仕種族のディープ・ワンに使われるって……」

 

「その辺は気にするな、んで、地上の馬に競馬がある様に、ナイトゴーントにもレース大会なんかがあったりするぞ。主催は私の部下のノーデンスなんだが、これが中々人気があってだな、今では至る領地で大会が開催されるようになり、かなりの数のスポンサーが付いているんだ。因みにそのスポンサーの中にはクトゥルフやクトゥグア、ツァトゥグァなんかもいるぞ」

 

「あんたらホント何やってんの……?」

 

クタニドの話を聞いていた翔は思わずそう呟くのだが、クタニドは翔の呟きが聞こえなかったのか、或いは気にもしていないのか話を続けるのであった

 

「長く生きているとどうしても暇になる事があってな……、っと寿命が短いお前達にはよく分からん話か。それでナイトゴーントレースなんだが……「あの、そろそろお腹一杯です……」ほんの一時期はハスター主催のビヤーキーレース……、人間で言うところのF1か?まあそんな感じのものに人気を奪われていたが、ビヤーキーが速過ぎて試合を観戦していると恐ろしいくらい目が疲れるだとか、観戦チケットが異様に高いなどの理由で徐々に人気が低迷してな……、決定打になったのはクトゥグアのレースチームの花形選手が、試合中事故死してしまった事で一気に人が離れていってしまったんだよ……」

 

「待って、確かクトゥグアさんって、ナイトゴーントレースのスポンサーもやってたでしょ?どんだけレースとか好きなの?」

 

「あいつのレース好きは筋金入りだぞ?そもそも奴がハスターと同盟を組んだ理由も、ビヤーキーレースにチームを参加させる為だけだからな」

 

「ああ……、僕の常識が壊れていくなぁ……」

 

こうして翔はゲンナリしながらそう呟きながらも、クタニドのお喋りに長々と付き合うのであった……

 

因みに、その間ガタノトーアは何をしていたかと言うと……

 

「ふむ!小さい身体と言うのは移動の面では不便だが、大きな身体の時には見る事が出来なかった物や、新しい発見などが多くあって中々楽しいものだなっ!っと、これは一体なんだっ?!」

 

この様な事を言いながら辺りをふらつき、発見した物はすぐさま手に取り観察し、観察が終わればそれを大事そうに殻の中に仕舞っていく。この時も、ガタノトーアは農場の隅で蠢いていた鱗で覆われた細長い紐状の生物を捕まえ、観察後大事そうに自身の殻の中に仕舞っていたのであった




因みにナイトゴーントの方は、飛んで脱走出来ない様に上空に罠を仕掛けてある模様


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ルルイエへようこそ

クタニドの長い話が終わり、一同が再びルルイエに向かって歩き出してからしばらく経った頃

 

「……多少は気は紛れたか?」

 

不意にクタニドが翔に話し掛ける、それに対して翔は軽く驚きながらクタニドの方へ視線を向けると、そこには申し訳なさそうな表情を浮かべながら、自身の頬をポリポリと掻くクタニドの姿が映る

 

「戦治郎の件での私の言動のせいで、お前を動揺させてしまって本当に済まなかった……。本当はすぐにでも私達が持つ情報を、お前に与えてあげたいところなんだが……、今は状況が状況だからな……」

 

「ああ……、気付いてたんですね……。だから気を紛れさせる為に僕達に農場を見せたり、色んな話をしていたんですね……」

 

クタニドの話を聞いた翔が、これまでのクタニドの言動を顧みて、どうしてクタニドがこの様な事をしたのかについて納得すると、翔はクタニドに向かってこの様な言葉を掛ける

 

「まあな……、お前の口から戦治郎の名前が出た時、私が反応しなければこんな事をしなくても済んだのだが……、旧神のリーダー格と言う立場上、どうしても戦治郎の事は看過出来ないんだ……」

 

「一体戦治郎さんの身に何が……?」

 

クタニドの言葉を聞いた翔が、怪訝そうな表情を浮かべながらそう尋ねると

 

「この件の詳細については、先程も言ったがクトゥルフの件が終わってからになるな……。この話をする為には、どうしても先に転生個体について知ってもらわなければいけないからな……。ただ……、これだけは言える……」

 

翔の疑問に対してクタニドはここまで話したところで会話を一旦区切り、一呼吸置いて表情を険しいものにしながら、この様に続ける……

 

「戦治郎を不用意に暴走させてしまえば、少なくとも地球が物理的に滅ぶ……。これが揺るがぬ事実であるが故に、私達旧神は戦治郎の事をどうしても警戒しないといけないんだ……。そこだけは分かってくれ……」

 

クタニドのこの言葉を聞いた翔は、その顔を真っ青にしながら驚愕の表情を浮かべる。普通だったらこの様な話をされると、冗談だろうと思って軽く流す翔なのだが、今のクタニドが纏う雰囲気やその表情、声色などからその内容が事実であると、彼女が嘘を言っていない事を本能的に察知したのである

 

それからしばらくして、我に返った翔がクタニドに向かって

 

「それ、余計僕を動揺させてしまうんじゃないです?」

 

この様に言い放つと、クタニドはハッとしてしまったと言った感じの表情を浮かべるのだが……

 

「大丈夫ですよクタニドさん、そちらに並々ならぬ事情があるって分かったので、今はそれで取り敢えず納得しておきます。その代わり、事が済んだら絶対にそれらの詳細を教えてくださいね?その情報を基に、僕達の方でも戦治郎さんが暴走しない様に、しっかり対策立てないといけませんからね」

 

翔は表情を暗くするクタニドに向かって、こう言って改めて約束を取り付けるのであった。それに対してクタニドは

 

「分かった、転生個体の事と戦治郎の事、クトゥルフの件が終わったら必ず教えよう」

 

この様に返答した後、遅れた分を取り戻す為に翔達を急かし、やや早足になりながら歩みを進めるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくすると、翔達の視界に石造りの巨大な城壁と、それはそれは大きな門が姿を現す

 

「これが……、ルルイエの入口か……」

 

「これは……、とても大きいですね……」

 

翔と鳳翔は、城壁と門を見るなり思わず足を止め、それらを見上げながら思い思いに感想を口にするのであった

 

「この門は本来の姿の我や父上も通るものだからな、大きくて当然だっ!!」

 

「ここまで来たら目的地はすぐそこだ、そういう訳で何時までもこんなところに突っ立ってないで、ほらほら、早く中に入るぞ」

 

そんな中、翔の頭に鎮座したガタノトーアが自慢げにそんな事を口にし、クタニドはこの様な事を言いながら、門を蹴り飛ばして強引に開き、ズカズカと中に入っていく

 

「あの、クタニドさん?勝手に入って大丈夫なのですか……?」

 

そんなクタニドの突拍子もない行動を目の当たりにした鳳翔が、目を見開いてビックリした後、オロオロしながらクタニドにそう尋ねると……

 

「いつもなら門に近付く前に、衛兵のディープ・ワンがすっ飛んで来るんだが、今回はそれが無い。つまり衛兵達は、ここにはいないという事になる訳だ。そうなると私達は、ルルイエに入る許可を一体誰から取ればいい?」

 

クタニドはあっけらかんとした様子でそう返答し……

 

「それ以前に、鳳翔は我が何者か忘れておらぬか?」

 

クタニドと鳳翔のやり取りを聞いていたガタノトーアが、ムッとしながらこの様な事を口にする。それに対して鳳翔は、人差し指を自身の顎に当て、不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げる。どうやら鳳翔はガタノトーアが何者であったかを、すっかり忘れてしまっている様である……

 

そんな鳳翔の様子を見たガタノトーアは、一瞬だけ愕然とした後、翔の頭の上に左右の触腕を突いてガックリと項垂れてしまい、見かねた翔が鳳翔にガタノトーアが何者であるかを再度説明し、それを聞いた鳳翔は慌てた様子でガタノトーアに謝罪するのであった

 

 

 

それから翔達は先程クタニドが蹴破った門を潜り、石造りの建物が建ち並ぶルルイエの城下町に入るのだが……

 

「静かですね……」

 

余りにも静か過ぎる城下町の様子に、思わず鳳翔がそう呟き……

 

「……あの……、街の中に生体反応が1つもないんですけど……?」

 

陸上姫だけが持つ、建築物把握能力を使った翔が、怪訝な表情を浮かべながらクタニドにそう尋ねる。それに対してクタニドは……

 

「恐らく郊外にいる者達以外全員を、城に集めて何かやっているようだな……」

 

町の中央にある城を顎で指しながら、この様に答えるのであった

 

「もしかしたら、父上が決起会を行っているのかもしれん……っ!」

 

クタニドの言葉を聞いたガタノトーアが、ハッとした後この様な言葉を口にし、それを聞いた一同はその表情を引き締め、急いでルルイエの支配者であるクトゥルフの居城へと向かうのであった……

 

 

それからしばらく走ったところで一行は城の門に到着するのだが、先頭を走っていたクタニドが間髪入れずに門を蹴破り、一行はその足を止める事無く城の内部になだれ込む。それから翔達はクタニドとガタノトーアの案内を受けながら、城内を疾走して目的地へと辿り着くのであった

 

「ここが謁見の間の入口だ、ガタノトーアの予想が正しければ、恐らくクトゥルフ達はこの中で決起会をやっているはずだ」

 

目的地である謁見の間の入口に辿り着いたクタニドが、その巨大な扉を見上げながらこの様な言葉を口にし、今度は音を立てない様に慎重に扉を少しだけ開いて、その隙間から覗き込む様にして中の様子を窺う。その直後クタニドがその表情を歪めた為、中の様子が気になった翔と鳳翔は、クタニドに倣って扉の隙間から中の様子を窺うと、そこにはとてもではないが信じ難い光景が広がっていたのであった……

 

翔達の目に先ず飛び込んで来たのは、それはそれは凄まじい数のディープ・ワンや淵みに棲むもの、更に蛸の様な姿をしたクトゥルフの落とし子であるクトゥルヒと言った奉仕種族の皆様方の姿である

 

普通ならこの光景を見ただけで発狂してしまいそうなものなのだが、どうやらこれだけでは終わらない様である。部屋の奥に視線を向ければ、ディープ・ワン達とは比べ物にならない威圧感を放つ者達が玉座を挟む様に横1列に並び、その玉座には無数の触手が生えた蛸の様な頭部と蝙蝠の様な翼を持つ、人型の巨大な何かが頬杖を突きながら座っていたのである

 

「あれは……、妻のイダー=ヤアーにカソグサ……、それに眷属のムナガラー、ダゴン、ハイドラ、更にはオトゥームまでいるのか……。どうやらクトゥルフの奴は、本気で人類と深海棲艦を潰そうとしている様だな……」

 

翔が部屋の内部の状況を把握したところで、不意にクタニドがこの様な事を呟く

 

「何そのクトゥルフ眷属オールスター……、って言うか、そんなメンバーに挟まれても堂々としてるって事は……?」

 

「ああ、あの玉座に座っている者こそが、ここルルイエを支配する旧支配者、クトゥルフだ」

 

クタニドの呟きに対して翔がそう尋ねると、クタニドは玉座に座る者を指差しながらこの様に答える。それを聞いた翔が、微かに身震いをしたその直後の事である、部屋の奥の玉座に座っていたクトゥルフが、突然ゆっくりと立ち上がり……

 

「聞けえぇっ!!!我が眷属達よぉっ!!!」

 

地を揺らす程の途轍もない大きさの声で突如叫び、謁見の間に集まっていた者達全員の注目を集めたところで、決起会を開始するのであった……



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怒りの理由と秘密のお転婆姫

こうしてクトゥルフ達の決起会が始まった訳だが、翔は決起会が始まったにも関わらず未だに扉の前で静かに待機し、中の様子を窺っていた

 

何故翔がそんな事を続けているのか、それは鳳翔とガタノトーアに問題が発生してしまったからである。まず鳳翔は先程のクトゥルフの叫びに驚いて、腰を抜かしてしまい立てなくなってしまったのである。そしてガタノトーアはクトゥルフの叫びで、自身がクトゥルフに思いっきり殴られた時の事を思い出してしまい、完全に竦み上がってしまっているのである

 

そういう訳で現在、クタニドが1人と1柱を落ち着かせようと奮闘し、翔は中の様子に変化が起きた時にクタニドに知らせる為に、こうやって中の様子をこっそりと窺っているのである

 

そしてクトゥルフの演説を聞いていた翔が、クトゥルフの口から気になる言葉が飛び出すなり、眉を顰めながらクタニドに質問をする

 

「クタニドさん、さっきクトゥルフさんが人類と深海棲艦がイハ=ントレイを滅亡させたとか言ってたんですが……?」

 

「ああ、イハ=ントレイか。そこは人類……、厳密にはアメリカ軍と深海棲艦が戦争を開始した際、両軍の攻撃に巻き込まれて滅亡してしまったんだ……。恐らくこの決起会に参加しているディープ・ワンの中には、イハ=ントレイの生き残りがいるかもしれんな……」

 

「なるほど、そんな事があったんですね……。って言うか、その知らせを聞いたらクトゥルフさんは即刻ブチギレて、今回みたいに戦争仕掛けようとすると思うんですが……?」

 

「その時はクトゥルフの妻達と眷属達が必死になって止めたんだ、今出るのは危険過ぎるから、今だけは何とか堪えて大人しくしてくれとな。まあ考えてみれば分かるはずだ、その頃は何処にも艦娘なんてものはいないんだ、そうなるとアメリカは何をメイン武器として深海棲艦と戦うかがな……」

 

翔とクタニドはこの様なやり取りを交わし、クタニドの言葉を聞いた翔は顔を青くしながらこう呟く

 

「核兵器……」

 

「その通りだ、まあ深海棲艦には普通の核兵器は全く通じないがな……。だがアメリカの連中はそんな事も知らず、阿呆の様にバカスカと深海棲艦に核を撃ち込んでいたんだ。そんな中に突っ込むとなれば、私達が超常の存在だとしても流石にダメージを受け、最悪死に至る可能性が十分有り得るからな……。いくら私達が強大な神話生物だとしても、限度と言うものはあるからな……。それでイハ=ントレイだが、アメリカ軍の潜水艦が深海棲艦に向けて放ったものの外れてしまった対潜水艦核魚雷なる物が、少なくとも45発は直撃し、多くのディープ・ワンがその爆発に巻き込まれたそうだ……」

 

クタニドは翔の呟きに答えた後、その表情を暗いものに変えてしまう。どうやらクタニドは、当時の状況を思い出してしまった様である……。そんなクタニドの姿を見た翔は、彼女の心中を察してただただ押し黙り、それに気付いたクタニドは笑みを浮かべながら翔に話し掛ける

 

「まあその結果アメリカは手持ちの核を使い切ってしまい、それにより深海棲艦に核が通用しない事が世界中に知れ渡り、核保有国はこぞって核兵器を処分したそうだ、最早核を保有しておく理由がないからな」

 

「世界最大の核保有国であったアメリカが核を使い切ったってなると、牽制の為に持っている必要は無いし、深海棲艦に通用しないと分かれば尚更持っている意味がありませんからね……。仮に処分しなかった場合、世界中から大顰蹙を買うだけでなく、政府が自国民から袋叩きにされかねませんからね……」

 

クタニドの言葉に翔がこの様に返すと、クタニドは笑顔のまま大きく頷きながらこの様な事を口にする

 

「そういう訳で、クトゥルフの暴走を抑えていた核兵器はこの世界から撲滅され、それをいいことにクトゥルフは今回の様な行動に出たのだろうな」

 

「これだけ条件が揃っていれば、誰だって本気で潰しにかかるでしょうね~……」

 

クタニドの言葉を聞いた翔が、納得しながらそう返していると、不意に廊下に足音が響き渡る。それを耳にした1人と1柱が警戒心を高める中、足音は段々大きくなっていき、やがてその足音の主が翔達の前に姿を現す。そしてクタニドがその足音の主の姿を見るなり目を見開いて驚き、思わずその人物の名前を呼ぶ

 

「クティーラッ!?何故お前が此処にいるんだっ?!」

 

「何っ!?クティーラだとぉっ?!!」

 

クタニドの声に反応し、先程までクトゥルフに怯えていたガタノトーアがすぐさま立ち直り、足音の主である水色の髪を両サイドで団子状にまとめた状態でショートボブに切り揃えた少女の方を向くと、慌てた様子で声を上げるのであった

 

「クタニドさんにガタノトーアお兄様?こんなとこで何やってるの?」

 

2柱からクティーラと呼ばれた少女は、大慌てするガタノトーアの様子など気にも留めず、不思議そうな表情を浮かべながら2柱に向かって尋ねる

 

「それはこっちのセリフだっ!!確かお前、ヌクトーサとヌクトルーと一緒に木星に避難する様にと父上から言われていたであろうっ!!?」

 

「ああそれ?木星に行く直前で私だけ抜け出してきちゃった☆」

 

「何で抜け出して来たんだお前はぁっ!??」

 

「だって皆の事が心配だったんだもん!」

 

それからしばらくの間、この3柱は謁見の間の前でギャーギャーと口論を始め、翔がその様子をポカンとしながら見ていると、不意に服の裾がクイクイと引っ張られる。何事かと思って翔がそちらに視線を向けると、そこには状況が分からずオロオロとする鳳翔の姿があった

 

「翔さん……、クタニドさん達と口論をしているあの女の子は、一体何者なんですか……?」

 

「ああ、あの子ですか……。とても信じられないかもしれませんが、クタニドさん達の言葉が正しければ、あの子はガタノトーアさんの妹さんで、クティーラと言う名前の神話生物なんです……。いや、ホント信じ難いと思いますけど……」

 

鳳翔が戸惑いながら少女の正体を翔に尋ねると、翔はそう言いながら少女の髪の毛を指差す。そして翔が指差す先に視線を向けた鳳翔は、ある事に気付いて驚きを露わにする。そう、よく見ると彼女の髪の毛先は、ガタノトーアの触手の様な形状をしているのである

 

「見た目は普通の人間の女の子なのに……、神話生物にはあの子と同じ様に、人間と同じ姿をした方もいらっしゃるのですか?」

 

「全くの0と言う訳ではないですね……、実際クタニドさんの部下……?にノーデンスさんって方がいらっしゃるんですけど、その方は人間の老人の姿をしてるそうですよ?」

 

鳳翔の質問に対して翔はこの様に返答した後、思い出した様に謁見の間の中の様子を窺い、未だにクトゥルフの演説が続いている事を知るとホッと胸を撫で下ろし、再び口論を続ける3柱の方に向き直る

 

それから間もなくして、ようやく3柱の口論が終わり、クタニドが代表して口論の末決まった事を翔達に伝える

 

「あ~……、このお転婆姫も説得に協力する事になった……」

 

「お父様からは地球がこれから危なくなるって聞かされてたけど、まさかお父様達の方から戦争を仕掛けようとしてたなんて事、全く教えられてなかったよっ!!もしお父様達が戦争を始めたら、絶対ハスターさんみたいにお父様と敵対している勢力が介入して来て、地球が大変な事になっちゃうよっ!!!」

 

「最悪、喧嘩大好き脳筋ゴル=ゴロスや愉快犯のニャルラトホテプまでもが、便乗して来る可能性もあるのだがな……」

 

「そうさせない為にも、私達が頑張ってお父様を止めないとだねっ!ねっ?ガタノトーアお兄様?」

 

「我としては、最悪の事態に備えて双子同様、お前にも避難して欲しかったところなんだがな……」

 

事情を知ったクティーラはそう言って息を巻き、ガタノトーアはそんな妹の姿を見てガックリと肩を落とす……。こうして、クトゥルフの説得にクティーラが加わる事となるのであった……

 

 

 

因みに、クティーラがこのオムナイトが自身の兄である事に一発で気付いた件についてだが……

 

「お父様やお母様、お兄様達がどんな姿をしていても、私は気配で気付く事が出来るんだっ!!」

 

などと自慢げに言っていたそうだ……




ゴル=ゴロスの設定は、この作品内だけの設定です


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戦いの始まりとマッハで突っ込んで来る混沌

クトゥルフの説得にクティーラが加わったところで、謁見の間から凄まじい大きさの声が聞こえて来る

 

「さあ戦士達よっ!!!今こそイハ=ントレイに住んでいた者達の無念を晴らす為にっ!!!今も戦争を続ける愚か者共のその身にっ!!!その魂にっ!!!偉大なる我らの力をっ!!!海の本当の恐ろしさをっ!!!刻み込む時が来たのだっ!!!!!」

 

その内容から聞こえて来た声はクトゥルフのもので、どうやら演説は終わりを迎えようとしている様であった

 

「おおっと、どうやらここでお喋りしている間に、演説が終わりそうになっているな。これは流石にもう時間がないし、行くとするかっ!」

 

謁見の間から聞こえた声を耳にしたクタニドが、そう言いながら翔達の顔を見る。それに対して翔達が頷き返したところで、クタニドは例によって例の如く、謁見の間の扉を蹴り飛ばして強引に扉を開き、吹っ飛んだ扉の下敷きになったディープ・ワン達には目もくれず、腕組みをしながらズカズカと謁見の間の中へと入って行くのであった

 

「何者d……、お前は……、クタニドか……っ!?」

 

「久しぶりだなクトゥルフ、前に会ったのは確か……、紛い物の頭目の情報をイースの連中が持ち帰った時だったか?」

 

突然の乱入者に対してクトゥルフが怒声をぶつけようとするのだが、乱入者の姿を見るなりクトゥルフは忌々し気な表情を浮かべながら声を上げる。それに対してクタニドは、飄々とした態度を取りながら、この様に答えるのだった

 

因みにそんなクタニドの背後では、扉の下敷きとなったディープ・ワン達を助ける為に、翔、鳳翔、ガタノトーア、クティーラが協力して巨大で重厚な扉を何とか退かそうと奮闘していた

 

「貴様がここに来たと言う事は、私が何をしようとしているのか既に分かっているという事だな……?」

 

「その通りだ、貴様の企みは私が止めて見せる」

 

クトゥルフがクタニドにそう尋ねると、クタニドはその表情を引き締めながらそう答え、クタニドの返答を聞いたクトゥルフは、奥歯を噛み締めながら戦闘態勢に入ろうとする……

 

クトゥルフとクタニドの間の空気が緊迫する中、翔達はと言うと扉を退かす為に翔の艦載機やガタノトーアの眷属であるロイガー族まで使って頑張っていた。その様子を見ていた周りのディープ・ワン達は、1人、また1人と翔達に協力し始め、仕舞いにはその様子を見かねたダゴンとハイドラ、オトゥームまでもが翔達に協力し出すのであった

 

「まあ待て、先ずは話し合う事から始めてみないか?」

 

「……何?」

 

「私はお前が何をしようとしているかについては知っている、だがお前がどんな気持ちでそう言う手段に出ようとしているのかについては、とんと見当も付かんからな。そういう訳でだ、先ずはお前が何故戦争を仕掛けようとしているのかについて、お前の口から嘘偽りなく私に教えて欲しいんだ。まあここでは部下がいる手前、流石に話し難いと思うからな、ここは場所を移動してサシで話し合おうではないか」

 

戦闘態勢に入ったクトゥルフに向かってクタニドはこの様な提案をし、直後に翔達の方へとチラリと視線を向ける。クタニドの提案を聞いたクトゥルフは、しばらくの間クタニドの様子を窺った後、戦闘態勢を解除してクタニドに向かってこう言い放つ

 

「上に行くぞ、そこなら誰にも聞かれる心配はないからな……」

 

「了解、素直な奴は好きだぞ。っとそっちのお前達、そこにいる連中は私の客人だから手を出すなよ?もし翔達の身に何かあった時は、お前達全員の首を捻じ切ってやるからな?肝に銘じておけ」

 

クトゥルフの提案を聞いたクタニドは、その提案を受けクトゥルフと共に謁見の間の上にあるクトゥルフの私室に向かうのだが、その途中に後ろを振り返ってこの様な事を言い残し、再びクトゥルフの後を追って移動するのであった。そんなクタニドの発言に、クトゥルフの眷属達はおろか、翔達も只々戦慄するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クトゥルフ達が謁見の間から姿を消した後、謁見の間は少しばかり騒がしくなっていた

 

「お前達!先程扉の下敷きになった者達を、急いで医務室に搬送しろっ!!」

 

そう言ってオトゥームが自身の手下に指示を出して、扉の下敷きになった眷属達を次々と謁見の間から運び出し

 

「あんたぁっ!!この邪魔臭い扉を早くどっか持って行きなっ!!!」

 

「わぁってるってっ!!っとお前らっ!!このクソ重い扉を付け直すから手伝いやがれっ!!!」

 

続いてハイドラが自分の旦那であるダゴンに、クタニドが蹴破った扉をどうにかする様に指示すると、ダゴンは部下のディープ・ワンや淵みに棲むものを連れて扉の修理を開始する

 

「皆の者、本当に済まぬ……。我がクタニド殿を止めていればこの様な事にはなっていなかったのだが……」

 

その様子を見ていたガタノトーアが、忙しなく動くクトゥルフの眷属達に向かって申し訳なさそうに謝罪すると……

 

「いえ、私は騎士として当然の事をやっているだけですので」

 

「これについて事故みたいなもんだから、若が気にする事じゃないさね」

 

「つか、若のその恰好は何だ?それと何でお嬢までここにいるんだ?俺はそっちの方が気になるんだが……?」

 

クトゥルフの眷属達は、思い思いに言葉を口にするのであった

 

「私が此処にいる理由は皆が心配だったからだよっ!!正直なところ黙って戻って来たのは、私達の事を心配してくれているお父様には悪い事したな~って思ったけど、どうやら戻って来て正解だったかもっ!!」

 

「その口振り……、どうやらクティーラ様はお父上が何をしようとしているのか知った様ですね……」

 

クティーラの言葉を聞いたオトゥームが、目を伏せながら呟く様にそう言うと、クティーラは1度だけ力強く頷いた後、この様な事を口にする

 

「お父様がやろうとしている事は、クタニドさんとガタノトーアお兄様から聞いたよっ!!もし戦争を始めちゃったら絶対戦う相手が増えて、皆が大怪我するのが目に見えてるもんっ!!私、皆が無駄に傷つく姿なんて見たくないもんっ!!だから私、お父様を止めたいのっ!!!」

 

「我もクティーラと全く以て同意見だ、父上が人類や深海棲艦に対して怒りを覚えるのは解る、だがだからと言って不用意に戦争を開始しようものなら、間違いなくハスター殿やゴル=ゴロス殿、果てはニャルラトホテプが介入し、地球規模の戦争では留まらず、最悪宇宙規模の戦争になりかねん……。そうなると何処の陣営にも多大な死傷者が出るのは明白だ、我は何としてでもそれを阻止したいと考えておるのだ……」

 

クティーラの言葉を聞いたガタノトーアが、クティーラに続く様にして発言し、それを聞いたオトゥームは静かに頷き、ダゴンとハイドラは2柱の言葉が余程嬉しかったのか、2柱揃って感涙しその身を震わせていた

 

「クティーラ様が此処にいる理由、そしてガタノトーア様がどの様なお考えであるかについてはよく分かりました……。それでガタノトーア様、そのお姿について教えて頂きたいのですが……?」

 

それからしばらくして、オトゥームが改めてガタノトーアの姿に関して尋ねると……

 

「この姿か、これはクタニド殿が連れて来た助っ人達に対しての配慮の一環だと思ってくれ」

 

ガタノトーアはそう言いながら、件の助っ人の1人である翔の方へと視線を向ける。それに釣られる様にして、眷属達が翔の方へ視線を向けると……

 

「話し合いの場に相応しい料理……、それに僕の全力をかけるとするなら……、そうなると……」

 

そこには何かをブツブツと呟きながら、艤装を展開して料理の準備を始める翔の姿が映る。こうして、翔の戦いの火蓋は切られるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~~ん!これはこれは香ばしい混沌の香り☆きっと中では頗る楽しそうな事が起こってるよ・か・ん♪さてさて、どんな事件が僕を楽しませてくれるのかな~?」

 

翔が謁見の間で料理の準備を進めている頃、この様な事を口走りながらスキップで城内に侵入しようとしている影が1つあり、その背後には、恐らくその影がここまで来る為に乗って来たのであろうSu-35が、機首から地面に突き刺さっていた

 

「あ、そうだ、君はもう帰っていいよ。帰りは自力で何とかするからね」

 

ふと何かを思い出したのか影はピタリと足を止め、地面に突き刺さるロシア戦闘機の方を振り返りながらそう言うと、突如戦闘機はその姿を変え始め、全身に鱗を纏い、馬の様な頭を持った、象ほどの大きさの鳥の様な姿に変身し終えると、蝙蝠の様な翼をはためかせて空へ飛び立ち、その姿はやがて見えなくなってしまうのであった……

 

「これでよし!さてさてっとぉ、それじゃあ早速パーティー会場を引っ掻き回しに行きますか~☆」

 

自身が乗って来た巨大な鳥の様な生物、シャンタク鳥の姿が見えなくなったところで、影は前へ向き直るなりそう言って、楽しそうに鼻歌を口ずさみながらスキップで城内に侵入するのであった……




まあ僕の出番はもうちょっと先みたいだけどね♪


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会席料理に想いをのせて 混沌編

途中から地の文が途轍もなく崩壊し、物凄く読み難くなっています……、御覚悟を……


「すぅー……、はぁー……。すぅー……、はぁー……」

 

クトゥルフ達に出す料理が決まり、その準備を整え終えた翔が、まるで精神統一でもするかの様に深呼吸を繰り返す

 

「翔の奴……、凄まじく気合いを入れておるな……。カレーを作った時とまるで気迫が違うぞ……」

 

「そりゃそうでしょ、今回翔さんが失敗したら、世界が滅んじゃうかもしれないからね……。っと、それはそうとお兄様?翔さんのカレーって美味しかったの?」

 

「うむっ!それはもう美味だったぞっ!!余りにも美味し過ぎてついついこの身体で、最終的には10杯食べたが、それでも食い足らぬと思ったほどだっ!!!っと言うかクティーラよ、何故お前はカレーを知っておるのだ?」

 

「木星行きから抜け出した後、しばらく人間社会に紛れ込んでて、その時にね~」

 

そんな翔の姿を見たガタノトーア兄妹は、この様なやり取りを交わし

 

「翔さん……」

 

鳳翔は翔の事を心配そうに見つめつつ、思わず翔の名を呟くのだった

 

この時、カレーはおろか料理を知らないダゴンとハイドラは

 

「なあハイドラ、お前カレーって何か分かるか?」

 

「あんたが知らない事を、アタイが知る訳ないだろうっ!!」

 

夫婦でこの様な会話を交わしていたのであった

 

 

 

 

 

一方その頃……

 

「あんれ~?ここさっき通ったよね~?ちょっとここの廊下、複雑過ぎでしょ~……?これじゃあ僕が辿り着く前に、パーティーが終わっちゃうじゃないか~……」

 

先程城にスキップしながら侵入して来た影は、侵入者対策の為に迷路状になっている城の廊下で、迷子になっていたのであった……

 

 

 

 

 

「よしっ!」

 

精神統一を終えた翔が、気合十分と言った様子で声を上げると、それに続く様にしてこの場にいる者達全員を見渡しながら、1つ質問を投げかける

 

「僕達はこれから料理を開始しますが……、その前に皆さんに1つだけ聞いておきたい事があるんです」

 

「聞いておきたい事?」

 

翔の言葉に対してクティーラが『チョリーッス!って此処何処よ?』、不思議そうな顔をしながら尋ね返すと、翔はクティーラに向かって1度頷いて見せた後『あんりょ~?確かパーティー会場に向かうようワープしたはずなのにな~?』、質問の内容をこの場にいる全員に聞こえる様に、大きな声で話すのであった『ってこれ何~?もしかしてパーティー会場の様子~?』

 

「今この場にいる方の中で、クトゥルフさんに胸の内を正直に伝えた方はいますか?」

 

翔の言葉を聞いた全員がざわつき出し『それじゃあホント此処は何処なの?いやホントマジで』、その中でたった1柱、ガタノトーアだけが天を穿つ様に真っ直ぐに触腕を上げる『ん?ん~?』

 

「やっぱり……、誰も話してないんですね……?」

 

どうやら翔はこの結果を予想していたのか『あ、此処地の文だっ!』、その表情を暗くし『冗談抜きで変なとこ飛んじゃったぞこれ~』ながらそう呟く……

 

「正直、殿の事を止めようとは思ったんだけどよぉ……、何か今回の殿は余りにもマジ過ぎてな……、完全に委縮しちまって何も言えなかったんだわ……」

 

「同じく……」

 

翔の言葉を聞いたダゴン夫妻が『ん~……、ここまで来るのに結構歩いたし……』、この様な事を『丁度いいから此処で休憩していこっと♪』口にし……

 

「私も同じだな……、本来ならば騎士として、道を踏み外そうとしている主を止めるべきなのは分かっているのだが……、その気迫に圧倒されてしまって……」

 

『って事でオッスお願いしま~す☆』ダゴン夫妻の言葉に続くようにして、『んでんでんで、これどんな状況~?』オトゥームが悔しそうな表情を浮かべながら言葉を紡ぐ……『何?クトゥルフのとこの下僕共が何かやらかしたん?』

 

「こんな調子で、眷属衆は誰1人クトゥルフ様に意見出来ず仕舞いで終わってしまっておるのですよ。当然ながら、私もその中に含まれておる訳ですがね……」

 

渋い顔をしながら『プハッ!だっせぇっ!!』そんな事を口にするのは、『クトゥルフが怖くて意見出来ないとかマジだっさ~い☆』クトゥルフの右腕と呼ばれているムナガラー『君、それでもあいつの右腕な~ん?』

 

「本来、妻である私達が真っ先に夫の暴走を止めなければいけない立場なのですが……」

 

クトゥルフの『ふむふむ~』1番目の妻であるイダー=ヤアーが、ションボリしながらそう言うと……『ほ~~~ん?』

 

「スクタイさんの件があったからね……、変な事言ったら殺されるんじゃないかって……、それがホントに怖くて、どうしても兄さんに意見出来なかったんだよね……」

 

クトゥルフの妹でもあり3番目の妻『こいつもビビって駄目だったんか~い!』でもあるカソグサが、『まあ僕にとってはどうでもいい事だけどね~♪』続いてそう発言するのであった……

 

そんな中クティーラが、1柱だけ挙『お?お?』手したガタノトーアに対して

 

「凄い!お兄様の触腕が燦然と輝いて見えるっ!!」

 

なんて『キャー!お兄様カッコイー!』事を言っていたが、そんな事今は些末な事『いや知らんけど』である

 

さて、『つかそこの君ぃ……』この場にいる旧支『さっきから僕の事スルーしてたりする~?』配者達の言葉を聞い『どうなのっ?!』た翔だが、目を閉じて1人でウンウンと一頻り頷いた後……『ねぇ聞いてる~?』

 

「皆さんの話を聞く限り、この場にいる方でクトゥルフさんの意見に賛同している方は、全くいないって事でいいですか?」

 

目を開いて旧支配『もっしも~し』者達に向かっ『ってあれ?僕のセリフの色薄くなった?』てそう尋ねると、一同は一斉に首を縦に振るのであった『いやんマジで薄くなってるぅっ!?』

 

「分かりました、ではいい機会なので、皆さんの胸の内をしっかりとクトゥルフさんに伝えちゃいましょう」

 

「は?どうやって?今殿はクタニド殿と話し合いしてんだろ?まさか今から皆で一斉に押しかけんのか?」

 

旧支配者『ちょっとっ!?これどっことっ?!』達の様子を見た翔がこの様な発言をすると、すかさずダゴ『ねぇ聞いてるっ!?』ンが翔に向かってそう尋ねる。すると翔は首を『無視か~い!!』横に振ってから、自身の考えを皆に伝え始めるのであった『って遂に真っ白になっちゃったしぃっ!?!』

 

「それに関してですが、僕に考えがあるんです。先ずその作戦を皆さんに伝える前に、皆さんの中に日本の会席料理が分かる方っていますか?」

 

翔がこの様『つかマジで白はどうかと思うよ~?』に尋ねたところ、鳳翔と給糧妖精さ『これじゃあ変な余白があるって言われちゃうじゃん!!』んだけが挙手する。その様子を見た翔はほんの少しだけ(君ちゃんと考えてる?)渋い顔をした後、旧支配者達に向かって知識を共有する魔(って今度はルビに押し込められた件……)法を自分に使う様にと頼み、イダー=ヤアーの協力の下全(いやまあね?白文字よりはマシだよ?)員に会席料理の知識を行き渡らせるのであった(でもやっぱ酷くないっ!?)

 

「これで知ってもらえたと思うんですが、日本の会席料理はお酒を楽しむ為のコース料理なんです。で、僕は今回クトゥルフさん達には、この会席料理を振舞おうと考えているんです」

 

「ふむ……、それで翔よ、それと父上への意見具申がどう繋がるのだ?」

 

「今回は喰い切り方式、クトゥルフさんの食の進み具合を見ながら料理を順番に出していく方式でやろうと思ってるんです。因みにクトゥルフさんの食の進み具合に関しては、クタニドさんからテレパシーを使って随時報告してもらおうと考えてます。んで、僕達は前菜、吸物、刺身、焼き魚、煮物、揚げ物、蒸し物、酢の物、ご飯、そして最後に水物と順番に料理を作っていきますから、皆さんにはそれを1柱1品ずつ、これと一緒にクトゥルフさん達のところに持って行ってもらいたいんですよ」

 

翔はそう言うと準備していた日本(君、僕の事そんなに嫌い?)酒の一升瓶と杯を取り出して、皆に見える様に調理台の上に置くのであった(いや……、聞いてる……?)

 

「そいつは何だい?」

 

「日本のお酒です、それで皆さんには料理を運んでもらった後、これをクトゥルフさんに呑んでもらって、クトゥルフさんの気が良くなったところで、皆さんの胸の内をクトゥルフさんにぶつけてもらおうと考えているんですよ」

 

日本酒を見たハイドラが、怪訝そうな表情を浮かべ(ああそう……、君は僕の事嫌いなのね……)ながら翔に尋ねると、翔はそう言って自分の考えの残り全てを、旧(分かったよ出ていくよ……)支配者達に伝えるのであった

 

翔の考えを聞いた旧支配者達は、全員が翔の作戦に賛(丁度疲れもとれた事だしね……)同し、翔と鳳翔が料理を作っている間に誰がどれを担当するか話し合い(畜生、覚えてろよ……?)、その結果…・・・

 

前菜……オトゥーム

 

吸物……ダゴン

 

刺身……ハイドラ

 

焼き魚……ムナガラー

 

煮物……ガタノトーア

 

揚げ物……クティーラ

 

蒸し物……カソグサ

 

酢の物……イダー=ヤアー

 

ご飯……鳳翔

 

水物……翔

 

この順番で料理を運ぶ事が決まるのであった。因みに鳳翔と翔までもが料理を運ぶ事になったのは、単純に人数不足とどうせだから2人も何か言っておけばいいと言う話の流れが理由だったりする

 

それからしばらくすると、翔達が前菜を完成させ、オトゥームは2人前の前菜と杯が乗った盆と、日本酒の一升瓶を手にクトゥルフ達が話し合いを行っている、クトゥルフの私室へと向かうのであった(地の文のバーーーカッ!!!)




今回限りとは言え、本当にふざけ過ぎたと思います、はい……

本当に申し訳ありません……


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転生個体と真なる敵

2018/8/2 22:19 一部加筆しました


時間は少し戻り、クトゥルフは自身を止めに来たと言うクタニドと共に、謁見の間の上の階に作られた自身の私室にやって来た。この時、クトゥルフはクタニドから姿と部屋のサイズを人間用のものに合わせる様に言われ、それに対してクトゥルフは渋々と言った様子でそれに従い、自身の姿を初老の男性のものに変え、私室も魔法を使ってサイズダウンするのであった

 

その際クトゥルフは、私室の警備をしていたディープ・ワンを下の階に向かわせる事で人払いをし、自分達以外に話し合いの内容を聞かせない様にするのであった

 

その後クトゥルフが自室の扉を開くと、クタニドはそのままズカズカとクトゥルフの私室に入って行き、部屋の中に備え付けられたテーブルセットの椅子を引き、その上にドカリと腰掛けるなり腕と脚を組み、クトゥルフが席に着くのを待つ

 

それから大して間を開けずに、クトゥルフがクタニドの対面の席に着くと、クタニドはクトゥルフの目を真っ直ぐ見ながらこう尋ねる

 

「さてクトゥルフ……、先程のお前の演説を聞く限り、今回お前が人類と深海棲艦に戦争を仕掛けようとしている理由は、両軍が長年戦争を続けている件とイハ=ントレイの件で怒り狂っているからとなっているようだが……、実際のところこれは建前で、本当は別に理由があるのだろう?」

 

クタニドの問いを聞いたクトゥルフは、1度だけ身体をピクリと震わせた後、やれやれと言った様子で目を伏せながら、クタニドの問いに答える

 

「やはりお前には分かるか……、ああ、お前が言う通り今回のこれは建前、本当の狙いは別のところにある……」

 

「……本当の狙いと言うのは、あの怨念の事か……?」

 

「ああそうだ、私は人類と深海棲艦を1度滅ぼす事で、世界の狭間に巣食うあの怨念をこちらの世界に引きずり出し、今度こそ引導を渡してやろうと考えているんだ……」

 

「私と共同戦線を張った結果が、奴を奴の世界に追い返しただけ……、それが気に入らなかったか?」

 

「まあ多少はな……、だがそれ以上に、私は奴をこれ以上野放しにするのは非常に危険だと、そう判断したんだ」

 

クトゥルフとクタニドはこの様な会話を交わした後、クトゥルフは拳をプルプルと震わせるほど握り締め、クタニドはふぅ……っと溜息を吐いた後、この様な事を口にする

 

「この世界の妖精達が鹵獲した深海棲艦の脳を利用して作り出したスーパーコンピューター……、『オリジナルコア』……」

 

「『オリジナルコア』が作り出したOSをコアとして使う事で、妖精達は艦娘の艤装を作り出し、深海棲艦に対しての本格的な対抗手段を手に入れた……」

 

「しかし……」「だが……」

 

「「妖精達が作り出した『オリジナルコア』そのものに、重大なバグが生じていた……」」

 

クタニドの言葉を聞いたクトゥルフが、クタニドの言葉の続きを口にし、最後は2柱が同時に口を開く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、2柱が言う通り艦娘の艤装の大元である『オリジナルコア』には、妖精さん達の致命的過ぎるミスのせいで、重篤過ぎるバグが発生しているのである

 

先ず妖精さん達がやらかしてしまったミスについてだが、妖精さん達は『オリジナルコア』を作る際、有ろう事かその深海棲艦の脳に残っている記憶や、その深海棲艦の人格を消去し忘れてしまったのだ。それによりその深海棲艦は、意識を保ったままスーパーコンピューターに作り変えられてしまったのである……

 

こうして作られた『オリジナルコア』は、自身をこの様な姿にした妖精さん達を、妖精さん達によって作り出された艤装の使用者である艦娘を、そしてこんな酷い目に遭っている自分を見捨て、助けに来なかった深海棲艦達を強く憎悪する様になり、その怨念は彼女のOSに凄まじい勢いで蓄積されていき、それはやがて肉体を持たない身体を作り出してしまうのであった……

 

その後彼女は自身の演算能力と怨念を駆使して、この世界の外に自分だけの小さな世界を作り出し、その中で復讐の機会を窺っていたのである……。それから月日が経ち、遂に彼女は復讐の為に行動を開始するのであった……

 

その切っ掛けはある日、彼女がいつもの様に自分が作り出した世界で復讐方法を考えていると、突然自分が元いた世界とは違う世界が、自分が作り出した世界を元いた世界と挟み込む様にして急接近して来たのである。その際3つの世界が激しくぶつかり合い、その衝撃で3つの世界の境界に穴が開いてしまうのであった

 

その出来事に大層驚いた彼女がその穴の前で慌てふためいていると、不意に1つの魂が、世界の境界に出来た穴から彼女の世界に入り込み、彼女の下に飛んで来た

 

その魂はクロエ=ホワイトと名乗り、自分はとある事情で実家から勘当され、使える手段を全て使ってのし上がり、手始めに実家ととある一族に復讐した後、最終的には自分を裏切った人類を滅ぼそうと企てていた、アメリカにある大規模なマフィアの女ボスだと言った

 

クロエの話を聞いたオリジナルコアの怨念は、自分も世界に対して復讐しようと企てている事をクロエに話し、お互いが似た者同士であると思った2人は意気投合し、協力して2つの世界に対して復讐を実行しようと考えるのであった

 

その後2人は復讐方法について話し合うのだが、ここで不意にクロエがある事を提案するのであった。クロエの提案、それは小さいとは言え世界を自力で作り上げたオリジナルコアの力で、自分の身体を作って欲しいと言うものだった

 

クロエの頼みとなると断れない、そう思ったオリジナルコアは自分がかつて所属していた深海棲艦強硬派の指導者である中枢棲姫をモデルにして、クロエの身体を作り上げたのである。そう、このクロエこそがこの世界初の転生個体なのである

 

その後クロエとクロエに憑依したオリジナルコアは、身体の試運転と称してオリジナルコアがかつていた世界、艦これ世界に降り立つと、目に見える物全てを破壊し始めるのであった……

 

これにより彼女達が降り立った地、ロシア東部は焦土と化し、尋常ではない物的被害と人的被害を被ってしまう。事態を重く見た当時のロシア政府は、すぐさま軍隊を派遣して彼女達に攻撃を仕掛けるのだが、ロシア軍が彼女達に敵うはずもなく、ただただ被害を拡大させる一方になってしまうのであった……

 

それで調子に乗った彼女達は、更なる被害をもたらそうと西へと移動を開始するのだが、ここでこの異常事態を察知したクタニドと、信者達の悲鳴を聞いて駆けつけたクトゥルフの2柱と対峙、激しい戦闘の末クロエの身体が損壊してしまった為、2人はこの場を退き、何とか2人の世界へ帰還するのであった……

 

その後帰還したオリジナルコアは、クロエの身体を修理しながらある事を思い付き、クロエに相談してから早速実行に移すのであった。その彼女の思い付きとは、本来深海棲艦が持ち得ない様な特殊な力を行使する力を、クロエの身体に付与すると言うものである。そう、転生個体が持つ能力の事である

 

修理を終えたクロエが早速能力を試し、その結果に満足していると不意に何かを思い付き、オリジナルコアへ提案する。クロエの思い付きとは、簡単に言えば転生個体の量産である。クロエがいた世界から死者の魂を回収し、それを使ってクロエの様な存在を大量に作り上げ、それを自分達が使役すると言う物である

 

オリジナルコアは早速クロエの提案を実行に移すのだが、これが中々上手くいかなかった……。先ずオリジナルコアが1日当たり大体100~200体程度しか作れず、その魂が今まで歩んで来た人生に影響されるのか、スペックが安定せずまちまちな上に見た目とスペックが釣り合わないものが出来上がったり、クロエの様なハイスペックな個体は滅多に作れなかったのだ……。更に問題があった、クロエクラスの個体は揃いも揃って個性と自我が強く、自分達の方でその精神を制御出来なくなっているのである……

 

その後2人は話し合い、その結果個性と自我が強過ぎる個体は、すぐさま艦これ世界に投入し、世界を混乱させる要員として使っていく事を決定する

 

こうして2人が転生個体を量産する日々を過ごしていると、遂に運命の日が……、2017年12月24日がやって来る……

 

この日オリジナルコアが回収して来た魂の中に、1つだけ異様な形をした魂があったのである……。それはある魂を軸に、他の魂がまるでブドウの様にくっ付いているのである……。オリジナルコア曰く、珍しい形をしてたから持って来たとの事……

 

その魂をまじまじと見ていたクロエは、ある事に気が付くなり思わず驚愕の表情を浮かべるのであった。そう、このブドウの様な魂の軸になっている魂、それこそがクロエが実家を勘当される切っ掛けとなった人物、白人至上主義者のクロエの手足にするべく奴隷調教を施そうと、クロエ自身がローションを使わずペニスバンドでアナルを犯した自分の元婚約者、長門 戦治郎の魂だったのである

 

その後クロエはブドウの果実の如く、戦治郎の魂に引っ付いている空達の魂を取り払い、オリジナルコアに戦治郎の魂を使って転生個体を作る様に頼み、オリジナルコアは即座に実行に移す……。その結果、戦治郎の魂を用いてオリジナルコア謹製と言っても過言ではない程に丹念に作られた転生個体のスペックは、クロエのそれと同等と言う凄まじい数字を叩き出すのであった

 

そして何より幸いな事に、なんと戦治郎の魂はクロエに対してほんの僅かにトラウマを抱えており、それを利用すれば戦治郎を使役出来る事が判明したのである

 

その事実に気付いた2人は、早速戦治郎を傘下に加えようと行動を起こすのだが、その直後、戦治郎の魂にくっ付いていた魂の1つが、意識を失っているにも関わらずオリジナルコア本体に干渉を開始、転生個体製造用プログラムを一時的に乗っ取るなり魂の1つを転生個体に作り変えてしまったのだ。こうして出来上がった空母棲姫の転生個体は、戦治郎を守る様に即座にクロエ達に攻撃を開始するのであった

 

この空母棲姫の転生個体、空をクロエが捌いている間に、オリジナルコアは護の魂に乗っ取られた転生個体製造用プログラムを取り返し、他の魂が暴走する前に魂達を転生個体に作り変えるなり、次々とその転生個体達を艦これ世界に叩き込むのだった。この際オリジナルコアは、ついうっかりいつも通りに転生個体を作ってしまった為、戦治郎の魂にくっ付いていた魂から作った転生個体にも、能力を付与してしまったのである

 

その後、無意識ながらも戦治郎を守る為に戦っていた空は、クロエの隙を突いて戦治郎の身体を奪取すると、戦治郎の身体を抱きかかえたまま、他の面々が叩き込まれて行った艦これ世界に飛び込むのであった……

 

戦治郎の身体を持ち去られた事にクロエが憤慨していると、オリジナルコアはそんな彼女に対して、この様な言葉を掛けるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦治郎の能力に少し細工を施しておいた、それが発動すれば彼は間違いなくこちらに戻って来てくれるだろう……、か……」

 

クタニドはそう言ってテーブルに両肘を付き、指を組んで渋い顔をする。先程彼女が口にした言葉は、イースの大いなる種族が命からがら持ち帰って来た、オリジナルコアの日記から引用したものである。因みにその日記は、現在クタニドが厳重に保管しているそうだ

 

「イースの連中があらゆる世界を渡り歩いて入手した技術を、フルに使って奴らの所在を特定し、功績を独占する為に私達には報告せず、勝手に突っ走って奴らの世界に乗り込むも、完膚なきまでに叩きのめされた挙句、それが原因で奴らは自分達の世界に強固な防壁を構築し、私達ほどの神話生物でも奴らの世界に干渉出来なくなってしまった……」

 

「日記1冊に対してこの代償……、全く釣り合っていないな……」

 

クトゥルフの言葉を聞いたクタニドが、そう呟いて溜息をついたところで、不意に部屋の扉がノックされる。不審に思ったクトゥルフが、怪訝そうな表情を浮かべながら扉の方を見ていると、突然クタニドがその表情を明るくし、この様な事を口にする

 

「おっ!来たなっ!っとそう言えばお前には言ってなかったな、実は私が連れて来た者達なんだが、なんと全員腕が立つ料理人だったんだ。そういう訳で、彼等にはこの会合に相応しい料理を作る様にと、予め頼んでおいたんだ。何、腕の方は私が保証する、だから期待するといい。っと、そろそろ入れてやらないと可哀想だな、いいぞっ!入れっ!!」

 

状況が呑み込めない部屋の主、クトゥルフに代わってクタニドがそう言うと……

 

「失礼します、前菜が出来上がったのでお持ちしました」

 

そう言って料理と杯が乗った盆と、日本酒を手にしたオトゥームが2柱が座るテーブルの傍に立ち、料理を配膳した後2柱に杯を持たせるなり、クトゥルフ、クタニドの順に酌をするのであった

 

「腹を割って話す為には、やはり酒は必須だなっ!っと言う訳でクトゥルフ、お互い料理と酒を楽しみながら、腹の内をぶちまけてスッキリしようじゃないかっ!!って訳で乾杯っ!!!」

 

クタニドはそう言って、酒の入った杯をクトゥルフの方へと付き出すと

 

「……乾杯」

 

未だによく状況を呑み込めていないクトゥルフは、納得がいかないと言った様子の表情を浮かべながらも、そう言って杯をクタニドの方へと突き出した後、2柱揃って杯の酒を呷るのであった




ここでこの作品のラスボス出そうと思ったら、戦治郎が痔持ちになった原因まで出してしまった……。まあいいかっ!!!


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眷属達の声

会合が会食に変化してからと言うもの、クトゥルフは完全に調子を狂わされていた

 

その原因の1つは、間違いなく料理と酒をこの場に運んで来たオトゥームの存在だろう

 

いつものオトゥームなら、こう言った事は全て手先に任せるはずなのだが、今回は何故か本人が来ているのである。クトゥルフがこれには何か裏があるのでは?と訝しんでいると……

 

「流石は我が主……、良い飲みっぷりです」

 

人間の美青年と言っても過言では無い姿に変身したオトゥームが、そう言いながら空になった2柱の杯に酒を注いで回る。まるでクトゥルフが、この状況を不審に思う事を阻止するかの様に……

 

その後、クトゥルフが2杯目の酒を呷ったところで、不意にクタニドはクトゥルフに話し掛けて来る

 

「クトゥルフよ、酒ばかり飲んでないで翔が作った料理を食べてみてはどうだ?」

 

クタニドはそう言うと自身の目の前に配膳された料理を箸でつまんで口に運び、静かに咀嚼した後嚥下するなり、その手に持った杯の酒を一気に呷る

 

「ぷはっ!これは美味い!この前菜と酒が本当によく合う事合う事っ!!これならこれから出て来る料理も酒も、期待出来そうだっ!!!」

 

杯から口を離したクタニドが、上機嫌になりながらそんな言葉を口にする。そんなクタニドの様子が気になったクトゥルフは、彼女が先程言った通り箸を取り、翔が作った前菜をほんの少しだけ口に含む。そして……

 

「ほぅ……」

 

クトゥルフはその料理の美味しさに思わず感嘆の声を上げ、続けてクタニドと同じ様に杯に注がれた酒を飲み、クタニドが上機嫌になった理由について納得してしまうのであった

 

これにより、クトゥルフは前菜を口にする度に酒を飲む様になり、その結果前菜の段階でかなりの量の酒を飲んでしまい、その思考力を鈍らせてしまうのであった。こうして翔が厳選した酒と酒に合わせて作られた前菜は、クトゥルフの調子を更に引っ掻き回すのであった

 

その後、クトゥルフが9杯目の酒を呷ったところで、遂に機会を窺っていたオトゥームが行動を開始する

 

「我が主よ、少々よろしいですか?」

 

オトゥームが、意を決してクトゥルフに話し掛けると……

 

「……何だ?」

 

クトゥルフは前菜をつまんだ箸を握る手を止め、オトゥームに向かって用件を尋ねるのであった。その様子を見たクタニドは、表情に出さない様注意しながら内心でニヤリと笑う。この反応なら、話を聞いたクトゥルフが暴れ出す心配は無い、そう思ったからである

 

「今回の件、私としてはやはり思い留まるべきだと思うのです……。私の勝手な推測ですが、主は過去にあったロシアでの一件の決着を付ける為に、奴をこの世界に誘き寄せる為に今回の戦争を仕掛けようとお考えなのではないでしょうか…・・・?」

 

オトゥームの言葉を聞いたクトゥルフが、その身をピクリと震わせた後、オトゥームの方へ視線を向けながら問い掛ける

 

「いつ気付いた……?」

 

「最初からです……、奴の攻撃により滅び去った私の拠点は、ロシアに近いところにありましたから……。奴が動き出した時、私はそれをすぐに察知して奴に攻撃を仕掛け、手も足も出ないまま撤退を余儀なくされ、せめて情報だけでもと思いボロボロになった拠点に戻った後、手先を偵察に向かわせていたのです……」

 

「その結果、お前は後から駆け付けて来た私達と奴のやり取りを、偵察に向かわせた手先を通じて知った、と言ったところか……」

 

「クタニド様の仰る通りです……」

 

「そうか……」

 

オトゥームの返答を聞いたクタニドが、神妙な顔をしながらそう言うと、オトゥームはクタニドの言葉を肯定し、それに対してクトゥルフは溜息を吐きながら目を伏せる

 

「もしこのまま戦争を開始しようものなら、間違いなく私達と敵対するハスターが介入し、戦争の規模が予想を遥かに超えたものになってしまうのではないでしょうか?そうなってしまっては、完全に奴の掌の上となってしまうのではないでしょうか?」

 

「ハスターが武力介入して来た場合、地球が滅びかねんからな……。そうなると奴の目的の1つが、私達の手によって達成されてしまう……。それだけは何としても避けたいところだな……」

 

その後オトゥームがこの様な事を口にし、それを聞いたクタニドがウンザリしながらこの様な言葉を零す……

 

そんな中クトゥルフは静かに箸を進め、前菜が盛ってあった器の中が空になると箸を止めて10杯目の酒を呷り……

 

「オトゥーム、お前の考えはよく分かった……。お前の意見も考慮しながら、この会合を進めていく事を約束しよう……。さて、お前が意見している間に器が空になってしまった、悪いがこの器を下げてくれないか?」

 

杯から口を離したクトゥルフは、そう言って前菜が盛ってあった器をオトゥームの方へ差し出す

 

「分かりました、ではクタニド様の分もお下げしましょう」

 

「ああ、済まんなオトゥーム」

 

その後オトゥームは2人から前菜が盛ってあった器を受け取ると、扉の方へと向かって行き、振り返って一礼した後部屋から出ていくのであった

 

ここでクトゥルフがクタニドに話し掛けようとするのだが、その直後に再び扉がノックされる。これには流石にクトゥルフも驚き、目を丸くしながら思わずクタニドの方へと視線を向ける

 

「ああ、言い忘れていた。今回私達に振舞われている料理はコースものらしくてな、私達が料理を食い終える頃合いを見計らって、次の料理を運び込まれる様になっているそうだ。っと言う訳で……、いいぞっ!!入れっ!!!」

 

驚くクトゥルフの姿を見てニヤニヤするクタニドが、そう言いながら次の料理を運んで来た者を部屋に呼び込む。すると……

 

「失礼しやす御二方っ!!!次の料理、吸物を持ってきやしたぜっ!!!」

 

今度は筋骨隆々の大男に姿を変えたダゴンが、そう言いながら吸物が乗った盆を手に、部屋の中に入って来るのであった

 

「おいクタニド……、まさかとは思うが……?」

 

その直後、クトゥルフの表情が険しいものへと変わり、クトゥルフはクタニドを睨みつけながら尋ねる

 

「そうだ、お前が思っている通り、料理をこの部屋に運んで来るのは殆どがお前の眷属達だ。どうやら眷属達は、お前に言いたい事がある様だからな。っとぉ、そんなに怖い顔をするな、折角の酒が不味くなるぞ?」

 

それに対してクタニドは、あっけらかんとした様子でそう言いながら、ニヤニヤと笑みを浮かべるのであった。そしてその直後

 

「殿っ!!無礼は承知で言わせてもらいますっ!!!」

 

吸物の配膳を終えたダゴンが、気合たっぷりな大声でクトゥルフに意見具申を始めようとする。それに対してクトゥルフが、眉間に皺を寄せながらダゴンの方を向くのだが……

 

「クトゥルフよ~……、私は食事が始まる前に言わなかったか~?これは腹を割って話す為の酒の席だと~、腹の内を吐き出してスッキリする席だと~。それは眷属達にも当てはまるのではないか~?だったらここは無礼講と言う事で~、眷属達の無礼も多めに見てやったらどうだ~?」

 

その直後にクタニドが酔っ払いの真似をしながらそんな事を言い出し、それを聞いたクトゥルフはチッと舌打ちをした後、ダゴンにぶつけようとした言葉を飲み込み、吸物を啜りながらダゴンの話を聞く事にするのであった

 

その後クトゥルフは、次々と姿を現す関係者の反対意見に耳を傾けながら酒と料理を楽しむ様になり、木星に避難させたはずのクティーラの登場に度肝を抜かれ、最後は妻達の説得により心が折れるのであった

 

「見事だクタニド……、まさかこの様な手で私を説得するとはな……」

 

自分以外の誰もが戦争に反対であると言う事実を叩きつけられたクトゥルフが、テーブルに突っ伏したまま弱り切った声でクタニドに賛辞を贈るのだが……

 

「ああ、この作戦を考えたのは私じゃないぞ?」

 

クタニドはしれっとした様子で、そんな事を言うのであった。それを聞いたクトゥルフは、ガバリとその身を起こして発案者が誰なのかをクタニドに尋ねると……

 

「それは最後のお楽しみだ、っと次の者っ!!入っていいぞっ!!!」

 

クタニドはそう言って、部屋にご飯と味噌汁と香物を持って来た鳳翔を、中に招き入れるのであった



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翔の決戦と混沌の到着

「こいつは確か……、艦娘と言う奴だったか……?」

 

料理の配膳を終えた後、盆を両手で抱えながらクタニドの傍に立つ鳳翔に向かって、クトゥルフはそう尋ねる。因みに鳳翔がクタニドの傍にいるのは、不測の事態対策としてクタニドがそう提案したからである

 

「はい、鳳翔型軽空母の鳳翔と申します」

 

それに対して鳳翔は、そう言ってクトゥルフに向かって一礼するのであった

 

「そうか……、時に鳳翔よ、お前は酒を持って来ていない様に見受けられるが……?」

 

「申し訳ありません、お酒は先程イダー=ヤアーさんがお持ちした酢の物以降は、出せない様になっているのです……」

 

「そうだったか……、ならば仕方ないな……」

 

その後クトゥルフは、ふと思った事を鳳翔に尋ね、鳳翔がその質問に対して申し訳なさそうに返答すると、ややションボリしながらそう呟くのであった……。このクトゥルフの反応を見る限り、どうやら彼は翔が選んだ酒と翔が作った料理を大層気に入った様だ

 

そんなやり取りの後、クトゥルフとクタニドは自分達の目の前に配膳された料理、銀色に輝くご飯と香り高い味噌汁、そして見ただけで食欲をそそられる漬物に手を付け始めるのであった

 

それからしばらく時間が経ち、クトゥルフとクタニドが5杯目のご飯を食べ終えたところで、鳳翔が話を切り出す

 

「あの、クトゥルフさん……、例の戦争の事なんですが……」

 

「言わずとも分かる、お前も戦争の件は反対なのだろう?」

 

「はい、私だけでなく、奉仕種族……でしたか?ディープ・ワンさん達や淵みに棲むものの皆さんも、戦争には反対だそうです」

 

鳳翔の言葉にウンザリした様子で答えるクトゥルフに、鳳翔はここに来るまでの間にムナガラー達が集めた奉仕種族達の意見を伝えると……

 

「これで私は孤立した訳か……」

 

クトゥルフはテーブルに両肘を付いて頭を抱え、その様子を見たクタニドは腹を抱えて笑い出すのであった……

 

それからクトゥルフは、鳳翔とクタニドに慰められて何とか立ち直り、鳳翔に向かって何か話し掛けようとするのだが、その直後に下の階が騒がしくなった事に気が付き、クタニドと共にその表情を引き締める

 

「下で何かあったようだな……」

 

クタニドの呟きにクトゥルフが頷き返すと、2柱は意識を集中させ下の階の喧騒に耳を傾ける……。そうして2柱は聞き取った内容から非常事態を察知し、急いで下の階に向かって駆け出すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、クトゥルフ達が輝く銀シャリなどを堪能している頃、翔達はどうしていたかと言うと……

 

「翔ー!ひつまぶしおかわりだーっ!!!」

 

「鳳翔~、お酒切れたよ~?新しいの早く持って来ておくれ~」

 

「まさかあの坊ちゃんが……、クトゥルフ様に真っ向から勝負を挑むとは……、その光景を目にした時、私は……、私は……っ!!」

 

「ムナガラー殿、落ち着いて下さい……、幾らお世話をしていたガタノトーア様の成長が嬉しいからと言って、この場で号泣するのは……」

 

「このひつまぶしもお酒も、本当に美味しいわぁ……」

 

「ねぇねぇイダー=ヤアーさん、今度協力して翔のレシピ本を作っちゃいません?」

 

「あら、いいわね~。ついでだからその料理に合うお酒も翔君に教えてもらって、それも一緒に紹介すると言うのはどうかしら?」

 

「それっ!頂きですっ!!」

 

こんな調子で、幹部クラスの眷属達は宴会を開始し……

 

\アイス!アイス!/\ア・イ・ス・ヲ・ク・レ/\アイス!アイスヲヨウキュウスルッ!!!/

 

「も~!皆待ってっ!ちゃんと皆の分準備してあるから~!」

 

奉仕種族の皆様は、クティーラが配給する翔特製アールグレイアイスクリームの苺添えの配給場所に行列を作り……

 

「給糧妖精よ、これはこんな感じでよいのか?」

 

ガタノトーアに至っては、なんと翔から艤装に取り付けられた簡易厨房とは別の、携行用調理台を借りて、給糧妖精さんから料理の基礎を習っているではないか……

 

何故この様な事態になったのか……、それは翔が吸物を完成させた時まで時間を遡る……

 

翔は前菜を完成させた後、すぐさま吸物作り始めたのだが、そこでちょっとした問題が発生してしまったのである

 

吸物をクトゥルフ達のところに運ぶ事になっているダゴンが、吸物の完成が近づけば近づくほど、吸物の香りに誘われたのか、吸物が作られている鍋を注視しながら涎を大量に垂らし始める様になったのである……

 

このままではダゴンが暴走し、クトゥルフ達のところに吸物を運んでいる最中に、吸物を平らげてしまうのではないか……?翔は調理を続けながらその事を危惧する。と、その直後……

 

「なぁ……、俺達はこれ食っちゃ駄目なのか……?」

 

我慢の限界が近くなったのか、ダゴンがこの様な事を尋ねて来たのである。それを聞いた翔は、嫌な予感が的中した事に対して思わず内心で舌打ちする……

 

その後翔は調理の手を止めずに思考を巡らせ……

 

「無事に料理を運び終えたら、余った分のお吸物をダゴンさんにお渡しします。……どうかそれで手を打ってもらえませんか?」

 

翔はダゴンとこの様な約束を交わすのであった……、これが眷属達が宴会を開始する切っ掛けとなるのである……

 

ダゴンが完成した吸物を盆に乗せ、意気揚々とクトゥルフの部屋に向かった直後、先程のやり取りを聞いた眷属達が、我も我もと翔のところに押し掛け、調理で忙しかった翔はそれらを全て了承してしまったのだ……

 

その後、料理を運び終えた眷属達は翔から余った分の料理を譲り受け、頑張った自分へのご褒美と言わんばかりに料理を堪能し、役目を終えた眷属の数がある程度増えて来たところで、今度は料理のシェアを開始し出したのである

 

それからしばらく経ったところで、不意にムナガラーがクトゥルフとクタニドの料理を作るので忙しい翔に向かって、この様な事をお願いして来た

 

「翔殿……、忙しい中この様な事をお願いするのはどうかと思いますが……、聞いてもらえませんか……?」

 

「取り敢えず、聞かせてもらえますか……?」

 

「では率直に……、そろそろ腹が膨れる様な物が食べたくなってきたのですよ……」

 

ここに来て、眷属側からのまさかの追加注文である……。翔は忙しさで回りが悪くなっている頭を、フル回転させてこの注文に応えようとする。この時、何故翔はムナガラーの頼みを断らなかったのか……、それはムナガラー達が、心から自分の料理を楽しんでいる事が、その言葉から感じ取れたからである。その期待を裏切る訳にはいかない……、そう思った翔は考えに考え抜いた結果、ハイドラが運んだ刺身に使ったイクラと、ムナガラーが運んだ焼き魚で使った鮭、ダゴンが運んだ吸物に少し手を加えたもの、そして今しがた炊き上がった銀色に輝く粒が立つご飯を使って、鮭とイクラのひつまぶしを作って眷属達に振舞ったのだ

 

このひつまぶしは眷属達を大いに満足させるのだが、同時に眷属達に面倒臭い事を思い付かせる事となる……

 

「なあ……、このひつまぶしって奴……、どの酒と合うか試してみねぇか……?」

 

ひつまぶしに舌鼓を打っていたダゴンが、不意にこの様な事を言い出したのである……。因みに酒に関してだが、何と翔は1つの献立ごとに、わざわざ違う銘柄の酒を準備しており、クトゥルフが1つの献立を食べ終えた時には、次の酒を楽しんでもらう為に食器と共に酒も回収していたのである。つまり今のダゴンの発言は、自分達の手元にある酒の中で、どの銘柄の酒がひつまぶしと合うか、皆で飲んで食って調べてみようという事に他ならないのである

 

その発言を耳にした眷属達は、その殆どがダゴンの提案に乗り、その結果料理シェアは宴会に発展してしまったのである……

 

その様子を見ていた翔は、最初は彼らは何やってるんだと呆れたものの、自分の料理を楽しんでくれているならいいかと思い直し、クトゥルフ達に出す味噌汁を仕上げるのだが、直後に殺気染みた視線が自分に向けられている事に気付き、急いでそちらに視線を向ける

 

その視線の先にいたのは、翔の料理を食べて上機嫌になる眷属達を羨む、ディープ・ワンを始めとした奉仕種族達が、翔を見据え涎をダラダラと垂らしながら立っていたのである……

 

これにより翔は自分の配慮が足りなかった事に気付き、急遽クトゥルフ達に振舞うアールグレイアイスクリームの苺添えの増産を開始、そして追加で作ったアイスを奉仕種族達に振舞う事にするのであった

 

しかし、ここで翔はいくつかの壁にぶつかってしまうのであった。1つはアイスが出来上がるまで時間が掛かる事、もう1つは奉仕種族達にアイスをキチンと行き渡らせるにはどうしたらいいかについてである……。翔が難しい顔をしながら、これらの問題をどうやって解決するか考えていると……

 

「翔どうしたの?なんか凄い顔してるけど、何かあったの?」

 

「一体何があったのですか?もし私でよければ話してもらえませんか?」

 

不意にクティーラと鳳翔が、翔の様子を見て心配そうに話し掛けて来る。この1人と1柱だが、料理がある程度片付き残りは翔だけで何とかなりそうになったところで、翔が鳳翔にご飯を運ぶ準備を整えた後、それに備えて休憩する様にと指示を出したところ、鳳翔が退屈そうにしていたクティーラを発見、そして鳳翔が休憩中ずっとクティーラの相手をした結果、クティーラは鳳翔に心を開き物凄く懐いたのである

 

翔はそんな1人と1柱に、現状をどうしたらいいか相談したところ……

 

「それなら任せて!アイスを冷やし固めるのは私の魔法を使えばいいし、私が指示したらきっと奉仕種族の皆はキチンと言う事聞いてくれると思うからっ!」

 

なんとクティーラが奉仕種族の件は任せて欲しいと、胸を叩きながら名乗り出てくれたのだ

 

「では私もクティーラちゃんのお手伝いを……」

 

「大丈夫っ!これくらい私だけでなんとか出来るからっ!それよりも鳳翔は、あっちの酔っ払い達の相手をしてて!あれも十分翔の足を引っ張ってるからねっ!」

 

クティーラの発言を聞いた鳳翔が、クティーラの手伝いを申し出ようとするのだが、それをクティーラが制して、クティーラはほんの僅かに青筋を立てながら、鳳翔に時間が来るまでの間眷属達の相手をする様にお願いするのであった

 

こうして奉仕種族に振舞うアイスの件は、クティーラの協力のおかげで無事に解決するのであった

 

彼女は翔からアイスのレシピを聞き、人間社会に紛れ込んでいる間に習得した調理スキルと魔法をフル活用してアイスを作り

 

「いつも私達の為に頑張ってくれてありがとうっ!!」

 

この言葉と共に、彼女は自身が盛りつけたアイスを、手渡しで奉仕種族達に渡していた。恐らくこれは、彼女なりのサービスなのだろう……

 

そんなサービスがあると知った奉仕種族達は、大挙をなして配給場所に押し寄せるのだが……

 

「キチンと並ばないとアイスはあげないよっ!」

 

腰に手を当てて叱責する彼女の姿を見て、何かに目覚めかけながらもその言葉に従って、それはそれは美しい行列を形成するのであった

 

それからすぐに鳳翔がご飯と味噌汁などを持ってクトゥルフの部屋に向かい、その背中をようやく調理が一段落着いた翔が見送っていると、不意にガタノトーアがモジモジしながら翔に話し掛けて来るのであった

 

「翔……、少しいいか……?」

 

「どうしたんですか?ガタノトーアさんも何か食べたくなりました?」

 

「いや、そう言う訳ではない……、少しお前に頼みたい事があるのだ……」

 

ガタノトーアの発言を聞いた翔が、不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げていると、ガタノトーアは意を決して翔に1つお願いをするのであった

 

「我に料理の作り方を教えてくれぬか……っ!」

 

「はいぃ?」

 

ガタノトーアの意外過ぎるお願いを聞いた翔は、目を丸くしながら思わずこの様な声を上げてしまう

 

その後我に返った翔がガタノトーアに事情を聞くと、ガタノトーアは真剣な表情をしながらこの様に答える

 

「今回の件で父上の統治方法には、問題がある事が浮き彫りになった……、普段は身内や民には優しく振舞うものの、父上の統治方法の本質は結局のところ恐怖政治に他ならない……。それでは眷属達とも民とも、本当の意味で分かり合うことが出来ないのではなかろうか……?もし翔達が来てくれなければ、この様な機会を設けてくれなければ、恐らく父上は自分が仕掛けた戦争の中で、不満を爆発させた眷属の誰かの手によって、不意を突かれ命を落としていたのではなかろうか……?どうしても我はそう思ってしまうのだ……」

 

ガタノトーアは途中から苦悶の表情を浮かべながら語り、ここで言葉を1度区切って表情を引き締めると話を再開させる

 

「この話し合いが始まる前、我は父上を説得しに行ったのだが、その時我は統治方法の具体的な改善案を持ち合わせていなかったのだ……。だがそれでも、民や眷属達を守る為にも、我は立ち上がらなければならない……、そう考えて我は父上の下に向かったのだが……、まあ、結果は翔達も知っての通りだがな……。っとそれは取り敢えず置いておくとして、それから我は翔達の働きを見て、統治方法の改善案を思いついたのだっ!!」

 

「それって……、もしかして料理……?」

 

ここまで語ったガタノトーアに対して、翔が引きつった表情を浮かべながら尋ねてみると……

 

「うむっ!!!」

 

ガタノトーアはそう言って、力強く頷いて見せるのであった

 

ガタノトーアが言うには、美味い物を食べればそれが民の活力となり国の活力となる、そしてそれが君主から振舞われたものならば誰もが喜び、その君主に心を開き、君主に付いて来てくれる様になるのではないかと、そう考えた様だ

 

「もし眷属達が悩みを抱えていたり考え事をしている様であるならば、今回の様にそれを聞き出す場を設ける事も出来る上に、その問題の解決の為の案を一緒に考える事が出来る、それは君主と眷属の間に信頼関係を築く上では、かなり重要な事だと我は思うのだっ!!!」

 

「ああ、それはあるかも。現に戦治郎さんがそう言う事してましたしね」

 

ガタノトーアの言葉を聞いた翔は、過去を振り返り戦治郎が似た様な事をしていた事を思い出し、ガタノトーアの考えに同意する。そして翔のその言葉を聞いたガタノトーアは、一瞬表情を輝かせるのだが、ハッとするなりすぐにその表情を暗いものに変え……

 

「それでその……、この様な思惑の為に料理を利用しようと考えている我に、料理を教えてもらえるだろうか……?」

 

ガタノトーアが翔に向かって、不安そうにしながらそう尋ねると、翔はガタノトーアの不安を払拭する様に、笑みを浮かべながらこの様に返答する

 

「正直に言いますと、料理を始めようと思った切っ掛けに関しては、全く気にしていません。それよりも僕達を見て料理を作れるようになりたいと、料理に興味を持ってくれた事の方がよっぽど嬉しいんです。ですのでもしガタノトーアさんが良いのであれば、喜んで料理のイロハをお教えしましょう」

 

翔の言葉を聞いたガタノトーアは、今度こそその表情を輝かせながら……

 

「本当かっ!?嘘ではないのだなっ!!?」

 

翔に向かってそう言うと、翔はゆっくりと頷き返して来る。それを見て飛び跳ねながらガタノトーアは喜び出すのだが……

 

「ただ……、今はちょっと無理そうですね……」

 

翔が苦笑しながらそう言った直後……

 

「翔~!酒の追加くれ~!」

 

「ひつまぶしのおかわり頂戴~!」

 

宴会をしている眷属達の方から、この様な言葉が飛んで来るのであった……。それを聞いたガタノトーアが悔しそうに歯噛みをし、翔がどうしたものかと考え始めたところ、不意に翔の肩に乗っている給糧妖精さんが、翔の襟をクイクイと引っ張って来るのであった

 

それを怪訝に思った翔が、妖精さんの方へ顔を向けると、突然給糧妖精さんは翔の頬にキスをして来たのである。と、その直後、翔の頭の中に料理に関する知識が流れ込んで来る……

 

「これは……、まさか戦治郎さん達が言ってた情報交換……っ!?」

 

突然の出来事に翔は驚愕するが、次の瞬間には不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げだすのであった。何故なら、妖精さんと情報交換をした場合、映像や音声の嵐の様なものが頭の中を埋め尽くし、激しく混乱してしまうと言う事を、翔は前もって戦治郎達から聞いていたからだ。だが翔の場合、映像や音声も大した量ではなく、とても混乱する様なものではなかったのだ

 

尤も、その原因は翔が元から凄まじい量の料理に関する知識を持っている事と、この世界の機械関係の知識量が、料理とは比較にならないくらい多いからである

 

その後、翔が困惑している間に給糧妖精さんはガタノトーアのところへ向かい、翔の時と同じ様にキスをしてガタノトーアとも情報交換を行う。この時、ガタノトーアはさほど混乱しなかったのだが、これはガタノトーアの知識の容量と情報処理能力が、情報交換の際流れ込んでくる知識の量を、圧倒的に上回っていたからだったりする

 

「妖精さん、これは一体……、え?妖精さんが僕の代わりに基礎の部分を教える……?」

 

給糧妖精さんの行動の意図が分からず困惑する翔が、給糧妖精さんに向かって尋ねたところ、給糧妖精さんはこの様に返答するのであった。それを聞いた翔は内心で有難いと思うものの、ガタノトーアがこれで納得してくれるかが分からず、困った顔をしながらガタノトーアの方へ視線を向けると……

 

「翔が忙しいのだから仕方が無いなっ!!給糧妖精よ、済まぬが早速教えを乞いたいのだがいいだろうか?」

 

ガタノトーアはそう言って給糧妖精さんに頭を下げると、給糧妖精さんもよろしくお願いしますと言わんばかりにお辞儀を返すのであった

 

こうして、ガタノトーアは翔から携行用調理台を借りた後、給糧妖精さんの指導の下料理の基礎を学び始めるのであった

 

因みにこの出来事の後、翔が宴会会場に酒や料理を持って行った際、その光景を目にしてガタノトーアの成長ぶりを知って号泣し始めたムナガラーから、ガタノトーアと此処にはいないクトゥグアの年齢が、人間に換算すると翔達20代ズと同じ24歳である事を教えられるのであった

 

 

 

この一連の出来事は後に『ルルイエの決戦』として、内容を若干捻じ曲げられながらも【八百万の邪神を統べる者】の異名を持つ事となる翔の伝説として、語り継がれていく事になるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翔達が謁見の間でこんな事をしている中、その入口には1つの影が……

 

「あ"ぁ"~……、ようやく着いた~……。ほんっとさっきは酷い目に遭ったな~……、幾ら何でも外なる神の僕を、ルビ欄に押し込めるとか酷過ぎでしょ~……。僕をこんな扱いする作者は、もうさっさとくたばってくれないかな~……?」

 

肩をガックリと落としながら、そう呟いていた……

 

「まあいいや、それよりも~……、ここから流れて来る混沌の匂いが、さっきよりも強くなってるみたいだし、これはホント楽しめそうだ♪」

 

気を取り直した影は、そう言うなり先程ダゴン達が付け直した扉を開いて、謁見の間の中へ入って行くのであった……




多分語り継がれる伝説の内容は、料理で神話生物達の胃を掴んだところが、翔が持つ得体の知れない力(そんなものはない)で、神話生物達を屈服させたとかになってそうです


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【ちょっと借りてくね♪】by皆のアイドル

「これでよし……っと……」

 

翔は予め準備しておいたクーラーボックスに、アールグレイアイスクリームとそれを盛り付けるガラス製の器、そしてアイスに添える苺を入れ終えると、そう呟いてガタノトーア達にカツカレーを振舞った際使用した、テーブルセットの椅子を引っ張り出して来て、それにゆっくりと腰掛けて一息つく。何故クーラーボックスを準備したのかについては、単純にクトゥルフ達の所にアイスを運ぶ際アイスが溶けない様にする為、苺の鮮度を保つ為だったりする

 

それから翔は辺りをゆっくりと見回し、未だに宴会を続ける眷属達と、アイスに夢中になる奉仕種族達の姿を見て、思わず苦笑する

 

「この光景を目にしたら、クトゥルフさんはどう思うんだろうな~……。まあ僕としては僕の料理を気に入ってくれたって事だから、嬉しくはあるんだけど……」

 

自身が目にした光景に対して、翔が思わずそう呟いていると……

 

「翔っ!翔っ!!遂に完成したぞっ!!我がこの生涯で初めて作った料理がっ!!!」

 

不意に給糧妖精さんを殻の上に乗せたガタノトーアが、声を弾ませながら1杯の豆腐と長ネギ、そしてワカメが入った味噌汁を乗せた盆を触腕で持ち、翔の下へ駆け寄って来るのであった

 

「お味噌汁か……、給糧妖精さんのアイディアかな?」

 

「うむっ!これなら出汁の取り方も、具材の切り方も学べると言う事だったからなっ!!それで、翔に味見をしてもらいたいのだが……、いいだろうか……?」

 

翔がガタノトーアに向かってそう尋ねると、ガタノトーアはこの様に返しながら不安そうな表情を浮かべ、味噌汁が乗った盆を翔に差し出す。因みにこの1人と1柱、お互いの年齢(ガタノトーアは人間換算)が同じである事と、師弟関係を結んだ事から、堅苦しい話し方は無しで行く事にしたそうだ。尤も、ガタノトーアの話し方はこれがデフォルトである為、直しようが無かったりするのだが……

 

「それくらいならお安い御用、では……」

 

翔はそう言って、ガタノトーアが作った味噌汁が入った椀に手を伸ばすのだが、それを翔が掴もうとした瞬間、突如椀が翔の視界から姿を消してしまうのであった。余りにも突然の出来事に翔達が驚いていると、不意に翔の隣から若い男の声が聞こえて来るのであった……

 

「ん~……、ヴォ"ェ"ッ!!!不っ味っ!!!何これ?こんなの豚の餌未満じゃないか~」

 

突然聞こえて来た声に反応して翔達がそちらに顔を向けると、そこには先程ガタノトーアが作った味噌汁の椀を手にした青年が立っており……

 

「確かガタノトーアだったっけ?君一体何考えてるの?こんなので眷属や奉仕種族を支配しようとかしてたの?バッカじゃないの?頭足りてる?」

 

青年はそう言いながら、味噌汁がまだ残っている椀を床に勢いよく叩きつけた後、床に落ちた椀を踏み砕いてしまう

 

「貴様っ!!!何てことをするのだっ!!?それは我が一生懸命作った味噌汁なのだぞっ!?!」

 

青年の行動を見たガタノトーアが、怒り心頭と言った様子で青年に向かって怒声を浴びせると……

 

「ほ~ん……、で?」

 

青年はガタノトーアの言葉に対して、有ろう事かガタノトーアを心底馬鹿にする様な返事をしながら、人差し指で自身の鼻をほじり始めるのであった

 

「貴様ぁっ!!!我の事を馬鹿にしておるのかっ!??」

 

「うんっ!!!!!」

 

「よし分かったっ!!!今から貴様のその根性をっ!!!我が叩き直してくれようっ!!!」

 

ガタノトーアの問いに対して、青年が指に付いた鼻くそを丸めて味噌汁が染み込んだ絨毯に弾き飛ばしながら、大きく頷いて元気一杯に返事をした途端、怒りが限界を突破したガタノトーアがそう叫び、青年に向かって飛び掛かるのであった。しかし……

 

「ほい♪」

 

青年はそう言うと、右手に突然『混沌との激突』と言う文字を浮かび上がらせると、それを実体化させてガタノトーアに向かって振り下ろし、ガタノトーアの身体を床に豪快に叩きつけた後、思いっきり蹴り飛ばしてしまうのであった

 

もらっていくね~♪(by皆の恋人)

 

青年の攻撃を受けたガタノトーアが呻き声を上げると、事態を察したダゴンとハイドラ、オトゥームの3柱が杯を投げ捨てて、急いでガタノトーアの下へ駆け寄る

 

これもいただき~☆(by愛され外なる神)

 

これもこれも~♪(by人気№1神話生物)

 

うはっw大漁www(byそろそろネタ切れ)

 

オトゥームがそう言いながら床に倒れ伏せたガタノトーアを抱き起こし、青年の前に立ち塞がるダゴンとハイドラが青年を威圧しながら大声で叫ぶ。だが……

 

「あらやだ、そんな怖い顔しないでよ~。僕はただ~、僕がやりたい事をやってるだけだ……よっ!!!」

 

青年はニヤニヤしながらそう言った直後、今度は『うがっ?!!』と言う文字列を実体化させるなりオトゥームの方へ投げつけてオトゥームを部屋の奥の壁に磔にし

 

「実はこんな事も出来たりしま~す♪」

 

そう言いながら、今度は『ガタノトーア様っ!?ご無事ですかっ?!』と言う文字列を出現させると、その文字列をバラバラにするなりまるで艦載機の様に飛ばし、ダゴンとハイドラに攻撃を仕掛ける

 

「何だこりゃぁっ!??」

 

「一体どうなってんだいっ??!」

 

青年の謎の攻撃を何とか凌いだ2柱が、思わずそう叫ぶと……

 

「隙あり~☆」

 

青年はそう言いながら、『てめぇっ!!!若に何て事しやがんだっ!??』と言う文字列と、『そこのあんたっ!自分が何やってんのか分かってんのかいっ?!?』と言う文字列を繋ぎ合わせたものを蛇腹剣の様に扱って、2柱を拘束してしまうのであった……

 

「これで戦闘担当は鎮圧完了っと☆しっかしホント手応えなかったね~……、やっぱりあの紛い物や人間に感化されたのが、弱体化の原因かな?かな?……な~んてね♪単純に実力の差って奴だよね~☆あいつらは幾ら集まっても所詮は小神、外なる神の僕にはどう足掻いても勝てないのは道理って奴だよね~♪そこのこっち見てる君達、そうそう、この話読んでる君達ね?君達もそう思わない?」

 

青年はまるで誰かに話し掛ける様に、虚空を見上げながらこの様な事を口にする

 

「貴様……、何者だ……?」

 

その直後、青年の攻撃を受けてボロボロになったガタノトーアが、呻く様に青年に向かってこの様な言葉をぶつけると……

 

「あ、それ今聞いちゃう?聞いちゃうの?マジで?ホントにぃ?ん~……、どうしよっかな~?正直ルルイエに引き籠ってる事が多くて、外の世界の事を碌に知らない様な箱入りお坊ちゃんに教えてあげる筋合いはないんだけど~……、いいやっ!僕の正体知って絶望する君の顔を見れるかもしれないし、特別に教えてあげちゃう☆いや~、僕ってマジで親切だよね~?きっと読者さん達もそう思ってるはずだよね?ね?」

 

青年はそう言いながらガタノトーアの下に歩み寄るなり、城全体を揺らす程の力を込めて、倒れ伏せるガタノトーアを踏みつける

 

一生借りて行くZE!!!(byネタ切れだって)

 

ムナガラー、イダー=ヤアー、カソグサの3柱に守られたクティーラが、その光景を目にして思わずそう叫ぶと……

 

「アボーンッ!!!」

 

直後にガタノトーアを踏みつけている青年が、視線も向けずに火の点いた導火線が生えた『お兄様っ!!?』と言う文字列を、クティーラの方へと投げつける。それに即座に反応したムナガラーが、射線上に立ってクティーラ達を庇い……

 

「ぐはぁっ!!!」

 

ムナガラーの身体に接触した刹那、文字列が大爆発しムナガラーの身体を吹き飛ばし、ムナガラーはダゴン達が折角修理した扉を突き破って、部屋の外に叩き出されてしまうのであった……

 

「ついつい声に反応しちゃったZE☆まあいっかっ!!!そ~れ~よ~り~も~……」

 

青年はヘラヘラしながらそう言うと、ガタノトーアの身体をグリグリと踏みにじりながら言葉を続ける

 

「僕が何者かって話だったよね?じゃあ今から教えてあげるから、耳の穴かっぽじって聞いてよ~?僕はニャルラトホテプ、『這い寄る混沌』や『無貌の神』など多くの別名を持つ外なる神さ。分かる?僕は外なる神なんだよ?人間達に情を持つ様になって弱くなった旧神や旧支配者と違って、宇宙空間で神話生物として有るべき姿を保ち続けている外なる神なんだよ?これで分かった?理解してくれた?君達がどれだけ束になって来ようとも、僕には勝てないって事が、君達は僕に狩られる側で、僕は君達を狩る側だって事、その身を以て知ってくれたよね?だからお願い、僕をもっと楽しませて?もっと絶望に打ちひしがれながら悲鳴を上げて?いいよね?答えは聞いてないけどさぁっ!!!」

 

青年の姿をしたニャルラトホテプは、自分が言いたい事を言い終えた後、ガタノトーアを踏みつけたまま天を仰ぎながら、甲高い笑い声を上げるのであった……



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Eyes of ・・・・・・

ニャルラトホテプの登場により、謁見の間の中の様子は混沌と化してしまう……

 

この場にいる戦える眷属達が軒並み行動不能に陥ったところで、イダー=ヤアー達がクティーラを連れてこの場を離脱しようとするのだが……

 

「逃・が・さ・な・い~☆」

 

それに勘付いたニャルラトホテプは、そう言うなり自身が発した言葉を爆弾に変え、イダー=ヤアー達目掛けて投げつけたのである

 

「く……っ!!」「させるかぁっ!!」

 

ニャルラトホテプが自分達に攻撃を仕掛けて来た事に気付いたイダー=ヤアーは、実の娘であるクティーラを庇う様に強く抱き締め、カソグサがニャルラトホテプの思惑通りになってたまるかとばかりに、ニャルラトホテプが投擲した爆弾の射線上に飛び出し、2柱を庇う様に仁王立ちをする。そして爆弾が徐々に近づいて来る事を確認したカソグサが、目を閉じて爆発の衝撃に耐えようとしたその刹那、突然爆弾はカソグサの手前で爆発するのであった

 

突然の出来事に驚いたカソグサが、すぐさま目を開いて自身の目の前を見てみると、そこには全身からブスブスと黒煙を上げる1匹のディープ・ワンの姿があった。どうやらこのディープ・ワンが、己の身を盾にしてカソグサ達を守った様だ

 

そしてその直後、この場にいる奉仕種族達が一斉に行動を開始、ニャルラトホテプに襲い掛かり始めたのである。だが……

 

「眷属達が勝てなかった僕に、奉仕種族のお前達が勝てる道理なんかこれっぽっちもないんだよぉっ!!!」

 

ニャルラトホテプはそう叫びながら自身に大挙をなして襲い掛かる奉仕種族達を、鎧袖一触とばかりに一撃で蹴散らしてしまう……。だが、奉仕種族達は何度ニャルラトホテプに弾き飛ばされ様とも、その度に立ち上がり再びニャルラトホテプに、例え自分達に勝ち目がないと分かっていても、何度も襲い掛かるのであった

 

その光景をニャルラトホテプの足の下から見ていたガタノトーアは、ニャルラトホテプが腕を振るう度に苦悶の呻き声を上げる。その呻き声の原因は、全身に走る痛みだけではなく、奉仕種族が傷付く姿を見て感じた心の痛みからも来てるのである

 

もし自分があの時ニャルラトホテプに襲い掛かっていなければ、もしかしたらこんな事にはなっていなかったのではないか……?いや、もっと前、自分が翔達と出会い、翔達に感化されて料理など始めなければ、こんな事にならなかったのでは……?

 

ガタノトーアがこんな事を考えていると、何かを思い出した様にハッとするなり、残った力を振り絞ってとある方向へ視線を向ける。そう、この場には翔がいるのである。翔は無事なのか?ニャルラトホテプの攻撃に巻き込まれていないか?ガタノトーアは翔の事を心配しながら、懸命に目だけを動かして翔の姿を探す

 

そして遂にガタノトーアは翔の姿を発見するのだが、ガタノトーアは翔の予想外過ぎる行動を目の当たりにして、思わず驚愕してしまうのであった……

 

翔は何を思ったのか、ガタノトーアが作った味噌汁が染みつき、ニャルラトホテプの鼻くそが投下された絨毯に指を這わせると、その指先をペロリと舐めるなりガタノトーアに笑顔を向けながら、優しい声色で話し掛けて来たのである

 

「出汁はしっかり取れてたみたいだね、ただお味噌を使い過ぎちゃったのかちょっと塩味が強いかな?でもまあ、これが初めての料理だって考えたら上出来だね」

 

「翔っ!?一体何をやっているのだっ?!早くここかr「そぉい♪」……あぐぅっ!!!」

 

そんな翔に対してガタノトーアが早く避難する様叫ぼうとしたところで、ニャルラトホテプがガタノトーアを踏む足を1度持ち上げた後、再び勢いよくガタノトーアを踏みつけてガタノトーアを黙らせる。そして……

 

「ちょっと君ぃ、黙ってくれなぁい?僕は今ねぇ、圧倒的な絶望に直面して壊れた紛い物を観察してるんだよ~。ほら君もよく見てみなよ~、狂気が振り切れて自分がやっている事が、正常であるかも分からなくなっている奴の無様な行動って奴をさ~」

 

奉仕種族を叩きのめしながらも、首だけは翔の方へ向けているニャルラトホテプが、ニヤニヤしながら自身が今尚踏みにじっているガタノトーアに対して、その様な言葉を掛ける

 

それを聞いたガタノトーアは苦悶の表情を浮かべながら、奇行に走る翔から目を背けようと目を伏せるのだが、ここでニャルラトホテプの言葉に引っかかりを覚え、何かを忘れている様な気がして、それを思い出そうと必死になって頭を回転させ始める……

 

「いや~、ホント今日は此処に来て正解だったよ~☆僕にいじめられてボロボロになった君達にぃ?発狂して奇行に走る紛い物まで見れたんだ、最高過ぎるよホント~♪いいぞ^~これ^~、あぁ^~……、ふぅ……」

 

ガタノトーアが忘れている何かを思い出そうと一生懸命頭を捻っていると、ニャルラトホテプはそう言って、自身の発言の一部を実体化させ……

 

「よっし、僕今すっごく機嫌が良いから、あの紛い物にプレゼントをあげちゃおう♪」

 

上機嫌になりながらそう言うと、ニャルラトホテプは今しがた実体化させた文字列を、翔に向かって投げつけたのである。それを目の当たりにしたガタノトーアは……

 

「翔っ!!!逃げろっ!!!」

 

全身全霊の力を込めて、翔に向かってそう叫ぶのであった。それを聞いた翔は、ゆっくりと立ち上がると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか手にしていたフォークを、自分に向かって飛んで来る文字列に投げつけ、文字列を爆砕してしまうのであった

 

「お?」

 

その光景を目にしたニャルラトホテプが、翔の思いもよらない行動に対して驚きの声を発した直後、翔は直掩機となる艦載機を発艦させた後、ニャルラトホテプの方へゆっくりと歩み寄りながら、手にしたフォークを、ナイフを、箸を、そして包丁をニャルラトホテプ目掛けて投げつけ始めるのだった

 

「おっほぉっ!?あぶなっ!!ちょっとちょっと~?食器投げるとか何考えてるの~?つか包丁とかマジあぶなっ!!!君~、包丁は料理人の魂なんj……ひょおぉっ?!」

 

ニャルラトホテプが翔が投擲する食器や包丁を、奉仕種族達から回収した文字列を使って迎え撃ったり回避したりしながら、この様な事を言うのだが、翔は構わずに投擲を続行する

 

恐らく翔の事を古くから知る人物が此処にいたら、今の翔の行動を見たら思わず戦慄してしまう事だろう……。いつもの翔だったら、冷静な状態の翔だったら、絶対にこの様な行動はしないはずなのだから……、特に包丁についてはニャルラトホテプが言う様に、翔自身普段から包丁は料理人の魂だから武器にしたくないと言っていたにも関わらず、今回は情け容赦も遠慮も一切なく、思いっきりニャルラトホテプに投げつけているのだ……。これらの事から導き出される答え……、それは……

 

「ニャルラトホテプ……、お前だけは絶対に……、許さない……っ!!!」

 

そう、今の翔は冷静さを完全に失う程に、怒り狂っているのである……。その目は結膜も虹彩も血の様に真っ赤に染まり、瞳孔も完全に開き切り、目の周りの神経や血管が一目で分かる程、クッキリハッキリと浮かび上がっているのである……

 

「ひぃっ!?」「んなっ?!」

 

翔のその目を見たガタノトーアとニャルラトホテプは、思わず短い悲鳴を上げてその身を竦ませるなり視線を翔から外してしまう……。そしてそれと同時に、ニャルラトホテプはたった今自身が怯んでしまった事に、果てしなく驚愕するのであった……

 

(僕が怯む……?何で……?あんな雑魚に……、僕は僅かとは言え圧倒されたと言うのか……?)

 

内心でそんな事を考えたニャルラトホテプが、再び翔と視線を合わせると、彼は自分の意識が翔の瞳孔に吸い込まれて消えていく様な錯覚に陥り、その恐怖が全身に絡みつく様に纏わりつくなり指先1つ、ピクリとも動かせなくなってしまうのであった……

 

こうしてニャルラトホテプが動けなくなったところで、翔は腰に差した鼓翼を鞘から引き抜くと、ニャルラトホテプ目掛けて勢いよく駆け出し、その勢いを殺さずに彼に斬りかかるのであった……




Eyes of

翔の眼光が、能力となって帰って来た!!!

発動中は結膜と虹彩が血の様に真っ赤に染まり、瞳孔がガン開きになり、目の周りの神経や血管がボッコリと浮かび上がる

効果は現状発動中に目が合った相手を恐怖によって拘束する事が出来るくらいだが、神話生物、それも外なる神さえも拘束出来るので、威力は凄まじいのかもしれない……

能力が成長すれば、相手を石化させたり誘惑したり、暗視や千里眼みたいな事が出来る様になる……、かも……?


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友達と仲間

自身の目を見て動けなくなったニャルラトホテプ目掛けて鼓翼を振り下ろした翔が、これで皆の無念を晴らせると思った瞬間だった、何とニャルラトホテプは突然動き出しその手で振り下ろされる鼓翼を掴んでみせたのである

 

「どうやら紛い物の能力とやらは、馬鹿に出来ないものみたいだね~……」

 

そう呟くニャルラトホテプの顔を見た翔は、思わず舌打ちをしながらもニャルラトホテプを叩き斬ろうと、鼓翼に力を込める

 

何故ニャルラトホテプが突如動ける様になったのか、それは翔の能力によって指先1つ動かせなくなる直前に、翔の目から自身の視線を外す為に全身全霊の力を込めて目を閉じたからである。これによりニャルラトホテプは完全に精神が恐怖に飲み込まれてしまう前に、本当にギリギリのところで何とか僅かばかりの自我を残す事に成功し、その自我を使って自身の精神をリカバリーして、こうして再び動ける様になったのである

 

「いやね、ホント超ギリギリだったよ~。もしもうちょっとでも長くその目を見ていたら、完全に君の術中にハマっちゃうところだったよ~。っとそれはそうとさ~……、何で君そんなに怒ってるの?僕何か君に対してやったっけ?」

 

目を閉じたニャルラトホテプがしれっとした様子でそんな事をほざくと、翔は尚も鼓翼に力を込めながら、ニャルラトホテプに向かって叫ぶ

 

「ああやったよっ!!料理を楽しむ場所を滅茶苦茶にしてっ!!僕が作った料理もぐちゃぐちゃにしたっ!!!そして何より許せないのはっ!!!ガタノトーアが頑張って作った料理を冒涜した挙句っ!!!ガタノトーアや眷属の皆をっ!!!僕の友達や仲間を楽しみながら傷つけたっ!!!僕はそんなお前をっ!!!絶対に許さないっ!!!例えもう二度と包丁が握れない身体になろうともっ!!!!お前だけはっ!!!!絶対に打ち倒してみせるっ!!!!!」

 

翔の怒りの咆哮を聞いたニャルラトホテプは、鼓翼を掴んだまましばらくの間硬直した後大声で笑い始め……

 

「友達?仲間?僕に踏まれてるお坊ちゃんと、そこらに転がってる眷属達が?仮にも神格であるこいつらが君の友達や仲間だって言うの?」

 

そう言った次の瞬間……っ!!!

 

「人間とも深海棲艦とも言えない紛い物の分際でおこがましいにも程があるだろうがよぉっ!!!」

 

ニャルラトホテプは口元だけ笑顔を浮かべながら、ガタノトーアを踏んでいた足で翔に蹴りを放つ。その蹴りは凄まじい速度で、目を閉じているにも関わらず物凄い精度で翔に襲い掛かるのだが、なんと翔はそれを自身が直掩機として放った艦載機を自身に勢いよくぶつけて、自身を吹き飛ばす事で回避して見せたのである。その際、翔は艦載機を使ってニャルラトホテプに踏まれていたガタノトーアを救出し、艦載機から自身の頭上に投下されたガタノトーアの身体を優しく抱き止めるのであった

 

「翔っ!?何と無茶な……、身体は大丈夫なのかっ?!」

 

今しがた救出されたガタノトーアが、心配そうにしながら翔に声を掛けると……

 

「僕の方は大丈夫、それよりもガタノトーアの方こそ大丈夫なの?身体の至る所がボロボロになってるけど……」

 

逆に翔に心配されてしまうのであった……

 

「……正直に言えば、身体を動かすのが億劫なほど全身が痛い……。だが、そんな事を言っていられる状況ではないからな……っ!っと、それよりもだ、先程翔は我の事を友達と、眷属達を仲間だと言っておったが、それは本気で言っておるのか……?」

 

翔に対して自身のコンディションを正直に伝えた後、ガタノトーアはこの様な問いを翔に投げかけるのであった

 

「うん、本気だよ。僕は本当に皆の事を仲間だと思ってるし、ガタノトーアの事を友達だと思ってる。……もしかして迷惑だったかな?」

 

「いや!迷惑ではないっ!!だが、一体何を根拠にそう言えるのだ……?」

 

ガタノトーアの問いに対して翔がこの様に返答すると、ガタノトーアは再び翔に問い掛ける。すると翔は……

 

「戦治郎さんが生前に言ってたんだ、同じ釜の飯を食った奴は友達で、同じ目的の為に力を合わせた奴は皆仲間だって。僕もこの意見に賛同している、だから僕は一緒にカツカレーを食べたガタノトーアとクタニドさんは友達だと思っているし、クトゥルフさんの説得の為に協力した皆の事は仲間だと思ってる。こんな理由じゃ駄目かな?」

 

自身が持つ友達や仲間の定義を述べた後、ガタノトーア達が友達だと、仲間だと思っている理由をガタノトーアに向かって話すのであった。それを聞いたガタノトーアは、痛む身体をブンブンと振った後……

 

「駄目ではないっ!むしろ駄目なのは我の方ではないのかっ?!我はルルイエの統治の為に翔を利用しようとしているのだぞっ!?そんな輩が友達で本当にいいのかっ!!?」

 

必死の形相を浮かべながら、口早にそう捲し立てるのであった。しかし、ガタノトーアの言葉を聞いた翔は、ゆっくりと左右に首を振った後……

 

「料理を教えるって約束した時言ったでしょ?料理に興味を持った理由については気にしてないって。だから僕はそれを理由に友達にならないなんて言うつもりはないよ」

 

ガタノトーアに向かって笑顔を浮かべながら、翔はこの様に答えるのであった。それを聞いたガタノトーアがポロポロと涙を零し始めたその時だ

 

「うっわ!青臭っ!!何?邪神と紛い物の友情ごっこ?君達マジでふざけてんの?一部の連中にはウケると思うけどさ~、僕こういうの大っ嫌いなんだよね~。って言うかさ~、今サラッと戦治郎とか言った?もしかしてそこの紛い物って長門 戦治郎の関係者だったりすんの?」

 

目を閉じたまま眉間に皺を寄せるニャルラトホテプが、そんな事を口にするのであった

 

「それがどうした……?」

 

ニャルラトホテプの言葉に対して、翔が怒気を込めながらそう返したところ、ニャルラトホテプは再び大声で笑いだし……

 

「まさかこんなところに『鍵』の1つがあるなんてっ!!!幾ら何でも今日は最高過ぎるでしょ~~~っ!!!ホントは適当なところで帰るつもりだったんだけどさぁっ!!!此処に『鍵』があるって事なら予定変更~~~!!!『鍵』をぶっ壊してから帰りますわ~~~っ!!!」

 

妙にハイテンションになりながらニャルラトホテプはそう叫び、翔に向かって魔法による攻撃も織り交ぜながら、文字列を投げつけ始めるのであった

 

「『鍵』……?何だそれ……?」

 

「教えて欲しい?ねぇ教えて欲しい?んん~~~……、ダンメ~~~☆これは簡単に教えていい様なもんじゃないからね~~~♪もし知りたかったら~~~……、僕を倒してみやがれぇっ!!!」

 

『鍵』と言う単語に反応した翔が思わずそう呟くと、ニャルラトホテプはニヤニヤと不気味な笑みを零しながらこの様に答えると、攻撃を熾烈化させるのであった……

 

それから翔はガタノトーアを抱えたまま、ニャルラトホテプの猛攻を凌ぎながら、どうやってニャルラトホテプを倒すかについて考えていた

 

このまま奴の弾切れを待つか……?いや、奴は文字列が爆発したりした時に発生する音からも文字列を回収するので、弾は無限にある様な物だからそれは悪手だ……

 

何とかして能力でもう一度拘束してから仕掛けるか……?いや、正直自分の攻撃は決定打に欠ける……。ガタノトーアにお願いする手もあるが、あまり無理をさせたくないから無し……

 

翔が必死になって頭を回していると、不意に頭の中に声が響いて来る……

 

『私の声が聞こえるか……?聞こえたなら頭の中だけで返事をしろ……、声に出して奴に気付かれる訳にはいかんからな……』

 

『父上かっ!?』

 

(えっ?クトゥルフさん?)

 

『ああそうだ、っとそれは今はどうでもいい、今からお前達に奴に一撃喰らわせる為の策を伝える、1度しか言わんからしっかり聞いておけ、いいな?』

 

翔達の頭の中に語り掛けて来たクトゥルフは、そう言って作戦内容を翔達に伝え始めるのであった……

 

 

 

 

 

『作戦内容を頭に叩き込んだな?ではいくぞっ!!!』

 

作戦を伝え終えたクトゥルフが作戦開始の号令をかけるや否や、ガタノトーアと翔はロイガー族と艦載機をありったけ召喚若しくは発艦させるなり、妙に音を立てながら自分達の周りに密集させ1つの塊を作り始める。それを肌と聴覚で感じ取ったニャルラトホテプが、怪訝な表情を浮かべると……

 

「「「うおおおぉぉぉーーーっ!!!」」」

 

突然その塊が3つの雄叫びと上げながら、ニャルラトホテプに向かって突撃して来るではないかっ!!?内心で驚いたニャルラトホテプが更に耳を澄ますと、塊の中から足音が1つだけ聞こえて来る……

 

「何じゃこりゃぁっ!??」

 

思わずそう叫んだニャルラトホテプが塊目掛けて文字列を投げつけると、文字列は塊より手前で爆発し、塊にダメージを与えられなかった事を感知するのであった

 

「ちょいちょいちょいっ!!!一体何が起こってんのよっ?!!」

 

ニャルラトホテプはそう叫ぶなりようやく目を見開いて状況を確認、すると目の前には既に件の塊が迫っており……

 

「ぅおっほぉっ!!!??」

 

ニャルラトホテプが思わず塊を払い除けようと右手を左から右へと振るうと、塊の正面部分に引っ付いていたロイガー族と艦載機が吹き飛ばされ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それによって出来た隙間から能力を発動させた翔の双眸が姿を現し、それを見たニャルラトホテプは驚愕の表情を浮かべながら硬直する

 

「かかったっ!!!」

 

ニャルラトホテプが硬直したところを確認した翔が声を上げると、ロイガー族と艦載機達は翔達から離れていき、塊の中身が明らかになる。それを目にしたニャルラトホテプは、思わず顔色を真っ青にするのであった……

 

そう、塊の中にはガタノトーアを頭に乗せた翔と、足音を立てない様する為に宙に浮いている人間形態のクトゥルフが入っていたのである。因みにクトゥルフが翔達と合流したタイミングだが、それはロイガー族と艦載機を集めている最中、ロイガー族の羽音に紛れながらの合流で、足音対策をしていたのは合流の際ニャルラトホテプにクトゥルフの存在を気付かせない様にする事と、突撃時の足音の数と雄叫びの数を一致させない様にして、ニャルラトホテプを攪乱する為だったりするのである。そして文字列が塊の手前で爆発したのは、クトゥルフが突撃前に張っておいた障壁によるもので、これはニャルラトホテプの目の前に迫るまでの間塊を保護する為であると同時に、更にニャルラトホテプを混乱させ閉じた目を使わせる為のものだったりする

 

その後、翔達は突撃時の勢いに乗ったまま、翔がニャルラトホテプの額に爪が互い違いになったフォークを柄の部分まで突き刺し、刺したフォークを手首を使って捻った後、翔の後ろに控えたクトゥルフがそのフォークの柄尻を、全身全霊の力を込めてグーで殴りつけてニャルラトホテプの頭部にフォークを埋没させ、最後は殻に籠って高速回転を始めたガタノトーアが、ニャルラトホテプの顔面目掛けて突撃し、ニャルラトホテプを豪快に吹き飛ばしてみせるのであった……



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混沌退散

「あ"い"だあ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

翔達の見事な連携を受けたニャルラトホテプは、謁見の間の扉が付いていた場所の少し右の壁を突き破って、廊下の壁に叩きつけられた直後に悲痛の叫びを上げる

 

「む、まだ叫ぶほどの余裕があったか……」

 

ニャルラトホテプの叫びを聞いたクトゥルフは、そう呟きながらニャルラトホテプが壁を突き破ってしまった為に出来た穴から廊下に出るなり、切れ長の目で壁に寄りかかったニャルラトホテプを見据える。因みに今のクトゥルフの姿は、スーツを着用し、顔の彫りが深く、切れ長の目を持ち、髪型をオールバックにした初老くらいのナイスミドルとなっている

 

「ちょっと君達ぃっ!?連携攻撃するのはいいんだけどさぁっ!!流石に刺したフォークを埋没させるのはやり過ぎだと思わないっ?!ちょっとマジで取れなくなっちゃってるんですけどぉっ!??」

 

フラフラしながらも立ち上がったニャルラトホテプが、フォークが埋没している額を人差し指で掻きながら抗議の声を上げると……

 

「何だ、おかわりか。いいぞ、今の私は少しだけ機嫌がいいからな……」

 

青筋を浮かべたクトゥルフはそれを挑発と受け取ったのか、ニャルラトホテプの訴えをガン無視しネクタイを緩めながらそう言うと、右足を半月を描く様に動かしてI字バランスを取った様な姿勢を取るのであった

 

「ちょっとクトゥルフ?僕の話聞いてた?僕そんな事一言も言ってないよね?ってかさ、その高く振り上げた足をどうしようt……」

 

クトゥルフの挙動を見たニャルラトホテプが、思わずクトゥルフが振り上げた足に視線を送ると……

 

「やぁ☆」

 

そこにはガタノトーアの念動力で浮遊する、Eyes ofを発動させた翔の姿が……っ!!

 

「……あふん」

 

翔と目が合ってしまったニャルラトホテプは、短くそう呟くと身動きが取れなくなり……

 

「ふんっ!!!」

 

直後にクトゥルフの右足は無防備なニャルラトホテプの頭部に踵落としの要領で振り下ろされ、それがヒットしてニャルラトホテプの頭がクトゥルフの踵と共にクトゥルフの腰より低い位置に来たところで、クトゥルフは巧みに足を動かして踵落としから踏みつけの態勢に切り替え、ニャルラトホテプの頭を勢いよく踏みつける。これによりクトゥルフの魔法で硬度が強化された廊下の床は陥没し、ルルイエ全土が直下型の激しい地震に襲われるのであった

 

「うっわ!凄っ!!」

 

「あれは父上が作り上げた『ルルイエ式マーシャルアーツ』の奥義なのだっ!!!父上の巨躯を支える強靭な足による踵落としは、振り下ろされた直後に別空間に預けている分も含めた父上の全体重が込められる事で威力が強化され、更にその状態から繰り出される踏みつけは、正に必殺の一撃となるのだっ!!!」

 

「何それ怖い……、って言うかクトゥルフさんってモンクタイプだったんだ……」

 

「父上は攻撃魔法や神通力による戦闘よりも、この『ルルイエ式マーシャルアーツ』による格闘戦の方が得意なのだ。因みにクティーラは父上から直々に『ルルイエ式マーシャルアーツ』を教えてもらっておるぞ」

 

「ぅゎょぅι゛ょっょぃ……」

 

クトゥルフの足技を見た翔とガタノトーアがこの様な会話を交わしていると、クトゥルフに頭を踏まれているニャルラトホテプが呻く様に言葉を発する……

 

「お前ら……、ホント好き勝手しやがって……」

 

「好き勝手したのは貴様の方だろうが……、私の城を滅茶苦茶にした挙句、眷属や息子まで嬲りおって……」

 

ニャルラトホテプの言葉を聞いたクトゥルフは、そう言い返しながらニャルラトホテプを踏みつける足に力を込めるのだが……

 

「うがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

ニャルラトホテプは気合の咆哮を上げるなり、首の力だけでクトゥルフの踏みつけを弾き飛ばし、その反動を利用して立ち上がると……

 

「さっきは油断したからこんな事になったけど、これからはそうはいかないからなぁっ!!!全員まとめてぶっ飛ばしてやるぁっ!!!」

 

そう叫んで自身の周囲に大量の文字列を出現させ、それらを全て翔達の方へと差し向ける。それを視認したクトゥルフが、直後に翔達を守る様に障壁を展開するのだが……

 

「出来るものならやって見せろ、神話生物界のゴキブリ野郎」

 

その言葉と共にクトゥルフの障壁の前に展開された障壁が、ニャルラトホテプが発射した文字列を全て受け止めるなり弾き返し、弾き返された文字列は寸分の狂い無く、全てニャルラトホテプの方へと飛んでいくのであった……

 

「あびゃあああぁぁぁーーーっ!!?」

 

その光景を目の当たりにして動揺してしまったニャルラトホテプは、戻って来た文字列の直撃を受けて悲鳴を上げ、翔達は僅かに驚いた後、先程聞こえて来た声の方へと視線を向ける。その視線の先に立っていたのは、翔の包丁ケースを手にしたクタニドであった

 

「ここから先は、私もこちらに混ぜてもらうとしよう。っとその前に……、ほれ翔、謁見の間に転がっていたお前の商売道具、全て回収しておいたぞ」

 

クタニドはそう言って手にしていた包丁ケースを翔へと手渡すと、すぐにニャルラトホテプの方へと身体を向けるのであった

 

「あ、ありがとうございます……」

 

包丁ケースを受け取った翔は、手早く中身を見て無くなっている包丁が無い事を確認すると、クタニドに向かって礼を述べるのだが……

 

「礼よりもさっきの発言を取り消してくれ」

 

クタニドはニャルラトホテプから視線を外さずに、この様に答えるのであった。それを聞いた翔が不思議そうな顔をしていると、クタニドは溜息を吐いた後、翔に向かってこう言い放つのであった

 

「こいつに斬りかかった時言っていただろう?もう二度と包丁が握れない身体になろうともとか言う奴、それを撤回してくれと言ってるんだ。折角私もクトゥルフもお前の料理を気に入ったと言うのに、これで最後とかなったら泣くに泣けんだろう?」

 

それを聞いた翔がハッとしたところで、クタニドはこう続ける

 

「お前はこいつを倒すのにそれほどの意気込みが必要だと思ったんだろうが、決してそんな事は無いぞ?何故ならお前には私と言う友がいるんだからな、旧神の頂点に立つこの私がな」

 

クタニドはそう言うと、ようやく翔の方を向いてニヤリと笑うのであった。そんなクタニドの様子を見た翔は、少々恥ずかしがりながらクタニドの望み通り、ニャルラトホテプにぶつけた言葉の一部を撤回するのであった

 

「わ、我も翔の友なのだっ!我の方が先に翔の友になったのだからなっ!!!」

 

その直後、クタニドの言葉を聞いたガタノトーアが慌てた様子でそう言うと、それを聞いたクタニドは声を出して笑いだし、一頻り笑った後その表情を引き締め、再びニャルラトホテプの方へと視線を向ける

 

「さてと……、おいそこのゴキブリ、まだ続けるか?私とクトゥルフを同時に相手するか?全ての攻撃を私に弾き返され、クトゥルフに蛸殴りにされながら無様を晒し続けるか?」

 

クタニドがニャルラトホテプに対してそう言うと、ニャルラトホテプは苦い表情を浮かべながら脂汗を一筋垂らした後、音も無く姿を消すのであった……。どうやら分が悪いと踏んで逃走した様だ……

 

その後クタニドとクトゥルフが消えたニャルラトホテプの気配を探り、ルルイエの何処にも奴の反応が無い事を確認すると、同時に安堵の息を吐き……

 

「あのゴキブリは……、本当に何処にでも湧くな……」

 

「無駄にタフなところもそっくりだな……」

 

口々にニャルラトホテプに対する愚痴を零すのであった……

 

その後翔達が謁見の間に戻ると、そこにはクトゥルフの部屋から遅れて戻って来た鳳翔の姿と、クティーラ主導でニャルラトホテプに破壊されてしまった業務用アイスクリーマーを修理する眷属達の姿があり、鳳翔は翔の姿を発見するなり急いで駆け寄り、翔の無事を喜ぶ余り、静かに涙を流すのであった

 

突然泣き出した鳳翔を見て慌てふためく翔を遠巻きに眺めながら、クタニドはニヤニヤしながらクトゥルフの方を向き……

 

「おいクトゥルフ、翔が鳳翔を泣かせているぞ?あれを見てお前はどう思う?」

 

「やかましい……」

 

クタニドがこの様な事を言うと、自身を説得する妻であるイダー=ヤアーを泣かせたクトゥルフは、そっぽを向いてそう答えるのだった

 

それからしばらくしたところで業務用アイスクリーマーが復旧し、一同はニャルラトホテプ撃退成功を祝うアイスクリームパーティーを開始するのであった



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真実は甘い香りと共に

ここまで書いておいて、柱島(はしらじま)を桂島(かつらじま)と勘違いしていた事が発覚……

ここまで来たら後には引けない!っと言う事で、大和達や鳳翔が所属する泊地は鹿児島県にある桂島(かつらじま)に建てられた泊地と言う設定で貫きます!!!


「ふぅ……」

 

アイスクリームパーティーが開催された謁見の間の一角で、翔はやや疲れ気味の吐息を吐きながら目頭を揉む。そんな翔の手にはクタニドが保管している筈のオリジナルコアの日記が……、そう、翔はつい先程までクタニドから渡されたこの日記を読んでいたのである

 

パーティーが始まってしばらくしたところで、翔はクタニドに呼ばれて部屋の一角に向かい、その場にいたクトゥルフとガタノトーアの目の前でクタニドが別空間から取り出した日記を手渡されたのである

 

この時クトゥルフは1度クタニドを止めるのだが……

 

「翔には知る権利がある、いや……、翔達にとってこれは知るべき事、知っていなければいけない事だと、私はそう判断したから翔にこの日記を読ませる事にしたんだ」

 

クタニドはそう言ってクトゥルフの制止を振り切って、翔に日記を手渡したのである。その後もクトゥルフは食い下がろうとするのだが……

 

「言い忘れていたがこいつは……、翔は長門 戦治郎の関係者なんだぞ……?」

 

クタニドのこの一言を聞くと、クトゥルフは目を見開いて驚愕した後、翔が日記を読み終わるのを黙って待つ事にするのであった……

 

それからしばらく時間が経過し、翔が読んでいた日記を閉じて冒頭の様な行動を取ったところで……

 

「翔が知りたかった事は、全て知る事が出来たか?」

 

様々なフレーバーのアイスを楽しんだ痕跡を、アイスが入っていた容器を自身の周囲に大量に転がしているクタニドが、日記を読み終えた翔に向かってすかさず尋ねる

 

「転生個体の事も、クタニドさん達が戦治郎さんの事を警戒していた理由もよく分かりました……。転生個体が深海棲艦に生まれ変わった異世界の人間と言う単純なものではなく、異世界の人間の魂を基に艦娘の艤装の大元であるはずのオリジナルコアによって作られた、2つの世界を滅ぼす為の彼女の兵隊である事、そして戦治郎さんがとんでもない爆弾を抱えている事も、本当によ~~~っく分かりました……」

 

クタニドの質問に対して、翔は肩を落としてゲンナリしながらこう答えるのであった

 

「戦治郎の能力に施された細工に、ニャルラトホテプが翔の事を『鍵』と呼んだ事……、もしやその細工が発動する条件に翔が関わっていると言うのか……?」

 

翔が発言したその直後、翔の頭の上で翔と一緒に日記を読んでいたガタノトーアが、触腕を組み難しい顔をしながらそう呟くと……

 

「厳密には翔はその条件の1つと言ったところだろうな、ニャルラトホテプは『鍵』の1つと言っていたのだから、恐らくその『鍵』は複数あると考えていいだろう……」

 

それを聞いた特大バケツサイズのストロベリーアイスの容器を抱えたクトゥルフが、アイスを頬張りながら自身の考えを述べるのであった。因みにこのクトゥルフ、このアイスをクティーラから受け取った際

 

「皆の事を助けてくれて本当にありがとうっ!!!お父様の事、本当に大好きだよっ!!!」

 

この言葉と共に頬にキスを送られ、嬉しさの余り思わずその頬を緩めてしまい、そこを眷属達や奉仕種族達に見られ、一同からニヤニヤとした笑顔や温かい視線を送られてしまっていたりする

 

「僕がその『鍵』だと気付くなりあの腐れ外道があんなに大喜びするくらいだから、きっと細工された能力と言うのは碌でもないものなんだろうな~……」

 

「腐れ外道とはニャルラトホテプの事か……?」

 

「随分と辛辣だな……」

 

「楽しい食事の邪魔をする、料理を冒涜する、他人の努力を踏みにじる、知人友人を傷つける……。奴は翔が嫌がる事を上から順に、クワトロ役満を叩き出したのだから仕方が無いんだがな」

 

クトゥルフの言葉を聞いた翔が思わずそう呟くと、それを聞いたガタノトーア、クトゥルフ、クタニドが思い思いの言葉を口にするのだった

 

「っと、こんなところで愚痴ってても仕方ないか、この事を早く皆に知らせないと……」

 

それから大して間を置かず、翔がそう言って立ち上がろうとしたその時だった

 

「翔さん、読書は終わりましたか?」

 

不意に背後から声を掛けらてた翔は、ビクリと身体を震わせて驚くなりすぐに視線を背後に向ける。その視線の先には2人分のアイスを手にした鳳翔が、柔らかい笑顔を浮かべながら立っていたのであった

 

どうやら鳳翔は翔が日記を読んでいる最中に1度こちらに来たらしいのだが、真剣な表情で日記を読む翔を邪魔しては悪いと思い、すぐにこの場を離れたのだそうだ。その後、鳳翔は翔が日記を読み終える頃合いを見計らって、こうして再びこの場に姿を現したのだそうな

 

「あっはい、僕が知りたかった事は、ほぼ全部この日記に書いてありました」

 

翔が鳳翔からアイスを受けとりながらそう答えると、鳳翔はほんの僅かにその表情を曇らせながら……

 

「そうですか……、それでは私達はここでお別れなのですね……」

 

本当にか細い声で、弱々しい声でそう呟くのであった……。翔はその様子を怪訝な表情で見ていたのだが、ここである事を思い出すなりその顔色を見る見るうちに悪くしていくのであった……

 

「あの……、クタニドさん……?」

 

「どうしたんだ?何か急に顔色が悪くなったが……、何があったんだ?」

 

不意に尋ねて来た翔に対して、クタニドがやや困惑しながら返事をすると……

 

「僕と鳳翔さんって、確か精神だけこっちに連れてこられているんですよね……?」

 

「あ、ああ……、確かカレーを食べている時に説明したと思うが……」

 

更に質問を重ねる翔に対し、クタニドはこの様に返答するのであった。因みに今更ながら翔達の状態を説明すると、翔達はクタニドの魔法により精神だけがこちらに連れてこられており、今の肉体はクタニドの魔力から作り出された仮初の身体なのである。その為艦娘である鳳翔が海中であるにも関わらず、問題なく呼吸が出来る様になっているのだ

 

「だったら、僕達の本来の身体って誰かが動かさない限り、眠気に襲われた場所にあるって事ですよね……?鳳翔さん、鳳翔さんは眠気に襲われた時何処にいたか分かりますか……?」

 

「は、はい……、確かあの時は……、桂島泊地の執務室ですね……。その日は大規模作戦に参加する大和ちゃんの代わりに、私が秘書艦を務める事になりましたので……」

 

不意に翔に質問された鳳翔が戸惑いながらそう答えると、ここで翔が言いたい事を理解したクタニドが大慌てしながら呪文を唱えると、翔達の目の前に突然巨大なスクリーンの様な物が出現するのであった

 

「ここで適当に人材をチョイスしたのが仇になったかっ!!!このままでは鳳翔の身体がゲロ臭い提督の魔の手にかかるかもしれんっ!!!」

 

そう叫びながらクタニドが本来の鳳翔の身体の在り処を映し出す様にとスクリーンに念じると、スクリーンに徐々に映像が映し出られていき……

 

「これは……?」

 

「病院……、ですか……?」

 

その映像を見た翔と鳳翔は、思わず怪訝そうな表情を浮かべながらそう呟く……。と、その直後、クタニドが突然大声を張り上げるのであった

 

「場所の特定が出来たっ!!!今鳳翔の身体は佐世保市内にある病院の中にあるぞっ!!!」

 

クタニドの言葉を聞いた翔が、何故鳳翔の身体がそんなところにあるのかについて疑問に思っていると、鳳翔が何かを思い出したのかハッとしながら声を上げる

 

「そう言えば……っ!確かその日は大規模作戦の件で、佐世保オパンチュパラダイス鎮守府のオパンチュ大天使モモロウ提督が、桂島泊地にいらっしゃる予定でしたっ!!」

 

「ちょっと待って、何?その酷い名前の鎮守府と提督さんは……?後鳳翔さん、恥ずかしげもなくそんな言葉口にしちゃいけませんっ!!!」

 

「何だその卑猥な名前の提督はっ!?そいつは大丈夫な奴なのかっ?!」

 

鳳翔の言葉を聞いた翔とクタニドが思わずツッコミを入れ、直後に鳳翔が佐世保の提督の無害性を1人と1柱に説明し、何とかその場を鎮めるのであった

 

「取り敢えず、しばらくの間は大丈夫そうだな……。だが恐らく桂島の提督にも鳳翔の居場所は伝えられているはずだから、奴が動き出すまでに何とかしなければならんな……」

 

何とか冷静さを取り戻したクタニドが、そう言って鳳翔の身体をどうするかについて思案し始めたところで……

 

「すまんクタニド、私に分かり易く現状を説明してくれないか……?」

 

1柱だけ置いてけぼりを喰らったクトゥルフが、クタニドに向かって状況の説明を求めると、クタニドの代わりに翔、鳳翔、ガタノトーアが状況説明を開始する。そしてそれを聞いたクトゥルフは……

 

「翔達への借りは案外早く返せそうだな……」

 

獰猛な笑みを浮かべ、両の拳を打ち鳴らしながらそう呟くのだった。それを見た翔達は慌てて殺気立ったクトゥルフに大量のアイスを食べさせて、何とか彼を落ち着かせるのに成功するのであった……



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オパンチュ大天使モモロウ

翔達が鳳翔の件でキレたクトゥルフを宥めている頃、佐世保オパンチュパラダイス鎮守府の執務室では、キーボードを叩く音が絶え間なく鳴り響いていた

 

その音の発信源は提督の執務机の上にあるデスクトップタイプのパソコン、そしてそれを操作しているのは他でもない、この佐世保オパンチュパラダイス鎮守府の提督を務めるオパンチュ大天使モモロウ大将である

 

彼は今、桂島の提督の情報を集める為に、険しい顔をしながらパソコンのディスプレイとにらめっこしているのである

 

彼は何故この様な事をしているのか……、それは今日彼が桂島泊地を訪れた際に知る事となった桂島泊地の実態を、白日の下に晒して桂島の提督に法の裁きを受けさせる為である

 

この日彼は偵察部隊としてミッドウェーに送られた舞鶴鎮守府の主力部隊が全員行方不明になったと言う報を聞くなり、ミッドウェー攻略の開始を早めるべきだと主張し元帥に作戦を敢行させた桂島泊地の提督にその意図を問う為に、秘書艦の金剛とこの泊地に自身の師匠がいると言う赤城を連れて桂島泊地に訪れたのだ

 

因みに佐世保オパンチュパラダイス鎮守府の主力艦娘である金剛と赤城が鎮守府に残っている理由だが、金剛はこの大規模作戦に参加する艦娘を決定する為の模擬戦でズーイストライカーを装備した日向と激突、敗北してしまった為候補から外されてしまい、赤城は神出鬼没なモモロウ提督の代理を務める為に、大規模作戦の参加そのものを辞退したからである

 

そういう訳で桂島泊地を訪れた3人は、その日秘書艦を務めていた赤城の師匠である鳳翔の案内で執務室に向かう事となったのだが、その道中で普通に考えれば有り得ないものを偶然見てしまうのであった……

 

モモロウ達が見たもの……、それは疲れ切った表情で死んだ魚の様な目をし、絶望感に飲み込まれているとしか表現出来ない様な雰囲気を纏った、桂島泊地所属の遠征部隊である……

 

普通の鎮守府や泊地などでは、艦娘達がこうなる前に適度に休みを与えるものではないのか……?モモロウ提督がそんな事を考えていると……

 

「テイトク……、あの子達なんかおかしいヨー……」

 

「ハッキリ言ってあれは異常です……、この泊地……、もしかしたら何かあるかもしれませんね……」

 

不意に金剛が怯えた様子で、赤城が眉間に皺を寄せながら、この様な事を口にする。それを聞いたモモロウ提督は、2人の言葉に同意する様に1度頷いて見せるのであった

 

その後3人は執務室に到着し、桂島の提督への挨拶もそこそこに、自分達が此処に来た理由について桂島の提督に質問する。それに対して桂島の提督は……

 

「連絡も無しに行方不明となった、それは恐らく彼女達はこちらに連絡を入れる前に敵に発見され、瞬く間の内に沈められてしまったのではないかと、私はそう考えたのです。なので私はそんな彼女達の餞として、可能な限り早く作戦を成功させるべきだと思い意見具申したのですよ」

 

何食わぬ顔でそう返答するのであった。するとその直後、モモロウ提督がいない間提督代理を務めた事がある赤城が、口角を上げずに目を細めながら桂島の提督に尋ねる

 

「その言い方だと、貴方はこの大規模作戦は必ず成功すると確信している様に受け取れるのですが……?偵察部隊が行方不明になった事で、こちらには相手の情報が碌に無い状態になっているにも関わらず、貴方は作戦が必ず成功すると思っている……。何処かおかしいと思わないのですか?」

 

「尤もな指摘ですね、戦争は情報と前準備が命……、偵察部隊が全滅した事で、我々は相手の規模を把握する事が出来ず、最悪の場合ちょっとした読み違えで艦隊が全滅する恐れがあります……。ですが、我ら日本海軍の粋を集めた屈強な連合艦隊の前では、情報の有無など誤差の範疇でしょう。彼女達なら間違いなく作戦を成功させる、私はそう信じている、だから私は先程の様に言ったのです」

 

赤城の質問に対して、桂島の提督は平然とした様子でそう言ってのけるのであった。尤も、この男はそんな事毛ほども思っておらず、寧ろ連合艦隊は大和を残して確実に全滅するとさえ考えているのである。事実、この男はこの時点で海軍の情報を売る、生贄となる艦娘を売るなどして、その準備をプロフェッサーを通じて手伝う様な真似をしているのだから……

 

「Hey!それだと舞鶴の子達の行動は、全部無駄って事になりますヨ?!アナタその辺分かってて言ってマスカッ!?」

 

そんな桂島の提督の発言を聞いた金剛が、目を吊り上げながら桂島の提督に噛み付くが……

 

「無駄になる事なんて1つもありませんよ、彼女達の偵察方法を真似ればこの様な結末が待っていると言う、悪いお手本を見せてくれたのですから」

 

桂島の提督はしれっとした顔で、この様な事を言うのであった。それを聞いた金剛が、その表情をまるで夜叉の様に恐ろしいものに変えて、桂島の提督に何か言葉をぶつけようとするのだが、その直前に突然鳳翔が倒れてしまったのである……

 

突然の出来事に驚き、硬直してしまった金剛、赤城、モモロウ提督の3人を余所に、桂島の提督は鳳翔の方へ視線を向ける事無く……

 

「立て鳳翔、客人の前だぞ」

 

ただただ冷徹に、そう言い放つのであった……。それを聞いた3人は更に驚愕すると共に、背筋に薄ら寒いものを感じるのだが、すぐに我に返って倒れた鳳翔の下へと駆け寄り、モモロウ提督は赤城が抱き起こした際に見えてしまった鳳翔の身体に、無数のアザがある事に気付くのであった。こうしてモモロウ提督は、ここの遠征部隊の様子、先程の桂島提督の鳳翔に対する態度、そして鳳翔の身体にあるアザから、ここがブラック鎮守府である事を確信するのであった

 

そこからのモモロウ提督の行動は早かった、モモロウ提督は昔医者をやっている兄から教えてもらった容態の確認の仕方を本物っぽくやって見せた後

 

「かなり危険な状態ですね……、これは大きな病院に入院させた方がいいですね。幸い、僕の鎮守府の近くにこの手の病気に強い病院があるので、鳳翔さんにはそこに入院してもらいましょう」

 

真剣な表情で、真剣な声色で、この後何をしでかすか分からない桂島提督から眠っている鳳翔を切り離す為の真紅も真紅の大嘘を並べ立て、鳳翔をお姫様抱っこするなり執務室から出て行こうとする。その様子を見ていた桂島の提督は、一瞬だけ呆然とした後モモロウ提督を止めようとするのだが……

 

「赤城さん病院の手配よろしくっ!!!行くよ金剛っ!!!」

 

モモロウ提督はそう言って桂島提督の言葉をガン無視し、赤城と金剛、そして鳳翔を連れて大急ぎで桂島泊地を後にするのであった

 

その後、モモロウ提督は移動中に金剛と赤城に先程の自分の行動の意図を説明し、2人を納得させたところで鳳翔を揺り起こそうとするのだが、何度鳳翔を起こそうとしても鳳翔が起きなかった為、不味いと思ったモモロウ提督は、本当に鳳翔を鎮守府近くにある病院に緊急入院させる事を決定するのであった……

 

こうして鳳翔を病院に入院させたモモロウ提督は、病院に赤城を残して鎮守府に戻ると、すぐさまパソコンを起動して桂島の提督について調べ始め、金剛は鎮守府に残っているメンバーから有志を募り、モモロウ提督のサポートの為に資料室を漁り始めるのだった

 

それからかなりの時間が過ぎ夜の帳が降りる頃、金剛はサポート要員として集めたメンバーを部屋に帰した後、未だに作業を続けるモモロウ提督の為に紅茶の準備を始める。と、その時だ

 

「だあああぁぁぁーーーっ!!!チキショウめえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

突然モモロウ提督が声を上げ、両手で頭をバリバリと掻き出す。それを聞いた金剛は1度身体をビクリと震わせて驚いた後、気を取り直して紅茶を淹れ

 

「Heyテイトク~、根を詰め過ぎるのはbadだヨ~?」

 

そう言いながらモモロウ提督に、先程彼女が淹れた紅茶が入ったティーカップを差し出す

 

「ああごめん……、ちょっち頭がヒートアップしてた……」

 

「テイトクの気持ちはよく分かるネー、けどあんまり無理し過ぎてテイトクまで駄目になるのはNOなんだからネー?」

 

モモロウ提督は金剛に謝罪しながらカップを受け取り、金剛はこの様な事を言いながらモモロウ提督の隣に立って、先程までモモロウ提督がにらめっこしていたパソコンのディスプレイを覗き込む

 

「それで、一体何があったノ?」

 

「あいつの情報をハッキングして調べてたんだけど、どこもかしこも強力なプロテクトだらけで、僕如きじゃ情報が抜けそうにないんだ……。あぁ……、こう言う事なら護からハッキングについてもっと教えてもらっておけばよかった……」

 

金剛がモモロウ提督の方に視線を向けながらそう尋ねると、モモロウ提督は空になったティーカップを金剛に返却した後、机に突っ伏しながらこの様な事を口にするのだった

 

「マモル……?」

 

「僕の友達だった奴さ、こういうのが滅茶苦茶強い奴でね。多分あいつだったらこのくらいのプロテクトは、鼻ほじりながらでも解除出来るだろうね」

 

「だった……?今は友達じゃないノ?」

 

「いや、今でも僕はあいつの事友達だって思ってるよ……、けどあいつはもういないんだ……、前に言ったろ?僕の兄さんが家でパーティーしてる時、兄さんの家に突っ込んだガソリン満載のタンクローリーの爆発に巻き込まれて、兄さんと兄さんの部下の方々が皆死んだって……、護もそこにいたんだよ……」

 

「oh……、sorry テイトク……、嫌な事思い出させちゃったネー……」

 

モモロウ提督と金剛がこの様な会話を交わし、金剛が申し訳なさそうにしていると、モモロウ提督は頭を振って見せ

 

「気にしないで金剛、それよりも今は鳳翔さん達の事だ。何としてもあの提督から艦娘達を解放して、桂島の提督には然るべき罰を受けてもらわないとね」

 

モモロウ提督は金剛に向かって笑顔を浮かべた後、表情を引き締めながらそう言い放つのであった。それに対して金剛が返事をしようとするのだが、ここで金剛は睡魔に襲われ思わず欠伸をしてしまうのであった

 

「……もしかして限界だった?」

 

「う~……」

 

それを見たモモロウ提督が金剛に尋ねると、金剛は恥ずかしそうに身を縮こまらせながら唸るような声を出す。その後モモロウ提督はまだ一緒にいたいと我が儘を言う金剛を諭し、彼女を自室のベッドまでお姫様抱っこで運び、彼女が寝付くまで添い寝した後、執務室に戻るのであった。因みに上記のモモロウ提督の行動は、全て金剛がお願いしたものである

 

「ふぅ……、ようやく寝付いてくれた……。っと言ってる場合じゃないな……」

 

モモロウ提督はそう呟いた後、再び情報収集の為にパソコンを操作し始める。それからモモロウ提督はしばらく作業を続けるが、結局プロテクトにぶつかるばかりでこれ以上パソコンによる情報収集は出来そうにないと思うと、パソコンの電源を落として椅子の背もたれに寄りかかりながら、深い溜息を吐く……

 

「兄さん……、か……。……もし兄さんが僕の立場だったら、一体どう動くのかな……?」

 

溜息をついた後、不意にモモロウ提督の頭の中に亡くなった腹違いの兄の、長門 戦治郎の背中が過り、思わずモモロウ提督……、いや、戦治郎の腹違いの弟にして、24歳と言う若さで長門コンツェルン次期総帥候補となった長門 兼継(ながと かねつぐ)はそう呟き、戦治郎が自分と同じ立場になった場合、どう動くのかを頭の中でシミュレートし……

 

「……うん、やっぱり兄さんだったらそうなるよね、どんな手を使ってでも助けようとするよね……。よしっ!明日も仕事は休みだし、別の方法で情報収集してみるかっ!って事で今日のところはこれでお仕舞い!ベッドが僕を待っている!」

 

その結果を見るなり兼継はこの様な事を言い、突如彼の手元に出現した緑色の光の線で形作られたタブレットの様な物を操作すると、彼は執務室から忽然と姿を消してしまうのだった……



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長門 兼継

そう言えばそろそろこの作品の連載を始めて、1年が経とうとしている……


さて、ここで少しだけ兼継について触れておこうと思う

 

兼継は戦治郎の父である長門 総一と、総一の再婚相手である龍美との間に生まれた戦治郎の腹違いの弟である

 

彼は自分達がやりたい事を職業にした他の兄弟達と違い、自ら望んで長門コンツェルン総帥の座を継ぐ決意をし、大学を卒業後長門コンツェルンの中枢をなす電子機器メーカーに就職、父の意向で平社員として日々の業務を全うする傍ら、父から長門コンツェルン総帥としてやっていく為に必要な知識を学んでいた

 

そんな少し大変だが充実した毎日を過ごす彼を悲劇が襲う……

 

 

 

それは2017年12月24日の事である……、夜中に仕事を終えて帰宅しペットの五代目太郎丸に餌を与えていた彼の下に、兄である戦治郎の訃報が届いたのだ

 

戦治郎及びその部下達の死因は爆発事故、ガソリンを満載したタンクローリーが戦治郎が経営する修理屋兼リサイクルショップである『長門屋』のすぐ傍の道路を走行中、倒れた自転車の傍で寝転がって道路と喧嘩する酔っ払いをタンクローリーの運転手が発見、運転手がそれを避けようとハンドルを切った際タンクローリーは『長門屋』の敷地に侵入、車体のバランスを崩し横転しながら戦治郎達が普段寝泊りしている家屋に突っ込み、タンクローリーが横転した際に地面に漏れ出したガソリンに火が付き、戦治郎達は家屋とタンクローリー諸共爆死したそうだ……

 

その報を聞いた兼継はしばらくの間呆然とした後、フラフラとした足取りで自室のクローゼットへ向かい、その中からHMDを取り出すなりそれを大事そうに抱きかかえながら、静かに涙を流した……

 

このHMDは戦治郎が前日、2017年12月23日に突如フラリと兼続が住むマンションに訪れた際、少し早めのクリスマスプレゼントとして置いて行った、戦治郎達長門屋のメンバーが作り上げたHMDなのである

 

「こいつをパソコンなりタブレットなりに接続して艦これを起動すると、なんとアーケード版のグラでブラウザ版が出来る様になるんだわ!その為にわざわざアーケード筐体買って護に解析させたりと結構手間かけてるから、マジで大事にしてくれよ?」

 

戦治郎はそう言って兼継にHMDを手渡し、しばらくの間2人で雑談を交わした後

 

「そろそろ行くわ、明日ウチでパーティーやるから、その準備の為の買い物の途中だったんだわ。って事で時間あったら来てくれよ~、したらな~」

 

そう言って兼継のマンションを後にした、これが兼継が聞いた戦治郎の最後の言葉だった……。兼継はそれを思い出すと遂に堪えられなくなったのか、嗚咽を漏らしながら夜通し泣き続けるのであった……

 

それからしばらく時間が経ち、戦治郎の死を知りショックで倒れ入院した姉2人の看病と、爆発のせいで見事なくらいバラバラになった戦治郎の葬儀を終え、ようやくショックから立ち直ったところで、兼続はふと戦治郎が作ったHMDの存在と昔戦治郎が口にした言葉を思い出す

 

「道具は使ってナンボじゃい!そして一生懸命働いて壊れた道具を修理と言う形で労うのが、俺達長門屋の仕事なんじゃい!」

 

酒をかっくらって顔を赤くしながら捲し立て、次の日悟に痔の治療を依頼した戦治郎の言葉を思い出した兼継は、何気無くHMDをパソコンに接続してブラウザ版艦これを起動し、HMDを被ってHMDの電源を入れる。すると画面にほんの僅かにノイズが走った後、それを見た兼継はそのまま意識を失ってしまうのだった……

 

 

 

それからしばらくして、2人の女性の声を耳にして意識を取り戻した兼継が、ゆっくりと瞼を開くと彼の目には俄かに信じられない光景が映るのだった

 

彼の目に映ったのは見知らぬ部屋の中に立つ2人の女性の姿、そしてその2人の女性はそれぞれ艦これの金剛と赤城の恰好をし、険しい顔をしながら兼続の方へ砲と弓を構えているのである

 

それを視認した兼継はすぐさま降参とばかりに両手を上げて、何か言葉を発しようと口を動かそうとするのだが、直後に赤城らしき人物の弓から矢が放たれ、その矢は兼続の頬を掠めて兼継の頬に赤い線を描く……

 

「今のは警告です、次に不用意に動けば、矢は貴方の眉間を貫きます」

 

「それが分かったら正直に答えるネー!貴方は誰デスカッ!?テイトクを何処に連れて行ったノッ?!」

 

赤城?の言葉に対して兼継が無言で首を縦に何度も振って答えた刹那、目を吊り上げた金剛?が捲し立てる様にして兼継にそう尋ねて来る。そして金剛?の言葉を聞いた兼継は、簡単に自己紹介をした後……

 

「あの……、テイトク云々は兎も角……、此処何処ですか……?」

 

2人に向かってそう尋ねる、それを聞いた2人は怪訝そうな顔をしながら口を動かそうとした直後、不意に頭痛に襲われてその表情を苦痛に歪めるのだった……

 

2人の様子を見た兼継が心配そうに2人に声をかけると、2人は頭を手で押さえながら訳が分からないと言った様子で口を動かし始める

 

「What……?この人が……、テイトク……?」

 

「一体どう言う事……?一体何が起こったと言うの……?」

 

「はいぃ?」

 

2人の言葉を聞いた兼継は、思わず間の抜けた声を上げてしまうのであった……

 

その後2人の女性は兼継に自己紹介をし、兼継は彼女達が本当に艦娘の金剛と赤城である事を知ると、驚きの声を上げて固まってしまう。その後我に返った兼継が先程の2人の発言について困惑しながら質問すると……

 

「先程、突然頭痛がしたかと思ったら、私の記憶の中にあった提督の姿が、全て貴方の姿に塗り替えられたんです……」

 

赤城の発言を聞いた金剛が目を丸くするなり自身にも同じ現象が起こった事を話し、それを聞いた兼継は更に困惑するのであった……

 

その後、兼継が自分が此処に来るまでの出来事を2人に話し、先程起こった出来事と併せてウンウン唸りながら3人で考えていると、不意にこの部屋の扉が開かれ……

 

「司令官、艦隊、戻ったよ! みんなの無事が、何よりだよね」

 

この言葉と共に睦月型駆逐艦の6番艦である水無月が、遠征の結果を報告する為に部屋の中に入って来る。そして水無月はそのまま兼継の下へ歩み寄り、遠征結果の報告を始めるのであった……

 

それを見た赤城が水無月に対して、兼継の事を尋ねてみると……

 

「その人は司令官でしょ?赤城さんはよく司令官の補佐をやってるはずなのに忘れちゃったの?」

 

水無月はまるで最初からここの提督は兼継だった様に話し、それを聞いた3人は困惑を通り越して混乱し始めるのであった……

 

その後、報告は終わったから部屋に戻っていいかと尋ねて来る水無月に対して、兼継が困惑しながら了承し、水無月の背中を見送った後3人は頭を抱えながら状況整理を開始する

 

そしてその最中に、金剛が佐世保提督が横須賀鎮守府から佐世保鎮守府に異動になった際、大本営から交付された辞令書の存在を思い出し、そちらの内容はどうなっているかが気になった3人は、金剛の記憶を頼りに保管された辞令書を引っ張り出してその内容を確認すると、そこには燦然と輝く『佐世保オパンチュパラダイス鎮守府』と『オパンチュ大天使モモロウ少将』の文字が……っ!!!ここで兼継は鎮守府名と提督の名前が、自分が艦これをプレイしている時に使っていたものである事に気付くと同時に、酒を飲んでベロンベロンに酔った勢いで鎮守府名と提督名を付けた事を激しく後悔するのであった……

 

それから長い時間3人で話し合った結果、3人はこの様な予想を立てる……。兼継がこの世界に来た事で、元々この佐世保鎮守府で提督をやっていた存在は、兼継に存在やその痕跡全てを上書きされ、兼継がこの世界に出現するところを直接目撃した金剛と赤城以外の記憶と記録から完全に消滅してしまったのだと……

 

その事実を知った兼継が、引きつった顔をしながら硬直していると……

 

「こうなっては仕方が無いですね……、そういう訳でこれから兼継さんには、この佐世保鎮守府の提督をやってもらいます」

 

「さっきの水無月の様子を見る限り、多分この鎮守府の皆のMemoryの中では、最初からカネツグが提督だった事になってるはずネー……。無用なconfusionを避ける為にもそうした方がいいと思いマース」

 

2人は兼継に消滅した提督の代わりに、この佐世保鎮守府の提督をやる様に言って来るのだった

 

それを聞いた兼継が、どうしたものかと考えていると、不意に彼の耳に微かにだが犬の鳴き声が聞こえて来る……。そう、彼が飼っている五代目太郎丸の鳴き声である

 

「やっべ!そういやそろそろ餌あげる時間じゃないかっ!!って何で太郎丸の声が聞こえるんだっ!?」

 

太郎丸の鳴き声を聞いた兼継があたふたし、ここからどうやったら元の世界に戻れるのかを思案し始め、その様子を見ていた金剛と赤城が不思議そうな表情を浮かべた直後、突然兼継の手元に緑色の光の線で形作られたタブレットの様な物が出現し……

 

「何これ……?終了……?」

 

このタブレットの様な物の存在に気付いた兼継が、そう呟きながら恐る恐ると言った様子で『終了』と書かれたアイコンを指でタッチすると、突然兼継の視界が暗転し次の瞬間には、兼継の視界にはHMDに映し出されたブラウザ版艦これのログイン画面が映るのだった……

 

それから兼継は五代目太郎丸に餌を与えた後、再びHMDを被って艦これにログインし、自身が先程の場所、佐世保鎮守府の執務室に戻った事を確認すると……

 

「ごめん、提督やれって話は無理かも……」

 

突然消えたかと思ったらまた出現した兼継を見て、驚愕の表情を浮かべる金剛と赤城に向かって、兼継はそう返答するのだった……

 

その後3人は話し合いに話し合いを重ね、兼継は時間がある時だけこの世界に降り立って鎮守府の運営を行い、兼継がいない間は赤城が代理で運営を行う方向で話を付け、兼継は長門コンツェルンで平社員として働きながら、佐世保オパンチュパラダイス鎮守府の提督として鎮守府を運営していく事となるのであった……

 

因みに、何故兼継が長門屋製HMDを通じて2つの世界を行き来する事が出来るのかについてだが……、それはHMD製作の際中心となった製作者である戦治郎の魂とHMDが僅かながら繋がっており、そのHMDを使った者はその繋がりを魂の通り道として自分の世界と艦これ世界を魂だけで行き来し、その魂は艦これ世界の誰かの存在を乗っ取る事で実体化する様になっており、兼継の場合兼継が佐世保サーバーの提督だった事から、その関係で佐世保提督の存在を乗っ取ってこの世界で実体化しているからである



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鳳翔さんを守り隊

思った以上に過去編4章が長くなっている……


兼継が元いた世界に戻ってベッドとデートを開始した頃、ルルイエの方はと言うと……

 

「第一回深淵会議ーーー!!!」

 

\ウオオオォォォーーーッ!!!/

 

翔主導による話し合いが始まっていた、会議の議題はたった1つ、現在佐世保市内の病院に入院している鳳翔についてである

 

「クタニドさんの魔法によって深い眠りについた鳳翔さんの身柄は、幸運にもその日桂島泊地を訪れていた……、何か凄い名前の提督さんが安全な場所に移してくれた訳なんですが……」

 

「これで安心する訳にはいかんな、恐らくあの糞野郎の事だから鳳翔が意識を取り戻し、そのパンツ提督に泊地の実態を報告する前に鳳翔を何とかして泊地に連れ戻し、口封じに走る可能性が大いに考えられるからな……」

 

翔とクタニドがルルイエの皆さんの前に立ち、鳳翔の現状について説明すると……

 

「その桂島とか言うとこを、俺達全員で襲撃したらいいんじゃねぇか?」

 

\ソウダソウダー!/\ヤッチマエー!/\テイトクヲブッコロセー!/

 

ダゴンがこの様な事を口にし、その部下であるディープ・ワン達や淵みに棲むもの達が、ダゴンの意見に賛同する様に物騒な事を口走り始める

 

「駄目です!それをやっちゃったら皆さんが人類にエネミー認定されてしまいますし、何より泊地に残っている鳳翔さんの仲間達が、皆さんの攻撃に巻き込まれて死んじゃいます!」

 

「あの……、出来れば私もそれは止めて欲しいです……。もしそのせいで泊地の皆さんが大変な事になってしまったら、私はどうしたら……」

 

ダゴンの発言を聞いた翔が即座にダゴンの提案を却下し、鳳翔もそう言って涙ぐみ始める……。その直後、ハイドラが迂闊な発言をした自身の旦那に、ダゴンに対して鉄拳制裁を始めるのだった

 

「つまり……、我々は鳳翔殿の身を影ながら守り、鳳翔殿の仲間達を救出しなければいけないのですね……?」

 

「もうちょっと言えば、僕達長門屋海賊団が日本の領海に入るまでの間は皆さんの内の誰かが鳳翔さんを守って、僕達が領海に入ったところで鳳翔さん達が泊地の艦娘さん達を救出する感じがいいかな?」

 

翔の言葉を聞いたオトゥームがそう言うと、翔はそれに自分の考えを混ぜて返答するのであった

 

「作戦開始は翔殿達が日本の領海に入ってからですか……、その意図を聞いても……?」

 

「それについてですけど、僕の仲間に護って奴がいてそいつは……、皆さんには馴染みが無い単語ですが、情報戦と電子戦が滅茶苦茶強いんですよ。皆さんに分かり易く言えば……、相手の正確な情報を一早く入手したり、相手を混乱させる為の嘘の情報を流したり、相手の連絡手段を潰したりするのが物凄く得意な奴が僕の仲間にいるんです。で、僕達がそいつが泊地に対して電子戦を仕掛けられる範囲に、領海に入ったところで僕からそいつにお願いして僕達が領海に侵入した事を隠蔽し、泊地の連絡手段を全て潰してもらい、桂島の提督を完全に孤立させようと考えているんです」

 

オトゥームに対しての翔の返答を聞いたムナガラーが、翔に対してその理由を尋ねてみると、翔は自身の考えを包み隠さず正直に話すのであった

 

「増援を呼べない様に相手を孤立させた上で、自分達は相手に気付かれない様にしながら接近し、一気に目標を仕留めるか……」

 

「確実性を上げる為に、作戦は夜間に実行したいところですが……。まあその辺りの事情は、状況次第になると思います。それでさっきの続きになるんですけど、桂島が孤立したところで、鳳翔さん達に泊地の艦娘さん達を救出して欲しいんですけど……」

 

翔の考えを聞いたクトゥルフがそう呟いたところで、翔が補足を入れた後この様に言葉を続けると……

 

「そう言う事なら、私が鳳翔の護衛に入った方が良さそうだな。私は翔とテレパシーで連絡が取り合えるし、鳳翔の現在の居場所を正確に把握している。そして移動に関しては私のワープ魔法を使えば、誰にも悟られずに泊地に向かう事が出来るだろうからな」

 

「更に付け加えるなら、人間社会に理解があるから護衛中に変な事をして、周囲から怪しまれる心配が少ないって点もありますよね」

 

そう言ってクタニドが鳳翔の護衛を買って出てくれる。それに対して翔がそんな事を言ったその直後だ

 

「私も鳳翔の護衛するよっ!」

 

何とクタニドに続いてクティーラまで、鳳翔の護衛をやりたいと言ってきたのである。これには流石にこの場にいる全員が驚き、何とか思い留まる様に全員が説得を試みるのだが、クティーラの意思は固く結局全員が折れる形で、クティーラの護衛参加が条件付きで了承されるのであった

 

さて、鳳翔の護衛に付く事になったクティーラに付けられた条件についてだが、それは彼女のお世話役であるダゴンとハイドラを同伴させる事である。その条件をクティーラが聞いた際、クティーラはダゴンとハイドラに対して人間社会に関する質問をいくつか投げかけ、ダゴンとハイドラの回答を聞くなり……

 

「ダゴンとハイドラは、鳳翔の傍に置けそうにないよ……」

 

ガックリと肩を落とし、溜息を吐きながらクティーラはそう言い放つのであった

 

その後、護衛組が翔を交えて話し合った結果、鳳翔の傍にはクタニドとクティーラを配置し、ダゴンとハイドラには元の姿で佐世保湾に潜伏してもらい、鳳翔達が佐世保駅近くの海沿いまで来たところでダゴン達と合流、クタニドの魔法で桂島までワープした後、鳳翔達は泊地に入って艦娘達を説得&救助してダゴン達の背に乗ってもらい、艦娘達を背に乗せ終えたダゴン達はそのまま泳いで泊地から離脱した後、翔達と1度合流する事となるのだった

 

その途中、ハイドラが病院の南の海岸で合流しないのは何故なのかと尋ね、それに対してクタニドがそこは在日米軍の土地で、不用意に立ち寄る訳にはいかないからと説明するのであった

 

こうして鳳翔についての話が纏まったところで……

 

「うぅ……っ!誰かが……、我を呼んでいる……?」

 

翔の頭の上に乗っているガタノトーアが、突然呻き声を上げて触腕で頭を押さえだす

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

「まだ少々変な声は聞こえるが……、我は大丈夫だ」

 

ガタノトーアの呻き声に驚いた翔が、心配そうにガタノトーアに尋ねてみると、ガタノトーアはこの様に答える。と、その直後、翔の目の前に突如空中に浮かぶ銀色に輝く魔法陣の様な物が出現するのだった

 

「これは……?」

 

そう言ってガタノトーアが触腕を伸ばして、銀色の魔法陣に触れようとしたその時だ

 

「そいつに触れるなっ!!!」

 

魔法陣に触れようとするガタノトーアの姿を見たクタニドが、突然険しい表情を浮かべながら声を荒げてガタノトーアを制止する

 

「ど、どうしたんですか?いきなりそんな大声を出して……」

 

突然の出来事に驚いた翔が、困惑しながらクタニドに尋ねると、クタニドは表情を崩す事無く翔の質問に答える

 

「そいつは歪だが、ガタノトーアを召喚する為の魔法陣だ……。恐らく誰かが地上にガタノトーアを召喚しようとしている……、いいか?そいつには絶対に触れるなよ……?完全な状態ではないそいつに触れれば、お前は理性を失い暴走した状態で地上に召喚されてしまうぞ……?」

 

クタニドの言葉を聞いたガタノトーアは瞬時に触腕を引っ込め、それと同時に翔はガタノトーアを魔法陣から遠ざける為に、数歩ほど後退するのであった

 

「い、一体誰がその様な事を……?」

 

「今逆探知して調べている……、っとこれは……っ!?」

 

ガタノトーアが身体を震わせながらクタニドに尋ねたところ、クタニドはこの様に返した直後、その表情を驚愕の色に染めてしまう。それからすぐにクタニドは自分が見た光景をスクリーンに映し出し、それを見た翔は……

 

「何だこれ……?」

 

そう呟いて硬直してしまう……。翔が見たもの……、それは激しく燃え盛る建物を背景に戦う空達、凄まじい数の深海棲艦の相手をする長門達、剛達の総攻撃を受けても平然としている飛行場姫に、異様な雰囲気を纏った北端上陸姫と戦艦水鬼の様な深海棲艦と戦う戦治郎の姿だったのである……

 

「これはミッドウェー島とハワイ諸島付近の映像だ……、どうやらこの中にガタノトーアを召喚しようとしている奴が紛れているようだ……。そしてミッドウェー島から少し離れた位置にあるウェーク島に、翔の身体の反応がある……」

 

クタニドのこの言葉を聞いた翔は、ただただ絶句し驚愕する事しか出来ないのであった……




活動報告にちょっとしたアンケートを掲載しました、ご協力のほど何卒よろしくお願いします


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真・魔道書

『鬼の鎮守府』の連載が1周年を迎えました!

まさかこんなに長く続く事になるとは、夢にも思いませんでした……

これからも完結目指して頑張っていこうと思います!


「クタニドさん……、すぐに僕を戻してもらえませんか……?」

 

戦治郎達が戦う姿を見て驚愕し硬直してしまった翔が、我に返るなりすぐさまクタニドにそう頼み込む

 

「それは別に構わないが……、お前1人戻ったところであの戦場がどうにかなる訳ではないだろう?」

 

「それは分かっています、けど……、皆が必死に戦っているのに自分だけ暢気に寝てる場合ではないですからね。それに僕の身体が今ある場所は、恐らく今の海賊団の拠点となっている場所だと思います。もしそこが攻め込まれて陥落してしまえば、僕の身だけでなく退路を断たれた戦治郎さん達も危なくなってしまいます。そうならない為にも、僕はすぐにあちらに戻って拠点防衛を開始しないといけないと思うんです」

 

翔の頼みを聞いたクタニドが渋い顔をしながらそう言うと、翔は苦笑しながらそう答えるのであった

 

そう言われては仕方が無いと思い、クタニドが翔にかけられた魔法を解こうとしたその直後、不意にガタノトーアが声を上げてクタニドに待ったをかける

 

「待って欲しいのだクタニド殿っ!!流石にこれは無謀過ぎるのではないかっ!?せめて誰かを付ける事は出来ないのかっ?!」

 

友である翔を心配するガタノトーアが、必死になってそう訴えるのだが……

 

「私もこれが愚策である事は分かっている……、だが翔は意思を曲げるつもりはなさそうだし、誰かを付けようにも鳳翔の件もあるし、これ以上迂闊に戦力を割く訳にはいかんからな……」

 

クタニドは苦い表情を浮かべながら、ガタノトーアにこの様に返答するのであった

 

「ならば私が……」

 

「だからお前が出たら大事にしかならんだろうっ!!!分かったならお前は大人しくここでアイスでも食っておれっ!!!」

 

クタニドの発言を聞いたクトゥルフが翔の手助けを名乗り出ようとするのだが、すかさずクタニドが般若の形相を浮かべながら、クトゥルフを制止し……

 

「解せぬ……」

 

クトゥルフはそう呟きながら、肩を落として元いた場所に戻ってバケツアイスを食べ始める。その際翔は、クトゥルフと空が重なって見えたかと思えば、次の瞬間には何もない草原で、肩口が破れた胴着を身に纏った空とクトゥルフ(人間形態)が対峙する光景を幻視するのだった

 

こうしてクトゥルフが落ち着いたその直後、再びガタノトーアが叫ぶ様にして声を上げる

 

「ならば我が行くっ!!!本来の姿となった我ならば父上ほどの影響が出る事も無ければ、あの戦場をひっくり返す事も出来るだろうっ!!!」

 

毅然とした態度でそう叫ぶガタノトーアに対して、クタニドがどの様な言葉を掛けるべきかで迷っていると……

 

「翔よ……、私の愚息がこう言っているのだが……、どうだろうか?」

 

アイスを食らう手を止めて、クトゥルフが翔に向かってそう言い放つ

 

「確かにガタノトーアが来てくれると心強いんですけど……、いいんですか?」

 

「構わんよ、寧ろ今回の件の礼として、ガタノトーアを翔の眷属にしてもいいとすら考えているが?」

 

戸惑う翔がクトゥルフにそう尋ねると、クトゥルフは何かとんでもない発言をし、それを聞いたガタノトーアは驚愕の表情を浮かべ、翔は思わずムッとするのだった

 

「どうした?何処か不満な点があったか?」

 

急に不機嫌そうな表情を浮かべた翔を見て、クトゥルフが怪訝そうにそう尋ねると……

 

「ありましたよ、すっごく気に食わない点が……。ガタノトーアの事を道具の様に扱うのは止めて下さい、ガタノトーアは僕の友達です、友達の事を道具扱いするのは本当に不愉快です。って言うか、それ以前にガタノトーアは貴方の子供でしょうが、子供はもっと大事に扱ってあげて下さい」

 

翔はその目をやや赤くしながら、クトゥルフに向かってそう言い放つのであった

 

「翔……」

 

翔の言葉を聞いたガタノトーアはそう呟きながら思わず涙ぐみ、そんなガタノトーアに対して翔は目の色を戻した後……

 

「改めて聞くけど、本当にいいの?」

 

頭上のガタノトーアに対してそう尋ね……

 

「構わん!このままここで翔が傷付く姿を只々見ているより、共に戦い傷付く方が何万倍もマシだっ!!!」

 

涙を拭ったガタノトーアは、その表情を引き締めてそう叫ぶのだった

 

「ガタノトーアが向かうのはいいんだが……、本来の姿になったら翔の仲間達が大変な事になるのではないか……?ガタノトーアの本来の姿を見た者は、皆石化してしまうと思うのだが……?」

 

「「あ……」」

 

不意に翔達の事を見守っていたクタニドが、ガタノトーアの本来の姿に関する問題点を指摘し、その事を思い出した翔とガタノトーアは、思わず同時に間抜けな声を出してしまうのであった……

 

「どうしようか……?」

 

「クタニド殿……、何かいい案は無いだろうか……?」

 

「まあそうなると思っていたさ……」

 

この問題をどうやって解決するかで悩んだ1人と1柱が、クタニドに助力を求めたところ、クタニドはやれやれと言った様子で片方の手にはガタノトーアの本来の姿が封じられている雑誌を、もう片方の手にはやたら分厚く大きい封筒を持つと、突然雑誌で分厚い封筒を勢いよく叩いて見せるのであった

 

「よし……っ!」

 

「いやクタニドさん……?今何やったんです……?」

 

「何、この雑誌に入っているガタノトーアの本体を、こっちの封筒の中身……、この雑誌を作る際に私が書いた原稿に移しただけだ」

 

「はいぃ?それってどういう……?」

 

クタニドの行動について翔が尋ねたところクタニドはこの様に返答し、その答えを聞いた翔は更に困惑を深め、それにどういう意味があるのかを尋ねようとしたところで、翔は突然襲って来た途轍もない威圧感に圧倒され、思わず押し黙ってしまう……

 

「そう言えば翔には言っていなかったな、この雑誌は人間の間で出回っている『無名祭祀書』と言う魔道書の原典と言えるものなんだ」

 

そう言ってクタニドは、魔道書について話し始めるのであった……

 

クタニドが言うには、この世界の人間達の間で出回っている魔道書は、例えるならば河原や山の茂みの中に投げ捨てられたエロ本を頑張って復元したり、無事な抜きどころをスクラップブックにした様な物らしく、かなり魔力が落ちてしまっているそうだ

 

「雑誌の購入者が読み飽きたからと適当に雑誌を投げ捨てた結果、魔力が弱まり雑誌の各種防護加工が剥がれ落ち、文字やイラストや写真が海水や宇宙空間のダークマターのせいで滲んだり霞んだりした雑誌が人の手に渡り、それを人間達が頑張って復元して出来たのがこの世界の魔道書なんだ」

 

「そうだったんですか……、って言うかそれ『無名祭祀書』だったんですね……」

 

得意げに説明するクタニドとは対称的に、説明を聞いた翔は只々その表情を引き攣らせながら、震える声でこの様な言葉を口にする

 

「本来の姿は私が書いた各地のイベント情報を盛り込んだ旅行ガイドなんだがな……、っとそれは今はどうでもいいな。翔は先程の私の行動の真意を知りたいと言う事だったな……」

 

雑誌の方を仕舞ったクタニドがそう言いながら翔に歩み寄り、ガタノトーアの姿をオムナイトに変えた時と同じ様に、翔の頭に手をかざして目を閉じ……

 

「……何だこいつは?ガタノトーアの本来の姿よりでかいな……、まあいい、こいつでいいだろう……。……よし出来たっ!!!」

 

一言二言呟いた後大きな声を上げるなり、翔にその手に持った大きな封筒を手渡し……

 

「『無名祭祀書』の原典の原典……、言わば『真・無名祭祀書』とも言えるこの原稿が持つ膨大な魔力は、さっきから翔も威圧感として感じているのではないか?」

 

ニヤリと笑いながらそう尋ねる、それに対して翔は無言で何度も縦に首を振って見せる

 

「その魔力を使う事で、ガタノトーアを今しがた私が作り上げた戦闘形態に変身させ、姿を見た者を石化させずに戦える様に出来るぞ。ああ、ついでにそのちっこい方の姿にも、石化防止フィルターをかけておいたぞ」

 

「あの……、それって雑誌の方じゃ駄目だったんです……?」

 

「いや、それでも問題はなかったんだが、どうせだから今回の騒動の解決に力を貸してくれた礼の意味も込めて原稿の方にしたんだ。それなら余剰分の魔力を、攻撃や防御に回せるだろう?」

 

「僕、魔法の知識とか無いんですけど……」

 

こんな調子で、クタニドと翔がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「そう言う事なら私に任せてっ!!!」

 

突如カソグサが声を上げ、クタニド同様いつの間にか手にしていた分厚い封筒を、翔に手渡してくるのであった

 

「カソグサさん……?」

 

「これは私が色んな神話生物を取材して書いた『神話生物名鑑』の生原稿、人間達に合わせて言えば『真・ネクロノミコン』って奴になるかな?取り敢えずこれさえあれば、多くの神話生物の知識と神話生物由来の魔法を身に付けられると思うから、私からのお礼って事で遠慮なく持って行ってよっ!!!」

 

突然の出来事に困惑する翔がカソグサに声を掛けたところ、カソグサは封筒の中身について説明し、それを聞いた翔を大いに驚かせるのであった。と、その直後……

 

「あら、カソグサさんが翔さんにプレゼントをするなら、私の方からも何か出さないといけないわね~」

 

今度はイダー=ヤアーがそう言って、翔に封筒を手渡して来るのであった

 

「これはね~、人間の間では『ポナペ経典』と呼ばれている魔道書の原典の原典なんだけど~、実際のところは私が書いたガタノトーアちゃんの育児日記なの~」

 

「母上っ!?何と言う物を翔に渡そうとしておられるのですかっ!??」

 

イダー=ヤアーの言葉を聞いたガタノトーアが、思わずギョッとして叫ぶのだが……

 

「ちっちゃい頃のガタノトーアちゃんったらね~、動きが面白かったのかチャウグナー・フォーンさんのお鼻を引っ張ってご迷惑をおかけした事があってね~」

 

「母上えええぇぇぇーーーっ!!!恥ずかしいから止めて欲しいのだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

イダー=ヤアーはマイペースで幼少の頃のガタノトーアの恥ずかしい話を語り始め、ガタノトーアは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらそれを制止しようと絶叫する

 

「もう~、ちょっとでもお友達の翔さんに、ガタノトーアちゃんの事を知ってもらおうと思ってやってるのに~……」

 

「お気持ちは分かりますが……、ガタノトーアが可哀想なのでその辺で結構ですよ……。後はそちらの原稿を読みますので……」

 

良かれと思ってやった事をガタノトーアに止められて、不満そうな顔をするイダー=ヤアーに対して、翔がガタノトーアをフォローする様にそう言ってイダー=ヤアーの機嫌を直したところで、今度はクトゥルフが翔達の元へ歩み寄って来る……

 

「こうなれば、私の方からも礼をせねばな……」

 

クトゥルフはそう言うと、これまた分厚い封筒を懐から取り出し、翔へ手渡すのだった

 

「こいつは私が書いた『ルルイエ異本』の原典の原典、『真・ルルイエ異本』と言える物だ。内容はルルイエの歴史や風土といった、ルルイエに関連する物事を全て纏めたものとなっている。……本来ならもっと違う形でお前に礼をしたいところなのだがな……」

 

「いえ、クトゥルフさんが直接動くとなると、かなり洒落にならない事になるので、正直こういう形でお礼してもらった方が助かります……」

 

「そうか……」

 

翔の言葉を聞いたクトゥルフは、少々ションボリしながらそう呟いて、手にしたアイスの最後の一口を己の口の中に放り込むのであった

 

こうして翔は、壮絶過ぎる魔力を持った『真・魔道書』と言う名の神話生物達直筆の生原稿を、神話生物達から今回の騒動を治めてくれたお礼と言う形で、図らずも1度に4つも手に入れてしまうのであった……




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魔道刀【鼓翼】と翔の帰還

思わぬ形で戦争で使ってはいけないABCも裸足で逃げ出す様な、超極絶危険物を4つも手に入れた翔なのだが……

 

「それでこれ……、どうやって使えばいいんです……?」

 

「原稿を手にしていれば勝手に知識が流れ込んで来て、その知識の中にある魔法を頭の中で思い描けば使える様になるんだが……、そのままだと戦闘中に使う時ちょっと難儀しそうだな……。よし、クトゥルフ!少し力を貸せっ!!」

 

「何をする気だ……?」

 

この真・魔道書の使い方が分からなかった為使い方をクタニドに尋ねてみたところ、クタニドはこの様な事を言ってクトゥルフを呼び、呼ばれたクトゥルフは怪訝そうな表情を浮かべながらクタニドの元へ歩み寄るのであった

 

「私達の魔力を使って原稿を一纏めにするぞ、流石に4つもあると私だけの魔力では足りんからな。そういう訳でお前の魔力も貸せ、肉弾戦ばかりやっているのだからどうせ有り余っているのだろう?」

 

「そう言う事か、ならば構わん。それで、どれに纏めるのだ?」

 

「ん~……、おっ!丁度良さそうなのがあるなっ!」

 

クタニドとクトゥルフがこの様な会話を交わし、クタニドが思案顔で辺りを見回して、翔の腰に差してある鼓翼を見つけると、クタニドはそう言って翔の下へ歩み寄り……

 

「少し借りて行くぞ」

 

短くそう言って鞘から鼓翼を引き抜くと、先程までいたところまで戻るなり床に鼓翼を突き立て、クトゥルフとクタニドが鼓翼を挟む様にして立った後、2柱は同時に何かの呪文を詠唱し始める……

 

するとどうだ、突然翔が手にしている4つの大きく分厚い茶封筒が一斉に開き、中から大量の原稿用紙やら漫画の原稿やらが勢いよく飛び出し、クタニド達の周りを漂い始めたではないかっ!!

 

それからしばらくすると原稿達は謎の発光を開始し、次々と鼓翼に飛びついていきまるで熱した鉄柱にぶつかった氷の様に、溶ける様にして消えていく……

 

こうして全ての原稿が翔の視界から消えた時、鼓翼の刀身からは次々と黒いクトゥルフ文字が浮かび上がってはジワリと滲んでいき、滲み切った文字はやがて黒い雫となるなり刀身を伝って床へと流れ落ちて床を黒く染め、その染みはしばらくすると床に吸い込まれる様にして消えていく様になっていた

 

「よしっ!成功だっ!!」

 

その後クタニドが鼓翼の様子を観察し、思った通りに出来た事を確認すると、鼓翼を床から引き抜いて、翔の方へ柄を向けて黒い雫が滴る鼓翼を渡して来るのであった

 

「翔の刀……、鼓翼だったか?それと先程翔が貰った4つの原稿を、全て融合させたぞ。これにより、翔はこの鼓翼……、言うなれば『魔道刀【鼓翼】』を手にしている間は、原稿を手にしている状態と同じ状態になるようになった。これなら鼓翼で斬った張ったしながら魔法を行使出来るはずだっ!!更に原稿の魔力のおかげで、深海棲艦どころか神話生物にも、鼓翼による斬撃が良く効く様になっているはずだっ!!!」

 

「何か鼓翼が凄い事に……、これを戦治郎さんが見たらなんて言うだろう……?」

 

翔が鼓翼を受け取ったところでクタニドが今の鼓翼の状態を説明し、それを聞いた翔は引き攣った表情をしながらそう呟くのであった……

 

「む?それは戦治郎が作った刀だったのか?施術している時何か違和感があったが……、原因はそれか……?」

 

「いや、僕に聞かれても分かりませんよ……」

 

翔が呟いた直後、クタニドはそう言って考え込み始めるのだが、翔の返答を聞くなりクタニドはそれ以上考えるのを止めるのだった。この時、クタニドが違和感の正体を探っていれば、先の未来で翔が厄介事に巻き込まれる確率が、かなり減っていたかもしれない……

 

こうして真・魔道書の問題が片付き、いよいよもって翔を元いた場所へ戻そうとしたその時である

 

「そう言えば気になった事が……」

 

不意に翔が恐る恐ると言った様子で挙手しながら、ある重要な事に関して質問する……。その場にいる神話生物達が、何事かと思いながら翔に視線を向けていると、翔はゆっくりと自身が抱いた疑問について話すのであった

 

「ガタノトーアを召喚する時って、やっぱり生贄とか儀式とか必要なんですか……?」

 

\……あっ!!!/

 

翔の言葉を耳にした神話生物達が、忘れてたとばかりに一斉に声をあげる……

 

「集合ー!お前ら全員集合だー!」

 

直後にクタニドが声を張り上げて神話生物達を集め、団子の様に固まってから何かゴニョゴニョと話し合いを始め、それが終わるとクタニドが翔の下へとやって来て……

 

「ちょっと手を借りるぞ」

 

そう言って翔の左手を取るなり詠唱を始め……

 

「……っ!?クタニドさんっ?!一体何を……っ!??」

 

翔の左手の手の甲に、魔法で何かを描き始めるのだった。その光景を目にした直後、翔の手の甲に突如痛みが走りだし、翔はその痛みに耐えながらクタニドに一体何をしているのかを尋ねるのであった

 

「すまんな翔、その辺の事情をスッカリ忘れていた……。で、今私がお前に施したのはちょっと変わった印でな……、これに鼓翼を当てながら私達を召喚すれば、生贄も儀式も使わずに私達を呼び出す事が出来るんだ。ただ、呼び出せるのは今のところ私達だけ……、厳密に言えばお前と信頼関係を築き上げている神話生物、信頼しているお前の為なら無償で動いても構わないと考えている奴だけだ」

 

「つまりこれって……、皆さんの僕に対する信頼の証って事でいいんですか……?」

 

詠唱を終えたクタニドが、一息ついたところで印についての説明を始め、それを聞いた翔は今しがた自身の左手甲を眺めながらそんな事を言い……

 

「そう受け取ってくれて構わんよ」

 

翔のその言葉を聞いたクタニドは、微笑を浮かべながらそう言って翔の肩を軽く叩く。すると突然翔が羽織っているケープの一部が光り出し、光っている部分からクタニドの刻印が浮かび上がって来るのであった

 

「あの……、これは……?」

 

「これは私個人の信頼の印ってところだな!」

 

翔が怪訝そうにしながらクタニドに尋ねると、クタニドは今度はニカリを笑いながらそう返すのであった

 

その後翔とクタニドのやり取りを見ていた神話生物達が、我も我もと押しかけて翔が羽織るケープに触れて己の刻印を刻んでいき、最終的には翔のケープにはクタニド、クトゥルフ、ガタノトーア、クティーラ、イダー=ヤアー、カソグサ、ムナガラー、ダゴン、ハイドラ、オトゥームの刻印と、奉仕種族達の刻印の代わりとしてルルイエの国章の様な印が刻まれるのであった

 

「……凄い事になったな……」

 

「こりゃハスターのとこやゴキブリの関係者以外の神話生物は、翔に襲い掛かって来なくなるんじゃないか?」

 

翔が羽織るケープを見たクトゥルフが思わずそう呟き、それに対してクタニドがケラケラと笑いながらそう返すのであった

 

こうしてようやく翔の方の準備が整い、クタニドが翔を戻す為の呪文を唱え始める。すると翔の身体が淡く光り出すなり、翔の姿が徐々にこの場から消えていく……

 

「翔っ!あちらに戻ったらすぐに我を呼ぶんだぞっ!!いいなっ!?絶対だぞっ!!?」

 

そんな翔に向かって、ガタノトーアがそう叫び……

 

「分かったっ!絶対に呼ぶからっ!!それまで大人しくここで待っててねっ!!!決してそこの銀色の魔法陣には触れないでねっ!!!」

 

その叫びを聞いた翔がこの様に叫び返したところで、翔はルルイエから姿を消してしまうのであった……

 

こうして翔のルルイエの旅は終わり、翔は1度世界を救うと共に強大過ぎる仲間を数多く得たのであった……




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親友(とも)の声に導かれて

ルルイエの騒動を解決し無事に自身の身体に戻って来た翔は、目を閉じたまま身体と精神が同調した事を確認すると、すぐさま勢いよくその両目を開く。するとその視界には海賊団にはいなかったはずの春雨と暁の顔が、ドアップで映し出されるのであった……

 

「きゃぁっ!?」

 

「眠ってた人が起きたっ!?」

 

突然翔が目を覚ましたところを見て驚いた2人が、思わずそう叫んだところ……

 

「何ぃ!?翔が起きたのかぁっ?!!」

 

その叫びと共に、悟が医務室のベッドを仕切るカーテンを勢いよく開けながら姿を現す

 

「あ……、その……、おはようございます……」

 

「……ようやく起きたか寝坊助がよぉ……、全く……、何しても起きねぇもんだからよぉ、冗談抜きで心配したんだぞぉ……?」

 

その直後、悟の姿を見た翔が苦笑しながらそう言うと、悟は心底安心した様な表情を浮かべた後この様な言葉を翔にかけるのであった

 

「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません……、それで早速で悪いんですけど……、今の状況を教えてもらえますか?」

 

翔は悟の言葉を聞いた後謝罪の言葉もそこそこに、ルルイエで見た光景と現状を照らし合わせる為に、悟に向かって表情を引き締めながらそう尋ねる

 

そんな翔の態度と翔が纏う名状し難いオーラに気圧された悟が、困惑しながら翔に現状を伝えると……

 

「なるほど……、魔法陣が歪だったのは代用したものが多かったからか……」

 

「あん?魔法陣……?歪……?翔よぉ、おめぇ突然何言ってんだぁ?」

 

翔は眉間に皺を寄せてそう呟き、それを聞いた悟は翔が何を言っているのかが分からず、余計に困惑してついこの様な感じで尋ねるのだった

 

「ああっすみません、アビス・コンダクターとか言う人達が、何を召喚しようとしているのかが分かったので……」

 

翔のこの言葉を聞いた瞬間、悟だけでなくこの部屋にいる春雨と六駆の4人までもがピクリと反応し……

 

「確か翔さんだったか……、貴方は本当にあいつらが何をしようとしているのか分かったのかい……?もしそれが本当なら是非あいつらが何をしようとしているのか教えて欲しいんだが……」

 

ヴェールヌイが皆の代表とばかりに翔にそう尋ねたところ……

 

「詳しい事は僕と一緒に来てくれたら教えてあげるよ」

 

翔はこの様に答えるなりベッドから出て、鼓翼を手にすると医務室を出ようとするのであった。それを見た悟が慌てて翔を止めようとするのだが……

 

「大丈夫ですよ、今の僕には途轍もなく心強い仲間がいるので……っ!」

 

翔はそう言うと医務室を飛び出して行ってしまう、その直後翔の言葉を信じた春雨達がその後を追い、その様子を見た悟は扶桑達に応援を要請した後、かなり遅れて翔達を追い始める……。それから扶桑達と合流し、しばらく走ってようやく翔に追いついた悟は、とても信じられない光景を目にするのであった……

 

浜辺に佇む翔が鼓翼を鞘から抜いた瞬間、鼓翼の刀身から真っ黒い液体の様なものが溢れ出すなり、翔の身体に纏わりついていきそれはやがてケープの様な形状になる。そして翔が多くの刻印が付いた漆黒のケープを纏ったところで、翔が鼓翼の刀身を左手甲に置いて何かを呟き始め、その直後に翔の目の前に金色に輝く魔法陣が出現し……

 

「おいおいおいぃ……、こりゃ一体何だってんだよぉ……?」

 

魔法陣から出現する巨大な怪獣を目にした悟は、驚愕の表情のままそう呟くのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間を遡り、翔が消えた後のルルイエでは……

 

「鳳翔よ、翔に何か言わなくてもよかったのか?」

 

先程まで翔が立っていた場所を、心配そうな表情で見つめる鳳翔に向かって、クタニドがそう尋ねていた

 

「はい……、翔さんには戦闘に集中して欲しかったので……」

 

「まあ確かにな……、鳳翔の事を考えて油断していたら、相手に討ち取られてしまいました~なんて事になったら、洒落にならんからな……。尤も、ガタノトーアが合流したらその心配はなさそうだが……」

 

鳳翔の答えを聞いたクタニドは、何とも言えない表情をしながらこの様な言葉を口にする。その後クタニドは鳳翔と鳳翔の護衛に参加する神話生物達を集め、作戦内容の再確認と細かい打ち合わせを開始するのであった

 

そんな中、この後翔の下に向かう事になっているガタノトーアはと言うと……

 

「父上、少々お話が……」

 

毅然とした振舞いで、クトゥルフに話し掛けていた

 

「……言ってみろ」

 

「我はこの後翔の下に向かいますが、戦いが終わった後はそのまま翔と行動を共にしようと考えているのです」

 

「理由を言ってみろ」

 

「はい、先ずは友である翔の傍に常に付き、あらゆる厄災から翔を守ってあげたいと言うのが1つ、もう1つは今回の件で我は翔の弟子となったので、翔と共に行動しその間に翔から教えを乞うと共にその技術を盗み、立派な料理人となりその技術をルルイエの統治に役立てようと考えているます。そして最後の1つは、翔と旅をする事で己の見聞を広めようと言うものです」

 

ガタノトーアの言葉を聞いたクトゥルフが、眉をピクリと動かした後理由を尋ねたところ、ガタノトーアは毅然とした態度を崩す事無く、クトゥルフに自分が翔と行動を共にしようとしている理由を正直に話す

 

「ふむ……、続けろ」

 

「今回の件でルルイエの外の物事に関する知識や神話生物の実力など、今まで触れる事が無かったものに触れた事で、我が本当に世間知らずである事を自覚しました……。そしてそれと同時にルルイエの未来を背負う立場としてこのままではいけないと、もっと見聞を広め多くの知識を身に付けなければと、そう思ったのです」

 

「そうか……」

 

「理由については以上です、それで……、翔に同行する件の許可を頂きたいのですが……」

 

2柱がこの様な会話を交わしたところで、クトゥルフはゆっくりとガタノトーアの下へと歩み寄り……

 

「まさか本の虫だったお前がここまで成長するとはな……」

 

そう言ってガタノトーアの殻を優しく撫でながら……

 

「構わん、行って来い。我らの盟友である翔を守護し、しっかりと己を磨いて来い。そしてそれらを全て成し遂げて無事にルルイエに戻って来た暁には、お前を私の後継者にする件について前向きに検討しよう」

 

この様に言い放つ、それを聞いたガタノトーアは一瞬満面の笑みを浮かべた後、表情を引き締め……

 

「父上、恩に着ますっ!!!」

 

そう言って深々と頭を下げるのであった

 

その直後、ガタノトーアの目の前に金色に輝く魔法陣が出現し、その中から彼の親友の声が聞こえると共に黒いクトゥルフ文字が次々と姿を現し、ガタノトーアの身体に張り付いていくのであった

 

「時間の様だな……、行くがよいガタノトーア、翔がお前の事を待っているぞ」

 

「はいっ!!!父上っ!!!母上っ!!!行って参りますっ!!!」

 

魔法陣を見たクトゥルフがそう言ってガタノトーアの背中を押すと、ガタノトーアは大きな声でそう叫び、魔法陣に飛び込んでいくのであった

 

 

 

こうして魔法陣の中に飛び込み、魔法陣と魔法陣の間に作られた不可視の道を通って翔の下に駆け付けるガタノトーアの身体には、鼓翼から剥がれ落ちた漆黒のクトゥルフ文字が次々と張り付いていき、その姿を黒く染め上げながら完全に覆い尽くす。そしてガタノトーアの身体が黒い塊状になると、今度は文字が張り付いていく度に塊が巨大化し、それはやがてただの黒い塊から巨大な怪物へと姿を変えていくのであった……

 

「膨大な魔力が……、翔の思いが……、我の身体の中に流れ込んでくる……っ!その度に全身に力が漲って来る……っ!!これが……っ!!我と翔の絆の力か……っ!!!」

 

滾る心を抑えながらガタノトーアがそう呟いたところで、彼の目の前に再び魔法陣が姿を現し、ガタノトーアがその魔法陣をくぐると、彼の視界には見知らぬ光景が広がると同時に、見知った人物の姿が見えるのであった

 

「本当に来てくれたんだね……、ありがとう、ガタノトーア……」

 

その人物が、ガタノトーアの親友である翔が柔らかい笑みを浮かべながら、ガタノトーアに向かって話し掛けると……

 

「当たり前だっ!!我と翔は親友なのだからなっ!!!」

 

ガタノゾーアへと変貌したガタノトーアは、ニカッと笑いながら力強くそう返すのであった

 

尚、その光景を目にした悟達は、当然の事ながら大混乱に陥るのであった……




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絶望を希望に変える咆哮

「しっかしまぁ……、凄い姿になったね~……」

 

ガタノトーアと会話を交わした翔が、今のガタノトーアの姿を見て思わずそう呟く。今のガタノトーアの姿は、ウルトラマンティガに登場したガタノゾーアそのものとなっており、オムナイトだった頃の面影は強いて言えば背中の巻き貝くらいしか残っていなかったりするのである

 

「驚くべきところは見た目だけではないぞっ!恐らく真・魔道書の魔力と翔との絆のおかげなのか、本来の姿の時よりも力を感じるのだっ!!これなら並大抵の神話生物では、我を倒す事など出来ぬだろうっ!!!」

 

「それは本当に心強い……っ!じゃあ早速、その力を借りるよっ!!」

 

「うむっ!!!」

 

翔とガタノトーアがこの様なやり取りを交わし、戦場に飛び出そうとしたその時だ

 

「翔よぉ……、ちょ~っといいかぁ?」

 

不意に悟がそう言って、翔達の方へとゆっくりと歩み寄って来る

 

「悟さん?どうしたんですか?」

 

「いいかぁ?今から俺がいくつか質問するからよぉ、それに嘘偽りなく正直に答えてくれよぉ?」

 

そんな悟の様子を見た翔が、不思議そうにしながら悟に話し掛けると、悟はそう言って翔に精神分析を開始しようとするのであった

 

「悟さん……、僕は正気なんですけど……?」

 

「いいから精神分析させやがれってんだぁ……、でなけりゃ俺が正気でいられなくなっちまうからよぉ……」

 

「確か悟だったか……?その精神分析とやらは翔にではなく、そっちにいる者達に施してやるものではないのか……?」

 

突然の悟の奇行に驚いた翔がそう言うと、悟はこの様に答え精神分析を続けようとする。そんな悟の姿を見たガタノトーアが思わずそう言って悟の後方を触手で指し、翔と悟が方角に視線を向けてみると、そこにはガタノトーアの姿を見て気絶した春雨と電、鬼の様な形相でガタノトーアに向かって弓を引く龍鳳、凄まじい早口で何かブツブツと言い続ける龍驤、頭を両手で押さえながら金切り声を上げ続ける扶桑、恐怖に飲み込まれてその場で立ったまま震えるヴェールヌイ、その後ろにその場に座り込んで大泣きする暁、そしてヴェールヌイの隣には現実逃避でもするかのように妄想に耽ってニヤニヤする雷の姿が映るのであった……

 

その後悟が艦娘達に精神分析を実施し、全員が正気に戻ったところで翔が皆にガタノトーアが翔の友達であり仲間である事を説明する事で、何とかこの場を収めるのだった

 

「まさか夢の中で、こんな奴を仲間に引き込むとはなぁ……」

 

翔の話を聞いた悟がそう呟き、それに対して翔が何かを言おうとしたその時、突然翔の頭の中にクタニドの声が響いて来る

 

『あ~あ~、念話のテスト~、翔~、聞こえているか~?』

 

『あっはい、聞こえてます。え~っと、先ずはガタノトーアの姿の件、本当にありがとうございます。おかげで本当に皆石化せずに済みましたよ』

 

どうやらクタニドは鳳翔の件で使う予定となっている念話のテストをやっていた様で、翔がクタニドの念話に返事をするついでに、ガタノトーアの件の礼を述べたところ

 

『そのくらいならお安い御用さ、っとそうそう、姿だけでなく使える技の方も身体の方に準じたものにしてあるから、攻撃の際はお前が指示を出してやれ。ああそれと、先程クトゥルフの奴がな、ルルイエの神話生物は今後翔以外の呼び掛けには応えない様にと命令を出していたぞ。恐らく翔と対立する事を避ける為のものだろうな……、ああ因みに私もそのつもりだから安心しておけよ?』

 

翔から礼を言われたクタニドは一頻り笑った後、翔に対してこの様な話をするのであった。それを聞いた翔は重ね重ねクタニドに礼を言い、クトゥルフにも感謝している事を伝えて欲しいとお願いした後念話を切り、クタニドと念話をしていた翔の姿を不思議そうに眺めていたお留守番組と、ガタノトーアにこの事を伝えるのであった

 

「話聞いてる限りだとよぉ、他にも翔の仲間になった奴はいるみてぇだなおいぃ……、一体どんだけ仲間に引き込んだってんだよぉ……?」

 

「神格クラスだけで言えば我を含めて10柱、奉仕種族を含めれば数十万から数百万くらいになるであろう。まあそれだけの事を翔はやってのけたと言う事だっ!」

 

翔の言葉を聞いて疑問を口にした悟に対して、ガタノトーアが何処か自慢げにそう伝えたところ、悟は自分の顔を片手で覆って大きな溜息を吐き、以降この件について深く考えない様にするのであった

 

その後、翔が戦場に出る為にガタノトーアの念動力を使って宙に浮き、ガタノトーアの頭部にゆっくりと着地したところで……

 

「どうせだから、皆で一緒に行きませんか?」

 

翔はお留守番組全員に向かって、この様な提案をするのであった。それを聞いたお留守番組が困惑していると、先ず扶桑が口を開いて質問をする

 

「あのぉ……、拠点の防衛はしなくていいのでしょうか……?」

 

「それについては大丈夫だと思うぞ?恐らくだがお主達と敵対している者共は、我の存在に釘付けとなり、拠点の事などスッカリ忘れてしまうだろうからなっ!!!」

 

「まあ一理あるわなぁ……、こんなデカブツが襲って来たらよぉ、俺達の拠点を襲うどころじゃねぇわなぁ……。目の前の脅威を取り除かねぇと、陥落するのは自分達の拠点だろうからなぁ……」

 

扶桑の質問を聞いたガタノトーアがこの様に答え、それを聞いた悟がその意見に同意する発言をする。その直後、今度はヴェールヌイが質問を口にする

 

「そう言えば、ここに来る前に翔さんはアビス・コンダクターの連中が何をしようとしてるか分かったと言ってたはずだが、それについて今教えてもらってもいいかい?もしかしたら奴らが召喚しようとしていた存在と、ガタノトーアがぶつかる可能性が考えられるからね」

 

「それなら安心していいよ、何たってアビス・コンダクターって人達が召喚しようとしていたのは、このガタノトーアの事だからね」

 

ヴェールヌイの質問に翔がそう答えると、お留守番組全員が一斉に目を丸くして驚き、言葉を失ってしまう……

 

「12人の艦娘と12人のアビス・コンダクターの構成員が生贄になってたらしいけど、それってガタノトーアを崇拝する教団がやってた生贄の儀式で、生贄として捧げる12人の若い戦士と12人の娘の数と一致するんだよね。で、その儀式はヤディス=ゴー山の麓に近い大理石造りの神殿にある燃え上がる祭壇で行われていたらしいんだけど、アビス・コンダクターの人達はホノルルの兵器開発研究所を燃やす事で、燃え上がる祭壇の代わりにして儀式を行ったんだと思うんだ」

 

「まあそれが正式な召喚法ではなかった為、我の前に出現した召喚用魔法陣は歪な物となり、それを見たクタニド殿に警戒されてこの様な結果になったのだがなっ!!」

 

それから翔が己の推論を述べ、それに続く様にしてガタノトーアがこの様な事を言ったところで、お留守番組は召喚に関してこれ以上警戒する必要が無いと知ると、皆揃って安堵の息を吐くのであった

 

その後、お留守番組がガタノトーアに乗って戦場に出る覚悟を決め、皆がガタノトーアに乗り込んだところで、艦娘達によるガタノトーアへの質問攻めが始まる。そして……

 

「ガタノチョ……、ガチャノ……、ガタノトーアにもっとレディーらしい素敵な名前を付けるべきだわっ!!!」

 

質問中ガタノトーアの名前を口にする際何度も噛んだ暁が、不意にそんな提案をしてくるのであった

 

「我はレディーではないのだが……?」

 

「その辺はいいのっ!!ガチャニョ……、ガタノトーアって名前が長くて言いにくいのよっ!!!」

 

「長い点は同意ね……、だからもっと短くて覚えやすい愛称を付けてあげましょうっ!!」

 

ガタノトーアが軽くツッコミを入れたところで暁がこの様な事を言い、それに雷が賛同した事でガタノトーアに愛称を付ける事となり、皆で話し合った結果……

 

「それじゃあガタノトーアの愛称は、今の姿であるガタノゾーアからとった『ゾア』って事でいい?」

 

\は~い!/

 

ガタノトーアの愛称は、翔が出した案である『ゾア』に決定するのであった

 

「『ゾア』か……、確かに短くて覚えやすいなっ!!それに他ならぬ翔が考えてくれた愛称だ、後生大事にさせてもらうぞっ!!!そういう訳で我は今日からゾアだっ!!!改めて皆の者、よろしく頼むぞっ!!!」

 

こうしてガタノトーアの愛称が決まったところで、突如とても人の者とは思えぬほどの大きな叫び声が翔達の耳を打つ

 

「ああっ!!ガタノトーア様っ!!!遂に我々の声に応え、この地に来て下さったのですねっ!!!さぁ、どうか我々に力をお貸し下さいっ!!!その力を以て、この穢れ切った世界を浄化して下さいませっ!!!」

 

その叫びを聞いた面々が、驚きながらガタノトーアの方へ視線を向けると……

 

「どうやら我を召喚しようとした者の声の様だな……」

 

叫びを聞いたガタノトーア改めゾアは、顔を顰め忌々し気にそう呟く

 

「その人はああ言ってるけど、ゾアはどうするつもり?」

 

そんなゾアの様子を見た翔が、ゾアの答えを知っているにも関わらず、この様に尋ねてみたところ

 

「決まっておる……、っと少々大声を出すので、耳を塞いでおいてもらえるか?」

 

ゾアは翔に向かってこの様に返答し、自身に乗る者達が全員耳を塞いだ事を確認すると、大きく息を吸いこみ……

 

「ぅお断りだあああぁぁぁーーーっ!!!!!」

 

大気を震わせんばかりの咆哮で、先程の叫びに返答するのであった……




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桂島泊地攻略の為に

艦これ二期、ヌルヌル動きますね~、解像度も上がって艦娘達も綺麗に見えますね~

ただちょっと、特定の場面で射線みたいなのが入るのが気になりますが……


「……っとまあ、後は皆さんがご存じの通りですね……」

 

海賊団の面々+二航戦+皐月から胴上げされる翔が、そう言って自分の身に何が起こったのかの説明を締め括ると

 

「は~い、胴上げに参加して頂き誠にありがとうございました~!皆さんお疲れ様でした~!」

 

戦治郎がこの様な事を言い、今まで胴上げしていた翔をゆっくりと足から降ろし、胴上げに参加していた者達を解散させるのであった

 

何故この様な事になっていたか……、それは翔の話を聞いた戦治郎が思わずそうしたくなったからである

 

まあ戦治郎が翔を胴上げしたくなるのは仕方が無い事である、翔は戦治郎達が与り知らないところで世界の滅亡を未然に防ぎ、アビス・コンダクターの切り札をそっくりそのままこちらの味方に引き入れた挙句、桂島の艦娘達の救出の段取を整え、転生個体に関する真実と真の黒幕の情報を持ち帰って来たのである。戦治郎はそんな英雄染みた事をやってのけた翔を、労わずにはいられなかったのである。因みに、二航戦と皐月が胴上げに参加していたのは、ただ単純に面白そうだったからと言うのが理由である

 

特にこの件で戦治郎が一番喜んだのは、何と言っても桂島の艦娘達に関する点である。戦治郎は春雨から人質と言う単語を聞いた時、自分達が桂島を襲撃した際艦娘達を人質に取られ、こちらが思う様に動けなくなるのではないかと懸念したのである。戦治郎はこの点に関して非常に頭を悩ませていたのだが、それを翔が戦治郎の想像の遥か斜め上を光速で突き抜けていく様な方法で、解決しようとしているのである。故に戦治郎は翔から話を聞いた直後、感極まってこの様な行動に走るのであった

 

因みに、翔の話を聞いた桂島の艦娘達は、信じられないとばかりに目を丸くする者や、あの地獄から解放されるかもしれないと思い、思わず涙を流す者が続出するのだった

 

「取り敢えずだ、翔のおかげで今回の件の一番の問題点がどうにかなりそうだが……」

 

「問題点はそこだけではないからな……」

 

翔の胴上げを終え席に戻った戦治郎がそう言ったところで、戦治郎の言葉に続く様にして長門が話を始める

 

長門が言う問題点とは、先ずは大本営にいると言う通信士の事、そして鳳翔が佐世保駅近くまでどうやって行くかについてである

 

通信士については、もし野放しにしようものならば桂島の提督を通報した際、その内容を改竄したり通報そのものを握り潰されてしまう可能性があるだけでなく、桂島が襲撃された事を察知するなり通信士の権限を使い、事情を知らない日本中の艦娘達を桂島に嗾ける可能性まであるのである

 

次に鳳翔が佐世保駅近くまでどうやって向かうかについてだが……

 

「これってワープの魔法とやらで何とかならないの?」

 

話を聞いた陽炎が、挙手しながらこの様な発言をしたところ……

 

「ワープの魔法は神話生物でも、連続使用が出来ないくらい消耗が激しい魔法なんだ……。多分クタニドさんは桂島へのワープの為に、魔力を温存しておきたいと思うんだよね……」

 

「ワープは時間と空間、それと物理法則を一切無視する魔法だからな……。こんな魔法をホイホイ使えるのは、我々以上に桁外れな力を持つ外なる神連中くらいなのだ……」

 

陽炎の発言を聞いた翔が顔を顰めながら答え、それに続く様にしてゾアがガックリと肩を落としながら発言する。どうやらゾアは、自身の発言で外なる神であるニャルラトホテプの事と、その力の差に気付かず挑みかかって瞬殺された事を思い出して、気落ちしてしまったのである

 

「って事は……、鳳翔さン達は病院を抜け出した後、歩くなり走るなりして佐世保駅付近まで行かなくちゃなンないのか?」

 

「それは危険だね……、もしかしたら桂島の提督が、鳳翔さんを取り戻す為に刺客を送りこんで来る可能性がある……」

 

「でも刺客に関しては、クタニドさんって言う物凄く強い人が付いてくれてるから、どうにかなりそうっぽい?」

 

翔達の話を聞いた白露型の3人が、思い思いの言葉を口にする。すると彼女達の言葉を聞いた翔は、苦笑しながらこう答えるのであった

 

「確かにクタニドさんなら大丈夫そうなんだけど……、問題はクティーラちゃんかな……?」

 

「クティーラは所謂ドジっ子と言う奴だからな……、もしかしたら加減を間違えて刺客を殺害しかねんのだ……」

 

「出来れば殺しは勘弁願いたいな……、俺達が関わってる事でこの世界の人間を殺す様な真似はしたくないところなんだわ……。もしこの世界の人間を俺達が殺しちまったら、俺達はそこらの転生個体と何ら変わらん存在になりかねねぇからな……。あっこれは桂島の提督にも適用すっから、おめぇらも覚えとけよ?お仕置き中にウッカリ殺っちゃった☆とか無しにしてくれよ?」

 

\応っ!!!/

 

翔の言葉にゾアがこの様に続いたところで、戦治郎が渋い顔をしながらこの様な事を言い、それを聞いたこの場にいる面々は力強く了承の返事をするのであった

 

その後戦治郎達がこの2点をどうするかについて話し合ったところ、通信士については大本営直属である横須賀鎮守府所属の長門達が、戦治郎達より先に帰還し探りを入れる方向で話が決まる。そして鳳翔の件については……

 

「それなら私に任せてもらえないかしら?」

 

輝の隣で無表情だが嬉しそうなオーラを出しながらサイドテールをピコピコさせていた加賀が、不意にこの様に発言して来るのであった

 

「何か良い手があんのか?」

 

「策と言う様なものではないわ、鳳翔さんの移動に私の車を使えばいい、そうしたら普通に走るより早く目的地に到着出来るし、追手を振り切れるかもしれない、そう思っただけよ」

 

加賀の発言を聞いた戦治郎が加賀に向かってそう尋ねたところ、加賀は無表情のままそう返答するのであった

 

「そう言えば加賀さん、佐世保に着任してからすぐカッコイイ車買ってたねっ!!!」

 

「確かにあの車なら、そこらの車には簡単に追いつかれる事はないだろうな……」

 

その直後、加賀の発言を聞いた皐月が声を上げ、それに長月が皐月に続く様にして発言し……

 

「その車について、詳しく聞かせてもらえるかな?」「加賀さんの車……、何て奴なんです……?」「加賀さんはどの様な御車に乗っていらっしゃるのですか……?」

 

皐月と長月の発言を聞いた車好きの光太郎と原動機の専門家であるシゲ、それと何故か扶桑が反応し、同時に加賀に車について尋ねるのであった。それに対して加賀は

 

「スバルの青いWRX STIよ」

 

自身の愛車の名前を告げ、車の事を尋ねて来た3人どころか戦治郎と空まで納得させてしまうのであった。これにより、鳳翔の件は加賀に任せる事が決定するのであった

 

こうして問題点の解決法が決まり、戦治郎達は各自早速行動を開始する。長門達大本営組はどの通信士が問題の通信士であるかを探る為に、戦治郎達より先に大本営へ帰還し、加賀達佐世保組は鳳翔を病院から連れ出す為の準備の為に長門達と共に帰還、大和達桂島組はこのまま帰っては提督から何をされるか分からない為、戦治郎達に同行する事となり、戦治郎達はサラ達の研究所の復旧を手伝った後、打倒桂島提督の為に桂島へ向かうのであった

 

 

 

戦治郎達がこうして行動を開始した頃、戦治郎達が知らないところで動く者達の影があった……。ある者は執念に突き動かされ、ある者は戦治郎達の行動を遠巻きに見て嘲笑い、ある者は己の欲望の為に行動を開始する……

 

そうとも知らず、戦治郎達は研究所を復旧させる為に、ミッドウェー島を出てホノルルへと向かうのであった




桂島提督に対してのお仕置きに関するアンケートは、これにて〆とさせて頂きます

沢山の意見、ありがとうございました


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与り知らぬ場所にて・・・・・・

長門達と別れた後、戦治郎達はホノルルのサンド島でサラ達の研究所の復旧を手伝っていたのだが、その光景をワイキキのビーチから、ビーチパラソルの下に設置されたビーチチェアに寝そべりながら眺める存在がいた……

 

「気晴らしの為にここに来てみれば……、一体やってんだよあいつら……」

 

サングラス越しにサンド島の方角に視線を向けながらそう呟くのは、翔達によってルルイエを追い出されてしまったあのニャルラトホテプである。と言っても、今の彼の姿は翔達が知っている青年のものではなく、黒いビキニに包まれた豊満なボディーと銀色に輝くロングヘアー、そして右目がシアン、左目がマゼンタのオッドアイを持つ美しい女性のものとなっていた

 

ニャルラトホテプはルルイエを追い出された後、気晴らしの為にこのビーチに訪れていたのだが、そこに突然戦治郎達の気配が近付いて来たのである。戦治郎達の気配を感じ取った彼は、ここで見つかったらまたクトゥルフを呼ばれて殴られると思うと、即座に姿を変えてその場を凌ぐ事にしたのだ

 

ニャルラトホテプの視線の遥か先では、工事用メットを装着し汗水垂らしながら研究所の復旧作業を行う戦治郎達の姿が見え……

 

「労働の汗は美しいってか……?馬鹿馬鹿しい……。そんなのほっとけばいいだろうに……」

 

ニャルラトホテプはそう言い捨てると、戦治郎達から視線を外し己の手の中にある物を見つめる。それは不揃いな大きさの切子面を数多く備え、所々に赤い線が入った輝く黒い球状の多面体……、所謂輝くトラペゾヘドロンと呼ばれているニャルラトホテプの召喚に使われるもので、彼はそれを眺めながらこう呟く……

 

「取り敢えず翔達の事は、ほとぼりが冷めるまで放置でいいかな?今行ったら間違いなくあいつら呼ばれそうだし……、つかそれ以前にヨグから早く帰って来いって言われてるんだよな~……。アザがぐずり出したって……、そのくらいお前ら夫婦が面倒見たらいいだろうが……、ったく……。まあ?翔達の居場所は、これのおかげで常時把握出来る訳だし、状況が落ち着いてから『遊び』に行こうかね~」

 

そう、ニャルラトホテプはルルイエで翔と戦っている時に、翔の攻撃を防ぐ際に鼓翼を掴んだのだが、その時にニャルラトホテプは輝くトラペゾヘドロンを鼓翼に埋め込んだのである。クタニドが鼓翼を魔道刀【鼓翼】に作り変えた時に感じた違和感とは、ニャルラトホテプが秘密裏に鼓翼に仕込んだ、この輝くトラペゾヘドロンによるものだったのである

 

ニャルラトホテプが何故その様な事をしたのか……、それはほんの僅かとは言え自分を能力で威圧、拘束した翔を殺すリストに登録した為である。因みにその殺意は、彼が翔が戦治郎を暴走させる切っ掛けになる存在であると知った時、より高いものになっていたりする……

 

彼はニヤリと笑いながらそう呟くと、輝くトラペゾヘドロンを自身の胸の谷間に押し込んで輝くトラペゾヘドロンを手元から消した後、帰還予定時間までバカンスを楽しむ事にするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてニャルラトホテプがバカンスを楽しんでいる頃、ワイキキビーチから遥か遠く離れた海の底では……

 

「待っていろ長門 戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

ゾアの力によって石化したはずの防人の肉片が、そう叫びながら海底を蠢く様にして爆走(?)していたのであった……

 

何とこの防人、持ち前の気合と根性と執念と闘志で、ゾアの石化を強引に解除してしまったのだ……。こうして石化が解除された防人の肉片は、ただただ戦治郎との再戦だけを望み、直感を信じて戦治郎の下へと急いでいたのであった……

 

「俺はまだ生きているっ!!!さぁっ!!!長門 戦治郎っ!!!死合の続きと洒落込もうではないかあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

防人の肉片はそう叫びながら、海底を這う様にして戦治郎の居場所を目指して移動をするのだが、この時防人は気付いていなかった……、己の身を狙う影が多数存在している事に……

 

「いざ行かんっ!!!戦いのb……ぬおおおぉぉぉっ!??」

 

防人がそう叫んだ直後、突如防人の肉片の頭上(?)から現れた舌が、防人の肉片を絡め取り、そのまま舌の持ち主の口の中に肉片を運び込んだのである

 

その後舌の持ち主はモゴモゴと口を動かして咀嚼し、なんと防人の肉片を食べてしまったのである……

 

「うげぇ……、まっず……」

 

防人の肉片を食べたソレが、思わずそう呟いたところ……

 

「ま~た拾い食いザンスか?流石にそろそろお腹壊すと思うから、その辺でやめておいた方がいいとミーは思うザンス……」

 

突然ソレの頭の中に、拾い食いを止めさせようとする声が響き渡る

 

「でもしゃ~ね~でよ……、何でもいいから食わないと、アッシが空腹で死んじまいそうだったんでよ……」

 

防人の肉片を食ったソレ……、護衛棲水姫の艤装が、自身の頭の中に響く声の持ち主、現在自身に格納されている護衛棲水姫の黒い丸い艦戦に向かってそう言うと……

 

「いや、だったらそこら泳いでる魚食えばいいじゃん……」

 

先程とは別の声、艦戦と同じく自身に格納されている欧州棲姫のエイの様な艦攻が、呆れ気味にそう言うのであった……

 

「あいつらすばしっこくて中々捕まえらんねぇんでよ……、だからこうして動きが遅い奴や止まってる奴を狙ってるんでよ~」

 

「だからって、人の腕とか大きな舌とか食べるのは止めて欲しいザンス……、アナタ元はカエルなんザンショ?」

 

「カエルが何で好き好んで肉食ってんだよ……、そこのザンスザンス言ってる元フクロウだったらまだ話は分かるが……」

 

「アッシはウシガエルだったんでよ、ちっさい蛇とかネズミとかも普通に食ってたでよ」

 

「「ああ、そう(ザンスか)……」」

 

「っと、それはそうとこのお肉、何か特別な力を持った奴の肉だったみたいでよ、今それっぽいの吸収した感じがしたでよ、後で早速試すでよ」

 

「ああ、腕と舌食った時もそんな事言ってたな……」

 

「案外、それがカエルの能力なのかもしれないザンスね」

 

「ああ~、俺にもそんな能力とかねぇかな~?」

 

「元コウモリのアナタの能力ってなると……、吸血か夜の戦闘関連になるんじゃないザンス?」

 

「いや、俺吸血コウモリじゃねぇし……」

 

「さって、多少腹も膨れた事だし先急ぐでよ、あの子の仇であるリコリス棲姫をぶっ飛ばす為にも、もっともっと力を付けるでよ~」

 

その後、防人の肉片を食べてしまった護衛棲水姫の艤装は、自身に格納している艦載機達とこの様なやり取りを交わしながら、この場を後にするのであった……

 

尚、防人の肉片だが動いていたのはこの1欠片だけでなく、世界中に飛び散ったもの全てが一斉に石化を解除して、行動を開始していたりする。その道中で、他の肉片もこの肉片同様魚や蟹などに捕食されたりするのだが、それでも肉片達はその足(?)を止める事無く移動し、途中で合流した肉片は次々と合体していき、徐々に人間としての姿を取り戻しながら、戦治郎のところへと向かうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして戦治郎達の与り知らぬ場所で、この様に動く影が多数ある訳だが……

 

「おっしゃおめぇらっ!!!復旧ついでに研究所の守りも固めちまおうぜーっ!!!」

 

\応っ!!!/

 

「あ、あまりやり過ぎない様にして下さいね……?」

 

そんな動きがあるとは露知らず、戦治郎達は研究所の復旧に勤しむのであった

 

因みに、戦治郎達の働きによりサラの研究所は、重武装が施された大要塞と言っても差支えが無い様な建物へと変貌し、後に生き残ったアメリカ軍の中枢を成す拠点となるのであった

 

また、今回の件でアメリカ軍は艦娘の重要性を思い知らされ、艦娘を配備する方向で話を進めた後、桂島の騒動が収まった後の日本から艦娘に関する技術を提供してもらい、その礼として一部のアメリカの艦娘を日本海軍に送る約束をするのであった

 

尚、こうして送られたアメリカの艦娘の内の1人は、本人の強い希望により、戦治郎が提督を務める事となる、長門屋鎮守府に配属される事となるのであった



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桂島解放戦と横須賀の乱編
桂島泊地解放の為に ~横須賀編~


ちょっと予定を変更して、過去編5章の始まりです

2018/10/19 本文に加筆しました


「……大和が大破、矢矧と初霜が中破、大鳳が小破しながらも、目的であるミッドウェー島の飛行場姫の拠点を陥落させる事に成功した、か……」

 

「その通りだ、それで大和達は飛行場姫に長らく悩まされ続けていたアメリカ軍の厚意の下、現在ホノルルにあるアメリカ軍の拠点で艤装の修理と身体の治療を施してもらっている」

 

「確かあちらさんのとこにも妖精さんはいるんだったか……、なら問題なく艤装の修理は出来そうだな」

 

戦治郎達と別れ横須賀鎮守府に帰還した長門達は、艤装を工廠に保管した後その場で1度解散、長門と日向は今回の作戦の報告の為に元帥の執務室に向かい、飛龍達は疲れを癒す為に入渠施設へと向かったのであった

 

そうして元帥の下へ向かった長門達が元帥に今回の作戦の報告を行ったところ、報告を聞いた元帥が長門達の言葉を反芻する様に呟き、それを聞いた長門が補足する様にそう言うと、今度は元帥の隣に立っていた燎が、思った事を口にするのであった

 

さて、元ショートランド泊地の提督であった燎が、何故この場にいるのかについてだが、燎はヌ級の件が終わった後報告の為大本営に向かったところ、ヌ級を倒し南方海域を解放した事を評価されて中将に昇進、そしてそのまま元帥の補佐に抜擢されたのである。尚、元帥が燎を自身の補佐官にした理由は、破天荒な事ばかりする戦治郎達が原因で発生する精神的負担を、戦治郎達の事を知る燎にも一部背負ってもらおうと言うものだったりする

 

「以上で報告は終わりだが……、他に何か聞きたい事はあるか?」

 

「いや、特に無いな……」

 

「うっし、んじゃ長門と日向は今から入渠して、疲れを取ってこい」

 

その後報告を終えた長門が2人に向かって質問が無いか尋ねたところ、元帥はこの様に答え、それを聞いた燎が長門達にそう指示し、長門達は元帥達に敬礼した後執務室を後にするのであった

 

「……」

 

「……」

 

こうして長門達が執務室去った後、元帥達は揃ってしばらくの間沈黙する……

 

「すみません、煙草吸ってきます」

 

それからある程度時間が経ったところで、不意に燎がこの様な事を言い、それを聞いた元帥は無言で首を縦に振って燎に了承の意を伝える。そうしてそれを確認して執務室を後にした燎は、喫煙所で煙草を1本吸った後、ある場所に足を向けるのであった……

 

その途中、燎は入渠施設を出た長門達と合流し、目的地である工廠の中へと入り、工廠の中で忙しなく作業をしていた明石の内の1人に声を掛け、その明石と共に工廠の隅に作られた彼女の私室に入る

 

こうして通された明石の部屋には既に何人かの艦娘が来ており、彼女達は燎の姿を確認すると、すぐさま燎に向けて敬礼するのだが……

 

「OK、楽にしていいぞ」

 

そんな彼女達の姿を見るなり、燎はすぐにそう言って敬礼を止めさせ、部屋の中に敷かれた畳の上にドカリと座り込むと、この場に集まっている艦娘達の顔を確認する様に、視線を巡らせるのであった

 

この明石の部屋に集まっている艦娘の数は、長門、飛龍、蒼龍、利根、妙高、綾波、吹雪、白雪、深雪、初雪、磯波、神風、伊勢、明石、日向、翔鶴の計16名、そう、彼女達は全員戦治郎達と関りがある艦娘なのである。彼女達は入渠を終えた飛龍達に声を掛けられ、この場に集まったのだ

 

因みにこの場に雲龍、天城、羽黒、由良、球磨、菊月、三日月計7名がいない理由についてだが、雲龍、天城、羽黒、由良の4名はミッドウェー攻略作戦の時、アビス・コンダクターによってゾアの召喚に使う生贄にされてしまった舞鶴鎮守府の主力部隊の代わりとして舞鶴鎮守府に着任し、残りの球磨達3名は現在遠征の為に鎮守府を離れているからである

 

「無茶を言って済まないな明石、どうしてもいい場所が此処しか無くてな……」

 

燎が関係者が全員いる事を確認したところで、不意に長門が明石に向かって申し訳無さそうに詫びを入れ

 

「いえいえ、寧ろ私の方こそ済みません、こんな狭い部屋にしちゃって……」

 

それを聞いた明石が、即座に苦笑しながらそう返すのであった。明石が言う通りこの部屋は狭く、集まった艦娘の半分くらいは人が多過ぎる為座る事が出来ず、立ったままとなっていたりするのである。因みにこの部屋に住んでいるのは、元アムステルダム泊地の明石で、それ以外の明石の艦娘は補助艦艇艦娘用の艦娘寮で寝泊りしていたりする

 

何故彼女がこの様なところで寝泊りしているかについては、翔鶴から空が工廠に部屋を作って寝泊りしていた話を聞いた彼女が、空にあやかろうと思って元帥達から許可を取って真似たからである。その際部屋の間取りも翔鶴から聞いた空の部屋と同じ物にしてしまった為、彼女の部屋は寮の部屋よりやや狭くなっていたりする

 

それはそうと、何故この明石の部屋に皆が集まっているのか?それは明石が話をしている最中に、長門と日向が懐から取り出したリモコンの様な装置が関係しているからである

 

「まさか鎮守府の敷地に入った途端、護が作った盗聴器発見機が反応するとは……」

 

「こちらの盗撮用カメラ探知機も、同じくらいのタイミングで反応したぞ……」

 

「まさか元帥の執務室に、盗聴器やらカメラやら仕掛ける馬鹿がいるとはなぁ……。つか、護の奴すんげぇモン作ってんな……」

 

そう、彼女達は横須賀に戻る前に、護からこれらの装置を渡されていたのである

 

「もしかしたら、その通信士が盗聴器やら盗撮用カメラとか仕掛けて、それによって集まった情報を桂島の提督に流してる可能性があるかもッスからね、用心の為に持ってって欲しいッス。ああ、もし反応があったら振動で知らせる様になってるッスから、装置は肌身離さず持ってて欲しいところッス」

 

護のこの言葉の後、長門が盗聴器発見機を、日向がカメラ探知機を受け取り、起動したまま横須賀に帰還したところ、先程長門が言った通り横須賀鎮守府の敷地に入るなりこれらの装置が反応し、その反応が執務室に近付けば近付くほど大きくなる事から、長門達は執務室に各種装置が取り付けられている事を確信したのである

 

その後、執務室に入る前に日向がカメラ探知機に付けられたもう1つの機能、盗撮カメラが撮影した映像を砂嵐映像に置き換える機能を起動させてカメラを潰し、その間に長門が手書きでメモを書いて、元帥達に会話が盗聴されている事を伝えるのであった。因みに、盗聴器の欺瞞については護が元帥の声を知らない為、元帥そっくりの偽の音声を作れなかったと言う点と、盗聴器とカメラが同時にノイズを吐き出す様になるのは、流石に不自然過ぎて通信士に盗聴と盗撮がバレているのでは?と思わせてしまう可能性があった為、敢えて護がその機能を付けなかったのだ

 

こうして長門達は元帥達にメモで予め嘘を言う事を伝えてから、執務室では嘘の報告を行い、本当の報告は入渠前に長門が明石に頼んで貸してもらったこの部屋で行う事となったのである。そして長門が明石の部屋を借りたところで、日向が燎に長門屋製通信機で連絡を入れ、本当の報告を行う場所を燎に伝えたのであった。因みに元帥には後から燎が本当の報告を伝える手筈になっている

 

「よっし、んじゃ長門、報告頼む。ここなら多分盗聴や盗撮の心配はないだろうからな」

 

「当たり前ですっ!工廠は基本関係者以外立ち入り禁止になっていますし、何よりそう言った類の品がこの部屋に仕掛けられてたら、毎日チェックしてる私がすぐに気付きますからねっ!」

 

その後、燎が長門に本当の報告を行う様に促し、長門が発言する前に燎の言葉に反応した明石がこの様な事を言い、長門は明石の発言の後に、燎に本当の報告を始めるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長門達がこうして工廠に集まって、話し合いをしている頃……

 

「……ふぅん……、そんな事になってたんだ……」

 

艦娘寮の自室でスマホを耳に当てた艦娘が、思わずそう呟く……

 

「これは……、彼に声を掛けた方がいいかしら……?」

 

彼女はそう呟くとスマホの通話を切って、何処かに電話をかけ始める……

 

「ちょっといいかしら?貴方にお願いがあるんだけど……」

 

彼女はそう言うと、電話の先の相手にあるお願いをするのであった……



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桂島泊地解放の為に ~横須賀編その2~

「あぁ~……、今日も頑張った、よくやったぞ僕~……」

 

横須賀市にある一人暮らし用アパートの一室で、真っ白い肌の女性が大の字になって畳の上に寝そべり、この様な事を口にする

 

彼女はこの日、フルタイムでコンビニのアルバイトをこなし、たった今帰宅してこうして疲れ切った身体を休めているのである

 

「ご飯は外で食べて来たし、この後は特に予定も無し……。よしっ!今日は残りの時間はゴロゴロして過ごすかっ!あぁ^~、帰宅出来るってホント素晴らしいね……」

 

彼女がそう言って、残った時間を全て寝て過ごそうと思った刹那、不意に彼女のスマホが震え出すのであった

 

至福の時間を邪魔された彼女が、ムッとしながらスマホを取り出し画面を見てみると、そこには彼女がとある事情で知り合った女性の名前が表示されていた。それを確認した途端、彼女はバネでも入ってるかの如く勢いよく上半身を起こして、通話を始めるのであった

 

「もしもし?久し振りですね」

 

彼女が電話に出たところ、電話の先の相手は挨拶も無しに、彼女にあるお願いを始めるのであった。普通なら相手の態度に対して、何かしらの悪感情を覚えるものだろうが、彼女は特にそんな事を感じる事はなかった、何故なら彼女はちょっと前まで、電話の先の相手にかなり世話になっていたからだ

 

それからしばらくの間、彼女は電話先の相手の話を静かに聞き……

 

「……それってちょっとしたクーデターみたいなもんじゃないですか……、それが横須賀鎮守府で発生する可能性があるんですか……?」

 

彼女の言葉を電話先の相手が肯定したところ、彼女は大きな溜息を吐いた後、この様に言葉を続ける

 

「それを何故民間人の僕に話すんですか?僕には関係無い話ですよね?」

 

彼女の言葉を聞いた電話先の相手が、とある言葉を口にしたところ……

 

「僕はもう引退したんですよ……、この横須賀には僕の力は必要ないんですよ……」

 

彼女は何処か寂し気にその様な言葉を口にし、その言葉を聞いた電話先の相手は、彼女に向かってこの様な言葉を掛けるのであった

 

『確かに横須賀の街には、貴方の力は必要無いかもしれないわ。でも、今は私が貴方の力を必要としてるの』

 

「……そう言われたら何も言えなくなっちゃうじゃないですか……」

 

電話先の相手のこの言葉を聞いた彼女は、この様に答えた後具体的にどう協力したらいいのかについて、電話先の相手と話し合いを始めるのであった

 

 

 

それからある程度時間が経ち、話が纏まったところで通話を終わらせる流れとなり……

 

『それじゃあ、その時はよろしくね。頼りにしてるわよ、ムサシ』

 

電話の先の相手がこの様な事を言いながら彼女の……、いや、彼の名前を口にしたところで……

 

「その期待を裏切らない様、努力しますよ陸奥さん」

 

武蔵と呼ばれた女性はそう言って通話を切った後、徐にクローゼットの方へと視線を向けるのであった

 

「……まさかまたあのスーツに袖を通す日が来るとはなぁ……」

 

武蔵と呼ばれた女性……、否、深海鶴棲姫の転生個体となった元システムエンジニアの27歳男性である鶴田 武蔵(つるた ムサシ)は、苦笑しながらそう呟くのであった……

 

彼の視線の先にあるクローゼットの中には、内側に防弾性と防刃性に優れた特殊繊維を張り巡らせた漆黒のレザージャケットとレザーパンツとマント、そして白文字でデカデカとZの文字がプリントされている覆面と伸ばせば全長が60cmにも及ぶ高電圧スタンバトンが収納されていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

ムサシと長らく通話していた長門型戦艦の2番艦である陸奥が、通話を切ってスマホを仕舞い一息ついていたところで、不意に部屋の扉がノックされる

 

それに驚いた陸奥が思わず身体をビクリと震わせたところで、陸奥の返事を待たずに工廠での話し合いを終えた長門が部屋の中へと入って来る

 

「ここにいたのか、探したぞ」

 

「長門……、返事が無かったら部屋に入らないでって、前にも私は言ったわよね?」

 

「ああ、済まない。今度から気を付ける」

 

勝手に部屋に入って来た長門に対して、陸奥が不快そうな表情を浮かべながらそう言ったところ、長門は苦笑しながら謝罪を入れるのであった

 

「それで?何で私を探していたの?」

 

「いや、作戦が終わった後まだ顔を見せていなかったからな」

 

「そう……、それはそうと長門……、貴女私に何か隠し事してない……?」

 

「いや……、そんな事は無いが……?」

 

「ふ~ん……」

 

陸奥は長門とこの様なやり取りを交わした後、腰掛けていたベッドから立ち上がり、長門が立つ部屋の入口の方へと向かって歩き始める

 

「な、何だ……?」

 

突如自分の方へ歩み寄って来た陸奥に対して、長門が表情を強張らせていると……

 

「お花摘みに行くだけよ」

 

陸奥は短くそれだけ言って、長門の横を通り部屋から出て行くのであった

 

「何だトイレか……、突然歩み寄って来るから、桂島の件が陸奥にバレていてその事で問い詰められるかと思った……」

 

自身から離れていく陸奥の背中を見送りながら、長門はそう呟くと安堵の息を漏らすのであった。そう、長門は陸奥を桂島の件に巻き込まない様にする為に、問題が解決するまで陸奥にこの件については秘密にするつもりだったのである。とは言っても、既にこの件は陸奥にバレてしまっているのだが……

 

さて、陸奥は一体どのようにして知ったのか……、それは今彼女とすれ違いそうになった艦娘が関係しているのである。その艦娘とは……

 

「あ、陸奥さん」

 

「妙高、さっきは助かったわ。おかげでムサシに協力してもらえる様になったわ」

 

そう、陸奥に桂島の件を伝えたのは、長門達と共に最初に戦治郎達と接触した妙高である。長門は戦治郎達が桂島を叩く事を決めた時、戦治郎達と関わった事がある艦娘達にこの事を伝えていて、そのメンバーの中には妙高も含まれていたのである

 

で、妙高と陸奥の接点についてだが、彼女達はある日偶然非番の日が重なり、一緒に横須賀の街に買い物をしに行ったのだ。その時に彼女達はムサシと遭遇し、妙高がムサシに彼が転生個体である事を説明したところ、その帰りに妙高が海軍内で公開されている情報以上に転生個体について詳しいと踏んだ陸奥が、妙高に対して改めて転生個体について根掘り葉掘り尋ね、転生個体について知る切っ掛けとなった戦治郎達の事を話していた妙高が、勢い余って桂島の件を話してしまったのである……

 

こうして桂島の件を知った陸奥は、長門に対しては知らないフリをしながら、水面下で桂島の問題の解決に協力する事を決意するのであった。先程ムサシに協力要請をしていたのはその一環である。因みに先程長門に隠し事をしてないか尋ねたのは、勝手に部屋に入って来た長門を、ほんの少し懲らしめようと思ったからである

 

それはさて置き、陸奥がどうやって先程工廠で行われた話し合いを盗聴したのかについてだが、これはそんなに難しい話ではない。妙高にスマホを通話状態にしたまま話し合いに参加してもらい、陸奥はただそれを聞いていただけなのである

 

さて、陸奥の頼みでムサシが協力してくれる事を知った妙高は

 

「ムサシさんが協力してくれるのは、本当に有難い事ですね」

 

安堵の表情を浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた陸奥はクスリと笑いながらこの様に返答するのであった

 

「そうね、何たって横須賀の治安改善に最も貢献したヒーローが助けてくれるんだから、大船に乗ったつもりでいてもいいんじゃない?」

 

「ただ……、ムサシさんのバイトの方は大丈夫なのでしょうか……?いつ作戦が開始されるのかは、戦治郎さん達次第ですし……」

 

「ああ……、ヒーローやってた頃の無断欠勤や早退が積もり積もったせいで、今度そんな事があったらバイトをクビになるって言ってたわね……。まあその時は私達が次の仕事を斡旋してあげたらいいんじゃないかしら?」

 

それから2人はしばらくの間会話を楽しんだ後、それぞれの目的地に足を向けて歩き出すのであった




大和型2番艦の武蔵と差別化する為に、鶴棲姫のムサシはカタカナ表記にしていきます


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偶には休養を・・・・・・

横須賀の方で桂島泊地解放戦の話が進んでいた頃、戦治郎達は何をしていたかと言うと……

 

「海水浴の時間だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

女性の身体でありながら、上はパーカータイプのラッシュガードを羽織り、下は膝丈上のサーフトランクスを穿いた戦治郎が叫ぶ様にしてそう宣言すると、水着に着替えた長門屋海賊団の面々と桂島泊地の関係者達は、歓声を上げた後思い思いの行動を開始するのであった

 

そう、戦治郎達はホノルルのサンド島の兵器開発研究所の復旧を終わらせた後、島の南にあるビーチで僅かな時間ながら南国の島を満喫する事にしたのである

 

こんな状況でこいつらは一体何をやっているんだと思う方もいるだろうと思われるが、そこは大目に見て欲しいところである

 

先ず長門屋海賊団についてだが、彼らはこの海域に到着してから忙しなく活動したかと思えば、神話生物と邂逅し同盟を結んだ挙句、この世界や転生個体に関する真実を突然伝えられた事で、精神的に参っている者が多数いたりするのである

 

特に戦治郎に関しては、スパロボのイデオンやゴッドマーズよろしくある条件が整ってしまうと、世界を滅亡させてしまう途轍もなく危険な存在となってしまう可能性を自身が秘めている事と、それを危惧して警戒していたり楽しみにしている神話生物が存在している事を知らされた為、表には出さないものの実は内心では物凄く混乱しているのだ

 

そして大和達桂島泊地の艦娘達は、長い間提督に辛い思いをさせられ心に大きな傷を負っているところで、神話生物と邂逅したり世界の真実を知らされて大いに混乱している者が殆どなのである

 

そんな皆の様子を見て、こんな状態で作戦に参加しても良い結果は出せないだろうと判断した戦治郎が、急遽作戦参加を1日先送りしてしっかりと休養を取ろうと提案し、この様な事になったのである

 

こうして海賊団と桂島の面々が南国のビーチをエンジョイする中、戦治郎はその様子をビーチチェアの上に寝そべった状態で見守っていた

 

「皆楽しんでるみたいだな、善哉善哉。これなら皆作戦に集中して取り組めるだろうよ」

 

そんな戦治郎がニヤリと笑みを浮かべながらそう言ったところで

 

「あの……」

 

不意に誰かがそんな戦治郎に向かって、迷いがある様な声で話し掛けて来るのであった。声を掛けられた戦治郎がそちらに視線を向けてみると、そこには水着姿の大和が困惑した表情を浮かべながら立っていた

 

「よぅ大和、楽しんでるか~?」

 

「あっはい、それなりに……、じゃなくって……」

 

そんな大和に対して戦治郎が気さくに話し掛けたところ、大和はこの様に答えた直後にブンブンと頭を振ると、真剣な表情をしながら戦治郎に尋ねる

 

「その、大和達は本当にこんなところでこんな事をやってていいのでしょうか……?桂島の方では今も尚、皆が提督に苦しめられていると言うのに……」

 

言葉を続けるにつれ大和はその表情を暗くしていき、やがては目尻に涙を浮かべながら黙り込んでしまうのであった

 

「大和が桂島の艦娘達を早くどうにかしてやりてぇって気持ちは、ホント痛いくらい良く分かった……。けどよ、碌にコンディションが整ってない状態で敵地に突っ込むのは、いくら何でも無謀だとは思わねぇか?特に奴さんはミッドウェーの飛行場姫同様、プロフェッサーとやらと繋がってたみたいだから、冗談抜きで何してきやがるか分かったもんじゃねぇ……。そんな中に精神的に疲弊して判断力が低下してるかもしれねぇ奴を突っ込ませるのは、愚策中の愚策だと思わねぇか?」

 

「それは……、そうですけど……」

 

「それに先行して戻った長門達の準備もある事だし、少しくらい間をおいて準備を整える時間をあげるのも悪くはねぇだろう?」

 

「はぁ……」

 

「安心しろ、今のお前達にゃ俺達が、長門達や加賀達、それに超チートクラスの翔の友達もいるんだ、この作戦は必ず成功するさ。だからそんな顔すんな」

 

戦治郎と大和はこの様なやり取りを交わし、戦治郎はそれでも不安そうな大和に笑顔を向けながら、その頭を優しく撫でてあげるのだった

 

それからしばらくの間、戦治郎は大和の頭を撫で続け、大和の表情から不安や焦りが消えた事を確認すると……

 

「よっしゃ!んじゃこの辛気臭い空気をぶっ飛ばす為に……、泳ぎに行くぞ大和っ!!!」

 

「えっ!?」

 

戦治郎はそう叫んで大和の手を取ると、驚いている大和の手を引いて海の方へと駆け出し、大和と共に南国の海を満喫するのであった

 

余談だが、これとほぼ同時刻くらいにウミウシをナンパしていると思われる司の姿が、翔とゾアによって目撃されるのであった……

 

司曰く……

 

「いやさ、確かクタニドさんだったっけ?このウルトラグレイトフルスペシャルアメイジングイケメンな俺様に会いたいって言ってた神話生物っての。その姿って一応人間の姿してるみたいだけど、本当はゾアみたいな感じだったりしちゃったりするんじゃないの?だからこのスーパーハイパーミラクルレジェンド美男子の俺様は、どんな姿であれクタニドさんを賛美出来る様にこうやってウミウシちゃんで練習しちゃったりしてる訳よ~」

 

と、言う事らしい……。因みに、実際にクタニドと会った司は、練習通りクタニドを口説いたのだが、クタニドには鼻で笑われ一蹴されるのであった……

 

この件に関して、翔とゾアは彼の事を気遣って見なかった事にしたのだが、この後にウミウシをナンパする司の姿を目撃したシゲ、通、護、摩耶、神通、川内、阿武隈、龍驤の計8名から、司は【女性の要素さえあれば雌雄同体すら口説く男】の称号を贈られ、この話は戦治郎達の関係者の間に、広く伝えられる事となるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……皆集まったか……?」

 

日が沈み、海水浴を楽しんだ艦娘達が皆床に就いた頃、砂浜の上で胡座をかいた戦治郎はそう言いながらグルリと視線を巡らせて、集まった面々の顔を確認する

 

この場に集まっているのは、戦治郎が海水浴を終えた後に声を掛けた長門屋のメンバー+望の13人。戦治郎が全員いる事を確認したところで

 

「こんな時間に俺達を集めて……、一体どうしたんだ?」

 

不意に空が怪訝そうな顔をしながら、自分達をこの場に集めた張本人である戦治郎に向かって尋ねる

 

「いやな、ちょっち考えてた事があるんだがよ……」

 

そう言って戦治郎が話を切り出し、この場にいる全員に話をしたところ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しい月が海面に浮かぶ夜の砂浜に、幾つもの生々しい打撃音と、尋常ではない数の罵声と怒声が長らくの間響き渡るのであった……。夜中にもよおした艦娘はそれらの音を聞いた途端、それはそれは仰天し足早にトイレに向かって用を足すとすぐさま布団の中に潜り込み、これらの音が鳴り止むのを震えながら待ったそうだ……

 

 

 

 

 

それから時は経ち、日が昇り朝を迎えたところで……

 

「皆、疲れはちゃんと取れたか?忘れ物はないか?」

 

顔をジャガイモの様にボコボコに腫らした戦治郎が、浜辺に集まった面々に対してそう尋ねるのであった……。そんな戦治郎の顔を見た駆逐艦達はざわめき、皆の代表として龍鳳が顔の事を尋ねたところ……

 

「いやいや、ちょっち転んじまってなぁ……」

 

戦治郎はそう言って誤魔化す様に笑いながら、ある方角へとチラリと視線を向ける。その視線が気になった面々がそちらに顔を向けてみると、そこには戦治郎に対して鋭い視線を向ける長門屋の面々の姿があった……

 

戦治郎と長門屋のメンバーの間に、一体何があったのか……?それがどうしても気になった夕立が空に尋ねたところ……

 

「何、気にする事は無い……。しばらくしたらいつも通りに戻るさ……」

 

鬼の形相をしていた空は、そう言うといつも通りの表情をしながら、夕立の頭の上にてを置くのであった

 

「よっし!問題無さそうだし、そろそろ俺達も行動開始すんぞっ!!!長門屋海賊団、日本は鹿児島県、桂島へ向けて抜錨だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

その後、戦治郎がそう宣言したところで海賊団と桂島の艦娘達は海に出て、目的地である桂島に向かって進み始める。こうして、長門屋海賊団としての最後の作戦である『桂島泊地解放戦』の幕が切って落とされるのだった……



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ロリコン殴って夜を待つ

「なぁ~……、皆そろそろ機嫌直してくれよ~……」

 

海賊団と桂島の艦娘達が桂島目指してホノルルを発ってある程度移動したところで、未だに顔がボコボコになっている戦治郎が情けない声をあげる

 

これまでの間に、戦治郎達は何度かタンカー護衛任務に勤しむ艦娘達を発見し、挨拶したり任務が成功する様に声援を送ったりしたのだが、殆どの艦娘が戦治郎の顔を見るなり絹を裂くような悲鳴を上げ、タンカーを連れて脱兎の如く逃げ出したのである。まあ、酷い火傷痕が付いた顔をボコボコに変形させた戦艦水鬼を見かけたら、恐怖の余り誰だって逃げ出してしまうのは当然の事であり、仕方が無い事なのだろうが……

 

この様な事があった為戦治郎は大いに凹み、思わず情けない声をあげてしまったのである

 

それから何度もみっともない声で戦治郎が頼み込んだところで、艦娘に逃げられる度にガックリと肩を落とす戦治郎の姿を見て、笑いを堪え続けていた悟がようやく戦治郎に翠緑を使用するのであった。因みに、この時悟は治療を開始する前に

 

「もう二度とあんな事言うんじゃねぇぞぉ?それが治療してやる条件だかんなぁ」

 

戦治郎に向かってこう言い放ち、戦治郎がそれに同意した事を確認したところで翠緑を使い始めたのである。その際悟の言葉に疑問を抱いた天津風が、その事について言及したところ

戦治郎と悟が声を揃えてこっちの話だと言い、話をはぐらかせるのであった

 

こうして顔の治療を施してもらった戦治郎は、治療が完了すると同時にいつもの調子に戻り、皆の先頭に立ち軽やかな足取りで日本に向かって歩みを進めるのだが……

 

「あん……?ありゃぁ……、戦闘か……?」

 

遠くで立ち上る黒煙を発見するなり、顔を顰めながら思わずそう呟くのだった

 

「念の為に確認しておくか……、頼んだぞワイルドッ!」

 

「んだな、って事で行って来い、鷲四郎っ!」

 

戦治郎の呟きを耳にした空がそう言うとすぐさまワイルドを発艦させ、それに合わせる様に戦治郎も鷲四郎を発艦し、黒煙が上がっている場所に偵察に向かわせるのであった

 

それからしばらくすると、鷲四郎とワイルドがかなり慌てた様子で戦治郎と空に状況の説明を始める

 

『旦那っ!黒いビキニ姿の戦艦棲姫が駆逐艦4人を襲ってやがるぜっ!!』

 

『あの戦艦棲姫目がイッてるニャッ!!呼吸も荒いし危険なオーラを感じるニャッ!!このままじゃ駆逐艦達がヤバイニャッ!!!』

 

2匹の報告を受けた戦治郎達は皆に状況を説明した後、黒煙が見える方角へ弾丸の如く勢いよく駆け出すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉら……、大人しくしないからこんな事になるんだよぉ……?さてっと……、それじゃあお腹痛い子はお腹出してぇ……、お兄さんが摩ってあげるから……」

 

興奮の余り呼吸を荒げ、目をギラギラと輝かせる戦艦夏姫が、艤装を沈むか沈まないかのギリギリのラインまで破壊された小学生くらいの駆逐艦達に向かって言い放ち、ジワリジワリとにじり寄って行く。そんな戦艦夏姫の姿を見て、顔色が悪い駆逐艦娘を守る様に囲んだ3人の駆逐艦娘達がガタガタと身体を震わせて怯えていると……

 

「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

不意に辺りにその様な声が響くと同時に、何者かが戦艦夏姫の肩に手を置くのであった。突然の出来事に驚いた戦艦夏姫が、ビクリと身体を震わせた後そちらに視線を向けてみると、そこには鬼の様な仮面を装着した軽巡棲姫の姿が……

 

「な、何だ軽巡棲姫か……、いきなり警察みたいな事言うから、てっきり警察の関係者かと思ったじゃないか……」

 

軽巡棲姫を自身より格下だと思っている戦艦夏姫が、安堵の息を吐きながらそう言うと、その言葉を聞いた軽巡棲姫はピクリと反応した後……

 

「深海棲艦が警察を知っていると言うのも、おかしな話だと思いませんか……?貴方……、もしかして以前は人間だったんじゃないですか……?」

 

軽巡棲姫……、いや……、通の言葉を耳にした戦艦夏姫が、驚いた表情を浮かべたその直後

 

「通~、どうだった~?」

 

「どうやら転生個体の様です」

 

通の背後から戦治郎の声が聞こえ、戦艦夏姫が戦治郎の声が聞こえた方へと視線を向けると、そこには戦治郎達の手によってボコボコにされた上で拘束されている己の艤装の姿が映るのであった……

 

「道理で艤装の力が強かった訳だ……、っとそれは置いておいてだな……」

 

己の自慢の艤装が拘束されている姿を見た戦艦夏姫が驚愕の余り硬直していると、戦治郎がこの様な事を呟きながら歩み寄り……

 

「駆逐艦相手に何やってんだてめえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

この叫びと同時に戦治郎が戦艦夏姫を思いっきりぶん殴り、戦治郎に殴られた戦艦夏姫はそれはもう豪快に吹き飛び、2度3度海面を跳ねてから停止したところで、その後を追って来た海賊団に囲まれ袋叩きにされるのであった……

 

 

 

 

 

その後戦治郎達は取調組と修理&治療組に分かれ、取調組は拘束した戦艦夏姫に対して事情聴取を行い、修理&治療組は戦艦夏姫に襲われた駆逐艦娘達の艤装を修理すると共に、顔色が悪い駆逐艦娘に治療を施すのであった

 

先ず顔色が悪かった艦娘に関してだが、どうやら彼女は体調不良であるにも関わらず無理して長距離練習航海に参加し、帰りがけにその疲れによって体調不良が悪化し動けなくなってしまったそうだ

 

そして駆逐艦娘達が突然の出来事に驚き慌てふためいていたところに、件の戦艦夏姫が通りかかり……

 

「苦しむ駆逐艦娘の姿を見て、性欲が抑えられなくなりました」

 

この様な理由から戦艦夏姫は駆逐艦娘達を襲い、あわよくば彼女達を連れ去ってしまおうと考えていたそうだ……

 

その後の取り調べの結果、この場に正座させられている戦艦夏姫は幼女を性的対象として見る危険なタイプのロリコンである事が発覚し……

 

「裁判員の皆さ~ん、判決をど~ぞ♪」

 

剛のこのセリフと共に、裁判員役をやっていた艦娘達を代表して大和が前に出ると……

 

「貴方が行おうとしていた事は、被害者達の心に大きな傷を残しかねない行為です……」

 

大和がそう発言したところで、艦娘達が一斉に主砲や魚雷発射管を向けたり、艦載機の発艦準備に入り……

 

「その様な事……、この大和が許す訳にはいきませんっ!!!」

 

大和がそう叫んだ直後、艦娘達の主砲が一斉に火を吹き、魚雷発射管が魚雷を撃ち出し、夥しい数の艦載機達が爆撃や雷撃を開始し、辺りには凄まじい数の爆発音が響き渡り、その中に微かに戦艦夏姫の断末魔の叫びが混ざるのであった……

 

「まあ……、こうなるよな……」

 

「特に大和の場合、提督に無理矢理純潔を散らされていると言う話だからな……、この手の話題には過敏になるだろう……」

 

「つか、あいつ見たところ生えてなさそうだったんですけど、幼女捕まえた後何する気だったんでしょうね?全身舐め回すつもりだったんですかね?」

 

「へっ……、汚ぇ花火ッス……」

 

そんな中、駆逐艦娘達の艤装の修理を行っていた戦治郎、空、シゲ、護の4人が、爆砕される戦艦夏姫の姿を眺めながらこの様なやり取りを交わし

 

「おぅ、次からは体調悪かったら無理して遠征に参加しなくていいからなぁ」

 

悟は治療を終えた駆逐艦娘に向かってそう言い放つのであった

 

その後、駆逐艦娘達は戦治郎達にお礼を言うと、4人揃って仲良く自分達の拠点へと帰って行き、戦治郎達はその姿が見えなくなるまで見送るのだった。そして彼女達の姿が見えなくなったところで……

 

「シャチョー、ここから仕掛けられるみたいッスけど、どうするッス?」

 

不意に護が戦治郎に対してこの様な事を尋ねる。どうやら彼女達を助けに向かっている間に、戦治郎達は護のサイバー攻撃の有効範囲内に入っていた様だ

 

護の言葉を聞いた戦治郎が空を見上げたところ、空には沈む夕日と共に薄っすらと星と月が姿を現しており、それを確認した戦治郎は……

 

「桂島の通信設備を潰すのは、日が完全に沈んでからだ。それまで俺達はここで待機すんぞ」

 

この様な指示を飛ばし、夜の到来をひたすら海上で待つ事にするのであった……



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病院から脱走せよ

戦治郎達が所定に位置について作戦開始時刻になるまで待機していた頃、佐世保オパンチュパラダイス鎮守府付近にある病院では、見舞いに来た赤城と病院に入院している鳳翔が楽しそうに談笑していた

 

鳳翔の容態に関してだが、入院した当初はどうして彼女は立っていられたのだろうか?と彼女を診察した医者が疑問に思うほど衰弱していたのだが、今の彼女はその事実がまるで嘘だったかの様に回復しており、鳳翔が望めばすぐにでも退院が出来る状態になっていた

 

だが鳳翔が入院する際彼女の事情を知った医師達の思いと、佐世保オパンチュパラダイス鎮守府からの要請で彼女の退院は頑なに認められなかったのであった。鳳翔が退院するタイミング……、それは病院側が赤城を通して桂島泊地の件が片付いた事を知らされた時になるのである

 

そんな赤城は自身の師とも呼べる鳳翔がこの病院に入院した日から、毎日の様に鳳翔の見舞いの為に病院に訪れ、鳳翔が意識を取り戻した時は喜びの余り彼女に抱き着き、思わず涙を流したそうだ

 

尤も、彼女が頻繁に鳳翔の下に訪れているのは、ただ単純に見舞いの為だけではない。鳳翔の事を桂島の提督から守る為……、護衛する為に来ているのである。その為彼女のすぐ傍には彼女の艤装が入った、かなり大きな金属製のキャリーバッグが置いてあった

 

赤城は鳳翔を桂島泊地から連れ出した際、桂島の提督が鳳翔を泊地に連れ戻す為に、何か行動を起こすのではないかと考え、自身の鎮守府の提督であるモモロウ大将こと兼継に鳳翔の護衛をさせて欲しいと申し出たところ、二つ返事で了承してもらったのである。これについては、どうやら兼継も赤城と同じ事を考えていたらしく、鳳翔と面識がある赤城に鳳翔の護衛を頼もうと考えていたところだったそうだ

 

さて、こうして2人がお喋りをしている間にも時は過ぎ、2人が気付いた時には太陽はすっかり沈んでしまい、直後に院内に面会時間終了を知らせるアナウンスが流れ始める

 

「それでは鳳翔さん、また明日お会いしましょう……」

 

アナウンスを聞いた赤城が、名残惜しそうに鳳翔に別れを告げ、部屋を出て行ったところで……

 

「鳳翔は赤城に本当に慕われているようだな」

 

鳳翔のベッドの下から突如影が伸び、その影が人の形を作り上げたところで影がこの様な言葉を口にする。そう、赤城同様鳳翔の護衛を担当している旧神達のリーダーであるクタニドである。彼女はあの後すぐに鳳翔の下へと向かい、周囲の混乱を避ける為に昼間など人が多い時間帯は魔法を使って鳳翔の影の中に潜み、夜になるとこうして姿を現し鳳翔の話し相手をしながら、彼女の護衛を行っていたのである

 

「ええ……、そうですね・・・・・・」

 

影の状態から完全に人の姿となったクタニドの言葉に対して、鳳翔は少々暗い表情をしながらこの様に返答する。そんな鳳翔の様子を見たクタニドが、鳳翔に向かって怪訝そうな表情を浮かべながら何事かと尋ねたところ……

 

「先程の赤城さんの言葉を、私が反故にする様な感じがして……、少々心苦しいんです……」

 

鳳翔は暗い表情を浮かべたまま、クタニドの問いに対してこの様に答えるのであった

 

そう、鳳翔は赤城と会話をしている最中に、クタニドから戦治郎達が所定の位置に着き、作戦開始の為に動き出した事を伝えられたのである。作戦が開始されれば、自分はクタニド達と共に病院を抜け出し、桂島へと向かわなければならない……。そうなると先程の赤城との約束を守れなくなってしまう、鳳翔はそれがどうしても気になって仕方が無かったのである

 

鳳翔のその言葉を聞いたクタニドは、溜息を吐きながらやれやれとばかりに頭を振った後、浮かない顔をした鳳翔に向かってこう言い放つ

 

「気持ちは分かるが、そうしなければお前達は何時までもあの地獄を味わう事になるんだぞ?最悪、お前はあの提督に始末され、永久に赤城と会えなくなってしまうかもしれないのだぞ……?それでもいいのか……?」

 

「それは……、そう……、そうですね……っ!すみません、目先の事に囚われて変な事を言ってしまいましたね」

 

クタニドの言葉を聞いた鳳翔は、そう言うとベッドから起き上がり脱走の準備の為に着替えを開始する。その間クタニドは、自分と同じ様に影の中に潜んでいたものの、退屈過ぎて眠ってしまったクティーラを起こし、作戦の再確認を開始するのであった

 

こうして鳳翔達が準備を進める中、突如クタニドの頭の中に魔力がこもった翔の声が響く。どうやら鼓翼の中に刻み込まれた念話の魔法の知識を使い、クタニドに連絡して来た様だ

 

『クタニドさん、護が桂島泊地の通信施設を予定通り掌握しました』

 

『分かった、では今から鳳翔を連れて佐世保駅付近まで向かうぞ』

 

『ああ、それなんですけど……』

 

クタニドが翔と念話でこの様なやり取りを交わしていると、不意に外から車のエンジン音が聞こえ始め、それは次第にこちらに近付いて来るのであった……

 

『加賀さんって言う僕達の仲間が、車を出してくれるそうです。クタニドさん達は、その人の車で佐世保駅付近まで向かって下さい』

 

『成程、チンタラ歩いていたら提督の手先に襲われかねんし、何より鳳翔が疲れるからな……。了解した、そいつもどうやら既に近くに来ている様だし、すぐに合流するとしよう』

 

クタニドはそう言って翔との念話を終え、今しがた翔から伝えられた事を鳳翔に伝え、鳳翔がそれを了承すると同時に着替え終わった事をクタニドに伝えたところ、クタニドは鳳翔をお姫様抱っこするなり、クティーラと共に病院の窓から飛び出し、病院の駐車場にたった今駐車された青いWRXの目の前に、音も無く着地して見せるのであった

 

因みに鳳翔がいた病室は、刺客が病院の入口から侵入した時、鳳翔の病室に辿り着くまでの時間を稼ぐ為と、屋上に刺客を誘い込んで赤城の艦載機で刺客を撃退する為に入院棟の最も高い階層にあったりする

 

「……貴女がクタニド……、でいいのかしら……?」

 

突然の出来事に驚きWRXの運転席で僅かな間硬直していた加賀が、我に返るなりWRXから降りて、窓から飛び降りた時の恐怖で目を回している鳳翔を抱きかかえる目の前の女性に対してそう尋ねると……

 

「ああそうだ、私が旧神クタニドだ。お前が加賀だな?翔から話は聞いている、協力を申し出てくれた事、本当に感謝するぞ」

 

「私はクティーラ!よろしくねっ!!」

 

クタニドはニカッと笑いながらこの様に答え、それに続く様にしてクティーラが加賀に簡単な自己紹介を行う。と、その直後

 

「クティーラってこんなに小さかったんだっ!?」

 

「いや皐月……、クティーラからしたら私達の方が小さいと思うんだが……?」

 

WRXの後部座席に座っていた皐月と長月が降りて来て、クティーラの姿を見るなりそう口にするのだった

 

「何だ、連れがいたのか」

 

「ええ、この子達も私と一緒に話を聞いていたので……」

 

「成程な、で、その車だと今の状態では全員乗る事が出来んな……」

 

「ですね……、さて……、どうしましょうか……?」

 

「それならばこうしよう」

 

皐月と長月の姿を見たクタニドが、加賀とこの様な会話を交わしたところで、クタニドは加賀に自身が抱きかかえていた鳳翔を渡した後、魔法で再び鳳翔の影の中に身を隠すのであった

 

その後、加賀は未だに目を回している鳳翔を助手席に乗せ、クティーラは皐月と長月に挟まれる形で後部座席に座り、全員がWRXに乗った事を確認すると、加賀は佐世保駅付近の海岸目指してWRXを発進させるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして加賀達が病院の敷地から出たところで、いくつかの影が動き出し彼女達の後を追い始める……。この日、夜の県道11号線には硝煙の臭いが漂い、幾多もの銃声が鳴り響く事となるのだった……



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佐世保川を越えて

加賀のWRXのエンジンが唸り、砲撃音と銃撃音が鳴り響く中、クタニドが病院の窓から飛び降りた時のショックで目を回していた鳳翔は、ここでようやく目を覚ます

 

「ようやく目を覚ましたかっ!」

 

「あ、おはようございます……、ではなくてっ!これは一体どういう状況なんですかっ!?」

 

鳳翔が目を覚ました事に気付いたクタニドが彼女に向かって声をかけたところ、鳳翔は突然の事態に驚きアタフタしながらクタニドに現状を尋ねる

 

「簡単に説明すると、貴女を病院から連れ出したところで、何処かに潜んでいた桂島の提督の刺客が、貴女を泊地に連れ戻す為に追って来たの。それで今、私の仲間とクティーラが奴等の追跡を阻止する為に、応戦しているところね」

 

するとクタニドの代わりに、WRXを運転する加賀が簡単に現状を鳳翔に伝える

 

「貴女は……?」

 

「申し遅れました、私は佐世保鎮守府の加賀です。今回の件は作戦参加中に翔から教えられ、私達は私達の命の恩人である彼等の力になれればと思い、こうして手伝いを申し出たのです」

 

加賀の話を聞いた後、後方に視線を向けて3台の車がこの車を追って来ている事を確認した鳳翔が、加賀が何者であるかを尋ねたところ、加賀は手短に自己紹介を済ませた後、自分達がこうして鳳翔達の手助けをしている理由を簡潔に話す

 

「命の……、恩人……、ですか……?」

 

「ああそうだ、アムステルダム泊地の話は聞いた事があるんじゃないか?」

 

「すみません……、提督が泊地内で情報規制を行っていたので……」

 

鳳翔が加賀の口から命の恩人と言う、やや重い言葉が出て来た事で困惑していると、窓から身を乗り出していた長月が、車内に戻るなり手にしたPDWの弾倉を交換しながら鳳翔の呟きに対して言葉をかけると、鳳翔はやや暗い表情になりながら、この様に返答するのであった

 

「じゃあ簡単に説明するよっ!僕達3人は以前その泊地に所属していたんだけど、そこでは艦娘の深海棲艦化を止める薬を開発する為の実験が行われていたんだ。それで僕と長月はその実験の為に、身体に無理矢理深海棲艦の身体の一部をくっつけられたんだよ」

 

「えぇっ!?」

 

「想像以上に下衆な事をする人間もいるものだな……」

 

鳳翔が長月の問いに答えた直後、長月と入れ替わる形でPDWの弾倉の交換を始めた皐月が、鳳翔達に自分達の身に何があったかを話す。それを聞いた鳳翔は口に両手を当てて驚愕し、クタニドは眉間に皺を寄せながら呟くのだった

 

「その実験のせいで、多くの艦娘達が犠牲になったわ……。そして近い内、私もその仲間入りを果たすのではないか……、そう思ってた時、泊地の実態を知った翔の仲間達が私達を助ける為に、泊地にやって来たの」

 

「その結果、私達の仲間の多くが彼等に助けられたんだ。……助けられる者だけだがな」

 

「翔達でも助けられなかった人達がいるんだね……」

 

鳳翔とクタニドが皐月の言葉に反応したところで、佐世保川を越えた辺りで更にアクセルを踏み込む加賀が話の続きを口にし、皐月と交代した長月がこの様に続く。それを聞いて呟いたのは、長月と同じタイミングで弾倉交換の為に引っ込んだクティーラである

 

「あいつらは変わった転生個体ではあるが、私達ほど万能ではないからな……。そう言う事もあるだろう……」

 

長月の言葉を聞いてその表情を僅かに曇らせたクティーラに対して、クタニドはこの様な言葉をかけてやる。と、その直後である

 

「皆さんが翔さん達に力を貸そうと思った理由は分かりました……、それで……、その……、今長月ちゃん達が使っているその機銃……ですか?それは一体どうしたんですか?私は今までその様な形の機銃なんて見た事が無いんですが……?」

 

鳳翔がどうしても気になっていた事を、長月と皐月に尋ねるのだった……

 

さてここで、長月と皐月、それとクティーラが使っているPDWについて話しておこう

 

これは護が入手したゲーリュオーンとケンタウロスを基に作り上げられたPDWで、名前を『マカロニ』と言う。命名者は護で、元ネタはマカロニペンギンなんだそうな……

 

このマカロニはゲーリュオーンの携行性と扱い易さを備えながら、ケンタウロスの技術を応用する事で威力を対人用、対物用、対深海棲艦用に切り替えられる様になっている

 

護達は今回の作戦では間違いなく人間と戦う事になるだろうと予想し、この様な武器を準備し、作戦に参加するメンバー全員に作って配っているのである。因みに、剛などが持っているオリジナルのアリーズウェポンには、護達が分析した後威力を切り替える装置を後付けしてあったりする

 

何故そんな事をしたのか、それは艦娘達の軍用の艤装もアリーズウェポンも、人間相手にはオーバースペック過ぎ、模擬戦用のゴム弾やペイント弾を使用しても、確実に相手を死に至らしめてしまう為である

 

因みに、クティーラが使用しているマカロニは、本来加賀に渡された物なのだが、加賀は車を運転している為マカロニを使用する事が出来ないのである。こう言った理由があった為、クティーラが加賀の代わりにマカロニを手に取り応戦しているのである

 

さて、この事を長月が鳳翔に伝えたところで、鳳翔は次の疑問を口にする

 

「応戦と言う事は、相手も攻撃をして来ているのですよね……?さっきから全然こちらに銃弾などが飛んで来ていないのですが……?」

 

「それは私の魔法のおかげだ」

 

鳳翔が疑問を口にしたところで、即座にクタニドが解答し、それを聞いた鳳翔はすぐに納得するのであった。そう、あちらの攻撃は全てクタニドの反射の魔法のせいで、弾がある程度加賀のWRXに近付いたところで反射し、追跡者達の方へと戻っていっていたのである

 

「クタニドさんのおかげで、私の車に傷がつかないのはいいのだけれど……」

 

「このまま最後まで追跡され、ダゴン達と合流して桂島にワープするところを見られたら、桂島の通信網を潰した意味が無くなってしまうからな……。携帯なんかで近隣の仲間を呼ばれる可能性があるからな……」

 

「その為にも奴らはここで何とかしたいのだが……」

 

「対人用の威力じゃあの防弾タイヤを撃ち抜けないよ……、かと言って対物用じゃ流れ弾が無関係な人に当たった時、大惨事になっちゃうし……」

 

「私も魔法を使って道路をアイスバーンにしてみたんだけど、易々と走破されちゃったよ……」

 

クタニドが車が無事な理由を話したところで、運転する加賀がこの様な事を呟き、それを聞いたクタニド、長月、皐月、クティーラが順に言葉を続け、皆揃ってどうしたものかと考え込んだその時だった

 

「見つけましたよクタニドさんっ!!!」

 

突然車内に若い男の声が響いて来る、クタニド以外がその声に驚き、車を運転している加賀とクタニド以外のメンバーが声の発生源を特定する為に車内を見回していると……

 

「ヴォルヴァドスかっ!?」

 

不意にクタニドが声を上げ……

 

「はいっ!何時まで経ってもクトゥルフさんの所から戻って来ないものだから、父さんから探して来いって頼まれたんですよっ!!さあ今すぐ戻りましょうっ!!!」

 

クタニドの声に反応したヴォルヴァドスと呼ばれた声の主は、そう言ってクタニドに帰って来る様に促すのだが……

 

「丁度いいっ!!上司命令だっ!!手伝えっ!!!」

 

「はいぃっ!?」

 

クタニドはヴォルヴァドスの言葉を完全に無視した挙句、こちらの事情も話さずにヴォルヴァドスに無茶苦茶な命令を下すのだった

 

「大丈夫お前なら出来るっ!!ちょっと後ろから追って来てる車のタイヤの空気を熱して膨張させて、パンクさせればいいだけだからっ!!頼んだぞっ!!!」

 

「いやいやいやっ!!ちょっと待って下さいってっ!!!せめて事情を聞かせて下さいってっ!!!」

 

その後クタニドとヴォルヴァドスがこの様なやり取りを交わし、クタニドがヴォルヴァドスに事情を話したところ……

 

「はい喜んでぇっ!!!」

 

ヴォルヴァドスはそう叫ぶなり、WRXの天井に人の姿となって顕現し……

 

「ジェアアアァァァーーーッ!!!」

 

ヴォルヴァドスの咆哮と共にL字に組んだ腕から撃ち出された極太熱線が、追跡者達の車3台を飲み込んでしまうのであった……

 

「おい……、あれは大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫だ、よく見てみ?」

 

「あ、ホントだ、綺麗にタイヤだけ消し飛んでる……」

 

その光景を目の当たりにした長月が引きつった表情のままクタニドに尋ねたところ、クタニドはこの様に返し、その言葉を聞いた皐月がタイヤを消失し道路の上で動かなくなった追跡者達の車を見て、思わずそう呟くのだった……

 

「あの……、クタニドさん……?あの方は……?」

 

「あいつは私の部下でヴォルヴァドスと言う旧神でな、正義感が物凄く強く私以上の人間大好き旧神なんだ」

 

鳳翔がヴォルヴァドスについてクタニドに尋ねたところ、クタニドはニカッと笑いながらこの様に返答し……

 

「皆さん初めましてっ!ヴォルヴァドスって言いますっ!!事情は先程クタニドさんから聞きましたっ!!その桂島の提督って奴……、絶対に許せませんっ!!!本当なら僕直々に成敗したいところですが……」

 

助手席の窓から頭を出したヴォルヴァドスが、自己紹介の後この様に言葉を続けたところ、クタニドに睨まれ口ごもってしまう

 

「と、兎に角っ!この件は僕も見逃せないので、可能な限りお手伝いしようと思いますっ!!!どうぞよろしくお願いしますっ!!!」

 

「良かったな鳳翔、頼れる仲間が増えたぞ?」

 

気を取り直したヴォルヴァドスがそう言ってお辞儀しようとして窓ガラスに頭をぶつけ、その様子を見たクタニドが一頻り笑った後、鳳翔に向かってこの様な言葉をかける。それを聞いた鳳翔は、ただただ苦笑する事しか出来なかった……

 

こうして新しい仲間、ヴォルヴァドスを加わえた鳳翔一行は、その後何の妨害も受ける事無く、無事に佐世保駅付近の海岸に辿り着くのであった……



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桂島泊地潜入

加賀達が目的地である佐世保駅付近の海岸に辿り着き、近くの建物の駐車場に車を駐めたところで、数台のパトカーが先程加賀達が走って来た道を通り走り去っていく……。どうやら先程の銃撃戦を行った犯人を捜しているのだろう……

 

「まあ、どれだけ捜しても見つからないだろうがな」

 

その様子を見たクタニドが、そう言ってクックックッと笑いを零す

 

「記憶改竄の魔法か……、本当にお前達神話生物は何でもアリだな……」

 

「それを何で追跡者達に使わなかったんだよぅ……、そしたらもっと楽に移動出来たと思うんだけどな~……」

 

クタニドの言葉に対して、加賀のWRXのトランクルームに格納されていた艤装を装着しながら長月が呆れ気味に呟き、長月同様艤装を装着している皐月がこの様に言葉を続けた

 

「それで追跡者達の記憶にある鳳翔さんを追っている理由を忘れさせたら、追跡者達が捕まった後何も証言出来なくなると思うのだけど……?」

 

「クタニドさんが記憶改竄すると、とことんまで忘れさせるからね……。前にやった時はやり過ぎて廃人みたいに……」

 

長月達よりも早く艤装の装着を終えた加賀が皐月の言葉に対してこの様に返し、それを聞いた赤髪の青年の姿をしたヴォルヴァドスが余計な事を口走ろうとした瞬間、クタニドが余計な事を言うなとばかりにヴォルヴァドスの頭を小突くのだった

 

因みにこの時クティーラは……

 

「いいな~……、艦娘の艤装ってかっこいいな~……」

 

長月達の艤装を目を輝かせて見つめながら、この様な事を呟くのだった。これがクティーラが艦娘に憧れる様になる理由になるとは、この場にいる誰もが予想出来ないでいた……

 

こうしている間に全員の準備が整い、クタニドが加賀のWRXを魔法で作り出した別空間に格納した後、海岸に近付いて念話で付近に潜伏させていたダゴンとハイドラに呼び掛ける。するとその直後にダゴンとハイドラが海中から静かに姿を現す、どうやら派手に登場した際に発生する音で、近隣住民にダゴン達の存在に気付かれない様にする為に、クタニドが予め2柱に指示していた様だ

 

「よっしゃ!遂に俺達の出番だなっ!」

 

「とは言っても、あたい達は囮なんだけどね……」

 

姿を現すなりダゴンがそう言って気合いを入れる一方で、その妻であるハイドラはそう言ってガックリと肩を落とすのであった

 

「そうぶぅ垂れるなハイドラ、お前達が囮を務めん事には私達の作戦が上手くいかんからな」

 

そんなハイドラに対してクタニドがそう言うと、ハイドラは分かってるってと短く返答してみせるのだった

 

「お二方……、私と私の仲間の為に無理をさせてしまって申し訳ありません……」

 

「気にすんな鳳翔っ!お前と翔は俺達の恩人なんだ、そんな恩人が困ってるってんなら力を貸すのが道理ってもんだろうがよっ!」

 

「そうそう、派手に暴れられないのは何かモヤっとするけど、それを我慢する事があんた達に対しての恩返しになるってんなら、あたいは喜んでそうさせてもらうよっ!」

 

「お二方……、ありがとうございます……っ!」

 

その直後、鳳翔がダゴン達に向かってこの様な言葉を口にしたところ、ダゴン達はニカッと笑いながらこの様に答え、それを聞いた鳳翔は2柱に向かって深々と頭を下げるのだった

 

尚、その異様な光景を見ていた加賀達は、ゾアで慣れたはずだから大丈夫だろうと思っていた自分達の認識の甘さを恥じながら、その場に硬直してしまうのであった……。まあこれは仕方が無い事であろう、何たってあの大人しそうな鳳翔が、目の前に出現した巨大な2匹の半魚人と平然と会話しているのである……。この光景を赤城が見たら、一体どの様なリアクションをするだろうか……?

 

その後鳳翔達はダゴン達の背に乗り、全員がダゴン達の背中に乗ったところを確認したクタニドがワープする為の詠唱を開始し、クタニドが詠唱を終えたところで鳳翔達は佐世保の街から姿を消してしまうのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃桂島泊地にある艦娘寮の一室では、この泊地に所属する高雄が暗い表情を浮かべたまま、自分のベッドの上に腰掛けていた

 

彼女はこの泊地の主力艦隊のメンバーの内の1人なのだが、先日行われたミッドウェー攻略に参加する艦娘を決定する為の模擬戦で佐世保の長月と戦い敗北、候補から外されてしまったのである

 

そしてその事が桂島の提督の逆鱗に触れ、彼女はその日から今日まで泊地の地下にある牢獄に監禁され、その豊満な身体をこの泊地に常駐する提督の手下と成り下がった憲兵達に、毎日の様に弄ばれたのであった

 

その最中、彼女は自分を慰み物にする憲兵達の言葉を耳にする……

 

「期間限定とは言え、新しい女を抱けるのは嬉しい限りだなっ!」

 

「前にもらった龍田とか言う女は、もういくらブチ込んでもうんともすんとも言わなくなって、抱いてても面白くないですからね~」

 

「まああんだけ薬使ってりゃそうなるだろうよ、ああ~、あいつも最初の頃は良かったのにな~……」

 

「ブチ込む度にアヒンアヒンとよがり狂ってましたからね~」

 

「あ~、どうせだからこいつとあれ、交換してもらえねぇかな~?」

 

「無理だろ、提督さんに薙刀突きつけて脅したせいで魚の餌確定してる奴と、まだ主力として使える女、価値が全然違うだろうが」

 

「だったら、こいつ調教して提督さんに歯向かわせるか?」

 

「お?死にたいのか?俺は止めねぇぞ?」

 

この憲兵達をやり取りを聞いた高雄は、ただただ深い絶望感に襲われるのであった……

 

どうして自分達はこんな目にあっているのか、どうして誰も助けに来てくれないのか……、何時までこの地獄が続くのか……、もしかして自分は死ぬまでこの泊地から出られないのだろうか……?そんな事を考えた高雄の頬を一筋の涙が濡らしたその直後……

 

 

 

どばしゃあああぁぁぁーーーん!!!

 

 

 

 

突然外からまるで巨大な何かが海面に叩きつけられる様な音が鳴り響き、直後に泊地内にサイレンがけたたましく鳴り響き始めるのであった

 

「な、何っ!?」

 

唐突過ぎる出来事に驚いた高雄が、そう叫びながら部屋の窓の方へと駆け寄り、窓を開いて外の様子を確認する。その直後に泊地内に設置されたサーチライトに灯がともり、ある一点にその光を集中させ、先程の音の正体を照らし出すのであった

 

「なっ!??」

 

それを見た高雄は、思わず声を上げて硬直してしまう……。サーチライトに照らされた先にいたのは、小山の様に巨大な半魚人の様な何か……、それが2匹もいるのである……

 

それを見た高雄は我に返るなり、部屋を飛び出し工廠へと向かう。あの存在はきっと危険な存在だ……、放置してはいけない何かなんだ……、そう直感した高雄は艤装が保管されている工廠目指して、一直線に走り出すのだった

 

その後高雄は自分と同じ考えに至った艦娘達を率いて、この巨大な何かを討伐する為に攻撃を開始する。しかしいくら攻撃を受けてもこの巨大な何かは身動ぎ一つせず、時折お返しとばかりに海面をその巨大な両手で叩き、高雄達に向けて水飛沫を飛ばしてくるのだった

 

その飛沫はかなり勢いがあり、駆逐艦娘や海防艦娘はそれを受けた途端勢いに負け、思わず尻もちをついていた。それでも彼女達は何とか起き上がり、すぐさま態勢を整えて攻撃を再開するのであった

 

こうして高雄達が巨大な何か……、ダゴンとハイドラ相手に奮闘している最中、泊地の本庁の扉がひとりでに開いていたのだが、高雄達はダゴン達の相手に必死過ぎた為、この事に誰も気付く事が出来なかったのである……



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地下牢の龍田

「よしっ!ダゴン達のおかげですんなり侵入出来たなっ!」

 

泊地の本庁の中に入ったところで、クタニドがこの様な言葉を口にする

 

「ダゴンさん達を囮にした上で、徹底的に隠密性を上げた状態で侵入に失敗しましたとかなったら、笑い話にするか高雄さん達の感知能力に驚愕するしかないと思うんですけど……?」

 

クタニドのその言葉を聞いたヴォルヴァドスが、苦笑しながらそう言ったところ、クタニドは顔を顰めながら無言でヴォルヴァドスの頭を叩く

 

さて、クタニド達がどうやって本庁に侵入したのかについてだが、先ずクタニドがワープした際泊地が面している海の上空に自分達が出現する様に設定し、自分達が乗っているダゴン達が海面に着水するまでの間に、本庁に侵入するメンバー全員に消音と気配消しと姿を消す魔法をかけ、ダゴン達が着水した際に発生した音を聞いて集まって来た艦娘達を引き付けている間に、どさくさに紛れて本庁に侵入したのである

 

因みにこの姿を消す魔法だが、この魔法の恩恵を受けている者同士には、お互いの姿がハッキリと見える様になっている。これについて長月が都合が良過ぎると言ったところ……

 

「私達や翔が使うのは、魔術ではなく魔法だからな。魔の(すべ)ではなく魔の法則、例えるならそうだな……、法則や道理と言う一般道路を車で走行する際、緊急車両としてサイレン鳴らして一般車両を避けさせて走るのが魔術とするなら、魔法はその道のすぐ傍に自分専用の高速道路を瞬時に作り出して、そこを悠々自適に走る感じだな」

 

クタニドは魔法について、この様に説明するのであった

 

「よく分からん……」

 

「つまり魔法とは、自分にとって都合がいい道理や法則を自由に生み出せるものなのね……。貴方達が神と呼ばれている理由が分かった気がするわ……」

 

クタニドの言葉を聞いた無免許の長月がそう呟いた直後、車の免許を持つ加賀が冷や汗を一筋垂らしながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「あの……、クタニドさん……?取り敢えず本庁に入ったのですが……、これからどうするのですか?」

 

クタニド達がやり取りを終えたところで、おずおずとした様子で鳳翔がクタニドにこれから先の事を尋ねたところ

 

「それなんだが、ちょっと私に考えがあってな……。鳳翔、ここの提督が今いそうな場所について、心当たりはないか?」

 

クタニドはニシシと笑いながら、鳳翔に向かってこの様な事を尋ねるのであった。その言葉を聞いた鳳翔は、怪訝そうな顔をしながらクタニド達を執務室へと案内するのであった

 

「提督は泊地の外に家を建てているので、勤務時間内なら執務室にいるのではないかと思います」

 

「食事などの為に移動する可能性は?」

 

「それは無いですね、私達に食事を執務室に持って来る様に命令する様な方なので……」

 

「……トイレは?」

 

「執務室からでも行ける専用のトイレを設置してますね……」

 

「引き籠りですかね……?」

 

「特定の人物以外とは関わり合いになりたくないのだと思います……」

 

執務室に向かう道中、案内する鳳翔に向かってクタニド達が思い思いに疑問を口にし、鳳翔がそれらに対して回答したところ、回答を聞いたクタニド達はただただその表情を引き攣らせる。そしてクタニド達がこの様な事をしている間に、一行は執務室の扉の前に辿り着くのであった

 

「ここに何しに来たんだ?」

 

「何、ちょっとな……」

 

長月が怪訝な表情を浮かべながらクタニドに尋ねたところ、クタニドは短くそう言った後にすぐに詠唱を開始、その直後に執務室の扉に光の線で描かれた魔法陣が浮かび上がるのだが、それは間もなくして消えてしまうのであった……

 

「これでよし……」

 

「クタニドさん、一体何やったの?」

 

詠唱を終えたクタニドに対して、皐月が不思議そうな顔をしながら尋ねたところ

 

「いや何、私の魔法を使って提督をこの部屋に閉じ込めただけだ。これで提督は外から誰かに扉や窓を開けてもらわない限り、この部屋から出る事が出来なくなったぞ。ついでに、外からの音を完全シャットアウトする魔法もかけておいてやったわ」

 

クタニドはニヤニヤしながら、この様に返答するのであった

 

その後、クタニド達はこの場を後にして、次の目的地に向かって足を運ぶ。その目的地と言うのが、提督に逆らったり提督の怒りを買う様な真似をした艦娘を閉じ込める為に、提督の独断で泊地の地下に作られた牢獄である

 

彼女達がこの場所に向かう理由だが、そこに閉じ込められているであろう龍田を助け出す為である。鳳翔が言うところによると天龍達が死地に向かわされた後、天龍と親しかった龍田が怒りの余り艤装の一部である薙刀で、提督に斬りかかったのだとか……

 

「その時提督は、秘書艦の大和ちゃんに龍田さんを止める様に命じ、私のせいで提督に逆らえない大和ちゃんはその言葉に従って龍田さんを拘束、直後に執務室にやって来た憲兵さん達が龍田さんを連行して行ったそうなんです……」

 

「そうして龍田さんが連れて行かれたのが、ここの地下牢と……。でも何で鳳翔さんはその場所をご存じなんです?」

 

鳳翔の言葉を聞いたヴォルヴァドスが疑問を口にしたところ、鳳翔は暗い表情を浮かべながら俯いてしまう……。その刹那、事情を察したクタニドが、ヴォルヴァドスの後頭部に見事なエルボーバットを叩き込んで、ヴォルヴァドスを沈黙させるのであった

 

そうこうしている間に一行は地下牢への入口に辿り着き、扉を開いてコンクリート製の階段を下り、その先にあった重厚な鉄の扉を更に開いて中の様子を窺ったところ……

 

「人の気配が1つ……、恐らく先程言っていた龍田とやらだろうな……」

 

人の気配を感じ取ったクタニドが、静かにそう呟くのであった

 

その後一行はクタニドの感覚を頼りに、龍田が捕まっているであろう牢屋を探し……

 

「おぉぅ……」

 

「これは……、酷いですね……」

 

ようやく目当ての牢屋を発見したクタニドとヴォルヴァドスが、中の様子を目の当たりにするなり顔を歪め、この様な言葉を呟く……

 

「加賀さん、何で急に僕達の頭を抱き込むの?これじゃあ中の様子が見れないじゃないか~!」

 

「察しろ皐月……」

 

「そうね、長月が言う通りここは察して欲しいところね……」

 

クタニド達の下へ遅れてやって来た加賀が、中の様子を確認した直後に即座に長月と皐月の顔を自身の方へ向けさせてから抱き寄せ、皐月達に中の様子を見させない様にする

 

「え~……、私もダメなの~……?」

 

「ごめんなさいねクティーラちゃん……、こればかりはクティーラちゃんに見せる訳にはいかないんです……」

 

この様な不平を漏らすクティーラも、鳳翔の手によって中の様子を見る事が出来ない様にする為に、目隠しをされるのであった

 

この様なやり取りを交わす一行が見たもの、それは一糸纏わぬ姿で天井から吊るされた手枷で拘束され、全身を白濁の液体で濡らした上に、股間と肛門から同じ様な液体を滴らせる虚ろな目をした龍田の姿であった……

 

そんな彼女の足元には大量の注射器とアンプル剤の空き瓶が転がっており、それらと龍田の腕に残った幾つもの注射痕を目の当たりにしたクタニド達は、これらが全て彼女に対して使われた物だと推測するのであった……

 

「……外道共が……っ!」

 

何処かから取り出した手袋を装着し、拾った空き瓶を観察していたクタニドが、顔を顰めながら思わずそう呟く。何事かと思ったヴォルヴァドスが、クタニドの背後から覗き込む様にして空き瓶のラベルを確認すると……

 

「これって……、確か人間の間では覚醒剤として扱われている奴じゃ……っ!?」

 

驚きの余りに目を見開きながら、思わずそう口走ってしまう。ヴォルヴァドスのこの言葉を聞いた皐月は、1度ビクリと身体を震わせたところで、ようやく加賀が自分達に目隠しを施した理由に気付くのであった

 

その後、加賀が龍田の拘束を外しにかかり、鳳翔が徹底的に穢されてしまった彼女の身体を拭い始め、クタニドは丸裸にされてしまっている龍田に着せる服を作り始める。と、その時だ

 

「あんなクッソでっけぇの、俺達じゃどうしようもねぇっての……」

 

「ここは天下の艦娘様達にお任せして、俺達は事が終わるまで楽しんでますか~」

 

「んじゃ早速ヤる順番決めるか~、じゃんけんでいいよな?」

 

「くじならここにあるぜ?」

 

「それ、絶対細工してんだろ……」

 

階段の方から5人の男達の声が聞こえて来る……、奴等はどうやらここの憲兵達の様で、ダゴン達の事を無視して龍田を弄びに来た様である……

 

奴等の声を聞いた直後、ヴォルヴァドス、長月、皐月、クティーラの2人と2柱が、龍田がいる牢を背にして戦闘態勢に入るのであった……



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脱出準備完了

泊地の目の前に突如出現したダゴン達の事を艦娘達に全て任せ、自分達は事が終わるまで地下牢に閉じ込めた龍田を慰み物にしようと考えた泊地に常駐する憲兵達5人が、龍田が囚われている牢屋に近付いた時だった

 

5人の内の2人が、何かに勢いよく殴られたのか突然もんどり打って倒れてしまった

 

「「「……はっ?」」」

 

余りにも唐突過ぎる出来事を目の当たりにした3人が、驚きの余り声を揃えて間抜けな声を上げた刹那

 

「へぶしっ!!!」

 

3人の内真ん中に立っていた1人が、奇声を上げるなりそのまま後ろへ倒れ込んでしまう

 

「な、何だっ!?一体何が起きてるんだっ?!」

 

残った2人の内の1人が、探る様に辺りをキョロキョロと見回すのだが、彼の目には地下牢の景色以外の物が映る事は無く、彼の耳には自分達の声以外の音は聞こえず、神経をいくら研ぎ澄ましても隣で動揺してアワアワする同僚の気配以外、一切何も感じなかったのであった……

 

そして……

 

「あぎゃぁっ!?」

 

周囲を警戒していた憲兵は、腹部にとてもこの世のものとは思えない程に重く鋭い衝撃を感じるなり、その意識を手放してしまうのだった

 

「う、うわあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

何も無い空間で突如仲間が倒れると言う、とてもではないが信じられない光景を目の当たりにした最後の憲兵が、その表情を恐怖の色に染めて悲鳴を上げながら地下牢から脱出しようと走り出すのだが……

 

「ぐぇっ!?」

 

見えない何かに首を掴まれたかの様な衝撃を首に受け、最後の憲兵は蛙が潰れた様な声を出す。その後憲兵は必死になってもがき、出口に向かって走ろうとするのだが、見えない何かに凄まじい力で後ろに引っ張られ、彼は後方にズルズルと引き摺られて行くのであった……

 

そして彼の身体はある程度引っ張られたところで突如停止するのだが、その直後に全身が持ち上げられたかと思えば、今度は物凄い勢いで床に叩きつけられる

 

「がはぁっ!!」

 

その衝撃で肺の中の空気が全て口から抜け、それと共に彼の口から苦悶の声が漏れたところで、彼は両側頭部と胸部、そして腹部に凄まじい衝撃を同時に受けて気絶するのであった

 

さて、彼等の身に一体何が起こったのか……、それは実に簡単な話だ、彼等はクタニドの隠密用魔法で身を隠している皐月達に襲われたのである

 

最初の2人は義肢の力を使って飛び出した長月と皐月が、飛び出した勢いをそのまま威力に変換し、片方には長月の鋼鉄の拳を、もう片方には皐月の刀の峰による一撃をお見舞いして撃破。3人目に関しては長月と皐月の後に続いたクティーラの飛び蹴りを顔面に受けて粉砕され、4人目はようやく2人と1柱に追いついたヴォルヴァドスのそれはそれは強烈なボディーブローをまともに受けて気絶、最後の1人が長月達に背を向けて走り出したところで、後ろから長月がワイヤー付きの義手を飛ばして捕獲、ワイヤーを巻き取って自分達の近くに引き寄せたところで、憲兵の身体を持ち上げた後床に叩きつけ、最後は皐月とクティーラが側頭部を、長月が胸部を、そしてヴォルヴァドスが腹部を同時に攻撃して、彼の意識を刈り取ったのである

 

「見えない、聞こえない、感じ取れない相手の攻撃は、さぞ恐ろしいだろうな……」

 

その様子を見ていたクタニドが、クククッと邪悪な笑みを浮かべながらそう呟くのだが……

 

「今の貴女がそのセリフを口にしても、格好が付きませんよ……」

 

直後に龍田の手枷外しに悪戦苦闘している加賀が、呆れた様子でクタニドに向かってこう言い放つ

 

加賀にこの様に言われたクタニドだが、彼女は龍田に着せる服を完成させた後、何を思ったのか龍田の服を作った際使用した黒い布地の余りで、突然メイドさんが使う様なフリルが付いた可愛らしいエプロンを作り始めたのである

 

その胸の中央部分には、デフォルメ化されたフードと仮面で顔を隠したローブ姿の何か、クタニドが『いあいあ丸』と呼ぶキャラクターの様なものがプリントされ、フリル部分には紫色の糸でクトゥルフ文字が刺繍されているのだが、クトゥルフ文字が読めない加賀には、何と書いてあるか皆目分からなかった……

 

因みに彼女が作った龍田の服だが、それは世間一般的にはゴシックドレスと呼ばれるものであり、それにもそれなりの数のフリルが付けられていた……。どうやらクタニドはフリルがお気に入りの様である……

 

「そもそも、何故そんな物を作っているんですか……?」

 

「いや何、暇だしいい機会だから翔に送るプレゼントを作ろうと思ってな」

 

「そう……」

 

加賀とクタニドがこの様なやり取りを交わしていると、先程屑な憲兵達を叩きのめしていたヴォルヴァドス達が、気絶した憲兵達を引き摺りながら戻って来る

 

「こっちは終わりました~、ってそっちはまだかかりそうですか?」

 

「この鍵が思いの外手強くて……」

 

「なら僕がやりますよ」

 

手枷の鍵と激闘を繰り広げていた加賀の姿を見たヴォルヴァドスがこの様に尋ねたところ、加賀はヴォルヴァドスの方を見る事無く返答し、それを聞いたヴォルヴァドスはそう言って加賀の方へ近付き手枷を手に取ると、加賀達の目の前でいとも容易く手枷を引き千切ってみせるのであった

 

「よくやったヴォルヴァドス、お前には翔の飯を食う権利を与えよう。っとそれはそうとだ、これから私達は龍田に服を着せるから、お前は隣の牢でそいつらを適当に拘束して来い」

 

「噂の翔さんのご飯にありつくには、権利が必要なのか……。ってそうじゃなくて、了解しました、それではちょっと行って来ますね」

 

その様子を見たクタニドが、ヴォルヴァドスに対してこの様な指示を出し、それを聞いたヴォルヴァドスはクタニドの指示に従い、5人の憲兵達を隣の牢へと連れて行き、憲兵達全員を全裸にした後、両手を後ろに回した状態にしたところで鉄格子を引き千切って作った8の字状の拘束具で拘束、両足首も同じ様な形で拘束した後、憲兵達の口に猿轡の様に鉄格子を噛ませてから拘束具の端同士を己の体温で溶接、そして最後に憲兵達の顔を覆う様にそれぞれが穿いていたパンツを頭から被せて、彼等に目隠しを施すのであった。余談だが、ここでヴォルヴァドスはちょっとしたミスを犯していたりする。具体的には憲兵Aと憲兵Cのパンツを取り違えているのだが、正直なところ物凄くどうでもいい事である

 

こうしてヴォルヴァドスが憲兵達を拘束し終えてクタニド達の所に戻ると、龍田の着替えはクタニド達の手によって完了し、一行は何時でも本庁から出られる状態となるのであった

 

「さて、こっちは終わったが……、そっちの首尾はどうだ?」

 

ヴォルヴァドスが龍田を抱きかかえたところで、不意にクタニドがこの様な言葉を口にし、この場にいる誰もがその言葉を聞いて怪訝そうな表情を浮かべたその時である、突然クタニドの胸の辺りがモゾモゾと動き出したかと思えば、そこから給糧妖精さんが顔を出すのであった

 

「その子は……っ!」

 

「ああ、お前達と一緒にいたあの給糧妖精だ。鳳翔が入院している病院に向かう前に拾って来たんだが、どうも出してやる機会が中々なくてな……」

 

その給糧妖精さんの顔を見た鳳翔が、目をパチクリとさせながらそう言ったところ、クタニドは申し訳なさそうな表情を浮かべ、後頭部をポリポリと掻きながらこの様な言葉を口にするのであった

 

「もしかして、さっきの言葉はその子に向けたものなのかしら?」

 

「そうだ、こいつには妖精のネットワークを使って、この泊地にいる妖精達に避難勧告を出す様頼んでおいたんだ。で、給糧妖精よ、妖精達の避難は完了したか?」

 

加賀が疑問を口にしたところ、クタニドはこう言って加賀の言葉を肯定した後、給糧妖精さんに改めてこの泊地の妖精さん達の避難状況を確認する。その言葉を聞いた給糧妖精さんは、クタニドに対して笑顔を浮かべながらサムズアップをして見せる。この様子だと、ここの妖精さん達は無事に泊地を脱出出来た様である

 

「それなら後は、ここの艦娘達を連れて脱出するだけだねっ!!」

 

「そうすれば、運悪くここで戦治郎さん達が戦闘する事態になっても、被害は泊地の建造物だけで抑えられるからな」

 

給糧妖精さんの様子を見た皐月がこの様な言葉を口にし、長月が皐月の言葉に続く様にして言葉を発したところで

 

「ではダゴン達と戯れている艦娘達を拾って、翔達と合流するとしようか」

 

クタニドが隠密魔法を解除しながらこの様な事を言い、それに同意した一行は未だに虚ろな目をした龍田を連れてこの場を後にするのであった




多分エプロンに刺繍されたクトゥルフ文字の意味は、『美味しくなぁれ♪』なんじゃないかと思います


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脱出開始

龍田の救出と憲兵達の拘束を終えたクタニド達が、地下牢から出る為に階段を駆け上がっていた時の事である

 

「あらぁ?」

 

ヴォルヴァドスが抱きかかえていた龍田が、不意に不思議そうに声を上げ辺りを見回し始める

 

「龍田さん、どうかしましたか?」

 

その様子を見た鳳翔が、龍田に向かってこの様に尋ねてみると……

 

「どうして私の身体はフワフワしてるのかしら~?確か私は鎖で繋がれて地下牢に閉じ込められていたはずのに~……」

 

龍田は不思議そうな顔のまま、この様な言葉を口にする。この時、先頭を走るクタニドだけが、龍田の発言に若干の違和感を感じるのだった

 

「それは私達が貴女の拘束を解いて、地下牢から連れ出したからよ」

 

先程の龍田の言葉を聞いた加賀が、龍田に対してこの様な言葉をかけた次の瞬間、この場にいる者達全員が、次の龍田の言葉を聞くなり驚愕し、思わず足を止めてしまうのであった……

 

「あぁ~、分かった~、きっと天龍ちゃんが私を迎えに来てくれたのね~。ありがと~、天龍ちゃん。でもごめんなさい……、今の私の目、天龍ちゃんの姿をハッキリと見る事が出来ないの~……。それにね~?耳もな~んかこう……キーンって音ばかり聞こえて来てね、他の音が全然聞こえないの~……」

 

「やはりか……」

 

一行が愕然とする中、クタニドだけが沈痛な表情を浮かべながら、短くそう呟くのだった

 

「やはりって……、クタニドさん、これってどういう事っ?!」

 

そんなクタニドの様子を見た皐月が、先程のクタニドの呟きの意味を問い詰めたところ……

 

「龍田は恐らく、憲兵達に慰み物にされた時のショックで、心因性の視覚障害と聴覚障害を患ってしまった様だ……。最初の鳳翔とのやり取りを聞いた時、どうもおかしいと違和感を感じたのだが……、こう言う事だったか……」

 

クタニドは皐月の問いにこの様に答えた後、ギリリッと奥歯を噛み締める

 

「違和感?」

 

「ああ、今の龍田の姿勢で周囲を見回したら、先ず最初に何が見えると思う?」

 

「……僕の胸……、ですかね……?」

 

「そうだ、普通お姫様抱っこの状態で周囲を見回せば、自分を抱え上げている相手の姿が見えるはずだろう?なのに龍田は、あの時龍田を抱きかかえているヴォルヴァドスの事に一切触れていない……」

 

「言われてみれば……」

 

龍田を抱えたヴォルヴァドスが、クタニドに対して質問をしたところ、クタニドはヴォルヴァドスに対して1つ質問をし、ヴォルヴァドスの返答を聞いた後にこの様に答え、それを聞いたヴォルヴァドスは納得し、首をゆっくりと小刻みに縦に振る

 

「そして聴覚障害だが……、それは加賀の言葉に対しての返事を聞けば分かるな?」

 

「ああ……、龍田の言葉には加賀から聞かされた内容が、全くと言っていい程反映されてなかったからな……」

 

「ねぇ、クタニドさんの魔法でどうにかしてあげられないの?」

 

その後クタニドの言葉を聞いた長月がこの様な言葉を口にしたところで、皐月がクタニドにこの様な問いを投げかけると……

 

「すまん……、流石にこれは私ではどうにも出来ん……。ツァトゥグァの爺さんだったら完璧なまでに治療してくれただろうが……」

 

クタニドは心底悔しそうな表情をしながら、この様に返答するのであった……。そんな中、龍田はただただ自身の中に存在する天龍に対して、優しげな声で話しかける

 

「天龍ちゃんの声が聞こえないのも、顔が見えないのも、と~っても残念なんだけど……、天龍ちゃんが私の傍にいてくれる……、それだけで私は幸せなの。だから天龍ちゃん、これからはず~~~っと、一緒にいましょ~?」

 

そんな龍田の様子を見ていた面々は、遂に耐えられなくなってしまったのか、苦悶の表情を表情を浮かべながら龍田から顔を背けるのだった……

 

「……加賀さん、天龍さんは確か生きてらっしゃるんですよね?」

 

辺りに重い空気が漂い始めたところで、不意にヴォルヴァドスが天龍の事を加賀に尋ね、加賀が無言で首肯した事を確認すると、ヴォルヴァドスは静かに目を閉じ……

 

「龍田さん、天龍さんとの再会は僕が必ず実現させます……。だから今は、少しの間だけ休んでいて下さい……」

 

龍田に向かってこの様な言葉をかける

 

「……えっ……?」

 

ヴォルヴァドスが龍田に話しかけた直後、突然龍田は驚きの表情を浮かべながら声をあげるのだが、次の瞬間には次第に龍田の瞼が下りていき、間もなく龍田は瞳を閉じて寝息を立て始めるのであった……

 

「ヴォルヴァドスさん……?龍田さんに一体何をしたんですか……?」

 

「龍田さんの心に直接声をかけて、反応があったところでちょっと眠ってもらいました。これ以上は、流石に見てて辛いですからね……」

 

その様子を見ていた鳳翔が、ヴォルヴァドスに対してそう尋ねたところ、ヴォルヴァドスは苦笑しながらそう答えるのであった

 

その後鳳翔達は地下牢を出ると、真っ直ぐ本庁の出入口へと向かい、外でダゴン達と戦う艦娘達の視線を集める為に、その扉を勢いよく開いて壁にぶつけ、大きな音を立てるのであった

 

「えっ!?」

 

その直後、艦娘達の指揮を執っていた高雄がこちらに視線を向け、鳳翔と龍田の姿を確認するなり驚愕の表情を浮かべながら声を上げ、その場に硬直してしまう

 

そんな高雄の様子など気にも留めず、鳳翔はその場から数歩前に出て……

 

「皆さんっ!!今すぐ攻撃を止めなさいっ!!!」

 

その表情を引き締めながら、鋭い声で艦娘達に攻撃を止める様に指示を出すのだった

 

突然の鳳翔の登場と攻撃停止命令に艦娘達が困惑していると、鳳翔が全員に集まる様にと指示を出し、鳳翔が全員が自分の下に集まった事を確認したところで……

 

「これより私達はこの泊地を放棄し、提督を置いて脱出を図ります」

 

鳳翔は泊地の艦娘達に向かって、こう宣言するのであった

 

「待って下さい鳳翔さんっ!?状況が全く掴めないんですけどっ?!」

 

「それなら……」

 

「私達が説明しよう」

 

鳳翔の宣言を聞いた高雄が、慌てた様子で鳳翔にこの様な言葉をかけたところで、今度は加賀とクタニドが前に出て来て、今の状況を泊地の艦娘達に順を追って説明し始めるのであった

 

 

 

 

 

「……何かとんでもない事になっているのですね……」

 

「それだけの事を、ここの提督はやってしまったのよ」

 

話を聞いて呆然とする高雄が思わずそう呟くと、すぐさま加賀がこの様に返答する

 

こうして状況を把握した泊地の艦娘達は、ダゴン達に謝罪を入れた後にその背に乗せてもらい……

 

「全員乗ったなっ!?では脱出開始だっ!!!」

 

クタニドが全員がダゴン達に乗った事を確認すると、直ちに泊地からの脱出を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつら……、まさかそのまま逃げ果せる事が出来ると思っているのか……?」

 

少々ふらついている泊地の提督が、泊地から離れていく鳳翔達の様子を窓から見ながらそう呟く

 

何故彼はふらついているのか……、それはクタニドが執務室にかけた魔法のせいである

 

提督はダゴン達が姿を現したところですぐに大本営に連絡を入れようとしたのだが、そこで自身の携帯を含めた通信機器が全て使用不可能になっている事に気が付いた

 

そしてそれからしばらくしたところで本庁から出て来る鳳翔の姿を発見、泊地がこの様な事態に陥った件には彼女が関わっているのではないかと予想した提督は、憲兵達を呼び出そうとしたところで通信機器が使えなくなっている事を思い出し、通信機を投げ捨てるなり鳳翔を拘束する為に外に出ようとするのだが、押しても引いても扉が開かず、頭にきて扉を蹴りつけた瞬間、脛に衝撃が走り思わず蹲ってしまうのであった……

 

そう、クタニドは提督を執務室に閉じ込める際、扉などを開かなくするだけでなく、反射の魔法もかけておいたのである。そうとも知らずに扉を蹴った提督は、反射の魔法で返って来た自身の蹴りの衝撃を、脛で受けてしまったのである

 

その後提督は今度は窓から脱出を図ろうとして、窓を椅子で勢いよく殴りつけるのだが、先程同様衝撃が反射し提督は頭部に椅子で殴られた様な痛みと衝撃を感じて思わず倒れ、それから復活してふらつきながら起き上がって外を確認したところで、先程のセリフを口にしたのである

 

「舐めた真似をしてくれおって……」

 

提督はそう呟くなりフラフラしながら執務机の方へと向かい、机の天板の中に埋め込まれていたスイッチを押し込む。するとどうだ、工廠の入口付近の地面に突然四角い穴が開き、そこからかなりの数の人影が姿を現したではないか

 

「こいつらの出番はまだ先だったのだが……、こうなったらそうも言っていられんな……。行け……っ!!奴等を全て海の藻屑に変えて来い……っ!!!」

 

提督がこの様な言葉を発した直後、工廠の地下から現れた数百人ほどの人影達は、提督の言葉に呼応したかの様に動き出し、次々と海に飛び出して鳳翔達の後を追い始める

 

「俺に逆らった事……、あの世で後悔するんだなっ!!鳳翔っ!!!」

 

その様子を執務室から眺めていた提督は、そう言うとニヤリと笑ってみせるのであった……



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人形と鬼

2018/9/4 加筆しました


桂島泊地を脱出したクタニド達が、翔達と合流する為に奄美大島目指して進んでいる中、竹島の隣にある硫黄島を越えた辺りで突然ダゴンが大声を上げる

 

「北の方で大量に引き波が発生してやがる……っ!?どうやら追手が来てるみたいですぜっ!!!」

 

「こりゃまた凄い数だね……、数百くらいあるんじゃないかい?」

 

ダゴンの叫びを聞いたハイドラが海面を揺らす引き波の数を大雑把に数え、それを自分達の背に乗るクタニド達に伝えたところ

 

「泊地の艦娘は全て連れて来たはずなのだが……?」

 

「まさか……、佐世保鎮守府と鹿屋基地の艦娘が……?」

 

「いや、それは無いだろう。佐世保鎮守府は桂島泊地の実態を知ってからは、桂島の司令官が変わらない限り桂島とは関りを持たないと宣言していたそうだし、鹿屋基地に至っては桂島の方から何があってもこちらに関わるなと言われたらしいからな……」

 

「確か鹿屋基地の話はウチの司令官が、桂島泊地の情報集めをしている時に入手した情報だったっけ?」

 

ハイドラの言葉を聞いたクタニド、高雄、長月、皐月の3人と1柱が、この様なやり取りを交わす。と、その時だった

 

「……そんな……、そんな事が……」

 

「どうやらあの提督は、アムステルダム泊地の提督以上の屑の様ね……」

 

偵察機を飛ばした鳳翔と加賀が、この様な言葉を口にする。鳳翔の方は偵察機から送られた映像を確認するなり、信じられないと言った様子で驚きの表情を浮かべながらその身を震わせ、加賀の方は心底憎らしそうに顔を歪めながら、ギリリと歯軋りするのであった

 

そんな2人の様子が気になったクタニドが、魔力を使って艦載機のような物を作り出し、加賀達を真似て発艦させて2人が見たものを確認すると……

 

「まさかこの様なものまで持ち出してくるとはな……」

 

クタニドは顔を顰めながら、思わずそう呟いてしまうのであった……

 

その刹那……

 

「……っ!?仕掛けて来たぞっ!!ダゴンッ!ハイドラッ!速度を上げろっ!!!」

 

何かに気付いたクタニドが一瞬だけ驚きの表情を浮かべた後、その表情を引き締めながらダゴンとハイドラに指示を出し、自身は大急ぎで自分達を覆い尽くす様に魔法障壁を展開する。その直後、障壁に何かがぶつかるなり大爆発を起こし、それを見たダゴン達の背に乗る泊地の艦娘達が一斉に悲鳴を上げる……

 

「今のはまさか砲撃かっ!?そうなると……、追手の中に戦艦がいるのかっ?!」

 

「そうだ長月っ!!私達を追って来ているのは全て戦艦艦娘だっ!!それも……」

 

驚愕の表情を浮かべる長月がクタニドに向かって叫び、それに対してクタニドが返答しようとしたところで、先程とは比べ物にならない程の量の一式徹甲弾と、夥しい数の二式水戦改がクタニド達の下へと殺到するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げぇっ!!ダッシュダッシュゥッ!!!」

 

クタニド達と合流する為に奄美大島付近の海で待機していた戦治郎達は、北の方から爆発音が聞こえて来た瞬間、すぐさまそちらの方へ移動を開始した

 

「一体何処の馬鹿だよっ!!ったくよぉっ!!!」

 

「泊地の艦娘は全員連れてる、他の鎮守府や泊地とは連絡が取れないから増援は無いと思ってたんだけど……。まさか提督の切り札……?」

 

「可能性はあるかもな……、一体どの様な物かは皆目見当が付かんが……」

 

その道中でケートスに乗る輝が愚痴を零し、それを耳にした光太郎がそう呟くと、空が反応してこの様な言葉を発した後、提督の切り札と思われるものの正体について考え始める

 

「大和さんは何か知らないんです?確か秘書艦やってたんですよね?」

 

「すみません……、心当たりがあり過ぎて……」

 

「oh……、その返答は予想外だったッス……」

 

空が黙考を開始したのとほぼ同じタイミングで、シゲが大和にこの様に尋ねたところ、大和は困った顔をしながら返答し、その内容を聞いた護が思わずそう呟く……

 

「何が来たって俺達がやる事ぁ変わらねぇっ!!艦娘だったら可及的速やかに無力化して、それ以外だったらいつも通りぶっ飛ばすだけだっ!!!」

 

シゲ達のやり取りを聞いていた戦治郎がこの様な事を言ったところで、水平線の向こう側からダゴン達が姿を現し、それを視認した翔がクタニドと念話を始めると……

 

「ちょっ!?それは本当ですかっ?!」

 

「なっ!?何だあれはっ!?!」

 

クタニドの話を聞いた翔が驚きの余り思わずそう叫び、身長130mと言う巨大さを誇る戦闘形態となったゾアが、その背の高さを活かしてクタニド達を追う存在を目視したところで、動揺しながら声を上げる

 

その後クタニド達が凄まじい速度で戦治郎達とすれ違い、先程の翔達の反応を見た戦治郎達が気合いを入れて戦闘態勢に入ったところで、追手がようやく姿を見せる……

 

「なっ!??」

 

「……えっ?」

 

追手の姿を見た戦治郎と大和が、愕然としながらほぼ同時に驚きの声を漏らす……。他のメンバーも追手の姿を確認するなり思わず目を見開いて硬直、この場にいる全員に動揺が走るのであった……

 

戦治郎達が見たもの……、それは試製51cm砲2基とカタパルトを搭載した小型の艤装を装着した、およそ数百人と言う大和の大群であった……

 

何故戦治郎達はそれが大和だと分かったのか……、それはこの大量の大和達全員の顔が、現在シゲと護の間に立っている桂島泊地の大和の顔と寸分狂わず全く同じであったからだ……

 

「これは……、まさか……っ!?」

 

「間違いなく大和のクローンだろうなぁ……、恐らく例の屑が大和を犯った時に遺伝子情報を手に入れて、密かに量産してやがったんだろうなぁ……」

 

嫌な予想が頭を過った通が言葉を発すると、爪が掌に食い込む程拳を握り締めた悟が震えながら己の予想を言葉にするのであった……

 

「桂島の提督は、もう既にクローン技術を手に入れていたのか……っ!?」

 

「十中八九、プロフェッサーから購入したのだろうな……。あの男は金の為なら、本当に何でもやるからな……」

 

悟同様怒りの余りにその身を震わせる光太郎がそう言うと、それに答える様にして剛が言葉を紡ぐ。と、剛が発言を終えた次の瞬間、突然バシャリ!と言う音が辺りに響き渡り、皆が何事かと思いそちらに視線を送ると、そこには海面に座り込んだ大和の姿が映し出されるのであった

 

「あれ……?どうして大和があんなに沢山……?大和は……、大和は……?……大和は大和なのでしょうか……?」

 

どうやら大和は、自分と全く同じ顔をした大和達の群れを見て、自分が本当にオリジナルの大和なのかどうかが分からなくなり、混乱し始めてしまった様だ……

 

「どうするんだ戦z……っ?!」

 

大和の様子を見て不味いと思った空が、指示を仰ぐ為に戦治郎に話し掛け様とするのだが、戦治郎の異変に気付いた瞬間空の全身に鳥肌が立ち、空は思わず言い掛けた言葉を飲み込んでしまう……

 

「空さん、一体どうしたんだ?」

 

「何か顔色が悪いぜ?」

 

戦治郎に話し掛け様としたところで、突然口を噤んでしまった空の様子を見て怪訝に思った木曾と天龍が、空に対してそう尋ねると……

 

「……全員戦治郎から離れろ……」

 

空は戦治郎から離れる様に後退りしながら、皆に向かってボソリと指示を出す……。その刹那……

 

「があ"ア"あ"あ"A"ぁ"a"ぁ"ァ"ぁ"ーーー!!!!!」

 

突然戦治郎がまるで猛獣の様に咆哮を上げるなり、大妖丸を勢いよく引き抜いて大和達の群れに突撃して行くのだった

 

「えちょっ!?アニキッ?!!」

 

「行くなシゲッ!!!」

 

その様子を見ていたシゲが突然豹変した戦治郎の下へ駆け寄ろうとした瞬間、空が叫びながらシゲの腕を掴んで彼を止める

 

「何で止めるんですかっ!?」

 

「今のアイツに近付くな……」

 

空の腕を振り解こうと腕を振るうシゲが、苛立たし気に空に向かってそう尋ねたところ、空は短く返答してから自身の腕に視線を向ける。それに倣ってシゲが空の腕をよく観察しその腕に鳥肌が立っている事に気付くと、驚愕しながら空の顔を見るのであった

 

「これって……」

 

「恐らく俺の本能が警告しているのかもしれん……、今のアイツに不用意に近付けば、取り返しがつかない事になるぞ、と……」

 

シゲと空がこの様なやり取りを交わした後、2人は同時に大和達の群れの中で暴れ回る戦治郎の方へと視線を向ける……

 

そんな戦治郎の左目からは、彼の能力が発動している印となる血の様に赤い炎が勢いよく噴き出していた。但し、その炎の中に浮かび上がっている文字は『帝』ではなく『鬼』となっていた……



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鬼は人を喰らいて鬼帝と成る

大和のクローンの群れを目の当たりにした戦治郎の心は、桂島の提督に対しての激しい怒りに瞬く間の内に飲み込まれてしまった

 

(深海棲艦との戦争に何としてでも勝ちたいと言う気持ちは理解出来る……、その為に手段を選ばない事も多少は分かる……、しかし手段を選ばないにしても、ものには限度と言う物があるだろう……っ!クローン技術を用いたこれは、いくら何でもやり過ぎだろう……っ!!)

 

戦治郎が辛うじて残った理性でここまで考えた直後、自身と同じ顔をした艦娘の群れを見た大和が、激しく混乱し始め海面に座り込んでしまう……

 

「あれ……?どうして大和があんなに沢山……?大和は……、大和は……?……大和は大和なのでしょうか……?」

 

戦治郎が大和のこの呟きを耳にした瞬間、心の中で燃え盛る怒りが更に勢いを増していき……

 

(……あれだけ苦しんでいた大和に、更に追い討ちをかける貴様を……、俺は絶対に許さないっ!!!)

 

戦治郎が頭の中でそう呟いた直後、戦治郎の頭の中は激しく燃え盛る炎に包まれてしまうと完全に理性を失い、彼の左目からは『鬼』の文字が浮かび上がる血の様に赤い炎が、勢いよく噴き出し始めるのであった……

 

 

 

 

 

「ぐごおおオおOぉォぉぉoーーーっ!!!」

 

咆哮する戦治郎が大妖丸を横薙ぎに振るえば、たった一振りで30人ものクローン大和が胴体を断ち切られ絶命し、海の底へと姿を消して逝く。この攻撃の恐ろしいところは、実際に大妖丸の刃に触れたクローン大和の数が、精々5人程度しかいなかった事である……。他の25人のクローン大和達は、戦治郎が大妖丸を振るった際に発生した衝撃波によって、胴体を押し潰される様にして両断されてしまったのである

 

そんな戦治郎が大妖丸を振り切ったところで、クローン大和達は一斉に戦治郎の方へと主砲を向け、まるで嵐の様に砲弾を叩き込み始める。いや、クローン大和達の攻撃は、これだけには留まらない。発艦していた水戦達を自分達の砲撃の合間を縫う様に操作して、戦治郎に機銃による一斉射まで浴びせているのである

 

こうしてクローン大和達は、数百発以上もの砲撃を戦治郎に浴びせ続けるのだが……

 

「GUギャ∀あアAあぁァaαぁーーーっ!!!」

 

まるで怪物の雄叫びの様な声を発すると、戦治郎はクローン大和達が作り出した爆煙を吹き飛ばし、辺りを飛び交う水戦達を声だけでまとめて薙ぎ払い、最も近くにいたクローン大和に途轍もない速さで突撃し斬りかかって見せる。そんな戦治郎の身体には、凄まじい数の試製51cm砲の砲撃を受けたにも関わらず、傷1つ付いていなかった……

 

 

 

 

 

「なあ……、戦治郎さんってあんなに強いのか……?」

 

「いや……、あんな戦治郎さんは、俺達でも初めて見るんだが……」

 

戦治郎がクローン大和達を相手に大立ち回りする一方で、海賊団と桂島泊地の艦娘達が、暴れ回る戦治郎の姿を遠巻きに呆然と眺めていると、不意に天龍が木曾に向かってこの様な事を尋ね、木曾は驚きの表情のままこう返答するのであった……

 

「戦治郎さんは、一体どうしちゃったんでしょうか……?」

 

「分からん……、だが今の戦治郎に近付かない方がいい……、それだけは間違いない……」

 

「多分誰も近付こうなんて思わないと思うわ……、まるで化物みたいだし……。下手に近付いたら、あの大和さんのクローンごとバッサリ斬り捨てられちゃいそう……」

 

「ちょっ……!?天津風っ!!空さんの前で化物は……っ!!」

 

「構わん、銀龍で陸の一部を消し飛ばしてしまって以降、受け入れる事にしたからな……」

 

木曾達が会話し始めたのと同じタイミングで、阿武隈が不安そうにしながら空に尋ね、それに対して空が返答したところで今度は天津風がこの様な事を口にし、それを聞いた陽炎が天津風に注意しようとしたところで、空がこの様な言葉を口にする

 

「あれは……、本当に不知火達が知る戦治郎さんなのでしょうか……?」

 

「戦う姿……、度々上げる咆哮……、今の戦治郎さんは、まるでおとぎ話に出て来る鬼の様ですね……」

 

空達がこの様なやり取りを交わすすぐ傍で、不知火と瑞穂が会話を交わしていると……

 

「鬼……?まさか……っ!?」

 

不意にシゲがハッとするなり、この様な言葉を口にする。その様子を見て怪訝に思った護が、シゲに何があったかを尋ねてみると、シゲは海水浴の時にチラリと見た戦治郎の背中の事を話し始めるのであった

 

「海水浴の時、アニキが大和さん連れて泳いでた時に偶然見ちまったんだよ……、アニキの背中に鬼って文字が増えてたのをな……」

 

「まさか……、あれは能力による暴走なのか……!?」

 

「シャチョーは1人で2つの能力持ってたんッスか……、クソチートじゃねぇッスか……」

 

「いや……、よく思い出してみやがれぇ、戦治郎の背中にはもう1つ空白があったはずだろうがよぉ……。もしかしたら戦治郎は1人で3つ以上の能力を持ってる可能性があるかもしれねぇぜぇ……?」

 

「なんじゃそりゃっ!?オリジナルコアの奴贔屓し過ぎだろっ!!?そんな事するくらいだったら、1つくらい能力が無ぇ俺に回しやがれってんだっ!!!」

 

「輝さんの場合、まだ能力が発現していないだけでは……?」

 

シゲの言葉を聞いた光太郎が驚愕し、護が思わず不平を漏らし、悟が考えたくない可能性を示唆し、それを聞いた輝が声を荒げ、そんな輝に通がツッコミを入れる

 

と、その時である

 

「皆さんっ!北の方から増援ですっ!!」

 

「えぇいっ!!また大和の偽物共かっ!!!一体どれだけ数を揃えておると言うのだっ!!?」

 

艦載機を飛ばしていた翔とその大きな体で周囲を警戒していたゾアが、この場にいる者達全員に増援が来ている事を伝え、その報告を聞いた者全員がそちらに視線を向けると、先程と同じ規模のクローン大和の群れがこちらに押し寄せていたのであった……

 

「空さん、どうするのですか?」

 

「あの様子を見る限り、恐らく桂島泊地の何処かにクローン大和の製造プラントがあるはずだ……。それを……」

 

扶桑が暴走した戦治郎の代わりに空に指示を仰ぎ、空がそれに答えようとしたところで、空……、いや、ゾアと混乱する大和を除いた全員が、まるで死神の処刑鎌を首筋に当てられた様な感覚に襲われ、思わず口を噤み息を呑む。一同がこの様な感覚に襲われたのは、我を忘れ荒れ狂う戦治郎が、丁度増援が来ている方角に視線を送った瞬間であった……

 

戦治郎は増援部隊がいる北の方角へ視線を向けると、ほんの僅かな間だけ動きを止めるのだが……

 

「……っ!?全員、衝撃に備えろっ!!!」

 

何かを直感した空が即座に全員に指示を飛ばし、全員が空の直感を信じて身構えたその刹那……

 

「―――――――――――――――!!!!!」

 

突如戦治郎が最早人間が出す声とは思えない様な声で咆哮を上げ……

 

\きゃあああぁぁぁーーーっ!?/\うおおおぉぉぉーーーっ?!/

 

戦治郎の周囲からは円を描く様に高波が発生し、その咆哮によりかなり離れた位置にいるにも関わらず艦娘達全員の艤装が中破に追いやられ、翔やクローン大和が飛ばしていた艦載機は粉々に吹き飛び、戦治郎のすぐ近くにいたクローン大和達は艤装を大破させられた上に、まとめて数十mほど後方に勢いよくぶっ飛ばされてしまうのだった……

 

「ちょいちょいちょいっ!?今の一体何なんですっ?!」

 

「おかしいやろっ!?大声出しただけで艤装ぶっ壊すとか、洒落になっとらんでっ!!?」

 

戦治郎の咆哮でひっくり返ってしまった龍驤を起こす司が慌てた様子で声を上げ、司の手を借りて起き上がった龍驤が司に続く様にして叫び……

 

「あ、あれは……?」

 

「龍鳳さんどうしたの?何かあったの?」

 

咆哮の衝撃で尻もちをついていた龍鳳がそう呟いたところで、艤装から黒煙を上げている川内がそう尋ねると、龍鳳は戦治郎の左目の炎の方を指差す。そしてこの2人のやり取りを聞いていた全員が、思わずそちらに視線を動かすと、そこには左目の炎から太陽のプロミネンスの様な物を発しながら、静かに佇む戦治郎の姿が映るのであった

 

「炎の形が……、変わった……?」

 

「ぽい~……、何かすっごく嫌な予感がするっぽい~……」

 

その様子を見た時雨が驚愕しながらそう呟くと、続く様にして夕立が何か危険を察知したのか、プルプルと身体を小刻みに震えさせながらそう呟く……

 

その次の瞬間、突然戦治郎がゆっくりと右足を持ち上げると、勢いよく海面に向かって踏み下ろし、それが海面に触れた直後に戦治郎を中心に巨大な津波が発生する……!

 

「司さーーーンっ!!!」

 

「任せてちょーだいっ!!!」

 

その大き過ぎる津波を見た瞬間江風が叫び、それに呼応する様にして司も津波を発生させ、戦治郎が生み出した津波に己が発生させた津波をぶつける事で、何とかその場を凌いでみせる……

 

因みに、先程の戦治郎のアクションで発生した衝撃波によって、この場にいるクローン大和達は全て血煙となり、一掃されてしまうのであった……

 

「これは1度撤退した方がいいのではないでしょうか……?」

 

「そうね……、あの人を大人しくさせるのは困難でしょうし、私達も皆中破してるものね……」

 

今の状況を見た神通が空に撤退を進言し、それに大和を落ち着かせようと奮闘していた矢矧が同意する

 

「そうだな……、ならばこうしよう……」

 

2人の意見を聞いた空は、そう言うと全員に向けて次の様な指示を飛ばすのであった

 

光太郎、悟、護、翔、望、藤吉、ゾアの6人と1柱は艦娘達を連れて鳳翔達と合流し、艦娘達の艤装の修繕と桂島泊地の艦娘達のメンタルケアなどを行い、残った長門屋のメンバーは荒れ狂う戦治郎とクローン大和達の猛攻を潜り抜けて桂島泊地に向かい、クローン大和の製造プラントを破壊する、これが空が皆に指示した内容である

 

「恐らくクローン大和の製造プラントをどうにかしない限り、戦治郎を止めるのは難しいだろうからな……」

 

「それでも戦治郎が止まらなかった時は、我が相手をする事になるのか……、これは骨が折れそうだな……」

 

「済まないな……、現状海賊団の最高戦力はお前だからな……、これに関してはお前にしか頼めそうにないんだ……」

 

空の言葉を聞いたゾアがやや渋い顔をすると、空はそう言ってゾアに向かって頭を下げる

 

「構わぬ、戦治郎のあの姿を見た時から、こうなる気がしていたからなっ!」

 

そんな空の様子を見たゾアは、そう言って空の顔を上げさせて、空の頼みを了承するのであった

 

その後、増援のクローン大和達がこの場に到着したところで、一行は空の指示通りに行動を開始、光太郎達は鳳翔達との合流を果たす為に南に移動を開始し……

 

「いいかっ!?何もあの中を突っ切って行く必要は無いっ!!クローン大和達の攻撃を分散させる為に二手に分かれ、大きく外を回って行けばこちらの被害は抑えられるはずだっ!!!その後は各自襲ってくるであろうクローン大和を撃破しながら泊地に侵入するぞっ!!!」

 

\承知っ!!!/

 

空が叫ぶ様にして指示を出し、それを他のメンバーが了承した後、空達は目の前に広がる地獄に向かって駆け出す……

 

「―――――――――――――――!!!!!」

 

空達がこの様なやり取りを交わす中、戦治郎は獣の様な咆哮を上げ、その両目から血の涙を流しながらも、クローン大和達を一方的に虐殺し続けるのであった……




鬼神紅帝 鬼之型 (きしんこうてい おにのかた)

戦治郎の能力の1つ

効果は自身の全ステータスを25倍に跳ね上げるが、理性が激情に支配されてしまう為暴走してしまうと言うもの

発動中は戦治郎の左目から赤い炎が噴き出し、その炎の中に『鬼』の文字が浮かび上がる



鬼神紅帝 鬼帝之型 (きしんこうてい きていのかた)

戦治郎の能力の1つで鬼之型の上位版、帝之型と鬼之型が同時に発動している状態

鬼が人を喰う様に、鬼之型が帝之型の力を喰らい強化された状態で、全ステータスが50倍に跳ね上がるが、鬼之型同様暴走してしまう

発動中は鬼之型同様、『鬼』の文字が浮かぶ赤い炎が左目から噴き出すが、その炎が更にプロミネンスの様な物を発している



因みに鬼之型をNの能力と比較すると……

頑丈な身体※和訳 (がんじょうなからだ)

食人鬼ヌ級ことNの能力

耐久と装甲が10倍になる



この様に鬼之型はヌ級の能力を倍にした上で、火力関係と速度まで強化されているので、発動すると止めるのが非常に大変で、その上位の鬼帝之型を発動した場合、下手したら邪神の力を借りなければ止められなくなるかもしれない……

但し、これはオリジナルコアが細工して付けたものではない。鬼之型がメラ、鬼帝之型がメラミだとすると、オリジナルコアが付けたものはフルMPでのマダンテ相当のものである……。又、メラゾーマ相当の型も、メラガイアー相当の型も存在する可能性も……


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クローン大和製造機を停止させよ

空、輝、剛、シゲ、通、司の6人が、二手に分かれて暴走する戦治郎をそれぞれ迂回して桂島泊地を目指したところ、案の定道中でクローン大和達が空達に向かって攻撃を仕掛けて来るのだが、それは空達にとっては大した障害にはならなかった

 

言うのも、空達に攻撃を仕掛けて来るクローン大和は1つの群れの内の1/5程度、群れの外側のクローン大和達だけが空達に対して攻撃を仕掛けて来る程度だったのである

 

残りのクローン大和達は、恐らく提督が指示したであろう鳳翔の始末を優先し、空達を無視して鳳翔達の方へと向かおうとしているのだ

 

そう、向かおうとしているのだ……

 

「……っ!?来るぞっ!!!」

 

クローン大和達の攻撃を掻い潜る空が何かを感じ取るなりそう叫ぶと、空と剛と輝がさっきから後ろに展開されっぱなしの輝の艤装の後ろに隠れ、司は巨大な水の壁を後方に展開しシゲと通と共にその後ろへと退避する。と、その直後である

 

「―――――――――――――――!!!!!」

 

後方から戦治郎の咆哮と共に衝撃波が飛んで来て、輝の艤装と司の水の壁に物凄い勢いで激突する

 

「ぐうううぅぅぅっ!!?」

 

「大丈夫か輝っ!?」

 

「何のこれしきぃっ!!!」

 

衝撃波が輝の艤装に直撃した瞬間思わず輝が呻き声を上げ、輝の身を案じた空が輝に対して声をかけたところ、衝撃波に耐えきった輝は不敵に笑いながらこの様に返答するのであった

 

因みに、この衝撃波の直撃を受けたクローン大和達は、衝撃波のダメージのせいで気絶してしまった挙句、艤装を瞬く間の内にスクラップに変えられてしまい、暗い夜の海の中へと静かに沈んで逝くのであった……

 

そんな輝の様子を見て、空が安堵の息を吐いたその刹那……

 

「あちょっ!!!ヤバイヤバイヤバイッ!!!」

 

「頑張れ頑張れ頑張れ出来る出来る出来るお前なら行けるって頑張れってっ!!!諦めんなよっ!!!もっと熱くなれよ司ぁっ!!!ネヴァーギブアーーーップッ!!!」

 

「司っ!!何とか凌ぎ切って下さいっ!!!」

 

司達がいる方角から、3人の切羽詰まったやり取りが聞こえて来る。いや……、よく耳を澄ませると、その声に混ざって途轍もない数の爆発音が聞こえて来る……

 

どうやら司達の方には、戦治郎が放ったであろうヨイチさんの流れ弾が、嵐の様に叩きつけられているのであろう……

 

そう、今の空達にとっての最大の障害は、クローン大和達ではなくクローン大和達と戦う戦治郎の攻撃による余波や流れ弾の方なのである

 

特に恐ろしいのはヨイチさんの流れ弾で、どうやらヨイチさんも戦治郎の強化の影響を受け、火力だけでなく弾速と連射性、射程までもが強化されている様なのである。実際、この強化されたヨイチさんの砲撃を1発モロに受けたクローン大和が、跡形もなく吹き飛んでいたりするのである……

 

「こうなったらっ!!!」

 

不意に空達の反対側にいるシゲがそう叫んだ瞬間、シゲ達がいるであろう場所から突如大きな火柱が上がり、その炎の位置から連続した爆発音が聞こえて来る

 

「そう言う事出来るならさっさとやれよクソ馬鹿シゲッ!!!」

 

「うるせーっ!!!今さっき思いついたとこなんだよクソッタレッ!!!」

 

「2人共落ち着いて下さいっ!!こんなところで喧嘩しないで下さいっ!!!」

 

そんな中炎の位置から少し離れた場所から、司とシゲの言い争いと2人を仲裁する通の声が聞こえて来る。どうやらシゲが司の水の壁の前に火柱を発生させ、火柱の熱を利用してヨイチさんの砲弾を誘爆させる事で、砲弾の嵐を耐え凌いで見せた様である

 

「喧嘩している暇があったら、一刻も早く泊地に向かうべきだろうっ!!!!!」

 

「「ウィッスッ!!!」」

 

「すみません空さんっ!!!ありがとうございますっ!!!」

 

そんな3人のやり取りを聞いていた空が苛立たし気にそう叫んだところ、喧嘩していた2人はすぐさま返事を返して言い争いを止め、2人の仲裁をしていた通は2人の言い争いを止めた空に向かって感謝の言葉を叫ぶのであった

 

こうして空達は主に戦治郎の攻撃を掻い潜って何とか泊地付近まで近付くのだが、ここに来てクローン大和達から予想外の攻撃を受けるのであった

 

「頭上から何か来てるわっ!!これは……、艦載機……じゃないわね……っ!?」

 

剛の言葉を耳にした全員が即座に上空に視線を向けると、そこには夥しい数のミサイルが飛んでおり、それらは空達目掛けて一直線に飛んで来るのであった

 

「うっそだろお前っ!!!護がいる訳でもあんめぇし、何でミサイルが飛んでくんだよっ!??」

 

ミサイルの群れを目の当たりにした輝が思わず叫び、剛が急いでミサイルの発射地点を特定しそちらに視線を向けたところ、そこには試製51cm砲の代わりに車載用と思われる大きさのミサイルランチャーを艤装に2基搭載したクローン大和達の姿があった

 

「こんなものをあれだけ用意してるなんて……、泊地の提督は一体どれだけプロフェッサーに貢いだのかしらね……?」

 

「そんな事を言ってる場合ではないでしょうっ!!」

 

その様子を見た剛が思わずそう呟いたところ、通がこの様に返答した直後に竜巻ファイターを使用し、ミサイルの群れを次々と竜巻の中に閉じ込め、ミサイル達は竜巻の中でお互いにぶつかり合い爆発、誘爆を繰り返しその姿を消してしまうのであった

 

その後空達はミサイルランチャーを装備したクローン大和達に接近戦を仕掛け、あっという間にクローン大和達を始末すると、すぐさま泊地の埠頭に上陸しクローン大和達が発生している場所を見つける為に辺りを見回し、工廠の入口前の穴からクローン大和達が出て来ている事を確認すると、すぐさまそちらに向かって駆け出していくのであった

 

因みに、クローン大和達を始末する際、剛がクローン大和の内の1人から艤装に取り付けられていた24連装マルチプルミサイルランチャー『Typhon(テュポーン)』を剥ぎ取り、それを自身の艤装の口に銜えさせる事で使用可能にしていたりする

 

そんな空達の存在に気付いたクローン大和達が、一斉に空達の方へとテュポーンを向けるのだが……

 

「わっほーいっ!!!」

 

底抜けに陽気な掛け声と共に、司が海から持って来た巨大な水塊をクローン大和達に真上から叩きつけ、表に出ているクローン大和達を全て押し潰す。そしてその様子を見ていた穴の中のクローン大和達が、スロープ状になっている穴の中で立ち止まって空達を迎え撃とうとしたところで……

 

「駄目でしょ~?通路で立ち止まっちゃ~♪」

 

この様な事を言いながら、剛が先程入手したばかりのテュポーンを使用して穴の中のクローン大和達を一掃してしまう

 

「空っ!!目当てのブツがある場所が分かったぞっ!!!」

 

その直後に建物内部を把握した輝が叫び、空達にクローン製造機の在り処までの道を伝え、それを聞いた空、シゲ、通の3人は……

 

「「「そこをどけえええぇぇぇーーーっ!!!」」」

 

その叫びと共に、空とシゲは【真・アルフェニックス】を、通は科学忍法火の鳥を使用しながら中へ突撃を仕掛け、3人は3羽の炎の鳥となって通路上にいるクローン大和達を悉く焼き払いながら、目的地を目指して通路内を飛翔するのであった

 

その後、3人は同時に目的地の扉を突き破って中に侵入し、中の様子を見て思わず驚愕する……

 

その部屋は途轍もなく広大で、中にはSFものでよく見るカプセルの様なものが大量に並び、そのカプセルの中には先程空達が山ほど倒して来たクローン大和や、胎児の様なものが入っていた……

 

「これは本当に悪趣味ね……」

 

「こんなんテレビや漫画の中だけにしてくれよ……、冗談抜きで気持ち悪ぃっての……」

 

遅れてやって来た剛達が、部屋の中の様子を見るなり顔を顰めながらそう呟き

 

「これって胎児だったりしちゃったりしません?もしかしてこれが成長したら大和さんになっちゃったりしちゃったりしちゃうんです?」

 

カプセルの中の胎児を見ていた司がそう言った直後、突然カプセルの中に緑色の薬液が注入され、カプセルの中の胎児はみるみる内に成長していき、胎児はやがて大和の姿となるのであった……

 

「おう司、大当たりじゃねぇか」

 

「嬉しくねぇ……」

 

「この薬液は一体何なのでしょう……?」

 

その様子を見ていたシゲと司がこの様な会話を交わし、その傍らで通が薬液について疑問を抱いたところで……

 

「薬液の正体は、こいつの様だ……」

 

空がこの様な事を口にしながら、その手に持った空になったバケツを通達に向かって掲げて見せる。そんな空の足元には同じ様に空になったバケツが転がり、空の傍には高速修復材で中身を満たされた大きなタンクの様なものが存在し、それから伸びるパイプは全てカプセルに繋がっていたのであった……

 

「OK、悟さんが頑なにバケツ使わせてくれない理由が今よ~く分かったわ……、こんなん絶対身体に悪いだろ……」

 

「悟は老化が進むとか言ってやがったが……、こりゃそんなレベルの話じゃねぇぞ……」

 

こうして空達はバケツの危険性を再確認した後、片っ端からこの部屋に存在する機械類を破壊して回り、それが終わったところで今度はこの場所に関わる書類などを、提督を法廷の場に突き出した時に使用する証拠にする為にかき集め始めるのであった



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弱ったお腹に煮込みうどん

空達が桂島泊地の工廠の地下で、クローン大和に関する装置の破壊とガサ入れを行っている頃、鳳翔達と合流する為に南に向かった光太郎達はと言うと……

 

「は~い!新しいおうどん上がったよ~!」

 

「ここには悪い提督とやらはおらんからなっ!遠慮せず食すがよいっ!!」

 

奄美大島と屋久島の間に浮かぶ悪石島で、合流した鳳翔達と煮込みうどんを食べていた

 

何故この様な事になっているのか、何故うどんなのか……、それについては順を追って話していこうと思う

 

鳳翔達との合流を果たす為に南に向かう事となった光太郎達は、戦治郎の咆哮のせいで中破してしまった艦娘達を戦闘形態のゾアの背中に乗せて移動を開始、その道中で翔がクタニドに連絡を取ったところ、クタニド達は悪石島で待機している事が判明し、光太郎達はその情報を基に悪石島へと向かったのである

 

そうして悪石島に辿り着いた光太郎達は、一行の姿を見て驚いた桂島泊地の艦娘達に一斉に砲を向けられるのだが、それを鳳翔や加賀達が制した事で事無きを得るのだった

 

その後お互いに自己紹介と現状報告を行ったところで、突如何処からともなく辺りに腹の虫が鳴り響く。それを耳にした翔が眉をピクリと動かし、辺りを見回したところ恥ずかしそうにお腹を押さえる桂島の艦娘を発見、そしてその直後にその腹の虫に呼応する様にして次々と桂島の艦娘達の腹が鳴り始めるのであった

 

それが翔のやる気の呼び水となる……

 

料理人である翔が知覚出来る範囲に、腹を空かせている存在がいる……。それは翔にとって決してあってはならない事……、許されざる出来事なのである……

 

「細かい打ち合わせなどは後にして、先ずはご飯にしましょうっ!!!」

 

こうしてやる気になった翔は、そう叫ぶなり即座に鳳翔から桂島の艦娘達の体調を聞いて献立を考え、献立が決まったところで翔は艤装を展開し料理の準備を始める

 

鳳翔の話によると、どうやら桂島の艦娘達の体調は芳しくないそうで、主に胃腸が弱っている様であるとの事だった。翔はその情報から、胃腸に優しい煮込みうどんを作る事を決意したのである

 

そして準備が整い、いざ調理を開始しようとしたところで、ゾア、鳳翔、そして扶桑が手伝いを申し出て来るのであった

 

「扶桑さん、艤装の修理は大丈夫なんです?」

 

「形代の事を護さんにお願いしている間、私自身は翔さんのお手伝いをしようと思ったんです。形代は近くの子達を庇ったせいで他の子よりも損傷が激しく、私の手ではどうしようもないので……」

 

翔が扶桑にそう尋ねたところ、扶桑は伏し目がちにこの様に答えた後、護の方へと視線を送る。その視線の先には、料理が出来るまで艤装の修理を行おうと考えた海賊団の艦娘達が集まり、自身の手で可能な限りの艤装の修理を施していた

 

その中にハコを展開する大五郎の姿があり、ハコの中の作業台にはボロボロになった形代が横たわっており、そんな形代を護がハコの設備を使用して修理していたのであった

 

先程扶桑が言った様に、戦艦棲姫の黄泉個体となった扶桑の艤装である形代は、主人である扶桑だけでなく自分達の近くにいた艦娘達まで守る為に、両腕を大きく広げて自分の身体を盾にして、扶桑達を戦治郎の咆哮から守ったのである。そのせいで形代の身体は、他の者達よりもボロボロになってしまったのだ

 

因みに、戦治郎の艤装である大五郎も、形代同様他の艦娘を衝撃から守る為に自身を壁にしていたのだが、こちらは主人の戦治郎の強化の影響があった為、衝撃波の直撃を受けても無傷だったりする……

 

尤も、形代や大五郎の頑張りがあっても戦治郎の咆哮による衝撃波は完全に防ぐ事は出来ず、庇われた艦娘は小破寄りの中破、そうでない艦娘はやや大破寄りの中破くらいのダメージを受けている……

 

「成程、そう言う事ならお願いします。正直なところ、人数が人数なので少々困っていたんですよね……」

 

そういう訳で翔は扶桑達の申し出を受け、翔と扶桑は製麺を、鳳翔とゾアはうどんのつゆを作り始めるのだった

 

 

 

それからしばらくすると翔特製煮込みうどんが完成し、うどんはこの場にいる者達全員に振舞われ、うどんを食べた桂島の艦娘達は本当に久し振りのレーション以外の食事を食べられる喜びと、そのうどんの余りの美味しさに思わず涙を流し始めるのであった

 

そんな中、健康そのものなヴォルヴァドスはうどんを一口ほど口にするなり凄まじい勢いでうどんを平らげ、仕舞いには1柱で5杯も食べてしまう。そしてある程度落ち着いたところで、ヴォルヴァドスは翔に向かって丼を差し出しながら話し掛ける

 

「いや~、これホント美味しいですねっ!クタニドさん達が虜になっちゃうのがよく分かりますっ!!」

 

「気に入ってもらえて嬉しい限りですよ」

 

「特にこのつゆっ!しっかりと出汁が効いてて凄く美味しいですっ!!」

 

ヴォルヴァドスが上機嫌になってそう言った直後、ゾアがピクリと反応し……

 

「つゆは我が作ったのだが……?」

 

ゾアは不機嫌そうな表情を浮かべながらそう呟き、それを聞いたヴォルヴァドスは一瞬真顔になった後

 

「これをガタノトーアが?またまたぁ御冗談を~」

 

今度はヘラヘラしながらこの様な事を口にし……

 

「それは本当にゾアちゃんが作ったものですよ、私は具材を切るのを手伝ったり最後に味見をしただけですから」

 

「えっ?!鳳翔さん、それホントですかっ!?やるじゃないかゾアッ!!!」

 

ヴォルヴァドスの言葉を聞いた鳳翔が、笑顔を浮かべながらこの様な言葉を口にし、それを聞いた翔は驚きながらゾアを褒めるのであった

 

「これも翔の教えのおかげだっ!」

 

「やっぱり翔さんありきじゃないか~!」

 

翔に褒められたゾアが照れ隠しにそう言った途端、茶化す様にヴォルヴァドスがこの様な事を言い、それを聞いた者達が笑顔を浮かべていると……

 

「うげぇっ!?」

 

「うわぁ……」

 

大五郎の近くに集まってうどんを食べていた海賊団の面々が、突然嫌な物を見てしまったとばかりに声を上げる

 

それが気になった翔が、海賊団の集まりに近付き何があったか尋ねてみたところ、護が無言で翔にタブレットを手渡し、画面に表示されている動画を再生する。するとそこには、カプセルの中の胎児が急速に成長し、クローン大和になる行程が映し出されるのであった

 

それを目の当たりにした翔が、驚きの表情を顔に貼り付けながら護の方へ視線を向ける

 

「空さんからッス、あのクローン大和の製造プラントを潰したって文章と一緒に、この動画が送られて来たッス」

 

「これは食事中に見る動画じゃないね……、じゃなくって、桂島の提督はここまで堕ちてたのか……」

 

「これはちょい急いで修理を終わらせた方がよさそうッスね~、って事で海賊団のメンバーは、急いでうどん食って艤装の修理終わらせるッスよ~!」

 

\応っ!!/

 

護と翔がこの様なやり取りを交わしたところで、護は立ち上がるなり海賊団の艦娘達に指示を飛ばし、海賊団の艦娘達はその指示に返事をすると急いでうどんを食べ終え、修理作業を再開するのであった

 

 

 

こうして艤装の修理を終えた海賊団は、心身共にボロボロになっている龍田に治療を施している悟を残し、桂島の艦娘達の事をクタニド達に任せ、先ずは戦治郎の様子を確認する為に悪石島を発ち、戦治郎がいるであろう硫黄島付近まで移動を開始する

 

因みに、海賊団が悪石島を発つ直前に、クタニドが食事を開始した辺りから戦治郎が大人しくなっている事を海賊団に教えてくれた

 

そして海賊団が問題の場所に到着すると……

 

「ぉぉぉ……、ぉぉぉぉぉ……」

 

前方からこの様な声が聞こえて来て、思わず全員がそちらの方へ視線を向けながら身構えると……

 

「ぉぉぉぉぉぉ……っ!!!」

 

そこには大量のクローン大和の亡骸に囲まれながら、海面に両膝を突いて両目から血の涙を流して慟哭する戦治郎の姿が映るのであった……



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私刑戦隊 〆ルンジャー

「あれは……、泣いてるの……?」

 

「恐らくそうだと思いますが……、戦治郎さんは一体どうなさったのでしょう……?」

 

血の涙を流しながら慟哭する戦治郎の姿を見て、川内が驚きながらもこの様な事を口すると、それに続く様にして神通がやや困惑しながら疑問を口にする

 

「突然暴れ出したかと思えば、今度は泣いてンのか……」

 

「新しい能力は、発動したら精神が不安定になるんッスかね~?」

 

その傍らで、江風と護がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「ご主人様っ!!!」

 

そんな戦治郎の姿を見る事に耐えられなくなったのか、太郎丸が戦治郎に呼び掛けながら走り出す。その様子を見た光太郎が慌てて太郎丸を止めようとするのだが、太郎丸は光太郎が伸ばす腕を掻い潜り、己の主の下へ辿り着くなり戦治郎を強く抱き締めながら、その目に涙を湛えながら必死になって戦治郎に何度も声をかけるのであった

 

この時、光太郎はまた戦治郎が暴れ出してしまう可能性を危惧し、急いで太郎丸を連れ戻そうとするのだが、光太郎が戦治郎達に近付いたところで戦治郎の左目から炎が消えている事に気付き、その直後に戦治郎が太郎丸の声に反応する姿を目の当たりにすると、光太郎はしばらくの間2人の様子を観察する事にするのであった

 

「太郎……丸……?」

 

「気が付いたんだねっ!?そうだよご主人様っ!太郎丸だよっ!!」

 

戦治郎が弱々しい声で太郎丸の名を呼び、それに気が付いた太郎丸がこれまで以上の力で戦治郎に抱き着きながら、戦治郎に向かってこの様に返答したところ……

 

「どうしよう太郎丸……、俺……、この世界の人間を……、殺しちまったよ……」

 

戦治郎は太郎丸に向かって、声を震わせながらこの様な言葉を口にするのだった……。それを聞いて驚く太郎丸を余所に、戦治郎は猶も身体と声を震わせながら言葉を続ける……

 

「あんだけこの世界の人間は殺さねぇって言ってたのに……、俺は無意識の内にこの大和達を……、手にかけちまったんだよ……。なぁ太郎丸……、俺は、一体どうしたら……」

 

戦治郎がここまで言葉を発したところで……

 

「……閃転っ!」

 

突然光太郎がシャイニング・セイヴァーに変身すると一気に戦治郎との間合いを縮め、戦治郎の右頬を思いっきり殴りつけるのであった

 

「え……っ!?」

 

余りにも唐突過ぎる出来事に、その様子を見ていた海賊団の面々と光太郎に殴られた戦治郎が驚愕の表情を浮かべていると、光太郎は間髪入れずに戦治郎の胸倉を掴み、怒りを露わにしながら戦治郎に向かってこう尋ねる……

 

「戦治郎……、お前……、今クローン大和達の事を人間と言ったか……?」

 

「あ……?」

 

「答えろ戦治郎っ!!!お前はクローン大和達を人間扱いしたのかっ!!?」

 

「ああそうだよ……っ!作られた命とは言え、あいつらは人間……」

 

戦治郎がここまで言った直後、再び光太郎が戦治郎を殴りつける

 

「いってぇ……っ!ったくっ!!一体何なんだよっ!?さっきから人の事ボコボコ殴りやがってっ!!!ふざけんのもいい加減にしやがれっ!!!」

 

流石に理由もよく分からないまま一方的に殴られる事に苛立ちを感じた戦治郎が、光太郎に向かってそう叫んだところ……

 

「ふざけてるのはそっちだろうがっ!!!いいか戦治郎、クローン大和達を人間だと認めちまうとどうなるか、ちゃんと分かってんのか……っ!?!」

 

光太郎は更に怒気を増しながら戦治郎に尋ね、それを聞いた戦治郎が怪訝そうな表情を浮かべた事を確認すると、この様に言葉を続けた

 

「あれをお前が人間だと認めちまうと、お前が大好きな大和さんと言う存在は、オリジナルだろうがクローンだろうが替えが利いてしまう安く軽い命を持った存在になり下っちまうんだぞっ!!!お前は本当にそれでいいのかよっ!??」

 

光太郎にここまで言われたところで、ようやく戦治郎が自分の発言がどういうものだったかに気付いてハッとする。光太郎はそんな戦治郎の様子に気付きはするのだが、猶も言葉を続ける

 

「人間の命は唯一無二、替えが利かない物のはずだろ?だから人間は必死に生きてるんだろ?そんな替えが利かない物だからこそ、俺や悟は命がけで命を救おうとしてるだろ?もしお前がクローン大和達を人間だと認めちまったら、クローン技術を肯定したら、それは俺や悟の頑張りを冒涜する事と同じなんだよ……」

 

光太郎はそう言いながら戦治郎の胸倉から手を放し、鋭い眼差しで戦治郎を見据えるのであった。戦治郎は光太郎の言葉を聞いてから、しばらくの間その場で佇み沈黙するのだが……

 

「おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

突如戦治郎が大声を上げながら勢いよく立ち上がり、気合いを入れる様に力強く己の両頬を叩くと

 

「済まねぇな光太郎、おかげで目が覚めたわ。ありがとうな」

 

「これでもまだ納得出来ない様なら、今度は悟に向かってそう言ってみるといい。そしたら間違い無くバッチリ目が覚めるだろうからな」

 

「そりゃ勘弁願いてぇな……、もし実行したらどんな拷問されるか分かったもんじゃねぇ……。取り敢えずクローン大和達は全部俺達の脅威、振り払うべき火の粉って事で落ち着く事にするわ」

 

光太郎とこの様な会話をしながら、互いに差し出した拳でグータッチをするのであった

 

その後、光太郎が戦治郎に現状を説明し、状況を把握した戦治郎は光太郎達と合流し、共に空達が待つ桂島泊地へと急ぐのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦治郎っ!?正気に戻ったのかっ?!」

 

「皆済まなかったな、俺はもう大丈夫だから」

 

戦治郎達が桂島泊地に辿り着くと、工廠の傍で待機していた空が戦治郎がいる事に気付くなり驚きの表情を浮かべながらこの様な声を上げ、それに対して戦治郎は謝罪の言葉と共に頭を下げる

 

それからすぐに戦治郎達は空達と情報交換を開始し、現状で出来る事が工廠地下以外のガサ入れと桂島提督への制裁くらいしか無い事を確認すると……

 

「じゃあ、執務室のガサ入れと提督への制裁は俺達がやるから、艦娘達は執務室と工廠地下以外のガサ入れを頼むわ」

 

\了解っ!!!/

 

戦治郎がこの様な指示を飛ばし、それを聞いた艦娘達は即座に返答すると早速行動を開始するのだった

 

「さて……、では早速執務室に向かうか」

 

「空、ちょっち待った。それについてはちょっちやりたい事があるんだよな」

 

艦娘達の姿が見えなくなったところで、空がそう言って本庁に向かって歩き出そうとするのだが、それを戦治郎がこう言って呼び止める。それを聞いた長門屋の面々が不思議そうな顔をしながら戦治郎の方へと視線を向けると、戦治郎は自身がやりたいと言う行動について話し始める……

 

 

 

「「「「「「乗った!!!」」」」」」

 

「戦ちゃん……、アタシそれの事全然知らないんだけど……?」

 

「大丈夫ですって、今から教えますんでっ!!!」

 

「ゾアは大丈夫そう?」

 

「問題ないぞっ!!!」

 

戦治郎の話が終わると、空、光太郎、シゲ、護、通が食い付き、剛が困り気味にそう言うと戦治郎はこの様に返答、そんな中翔がゾアにこの様に尋ねると、ゾアは自信満々に返事をする

 

「ボス達がお楽しみの間は、俺様達が周囲警戒か~。まあ超ウルトラスペシャルグレートイケメンな俺様と望ちゃんがいたら、この程度の事完全完璧パーフェクトにこなせちゃったりしちゃったりするんだけどね~」

 

「あ、あはは……、頑張りましょうね、司さん……」

 

「ぼ、ぼぼぼ僕と輝さんも、い、いる~んだけどなぁ……」

 

「藤吉、司が言う事一々気にしてたらハゲんぞ?」

 

そんな戦治郎達の様子を見ていた司がそう言うと、望が苦笑交じりに返事をし、藤吉が不満そうな声を上げた直後、輝が耳の穴に小指を突っ込みながらこの様な事を口にするのであった

 

「よっしゃっ!!んじゃやんぞーっ!!!」

 

\応っ!!!/

 

それからしばらく経ったところで、準備が整った事を確認した戦治郎が声を上げ、空達が気合十分な様子で返答すると、戦治郎達は早速行動を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇい!!!憲兵達は一体何をやっているんだ……っ!!!」

 

クタニドの魔法のせいで部屋から出られなくなっている桂島の提督が、異常事態であるにも関わらず何時まで経っても執務室にやってこない憲兵達に苛立ちながら、部屋の中をウロウロしていた

 

そんな提督が待ち望んでいる憲兵達は、ヴォルヴァドス達の手によってスッポンポンにひん剥かれた上で鉄格子で作られた拘束具で拘束され、地下牢に転がされている訳なのだが、そんな事をこの提督が知る由も無かった……

 

「くそっ!この際誰でもいいから早く来て、私をここから出せっ!!!」

 

遂に苛立ちが限界に達したのか声を荒げながら提督が叫んだその瞬間、突然執務室の窓が大きな音を立てて割れ、驚いた提督がそちらに視線を向けると、そこには床に片膝を突いた戦治郎がいた。突如姿を現した戦治郎の姿を見て、提督が怪訝に思っていると戦治郎は……

 

「1つ!非人道的な作戦を憎みっ!!」

 

天に向けて右手の人差し指を1本立てた後、この様な事を言いながらポーズを取り、最後は親指を立てながら人差し指と中指で提督を指差す。その直後に再び窓が割れて、今度は空が執務室に入って来る

 

「2つ!腐った作戦立案者を追ってっ!!」

 

空は執務室に入るなり、天に向けて右腕を真っ直ぐ伸ばしながらVサインを作った後、この様な事を口にしながらポーズを取り、戦治郎同様提督を指差す。すると今度は通が窓を割りながら執務室に侵入すると……

 

「3つ!あらゆる手段で捜査っ!!」

 

今度は3本の指を天に向けて立てた後、戦治郎達同様セリフを言いながらポーズを取る。そして通がポーズを取り終えたその刹那、今度はシゲが執務室に飛び込んで来て……

 

「4つ!良からぬ海軍の癌をっ!!」

 

4本の指を天に掲げた後、戦治郎達の様にポ-ズを取りながらこんなセリフを吐く。その後は光太郎が執務室に突っ込んで来ると……

 

「5つ!刹那にスピード除去っ!!」

 

光太郎は広げた手を天に向けて掲げた後、これまでの流れと同じでポーズを取りながらこの様な言葉を発する。これで終わりかと言えばそんな事は無く、今度は護が執務室の中に入って来て……

 

「6つ!無駄な抵抗は止めるッスッ!!」

 

広げた手の前に指を1本添えながら、護がこんなセリフを口にしながらポーズを取った直後……

 

「長門屋海賊団っ!!!」

 

戦治郎がそう叫ぶと同時に6人が一斉にポーズを取り、それに合わせる様にして発艦した鷲四郎とワイルドが6人の背後で大きな海賊旗を広げる。そしてしっかりと海賊旗が広がったところで

 

「長門 戦治郎っ!!!」

 

「石川 空っ!!!」

 

「神代 通っ!!!」

 

「愛宕山 重雄っ!!!」

 

「南 光太郎っ!!!」

 

「秋月 護っ!!!」

 

戦治郎達は、それぞれポーズを取りながら自分の名前を名乗っていき……

 

「「「「「「私刑戦隊!!〆ルンジャー!!!」」」」」」

 

最後はえらく物騒な戦隊名を全員で言いながら、6人揃って決めポーズを取るのであった

 

その様子を見ていた提督が呆然としながらその場に突っ立っていると、更に追加で剛と翔が執務室に飛び込んで来て……

 

「百歩穿楊で撃ち砕く!地獄の猟犬、稲田 剛っ!!!」

 

「八百万の邪神に慕われし黒き料理人、出雲丸 翔っ!!!」

 

後からやって来た2人も、戦治郎達と同じ様にポーズを決めながら名乗りを上げるのであった。因みに、翔の足元ではオムナイトの姿となったゾアが、翔と同じ様なポーズを取っていたりする

 

こうして長門屋海賊団の実力者達と対峙する事となった提督が、状況を理解出来ず混乱していると……

 

「さて桂島の提督さんよぉ……、あんたが今までやって来た事の責任を取る日がやって来たぞ……?覚悟は出来てるか……?」

 

戦治郎が不敵な笑みを浮かべながら、動揺する桂島の提督に向かってそう尋ねるのであった……



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探し物は見つからなかったけどスンゴイの見つけた

今回は物凄く下品です、お読みになる時は御覚悟を……


戦治郎達が派手な名乗りを上げて執務室に突撃してから15分が経過した頃、彼等は何をしているかと言うと……

 

「そっちは何か見っかったか~?」

 

「何処かの電話番号が書かれたメモ帳くらいだな~……」

 

「こちらは特に目ぼしいものは無いな……」

 

「こっちも今のところ、それらしいものは見つかってないわね~」

 

この様な会話をしながら戦治郎、空、光太郎、剛の4人は、各々に執務室のガサ入れを実行していた

 

戦治郎は恐らく一番怪しいであろう執務机を、空は執務机の後方にある本棚を右から順に、光太郎は左から順に本棚を漁り、剛は執務室の内装に違和感がある所が無いかを調べているのである

 

「もしかして別のとこに隠してあんのかねぇ?」

 

「その可能性はあるかもしれんな……、こういう場合執務室は真っ先に調べられるだろうからな……」

 

「まだ空ちゃん達が調べてる本棚の裏とか調べてないから、そっちを調べ終えてから考えましょ?」

 

光太郎が見つけたメモ以外には証拠と言えそうな物が見つからなかった為、戦治郎が渋い顔をしてバリバリと後頭部を掻きながらこの様な推測を立て、それを空が頷きながらそう言って肯定したところ、2人のやり取りを聞いていた剛が、戦治郎の方へ視線を向けながらこの様な事を言う。と、その直後である

 

「ぅおらぁっ!!!」

 

シゲの声と共に風切り音が聞こえたかと思えば、次の瞬間には執務室内に鈍い打撃音が響き渡るのであった

 

そう、戦治郎達がガサ入れをしている辺りから少し離れた場所で、シゲ達20代ズが拘束ついでに提督を甚振っているのである

 

そちらの方の様子を見てみると、現在提督に暴力を振るっているのはシゲで、そこから少し離れた所に通が腕組みして立っており、その隣には正座する翔の姿が見える

 

何故こちらはこの様な事になっているのかについては、少し時間を遡って話をしなければならない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦治郎達が執務室に突入し名乗りを上げた後、戦治郎が提督に向かって話し掛けた訳なのだが、直後に戦治郎は提督の様子が何処かおかしい事に気付くのであった

 

この時の提督は、目を見開いて戦治郎達の方へ顔を向け、全身をガタガタと激しく震わせ、口からは涎を垂れ流しながらガチガチと歯を打ち鳴らし、股間にテントを張ってそれを黄色く染め上げていたのである

 

この怖がり方は異常だ、そう思った戦治郎がキョロキョロと辺りを見回し……

 

「ぴぃっ!?」

 

あるものを発見した直後に、ギョッとしながら裏返った声で奇声を上げるなり、うつ伏せに倒れ込む。その様子を見ていた空達が、不審に思って戦治郎が先程視線を送った方を見てみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにはEyes ofを発動させた翔の姿があり、それを見た空達は一瞬驚愕した後すぐに戦治郎同様うつ伏せに倒れ込んだのだった。そう、戦治郎達の目の前にいるこの桂島泊地の提督は、名乗りの直後にEyes ofを発動させた翔の目を見てしまい、その精神は恐怖と言う名の底の無い奈落に突き落とされてしまったのである

 

このEyes ofは、あの外なる神であるニャルラトホテプすらも怯ませ、拘束してしまう程の恐怖を相手に植え付けるのである。そんなとんでもないものを只の人間が受けてしまえば、この様な状態に陥ってしまうのは当然の事であろう……

 

そして戦治郎達がこの様な事をしていると、突然提督が自分の首を物凄い勢いで掻きむしり始める。どうやら桂島泊地の提督は、恐怖の余りに自然に呼吸が出来なくなってしまった様である。提督は一心不乱に首を掻き毟り、首に穴を開けて酸素を肺に送ろうとするのだが、それをいつの間にか提督と距離を詰めていた翔に邪魔されてしまう

 

音もなく提督に接近した翔は、必死になって首を掻き毟る提督の顔面に、なんと殻に籠ったゾアを思いっきり叩きつけたのである

 

オムナイト状態のゾアの体重は7.5kgほどあり、その殻はその辺りにある金属よりも圧倒的に強靭である。提督はたった今、そんな鈍器で思いっきり殴られたのである

 

翔に殴られた提督は勢いよく床に倒れ込み、翔は倒れ込んだ提督に馬乗りになると、手にしたゾアで提督の側頭部を左右を往復する様に何度も殴りつけた

 

何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……、まるで永遠に続ける様な勢いで、翔は恐怖の瞳で提督の事をしっかりと見据えながら、何度も提督をゾアで殴りつけた

 

「いかんっ!!翔が完全にキレているぞっ!!!」

 

「放っておいたら提督を精肉し始めるかもっ!?!」

 

「だから殺すなって言っただろうがちきせうっ!!!おめぇらっ!!!翔を止めるぞっ!!!!!」

 

その後、我に返った戦治郎達が匍匐前進で翔に近付き、翔を羽交い絞めにして拘束する事で事態を収束させる事に成功するのであった

 

この件に関して、翔は次の様に供述している

 

「鳳翔さんを穢した張本人を前にしたら、ついカッとなってしまってやってしまいました……」

 

翔はこの件のせいでこれ以上提督に手出しする事を禁止され、通が監視する中正座待機する羽目になったのである

 

因みに、通は暴走した翔の監視だけでなく、シゲがやり過ぎない様見張る役もやっていたりする。尤も、シゲの方は格闘技術を使い上手く手加減をして、提督を生かさず殺さず甚振っている為、翔の様に暴走する心配はなかったりするのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして今はシゲが上手い具合に提督にお仕置きしている訳なのだが、この時護は何をやっているかと言うと……

 

「は~い提督さ~ん、こっちに目線頂戴ッス!」

 

護は時々この様な事を口走りながら、シゲに殴られている提督の姿を三脚で固定したビデオカメラと、手にしたデジタルカメラで撮影していた。どうやら提督が捕まりその罪が世間に知れ渡ったところで、この画像と動画をある程度加工してから、あらゆるサイトに提督の実名を晒した上でばら撒くつもりでいる様だ

 

とまあ、こんな調子で20代ズが、提督にお仕置きをしていると……

 

「あん?ここ鍵かかってんな……」

 

不意に執務机を調べていた戦治郎が、机の引き出しを何度も引きながらこの様な事を呟くのであった

 

それを聞いたガサ入れ班が戦治郎の所に集まり、鍵を探すべきか鍵を破壊するかで問答していると……

 

「ちょっち待ってろよ~」

 

戦治郎がそう言うなり何処からともなくピッキングツールを取り出し、引き出しの鍵穴に対してピッキングを開始する。そしてそれからしばらくすると……

 

「よっしゃっ!!開いたっ!!!」

 

引き出しの鍵穴からカチリと言う音がすると、戦治郎はそう叫びながら引き出しを開け、引き出しの中を調べ始める。そして……

 

「うぉっほ♪」

 

引き出しの中に隠してあったある物を発見すると、思わず変な声を上げそれを徐に手にする

 

「御立派っ!!!」

 

「ぶっふぉっ!!!」

 

「あら~……、あらあら~……☆」

 

そして戦治郎が手にした物を目にした空達が、それぞれ思い思いのリアクションを取ったところで

 

「アニキ~、何かあったんです~?」

 

空達の反応が気になったシゲが、提督を床に叩きつけながら戦治郎に尋ねると

 

「おめぇら、ちょっちコレ見ろっ!!!」

 

戦治郎がやけにハイテンションになりながらそう言って、シゲ達の所へ移動して来るなりその手握った物をシゲ達に掲げて見せる

 

戦治郎が今手にしている物、それは奥様もうっとりしてしまいそうな程太くて長い、正に極太と言っても過言ではない程の、それはそれは大きなバイブレーターであった……

 

「ウホッ♂」

 

「DEKEEEEEE!!!」

 

「oh……」

 

「すご……、こんなのあるんだ……」

 

それを見たシゲ達がこの様なリアクションを取っていると……

 

「なあ……、俺コレ見てちょっち思いついた事あるんだわ……」

 

突然戦治郎が真剣な表情をしながらこの様な事を口にする、その様子を見た一同が怪訝そうな表情を浮かべながら戦治郎を注目していると……

 

「その前におめぇらに聞いときたい事があるんだが……、いいか……?」

 

戦治郎がその表情を更に引き締めながらそう言うと、空達は戦治郎に対し静かに頷いて見せ、それを確認した戦治郎は1度頷いた後、静かに口を開き空達にある事を尋ねる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめぇら……、『アナルバイブ提督』って知ってるか……?」




多分長さ30cm、太さ5.5cmくらいあるんじゃないかと思います

アナルバイブ……、本来は捨て艦の事ですが……、この提督はそれっぽい事何回もやってますからね、きっと問題無いはずっ!!!


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過去に打ち勝つ為の試練

戦治郎達が執務室のガサ入れを開始してから1時間が経過した辺りで、泊地の至る所を調べ尽くした海賊団の艦娘達が、結果報告の為に執務室へと向かいその扉を開く

 

「戦治郎さん、こっちの方はある程度片付いたぜ~」

 

「摩耶達か、報告は後にしてくれ。今は戦治郎が重要な儀式を行おうとしているからな」

 

執務室に入るなり、摩耶が団員達を代表してそう言ったところ、空が腕を組みながらある場所を注視したままこの様に返答する

 

「儀式?何だそりゃ?」

 

空の言葉を聞いた木曾が疑問を口にし、空達が一体何を見ているのかを確認する為に、木曾の発言を合図に艦娘達が空達の方へと歩み寄る。そして空達が見ている物を目の当たりにするなり……

 

\きゃあああぁぁぁーーーっ!!!/\ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!/

 

その顔を真っ赤にしながら、一斉に悲鳴を上げるのであった……

 

そんな彼女達の目の前には、スッポンポンにひん剥かれ鼻に鼻フック、口にリングギャグ、首にはレザー製の首輪、首の後ろで組まされた腕には手首の辺りに鎖で繋がれたレザー製の手枷と、前腕と上腕をくっ付けて拘束するレザーバンドが取り付けられ、ふくらはぎと太ももも腕と同様にレザーバンドでくっ付けて拘束され、首輪と繋がっている足のレザーバンドの鎖に強制的にM字開脚させられ、足首に取り付けられた足枷同士を繋ぐ様にして金属製のバーを取り付けられて完全に足を閉じられなくなった桂島の提督がおり、桂島の提督は戦治郎の方に肘と膝で立った状態で、全身と股間に下げたビンビンになった己の主砲をプルプルと小刻みに震えさせながら尻を向けていたのである

 

そしてガチガチに拘束された提督に尻を向けられている戦治郎は、1時間程前に発見した極太バイブを両手で持って自身の顔の前で掲げた状態で、真剣な表情をしながら目を閉じて精神統一を行っていた……

 

「ななな何ですかこれっ!?戦治郎さんは何をしようとしてるんですかっ?!!」

 

「アニキ曰く、過去の自分に打ち勝つ為の儀式なんだと」

 

「何やそれっ?!いや、そんなんよりその大量のSMグッズはどっから持ってきたんっ?!?」

 

羞恥心から顔を真っ赤にする阿武隈がこの様な言葉を発したところ、シゲが事も無しと言った様子で返答し、それを聞いた龍驤が大声でこの様な事を尋ねるのであった

 

さて、先程龍驤が言及した拘束具だが、これらは全て執務室の本棚の裏に作られたスペースに隠されていた物である。戦治郎が極太バイブを発見した後、戦治郎と剛が加わって本棚の調査を手早く終わらせ、本棚の裏を調べる為に本棚を動かしたところ、これらのグッズが発見されたのである

 

因みに、これは後から判明した事だが、これらのグッズと例の極太バイブは、全て提督が大和を穢す際に使用した物……、戦治郎が発見したバイブは大和の処女を奪った代物だった……

 

こうして執務室内が騒がしくなった中、戦治郎は相変わらずバイブを手に精神統一をしていた

 

戦治郎の企み……、それは桂島提督のアナルにこのバイブを突っ込み、彼を本物のアナルバイブ提督にしてしまう事だったのである

 

その企みを戦治郎がこの部屋にいる長門屋の面々に話したところ、空がバイブの挿入役を申し出たのだが戦治郎がそれを却下、挿入役は自分がやると言い出したのである。それを聞いた途端、戦治郎が高校時代にクロエにアナルを犯された事を知っている空と光太郎が、当時の戦治郎の様子を思い出して慌てて止めようとするのだが……

 

「これは絶対俺がやらねぇといけねぇ事なんだ……、海賊団のリーダーである俺が、責任を背負いながらやんねぇといけねぇんだ……。それにそう、これは『試練』だ、俺に与えられた、過去に打ち勝てという『試練』なんだよきっと……。だから、この役は例え空でも譲れねぇんだ……」

 

戦治郎はそう言って、頑なにバイブ挿入役を譲らなかったのである

 

その後、空達は渋々ながら戦治郎が挿入役をやる事を認め、桂島の提督をアナルバイブ提督にする為の準備を整えて、準備が完了し戦治郎にバイブの挿入を頼んだところ、戦治郎は精神統一を始めたのである

 

「それから30分経ったんだけど、未だこんな状態なんだよね……」

 

「まあ仕方が無い事だろう、何せ戦治郎は提督に自分が最もやられたくない事を行うのだからな……。今の戦治郎には相当覚悟が必要だろう……」

 

艦娘達に状況説明する光太郎がそう言ったところで、真剣な表情をしながら戦治郎を見守る空がこの様な事を言う。このやり取りを聞いた艦娘達は、揃って微妙な表情を浮かべるのであった……。まあ、彼女達がそうなってしまうのは仕方ない事だ、空達からしたらこれは真面目な事なのだろうが、傍から見たら悪ノリしてふざけている様にしか見えないのだから……

 

「うっしゃっ!!!やってやるぁっ!!!」

 

そんな中、不意に戦治郎がそう言ってバイブを構える。だがそのバイブを握る手は、僅かながら震えていた……

 

戦治郎は精神統一中、ある事と必死になって戦っていた。そう、彼が今から行おうとしているのは、クロエがかつて自身にやった事とほぼ同じ事、白人を至上の存在とし有色人種を虐げる事を常識としているあのクロエとほぼ同じ事を、自分が今からやろうとしているのだ。精神統一を行う中で、戦治郎はこの行為のせいで、自分が世間からあの女の様な存在と思われる事に対する恐怖と、かつてクロエに拘束された状態でアナルを無理矢理犯された時の恐怖と、30分間戦い続けていたのである

 

(まだ完璧な状態じゃねぇけど……、やるしかねぇ……っ!!!)

 

そんな事を考えながら、戦治郎が震える手で提督のアナルに狙いを定めたその時である

 

「戦治郎」

 

不意に空が戦治郎に話し掛け、戦治郎が空の方へ顔を向けた瞬間、空は何かを戦治郎に投げ渡す。それを受け取った戦治郎が先程空から渡された物を確認したところ……

 

「ペ〇……」

 

戦治郎の手にはあの有名なローションが握られており、戦治郎は思わずそのローションの名を口にするのであった……。どうやらこれもグッズの中にあった様だ……

 

その直後、戦治郎はある事を思い出してハッとして、すぐさま空の方へと顔を向ける。するとそこには真面目そうな表情をしながら、戦治郎に向かって頷き返す空の姿があった。それを確認した戦治郎は1度空の方へ頷いて見せた後、ローションの容器の蓋を開けてバイブにローションをかけながら、内心で独り言ちる

 

(そうだ……、あいつらがいつも言ってるじゃねぇか……、独りで背負い込むなって……、例え俺があいつと同列だと思われても、それを承知した上で俺を支えてくれるあいつらがいるじゃねぇか……っ!!!あいつらがいてくれるなら、こんな恐怖屁でもねぇっ!!!)

 

そんな事を考える戦治郎がバイブにローションをかけ終えると、改めて提督のアナルに狙いを定め始める。その様子からは一切の迷いは感じられず、先程まであった手の震えも、今は完全に消失してしまっている。そして……

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

戦治郎は雄叫びと共に両手持ちした極太バイブを前に突き出し、提督のアナルに深々とバイブを突き立てた。アナルにバイブを無理矢理挿入された提督の括約筋が、懸命にバイブを排出しようとするのだが、戦治郎はそんな事等お構い無しと言った様子で、更に腕を伸ばしてバイブを更に奥の方へと押し込む

 

「ん"ん"ん"---っ!!!」

 

その刺激に耐えられなかったのか、提督がリングギャグで拘束された口から涎を垂れ流しながら叫んだところ……

 

「でぁあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎が勢いよく立ち上がり、咆哮と共にバイブに蹴りを入れ、バイブはその衝撃で更に奥まで入り込み、30cm程もあったバイブはコントローラー部分のみを残して提督のアナルの中にその姿を隠してしまうのであった……

 

「おほ^~~~!!!」

 

その直後、護が奇妙な声を上げながら、物凄い速度でHMDと接続されたデジカメのシャッターを何度も切り、HMD内に存在する事件解決後にネットにばら撒く画像を保存しているファイルを更に満たしていく。因みに、動画用のビデオカメラの方も、現在進行形で撮影中である

 

こうして護が追撃の準備を整えている中、戦治郎はしばらくの間肩で息をして……

 

「柄まで通ったぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

呼吸が整ったところで、右腕を天に掲げながらそう叫ぶ。その直後、長門屋の面々からは盛大な歓声が上がり、艦娘達からはどよめきが発生するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつら一体何はしゃいでやがんだぁ?」

 

「おっ、来たか悟。どうやら戦治郎達が、親玉を討ち取ったみたいだぜ?」

 

戦治郎が忌まわしい過去に打ち勝ち執務室で勝鬨を上げていた頃、輝からの連絡を受けて泊地の艦娘達を連れて泊地にやって来た悟が、戦治郎達の騒ぎ声を聞くなり呆れながら思わずそう呟くと、外で待機していた輝がニヤリとしながらそう返答する

 

「さよかぁ、んじゃあ医務室使っても問題無さそうだなぁ。って事で天龍よぉ、医務室まで案内してくれぇ」

 

「応っ!!じゃあ俺に付いて来てくれっ!!」

 

輝の話を聞いた悟が、龍田を背負った天龍に向かってそう言うと、天龍は返事をするなり急ぎ足で医務室に向かい始め、悟はその後をゆっくりと追うのであった

 

「悟さん……、龍田の事、頼みます……っ!!!」

 

その道中、悟の前を歩く天龍が悟に向かって懇願する様にそう言うと……

 

「任せやがれってんだぁ、設備が無くてあっちじゃ出来なかった事もよぉ、ここでなら出来るはずだからなぁ。だからおめぇは取り敢えずよぉ、龍田を傍で支えてやる事だけ考えてなぁ」

 

悟は不気味な笑みを浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた天龍は力強い声で悟に返答するのであった



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地獄の開会式が終わって・・・・・・

アナルバイブは、言うなればトンネルの開通式のテープカットに過ぎなかったのです……

提督にとっての本当の地獄は、これから始まります……


戦治郎の手によって、桂島泊地の提督が名実ともに『アナルバイブ提督』になったところで、空がすかさず後に続いて提督に貞操帯を取り付け始める。折角戦治郎が挿入した極太バイブが、簡単に排出されてしまわない様にする為であろう

 

こうして空が作業を始めたところで、空は提督の頭の方に近付いていく殻を提督の血で濡らしたゾアの姿に気付くのだった

 

空がその様子を怪訝そうに眺めていると、ゾアはゆっくりとした動作で、触腕で提督の前髪を掴んで上に引っ張り、提督の顔を自身の方へと向けさせる。そして提督が白目を剥いて気絶している事に気付くと……

 

「おい貴様、起きろ」

 

ゾアはそう言いながら残った触腕で、提督の頬を何度も叩き提督の目を覚まさせる。そして提督がぼんやりとした目をゾアに向けたところで……

 

「近い内に日本を掌握出来ると思っていたところでこの仕打ち……、どうだ?苦しいか?悔しいか?存分に屈辱を味わっているか?」

 

ゾアは提督に向かって、この様な事を尋ねるのであった。尤も、今の提督は翔のEyes ofによる恐怖の影響で、まともに受け答えが出来る状態では無かったりする。それを見越してゾアは提督の返答を待たずに、この様な言葉を言い放った

 

「で、だ。どうやらこの泊地内には、貴様と同じ様な思いをした者達が大勢いる様でな、その者達がどうしても貴様とその感覚を共有したいと言っておるのだ。それで我は、その者達の手伝いをしようと思ったなのだ。そう言う訳でその者達が味わったもの、それらを全て今から我が貴様の中に流し込む。その者達の気持ち、思い知るがよい」

 

その直後、突然ゾアの身体から禍々しい黒いオーラが立ち上り始め、それはゆっくりと提督の方へと煙の様に流れていくと、提督の目から、口から、鼻から、耳から提督の中へと入っていき……

 

「ん"ん"ん"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」\ヴィンヴィンヴィン/

 

そのオーラが全て提督の中に入り切った途端、提督はリングギャグを噛まされた口から悲鳴を上げ、凄まじい勢いで瞳孔を動かし、何かから逃れようと必死になって身をよじり始める。そして提督がいきなり暴れ始めたところで、ゾアは掴んでいた提督の前髪を毟り取り、提督からゆっくりと離れていくのであった

 

因みに、提督の尻からモーター音が聞こえているのは、ゾアの行動に驚いた空が誤ってバイブのスイッチを入れてしまったからである

 

「ゾア……、お前は一体何をしたんだ……?」

 

「ぬ?ああ、それはあの者達の願いを、我が神として叶えてやっただけだ。内容が内容だけに、邪神である我にはうってつけの願いだったぞ!」

 

自身の目の前で突如発生した不思議な出来事に驚愕する空が、思わずその元凶であるゾアに対してそう尋ねたところ、ゾアはそう言いながら触腕を艦娘達の後方へと向ける。そしてそれに従う様にして空がゾアが触腕が示す方向に顔を向けると、方角にある景色の一部がまるで陽炎の様にゆらゆらと揺らめいて見えるのであった

 

「あそこに何かいるのか……?」

 

「むぅ、空にはハッキリと見えてはおらぬ様だな……。ならば……」

 

空が呟く様にして疑問を口にしたところ、ゾアがそう言って空に対して何かをしようとするのだが、何が起こるか分からない恐怖に襲われた空がそれを慌てて制し、試しに【集気法】を使用して全身に龍気を纏ってから、先程の陽炎の様な物があるところを注視してみると、そこには虚ろな目をしながら並び立つ、大勢の艦娘の姿が見えるのであった……

 

「彼女達は……、まさか提督の被害に遭った艦娘達の魂か……っ?!」

 

「流石は空だな、脳のリミッターが外れているが故、凄まじい速度で頭が回る様だな。空が言う通り、あの者達は提督の被害に遭い、黄泉個体になる事すら叶わず散って逝った者達だ」

 

「つまり……、今の黒いオーラは……」

 

「うむ、あの者達の恨み辛みを凝縮したものだ。今頃あの提督は、あの者達の最期の瞬間を頭の中で延々と体験している事であろう」

 

「……ゴールド・ガタノトーア・レクイエムと言ったところか……」

 

「何なのだそれは?ちょっとカッコイイではないか!っと、それはそうとだ、今の提督には頭の中の幻影のせいで我らの姿を視認する事も出来なければ、我らの声も聞こえなくなっているはずなのだ。まあ尻の感覚については我も分からんが……」

 

モーター音と共に絶叫し、執務室の床をのた打ち回り始めた提督を眺めながら、空とゾアがこの様なやり取りを交わしていると……

 

「……ひっ!?」

 

「……えっ……?……えぇっ!?」

 

「……何やあれ……?」

 

不意に艦娘達の方から3つの声が聞こえ、空とゾアがそちらへ視線をズラしてみると、そこには引き攣った表情を浮かべた神通、扶桑、龍驤の姿が映るのだった

 

その後、空はゾアに先程の3人をこちらに連れて来る様に頼み、その間に手早く貞操帯を暴れる提督に取りつけ、ゾアが3人を連れて来ると空は3人に何か見えたかを尋ね、3人が戸惑いながら揃って幽霊を見たと言うと、空は彼女達にその正体を伝えた後、幽霊達を不用意に怖がらない様にと釘を刺すのであった

 

因みに、この3人に泊地の艦娘の亡霊達がどの様に映ったかについてだが、神通と龍驤はややぼんやりとした感じで、扶桑はハッキリとその姿を確認出来たそうだ。その話を聞いた空は、艦娘が黄泉個体になった場合、身体能力だけでなく霊感も高まる事を知るのであった

 

こうして空達が扶桑達を落ち着かせたところで、突然戦治郎が声を上げる

 

「よっし!取り敢えず提督の方は何とかなった事だし、そっちの報告を聞くかっ!!……の前に……」

 

戦治郎はそう言うと、こめかみに青筋を立てながら提督の方へと歩み寄ると……

 

「うるせえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

提督の耳に向かって大声でそう叫び、提督の身体を持ち上げて窓があった方へと持って行くと……

 

「輝っ!!!パスッ!!!」

 

外の方へとそう叫ぶと、自分達が突き破って来た窓から提督を外に投げ捨てるのであった。因みに、この桂島泊地の執務室は本庁の2階にあったりする……

 

戦治郎によって2階から投げ捨てられた提督は、弧を描きながらコンクリートで舗装された地面に向かって落下していくのだが……

 

「よっとぉっ!!!」

 

地面に激突する寸前のところで、輝が提督の身体をキャッチする。と、その直後提督はゾアによって見せられている幻影によって駆り立てられた生存本能の影響で、輝に逆さまの状態で後ろから腰を掴まれたまま、ビュルビュルと射精を開始したのである

 

その瞬間……

 

「汚えええぇぇぇーーーっ!!!」

 

輝はそう叫びながら、先程から射精を繰り返す提督にパワーボムの様な技をお見舞いするのであった。因みにそんな輝の背後からは、全裸で射精する提督を見てしまった艦娘達の悲鳴が上がっていたりする……

 

「戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!!いきなりこんなクッソ汚ぇモン投げてくんなばっきゃろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「悪ぃ悪ぃっ!!っと取り敢えずソレは適当なとこ投げ捨てておいて、ちょっちこの後の事話し合うから輝達もこっち来てくれっ!!!」

 

その後、戦治郎と輝が叫びながらこの様な会話を交わし、輝は戦治郎が言った通りに提督を適当なところに投げ捨て、流石にこのまま全員で執務室に向かう訳にはいかないと思った大和が、鳳翔、高雄、矢矧、大鳳、初霜、暁、ヴェールヌイ、雷、電、春雨以外の艦娘達には自室に戻ってしっかり休む様にと指示を出し、それから輝達は大和の案内で執務室に向かうのであった



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泊地の調査結果報告会

「戦治郎~、言われた通り来たぞ~」

 

「お~う、ってありゃ?何か人数減ってね?」

 

戦治郎から投げ渡された提督をそこらに適当にポイ捨てした輝達が、戦治郎達が待つ執務室に到着すると、メンバーが減っている事に気が付いた戦治郎が、輝達に対してそう尋ねて来る

 

「これ以上留守にしているのは不味いと言う事で、加賀さん達佐世保鎮守府所属の皆さんは佐世保鎮守府に、クタニドさん達はそれぞれの拠点にお帰りになりました」

 

「んで、悟は龍田の治療の為に、泊地に到着するなり天龍連れて医務室に直行したぞ」

 

「せかせか、加賀達やクタニドさん達には、次会った時お礼言わねぇとだな~……。そして龍田の方は、現状悟に頑張ってもらうしかねぇか……。っとまあ今いないメンバーの事は把握した、んで、取り敢えず今ここにいるメンバーで、話し合いを始めるとしますかね。って事でまずは海賊団の艦娘の諸君、調査結果の報告よろしこっ!」

 

戦治郎の問いに対して大和と輝がこの様に答えると、戦治郎は承知したとばかりにウンウンと頷いた後、泊地の調査を頼んでいた海賊団所属の艦娘達に、調査結果を報告する様に促すのであった

 

さて、戦治郎に泊地の調査を依頼された艦娘達だが、彼女達は調査を開始するにあたって2手に分かれて調査を行う様にし、摩耶、木曾、神通、川内、阿武隈の5人と白露型3人による巡洋艦チームは地上の工廠の中を、扶桑、龍驤、龍鳳、瑞穂の4人と陽炎型3人による大型艦チームは本庁内にある資料室を調査したそうだ

 

そしてまず大型艦チームの扶桑がチームの代表として、資料室を調べた結果を報告するのだが……

 

「それらしいものは見つからなかったか……」

 

「はい……、申し訳ありません……」

 

正規の軍人である龍鳳に確認してもらいながら、資料室をひっくり返す勢いで調査したものの、何の成果もあげられなかった事を扶桑が伝えると、扶桑だけでなく大型艦チームの全員が申し訳なさそうにションボリするのだった……

 

「何、気にすんな、執務室の方も電話番号と思わしき数字が書かれたメモくらいしか収穫なかったからな」

 

「恐らくここの提督は、大本営の監査の目が届きそうな所には、証拠になりそうな物を置かない様にしていた様だな。実際、地下の方には碌でもない資料が山ほどあったからな……」

 

「ああ……、確かクローン関係の資料と、クローン達が使ってた小型艤装の資料だったか……」

 

落ち込む扶桑達を励まそうと、戦治郎が執務室の調査結果を口にしたところで、戦治郎の言葉に続く様にして戦治郎達が到着する前に工廠の地下を調査していた空がこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎はガサ入れ前に空に見せてもらった資料の内容を思い出しながらそう呟く

 

「それってどんなのだったんだ?」

 

「ふむ……、なら少し話しておくか……」

 

戦治郎の呟きを聞いた木曾が、資料の内容について尋ねたところ、問題の資料を発見した空が資料の内容について話し始める……

 

まずクローンについてだが、これは使い捨てる事を前提に作られた兵器である事が、空達が入手した資料から判明したのだった

 

このクローンは強靭な肉体を手にする為にベースとなる遺伝子の情報を操作し、出来上がった遺伝子を基に受精卵を作り上げ、それを濃度調整した高速修復材……、所謂バケツの効果を利用して受精卵から胎児、胎児から大人の2段階に分けて急速成長させて作られており、この遺伝子操作とバケツによる急速成長が原因で、クローン達の寿命は僅か1ヵ月程度しかない事が、資料に記されていたのであった……

 

そしてこの資料にはこのクローンの運用例が記されており、その内容は悟が見ていたら間違いなく怒り狂う様な、本当に酷いものであった……

 

『このクローンは大量に生産して、数で相手を押し潰す戦法がオ・ス・ス・メ♪そして相手を制圧出来ないまま作ってから1ヵ月経ちそうになったら、強力な爆弾でも持たせて相手組織や敵対国の主要人物や主要施設に嗾けて自爆させたら効果的だと思うの~。遺伝子操作のおかげで銃弾程度じゃ倒れないし、バケツが混ざった培養液の中で育った影響で、かなりのレベルの自己修復能力も備わってるから、かなりの確率でターゲットの所に辿り着けるでしょうね~』

 

資料にはこの様に書かれていたのである……、原文がこれなのである……。これを見た途端剛が大激怒し、クローンを作るカプセルに向けてテュポーンを乱射し、1人で殆どのカプセルを破壊したのであった

 

さて、そんな短命なクローン達が使用していた小型の艤装だが、あれは見た目こそ駆逐艦用の艤装の様に見えたのだが、れっきとした大和型戦艦の艤装だったのである

 

空達がクローン製造用の部屋の隣にあった艤装製造用の部屋から入手した資料によると、この艤装はアリーが保有する大型人型艤装『ハデス』を作る際のテストの一環で作られた物らしいのである

 

何でも『ハデス』は普通に作ると、光学兵器関係の都合で全長及び全高が200mでは済まないサイズになってしまうのだとか……。それはそれで魅力的ではあるが、取り扱いが難しくなると思ったアリーは、何とか『ハデス』を小型化しようと考えたそうだ

 

そしてアリーは手始めに艦娘の艤装の小型化を開始し、それからどんどんステップアップしていき、そうして入手したデータを基に200mオーバーになるはずだった『ハデス』を全高8.8mクラスにまで小型化する事に成功したそうだ

 

こうした流れで誕生した小型艤装だが、実はかなり厄介な代物だったりする。何が問題かと言えば、この艤装は女性であれば艦娘適性が無くても動かす事が出来てしまうのだ……。言ってしまえば、これは艤装型のアリーズウェポンなのである……

 

こんな物が世に出回ればドロップ艦問題に拍車がかかってしまうだろう……。そう考えた空達は、即座にこの艤装の製造プラントも破壊し尽くすのであった

 

「俺達が見つけた資料の内容については以上だが……、何か質問はあるか?」

 

話を終えた空が皆に向かってそう尋ねるのだが、艦娘達は資料の内容に愕然とするばかりで空の言葉に反応する事は無かった……

 

「まあ、そう言う反応になるわな~……。っと次の摩耶達のとこで最後か、って事で報告頼むっ!!」

 

「……あっ、悪ぃ悪ぃ……、んで、あたし達のとこは成果があったぜっ!!」

 

艦娘達の反応を見た戦治郎が、摩耶に結果報告する様に促したところ、我に返った摩耶がそう言いながら戦治郎に資料を手渡す

 

「それは工廠の隠し部屋の中にあったの、私が工廠の中の空間と外から見た工廠の大きさに違和感を感じてね、それがどうしても気になったから皆に協力してもらって工廠の中を調べたところ、隠し部屋の入口を見つけたの」

 

「隠し部屋の中には、その資料と大量のアリーズウェポン、そして……」

 

「脚が生えたお饅頭みたいな物があったっぽい!」

 

摩耶から渡された資料に目を通す戦治郎に向かって、川内と神通が資料を発見した経緯と、資料と一緒に発見した物を報告している最中に、夕立がこの様な事を口にするのであった

 

「饅頭 is 何?」

 

「饅頭とは、小麦粉を練って作った生地に……」

 

「そこの甘味中毒者(ジャンキー)、戦治郎は饅頭とは何なのかを聞いてる訳じゃないぞ」

 

夕立の言葉を聞いた戦治郎が、思わず資料をめくる手を止めながら夕立にこの様に尋ねたところ、甘味が大好きな空が光の速さで戦治郎の言葉に反応して饅頭の解説を始めようとし、すかさず光太郎がツッコミを入れて饅頭の解説を中止させる

 

「あれについては、直接見てもらった方がいいかな……?」

 

「だな……、正直あれが何なのか、江風達には分かンないからな……」

 

「脚が生えた饅頭、めっちゃ気になるが……」

 

時雨と江風の言葉を聞いた戦治郎が、資料を閉じた後顔を顰め後頭部をバリバリと掻きながらそう呟く

 

「何か他に気になる事があるんですか?」

 

「あぁ、未だに見つかってない人身売買関係の資料の在り処が、どうしても気になってな~……。ゾア、おめぇが力貸したって言う亡霊達の中に、提督に売られたって艦娘がいたんじゃないか?」

 

「うむっ!!提督に売られ大勢の男に輪姦されて亡くなった者、豚や馬と交わるところを見世物にされた挙句それが原因で発症した病で亡くなった者、闇医者による臓器摘出手術中に麻酔が切れてそのショックで亡くなった者などがいたぞっ!!!」

 

「OK、想像以上だったわ……。っとまあこれで提督が生贄関係以外でも人身売買やってたのは確定したが、その証拠となる書類が見つかってないってのがおかしいんだわ。こう言う違法で入手した大きな金がある場合、裏帳簿付けててもおかしくないからな」

 

戦治郎の様子を見た阿武隈が不思議そうに尋ねると、戦治郎は阿武隈の問いに答えた後にゾアに対してこの様な質問をし、ゾアの回答を聞くなり僅かの間表情を引き攣らせた後、気を取り直してこの様な言葉を口にするのであった

 

「取り敢えず、提督を軍法会議に突き出す際の証拠は艤装の奴は悪用される可能性あっから後で燃やすとして……、これとクローンの奴、それと人身売買関係の奴がどうしても欲しいとこなんだわ。って事でちょっち人身売買関係の証拠ありそうな場所について話し合うか」

 

こうして、戦治郎達は人身売買関係の資料がありそうな場所について、意見を出し合うのであった。そんな戦治郎の手には、先程摩耶から渡された『対深海棲艦用兵器の取引先リスト』と表紙に書かれた資料が握られていたのであった




E-1、何とかクリア……、あの幼女攻撃避け過ぎ……

次はE-2の輸送ゲージか……


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提督宅に突撃しよう

戦治郎達が人身売買に関する資料の在り処について話し合いを始めてから、一体どれ程の時間が経過しただろうか……?戦治郎がふと執務室にある時計に目を向けてみると、時計の針はマルフタマルマル、草木も眠る丑三つ時を指していた

 

それを確認した後、戦治郎がこの部屋にいる者達の方へと視線を向け直すと、艦娘達の中に眠そうに瞼を擦る者や、船を漕ぐ者などが多数見受けられるのであった

 

こんな調子でこのまま話し合っても成果は出ないだろう……、ならば今日の所はこれで解散して明日また話し合うか……。戦治郎がそう考えて皆に声をかけようとしたその時である

 

「そう言えば……、皆さんは提督のご自宅は調べ終えてらっしゃるのですか?」

 

不意に鳳翔がこの様な事を言い、それを聞いたこの場にいるもの全てが、鳳翔の方へと視線を向ける

 

そう、戦治郎達は軍に関わる艦娘に関する情報は泊地内でのみ取り扱うだろうと思い込み、証拠の在り処を泊地の敷地内にある施設のみに絞って話し合いを進めていたのである……

 

鳳翔の言葉を聞いたところで、戦治郎はこんな大事をやらかしている桂島の提督が、素直に軍の言う事を聞くとは思えないと考え直し……

 

「そういやそこは調べてなかったな……、んじゃあ明日の朝早速調べに行きますかね。今日はもう遅いし、皆眠そうだからな」

 

皆に向かってそう言い放ち、今日の所は解散する事にするのであった

 

 

 

 

 

 

そして次の日、木曾達と朝練を行った戦治郎がシャワーで汗を流し、翔達が準備した朝食を摂り、昨晩執務室での話し合いに参加したメンバーが食堂に集まった事を確認すると、今日の予定について話し始める

 

「今日は昨日の夜に言ってた提督の自宅のガサ入れと、工廠の隠し部屋にあったって言う脚付き饅頭の調査をやろうと思うんだが……」

 

「それなんだけど、ちょ~っといいかしら?」

 

戦治郎が皆に向かってそう言ったところで、剛がそう言って発言権を求めて挙手してくるのであった。それに気付いた戦治郎が剛に発言の許可を出すと、剛は立ち上がってこの様な提案をしてくるのであった

 

「昨日の話し合いの後、戦ちゃんに例の取引先リストを見せてもらったんだけど……、正直、これを放っておいたらアタシが想定していた最悪の事態になりそうなのよね~……。で、かなり無茶なお願いなんだけど……、アタシはこれらの回収の為にしばらくの間戦ちゃん達とは別行動をとりたいの。ただ、アタシだけじゃ絶対不可能だと思うから、輝ちゃんのアルゴス号と運転手として光ちゃんを借りたいんだけど、いいかしら?」

 

「ああ……、あの件ですか……」

 

剛の提案を聞いた戦治郎が、取引先リストの内容を思い出しながら呟く……

 

この取引先リストには、提督がプロフェッサーから仕入れたアリーズウェポンを取引した相手の名前と組織名が、それはもうズラリと並んでいたのである

 

この件で一番の問題となっている点、それはその取引先の殆どが大日本帝国軍陸軍……、大和が言っていた提督に買収された陸軍の関係者となっている事である

 

もしこの問題を放置しようものならば、アリーズウェポンの存在により艦娘の立場が危うくなり、最悪内戦の切っ掛けを作ってしまう恐れがあるのだ

 

そう、剛はそれを阻止する為に行動を起こしてくれようとしているのである。今の戦治郎には、剛の提案を断る理由が存在しない。寧ろ自ら名乗り出てくれた事を、感謝しているくらいなのである。そういう訳で……

 

「分かりました、では剛さんにはアリーズウェポンの回収をお願いしようと思います。ただ、光太郎だけじゃ心許ないのと、監視任務がある艦娘がいる都合、何人かそちらに付けようと思いますけど……、それでいいですか?」

 

「構わないわ~、寧ろ大歓迎ね~」

 

その後、皆で話し合って剛に同行する者を決めた結果、アルゴス号の運転手の光太郎、監視役の川内の他、神通、不知火、瑞穂が剛と共に行動する事となるのであった

 

「さて、剛さんの件はこれで片付いたが……、新しい問題が浮上したな……」

 

「新しい問題……、ですか……?」

 

剛の件が片付いた直後、やや困った顔をしながら戦治郎が呟き、それを耳にした大和が不思議そうに尋ねたところ……

 

「ああ、ホントはアルゴス号に乗って皆で提督の家に行こうかと考えてたんだが、剛さんの件で使えなくなっちまったからな……。んで、その代わりをどうするかって……」

 

大和に尋ねられた戦治郎がこの様な事を口にした後、顎に手を当てながら考えこもうとしたところで、不意に大和が予想外な事を提案してくる

 

「でしたら、大和達の車を使いましょうっ!!」

 

「待って待って?大和達、車持ってんの?」

 

「はいっ!少なくとも大和と大鳳さん、それに矢矧と高雄さんは車を持っていますっ!!」

 

「でも、私達の車って皆2シートだった様な……?」

 

大和の提案を聞いて驚いた戦治郎が、大和に対して驚きの表情を隠そうともせずに尋ねると、大和は戦治郎に向かって笑顔を浮かべながら元気よく返事をし、それを聞いた大鳳が思わず口を挟む

 

「あ~……、提督の家ってでかい?」

 

「それなりに大きいわね……」

 

大鳳の言葉を聞いた戦治郎が提督の家の規模を尋ねたところ、矢矧がこの様な返答をする。それを聞いた戦治郎は、大和、大鳳、矢矧の車と空のライトニングⅡで提督の家に向かう事を決定するのであった。高雄を残したのは、有事の時鳳翔と共に問題に対応してもらう為である

 

それから戦治郎達は提督宅のガサ入れを行うメンバーを選出し、車の持ち主である大和、大鳳、矢矧の3人と戦治郎、空、通、護、そして太郎丸の5人、合計8人が提督宅に向かう事となるのであった。因みに護と太郎丸が選ばれた理由だが、護は提督宅にある回線が繋がっていないパソコンから情報を抜く為、太郎丸は隠し部屋が無いかを調べる為に選ばれている

 

こうして役割が決まったところで皆が一斉に行動を開始、提督宅に向かう戦治郎達もすぐに準備を整え、車を取りに車庫に向かった大和達を泊地の出入口にある門のところで待つ事にする

 

「しっかし、大和達は車持ってたのか~……、どんな車だろうな~……?」

 

「2シートと言っていたから、恐らくスポーツカーだと思うが……」

 

「これで軽トラだったら、自分、爆笑いいッスか?」

 

「それは……、すみません……、多分私も笑ってしまうかもしれません……」

 

「その手の話、僕はあまり興味ないな~……。だって犬だし……」

 

大和達の到着を待つ戦治郎達が大和達の車を予想しながら待っていると、不意に後方からクラクションが鳴らされる。恐らく大和達だろうと思った戦治郎達がそちらへ顔を向けると……

 

「お待たせしましたっ!それで、大和の車には何方が乗りますか?」

 

そこにはフェラーリの812 スーパーファストの運転席の窓から頭を出して、戦治郎達に向かってこの様な質問をする大和の姿があった。そしてその後ろにはホンダのNSXに乗った大鳳と、ポルシェの911 GT2 RSに乗った矢矧の姿があった……

 

\何じゃこりゃあああぁぁぁーーーっ!!?/

 

その光景を目の当たりにした戦治郎達は、思わず絶叫してしまう……。まあ無理もない、大和達が乗っている車はどれもこれも日本円で2000万円を超える超高級車なのである……

 

「ちょっち大和?これはどっこと?おっちゃん達に分かり易く教えて頂戴?」

 

「それは……、提督宅に向かう途中でお話しましょう。それで、何方が誰の車に乗るのですか?」

 

何故大和達がこの様な超高級車を持っているのか……?戦治郎がそれについて大和に尋ねたところ、大和はそう言って戦治郎達に早く車に乗る様に促すのであった

 

その後、戦治郎は大和の、護は大鳳の、通は矢矧の車に乗り込み、太郎丸は空のライトニングⅡに搭乗し、提督宅へと向かうのであった



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鋼鉄の饅頭

「アニキ達も行ったか……、しっかし大和さん達の車……、スゲェラインナップだったな~……」

 

戦治郎達が大和達の車に乗り込み泊地を出るところを、工廠の前に設置した水バケツの傍で、憲兵の詰所から失敬して来た煙草を吸いながら遠巻きに見送っていたシゲが、口から煙草の煙を吐き出しながらそう呟く

 

今回泊地に残る事となったシゲは、食堂での話し合いの後に剛に呼び出され、アルゴス号で使用する戦車用の非殺傷弾を作って欲しいとお願いされたのだ

 

剛のお願いの内容を聞いたシゲは、快くそのお願いを引き受けると直ぐに作業を開始、作業を終え剛に報告し剛達とアルゴス号を蕨島まで運ぶ輝を見送った後に休憩していると、提督宅に向かおうとする戦治郎達のやり取りを偶然目にする事となったのだ

 

因みに空達が見つけた工廠地下への入口だが、今は輝の手によってコンクリートが流し込まれ、完全に封鎖されてしまっていたりする

 

「あんなんがポコジャカ買えるとか、ここの提督は冗談抜きのとんでもねぇ腐れ外道だな……」

 

シゲが顔を顰めながらそう言って、煙草を咥え紫煙を肺に流し込み、再び口から煙を吐き出したその時だった

 

「シゲさん、まだ休憩しているのかい?」

 

ヴェールヌイが工廠の入口から顔を出し、シゲに対してそう尋ねて来るのだった。何故ここにヴェールヌイがいるのか……、それはシゲが戦車用の非殺傷弾を作り始めたところまで時間を遡る……

 

 

 

シゲが剛の頼みを聞いて工廠に向かい作業を開始したところで、ヴェールヌイが工廠にやって来てシゲに向かってこう言ったのである

 

「シゲさん、もしよければ作業を手伝わせてもらえないかい?」

 

ヴェルの言葉を聞いたシゲが、怪訝な顔をしながら手伝いを申し出た理由を尋ねたところ、電と雷が挑戦したい事やスキルアップの為にそれぞれ悟と翔から教えを乞う様になり、それを知ったヴェルはならば自分も何かを始めてみようと思ったんだそうな

 

「そして私は何がしたいのか……、それを考えた時真っ先に思い浮かんだのが、私達の艤装を修理、改修する戦治郎さんやシゲさんの姿だったんだ。あの時のシゲさんは変な声を上げてたけれど、作業している時の姿はお世辞抜きに格好良くて、正直に言えば艤装の修理の手際よりもそちらに見惚れていたくらいだったよ」

 

「お、おう……、サンキュー?」

 

「それで、私もシゲさんや戦治郎さん達の様に皆の艤装の修理を手際よく、格好良く出来る様になりたいと、その技術を活かして皆の力になりたいと、心からそう思ったんだ」

 

ヴェルとシゲはこの様な会話を交わし、真剣な眼差しで自分を見つめるヴェルの姿を見たシゲは……

 

「そう言う事ならいいぞっ!!いくらでも教えてやらぁっ!!!ただまあ、今やってんのは艤装修理関係じゃないが……、それでもいいか?」

 

「構わないよ」

 

ヴェルに対してこの様に尋ね、それをヴェルが了承すると、直ぐにヴェルと共に戦車用非殺傷弾の作製を開始するのだった

 

 

 

「悪ぃ、もう1本くらい吸わせてくれ。っつか別府、お前もそこに突っ立ってないでこっち来て休憩しとけ。休憩も仕事の一環だからな」

 

工廠から顔を出してシゲに話し掛けるヴェルに対して、シゲはこの様に答えた後にヴェルに向かって手招きしながら立ち上がり、吸殻をバケツの中に投げ入れて新しい煙草を取り出すなりクロとゲータを展開、自分はクロに腰掛けて煙草に火を点け、ヴェルにはゲータに座る様に促すのであった

 

因みに、先程シゲはヴェルの事を別府と呼んだが、これは作業中シゲがヴェルに付けた愛称である

 

「スパシーバ、で、さっきの作業だが……、あれはあれで楽しいものだな」

 

「お、作業を楽しめたか~。こりゃ見どころあるな~、もしかしたら想定以上に早く工廠組の仲間入り出来そうだなっ!」

 

こんな調子で2人が話を弾ませていると、不意にシゲの視界にこちらに向かって来る白露型3人と陽炎、そして天津風の姿が映るのだった

 

「シゲさん、お疲れ様~」

 

「ヴェールヌイ?どうして貴女がここにいるの?」

 

シゲ達に話し掛けて来る陽炎型2人に対し、シゲが現状を説明した後に彼女達がここに来た理由を尋ねてみると、彼女達は例の饅頭を見に来た事が判明した

 

「そういや俺もまだそれ見てなかったな……、よしっ!」

 

陽炎達の話を聞いたシゲはそう言うと手にした煙草をバケツの中に投げ入れ、彼女達と共に件の饅頭を見に行く事にするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが夕立が言っていた物だよ」

 

「うわ……、本当に虫みたいな脚が生えてる饅頭だ……」

 

「シゲさん、何か知って……、ってえぇ……?」

 

シゲ達が白露型の案内で隠し部屋に入り、問題の饅頭の在り処を教えてもらい、実際に饅頭を見た陽炎が引き攣った表情を浮かべながらこの様な事を言い、天津風がシゲに対してこの様に質問しながらシゲの方を向き、シゲが驚愕しながらその身を震わせている事に気付くと思わず困惑するのであった……

 

「シゲさん、どうしたっぽい?」

 

「何か滅茶苦茶驚いてる様に見えるンだけど……、大丈夫か?」

 

足付き饅頭を見てから様子がおかしいシゲに向かって、夕立と江風が心配しながらそう尋ねた直後……

 

「アイアンポットッ!!アイアンポットじゃねぇかっ!!!」

 

\アイアンポット……?/

 

シゲが興奮しながら大声でこの様な事を叫び、それを聞いた艦娘達は思わずシゲの言葉をオウム返しする……

 

さて、先程シゲがアイアンポットと呼んだこの脚付き饅頭だが、正式名称は1人用多脚戦車『Kýklōps(キュクロープス)』と言い、れっきとした戦車タイプのアリーズウェポンなのである

 

人が一人入れそうなくらいの大きさの饅頭の様な形をしたボディーの下に、蟹の様な脚が4本生えており、この戦車はその脚を使って移動する事で水上以外のどんな地形も走破出来る様になっているのである

 

また、ボディーの正面には3つのレンズが付いた大きなカメラが付いており、そのカメラには望遠、暗視、サーモグラフィーの機能が備わっていて、この戦車はそれを用いて索敵と相手の視認を可能にしている

 

因みに、何故シゲがこの戦車をアイアンポットと呼んだのかについてだが、これとよく似た戦車が登場するゲームが存在し、そのゲームではその戦車の事をアイアンポットと呼んでいたのである。故にシゲはキュクロープスを見て、思わずアイアンポットと叫んだのである

 

その後、落ち着いたシゲがヴェルと共にキュクロープスを丁寧に調べ、1度解体してパーツの1つ1つを見ながら設計図を書き、再び組み直して元に戻すと、この様な事を口にする……

 

「やっべ、これまだ全然余裕で改造する余地あるわ……」

 

「ほほぅ……、それでシゲさん……、この後どうするんだい?」

 

シゲの言葉を聞いたヴェルがシゲに向かってそう尋ねると、シゲはニヤリと笑って工具を手にすると……

 

「決まってらぁっ!!!こいつをトコトンまで俺色に染め上げてやんだよぉっ!!!」

 

そう叫ぶや否や、キュクロープスの改造を開始するのであった

 

その結果、脚付き饅頭と呼ばれていたキュクロープスは、カメラの隣にそれぞれ主砲を1門ずつ、カメラの下に機関銃内臓の3本の指が付いたマニピュレータが2本後付けされ、ボディーの右側に閃光迎撃神話を1門取り付け、ボディーの上には砲塔が取り付けられ、そこから更に2門の主砲が伸び、砲塔の上には2門の機関砲が取り付けられた。そしてボディーの中にあった操縦席は後付けした後部ポッドに移され、それによって出来たスペースに砲弾の自動装填装置が組み込まれ、後部ポッドの上には大型の対空電探が、ポッド内部には迎撃補助機能と身かわし歩行機能がそれぞれ付いたCユニットが装備されていた

 

「っしゃぁぁぁーーーっ!!!完成だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「ハラショー、こいつはいいな……」

 

キュクロープスの改造を終えたシゲがガッツポーズを取りながら叫び、シゲの手伝いをしていたヴェルが額を拭いながらそう呟いた

 

「つか別府、お前俺の作業に付いて来るとかマジで筋がいいなっ!!!まだぎこちないとこあっけどスポンジが水吸う様に教えた事吸収してんじゃんかっ!!!こりゃちょっと場数踏みゃぁ十分戦力になるわっ!!!」

 

「スパシーバ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

シゲが自身の本気の作業に付いて来たヴェルをべた褒めし、それを聞いたヴェルが少し照れながらこの様に返答したところで、不意に江風がシゲに質問する

 

「なぁシゲさン、こいつって今すぐ乗れるのか?」

 

「あぁっ!!」

 

「だったらさ、早速乗ってみていいか?」

 

「いいぞぉっ!!!ついでだから乗り心地のレポ頼むわっ!!!」

 

こうして、シゲ達は工廠の前で改造したキュクロープスの試乗会を開始するのだが、これがちょっとした問題を引き起こしてしまうのであった……



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饅頭争奪!泊地内サバゲー(?)大会開催

シゲ達が先程改造したキュクロープスの試乗会を始めてしばらく経った頃、工廠の前には多くの艦娘達が集まっており、艦娘達の瞳は何かに対しての期待で輝いていたり、内から湧き上がる闘志で燃え上がっていたりと、様々な様相を呈していた

 

「はい注も~~~くっ!!!」

 

そんな中、髪型をポニーテールに纏め、背中には炎の翼の様な絵柄が、袖と裾には赤いファイヤーパターンが入った黒い作業ツナギを纏ったシゲが、突然叫び声を上げて彼女達の視線を集める

 

「うっし、参加者は皆いるな?んじゃあ……、最初で最後っ!!キュクロープス争奪っ!!泊地内サバイバルゲーーームッ!!!」

 

\わあああぁぁぁーーーっ!!!/

 

そして皆が自分の方を見ている事を確認したシゲが、何かよく分からない大会の開催を宣言し、それを聞いていた艦娘達は一斉に歓声を上げるのであった……

 

「おめぇらあああぁぁぁーーーっ!!!キュクロープスの乗り心地はどうだったあああぁぁぁーーーっ!?!」

 

\サイテー!!/\お尻痛いー!!/\操縦席をもっと広くしろー!!/

 

「評判悪ぃなおいぃっ!??でも、操縦は楽しかったんだろぉ~?」

 

\サイコー!!/\面白~い!!/\た~のし~!!/

 

「そんなキュクロープスが……、欲しいかあああぁぁぁーーー?!!」

 

\欲し~~いっ!!!/

 

「そんなおめぇらに朗報だっ!!このサバイバルゲームで優勝すると……、何とっ!!このキュプロークスが贈呈されるぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

シゲと艦娘達がこの様なやり取りを交わし、シゲがそう叫びながら自身の後ろに待機させているキュクロープスを軽くコツリと小突くと、再び艦娘達から大きな歓声が上がるのであった

 

何故この様な催しが開催される事になったのか……、それはシゲ達がキュクロープスの試乗会を開始したところまで遡る……

 

江風の提案で工廠の表でキュクロープスの試乗会を行う事となり、キュクロープスを表に出す為にシゲが工廠の扉を開いてキュクロープスに乗り込んだ江風に、キュクロープスを動かす様にと合図を送る……

 

「改白露型駆逐艦江風、出るぜっ!!」

 

すると江風はそう言ってキュクロープスのアクセルをベタ踏みし、最高速度で工廠から飛び出そうとする。だが……

 

「あちょっ!?これ速っ!!思ってたよりずっと速……あっぶねっ!!?っておおおぉぉぉーーーっ?!!」

 

どうやらキュクロープスの最高速度が江風の予想を遥かに超えていたらしく、江風は工廠から飛び出した瞬間物凄い速さで迫って来る水平線に驚きながらも、必死になってハンドルを切って海にダイブするのを寸でのところで回避するのだが、直後に視界一杯に広がる壁を見て思わず叫び声を上げる。そしてその次の瞬間、江風が乗るキュクロープスは、泊地の本庁の壁に勢いよく激突し、轟音と共に本庁の1階に大きな風穴を開け、2階にある執務室の窓と壁を直していた藤吉をその衝撃で地面に墜落させるのであった……

 

因みにこのキュクロープス、見た目とは裏腹にかなり速く走る事が出来、その最高速度は4足歩行でありながら200km/hにも達するのである

 

「江風ーーーっ!!!藤吉ーーーっ!!!大丈夫かあああぁぁぁーーーっ!??」

 

「ぼ、ぼぼ僕はだだ、大丈夫……、っていいい今かっかっ江風って……、……こここっこのたたタチコマみたいなのに、か、江風さんがののっ乗ってるんですか……?」

 

「いてててて……、なンであンな速度で壁にぶつかったのに、江風は無事なんだよ……?」

 

事故現場に大急ぎで駆け付けたシゲが、2人を心配して声を張り上げながら尋ねると、藤吉はそう言って頭を摩りながら立ち上がり、江風は後部ポッドから這い出ながら、自身の無事を疑問に思うのだった……

 

因みに江風が無事な理由は、シゲがキュクロープスに後部ポッドを取り付ける際に仕込んでおいた安全装置が作動し、壁に激突する寸前に安全装置が後部ポッドを本体から切り離す様に、後方に向けて射出したからである

 

その後シゲが江風に危険な事はするなと説教し、本体に射出された後部ポッドを再装着させると、改めてキュクロープスの試乗会を開始。それからしばらくすると先程の轟音を聞いて駆けつけて来た摩耶達が、先程の轟音の原因をシゲから聞いた後試乗会への参加を表明、そしてシゲがそんな事を何度も繰り返していると、気付いた時にはかなりの数の艦娘達がこの場に集まっていたのである

 

これでは待っている時間が長くなり過ぎ、皆が苛立ち始めるのではないか……?そう思ったシゲは超特急で高雄の下へ向かい、泊地の資源の使用許可を取ると工廠に駆け込み、自身が先程仕上げた設計図を基に一部武装をオミットした量産型キュクロープスの製作を開始、それから少し時間が経過してシゲが3台目の量産型キュクロープスを作ろうとしたところで、試乗会の会場にシゲがいない事に気付いたヴェルが工廠に現れ、シゲの作業を手伝おうとするのだが……

 

「ちょい待った、そういや別府……、お前作業服とか持ってるか……?」

 

機械油まみれになったセーラー服を着たヴェルの姿を見たシゲが、やっちまった……っと言った感じの表情を浮かべた後ヴェルに対してそう尋ね、それを聞いたヴェルが首を横に振るところを見た瞬間……

 

「よっし、今から司のとこ行くぞっ!!!」

 

シゲはそう言うとヴェルの手を掴む様にして取り、彼女を引っ張る様にして司の所へ向かい、ヴェル用の作業服を発注するのであった

 

「作業服って言うけど~、具体的にどんなのにするん~?もし何か希望があったらこのグレイトフル(中略)な俺様が、バッチリ要望に応えちゃったりしちゃったりするよ~?」

 

「そうだな……、ならシゲさんと同じ様な物を頼むよ」

 

シゲから作業服を作る様に頼まれた司が、ヴェルに向かってリクエストが無いか尋ねたところ、ヴェルはシゲの方を指差しながらこう答える。それを聞いた司は早速作業を開始し、瞬く間の内に袖と裾に青いファイヤーパターンが、背中には暁型駆逐艦の艦娘が付けている『Ⅲ』の形をしたバッジを模した絵柄が入った白い作業ツナギを仕立て上げるのであった

 

その後、ヴェルは司から受け取った作業ツナギに着替え、今まで着ていたセーラー服を司に渡してクリーニングを依頼し、シゲと共に工廠へ戻り作業の邪魔にならない様に髪を1つにまとめて作業ツナギの中に入れ、すぐさま作業を再開しあっという間に合計8台の量産型キュクロープスを完成させる

 

因みにこの量産型キュクロープスは、シゲにより『ピロシキ』と名付けられた。その由来は作業を手伝ってくれたヴェルがロシアへの賠償艦である事と、キュクロープスの形状からピロシキを連想したからだったりする。そしてこのピロシキは、泊地の資源を使うにあたって高雄から出された『泊地の資源で作った物は泊地に納品する』と言う条件に従い、全て泊地に納品される事になっている

 

こうしてキュクロープスの台数を増やしたシゲが会場にピロシキを運び込み、多くの艦娘にキュクロープスの操縦を体験してもらっていた訳なのだが……

 

「なあシゲ、このオリジナルのキュクロープスって誰が使うんだ?」

 

シゲが摩耶達とピロシキの所有権関係の話をしていると、不意に摩耶がシゲに対してこの様な質問をするのであった

 

「あ……、そういやそこらへん全然考えてなかったわ……。俺はもうリュウセイがあるしな~……、……誰か使いたい奴いるか?」

 

摩耶の言葉を聞いたシゲが、何となく皆にそう尋ねてみたところ、この場にいる殆どの艦娘がオリジナルのキュクロープスを欲しがったのであった……

 

そう、こう言った経緯があった為、シゲはピロシキを用いて行う『キュクロープス争奪 泊地内サバイバルゲーム』を開催する事にしたのである



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ルール説明

「そんじゃあ今からこのサバゲーのルールの説明を、別府にやってもらうんで皆しっかり聞くんだぞ?んじゃ別府、頼んだっ!」

 

「了解、それじゃあ今からルールの説明を開始するよ」

 

シゲがこのサバゲーの優勝賞品について話した後、ヴェルがそう言って参加者達に向かってルールの説明を開始する

 

まずこのゲームは4人で1組のチームを作り、そのチームの内の誰かが泊地内の何処かに設置された提督を、相手チームより早くピロシキの脚で思いっきり蹴飛ばせば勝利となる、4対4のチーム戦となっている

 

そして、それぞれのチームの開始地点はコイントスとくじ引きで決定する事となっている。具体的に言えば、まず泊地の敷地を4×4程度に区切り、コイントスで表が出れば東西に、裏が出れば南北に分かれる様にし、コイントスの結果を言い当てた側がどちらの陣地を取るかを決定、そこから今度は自分達の陣地8マスに1~8の数字を割り振った後に両チームの代表がくじを引き、そのくじに書かれている数字の場所を自分達のスタート地点にすると言った感じである

 

因みに試合開始前のコイントスは、キュクロープスに乗ると形代が不機嫌になるからと言う理由で、参加を見送った扶桑が行う事となっている

 

さて、これはサバゲーと言う事なので、当然相手への砲撃は許可されている。ピロシキに装填されているペイント弾に被弾した場合、被弾した者は即座にスタート地点に戻り、ボディーに付着した塗料をしっかり落としたら、ようやく再出撃出来る様になっている

 

尚、提督に対して砲撃を当てた場合、特にペナルティーは無いが勝利条件は満たせない様になっている

 

こうして戦いを繰り返し最後の1チームになると、最後はそのチームによる優勝者を決める為の殲滅戦ルールによる個人戦が行われる流れとなっており、これで最後まで勝ち残った者がこの大会の優勝者となり、めでたくキュクロープスを手にする事が出来るのである

 

「ルールについては以上だよ、何か質問はあるかい?」

 

ルール説明を終えたヴェルが、参加者達に向かってそう尋ねたところ、摩耶が挙手して疑問を投げかける

 

「なぁ、どうしてこんな事しようと思ったんだ?キュクロープスって奴もいつもみたいにあたし達が持ってっていいんじゃねぇか?あたしは誰が使うかって聞いた時、あたし達海賊団の誰かが使うっての前提で聞いてたし……」

 

「それについては、俺から話すわ」

 

摩耶が疑問を言い終えると、ヴェルの代わりにシゲがこの大会の意図について話を始める

 

シゲがこの大会をやろうと思った理由……、それはまず泊地の艦娘達に大いにはしゃいでもらいたかったから、提督に酷使された事で溜まった欝憤をこの大会で発散して欲しかったからである

 

シゲは悪石島で死んだ魚の様な目をした彼女達を初めて見た時、人はここまで疲弊し絶望出来るものなのかと本気で驚いたのである

 

そして戦治郎達の手によって提督が拘束された今でも、まだその表情に暗い影を落とす彼女達の気分を少しでも楽にしてあげたい、その為にはどうしたらいいかを、シゲは自分の足りない頭(比較対象:戦治郎、空、悟、護など)で必死になって考えていたのだ。そんな時に摩耶がキュクロープスの所有権について尋ねて来て、シゲはこの大会を思いついたのである

 

他にも理由はある、シゲはこの大会で集めたピロシキのデータを用いて、キュクロープスに更に手を加えるつもりでいるのである

 

今回の大会で使われるピロシキは、キュクロープスの頭頂部の砲塔上部の機関砲2門と、ボディー右側に取り付けられていた閃光迎撃神話1門が外されている事以外は、キュクロープスと全く違いが無いのである。これなら泊地の艦娘達の気晴らしついでに駆動系の耐久性などのデータも取れる、そう思ったシゲはこの大会の開催を決定するのであった

 

そしてこれは最後の理由、どうせ誰かに渡すならキュクロープスを上手く扱える奴に渡したい、この大会を通じて艦娘達の操縦テクニックを見極めたいと言う、キュクロープスを作り上げたシゲのちょっとした我が儘なのである

 

「っとまあこんなとこだな、分かってもらえたか?」

 

「お、おう……、つか、シゲも色々考えてんだな……。正直意外だったわ……」

 

「うっせバ~カ、っと、他に質問は無いか~?……無いみてぇだな、って事で質問タイムはこれで終了、次はトーナメント表作るからチームの代表者はこっち来な~」

 

シゲの回答を聞いた摩耶が、驚きを隠そうともせずにそう言ったところ、シゲはこの様に返事をした後、トーナメント表を作る為の抽選を開始するのであった

 

それからしばらくして、トーナメント表が完成しサバゲー大会が開始され、泊地内をいくつもの鋼鉄の饅頭が疾走し、時には壁に激突して大穴を開けたり、勝利条件を満たせないと分かっていながらも提督に執拗に砲撃を当てたりしながらも、大会は滞りなく進んで行き、ゾアの精神攻撃のせいで絶叫し続ける全裸の提督を何回宙に舞わせたか分からなくなった頃、チーム戦での決勝戦に参加する2つのチームが決定する

 

片方は時雨をリーダーとした陽炎、天津風、江風の4人からなる海賊団駆逐チーム、もう片方は天龍をリーダーとした初霜、暁、雷で構成された泊地チームである

 

因みに、夕立が参加していない理由はキュクロープスに乗っていたら折角空から教えてもらった格闘術が使えないからであり、ヴェルが参加していないのは自分はキュクロープスを操縦する立場より修理する立場でありたいからだそうだ

 

尚、摩耶、木曾、阿武隈、龍驤の4人もこの大会に参加していたのだが、ピロシキの手綱を上手く握れなかったのか、しょっちゅう転んだり壁に激突したりしている間に、相手チームに提督を蹴飛ばされてしまい、初戦で敗退してしまっていたりする……

 

「シゲさん、この勝負……、どっちのチームが勝つと思う?」

 

「さあな?勝敗って奴は、いつもやってみるまで分かんねぇモンだからな。ただまあ……、個人的には時雨達に頑張ってもらいてぇところだな~……。特に時雨は何か考えてるみてぇだしな~……」

 

戦闘エリア外に設置された実況席から対戦カードを見たヴェルが、隣に座るシゲの方へ視線を送りながらそう尋ねると、シゲはこの様に返答すると大会開始前の事を思い返すのであった

 

 

 

 

 

そう、時雨はシゲがこの大会を開催する事を宣言した直後、シゲにこの様な事を尋ねて来たのである

 

「シゲさん、キュクロープスの装備は基本あれで固定なのかい?」

 

「いや?一応ボディー左側のS-E穴がまだ空いてるからそこに1つ装備を付けられるし、希望があったら他のとこも希望通りに乗せ換え出来るぞ?」

 

時雨の問いに対して、シゲがこの様に返答したところ……

 

「そっか……、分かったよ、ありがとう。それを聞いてやる気が出て来たよ」

 

時雨はそう言うと、その瞳をやる気で静かに燃やしながら、シゲに背を向けて離れていく。そんな時雨の背中を、シゲはただただ不思議そうな表情を浮かべながら見送るのであった

 

 

 

 

 

「おめぇらっ!!!建物関係の修理に関しては、俺と藤吉がいるから気にしなくていいぞっ!!!だから派手で豪快な戦いを見せてくれよーーーっ!!!」

 

時雨とのやり取りの事を思い返していたシゲが、大会の途中に帰って来て大会を観戦する事にした輝の声で我に返り、両チーム共に準備が整っている事に気付くと……

 

「悪ぃ悪ぃ、ちょいボーっとしてたわ……。っと気を取り直して……、チーム戦での決勝戦……、戦闘……、開始だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

シゲの叫びと共にヴェルが目の前に設置されたゴングを打ち鳴らし、多脚戦車によるサバゲー大会のチーム戦の最終戦が開幕するのであった……




E-3の1本目のゲージの破壊に成功、後2本破壊したらE-4からは丙なり丁なりに難易度を下げて、イベント完走を目指そう……


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天龍達の事情

「よしおめぇら!先ずは散開して自陣内から調べて行くぞっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

そう言ってメンバーに散開の指示を出すのは、コイントスとくじ引きの結果戦闘エリアの最南端にして最西端にスタート地点を設置する事となった泊地チームのリーダーである天龍

 

彼女がこの大会に参加した理由は、優勝賞品であるキュクロープスを未だに視覚障害と難聴と戦っている龍田に譲る為である

 

天龍はこの大会に参加するまで、ずっと医務室で龍田の看病をしていたのである。龍田の容態は天龍が悪石島で彼女の姿を見た時よりは回復しているのだが、それでもまだ耳鳴りは多少なれどしているらしく、視力の方も本調子とは言えず物をハッキリ見る為には、相当顔を近付けなければいけない様だ

 

そんな龍田が、天龍の方へ顔を向けながら、この様な事を口にしたのだ

 

「天龍ちゃん……、私ね、あの提督から解放された後に身体の調子が良くなったら~、天龍ちゃんと一緒に深海棲艦をやっつけたいって思ってるの~」

 

「ああ……、そうだな……っ!俺と龍田、2人が揃えば無敵だからなっ!!だから龍田、すぐに良くなるんだぞっ!!!俺はそれまでずっと待ってるからなっ!!!」

 

そう言って微笑む龍田に向かって、天龍は泣きそうになるのを必死に堪えながら、ありったけの空元気を出しながらそう返答するのであった

 

と、その直後である、龍田のベッドを囲むカーテンが突如開かれ、そこから悟が姿を現し天龍に向かってこう言ったのだ

 

「おぅ天龍よぉ、龍田の事は俺に任せてよぉ、おめぇは食堂に飯でも食いに行きやがれってんだぁ。さっき翔の方から連絡きたぞぉ?朝飯の時天龍の顔が見えなかったってなぁ」

 

「あら~、そうなの~?ダメじゃない天龍ちゃん、ちゃんと朝ご飯食べないと~」

 

「龍田の事が心配なのは分かるんだがよぉ、そのせいでおめぇまで倒れられたらよぉ、こっちとしちゃぁいい迷惑なんだよなぁ。それによぉ、そんな事になったらきっと龍田が黙ってねぇぜぇ?」

 

「そうね~……、もしそんな事になっちゃったら~……、しばらく天龍ちゃんとは口を利いてあげないかもしれないわね~?」

 

「分かった分かったっ!!今から飯食いにいきゃいいんだろっ!?」

 

悟の言葉を聞いた龍田が、悟と一緒になって天龍に食事しに行く様にと促し、それを聞いた天龍は慌てた様子で龍田のベッドの傍に設置された椅子から立ち上がり、悟の横を通って食堂に向かおうとする

 

「ついでだぁ、飯が終わったら気晴らしがてらしばらくそこらブラついて来なぁ。そうすりゃぁ、多少なれどおめぇの不安も解消されるだろうからよぉ」

 

その刹那、悟が小声で天龍にボソリと呟く。それを聞いた天龍は一瞬ギョッとした後、ばつの悪そうな顔をしながら医務室を出て……

 

「あの人にはお見通しって訳か……」

 

後頭部をバリバリと掻きながらそう呟くと、天龍は悟達に言われた通り食堂に向かい、食事を摂る事にするのであった。そう、彼女は龍田の事が心配過ぎて、昨晩はよく眠れなかったのである。悟はそんな天龍の様子を察して、あの様な事を言ったのである

 

こうして食事を終えた天龍が、気晴らしの為に泊地内をうろついていると、突如泊地内に轟音が響き渡る。それを聞きつけた天龍は急いで現場に向かい、轟音の原因をシゲ達から聞くとその場を立ち去ろうとするのだが……

 

「ようしっ!!ここに来たのも何かの縁だっ!!天龍っ!!ちょっとあたし達に付き合えっ!!!」

 

突然摩耶がこの様な事を口にし、強引に天龍をキュクロープスの試乗会に参加させるのだった。実際のところ、摩耶達海賊団の巡洋艦達はこのちょっと前に悟から連絡を受け、天龍の気晴らしを手伝って欲しいと頼まれていたりするのである

 

そう言う訳で天龍はキュクロープスの試乗会に参加した訳だが、ここで彼女は彼女にとって非常に気になる言葉を耳にする

 

「これスゲェな……、何処までも遠くが見えるし、かなり小さな音まで拾えるんだな……」

 

「そのせいで、未だ耳鳴りが止まらねぇけどな……」

 

「この会場、かなり賑やかになってきましたからね~……」

 

「センサー系か……、まあ今マモがいねぇからな……。戻って来たらちょい調整してもらうか……」

 

「護が調整したら、今のよりエライ事になりそうな気がするんはウチの気のせいやろか……?」

 

海賊団の面々のやり取りを聞いた天龍に、電流が走る……。この時には天龍もキュクロープスの試乗を終えており、そのセンサー類の優秀さに驚かされたのだが、シゲ達の話を聞く限り、彼等はあのセンサー類の性能を更に向上出来る様なのである。それを聞いた途端、天龍はある事を思いつくのだった

 

そう、センサー類を強化したキュクロープスがあれば、万が一……、いや、億が一……、兆が一悟が龍田の治療に失敗しても、龍田の願いを叶えてあげられるのではないか……?

 

そう考える天龍は、決して悟を信用していないと言う訳ではない。むしろ自身をここまで回復させた腕を持つ悟なら、きっと龍田の事もどうにかしてくれると、心からそう信じているくらいである。だが、彼女は悟の事をいくら信じていても、どうしても不安を払拭出来ないでいたのである……

 

こうして天龍が考え事をしていると、不意に摩耶がシゲに対して質問をするのであった

 

「なあシゲ、このオリジナルのキュクロープスって誰が使うんだ?」

 

「あ……、そういやそこらへん全然考えてなかったわ……。俺はもうリュウセイがあるしな~……、……誰か使いたい奴いるか?」

 

「だったら俺にくれっ!!!」

 

摩耶の質問に答えた後、シゲがこの場にいる全員にこの様な事を尋ねる。それを聞いた刹那、天龍は瞬時に手を上げてシゲの問いに答えるのであった

 

その後、シゲがキュクロープスを『キュクロープス争奪 泊地内サバイバルゲーム』の賞品にする事を決定し、参加希望者は4人1組のチームを組む様にと指示を出したところで、天龍は初霜、雷、電、暁に声をかけ、チームを組んで欲しいと頼み込むのであった

 

この時、天龍から事情を聞いた雷と初霜は天龍の頼みを快諾し、電は自分は皆の足を引っ張りそうだからと参加を辞退、それを見ていた暁がならば自分が電の代わりにと参加を表明、こうして天龍は泊地チームを結成、龍田にキュクロープスをプレゼントしたいと言う一心でこの大会を戦い抜き、彼女達は何とか決勝戦に辿り着いたのである

 

そして彼女達は天龍の指示で散開し、ターゲットである提督を探し始めるのだが……

 

『中々見つからないわね……』

 

『南エリアの西側は全部調べたから……、残りは相手陣地である北エリアと東側ね……』

 

『なら、この建物に登って北エリアの方を少し見てみましょうっ!!』

 

南エリアの西側の探索を終えた初霜達が、ピロシキ内に取り付けられた通信機を使用してこの様なやり取りを交わし、暁がそう言ってピロシキの壁面走行機能を使って、近くの建物に登り始めたその時だった

 

暁が駆るピロシキが登っている壁が彼女の機体諸共突如吹き飛ぶと同時に、建物の中から天津風が駆るピロシキが姿を現し、暁のピロシキに豪快に体当たりをお見舞いしたのである

 

『きゃあああぁぁぁーーーっ!?』

 

『喰らいなさいっ!!』

 

天津風機の体当たりを受けて、機体ごと反対側の壁に叩きつけられた暁が悲鳴を上げた直後、天津風はそう叫びボディー前面から突き出した主砲で砲撃を行い、暁機に塗料を付着させる。その光景を望遠カメラで目撃してしまった初霜達が、驚きの余り硬直していたところで……

 

『見つけたよ……っ!』

 

『敵機発見っ!やったるぜぇっ!!』

 

初霜のところには時雨が、雷のところには江風が姿を現し、硬直する彼女達目掛けて砲撃を開始するのであった

 

『……っ!?こうなったら……、やっちゃいますっ!!』

 

『暁の仇、取らせてもらうわっ!!』

 

時雨達の砲撃音で我に返った初霜達が、咄嗟に砲撃を避けるなり、時雨達に向かってそう言い放つと、彼女達は激しい攻防戦を展開するのであった

 

「あいつら……、先に俺達を動けなくして、その間にこっち側を調べようって魂胆か……っ!!?」

 

初霜達が戦っている間に、天龍はそう呟きながら南エリアの東側に向かおうとするのだが……

 

『見つけたわっ!!』

 

そこに先程暁を仕留めた天津風が立ち塞がり……

 

「悪いが通してもらうぞっ!!!」

 

天龍はそう叫び、天津風と交戦を開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃……

 

「がっはっはっはっはっ!!!天津風の奴、豪快に壁を破壊しやがったっ!!!」

 

「ま、まままたぼぼ、ぼ、僕達のししし仕事がふ、ふふ~えるんですね……」

 

「藤吉君……、そのぉ……、頑張って……?」

 

扶桑の艦載機に取り付けたカメラで撮影されている映像が映る簡易スクリーンを見ていた輝が、天津風が豪快に壁を破壊した瞬間大爆笑し、藤吉がげんなりしながらそう呟く。そしてそんな藤吉に対して、扶桑が苦笑しながらそう声を掛ける

 

「あいつら……、俺がボーっとしてる間にピロシキの安全装置を外しやがったな……っ!」

 

「これについては、大会開始前に勝手に改造するのを禁止していなかったシゲさんのミスだね」

 

その傍らで、シゲとヴェルがこの様な会話を交わし、シゲはガックシと肩を落として溜息を吐くのであった……



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時雨達の事情

初霜と時雨、雷と江風は激しい攻防を繰り広げている内に、いつの間にか合流を果たし、砲撃音と機銃の掃射音、そして時折金属同士が激しくぶつかり合う音を、泊地中に響き渡らせる

 

『そこっ!!』

 

「やらせないよ……っ!!」

 

初霜がそう叫ぶと同時に、建物の壁に張り付いた時雨の機体に砲撃を浴びせようとするのだが、時雨はそう呟くと操縦桿を巧みに操作して壁面をジグザグに走行し、初霜の砲撃を見事に回避する

 

『援護するわっ!!』

 

その様子を見ていた雷が、そう言って時雨機に腕の機銃を向け、その引き金を引こうとするのだが……

 

『でりゃあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

その刹那、雄叫びと共に江風が雷機に体当たりをブチかまし、雷機を初霜機の方へと弾き飛ばす

 

『いったーいっ!!!』

 

『なんて荒々しい戦い方を……っ!?』

 

江風に弾き飛ばされた雷が思わず声を上げ、自身の方へと飛んで来た雷機を回避しながら初霜がそう呟く。それに対して江風は……

 

『今の江風達は海賊団の一員だからなっ!こう言う戦い方も仕込まれてるのさっ!!!』

 

ピロシキの腕を突き出しながら、この様な事を叫ぶのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江風が初霜達に啖呵を切った瞬間、シゲ達の後方にある観戦席がワッと沸き立つ

 

「お~お~!皆盛り上がってやがるなぁっ!!最初見た時の顔と全然違うわっ!!!」

 

「そうですね~、いや~、正直この泊地の艦娘達のこの表情を見れただけでも、この大会開いた価値ありますわ~」

 

観戦席の方を眺めている輝の声に反応し、輝と同じ様に観戦席の方へ顔を向け、泊地の艦娘達の表情を見たシゲは、安堵の息を吐きながらこの様な言葉を口にする

 

シゲ達が見た今の艦娘達の表情、それはシゲ達が初めて彼女達を見た時の様な死んだ魚の様な目をして、あらゆるものに絶望し切った様な表情ではなく、活気に満ち溢れた笑顔や時雨達の戦いを見て興奮している表情ばかりであった

 

「泊地の皆がこんな表情を浮かべるのは、本当に久しぶりだな……」

 

そんな艦娘達の様子を見たヴェルが思わずそう呟いた時、観客席から突如驚嘆の声が上がる。それを耳にしたシゲが何が起こったかを確認する為に、スクリーンの方へ視線を向けると、そこには塗料が付着している初霜機、雷機、江風機と無傷の時雨機の姿が映し出されていたのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛んで来た雷機を回避した初霜は、雷機を弾き飛ばした江風機に狙いを定めようとするのだが、それを阻止する様に時雨が初霜機目掛けて砲撃を行う。そんな時雨の攻撃を初霜が何とか回避し切ったところで……

 

『もらったっ!!!』

 

江風が待ってましたとばかりに声を上げて初霜に向かって砲撃、それに気付いた初霜がしまったと言う表情を浮かべた直後……

 

『させないわっ!!!』

 

先程弾き飛ばされた雷機が初霜機を庇う様にして射線に入り、自らが被弾する事で初霜機を江風機の砲撃から守り、初霜はその光景を見て動揺する江風機に向かってすかさず砲撃し、江風機を見事仕留めるのだが……

 

「残念だったね……」

 

その直後、時雨の呟きと共に飛んで来たペイント弾に被弾し、初霜は雷共々スタート地点送りにされてしまうのであった……

 

『悪ぃ時雨の姉貴……、しくじっちまった……』

 

「今のは仕方ないよ、それよりも早くスタート地点に戻って、その塗料を落としてきなよ」

 

初霜達との戦いを終えた時雨達が、この様なやり取りを交わしていたその時である、時雨達の通信機から陽炎の声が聞こえて来るのであった

 

『今北エリアを全部見終わったんだけど、何処にも提督はいなかったわ。恐らく南エリアの東側……、今天龍さんが向かっている方角にいる可能性が高いわ』

 

「了解、それじゃあ陽炎はすぐに天津風と合流して、天龍さんの足止めを頼むよ。その間に僕が提督を探し出す」

 

『ごめんっ!出来たら早く来てくれないっ!?天龍さん……、かなり強い……っ!!!ってきゃぁっ!!!』

 

『天津風っ!?』

 

『大丈夫っ!ちょっと驚いただけっ!!』

 

「これは急いだ方がいいかもね……」

 

『了解っ!!それじゃあすぐそっち行くわっ!!天津風、私が行くまで何とか持ち堪えなさいっ!?』

 

こうして北エリアの探索を頼んでいた陽炎との通信を終えた時雨は、天龍よりも先に提督を見つける為に急いで南エリアの東側に向かい、被弾した江風は塗料を落とす為に北エリアの下段の西から2番目の位置にある、自分達のスタート地点へと向かうのであった

 

 

 

 

 

さて、龍田の為にキュクロープスを狙う天龍達を相手に、こうして奮闘している時雨達は何を理由にこの大会に参加したのか……?それはこの世界に混乱をもたらす原因となり得るアリーズウェポンを、必死になって回収している剛の為である。まあ、それ以外にも個人個人にも理由はあるが、それよりも優先されるのは、やはり剛の件である

 

海賊団の艦娘達に対して剛はどの様な人物か聞いてみると、真っ先に返って来る答えは間違いなく『鬼教官』であろう……

 

剛は訓練の時は本当に鬼の様に厳しく、彼が組むトレーニングメニューは辛く苦しいものばかりで、生半可な気持ちで訓練に参加しようものなら、確実に心身共にボロボロにされる事だろう……

 

普通ならばそんな事をされれば、誰か1人くらいは彼に対して嫌悪感を抱くものだろうが、海賊団の艦娘達は誰1人として彼を憎む様な事はせず、寧ろ訓練の度に感謝の意を示すのである

 

そう、彼女達は知っているのである、この厳しい訓練も剛の優しさや、何としてでもこの世界で生き残って欲しいと言う願いから来ているものである事を、彼女達は心から理解しているのである

 

事実、剛は訓練を完遂した者にはキチンと労いの言葉を掛け、改善点を分かり易く指摘するだけでなく、改善する為にはどうしたらいいかまでしっかりとアドバイスしてくれるのである。そんな人間を、一体誰が恨むと言うのであろうか……?

 

そんな剛は自身の妻だったアリーの野望を阻止する為に、この世界をこれ以上混乱させない為に、命懸けで深海棲艦や転生個体と戦いながら、アリーが作り出した兵器を回収している。その事を知っている彼女達は、彼の力になってあげたい……、この世界を生き抜く為の力を与えてくれた彼に対する恩を返したい……、そう思ったからこそ、アリーズウェポンの1つであるキュクロープスを手に入れ、彼の目の届く場所に置いておきたいと思ったのだ。この思いは決勝戦まで勝ち進んだ時雨達だけでなく、初戦で敗退してしまった摩耶達も同じ気持ちなのである

 

とまあ、これが彼女達が大会に参加した1番の理由だが、先程も言った通り参加した艦娘達それぞれに、キュクロープスを欲しがる理由があったりする

 

初戦敗退した4人についてはこの際置いておいて、先ず江風がキュクロープスを欲しがる理由だが、彼女はキュクロープスが持つ機動力は、彼女が得意であり好んでいる夜戦と相性がいいのではと思い、キュクロープスを欲しているのである

 

もし江風がキュクロープスを入手した場合、全身を闇に溶け込み易い色に塗り替え、武器と駆動系の消音性を高めて隠密性を向上させ、2つあるS-E穴には魚雷発射管を取り付ける事になるだろう……

 

続いて天津風がキュクロープスを欲しがる理由だが、彼女はキュクロープスの機動性だけでなく、その堅牢な装甲にも目を付けていた。このキュクロープスの装甲だが、何とあの大五郎が装備しているグスタフドーラの一撃に耐える程の耐久力を持っているのである。その事実を知った天津風は、その機動力と耐久性は自身の戦闘スタイルでこそ活かされるのではないかと思い、キュクロープスを欲しているのである

 

もし天津風がキュクロープスを入手した場合、身交わし歩行の特性を持ったCユニットをエンジン補助の特性を持ったCユニットに切り替えてエンジンを強化し、耐久性と機動力を大幅に強化する事となるだろう……

 

更に続いて陽炎がキュクロープスを欲しがる理由だが、オールラウンダーとして重宝される彼女は、他の駆逐艦娘が何かしら特化した物を持っている事を羨ましく思っており、自分にも特別な何かがあったらいいのにと、日頃から思っていたのである。そしてキュクロープスを目の当たりにした彼女は、これを上手く扱える様になれば自身にも特別性が備わるのではないかと思い、キュクロープスを欲しているのである

 

もし陽炎がキュクロープスを入手した場合、耐久性と機動力をバランスよく強化した上に、戦況を正確に把握する為の情報管制系の装備と、それらを守る為の耐電用装備が取り付けられ、場合によって作戦指揮用の機体として運用出来る様な仕様になる事だろう……

 

そして最後、このチームのリーダーである時雨だが、どうやら彼女は駆逐艦では到底実現出来ない事を、キュクロープスを用いて実現させようと考えている様である……

 

そんな時雨は南エリアの東部に向かう途中で、天龍が天津風を討ち取る瞬間を目撃するのであった……



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チーム戦決着

「遂にこの時が来たか~……」

 

「確か少し前くらいから見たいと言っていたね、時雨と天龍さんの対決を」

 

スクリーンの中で対峙する時雨と天龍の姿を見て、思わずシゲがそう呟いたところで、ヴェルがシゲに視線を向けながらこの様な言葉を口にする

 

「ああ、個人的にはこの2人が優勝候補だと思ってるからな、そんな2人の対決……、ぜってぇ盛り上がるはずだわ」

 

ヴェルの言葉を聞いたシゲがこの様に返答した直後、スクリーンの中の2人が同時に動き出し、激しいバトルを開始するのであった

 

「うおっ!?あんのヤドカリもどき、あんな動きも出来んのかよっ?!」

 

「あの機体の足には、舗装された道路用のローラーが付いていますからね、それと壁面走行機能を利用すれば、あの様な動きも可能なんですよ?」

 

勢いよく飛びついた建物の壁面を蛇行しながらローラーダッシュして、天龍の猛攻を掻い潜る時雨の様子を見た輝が思わずそう叫び、それを聞いた扶桑が自身がピロシキを操縦した時の事を思い出しながら、驚く輝に対してこの様な言葉を掛ける

 

因みに、もし扶桑がこの大会に参加していた場合、彼女は一切他者を寄せ付けず、ぶっちぎりで優勝していただろうと、試乗会の時に彼女の操縦技術を見ていたシゲは言っていた……

 

「シゲさん、この戦い……、どちらが勝つと思う?」

 

「あ~……、正直甲乙付け難ぇんだよな~……、操縦技術は恐らく時雨が上なんだろうが、それをプレッシャーで潰せそうなくらい、天龍の気迫が凄まじいんだよな~……」

 

不意にヴェルがシゲにこの様な事を尋ね、それを聞いたシゲは難しい顔をしながらそう答える。そんなシゲの目には、天龍の機体から滲み出る闘志が映っていたのだった

 

シゲとヴェルがこの様なやり取りを交わしている間に、スクリーンの中の状況に変化が起こる。この戦いで一番最初にスタート地点送りとなった暁が、戦線に復帰し天龍のサポートを開始したのである

 

「お?暁はもう復帰したのか……、確かあの塗料、簡単には拭き取れない様にしておいたはずなんだがな~……?」

 

「何でわざわざそんな事してんだよ?それじゃあすぐに戦線復帰出来なくなっちまうだろが」

 

「シゲさんが塗料を簡単には落とせない様にしたのは、塗料を拭き取る様子を機体の修理している様子に見立てる為なんだ」

 

「こんな感じのペナルティー付けないと、死に戻りを利用する参加者が出る可能性ありますからね」

 

暁の復帰が予想より早かった事に対してシゲが疑問を口にすると、それを聞いた輝が不思議そうな顔をしながらシゲにそう尋ねる。それに対してシゲの代わりにヴェルがこの様に返答し、それに続く様にしてシゲが補足を入れるのであった

 

因みに、暁の復帰がシゲの予想より早かった理由だが、それは雷が塗料の汚れを分析し、適切な汚れの落とし方を導き出し、それを実行した事で素早く効果的に汚れを落とせる様になったからだったりする

 

「取り敢えず塗料の事は把握した……、っとそれはそうとこれ時雨は大丈夫なのか?2対1は不利なんじゃねぇの?」

 

「それならきっと大丈夫だと思います、輝さん、スクリーンをよく見てみて下さい」

 

シゲとヴェルの話を聞いた輝が、この様な疑問を口にしたその直後、微笑みを浮かべた扶桑がスクリーンに向けて指を差し、それに従って輝だけでなくシゲとヴェルまでスクリーンに視線を送ると……

 

「あ~……、納得した……」

 

「あれは……、ダメみたいですね……」

 

「暁……」

 

スクリーンに映し出された映像を見た3人は、やや呆れながらそれぞれ言葉を口にするのであった……

 

3人が呆れてしまった理由、それは数の優位性に胡座をかき、慢心して動きが緩慢になってしまっている暁の姿を見てしまったからである……。恐らく今の暁は忘れてしまっているのだろう、1チーム作るのに一体何人の艦娘が必要であるかを……、相手チームには時雨、江風、天津風以外にも後1人メンバーがいる事を……

 

その直後、暁機に突如ペイント弾が撃ち込まれ、暁機にまたも塗料がべっちょりと付着する。その事実に気付いた暁が、自身を討った相手を見つける為にカメラを操作したところ、カメラはここからかなり離れた場所で、頭頂部の主砲から煙を吐き出す陽炎機の姿を捕捉するのだった……

 

「慢心、ダメ、絶対」

 

「これで形勢逆転か……」

 

その様子を見ていたシゲと輝がそう言った瞬間、突然時雨機が天龍機に背を向けて走り出し、そんな時雨機を追おうとする天龍機の前に、陽炎機が立ち塞がる……

 

「あん?時雨が戦線離脱?何でまた……?」

 

「恐らく提督を探しに行ったのでしょうね……」

 

数の優位性を捨てる様な時雨の行動に対して輝が疑問を抱くと、扶桑がそう言いながらカメラの視点を変更し、雷達の様子をスクリーンに映し出す。するとそこには付着した塗料の9割が拭き取られた初霜機と雷機、そして今正に最後の仕上げとばかりに残った汚れを拭き取ろうとする雷と初霜の姿が映るのだった

 

「うっへぇっ!あいつらどんだけ汚れ拭き取るの得意なんだよっ!?」

 

「なるほど……、時雨達は再び形勢逆転される前に、勝負を付けようとしているのか……」

 

その映像を見たシゲが驚きながらそう叫び、ヴェルが納得した様にウンウンと頷きながらそう言うと、まるでヴェルの発言に合わせる様に陽炎機が天龍機に討ち取られ、天龍機は時雨機の後を追い始めるのだった……

 

こうして天龍と時雨による追跡劇が始まるのだが、それはもう凄まじい展開が連続して繰り広げられ、観戦席を今まで以上に沸かせるのだった

 

天龍は自身の前を走る時雨を討ち取らんと、その背中に向けて嵐の様に砲撃や銃撃を放つのだが、時雨はそれを蛇行や壁面走行、更には三角跳びなどを駆使して巧みに躱し、挙句の果てには時折振り返ったり、空中で捻りを加えたりして、天龍の砲撃を妨害する為に足元に砲撃したり、天龍の砲撃を自身の砲撃で撃ち落としたりしているのである

 

「ちょっ!?時雨すげえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「時雨が中でどんな操縦してるのか、もうこれ分かんねぇな~」

 

「ハラショー、自分が作るのに関わった機体をああも使いこなしてくれている姿を見ると、本当に嬉しくて仕方が無いね」

 

「これは……、時雨が車の免許を取った時が楽しみね……」

 

そんな時雨の様子を見た輝が興奮しながら絶叫し、自身の予想を遥かに超えた操縦技術を見せる時雨に驚いたシゲがこの様な言葉を発し、ヴェルと扶桑はこの様な事を口にしながら柔らかく微笑むのであった

 

シゲ達がこの様な事をしている間にも状況は進んで行き、遂に時雨は自分の方に尻を向けながらブルブルと震える全裸の提督を発見する。どうやら提督は、未だにゾアの精神攻撃にその心を苛まれている様だ……

 

提督を発見した時雨は、勝負を決める為にアクセルをベッタリ踏み込み一気に加速、その様子を見た天龍も時雨に続く様にして加速し始めるのだが、突然自身目掛けて飛んで来るペイント弾の存在に気付き、天龍はそれを回避しようと大きくカーブし、傍にあった壁に凄まじい勢いで突っ込んでしまうのであった

 

壁に激突した天龍が、ペイント弾が飛んで来た方角に視線を送ると、そこには主砲から煙を立ち昇らせる江風機の姿があった。どうやらスタート地点送りになった天津風と陽炎が、自分達より先にスタート地点に戻って塗料落としを行っていた江風を手伝って想定より早く汚れを落とし、戦線復帰した江風に時雨達を追わせたのだろう。そして誰の妨害も受けなかった江風は、すぐに時雨達に追いつき、時雨をサポートする為に天龍に砲撃したのである

 

そうしている間に時雨は提督との距離を詰め……

 

「もらったよ……っ!」

 

そう呟きながら、時雨は提督をピロシキの脚で豪快に撥ね飛ばす……

 

こうして、チーム戦の決勝戦は時雨達海賊団駆逐チームの勝利と言う形で、その幕を閉じるのであった



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提督宅の空っぽの金庫

シゲ主催のサバゲーが、そろそろ終わろうとしているところだが、ここで少し時間を遡って戦治郎達の様子を見てみよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大和が運転するスーパーファストの助手席で、大和の話を聞いた戦治郎は物凄い顰めっ面をしていた……

 

戦治郎は最初に大和の車に乗った時は、いい歳した大人のクセにそれはもう大はしゃぎしていた。まあそれは仕方が無い事だ、大和の車はあのフェラーリが作った車なのである、これはそれなりに車の知識があるものなら1度は憧れるだろう2シートのスーパーカーで、恐らく車好きの光太郎がこの事実を知れば、みっともなく喚き散らしながら悔しがる事間違い無しと思える程の、それはそれは凄い車なのである

 

因みに、生前は実家が超極絶大金持ちだった上に、年に5回くらい開催される全てのジャンボ宝くじの1等と前後賞を1年間掻っ攫い続ける程の超豪運持ちの戦治郎だが、この手のスーパーカーは興味はあっても購入した事は無かったりする。戦治郎は自分が使う車に関しては憧れやロマンより実用性を重視しており、生前は車検に引っかからないレベルの改造を施して居住性と走破性を向上させた、トヨタのランドクルーザーを愛車にしていたりする

 

そんな戦治郎が顰めっ面になる様な大和の話とは、一体どの様なものだったのか……?

 

至極簡単な話である、大和がどうやってこの車を手に入れたかに関する話である

 

大和のフェラーリ、大鳳のNSX、矢矧のポルシェ、そして戦治郎達がまだ見ていない高雄のアウディのR8 クーペは、全て桂島の提督が秘書艦経験がある彼女達に買い与えた物なのである

 

何故提督は彼女達にこれらの高級車を買い与えたのか?それは尋常では無い数の艦娘達の屍の上に成り立つ凄まじい戦果を上げる提督が各メディアの取材や演説の仕事を受ける際、泊地の実態が表沙汰にならない様取材の場所や演説の会場を指定し、その待ち合わせ場所に彼女達が運転する高級車で向かい、提督を取材する記者や演説会の会場スタッフ、そしてその光景を目の当たりにした民間人達の心を掴む為である

 

提督はこうする事で大衆に提督と艦娘は儲かる仕事だと思わせ、営業スマイルと心にも思っていない嘘八百を並べ立てて記事を完成させたり演説をしたりして、その記事を目にした大衆や演説を聞いた者達を煽り立て海軍に入隊させた後自分の泊地に着任する様手引きし、自身の手駒を数多く作り上げたのである

 

さて、提督が彼女達に高級車を買い与えた理由は分かってもらえた事だろう、では次に何が来るのかと言えば、その高級車を買う為の金は何処から来たのかである

 

これも本当に簡単な話だ、大和達の車を買う為の金は、全て提督が行った人身売買や資源の横流しで入手した金なのである。酷い言い方をすれば、今大和達が運転する車は多くの艦娘達の亡骸で作られ、その魂に担がれて前に進んでいる様なものなのである……

 

こんな話を聞けば、戦治郎でなくても顰めっ面になってしまうだろう……。恐らく大鳳と矢矧の車に乗る護と通も、大鳳達から同じ様な話を聞いて戦治郎と同じ様な表情をしている事だろう……

 

「本当は……、こんな物すぐに捨ててしまえばいいと……、ずっと思っていたんですけど……」

 

不意に大和がそう呟くと、まるで懺悔する様にポツポツと話し始める……

 

どうやら彼女達は、提督に強要されながらこの車達に乗っていたのだが、いつの日かこの車達に愛着を持ってしまう様になってしまったのだとか……

 

彼女達からしたら、この車達は提督の悪行の象徴の様な物なのだが、それと同時に長年連れ添った相棒の様な存在でもあるのである。こんな業の深い物は捨ててしまえと思う一方で、今まで一緒に頑張って来た相棒を手放す事にどうしても迷いが発生する……。そんな彼女達は罪の意識と車への愛情で葛藤し、その心を苛まれていたのだった……

 

こうして大和の独白が終わり、車内にしばらくの間静寂が訪れる……

 

それからほんの少し時間が経過し、大和が自身の話のせいで車内の空気が悪くなった事を謝罪しようと、運転の為に前を向いたまま口を開きかけたその時である

 

「大和……、やる事やって泊地に戻ったらさ……、提督からもらったって車全部ぶっ壊そうぜ」

 

「えっ?」

 

突然戦治郎がこの様な言葉を口にし、それに驚いた大和が声を上げながら戦治郎の方へ顔を向けるのだが、すかさず戦治郎にわき見運転するなと注意され、大和は前へ向き直った後、戸惑いながら戦治郎に尋ねるのであった

 

「やはり、この車達は処分するべきなんですね……?」

 

「ああ、この車に乗ってる間お前がずっと罪の意識に囚われて、精神的に参っちまって悟の厄介になったり、後々事故を起こすような事態になるくらいなら、盛大にぶっ壊してスカッとした方がいいだろうよ。それにその光景を見たら、多分犠牲になった艦娘達も安心して成仏出来るだろうからな。因みに、それでも成仏しない様な執念深い娘がいた場合は、ゾアにお願いしてすぐに天に昇ってもらおうと思っております、はい」

 

戦治郎の言葉を聞いた大和が、ほんの僅かに暗い表情を浮かべた直後、戦治郎は更に言葉を続けて大和を大いに驚かせるのだった

 

「んで、大和達の車を廃車にして、この事件が片付いて俺達が無事に海軍に入れたら、海軍にミッドウェーで手に入れたあの莫大な量の資源を売りつけて、その金で改めて大和達の車を買うと……、って前前前っ!!!さっきわき見運転すんなって俺注意したでしょうがっ!!!んもぉーっ!!!」

 

「す、すみませんっ!!でも、本当にいいんですか……?」

 

「構わんよ、そもそも俺達にはこの世界で初めて出来た友人からもらった金もまだあるし、アフリカの方旅してた時に入手して隠した資源もある、だから気にすんなっ!!」

 

戦治郎の言葉に驚いた大和が再び戦治郎の方へ目を見開きながら顔を向け、それを戦治郎が頬を膨らませながら再度注意、それから2人はこの様なやり取りを交わし、戦治郎は大和に向かってニカリと歯を見せながら笑って見せるのであった

 

そうしている間も大和達の車は進んで行き、遂に戦治郎達は目的地である提督の自宅に到着する。そして全員が車から降りた直後、護と通が戦治郎に駆け寄り、大和達の車の再購入の話を持ち掛け、戦治郎も2人と同じ考えである事を伝えると、2人は安堵の息を吐いて見せるのであった

 

その後、戦治郎達は提督宅の門の前に立つと周囲への警戒を開始、その間に先ず護が提督宅のセキュリティーを外しにかかろうとする

 

「しっかし泊地の関係者以外いないこの島で、自宅にホームセキュリティー付けるたぁなぁ……」

 

「よっぽど家に侵入されたくない様だな……」

 

「それよりも、センサーが侵入者を感知した場合、一体誰が駆けつけるのでしょうか?」

 

「それでもし、泊地の憲兵達が来たら自分爆笑する自信あるッス。……って、うぅ~?」

 

護がセキュリティー解除を行っている中、戦治郎達がこの様なやり取りを交わしていると、突然護が不思議そうな表情をしながら、小首を傾げるのであった

 

「どうしたの?」

 

「いや……、このセキュリティー……、もう解除されてるッス……」

 

護の様子を見ていた大鳳がそう尋ねたところ、護は不思議そうな顔のままこの様に返答し、それを聞いた戦治郎達は更に警戒心を高めるのであった

 

その後、戦治郎達は門を開いて中に入り、本当にセキュリティーが解除されている事を確認すると、更に進んで提督宅の玄関の前に立ち、戦治郎が静かにドアノブに手をかけて扉を開こうとすると……

 

「……太郎丸」

 

「ちょっと待ってね……、……誰もいないね……」

 

玄関に鍵がかかっていない事に気付いた戦治郎が太郎丸に声を掛け、太郎丸に内部把握を実行してもらって家の中に誰もいない事を確認すると、戦治郎は玄関の扉を大きく開け放つのであった

 

「……もしかしたら提督の関係者が先回りして、証拠になりそうなモン持ち出して処分しちまってるかもしれねぇな……。まあこの予想が当たってても、取り敢えずガサ入れはやんぞ、運が良かったらそいつが見落とした証拠が残ってるかもしんねぇからな」

 

「憲兵達はクタニドさんが全員拘束し、通信関係は護が既に潰しているから、その可能性は極めて低いだろうがな……」

 

「そうなると、一体誰が?となりますが……」

 

「まあそこらはガサ入れやったら分かる事ッスよね~」

 

それから戦治郎達はこの様なやり取りを交わした後、戦治郎、大和、通、太郎丸のチームと、空、護、大鳳、矢矧のチームに分かれて、提督の自宅のガサ入れを開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、やはりありましたよ、裏帳簿が」

 

「こっちは資源の横流しの取引先リストだね~、これに書かれてるいくつかの番号が、光太郎が見つけたメモに書かれてた数字と同じだから、多分あのメモは取引先の電話番号をメモする時に使ったものかもね」

 

「これは……、人身売買の……、こんなに沢山……」

 

空達と別れた戦治郎達は、すぐさま提督の私室に向かって証拠探しを開始し、早速有力な証拠を発見するのであった

 

この時大和は人身売買に関する書類を発見し、その中身を確認するなり気分を悪くして思わず床に座り込んでしまう。まあ無理も無い、その書類には取引先のリストだけでなく、艦娘達を幾らで購入し、どんな事に使用するかについても書かれていたのだ。そんな悍ましいものが250件以上も書かれているものを目にすれば、誰だって大和の様になってしまう事だろう……。特に彼女の場合、それで入手した金で購入された車に乗っていたのだから、余計に辛いところであろう……

 

「サンキューサンキュー、見つけた証拠は俺の腰のボックスに入れてくれ」

 

証拠になりそうな物を見つけた通達が戦治郎に声を掛けたところ、戦治郎は黒い革で装丁されたハードカバーの本の様な物を読みながら、先程自身に声を掛けて来た通達に対してこの様に返答するのであった

 

「ご主人様、一体何を読んでるの?」

 

「あの馬鹿の日記だ……、どうやらあの提督……、海軍入った時はあんな調子じゃなかったみたいだぜ……?」

 

戦治郎の様子を不思議そうに見ていた太郎丸の問いに対して、戦治郎が渋い顔をしながらこの様に答え、それを聞いた通達は思わず驚愕の表情を浮かべながら硬直する。そしてその直後……

 

「こんなん見たら、今の海軍に入っていいもんか悩むな……。後で時間あったら、長門にここらの事ちょっち確認しとくか……」

 

戦治郎は日記を閉じながら、そう呟くのであった

 

その呟きを耳にした通が、戦治郎に日記の内容を尋ねようとしたその瞬間、空から通信が入って来る

 

『戦治郎、そっちはどうだった?』

 

「大当たりだな、大当たり過ぎて涙出そうだわ……」

 

『……どうやら予想外の情報を手に入れた様だな……。っとそれは兎も角、ちょっと来て欲しいんだが、今から来れるか?』

 

「ああいいぞ、こっちは大体調べ終えたからな、んで、何処行きゃいいんだ?」

 

それから戦治郎と空がこの様な会話を交わし、戦治郎達は空の通信による案内の下、提督宅の地下にある隠し部屋へと向かったのだった

 

そして隠し部屋に到着した戦治郎達は、目の前に存在する銀行にありそうなそれはそれは巨大な金庫に驚き、空がその重厚な扉を開いて中を見せたところで更に驚愕の色を深めるのであった。その巨大な金庫の中は空っぽで、札束も金塊も存在していなかったのである……

 

「何この金庫……?こんだけでけぇのに中身が空なのか……?」

 

「俺達が来た時には既にこうなっていた……、故にこの中に何があったのかはサッパリ分からん……」

 

戦治郎と空がお互いに小首を傾げながら会話をしていると、不意に通が戦治郎に向かってこの様な事を言って来る

 

「先輩、先程私が先輩に預けた裏帳簿……、それを見てもらいたいのですが……」

 

通の言葉を聞いた戦治郎が、言われるがままに先程通から預かった裏帳簿を取り出して、その中身を確認したところ……

 

「ごぶヴぉっ!??現在の手持ち100兆だとっ?!?1個人の分際で国家予算並の金持ってたのかよこいつっ!!!??」

 

「資源に艤装、アリーズウェポンに人体まで売っていれば、これだけ稼げる……のか……?」

 

裏帳簿を見た戦治郎は驚愕の声を上げ、それを横から覗き込んでいた空は愕然としながらそう呟く……

 

「って事は、ここにその金があったって事ッスか?」

 

「でしょうね……、そんな額になったら、普通の金庫じゃ収まらないでしょうし……」

 

「銀行……はダメですね、この額では確実に怪しまれますね……」

 

戦治郎の言葉を聞いた護が疑問を口にし、それに対して矢矧が答え、通が矢矧の発言に続いた後、大鳳が更なる疑問を口にする

 

「そんな事よりも、この金庫の中にあったお金は何処に行ったの?」

 

「100兆円となるとかなりの量の1万円札になると思うんですけど……?」

 

「一体誰がそんな莫大な数の諭吉を、俺達に感付かれずに持ち出したって言うんだ……?」

 

大鳳の言葉を聞いた大和と戦治郎がこの様な言葉を発し、それに合わせる様に一同は金庫の方へ視線を向け、怪訝そうな表情を浮かべるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海賊団のせいで使い捨て強化クローン兵の計画書と、汎用小型艤装の設計図を取り返せんかった……。あれを使い回してもっと儲けるつもりじゃったんじゃが……、まあ100兆が手に入った事じゃし、良しとするか……」

 

そんな事をボヤキながら、プロフェッサーは種子島付近を航行していた

 

彼は戦治郎達が泊地のガサ入れをやっている間に提督宅に侵入し、提督の自宅から例の100兆円を自身の艤装の中に押し込んで盗み出したのである

 

「取り敢えず、先ずはこの金をいつもの所に仕舞い込んで、いつもの様にやるかのう」

 

プロフェッサーはそう呟くと、羽織っている白衣の胸元のポケットに入れているボールペンを取り出すと、自身の手の中でクルクルと回して弄び始めるのであった

 

そんな彼が持つボールペンは、ペン先からグリップ部分までが、まるで多くの人間の血を吸い続けて来たかの様に、それはそれは赤黒く変色していたのだった……



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歪んだ理由と囁く悪魔

軍学校を首席で卒業したその男は、自身が憧れた男が元帥を務める横須賀鎮守府に着任出来た事を、それはそれは心から喜んだ

 

彼が憧れる存在……、御英圃(おはなばたけ)元帥は天才的な艦隊運用能力を持ち、その手腕を振るって多くの深海棲艦達を打ち倒し、数多く存在する彼の部下達から絶大な信頼を得ている男なのである

 

彼が御英圃元帥に着任の挨拶をした際、元帥は彼の肩に手を乗せて、微笑み掛けながらこう言った

 

「これから日本の未来を守る為に、共に頑張ろうではないか。大丈夫、君なら出来るさ」

 

元帥の言葉を聞いた彼は、嬉しさの余りつい感極まってしまい、思わずその場で涙を流したのだそうな

 

それから彼は元帥から多くの事を学びながら艦隊を運用し、見る見るうちにその頭角を現し、周囲からは御英圃の再来と言われる程にまで成長した。そんな彼は元帥から賜った艦娘達と協力し、元帥から与えられた任務を誰よりも早く、そして一切の被害を出さずに完遂し続けるのであった。そう、全ては元帥と日本の為に、彼は頑張り続けたのである

 

これこそが、桂島提督が吐き気を催す程の邪悪な提督に堕ちる切っ掛けとなったのである……

 

何時の日か彼は、元帥から与えられる多くの任務を、期日内に処理しきれなくなり始めたのである。その原因は間違いなく元帥が彼に与える任務の量で、彼が普段処理している任務の量は、他の提督の倍以上の量となっていたのである

 

何故この様な事になったのか……、それは彼が頑張り過ぎたからである。彼は元帥に認めて欲しい一心で、誰よりも早く任務をこなしていた。それを見た元帥は彼なら任務の期日を短くし、それで出来た余白の部分に新しい任務を追加しても、きっと彼なら問題なく処理出来るだろうと考え、彼に期日の短い新しい任務を次々と与え続けたのである

 

その結果、元帥が与える任務の量が彼の処理能力のキャパシティーを超えてしまい、彼は元帥から与えられる任務を処理しきれなくなってしまったのである

 

流石にこれ以上は無理だ……っ!そう思った彼は、これ以上任務を追加されても処理し切れる自信が無いと、元帥に直談判したのだが……

 

「大丈夫、君ならきっと出来るっ!!!」

 

彼の事を心から信頼する瞳で彼を見つめながら、元帥は笑顔でそう言って彼の訴えを取り合わなかったのである……

 

そんな瞳で見つめられたら仕方ない……、そう思った彼は元帥のその期待に応えるべく、少々無理をし始める様になる。そうして日に日にボロボロになっていく彼の姿を見た彼の指揮下にいる艦娘達は、そんな彼の力になってあげたいと思い、彼としっかりと話し合い、多少の無茶も承知の上で彼に協力する事を約束し、彼と彼女達は元帥から与えられる任務を片付けていくのであった

 

そんなある日、彼は元帥に大切な話があると呼び出され、元帥の執務室へと向かった。そして彼は、元帥の言葉を聞いて自身の耳を疑った

 

「君は僅かばかりの任務を遂行する為に、艦娘達を酷使した様だね……。君が指揮している艦娘達のその表情から、疲労の色がハッキリと見て取れる……。君には期待していたのだがね……、まさか彼女達に対してあの様な仕打ちをするとは……」

 

その後元帥は、彼に鹿屋基地の支援用に新しく設けた桂島泊地への異動を命じ、執務室から退室する様指示するのであった

 

元帥の言葉で混乱する中、彼は自分の指揮下の艦娘達の事を思い出し、彼女達も共に来てくれるのかどうかを元帥に尋ねたところ……

 

「彼女達は既に全員解体し、精神科の方に行ってもらったよ。だから君と共に泊地に着任する予定になっている艦娘は、こちらで手配した艦娘だけだよ」

 

元帥のその言葉を聞いた彼は、目の前が真っ白になり、その場で倒れ込んでしまうのであった……

 

因みに、彼は桂島へ向かう為の準備をする期間中に、何とか元部下達の現住所を特定し、彼女達の話を聞く事に成功する。そうして再会した彼女達は、皆口を揃えてこう言ったのである

 

いくら元帥に事情を説明しても、『あの男にそう言う様に強要されているのだろう?可哀想に……、大丈夫、もうあの男の事を怖がる必要は無い、だから安心して新しい生活を楽しんでくれたまえっ!!!』と言って、全く取り合ってくれなかった……、と……

 

これにより、彼は元帥への憧れを完全に失い、只々彼女達を失った喪失感に心を苛まれるのであった……

 

その後、彼は命令に従って桂島泊地に着任したのだが、そこで更なる絶望を味わう事となる……

 

普通ならば新設された鎮守府や警備府、泊地や基地には予め多少の資源が置いてあるものなのだが、この桂島泊地にはそれが一切無く、挙句の果てには補給拠点からの支給も半年の間は無いと、共にこの泊地に着任した艦娘から聞かされたのである……

 

彼はすぐさまこの件を、元帥に問い合わせるのだが……

 

「大丈夫っ!!君ならこの程度の逆境は乗り越えられるはずだっ!!!」

 

元帥のこの言葉を聞いた瞬間、彼は即通信を切りところ構わず八つ当たりした後、執務机に座り頭を抱え込んでしまうのであった……

 

さて、この元帥はとんでもない事を口にしているが、実際元帥が今の彼と同じ状況に立たされた場合、本当にこの状況を乗り越えられるのだろうか……?

 

……答えは恐ろしい事に、YESなのである……

 

この元帥ならば、恐らく次の日にはこの状況を打破し、通常通りに艦隊を運用し始めるであろう……

 

これほどまでに優秀な元帥だが、彼にはある悪癖があった……。それは自分が出来る事は他人が出来て当たり前と言う考えと、ほんの些細な物事も大袈裟に捉える感性、そして他者を必要以上に過大評価すると言う3つの悪癖があるのである……

 

そう、彼は元帥のこの3つの悪癖の被害者なのである……。過大評価で無駄に期待され、自分ならこの程度の事はすぐさま片付けられると言う感覚で大量の任務を与えられ、それを遂行する為にほんの少し艦娘達に無理させた事をブラック運用認定されて、彼はこの泊地に飛ばされてしまったのである……

 

こうして絶望に打ちひしがれた彼は、彼の事を監視する任務を与えられている艦娘に艦隊運用する様にせっつかれ様とも艦隊運用はせず、しばらくの間1日中海を眺めて過ごすのであった……

 

そうやって只々無駄に時間を費やす日々を送っていた彼の前に、ある日白衣を纏い布で顔を覆った泊地棲姫が姿を現した

 

それを目にした彼は、助けを呼ぼうと声を上げようとするのだが、初めて見る本物の姫級の深海棲艦に心底恐怖し、上手く声が出せなくなってしまうのだった……

 

そんな彼を見た泊地棲姫は、顔を覆った布の下でニヤリと笑った後、ゆっくりと彼の下へと歩み寄り、この様な事を口にするのであった……

 

「お前さん……、心底憎いと思っている奴がおるんじゃないか……?」

 

深海棲艦が喋ったと言う事実に驚く彼を余所に、泊地棲姫は彼にとってとても魅力的な話を持ち掛ける……

 

「その復讐……、儂が手伝ってやろうか……?」

 

その言葉を聞いた時、彼は無意識の内に首を縦に振り、その様子を見た泊地棲姫は何度か頷いた後……

 

「うむ、素直な事は良い事じゃぞ。人間、やはり欲望に素直な方がいいんじゃよ……」

 

こう言って泊地の本庁の中へと入って行くのであった……

 

それから数分後、泊地棲姫は泊地の敷地内にいた任務娘、アイテム屋娘、そして彼を監視していた艦娘の遺体を引き摺りながら、彼の前へと再び姿を現し……

 

「これでお前さんを縛るものは無くなった、では早速始めるかのう……、お前さんの復讐劇を……」

 

そう言いながらこの泊地棲姫……、プロフェッサーは艦娘達の遺体を彼の前に投げ捨て、呆然とする彼に向かって復讐の段取りについて話し始めるのであった……

 

こうしてプロフェッサーの助力を得た彼は、彼のアドバイスの下史上最悪の提督に身を堕とす事となるのであった……



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日本海軍を変えたい

「……っとまあ、桂島の提督がああなったのは、大体元帥とプロフェッサーのせいだと分かった訳だが……、何か質問あるか?」

 

地下の巨大金庫の件の後、戦治郎達は他にも証拠が無いかを調べる為に提督宅のガサ入れを再開し、粗方調べ終わり全員が家の前に集まったところで、戦治郎は皆に日記の内容を話し、ある程度話し終えたところで皆に質問が無いか尋ねていた。因みに、これ以降の話は殆ど大和達が知っている内容だった為、戦治郎はここで話を一旦終わらせたのである

 

「あの男が人間不信に陥ったのは、元帥のせいだったのね……」

 

「だな、憧れ尽くした相手にそんな仕打ちされりゃぁ、誰だって人間不信に陥るわな……」

 

話を聞いた矢矧がそう呟いたところで、戦治郎が1度だけコクリと頷いて見せながら、この様な言葉を発する

 

そんなやり取りを聞いた艦娘達が、ほんの僅かに提督に同情するかの様に暗い表情を浮かべた直後

 

「だからと言って、奴がこれまでやった事が許されるかと言えばそんな事はないな。故に俺達は多少なれど同情はするが、仕置きの手を緩めるつもりは一切無い。でなければ、犠牲になった艦娘達が浮かばれないからな」

 

暗い表情を浮かべる大和達に向かって、空がこう言い放つのであった

 

そんな空の背中には、提督宅で見つけた乗馬マシンがライドオンしていた。どうやら空はこの乗馬マシンを見た時ある事を思い付き、それを実行する為にこの乗馬マシンを泊地に持ち帰るつもりの様だ

 

「もし元帥が、艦娘は皆自分の娘だ~みたいな事言っちゃう様な人だったら、この方法も有効打になるかもッスけど、やっぱ復讐の対象にするなら血縁者のみに絞るべきッスよね~。ホント犠牲になった艦娘達にとってはいいとばっちりッス」

 

そう言って空の言葉に続くのは、提督宅にあった大量の掃除用ロボットを抱えた護。恐らくこれも空の思い付きに関係している品なのだろう……

 

「ところで、先輩は先程今の海軍に入っていいものか悩むと言っていましたが……、それはやはり元帥絡みなのでしょうか……?」

 

不意に護に手伝わされて掃除用ロボットを沢山抱えた通が、金庫室に向かう前の話を思い出したのか、この様な事を戦治郎に尋ねる

 

「ああ、その話か……。んだな、元帥がもしこの件で反省して、考え方を改めてるってんなら問題は無いが……、特に変わってなかったらって考えると、どうしてもな~……」

 

戦治郎はそう言うと眉間に皺を寄せて考え込み始め、その様子を見ていた艦娘達は怪訝そうな表情を浮かべながら、考え込む戦治郎へと視線を向ける。それに気付いた戦治郎は、難しそうな表情をしながら考え込んだ理由を艦娘達に話し始める

 

先ず戦治郎が懸念したのは、自身が海軍に入った場合、桂島の提督と同じ様な仕打ちを受けるのではないかと言う事

 

戦治郎達の実力と功績については、恐らく長門を通して元帥に伝わっている事だろう。そしてそれと同時に戦治郎達の恐ろしさについても、間違いなく元帥に伝わっているはずだ……

 

そうなると、あの元帥が考えを改めていなかった場合、海賊団のメンバーは戦力分散の為に各地に飛ばされ、手持ちの資源は全て没収された挙句、戦治郎は元帥の『頑張れば出来る』の言葉の下、単身日本から遠く離れた場所で、全くの0からの状態で提督業をやらされる羽目になるだろうと、そう考えたのである

 

「俺の方はホントに何とか出来るかもしんねぇけどさ~……」

 

「戦力分散などと言う事態になった場合、俺は配属先を脱走してでも戦治郎のところに向かうぞ」

 

「自分も自分も~ッス、多分シャチョーくらいだと思うッスからね~、自分達が開発した装備類の使用を許可してくれそうなのは~」

 

「そもそも、海賊団のメンバーは皆個性が強いですからね、そんな私達の手綱をしっかり握り、コントロール出来るのは先輩や空さん、剛さんくらいだと思います。もし私達が他の提督さん達のところに配属する様な事になれば、その提督さん達は私達の手綱を握る事も叶わず、私達の力を持て余してしまうかもしれませんね」

 

「な?こうなるから下手に戦力分散とかしない方がいいわけよ、一応戦略的には間違ってないかもだけどさ~……」

 

戦治郎の話を聞いた直後、長門屋の面々がこの様な事を言い出し、それを聞いた戦治郎はそう言いながら大和達の方へ顔を向け、その様子を見ていた大和達は思わず苦笑するのであった

 

「っとまあ、こんな感じで俺達が今の海軍に入ったら、間違いなく悪条件を付けられて、それによって艦隊運用に支障が出る可能性が高いってのが入りたくない理由な」

 

「では、海軍に入りたいと思っている理由について、お聞きしても?」

 

戦治郎が今の海軍に入りたくない理由を話したところで、大和がそう言って戦治郎に今度は海軍に入りたい理由を尋ねる

 

「これはそうだな……、ドイツとイギリスにいるダチとの約束を守りたいってのと、俺達が安心して暮らせる場所が欲しいってのもあるし、ブラ鎮に苦しめられる艦娘達を助けてやりたい……、って言ってもこれは今回ので多少動きがあるだろうから、状況次第では理由から外れそうだな。っと、そして何よりもオリジナルコアのせいで発生したこの世界規模の異常事態を、何とかして解決する為の拠点が欲しいってのが今までの理由だな」

 

「今まで……、ですか……。では今は少し違うのですか?」

 

戦治郎の言葉を聞いた大鳳が、戦治郎に向かってそう尋ねると、戦治郎は1度頷いてこの様に返答するのであった

 

「ああ、今は新しく日本海軍の内部事情をどうにかしたいってのが追加されてるわ、このままだと燎や長門みたいな、海軍に所属してる俺達の仲間が無駄に苦しめられる可能性があっからな」

 

「悩むとか言っておきながら、結局入る気満々じゃないッスか~」

 

「内部事情をどうにかしたいと言うが、具体的にどうするつもりなんだ?」

 

海軍に入りたい理由を話した戦治郎に向かって護がこの様な事を言い、それに続く様にして空が戦治郎に尋ねたところ……

 

「それなんだが、今のところ考えてるのは今の元帥を元帥の座から引きずり降ろして、新しく元帥を立てるって感じだな。因みに現状での元帥候補は燎な」

 

「え?貴方が元帥になるんじゃないの?」

 

「俺は出来れば現場で戦う指揮官でいたいんだわ、大体この重武装で後方で指揮執るだけってのもおかしな話じゃね?それにもしそうなったら、帝之型の効果が死んじまうからな~」

 

戦治郎はこの様に返答し、それを聞いた矢矧が戦治郎に疑問を投げかけると、戦治郎は苦笑しながらそう返すのであった

 

「今の元帥を失脚させる様内部で動き、新しく元帥となった燎さんの指揮の下新しい海軍を作る……、ですか……。それはまるで……」

 

「ああ、馬鹿な事やらかした奴へのせめてもの餞ってところだな、今の元帥の考えが変わっていなかったら、元帥は今回の件を大袈裟に捉えて、軍法会議と言う名の銃殺刑の開催日時お知らせ会を開いて、すぐさま桂島の提督を処刑するだろうからな」

 

戦治郎の考えを聞いた通が、思った事を口にしようとしたところで戦治郎がその言葉を

遮り、この様な事を言うのであった

 

「1人の男の人生を狂わせた元帥にもケジメを付けてもらうと言ったところか……、戦治郎がそうするつもりなら、俺はこれ以上その辺りの話にとやかく言わず、戦治郎に付いて行くだけだ」

 

「サンキュー空、でもまあ先ずはこの事を泊地に残ってるメンバーにも伝えて、これでいいかどうか確認とらなきゃだわ。って事で証拠集めはこの辺りにして、そろそろ泊地に戻るとすっかっ!!!」

 

戦治郎と空がこの様なやり取りを交わした後、戦治郎達は提督宅を後にして泊地へ帰還するのであった

 

因みに、泊地に戻った戦治郎達は、時雨達によるサバゲー最終戦を目の当たりにした直後、即座に主催のシゲに対してこう言い放ったのであった

 

何故自分達がいない時にそんな楽しそうな事をやるんだっ!!!と……



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蒸気カタパルト付き多脚戦車と鋼鉄の三角木馬

提督宅のガサ入れを終えて泊地に戻った戦治郎は、時雨達の対戦を観戦しながらシゲ達にガサ入れの結果と今後の方針について簡単に話したところ、シゲ達も空達と同じ様な返答をするのであった

 

「まあ今後の方針については、取り敢えずは剛さん達以外の面子が揃ってから、改めて聞くつもりだがな。っと、こんな話してたら決着付いた様だな」

 

戦治郎がシゲ達に向かってそう言った直後、サバゲーの最終戦が終了し泊地中にヴェルが打ち鳴らすゴングの音が鳴り響く……

 

シゲ主催の多脚戦車によるサバゲー大会を制したのは、チーム戦で驚くべき操縦技術で観客達を魅了し、天龍の猛攻を掻い潜ってチームを優勝に導いた時雨であった

 

因みに試合内容についてだが、先ずは相手の攻撃を受けて反撃すると言う普段の戦い方のクセが出てしまった天津風が陽炎に討ち取られ、続いてやや突撃傾向があった江風がフェイントに見事に引っかかって出来た隙を時雨に突かれて敗退、そして最後は時雨と陽炎の一騎討ちとなり、陽炎は時雨の動きに翻弄されて敗れ去ってしまったのである

 

その後、閉会式でシゲが時雨にキュクロープスの起動キーを渡し、時雨がそれを受け取った直後に会場中から拍手が巻き起こり、時雨は少々気恥ずかしそうにしながらシゲから離れ、時雨が元の場所に戻った事を確認すると、シゲは声高らかに大会の終了を宣言するのであった

 

それからしばらくの間、時雨は皆からもみくちゃにされながら祝福の言葉を掛けられ、それがある程度落ち着いたところで、時雨はシゲと話をしていた空の下へと駆け寄る

 

「まさかヴェルが大会で使われていた多脚戦車の製作に携わっていたとはな……」

 

「それだけでなく、さっき時雨がオーナーになったオリジナルの改造にも関わってますよ。あいつ、このまま鍛えたらきっと化けますよ、何たって初めての作業で俺に付いて来てましたからね」

 

「ほう……、それは楽しみだな……」

 

「空さん、ちょっといいかな?」

 

シゲと空がこの様なやり取りをしているところで、時雨は空に話し掛け、声を掛けられた空と空と話をしていたシゲが同時に時雨の方へと視線を向ける

 

「どうした時雨、俺に何か用か?」

 

「うん、あの戦車の改造を、空さんにお願いしようと思ってね」

 

「あん?戦車の改造だったら俺がやるぞ?つか、大会前にそう言わなかったか?」

 

空が不思議そうな表情を浮かべながら時雨に尋ね、時雨が空に話し掛けた理由を話すと、時雨の言葉に反応してシゲがこの様な言葉を口にする。それを聞いた時雨はフルフルと首を小さく横に振った後、言葉を続けるのであった

 

「これは恐らく、空さんにしか出来ないと思うんだ……」

 

「ふむ……、具体的な事を聞いても?」

 

時雨の言葉を聞いた空が時雨に詳細を尋ねたところ、時雨は予想を遥か斜め上を亜光速ですっ飛んでいく様な事を言い出した

 

「あの戦車に、水上歩行機能と空さんや翔鶴さんが使っているカタパルトを付けて欲しいんだ」

 

「ぶぼひょっ!!!」

 

「水上移動は兎も角、蒸気カタパルト付き多脚戦車か……、あまりにも斬新過ぎるな……。そうしたい理由を聞いてもいいか?」

 

時雨が考える改造案を耳にした瞬間、シゲが勢いよく噴き出し、空は愕然としながら時雨にその様に改造したいのかを思わず尋ねるのであった

 

時雨は何故この様な改造を希望しているのか、それは空の艦載機であるトムが関係している

 

噴式戦闘爆撃機であるトムは、その仕様上他の艦載機達より圧倒的に燃費が悪く、戦いに夢中になり過ぎるとすぐにガス欠を起こし、戦闘中にも関わらず墜落してしまう事があるのである……。その度に時雨はトムを守る様に対空射撃を行い、トムが無事に着水したところで海上に浮かぶトムを拾い上げると、すぐさま空の下に届けていたのだ

 

そう言う訳でトムはあまり長時間戦わせてもらえず、帰還から再発艦までの間に戦いが終わる事も多々ある為、性能の割にあまり活躍していないのである

 

過去にトムに助けられた事がある時雨は、そんなトムの事を不憫に思い、どうにかしてトムをもっと活躍させられないか考えていたのだとか……

 

そんな事を考えていた時雨は、泊地のガサ入れ中に夕立が発見したキュクロープスを見て、これに空達が使っているカタパルトを取り付け、これをトム用の中継基地の様に運用したらいいのではないかと思いついたのだ

 

「成程な……、補給の為に遠く離れた俺のところまで戻って来るよりも、主砲や魚雷の射程の都合で敵に接近している時雨のところで補給を済ませ、再発艦する方が時間効率が良くなり、トムが活躍する機会が増えると言う訳か……。分かった、そう言う事ならそのキュクロープスとやらに、希望通りカタパルトを付けよう。ただ、その前に少しやりたい事があるんだ、キュクロープスの改造はそちらを終えてからでいいか?」

 

「ありがとう空さん、改造するタイミングについては、全部空さんの都合に合わせてもらって構わないよ」

 

時雨の話を聞いた空がこの様な言葉を発すると、時雨はそう言って空に向かって感謝の意を伝える様に頭を下げた後、その場を後にするのであった

 

「愛されてますね~、トムの奴は~」

 

「時雨達にとっては、トムは命の恩人だからな……」

 

時雨と空のやり取りを見ていたシゲが、空に向かってそう言ったところ、空はこの様に返答する。と、その直後2人の背後からクラクションの音が聞こえて来た

 

クラクションの音を聞いた2人がそちらの方へ視線を向けると、そこには高雄のR8 クーペに乗った戦治郎とヴェル、そしてその隣には恐らく提督のものと思われる1台約2億円レベルの超高級車に乗った護の姿があった。ヴェルが戦治郎と一緒にいるのは、戦治郎が彼女に車庫の場所の案内を頼んだからである

 

そう、空が先程言っていたやりたい事とは、大和達の車の解体作業の事なのである。因みに高雄の許可は既に矢矧がサバゲーの試合中に取ってくれており、提督の車の鍵は大和が持って来てくれたのだ

 

それから戦治郎達は高雄と提督の車を大和達の車の隣に止め、車から降りると空達に向かってこう言った

 

「車庫の中はこれで全部だったわ、しっかし改めて見るとスゲェラインナップだな……」

 

「皆の命で購入された車か……、本当に悍ましい話だ……」

 

「ああそうだな……、こんなモンはあっちゃいけねぇよな……。って事で、おめぇら……、準備はいいか……っ!!?」

 

\応っ!!!/

 

戦治郎とヴェルがこの様なやり取りを交わした後、戦治郎達は工具を手にすると問題の車達の方へと一斉に走り出す。恐らく、この光景を目の当たりにした者の中には、戦治郎達が走り出そうとした瞬間、某我は汝、汝は我なRPGの総攻撃カットインを幻視した事だろう……

 

こうして戦治郎達は車の解体作業を開始し、問題の車達は見る見るうちに部品を外されていき、あっという間に車だった物へと変貌するのであった……

 

それから戦治郎達は、度重なる慣れない作業で疲れているであろうヴェルを姉妹艦達の下へ帰した後に、先程解体した車と乗馬マシン、そして掃除用ロボットを材料にある物を作り始める。そしてそれがある程度形になったところで、シゲが回収して来た提督の貞操帯を外して、その尻から1度バイブを引き抜き、バイブを洗浄してから戦治郎に手渡す

 

そして戦治郎が受け取ったバイブを先程自分達が作った物に取り付けた事で、ようやく『ソレ』は完成するのであった

 

完成した『ソレ』は正直なところ、何とも言えない見た目をしていた……

 

乗馬マシンの電源コードは発電機に改造された車のエンジンに繋がり、乗馬マシンのシート部分には、何枚も貼り合わせた車のボンネットで作られた三角木馬の様な物が取り付けられ、その中央からは先程戦治郎が取り付けた極太バイブがそそり立っている。そしてその乗馬マシンは、大量に集められた掃除用ロボットを使って作られた土台の上に載っており、その周りを車から回収した車載バッテリーがグルリと囲んでいるのである。更に車載バッテリーからは配線が伸びており、一部はバッテリー同士を繋ぎ、一部は護が作った回路の様な物と繋がり、その回路から更に配線が伸びていて、それは木馬部分の内側からバイブに繋がっていたのだった

 

こうして完成した物は『トライホース』と名付けられ、戦治郎は提督の拘束具を一度全て外し、提督の尻にトライホースに設置したバイブが綺麗に刺さる様に提督をセットすると、拘束具を提督の身体をトライホースに固定する様に取り付ける。そしてそれらの作業が全て完了すると……

 

「スイッチ、オーーーンッ!!!」

 

この掛け声と共に、戦治郎は手にしたスイッチをONにする。すると……

 

「お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ーーーっ!!!」

 

発電機が呻りを上げて動き出して乗馬マシンが動き出し、乗馬マシン部分が凄まじい勢いで前後運動を開始すると同時に、掃除用ロボットを使って作った土台が提督の身体を振り落とさんとばかりに激しく左右に回転し、更に提督の尻の中にズッポリ♂納まっている極太バイブも盛大に大暴れし始める。その強烈な刺激に耐え切れず、提督は幻覚を見ているにも関わらず、天に向かってそれはそれは汚い嬌声を上げながら、主砲からビュルビュルと白濁の液体を発射するのであった……

 

「うん、汚い」

 

「おほ^~~~っ!!!ざまぁないッスね~~~っ!!!」

 

その光景を見てそう呟く戦治郎の隣では、護がそう叫びながら提督のこの姿をアダルト動画サイトやアダルト画像サイトに投稿する為に、それはそれは必死になって撮影していたのであった……



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合流して、また分かれて・・・・・・

トライホースの製作を終えた戦治郎達は、食事を摂る為にその足で真っ直ぐ食堂へと向かい、翔達が準備してくれていた食事をしっかりと食べ終わった後、海賊団のメンバーとミッドウェーで合流したメンバー、そして鳳翔と高雄を食堂に集めて提督宅を調べた結果と、今後の方針について話し始める

 

先ず手始めに資源の横流し関係の資料を、シゲ達がサバゲーをしている間に翔が準備してくれていたプロジェクターでスクリーンに映し出すと……

 

「こんだけ売りに出しておいて、まだあんだけ資源残ってんのか……。どんだけ遠征部隊を酷使したってんだよ……?」

 

ピロシキを作る際に資源保管庫に立ち入ったシゲが、引き攣った表情を浮かべながらこの様な事を口にする

 

因みにシゲが立ち入った泊地の資源保管庫の床には、必要以上にフォークリフトが行き来した痕跡があったらしく、その話を聞いた秘書艦経験者達は提督が泊地以外の場所にも、資源を保管する場所を設けているのではないかと推測、そしてその直後……

 

「あ、それ当たりッス。提督宅漁ってる時見つけた提督の2台目のスマホのメールの中に、資源の取引の日時と場所について触れてる奴があったッス。恐らくこのメールで指定している場所が、横流し用の資源保管庫かもしれねぇッス」

 

「護く~ん?おっちゃんそんな事今初めて聞いたんだけど~?提督宅漁り終えた後、どんなの見つけたか報告しろっておっちゃん言った気がするぞ~?」

 

「テ ヘ ペ ロ ♪(>ω・´☆)」

 

秘書艦達の話を聞いた護がこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎と護がこの様なやり取りを交わした刹那、報告を忘れていた護の頭に戦治郎の拳骨が突き刺さるのであった……

 

その後話は人身売買の話となり、プロジェクターを通して人身売買の顧客リストがスクリーンに映し出されると、内容を確認した泊地の艦娘達が一斉に顔色を悪くし、中にはその強烈なストレスのせいで吐き戻す者まで出て来るのであった……

 

「このリストの中に、あの子達の名前があるのか……」

 

悪石島でクタニドから受け取ったフリフリフリル満載の黒エプロンを装備した翔が、艦娘達の吐瀉物を処理しつつ、スクリーンを睨みつけながらこの様な事を零す。因みにこのエプロン、クタニドの力によってケープと同化し、翔の意思でその形をケープにしたりエプロンにしたり出来る様になっていたりする

 

「む?翔にも見えたのか?」

 

「はい……、ハッキリと見えました……。多分この鼓翼が原因だと思いますが……」

 

「それ以外にも、我と感覚の一部を共有している影響で、我が見ているものが翔にも見えたのかもしれんな」

 

翔の呟きを聞いた空がそう尋ねたところ、翔は鼓翼に手を掛けながらこの様に返答し、その様子を見ていたゾアが横からこの様な事を言うのであった

 

因みに、執務室の件が終わった後、艦娘達の霊は一体何処にいたのかと言うと、全員自分達の姿をハッキリと視認するゾアと扶桑がいた食堂に大集合していたりする。そして翔はそこで彼女達の存在に気付き、翔達が作る料理をつまみ食いしようと手を伸ばし、その手が料理をすり抜けた瞬間物凄く悲しそうな表情を浮かべる彼女達を見て、翔はとても心苦しくなったそうな……

 

尚、そんな彼女達は戦治郎達が提督達の車を解体した際、多くの者がその光景を見るなり成仏し、それでも気が晴れず残った者達は、提督がトライホースに乗せられてアヒンアヒン言い始めた姿を見るなり、腹を抱えて爆笑した後にスッキリした表情を浮かべながら天に昇ったそうだ

 

それからある程度皆が落ち着いたところで、戦治郎は今度は裏帳簿をスクリーンに映し出し、その金額を見た全員が大いに驚き、思わず固まってしまうのであった

 

「100兆……、100兆……?なあ戦治郎、100兆ってどのくらいなんだ?生まれながらのブルジョアなお前なら分かるんじゃねぇか?」

 

「いいか輝、100兆円ってのはなぁ、2億円の宝くじを50万回当てた時に手に入る諭吉さんの数と同じなんだぞ?」

 

「……ぴょ~↑」

 

余りにも馴染みが無さ過ぎる金額を見た輝が、思わず戦治郎にそう質問したところ、戦治郎はこの様に返答し更に輝を混乱させるのであった

 

これは余談だが、戦治郎と輝の出会いは、小学生の頃貧しい家庭で育った輝が、生まれながらの超大金持ちである戦治郎に嫉妬し、毎日の様に事ある毎に喧嘩を吹っかけていた事が切っ掛けだったりする

 

こうして提督宅の調査報告が終わると、次は今後の方針についての話に切り替わる。ここで戦治郎が海賊団のメンバーに提督宅前で話した事を伝えると、全員が戦治郎の考えに同意するのであった。どうやら彼女達も、今の元帥に日本海軍を任せるのは、かなり不安なのだそうな

 

それから戦治郎達は話し合いを続け、明日からどう動くかを決定する。具体的にどう動くかについては以下の通りである

 

 

 

①横須賀鎮守府に今もいるであろう提督傘下の通信士対策の為、集めた証拠を取り敢えず元帥に直接渡す為に海路で横須賀鎮守府に向かう

 

②提督傘下の者達が襲撃して来る可能性を考慮して、泊地を防衛しつつ護が言っていた資源横流しの現場を押さえ、関係者を捕まえて長門達経由で警察に身柄を引き渡す

 

③提督と憲兵達が拘束された事で、精神的に安定して来た泊地の艦娘達の様子を観察し、必要であればイベントなどを開催して彼女達の不安や恐怖を取り除く

 

 

 

①については、道中で何かあった時の事を考慮した結果、証拠を届ける役を担うのは長門屋のメンバーの内の誰かと言う事になり、陸軍相手に剛達が大暴れしている都合、それに巻き込まれて足止めを喰らう訳にはいかない為陸路での移動は無しの方向になったのだ。そして話し合いの結果、証拠を横須賀に届ける役は元帥に面を通す為に戦治郎とペット衆が担当する事となるのだった

 

この時、戦治郎は自分だけで問題ないと言ったのだが、戦治郎の暴走した姿を見て不安になったペット衆が、再び戦治郎が暴走する可能性を恐れてそれを断固として認めなかった為、この様な形になったのである

 

そして②と③は泊地に残る者全員が担当する事となり、横流しの現場を押さえる役は空とシゲと輝が担当し、③は悟と翔と司、そして望が中心となって行う予定となるのだった

 

因みに藤吉は、サバゲー大会のせいでボロボロになった泊地の修繕&掃除担当である。これについては本人の希望があった為了承されているが、藤吉の保護者である輝的には、これを機会に藤吉には人見知りを改善して欲しかった様である

 

こうして次の予定が決まったところで話し合いは終わり、戦治郎と大和は集めた証拠を整理する為に、空達は時雨に頼まれていたキュクロープスの改造を行う為に、食堂から出て行くのであった

 

それからしばらく経った頃、証拠の整理が終わった戦治郎の下に大量のクレームが届き、それに対処する為に戦治郎は空、シゲ、護に召集を掛け、トライホースに跨ってアヘアヘしている提督のところに集合するのであった

 

戦治郎の下に届いたクレーム……、それは他でもない、戦治郎達が車のエンジンを改造して作った発電機の音が煩過ぎて、深夜にも関わらず中々寝付けないと言うものだったのだ……

 

そういう訳で、戦治郎達は1度発電機を停止させ、発電機に更なる改造を施す事にするのであった

 

そして4人で協議した結果、5つある発電機の内2つを風力発電用に、2つを波力発電用に、最後の1つは地熱発電用に改造する方向で話が決まり、戦治郎達は設置にやや手間取りそうな地熱発電用発電機を後回しにして、風力発電用と波力発電用の発電機の製作を開始するのであった……



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絶対に悲鳴を上げてはいけない桂島泊地

少々残酷な描写がございます、御覚悟を……


戦治郎達が発電機の改造を開始してからしばらく経ち、4つの発電機の改造を終えた4人が発電機の設置を開始する前に休憩をしていると……

 

「皆さんお疲れ様です」

 

「こんな時間になっても作業を続けるとは……、まあ今やらないと皆の者が静かに眠れないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだろうが……」

 

不意に声を掛けられ4人がそちらに顔を向けてみると、そこにはおにぎりが沢山詰められた重箱を持った翔と、味噌汁が入った鍋と味噌汁を注ぐ為のお椀が載った台車にぶら下がったゾアの姿があった

 

何でも翔達は食堂で明日の朝の献立を考えていたら、戦治郎達が提督の所に集まって作業を開始するところを偶々発見したのだとか。そして翔はそんな戦治郎達の様子を見て、これは遅くまでかかるだろうと予測し、こうして彼等に差し入れを持って行く事にし、翔と感覚の一部を共有しているゾアは翔のこの決意を感知し、協力を申し出たのである

 

事情を知った4人は、翔とゾアにお礼を言いながらおにぎりと味噌汁を受け取ると、それはそれは美味しそうにおにぎりを頬張り、時々熱々の味噌汁を啜って翔達の差し入れを堪能するのであった

 

「それで皆さん、作業は後どのくらいで終わる予定なんですか?」

 

「一応今どうこう出来る発電機は、全部改造完了してるんだが~……」

 

「提督の方に少々問題があってだな……」

 

そんな戦治郎達に対して翔が進捗を尋ねたところ、戦治郎と空が微妙な表情をしながら提督の方へと顔を向けてそう答えるのだった

 

翔が詳しい話を聞いてみたところ、どうやら提督はゾアによる精神攻撃と執拗なアナル責めのせいで、主砲から精液が止まらなくなってしまっているのだとか……

 

「常に生命の危機に瀕している状況を幻覚で見せられている中で、アナルバイブによる強烈な前立腺刺激だから、こうなるのも仕方ねぇと思うんだが……」

 

「それのせいで、提督を波力発電用発電機の設置予定場所付近まで運べないと言う、些細な様で重大な問題が発生したッス。まああれッス、提督を運んでいる最中に、提督に精液ぶっかけられるのが嫌ってだけなんッスけどね~」

 

「この面子の中に、野郎にぶっかけされて悦ぶ変態はいねぇからな……」

 

「まあ、最終手段が無い訳ではないが……」

 

シゲ、護、戦治郎が順番にこの様に述べた後、空が送電用のケーブルに視線を向けながらそう呟く

 

「……送電用ケーブルで、提督の主砲を縛るんですか?」

 

「ああ、それで提督の精液発射を阻害している間に、提督を移動させようと考えているのだが……」

 

「あのケーブルって結構太いだろ?だからあの提督の主砲縛るには、それなりの長さが必要なんだわ……。ケーブルが短すぎると、ケーブル結ぶのに手間取るだろうからな……」

 

「それに、そんな事の為に貴重な送電用ケーブルとか使うのは、何だか勿体ないな~ってなってる訳よ……」

 

「一応回路用の細めの配線もあるッスけど、これだと縛った時主砲に通ってる血管や神経を痛める可能性があるだけでなく、圧迫不十分で漏れて来るかもしれないッスからね……」

 

翔の問いに対して4人がそう答えたところで、ゾアが何かを思い出したかの様にハッとするなり、自身の殻の中から何かを取り出し、それを戦治郎に差し出しながらこの様な事を口にする

 

「戦治郎、そのケーブルの代わりにコレを使うのはどうだろうか?」

 

そう言ってゾアが戦治郎に差し出しているのは、以前ゾアがナイトゴーント牧場付近で拾った、全身が鱗で覆われたミミズの様な生物であった……。それはゾアの触腕に掴まれた状態でウネウネとのたうちながら、ドクンドクンと全身を脈動させていた……

 

「ゾア……、そんなの何処で拾ったの……?」

 

「これか?これは翔達とルルイエに向かう道中に立ち寄った、ナイトゴーント牧場の敷地内で拾ったのだが?」

 

「道理で見た事ねぇ生物だと思ったわ……、ホントは生物をこんな事に使うのはどうかと思うんだが……、ゾアの心遣いを無碍にするのは心苦しいし、他に良さそうなのもなさそうだし、これでやっちまうか……」

 

翔とゾアのやり取りを聞いていた戦治郎は、その表情を引き攣らせながらゾアからミミズの様な謎の生物を受け取るのであった

 

そう……、これが切っ掛けとなり、戦治郎達は『絶対に悲鳴を上げてはいけない桂島泊地』に強制的に参加させられる羽目になるであった……

 

ゾアから謎ミミズを受け取った戦治郎は、提督の横に立って謎ミミズを提督の主砲に結び付けようとするのだが……

 

「あちょっ!?何だこいつっ?!いきなり暴れ出しやがったぞっ!??」

 

その最中に提督が主砲を発射した瞬間、突然謎ミミズが戦治郎の手の中で暴れ始め、それに驚いた戦治郎は、そう言いながら思わず謎ミミズを手放してしまったのである……

 

するとこの謎ミミズは、提督の主砲に巻き付きながら移動を開始し、提督の主砲の砲口に辿り着くと、その身をよじらせながら砲口の中へと入っていくのであった……

 

「おぴょ……っ?!?」「うひぃ……っ!!?」「ひぇっ……っ??!」「ぬぅ……っ!??」

 

その光景を目の当たりにした翔とゾア以外の4人は、思わず小さな奇声を上げながら腰を引いて、股間を押さえだすのであった……。まあ、野郎の主砲の中に異物が入っていく様子などと言う物を、精神が人間の男である彼等が見せつけられれば、どうしてもこの様な反応をしてしまうだろう……。むしろそんな恐ろしい光景を目の当たりにしながら……

 

「ありゃりゃ……、中に入っていっちゃった……」

 

この程度のリアクションしか出ない翔は、一体どうしてしまったのであろうか……?神話生物達と交流を持つ様になった事で精神が図太くなったのだろうか……?それとも彼は、男の尊厳などをルルイエに置いて来てしまったのであろうか……?まさかとは思うが、その感覚が神話生物側に傾いてしまったのだろうか……?謎は尽きない……

 

「むぅ……、取り敢えずあの生物を中から引っ張り出して、再び結び直すとするか……」

 

「いいいいや、ぞぞぞゾア?む、むむむ無理に引っ張り出すのは、かっかかかっ可哀想なんじゃないか……?ああ、かか可哀想なのは、みみみミミズの方な……?」

 

「どうしたのだ戦治郎?声が震えておるぞ?」

 

謎ミミズが提督の砲口の中に入っていくところを見たゾアが、そう言いながら提督に歩み寄って、触腕を伸ばして謎ミミズを提督の砲身から引き抜こうとしたところで、戦治郎が慌ててそれを制止する。この時戦治郎達は、自分達がそんな事をされたらどうなるかを想像してしまったのであろう……。そんな戦治郎の必死の制止のおかげで、ゾアは謎ミミズを提督の砲身から引き抜こうとするその触腕を止めるのだが……

 

「ん"ん"ん"ん"ん"ーーーっ!!!!!」

 

「「「「……っ!!!??」」」」

 

その直後、突然提督の主砲が普通に考えれば有り得ないサイズにまで膨張し始め、提督は砲身を内部から圧迫される苦しみに思わず声を上げ、その光景を目にした戦治郎達は内心で大いに驚愕しながら手で自分達の口を押さえ、悲鳴を上げない様に努めるのであった。そう、これは既に就寝しているであろう艦娘達を、この異常過ぎる事態に巻き込まない様にする為の、戦治郎達なりの配慮なのである。とは言っても、提督が上げる声にならない悲鳴が、そんな戦治郎達の努力を完全に無駄にしていたりするのだが……

 

さて、一体提督の主砲の中では、どんな事が起こっているのだろうか……?

 

その前に、提督の主砲の中に潜り込んだあの謎ミミズについて、ここで少しだけ触れておこうと思う。この謎ミミズは水分を摂取すると、摂取した水分の量に合わせて身体が膨張する様になっているのである。そう、この謎ミミズは現在、人間で言う顔に該当する部位から口が付いた触手の様な物を伸ばし、提督の膀胱から尿を摂取して膨張し、提督の砲身に栓をしている状態になっているのである。そしてこの生物はある物を摂取すると、かなり攻撃的な性格に豹変するらしいのである……

 

「ああ……、これはヤバそう……」

 

異常なレベルで膨張した提督の主砲を見た翔が、そう呟きながら砲口から少しはみ出した謎ミミズの身体を掴んでほんの少し引っ張ると、突然提督がビクリと身体を跳ね上げる。どうやら今の刺激のせいで、提督は今日何度目か分からない絶頂に至った様である……。するとどうだ、提督の主砲から突然凄まじい数の鋭利な刃物の様なものが勢いよく飛び出して来て、提督の主砲は瞬く間の内に血染めのハリセンボンの様な姿になってしまったのである……

 

「お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ーーーっ!!!」

 

「「「「~~~~~っ!!??!?!」」」」

 

直後に提督が激痛の余りに獣の様な咆哮を上げ、それと同時にその光景を目にした戦治郎達が、口を押さえながら声にならない悲鳴を上げる……。そんな戦治郎達は、完全にその恐怖に飲み込まれているのか、顔面蒼白になりながら全身から脂汗を大量に垂れ流していた……

 

「あ、これ冗談抜きでヤバイ奴だ……っ!」

 

そんな中、翔はそんな事を言いながら、慌てた様子で謎ミミズを引き抜こうとするのだが、すかさずそれを戦治郎が翔の肩を掴んで制止、驚きながら戦治郎の方へ顔を向ける翔に対して、戦治郎は無言で何度も頭を左右に振りながら、翔に謎ミミズにこれ以上触るなと、目で訴え掛けるのであった……

 

もしこのまま翔が謎ミミズを引き抜いた場合、提督の主砲はタコさんウインナーの様な状態になり、それを見て自分達がそうなったら……と想像してしまった戦治郎達に、更なる精神的ダメージを与える事になっていただろう……

 

ここで謎ミミズがこうなってしまったのかについて触れよう、先程言っていた謎ミミズを豹変させるものだが、それは糖分と蛋白質である。そう、この謎ミミズは提督の精液の中に含まれていた果糖と蛋白質を摂取した事で攻撃的な性格となり、全身の鱗を逆立てて戦闘形態に移行したのである。そうして逆立った謎ミミズの鱗が、提督の砲身を突き破った事で、提督の主砲は見るも無残な姿となってしまったのである……

 

その後、提督の悲鳴に反応して医務室から飛び出して来た悟が、変わり果てた提督の主砲を見て腹を抱え指を差して大爆笑した後、診察を行い提督の主砲の状態を戦治郎達に伝えると、戦治郎達は再び腰を引いて股間を押さえ、ガタガタと震え始めるのであった……

 

「取り敢えずよぉ、こいつの主砲を開きにしたら、件のミミズみてぇな生物は取り出せるだろうなぁ。まあどの道この主砲は使い物にならなくなってっから、切除した方が早いっちゃ早いんだがよぉ……」

 

「何か問題があるんですか?」

 

「あるっちゃぁあるなぁ……、何せ俺はよぉ、こいつがどれだけ苦しもうがよぉ、どれだけ傷付こうがよぉ、一切治療してやろうと思わねぇからなぁ。艦娘達の命と一緒に俺の治療を受ける権利を売り払って来たこいつの事をよぉ、助けてやらねぇといけねぇなんてこれっぽっちも思わねぇからなぁ」

 

「ああ、悟さんもそう言う方針なんですね。僕もこの人に対しては、ご飯を作ってあげようって気にはなれないんですよね」

 

「翔もこいつの面倒を見る気ねぇのかよぉ……、なら栄養失調で死なねぇ様にしとかねぇとだなぁ」

 

提督の主砲の状態を伝え終えた悟は、翔とこの様な残酷なやり取りを交わした後医務室に戻り、点滴セットを持って来て提督に取り付けると、診察終了を宣言してさっさと医務室へ帰り、それに続く様にして翔も戦治郎達を激励した後、明日の朝食の下拵えを行う為に、食堂へと戻って行くのであった

 

こうしてこの場に残された戦治郎達は、身体の震えが収まるまで待った後、自分達が作った発電機を泊地の埠頭辺りに設置し、なるべく提督を見ない様に注意しながら提督を埠頭の方へと移動させ、発電機とトライホースを接続して試運転を行い、トライホースが問題なく動く事を確認すると、戦治郎達は急いでその場を後にして、自分達に割り振られた部屋に敷かれた布団の中に潜り込んで、先程の出来事を早く忘れられる様にと祈りながら、眠りにつくのであった……



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横須賀の乱

昨晩地獄を見た戦治郎達がようやく眠りについてしばらく経った朝の5時、横須賀鎮守府内にある通信指令室では、丁度夜勤担当者と昼勤担当者の交代手続きが行われていた

 

それからしばらくすると交代手続きが終わり、本日の昼勤担当の通信士が夜勤担当者の背中を見送った後に席に着き、業務を始める前にある所に専用回線を使って通信を行おうとする……

 

そう、この通信士こそが桂島泊地の提督の傘下にいる問題の通信士なのである

 

この通信士は少し前に長門達が鎮守府に帰還した時、桂島の提督にこの事を伝えたところ、桂島の提督からしばらくの間長門達の様子を観察し、後日何か変わった事が無かったか報告する様にと指示されたのだ

 

この時桂島の提督は、佐世保に連れて行かれた鳳翔を連れ戻す事に必死だった為、通信士に対してこの様な指示を出したのである。もしこの時提督が通信士の定期連絡の方を優先していたなら、通信士が泊地の異常をすぐに察知して桂島に戦力を大量に送り、この世界の人間を殺さない様にしている戦治郎達を、窮地に追いやっていたかもしれなかったのである……

 

さて、そんな彼が今回提督に通信を入れようと思ったのは、長門達が戻って以来妙に自分の事を観察している艦娘が増えた事を、提督に伝えようと思ったからである

 

そう言う訳で彼は現在桂島泊地に通信を繋げようとしているのだが……

 

(……?通信が繋がらない……?)

 

何時まで経っても桂島泊地に通信が繋がらず、通信士がその事を不審に思った直後、彼はある事を思い出し思わずハッとする

 

彼が思い出した事とは、長門達が帰還するよりずっと前、燎と元帥が執務室で何気無く話していた話の内容、ヌ級の問題が発生していた時の南方海域の様子についてである

 

燎は執務室に盗聴器があるとも知らず、燎と海賊団が知り合った経緯や海賊団が南方海域でどんな事をしていたのかを、細かく元帥に話していたのである。その中で燎は、護が人工衛星を打ち上げた事や、それで得た情報を護がたった1人で管理している事についても、暢気に話していたのだ

 

この事を思い出した通信士は、恐らくその護と言う奴が泊地との通信を阻害し、その間に海賊団が泊地を襲撃し泊地を制圧したのではないかと予想するのであった

 

(もし本当にそうだったら不味い……っ!このままだと自分も捕まってしまう……っ!!)

 

そう考えた通信士は、すぐさま懐に隠していたスイッチの様な物を押し込み、その直後に緊急時に日本各地にある鎮守府や警備府、泊地などにまとめて連絡を入れる為の非常回線を開き、マイクに向かってこう叫ぶのであった

 

「緊急事態発生っ!!何者かによって桂島泊地への通信が遮断されましたっ!!恐らく新型の深海棲艦による通信妨害と思われ、桂島泊地が襲撃されている可能性が非常に高いと予想されますっ!!!この通信を聞いている全ての艦娘は桂島泊地に急行し、同泊地の救援をお願いしますっ!!!繰り返しますっ!!……」

 

非常回線を開くと同時にけたたましく鳴り響き出したサイレンの音と共に、通信士の声は日本各地の日本海軍の拠点内に響き渡り、横須賀鎮守府内も慌ただしくなり始めるのであった……

 

そしてその混乱に乗じて通信士が通信指令室から出ようとした刹那、数人の艦娘達が艤装を装着した状態で通信指令室の中になだれ込んでくるのであった

 

「遂に化けの皮を剥がしおったなっ!!!」

 

「大人しく投降すれば、私達は貴方に危害を加えるつもりはありませんっ!!」

 

「さあ、観念してお縄につくクマッ!!!」

 

通信指令室に突入して来たのは利根、妙高、球磨の3人で、その後方には三日月、菊月、そして筑摩の3人が控え、不測の事態に備えて周囲を警戒していたのであった。そんな彼女達を見た通信士は、降参する様に両手を上げて見せ、それを見た利根達が通信士を拘束しようと近付いたその時である

 

「姉さん伏せてっ!!!」

 

突然後方に控えていた筑摩が叫び、腰に携えていたマカロニを構えると、三日月達と共に通路の方へ向かって発砲し始めたのである。そして筑摩達が弾倉交換の為に通信司令室の中に飛び込む様にして入って来ると、通路の方から機銃の発射音の様な音と共に、大量の弾丸が先程筑摩達が立っていた場所を通過して行く

 

「一体何事じゃっ!?」

 

「桂島の提督傘下の憲兵さんと思われる方々が、武装してこちらに向かって来たんですっ!!」

 

「何ですってっ?!」

 

筑摩の叫びに反応した利根達は、慌てて通信指令室内にある机の影に隠れ、利根が筑摩に現状について尋ねたところ、筑摩はこの様に答え、それを聞いた妙高が驚きの声を上げる

 

この憲兵達は恐らく通信士が呼んだのだろう……、しかしいつの間に……?この場にいる彼女達がそんな事を考えていると……

 

「あっ!!待つクマッ!!!」

 

混乱する彼女達の隙を突いて、通信士は通信指令室に設置された脱出口目指して走り出し、それに気付いた球磨が声を張り上げて通信士を制止しようとするのだが、その声は通信指令室に乗り込んで来た憲兵達の発砲音によってかき消され、通信士は脱出口を使ってこの場を後にするのであった……

 

さて、この憲兵達だがどうやって事態を把握し、通信指令室に乗り込んで来たのだろうか……?その答えは通信士が非常回線を使用する前に押し込んだ、懐から取り出したあのスイッチにある

 

あのスイッチは桂島提督傘下の陸軍兵達に、横須賀鎮守府に突入するタイミングを伝える為のスイッチで、本来は桂島提督の思惑通りに事が進み、たった独り生き残った大和が作戦失敗の報告を元帥に行っている最中に、執務室を盗聴している通信士がスイッチを押し込んで陸軍兵達を横須賀鎮守府に突入させ、元帥とその関係者を拘束した後に桂島提督が国民に向けて演説を行い、作戦失敗の責任を全て元帥に押し付けて国民のヘイトを元帥に集中させ、その元帥を国民の視線が集まる中で自身の手で始末して見せて自身を国民にとって英雄的な立場に仕立て上げ、空いた元帥の座に桂島提督が座るようにする為の物だったのである

 

通信士は提督の思惑が外れたと知るや否や、このスイッチを自分が逃走する為の時間稼ぎの為に使用したのである。これにより、先ずは横須賀鎮守府に配属されている憲兵達が、既に桂島提督が拘束されているにも関わらず行動を起こし、横須賀鎮守府周辺にある陸軍の拠点からも、多くの提督傘下の陸軍兵達が横須賀鎮守府目指して集まって来ていたのであった

 

この出来事は、後に『横須賀の乱』と呼ばれるようになり、当時の大日本帝国軍最大の汚点として、後世に語り継がれていく事となるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、横須賀に証拠を届ける事になっている戦治郎とペット衆はと言うと……

 

「オラオラオラァッ!!!急げ急げ急げぇっ!!!」

 

「この辺ホントに誰もいないからすっごく快適~~~っ!!!」

 

「岩川と鹿屋の艦娘達……、マジで出て来てねぇんだな……」

 

「オラとしては、誰も傷つけず、誰も傷つかないからいいと思うんだぁよ~」

 

戦治郎と太郎丸、そして弥七と大五郎がこの様なやり取りを交わしながら、鹿屋基地と岩川基地が防衛を担当している海域を悠々と抜け、四国方面へとダッシュしていたのであった

 

そんな中、突然戦治郎の頭の中に、鷲四郎の声が響き渡る

 

『旦那、進行方向上に艦娘の団体さんがお待ちだぜ』

 

「確か佐伯湾、宿毛湾、柱島、そして呉の大連合だったっけか……?」

 

『ああ、加賀が言ってた通りならな』

 

戦治郎は鷲四郎とこの様なやり取りを交わした後、前方を目を凝らして見てみる。すると戦治郎はある人物を発見し、思わずこの様な事を呟くのであった

 

「マジでいやがった……、仁王立ちしてお待ちしていらっしゃいますわ~……」

 

戦治郎が発見した人物……、それは戦力不足の呉鎮守府に出向していると言われている佐世保鎮守府所属の大戦艦、大和型戦艦の2番艦である武蔵であった……



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貴重な情報

横須賀に桂島泊地の提督が働いた悪事の証拠を届ける事となっている戦治郎達が、佐世保の加賀から事前に情報をもらっている様な言い方をしているが、これは一体どう言う事なのだろうか?

 

それについては戦治郎達が、横須賀に向けて桂島を発とうとしたところまで時間を遡る……

 

その日戦治郎は寝付いたのが遅かったにも関わらず、朝の4時に目を覚まし僅かな時間だが日課の朝練を行おうと思い、布団から出て身支度を整え、2本の竹刀を持って埠頭へと向かった

 

その時には既に長門屋剣術愛好会のメンバーである通、木曾、神通の3人と、ここのところ良い思いをしていない天龍、そしてミッドウェーにいた頃に空が発足した長門屋拳闘会のメンバーである空、シゲ、夕立の3人が、朝練の為に埠頭へと集まっていたのだった

 

何故ここに天龍が?そう思った戦治郎が天龍に尋ねてみたところ、天龍は最近の情けない自分を変える為に、早起きして秘密の特訓を行う事を決意し、今日から早速実行しようとしたところで、剣術愛好会の朝練に参加しようと埠頭に移動していた木曾達と遭遇、木曾達の話を聞くと自分も混ぜて欲しいと2人に頼み込み、こうして付いて来たのだそうな

 

こうして天龍の事情を聞いて納得した戦治郎は、剣術愛好会の朝練に天龍も参加する事を了承し、早速皆で朝練を開始しようとするのだが……

 

「そういや俺、今日横須賀に向かうから、30分くらいしか付き合えそうにねぇんだよな~……。朝練の内容どうすっか~……」

 

今日の予定の都合、短時間しか朝練に参加出来ない戦治郎は、今日の自身の朝練の内容について悩み始めるのだった。そんな戦治郎の様子を見た空が、ある事を思い付きすぐに戦治郎に提案する

 

「ならば戦治郎、久しぶりに……、どうだ?」

 

そう言って拳を突き出してくる空の姿を見た戦治郎は、ニヤリと笑うと空と同じ様に拳を突き出し、空の拳に自身の拳をコツリとぶつけると、皆に向かってこう言い放つ

 

「乗った、って事でおめぇら、今日は見取り稽古だ。愛好会側のテーマは~……、武器を持ってない奴を相手にする時も、油断だけはするなってところか?っと、天龍はちゃんと俺達の動きを見てろよ見てろよ~?」

 

「なら拳闘会サイドは……、得物を持った相手の捌き方……、だな」

 

2人の言葉を聞いた瞬間、シゲと通がビクリと身体を震わせるなり、大慌てしながら通信機に付いているカメラを起動したり、懐から取り出したタブレットに三脚を取り付けたりして、戦治郎と空を撮影する準備を始める

 

「通っ!動画撮影の準備はいいかっ!?」

 

「抜かりなくっ!まさかあの伝説の戦いを、再び目にする日が来るとは……っ!!」

 

この様なやり取りを交わすシゲと通の姿を、残ったメンバーが不思議そうに眺めていると、突然辺りの空気が剣呑なものに変わり、それを肌で感じ取ったメンバーは思わず身震いするのであった……

 

その直後、間合いを取って構えていた戦治郎と空が同時に動き出し、2人は朝日をバックに埠頭で激しくぶつかり合うのだった

 

この2人の戦いにより、埠頭のコンクリートの至る所に大きなクレーターが出来上がり、戦治郎が横須賀に向かった後、埠頭がこうなった原因を木曾達から聞いた輝は

 

「ちっとは加減しやがれってんだあの馬鹿タレ共はっ!!!」

 

そう叫んだ後、埠頭の修繕作業を開始したそうな……

 

尚、この戦いをリアルタイムで見守っていた者達は……

 

「戦治郎さんが、正蔵さんの孫だって事がよ~く分かったっぽいっ!!」

 

とか

 

「前より戦治郎さん達の動きを、目で追える様になったぞっ!!」

 

とか

 

「ミッドウェーでの戦いの時から思ってたけどよ……、この人らマジモンの化物かよおおおぉぉぉーーーっ!!??!」

 

など、様々な感想を思い思いの言葉で口にしていたそうだ

 

その後、戦治郎はいつも通りにシャワーを浴びて汗を流し、食堂でしっかりと朝食を摂り、発電機の改造を行う前に準備していた証拠が入ったアタッシュケースを手にすると、ペット衆と共に今朝方ベコベコに変形させた埠頭へと向かうのであった

 

因みにこのアタッシュケース、外はオベロニウム鋼で覆われ、内側はティルタニウム樹脂でコーティングされており、非常に強固な造りとなっている。又、その中に入れる証拠となる書類も、妖精さん達の手によってこれまたティルタニウム樹脂で1枚1枚コーティングされており、水濡れや文字かすれの心配も無くなっている

 

そして見送りに来た皆に挨拶を交わし、今から行くかと言うところで突然加賀から通信が入り、戦治郎達はここで緊急事態が発生した事を知るのであった……

 

 

 

 

 

「マジか……、日本にある日本海軍の拠点全ての艦娘達が、俺達を討ち取る為にこっち来てんのかよ……」

 

『全てではないわね、現に私達が所属する佐世保鎮守府は、この命令には従わないと、提督が先程決定したわ』

 

「ああ、おめぇらんとこの提督は、桂島泊地の実態に気付いてるからな……」

 

『他にも、桂島泊地と仲が悪かった岩川基地と、最近ちょっとした事故のせいで碌に機能しなくなった鹿屋基地も、この命令を無視すると思うわ』

 

「ちょっちその辺詳しく」

 

加賀とこの様なやり取りを交わしていた戦治郎が、岩川と鹿屋の事情を説明してもらえないかと加賀に頼んだところ、加賀は以前赤城から聞いた話をそのまま戦治郎に伝えるのだった

 

先ず岩川基地だが、桂島泊地が稼働し始めた頃に、岩川の提督が挨拶の為に桂島に向かったところ、自身に対して事務的な対応しかしなかった桂島の提督に怒りを覚え、岩川の提督は今後桂島がどんな事態に陥ろうとも、絶対に手を貸さない事を決意したのだとか……

 

そして鹿屋基地の方はと言うと、どうやらここはつい最近、1人の駆逐艦を提督の判断ミスで失ってしまったらしく、鹿屋の提督はそのショックから未だに立ち直れず、まともに指揮が出来る状態ではない為、鹿屋基地は現在絶賛開店休業中なのだとか……

 

『そういう訳で、九州圏を出るのは比較的容易に出来ると思うわ。ただ、そこから先が問題の様ね……』

 

「その先って言ったら……、呉か……」

 

『恐らく呉を中心に、佐伯湾、宿毛湾、柱島が手を組んで、大規模な艦隊をそちらに差し向けて来るんじゃないかと予想されるわ』

 

「あらやだめんどくちゃい……」

 

「それは厄介だな……、どうする戦治郎?ここはそちらに少し戦力を割くべきではないか?」

 

加賀とのやり取りの最中、戦治郎を心配した空がこの様な提案をするのだが……

 

「いんや、ここは作戦通り俺とペット衆だけで行くわ。最悪剛さん達の目を盗んで、ここに攻め込んで来る陸軍の兵達が出て来る可能性があるからな」

 

「そうか……、分かった。だが、無理だけはしてくれるなよ?」

 

戦治郎の言葉を聞いた空は素直にその決定に従い、戦治郎に向かってこの様な言葉を掛ける。それに対して戦治郎は、空に向かって笑顔を浮かべながらサムズアップをするのであった

 

『続き、いいかしら?』

 

「あっどぞ」

 

『それで話の続きなのだけど、どうやら呉鎮守府には佐世保から出向している艦娘がいるそうよ。これは私が赤城さんから聞いた話で、私自身はその艦娘と会った事はないのだけど……』

 

「何で呉に出向……?いや、今はそこ気にしてる場合じゃねぇや、んで、その艦娘って誰なんよ?」

 

『大和型戦艦2番艦の武蔵だそうよ、呉に出向するまでは、彼女が佐世保の最大戦力だったそうよ』

 

「ぶぼふっ!?武蔵だとっ!?」

 

空とのやり取りの直後、加賀が話の続きを話し始め、その内容を聞いた戦治郎は驚きの余り思わず吹き出し、戦治郎の口から武蔵と言う単語が出た瞬間、大和がピクリと反応する

 

『ええ、そちらにいる大和さんの姉妹艦である、あの武蔵よ』

 

「確かその武蔵って佐世保所属なんだろ?説得とかは……」

 

『無理でしょうね、現在の彼女の指揮権は呉側にある上に、説得する為の材料が無いわ。赤城さん曰く、彼女は非常に好戦的らしく、迂闊に海賊団の名前を出せば、喜び勇んでそちらに向かって行くと思うわ』

 

「oh……」

 

その後、戦治郎が貴重な情報と提供してくれた加賀に礼を言って通信を切ると……

 

「あの……、戦治郎さん……?」

 

これまでのやり取りを見守って来た大和が、戦治郎に駆け寄って話し掛ける

 

「……どしたよ?」

 

「その……、先程武蔵の名前が出て来ましたけど……」

 

「ああ、呉の艦隊の中にいるってさ」

 

「そう……、ですか……」

 

大和は戦治郎にこの様に尋ね、それに対して戦治郎がこう返答すると、大和はそう呟いて何か言いたげな表情を浮かべながら俯いてしまう。そんな大和の様子を見た戦治郎は、大和の頭に優しく手を乗せると……

 

「心配すんな、俺は横須賀に桂島の提督の悪事の証拠を届けに行くだけで、別に武蔵と戦いに行く訳じゃねぇんだ。仮にもし、武蔵と戦う事になったとしても沈める様な真似はしねぇし、身体の何処にも傷を付けるつもりもねぇ。だからそんな顔すんな」

 

そう言って大和の頭を撫で回し始め、戦治郎の言葉を聞いた大和は

 

「ありがとうございます……、武蔵の事、どうかお願いしますね……っ!」

 

「任せろっ!!!」

 

戦治郎に向かってこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎は大和に向かってサムズアップをしながらそう返答するのであった

 

その後、戦治郎は皆に見送られながら桂島泊地を発ったのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな戦治郎は今……

 

「艦載機キタ─wヘ√レvv~─wwヘ√レvv~─!!!」

 

『旦那達をやらせるかよぉっ!!!』

 

「皆っ!鷲四郎の援護をお願いっ!!」

 

「お前らも行って来いやっ!!!」

 

「甲三郎っ!!オラ達は可能な限り弾幕を展開するだぁよっ!!!」

 

呉の大連合の艦娘達が放った大量の艦載機達を相手に、航空戦を挑んでいたのであった

 

先ずは鷲四郎が先陣を切って相手の艦載機群に突撃し、それを援護する為に太郎丸と弥七が発艦した艦載機達と六助が後に続く。そしてその間を縫ってこちらに向かって来た艦載機は、戦治郎のヨイチさんと大五郎のグスタフドーラに装填された三式弾と、甲三郎の対空機銃によって形成された弾幕によって叩き落されるのであった

 

しかし、時間が経てば経つほど鷲四郎達の猛攻を掻い潜る艦載機が増えていき、艦載機達の攻撃から戦治郎達を守る為に、大五郎が戦治郎達を庇って被弾する回数が増えると言った具合に、戦治郎達側の状況は段々と悪化していくのであった

 

そんな中、自身が被弾する度に苦しそうな表情を浮かべる戦治郎を見た大五郎は

 

(この状況をひっくり返す様な力が欲しいだぁよ……、これ以上ご主人の苦しそうな表情を見るのは辛いんだぁよ……)

 

艦娘達が繰り出す艦載機から投下される爆弾をその身で受けながら、戦治郎をこれ以上苦しめない様にする為の力を、ただただ渇望するのであった……

 

そんな大五郎の切なる願いが神に届いたのか、大五郎がそう願った次の瞬間、大五郎の身体に変化が起こるのであった……



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攻撃は最大の防御 防御は最大の攻撃

(くっそ……っ!このままじゃジリ貧じゃねぇか……っ!!)

 

呉大連合の艦娘達と航空戦を開始してからしばらく経過したところで、今の状況に対して戦治郎は内心でそう呟きながら舌打ちする

 

いくら鷲四郎達が優秀でも、数ではあちらが圧倒的に有利な為、戦治郎達は航空劣勢に陥ってしまい、気付けばこちらに向かって飛んで来る艦娘達の艦載機の数が増えていたのだった

 

そして艦娘達が放った艦載機達は、戦治郎達が展開する弾幕に叩き落される直前に搭載した爆弾や魚雷を発射し、それらが戦治郎達に向かって来る度に大五郎が庇う様に間に入り、戦治郎達の代わりに被弾するのである

 

そんな大五郎の姿を見た戦治郎は、これ以上大五郎に被弾させない様にするにはどうしたらいいかについて、ヨイチさんで弾幕を張りながら必死になって考える。

 

その時である

 

「……っ!?」

 

突然以前アイオワ(仮)が放ったデュラハライト砲が掠って出来た火傷痕が、何の前触れもなく疼き始めたではないか

 

(何だ……?突然火傷痕が疼き始めたが……、何かの前触れか……?)

 

戦治郎は火傷痕の疼きに耐えながら、この様な疑問を心の中で呟く。と、その直後である

 

「何だこりゃっ!?」

 

不意に弥七が声を上げ、それを聞いた戦治郎が思案する事を中断し、弥七の方へと顔を向けようとするのだが、そこで自身の視界に異様なものが映り込み、それに気を取られた戦治郎は思わずそちらの方へ視線を向け、それが何なのかに気付くと、戦治郎は弥七と自身の隣にいる太郎丸同様愕然としてしまうのであった

 

戦治郎達が見たものとは、全身が濃い紫色の光に包まれた大五郎の姿であった。一体大五郎の身に何があったのだ?戦治郎がそう思った直後、大五郎を包む紫の光はゆっくりと大五郎の2つある頭部へと集まり始め、全ての光が大五郎の頭に集まったところで、紫色の光は突如として消失してしまうのであった

 

その様子を見ていた戦治郎達が全く状況が掴めず混乱し始めた直後、今度は大五郎が徐に動き出し、前方に両手を置いて戦治郎達の頭上を自身のその巨大な身体で覆う様な姿勢を取ると、艦娘達の艦載機が飛び交う空を見据えながら、2つの口を大きく開き始める。するとどうだ、大きく開かれた大五郎の口から、先程消失したと思われた紫色の光の球体が姿を現したではないか

 

「……っ?!皆っ!急いで戻って来てっ!!!」

 

「お前らもだっ!!ソッコーで戻ってきやがれっ!!!」

 

その光を見た瞬間、戦治郎達の背中にゾクリとした感覚が走り、嫌な予感を覚えた太郎丸と弥七は大急ぎで艦載機達を収容し、気配を察知して帰還した鷲四郎も戦治郎の肩に止まり、戦治郎は先程より激しくなった疼きに必死になって耐え始めるのであった

 

そうして太郎丸達が艦載機を収容し終えた瞬間、大五郎の口から出現した2つの光球は、2つの巨大で暴力的な光の奔流へと姿を変えて、未だ上空を飛び交う艦娘達の艦載機に襲い掛かる……

 

大五郎が放った巨大な光の奔流は、次々と艦娘達の艦載機達を飲み込んでいき、光の奔流はその全てを喰らい尽くしてもまだ前進を続け、遂には天高くに浮かぶ雲を穿って見せたのであった……

 

これだけならば大五郎が巨大なビームを発射しました、で話は終わるのだが、恐ろしい事に話はこれだけでは終わらなかった……

 

先程大五郎が放ったビームによって、2つの風穴が開いた雲の周囲が明らかに異常な状態になっているのだ。具体的に言えば、ビームが放たれ雲に穴が開いたところで、周りの雲がまるでビームに引き寄せられるかの様に動き出し、その一部はビームが当たっている雲と同化してしまったのである。それにより、穴が開いた雲をビームを受ける前のものと大きさを比べると、明らかにサイズが大きくなっている……

 

その様子を見ていた戦治郎達が益々混乱する中、またしても大五郎が動き出し、今度は戦治郎達の前に立つなり、両手を前に突き出し始める。と、その時だ、艦娘達がいる方角から凄まじい数の砲撃音が鳴り響き、それと同時に恐らくこちらに向かって来ている砲弾のものと思われる飛来音が、戦治郎達の鼓膜を揺らす

 

「あいつら、あの距離から撃ってきやがったっ!?」

 

「艦載機がダメなら砲撃ってか?こっちは戦う気ねぇんだけどなぁ……」

 

砲撃音を聞いた弥七が声を上げ、戦治郎が面倒そうに大妖丸を引き抜いたところで……

 

「ぐおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

突然大五郎が咆哮を上げ、直後に大五郎の両掌からこれまで見た事も無い濃い紫色の結晶が出現し始め、それは瞬く間の内にそれはそれは巨大なタワーシールドとなる。そしてその結晶で出来たタワーシールドが完成したところで、砲弾が盾に吸い寄せられる様に飛んで来て、砲弾は次々と盾にぶつかり爆発するのだが、結晶の盾には煤こそ付くものの一切傷がつかなかった……

 

その後艦娘達の攻撃の中に魚雷も混ざる様になるのだが、それでも盾に傷を付ける事は出来ず、それからしばらくすると、艦娘達からの嵐の様な攻撃がパッタリと止んでしまうのであった……。恐らく向こうは全ての弾薬を使い切ってしまった様だ……

 

「攻撃……、止まったね……」

 

「ご主人、どうする?」

 

「取り敢えず行くか……、大五郎の件は道中でも聞けるからな……」

 

未だに呆然としている太郎丸と弥七が戦治郎に対してそう尋ねたところ、戦治郎は気の抜けた声でこの様な返答をし、この場を後にしようとするのだが……

 

「待てっ!!!」

 

背後から聞こえた声に反応し、戦治郎達は思わずその足を止めてしまうのであった。そして戦治郎がゆっくりと声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには息を切らした武蔵が立っていたのだった……。どうやら砲撃が止んだ辺りでこちらに向かい始め、戦治郎達が移動を開始したところでダッシュして来たようだ……

 

「貴様っ!逃げる気かっ!!?」

 

「うんっ!!!!!」

 

呼吸が落ち着いた武蔵が、戦治郎に向かって怒りを露わにしながら叫んだところ、戦治郎は間髪入れずにそう答えた。この時戦治郎は、武蔵の目的は自分との一騎討ちだと予想したのだ。もしこれが本当だったならば、戦治郎としては非常に勘弁願いたいところなのである。何せ戦治郎は、ミッドウェーで自分の熱狂的なファン(ヘモジー(防人))と、散々同じ事をやっているのである、正直なところ一騎討ちはお腹一杯なのである……

 

「……私達の猛攻を凌ぎきるのだから、余程の猛者だと思っていたが……、とんだ見込み違いだった様だな……」

 

「ああ、はいはい、もうそれでいいよ……。こっちは急いで横須賀に向かわないといけねぇんだからよぉ……」

 

挑発する様に武蔵が言ったところで、戦治郎が面倒臭そうに応対し……

 

「それでこの武蔵が引き下がると思うか……?」

 

「思っちゃいねぇけど、出来ればここらで引いてもらえたらおっちゃん嬉しいな」

 

2人がこの様なやり取りを交わした直後……

 

「ふざけるのもいい加減にしろっ!!!」

 

武蔵がそう叫びながら、戦治郎に殴りかかる。だが……

 

「どっこいしょ~」

 

「なっ……!?がはっ?!」

 

戦治郎が殴りかかって来た武蔵の腕を掴み、見事な一本背負いで投げ飛ばしたのである。戦治郎に投げられた武蔵は、予想外の攻撃に驚きの声を上げた直後に海面に叩きつけられ、その衝撃で肺の中の空気を全て吐き出してしまうのであった

 

「俺は大和からお前の事頼まれてるんだわ、そんな訳で俺はお前と勝負して、お前に傷を付ける訳にはいかねぇんよ。って事で、あばよ~」

 

投げられた衝撃で動けなくなった武蔵に対して、戦治郎はそう言うと武蔵に背を向けて、横須賀に向けて勢いよく走り出す

 

「ま、待て……っ!大和から頼まれたとは……、どう言う……、事だ……っ!!」

 

そんな戦治郎の背中に向かって、武蔵は気力を振り絞って呻く様に叫ぶのだが、その声はこの場から遠ざかって行く戦治郎には届かず霧散してしまうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、結局大五郎のあれは何だったんだ?」

 

「自分でもよく分かんないんだぁよ……、あの状況をひっくり返す力が欲しいって思ったら、なんか出来たんだぁよ~」

 

移動中、弥七が思い出したかのように大五郎に先程の件を尋ねたところ、大五郎は少々困りながらこの様に返答する

 

「もしかしたら、あれが大五郎の能力なのかもねっ!」

 

「もしそうだったら、おらぁ今まで以上にご主人をお守り出来そうだぁよ~。攻撃は最大の防御、防御は最大の攻撃だぁよ~」

 

「「なんじゃそりゃ……」」

 

それから太郎丸が何となしにそう言うと、大五郎は力こぶを作りながらそう答え、それを聞いた鷲四郎と弥七が思わず同時にツッコミを入れたところで、ペット衆は一斉にケラケラと笑いだすのであった

 

そんなペット衆の様子を眺めていた戦治郎は……

 

(しっかし、何であの時火傷痕が疼いたんだ……?)

 

大五郎があの力を振るった際、火傷痕が疼いたのかについて疑問に思うのだった

 

後にあのビームと結晶がデュラハライト粒子で作られている事を知ると、戦治郎は大いに驚くと同時に、火傷痕が疼いた理由に納得するのであった




守護神 (しゅごしん)

大五郎が得た能力で、効果はデュラハライト粒子の体内生成と生成したデュラハライト粒子を自在に操ると言うもの

デュラハライト砲を作ったサラ達は、デュラハライト粒子が持つ本当の力を引き出す事は出来なかったが、自身の体内で生成出来る様になった大五郎は、デュラハライト粒子が持つ本当の力をフルで引き出す事が可能となっている

そんなデュラハライト粒子の本当の力とは、粒子の1つ1つがまるで対象を死後の世界に引き込むかの如く引き寄せると言う物

実際、大五郎が吐き出したビームのせいで全滅した艦載機達の中には、ビームの射線から外れた場所にいたが、ビームに引き込まれて破壊されたものが幾つも存在する

因みに大五郎が盾にしたデュラハライト結晶は、ティルタニウム樹脂と並ぶほどの強度を持っていたりする。ただ、この結晶は妖精さん達でも作る事も加工する事も非常に困難で、恐らくまともに結晶を作ったり加工出来たりするのは、後にも先にも大五郎だけではないかと言われている


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舞鶴の秘策

戦治郎達が呉大連合の相手をしている頃、和歌山県から南に50kmほど離れた海上には、京都府の舞鶴鎮守府から陸路で遥々やって来た雲龍、天城、羽黒、由良、大淀、大井の6名からなる舞鶴主力艦隊と、横須賀の陸奥、そして青森県にある大湊警備府から海路で大急ぎでやって来た、足柄が率いる大湊警備府の全艦娘100名が、横須賀鎮守府に向かって来ていると言われている深海棲艦を迎え撃つ為に、大規模な艦隊を展開していた

 

尤も、本当にその深海棲艦を迎撃しようと思っているのは、事情を知らない足柄達大湊の艦娘達と舞鶴の大淀と大井だけだったりするのだが……

 

「舞鶴と言い、横須賀と言い……、本当にたったそれだけの戦力で大丈夫なの?って言うか横須賀は陸奥だけ寄越すとか、正気なの?」

 

そんな足柄がたった6人しかいない舞鶴主力艦隊の旗艦を務める雲龍と、単騎でこの海域に姿を現した陸奥に対してそう尋ねると……

 

「多分何とかなるんじゃないかしら?雲龍もそう思ってるのよね?」

 

「大丈夫よ、問題ないわ。私達には秘策があるから」

 

陸奥と雲龍は平然とそう言ってのけるのであった

 

 

 

 

 

さて、ここで何故陸奥が単騎出撃しているのかについて触れておこうと思う

 

陸奥は例の通信を聞いた直後、スマホでムサシにワンコールを掛けた後、海賊団と関りが無い艦娘達全員を率いて、横須賀鎮守府を後にしたのである。そして彼女達が横須賀鎮守府からある程度離れたところで、桂島提督傘下の陸軍兵達が横須賀鎮守府に攻撃を開始したのであった

 

それから更にある程度航行したところで、艦隊の先頭を進んでいた陸奥は全員に停止する様に指示を出し、艦隊が完全に停止した事を確認すると自身に付いて来る艦娘達の方へ向き直り、長門達の話を盗聴して得た情報を、この事件の真実を彼女達に伝え始める

 

陸奥の話を聞いた艦娘達は大いに驚いた後、すぐさま横須賀鎮守府に戻るべきだと陸奥に進言するのだが、それに対して陸奥は横に首を振った後、この様に答えるのであった

 

「私達が今鎮守府に戻っても、足手まといにしかならないわ。仮に今から戻ったとして、私達に何が出来るの?私達艦娘は艤装と言う非常に強力な兵器を持っているけど、それは何に対抗する為の兵器か忘れた訳じゃないわよね?そんなものを只の人間である陸軍の兵に使ったら、演習用の模擬弾を使ったとしても致命傷は避けられないでしょ?それに相手は陸戦のエキスパート、そんな相手に今まで使った事も無い対人用兵器を持った私達が敵うと思う?」

 

陸奥の言葉を聞いた艦娘達は悔しそうな表情を浮かべながら押し黙り、その様子を見た陸奥は彼女達に父島にある拠点に向かい、事態が収束するまでそこで大人しくしている様にと指示を出し、彼女達がその言葉に従って動き出し、その姿が見えなくなった事を確認すると、陸奥はたった1人で、噂の海賊団のリーダーである戦治郎と直接話をする為に、目的地へと向かうのであった

 

 

 

 

 

時間は戻り、足柄達が先程のやり取りを交わしてからしばらく経過したところで

 

「そろそろね……」

 

雲龍がそう呟くなり艤装から何かを取り出し始め、それを見た天城、羽黒、由良の3人も雲龍同様行動を開始する。そして彼女達が『秘策』の準備を終えると、それを見た陸奥は口に手を当てて笑いを堪え始め、大淀、大井、そして足柄達大湊の艦娘達はただただ唖然とするのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大五郎の活躍によって呉大連合を退けた戦治郎達が、横須賀鎮守府を目指して航行を再開し、和歌山県南部の海域に差し掛かったところで……

 

『なんだありゃ……?』

 

先行していた鷲四郎が何かを発見し、思わずそう呟くのだった

 

「どしたよどしたよ?」

 

『旦那……、なんか海上に検問があるんだが……』

 

「ごめん鷲四郎……、ちょっと何言ってるか分からない」

 

その後鷲四郎は、取り敢えず進行方向上にあるから、そのまま進んで実際見て欲しいと言うと、補給の為に戦治郎の腕に着艦してその姿を消してしまうのであった……

 

それから戦治郎は鷲四郎の言葉を信じ、それを確認する為にしばらく前進を続けると、戦治郎の視界に先程鷲四郎が言っていた検問が飛び込んでくるのであった……

 

その直後、辺りに突然ホイッスルの音が鳴り響き、それに驚いた戦治郎が音の発生源の方へ視線を向けると、そこには検問の右側に立ち、口にホイッスルを銜え戦治郎を検問の方へと誘導する様に、誘導棒を振る雲龍の姿が映るのであった

 

いや、雲龍だけではない、雲龍の反対側に立つ由良も雲龍同様誘導棒を振るって戦治郎を誘導し、その近くには船舶間での通信用の国際信号旗ではなく、何処から持って来たのか不明な一時停止の道路標識を手にした天城と羽黒の姿まであった。因みに、道路標識を持つ2人は余程恥ずかしいのか、その身を微かに震わせながら耳まで真っ赤になっていた

 

普通に考えれば有り得ないものを見た戦治郎は、1度目を閉じて目頭を揉み、再び目を開いてそれを視認すると……

 

「ったくよぉ……、そんな事されたら……、ノるしかねぇだろうがよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

海上に浮かぶ検問を見て呆然とする太郎丸達を置き去りにし、そう叫びながら一直線に検問の方へと全力疾走するのであった……

 

そう、これこそが舞鶴主力艦隊の秘策……、『悪ふざけ』である……。彼女達はこうすれば戦治郎は間違いなく悪ノリし、ここで足を止めるだろうと確信していたのである

 

こうして雲龍達の策に嵌った戦治郎は彼女達のすぐ傍で停止し、それを確認した雲龍は戦治郎に向かってこの様に声を掛けるのであった

 

「すみません、この辺りで非常に危険な深海棲艦が出ると言う話を聞いて、怪しい深海棲艦がいないか調べる為に、こうして検問する事になったんです」

 

「あ、そうだったんですかっ!いや~、最近は本当に物騒ですからね~!」

 

「ええ、本当に……。っと、それはそうと、艤装使用免状はお持ちですよね?少々見せてもらってもいいですか?」

 

戦治郎と雲龍がこの様なやり取りを交わした直後、戦治郎は1度ビクリと身体を震わせた後、突然挙動不審になるのであった

 

「どうしました?」

 

「あの……、えっとぉ……、その……」

 

「まさか……、免状を持たずに艤装を使っていたのですか……?」

 

「あっあっあっ……、あの……、その……、すみません……」

 

2人がこの様な会話を交わした直後、雲龍の目つきが鋭くなり、戦治郎は慌てた様子で視線を右往左往させ始め、そんな2人の様子を眺めていた天城、羽黒、由良の3人が笑いを堪え始める。そして……

 

「ちょっと身分を証明するものを出してもらってもいいですか?」

 

「そ、その……、それも持ってないです……」

 

鋭い表情のまま戦治郎に身分証明書を掲示する様言って来る雲龍に対して、戦治郎がブルブルと震えながらそう答えた直後、天城達と陸奥が堪えられなくなってしまったのか、思わず噴き出してしまうのであった

 

「艤装の免状も身分証明書も、深海棲艦が持ってるわけないじゃない……」

 

「それよりも……、水鬼クラスの深海棲艦が怯えると言う絵面がシュール過ぎて……」

 

戦治郎達のやり取りを見て噴き出してしまった4人の内、陸奥と羽黒がこの様な感想を述べた直後……

 

「貴方達、何時までそのコントを続けるのかしら?」

 

戦治郎達のやり取りの途中で我に返った大井が、苛立ちながら戦治郎達にそう尋ねたところ……

 

「雲龍が満足するまでだなっ!」

 

「ならこの辺りにしておきましょう」

 

戦治郎が即答し、それを聞いた雲龍はこのコントをすぐに切り上げ、天城達と共に小道具の片付けを開始するのであった

 

「いや~、まさか雲龍達がこんな事するなんてな~……、おっちゃん完全に予想外だったわ~……」

 

「こうでもしないと、戦治郎さんを止められないと思ったのよ」

 

片付け中の雲龍に向かって戦治郎がそう尋ねたところ、雲龍は片付けの手を止める事無く返答し、片付けが完了すると戦治郎の方へと向き直り……

 

「改めて久しぶり、それで早速で悪いのだけれど、情報交換をしましょう?現状を分かっていない娘達に説明する意味も込めて……ね?」

 

戦治郎に向かってこの様な事を提案し、それを聞いた戦治郎は大きく頷いた後、置き去りにして来た太郎丸達がここに辿り着いたところで、簡単な自己紹介と足柄達への事情の説明も兼ねた情報交換を開始するのであった



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裏切りの陸軍大将

雲龍達の策に嵌った戦治郎が、事情の説明の前に事情を知らない艦娘達に向かって自己紹介を行ったところ、戦治郎の名前を聞いた途端事情を知らない艦娘達がざわめき始める

 

それもそのはず、戦治郎達長門屋海賊団の名前は、南方海域での一件以来艦娘達の間で爆発的に広まっているのである。そんな海賊団のリーダーが目の前にいる……、その事実を知れば誰だってこの様な反応をする事だろう……

 

尤も、このざわめきの中には疑いの声も混ざっている……。何せ彼女達の目の前にいるこの戦艦水鬼は、雲龍が考えた非常識な罠に自ら嬉々として引っかかり、芝居とは言え雲龍相手に怯えた姿を晒したのである。それを見て戦治郎がかの有名な海賊団のリーダーだと言う事実を、素直に受け入れる艦娘は一体どのくらいいるのだろうか……?

 

それはさて置き、ざわつく艦娘達を陸奥が鎮めて話が出来る状況が完成したところで、突如陸奥が戦治郎に向かって頭を下げて謝罪し始めたではないか

 

これは一体何事か?そう思った戦治郎が陸奥に謝罪する理由を尋ねたところ、陸奥は自分が長門達の会話を盗聴していた事と、それを基に勝手に行動していた事を正直に告げた後、再度謝罪の言葉を口にするのであった

 

それに対して戦治郎は……

 

「盗聴は褒められた事じゃねぇが……、長門達が秘密にしている意図に気付いて、内容をむっちゃんの中だけで留めてたんなら、俺からは特に言う事……、あっあったわ」

 

そう言って手を打ち鳴らした後、陸奥に向かって笑顔を浮かべながらこの様に続けた

 

「横須賀の艦娘達を避難させてくれてありがとうな、おかげで人質の心配も無くなったからなっ!!」

 

戦治郎の言葉を聞いて驚いた陸奥が、顔を上げ戦治郎の笑顔を直視すると、クスリと笑いながら……

 

「そんな事言っても何も出ないわよ?」

 

この様に返答するのであった

 

その後、戦治郎が桂島の実態について話し、続いて陸奥が現在の横須賀の話をしようとしたところで……

 

「ここにいたかっ!!!」

 

突然後方から叫び声が聞こえて来るのであった……

 

その叫びに驚いた戦治郎が、思わずそちらに視線を向けると、そこには先程戦治郎に投げ飛ばされた武蔵の姿があった……。どうやらこの武蔵、自身の調子が戻ったところで戦治郎を追って来た様だ……

 

「答えろっ!!どうしてお前が大和の事を……」

 

「わっしょ~い」

 

「んなっ!?あががががっ!!?」

 

それから武蔵はそう叫びながら再び戦治郎に殴りかかろうとするのだが、その様子を見た戦治郎は武蔵の腕を取るなり気の抜けた声と共に、武蔵の腕に飛びつき式腕ひしぎ逆十字固めを完璧に極め、自身に襲い掛かって来た武蔵を拘束するのであった

 

「おめぇもしつけぇな……、あれか?俺のファンクラブ会員2号なのか?」

 

「何故いきなり2番なんだ……いだだだだっ!?!」

 

「余計な詮索はしなくてよろしい、って言うかおめぇ、艦隊はどうしたんだ?」

 

「お前との実力差を見せつけられて……、完全に意気消沈した挙句……、全員弾切れを起こしたものだから……、私以外は皆……、各自の拠点に……」

 

「せかせか、っとぉ、丁度いい機会だし今から拘束外すから、おめぇも大人しく俺達の話聞いてけ。そこで俺と大和の関係教えてやらぁ」

 

「分かったっ!分かったから早くその技を解除してくれっ!!このままじゃ腕が折れてしまうっ!!!」

 

このやり取りの後、戦治郎は武蔵を解放して、途中から参加する事となった武蔵の為に再び桂島の実態についてと、戦治郎と大和の関係について話し始めるのだった

 

 

 

 

 

「その桂島の提督……、今すぐ殴り飛ばしに行っていいか?」

 

戦治郎の話を聞き終えた途端、武蔵は拳を固く握り締めて腕全体をプルプルと震わせながら、地を這う様な低い声で戦治郎にそう尋ねる。どうやら武蔵は相当ご立腹の様である……

 

「気持ちはイテェくらい分かるが、それに関しては俺の仲間達に任せてもらえねぇか?今はそれどころじゃねぇからな……、って事でむっちゃんよろしくっ!!」

 

「はいはい、じゃあ今の横須賀鎮守府の状況を説明するわ。後から来た武蔵もしっかり話を聞きなさいよ?」

 

戦治郎はそう言って武蔵を宥めた後に陸奥に現状の説明をお願いし、陸奥はこの様に返答した後武蔵の乱入によって中断していた現状報告を開始するのであった

 

 

 

 

 

「はぁっ!?横須賀鎮守府が陸軍に襲われてるですってっ!??」

 

「厳密に言やぁ、桂島の提督の手先になった陸軍の兵だな。因みに俺達の方の情報ソースは、横須賀の伊勢から佐世保の加賀を経由した感じだな」

 

「私達の方は、私の元上司だった源中将から、直接私の方に連絡が来たわ」

 

「では私達は知らず知らずのうちに、その片棒を担がされていたのか……?」

 

「そうなるわね……」

 

陸奥の話を聞き終えたところで、大湊の足柄が冗談じゃないとばかりに声を荒げ、戦治郎が足柄の発言に微修正を加えながら自分達の情報ソースを開示、それに続く様にして舞鶴の雲龍が自身の情報ソースを開示したところで、呉の武蔵が不快そうな表情を浮かべながら呟き、横須賀の陸奥が武蔵の呟きに対してそう返答した

 

と、その直後である

 

「提督はご無事でしょうか……?」

 

陸奥の話を静かに聞いていた大淀が、不意にこの様な言葉を口にするのであった

 

それが気になった戦治郎が、大淀にどう言う事か尋ねてみたところ、どうやら舞鶴の提督は元帥と同期で非常に仲が良く、機を見てはよく一緒に飲みに行く様な関係なのだとか……

 

「不味いわね……、それが本当なら舞鶴の提督も元帥の関係者として、攻撃対象になっている可能性があるわ……」

 

大淀の話を聞いた陸奥が、この様な事を口にした瞬間、大淀は動揺したのかビクリと大きく身体を震わせた後、不安そうな表情を浮かべながら俯いてしまうのであった……。どうやら大淀は、舞鶴の提督を慕っているらしく、提督の事が心配で仕方が無いようであった……

 

「よし、だったらこっちの事は俺達に任せて、大淀は至急舞鶴に戻って提督さんを避難させるんだ」

 

「なら、私も戻らせてもらうわ」

 

大淀に気を遣った戦治郎がそう言うと、大淀は一瞬驚いたもののすぐに表情を引き締め、戦治郎に向かって敬礼しながら了承の返事をする。と、その直後、大淀の隣にいた大井がこの様な事を口にするのであった

 

戦治郎が大井に理由を尋ねたところ、大井は鎮守府に残っている北上を、この戦いに巻き込みたくないからと答える。それを聞いた戦治郎は、大井の話に引っかかりを覚えながらも、大井の帰還も了承するのであった

 

それから戦治郎が、今の内に言っておきたい事や、質問が無いかを皆に尋ねたところ、桂島の提督の日記を読んでいた天城が、挙手しながら日記を持って来た戦治郎に質問するのであった

 

「あの……、この日記に書かれている『剣持陸軍大将』と接触出来ないのでしょうか……?」

 

「それは……、陸軍の拠点潰して回っている剛さん次第になるんじゃないかと思うわ……」

 

天城から質問された戦治郎は、後頭部をバリバリと掻きながら困った様な表情をしながら、そう答えるのであった

 

 

 

 

 

さて、ここで先程天城の口から出て来た『剣持陸軍大将』とやらについて触れておこう

 

本名は剣持 刃衛(けんもち じんえい)と言い、彼は下士官時代から多くの武功を上げ、その実力だけで大将にまで上りつめた、現在の陸軍の武闘派の最頂点に君臨する人物である

 

そんな彼に纏わる噂の中には、何と生身で深海棲艦と戦い勝利したと言うものがあるのだが、その真偽を知るものは本人以外存在していない上に、彼自身そこまで口数が多い人物ではなく、その話について尋ねてみても沈黙を貫き通してしまう為、その話は噂の領域を出ないのであった……

 

さて、では何故天城は彼と接触出来ないかについて尋ねたのか……、それは桂島の提督の日記の内容が関係している

 

『陸軍の剣持大将が裏切った……、どうやら奴はプロフェッサーが仕入れて来る武器を手に入れる為だけに、自分に接触して来た様だ……。その裏切りの代償……、しっかり払ってもらおう……』

 

『奴の拠点に送り込んだクローン大和50体が戻ってこない……、一体どういう事だ……?まさかとは思うが……、奴に始末されたとでも言うのか……?』

 

『奴直筆の手紙が額に張り付けられたクローン大和の首50個が自宅に届いた……、奴は化物か何かなのか……っ!?』

 

これが桂島の提督の日記にあった、剣持大将についての情報である。そう、彼は桂島の提督からアリーズウェポンを購入するだけ購入して、傘下に加わる話を蹴ったのである

 

少し前に大和が陸軍の7割ほどが、提督の傘下に下ったと言っていた事を覚えているだろうか?この話を聞いて、残り3割はどうなっているのか疑問に思った者もきっといるだろう……

 

そう、この3割こそが、剣持大将率いる大日本帝国陸軍武闘派の関係者なのである

 

日記を見た天城が剣持大将と接触出来ないか尋ねたのは、彼が率いる武闘派に協力を要請し、共に提督傘下の陸軍兵を一掃しようと思ったからである

 

これに関しては、日記の発見者である戦治郎も同じ事を考えたようで、戦治郎は陸軍拠点襲撃の旅に出た剛達が、剣持大将と接触する事を切に願うのであった……

 

そんな剣持大将は今……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいだらあああぁぁぁっしゃあああぁぁぁらあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「おぉーっ!!曲がった曲がったっ!!!今の曲がるとか凄い凄いっ!!!」

 

「姉さん……っ!お願いだから席に座って……っ!光太郎さんの運転の邪魔をしないで……っ!!」

 

「この速度で今のカーブを曲がるなんて……、ホント光ちゃんのドライビングテクニックは凄いわね~……」

 

「不知火さんっ!しっかりしてくださいっ!!」

 

「し……、不知火に何か……、落ち度で……も……?」

 

シゲが取り付けたロケットブースターを使って、500km/hで剣持の部下のおかげで貸し切り状態となった高速道路を爆走するアルゴス号の最後部座席に座り……

 

「全く……、騒がしい連中だ……」

 

腕を組んでいかめしい表情を浮かべ、アルゴス号の中で騒ぐ剛達を眺めながら、小さくそう呟いていたのであった……



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駐屯地襲撃開始

何故剣持陸軍大将が剛達と行動を共にしているか……、それについては時間を遡って話をしようと思う

 

 

 

桂島を発って蕨島に辿り着いた剛達は、ここまでアルゴス号を運んでくれた輝の背中を見送った後、すぐさまアルゴス号に乗り込み行動を開始した

 

剛が最初に目を付けたのは、ここから南に進んだ先、鹿児島県の川内川下流近くに存在する川内駐屯地だった

 

どうやら剛は手始めにここを襲撃して拠点制圧戦の感覚を取り戻し、それから勢いに乗って鹿児島中の桂島提督傘下の駐屯地を制圧した後、宮崎、大分、熊本、福岡、佐賀、そして長崎の順で歩みを進めて九州中の桂島提督傘下の陸軍を潰し、アリーズウェポンを回収しようと考えている様である。尚、沖縄は位置的に手出し出来ない為、放置する方向なのだとか……

 

この事を剛の口から聞いた時、川内が複雑そうな表情を浮かべながら

 

「自分と同じ名前が付いているところを襲撃するのか~……、う~ん……、何とも言えない気分になるね……」

 

この様な事を言い、それを聞いた剛は

 

「恨むのなら、提督の悪事に加担したその駐屯地の連中を恨む事ね~」

 

川内に向かってこう言い放つのであった

 

 

 

剛達がアルゴス号の中でこの様なやり取りを交わしている間にも、光太郎が運転するアルゴス号は市街地を光学迷彩機能も含有する迷彩シールドGを展開して走り抜け、碌に整備されず木々が生い茂る山の中を、フロントバンパーに取り付けられたメタルブレードで障害物を蹴散らしながら突き進み、ようやく目的地である川内駐屯地近くに辿り着くのであった

 

そこでアルゴス号は駐屯地の周りを覆う木々の中で停車し、アルゴス号に乗っていた剛達をその場で降ろす。そして光太郎が剛達がアルゴス号から全員降りた事を確認すると、アルゴス号の乗降口を閉じるなり、アクセルをべったりと踏み込んで駐屯地に突撃していく。それからほんの僅かな時間が経過したところで、駐屯地の方から何かが鋼鉄の門を弾き飛ばす様な轟音が鳴り響き、直後にけたたましいサイレンの音が聞こえ始める……

 

そう、光太郎が駐屯地の門を突き破り、敷地内に侵入して暴れ始めたのだ

 

「それじゃあ、アタシ達も始めちゃいましょうか☆」

 

光太郎が戦闘を開始した事を確認した剛が、残ったメンバーにウインクしながらそう言うと、全員が剛に対して頷き返して早速行動を開始するのであった

 

光太郎が陽動要員としてアルゴス号で派手に暴れている間に、剛達が駐屯地内に侵入して施設内に残った兵全員を不意打ち、狙撃、催涙ガスなどで無力化&拘束、その後この駐屯地にあるアリーズウェポンを回収し終えたところで、光太郎と合流して次の駐屯地を目指す……。これが剛が考えた陸軍潰し&アリーズウェポン回収作戦の、基本となる作戦内容である

 

これにより剛達は思った以上に楽に駐屯地の施設内への侵入し、次々と陸軍の兵達を拘束していき、あっという間に駐屯地の全施設を制圧して見せるのであった

 

その頃、外で大暴れする光太郎はと言うと……

 

「轢き潰されたくなかったら、歩兵はすっこんでろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

アルゴス号の運転席でそう叫びながら、駐屯地内を縦横無尽に走り回っていた

 

光太郎が駐屯地に突撃した直後、先ず彼を出迎えたのはアリーズウェポンであるキマイラで武装した歩兵部隊であった。彼等はその手に持ったキマイラでアルゴス号を攻撃するのだが、彼等の想像よりも圧倒的に速く動き回るアルゴス号には、キマイラの弾を掠らせる事すら非常に困難で、偶々当たったとしてもアルゴス号の車体には傷一つ付ける事が出来なかった……

 

「お返しだっ!」

 

光太郎はそう叫ぶと運転席に取り付けられたパネルを操作して、シゲが剛が注文した特殊砲弾と共に作り、運転席上部に取り付けた『☆3ノラバルカン』なる機銃を起動し、歩兵部隊へ向けて掃射する。因みにノラバルカンが使っている弾は、相手を殺さない様にする為に暴徒鎮圧用のゴム弾に変えてある。変えてあるのだが……

 

ノラバルカンが発射した弾が直撃した歩兵達は、次々と後方に豪快にすっ飛んでいき、その痛みによって即座に気絶していく……。それもその筈、このノラバルカン、シゲは対人用として取り付けたのだが、ノラバルカン自体は対戦車用の機銃なのである……。陸軍の歩兵達からしたら、アンチマテリアルライフルの弾が豪雨の様に襲い掛かって来ている様なものなのである……。もしこれが実弾だった場合、直撃した歩兵達の肉体は文字通り挽肉になっていた事だろう……

 

そんな光景を目の当たりにして恐怖に駆られ、光太郎に背を向けて逃亡しようとする歩兵達が続々と出現するのだが、光太郎はそんな歩兵達の背中に無慈悲にノラバルカンの弾を浴びせていく……。もしここで彼等の逃亡を許せば、剛達がピンチに陥る可能性があるからである

 

それからしばらくすると、今度はスピンクスや光太郎が今まで見た事も無い重火器で武装した歩兵達が姿を現し、一斉にアルゴス号に向かって攻撃を開始する。重火器系のアリーズウェポンの攻撃に当たってしまえば、シゲが装甲を強化したアルゴス号と言えど、多少の損傷は免れないだろう……。だが……

 

「それには当たってやれないねっ!!!」

 

その全ては、車体制御用Cユニットとロケットブースター使用時にカーブを曲がる為に使用するバーニアスラスターを、余す事なくフル活用した光太郎のドライビングテクニックによってものの見事に回避されてしまうのであった

 

砲塔が付いた大型バスが驚くべき速度を出しながら機敏に動く……、そんな信じ難い光景を目にした歩兵達は皆揃って唖然とし棒立ちになり、そこを光太郎に狙われてしまい、皆仲良くノラバルカンに吹き飛ばされて、仲良く大の字になって気絶する……

 

こうして光太郎が歩兵達を追いかけ回し、機銃を浴びせ続けていると、歩兵だけでは敵わないと判断したのか、遂にこの場に戦車部隊が登場するのであった

 

「ようやくお出まし……、ってやっぱりそうなるよな~……」

 

今しがた姿を現した戦車部隊を見て、思わず光太郎はそう呟く。何故光太郎はこの様な事を呟いたのか……、それは戦車部隊が使用する戦車の全てに、剛が自身の艤装に無理矢理取り付けたあのミサイルランチャー『テュポーン』が取り付けてあったからだ

 

このテュポーンの性能は恐ろしいもので、あのミサイル厨の護が思わずうっとりしてしまう様な逸品なのである

 

具体的に言えば、戦艦タイプの姫級すら易々と爆砕する驚異的な威力に、恐ろしい程の弾速と非常に高い追尾性、そして100km以上の射程距離を持ち、車載用のクセに地対地、地対空、空対地、空対空、対潜、海中対地、海中対空とあらゆる状況に対応出来ると言うトンデモ万能武器なのである

 

これは護が使っているマルチプルミサイルランチャーの完全上位互換と言える性能だったらしく、その事実を知るや否や、護は即自身の艤装に2門のテュポーンを外付けで取り付けたそうだ……

 

そんな怪物の様な兵器を車体の後部に1門装備した戦車が、光太郎の目の前に10輌ほど存在しているのだが……

 

「空達が切り抜けた状況をっ!俺が切り抜けられない訳がないだろうっ!!」

 

光太郎はそう叫ぶなり、パネルを操作して迎撃システムを起動すると、戦車部隊との戦闘を開始するのであった

 

それからしばらくの間は、閃光迎撃神話1門とスモールパッケージを1門外した代わりに取り付けられたテュポーン1門が、こちらに飛来するミサイルを次々と撃ち落とし、それによって出来た隙を突いてアルゴス号の名前の由来となった砲塔アルゴスに取り付けられた140mm滑腔砲が、相手の戦車の起動輪目掛けてシゲが用意してくれた特殊砲弾『セメント弾』を撃ち出して、次々と走行不能に陥れるのだが……

 

「走れなくなっても攻撃は出来る、と……」

 

走行不能になった戦車は固定砲台の様にその場に留まって、変わらずにミサイルと主砲を発射し続けるのであった……

 

「このままだとミサイルの弾幕に押し潰されかねないな……、こうなったら一か八かだけど……、閃転っ!!!」

 

現状を見て不味いと思った光太郎は、この様に呟くなりシャイニング・セイヴァーに変身する。するとどうだ、アルゴス号はメカニカルなデザインに姿を変え、アルゴスとテュポーン、そして元々光学兵器だった閃光迎撃神話以外の武器が、光学兵器へと変化したではないか

 

「正直賭けだったけど……、成功して良かった……、これなら……、いけるっ!!!」

 

アルゴス号の変身を成功させた光太郎は、ホッと胸を撫で下ろすのもそこそこに、この状況をひっくり返す為に、先程変化させた武器を使って打って出る事にするのであった

 

それからは、アルゴス号の光学兵器による蹂躙が始まるのだった……

 

ノラバルカンから変化した小型レーザー砲は、次々と相手のテュポーンを狙い撃ちして破壊していき、スモールパッケージから変化した4連装追尾レーザー砲から発射されたレーザーは、空中を縦横無尽に飛び回って片っ端からミサイルを撃ち落としていく。そしてトドメとばかりに、アルゴスが相手戦車の主砲の砲口に正確にセメント弾を撃ち込み、主砲を使い物にならなくしていく……

 

こうして光太郎の前に立ちはだかった戦車達は、全て光太郎の手によって沈黙し、戦車に乗っていた兵達は戦車を捨てて逃亡しようとするのだが、そこに施設の制圧を終えた剛達が姿を現し、戦車部隊の兵達を瞬く間の内に無力化&拘束してしまうのであった

 

その後剛達は、光太郎が変身解除すると同時に姿が戻ったアルゴス号に乗り込み、この川内駐屯地で回収したアリーズウェポンを、アルゴス号に取り付けられた妖精さん特製の収納ボックスに全て収納すると、次の駐屯地、国分駐屯地目指して移動を開始するのであった



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光太郎の本音と軍神剣持

川内駐屯地を制圧し国分駐屯地に向かった剛達は、川内駐屯地制圧時と同じ方法で瞬く間の内に国分駐屯地を制圧し、勢いが乗っている今の状況を利用して、一気に鹿児島、宮崎、大分にある提督傘下の駐屯地を制圧してしまうのであった

 

その途中、アリーズウェポンの売買リストに名前が無かった駐屯地が道中にある事を思い出した神通が、その事を剛に伝えたところ……

 

「提督に協力しなかった駐屯地ってところねぇ……、道中にあるって事ならちょっと見てみましょうか」

 

剛はこの様な事を提案し、それを聞いた全員が剛の提案に賛成し、剛達は提督に非協力的だった駐屯地がある場所へ向かい、それはそれは凄惨な現場を目の当たりにして、思わず絶句してしまうのであった……

 

かつてその場所には、自分達の国を護ろうと立ち上がった勇敢な陸軍兵達の駐屯地があったのだが、現在は焼け焦げたコンクリート片などの瓦礫が、うず高く積み上げられているだけの場所となっていたのであった……

 

「これは酷い……」

 

「自分の傘下に入らない者には制裁を……、と言ったところでしょうか……?」

 

この惨状を目にした瑞穂は口元を両手で覆いながらそう呟き、それを耳にした不知火がこの様な事を口にする

 

「恐らくそんなところでしょうねぇ……、この状況を見る限り……、提督は自身の傘下に入らなかった、或いは裏切った者達のところに、桂島を襲撃した際私達にぶつけて来たクローン大和……、それもテュポーンを装備した娘達を嗾けて、駐屯地にいる陸軍兵達を皆殺しにした上に、駐屯地そのものも破壊し尽くしたんじゃないかと思うわぁ……」

 

剛が不知火の言葉に対してそう答えた直後、運転席の方からギチギチと言うハンドルを力強く握り締める様な音と、ギリリッと言う歯軋りの様な音が聞こえて来るのであった。それらの音を耳にした剛が、バックミラー越しに光太郎の方を見ると、そこには今にも暴れ出しそうな自身の怒りを、鬼の様な形相をしながら抑え込もうとする光太郎の姿が見えるのであった。恐らく光太郎は、クローン大和と言う単語に反応して、この様な状態になっているのだろう……

 

さて、ここである1つの疑問が浮かぶ事だろう……

 

以前光太郎は、クローン大和達を手にかけた件で慟哭する戦治郎に向かって、クローン大和達を人間扱いするなと言っていたはずだ。そんな光太郎が、何故クローン大和と聞いてこの様な反応をしているのだろうか?と……

 

答えは簡単だ、光太郎は戦治郎を立ち直らせる為に嘘を付いたのだ。戦治郎に対してだけではなく、クローン大和達を助けたいと思っていた自分自身の本心にも、である……

 

クローン大和達をクローンと言う枷から解放し、1人の人間として生きていけるようにしてあげたかった……、あの時の光太郎は本当は心の奥底からそう思っていたのである……

 

しかし、その思いは結局最後まで叶わなかった……

 

もしあの状況でクローン大和達を殺さない様にする為に放置すれば、クローン大和達は泊地から脱出した艦娘達に襲い掛かり、多くの死傷者を出していただろう……

 

もし戦治郎が暴走したあの時、自分がクローン大和達を助けようと動いた場合、戦治郎は自分をクローン大和達諸共躊躇い無く殺害し、クローン大和達を殺害した時以上の深い悲しみを背負う事になっていただろう……。そうなってしまえば、最悪海賊団が瓦解する恐れがあっただろう……

 

だから光太郎はクローン大和達の事を諦める事にしたのだ、だから光太郎はあの時シャイニング・セイヴァーに変身して己の表情を隠し、戦治郎に向かって、自身の本心に向かって嘘を付いたのだ……

 

そうしなければ、クローン大和達だけでなく、多くの人達の命が提督によって弄ばれてしまう様になってしまうから……

 

これにより光太郎は少しの間、自己嫌悪に陥っていた……。そしてそんな光太郎に対して、余りにも残酷過ぎる現実が突きつけられる……。そう、クローン大和達の寿命と運用方法の話である……、それらを聞かされた光太郎は激しい怒りを覚えた、自分の思いと戦治郎やクローン大和の基となった大和の思い、そしてクローン大和達の命を弄んだ提督とアリーに対して、燃え盛る炎の様な怒りを覚えるのであった……

 

故に光太郎は、先程クローン大和と言う単語を聞いた瞬間、怒り始めたのである……

 

「俺はあいつらを……、絶対に許さない……っ!!!」

 

光太郎はそう呟いた後、剛達の了承を取ってこの場を後にするのであった

 

その後、剛達は熊本に入ると人気のない山の中で、一夜を過ごすのであった。何故なら、山の中以外にこのやたらデカくてえらく武装したアルゴス号を停められる様な場所が無かったからである……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく経った後、日も昇らない内に剛達は起床し、シゲが取り付けてくれた業務用冷蔵庫に保存してあった食糧で朝食を済ませてからすぐさま駐屯地襲撃を再開し、熊本にある提督傘下の駐屯地を制圧し尽くすなり北上し、福岡入りするのであった

 

こうして福岡入りした剛達だったが、その直後から並々ならぬ気配を感じ取り、剛達は思わず辺りを見回してしまうのであった……

 

この気配は一体何なのだろうか……?そう思いながら剛達はいつも通りに襲撃を開始するのだが、ここで思わぬハプニングに遭遇してしまうのであった

 

そう、ここ福岡の陸軍兵達が、他の駐屯地の兵達より明らかに練度が高いのである……。その為剛達は、福岡入りして最初に襲撃した前川原駐屯地と、その応援に駆け付けた前川原駐屯地の近くにある久留米駐屯地の兵達相手に、思わぬ苦戦を強いられてしまうのであった……

 

この様な事がありながらも、何とか2つの駐屯地を制圧した剛達が次に向かったのは、九州地方最大の規模を誇る駐屯地、福岡駐屯地であった……

 

ここに来て剛達は、自分達が福岡に入ってから感じた気配の正体を知る事となるのであった……

 

「……あれ?」

 

「どうしたの?」

 

光学迷彩を展開しているアルゴス号を運転する光太郎が、ある事に気付いて不思議そうにそう呟き、その呟きを聞いた川内が光太郎にこの様に尋ねたところ……

 

「いや……、駐屯地の門が開いてるんだ……。しかも門番もいない……」

 

「これは……、私達を誘っているのでしょうか……?」

 

「これが何かの罠だったとしても、私達は行くしかないのよね~……。っと言う事で光ちゃん、そのまま中に入っちゃって」

 

光太郎はこの様に返し、それを聞いた神通が訝しみながらそう呟くと、剛がこう言って光太郎に敷地内に入る様促すのであった

 

こうして福岡駐屯地に侵入した剛達は、突然鋭い視線を感じ取り、思わずそちらへと視線を向ける。するとそちらには兵達が訓練に使うグラウンドと思わしき場所があり、その中央には日本刀……いや……、太刀を佩いた男が1人立っていたのだった

 

それを視認するなり光太郎はアルゴス号でグラウンドに乗り入れ、男から少し離れた位置で停止して乗降口を開く。そして剛達はアルゴス号から降りて、警戒しながらこの男を見据える……。すると……

 

「また桂島の報復かと思っていたら……、まさか深海棲艦が車で乗りこんで来るとはな……」

 

男は先ずは剛の方に、次に光太郎の方に視線を巡らせた後、無表情でそう呟くのであった……

 

「ここにいるのは貴方だけ?他の兵達はどうしたのかしら?」

 

「その質問に答えてやる義理は無い……、深海棲艦なら尚の事……」

 

男に向かって剛がこの様に尋ねたところ、男はこの様に返すとゆっくりと太刀を構え始める……。その瞬間、男から凄まじい威圧感が放たれ始め、それを肌で感じた光太郎と艦娘達は、全身に鳥肌を立てながら圧倒されてしまうのであった……。そう、剛達が福岡入りしてから感じ続けていた気配の正体は、この男が放つ威圧感だったのである……

 

「皆下がってなさい、相手が1人で来るつもりなら、こちらも1人で迎え撃つのが筋だと思うのよね」

 

直後に剛がこの様な事を口にし、それを聞いて我に返った光太郎達は、素直に剛の言葉に従い、後方に下がるのであった

 

こうしてかつてアメリカ陸軍の特殊部隊で『猟犬』と恐れられた稲田 剛元准将と、大日本帝国陸軍にて『軍神』と呼ばれ畏怖される剣持 刃衛陸軍大将の闘いが、福岡の地で始まるのであった……




まさかの逆RTA……

取り敢えず9日にE4戦力ゲージ割って、E5終わらせなきゃ……

勿論丁でねっ!!!


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猟犬対軍神 上

投稿が遅くなってしまい申し訳ありません……

気分が乗らない時、何も書けなくなるのが本当に辛いです……


剛の指示に従い後方に下がった光太郎達だったが……

 

「んなっ!?」

 

ある程度後方に下がったところで足を止めた光太郎目掛けて、剛と対峙している男……、剣持陸軍大将が突然とても人間には出せそうにない様な速度を出しながら、真っ直ぐ突撃して来たのである。それに気付いた光太郎は驚きの声を上げるなり、すぐさまシャイニング・セイヴァーに変身して、剣持の攻撃を回避しようとするのだが……

 

「……っ!?」

 

その直後、剣持は何かに気付いて真横に飛び退く。すると先程まで剣持がいた場所に、3点バーストを用いて発射された3発の拳銃の弾が突き刺さる

 

「ダメじゃな~い、浮気するなんて~☆今の貴方の相手はアタシなんだから~♪」

 

声が聞こえた方へ視線を向けてみると、そこには硝煙を立ち昇らせるケルベロスの銃口を、こちらに向けながらウインクする剛の姿があった

 

その後光太郎達は、このままここにいたら隙あらばあの男に襲われるだろうと思い、急いでアルゴス号の中に乗り込んで、車内から剛達の動向を見守る事にするのであった

 

こうして剛と剣持は改めて対峙するのだが、先程光太郎を討ち取ろうとしたところを剛に邪魔された剣持は、その顔に苛立ちの表情を貼り付けていた

 

「あら、光ちゃんを倒せなかったのが悔しかったのかしら?それとも……、アタシが相手じゃ不満?」

 

剣持に向かって剛がそう言った刹那、剣持は剛に対して返答もせずに無言のまま襲い掛かり、剛はそれに合わせて行動を開始するのであった

 

先ず剛は後方に勢いよく飛び退くと、艤装の腕にスピンクスを握らせ、自身の左手でオルトロスを握り、オルトロスで掃射して剣持を寄せ付けない様にしながら、僅かに出来た隙を突く様にスピンクスを発射する

 

それに対して剣持は、自身に襲い掛かって来るオルトロスの銃弾を全てその手にした太刀で受け流し、絶妙なタイミングでこちらに向かって飛んで来たスピンクスの砲弾を、強引に軌道を変えて放った一閃でものの見事に切り払うのであった

 

「やるじゃないの……、ならばこれはどうかしらっ?!」

 

その様子を目にした剛は、ニヤリと笑うと艤装からここに来る途中に頂いた『Echidna(エキドナ)』と言う名の4連装ロケットランチャーを取り出して右手に持って構え、スピンクスの発射タイミングに合わせて一斉射するのであった

 

これに対して剣持は、オルトロスとスピンクスについては先程と同じ様な方法で迎え撃つのだが、ロケットランチャーであるエキドナに関しては、とんでもない方法で捌き切ってみせるのであった

 

何とこの男、太刀を振るった際に発生する風圧を使って、エキドナの軌道を逸らしてしまったのである。こうして軌道を逸らされてしまったエキドナは、剣持の後方へフラフラと飛んで行き、ロケット弾の推進剤が無くなったところで目的を果たす事無く地面に落下、そのまま爆発してしまうのであった……

 

「……貴方って……、ホントに人間……?」

 

「知りたかったら俺を倒してみせろ」

 

明らかに普通の人間には到底出来そうに無い様な芸当を、当たり前の様にやってのける剣持を目の当たりにした剛が、驚愕しながら思わずそう呟いたところ、剣持が剛の言葉に反応してこの様な言葉を口にする

 

「そう……、なら……、本気でいかせてもらうぞっ!!!」

 

剣持のこの言葉を聞いた剛は、ここに来てようやく本気になり、剛は艦載機を発艦した後艤装の口を開き、テュポーンの発射態勢に入り、剣持目掛けて全武装による一斉射を実行するのであった

 

その様子を目にした剣持は、テュポーンから発射されたミサイルのセンサーや、エキドナとスピンクスの照準を攪乱する様に動き回り、その最中に1度鞘に太刀を収めると、懐からロングマガジンとケルベロスを取り出し、ケルベロスにロングマガジンを装填するなり、再び太刀を抜き払ってオルトロスの銃弾を弾き、先程手にしたケルベロスで己に迫り来るミサイルを、走りながらでありながらも正確に照準し、次々と撃ち落としていくのであった

 

この時の剣持は、期待を裏切られた様な気分になっていた……

 

言うのも、剣持は剛と対峙した際、剛から絶対的な強者の気配を、味方の被害を最小限に抑えながら、己の力を振るって相手を蹂躙し、どの様な修羅場であろうと必ず生還する……、そんな強者の気配を感じ取ったのである

 

しかしいざ戦ってみれば、その戦い方は桂島の提督が送り込んで来たクローン大和の様な圧倒的火砲による飽和攻撃……、これには剣持も思わず落胆してしまうのであった……

 

しかしそれらの感情は、次の瞬間に完全に払拭されてしまう……

 

ミサイル攻撃を捌いていた剣持の右足に、突如強烈な衝撃と共に激しい痛みが走ったのである。突然の出来事に僅かながらふらつき動揺した剣持が、自身に右足をチラリと見た瞬間、驚きの余りに思わず目を見開く……

 

彼の右足には暴徒鎮圧用のゴム弾が3箇所に2発ずつ、合計6発撃ちこまれていたのである。そう、このゴム弾は全て剛のオルトロスから吐き出されたものなのである

 

その事実に気付いた剣持が、体勢を立て直しながら剛の方へ視線を送ると、剛は不敵にニヤリと笑っていたのであった……。どうやら剛は剣持が太刀で弾き飛ばしたゴム弾が、他のゴム弾に当たって跳弾を繰り返し、最終的に剣持の足に当たる様に仕向けていた様である。因みに、剛が艦載機を発艦したのは、剣持の動きとゴム弾の弾道の微調整の為だったのである

 

これには流石に剣持も驚かざるを得なかった……、常識的に考えれば跳弾で相手を狙い撃つのは、銃弾自体に与えられた回転による影響、着弾時の弾の変形や破片化が一定ではない事、当たった場所の硬さや風の流れなど不確定要素が多すぎる関係でほぼ不可能なのである。更に言えば暴徒鎮圧用のゴム弾の多くは、不用意に周囲に被害を撒き散らさない様にする為に、跳弾を起こさない構造になっているのである。にも関わらず、剛は軽機関銃であるオルトロスから発射されたゴム弾を跳弾させ、ものの見事に剣持の右足に……、それも3箇所に2発ずつ叩き込んでみせたのである……

 

(やはり自分の目に狂いは無かった……)

 

剣持が内心でそう呟いた直後……

 

「テュポーンのミサイルを拳銃で撃ち落とす貴方の腕前も中々だが……、どうやら射撃の腕は私の方が上の様だな……」

 

剛が澄ました顔でこの様な事を口にし、それを聞いた剣持は無意識の内にニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。その刹那、剣持に隙が出来るのを待っていたとばかりに、ミサイル達が剱持目掛けて殺到し、剣持の姿はミサイル達が発生させた爆煙の中に消えてしまうのであった……

 

「……ふぅ……、ちょっとやり過ぎたかしら……?一応テュポーンの威力は抑えてたんだけど~……、彼、無事かしら……?」

 

武器を仕舞いながらその光景を見守っていた剛が、この様な事を呟いたその次の瞬間、ザシュッ!と言う地面を蹴る様な音が煙の中から聞こえ、それに気付いた剛が身構えたところで、煙の中から剣持が姿を現すなり剛の下へ突っ込んで来て、手にした太刀で剛を斬りかかろうとするのであった

 

それに即座に反応した剛は、懐からスライド式銃剣が取り付けられたケルベロス2丁を取り出すなり銃剣の刃を出し、剣持の一閃を受け止めるのであった

 

「あの攻撃を受けて、まだこれだけ動けるなんて……、って何よこれ……っ!?」

 

銃剣2本を使って寸でのところで剣持の斬撃に耐えた剛が、言葉を紡ぐ途中である事に気付き、思わず驚愕の声を上げるのであった……

 

この時剛が見た物……、それはテュポーンの爆風によって上の服が吹き飛ばされ、露わになった剣持の上半身であった。そんな彼の上半身は、強化外骨格の様な物で完全に覆い尽くされていたのである……

 

「こいつか……、こいつの事が知りたかったら、俺を屈服させてみろ……っ!!!」

 

奇襲に失敗した剣持は、態勢を立て直す為に1度後方に飛び退いたところで、剛に向かってこの様な事を言い放ち、再び剛を斬り捨てんとばかりに剛に襲い掛かるのであった……




ネルソン獲得……、失敗っ!!!

E5-2の途中で燃料が尽きてしまった……

まあ、E4まではいけたしアクィラとルイージも手に入ったし、今回の反省は次のイベの時に反映させるとして、秋刀魚集め頑張ろうっと


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猟犬対軍神 下

「うわぁ、何あれ……?まるで変身した光太郎さんみたいになってる……」

 

「見たところ、あれはパワードスーツとは違うみたいだね……」

 

剛と剣持の闘いをアルゴス号の中から見ていた川内が、剣持の今の姿を見て思わずこの様な言葉を口にし、それに対して光太郎がそう返答するのであった

 

「それはつまり……、あの人は自分の身体を何らかの手段を用いて改造し、あの様な姿になっていると言うのですか……?」

 

「恐らくね……、って言うかそうでないとあの移動の速さや、斬撃の威力、そして剛さんの攻撃に耐える頑丈さの説明が付かないからね……」

 

それを聞いた神通が光太郎の方を向きながらそう尋ねると、光太郎は神通の方へ視線を向ける事無く1度頷くと、この様な事を口にするのであった

 

「剛さん……」

 

そんな中、不知火は剛達の闘いから一切目を離さずに、剛の勝利を願う様にそう呟くのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどれだけの時間が経っただろうか……、剛と剣持は一切疲労を見せないまま、激闘と言っても過言ではない程に、それはそれは熾烈なぶつかり合いを続けていたのであった

 

お互いの間合いが開けば剛が保有する銃器達と艦載機達、そして剣持が手にしているケルベロスと剣持の体内に内蔵された銃器達が一斉に火を噴き、間合いが詰まれば剣持の太刀と剛の銃剣が激しくぶつかり合って火花を散らす……

 

因みに剣持の体内に内蔵されている銃器だが、両腕からは軽機関銃が、胸からは4門の機関砲が、両脹脛からはロケット弾、そして両太ももと腹部からはミサイルが発射出来る様になっていた。尚、下半身の火器を使うにあたって、剣持はズボンを自ら脱ぎ棄てて褌一丁になり、その光景を目にしてしまったアルゴス号内の艦娘達に悲鳴を上げさせたそうだ……。余談だが、剣持の褌の色は穢れを知らぬ純白だった模様

 

その時、剛は突然ズボンを脱ぎ捨てた剣持に対して、長引く戦いのせいで頭がおかしくなってしまったのかと言った感じの哀れみ満載の表情を向けたのだが、直後に全身からミサイルやら銃弾を飛ばし始めた彼の姿を見て

 

「何だこれは……っ!?まるでマジンガーZじゃないか……っ!?!」

 

驚愕の表情をその顔に貼り付けながらそう呟くと、すぐさま我に返って表情を引き締め、こちらに向かって来る剣持の攻撃に対処し始めるのであった

 

その後、剣持が自身が展開した弾幕に紛れ込んで剛に突撃を仕掛け、剛はそれを銃剣で受けながら、剣持にある疑問をぶつけるのであった

 

「貴様のその身体……、まさかとは思うが……、アリーに改造されたのか……っ?!」

 

「アリーが誰かは知らんが……、その問いに答える義務は無い……っ!!もし聞きたければ……、先程も言ったが……っ!俺を屈服させる事だっ!!!」

 

(アリーを知らない……?ではこれはアリーがやったものではないのか……?ならば一体誰が……?)

 

鍔迫り合いの最中に自身の疑問に対する剣持の返答を聞いた剛の中に、また新しい疑問が芽生え、剛は内心で不思議そうにそう呟く

 

「……せめて1つくらいは……、教えてくれてもいいんじゃないか……?よく言うだろ……?冥途の土産って……っ!ねっ!!!」

 

新たな疑問が生まれたところで、剛は剣持に対してそう言うと、艤装に付いた腕で彼の腹を殴り飛ばして、強引に間合いを開ける事に成功する。そして寸でのところで剛の攻撃を防御し、剛の拳の威力を軽減させる為に当たった直後に後方に飛び退いた剣持は

 

「深海棲艦風情がその様な言葉を知っているとはな……、いいだろう……、それに免じて1つくらい教えてやってもいいな……、冥途の土産として……、な……」

 

そう言うと、自身の身体がこうなった経緯について話し始め、剛はその一字一句を聞き逃すまいと、真剣な表情をしながら集中して剣持の言葉に耳を傾け、その内容に思わず驚愕してしまうのであった……

 

剣持の身体を改造した人物……、恐るべき事にそれは何と妖精さん達だったのである……

 

世に艦娘が生まれ陸軍の立場が無くなりかけた頃、当時まだ一兵卒だった剣持は、ある日偶然にも駐屯地付近で野良の妖精さん達を発見したのだそうな……

 

そして艦娘の誕生に妖精さん達が関わっている事を知っていた剣持は、妖精さん達に自身を生身でも深海棲艦と戦える様にして欲しいと頼み込んだのだとか……

 

最初は剣持の頼みを断っていた妖精さん達であったが、剣持が最終手段としてある行動を行った結果、妖精さん達は渋々ながら彼の望み通り、生身でも深海棲艦と戦える様に彼の身体を改造したそうだ……

 

「流石の妖精達も目の前で腹を切られれば、俺の命を助ける為にも嫌でも改造を施すだろう……。そう考えた俺は、躊躇なく自身の腹を妖精達の目の前で切って見せた……。そうして手に入れたのが、この身体だ……」

 

剣持の言葉を聞いた瞬間、剛の背中に冷たい物が走る……

 

(想像以上にとんでもない奴だな……、一体何が彼をその様な行動に走らせたんだ……?)

 

一筋の脂汗が頬を伝う中、剛は愕然としながら内心でそう呟き……

 

「何故そうまでして深海棲艦と戦おうとしているんだ……?貴方はそれほどまでに深海棲艦を恨んでいるのか……?」

 

剣持に対して彼の事を真っ直ぐ見つめながらそう尋ねたところ、剣持は剛を逃すまいとしっかりと見据え、ゆっくりと太刀を構えながら、この様な言葉を言い放つのであった

 

「深海棲艦に恨みなど無い……、俺が力を欲した理由……、それは偏に……、護国の為だ……っ!!!」

 

「……はぁ~~~……」

 

気迫溢れる剣持の言葉を聞いた剛は、しばらく間を空けた後に長い溜息を吐き、肩の力を抜いて今まで使っていた装備を全て収納してしまうのであった

 

「何のつもりだ……?」

 

「仕方ないじゃない、貴方と戦う理由がなくなっちゃったんだもの。アタシは日本と言う国の為に、そこまで出来る貴方とはこれ以上戦えない、そんな貴方ならきっと、アリーズウェポンを上手く運用出来る……。そう思っちゃったのよ、だからアタシ達はこの辺りで退く事にするわ」

 

剛はそう言うと剣持に背を向け、アルゴス号の方へ向かって移動を開始する。するとその直後……

 

「……待て」

 

剣持が剛を呼び止め、剛はその声に反応するなりその足を止め、振り返って剣持の方へと視線を向ける

 

「貴様に聞きたい事が出来た……」

 

「そう、ならその太刀を早く仕舞って頂戴。でないと安心して情報交換出来そうにないわ~☆」

 

剣持が臨戦態勢のまま剛にそう言うと、剛はこの様に返答しながら剣持に向かってウインクをする。その後、剣持が太刀を収めた事を確認した剛は、彼の方へ歩み寄ると情報交換を開始するのであった

 

剣持が先ず最初に剛に尋ねたのは、剛達が駐屯地を襲撃している理由についてであった。それに対して剛は自分達がアリーズウェポンの回収と、桂島の提督の傘下にいる陸軍兵にお仕置きして回っている事を伝えると、剣持は今度はアリーズウェポンについて尋ねて来るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりこれらは、先程お前が言っていたアリーと言う転生個体と呼ばれる深海棲艦が、戦火を拡大させる為に作り上げた兵器なのだな……?」

 

「ええそうよ……、それは艦娘の存在意義を崩壊させ、艦娘の存在は必要か否かで人々を争わせる切っ掛けを作る恐ろしい代物なのよ……」

 

「そうして争い始めた人類を扇動し、言い争いを戦争に発展させ、そうして発生した戦争を自分達の手で管理し、戦争が永遠に続く世界を作り上げようとしているのが、アリーとやらが組織した『エデン』と言う組織の目的か……」

 

「その通りよ、そしてアタシはアリーの目論見を阻止する為に、桂島の提督が対深海棲艦用兵器の名で取引していたアリーズウェポンを回収して回っているの」

 

「そうか……」

 

剛が剣持にアリーズウェポンとその製作者であるアリー、そしてエデンの事を伝えると、剣持はそう呟くなり持っていたケルベロスを天高く放り投げ、即座に太刀で真っ二つに斬り捨てる

 

「あの男……、とんでもない物をばら撒きおって……っ!!!今すぐに叩き斬ってくれよう……っ!!!!!」

 

「その提督なら、今は泊地でアタシ達の仲間からお仕置きされてるはずだから、何とかそれで堪えてもらえないかしら?」

 

その後怒り狂う剣持を剛が宥め、何とか怒りが静まったところで剣持が、剛に対してこの様な言葉を掛けるのであった

 

「取り敢えずお前達の事情は把握した、俺が入手したアリーズウェポンとやらは格納庫の方に保管しているから、好きにするといい。ただ、中にはかなりの大きさの物があるが……、それはどうするつもりだ?」

 

「ご協力感謝するわ~。ん~……、そのおっきいのがどれくらいおっきいのか分からないのよね~……。だからどうするかは、現物を見てからになると思うのよね~。そういう訳で取り敢えず、アタシ達はここの格納庫の場所を知らないから、出来たらそこまで案内してもらえないかしら?」

 

剣持の言葉を聞いた剛は、考える様な素振りを見せた後、剣持に対してこの様な事を言い、剣持が剛の頼みを了承すると、2人は揃ってアルゴス号の方へと歩き始めるのであった

 

こうして剛と剣持の闘いは幕を閉じ、剛はアルゴス号の中にいるメンバーに事情を話した後、剣持をアルゴス号に乗せて福岡駐屯地の格納庫に向かうのであった



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鋼鉄の蜘蛛と緊急事態

激闘の末に和解した剣持と共に、福岡駐屯地の格納庫に向かった剛達は、先程剣持が言っていた大型のアリーズウェポンを見て、思わず目を丸くするのであった

 

「あらやだ……、ホントにおっきいのね……」

 

「これ、あのボックスに収納……、いや、それ以前にアルゴス号の中に入れられないんじゃ……?」

 

目の前に鎮座する大型アリーズウェポンを目の当たりにした剛がこの様に呟き、それに返答するかのように川内がこの様な言葉を口にする……

 

今問題となっている大型アリーズウェポン……、それは1輌の戦車とその砲塔に取り付けられた主砲だったのである……

 

一応戦車とは言ってはいるものの、目の前にあるそれは明らかに普通の戦車とは異なる外見をしていた……。言うのもこの戦車には履帯が付いておらず、代わりに蜘蛛の様な足が左右それぞれに4本ずつ、計8本生えているのである……。それさえ除けば普通の戦車なのだが、この蜘蛛の様な足が非常に強く自己主張している為、どう見てもゲテモノ戦車にしか見えないのである……

 

尚、この頃には既に泊地の方では、これよりサイズが小さい同じ多脚型戦車であるキュクロープスが発見されただけでは留まらず、量産型のピロシキまで作られているのだが、この事実を剛達はまだ知らないのであった……

 

「これは……、実戦で使えるのでしょうか……?」

 

「それについてだが、こいつを受け取ってすぐ部下達が試運転を行い、こいつがそこらの戦車より有用である事が実証されているぞ。こいつは150km/hで走行可能な上、壁などに張り付いての移動も出来、悪路だろうと構わず走破出来るだけでなく、かなりの頑丈さを持ち合わせているそうだ。欠点があるとするなら、その外見の異様さと砲塔だけを旋回させる事が出来ない事くらいだそうだ」

 

「この子が走っている姿は、あまり想像したくないですね……」

 

神通の呟きに対して剣持がこの様に答え、その隣で瑞穂がこの様な言葉を口にするのであった……。どうやら瑞穂はこの戦車が走る姿と、蜘蛛が走る姿を重ねてしまったようである

 

さて、戦車の事はこの辺りにして、次は主砲について触れようと思う

 

この戦車に取り付けられている主砲は、戦車用と言うには余りにも巨大なものとなっていた。その事を剛が剣持に尋ねたところ、剣持は恐ろしい事を口走るのであった

 

「この主砲だが戦車の主砲でありながら、4点バースト射撃が可能となっているんだ。原理としては砲身内に弾を3つほど蓄え、主砲発射時に即座に砲身内の弾を装填し続け様に発射、それを繰り返して戦車主砲による4点バーストを実現させている様だ。尤も、この様な構造の為弾の装填にやたら時間が掛かるのが、こいつの唯一の弱点だな……」

 

もしこの場にシゲがいたら、恐らくこの主砲の事をこう呼んでいた事だろう……、『機神憤怒砲』と……

 

剣持の話を聞いて誰もが呆然とする中、ふとある事に気付いた不知火が、我に返ってこの様な事を言う

 

「この主砲……、アルゴス号で運用するのはどうでしょうか?アルゴスの装填速度なら、その弱点をカバー出来ると思うのですが」

 

「アルゴス……?」

 

「あのバスに付いてる砲塔の事です、あれもアリーズウェポンの1つなんですよ」

 

不知火の言葉を聞いた剣持が、眉間に皺を寄せながらそう呟いたところ、光太郎がアルゴスの方へ親指を向けながらそう答えるのであった

 

「ふむ……、あれならあの主砲を使いこなせると言うのだな……」

 

それからしばらくの間アルゴスを眺めていた剣持はそう呟くと、整備兵達を呼び集めてアルゴス号の主砲と、この蜘蛛型戦車の主砲を交換する様に指示したのであった

 

因みにこの戦車砲のテストの際使用された戦車は、この主砲が取り付けられていた蜘蛛型戦車だった訳だが、どうやらこの戦車にはアルゴスほどの自動装填装置が付いていない様である。この事から、剛はこの主砲の問題を解決する為に、アルゴスが生まれたのではないかと推測していた

 

「さて、主砲の方は何とかなったんだけど~……、この戦車の方はどうしようかしら~……、生憎今のメンバーの中で、まともに運転が出来そうなのって光ちゃんくらいなのよね~……。アタシの場合、足の代わりに腕が1本生えてるだけだから、とても車の運転なんか出来そうにないのよね~……」

 

アルゴスに蜘蛛の様な多脚戦車である『Pegasos(ペーガソス)』に取り付けられていた4点バースト砲『Charybdis(カリュブディス)』が取り付けられたところで、剛がこの様な事を口にする

 

「ならば俺の部下に頼んで、桂島泊地に届けさせよう」

 

「いえ、それは止めておいた方がいいと思います……。多分自分達の仲間達が、敵襲と勘違いして攻撃して来そうなので……」

 

「ふむ……」

 

「こうなったら仕方ないわね、やる事やってから回収しに来ましょう」

 

剛の言葉に対して剣持がこの様な提案をしたところ、光太郎が即座に却下し剣持は他に手段はないか考え始める。その様子を見た剛がこう言った直後である

 

「剣持大将っ!!大変ですっ!!!」

 

剣持の部下と思わしき男が、慌てた様子で格納庫の中に飛び込んで来るのであった

 

「何があった?」

 

怪訝そうな表情を浮かべながら剣持が部下にそう尋ねたところ、剣持の部下は1度深呼吸して落ち着いた後、驚くべき事を剣持に伝えるのであった

 

「先程、桂島泊地の提督の傘下にある陸軍兵達が、一斉蜂起し横須賀鎮守府に対して総攻撃を仕掛けましたっ!!!」

 

「何だとっ!!?」

 

部下の伝令を聞いた剣持は、その表情を驚愕の色に染めながら思わずそう叫ぶ

 

「横須賀が……、攻撃されてるだって……?」

 

「剛さん……、どうなさいますか……?このままでは横須賀鎮守府の皆さんが……」

 

そして剣持の傍で話を聞いていた光太郎達が愕然とし、瑞穂が剛に自分達はどう動けばいいか尋ねると……

 

「これはアリーズウェポンの回収どころじゃないわね……、よし、アタシ達はアリーズウェポンの回収を中断し、これより横須賀鎮守府の救援に向かうわっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

剛は1度渋い顔をした後、海賊団のメンバーに対してこの様な指示を飛ばし、それを聞いたメンバーは力強く返答するのであった

 

「待て」

 

剛の号令の下、海賊団が動き出そうとした直後、不意に剣持が剛達を呼び止める

 

「どうしたのかしら?」

 

「俺も連れて行け、陸軍が起こした問題を陸軍大将の俺が見過ごす訳にはいかんからな」

 

「あら、素敵な提案ね、こっちとしても心強いわ~。それはそうと、車1台乗りそうな輸送機って無いかしら?」

 

「それが……、空港にあった輸送機は全部桂島傘下の兵達が、横須賀に向かう為に……」

 

「あらら……、じゃあアタシ達は陸路で向かうしかないのね~……。っと言う訳だから付いて来るなら早いとこアルゴス号に乗って頂戴」

 

剛が剣持と剣持の部下とこの様なやり取りを交わし、剣持に対して早くアルゴス号に乗る様に促したところ……

 

「いや、その前にやる事がある……」

 

剣持はそれを手で制してこう言った後、格納庫から外へ出て……

 

「聞けぇっ!!!今から俺は逆賊共を討つ為に横須賀に向かうっ!!!それに賛同する者達は姿を現せっ!!!」

 

力の限りに、こう叫ぶのであった。その直後、何処からともなく兵達が剣持の下へ集まり出し、剣持の前に整列するのであった

 

その後、剣持は集まった部下達に対して、ある者達には剛達の代わりにアリーズウェポンを回収する様に、ある者達にはアルゴス号での移動をし易くする為に高速道路を封鎖する様にと、次々と指示を出していくのであった。そして……

 

「弓取っ!!!お前はこの事を他の連中に伝えて来いっ!!!」

 

「了解ですっ!!!」

 

先程格納庫に飛び込んで来た弓取(ゆみとり)陸軍大佐に、手書きのメモを渡しながらそう指示した後、彼の背中を見送った剣持は剛達の方へと向き直り……

 

「待たせたな」

 

一言述べた後、アルゴス号に乗り込むのであった

 

こうして剣持陸軍大将とその部下達を味方に付けた剛達は、最寄りの九州自動車道に乗り、横須賀鎮守府を目指すのであった

 

その道中で、剣持のおかげで本当に一般車両が高速道路にいない事を確認した光太郎は……

 

「このまま走ってても多分間に合わない……、だから……っ!!!」

 

そう言ってシゲがアルゴス号に取り付けたロケットブースターを起動し、自分達以外誰もいない高速道路を、500km/hで爆走し始めるのであった

 

これにより川内の速さに対する恐怖に関する頭のネジが外れ、不知火はその衝撃と恐怖で気絶寸前に陥り、そんな不知火を瑞穂が看護し、神通は前のシートにしがみつきながらはしゃぐ川内を制しようとし、剛は少々驚きながら光太郎のドライビングテクを称賛し、その様子を見ていた剣持は……

 

「全く……、騒がしい連中だ……」

 

この様に呟くのであった……




恐らく戦治郎達のところに集まる戦車に、まともな物はないんじゃないかと思われます

因みにペーガソスの元になった戦車は、メタルマックス ゼノに登場する砲神マルチレグで、メタルマックス ゼノは戦治郎達が死んだ後に発売された(2018年4月19日発売)設定なので、シゲ達は砲神マルチレグの事を知らなかったりします


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元帥防衛戦と横須賀の英雄

剛達が横須賀を目指して高速道路を爆走し始めた頃、横須賀鎮守府はどうなっているかと言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!元帥の執務室に着いたぞっ!!」

 

「きっと元帥はこの中にいるはずだっ!!」

 

「もし元帥を討ち取れば、桂島の提督からがっぽり褒賞金を貰えるはずだっ!!!」

 

「俺は金よりとびっきり可愛い艦娘を、こっちに回してもらいたいとこだわ」

 

通信士が自身の逃亡の時間稼ぎの為に呼び寄せた陸軍兵の内の4人が、既に桂島の提督が戦治郎達の手によって拘束されているとも知らずに、横須賀鎮守府内にある元帥の執務室の前で、この様なやり取りを交わしていた。そして……

 

「おっしゃ!一番槍頂きっ!!」

 

そう言って1人の陸軍兵が執務室の扉を蹴破って室内に突入し

 

「あっ!?てめぇっ!!」

 

「抜け駆けすんなっ!!!」

 

「一番槍さん、弾除けよろ~」

 

それに続く様にして、3人の陸軍兵達が執務室の中に突入するのであった

 

「さあ元帥っ!その首貰い受け……、え……?」

 

「あ……?何だありゃ……?」

 

「俺が知るかよ……」

 

「あらやだ……、逞しいモノ♂が付いてるじゃない……///」

 

そして最初に部屋に突入した陸軍兵が、キマイラを構えながら威勢のいいセリフを吐こうとするのだが、彼は部屋の中央に鎮座するそれを見て思わず困惑しそこで言葉を切ってしまい、続く3人もそれを目の当たりにして疑問を抱く……。いや、1人反応がおかしい気がするがこの際捨て置こう……

 

こうして陸軍兵達が困惑し始めたところで……

 

「Welcome……」

 

『それ』はまるで呟く様に、この様な事を口にする。そして……

 

「ぐはぁっ!!?」

 

「なっ?!撃ってkごっはっ!?!」

 

「こいつまsあばばばばばっ?!!」

 

「あっあっあっ……ンアッー!!!」

 

『それ』は突然頭部のバルカン砲を発射して陸軍兵の1人を吹き飛ばし、その光景を見て動揺した兵に対しては手にしたマカロニでゴム弾を浴びせ、我に返って『それ』に対してキマイラの銃口を向けた兵には頭部に取り付けたスタンインコムをぶつけて感電させて沈黙させ、最後の1人には情け容赦無く主砲砲身ユニットをぶっ放して豪快に吹き飛ばすのであった

 

「はんっ!!戦場での油断は命取りなんだよばっきゃろう共がよぉっ!!!っつか最後の奴きったねぇなおいぃっ!!?」

 

『それ』は先程鎮圧した陸軍兵達に向けて、右手の中指を突き立てながらそう叫ぶ

 

そう、『それ』とは自慢のディープストライカースーツを纏った、元帥の補佐官である源 燎中将だったのである

 

彼は工廠での話し合いの後、この日の為に対人用に武装の威力を妖精さん達に調整してもらったこのディープストライカースーツを、元帥の執務室の隣の部屋に置いておいたのである

 

因みに、ディープストライカースーツを隣の部屋に置く際、隣の部屋の扉と壁の一部は一時的に取り壊され、スーツの設置が完了したところで修繕、そして襲撃が始まると燎は隣の部屋でスーツを装着すると、壁を突き破って元帥の執務室に入ったのであった。そのせいで、今も元帥の執務室の壁には、大きな穴が開いていたりする

 

「こういう時、お前のそれは頼もしいな」

 

燎が陸軍兵達に向かって叫んだ直後、燎の背後から艤装とズーイストライカーを装着した日向が姿を現し、この様な言葉を燎に向けて言うと……

 

「こいつは何時でも頼もしいだろうがっ!」

 

「ああ、そうだったな。この先の活躍も期待してるぞ」

 

燎はこの様に返答し、それを聞いた日向は薄っすらと笑みを浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

源夫妻がこの様なやり取りを交わす中、日向同様艤装を装着した長門が燎のディープストライカーの脇から顔を出して周囲を警戒した後

 

「執務室に来た連中は、先程の4人だけの様だな……。元帥、立てますか?」

 

ディープストライカーの背後に隠れていた元帥に向かって、この様に言いながら手を差し伸べるのであった

 

「ああ、私は大丈夫だ……。しかし、まさか本当に陸軍が襲撃して来るとはな……」

 

元帥は未だに陸軍の襲撃が信じられないと言った様子で、この様な事を呟きながら長門の手を取り立ち上がる。どうやら彼は、陸軍兵達がこの部屋に突入して来た際、驚きの余り腰を抜かしてしまっていた様である

 

「うっし、そんじゃそろそろ此処を離れて、利根達と合流するか」

 

「そうだな、何時までもこの場所にいると、何時か手榴弾や火炎放射器を持って来られるかもしれないからな」

 

「元帥、これから移動しますので、絶対に源中将の後ろから出ない様にして下さい。いいですね?」

 

「ああ、分かった……」

 

4人はこの様なやり取りを交わした後、執務室から飛び出して利根達がいるであろう通信指令室へと移動を開始するのであった

 

その道中で燎達は陸軍兵と遭遇するのだが、燎達はそれを易々と蹴散らして先に進んでいくのであった

 

燎達の基本的な戦い方は、ヌ級の一件の後装甲を大幅強化した燎のディープストライカースーツを盾にして陸軍兵の攻撃を凌ぎ、弾倉交換などの為に出来た隙を突いて、燎、長門、日向の3人がマカロニなどで確実に相手を仕留めていくと言うものであった

 

さて、ここで1つ疑問が浮かぶはずである……

 

非常識なものを引っ張って来て戦う燎は兎も角、何故艦娘である長門と日向が、この様な戦闘のプロとも言える陸軍兵相手に、まともに戦えているのかについてである……

 

それについては、現在アルゴス号で高速道路を爆走している剛が関係している

 

剛はミッドウェーで長門達と別れる前に、彼女達にマカロニと共にある物を渡していたのである。それはアメリカ陸軍の特殊部隊にて『猟犬』と恐れられたあの剛が書き綴った、彼の知識と技術の全てを分かり易くまとめた『陸上戦闘虎の巻』と銘打った1冊のノートであった

 

そう、長門達はミッドウェーから帰還し報告と会議を済ませた後、時間がある時はそのノートの内容を基に、陸上戦闘の訓練を密かに行っていたのである

 

この様な事があった為、彼女達はこの難局を乗り越える為の力を手にし、今こうして陸軍兵相手にまともに戦えているのである

 

こうして順調に歩みを進めていく燎達が、ふと外の様子を廊下の窓から窺ったところ、外にはそれはそれは濃い霧が立ち込めていた……

 

「何だこの妙な霧は……?先程まであんなに晴れていたのに……」

 

「かなり濃い霧だな……、翔鶴達は大丈夫だろうか……?」

 

突然出現した霧を見て、日向と長門が不意に足を止めて、この様な言葉を口にする

 

「あいつらならきっと大丈夫だろうよ、それより今は利根達と合流する事を優先すんぞ」

 

そんな2人に対して燎はこの様な事を言って利根達との合流を促し、2人が頷いて見せたところで、再び横須賀鎮守府の本庁内の廊下を突き進むのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、横須賀市と金沢区の境界付近では……

 

「コラーッ!!!あんたいい加減止まりなさーいっ!!!蒼龍っ!もっとスピード出せないのっ!?」

 

「これ以上は無理ーっ!!もうアクセルべったりだよっ?!」

 

蒼龍が運転する車に乗った飛龍と……

 

「あいつもホント往生際が悪いね~……、ねぇ翔鶴、どうにかあいつの足止め出来そうに無い?あの例の艦載機とか使ってさ」

 

「流石にこの状況で噴式を飛ばすのはちょっと……」

 

伊勢が運転する車に乗った翔鶴の4人が、前方を走る通信士の車と壮絶なカーチェイスを展開していたのであった

 

彼女達は利根達から通信士が逃亡を開始した事を聞くと、すぐさま横須賀鎮守府が保有しているハーフトラックに乗り込み、通信士の追跡を開始したのである

 

件の通信士は市街地を走る事で、彼女達が持っているマカロニと艦載機による走行妨害を封じ込め、何とか彼女達を振り切ろうと必死になってアクセルを踏み込んでいた

 

「あーっ!もうっ!!これじゃ埒が明かないじゃないっ!!!」

 

中々変化しない状況に苛立ち始めた飛龍が、そう叫んだ直後である

 

「えぇっ!?あのバイク、真っ直ぐこっちに向かって来てないっ?!」

 

前方から突如姿を現したバイクを見て、蒼龍が思わず驚きの声を上げる

 

「ちょっとっ?!このままだとあのバイク、通信士の車と激突するよっ!!?」

 

「そこのバイクーッ!危ないから避けてーっ!!!」

 

伊勢が驚愕の表情を浮かべながらこの様な事を口にし、飛龍がバイクに避ける様叫んだその刹那……

 

「とうっ!!!」

 

驚くべき事にバイクに乗っていた人物は、バイクのシートの上に両足を乗せると、掛け声と共に前方に飛び出す様にバイクから飛び降り、通信士が運転する車のフロントガラスを蹴破り、そのまま通信士に飛び蹴りをお見舞いしたではないかっ!!!

 

そしてその人物は飛び蹴りの姿勢のまま、足にシートに座った通信士をくっ付けたまま、今度は車の後部を突き破って飛び出して来て、アスファルトの上をシートに座った通信士に飛び蹴りの姿勢のまま乗った状態で、しばらくの間滑走するのであった

 

その後、この人物がバイクから飛び降りた直後にブレーキを踏んで、何とか車を停止させた蒼龍達の目の前で件の人物が止まると、その人物は蒼龍達の方へ向き直り……

 

「怪傑ズイン、参上っ!!!」

 

漆黒のレザージャケットとレザーパンツを纏い、漆黒のマントを羽織って白文字でデカデカとZの文字がプリントされている真っ黒な覆面を被った不審者が、声高らかにそう名乗るのであった……

 

そう、彼こそが、犯罪者が蔓延っていた横須賀の街で、平和の為にたった独りで戦い続けた横須賀の英雄(ヒーロー)、怪傑ズインその人なのである……



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怪傑ズイン

昔ある所に、1人のシステムエンジニアがいた

 

その男は毎日朝早くから出勤して仕事を始め、日付が変わってからしばらく経つまで残業する様な日々を送っていたのであった

 

そんな彼はある日体調を崩し、病院に行く為に上司に頼み込んでなんとか午前中だけ有給を貰い、診断の結果医師から今日は休む様にと言われたにも関わらず、それを無視して会社に向かう途中で、ビルの窓を清掃する作業員の墜落事故に巻き込まれてしまい、彼は作業員の下敷きになった事が原因で、26歳と言う若さでこの世を去ってしまうのであった……

 

 

 

そんな彼が目を覚ました時、彼の身体は何処かの公園に設置された噴水の中で、プカプカと浮かんでいたのであった……

 

「え……?此処何処……?」

 

そう呟いた彼が、状況を把握する為に辺りを見回した時、不意に自身の身体が視界に入り……

 

「……なんだこれ……?」

 

自身が身に纏っている服が変わっている事に気付くと、彼は慌てて噴水から出て噴水の水面を恐る恐ると言った様子で覗き込み、そこに映し出された恐ろしい程に白い肌を持ち、彼岸花の花弁の様な髪型と真っ白な髪を持つ少女の顔を見て、ただただ愕然とするのであった……

 

その後彼は我に返り、自身の身に何があったかを思い返し、自分が事故に巻き込まれた事を思い出し、それが原因で自分は死んでしまい、この様な姿に生まれ変わったのではないかと推測する

 

自分の死を自覚した彼は、悲しむよりも先に喜びの感情に心を支配されるのであった。これでもうあのブラック企業とおさらば出来る……、彼にとってこの事実が何よりも嬉しかったのである……

 

それからしばらく後に、彼は自分が無一文である事に気付き、彼はしばらくの間ホームレス生活を強いられる事になるのであった……

 

そんなある日、そんな彼に転機が訪れる

 

日課のゴミ箱漁りを終えて、寝床に戻ろうとしていた彼の目の前で、母親から力づくで娘を奪い、連れ去って行くと言う物凄く派手な事件が発生したのである

 

その現場を目の当たりにした彼は、最初は巻き込まれない様無視を決め込むつもりだったのだが、泣き叫ぶ母親の声が耳を打つ度に自身の胸に熱いものが込み上げて来る事に気付き、それが心の臨界点を突破した瞬間、彼は無意識の内に走り出していたのであった

 

これより前に、彼は複数人のホームレス達に襲われ性的に食べられそうになった時、必死に抵抗した際に自分の身体能力が凄まじい事になっていた事に気付いたのである

 

そんな彼は今、その身体能力をフル活用して母親から娘を奪った男が乗った車を走って追いかけ、その途中で法定速度を守る原付を抜き去り、法定速度を守る車を追い抜き、他の車を絶えず煽りながら追い越し運転で突っ走るDQNの車をぶっちぎり、遂に目的の車に追いつくのであった

 

その後彼はその車のリアバンパーを掴むと……

 

「ふんがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

両足でブレーキを掛けながら、その車の後方を持ち上げて後輪を浮かせ、強引に車を停止させてしまうのであった

 

その直後、車の中から数人の男達が姿を現し、彼に襲い掛かって来るのだが、彼は襲い掛かって来た男達を次々とワンパンで倒してしまうのであった

 

それからしばらくすると、運転席に乗っていた男が車から降りて来て、彼に拳銃の銃口を向け、そのトリガーを躊躇い無く引いてみせるのであった

 

危ないっ!!!その光景を見ていた多くの人達と、男の標的となっている彼自身がそう思った直後、拳銃から放たれた銃弾は彼の額に直撃すると、カンッ!と言う音を辺りに響かせて弾かれた後、そのまま地面へ落下するのであった……

 

その後拳銃を持った男は、弾倉が空になるまで彼に銃弾を浴びせるのだが、その度に拳銃の弾は乾いた音を出しながら彼の足元に落ち、そこでようやく彼に拳銃は効かないと悟った男は、恐怖心に駆られそのまま彼に背を向けて、走って逃げてしまうのであった

 

男が逃げた後、彼は持ち上げていた車の後部をゆっくりと降ろし、車の中に入って拘束されている女の子を自由にしてあげる。その直後、現場にパトカーがやって来て、中から女の子の母親が姿を現し、それに気付いた女の子が母親に飛びついて泣きじゃくり始める。そんな光景を目にした後、彼はこの場を後にしようとするのだが、すぐに警察に呼び止められ、彼はそのままパトカーに乗せられ警察署に向かい、事情聴取を受ける羽目になるのであった

 

それからしばらくして、ようやく解放されたところで、別室で事情聴取を受けていた母親とばったり遭遇し、彼は母親から何度も感謝の言葉を述べられ、幾度となく頭を下げられるのであった

 

その後、母親が後日お礼がしたいから連絡先を教えて欲しいを言われた時、彼はつい口ごもってしまうのであった。それもそのはず、彼は今絶賛ホームレス生活の真っ最中なのであり、正真正銘の住所不定無職、連絡先を教えたくても教えるべき連絡先が存在しないのである……

 

突然口ごもってしまった彼を見て、不思議に思った母親が彼に事情を尋ねると、彼は正直に今の自分の生活状況を母親に話すのであった……。すると……

 

「そう言う事ですか……、なら……」

 

母親はそう言うと、何処かに電話を掛け始める。そして電話で話している途中で彼に通話中のスマホを手渡し、受け取った電話と母親の顔を困惑しながら交互彼に見ている彼に対して電話に出る様に促し、彼は戸惑いながらも電話に出るのであった

 

その電話の先にいたのはどうやらこの母親の夫の様で、話を聞く限りどうも旦那さんは一人暮らし用のアパートを経営している様だ。そして母親から事情を聞いた旦那さんは、彼に対してこの様な提案をしてくるのであった

 

「お住まいの事で困っていらっしゃるのなら、この件のお礼としてどうぞウチのアパートの一室をお使い下さい。家賃についてですが、娘の命の恩人から取る様な真似は流石に出来ませんから、気にしないでください」

 

これに対して彼は家賃の件は流石に自分の方が心苦しくなるからと言う理由で断ろうとするのだが、相手も頑なに譲ってはくれなかったのであった。その後双方がしっかり話し合った結果、彼が収入を得る様になるまでは無料で部屋を貸し、彼が収入を得る様になったら通常の家賃の半分の額を家賃として納める決定がなされるのであった

 

こうして彼はめでたくホームレス生活を卒業し、このアパートを拠点に活動を開始し、近所のコンビニでアルバイトを始めるのであった

 

それからしばらく経ったある日、バイトが休みで部屋でゴロゴロしていた彼のところに母親が尋ねて来て、彼は立ち話もなんだからと彼女を家に上げ、2人はお茶を啜りながら雑談を応じるのであった

 

この時、偶々点けていたテレビから人攫いに関するニュースが流れ、そこで彼はここ最近ずっと疑問に思っていた事がある事をを思い出し、いい機会だからと母親に尋ねる事にするのであった

 

「奥さん、テレビを見ててずっと思ってたんですけど、なんか人攫いのニュースが多過ぎやしませんか?」

 

彼の言葉を聞いた母親は、何も知らないのかと言った様子で1度驚いた後、彼がこれまでホームレスだった都合、情報の入手方法が捨てられた新聞程度だった事を思い出すと、彼に対してこの国の治安について話し始めるのであった

 

ここに来て、彼はこの世界が艦これの世界である事に気付き、自分は未知の深海棲艦になってしまった事に思い至るのであった

 

そして彼は母親の話を聞いて、思わず愕然としてしまうのであった

 

現在、この日本は深海棲艦との戦争が長引いている事が原因で、非常に治安が悪くなっており、ある理由のせいで女性や少女を狙った人攫いが多発しているのだとか……

 

その原因とは、艦娘に関するものである

 

艤装を兵器として運用出来る艦娘は、基本的に軍属の艦娘に限られているらしく、民間用の艤装にはリミッターが掛けられており、とても兵器としては使えない仕様になっているのだとか……

 

そしてその事を快く思っていない者達が一定数存在し、その様な連中が艦娘の適性を持つ女性や少女を攫っていて、それらの多くは自身を深海棲艦から守る為の私兵を欲しがる企業の人間だと言うのが、もっぱらの噂となっているそうだ……

 

「それ以外にも薬物の取引や強盗など、色々な犯罪が今の日本の至る所で頻発しているんです……。その中でもここ横須賀や、佐世保と言った大きな港がある街は特に酷いんだそうです……」

 

暗い表情をしながら、母親はこの様な言葉を口にするのであった……

 

その話を聞いた途端、彼の心に熱いものが、あの時と同じ様に込み上げて来るのであった……

 

 

 

それからしばらくして母親が帰宅した後、1人になった彼は先程の話を思い返し、拳を固く握り締める……

 

「まさかこの世界の日本が、犯罪大国になっているなんて……」

 

そう呟いた後、彼はある決意を固める

 

「この世界は僕がいた世界とは違うけど、ここが日本である事は変わらない……っ!ならば平和な日本を取り戻そう……っ!!僕のこの力は、きっと神様がそうする様にと僕に与えてくれたものなんだ……っ!!!」

 

こうして彼……鶴田 武蔵は平和な日本を取り戻す為に、犯罪者達と戦い続ける事を胸に誓うのであった

 

そしてムサシは、その第一歩として横須賀を平和にする為に活動を開始。先ずは犯罪者達に身元を簡単に割らせないようにする為の変装用の衣装と、武器として使用するスタンバトンとスリングショットを通販で買い揃え、ネットの情報を基に武器の威力強化や衣装の耐久性の強化を行った

 

こうして犯罪者達と戦う準備を整えたムサシは、自身が子供の頃大好きだったゲームに登場したキャラクターと、自身とよく似た姿をした艦娘から名前を取って付けた『怪傑ズイン』と言う名を名乗り、犯罪者達との戦に身を投じるのであった。これがムサシの第二の転機である

 

それから1年間、ムサシは怪傑ズインとして横須賀の犯罪者達と激闘を繰り広げ、その途中で横須賀鎮守府の陸奥達と出会い、多くの市民に勇気を与えて立ち上がらせる事に成功するのだが、この結果に絶望してしまうのであった……

 

1年間もボロボロになりながらも戦い続け、平和にする事が出来たのは横須賀市だけ……。こんな調子で本当に日本の平和を取り戻せるのか……?自分の戦いに意味はあるのか……?

 

こうして思い悩んだムサシは、ズインとしての活動を引退する事を決め、今まで迷惑をかけて来た分を取り返す為に、必死になってコンビニバイトに勤しむ事にするのであった

 

そんなムサシの下に、第三の転機が訪れる……

 

 

 

ある朝、ムサシはいつもの様に早起きし、彼岸花の花弁の様なくせっ毛を整髪料を使って大人しくさせる為に、激闘を繰り広げている最中、突然スマホに着信が入るのであった

 

そしてそれがワンコールで切れた事を確認すると……

 

「遂にか……」

 

ムサシはそう呟くとバイト先に電話をし、今日のバイトを休む事を伝える

 

『ムサシ君、確か前に言ったと思うけど……』

 

「はい、覚えています……。今まで本当にお世話になりました……」

 

その後ムサシはこの様なやり取りを交わした後、電話を切ってクローゼットの前に立つと、静かに両目を閉じてこう呟く

 

「口では引退したって言ってたクセに……、やっぱ未練たらたらだったんだな……」

 

ムサシは自身の胸に手を当て、先程から熱く滾っている心に対してそう問い掛ける……。そして……

 

「よしっ!!いくぞっ!!!」

 

大声でそう叫ぶと、ムサシはクローゼットを豪快に開き、中に仕舞ってあった衣装を手に取るとすぐに着替え始め、この瞬間からムサシは怪傑ズインに変身するのであった

 

そして怪傑ズインとなったムサシは飛び出す様にして外へ出て、アパートの傍にある大家さんのとこの物置目指して猛ダッシュし、その中にあったバイクに跨り、キーを挿してエンジンに火を入れ、アクセルを開いて物置から飛び出して道路に出ると、横須賀鎮守府目指して走り出すのであった

 

それからしばらく走行したところで、ムサシは市街地でカーチェイスを展開する3台の車を発見、そしてその運転手の中に伊勢と蒼龍の姿を見たムサシは……

 

「彼女達が追い掛けている車に、陸奥さんが言っていた通信士がいる可能性があるのか……。なら……っ!!!」

 

そう言うと自身の土地勘とバイクの機動性をフル活用して先回りを実行し、ムサシは件の通信士を捕まえる事に成功するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにムサシが乗っていたバイクについてだが、これは陸奥がムサシに対して海軍のある将校が企業相手に資源の横流しをしている現場を押さえ、可能ならばその将校を拘束して欲しいと言う依頼をし、それをムサシが無事に達成した報酬として、自腹を切って買い与えたものだったりする……

 

こう言う経緯で入手したムサシのバイクは現在、通信士が乗っていた車と正面衝突した後通信士の車に乗りあげられ、廃車確定なほどグチャグチャになっていたのであった……



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横須賀鎮守府を襲う天変地異

さて、飛龍達が追いかけていた通信士は、突如現れた怪傑ズインが見事捕まえてくれた訳なのだが……

 

「ねぇ……、あの人本当に信用してもいいと思う……?」

 

「先程あの方は、御自分の事を怪傑ズインと言っていましたけど……、果たして本物なのでしょうか……?」

 

飛龍達はズインから距離を取って団子の様に固まって、ズインの方をチラチラ見ながらひそひそ話をやっていた……

 

確かにズインの名前と彼が行って来た事は、横須賀に住んでいる飛龍達も聞いた事はある。だが目の前にいるこの人物が、彼が言う通り本当にズインなのかが分からず、警戒してしまっているのである

 

もしこの場に彼と面識がある妙高がいたら、恐らく話はスムーズに進んで今頃彼は彼女達と共に鎮守府に向かっていた事だろう……

 

(陸奥さ~ん……、妙高さ~ん……、お願いだから助けてくださ~い……、彼女達の視線が無茶苦茶痛いで~す……)

 

飛龍達の警戒心全開の視線を受ける度、ズインことムサシは決めポーズを取ったりするものの、内心では自身が他者を助ける立場であるにも関わらず、必死になって助けを求めていたのであった・・・・・

 

そんな中、スマホで何かを調べていた蒼龍の顔が引き攣り……

 

「ねぇ……、どうやらあの人は本当のズインみたい……」

 

蒼龍は引き攣った表情のまま、手にしたスマホの画面を飛龍達に見せる。そこに映し出されていたのは、過去にズインが解決した大規模な事件の1つである、天然成分100%オクスリカルテルによる警視庁襲撃事件後に行われた記者会見の一幕、警視総監とズインがガッチリと握手を交わした瞬間の画像であった

 

因みにこの事件後、当時ズインに面子を潰された件でズイン逮捕に躍起になっていた日本の警察は、ズインの今後の行動は基本的に見逃す方針で行く事にしたそうだ

 

余談だが、何故ズインが東京の警視庁のピンチに駆け付けたのかについてだが、当時ムサシはバイトが休みの日は陸奥からもらったバイクに跨り、よく東京に遊びに行っていたらしく、この事件に遭遇したのは本当に偶々だったんだそうな……

 

「うわ~……、マジか~……、あれが本物か~……」

 

「どうする……?話し掛けてみる……?私達の事情を話したら、もしかしたら協力してくれるかもしれないし……」

 

額を押さえながら呟く飛龍に対して、蒼龍がこの様な事を尋ねるのであった……

 

その後、4人でじゃんけんを行った結果、翔鶴がズインと話す事となり、彼女は恐る恐ると言った様子で彼に近付き……

 

「あの……、ズインさん……?」

 

警戒しながらズインに話し掛けたところ……

 

「どうしたのですかお嬢さん?何か困った事でもあったのかい?私でお役に立てるかな?」

 

ズインはズビシィッ!っとポーズを決めながら、翔鶴に向かってこの様な言葉を掛けるのであった

 

因みに、この時のムサシは……

 

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生意気な事言ってごめんなさい、僕みたいな怪しい奴が上から目線で言ってごめんなさい!!!)

 

内心では必死になって翔鶴に謝り倒していたのであった……

 

その後、意を決した翔鶴が横須賀鎮守府の現状をズインに話して彼に協力をお願いしたところ、陸奥の依頼で最初から彼女達に協力するつもりでいた彼は、翔鶴の話を聞き終えた直後に即刻そのお願いを快諾するのであった

 

その直後、今まで沈黙を続けていた伊勢が、ある事について皆に尋ねる

 

「ねぇ皆……、通信士が捕まった今、冷静になって考えてみたんだけどさ……、何でこの場に警察が来てないの……?」

 

伊勢のその言葉を聞いた瞬間、飛龍達はハッとするなり慌てた様子で周囲を見回し、伊勢の言う通り周囲に警察……、いや、警察どころか民間人までいない事に気付くと、皆一斉に怪訝そうな表情を浮かべるのであった

 

「言われてみれば、公道でカーチェイスとかしてたのに、警察が来てないってのはおかしな話よね……」

 

「それどころか私達以外、辺りに誰もいないじゃない……。一体何があったの……?」

 

「ズインさんは何か知っていますか……?」

 

「いや、私にもさっぱり……。私がやったなら兎も角、君達がやった場合は間違いなく警察が飛んで来るはずなんだが……」

 

こうして5人が一体何が起こったのかについて話していると、不意に飛龍達の耳に何かが履帯を使って移動する様な音が聞こえ、警戒しながら急いでそちらに視線を向けると、そこには信じられない光景が存在していた……

 

彼女達が見た光景……、それは完全武装したバスを先頭に、大量の戦車とトラックがこちらに向かって来ていると言うものであった……

 

そんな光景を目の当たりにした飛龍達は、陸軍の増援が来たのかと思うなり、即座に戦闘態勢に入るのだが……

 

「えちょ……っ!?あれって……っ?!」

 

「光太郎さんと……、川内さん……?」

 

バスのフロントガラスから見える運転手の顔と、その隣に立ってこちらに手を振って来る人物の顔を見て、伊勢がびっくりしながらそう呟き、それに続く様にして翔鶴が問題の人物達の名を口にするのであった

 

そう、今飛龍達の目の前にいるのは、陸軍襲撃作戦に参加していた剛達なのである

 

剛達はロケットブースターで高速道路を短時間で突っ走って、そのまま横須賀入りしようとしたのだが、途中で剣持一派の兵達が横須賀救援に向かう為に東京に集結していると言う情報を聞いて、急遽東京の方で高速を降りて彼等と合流する事にし、彼等を引き連れて下道を走り、こうして横須賀入りを果たしたのである

 

因みにズイン以外の民間人がこの場にいない理由だが、剣持の直属の部下である弓取と情報系担当の盾井(たてい)陸軍中佐が協力し、横須賀市全体に横須賀から退避する様避難勧告を出して、横須賀市民を全て避難させたからだったりするのである

 

それから剛達はアルゴス号から降りて飛龍達と挨拶を交わした後、お互いの状況について情報交換を開始。その途中アルゴス号から降りて来た剣持の姿を見た飛龍達は、思わず絶句し、その場で硬直してしまうのであった……

 

まあ無理も無い話である、陸軍の武闘派の最頂点である軍神剣持の名と顔は、陸軍だけに留まらず海軍にも広まっているのである。そんな人物が自分達の仲間が乗っていたバスから姿を現せば、軍属の者だったら飛龍達の様になってしまうのは仕方が無い事なのである

 

その後ズインが捕まえた通信士の身柄は、剣持の部下達に預けられる事となり……

 

「それじゃ、いざ横須賀……、って何よあれ……?」

 

目的を達成した飛龍達と合流した剛が、横須賀鎮守府の方へ顔を向けた途端、まるで地表に雲が降りて来ているかの様に、濃い霧に包まれてしまっている横須賀鎮守府を見るなり、セリフを中断して目を丸くしながら固まってしまうのであった

 

「私達が通信士を追って鎮守府を出た辺りから、突然あの霧が出て来て……。あれって一体何なんでしょうね?」

 

鎮守府の方に視線を向けた伊勢がそう言った直後、突然状況が目まぐるしく変化し始めるのであった

 

横須賀鎮守府を覆っていた濃い霧が突然爆ぜる様に霧散し、しばらくすると今度は横須賀鎮守府の上空にだけ黒い雲が出現するなり貯水タンクを逆さにした様な豪雨を振らせ始めたかと思えば、いつの間にか雨が雪に変わって横須賀鎮守府にだけ猛吹雪が吹き荒れ、間髪入れずに雪が雹に変わって凄まじい勢いで氷の塊が横須賀鎮守府に容赦なく降り注ぐ

 

その光景を見ていた一同が混乱する中、横須賀鎮守府で発生している異常気象はより酷いものになっていく……

 

鎮守府が激しく上下に揺れ始めたかと思えば、何の前触れも無く鎮守府の傍の海が隆起して、そこから活火山が出現したかと思えば突如火山が噴火、火山ガスと火山灰が鎮守府を覆い尽くし、噴火の際に噴出された噴石が鎮守府に降り注ぎ……

 

「……?皆さん……、何か聞こえませんか……?……え……、えええぇぇぇーーーっ!!?」

 

「何よこれえええぇぇぇーーーっ!??」

 

突如上空から聞こえて来た音に反応して、翔鶴が皆に対してこの様に尋ねながら空を見上げ、ある物に気付いて驚きの声を上げ、そんな翔鶴の様子を見て釣られる様にして空を見上げた飛龍が、思わず絶叫する……

 

彼女達が見上げる空には、赤々と燃える3つほどの隕石の姿がっ!!!

 

その後隕石達は落下音を辺りに響かせながら、3つとも全てが横須賀鎮守府に直撃し、その衝撃で火山灰と火山ガスを一瞬の内に消し飛ばしてしまうのであった……

 

「……剛、本当にあの場所に行くのか……?」

 

剣持がドン引きしながら、剛に対してそう尋ねると……

 

「行かないと何が起こってるか分からないからね~……」

 

剛は頭を抱え溜息を吐きながらこの様に返事をし、一同は局所的に天変地異が発生している横須賀鎮守府に、重い足取りで向かうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃横須賀鎮守府では……

 

「うっひょおおおぉぉぉーーーっ!!!これたっんのしいいいぃぃぃーーーっ!!!!!」

 

戦治郎が超極絶ハイテンションになりながらそう叫び、何かを払う様に腕を振る

 

「ちょっと戦治郎っ!?陸軍兵を殺すなって言ってたのは貴方でしょうっ?!これ本当に大丈夫なのっ!?!」

 

「ちょっ!?おめぇ戦治郎っ!!!ちったぁ加減しろ馬鹿っ!!!」

 

「おい戦治郎っ!!今何をしたっ?!!」

 

そんな戦治郎に向かって、足柄、燎、武蔵が声を荒げながら話し掛けると……

 

「悪ぃ悪ぃっ!!でもこれマジで面白いんだもんっ!!!」

 

戦治郎がこの様に返答した直後、戦治郎の目の前に突然大きな竜巻が姿を現すのであった……

 

そんな戦治郎の左目からは赤い炎が噴き出し、その中には『神』の文字が浮かび上がっており、更にその炎を交差する2つの輝く光の輪が囲んでいたのであった……



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信頼の神一文字

少し時間を遡って和歌山県から南方50km地点、舞鶴の大淀と大井が帰還する姿を見送った戦治郎達は、早速行動を起こす事にするのであった

 

戦治郎達は先ず大湊の艦娘達を、この戦いに巻き込まない様にする為に父島に避難させる事を決定し、戦治郎は陸奥、天城、羽黒、由良の4名に避難する艦隊の事を任せ、武蔵、雲龍、足柄の3名は、戦治郎とペット衆と共に横須賀に突入する事となるのであった

 

本来、戦治郎はペット衆以外を横須賀に連れて行くつもりは無かったのだが……

 

「陸上戦なら私に任せなさい、こう見えても私、艦娘になる前は陸軍に所属していたんだから」

 

足柄のこのセリフと、そのセリフを肯定する様に首を縦に振る羽黒の様子を見て、戦治郎は足柄の同行を許可し、彼女にこんな事も有ろうかとと言った感じで、自身の腰に付けている武装格納ボックスに入れていたマカロニを手渡したのである

 

因みに、何故足柄が陸軍から海軍に鞍替えしたのかについてだが……

 

「戦場が私を呼んでいたからよっ!!!」

 

この言葉の通り、艦娘の登場によって主戦場が陸から海に変わった関係で、戦いを求めて軍に入隊していた彼女は、すぐさま陸軍を辞めて艤装の免許を取得し、艦娘となって戦いを満喫しているんだそうな……

 

さて、この様な事があって戦治郎が足柄の同行を認めたところで、今度はその様子を見ていた呉の武蔵が横須賀同行に名乗りを上げる

 

それを聞いた戦治郎が、武蔵に陸上戦の経験があるのか尋ねてみたところ……

 

「そんなものは無いっ!だがだからと言ってこの状況を捨て置く訳にはいかんだろうっ!!それにもしそんな事をすれば、誇り高き戦艦武蔵の艦娘の名が泣くだろうっ!!」

 

「いや、まあそうだろうけどよぉ……」

 

「それに私には格闘技の心得がある、足柄の様に銃器を扱う事は出来んが、全くの役立たずになる事は無いはずだっ!」

 

武蔵はこの様に主張し、意地でも戦治郎達に付いて行くつもりでいるようだ……

 

因みに武蔵に格闘技の心得があると言うのは嘘ではなく、武蔵に殴られそうになった戦治郎はその事を彼女の体捌きから気付いていたりする

 

尤も、戦治郎はそんな彼女の拳を苦も無く易々と捌いていたが、それは大体今朝方怪物クラスの格闘術使いである空と模擬戦をし、戦治郎が格闘戦の感覚を思い出していた事が原因だったりする……

 

結局、武蔵の熱意に圧倒された戦治郎が折れ、戦治郎は武蔵の同行を許可するのであった

 

その後、2人の志願者の同行を認めた戦治郎は、今度は自分の方から雲龍に同行して欲しいと依頼する

 

「雲龍には、俺達が突入した後の周辺の警戒を頼みたいんだ。多分突入した後俺達は目の前の事で手一杯になると思うからな、そんな中で奇襲とかされたらたまったもんじゃねぇから、雲龍には偵察機で情報集めしてそれらを俺達に伝えて欲しいんだ」

 

「そう……分かったわ、そう言う事なら私が皆の目の代わりになるわ」

 

戦治郎が雲龍に理由を話すと、雲龍はこの様に返して戦治郎達に同行する事にするのであった

 

こうしてチーム分けが終わり、大湊の艦娘達が父島に向かい始めたところで

 

「鎮守府の事……、そして長門の事……、頼んだわよ……?」

 

陸奥が振り返り、戦治郎に向かってこの様な事を言い

 

「その……、妙高姉さんの事……、お願いしますね……?」

 

「こちらの方は任せて下さい、ですからどうか無理だけはなさらないで下さいね……」

 

「皆さん、どうかご無事で……」

 

それに続く様にして羽黒、天城、由良が戦治郎達にそう言って、この場を離れていくのであった

 

(海賊団に佐世保に桂島、そして更にあいつらの頼みか……、こりゃマジで責任重大だな……)

 

大湊の艦娘達を避難させる為に移動を開始した陸奥達の背中を見送りながら、戦治郎が内心でこの様な事を呟き……

 

(っと弱気になってらんねぇ!この期待に応える為にも、気合い入れて横須賀助けないとだなっ!!)

 

気を取り直して内心でそう叫んだ直後である

 

「ちょっ!?ご主人っ?!」

 

「えぇっ!?なにこれっ?!!」

 

突然慌てた様子で弥七が戦治郎に話し掛け、太郎丸が何かを見て驚きの声を上げる。それに対して戦治郎が怪訝そうな顔をしながら2人に何があったのか尋ねると……

 

「ご主人の背中が突然光り出したんだぁよ~」

 

動揺する2人の代わりに、大五郎がこの様な言葉を口にするのであった

 

「ちょっとどうしたのよこれっ!?一体何が起こってるのっ?!」

 

大五郎の言葉を聞いて戦治郎の背中を見た足柄が驚きの声を上げ、状況を確認する為に戦治郎の上着をめくり上げると……

 

「きゃあああぁぁぁーーーっ!!!足柄に食べられるうううぅぅぅーーーっ!!!」

 

すかさず戦治郎がこの様な叫びを上げ

 

「ふざけている場合かっ!!!」

 

即座に武蔵に怒られるのであった……

 

さて、こうして露わになった戦治郎の背中だが、そこにはある変化が発生していたのであった

 

戦治郎の背中にある入れ墨の様なものの、今まで空白になっていたところに『神』の文字が浮かび上がり、それはそれは眩い輝きを放っていたのである

 

「これは一体……?」

 

「この背中の紋々みたいなのは、どうやら俺が使える能力を表しているみたいなんだが……、帝、鬼と来て神ねぇ……、神……、どんな能力だ……?」

 

しばらくして光が収まった戦治郎の背中を見て呟く雲龍に対して、戦治郎はこの様に答えた後にこの文字に関する能力が、一体どの様なものなのか考え始めるのだが……

 

「そんな事よりも、急いで横須賀に向かった方がいいのではないか?」

 

思考を巡らせ始めた戦治郎に向かって、武蔵が先を急ぐべきだろうと促し、それを聞いて我に返った戦治郎は、武蔵達を連れて横須賀鎮守府へと急行するのであった

 

それから戦治郎達しばらく移動して浦賀水道から東京湾に侵入、横須賀鎮守府が目視出来る距離まで接近したところで、安全な場所から偵察してもらう為に雲龍と別れて突入の準備を始めるのであった

 

「おめぇら、準備はいいか?」

 

「問題ないわ、さぁ、早く突入しましょうっ!!」

 

「私もいつでもいけるぞっ!!」

 

「ペット衆の皆も準備OKだよっ!!」

 

「死にてぇ奴からかかって来なってかぁっ!?」

 

「新しく手にいれた力で、皆を守り通すだぁよ~!」

 

「皆気合い十分だなっ!っとそれはそうと弥七、殺しは無しだからな?いい?大丈夫?それと大五郎、あの能力は守る奴だけでいい?攻撃の方は流石に不味いから、ね?」

 

戦治郎はこのやり取りで全員の状態を確認すると、鬼神紅帝 帝之型を発動させて横須賀鎮守府に突入しようとするのだが……

 

「……おんりょ?何ぞこれ?」

 

鬼神紅帝を発動した直後、戦治郎は少々驚きつつ思わずこの様な言葉を口にするのであった

 

その後、怪訝に思った太郎丸が戦治郎の顔を見たところ、鬼神紅帝を発動した時に出る戦治郎の左目の炎の中の文字が、帝之型の『帝』ではなく『神』になっていた事が発覚するのであった

 

「それでご主人、さっき驚いてたみたいだけど、何かあったのか?」

 

「いやな、なんかこれ発動させてから、俺の視界に変なのが映ってその辺漂ってんだわ……。一体何なんだろうな、これ……」

 

弥七が戦治郎にそう尋ねたところ、戦治郎はこの様に返答しながら、戦治郎にしか見えていない何かを指で突こうと、人差し指を立てた腕を前方に伸ばすのであった

 

先程戦治郎が言った様に、現在彼の視界には『豪雨』やら『雷雨』、『竜巻』などと書かれた白いモヤの様な物が、そこら中をフヨフヨと漂っているのである

 

そして戦治郎が『濃霧』と書かれたそれを指で突いた瞬間、文字付き白いモヤはまるで風船が割れる様にパチンと弾け、それと同時に横須賀鎮守府を覆い尽くす様に濃い霧が発生し始めるのであった……

 

「……あぁ、これってそう言う……」

 

これによってこの『鬼神紅帝 神之型』の効果を把握した戦治郎は、そう呟くと只々ニヤリと笑みを浮かべるのであった……




鬼神紅帝 神之型 (きしんこうてい かみのかた)

戦治郎の3つの基本能力の内の最後の1つ

発動すると豪雨、落雷、火災、竜巻、強風、吹雪、雹、濃霧、着氷害、霜害、熱波、寒波、砂嵐などの自然災害を自在に操れる様になる

発動中は戦治郎の左目から赤い炎が噴き出し、その炎の中に『神』の文字が浮かび上がる


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鎮守府脱出寸前に・・・・・・

戦治郎が新しい能力の効果を把握したところで、横須賀鎮守府の今の状況に目を向けようと思う

 

後から後から押し寄せて来る陸軍兵達を蹴散らしながら、横須賀鎮守府の本庁内の廊下を突っ切っていた燎達は、通信指令室で籠城戦を展開していた利根達の救援に入り、何とか無事に彼女達と合流を果たすのであった

 

その際利根が燎に向かって通信士を取り逃した事を謝罪するのだが、利根達の状況を聞いた燎はそれを仕方が無い事として特に問題視する事は無く、寧ろ今まで皆をまとめ上げてよく耐えたと称賛するのであった

 

こうして燎達が利根達と合流したところで、燎の通信機に通信が入って来る。燎は今しがた自分に通信を入れて来た人物に当たりを付けて通信に出ると、通信機からは燎の予想通り綾波と吹雪の声が聞こえて来るのであった

 

『こちら、食堂へ向かった綾波です。食堂に残っていた給糧艦の皆さんは、無事鎮守府から脱出する事に成功しましたっ!!』

 

『工廠に向かった吹雪です!こちらは明石さんが先に動いてくれたおかげで、私達が到着した頃には明石さん以外皆鎮守府の外に退避し終えていました!!』

 

「了解、それじゃ後は俺達が脱出したらOKだな。って事で綾波達は先に合流予定ポイントに向かっててくれ、俺達もすぐに向かうからな」

 

『『了解っ!!!』』

 

普通の艦娘と違って出撃せずに鎮守府に残っていた、補助艦艇艦娘達の脱出の手助けの為に深雪と磯波、そして神風の3人を連れて食堂に向かった綾波と、白雪と初雪の2人を連れて工廠に向かい、工廠に残っていた明石と合流を果たした吹雪との通信を終えた燎は、この事を艦娘達と元帥に伝えた後、彼女達との合流予定ポイントに向かって移動を開始するのであった

 

その後何とか綾波達と合流した燎達が、鎮守府を脱出する為に行動を起こすのだが……

 

「霧が深過ぎて、碌に前が見えんな……」

 

「こんな中、綾波達はよく無事に目的地に着いたな……」

 

濃い霧の中を悪戦苦闘しながら移動する中、思わず長門と日向がこの様な事を零す

 

「目的地が歩き慣れた鎮守府の中にある場所だったので、何とか出来た所があると思います……」

 

「もしこれが市街地だったらと考えると、ゾッとするわね……」

 

「まあこの霧のおかげで、陸軍の連中に見つからずに移動出来たんだけどなっ!」

 

それに対して綾波、神風、深雪がこの様に返答したその時だ、霧の中から微かに機械音が聞こえた直後に、突然辺りの空気を震わせる様な大きな砲撃音が聞こえ……

 

「元帥っ!!!……づぁっ!!!」

 

ディープストライカースーツに取り付けられたセンサーのおかげで、突然の砲撃に反応出来た燎が、咄嗟に元帥を庇ってモロに謎の砲撃を受けてしまうのであった

 

「大丈夫かっ!?源中将っ?!」「燎っ!?」

 

「自分は問題ないです……、っつかあいつらあんなモンまで持ってたのかよ……っ!?」

 

燎が被弾した事に気付いた元帥と日向が、驚愕しながら燎に向かって叫んだところ、燎はこの様に返答しながら砲弾が飛んで来た方角に視線を送る……

 

そこには頭頂部の砲塔から突き出た砲口から硝煙を立ち昇らせる、饅頭に節足動物の様な足が4本生えた様な物……、小型多脚戦車であるキュクロープスの姿があったのである……

 

その後大して間を空けずして、砲撃音を聞きつけた陸軍の歩兵達とキュクロープスを駆る戦車部隊、そしてペーガソスを駆る戦車部隊が姿を現し、続々と燎達の下に集まり始め、一斉に銃口と砲口を燎達に向ける……

 

「これを切り抜けるとなりゃあ……、もしかすると死者が出るかもなぁ……」

 

燎は辺りを見回し自分達が完全に包囲されている事を確認すると、そう呟きながらディープストライカースーツの設定を対人用から対深海棲艦用に切り替え、彼のセリフを聞いた艦娘達も次々と艤装の設定を変更し始める……

 

「おめぇら、覚悟はいいか……?」

 

燎が皆に向かってそう尋ねると、艦娘達は真剣な表情をしながら無言で頷き返す。それを確認した燎が……

 

「それじゃあいっちょ、派手n……」

 

全員に戦闘開始の号令を掛けようとしたその瞬間……っ!

 

「この状況でも諦めねぇたぁ、おめぇら中々度胸あんじゃねぇか……」

 

元帥以外の燎達の耳に突如聞き慣れた声が聞こえ、霧の奥に人影が1つ出現する

 

「笑顔溢れる平和な世界、拝まぬ訳にゃあいかねぇもんなぁ……?」

 

その影は燎達の方へとゆっくりと歩みを進め、その声も次第に大きくなっていく……

 

「丁々発止の大立ち回りっ!種も仕掛けもございませんっ!!俺の新なる力をとくとご覧じろっ!!!」

 

やがてその影の輪郭はハッキリとしていき、声も更に大きく力強くなっていく……

 

「弩派手にいくぜぇっ!!!海賊団頭領の生き様っ!!!!大戦争の始まりよおおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

影の正体である戦治郎は大妖丸を抜き払うと同時に『火災』と書かれたモヤを斬り捨て、そう叫ぶなり陸軍兵達の方へと大妖丸の切っ先を向ける。すると……

 

\ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!!!/

 

\ぐわあああぁぁぁーーーっ!!!!!/

 

\たっ助けてくれえええぇぇぇーーー!!!!!/

 

突然横須賀鎮守府を覆っていた濃霧が晴れると同時に、陸軍の歩兵達が何の前触れも無く火達磨になり、悲鳴を上げながら地面を苦しそうに転がり始めるではないかっ!!!

 

「な、何じゃっ!?一体何が起こったのじゃっ?!」

 

「もしかして……、これが戦治郎さんの能力……っ!?」

 

その光景を目の当たりにした者達は、全員驚愕の表情を浮かべながら硬直し、利根と妙高が思わずこの様な言葉を口にする……。それに対して戦治郎は……

 

「やっべこれこんな効果だったのかよっ!?てっきり建物が燃えるモンだと思ってたわっ!!!って言ってる場合じゃねぇ水、水うううぅぅぅーーーっ!!!」

 

物凄く動揺し、途轍もなく慌てた様子で陸軍兵達の火を消す為の水を探し……

 

「ねぇ、貴方のその能力とかで雨は降らせられないの?」

 

「おぉっ!!ナイス足柄っ!!!って事でこれでどうだっ!!!」

 

足柄にこの様に指摘されると我に返り、戦治郎はこの様に言いながら今度は『豪雨』のモヤを叩き割る。すると今度は横須賀鎮守府にだけ凄まじい勢いで雨が降り始め、火達磨になった陸軍兵達の炎をみるみるうちに消していくのであった

 

そんな戦治郎の様子を見て、横須賀の皆さんは只々呆然とするのだが、陸軍の皆さんは何とか我に返ると、その矛先を全てこの異常を起こしている原因であると思われる戦治郎に向けようとする

 

「おい戦治郎、あいつらの砲口がこっちを向いているんだが……?」

 

「おっちゃんに任せろーっ!!!次は~……吹雪でどうだっ!!?」

 

「えっ!?私ですかっ?!?」

 

「あぁ~、違う違う、チミの名前の大元の方の、自然現象の吹雪の方ね~。OK~?」

 

武蔵に尋ねられた戦治郎は、この様に返答しながら『吹雪』のモヤを叩く。その直後自分の名前を呼ばれたと思った吹雪が声を上げると、戦治郎はこの様に言葉を返すのであった

 

その直後、肌に当たれば痛みを感じる程の勢いで降っていた豪雨は、吹き荒ぶ吹雪に姿を変えて、この場にいる者達全てに襲い掛かる。その結果、雨で濡れていたところは徐々に凍り付き始め、やがて戦車の履帯と砲塔は碌に動かせなくなってしまうのであった……

 

そんな中、吹雪を発生させた戦治郎はと言うと……

 

「寒うううぅぅぅーーーいっ!!!」

 

寒さの余りそう叫びながらガタガタと震え、その寒さを少しでも紛れさせようと己の身体をその腕で必死になって摩っていた……

 

「おっまっ!?吹雪起こした張本人も寒いのかよっ!!!??」

 

燎はそんな凍える戦治郎の姿を見て、鼻水を垂らしながら思わずそう叫んでしまうのであった……




燎達と合流した時の戦治郎の口上は、パチスロの『盗忍!剛衛門』で使用されている曲である『超絶景』の最初の口上が元ネタとなっています


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神は信仰を得て神帝と成る

「何か凄い事になってるわね……」

 

戦治郎の能力の効果が及んでいない海上で、横須賀鎮守府を遠巻きに眺める雲龍は、思わずそう呟くのであった

 

本来彼女は、艦載機を飛ばして鎮守府周辺の警戒を行わなければいけないのだが、それは戦治郎が巻き起こす幾多の自然災害のせいで、艦載機を飛ばす事が出来なくなってしまっているのである……

 

だが、だからと言ってあの場所に突入し、戦治郎達の安否を確認しようとする度胸を、彼女は持ち合わせてはいなかった……

 

「皆無事だといいのだけど……」

 

雲龍は只々その場に佇み、改めてそう呟くのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい戦治郎っ!!このままでは寒くて碌に動けんぞっ!!!」

 

「おめぇの場合特にそうだろうなぁっ!!っしゃ!んじゃあ別の奴に切り替えますか……。っとこれなんか良さそうだな……、よっし、大五郎っ!こっちとあっちにでっかい傘作ってやれっ!!!」

 

吹き荒ぶ吹雪の中、凍える武蔵が戦治郎に対してそう訴え掛けたところ、戦治郎はこの様に返答した後大五郎に指示を飛ばす

 

「了解だぁよっ!!!」

 

すると大五郎はこの様に返答するなり両手を天に掲げ、2つの大きなデュラハライト結晶を出現させ……

 

「ぐおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

気合いの雄叫びと共に、燎達の頭上目掛けて片方のデュラハライト結晶を投擲する

 

「なんじゃありゃあああぁぁぁーーーっ!!?」

 

その光景を目の当たりにした燎が、驚愕の声を上げながら自分達の方へ飛んで来るデュラハライト結晶を警戒し、艦娘達も結晶が自分達に直撃した際の衝撃に備えて身構えるのだが、結晶の軌道は燎達の予想を裏切って、彼等の頭上に到着するとそこでピタリと止まってしまうのであった

 

「これは一体……?」

 

燎の傍にいた長門が、不思議そうにそう呟きながら結晶に触れようとするのだが……

 

「おぉっとぉっ!!そいつには触れない方がいいかもだぜ、まだ全然詳細を調べた訳じゃねぇけど、それが出た瞬間俺の火傷痕が疼くんだ。だから恐らくそれは『アレ』が関わってる気がするんだわ」

 

その様子を見ていた戦治郎がこの様な事を言い、それを聞いた長門はその表情を引き攣らせながら伸ばそうとした手を急いで引っ込めるのであった

 

その後燎達の頭上に結晶が届いた事を確認した戦治郎が、すぐさま『雹』のモヤを握り潰したところ、今まで荒れ狂っていた吹雪が突然ピタリと止み、空に浮かぶ雲からは握り拳大の雹が吐き出され始めるのであった

 

その雹の威力は中々のもので、直撃を受けた戦車の装甲はボコボコと凹み、車体のフレームも甚大なダメージを受けて歪んでしまう。そして戦治郎が起こした『火災』で火傷を負った歩兵達は、その身体に雹を受ける度に力なく呻き声を発する

 

そして戦治郎達はこの凶悪な氷の塊が降りしきる中燎達の下へ駆け寄り、彼等との合流を果たすのであった

 

「外見と言い、能力と言い、しばらく見ねぇ間に随分変わったな」

 

「そんだけここに来るまでに色々あったって事よ」

 

戦治郎の今の姿を目にした燎がこの様な事を言うと、戦治郎はニカッと笑いながらこの様に返答し、2人は同時に拳を突き出してグータッチする

 

「んで、増援はまだ来ると思うか?」

 

「そりゃもうジャンジャンバリバリ来るだろうよ、何たって陸軍全体の7割が相手なんだからな」

 

その後燎が戦治郎に増援が来る可能性について尋ねると、戦治郎は自身が得た情報を基にこの様に返答する

 

「日本中の陸軍兵が、この横須賀に集まって来るのか……。これは骨が折れそうだな……」

 

「あっちが向かってくるのなら、こっちはそれをただ倒せばいいだけじゃない。まあ……、私達の出番があるか分かんないけど……」

 

戦治郎の言葉を聞いた日向がやれやれと言った様子で呟くと、それを耳にした足柄がこの様に返答し、戦治郎の方へと視線を向ける。するとそれに倣う様に他の艦娘達も戦治郎の方へ視線を向けると、自身に視線が集まっている事に気付いた戦治郎は、自身の胸元を隠す様な仕種をしながらその頬をほんのり紅く染める……

 

「何やってんだお前……?」

 

「いや、つい……」

 

その様子を見た燎が戦治郎にツッコミを入れ、戦治郎がこの様に答えたその時だ

 

「どうやら戦治郎が言う通り、おかわりが来たみたいだぞ……?」

 

今まで勢いよく降り注いでいた雹が止んだ途端、何処かに潜んでいたであろう陸軍兵達が続々と姿を現し、それに気付いた武蔵が陸軍兵達を見据えながらこの様な言葉を口にする……

 

「武蔵、足柄、今の内に艤装の設定変えとけ。蜘蛛みたいなのは知らんが、あの饅頭みたいな奴の装甲はマカロニや拳、それにヤワな主砲じゃどうしようもねぇぞ」

 

「了解」「分かった」

 

「やっぱ俺の読みは当たってたのか……」

 

戦車部隊の中にキュクロープスの姿がある事に気付いた戦治郎が、武蔵と足柄に向かってこの様な事を言い、傍でそのやり取りを聞いていた燎は思わずそう呟く

 

「って事でっ!!!歩兵達は俺が何とかすっから、戦艦艦娘は兎に角戦車に砲弾を浴びせまくって、それ以外の艦娘は戦車隊攻撃する時は艤装の主砲で足の継ぎ目を狙えっ!!!」

 

「この状況、今の俺達なら引っ繰り返せるはずだっ!!!皆気合い入れて行くぞっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

その後戦治郎が艦娘達に指示を飛ばし、それに続く様にして燎が皆を激励すると、艦娘達は2人に力強く返答した後陸軍の増援部隊に攻撃を開始するのであった

 

この時この場にいる艦娘達は、この苦しい状況の中駆け付けて来てくれた戦治郎達に大いに感謝し、彼等がいるならば本当にこの状況を打開できるだろうと、心から信じる事にするのであった。と、その直後……

 

「うおぉっ!?」

 

何の前触れも無く、突然戦治郎が驚きの声を上げる

 

「どうした戦治郎っ!?」

 

腰に取り付けられたスモールパッケージとシーハンターを、多脚戦車達に向けて発射しながら燎が戦治郎に尋ねたところ……

 

「いや、なんか一杯出て来たっ!!!」

 

戦治郎はこの様な意味不明な供述をするのであった……

 

さて、戦治郎は一体何が一杯出て来たと言っているのか……?それはあの白いモヤの事である

 

今の戦治郎の視界には、神之型発動中に見えていたものだけでなく、『津波』『地震』『火山噴火』『隕石落下』などと言った、明らかに危険そうな文字が書かれたモヤが追加されているのである

 

(これ絶対ヤバイ奴だろ……、でも使わないのは勿体ない様な……。取り敢えずこっちに被害出たらごめんなさいするとして……)

 

「せいやっ!!!」

 

頭の中でこの様な事を考えた戦治郎は、物は試しと言った調子で掛け声と共に『地震』と書かれたモヤを割る。すると突然横須賀鎮守府内だけで、大規模な直下型地震が発生するのだが……

 

「こ、今度は何事だクマッ!?」

 

「戦治郎っ!?今度は何したのっ?!」

 

地震に翻弄されて倒れる歩兵はその恐怖に負けて悲鳴を上げ、盛大によろけて味方の戦車にぶつかって横転する戦車達……、そんな光景を目の当たりにした球磨が驚きながら声を上げ、足柄はある異変に気付き慌てた様子で戦治郎に問い詰め始めるのであった

 

何とこの地震、戦治郎達が立っているところだけが全く揺れていないのである

 

「いや、ちょっち新しく出て来たモヤを割ってみたんだ……」

 

「新しく出て来た……?って戦治郎、お前のその左目の炎……、最初からそんな形だったか……?」

 

足柄の問い掛けに気圧されながらも答える戦治郎に向かって、今度は横から話を聞いていた武蔵が戦治郎に対してこの様な質問をするのであった

 

そう、戦治郎が知らない内に左目の『神』の文字が浮かぶ赤い炎に変化が表れており、いつの間にか出現していた交差する2つの輝く光の輪が、まるで土星の輪の様に戦治郎の左目の炎を囲んでいたのであった……




鬼神紅帝 神帝之型 (きしんこうてい じんていのかた)

戦治郎の能力の1つで帝之型の上位版、帝之型と神之型が強化された状態で同時に発動している状態

神之型取得後に多くの人達から信用と信頼を得た結果、使用出来るようになった型

自身を含む艦隊メンバー全員の全ステータスを2倍に強化する上に、豪雨、落雷、火災、竜巻、強風、吹雪、雹、濃霧、着氷害、霜害、熱波、寒波、砂嵐、洪水、侵食、津波、高潮、地震、隆起、地盤沈下、地割れ、陥没、落盤、土砂災害(斜面崩壊、地すべり、土石流、山体崩壊など)、雪崩、熱帯低気圧、旱魃(かんばつ)、火山噴火(降灰、噴石、溶岩流、火砕流、火山泥流、火山ガスなど。海底火山も噴火可能)、湖水爆発、隕石落下、太陽フレアなどの自然災害を自在に操れる様になる

因みに神之型では自身にも自然災害の影響を受けていたが、神帝之型になるとその影響を受けなくなる

発動中は神之型同様、『神』の文字が浮かぶ赤い炎が左目から噴き出すが、その炎を交差する2つの輝く光の輪が土星の輪の様に囲んでいる


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凶弾

自身がついさっき手にした力が、早速強化された事を知った戦治郎は……

 

「実験の時間だおらあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

この叫びと共にすぐに新しく追加されたモヤを破壊し、横須賀鎮守府に次々と天変地異を発生させるのであった

 

この時戦治郎が破壊したモヤに書かれていた文字は『火山噴火』、周囲に火山が無いこの地域ではどの様な事が発生するのか……、周囲にどれ程の被害を及ぼすのか……、一体どれくらい自分がこの災害をコントロール出来るのか……、それらを知りたいと言う知的好奇心に敗北した戦治郎は、躊躇い無くこのモヤをチョイスし破壊したのである

 

その結果、横須賀鎮守府の目の前にある海が突如盛り上がり、そこから今にも噴火してしまいそうな活火山が姿を現し、その光景を目にして呆然とする燎達の目の前でこの火山は豪快にマグマ噴火し、噴火した際に発生した火山ガスが横須賀鎮守府を覆い尽くし、その上で火山の火口から勢いよく飛び出した噴石達と火山ガスが、情け容赦無く横須賀鎮守府内の建物と陸軍兵達に襲い掛かる……

 

雹の時同様、歩兵達は噴石の直撃を受けたり、火口から噴き出し鎮守府の敷地内だけに留まり続ける火山ガスを吸引したせいで倒れ込み、倒れ込んだ直後に更に追い撃ちとばかりに腹や頭や背中に噴石を受けて激痛の中意識を手放し、戦車部隊も降り注ぐ大小様々な噴石達に戦車の装甲や車体フレームをベッコベコにされた挙句、戦車の燃料が火山弾の熱によって引火し、扇射が盛大に爆発するなどと言う事態まで発生したのである

 

「ちょっと待て戦治郎っ!!このまま火山ガスをここに留めておくと、陸軍兵達が窒息してしまうのではないかっ!?」

 

「おぉっとぉっ!?それは不味いなっ!!なら……、こいつの衝撃でガスを吹き飛ばすっ!!!」

 

この地獄絵図を愕然としながら見ていた利根が、我に返るなり慌てた様子で戦治郎に向かってこう言うと、この力の凄さにややテンションが上がっている戦治郎はこの様に返し、『隕石落下』のモヤを砕く

 

その直後、横須賀鎮守府内に立ち込めていた火山ガスが、何事も無かったかの様にあっという間に消失してしまい……

 

「ありゃ、新しい奴発動させたらガスとか消えるのな……。こりゃ~やっちまったかな~……?」

 

「やっちまったって……、一体何をしたのっ!?!」

 

その光景を目にした戦治郎は、後頭部をポリポリと掻きながらこの様な事を呟き、それを耳にした神風が思わず声を荒げながら戦治郎に尋ねる。と、その直後、空から急に複数の何かが落ちて来る様な音が聞こえ始め、それに気付いた者達が一斉に空を見上げる。するとそこには赤々と燃える3つほどの隕石の姿が……っ!!!

 

「隕石……だと……っ!?」

 

「ちょっとこれ洒落になってないぞっ!!?」

 

「もう駄目だ……、お仕舞いだ……」

 

「ちょっ!?初雪ちゃんっ?!しっかりしてっ!!!」

 

3つの隕石を目撃した日向が目を見開いて驚愕し、深雪が戦治郎に向かって絶叫し、初雪は絶望しながら気絶、そんな初雪を見た白雪が慌てて初雪に声を掛け……

 

「おい戦治郎っ!!これは本当に大丈夫なのかっ!?」

 

「大丈夫大丈夫っ!!俺達のとこには落ちない様にしてっからっ!!!」

 

長門が必死の形相で戦治郎に詰め寄ると、戦治郎はこの様に返事をするのであった。その直後、隕石は3つ共横須賀鎮守府本庁に直撃し、本庁はその衝撃によって跡形も無く粉々に粉砕されてしまうのであった……

 

また、その衝撃波の影響は陸軍兵達にまで及び、陸軍兵達は兵科を問わず衝撃波によって派手に吹き飛ばされて行くのであった

 

「うっひょおおおぉぉぉーーーっ!!!これたっんのしいいいぃぃぃーーーっ!!!!!」

 

その光景を目の当たりにした戦治郎は、超極絶ハイテンションになりながらそう叫び、何かを払う様に腕を振ってモヤを砕く

 

「ちょっと戦治郎っ!?陸軍兵を殺すなって言ってたのは貴方でしょうっ?!これ本当に大丈夫なのっ!?!」

 

「ちょっ!?おめぇ戦治郎っ!!!ちったぁ加減しろ馬鹿っ!!!」

 

「おい戦治郎っ!!今何をしたっ?!!」

 

そんな戦治郎に向かって、足柄、燎、武蔵が声を荒げながら話し掛けると……

 

「悪ぃ悪ぃっ!!でもこれマジで面白いんだもんっ!!!」

 

戦治郎がこの様に返答した直後、戦治郎の目の前に突然大きな竜巻が姿を現す。そう、先程戦治郎が割ったのは、神之型の時でも使用出来た『竜巻』のモヤである。そしてこうして発生した竜巻は鎮守府内に転がる瓦礫を巻き上げ、陸戦兵達が飛んで行った方角へ移動を開始する……

 

「そ、それ以上は流石に可哀想ですよぉっ!!」

 

「オーバーキルにも程があるクマッ!もうこの辺で止めてあげるクマッ!!」

 

その光景を見た吹雪と球磨が、戦治郎に向かって懇願すると……

 

「あ~……、確かにそうだわな……、ちょっち調子に乗り過ぎたな……」

 

戦治郎はそう言って先程発生させた竜巻を消すと、神帝之型の使用を止めるのであった。その様子を見て一同が安心したその直後……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に微かにパスッ!と言う音がこの場にいる全員に聞こえた瞬間、戦治郎の胸に穴が開き、そこから夥しい量の血液が噴き出し始める……

 

「……あ"?」

 

この言葉を口にした直後、戦治郎は口から血を吐いて崩れ落ちる様にして倒れてしまうのであった……

 

「どうした戦治郎っ!?」

 

「これは狙撃か……っ!?一体何処から……っ?!」

 

その様子を見た長門が急いで戦治郎に駆け寄り、彼に向かって声を掛けながら止血を開始する。その傍らでは武蔵が電探を併用しつつ、警戒する様に戦治郎のせいで見晴らしがよくなった周囲を見回し、鎮守府の敷地外から戦治郎を撃った狙撃手を発見するのであった。そしてその直後、アンチマテリアルライフルであるネメアーズレオンを手にした狙撃手の後方から、新たな陸軍兵達が姿を現す……

 

「まさか……、また増援……?!」

 

「ここではあんな事が起こっていたのに……、どうして彼等はそこまでして横須賀鎮守府を落とそうとするのでしょうか……?」

 

ここに来て更に増援が来た事に筑摩が驚き、妙高がこの様な疑問を口にしたところで、陸軍兵達は燎達に対して一斉に攻撃を開始するのであった……

 

「くっそ……っ!何としてでも戦治郎と元帥を守るぞっ!!!全艦、攻撃開始っ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

それに対して燎は艦娘達にこの様な指示を飛ばし、それに返答した艦娘達は大五郎が作った結晶を盾に応戦を開始するのであった……

 

 

 

 

 

「そんな……また……っ!?」

 

「凄まじい執念……、と言ったところか……」

 

それからしばらく経ったところで、三日月と菊月が新たな戦車隊を発見し、思わずこの様な言葉を口にする。そしてそれに反応して多くの艦娘達が、新しく現れた戦車隊に視線を向けるのだが……

 

「……何か様子がおかしくない?」

 

その戦車隊に違和感を感じた足柄が、ふとこの様な疑問を口にする。するとその直後、何と新しく来た戦車隊は、有ろう事か自分達の前方にいる戦車隊に向かって攻撃を開始したではないか……っ!!!

 

「仲間割れ……でしょうか……?」

 

その様子を見た綾波がこう言った直後、武蔵と足柄以外が装着している通信機に通信が入る

 

『横須賀の皆~、さっきここで天変地異が起きてたみたいだけど~、無事だったかしら~?』

 

その声を聞いた瞬間……

 

\剛さんっ!?/

 

通信機を付けた全員が、驚愕しながら思わずその声の持ち主の名を叫ぶ。そう、今陸軍兵達に攻撃を仕掛けている戦車隊は、全員剛が連れて来た剣持大将傘下の陸軍兵達で構成された戦車隊なのである

 

「剛さん、そっちに悟はいますか?いたら大至急連れて来てもらえませんか?」

 

『悟ちゃんって事は……、負傷者が出たのかしら?でもごめんなさい、生憎悟ちゃんは此処にはいないわね~……』

 

『一応応急処置程度なら俺が出来るけど……、何があったんだ?』

 

剛の声を聞いて驚いていた燎が、我に返るなり剛に向かってこの様に尋ねたところ、剛からは残念な返答があり、通信を聞いていた光太郎が燎にこの様な質問をし、燎が戦治郎が胸を撃たれて倒れた事を伝えると、光太郎はアルゴス号のアクセルを全開にして大急ぎで燎達の下へ駆け付け、アルゴス号に負傷した戦治郎を収容して診療台に寝かせると、アルゴス号に取り付けられた医療キットEXを使用して、自分に出来る最大の治療を戦治郎に対して施すのであった……



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鎮圧完了

「戦治郎……、何とかもってくれよ……っ!」

 

そう呟きながら、光太郎は先程胸を撃ち抜かれた戦治郎に治療を施すのだが、その表情には焦りの色が強く現れていた。恐らく、光太郎の治療は上手くいっていないのだろう……

 

「戦治郎……」

 

「ご主人様……」

 

その様子を心配そうに見つめていた長門と太郎丸が、思わず戦治郎の名を呟く……

 

現在、アルゴス号の中には負傷した戦治郎、そんな戦治郎に必死になって治療を施す光太郎、剛達と合流した際戦治郎を光太郎と共にアルゴス号に搬送した長門、先程からずっと戦治郎に付き添っている太郎丸、そして光太郎の治療を静かに見守っている剛と剣持とズインと弥七、そしてアルゴス号内を興味深そうに見て回る元帥が乗っていた

 

「……くそっ!やっぱり俺じゃダメなのか……っ?!俺じゃ戦治郎を助けられないのか……っ!?」

 

それからしばらくの間、懸命に戦治郎に治療を施している光太郎が、声を荒げながら心底悔しそうに声を上げる

 

「……諦めてたまるかよ……っ!俺はまだお前に嘘付いた事謝ってないんだ……っ!!その為にも俺は絶対諦めないからな……っ!!!」

 

心が折れそうになった光太郎が、そう言って奮起したその時である

 

「すみません、重篤な患者がいると聞いて来たのですが……」

 

何の前触れも無くアルゴス号に乗って来た男が、この様な事を尋ねて来るのであった。そんな彼を見て、この場にいる殆どの者が怪訝そうな顔をした時、不意に剣持が口を開く

 

「ようやく来たか、矛崎(ほこさき)……」

 

「これでも急いで来た方ですよ?今外は大荒れですから……」

 

剣持の言葉に対して、矛崎と呼ばれた男はこの様に返答して見せるのであった

 

「刃衛、この方は?」

 

「申し遅れました、僕は軍医をやってる矛崎陸軍軍医少佐です。この戦いできっと負傷者が出るだろうなと思って部隊に付いて来たところ、剣持大将から大至急こちらに来る様に言われて来ました」

 

「こいつの腕は俺が保証する、だから戦治郎だったか……、そいつもきっと助かるはずだ」

 

福岡での戦いの後、アルゴス号の中で交流を深め互いに呼び捨てし合う仲になった剛が、剣持にこの男の素性を尋ねたところ、矛崎が自己紹介を行いそれに続く様にして剣持が言葉を口にする

 

「そう言う訳で後の事は僕が引き継ぎますので、皆さんは外の方をお願いします。何かこの人がやられた事が切っ掛けになって、艦娘達が皆ブチギレちゃってるみたいなんですよ……」

 

「分かりました……、では戦治郎の事、どうかよろしくお願いします……」

 

矛崎の言葉を聞いた光太郎は、そう言うと矛崎の方へと頭を下げて戦治郎の事を任せると、戦治郎から一向に離れようとしない太郎丸と陸軍兵達の攻撃目標である元帥を残してアルゴス号から降りるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦治郎の弔い合戦だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「待って飛龍っ!まだ戦治郎さんが死んだと決まってないからっ!」

 

アルゴス号の外では、戦治郎が撃たれた事を知った飛龍が怒り狂いながらそう叫んで弓を引き、それを聞いた蒼龍が飛龍の言葉を訂正しながらも、彼女同様艦載機を発艦する為に弓を引く

 

「飛龍、気持ちは分かるけど落ち着いて……。もし感情のままに艦載機を発艦して、操作を誤って相手を殺してしまったら、戦治郎さんに何と言うつもり……?」

 

「大丈夫っ!!私は冷静よっ!!!」

 

「それは本当に大丈夫なんですか……?」

 

そんな飛龍に対して、剛達のやり取りで戦治郎が倒れた事を知って急いで合流した雲龍が、飛龍を宥めようとこの様な言葉を口にし、それに対しての飛龍の返答を聞いた翔鶴が、噴式戦闘爆撃機である橘花改の発艦準備をしながら、思わずそう呟いてしまう

 

先程矛崎が外は大荒れと言っていたが、その原因は戦治郎が撃たれた事で陸軍兵達に対して怒りを覚えた艦娘達が、感情のままに攻撃を再開したからである

 

これにより陸軍兵達に多くの負傷者が出てしまうのだが、それでも彼等は元帥を討たんと攻撃を続けるのであった

 

何故彼等はそこまでして元帥を討ち、横須賀を陥落させようとするのか……、その全ての原因は彼等が桂島の提督が既に拘束されている事実を知らず、元帥を討てば多大な報酬を貰えると未だに思い込んでいるからである……

 

こうして戦治郎の仇を討たんと躍起になる艦娘達と、己の欲望を満たす為に戦い続ける陸軍兵達が激しくぶつかり合うのだが、ここに来てようやく大きな変化が訪れる。そう、アルゴス号に乗っていたメンバーが、アルゴス号から降りて来たのである

 

「中々派手にやっているじゃないか……」

 

「剣持大将っ!?何故貴方がここにっ?!」

 

現状を見て剣持がそう呟いたところ、彼の元部下であった足柄がその声に即座に反応し、驚愕しながらこの様に尋ねる

 

「何、俺は欲の皮を突っ張った逆賊共を、この手で討ち取りに来ただけだ……」

 

「そうだったんですね……」

 

足柄に質問された剣持がこの様に返答すると、足柄は苦笑しながらこの様に返事をするのであった。そして……

 

「聞けぇっ!!!逆賊共ぉっ!!!」

 

足柄とのやり取りを終えた剣持が、突如途轍もない声量で叫び始める。そしてそれを聞いた者達全てが、突然の出来事に驚き攻撃の手を止めて声の発生源に目を向ける。そしてそこに剣持がいる事に気付いた陸軍兵達の顔色が、皆一斉に真っ青になるのであった

 

それも当然の事だろう、彼等の所属は陸軍である為、軍神と呼ばれ畏怖される剣持の名前と顔は、本当に広く知れ渡っているのである。そんな彼が相手陣営にいる、つまり自分達の敵として立ち塞がっている……。その事実に気付いてしまえば、彼を知る者達が顔面蒼白になってしまうのは、本当に仕方が無い事なのである……

 

「貴様らが何の為に戦っているのかは知らんがっ!!!これ以上貴様らが戦い続ける意味は皆無だっ!!!何故なら貴様らが支持する桂島の提督はっ!!!全ての罪を白日の下に晒されっ!!!既に海軍の手に依って拘束されているからだっ!!!!!」

 

剣持がこの発言をした直後、この場は静寂に包まれ……

 

\う、うわあああぁぁぁーーーっ!!!/

 

それからしばらく時間が経過したところで、我に返った陸軍兵達が一斉に武器を捨てて逃走を開始した。これ以上頑張っても得るものが無い上に、陸軍で最も恐れられる存在が敵にいる。その事実を理解した途端、陸軍兵達は己の命を守る為に逃走する事を選択したのである……

 

「逃がすかっ!!!」

 

「貴様らだけは許さねぇぞっ!!!閃転っ!!!」

 

「大人しく法の裁きを受けてもらおうっ!!!」

 

その光景を目にした剣持、シャイニング・セイヴァーに変身した光太郎、そしてズインがそれぞれ声を上げ、こちらに背を向け逃走し始めた陸軍兵達に突撃を仕掛け……

 

「俺達も追撃すんぞっ!!!一人残らずとっ捕まえろっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

その様子を見た燎が艦娘達に指示を出し、艦娘達は一際大きな声を張り上げて返答すると、全ての陸軍兵達を拘束せんとばかりに、剣持達に続く様にして追撃を開始するのであった

 

因みに、光太郎の変身を目の当たりにしたズインことムサシは……

 

(あちょっ!?僕なんかよりよっぽどヒーローっぽい姿に変身しちゃったよこの人っ!!?しかも変身ポーズに掛け声付きっ?!!なんかカッコイイんですけどぉっ!?!)

 

内心で思わず驚きの声を上げ、羨望の眼差しを光太郎に送るのであった……

 

その後、横須賀鎮守府を襲撃した陸軍兵達は全て拘束され、先の未来に大きな影響を及ぼす事となる横須賀の乱は、こうして幕を閉じるのであった……

 

それからしばらく経ったところで、剣持の通信機から矛崎の声が聞こえて来る

 

「胸を撃たれた戦治郎さんですが、無事一命を取り留める事に成功しました」

 

剣持がこの事をこの場にいる者達全員に伝えると、直後に更地となった横須賀鎮守府内に大きな歓声が響き渡るのであった



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お片付けの時間と・・・・・・

「……んぉ?」

 

間の抜けた声と共に重い瞼を開いた戦治郎の視界に見覚えのない天井が映り、戦治郎は意識がぼんやりする中で自身が覚えている情報を基にゆっくりと状況を整理していく……

 

「お目覚めになられたんですね……っ!?」

 

その最中、不意に話し掛けられた戦治郎が驚きながらそちらに目を向けると、そこには戦治郎とは違う理由で驚く大和の姿が映し出されるのであった

 

「大和……?って事は此処は桂島泊地って事か……?」

 

「いいえ、此処は横須賀鎮守府の医務室ですよ」

 

「……は?」

 

戦治郎が大和に現在地を尋ねたところ、予想外の答えが返って来た為、戦治郎は再び間抜けな声を上げながら不思議そうな顔をする

 

先程状況整理した際、横須賀鎮守府は自身の能力のせいで何処もかしこもボロボロになったはず……、なのに何故何事も無かったかの様に設備が使える……?戦治郎がここまで考えたところで、ある事実に気付き疑問を抱く……

 

「仮にここが横須賀だとして、何で此処に大和がいるんだ……?」

 

戦治郎がこの様な言葉を大和に投げかけると、大和は自分が此処にいる理由と現在の横須賀鎮守府の状況について話し始めるのであった

 

先ず大和が此処にいる理由だが、それは元帥名義で輝と悟と共に横須賀鎮守府に来る様にと連絡があったからだそうだ

 

その時大和が連絡を寄越して来た長門に、何故この3人なのかを尋ねたところ、輝は剣持傘下の工兵達と共に鎮守府と大本営を復旧させる為に、悟は重症を負った戦治郎の治療を改めて行う為に、そして大和は今回の件で明るみになった提督の悪事についてや、泊地の状況を説明する為に呼ばれた事が判明するのであった

 

因みにこの連絡を受けた直後、護が泊地に仕掛けていた通信妨害は解除されたんだそうな……

 

こうして横須賀に向かう事になった大和達だったが、向かうついでに提督をそちらで預かってもらえないか聞いてみたところ、提督を連れて来るのはしばらく待って欲しいとの返答を受けるのであった

 

話を聞いている限り、今回の件で大量の逮捕者が出た為、日本中の軍刑務所が満杯になってしまっているそうだ。しかも横須賀鎮守府と共に大本営の施設までもがまとめて更地となっている為、逮捕者を裁こうにも裁く為の場所が無い故に、提督をブチ込んでおく軍刑務所に空きを作る事が出来なくなっているのだとか……

 

「あぁ、だから輝が呼ばれていたのな」

 

「はい、おかげであっという間に鎮守府も大本営も完全に復旧し、溢れていた逮捕者も輝さんが軍刑務所を新設してくれたおかげで全員無事に収容完了、現在は元帥達が頑張って逮捕者の皆さんを処理しているそうです」

 

ここで戦治郎は『元帥達』と言う単語に反応し、元帥以外に誰が逮捕者を裁いているのかについて大和に尋ね、大和の口から剣持大将の名前と彼が此処に来ている経緯を聞き、驚愕しながらも彼を此処に連れて来てくれた剛達に凄まじく感謝するのであった

 

因みに剣持を横須賀に連れて来た功労者である剛達は、現在福岡駐屯地以外の日本各地から横須賀鎮守府に集められているアリーズウェポンを、艦娘達と剣持傘下の陸軍兵達と協力して集計しているそうだ

 

尚、横須賀に集められたアリーズウェポンの処分だが、基本的には集計し終えたところで分解した後貨物用コンテナに積み込み、その中にコンクリートを流し込んで太平洋の何処かに投げ捨てる予定なんだそうな……

 

「んだよ~……、あいつら来てるんならこっちに顔出しゃいいのによぉ……」

 

「それが……、輝さんと悟さんはやる事があると言ってこちらでやるべき事を終えた後、泊地の方に戻られたんですよ……。でもまあ、それでも戦治郎さんが目を覚ますのを1日は待ってくれたんですから……」

 

戦治郎が大和とこの様なやり取りを交わしたところで、大和の言葉に違和感を感じてすぐさま大和に質問する

 

「ちょっち待ち、1日は待ってくれた……?大和、今日何日だ?俺が倒れてからどれだけ時間経った?」

 

「それなんですけど……、戦治郎さんは倒れてから3日間、ずっと眠りっぱなしだったそうなんですよ……」

 

「Oh, Jesus……」

 

戦治郎に質問された大和がありのままを戦治郎に伝えたところ、戦治郎は驚愕しながらかなりいい発音でそう呟くのであった

 

戦治郎に治療を施した矛崎と悟が言うには、戦治郎の身体にはかなりの疲労が蓄積していたのだとか……。戦治郎が大和の口からそれを聞いた直後、その原因は恐らく神之型と神帝之型にあるだろうと推測し、まだ使い慣れていないものを気分に任せて使うものではないなと、自分を戒めるのであった

 

「でも本当に良かった……、戦治郎さんが目を覚ましてくれて……」

 

戦治郎がこの様な事を考えていると、不意に大和がこの様な事を呟く。それに気付いた戦治郎が怪訝そうな表情をしていると、大和は目尻に涙を浮かべ始め、震える声で言葉を続ける……

 

「大和達の問題を解決する為に協力してくれ戦治郎さんが……、大和達のせいでこのままずっと目覚めなかったら……、そうなった時大和は……、海賊団の皆さんに何と言えばいいのか……、そう思うと本当に不安で不安で仕方がなかったんです……」

 

大和はここまで言うと、後の言葉は嗚咽混じりで良く聞こえなくなり、最後にはその瞳からボロボロと涙を流して泣き出してしまうのであった……

 

「いや、これは大和達のせいじゃねぇだろ……、この問題は桂島の提督を唆したプロフェッサーと、その誘いに乗っちまった提督、そして提督をそこまで追い詰めた元帥が悪いだろ……。まぁ元帥に罪の意識があるかどうかは分からんが……」

 

「でも……」

 

「それと俺達に関してだが、俺達は好き好んでこの問題に首突っ込んだ立場なんだ、俺達の方で起こった問題は俺達の自己責任だから、俺達関係については大和が責任感じる必要はねぇよ」

 

「うぅ……」

 

「……あぁもうっ!!」

 

戦治郎は大和とこの様なやり取りを交わした後、ぐずる大和の腕を掴んで自分の方に引き寄せる。そして……

 

「お前が落ち着くまでこうしててやる、だから今は思う存分泣いておけ。前にも言ったが俺がお前の苦しみも辛さも、全部受け止めてやっからよ」

 

大和を抱き寄せた戦治郎がそう言うと、大和は戦治郎の胸の中で再び泣き始めるのであった……

 

 

 

 

 

それからしばらくして、ようやく大和が落ち着いたところで、戦治郎はある疑問を大和にぶつける

 

「そういや悟達はここまでどうやって来て、どうやって帰ったんだ?やっぱ俺と同じで海路で移動したのか?」

 

「それなんですが……、当初はその予定だったのですが……、輝さんの強い要望で行きは新幹線を使いました……」

 

「Oh,あの馬鹿……」

 

大和の口から飛び出した返答を聞いた戦治郎は、額に手を当てながら思わずそう呟くのであった

 

因みに輝が新幹線を使いたがった理由だが……

 

「俺新幹線とか乗った事ねぇから乗ってみてぇっ!!!それに海路を自力で行く場合酒飲みながら移動出来ねぇじゃんっ!!!」

 

との事……。この理由には大和も唖然とし、悟は腹を抱えて大爆笑するのであった

 

その結果、輝は新幹線の中でこれでもかと言うくらい酒を飲み、横須賀に到着するとほろ酔いのまま復興作業を開始し、海戦ちゃんぽん要塞や護目炒飯基地を建てた時よりも早く作業を終わらせ、共に作業していた工兵達の度肝を抜いてしまったとかなんとか……

 

「取り敢えず行きの方法と次に輝と会った時に俺がやるべき事は分かった、そんで帰りは?」

 

「帰りについては、剣持大将の許可を得て陸軍が保有する揚陸艦をお借りして、長門さんと陸奥さん、そして剣持大将の部下の方々と共に海路でお帰りになられました」

 

「ああ、揚陸艦は俺が能力で鎮守府が保有する艦艇を、鎮守府ごと吹き飛ばしたせいで、長門達が付いて行ったのは輝のおかげで軍刑務所に空きが出来て、提督達を収容出来る様になったからか……」

 

大和とのやり取りの後、戦治郎はそう言うと腕を組み、納得した様に首を縦に振るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は遡り、輝達が桂島に戻った頃……

 

「……何だあれは……?」

 

桂島泊地からそう離れていない海上に浮かぶ揚陸艦の甲板の上で、今の桂島泊地を見た長門が思わずそう呟く……

 

「どう見ても……、遊園地よね……?」

 

長門の隣で同じ様に桂島泊地を目にした陸奥が、愕然としながらそう呟く……。そう、先程陸奥が呟いた通り、現在桂島泊地があった場所には大量のアトラクションとアスレチックが溢れ返り、まるで遊園地の様になっているのである……

 

「どうだ?!すっげぇだろっ!?」

 

不意に後ろから声が聞こえ、長門達がそちらに視線を向けると、そこにはドヤ顔で胸を張る輝の姿が……

 

「輝……、あれは何なんだ……?」

 

長門が輝に疑問をぶつけたところ、輝は得意げにこう述べるのであった

 

「ありゃ桂島泊地の辛気臭い顔した艦娘達の表情を、最高の笑顔にする為に俺達が協力して完成させたテーマパーク、名付けて『艦娘ランド』だっ!!!」

 

その返答を聞いた長門達は、只々愕然とするばかりであった……



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俺が艦娘ランドを作った訳

横須賀の乱の際に撃たれた戦治郎の治療や、横須賀鎮守府の復旧作業の為に横須賀に行っていた輝達が、長門達を連れて桂島泊地に戻って来たところから、更に時間を遡って戦治郎がペット衆と共に桂島泊地の提督の悪事の証拠を持って桂島を発った後の事である

 

この日特に予定が無かった輝は、泊地にいる間寝泊りする為に貸し与えられている部屋で、一人で酒をかっ喰らっていたのだが、その最中に突然悟から医務室に来る様にと呼び出しされたのであった

 

それから輝はその呼び出しに何の疑問も抱かずに応じて一人医務室へと足を運び、ノックも無しに医務室へ入室し……

 

「悟ー!!一体何の用じゃいっ!!!」

 

医務室の中にいる悟に向かって大声で尋ね……

 

「医務室ででけぇ声出してんじゃねぇぞぉ、このばぁたれぇ」

 

悟からこの様な言葉をぶつけられるのであった

 

「すまんすまん、んで?俺に何の用だ?」

 

「お前に用があんのは俺じゃねぇんだよなぁ」

 

輝が悟に謝罪した後改めて用件を尋ねると、悟はこの様に返答してある方向に親指を向ける。その様子を見ていた輝が、怪訝そうな表情を浮かべながら悟が親指で指し示す方向へ視線を向けると、そこには何らかの原因で負傷した艦娘と、その艦娘の付き添いとして医務室に来ていると思わしき艦娘、そして負傷した艦娘に治療を施す望の姿が映るのであった

 

「ん?望ちゃんが呼んだのか?」

 

「阿呆ぅ、艦娘の方に決まってんだろうがよぉ」

 

全く見当違いな事を言う輝に対して悟がツッコミを入れたところで、艦娘の治療をしていた望が輝の存在に気付き、軽く挨拶を交わした後に輝に対して事情を説明し始めるのであった

 

「その子が艦娘寮の床を踏み抜いてしまって、その拍子に負傷した……、か……」

 

「はい……、幸い怪我は軽いものだったのですが……」

 

「もしかしたら他の床も腐っちまっててよぉ、誰かが同じ様に踏み抜いて怪我しちまうかもって、そいつらが心配してやがんだわぁ」

 

「それで俺を呼んだ訳だな、OK分かった!んじゃあ早速その現場を見に行くとしますかっ!!!って事で案内頼むわっ!!!」

 

事情を聞いた輝が呟き、それを聞いた望が返答しているところで悟が言葉を続け、それを聞いた輝はこの様に返答した後、治療を終えた艦娘達に案内されながら艦娘寮に向かうのであった

 

 

 

(おいおいおい……、こりゃ何の冗談だ……?)

 

艦娘達に案内されて踏み入った艦娘寮の中の様子を見た輝は、思わず絶句し内心でこう呟く……

 

輝は艦娘寮の外装を見た時、中々手入れが行き届いていると感心していたのだが、肝心な中の方はそれとは全く正反対、冗談でも手入れが行き届いてるとは言えない様な状況になっていたのである

 

床は先程医務室にいた艦娘が踏み抜いた場所以外にも、腐ってしまってちょっと乗っただけで抜けてしまいそうな所が至る所に存在し、床や窓には大量の埃が溜まっており、天井のあちこちに蜘蛛の巣が張られ、建物を支える柱もその殆どがボロボロになっており、扉や窓の立て付けが悪くなってしまっているのか、所々半開きになっている扉や窓も見受けられたのであった……

 

この惨状を目にした輝はすぐさま艦娘達に質問を繰り返し、寮内がこんな酷い状況になってしまった原因を探り始めた結果、大体の原因が提督にあり、そこから悪い事が連鎖してしまい、寮内がこの様な状況になってしまった事が判明するのであった

 

具体的に言えば、提督に扉や窓や床の修繕を依頼しても相手にもしてもらえず、腐った床を踏み抜いてしまえば罰を与えられてしまう可能性を艦娘達が恐れていた事と、誰もが忙しなく動くシフトになっている為に寮内を掃除する者がいなかった事が重なって寮内の掃除が滞り、寮内が蜘蛛の巣塗れの埃塗れになってしまったのである。そして今もこの状況が続いているのは、多分すぐに抜ける床が恐ろしい上に、穴が開いた床を修繕出来る者が今までいなかった……、故に誰も掃除しようとしないのではないか……?輝はそう考えるのであった

 

因みに何故外装だけが修繕されていたのかに関してだが、恐らくこれは訪問者対策の一環として、外観だけでも良く見せようとしたからではないかと輝は予想している

 

(よくねぇなぁ……、こいつぁマジでよくねぇなぁ……)

 

輝が内心でそう呟きながら頭を振ると、艦娘達はそんな輝の姿を不思議そうに見つめ、それに気付いた輝は座り込む様にして艦娘達に目線を合わせて……

 

「この件、全部俺に任せてくれないか?ぜってぇ悪い様にはしねぇから、な?」

 

艦娘達に向かって、こう言い放つのであった。それを聞いた艦娘達は戸惑いながらもコクリと頷いて見せ、それを確認した輝は艦娘達に頷き返した後に静かに立ち上がると、寮から出て通信機を操作し始め……

 

「藤吉いいいぃぃぃーーーっ!!!司あああぁぁぁーーーっ!!!仕事だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

通信機のマイクに向かって、思いっきり絶叫するのであった

 

『ちょっとちょっとぉっ!?何で俺様までっ?!』

 

「お前は別件っ!あれだほらっ!羽毛布団っ!!司は今から超特急で羽毛布団を泊地の艦娘の数だけ作れっ!!!」

 

『うわぁ……、とんでもねぇ無茶振りッスね……』

 

通信を聞いた司が輝にそう尋ねると輝はこの様に返答し、それを聞いていた護が思わず横から口を挟む。すると……

 

「おっ!護かっ!お前にも用事あんだわっ!!お前は大至急CADが入ったパソコン持ってこいっ!!」

 

輝のこの言葉を聞いた瞬間、長門屋のメンバー全員に電流が走る……っ!

 

『輝さんが……、CADを使う……、だと……?』

 

『輝の奴……、どうやら本気の様だな……、一体何があった……?』

 

『なぁシゲ、CADって何だ?』

 

戦慄するシゲと空が緊張感が漂う声でこの様な事を言ったところで、これまでの話を聞いていた摩耶がCADについて質問するのであった

 

その後、輝がCADとは何かについて説明し、それが終わると空達に事情を説明し始め……

 

「……っとまあこんな感じで、あの艦娘寮を修繕するより新しく建てた方が早いし安全、そう思ったから今から艦娘寮建てようと思ってるんだわっ!!!」

 

『その為だけにお前がCADまで持ち出すとは思えん……、一体何を企んでいるんだ……?』

 

「相変わらず空は勘がいいなっ!まあそれはCADが届いてからだなっ!!」

 

「何かめっちゃ面白そうッスから急いで仕上げて来たッスッ!!!」

 

その最中、輝は空とこの様なやり取りを交わし、直後にノートパソコンを持って来た護からCADが入ったノートパソコンを受け取り、早速CADを使って建物の設計を開始するのであった……

 

 

 

 

 

それからしばらく経ったところで、隣で捧腹絶倒する護を放置しながら輝が通信機に向かって話し始める

 

「何か色々いじってたら人手が欲しくなったっ!!って事で暇な奴や俺がやろうとしてる事に興味ある奴、作業服来て東の浜辺に集合なっ!!!」「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!」

 

『何故護は爆笑してるのでしょうか……?』

 

「分からんっ!!俺がCADで設計図作ってたら突然笑い出しやがったっ!!!」「これは!これはヒデェッスッ!!!おっひょっひょっひょっひょっひょっひょっ!!!」

 

『護は一体何を見たんだ……?』

 

『こんなん絶対気になるやろ……』

 

通と輝のやり取りを聞いていた木曾と龍驤は、思わずそう呟くのであった……

 

その後、鳳翔と共に皆の食事を準備する翔と龍鳳、そして言われた通り羽毛布団を量産する司、医務室で龍田のカウンセリングを行っている悟を除く海賊団のメンバーが、作業ツナギに着替えて輝が指定した場所に集まり、輝はその面子を確認し終えると大声でこの様な言葉を口にする

 

「今から艦娘寮と言う名のリゾートホテル建てるぞっ!!そしてそれを足掛かりにして泊地を遊園地に改装しっ!!!最終的にはこの桂島全体を巨大な遊園地に大改造してっ!!!!泊地の艦娘達の辛そうな表情を吹き飛ばしっ!!!!嫌な思い出の数々を楽しい思い出で叩き潰すぞっ!!!!!」

 

その言葉を聞いた誰もが愕然とし、その傍らでは相変わらず護が爆笑していた……

 

「何でそんな発想に至ったんですかね……?」

 

我に返ったシゲが、輝にそう尋ねると……

 

「いやな、今日ここの艦娘寮の中見たってのは言ったよな?そこ入った瞬間案内してくれた艦娘達の表情が、急に暗くなっちまったんだわ。それ見て思ったんだわ、多分この子らはこの内装見て、辛かった事とか苦しかった事思い出してんだろうな~ってな。だからその嫌な思い出をぶっ潰してやりてぇなって、俺はそう思った訳よっ!!!」

 

「だったらそのリゾートホテルだけ作ればいいんじゃない?」

 

輝の返答を聞いた陽炎が、思った事を口にしたところ

 

「ばっかお前、それだけで嫌な思い出が潰せると思うなよ?例えば部屋で独りになった時、不意に思い出したりするかもだろ?俺はそこから叩き潰そうと考えてるんだっ!!そんでそれが可能な楽しい思い出が作れそうなものと言えば、やっぱでっけぇ遊園地だろうがよっ!!!そんでそこで仲間達と一緒に全力で騒げば、きっといい思い出になるはずだろうがよっ!!!実際俺がそうだったしっ!!!」

 

「理屈は何となく分かるけど……、本当に大丈夫なのかな……?」

 

「何かすっごく面白そうっぽい!」

 

「確かに、遊園地を自分達で作るってのは面白そうだなっ!」

 

輝はこの様に返答し、それを聞いた時雨、夕立、江風が思い思いの言葉を口にし、これ以上何を言っても輝は意見を曲げないだろうと思った一同は、輝から設計図を見せてもらった後、早速行動を開始するのであった

 

因みに工事が始まってしばらくしたところで、慌てた様子で大和達が現場に姿を現し、ここで輝が無許可で工事をしている事が発覚するも、輝の熱意に負けた大和達は戸惑いながらも工事の許可を出すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時は誰もが予想だにしなかった事であろう……、後に『艦娘ランド』となるこの遊園地が、後に長門屋鎮守府と大日本帝国海軍の財政を支える柱になるとは、きっと夢にも思っていなかった事だろう……



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ホテル完成!

大和の許可を得てリゾートホテルを作り始めてしばらく経過したところで、一同は食堂に集まり食事休憩に入る

 

この時点でホテルの客室やレストランなど殆どの設備は完成しており、残すところは最上階に作ろうとしている執務室代わりに使用しようとしているオーナー室や事務所関係、そして屋上テラスと屋上ヘリポートだけとなっているのである

 

因みに客室数は全部で500室を超えており、桂島泊地の艦娘1人に1部屋与えたとしても全然余裕があったりするのである

 

そんな巨大なホテルが何故こんな短時間に建てられるのか、その理由の殆どは輝と藤吉の働きに依るものであったりする

 

基本的には2人が一緒に作業を行い、息の合ったコンビネーションを発揮してサクサクと作業を進めてき、時には輝が作業の手を止めずに艦娘達に的確に指示を出していき、作業効率を驚く程向上させてみせる

 

そしてその作業効率を更に高めたのは、他でもない長門屋のメンバーである。彼等が重機等の代わりに艤装を使用して作業を行った為、重量物の運搬などがかなり捗ったのである。特に空のライトニングⅡが飛行可能なおかげで、かなり高いところまで建材を運び込む事が出来た為、大量の建材をその腕で担いで跳躍して高所に向かわなければいけないと考えていた輝に非常に喜ばれるのであった

 

こうして作業は順調に進み、昼食前には消防法の条件をクリアし、耐震性もバッチリなホテルが殆ど完成したのである

 

因みに作業の途中で、司が注文されていた布団が全て仕上がった事を伝えに来たのだが、この時何を思ったのか輝が突然司に完成間近のホテルに全力で津波をぶつける様指示し、困惑する司は指示通り津波を発生させてその巨大な水塊を豪快にホテルに叩きつけるのだが、ホテルは津波を受けてもビクともせずにただその場所に悠然と聳え立ち、その光景を見ていた者達は只々驚愕し、その様子を見ていた輝は……

 

「想定通りっ!!!さっすが俺が設計したホテルだぜっ!!!」

 

そう叫ぶと、カッカッカと大笑いし始めるのであった

 

尚、輝はどうやらホテルの窓には、ガラスではなく無色透明なティルタニア樹脂を張るつもりでいるのだとか……

 

さて、このとんでもない耐久テストの直後、輝達は翔達に呼ばれて昼食を取り始めたのだが、輝が藤吉と午後の作業の打ち合わせをしながら食事しているところに、空がやって来て相席してもいいかと尋ねて来るのであった

 

特に断る理由が無かった為、輝は空の相席を了承して空いた席を空に勧め、了承を貰った空は勧められるがままに席に座り……

 

「何故この場所に遊園地を作ろうと思った?」

 

その直後に、輝に向かってこの様な質問をするのであった

 

「それは最初に話しただろ?」

 

「それだけが理由なら、此処とは違う場所に遊園地を作ればいいのではないか?」

 

不思議そうな顔をしながら返答する輝に対して、空は更に質問を投げかける

 

「ああ~、そこな~……」

 

「お前は艦娘達の嫌な思い出を叩き潰すと言ったが、艦娘達にとって嫌な思い出の発祥の地に遊園地を建てていては、艦娘達はその嫌な思い出に縛られてしまい、結果的に本末転倒になってしまうのではないか?」

 

「そうならない様にする為の遊園地だろ?」

 

「……すまん、詳細を頼む……」

 

「そ、それなら……、ぼ、ぼぼぼ僕のほほ、方から……、は~なします……」

 

輝と空がこの様なやり取りを交わしていると、不意に横から藤吉が介入してきて、空に輝の考えの詳細について話し始めるのであった

 

藤吉が言うにはどうやら輝は、艦娘達の嫌な思い出も人生の内の貴重な経験の1つとして、真摯に受け止めてもらいたい様なのである。ただそれだけでは艦娘達の心が壊れてしまいそうなので、遊園地での楽しい思い出をその緩衝材にしようと考えているのだとか……

 

「せせせ戦治郎さんがよ、よ~くいい言っている、じじじ『自分がされて嫌な事は人にするな』と言うこ、ここ言葉……、あ~あれってじじ自分がささ、されて嫌なここ事を知る為には、すすすす少なからずい嫌な事を、ささされないとわ~からないんじゃないかって……、ひひひ輝さんはい、いい言いたいんじゃないかと……、お~もうんです……」

 

「そうそう、藤吉が言う通り、あれは他人から1度は嫌な事されないと、自分が嫌だと感じる事が分からなぇと思うんだわ。んで、それが経験になって自分がされて嫌な事は他人にしない、そしてそれが他の奴が嫌がる事を他人にさせないに繋がって、困ってる奴に自然と手を差し伸べて助けられる様な思いやりの心が育つ、俺はそう考えてるんだが?」

 

「初心忘れべからず……、と言ったところか……?」

 

「そうそうそう、自分がされて嫌な事を忘れて他人にやるのは屑の中の屑だからな、その嫌な事を忘れない為にも、この場所に気軽に立ち入れる様に遊園地作る事にしたんだわ」

 

「そう言う事なら、俺からはこれ以上何も言う事はないな」

 

3人がこの様な会話を交わし、輝の考えを理解した空は納得した事を輝に伝える様に、目を伏せながら薄く微笑んで見せるのであった

 

「おっし、空が納得したとこで打ち合わせの続きだっ!」

 

「そう言えば、お前達は一体何の話をしていたんだ?」

 

空の様子を見て、空が自分の考えに納得した事を確認した輝が声を上げ、それを聞いた空は再び輝に質問をする

 

「ほほホテルが完成した後、ひ~かるさんは、あああアトラクションの設置にちゃちゃちゃ着手しようとしてるんです……」

 

「んで、何処にどれを設置しようかって話してたんだっ!!」

 

「ふむ……、そのアトラクションはどんな感じなんだ?」

 

「こんなんだけど、どうよ?結構な自信作なんだぜ?」

 

空の質問に藤吉と輝が答え、空がアトラクションについて尋ねたところ、輝がノートパソコンを操作してアトラクションの設計図をディスプレイに表示し、この様な事を言いながら空の方へとディスプレイを向ける

 

「……何と言うか……、何処にでもあるありふれたデザインだな……」

 

「お?俺が考えたアトラクションにケチつけおるんか?だったら何か良い案寄越しやがれっ!!」

 

設計図を目にした空がそう呟くと、輝はこの様に返答して空にアイディアを寄越すよう言うのであった

 

「そうだな……、ならば……、この遊園地のテーマを決めて、それに合わせたデザインにするのはどうだ?」

 

「テーマ?」

 

「例えば……、遊園地のテーマを『艦娘』にして、アトラクションのデザインを艦娘の艤装や兵装を模したものにするのはどうだ?」

 

「ああっ!それ面白そうだなっ!!よし採用っ!!!」

 

輝と空のこのやり取りにより、現在建設中の遊園地のテーマは『艦娘』に決まり、遊園地の名前も『艦娘ランド』に決定するのであった

 

その後食事を終えた輝達はすぐに作業に取り掛かり、夕方になる頃にはホテルを完成させるだけでは飽き足らず、現状入るテナントが酒保しか無いにも関わらず、ホテルの隣に巨大なショッピングモールを併設してしまうのであった

 

この時、完成したホテルとショッピングモールを眺めていた護が、ある事に気付いてこの様な事を口にする

 

「そういやシャチョーが上手くやった後、此処の艦娘達は横須賀預かりになって、ここを離れる事になるんッスかね?」

 

「……その可能性は十分考えられるな……」

 

護の言葉を聞いた空がそう呟き、輝の方へと視線を向けると……

 

「そんときゃそん時だっ!!!」

 

輝は大声でそう言うと声高らかに大笑いし始め、夕食が出来た事を伝えに来た翔とゾアがそんな輝の姿を、小首を傾げながら不思議そうに見つめていたのであった……



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憲兵大車輪

割と残酷な表現があります、ご注意下さい


夕食を終えた後、輝は建築作業時の凄まじい騒音が近隣に迷惑を掛けるだろうと考え、泊地改造計画参加者達に今日の作業はこれで終了し、夕方以降の建築作業を禁止する事を宣言、更に泊地の艦娘達には引っ越し作業をする様に言った後、割り当てられた部屋に籠ってアトラクションの再設計を開始するのであった

 

そして大和を中心とした秘書艦を経験した艦娘達が、建築作業の許可を出した時に輝に頼まれて考えていた泊地の艦娘達の部屋の割り振りを発表し、泊地の艦娘達に割り当てられた部屋の鍵を配り始める中、空のところに悟がゆっくりと歩み寄って来る

 

それからしばらくの間2人は会話を交わし、空が悟に向かって頷いて見せた後、2人はそれぞれ護とシゲのところへ向かって先程悟が空に話した事を話し、それを聞いたシゲ達は先程の空同様頷いて見せるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからある程度時間が経過し太陽が完全に沈み切ってしまった頃、悟とシゲは桂島泊地の本庁の地下に設けられた地下牢にいた

 

「うへぇ……、こりゃまたエグい事を……」

 

「シゲよぉ……、これは飽くまで仮止めだからなぁ?本格的な奴は空に頼んでいるんだぜぇ?」

 

自分達の足元へ視線を向けてこの様に呟くシゲに対して、悟はそれはそれは邪悪な笑みを浮かべながらこの様に返答するのであった

 

現在、シゲの視線の先にはヴォルヴァドスが拘束した5人の憲兵の姿が映っているのだが、その姿はヴォルヴァドスが拘束した時のものとはかなり異なるものに変化していた

 

今の彼等は目隠しとして被せられたパンツと、猿轡の代わり口に銜えさせられていた鉄格子が外され、代わりにAの口にBの主砲と弾倉、Bの口にCの主砲と弾倉と言った感じで、彼等が数珠繋ぎになって輪を描く様に口の中に無理矢理主砲と弾倉が押し込まれ、更に結合部がオベロニウム製縫合糸で縫合してあるのである

 

さて、何故憲兵達はこの様な事になっているのかについてだが、それは夕食後の空と悟の会話が発端となっている

 

この時悟は悪石島で艦娘達に治療を施している最中に、ヴォルヴァドスから聞いていた地下牢の憲兵達をどうするかについて空に尋ねたところ、昼の打ち合わせの時に輝が地下牢をクローン大和製造施設跡同様、誰も立ち入れない様にコンクリートで埋めるつもりでいる事を知った空が、この事を悟に伝えたところ……

 

「そう言う事ならそいつらを生き埋めにしねぇよぅに、後で運び出さなきゃなんねぇ訳だがよぉ……、どうせだから運び出す前に少しばかり俺達の方で奴等に制裁加えねぇかぁ……?」

 

悟はその瞳に荒れ狂う怒りの炎を宿しながら、この様な事を空に提案するのであった

 

(悟のこの怒り……、恐らく龍田関係か……。まあ初めて会った時から悟は彼女にずっと治療を施していたからな……、こうなるのも已む無しか……)

 

悟の様子を見てこの様な予想を立てた空は、悟と制裁の具体的な内容について話し合った後、シゲと護にもこの話を持ち掛けて協力者として彼等を引き込む事にするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜になると空達は作戦を実行、悟とシゲが先行して地下牢に向かい、シゲに憲兵達の意識を刈り取らせた後、悟は彼等を数珠繋ぎにして結合部を麻酔無しで縫合して見せるのであった

 

「本格的な奴って……、空さんに何やらせるつもりなんです?」

 

「そいつぁ見てのお楽しみ……、とぉ……、どうやら来たみたいだぜぇ?」

 

口の中に無理矢理ブチ込まれたモノのせいで、さっきからオエオエと嘔吐く憲兵達の声をBGMに、シゲと悟がこの様な会話を交わしていると、憲兵達の汚いBGMに混ざって階段を降りて来る2つの足音が聞こえて来るのであった

 

その後扉が開く音がするなり、ドスンッ!と言う重いものが地面に落ちる様な音が地下牢内に響いた後、今度はキュラキュラと言う誰かが荷台を押して進む様な音と2つの足音がシゲ達の方へと向かって来るのであった。そして……

 

「待たせたな」

 

先程の音が鳴り止んだところで空の声が聞こえ、空の声に反応してそちらに視線を向けたシゲは、空の姿とその後ろに存在する物を見て思わずギョッとするのであった

 

今の空は自動遮光溶接面を頭に被り、腰には溶接棒が大量に入ったポーチを下げ、手には溶接用の厚い皮手袋を装着しているのである。そしてそんな空の後方には、ガス溶接で使用する圧力調整器が取り付けられた酸素ボンベとガスボンベ、溶接器とガス溶接用点火ライター等が乗った手押し車と、それをここまで押して来た護の姿があったのだ

 

そう、悟が提案した憲兵達への制裁、それは桂島の提督の権力を盾に、これまで欲望のままに多くの艦娘達を穢して来た憲兵達の主砲と弾倉を、ガス溶接で溶接して使い物にならない様にしてしまおうと言うものだったのである。悟が憲兵達に施術した縫合は、悟自身が言った通り本当にこのガス溶接の為の仮止めに過ぎなかったのである

 

「空さ~ん、これ本当に生放送しちゃダメッスか?」

 

「駄目だ、せめて画像と動画に留めておけ」

 

空と護はこの様なやり取りを交わしながら、空はガス溶接の準備を進め、護はその様子を撮影する為の準備を進めていき……

 

「こちらの準備は整ったぞ」

 

「んじゃぁ始めますかねぇ……」

 

溶接器から噴き出す炎の大きさを調整し終えた空が、腰のポーチから溶接棒を取り出しながらそう言うと、それを聞いた悟がニタァ……と邪悪な笑みを浮かべながらこの様な事を呟き、2人は憲兵達の方へゆっくりと歩み寄る

 

その様子を見てこれから行われる事を予想した憲兵達が、恐怖で顔面蒼白になりながら目を剥いた刹那、悟が憲兵Aの首を鷲掴みし、憲兵Bの腰に手を添える……。そして……

 

「ん"ん"ん"ーーーっ!!?」

 

悟の行動を合図に空がガス溶接を開始し、憲兵は溶接器から噴き出す炎の熱さと、その熱によって出来た火傷の激痛に思わず声にならない悲鳴を上げる。しかし、それでも空は溶接の手を止めず、ゆっくりと溶接器と溶接棒を動かしじっくりと接合部を溶接していく……

 

さて、普通ならばこの時点で憲兵は激痛の余り気絶するところだろうが、それを悟が一切許さず、悟は空が溶接している間ずっと憲兵達に、これまで酷使していると言っても過言ではないレベルで使い続けた事で、気付け効果が備わった翠緑を使い続けるのであった

 

本来、翠緑には痛みを和らげる効果もあるのだが、悟はその効果が発動しない様能力を調整し、憲兵達に浅達性II度レベルの火傷を負う→激痛が走る→火傷を治す→治った所が直後に再び火傷を負うと言う、激痛と絶望のエンドレス・ワルツをお見舞いしているのである……

 

こうして巨匠空による溶接作業は順調に進み、空の作業の手が止まったところで接合部が全て溶接されたと思った憲兵達は、一斉にようやく終わったかとばかりに安堵の息を吐く……。とその直後……

 

「シゲ、護、裏返してくれ」

 

「「了解~」」

 

空は溶接器の炎を点けたままシゲ達にこの様な指示を出し、シゲ達はそれに素直に従って1つの大きな輪となった憲兵達を高く持ち上げ、ひっくり返して雑に地面に放り投げる。すると地面に接していた関係で溶接出来なかった部分が空達の目の前に姿を現してしまい……

 

「おらぁ、2周目いくぜぇ?」

 

その直後に悟がこの様な言葉を口にしながら先程同様憲兵達に手を当て、空が溶接面を被り直して再び結合部に炎と溶接棒をゆっくりと近付ける……。その様子を見ていた憲兵達は顔色を土気色に染め上げながら、再び絶望の淵に叩き込まれてしまうのであった……

 

それからしばらく経ったところで、溶接完了の合図の様に空が溶接器の炎を消し、その様子を見ていたシゲと護はグッタリする憲兵達を抱えて地下牢を出て、艦娘達に見られない様にする為にシートを被せてある、相変わらずアヒンアヒン煩い桂島提督の傍に輪になった彼等を添え、悟が憲兵達に点滴をセットしたところで提督同様シートを被せ、そのまま放置して片付けを開始するのであった……

 

因みに、護は憲兵達を外に運び出している中、彼等の家族が住んでいる場所を彼等に聞こえる様に呟き、彼等に対して変な気を起こさない様にと釘を刺しておくのであった

 

尤も、空が施した溶接が余りにも強固過ぎて、横須賀の工廠でも病院でもこの溶接を外す事は叶わず、彼等はこの姿のまま軍法会議に出頭し、この姿のまま銃殺刑を言い渡され、この姿のまま射殺される為、溶接が外れた後彼等が何か余計な事を口にするのでは?と言う護の懸念は杞憂に終わるのだが、この時の護は彼等がその様な運命を辿る事を知らなかった、知る由も無かったのであった……



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これが『艦娘ランド』だっ!!!

空達が憲兵達に凄まじい制裁を加え終えて撤収する為に片付けを始めた頃、自室で艦娘ランドのアトラクションの再設計を行っていた輝は、作業が完了した事を祝して翔に頼み込んで譲ってもらった日本酒を独りかっ喰らっていた

 

「空のおかげで面白そうなモンがクソ程作れそうだわ~、いやマジであいつには感謝しねぇとだな~」

 

輝はそう独り言ちた後、手にした一升瓶をラッパ飲みし、ぶはぁっ!と酒臭い息を吐きながら先程まで自身が手掛けていたアトラクションの設計図に視線を向けるのであった

 

 

 

 

 

ここでこの設計図の内容について触れていこうと思う

 

先ず最初に触れておくべき事と言えば、艦娘ランドが空の提案で設置するアトラクションの内容に合わせて区画分けされた事だろう

 

艦娘ランドは母港、補給艦、潜水艦、海防艦、駆逐艦、巡洋艦、水母、空母、戦艦の9エリアに分けられ、アトラクションの内容が激しいものになるに連れて、重量級の艦種のエリアに割り当てられる事となったのである

 

具体的に言えば、ホラーハウスや公園のアスレチックなどの様なものは海防艦エリア、ジェットコースターなどの様なものは戦艦エリアと言った感じである

 

では、各エリアに設置されたアトラクションが、一体どの様なものになっているかについて話していこう

 

先ず母港エリア、此処は言ってしまえば艦娘ランドの出入口であり、もし艦娘ランドが一般公開される事になれば、此処で入場料を払ってパスを受け取る事になるだろう。また、母港エリアには案内所の他に、艦娘ランド内を巡行し入場者の移動を楽にする二式大艇をモチーフにしたロードトレインの駅や、泊地の本庁を増設改装して作った艦娘についての資料や艤装や兵装のレプリカが展示されている資料館と博物館、そして記念品を取り扱うかなりの規模を持つ土産屋が建てられる予定となっている

 

そこから北に進めば駆逐艦エリアとなり、そこには魚雷をモチーフにしたメリーゴーランド、ドラム缶をモチーフにしたコーヒーカップ、カミ車こと特二式内火艇をモチーフにしたカートとシゲとヴェルが作り上げたあのピロシキを選択して走れる3つのサーキット、そして広大な園内を見渡せる連装砲ちゃん等をゴンドラのモチーフにした観覧車が設置される予定となっている

 

この駆逐艦エリアから東に向かえば潜水艦エリアに入り、そこには水上ショーとイルカショーが楽しめる巨大な水族館が建設される予定となっている。因みにアトラクションで遊ぶつもりは無いけど水族館には行きたいと言う人用に、潜水艦エリアのみの料金プランが存在している為、潜水艦エリアは母港エリアから直接アクセス出来る様になっていたりする

 

少し戻って駆逐艦エリア、ここから北に向かえばアイスクリームやハンバーガー、ホットドッグなどと言った軽食を扱う屋台や、九州各地の美味しいものを取り扱うレストランなどが多く建ち並ぶ予定となっている補給艦エリアに入り、此処を中心にして色々な区画に相互アクセス出来る様になっている

 

そんな補給艦エリアと駆逐艦エリアから西に向かえば、高角砲と対空機銃と対空電探を用いて遊ぶシューティングゲーム用施設、渦潮に遭遇した艦艇をモチーフにしたミュージックエクスプレス、甲標的をモチーフにしたスイングアラウンド、水偵をモチーフにしたレッドバロン、水戦をモチーフにしたオクトパス、大発をモチーフにしたエンタープライズ、カ号観測機をモチーフにしたパラトルーパーと言った数多くのアトラクションが設置される予定となっている、軽巡、重巡、航巡、雷巡、練巡、この時の戦治郎達はまだ知らない軽航巡等かなりの派生が存在する巡洋艦エリアに辿り着ける様になっている

 

因みにこちらは母港エリアとの間に工廠を改装して作った工作艦エリアと言うアトラクションの整備スタッフのみ立ち入れる機材置き場と整備スタッフの待機所がある為、母港エリアからは直接アクセス出来ない様になっている。尚、工作艦エリアは先程も言った通り一般人の立ち入りが禁止されている為、9つのエリアにはカウントされていない

 

そして巡洋艦エリアの反対側、補給艦エリアの東であり潜水艦エリアの北には海防艦エリアがあり、そこには遊び疲れた入場者達が休憩するのに丁度良い広場や、保護者達の休憩に待ちくたびれてしまった体力が有り余るチビッ子達用に用意されたアスレチック、更に駆逐艦エリア側には入口で手渡された爆雷の玩具を、出口に設置された潜水棲姫のマネキンにぶつけると言う鏡の迷路や、夜戦をイメージしたホラーハウス等が設置される予定となっている

 

海防艦エリアから今度は北西、補給艦エリアから北に向かったところには、演劇及びミュージカル、コンサートやダンスショーやトークショー等を開催する為の巨大ステージが設置される予定となっている水母エリアが存在し、そこから東に向かえば戦艦エリア、西に向かえば空母エリアに行ける様になっている。因みに巡洋艦エリアと水母エリアは、相互アクセス可能となっている

 

水母エリア、補給艦エリア、巡洋艦エリアと相互アクセスしている空母エリアには、真珠湾攻撃時の艦攻の雷撃をイメージしたフリーフォール、急降下爆撃する艦爆をイメージしたスクリーミング・スイング、そして艦爆から放たれた爆弾の気分を体験出来るバンジージャンプ、激しいドッグファイトを展開する艦戦をイメージしたワイルドストーム、情報を持ち帰る為に敵の艦戦の攻撃を右に左に機体を振って回避しながら逃げる艦偵をイメージしたディスク・オー等が設置される予定となっている

 

さて、この空母エリアの反対側、補給艦エリアと海防艦エリア、水母エリアから向かえる戦艦エリアには、遊園地の目玉とも言えるジェットコースターの類が数多く設置される予定となっている。その内容は徹甲弾をイメージしたスピード重視のジェットコースターに、航空戦艦が扱う瑞雲をイメージした山や谷、カーブや各種ループにコークスクリューが多いジェットコースター、弾け飛んだ三式弾の子弾を水飛沫に見立てたウォーターライドに、戦場を駆ける戦艦をイメージしたセットが道中に置かれたダークライドと言った感じである

 

因みにこれらのイメージやモチーフは、全て空が考え出したものである。まあ、輝はこの手の事には疎い為、仕方ないと言えば仕方ない事なのだが……

 

 

 

 

 

「取り敢えずこんだけありゃあ、泊地の艦娘達も満足するだろうっ!」

 

設計図を見ていた輝がそう言って大笑いし始めたその時

 

「まだ誰か起きているか?」

 

通信機から長門の声は聞こえ始めるのであった

 

「長門か?一体どうしやがった?」

 

長門の声を聞いた輝がこんな時間に何の用だ?と言った様子で返事をし、輝が起きていた事に安堵の息を吐いた長門が、輝に戦治郎が敵に撃たれ倒れた事を伝えたところ、輝は酔いが一瞬で醒める感覚を覚えながら部屋を飛び出し、寝る為に通信機を外して布団の中に潜り込もうとしていた空の部屋に突撃し、空に通信機を付ける様促した後に戦治郎が倒れた事を伝える。恐らく輝は、この件は自分の頭じゃ処理出来ないと察して、空の所へ向かったのだろう……

 

その後、輝の代わりに空が事の詳細を長門から聞き、この件は早急に動くべきだと判断した空は、空同様今から寝ようとしていた悟と既に就寝していた大和を叩き起こして事情を簡単に説明して通信機を付けさせ、それを確認した長門は幾つかの質問に答えた後、3人に今すぐに横須賀に向かう様に指示を出すのであった

 

こうして長門の指示を受けた3人は、身支度を整えて横須賀に向かおうとするのだが、その時に輝は空に先程出来上がった艦娘ランドの設計図を渡し、自身が戻るまでの間彼に艦娘ランドの建設を任せる事にするのであった

 

それからしばらくして、準備が整った3人は桂島泊地を発ち、輝の提案で鹿児島県にある出水駅から新幹線に乗り、横須賀鎮守府へと向かうのであった



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ポリタンクに思いを乗せて

夜中に輝達が横須賀鎮守府に向かった後、日が昇り朝を迎え現在泊地にいる者達が全員ホテルのレストランに朝食を摂りに集まったところで、空は昨晩の通信の事を皆に伝える

 

その話の中で戦治郎が倒れた事を話したところで海賊団の艦娘達に動揺が走るのだが、空が戦治郎は何とか一命を取り留め生きている事を伝えると、海賊団の艦娘達は揃って安堵の息を吐き出すのであった

 

その後空は輝から自分が不在の間の艦娘ランドの建設を任された事を話した後、今日の日程について話し始めるのであった

 

その時、話を聞いていたヴェルと天龍が協力を申し出た事を皮切りに、泊地の艦娘達が次々と艦娘ランド建設を手伝いたいと申し出て来た。空が話を聞いたところ、如何やら彼女達は提督の呪縛から自分達を助けてくれただけでなく、とても快適な生活環境を提供してくれた海賊団に何か恩返しがしたいと言う事であった

 

実際、今の彼女達の生活環境は今までのものとは比べ物にならない程、快適なものとなっているのである

 

食事は軍用食ばかりだったものが、超常の存在とも言える神話生物達すらも虜になってしまう程の絶品料理が食卓に並び、寝床に関しても近い内に崩れてしまうのではないかと心配される程ボロボロだった艦娘寮から、生涯の内に1度泊まれるか否かと言えるレベルの超高級リゾートホテルのスイートルームの様な部屋と、全身を優しく包み込んで瞬く間の内に夢の世界へ誘う程ふっかふかの羽毛布団が各自に与えられ、衣類についても今までは出撃と遠征が忙しくて洗濯も修繕もままならない状態だったものが、今では綺麗に洗濯されている上に、ほつれや破れも綺麗に修繕されたものが毎日準備され、更には欲しい服があれば司にお願いすれば即座に作ってくれる様になっているのである

 

因みに艦娘達の衣類の洗濯と修繕は、我らが司が丹精込めて行っている模様

 

艦娘達の話を聞いた空は、これは流石に無碍には出来ないと判断し、司に彼女達の作業服を作る様に指示を出し、泊地の艦娘達には司から作業服を受け取った者から現場に入って欲しいとお願いすると、泊地の艦娘達は自分達の申し出を受けてもらえた事が余程嬉しかったのか、満面の笑顔を浮かべながら元気よく返事をするのであった

 

その後、空は改めて今日の予定について話を進め、話が終わると食事を済ませ次第すぐに作業服に着替えて現場に向かう様に指示を出し、それを聞いた者達は力強く返事をした後早速目の前に並んだ朝食に手を付け始めるのであった

 

 

 

 

 

それからしばらく経ち、作業開始前に現場で点呼をしていると……

 

「空さン、時雨の姉貴がまだ来てないみたいだぜ?」

 

「こちらも天龍さんの姿が見えません……」

 

「そう言えば響の姿も見えないわね……」

 

時雨と天龍が現場に来ていない事に気付いた江風と初霜、そして暁が現場の責任者である空に向かってそう伝えたところ……

 

「あの3人にはある事を頼んでおいたんだ」

 

空が2人に対してこの様な返事をした直後、ガシャンガシャンと言う音と共に工廠の方から4つの影が姿を現し、音に反応した艦娘達がそちらに視線を向けると、そこには少し姿が変わった時雨のキュクロープスと見慣れない異質な存在が、ヴェルを先頭にこちらに向かって歩いて来ていたのであった

 

因みに先程暁がヴェルの事を響と呼んでいたが、ヴェル以外の六駆の3人は名前が変わっても響は響と言う理由で、ヴェルの事を今でも響と呼んでいるのである

 

「済まないなヴェル、最終調整をお前だけに任せてしまって……」

 

「構わないさ、寧ろ最後の仕上げを自分の手で出来た事が嬉しいくらいだ」

 

空がヴェルに向かって申し訳無さそうにそう言うと、ヴェルは薄っすらと笑みを浮かべながらこの様に返答すると、彼女の傍にいる謎の物体がピョンピョンと飛び跳ね……

 

「マジでありがとうなヴェル、俺の為にこんな立派なモン作ってくれてよ……」

 

直後にヴェルの傍にいる謎の物体をでっかくした様なBIG謎の物体から、突如天龍の声が聞こえ、それを聞いた現場にいる者達は困惑しながら騒めき始めるのであった

 

 

 

 

 

この物体は、本当に異様な姿をしていた……。単刀直入に言えば、関節が付いた棒切れの様な足がくっついたポリタンクである。でっかい方もちっこい方も、見た目は灯油などを入れて持ち運ぶあのポリタンクなのである……

 

このポリタンクの正体は一体何なのか……?それはズバリヴェル用の工具箱と、キュクロープスを基にして空とシゲが設計し、ヴェルが天龍の為に作り上げた多脚戦車なのである

 

ヴェル用工具箱であるポリタンク、通称『ポリたん』は機械いじりに興味を持ったヴェルに空が作ってあげたもので、かなり高性能な工具箱となっている。その性能はスケールダウンした大五郎のハコと言っても差支えが無いもので、大きさは18ℓポリタンクくらいのサイズなのだが、妖精さんの技術を使って一般的な工具だけでなく、ガス溶接とアーク溶接に使う機材一式や、コンプレッサーまでもが内蔵されているのである

 

尤も、設備の規模ではやはりハコには敵わず、洋上で中破までの修理が限界の様である……

 

更にこのポリたん、何と戦闘である程度ヴェルを単独で援護出来るのである。水上歩行は当然として、斜めになった口の方には12.7cm単装高角砲を備え、平らになった方の口から61cm四連装酸素魚雷発射管、三式爆雷投射機、25mm三連装機銃、22号対水上電探改四(後期調整型)、13号対空電探改が状況に応じて出たり引っ込んだりするのである。因みに爆雷投射機のお供であるソナーは、四式水中聴音機が内蔵されていたりする

 

尚、この後響だけズルいと言う理由で、空は空いた時間に他の六駆用のポリたんを作り、雷には調理セット、電には救急セットが内蔵されたポリたんが、暁にはまだ用途が決まっていないからと言う理由で、特別な装備が備わっていないポリたんが与えられるのであった

 

因みに暁のポリたんには、後に誰もが予想しなかったものが取り付けられる事になるのだが、この時は製作者である空も、持ち主である暁も、それを知る術を持ち合わせていないのであった……

 

さて、ポリたんについてはここまでにして、今度は現在天龍が乗っていると思われるでっかいポリタンクに話を移そうと思う

 

こちらは先程も言った様に、空とシゲが現在時雨が保有しているキュクロープスを基に設計し、龍田の為にキュクロープスを手に入れようとしていた天龍の為に、ヴェルが頑張って作り上げた代物なのである

 

提督によって苦しめられていた頃、天龍は多くの駆逐艦娘達の面倒を見たり、落ち込んでいる時には励ましたりしており、ヴェルも何度かそんな彼女に救われた事があった為、天龍がキュクロープスを欲しがった理由を知ったヴェルは、その時の恩を何とか返したいと思って空達にこの事を相談したところ、ならば天龍用の戦車を作ろうと言う話になり、輝が悟に呼び出される前辺りに時雨のキュクロープスの改修を終えた後、この戦車を作り始めたのである

 

『ポリ戦車(タンク)』と名付けられたそれは、斜めになった口とボディーの前面にはシゲが死ぬ気で完成させたメタルマックスシリーズに登場する3連バースト射撃が可能な主砲である『バーストセイバー』を3門、更に前面の2門の主砲の下にはアルゴス号にも取り付けていたノラバルカンが2門、更にその下にはブレード代わりにツインドリルが備え付けられており、平らになった口には閃光迎撃神話が1基取り付けられている。そしてその両側面にはテュポーンが2基ずつ、魚雷としても使用出来るシーハンターが1基ずつ取り付けられている

 

内部の方はと言うと、Cユニットを2つとエンジンを2つ、更に大型の対空電探と水上電探にソナーを内蔵しているにも関わらず、大の大人が2人悠々と乗り込める程車内スペースには余裕があるのである。また、時雨のキュクロープスを基にしている為、この戦車も天井や壁面、そして水上も問題なく歩行出来る様になっている

 

因みにこの魔改造に魔改造を重ねた結果、原作のデザインからかけ離れた姿をした巨大ポリタンクを見た時雨は

 

「凄い戦車だね……、でも特異性では僕の戦車も負けないはずだ……っ!」

 

この様にコメントし、格納庫付き蒸気カタパルトを新たに搭載した自身のキュクロープスに視線を向けたとかなんとか……。尚、この格納庫には空が翔鶴に送った噴式3点セットが、オマケとして付いて来ていたそうだ

 

 

 

 

 

その後、空が事情を話して皆を落ち着かせると、再度今日の作業内容を安全と確認の為に説明し、早速準備に取り掛かる。そして……

 

「全員、準備はいいか?!」

 

\応っ!!!/\はいっ!!!/

 

全員が配置に着いたところで、空が大声で皆にこの様に尋ね、全員が力強く返事をした事を確認すると……

 

「よし、ならば……、総攻撃っ!開始っ!!!」

 

先程より大きな声で号令を掛け、それを聞いた者達は一斉に砲撃や艦載機による爆撃を開始して、泊地の本庁と工廠以外の元々泊地にあった施設を次々と破壊し、瓦礫の山へと変えてしまうのであった。そしてその様子を見た空は……

 

「攻撃止めっ!ではこれより瓦礫の撤去を開始するっ!!!」

 

\了解っ!!!/\はーいっ!!!/

 

この様な指示を飛ばした後、皆で仲良く瓦礫の撤去作業を開始するのであった

 

そう、今日の作業は不要な施設を撤去し、整地した後に母港エリアと駆逐艦エリアを作る事だったのである。時雨と天龍に戦車を持って来させたのは、戦車の馬力を使って大量に出た瓦礫をまとめて移動させる為だったのである

 

その結果作業は思った以上に進み、空達は日が沈む頃には母港エリアと駆逐艦エリアだけでなく、補給艦エリアと海防艦エリアまで作り上げる事に成功するのであった




ポリたんとポリ戦車の元ネタは、メタルマックスシリーズ及びメタルサーガシリーズに登場する、うろつきポリタンとその仲間達となっております


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優しさが牙を剥く

またしても残酷な描写が含まれています、御覚悟を……


4つのエリアを完成させた日の夕食時、空が輝から預かった艦娘ランドの設計図を何気なく眺めていた望が、ふとこの様な事を空に尋ねる

 

「あの……、この設計図には救護センターが無いみたいなんですけど……?」

 

望のこの言葉を聞いた瞬間、空の全身に電流が走る……っ!

 

救護センターは園内で入場者が具合が悪くなったり、何らかの原因で怪我してしまった時に応急処置を施す施設である。夏になれば熱中症で倒れる者も出る恐れがある為、この様な施設は設置義務こそ無いが、責任問題の観点からも設置出来そうならば設置した方が良さそうなのである

 

しかし、空と輝はその事を完全に見落としていたのである、望に指摘された事で空はようやく救護センターの存在を思い出したのである……

 

この問題を放置する訳にはいかない、もし放置しようものならば間違いなく悟にどやされる……っ!そう思った空は急いで輝に通信を入れ、救護センターの件について相談するのであった

 

それから2人がしばらく話し合った結果、潜水艦エリアとホテルの間に新しく病院船エリアが設けられる事になり、そこに応急処置のみ施す救護センターではなくしっかりと診察出来る診療所を建てる事が決定するのであった。この病院船エリアに関しては、母港エリア、駆逐艦エリア、潜水艦エリアから向かうことが出来るだけでなく、ホテルからも直接行ける様になっているのである

 

こうして新しいエリアを作る事が決定したところで、空は救護センターの事を指摘してくれた望に感謝を述べた後に解散を宣言、それを聞いた艦娘達は思い思いに就寝時間まで自由に活動し、就寝時間になると今日の作業の疲れがあった為かすぐさまフカフカのベッドに身体を横たわらせ、夢の世界へと旅立つのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが寝静まった頃、1つの影がホテルを抜け出し、警戒する様にキョロキョロと周囲を見回し、辺りに誰もいない事を確認するとコソコソしながらある場所に向かって、何かを大事そうに抱えながら移動を開始するのであった

 

そしてその影は目的地である埠頭に設置された提督達のところに辿り着くと、再び周囲の警戒の為に辺りを見回し、自分以外誰もいない事を確認するとホッと安堵の息を吐く

 

「確か此処に泊地の提督さんがいるんだよね……?」

 

影の正体である望はそう呟くと、艦娘達に見られない様にシートを被せられた提督を発見するなり、そのシートを剥ぎ取ってトライホースを停止させる。そして提督を注意深く観察してハリセンボンの様な形になってしまった提督の主砲を目の当たりにしてウッと声を漏らす

 

「これは……、流石に可哀想……」

 

望はそう呟くと、先程まで大事そうに抱えていた物、何かの薬品が入った瓶と注射器が入ったケースから薬品と注射器を取り出すと、瓶の蓋を開けて中身を注射器で吸い上げる

 

「少しだけ我慢して下さい……、そしたら少しは楽になると思いますから……」

 

そう言って望は提督にこの薬品を注射し、薬液を全て提督の中に注入し終えるとすぐさま片付けを開始し、片付けが完了するとトライホースのスイッチを入れた後即座にこの場を後にするのであった

 

先程望が提督に注射した薬液が入っていた瓶のラベルには、薬品名とこの薬品がどの様な効果があるものなのかを簡単に説明している文章が書かれており、それを読んだところ如何やらこの薬品は鎮痛剤のようであった

 

そう、望は拷問を受ける提督の痛みを少しだけでも和らげる為に、医務室の中にあった鎮痛剤を持ち出して提督に投与したのである

 

確かにこの提督がやった事は、とてもではないが許されない事である。だがだからと言ってここまで酷い事をするのは、流石に可哀想だと望は思ったのである

 

なので望はこの様な行動に走った訳だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかこれが余計提督を苦しめる結果になるとは、望も夢にも思っていなかった事であろう……

 

この薬品の瓶のラベルだが、よく見ると下にもう1枚ラベルが存在しているのである。そう、上から貼られているラベルはダミーであり、この薬品の本当のラベルは下の方のラベルだったのである

 

そちらは薬品名しか書かれていないのだが、知る者が見ればこの薬品が非常に危険な物である事がすぐに分かる様になっていた

 

この薬品は鎮痛剤なんかではなく、あのプロフェッサーが拷問用に開発した恐ろしい覚醒剤なのである……。そしてこの覚醒剤は、戦治郎達が生きていた世界でもプロフェッサーが開発し、世に出回らせていた代物なのである……

 

その効果がどの様なものかと言えば、この薬品を投与された者は痛覚が異常なレベルで過敏になり、鳥の羽で撫でられたとしても鉄の爪で勢いよく引っ掻かれた様な感覚に陥ってしまう様になるのである……

 

桂島に到着してすぐ龍田の治療の為に医務室に向かった悟は、この薬品を発見するなりすぐさま誰にも触れられない様に隠しておいたのだが、悟が不在の間医務室を任されていた望が、医務室の掃除をしている最中に偶然この薬品を見つけてしまったのである……

 

この薬品の事を知らなかった望が、この薬品がラベルの通り鎮痛剤であると信じた結果、この様な悲劇が起こってしまったのである……

 

こうしてこの覚醒剤を善意で投与されてしまった提督は……

 

「―――――ッ!!!!!」

 

主砲の中の謎ミミズが蠢く度に、声にならない絶叫を上げていたのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"~……、3月半ばだってのに、まだ肌寒いぞこんにゃろうめ~……」

 

今まで工廠で作業を行っていたシゲが、そう呟きながら工廠から出て来たのである

 

彼は今日の作業中、ポリ戦車の動きが想定よりも悪かった事に気付き、今の今までその原因を探り、問題点を改善していたのである

 

その結果、ポリ戦車のエンジンの馬力が車体とエンジンと兵装の合計重量とほぼ同じであった事が判明する。まあ要するにポリ戦車のエンジンの馬力が不足気味だったのである

 

この事実を知ったシゲは、すぐさま新しいエンジンの開発に乗り出し、見事新しいエンジンである『炎神(エンジン)』を作り上げる事に成功するのであった

 

その後シゲは極限まで改造した炎神を4つ程作り、時雨のキュクロープスと天龍のポリ戦車に2つずつ搭載、炎神に備わっているツインボーナスと言う同じエンジンを2つ積んだ場合、エンジンの馬力が強化される特殊効果のおかげもあって、キュクロープスとポリ戦車の馬力は飛躍的に上昇するのであった

 

因みに、シゲのバイクであるリュウセイのエンジンは、相変わらず極限まで改造したメテオドライブのままとなっているが、こちらはバイクボーナスと言うバイクに搭載するとエンジンの出力が80%強化される特殊効果があり、エンジンを2つ積めずツインボーナスの恩恵を受けられないリュウセイの場合、メテオドライブの方が都合が良かったりするのである

 

尤もシゲはリュウセイのS-E穴に、限界まで改造を施した外付けハルクなる兵装を取り付け、地味に馬力を強化しているが今はどうでもいい話である

 

これらの作業を独りで成し遂げたシゲは、フラフラしながらホテルの自室に向かおうとするのだが……

 

「……あいつらも流石にさみぃだろうな~……」

 

不意に視界に入った提督達の方に視線を向けながら、思わずこの様に呟くのであった

 

「憲兵達は上から毛布でも掛けておけばいいとして、提督の方は……、そうだっ!」

 

先程の呟きからこの様に続けたシゲは、何かを思いついたのか工廠の方へと引き返し、工具とバイクのグリップヒーターを持って提督達の方へと駆け寄るのだった

 

それからシゲはトライホースを停止させると、提督をトライホースから降ろして提督の尻に刺さっていたバイブを引き抜いて海で洗い、グリップヒーターを改造してバイブとトライホースの胴体に電熱線を通し、グリップヒーターの温度調整を行った後バイブをトライホースに設置し、バイブに上から懐から取り出したローションをかけ、再び提督をセットする。その際提督がやけにオーバーなリアクションをするが、シゲはそんな事気にも留めず……

 

「トライホース、再起動っ!なんてな」

 

そう言ってトライホースを起動すると……

 

「あ"ア"A"∀"α"ァ"ぁ"ーーーっ!!!!!」

 

提督はリングギャグに空いている穴から、獣の咆哮の様な絶叫の声を上げながら、悶え苦しみ始めるのであった……

 

一体提督の身に何があったのか……?それを知る為に1つ1つ問題点をあげていこうと思う

 

先ず、今の提督は望の善意の覚醒剤注射のせいで、痛覚がとんでもなく過敏になっている

 

そして次の問題点は、シゲが先程取り付けたグリップヒーターにある

 

このグリップヒーター、シゲが改造したせいで何と現在の設定温度が200℃になっているのである。この温度はお好み焼きが上手に焼けてしまうレベルの温度なのである

 

この温度がバイブだけでなく、電熱線を通されたトライホースの胴体からも放たれている為、提督の内もも、尻、菊門、直腸、そして弾倉からは肉が焼ける様な音と臭いに混ざって、直腸の中に残っていた排泄物が焼ける臭いが辺りに漂い始めるのであった

 

何故この様な事態になったのか……?それは大体シゲのせいである

 

今のシゲには迦具土と言う能力が備わっており、これは炎と熱を自在に操るだけでなく、それらに対しての耐性を高める効果もあるのである。つまり、今のシゲは熱に対して非常に鈍感なのである。そんなシゲがグリップヒーターの温度を、自分の手で触りながら確認調整していれば、間違いなくこの様な事態が発生してしまうのである……

 

「くっせ!じゃなくてやっべっ!!!」

 

そんな提督の様子を目の当たりにしたシゲは、思わずこの様な声を上げながらトライホースを停止させ、提督をトライホースから降ろそうとするのだが……

 

「あちょっ!?外れねぇっ?!」

 

何と提督が何かで固定されたのか、トライホースから降ろせなくなってしまったではないかっ!

 

これは次の問題点が関わっていたりする……

 

次の問題点、それはシゲが使用したローションである

 

実はこれ、本当はローションではなく、昼間の作業中補給エリアに設置する屋台を作る際使用した接着剤だったのである

 

シゲは作業中、これを懐に入れて保管していたのだが、作業終了後この接着剤を返却するのを忘れ、そのまま懐に入れっぱなしにしていたのである

 

そしてグリップヒーターを取り付けようと思った時、工具などを準備している最中に懐に提督を再セットする際に使用するローションを入れたのだが、昼間の作業で疲れていたシゲはローションを使う際、間違えて接着剤を取り出してバイブにかけたのである

 

それからシゲがスイッチを入れた事でバイブとトライホースの胴体の加熱が始まり、その熱によって接着剤が固まり始め、その際に接着剤が発する刺激と200℃と言う高温が、痛覚が過敏になった提督の菊門と直腸を襲い、提督はその激痛に耐え切れず絶叫したのである……

 

その後、シゲはグリップヒーターの配線を切断し、グリップヒーターが作動しなくなった事を確認すると、そそくさとこの場を後にするのであった……

 

 

 

 

 

尚、シゲの件は後に空にバレ、シゲは空からお仕置きとして空の新必殺の実験台にされ、空は憲兵の待機所にあったゲームを参考にした新しい必殺技である【明王九印】を体得するのであった



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事故は起こるさ

その日の朝礼はシゲへのお仕置きから始まり、空は【明王九印】の直撃を受けたせいでうつ伏せになって痙攣するシゲを尻目に、集まった面々に今日の作業内容を良く聞こえる様に大声で説明し始める

 

尚、そんなシゲの様子を見た作業に参加する者達は、皆揃って引き攣った表情を浮かべながら、空の話に耳を傾けていた

 

空の説明によると今日の作業で巡洋艦エリアと病院船エリア、そして戦艦エリアを完成させる予定となっており、作業は作業効率を上げる為に二手に分かれて行う事となり、巡洋艦エリアは藤吉……ではなく九尺のチームが担当し、病院船エリアと戦艦エリアは空のチームが担当する事となった

 

こうしてチーム分けをする事になったのだが……

 

「巡洋艦エリアは広かけんね、皆で協力せんぎん時間内に終わらすっ事出来んけんねー!やけん皆はよ集まりんしゃーい!!!」

 

九尺が自分のチームのメンバーに早く集まる様に訴えるのだが、肝心のメンバーの中で九尺の事を知らない者達は、九尺の性格と口調の変化に驚き戸惑い、本当に自分はこの人のところで合っているのか不安になり、思わず二の足を踏んでしまうのであった

 

その後九尺の存在を知る者達による説明のおかげで、九尺チームは何とか全員揃って巡洋艦エリア建設予定地に向かって歩き出し、その様子を見届けた後に空も自分のチームのメンバーを集めて、先ずは昨晩望に指摘されて建てる事が決定した病院船エリアを完成させる為に、病院船エリア建設予定地へと足を運ぶのであった

 

それからしばらくすると、滞る事無く順調に作業を進めていた空のチームは無事に病院船エリアを完成させる事に成功し、少しの休憩を挟んだ後に次の作業場である戦艦エリア建設予定地へ向かい始めるのであった

 

(やはり使える重機が複数あると作業が捗るな……)

 

その途中、空は内心でそんな事を考えながら、ある方角へと視線を向ける。そんな空の視線の先には時雨が駆るキュクロープスの他に、泊地の艦娘達が搭乗した4輌のピロシキの姿が映るのであった

 

そう、前回の作業の時、時雨と天龍がそれぞれキュクロープスとポリ戦車を使っているところを見ていた泊地の艦娘達が、大和達の許可を取って泊地に贈られたピロシキを作業で使える様にしてくれたのだ

 

これにより重量物の運搬や高所作業での作業効率と安全性が格段に向上し、作業が昨日以上にスムーズに行える様になったのである

 

因みにどちらのチームにも4輌ずつピロシキが配備されており、その指揮は空チームの時雨と九尺チームの天龍が担当している

 

さて、そうこうしている間に空達は戦艦エリア建設予定地に辿り着き、早速作業に取り掛かるのであった

 

ここでキュクロープスとピロシキが真価を発揮し、ジェットコースターを作る際、壁面走行を利用して設置するレールを担いだ状態で先に建てた支柱を伝って上に登り、支柱同士をレールで繋ぐと言う作業をサクサクと進めてくれたのである。そのおかげもあってか、戦艦エリアは予定時間よりもかなり早く完成するのであった

 

遊園地の華であるジェットコースターが完成した事で、作業に参加した者達が一斉に沸き立つのだが、ここで空がとある疑問を口にする……

 

「……このジェットコースター達は、果たして安全なのか……?」

 

この時空は、余りにも早く作業が完了した事に疑問を抱き、もしかしたら何処かに見落としがあるのではないかと言う不安に駆られたのである……

 

「んじゃあ念の為テストしておきますか」

 

「そうだな……、何かあってからでは遅いからな……」

 

空の疑問に対してシゲがこの様な提案をすると、空はシゲの提案に乗りジェットコースターの試運転を行う事を決定するのであった

 

先ずはライドに誰も載せていない状態で走行させ、ライドが無事に戻って来た事を確認すると、今度はライドに日本人男性の平均体重と同じ重量の人形を乗せて、テストを行おうとするのだが……

 

「あれだったら、俺が乗ってもいいですか?多分人形じゃ微かなガタつきに気付けないかもしれないですからね」

 

ここで何と一緒にテストを行っていたシゲが、この様な事を言い出したのである

 

「大丈夫なのか?最悪脱線やレールの欠落で墜落する恐れがあるぞ?」

 

「今朝方、かなりの出力で奥義クラスの技を俺にかけた貴方がそれを言いますか……?まあそれの直撃喰らって五体満足でいられるんだから、墜落の衝撃くらい何とかなるでしょう!」

 

シゲを心配して忠告する空に向かって、シゲは冗談めかしながらこの様に返答し、空がそれを渋々了承するとシゲは早速ライドに乗り込んで、僅かなガタつきも見逃さない様に精神を集中させ、発車の時を待つのであった……

 

さて、こうして実施されたシゲが乗り込んでのテストの結果だが、1つ目の速度重視のジェットコースターは問題が無かった事が確認されたのだが、2つ目のジェットコースターの有人テストを行った時、遂に最悪の事態が発生してしまうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ摩耶、何でお前が乗ってんだ……?空さんはどうした……?」

 

「空さんはあっちだ、もしかしたら外から見ないと分からない異常があるかもって事で、急遽あたしが乗る事になったんだよ」

 

自身の隣に座る摩耶に対してシゲがそう尋ねたところ、摩耶は下の方でシゲ達の様子を観察する空の方を指差しながら、この様に返答するのであった

 

さて、ここで何故テストで2人もライドに乗せる事になったのかについて触れておこう

 

次のジェットコースターはカーブなどの数が非常に多く、ライドに乗っている人間がカーブを怖がって反射的に身体を傾けたりする可能性があり、それによって重心が移動する事で何らかの事故が発生する可能性が示唆されたのである

 

これについてはカーブに合わせて身体を動かさない人形ではどうにもならず、1人だけ乗せるのはバランスが悪くなるのではないかと考えられた結果、先頭車両に人を2人乗せてテストをする事になったのである

 

この時、本当は事故が発生しても艤装で飛ぶ事で墜落を回避出来る空がライドに乗る予定だったのだが、シゲの事が心配になった摩耶が無理を言って交代してしてもらったのである。そう、先程の摩耶の言葉は全て嘘なのである

 

そうこうしている間にシゲ達が乗るライドが動き出し……

 

「うおおぉぉぉーーーっ!!!こりゃこえぇなっ!!!なぁシゲッ!?」

 

「お前……、はしゃいでないで異常が無いか調べろよ……、何の為に乗ったか分かってんのか……?」

 

このジェットコースターの中で最も大きな垂直ループに差し掛かったところで、摩耶が本来の目的を忘れてはしゃぎだし、その様子を見ていたシゲはそんな摩耶に対してこの様な言葉を掛ける。と、その時だ……っ!

 

ライドが垂直ループの頂点に達したところで、レールが人が乗ったライドの重さに耐え切れなかったのか突如2人が乗ったライドごと欠落し、2人はこのジェットコースターの最頂点とも言える高さから、真っ逆さまに墜落し始めるのであった

 

「え……?」

 

突然の出来事に状況を呑み込めず、驚愕の表情のままライドと共に落下し始めた摩耶が、思わずこの様な声を発したところで

 

「摩耶っ!!!」

 

シゲが必死の形相を浮かべながらそう叫ぶと同時に、自身の身体に取り付けられた安全バーを力任せに引き千切り、続いて摩耶に取り付けられた安全バーを腕力だけで強引に引き千切る

 

「シゲ……っ!?」

 

「黙ってろっ!!!歯ぁ食い縛っとけっ!!!」

 

ここでようやく状況を呑み込めた摩耶が、自分の腕を引いて空中で身体を抱き寄せるシゲに声を掛けようとするのだが、それをシゲがこの様に言って制し、摩耶はシゲに言われた通りグッと歯を食い縛る。それからシゲは摩耶を庇う為に自分の身体を下にして、摩耶の身体が自分から離れない様に力強く抱き締める。そして……

 

「ガッハァッ!!!」

 

「シゲッ!?大丈夫かっ?!」

 

シゲの身体は勢いよく地面に叩きつけられ、シゲはその衝撃の強さに思わず声を上げ、それを聞いた摩耶は顔面蒼白になりながら、安否確認の為にシゲに声を掛けるのであった……



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異常無しと言う異常

ジェットコースターのテスト走行中に発生した落下事故で、摩耶を庇って地面に叩きつけられたシゲとシゲに庇われて共に落下した摩耶は、すぐさま空によって先程出来上がったばかりの病院船エリアにある診療所に搬送され、2人はハンマー妖精さんとバーナー妖精さんが空達の作業と並行して作り上げた医療機器による精密検査を受ける事となるのであった

 

その最中、空はレールの欠落の原因を探る為、事故が発生した垂直ループのレールを繋げる作業に参加した者達を集めて、事情聴取を開始するのであった

 

これによってレールの接続作業を行っていた泊地の艦娘が、作業場所の余りの高さに怖気づき、作業を早く終わらせて地上に戻ろうとして、雑な仕事を行っていた事が判明するのであった

 

尚、この事故の切っ掛けを作った作業者は、事故が発生してから事の重大さにようやく気付き、今は待合室で震えながらシゲ達への謝罪の言葉をブツブツと呟き続けていた……

 

そんな作業者に対して、泣き面に蜂な感じは否めないが、事が事である為空はしっかりと厳重注意を行った後、2人の検査結果が出たと言う連絡を受けた為、この場を後にして診察室の中へと入って行くのであった

 

 

 

 

 

「望、2人の検査結果はどうだったんだ?」

 

空が悟が不在と言う理由で2人の精密検査を行った望に、無表情ではあるが心底2人の事を心配しているのか、不安そうな声色で検査結果を尋ねたところ……

 

「2人共特に異常は見受けられませんでした……」

 

望が2人のレントゲン写真などを空に見せながらそう言うと、望の言葉を聞いた空は1度安堵の息を吐くのだが、望の声色に違和感を感じて冷静になり、思考を巡らせてある疑問点が浮上すると、すかざす望に質問する

 

「……摩耶を庇って地面に叩きつけられたにも関わらず、シゲに異常が無かったのか……?」

 

「はい……、驚くべき事に……。シゲさんは地面に直接叩きつけられ、上から摩耶さんの体重がかかったにも関わらず、全くの無傷……、打撲すら無かったんです……。正直に言うと、シゲさんに異常が無い事の方がよっぽど異常なんです……。例え転生個体が人間や通常の深海棲艦より頑丈だったとしても、シゲさんと同じ様な目に遭えば、落下の衝撃で内臓が破裂したり、脊椎と脊髄がグチャグチャになっていても何ら可笑しくないんです……」

 

「これはどういう事だ……?シゲに一体何があったと言うんだ……?」

 

望の返答を聞いた空は思わず驚愕し、この様な事を呟いてしまうのであった……

 

 

 

 

 

空が望から2人の検査結果を聞いている頃、診療所の病室のベッドには墜落後気絶してしまったシゲが横たわっており、その傍らには彼の事を心配そうに見つめている摩耶の姿があった

 

「……」

 

静寂が2人だけしかいない病室を包む中、音も無くシゲが目を開き上半身を起こして見せると

 

「シゲッ!?目が覚めたのかっ?!」

 

摩耶が慌てた様子で、前のめりになりながらシゲに話し掛けると……

 

「摩耶……、あ~……、如何やら無事だったみてぇだな……」

 

ぼんやりした顔のまま摩耶の方へと顔を向け、シゲはこの様な言葉を口にするのだった

 

「それはこっちのセリフだっ!!!幾ら声を掛けても目を覚まさないから、皆本当に心配したんだぞっ!?」

 

「あ~……、そりゃ悪かった……。でもホント、お前が無事で良かったわ……」

 

「……ああそうだな……、お互いホント……、無事で良かったな……」

 

シゲと摩耶がこの様なやり取りを交わしていると、突然摩耶が涙ぐみ始めるのであった。如何やら摩耶はシゲが目を覚ますまでの間、もしかしたら自分のせいでシゲが死んでしまったのではないか?と言う不安に囚われてしまっていたのである……。そんな不安から解放された為、摩耶は無意識の内に喜びの余り涙ぐんでしまったのである

 

その後シゲは涙を流し始めた摩耶を何とか落ち着かせ、事故の状況と作業はどうなったかを摩耶に尋ねるのであった

 

「取り敢えずあたしとシゲは、念の為経過を見るって事で今日はこれで終わり、後の事は空さん達に任せてここで安静にしてろってよ」

 

「まああんな大事故あったら、そうなるわな……」

 

このやり取りの後、2人はしばらくの間談笑し、いい時間になったところで摩耶はシゲの病室を後にして、自分の病室へと戻って行くのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして病室に戻った摩耶は、靴も脱がずに病室のベッドにダイブし、枕に顔を埋めながら足をバタバタさせ始めるのだった……

 

「やべぇ……、シゲの顔が直視出来ねぇ……。心臓の方もまだバクバク言ってやがる……」

 

一頻り足をバタバタさせた後、摩耶はうつ伏せの状態のまま、顔を耳まで真っ赤にしながらそう呟く。如何やら今回の件で摩耶の中でのシゲの存在が、気になる人物から意中の相手にクラスチェンジした様である

 

落下中、摩耶は真剣な表情を浮かべながら自身の腕を掴んで強引に身体を引き寄せ、自分を墜落時の衝撃から守る為に力強く抱き締めて庇ってくれたシゲの姿に、完全に心を奪われてしまったのである

 

「これは吊り橋効果……、吊り橋効果なんだ……っ!!」

 

1度落ち着いた摩耶は、自分に言い聞かせる様にそう呟くのだが、シゲの事を思い浮かべた瞬間全身が熱くなる感覚に陥り、再び枕に顔を埋めてバタ足を再開するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

摩耶が絶賛恋する乙女になっている一方、シゲはベッドの上に只々静かに佇み、物思いに耽っていた……

 

「……」

 

それからしばらくすると、シゲは徐に手に付けていた手袋を外し、目を閉じて精神を集中させ、全身に力を込め始める……。するとどうだ、突然シゲの両手の甲から燃え盛る炎の様に真っ赤な正八面体の宝石の様な物が出現したではないか……っ!

 

「……」

 

更にシゲは無言で上着をめくり上げて自身の腰を露出させるのだが、そこには先程の正八面体と同じ色をした赤い球体の様な物が、シゲの腰に埋め込まれている状態で出現していた……

 

「マジかよ……、マジで出ちゃうのかよ……」

 

自身の変化を確認したシゲは、頭を抱えながら思わずそう呟いてしまうのであった……

 

「これが出るって事は……、俺はクタニドさんが言った通り、1度マジで死んじまった様だな……。皆マジごめんな……。この埋め合わせは……、埋め合わせ……、出来るのか……?」

 

シゲが現状に苦悩する中、シゲの身体から突如出現した宝石……、シゲが墜落死した後辿り着いた先で出会った旧支配者であるクトゥグアから与えられた、彼の身体を構成する世界の全てを焼き尽くす炎から作られた結晶は、シゲの事などお構いなしと言った様子で、只静かに揺らめく炎の様な輝きを発するのであった……

 

一体シゲの身に何があったのか?何故シゲはクトゥグアからこの様な代物を貰う事が出来たのか?それを知る為には少し時間を遡る必要があるが、それはほんの僅かの間だけ待ってもらおう

 

 

 

さて、シゲが目を覚ましてからの現場の状況だが、欠落したジェットコースターのレールは空が改めて接合し、残るウォーターライドとダークライドと共にしっかりとテストも行って、どれも問題が無い事をキチンと確認したところで、空の口から戦艦エリアの完成が宣言され、それとほぼ同じタイミングで、艦娘ランド内で最もアトラクションが多い巡洋艦エリアも完成するのであった

 

その後、別れて作業を行っていた空チームと九尺チームは合流し、数の暴力で水母エリアを完成させると、残った時間をミーティングの時間に使う事にするのであった

 

因みに、ミーティングの内容は当然の事ながら、今日発生した事故の事が中心となっており、他にも作業参加者の危険に対しての意識作りをする為の、危険予知訓練なども実施された様である




2018/11/7に現在この【鬼の鎮守府】とコラボしている鳴神 ソラさんが描く【憑依天龍が行く!】の最新話が投稿されました!

こちらの剛さんとあちらのアレディが模擬戦を行う事になりましたが……、果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうかね?続きがとても気になります!

コラボ先では、本編にはまだ出ていないものが先行して登場したりする事がありますので、コラボ話を見る時は、劇場版仮面ライダーを見る様な感覚でお願いします~


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潰せ!裏取引

労働災害に関するミーティングが終わると、夜の帳が下りて無数の星々が空の上でキラキラと輝く時間となっていた為、ミーティングの参加者達は挙って食堂へ向かい、やや遅めの夕食を摂り始めるのであった

 

そんな中、空の隣で食事をしている護が、ふと思い出した様にこの様な事を口にする

 

「そう言えば、確か今日の夜だったッスよね?」

 

「何がだ?」

 

シゲの件で精神的に疲弊していた空は、護の問いに対して怪訝そうな表情を浮かべながら尋ね返す。すると護はやれやれと言った様子で肩をすくめた後、この様に返答するのであった

 

「まさか忘れてたんッスか?ほらあれッスよ、資源の裏取引の予定日時」

 

「そう言えばそんなものがあったな……」

 

それを聞いて空は、提督が行おうとしていた資源の裏取引の事を思い出す。如何やらシゲの件が余りにも衝撃的過ぎた為、すっかり忘れていた様である……

 

このやり取りの後、空達は矢矧から桂島全体が記された地図を借りて、提督の2台目のスマホのメールに書かれていた場所を確認すると、メンバーを集めて準備を整えた後に取引の予定地へ向かうのであった

 

 

 

 

 

 

「こんな所に資源保管庫があったのか……」

 

「泊地の艦娘達がこの場所を知らなかったのは、提督による情報規制と特定の艦娘以外を作戦行動以外で外に出さない様にしていたからでしょうね……」

 

「勝手に泊地の外に出た奴は、次の日すぐに俺達みたいに兵装を引っ剥がされて、激戦区へ遠征に向かわされてたっけな……」

 

目的地付近にあった茂みの中に身を潜めながら、桂島の西部、石切鼻付近に隠れる様に建てられた資源保管庫を見据える木曾がこの様な事を呟き、それを聞いた通が不快そうに顔を歪めながら言葉を口にし、通が想像した事が現実である事を裏付ける様に天龍がこう言うと、この場にいる全員が押し黙ってしまうのであった

 

現在、この場所には空、護、通、司、木曾、阿武隈、時雨、夕立、江風、そして天龍の計10名が集まり、保管庫の様子を観察していた

 

この時、時雨と天龍はそれぞれ夜間戦闘用の消音モードを起動したキュクロープスとポリ戦車に乗り込んでおり、それらに搭載された優秀なセンサー達が常に周囲に目を光らせてくれているおかげで、空達は安心して目の前の事に集中する事が出来たのであった

 

「ふむ~ん、あっちは50人くらいッスか~……、皆素人ではなさそうッスけど~……、まあ自分達の敵じゃないッスね~」

 

「あの人達が持っている武器が、アリーズウェポンじゃなければ、ですけどねぇ……」

 

保管庫の前にHMDの『むせる君』を装着したまま視線を向けていた護がそう言うと、阿武隈が不安そうな表情を浮かべながらこの様な事を呟く。戦治郎が陸軍兵が所持していたネメアーズレオンで撃たれて倒れた件で、かなりアリーズウェポンを警戒している様である。阿武隈の言葉の後に再び静寂が訪れた事から、恐らくこの場にいる者達全員が、阿武隈と同じ心境である事は容易に想像出来た……

 

さて、現在保管庫の前には今回の取引の相手だと思われる人間達の姿があり、彼等は空達の存在に気付いていないのか、ここに来る筈が無い提督を待つ間の時間潰しに思い思いに集まって談笑したり、持ち込んだブロック状の栄養食を齧っていたりしていたのであった

 

そんな彼等の目の前には、彼等が物資輸送用に準備した輸送船があり、それは空達が労災ミーティングをしている間に桂島に来たものだと予想された

 

「さて……、そろそろ仕掛けるか……」

 

「アイアイサー、作戦内容は取り敢えず全員とっ捕まえて、バックにいる連中をゲロらせた後、提督と憲兵達と一緒に突き出しちゃったりしちゃったりするんでしたよね~?」

 

「そうだ、だからこちらも誰1人として殺さない様に、十分注意する様にな」

 

\了解っ!/

 

「では……、いくぞ……っ!」

 

空がそう言って立ち上がり、その様子を見ていた司が作戦内容の確認の為に空に質問し、それに空が返答した後全員に注意を促したところで、作戦参加者達はターゲットに気付かれない様注意しながら返事をし、それを聞いた空はすぐさま号令を掛けて茂みから飛び出すのであった

 

「さて、先ずは1r……、む……っ!?」

 

茂みを飛び出して先制攻撃を加えようとした空は、攻撃の直前にあるものを発見し……

 

「ちょっ!?空さンっ?!」

 

「空さーんっ!何処行くっぽいーっ!??」

 

空は凄まじい速度でターゲットの横を通り過ぎ、その光景を見ていた江風と夕立が、びっくりしながら空に呼び掛けるのだが、その甲斐虚しく空はそのまま何処かへ走り去ってしまうのであった……

 

「一体何が……、ってコレは……っ!?」

 

突然の出来事でメンバーが動揺する中、空が何処かへ走り去った原因を見つけるべく周囲を見回していた通が、空の奇行の原因を発見するのであった

 

それはターゲットの内の1人の足元に落ちているブロック状栄養食の欠片と、それを巣に頑張って運ぼうとしている蟻さん達の行列であった……。そう、空は先程これを発見した為、作戦そっちのけで蟻さんの巣を破壊しに向かったのである……

 

「何やってんッスかあの人はあああぁぁぁーーーっ?!?」

 

「作戦よりも蟻の駆除って……、空さんはどれだけ蟻が嫌いなんだい……?」

 

「こうなっては仕方が無い……、皆さん、此処は私達だけで何とかしますよっ!!」

 

空の予想外の行動に思わず護がツッコミを入れ、時雨がショートランドで空が温泉を掘り当てた時の事を思い出しながらこの様に呟き、通は混乱するメンバーに向かってこの様な指示を出し、ターゲットとの戦闘を開始するのであった

 

その後、突然現れたかと思えば何処かに走り去ってしまった空の背中を、呆然としながら見送ったターゲット達は、通達の襲撃を受けてあっさりと拘束されてしまうのであった

 

因みにターゲット達が使用していた装備は、阿武隈達が警戒していたアリーズウェポンではなく普通の銃器であった為、通達にはまともにダメージを与える事が出来ず、その事実に恐怖を覚えてターゲット達が混乱し始めたところで、ターゲット達は通達に一網打尽にされてしまったのである

 

こうして通達はターゲット達の拘束に成功し、彼等のバックにはこの世界の大手企業が多数いると言う情報を引き出し、それから彼等を泊地まで連行した後、拘束したまま提督達が放置されている埠頭に彼等を転がすのであった

 

それからしばらく経ったところで、通の通信機に空から連絡が入る

 

「ワイルド達が、こちらに接近する複数の影を発見した。済まないがもう1度こちらに来て対処してもらえないか?」

 

この通信を受けた通達は再び西の資源保管庫へ向かい、其処でこちらに音も無く向かって来るワ級2隻を含む6隻の深海棲艦の艦隊を発見、通達はこの深海棲艦の艦隊を迎え撃つ為に海に飛び出し、問題の艦隊と対峙する事となるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、この時空は蟻さんの巣を無事発見し、巣に海水を流し込んだ後徹底的に巣を破壊する為に穴を掘り、またしても温泉を掘りだしてしまうのであった……

 

こうして空に発掘された温泉は、長門達と戻って来た輝の手によって建てられる事となる御殿の様な旅館と、現在艦娘寮として使用されている超高級リゾートホテルの名物となり、後に一般公開される事となる艦娘ランドがより賑わう様になる要因となるのであった

 

これにより、空が蟻を発見すると何かが必ず発掘されると言う伝説が、空が知らない間に生まれ、それは龍神伝説の1つとして後世に永く語り継がれていく事となるのであった……



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敵に回ると本当に厄介

2018/11/12  11:11 加筆しました


「……何だお前達は?」

 

空の連絡を受けた通達が件の艦隊に接近すると、その艦隊の旗艦と思われるノーマルル級が艦隊を停止させた後、通達にこの様に尋ねて来た

 

「問答無用で私達を攻撃してこない辺り、強硬派の深海棲艦ではなさそうですね……」

 

「だからと言って、穏健派の深海棲艦って感じでもなさそうッスね~……。ってな訳でそのセリフ、そっくりそのままお返しするッスよ~」

 

その様子を見ていた通がこの様に呟いた後、続く様にして護がル級に対してこの様な言葉をぶつけると……

 

「お前達には関係の無い事だ、それが分かったらさっさとそこを退いてもらいたい」

 

ル級は無愛想に返答し、西の資源保管庫の方へと進もうとするのだった

 

「おっと、ここから先は通行止めだ」

 

「この先には泊地の娘達が、必死になって集めた大切な資源があるんですっ!そこに貴女の様な得体の知れない深海棲艦を向かわせる訳にはいきませんっ!!」

 

そんなル級の前に、木曾と阿武隈がこの様に言いながら立ち塞がる。するとル級は1度舌打ちすると……

 

「俺達の取引の邪魔をすると言うならば……、容赦はせんぞっ!!!」

 

ル級がそう叫びながら木曾達に主砲を向けると、随伴艦であるノーマルリ級とノーマルイ級とノーマルハ級も戦闘態勢に入り、謎の荷物を積んだ2隻のワ級が後方に下がる。そしてその様子を見ていた通達が身構えたところでル級が主砲を発射し、通達はそれを合図に戦闘を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこいつら……、普通の深海棲艦じゃないぞ……っ!?」

 

「この戦い方……、まるで穏健派の転生個体の様だ……っ!?」

 

この4隻としばらく交戦している最中、ハ級の魚雷を何とか回避した江風が思わず驚きの声を上げ、それに続く様にして時雨がこの様な言葉を口にするのであった

 

そう、先程時雨が言った様に、この深海棲艦達は穏健派連合の転生個体の様に、他の艦と上手い具合に連携を取り、強硬派の深海棲艦には無い戦い方をして来たのである

 

イ級とハ級は小回りが利く事を活かして、兎に角そこら中を動き回ってこちらを攪乱し、隙あらば連射力が高い主砲と魚雷を発射してこちらの動きを制限してくる

 

そうして動きが鈍ったところをル級が狙い撃ちしてくるのだが、その砲弾を迎撃しようとしようものなら、そこにすかさずリ級の砲弾が飛んで来るのである。そう、迎撃しようと放った砲弾を、このリ級が撃ち落としてくるのである

 

更に驚く事に、木曾の砲撃が上手い具合にリ級の迎撃を躱してル級に直撃するのだが、木曾の攻撃を受けたル級は全くの無傷だったのである

 

確かに雷巡である木曾の主砲の火力は戦艦である扶桑の砲撃には劣るのだが、戦治郎達による改造のおかげで木曾の主砲は重巡並の火力があり、戦艦相手でもある程度太刀打ち出来る様になっているのである。その主砲を以てしても、このル級にはダメージを与えられなかったのである

 

これには流石の海賊団のメンバーも動揺し、動きを鈍らせてしまうのだが……

 

「ヘイヘーイ!それじゃあいつらの思うつぼになっちゃったりしちゃったりしちゃうよ~!!」

 

海水で作った壁を使ってル級の砲撃を防ぐ司が、皆に喝を入れる様に叫ぶのであった

 

その後、気を持ち直したメンバーが、接近戦を試みる為に何とか相手の隙を作り、通と夕立をル級の下に嗾けるのだが、ル級は何と夕立の飛び後ろ回し蹴りを蹴り上げで迎撃した後、今にも自身を斬りかかりそうになっていた通に、先程振り上げた足を振り下ろして踵落としをお見舞いし、通はその衝撃で朝日影と月影を取り落としてしまうのであった

 

「まさかこいつら……、マジで全員転生個体ッスかっ!?」

 

イ級とハ級に翻弄されて、思う様に攻撃が出来なくなっている護が、その様子を見るなりこの様に叫ぶと……

 

「今更気付いたか……」

 

ル級はそう言いながら、先程通が取り落としてしまった朝日影と月影を蹴り飛ばしてこの場から遠ざけ、再び砲撃の態勢に入るのであった

 

「如何やら俺達は、ル級に苦戦させられる運命にあるみてぇだな……」

 

木曾がフェロー諸島で対峙したラリ子の事を思い出し、皮肉っぽく言いながらリ級がひっそりと放った魚雷を回避していると……

 

「ンニャアアアァァァーーーッ!!!」

 

何処かで聞いた事がある声が、遠くから微かに聞こえて来るのであった。すると次の瞬間……っ!

 

「ンナクソオオオォォォーーーッ!!!」

 

音速を超えてトムがこの場に駆け付け、可変翼型ブレードでリ級の首を刎ね、残った身体にしこたまミサイルと機銃の弾を叩き込む。それから間もなくワイルド達も到着し、猫艦載機達はル級達に一斉に襲い掛かるのであった

 

その後戻って来たトムを時雨がキュクロープスに格納し、トムから蟻の巣の破壊が完了した空がこちらに向かって来ている事を教えられるのであった

 

この報を受けたところで通達の士気は高まり、トム達に負けていられないと攻勢に出た通達は、ル級の事はワイルド達に任せて、空が合流するよりも早く目障りな駆逐艦達を数の暴力で駆除し、逃げ回るワ級を追い回した挙句2隻共しっかりと拘束して見せるのであった

 

「……こうなっては仕方ないか……っ!!」

 

この状況を見たル級は、そう呟くとワイルド達の攻撃を掻い潜って、この場から逃亡しようとするのだが……

 

「何処へ行こうと言うのだ……?」

 

その先にはようやく通達と合流した空が立っており、生前はプロの格闘家であったル級は、空が放つ膨大な闘気に圧倒されてしまい、思わず棒立ちになってしまうのであった……

 

「仲間が随分と世話になった様だな……、ならばここはサブリーダーとして、しっかりと礼をしなくてはな……っ!!!」

 

空はル級に向かってそう言い放つと一気にル級との距離を詰め、曼荼羅を描く様にル級に正拳突きを9発叩き込んで吹き飛ばしたその直後に、凄まじい速度で九字を切る、するとル級の身体に変化が起こり始めるのであった。空に殴られた部分が突然時計回りに輝き始め、その輝きはやがてル級の背後に集まっていき、不動明王の姿へと変わっていく……

 

「喰らえ、【明王九印】……っ!」

 

空がそう叫ぶと同時に、ル級の背後の輝く不動明王は羂索でル級を縛り上げると、右手に持つ倶利伽羅剣(くりからけん)をゆっくりと振り上げた後、勢いよくル級に振り下ろすのであった……

 

 

 

「本来なら真っ二つに叩き斬るところなのだが……、こいつには聞かねばならん事があるからな……」

 

ル級に新たに覚えた技である【明王九印】を叩き込んだ空は、そう呟きながら足元で気絶するル級に視線を落とす。如何やら空はル級が持つ情報を得る為に、ル級を殺さない様に手加減した様である

 

それから空はこのル級を拘束すると、拘束したワ級の荷物を調べていた通達の下へ向かい、無事に合流するのであった

 

その直後、空は通の口から驚くべき事実を告げられ、しばらくしてから目を覚ましたル級の口を割らせた結果、驚愕の色を今以上に濃いものに変化させるのであった

 

そう、ワ級が運んでいた荷物の中身は、提督に売る予定だった大量のアリーズウェポンだったのである……。この転生個体達は提督にアリーズウェポンを卸した後、材料である資源を受け取って帰投する予定だったのだそうな

 

この件と彼等の正体について空達がル級に追及したところ、ル級は諦めた様子でこの様に答えた

 

「俺達は『エデン』のフロント企業である『シャングリラ』に勤める者だ……。ここに来たのは、『エデン』の活動資金と資源を得る為の取引の為だ……」

 

これには空達も驚愕し、更に情報を得る為にル級に問い詰めようとしたところで、突然ル級が苦しみだし、そのまま息絶えてしまうのであった……

 

その後、長門達と共に泊地に戻って来た悟の調べで分かったものだが、如何やら彼の身体には遠隔操作で破裂させる事で、体内に劇物を流し込む装置が仕掛けられており、彼は何者かによって情報漏洩を防ぐ為に始末された様である……

 

こうして空達は貴重な情報を持ち帰り、その情報は海賊団と日本海軍、そして穏健派連合を大いに震撼させるのであった……



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ホテル立て籠もり事件

この章の名前を変更、勉強会編を分ける事にしました

そうしないとこの章だけすっごい長さになっちゃいますからね……


衝撃の事実を知る事となった西の資源保管庫の一件から一夜明け、空は朝食の後護以外の関係者にレストランに残る様指示し、昨晩の出来事を皆に伝えるのであった

 

空の話を聞いた途端、あの現場にいなかった者達が騒めき出すのだが……

 

「この件、俺達が動くには情報が余りにも少な過ぎる。今護にシャングリラについて調べてもらっているので、俺達はその結果が出るまでは通常通りに動くぞ」

 

\了解っ!/

 

空のこの発言が場を鎮め、空が言葉を言い終えたところでこの場にいる者達は力強く返答し、各自今日の予定を消化する為に行動を開始するのであった

 

その後、空達は午前中の間に潜水艦エリアを完成させ、昼食中に午後に取り掛かる予定である空母エリアの作業の段取について話し合っていると、シャングリラについて調べていた護がレストランに慌てた様子で入って来るなり、泊地に陸軍の揚陸艦が接近している事を伝えて来るのであった

 

それを聞いた空は急いで目の前の料理を胃に収めると、レストランを飛び出すなりワイルド達を発艦し、揚陸艦の偵察に向かわせるのだが……

 

『甲板に長門さんと輝さんの姿があるニャッ!!!』

 

『あ、輝さんがこっちに気が付いて手を振ってるミー』

 

ワイルドとベアからの通信を聞いて揚陸艦が敵でないと知ると、ワイルド達に帰還命令を出し、戻って来たワイルド達を艤装に格納した直後、通信機から輝の声が聞こえて来るのだった

 

『空ー!お迎えが来たぜー!この船泊地の中入れてもいいよなー?!』

 

この通信を聞いた空は高雄にこの事を伝え、高雄が揚陸艦の入港許可を出すと輝達が乗っている揚陸艦は泊地に入港するのであった

 

それからしばらくすると揚陸艦から長門達が降りて来て、長門達を出迎える為にやって来た高雄と空に事情を話し……

 

「そう言う訳で、提督の身柄をこちらに預けて欲しいのだが、提督は何処にいる?」

 

「提督と提督の犬に成り下がった憲兵、それと提督と裏取引していた連中は向こうにいるぞ」

 

長門が空に尋ねると、空は埠頭の方を指差して、この様に答えるのだった

 

「もしかしてこのシートを被せてあるのg……、ヒッ!?」

 

空の話を聞いた陸奥が、何となしに提督に近付いてシートをめくって中を覗くと、そこには凄惨な姿に変わり果てた提督の姿があり、それを目の当たりにした陸奥は思わず短い悲鳴を上げてしまうのであった

 

その後、陸奥の様子がおかしかったので、自分もシートの中を確認しようと長門がシートをめくろうとするのだが、陸奥が必死になってそれを阻止し、直後に自分達と共に来た剣持の部下達に、早急に提督達を揚陸艦に乗せる様指示を出すのであった

 

その際、剣持の部下達がシートの中を見て、内股になりながら腰を引いて股間を押さえて悶絶したり、ショックの余り吐き戻していたりしていたが、特に気にする必要は無いだろう

 

こうして提督は剣持の部下達にトライホースごと担がれて、憲兵達はシートが剥がれない様にロープで縛られた後転がされながら、そして裏取引の相手は数珠繋ぎにされた状態で揚陸艦に連行され、提督達の身柄は無事(?)海軍に引き渡されるのであった

 

 

 

その後、高雄が泊地の艦娘達を集め、これから横須賀鎮守府に移動する為の準備をする様にと指示を出し、それを聞いた艦娘達は僅かにショックを受けた様な表情を浮かべた後、渋々と言った様子でホテルの方へと移動を開始する

 

因みに海賊団のメンバーの荷物だが、しょっちゅう拠点の移動をしていた事から、基本自分達の荷物は艤装の中に収め、何時でもその場を発てる様にする事が癖になっている為、特に引っ越しの準備をする必要がなかったりするのである

 

そんな中、悟は病院船エリアの診療所へ向かい、勝手に診療所を抜け出そうとしたところを望に見つかりベッドに縛り付けられたシゲと、シゲに庇われながら墜落したと言う摩耶の精密検査を改めて行い、異常が無い事を確認すると2人に退院する許可を出すのであった

 

その際、シゲは悟に墜落の件でこっ酷く叱られ、以降絶対無茶をしない様にと釘を刺されるのであった

 

悟がシゲ達の再検査をしている頃、悟と共に泊地に戻って来た輝は何をしていたかと言うと、空から艦娘ランド建設の進捗状況を聞き、今尚海賊団のメンバーによって作業が行われている空母エリアへ赴き、サックリと空母エリアを完成させ、それからすぐに今度は空が掘り当てたと言う温泉に向かうと、そこに御殿と呼ぶに相応しい程に立派な旅館を建てていたりしていた

 

こうして空母エリアが完成したところで、現場に先程退院の許可が下りたシゲ達が姿を現し、ここでもシゲは輝に説教された挙句、それはそれは重い拳骨を貰うのであった……

 

こうして時間は経過していき、そろそろ泊地の艦娘達の準備も終わるだろうと空が思った直後、少々困った表情を浮かべた高雄が、揚陸艦の前で待機していた空達のところに戻って来る。そんな彼女の後ろには、ミッドウェーで空達と共に戦った艦娘達と鳳翔、そして悟の懸命な治療のおかげでようやく復活した龍田の姿しかなかったのであった……

 

空が他の艦娘達はどうしたのかと高雄に尋ねると、高雄は困った表情のまま事情を話し、それを聞いた空達は急いでホテルの方へと向かうのであった

 

こうして向かったホテルの入口には、泊地の艦娘達が設置した物と思われるテーブルを寄せ集めて作ったバリケードがあり、バリケードの後方には艤装を装着した艦娘がホテル内に設置してあったMAP付き冊子を丸めて作ったメガホンを片手に……

 

「我々はっ!横須賀鎮守府への移動をっ!!断固拒否するっ!!!」

 

この様な事を喚いていたのであった……

 

そう、彼女達はこのホテルの居心地が余りにも良過ぎた為、この様な行動に移ったのである

 

確かに彼女達の気持ちは分からないでもない……、しかしこれは海軍からの正式な命令である為、例えその内容に不満があったとしても、軍属である以上従わなければいけない事なのである……

 

しかし今の彼女達を下手に刺激しようものなら、最悪こちらに攻撃を仕掛けて来るかもしれない……。この状況、どう治めるべきか……、空と高雄がどうしたものかと頭を抱えていると、突然輝が前に出て大きく息を吸いこみ始めた

 

そして……

 

「おめぇらあああぁぁぁーーーっ!!!耳の穴かっぽじってよぉ~っく聞きやがれえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

次の瞬間、凄まじい声量でこの様に叫ぶ。それを聞いた者達全員がキョトンとした顔で輝の方に顔を向けるが、輝はそんな事等お構い無しとばかりに声を張り上げる

 

「お前らの事だからきっとそう来ると思ってたわっ!!!」

 

輝が続けてそう叫んだ瞬間、長門屋のメンバーに電流が走る……っ!!

 

「輝が……、相手の行動を先読みした……、だと……っ!?」

 

「マジかよ……、うっそだろお前……っ!?」

 

「きっと明日は雨ですね……、洗濯物を溜め込んでなくて本当に良かったです……」

 

「いや~、雨で済むんッスかね~?もしかしたら槍が降るんじゃないッスか?」

 

「そんなチャチなもんじゃねぇだろうよぉ、俺の予想だと隕石が降って来ると思うぜぇ?」

 

「み、みみ皆さん、ひ、輝さんの扱いが、ひひひ~酷過ぎます……」

 

「おめぇらうるせぇぞっ!!!」

 

空達の会話が聞こえたのか、輝は声量はそのままにこめかみに青筋を立てながら叫ぶ

 

その後輝は1度咳払いをして気を取り直し、ホテルに立て籠もる艦娘達に向かってこう言い放つ

 

「こうなる事を予想した俺はっ!!!横須賀鎮守府の艦娘寮も此処と全く同じ仕様にしてやったんだわっ!!!」

 

これを聞いた直後、今度は皆の視線が横須賀鎮守府所属の長門と陸奥に集中し、それに気付いた2人は輝の言葉を肯定する様に、同時に頷いて見せるのであった……

 

そう、輝は横須賀鎮守府を復旧させる際、横須賀鎮守府の艦娘寮もこの要塞の様なホテルと全く同じ仕様のものにしたのである。酒の勢いに任せて驚くべき速度で建てられたそれを見た横須賀の艦娘達は、歓喜の声を上げながら輝を猛烈に賛美したとかなんとか……

 

その様子を見ていた泊地の艦娘達は、すぐさまバリケードに使ったテーブルを元の場所に戻すと、軽やかな足取りで荷物を抱えて揚陸艦に乗り込んでいき、そんな艦娘達を何とも言えない表情で見ていた空達は、彼女達が全員揚陸艦に乗り込んだ事を確認すると、後に続く様にして揚陸艦に乗り込むのであった



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横須賀鎮守府での話し合いと・・・・・・

泊地の艦娘達によるホテル立て籠もり事件の後、揚陸艦で横須賀鎮守府に向かった空達は、長門達の案内で元帥の執務室に通され、空達よりも先に執務室に来ていた戦治郎や剛と作戦完遂の喜びを分かち合う様にグータッチした後、戦治郎達と同じく執務室に来ていた剣持と互いに自己紹介を行い、それが終わるとそれぞれの場所で起こった出来事について話し合うのであった

 

この時先ず最初に話し合われたのは、桂島提督の処遇についてである

 

戦治郎から手渡された証拠となる資料に目を通した元帥は、激怒している事が容易に見て取れる程顔を真っ赤にし……

 

「軍法会議など必要ないっ!!!今すぐ奴を銃殺刑に処せっ!!!」

 

机を拳で殴りつけながらそう叫ぶのだが……

 

「果たして、それで国民が納得すると思うか?仮にも奴はこの国の英雄と呼ばれている存在だ、そんな英雄が詳しい理由を伝えられないまま銃殺刑に処されれば、国民は海軍をどう思う様になるか考えているか?」

 

直後に今回の件で陸軍の上層部が軒並み逮捕され、結果として陸軍のトップになる事になった剣持がこう言って、怒り狂う元帥を窘めるのであった

 

因みに、戦治郎が元帥に渡した証拠となる資料の中に提督の日記は含まれておらず、件の日記は現在燎がしっかりと隠し持っている。今回の件で上手く事が進んで提督が処刑され、元帥を失脚させる事態になった時、この日記は使えると判断された為である

 

その後提督の処遇は陸軍と海軍が合同で行う軍法会議で決定する事になるのだが、先程の元帥の様子と戦治郎が持って来た証拠を見た剣持は、提督は幾ら話し合ったとしても、ほぼ確実に銃殺刑になるだろうと予想するのであった

 

さて、この次に話し合われた事と言えば、空達が遭遇したシャングリラの件であった

 

今回の提督の件だけでなく、ミッドウェーでの戦いにも関与していたエデン……、そんなエデンのフロント企業とは一体何なのだろうか?誰もが疑問に思う中、タブレットを手にした護が前に進み出て、プロジェクターの準備をして映像を流し始めると、シャングリラについて映像を交えて説明し始めるのであった

 

このシャングリラはカナダに本社を置く企業で、自動車、バイク、船舶、飛行機、鉄道車両、自転車などの乗り物の製造販売と、医薬品と医療機器の製造、開発、販売などを海外を中心に行い、かなりの数の支社を世界中に置いているそうだ

 

そしてそれらで得た利益の多くは、発展途上国に寄付されたり、学校や病院、孤児院などの建設に使われていると言われているのだそうな

 

「まあこれだけ聞くと善良な企業みたいッスけど、これは飽くまで表の顔って奴なんッスよね~……」

 

そう言って護がタブレットを操作して画像を切り替えると、スクリーンにはアサルトライフルで武装したアフリカ系の少年の姿が映し出されるのだった

 

「この寄付やら学校建設やらも、如何やらエデンの活動の一環みたいなんッスよね~」

 

護の言葉を聞いた瞬間、スクリーンを見ていた者達の視線が護に集中し、この場にいる者達から注目される護は、その詳細について話し始める……

 

護の調べによると、シャングリラは裏では乗り物を製造する製造部門が兵器の開発や製造を担当し、医療部門が麻薬と覚醒剤の製造販売や臓器密売などを請け負っているのだとか……

 

因みにこれは護がシャングリラを調べている最中に得た情報だが、最近になって海外のある麻薬カルテルが壊滅したらしいのだが、それには裏のシャングリラが関わっていて、件のカルテルは裏のシャングリラに取り込まれたのではないかと囁かれているんだそうな……

 

そして先程言っていた寄付は、政府と武装勢力による金の奪い合いの切っ掛けを作る為、学校や孤児院の建設は優秀な兵を育て上げる為、そして病院はカルテを作る事を口実に個人情報を抜き取る為に建てられている事が分かったのである

 

「さっき言ってた利益って奴は、表で稼いだ分だけみたいッスね。そんで裏で稼いだ分はそっくりそのままエデンの懐に入ると……」

 

「恐らくプロフェッサーの差し金でしょうね~……」

 

護がシャングリラに関する情報を話し終えたところで、剛が顔を顰めながらそう呟くのであった

 

その後、元帥がシャングリラにこの件を問い詰めようと提案するのだが、それを悟が首を振りながら制する

 

「そんな事しちまうとよぉ、最悪表の社員も裏の社員も、一切合切口封じの為に始末されるかもしれねぇぜぇ?」

 

悟はそう言うと、空達が持ち帰ったル級やワ級の遺体の中に、遠隔操作で破裂させる事で、体内に劇物を流し込む装置が仕掛けられていた事を話し、これがシャングリラの関係者全員に埋め込まれている可能性がある事を示唆するのであった

 

その後、話し合いは時々エキサイトしながらも進んでいき、ある程度話が纏まったところで、解散する事となるのであった

 

そして戦治郎達が話し合いを終えて横須賀鎮守府の本庁から出ると、表で各自思い思いに行動していた海賊団の艦娘達が、戦治郎の存在に気付くなり駆け寄って来て安堵の息を吐いた後、次々と話し掛けて来るのであった

 

戦治郎はそんな艦娘達を落ち着かせた後、先程の話し合いの内容を彼女達に伝え、それを聞いて騒めき出した艦娘達を再び落ち着かせると、真剣な表情を浮かべながらこの様な言葉を口にし始める

 

「欧州からここまで、本当に長い道のりだったけど、何とか辿り着く事が出来ましたっ!それもこれも皆がいてくれたおかげ、皆でお互いに助け合い、支え合い、協力し合った結果だと思いますっ!!本当にありがとうございますっ!!!」

 

「話なげぇぞー!」

 

「要点だけ言え!要点だけっ!!」

 

「口調が似合ってないぞー!」

 

その直後、長門屋の面々から野次が飛ぶが、戦治郎はそれを無視して言葉を続ける

 

「え~、それで~……、知らない奴もいるかもしれないから改めて言うけど、俺は欧州出る時に、提督になりたいと言ってたんだが~……」

 

ここで戦治郎は言葉を止め、1度深呼吸をする。その様子を見ていた艦娘達は、まさか……!?と言った様子で驚きの表情を浮かべながら、内心で期待を膨らませ戦治郎の言葉を待つ。そして……

 

「俺……、提督に……、なれませんでしたっ!!!」

 

その瞬間、話を聞いていた艦娘達がズッコケ、一部始終を知っていた長門屋のメンバーは腹を抱えて一斉に大爆笑し始める

 

「一応元帥から海軍に来てくれって、スカウトされたんよね……。それで俺OK出したんよね……、そしたら今度の軍学の入試頑張れって……」

 

「何だそりゃ……、スカウトしたんなら元帥権限とかで提督にしてやりゃいいじゃねぇか……」

 

しょぼくれた戦治郎の言葉を聞いた木曾が、この様な言葉を口にしたところ

 

「それだと依怙贔屓になるから駄目だとよ……、他にももしそれをやっちまったら、元帥以外のお偉いさん達が、自分達の権限使って身内を提督にしちまう可能性があるんだとよ……。仮にコネで提督になった奴が無能オブ無能だった場合、海軍が被る損害がエライ事になるとか……。そんな馬鹿垂れを弾く為の軍学校が、権限のせいで機能しなくなるのは良くないって事で、スカウトはしたけど俺にも軍学の入試受けて、軍学入って提督としてやってく為に必要な勉強して、卒業して来いってさ……」

 

\あ~……/

 

戦治郎の口から理由を聞いた艦娘達は、納得したのか気の抜けた声を上げるのであった……

 

「その関係で、俺達はしばらくの間横須賀鎮守府に滞在し、戦治郎は入試の為の勉強を、時間に余裕がある俺達は生前持っていた資格を取り戻す為の資格取得試験の勉強を行う事になるのだが……」

 

「ここで重要なお知らせがありますっ!!!」

 

空が今後の予定を皆に向かって話したところで、戦治郎が空の言葉に続く様にして、海賊団のメンバーに重要なお知らせを通達する

 

「本日を以って、長門屋海賊団は解散しますっ!!!」

 

\……は?/

 

戦治郎による海賊団解散宣言を聞いた海賊団の艦娘達は、戦治郎の言葉を飲み込む為にしばらくの間沈黙した後、思わず間の抜けた声を上げるのであった……



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さらば!長門屋海賊団!

「いきなり解散って……、一体どう言う風の吹き回しだ……?」

 

「旦那、その辺しっかり説明してくれ……」

 

戦治郎の海賊団解散宣言の後、我に返って戦治郎に解散理由を問い詰めるのは、海賊団最古参とも言える木曾と摩耶、そんな2人の言葉には僅かながら怒気が含まれていた

 

それはまあ仕方が無い事である、半年にも満たない期間とは言え、海賊団として今まで一緒に行動して来たにも関わらず、摩耶達には何の相談も無く、長門屋のメンバーだけで話を進めて解散宣言しているのだ。そんなの誰だって怒りを覚えるものだろう

 

「解散する理由は幾つかあって、今からそれを1つ1つ説明していくわ。よく聞いててくれよ?」

 

ムッとする摩耶達に対して戦治郎はそう言うと、海賊団解散の理由を艦娘達に説明し始めるのであった

 

 

 

先ず最大の理由は、海賊団の最大の目的を達成したからである

 

海賊団の最大の目的と言えば、メンバーが全員揃って無事に日本に辿り着く事である。そしてそれは大日本帝国海軍の中枢と言える横須賀鎮守府に到着した事で、見事達成した事になるのである

 

これだけだと戦治郎が目的を達成したら後の事などどうでもいいと考える、極めて無責任な奴になってしまうが、先程も言った通り理由は複数あるのである

 

その内の1つが、戦治郎達が軍属扱いになる事である。これは軍学校の入試や資格取得の為に、戦治郎達が横須賀に滞在する事が大いに関わっている

 

元々元帥は戦治郎に軍学入学を勧めた後、彼等なら出来るだろうと心から信じて、身分証明も何も持っていない戦治郎達を横須賀の街に放り出して、各自で寝床や食い扶持を稼ぐ為の仕事を探してもらおうと考えていたのだが、それに長門と燎が待ったをかけたのである

 

そう、長門達は知っているのである、戦治郎達に鍛えられた艦娘がどれ程強くなるか、彼等が持つ技術があれば艤装や兵装の性能がどれだけ向上するか、そして彼等の力があればどんな苦境も乗り越えられる事を、長門達は身を以て知っているのである

 

それらを知っていたから、長門達は戦治郎達に期間中の寝床と食糧、そして公的な身分証明を提供する代わりに、軍属として力を貸して欲しいとお願いしたのである

 

だが、ここで元帥が横やりを入れて来る

 

桂島の提督が起こした一連の事件は、国民に事情を説明する為に報道される予定となっている。そしてそれを聞けばきっと多くの国民が、海軍はとんでもない極悪人を野放しにしていたと思い、海軍に不信感を抱くだろう

 

そんな中で海賊を名乗っている者達を軍に引き入れれば、間違いなく国民の不満は爆発するだろうと、元帥はそう主張したのである

 

これには流石に戦治郎達も長門達も納得し、寝床等を提供する為の条件に海賊団の解散が追加されたのであった

 

 

 

「取り敢えず、ここまでで質問あるか?」

 

戦治郎が皆の顔を見ながら尋ねたところ、不知火が挙手して戦治郎に質問する

 

「それならば態々解散などせず、長門屋海賊団と言う名前を変更し、そのまま全員で軍属になればいいのでは?」

 

「確かにそれが一番いいかもなんだが~……、実はこれ、後の方にクッソでっかい問題があるんだわ……」

 

「大きな問題……?」

 

不知火の質問を聞いた戦治郎が、後頭部をバリバリ掻きながら答えると、陽炎が不思議そうにそう尋ねて来る

 

「俺が提督になったとして、どっか拠点に着任するじゃん?」

 

「普通はそうだね、それで問題って?」

 

陽炎の疑問に答えようと戦治郎が皆にこの様な事を尋ね、それに対して戦治郎達の監視任務をやっていた軍属の川内が尋ね返すと……

 

「そしたらお前達も付いて来るじゃん?」

 

「まあ……、そうなるわよね……」

 

戦治郎の追加の問い掛けに、天津風がこの様に答える

 

「そうなったら、お前達皆しばらくの間給料もらえないんよ……」

 

\……えぇ~っ!!!/

 

戦治郎の口から衝撃の事実が語られ、それを聞いた艦娘達は思わず驚愕し大声を上げるのであった

 

何故そんな事になるのか……?それは桂島に到着してからの戦治郎達の行動が原因となっているのである

 

 

 

先ず戦治郎はピンチに陥った横須賀の面々を助ける為とは言え、碌に効果を把握していない神之型と神帝之型を発動させ、横須賀鎮守府をものの見事に更地にしてしまったのである

 

そして空と輝は大和の許可を取ったとは言え、軍の所有地である泊地を大幅に改造し、軍事拠点としての機能を完全に潰してしまったのである

 

続いて剛はその行動の結果が最終的には横須賀の面々を救う事となったが、やった事は大日本帝国陸軍に対してのテロ行為、剣持は気にしていないと言っているが、その行為は陸軍の駐屯地の近隣に住む国民を大いに混乱させたのである

 

そしてそれに加担していた光太郎は、剣持の指示ではあるが高速道路を一時的に封鎖させて国民の交通を妨げた挙句、その高速道路を武装したバスで尋常じゃない速度で爆走しているのである

 

最後を飾る悟は医者であるにも関わらず、提督に非人道的な拷問する戦治郎達を止めないどころか拷問に加担、更には空達を唆し憲兵達にまで拷問を行ったのである

 

これらの行いが原因となり、戦治郎が着任する事となる拠点には永久に予算が一切割かれず、戦治郎、空、輝、剛は軍に所属している間は永久に、光太郎と悟は1年の間、軍から給料をもらえなくなってしまったのである……

 

これにより予算を貰えない=艦娘達に給料を渡せないに繋がったのである

 

「戦治郎さん……、そないな仕打ちされるくらいなら、いっそ海賊団続けた方がええんやないか?」

 

話を聞いた龍驤が、その表情を引き攣らせながら戦治郎に尋ねると……

 

「いや、それでも俺は提督になるさ。国から予算は貰えないが、予算を稼ぐ当てが無い訳じゃねぇからな」

 

戦治郎は、ニヤリを不敵な笑みを浮かべながらそう答え……

 

「元帥との交渉の結果、俺達は艦娘ランドの所有権を手に入れたんだ。この艦娘ランドの売り上げこそが、俺達の給料と拠点の予算になる予定だ」

 

「まあ、その売り上げの半分を海軍に納めないといけないんッスけどね~……」

 

戦治郎の言葉に空と護が続き……

 

\はぁっ!?/

 

艦娘達が再び驚きの声を上げるのであった……

 

 

 

この艦娘ランドの所有権についての交渉が、今回の話し合いで一番エキサイトしたところだったりする

 

元帥は空達が頑張って建てた艦娘ランドを解体し、元の泊地に戻そうと考えていたのだが、それに戦治郎達が猛反発したのである

 

それにより元帥と戦治郎達が激しく激突する事となったのだが、ここで大和と長門が戦治郎達に超弩級戦艦クラスの助け舟を出してくれた

 

先ず大和が艦娘ランドを泊地に戻した場合、泊地の艦娘達の心の傷を抉る可能性が極めて高い事と、提督の行いを聞いた泊地以外の艦娘達が問題の提督がいなくなったにも関わらず、もしかしたら自分達も同じ目に遭うのではないかと危惧し、泊地への着任を拒否する可能性がある事、艦娘ランドを建てる際泊地の艦娘達が自発的に作業を手伝い、艦娘ランドが完成した時には皆揃って満面の笑みを浮かべながら、艦娘ランドの完成を喜んでいた事を元帥に訴え掛けたのである

 

次に実際に艦娘ランドを目にした長門が、ここを上手く使えばドロップ艦問題を抑えられる可能性がある事と、艦娘人気が原因で日に日に増加する軍属艦娘が原因で発生している予算の圧迫を軽減出来る可能性、そして今回の件が原因で行われるであろう、軍への予算の削減対策に使えそうである事を、元帥に伝えたのである

 

その結果、艦娘にだけは激アマな元帥が言いくるめられ、元帥は売り上げの半分を海軍に納める事を条件に、戦治郎達に艦娘ランドの経営を一任したのであった

 

 

 

「ただまあ、艦娘ランドも何時から開園出来るか分からねぇからな……。そうなるとしばらくの間おめぇらは無給で働く事になるんだが……、それでも付いて来るか?」

 

戦治郎が艦娘達にそう尋ねると、艦娘達は何とも言えない表情をしながら沈黙する……

 

「まあそうなるよな、こればかりは簡単に決められないよな、だから1度海賊団を解散させて、家族がいる奴は家族のとこ戻って自分が無事である事を伝えて、家族と過ごしている間にどうするか考えてくれ。これが海賊団を解散させる3つ目の理由なんだ」

 

「給料無しでも一向に構わんと言う奴は、実家に戻った後横須賀鎮守府に来て、長門か日向経由で軍への入隊手続きをしてくれ。そうでない奴は今まで本当によく頑張ってくれた、本当に感謝している。また機会があればまた会おうじゃないか」

 

「どの道を進むかは皆の自由、だからよく考えて頂戴ね~」

 

戦治郎、空、剛が立て続けに話した後、戦治郎が改めて解散宣言をすると、艦娘達はやや重そうな足取りでこの場を後にするのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一部を除いて……

 

「あの、戦治郎さん……?」

 

この場に留まっていた川内と同じく軍属である龍鳳が、恐る恐ると言った様子で戦治郎に尋ねる

 

「どったよ?」

 

「元から軍属である私達が、戦治郎さん達に付いて行こうと思ったら、どうしたらいいんですか?」

 

「ああ、今のはどちらかと言えばドロップ艦の娘向けって感じだったね」

 

「確かに、入隊手続きと言っていたね……」

 

「ンで、その辺はどうなンだ?」

 

「夕立としては、お給料よりも空さんの技の方が、よっぽど価値があると思うっぽい!ねぇ?夕立達はどうしたらいいっぽい?」

 

龍鳳の質問を皮切りに、川内と龍鳳と同じく軍属である時雨、江風、夕立が口を開く

 

「おめぇらの場合は、家族に挨拶した後その気があるなら、異動願を長門か日向に出してくれ。希望先の名前は『長門屋鎮守府(仮)』なっ!」

 

「厳密には『長門屋鎮守府(仮)建設予定地』だがな……」

 

龍鳳の質問に戦治郎が答えた後、空がこの様に言葉を続けた

 

「ところで、何で長門さんと日向さん経由なの?」

 

「それな、俺達長門屋は元帥じゃなくて、燎の下に就く事になってるんだわ」

 

「あの元帥、アニキの暴れっぷりをその目で見ておきながら、転生個体の事完全に舐め切ってんだよ……。なぁにが頑張れば普通の艦娘でも倒せるだ……」

 

「そんな訳で、転生個体の恐ろしさを嫌ってくらい知ってる燎さんと長門さんの指示の下、僕達は作戦行動を行う事になってるんだ」

 

戦治郎達が龍鳳の質問に答えた直後、川内がふと思った事を尋ねたところ、戦治郎、シゲ、翔が川内の疑問に答えるのであった

 

実際、戦治郎達は提督の日記の件で、元帥を信用していないのである。そんな状態の戦治郎達の前で、元帥は転生個体を侮っている様な発言をし、それを聞いた戦治郎達は更に元帥に不信感を抱いた為、交渉の結果戦治郎達の鎮守府は燎の管轄下に置かれる事となったのである。この交渉もかなりエキサイトしたが、艦娘ランドの件には到底及ばなかったりする

 

因みに、先程空が言っていた鎮守府の建設予定地は、佐賀県は有明海に面した鹿島市にあるそうだ。現在有明海は佐世保鎮守府の予備戦力が担当しているのだが、それでは不安と言う事で佐賀県の漁協が新しい拠点を作って欲しいと、前々から要望を出していたのである

 

これに関しては海軍も早期に手を打とうとしていたのだが、拠点建設予定地を確保したところで、桂島の提督がプロフェッサーの協力の下幅を利かせ始め、そちらの対策のせいで拠点建設にまで手が回らなくなり、しばらくの間この件は放置される事となったのである

 

そして今、戦治郎達が提督を拘束して問題を解決し、更に自分達が住む為の拠点が欲しいと言ってきたので、元帥は戦治郎達にこの拠点建設予定地に拠点を作ってくれたら、そこを自分達の拠点にしていいと言ったのである

 

こうして戦治郎達はその地に長門屋鎮守府を作る事を決定し、鎮守府を建てる為に必要な資格を取り戻す為に、空達も戦治郎同様横須賀鎮守府にお世話になる事にしたのである

 

その後、戦治郎達の話を聞き終えた川内達は、長門達の下へ猛ダッシュするのであった。全ては長門屋鎮守府に異動する為に、川内達は全力疾走するのであった……

 

その途中、川内達は大和や天龍と言った泊地の艦娘達や、翔鶴や神風と言った戦治郎達と関りがある艦娘達とすれ違い、鎮守府内を猛ダッシュする理由を尋ねられた際、長門屋鎮守府の事を話してしまったのである

 

これが原因で横須賀鎮守府内で異動希望パンデミックが発生し、多くの艦娘達が長門がよくいる元帥の執務室に押しかけるのであった……

 

 

 

 

 

「すっげぇ勢いで走って行ったな……」

 

「本人達がそれでいいんなら、いいんじゃないかしら?」

 

この場から凄まじい速度で走り去って行った川内達が向かった先を眺めながら、戦治郎と剛がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「戦治郎さん、少々お話が……」

 

「あの……、私達の処遇はどうなっているのでしょうか……?」

 

不意に背後から声を掛けられ、驚いた2人がそちらに顔を向けると、そこには黄泉個体となってしまった扶桑と神通の姿があった……

 

「ああ~……、おめぇら2人はな~……、一応1度家族のとこに戻る事になるけど、その後は強制的に長門屋鎮守府所属になるんよな~……。おめぇらは黄泉個体だからな、他の提督じゃ持て余すかもしれねぇって事で、俺達が預かる事になったんだわ……。何かすまんな……」

 

戦治郎はそう言うと、2人に向かって厄介事に巻き込んだ件について謝罪する為に頭を下げるのだが……

 

「「あ、頭を上げて下さいっ!」」

 

その様子を見ていた2人は、声をハモらせながら慌てて戦治郎に頭を上げる様に言うのであった

 

扶桑達が言うには、もしかしたら黄泉個体である自分達は、何かの実験に使われるのではないかと言う恐怖に苛まれ、不安で不安で仕方が無かったそうだ。そして先程の戦治郎の発言のおかげでその不安は払拭され、それと同時に自分達の事情をよく知る戦治郎達のところに配属される事が心から嬉しかったのだとか……

 

こうして長門屋海賊団は解散し、メンバーだった艦娘達は自分の道を探す為に苦悩し、戦治郎は予想以上に難しい軍学入試の過去問に苦戦を強いられ、空達は資格取得試験の難易度や受験資格に只々唖然とするのであった……



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勉強会と日本の現状編
異動希望パンデミック


海賊団を解散させ先程まで横須賀鎮守府に残っていた扶桑を見送った後、戦治郎は早速資格取得の為に動き出した空達と別れ、神通と共に川内が向かったであろう元帥の執務室へと向かっていた

 

何故神通と共に元帥の執務室へ向かっていたのかと言えば、神通は川内と共に実家に帰ろうと考えていたのだが、肝心な川内が異動願を提出しに元帥の執務室に向かってから中々帰ってこず、見兼ねた戦治郎が神通に一緒に様子を見に行く事を提案し、それを神通が受けた為2人は一緒に執務室へ向かっているのである

 

「……なんじゃこりゃ……?」

 

「これは一体……?」

 

そうして辿り着いた執務室の様子を見て、戦治郎と神通は思わず困惑してしまうのであった

 

現在、執務室の前には黒山の人だかりが出来ていて、何やら騒ぎ立てていたのである

 

この集まりは何だ?此処で一体何が起ころうとしているのか?戦治郎がそんな事を考えていると……

 

「ありゃ、もうこんなに人が集まってんのか……」

 

「これはかなり時間がかかりそうね~……」

 

背後から聞き覚えがある声が聞こえ、思わず振り向いてみるとそこには元桂島泊地の天龍と龍田の姿があった

 

「おおテンタツ、ナイスタイミング。こりゃ一体どう言う事だ?今の口振りからすると事情知ってるみてぇだが、一体此処で何が行われようとしてんだ?」

 

「あ、戦治郎さん。何がって、戦治郎さん達が着任する鎮守府に異動したいって思ってる艦娘達が、長門さんに異動願を提出しようとしてるに決まってんじゃねぇか」

 

戦治郎が不思議そうに天龍達に尋ねたところ、天龍の口から予想外の言葉が飛び出して来るのであった

 

「あちょ、これ全部異動希望者なわけ?うっそだろお前……」

 

「本当よ~?実際、私達も異動願を提出しに来たんだから~」

 

戦治郎が目を丸くして呟くと、龍田が天龍の言葉を肯定しながら、自分の異動願を戦治郎に見せて来るのであった

 

戦治郎が2人から詳しい話を聞いたところ、異動願を提出する為に自室に猛ダッシュして行った川内達が、異動の件を部屋に向かう途中ですれ違った艦娘達に教えた結果、凄まじい勢いでその情報が鎮守府内を駆け巡り、多くの艦娘が異動願を提出する為に執務室に殺到したんだとか……

 

事情を聞いた戦治郎が改めて執務室に群がる艦娘達を見ると、そこにいたのは元桂島泊地の艦娘達に元ショートランド泊地の艦娘達、更には元アムステルダム泊地にいた艦娘達と言った具合に、その殆どが戦治郎達と関りがあった艦娘達だったのだ

 

そう、彼女達は異動の話を聞いた時、自分達を助けてくれた戦治郎達の力になりたいと思い、こうして執務室に殺到しているのである

 

ただ、中には例外と言うものも存在する……

 

執務室に集まった艦娘達を、何とか落ち着かせようと奮闘している長門の後ろで、頭にたんこぶを作って正座する二航戦は、恐らくノリで異動願を提出して、長門に拳骨を貰ったのだろうと予想される……

 

「こうして見ると、俺達って多くの艦娘を助けたんだな~って思うわ……」

 

「戦治郎さん達が助けた艦娘は、何も此処にいる方々だけではありませんよ?ドイツの方々もそうですし、艦娘に拘らなければイギリスやハワイの皆さんも、戦治郎さん達に助けられたのですよ?」

 

「言われても実感湧かねぇな~……」

 

執務室に集まる艦娘達を眺めながら、戦治郎と神通がこの様なやり取りを交わしていると、突然ある方角から凄まじい気配が発生し、それを感知した2人は思わずそちらに視線を向ける

 

するとそこには、並々ならぬ威圧感を発しながらこちらへゆっくりと歩み寄って来る、大和と鳳翔の姿があった……

 

そんな2人が執務室に近付くと、執務室に群がっていた艦娘達も大和達の気配を察知し、その威圧感に気圧されて思わずその場から次々と身を引いていき、それはやがて元帥と大和達を繋ぐ1つの道となるのであった……

 

そうして出来た道を通って大和と鳳翔が元帥の下へ向かうと、2人はほぼ同時に懐から書類を取り出し元帥に提出する。その書類とは、天龍達が持つ異動願と全く同じ物であった……

 

 

 

そして……

 

 

 

「「書類の受理、して頂けますよね?」」

 

2人は元帥に向かって笑顔を浮かべながらそう言うと、これまで以上の威圧感を発し始めるのであった。その様子を元帥の隣で見ていた長門の腕には、2人の威圧感に気圧されてしまったのか鳥肌が立っていたのであった……

 

そんな2人に威圧された元帥はと言うと……

 

「異動希望かっ!いいぞっ!!」

 

2人の威圧感を全く感じていないのか、笑顔でそう言うと2人の異動願を受け取り、すぐさま承認印を押すのであった

 

その後大和達は威圧感を放つのを止め、元帥に一礼して執務室を退室し、鳳翔は来た道をスタスタと戻って行くのだが、大和は戦治郎の姿を見かけると、笑顔を浮かべながら小走りで戦治郎達のところへ駆け寄って来て……

 

「提督っ!大和は無事に提督のところへ向かう事が出来そうですっ!」

 

「良かったな大和っ!これからよろしくなっ!」

 

戦治郎に向かって元気一杯にこの様な言葉を口にし、それを聞いた戦治郎はこの様に返答した後大和の頭を撫で始め、大和は戦治郎の手が余程気持ちいいのか、幸せそうな表情を浮かべながら

 

「はい……♪」

 

この様に嬉しそうに返事を返すのであった

 

「え……?大和さん……?今戦治郎さんの事を提督って……」

 

「あの……、これはどう言う事でしょうか……?」

 

そんな中、大和がまだ提督になっていないはずの戦治郎を提督呼びした事に困惑する天龍と、事情が分からない神通が同時に疑問の声を上げるのであった

 

大和が戦治郎を提督と呼ぶ様になったのは、これまでの戦治郎の行動が大体の原因となっている

 

元帥から【国士無双】の二つ名を賜った大和は、これまではその立場上誰にも自身の弱い部分を見せられないでいた事と、提督に純潔を散らされた挙句性処理の相手までさせられていた為、精神的に参っていた節があったのである

 

そんな中、大和の全てを受け止めると言う戦治郎が現れ、本当に彼女の苦悩や悲しみを受け止めた挙句、桂島泊地の問題を解決してしまったのである

 

最初に会った時に自分を見るなりガチガチに緊張して、まともに会話も出来ないと言う戦治郎の醜態を見た大和は、最初は戦治郎の事を頼りなく思っていたのだが、自分が傷付く事すら恐れずに巨大な敵に立ち向かい、見事討ち取って見せた戦治郎の姿を見て考えを改めた結果、自分の提督は戦治郎しかいないと言う忠義と愛情が同居した様な感情に心を支配され、彼女はこの様な状態になってしまったのである

 

因みに、大和と共に異動願を提出した鳳翔だが、如何やら彼女は翔が目当てで異動願を提出した様だ

 

まあ、彼女の場合ルルイエでの一件や桂島泊地の件の他に、趣味が合う事や翔と共に行動する事が多かった為、彼女は自然と翔に惹かれてしまった様である

 

尚、この件が長門屋のメンバーに知れ渡ると、即座にプリンツと鳳翔、どちらが翔をGETするかのトトカルチョが始まった模様……

 

こうして大和が戦治郎の事を提督呼びしている理由を神通達に教えたところで、元帥が戦治郎の存在に気付き、戦治郎達を執務室に呼び込むなりこの様な事を言って来るのであった

 

「入試の勉強で忙しいかもしれんが、余裕が出来そうになったら是非時間を作って、司令室に来てくれんか?見せたいものがあるんだ」

 

それを聞いた戦治郎は内心では嫌な顔をするのだが、居候の身である故に元帥の頼みを断る事が出来ず、戦治郎は承諾する旨を言葉で伝えながら頷いて見せるのであった

 

この出来事により、戦治郎とその場にいた燎の元帥に対しての印象は、大きく変化するのであった……

 

 

 

それはそうと、元帥の執務室の前で発生したこの異動希望パンデミック、最終的には戦治郎の提案のおかげで無事問題解決するのであった

 

その提案とは、艦娘ランドのスタッフに関するものであった

 

戦治郎達は彼女達に、流石にこの場にいる全員を鎮守府に迎え入れるのは、収容人数的にも予算的にも難しいと言った後、艦娘ランドのスタッフとして、艦娘ランドの経営を手伝ってもらえると非常に助かると言ったのである

 

これに最初に食い付いたのは、他でもない元桂島泊地の艦娘である

 

彼女達は輝が建てたホテルと同じ規模のスタッフ用の寮を建ててくれれば、喜んで力を貸すと言い、それを聞いた戦治郎は通信機で輝と話し合った後、その要求を受け入れる事を約束し、彼女達の協力を取り付けたのであった

 

尚、この艦娘ランドのスタッフ寮は、桂島の北部に建てられる事となったそうだ

 

それから後は早いもので、今の横須賀鎮守府の艦娘寮と同じ様な寮が出来ると聞いた元ショートランド泊地の艦娘と、元アムステルダム泊地の艦娘も話に食い付き、あっという間に艦娘ランドのスタッフが揃ってしまうのであった

 

その後、スタッフがスタッフとして育ち切るまでの間は、矢矧と高雄が彼女達の教育係と連絡役を担当し、その補佐に初霜と春雨が回る事となるのであった

 

因みに、この4人は任期が満了すると、長門屋鎮守府に着任する予定となっている

 

さて、ここまでで名前が挙がっていない天龍と龍田、そして六駆の4人はどうなっているのかと言うと、この6人は長門屋鎮守府に直接異動する事となっているのである

 

理由としては、それぞれやりたい事を見つけた暁以外の六駆の3人は、長門屋のそれらのスペシャリスト達を師事したいらしく、暁は姉妹艦達の様にやりたい事を探す為に長門屋鎮守府に行きたいそうだ

 

そして天龍達は、何かの拍子に龍田のトラウマが再発した時に備えて、悟がいる長門屋鎮守府に身を置いておきたいのだとか……

 

こうした彼女達の都合と、軽巡と駆逐は数欲しいと言う戦治郎の考えが一致した為、彼女達は長門屋鎮守府に着任する事となったのである

 

こうして横須賀鎮守府で発生した異動希望パンデミックは、その原因となった戦治郎の手によって、無事収束する事となるのであった



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元帥の実力

異動希望パンデミック発生から数日が過ぎたある日、戦治郎は燎と共に横須賀鎮守府内にある作戦司令室へやって来ていた

 

何故戦治郎達がこの場所に来ているかと言うと、如何やら元帥が提督としての戦い方を知らない戦治郎と、横須賀に来てから未だに元帥の戦い方を見た事が無いと言う燎に、自身の戦い方を見せて今後の作戦指揮の参考にさせる為に、2人を此処に呼んだ様なのである

 

此処で疑問に思うのは、燎が元帥の戦いを未だに見た事が無かった事であろう

 

話を聞く限り、如何やら元帥は相当切羽詰まった状況では無い限り、艦娘達の実力と自主性を信じて自分から指示を出すのは極力控えているのだとか……

 

そうして戦治郎達が元帥の話を聞き終えたところで、今回出撃する事となっている長門、利根、妙高、飛龍、蒼龍、翔鶴、そして長門の代わりに元帥の秘書艦を務める事となった陸奥が作戦司令室に姿を現すと、元帥は彼女達に今日の作戦について説明し始めるのであった

 

今回の出撃の目的は、先日空達が遭遇したシャングリラに所属する連中が、日本近海に潜伏していないかを調査し、もし発見した場合撃滅すると言うものであった

 

さて、何故この様な作戦が行われる事になったのかと言えば、元帥と剣持による調査の結果、如何やら桂島泊地以外にもシャングリラと取引している海軍関係者や陸軍関係者、更には民間企業が存在している事が判明したからである

 

尚、軍の関係者に関しては、桂島の提督が捕まった事が知れ渡った時点で、軍の強硬派に所属していた多くの将校が、日本帝国軍の手が及ばない海外に逃亡し、以降足取りが掴めなくなっているのだとか……

 

この調査結果が出たところで、剣持は部下を引き連れてシャングリラと取引をしていると思わしき企業の立ち入り調査の為に行動を開始し、元帥は日本に向かって来ているであろうシャングリラを叩き潰す為に、この作戦を実行する事にしたのである

 

因みに、作戦に参加する艦隊がやや重めなのは、転生個体を相手取るつもりならば、せめて元海賊団の誰かを1人でもいいから連れて行くべきだと主張する戦治郎と燎の意見と、艦娘の水雷戦隊でも問題なく完遂出来ると主張する元帥の意見を折半した結果である……

 

さて、元帥が艦娘達に今回の作戦についての説明を終え、今回は自分が最初から最後まで指揮を執る事を艦娘達に伝えたところ、転生個体を相手にすると聞いた途端不安そうにしていた艦娘達は、その言葉を聞いた瞬間一瞬驚いた後……

 

「それなら何とかなりそうだな」

 

艦娘達を代表して長門がそう言うと、彼女達は揃って不敵な笑みを浮かべるのであった

 

「ぬ~ん……」「う~ん……」

 

「あら、何だか不満そうね?」

 

「いや、これマジで大丈夫なんかな~?って……。相手は転生個体だぜ?最悪俺らみたいなのが出る可能性だってあんだぜ?ソースはトラック泊地で戦ってた時乱入して来たアリーさん」

 

「それに関しては俺も同感だな……、元帥は転生個体を舐めてるんじゃねぇかって、本気で思うんだわ……」

 

元帥と長門達のやり取りを見守っていた戦治郎と燎が揃って唸っていると、陸奥が不思議そうに2人にこの様に尋ね、それに対して戦治郎達は今の自分の考えを口にするのであった

 

「まあ、2人は元帥の戦い方を知らないから無理も無いか……。大丈夫よ、普段はアレだけど元帥はこういう時は本当に頼りになるから」

 

2人の不満を聞いていた陸奥が、クスクスと笑いながらこの様に返答している間に、長門達は出撃の為に作戦司令室を後にし、元帥は作戦指揮を執る為に作戦司令室内に設置された司令官用の席に腰を下ろすのであった

 

こうして作戦は開始され、不安を抱えた戦治郎達が長門達が転生個体と遭遇しない様にと天に祈るのだが、その祈りは天には届かず、長門達は髪型をドレッドヘアーにしたタ級が率いる3隻のワ級を含む輸送艦隊を発見するのであった……

 

「あ、これ間違いなく転生個体ですわ……」

 

「中身は恐らく野郎だな……、でなけりゃドレッドヘアーとかねぇわ……」

 

長門の通信を立ったまま聞いていた戦治郎と燎が、この様な会話を交わしていると……

 

『……っ!?タ級が攻撃態勢に移ったっ!!』

 

『この距離で気付かれたのっ!?って言うかあの距離からこっちを狙えるって言うのっ?!此処ってどう見ても長門の射程の外だよっ?!!』

 

通信機の先にいる長門が声を荒げ、飛龍が驚愕しながらこの様に続く

 

飛龍が放った彩雲からの情報によると、件のタ級はあの大和の主砲の最大射程よりも遥か先から、こちらに照準を合わせているのだとか……

 

そしてその次の瞬間……

 

『ぐっ……!!至近弾……、だと……っ!?』

 

問題のタ級が砲撃を行い、タ級の主砲から放たれた砲弾は、旗艦である長門のすぐ傍に着弾するのであった

 

「大丈夫か長門っ!?」

 

「戦艦主砲の射程外から狙えるって……、まさか能力持ちかっ?!」

 

長門からの通信を聞いた戦治郎が、長門の安否確認の為に声を上げ、燎はタ級のその長すぎる射程は、能力から来るものではないかと推測する

 

そう、燎が予想した通りこのタ級は、自身が放つ砲弾の飛距離を無条件で伸ばすと言う能力を持った転生個体で、先程の砲撃もその能力に依るもの奇襲だったのである

 

そして戦治郎と燎が動揺する中、タ級が連れていた2隻のヲ級が艦載機を発艦し、長門達に追撃を浴びせる為に殺到し、タ級は次弾の装填を終えると、再び長門達を砲撃しようと構え始めるのであった

 

これは不味いっ!そう思った戦治郎が通信機で高速飛行が可能な空を呼び出そうとしたその時だ

 

「飛龍、蒼龍、2人はあちらの艦載機の相手をしてあげなさい。翔鶴は2人が作ってくれた道を通って噴式で強襲、そして妙高は今から私が言う方角に向かって砲撃しなさい。いいね?」

 

突然今まで沈黙していた元帥が、艦娘達に指示を出す

 

\了解っ!/

 

そして元帥の指示を受けた艦娘達は力強く返事をし、それを聞いた元帥は妙高に砲撃する方角や角度等を伝え、妙高はそれに従って砲撃を開始するのであった

 

空母達への指示は兎も角、妙高への指示は一体何だ?戦治郎達が不思議に思っていると、驚くべき事が発生する。何と妙高が放った砲弾は、ものの見事にタ級が放った砲弾に直撃、タ級の砲弾を空中で撃ち落としてしまったのである

 

飛んで来た砲弾を撃ち落とす事は、戦治郎達も度々やっていたのだが、これに関しては流石の戦治郎も驚愕せざるを得なかった。何故なら、この作戦司令室には戦場を見る為のディスプレイなどと言う物は無く、今までのやり取りも全て通信機から発せられる音声のみで行われているのである

 

そう、元帥は何も見えていない状態でタ級の砲弾の弾道を予測し、妙高に撃ち落とさせたのである

 

戦治郎達がこの事実に驚愕する中、元帥は艦載機の挙動に関する指示や、砲撃を行うべき方角、移動するポイント等を次々と指示し始め、転生個体であるはずの2隻のヲ級と3隻のワ級を沈めて見せ……

 

「長門、徹甲弾を装填し、今から私が言う方角へ砲撃を」

 

『了解したっ!!!』

 

長門とこの様なやり取りを交わすと……

 

『長門の徹甲弾、タ級に直撃っ!!』

 

『タ級の撃沈、確認しましたっ!!』

 

艦載機でタ級を牽制していた二航戦が、タ級が沈んだ事を報告して来るのであった

 

『取り敢えずこれで相手は全滅したが、まだ続けるか?』

 

相手艦隊の全滅を自身の偵察機を使って確認した長門が、元帥に対して作戦を続けるかどうか尋ねたところ……

 

「シャングリラの艦隊がこれだけとは限らないだろうからね、引き続きお願いするよ」

 

元帥は長門達に作戦続行を指示し、その指示を受けた長門達はこの後にもシャングリラの艦隊を発見、撃滅を繰り返し、元帥から撤退指示が出るまでの間に、7つものシャングリラの艦隊を叩き潰す事に成功したのである……

 

因みにこれらの戦いは、全て戦艦主砲の射程の外で行われていた……

 

そして撤退指示が出たところで、戦治郎はダッシュで帰還した長門達が来るであろう埠頭へ向かい、戻って来た長門達に相手が転生個体だったかどうかを尋ね……

 

「信じられんかもしれんが、42隻全て転生個体だったぞ」

 

「相手が沈むところを艦載機で見てたんだけど、皆真っ赤な血で海を染めながら沈んで逝ってたよ?」

 

「まあ幾ら転生個体でも、目や口の中を攻撃されたら、たまったもんじゃないだろうからね~」

 

「ちょっち待った、そこら辺詳しく」

 

長門と二航戦の返答を聞いて思わず自身の耳を疑い、詳しい話を聞き出すのであった

 

彼女達が言うには、元帥が指示した場所に攻撃を加えれば相手に吸い込まれる様に攻撃が当たり、元帥が指示した場所に行けば確実に相手の攻撃を回避出来るそうだ。しかもそれらは艦娘達だけでなく、彼女達が放った艦載機にも当てはまるとかなんとか……

 

更に言えば、元帥が指示した場所に放たれた攻撃は、恐ろしい程に正確に相手の急所、目や口の中、砲身の中や積み荷に直撃していたそうだ……

 

「戦治郎の奴、相当驚いておる様じゃのう」

 

「それは仕方が無いと思いますよ?私達重巡や航巡の射程を、並の戦艦以上の射程に引き延ばすだけでなく、弱点を狙い撃ちさせていたなどと知れば、誰でも驚くと思いますから……」

 

「それが通信機から聞こえる音だけで行われていたと知れば、更に驚いてしまうでしょうね……」

 

「はぃいっ!?それってどう言う事だってばよっ?!」

 

今回の出撃に参加した艦娘の話を聞いて愕然とする戦治郎を見て、利根、妙高、翔鶴がこの様な事を言うと、戦治郎はそれに反応して即座に我に返り詳細を尋ねようとするのだが……

 

「今の日本海軍が使用している通信機と電探は、悲しい事にそこまで性能が良くないのだよ」

 

戦治郎の背後からやって来た元帥の、この言葉によって遮られてしまうのであった

 

「それの何処にこんな頭おかしい芸当が出来る要素があるんです?」

 

「どうも今使っている通信機は、電探が発する電波を僅かながら拾ってしまう様でな、その度に通信にノイズが走るのだよ。先程の作戦の最中にも、通信の中にノイズが走っておっただろう?」

 

戦治郎が元帥にこの様に尋ねると、元帥はこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は作戦中の通信内容を思い返し、確かに通信にノイズが僅かながら入っていた事を思い出す

 

「私は只、電探が発した電波を拾って発生したノイズと、相手に当たって戻って来た電波を拾って発生したノイズの間隔や、通信機から聞こえた波の音や風の音で相手の位置や砲弾の弾道、艦載機の挙動をを予想特定し、そこに攻撃する様に指示したり、その着弾点から遠ざかる様指示しただけだ。この程度の事ならば、君達も頑張れば出来る事だろうからな」

 

その後、元帥はさも当たり前の様にこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎と元帥の後を追って来た燎は、只々愕然とするのであった……

 

「私はな、艦娘は砲撃が出来、艦載機が飛ばせれば、艦種も練度も一切関係なくどんな相手であったとしても確実に倒せると、心からそう信じておる。実際、この作戦でもそうだっただろう?私達提督と艦娘達が協力すれば、転生個体だろうと容易に倒せていただろう?君達は心配し過ぎなのだよ」

 

元帥はそう言った後、作戦に参加した艦娘達に労いの言葉を掛け、入渠する様に指示を出すなり踵を返し、執務室へと帰って行くのであった

 

御英圃元帥が元帥に就任した頃、世界中の誰もが深海棲艦は人類の敵であると、話し合いが通用しない相手であると、そう信じられていたのである。そんな時代だったからこそ、御英圃元帥はその艦隊指揮能力のみを買われ、元帥に就任してからは上から言われるまま、深海棲艦を撃滅する為にその手腕を振るったのである

 

そうしている内に、やがて元帥は戦いに虚しさを覚えると同時に、本当に深海棲艦とは話し合いが出来ないのか?と疑問を抱く様になり、元帥は海軍内に穏健派と言う派閥を作ったのである

 

そんな元帥の背中を、愕然としたまま見送っていた戦治郎と燎は……

 

「「そんなん出来るの、アンタだけだろ……」」

 

声をハモらせながら、思わずそう呟くのであった……



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友人達との雑談会

「……とまあ、こんな事があった訳よ~」

 

『音声のみで視認している状態と、ほぼ同等の状態になれる、か……』

 

『何それ怖い……、日本の元帥は化物か……?』

 

『流石の僕もそんな真似は出来ないね~……、一応アドン達にカメラを内蔵して先行させれば、似た様な事は出来ると思うけど……』

 

元帥の戦い方を目の当たりにした日の夜、戦治郎は自室で通信機の先にいるアクセル達に、今日起こった出来事を話していた

 

最初戦治郎は、彼等に無事に日本に到着した事を伝える為に通信を開始した訳なのだが、気付けば話に花が咲き雑談モードに突入し、戦治郎は元帥の事や自分達の今後についてまで話していたのだった

 

『しかしそれほどの人物が、何故戦治郎達の価値に気付かないのか……、それが不思議でたまらないよ……』

 

『普通ならめっちゃ好待遇で招き入れるところなのに、実際は予算も給料も無しで軍人として戦えと……、こんなんウチの女王陛下や国民が聞いたら、暴動待った無しだろうな……』

 

ここまで戦治郎の話を聞いていたアクセルが、ふと思い出した様にこの様な事を口にし、それを聞いたセオドールがこの様に続く

 

「いや~、俺らも好き勝手暴れたからな~……、多少仕方ないと思うとこはあるんだわ~……」

 

『確か横須賀鎮守府を更地にしたり、九州にある陸軍の拠点を片っ端から襲撃したり、高速道路を封鎖して私的に利用した、だったっけ?でも鎮守府の方は輝が直しているんだし、陸軍の方も件の提督傘下のところだけで他には手を出して無い上に、刃衛からは逆に感謝されてたんだよね?』

 

『その通りだ、剛達が欲に駆られた馬鹿者共を炙り出してくれたおかげで、大日本帝国陸軍にこれ以上泥を塗る事も無くなり、膿を取り除き新編した陸軍で改めて祖国を護れるのだ、この件には感謝はすれど、非難する理由はどこにも無い』

 

戦治郎が苦い表情を浮かべながらそう言うと、リチャードが戦治郎を弁護する様な言葉を口にし、今まで静かに会話を聞いていた剣持がリチャードの発言を肯定する様に、この様な言葉を口にする

 

因みに、先程リチャードが剣持の事を刃衛と呼んだが、戦治郎がリチャードに剣持が剛と友好的な関係である事を話したところ、友達の友達は友達の理論でリチャードが剣持に歩み寄り、リチャードと剣持の間にも友好的な関係が生まれた為である

 

「まあ理由はどうあれ、俺はこの条件で呑んじまったからな、今更反故するつもりはねぇよ」

 

『戦治郎がそれで良いと言うなら、僕はこれ以上何も言わないけど……』

 

『戦治郎……、辛くなったら俺達に相談しろよ?そしたら俺達がそっちの元帥袋叩きにするし、その気があったらウチに来てくれてもいいんだぜ?』

 

戦治郎の言葉を聞いたアクセルが、やや不満そうにこの様な事を口にし、セオドールが物騒な事を言いながら、サラッと戦治郎達をイギリス海軍に引き込もうとする

 

『セオ、何サラッと戦治郎達の事勧誘してるんだ?抜け駆けは良くないぞ?』

 

『ああ、穏健派連合は何時でもwelcomeだから、日本に嫌気が差したらこっちに来てくれてもいいからね?』

 

『大日本帝国陸軍も歓迎するぞ、お前達の力はきっと俺達の助けになってくれるだろうからな。それに、今の陸軍は人員がな……』

 

すると先ず最初にアクセルがセオドールの発言に反応し、続いてリチャードと剣持が戦治郎達の勧誘を開始するのであった。特に剣持の声からは、何処か切実なものを感じ取る事が出来た……

 

こうしてアクセル達が、戦治郎達の勧誘合戦を始めると……

 

『戦治郎達の力を欲しているのは、何もドイツやイギリスだけではないぞ?彼等の戦闘能力と技術力は、私達も喉から手が出る程欲しいのだからな』

 

不意にアクセルとセオドール、そして剣持には聞き覚えの無い、何処か落ち着きのある低い男性の声が通信機から聞こえて来るのであった

 

「あ、ジョシュアの旦那。チ~ッス」

 

『戦治郎、この方は?』

 

突如聞こえて来た声にアクセルとセオドールが驚き、訝しんでいると戦治郎が声の主に軽い口調で挨拶を交わし、戦治郎のその様子から声の持ち主が戦治郎の関係者であると感付いたアクセルが、戦治郎に声の主が何者なのかを尋ねるのであった

 

『そう言えば自己紹介がまだだったな、私はジョシュア・ルイス、現アメリカ海軍の総司令を務めている者だ』

 

『んなっ!?アメリカのっ?!どう言う事だ戦治郎っ!?!』

 

ジョシュアの自己紹介を聞いたセオドールが驚愕し、どうして戦治郎がアメリカ海軍の関係者と知り合いになったのかについて問い詰める

 

さて、戦治郎はどうやってアメリカ海軍とパイプを作ったのか、それ以前に何故アメリカ海軍が無事なのか、そこについて触れようと思う

 

アメリカは深海棲艦との戦争が始まってすぐ、深海棲艦の攻撃を受けて音信不通に陥ってしまったのだが、アメリカ軍の者達は深海棲艦に核が通用しないと分かると、即座に国民を連れてアメリカを脱出、現在はアメリカ本土にいた多くの国民が、カナダやアラスカで過酷な難民生活を送っているのである

 

そんな中、アラスカで海軍を再建していたジョシュアは、アメリカ本土の偵察を行っていた艦隊がホノルルからの救援要請を受信した事を知ると、相当無茶をしてホノルルの救援に向かったのである

 

しかし、彼等が到着する頃にはホノルルで発生した問題は解決し、更には戦治郎達の手によって兵器開発研究所は見事な要塞へと変貌し、その周囲には要塞を守る為にディープ・ワン達が徘徊していたのであった……

 

ホノルルで一体何が起こったのか分からず、部下達と共に混乱しているところに戦治郎達とサラ達が姿を現し、その光景を目にして益々混乱するジョシュアをサラが落ち着かせ、何とか冷静になった彼に事の顛末を説明すると、彼は戦治郎達にサラ達を助けてくれた事に対して感謝の言葉を述べ、この時に戦治郎達から艦娘の重要性を説かれ、ジョシュアはアメリカにも艦娘を配備させた方が良いと考える様になり、それならばと戦治郎達から日本に艦娘に関わる技術を提供してもらう様勧められたのである

 

また、この時深海棲艦に対しての抵抗手段を碌に持っていなかったアメリカ海軍の為に、戦治郎達はジョシュアが乗って来た駆逐艦を徹底的に改造し、コアの代わりにゾアが統治者としての勉強をする為に持っていた、カソグサの出版社が出版している『ネクロノミコン』を演算ユニットと動力源にし、アリーズウェポンを基に作り出した兵装で武装した、対深海棲艦用駆逐艦に仕上げたりしている

 

こうして作られた対深海棲艦用駆逐艦は、ジョシュアに『ホーンド・サーペント』と名付けられ、アメリカ海軍に艦娘が配備されるまでの間、アラスカからホノルルに本拠地を変えたアメリカ海軍を、穏健派連合と協力して守り通す事に成功するのであった

 

因みに、このホーンド・サーペントが完成したタイミングで、ホノルルの救援要請を聞いて南方海域から遥々やって来たリチャード達の艦隊が到着し、戦治郎達によってジョシュア達に紹介されたリチャードが、彼等がアメリカ人である事を知るなり、ジョシュア達に協力を申し出たのである。その理由は、世界は違えども平和な祖国を取り戻したいと思う気持ちは同じだから、だそうだ

 

尚、この時に使用された技術は、後に大五郎のハコの強化兵装に流用される事となるのだが、それはまだ先の話である

 

『この様な経緯があって、私も君達の仲間入りを果たしたと言う訳だ。そう言う訳で、今後ともよろしくな』

 

ジョシュアが自分が戦治郎達と知り合った切っ掛けを話し、話を聞いていたアクセルとセオドールが呆然としていると……

 

『此処から息子の名前とネクロノミコンと言う単語が聞こえたが……、貴様ら一体何を話している……?』

 

突然このメンバーの内の誰もが聞いた覚えが無い声が、通信機から聞こえて来て……

 

\どちら様っ!?/

 

戦治郎達は思わず声を揃えて声の主、ルルイエの現統治者であるクトゥルフに向かって、この様な言葉を発するのであった……。実際、クトゥルフと直接会って話した事があるのは、翔と鳳翔、そして彼の息子であるゾアくらいしかいない為、戦治郎達がこの様な反応をしてしまったのは、本当に仕方が無い事なのでる……

 

その後、クトゥルフが自身の身分を明かした後、戦治郎達の雑談に加わって話を大いに盛り上げるのであった

 

因みに、話が盛り上がった原因は、クトゥルフのここ最近の趣味である世界各国の料理の食べ歩きの旅に関するものである

 

如何やらクトゥルフは翔に胃袋を掴まれて以来、人間が作る料理に大いに興味を示し、暇があったら人間に化けて色んな国に潜り込み、様々な料理を食べ歩いているのだとか……。そんなクトゥルフのお気に入りの料理は、やはりと言うべきか、食べ歩きの旅を始める切っ掛けとなった日本料理なのだとか……

 

この時、セオドールが金の方は大丈夫なのか?とクトゥルフに尋ねたところ……

 

『金に関しては問題無い、海底にある金鉱脈から採掘した金をインゴットにして、上陸する度に換金しているからな』

 

クトゥルフは、やや得意げにこの様に答えるのであった……

 

因みに、クトゥルフに日本海軍に所属する事になった戦治郎達の待遇を話したところ、彼もまた戦治郎達をルルイエに迎え入れても良いと返答したそうだ



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この世界の就職事情

さて、戦治郎達が雑談を興じている頃、翔とゾアは自室で資格取得の為の勉強を行っていた

 

彼等が最低限取得しようとしている資格は、調理師免許の他に栄養士及び管理栄養士、食品衛生責任者に防火管理者、そして自動車運転免許の6つとなっており、恐らく長門屋のメンバーの中で最も取得しようとしている資格が少ないのではないかと思われる

 

此処で幾つか疑問に思う点がある者もきっといるだろう、なので今回はこの世界の資格や就職関係について触れていこうと思う

 

先ず誰もが思うのは、果たしてゾアは資格取得試験を受ける事が出来るのだろうかと言う点であろう……

 

これに関しては、横須賀鎮守府に所属する給料艦を含む艦娘達が書いた嘆願書を片手に、翔と長門、そして燎が関係者に直談判して資格取得試験の受験資格をもぎ取って来た為、安心してゾアも受験出来る様になっている

 

ゾア関連の次の疑問点は、恐らく栄養士及び管理栄養士の資格に関する事だろう

 

この栄養士と言う資格は、専用の養成施設で2年以上栄養士としての必要な知識及び技能を修得しなければ取得出来ないものなのである。しかし翔はこれを特別措置など無しに、独学で取得しようとしているのである

 

これは一体どう言う事なのか……?その答えはこの世界の日本の就職事情に関わっている

 

 

 

この世界の日本では、艦娘の登場以来艦娘ブームが巻き起こっている。それに伴い多くの女性が艦娘に憧れ、多くの男性はそんな艦娘を指揮する提督に憧れていた

 

事実、小さな子供に将来の夢を尋ねると、女子の75%は艦娘に、男子の98%は提督になりたいと答えるほどである

 

その後、女子は艤装適性検査を受け、艦娘になれるか否かを教えられる事となり、適性がある者は艤装使用免状を取得した後に軍に入隊して正式に艦娘になったり、戦争を嫌って艤装競技の選手になったりし、適性が無い者は縁が無かったと割り切って一般人として生活していく事となる

 

先程の将来の夢に関する質問で、女子の25%が艦娘以外と答えたのは、この様な事情がある為である

 

一方男子はと言うと、どいつもこいつも揃いも揃って提督になる為に勉学に励む。例え人の上に立つ才能などが無かったとしても、取り敢えず提督になる事を夢見て熱心に勉強に打ち込むのである

 

その意志は成長する毎に強くなっていく、大体は思春期を過ぎた辺りからである……。そう、彼等は艦娘達とお近付きになる為に、艦娘といい関係になる為に、必死になって提督になる為に勉強するのである……。まあ、中には真剣に国の事を思って提督を目指す者もいるのだが……

 

そんな中、極稀に提督以外の職に就こうと考える者が出現する。知識に自信がある者は軍医に、手先の器用さに自信がある者は艤装の整備兵、また体力に自信がある者は憲兵や特警になろうと考えるのである

 

このラインナップを見て分かると思うが、アプローチの仕方を変えるだけで、結局艦娘を彼女にしたいと考える提督になろうとしている者達と、大して変わらないのである……。強いて言えば、例え望んだ結末にならなくても、多少潰しが利くと言う強みがあるくらいだろうか……?

 

そうして時が過ぎ、彼等の前に提督や艦娘に関わる仕事に就く為の試練、軍学校の入試が立ち塞がるのである……

 

提督希望者と特警希望者だけでなく、軍医や整備兵にまで軍学受験をさせる理由だが、それは碌に実力が無い者に国の存亡がかかっている艦娘を任せたくない、中途半端な知識や技術のせいで艦娘を失う訳にはいかないから、その者がしっかり知識や技術を持っているかどうかをこの試験を通して確認したいからなど、様々な理由があって軍医や整備兵にも軍学受験に参加してもらっているのである

 

尤も軍医と整備兵の場合、提督と違って実務経験がある上で、前の勤め先からの推薦状があれば、中途採用と言う形で軍学入試及び軍学入学をパスして海軍に入隊出来るので、実は軍学卒業が必須となっている提督よりも有利だったりするのである……

 

この事実を知らずに提督になる為に軍学受験に挑む者達の多くが、入試のレベルの高さに打ち負かされ、ほんの一握りの人間だけが提督になる権利を勝ち取るのである

 

因みに入試の難易度が高い理由は、下心丸出しの馬鹿共を一網打尽にする為である。もしそんな者を提督にしてしまえば、すぐさま憲兵達や特警達のお世話になり、海軍の品格を疑われてしまう為、仕方ないと言えば仕方ないのである……

 

尚、戦治郎が受ける事となる入試の難易度は、横須賀の乱の影響で過去最高の難易度になるだろうと予想されている模様……

 

さて、こうして軍学入試を切り抜けた提督の卵達には、漏れなく提督に必要な膨大で難解な知識がこれでもかと言うくらい叩き込まれ、軍人である以上体力も必須と言う事で、非常に厳しい訓練が課せられるのである

 

まあ当然の事ながら、これらに耐え切れず逃げ出してしまう者も存在し、これらの厳しい訓練に耐え切った者だけが、提督として艦娘を指揮する存在になれるのである

 

ここまでの話を聞いて、これの何処に就職事情が関わっているのか疑問に思う者もいるだろうが、此処からが重要なのでよく聞いて欲しい

 

日本の男子の多くが提督に憧れて軍学入試に挑戦し、その中のほんの一握りだけが提督になれる……

 

では、提督希望者で提督になれなかった者達はどうなるのかと言うと、悲しい事にその殆どがニート化してしまうのである……

 

入試に失敗した者や訓練から逃げ出した者の中には、民間の技術屋として再出発した後、上記の方法で少し形は変わるが整備兵として軍に入隊する者や、艤装メーカーに就職して営業と言う形で軍と関わる者もいるが、多くの者は浪人して再受験したり、実務経験無しで整備兵として再受験して再度蹴落とされを幾度となく続け、ブラックリストに乗ったり、受験資格の年齢制限に引っかかって受験不可能になる馬鹿がいたり、入試失敗でこれまでの努力が全て無駄になったと意気消沈し、無気力人間に成り果ててしまったりするのである……

 

この状況を重く見た政府が、入試失敗者や提督のなり損ないを積極的に雇用して欲しいと企業に呼び掛けるのだが、肝心な企業の方も問題を抱えていたのである

 

そう、企業は艦娘ブームのせいで慢性的な人員不足に陥り、艦娘が使用する艤装に余り関わっていない零細企業や中小企業が、次々に潰れているのである……

 

仮に働き手が来たとしても、艤装適性を持っていない女性が僅か、男性の働き手はそれを更に下回るくらいの数しか来ないのである……

 

それを解消する為に、入試失敗者などを雇用したらいいのではないかと思うところだが、入試失敗者や提督のなり損ないの殆どは、提督になる為の勉強ばかりやってたせいで、体力は無い、資格も無い、入試失敗のせいで仕事を続ける気力も無いと、碌な奴がいない上に、雇用する企業の方も金銭的に余り余裕が無いのである……

 

これでは日本が滅ぶ……、そう思った政府は急いでこの問題の対策を練り、その中の1つとして、就職に必要な資格を取得し易くすると言う案が持ち上がったのである

 

そしてこの案は実行に移され、人命や法に関わる職業以外の資格は、殆どが年齢制限や実務経験年数を撤廃し、試験もペーパーテストのみ、たまに実技試験もあるものがある程度になり、技術的な部分に不安こそ残るものの非常に資格を取得し易くなり、資格取得によって多少自信を取り戻した入試失敗者などが、国の支援によって何とか持ち堪えられる様になった企業に就職する様になり、多少なれど問題を解消したのである

 

 

 

この様な事情があった為、翔達の世界では現状では取得出来ない様な資格も独学で取れる様になっており、翔達はそれをフル活用して失った資格を取り戻すだけでなく、新しい資格も取得しようと考えたのである

 

そう言う訳で資格取得試験の勉強をしていた翔とゾアの部屋に、真夜中であるにも関わらず誰かが来たのか、不意に扉がノックされるのであった

 

翔が訝しみながら入室を許可して扉を開くと、そこには真剣な表情を浮かべたまま入口の前に立つシゲの姿があった

 

そんなシゲを部屋に招き入れ、座る様に勧める翔に向かって、シゲは表情はそのままにこの様な事を尋ねて来るのであった

 

「なあ翔、お前クトゥグアって旧支配者を知ってるか?」

 

「え……?」

 

シゲの言葉を聞いた翔が、お茶を出した姿勢のまま固まると……

 

「ぶふぉっ!?クトゥグアだとっ?!どうしてシゲがそいつの事を知っているのだっ!?!」

 

ゾアが驚きの余り思いっきり噴き出した後、目を見開きながらシゲに尋ねる。すると……

 

「俺な……、如何やらそいつのおかげで助かったみたいなんだわ……」

 

シゲは相変わらず真剣な表情のまま、この様に返答するのであった……



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火の玉親子

時間はシゲ達が桂島泊地でジェットコースターのテスト中に事故に遭った所まで遡る……

 

ジェットコースターに同乗していた摩耶を庇い、地面に全身を強烈に打ち付けた瞬間にパンッ!と言う音と共にシゲの視界は暗転、全身に痺れるような感覚が走るなりシゲは意識を失ってしまうのであった

 

それからどれだけの時間が経過しただろうか……、シゲは何とか意識を覚醒させるのだが、全身の痺れが取れていない為身体を動かす事も、瞼を開いて周囲の確認する事も全く出来ずにいたのであった

 

(俺は一体どうなった……?いや、それより摩耶は無事なのか……?)

 

何も出来ないなら仕方ないと割り切ったシゲがぼんやりとこんな事を考えていると、突然辺りに冷気が立ち込め始め、痺れによって動かない身体が寒さの余りにブルリと震え、それと同時にシゲは何かの気配が、音も無くこちらに近付いて来ている事を察知するのであった

 

(何か急に肌寒く……、いや、もう肌寒いってレベルじゃねぇぞこれっ!?うおぉっ!!さっむっ!!!)

 

そして気配が近付くにつれて辺りの寒さは増していき、それはやがて真冬に全裸で氷が浮かぶプールにダイブするそれを圧倒する程の、正に極寒と呼ぶに相応しいものへと変貌していた……

 

(何だ何だ何事だっ!?一体俺の周りで何が起こってやg……)

 

この寒さの正体は一体何なのか……?その事についてシゲが考え始めた次の瞬間、突然シゲの腹部に謎のヒンヤリした物が乗って来る。突然の出来事にシゲが驚いていると、ヒンヤリした物が乗っている部分に、まるで大火傷でもしたかの様なジクジクした痛みが発生するのであった……

 

「いってえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

シゲはその痛みに耐え切れず、全身の痺れも忘れて思わず叫びながら目を見開き、勢いよく上半身を起こすと……

 

「Σ(゚Д゚ノ)ノ」

 

シゲの目に見慣れないものが映るのであった……

 

先程痛みが走ったシゲの腹部に乗っかっているそれは、拳ほどの大きさの灰色の火の玉の様な物で、その中には驚きを現す顔文字が描かれており、それは痛みの余り飛び起きたシゲを見るなり……

 

「((((;゚Д゚))))」

 

顔文字をこの様に変化させた後、シゲの腹部から飛び降りて何処かへ飛んで行ってしまうのであった……

 

「……何だありゃ……?」

 

状況が全く理解出来ないシゲが、思わずそう呟いたその時である

 

「フーちゃ~ん、何処行ったの~?いくらウチの庭だからってパパから離れたら、迷子になっちゃうぞ~?」

 

遠くからこの様に叫ぶ、何処か気の抜けた声が聞こえて来るのであった。そして……

 

「あっ!フーちゃんそんなとこにいたんだ~、ってパパの事そんなに引っ張ってどうしたのフーちゃん?パパに何か見せたい物があるのかな~?」

 

先程の声の持ち主がこの様な事を言い、直後にシゲは何かが2つ程自分の方へ近づいて来ている事に気付き、すぐさま警戒心を高めるのであった……

 

「え~?人間を見つけた~?HAHAHAHAHA!!!フーちゃんは面白い事を言うね~、人間がこんなところに来れる訳がないじゃないか~」

 

この声が聞こえる度に気配は段々とシゲの方へと確実に近付き、それを感知する度にシゲの中で警鐘がけたたましく鳴り響く……

 

こいつとは絶対に戦うな……、こいつには絶対に勝てない……、勇気と蛮勇は別物だ……、今はこいつには逆らうな……、こいつは自分とは別次元の存在だ……。シゲの身体が、心が、頭が、魂が、本能が、次々にそう訴え掛けて来る……

 

そして遂に、シゲは声の持ち主の姿を視認し、驚愕の余り声も出せなくなってしまうのであった……

 

それは全てを焼き尽くさんと激しく燃え盛る火の玉であった、シゲと同じくらいの大きさのその火の玉は、先程シゲが見た灰色の火の玉を連れてシゲの方へと近付き、シゲの存在に気付くと……

 

「……」

 

しばらくの間、完全に沈黙してしまうのであった……

 

「……」

 

シゲもそんな巨大な火の玉を見ながら沈黙していると……

 

「おま↑え↓はだ↑れ↓だ↑っ!?」

 

「俺のn……、じゃなくって……、そりゃこっちのセリフだっての……」

 

沈黙を打ち破る様に火の玉が叫び、それを聞いたシゲが咄嗟に何かを言おうとするのだが、何とかその言葉を飲み込み、火の玉に対してこの様に返事をするのであった

 

「……おま↑」

 

「あ、これもしかして俺が名乗らない限り、ずっとループする流れ?」

 

「そう↓だよぉ↑~?」

 

(こいつ……、殴りてぇ……)

 

その後、火の玉がループに入ろうとしたのでシゲがこの様に尋ねたところ、火の玉はシゲを小馬鹿にした様に返事をし、それを聞いたシゲは思わず拳を握り締めながら、心の中でそう呟くのであった……

 

それから何とか落ち着いたシゲが、火の玉に自己紹介をしたところ……

 

「ほ~~~ん……、で、シゲだっけ~?何で君こんなとこにいるの~?」

 

火の玉は興味無さそうに返答した後、シゲに向かって再び質問し始めるのであった

 

「それは俺が聞きてぇところだな……、つか此処何処だよ……?」

 

「シゲったらそんな事も知らずに来たの~?プップップ~♪」

 

火の玉の質問に対し、シゲがこの様に返答したところ、火の玉はその燃え盛る身体から何処ぞの桃色一頭身の星の英雄の様な腕を生やすと、この様な事を言いながら先程生やした腕をシゲに向け、噴き出す様に笑うのであった

 

(こいつ……、一体何様のつもりだ……)

 

火の玉の返答を聞いたシゲが、怒りの余りに身体をプルプル震わせながら心の中で呟くと……

 

「そんなシゲに、僕が此処が何処なのか教えてあげるね~」

 

火の玉は仕方ないとばかりにそう言うと、先程生やした腕を引っ込めながら一呼吸すると、この場所が何処なのかをシゲに教えるのであった

 

「此処はみなみのうお座にあるフォーマルハウトの傍にある、コルヴァズって星にある僕の屋敷の庭さ~」

 

「フォーマルハウト……?コルヴァズ……?星……?ちょっと待て、此処は地球じゃねぇのか……?って言うかお前の屋敷……?」

 

「そう↓だよぉ↑~?」

 

火の玉の言葉を聞いたシゲが、話がよく分からなかった為確認する様に火の玉にこの様に尋ねたところ、火の玉はこの様に返答するのであった

 

それを聞いたシゲが周囲を見渡すと、シゲの視界には綺麗に整えられた広大な庭園と、大理石で建てられたかの様に白く美しい巨大な屋敷、そして空を見上げてみればそこには満天の星が輝いていたのであった

 

「話聞いたら余計混乱してきやがった……、マジで此処何処だよ……?つかあいつ何モンだ……?」

 

「ああ、そう言えばまだ自己紹介してなかったね~」

 

激しく混乱するシゲがそう呟くと、火の玉は思い出したかの様にこの様な事を言うと、シゲをしっかりと見据えながら自己紹介を行うのであった

 

「そう言う訳で自己紹介~、僕はクトゥグア、こんな見た目だけどれっきとした旧支配者なんだよ~?ってシゲは旧支配者って分かる~?」

 

「はぁっ!?旧支配者だとっ?!おめぇもゾアの仲間って事かよっ!?!」

 

火の玉改めクトゥグアの自己紹介を聞いたシゲは、思わず叫ぶ様にしてこの様な言葉を口にすると同時に、自身の本能が警鐘を鳴らしていた理由に納得するのであった

 

「旧支配者は知ってたか~、ってゾアって誰?」

 

クトゥグアのこの言葉の後、シゲがゾアことガタノトーアの事をクトゥグアに伝えたところ……

 

「あ~、クトゥルフさんのとこの~。一応あの子と僕、同い年なんだよね~」

 

この事実を知らされたシゲが、驚愕して固まっていると……

 

「そうそう、子供で思い出した。シゲにフーちゃんの事も紹介しておくね~」

 

クトゥグアはそう言うと、またしても腕を生やして少し前にシゲの腹に乗っていた灰色の火の玉を抱きかかえると……

 

「この子はアフーム=ザーのフーちゃん、僕の子供なんだ~。どう?可愛いでしょ~?この子も旧支配者なんだよ~?凄いでしょ~?」

 

デレデレした声でアフーム=ザーのフーちゃんを紹介すると、シゲの目の前でフーちゃんに頬擦りを始め……

 

「ヾ(*´∀`*)シ」

 

フーちゃんはそれが余程嬉しいのか、この様な顔文字を身体に浮かび上がらせながら、クトゥグアの腕の中ではしゃいで見せるのであった

 

そんな火の玉親子の触れ合いを黙ってみていたシゲは、何故か微かな苛立ちを覚えるのであった……。この苛立ちの正体が嫉妬であった事は、苛立ちを覚えたシゲ本人も最後まで気付く事はなかったと言う……



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クトゥグアと愉快な仲間達と・・・・・・

自己紹介を終えたシゲが、現状確認の為にクトゥグア達に自分の身に起こった出来事と地球の現状について話したところ

 

「ふ~ん、そんな事あったんだ~。でも残念だけど、僕はシゲに起こった出来事についても、最近の地球の事情もよく分かんないんだよね~。シゲと僕は今日が初めましてな関係だし、僕の地球に関する一番新しい記憶って言えば、人間にニャルラトホテプ(腐れクソゴミ屑野郎)に絡まれたから助けてって言われて、僕がその時あのゴミ屑を痛めつけたい気分だったから、その願いに応じて取り敢えずあのゴミ屑をぶちのめしに行ったくらいなんだよね~。ってフーちゃんの傍でこんな事言っちゃ駄目だね、失敗失敗~☆」

 

クトゥグアからはこの様な返答が返って来るのであった

 

因みにこの時、フーちゃんはクトゥグアが作り出した炎の蝶を捕まえようと、シゲ達の傍を無邪気に走り回っていたのであった

 

「要は俺の事や地球の事情にそこまで興味が無いから、地球や俺の身に何が起ころうと知ったこっちゃねぇって事か……?」

 

「そんなとこ~」

 

クトゥグアの返答を聞いたシゲが、苦い顔をしながらクトゥグアに尋ねたところ、クトゥグアはあっけらかんとしながら返事するのであった

 

「……じゃあその辺の事情に詳しい知り合いっているか?」

 

「ん~……、タニさんなら何か知ってるかもね~?」

 

「(タニさんって誰だよ……?谷風か……?いや、その前にこいつは人間に興味ねぇっつってたし……、マジで誰だよ……?)なら、そいつのとこに案内してくれ」

 

「別にいいよ~、じゃあ僕の屋敷に行こうか~。って事でフーちゃ~ん、お散歩はこのくらいにしてお家に戻るよ~」

 

その後、シゲとクトゥグアはこの様なやり取りの後、クトゥグアに呼ばれて戻って来たフーちゃんと合流し、シゲはクトゥグアの案内で彼の屋敷へと足を運ぶのであった

 

その道中、クトゥグアがシゲに向かってある疑問を口にする

 

「そう言えばシゲって、フーちゃんに触った?」

 

「あ、ああ……、こいつg」

 

シゲがクトゥグアの問いに答えていると……

 

「フーちゃんだ……、二度とフーちゃんの事をこいつ呼ばわりすんじゃねぇぞ……?いいな……?」

 

「お、おう……」

 

シゲがフーちゃんを『こいつ』呼ばわりした瞬間、クトゥグアの口調が唐突に荒くなり、彼が纏う威圧感と殺気が爆発的に上昇する。如何やらフーちゃんがこいつ呼ばわりされた事が、凄まじく癪に障った様である……

 

クトゥグアの威圧感と殺気に圧倒されたシゲが、その気配に気圧されながら返答したところ、クトゥグアは普段の調子に戻るなりシゲに続きを話すよう促すのであった

 

「あ~……、あの庭で俺を見つけたフーちゃんが、俺の腹に乗っかって来たみたいなんだよ……」

 

「ああ~、フーちゃんはフォーマルハウトやコルヴァズにいる身内以外、見るのは初めてだからね~、好奇心でやっちゃったのかもね~。んで、何でシゲはフーちゃんに触れて無事なの?普通あの子に触れたら、問答無用で一瞬で氷漬けになるはずなのに~」

 

「あい……、フーちゃんそんなにスゲェのかよ……?」

 

「何たって僕の子供だからね~☆」

 

このやり取りの後、シゲは驚愕の表情をその顔に貼り付けながら、クトゥグアの周囲をまるで衛星の様にクルクル回るフーちゃんに視線を向けるのであった

 

それからシゲが、クトゥグアに自分に炎と熱を操る力があり、その能力の関係で身に付いた温度変化に対しての耐性のおかげで、自分はフーちゃんに氷漬けにされずに済んだのではないかと話すと……

 

「シゲは炎と熱が操れるんだ~……、へぇ~……」

 

クトゥグアは意味深な言葉を口にしながら、何度か頷いて見せるのであった

 

因みにこの時、シゲがクトゥグアに対してクトゥグアも見た目通りに炎や熱が操れるのか尋ねたところ……

 

「そうだよ~、僕も炎と熱を操るのが得意なんだ~。これに関してだけは、絶対に誰にも負けない自信があるよ~」

 

クトゥグアは自慢げにそう答えるのであった。事実、彼は今この瞬間も自身が発する熱を完全に制御し、シゲやフーちゃん、そして自分の屋敷が自身が発する熱の影響で炎上しない様にしていたりするのである

 

そんな話をしているとシゲ達はクトゥグアの屋敷に到着し、それに気付いたのか屋敷の中からクトゥグア達を出迎える様に2つの影を筆頭に、何かがワラワラと出て来るのであった

 

\おかえりなさいませクトゥグア様っ!!!/

 

「うむ~、苦しゅうないぞ~」

 

そしてそれらが声を揃えてクトゥグアに出迎えの挨拶をすると、クトゥグアは相変わらず気の抜けた声でこの様に返答するのであった

 

「これ……、全部お前の眷属って奴なのか……?」

 

「今の契約だとそうだね~、でも今フーちゃんのお世話係をやってるルリム・シャイコースやその部下である冷たきもの達は、フーちゃんが大きくなったらフーちゃんの部下にするつもりだよ~」

 

その様子を見ていたシゲが驚きながらクトゥグアに尋ねると、クトゥグアは巨大な白い蛆虫の様な姿をしたルリム・シャイコースに視線を送り、それに勘付いたルリム・シャイコースはシゲに向かって一礼するのであった

 

「クトゥグア様、そこにいるのは一体何なのですか?見た所地球の下等生物の様ですが……?」

 

シゲとクトゥグアがこの様なやり取りをしている最中、クトゥグアよりも一回り小さくフーちゃんよりも一回り大きい炎の塊の様な姿をした、フーちゃんより一回り小さい火の玉である炎の精達の長であるフサッグァが、恐る恐ると言った様子でクトゥグアに尋ねたところ……

 

「何かの拍子で此処に迷い込んで来た地球の生物みたい~、んで地球に帰りたがってるみたいだから、今から僕がタニさんのところに送ろうと思うんだ~。って事でフーちゃんと屋敷の事よろよろ~」

 

クトゥグアはこの様に返答し、ルリムにフーちゃんを預け、シゲを連れて屋敷の中に入ろうとするのだが……

 

「その様な事ならば態々クトゥグア様がお手を煩わせずとも、この私めが……」

 

それを制する様にフサッグァがシゲ達の前に立ち塞がり、この様な言葉を口にするなりシゲの腕を強引に引っ張って何処かに向かおうとするのだが……

 

「俺がやるっつってんだろうがボケが……、てめぇは俺が言う通り此処でイイ子してりゃいいんだ……。分かったか……?」

 

クトゥグアがその様子を見るなり、シゲがフーちゃんをこいつ呼ばわりした時同様、殺気と威圧感を爆発させながら、フサッグァに対してこの様な言葉をぶつけるのであった

 

その後フサッグァはクトゥグアの気配に恐怖したのか、言われた通りシゲの腕を放してシゲの身柄をクトゥグアに渡し、クトゥグアは何事も無かったかの様に振舞い、シゲをある場所へと案内するのであった

 

「おめぇ、意外と口わりぃんだな……。つか、何で俺の事部下に任せなかったんだ?」

 

「フーちゃんが生まれるまでは、僕もやんちゃしてたからね~。んで、シゲの事は~……、ちょ~っとシゲの事が気になったから、僕もタニさんから話聞こうと思っただけ~」

 

クトゥグアの豹変ぶりに驚いたシゲが、クトゥグアに向かってこの様に尋ねてみたところ、クトゥグアは少し恥ずかしそうにこの様に返事をするのであった……

 

それからしばらく屋敷の中を歩いたシゲは、クトゥグアに促されるままある扉を潜り、その先にあったオフィスビル群を目の当たりにして、地球に帰ってこれたのかと内心で歓喜するのだが……

 

「は~い、此処がドリームランド、旧神達の本拠地だよ~」

 

クトゥグアのこの言葉を聞いた瞬間、シゲは脱力し膝から崩れ落ちてしまうのであった

 

「マジか……、ビルの群れ見て地球だと思ったのに……」

 

「どうも旧神達は人間達に感化され過ぎちゃったみたいでね~、あっちの技術を取り入れて本拠地をこんな形にしちゃったみたいだよ~」

 

シゲの呟きを耳にしたクトゥグアがこの様な事を言い、シゲを連れてオフィスビルの1つに入ろうとすると、警備員の格好をしたナイトゴーントに止められてしまうのだが……

 

「どけ」

 

この一言でクトゥグアはナイトゴーントを黙らせ、シゲを連れてオフィスビルの中を移動し、目的の場所へと辿り着くのであった

 

「お邪魔しま~す」

 

そしてクトゥグアは元気一杯に挨拶しながら、扉を開いてある部屋の中に入って行くのだが……

 

「クトゥグアかっ!?生憎今こっちは忙しくて手が離せんっ!!フーちゃん自慢は後日聞いてやるから、今日は済まんが帰ってくれっ!!!」

 

「済みませんクトゥグアさんっ!ちょっとこっちで緊急事態が発生してしまって……っ!!ホント申し訳ないですが、今日の所はお引き取りくださいっ!!!」

 

部屋の中で修羅場っているクタニドと、最近その補佐役に抜擢されたヴォルヴァドスに、この様な事を言われてしまうのであった……

 

「え~?折角タニさんの知り合いっぽい奴連れて来たのに~」

 

「いや、流石にこの状況で俺の事頼むのは無理あるだろ……。つかお前が言ってたタニさんって、クタニドさんの事だったのな……」

 

ぶぅ垂れるクトゥグアをシゲが宥め、この場を後にしようとしたその時だ

 

「その声……、まさかシゲかっ!??」

 

「何でシゲさんが此処にいるのおおおぉぉぉーーーっ!??!?」

 

シゲの声を聞いたクタニドとヴォルヴァドスが、勢いよくシゲの方へ顔を向け、2柱同時に叫び声を上げるのであった

 

その後シゲは何とか落ち着いた2柱に自分に起こった出来事を話すと、2柱は沈痛な面持ちを浮かべ、シゲから視線を外すのであった。そんな2柱の態度が気になったシゲが2柱に何があったか尋ねたところ、真剣な表情をしたクタニドがこの様な言葉を口にするのであった

 

「シゲ、いいか?よく聞け……、お前はそのジェットコースターの墜落事故で死亡し、それが原因で戦治郎に掛けられていた仕掛けの鍵が1つ解除されてしまったんだ……。今のお前の身体は、死んだ際身体から抜け出してしまった魂だけの状態なんだ……」

 

クタニドのこの言葉を聞いた瞬間、シゲの視界は真っ暗になってしまうのであった……

 

そんな中、クタニドのデスクの上に浮かぶクタニドの魔力によって作られたディスプレイには、桂島泊地にある魂が抜けてしまったシゲの身体に向かって、意識を取り戻させようと懸命に呼び掛ける摩耶の姿が映されていたのであった……



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ゲームをしよう チップはお前の魂な

「俺が……、死んだ……?」

 

クタニドの言葉を聞いた瞬間、視界が真っ暗になったシゲが我に返るなり震える声でこの様に呟くと、クタニドは沈痛な面持ちのままシゲの死因の詳細について話し始める

 

如何やらシゲの身体は、地面に叩きつけられると同時に摩耶の身体に押し潰されてしまい、その衝撃で心臓を含む多くの内臓と鼓膜が破裂、脊椎は粉々に砕け散りその破片が脊髄をズタズタに傷つけ、トドメとばかりに折れた肋骨が両方の肺に突き刺さり、シゲは即死してしまったのだとか……

 

「はは……、嘘だろ……?流石にそんな冗談笑えねぇぞ……?」

 

「信じたくないとは思いますが……、これは事実なんです……」

 

己の死を受け入れられないシゲが、乾いた笑い声を上げながらこの様な事を言うと、その表情を曇らせたヴォルヴァドスが、シゲから目を背けながらこの様に答えるのであった……

 

「……摩耶は……?摩耶は無事なのか……?」

 

「お前が庇ったおかげで、摩耶は何とか無事だ……。だが……」

 

「このままではきっと、シゲさんが死んだのは自分のせいだと、摩耶さんは自分を責め続ける事に……」

 

虚ろな目をしたシゲが摩耶の無事について尋ねたところ、クタニドが摩耶の無事をシゲに伝え、ヴォルヴァドスがクタニドに続いて言葉を発した瞬間、今までの虚ろな瞳が嘘だったかの様にシゲの目つきが鋭くなり、それと同時にシゲはヴォルヴァドスに飛び掛かる様にして近付き、彼の胸倉を乱暴に掴む

 

「お前ら神なんだろっ!?死んだ人間生き返らせるくらい訳ねぇんだろっ?!だったら今すぐ俺を生き返らせろっ!!そんぐらい簡単に出来んだろうがっ!!!」

 

ヴォルヴァドスの胸倉を掴んだシゲが、必死の形相でこの様に訴え掛けるのだが、旧神の2柱は苦悶の表情を浮かべたまま、シゲに残酷な追い撃ちをかけるのであった……

 

「私達がシゲを生き返らせる事は出来ない事は無い……、だが旧神達の間に存在する取り決めで、1度死んだ者を生き返らせる事が禁止されているんだ……」

 

「幾ら僕達が神だとしても、自然の摂理に反するような事は出来ないんだ……。そこだけは分かってもらえないかい……?」

 

2柱の言葉を聞いたシゲが、ヴォルヴァドスの胸倉を掴む腕の力を緩め、その場で膝を突いてガックリ項垂れ……

 

「何だよそれ……?ふざけんなよ……、他に何か手はねぇのかよ……?」

 

力なくこう呟いたその時……

 

「ん~、ネクロノミコンを使えば、シゲを蘇生出来るんじゃない~?確かあの魔道書には、死者蘇生の呪文が書かれてたはずだけど~?」

 

これまでのシゲ達の様子を傍観していたクトゥグアが、不意にこの様な事を言い、それを聞いたシゲは勢いよく顔を上げ

 

「そういや……、翔がそんな感じの名前の真・魔道書を貰ったとか言ってたな……っ!それがあれば……っ!!」

 

この様な言葉を口にするのだが、それにクタニドが待ったをかける

 

「そんな事をしたら、翔が死を冒涜した大罪人と見なされ、イゴーロナクやモルディギアンに襲われる様になるかもしれないぞ?」

 

「仮にそれをゾアと協力して撃退出来たとしても、今度は翔さんが旧支配者に逆らう存在と見なされ、ルルイエに住む者達以外から執拗に襲われる様になるかもしれません……」

 

「それに魔道書での蘇生では完全に生き返る事は出来ん上に、術を使った者が死後どうなるか分かったものではないぞ?それでもお前は翔に死者蘇生を行わせるのか?」

 

クタニドとヴォルヴァドスの話を聞くなり、シゲの表情がまたもや暗いものへと逆戻りし……

 

「打つ手無しかよ……、何とか生き返る事は出来ねぇのかよ……?」

 

シゲは暗い表情のまま、項垂れながらこの様に呟く……

 

「ね~シゲ~、何でそんなに生き返る事に固執してんの~?そんなに生き返らなきゃダメなの~?行く当て無いんなら、ここであったが何かの縁って事で僕が面倒見てもいいよ~?」

 

するとシゲの呟きを耳にしたクトゥグアが、シゲに対してこの様な質問をするのであった

 

「駄目だ……、それは出来ねぇ……。俺は今すぐにでもあっちに戻って、摩耶に一言『大丈夫だ』って、『お前が無事で良かった』って言ってやらなきゃ駄目なんだ……、あいつに俺の死を背負わせる訳にいかねぇんだ……。いや、それだけじゃねぇ……、アニキ達に『迷惑かけて済みません』って言わなきゃいけねぇし、仕掛けの事も話さなきゃなんねぇ……」

 

それに対してシゲは、項垂れたままこの様に返答し

 

「じゃあ翔って奴に、シゲを生き返らせる様僕が頼んでこようか?」

 

「それも駄目だっ!ただでさえ翔は何か変なのに目を付けられてるんだ、これ以上あいつに迷惑かける訳にはいかねぇよっ!!翔だけじゃねぇ、摩耶にもアニキ達にも、これ以上迷惑を掛けたくないんだよ……。俺にとってあいつらは……、あの人達は……、家族同然の……、大切な仲間なんだからよぉ……」

 

クトゥグアの更なる返しに対して、シゲは途中から涙を流しながらこの様に返答するのであった。この時、クトゥグアは家族と言う単語に反応し、その火の玉の様な身体をピクリと動かすのだが、それに気付いた者はこの場には誰もいなかったのであった……

 

「家族……、ねぇ……」

 

「ああ……、そうだよ……。同じ家に住みながら俺の事を全く見ようともしなかった母親に代わって、アニキ達が俺に家族の温かさを教えてくれたんだ……。俺はそんなアニキ達に恩返しがしてぇんだよ……、そんなアニキ達にこれ以上迷惑掛けたくないんだよ……っ!!!」

 

クトゥグアの呟きに対して、シゲが嗚咽混じりにこの様に返答したところ……

 

「よし分かった~!」

 

クトゥグアは大声でこの様な事を言いながら、今まで座っていた(?)椅子から飛び下り、シゲに向かってこう言い放つ

 

「家族は大事だもんね~!僕もフーちゃんがいるからその気持ち痛いくらいよ~く分かるよ~!そんな訳で~、そこの不甲斐無い旧神達に代わって、僕がシゲの事を何とかしてあげよう~!」

 

「はぁっ!?」「んなっ?!」「えぇっ!?」

 

クトゥグアの言葉を聞いた1人と2柱が、三者三様に思わず驚きの声を上げる

 

「待て待て待て!!!お前本当に何とか出来んのか!??」

 

「モチのロンよ~!僕を誰だと思ってるの~?」

 

「でかい火の玉」

 

「あぁんひどぅいっ!!!」

 

シゲとクトゥグアが、この様なやり取りを交わすその傍らでは

 

「クタニドさん、ここは止めるべきでは……?」

 

「いや、クトゥグアがやる気になっているなら、このままやらせても問題ないだろう」

 

「でも、それでは旧神の禁忌に……」

 

「私達は旧神、あいつは外なる神寄りの旧支配者、あいつは旧神ではないので旧神の禁忌に触れる事は無い。これの何処に問題がある?」

 

「えぇ……?本当にそれでいいんですか……?」

 

「何、何か問題があったらそれはクトゥグアの責任であって、我々の責任ではない。ならば問題は何処にもないだろうっ!」

 

クタニドとヴォルヴァドスがこの様なやり取りを交わし、ヴォルヴァドスはクタニドの発言に大いに困惑するのであった

 

 

 

「でもまあ~、タダで生き返らせるのは面白くないから~、ここは1つゲームをしよう~」

 

「「「ゲーム?」」」

 

クトゥグアの思いもよらぬ発言の後、場が落ち着いたところで不意にクトゥグアがこの様な事を言い出した

 

「そそ、ちょっとしたゲームだよ~、それでシゲが勝ったら~、僕の力でシゲを生き返らせてあげる~」

 

「……もし負けたら……?」

 

「その時は~、生き返らせるのは無しかな~?」

 

シゲがクトゥグアに恐る恐る負けた場合の事を尋ねたところ、クトゥグアは平然とこの様に返答するのであった

 

「で、その勝負の内容は?」

 

ゲームの内容が気になったクタニドが、クトゥグアにそう尋ねると……

 

「ルールは簡単~、制限時間の間、僕がシゲに攻撃を仕掛けるから~、シゲはそれを何とか躱して生き延びるってだけ~。ね~?簡単でしょ~?」

 

「「はぁっ?!」」

 

クトゥグアは事も無しと言った調子で返答し、それを聞いた旧神2柱は、驚愕の余り凄まじい声量で驚きの声を上げる

 

「おま……、シゲを殺す気かっ!?」

 

「このくらいのリスクがなけりゃ~、面白くないでしょ~?」

 

「要は俺の魂が掛け金って事か……?」

 

クタニドとクトゥグアのやり取りを聞いていたシゲが、この様な事を呟いたところ、クトゥグアはシゲに向かって大きく頷いて見せるのであった

 

「面白れぇ……、いいぜ、乗ってやんよその話……」

 

「待てシゲッ!流石にこれは分が悪いぞっ!!」

 

「そうですよっ!!幾ら何でもこれは無謀過ぎますっ!!!」

 

クトゥグアに対してシゲがこの様に返答すると、大慌てしながら旧神2柱がシゲを止めようとするのだが……

 

「旧神の間では、死者蘇生は禁忌なんでしょう?そんだけの事やらかそうってんなら、このくらいのリスクは仕方ねぇ事でしょうっ!!!」

 

先程まで泣いていたシゲが、力強くこの様な事を口にすると……

 

「きっとシゲならそう言うと思ったよ~、ではでは~……」

 

クトゥグアがこの様な言葉を口にした後、大きく息を吸いこみ始める。その様子を見たシゲも、クトゥグアと同じ様に大きく息を吸い込んだ後……

 

「「表出ろやあああぁぁぁーーーっ!!!!!」」

 

スイッチが入った1人と1柱は、同時に腹の底から声を出し、この様に叫ぶのであった……




クトゥグアが外なる神寄りの旧支配者と言う設定や、死者蘇生関係の設定の多くは、この作品独自の設定となっております


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熱い戦い(物理)

さてここで改めて今回の戦いのルールを説明しよう

 

シゲとクトゥグアの勝負は、ぶっちゃければ某弾幕STGの弾幕ごっこの様なものである

 

シゲは5分と言う制限時間の間、クトゥグアが放つ弾幕を何とかして躱し、時間まで生き延びる事が出来たならばシゲの勝利となり、シゲがクトゥグアの攻撃を受けて死亡してしまった場合、クトゥグアの勝利となりシゲの蘇生は無かった事になるどころか、シゲはこの世界から完全に消滅してしまう事となっていた

 

因みに、もしシゲが3分以上生き延びる事に成功した上で、5分に達する前に死んでしまった場合、クトゥグアからの餞として摩耶や戦治郎達の記憶や艦これ世界の記録から、シゲが存在していた事実を完全に焼き尽くし、シゲと言う存在が最初から存在しなかった事にし、戦治郎達がシゲ関係の事で悲しまない様にしてくれるのだとか……

 

クタニド達の事務所があるビルから出て、戦いにうってつけの場所に到着しルールを改めて聞いたシゲは、一瞬だけ何とも言えない表情を浮かべるのだが、自分がそんな情けない表情をしている事に気付くと、思いっきり自分の両頬を叩いて気合いを入れ……

 

「上等だコラアアアァァァーーーッ!!!とっととかかってこいやオラアアアァァァーーーッ!!!」

 

クトゥグアに向かってそう叫び、それを聞いたクトゥグアは……

 

「調子こいてっじゃねぇぞボキャアアアァァァーーーッ!!!おまぶっ殺すぞゴルァアアアァァァーッ!!!」

 

シゲに向かって威勢よく、口汚く叫び返すのであった……。そして……

 

「ア"ァ"ッ!?やってみろやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「いくぞオラアアアァァァーーーッ!!!くたばれクソがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

この罵り合いの直後、クトゥグアが自身を中心に渦を巻く様に小さな火球を放ち始め、シゲはその隙間を縫う様にしてその火球を回避し始めるのであった……

 

最初の1分はシゲも余裕をもって火球の弾幕を回避するのだが、途中からクトゥグアがシゲを一直線に狙った熱線を放ち始め、シゲは限られたスペースで熱線を回避する事に苦戦を強いられる様になるのであった……

 

そして2分が経過したところで、今度はシゲを追尾するやや大きめの火球が追加され、シゲは周囲の弾幕に悪戦苦闘しながらも、何とかこれを乗り切った……。と思った矢先に、更に追加でシゲを執拗に追尾する熱線が放たれる様になり、これによりシゲは逃げ場を塞がれそうになる機会が多くなり、徐々に追い詰められ始めるのであった……

 

(弾幕と追尾熱線のせいで、上手く回避が出来ねぇ……っ!)

 

戦闘開始から3分が経過したところで、シゲは内心でこの様な事を呟き舌打ちするのだが……

 

「……っ!?」

 

火球の隙間を縫う様に移動しながら追尾熱線と追尾火球を捌いていたシゲが、弾幕の中にあるとある火球とすれ違った瞬間、嫌な予感を察知して急いでその火球から距離を取る……。その直後、件の火球が突然膨張し大爆発を起こしたのであった……

 

(まさか……、俺を感知したら爆発する火球を混ぜ込んでいるのか……っ!?あいつ俺をマジで殺しにきてんじゃねぇか……っ!!)

 

背中に冷たいものを感じながら、熱線と追尾火球と追尾熱線を捌くシゲが、内心でそう呟いた直後……

 

「死ねやオ"ルアアアァァァーーーッ!!!」

 

突如クトゥグアが咆哮を上げながら天高く上昇し、今までは二次元的に放たれていた弾幕が、三次元的に放たれる様になった挙句、弾速も僅かながら上昇するのであった……

 

「っざっけんなゴルアアアァァァーーーッ!!!」

 

その様子を見たシゲが、驚愕した後思わずそう叫んだところ……

 

「イモってんじゃねぇぞダボがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

クトゥグアにこの様に返され……

 

「クソがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

それを聞いて諦めがついたシゲは、この様に絶叫しながら最早弾壁と呼んでも差支えが無さそうな弾幕に挑むのであった……。この時点で、時間は3分30秒ほど経過していたのであった……

 

こうして弾幕が三次元的に放たれる様になり、センサー火球の爆発がそこかしこで発生し、大型の火球とグネグネと動く熱線が踊り狂い、時々弾幕と言う球体から直線状の熱線が噴き出す様になった頃、遂にシゲの動きが鈍くなり始めるのであった……

 

その原因は、弾幕を形成する火球が放つ熱である

 

能力の関係で温度変化に鈍感になったシゲでも、弾幕火球が放つ熱は熱いと感じる様で、それによりシゲの体力はジワジワと削られていたのである……

 

そんな中で激しく動き回っていたシゲの体力は、とっくの昔に限界に達していたのだが、シゲはそれを気合いと根性で何とか捻じ伏せて回避行動を行っていたのである。しかし、シゲはそれすらも不可能な状態に追い込まれ、遂に右足に火球を受けてしまったのである……。クトゥグアとの戦いが始まってから、4分が経過した頃の出来事である……

 

「がぁ……っ!?」

 

回避行動中に火球を受けたシゲが、苦悶の声を上げながら勢いよく転倒、被弾した箇所をシゲが確認したところ、そこには膝から下が消滅してしまっている自身の右足が存在していた……

 

その直後、まともに動けなくなってしまったシゲに向かって弾幕火球、追尾火球、追尾熱線が殺到し……

 

(やっば……っ!!)

 

それに気付いたシゲが内心でそんな事を考えた瞬間、突然シゲに迫り来るあらゆる攻撃が消失してしまうのであった……

 

(……?)

 

被弾を覚悟し身構えていたシゲが、何時まで経っても被弾しない事を不思議に思い、恐る恐ると言った様子でクトゥグアの方へ顔を向け……

 

「……はぁっ!?」

 

クトゥグアの現在の行動を見るなり、思わず驚愕の声を上げてしまうのであった

 

現在クトゥグアは、先程まで放っていた弾幕を全て消し去り、代わりに自身の頭上で有り得ないくらいの大きさの超巨大火球を作り出していたのである……。シゲの目測にとると、その火球は直径200mはあったのだとか……

 

「シゲよぉ……、おめぇよくここまで耐えたな……、ホント大したモンよ……。そんなおめぇをあんなしょっぱい攻撃で殺すのは、流石に粋じゃねぇわなぁ……。そんな訳でよぉ、今から俺は餞としておめぇにとっておきの攻撃を仕掛ける……っ!俺を失望させてくれんなよ……っ!!」

 

呆然とするシゲに向かって、クトゥグアはこの様な事を言い放ち、1度大きく息を吸った後……

 

「漢の魂……、燃やし尽くして何とかして見せやがれえええぇぇぇーーーっ!!!!!」

 

有り得ない程の声量でこの様に叫ぶと同時に、右足を失いまともに動けなくなってしまったシゲ目掛けて超巨大火球を放つのであった……

 

(あっ、これダメな奴だ……、俺もここまでか~……)

 

自分に向かって来る超巨大火球を目の当たりにしたシゲは、内心でこの様な事を呟くとこれまでの人生を振り返り始めるのであった……

 

母親に育児放棄されて地獄を見た幼少期……、母親から盗んだ金と恐喝で集めた金で何とか入学するも、結局中退して大天狗と言う暴走族を結成し暴れ回った高校時代……、そして目尻に涙を浮かべた可奈子に殴られ、別れを告げられた瞬間……

 

(あ~……、ここまで碌な思い出ねぇな~……)

 

何か嫌な事ばかり思い出して若干凹んだところで、兼続達と出会った中学時代の思い出や、大天狗解散後戦治郎に拾われた時の思い出が脳裏に過り、最後は自分に向かって笑顔を向ける摩耶の姿がシゲの脳内に映り……

 

(……そうだ……、俺は……)

 

摩耶の姿を思い浮かべた瞬間、シゲの全身が熱くなり始め……

 

(何としてでも……、あっちに戻らなきゃなんねぇんだ……っ!)

 

内心でこの様に呟いた直後、身体だけでは留まらず、シゲの心までもが熱く燃え滾り始め……

 

(この勝負……、俺はぜってぇ負けられねぇんだ……っ!!!)

 

シゲがそう思った時には、シゲの身体は勝手に動き、シゲは両腕をこれでもかと言うくらいに大きく広げ……

 

「上等だあああぁぁぁーーーっ!!!やあああぁぁぁってぇやるぜえええぇぇぇーーー!!!!!」

 

シゲがこの様に叫んだ直後に超巨大火球はシゲに激突し、シゲは全身全霊全力全開の力を込めて、超巨大火球をその両腕で受け止めて見せるのであった……

 

その瞬間、遠くからこの戦いを見守っていたクタニドとヴォルヴァドスの目には、一瞬だけだがシゲの背中から燃え盛る炎で出来た、巨大な鳥の翼が映ったそうな……



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極熱の根比べ

シゲがクトゥグアが放つ超巨大火球を受け止めようと、両腕を大きく広げる姿を見たクトゥグアは、内心で大きな溜息を吐きながら、シゲから視線を外すのであった

 

(あいつ……、まさかあの火球を受け止めて時間まで耐え凌ぐつもりなのか……?もしそれが本当だったら、とんだ大馬鹿野郎だな……)

 

シゲが炎と熱を操れると聞いた時、クトゥグアは多少ではあるがシゲに対して興味を抱いたのである。そんなシゲが自分相手にどれだけ粘れるか、自分との戦いの中でどんな事をしでかしてくれるのか、クトゥグアはそんな期待を胸にシゲにこの勝負を持ち掛けたのである

 

しかしいざ実際に戦ってみれば、シゲはこれまで自分と戦った者達同様只々自分の攻撃から逃げ惑い、最後は無謀としか言い様の無い行動に走ろうとしているのである……

 

クトゥグアは何故シゲの行動を無謀と言い切ったのか……、それはあの火球がシゲ同様炎や熱に対して耐性を持つ者を、真正面から押し潰す為だけに使用される、クトゥグアのとっておき中のとっておきの火球だからである

 

あの火球の表面で燃え盛る炎は、実は火球が持つエネルギーを外部に放出しない様にする為のシールドの様な物であり、その炎に包まれている為実際に目にする事は出来ないが、本体は真っ青な光を放つ超高エネルギーの塊なのである

 

そのエネルギー体が放つ熱が一体どれ程の物かと言うと、とても信じ難いものだが約1溝4100穣℃と、天文学的な数字となっているのである。これを数字で表記すると……

 

約1.41×10^32℃=約141000000000000000000000000000000℃である

 

これがクトゥグアが操れる温度の上限であり、温度が温度と見なされる限界ギリギリの値なのである

 

もしクトゥグアがこれを超える温度を操ろうとすると、途端に火球はクトゥグアの制御下から離れて暴走し、火球はクーゲルブリッツと言うブラックホールへと姿を変えてしまうのだとか……

 

尤も、このエネルギー体を包む炎も、本体程ではないがかなりの熱を持っており、その温度は兆を超え、京を超え、5垓℃にも上ると言う……

 

これ程の温度を持つこの火球ならば、ゴムが絶縁破壊を起こす様に火球の温度が耐性の上限を突き破り、炎や熱に耐性を持つ者すらも焼き尽くしてしまえるのである

 

因みにこの火球、破られた事は3回ほどあったりする……

 

1度目は若い頃にチームを結成して粋がったクトゥグアが、有ろう事かアザトースの居住区にカチコミを仕掛け、鎮圧の為に出向いたヨグ=ソトースに火球を一刀両断された時

 

2度目はヨグ=ソトースに報復しようとした際、偶々遭遇したアザトース配下のネームレス・ミストに火球の当たり判定を潰され、幾ら火球をぶつけようとしても、火球が対象を通り抜けてしまう様にされてしまった時

 

3度目はクトゥグアのチームを潰しに来たアザトース配下のダークネスに、放った火球を悉く闇に葬り去られてしまった時である

 

また、実際にやりあった訳ではないが、ヨグ=ソトース達の主であるアザトースや、ヨグ=ソトースと同等の力を持つと言われているティンダロスの王であるミゼーアにも、これまでの経験からこの火球は通用しないだろうとクトゥグアは推測しているとかなんとか……

 

この火球はヨグクラスの実力がある存在くらいしか捌けない……、そう思っていたからこそ、クトゥグアはシゲの行動を無謀と言い切ったのである

 

しかし……

 

(……?)

 

いつまで経ってもエネルギー体が相手にヒットした際に発生する爆発が起こらない……、その事を不思議に思いながらクトゥグアがシゲの方へ視線を向けると……

 

「ふんぐおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

そこには気合いの叫びを上げながら、火球をしっかりと両手で掴んで耐え凌ぐシゲの姿が映るのであった……

 

(なん……だと……っ!?)

 

これには流石のクトゥグアも、驚きを禁じ得なかった……。何せシゲは神格でもなんでもない、少し変わったところがあるとは言え、只の地球の生命体なのである。それが自身のとっておきの攻撃に耐えている……、これはクトゥグアの中では有り得ない事なのである……

 

(まさか……、あいつは俺のとっておきに耐えられる程の耐性を持っているとでも言うのか……っ!?)

 

そう思って動揺するクトゥグアが、必死の形相で火球を受け止めるシゲをよく観察すると、シゲの両腕は火球の熱によって既に骨の髄まで炭化している事実に気付く。いや、両腕だけではない……、シゲの身体の至る所にも炭化した部分や、水膨れが発生している部分が存在している……

 

(耐性じゃない……っ?!なら一体どう言う事だ……っ!?あいつは何故俺の火球に耐えていられるんだ……っ!?!)

 

クトゥグアが内心で激しく動揺していると、突然シゲがとんでもない声量で咆哮を上げる……

 

「こんなとこでっ!!俺は負けられねぇんだよおおおぉぉぉーーーっ!!!絶対に復活してっ!!!皆のとこ戻るんだあああぁぁぁーーーっ!!!!!」

 

炭化した箇所を増やしながら咆哮するシゲを見て、クトゥグアは思わず戦慄しその身を1度だけブルリと震わせる……

 

「あいつ……、まさか気合いと意地、それと根性だけでアレに耐えてるって言うのかよ……」

 

そう呟くクトゥグアの表情は、恐怖で引き攣るどころか、満面の笑みであった……

 

「最初両腕広げてるとこ見た時は、とんでもねぇ大馬鹿だと思ったが……、まさかまさかの常識が通用しねぇ神話級の超大馬鹿だったのかよ……。これはちょっとあいつに対しての認識改めねぇとだな……、って……っ!?」

 

クトゥグアはここまで独り言ちたところで、ある事に気付いて更に驚愕の色を濃いものへと変化させる……

 

クトゥグアが気付いた事、それはシゲの身体が青白く輝き、何と現在その腕で掴んでいる火球から、エネルギーを吸収している事だった……

 

シゲがこれを意識してやっているのか……、無意識の内に実行しているのか……、それはクトゥグアには分からない……。だが……

 

(ここまで来ると、もう笑いしか出ねぇわっ!!!あいつマジで面白過ぎだろっ!!!)

 

内心でこう呟くクトゥグアは、もうシゲから目を離せなくなってしまっていた……。クトゥグアはシゲの一挙手一投足が気になって気になって仕方が無くなってしまったのである……

 

(次は何をして俺を驚かせてくれるんだ?どんな非常識を見せてくれるんだ?ダメだ、こいつに対しての興味がガンガン湧いて来やがる……っ!こいつの事もっと見ていたい……、いや……、こいつが欲しい……っ!!!欲しくて欲しくて仕方が無いっ!!!こいつと俺が組めば、ヨグさんどころかアザトースも倒せるっ!!!そう思えて来ちまいやがるっ!!!!!)

 

クトゥグアが頭の中でエキサイトしている中、最早腕以外の全身が表面だけ炭化したシゲは……

 

「ずぇらっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

自身を奮い立たせる為に更に気合いの咆哮を上げ、迫り来る火球を押し戻そうと完全に炭化して感覚が無くなった腕に力を込めた気分になる

 

(正直、声張り上げてねぇと意識が飛んじまいそうなんだよな……、そうなると確実に俺はこの火球に押し潰される……っ!!それだけは何とか避けねぇと……っ!!!ったく、後どんだけこのままでいたらいいんだよ……っ!!!)

 

シゲが頭の中でそう呟いた直後、突然自身を焼き尽くそうを迫って来ていた火球が消失してしまう……。そう、戦闘開始から5分が経過したのである……

 

こうしてクトゥグアとシゲの戦いは、シゲの勝利と言う形で幕を閉じるのであった……



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妖怪至れり尽くせり

「シゲえええぇぇぇーーーっ!大丈夫かあああぁぁぁーーーっ!!」

 

「シゲさーん!生きてますかーっ!?」

 

シゲとクトゥグアの戦いを、戦いに巻き込まれない様遠くから見守っていたクタニドとヴォルヴァドスが、戦いが終わるなりこの様に叫びながらシゲに駆け寄ったところ、そこには炭で出来た像と化したシゲの姿があった

 

「健闘した様だが……、やはり駄目だったか……」

 

「相手があのクトゥグアさんですからね……、しかし、本当に惜しい人を……」

 

炭人形と化したシゲの姿を見たクタニドが、シゲから視線を逸らしながらこの様な事を呟き、それに続く様にしてヴォルヴァドスが苦悶の表情を浮かべながら言葉を紡ごうとしたその時である

 

「おい……、勝手に殺すな……」

 

2柱のやり取りを黙って聞いていたシゲが、思わずヴォルヴァドスの言葉に割って入る形でこの様な言葉を口にする

 

因みにこの時、シゲの口は炭のせいで動かす事が出来なくなっている為、シゲは雄叫びを上げた時に口を開いた状態のまま、2柱に向かって話し掛けていたりする

 

それを聞いた途端……

 

「「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!出たあああぁぁぁーーーっ!!!」」

 

シゲが言葉を発した事に心底驚いたクタニド達は、揃って大声で悲鳴を上げるのであった

 

「出たー!じゃねぇよ、っとそれよりもこの炭何とかしてくれねぇか?これのせいで全く動けねぇんだよ……」

 

シゲのこの言葉を聞いた2柱は、我に返るとすぐにシゲの身体を覆い尽くす炭を剥ぎ取ろうとするのだが、クトゥグアの炎に焼かれた事でシゲの皮膚が炭化して出来たこの炭は、中々上手く剥ぎ取れなかったのであった

 

さてどうしたものかと、クタニド達が頭を悩ませていると……

 

「あっはっはっはっは~っ!!!いや~、ホントシゲは面白いね~」

 

この炭を作り出した張本神、クトゥグアが大笑いしながらフヨフヨとシゲの下へ近付いて来るのであった

 

「クトゥグアか……、勝負の件、俺の勝ちって事でいいんだよな……?」

 

「うんうん、姿形は残っているし、何よりこうして僕と会話出来ている以上、シゲは僕の攻撃を耐え凌いでこの戦いに勝利した。これはまごう事無き事実であって、この事実は僕の権限で誰にも覆させないよ~」

 

近付いて来たクトゥグアに向かって、シゲがこの勝負の勝敗について尋ねたところ、クトゥグアは上機嫌なままこの様に答えるのであった

 

この時、クトゥグアの発言を聞いたクタニドが、これでもかと言う程驚愕していたのだが、それは誰にも気付かれる事は無く、闇に葬り去られるのであった

 

「っと、そのままじゃ話し辛いだろうから~……」

 

この言葉の後、クトゥグアが2本の指が付いたちっちゃな腕を身体から生やし、指を擦り合わせる様にしてパチン!と言う音を辺りに響かせると、突然シゲの全身にこびり付いた炭が動き出し、腕の炭はシゲの手の甲へ、足の炭はシゲの踝へ、その他の炭はシゲの腰の辺りに集まり始め、やがて炭はそれぞれの部位で1つの塊となるのであった

 

「……何だこりゃ?」

 

ようやく身体が動かせる様になったシゲが、身体を軽く動かした後自身の手の甲や踝、腰に集まった炭を見て、不思議そうにしながらこの様な事を言う。すると……

 

「は~いシゲ~、しばらく大人しくしててね~、手元狂うと大変な事になるからね~」

 

その様子を見ていたクトゥグアは、この様な事を言いながら再び指を鳴らして自身の周囲に4つの小さな火球とやや大きめの火球を1つ作り出し、小さな火球をシゲの四肢の炭へ、大きな火球をシゲの腰の炭目掛けて放つのであった

 

クトゥグアの突然の行動に驚いたシゲは、思わず火球を迎え撃とうと身構えようとするのだが、クトゥグアの言葉を思い出すなり大人しく従った方が身の為だと思い直し、シゲはクトゥグアの指示に素直に従い、クトゥグアが放った5つの火球をそれぞれの炭で受けるのであった

 

するとどうだ、クトゥグアの火球を受けるなり、突然炭の表面に亀裂が走り、塊となった炭が勢いよく弾け飛ぶと、中からまるでクトゥグアの身体の様に輝く宝石が姿を現すのであった

 

その様子を見て1人と2柱が愕然としていると、クトゥグアがその宝石について得意げに話し始めるのであった

 

「その宝石は~、僕の一部とも言える僕の身体を覆うこの炎を結晶化させた物……、クトゥグア焔晶とでも名付けておこうかな~?まあそんな感じの超激レアな宝石なんだよ~」

 

「クトゥグア焔晶……、……何に使うんだこれ?」

 

シゲが先程自身の四肢や腰に付いていた炭が変化して出来たクトゥグア焔晶を眺めながら、これを自分に授けたクトゥグアに対してこの様に質問したところ

 

「よくぞ聞いてくれました~、これのおかげでね~、今シゲの中で暴れ狂う僕の魔力とエネルギーを、完全に制御する事が出来る様になるんだよ~」

 

「……はいぃ?」

 

クトゥグアはこの様に返答し、それを聞いたシゲは思わず素っ頓狂な声を上げ、それを聞いたクトゥグアは一頻り大笑いした後、今のシゲの状態について話し始めるのであった

 

「この反応からして~、あれは無意識にやってたのかな~?っとこんな事言われても分からないと思うから言うんだけど~、シゲは僕のとっておきを受け止めている時、無意識の内にあの火球に込められた魔力とエネルギーを吸収していたんだよ~?その結果~、今のシゲの身体の中には~、あの火球程じゃないけど、尋常じゃないレベルの魔力とエネルギーが溜まっているんだよね~」

 

「具体的にはどのくらいだ?」

 

「う~ん……、少なくとも~、暴走させたら太陽系が2、3回程吹き飛ぶレベルだね~」

 

「おいちょっと待てっ!流石にそれは洒落になんねぇぞっ!!!」

 

「だから~、それを制御する為に、焔晶をシゲに取り付けたんだよ~」

 

このやり取りの後、シゲは自身の中に存在するエネルギーを感じ取る事に成功し、そのエネルギーの量に思わず戦慄、慌てふためき出すのであった……

 

この後もクトゥグアの話は続く、こうして焔晶を取り付けられたシゲは、焔晶のおかげでそのエネルギーを無尽蔵に扱える様になっただけでなく、シゲ自身が扱える温度の上限が大幅にアップしているのだとか……

 

身体の中のエネルギーが無尽蔵に扱える様になっているのは、腰の焔晶に太陽光をエネルギーに変換する仕掛けが組み込まれていて、これにより消費したエネルギーを補充出来る様になっているからである

 

そしてそのエネルギーを使って放てる炎や熱線の温度は、焔晶で制御している状態でも、これまでの上限であった50万度を大幅に上回る3兆度になっているんだそうな……。これには某宇宙恐竜もびっくりする事だろう……

 

しかも恐ろしい事に、今後シゲが放つ炎や熱線は、焔晶の影響で放熱によるエネルギーの減少が無くなり、何時でも相手に出来立てホヤホヤアッチアチをお届け出来るそうなのだ……

 

「おいおいおい……、何か俺、死んだらとんでもねぇ事になっちまったぞ……?」

 

「はっはっは~、これで終わりだと何時から錯覚した~?」

 

「あちょっ!?まだ何かあんのかっ?!」

 

クトゥグアの話を聞いて唖然とするシゲに向かって、クトゥグアは更に追い撃ちをかける……

 

「これな~んだ~?」

 

クトゥグアはそう言いながら、何処からともなく1振りの剣を取り出してシゲに見せて来る

 

「何だその剣……?」

 

「これはね~、『コルヴァズの剣』と言って、僕の眷属である炎の精が作った剣なんだ~。これの凄いところは、この剣の刀身に触れた物は全て、それも問答無用で焼き尽くされるってところ~。ただ代償として~、この剣を使用者は~、正気をこの剣に削られちゃうんだよね~」

 

「ふ~ん……、それで、それがどうしたんだ?」

 

剣術の心得が無いシゲが、クトゥグアの言葉に対して興味なさげに反応したところ、クトゥグアはとんでもない事を言い出すのであった

 

「これを特別に~、シゲにあげちゃう~。シゲが僕に勝った報酬が復活で~、僕を驚かせた報酬が焔晶だとしたら~、これは僕を楽しませてくれた報酬ってとこだね~」

 

「はぁっ!?いやいやいや……、いらねぇよそんなの……、俺がそれ使って正気失ってアニキ達に襲い掛かっちまったら、復活した意味無くなっちまうだろ……。それに俺剣とか使わねぇし……、俺格闘術メインだし……」

 

クトゥグアの言葉に驚いたシゲが、この様に返答したところ……

 

「え~……、じゃあ~……」

 

クトゥグアは不満そうな声を出しながら、コルヴァズの剣を追加で3本出すと、突然それを溶かし始めたのである

 

その様子をシゲだけでなく、クタニドとヴォルヴァドスまでもが驚愕しながら見守っていると、クトゥグアが溶かした剣はみるみる内にその姿を変えていき、それはやがて1対の金属質の真っ赤な手甲と具足となるのであった……

 

「これならシゲでも使えるでしょ~?ああ、正気の件は心配しなくていいよ~、それは焔晶が何とかしてくれるから~」

 

クトゥグアはこの様な事を言いながら、先程コルヴァズの剣を材料に作り上げた手甲と具足をシゲに押し付け、それを受け取ったシゲは只々困惑するのであった

 

如何やら焔晶には、翔のクタニド製ケープ&エプロンや鳳翔のリボンと同じく、身に付けている者の正気を保つ効果がある様である……

 

「こんなに色々貰っちまって、何か悪いな……」

 

「HAHAHA!いいのいいの~、シゲはそれだけの事をやったって事なんだから~」

 

シゲが申し訳なさそうにそう言うと、クトゥグアはケラケラ笑った後シゲに向かってこの様に返答するのであった

 

「いや、でも……、……ん?」

 

そんなクトゥグアに対して、シゲは何かを言おうとするのだが、ある事に気が付いて言葉を口にする事を中断し、先程クトゥグアから受け取った具足の中に視線を向ける。するとそこには、クトゥグアの屋敷で見かけた炎の精が隠れる様にして入っていたのであった

 

「クトゥグア……?」

 

「ああ、その子?その子はね~、その一式のメンテ要員だよ~。流石にその一式は普通の方法じゃ手入れ出来ないからね~、そういう訳でフォーマルハウトの職人達の中から~、僕が厳選した子をメンテ要員として付ける事にしたんだ~」

 

「冗談抜きで至れり尽くせりじゃねぇか……、俺がやった事ってマジでそんなに凄い事だったのか……?」

 

クトゥグアの返答を聞いたシゲは、自分がやらかした事に驚愕しながらこの様に呟くのであった……

 

因みにこの炎の精はこの姿のまま連れて行く訳にはいかないと言う訳で、クタニドの力によって妖精さんの姿に変えてもらい、シゲによってスパナ妖精と名付けられ炎の精は、シゲと共に地球に向かうと妖精さん達の技術をモリモリ吸収し、戦治郎のところのハンマー妖精さんや空のところのバーナー妖精さんと共に、工廠で大活躍する事となるのであった



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クトゥグアの思惑

雷タイプの神話生物っているのかな……?


こうしてシゲにプレゼントを渡し終えたクトゥグアは、早速シゲを蘇らせる為の手順について話し始める

 

「これからシゲを蘇らせる訳なんだけど~、幾つか注意事項があるんだよね~」

 

「注意事項?そりゃ一体どんなのだ?」

 

クトゥグアの言葉を聞いたシゲが、不思議そうにクトゥグアに尋ねる

 

「先ずは~、シゲを蘇らせる方法に関してだね~。今から僕達が力を合わせてシゲが過去に戻れる様にするから~、シゲは自分が死んだ直後、シゲの身体から魂が抜け出たところで身体の中に入って欲しいんだ~」

 

「死ぬ前に入るのは駄目なのか?」

 

「それだと~、今のシゲと過去のシゲの魂が融合しちゃって~、シゲが僕と出会うって未来が無くなってしまうって言うタイムパラドックスが発生しちゃうんだよね~。そうなると今までやってきた事が~、ぜ~んぶパーになっちゃうよ~?」

 

「OK、タイミングが重要って事だな……」

 

「そうそう~、それが上手くいったら~、後はシゲの中にある僕の魔力が~、傷付いたシゲの身体の修復と~、魂と身体の結合を勝手に行ってくれると思うから~」

 

「了解、んじゃあ早速……」

 

シゲとクトゥグアがこの様なやり取りを交わし、その後早速シゲが動き出そうとするのだが、それにクトゥグアが待ったをかける

 

「まだ注意事項を全部話してないぞ~、早く生き返りたいのは分かるけど~、もうちょい落ち着け~」

 

「ああ、幾つかあるって言ってたもんな……、んで、残りはどんな感じなんだ?」

 

「次は生き返った後の話だね~、これはぶっちゃけちゃうけど~、復活した後のシゲは~、また死ぬと今度は魂ごと消滅するから注意してね~」

 

「はぁ?」

 

「今度死んじゃうと~、魂の中のエネルギーが暴走して~、身体も魂も太陽系もまとめて吹き飛んじゃうんだよね~。まあ~、要は二度目は無いぞって事~」

 

「要は生き返った後の俺は、誰にも負けられねぇって事か……?」

 

「大体そんなとこ~」

 

このやり取りの後、シゲは僅かな間困惑するのだが

 

「上等だっ!全身全霊全力全開で全戦全勝すりゃいいだけの話だっ!今の俺ならそれもきっと出来るだろうからなっ!!」

 

「うんうん~、その意気だよ~。強いて言うなら~全戦全局全璧全勝の方がいいかな~?って僕は思う~」

 

「あ、それいいな!よっし今度からそれ座右の銘にするわっ!」

 

こうしてシゲの座右の銘、『全身全霊全力全開 全戦全局全璧全勝』が誕生するのであった

 

その後、クトゥグアはシゲに最後の注意事項である『過去に戻る扉を潜った後は、出口だけを見て移動して欲しい』と言う警告をし、それにどういう意味があるのかを質問するシゲを無視して、クタニド達と共に過去に戻るゲートを作り始めるのであった

 

本来時空を歪める様なゲートを作り上げるには、外なる神クラスの力を必要とするのだが、クタニドの話によると如何やらクトゥグアは外なる神クラスの実力を持ちながら、旧支配者の座で落ち着いているのだとかなんとか……

 

実際、フーちゃんが生まれた事でやや落ち着いたクトゥグアの下に、自分達の軍門にクトゥグアを加入させようと考えたヨグ=ソトースが、直々に勧誘をしにコルヴァズのクトゥグアの屋敷に来た様なのだが……

 

「フーちゃんのお世話だけでも大変なのに~、アザトースの面倒まで見ろと言われても~、僕には出来っこないからその件はパスさせてもらうよ~」

 

クトゥグアはこの様に返答し、ヨグの誘いを断ったのだそうな……

 

さて、そうしている間に過去に戻る門が出来上がり、クトゥグアがシゲに対して最終確認を行い、それをシゲが了承して門に飛び込み、3柱がその姿を見送った後の事である

 

「ところでクトゥグア……、お前は一体何を企んでいる……?」

 

「企んでいる~?はて~?一体何の事やら~?」

 

不意にクタニドがクトゥグアに尋ねると、クトゥグアはお道化ながらこの様に返答する

 

「とぼけても無駄だ、幾らお前がシゲの事を気に入ったからと言って、あそこまでやってやる義理は無い筈だ」

 

「それ、翔さんにケープやエプロンだけでなく、魔道刀なんて代物まで作ってあげた上に、泊地解放の手助けまでしたクタニドさんが言います……?」

 

それに対してクタニドがクトゥグアを問い詰める様な言葉をぶつけ、それに反応したヴォルヴァドスがこの様な言葉を口にして、クタニドに余計な事を言うなとばかりにどつかれる

 

「やっぱりタニさんには分かっちゃうか~」

 

クタニドとヴォルヴァドスが漫才をやっていると、クトゥグアはやれやれとばかりに体を揺らしながら、観念した様に自分の企みを2柱に話すのであった

 

「僕はね~、シゲを僕のファミリーに加えたいと思ってるんだ~、それも幹部待遇でね~」

 

「シゲを物で釣るつもりだったか……、しかしそれがお前が思った通りに上手くいくと思うか?シゲは戦治郎をアニキと呼ぶほどに慕っている、そんなシゲがその程度でお前に靡くと思っているのか?」

 

「そんなの、シゲのあの執念から簡単に読み取れるっしょ~」

 

「まさか……、アレには何か仕掛けがあって、それを使ってクトゥグアさんは戦治郎さんを……っ!?」

 

クトゥグアとクタニドのやり取りを聞いていたヴォルヴァドスが、何かに気付いたのかハッとしながらこの様な言葉を口にすると……

 

「そんな事したら~、僕がシゲから心底恨まれちゃって~、仲間に引き入れるどころの話じゃ無くなるじゃないか~。ヴォルヴァドスってほ~んと馬鹿だな~」

 

クトゥグアはケラケラと笑いながら、ヴォルヴァドスに対してこの様に返答するのであった

 

「僕が狙っているのは~、戦治郎とやらとシゲが~、何等かの形で別れる羽目になった時かな~?それこそ死別とか~、仲違いとかね~。そうしたら~、さっきの贈り物をダシにして~、シゲをこっちに引き込もうってね~」

 

「それって、本当に出来るんですか……?」

 

「出来るさ~、少なくとも変な事故がなければね~。実際~、シゲの魂は今回の件で~、半分くらい神話生物側(こっち側)に傾いてるからね~、そんな魂と結合した身体が~、寿命で死ぬなんて事はほぼ有り得ないから~、最低でも戦治郎とやらが老衰かなんかでポックリ逝くまで待てば~、僕は確実にシゲをファミリーとして迎えられるって感じ~」

 

「はぁ……、口調はのんびりしているが、言っている事と考えている事はかなりあくどいな……」

 

「お褒めに預かり誠恐悦至極ってね~」

 

クトゥグアとヴォルヴァドスのやり取りを聞いていたクタニドが、頭を抱えて溜息を吐きながらこの様な言葉を口にすると、クトゥグアはヘラヘラしながらこの様に返答するのであった

 

このやり取りの後、クトゥグアは用事も済んだから帰ると言い放ち、クタニド達に背を向けると自宅と繋がる門へと向かい、そんなクトゥグアを見送ったクタニド達は、この件の報告書を作る為に事務所へと戻るのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、ファーザー」

 

クトゥグアが門を潜ってドリームランドから自宅に戻ると、彼がシゲとフーちゃんを連れて庭から屋敷に戻った時同様、フーちゃんの世話を任せたルリム以外の多くの彼の部下達が扉の前で整列して彼を出迎え、その代表としてフサッグァがクトゥグアに対してこの様な言葉を口にする

 

「出迎えご苦労さ~ん」

 

そんな部下達に対してクトゥグアはこの様に返答し、フーちゃんがいるであろう部屋に足を運ぼうとするのだが……

 

「おや?先程の下等生物は何処へ……?」

 

クトゥグアとすれ違った際、シゲがいない事に気が付いたフサッグァが、何気なくこの様な事を口走った直後、突然フサッグァの身体を彼の身体を覆う炎とは全く別の炎が覆い尽くし……

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

炎すら焼き焦がす狂った炎に包まれたフサッグァは、その余りの熱さに思わず絶叫するのであった……

 

「シゲの事を下等生物扱いしてんじゃねぇぞこのクソボケが……、あいつはウチらファミリーの幹部候補なんだ、次にあいつの事をそんな風に呼んだら、只じゃおかねぇぞ……?分かったか……っ!?」

 

\承知しましたファーザーッ!!!/

 

フサッグァを覆う炎の発生源であるクトゥグアが、狂炎に焼かれて苦しみながら床を転がるフサッグァを無視して、殺気交じりに部下達に向かってこの様に言い放つと、彼の部下達はクトゥグアに向かって力強く返答するのであった

 

「分かったらいいよ~、んじゃ~各自持ち場に戻って~。僕はフーちゃんのとこ行ってるから~」

 

部下達の返答を聞いたクトゥグアは、納得した様にうんうんと頷いて見せた後、そう言い残してこの場を後にするのであった……

 

さて、ここで何故先程クトゥグアの部下達が、クトゥグアの事をご主人様ではなくファーザーと呼んだのか……、それは彼等がコズミック・マフィアを名乗る『クトゥグア・ファミリー』と言う集団で、クトゥグアがそのゴッドファーザーであり、最初に自分の事をご主人様呼びさせていたのは、自分達の素性をシゲに隠し警戒させない様にする為である

 

彼等はフロント企業としてフォーマルハウトに巨大な工業都市を築き、神話生物達の生活に欠かせない物を作る傍らで、一部の神話生物相手に法外な値段の付いた兵器の取引を行ったり、薬物取引と美人局以外の事なら大概手を出し、金さえ払えばどんな依頼でも受け、圧倒的な暴力で全て解決したりするかなりの武闘派集団なのである。そんな彼等を、宇宙に住む神話生物達は『宇宙ヤクザ』と呼び、恐怖の象徴として恐れているとかなんとか……

 

そんな集団をまとめ上げる首領(ドン)クトゥグアは……

 

「フーちゃ~ん、今日フーちゃんが見つけた人間……、シゲって言うんだけど~、もしかしたら~、彼が僕達の家族になってくれるかもなんだよ~?」

 

「(ノ*゚▽゚)ノ」

 

「うんうん、やっぱり家族が増えるのは嬉しいよね~」

 

「ヾ(*´∀`*)ノシ」

 

「だね~、本当に楽しみだね~、うん……、本当にね……」

 

優しく抱きかかえた愛する息子、アフーム=ザーとこの様なやり取りを交わし、その途中でクトゥグアはシゲがファミリーに加入した光景を想像し、ついついニヤリと笑みを零すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、クトゥグアがこの様な事を考えている頃、クトゥグア達が作り出した過去へ向かうゲートを潜り、その中の歪な空間の出口に向かってひた走るシゲは……

 

「うへぇ……、何か此処気持ち悪ぃな……、何つーか……、目に映る物が皆変な角度してるっつーか……」

 

この空間の出口と思わしき炎の輪をしっかりと見据えながらも、視界の端に移り込んでしまう風景に対して、この様な言葉を零していた……

 

「っとぼやいても仕方ねぇっ!此処は一気に駆け抜けた方が得策だなっ!!俺は何としても生き返らなくちゃいけねぇからなっ!!!」

 

その後シゲはそう言って気持ちを切り替えると、全力ダッシュで出口へと向かい、特に何かに襲われる訳でも無く無事に炎の輪を潜り抜け、自分がジェットコースターの事故で墜落死する瞬間を目撃した後、手筈通りに魂が抜け切った直後の自身の身体に入り込み、何とか復活を果たすのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……中々強そうな奴の気配を感じて、ヨグの差し金かと思って来てみたが……、如何やら見当違いだった様だな……」

 

そんなシゲの様子を、クトゥグアが作り出したゲートの出口から見守っていた影は、この様な言葉を零していた……

 

「しかし、転生個体だったか……、たかが地球上の生物があれだけの力を持っているとはな……。ちょいと興味深ぇじゃねぇの……、えぇ……?」

 

その影、ティンダロスの王の最強個体と言われているミゼーアは、この様な言葉を口にすると思わず獰猛な笑みを浮かべるのであった……

 

「とりましばらくの間、あいつの事観察してみっか」

 

ミゼーアはそう言うと、自身の力でクトゥグアが作り出したゲートを閉じるなり、ニヤニヤしながらその場を後にするのであった……




もう少しで艦これに戻れそう……


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クトゥグアの被害者・・・・・・?

「とまあ、こんな感じで俺はクトゥグアのおかげで、何とか復活する事が出来たんだわ」

 

「何それ怖い」

 

こうしてシゲが翔達に事の顛末を話し終えると、目を丸くしながらシゲの話を聞いていた翔が、思わずこの様な事を口にするのであった

 

「まさかクトゥグアがシゲに対してここまでやるとは……、クトゥグアの奴……、一体何を企んでいるのだ……?」

 

「いや、幾ら何でもそれは考え過ぎじゃねぇか?俺が見たクトゥグアは、何かそんな腹に一物ある様な感じじゃなかったぜ?」

 

そしてシゲの話を黙って聞いていたゾアが、思案顔でこの様な言葉を口にしたところ、シゲが間髪入れずにこの様な反論をする

 

「ああ、シゲはクトゥグアさんがどんな神性なのか知らないんだっけか……」

 

「んあ?どんな神性か……?俺が見た限り、クトゥグアはのんびりした親バカって感じだったが……、あいつ裏に何かあんのか?」

 

するとシゲの反論を聞いた翔がこの様な事を言い、それを聞いたシゲは思わず小首を傾げながら翔にこの様に尋ねる

 

「うむ、有りも有り、大有りなのだ」

 

「ちょっと待ってて、丁度良い物があるから……」

 

シゲの質問に対してゾアがこの様に答えた直後、翔がそう言って資格試験の勉強の際に使用していた机に立て掛けていた鼓翼を手にすると、鼓翼を鞘から抜くなり何かの呪文の詠唱を開始し、翔が呪文を唱え終えた直後に突然鼓翼の刀身から黒い塊が出現し、その中からそれはそれは大きな封筒が飛び出して来るのであった

 

「む、翔は何時の間に鼓翼から真・魔道書を摘出する呪文を覚えたのだ?」

 

「それが、鼓翼を手にしていると、真・魔道書に刻まれた呪文が頭の中に勝手に入って来るんだよね……」

 

「何それ怖い」

 

その様子を見ていたゾアが翔に尋ねたところ、翔は困った顔をしながらこの様に返答し、そのやり取りを聞いていたシゲは意趣返しとばかりにこの様な言葉を口にするのであった

 

その後、翔は先程出現した真・魔道書を手にすると、中身を確認した後シゲに手渡すなり

 

「この封筒の中身を見たら、クトゥグアさんがどんな神性か良く分かると思うよ」

 

この様な言葉を口にし、その言葉と共に翔から封筒を受け取ったシゲは

 

「何だこりゃ?」

 

思わず疑問を口にするのであった

 

「それは『真・ネクロノミコン』と言って、ゾアの叔母さんにあたるカソグサさんが書いた物で、それを読んだらほぼ全ての神話生物と魔法に関する知識を手に入れる事が出来るって言う代物だよ」

 

「何かスゲェモン持ってんな……」

 

「クトゥグアからコルヴァズの剣ならぬ、コルヴァズの拳を貰ったシゲが言うのか……?」

 

シゲの疑問に翔が答え、それを聞いたシゲがこの様な事を呟いたところ、ゾアがこの様なツッコミをシゲに入れるのであった

 

因みに、翔がほぼ全ての神話生物と言った通り、この原稿にはティンダロスの猟犬に関する記述こそあるものの、ティンダロスの王の最強個体、言わばティンダロスの皇帝であるミゼーアに関する記述は存在しない。何故ならカソグサがミゼーアの所在を掴む事が出来ず、彼に対して取材を行う事が出来なかったからである

 

それはさて置き、シゲがこの原稿の中からクトゥグアのページを見つけ、一字一句見逃さない様熟読したところ……

 

「俺……、これ……、宇宙規模のヤクザから施し受けたって事なのか……?」

 

シゲは顔面蒼白になり、カタカタと身体を小刻みに震わせながら、翔達に向かってこの様な事を掠れた声で尋ねるのであった……

 

それに対して翔達が同時に、静かに頷き返したところ、シゲの表情は驚愕と絶望の色に染め上げられてしまうのであった……

 

「その……、シゲ……?……ガンバ?」

 

「恐らくその贈り物の量から、シゲはクトゥグアに大いに気に入られたのだろう……。だからきっとクトゥグアは、シゲの事を悪い様にはしないと思うぞ……?多分……」

 

そんなシゲの様子を見た翔達は、何とも言えない微妙な表情を浮かべながら、シゲに向かってこの様な言葉を掛けるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ヒアデス星団内の古代都市カルコサ付近にある黒きハリ湖の中央に浮かぶ様にして存在する、ハスターの居城では……

 

\助けてくれー!/\死にたくなーい!死にたくなーい!/\ギャーーー!/

 

ロイガーとツァールによって厳選され、自分達の兵士とするべく連れて来られたチョー・チョー人達が、悲鳴を上げながら逃げ惑い……

 

\テメッコラー!/\ザッケンナコラー!/\スッゾコラー!/

 

そんなチョー・チョー人達を、ヤクザスラングを口走る炎の精や冷たきものたちが、これでもかと言うくらいに執拗に追い回し、挙句の果てには逃げ遅れたチョー・チョー人達を無慈悲にボッコボコにするのであった

 

更に城内の別の区画では……

 

「数いりゃ何とかなるとか……、思い上がりも大概にしろやボケがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

城を守ろうと廊下の奥から次から次へと姿を現し、襲い掛かって来るハスターの眷属であるビヤーキー達を、フサッグァがそう叫びながら次々と焼き払っていく……

 

「「「そこまでだっ!!!」」」

 

そんなフサッグァの暴挙を制するかの如く、3つの声がフサッグァに掛けられ……

 

「貴様の暴挙、見過ごす訳にはいかん!」「それ以上攻撃を続けると言うのであれば……」「我々が相手をしようっ!!!」

 

声が聞こえた方角へ顔を向けたフサッグァの視線の先では、イタクァとロイガーとツァールがポーズを決めながらこの様な事を叫ぶのだが……

 

「邪魔じゃクソボケがグォルァアアアァァァーーーっ!!!」

 

重戦車と見紛う程の重武装を施したルリム・シャイコースが、先程まで彼の相手をしていたと思わしき複数のビヤーキーと共に壁を突き破りながら姿を現し……

 

「「「ぎゃあああぁぁぁーーーーっ!!!」」」

 

そんなルリムに轢き潰されたイタクァ達は、断末魔の悲鳴を上げた後に完全に沈黙してしまうのであった……

 

因みにルリムが装備していた武装は、その全てがフォーマルハウトの兵器職人達謹製の代物だったりする

 

こうしてクトゥグア・ファミリーの面々がハスターの城で暴れ回る中、彼等を纏めているクトゥグアは何をしているかと言えば……

 

「とっとと同盟組んだ時に書いた書類出せっつってんだろうがオ"ルア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ーーーッ!!!」

 

「待てクトゥグアッ!話せば分かるっ!!」

 

やたらドスが利いた声で、この城の主であるハスターと【お話し合い】をしていたのであった……

 

「あ"ぁ"っ?!何だゴルァッ!?ツマラネェ事抜かすとぶっ殺すぞボケがっ!!」

 

「少しは落ち着けっ!大体何だ、突然押しかけて来るなり同盟結成時の契約書を出せなどと……、お前は何をしようと考えているんだ?」

 

「決まってんだろうがクソボケがっ!!!同盟破棄する為にその契約書を処分しに来たんだよっ!!!耄碌してんじゃねぇぞクソがぁっ!!!」

 

「んなっ!?」

 

このやり取りを交わした瞬間、ハスターは目を見開いて激しく動揺し始めるのであった……

 

「ちょっと待ってくれっ!そんな事をしたら、私が主催しているビヤーキーレースにお前のチームが参加出来なくなるんだぞっ!?」

 

「くだらねぇ事抜かすんじゃねぇぞっ!!!俺はビヤーキーレースから手を引くっつってんだよっ!!!ウチのスターレーサーがニャル(ウンコ屑)に潰された後、強豪チームだったウチの成績は低迷し、それに伴ってファンが離れ、そのせいで賭博部門の稼ぎが減り、レースそのものもマンネリ化してつまらなくなってきて、ビヤーキーレースそのものも徐々に廃れ始めている……。今までは道楽で付き合って来たが、これ以上はもう付き合ってらんねぇんだよっ!!!分かったかクソ馬鹿がっ!!!」

 

クトゥグアのこの言葉を聞くなり、ハスターの顔色は見る見るうちに悪くなっていく……

 

何故ハスターがその様な事になっているのか、それはハスターの戦力がクトゥグアが治める工業都市で作られる兵器と、クトゥグア・ファミリーそのものの戦力に依存しているからに他ならないのである

 

ハスターは万が一ではあるが、クトゥルフが攻め込んで来た時に備えて戦力を蓄えようと考え、その時にビヤーキーレースのチームを作りたいと言って来たクトゥグアに、クトゥグアのところの兵器を安く売ってくれるならば、チームを作って良いと言う話を持ち掛け、その交渉の中で上手くクトゥグアを丸め込んで、クトゥグアの戦力も自分のところで扱えると言う内容を織り込んだ契約書にクトゥグアのサインを書かせ、同盟を結成したのである

 

クトゥグアのところの戦力があれば、ほぼ間違いなくクトゥルフの軍勢を抑え込む事が出来る、ハスターはそう考えた為この様な行動に走ったのである

 

それが今この瞬間、ハスターの目の前で破棄されようとしているのである……。それだけは何とか避けたい……、そう思ったハスターは

 

「流石にそんな理由だけで、同盟を破棄される訳にはいかんな……」

 

震えそうになる声を何とか抑えながら、クトゥグアに向かってそう言ったところ……

 

「あ"ぁ"っ!?つべこべ言わずとっとと契約書を出しやがれっ!!!でねぇとてめぇとてめぇの部下諸共、この城燃やすぞっ!!!??」

 

クトゥグアは殺気を撒き散らしながらこの様に言い放つと、その身体に纏った炎を活性化させ始めるのであった……

 

その後、クトゥグアの脅しに屈したハスターは、クトゥグアの望み通り契約書を彼に差し出し、目の前で契約書が焼却される光景を絶望しながら見守り、クトゥグアが帰った後は自室で茫然自失に陥ったのだとか……

 

尚、後にクトゥグアがシゲの為に同盟を破棄し、新たにクトゥルフと手を組んだと言う報を聞いたハスターは、地球には干渉せずずっと城に引き籠る決意を固めるのであった



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神話憲兵誕生の瞬間

クトゥグアの正体を知ってショックを受けたシゲが、何とか立ち直って翔達に今回の件は内密にして欲しいと頼み、話を聞いていた翔達がそれを了承すると、シゲはホッと胸を撫で下ろした後、自分の部屋へと戻って行くのであった

 

何故シゲが翔達にこの事を話したのかについてだが、それはシゲが今回の件は一人で抱え込むのは流石に無理だと判断し、この件を話せる相手を作っておこうと考え、シゲが一体誰に話そうかと迷ったところで、自分と同じく神話生物と関わり合いがある翔に白羽の矢が立ったのである

 

因みに内密にして欲しいと頼んだ理由だが、これは戦治郎と摩耶を心配させたくないと言うものだけでなく、シャングリラのル級に負けて以来、やたら力を欲する様になった通を下手に刺激しないようにする為である。もしここで通に対してクトゥグアから力を授かったなどと言ってしまえば、通が何をしでかすか分かったものではないのである……

 

とまあ、シゲがこうして悩みを吐き出す方法を確立した頃、自室で色んな所の要人達と雑談を興じていた戦治郎はどうしているかと言うと……

 

「いや本当にあの時は助かりました~、重ね重ねお礼申し上げます~」

 

『いやいやこちらこそ、お前の仲間である翔のおかげでこちらの問題が解決したんだ、礼を言うのはこちらの方だ』

 

「いやいやいや……」

 

『いやいやいやいや……』

 

とまあ、こんな調子で突然戦治郎達が話をしているチャンネルに乱入して来たクタニドと、お礼お辞儀合戦を繰り広げていたのであった……

 

因みに、クタニドの事はクタニドが回線に乱入して来た直後、クトゥルフの方からこのチャンネルのメンツに説明してあったりする

 

『なぁ、戦治郎の奴はこのやり取り中ずっと、見えない相手に向かって土下座してんのか?』

 

『セオ、流石にそれは無いんじゃないか……?』

 

『流石に土下座は無いだろう……、精々見えない相手に只管お辞儀していると言ったところだろう……』

 

『それはそれでシュールだな……』

 

『その光景を想像したら、噴き出しそうになっちゃったよ……』

 

そんな戦治郎達のやり取りを聞いていたセオドール達が、この様な会話をしていると……

 

『クタニド……、そろそろその辺りで……、んぐ・・・・・・、すまんクティーラ、アイスのおかわりをくれ。っと、失礼した、お礼合戦はその辺りにして、ここに乱入して来た理由を聞かせてもらえないか?』

 

雑談の途中からクティーラが作ったアイスを食べ始めたクトゥルフが、クタニドに向かってこの様な言葉を言い放つのであった

 

「ああ悪ぃ、クタニドさんには今回の件のお礼を何時か言わなきゃって思ってたから、ついやっちまった……。んでクタニドさん、今日はどう言ったご用件で?」

 

クトゥルフの言葉で我に返った戦治郎が、詫びを入れた後クタニドに対してそう尋ねたところ……

 

『こちらこそ、雑談を楽しんでいるところにすまんな……。で、この回線に乱入した理由なんだが……、戦治郎は日本陸軍の関係者に知り合いはおらんか?』

 

『陸軍に……?邪神が一体何の用だ?』

 

クタニドの思いもよらぬ発言を耳にして戦治郎達が揃って驚愕する中、現在陸軍のトップである剣持だけは、クタニドの言葉に即座に反応し訝しむのであった

 

『その反応からして、お前は陸軍の関係者か?』

 

『如何にも、大日本帝国陸軍の現元帥陸軍大将の剣持 刃衛だ』

 

『何だとっ!?』

 

剣持の自己紹介を聞くなり、今度はクタニドが驚愕するのであった

 

『まさかこの中に陸軍のトップがいたとはな……、これには流石の私も驚いたぞ……』

 

『御託はいい、早く用件を教えてもらおうか……』

 

思わずこの様な言葉を口走るクタニドに対して、剣持は不信感全開の剣呑な声で用件を早く話す様催促する

 

そうしてクタニドの口から放たれた言葉を耳にした者全員が、その内容に更に驚愕し我が耳を疑うのであった

 

『そう急かすな、お前に頼みたい事があってな、もしよければヴォルヴァドスと言う私の部下を陸軍の憲兵として、戦治郎が着任するであろう鎮守府に着任させて欲しいんだ』

 

「ちょっと何言ってるか分かんないです……」

 

クタニドの言葉を聞いた戦治郎は、我に返るなり思わずこの様な言葉を口にするのであった……

 

さて、何故クタニドはヴォルヴァドスを憲兵として戦治郎の傍に置こうとしているのか……、それは大体シゲの身に起こった出来事が関係しているのである……

 

シゲが事故で1度死んだ事で戦治郎の仕掛けが1つ解除され、クタニド達が懸念している戦治郎暴走の可能性が高まったのである

 

そんな事故を未然に防ぐ為、そしてもし戦治郎の仕掛けが全て外れ、戦治郎が暴走してしまった時に備える為に、クタニドはヴォルヴァドスを戦治郎の傍に置こうと考えたのである

 

因みにこの時、クタニドはシゲが死んだと言う事実を隠蔽し、シゲの身に起こった出来事は全て、シゲが臨死体験している最中に経験した出来事だと戦治郎達には説明していたりする

 

クタニドの話を聞いたクトゥルフ以外の面々が、主に戦治郎の秘密に関する事で騒然とする中……

 

『本人の了承は……?』

 

剣持はクタニドに対してこの様な事を尋ね……

 

『勿論取っている、っと言うかヴォルヴァドスと私で話し合った結果、この様な結論に至ったと言った方が正しいな』

 

それに対してクタニドはこの様に返答し……

 

『ならばよし』

 

「いや待って剣もっさん、貴方自分が何口走ってるか分かってらっしゃる?貴方が陸軍に入れようとしてるのは神様よ?超常の存在よ?ホント分かってる?」

 

クタニドの返答を聞いた剣持が、クタニドにその提案を受けると伝えた直後、戦治郎が大慌てしながら剣持にこの様に尋ねる。それに対して剣持は……

 

『承知の上だ、正直なところ、俺はお前が着任する事になる鎮守府に派遣する憲兵に関する問題で、頭を悩ませていたところだったんだ。事実、俺はお前のあの超常の力をこの目で見ているからな……、お前が提督として何処かに着任するとなると、俺は陸軍の長として、その超常の力に耐えうる憲兵を厳選しなければいけないと思っていたのだが、お前を抑えられそうな超常の方から憲兵にしてくれと来るのならば、断る理由など何処にも無い。そもそも、今の陸軍の人手不足は、お前が想像しているよりよっぽど深刻なんだ……』

 

最後の辺りはやや沈みながら、この様に返答するのであった……

 

こうしてヴォルヴァドスの陸軍入隊の許可が下りたところで、クタニドがちょっとした用事があるからと、このチャンネルから出ようとしたその直後

 

『なぁなぁ、欧州の方にも何か超常の存在を派遣してもらえねぇか?』

 

突然セオドールが、この様な事を口走るのであった

 

それを聞いて驚いた戦治郎が、その真意をセオドールに尋ねたところ、日本とアメリカだけが神話生物を味方に付けているのはずるいと感じたんだとか……

 

『そう言われると、確かにそうだね……。この世界にクトゥルフさん達の様な超常の存在がいる事がこうやって証明された以上、運悪く彼等と敵対する様な事になった時に備えておきたいところだね……』

 

『出来れば穏健派連合にも、邪神様達の加護が欲しいところだね……』

 

セオドールの言い分を聞いたアクセルとリチャードが、納得した様にこの様な言葉を口にするのだが……

 

『穏健派連合に関しては、ホノルルの警護に当たっているディープ・ワン達から少しだけ人員を割けそうだが……、欧州となるとな……。それに現在ルルイエでは、ある計画が進行していてな……』

 

クトゥルフの方からは、渋い回答しか返って来なかったのであった……

 

その後戦治郎達はこの問題に関して少しだけ話し合いを重ねたのだが、いい解決方法が思い浮かばず、クタニドが慌てた様子でこのチャンネルから出た事を合図に、今日の所はお開きと言う流れになり、戦治郎はアクセル達に挨拶を済ませると通信を切るのであった

 

因みに、クタニドの用事とは何だったのかと言えば、それはハスターの所にカチコミに行ったクトゥグアから、フーちゃんの世話を頼まれたと言うものであり、クタニドが慌ててチャンネルから出たのは、はしゃぐフーちゃんが勢い余ってクタニドの私室の机に激突し、泣き出してしまったからであったりする……



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英雄から憲兵へ

神話生物が憲兵になると言う前代未聞の決定が成された雑談会の翌日、スーツの上から外套を羽織った剣持は、手にしたメモから視線を外して目の前の建物に目を向けると

 

「ここか……」

 

そう呟きながら目の前の建物、横須賀市内にある一人暮らし用アパートの敷地内に入り、目的の人物の部屋へと足を運ぶのであった

 

そして目的の部屋に剣持が近づいたところで、不意にその部屋の扉が開いて中から鶴田 ムサシが姿を現す。そして何処かへ出かけようとしていた彼は扉に鍵を掛け、移動を開始しようとしたところで彼の進行方向にいた剣持と目が合うと……

 

「うぎょっ!?」

 

驚きの声を上げながら目を見開いて硬直し、それからしばらくして硬直が解けたムサシは、ダラダラと脂汗をかきながらそれはそれは見事なムーンウォークで後退すると、先程鍵を掛けた扉の鍵を開けるなり、大急ぎで部屋の中に入って再度中から鍵を掛けるのであった……

 

そう、この日剣持は鶴田 ムサシと接触し、ある提案をする為にこの場所に来たのである

 

因みに剣持が手にしていたメモは、彼の部下である盾井中佐が情報をかき集めて入手した、ムサシの住所が書き記されたものである

 

そんな盾井中佐は、現在対戦型ネットゲームでマッチングした『ライトニングボルトペンギン』、そして『I.O.D.』なる人物達と、ゲーム内で激闘を繰り広げていた……

 

「……」

 

その様子を無言で見守っていた剣持は、無言のままムサシの部屋の扉の前に立ち、4回ほど扉にノックをするのだが、ムサシからの返事は返って来なかった……

 

「いるのは分かっている、大人しく出て来い」

 

そう言って再び4回ノックをしても、部屋に閉じこもったムサシは全く反応しなかった……

 

「こうなれば……、強行突破しかないな……」

 

ムサシの態度に遂に業を煮やした剣持が、そう呟くなり突然着ている外套を翻すと、そこには彼のトレードマークとも言えるであろう、妖精さん達が鍛えた太刀が佩かれており、彼はそれを抜いて扉に斬りかかろうとするのであった……

 

「待って下さいっ!それだけは本当に勘弁して下さいっ!!!」

 

そんな剣持の様子を、扉に付いている魚眼レンズから見ていたムサシは、大慌てしながら扉を開いて剣持に懇願するのであった

 

その後、剣持は太刀を鞘に収めるなりムサシの部屋へ上がり込み、勝手に部屋の中央にあった折り畳み式のテーブルに着き、ムサシはそんな剣持に冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を出すと、特に言われた訳でも無いにも関わらず、彼の対面に腰を下ろすのであった

 

「まあ……、男の一人暮らしだからな……」

 

目の前に出されたペットボトルのお茶を目にした剣持が、この様な事を呟きながら出されたお茶を飲み始めると……

 

「あの、陸軍の方が僕に一体何の用があるんですか……?」

 

恐る恐ると言った様子で、ムサシは剣持に対して彼の訪問理由を尋ねるのであった

 

「俺は何時、お前に身分を明かした……?」

 

その直後、剣持は鋭い目つきでムサシを見据え、その反応を見たムサシは剣持の言葉を内心で反芻した後、自分が失言した事に気付くなり大量の脂汗をかき始めるのであった

 

そう、ムサシが剣持と知り合った時、彼はその正体を隠す為に怪傑ズインに変装していた為、ムサシとして剣持と話すのはこれが初めてなのである。加えて、現在の剣持は外套を羽織って太刀を佩いているものの、それ以外は至って普通のスーツ姿である為、見た目から素人が剣持が陸軍の人間であると判断する事は、本来かなり難しいはずなのである

 

なのにムサシは剣持を一目で陸軍の人間であると言い当てたのである、普通なら剣持に怪しまれてしまっても仕方が無い事を、このムサシはやってしまったのである

 

「よくそれで今まで正体を隠し通す事が出来たな……」

 

見て分かるレベルで動揺し始めたムサシを見て、剣持はこの様に呟きながらその表情をいつものものへと戻すのであった

 

「しょ、正体って……、何の事でしょうか……?」

 

まるで機械の様な動作で剣持から顔を背けたムサシが、動揺全開で剣持に対してこの様に尋ねると……

 

「お前が怪傑ズインである事は分かっている、お前には言っていなかったが俺の身体は妖精に頼んでサイボーグ化してもらっているのでな、眼球があった場所にはアイカメラが取り付けられ、耳の中には耳にした音声を即座に録音出来る装置が埋め込まれている。そして、そうして集めたお前の情報を部下の下にリアルタイムで送って、部下が解析したデータをあらゆる情報と照らし合わせ、お前がズインである事と此処の住所を特定したんだ」

 

剣持はこの様に答えながら立ち上がり、ズインスーツが収納されているクローゼットの方へと歩いて行き、ムサシの目の前でクローゼットを勢いよく開け放って、ズインスーツを白日の下へと晒して見せるのであった

 

「マジですか……、陸軍すげぇ……」

 

剣持の行動を見守っていたムサシは、剣持に自分がズインである事がバレていると知ると、ガックリと肩を落としながらそう呟くのであった

 

そんなムサシの様子を見ていた剣持は、身体ごと彼の方へと向き直ると、彼の事をしっかりと、真っ直ぐ見据えながらこう言い放つのであった

 

「今回、俺がお前の所に来たのは他でもない、お前を……、横須賀の英雄である怪傑ズインを、陸軍の一員として迎え入れたいと思ったからだ」

 

「やはりそうですか……」

 

剣持の言葉を聞いたムサシは、力なくそう答えるのであった……

 

ムサシが剣持の発言に対して、この様な反応をしたのには理由がある。麻薬カルテルによる警視庁襲撃事件を切っ掛けにズインが警察と和解した後、陸軍の上層部はそんなズインの力を私利私欲の為に欲し、彼を捕まえようと執拗なまでに追いかけ回していたのである

 

それにより、ムサシは陸軍に対して多少悪感情を持っていたのである……

 

「今回の戦いで俺はお前の実力を目の当たりにし、大切なものを守りたいと言う気持ちをしっかりと感じる事が出来た。そんなお前の力を、今の陸軍は必要としているんだ」

 

「止めて下さい……、あの時はある人に頼まれたから戦っただけなんです……。今の僕は只の無職の変な奴なんです……」

 

「そんなに自分を卑下するな、俺はお前の心も実力も評価している。現元帥陸軍大将のこの俺が、お前の力を必要としているんだ、頼む……、俺達に力を貸してくれ……っ!」

 

このやり取りの直後、突然剣持はムサシに土下座して懇願し始めるのであった……

 

「ちょっ!?止めて下さいっ!!貴方程の人が、俺なんかに土下座なんてしないで下さいってっ!!!」

 

そんな剣持の姿を目の当たりにしたムサシは、大慌てしながら剣持に顔を上げさせようとするのだが、どれだけムサシが腕に力を込めても、剣持の顔を上げさせる事は出来なかったのであった……

 

「この混沌とした日本を……、いや……、世界を救う為には、どうしてもお前の力が必要なんだ……っ!」

 

そう言いながら土下座を続ける剣持の姿を見て、ムサシは本当に剣持が自分の事を評価し、その力を必要としている事を感じ取るのであった

 

(こんな事を本気でやられたら……、応えない訳にはいかないじゃないか……っ!)

 

ムサシは内心でこの様に呟く……、いや、自分自身に対して言い訳するのであった

 

正直なところ、ムサシは剣持が土下座をする直前に発した言葉を聞き、彼の目を見た瞬間、この人なら信用してもいいんじゃないかと思ったのである

 

そして自分自身に言い訳した理由、それは横須賀の乱に参戦している間、彼の心は誰かを、何かを守る為に戦っている事を実感すると、かつてない程に高鳴っていたのである

 

その事を思い出したムサシは、立場こそ変わるものの平和の為に戦えるならと言う事で、今も尚土下座する剣持に対して陸軍に入隊する事を伝え、ようやく彼の顔を上げさせる事に成功するのであった

 

こうして、ヴォルヴァドスに続いて怪傑ズインこと鶴田 ムサシも陸軍入りを果たし、この1人と1柱は後に戦治郎達が設計、建設し着任する長門屋鎮守府に着任する事となるのであった

 

余談ではあるが、この日ムサシが何処に行こうとしていたかについてだが、彼は横須賀の乱の時に大破させてしまった、陸奥からプレゼントされたバイクをどうにかする為の資金を稼ぐ為の仕事を探す為に、ハローワークに向かおうとしていたのだとか……




操作ミスで1度途中まで書いた奴を上げてしまいました……

この場を借りて深くお詫び申し上げます、誠に申し訳御座いませんでした……


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陸軍再建の為に・・・・・・

剣持が怪傑ズインこと鶴田 ムサシの勧誘に成功したその翌日、剣持はこの事を伝えると同時に、ある事に関して戦治郎に相談を持ち掛ける為に、朝も早くから戦治郎の通信機に通信を入れるのであった

 

『……以上が、鶴田 ムサシの勧誘に関する報告だ』

 

「神話憲兵の次は、転生憲兵ですか……。こりゃまたスゲェパワーインフレ起こしそうだな……、確かそのムサシって奴、剣もっさんだけでなく光太郎と剛さんも実力認めてるんでしたっけか……。ああ~……、俺もそいつの戦い見たかったな~……」

 

剣持の話を聞いた戦治郎は思わずこの様な感想を漏らし、陸軍兵の狙撃をモロに受けて倒れてしまった事を激しく悔むのであった

 

剣持がムサシを勧誘する際、彼の実力を認めていると何度も繰り返し言っていたが、彼の実力を認めているのは、何も剣持だけではなかったのである。先程戦治郎が言った様に、彼の戦いぶりをその目で見た光太郎と剛の2人も、彼の実力は本物であると認め、彼が敵ではなかった事を心底喜んだのだとか……

 

そんなムサシの実力だが、何と長門屋最速クラスのスピードの持ち主である光太郎に追いつけるほど足が速く、陸軍兵達が乗っていたペーガソスを片手で持ち上げて投げ飛ばすほどの腕力を持っており、その様子を見ていた剛はズインが武器を使っているのは、相手に手加減する為なのではないかと思うほどだったのだとか……

 

それほどの力が一体何処から来るものなのか、その事が少し気になった剛達がズインに尋ねてみたところ……

 

「相手が悪であれば悪であるほど、そしてその数が多ければ多いほど、私の心が何処までも熱く燃え盛り、その熱が全て私の力になってくれるのさっ!」

 

っとまあ、こんな調子でズインは変なポーズを決めながら、剛達の質問に対して答えたんだそうな……。これに関して剛は、彼のこの力は能力に依るものなのではないかと推測している

 

そしてこの事を剛の口から聞いた剣持は、彼を陸軍に引き込んで憲兵にすれば、その実力を十二分に発揮出来るのではないかと考え、その事を剣持から尋ねられた剛達もそれに大いに賛同したそうだ

 

故に、剣持は土下座してまでムサシを陸軍に入隊させようとしたのである

 

『ムサシはお前が提督になった時、ヴォルヴァドスとやらと共にお前の鎮守府に預けるつもりだ、だからムサシの実力はその時の楽しみにしておくといい』

 

「そいつが俺達を相手にした時、どのくらい強くなるかってのはホント気になるな~……。っとぉ、そういや剣もっさん、確か俺に相談があるんでしたっけか?元帥陸軍大将の剣もっさんの悩みって一体何ぞや?おせぇーておせぇーてプリーズプリーズ」

 

剣持とのやり取りの途中で、ふと思い出した様に戦治郎がこの様な事を言い出し、それを聞いた剣持は……

 

『俺の一番の悩みはお前達転生個体の存在そのものなんだが……、それは今この時はどうでもいい事だ。今の俺の最大の悩み……、それは陸軍の人員不足だ……』

 

「あぁ~……、確か今回の事件で陸軍全体の7割が逮捕されたんでしたね……。そんな事になりゃ確かに人手不足にもなりますわな……」

 

剣持の言葉を聞いた戦治郎は納得した様に声を漏らし、戦治郎の反応を聞いた剣持は手で額を押さえながらこの様に続ける

 

「そしてそれが政治家共の目に留まり、あいつらは有ろう事か陸軍の軍縮を検討しているそうだ……。なんでも人がいないなら枠を狭めても問題無いだろうし、その分だけ軍に回す予算を削っても大丈夫などと考えているようだぞ……?」

 

「ぼk……じゃなくって、現場見ろおおおぉぉぉーーーっ!!!お前ら今世界がどうなってるか分かってんのかっ!?お前らが安心して今の生活が送れているのは、一体誰のおかげか考えろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

剣持のこの言葉を耳にした戦治郎は、驚くよりも呆れるよりも先にブチギレ、思わず絶叫するのであった……

 

戦治郎がこんな反応をしたのには理由がある

 

横須賀の乱により日本は一時大混乱に陥り、それが何とか落ち着いたところでこの件の首謀者であった桂島泊地の提督が所属していた海軍と、多くの者が桂島泊地の提督に手を貸した陸軍は、その責任を問われ罰として当面の間は予算を大きく削られてしまったのである

 

剣持の話が正しければ、この国のお偉い方はこの様な仕打ちを受けている陸軍に対して、更に追い撃ちを掛けようとしているのである。現在の陸軍のトップである剣持は、その件に加担するどころか、それを鎮圧する為に動いたにも関わらず、この国の政治家達は剣持の働きに見向きもせず、この件に加担した者達も剣持も同じ陸軍として扱い、国土防衛の要である陸軍を追い詰めようとしているのである

 

故に戦治郎はブチギレ、怒りの咆哮を上げたのである

 

『今回お前に相談したいのは、正にこの件についてなんだ……。あちらが言うには、今より人員が大きく増えたならば、軍縮の際削る予算の割合を減らすそうだ……。そういう訳で俺達は必死になって隊員を募集しているのだが……』

 

「確か艦娘ブームのせいで多くの人間が海軍に入隊希望を出して、陸軍に来るのは下心満載な腹黒野郎や、学生生活の殆どを試験勉強に当てておきながら、軍学の試験に落ちてしまった落ちこぼればかりなんでしたけか……。んで、今回の件で陸軍の連中が派手に暴れた関係で、陸軍の印象がかなり悪くなってしまって、そう言った連中からの入隊希望もガタっと減ったんでしたよね……?」

 

『ああ、大体それで合っている……』

 

剣持の言葉を聞いた戦治郎が、この世界の日本の就職事情を交えながら剣持に尋ねたところ、剣持はやや沈みながらこの様に返答するのであった……

 

「この状態で、陸軍の入隊希望者を増やすんですか~……」

 

『生前は会社の経営をしていたと言うお前なら、何か良い案を出してくれると思って相談したのだが……』

 

「会社って言っても有限会社レベルのちっさい修理工場と、リサイクルショップなんですけどね……」

 

戦治郎は剣持とこの様なやり取りを交わすと、陸軍の入隊希望者を増やす為の方法を考え始め……

 

「う~ん……、ちょっとズルい気はしますが~……、こんなんどうでしょ?」

 

『どんなものでも一向に構わん、お前が思いついた案を話してくれ』

 

ある方法を思いついた戦治郎がこの様に言ったところ、剣持は戦治郎に先程思いついた案をすぐに話す様にと促し、それを聞いた戦治郎は自身の思い付きを剣持に対して話し始めるのであった……

 

さて、戦治郎が思いついた方法とは一体どの様なものなのか……?

 

ぶっちゃけてしまえば、ズインの名前を使って入隊希望者を募ると言うものである

 

先ず陸軍はなけなしの予算を使って、ズインと陸軍が生まれ変わった事を全面的に押し出した広告を作り、それをテレビやラジオやインターネット、新聞の広告欄や道端のポスターと言ったあらゆるメディアで宣伝するのである

 

そうすれば真っ先に釣れるのは、実際にズインに助けられた横須賀の人達、次に釣れるのはローカルヒーローオタク達、そしてCMのズインの言葉に心を動かされた者達が行動を起こし始め、その大きな人の動きが多くの人間を巻き込み、それらを全て陸軍が受け入れると言った感じである

 

ここで剣持がそうして入隊した者達が、陸軍の訓練に耐えられるのか?と戦治郎に尋ねたところ……

 

「そこは飴鞭で頑張って下さい、そうだな~……、剣もっさんが鞭役で~、飴役はズインの姿で訓練に参加するムサシがいいかな~?そしたらそいつらは否が応でも訓練を頑張ろうって思うと思うんですよ。だってそうでしょ?ローカルとは言え本物のヒーローに叱咤激励されるんですから、大体の野郎はそれでやる気になると思いますよ」

 

戦治郎はこの様に返答するのであった

 

『ふむ……、ダメ元でやってみるか……。もしこれで成功した場合、良い酒を奢ってやろう』

 

「いや~……、呑めない訳じゃないんですけど、酒はちょっと止めておいてもらえます?代わりにチョコなら大歓迎ですわ。そもそもこの案の大元は、空が会社の宣伝の為にオリンピックに出場したって奴なので、お礼ならチョコ大好物人間の空の方にしてやって下さいな」

 

『……何がどうなったら、宣伝の為にオリンピックに出場するんだ……?』

 

「それは空本人に聞いて下さい、親友の俺でもたまにあいつの考えが分からなくなるんで……」

 

このやり取りの後、剣持は戦治郎に改めて礼を言って通信を切り、早速広告作りの為に行動を開始するのであった

 

 

 

こうして作られた陸軍の広告は、あっという間に日本全国に知れ渡り、戦治郎がターゲットにした者達だけでなく、ズインの影響で誕生した日本各地のヒーロー組織の人間までもが、履歴書を片手に大日本帝国陸軍の地方協力本部へ殺到するのであった……



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作戦をスムーズに行う為に

戦治郎の案で陸軍がある程度持ち直してから時が経ち、暦が4月の中旬くらいを示す様になったある日……

 

「おっしゃ!出来た奴はガンガン運び出すぞっ!!!」

 

\おーっ!/

 

戦治郎達は工廠である物を大量に生産し、日本海軍の全ての拠点に送り出していたのであった

 

現在戦治郎達が作っているのは、艦隊旗艦の艦娘の艤装に取り付ける超小型カメラと、そのカメラが撮影した映像を、リアルタイムで映し出す為の大きなディスプレイである

 

3月下旬辺りに、戦治郎は戦治郎に経験を積ませようと考えた元帥の指示で、長門達の指揮を執る事になったのだが、そこで音声だけで長門達の指揮を執る事に大いに苦戦したのである

 

戦治郎が指揮を執る事に苦戦した理由だが、これまで戦治郎は自身が旗艦として直接戦場に赴き、戦場で見聞きして得た情報を基に仲間達に指示を出して戦っていたのだが、その時は提督として司令室から指揮を執る事となり、自分の所に入って来る情報が長門の通信だけとなったのである。その為判断材料となる情報の少なさから、作戦の立案と艦隊へ指示するタイミングが遅れると言う事態が発生してしまったのである

 

この時は長門達が機転を利かせてくれたおかげで、何とか艦隊に被害は出さずに済んだのだったが、戦治郎は今回の件でかなり悔しい思いをした様である

 

それから数日後、戦治郎はカメラとディスプレイの設計図を手に、元帥にこの様な提案をしたのであった

 

「誰もが戦況を正確に把握出来る様にする為に、護の衛星経由で戦場の様子を撮影した映像をリアルタイムで見る事が出来る装置を作ろうと思います。いいですよね?」

 

ハンマー妖精さんと共に考えたカメラとディスプレイの設計図を、元帥の執務机に叩きつけながら戦治郎はこう言い放つのであった

 

「それは別に構わんが……」

 

戦治郎の言葉に対して元帥がこの様な返事をした瞬間、戦治郎は早速装置の製作に取り掛かろうと工廠に向かおうとするのだったが……

 

「君達長門屋の面々は、それを作るにあたって必要な資格などをちゃんと取っているのか?幾ら出来るからと言って無資格者にそんな事をさせて事故などが起きてしまったら、後から私達が責任を追及される事になるのだが……、その辺りは大丈夫なのか?」

 

元帥の言葉の続きを耳にするなり、戦治郎はその足をピタリと止めてしまうのであった……

 

この辺りの事情については、修理工場を営んでいた戦治郎もよく理解している。なので生前の戦治郎は、業務の為に少々無理をしてシゲや護に資格を取らせた事があるのである

 

そうして戦治郎達が得た資格の数々は、戦治郎達がこちらの世界に来た瞬間に消滅、今はそれらを取り返す為に長門屋の面々は必死に資格試験の勉強をして、試験に臨んでなんとか資格を徐々に取り戻して来ているのだが、現状このカメラとディスプレイを作る際に必要な資格はまだまだ揃い切っていないのである……。故に戦治郎はその足を止めてしまったのである……

 

資格と言う壁に激突してしまった戦治郎が、この問題をどうやって解決するかについて考え始めたその直後……

 

「その様子だと、カメラとディスプレイの製作に必要な資格は揃っていない様だな……、ならばこの横須賀鎮守府で資格取得試験が出来る様に、こちらで手配しておこう」

 

「そうね、その装置があったら皆助かるでしょうからね。ねぇ元帥、このくらいの手助けはしてあげてもいいでしょ?」

 

戦治郎の様子を見ていた長門と陸奥が、思わぬ助け船を出してくれるのであった

 

如何やら長門と陸奥は、こちらが勧誘したにも関わらず、重いペナルティーばかりを背負わされる羽目になった戦治郎達を不憫に思ったらしく、何とか手助けしてやりたいと考えていたんだとか……

 

そんな長門と陸奥に頼まれては断れないと言う事で、元帥は長門達の提案を了承し、長門達は戦治郎から必要な資格を聞き出すと、すぐさま行動を開始するのであった

 

その結果3月末には準備が整い、戦治郎達はその資格取得試験を受け、見事カメラとディスプレイ製作に関係する資格を全て入手し、早速カメラとディスプレを完成させる為に行動を開始したのである

 

その最中、明石から話を聞いたのだが、如何やら日本海軍も同じ様な物を作ろうとした事があったらしいのだが、衛星を打ち上げようとする度に深海棲艦からの邪魔が入り、衛星製作と打ち上げに予算を圧迫され過ぎたせいで、この計画は頓挫してしまったのだとか……

 

「ガダルカナルで衛星を打ち上げた自分のおかげでこの計画が実行出来るんッスから、シャチョーも海軍の皆様方も、自分を崇め讃え祀っていいんッスよ~?」

 

明石からこの話を聞いた直後、偶々近くで話を聞いていた護がこの様な事をほざき、戦治郎は調子に乗るなと言わんばかりに、護にグラウンドコブラツイストをお見舞いし、横須賀鎮守府の工廠に護の悲鳴が響き渡るのであった

 

それからしばらくして完成したカメラを長門の艤装に取り付け、ディスプレイを作戦司令室に設置して、テストの為に実際に使ってみたところ、かなりいい結果が出る事となり、その報告を受けた元帥が戦治郎達にカメラとディスプレイを量産し、日本海軍の各拠点にカメラとディスプレイを実装する様に指示を出し、それを受けた戦治郎達は軍学試験の勉強と、今回取る事が出来なかった残りの資格を取り戻す為の資格取得試験の勉強の傍らで、何とかカメラとディスプレイの量産を行っている内に、暦は4月の中旬となってしまったのであった

 

こうして戦治郎達が完成したカメラとディスプレイを、日本海軍の各拠点に送る為に手作業で段ボールで梱包し、梱包を終えたものを輸送用トラックに積み込むと言う作業を行っていると、横須賀鎮守府の入口に見覚えのある顔が集まっていたのであった

 

「悪ぃ!ちょっち行って来るわっ!!」

 

それを見た戦治郎はそう言って後の事を空に任せ、入口の方へ走って向かって行くのであった

 

「ぅおおおぉぉぉーーーいっ!!!お前らあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎がそう叫び、手を振りながら入口に駆け寄ると、それに反応した摩耶、木曾、阿武隈、龍驤の4人が戦治郎の方へと顔を向け……

 

\戦治郎さんっ!!/

 

4人は示し合わせた様に声を揃えて、驚きと再会を喜ぶような感情が混ざり合った様な声を上げるのであった

 

「意外と戻って来るの早かったな」

 

「俺達は関東圏に住んでるからな」

 

戦治郎が戻って来た4人にそう尋ねたところ、木曾が代表としてこの様に返答するのであった

 

「ちょっとばかし親の説得に手間取っちまったせいで、思ったより遅くなっちまったけどな……」

 

「ああ……、今の世間は横須賀の乱のせいで、艦娘は信じるけど軍は信用しないって感じだもんな……。加えてお前らの場合、揃いも揃って家出娘って感じだからな……、親御さんの説得も大変だったろうよ……」

 

「偶々溜まった有給消化する為に、日本に帰って来ていた姉ちゃんがいなかったら、あたしのとこの説得は無理だっただろうな……」

 

「摩耶の姉ちゃんって……、ああ、トラック泊地の愛宕か。お前運が良かったな……、ちゃんと姉ちゃんにお礼言ったか?」

 

「当然だろ?ついでに何か困った事あったら駆け付けるとも言っておいたぜっ!」

 

戦治郎と摩耶がこの様なやり取りを交わしたところで、戦治郎が突然摩耶達に下がる様に指示を出し、それを聞いた摩耶達が困惑しながら戦治郎の指示に従って横須賀鎮守府の入口を潜った直後、先程まで摩耶達が立っていたところに1台の車が突っ込んで来るのであった……

 

戦治郎達が突然現れた車……、三菱の黒いランサーエボリューションⅥ トミー・マキネンエディションを警戒する中、問題のランエボの運転席の扉が開き……

 

「川内さん、神通さん、横須賀鎮守府に着きましたよ?」

 

中から姿を現した扶桑が、車内の面々に対して目的地に到着した事を伝え……

 

「扶桑さんの運転に慣れていないせいか、2人共気絶していますね……」

 

助手席から降りて来た瑞穂が、後部座席を見て苦笑しながらこの様な言葉を口にする……

 

そんな瑞穂の視線の先、扶桑の車と思わしきランエボの後部座席には、目を回して気絶する川内と神通の姿があり……

 

「さ~て、俺は一体何処からツッコめばいいのかな~?」

 

その様子を見ていた戦治郎は、思わずこの様な言葉を口にするのであった……



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長門屋鎮守府(仮)結成

「あ~……、死ぬかと思った……」

 

「光太郎さんの時はアルゴス号の装甲が強固であった事と、他に車がいなかったのでまだ良かったのですが……、今回はその……、車内に後付けしたと思われるロールバーはあるものの、それ以外に安心出来る要素が無い上に、私達以外にも車が走っていたもので……」

 

「物凄い速度で他の車が迫って来てたよね……、そしてそれを涼しい顔でスイスイ避けていく扶桑さん……、いつもとギャップがあり過ぎる事に驚いたけど、それ以上に恐怖心の方が強くてね……」

 

扶桑達と再会してからしばらくしたところで川内達が目を覚まし、戦治郎が光太郎のロケットダッシュを経験したにも関わらず、気絶してしまった川内型の2人に話を聞いてみたところ、川内達はこの様な回答をするのであった

 

「ごめんなさい……、また皆さんと共に戦えると思ったら、ついスピードを出し過ぎてしまって……」

 

そんな川内達の言葉を聞いた扶桑は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら縮こまってしまうのであった

 

因みに、川内達が扶桑の車に乗っていた理由だが、如何やら扶桑達の実家と横須賀鎮守府の間に川内達の実家があるらしく、海賊団解散後、記念としてもらった通信機で元海賊団のメンバーがやり取りをしている時にその事実が発覚し、黄泉個体であるが故に軍属となった扶桑と戦治郎達と共に戦い続ける決意を固めた瑞穂が、横須賀に向かうと言う話になった際、元々軍属である川内と扶桑と同じ理由で横須賀に戻る必要がある神通を、道中で拾って一緒に向かう事になったからである

 

「大和達の車の話が出た時、姉様が食い付いて来たのはこう言う趣味があったからなのな~……、ってすげぇ……、納車した瞬間から改造が完了しているとか言われてるトミマキエディションに、更に改造加えてあるじゃねぇか……」

 

「扶桑さんは車の免許を取った後、練習の為に瑞穂と妹さんを連れて色々なところを走っている内に、車やバイクと言った乗り物が大好きになったそうで……。この車以外にも『隼』と言うバイクもお持ちだったのですが、そちらは扶桑さんが行方不明になった後、妹さんが名義変更して現在使用していると言う事で、そのまま妹さんに譲って来たそうです……」

 

川内達の話しを聞く傍らで、扶桑の車のボンネットを開いて中を見ていた戦治郎がそう言うと、瑞穂が苦笑しながら扶桑が乗り物好きになった理由を話すのであった

 

因みに瑞穂が言うには、扶桑は瑞穂達と共にこの車で色々なところを走っている時に、各地の走り屋達に勝負を挑まれ、それを悉く打ち破って行く内に地元では名の知れた走り屋となっていたそうな……。本人の意思とは無関係に、である

 

その後、戦治郎が戻って来た皆を誘導しようとしたその時である

 

「ありゃ?もしかして私達が最後だったりする?」

 

「如何やらその様ですね……」

 

「これはまあ、仕方が無いんじゃないかな?ここにいるメンバーは実家と横須賀鎮守府との距離が離れているからね」

 

「私達のところは、実家と言う程良いものじゃないんだけどね……」

 

「ああ、確かお前達は孤児院出身だったか……」

 

「そんな事より早く空さんに会いたいっぽい!」

 

「ふふっ、夕立ちゃんは本当に空さんが大好きなんですね」

 

横須賀鎮守府の入口に集まっている戦治郎達の姿を見た陽炎、不知火、時雨、天津風、江風、夕立、そして龍鳳が、この様なやり取りを交わしながら姿を現すのであった

 

「軍属である龍鳳や白露型は兎も角、陽炎達も戻って来たのか」

 

陽炎達の存在に気付いた戦治郎が、彼女達に向かってそう尋ねたところ

 

「当然よ、知らない方が幸せでいられる様な、物凄くどす黒い世界の事情を知らされて、黙ってなんかいられるもんですかっ!」

 

「不知火達は戦治郎さん達にそれらに抗う為の力付けてもらったり、抵抗する方法を教えてもらっていますからね。それらを十二分に発揮するには、海軍に入隊し再び戦治郎さん達と共に戦うべきだと考えました」

 

「この事を孤児院の連中に話したら、私達を盛大に送り出してくれたわ。戻って来た時には凄く嫌そうな顔をしていたのにね、ホント見事な掌返しだったわ」

 

陽炎達はそれぞれの言葉で、この様に返答するのであった。尚、陽炎の発言の直後、その場にいた元海賊団のメンバー全員が、真剣な表情で一斉に頷いて見せたのであった

 

因みに、不知火が剛から仕込まれたスニーキング技術を駆使して、孤児院の事を独自で調査したところ、不知火達がいた孤児院は孤児院の子供達を艦娘として世に送り出し、間引きすると言う事は褒められた事ではないのだが、年々増える戦災孤児の関係で経営が苦しくなっているにも関わらず、戦災孤児受け入れの為に孤児院を潰す訳にはいかないと言う孤児院側の事情や、人身売買などの犯罪行為に手を染めていない事、孤児院の子供達も望んで艦娘になろうとしている者が多い事を考慮した結果、白みがかったグレーと言う結論に落ち着いたそうだ

 

こうして元長門屋海賊団の艦娘が勢揃いしたところで、戦治郎が再び彼女達を横須賀鎮守府の方へ誘導しようとすると……

 

「ここにいたんですね、提督」

 

今度は横須賀鎮守府の方から、まだ提督になっていない戦治郎を提督呼びする大和が現れるのであった

 

「大和か、済まんな持ち場から離れて……。んで、俺に何か用か?」

 

「ええ、長門さんから伝言を預かっています」

 

「伝言とな?」

 

「はい、え~っと確か……、『件の話、5月上旬に実行出来そうだ』だそうです」

 

「そうかそうか5月上旬にな……、あいつら相当頑張ったみたいだな……」

 

このやり取りで大和の口から長門の伝言を聞いた戦治郎は、心底愉快そうにニヤリと笑みを零すのであった

 

「何の話だ?」

 

話の内容に興味を持った木曾が、未だにニヤニヤする戦治郎に向かってそう尋ねたところ……

 

「ん?な~に、ちょっちアクセルとセオとリチャードさんとジョシュアの旦那とクトゥルフさんが、この横須賀鎮守府に来るってだけよ」

 

\はぁっ!?/

 

戦治郎はこの様に答え、その口から飛び出したメンバーの名前を聞いた瞬間、そのメンバーがどんな人物であるかを知っている艦娘達は、思わず驚愕の声を上げながら硬直してしまうのであった

 

そう、これは戦治郎が通信機でアクセル達と雑談を興じた際、この通信で知り合ったのも何かの縁と言う事で、日本の艦娘の技術を提供してもらう為に日本に訪れる予定となっていたジョシュアが、どうせだからアクセルとセオドールもこの日に横須賀鎮守府を訪問し、日米英独の会合を開こうではないかと提案し、アクセルとセオドールがそれに賛同した直後、ならば自分は戦治郎達が無事に日本に辿り着けた事を祝して、物資と伊吹達が新しく開発した兵装をプレゼントする為に横須賀に向かうとリチャードが言い出し、ならば自分は息子の様子を見に行くついでに、翔の料理を堪能しようと言ってクトゥルフが便乗した結果、実行される事となった計画なのである。因みにこの会合の主目的は、取り敢えず元帥にジャブを打ち込んでおこうと言うものだったりする……

 

そしてこの事を戦治郎が長門を通して元帥に伝え、長門とアクセル達が通信機を使ってスケジュール調整を行った結果、5月上旬にこの会合が開かれる事になったのだそうな……

 

「っとそれは兎も角、帰還組は今から入隊手続きすっから俺に付いてこ~い」

 

その後、戦治郎がそう言って横須賀鎮守府の本庁の方へと歩き出し、その声で我に返った木曾達帰還組は慌ててその後を追い、長門を介して入隊手続きを済ませるなりすぐに戦治郎達がやっているカメラ&ディスプレイの生産&搬送作業を手伝い始めるのであった

 

この時に、摩耶が元海賊団のメンバーに対して、大和に倣って自分達も自分達の未来の提督である戦治郎の事を、今からは提督或いは司令官呼びしようと提案、それに元海賊団のメンバー全員と、作業を手伝っていた戦治郎のところに配属予定となっているヴェルや天龍と言った元桂島泊地の艦娘達が賛同した事で、横須賀鎮守府内に長門屋鎮守府(仮)が結成される事となったのであった



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戦闘狂再び

日米英独の4ヵ国+穏健派連合+αによる会談の開催日時が絞り込まれてからしばらく経過し、暦がそろそろ5月に移り変わろうとしている4月下旬のある日、横須賀鎮守府に緊急の通信が入るのであった……

 

発信元は横須賀の乱の際、横須賀鎮守府と大湊警備府の艦娘達が避難していた父島、その時に艦娘達が横須賀と連絡を取り合う為に即席で設置した通信施設からの通信であった……

 

『助けてくれっ!!突然海から人型の深海棲艦が現れて、俺達の集落を……』

 

通信機からは島に住んでいた中年の男性が、必死になって助けを求める声が聞こえて来るのだが……

 

『お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ーーーっ!!!』

 

『ひっ!?う、うわあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

その直後に突然とんでもない大きさの声が通信機から鳴り響き、中年男性の怯えた声が聞こえたと思った瞬間、中年男性は断末魔の悲鳴を上げ、その直後から通信機はノイズを吐き出し始めるのであった……

 

この通信を聞いた元帥が、横須賀鎮守府内の艦娘達を緊急招集し、急いで艦隊を編成し父島に向かわせようとしたその時である

 

「元帥のじっちゃん、その艦隊に俺を加えてくれねぇか……?今の声、ちょっち聞き覚えがあるんだわ……」

 

真剣な面持ちをした戦治郎が、元帥に自分も出撃させて欲しいと頼み込んで来るのであった

 

しかし、元帥はそれを却下するのであった。理由は提督を目指す戦治郎は、この様な事態になっても提督として司令室で指揮を執り、事態を冷静に対処するべきだと言う事であった

 

それを聞いた戦治郎が『ふざけるなっ!!』と、元帥に向かってそう叫ぼうとしたその時、シゲと光太郎が静かに挙手してこの様な事を述べるのであった

 

「アニキがダメってんなら俺が行きます、最近は資格取得の勉強ばっかで身体が鈍っちまいそうだったし、何よりちょいと試してみたい事があるんですわ」

 

「出来れば俺も向かわせてもらえませんか?もし要救助者がいた場合、俺なら適切な応急処置を施す事が出来ますし、リヴァイアサンですぐにこちらの病院に搬送する事だって出来ますから」

 

2人の言葉を聞いた元帥は、提督志望でない2人ならばとこの申し出を許可し、長門を旗艦とした、シゲ、光太郎、飛龍、蒼龍、そしてシゲが行くならと申し出たヴェルによる6人編成の艦隊が、父島へ向かう事となるのであった

 

因みに、ヴェルが申し出た際に摩耶も艦隊への参加を申し出たのだが、もし道中で潜水艦に遭遇した場合、防空重巡洋艦がどうやって潜水艦の対処をするのかと元帥に尋ねられ、それに対して閉口してしまった摩耶は参加を諦めるのであった……

 

 

 

「うわー!光太郎さんのリヴァイアサン、はっや!」

 

「私のケートスでは、この速度はとても出せないな……」

 

「しかも水上バイクなのに、殆ど揺れないね~」

 

「怪我人の搬送もコンセプトに組み込まれている俺専用の水上バイクだからね、揺れのせいで怪我を悪化させない様にしてあるんだよ。これに関しては戦治郎達にホント感謝しないとだよ」

 

光太郎が駆るリヴァイアサンに乗った飛龍、長門、蒼龍の3人が、光太郎にリヴァイアサンに乗った感想を述べ、それに対して光太郎はこの様に返答する

 

「まあ、光太郎さんのリヴァイアサンも凄いけど……」

 

蒼龍がそう言ってリヴァイアサンの隣に視線を移すと、そこにはヴェルをおんぶしてクロとゲータの口を後方に向け、ジェット噴射で海上を高速移動するシゲと、それにジェットエンジンを用いて追随するヴェルのポリたんの姿があった

 

「シゲのそれ、一体どうなってんの?」

 

「私としては、ヴェルのポリたんの方が気になるのだが……」

 

「まあちょいとばっかし修行して身に付けたってとこだな、んで、ポリたんの製作者は空さん……、後は解るな……?」

 

「それで納得しちゃう自分が悔しい……」

 

「自分の艤装が何故飛べるのかも謎なんだったか……、相変わらず非常識な男だな……」

 

シゲに向かって飛龍と長門が疑問をぶつけたところ、シゲにこの様に返答されて2人は思わず納得しながらそう呟くのであった……

 

そんな中、シゲにおんぶされているヴェルはと言うと……

 

「ハラショー、素晴らしい眺めだね。……このまま何事も無く、父島に着けたらいいんだが……」

 

シゲの背中の上で、この様な事を呟いていた

 

 

 

そんなヴェルの願いは、邪神様達なら聞き届けてくれたかもしれないが、世間一般的に知られている神様には届かなかった……

 

「……ん?」

 

「光太郎さん、どうしたんです?」

 

「しっ!静かに……っ!」

 

何かに気付いた光太郎が怪訝そうな表情を浮かべ、それに気付いたシゲが何事か尋ねたところ、光太郎はシゲ達に静かにする様に指示した後、前方を指差して見せるのであった

 

「んなっ!?」

 

「あれって……、もしかして……っ!?」

 

「嘘でしょ……、何であいつがここにいるのよ……っ!?」

 

その直後、ミッドウェーの決戦に参加した長門達が驚きの声を上げ……

 

「あいつは確か……、ゾアにやられた……」

 

「ああ……、アニキがヘモジーとか呼んでいる戦艦水鬼改だ……」

 

「まさか……、あの状態から復活したのか……」

 

ヴェル、シゲ、光太郎の3人は、その存在の正体について言及するのであった……

 

そう、今彼等の前には、ミッドウェーでゾアが石化させた後粉々にして欠片を世界中にばら撒いたはずの、ヘモジーこと陸奥守 防人が存在していたのである……

 

ゾアの力によって石の欠片となった防人は、その不屈の闘争心でゾアの石化を強引に解除し、途中で魚に餌と間違われて食べられながらも、道中で合流した肉片を吸収しながら戦治郎の気配を追ってこの場所まで移動し、遂に人の姿を取り戻すと同時に、現在戦治郎がいる日本に辿り着いたのである……。そんな防人は……

 

「何処だ長門 戦治郎おおおぉぉぉーーーっ!!?近くにいるのは分かっているのだぞおおおぉぉぉーーーっ!!!この際あの時の巻き貝の化物でも構わんっ!!!今すぐ俺の前にその姿を現せえええぇぇぇーーーっ!!!そしてすぐにこの俺と戦ええええぇぇぇーーーっ!!!!!」

 

この場にいない戦治郎とゾアに向かって、狂った様に叫んでいたのであった……

 

「よりにもよってこんな時に……、急がないと要救助者達の命が……」

 

「どうします?迂回してやり過ごします?」

 

防人の姿を見た光太郎が、舌打ちしながらそう呟くと、シゲがこの様な提案をする。だが……

 

「……ねぇ……、あいつ……、こっち見てない……?」

 

直後に蒼龍が震えながら防人の方を指差し、それに即座に反応したシゲと光太郎がそちらへ視線を向けると、そこにはこちらをじっと見つめる防人の姿が……。その次の瞬間、防人がニヤリと笑みを浮かべると……

 

「戦治郎と戦う前の準備運動に丁度良さそうだなっ!!!お前達っ!!!俺の相手をしてもらうぞっ!!!!!」

 

この様に叫び出すのであった……

 

その直後、背筋に嫌なものを感じた光太郎とシゲが、彼の前から逃れる様に突然動き出す。するとどうだ、防人の口から黒いオーラを纏った衝撃波が発射され、先程までシゲ達が立っていた海面が、ものの見事に抉れてしまうのであった

 

「叫び声でこれかよっ!?」

 

「ソニックブラストとかふざけんなっ!!おめぇはアカムトルムかってんだっ!!」

 

先程の防人の攻撃を見た光太郎とシゲが、思わずそう叫ぶ。そしてその直後、防人がこちらに向かって突進し始め……

 

「……ちぃっ!!」

 

「ちょっ!?シゲさんっ?!」

 

その様子を見ていたシゲは、舌打ちすると突然おんぶしていたヴェルの襟首を掴み、光太郎の方へと投げ渡す。そしてシゲはヴェルを長門が受け止めた事を確認すると……

 

「ここは俺が何とかしますっ!!だから光太郎さん達は父島へっ!!!」

 

光太郎達に向かって背を向けながらこの様に叫び、言う事を言い終えるとクロとゲータのジェット噴射を使用しながら、一気に防人へ接近するのであった

 

「あれを1人でとか、流石に無茶でしょっ!?私達もすぐに援護を……」

 

「いや……、ここはシゲに任せよう……」

 

「だね……、今は父島の方を優先しよう……」

 

その様子を見ていた飛龍が、慌ててシゲの後を追おうとするのだが、それを長門と光太郎がそう言って制するのであった

 

「本当に大丈夫なの……?」

 

「正直何とも言えないな……、だが、こんな所で私達が足止めを喰らってしまえば、助けられる命も助けられなくなってしまう……」

 

「飛龍さん……、蒼龍さん……、今だけは、シゲを信じてもらえませんか……?」

 

単騎で防人に挑みに行ったシゲを心配した蒼龍が、長門と光太郎にこの様に尋ねると、2人は苦い表情をしながらもこの様に答え、それを聞いた二航戦は耐える様な表情を浮かべながらも光太郎に頷いて見せ、それを見た光太郎はすぐに父島に向かって移動を開始するのであった

 

「シゲさん……」

 

その道中、シゲの事が心配で仕方が無いヴェルは、そう呟いた後天にシゲの無事を祈るのであった……

 

 

 

 

 

「……ん?もしかしてシゲが戦闘しようとしてるのかな~?」

 

その時コルヴァズの自宅にて、ヘマをした部下の炎の精にケジメを付けさせようと、シガーカッターに炎の精を突っ込んだ葉巻を咥えたクトゥグアが、何か感じ取ったのかこの様な事を呟く

 

「これはちょっと気になるね~、よっし、ちょっと覗き見しよう~」

 

クトゥグアはそう言うと炎で出来たスクリーンを作り出し、シゲの身体に埋め込まれたクトゥグア焔晶を介して、シゲの様子を見る事にするのであった

 

その直後、クトゥグアは無意識の内に動かしたシガーカッターで、炎の精の身体をほんの少しだけカットするのであった

 

 

 

 

 

「なんだ?お前だけか?」

 

「ああそうだよ、おめぇの相手なんざ俺一人で十分だからな……」

 

シゲと対峙した防人が、怪訝そうな表情を浮かべながらシゲに向かってそう尋ねると、シゲは余裕ぶった態度をとりながら、この様に返答するのであった

 

(やべぇ……、近くで見て気付いたけど……、こいつ気持ち悪すぎる……)

 

しかし、シゲは内心ではこの様な事を呟いていた……

 

言うのも、防人の顔の右半分は表皮が無く筋肉が露出した状態になっており、右目に至っては、瞼を魚に食べられてしまったせいで押さえが利かなくなり、本来あるべき場所からボロリと零れ落ち、視神経によって吊り下げられている状態となっているのである……

 

(アニキがこいつの事嫌ってた理由、何となく分かったわ……)

 

シゲが心の中でそう呟いた直後、突然防人が大声で笑い出し……

 

「図に乗るなあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

大笑いが収まった途端に、そう叫び右目をブラブラさせながら、シゲに向かって突進してくるのであった。そんな防人の姿を見たシゲは

 

「上等だゴルァッ!!!かかってこいやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

自身に向かって来る防人に対して、この様に叫び返しながら気合いと共に自身のスイッチを入れ、クトゥグアからもらったコルヴァズの拳とコルヴァズの具足を呼び出し、戦闘態勢に入るのであった



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死の先を往く者達

「ごおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

シゲの方へ真っ直ぐ突っ込んで行く防人が、シゲを打ち砕かんと雄叫びと共に大振りの拳打を放つのだが……

 

「そんな大振りの攻撃が当たるかよっ!!」

 

過去に空手をやっていたシゲは、その拳をすぐに見切って軽々と回避し、反撃に移ろうとする。だが……

 

「……っ!?」

 

これまでの戦いで培われた彼の勘が突然警鐘を打ち鳴らし、それに反応したシゲはクロとゲータのジェット噴射を使って一気に後方へ飛び退く。その直後、先程までシゲが立っていた海面が、防人の腕から放たれた黒い衝撃波により一瞬だけだが削り取られてしまうのであった

 

(あっぶねぇ……、今のに反応していなかったら、今頃挽肉になってるところだったわ……。っつか、あいつの衝撃波、腕からも出せるのかよ……、厄介過ぎるってレベルの問題じゃねぇぞ……っ!?)

 

防人の追撃を咄嗟に躱したシゲは、冷や汗を流しながら内心でそう呟く……

 

その後、シゲは防人が放つこの黒い衝撃波に、大いに苦しめられる事となるのであった……

 

シゲが何とか防人に接近してインファイトに持ち込むも、防人の腕や足から放たれる衝撃波の有効範囲が予想以上に広い為、一撃入れた後すぐに大きく動いて衝撃波の有効範囲から逃れなければ、確実に手痛いダメージをもらう羽目になり、それを警戒してカイザー・フェニックスやフィンガー・フレア・ボムズによる遠隔攻撃を仕掛けても、それらは防人の衝撃波に易々と打ち消されてしまうのであった……

 

因みに、触れたもの全てを焼き尽くすと言われているコルヴァズの拳を装着したシゲに殴られた防人は、殴られた直後は火達磨になってしまうのだが、火傷を負うより早くその身を包み込む燃え盛る炎を気合いで吹き飛ばし、鎮火してしまうのだった

 

「貴様の実力はその程度かっ!?これでは準備運動にもならんぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「うるっせえええぇぇぇーーーっ!!!だったらこいつはどうだあああぁぁぁーーーっ!!!

 

そんな事を何度も繰り返していると、シゲの攻撃を容易く打ち破って来た防人がシゲを煽る様に叫び、それを聞いたシゲはこの様に叫び返すなり、両手の間に大き目の火球を作り出す……、いや、、それだけではない……、クロとゲータの口の辺りにも、シゲが作り出す火球と同等の大きさの火球が浮かぶ様にして存在していた……

 

そして火球がある大きさになると、シゲは勢いよくその火球を前に突き出す。するとどうだ、3つの火球から膨大な熱を持った3本のそれはそれは太い熱線が撃ち出され、それは対象の全てを焼き尽くさんと、凄まじいスピードで防人の方へと殺到していくのであった

 

こうしてシゲから放たれたその熱線は、防人が放つ黒い衝撃波を難なく打ち破り、瞬く間の内に対象である防人を飲み込み、防人を炭人形に変えてしまうのだが……

 

「ちぃ……っ!冗談じゃねぇぞ……っ!」

 

炭人形が残っている事を確認したシゲは、思わず舌打ちしながらそう呟くのであった。何故なら、シゲは先程の熱線の温度を500万度に設定し、防人を炭人形にするどころか、プラズマ化させて跡形も無く吹き飛ばそうとしていたからだ……

 

しかし、シゲの目論見は外れ、防人だった炭人形は残ってしまった……。それはつまり……

 

「今のは多少効いたぞっ!!!これ程の力があるならばっ!!!先程の言葉は撤回してやろうっ!!!だからっ!!!この俺ともっと戦ええええぇぇぇーーーっ!!!!!」

 

防人は炭化した表皮を気合いで吹き飛ばし、全身の筋肉が剥き出しになった状態のまま大声でそう叫び、再びシゲに突撃してくるのであった……

 

そう、炭人形が残った……、是即ちシゲが防人を仕留め損ね、防人は健在である事に他ならないのである……

 

そんな防人の様子を見たシゲは、内心ではドン引きしながらも……

 

「黙れやぅ"お"るぁ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

防人に向かってこの様に叫び返し、防人を迎え撃つ為に、一か八かの反撃を繰り出す為に、彼をしっかりと見据えて構えを取るのであった

 

そして次の瞬間、絶好のチャンスが到来する

 

防人は最初の時と同じ様に、シゲに右腕で大振りの拳打を打ち込もうとするのだが、直後にシゲは防人の懐に潜り込み、即座に左手で防人の右腕を掴み、右手を防人の腹部に当てる……

 

「こんの……、化物があああぁぁぁーーーっ!!!」

 

そしてその次の瞬間、シゲの両手に莫大な量のエネルギーが集まり、それはシゲの咆哮と共に一気に解放され、大爆発を起こすのであった

 

「ぬおおおぉぉぉーーーっ!?」

 

この攻撃を受けた防人は、驚きの声と共に後方に勢いよく吹き飛ばされ、シゲに掴まれていた右腕は爆発の衝撃で千切れ、何処かへ飛んで行ってしまう

 

「そうだっ!!!いいぞっ!!!今のは素晴らしかったぞっ!!!さぁっ!!!もっとお前の力を見せてみろっ!!!もっと激しい闘争をっ!!!俺に生きている実感を与えろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

(あぁ……、つえぇしうるせぇし気持ち悪ぃししつけぇし……、やたら上から目線でうざってぇし……、確かにこりゃ相手すんの嫌になるわ……)

 

先程の攻撃を受けて倒れた防人が、この様に叫びながら起き上がる様子を見たシゲは、内心で思わずうんざりしながらそう呟く……

 

だがそれもここまで……、次の防人の言葉を聞いた瞬間、シゲの心は怒りに支配され尽くしてしまうのであった……

 

「先程立ち寄った島の連中では味わえないっ!!!逃げ惑う者達を狩る狩猟ではなくっ!!!互いの力が激しくぶつかり合うっ!!!血沸き肉躍る様な熾烈な戦いをっ!!!もっと俺によこせえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「……あ"ぁ"?」

 

今の言葉をそのまま受け取れば、この化物は如何やら何処かの島に立ち寄って、そこに住む者達に今の調子で戦いを挑み、その圧倒的な力で逃げる住民達を蹂躙した事になる……

 

この近くの島と言えば、シゲ達の目的地である父島くらいしか無い……、つまり……

 

「……父島を襲った深海棲艦ってのは、お前の事だったのか……」

 

防人の言葉を聞いたシゲが、本当に小さな声でボソリと呟いたところ……

 

「あの島の連中の事などどうでもいいっ!!!」

 

シゲの言葉が聞こえたのか、防人はこの様に言い切るのであった……

 

「殺した相手の事などどうでもいい……、だと……?」

 

それを聞いたシゲは、そう呟くと一旦言葉を切り、大きく息を吸い込む……。そして……

 

「ふざけるのも大概にしやがれこの腐れ外道があああぁぁぁーーーっ!!!」

 

シゲは心の中で荒れ狂う怒りをこの叫び声に乗せ、シゲの心情を現す様に猛り狂う炎を全身から噴き出しながら、ジェット噴射まで使用して一気に防人との距離を詰めるのであった

 

「おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

そんなシゲの様子を見た防人は、全身から止めどなく溢れ出るシゲの殺気を受けてその身を震わせると、歓喜の雄叫びを上げながらシゲ目掛けて黒い衝撃波を口から放つ

 

直後にシゲは防人がアカムトルムのソニックブラストを連想させる黒い衝撃波を放った事を察知するのだが、そんな事等気にも留めず、シゲはそのまま真っ直ぐ防人の方へと突撃を仕掛け、黒い衝撃波の中に突っ込むのであった……

 

普通ならばこの衝撃波を受けた瞬間、対象はバラバラに砕け散りその破片は凄まじい速度で遥か彼方に撃ち出されてしまうのだが、その衝撃波の直撃を受けたシゲの身体は、小さな裂傷が幾つも走るだけでバラバラになる様な事にはならなかった……

 

それは何故か、今シゲの全身から噴き出している炎は、シゲ自身の能力に依るものではなく、生きる狂焔……、旧支配者であるクトゥグアからシゲが無意識の内に奪い取った、膨大な魔力が宿る炎なのである……

 

クトゥグアの魔力が宿った炎はシゲの全身を覆い尽くすと、炎が発する熱と魔力で衝撃波の軌道を無理矢理捻じ曲げ、掠りこそはするものの衝撃波がシゲに直撃しない様にしたのである

 

その様子を見た防人が、何が起こっているのか分からぬまま驚愕していると……

 

「くたばれやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

衝撃波を突き抜けて来たシゲが、雄叫びと共に腰と腕の捻りを加えた拳打を放ち、それは吸い込まれる様に防人の顔面に突き刺さり、防人を凄まじい勢いで吹き飛ばして見せるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!いけえええぇぇぇーーーっ!!!そこだシゲエエエェェェーーーっ!!!ラッシュラッシュラッシュウウウゥゥゥーーーッ!!!」

 

コルヴァズの自宅でシゲの戦いを見ていたクトゥグアは、興奮の余り思わずそう叫んでいたのであった……

 

そんなクトゥグアの手の中では、ヘマをした炎の精が何度も何度もシガーカッターでその身体をカットされ、その様子を見守っていたフサッグァとルリムは、只々アワアワしながらクトゥグアが落ち着く事を待つのであった……



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阿修羅

「でぇありゃあああぁぁぁーーーっ!!!

 

防人が放つ黒い衝撃波を突っ切って、見事防人を殴り飛ばしたシゲだが、彼の攻撃はまだまだ続いた

 

クロとゲータのジェット噴射で吹き飛ばされる防人に追いついたシゲは、防人に飛びつくなり両足でその胴をギリギリと締め上げ、それと同時に防人の顔面に機関砲の様に拳打を浴びせる

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァっ!!!!!」

 

雄叫びを上げながら打ち出される燃える拳打は、本当に僅かな間に数十発……、いや……、数百発にまで及び、着実に戦艦水鬼改である防人にダメージを蓄積させていく……

 

「ぐぅ……っ!?」

 

これには防人も思わず呻き声を上げ、シゲの嵐の様な拳打に必死になって耐えるのであった

 

「これで……、死んどけやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

それからしばらく防人を殴り続けていたシゲが、トドメの一撃を振るわんと力を溜め、叫び声と共にその燃え上がる拳を防人の顔面に叩き込もうとしたその時である……

 

「やらせんぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

今までシゲから一方的に殴られていた防人が、突然この様に叫んだのである。そしてその直後、シゲの右頬に衝撃が走り、そのショックでシゲの両足の力が僅かに抜けてしまい、その隙に防人はシゲの拘束から逃れるのであった

 

今のは何だっ?!一体何が起きたっ!?突然の出来事に混乱したシゲが、己の右頬に視線を向けたところ、そこにはとてもではないが信じ難い物が存在していたのであった

 

そこにあったのは、何と先程シゲが吹き飛ばした筈の防人の右腕……、そう……、何と防人は何処かへ千切れ飛んだ腕を呼び戻し、それでシゲを殴り飛ばして見せたのである

 

こうしてシゲを殴り飛ばした防人の右腕は、反動を利用して防人の下へとクルクルと縦に回転しながら飛んでいき、5本の指だけで見事に海面に着水して見せ、その様子を見ていたシゲは……

 

「そんなのアリかよ……、おめぇはハンドくんかよ……」

 

生前に見た洋画に登場したキャラを連想し、思わずそう呟くのであった……

 

「はっはっはっ!!!中々やるではないかっ!!!これ程昂ったのは戦治郎以来だっ!!!貴様っ!!!名前は何と言うっ!?!」

 

そんな中、シゲの拘束から逃れた防人が、シゲと距離を取った後に嬉しそうに高笑いしながらシゲにその名を尋ねる

 

「どぅうぁあれが答えるかよぉっ!!!それ聞いたらおめぇ俺の事までアニキみたいに追いかけ回す気なんだろうがっ!!?」

 

「当然だろうっ!!!!!ここまで戦える者と戦わないと言う選択肢があると思っているのかっ!!?!?有り得んだろうっ!?!!?」

 

防人に名前を尋ねられたシゲが、防人に対して反射的に叫び返したところ、防人は即座にこの様に返答し、それを聞いたシゲは内心でガックリと肩を落とすのであった……

 

「貴様の名前が聞けなかったのは残念だが……、まあいいっ!!!それよりもだっ!!!」

 

そしてそんなシゲの事などお構いなしと言った様子で、防人はこの様に言葉を続ける

 

「ここまで戦える者がいるのならばっ!!!その相手に敬意を払わねばならんっ!!!これは本来戦治郎と戦う時の為にとっておくつもりだったが……、気が変わったっ!!!貴様にこの俺のとっておきを見せてやろうではないかっ!!!さぁっ!!!刮目するがいいっ!!!!!」

 

防人がそう叫んだ直後、防人の身体に変化が生じる……

 

先ず変化があったのは右腕……、前腕の真ん中から先が無くなった彼の右腕……、そこから黒い衝撃波と赤い衝撃波が発生し、本来腕があるべき場所に留まったそれは次第に形を変化させていき、赤と黒のストライプの様な模様が浮かんだ巨大で禍々しい腕に姿を変えたのである……

 

いや、それだけではない……、その腕は彼の肩から更に2対生えて来て、防人のシルエットをまるで阿修羅の様に変化させたのである……

 

そんな防人の左手には、この腕と同じ原理で作られたと思われる、赤と黒のストライプが入った柄を持ち、荒れ狂う赤と黒の衝撃波そのものを刀身とする薙刀が握られていたのであった……

 

「こいつマジかよ……、そんな事まで出来んのかよ……っ!?」

 

その様子を唖然としながら見ていたシゲが、思わずそう呟いたその直後、防人がこれまでにないくらいの速さでシゲの方へと突っ込んで来る

 

「これが俺の本気だっ!!!さぁっ!!!貴様は一体どれだけの間この攻撃に耐えられるかっ!!!いざ尋常にっ!!!勝負だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

そう叫ぶ防人は、手始めに左手に握った薙刀を勢いよく振るい、先程までとは比べ物にならない破壊力を宿した赤と黒が混ざり合った衝撃波をシゲに向かって放つ

 

シゲは自分に向かって来る衝撃波を、自身が現在纏っているその炎で先程と同じ要領で捌こうとするのだが……

 

「っ!?」

 

この衝撃波が先程までのものとは全く違う事にギリギリのところで気付き、大慌てしながら紙一重のところで何とか回避するのだが、その直後に回避した際衝撃波と最も近い場所にあった腕に、先程よりも深い裂傷が幾つも付き、動揺したシゲはその痛みで思わず足を止めてその表情を歪めるのであった

 

そんなシゲの隙を、防人が見逃す訳も無く……

 

「油断大敵っ!!!!!」

 

いつの間にかシゲとの間合いを詰めた防人が、そう叫びながら再び薙刀を振るい、それを更に裂傷を負いながらも回避したシゲの腹に、衝撃波で形成された腕を叩き込む

 

「あ"がぁ"っ!??」

 

その直後、シゲは腹部に無数の裂傷を負うと同時に、何かの力で内臓が掻き回される様な激痛を感じながら、とんでもない速度で吹き飛ばされてしまうのであった……

 

(あいつ……、空さんの龍気みたいに衝撃波を相手の体内に流し込めるのか……っ!?あの状態から復活した事と言い、この攻撃と言い……、完全に人間辞めてやがるじゃねぇか……っ!!!)

 

防人の攻撃によって海面に叩きつけられたシゲは、この様な事を考えながらも起き上がってすぐさま体勢を立て直し、使い方を翔から教えてもらった魔力で自身の内臓の無事を確認する……

 

幸い、クトゥグアの魔力で復活し強化されたシゲの内臓は、先程の攻撃で傷付いてはおらず、それを確認したシゲは安堵の息を吐くのであった。もしここで内臓が損傷していたら、その痛みのせいで動きが全体的に鈍くなってしまい、その隙を突かれて間違いなく防人に倒されてしまうと思ったからである……

 

「まさかこの攻撃まで耐えるとはなぁっ!!!素晴らしいっ!!!素晴らしいぞ貴様っ!!!名前を聞けなかった事が本当に悔やまれるぞっ!!!!!」

 

再び戦闘態勢に入ったシゲを見た防人は、心底嬉しそうにそう叫び、先程以上の声量で高笑いし始めるのであった

 

(俺……、もしかして早まっちまったか……?こいつを1人でって言うのは無謀だったか……?いや……、出来る出来ねぇの問題じゃねぇ……っ!今は俺一人でやるしかねぇんだよ……っ!!でなけりゃこいつは本土に上陸して、父島以上の被害をもたらしかねねぇからな……っ!!!)

 

防人の想像を遥かに超えた尋常ではない強さに、シゲはつい弱気になってしまうのだったが、横須賀でシゲ達の帰りを待つ戦治郎達の姿が頭に過った瞬間、シゲは弱気を振り払う様に頭を振って、闘志を宿したその双眸でしっかりと防人を見据える……

 

そして……

 

「何勝ち誇ってやがんだっ!!!俺はまだ倒れちゃいねぇぞおおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

シゲは全身全霊全力全開の力を以て、再び防人に攻撃を仕掛けようと突撃を開始するのであった……



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スーパーノヴァ

自身の方へ向かって来たシゲの姿を見た防人は、高笑いを止め……

 

「来るかっ!!!いいだろうっ!!!全力でぶつかって来るがいいっ!!!」

 

そう叫びながら先程と同じ様に手にした薙刀を勢いよく振るって衝撃波を発生させ、シゲの方へと飛ばすのであった

 

「同じ手に2度もかかるかよっ!!!」

 

防人が衝撃波を飛ばして来た事を確認したシゲは、そう叫ぶとクロとゲータの口を前に向け、荒れ狂いながら突き進んで来る衝撃波に熱線を集中的に浴びせる。するとどうだ、シゲの熱線の温度によって熱線を受けた部分の軌道が狂い始め、それが切っ掛けで衝撃波に隙間が発生するのであった

 

「だっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「やるではないかっ!!!ならばこれならどうだっ!!!」

 

思惑通りに衝撃波を突破出来たシゲが、自分に向けた歓声の様な雄叫びを上げたところで、その様子を見ていた防人はこの様に叫ぶと、今度は薙刀から発した衝撃波に衝撃波で作り上げた腕から発した衝撃波4つを重ねて放って見せるのであった

 

「出力上げただけで如何にかなるとか思ってんじゃねえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

防人に向かってそう叫び返したシゲは、今度は自身の腕からも熱線を発射して先程と同様に衝撃波を打ち破って見せる。只この時、シゲの熱線は衝撃波にやや押され気味であったが、その事実をシゲは無視する事にする。そうしなければ、自身の心に焦りが生じてしまい、それが原因で防人に敗北してしまう可能性がある事を、シゲは知っていたから……

 

こうして防人の攻撃を捌いて来たシゲは、次第に防人との距離を詰めていき、遂に腕を伸ばせば届きそうなくらいに防人に接近する事に成功する。だが、シゲが得意としているインファイトに持ち込める間合いに辿り着かれたにも関わらず、防人は不敵な笑みを浮かべていたのであった……

 

「遂にここまで辿り着いたかっ!!!いいだろうっ!!!貴様が得意とする間合いで相手をしてやろうではないかっ!!!!!」

 

防人はそう叫ぶと衝撃波で出来た4本の腕を伸ばし、千切れた右腕まで駆使してシゲを迎え撃とうとするのであった

 

しかし、シゲはそれを悉く躱して見せる。薙刀がメインである防人の拳打は、腕に纏わりつく衝撃波さえ何とかする事が出来れば、所詮は素人の力任せのパンチと何ら変わらないのである。少し前に防人がシゲに拳打を当てる事が出来たのは、飽くまでシゲが油断していたからに他ならないのである

 

そしてそんなものでは空手経験者であるシゲを捉える事は難しく、頼みの綱の衝撃波も腕に纏っているものは薙刀から放ったものよりも威力が劣っている為、シゲが纏う炎の鎧によって軌道を捻じ曲げられ、決定打を与えられない状態となっているのであった

 

そうしている内に、遂に決着の時がやって来る……

 

「だぁらあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

防人の攻撃を捌き切ったシゲが、雄叫びを上げながら遂に防人に組み付いたのである

 

「ぬっ!?これは何のつもりだっ!?」

 

シゲの不可解な行動に困惑する防人が、拘束を解こうとシゲの身体に何度も拳を叩きつけるのだが、シゲは防人の攻撃に一切動じず、寧ろ防人の身体を決して離すまいと両腕に一層力を込め、更にクロとゲータまで巻き付けて防人の胴をギリギリと締め上げるのであった

 

「確かおめぇ……、身体を粉々にされても復活したんだよな……?」

 

「それが今の行動とどう繋がると言うのだっ!!?」

 

そんな中、不意にシゲが防人に対してこの様に尋ね、防人はシゲに拳を叩き込みながらこの様に返答する。するとどうだ、突然シゲの身体が尋常ではないくらいに熱くなり始め、防人は胴を締め上げられる苦しみと、余りの熱さに思わず呻き声を上げ始める……

 

「俺は思ったんだよ……、だったらその時以上にお前の身体をバラバラにすりゃぁ……、流石に復活出来ねぇだろうって……なぁっ!!!」

 

この言葉の後、シゲは一気に自身の温度を限界近くまで引き上げ、防人の身体に3兆度の熱を送り込むのであった

 

「ぬおおおぉぉぉーーーっ!??」

 

その直後、防人の身体からプラズマジェットが噴き出し始め、防人は断末魔と共にその姿を消してしまう……。そう、防人の身体は防人の身体に組み付いているシゲが放つ3兆度と言う熱により電子、陽子、中性子にまで分解され、空気中に漂っている状態となってしまったのだ

 

「これで終わりだと思ってんじゃねぇぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

防人の身体を素粒子レベルにまで分解して見せたシゲは、そう叫ぶと空気中に漂う防人の身体を構成していた素粒子に追撃を仕掛ける……

 

シゲがこの様に叫んだ直後、シゲを中心に直径1kmにも及ぶ巨大なプラズマジェットの柱が出現し、それは防人の身体だった素粒子と防人の魂を取り込んで天高く昇り始めたのである

 

そしてプラズマジェットの柱は雲を貫き、天空を突き抜け、星の海に飛び出しても更に前進を続け、遂には太陽系すらも超えてしまうのであった……

 

そうして太陽系を超えたプラズマジェットの柱は、ある点まで至るとそこに集まり始め、巨大なプラズマジェットの塊となる……

 

「これでトドメだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

地球でシゲがそう叫んだ次の瞬間、プラズマジェットの塊は凄まじい勢いで膨張を始め、遂には超新星爆発を彷彿させる程の大爆発を起こすのであった

 

この爆発により、防人の身体を構成していた素粒子は広大な宇宙空間に撒き散らされ、それと共に宇宙空間に投げ出された防人の魂は、凄まじい勢いで太陽系とは反対方向へと吹き飛ばされるのであった……

 

「……ここまでやりゃぁ、流石にもう復活しねぇよな……?」

 

防人を素粒子レベルにまで分解した上に、見事太陽系の外まで放り出して見せたシゲは、肩で息をしながら、一抹の不安を抱えながら、この様に呟くのであった……

 

「これでもし、あいつが地球に戻って来たら……、そん時は流石にアニキ達に協力してもらうか……。そんな化物……、流石に俺だけじゃ荷が重いからな……。っと、何時までもここにいる訳にはいかねぇな、さっさと父島に向かって光太郎さん達と合流しねぇと……」

 

それからこの様に言葉を続けたシゲは、少々フラフラしながらも、光太郎達が待っているであろう父島へと向かうのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーーーーーしよしよしよしっ!!!さっすがシゲッ!!!君ならきっとやれると思ってたよーーーっ!!!」

 

そんなシゲの様子をコルヴァズから見ていたクトゥグアは、その結果に満足しながらこの様な叫び声を上げるのであった

 

「あの……、ファーザー……?」

 

「ん~?どったのフサッグァ~?」

 

そんなクトゥグアを見ていたフサッグァが、恐る恐ると言った様子でクトゥグアに話し掛け、それを聞いたクトゥグアはフサッグァの方に向き直りながら返事をする

 

「その~……、そいつもいい加減反省してると思うので……、そろそろ解放してやれませんか……?」

 

「流石にそれ以上は……、可哀想な気がするのですが……」

 

クトゥグアが自分の方へ視線を向けた事を確認したフサッグァは、この様な事を言いながらクトゥグアの手元を指差し、フサッグァの言葉に続く様にしてルリムが口を開く……

 

「ん~?それってどっこと~……、おっほぅっ!?」

 

フサッグァ達の言葉の意味が分からなかったクトゥグアが、フサッグァが指差す自身の手元へ視線を落とし、そこにあったものに気付くと思わず驚きの声を上げるのであった

 

そんな彼の手の中には、シゲの戦いに夢中になっていたクトゥグアにシガーカッターでカットされまくった結果、球体から正立方体に形が変わってしまった炎の精の姿が……

 

「あ~……、これは~……、その~……、ごめんね~?」

 

これにはクトゥグアも流石に罪悪感を覚え、炎の精に向かって謝罪の言葉を述べるのであった



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復讐鬼の夜明け

お互いに本名を知らないまま、辛くも防人を打ち破ったシゲは父島に到着し、上陸した島の光景を目の当たりにするなり思わず絶句する……

 

シゲが上陸した砂浜のあちらこちらに夥しい量の血溜まりが出来ており、それはこの島に住む者達が集まる集落までの道や、集落の中にまで散見されるのであった

 

そしてこの惨状を更に強調する様に、集落にある建物は悉く、文字通り粉々に破壊され、そこに建物があった事実を、建物の土台と土台の上に僅かに残った瓦礫が静かに物語っていた……

 

建物の被害はこれだけに留まらず、農家の畑にまで及んでいた。作物が育てられていたであろう畑は、暴力的な力か何かによってグチャグチャに荒らされ、畑で作られていた作物達も無残な姿を白日の下に晒していた……

 

更にこの凄惨な光景を彩るのは、集落の中に足だけになって転がっていた犬や猫の亡骸や、島にあった酪農家の家と思わしき建物の敷地内に転がっていた、上半身や下半身が無くなっている家畜の亡骸である……

 

「まさか一般人だけでなく、犬猫や家畜、それに畑の植物までもがあいつの攻撃対象なのかよ……、こりゃもう狂ってるってレベルの問題じゃねぇぞあいつ……」

 

戦いの中で聞いた防人の言葉を思い出し、これを全て防人がやったと想像したシゲは、思わずその身を震わせながらそう呟くのであった……

 

「おーいっ!シゲーッ!」

 

シゲが集落の中でそんな事を考えていると、不意に誰かが大声で自分に呼び掛けて来て、シゲがその声に反応してそちらに視線を向けたところ、自分に向かって手を振りながら駆け寄って来る飛龍の姿があった。相方の蒼龍がいないのは、如何やら先に父島に到着した光太郎達が、要救助者を探す為に手分けして行動する様に指示したからの様である

 

「やっとこっちに来れた……、って、うげっ!?ちょっとシゲッ?!全身ボロボロじゃないのっ!?貴方大丈夫なのっ!!?」

 

シゲの下に辿り着いた飛龍は、改めてシゲの姿を見た瞬間、ギョッとするなり慌てた様子で彼の身を案じ始めるのであった。突然どうしたのか?そう思ったシゲが自分の身体に目を向けると、そこには防人との戦いで大小様々な裂傷を負ってしまった自分の身体が映るのであった。シゲはそれを見た瞬間……

 

(ああ……、確かにこりゃ心配されるわな……)

 

思わず内心でそう呟き、苦笑するのであった

 

その後、シゲが自分は大丈夫であると告げて何とか飛龍を落ち着かせたところで、光太郎から浜辺に集合しようと言う連絡が入り、それを聞いたシゲと飛龍は共に光太郎達が待っているであろう浜辺へ向かうのであった

 

 

 

 

 

「シゲッ!?無事だったのかっ!?」

 

「ええ何とか……、か~な~り手こずりましたが、あいつを素粒子レベルまで分解して、宇宙の彼方に放り出してやりましたよ。恐らくこれであいつの顔は見なくて済むでしょう……、多分……」

 

「そこまでしても不安が残るとは……、いや、まあ気持ちは何となく分かるが……」

 

「その前に、そんな事が出来るシゲが少し怖いんだけど……?」

 

集合場所である浜辺で光太郎達と合流したところ、真っ先にシゲの姿を発見したヴェルが無言でシゲに飛びつき、それによってシゲの存在にに気付いた光太郎がこの様に尋ね、シゲが少々表情を引き攣らせながらこの様に返答したところ、話を聞いていた長門が思わずこの様にコメントし、続いてシゲの言葉を聞いた蒼龍が、この様な事を口にするのであった

 

その後、シゲはこの惨状を作り出した犯人が、先程遭遇した防人であった事を光太郎に伝え、その事実を知った光太郎達は、苦々しい表情を浮かべながら沈黙してしまうのであった……

 

「それで光太郎さん、島の人達の事なんですが……」

 

そんな中、シゲが自分にしがみついたヴェルを落ち着かせながら、光太郎に向かってそう尋ねたところ

 

「如何やら島の住民は全滅みたいだ……、俺達も懸命に捜索したんだが……、生存者を見つける事は出来なかったよ……」

 

苦悶の表情を浮かべながら光太郎がそう言うと、シゲの服を掴んだヴェルの手に力がこもり、それと同時に長門達が俯きながらシゲから視線を外す……

 

「まあこの惨状を見たら、生存者がいるとは……、ん?」

 

島の様子を見たシゲが、きっとそうだろうなと予想していた言葉を聞いた直後、何かを感知して思わず不思議そうな表情を浮かべる

 

「シゲさん、一体どうしたんだ?」

 

そんなシゲの様子にいち早く気付いたヴェルが、シゲにしがみついたままそう尋ねてみたところ

 

「いや……、何かこの島から俺達以外の熱源を感知してな……」

 

「熱源……?」

 

「それって……、もしかして……」

 

ヴェルの問いにシゲがこの様に答えると、シゲの発言を聞いた二航戦が驚きの表情を浮かべながらこの様な言葉を口にし……

 

「シゲッ!!それもうちょっと精度上げられないかっ!?」

 

「もしかしたら、それは私達が見つけられなかった生存者の体温かもしれないっ!!シゲッ!!それが何処にあるか分かるかっ!!?」

 

光太郎と長門が凄まじい勢いで話に食い付き、シゲは2人のその気迫に気圧され驚いた後、自身の熱感知能力を最大まで引き上げ……

 

「見つけたっ!!!こっちですっ!!!時間が経つ毎に温度が低下してるので急ぎましょうっ!!!」

 

その熱源の場所を特定したシゲはそう叫ぶと勢いよく立ち上がり、ヴェルを自身にしがみつかせたまま猛ダッシュでその場所に向かい始め、光太郎達も急いでその後を追い始めるのであった

 

 

 

 

 

「ここですっ!!この中ですっ!!!」

 

「ここは……、山肌が露出しているだけの様だが……?」

 

問題の場所に辿り着いたシゲが山を指差しながらそう叫び、その様子を見ていた長門が困惑しながらこの様に言ったところで、光太郎が何かに気付いて声を上げる

 

「もしかして……、ここは本来防空壕跡地だったんじゃ……?」

 

「あいつが襲って来たから誰かがここに避難して、あいつが暴れたせいで入口が崩落して、その人は生き埋めになっちゃったって事……?」

 

「だったら大変じゃないっ!!急いで助けてあげないとっ!!!」

 

光太郎の言葉を聞いた二航戦が、口々にそう言って慌てふためき出し……

 

「別府ッ!!!」

 

「了解だ、ポリたん、アレを頼む」

 

その傍ではシゲとヴェルがこの様なやり取りを交わし、ヴェルがポリたんに指示を出すと、ポリたんの側部が開いてそこから数本のシャベルが姿を現し、シゲはそれを引っ掴むと急いで防空壕跡地を掘り返し始め、そんなシゲの姿を見た長門達もシゲに倣ってシャベルを手に取ると、シゲと共に埋もれた防空壕跡地を掘り始めるのであった

 

そんな中、光太郎はと言うと……

 

「双腕重機アーム起動っ!モード・ショベルだっ!!!」

 

この様に叫んで重機アームを起動し、自身の手にはポリたんから受け取ったシャベルを握り、先端部分がショベルカーのバケットになった重機アームと併用して、ガンガン穴を掘って行くのであった

 

それからしばらく時間が経過し、シゲ、光太郎、長門の3人が引き続き穴を掘り、二航戦とヴェル、そして前面にブルドーザーの様なブレードを付けたポリたんが、3人が掘り起こした土を外に出す作業を行う様になったところで……

 

「見つけたっ!!!」

 

遂にシゲが要救助者を発見し、3人掛かりで要救助者を掘り起こした後、光太郎が急いで応急処置を行った結果、防空壕跡地の中で生き埋めになっていた少女は、何とか一命を取り留めるのであった

 

その後、光太郎が傷病者搬送用アタッチメントを取り付けたリヴァイアサンに、先程救助した生き埋めになっていた少女を乗せて先行して横須賀に帰還し、鎮守府に待機していた救急車に彼女の事を任せ、少女は現在悟が医師免許取得の為に研修医として勤めている病院に緊急搬送されたのであった

 

「もうちょい発見が遅かったらよぉ、あの娘は助からなかったかもしれねぇなぁ。こいつは冗談抜きでシゲのお手柄って奴だわなぁ」

 

彼女の治療に携わった悟は、仕事を終えて横須賀鎮守府に戻り、食堂で食事をしている時にこの様な事を言ったのだとか……

 

こうしてシゲ達の手によって助け出された少女は、故郷の事を医師から知らされると復讐の炎をその魂に宿し、深海棲艦撲滅の為に艦娘になる事を固く決意し、必死に勉強して横須賀鎮守府の近くにある軍学に入学し、厳しい訓練に耐え抜き己を磨き上げるのであった

 

そしてその少女は後に綾波型駆逐艦の8番艦である曙として、彼女の仇である防人とよく似た姿をした戦治郎が提督を務める長門屋鎮守府に着任する事になるのだが、その事は彼女も、そして戦治郎達も今は知らない、知りようが無かったのであった……



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来日その1

父島の一件の後、光太郎から報告を聞いた戦治郎が、改めて元帥に転生個体の脅威を訴え掛けたのだが、やはりと言うべきか元帥の考えは変わる事は無かった……

 

それを確認した戦治郎は、表では悔しそうな表情を浮かべていたのだが、内心ではニヤリとほくそ笑んでいた。その方が戦治郎にとって都合が良いから……、彼の企み事を成功させるには、元帥には今のままでいてもらった方が良いからである……

 

そうして時が過ぎ、遂にこの時が、日米英独と穏健派連合+αの会合の日がやって来るのであった。因みに、穏健派連合が此処に来る事は、元帥や海軍の上層部には伏せてあった。その方が来た時のインパクトが強いからと言う、戦治郎の提案でそうなったのである

 

先ず最初に日本に到着したのは、ミッドウェーの一件で研究所兼軍事要塞と化したホノルル兵器開発研究所を本拠地に据える事にした、アメリカ海軍の総司令であるジョシュア・ルイスと、艦娘の艤装に関わる事と言う事で、彼に同伴した兵器開発研究所の局長であるサラであった

 

因みに、これは会合の後ジョシュアが戦治郎にポロリと零した事だが、如何やら彼はもう少し余裕を持って出発するつもりだったらしいのだが、同伴する事が決まったサラにかなりせっつかれた結果、出発予定時刻を大幅に早める事となったのだとか……

 

さて、そうして出発時間を早めたサラはと言うと……

 

「空さん、お久しぶりです♪」

 

ジョシュア達を出迎えたメンバーの中に空がいる事を確認すると、小走りで駆け寄って空の両手を取りながら、空に向かってこの様に挨拶するのであった。……空の隣に並ぶ翔鶴の目の前で……

 

その後、空が翔鶴にサラの事を紹介し、翔鶴がサラに笑顔で自己紹介をするのだが、その場にいた誰もが翔鶴とサラから只ならぬオーラを感じ取り、恐れおののいたのだそうな……

 

さて、2人の女が1人の男を巡って火花を散らしていると、戦治郎達の後方から大日本帝国陸軍の軍服を纏った男達が、1輌の極めて珍妙な戦車を引き連れて姿を現す。そう、今回の会合には日本陸軍のトップである剣持 刃衛元帥陸軍大将も参加する事になっているのである

 

「済まない、福岡に置いていたペーガソスがたった今届いてな、ペーガソスの受け入れ作業をやっていたら遅くなってしまった」

 

先頭を歩いていた剣持が、そう言いながらペーガソスに視線を送ると、彼と共にこの場に来た陸軍の兵達が左右に分かれて道を作り、その道を剣持達の後に続いていたペーガソスが通り、ペーガソスは剣持の後方に着くと8本の足を同時に曲げて車体を地面につけて、その場で停止するのであった

 

因みに、横須賀の艦娘達はペーガソスを見た瞬間、横須賀の乱の時の事を思い出して思わず警戒してしまうのだが、これが剣持の物であると分かるとすぐに警戒を解き、この珍妙な戦車をマジマジと観察し始めるのであった

 

尚、ペーガソスを初めて見るシゲはと言うと……

 

「何だこの戦車あああぁぁぁーーーっ!?めっちゃ興味深ぇぞおいぃっ!!!」

 

興奮の余り思わずそう叫び、戦治郎にやかましい!と注意されながら頭を叩かれるのであった

 

こうして誰もが剣持達が連れて来た戦車に釘付けになっているところで、ドイツ海軍の総司令官であるアクセル・レーダーと、その秘書艦を務める戦艦ビスマルク、そしてイギリス海軍総司令官であるセオドール・ヴァレンタインとその秘書艦が乗った航空機が、横須賀鎮守府内にある飛行場に降り立つのであった

 

そして飛行機からアクセル、ビスマルク、セオドールの順で降りて来て、最後に降りて来たセオドールの秘書艦を目の当たりにした時、欧州にいた頃から戦治郎達と行動して来た者達が同時に目を丸くして驚き、思わずその場で固まってしまうのであった

 

その中でも特に激しく驚いたのは、初期メンバーの中でもイギリス海軍とイギリスの王室と関りがある通であった

 

「えっと……、もしかして従者さん……、ですか……?」

 

誰よりも早く我に返った通が、恐る恐ると言った様子で彼女にそう尋ねると……

 

「久しぶりだな通、ああその通り、私はあの時の従者だった者……、今はイギリス海軍総司令の秘書艦、アークロイヤル級正規空母の1番艦、アークロイヤルだがな」

 

初めて会った時はイギリス王室の姫の従者であったアークロイヤルが、薄い微笑みを浮かべながらこの様に返答するのであった

 

何故彼女がセオドールの秘書艦となっているのかについてだが、如何やら戦治郎達が去った後のイギリスは、すぐにドイツから艦娘の艤装に関する技術を提供をしてもらい、先ずは王室関係者と軍の関係者を中心に艤装の適性検査を行ったそうだ

 

軍は兎も角何故王室関係者まで最初に適性検査を行ったのかだが、これは如何やら姫がこの様なご時世で軍や国民だけに戦争を任せる訳にはいかないと、王室関係者が率先して艤装適性検査を受け、戦いの時は先陣を切って戦いに挑み、国民を鼓舞して奮い立たせ、勝利に導いていくべきではないかと熱く訴え掛け、それが実現してしまった結果なのだとか……

 

そうして姫と従者であったアークロイヤルが適性検査を受けたところ、2人共見事に適性がある事が判明し、王室の従者であった彼女は艦娘のアークロイヤルとして、深海棲艦と戦う事となったのである

 

因みに姫の方だが、如何やら戦艦の適性はあるものの、軍に関する知識は足りないわ、戦う為に必要な体力が圧倒的に足りないわで、現在はイギリスの方で軍に関する知識を得る為の勉学に励むと同時に、己を鍛える為に軍で猛特訓しているのだとか……

 

こうしてアークが自分が艦娘になった経緯を通達に話していると、不意にセオドールが悪戯を思いついた少年の様にニヤニヤしながらアークに並び立つと、突然アークの肩を抱き寄せながら、通達に自身の左手薬指をかざして見せながら、この様な事を口にする

 

「んで、お互い姫さんに振り回された者同士、色々と姫さん関係の話をしていたら、気付いた時にはゴールインしてたってなっ!」

 

セオドールのこの言葉を耳にした者達が、一斉にセオドールの左手薬指を注視したところ、そこにはキラキラと輝く結婚指輪が存在しており、それと全く同じ物がセオドールに突然抱き寄せられた事で、恥ずかしさの余り顔を真っ赤にしたアークの左手薬指で輝いていたのであった……

 

「んん~?あれれ~?おっかしいな~?僕そんな事一言も聞いてない気がするぞ~?」

 

「あ?もしかして言い忘れてたか?だったら済まんっ!俺とアクセル、結婚したんだわっ!」

 

「ちょっとセオッ!?」

 

「如何やら巻き込まれちゃったみたいだね……」

 

そんな中、戦治郎が物凄く不思議そうな顔をしながらセオドールにそう尋ねたところ、セオドールは満面の笑顔を浮かべながら更なる爆弾発言を行い、直後にビスマルクが大慌てしながらセオドールに食って掛かり、アクセルは苦笑しながらそう呟く……。そんなアクセルの左手薬指にも結婚指輪がはめられており、ビスマルクの方は手袋の下にしっかりと指輪をはめていたのであった

 

このやり取りの後、2人に先を越されたと思った戦治郎が、思わず呆然としていると……

 

「提督……、大丈夫ですよ、提督には大和が付いていますから……♪」

 

その傍らで、大和が頬をほんのりと赤く染め、熱のこもった視線を戦治郎に向け、恥じらう様な仕種をしながらそう囁いていたのであった

 

「さて、これで面子は揃いましたな……、では……」

 

「ああ、ちょっち待った、実はまだ来てない人……?達がいるんですわ、なのでもうちょっちだけ待ってもらえません?」

 

アメリカ、ドイツ、イギリス、そして大日本帝国海軍と陸軍のトップが揃った事を確認した元帥が、彼等を会議室に案内しようとしたところで、不意に戦治郎が待ったをかける。そしてその直後、日本海軍の者達が持つ通信機に、通信指令室からこの様な通信が入るのであった

 

『現在、所属不明の輸送船がこちらに向かっています、元帥達は安全なところに避難をお願いします。そしてこの通信を聞く艦娘達は、至急警戒態勢に入って下さい。繰り返します……』

 

「如何やらそういう訳にはいかなくなったようだな……、済まんが我々は……」

 

通信を聞いた元帥が、戦治郎の方へ向き直ってそう口にしたところで……

 

「ああ、来た来た!あれが待ち人その1、深海棲艦穏健派連合の代表の方が乗ってる輸送船です」

 

戦治郎はこの様に返しながら輸送船に向かって手を振り、甲板にいた黒いローブを羽織った人影は、それに気付くと被っていたフードを外して戦治郎に向かって手を振り返すのであった。それを見た元帥や日本海軍の上層部の者達は、フードの下から現れた顔……、戦艦棲姫の顔を見るなり思わず驚愕し、硬直してしまうのであった……

 

「待たせてごめんよー!ちょっと荷物の搬入に手間取ってしまったんだー!」

 

そんな中、問題の戦艦棲姫……、深海棲艦穏健派連合の代表であるリチャード・マーティンは、暢気にそう叫びながら戦治郎達に向かって手を振り続けるのであった……



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来日その2

大本命登場


元帥達がリチャードの姿を見て愕然とする中、戦治郎達長門屋のメンツや横須賀の主力艦隊の面々が、元帥達そっちのけでリチャードが乗る輸送船の誘導を手際良く行い、輸送船が無事横須賀鎮守府に入港すると、リチャードはフードで顔を隠したローブ姿の人物を伴って、それはそれは優雅な動作でタラップを降り、戦治郎達の前に立つと……

 

「久しぶり……、と言う程でもないかな?」

 

「ホノルルの時に会ってますからね~……」

 

リチャードはそう言って戦治郎に握手を求める様に手を差し伸べ、戦治郎は苦笑しながらその手を取ると思わずこの様に返答するのであった

 

「戦治郎君、この戦艦棲姫は……?」

 

「えっと、この方が先程俺が言っていた、深海棲艦穏健派連合のトップを務める方で……」

 

「リチャード・マーティンと申します、どうぞお見知りおきを」

 

その様子を見ていた元帥が、我に返るなり戦治郎にリチャードの事について質問し、その質問に戦治郎が答えようとしたところで、戦治郎のセリフに被せる様にしてリチャードが笑顔で自己紹介を行うのであった

 

その後、リチャードは元帥や日本海軍の上層部の者達1人1人に握手を求め、それが終わったところで自身の傍に佇むローブ姿の人物の紹介に移る

 

「さて、僕の事はこれくらいにしておいて、彼女の事も紹介しておこうと思う。さあスイ、フードを外して」

 

「はい……、では……、ふぅ……、えっと……、先程紹介に与りました、リチャードの妻にして元深海棲艦指導者のスウと申します……」

 

リチャードの言葉に従い、ローブ姿の人物……、リチャードのこの世界での妻であるスウは、ローブのフードを外すと自己紹介を行い、それを耳にした元帥と日本海軍の上層部、更にはアクセル達も思わず驚愕するのであった……

 

「おい……、今深海棲艦の指導者って聞こえた気がするんだが……?」

 

「深海棲艦の指導者は、リコリスじゃなかったのか……?」

 

スウの言葉を聞いて困惑するセオドールとアクセルが、この様な言葉を口にし……

 

「貴様が……、祖国を……、私達のアメリカ合衆国を……」

 

それに続く様にして、ジョシュアがスウに鋭い視線を向け、歯軋りした後怒りを隠そうともせず、この様な言葉を呟くのであった……

 

「おっと、今の彼女は穏健派の純正深海棲艦の指導者であって、深海棲艦全体の指導者をやっていたのは昔の事なんだ。っと言っても恐らく納得出来ない人がいると思うから、詳細は話し合いの時に、ね?」

 

その後、ジョシュアの視線を受けて怯え始めたスウを見たリチャードが、その間に割って入るとこの様な事を口にして、何とかこの場を収める事に成功するのであった

 

尚、このやり取りを遠巻きに見ていた戦治郎と長門は……

 

「今の世界情勢について話すにあたって、どうしてもスウさんの話は聞いておいてもらいたいところだからな~……、こればっかりはシカタナイネ……」

 

「まあ、彼女に関してはリチャードさんに任せよう、彼ならきっと上手くやってくれるだろうからな……」

 

まるで内緒話をするかの様に、コソコソとこの様な会話を交わしていたのであった

 

それからすぐ、何とか落ち着きを取り戻した元帥が面子が揃った事だからと、再び来賓の皆様を会議室に案内しようとするのだが……

 

「ま~った待った待ったっ!今日此処に来る予定なのは、実はリチャードさん達だけじゃないんですよっ!ねっ!?剣もっさんっ?!」

 

「ぬ……?あぁ、そう言えばそうだったな……」

 

ここで再び戦治郎が待ったをかけ、戦治郎に話を振られた剣持は一瞬キョトンとするのだが、何かを思い出したのか僅かに苦笑しながらこの様に返答するのであった

 

と、その直後である、突然戦治郎の背後の空間が歪み始め、やがてそこにポッカリと大きな穴が開くと、その中から数人の男女が姿を現す……

 

その集団の先頭を歩くのは、スーツフェチの方なら思わず見入ってしまう程立派なスーツを着こなし、彫りの深い顔に切れ長の目、髪型はオールバックでまとめた初老ほどの男性、その傍には如何にも淑女然とした女性と、険しい表情で周囲を警戒する青年くらいの男性が控えており、女性の手には水色の髪を左右で団子状に纏めた少女の手が握られていたのであった……

 

更にその後、先程空間に開いた穴の隣に更に穴が開き、そこからはこれまたスーツ姿の女性を先頭にして計3名の男女が姿を現し、その場を騒然とさせるのであった……

 

「な、何なんだこの者達は……っ!?」

 

突然の出来事に動揺する元帥が、思わずそう言い放ったその時だ

 

「ち、父上っ!?それに母上にオトゥームにクティーラまでっ!!?」

 

事情を聞かされていなかったゾアが、驚愕しながらこの様な言葉を口にし……

 

「タニさんにヴォルヴァドスに~……、誰だこいつ?」

 

後から現れた3名を目にしたシゲが、この様な事を口にして不思議そうな表情を浮かべるのであった

 

「何、少々翔の食事が恋しくなってな、私達はそれを食べに来たのが主な目的だ。それで、丁度この日に戦治郎達が何やら世界の現状に関する話し合いをすると言う事だったから、食事の代金代わりに神話生物から見た世界情勢について、私直々に教えてやろうと思ったのだ」

 

そして驚愕するゾアに対して、今は初老の男性の姿をしているクトゥルフが、戦治郎に挨拶をした後にこの様に返答したところで、淑女然とした女性の姿をしたイダー=ヤアーとクティーラがクスクスと笑いだし、その光景を青年の姿をした護衛役のオトゥームが苦笑しながら眺めていた。イダー=ヤアー達がこの様な反応をしたのは、もう1つ目的であるゾアの様子を見に来た事を、クトゥルフが恥ずかしがって伏せたからだったりする

 

「私達の方はヴォルヴァドスを剣持に預けに来たついでに、こいつの紹介をしておこうと思ってな。っと言う訳でバステト、前へ」

 

「はいニャッ!」

 

クトゥルフの言葉を聞いてこの場が更に騒然とする中、後から現れたクタニドがそう言うと、猫耳を生やした女性が元気一杯に返事をした後、クタニドの前に出て自己紹介を始めるのであった

 

「私は旧神バステトニャッ!ヴォル君が大日本帝国軍の憲兵になるって事で、代わりに私がクタニドさんの補佐を務める事になったんだニャッ!」

 

「こいつには、こいつの眷属であるネコ達を使って、桂島の提督などの様な怪しい連中を監視してもらう事になっているんだ。その関係で、こいつが眷属のネコ達を通してお前達にコンタクトを取る可能性があると言う事で、こうして紹介する事にしたんだ。そう言う訳で、よろしくしてやってくれ」

 

「皆さんっ!どうぞよろしくお願いしますニャッ!」

 

バステトが自己紹介を終えたところで、クタニドが彼女を戦治郎達に紹介する事になった経緯を話し、そのすぐ後にバステトはそう言って深々とお辞儀するのであった

 

「それ、めっちゃ助かる奴じゃないですかーっ!クタニドさんマジ感謝っ!!そしてバステトだっけか?こちらこそよろしくなっ!!」

 

クタニドとバステトの話を聞いた戦治郎は、この様に返事をするとバステトに手を差し伸べて握手を求め、それに応える様にして戦治郎の手を掴んだバステトは、戦治郎に向けて満面の笑みを浮かべるのであった

 

「戦治郎君……、まさかとは思うが……」

 

この状況には流石の元帥も動揺し、恐る恐ると言った様子で戦治郎に質問をすると……

 

「ええ、この方々が最後の待ち人?待ち神?で……」

 

「海底に存在する都市、ルルイエを統治する旧支配者のクトゥルフだ」

 

「私は旧神のリーダーを務めているクタニドと言う者だ、因みに私も話し合いに参加するつもりなので、その時はよろしく頼むな」

 

元帥の言葉に反応した戦治郎が、クトゥルフ達の事を紹介をしようとすると、クトゥルフとクタニドは戦治郎のセリフに割って入る様にして自己紹介を行うのであった

 

こうしてようやく会合に参加する面子が全員揃い、戦治郎達は想像以上の出来事が発生し、頭の処理が追い付かなくなって呆然とする元帥と日本海軍の上層部を連れて、会議室へと向かって歩き出すのであった

 

因みにクトゥルフ達を目の当たりにしたアクセル達だが、事前に雑談会の時にクトゥルフ達がどんな存在であるかの説明を受けていた事や、クトゥルフ達が会合に参加する事を知っていた事、そしてクトゥルフ達が人の姿になっていた事も有って、元帥や日本海軍上層部程動揺する事はなかったのだとか……



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会議の前に・・・・・・ 工廠編その1

会合に参加するメンバーが会議室に向かった後、その場に残された者達は各々に行動を起こし始めるのであった

 

横須賀鎮守府所属の艦娘達は、要人に何かがあっては不味いと言う事で、前もって与えられていた鎮守府周辺の警備任務に移り、翔を中心とする食堂組は、クトゥルフから会合が終わるまでは自由にしていいと言われたクティーラとの再会を喜び合った後、会合の後に開かれる事になっている会食の準備の為に、自ら手伝いを申し出て来たクティーラと共に埠頭を後にして食堂に向かうのであった

 

因みにこの時、クティーラは食堂で意外な人物と再会する事となるのだが、この話は後に触れてる事にする……

 

今回の話の中心となるのは……

 

「何じゃこのクルマはあああぁぁぁーーーっ!?興味深過ぎるにも程があるじゃろうがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

リチャードが準備した戦治郎達の日本到着を祝う為の品々の説明の為に、リチャード達に同行した熊野 伊吹と……

 

「だろっ!?だろっ?!伊吹~!やっぱお前ならそう言うと思ってたっぜ~?!」

 

伊吹の隣で、彼と共に剣持達が連れて来たペーガソスを前にしてはしゃぐシゲの2人となっている……

 

輸送船に積んでいる荷物を全て下ろし終えた伊吹が、シゲを発見するなり彼の下へ駆け寄り、右、左の順でハイタッチをした後に横にした拳でお互いの拳を上から打ち合わせ、最後にグータッチすると言う彼等なりの挨拶を交わしたところで、不意にシゲがペーガソスの方を指差し……

 

「伊吹……、あいつを見てくれ……、どう思う……?」

 

伊吹に向かってそう尋ねると、伊吹はシゲが初めてペーガソスを見た時と同じ様な反応を示し、それを見たシゲは満足そうに頷いて見せた後、伊吹と共にはしゃぎだしたのである

 

「シゲさんが2人いる……?」

 

「違うッスよヴェル、あいつは重巡夏姫の転生個体で、伊吹って言う穏健派の技術班のアタマッスよ」

 

「まあ、初めて見たらそんな反応になるよな……」

 

そんな中、伊吹の事を初めて見るヴェルが目を丸くしながらそう呟き、それを聞いた護と摩耶が、それぞれこの様に返答するのであった

 

「のうっ!このクルマは乗っても大丈夫なんかっ!?」

 

そんな中、伊吹がペーガソスにここまで乗って来た操縦手にそう尋ね、操縦手からこのクルマは既に長門屋の物になっていると聞くと……

 

「よしシゲッ!このクルマで工廠向かうぞっ!!そんでこいつを徹底的に分析するんじゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「おっしゃ任せろっ!!!っとマモと別府も来るかっ?」

 

伊吹がこの様な事を提案し、それに乗ったシゲは意気揚々とペーガソスに乗り込もうとするのだが、上部ハッチを開けたところでふと思い出したかの様に護とヴェルにそう尋ねるのであった

 

「そうッスね~、どうせ此処にいても暇なだけだし、いいッスよ、付き合うッス」

 

「分析って事は、それを一度バラすのかい?だったら手伝うよ」

 

「おいシゲッ!あたしを除け者にすんなっ!」

 

シゲの問いに2人がこの様に答えたところで、その様子を見ていた摩耶が慌てた様子でこの様な事を言い出し、その結果この5人でペーガソスの分析を行う事が決定し、シゲと伊吹が操縦席に乗り込んだ後、護と摩耶は何気なしにペーガソスの車体の後部に飛び乗るのであった

 

この時、ヴェルが中々乗って来ない事に気付いた摩耶が、ヴェルの方へと視線を向けてみると、そこにはポリたんを踏み台にしてペーガソスの車体に乗ろうとするのだが、中々上手くいかず両手を真っ直ぐ上に伸ばしたままの姿勢で、プルプルと震えるヴェルの姿があったのであった……

 

その後、摩耶がペーガソスの上からヴェルを引き上げ、ペーガソスの分析会に参加するメンバー全員がペーガソスに乗り込んだところで、シゲは工廠へ向けてペーガソスを発進させるのであった

 

こうしてペーガソスに乗って工廠へ向かうシゲ達に、羨望と救いを求める視線を向ける存在がいた……。そう、今自分の目の前で発生している修羅場をどう対処したらいいか分からず、翔鶴とサラが放つ威圧感に圧倒されながら困惑している空である……

 

「出来れば……、俺にも声を掛けて欲しかった……」

 

ダラダラと脂汗を流しながら、空は思わずそう呟くのであった……

 

 

 

 

 

「すみません明石さん、ちょい場所借りていいです?」

 

「シゲさん?一体何を……」

 

その後工廠に到着したシゲが、丁度中で作業をしていた明石に声を掛けたところ、明石はシゲに何をしようとしているのか尋ねる為にシゲの方を向くのだが、シゲの後方に控えているペーガソスを目の当たりにするなり目を丸くして驚き硬直した後……

 

「これって横須賀の乱の時、陸軍の連中が乗ってたって奴じゃないですかっ!?もしかして今からそれ解体(バラ)すんですかっ?!だったらどうぞどうぞっ!すぐに此処片付けるんで、それごと中に入って少しだけ待ってて下さいっ!!」

 

目を輝かせながら早口でこの様な事を捲し立てた後、今まで作業していた場所の片付けを始め、そのスペースをシゲ達に譲ってくれるのであった

 

その後、シゲ達は明石を加えた6人でペーガソスの分解、内部構造のメモと言う意味合いが強い設計図を引いた後、このまま只戻すだけではつまらないと言う事になり、ペーガソスに魔改造を施し始めるのであった……

 

その結果、改造を施されたペーガソスの姿は、今まで以上に異様なものへと変化し、変わり果てたペーガソスの姿を見たシゲ、護、伊吹の3人は、腹を抱えて大爆笑するのであった

 

車体の前方部分に存在する車体と同化した砲塔の上に、更に旋回可能な砲塔を外付けで取り付け、先程ヴェル達が乗っていた車体の後部には、細長い棒の様な物が上に向かって伸びており、外付け砲塔より高い位置にある棒の先端には、真ん丸な砲塔が取り付けられていた

 

因みにペーガソスに外付けされている砲塔だが、これは護が1度は諦めたアルゴスの再現を全力で試みた結果出来上がったアルゴスの劣化コピー品で、その名を『アデリー』と言うらしい……

 

これだけでもかなり異様な姿をしているペーガソスだが、これに装備が加わる事でその異様さは更に強化される……。何せこのペーガソス、アデリーの上に取り付けられた閃光迎撃神話の除けば、その全ての装備がシゲが量産する事に成功したバーストセイバーで構成されているのである……

 

しかもその数が尋常ではない、車体から1門、固定砲塔から3門、アデリーから5門、そして後部の丸砲塔から1門の、合計10門のバーストセイバーがこのペーガソスには取り付けられているのである……

 

これにより、ペーガソスは1度砲を発射しようものなら、瞬く間の内に30発もの砲弾を相手に浴びせ、短時間で全ての砲の砲弾の再装填を完了させる事が出来る怪物多脚戦車へと変貌したのである……

 

更に更に、改造の際護が関わっている為、例によって例の如く電子系も大幅に強化されており、姿勢の電子制御だけでなく、広範囲の情報をかき集める事が可能なレーダーやソナーまで搭載している始末……。尚、ソナーはあるが爆雷投射機は付いていない為、潜水艦を攻撃する際は、1度外に出て爆雷を投げる必要があるが、そこはご愛敬なんだとか……

 

こうして完成したペーガソスの前に座り込んで休憩していたシゲ達は、これを一体誰が使うのかと言う話が上がると真剣に話し合いを始め、その結果キュクロープス争奪戦で準優勝した陽炎に渡す方向で話を固めるのであった

 

因みに、ペーガソスを受け取る時に陽炎がシゲ達に対して、何故この様な姿になったのかを尋ねたところ……

 

「おめぇ確かキュクロープスの時言ってたろ?特別な何かが欲しいって。ほら見ろこの見た目、すっげぇ特別感がするだろ?スペックの方もかなり特別な感じだから、おめぇの望み通りだぞ?」

 

流石にノリと勢いで改造したとは言えず、シゲは陽炎から怪訝そうな視線を浴びながらも、こう言って何とか誤魔化して見せるのであった……

 

尚、この時シゲ達が引いたペーガソスの設計図だが、これは後に空の事を『大将』と呼び慕う存在の装備であり、空の強化武装となる物の製作の際、大いに役立つ事となるのであった……



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会議の前に・・・・・・ 工廠編その2

「そう言えば……、伊吹さん、さっき此処に運んで来た荷物なんですけど……、あれって一体何なんですか?」

 

シゲ達がペーガソスの改造を終え、休憩がてらこのクルマを陽炎に渡す方向で話を固めたところで、不意に明石が何かを思い出したかの様に伊吹に向かってこの様に尋ねる

 

因みに、伊吹は輸送船から降ろした荷物を工廠に運んだ時に初めて明石と出会った訳なのだが、その時明石は伊吹をシゲと勘違いし、昨日までは普通に話していたシゲが、何の前触れも無く突然広島弁を話し出したと思い込み、激しく混乱したのだとか……

 

「ああ、あれか……。あれはリチャードさんがワシら技術班に準備する様お願いした、戦治郎さん達宛てのプレゼントじゃ。まあ、一部違うモンが混じっちょるがのう」

 

明石に質問された伊吹が、何気なくこの様に返答したところ……

 

「なあ伊吹、そのプレゼントってどんなんか見せてもらえねぇか?」

 

「何じゃシゲ、中身が気になるんか?まあ見て減るモンでもないし……、ええで、ちょい待っとれ、持って来ちゃるわ」

 

プレゼントの内容が気になったシゲが、伊吹に向かってプレゼントを見せて欲しいと頼むと、伊吹は仕方ないと言った様子でそう返答しながら立ち上がり、件のプレゼントを置いている場所へと向かうと、目ぼしいものを幾つか引っ掴んでペーガソスの前に戻って来るのであった

 

「先ずはこれじゃ」

 

そう言って伊吹がプレゼントの包みを開くと、その中から変わった形をした大型の剣と、これまた少々変わった形状の大砲が姿を現すのであった

 

「何ッスかこれ?」

 

「これはワシが日向さん宛てに作った装備で、剣の方は『キョウフウゲーベル』、大砲の方は『セイランチャー』っちゅうんじゃ」

 

問題の品を見た護が不思議そうに伊吹に尋ねると、伊吹はニヤリと笑いながらこの様に返答するのであった

 

「ああ~……、言われてみれば……、どっちもよく見ると強風や晴嵐っぽいな……。ってまたSEEDネタか……」

 

「統一感あってええじゃろ?」

 

これらの武器の名前を聞いたところで、この武器達の形状と配色から元ネタを理解したシゲがやや呆れ気味にこの様な事を言うと、伊吹はニシシと笑いながらシゲにこの様に尋ねるのであった

 

その後、シゲ達は伊吹からこれらの武器の説明と、この水上機SEEDシリーズの第4弾が開発中である事を聞くと、次の包みの開封に移る様伊吹に促すのであった

 

そうして伊吹が次の包みを手にすると、突然シゲと護が目を見開きながら動揺し始める……。今伊吹が手にしている包みは、何処からどう見ても十字架の様にしか見えず、何故シゲ達が動揺しているのかが分からない摩耶達は只々不思議そうな表情を浮かべ、シゲ達の反応を見た伊吹は、先程以上にニヤニヤしながらこの十字架の包みを勢いよく剥がすのであった……

 

「やっぱそれかよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「パニッシャーキタ⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!」

 

「「「パニッシャー?」」」

 

「やっぱシゲ達は知っとったか……」

 

十字架の包みが剥がされてその中身が姿を現した途端、シゲと護が突然大声を上げながら驚愕し、パニッシャーを知らない摩耶達が揃って疑問符を浮かべる中、伊吹は相変わらずニヤニヤしながらそう呟くのであった……

 

「シゲ、そのパニッシャーってのは何だ?」

 

「これはある漫画作品に出て来た兵器で、作中では最強の個人兵装とか言われてる代物なんだ……」

 

摩耶がシゲにパニッシャーについて尋ねたところ、シゲはその身を震わせながらこの様に返答する……

 

「これが最強の個人兵装?只の十字架じゃないのかい?」

 

「そうじゃ、まあ今から見せちゃるからよ~く見とくんじゃぞ?」

 

シゲの返答を聞いたヴェルが不思議そうにシゲに尋ねると、激しく動揺するシゲの代わりに伊吹がこの様に返答し、パニッシャーを起動し始める……。するとどうだ、十字架の縦のアームの長辺側が真ん中からパックリと割れ、その中からかなりの口径を誇る機関砲が姿を現したではないか。これには流石の摩耶達も目を丸くして驚き、その視線はパニッシャーへと向けられるのであった

 

「他にもこんなんあるで?」

 

そう言って伊吹は短辺側を前に向けて再びパニッシャーを操作すると、今度は短辺側がパカリと開いて、その中からロケットランチャーが顔を見せるのであった

 

「機関砲とロケットランチャーが一体化した武器ですか……、このサイズでそれを実現するなんて凄いですね~……。あっ、ちょっとそれ持ってみていいですか?」

 

我に返った明石が、興味本位で伊吹にこの様に尋ねてみたところ……

 

「「「やめとけやめとけ(ッス)」」」

 

伊吹だけでなく、シゲと護まで声を揃えてそれを制するのであった

 

「え~……、ちょっとくらいいいじゃないですか~……」

 

「いやな、これ原作通りの代物だったら、間違いなくめちゃくちゃ重てぇぞ?多分伊吹だからこうして持てるんだと思うぞ?」

 

「これってそんなに言う程重いんですか……?」

 

3人に制止された明石が頬を膨らませながらぶぅ垂れ、そんな明石を宥めようとシゲが

この様な事を口にし、それを聞いた明石は訝しみながらシゲにそう尋ねるのであった。と、その時である

 

「何なら試してみるか?」

 

突然伊吹がこの様な事を言いながらパニッシャーを元の状態に戻すと、パニッシャーの長辺側を下にして、パニッシャーを工廠の床に立てようとする。そしてパニッシャーの先端が床に付いたところで伊吹がパニッシャーから手を放すと、パニッシャーはコンクリートで出来た工廠の床を粉々に砕き、見る見るうちに地面の中に沈んでいくのであった……

 

「「「……はっ!?」」」

 

「まあそう言う反応になるッスよね~……」

 

目の前の出来事に呆気にとられる摩耶達の姿を見た護は、思わず苦笑しながらそう呟くのであった……

 

「こいつは見た目はコンパクトだが、重量は軽く数tを超えてるんだよ……。因みにさっき見た機関砲、あれは弾1発で数mの厚さがある壁に人間と同じくらいの大きさの穴を開ける上に、そんなのを一瞬で数百発も吐き出せるんだぜ……?」

 

「ロケランの方も凄いで?何と砲弾一発で直径数百mの範囲を吹き飛ばし、大炎上させる程の焼夷能力があるんじゃ」

 

「離れればそれらの餌食になり、近付けば化物みたいな重量を持ったパニッシャーと、それを自在に扱えるほどの腕力で直接ブン殴られるッス……。故にパニッシャーは最強の個人兵装と呼ばれてるッス……」

 

パニッシャーに視線を向けたまま呆然とする摩耶達に向かって、シゲ達3人はパニッシャーがどう言う兵器なのかを説明し、それを聞いた摩耶達は更に驚愕の色を濃いものへと変えるのであった

 

その後、伊吹が尚も地面にズブズブと沈んでいくパニッシャーを片手で回収すると……

 

「因みにじゃが、実はこいつは少しだけワシの改造を加えとるんじゃ」

 

突然この様な事を口走ながら、パニッシャーを機関砲モードに切り替える

 

「はぁ?改造?パニッシャーを?何処をどうしたんだ?」

 

「それはな……、こうじゃっ!」

 

伊吹の言葉を耳にしたシゲが、怪訝そうに伊吹を見ながらそう言うと、伊吹はこの様に返答しながら更にパニッシャーを操作して、砲身の下から長さ60cm程の白と黒の縞模様が浮かんだ刃を出現させてみせるのであった

 

それを見た直後……

 

「「ダマスカスブレードだとおおおぉぉぉーーーっ!??」」

 

「そうじゃ、ワシの能力の応用で、トライガンのパニッシャーと銃夢のダマスカスブレードを再現して、こんな感じに組み合わせて斬撃も可能にしてみたんじゃ。どうじゃ?中々かっこええじゃろ?因みに輸送船の中にワシ用の奴があるで」

 

戦治郎が持っていた漫画で知ったダマスカスブレードを目の当たりにしたシゲと護が、それはそれは凄まじい声量で絶叫し、そんな2人の反応を見た伊吹は、満面の笑みを浮かべながら2人にこの様に尋ねるのであった……

 

尚、このパニッシャー改は重量のせいで艦娘や護や望、通や藤吉と言った軽量級の転生個体ではまともに扱えず、自分の武器は自分で作りたいと主張する戦治郎や、格闘主体の空やシゲに受け取りを拒否されてたらい回しになった結果、剛の艤装の下から生えている腕の専用装備となるのであった



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会議の前に・・・・・・ 工廠編その3

パニッシャー改の件で混乱したシゲと護が、ようやく我に返って落ち着きを取り戻したところで、明石が伊吹に向かってこの様な事を尋ねる

 

「あのぉ~……、もしかして伊吹さんが最初に工廠に運んで来た奴も、そのパニッシャーとか言う兵器と同じレベルで危険な物なんですか……?」

 

明石のこの言葉を聞いた途端、先程までそれはそれはいい笑顔を浮かべていた伊吹は、ばつの悪そうな表情を浮かべ、溜息を吐きながら後頭部をバリバリと掻き始め……

 

「ありゃパニッシャーほどの代物じゃないのう、使いこなせばかなり強力な奴なんじゃが……」

 

「ん?何か問題でもあんのか?」

 

伊吹の言葉に反応したシゲが、伊吹に向かってこの様に尋ねたところ、伊吹は今一度大きな溜息を吐いた後に問題の品の方へと歩いて行き、それに掛けられたカバーを外してそれの姿をシゲ達に見せる

 

「これは……、Ξのガンダムスーツか?」

 

「そうじゃ、これは璃栖瑠さんが集めてくれたペーネロペーのデータを基に仕上げた、4つ目のガンダムスーツなんじゃ」

 

「……んん~?ディープストライカーにペーネロペー、そしてこれだったら3つ目じゃないッスか?」

 

「その前に戦治郎さんの依頼で、タウイタウイの提督用にネオ・ジオングのスーツを作っとるんじゃ。ユニコーンのシナンジュを格納しとるアレのな、じゃからそいつも数に入れたら4つ目じゃ」

 

「ネオ・ジオングはガンダムじゃねぇだろ……?」

 

「出典がガンダムシリーズのモンは、全部ガンダムスーツなんじゃい!」

 

シゲ達が問題の品、第4のガンダムスーツであるΞガンダムスーツを目の当たりにすると、シゲ、伊吹、護の3人はこの様なやり取りを交わす

 

「さっき伊吹さんはこれは使いこなせば強力と言っていたけど、具体的にはどう強力なんだい?」

 

そんな中、Ξガンダムスーツを興味深そうに観察していたヴェルが、不思議そうにそう尋ねて来るのであった

 

「こいつはのう、装着したら空をマッハ2で飛行出来る様になる上に、艦載機を操作する要領で操作可能なファンネルミサイルっつーミサイルを使える様になるんじゃ。それ以外にも通常のミサイルランチャーを両腕に、大型ミサイルを両脚に備え、リアスカート部分には追加ブースターも兼ねたマイクロミサイルポッドを装備、更に頭部には40mm機銃を基にして作ったバルカンを搭載し、両肩にはメガ粒子砲をモチーフにした熱線砲を装備しとるんじゃ。因みに、以前ディープストライカースーツを装着してヌ級と戦った燎さんが、相手にボコボコにされて大怪我した関係で、装甲面はかなり強化されとる」

 

「そんなのがトム並の速度で飛びながら、頭上からその武装でバカスカ攻撃して来たら、冗談抜きで厄介だな……。しかも話聞く限りだと装甲も厚そうだし、あたしの対空機銃でも仕留めるのが難しそうだな……」

 

伊吹によるΞガンダムスーツの説明を受けた摩耶が、苦々しい表情を浮かべながらこの様な言葉を口にする。如何やらこのスーツを装着した者との戦闘を、自分の頭の中でシミュレートし、良い結果が出せなかったのだと予想される……

 

「艦載機以外で制空権が取れるって凄いですね……、でも何で浮かない顔をしてるんです?」

 

「そこなんじゃが……、実はこいつはリチャードさんの依頼で、剛さん向けに作ったモンなんじゃ……」

 

「剛さん向け……?あっ……」

 

伊吹と摩耶のやり取りを聞いていた明石が、不思議そうに伊吹に尋ねたところ、伊吹はバツの悪そうな表情をしながらこの様な事を言い、それを聞いたシゲが何かを察して声を上げるのであった……

 

「シゲは気付いたか……、こいつの欠陥に……」

 

「「「欠陥?」」」

 

シゲの反応を見た伊吹がそう言うと、それを聞いたヴェル、摩耶、明石の3人が不思議そうな表情を浮かべる。それを見た伊吹は徐にΞガンダムスーツを操作して、Ξガンダムスーツを装着出来る状態にするのであった

 

「ああ~……、確かにこれは欠陥ッスね~……、剛さんに限ったらッスけど……」

 

「これ、修正出来なかったのか?」

 

「納期ギリギリってとこで完成したんじゃよ……、そんで完成してから剛さんの身体の事思い出してのう……」

 

それを見た護とシゲが伊吹に向かってそう言うと、伊吹は自分の右手で顔を覆いながら、この様に返答するのであった

 

そう、このスーツの欠陥とは、剛に足が無いにも関わらず、脚部に足を通さなければ足を動かせない様になっている事と、剛自身と艤装が一体化していて艤装の切り離しが不可能な為、艤装ごとスーツを装着しなければいけないにも関わらず、スーツ内部がそれを考慮されていない構造になっている事なのである……

 

「それじゃあ、これは剛さん以外の方が使うしかなさそうですね……」

 

「リチャードさんには悪いが、そうするしかないじゃろうな……。リチャードさんとしては、それを纏った剛さんと肩並べて戦いたかった様なんじゃが……。一応その埋め合わせと言う名目で、移動中輸送船内でパニッシャーを作った訳なんじゃが……」

 

Ξガンダムスーツの欠陥について説明され、それを聞いた明石がそう言うと、伊吹は申し訳なさそうな表情を浮かべながらこの様に返事をする

 

「そう言う事なら、今から剛さんが装着出来る様にに改造するか?」

 

「そうするくらいなら、別の物を作った方が早い気がするッス……」

 

伊吹の様子を見た摩耶がこの様な提案をするのだが、それを即座に護が渋い顔をしながら却下する

 

「あ~……、これを剛さんが装着出来る様にするってのは難しいが、剛さんでも使える様にするってんなら、今思いついたんだが……」

 

そんな中、不意にシゲがこの様な事を口にし、それを聞いた皆がシゲの話に耳を傾け、その提案に乗る方向で話を固めると、6人は早速Ξガンダムスーツに改造を施すのであった

 

 

 

 

 

 

それから時間が経過し、Ξガンダムスーツの改造が完了させると、シゲ達は通信機で剛に陽炎と一緒に工廠に来る様に伝え、剛と陽炎の2人が工廠にやって来ると、先ずは陽炎に改造を施したペーガソスのキーを、剛にパニッシャー改を渡すのであった

 

因みに、その通信の中でパニッシャー改の所有権についての話し合いが行われ、剛が所有者になる事が決定すると、伊吹は内心でホッと安堵の息を吐くのであった

 

「伊吹ちゃんったら中々面白い武器を作ったわね~、流石にこの重量はアタシの腕じゃ支え切れないけど、艤装の腕の方なら何とか出来そうね。本当にありがとうね、伊吹ちゃん♪」

 

「それが、実は剛さん用の装備はそれだけじゃないんですわ」

 

パニッシャー改を受け取った剛が伊吹に対してお礼を言ったところで、伊吹はこの様に返答しながら右腕を伸ばし、先程改造を完了させたΞガンダムスーツの方を指し示す

 

「これは……、燎ちゃんが使ってるガンダムスーツの仲間かしら?でもごめんなさい、アタシは身体の構造上それを装着出来そうにないわ~……」

 

「いえ、あれはガンダムスーツじゃないですよ」

 

伊吹の腕の先にあるΞガンダムスーツを見た剛が、申し訳なさそうにこの様な事を言ったところで、シゲがこの様な事を言い放ち、それを聞いた剛と陽炎は不思議そうな表情を浮かべるのであった

 

「これは水母でも動かせる艦載機ッス、元々は剛さんが言う通りガンダムスーツだったんッスけど、剛さんでも使える様にとついさっき自分達が改造したんッスよ」

 

そんな剛と陽炎に向かって、シゲの代わりに護がこの様な言葉を口にし、それを聞いた剛と陽炎は予想外の返答に、思わず驚愕してしまうのであった

 

そう、このΞガンダムスーツはシゲ達の改造によって、前代未聞の人間大の人型艦載機に生まれ変わったのである。先程のシゲの提案とは、装着して運用出来ないならば、いっそ装着しなくても運用出来る武器、艦載機にしてしまおうと言うものだったのである

 

尚、艦載機となったΞガンダムが持つファンネルミサイルについては、剛の意思で操作出来る様になっていたりする

 

「こいつはリチャードさんからの注文で、剛さん用に作られた品なんですわ。まあワシら技術班のミスで注文通りには出来なかったんですけど……」

 

「その話を聞いた俺達が、何とかこれを剛さんに使ってもらおうと思って、艦載機に改造したんです。剛さんの親友であるリチャードさんの依頼で、剛さん用に作られた奴は、やっぱ剛さんに使ってもらいたいですからね」

 

「リチャードの依頼……、そう……、そう言う事なら受け取らない訳にはいかないわね……。皆、アタシの為にこの子を使える様にしてくれて、本当にありがとうね♪」

 

伊吹とシゲの言葉を聞いた剛はしばらくの間静かにΞガンダムを眺めた後、シゲ達に向かって改めてお礼を言うのであった

 

こうして、大砲だらけとなったペーガソスは陽炎の手に、パニッシャー改とΞガンダムは剛の手に渡り、それらの兵装は後の戦いで戦場を派手に引っ掻き回し、大いに活躍して見せるのであった



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会議の前に・・・・・・ 食堂編その1

シゲ達がペーガソスやΞガンダムに改造を施している頃から少し時間を遡り、横須賀鎮守府の食堂へ向かった翔達の様子を見てみよう

 

会合の後に行われる会食の準備の為に、翔はゾア、鳳翔、龍鳳、龍驤、扶桑、そして自ら会食の準備の手伝いを申し出て来たクティーラと共に、横須賀鎮守府の敷地内に存在する食堂へと向かっていた

 

「う~ん……、クティーラちゃん、本当に良かったの?」

 

「ん?何が?」

 

やや渋い表情をしながら翔がそう言うと、鳳翔と手を繋いで並んで歩くクティーラが、翔に不思議そうな表情を向けながらこの様に尋ねる

 

「お前は今回ゲストとしてやって来たのであろう?ならばゲストらしく料理が出来るまで待っていても良かったのだぞ?」

 

「え~……、だって静かに待ってるのはつまんないし、何より翔達が頑張ってるのに私だけ何もしないのは何かムズムズするんだもん」

 

「誰かの手伝いせんと落ち着かんのか、ホンマクティーラちゃんはエエ子やな~。ほれ、そんなエエ子には飴ちゃんあげるで」

 

「わ~い♪ありがとう龍驤っ!!」

 

翔の代わりに翔の頭の上に乗ったゾアが、クティーラに向かってこの様に尋ねると、それに対してクティーラはこの様に返答し、クティーラの発言を聞いた龍驤が、クティーラのところまで歩み寄り、彼女にポケットから取り出した飴玉を渡したところ、クティーラは眩しい笑顔を浮かべながら龍驤にお礼を言うと、龍驤から受け取った飴玉の包みを剥がし飴玉を頬張り、飴玉が余程美味しかったのかとても幸せそうな表情を浮かべるのであった

 

「そっか、クティーラちゃんがそれで良いと言うなら、僕はこれ以上何も言う事は無いかな?」

 

「ぬ~ん……」

 

そんなクティーラの様子を見ていた翔が、この様な言葉を口にしたところで、今度はゾアが触腕で腕組みをしながら唸り声を上げるのであった

 

「ゾア、唸り声なんて上げてどうしたの?何処か調子でも悪いの?」

 

「いや、別に調子が悪い訳ではないのだ。我はクティーラの変わりっぷりに、少々困惑していただけなのだ……」

 

「変わりっぷり……、ですか?」

 

突然唸り声を上げ始めたゾアを心配した翔が、ゾアに向かって話し掛けるとゾアは難しい表情を浮かべながらこの様に返答し、それを聞いていた扶桑が疑問の声を上げるのであった

 

「うむ、翔は知っておると思うのだが、本来クティーラは父上からヌクトーサとヌクトルーと一緒に、戦争に巻き込まれぬ様木星に避難する様に言われておったのだ。しかしクティーラはその準備中にルルイエから脱走し、しばらくの間行方を晦ませていたのだ」

 

「クティーラちゃんが言うには、クトゥルフさんの説得をしに来た僕達と会うまでの間、地上の誰かのところでお世話になってたんだっけ?それで確か、そこで料理スキルを身に付けたんだったかな?」

 

ゾアの言葉を聞いた翔が、ゾアに向かってこの様に尋ねてみると、ゾアは静かに頷き返した後に言葉を続ける

 

「元々クティーラは落ち着きが無いところはあったものの、あの様に誰かの為に動こうとする感じではなかったのだ。それがしばらく姿を見ない間に、誰かの力になる為に積極的に動く様になっていて、昔のクティーラを知る我は少々困惑してしまったのだ……」

 

「確かにそれだと困惑しちゃいますね……、でも地上で変な事を吹き込まれる事無く、寧ろ献身的ないい子になって戻って来たのなら、それはそれでいい経験を積んで来たんだって、そう考えてクティーラちゃんを褒めてあげるべきじゃないですか?」

 

ゾアの話を聞いていた龍鳳が、ゾアに対してこの様な事を言うと、ゾアは「それはそうだが……」と言った後、黙り込んでしまうのであった

 

(それにしても……、素性も知らないクティーラちゃんを匿って、料理を教えた人ってどんな人なんだろう?クティーラちゃんが作るアイスとか、ものすっごく良く出来てたからな~……。きっとかなりの腕前の料理人なんだろうな~……、同じ料理人としてホント気になる所だな~……)

 

ゾアの言葉を聞いた翔が内心でこの様な事を考えている内に、一行は目的地である食堂に到着し、翔が中に入る為に扉を開けたところ、そこでは多くの給料艦達が会食の準備の為に忙しなく働いていたのであった

 

そんな彼女達からは、今回の会食に変な物は絶対に出せない、何としてもこの会食を成功させたいと言う思いが、強い意志がその行動の1つ1つから感じ取られ、それらを感じ取った翔達はアイコンタクトの後に頷き合い……

 

「忙しい中抜けちゃってすみませんでしたっ!!今から僕達も合流してすぐに会食の準備に取り掛かりますね!!!」

 

翔が代表して彼女達に向かって大きな声でこの様に言い放ち、その声で翔達が戻って来た事に気付いた給料艦娘達は安堵の表情を浮かべるのであった。如何やら彼女達は余程切羽詰まっていた様である……

 

まあそれもその筈、今回の会食にはドイツ、イギリス、アメリカの海軍の総司令と言う大物中の大物だけでは留まらず、邪神とは言え神様が、それも翔達と行動を共にしているゾアを除けば7柱も参加する予定となっているのである。そんな事実を知らされてしまえば、誰だって必要以上に気負って、切羽詰まってしまう事であろう……。こればかりは、本当に仕方が無い事なのである……

 

「翔さん達っ!?いいところに戻って来てくれましたっ!!」

 

そう言って翔達の下に給糧艦の艦娘である伊良湖が、やや慌てた様子で駆け寄って来るのであった。そんなに慌ててどうしたのかと翔が伊良湖に尋ねたところ、如何やら調理担当の給糧艦娘の一部が、余りの緊張のせいでまともに包丁が握れなくなったリ、誤って包丁で手を切ったりして負傷し、食品衛生の都合で調理が出来なくなってしまったりして、人員が足りなくなってしまっているのだとか……

 

「普段から邪神である我と共に仕事をしているにも関わらず、何故そこまで緊張してしまうのか……」

 

「ゾア……、状況が状況なんだから、そう言わないであげて……」

 

伊良湖から話を聞いたゾアがやや呆れ気味にそう言うと、翔は苦笑しながらそう言ってゾアを宥めるのであった

 

その後、気を取り直した翔が伊良湖に自分達は何をしたらいいかを尋ねたところ、伊良湖は食堂の責任者である間宮を連れて来るから待ってて欲しいと返答し、小走りで食堂の奥の方へと向かって行くのであった

 

この時、クティーラが間宮と言う単語に反応し、その小さな身体をビクリと震わせていたりするのだが、翔達はその時はそれに気付く事はなかったそうな……

 

そしてそれから大して間を空けず、伊良湖が1人の女性を連れて戻って来ると……

 

「嘘……?」

 

その女性の姿を見た瞬間、突然クティーラは目を丸くしながらこの様な事を呟き……

 

「お待たせして申し訳ありません!中々手が離せない状況だったのd……、って……、そこの女の子は……、もしかしてクリスちゃん……?」

 

伊良湖が連れて来た女性、横須賀鎮守府の食堂の責任者を務めている給糧艦の間宮が、呆然とするクティーラの姿に気付くなり、クティーラに向かってこの様に尋ねるのであった

 

と、その直後である

 

「間宮ーーー!!!」

 

間宮の言葉を聞いた瞬間、クティーラは突然間宮の方へと駆け出すと、そう叫びながら彼女に飛びつく様にして抱き着いたのである

 

「あの、翔さん?どうしてこの子が此処にいるんですか……?」

 

「えっと……、その子は今回のゲストの内の1柱で、クトゥルフさんの娘さんにしてゾアの妹でもあるクティーラちゃんなんですが……、その……、クティーラちゃんと間宮さんは、一体どの様な関係なんですか……?それに、クリスちゃんとは……?」

 

突然の出来事に驚き戸惑う翔達に対して、クティーラを抱き止めた間宮が困惑しながらそう尋ねたところ、最初に我に返った翔が間宮の質問に答えながらも間宮とクティーラの関係について尋ね、間宮は今の状況に困惑しながらも、クティーラとの関係について翔達に話し始めるのであった……



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クティーラと間宮

突如ロシアに出現し、たった1人だけでロシア東部を焦土に変えてしまったクロエとの戦闘の後、あの場で倒し損ねたクロエを倒し損ねたクトゥルフは、クロエの再出現を大変危惧したのであった

 

もし傷が癒えたクロエがこの世界に再び姿を現し、まるで天使の様なその柔らかい笑みを浮かべながら、ロシアの時以上の暴虐の限りを尽くした場合、その時は間違いなくこれまでとは比べ物にならない被害が出る事であろう……

 

そう考えたクトゥルフは、ゾス三神とは年が離れた幼くか弱い3柱の愛娘達を、この戦いに巻き込まない様にする為に木星に避難させる事を思い付き、早速それを実行するのであった

 

しかし、そんな親心に気付く事が出来なかったお転婆姫のクティーラは、退屈そうな避難生活なんてまっぴらごめんと言わんばかりに、護衛のディープ・ワンの目を盗んでルルイエから見事脱走してみせるのであった

 

その後クティーラは追手に追いつかれない様にする為に、目的地も定めず只々がむしゃらに移動し、追手が来ていない事を確認するなり急に襲って来た疲労を癒す為に、偶々近くにあった日本にこっそりと上陸するのであった

 

そうして無事日本に上陸したクティーラは、取り敢えず人の集まる場所へ向かってみたのだが、そこで余りの人の多さに度肝を抜かれ、それと同時に1柱でいる事に不安を覚え狼狽え始めるのであった……

 

そう、ここに来て彼女は思い出してしまったのである、以前母であるイダー=ヤアーや父であるクトゥルフの言葉を……、この世界にはクトゥルフやその眷属であるダゴンを崇拝する、ダゴン秘密教団なる宗教団体が存在し、細かい事はどうも忘れてしまったが、如何やら彼等は何らかの理由でクティーラの事を狙っていると言う事を……

 

もしこの場所にこれだけの人間がいるなら、その中に少なからずその教団に所属する者がいるかもしれない……、もしかしたら自分は自分の存在に気付いたそいつらに掴まってしまい、何か酷い事をされてしまうかもしれない……

 

押し寄せる不安のせいで彼女の思考はネガティブなものになってしまい、その思考が彼女に更なる不安を与え、それに耐えられなくなってしまったクティーラは、遂に涙ぐんで助けを求める様に、辺りに視線を巡らせ始めるのであった……

 

そんな時である

 

「どうしたの?お母さんとはぐれたの?」

 

不意に見知らぬ女性がクティーラに話し掛け、声に反応したクティーラは反射的に声がする方へと視線を向けると、そこにはクティーラと視線を合わせる為に屈みこみ、彼女に優しい笑みを見せる女性……、給糧艦の艦娘になる前の間宮の姿があったのであった

 

その時クティーラは、間宮の事を教団の関係者だと疑い、何とかこの場から逃げ出そうと頭の中で考えはするものの、恐怖で竦み上がってしまった彼女の身体は、彼女が思った通りには動いてはくれず、クティーラは間宮に怯えながら只々その場に立ち尽くしてしまうのであった

 

さて、こんな調子で間宮を警戒するクティーラの姿を見た間宮は、このままでは彼女から事情を聞く事も、彼女を警察に届ける事も出来ないと思い、何とかして彼女の警戒心を解かないといけないと考えながら、やや困った表情を浮かべながら辺りを見回してみたところ、ある物が偶然彼女の目に留まり、何かを思いついた間宮はそこである物を2つほど購入し、間宮に怯えるクティーラに向かってその片方を差し出すのであった

 

間宮が差し出して来る物を初めて見たクティーラは、当然の事ながらソレを警戒して受け取ろうとしなかったのだが……

 

「これに変な物は入っていないから、安心して食べていいよ」

 

そう言って笑顔を向ける間宮を見たクティーラは、恐る恐ると言った様子でそれを受け取る。そしてそれをしばらく眺めた後、それを渡して来た間宮の方へ視線を向けたところ、そこにはクティーラが手にしたている物と全く同じ物を、美味しそうに食べる間宮の姿が映り、クティーラの視線に気が付いた間宮が再びクティーラに笑顔を向けたところ、クティーラは間宮から視線を外して、間宮の見様見真似でそれを食べ始めるのであった

 

それは口の中に含むとひんやりと冷たく、それが口の中で溶けると口いっぱいに甘味が広がっていき、クティーラは生まれて初めて経験するこの感覚と、その美味しさから来る幸福感に驚いた後……

 

「ねぇっ!これなぁにっ?!」

 

今まで間宮の事を警戒していた事がまるで嘘だったかの様に、クティーラは間宮にキラキラと輝かせた双眸を向けながら、この手にした物について尋ね……

 

「それはアイスクリームって言うお菓子なの、っと、早く食べないと溶けちゃうよ?」

 

クティーラに質問された間宮は、相変わらず笑顔のままクティーラにそう返答すると、間宮に指摘された事でアイスが溶け始めている事に気付いたクティーラは、慌てた様子でアイスクリームを再び食べ始めるのであった

 

こうしてクティーラが間宮に対して警戒を解いたところで、間宮はクティーラに名前と彼女の身に何があったのかを尋ね、クティーラは流石に本名を名乗るのは不味いと思うと、咄嗟に思いついたクリスと言う偽名を名乗った後、細かい部分は伏せながら間宮に自身の事情を、親に反発して家出して来た事を告げたのであった……

 

その後、間宮はクティーラを警察に届けようとしたのだが、それに対してクティーラが猛反発した為、彼女はクティーラを警察に届ける事を諦め、取り敢えず彼女をしばらくの間預かる事にしたのであった

 

もしここで間宮がクティーラの事を無視していたら、恐らく彼女が現在住んでいる横須賀は、最近になって増加して来た犯罪者に襲われたクティーラの反撃によって、とんでもない被害が出ていたかもしれない……

 

こうして間宮のところで世話になる事になったクティーラは、その日の晩に出された間宮特製カレーに感動し、食後に出て来た間宮の手作りアイスを見て大いに驚き、そのアイスが昼間に食べた物より格段に美味しかった事で更に驚くと同時に、間宮に対して敬意を抱き始めるのであった

 

その後、クティーラは間宮から色々な事を教わった、ルルイエにいた頃には知る事も無かった人間の事、人を思いやりお互いに助け合う事の大切さなど、本当に大切な事を数多く間宮の言動から学び、それは今のクティーラの性格の土台となる程に、彼女に影響を与えたのであった

 

そんな2人を引き裂く出来事が、遂に起こってしまう……。そう、オリジナルコアとクロエが作り出した、能力を持った転生個体の出現である……

 

これまでの深海棲艦より強力な転生個体の出現により、人間だけでなく深海棲艦を含めた世界中が大混乱に陥り、今まで以上に戦争による被害が大きくなってしまったのである……

 

これが切っ掛けとなり、適性はあったものの艦娘にはなっていなかった間宮は、艦娘になる事について考え始める様になるのであった……

 

自分が艦娘になれば、微力ながらも手助けが出来る様になるかもしれない……、クティーラの事を守れるかもしれない……、しかし自分が艦娘になった場合、クティーラと離れ離れになってしまうのではないか……?この様な葛藤が、毎日の様に間宮の心の中で繰り広げられる事となるのであった……

 

そんな間宮の様子を察したクティーラは、自分が間宮の枷になる訳にはいかない、そう考えるとルルイエに戻る決意を固め、ある日の夜、クティーラは間宮に対しての感謝の手紙を残し、間宮には何も告げずに2人で暮らしていた間宮の家を後にしたのであった……



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会議の前に・・・・・・ 食堂編その2

「私と間宮は、こんな感じで出会って別れた感じだね~」

 

給糧艦艦娘達や彼女達に加勢する扶桑達が、慌ただしく会食の準備を進める中、テーブル席に腰を下ろしてグラスに入ったジュースを手にしたクティーラは、対面の席に座る翔とゾアに向かって、間宮と出会った経緯と別れた理由について説明するのであった

 

何故クティーラ達は、こんな忙しい時にテーブル席に座ってリラックスしながら話をしているのかと言えば、間宮に飛びついたクティーラの様子を見るなり、伊良湖や扶桑達が間宮とクティーラの間には何かある事を察し、この場は自分達任せクティーラ達はゆっくりしてて欲しいと申し出てくれたのである。その結果、クティーラ達はこの様に落ち着いた雰囲気で、1人と1柱の関係について話す事が出来ているのである

 

「……地上に行ったお前が、間宮のところで世話になったのは分かったが……、それは一体何時の話なのか、詳しく聞かせてもらえるか?」

 

「あ~……、やっぱりそうなるよね~……」

 

クティーラの話を静かに聞いていたゾアが、不意にクティーラに向かって少々視線を鋭くしながらそう尋ね、それを聞いたクティーラは、苦笑しながら観念した様にこの出来事が何時の出来事だったかを話すのであった……

 

「……あれ?」

 

そうしてクティーラの話を聞いた翔が、話の内容に何か引っかかりを覚えると、思わず不思議そうな表情を浮かべながら疑問の声を上げる

 

「クティーラちゃんの話を聞く限り、クティーラちゃんと間宮さんが別れたのは2年前みたいだけど……、クトゥルフさんの説得の為にルルイエに来ていた僕達と出会ったのはちょっと前だったよね……?」

 

「うむ、我はあの時クティーラと会うまで、クティーラは木星に向かったものと思っていたのだ。つまり、クティーラは我らが父上の説得の為にルルイエに向かった時に、ルルイエに戻って来た事になるのだ……」

 

そう、翔が感じた引っかかりの正体、それはゾアが指摘する通り、クティーラが間宮と別れてからルルイエに戻るまでに、タイムラグが存在する事だったのである……

 

「クリス……、じゃなくてクティーラちゃん?クティーラちゃんは私と離れてお家に帰るまで、何処で何をしていたの……?」

 

これまで静かに1人と2柱の話を聞いていた間宮が、クティーラに対してこの様に質問したところ……

 

「え~っと……、その~……、世界中を見て回ってたの……」

 

「「「……はい?」」」

 

クティーラはこの様に返答し、それを聞いていた翔達は予想外の言葉を耳にした途端、呆気に取られたのか目を丸くしながらクティーラに視線を集中させるのであった

 

クティーラが言うには、如何やら彼女は間宮の所に居候している間に、テレビなどを通じて人間達が今立たされている状況を知り、間宮と別れた後にこの世界の現状を実際にその目で確かめる為に、世界中を駆け回ったのだそうな……

 

最初に向かったロシアでは、クトゥルフとクタニドのコンビとクロエの戦いによってボロボロになった場所の、未だ続けられている復旧作業を目の当たりにし、アフリカでは実際に深海棲艦と遭遇し戦闘になったり、当時激戦区と言われていた南方海域では、艦娘、強硬派深海棲艦、穏健派深海棲艦、そして転生個体による四つ巴の凄惨な戦いを、彼女達に気付かれない様その身を隠しながら傍観し、中部海域では何と転生個体と激戦を繰り広げたそうな……

 

「私が実際に戦った転生個体は、多分それなりに強い方の個体だったのかも。お父様やお母様から格闘術や魔法の手解きを受けていなかったら、恐らく負けてたかもしれない位にね……。それでよく分かったんだ、この世界の状況がね……」

 

クティーラが転生個体との戦いを思い返し、苦々しい表情を浮かべながらこの様にコメントした後も、クティーラの話は続くのであった……

 

何とこのお転婆姫、中部海域での転生個体との戦いの後、強硬派深海棲艦の総本山であるアメリカに、単独で偵察に向かったと言ったのである……っ!

 

「取り敢えず行ってはみたんだけど、流石に守りの兵の数が多過ぎて、とても上陸は出来なかったんだけどね~……」

 

苦笑しながらそう言うクティーラは、更に言葉を続ける……

 

アメリカにある海底都市イハ=ントレイの跡地を見ようと思うも、強硬派深海棲艦の守りが余りにも堅かった為、直接アメリカに上陸する事を諦めたクティーラは、南アメリカ大陸の方へと向かい、陸路でアメリカへの侵入を試みようとしたのだとか……

 

そして何とか強硬派の目を盗んで上陸を果たしたクティーラは、そこで信じられないものを目にする事となるのであった……

 

「何か、アリーズウェポンだったっけ?剛さんが使ってるあの武器、まあそれで武装した危なそうな人達が、南アメリカの殆どを占拠して好き勝手やってたんだ。で、その人達の関係者と思われる人達が、アメリカまでの道を封鎖してたもんだから、結局陸路でもアメリカに行く事は出来なかったね~……」

 

「危なそうな人達……、南アメリカ……、まさか……、メキシコにある何処かのカルテルが、シャングリラと取引して……?」

 

「可能性は十分あるな……、全く……、ミッドウェーの時と言い、桂島や横須賀の件と言い、シャングリラやエデンは本当に碌な事をしないのだ……」

 

クティーラの話を聞いた翔とゾアは、話の内容に目を見開いて驚いた後、我に返ると真剣な表情でこの様なやり取りを交わし、会議の後にこの事実を戦治郎と剛に伝える事を決意し、互いの顔を見合わせながら頷き合うのであった

 

こうして世界中を巡って今の世界の状況を痛いくらいに実感したところで、ようやくルルイエに向かい無事に到着した後、翔達と合流した事をクティーラが口にしたところで……

 

「と、取り敢えず……、クティーラちゃんは親御さんの所に無事に戻れたのね……」

 

「うんっ!!って言うか、そうじゃなかったらここにいないって」

 

今までの話に追いつけず、只々呆然としていた間宮が安堵の息を吐きながらこの様に零し、それを耳にしたクティーラは間宮に笑顔を向けながら、この様に返答するのであった

 

こうしてクティーラと間宮の関係についての話が終わると、先ずはゾアがクティーラを預かってくれていた件について、間宮に対して深々と頭を下げながら礼を言い、その後翔達はこれ以上扶桑達だけに会食の準備を任せておくのは流石に申し訳ないと言う事で、早速扶桑達に合流し会食の準備を進めていくのであった

 

その最中、会食に出すスープを担当していたゾアは

 

「流石にクティーラが世界中を独りで巡っていたと言うのは予想外だったのだ……、最初に日本に到着した時、独りで不安になったと言っていたのは何処にいったのだ……?まあそれは兎も角、この様な経験をしているのならば、クティーラの性格が変わった事に納得してしまうのだ……」

 

思わずこの様な事を呟き……

 

「もしかして、クティーラちゃんが羨ましかったりする?」

 

それを耳にした翔が、ゾアに向かってこの様に尋ねる。するとゾアはスープ作りの手を止め、翔の方へと視線を向けると……

 

「まあ、多少はな……。翔よ……、我もクティーラの様に世界中を巡って、己の見聞を広げる事が出来ると思うか……?」

 

やや不安そうな表情を浮かべながら、翔に向かってこの様に尋ね、それを聞いた翔は……

 

「大丈夫、きっと機会は巡って来るさ」

 

不安そうなゾアに対して、ゾア同様調理する手を1度止めてから、柔らかい笑みを浮かべながらこの様に答えるのであった

 

このやり取りの後、作業を再開した翔達は次々に会食に出す料理を仕上げていき、何とか会食の準備を無事に終了させる事に成功するのであった



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日米英独+αの大会議

2020/1/24 0:46 内容の一部を修正しました


工廠組や食堂組が様々なドラマを展開している中、戦治郎達が参加する会議は滞る事無く進行していくのであった

 

会議が始まる前に、祖国を深海棲艦に奪われてしまったジョシュアが、その時深海棲艦の指導者としてアメリカに戦いを仕掛けたスウに対して、ありったけの怒りの言葉をぶつけ、それを聞いたスウは当時の自分達が人類に戦いを仕掛けた理由を話した後、今の自分の気持ちをしっかりと伝えると、只管ジョシュアに向かって謝罪するのであった

 

そんなスウの姿を見たジョシュアは、予想外の出来事に毒気を抜かれてしまったのか、呆然としながらスウの謝罪を受けると、矛を収めて黙って会議室の椅子に座り黙考し始めるのであった

 

その後始まった会議の最初の議題となったのは、転生個体についてであった。先ずはラバウル基地が壊滅する原因となった絶対平和党の件が挙げられ、次に同時期に南方海域で多くの犠牲者を生み出した食人鬼Nの話になり、そこから今度はミッドウェーでの戦いの際、飛行場姫の配下としてアメリカの兵器開発研究所を襲撃し、戦治郎達と戦ったアビス・コンダクターの話が挙がるのであった

 

ここまで全て転生個体の話なのだが、転生個体の話はまだまだ続き、その次に話題となったのは、あらゆる地方であらゆる組織に援助を行い、横須賀の乱の切っ掛けを作り出したエデンとシャングリラ、そして最後は先日日本で発生した父島襲撃事件の全容が各国の代表達に説明されると、長門の艤装に取り付けられたカメラが撮影した現場の映像がスクリーンに映し出され、その現場の凄惨な光景を目の当たりにした各国の代表達は、沈痛な面持ちになりながら思わず俯いてしまうのであった……

 

「ホノルルの時もそうだが、転生個体は本当に恐ろしい存在なのだな……、これ程の破壊と殺戮をいとも容易く行うとは……」

 

「僕達欧州組の場合、転生個体による被害が出る前に、偶然とは言え戦治郎達が倒してくれたんだが……」

 

「もし戦治郎達がやってくれてなかったら、欧州各地にドえらい被害が出ていただろうな……」

 

暗い表情を浮かべたままのジョシュアがそう呟くと、今のところ転生個体による被害が出ていない欧州の海軍を率いる2人が、ジョシュアの言葉に反応するなり、戦治郎達がラリ子を倒せなかった場合に起こり得る出来事を想像すると、ゾッとしながらこの様な言葉を口にするのであった

 

「欧州の方は今のところ目立った被害は無いか……、でも、何時欧州の方にまた転生個体が出現するか分からないから、僕は用心しておいた方がいいと言っておくよ」

 

「とは言ってもよぉ~……、俺達のとこには味方の転生個体がそんな沢山いる訳でもねぇからな~……」

 

「父島を襲った様な奴が出た場合、こちらに出店しているアンダーゲートの従業員さん達だけでは、少し不安が残る所なんだよね……」

 

そんなアクセルとセオドールの言葉を聞いたリチャードが、真剣な表情で欧州組にそう言うと、セオドールが渋い顔をして頭をガリガリと掻きながらこの様に返答し、アクセルも眉間に皺を寄せながらこの様な言葉を口にするのであった

 

「それなら、僕の方から正蔵さんに欧州のアンダーゲートの従業員さん達を増員する様に言っておくよ」

 

「ふむ……、欧州は転生個体に対する戦力が不足気味なのか……。ならば丁度いいな……」

 

アクセルの言葉を聞いたリチャードが、アクセルに向かってこの様に返答したその直後である、今まで静かに話を聞いていたクトゥルフが、突然口を開いてそう言ったのであった

 

「ん?クトゥルフさん、一体どうしたんです?」

 

突然話に加わって来たクトゥルフに対して、戦治郎が不思議そうな表情を浮かべながらそう尋ねたところ……

 

「いや何、以前欧州の2人がそちらにディープ・ワン達を派遣して欲しいと言っていたであろう?」

 

「ああ、確かクトゥルフさんの所の計画とやらのせいで、渋い回答をもらったあれか……」

 

「うむ、その関係でディープ・ワン達の派遣は流石に難しいが、その代わりになる物を今回持って来たのだ」

 

クトゥルフはこの様に返答し、それを聞いたセオドールが苦笑しながらそう言うと、クトゥルフはセオドールに対してそう返答すると、席を立ちスーツの内ポケットを弄ると小さな袋を2つ程取り出して、アクセルとセオドールへ歩み寄るとそれを2人に手渡すのだった

 

因みにこの時、彼等の通信でのやり取りを知らない元帥と日本海軍の上層部の者達は、彼等のやり取りを不思議そうな表情を浮かべ、小首を傾げながら見ていたのであった

 

「これは一体……?」

 

手渡された小袋を不思議そうに見つめるアクセルが思わずそう呟いたところ、クトゥルフは誰もが想像しない様な、とんでもない事を口走るのであった

 

「それはルルイエで栽培されているショゴスの種だ、あの話の後少し品種改良を加えて、陸上の畑でも栽培出来る様にしておいたのだ」

 

「ショゴスと言えば……、確かホノルルを警護している神話生物達の中にいたな……」

 

「流石神話生物……、最早何でもありって感じだね……」

 

クトゥルフの思わぬ言葉に、ショゴスを実際に目にしたジョシュアとリチャードが、思わず驚きの声を上げるのであった

 

そんなクトゥルフのトンデモプレゼントは、改良を施されたショゴスの種だけでは留まらない。アクセルとセオドールにショゴスの種を渡したクトゥルフが、護衛役として付いて来たオトゥームに目で合図を送ると、オトゥームはクトゥルフに向かって静かに頷き返した後、アクセル、セオドール、リチャード、元帥、燎、そして戦治郎にある書物を配り始めたのであった

 

「あちょ、これって確か……」

 

受け取った書物を見た戦治郎が目を見開いて驚き、思わずこの様に呟くと……

 

「そうだ、それはガタノトーアが持っていた、カソグサの出版社が出版しているネクロノミコンだ。それを使えば強力な軍艦が作れるのであろう?」

 

戦治郎の呟きを耳にしたクトゥルフはこの様な言葉を口にし、それを聞いた者達の殆どが驚愕を露わにするのであった……

 

この時、ネクロノミコンについて何も知らない元帥は、再び不思議そうな表情を浮かべながら、手にしたネクロノミコンをじっくりと観察、そして中を確認しようと表紙を捲ったところで、事態に気付いた燎に慌てて止められていたりする……

 

その後、クトゥルフはリチャードとジョシュアにもショゴスの種を渡し、ショゴスの育て方をレクチャーし始めるのだが……

 

「済まないクトゥルフ殿、私達にはそのショゴスとやらの種はくれないのかね?」

 

その途中で元帥が話に割って入り、クトゥルフにこの様な事を尋ねるのであった

 

「お前達の所には既にガタノトーアがいるだろう」

 

「それに、シゲのバックにはとんでもない奴がいるからな」

 

「ああ……、そういやシゲはクトゥグアのお気に入りになってたんだっけか……」

 

「俺にショゴスの種を渡さなかったのは、既にヴォルヴァドスがいるからか……、ならば納得だな……」

 

そんな元帥に対して、クトゥルフとクタニドがこの様に返答すると、それを聞いた戦治郎と剣持が納得した様にうんうんと頷きながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「それ以外にも~、もしかしたら~、翔さんが味方になってくれる旧支配者達を増やしちゃうかもしれないのよね~」

 

「うん?イダー=ヤアーさん、ちょっちその辺詳しく」

 

「いえ、それについては私の方からお教えします」

 

その直後に放たれたイダー=ヤアーの言葉について、戦治郎が言及しようとしたところで、話に割って入って来たオトゥームがそう言って、イダー=ヤアーの発言の詳細について話し始めるのであった

 

「これは私達の方で調べた事なのですが、如何やらこの日本には多くの旧支配者達が住み着いている様なのです……。現在分かっているもので、アトラク=ナクア様、モルディギアン様、イゴーロナク様、イオド様、グラーキ様、シアエガ様、イグ様が、この日本の何処かにいらっしゃる様なのです……」

 

「多過ぎィッ!!!」

 

「ちょっと待てっ!何でそんなに日本にいるんだっ!?」

 

「これはイオド様のコメントなのですが、『日本快適過ぎて大草原不可避』だそうです……。また、元々イギリスにいたグラーキ様も、同じ様なコメントをしていましたね……」

 

「幾ら日本が住みやすいからって、流石に住み着き過ぎだろうがよぉっ!!?」

 

「今サラッとイギリスって言ったかっ!?ウチの国にも神話生物がいたのかよっ!?!クッソ危ねぇなおいっ!!!」

 

オトゥームの言葉を聞いた戦治郎と剣持は思わずこの様に叫び、それに答える様にオトゥームが言葉を続けると、すかさず燎とセオドールがこの様に絶叫するのであった……



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穏健派大連合結成

オトゥームによって知らされた信じられない事実を耳にした一同が、ようやく落ち着く頃には時刻は正午を回っていた為、戦治郎達はここで一度会議を切り上げて、揃って翔達が待つ食堂へと足を運ぶのであった

 

尚、戦治郎が皆に食事に行く事を提案した際、クトゥルフが誰よりも早く食事と言う単語に反応し、戦治郎の提案に激しく賛同したのはここだけの話である

 

さて、そうして食堂に向かった戦治郎達が目にしたのは、正に御膳と呼ぶに相応しい、それはそれは豪勢な料理の数々であった。そんな料理の群れを目にした者達は、誰もが先ずはその量に圧倒され驚愕し、しばらくして我に返ると今度はその料理の盛り付けの美しさに思わず心を奪われてしまうのであった……

 

如何やら調理担当の翔がやたら気合いを入れて料理を作り、それに呼応する様に周りの給糧艦達やゾアなどのヘルパー達がいつも以上に頑張ってくれたおかげで、この見ただけで美味しいと確信させる料理達が出来上がった様である

 

その後、料理が冷めてしまうと美味しくなくなってしまうからと、翔に促されるままに席に着いた戦治郎達が適当な席に腰を下ろすと、すぐさま傍に控えていた給糧艦達がテーブルに置かれていた縁の広いガラスのグラスに、開栓時に漂って来た香りからでもそれがかなりの高級品であると分かる様な日本酒を注いでいくのであった

 

この時、会議の途中なのに酒を飲むのはどうなのかと、日本海軍の上層部の誰かが苦言を呈するのだが……

 

「その方がかえって話し合いが進むのではないでしょうか?」

 

「だな、どうせならお互い腹を割って話したいところだからな」

 

「それに折角そちらの者達が準備してくれた物だ、それを無碍にするのは流石に我々も心苦しく思ってしまう」

 

「僕の場合なんだけど、立場上各国の海軍の代表の皆さんと親睦を深める機会と言うものが、どうしても少なくなってしまうんだよね。だから今日この日は是非とも皆さんと親睦を深めたいところなんだけど……、こんな理由じゃ駄目だったかな?」

 

「リチャードよ、お前達はまだマシな方であろう……。私達の場合、本来の姿では地上に出る事すらままならず、こうして地上に出る時は常に姿を変え、本来ならば素性を隠し通さなければならんのだぞ……?」

 

「まあ確かにな、そもそもクトゥルフや私が表に出ている事が世間にバレれば、親睦どころの騒ぎではないだろうからな……」

 

「と、各代表達はこの様に言っているのだが、それについて海軍はどう考えておられるのかな?陸軍としては早急に返答してもらいたいのだが?」

 

とまあ、この様な調子でアクセル、セオドール、ジョシュア、リチャード、クトゥルフ、クタニドと言った各代表達が口々に意見を出し、そうして出た意見を剣持が総括して苦言を呈した海軍の上層部の1人に投げかけたところ、その人物は剣持に反論する事が出来ず、何とも言えない様な表情を浮かべながら閉口してしまうのであった

 

「あ、もういい?話纏まった?」

 

その直後、その様子をグラスを手に見守っていた戦治郎がこの様に尋ね、それに対して元帥以外の代表達が頷いて返したところ……

 

「OKOK、んじゃあ折角の料理が冷めない内に、乾杯と洒落込みますかっ!!!」

 

戦治郎はそう言い放つと、この場合本来ならば日本海軍の代表として乾杯の音頭をとるべき元帥そっちのけで、声高らかに乾杯の音頭をとって手にしたグラスの酒をグイッと一気に飲み干して見せるのであった

 

因みに、乾杯の音頭をとる際いつも入る長門屋の面々による野次が、今回に限っては無かった事が少々寂しかったと戦治郎は後に語っているのだが、正直なところそれはこの際本当にどうでもいい事であった……

 

こうして戦治郎達は会食と言う名の親睦会を開始し、翔の渾身の作品達に舌鼓を打ちながら翔達が厳選した上等な酒を呷り、通信機による雑談会の時以上に深い情報交換を行うのであった

 

この時発覚したのだが、如何やら欧州の方では順調に艦娘の配備が進んでいるらしく、ドイツとイギリスに続きイタリアとフランスでも艦娘の艤装の開発に成功したのだそうな

 

尚、今でもクロエとクトゥルフ達の戦いの傷痕の復旧作業に追われているらしいロシアだが、こちらについては中々情報集めが上手くいかず、現状把握が出来ていないとアクセル達は言うのであった

 

また、ここでクトゥルフが酒の勢いで口を滑らせ、彼が今企んでいる事がこの場にいる者達に周知される事となるのであった

 

如何やらクトゥルフは、ルルイエの一部の区画を大幅に改装し、そこに観光名所になりそうな大きなグルメ街を作り、神話生物用の観光資源にして利益を得ようとしているのだとか……

 

そしてクトゥルフが食べ歩きの旅をする理由の1つが、そのグルメ街で働く従業員の育成に関する事らしく、如何やらクトゥルフは自分の口に合う店を食べ歩きで発見した場合、そこに人間に化けさせたショゴスを送り込み、その店の味を体得するまで料理の修行を行わせようとしているのだとか……

 

こうしている内に時は過ぎ、酒も料理も無くなって来たところで、頃合いを見てリチャードがこの場にいる者達に向かって、この様な提案をするのであった

 

「これまでの話を聞いていて思ったんだけど、この世界で跳梁跋扈する転生個体達や強硬派深海棲艦、それに何かしらの切っ掛けで暴走した邪神達に対抗する為にも、僕達は一丸となって行動すべきだと思うんだ」

 

「それは言えてるな……、今の俺達じゃホノルルや父島を襲撃したレベルの転生個体には太刀打ち出来そうにねぇしな……」

 

「それだけじゃないね、オトゥームさんが言っていた邪神達も、皆が皆翔と仲良くなるとは限らないからね……」

 

「うむ、あの連中が本気になれば、どれだけ大量のショゴスがいたとしても、まるで塵芥の様に吹き飛ばす事だろう……。私が手渡したショゴスの種は、所詮私達が駆け付けるまでの時間稼ぎに過ぎんのだからな……」

 

「実際、あれはあくまで現在日本にいる連中だけだからな……、世界に目を向ければ割と至る所に邪神達はいるからな……。ツァトゥグァの爺さんなんかが最たる例だ……」

 

「改めてみると、この世界は本当に危機的状況にあるのだな……」

 

「どの様な状況であろうと、どんな輩が相手であろうと、俺は只日本を護る為に戦うだけだがな……」

 

リチャードの言葉を聞いた各代表達が、思い思いの意見を出して騒めき出すと、リチャードはそれを制した後、この様に言葉を続けるのであった

 

「そこで提案があるんだ、僕はこの危機的状況を打破する為に、この場にいる者達で平穏な世界を取り戻す為の組織、『穏健派大連合』を立ち上げようと考えているんだ。ああ、もしこの場にいないイタリアさんやフランスさんも加入したいと言うなら、僕は全然構わない、寧ろ丁重に歓迎しようとと思ってる。平和を志す仲間は多い方が良いと思うからね」

 

この言葉が食堂内に響き渡った直後、食堂の至る所から再び騒めきが発生し、それが治まると各代表達はリチャードに向かって、その考えに同意する様に頷き返して見せるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

只1人、元帥を除いて……

 

「リチャード殿、それはとても素晴らしい提案だと私は思う。だが、私達日本海軍はその穏健派大連合への参加は断らせてもらうよ」

 

元帥がそう言い放った直後、日本海軍の上層部の者達全員の顔色が真っ青になり、元帥の言葉を耳にした者達が一斉にどよめき出すのであった……

 

如何やら元帥は、日本海軍が一致団結すれば転生個体の群れにも荒れ狂う旧支配者達にも問題無く勝てると考えており、日本海軍は穏健派大連合には所属せず、独自の判断で行動が出来る独立部隊的な立ち位置にあるべきだと考えている様である……

 

確かに今の日本海軍には、艦娘達に指示を出せれば転生個体であろうと撃滅出来る元帥もいれば、真正面から転生個体とぶつかって勝利出来る戦治郎達もいる。そして挙句の果てには戦治郎達のところには、ゾアが専属の邪神として所属しているし、シゲのバックには宇宙を股にかけて活動する組織まで付いている為、元帥が言う様に本当に日本海軍だけでも、ある程度この状況に対処出来てしまうのである……

 

特に元帥は、先日戦治郎達が作り上げたカメラとディスプレイのおかげで、今まで以上に正確で迅速な指示が出せる様になっている為、元帥の言葉には更に説得力が付いてしまっているのである……

 

「っと、興を削ぐような真似をして済まないね、私は後の事もあるのでお暇させてもらうよ。会議に関しては会食中に大体話が出ていた様なので、この辺りでお開きとしようではないか。そういう訳で、積もる話もあるだろうから、戦治郎君達は皆さんともっと親睦を深めるといい。何、今日の分の君の仕事は私がやっておくので安心したまえ」

 

元帥はそう言うと食堂を後にして執務室に向かい、日本海軍の上層部の者達は慌てた様子でその後を追う……

 

そうして元帥が食堂を去った後、入れ違いになる様に外で修羅場を展開していた空達や、工廠にいたシゲ達が食堂に入って来て、彼等は俯いてプルプルと身を震わせる戦治郎と燎の姿を目にするのであった

 

そんな戦治郎達に、空が何事か尋ねようとしたその直後である……

 

「「いいよっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!作戦成功おおおぉぉぉーーーっ!!!」」

 

突然戦治郎と燎が大声でそう叫びながらハイタッチを交わし、状況が上手く呑み込めない空達は、只々困惑の色を濃くするのであった……

 

その後、戦治郎は笑顔を浮かべるアクセル達や長門達ともハイタッチを交わし、空達ともハイタッチをしようとしたところで、空達が困惑している事にようやく気付き、この状況の説明を開始するのであった

 

そう、この穏健派大連合の話をリチャードがこの場で話したのは、元帥と日本海軍の上層部の認識の違いを浮き彫りにし、元帥を上層部と切り離して孤立させる為の作戦だったのである

 

この作戦は通信機での雑談会の時に、元帥ならこう出るだろうと予測していた戦治郎が発案したもので、戦治郎と燎から元帥の事を聞いていたアクセル達は、元帥を失脚させる為の布石であるこの作戦に、それはそれは快く協力してくれたのである

 

実際、幾らこの世界の現状を説明しても、全く聞き入れてくれないこの元帥をこのまま放置していると、日本海軍には未来は無いと、アクセル達はそう思ったのである……。なので彼等は戦治郎の作戦に乗ったのである

 

因みに、元帥は穏健派大連合への参加を拒否しているが、実は裏の方で既に燎の名義で長門達横須賀の艦娘達は、穏健派大連合に参加していたりするのである

 

尚、長門は大連合に参加する事を決定した際、この様な言葉を口にしている

 

「確かに元帥の指揮は素晴らしく、その指示に従っている間私達は誰にも負けないだろうと思っている。だが、こんな芸当が出来るのはあくまで元帥だけであり、元帥が思っている様に他の提督達も元帥の様な戦い方が出来ると考えるのは、大きな間違いだからな……。そもそも、提督達全員が元帥の様な戦い方が出来るのならば、深海棲艦との戦争はとっくに終わっている筈なのだからな」

 

これを聞いた戦治郎達は、思わず苦笑したのだとか……

 

その後、戦治郎達は穏健派大連合結成を祝して、翔が予め準備していた先程の日本酒よりも更に上等な日本酒で乾杯し、遅れて来た空達も巻き込んで酒盛りを続行するのであった

 

その際、酔った勢いで強硬派は鷹派、穏健派は鳩派、なら武闘派揃いなのに穏健派を名乗るこの集まりは何派?と言う話題になり、通例に倣って何かの鳥から取ると言うルールの下、ペンギンやドードー、ティラノサウルスなどの意見が出るも、ペンギンは迫力が無いと言う理由で却下され、ドードーは絶滅した経緯が縁起が悪いと言う理由で却下、ティラノサウルスは分類上鳥類なのかもしれないが、見た目が鳥っぽく無さ過ぎると言う理由で却下され、最終的には基本臆病な性格だが、キック力が凄まじい最強の鳥と言う事で、ヒクイドリが採用される事となるのであった……



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運命の軍法会議と・・・・・・

新年明けましておめでとうございます

前回からかなり間が空いてしまいましたが、自分は何とか生きてます

今年もこの『鬼の鎮守府』の完結目指して頑張っていきたいと思いますので、生暖かい目で見守ってもらえると幸いです

どうぞよろしくお願い致します!


穏健派大連合結成からしばらく時が経ち、6月中旬になった辺りで遂にこの時がやって来る……。そう、現在横須賀鎮守府からやや離れた位置にある、輝が新設した軍事刑務所に収容されている桂島の提督が、横須賀鎮守府で行われる予定となっている軍法会議に出廷する日である

 

本来、提督の軍法会議は5月中に行う予定だったのだが、提督の状態を目の当たりにした元帥の、この状態ではまともな証言が得られないだろうと言う判断によって、提督は病院に搬送されると肛門と男性器の治療を受け、精神状態が安定するまで軍事刑務所に収容され、そこでカウンセリングを受ける事となったのである

 

因みに提督の男性器と肛門だが、思った以上に損傷が激しかった為、現在は人工尿道と人工肛門が取り付けられているのだとか……

 

それに先立って多くの艦娘達の悲痛の叫びを握り潰し、桂島の提督に艦娘から通報があった事を伝えていただけに留まらず、軍の機密情報の流出の手助けまでした挙句、横須賀の乱発生の引き金を引いて日本中を混乱の渦に巻き込んだ通信士や、桂島の提督に従って通信士の情報を基に、彼を通報しようとした艦娘達を拘束した後好き勝手に蹂躙して来た憲兵5人の軍法会議が行われ、彼等6人全てが銃殺刑に処される事が決定したのであった

 

通信士は兎も角、何故艦娘達に性的暴行を加えていた程度の憲兵達まで銃殺刑に処される羽目になったのかと言えば、それは単純にその手法が余りにも非人道的で、それを実行した回数が尋常ではなかった事が原因である

 

これは剣持率いる新生陸軍の憲兵達によって判明した事だが、彼等は如何やら例の地下牢に監禁、拘束し身動きが取れなくなった艦娘に望が誤って提督に投与した薬物と同じ様な物を投与した上で、提督からの艦娘の解放命令が出るまでの間ずっと、5人全員で気が済むまでその艦娘を性の捌け口にしていたのだとか……

 

彼等はそんな悍ましい事を200人近い艦娘達に行い、彼女達の心に大きな傷痕を残し続けて来たのである。艦娘の事を心より大事に思っている元帥はこの事実を知るなりそれはそれは激昂し即座に彼等に銃殺刑を言い渡し、直後に剣持がこの悪逆非道な陸軍の面汚し共に存在価値など無いと言って元帥をフォローした事で誰も反論する事が出来なくなり、彼等は銃殺刑に処される事となったのである

 

尚、軍法会議の場に姿を現した時の憲兵達だが、彼等は空に溶接された時の姿のまま、大玉転がしの要領で明石と工廠の妖精さん達に転がされながら入廷して来たのだとか……

 

「いや~……、私達も頑張ったんですけどね?この溶接に使われた金属が尋常ではないくらい頑丈な上に、ものすっごく丁寧に溶接されているせいで、工具などで性器ごと結合部を切断して彼等を切り離す事も出来ず、この溶接を施した関係者からは協力拒否されて、どうしようもなかったんですよ~……」

 

彼等をこの場に連れて来た明石は、余りにも惨め過ぎる憲兵達の姿を見てポカンとする軍法会議の関係者達に向かってそう言うと、そそくさとその場を後にしたのだそうな……

 

この様な理由があった為、憲兵達はウロボロスの様な状態のまま軍法会議に出廷し、帰りは新生陸軍の憲兵達に転がされながら退廷し、最期は5人仲良く繋がったまま銃殺刑に処され、その生涯をみっともない姿のまま終えるのであった……

 

さて、前置きはこのくらいにして提督の話に移ろう

 

まだ日も昇っていない時間に、降りしきる雨の中を1台の車がヘッドライトを光らせながら山道を走行していた。そう、横須賀鎮守府内で行われる軍法会議に出廷する提督を乗せた護送車である

 

この護送車には提督の他に、護送車の運転手と提督が脱走しない様見張る武装した監視役が1名ずつ乗り込んでおり、大日本帝国軍の依頼の下、輝の手により大楠山の中に新設された軍事刑務所を早い時間から発ち、真っ直ぐ横須賀鎮守府を目指して移動していたのであった……

 

そんな彼等に、突如悲劇が襲い掛かる……。もう少しで山を出れると言ったところで、護送車を運転していた運転手が不審な人影を発見したのである……

 

この雨の中傘も差さずに佇むその人影を目撃した運転手が、思わずその人影を訝しんでいると、突然護送車の右の前輪からパンッ!と言う音が発生し、護送車の制御が利かなくなってしまったのである

 

突然の出来事に驚きながらも、運転手は何とか護送車を制御しようと両手でハンドルを持ち奮闘する。この時運転手は護送車の挙動と先程の音から右前輪がパンクしたのだと判断し、事故を起こさない様に細心の注意を払いながらハンドル操作を行うのだが……

 

「……んなっ!!?」

 

直後に先程見た人影から突如何かが2つ程放たれ、それはそのまま護送車の運転席の方へ向かって来るのであった。それに気を取られてしまった運転手はハンドル操作を誤ってしまい、右前輪がパンクした護送車は道の脇にあった木に激突して停止してしまうのであった……

 

一体何があったのか、あの人影は一体何なのか……、運転手が朦朧とする意識の中この様な事を考えていると、突然運転席側の扉が開かれ、先程の人影の正体と思わしき人物が、運転席に乗り込んで来るのであった

 

その人物の姿を目の当たりにした瞬間、運転手は思わず声を上げようとするのだが、その人物が凄まじい速度で腕を伸ばして運転手の口を手で塞ぎ、運転手が悲鳴が上げられなくなったところで、その人物は懐から1本の何の変哲もない……、いや、よく見ると何らかの原因で先の方からグリップ部分までが赤黒く変色したノック式ボールペンを取り出すと、ボールペンをノックして本体からペン先を出すなり、それを運転手の首筋にある動脈目掛けて勢いよく突き立て、運転手の命を奪ってしまうのであった……

 

その後、異変を察知した監視役が提督そっちのけで護送車の後部から飛び出して来るものの、運転手同様不審者に瞬時に間合いを詰められ、口を手で塞がれた後に首筋にボールペンを突き立てられ、あっけなく始末されてしまうのであった……

 

こうして目撃者を全て始末したその人物は、提督が収容されている護送車の後部に乗り込むと、無言でまるでゴミでも見るかの様な目を提督に向ける……

 

護送車が木にぶつかった時の衝撃で気を失っていた提督が、意識を取り戻すなり不審者の視線に気付き、視線を辿ってそちらへ顔を向けてその人物の顔を目にしたところ……

 

「プロフェッサー……っ!?プロフェッサーなのか……っ?!まさか……、俺を助けに……」

 

提督は驚きの余りその双眸を見開きながら、自分に対して鋭い視線を向けるプロフェッサーに向かって、この様な言葉を口にしようとするのだが、その言葉はそこで突然途切れてしまうのであった……。そう、プロフェッサーにその口を塞がれてしまったからだ……

 

その後、プロフェッサーは運転手と監視役の時と同じ様に、提督の首筋に無言で手にしたボールペンを突き刺し、突然の出来事に目を見開いて驚愕する提督が事切れた事を確認すると、護送車から降りて運転手と監視役の遺体を護送車の後部に放り込むなり距離を取り、艦載機を使って護送車のガソリンタンクに機銃を斉射して、護送車諸共提督達の遺体を吹き飛ばしてしまうのであった……

 

こうして桂島の提督を始末したプロフェッサーは雨音に紛れてこの場を後にし、小田和湾方面から海に出て日本を後にすると……

 

「製薬に関わる者は、やはり綺麗好きじゃないとのう」

 

そう呟いた後、自分の拠点に帰還するのであった……

 

そう、プロフェッサーにとって自身の利益にならない存在、金銭的な収入源にならない存在は塵芥にも満たない存在であり、そんな存在がこの世界に存在する事は、プロフェッサー的には絶対に許されない事なのである……

 

実際、以前取引をしていたミッドウェーの飛行場姫も、もし生存していてプロフェッサーから金にならないと判断された場合、彼の手によって始末される予定だったのである……

 

故に今回の件で折角金のなる木と判断し投資したにも関わらず、その期待を裏切った桂島の提督は、エデンに関する情報の漏洩防止の為などではなく、彼のゴミ掃除の為だけに始末されてしまったのである……

 

この様な事情で発生した桂島の提督暗殺事件は、横須賀鎮守府だけでなく大日本帝国軍全体を震撼させ、提督にやらかした事の大きさを後悔させながら銃殺刑に処させようとしていた戦治郎は、その事を朝食中に知るなり悔しさの余り歯噛みしながら食堂を机を叩き割り、本気で翔に怒られるのであった……

 

尚、この事実が発覚し、通信士と憲兵達の処刑が行われた後、何者かの手によって大手のアダルト動画サイトが複数ジャックされ、提督と憲兵達の罪状が読み上げ用音声合成ソフトによって読み上げられながら、お仕置きされる提督達の姿が映された動画がサイトを通して世界中にばら撒かれ、その動画を目にした多くの者達が怒りの余りに暴徒と化し、提督や通信士、そして憲兵達の親類縁者は、住所を特定した暴徒と化した者達から私刑に処され、それに参加した者達は悉く警察に逮捕されてしまうのであった……

 

因みにこの件について、警察は全力を以て犯人を捜し出そうとしたのだが、結局犯人の尻尾を掴む事すら叶わず、この事件は迷宮入りしてしまったのだとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『被害に遭った艦娘達の親族に、艦娘擁護団体、それに正義感が強過ぎる連中……、いや~、人間ってのはホント恐ろしいッスね~』

 

警察が必死になってアダルト動画サイトジャック事件の捜査をしている中、その実行犯である護は犯人逮捕に躍起になっている警察達を想像し、ほくそ笑みながらPCに取り付けたマイクに向かってこの様な事を呟く

 

「ライトニングボルトペンギンの言う通り、人間って恐ろしいンゴ……。ワイはこの騒動に巻き込まれない様戸締りしとくンゴ……」

 

ライトニングボルトペンギンこと護に向かって、護のオンゲ仲間であるI.O.D.が護の発言を聞いた後、思わず身を震わせながらこの様に返答するのであった

 

『それはそうとI.O.D.さん、今回協力してくれて助かったッス。流石にこれ全部を自分1人でやるのはきつすぎるッスからね~、最初バックラーさんに協力要請して断られた時は柄になく焦ったッスからね~』

 

「ワイは暇だったから丁度いい暇潰しになったンゴ、って言うかライトニングボルトペンギンはえげつないンゴ、まさか親類縁者まで巻き込むとは思わなかったンゴ。これじゃあ死体蹴りンゴ」

 

その後、今回の件に協力してくれたI.O.D.に向かって護が礼を述べたところ、I.O.D.はこの様に返答する。するとそれを聞いた護は……

 

『奴等はそれだけの事をやらかしたって事ッスよ、まあ個人的にはあの世で親類縁者にボッコボコにされる奴等の姿も、世界中に晒してやりたかったんッスけどね~。んで、その最中に奴等をそう言う風に育てたのは何処の誰でしょう?とか言ってみたいところッスけどね~』

 

ケラケラと笑いながら、この様に返答するのであった……

 

「流石にそれは鬼畜過ぎるンゴ……、一体何がライトニングボルトペンギンをそうさせるンゴ?正義感か何かンゴ?」

 

『正義感?そんな犬の餌にもならない様なモン、自分や自分の身内に持ち合わせている人はいなさそうッスね。知り合いの医者やってる人や元ハイパーの人も、人の命を救う事に妄執しているって感じで、実際の所は正義感もクソも無いッスからね。まあ元軍人の人は、どう考えてるか自分には分からないんッスけどね~……。後これは自分の上司がよく言ってるんッスけど、正義って言葉は自分達で口にするもんじゃない、自分達の行動を正義か否か判断するのは飽くまで世間や時代なのであって、自分達が振りかざすモンじゃないんだとか』

 

「じゃあ一体何がライトニングボルトペンギン達を駆り立てているンゴ?」

 

『単純に、自分達の居場所を守りたいだけなのかもしれないッスね~、皆揃いも揃って才能あるはみ出し者ッスから、それを侵そうとする不届き者が気に入らない、だから全力で排除しようとしてるだけなのかもしれないッス。実際の所今回の件も、自分達の新しい職場を荒らそうとした大馬鹿タレに対する制裁って感じッスからね~』

 

「ん~……、何か分かる様な……、分からん様な感じンゴ……」

 

I.O.D.と護がこの様なやり取りを交わした直後、不意にインターホンが鳴る音が護のヘッドホンから聞こえて来る。そしてそれに反応した護が、警戒する様にキョロキョロと視線を巡らせていると……

 

「おおっと、注文してたピザが届いたみたいンゴ。そう言う訳でワイは今からご飯の時間だから、ボイチャはここらにしとくンゴ」

 

『ああ、そう言う事ッスか……、つい警察が嗅ぎ付けたのかと思って警戒しちまったッス……。っとぉ、それはそうと承知したッス、いつか機会があったらまた対戦するッスよ~』

 

I.O.D.がこの様な事を口にし、それを聞いた護は安堵の息を吐くと、I.O.D.に向かってこの様に返してボイスチャットを切るのであった

 

「ホント人間って生物は恐ろしいンゴ……、っとそんな事よりピザが来たンゴ~♪人間達はこんな良い物を食べていたなんて此処に顕現するまで知らなかったンゴ~♪これに関しては人間達が羨ましいンゴ、こんな素晴らしい物を生み出し食べていたり、オンゲと言う文化の極みの様な娯楽を持っているなんて~」

 

護が落ちた事を確認したI.O.D.こと旧支配者であるイオドは、この様な事を口にしながら自身が召喚された、佐賀県内にあるボロボロの屋敷の中を、時々肝試しと称して屋敷に不法侵入し、自身の姿を見て発狂死してしまった人間達の遺体を踏み潰しながら移動し、玄関に立つといつもの様にピザの配達員と扉越しに会話を交わし、扉に付いている郵便受けから遺体から抜き取った万札を渡し、お釣りはピザの箱の上に置く様に指示して配達員が立ち去った事を確認すると、扉を開いてピザとお釣りを手にして意気揚々と先程までいた部屋まで戻り、先程届いたLサイズのピザを堪能し始めるのであった

 

因みにイオドはクトゥルフに迫る程の実力はあるものの、ゾア同様変身するのは如何やら苦手の様で、現在も本来の姿のままこの屋敷で生活しているのである……

 

また、イオドのオンゲ仲間である護も、バックラーこと大日本帝国陸軍所属の盾井も、イオドの正体については知らなかったりするのであった……



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賑やかな朝練と悪の神

「いや~……、まさか桂島の提督が消されるなんてな~……」

 

桂島の提督が何者かによって殺害された翌日の朝、恒例の朝練中に戦治郎はそう呟きながら、手にした普通より長めの竹刀を片手で振るう

 

「俺の部下の調べによると、殺害された3人は全員首筋にボールペンの様な物を突き立てられて殺害された後、護送車の爆発で吹き飛ばされた様だ」

 

それに対して戦治郎の相手をする剣持は、上手い具合に戦治郎が振るう竹刀を捌いて見せ、それによって出来た隙を突いて戦治郎の懐に潜り込もうとする

 

「あんな焼け焦げてバラバラになった遺体から、よくそこまで分かった……なっ!」

 

「ふ……っ!俺の自慢の部下達は、お前の仲間達と同じレベルで優秀だからな」

 

そんな剣持に向かって、戦治郎はこの様に返答しながら蹴りを放ち、戦治郎の蹴りに反応する事に成功した剣持は、すぐさま戦治郎の懐に潜り込もうとするのを止め、後方に大きく跳躍して戦治郎の蹴りを見事回避するなり、戦治郎の問いに対してこの様に答えるのであった

 

さて、何故戦治郎達の朝練に剣持が参加しているのかと言えば、元帥陸軍大将になった事で大本営勤めとなり、書類仕事が増えてしまった事で福岡にいた頃の様に好きなタイミングで鍛錬を行えなくなって、ストレスが溜まりがちになっていた剣持を、戦治郎が誘って連れて来たからである

 

これにより、剣持は日頃のストレスを朝練で発散出来る様になり、戦治郎は自分の実力に匹敵する相手が出来た事で、効率よく鍛錬を積める様になったのであった

 

「おおぅ……、そいつぁスゲェな……」

 

「お互い、良い仲間を持てたものだな……」

 

「全くだ……」

 

その後、戦治郎達はニヤリと笑いながらこの様なやり取りを交わし、再び互いの剣を交える為に双方共に剣気を高めるのだが、それは次の瞬間に近くで発生した爆発音染みた轟音によって、霧散されてしまうのであった……

 

「……俺らの方はここらしときます?」

 

「そうだな……」

 

先程の轟音のせいで集中力が切れてしまった戦治郎が、剣持に対してばつの悪そうな顔をしながら提案すると、戦治郎と同じく集中力が途切れてしまった剣持はその提案を受け、2人同時に轟音の発生源へと視線を向ける。そんな2人の視線の先には……

 

「おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

気合い全開の雄叫びと共に、渾身の光速正拳突きを打ち出す空と……

 

「ぬんっ!!!」

 

それを見事片手で受け止めて見せる、混沌のモンク僧クトゥルフの姿があった……

 

何故剣持だけでなくクトゥルフまでもが朝練に参加しているのか……、それは今日この日、翔が提供する朝食を食べに来たクトゥルフが偶々朝練中の戦治郎達の姿を発見し、長門屋拳闘会の練習風景を見てモンク僧としての血が騒ぎ、ついつい自身も朝練に参加し、その流れで同じ体術使いとしてクトゥルフの実力を確かめたいと申し出た空と組手をする事となったのである

 

いや、そもそも何故クトゥルフが朝食の為に横須賀鎮守府に来ているのか……、それは穏健派大連合が結成される前、雑談会の時にクトゥルフが定期的に翔の食事を食べに来てもいいなら協力すると言う条件を出し、それを聞いた戦治郎と燎と長門の3人が、その際横須賀鎮守府の艦娘達に、神話生物関連の事を尋ねられた場合、詳細と対処法まで教えてくれるなら構わないと返答した結果、クトゥルフは機会があればクティーラと共にしょっちゅう横須賀鎮守府に姿を現し、翔が提供する食事を堪能しながら、横須賀鎮守府の艦娘達に神話生物の対処法を伝授したり、使用回数に制限がある簡素なお守りの様な物を配っていたのであった

 

そんな訳で、現在空とクトゥルフが組手をしている訳なのだが……

 

「空ーっ!ファイトーッ!!」

 

「空さーんっ!余り無茶はしないで下さいねーっ!!」

 

「お父様頑張れーっ!!!」

 

こんな感じでこの世紀の戦いをその目に焼き付けようと、朝練参加者だけでは留まらず、多くの者達がギャラリーとしてこの場に集まり、それぞれに声援を送っていたのであった

 

尚、その中にアメリカの兵器開発研究所の所長であるサラの姿もあるのだが、彼女は明石達の下で艦娘の艤装に関して様々な知識や技術を教えてもらう為に、あの会合の後日本に残ったのである。その関係で彼女と翔鶴は、工廠にある明石の部屋の隣に作られた空の部屋に機会があれば押し掛け、甲斐甲斐しく空の世話をしているのだとか……

 

因みにサラが何故空に対してこの様なアプローチをしているのかと言うと、如何やらミッドウェーでの戦いの際、自分達が敵と間違えて空を攻撃してしまったにも関わらず、その事をおくびにも出さずに自分達を助ける為に死力を尽くして戦う空のその姿や、その姿勢に心を奪われてしまったのだとか……

 

こうして興が削がれた戦治郎達は、どうせだからと空達の戦いを観戦する事にし、戦治郎は親友である空にエールを送るも、旧支配者の中でも実力者であるクトゥルフには流石に敵わなかったのか、結局空はクトゥルフに敗北してしまうのであった……

 

その後、クトゥルフは倒れた空に向かって手を差し伸べながら……

 

「私を相手によくぞここまで戦った、お前のその実力は確かなものだ、恐らくその実力があれば並の旧支配者なら相手取る事が出来るだろう、この私がそれを保証しよう。もし次に戦う機会があるのなら、是非とも全力でぶつかり合いたいところだな。尤も、その為にはお前にかかっているその呪縛を、何らかの方法で如何にかしなければいかんだろうがな……」

 

この様な言葉を掛け、それを聞いた空は

 

「呪縛……、そうだな……、俺がこの呪縛を乗り越える事が出来た時、再戦を申し込む事にしよう」

 

この様に返答しながら、クトゥルフの手を取り立ち上がるのであった。そんな1人と1柱に向かって、ギャラリー達は盛大な拍手を送るのであった

 

こうして戦治郎達のその日の朝練は終わり、戦治郎達はシャワー室で汗を流すと食堂に向かい、翔達が準備した朝食で活力を補給すると、各自に割り振られた仕事に着手し、クトゥルフは横須賀の乱以来艦娘に興味津々なクティーラを翔に預け、中々機会を設ける事が出来なくて実行出来なかった東京観光の為に、横須賀鎮守府を後にするのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……、これが日本の首都東京……、ルルイエもこのくらい発展させたいものだな……」

 

クトゥルフが横須賀鎮守府を発ってから時は過ぎ、東京の観光名所と名物料理を心行くまで堪能したクトゥルフが、この様な事を呟きながら偶々立ち寄った商店街を散策していると……

 

「……ん?」

 

とある居酒屋の前に差し掛かった直後、居酒屋の方から異様な気配を察知し、クトゥルフは思わずその足を止めてしまうのであった

 

「この居酒屋の中に……、誰かいるのか……?」

 

クトゥルフはそう呟きながらその居酒屋から漂う気配を訝しみ、この気配を発する存在の正体を確認する為に、警戒心を高めながら居酒屋の暖簾をくぐるのであった……

 

一見、居酒屋の中はごく普通の個人営業の居酒屋で、スーツ姿の若者達が座席でビールを飲みながら雑談を興じていたり、くたびれた様子の中年男性が店の一番奥のカウンターで1人静かに食事を摂っていたりする、本当に何の変哲もない居酒屋の風景が広がっていたのだが、旧支配者であるクトゥルフの目を誤魔化す事は出来ず、クトゥルフはこの異様な気配の発生源である店の一番奥のカウンター席に座る中年男性の方へ真っ直ぐ進み、その隣の席に腰を下ろすのであった

 

そして中年男性が心底嫌そうな表情を浮かべながら、自身の隣の席に座ったクトゥルフに鋭い視線を送ったところ……

 

「お前は何者だ……?この気配から察するに、旧支配者の様だが……?」

 

クトゥルフは中年男性の視線を無視してこの様な言葉を発し、それを聞いた中年男性は驚きの余り思わず目を見開いた後……

 

「名前を尋ねる時は、先ず自分からってのが礼儀なんじゃないか?」

 

クトゥルフの事を警戒しながら、この様に返答するのであった

 

「失礼、私はクトゥルフ、海底都市ルルイエを統治する旧支配者の大司祭のクトゥルフだ」

 

「クトゥルフだとっ!?何故お前が此処にいるっ?!」

 

それに答える様にしてクトゥルフが自己紹介をしたところ、中年男性は先程以上に大きく目を見開き、先程よりも大きな声でクトゥルフにそう尋ねるのであった

 

そんな中年男性の問いを無視し、クトゥルフが改めて中年男性に名を尋ねたところ、中年男性は観念したのか自己紹介を始めるのであった

 

「俺はイゴーロナク、この世界の悪を司るモンだ……」

 

「ああ、お前だったのか……、オトゥームから日本に住んでいるとは聞いていたが、まさかこの様な所で遭遇するとはな……」

 

イゴーロナクの自己紹介を聞いたクトゥルフは、呟く様にしてこの様な言葉を口にした後、自分が東京観光の為に来た事を話した上で、彼が何故此処にいるのかについて質問してみる。するとイゴーロナクは、やや不快そうな表情を浮かべながらポツリポツリと、自分が此処にいる理由を話し始めるのであった

 

如何やらイゴーロナクは自身の腹を満たす為に取り敢えず横須賀に住みついて、自身の信者を利用して先ずは横須賀の犯罪者達にグラーキの黙示録を無理矢理読ませ、彼等の下に顕現出来る様になると彼等を唆して罪を重ねさせ、頃合いを見て彼等を捕食しようとしていたそうなのだ……

 

そしてそれと並行して、イゴーロナクは日本の主要都市や港湾部にある都市にも信者を送り込み、家畜を増やす様な感覚で犯罪者を増やし、日本を自分の糧となる犯罪者の牧場に仕立て上げようとしている事が判明したのである……

 

だが、その計画は初期段階で盛大にすっ転んでしまう……

 

「怪傑ズインとか言う奴が現れたせいで、俺の餌になるはずの犯罪者が激減するだけでなく、貴重な信者達まで豚箱行きになっちまったんだ……。一応昨日中々罪深ぇ奴の魂にありつく事が出来たんだが、魂じゃあんま腹が膨れなくてな……。何とか空腹を紛らわす為に、こうして人間に紛れて飯食ってるんだが、どうも人間の料理は味気なくてな……。そんな訳で、これからどうするか考えてたんだわ……」

 

「そうか……」

 

イゴーロナクが横須賀にいる理由を聞いたクトゥルフは、イゴーロナクの話に興味が無い様な振る舞いをしながらも、内心で頭を抱えてしまうのであった……

 

流石のクトゥルフも、まさかこんな所に翔達を悩ませる犯罪者増加の原因がいるとは夢にも思っていなかったのである。この時クトゥルフは、この場でイゴーロナクを如何にかした方がいいのではないかと考え、その方法を頭の中で模索するのだが……

 

「うっし!アンタに愚痴ったおかげで決心付いたわっ!俺はこの横須賀を離れて、別の都市で活動を続ける事にするわっ!俺の愚痴を聞いてくれてありがとうなっ!!」

 

そうしている間にイゴーロナクは食事を終え、クトゥルフに向かって決意表明すると同時に礼を言うと、料理の代金を支払うと意気揚々と言った様子で店を出るのであった

 

「しまった……っ!!」

 

クトゥルフは自分の迂闊さを呪いながらそう呟き、イゴローナクの後を追って店を出て辺りを見回すのだが、イゴローナクの姿は何処にも見当たらなかったのであった……

 

こうして日本の犯罪者増加の原因の1つであるイゴローナクを取り逃したクトゥルフは、この事を戦治郎達に報告するとクティーラと共に帰途に就き、ルルイエの自室にしばらく引き籠り激しく自己嫌悪に陥るのだが、そんなクトゥルフを心配したクティーラが翔に頼んで作ってもらった弁当と、間宮直伝のクティーラ特製アイスクリームを口にした事で、クトゥルフは何とか立ち直ってみせるのであった

 

その時クトゥルフは、この落とし前は自分で付ける事を固く決意し、これが後に長崎県、佐賀県、福岡県を舞台にして勃発する、秘密結社『喰らう手』と怪傑ズインを中心としたヒーロー達の熾烈な戦いに、終止符を打つ切っ掛けとなるのであった……



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アルバートと少女の出会いと・・・・・・

クトゥルフが日本の犯罪増加の原因の1つであるイゴーロナクを取り逃したあの日から月日が経ち、日本では夏真っ盛りである8月になった頃、戦治郎が10月に行われる軍学校の入試に向けて追い込みをかけている中、日本から遠く離れたグリーンランドのとある場所では……

 

「ふんっ!!!」

 

以前ミッドウェーで戦治郎達と交戦し、本来自分達の切り札になるはずのゾアを翔に奪われてしまった事で、戦治郎達に敗北を喫する羽目になったアビス・コンダクターの幹部であるアルバートが、気合いの声と共に凄まじい速度で、刹那の内に数十回も手にしたエストックを突き出す

 

如何やらアルバートは戦治郎達に負けた事が余程悔しかったのか、打倒海賊団を胸にこうしてアビス・コンダクターの本拠地があるグリーンランドの何処かにあるとある海岸で、己を鍛え上げる為にこの様なトレーニングを朝から夕方まで続けているのである。尤も、肝心な海賊団はこの時点では既に解散し、大日本帝国海軍所属の長門屋鎮守府(仮)となっているのだが、その事実を今の彼は知らないでいたのであった

 

因みにこの時、彼の仲間であるエリカと駆はどうしているのかと言えば、駆はミッドウェーでの戦いで、太郎丸達に敗れ散って逝ったスティーラーズに代わる自身の駒を探す為に、なるべく目立たない様に細心の注意を払いながら世界中を巡っており、エリカの方は今まで信仰していたルルイエの面々に裏切られた事からようやく立ち直り、部下達を連れて自分達が新たに信仰するべき邪神の情報と魔道書を集める為に、駆とは別に世界中で動いている様である

 

そう言う訳で、流れで拠点に残る事となったアルバートは、この日彼のこれから先の人生を大きく変える切っ掛けとなる少女と出会う事となるのであった……

 

「ふぅ……、今日はこの位にしておくか……」

 

日が沈み始めた辺りで、アルバートはそう呟くとエストックを腰の鞘に収め、この日のトレーニングを切り上げて身を翻して拠点に戻ろうとするのだが……

 

「……ん?あれは……、人影か……?」

 

その途中で不意に視界に入ったものに気付き、不審に思いながらそう呟いて確認の為にそれがある方角へ歩みを進めるのであった

 

本来、彼等の拠点がある地域一帯には、人間と敵対してる彼等が一方的に虐殺の限りを尽くして駆逐した為、人間が誰1人として住んでいないのである。なのでアルバートはこの地で人影が目に映った事を不審に思ったのである

 

もしその人影が人間のものであった場合、彼はアビス・コンダクターの掟に従ってその人間をその場で殺害する事になるのだが・・・・・・

 

「あれは……、深海棲艦か……?何処かから流れ着いて来たのか……?」

 

アルバートの言葉通り、彼が発見した人影の正体は如何やら深海棲艦の様で、アルバートがその人物を手にかける様な事態には発展しなかったのであった

 

人影の正体が深海棲艦である事が分かったところで、アルバートは浜辺に倒れ込んでいるその深海棲艦の下へ駆け寄り、まだ生きているのかを確認しようとその手を取るのだが……

 

「かなり身体が冷え切っているな……、まあこの近辺の海は恐ろしい程冷たいからな……」

 

件の深海棲艦の手を取った瞬間に感じた、その手の冷たさに思わずアルバートはそう呟くと、温かく安全な場所で休息を取らせる為に、その深海棲艦の身体を抱きかかえて拠点に戻ろうとするのだが……

 

「……あそこにも浮かんでいる奴がいるな……」

 

件の深海棲艦を抱きかかえた直後、アルバートの視界に海にプカプカと浮かぶ深海棲艦の姿が映り込み、それに気付いたアルバートはやれやれと言った様子で頭を振ると、1度抱きかかえた深海棲艦を浜に寝かせ、海に浮かぶ深海棲艦を回収して背負った後、再度浜に寝かせた深海棲艦を抱き上げて拠点に帰還するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

「む、起きたか……」

 

その後拠点に戻ったアルバートは、部下に頼んで準備してもらった部屋に設置されたベッドに先程連れて来た2人の深海棲艦を寝かせると、彼女達が目覚めた時の為に飲ませる温かい飲み物を準備しようと部屋を出て、以前人間の輸送船を襲撃した際に入手した紅茶セットを手に部屋に戻ったところ、丁度最初に助けた深海棲艦の少女が目を覚まし、辺りをキョロキョロと見回していたのだった

 

そんな彼女に対して、アルバートがこの様に英語で声を掛けると……

 

اين يوجد هنا من انت(此処は何処?あなたは誰?)

 

「済まない、出来れば英語で話してもらえないか……?」

 

彼女はアルバートに向かってアラビア語で返事をし、アラビア語が分からない元イギリス人のアルバートが、やや狼狽えながらこの様に返答したところ、彼女は不思議そうに小首を傾げるのであった……。如何やら彼女は英語が分からない様である……

 

こうしてアルバートは、ソマリア出身の少女、ファイザ=ルルーシュと出会い、後の彼女の行動によって、アルバートの運命は大きく変わってしまう事となるのであった……

 

因みに、生前艦これをやっていなかったアルバートには、ファイザが一体何と言う深海棲艦なのか分からず、1ヶ月後に帰って来た駆から教えてもらう事で、ようやく彼女は深海吹雪の転生個体である事が判明するのであった

 

また、彼女と共に流れ着いた深海棲艦は、アーヤン=アブディと言う名前のソマリア人らしく、駆が深海如月と呼ぶ深海棲艦に生まれ変わった彼は、生前は武装組織に所属していたらしく、武器の取引などにも関わっていた関係で、アラビア語も英語も分かると言う事で、アルバートは彼に頼み込んでアラビア語を学び、彼女とコミュニケーションを図る事が出来る様になると、今度はファイザに覚えていると便利だからと言う理由で、彼女に英語を教えてしっかりとマスターさせ、アビス・コンダクターの誰とでも気軽に会話が出来る様にするのであった

 

尚、アーヤンは如何やらトランスジェンダーの様で、自分の事はアーヤと呼ぶ事をアルバートや駆、そして彼等の部下だけでは留まらずアビス・コンダクターのトップであるエリカにまで強要するのであった……

 

こうして、アルバートに救われたファイザとアーヤンは、助けてもらった礼としてアビス・コンダクターに加入し、長旅の末エリカが連れて来た旧支配者と共に、ロシア国民と後に激突する事となる戦治郎達を大いに苦しめるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、アルバートとファイザが出会っていた頃、太陽系から遠く離れた宇宙の何処かでは……

 

「待っていろ長門 戦治郎っ!!!そして名も知らぬ戦士よっ!!!俺は必ずお前達との決着を付ける為にっ!!!!地球に舞い戻ってみせようぞおおおぉぉぉーーーっ!!!!!」

 

シゲの手によって遠い宇宙に放り出された防人の魂は、ブルブルとその身を震わせながらそう叫ぶのであった

 

そんな彼の叫びに呼応する様に、シゲの攻撃によって宇宙全体に撒き散らされた彼の身体を構成していた素粒子は、宇宙に存在する暗黒物質を吸収しながら彼の元へとゆっくりとゆっくりと、だが確実に集まり始めるのであった……

 

こうして戦治郎とシゲと再戦する為に復活を目論む防人は、暗黒物質を取り込んだ事で大幅にパワーアップし、1年近くと言う時間をかけて肉体を取り戻す事に成功すると、すぐさま地球に向かって尋常ではない速度で移動を開始し、軍学校を無事に卒業して長門屋鎮守府に着任した戦治郎に襲い掛かり、長門屋鎮守府に甚大な損害を与える事となるのだが、この時は誰もそんな事になるとは夢にも思っていなかったのであった……



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ウィリアム・サウスパーク

アルバートがファイザとアーヤンを保護していた頃、アビス・コンダクターの本拠地があるグリーンランドから遠く離れたフランス領南方南極地域にあるウエスト島にあるカルメンの本拠地に、最近よく話題となるエデンの頭領であるアリーは、ウィルの義手の定期メンテナンスの為に訪れていた

 

『んもう……、貴方最近義手を酷使し過ぎじゃな~い?』

 

『仕方ねぇだろうがよぉ、ここでやっていく以上外部の連中の相手だけじゃなく、内部抗争もやんなきゃなんねぇんだからな……』

 

カルメンの本拠地内にあるウィルの部屋で、やや困った表情を浮かべるアリーが、やけにボロボロになったウィルの義手を修理しながらそう言うと、アリーに義手を修理してもらっているウィルは苦々しそうな顔をしながらこの様に答えるのであった

 

ウィルが言う通り、カルメンは実力至上主義の組織であり、自身の格を上げる為の内部抗争が日常的に行われているのである

 

そんなカルメンの中で、今のウィルは信じられないかもしれないのだが、実質カルメンのナンバー2的なポジションに立っているのである

 

ワンコの所にいた時は三下の様なキャラだったウィルが、カルメンと言う組織の中で何故この様な地位に立っているのかと言えば、それはアリーから渡されたこの義手と、カルメンのこの荒々しい方針に揉まれた事で発現した、ウィルの能力に依る所が非常に大きいのである

 

そうしてこの2つの力を駆使してナンバー2の座に上り詰めたウィルは、カルメンのトップである可奈子の首を虎視眈々と狙う傍らで、各種資源や食糧を集める為に人間や深海棲艦の輸送船を襲いながら、隙あらば自身の地位を狙って襲い掛かって来る連中の相手を毎日の様にしているのである。なのでウィルの義手は、アリーが想定していたよりも早いペースでボロボロになってしまうのである

 

『それにしても、まさかあの垂れ流しウィルちゃんが、カルメンのナンバー2になるなんてね~』

 

『ハンッ!そんな事が言えるのは今の内だけだと思ってなっ!!何時の日か俺がカルメンを手中に収めたら、真っ先にてめぇらのとこを叩き潰してやからなっ!!!』

 

ウィルの義手を修理している最中に、ふと思い出した様にアリーがそう呟くと、自分の黒歴史ワードとも言える『垂れ流し』に反応したウィルが、苛立ちを隠そうともせず語気を強めながらこの様に返答するのであった

 

このアリーの呟きについてだが、実のところアリーは割と本気でウィルが今の地位にいる事が信じられず、無意識の内に本音を呟いてしまったのである

 

実際、ウィルにカルメンを紹介したアリーは、ウィルにこの高性能な義手を与えたところで、カルメンの内部事情に嫌気が差してすぐに脱走して野垂れ死ぬか、雑兵の1人として非常に地味な最期を遂げる事だろうと考えていたのだが、現実は全く逆の方向に進んでしまったのである

 

そして正直なところ、アリーは今のウィルを多少なれど警戒していたりするのである。

その原因は偏に、カルメンで揉まれた事で彼に備わったその能力のせいである……

 

今のウィルが持つその能力は、ウィル自身が強くなれば強くなるほど、そしてその能力を使い込めば使い込むほど厄介になる代物で、何かしら対策を練っていなければ、彼が言う通りエデンはウィルの手によって壊滅させられる危険性があるのである……

 

とまあこんな事を言ってはいるが、アリーはこの時点で既にウィル対策の為に、ある計画を進めているのである。その計画の名前は『Project・Hekatoncheir(プロジェクト・ヘカトンケイル)』と言い、その内容は現在アリーが所有している大型人型艤装のアリーズウェポンであるハデスの量産計画である

 

もしこの計画が滞る事無く順調に進めば、例えウィルが能力を発動させたとしても、アリーは量産型ハデスであるHekatoncheir(ヘカトンケイル)に1つ命令を下せば、ウィルを完封出来ると踏んでいるのである

 

『あらやだこわ~い』

 

『ふんっ!俺の恐ろしさが分かったんなら、大人しく俺の義手の修理をしやがれっ!』

 

そんなウィルの言葉に対して、アリーが心にも無い事を言いながら身をくねらせると、アリーが既に自身に対しての対策を立てている事を知らないウィルは、この様に言いながら普段自分が寝床として使っているベッドに腰を下ろす

 

その後、特にやる事がなかったウィルが、何気なしに部屋の窓の方へと視線を向け、窓から見える風景を目にすると……

 

『しっかし、いつ見ても物騒なオブジェだな……』

 

思わずそう呟くのであった……

 

先程彼が言及した物騒なオブジェとは、カルメンのメンバー達が設置した、股間から頭に向かって串刺しにされた艦娘や深海棲艦の遺体で作られたバリケードの事である

 

これらはカルメンの本拠地近くを通りかかった者達全員にプレッシャーを与えると同時に、自分達の実力を世に知らしめる為に設置されているのであり、ウィルはこれを初めて見た時、思わず吐き戻してしまったのだとか……

 

『あら、カルメンのナンバー2であるウィルちゃんがそんな事言うなんて~』

 

『生憎俺にはああいう趣味はないんでな、俺は此処に加入してから1度も艦娘や深海棲艦の遺体を、あんな風に串刺しになんかしてねぇんだよ』

 

『あら意外~、私はてっきり率先してやってると思ってたわ~』

 

『てめぇ……、俺の事を何だと思ってやがんだ……?』

 

『人を見下す事と女の子が大好きな変態さん、ってところかしらね~?』

 

『このアバズレ……、ホント好き勝手言いやがって……、覚えてやがれよ……、俺がカルメンのトップになったら、二度とそんなクチだ叩けねぇ様にしてやらぁ……』

 

ウィルの呟きに反応したアリーがこの様な事を言った後、2人はこの様なやり取りを交わし、アリーに図星を突かれたウィルは、アリーに対してこの様に言い返すと、自身の膝に肘をついて不機嫌そうな表情を浮かべるのであった

 

それからしばらくするとアリーが義手の修理に集中し始め、今まで憎まれ口を叩き合っていた2人の間には静寂が訪れ、アリーが義手の修理を終えると早速義手をウィルに手渡し、ウィルは修理を終えたばかりの義手を装着すると、手を握ったり開いたりして義手の具合を確認し始める。と、その時である

 

「おいウィルッ!!人間の輸送船がこの近くに来てるらしいぞっ!!」

 

突然部屋の入口の扉が勢いよく開き、現在のカルメンのトップである可奈子が、この様な事を言いながらズカズカとウィルの部屋の中に入って来るのであった

 

「へいへい、奴らから物資を奪ってくりゃいいんだな……?」

 

「分かってるんなら早く行けっ!!!でなけりゃ今日のてめぇの飯はねぇからなっ!!!」

 

そんな可奈子に対して、ウィルが不快さを全開にした表情を浮かべながら答えると、可奈子は語気を強めながらそう言って、出撃を促す様にそれはそれは巨大で鋭い爪が付いた指で、ウィルの部屋の入口を指差すのであった

 

因みに、可奈子が現れるまでの間、ウィルとアリーは英語で会話をしていたのだが、可奈子が登場したところで、使用する言語を日本語に切り替えていたりする

 

カルメンに加入した直後のウィルは、日本語を話す事が出来ずこれまで通り英語で話していたのだが、それが英語が全く分からない可奈子の癇に障ったのか、可奈子から殆どの国の言語を知ってるアリーから日本語を学ぶ様に、暴力を織り交ぜながら命令され、ウィルは強制的に日本語をマスターさせられ、可奈子の機嫌を損ねて不用意に殴られない様にする為に、彼女が近くにいる時は日本語で話す様にしているのである

 

「あいあいまむ~ってな、ってな訳で丁度義手の具合も確かめてぇところだったし、ちょい行って来るわ~」

 

「いってらっしゃ~い、今度はメンテナンスで済むくらいの使い方を心掛けてちょうだ~い」

 

「おう、前向きに検討して善処するわ~」

 

こうしてウィルは、アリーと日本語でこの様なやり取りを交わした後、出撃の準備を済ませると自室を出て輸送船襲撃の為に出撃し、輸送船の護衛をしていた艦娘達を能力と義手を用いて瞬殺、6人全員を瞬く間の内に暗い海の底へと沈めてしまうのであった……

 

「義手の調子は上々っと……、おめぇら感謝しろよ、もし俺以外の連中に倒されてたら、おめぇら全員オブジェの仲間入りしてたんだからな……」

 

戦闘後、ウィルは義手の調子を再度確かめた後、自分が仕留めた艦娘達が立っていた場所に向かってそう呟くと、自分と共に出撃したカルメンのメンバーと合流して輸送船の貨物を奪い取り、本拠地へと帰還するのであった……



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乱後の佐世保鎮守府と軍学校の講師

戦治郎達と対立する組織の方でそれぞれ動きがあった頃、鳳翔の身柄の確保や桂島泊地から艦娘達を脱出させるなど、桂島泊地解放戦で大いに活躍した加賀達が所属する佐世保鎮守府の執務室には、戦治郎の腹違いの弟であり佐世保鎮守府で提督として艦隊の指揮を執っている長門 兼継と、彼がこの世界に降り立った瞬間を目の当たりにし、その秘密を守りながら秘書艦として兼継のサポートを担当している金剛と赤城の姿があった

 

「あっづい……、こんなに暑かったら仕事する気になれないな……。まさかこの時期に執務室のエアコンが故障するなんて……、って言うか何で僕はこっちでも書類仕事をしなければいけないのか……」

 

「テイトク~……、大丈夫デスカ~……?」

 

真夏の気温にやられたせいか、兼継が書類仕事をほっぽりだして執務机の上でダレながらこの様な愚痴を口にしていると、その様子を傍で見ていた金剛が心配そうに尋ねて来るのであった

 

「このまままでは仕事どころではなさそうですね……、ちょっと食堂で何か冷たい飲み物を貰ってきますね」

 

そんな兼継を見兼ねた赤城はそう言うと、兼継に一礼した後執務室を出て食堂の方へ向かうのであった

 

「何か悪い事しちゃったな……、只でさえ赤城は忙しいはずなのに、書類仕事を手伝ってもらうだけでなく、気を遣わせる様な真似をしてしまうなんて……」

 

「デモ、ここでテイトクに熱中症で倒れられたら、大変な事になってしまうネー……」

 

「ああうん……、確かにそれは……、まぁ……」

 

赤城を見送った兼継が、思った事をついポロリと零したところ、相変わらず心配そうな表情を浮かべる金剛がこの様に返答し、それを聞いた兼継は申し訳なっそうな表情を浮かべてそう呟くのであった

 

さて、先程兼継が赤城が現在忙しい状況にあると言ったが、これは一体どう言う事なのだろうか?

 

その答えは、現在戦治郎が必死になって入学しようとしている軍学校にある

 

この世界の日本にある軍学校では、座学や海防艦の教官として常勤している練習巡洋艦娘の他に、戦場で戦う現役の艦娘達の中から選ばれた数名が、1年と言う期限付きで講師として招かれる様になっているのである

 

そう、この佐世保鎮守府の赤城はその講師として、1年の間江田島の軍学校に出向する事となっているのである。その関係で今の赤城は、自分が鎮守府を空けていても大丈夫な様に佐世保鎮守府に所属する後輩の空母達を育成したり、講師として生徒達に教える内容を今の内からある程度予習したりと、任務をこなす傍らで江田島に向かう為の準備をしたりしなければいけない状況なのである

 

現に、同じく江田島で講師をやる事になっている五十鈴は、その忙しさのせいで四苦八苦している有様である……

 

にも関わらず、赤城はいつもの様に金剛と協力して、兼継の仕事を手伝ってくれているのである。先程兼継が申し訳なさそうな表情を浮かべたのは、執務室を後にする赤城の背中を見送った際にこの事を思い出し、金剛の言葉で自身が熱中症で倒れ、赤城の手を更に煩わせてしまう光景を想像してしまった為である

 

「……これ以上赤城の手を煩わせる訳にもいかないな……」

 

「テイトク、無理してナイ?本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だよ金剛、暑さのせいでちょっと気が緩んでただけだから」

 

兼継はそう言うと机に突っ伏していた身体を起こし、その様子を見ていた金剛がこの様に尋ねると、兼継はこの様に返答しながら未だに心配する金剛の頭を優しく撫で始め、金剛は兼継のその手の心地良さに、思わず目を細めて口元に笑みを浮かべるのであった

 

その直後にキンキンに冷えた麦茶と、3人分のグラスと熱中症対策の塩飴が乗ったトレイを手にした赤城が執務室に戻り、3人は先程赤城が持って来た麦茶を飲み干すと、塩飴を舐めながら書類仕事を片付け始めるのであった

 

その最中、兼継が赤城に後輩の育成状況を尋ねてみたところ……

 

「その件なんですが……、実は事情を知った加賀さんが、私の代わりに後輩の育成をやってくれると言う事だったので、後輩達の育成は全て加賀さんにお願いしているんですよ……。なので私は、こうして提督のお手伝いが出来ている訳なんです……」

 

赤城は只々苦笑しながら、兼継の問いに対してこの様に返答するのであった

 

尚、アムステルダム泊地での戦いを少しではあるが目の当たりにし、激戦以外に表現する事が出来ないミッドウェーでの戦いを経験した加賀によって育成された空母艦娘達だが、その訓練の厳しさから誰もが加賀を鬼教官扱いし恐れおののく様になったのだが、その実力は長門屋鎮守府が誕生し稼働するまでの間、佐世保の無敵機動部隊と呼ばれる程に、確かなものとなっていたのであった

 

そんな中佐世保鎮守府の中庭にある花壇では、何の前触れも無く突如花壇に生えて来た異常なまでの大きさの植物に、笑顔を見せながら水やりをする文月と、そんな文月の様子をやや困惑気味の表情で見守る長月、皐月、水無月の3人の姿があった……

 

 

 

因みに、来年の4月から1年の間、江田島の軍学校で講師として教鞭を執る事となっている艦娘達は、以下の通りとなっている

 

戦艦担当……大和

 

空母担当……赤城

 

軽空担当……祥鳳

 

水母担当……神威

 

重巡担当……那智

 

軽巡担当……五十鈴

 

駆逐担当……綾波

 

海防担当……鹿島

 

潜水艦担当……伊58

 

ここに挙がっていない雷巡や航巡、航戦などの艦種に関しては、ある程度練度がなければ改修が出来ない都合上、実戦経験がない者ばかりが集まる軍学校では、そうなる艦種が存在すると言った予備知識を教える程度に留めてあり、これらの艦種の詳細については、軍学校を卒業し実戦を経験し練度を上げ、改修する事になったその時に教えられる事となっている様である

 

さて、ここで大和の名が挙がっているが、この大和は現在横須賀鎮守府にいる、戦治郎に対してやや心酔気味のあの大和である

 

何故大和が講師として江田島の軍学校に出向する事となったのかだが、それは戦治郎を願書を受け付けてくれた軍学校が江田島の軍学校だったからである

 

燎のアドバイスにより、戦治郎は穏健派大連合結成直後と言う凄まじく早い段階から日本中の軍学校に願書を出したのだが、8月が願書受付期限であるにも関わらず、ほぼ殆どの軍学校が定員超過の為願書の受付を〆切っており、奇跡的に戦治郎の願書を受け付けてくれたのが、江田島の軍学校だったのである

 

この事を知った大和はすぐさま元帥と交渉し、本来陸奥が担当する事となっていた江田島の軍学校の戦艦担当の講師を、大和に変えてもらったのである

 

この時の大和の主張は……

 

①もし戦治郎が深海棲艦、それも転生個体である事がバレた場合、戦治郎を襲う者が出るかもしれない

 

②それでもし各国の要人と繋がりがある戦治郎の身に何かあれば、最悪国際問題に発展しかねない

 

③襲撃者がエデンなどに所属する転生個体だった場合、かなりの実力がある者でないと太刀打ち出来ない可能性が非常に高い

 

この様な内容となっており、それを聞いた元帥は即座に大和の提案を了承し、大和は江田島で講師をする傍らで、駆逐担当である綾波と共に戦治郎の護衛をする事となったのである

 

尚、この提案が了承された直後、大和は計画通りとばかりにほくそ笑んでいたのだが、この事実を知るのはその様子を元帥の傍で見ていた燎と長門、そして日向の3人だけであり、その3人は何とも言えない表情で、元帥の執務室を後にする大和の背中を見送ったのだとか……



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悩める旧支配者

兼継達がせっせと書類仕事を片付けている中、佐世保鎮守府の中庭にある花壇には4人の駆逐艦が集まっており、そのメンバーの内の1人である文月は……

 

「♪~」

 

ニコニコと笑顔を浮かべて鼻歌を歌いながら、花壇の中央を陣取っているそれはそれは巨大な謎の植物に水やりをしていた

 

この謎の巨大植物だが、それは本当に何の前触れも無く、加賀達がミッドウェーでの作戦に参加している最中に突如佐世保鎮守府の花壇に生えて来て、それを最初に発見した文月がこうしてお世話をしているのである

 

文月がその植物を初めて見た時、その時はまだこの植物は成人男性の広げた手ほどの大きさの葉を持つ双葉の状態だったのだが、文月がお世話を始めてからしばらく経った辺りで、唐突に尋常ではない速度で成長し始め、今では下手な樹木よりも太い茎と大柄の成人男性がスッポリ収まってしまいそうなくらいの大きさの薔薇の蕾とよく似た蕾を持つ程に大きく育ったのである

 

因みに、その途中でこの植物が土から驚く程養分を吸い取ったせいで、その植物の周囲の花々が全滅しかけたのだが、それに気付いた文月が桂島の提督の情報収集が行き詰っていた

兼続達に助けを求めたところ、佐世保鎮守府総出で花壇の再生作戦が実行され、花壇は見事に復活を果たしたのであった

 

尚、この事を桂島解放戦の後に加賀は赤城から、長月と皐月は文月から聞くと、思わず何とも言えない表情を浮かべながら大きな溜息を吐いたのだとか……

 

自分達が命懸けで頑張っている時に一体何をしているのか……と言う呆れと、変なトラブルも無くそう言った事が出来る程、佐世保鎮守府が平和であったと言う安堵感が綯交ぜとなった感情が生まれ、話を聞いた際にそれが表情に出てしまった結果、彼女達はその様な反応をしてしまったのである。そう、彼女達の反応こそが本来正常な反応なのであり、これは仕方が無い事なのである……

 

それはさて置き、謎の巨大植物に水やりをする文月から少々離れた場所で、長月と皐月はやや険しい表情を浮かべながら、水無月はややオロオロしながらその様子を見守っていた

 

「ねぇ長月……」

 

「恐らく皐月が考えている通りだと思う……、私も皐月同様そうとしか思えないからな……」

 

「あのさ2人共……、ちょっと顔が怖いよ……?」

 

皐月が険しい表情のまま長月に声をかけると、長月は皐月の言葉を遮る様にして、皐月同様険しい表情で謎の植物を睨みつけながらそう答え、そんな2人に向かって2人の表情と剣呑な雰囲気に圧倒された水無月が、恐る恐ると言った様子でこの様な言葉を口にする……

 

さて、長月と皐月はあの植物を何だと思っているのであろうか……?

 

実際のところ、長月達はミッドウェーでの戦いと泊地解放戦での経験から、この巨大植物は神話生物なのではないかと思っているのである

 

ある日突然生えて来て、途轍もない速度で成長する巨大植物……、そんな非常識な存在と聞いて、2人が真っ先に思い浮かべたのはミッドウェーで暴虐の限りを尽くしてアビス・コンダクターを敗走させたゾアや、鳳翔救出の際協力してくれたクタニド、クティーラ、ヴォルヴァドスの様な神話生物達だったのである

 

もし2人の予想が的中し、あの植物型の神話生物が何かの拍子に文月に襲い掛かった時、すぐに文月を助けられる様にと2人は身構え、全開バリバリであの植物を警戒しているのであったが……

 

(あぁ^~……、心がフミフミするんじゃ^~……)

 

肝心な巨大植物……、いや……、クトゥルフとクタニドの遠い親戚である植物型の旧支配者ヴルトゥームは、自身を警戒する長月達など一切気にも留めずに、自身に笑顔を向けながら水やりする文月を見て、思わず内心でこの様な事を呟いていたのであった……

 

さてこの旧支配者、元々は地球が大変な事になっていると言う情報を仕入れるなり、野次馬の為に一度種子に姿を戻してから、火星在住の自分の信者達に自身を打ち上げさせて火星から地球に飛来して来た訳なのだが、その身が地表に激突した際、その勢いが余りにも凄まじかった事が原因で、ヴルトゥームの身体は地中深くに埋没してしまったのである

 

その後、困ったヴルトゥームは近くを偶々通りかかったクトーニアンの力を借り、何とか地表近くまで行くとクトーニアンに礼を言って別れ、地上で活動する為の力を蓄える為に地上に芽を出し、根をそこら中に張り巡らせたところで、文月に発見されたのである。そう、彼が芽を出した場所、それは佐世保鎮守府の中庭の花壇だったのである

 

こうして佐世保鎮守府の花壇に生えたヴルトゥームは、最初こそ文月を取り込んで成長し、成長し切ったところで自身の目撃者を処分した後、地球滞在中の寝床を提供してもらおうとクトゥルフが治めるルルイエに向かおうと考えていたのだが、懸命に自分の世話をする文月の笑顔とその姿勢に徐々に心を開いていき、花壇再生作戦の際に知った彼女の優しさに感化された結果……

 

(文月は私が守らねば……っ!この混沌とした世界で彼女が生きていく為には……っ!!私が文月を守らねばならないのだ……っ!!!例えこの命に代えてでも……っ!!!)

 

ヴルトゥームは文月に完全に心酔してしまうのであった……

 

そんな彼には、今現在大きな悩みがあった……

 

それは、文月に自分の正体を明かすべきかどうかについてである……

 

文月に心酔し切った今の彼は、文月を怖がらせる事を……、文月に嫌われてしまう事を大いに恐れる様になってしまったのである

 

もし文月が自分の正体を知ったら、文月は自分の事を恐れ、嫌う様になってしまうのではないか……?いや……、最悪自分の正体を見た文月は発狂し、死んでしまうのではないか……?そんな不安が今の彼の心を支配し、今も尚苛み続けているのである……

 

実際、彼は文月の期待の眼差しに応える為に急速成長をしたのだが、この事が頭に過ったところで不安に襲われて成長を止め、その正体を明かさない様にする為に蕾のままの姿を保ち続けているのである……

 

(ああ……、私は一体どうしたら……?文月に正体を明かすべきなのか……?それとも彼女の事は影ながら守っていくべきなのか……?誰か……、誰か私にこの悩みの答えを……っ!)

 

「おい……」

 

こうしてヴルトゥームが1柱内心で苦悩していたその時である、不意に自分の方へ向けて誰かが声を掛けて来るのであった

 

声を掛けられた直後、驚いたヴルトゥームが声がした方へゆっくりと視線を向けたところ、そこには義手を変形させてヴルトゥームに主砲を向ける長月と、腰を深く落として腰に差した刀に手をかける皐月、そして何か信じられない物でも目にしたかの様に、目を丸くしてその場に無言で立ち尽くす水無月の姿があった……

 

「遂に正体を現したな……、植物型神話生物……っ!」

 

「文月を利用して成長するつもりだったんだろうけど、残念だったねっ!」

 

「えっ?あれ……?何であの植物は、風も無いのにクネクネ動いてたの……?」

 

最初、長月と皐月の言葉を聞いたヴルトゥームは、何故自分の正体がバレたのかについて、焦りのせいで上手く回らない頭をフル回転させて原因を考えるのだが、我に返った水無月の言葉を聞いて、ようやくその原因に気付いて思わず内心で舌打ちするのだった

 

そう、この神話生物、悩んでいる最中ずっとその身体を不自然なくらいにクネクネと、悩まし気に動かしていたのである……

 

「私も地に落ちたものだな……、まさかこの様なポカをやらかすとはな……」

 

「御託はいい、お前の目的は何だ?文月を使って成長した後、何をするつもりだった?」

 

「私の話を聞きたいのならば、先ずその武器から手を放してもらえないだろうか?このままでは怖くてまともに話せそうにないからな」

 

「そう言って、僕達が武器から手を放したらすぐに攻撃してくるんでしょ?その手には乗らないよっ!」

 

「私にその気は更々無いさ、何たって君達は文月の友人なんだからね。文月の友人を手に掛けたとなれば、私は本当に文月から嫌われてしまう……、それだけはどうしても避けたいのだ……」

 

「植物が喋ったっ!!?」

 

「水無月、済まないが文月の所に行っててもらえないか?」

 

「あ、この事は僕達が良いって言うまで、文月には内緒にしておいてね?」

 

このやり取りの後、長月と皐月の提案を了承した水無月は、2人にそのお願いを了承した事を伝える様に頷いて見せた後そそくさとこの場を後にし、ヴルトゥームは残った2人に自分が地球に来た理由と今の心境、ついでに今抱えている悩みを話したところ、それを聞いた長月達は、その内容に思わず愕然としてしまうのであった……

 

その後長月と皐月は、この悩める旧支配者に本当に敵意が無いどころか、文月を本気で大切に思い守ろうとしている事を知ると、ヴルトゥームの悩みを解決する為に話し合いを始め、ある程度話が纏まるとある作戦を計画、この場で解散するのであった……

 

因みに、ヴルトゥームがポカをやらかした時には、既に文月の姿は何処にもなかった

 

文月はヴルトゥームへの水やりを終えると、この後に文月も参加する予定となっている遠征の準備の為に1度自室に戻っていたのである。その為、文月はヴルトゥームが動いてしまった所を目撃していないのである

 

これが、後に佐世保に本部を置き、秘密結社『喰らう手』と戦う長門屋のヒーロー達を支援する事となる宗教団体『文月教』の教祖であり、ありとあらゆる厄災から文月を守る使い魔っぽい薔薇の騎士、そして佐世保鎮守府の専属邪神となる旧支配者ヴルトゥームと長月達のファーストコンタクトなのであった……



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文月と薔薇の騎士

長月達が突如佐世保鎮守府の中庭の花壇に出現し、文月にお世話されてた事で文月に絶賛心酔中の旧支配者ヴルトゥームと初めて会話した日の翌日、文月は日課の水やりとある事の為に中庭の花壇にやって来る

 

如何やら文月と長月達は今日は休みの様で、文月はこの休みを利用して普段はやらないであろう花壇への追肥を行おうとしている様で、その日の文月はやけに張り切っている様であった

 

因みに追肥に使う肥料についてだが、如何やら佐世保鎮守府花壇再生作戦の後、兼継がこの様な事態に二度と陥らない様にと、業者に依頼して花壇に使う肥料を定期購入する様にした上に、この作戦を実行する切っ掛けとなった文月と一部の所属艦娘達に、正しい追肥の仕方を専門家から指導してもらっていたりしているのだとか……

 

正直なところ、花壇の世話など業者でも雇ってやってもらえばいいとか、そもそも花壇に金を使うくらいならその金で戦力強化した方がいいのでは?と言う意見もあるだろうが、艦娘達に花壇の世話をさせようと言い出したのは、他でもないこの佐世保鎮守府の提督である兼続なのである

 

彼は小さい頃から自分の事は可能であるならば自分でやるを地で行く兄、戦治郎の背中を見て育って来たのである。兼継はそんな兄の様子からそれがどれ程自分の為になるかを知っていた為、所属艦娘達が艦娘を辞めた後の事を考え、彼女達に様々な経験をさせようと思ってその様な事を言ったのである

 

さて話を戻そう、文月が花壇の花達の世話をしようと張り切っていたその時である

 

『文月……、文月……』

 

「……?」

 

『文月……、花壇の方を向いてごらん……』

 

突然文月の頭の中に直接誰かが話し掛けて来て、それを聞いた文月は声の主を探す為にキョロキョロと周囲を見回す。そして周囲に誰もいない事が判明し、文月が思わず不思議そうに小首を傾げていると再び文月の頭の中に声が響き渡り、文月はその声に従って花壇の方を向いたところ、何と文月が花壇の方を向いたタイミングと合わせた様に、花壇の中央に生えた巨大植物の蕾が開き始めたではないか……っ!?

 

「ほわぁ~……」

 

その光景が余りにも幻想的で美しく、文月が巨大植物の開花に思わず感嘆の声を上げながら見惚れていると、巨大植物の開花が終わり蕾の中から何処かで見た事がある様な何かが姿を現すのであった

 

恐らく、この場に皐月や水無月がいたならば、それを見た瞬間『ロズレイド』と叫んでいた事であろう……

 

「ありがとう文月、君のおかげで私は無事に花を咲かせる事が出来たよ」

 

「花を咲かせる……?もしかして、貴方はこのおっきなお花さんなの~?」

 

「そうだよ文月、私の名前はヴルトゥーム、君がこの花壇で見つけ、大切に育ててくれたその大きな花そのものなんだ」

 

「ほわぁ~!凄い凄~い!お花さんが喋ってる~!」

 

「これも全部、文月が頑張って私のお世話をしてくれたからなんだよ。本当にありがとう、文月……」

 

蕾の中から出て来たロズレイド……の姿をしたヴルトゥームが、恭しく地面に片膝を突きながら文月にお礼を述べると、文月はヴルトゥームにこの様な質問を投げかけ、その返事を耳にした文月は興奮した様子でこの様な言葉を口にし、それを聞いたヴルトゥームは、改めて文月に感謝の言葉を贈るのであった

 

さて、ここで不思議に思うところがあるだろう……、何故ヴルトゥームはロズレイドの姿をしているのだろうか……?

 

その答えは、昨日ヴルトゥームが長月達と行った話し合いの中にあった

 

昨日の話し合いの結果、ヴルトゥームは文月に正体を明かす事を決意したのである。この話し合いでヴルトゥームの本心を知り、ヴルトゥームに悪意が無い事を知った長月達が、ならばせめて文月に礼くらいは言えと言った感じで、彼の後押しをしたからである

 

ただ、そのままの姿では文月が危ないと言う事で、ヴルトゥームは長月の勧めで皐月の記憶を魔法で読み、その中からポケモンのロズレイドに関する記憶に触れ、自身の花弁をロズレイドに変化させる事が出来る様にしたのであった

 

尚、予定ではヴルトゥームが文月とコンタクトを取った後、機会を見て長月達が戦治郎達からもらった通信機で文月を呼び出し、文月がいなくなったところでロズレイドの姿をした花弁が本体を取り込み、ヴルトゥームは今後ロズレイドの姿で活動する事になっていたりする

 

因みに、何故最初から本体ごとロズレイドにならないのかと言うと……

 

「その方がドラマチックだろう?」

 

とまあこんな調子でヴルトゥームが、美しい演出の為にこの様な手間がかかる方法でいく方向で、話を押し通したからなのである……

 

その後、予定通り長月達が文月を自室に呼び出し、その間にヴルトゥームが本体を取り込んで完全にロズレイド化すると、すぐさま文月が戻って来るなりヴルトゥームの腕を掴み、長月達にもヴルトゥームを紹介すると言い放ってヴルトゥームを引っ張って自室に帰還、ヴルトゥームは長月達とは初対面である様に振舞いながら、長月達に簡単に自己紹介を行うのであった

 

そうしてヴルトゥームの自己紹介が終わると……

 

「この事を司令官達にも教えてあげなくちゃ~!」

 

文月はそう言って再びヴルトゥームの腕を掴んで自室を飛び出し、今度は兼継や金剛達がいる執務室へ向かい、ヴルトゥームに兼続達意に対して挨拶をさせたところ、兼続達はその信じ難い事実に思わず呆然としてしまうのであった……

 

因みに、クトゥルフ神話に精通した翔の友人であった兼継は、ヴルトゥームと言う単語に反応し、内心でヴルトゥームを激しく警戒するのだが、その事は旧支配者であるヴルトゥームにはお見通しだった模様……

 

その後、文月達を追って来た長月達が執務室に現れ、彼が本物のヴルトゥームである事や、彼に悪意が無いどころか文月に心酔している事を兼続達に伝えたところ……

 

「長月達が言っている事は本当なのか……?」

 

兼継が恐る恐ると言った様子で、ヴルトゥームにそう尋ね……

 

「ああ、長月達が言っている事は本当だ。私はまごう事無き本物の旧支配者のヴルトゥーム……、いや、今の私は文月とその仲間達を守る薔薇の騎士ヴルトゥームと名乗っておこうではないか」

 

それを聞いたヴルトゥームは、自信満々にそう答えるのであった

 

その後、ヴルトゥームの言葉が本心から来るものであると判断した兼継は、彼の言葉を信じて彼を佐世保鎮守府に迎え入れる事にする

 

だがここで金剛と赤城が待ったをかける、如何やら彼女達はまだヴルトゥームの事が信用出来ない様だったのである……

 

それを聞いたヴルトゥームは、ならば行動でそれが本心である事を証明すると言い出し、執務室にいたメンバーは急遽ヴルトゥームを連れて出撃する事となってしまうのであった……

 

そうして出撃した赤城と金剛は、ヴルトゥームの戦いぶりを見て彼の実力を思い知ると同時に、彼の言葉に嘘偽りが無かった事を知ると、素直にヴルトゥームに対して謝罪を入れるのであった

 

この出撃の中でヴルトゥームは、深海棲艦との戦闘になった直後に花粉を飛ばして深海棲艦達に幻覚を見せて同士討ちを行わせ、それより前にこちらに向かって撃ち出された砲弾を全て両腕から射出する種子や花弁で撃ち落として赤城達を守り、相手が同士討ちで弱ったと見るなりすぐさま突撃を仕掛け、両腕から発射した蔓を深海棲艦達に突き刺すと、蛋白質などと化合するとヴルトゥームの養分になる毒を蔓を通して深海棲艦達に流し込むと同時に、それによって出来た養分を吸い取ってあっという間に深海棲艦達をまるでミイラの様にしてしまったのである

 

更にヴルトゥームはそこから追撃を仕掛け、伸ばした蔓をある程度まで戻してから束ね、蔓で出来た剣を両腕に携えるなりミイラの様になった深海棲艦達を、これでもかと言うくらいに切り刻んで見事相手を全て沈めて見せたのである

 

これだけでも凄まじいのだが、驚くべき事にこれらの行動は全て敵発見から終了まで、5分とかかっていなかったのである……。これには歴戦の猛者である赤城と金剛も驚愕した様である……

 

こうしてヴルトゥームは佐世保鎮守府の者達に受け入れられ、鎮守府内の植物達を通して鎮守府内に異常が無いかを監視する一方で、持ち前の科学技術で艦娘達の兵装の開発や艤装の強化を施したり、文月と共に出撃して襲い来る深海棲艦達を纏めて薙ぎ払うなどして戦闘面でも貢献し、佐世保鎮守府の守護神と言う地位を確立するのであった

 

また、ヴルトゥームが薔薇の花の様なポケモンであるロズレイドの姿をしている事と、ヴルトゥームの監視が行き渡る様に鎮守府の至る所に花が植えられている事から、佐世保鎮守府は後に『花の佐世保鎮守府』と呼ばれる事となるのであった

 

因みに、文月が戦治郎達によって作られた義肢でパワーアップした長月と皐月の事を羨ましく思っていた事を知ったヴルトゥームは、流石に文月に義肢を付ける訳にもいかないと言う事で、クトゥルフが横須賀鎮守府での会合中に配った出版版ネクロノミコンと同じ物をこっそりと文月に渡して魔法を使える様に仕立て上げ、密かに砲撃と魚雷と魔法で戦う『魔法艦娘文月』を誕生させていたりする……

 

尚、文月のマジックユーザーとしての実力は、真・魔道書を複数所有する翔には流石に敵わず、彼女は長門屋鎮守府が完成してからは、光太郎の様に人助けが出来る艦娘を目指しながら、翔に弟子入りしてマジックユーザーとしての腕を磨く様になるらしい……



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戦治郎、呉入り

イベント延長……、正直助かった~……


各地で様々な動きがあってから月日は経ち、山の木々が鮮やかに色づき始める10月になった頃、長門屋鎮守府(仮)のメンバーと横須賀鎮守府に所属する艦娘達と燎は、江田島の軍学受験の為に広島県は江田島市へと向かう戦治郎を見送る為に、横須賀鎮守府の出入口となる門に集まっていた

 

「それじゃあ、ちょっち行って来るわっ!」

 

着替えや筆記用具などが入ったバッグを片手に、戦治郎が見送りに来た者達に対して手を上げながら快活にそう言ったところ……

 

「戦治郎、頑張って来いよっ!」

 

「アニキッ!ご武運をっ!!」

 

「戦治郎~、お土産よろしくね~」

 

「個人的には、旬から外れるッスけど牡蠣がいいッスね~」

 

「確か向島に美味いチョコがあるそうだな……、俺はそれでいいぞ」

 

「ここはお土産の話よりも、旅立つ俺を激励するべき状況なんじゃないかって、おっちゃんは思うぞ~?」

 

最初は皆が戦治郎に対して激励の言葉を掛けるのだが、飛龍がお土産をおねだりした辺りからお土産の内容についての話になり、それに対して戦治郎は困惑しながらそう尋ねるのであった……

 

さて、そんな戦治郎の今の姿だが、普段のGパンTシャツ革のジャケットと言うラフな格好とは打って変わり、中東アジアの女性が着るチャドルと呼ばれる衣装でスッポリと全身を覆い隠し、頭部には戦治郎の額から生えた角を誤魔化す為の角飾りが取り付けられており、顔は一切透過しない黒いフェイスベールで隠されていたのであった

 

更に加えて言えば、今の戦治郎は何故か白いカツラを被っていたりする……

 

何故戦治郎はこの様な格好をしているのか……、それは言うまでも無く戦治郎の姿に問題がある為である

 

戦治郎の見た目は鬼クラスや姫クラスなどの深海棲艦の上位種の中でも、特に強力な部類に入る水鬼クラスに分類される戦艦水鬼そのものなのである。そんなものが人が集まる街中に現れようものならば、忽ち街中大パニックになる事間違い無しなのである

 

一応、5月の会合の後に燎が日本国民に対して、転生個体の存在を伝え認知させる事には成功しているのだが、如何せん通常の深海棲艦と転生個体を正確に見分ける方法は、現在でもその個体の血液の色を調べる以外に無く、見た目だけでその深海棲艦が転生個体であるか否かを判断するのは、転生個体と対峙した経験がある艦娘達や提督なら兎も角、少なくとも一般人には到底不可能なのである……

 

故に戦治郎はそう言った事態に陥る事を避ける為に、司に依頼してこの様な衣装を作ってもらい、戦治郎が転生個体である事を知らない者達に、その姿を見せない様に隠す事にしたのである

 

因みに、もし戦治郎が軍学受験に成功し1年の間江田島で生活する事になった場合、戦治郎は軍学の制服の上からこの衣装を纏って軍学生活を送る予定となっていたりする

 

そうなるともしかしたら戦治郎のその衣装について、教官達から指摘される事があるだろうが、戦治郎はその対策をバッチリ立てているのである

 

「いや~、自分アルビノ体質なので、日光をちょっちでも肌に浴びると、皮膚がすぐ大変な事になるんですよ~」

 

これが戦治郎がその衣装を指摘された場合の対策として考えた返答なのである

 

そう、戦治郎はその恐ろしい程白い深海棲艦の肌を利用して、自身はアルビノ体質であると偽る事にしたのである。先程戦治郎が被っていると言った白いカツラも、アルビノ体質のせいで白くなった髪を演出する為に被っているのである

 

もしもアルビノである事を疑われ、アルビノについて言及されたとしても、簡単にぼろを出さない様こちらもしっかり対策を立ててある

 

何せ長門屋のメンバーには、本当にアルビノ体質であった翔がいるのである。戦治郎はアルビノについて言及される可能性を考慮し、翔からアルビノに関する様々な情報を前もって教えてもらい、必要そうな道具なども全て買い揃えたのである

 

尚、もしこれらによって相手に戦治郎がアルビノであると認められ、そんな重病人が戦場に来るなと言われた場合、戦治郎は勢いと熱意で押し切るつもりでいるそうだ……

 

因みに、角飾りに対して指摘を受けた場合、戦治郎はそれは実家に代々伝わるお守りの類なのであると言う方向で誤魔化すつもりでいる模様……

 

とまあ、こんな調子で江田島の軍学校に向かう準備を整えた戦治郎が、今も尚お土産の内容について話す見送りに来たメンバーと言い合いをしていると……

 

「提督、そろそろ出発しないと新幹線に乗り遅れちゃいますよ?」

 

戦治郎同様キャリーバッグのハンドルを手にしたまま、戦治郎の傍に控えた大和が苦笑しながらこの様な言葉を口にする

 

そう、大和は初めて広島に行く戦治郎に同行し、江田島の軍学校までの道のりを案内する事になっているのである

 

何故彼女が案内役をする事になったのかと言えば、彼女が元帥に圧力をかけたから……ではなく、如何やら彼女の出身地が広島県呉市で、彼女なら土地勘があるだろうからと言う理由で抜擢されたのである

 

この事を元帥から聞いた大和は、それはそれは幸せそうな表情を浮かべていたと、その様子を元帥の傍で見ていた長門は後に語っていた……

 

こうして戦治郎の案内役となった大和は、すぐさま軍学入試試験の会場である江田島の軍学校までの移動手段や宿泊施設の手配を済ませ、その手際の良さで戦治郎をアッと驚かせるのであった

 

尚、宿泊施設については最初は大和の実家になる予定だったのだが、流石にそれは色々な意味で不味いと思った戦治郎がすぐに止めに入り、その結果大和は不服そうな表情をしながらも、呉市にあるホテルに予約を入れてくれたのであった

 

「あ、もうそんな時間か……、ってな訳で、今度こそ行って来るわっ!」

 

大和の言葉を聞いた戦治郎が腕時計を見て現時刻を確認し、呟きの後に再び江田島に向けて出発する旨を見送りに来たメンバー全員に伝え、身を翻して横須賀鎮守府に背を向けたところ、見送りに来たメンバー全員が今度は真面目に戦治郎の背中にエールを送り、戦治郎は振り返る事はせずに、無言で横に伸ばした腕でサムズアップをして返答するのであった

 

その後、戦治郎と大和は大和が手配しておいてくれた海軍の車で新横浜駅まで送ってもらい、そこから新幹線で広島駅まで向かう。この時、新幹線内で大和を見かけた乗客達が、続々と集まって来て彼女にサインをねだると言う状況になるのだが、大和は嫌な顔一つせず、それどころか笑顔を浮かべながら手渡された物に次々とサインをして、乗客達を狂喜乱舞させるのであった

 

(ああ、そういや大和はあのクソ野郎の都合でメディア露出してたんだっけか……。だから皆大和にサインねだってるんだな~……)

 

そんな大和の様子を見ていた戦治郎は、内心でこの様な事を呟いていたのであった……

 

そうしている内に睡魔が戦治郎を襲い、その誘惑にものの見事に敗北Dを喫した戦治郎は、広島駅に到着し大和に揺り起こされるまでの間、ずっと座席で眠っていたのだとか……

 

因みに、そんな戦治郎の寝顔は、後に大和のスマホの待ち受け画面になったそうだ……

 

それから戦治郎達は、今度は呉駅に向かう在来線に乗り換えて呉市に向かい、ようやく到着した呉駅で、ある人物との再会を果たすのであった

 

「久しぶりだな2人共、待ちくたびれたぞ」

 

そう言って2人を迎えたのは……

 

「久しぶりね武蔵、無理なお願いを聞いてくれてありがとう。本当に助かったわ」

 

「おう武蔵っ!元気にしてたかっ!?」

 

そう、呉駅で2人を出迎えてくれたのは、現在佐世保鎮守府から呉鎮守府に出向している大和型戦艦2番艦の武蔵だったのである。如何やら彼女は大和からのお願いで、戦治郎達が呉にいる間、移動の足として車を出してくれるのだそうな

 

如何やら大和と武蔵は実の姉妹だったらしく、横須賀の乱の後にこの事実を知った戦治郎は、それはそれは驚いたそうだ……。まあ無理も無いだろう、この2人は姉妹でありながら本当に似ていないのだから……

 

因みに大和が言うには、大和は母親似で武蔵は父親似なのだとか……

 

その後戦治郎達は再会の喜びを分かち合った後、予約したホテルに向かう為に武蔵の車が駐めてある駐車場へ向かい……

 

「こりゃまたまぁ……」

 

駐車場に駐めてある武蔵の車を目にした戦治郎達は、思わずそう呟くのであった

 

「どうだ?中々かっこいいだろう?」

 

何処か自慢げにそう言った武蔵は、ポケットからキーを取り出すと愛車のドアロックを外し、戦治郎達に自慢の愛車に乗り込む様に促し、戦治郎達はそれに素直に従って武蔵の車に乗り込む。その後武蔵は運転席に乗り込んで、戦治郎達がシートベルトを着けた事を確認すると、力強いエンジン音を辺りに響かせながら、愛車であるランボルギーニのウラカンを走らせ、戦治郎達が宿泊するホテルへと向かうのであった



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武蔵の車と車産業事情

戦治郎達が呉入りした次の日の朝、ホテルのベッドで眠っていた戦治郎は、右腕に違和感を覚えながらも、寝る前にセットしておいたスマホのアラームに叩き起こされる形で目を覚ます。因みに本日は外出しているからと言う理由で、恒例の朝練は無しとなっており、戦治郎はいつもよりやや遅めに起床していたりする。とは言っても、それでも朝の5時くらいだったりするのだが……

 

「んぁ……?」

 

寝ぼけ眼の戦治郎が、そう呟きながらアラームを止めようとベッドから上半身を起こして腕を伸ばそうとするのだが、何かが自身の右腕を掴んでいる為か上手く上半身を起こす事が出来ず、その事を不思議に思った戦治郎が原因を探る為に自身の右腕に視線を向けたところ、そこにはいつの間にか戦治郎のベッドに潜り込んでいたパジャマ姿の大和の姿があり、彼女はそれはそれは幸せそうな寝顔を戦治郎に晒し、スゥスゥと言う可愛らしい寝息を立てながら戦治郎の右腕に抱き着いていたのであった……

 

「おっh……、ってイカン危ない危ない危ない……」

 

そんな大和に気が付いた戦治郎は一瞬の内に完全覚醒し、驚きの余りに思わず声を上げようとするのだが、幸せそうに眠る彼女を起こしてしまっては可愛そうだと思った瞬間、戦治郎は意地と根性で何とか声を押し殺す事に成功するのであった

 

その後、状況を冷静に判断出来る様になった戦治郎は、大和を起こさない様に細心の注意を払いながら、上半身をベッドに預けたままの状態で左腕だけでスマホを探り当てて引っ掴むと、スマホを操作してアラームを止めた直後にカメラを起動し、物音を立てない様に慎重にスマホを操作して、大和の寝顔をスマホ内部のフォルダとSDカードの画像フォルダに確実に保存するのであった

 

こうして大和の寝顔の画像を入手した戦治郎は、大和を揺り起こしてお互いに身支度を整え、ホテルの1階にあるレストランで朝食を済ませると、部屋に戻って荷物を回収した後チェックアウトの手続きを済ませ、ホテルを後にするのであった

 

それから戦治郎達がホテルの前でしばらく待っていると、昨日戦治郎達をホテルまで送ってくれた武蔵のウラカンがやって来て、戦治郎達は武蔵と挨拶を交わすとすぐに車に乗り込んで、今日の目的地である江田島の軍学校へ向かうのであった

 

そうして武蔵の車がしばらく進んだところで、戦治郎が昨日から思っていた事を武蔵に尋ねる

 

「なあ武蔵、このウラカン……、誰が改造したんだ?」

 

「えっ?改造……?」

 

「やはりお前には分かったか……」

 

「たりめぇだ、多分俺だけじゃなく、空やシゲ、護に光太郎に扶桑あたりは見ただけで分かるだろうな。つか、この車の事知ってたら誰でも気付くか」

 

戦治郎の問いを聞いた大和はその内容に驚きながらも困惑し、武蔵はやれやれと言った様子でこの様に答え、それに対して戦治郎はこの様な事を口にするのであった

 

そう、現在戦治郎達が乗っているランボルギーニのウラカンは、本来2ドア2シート、2人乗りの車のはずなのである。しかし武蔵のこのウラカンは、遠くから見てもまず分からないレベルの精巧さで胴体が延長され、後部座席が取り付けられて4人乗りに改造されているのである

 

戦治郎が最初にこの車を見た時の呟き、それには武蔵の車がウラカンであった事に対しての驚きと、この車にこの改造を施した人物の技量に対しての驚きと感心が含まれていたのであった

 

その後、武蔵はこの車にこの改造が施された経緯について話し始める

 

「呉鎮守府は所属する艦娘達が自由に使える車を数台貸し出しているのだが、如何せんその数が少なくてな……、かと言って車はそう易々と買える様な代物ではないからな……。特に……お前に話すならこの世界と言っておくか、この世界の日本の車はやたら高騰しているから、尚の事手を出しにくくなっているんだ……」

 

「ああ、確か車産業側の技術者不足なんだっけか……」

 

武蔵の話の途中で、戦治郎が武蔵に向かってこの様な事を尋ねたところ、武蔵は前を向いて運転しながらも、戦治郎の言葉を肯定する様に頷くのだった

 

先程戦治郎が言った通り、この世界の車産業の技術者の人口は、ある事が原因となって非常に少なくなっているのである

 

その原因と言うのが、艤装産業による技術者のヘッドハンティングである

 

現在艤装産業は、その多くが艦娘ブームのおかげで急成長を遂げており、それが原因で需要と供給のバランスが崩れ、需要過多と言った状況に陥っているのである

 

この状況を打破すべく、艤装メーカーは大量に艤装の生産ラインを作り、身体が小さい妖精さん達だけでは作業効率が悪くなる事に対しての対策として、各産業から腕利きの技術者をヘッドハンティングして、生産力を高める事にしたのである

 

その結果、車やバイク、船舶や航空機産業の技術者が激減、以前話した通り艦娘ブームのせいで多くの者が提督になろうとする為、中々これらの産業への就職希望者が現れず、艤装産業以外の機械系の産業は非常に苦しい状況に陥っているのである

 

そして作れる数が減ってしまえば、自ずとそれらの産業は利益を出す為に製品の値段を高騰させ、消費者は益々それらの製品に手を出しづらくなり、それらの製品はあまり売れなくなってしまうのであった……

 

この事態を重く見た政府は、先ずは船舶や航空機と比べれば容易に入手出来る車両に関する制限を緩和、その中でも特にエンジン出力や排気量、改造車両に関する規制を緩和して、作る側と乗る側の両方に自由度を与え、車両に対して関心を持たせる事にするのであった

 

因みにこう言った理由がある為、ランエボで横須賀に戻って来た扶桑は1度も警察に追われる事は無く、見た目がSF感満載のシゲのリュウセイも問題無く公道を走れるのである

 

「とまあ、そんな中で私は自分の車を持っている、そうなると……分かるよな?」

 

「車を貸してくれ、若しくは目的地まで乗せて行ってくれ、ってとこか……。ウラカンのタクシーとか贅沢にも程があんだろ……」

 

「貸して欲しいと言われた場合は保険の都合で断っているが、乗せてくれと言うのは断り辛くてな……」

 

「んで、2シーターだと乗れる人数が限られるからって事で?」

 

「ああ、呉鎮守府の工廠長をやってる艦娘がな……、『皆の為にも、協力して欲しいかもっ!』とか言ってな……」

 

「その工廠長、何津洲なんだろうな……?」

 

「口調だけで分かるのか……」

 

武蔵のウラカンが江田島の軍学校に向かって突っ走る中、戦治郎と武蔵はこの様なやり取りを交わし、フェラーリのオーナーであるにも関わらず、車業界の話にやや疎い大和はそんな2人を羨まし気に眺めていたのであった

 

因みに件の呉の工廠長だが、本来は戦治郎が試験に合格し軍学校に入学する事になった際、その年の整備兵の講師として江田島に来る予定だったのだが、彼女が過去に発生した深海棲艦による観艦式強襲事件の爪痕が未だに残る呉鎮守府の再建を優先した為、今回の講師の話は見送る事となったのだそうな

 

こうしている間にも武蔵のウラカンは目的地に近付いていき、遂には目的地である江田島の軍学校へと到着するのであった

 

武蔵が江田島の軍学校の校門前に車を停めると、やや緊張した面持ちの戦治郎とそんな彼を心配そうに見つめる大和、そして戦治郎を激励する為に武蔵が降りて来て……

 

「そいじゃ、ちょっち行って来る!」

 

「提督……、ご武運を……っ!」

 

「きっとお前なら出来るはずだ、提督の座……、勝ち取って来いっ!!」

 

3人はこの様なやり取りを交わし、直後に戦治郎は大和達に背を向けて、試験会場へ向けてゆっくりと歩き始めるのであった

 

尚この時、多くの受験者達がこの3人の一連の行動を目撃しており、無事に軍学校に入学する事が出来た戦治郎は、同期の者達から『ネームドの大和型を2人も侍らせて受験しに来たやべー奴』と言った調子で畏怖されるのであった……



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試験開始

大和達に見送られながら、戦治郎は試験会場である江田島軍学校の敷地に入った訳なのだが……

 

(どいつもこいつも……、揃いも揃って俺の事見てやがる……。まあ、こんな格好してりゃぁ気になるのは仕方ねぇ事なんだが……、幾ら何でも皆俺の事見過ぎじゃね……?)

 

敷地内に入った途端、自身に集まる視線に対して思わずこの様な事を内心で呟くのであった

 

この時の戦治郎は、周りから注目される理由は自身の格好のせいだと思っているのだが、実際の所それは半分正解と言ったところで、残りの半分はあの大和型戦艦2人を侍らせて試験会場にやって来た事が原因だったりする

 

特に戦治郎が大和から提督と呼ばれていた事は、近くで戦治郎達のやり取りを聞いていた者達全てに衝撃を走らせたのである

 

あの【国士無双】と呼ばれた大和が、軍学を卒業するどころか入試前から提督と呼び慕っている存在……、周囲の者達はその事が非常に気になってしまった為、戦治郎に注目してしまったのである……

 

それ以外にも【勇猛果敢】の二つ名を持つ武蔵の愛車に乗り、彼女の運転でこの会場までやって来た事も、戦治郎が注目を浴びる原因となっていたのである……

 

そんな事とは露知らず、戦治郎がフェイスベールの下で何とも言えない表情を浮かべながら、自分が持っている受験票に書かれた番号が割り振られた教室へ入り、指定された席に腰を下ろしたところ……

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

戦治郎の隣の席に座っていた20代くらいの男が、不意に戦治郎に向かって話し掛けて来るのであった

 

「あん?何事ぞ?」

 

「お前と一緒に会場まで来たあの2人、あれって大日本帝国海軍が誇る大戦艦の艦娘の大和と武蔵だよな?【国士無双】と【勇猛果敢】のあの2人なんだよな?」

 

「ああ~、大和はそうだが……、武蔵はそんな二つ名だったのな……」

 

話し掛けて来た男に対して、戦治郎がこの様に返答したところ……

 

「マジかよっ!?あの2人と知り合いなのかっ?!お前一体何モンなんだよっ?!!」

 

「何モンって……、俺は只の提督になりたいアルビノおじさんだっての」

 

戦治郎の返答を聞いた男は、戦治郎に向かって興奮気味に質問し、対して男の様子を見た戦治郎はやや呆れ気味にこの様な返事をするのであった

 

この時戦治郎は、何故この男に対してこの様な反応をしたのか……。それは戦治郎がこの男も艦娘とお近づきになりたいが為に、提督になろうとしているポンコツ野郎共の仲間だと思ったからである

 

しかし戦治郎のその予想は、彼と会話を重ねる事で間違いであった事が判明するのであった

 

それからしばらくの間、彼は大和と武蔵と出会った経緯などに関して戦治郎に尋ね、戦治郎は場の混乱を避ける為に、適当な話をでっち上げて彼に戦治郎と大和達との出会いについて話すのであった

 

その後、試験まで時間があるからと言う理由で、戦治郎はこの男とアルビノについての話や、他愛もない話をしていたのだが……

 

「なあ、アンタは何で提督になろうと思ったんだ?」

 

その最中に、本当に唐突にこの男は戦治郎が提督になりたい理由について、不思議そうな表情を浮かべながら尋ねて来るのであった

 

「何だ?藪からスティックに」

 

「何だその表現……、ってんなこたぁどうでもいいや。あ~……いやな、アンタの話聞いてる限りだと、アルビノ体質って大変なんだろ?」

 

「まあな、アルビノは他の奴より肌がデリケートで、こんな格好せにゃ迂闊に外も出歩けねぇからな……。もし紫外線対策を忘れると、すぐに肌は真っ赤に日焼けするし、皮膚ガンになる可能性がかなり高いんだよな~……」

 

「そんな大変な身体してんのに、何でアンタはそんな格好までして、提督になろうとしてんだ?」

 

「ん~……、まあ色んな理由があるんだが~……」

 

このやり取りの後、戦治郎は彼に対してある程度フェイクを入れながらも、自分が提督になりたい理由を話し始めるのであった

 

アクセル達との交わした約束の事、長門屋の面子や旅の途中で出会った仲間達の安寧の地を作りたい事、そしてそれを実現させる為に今の海軍を変えたい事……、戦治郎は自身が提督になりたい理由を今日初めて会った男に対して真面目に話し、対する男は真剣な表情を浮かべながら、時にはウンウンと頷いて見せながら、黙って戦治郎の話を聞いていたのであった……

 

「とまあ、基本的には正義云々は糞食らえで、自分の手に届く範囲の身内を全力で守って、日本や世界はそのついでに守れたら儲けって感じだな」

 

「そうか……、身内を守る為か……」

 

こうして自分が提督になりたい理由を話した戦治郎が、冗談めかしながら話を締め括ると、静かに戦治郎の話を聞いていた男は、この様な事をポツリと呟くのであった

 

その呟きが気になった戦治郎が、自分が提督を目指す理由を話したのだから、今度はお前の番だと言わんばかりに彼が提督を目指す理由を尋ねてみたところ、男から意外と真っ当な答えが返って来た為、戦治郎はこの男に対する認識を改める事にするのだった

 

彼が提督になろうとしている理由は、艦娘達といい仲になりたいと企むそこらのポンコツ達とは違い、単純にこの日本に住む自分の家族や友人を守る為、大体は戦治郎と同じ様な理由で提督を目指しているのだとか……

 

話を聞いた限り、如何やら彼は海運関係の仕事に就いていた中学時代の同級生を、物資目的で襲って来た深海棲艦に殺されてしまったらしい……

 

「おめぇが提督になろうとしているのは、そいつの敵討ちの為なのか?」

 

「正直、そいつとはそこまで仲良かった訳じゃねぇから、そいつの為に復讐しようって気にはならなかったな。ただ、そいつが死んだ原因を聞いて、もしかしたらそいつ等が日本に上陸して来て俺の家族や友人を手にかけるかもしれない……、そう考えたらすっげぇ怖くなってきたんだ……。特にウチには事故が原因で足が少々不自由な妹がいてな、もしそんな事態になったら、妹は間違いなく逃げ遅れるんじゃないかって思ったんだ。だから俺はそうならない様にする為に、奴等の上陸を阻止する為に提督になろうって考えて、今こうして此処にいるんだわ」

 

彼の話を聞いていた戦治郎がこの様な質問をすると、彼はそれを否定した後真剣な眼差しで戦治郎を真っ直ぐ見据えながら、この様に言葉を続けるのであった

 

戦治郎が彼に対する認識を改める事にしたのは、その表情と彼の言葉に籠った思いから、彼が言っている事は嘘偽りが一切無い、本心からの言葉であると感じ取ったからである

 

「なるほどな~……、何かおめぇとは上手くやれそうな気がするわ」

 

「奇遇だな、俺もアンタの話聞いた時にそう思ったわ」

 

その後、戦治郎と隣の席の男はこの様な会話を交わした後に固い握手を交わしながら互いに自己紹介を行い、この試験を突破して提督になろうと約束するのであった

 

これが後に電撃引退を表明する事となる舞鶴の提督の後継者として舞鶴鎮守府の提督となってヒクイドリ派に加入し、長門屋の戦治郎、横須賀の燎、佐世保の兼継と並び称させる様になる、京 毅(みやこ たけし)と戦治郎の出会いであった……

 

それからしばらくすると、試験用紙を手にした教官が教室に入って来た為、戦治郎と毅はお互いを激励し合ってから会話を打ち切り、すぐさま試験に臨む準備を整え、教官から試験の説明や注意事項を伝えられた後、教官の合図と共に試験用紙を開いて問題を確認し、解答用紙にペンを走らせるのであった

 

こうして、戦治郎が提督になる為の戦いが幕を開けるのであった……



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試験中

2021/04/14 加筆修正しました


さて、いよいよ提督になる為の戦いの1つである筆記試験が、教官の合図の下に始まった訳なのだが……

 

(あっ!これ横須賀ゼミでやった事ある問題だっ!)

 

戦治郎はそんなふざけた事を内心でほざきながら、スラスラとペンを走らせ答案用紙を埋めて行くのであった

 

戦治郎がこんなにも容易く試験問題に答えられるのは、偏に横須賀鎮守府での勉強が功を奏しているからに他ならないのである

 

現在、大日本帝国海軍の本拠地となっている横須賀鎮守府には、これまで行われて来た軍学入試の問題用紙が、それはもう大量に、そしてとても大切に資料室に保管してあるのである。戦治郎は元帥の勧めでこれらを用いて試験勉強を行って来たのである

 

最初にこの膨大な数の過去問を目にした戦治郎は、その問題の難しさと多様性に思わず眩暈を起こすのだが、大和の献身や燎と長門の激励で何とか持ち直し、只管ノートにペンを走らせたり、時には横須賀鎮守府の主力艦隊の指揮を執らせてもらって、問題の内容と実際の艦隊指揮に関する物事を照らし合わせてしっかり理解したりして、艦隊運用に関する知識を深めていったのだ

 

そんな過去問の中にあった資源や資材の管理に関する問題に関しては、自分の得意分野であると言わんばかりの勢いで、戦治郎はサクサクと問題を解いていたそうな……。まあ戦治郎は生前長門屋の経営をやっていた為、それに必要な知識を応用すればその手の問題が問題にならないのは当然の事である……

 

そうして横須賀鎮守府で知識を得た戦治郎は……

 

(っしゃっ!!終わったっ!!!)

 

この教室の中にいる受験者の誰よりも早く答案用紙の欄を埋め、書き漏らしや間違いが無いかを確認し終えるのであった

 

『お疲れさんだな、旦那』

 

(おう、ありがとうな鷲四郎。っと時間までまだまだ全然余裕あるし、時間来るまで俺の話し相手になってくんね?)

 

『了解了解、んで、何について話すんだ?』

 

その直後、緊急時に使うつもりで搭載して連れて来た鷲四郎が、戦治郎の頭の中に直接労いの言葉を掛け、それに反応した戦治郎はそう言って筆記試験が終わるまでの間、ずっと鷲四郎と他愛もない話をするのであった

 

この時、鷲四郎から空のところの猫達の様に自分と共に出撃し、連携をとって作戦行動が出来る艦載機を戦治郎に搭載して欲しいと言う要望があったのだが、艦載機の搭載数が少ない戦艦である戦治郎は、その回答を保留するのであった……

 

それからしばらく経ったところで、筆記試験終了を告げるチャイムが軍学校内に響き渡り、ある者はやり遂げた感に溢れた表情を浮かべ、ある者は未練がましく回収される答案用紙を睨み続けるのであった

 

「ん~……、あ~……」

 

「どうだった戦治郎、手応えはあったか?」

 

答案用紙を回収した教官が教室から出て行ったところで、戦治郎が身体を解す様に軽くストレッチをしていると、隣の席で試験を受けていた毅が試験の出来について尋ねて来る

 

「そりゃもうバッチシよっ!んで、お前の方は?」

 

「なんとかってとこだな……、正直不安なとこが幾つかあってな……」

 

「ふむ……、まあ何とかなるだろ、それより次だが……」

 

「ああ、あれか……、ったく、何でこんなモンまで試験の内容にあるんだよ……」

 

こうしてお互いの試験の出来を言い合った後、続く試験の内容について戦治郎が困惑しながら言及し、それを聞いた毅はゲンナリしながらこの様に答えるのであった

 

戦治郎達が言う次の試験とは、将棋とチェス、そして麻雀と言う3種類のボードゲームを受験者達で行い、将棋とチェスは5人抜き、麻雀は3回ほど1位になれば合格と言う試験の事である

 

ここで疑問に思うのは、何故麻雀が試験内容に入っているのかについてであろう……。将棋とチェスならまだ分かるが、何故麻雀なのか……

 

これについては受験者の勝負運の強さと、捨て牌から相手の待ち牌を正確に読み取り、相手が和がる事を阻止しながら自分の役を作ると言う戦略性を試す為の試験であると、筆記試験の前に教官から説明されているのだが……

 

「納得いかねぇ……」

 

「だよな~……」

 

その試験内容が不服なのか、毅は仏頂面になりながら不平を漏らし、戦治郎はゲンナリしながら毅の言葉に同調し、2人は筆記試験を受けた教室を出て、問題の試験が行われる事となっている場所へ移動し始めるのであった

 

そうして次の試験会場に着いた戦治郎達が、自分の受験票の番号が割り振られた席に着くと、この試験の担当であると思わしき教官から改めてこの試験の説明を受け、合図と共に試験を開始するのであった

 

さてこの試験、戦治郎は将棋とチェスでやや苦しい場面もあったもののストレートで5人抜きを達成し、麻雀に至っては最早蹂躙と言う言葉以外では言い表せない様な結果を叩き出して、この試験を突破して見せるのであった

 

正直なところ、戦治郎は生まれ持っての豪運のおかげで、これまで1度たりとも麻雀で負けた事が無いのである。実際、今回の試験でも戦治郎は常に親の状態で対局が始まり、延々と天和を出し続けて対戦相手を全員まとめてハコらせると言う事態に陥ったのである……

 

因みに、この通常では考えられない様な戦治郎の和了り方は、教官達や対戦相手からイカサマだと疑われるのだが、戦治郎が身の潔白を証明する為に教官に配牌から代打ちさせたところ、戦治郎の豪運が代打ちをしている教官にまで影響を及ぼし、対局は教官の親から始まり、教官は手牌を見るなり目を見開いて驚き、カンを宣言し嶺上牌を手にする度に呼吸を荒くし、震える手で最後の嶺上牌を取って牌を確認すると、それはそれはか細い声でツモを宣言しながら手牌を公開、直後に教官はショックで気絶して軍学校内にある医務室へと運ばれて行ったのであった

 

そんな教官が揃えた役は天和こそつかなかったものの、四暗刻単騎待ち、四槓子、字一色、大四喜の5倍役満であり、公開された教官の手牌を見た対戦相手達も一斉に泡を吹いてひっくり返り、教官同様医務室へと運ばれて行くのであった……

 

こうして戦治郎のイカサマ疑惑は晴れるのだが、それと同時に戦治郎は毅以外の受験者全員から『絶対に戦ってはいけないやべー奴』認定される事となり、戦治郎の最後の対局に参加する羽目になった受験者達は、皆死んだ魚の様な目をして麻雀卓を囲んでいたのであった……。そんな受験者達に対して、倒れた教官の代わりに戦治郎達の対局を監視していた教官は、憐れむ様な眼差しを送っていたそうだ……

 

尚、その関係で長門屋の面子で麻雀をやる際、豪運持ちの戦治郎は皆からハブられて麻雀に参加出来ない訳なのだが、まあこれは仕方が無いことなのだろう……

 

そんなこんなでこの試験を終えた戦治郎が、試験合格者の為に準備された待合室で時間になるまで鷲四郎と話していると、心底不思議そうな表情を浮かべた毅が姿を現し、そんな毅の様子を見た戦治郎が彼に対して何があったか尋ねてみたところ……

 

「いや……、何か将棋とチェスは相手がアホみたいなミス連発してくれたおかげで勝てて、麻雀に至っては妙に配牌がよくてな……、気付いたら合格出来てたわ……」

 

毅は一体自分の身に何があったか分からないと言った様子で、戦治郎の問いに対してこの様に返事をするのであった

 

如何やら戦治郎の豪運は、試験開始前に話をしていた毅にまで影響を及ぼした様である……

 

それからしばらくすると試験終了を知らせるチャイムが会場に響き渡り、それを耳にした戦治郎と毅は直後に待合室に姿を現した教官の指示に従い、軍学校側が準備した昼食をとる為に軍学校の敷地内にある食堂へ足を運ぶのであった




気絶した教官の手牌は

東東東東南南南西西西北北北白

先ず東で暗槓、それから嶺上牌で南、西、北を順に暗槓していき、最後は嶺上牌で白を揃えてフィニッシュ、5倍役満の出来上がりです

2021/04/14追記

大四喜はルールによってはダブル役満になる事もあるので、場合によってはこれは6倍役満になってしまいそうですね


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食堂にて

今回のイベントは、乙乙丙で何とか完走する事が出来ました……

E2削りで早波、E3でゴトランドが出てくれて本当に良かった……


午前中の試験が終わった戦治郎達が向かった食堂では、先程の試験に辛くも合格した者、目標の勝利数に至らず不合格になった者問わず、軍学校から受験者達に昼食としてカレーが振舞われていた

 

何でもこのカレーは、合格者には週1でカレーの日がやって来る海軍での生活に慣れてもらう一環として、不合格者には思い出作りの一環として振舞われている様で、食堂の中には不合格になった者達のすすり泣く声が時折響いていたのであった

 

「こりゃまたえげつねぇ真似してんな……、不合格の連中はこれが原因でカレー食えなくなるんじゃねぇか……?」

 

「親切心のつもりでやってんだろうけど、間違いなくこれは裏目に出てるだろうな~……」

 

そんな中、試験を無事に突破出来た戦治郎と毅は、不合格者達の泣き声のせいで不味くなってしまったカレーをスプーンで突きながら、この様な会話をしていたのであった

 

因みにこの時、戦治郎は自身の目の前にあるカレーの本来の味と、横須賀で翔と間宮の指導の下本格的な料理の修行を始めたゾアが作ったカレーと味を比較し、ゾアのカレーの方が美味しいなどと思っていたりする。まあ、大日本帝国海軍屈指の料理人である間宮と、神話生物の胃袋すらも掴んでしまう料理を作る翔の2人から指導してもらえば、際限ない向上心と飲み込みの早さを兼ね備えたゾアならばすぐに上達してしまうものなのだから、仕方ないと言えば仕方ない事なのだが……

 

さて、そうして2人がこれまでの試験の事や、次に行われる予定となっている試験について話をしていると……

 

「ねぇ、相席してもいい?」

 

不意に聞き覚えの無い女性の声が2人の耳を打ち、何事かと思った2人が声がした方向へ視線を向けたところ、そこには1人の女性がカレーの乗ったトレイを手に立っていたのであった

 

女性の姿を確認した2人はアイコンタクトをした後頷き合い、女性に対して相席を了承する旨を伝え、女性は2人に向かって軽く礼を言った後毅の隣に腰を下ろすのであった

 

「ねえアナタ、さっきの試験のアレは一体どう言う仕掛けだったの?」

 

その直後、女性は戦治郎に向かって疑いの眼差しを向けながら、先程の試験の事を尋ね……

 

「仕掛け?んなモン使っちゃいねぇよ、ありゃ全部俺の運の良さ故の事故みたいなもんだ」

 

「運の良さって……、そんなジャンボ宝くじの1等を連続で当てる様な事と同じレベルの事が、小細工無しで出来る訳ないでしょ……」

 

戦治郎が女性を真っ直ぐ見据えながらも、やや冗談めかしながらこの様に返答すると、女性はやや呆れながらこの様な事を言い……

 

「宝くじなら四季折々のジャンボ宝くじの1等と前後賞を、1年間総なめした事あるぞ?」

 

「嘘でしょ……?」

 

「おっま……、実はとんでもねぇ金持ちなのか……?」

 

戦治郎は女性の言葉に対して、ムッとしながらこの様に返答し、それを聞いた女性と毅は、信じられないと言った様子でこの様な言葉をそれぞれ口にするのであった

 

「んで嬢ちゃん、アンタは俺がイカサマしてるかどうか確かめる為に、相席して来たって言うのか?」

 

「まあ……、そのつもりだったんだけど……、アナタの目を見てる限り嘘言ってる訳じゃなさそうだったし……」

 

「まあ、あんなんやられたら誰だってイカサマ疑うだろうな……、結局代打ちの件でイカサマじゃないって証明されてたが……、それでもな~……」

 

その後、戦治郎が女性に向かってこの様に尋ねたところ、女性は困惑した様子で戦治郎の問いに返答し、彼女の言葉を聞いた毅は苦笑しながら、この様な言葉を口にするのであった

 

こうして女性の戦治郎に対しての誤解が解けたところで、戦治郎達はこれも何かの縁と言う事で、それぞれ自己紹介と提督を目指す理由を話す事になったのだが……

 

「お金よお金、私が提督を目指す理由は、提督になったら貰える危険手当とかで沢山お金を貰う為よ」

 

戦治郎と毅が提督になろうとしている理由を話したところで、宮島 紅葉(みやじま このは)と名乗る女性はハッキリとそう言い切ったのであった……

 

「そっか~……、金の為か~……」

 

「お前……、それ本気で言ってんのか……?」

 

彼女の発言を聞いた戦治郎と毅は、その発言の内容に驚き最初はキョトンとしていたのだが、我に返ると戦治郎は少々困った様な表情を浮かべながら、そして毅は不快そうに眉を顰めながら、それぞれこの様な言葉を口にするのであった

 

「ええ本気よ、私は沢山のお金を得る為に提督になろうと思ってるわ。っと、そろそろ私は行くわ、貴方達も次の試験に遅れない様にしなさいよ?」

 

戦治郎達の言葉を聞いた紅葉は、この様に返答するといつの間にか空になったカレー皿が乗ったトレイを手に席を立ち、戦治郎達に背を向けて食器の返却口の方へとスタスタと歩いて行くのであった

 

「あいつマジかよ……、金の為に提督になろうとか……、ついこないだ桂島の提督の事があったばかりだってのに……」

 

そんな彼女の背中を見送る毅が、渋い顔をしながらこの様な言葉を呟く

 

さて、ここで毅が桂島の提督について言及したが、実際のところ彼や世間一般の桂島の提督の悪行についての認識には、僅かながらだが差異があったりするのである

 

その理由は燎が桂島の提督の悪行を世間に公表した際、実際は提督はプロフェッサー経由で世界征服をする為の支援をエデンから受ける為にこの様な手段で資金調達をしていたと言うところを、提督は世界征服に必要な軍資金を調達する為にこの様な悪行に手を染めたと発表したからである

 

何故この時提督とエデンが繋がっていた事を公表しなかったのかと言えば、もしここで日本海軍がエデンやシャングリラの事を認知している事を公表してしまえば、日本国内にいるエデンと繋がりがあると思われる者達が、エデンの情報を欲しがっている日本海軍に捕まる事や、情報漏洩防止の為にエデンサイドから始末される事を恐れ、国外に逃亡してしまう恐れがあった為、それを防ぐ為に燎は提督の事や転生個体の事を公表する際に、エデンやシャングリラの事を伏せた内容に変更したのである

 

因みに、護がイオドと協力して提督死亡の知らせを聞いた直後に世界中にばら撒いたあの動画だが、それも上記の理由で提督とエデンの繋がりについては伏せてあったりする

 

故に真実を知らない毅や日本国民は、桂島の提督は己の欲望の為に悪魔に魂を売った極悪人と認識していたりするのである

 

「なぁ……、あの女の事どう思うよ……?」

 

先程渋い顔をしながら呟いていた毅が、今度は困惑しながら戦治郎に向かってそう尋ねたところ……

 

「ありゃ本気で言ってるな……、だが、それは多分手段に過ぎないんじゃないかと思うわ……。本当の目的はもっと別のとこにある……、俺はあいつの目を見てそう思ったな……」

 

幼少の頃から色々な人間を見て来た事で養われ、修理屋兼リサイクルショップの経営者として面接を担当した事で研ぎ澄まされた戦治郎の人を見る目は、提督になりたい理由を話す彼女のその双眸から使命感の様な何かを感じ取り、戦治郎にこの様な言葉を口にさせるのであった

 

その後、2人はしばらくの間紅葉が提督になりたい本当の理由について議論し、戦治郎がふと思い出した様に腕時計を見て次の試験の時間が迫って来ている事に気付くと、2人は慌てて食器を片付けて食堂を後にすると、急いで準備を整えて次の試験会場へと向かうのであった

 

これが、後にショートランド泊地の提督となり、ブイン基地の提督である敷島 アリス少将と協力し、エデン壊滅の為に出撃した長門屋鎮守府の支援を行い、見事長門屋鎮守府を勝利に導いた宮島 紅葉と戦治郎の最初の出会いなのであった



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これは流石に逃せない

食堂で昼食を摂った戦治郎達が向かった試験会場には、既に多くの受験者達が集まっており、会場内に流れるアナウンスで自分が呼ばれる事を今か今かと待っていたのであった

 

戦治郎達が次に受ける事となっている試験の内容とは、部屋の中に設置されたシミュレーターを使って擬似的に艦娘を指揮して、迅速に仮想の深海棲艦を撃滅すると言うものになっている。ここで試されるのは、状況に合わせた艦隊編成を行い、シミュレーターのディスプレイに表示されている内容を瞬時に理解し、迅速に且つ正確に仮想の艦娘達に指示を出せるかどうかである

 

正直なところ、こんな事を突然やらされても素人が簡単に出来る訳がないのだが、ある程度才覚がある者はそれでも四苦八苦しながらも指揮が執れてしまっていたので、この試験が採用されたのである

 

因みにこのシミュレーター、戦治郎達が作戦指揮用ディスプレイを実装した事に合わせて今の仕様に改修が行われており、例えるならば以前の仕様がブラウザ版の艦これとするならば、今の仕様は音声入力式のアーケード版艦これと言った感じになっていたりする

 

そんなシミュレーターの改修を行ったのが……

 

「綾波っ!!旗艦にありったけの魚雷を叩き込んでやれっ!!!」

 

現在、受験者の誰もが戦艦や空母ばかりの編成し、昼戦で相手を仕留められずに突入してしまった夜戦で苦戦する中、シミュレーターの中にある膨大なデータの中から横須賀の利根と妙高と綾波、佐世保の長月と皐月、そして元ショートランドの川内を採用して、航空戦を利根の水戦と皐月の対空射撃でやり過ごし、昼砲撃戦は随伴艦をある程度排除してから回避に回って凌ぎ切り、夜戦に突入すると待ってましたとばかりにこうして攻勢に出ている戦治郎と愉快な仲間達なのである

 

戦治郎が何故この様な編成を行い、この様な戦術でシミュレーター試験に臨んでいるのかと言えば、単純に他の受験者達が戦艦や空母でゴリ押ししようとする中、この編成でクリアしたら面白いんじゃないかと思った事と、相手の旗艦が戦艦水鬼、随伴が戦艦棲姫、フラネ、エリツにフラグシップの駆逐2隻となっており、下手に艦載機を飛ばせば制空権は取れるものの、エリツに艦載機をボコボコと落とされて空母の火力低下を招き、戦艦やツ級のせいで弱体化した空母の攻撃が随伴艦である戦艦棲姫などに防がれ、その隙に行われた戦艦水鬼の砲撃で大破艦が大量に出てしまう可能性があった為である

 

とまあ、この様な理由でこの艦隊を編成した戦治郎は、妙高と綾波のカットイン攻撃で戦艦水鬼を沈め、残りの4隻で残った随伴艦を駆逐する事で、時間は少々かかったものの完全勝利Sをもぎ取って、この試験を見事クリアしてみせるのであった

 

その後、戦治郎は直感で編成した艦隊で辛くも勝利を手にした毅と合流し、少し休憩を挟んだ後に最後の試験である面接が行われる会場に向かおうとするのだが……

 

「痛っ!?」

 

「おっと悪ぃっ!」

 

その道中で、毅との話に夢中になっていた戦治郎が、前方にいた男性に気付かずぶつかってしまい、男性を軽くはね飛ばして尻もちをつかせてしまうのであった

 

「あ~、ホント済まなかった……」

 

自身の身体に男性がぶつかった時に発生した衝撃で、ようやく男性の存在に気付いた戦治郎が、申し訳無さそうな表情を浮かべながら彼を引き起こそうと手を差し伸べたところ……

 

「ひぅっ!?」

 

戦治郎の目測で155cmくらいの身長で、やや幼さの残る顔をしたその男性は、手を差し伸べて来た戦治郎の姿を見るなり、その可愛らしい顔を恐怖で歪めながら短い悲鳴を上げ、直後に懐から財布を取り出すと中から1万円札を2枚を引き抜き、それを戦治郎が差し伸べた手の上に乗せると凄まじい勢いで体勢を立て直して、尋常ではない速度で戦治郎達に背を向けて逃げる様に走り出したのであった……

 

そんな男性の行動に驚き呆然としていた戦治郎は、我に返ると自身の掌の上にある2万円を握り締め、クラウチングスタートの姿勢を取ると……

 

「START UP……」

 

この様な事を呟くと同時に、先程の男性を追いかける為にとんでもない速度で走り出し、その様子を見ていた毅は思わず声を殺して大笑いするのであった……。如何やら怪しげな恰好をした戦治郎がこの様ないらぬ誤解を受けた事が、彼の笑いのツボにクリティカルヒットした様である……

 

こうして戦治郎と童顔の男性の追いかけっこが始まり、しばらく時間が経過したところでようやく戦治郎が問題の男性の背中を捕捉、直後に一気に加速して男性を追い抜き、彼を追い抜いたその瞬間に戦治郎は3・2・1とカウントダウンしながら彼の胸ポケットに先程受け取った2万円をねじ込むと……

 

「TIME OUT……」

 

そう呟きながら、彼の前に立ちはだかるのであった……

 

その後、戦治郎が何とか彼の誤解を解いたところでようやく毅が追い付いて来て、落ち着きを取り戻した童顔の男性は戦治郎に謝罪した後、簡単な自己紹介を行うのであった

 

彼、弘前 勉(ひろさき つとむ)は、その容姿のせいで中学と高校の頃にいじめを受け、自身をいじめた者達を見返す為に提督になる事を決意し、この試験を受けにやって来たそうだ。因みに、彼はこの様な容姿であるにも関わらず年齢は20代後半であるらしく、その事実を知った毅は思わず驚愕し、戦治郎はそう言えば翔も生前は童顔だったっけな~と言った調子で、生前の事をほんの僅かに懐かしむのであった

 

因みに、勉の先程の行動はいじめを回避する為に自然に身に付いたものらしく、その怪しげな格好と少々漏れ出ていた戦治郎のオーラに恐怖を覚えた結果、彼は戦治郎とぶつかった際トラブル回避の為にあの様な行動に走ったのだとか……

 

「いや……、あんなんされたら、完全に俺が悪者になっちまうだろうが……」

 

彼の行動の真相を知った時、戦治郎は思わずガックリと肩を落としながら、この様な言葉を口にしたのであった……

 

こうして勉と知り合った戦治郎達は、勉と戦治郎達が受ける事になっている面接の会場が離れている事を知ると、お互いに試験に合格出来る様激励し合った後、それぞれの面接会場へと向かって行くのであった

 

さて、こうして戦治郎と知り合った勉は、戦治郎達と共に無事に試験に合格し軍学校を卒業すると、大湊警備府の提督の補佐官を経験してから大湊警備府の提督に着任し、後に発生する北極で活動していたミ=ゴの大量飛来事件の際、オホーツク海に艦隊を展開して防衛線を引き、佐世保の文月とヴルトゥームのヴル、長門屋の翔とゾア、シゲとクトゥグア、摩耶とアフーム=ザーのフー、暁とショゴス軍団、護とイオドのイオッチ、空とアトラク=ナクアのエイブラムス、舞鶴の由良とグラーキのグラグラからなる神話生物部隊の到着まで、戦線を維持し続けると言う偉業を成し遂げる事となるのであった……



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最後の試験

勘違いの結果知り合った勉と別れた後、戦治郎と毅は自分達の面接が行われる予定となっている会場へ向かい、自分達の番が来るまでの間、会場に設けられた待合室でシミュレーター試験の際のお互いの編成と戦術について話し合いながら、自分の受験番号がアナウンスされる時を待っていたのであった

 

その途中、待合室内にアナウンスが流れ、読み上げられた番号の中に毅の番号があった事を確認すると、戦治郎は毅とグータッチを交わしながら彼にエールを送り、その背中を見送るのであった

 

その後間もなくして、アナウンスで戦治郎の受験番号が読み上げられ、独りになった事で好奇の目の集中砲火を浴びていた戦治郎は、独り気合を入れながら待合室を後にし、自分が面接を受ける事となる教室へと真っ直ぐ向かい、教室の前に置かれた待機用の椅子にどっこらしょと呟きながら腰掛けると、その直後に教室の扉が開いて中から1人の男性が姿を現し……

 

「……ふん」

 

長身で細身、視力が悪いのか眼鏡をかけたその男性は、椅子に腰掛けている戦治郎を一瞥すると、まるで戦治郎の事を馬鹿にする様に鼻を鳴らした後、スタスタとこの場を立ち去っていくのであった……

 

(何だあいつ……、人の顔見るなり鼻で笑いやがって……、クッソ感じ悪い奴だな……)

 

そんな仕打ちを受けた戦治郎が、もしかしたら呟きを教室内の面接の試験官に聞かれるかもしれないと言う可能性を考慮し、誰にも聞こえない様に内心でそう呟いた瞬間

 

「次の方、どうぞ中の方へ」

 

先程男性が出て来た教室から、香取型練習巡洋艦の2番艦である鹿島が姿を現し、そう言って戦治郎に教室に入る様に促すのであった

 

こうして呼ばれた戦治郎は、それはそれは元気よく返事を返し、面接のマナーに則って教室内に入り、面接官の指示に従って教室内に設置された受験者用の椅子に腰を掛けるのであった

 

(燎が言った通り、面接官は軍学校の人間ではなく、中国・四国地方に拠点構えてる提督の皆様方か……、大方自分の補佐官にして育成する候補生を品定めしに来たってとこだろうな……)

 

面接官の顔ぶれを見るなり、彼等の視線を浴びる戦治郎は内心でそう呟く

 

何故戦治郎が彼等が提督であるかを知っているのかと言えば、横須賀で受験勉強をしていた時に、今後関わり合いになる可能性があるかもしれないと言う事と、面接官が軍学校近辺に拠点を構えている提督で、彼等の功績を調べて面接の時にそこを煽てると良いと言う燎のアドバイスを受けて、江田島の近辺にある拠点の提督の事をとことんまで調べた為である

 

その後、面接官である提督の内の1人が、戦治郎の名前を聞くよりも早く、何故提督になろうとしているのかと言うテンプレの様な質問をして来て……

 

「私が提督になろうとしている理由は、友との約束を果たす為、家族の様な仲間達が安心して暮らしていける世界を作る為、そして……、カルメンやアビス・コンダクター、エデンと言った悪意ある転生個体をこの世界から完全に排除し、この世界をあるべき姿に戻し、人類も深海棲艦も、神話生物達もこれまでの様に過ごせる様にする為です」

 

質問を受けた戦治郎は、そう言って早速切り札を切るのであった

 

戦治郎の返答を聞いた瞬間、教室内が突如として騒めき出す。それもその筈、転生個体については燎から日本全土に伝えられたのだが、神話生物についての情報は国民の混乱を避ける為に日本では日本帝国軍内だけに留められ、外部にその情報を漏らさない様に緘口令まで敷かれているのである

 

尤も、現在九州地方の提督志望者の面接を行っている兼継が提督を務める佐世保鎮守府の近辺では、文月によってヴルと名付けられたヴルトゥームが、おつかいの為に文月と共に商店街などに出没し、緘口令の事を知らない文月が周囲にヴルの事を紹介して回った事から、ヴルが火星からやって来た神話生物であり、佐世保鎮守府のマスコットであり、佐世保の守護神と認知されてしまった関係で、既に手遅れと言った状態になっているのだが……

 

それはさて置き、普通の受験者ならばまず知らないであろう事を、彼等の目の前にいる怪しげな格好をした受験者が口にした……。何故この者はこの事を知っているのか……、この者は一体何者なのか……。戦治郎の言葉を聞いて騒めく提督達が、その発端となった戦治郎に興味を示し……

 

「その情報を何処で入手した……?君は何者なのだね……?」

 

面接官である提督の1人が、思わず戦治郎に向かってそう尋ねたところ……

 

「そう言えば自己紹介がまだでしたね……」

 

戦治郎はこの様に返答した後、自身の顔を覆うチャドルとフェイスベールを脱ぎ、大きな火傷痕が付いた顔を晒しながら

 

「私は長門 戦治郎、長門屋海賊団の元リーダーにして、その情報を日本帝国軍にもたらした者です」

 

戦治郎は提督達を真っ直ぐ見据えながらこの様に言葉を続け、追い討ちをかける様に更なる切り札を切るのであった

 

次の瞬間、教室内が今まで以上に騒めき始める。何せ彼等の殆どが、遠征の為に南方海域へ送った艦娘達を長門屋海賊団に助けられ、彼女達の報告からその実力を知らされているのである。そんな海賊団の頭目が、現在提督になる為にこうして軍学校の受験に来ている……、その事実を突きつけられてしまえば、彼等が騒めき出すのは当然の事なのである……

 

そんな中、この場にいる提督の中で最も強面で、威圧感を放っていた柱島泊地の提督が、戦治郎に向かってこの様な事を尋ねる

 

「君がもし本当に長門屋海賊団の者ならば、横須賀の乱の直前に日本近海で姫クラスの深海棲艦に襲われていた艦娘達を助けていると思うのだが……、心当たりはあるかね?」

 

「ああ、あの子達ですか……、覚えていますよ。確か体調不良であるにも関わらず、無理して遠征の長距離練習航海に参加して、任務を終えて帰還している最中に体調が悪化して動けなくなっていたところを、ロリータ・コンプレックスの戦艦夏姫の転生個体に襲われていた子達ですよね?」

 

戦治郎の返答を聞いた柱島泊地の提督は、戦治郎の言葉を肯定する様に静かに頷いた後、周りの提督達が戦治郎の話の内容に驚いて目を丸くする中、腰掛けていた椅子から立ち上がって……

 

「彼女達が動けなくなった理由、そして彼女達を襲った深海棲艦が転生個体であった事、更に何の転生個体であったかまで答えられるところ、如何やら本物の様だな……。私の部下達を助けてくれた事、心から感謝している……、本当にありがとう……」

 

そう言って柱島泊地の提督は、面接中であるにも関わらず、戦治郎に向かって礼を言い、腰を45度に曲げて頭を下げるのであった。そう、あの時ロリコン夏姫に襲われていた艦娘達は、彼の泊地に所属する艦娘だったのである

 

戦治郎達に助けられた彼の部下である艦娘達はこの事を彼に報告し、それを聞いた彼は大切な部下を失わずに済んだ事を心より喜ぶと同時に、どうしても海賊団にこの件の礼が言いたいと思う様になったのである。故に、彼は面接中にも関わらず、この様な行動に出たのである。どうしても戦治郎に礼が言いたいと言う気持ちが、彼をこの様な行動に走らせたのである

 

その後、柱島の提督の突然の行動に驚いて呆然としていた提督達は、我に返るなり慌てた様子で椅子から立ち上がって南方海域に遠征に出た艦娘達を助けてくれた件について戦治郎に向かって礼を言って揃って頭を下げると、面接そっちのけで戦治郎に対して転生個体や神話生物に関する質問や、海賊団が強い秘訣についての質問を嵐の様に浴びせ、戦治郎がその質問を何とか捌いていると、いつの間にか面接は提督達と戦治郎による雑談会となり、仕舞いには教室内には笑い声まで響き始めるのであった

 

そんな光景を、鹿島は只々呆然としながら見守っていたのであった……

 

それからしばらく経ったところで、提督の1人が面接時間が受験者1人辺りに与えられた時間を超過している事に気付き、それを合図に面接と言う名の雑談会は終了し、戦治郎は面接官である提督達に名残惜しそうに見送られながら、面接が行われた教室を後にするのであった……

 

因みにこの時戦治郎は、提督達から戦治郎が提督になれる様に尽力すると約束され、そのおかげで入試の総合成績1位を獲得し、見事軍学校に入学する事に成功するのだが、この事実を戦治郎が知るのは合格発表が行われた後となり、戦治郎は合格発表までの間、不安に駆られて震えながら日々を過ごす事となるのであった……

 

尚、各試験の戦治郎の成績だが、面接とボードゲームはぶっちぎりの1位、筆記試験は面接前に戦治郎を鼻で笑った眼鏡の男、後に呉鎮守府の提督となる三原 要(みはら かなめ)、そして戦治郎を見るなり金を手渡して来た勉に続き3位、シミュレーター試験はいじめによって培われた咄嗟の判断力で指示を出して相手を撃滅し、今期のシミュレーター試験の最速記録を打ち立て、元帥の再来と謳われた勉に次いで2位と言う結果になっていたりするのであった



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結果発表と・・・・・・

軍学校の入試を終えた戦治郎が、大和と共に横須賀鎮守府の面々に配るお土産を買い漁りながら、広島観光を行った試験翌日から時は流れ、遂に入試の合格発表が行われる12月が訪れる……

 

本来ならば受験者達はそれぞれが試験を受けた軍学校や、最寄の鎮守府や泊地などの日本海軍の拠点に結果を見に行って、自身の合否を確認しなければいけないのだが……

 

「元帥のじっちゃんっ!!入試の結果が来たってマジかっ!?」

 

日本海軍の本拠地である横須賀鎮守府に、元帥に報告する為に集められた全国の試験結果が、元帥の下に届いた事を知った横須賀鎮守府在住の戦治郎は、大声を張り上げながら元帥の執務室に突入するのであった

 

「戦治郎君か、ああそうだ、たった今君が受験した江田島軍学校の試験結果が届いたところだ」

 

そんな戦治郎に対して、元帥は特に驚いた様子も見せずにこの様に返事をし、元帥の隣に控えていた長門は苦笑しながら戦治郎に視線を送り……

 

「あ……っ!」

 

江田島軍学校の入試の結果を持って来た鹿島は、戦治郎の姿を見るなり思わず驚きの声を上げるのであった

 

「ありゃ、おめぇさんは確か……、俺の面接の時教室にいた鹿島か?」

 

「あ……、はい……、そうですけど……」

 

鹿島の声を聞いた事で、鹿島の存在に気付いた戦治郎が、彼女に向かってそう尋ねたところ、彼女はやや困惑し視線を泳がせながらこの様に返答するのであった

 

「おめぇさんが結果を此処まで持って来てくれたのか、サンキューな鹿島。それと、あの時驚かせちまって悪かったな。っとぉ、それよりも結果結果っと……」

 

そんな鹿島に向かって、戦治郎はそう言った後元帥の執務机に歩み寄り、机の上に乗った試験合格者に関する書類を手に取ると、自分の書類があるかどうかを確認し始めるのであった

 

「一番上にあるのは毅か……、あいつも合格出来たんだな~……、それから~……、おっ!紅葉発見っ!いや~、知り合いが受かってるの知るとこっちも嬉しくなってくるな~」

 

こうして戦治郎が、書類の中から知り合いの名前を見つけつ度に、嬉しそうな笑みを零しながらこの様な事を呟く横で、鹿島が戦治郎に向かって警戒の眼差しを向けていると、見かねた長門が鹿島に戦治郎達の事を詳しく教え始めるのであった

 

確かに鹿島は戦治郎の面接の時あの場にいたのだが、何故面接官である提督達が揃いも揃って戦治郎に向かってお礼を言っていたのかについては、全く分からなかったのである。ただでさえ外部の情報が中々入って来ない軍学校で生活する事が多い彼女は、あの時戦治郎の姿と目の前の光景に只々驚くばかりで、彼等の会話が全く頭に入って来ない状態であったのだ

 

それからしばらくして、長門が鹿島に戦治郎達の事情を話し終えたところで……

 

「あったあああぁぁぁーーーっ!!!俺一番下にあったあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎が自身の書類を発見し、書類を手に小躍りしながら歓喜の声を上げる

 

因みに、戦治郎の書類の前には、面接前に戦治郎の事を鼻で笑った男の書類があり、更にその前には勉の書類があった模様

 

「おめでとう戦治郎君、如何やら君が江田島軍学校の首席の様だね」

 

「あ、これ成績良かった奴が一番下に来てんのか……、ってマジかよ俺首席かよ……っ!?」

 

「あ、あの……っ!」

 

そんな戦治郎に向かって元帥が祝いの言葉を送り、それを聞いた戦治郎が思わず驚き目を丸くしていると、不意に鹿島が戦治郎に声を掛けて来るのであった

 

「ん~?何ぞ何ぞ~?今おっちゃんすっげぇ機嫌良いから、何でも答えちゃうぞ~?」

 

突然声を掛けて来た鹿島に向かって、戦治郎が上機嫌になりながらこの様に返答すると、鹿島は深呼吸した後意を決するかの様に胸の前で両手で拳を握り、真剣な面持ちになると戦治郎に向かってこの様な質問をぶつけるのであった

 

「戦治郎さんは、その正体を隠す為にあの様な格好をしていたんですよね?」

 

「おっ、そうだなっ!」

 

「では何故、私があの教室にいるにも関わらず、あの時変装を解いたんですか?貴方が本当に正体を隠すつもりでいるならば、私があの場所にいる時に変装を解くべきではなかったんじゃないですか?」

 

「ああ、あれな、ありゃ面接官達に対しての切り札の1つであると同時に、軍学での生活においての大和達以外の協力者を得る為に、わざとやった事なんだわ。決しておめぇさんの事忘れてた訳じゃねぇぞ?」

 

「協力者……、ですか……?」

 

鹿島の質問に対して、戦治郎はあっけらかんとした様子で答え、それを聞いた鹿島は思わず我が耳を疑い、戦治郎に向かってこの様に尋ね返すのであった

 

戦治郎が言うには、軍学校で生活する中、何時でも大和や綾波と言った戦治郎の事を知る者と行動出来る訳ではないだろうから、ああして自分の正体を敢えて晒して自分に対して興味を持たせ、事情を伝える事で一部の教官を協力者にして、軍学校内で自身の正体を隠し易くしようと言う作戦だったようだ

 

因みに、この時点での戦治郎達の協力者は、現在横須賀鎮守府にいる大和と綾波、そして南方海域に滞在中に知り合った五十鈴と那智の4名となっている。大和と綾波については兎も角、五十鈴と那智に関しては、軍学の教官の制度と今期の教官のメンツを戦治郎が知った際、すぐに通信機を使って連絡を取り、協力してもらう事になっていたりするのであった

 

「俺が正体を隠しているのは、候補生達を混乱させない為だけでなく、俺達と敵対している勢力から、軍学校に向けて刺客を送られない様にする為でもあるんよ」

 

「もしその様な事態になれば、例え戦治郎や大和がいようとも、恐らく多くの候補生や教官に犠牲者が出るだろう……。それほどまでに、私達の敵と言うものは強大な存在なんだ……」

 

「実際、アビスなんかは容易く世界滅ぼせそうな邪神を召喚しようとしてたからな……、最悪人間大の邪神を召喚する事に成功して、こっちに嗾けて来る可能性もあっからなぁ……」

 

戦治郎と長門が戦治郎の正体を隠す理由をこの様に言って締めくくると、話のスケールが余りにも大き過ぎたせいで、目を丸くして驚きながら話を聞いていた鹿島は……

 

「……はっ!?すみません……、余りにも話の規模が大き過ぎて、思わず呆然としてしまいました……。えっと……、そう言う事なら私、戦治郎さん達に協力します。っと言うか、そんなとんでもない事が起こる可能性があるなら、それを防ぐ為にも協力せざるをえません……っ!」

 

我に返るなりそう言って、戦治郎達に協力する事を約束するのであった

 

こうして鹿島の協力を得る事に成功した戦治郎だが、軍学校で生活している中で発生するとある事件を切っ掛けに、戦治郎の正体は毅を含む一部の提督候補生達と、教官として来ていた赤城や一部の艦娘候補生達に知られてしまう事となるのだが、それはその時になってから話そうと思う

 

又、戦治郎が軍学を無事卒業し、長門屋鎮守府に着任する事になった際、とある問題にぶつかり、鹿島に解決策を相談したところ、彼女が長門屋鎮守府に着任する事で問題が解決すると言う出来事が発生するのだが、これもその時に話をしようと思う

 

その後、役目を終えた鹿島が江田島に帰還しようとしたところ、戦治郎が彼女を呼び止め、どうせだからと戦治郎が彼女に空達を紹介しようとするのだが、その時運悪く空達は横須賀鎮守府の艦娘達と共に、戦闘形態となったゾアを相手に旧支配者対策の為の演習を実施していた為、戦闘形態のゾアを見てしまった鹿島は、驚きの余り白目を剥いて気絶してしまうのであった……



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軍学校に向かって抜錨

「潮風が気持ちいいですね、提督♪」

 

「ああそうだな……」

 

時は3月下旬になった頃、横須賀鎮守府を発った輸送船の甲板の上で、自身の頬を撫でる心地良い風を感じた大和が、転落防止の為に設置された手すりに寄りかかる戦治郎に向かってそう言うと、戦治郎はやや不安そうな表情を浮かべながらこの様に返事をするのであった

 

現在戦治郎達が乗っている輸送船は、4月から始まる軍学校に必要な物資を送る為の輸送船の内の1隻で、戦治郎達はこの船が江田島に向かう事を知ると、無茶を承知で同乗させてもらえないかと頼み込んで何とか船長の了承を得て、こうして輸送船に同乗させてもらっているのである

 

「やはり一時的とは言え、長門屋の皆さんと離れるのが不安なのですか?でしたら安心して下さい提督、この大和、提督がお呼びになれば何時でもすぐに駆け付けますからっ!」

 

「あ、いや、不安なのはそこじゃねぇんだ。俺が不安に思ってるのは、あいつらが桂島ん時みたいに滅茶苦茶しないかって事なんよ。っと、変に心配させちまった様だな……、すまねぇな大和……、ありがとうな」

 

そんな戦治郎に対して、大和が気合いの入った表情を浮かべながらそう言うと、戦治郎はほんの僅かに慌てた様子を見せると、すぐに自身が不安に思っている事を告白した後、大和に向かって謝罪と感謝の言葉を口にするのであった

 

この時戦治郎が不安に思っていたのは、長門屋鎮守府建設の為に佐賀県鹿島市に向かった空達についてだったのである

 

空達は現地の状況を確認する為に、横須賀を発ち江田島へ向かう戦治郎達より早く横須賀を発ち、佐賀県へと向かったのである。その為、空達は江田島へ向かう戦治郎達の見送りには参加していなかったりするのである

 

一応、戦治郎は空達の事を心から信頼してはいるのだが、以前彼等が桂島泊地を大改造して艦娘ランドを作ってしまった前科があり、戦治郎はその事がどうも引っかかり、それが先程の戦治郎の態度に思わず出てしまったのである

 

その後、何とか気を持ち直した戦治郎が、江田島に到着するまでの間、時間潰しの為に大和と雑談していると……

 

「お二人共、こちらにいらしたんですね」

 

如何やら戦治郎達を探していたのか、船室から出て来た綾波が戦治郎達を見つけると、そう言いながら1枚の紙を手に2人の下へと歩み寄って来るのであった。そう、彼女も大和同様駆逐艦娘の教官として江田島に向かう事になっていた為、戦治郎達と共にこの船に同乗しているのである

 

「どしたよ綾波、何かトラブルでもあったのか?」

 

「いえ、そういう訳ではないですよ、綾波が戦治郎さん達を探していたのは、綾波達が軍学校にどれだけの期間滞在するのかについて、改めて確認しておこうと思っただけなんです」

 

そんな綾波に向かって戦治郎が不思議そうに尋ねたところ、綾波はこの様に返答した後、手にしていた軍学校に関する事が簡潔に書かれた紙を、戦治郎に手渡して来るのであった

 

さて、ここで戦治郎達が軍学校に滞在する期間について触れておこう

 

入試を見事合格し提督候補生となった者達は、1年の間軍学校に滞在して提督に必要な知識や技術をみっちり叩き込まれると同時に、軍人として恥ずかしくない筋力と体力の持ち主となる為に、その肉体を鍛え上げられる事となっているのである

 

又、軍学校には提督用の入試試験の後に行われた試験を突破し、無事軍に入隊した艦娘候補生達も通う事となっており、彼女達も1年間軍学校で己を鍛え上げ、卒業証書と共に渡される辞令に従って鎮守府や泊地に着任する事となっているのである

 

因みに、艦娘達の着任先を決めるのは、基本全ての日本海軍の拠点に設置されている妖精さん製建造装置であるのだが、どうしても着任したいところがあった場合、元帥相手に直接交渉を行い、元帥から了承を得る必要があったりする

 

何故期間がこんなにも短いのかと言えば、余りにも提督や艦娘の育成に時間をかけ過ぎて、戦況の変化に対応出来なくなる事を防ぐ事と、教官として招く現役の艦娘を1年以上軍学校に縛り付けている訳にはいかないからなど、複数の理由が存在している為、軍学校は1年制となっているのである

 

まあ、提督候補生や艦娘候補生は1年中休みなく軍学校にいなければいけないのかと言えばそう言う訳ではなく、それぞれ2週間程度ではあるが夏休みと冬休みがあり、提督候補生や艦娘候補生はその期間を利用して実家に帰省したり、事前に連絡を入れて鎮守府や泊地へと赴き、インターンシップの様な感じで現場を実体験して己を鍛えたり出来る様になっているのである

 

因みに我らが戦治郎だが、まだ軍学校に入学していないにも関わらず、面接の時にお世話になった提督の皆様方の方から、それはそれは熱いラヴコールの様なインターンシップのお誘いの手紙が届いていたりする

 

尚、その中には雲龍達が所属する舞鶴鎮守府からのものもあり、それを目にした戦治郎は、横須賀の乱の時に見かけた大井の事と、彼女の口から零れ落ちた北上の事を思い出し、その事が妙に心に引っかかったのだとか……

 

「取り敢えず、俺は1年の間協力者と協力して、正体を隠しながら軍学校に滞在するんだったな?」

 

「はい、その通りです。それで普通の候補生の場合、候補生用の寮で寝泊りする事になるのですが……」

 

「寮……、寮は確か……」

 

戦治郎と綾波が、軍学校の滞在期間についてこの様なやり取りを交わし、それに続く様にして候補生の宿泊について話そうとしたところで、2人はこの様な言葉を口にすると、それを合図にでもしたかの様に同時にゆっくりと大和の方へ視線を向けると、そこには心から幸せそうな微笑みを浮かべる大和の姿があった……

 

何故大和がこの様な状態になったかと言えば、それは戦治郎が寝泊りする場所が関係している……

 

そう、戦治郎は身体は女性である戦艦水鬼の身体なのだが、その魂は満31歳の男性のソレなのである……。その関係で戦治郎は提督候補生用の男子寮にも、女子寮にも泊まる事が出来ない状態となっていたのである……

 

この件で困った戦治郎が、横須賀鎮守府にいる知り合いを全て集めて話し合いを行った結果、大和の提案で戦治郎は教官用の寮の大和の部屋で寝泊りする事となったのである……

 

最初は戦治郎もこの提案に困惑していたのだが、大和の厚意を無碍に出来ない事、何かあった時はすぐに協力者を集めて事態に備えられる事、教官用の寮には各部屋に小さいながらも風呂がある事、そして期間中大好きな大和の可愛らしい寝顔を毎日拝めると言う誘惑に敗北Dした結果、大和の提案は認められ戦治郎は大和の部屋に厄介になる事になったのである……

 

因みにこの件、大和と綾波が各国の要人と繋がりがある戦治郎を護衛する為と言う事にし、大和が元帥に対して交渉を行ったところ、すんなりと承諾されたのだそうな……

 

尚、候補生用の寮には精神鍛錬の為にエアコンが付いてない事を毅経由で知った戦治郎は、エアコン完備の教官用寮で寝泊り出来る様にしてくれた大和に、心から感謝したとかなんとか……

 

こうして3人が軍学校生活について話していると、輸送船の速度が段々遅くなっていき、それに気付いた3人は船が目的地に近付いた事を察知すると、それぞれに与えられた部屋に荷物を取りに戻り、再び3人が甲板に集まった頃には輸送船は既に江田島の軍学校の最寄の港に停泊し、荷下ろしを始めていたのであった

 

「如何やら着いたみてぇだな……、んじゃあとっとと軍学校へと向かいますかっ!!!」

 

\はいっ!!!/

 

それぞれ荷物を手にした3人がタラップを通って港に降り立つと、戦治郎が大和達に向かってこの様な事を言い、それを聞いた2人は元気よく返事をした後、3人並んで軍学校へと歩き始めるのであった

 

こうして、戦治郎達の軍学校生活が始まり、そこで戦治郎は多くの大切な仲間達と出会い、その最中に発生した問題に立ち向かった際、余りにも強大な新たなる力を手に入れる事となるのであった……




戦治郎のトイレについては、軍学校内にある多目的トイレを使用する模様


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提督への道と俺達の城編
艦娘候補生との初遭遇


大和達と共に軍学校入りを果たした戦治郎は今、軍学校の敷地内にあるとある設備を見つける為に、凄まじい焦燥感に駆られながらも、周囲をキョロキョロと見回しながら早足で歩き回っていた……

 

戦治郎がこの様な事態に陥る少し前、他の教官への挨拶や入学式の打ち合わせを終えた戦治郎は、入学式の準備を手伝う事となった大和達と一旦別れ、受験の時には出来なかった軍学校の見学を独りで行っていたのであった

 

それにより戦治郎は江田島の軍学校が如何に広大であるかを知り、思わず感嘆の声を上げるのであった。そう、この江田島の軍学校だけでなく、横須賀や舞鶴にある軍学校もそうなのだが、大日本帝国軍が運営する軍学校と言う施設は兎に角広大なのである

 

何せ軍学校に通うのは提督候補生だけでなく、艦娘候補生や艦娘達の艤装や兵装の修理や改修を担当する整備兵の候補生、更には航空基地設置や仮拠点設置、そして敵拠点に対しての破壊工作などを行う工兵の候補生や、組織の経理や衣類の準備や食事の準備などを担当する主計科の者達までもが通う事になっているのである

 

その関係もあって軍学校を運営するにあたって必要な施設の数が膨れ上がり、結果として軍学校は巨大な施設となっているのである

 

そんな広大な軍学校を見学していた戦治郎の身に、緊急事態が発生してしまう……。それは突如として戦治郎に襲い掛かり、襲撃を受けた戦治郎は必死に抵抗を試みるのだが、健闘虚しく戦治郎はそれに屈しある物を解き放ちたいと言う衝動に駆られる様になってしまうのであった……

 

そう……、戦治郎を襲ったものの正体……、それは尿意……、膀胱に溜まった尿を体外に排出しようとする生理現象だったのである……

 

これだけならそこまで問題にならないのだが、とある事情によりこの尿意は大いに戦治郎を苦しめる事となるのであった

 

悲しい事にこの時の戦治郎は、軍学校の内部構造をまだ完全に把握しておらず、軍学校の敷地内にあると言う来客用多目的トイレの場所を知らなかったのである……

 

ここに来て戦治郎の身体は女、心は男である事が災いする……

 

もし身体も心も男か女だった場合、本当にすぐ近くにあるトイレへ駆け込む事が出来るのだが、身体が女である以上男子トイレに突撃する訳にもいかず、かと言って女子トイレに突撃するのは男としてどうなのかと思った結果、周囲に自分と同じ様に早くから軍学校にやって来て、軍学校内を見学している候補生と思われる者達がいた事も相まって、戦治郎は目の前にあるトイレに入る事が出来なかったのである……

 

ここで戦治郎に更なる不幸が襲い掛かる……

 

何とこの時の戦治郎、軍学校の地図が書かれている校内案内の冊子を、この軍学校の何処かで入学式の準備を手伝っている大和に預けたまま、校内見学を始めてしまったのである……。この時ばかりは、流石の戦治郎も己の迂闊さを呪ったそうな……

 

一応、この時戦治郎は、周囲にいる者達に多目的トイレの場所を尋ねようとしたのだが、その者達が怪しげな格好をした戦治郎が近付いた瞬間、脱兎の如く逃げ出してしまう為、戦治郎は多目的トイレの場所を自力で探さなくてはいけなくなってしまうのであった……

 

この様な事情があった為、現在の戦治郎は限界破裂寸前の膀胱を何とか抑えながら、多目的トイレを求めて校内を早足で歩き回っているのである……。もしここで、早く移動をしようと走ってしまおうものなら、戦治郎の膀胱は走った際に発生する衝撃によって、あっけなく決壊してしまう事であろう……。故に、戦治郎は膀胱を下手に刺激しない為に、早歩きで移動しているのである……

 

それからしばらくの間、凄まじく険しい顔で校内を歩き回った戦治郎は、遂に探し求めていた多目的トイレを発見し、高速すり足歩行で多目的トイレへ接近するのだが……

 

「……鍵が……、掛かってる……?」

 

戦治郎がスライド式の扉を開こうとしたところで、扉は戦治郎の手に何かが引っかかる様な感触を伝え、それにより扉に鍵が掛かっている事に気が付いた戦治郎は、思わずそう呟くのであった……

 

もしこの時、戦治郎の心に余裕があったならば、トイレが空く事をこの場で大人しくと言う選択肢が頭に浮かんだ事だろう……。しかし、今の戦治郎はかなり切羽詰まっており、冷静な判断が出来る状態ではなかったのである……

 

(鍵が掛かっているのならぶっ壊してでも中に入るっ!そして用を足した後証拠隠滅の為に鍵を即座に修理するっ!!案内冊子こそ大和に預けちゃいたが、工具に関しては今も腰に取り付けている装備格納用ボックスに入れているっ!これならきっといけるはずっ!!!)

 

尿意のせいで冷静さを欠いた戦治郎は、内心でそう呟くと現在掴んでいるトイレの扉の取っ手を強く握り締め……

 

「じゃっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

気合の掛け声と共に勢いよく扉をスライドさせて、戦治郎は扉の取っ手と鍵を破壊して扉を開く事に成功するのであった

 

こうして戦治郎はトイレの扉を開くのだが、ここで少し考えてみよう。何故トイレの扉に鍵が掛かっていたのかについて……

 

まあ普通ならそんなに考えなくても分かる事だ、トイレの扉に鍵が掛かっていると言う事は、そのトイレは誰かが現在使用していると言う事だ……。つまり、先程戦治郎が鍵を壊してまで入ろうとしたトイレには……

 

「……へ?」

 

当然の事ながら、トイレの中には艦娘候補生と思われる青い長髪をトリプルテールにした女性が入っており、突如トイレに入って来た戦治郎を見るなり、洋式トイレに座っていた女性は思わずこの様な声を上げ、呆然としてしまうのであった……

 

「……あっ」

 

その声を聞いた事でようやく冷静さを取り戻した戦治郎は、見る見るうちにその顔を真っ青にしながら間抜けな声を上げ……

 

「失礼しましたあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「きゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

謝罪の叫びと共に戦治郎が扉を閉めた直後、トイレの中から女性の……、巡潜乙型潜水艦の3番艦の伊19、通称イクの艦娘候補生の悲鳴がトイレの扉を震わせるのであった……

 

因みに、この多目的トイレは防音性が非常に優れており、扉をしっかり閉めておけば外からの音も、トイレの中の音も完全シャットアウト出来る様になっている。その為、イクの悲鳴は咄嗟に戦治郎が扉を閉めた関係で、ひしゃげた扉の取っ手を手にしていた事で骨伝導で悲鳴が聞こえた戦治郎以外の誰の耳にも届く事は無く、戦治郎はイクに全身全霊全力全開の謝罪を行ってイクから何とか許しを得ると、即座にトイレの鍵と取っ手の修理を行って証拠隠滅を図り、この事件を闇に葬り去って無かった事にするのであった……

 

こうして戦治郎が江田島の軍学校で初めて遭遇した艦娘候補生のイクは、戦治郎と協力して無事に軍学校を卒業し、護が長門屋鎮守府が稼働し始めたその日に瑞鶴目当てで空母レシピで建造を行った結果、同期の瑞鳳が長門屋鎮守府に着任する事となった事を知ると、その場に居合わせた神風と共に元帥に直接交渉を行い、見事元帥から許可を得ると瑞鳳達と共に稼働2日目の長門屋鎮守府に着任するのであった

 

因みに、イクはある事情でガチギレした悟の戦いを目の当たりにし、その戦いの壮絶さにより悟に対して軽いトラウマを抱える事となるのだが、そのトラウマを植え付けた張本人による治療の結果、トラウマは苦手意識程度にまで抑えられる事となるのだが、これらの出来事は如何やらまだまだ先の話になりそうである……



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あな懐かしや・・・・・・

少々トラブルこそあったものの、何とか無事にトイレに駆け込む事に成功した戦治郎は、このトラブルの際に知り合ったイクと共に、大和達との待ち合わせの時間まで校内を見て回る事にするのであった

 

因みに、用を足しているところを戦治郎に見られたイクだが、トラブルの後に何とか用を足してトイレから出たところ、先程あれ程までにパワフルな事を行った戦治郎が、冷静さを取り戻したついでに自身の膀胱が尿意に苛まれている事を思い出したのか、真っ青になった顔にびっしりと脂汗を浮かべながら蹲り、ガチガチと歯を打ち鳴らしている姿を見ると、イクは戦治郎が余程切羽詰まった状況にあった事に気付き、完全に怒る気力を失ってしまったのだとか……

 

その後、イクと入れ替わる形でトイレに駆け込み用を足した戦治郎は、それはそれは穏やかな表情を湛えながら、トイレの鍵と扉の取っ手を格納ボックスから取り出した工具を手にして瞬く間の内に修理し終えると、工具を片付けた直後にイクの方へと向き直り、その場で天高く跳躍すると空中で後方1回転に1捻りを加えながら土下座の姿勢に入り、土下座のポーズのまま地面に着地してみせると……

 

「先程は誠に申し訳ございませんでしたあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

窓ガラスがガタガタと震える程の大声を出しながら、イクに向かって謝罪の言葉を述べるのであった……

 

さて、戦治郎のウルトラCクラスの土下座を目の当たりにしたイクはと言うと、余りの出来事に思わず驚き、しばらくの間ポカンとしてしまうのだが、何とか我に返ると慌てて戦治郎に顔を上げる様に促し、戦治郎の行為を取り敢えずは許す事にし、どうしても詫びがしたいなら一緒に行動する様にと提案、それを聞いた戦治郎は即座にその提案を受ける事にしたのであった

 

こうしてイクと行動する事になった戦治郎は、歩きながらお互いに自己紹介を行い……

 

「そう言えば、戦治郎はどうして他のトイレに行かなかったの?イクは偶々あのトイレが近くにあったから使っただけだけど、戦治郎の場合他のトイレにも行けたはずなのね。どうして他のトイレに行かなかったのか教えて欲しいのね」

 

その最中にイクが投げかけて来た尤もな質問に、戦治郎は苦笑しながら自身は身体は女であるが、心が男であると言う事実を織り込みながら、自身はアルビノ体質であり、トイレに入った際に周囲から好奇の目を向けられる事を避けたかったからなどと、自身が転生個体である事を伏せながら、嘘塗れの答えを口にするのであった

 

その後、2人は雑談を交えながら校内を歩き回り、軍学校の構造をしっかりと頭の中に叩き込むのであった

 

因みにこの時戦治郎は、小学校の頃トイレで大きい方をしているところを、同じクラスの男子に見つかりウンコマンと言うあだ名を付けられ、その事実を知った空と輝が報復としてその生徒をシバきまわそうと画策する事態に陥ったが、その生徒が皆が教室に集まっている授業中にウンコと小便を漏らし、恥ずかしさの余り泣いているところに……

 

「いや~……、まさか皆が集まっている教室の中でウンコするなんてなぁ~……、こりゃたまげましたわぁ~……、流石にこれは俺には真似出来ませんわぁ~……、これはもうウンコマンである俺を超えるウンコマン、スーパーウンコマンの称号を与えざるを得ませんわぁ~……」

 

幼き戦治郎がそう言った瞬間、教室内が大爆笑に包まれると同時にスーパーウンコマンが烈火の如く泣き出し、直後に戦治郎は先生からこっ酷く怒られ、仕舞いには校長室に呼び出された事を懐かしみながらイクに話したのだとか……

 

尚この事件だが、事の真相を知った校長が長門コンツェルンからの圧力を恐れ、事件を隠蔽した事で有耶無耶になり、この事件を目撃した戦治郎のクラスの生徒達は、スーパーウンコマンと呼ばれるよりウンコマンと呼ばれる方がまだマシだと思う様になり、以降堂々とトイレに行く様になったのだとか……

 

こんな調子で戦治郎達が雑談しながら校内を歩き回っていると、あっという間に時間は過ぎていき、気付けばもう大和達と合流する時間となっていたのであった

 

その事に気付いた戦治郎が、イクに向かって人を待たせているからと言って、イクとこの場で別れようとするのだが、この後に特に予定がないイクは好奇心からその提案を拒否し、結局戦治郎と共に大和達との合流地点へと向かうのであった

 

こうしてイクと共に大和達との合流地点に向かった戦治郎は、そこに懐かしさを感じる顔ぶれがいる事に気付くと小走りになりながら近付き……

 

「那智っ!五十鈴っ!久しぶりだなっ!!」

 

大和、綾波、鹿島の3人と共に合流地点にいた、トラック泊地所属の那智と佐世保鎮守府所属の五十鈴にハッキリと聞こえる声で再会の挨拶を掛けるのであった

 

「久しぶりね戦治郎さん、横須賀の件で撃たれて瀕死になったって聞いてたけど……」

 

「その様子なら、心配するまでも無かった様だな」

 

「ああ、心配かけて済まなかったな……、俺は皆のおかげで何とか後遺症も出る事無く、こうして提督になる為に此処に来る事が出来たぜっ!!!」

 

如何やら大和辺りから聞いたのだろう、五十鈴と那智が戦治郎に気付くなりこの様な事を言い、それに対して戦治郎は笑顔を浮かべながらサムズアップを行い、自身が無事である事を2人にアピールしながら返答するのであった

 

こうして戦治郎は南方海域で出会った那智と五十鈴との再会を果たし、その頃の事を懐かしみながら2人と会話をする戦治郎を穏やかな表情で見守っていた大和は……

 

「え?え?これは一体どう言う事なのね……?何で戦治郎は今日初めて会ったはずの教官達と仲睦まじく話をしてるのね……?」

 

戦治郎達が楽し気に会話する光景を目の当たりにし、この様な事を呟きながら混乱するイクの存在に気付き……

 

「それは提督が世界中を駆け巡り大日本帝国海軍に大いに貢献し、その件で元帥から直々にスカウトされた方だからですよ?」

 

「それ本当にどう言う事なのねっ?!その言葉のせいで余計戦治郎が何者なのか分からなくなったのねっ!?」

 

イクの呟きに対して大和がこの様に答えると、イクは益々混乱しながら声を荒げるのであった

 

そんなイクの叫びを聞いた戦治郎が、イクを連れて来ていた事を思い出すと一瞬しまった!っと言った調子の表情を浮かべ、どうやってイクを納得させようかと考え始めたところで、不意に那智が戦治郎に自分の方に顔を近付ける様にと人差し指をクイクイと動かすハンドサインを送り、それに気付いた戦治郎が大和にイクの気を引き付ける様にと言った旨のアイコンタクトを送り、大和が頷いて見せた事を確認するとハンドサインに従って那智に顔を近付け、その様子を見ていた綾波達もそれに倣って那智の方へ顔を寄せると……

 

「私達の事を教官と言っていたあの娘……、艦娘候補生なのだな?」

 

「ああ、あいつは此処の潜水艦の艦娘候補生のイクだ。んで、それがどうしたんだ?」

 

「潜水艦か……、なら都合が良いな……。どうだ戦治郎、あいつも協力者としてこちらに引き込まないか?」

 

「あ~……、そういや潜水艦と空母系の協力者がいなかったな……」

 

那智はイクの事について戦治郎に尋ね、戦治郎はイクが此処の艦娘候補生である事を伝えると、那智はこの様な提案を戦治郎に行い、それを聞いた戦治郎はこの様な事を口にするのであった

 

そう、先程戦治郎が言った様に、現在の協力者の艦種には幾つか抜けがあるのである

 

何故この様な事を気にする必要があるのかと言えば、それは軍学校の授業の1つである合同実習が深く関わっている

 

この合同実習とは、それぞれの候補生達がお互いに上手く提携出来る様にする為の訓練であり、この時は提督候補生と艦娘候補生、提督候補生と整備兵候補生と言った具合に、複数の科の候補生達が一緒になって授業を行う事になっているのである

 

そしてこの実習、艦娘候補生の方は艦種別で行われる事となっており、もしここで戦治郎の協力者がいない艦種との実習になった場合、トラブル発生時に戦治郎が現場に駆け付けられる可能性が大幅に低下してしまうと同時に、何かの拍子に戦治郎の正体がバレてしまう危険性があるのである

 

この件に関して、最初は元帥や燎の権限で教官全員を協力者にしたらどうかと言う意見があったのだが、命令で無理矢理協力させるのは可愛そうだし、何より赤城含めて戦治郎と面識が無い者達に、自分の背中を預けるのは少し抵抗があると言う戦治郎の意見により、この意見は没になったのだとか……

 

こう言った理由がある為、那智はイクを協力者に引き込み、現在抜けている潜水艦の枠を埋めようと考え、この様な提案をしたのである

 

「よし、ならイクをこっちに引き込むか。幸い、イクの事はここ来る前にたっぷり聞いてどんな奴が把握してっからな、話聞いててあいつは信頼出来ると思ったし、多分問題無いだろうよ」

 

その後、戦治郎がイクを協力者として引き込む事を決定し、戦治郎達はイクに戦治郎の事情を話す為にイクを教官寮の大和の部屋に連れて行き、そこで戦治郎の正体を明かすと共に彼の事情を打ち明けると、沢山深海棲艦を沈める事で名を馳せようと考えていたイクは、戦治郎に付いて行けば最前線で戦う事が出来、多くの深海棲艦を沈められるだろうと思い、協力者になる事を了承するのであった

 

こうして戦治郎達はイクを協力者に引き込み、戦治郎の正体をより隠しやすくする事に成功するのであった

 

尚、この時イクを味方に付けた事は、本当に正解であったと戦治郎は後に語っている……。何しろ彼女の存在がなければ、榛名が引き起こした羅針盤事故の発覚が遅れ、榛名、鈴谷、瑞鶴、鹿島、瑞鳳、そしてイクの6人はそこで轟沈していたかもしれなかったのだから……



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長門屋鎮守府建設予定地

戦治郎達がイクを仲間に引き込もうと画策している頃、戦治郎達よりも早く横須賀鎮守府を発ち、長門屋鎮守府建設予定地である佐賀県は鹿島市にある七浦干拓に到着した空達は、目の前に広がる光景を目の当たりにすると……

 

「荒れた畑だらけだな……」

 

「まあ、海岸沿いは深海棲艦に襲われる危険性があるからな、この畑の持ち主だった連中は泣く泣く畑を手放したんだろうよ」

 

「まあそうだろうな……、命あっての物種だからな……」

 

皆の心境を代弁する様に、空と輝と光太郎がこの様な感想を口にするのであった

 

空の発言に反応した輝が言う様に、この場所は有明海の一部を干拓して作られた土地である為、目と鼻の先に有明海が広がっているのである。もしも農作業中やこの地で開催されている鹿島ガタリンピックの最中に、住民やイベント参加者が深海棲艦に襲われてしまえば一溜まりもないと言う事で、事態を重く見た鹿島市はガタリンピックの開催を安全が確認されるまでの間中止し、農家の者達には畑を手放し安全な場所に避難する様にと勧告を出し、それに従った農家の方々は、泣く泣く畑を手放し内陸部の方へと避難したのである

 

又、避難勧告を受けたのは何も農家の方々だけではない、有明海は海苔の名産地であり、その生産量は日本一を誇っているのである。そう、その海苔の養殖に携わっている漁業関係者達も避難勧告を受け、悔し涙を流しながらこの地を去って行ったのである

 

こうして深海棲艦によって内陸部に避難した者達が、何とかして自分達の故郷を取り戻して欲しいと言う願いを込めて嘆願書を作成、その事を知った鹿島市や鹿島市の漁協も協力する為にその嘆願書に職員全員で署名し、その嘆願書は鹿島市市長の手で大日本帝国海軍の元帥の下に届けられるのであった

 

そうして嘆願書を受け取った元帥は、最初は佐世保鎮守府に有明海の奪還と警護を指示するのだが、赤城達の活躍により何とか有明海の奪還に成功はしたものの、大規模作戦参加などで忙しい佐世保鎮守府だけでは継続的に有明海を警護するのは難しい、出来ても予備戦力を良くて2週に1度、最悪月1くらいの頻度で派遣するのが関の山と言う連絡を受けるのであった

 

その事を元帥が鹿島市に伝えたところ、それではまだ不安が残るから如何にか対策して欲しいと頼まれ、更にその頃になってプロフェッサーの支援により桂島の提督が台頭し始め、海軍全体がその対策の為慌ただしくなってしまい、折角鹿島市が農家の方々と交渉し、畑の補償をする代わりに畑を海軍に譲渡してくれる事で鎮守府を建てる土地が確保出来たにも関わらず、鎮守府建設に一向に着手出来ずにいた元帥は頭を抱える羽目になったのだった

 

そんな中、世界規模で深海棲艦や転生個体を打倒して来た戦治郎が、元帥にとって目の上のたんこぶであった桂島泊地の制圧を手土産に、横須賀鎮守府に現れるなり提督になりたいと申し出て来たのである

 

それを聞いた元帥はこれは天の助けであると受け取ると、戦治郎に七浦干拓に鎮守府を建設出来れば好きに使っても良いと約束し、軍学校に行く事になった戦治郎はそれを聞くなり空と輝に相談し、空達は戦治郎が軍学校を卒業するまでの間に、その地に立派な鎮守府を建てて、提督となった戦治郎を迎え入れる事を約束するのであった

 

「さぁて、取り敢えず目的地に着いた事だし、早速仮拠点作っちまうかっ!!!」

 

「か、かか仮拠点の方は、ぼぼぼ僕と輝さんでや~っておきますので、みみ、皆さんはひひ輝さんとそっ空さんが書いた、ちち鎮守府のせっせせ設計図をみみみ見てよ~くあ~たまにいい、入れてて下さいね」

 

「承知した、そちらはお前達に任せた。では俺達は仮拠点が出来るまでの間、設計図の内容を頭に叩き込んで作業手順の確認を行うぞ」

 

さて、空達のやり取りから間もなく、輝がそう言って自身の艤装から仮拠点建設用の建材を取り出し始めると、藤吉が残りのメンバーに対してそう言い残して、輝の方へと駆け寄り輝の手伝いを開始する。そんな藤吉の言葉を受けた空が、残りのメンバーに向かって指示を出しながら手にしたタブレットを操作し、輝と空が皆の要望を聞いて回ってその内容を纏め上げ、協力して書き上げた長門屋鎮守府の設計図を表示させると、それを確認する為に残ったメンバーがゾロゾロと空の下に集まり始めるのであった

 

そのメンバーの中に、悟、太郎丸、弥七の姿は何処にも無かった……

 

そう、彼等は資格取得の為に横須賀に残り、今も研修医として現場で働いていたり、勉学に励んでいるのである

 

長門屋鎮守府専属の軍医になろうとしている悟は兎も角、何故太郎丸達まで資格取得の為に残ったのかと言えば、それは彼等が取得しようとしている獣医の資格が大きく関わっているのである

 

太郎丸と弥七が獣医を目指す事となったのは、空達が皆に要望を聞いて回っていた時、弥七が安定して良い肉を供給出来る様に、鎮守府の敷地内に牧場を作りたいと言い出した事が切っ掛けとなっているのである

 

この時に空がその場合、身内に獣医がいれば作業が捗るだろうと零したところ、その呟きを耳聡く聞いていた弥七はだったら自分が獣医になると言い出し、空が獣医には臨床獣医師と行政獣医師がある事を弥七に教え、その両方を取るつもりなのかと尋ねたところ、弥七は太郎丸を巻き込んでそれぞれの獣医師の資格を取る事を宣言したそうな……

 

尚、この件に巻き込まれた太郎丸だが……

 

「ご主人様に美味しいお肉が提供出来るなら、僕はそれで構わないよっ!それに僕は色んな動物と会話が出来るから、獣医になったらこの力をフルに活かせるだろうからねっ!」

 

そう言って、獣医になる事を了承していたりする

 

こうして、弥七は検査のエキスパートを、太郎丸は治療のエキスパートを目指して、獣医になる為に横須賀に残り勉学に励んでいるのである

 

因みに、本来獣医になるには6年もの間大学に通った上で、資格取得試験に合格する必要があるのだが、この世界では例の資格取得の難易度緩和の関係で、人間の医師と同じく試験の合格と2年の実務経験で取れる様になっているのだとか……

 

一応、最初は獣医師の資格もペーパーテスト1つで取得出来る様になる予定だったのだが、幾ら法で動物が物に分類されるからとは言え、これは流石に動物の命を軽視し過ぎなのではないかと言う意見や、獣医師は病原菌や毒物の国内侵入を防ぐ検疫に関わる都合、今まで通りでいいのではないかと言う意見が出た為、折半案としてこの様な形になったのである

 

この様な理由で横須賀に残った3人が、無事に必要な資格を取得し空達と合流するのは、来年の3月下旬辺り、空達が新しい仲間を1柱加えながら鎮守府を完成させ、戦治郎達が軍学校を卒業し長門屋鎮守府にやって来る少し前くらいになるのであった

 

「おっしゃっ!!!仮拠点出来たぞーっ!!!」

 

そうこうしている内に、輝達が本日長門屋のメンバーが寝泊りする仮拠点をあっという間に完成させ……

 

「よし、ならば俺達はすぐに仮拠点で作業服に着替え、予定通り地盤強化工事に取り掛かるぞ」

 

\応っ!!!/

 

輝の言葉を合図にして、空が長門屋のメンバーに指示を出すと、指示を受けたメンバーは先程輝が建てた仮拠点の中に入ると着替えを済ませ、すぐさま長門屋鎮守府建築の為に必要な作業を開始するのであった

 

こうして、長門屋のメンバーだけで1年以内に長門屋鎮守府を完成させると言う空達の戦いは、干拓によって作られた事で地盤が緩く建物を作る事に不向きなこの土地を、鎮守府建築に耐えられる土地に作り変える事からスタートするのであった



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入学式

戦治郎達の江田島入りと空達の鹿島入りから数日経過し、暖かな日差しの中桜の花びらが舞う4月の始め、江田島軍学校では入学式が開催されていた

 

入学式の会場である江田島軍学校内にある屋内訓練場の中には、今年から軍学校に通う事となる提督候補生以外にも、艦娘候補生や他の兵科の候補生達までもが集まっており、その関係で中学や高校の入学式の様に後方に保護者席が無く、屋内訓練場全面を生徒で埋め尽くせる状況であったにも関わらず、この場に集まった者達は誰もが会場に狭苦しさを感じるのであった

 

そんな中入学式は恙なく進行していき、軍学校の校長の話と来賓の方々の話が終わると、来賓の方々の話の為に壇上から降りていた校長が再び壇上に上がると、首席入学である戦治郎による答辞が始まるのであった

 

司会に名前を呼ばれた戦治郎は元気よく返事すると、候補生達の座る席の間に空いたスペースを通って、この式の為に設置された壇上に立つ校長の前に出て、前もって準備しておいた答辞を読もうとするのだが……

 

(おほ~……、皆の視線が俺に集中するんじゃ~……。これ絶対首席云々よりこの格好に対しての好奇の目なんだろうな~……)

 

その道中、会場内にいる全員の視線を浴びる戦治郎は、顔を覆うフェイスベールの下で苦笑しながら内心でこの様な事を呟くのであった

 

実際、戦治郎の予想通り彼に集まる視線の殆どは、軍学校の制服である黒のズボンと同じく黒のホック式短ジャケットを着用した上から、全身をスッポリと覆う黒いチャドルを纏った戦治郎のその姿に注がれており、そんな戦治郎を見る誰もが引き攣った表情を浮かべていたのであった

 

そんな中、不意に他とは毛色が違う視線を感じ取った戦治郎が、思わずそちらの方へと視線を送ったところ、その先には教官として屋内訓練場の壁際に立って式に参加する大和や綾波、那智や五十鈴と言った戦治郎の事をいる者達の姿があり、戦治郎はその視線が戦治郎に対しての激励であると気付くと、心の中で彼女達への感謝の言葉を述べた後、気合いを入れて校長が待つ壇上へと上がり、背筋をしっかりと伸ばし1度も詰まる事無く大きな声で答辞を読み上げるのであった

 

因みに、そんな戦治郎の雄姿を映像として残そうと企んでいた大和だが、情報漏洩防止の為に会場にカメラやスマホを持ち込む事を禁じられている事を知ると、ガックリと肩を落とす……と思いきや、こっそりと会場に持ち込んだ戦治郎から貰った護特製通信機に内蔵されたカメラを使用して、答辞を読み上げる戦治郎の姿をバッチリと撮影し、その映像は空達が作り上げた長門屋鎮守府に戦治郎達が到着した際、長門屋のメンバー全員に公開され、その映像の戦治郎と普段の戦治郎とのギャップのせいで、戦治郎が恥ずかしさの余り地面を転がって悶える中、辺りに長門屋のメンバーの爆笑が響き渡る事となるのであった……

 

こうして戦治郎による答辞が終わり、戦治郎が席に戻った後も滞りなく式は進んでいき、ようやく長かった入学式が終わると候補生達はクラス担任となる教官の誘導の下、各々の教室へと向かって行くのであった

 

そうして教室に辿り着いた後、戦治郎達提督候補生達は割り当てられた席に着き……

 

「今日から1年の間、このクラスを受け持つ事になりました、練習巡洋艦の香取です。皆さんが立派な提督となりこの日本の為に、そして世界の為に活躍出来る様指導していきますので、どうぞよろしくお願いします」

 

戦治郎達のクラス担任となる香取型練習巡洋艦の1番艦である香取の自己紹介を聞き、クラスの大多数の野郎共が彼女の美しさに思わず感嘆の声を上げると……

 

「尚、もし何か問題がある行動を行った生徒には、厳しく躾をさせてもらいますので悪しからず……」

 

直後に香取はこの様に言葉を続け、まるでドライアイスの様に冷たい笑顔を浮かべながら威圧感を放ち始め、その笑顔に恐怖を覚えた候補生達は、それはそれは元気一杯に返事をするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

只1人、こいつを除いて……

 

「Heyカトリーヌ、それだと一部の生徒にはご褒美になるんじゃないです?」

 

只ならぬオーラを発して候補生達に釘を刺す香取に対して、戦治郎はその威圧感に一切怯む事無く手を振りながら、まるで海外の通販番組に出演する外国人の様なノリでこの様な言葉を掛けるのであった

 

その直後、教室内の空気が一瞬にして凍り付き、候補生達は驚愕の表情を浮かべながら一斉に戦治郎の方へと視線を注ぎ……

 

「……今年は躾甲斐のある生徒がいるようですね……」

 

「応、バッチコイってんだ」

 

そんな戦治郎に向かって、先程以上の威圧感を放ち始めた香取がこの様な言葉を口にすると、戦治郎は香取の威圧感をも飲み込んでしまう程の気迫を放ちながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてこの様に返答するのであった

 

そんな2人の威圧感のぶつけ合いに圧倒された周囲の候補生達が、その顔を真っ青にしてオロオロしながらその様子を見ている中、1人の候補生が誰にも気付かれぬ様声を押し殺して笑っていたのであった……

 

因みに、戦治郎が何故教官である香取に対してこの様な態度を取ったのかと言えば、それは単純に香取の相手に圧をかけて制御しようと言うやり方が気に食わなかったからであったりする……

 

これにより、戦治郎は提督候補生達からは変わった格好をした優秀な不良と認識され、それと同時に先程の戦治郎のセリフによって、候補生達からの香取の渾名がカトリーヌになってしまうのであった

 

尚、この事を香取から聞いた大和達は、一部の者達は思わず頭を抱えて唸り出し、一部の者達は話を聞いた直後に表情を引き攣らせ、最早戦治郎のシンパと成り果てた大和だけは……

 

「流石は大和の提督……、教官を恐れずその様な事を口にするなんて……、そんな豪胆な提督を傍で支える事が出来る大和は、なんて果報者なのでしょう……」

 

香取の言葉を聞くなりこの様な言葉を呟きながら恍惚とした表情を浮かべ、共に香取の話を聞いていた者達全員をドン引きさせるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう戦治郎、お前入学初日から飛ばしてんな~」

 

戦治郎と香取のあのやり取りの後、気を取り直した香取が候補生達にこれから1年間の軍学校生活について説明し、休憩を挟んだ後校内を回って軍学校の設備の説明をすると言い残して教室を後にした後、候補生達から遠巻きに注目される戦治郎に向かって話し掛けて来る候補生が現れるのであった。先程のやり取りの中、唯一声を押し殺して笑っていたあの候補生である

 

「おっ、毅じゃ~ん。おめぇもこのクラスだったのな」

 

それによりその候補生に気付いた戦治郎は、ほんの僅かに驚きの表情を浮かべた後、この様な言葉を彼にかけるのであった。そう、その候補生とは入試の時戦治郎と行動を共にしていた、あの毅だったのである

 

「ああ、正直お前と同じクラスで助かったって感じだな。俺、お前と勉以外此処に知り合いいねぇからな……」

 

「紅葉の事も、時々でいいから思い出してあげて……。ね……?」

 

「いや……、俺あいつちょいと苦手だし……」

 

その後、戦治郎と毅はこの様な調子で雑談を交わした後……

 

「取り敢えず、お前と一緒のクラスなら、退屈せずに1年間過ごせそうだな。改めてよろしくな」

 

「応、こっちこそよろしくな、相棒」

 

どちらともなくグータッチを始め、互いに拳をくっ付け合ったままこの様なやり取りを交わすのであった

 

こうして、戦治郎達の軍学校生活の幕は上がり、戦治郎と毅は無事に提督になれる様、互いに激励し合いながら切磋琢磨する事となるのであった



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最後の試験?知らんな・・・・・・

戦治郎と毅が再会を果たしてからしばらく時間が経過したところで、先程教室から出て行った香取が戻って来るなり候補生は訓練用のグラウンドに集合する様にと指示を出し、それを聞いた戦治郎を含む候補生達は、グラウンドに向かってゾロゾロと移動を開始する

 

「あ~……、早く入学式終わんねぇかな~……?俺、今日入学式って事で興奮しちまって3時間くらいしか寝てなくてめっちゃ眠いんだよな~……」

 

「興奮して眠れなかったとか、遠足前の小学生かよw」

 

「って言うかさ、何で態々校内の案内とかするのよ~……。私入学式前にこっち来て先に色んなとこ見て回ったから、もう何処に何があるか全部分かるっての~……」

 

「あたしもあたしも~、あたしとかもう軍学マスターってレベルだから、今更校内案内とかいらないし~」

 

移動中、候補生達が気だるげにこの様な会話を交わしている中、戦治郎と毅の2人だけは渋い表情をその顔に貼り付けながら、他の候補生達の様子を眺めていたのであった

 

「……あいつらは気楽なもんだな~……、ありゃこれから何が起こるか全く知らないって感じだわ……」

 

「……そう言うおめぇは、教官達が何企んでるか分かってるのか?」

 

そんな中、毅が不意にこの様な事を口にし、それを聞いた戦治郎はやや間を空けながら毅に向かってそう尋ねる

 

「実は俺んちの近所に軍学中退したって人がいてな、俺が提督目指す事にしたっての知るや否や、その人が色々教えてくれたんだわ……。この後何が起こるかとかについても、な……」

 

「なる、まあ俺もとある伝手でその事聞いてたんだけどな」

 

「何だ、お前も知ってたのか……」

 

「まあな、って言うか前情報持ちは俺達だけじゃないっぽいけどな……」

 

2人がこの様なやり取りを交わした後、戦治郎がこの様な事を口にしながらチラリと他の候補生の方へ視線を向け、それに倣ってそちらに視線を向けた毅の目には、多くの候補生達が手ぶらでグラウンドに向かう中、極僅かではあるが何か荷物が入ったカバンを手にした候補生や、リュックサックを背負った候補生の姿が映るのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督候補生の皆さんには、体力テストの為にこれからこの1周400mのグラウンドを25周ほど走ってもらいます」

 

戦治郎達提督候補生5クラス分、計200人が予定通りグラウンドに到着し、クラス毎に整列し終えて自分達の前に立つ香取の話を聞く体勢になったその直後、香取はしれっとこの様な言葉を口にし、それを聞いた提督候補生達は一斉に騒めき始めるのであった

 

そう、先程戦治郎達が言っていた事は正にこの事、毎年入学式終了直後に行われる事になっている体力テストの事だったのである

 

入試の中に体力テストが入っていなかったのは、正にこの時の為だったのである

 

何故この様な形で体力テストが行われるかに関しては、入試を終えたからと言って提督と言う軍人になると言う自覚を忘れ、緊張感を解いて自堕落な生活を送って軍隊に必要な体力を落とした者を弾き、提督になる自覚を持ってこの時まで己を鍛え上げて来た者達だけを候補生として改めて軍学校に迎え入れ、立派な提督に育て上げ戦場に送り込んで活躍してもらう為である

 

又、このテストでは体力だけでなく、情報収集能力も試されていたりするのである

 

もし本気で提督になろうと思っている者ならば、軍学校とはどの様な場所であるかについて前もって情報収集を行い、この様な事があると事前に察知してそれに対して備える事が出来るはずなのである

 

他にも軍隊の入試であるにも関わらず、体力関係の試験が無かった事を怪訝に思った者なども、その理由を知る為にあらゆる手段を用いて情報収集を行い、体力テストが入学式の後に行われると言う情報を入手し、その対策を練る事が出来ると思われているからである

 

こう言った事情で体力テストが入学式の直後に行われている事を、香取が候補生達に伝えていた最中の事である

 

「……A組の最後尾の2人と、B組の最後尾の貴方……、私が話している最中に何をやっているのです……?」

 

「「えぁ?」」

 

「決まっています、体力テストの準備の為に動き易い服装に着替えているのです」

 

香取が話をしている最中、A組の最後尾にいた戦治郎と毅、そしてB組の最後尾にいた眼鏡の男性……、入試の時に戦治郎を鼻で笑った三原の3人が、突然制服を脱ぎ始めたのである。そんな3人の突拍子もない行動に、候補生の殆どが呆気に取られて立ち尽くし、香取が顔を顰めながら問題の3人にこの様な質問をすると、戦治郎と毅は間抜けな声で返事をし、三原は毅然とした態度でこの様に返答するのであった

 

「……そうですか、では話を続けます」

 

三原の返答を聞いた直後、香取はその表情をいつものものへと戻して話を続け、そのやり取りを見ていた候補生達は、誰もが素っ頓狂な行動を始めた3人に対しての香取の対応に驚き、盛大に困惑し始めるのであった……

 

それからしばらく香取の話が続き、ようやく話を終えた香取が候補生達に質問が無いか尋ねたところ……

 

「香取教官、私も体力テストの為に着替えたいのですが、一体何処で着替えればいいですか?」

 

恐らくジャージの様に運動し易い服が入っているであろうカバンを手にした女子の候補生が、挙手しながら香取に着替えする場所を尋ねると、香取はグラウンドの隅にあるロッカーがある小屋の方へと手にした教鞭を向けながら、そこで着替える様にと指示を出し、香取の言葉を聞いた女子が礼を述べた後ダッシュで小屋へ向かいだすと、他にもいたカバンやリュックを持った候補生達も、それに倣って小屋の方へと走り出すのであった

 

因みに、先程その場で着替え始めた3人の内の2人、毅と三原は着替え終わるなり荷物を預ける為に小屋の方へと向かい、残る戦治郎は体力テストの様子を見に来た教官達の中から大和を見つけ出すと、大和に自分の制服を預けて候補生達の列へと戻るのであった

 

尚、戦治郎の制服を預かった大和が、こっそりと制服のにおいを嗅いでいたのは此処だけの話である

 

それからすぐに香取が候補生達に他に質問が無いかと尋ね、今度は手ぶらの男子が教室に置いて来たカバンを取りに戻りたいと言うと……

 

「それは許可出来ません、着替えが必要になると分かっていながら、それを教室に置いて来るのは想定力不足、詰めが甘いと言わざるを得ません。よって教室に置いて来た着替えを取りに戻る事は許可出来ません」

 

香取はそう言ってその男子の申し出をハッキリと却下し、それを聞いた一部の候補生達は頭を抱えながら悲鳴の様な声を上げるのであった……

 

その後、着替えを終えた候補生達が列に戻ったところで、香取の合図によって体力テストが始まり、多くの候補生達が運動するのには不向きなやや重めの制服姿のままグラウンドを走り、その殆どが合格ラインを超える事が出来ずにテストを終え、次の日には合格ラインを超えられなかった事と、準備不足であった事を理由に軍学校から叩き出され、彼等は悔し涙を流す羽目となるのであった……

 

一方、紅葉や勉や三原など、前情報を基に入学式前に予め体力作りをしていた者達や、しっかりと着替えを準備していた者達は、問題なく合格ラインを超える記録を出し、改めて提督候補生として軍学校の関係者達に迎え入れられるのであった

 

因みに我らが戦治郎だが、ジャージの上からチャドルを着ると言う、明らかに走り難そうな格好をしておきながらも、勉強より体力作りを優先した毅を相手に迂闊者達と周回差をつけながらデッドヒートを繰り広げ、2人揃ってゴールすると毅とアイコンタクトを交わした後その場でジャンケンを開始し、そのジャンケンで負けてしまった事で惜しくも2位と言う結果で体力テストを終えていたりするのであった

 

尚、戦治郎達が香取の話の最中に着替え始めた理由だが、それはもしかしたら軍学校側が候補生達に着替える猶予すらも与えてくれないのではないかと予想し、それに備えた結果であり、その事は如何やら香取も気付いたらしく、だからこそあの様な対応をしたのだとか……

 

又、これは戦治郎達が軍学校を卒業する時に発覚した事だが、如何やら三原が戦治郎達の様な行動に走ったのは、彼の父であり後に先任となる現呉鎮守府の提督からの情報が原因だった模様……




戦治郎が言っていた伝手とは、勿論燎の事です


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デモ隊との衝突

戦治郎が入学式の直後に体力テストを行っている頃、佐賀県鹿島市に長門屋鎮守府を建築している空達はどうしていたかと言えば……

 

「鎮守府建築反対っ!!!」

 

「これ以上有明海を汚すなーっ!」

 

「平和な佐賀県に兵器を持ち込むなーっ!!」

 

「……」

 

長門屋鎮守府建築に反対するデモ隊の相手をしていたのであった……

 

それは空達が何とかこの土地を、鎮守府建築に耐えられる土地に作り変え終えた頃であった

 

如何やらこちらの事情をよく分かっていない者達が、空達が七浦干拓に鎮守府を建築している事を聞きつけるなり、空達が鹿島市と漁協の依頼でやって来て、周囲一帯を深海棲艦から守る為の防衛拠点となる鎮守府を造っている事などお構い無しに、こうして無駄に立ち上がり抗議活動を行っているのである

 

彼等は最初の頃は鎮守府建設予定地のすぐ傍で、プラカードなどを手にギャーギャーと騒ぎ立て、夕方くらいになれば勝手に解散して帰っていたのだが……

 

「此処から出ていけって言ってるだろっ!!!」

 

「今の海軍に好き勝手させねぇぞっ!!!」

 

ここ最近になってからは、その活動が過激化したのか、空達に向かって石などを投げつけて来る様になったのである……

 

これは流石に危険だと判断した空は、艦娘達にデモ隊の相手は自分達転生個体の者達がやるので、こちらの事は気にせず作業を続ける様にと指示を出し、それを聞いた艦娘達はデモ隊に対しての怒りをその表情に滲ませながらも、素直に空の指示に従って鎮守府建築作業に集中し、こう言った経緯でデモ隊の相手をする事になった空達は、黙ってデモ隊の抗議活動に耐え忍んでいたのであった

 

一応、空達は自分達は市と漁協の要請で鎮守府を建てている事を、彼等に対して真剣に説明したのだが、彼等は自分達の主張を押し通す事に必死なのか、空達の言葉に一切耳を傾けなかったのであった

 

これが原因で空や輝が中々作業に参加出来なくなり、その結果鎮守府建築の進捗は滞ってしまい、早く鎮守府を完成させたいと思っている空と輝は、この事態に対して思わず頭を抱えてしまうのであった……

 

そうして抗議デモが過激化して数日経った頃、遂にこのデモ隊がやらかしてしまうのであった……

 

ある日、投石は空達に効果が無いと悟ったデモ隊が、何と火炎瓶を持ち出して来て、それを艦娘達が作業している現場に投げ込み、それが建材として使われている乾燥木材に引火し、火災が発生してしまったのである

 

この火災は事態に気付いた光太郎のおかげで、即座に消火され事なきを得るのだが……

 

「お前達が早く撤収しないからこんな事になるんだっ!!!」

 

「いい加減佐賀から出ていけっ!!!」

 

火災が発生した原因であるデモ隊の者達は、一切悪びれる事もせずに、空達に向かってこの様な言葉を浴びせるのであった……

 

「てめぇら……、その辺にしとかねぇと仕舞いにゃ全員まとめて叩き潰すぞ……?」

 

これにより、我慢の限界に達したシゲが遂にブチギレ、デモ隊に向かって鬼の様な形相を向けながら、この言葉と共に威圧感をぶつけ始めるのだが……

 

「遂に本性を出したなっ!!!」

 

「俺達に何かしてみろっ!!すぐに警察呼んでお前達全員逮捕してもらうからなっ!!!」

 

「それが嫌ならとっとと工事を中止して、この佐賀県から出ていけっ!!!」

 

そんなシゲの様子を見るなり、デモ隊はまるで鬼の首でも取ったかの様に騒ぎ始めるのであった……

 

「上等d」

 

「待てシゲ、それでは奴等の思うつぼだ……」

 

その言葉を受けて完全に冷静さを失ったシゲが、何か言いながら彼等に襲い掛かろうとするのだが、それを空がこの様な事を言いながら腕を伸ばして制し……

 

「分かりました、ではこうしましょう。貴方達が鎮守府を建てる以外の方法で、有明海を深海棲艦から守る為の代替案を提示して頂ければ、私達はすぐにでも貴方達の提案を呑み、此処から撤収した後一切この土地に足を踏み入れない様にしましょう。もしそれが出来ないと言うのであれば、私達の作業を二度と妨害しない様約束して頂きたい。よろしいですか?」

 

空はデモ隊に対してこの様な提案をするのであった

 

それを聞いたデモ隊は、ニヤリと笑みを浮かべると空に今一度先程の発言について、スマホなどで音声を録音しながら確認を取り、空がそれを確約する様な発言をすると、代替案を考える為にこの場を後にするのであった……

 

その後、シゲが空に先程止めた件を抗議しようとするのだが、デモ隊の姿が見えなくなったその直後、空が放ち始めた怒りのオーラに圧倒されてしまい、シゲは思わず押し黙ってしまうのであった……。如何やら、空はシゲ以上に好き勝手に振舞うデモ隊に対して、狂えるほどの怒りを覚えていた様である……

 

そして次の日、空に提示する案を手にしたデモ隊が、意気揚々と七浦干拓に姿を現し、空に向かって代替案をまとめた書類を投げつける様にして渡すのだった。それを手にした空が、静かに書類を読んでいる間、デモ隊はニヤニヤしながらその様子を眺めていたのだが……

 

「……これでは不十分ですね」

 

空のこの言葉を聞いた瞬間、デモ隊は先程まで浮かべていたニヤケ顔を引っ込めて一斉に眉を顰め、その様子を見ていた空は、彼等が作った書類を手にしたまま、問題点の指摘と言う名の反撃を開始するのであった

 

空は先ず、彼等が考えた代替案の問題点を次々と上げていき、更には彼等が代替案を考える際に使用したデータが、統計学に基づいたものではない出鱈目なデータであった事まで指摘、続けて書類に書かれた内容が綺麗にまとまっておらず、何が言いたいのか分からないとまで言い放ち、挙句の果てには誤字脱字がある事まで発見した事を彼等に伝え、最終的に空は文章表現がおかしい点や、図面の僅かなズレなどと言う細かいところまで含め、約1万箇所の問題点を片っ端から指摘し、彼等を唖然とさせるのであった

 

その後、我に返ったデモ隊が逆上し、こうなれば実力行使だと言わんばかりに空に殴りかかろうと一斉に動き出そうとするのだが、その直後に辺りに複数のパトカーのサイレンが鳴り響き始め、それを聞いたデモ隊が何が起こったのか分からず動揺していると、すぐさま複数のパトカーが彼等の傍に止まり……

 

「あんた達か?そこの作業してる最中の工事現場の作業を妨害した上に、火炎瓶投げて火事起こしたってのは。ちょっと署まで来てもらえる?」

 

パトカーから降りて来た警察官はそう言うと、顔を真っ青にしたデモ隊全員をパトカーに乗せ、この場を去って行ったのであった……

 

「いや~、上手くいったッスね~」

 

「よくやった護、これでようやくまともに作業を進める事が出来るな」

 

警察に連行されて行ったデモ隊を見送っていた空の傍に、護がこの様な事を言いながら歩み寄って来ると、それに気付いた空が護に向かってこの様な言葉をかけるのであった

 

そう、先程の空の大指摘祭は、護が呼んでいた警察が、此処に到着するまでの時間稼ぎだったのである

 

因みに警察が彼等が火災を起こした事を知っていたのは、護が昨日火災の件を警察に通報した際、通信機のカメラでこっそりと撮影していた火災の映像と、その時に録音していたデモ隊の音声データを警察に送っていたからである

 

又、その映像と音声データと共に、護は自身が装着しているHMD型超高性能コンピュータである『むせる君』を経由して、通信機に内蔵されたカメラの映像をリアルタイムで観る事が出来るモニターとモニターの説明書を警察に送り、空のカメラを通して警察に彼等の様子を監視してもらっていたのである

 

尚、警察が空達に快く協力してくれたのは、市の方から警察に空達の事を伝えられ、彼等に出来る限り協力する様に頼まれていた為である

 

この件以降、デモ隊は空達に対しての抗議活動を止め、空達は清々しい気分で鎮守府建築に臨み、艦娘達が寝泊りする艦娘寮と自分達が食事をする為の食堂を完成させるのであった

 

尚、食堂の奥に部屋を作った翔以外の野郎共が寝泊りする場所は、相変わらず仮拠点である掘っ立て小屋である模様

 

因みに今回騒ぎを起こしたデモ隊は、如何やら鹿島市どころか有明海とも全く無縁の土地の者達ばかりで結成されており、その正体は桂島の件が公表された事で海軍のアンチと成り果てた者達の集まりであった事が、後の護の調べによって判明したそうな……




食堂の奥にある翔の部屋は、稼働編や鳴神 ソラさんとのコラボ話でも少々触れている弥七が管理している食肉処理場と食堂を繋ぐ通路からも、出入り出来る様になっています


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初めての合同実習 準備編

軍学校の入学式から時が経ち、咲き乱れていた桜もその花びらを散らし終え、新緑の葉を身に纏う5月になった頃、軍学校の提督科ではクラス替えが行われていた

 

入学からたった1ヶ月で一体何があったのか?それは単純に軍学校のそれはそれは厳しい訓練に追いつけなかった提督候補生達が、軍学校側から叩き出されたり、泣く泣く自主的に退学を届け出たり、隙を見計らって夜逃げする様に脱走した事が原因である

 

さて、その訓練がどれ程厳しいのかと言えば、候補生達はマルヨンマルマルに総員起こしをかけられ、急いで身支度を整えるとグラウンドに集合し、先ずは教官による服装のチェックを受けるのである。そしてそれで服装の乱れを教官に見つかると、候補生達全員が連帯責任としてその数の10倍の回数ほど腹筋、背筋、スクワット、腕立て伏せを1時間以内にやり遂げる羽目になるのである

 

そしてそれが終わったら今度は1時間以内にグラウンドを30周ほど走らされ、時間内に完走出来た者達はマルロクマルマルまでにシャワーを浴びるなりして汗を流した後、ようやく朝食にありつく事が出来、それを終えると候補生達は教室へ向かい教官が来るまでに授業の準備を整えてから授業を受ける事となっているのである

 

尚、もし時間内にこれらの訓練を達成出来なかった場合、その者達は朝食を食べる事さえ許されず、汗臭い姿のまま授業を受ける羽目になっていたりするのであった……

 

その結果、この生活に耐えられなくなった、或いは追いつけなくなった者達が次々と脱落していき、入学式の時は200人もいた提督候補生達は、今ではその半分である100人ほどにまでその数を減らしてしまっていたのである

 

こう言った事情があった為、提督科ではクラスの統合を目的としたクラス替えが行われ、その関係で戦治郎達のクラスに紅葉がやって来たのであった

 

因みにこれによって空になった教室は、現在授業で使用する資料や教材を置いておく倉庫として利用されていたりする

 

又、脱走した候補生が寮に置いて行った私物に関しては、預かり期間など設ける事無く、問答無用で処分されている。そんな理由で軍学校が脱走した候補生達の私物を、業者に引き取ってもらって処分する光景を見ていた候補生達は、脱走だけはしない様にしようと固く心に誓うのであった

 

「まあ、この程度の訓練で音を上げてたら、提督なんてやってらんねぇよな」

 

「んだんだ、海軍の拠点に勤務する事になる提督は、深海棲艦から拠点を襲撃される事もあっからな~。実際、ラバウルはそれで完全に更地にされてっし、那智教官が所属するトラック泊地も、通常の深海棲艦と転生個体に同時に襲撃された事あるらしいし、あの源中将も泊地を襲撃しに来た転生個体を返り討ちにした事で、今の地位にいる訳だかんな~」

 

こうしてクラス替えが行われE組と合併したA組の教室では、毅と戦治郎が休み時間中にこの様な会話をしていた

 

「戦治郎さん?アナタ何でそんな事知ってんの?普通の候補生は、海外の泊地なんかの事情なんて分かんないと思うんだけど……?」

 

「何言ってんだ紅葉、提督たるもの日本国内の事情だけでなく、海外の事情に対してもアンテナ立てておくべきだぞ?もしかしたら俺達の内の誰かが、海外の拠点に着任する可能性だってあるんだからな」

 

「それは……、まあそうだけど……」

 

そんな中、戦治郎達の話を聞いていた紅葉が、戦治郎の発言に反応してこの様な事を尋ねると、戦治郎は紅葉に対してこの様に返答し、それを聞いた紅葉は呟く様にしてこの様に言葉を返した後、黙り込んでしまうのであった

 

「あ~……、それはそうと、今日は遂に合同実習が行われるんだよな~」

 

そんな紅葉の様子を見た毅が、話題を変えるべく今日初めて行われる事となる、艦娘候補生達との合同実習について触れるのであった

 

毅が言う様に、4月の間は候補生達の基礎能力を高める為に合同実習は行われず、それぞれの学科に必要なスキルや知識を身に付ける為の授業が中心となっていた為、戦治郎達候補生にとっては今日が初めての合同実習となっているのである

 

「そういやそうだったな、確か今日は駆逐艦の候補生達との合同実習なんだったか」

 

「合同実習……、確か次の授業だったわよね……?一体どんな授業になるのかしら……?」

 

毅の言葉を聞いた2人が思い思いに言葉を口にした直後、休み時間の終わりを告げるチャイムが教室内に響き渡り、それを耳にした3人は準備を整えるとホームルームの際香取から聞いていた、合同実習が行われる予定となっている艦娘候補生達が訓練の際使用する屋内プールへと足を運ぶのであった

 

因みに、移動中の戦治郎の周囲には毅と紅葉の姿しか無く、他の候補生達は戦治郎達からかなりの距離を取り、チラチラと戦治郎達の方を盗み見ながら、戦治郎達に聞こえぬ様ヒソヒソと小声で会話をしながら、目的地へと向かっていたのだった。そんな他の候補生達の様子を見ていた毅と紅葉は……

 

「あいつら、相変わらず戦治郎の事警戒してやがんな~……」

 

「まあ格好は怪しいし、入学初日から香取教官に牙剥いたりしてたら、こうなるのも仕方ないとは思うけど……」

 

「直接話してみっと、良い奴だって分かるモンなんだがな~……」

 

「寧ろあんな態度取ってる方が、攻撃対象になりかねないって分からないものなのかしら?」

 

戦治郎を挟んでこの様なやり取りを交わし、それを聞いていた周囲の態度のせいでほんのちょっぴり傷心していた戦治郎はと言うと……

 

「OK、俺はそんなお前達が大好きだ」

 

思わずこの様な言葉を口走り、それを耳にした2人は戦治郎に対して笑顔を向けるのであった

 

さて、そうしている間に戦治郎達は目的地に到着し、整列して提督サイドの教官と駆逐艦サイドの教官である綾波から実習の説明を受けると、すぐさま自分達のパートナーとなる駆逐艦の艦娘候補生探しを始めるのであった

 

この時、毅と紅葉はすぐにパートナーとなる艦娘候補生達を見つける事に成功するのだが、戦治郎の方はその格好や校内に広がった戦治郎ヤンキー説と言う噂のせいで、艦娘候補生達にかなり警戒されてしまい、戦治郎のパートナー探しは難航してしまうのであった……

 

さてどうしたものか……、パートナー探しが上手くいっていない戦治郎が、内心でそう呟きながら解決策を思案し始めたところで、突然この屋内プールの入口の扉が勢いよく開かれ……

 

「「「すみませんっ!!遅くなりましたっ!!!」」」

 

そこから姿を現した3人の駆逐艦娘候補生達が、同時に頭を下げながら謝罪の言葉を口にするのであった

 

そんな3人を見た綾波が、彼女達に遅れて来た理由を尋ねてみたところ、如何やら3人の内の1人が緊張の余り調子を崩し、残りの2人がその候補生の調子が戻るまで看病していたところ、授業に遅れてしまったのだとか……

 

「あの……、大丈夫ですか?そう言う事なら無理せず休んでいても……」

 

「いえ、それには及びません。何せ磯風達はこの日が来る事を待ち望んでいましたので……」

 

彼女達の事情を聞いた綾波が、彼女達に対して心配そうにそう言ったところ、恐らく調子を悪くしてしまった本人であろう陽炎型駆逐艦の12番艦の磯風がこの様に返答し、そんな彼女に心配そうな表情を向ける陽炎型駆逐艦11番艦の浦風と、陽炎型駆逐艦13番艦の浜風は、磯風の言葉に同意する様に静かに頷くのであった

 

その後、また体調が悪くなったらすぐに報告する様にと、教官である綾波が彼女達に釘を刺し、それを聞いた磯風達が了承した意思を伝える為に、綾波に向かって力強く返事をしながら敬礼、その様子を見た綾波は遅れて来た彼女達に改めて実習の説明を行ったのであった

 

(あの磯風……、ホント大丈夫なんかね~……?)

 

その様子を見ていた戦治郎が内心でそう呟いていると、不意に磯風と目が合い、戦治郎の視線に気が付いた磯風は戦治郎の方へ微笑みを向けると、綾波の説明が終わると同時に浦風と浜風を連れて戦治郎の方へと歩み寄って来るのであった

 

そして戦治郎の前に立った彼女達は、戦治郎に向かって敬礼すると……

 

「貴方が戦治郎さんだな、陽炎達から話は聞いている」

 

「陽炎達を助けてくれた事、本当に感謝しています」

 

「まあ細かい話は後にして、今回の実習、ウチらと組んでくれんか?」

 

戦治郎にだけ聞こえる声量で、戦治郎に向かってそれぞれ思い思いの言葉を口にした後、戦治郎のパートナーになる事を申し出たのであった

 

それを聞いた戦治郎は彼女達の申し出を快諾、こうして戦治郎は磯風達とチームを組み、合同実習に臨むのであった

 

因みにこれは作戦会議中に磯風達から聞いた事だが、如何やら彼女達は陽炎達と同じ孤児院の出身らしく、陽炎達が里帰りした際に彼女達から戦治郎の事を聞いた様で、先程磯風が緊張の余り体調を崩した原因は、今回の合同実習でどんな苦しい状況も引っ繰り返し、陽炎達を導いて日本まで無事に連れ帰った戦治郎と組めるかもしれないと思ったからなんだそうな……。これを聞いた戦治郎は、思わず苦笑いを零したのだとか……



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初めての合同実習 演習編

さて、今回の合同実習で、戦治郎は陽炎達の知り合いと言う磯風達と組む事になったのだが、その顔触れをみるなりとある疑問が頭に浮かび、戦治郎はその疑問を解く為に磯風達にこの様な質問をする

 

「そういや、谷風はいないのか?もしいたら今期は第17駆逐隊が勢揃いしてるって事になるんだが……」

 

「それについてだが……、谷風は如何やら入試の成績が芳しくなかった様でな……」

 

「合格発表の際、自分の番号だけが無かった事が相当悔しかった様で……。今は来年の入試に向けて猛勉強をしていますね……」

 

「こればっかしは、ウチらじゃどうしようもなかったんじゃ……。艦娘科は提督科と同じくらい狭き門じゃからね……。一応、ウチらも勉強を見てやったりはしとったんじゃが……」

 

「うん……、何かその……、ごめんな……?」

 

その直後、磯風達は暗い表情を浮かべながら周囲にどんよりとした雰囲気を放ちながらこの様に答え、それを聞いた戦治郎は、磯風達の触れてはいけない部分に触れてしまった事を、素直に詫びるのであった

 

戦治郎達がこの様なやり取りを交わしていると、駆逐艦の艦娘候補生達の教官を務める綾波が、戦治郎と他の候補生の名前を呼び、今からすぐ傍にあるプールでチームを組んだ艦娘候補生達に指示を出しながら、演習を実施する様指示して来るのであった

 

「早速出番か……、おめぇら気合入れろよ?」

 

「了解だ、この戦い、必ず勝利してみせよう」

 

「勝利に貢献出来る様、尽力します」

 

「ここはウチらに任しとき♪」

 

こうして指示を受けた戦治郎は、磯風達とこの様なやり取りを交わした後、磯風達にとある指示を出し、それを聞いた磯風達が戦治郎に了承の意を伝える為に頷いて見せ、それを確認した戦治郎が1度頷き返して見せると、それぞれ所定の場所につき、綾波の合図の下演習を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~……、あいつらいい動きしてんなぁ……。きっと孤児院に戻った陽炎達に、とことん鍛え上げられたんだろうな~……」

 

演習が始まってしばらくしたところで、磯風達の戦いの様子を見ていた戦治郎が、磯風達の動きに対して思わず感嘆の声を上げるのであった

 

さて、この演習が始まる前、戦治郎が磯風達に出した指示の内容だが……

 

「今回の戦いだが、おめぇらの実力を見極める為に、俺は敢えておめぇらに指示を出さない。だからおめぇらは思い思いに行動し、その実力の全てを俺に見せてくれ」

 

戦治郎は磯風達にこの様な指示を出し、彼女達の実力がどれ程のものであるかを確認する事に専念、そうして戦治郎は彼女達の実力の程を正確に把握する事に成功し、次の戦いから作戦を立て易くするのであった

 

さて、そんな戦治郎が感嘆の声を上げた磯風達の戦いぶりについてだが、先ずは磯風が先陣を切って相手に砲撃を行って相手の気を引き、その隙に浦風が魚雷の発射準備を整えながら相手の死角に入り込む。そして司令塔として相手の様子を注意深く窺っていた浜風が他の2人に向かって、相手に気付かれない様に合図を送ると、浦風が先程準備した魚雷を相手の候補生の1人に向かって発射し、それに気付いた相手の提督候補生が指示を飛ばし、それを聞いた艦娘候補生が回避行動に移ろうとするのだが、それを磯風が正確無比な砲撃で妨害し、相手の艦娘候補生は浦風の魚雷の直撃を受けて轟沈判定をもらってしまうのであった

 

これにより、残った2人の対戦相手の内の1人が逆上し、提督候補生の指示を無視して浦風に向かって砲を向けがむしゃらに砲撃を行うのだが、浦風は特に動揺した素振りも見せず、冷静にその候補生が撃ち出す砲弾を全て回避して見せたのである。そんな浦風の姿を見て、それを挑発と受け取った相手が激昂した直後、彼女の頭部に磯風が狙い澄まして放った数発の砲弾が直撃し、それで轟沈判定を受けた対戦相手は我に返ると、みっともない姿を見せてしまった事に赤面しながら、すごすごとプールから退散するのであった

 

そんな中、対戦相手の最後の1人が流石にこれは勝てないと判断し、こっそりと逃げ出そうとするのだが……

 

「何処に行こうと言うのです?」

 

周囲を警戒していた浜風には彼女の行動はバレてしまっていた様で、浜風は彼女の進行方向の先で、彼女に向かって砲口を向けながらこの様に尋ねるのであった

 

その後、事態に気付いた磯風と浦風も浜風と合流し、彼女達は3人で1人の対戦相手を囲んで砲を向けて威嚇したところ、対戦相手の提督候補生が降参し、この戦いは戦治郎達の勝利と言う形で幕を閉じるのであった

 

 

 

 

 

「お疲れさん、いい戦いっぷりだったぜ?んで、おめえらの戦い見てて思ったんだが、おめぇら陽炎達に何か仕込まれたか?」

 

「見ただけで分かるのか?」

 

「モチのロンよ、だってあいつらに戦い方仕込んだのは俺達なんだぜ?」

 

「確かに……、そうなりますね……」

 

「戦治郎さんの言う通り、ウチらは此処に来る前に、陽炎達から艦娘としての戦い方を教えてもらったんよ」

 

最初の演習を終えて戻って来た磯風達に、戦治郎が先程の戦いを見て思った事を尋ねたところ、磯風が驚きながらこの様に尋ね返し、それに対して戦治郎が返答したところ、浜風が納得した様にこの様な事を言い、それに続く様にして浦風が戦治郎の推測が合っている事を肯定するのであった

 

具体的な話を聞いたところ、如何やら浜風は陽炎から全身の感覚を研ぎ澄まし、どの様な状況になっても迅速に対応出来る様にする術を教えてもらい、磯風は不知火の剛直伝の驚異的な精度を誇る射撃術を徹底的に叩き込まれ、浦風は天津風から相手の攻撃を上手く捌き切る方法を仕込まれた様であった

 

因みに、不知火が磯風に射撃術を仕込んだ理由だが、如何やら本来の磯風はそこまで射撃が得意だった訳ではなかったらしく、それを少しでも上達出来る様に磯風の指導役に不知火を付けたところ、磯風は谷風を含んだ4人の内の誰よりも射撃が上手くなったのだとか……。これに対して磯風は……

 

「正直、射撃は性に合わないんだがな……、だが、幾ら心得があるからと言って、深海棲艦相手に剣術で挑むのは無謀だろうと思い、少しでも生存率を上げる為に不知火の指導を受ける事にしたんだ」

 

この様な事を口走り、それを聞いた戦治郎が……

 

「剣術で深海棲艦とやり合う事が無謀だと、一体何処の誰が言ったんだ?俺や木曾、通に神通、佐世保の皐月は剣術でバッサバッサと斬り捨ててるし、姉様も薙刀をこれでもかってくらい振り回して深海棲艦叩き斬ってるし、空や夕立に至っては格闘術だぜ?やろうと思えば結構出来るもんだぞ?ってか、陽炎達からそこまで聞いてなかった?」

 

「何っ!?剣術でも深海棲艦と渡り合えると言うのかっ?!」

 

「格闘術で戦っている人もいるのですね……、少々興味深いですね……」

 

この様に切り返したところ、磯風どころか浜風までもが話に食い付き、2人がその詳細を戦治郎に尋ねると、戦治郎は休日の早朝にやる気があるならばと前置きした後、戦治郎が軍学校の見学をしていた際に発見した、誰にも見つからずに訓練が出来そうな場所の位置を2人に教え、そこで磯風には本格的な剣術を、浜風には戦治郎が出来る限りの格闘術を教える約束をするのであった

 

因みに浜風だが、如何やら彼女はその身体目当てで寄って来る変質者対策の護身術として格闘術……、それも関節技(サブミッション)に関するものを多く体得しているらしく、軍学校を卒業してしばらく経った後、長門屋鎮守府に着任し、空の指導の下その技に磨きをかけた結果、『蹴り夕立』『投げ綾波』『拳打朝潮』に続く第4の格闘駆逐艦『極め浜風』と呼ばれるサブミッションマスターとなり、人型深海棲艦の関節の破壊者と恐れられる事となるのであった……

 

こうしている内に、再び戦治郎の名前が呼ばれ、戦治郎が先程と同じ様に綾波の所に向かったところ、そこには紅葉の姿があり……

 

「次の対戦は、貴方方2人でお願いします」

 

綾波は戦治郎と紅葉に向かって、この様な指示を出すのであった




恐らく陽炎が浜風に自身のスキルを伝授したのは、浜風が変質者に対して過敏になっていた事に目を付けたからかもしれませぬ


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初めての合同実習 決戦編

紅葉との対戦が決まった直後、戦治郎は綾波に作戦会議をする時間が欲しいと申し出て、それを受けた綾波は戦治郎へ笑顔を向けながら作戦会議の時間を設ける事を許可し、それを聞いた戦治郎は綾波に一言礼を言って磯風達の下へ戻ると、すぐさま対紅葉戦に向けての作戦会議を始めるのであった

 

因みに、綾波が作戦会議を行う時間を設けてくれたのは、提督候補生と艦娘候補生のコミュニケーション能力を向上させる事を目的としてそれを軍学校側が推奨しており、候補生から申し出があった場合は必ずそれを了承する様にと、合同実習前に上からお達しが来ていたからである

 

実際、提督と艦娘の双方が上手くコミュニケーションを図れず、作戦の際それが原因で不和が生じて問題が発生し、作戦行動中に大惨事に発展されてしまうと目も当てられない状況になってしまうのである……

 

それを未然に防ぐ為に、軍学校側は作戦会議と言う交流の機会を設ける事を推奨しているのである

 

さて、作戦会議が認められた経緯はこの辺りにして、戦治郎達の作戦会議の様子を少しだけ覗いてみようではないか

 

「はい、この中で紅葉の戦いを見てた人、挙手して~?」

 

作戦会議開始直後、戦治郎が磯風達に対して紅葉の戦いを見ていたかどうか尋ねたところ、磯風と浦風は苦笑しながら戦治郎から目を逸らすのであった……。如何やらこの2人は、戦治郎との会話に夢中になり過ぎていた為、紅葉の演習を見ていなかった様である……

 

そんな中……

 

「宮島候補生の戦い方ですが、相手の動きをよく観察した後、3対1の状況に持ち込める様頻繁に艦娘達に指示を出し、各個撃破で手堅く勝利を掴んでいる感じでしたね……」

 

「サンキューハッマ、よく見ててくれた。おっちゃんとっても嬉しい」

 

控えめに挙手した浜風が、戦治郎達と話をしながらも、陽炎によって鍛え上げられた感覚を用いて集めた紅葉の情報を報告したところ、戦治郎は何度も頷きながらこの様な言葉を口にする

 

尚、戦治郎の方は紅葉の戦いを見ていたのかと言えば、悲しい事に磯風達同様話に夢中になり過ぎてしまった為、完全に見逃してしまっていたのであった……。故に、戦治郎はこの件に関しては、磯風と浦風に対して強く出る事が出来なかったそうな……

 

「さてさて、手堅くやってたって事は~……、……うっし良い事思いついた!おめぇらちょっち耳貸せ……」

 

浜風の話を聞いた戦治郎は、この様に呟いた後しばらく作戦を考える為に黙って思考を巡らせ、何かを思いつくとパッと顔を上げながらそう言うと、戦治郎の方へ耳を寄せて来た3人に向かって、先程考えた作戦をコソコソと説明し始めるのであった……

 

「ほう……、それはそれは……」

 

「確かに……、それなら……」

 

「ちょっと相手の子が可哀想な気がせんでもなぁけど……、ウチらも勝ちたいけぇね、今回はちょっと堪えてもらうとするかねぇ……」

 

「うし、んじゃ決定っ!したら準備整えたら早速やりますかっ!!」

 

\了解っ!!!/

 

戦治郎から作戦を聞いた3人が思い思いに言葉を口にすると、それを聞いた戦治郎はこの作戦で紅葉に挑む事を決定し、それを受けた磯風達は力強く返事をすると準備を整えてから指定の位置に向かい、合図があるまでその場で待機するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あちらは何か企んでるみたいだけど……、まあ定石通りにやれば何とかなるでしょ。実際、あっちも一部変なところがあったけど、それ以外は比較的普通だったからね)

 

作戦会議をしていた戦治郎達を見ていた紅葉が、所定の位置に着くなりこの様な事を考えていると、戦闘開始の合図である綾波の声が辺りに響き渡り、それを耳にした紅葉はすぐに気持ちを切り替えて、戦治郎との戦いに集中しようとするのだが……

 

「えちょ……、何よあれ……っ!?」

 

戦治郎のチームに所属する磯風が手にしていた物を目の当たりにするなり、紅葉は思わずこの様に呟きながら驚愕し、混乱してまともに思考を巡らせる事が出来なくなってしまい、紅葉と同じ物を見た彼女のチームの艦娘候補生達も、動揺を隠そうともせずにただただポカンとした表情を浮かべながら、思わず呆然としてしまうのであった……

 

「ふっ……、如何やらあちらは激しく動揺している様だな……」

 

「まあ……、無理も無いですよね……」

 

戦闘開始直後、作戦通り敵陣に真っ直ぐ突っ込み始めた磯風が、紅葉の様子を見るなりこの様な事を言い、それを隣で聞いていた浜風は苦笑交じりにこの様に返事をする

 

そんな磯風が現在手にしている物、紅葉や相手の艦娘候補生達が動揺する切っ掛けとなった物……、その正体は先程の作戦会議の後、準備と称して磯風が戦治郎から受け取った、戦治郎が朝練の際使用している竹刀なのであった……

 

「もらったぞっ!!!」

 

相手の艦娘候補生達が立ち直るよりも早く、敵陣に突っ込んだ磯風が自身の間合いに入るなり竹刀を振るい、相手の1人の胴に小気味のいい音を辺りに響かせながら打ち付けると、即座に相手の艦娘候補生に轟沈判定が出るのであった

 

この音によって残った相手の艦娘候補生達が我に返り、磯風の方へ砲を向けようとするのだが……

 

「甘いですね……っ!」

 

この一言と共に、磯風と共に敵陣に突撃していた浜風が相手の1人に組み付き、砲を持った腕に関節技を極め、その痛みによって相手の艦娘候補生は苦悶の声を上げながら手にした砲を取り落とし、浜風は相手を無力化させる事に成功するのであった

 

こうして浜風の存在に気付いた最後の1人が、浜風に照準を合わせようとするのだが、浜風が組み付いている相手を盾にした事で、思わず攻撃してもいいのか判断に困り、指示を喘ごうと紅葉の方へと視線を向けるのだが、残念ながら紅葉は今起こっている事を正確に把握する事にいっぱいいっぱいの様で、とてもではないが彼女に指示を出せる様な状態では無かったのであった……

 

これにより相手の艦娘候補生が、判断に困ってアタフタしていると……

 

「トドメじゃっ!!!」

 

磯風達の後方を航行していた浦風が、大声でそう言いながら演習用のペイント弾を手にした主砲から放ち、見事ヘッドショットを決めて相手の1人に轟沈判定を与える事に成功して見せるのであった

 

その後、浜風が組み付いている相手の頭に向けて磯風が竹刀を振り下ろし、それによって最後の1人にも轟沈判定が出た事で、この戦いは戦治郎達の勝利で終わろうとするのだが……

 

「ちょっと待ってっ!!!これは流石にノーカンでしょっ!?艦娘が竹刀振り回すとかおかしいでしょっ?!関節技を極めるってどう言う事っ!?って言うかその竹刀さっきは使って無かったでしょうにっ!?何処から持って来たのよっ?!この戦い、やり直しよやり直しっ!!!」

 

ようやく我に返った紅葉が、戦いの内容に不満があったのか異議を申し立て、再戦を希望するのだが……

 

「残念ですけど、再戦は認められません……」

 

「どうしてですかっ!?理由をお願いしますっ!!!」

 

綾波が申し訳なさそうに紅葉の再戦希望を却下したところ、紅葉はその表情に怒りの感情をジワリと滲ませながら、再戦が認められない理由を綾波に対して、声を荒げながら尋ねるのであった

 

「竹刀などの近接武器は、艦娘の兵装として正式に認められているんです。実際、横須賀鎮守府の伊勢さんや日向さん、佐世保鎮守府の皐月さんは日本刀で深海棲艦と戦っていますからね。なのでそれに倣って近接武器の持ち込みも、この演習での使用も認められているんです」

 

「なら関節技は……、っ!?」

 

「格闘術の使用に関しては、それが有効だと判断される場合許可されていますよ?実際、綾波はいけると判断した時、積極的に格闘戦を仕掛けていますよ?」

 

綾波から理由を聞いた紅葉が、尚も食い下がろうと今度は関節技の件を取り上げて、再戦の許可をもぎ取ろうとするのだが、紅葉が全ての言葉を口にするよりも早く、合気道をベースにした投げ技を得意とし、接近戦が多くなる夜戦の際多くの深海棲艦を投げ飛ばし海面に叩きつけ、相手が痛みによって動きが鈍くなったところに、しこたま砲弾や魚雷を浴びせて戦果を挙げて来た綾波が、只ならぬオーラを放ちながらそう答えると、そのオーラに圧倒された紅葉は言葉を詰まらせ、口を噤んでしまうのであった……

 

そんな中戦治郎達はと言うと、紅葉達から離れた場所にて、磯風達と勝利の喜びを分かち合うハイタッチを交わしていたのであった

 

その後の演習でも戦治郎達は快進撃を続け、最終的にこの合同実習を全戦全勝と言う結果で終わらせるのであった




因みに磯風が使った朝練用竹刀は、戦治郎が腰に装着している格納ボックスの中に、大妖丸、51cm対艦ライフル、ヨイチさん、アンカークロー、ジェスターと共に格納されていました


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初めての合同実習 反省会編

戦治郎達が合同実習を終えたところで正午となった事を告げるチャイムが屋内プール内に鳴り響き、それを合図に戦治郎達提督候補生は教官達の話を聞いた後、合同実習に参加した艦娘候補生達に向かって一礼し、屋内プールを後にすると各々に昼休みを過ごす為に行動を開始するのであった

 

その際、戦治郎は毅に一緒に食堂に向かわないかと誘われたのだが、戦治郎は先約があると告げて毅の誘いを断ると、ある場所に足早になりながら向かうのであった

 

そうして戦治郎が向かった場所、それは戦治郎が学校見学の際に発見し、もしかしたら朝練に使えるのではないかと思って位置を覚えていた、軍学校の敷地内にあるにも関わらず人通りが極めて少なく、人目に付きにくい場所にある砂浜であった

 

戦治郎が砂浜に到着した時、そこには人影一つ見当たらなかったので、戦治郎はフェイスベールを外して近くにあった岩に腰掛けて誰かを待っていると……

 

「遅くなって申し訳ありません、少し仕事の方で手間取ってしまいまして……」

 

「お~、ご苦労さん。なぁに俺もついさっき来たとこだから気にすんな」

 

程なくして、包みを持った大和が急いで来たのか、息を切らせながら岩に腰掛ける戦治郎に向かってこの様に声を掛け、それに対して戦治郎は片手を上げながら大和に労いの言葉を掛け、それを聞いた大和は嬉しそうに笑顔を浮かべながら、戦治郎の隣に腰掛けて手にした包みを戦治郎に手渡すのであった

 

包みを受け取った戦治郎が包みを解くと、中からは2段重ねになった重箱が姿を現し、戦治郎が重箱の蓋を開けたところ、辺りにはそれはそれは美味しそうな匂いが漂い始め、それと同時に戦治郎の目には、食べるのが勿体なくなってしまいそうな程色鮮やかで、とても美味しそうなオカズ達が並んでおり、下の段には綺麗な三角形を形作ったおにぎりが、これでもかと言わんばかりに詰め込まれていたのであった

 

そう、これは大和が戦治郎が起きる頃に合わせて起床し、戦治郎の為だけに作った手作り弁当なのである

 

何故大和が弁当作りなどを始めたのかと言えば、戦治郎の護衛役であるにも関わらず、スケジュールの都合で合同実習の時に顔出し出来なかった大和が、どうにかして埋め合わせをしたいと言ったところ、たまには変装を解いて食事がしたいと思っていた戦治郎が、合同実習がある日はここで食べる為の弁当を作って欲しいと提案、そしてそれを大和が了承した結果なのである

 

大和によくもまあ弁当を作る時間があったものだと思う方がいると思うが、艦娘科は提督科ほど厳しい訓練は行っておらず、提督候補生達がやっている朝練の様なものも、基本的にはオーバーワークになって故障の原因となるからと、艦娘科では禁止とは言わないものの推奨はされていなかったりする為、朝練に参加する戦治郎に合わせて起床する大和には、弁当を準備する時間的余裕があるのである

 

因みに、提督科の訓練が実際に戦場に出る艦娘科の生徒達より厳しい理由は、単純に提督候補生達を更に篩にかけているからであったりする

 

実際、提督と言うものは艦娘よりも必要数がどうしても少なくなり、もし大量に育成して海軍の拠点に着任させたとしても、大体1つの拠点に2人くらい提督がいたら十分その拠点は回せてしまう為、拠点に必要以上に提督を着任させても仕事にありつけなくなってしまう者が出てしまい、そう言った者に限って持て余した時間を使って良からぬ事を企み、憲兵の世話になってその拠点に汚点を残してしまうのである

 

こう言った理由がある為、提督科は提督候補生達を執拗なまでに篩にかけて人数を絞り、この厳しい訓練に耐え切った優秀な候補生達だけを育成、世に送り出す様にする事で、定年などを理由に退役する提督達と代わりとなる提督を輩出し、日本を護る提督の数を維持しながら、海軍内の風紀を保っているのである

 

「おぉ~……、こりゃまた美味そうだな……」

 

「提督の為に、大和が頑張って作ったお弁当です。さあ、遠慮なさらず食べてくださいね♪」

 

「応、そうさせてもらうわ。頂きますっ!」

 

さて、大和の弁当を目にした戦治郎は、大和とこの様なやり取りを交わした後、大和が愛情をたっぷり込めて作った弁当を食べ始め、その弁当の美味しさと変装を解いて食事を行える解放感に、思わず感嘆の声を上げるのであった

 

そうしてしばらくの間、戦治郎が大和の弁当に舌鼓を打っていると……

 

「すみません、遅くなりました~」

 

「あれが戦治郎さんの素顔か……、中々迫力があるな……」

 

「あの火傷痕……、あれを見れば戦治郎さんがどれだけの修羅場を潜って来たかが分かりますね……」

 

「陽炎達から戦治郎さん達はそこらの深海棲艦よりも強い転生個体なんじゃって聞いとったんじゃが……、今の戦場じゃったらそんな戦治郎さんでもこんな酷い怪我をするんじゃね……」

 

恐らく自分用の弁当と思われる物を手にした綾波が、今日の合同実習の際一緒になった磯風達を連れてこの場に姿を現し、戦治郎の素顔を初めて目にした磯風達は、思い思いの言葉でその感想を口にするのであった

 

「おっ!来たかっ!すまんな、余りにも大和の弁当が美味そうだったから、先に食わせてもらってたぜ」

 

「いえいえ、お気になさらずに。それとも、綾波達はもう少し遅れて来た方が良かったですか?」

 

「いや、昼休みには限りあっから、出来りゃ昼休み中に反省会やりてぇから、それこそ気にすんなって話だわ」

 

綾波達の存在に気付いた戦治郎が綾波達に向かってそう言ったところ、綾波がニコニコしながらこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は少々困った顔をしながらこの様に答えた後、磯風達と食事を摂りながら今日の合同実習の反省会を始めるのであった

 

そう、綾波達がこの場に姿を現したのは、実習の後戦治郎が今日の反省会を行いたいと言い出し、それを聞いた磯風達が戦治郎ともう少し交流しておきたいと言う事を理由にその意見に賛成、この事を大和に伝えて欲しいと戦治郎が綾波に頼んだところ、自分もその反省会に教官と言う立場で参加したいと申し出て、それを戦治郎が了承したからである

 

因みに、綾波から話を聞いた大和は……

 

「折角提督と二人っきりになれると思ったのに……」

 

などとぼやいていたが、これが戦治郎が提案したものである事を知ると、渋々といった様子でこの件を了承したのだとか……

 

さて、こうして戦治郎達の反省会が始まったのだが、先ず最初に挙がったのは艦娘の接近戦についてであった

 

「今回は上手くいったが、次からはこうはいかなくなるだろうな~……」

 

「今回の件で、艦娘=砲雷撃戦及び航空戦と言う概念が、ものの見事に打ち砕かれたからな……、恐らく次回からは心得がある者達がこぞって得意な得物を持って合同実習に参加するだろうな……」

 

「恐らく私達がやった事は、他の艦種の艦娘候補生達にも知れ渡る事でしょう……」

 

「一応、駆逐艦の皆さんには、接近戦は心得がある人だけやって欲しいと、次の授業の際に釘を刺しておくつもりですね~……」

 

戦治郎と磯風、そして浜風が難しい顔をしながら、今後の合同実習の事を話していると、話を聞いていた綾波がこの様な事を言い……

 

「ああ、そう言や接近戦がOKと知るなり、艦娘候補生達に便所のデッキブラシやラバーカップ持たせる提督候補生がいたっけな……」

 

「あれはちと失礼かもしれんが、正直無様じゃったね……。武器を手にした候補生達は心得が無かったのか武器に振り回されて……、最後はそれで出来た隙を磯風達に突かれて轟沈判定……。幾ら磯風達に対しての対抗手段が欲しかったからとは言え、武器の使い方もよう知らん娘に武器を渡して、磯風達をなんとかせい言うんは酷じゃ思ったわ……」

 

「中には武器を持て余した者が、相手に怪我を負わせる事態になったからな……」

 

「それについては、ホント申し訳ないと思ってるわ……。流石の俺も、まさかこうなるとは思わなかったからな……」

 

それを聞いた戦治郎がその時の事を振り返りながらこの様な事を言い、それに続く様にして浦風が苦笑しながらこの様な言葉を口にし、更に磯風がこの様に言葉を続けたところ、戦治郎が心から申し訳なさそうにこの様な言葉を口にするのであった

 

先程戦治郎が言った様に、綾波から艦娘による接近戦がOKである事が提督候補生達に知らされると、待機中だった多くの提督候補生達が接近戦用の武器になりそうな物を求めて屋内プール内を走り回り、目当ての物を手にした提督候補生達はそれらを艦娘候補生達に握らせ、勝ち星を挙げて来いなどと無茶な命令を下したのである

 

そしてその結果、浦風が言った様に武器の扱いが分からない者達が次々と磯風達の餌食となる中、磯風が言った様な事故が発生してしまったのであった……

 

この件については、武器の心得の有無も確認せずに艦娘候補生達に無茶な命令を下した提督候補生の評価点は大幅に下げられ、事の発端となった戦治郎達も、接近戦がOKである事を前もって知っており、その上で磯風達に心得の有無の確認をしてからこの作戦を実行させていた事、そしてこの奇襲を見事に成功させた事が一応評価された関係で、評価点に影響はなかったものの、この様な事をやるなら事故を防ぐ観点から、少なくとも教官の方には事前に一言入れて欲しいと注意を受けたのだとか……

 

「取り敢えずこの件は後でたっぷり反省するとして、今後の対策について話すべさ。んでおめぇら、何か案はあるか?」

 

今回の実習で怪我人が出た事を思い出し、皆が暗くなってしまったところで、戦治郎が場の空気を変える為に話題変更を実行し……

 

「そうだな……、折角不知火から射撃の極意を教えてもらったのだ、それと磯風達が持つ格闘戦の技術を上手く組み合わせた戦い方を取り入れるのはどうだろうか?」

 

「それは……、本当にそんな事が可能なのでしょうか……?」

 

磯風がすぐさま意見を出し、それを聞いた浜風が疑問を口にしたところ……

 

「一応出来るな、実際不知火の師匠は、接近戦の際は銃剣付きハンドガンを使ったガン=カタで戦えるし、不知火もその戦い方仕込まれてたはずだが……、おめぇらそこら教えられなかったのか?」

 

「ああ、あれはガン=カタ言うんか。それならウチが少し教えてもろうとったんじゃ、ウチは磯風達みたいに武術の心得が無い言うたら、覚えとったら後々役立つから言うて教えてくれたんじゃ」

 

戦治郎は剛が不知火と共に銃剣付きのケルベロスでバッサバッサと敵を斬り捨てる光景を思い出しながらこの様な事を口にすると、浦風がその言葉に反応してこの様な事を言うのであった

 

尚、他の2人にガン=カタの件を尋ねたところ、2人は戦治郎に向かって首を横に振ってみせるのであった。如何やら不知火は射撃については磯風に集中しながらも全員に教えたものの、ガン=カタに関しては武術の心得の無い浦風にのみに教えた様だ……

 

「んじゃあ、浦風は俺が持ってるタブレットに入ってる剛さんのガン=カタに関する動画を見ながらガン=カタの技術を磨くとして、磯風達は接近戦と射撃を上手くスイッチ出来る様に鍛えて行くか」

 

「もし人手が必要だったら、綾波にも声を掛けて下さいね。特に浜風さんには、綾波が教えられそうな事が沢山ありそうですからね」

 

「その時はよろしくお願いします」

 

「その時は大和も皆さんに協力しますね。とは言っても、大和が皆さんに教えられそうなのは、砲撃くらいだと思いますが……」

 

「おお……、まさか大和さんからも稽古をつけてもらえるとは……」

 

「あ、戦治郎さん?ちょっとその動画をウチに見せてもらえんか?不知火のお師匠さんがどんな人か気になるんよ」

 

「おっ、いいぞ~。ちょっと待ってな~……」

 

こうして戦治郎達の初めての合同実習の反省会は終了し、戦治郎達は今後の方針を決めた後食事を済ませ、しばしの間雑談を楽しむと昼休みの終わりを告げるチャイムを合図に解散し、午後からの授業を受ける為に各自教室へと向かうのであった

 

因みに剛のガン=カタ動画を見た浦風は、タブレットの中で次々と繰り出されるその技のキレの凄まじさに驚愕し、これを本当に自身が体得出来るのか不安になりながらも、その研ぎ澄まされた日本刀の様な美しさを持つ技の数々に、強い憧れを抱く様になるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや、大和が仕事で手間取るって珍しいな。何かあったのか?」

 

「それが……、少々成績が危うくて、もしこのままいけば軍学校を追い出されかねない戦艦の艦娘候補生がいまして……、その子を如何にかしてあげられないかと考えていたんです……。その子はとてもまじめで学業面と生活態度に関しては問題ないのですが、実習の方の成績が芳しくなくて……」

 

「ほう……、んで、その艦娘候補生の名前は?」

 

教室に戻る途中、大和が仕事に手間取ったと言っていた事が気になった戦治郎が、大和に事情を尋ねたところ、大和は困った顔をしながら俯いてこの様に答え、問題の艦娘候補生とやらが気になった戦治郎が、再び大和にそう尋ねると……

 

「金剛型戦艦の3番艦である榛名さんです……」

 

大和は暗い表情を浮かべたまま、問題の艦娘候補生の名前を口にするのであった……



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地下ドックと工作戦艦

戦治郎達が昼食を摂りながら反省会を行っていた頃、鎮守府建築に勤しんでいる空達も自分達が作り上げた食堂の中で、各々に好きな席に座って談笑しながら昼食を摂っていた

 

「お~い、もらって来たぞ~」

 

翔達食堂組の希望を取り入れて作り上げられた厨房の方から、それはそれは大きなピザを手にしたシゲが、席を確保してくれていた摩耶、シゲ達と食事を摂りたいと言って付いて来たヴェル、摩耶と食事を摂る為に同席を申し出て来た木曾と阿武隈、そして食事中シゲをからかおうと思って同席して来た護の5人に向かって、声を掛けながら近付いていく

 

「思った以上にでかいな……」

 

「翔の奴、俺が作った石窯が相当気に入ったみたいでな、かなり気合い入れて作ってくれたみたいだぜ?」

 

シゲが手にしてるピザを見て少々驚いた摩耶が思わずそう呟くと、シゲはやや得意げになりながらこの様に答えた後、テーブルの上にピザを置いて席に着くのであった

 

「これだけ大きいと、全部食べきれるか少々不安になるな……」

 

「それに関しては、しっかり対策練ってあるみたいだわ。ほれ、結構細かくカットしてあるだろ?これくらいなら別府でも問題無く食べきれるだろうよ」

 

「最悪、余った分は全部シゲが責任持って食ってくれるはずッス、だから細かい事は考えるだけ損ッスよ~」

 

改めてピザを見たヴェルが不安になりながらこの様に零したところ、シゲがこの様に答えながらかなり細目にカットされたピザを小皿に乗せてヴェルに手渡した直後、護がキシシッと言った調子で笑いながらこの様な事を口走り、刹那にそれを聞いたシゲに無言で頭を小突かれるのであった

 

こうしてシゲ達の昼食が始まり、シゲ達は翔特製のマルゲリータを頬張りながら、談笑を楽しんでいたのだが……

 

「そう言えば、空さんの家の入口近くに作られたエレベーターだが……、ありゃ一体何なんだ?」

 

ふと思い出したかのように木曾がこの様な言葉を口にし、それを聞いた摩耶と阿武隈も木曾に同調する様に頭に疑問符を浮かべ、件のエレベーターの用途を知るシゲ達工廠組は、そう言えば自分達以外にこの事を話していなかった事を思い出し、思わず『あ~……』と言う少々間抜けな声を出すのであった

 

さて、エレベーターについて気になるところだろうが、恐らくそれ以上に空の家の入口とやらが気になるところだろう……

 

この空の家と言うのは、今日の作業で作られた工廠に併設された空の居住スペースの事であり、今は無きショートランド泊地の工廠や、横須賀鎮守府の工廠の隅にひっそりと作られたこれまでの居住スペースとは打って変わり、今回の居住スペースは防音性に優れた2階建て家屋が、工廠とドッキングしている様な建物となっているのである。因みに、家の入口は工廠内にある模様……

 

何故この様な構造になっているかと言えば、長門屋鎮守府の工廠長に正式に任命された空が、工廠内でトラブルが発生した際、すぐに現場に駆け付けられる様にする為なのだとか……

 

又、二階建て家屋に進化している理由だが、如何やら空は翔鶴と正式に結婚した際、翔鶴と共にこの家で暮らそうと考えているのだそうな……

 

そんな空の家の入口の隣には、先程木曾が言った通り工廠に2階が存在していないにも関わらず、空の家とも繋がっている様子も無いエレベーターが付いているのである

 

「あれなんだが……、実は……」

 

「あのエレベーターは工廠の地下に作る予定である、地下ドックに向かう為のエレベーターなんだ」

 

シゲがエレベーターの正体について話そうとしたその直後、突然シゲの言葉を遮る様にして誰かが問題のエレベーターの正体について、この様に答えるのであった

 

突如聞こえた声に驚いた一同が声がした方へと視線を向けたところ、そこには大盛りのかつ丼と大きめの器に注がれた味噌汁、そしてお新香が乗った盆を手にした空が立っていたのであった

 

如何やら空の耳に先程の会話が届いていたらしく、空はシゲ達以上にその件に深く関わっている自分が、事情を知らない木曾達に分かり易く詳細を伝えようと思い立ち、こうしてシゲ達の席にやって来たのだそうな

 

その後、空がシゲ達に同席の許可を求め、シゲが代表してそれを了承したところ、空は手にした大盛りかつ丼定食をテーブルに置きながら護の隣の席に腰を下ろし、地下ドックの件について話し始めるのであった

 

さてこの地下ドック、何の為に作られようとしているのかと言えば、それは戦治郎がクトゥルフから受け取った出版版ネクロノミコンと、アメリカ海軍海軍は現在保有するホーンド・サーペントが深く関わっている

 

そう、戦治郎達はこの出版版ネクロノミコンを使用して、ホーンド・サーペントと同じ機構を持つ長門屋専用の艦艇を作ろうと考えており、この地下ドックはその艦艇専用のドックとして作られる予定となっているのである

 

「ああ、だから工廠は海に近い場所に建てられたんですね」

 

「その通りだ、そもそも、態々地下を長々と掘って海に繋げる道理は無いだろう?」

 

合点がいったと言った様子で阿武隈がそう言うと、空はタブレットを操作しながらこの様に返答し、目当てのデータを見つけた空は、それをディスプレイに表示させると少しテーブルの上を片付けた後、タブレットを木曾達が見易い場所へと置いて、表示されている画像の解説を始めるのであった

 

この空のタブレットに表示されている画像こそが、戦治郎達が作り上げようと考えている艦娘支援用工作戦艦の設計図なのである

 

そこには艦橋を取り払い、3連装砲を巨大な単装砲に換装し、至る所にCIWSを装備した実艦の大和と武蔵の様な戦艦が、飛行甲板のド真ん中にイージスシステムに使われていそうなレーダー群が取り付けられた艦橋が取り付けられた信濃を左右から挟み込んだ様な姿をした3胴戦艦が描かれており、それを見た摩耶が何故態々飛行甲板に艦橋を付けたのかと尋ねたところ……

 

「そこ、飛行甲板じゃないんッスよね~。この図面のここ……、よ~く見て欲しいッス」

 

護がこの様に答えながら件の飛行甲板の辺りを拡大して指差し、摩耶達が護の指先に意識を集中させたところ、そこには小さな四角形が列を形成しながらビッシリと描かれていたのであった……

 

「おい護……、これってまさか……」

 

「多分木曾が考えてる奴で正解ッス、これぜ~んぶVLS……、ミサイルの発射口ッス」

 

「全部っ!?これ全部ミサイルの発射口って言うのかっ?!」

 

「そうッスよ~、艦橋から前の方に8基64セル、後ろの方にも同じく8基64セルの計128セルあるッスよ~」

 

護の言葉に木曾と摩耶が呆然とする中、摩耶達の様子など気にも留めず空が話を進めていく……

 

この戦艦、これだけミサイルが撃てるにも関わらず、艦種は艦娘支援用工作戦艦と呼ばれている訳だが、一体何処に工作艦の要素があると言うのだろうか……?

 

その答えは、両サイドの戦艦の艦橋があった部分にある。本来戦艦の艦橋があるべきその場所には、それはそれは大きなクレーンが取り付けられているのである

 

又、この戦艦の3つの艦首下部には大きな乗り込み口が備わっており、船内には大型の資源保管庫、食堂、食糧保管庫、医療施設、工廠、補給施設までもが備え付けられているのだとか……

 

「凄い……、まるで洋上を移動する要塞みたいな船ですね……」

 

「そうだ、これは阿武隈が先程言った様に、洋上を移動する要塞がコンセプトとなっているんだ」

 

「例の魔道書のおかげで、この船は燃料無しで動けるもんだから、おめぇらを乗せて移動すりゃおめぇらが移動で疲労する事も無くなるし、かなりの燃料削減になるからな。それにこの武装ならおめぇらの援護も問題なくこなせるだろうよ」

 

空の話を聞いた阿武隈が思わずこの様な事を呟いたところ、空が阿武隈の言葉を肯定する様にこの様な事を言い、シゲがそれに続く様にしてこの様な言葉を口にするのであった

 

「そいつぁスゲェなっ!!んで、こいつは何て名前なんだ?」

 

シゲの言葉を聞いた摩耶が、感激しながらこの艦艇の名を空達に尋ねたところ、空達工廠組は苦笑を浮かべながらアイコンタクトを交わし……

 

「これは戦治郎さんが考えた名前なんだけど……」

 

ヴェルが苦笑したまま、この様に前置きし……

 

「この工作戦艦の名は、『大黒丸』だそうだ……」

 

それに続く様にして空がこの艦艇の名を答えたところ、興味深げに前のめりになりながら空の言葉を聞いていた摩耶達3人は、空の口からまるで漁船の様な名前が出て来た瞬間、思わずつんのめる様にしてテーブルに突っ伏してしまうのであった……



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大黒丸

2019/2/24 0:06 少々加筆しました


「大黒丸って何だよ……?まるで漁船の名前みてぇじゃねぇか……」

 

「もうちょっとこう……、カッコイイ名前はなかったのか……?」

 

「これは流石に……、私的にもちょっと……」

 

空の口から件の工作戦艦の名前を聞いた摩耶達が、名前のカッコ悪さに思わず不平を漏らすのだが……

 

「ああ~……、おめぇらの気持ちはまあ分かる……、分かるんだが……」

 

「摩耶さん達が思っている以上に、この名前は考えて付けられているみたいなんだ」

 

「多分大黒丸の名前の由来を聞いたら、ビックリするんじゃないッスかね~?」

 

それを聞いたシゲが苦笑しながらこの様に答え、それにシゲ同様苦笑を浮かべるヴェルがこの様に続き、更に護がニシシと笑いながらこの様な言葉を口にするのであった

 

工廠組のこの言葉を聞いた摩耶達が、それは一体どう言う事だ?と言わんばかりに不思議そうな表情を浮かべていると……

 

「ふむ……、如何やら摩耶達は大黒様がどの様な神なのであるか、よく分かっていない様だな……」

 

「大黒様って言えば、七福神のアレだろ?あの神様ってスゲェ神様なのか?」

 

「俺は精々金運の神様ってくらいにしか思って無いが……、実際のところはどうなんだ?」

 

顎に手を当てて考え込む様な仕種をする空がこの様な事を言い、それを聞いた摩耶と木曾は相変わらず頭に疑問符を浮かべながら空に向かってそう尋ねると……

 

「いいだろう、ではお前達にこの大黒様がどの様な神であるか、そしてこの船の名前に込められた戦治郎の願いについて、俺から説明しよう」

 

空はこの様に返答した後、大黒様とはどの様な神なのかについて話し始めるのであった

 

 

 

 

 

さてこの大黒様だが、恐らく多くの者が七福神の内の1柱で、食物と財福の神様、豊穣の神様として知っている事だろう。しかしこの神様、実際のところかなり色々な事を司っている神様である事を知っていただろうか?

 

先ずこの神様は、神仏習合の際とある2柱の神様が習合して誕生した神様である

 

では、一体どの神様とどの神様が習合したのかと言うと、実はどちらの神様もかなりの大物で、その名は大国主神と大黒天と呼ばれている

 

大国主とはどの様な神様であるかと言えば、この神様は日本神話に登場する葦原中国を作った国津神の最高神であり、あの出雲大社に祀られている神様である

 

そんな彼には祟り神としての側面もあるのだが、それが転じて病を封じる神、医療を司る神様になっているのだそうな

 

事実、彼は国作りの際人々に農業や医術を教えて社会を作っており、それ以外にも彼には彼が医療の神である事に説得力を持たせる様な、とある有名エピソードがあるのである。そう、それは『因幡の白兎』の事である

 

この話は酷く大雑把に言えば、白兎が島を渡る際に騙して利用した和邇(ワニ)と呼ばれる怪物から、仕返しとして毛皮を剥がれて泣いていたところ、蒲の穂を使えば治ると教えてくれた大国主に助けられたと言う内容である

 

そんな優しい大国主だが、国譲りと言う話では天津神の最高神である天照から、国を譲る様にと要請された際対話と武力による交渉を行い、最終的には彼が出雲大社の修繕を条件に出し、それを天津神側が呑んだ事で彼は葦原中国を天津神に譲り、彼自身は常世の主となったのだそうな……

 

さて、こんな凄い神様と習合された大黒天だが、そんな彼は一体どの様な神様なのであろうか?

 

正直なところ、この大黒天も大国主に負けない……、それどころか場合によっては大国主を凌駕しかねない凄まじい神様だったりする……

 

この大黒天は仏教において財福を司る守護神として日本に伝えられたのだが、実際には軍神及び戦闘神としての側面も持ち合わせた、軍人となった戦治郎達にとってはかなりありがたい神様なのである

 

そんな大黒天だが、なんとヒンドゥー教のある神様の化身、或いはその異名だと言われている……。その神の名はシヴァ、ヒンドゥー教の中で最も影響力を持つ3柱の神の内の1柱で、破壊神として多くの者に広く知られているあの神様である

 

尤も厳密に言えば、大黒天はマハーカーラと言うヒンドゥー教の神様の事のなのだが、そのマハーカーラがシヴァの化身と言われている為、空は話がややこしくなる事を回避する為に、大黒天=マハーカーラ=シヴァとして摩耶達に説明していたのであった

 

破壊神と聞くと物騒なイメージしか無いが、何かを創造するにあたって破壊とは必ず付き纏うもの、言ってしまえば破壊と創造は表裏一体、絶対に切り離す事が出来ないものであり、破壊神であるシヴァは何かを創造する際、それはそれはとても重要な役割を果たす存在なのである

 

「さて、ここまで話した訳だが……、何か質問はあるか?」

 

大黒様について説明していた空が、区切りがいいところで摩耶達に向かってこの様に尋ねるのだが、肝心な摩耶達は予想外の内容に思わず驚愕し、呆然としていたのであった

 

何せ、今まで宝船の上でワチャワチャしてるくらいの認識しか無かった大黒様が、実際はとんでもない神様同士が合わさって生まれた神様だったとは、摩耶達には全く想像出来なかったのである。故に彼女達の反応も致し方無いものなのである

 

「……質問はないのだな?ならば続けるぞ、……と言っても、後は戦治郎がどう言った理由でこの船に大黒丸と付けようと思ったのかについてだけなんだがな……」

 

そう言って空は、戦治郎がこの船にこの様な名前を付けた経緯について話し始める

 

戦治郎はこの船に名前を付ける前に、空達に向かってこの様な言葉を口にしていた

 

「俺達がやんなきゃなんねぇ事っていっぱいあるよな?深海棲艦から自分達の生活を守るついでに日本……いや、この世界に暮らす人々を守る、荒れに荒れた海軍内の平定に転生個体が湧く原因を叩き潰すとかな。俺はこの船が完成すれば、それがきっと出来ると、そう思ってるんだわ。そこで、俺はそんな期待が掛かっているこの船に、大黒丸って名前を付けてぇんだわ。大国主の様に海軍の連中を上手く纏め上げ、傷付いた艦娘達を因幡の白兎の話の如く助け、いっぺん死んだにも関わらず転生個体として蘇って暴れ回る連中を、シヴァの如く徹底的に叩き潰してあの世に送り返して、二度とこの世界に来れない様にする。そうして平和になった世界で色んなモンを作って、豊かな生活を送れる様にって願いを込めてな。まあ漁船みてぇでカッコわりぃ名前だが……、どうだ?」

 

この話を聞いてしまった空達には、名前がカッコ悪いから嫌だと言う気は湧いてこず、寧ろそこまで深い意味があるならいいだろうと戦治郎の提案を全面的に肯定した結果、この巨大な三胴工作戦艦の名は大黒丸となったのであった

 

「これが大黒丸の名前の由来だが……、まだ不服か?」

 

話を終えた空が、未だにポカンとする摩耶達に向かってそう尋ねたところ、その声で我に返った摩耶達は勢いよく首を左右に振って見せた後、そう言う事なら大黒丸でいいと、寧ろ大黒丸の方が相応しいと、口を揃えて言い始めるのであった

 

「ところでこの船、やっぱり光太郎さんが操縦するんですか?」

 

そんな中、ふと頭の中に疑問が浮かんだ阿武隈が、空に向かってそう尋ねたところ、空は阿武隈の言葉を否定する様に首を左右に振り、この様に言葉を続けるのであった

 

「いや、この船は基本的には大五郎の意思で動く様になっている。大黒丸には大五郎の兵装であるハコを発展強化させた物と言うコンセプトもあってな、中央の艦橋から伸びるケーブルを大五郎に接続する事で、この船と搭載された兵器類は大五郎の思い通りに動かせる様になっている」

 

「一応、アニキが大五郎連れて戦闘に参加する事になった時に備えて、艦橋にある司令室でおめぇらでも操縦出来る様にはしてあるぞ」

 

「その際は艦長であるシャチョーや艦長代理が持つ専用のキーと、指紋認証が必要になるッス。まあ盗難防止の為ッスね」

 

「艦長代理については、後日空さんの方から連絡があると思うから、それまでしばらく待っててもらえないかい?」

 

阿武隈の質問に対して工廠組が順にこの様に返答したところ、思い掛けない返答を聞いた阿武隈達は、再び驚愕しポカンと口を開けたまま呆然としてしまうのであった……

 

因みにヴェルが言った通り、後日艦長代理が空の口から発表され、誰もが恐らく艦長代理筆頭となるであろうと予想していた大和を差し置いて、戦治郎と絡む機会が艦娘の中で最も多く、戦治郎から様々な事を学んでいた木曾の名前が真っ先に呼ばれ、名前を呼ばれた木曾は流石に予想外だったのか、辺りに響き渡る程の大きさの驚愕の声を上げたのだとか……



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強硬派の拠点(笑)

空達が長門屋鎮守府の食堂で大黒丸に関する話をしていた頃、時を同じくして佐賀県武雄市にあるとあるマンションの一室で、今しがた起きたばかりなのか、とある人物がモゾモゾとベッドから出ると、欠伸を噛み殺しながら身体を解す様に伸びをするのであった

 

その後、その者はバイトから帰った時に回収し、テーブルの上に置いておいた新聞を手に取り、その内容に目を通すと……

 

「如何やら件の鎮守府の建設は、順調に進んでいる様ね……。以前鎮守府建設の邪魔をしていたデモ隊、もうちょっと頑張ってくれてたらこっちも助かったのだけど……」

 

とある記事を読み終えたところで、思わずこの様な事を呟くのであった……

 

「しかし、リコリス様の命令で佐世保鎮守府を探りに来たところで、まさか近場に鎮守府が出来るなんて……。しかもその鎮守府の名前があの忌々しい海賊団と同じ長門屋と来てるし……、ホント嫌になるわ……」

 

その者は読み終えた新聞を片付けると、この様な事をぶつくさと呟きながら着替えを始めるのであった

 

そんな事を呟くこの者は、見た目こそ普通の人間とそう大差の無い容姿をしていたが、ある部分が決定的に人間離れしていたのであった

 

透き通る様な白い肌、有り得ないくらい長く美しい白髪、たわわに実った立派な乳房……、ここまでならまだ何とか頑張れば人間であると言い張れるところなのだが、まるでルビーの様に赤く輝く双眸と、頭部の左右から生えた2本の太く短い角が、この者が普通の人間では無い事を証明していたのであった……

 

そう、この者は人間ではなく深海棲艦、それもそれなりに実力を持った姫クラスの深海棲艦である中間棲姫……、それもハワイなどがある中部海域にて、戦治郎達が戦い打ち破った飛行場姫の右腕だったあの中間棲姫なのである……

 

何故彼女が佐賀県の武雄市にいるのかと言えば、それは彼女が飛行場姫の敗北を知るなり、ミッドウェーを放棄し部下達を連れて強硬派深海棲艦の総本山であるアメリカに戻ったところまで遡る……

 

 

 

 

 

ミッドウェーを放棄してアメリカに戻った中間棲姫の報告を聞いたリコリスは、それはそれは激しく怒り狂い、先程中間棲姫が連れて来た部下達を率いて、ミッドウェーを奪還する様にと彼女に命令を下し、リコリスに逆らえない中間棲姫はその命令に渋々と言った様子で従い、すぐさま部下を率いてミッドウェーに向かうのだが……

 

\ギシャアアアァァァーーーッ!!!/

 

\テケリ・リッ!!テケリ・リッ!!!/

 

\……ッ!!!/

 

「奴等をこれ以上このミッドウェーに近付けさせるなっ!!!ホーンド・サーペントも神話生物達に続いて突撃せよっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

「俺達も負けてられないなっ!!!穏健派連合も行くぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

\おおぉぉぉーーーっ!!!/

 

彼女達がアメリカに戻っている間に配備された神話生物達や、戦治郎達のおかげでホーンド・サーペントと言う凶悪な力を得たジョシュア達アメリカ海軍、そしてリチャードの指示でミッドウェーに配備された穏健派連合の転生個体達の猛攻を受け、この戦力でのミッドウェーの奪還は無理だと判断した彼女は、部下の多くを失いながらも這う這うの体でアメリカに帰還するとこの事をリコリスに報告、ミッドウェー奪還は諦めるべきだと進言するのであった……

 

それを聞いたリコリスは中間棲姫がミッドウェーから戻って来た時以上に怒りを露わにし、執務室内にあるあらゆる物に当たり散らし、何とか落ち着くと中間棲姫に向かってこの様な命令を出すのであった

 

「中間棲姫、貴方にはミッドウェーを奪われた件と今回の件の責任を取ってもらう為に、単身で最も艦娘を保有している日本に向かい、日本海軍の内部事情を探ると共に、可能であれば奴等の作戦の妨害の為の破壊工作を行ってもらうわ」

 

「日本の偵察ですか……?私としては、現状最も脅威となっている穏健派の連中の偵察をした方が、よっぽど効果的なのではないかと思うのですが……」

 

「ダメよ、あそこは潜り込むのは容易だけど、リチャードとか言う奴が恐ろしく有能で、以前送り込んだスパイが2時間もしない内に正体がバレて、ガダルカナルから叩き出されていたわ……。しかもその件が原因で、かなりスパイに対しての警戒が高まっているのよ……」

 

「そう言う事ですか……」

 

リコリスの命令に疑問を覚えた中間棲姫が、リコリスに向かってこの様に尋ねたところ、リコリスはうんざりした様子でこの様に返答し、それを聞いた中間も肩を落としながらこの様に返答し、その命令に従う事にするのであった……

 

その後、中間はリコリスから資金としてかなりの量の金塊と、正体がバレない様にする為の変装セット、そして恐らく使う事になるだろうと準備された偽造した身分証明を受け取ると、アメリカ海軍の防衛網を何とか掻い潜って日本に向かい、横須賀の乱のどさくさに紛れて日本に上陸すると、早速変装して資金調達の為に金塊を換金し、そうして得た日本円で買ったコンビニで売られている新聞や最寄りの図書館、拠点を構えるまで寝泊りしていたホテルのテレビ、ネットカフェのパソコンなどを用いて情報収集を開始するのであった

 

ここで中間は集めた情報から、日本海軍の本拠地である横須賀に潜入するのは流石に無謀だと判断し、戦治郎達の働きによって拠点としての機能を失った桂島泊地に次ぐ、もしくはそれと同等の実力を持つ佐世保鎮守府に目を付け、拠点を構えた後はそこを重点的に調べる事にするのであった

 

この時、幾ら佐世保鎮守府を調べるからと言って、佐世保市内に拠点を構えていてはすぐに自分の事がバレ、最悪始末されてしまうのではないかと考えた中間は、怪しまれる可能性を可能な限り抑える為に佐世保市から離れた場所に拠点を構え、そこから佐世保に定期的に向かい情報収集しようと考えるのであった

 

そんな時、中間は佐賀県の鹿島市に新たに鎮守府が建てられる事になったと言う情報を入手すると、ついでにそこの偵察も行おうと思い立ち、作戦実行のし易さ以外にも交通の便や生活のし易さなどを考慮した結果、佐賀県の武雄市に拠点を構える事にしたのであった

 

因みに、拠点を構える場所の候補として伊万里市も挙がっていたのだが、如何せんこの時点では移動手段が鉄道かタクシーしか無かった中間にとって、伊万里市から鹿島市に向かうのはかなり面倒であった為、鉄道で佐世保市に向かう事が出来てタクシーで伊万里市からより安く鹿島市に向かえる武雄市に軍配が上がったのである

 

そう言った理由で武雄市に拠点を構える事にした中間は、偽造した身分証明と金塊を換金して得た資金を使ってマンションの一室の購入、その後そこの住所を基に市役所での各種手続きを済ませ、更には近隣の住人に1日中部屋にいる事を不審がられる事を避ける為にバイトを探し、何とか深夜営業のスナックバーのバイトに就くと、普段はスナックバーで客の接待をしながら情報収集を行い、休日は佐世保市へと赴き佐世保鎮守府に関する情報収集を行ったり、バイトの時に入手した情報の真偽の確認の為に行動すると言う生活を送る事となったのであった

 

 

 

 

 

「さて……、と……。それじゃそろそろ買い出しに行きますか……」

 

着替えと身支度を済ませた中間はそう呟くと、玄関に置いている角が隠せる様に細工したバイク用のハーフヘルメットを手に自室を出て、バイトの合間に取った普通自動車免許が発行される日と同じ日に納車される様に購入した原付に跨ると、手にしたヘルメットを被って目的地である最寄りのスーパーに向けて原付を発進させるのであった

 

因みに、原付を得た事で鹿島市へのアクセスは楽にはなったものの、佐世保市に向かう時は相変わらず彼女は鉄道を利用していた。武雄市から佐世保市まで、原付で向かうには流石に距離があり過ぎるからである……。尤も、それも彼女が車を購入するまでだが……

 

そんな彼女が、問題の鎮守府に自分がこの様な生活を送る羽目になった原因である戦治郎達が着任する事を知る事となるのは、まだまだ先の話である……

 

またその頃には、彼女同様何かしらやらかして左遷された者や、拠点を失った事をリコリスに知られる事を恐れて逃亡して来た者、実力はあるものの与えられた任務をサボる為に中間のマンションに住み着く者などが集まったりするのだが、それもまだ少し先の話であった……



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整備兵候補生達と戦治郎

磯風達との出会いからしばらく経過し5月中旬辺りになった頃、戦治郎は大和から聞いた榛名の事が気にかかり、今の自分に出来る限りの方法で榛名について調べていた

 

それにより榛名は戦治郎達がよく知るゲームに登場する榛名そのものであり、大和が言っていた様に座学に関しては優秀な成績を収めており、遠巻きに観察していても素行に関しては全く問題が無い事が分かったのであった

 

ただ、1つだけ気になった事があった……

 

それは戦艦艦娘と駆逐艦艦娘による合同実習の際、戦治郎達から榛名の事を聞いていた磯風達が、彼女と組んで行われた演習の際に見たと言う彼女の砲撃スキルについてである

 

磯風達が見た限り、榛名の砲はしっかりと相手を捉えていたそうなのだが、実際に砲撃すると撃ち出された砲弾は相手からかなり離れた位置に飛んでいき、まともに相手に当たっていなかったのだとか……

 

それを見ていた磯風達や戦艦艦娘達の教官である大和が、艤装の整備不良の可能性があるのではないかと榛名に尋ねたところ……

 

「いえ、これはきっと榛名が未熟だから、上手く艤装を扱えていなかった事が原因だと思いますっ!」

 

榛名はそう言って磯風達や大和の話を碌に聞かず、不良があると思われる艤装のまま演習に参加し続けたのだとか……

 

因みに演習の結果に関してだが、それは磯風達の必死のフォローもあったおかげか、戦績は何とか及第点に到達したそうだ

 

(話聞いてる限りだと、恐らく何らかの原因で砲身が曲がってるんだろうな……。まあこれは実際見てみねぇ事には何ともってとこだな……)

 

戦治郎が調査結果を思い返しながらこの様な事を心の中で呟いていると……

 

「説明は以上だっ!何か質問はあるかっ!?」

 

不意にこの様な声が聞こえ、その声で思考を中断した戦治郎は慌てて声がした前の方へと顔を向けると、そこには整備科の教官である男性と、戦治郎達のクラス担任である香取が並んで立っていたのであった

 

そう、現在戦治郎達提督候補生達は、整備兵候補生達と合同実習を行っているのである

 

今回の実習では整備兵候補生達と協力し、いつか提督候補生達と合同実習を行う事となる空母艦娘候補生が使用する艦載機の艦戦を1つ作る事となっているのであった

 

具体的な実習内容がどうなっているのかと言えば、先ずは提督候補生達がどの様な艦載機を作るのか、決められた資源を艦載機を作る際にどのくらい使用するのかを決定し、その指示を聞いた整備兵候補生達が指示通りに艦載機を作り、艦載機が完成すると整備科の教官のチェックを受けた後、呉鎮守府から来てもらったベテランの艦載機妖精さんに作った艦載機に乗ってもらい、実際にフライトしてもらう様になっているのである

 

今回の実習でのポイントは、艦載機を作る際に如何に資源の消費を抑えたかと作られた艦載機のグレード、そして実際に飛ぶ事が出来るかと艦載機の乗り心地の4点となっている

 

因みにグレードと言うのは、要はその艦載機が下位の物か上位の物かである。一応作る艦戦に制限は無いのだが、この時点での整備兵候補生達は、九十六式と零式21型の作り方くらいしか教えられていない為、この実習では九十六式が下位、21型が上位と言う判定となっている様である

 

(さってっと……、以前の過ちを繰り返さない為にも、ここでいっちょ質問しとくか……)

 

考え事をしながらも教官の話を聞いていた戦治郎は、磯風達との実習の時の事故を思い出しながら内心でそう呟くと……

 

「はいっ!!!質問ですっ!!!」

 

それはそれは元気一杯にそう言いながら、右手を天を穿つかの如く真っ直ぐに、そして勢いよく上げ、整備科の教官から発言の許可を貰うと……

 

「え~……、今回の実習ですが~……、提督候補生が整備兵候補生の手伝いに入るのはアリですか?」

 

この様な事を教官に尋ね、それを聞いた教官と戦治郎の周囲にいる者達はキョトンとした表情を浮かべ、我に返った教官がそれに許可を出すと、戦治郎は何かを企んでいるのかフェイスベールの下でニヤリと笑みを浮かべながら、教官に礼を言うのであった

 

因みに、提督候補生が整備兵候補生の手伝いをする事は、生徒達には伝えられてはいないのだが、軍学校側は推奨していたりするのであった

 

言うのも、この実習の隠し評価点の中には、如何に提督候補生と整備兵候補生が互いの認識を一致させて仕事内容を理解し合い、上手く連携を取る事が出来るかどうかと言うものも存在しているのである

 

実際、戦治郎達が桂島の問題を解決するまで、一部の拠点では提督と工廠関係者の間にすれ違いなどが発生し、提督側が工廠側に無茶振りをして工廠関係者達がストライキを起こしたり、工廠関係者が勝手な行動を起こして拠点の資源に大打撃を与えるなどと言う事件が発生したりしていたのだ

 

こう言った事情がある為、軍学校はこんな事件を起こす様な生徒が出ない様にする為に、提督候補生達が作業に介入し協力し合って実習をやり遂げる事を許可しているのである。尤も、それでも基本提督候補生達に許されているのは、必要な工具を取りに行って整備兵候補生達に渡したり、資源から作り出した部品を持って来たりする程度の雑用までなのだが……

 

「おらぁっ!!!とっとと14mmスパナ持ってこいっ!!!」

 

「ウィッス!!!」

 

実習が始まるなり戦治郎達のチームは、全身を包むチャドルを脱いで作業用のツナギに着替え、顔はフェイスベールから司が準備してくれた防塵性の高い作業用フルフェイスマスクに換装し、頭部に溶接用遮光ゴーグルを装着した戦治郎が主導権を握って艦載機を製作していたのであった……

 

何故この様な事になったのかと言えば、このチームの方針を決める為の話し合いの時……

 

「おめぇらよく聞け、他の連中は恐らく九十六式やら21型やらでこの実習を手堅く完遂しようとするだろうよ……。だがっ!!!俺達のチームはそんなみみっちい真似する気はねぇっ!!!俺達は紫電作んぞっ!!!それも改二なんてチャチなモンじゃねぇ……、改四だっ!!!紫電改四を作ってこの実習を完遂すんぞっ!!!」

 

戦治郎がこの様な事を言い出したのである……

 

これに対して整備兵候補生達は絶対無理だと、無茶苦茶言うなとそれはもう、猛反発枕も真っ青になるほど猛反発するのだが、戦治郎が横須賀で受験勉強していた頃、気分転換としてプラモデル感覚で作り、どうせだからと書き残しておいた紫電改四の設計図を格納ボックスから取り出し、整備兵候補生達に見せたところ、彼等はアッサリ掌ドリルを実行し、その設計図を書き残した戦治郎に師事を乞いながら作業に取り組む事にしたのである……

 

因みに戦治郎が横須賀で作った紫電改四だが、それは横須賀鎮守府の主力空母である二航戦の2人に渡され、その後は工廠にて戦治郎が書き残した設計図を基に量産が行われ、現在では横須賀鎮守府の空母系艦娘全員が搭載していたりする……

 

そうして出来上がった紫電改四は、チェックを行った教官の度肝を抜き、実際にそれに乗ってフライトした妖精さんは、その完成度を絶賛したのだとか……

 

これにより戦治郎の事はこの実習の後、整備兵候補生達の間に瞬く間の内に知れ渡り、多くの整備兵候補生達が昼休み中に戦治郎の下を訪れて教えを乞う様になり、戦治郎には整備兵候補生達とのパイプが完成するのであった

 

こうして整備兵候補生達とのパイプを築き上げた戦治郎の下に、ある日少々気になる情報が入って来るのであった

 

「この学校の艦娘候補生達の艤装は、基本自分達が授業の一環として整備してるんですけど、その時に艦娘候補生達の訓練の結果変形した砲身とか、摩耗したギアと言った故障したパーツが廃材として集められて、ある程度数集まったところで溶鉱炉で溶かして鋼材として再利用されるんですけど、最近その集められる廃材の量が減ってるみたいなんですよね~。んで、それをいつもチェックしてる教官から、整備兵候補生全員が度々注意されるんですよね~……。勝手に持ち出したりするなっ!!!ってね」

 

この話を聞いた直後、戦治郎は何か引っかかりを覚えるなり、毅達と食事をしている時にやって来た、実習の時にチームを組んだ整備兵候補生の話の最中に、独り思案し始める……

 

(艦娘候補生達の艤装は、整備兵候補生達が整備している……か……。なら、榛名の件は整備不良が原因ではない……?いやしかし、廃材が減ってるってのがどうも気になるな……。これはちょっち調べる必要があるか……?)

 

この様な事を考えていた戦治郎は、これは調べた方が良さそうだと思い立つと、急いで昼食を腹の中に収めて毅達に休養が出来たと詫びを入れると、整備兵候補生達にお願いして艦娘候補生達の艤装が保管してあると言う彼等の実習棟へ案内してもらうのであった……



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整備科実習棟にて

合同実習の際戦治郎とチームを組んだ3人の整備兵候補生達の案内を受け、整備科の実習棟に辿り着いた戦治郎は、実習棟内に足を踏み入れると大和から以前教えてもらった榛名の学生番号が書かれたハンガーを探し、それを発見、榛名の艤装が格納されている事を確認すると、すぐさま榛名の艤装をハンガーから取り出し、艤装に異常が無いかを確認する為に驚くべき速度でオーバーホールし始めるのであった

 

この時、戦治郎が突然作業を始めた事に整備兵達はとても驚くのだが、それもほんの僅かな間だけで整備兵候補生達は即座に懐に入れていたメモとペンを取り出すと、戦治郎の一挙手一投足を見逃すまいと目を見開いて観察を始め、これはメモしておくべきだと思った点があった場合、すぐに戦治郎に質問しその返答を聞くとメモにペンを走らせるのであった。如何やら彼等は普段はチャラチャラしているが、機械いじりに関する情熱は本物の様である

 

尚、その際戦治郎は榛名の艤装の異常を見つける事に集中していた為か、整備兵候補生達の質問に対してかなりぶっきらぼうに答えていたりする

 

(念の為オーバーホールしてみたが……、あいつらが昼休み前に整備していた関係か、異常は見当たらなかったな……。でもまあ、この時間帯には艤装は整備されている状態であるって事が分かっただけでも収穫ってとこだな……)

 

榛名の艤装に異常が無い事を確認し終えた戦治郎は、これまたとんでもない速度で、そしてとても鮮やかな手つきで榛名の艤装を組み直すと、戦治郎の仕事振りに思わずうっとりする整備兵候補生達そっちのけで、この様な事を内心で呟くのであった

 

さて、戦治郎が独りそんな事を考えている間に、整備兵候補生達は我に返り……

 

「艦載機だけでなく艤装までお手の物とか……、戦治郎さんマジやべぇわ……」

 

「ホント、俺達はこの人とチーム組めて良かったな……。実習の時と言いさっきの艤装オーバーホールと言い、この人から学べる事多過ぎて笑いが止まんねぇぜ……」

 

「そういや実習の時、他の連中は方針固める話し合いの時に意見の違いから提督候補生と殴り合いの喧嘩やったり、機械いじりの『き』の字も知らん様な提督候補生の指示で、資源ケチりまくってまともに飛べない九十六式作らされる羽目になった奴らがいたり、21型作ろうとしてしくじりまくって資源溶かした奴等もいたらしいな……」

 

「他にもこれくらいなら自分にも出来るだろうって思った提督候補生が、余計な事して大怪我したって聞いたぜ……」

 

「俺達って冗談抜きで恵まれてたんだな……、俺さ……、正式に整備兵になったらこの人のとこに着任してぇわ……」

 

「俺も、この人になら付いて行ってもいいわ……」

 

「同感だ……」

 

3人でこの様なやり取りを交わしていたのだとか……

 

尚、彼等の願いは天には届かず、戦治郎に鍛え上げられた彼等は優秀な成績を叩き出して軍学校を卒業した後、横須賀鎮守府に着任する事となるのであった……

 

「おめぇら、ちょっちいいか?」

 

「「「はいっ!!!何でしょうっ!!?」」」

 

その直後、先程考え事をしていた戦治郎が、不意に整備兵候補生達3人に声を掛け、それを受けた3人が即座に返事を返したところ、戦治郎は今度は廃材置き場の場所が何処なのかを尋ね、それを聞いた3人はキビキビした動きで戦治郎を今度は廃材置き場に案内するのであった

 

「此処です戦治郎さんっ!此処が廃材置き場になってますっ!!」

 

「案内サンキュー、んで、此処にはチェックシートとかねぇか?今日は廃材をこれくらい入れました~とか記入する奴」

 

「ちょいと待ってて下さいっ!すぐ持ってきますっ!!」

 

廃材置き場に辿り着いた戦治郎が、廃材の数を確認する為の記録などが無いかを整備兵候補生達に尋ねたところ、3人の内の1人がそう言って記録帳を取りに走り、戻って来た彼からクリップボードに挟まれた正の字が幾つも書かれたチェックシートを受け取ると、戦治郎はその内容にザっと目を通し……

 

「悪ぃけど、この記録と実際の廃材の量が合ってるか確認してぇから、廃材の数数えるのちょっち手伝ってくれ」

 

整備兵候補生達にこの様なお願いをしたところ……

 

「「「はい喜んでぇっ!!!」」」

 

3人は威勢のいい声で返事をし、戦治郎と共に廃材の数を数え始めるのであった

 

それからしばらくして、廃材の数を数え終えた戦治郎達が、改めてチェックシートの内容を確認していたのだが……

 

「足りねぇな……、35.6cm砲の砲身が8本ほどなくなってやがんな……」

 

「ですね……」

 

「記録のし忘れ……、だったら数が少なくなるか……。って事はこれ書いた奴の数え間違いか……?」

 

「あ、推進器に使うスクリューも2つ程無くなってますよ?」

 

チェックシートの記録内容と、戦治郎達が数えた数に差がある事が発覚し、チェックシートを眺めていた戦治郎達はこの様なやり取りを交わしながら揃って不思議そうに首を傾げるのであった

 

因みに戦治郎達の数え間違いの可能性については、ほぼ無いと言っていいだろう。何故なら戦治郎達は2人1組でこの作業を行い、1人が数え終えた後もう1人が再び数を数え、2人の間に差があった場合、同じ工程を再度行うと言う棚卸の際よく行われる2段確認を行いながら、廃材の数を数えると言うこの作業を行っていたのである。故に戦治郎達が調べた結果にほぼ間違いはないのである

 

「こりゃ誰かがここから廃材を持ち出してるってのは、ほぼ間違い無い様だな……」

 

「一体誰がこんな事を……、つか何の為に廃材なんか持ち出してんだ……?」

 

「もしかして、さっき戦治郎さんが艦娘候補生の艤装いじってたのは、これと関係してるんですかい……?」

 

「それってつまり……、誰かが此処から回収した廃材を、俺達が丹精込めて整備した艤装に取り付けてるって事か……?」

 

「まあそんなとこだな……、実は俺な……」

 

この会話の後、戦治郎が自分が大和の依頼で先程の艤装の持ち主である榛名の成績不振の原因を探っていた事を彼等に打ち明け、食堂で整備兵候補生達からこの件を聞いた時、もしかしたら榛名の艤装に悪さをしている犯人がいるのではないかと思った事を彼等に伝えたところ、静かに戦治郎の話を彼等は自分達が必死になって整備した艤装に悪さしていると思われる犯人に対して激しく憤り、この件の解決の為に戦治郎に喜んで手を貸す事を約束してくれるのであった

 

尚、何故戦治郎は大和からこの様な依頼を持ち掛けられたのか、戦治郎と大和はどの様な関係なのかについて、整備兵候補生達から尋ねられると、戦治郎は思いつく限り口から出任せを言って何とかその場を凌いで見せるのであった。もしここで本当の事を話し、それから戦治郎の正体がバレる様な事になっては目も当てられない為、戦治郎の事を慕ってくれている大和には悪いが、此処は誤魔化す以外に道は無かったのである……

 

こうしてやる事をやった上、整備兵候補生達の協力を得る事に成功した戦治郎は、彼等を伴って毅達がいるであろう軍学校の中庭に向かう為に、実習棟の出入口の方へと足を運ぼうとするのだが……

 

「ようやく尻尾を出したわね……っ!」

 

戦治郎達の前に1つの影が立ち塞がり、戦治郎達に向かってこの様な言葉を言い放つのであった

 

「尻尾を出した……?」

 

「何言ってんだこいつ……?」

 

「この姉ちゃん、戦治郎さんの知り合いですか?」

 

「まあ全く知らんって訳じゃねぇが……、この雰囲気……、多分こっちの話聞く気ねぇだろうな……」

 

問題の人物の姿を見るなり整備兵候補生達はこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎は困った顔をしながら、やれやれと言った様子でこの様な言葉を口にする……

 

「さあ正直に言いなさい、貴方達が榛名の艤装に細工をしていたのでしょうっ!?」

 

そんな戦治郎達の様子など気にも留めず、件の人物……、金剛型戦艦の4番艦であり、榛名の双子の妹である霧島は、怒りを露わにしながら戦治郎達に向かってこの様な言葉をぶつけるのであった……



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情報交換

榛名提督と霧島提督の皆さん、ごめんなさい……


佐世保鎮守府の執務室にて、その日の秘書艦を担当していた金剛が、兼継の書類仕事を手伝っていた時の事である

 

作業中に喉の渇きを覚えた金剛が、何となしに作業前に予め淹れておいた紅茶が注がれたティーカップを手に取った直後、何の前触れも無く、本当に唐突にティーカップの取っ手が取れてしまい、紅茶が注がれたカップは金剛が座っている秘書艦用の机の上に落ち、その中身を机全体にぶちまけ、つい先程まで彼女が手掛けていた書類を紅茶色に染め上げてしまうのであった……

 

「Oh,shit!!」

 

「大丈夫か金剛、火傷とかしてない?」

 

お気に入りのカップが突如壊れてしまった事と、頑張って仕上げた書類が駄目になってしまった事が重なり、金剛が思わずこの様な事を口走った直後、それに即座に反応した兼継が金剛の事を心配してこの様に尋ねる

 

「ワタシは大丈夫ネー……、でも書類が……」

 

「なら良かった、取り敢えず駄目になった書類とカップの破片は僕が片付けるから、金剛は新しく書類を出力しておいて」

 

兼継に声を掛けられた金剛が心底申し訳無さそうに返答したところ、兼継はこの様に返した後、作業を中断して金剛の席へと近寄り、割れたカップと紅茶塗れになった書類を処分し始めるのであった

 

「うぅ~……、sorryネー……。でも何でこんな突然にTea cupがBreakしたんダロ?」

 

「こう言うのって、不幸の予兆とかよく言うよね……」

 

「Unhappyの予兆……、もしかして榛名達に何かあったのカナ?」

 

「確か金剛の妹さんの榛名と霧島だっけ……?何事も無いといいんだけどね……」

 

カップが突然壊れた事を不思議がる金剛に対して、カップの破片と駄目になった書類を片付け終えた兼継がこの様に答えると、金剛は自分の妹達の事を思い、心配そうな表情を浮かべながらこの様な事を呟き、それを耳にした兼継も金剛同様不安そうな表情を浮かべながらそう返答するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兼継達がこの様なやり取りを交わしている頃、整備科実習棟で戦治郎達と遭遇し、彼等を榛名に関する問題の犯人と断定し、問い詰めていた霧島はと言うと……

 

「うっ……、ぐぅ……っ!」

 

「霧島ぁ……、幾ら頭に来てるからって、無理矢理はどうかと思うぜ……?」

 

現在進行形で、戦治郎からパロスペシャル……、それも実際のプロレスリングで使用された、本来の形のパロスペシャルを喰らっていたのであった……

 

一体何がどうなってこの様な事になったのか……、順を追って説明していこう……

 

整備科実習棟で榛名の艤装に触れていたと思われる戦治郎達を、榛名の実習関係の成績不振の原因を作っている犯人だと断定した霧島が、戦治郎達に向かって強い口調でこの件を教官達に自供する様言ったところ、戦治郎達は何言ってんだこいつ?と言った調子で容疑を否認。そしてこの様なやり取りを何度も交わしていると、遂に業を煮やした霧島が主犯格だと思わしき戦治郎の腕を掴んで、強引に教官達の所へ連れて行こうと腕を伸ばしたのだが……

 

「ほいさ~」

 

直後にその腕をこの様な掛け声を上げる戦治郎に取られ、気が付けば戦治郎に背後を取られたかと思えば、いつの間にか霧島は戦治郎に元祖パロスペシャルをお見舞いされていたのであった……

 

「うわぁ……、女相手にそれって……」

 

「戦治郎さん……、幾ら何でも情け容赦無さ過ぎじゃないです……?」

 

「パロスペシャル……、まさかこんな所に使い手がいるとは……」

 

そんな戦治郎の様子を見ていた整備兵候補生達が、ドン引きしながら口々にその感想を述べていると……

 

「いや、つい反射的に……。でもまあ、あのまま掴まっていたら俺ら全員退学処分だっただろうし、霧島もきっとこれで頭冷えてくれると思うから……」

 

未だにパロスペシャルを続ける戦治郎が、言っている事に少々自信が無いのか、やや震えた声でこの様な返事をするのであった……

 

「貴方達……、こんな事をして……、只で済むと思っているの……っ!?」

 

「バレたら不味いのは承知の上よ、ただ、俺達も冤罪で退学処分は勘弁願いたいところなんだわ……」

 

「冤罪……っ!?まだ白を切るつもり……っ?!」

 

「いや、残念ながらおめぇの分析は大外れ、俺達はマジでこの件の犯人じゃねぇんだよな~……。って事で霧島よぉ、ちょっち取引しねぇか?」

 

その後、元祖パロスペシャルによって発生する痛みに耐えながら、背合わせの状態から霧島の両足に足を絡め、そこを支点に立ち上がって彼女の両腕を掴んで背後に回して技を極める戦治郎に鋭い視線を向ける霧島に向かって、戦治郎が取引に応じてくれればこの技を解くと約束したところ、彼女はそれに応じると言った為、戦治郎はパロスペシャルを解いて取引とやらを開始するのであった

 

戦治郎が言う取引とは、ぶっちゃければ只の情報交換である。具体的にそれがどの様な内容であるかと言えば、戦治郎達は榛名の件を知っている霧島が持つ情報を聞き出し、その代わりに戦治郎達も自分達が大和の依頼でその件を追っている事を霧島に伝えた上で、現在戦治郎達が持っている現在の榛名の艤装の状態についてと、廃材置き場から幾つかの廃材が消えていた事に関する情報を霧島に教える事で、戦治郎は彼女をこの事件を解決する為の協力者にしようとしているのである

 

これにより戦治郎達の誤解は解け、戦治郎達の事を犯人だと決めつけていた霧島は、戦治郎達に向かって謝罪の言葉を述べ、それに対して戦治郎は霧島に突然攻撃してしまった事を深く詫び、お互い此処であった事は水に流す事にしたのであった

 

さて、これによって戦治郎は1つだけ新しい情報を入手する事に成功したのだった

 

その内容とは、榛名がクラスメイトから盛大に嫌われ、榛名自身はそれに一切気付いていないのだが、榛名は霧島を除くクラスメイト達から、いじめまがいの仕打ちをされているのだそうな……

 

何故榛名がその様な仕打ちを受けているのかと言えば、如何やら彼女は入試で霧島と共に実技においても筆記においてもトップクラスの成績を叩き出し、昔やんちゃをしていた事が原因で書類選考の段階で評判があまり良くなかった霧島を差し置いて、艦娘候補生の首席としてこの軍学校に入学したのだとか……

 

因みに、そんな彼女達をそこまで鍛え上げたのは、他でもない彼女達の実の姉であり、佐世保鎮守府のエース艦娘の1人である金剛である

 

それが原因で、榛名は他の戦艦艦娘の候補生達の嫉妬の的となり、榛名の普段の遠慮がちで控えめな言動がそんな彼女達の嫉妬心を煽る形となり、結果として彼女達の嫉妬心は怒りに姿を変え、彼女達をこの様な行動に走らせているのだとか……

 

「最初の頃は教室に置かれていた榛名の教本を隠したり、実習の際大和教官の目を盗んでわざとぶつかって妨害をする程度だったのですが、榛名がそれらの行為が故意に行われている事に気付かず、全く堪えた様子を見せなかった事が彼女達の怒りを更に買う事となり、彼女達の行動は日に日にエスカレートしていき、こうして今の様な状況になっている様なのです……」

 

「榛名の成績不振の原因は、戦艦艦娘達によるいじめが原因だったか……。んで、おめぇが此処に張っていた理由は?此処に張ってるって事は、榛名の艤装に細工が施されているって事に気付いてるって事だからな。それはどうやって知った?」

 

「それは……、彼女達が榛名に対しての仕打ちを考えているところを、私が偶々聞いてしまった際、彼女達の中に整備兵候補生の中に彼氏がいる人がいて、その人の彼氏の協力を得て榛名の艤装に細工を施そうと言う話が出ていたので……。私はその現場を押さえて犯人を見つけ出し、この事を学校側に証拠付きで報告し、彼女達に適切な処分を下してもらおうと思っていたのです……」

 

霧島の話を聞いた戦治郎が、霧島がどういった経緯で榛名の艤装の細工が施されている事を知り、現場を押さえる為に整備科実習棟を見張っていたのか尋ねたところ、霧島は暗い表情を浮かべながらこの様に返答するのであった

 

「うっわ、俺達の学科の中に共犯者がいんのかよ……」

 

「これは整備兵の端くれとしては、絶対に許されざる行為ですわぁ……」

 

「如何やら俺達も、全力を出さざるを得ない様だな……」

 

霧島の話を聞いた整備兵候補生達が、憤りを露わにしながらこの様な言葉を次々と発していると、それを戦治郎が手で制し……

 

「OK分かった、よく話してくれたな霧島。おめぇの情報のおかげですぐに犯人を取り押さえられそうだわ、ありがとうな」

 

この様に、戦治郎は霧島が情報を提供してくれた事に感謝し、礼を述べるのであった

 

その後、戦治郎が霧島に自分達に協力してもらえないかと頼んだところ、彼女はその提案を快諾し、整備兵候補生達が問題の整備兵候補生の共犯者について探ると言ってきたところで昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響き、戦治郎がその提案を了承した事を合図に、戦治郎達は各自次の授業に備える為に今日の所はこれで解散し、それぞれの教室へ戻っていくのであった



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榛名の自主練と涙

整備科実習棟で霧島の口から事の真相を知った戦治郎は、その日の授業が全て終わった後、教官寮に戻って来た大和にこの事を報告すると、部屋の中央に設置された食卓で今日の課題をちゃっちゃと全て終わらせると、例の砂浜で自主練をしてくると大和に伝えて竹刀が入った包みと、同じく包みに包んだ大妖丸を背負って部屋を出るのであった

 

因みにこの部屋には戦艦艦娘達の教官である大和が、次の日の授業の為の予習をする為のデスクがあり、大和は戦治郎にそのデスクを使って勉強する様に勧めていたのだが、戦治郎は流石にそれは大和に悪いと言って、食卓を使って勉強をしていたのであった。これに対して大和は、内心で戦治郎に気を遣わせた事にちょっぴり罪悪感を感じながらも、戦治郎の気遣いに盛大に感動していたのだとか……

 

「偶には大妖丸も振ってやらねぇと、機嫌損ねちまいそうだからな~……。それに俺の方も感覚忘れっちまいそうなのが怖いんだよな~……、何時何処で何が起こるかなんて、超強力な神話生物でもなけりゃ分かんねぇだろうからな~……。って事で、今日は大妖丸で素振りするぞいっ!!」

 

そんな事を呟きながら、時間がある時に剛からコツを教えてもらって体得したスニーキング技術を行使し、何処ぞの蛇の如く誰にも見つからない様にその身を隠しながら、戦治郎は例の砂浜へと歩みを進めていたのだが……

 

(……砲撃音?にしては音が小さい……。ああそっか、長門達が言ってた夜間訓練用のサイレンサー使ってんのか……、って、この音……、砂浜の方から聞こえてね……?)

 

その途中で、目的地の方角から微かに砲撃音が聞こえた事で、戦治郎は怪訝そうな表情を浮かべながらこの様な事を内心で呟き、この音の発生源を確認する為に足音を立てない様に注意しながら、例の砂浜へ向かうのであった

 

そうして砂浜に辿り着いた戦治郎が、岩陰に身を隠して顔だけ出して砲撃音がする方角へ視線を向けたところ、そこには海上に浮かべたターゲットに向かって、必死になって砲撃する榛名の姿が確認出来たのであった

 

(ありゃ榛名じゃねぇか……、確か艦娘の自主練は……、いや、そんな事はどうでもいいか、それよりも榛名が砲撃の自主練してるって事は、成績不振の事気にしてるって事か……?)

 

榛名の姿を見つけた戦治郎は、内心でこの様な事を呟きながら、榛名の様子を注意深く観察するのだが……

 

(磯風達が言ってた通り、狙いは悪くねぇな……。ただ、発射した砲弾が真っ直ぐ飛んでねぇ……、こりゃまた細工されたか……?)

 

榛名が発射した砲弾が、ターゲットから大きく外れて海に着弾する様子を見ると、戦治郎はこの様な事を心の中で呟くのであった

 

それからしばらくの間、戦治郎は榛名の様子を窺っていたのだが、榛名は撃っても撃っても一向にターゲットに砲撃が当たらない事に苛立つ様子も見せずに、只管ターゲットに向かって砲撃を繰り返すのであった……

 

(ああもうっ!!見てらんねぇよちきせうっ!!!)

 

そんな榛名を見ている事が耐えられなくなったのか、戦治郎は内心でそう呟くと岩陰から出ると榛名の方へと歩み寄り……

 

「お嬢ちゃ~ん、こんな時間に精が出るね~」

 

榛名に向かって、この様な言葉を掛けるのであった

 

それによって戦治郎の存在に気付いた榛名は、そちらに顔を向けると驚きの表情を浮かべながら硬直し……

 

「えっと、貴方は……?」

 

戦治郎に向かってこの様に尋ね、それを聞いた戦治郎が自分は大和からの情報で一方的に榛名の事を知っていて、榛名は自分の事など一切知らないであろう事に気付いて、自身を見て驚く榛名に対して自己紹介をしたところ、榛名は戦治郎が此処の提督科の生徒であると分かると慌てた様子で自己紹介して返すのであった

 

こうして互いに自己紹介を終えたところで、戦治郎が改めて榛名に何をしているのか尋ねたところ、榛名は自分は砲撃が苦手で狙った的に上手く当てる事が出来ず、それが原因で軍学校を辞めなければいけなくなる可能性がある為、それを回避する為にこうして自主的に練習しているのだと答えるのであった……

 

この時戦治郎は、自分が榛名にこの話を振ったその瞬間、榛名の身体が戦治郎の言葉に反応して本当にほんの僅かに、ピクリと震えたところを見逃さなかった……

 

(この反応……、もしかしたら榛名は、自分がどの様な立場にいるか気付いてるのか……?だったらキャシーもびっくりのとんでもねぇ女優だな、何せ血の繋がった双子の妹まで、自分はこの件に気付いていませんよ~ってな具合に、上手く騙せているんだからな……。まあ尤も……、空との繋がり目当てにやって来た、長門屋のバイト希望者ちゃん達相手に、幾度となく面接してきた俺や空にはその手は早々通じないがな……っ!)

 

その様子を見ていた戦治郎が、内心でこの様な事を呟いていると、榛名は戦治郎に一言断りを入れた後、自主練を再開しようと動き出す

 

「Hey榛名~、もしよかったらおめぇのその訓練とやら、ちょっち見学させてもらってもいいか?」

 

「えっ?それは別に構いませんが……」

 

そんな榛名に対して戦治郎が自主練を見学したいと言い、それを聞いた榛名は、大して面白みも無い砲撃の練習を見学したいと言い出した戦治郎の真意が分からず、少々困惑しながらこの様に答えるのであった

 

「サ~ンキュ☆っとぉほらあれだ、榛名の主観じゃ分からない悪い点を、客観的に見ている俺が気付けるかもしれねぇじゃん?ってな訳で、俺は榛名の訓練を見てみたいって言った訳よ。OK?」

 

「なるほどっ!そう言う事だったのですねっ!では、今から砲撃を始めますので、もし悪い点を見つけたら、すぐに教えて下さいねっ!」

 

榛名が困惑している事に気付いた戦治郎が、榛名に向かってこの様な事を言ったところ、榛名は戦治郎の言葉に納得したのか、その表情を明るくしながらこの様に答え、早速戦治郎が見守る中、砲撃の訓練を再開するのであった

 

(さて……、ぶっちゃけ最初見た時から分かってたんだが、既に榛名の艤装には細工が施されてるな……。って事は、犯人は授業が終わってからすぐ整備科実習棟に向かい、榛名の艤装に細工を施してるって訳か……。これで大体犯行時刻が絞り込めるな……、後はその証拠をどうやって確保するかだな……)

 

榛名の訓練の様子を眺めていた戦治郎が、内心でこの様な事を呟いていると、不意に榛名の艤装から異音が聞こえ、それに気付いた戦治郎は我に返り

 

「榛名ストップッ!!!砲撃止めっ!!!すぐに艤装を外せっ!!!」

 

「えっ!?えぇっ?!」

 

急いで榛名に向かって砲撃を止める様大声で指示を出し、それに驚いた榛名はやや混乱しながらも戦治郎の言う通りに艤装を外し、榛名が艤装を外した事を確認した戦治郎は、すぐさま榛名の艤装に駆け寄ると、格納ボックスから工具を取り出し即座に榛名の艤装を解体し始めるのであった

 

只ならぬ様子で自身の艤装を解体し始めた戦治郎を見た榛名が混乱する中、艤装の動力部をバラして中を確認していた戦治郎は、榛名の艤装が発した異音の原因を発見する事に成功するのであった

 

(まさか砲身や推進部分だけでなく、動力部にまで細工してやがったのかよ……っ!?もしこのまま榛名がこの艤装を使っていたら、動力部が暴走して爆発、最悪その衝撃で榛名が死んで黄泉個体化するところだったぞ……っ!!犯人はどんだけ榛名の事恨んでやがんだよ……っ!?!)

 

内心で舌打ちしながらこの様な事を呟く戦治郎は、急いで問題の動力部を修理し、そのついでに整備科実習棟から持ち出されたと思われる廃材とすり替えられていた砲身と推進部分を、課題のついでに自前の資源から作っておいたパーツと交換するのであった

 

「よっし終わったっ!!!榛名っ!!!試運転よろしくっ!!!」

 

「は、はいっ!!!」

 

一仕事終えた戦治郎が榛名に向かってそう言うと、榛名は戦治郎の声に驚いたのかビクリと震わせた後、突然の出来事の連撃に少々混乱しながら戦治郎の指示通り急いで艤装を装着し、試しに海上のターゲットに砲撃してみたところ、榛名の砲弾は見事ターゲットのド真ん中に直撃し、ターゲットを粉々に爆砕してみせたのであった

 

「あ……」

 

「やっぱりおめぇさんの砲撃が上手くいかなかったのは、艤装の不具合が原因だったな……。この事、色んな奴から指摘されたんじゃねぇのか?」

 

我に返った榛名が思わず声を漏らすと、その様子を見ていた戦治郎がこの様な言葉を榛名にかけるのであった

 

「えっと……、あの……」

 

「誤魔化さんでいい、……砲撃が下手だって嘘付いてた事についても、おめぇさんが受けている仕打ちについてもな」

 

しまったと言った様子で、何とかこの状況を誤魔化そうと言葉を選ぼうをしている榛名に向かって、戦治郎がそう言い放ったその瞬間、榛名はハッとしながら戦治郎の顔にその双眸を向け……

 

「どうしてそれを……?」

 

「俺はおめぇの事気にかけてた大和の頼みで、おめぇの不調の原因を探っていたんだがな、その中で霧島と出会っておめぇが戦艦艦娘候補生達の多くからいじめられてるって既に聞いてんだ。まあ、霧島はおめぇがいじめられている事を、全く自覚していないと思っているみてぇだがな……」

 

榛名が震える声で戦治郎にそう尋ねると、戦治郎は自分が榛名の事を探っていた事と、榛名がいじめられている事を知っている事を正直に告げる。すると榛名は沈黙し、俯きながら身体を震わせ始め……

 

「辛かっただろう……、苦しかっただろう……。大丈夫だ、今此処には俺とおめぇしかいねぇ、吐き出したい事があったら吐き出しちまえ。それでおめぇが楽になるってんなら、俺がその全てを受け止めてやんよ」

 

そんな榛名に向かって戦治郎がそう言うと、榛名は勢いよく戦治郎に飛びつき、声を出して泣き出してしまうのであった……

 

(よっぽど辛かったみてぇだな……、ったく……、この事件の犯人とやらには、如何やらドギツイお灸を据えてやる必要があるみたいだな……)

 

飛びついて来た榛名を慰める様に、彼女を優しく包み込んでその頭を撫でる戦治郎は、内心でこの様な事を呟くのであった

 

そんな戦治郎の左目からは、鬼之型発動時に出現する鬼の文字が浮かぶ赤い炎が、まるで戦治郎の今の心境を表す様に、ガスが切れかかった100円ライターの火の如く、途切れ途切れに噴き出していたのであった……

 

尚、榛名は戦治郎の胸に顔を埋めていた為、戦治郎の左目の赤い炎には気付かなかった模様……



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涙の理由と反撃の狼煙

(そういやミッドウェーの時も、大和の事をこうやって慰めてたっけな~……。あの時の大和は、理想と現実の乖離と周囲からの重圧、それに自身の無力さを実感して泣いてたっけか……。もしかしたら、大和は榛名のいじめの事に気付いてて、それに耐える榛名を俺と会う前の自分と重ねちまったのかもな……。だったら大和が榛名の事気にかけてたってのも、何か納得しちまうな……)

 

そんな事を考えていた戦治郎が、榛名を慰め始めてからしばらく時間が経過したところで、何とか落ち着いた榛名が礼と謝罪を述べながら戦治郎から離れると、戦治郎は荒ぶる自身の心を榛名に悟られない様細心の注意を払いながら何とか静め、気にするなと榛名に向かって一言言った後、少々酷な事をすると自覚しながらも、榛名に自分が受けているいじめの事を何故誰にも相談しなかったのか、どうして双子の妹である霧島にも黙っていたのかについて尋ねるのであった

 

「それは……、榛名が少し我慢していれば、きっと彼女達もいじめは無意味な事だと気付いて、榛名に対するいじめを止めてくれると思っていたからです……。そしていじめの事を霧島に黙っていたのは、その……、霧島はああ見えて怒ると凄く怖いんです……。そんな霧島にいじめの事を相談したら、きっと霧島は凄く怒って……、その……、大変な事に……、そう、とても大変な事になってしまう様な気がしたので……」

 

それに対して榛名は、俯きながらいじめの事を誰にも相談しなかった理由を口にし、それに続く様にして霧島にもいじめについて黙っていた理由を話すのだが、霧島の話になった途端、榛名は俯いたまま視線を泳がせ、発する言葉の内容もややしどろもどろになってしまうのであった……

 

尚、この事が少々気になった戦治郎が、後に大和に頼んで霧島の事を調べてもらったところ、如何やら霧島は反抗期くらいの頃に所謂チームとやらに所属し、戦治郎と出会う前のシゲがやっていた事からバイク要素を取り払った様な事を、毎日の様にやっていたのだとか……

 

この事実を知った戦治郎は……

 

「これ、やんちゃとか言うレベルじゃなくね?病院送りにした野郎の数が3桁超えてるって、相当な危険人物じゃね?霧島の奴よく合格出来たな……」

 

思わずこの様な言葉を口にするのであった……

 

因みにこんな霧島が軍学校に受かった理由は、今の彼女はこれまでの行為を反省してしっかりと更生しており、佐世保鎮守府のエースである金剛の実の妹であり、軍学校に来る前から金剛から直々に手解きを受けていた事が判明し、これなら下手に刺激しなければ、活躍が期待出来ると判断された為なんだそうな……

 

「いじめに耐えていれば、いつかいじめられなくなる、なぁ……。榛名……、そんなおめぇに残念な知らせがあるんだ……」

 

榛名がいじめについて黙っていた理由を聞いた戦治郎は、そんな榛名の期待を裏切ってしまう様な気持ちになり、申し訳なさそうな表情を浮かべ、自身の後頭部をワシワシと掻きながら、先程の榛名の艤装の修理の際、艤装の動力部にまで細工がしてあった事と、それに気付かず自主練を続けていた場合、榛名がどんな目に遭っていたかについて、黄泉個体の事を少々ぼかしながら榛名に伝え、それを聞いた榛名は、とても信じられないと言った表情を浮かべながら、呆然としてしまうのであった……

 

「動力部にまで細工するって事は、相手はおめぇを殺したいくらい憎んでいるか、或いは艤装のこの小さな動力部の爆発は大した事無いものだろうとか思ってた、只の超極絶クソ馬鹿野郎だったかのどっちかだな……」

 

「そんな……、どうして……、どうして榛名はそんな事をされなければ……」

 

戦治郎の言葉を聞いた榛名が、その身をプルプルと震わせながら、再びその双眸に涙を溜めながら、何とか言葉を紡いだその直後、不意に榛名の頭に戦治郎の手が乗せられ、その温かい手はそれはそれは優しく榛名の頭を撫で始め……

 

「おめぇのいじめの件、俺は確かに聞いた。それでおめぇがとんでもなく苦しんでいる事を知った、だから俺はそんなおめぇを助けたいと、力になってやりてぇと思った。そんな俺がそう思った以上、おめぇが幾ら嫌だと言っても、俺は何としてでもおめぇを助けようと動く。だからそんな顔すんな、このいじめ……、ぜってぇ俺が何とかしてやっからっ!!!」

 

榛名の頭を撫でる戦治郎は、突然の出来事に驚き戸惑う榛名に向かってそう言い放つと、歯を見せる様にニカッと笑ってみせるのであった

 

この言葉を聞いた榛名は、結局感極まって戦治郎に飛びついて泣き出し、そんな榛名を戦治郎は再び優しく抱き締めながら落ち着かせ……

 

「今日会ったばかりだと言うのに、みっともないところをお見せして申し訳ありません……」

 

「気にすんなって、それよりも、もう大丈夫か?」

 

何とか落ち着きを取り戻した榛名が、戦治郎に向かって申し訳なさそうに、そしてやや恥ずかしそうにしながら謝罪の言葉を述べ、それを聞いた戦治郎が気にするなとばかりに手をヒラヒラさせながら、榛名に向かってこの様に尋ねると……

 

「はいっ!榛名はもう大丈夫ですっ!!」

 

榛名はさっきまでとは打って変わって、元気よくこの様に返答するのであった

 

その後、戦治郎は改めて榛名に対してこの問題を解決すると約束し、それを聞いた榛名は戦治郎に向かって一礼しながら礼を述べると、自主練を終えて自室へと戻っていくのであった……

 

「さて……、と……。おめぇら、話は聞いてたな?」

 

そんな榛名の背中を見送った戦治郎が、一息入れた後そう言ったその直後、先程戦治郎達がいた場所の近くにある、大き目の岩の陰からゾロゾロと人影が姿を現す……

 

「何時から気付いてらしたのですか……?」

 

「俺が最初に榛名を抱きしめた辺りから、ずっとそこにいただろ?」

 

「それ、五十鈴達が此処に来た時からって事じゃない……」

 

「これでもかなり気配を消していたのだがな……」

 

「何ですかその察知能力……、下手な電探より感度がいいじゃないですか……」

 

「これは経験の違いなのかもしれませんね~……」

 

人影の内の1人、戦治郎に差し入れを持って来た大和がこの様に尋ねると、戦治郎は彼女達が盗み聞きをしていた事が気に入らなかったのか、僅かに唇を尖らせながら返答すると、それを聞いた五十鈴、那智、鹿島、綾波が続け様にこの様な言葉を口にするのであった

 

大和は兎も角、何故五十鈴達がこの浜辺にいるのかについてだが、それは彼女達が綾波から戦治郎が此処で自主練をしている事を聞き、鹿島を除く者達は教官任務で鈍りそうになる身体を鍛えるついでに、割とヘビーな内容となっている戦治郎の自主練を出来る限りサポートする為に、軍学校に常勤している鹿島は、話でしか聞いていない戦治郎の実力とやらを、自身の目で確認する為にこの浜辺にやって来たのである

 

こう言った理由があって、大和達はこの浜辺にやって来たのだが、彼女達は浜辺に到着した直後に榛名と抱き合う戦治郎の姿を目撃してしまい、思わずそこの岩陰に隠れて戦治郎達の様子を窺っていたのだとか……

 

尚、その直後の大和の瞳からは、ハイライトが消え失せていたとかなんとか……

 

「あ~……、それは兎も角だ、この件……、教官の皆様はどう思います?」

 

話題を変える為に、戦治郎が大和達に向かって、榛名のいじめの件を尋ねたところ……

 

「気に入らんな……」

 

「少なくとも、そんな事をする様な候補生を、卒業させて鎮守府に送り出す訳にはいかないわね……」

 

「嫉妬でこの様な行動に走る様ならば、きっと現場でも似た様な事をするでしょうからね……」

 

「こんな事、絶対に許されませんっ!絶対に犯人を捕まえましょうっ!!」

 

那智、五十鈴、綾波、鹿島の4人はこの様に答え……

 

「まさか提督の手をここまで煩わせる様な輩がいるとは……、その方達には、大和達が味わった地獄よりも辛く苦しい世界を見てもらわなければいけませんね……」

 

自分の想像を遥かに上回るレベルで行われていたいじめに対して、戦治郎が動かざるを得なくなってしまった事に怒りを覚えた大和は、途轍もなく恐ろしい事を言い出すのであった……

 

「約1名、おっそろしい事言ってるが……、まあいいか。それで俺は榛名に言った通り、この問題を何とか解決しようと考えてる。んで、巻き込む様で悪ぃんだが……、力貸してくれねぇか?」

 

戦治郎がこの場にいる教官達に向かって、こう言って頼み込んだところ、彼女達は戦治郎に向かって静かに頷き返すのであった

 

その後、戦治郎達はこの一件で自主練と言う気分では無くなった為この場で解散し、戦治郎は大和と共に部屋に戻るなり、早速この問題を解決すべく行動を開始するのであった……

 

尚その最中、戦治郎と榛名が抱き合っていたところを目撃した事で、我慢出来なくなった大和が戦治郎にハグをおねだりし、戦治郎がその要望に応えて大和を抱きしめたところ、しばらくの間大和の身体から常にキラキラとした輝きが放たれていたのだとか……



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犯人確保

戦治郎が榛名と榛名のいじめ問題を解決すると言う約束を交わし、いじめ問題の解決の為に教官達の助力を得る事に成功してから数日が経過したある日の夜、整備科実習棟の中にある榛名の艤装が保管された棚の前に4つの人影があった

 

「ねえアンタ達、ちゃんと私達が言った通り、あの子の艤装に細工してるんでしょうね?」

 

「ああ、しっかりバッチリやってるっつぅの……」

 

「じゃあ何で最近のあの子、あんなに調子がいいのよっ!この間の実習で行われた的当てとか、全弾命中のフルスコアをクラス最速でやってのけたのよっ?おかしいじゃないっ?!」

 

「っるっせぇなっ!んなモン知るかよっ!!俺達ゃおめぇの指示通りに細工したっつっただろうがっ!!!」

 

その中の内の2人、戦艦艦娘候補生が整備兵候補生に対してこの様な質問をし、それを聞いた整備兵候補生が鬱陶しそうに返事をしたところ、戦艦艦娘候補生が怒りに任せてヒステリックな怒号を上げ、そんな彼女に怒りを覚えた整備兵候補生が、声を荒げながら彼女の言葉にこの様に言い返すのであった

 

「アンタ達静かにしなさいよっ!私達がやってる事があの子や霧島、戦艦艦娘以外の誰かにバレたら不味いの分かってるでしょっ!?痴話喧嘩は後でやんなさいよっ!!」

 

「おめぇも大概だっつの……、っと、ロック解除成功っと……、ほれ、さっさとやる事やってズラかるぞ」

 

こうして言い争いを始めたカップルに対して、もう1人の戦艦艦娘候補生が静かにするようにと注意を促し、それを聞いたもう1人の整備兵候補生が、ウンザリしながらも榛名の艤装が保管された棚のロックを解除し、榛名の艤装を棚から取り出すとこの様に言葉を続け、それを聞いた言い争うカップルは口論を止め、早速榛名の艤装に細工を始めるのだった

 

「今回は何処に細工するか、分かってるんでしょうね?」

 

「砲身と推進部、それに前回失敗した動力部と追加で装弾系だろ?わぁってるっての……」

 

「幾ら榛名って奴が憎たらしいとは言え、流石にこれはヤバイんじゃねぇか……?」

 

「どうせ艤装の動力部が暴走しても、艤装がちょっと爆発するくらいなんでしょ?そのくらいだったら別に問題ないでしょ?こっちはあの子をちょっと驚かせる事が出来れば十分なんだし」

 

「ちょっと爆発って……、これだから素人は……。っつか何時も思うが、バレない様にする為とは言え、こんなくらい実習棟の中でこのちっせぇライト1つで作業するってのは、骨が折れるな……」

 

榛名の艤装に細工を施す中、4人がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「だったら照明点けりゃいいだろ、こんな感じにな」

 

不意に戦艦艦娘達には聞き慣れない声が実習棟内に響き渡ると同時に、突然実習棟内の照明が全て点灯し、その光によって榛名の艤装に細工を施す4人と声の主の姿が露わとなるのであった

 

「え……、何よあいつ……?」

 

「げぇっ!あいつは提督科の長門じゃねぇかっ!?」

 

「誰よそれ……、ってか何でアンタ達はあいつに怯えてんのよ?」

 

「あいつは整備科との合同実習の時、現在開発レシピの中で最高難易度を誇る艦載機を、俺達整備兵候補生に混じって作り上げて、こっちの科に転属しないかって話持ち掛けられるくらい、俺達のとこの教官達に滅茶苦茶気に入られてる奴なんだよっ!!」

 

「しかもあいつ、おめぇらのとこの教官の大和とデキてるとか噂されてんだぞっ!?実際入試の時も、呉鎮の武蔵に大和と一緒に送迎してもらってたらしいんだぞっ?!」

 

「あんな変な格好した奴がっ!?嘘でしょっ?!」

 

「整備科の教官と大和教官とパイプ持ってるって……、じゃああいつがその気になったら、私達この事教官達にチクられて終わっちゃうじゃないっ!!!」

 

「あ、俺ってそんな風に思われてんのか……、大和と付き合ってるってのは~……、まあ概ね合ってるな、うん」

 

突然聞こえて来た声の主である戦治郎の姿を確認するなり、榛名のいじめの主犯格である戦艦艦娘候補生2人と、そんな彼女達と交際している整備兵候補生2人が、取り乱しながらこの様なやり取りを交わす中、それを聞いていた戦治郎は暢気にこの様な事を呟き……

 

「こうなったら……、アンタ達っ!やっちゃいなさいっ!!」

 

「2人掛かりなら何とかなるでしょっ!?あいつをやっつけて教官達にチクらせない様にしなさいっ!!」

 

「分かってるっつのっ!!!一々指示すんじゃねぇっ!!!」

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!!やってやらあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦艦艦娘候補生達が整備兵候補生達に向かって、口封じの為に戦治郎に攻撃する様指示を出し、それを聞いた整備兵候補生達が、工具を手に戦治郎に襲い掛かるのだが……

 

「2人相手は~……、やれん事もないが~……」

 

その様子を見た戦治郎が、自身の後頭部をガシガシと掻きながらそう呟いたその刹那、突然物陰から1つの影が飛び出して来て、整備兵候補生達の前に立ち塞がり……

 

「提督に手を上げるなどと言う愚行……、この大和が許しませんっ!!!」

 

「まあ、こうなるよな……。って事で大和、片方は任せたっ!」

 

飛び出して来た影の正体である、額に戦治郎お手製の暗視ゴーグルを装着した大和がこう言い放つと、戦治郎は大和に向かってこの様な指示を出し、それを聞いた大和は鋭い目つきで整備兵候補生達を見据えながらお任せ下さいっ!と返事をし……

 

「どっ……せいっ!!」「はぁっ!!」

 

戦治郎と大和は、自分達に向かって振り下ろされる工具が握られた整備兵候補生達の腕を全く同じタイミングで掴むと、まるで呼吸を合わせた様に同時に勢いよくその腕を自分の方へと引き寄せ、それによって引き寄せられた整備兵候補生達の腹に、息の合った掛け声と同時に腰と肩の捻りを加えた掌底を叩き込み・・・・・

 

「ぐはぁっ!?」「がふっ……っ!」

 

それを受けた整備兵候補生達は、呻き声を上げて地面に倒れ込み沈黙してしまうのであった……

 

「え……、嘘……、大和教官……?何で教官が此処に……?」

 

「ってか!生徒に暴力振るうってどう言う事っ!?幾ら教官だからって、そんな事が許される訳ないでしょっ?!この事は校長に報告するわよっ!!?」

 

突然姿を現した大和を見て、戦艦艦娘候補生の1人はその顔を真っ青にしながら、声を震わせてこの様な事を呟き、もう片方の戦艦艦娘候補生は半狂乱になりながら、自分達の事を棚に上げてそう言い放つ。しかし……

 

「残念だが大和には、戦治郎の護衛と言う元帥から正式に認められた任務がある都合、戦治郎に襲い掛かったそいつらに対して、暴力による鎮圧も認められているんだ」

 

「そもそも、そんな事をしたら間違いなく校長に、貴方達は何故こんな時間に整備科実習棟にいたのかって聞かれるんじゃないかしら?」

 

その直後、大和同様恐らく何処かに身を潜めていたであろう那智と五十鈴が、戦治郎が作った暗視ゴーグルを片手に姿を現し、戦艦艦娘候補生達に向かってこの様な事を言うのであった

 

大和に続き、他の艦種の教官達まで現れた事と、那智が発した言葉の内容に驚き呆然とする戦艦艦娘達だが、そんな彼女達に更なる追い打ちがかけられる……

 

「それ以前に、貴方達が今此処でやっていた事は、戦治郎さんのおかげでリアルタイムで校長先生に知られてたんですけどね~」

 

不意に整備科の校舎側と繋がる通路がある方向から綾波の声が聞こえて来て、その声が聞こえた直後に戦艦艦娘候補生達がビクリと身体を震わせ、慌ててそちらの方へと視線を向けたところ、そこには先程声を発した綾波と鹿島、そして整備科の教官達数名とこの江田島軍学校の校長が、険しい顔をしながらそこに立っていたのであった

 

尚、その傍には戦治郎の声を合図に、実習棟の照明を点けた戦治郎と仲のいい整備兵候補生3人組の姿もあったのだが、他の面子のインパクトが余りにも強過ぎた為、彼女達の視界には映っていなかった様である……

 

「おぅおめぇら、俺の右手の先を見てみろや……」

 

一体何が起こっているのか分からず、愕然とする戦艦艦娘候補生達に向かって、戦治郎がこの様な事を言いながら、榛名の艤装が保管されていた棚の天井の方へと右手を差し向け、彼女達がそれに従う様にそちらに視線を向けたところ、そこには艶消し加工が施された、闇に紛れ易いやや紺色っぽい色をした監視カメラが、死角が出来ない様に複数台設置されていたのであった

 

「此処以外にも、外に繋がる実習棟の出入口の方にも、これと同じ監視カメラが幾つか設置されててな、おめぇらが夜遅くに此処に出入りしてるとこも、細工してるとこもバッチシ記録されてんだよな~」

 

「そのカメラを設置する許可を得る為に、大和達が整備科の教官の皆様に今回のいじめの事を伝えたところ、皆さん喜んで許可を出してくれました」

 

「それどころかカメラ設置の手伝いや、交代制で監視までしてくれましたよね……」

 

「お前ら……、確かに艤装の動力部は小さいかもしれんが、それが暴走して爆発なんてしようものなら、人間の身体の1つや2つは軽く弾け飛ぶんだぞ?まさかそんな事も知らなかったのか?」

 

天井に設置された監視カメラを目の当たりにして驚愕する戦艦艦娘候補生達に対して、戦治郎がそう言い放つと、大和と鹿島、そして整備科の教官がこの様に言葉を続けるのであった

 

因みにこのカメラ、性能は護が作る物には流石に劣るものの、監視カメラとしては恐ろしく高性能で、夜間撮影用の赤外線カメラの他にも、かなり感度が良いマイクと熱源感知機能まで搭載されていたりする

 

そしてそのカメラの映像は、整備科の校舎に即席で作られた監視室に設置されたスクリーンに映し出され、先程校舎側から現れた者達は戦治郎が登場するまでの間、監視室で待機してそのスクリーンの映像を見ていたのだった

 

「まさか我が校でこの様な事件が発生していたとはな……、それに気付けなかった自分が、本当に情けなくて仕方が無い……」

 

「さて、これで言い逃れは出来なくなったな……。おめぇら、覚悟はいいか?」

 

彼女達の行いを目の当たりにし、悲し気な表情を浮かべながら俯く校長がそう呟き、それに戦治郎がこの様に言葉を続けた直後、屈強な整備科の教官達が一斉に動き出し、彼女達をあっという間に拘束してしまうのであった……




犯人達に対する処分の内容は、次回になると思います~


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犯人達のその後

さて、戦治郎の活躍によって、榛名のいじめ問題の主犯格は全員拘束された訳だが、彼女達のその後に触れる前に、整備科実習棟で戦治郎達が触れていなかった部分について、少しだけ触れておこうと思う

 

先ず戦治郎は那智達教官陣の協力を取り付けた後、部屋に戻ると大和達が装着したり手にしていた暗視ゴーグルと、犯人達の行動を監視しその映像を記録する監視カメラの製作に着手したのだった

 

監視カメラだけでなく、暗視ゴーグルまで準備した理由についてだが、それは犯人達の退路を断つ為と、犯人達を現行犯にするにあたって直接現場を見てもらう為に、教官達の内の数名を闇に紛れてあの場に潜ませる為である

 

尤も、犯人達が混乱して正常な判断が出来なくなり、戦治郎達に襲い掛かって武力鎮圧されてしまった為、暗視ゴーグルを準備した理由の半分くらいは、無駄となってしまった訳だが……

 

因みに無駄になったと言えば、今回の事を綾波と戦治郎から聞いて協力を申し出て、犯人達が実習棟の外に逃げ出した際、戦治郎達に代わって犯人達を取り押さえる為に、戦治郎が準備してくれた夜間戦闘用戦闘服を身に纏って外で待機していた磯風達とイクの4人も、骨折り損となっていたりする……

 

そうしてカメラなどを準備し終えたところで、大和と鹿島が言った様に、戦治郎達は整備科の教官達の協力を得て、実習棟に監視カメラを設置し、整備科の校舎の空き部屋に監視室を作り、そこでしばらく犯人達を泳がせて監視していたのである

 

犯人達をしばらく泳がせた理由は、犯人達の犯行時刻を正確に把握する為と、関東方面で開催された軍学校の校長達の会合に参加していた都合で、しばらく軍学校から離れていた校長の帰還を待ち、この事件の事を監視カメラの記録映像を添えて報告すると同時に、監視カメラの映像が偽物でない事を知ってもらう為に、カメラ越しとは言え実際に現場を見てもらう為である

 

因みに犯人達が言っていたが、ここしばらく榛名の艤装の調子が良かったのは、犯人達を監視室で監視していた整備科の教官と、戦治郎と特に仲が良いあの整備兵候補生3人組が、犯人達が細工を終えて戻った後、現場に急行して榛名の艤装を元の状態に戻してくれていたからだったのであった

 

その後、校長が江田島軍学校に戻り、この事件の事を知り、戦治郎達の提案に乗ってくれた事で、戦治郎の作戦は大成功して犯人を拘束する事に成功したのである

 

こうして戦治郎達に捕まった犯人達の自供により、この事件の関係者がどれ程いるのかが判明したのだが、それを聞いた戦治郎達は思わず愕然としてしまうのであった……

 

この事件に関わった者の数、驚きの80人オーバーなのである……

 

主犯格の戦艦艦娘候補生2人と整備兵候補生2人の他に、榛名と霧島のクラスメイトの9割7分5厘以上に加え、戦艦艦娘候補生達の教官の監視を担当していた者が5つある戦艦艦娘のクラスの内、榛名と霧島がいるクラス以外の3つに、大体4~5人ほどいたのである……

 

この事実を知った校長や教官達は、何故その統率力の高さをいじめなどに使ったのかと、思わず頭を抱えてしまうのであった……

 

そうして判明した事件の関係者達は、軒並み退学処分を受けてこの軍学校を去っていき、これにより生徒の数がおかしな事になった戦艦艦娘候補生達のクラスは再編され、戦治郎達の口から今回の事件の詳細を知った校長の判断により、今回の事件の被害者である榛名と、過去の経歴からそんな榛名をいじめから守れるだろうと判断された霧島は同じクラスとなるのであった

 

さて、ここまではあくまで関係者……、主犯格に協力した者達に対しての処分である……。ここからは主犯格4人に対する処分と、その後について触れていこうと思う

 

先ずこの4人も関係者と同じく退学処分にされたのだが、主犯格の艦娘候補生2人には艤装使用許可証の永久剥奪も科せられ、今後この艦娘候補生だった2人は、永久的に艤装に触れる事が許されなくなるのであった

 

更にこの4人は、校長から退学処分を言い渡され、軍学校の庇護下から離れるなり、校長達が現場に突入する直前に鹿島が呼んでいた警察にその身柄を渡され、榛名に対しての殺人未遂及び戦治郎に対しての傷害未遂の罪で逮捕され、その後開かれた刑事裁判で有罪判決を受けた4人は、しばらくの間刑務所の中で生活する羽目になってしまうのであった

 

尚、犯人達に下された判決は、その罪の中で最も重いものが適用されたのだが、それは被害者の中に戦治郎がいた為であったりする

 

戦治郎は現在表沙汰にはしていないが、イギリス、ドイツ、アメリカ、更には国ではないが穏健派連合、西方海域解放の関係で戦治郎達に深く感謝しているアフリカ諸国や、彼等の活躍で海の安全が確保されたオーストラリアやニュージーランド、護目炒飯基地のおかげで平和が保たれている台湾などから厚い信頼を得ている、国交のVIP中のVIPの様な存在なのである

 

しかし先程も言った通り、戦治郎が騒ぎになる事を恐れ、自身がその様な立場である事を公にしていない都合、警察は戦治郎に対しての攻撃=国の要人襲撃の件で犯人達を立件出来なかったのである

 

なのでその代わりとして、主犯格達に対しての判決は、最も重いものが適用されたのだった

 

因みに戦治郎は校長にいじめの件を報告するよりも早く、大和経由で警察にこの事を話し、証拠となる映像が入ったDVDと、軍学校側から連絡があるまでは犯人逮捕は待って欲しいと言う旨の手紙を送っていたりする。故に鹿島から通報があるなり警察は即座に行動を開始し、軍学校に到着するなり前もって準備していた逮捕状を見せて犯人達を逮捕して、パトカーで警察署まで連行して行ったのであった

 

こうして逮捕歴が付いた4人に対して、更なる追撃が加えられたのは言うまでも無い……

 

そう、いじめの被害者である榛名が、凄腕の弁護士である実の姉の影響で法にやたら詳しくなった戦治郎のアドバイスの下、主犯格4人を相手取って損害賠償を請求する民事裁判を起こしたのである。いや、榛名だけではない……、今回のいじめの舞台となった軍学校と、軍学校を管轄下に置く日本海軍までもが、主犯格4人に対して裁判を起こしたのである……

 

これにより主犯格4人は、多額の借金を背負う羽目になったのだが、まだまだ追撃は終わらない……

 

主犯格4人に地獄を見せてやろうと思った戦治郎が、護に監視カメラの映像を送り、その映像と映像の詳細を説明した文章を大企業だけでなく中小企業にも送る様に指示を出し、主犯格4人が刑罰を受け終えて塀の外に出て、背負った借金を返す為に働く事を阻止しようと行動を開始したのである

 

戦治郎の指示を受けた護は、今回もイオドと協力してこの映像と説明文を言われた通りに企業に送り、その映像を見た企業はすぐさま映像に映る人物達、主犯格4人の素性を調べ上げ、彼女達をブラックリストに登録すると、彼女達が面接を受けに来てもすぐに追い返す様にと人事課の者達に厳命し、彼女達の就職の道は戦治郎の思惑通り、完全に閉ざされてしまうのであった……

 

こうして多額の損害賠償によって所有する物全てを差し押さえられても尚、損害賠償を支払い切れず借金まみれとなるも、就職出来ないが故に借金の返済の目処が立たなくなってしまった主犯格4人は、親からも見捨てられ路頭に迷う羽目となり、塀の外に出た後の彼女達は行方不明となってしまうのであった……

 

これが嫉妬心を抑えきれず、過ちを犯してしまったばかりに、人生を棒に振ってしまった者達の最期であった……



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榛名は大丈夫です!

「とまあ、戦艦艦娘候補生の間で発生していたいじめ問題は、こんな感じで解決したんだわ」

 

榛名のいじめ問題が解決した日から数日経過したある日の昼休み、食堂で毅、紅葉、勉、そしてこの問題に関わった(さかえ)米倉(よねくら)椎名(しいな)の整備兵候補生ABCトリオと共に昼食を摂っていた戦治郎は、毅からこの話題を振られると自分がこの問題に関わっていた事を告げ、それを聞いた紅葉から事の詳細を言及されると、自身の立場に関する部分にフェイクを入れつつ、この問題の詳細を注文していたカツ丼を食べながら彼等に話すのであった

 

因みに今回のいじめ問題だが、事件解決した翌日に開かれた緊急全校集会にて、被害者の名前を伏せながら、校長の口から生徒達に対して説明がなされ、それが終わると校長はすぐさま校長室に戻り、日本国内の軍学校の校長達全員と軍学校専用の通信回線を用いての緊急会議を開いて今回のいじめ問題について話し合い、その中で他の学科や他の軍学校でも似た様な問題が密かに発生しているのではないか?と言う疑惑が浮上すると、即座に調査を開始したんだそうな……。その結果、流石に今回ほどの規模ではないものの、他の軍学校の方でも似た様な問題が発生していた事が発覚し、軍学校の校長達はその問題の解決の為に奔走する事となるのであった……

 

「そんなくっだらない事で、人1人殺しかけたって言うの?ホントそいつらバッカじゃないの?」

 

「俺もそう思いますわ~、しかも俺達が愛情と情熱を注いで整備してる、艦娘の艤装で人殺しやろうとしてたってのが、マジで気に食わないわ~」

 

「あの時の校長も言ってたけど、何であんだけの数の人間を統率出来るだけのスキルがありながら、こんなアホみたいな事やったのか、マジで理解出来ねぇわ」

 

戦治郎の話を聞いた紅葉が、呆れ返った様子でこの様な言葉を口にすると、それに同意するかの様に栄と米倉が腕を組んでウンウンと頷き、紅葉の言葉に続く様にしてこの様な事を口にするのであった

 

「問題の切っ掛けに対しての感想は、俺も紅葉と全く同じなんだが……、その……、何だ……、戦治郎が思いついたって言う報復が、とてもいじめに対しての報復って言うには、ちょいやり過ぎの様な気がすんだが……」

 

「それは僕も思ったよ……、多額の借金を背負わせた上に、返済方法も合法的なものは全て不可能にするとか……、ちょっと犯人達に同情しちゃうかな……」

 

紅葉達の言葉の後、彼女達と共に戦治郎の話を聞いていた毅が、話の内容にドン引きしたのか引き攣った表情を浮かべながらそう言うと、それに同意する様に勉がやや暗い表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのだが……

 

「あの手の輩には、このくらいやんのが丁度いいんだよ。ああいうのはな、自分が悪い事してるって自覚が無く、今の境遇になったのは被害者のせいだー!って決めつけて、塀の中から出て来ると報復しにやって来るって相場が決まってんだよ」

 

「やけに実感がこもった言葉ですね~……、戦治郎さん、もしかして過去に何かあったんです?」

 

勉の言葉を聞くなり、戦治郎は不機嫌そうな表情を浮かべながら、そう言って勉達の同情をバッサリと切り捨て、それを聞いた椎名が少々驚きながら戦治郎に向かってそう尋ねると、戦治郎は不快そうにこれ以上詮索すんなと釘を刺し、以降このテーブルの誰もがその話題に触れようとはしなかったのであった

 

(ったく……、今のであのヤク中DV糞親父の事思い出しちまった……。あん時はマジでビビったわ……、あの野郎まさか刑務所から出て来るなり、真っ直ぐ天音の事狙って来やがったからな……)

 

そんな中、戦治郎は不快そうな表情を浮かべたまま、過去に起こった出来事を思い出すなり、内心でこの様な事を呟きながら舌打ちするのであった

 

戦治郎が言うヤク中DV糞親父とは、戦治郎の父である総一の再婚相手であり、横須賀鎮守府の飛龍とそっくりな容姿をした継母、龍美の元夫の事である

 

その人物は無職でありながら違法な薬物に手を染め、龍美の収入の殆どを薬物の購入とギャンブル、そして風俗に行く為に使い、ギャンブルや風俗で当たりを引けなかった日は、決まって龍美や自分と血の繋がった娘である奏と天音に暴力を振るい、時にはクスリの勢いに乗ってまだ幼い自分の娘に性的暴行まで行い、溜まった欝憤を晴らす様な日々を送っていたのだとか……

 

龍美が言うには、その男は元々は真面目な会社員で、仕事の関係で龍美と知り合い、何度か交際を重ねてゴールインしたらしいのだが、長門コンツェルン直属の会社に勤めていた龍美の給料が、自分より明らかに多い事が分かると、男としての自信を無くしてしまうと今まで勤めていた会社を辞め、この様な体たらくになってしまったのだそうな……

 

その事が原因で、龍美は日を追うごとに精神的に弱っていき、そんな龍美の様子に気付いた当時今の兼継と同じ様に、長門コンツェルンの総帥であった正蔵の下で経営者としてのイロハを仕込まれながらも、通常の会社員と同じ業務に従事していた龍美の上司であった総一が、彼女の悩みを聞き出す為に彼女を飲みに誘い、それ以降総一は彼女の悩みを吐き出させる為に、頻繁に龍美を飲みに誘う様になるのであった

 

そんな事を何度かやっていると、龍美の娘である天音が龍美の帰りが遅い事を心配する様になり、遂には龍美を尾行して総一と共に居酒屋から出て来る龍美の姿を発見、以後天音は、龍美と総一の関係を調べる為に、龍美を尾行する様になったのだとか……

 

そんなある日、天音がいつもの様に龍美を尾行していると、偶々空手道場帰りの戦治郎と空がそんな天音の姿を目撃し、不審に思って思わず声を掛けたのだとか……

 

その後、天音の話を聞いた戦治郎が興味本位で天音の尾行に参加し、龍美と一緒にいる男が自分の父親だと知ると、それ以降戦治郎も天音の尾行に参加する様になり、それが切っ掛けとなって戦治郎、空、天音の3人はよくつるむ様になったのであった

 

その後、ひょんな事から戦治郎と空が天音達に対して日常的に行われているDVに気付き、戦治郎達は戦治郎の兄弟である命や理紗、更には総一や正蔵まで巻き込んでこの問題の解決の為に奔走し、戦治郎達が相当な無茶をして入手した薬物が正蔵の手に渡ると、トントン拍子で事が進んで行き、最後は総一の手で龍美達は助け出され、龍美の夫は警察に逮捕され刑務所送りとなり、様々な手続きを済ませた後、この事が切っ掛けとなって総一と龍美は結ばれ、2人の間に兼継が生まれる事となったのだった

 

それから時が経ち、戦治郎達が高校に通う様になったある日、戦治郎、空、天音、そして輝の4人が学校から帰宅していると、彼等の目の前に突然男が飛び出して来て……

 

「お前さえいなければあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

この様な事を叫びながら天音に向かって一直線に走って行き、その手に持った包丁を突然の出来事に動揺して固まってしまった天音の腹に突き立てようとするのだが、それに即座に反応した戦治郎達3人が男の前に立ち塞がり、目にも留まらぬ速度で同時に男を攻撃、見事男を撃退したところで、輝を除く3人が男の顔を見て思わず絶句してしまう……。そう、その男は龍美の元夫であり天音の元父親だった、あのDV男だったのである……

 

如何やらこの男、刑務所から出所するなり、自分が逮捕される切っ掛けを作った天音に対して報復しようと考え、天音の所在を調べ上げるととある店から包丁を盗み出し、この様な犯行に及んだのだとか……

 

これ以降、戦治郎と空はこの様な事が二度と起こらない様に、犯罪者に対しては情け容赦など一切せず、徹底的な仕打ちを施してその心を折り、報復など考えさせない様にする事を心に誓うのであった……

 

(あぁクソッ!!!あの野郎の事思い出したら、途端に飯が不味くなったっ!!!この感情、一体どうしてやろうか……っ!?)

 

嫌な事を思い出した戦治郎が、内心でそう毒づいていると……

 

「あ、あの……っ!」

 

不意に戦治郎にとって聞き覚えがある、やや緊張が混ざった声が聞こえ、戦治郎がそちらに顔を向けてみたところ、そこにはいじめ問題の被害者であった榛名と、その双子の妹である霧島の姿があったのであった

 

「おお、榛名と霧島じゃねぇか。おめぇらも今から飯か?」

 

「はい、それで空いてる席がないか探していたところ、偶々戦治郎さんの姿を見つけたので、良かったら相席させてもらおうかと思いまして」

 

榛名達の存在に気付いた戦治郎が、嫌な気分を振り払おうとブンブンと頭を振った後、笑顔を浮かべながら榛名達にそう尋ねたところ、2人分の食事が乗ったトレイを手にした霧島が、戦治郎の問いに対してこの様に返答するのであった

 

それを聞いた戦治郎が、毅達に榛名達の同席の許可を求めたところ、毅達はすんなりと許可を出し、それを聞いた霧島は毅達に向かって礼を述べた後、戦治郎の対面の席となる提督組の3人が座っている方の席へと座り、榛名はやや遠慮がちに戦治郎の隣の席に腰を下ろし、その頬を少々紅潮させるのであった……

 

(おぉぅ、榛名は俺の隣に来るか……。って、んん~?)

 

自身の隣に座って来た榛名を見た戦治郎は、榛名が何かを大事そうに抱えている事に気付き、思わず内心でこの様な事を呟きながら、榛名の腕の中にある物を注視し……

 

「榛名、おめぇが大事そうに抱えてるソレ……、もしかして弁当か?」

 

「え?!あの……、えっと……」

 

「流石戦治郎さん、すぐに気付いてくれましたね。それは榛名が戦治郎さんにと、感謝の気持ちを込めて作ったお弁当なのですよ」

 

「ちょっとっ!?霧島っ?!」

 

榛名が抱えている物が可愛らしいお弁当箱である事に気付くと、戦治郎は榛名に向かってこの様に尋ね、それを聞いた榛名が慌てた様子で、しどろもどろになりながら返事をしようとし、その様子を見かねた霧島が代わりに戦治郎の問いに答えると、榛名は更に慌てた様子で霧島を咎めようと声を上げるのであった

 

「感謝の気持ちって……、まさか……」

 

「シッ!今聞く事じゃないでしょっ!?」

 

霧島の先程の言葉を聞いた毅が、この榛名がいじめ問題の被害者なのではないか?と思い、思わず榛名に質問しようとするのだが、榛名の様子を見て何かを察した紅葉が、小声でそう言いながら毅を威圧して黙らせるのであった……

 

「おぉぅ、まさか俺の為に作ってくれたのか……」

 

「はい……、最初はそのつもりだったんですけど……、見たところ戦治郎さんは、既に何かを食べている様なので……」

 

「ああ、大丈夫大丈夫っ!俺まだ全然食えっからっ!!ってな訳で、その弁当くれっ!!!」

 

戦治郎と榛名がこの様なやり取りを交わし、戦治郎が榛名の弁当を受け取ろうと腕を伸ばしたところ、榛名は戦治郎は無理をしようとしているのではないか?と思い、弁当を渡すべきかどうか戸惑っていたのだが……

 

「榛名さん……、だったっけ?安心していいわよ?そいつホントに食べるから」

 

「戦治郎さんはいつも3人前くらい、ペロッと食べちゃうからね……」

 

「確かにそのくらい食ってますわな……、初めて一緒に食事した時、きつねうどんと焼き魚定食をオカズに親子丼食ってた様な……」

 

「しかも全部大盛りとかな……、正直あの時は引いたわ……。まあ、今じゃもう慣れちまったけどな」

 

榛名に助け舟を出す様に紅葉がこの様な事を言い、それに勉、米倉、毅がこの様に続き、それを聞いた榛名は戦治郎の食事量に驚きながらも、少し安心した様子で戦治郎に弁当を手渡し、榛名から弁当を受け取った戦治郎は、注文していたカツ丼そっちのけで榛名の弁当を食べ始めるのであった

 

正直なところ、嫌な事を思い出したせいでカツ丼の気分じゃなくなってしまった戦治郎にとって、榛名の弁当は口直しに丁度良かったのである。なので戦治郎は、榛名らしい可愛らしい盛り付けがなされた弁当を、それはそれはよく味わって食べ、それを食べ終えるとすぐさま残ったカツ丼の処理を開始し……

 

「ごちそうさんっ!榛名の弁当、美味しかったぞっ!!」

 

「あ……っ、ありがとうございます、お粗末様です♪」

 

全てを食べ終えた戦治郎は、そう言いながら空になった弁当箱を榛名に返し、それを聞いた榛名は少し間を置いた後、心から嬉しそうな笑顔を浮かべながらこの様に返事をし、その様子を毅達とABCトリオ、そして霧島はニヤニヤしながら眺めていたのであった

 

その後、9人で他愛もない話をしていると……

 

「そういや、今度の合同実習は戦艦艦娘とだったな……」

 

話の途中で、ふと思い出した様に毅がこの様な事を口にし……

 

「そう言えばそうでしたね……、ところで戦治郎さん、戦治郎さんは既に誰かと組む予定などはありますか?」

 

「いや~?つか、基本あれって当日に訓練場で組むかどうか決めるだろ?」

 

それを聞いた霧島が、不意に戦治郎にこの様な質問をし、戦治郎はこの様に返答する

 

「確かにその通りですが、こうして此処には戦艦艦娘候補生と提督候補生がいるのですから、今の内に決めておくのもいいのではないかと思ったのですよ」

 

「まあ、道理っちゃ道理か……」

 

戦治郎の言葉に対して霧島がこの様に答えると、戦治郎は納得した様子でこの様な言葉を口にする。するとその直後……

 

「あの、戦治郎さん……」

 

「どったよ榛名~?」

 

「その……、もし戦治郎さんが良ければですが、合同実習の時、榛名と組んでもらえないでしょうか……?」

 

「マジで?いいの?」

 

榛名が戦治郎と組みたいと申し出て来て、それを聞いて驚いた戦治郎が、思わず榛名にそう尋ねると……

 

「はいっ!榛名は大丈夫ですっ!」

 

榛名は笑顔でこの様に答え、戦治郎と榛名が次の合同実習の時組む事が決定し、合同実習当日、戦治郎は海賊団時代の経験と横須賀鎮守府で培った知識をフル活用して榛名に指示を出し、その指示を受ける榛名は、佐世保鎮守府のエースである金剛から仕込まれた技術と天性のセンスでその指示に見事に応えてみせ、ジャンケンの結果霧島と組む事となった毅とぶつかるまでの間、榛名無双と言われるレベルで相手を圧倒し、毅達との戦いでは互角の戦いを展開した後、戦闘中に出来た霧島の僅かな隙を突き、戦治郎達のペアは何とか勝利を収めるのであった



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約束を守る事の重要性

江田島軍学校にて、戦治郎が榛名のいじめ問題解決の為に奔走していた頃、空達鎮守府建築組は一体どうしていたかと言えば……

 

「今回は本当に助かりました……、まさかあの中にそんな希少な深海魚がいたなんて……」

 

「俺もまさか発注していた魚の中に、未だに人類に発見されていない未知の深海魚が混ざっているとは思ってもいなかったぞ……」

 

その日、横須賀鎮守府にいた頃に戦治郎がクトゥルフに発注していた、艦娘ランドの水族館に展示する為の魚が、クトゥルフ配下のディープ・ワンの手によって艦娘ランドに届けられたのだが、届けられた魚のその多くが現在艦娘ランドの管理を任されている高雄達が知らない様な魚ばかりで、対処に困った高雄が空達に助けを求め、その結果鎮守府建築組の中で最も知識量が多い空が艦娘ランドにライトニングⅡに乗って出向き、魚達の中に未だに人類が遭遇した事の無い未知の深海魚が混ざっていた事に驚きながらも、現在の人類でも飼育可能な品種だけを残し、残りはこれらを持って来たディープ・ワンに持ち帰ってもらう様手続きをして何とか問題を解決すると、空と高雄はこの様なやり取りを交わしながら、ルルイエに帰還するディープ・ワンの背中を見送るのであった

 

その後、高雄から近い内に艦娘ランドが開園出来そうな程、艦娘ランドのスタッフとなる艦娘達の育成が進んでいる事を聞いた空は、その事を戦治郎に報告し戦治郎からのGOサインが出るまでは、現状を維持する様にと高雄に指示を出すと、ライトニングⅡに乗って長門屋鎮守府建設予定地へと帰還するのであった

 

そうして長門屋鎮守府建設予定地に戻って来た空は、目の前の光景を目の当たりにすると……

 

「これは一体どうしたと言うのだ……?一体此処で何が行われていると言うのだ……?」

 

思わずそう呟いてしまうのであった……

 

空が目にした光景、それは……

 

「ねぇ光太郎、貴方本当に悪いと思ってるの?」

 

「ごめん……、本っっっ当にごめん……」

 

「貴方、さっきからずっとそう言ってるわよね?」

 

目を吊り上げ両手を腰に当て、前屈みになりながら光太郎に詰め寄るキャシーと、そんなキャシーの目の前で俯いたまま正座し、壊れたラジオの如く謝罪の言葉を述べ続ける光太郎の姿であった……

 

因みにこれが原因となって、今の建築作業は完全に止まってしまっている……

 

「空さん、戻って来たんか……」

 

「龍驤か、これは一体どうしたんだ?何故此処にキャシーがいるんだ?」

 

空が戻って来た事に気付いた龍驤が、空に向かってウンザリした様子で声を掛け、それに対して空がキャシーが此処にいる理由を龍驤に尋ねたところ、龍驤は深い溜息を吐きながら、空の質問に答える為に言葉を紡ぐのであった

 

如何やらキャシーは、通信機で何時でも連絡が取れる様になったにも関わらず、一向に連絡を寄越してくれなかった光太郎に腹を立て、ワンコとリチャードから有給をもぎ取ると、こうして光太郎にこの事を問い詰める為に来日して来たのだそうな……

 

「キャシーさんな、ウチらが西方海域を発つより前に、光太郎さんと連絡出来る様になったら連絡寄越す様にって約束してたみたいなんよ……。そんで光太郎さん、この約束の事今の今までスッカリ忘れとったんやと……」

 

「あいつはまあ……、南方海域に行ってからは海域警護で頻繁に出撃していたり、日本に来てからは資格取得で忙しかったからな……。その多忙さ故に約束を忘れていた可能性もあるし、その約束を社交辞令か何かだと受け取っていた可能性もあるからな……」

 

龍驤から今の状況の説明を受けた空が、光太郎をフォローする様にそう言うと、それを聞いた龍驤は納得した様にあ~……と言う声を発しながら、再び光太郎達の方へと視線を戻すのであった……

 

因みに何故キャシーの方から連絡を入れなかったのかと言えば、もし自分が連絡を入れるタイミングが、時差の影響で光太郎達が就寝している時間だったり、戦闘中だったりで光太郎に迷惑を掛ける可能性があると考え、光太郎に嫌われる事を恐れたキャシーは、自分から光太郎に連絡を取ろうとはしなかったのである

 

さて、こうしてまるで光太郎の彼女の様に振舞うキャシーだが、何故彼女は光太郎に対してこの様に振舞っているのか……

 

それはキャシーがアムステルダム泊地とマダガスカルの問題が解決した後、光太郎と出会い彼の話を聞いている内に、彼に対して本気で惚れこんでしまったからである

 

光太郎もキャシーも1度は大きな挫折を経験し、地獄の泥を舐めた事があるのである

 

そんな中光太郎は再び立ち上がり、その経験を糧にして行動し、その結果生前果たす事が出来ず、未練とトラウマとなって彼を縛り続けていたものを、彼はアムステルダム泊地に囚われていた望救出と言う形で、自分の手で見事に断ち切ってみせたのである

 

キャシーはそんな光太郎を羨ましく思うと同時に、光太郎の命を懸けてでも命を救おうとするその姿勢と、話の最中に何度も彼女に見せた、憑き物が落ちたおかげで浮かべられる様になった、光太郎のその眩しい笑顔に惹かれてしまったのである

 

故にキャシーは光太郎から嫌われる事を恐れる様になり、光太郎からの連絡が来ない事に不安を覚え、ワンコから連絡が取れる様になったと聞くなり、ワクワクしながら光太郎からの連絡を待つも、それでも全く連絡が来ない事に今度は怒りを覚え、リチャードから彼等が日本に到着したと言う連絡を受けるも、それでもやっぱり連絡が来なかった事でキャシーの怒りは頂点に達し、遂に彼女は光太郎に直接説教する為に、こうして日本にやって来たのである……

 

それからしばらく時間が経過し、光太郎に対してのキャシーの説教が終わり、これでようやく作業が再開出来ると空達が思ったその刹那……

 

「空、悪いけど光太郎借りてくわ。光太郎には私を心配させた罰を、キッチリ受けてもらわなくっちゃいけないからね」

 

キャシーが空に向かってそう言い放ち、それを聞いた空達がその言葉の内容に驚き呆然とする中、キャシーは光太郎を引っ張って何処かへ行ってしまうのであった……

 

「こりゃ今日は作業どころじゃねぇな……」

 

「だな……、俺が見た限りこの場にいる者達全員に、今から作業を行おうと言う気力は残って無さそうだからな……」

 

そんなキャシー達の背中を見送る輝の呟きに対して、空は短くこの様に答えると今日の作業は中止、本日は急遽休日にする事を宣言するのであった

 

因みにキャシー達が向かった先は、佐賀県内にある大型のショッピングモールの1つであり、そこに光太郎が横須賀にいる間に購入した日産のGT-Rで向かったキャシーは、光太郎に荷物持ちをさせながら、光太郎の奢りで大量に衣服や化粧品を買い込み、買い物を終えて長門屋鎮守府建設予定地に戻り荷物を艤装の中に格納しすると、光太郎にこんな目に遭いたくなかったらこまめに連絡する様にと釘を刺すと、満足そうな笑みを浮かべながらマダガスカルへと帰っていくのであった……

 

「今日は大変な目に遭ったな……、まあこれは俺の怠慢が招いた結果か……。次からはこんな事が無いように、気を付けなくちゃだな……。……って、ん?」

 

疲労困憊と言った様子でキャシーを見送っていた光太郎が、ゲッソリしながらこの様に呟き、この疲労を抜く為に自室に戻ってゆっくり休もうと振り返ったその直後、その視界に大量の荷物を背負って工廠から出て来るなり、何時になく真剣な表情を浮かべながらライトニングⅡを展開する空の姿が映るのであった

 

「空?そんなに荷物を抱えてどうしたんだ?」

 

光太郎がそんな空に歩み寄り、この様に尋ねたところ……

 

「光太郎か、済まないが少し気になった事があってな……。その調査の為、しばらく留守にする」

 

「調査って……、何の調査だよ?」

 

ライトニングⅡを展開し終えた空が、その上に乗りながらこの様に答え、それに対して光太郎が重ねて質問を投げかけると……

 

「空母棲姫のパンツについての調査だ」

 

空はこの様に答えた直後、ライトニングⅡのエンジンを点火し、凄まじい速度で水平線の彼方へと消えて行ってしまうのであった……

 

「……はっ?」

 

予想の斜め上を閃光の如き速さですっ飛んでいく空の返答を聞いた光太郎は、空が飛んで行った方角へ間抜けそうな顔を向けながら、思わずこの様な声を上げるのであった……



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パンツ調査

「嫌あああぁぁぁーーーっ!!!こっちに来るなあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

中部海域と南方海域の狭間にあたる海域にて、とある空母棲姫が悲鳴染みた声を上げながら、まるで何かから逃れようと自身が乗る艤装を全速力で走らせる……

 

彼女は強硬派深海棲艦のトップであるあのリコリスの右腕として働く空母棲姫で、彼女はリコリスの命を受け、戦治郎達がガダルカナル島に滞在している頃に輝が建設し、今は穏健派深海棲艦達と南方海域まで遠征でやって来た艦娘達の憩いの場でもあり、穏健派連合の重要拠点となった海戦チャンポン要塞攻略の為に、大量の部下を引き連れてアメリカから南方海域までやって来ていたのである

 

そんな彼女が中部海域を経て南方海域に突入しようとしたその時、彼女の部下が空飛ぶ艤装に乗った空母棲姫を発見したと彼女に報告し、それを聞いた彼女が以前何処かで聞いた話の中にその人物と特徴が合致する存在がいる事に気付き、嫌な予感を感じて思わず身震いをしたその直後、飛行速度を一切落とさずにそのまま彼女の艦隊に突っ込んで来た、問題の空母棲姫による大虐殺劇が始まってしまうのであった

 

ある者は空飛ぶ艤装とまともに激突し、その衝撃で上半身と下半身が強引に引き千切られ、青い血を噴水の様に噴き出しながら海の底へと沈んで逝った……

 

またある者は呆然としている内に問題の空母棲姫に懐に潜り込まれ、余りにも強烈過ぎる回し蹴りを受けて青い血煙にその姿を変えてしまった……

 

そうして散って逝った仲間達の敵討ちとばかりに、その空母棲姫を取り囲んで集中砲火を浴びせようとした直前、その空母棲姫が放つ謎のオーラに無理矢理引き寄せられ、それによって空母棲姫の間合いに入った者から順々に、凄まじい速度で打ち出される正拳突きの餌食となり、その空母棲姫の周りの空気は彼女達で作られた血煙によって、徐々に青く染まっていくのであった……

 

その後も問題の空母棲姫は、炎の鳥をその身に纏って集団に突撃し、その集団をまとめて焼き払って見せたり、その身体から金色に輝く虎を撃ち出して部下を粉砕したり、殴りつけた部下の背後に剣を手にした青白い巨人を呼び出し、その巨人に部下を一刀両断させたり、部下の周りを回る様にして3発の蹴りを放った後、その軌跡から発生した3匹の龍に部下を喰わせたり、途轍もない速度で部下を何度も殴りつけ、トドメとばかりに繰り出したアッパーカットから銀色の龍を撃ち出し、その龍に大量に部下を喰わせたりと、暴虐の限りを尽くして彼女の部下達をたった一人で、あっという間に始末してしまうのであった……

 

(嘘でしょ……っ!?200隻もいた私の部下達が、たったこれだけの時間で全滅……っ?!もしかしてあの空母棲姫……、本当に例の海賊団の……)

 

彼女がそう心の中で呟いた直後……

 

「貴様……、空母棲姫だな……?」

 

問題の空母棲姫……、元長門屋海賊団のサブリーダーであった石川 空は、全身を返り血で真っ青に染めた姿のまま、彼女にそれはそれは冷たい視線を向けながら、彼女に向かってこの様に尋ねるのであった……

 

「え、ええそうよ……、私はあのリコリス様の……」

 

「細かい事等どうでもいい、貴様が空母棲姫である事が分かれば十分だ」

 

空に質問された空母棲姫が、自身が何者であるかを口にしようとしたその刹那、空はそう言って彼女の言葉を遮った後……

 

「さて、では99隻目の空母棲姫よ、データ収集の為に今穿いているパンツを拝見、記録させてもらうぞ」

 

この様な、訳の分からない事を言い出すのであった……

 

その言葉を聞いた空母棲姫は、しばしの間ポカンとした後……

 

「へ……、変態よおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

我に返るなり、そう叫びながら空に背を向けて、全力で逃げ出してしまうのであった……

 

そうして冒頭に戻る訳なのだが……

 

「逃がさんっ!!!」

 

当然の事ながら、彼女は空飛ぶ艤装に乗った空からは逃げる事は出来ず、後を追って来た空が放った膝蹴りを後頭部に受け、その衝撃で脳を激しく揺さぶられ、彼女は昏倒してしまうのであった……

 

「全く……、手こずらせてくれる……」

 

空母棲姫を気絶させた空は、そう呟きながら艤装から降りると彼女の手足を拘束し、背負ったリュックサックの中からインスタントカメラとデジタルカメラ、そしてクリップボードを取り出し、作業を開始するのであった

 

空は先ず彼女の顔を2種類のカメラで撮影し、それが終わると今度は彼女に尻を突き出す様な姿勢を取らせ、布面積が残り少なくなったスカートを捲り上げ、彼女の尻を丸出しにすると、再び2種類のカメラで彼女の尻を撮影する。そして彼女のスカートと姿勢を戻し、インスタントカメラから出て来た2枚の写真をクリップボードに挟むと……

 

「おい、起きろ」

 

空はクリップボードを小脇に抱え、彼女の胸倉を片手で掴んで吊し上げ、もう片方の手で彼女の頬に往復ビンタを浴びせ、強引に彼女を覚醒させるのであった

 

それによって彼女が気絶から復帰するなり……

 

「今から俺が貴様に質問する、貴様は余計な事は一切言わず、ただ俺の質問に答えればいい。いいな?もし変な事をしようなどと考えれば……、分かるな……?」

 

空はそう言って彼女を威圧し、空が放つオーラに圧倒されてしまった彼女は、恐怖をその顔に貼り付けながら何度も首を縦に振って見せるのであった

 

その後、彼女は空から羞恥心をガッツリ刺激される様な質問を何度もされ、命が惜しかった彼女は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、空の質問に答えていくのであった……

 

因みに空の質問の内容だが、パンツを穿いている個体に対しては、そのパンツを穿いている理由やそのパンツの入手経路、そのパンツは何時頃から穿く様になったかや、そしてパンツの柄や生地は何を基準に選んだのかについて尋ね、パンツを穿いていなかった個体には、どうしてパンツを穿かないのかや、パンツを穿かなくなってどれくらい経つかなどについて質問していたのであった……

 

尚、この99隻目の彼女はパンツを穿いていない個体で、空が撮影した写真には彼女の恥ずかしいところがバッチリと写っていたりする……

 

それからしばらくして、空はするべき質問を全て質問し終えると、彼女の拘束を解き……

 

「貴様に対しての用事は済んだ、後は好きにするといい」

 

彼女に向かって一方的にそう言い放ち、次の空母棲姫を求めて飛び去って行くのであった……

 

「石川 空……、私を辱めた事……、絶対後悔させてやるわ……っ!」

 

そんな空の背中を呆然としながら見送った空母棲姫は、我に返るなり忌々し気な表情を浮かべながらそう呟き、このまま南方海域に突入するのは無謀だと判断すると、彼女はリコリスにこの事を報告する為に、アメリカに帰還するのであった……

 

 

 

 

 

さて、ここで何故空がこの様な奇行に走ったのかについて触れておこう

 

光太郎とキャシーの件で建築作業が中止になったあの日、空はいい機会だから自室の掃除をやろうと思い立ち、すぐに行動を起こしたのであった

 

そして掃除中、自身がこの世界に転生した時に穿いていた黒いビキニパンツを発見し、その当時の事を思い出し懐かしんでいたのだが、その最中にふとある事に疑問を覚えてしまったのである

 

空は空母棲姫の転生個体なのだが、その外見はどちらかと言えば衣服をしっかり纏った空母棲鬼に近いものだったのである。そんな空と空母棲鬼の違いは、彼の首や腕、脚に走る赤い光を放つ数本の筋……、空母棲姫の身体にあるアレの有無くらいである

 

当時の空達はこの光る筋が空の身体にある事から、空は空母棲姫の転生個体だと判断したのだが、ここに来て空はこれは本当に正しい判断だったのか?もしかしたら自分は、キャシーと同じく空母棲鬼の転生個体だったのでは?と思ってしまったのである。パンツを両手で握り締めながら……

 

その後しばらくの間、空はパンツを片手に思考を巡らせ、ある結論に至ったのである

 

分からないのならば、調査すればいい……

 

この結論に至った空の行動は早く、あまり細かいところまで突っ込んでやっていると時間が掛かる事と事の発端がパンツであった事から、取り敢えずパンツを穿いている空母棲姫がどのくらいの割合で存在するかを、統計学に基づいて2000隻……は流石に時間が掛かるので、100隻の空母棲姫を対象に調査を行ってパンツの有無の割合を割り出し、その割合から自分が変わった空母棲姫なのか変わった空母棲鬼なのかを判断する事を決定すると、空はその調査の為の準備を始めたのである

 

そうして準備を終えた空は、光太郎に見送られ(?)ながらパンツ調査の旅に出て、空母棲姫を発見するなり襲撃し、彼女達を無力化した後調査を行うと言う行動を何度も繰り返したのであった

 

これにより、空は強硬派深海棲艦に所属する空母棲姫達から、『パンツハンター』と呼ばれ恐れられる事となるのであった……

 

 

 

 

 

「くっくっくっ……!」

 

そんな空が次の空母棲姫を求めて移動している最中、ライトニングⅡの中からアグの笑い声が聞こえてくる

 

突然どうしたのだろうか?そう思った空がアグに何があったか尋ねたところ……

 

「いやニ"ャニ"、さっきお前が俺の元持ち主を圧倒してたのがおかしくてニ"ャ」

 

「さっきの奴がお前の元持ち主だったのか……」

 

アグの言葉を聞いた空はそう呟き、その呟きを聞いたアグはそれを肯定した後……

 

「あれは見ていて気分爽快だったニ"ャ、良い物見せてくれた礼って事で、今後は猫缶1個で仕事してやるニ"ャ」

 

空とこの様な約束を交わすのであった

 

それからしばらく移動したところで、空は100隻目の空母棲姫を発見するのだが……

 

「あの空母棲姫……、航空戦をやっているのか……?」

 

空母棲姫の様子を見た空がそう呟いた直後……

 

「ギャーッ!!ハチーッ!!新手が来たニューッ!!」

 

「ニャニャ~ン、クロ~、たった今弾薬が尽きたニャ~ン」

 

「何ちゅータイミングで弾切れ起こしてるニューッ!?」

 

備え付けられた機銃を乱射する空母棲姫の艦載機の群れの中から、この様なやり取りが聞こえ……

 

「……まさかあの空母棲姫に襲われているのは、転生個体の艦載機なのか?」

 

それを聞いた空はそう呟くと、先程の声の主達を助ける為にワイルド達を発艦し……

 

「早速仕事だぞ」

 

「分かってるニ"ャ……、ったく……、もうちょい後で約束すればよかったニ"ャ……」

 

続けて空は猫缶を1つ開封して中身を空高く放り上げ、それを艤装から飛び出した直後に喰ったアグとこの様なやり取りを交わすと、アグに声の主達の救援する様指示を飛ばし、それを了承したアグは勢いよく艦載機の群れの中に突っ込んで行くのであった



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転生空母棲姫(?)対転生空母棲姫

「これは……、一体何が起こっているニュ……?」

 

相棒であるハチの弾切れ宣言によって、絶望の淵に叩き落されてしまっていたクロは、今自分達の目の前で繰り広げられるドッグファイトを目の当たりにするなり、思わず自身の中に湧き上がる疑問を口に出してしまうのであった

 

現在彼等の目の前では、艦戦であるワイルドと爆戦のベアによる航空戦が展開されており、つい先程まで自分達を追い詰めていた空母棲姫の艦載機達を、その機動力で翻弄しながら次々と撃ち落としていたのであった

 

いや、それだけではない……。ワイルド達が内側から外側に向かう様に相手を切り崩しに掛かっている様に、アグとトムがコンビを組んで空母棲姫の艦載機の群れを外側から攻め落としに掛かっていたのであった

 

「ンニャ~?もしかしてあの子達~、ハチ達を助けてくれるのかニャ~ン?」

 

「その通りだミャー!」

 

クロの呟きに続く様にしてハチがこの様な言葉を発したその直後、ワイルド達との話し合いの結果、この戦闘では貢献出来なさそうな艦攻であるヘルが、この状況を見て戸惑う彼等に接近し、ハチの疑問に答える様にこの様な言葉を口にするのであった

 

「ミャー達はご主人様の指示に従い、アンタ達を助けに来たんだミャー!」

 

「ご主人様って……、君達は誰かに飼われているのかニュ?もしかしてそのご主人様とやらも、僕達の事を狙っているんじゃないかニュ……?」

 

「細かい事は聞いてないから分かんないミャー!って言うかアンタ達ホントボロボロだミャー!そんな姿でよく飛んでいられるミャーね……。てな訳で!アンタ達はツベコベ言わずにミャーに付いて来て、ライトニングⅡで補給と修復を行うのミャー!」

 

「ちょっと待つニュ、何勝手に話を進めているニュ。僕達はまだ君達の事を……」

 

「クロ~、ハチとしてはここは素直にあの子の言う通りにしておくべきだと思うニャ~ン、正直なところ~、燃料の方もそろそろ空っぽになりそうなんだニャ~ン」

 

突然現れ自分達を助けようとするヘル達を訝しみながら、クロが話を強引に推し進めるヘルに向かってそう言った直後、ハチがのんびりとした口調でこの様な言葉を口にし、それを聞いたクロは仕方が無いとばかりに、渋々と言った調子でヘルの提案に乗る事にするのであった

 

「それで……、取り敢えず僕達は君の提案に乗るんだけど、そのライトニングⅡとやらは一体何処にあるんだニュ?」

 

「それだったらそろそろ……、来たミャー!」

 

ヘルの提案に乗る事にしたクロが、今の目的地であるライトニングⅡの所在をヘルに尋ねたところ、ヘルがこの様に返答したその次の瞬間、先程まで空が乗っていたであろう無人のライトニングⅡが機首を天に向け、空母棲姫の艦載機達を体当たりで叩き落しながら驚くべき速度で急上昇してクロ達の目の前まで来ると、クロ達に乗り込めと言わんばかりにハッチを開いてその場で滞空するのであった

 

その後、突然の出来事に驚き呆然をするクロを、ヘルが強引にライトニングⅡに押し込み、その様子を見届けたハチは……

 

「中々面白いものが見れたニャ~ン」

 

などと言いながら、ヘル達の後に続いてライトニングⅡに搭乗するのであった

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい……、何だありゃ……?」

 

突然現れたワイルド達とライトニングⅡの様子を、呆気に取られた様子で海上に浮かぶ自身の艤装の上で見ていた空母棲姫が思わず疑問を口から零したところ……

 

「中々優秀な航空隊と艤装だろう?どちらも俺の自慢の代物だ」

 

ワイルド達の後を追ってやって来た空が、この空母棲姫に向かって得意げな表情を薄っすらと浮かべながらこの様な言葉を掛けるのであった

 

「あれはてめぇのなのか……、あんなん持っておきながら、てめぇは俺の獲物を横取りしようとしてんのかよ……っ!?」

 

「横取り?俺は只1人の猫好きとして、あの白猫艦載機達を虐待していたお前の行為が許せず、パンツ調査のついでにお前に灸を据えてやろうと思っただけだ」

 

「パンツ調査って何だよっ!?っとぉそれは兎も角、俺の邪魔しようってんなら容赦しねぇぞっ!!!」

 

空の言葉を聞いた空母棲姫が、その表情に怒りを滲ませながら空に向かってこの様な言葉をぶつけ、それを聞いた空がこの様に返答した直後、空母棲姫は空のパンツ調査発言に疑問を覚えながらも、怒りを露わにするとこの様に叫びながら、空に向かって艤装に付いている砲を向け、空に砲弾を浴びせようとその砲を発射するのであった

 

そうして空母棲姫の艤装の砲から砲弾が放たれた事を視認した空は、その場で半身をズラして砲弾を回避すると、この空母棲姫の意識を刈り取る為に即座に行動を起こし、一瞬の内に空母棲姫との間合いを詰め、得意の光速正拳突きを空母棲姫の腹目掛けて放つのだが……

 

「うぉっとぉっ!?危ねぇっ!!?」

 

なんとこの空母棲姫、この様な言葉を口にしながらあの空の正拳突きを上半身を思いっきり反らして回避してみせたではないかっ!

 

(……何っ!?俺の正拳突きを避けた……、だと……っ?!パンツ調査の為に殺さない様手加減しているとは言え、この正拳突きにはそこらの深海棲艦では反応出来ない筈……っ!?)

 

これは流石に躱せないだろうと思いながら打ち出した自身の攻撃を、ものの見事に躱された空が内心で驚きの声を上げていると……

 

「おらぁっ!!!」

 

空母棲姫は上半身の仰け反らせちゃ時の勢いを利用して、バック宙をする要領で空の顎目掛けて蹴りを放ってくるのであった

 

それに気付いた空は繰り出された蹴りを躱しつつ、相手の足をその手で掴み、そのまま前に押し込んで相手の上半身を艤装に叩きつけ、そこから流れる様に相手の足を抱え込む様に持ち方を変え、パンツ調査の為に相手を殺さない様細心の注意を払いながら、龍気を使っていない普通のプロレス技のドラゴンスクリューを繰り出して、空母棲姫を艤装から遠く離れた場所へ投げ飛ばすのであった

 

(俺の拳を避けた事と言い、先程の蹴りと言い……、こいつまさか……)

 

「まさかとは思うが……、お前……、転生個体なのか……?」

 

「転生個体ぃ?何だそりゃ?まぁ確かに俺は日課のランニング中、トラックに跳ねられそうになっていた子供を庇ってトラックに跳ねられて、気付いたらこんな姿になっていたが……。まさか俺、それが原因でなろう小説の主人公みたく、艦これの世界に異世界転生しちまったってのか?」

 

先程までの空母棲姫の動きから、こいつは転生個体なのではないか?と思った空が、空母棲姫に対してこの様に尋ねてみたところ、それを聞いた空母棲姫は不思議そうな表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

(確定か……、そうなるとこいつのデータは使えそうに……、いや待て……、寧ろこれは好都合なのではないか?こいつのパンツの有無が分かれば、俺が異端なのか否かがハッキリするのではないか……?)

 

「まあ概ねその認識で合っているな……、お前の様子を見た限り、如何やらお前はこの世界の事情について……」

 

「あっはっはっはっはっ!!!そうかよっ!俺も転生者って奴になっちまったのかよっ!!たっはっはっはっはっ!!!」

 

空がこの様な事を考えながらも、この転生個体の空母棲姫に向かってこの様な言葉を掛け、こちらの世界の事情を教えるついでにパンツの有無の確認をしようと話を持ち掛けようとしたところ、話の途中で突然この空母棲姫は高笑いし始めるのであった

 

そんな空母棲姫の様子を空が怪訝そうな表情で見ていると、空母棲姫は高笑いを止めると空の方へと向き直り……

 

「こういうのは、大体特殊な力が備わってるってのがお約束って奴だよなぁっ!?さぁ目覚めろ俺の特殊能力っ!!!そんで俺の戦力強化の邪魔をしたあいつをぶっ潰せっ!!!」

 

この様に叫びながら腕を横薙ぎに振ったその直後、この空母棲姫が振るった腕の軌道上に艦載機の群れが現れ、特攻よろしく空目掛けて恐ろしい程の速度で飛んで来るのであった

 

これは不味いっ!!そう思った空が急いで艦載機の特攻を受ける為に、腕を×字状に交差させ、防御態勢を取るのだが……

 

「……?」

 

「……あん?」

 

件の艦載機達は文字通り空の身体をすり抜け、何処か彼方へと飛んで行ってしまうのであった……

 

「待て待て待てっ!!!そこは普通、身体に当たったところで大爆発するとこだろうがっ!?!何すり抜けて行ってんだよっ!??」

 

「あれは実体の無い幻か……?見た目は実体がある艦載機と見間違えるほど精巧に出来ていたが……」

 

その様子を見ていた空母棲姫が地団駄を踏みながらこの様に叫び、幻で出来た艦載機達が飛び去って行った方角に顔を向けながら、空が思わずこの様な言葉を漏らすと……

 

「……あっ!いい事思いついたっ!!!」

 

それを聞いていた空母棲姫は、その言葉で何かを閃いたのか、ハッとしながらこの様な言葉を口にすると、先程と同じ動作で幻の艦載機達を生み出し……

 

「行けおめぇらっ!!直接ダメージを与えられねぇってんなら、その身体であいつの艦載機達を攪乱してやれっ!!!」

 

幻の艦載機達にこの様な指示を送り、それを聞いた艦載機達は、今も尚空中での戦闘を繰り広げるワイルド達の方へと向かって飛んで行くのであった

 

これによりワイルド達は幾ら弾を叩き込んでも墜落しない幻の艦載機に驚き混乱し、その隙を付いて攻撃して来る空母棲姫の艦載機達に苛立ちと焦りを感じる様になり、徐々に追い詰められ始めるのであった……

 

「……如何やら俺は、お前に余計な事を吹き込んでしまった様だな……」

 

「おお、助言ありがとうな。お陰でてめぇの艦載機も頂けそうだぜっ!」

 

「まるで俺の事を容易く仕留められる様な言い方だな……、本当にお前にこの俺が倒せるとでも思っているのか?」

 

「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞてめぇっ!そのムカつく面、グチャグチャに歪めてやらぁっ!!!」

 

空母棲姫に余計な知恵を与えてしまった事を後悔するする空が、溜息を吐きながらこの様な言葉を口にすると、空母棲姫はそんな空に向かって生意気な口を叩き、それを聞いた空は少々ムッとしながらこの様に尋ねたところ、空母棲姫はそう叫びながら空に向かって突撃して来るのであった……

 

それからしばらくの間、空とこの空母棲姫は一進一退の激しい攻防を繰り広げ、その最中、空はこの空母棲姫の体捌きから、この空母棲姫は格闘技の心得を持っている事を察知するのであった

 

そんな中……

 

『ギャーッ!!またハズレだったニャーッ!!!』

 

『この幻のせいで、弾薬がモリモリ減っていくミーッ!!』

 

『実体がある方の攻撃も、地味に鬱陶しいんだニーッ!!?』

 

『空っ!!早くそいつを叩き潰すニ"ャッ!!!そうすりゃこの幻も消えるはずだニ"ャッ!!!』

 

『ご主人様ーっ!!早くしないとこっちがジリ貧だナーッ!!!』

 

この空母棲姫が出した幻の艦載機達に悪戦苦闘する、ワイルド達の悲痛な叫びが空の頭の中に響き渡る……

 

(何とかしてやりたいところだが……、こいつ……、思った以上に出来る……っ!?こうなったらこいつのデータを諦めて、本格的に仕留めにいくか……っ?!)

 

それを聞いた空が、内心で舌打ちしながらそう呟いたその時だ

 

『こちらクロだニュ、如何やら早速恩返しが出来る機会が巡って来たみたいだニュ』

 

『ハチだニャ~ン、確かにこの状況、クロならパパ~っと解決出来そうだニャ~ン』

 

不意に空の頭の中に、ライトニングⅡ内で補給を済ませたクロとハチの声が響き渡り、その直後にトムが発艦する際に使用するライトニングⅡのカタパルトが動き出し、そこから2つの影が飛び出して来るのであった

 

その2つの影を視認するなり、空は思わず自身のその目を疑う。何せその2つの影は、どちらもトムが装備している様な兵装を纏い、トムに匹敵するほどの速度で航行しているのである。これには流石の空も、驚きを隠せずにいたのであった

 

「さてハチ、弾薬と燃料分の仕事をするニュッ!!!」

 

「任せるニャ~ン、この兵装が戻って来たら、あいつら何かハチの相手にならないのニャ~ン」

 

その2つの影の正体であるSR-71 ブラックバードの兵装を身に纏ったクロと、F/A-18E スーパーホーネットの兵装を身に纏ったハチは、この様なやり取りを交わした後、苦戦するワイルド達の救援の為に、空母棲姫の艦載機の群れの中に突撃して行くのであった……

 

これが空と関東地方全域を渡り歩き、関東地方の猫達の情報を知り尽くした情報屋の野良猫であるクロと、アグと同レベルの実力を持ち、『飛燕落としの(ハチ)』の異名で恐れられていたクロの相棒であるハチとの出会いなのであった……



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黒鳥と大雀蜂

さて、ライトニングⅡ内で補給を終えたクロとハチが復帰した事で、現在空と対峙している空母棲姫の転生個体、2P(空が内心で勝手に命名)が呼び出した実体を持たない幻の艦載機が入り混じった上空の戦況は、瞬く間の内に形勢逆転、今までジリ貧になっていたワイルド達は、最早圧倒と言えるレベルで2Pの艦載機達を蹂躙し、次々と叩き落していくのであった……

 

一体何がどうなってこの様な状況になったのか……、それについてはその時の様子を少しだけ時間を遡って見てみるとしよう……

 

「それじゃあハチッ!いつも通りにやるニュッ!!」

 

「分かったニャ~ン」

 

窮地に陥ったワイルド達の救援の為、ライトニングⅡから飛び立ったクロとハチは、道中でこの様なやり取りを交わすと、相手を自分達の土俵に引きずり込む為に早速行動を開始するのであった

 

先ずブラックバードの兵装を纏ったクロが、突如機首を思いっきり上に上げて天に向かって急上昇を開始。そうしてグングン高度を上げていったクロは高度1万mに達したところで、高度を上げるのを止めるなり大きな円を描く様に飛び始めるのであった

 

そんなクロの様子を見ていた2Pは、クロの行動の意図がサッパリ分からなかった為、謎の行動に走ったクロを放置する事にしたのだが、それが彼の敗北を決定付けさせる事となるのであった……

 

「あれは一体何をしてるんだニャ……?」

 

2P同様、クロの奇行の意図が掴めなかったワイルドが、思わずこの様な言葉を口にしたその時である

 

「それはもう少ししたら分かる事だから~、もうちょっとだけ待つのニャ~ン」

 

いつの間にかワイルドの隣を飛行していたハチが、のんびりとした口調でこの様な事を口にする。と、その直後である

 

『OK、データ収集が完了したニュッ!今から僕が集めた情報を皆に伝えるニュッ!』

 

不意に上空を旋回しているクロからこの様な通信が入り、その直後にワイルド達の視界の隅にレーダー指示器であるPPIスコープの様な物が出現し、そこには2Pの艦載機が光点として表示されるのであった

 

突然の出来事にワイルド達は思わず驚いてしまうのだが、ワイルド達の驚きはそれだけでは終わらなかった

 

何故なら、この突如現れたPPIスコープには、幻の艦載機の反応が無かったのである

 

「おわっ!?目の前に艦載機がいるのに、このレーダーにはそいつの反応が無いミーッ!」

 

「だったらそいつは幻だニャ~ン、試しに攻撃してみるニャ~ン?」

 

「……頼んでもいいかニー?」

 

相手が目の前にいるにも関わらず、レーダーが反応していなかった事に驚いたベアが、思わず驚きの声を上げたところで、つい先程までワイルドの隣にいたハチが知らぬ間にベアの隣に移動しており、ハチがベアに向かってこの様に尋ねたところ、ハチとは反対側のベアの隣にいたタイガーが、ハチに対してこの様にお願いしたところ、ハチはそれを了承するなり、たった1発だけ機銃の弾を件の艦載機に向かって放って見せるのであった

 

こうしてハチの機銃から放たれた銃弾は、件の艦載機を通り抜けて何処かへと飛んで行き、その様子を見ていたベア達はハチが言っていた事は事実であると認め、ベアがこの事を空やワイルド達に話したところ、空からそのレーダーで相手を捕捉し、確実に撃墜せよと指示が飛び、それを聞いたワイルド達はすぐさま反撃に打って出るのであった

 

さて、突然ワイルド達の視界に現れ、ワイルド達に反撃の切っ掛けを作ったこのレーダーだが、これは現在も上空を旋回し続けているクロが発信源となっている

 

クロが装備しているこのブラックバードの兵装には、敵を直接攻撃する為の武器が一切備わっていないのだが、その代わりとして偵察用の高性能カメラや電波妨害装置、更には本来のブラックバードには備わっていない筈の数々の電子戦用装備や高性能な通信機器などが多く搭載されているのである

 

そう、謎の多かったクロのこれら一連の行動は、自身が持つ電子戦用装備を用いて広範囲にわたって索敵と偵察を行う為のものであり、これによって得られた情報は即座に分析・解析が行われた後、高性能通信機によってワイルド達の下へと届けられているのである

 

因みに幻がPPIスコープに映っていない理由だが、それは幻がクロが発する探知用電波を透過してしまっているからである。これにより幻はPPIスコープに表示されず、実体がある艦載機だけがPPIスコープに表示され、本物と幻が判別出来る様になったのである

 

尚、こうして索敵を行っている時のクロは、完全に無防備になってしまうのだが……

 

「あいつだっ!あの上空でクルクル回っているあいつを撃ち落とせっ!!」

 

「そうは問屋が卸してくれないんだニャ~ン」

 

この逆転劇の原因がクロにある事に気付いた2Pが、慌てた様子で艦載機達にこの様な指示を出し、それを聞いた艦載機達が一斉にクロに襲い掛かろうとするのだが、直後にハチがこの様な事を言いながらクロに殺到しようとする艦載機達の群れの中に単騎で突入し、艦載機達の合間を尋常ではない速度で縫う様にして飛び回り、艦載機達の急所とも言える弾薬庫や燃料タンクに、恐ろしい程正確に、そして確実に1発ずつ機銃の弾をお見舞いし、銃弾を受けた艦載機達は次々と、そして瞬く間の内にハチの手によって撃墜されていくのであった……

 

そんなハチが描く軌道は、とてもジェット機には真似出来ない……、いや、そもそも飛行機では実行出来ない様なとんでもないものなのだが、その尋常ではない俊敏さと反応速度を武器に、多くの荒々しい野良猫達を一撃必殺の名の下に下して来た事で『飛燕落としの蜂』の異名を持つ事となったハチは、それを2Pに見せつける様にして、鼻歌交じりにやってのけてみせたのであった……

 

因みにハチは、自身にこの様な異名が付けられている事をクロを通して知っており、異名通りに飛んでいる燕を落としてみようと思い立ち、クロが見守る中実際にやってみたところ、本当に飛んでいる燕を狩る事に成功してしまった過去を持っていたりする

 

さて、自身の能力をクロに打ち破られた挙句、ハチの戦いぶりをまざまざと見せつけられてしまった2Pは……

 

「おい……、何だありゃ……?あんなんいるとか聞いてねぇぞ……?つか何であいつらあんな風に豹変してんだよ……?おかしいだろ……?あんなん捕まえられるわきゃねぇだろうがよ……」

 

只の白ネコ艦載機だと思って追い回していたものが、実は自分の手に負えそうにないとんでもない化物であった事を知るなり、心が折れたとばかりに譫言の様にこの様な事を呟きながら、両膝を海面に突き項垂れてしまうのであった……

 

そんな2Pの様子を見ていた空は……

 

「凹んでいるところ悪いんだが、仮にお前があの艦載機達を手に入れたとしても、その艤装ではあいつらを発艦させる事は出来ないぞ」

 

2Pに向かって追い打ちをかけるが如く、この様な言葉を掛けるのであった……

 

「だったら……、ついさっきあいつらを発艦したてめぇの艤装を頂けば……っ!」

 

空の言葉を聞いた2Pが、この様な事を言いながら立ち上がり、空からライトニングⅡを奪おうと彼に襲い掛かろうとするのだが……

 

「そんな事させる訳がないミャーッ!!!」

 

その直後に、いつの間にかライトニングⅡから発艦していたヘルが2Pの前に立ち塞がり、彼の顔面に叩きつける様に魚雷を発射し、2Pの顔面に直撃した魚雷は轟音を立てながら爆発し、2Pを盛大に吹き飛ばしてみせるのであった

 

「てんめぇ……、このクソね……こ……」

 

見事に吹き飛ばされた2Pは、何とか立ち上がりヘルの方へ鋭い視線を向けながら、彼を口汚く罵ろうとするのだが、その言葉は航空戦を終えて空の下へ戻って来たワイルド達全員が、2Pに銃口やミサイル、鋭い牙を向けている事に気付くなり、尻すぼみになって消えていってしまうのであった……

 

「まだ続けるか?続けると言うならば、俺はお前に俺と艦載機達によるコンビネーションとやらを披露する事になるのだが……、どうする?」

 

そんな2Pに対して空がこの様に尋ねたところ、2Pは観念したのか降参の意思表示として両手を上げて見せるのであった……

 

その後、空は2Pに対してワイルド達で威嚇しながらパンツ調査を行い、彼が穿いていない事を知るなり眉間に深い皺を寄せて考え込んでしまうのであった……

 

(転生個体であるこいつが穿いていないのなら、何故俺はパンツを穿いた状態で転生していたんだ……?くそ……っ!益々謎が深まってしまった……っ!)

 

パンツ調査の結果を見て、空は渋いをしながら内心でこの様な事を呟き、そんな空の様子を見ていた2Pは、何故空がこの様な表情を浮かべているのか分からず、思わず不思議そうな表情を浮かべるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここで少しネタ晴らしをしよう

 

何故空母棲姫の転生個体である2Pはパンツを穿いておらず、空だけがパンツを穿いていたのか……

 

それは単純に、2Pと空を作った存在が違うからである

 

皆様は空の身体が作られた時の事を覚えているだろうか?

 

そう、空の身体だけはオリジナルコアが作ったものではなく、オリジナルコアが持つ転生個体製造用プログラムを一時的に乗っ取った護の魂によって作られたものなのである

 

この時護の魂は、恐らく無意識の内に幾ら女性の姿をしていても、知り合いの野郎のノーパン姿を見るのは流石に勘弁願いたいと思ったのか、空の身体を作る際ちゃんと服を身に纏い、パンツを穿いている空母棲鬼の身体をベースに、魔改造を施して空母棲姫に仕立て上げた様なのである……

 

この様な事があった為、空だけが空母棲姫の転生個体でありながら、破れていない衣服をしっかりと身に付け、パンツを穿いていたのである……

 

尚、この事は空も護も覚えておらず、この事実に空が気付くのは、当分先の話だったりする……



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別れと送迎と・・・・・・

2Pのパンツ調査を終えた後、空はワイルド達をライトニングⅡに格納すると、2Pを連れてガダルカナル島を目指し移動を開始するのであった

 

何故空は2Pをガダルカナル島に連れ行こうとしているのかと言えば、それはパンツ調査を終えた後の彼とのやり取りが深く関わっていた

 

パンツ調査を終えた空が、2Pに何故クロ達を攻撃していたのかについて尋ねたところ、空から質問された2Pは、その理由を簡潔に説明し始めるのであった

 

如何やら彼は元の世界では趣味として提督業を営みながら、プロになる事を目指して活動していたアマチュアのキックボクサーだったらしく、この世界に転生するなり自身が空母棲姫になっている事にいち早く気付き、自分が今どの様な立場に立たされているのかを知る為に、最初はあても無く海上を彷徨っていたのだとか……

 

そうしてしばらく彷徨っていると彼は強硬派深海棲艦と遭遇、その場で戦闘を開始しその最中に艦載機の使い方に気付き、艦載機の攻撃と自身が体得した蹴り技を駆使して強硬派深海棲艦達を退けたのだとか……

 

ここまでならまだ問題無かったのだが、これから先の話に少々問題があり、それが彼がクロ達を攻撃する原因となるのであった……

 

彼はその後も襲い来る強硬派深海棲艦を倒しながら、知らず知らずの内にインドの傍にあるベンガル湾を南下してインド洋に辿り着くのだが、そこで今度はカルメンに所属するヤンキー達と遭遇してしまったのである……

 

この時彼は、水上バイクであるケートスを駆る彼らを見て、こいつらは今まで自分に襲い掛かって来ていた深海棲艦とは違うのではないか?もしかしたら彼等は自分が持っていない情報を何かしら持っているのではないか?と思い、それを確認する為に2Pは彼等とコンタクトを取ってみる事にしたようである……

 

しかし彼の予想は見事なまでに裏切られ、ヤンキー達は2Pを見つけるや否や、問答無用で襲い掛かって来るのであった……。そんなヤンキー達に対して、2Pは必死になって自身に攻撃の意思が無い事を伝えようとするのだが、ヤンキー達は2Pの言葉に一切耳を貸さず、彼に対して暴言を吐き散らし、カルメンの方針である実力絶対主義を唱え、既に人ではなくなった都合自分達には人権は無いが、自分達が犯した罪を裁く法も無い事などを主張しながら、2Pを執拗に攻め立てるのであった……

 

そんなヤンキー達に対して遂に2Pはブチギレ、艦載機と蹴り技をふんだんに使用して何とか彼等を全員叩き潰し、辛くも勝利を収めるのだが、そんな彼の心に先程彼等が言っていた言葉が僅かながらこびり付き、ヤンキー達と戦った事で混乱してしまった彼の心境に悪影響を及ぼしてしまうのであった……

 

こうして何とかヤンキー達を倒す事に成功した2Pだが、ヤンキー達の強さが今まで戦って来た深海棲艦達よりも明らかに強かった事が気にかかり、2Pはこの世界では彼等が言っていた通り、力こそが正義なのではないか?などと思う様になると、この世界で生き残る為には戦力増強が必要だと思い至り、どうしたら今以上に強くなれるのか?と考えていたところ、彼の視界に見た目では白ネコ艦載機と相違ないクロとハチの姿が映り、そう言えば自分の艦載機の中に白ネコ艦載機が無かった事を思い出した彼は、すぐさまクロ達の後を追い、クロ達に自分の指揮下に入る様交渉を開始したのだそうな……

 

「交渉とか言ってるけど、その内容はどう聞いても僕達に命令してる様だったニュ……」

 

「何か言い方が気に入らなかったから、ハチ達は彼のお願いとやらを断ったんだニャ~ン。そしたら彼は突然怒って、ハチ達に攻撃を仕掛けて来たんだニャ~ン」

 

「成程、要はお前はカルメンの連中の影響を受け、自分の思った通りにならなかったクロ達に腹を立てるなり、力づくでクロ達を支配下に置く為に攻撃を開始したと言う訳か……。お前、昔から単純などと言われたりしていなかったか?」

 

ここまで2Pの言葉を黙って聞いていたクロ達が、交渉の話になったところでこの様に口を挟み、それを聞いた空が2Pにこの様に尋ねたところ、2Pは何も言い返せないのか苦々しい表情をするなり、口を噤んでしまうのであった……。如何やら図星だった様である……

 

その後2Pは空に敗れた後、パンツ調査を受けている間に冷静さを取り戻すと、空にこの世界の状況を尋ね、この話題に食い付いたクロと共に空からこの世界の現状を聞き、クロと揃って顔色を悪くするのであった……。それもそのはず、この時空は彼等に神話生物達の事も包み隠さず話したのだから……

 

因みに2Pは最初は自己紹介も終えておらず、自身が日本海軍に所属している事以外を明かしていない空の話を半信半疑で聞いていたのだが、空が日本海軍で工廠長として働く為に取得した日本海軍の技術大尉の階級章を2Pに見せると、艦これの影響で海軍系ミリオタに目覚めた2Pはそれが本物である事に気付くと、空の話を全面的に信用する事にしたのだとか……

 

こうしてこの世界の状況を知った2Pが、空にこの世界で生きていくにはどうしたらいいのか?と尋ねたところ、空は彼くらいの実力があればきっと使い物になるだろうと判断すると、2Pに穏健派連合を紹介する事にし、それを聞いた2Pは是非とも穏健派連合の厄介になりたいと言い、空は彼をガダルカナル島に連れて行く事にするのであった

 

さて、こうして2Pのガダルカナル行きが決定したのだが……

 

「さてと……、それじゃあ僕達はそろそろ行くニュ」

 

「クロが行くと言うなら~、ハチもクロについて行くニャ~ン」

 

不意にクロとハチがこの様な言葉を口にし、この場を去ろうとするのであった

 

突然どうしたのか?と空がクロに尋ねたところ、クロは空の話は信じられるのだが、情報屋としての性なのか、空が言っていた事をこの目で確かめる為に、世界中を巡りたいと言って来たのであった

 

それを聞いた空は、流石に無理強いして彼等を自分達の仲間に引き込む訳にはいかないと思い至り、少々残念そうな雰囲気を醸し出しながら彼等を見送ろうとしたのだが、そこで不意にとある疑問が頭を過り、念の為にそれをクロ達にぶつけてみる事にするのであった

 

「お前達……、行くのはいいのだが……、補給のアテはあるのか……?お前達の補給を手伝ったヘルから聞いているが、お前達は移動中に燃料切れになって動かなくなった兵装を放棄し、その結果今回の様な事になったのだろう?」

 

「「あ~……」」

 

空の疑問を耳にしたクロ達は、思わず声を揃えてこの様な声を出し、沈黙してしまうのであった……。如何やら兵装への補給に関してはノープランだった様である……

 

この反応を見た空は、仕方が無いと言った表情を浮かべると、荷物の中からレポート用紙を何枚か取り出すと、アクセル、セオドール、ジョシュア、リチャード、そしてワンコ宛ての手紙を書き、それをレポート用紙を折って作った便せんの中に入れ、それをクロ達に手渡すのであった。クロ達がそうして受け取った手紙を、不思議そうに眺めていると……

 

「それは俺達の友人達宛ての、お前達の事に関して書いた手紙でな、それを友人達の関係者に手渡す事が出来れば、ほぼ間違いなくその兵装に燃料と弾薬を補給してもらえるだろう。まあ尤も……、それを関係者達に手渡すまでにひと悶着あるかもしれんが……、そこは何とか頑張ってくれ……」

 

そんなクロ達に向かって、空がその手紙について簡潔に説明し、それを聞いたクロ達は大いに喜び、そのお礼としてクロ達は情報収集の旅が終わった暁には、空の軍門に下り共に戦う事を約束してくれるのであった

 

尚、このやり取りが交わされている中、その様子を見ていた2Pはとても不満そうな表情を浮かべていたのだが、この事実に気付いた者は誰一人として……、いや、もしかしたら全ての時間に存在するとある神話生物だけが気付いていたかもしれない……

 

因みに、クロ達が空と約束を交わした際、クロ達がまだ聞いていなかった空の名前を尋ね、それによってそう言えばまだ自己紹介をしていなかった事を思い出した空が自己紹介をしたところ、アマチュアとは言えキックボクサーであった2Pは、空の名前を聞くなり驚愕し言葉を失い、クロ達は生きていた頃、一時期は空の部屋を活動拠点にしていた事を思い出し、その事を空に告げたところ……

 

「ああ……、いつも俺の部屋に来るなりワイルド達に向かってニャーニャー言ってた黒猫と、俺が目を離した隙に戦治郎の部屋に潜り込み、戦治郎のP〇4の上に糞をした虎猫はお前達だったのか……」

 

空は昔の事を少しだけ思い出しながら、苦笑いを浮かべながらこの様な言葉を口にするのであった……。尚、ハチが戦治郎の〇S4の上に糞をした件だが、監督不行き届きと言う事で、空は戦治郎に目いっぱい怒られたのだとか……

 

こうして空は情報収集の旅に出るクロ達と別れ、2Pをガダルカナル島に連れて行く為に、ガダルカナル島に向けて移動を開始したのであった

 

 

 

 

 

「しっかし……、世の中酷ぇ事する奴がいるもんっすね~……」

 

「ああ、クロ達の死因の事か……。猫をペットとして飼っている俺からしたら、犯人は絶対に許せんところだな……」

 

ガダルカナル島に向かう道中、相手があの石川 空であると知った2Pが、シゲと護を足して2で割った様な話し方で空に話し掛け、それに反応した空は心底不快そうな表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

空達がクロ達を見送るよりほんの少し前、クロ達の死因が気になった空がクロ達に死因について尋ねたところ、クロ達は苦々しい表情を浮かべながら、その時の事を空達に語ったのであった……

 

如何やらクロ達は関東中を歩き回っている途中で、動物虐待を趣味に持つ者に捕まってしまったらしく、ハチはカッターで両目を潰された後電子レンジで加熱されて絶命し、喧嘩が弱いクロは犯人が虐待の為に飼育していた猛毒持ちの蛇と無理矢理戦わさせられ、その毒のせいで命を落としてしまったのだとか……

 

尚、この事件の結末を2Pは知っており、クロ達で遊んだ後、次の獲物を求めて自分の住む部屋の近辺を徘徊していた犯人は、偶々近くを通りかかった警察に職務質問をされ、その最中に警察官が彼の衣服に付着したハチの血液に気付き、それが切っ掛けとなって犯人は逮捕されたのだそうな……

 

「もし俺がその場にいたら、きっと犯人をボコボコにしてたところっすね。いやこれホントマジで」

 

「気持ちは分かるが、お前もアマチュアとは言え格闘家だろうが……、……ん?」

 

こんな調子で2人が会話を交わしていると、不意に空が何かに気付き、思わず怪訝そうな表情を浮かべるのであった

 

そんな空が見つけたもの……、それは壊れた艤装が括りつけられたケートスを操縦し、カルメンのヤンキーだと思われる追手数名から逃れようとする白露型駆逐艦8番艦の山風と、山風が操縦するケートスと並走する、日本刀を携えた金剛型戦艦2番艦の比叡、そしてケートスの後部に山風に背を向ける様にして座った状態で、ヤンキー達に向かって艦載機とリボルバー式拳銃の弾丸を放つ集積地棲姫の姿であった……



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山風達御一行

「待てやゴルァッ!!!」

 

山風達一行を追うヤンキーの1人が、そう叫びながら手にしたキマイラの銃口を山風と集積地棲姫が乗るケートスに向け、ケートスを蜂の巣にしようと引き金に指を当てると……

 

「やらせるかよっ!」

 

刹那、その様子を見ていた集積地棲姫がこの様に叫び、手にしたリボルバー式拳銃のアリーズウェポンである『Delphynē(デルピュネー)』の銃口をヤンキーに素早く向けると、その引き金を躊躇い無く引き銃弾を発射、それに気付いたヤンキーは弾丸を回避する為に自身が乗るケートスを左側に傾け、大きく弧を描く様にして左側に曲げて集積地棲姫が放った弾丸を回避してみせるのであった

 

尤も、そのせいでヤンキーのキマイラの照準は大幅に狂ってしまい、そのヤンキーはその事実に舌打ちしながら再度キマイラを山風達の方へと向けようとする

 

「どうするんですか始さんっ!?このままじゃジリ貧ですよっ?!その水上バイクの燃料も残り少ないんですよねっ!?だったらここは私が囮になって……っ!!」

 

「ああもうっ!!同じ事何度も言わせるな面倒臭ぇっ!!!いいかっ!?例えお前1人が囮になったとしても、あいつらの誰かは絶対こっちに向かって来るんだっ!!!だったら無駄に犠牲が出ない方法取った方が幾分かマシに決まってるだろうがっ!!!つかそう言う事はその立派な大砲であいつらを傷つけてからいいやがれっ!!!」

 

「始っ!!うるさいっ!!!」

 

そんな中、日本刀を携えた比叡が集積地棲姫に向かってこの様な提案をしたところ、始と呼ばれた集積地棲姫は苛立ちながら比叡に向かって捲し立てる様にそう叫び返し、それを間近で聞いた山風もまた、その叫びのせいで集中力が途切れそうになってしまった為か、イライラしながら始に向かってそう叫ぶのであった

 

さて、ここでこの一行がどの様な経緯で共に行動しているのかについて、少しだけだが触れていこう

 

先ずこの始と呼ばれている集積地棲姫と山風だが、山風は日本海軍の鹿屋基地に所属しており、彼女がいた艦隊は南方海域での遠征任務中に強硬派深海棲艦の艦隊に襲われ、任務を遂行する為に必死になって応戦していたのだが、その最中にやたらハイテンションな奇声を上げながら移動する、金属片と思わしきものをこれでもかと言うくらいに巻き込んだ竜巻の様なものに突如乱入され、山風の艦隊はその存在に気付くなりすぐさま撤退を開始したのだが、突然の出来事に動揺してしまい1人逃げ遅れてしまった山風は、その不気味な竜巻に飲み込まれ、西方海域まで吹き飛ばされてしまったのであった……

 

その際、彼女の艤装は金属片と幾度となく衝突し、海上に浮かぶのがやっとと言うレベルまで破損してしまうのであった……。それでも尚、彼女が奇跡的に無事でいられたのは、恐らく辛うじて残っていた艤装に施された妖精さんの加護のおかげなのだろう……

 

そんな山風は西方海域にあるとある小島に流れ着き、そこで積 始(せき はじめ)と名乗る集積地棲姫と出会い、彼が水上バイクを保有している事を知ると、山風は始に自分を日本の鹿屋基地に連れて行って欲しいと、幾度となく頼み込むのであった

 

さて、山風にそんなお願いをされた始だが、最初は面倒臭いの一言で山風の頼みを断り、しばらくしてからは今の静かで平穏な無人島暮らしをブチ壊しにしたくないと言って断る様になるのだが、最後は山風が出した鹿屋基地の提督に始が快適な生活を送れる様にしてもらう様にお願いすると言う提案と、山風の必死さに根負けしてしまい、始は渋々と言った様子で山風を鹿屋基地に帰す為に、マダガスカルでの戦いの際戦治郎達が回収し損ねたケートスに跨り、日本に向かう事にするのであった

 

因みにこのケートスの燃料だが、ケートスが始がいた島に流れ着いた時には既に空っぽになっていたのだが、集積地棲姫である始の艤装の中にその燃料があったおかげで、ケートスは今こうして動いているのである

 

そうして移動している中、山風達は強硬派深海棲艦達に襲われ、艤装が壊れていて戦闘が出来ない山風に代わって、始がケートスのシートの下に格納されていたデルピュネーで何とか応戦していたところ、突如比叡が乱入して来て、ややぎこちない動きではあったが、始達を助ける様に強硬派深海棲艦達をバッサバッサとその手に持った日本刀で斬り捨てていったのであった

 

その後、始が訝しみながら比叡に自分達を助けた理由を聞いたところ、彼女は満面の笑みを浮かべながら

 

「少し前、ドロップ艦である私が深海棲艦に襲われて沈みそうになった時、深海棲艦であるはずの師匠が私を助けてくれたんですっ!それが切っ掛けとなって、私は師匠や貴方の様な訳アリな感じの深海棲艦は助けになれそうならば助ける様にする事にしたんですっ!!」

 

この様に言い放つのであった

 

因みにこの比叡、日本刀こそ持っているものの、その手の技術は一切持っておらず、先程の戦闘の際の動きも、自身が師匠と勝手に呼んでいる深海棲艦の動きを真似しただけなのだそうな……

 

そんな彼女はその師匠とやらに助けられ日本に送り返された後、本格的な剣術の教えを乞う為に、骨董品屋で買って来た日本刀を携えてその師匠とやらを探している様で、時々日本に帰還してはまた旅立つを繰り返しているのだとか……

 

尚、始が比叡にその師匠とやらについて尋ねたところ……

 

「見た目はすっごく変わっている方で、ほぼスッポンポンの状態でマントだけ羽織ってて、筒状の帽子を編み笠みたいに被ってて、手には仕込み刀が入った琵琶を持ってましたっ!そして艤装は黒い巨大な手みたいになっているのですが、それにはすごく大きな仏壇のアレ……、チーンって鳴らす奴ですっ!アレを持っていましたっ!!」

 

比叡はこの様に返答し、それを聞いた始と山風は比叡の正気を疑ったのであった……。2人はこの様な人物が本当に実在するのかどうかが信じられなかったのである……

 

その後、始達の事情を知った比叡が彼等に同行を申し出、山風がそれを承諾した事で3人は一緒に日本に向かう事となったのだが、彼等はその道中で運悪くカルメンの縄張りに入ってしまい、ヤンキー達に見つかるや否や襲われる羽目になってしまったのであった……

 

カルメンのヤンキー達と対峙した時、最初は始達も何とか応戦していたのだが、時間が経つにつれてヤンキー達の数が徐々に増していき、ヤンキー達の実力とその数からこちらが不利であると判断した始は、山風と比叡に撤退指示を出して逃げに入った訳なのだが、始が思った以上にヤンキー達は執拗に彼等を追い回し、その結果始達のケートスや比叡の艤装の燃料は、底を突きかけてしまうのであった……

 

(くそっ!こんな時、あいつだったらどう立ち回っているだろうか……っ!?)

 

この状況を打開すべく、始が内心で舌打ちしながらも思考を巡らせていると……

 

「始っ!前から何か来るよ……っ!」

 

突然ケートスを操縦していた山風が声を上げ、それに反応した始が前を見た瞬間、途轍もない速度で飛行する何かが始の視界に映るが、それは瞬く間の内に始達との距離を詰め……、いや、そう思っている頃には既に始達の横を通り過ぎていき……

 

「せいっ!!!」

 

それから飛び降りた人影が、そう叫びながらヤンキー達目掛けて飛び蹴りを放ち、その直撃を受けたヤンキーは桃色の水柱の中に消えてしまい、水柱が無くなった時には、その姿も完全に消え失せてしまっていたのであった……

 

「何だありゃ……?」

 

「飛び蹴りを受けた深海棲艦……、何処に行ったの……?」

 

突然の出来事に驚いた山風がケートスを停め、先程の飛行物体が飛んで行った方角に視線を向けていた始と山風が、思わずこの様な言葉を口にすると……

 

「飛び蹴りだけでアレかよ……、って事は俺と戦った時は相当手ぇ抜いてたって事だよな……?俺、もしかしてマジで命拾いした……、のか……?」

 

飛行物体がやって来た方角からやって来た空母棲姫が、山風のケートスの隣に止まるなりこの様な事を言い……

 

「あの……、貴方は……?」

 

「ああ、俺達は通りすがりのちょっと変わった空母棲姫だ。アンタらが困ってたみたいだから助けに入ったんだが……、おおう……、もう終わってらぁ……」

 

突然現れた空母棲姫である2Pに向かって比叡がこの様に尋ねると、2Pは比叡の質問に嘘偽りなく答えようとするのだが、その途中で戦闘が終わった事に気付くとやや引き気味にこの様な言葉を口にし、それを聞いた始達が2Pが向いている方へ視線を向けると、そこにはヤンキー達の返り血で真っ赤に染まった空の姿だけが存在していたのであった……

 

そんな空の姿を見た3人は、驚きの表情を浮かべたまま、只々呆然としてしまうのであった……



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積 始

始達を追っていたヤンキー達をあっという間に片付け終えた空は、ヤンキー達の返り血で真っ赤に染まった姿のまま始達に歩み寄るのだが、空が始達に近付いた途端山風がその身体をビクリと震わせるなり始にしがみつき、何かに怯える様にプルプルと震える様子を目の当たりにすると、もしかしたらまだヤンキー達の生き残りがいたのかと思い、険しい表情を浮かべながら周囲を警戒し始めるのだが、2Pの指摘によって山風は返り血塗れの空に怯えている事が判明すると、空は海水で返り血を洗い流し、改めて始達に接触するのであった

 

それにより空は始達の目的を知る事となり、空は始達に向かって2Pと始を穏健派連合の総本山であるガダルカナル島に連れて行った後、自分が山風を無事に日本に送り届けようと申し出たのだが、それは未だに空に怯える山風によって却下されてしまうのであった……

 

尚この提案に対して、話の中で身の安全がある程度保証され、食糧も安定して入手出来るガダルカナル島は自分にとっての理想郷だと思った始は、空の提案にそれなりに乗り気だったのだが、山風の様子を見るなり深い溜息を吐いてその提案を蹴る事にしたのだった……

 

因みに山風が提案を断った理由だが、単に初対面の印象が最悪だった空と一緒にいる事が嫌なだけではない。始と離れ離れになってしまう事が、空と行動を共にする事よりも嫌だったからである

 

山風は始と初めて出会った時、状況を上手く把握出来なかった事で発生した混乱と、集積地棲姫の姿をした始に対する恐怖から、彼に向かって自分に構うな、放っておいて、あっちに行ってなどと言い、その結果その言葉通りに始に丸2日間完全無視……、いや、下手したら存在そのものを認識すらしてもらえなくなり、それに耐え切れなくなった山風が最終的に折れ、その双眸に涙を浮かべながら始に謝罪する羽目になったのだが、それ以降は始も山風の相手をする様になり、口で面倒臭いと言いながらもなんだかんだで彼女の世話をしていたのであった

 

そんな事があった為、人見知り気味な山風は自分の命の恩人でもある始に懐いており、離れ離れになる事を嫌がったのである

 

その後空達は話し合いを行い、2Pと長旅で疲れているだろう始達をガダルカナル島に送り、空はそこで山風の艤装の修理を行った後長門屋鎮守府建設予定地へと帰還し、始と山風はガダルカナル島で1泊した後日本に向かう事になったのだが……

 

「さて……、空さん達が付いていてくれるなら、始さん達の方はもう大丈夫そうですね。では私は師匠探しを再開するので、この辺りで失礼しますね!」

 

話が纏まったところで突如比叡がこの様な言葉を口にし、空達に背を向けて何処かに向かって移動を開始したのであった……

 

こうして比叡と別れた空達は、予定通りガダルカナル島へ向けて移動を開始したのだが……

 

「そういや、山風は金属片塗れの竜巻に飲み込まれたんだったっけか?そんでそれが原因で艤装がオシャカになったみてぇだが、その割には傷1つ無い綺麗な身体してるな……」

 

その道中にて、ふと思い出した様に2Pがこの様な事を口にし、不思議そうな表情を浮かべていると……

 

「それはこいつを使ったからさ」

 

2Pの話を聞いていた始はそう言うと、自身の艤装から緑色のバケツを取り出し、空と2Pに見える様に掲げてみせ、それを見た2Pは納得した様な表情を浮かべるのだが……

 

「始……、お前……、それを山風に使ったのか……っ?!」

 

始が掲げたバケツ……、高速修復材が入っていると思われるバケツを目にするなり、空はそれはそれは険しい表情を浮かべてこの様な言葉を口にし、それを聞いた2Pは空の表情に一瞬ギョッとするのだが、すぐにそれの何処に問題があるのか?と言いた気な表情を浮かべるのであった

 

さて、そんな空の反応を見た始は……

 

「その様子だと、空は本来のコレの副作用の事知ってるみたいだね……。けど安心していいよ、これは空が知ってる高速修復材って奴とはちょっと仕様が違うから」

 

「どう言う事だ……?」

 

空に向かって不敵な笑みを浮かべながらそう言い放ち、それを聞いた空は眉間に皺を寄せながら始に対してこの様な言葉を放ち、その傍らでは何言ってんだこいつら?っと言わんばかりに、2Pが小首を傾げていたのであった……

 

その直後、始が言い放った言葉を耳にした空は、その内容に思わず驚愕し言葉を失い、空と共に始の話を聞いていた2Pは、空が驚いた理由に加えバケツの副作用の内容に愕然としてしまうのであった……

 

始が言い放った事、それは現在彼が掲げているバケツの中身は、彼の手によって副作用の内容を老化の促進から極僅かな睡眠作用に置き換えられた、全く新しい高速修復材であると言う、本当に驚くべき事実だったのであった……

 

始の話を聞く限り、如何やら始は『改変の紺碧』と名付けた能力を持っているらしく、その能力を用いて自身の艤装の中にあったバケツの副作用を改変し、人体に害の少ない高速修復材を完成させたのだとか……

 

「この改変の紺碧は、如何やら発動させた状態で触れた化学物質の構成を確認出来たり、その構成を自由にいじくったり、好きなだけ生み出したり出来るみたいなんだよね。まあ、これを本気で使いこなせるのは、恐らく僕と……、いや……、薬学に精通してる僕くらいだろうね」

 

始はそう言いながら紺碧を発動させ、バケツを手にしていない手に淡い青色の光を纏わせ、その手からバケツの中身と同じ物であろう緑色の液体をドバドバと出し始めるのであった

 

尚、始が紺碧の説明をしている最中、何か嫌な事を思い出したのか始の表情が一瞬だけ殺気立ったものになるのだが、それにたった1人気付いた空は、一瞬だけ垣間見えた始の表情と心境についてはあまり追及しない方がいいだろうと判断し、それを見なかった事にするのであった……

 

そんなやり取りを交わしている内に空達はガダルカナル島へ到着し、島に着く直前に空が入れた通信を聞いていた伊吹が彼等を出迎え、始達の身柄を伊吹に受け渡した空はそのまま日本に向かって飛んで行き、空を見送った始達が伊吹の案内で施設の方へと移動しようとしたその時だ

 

「おや、空はもう行ってしまったのか……」

 

仕事の都合で遅れてやって来たリチャードが、豆粒の様に小さくなってしまった空の背中を見るなり、残念そうにそう呟くのであった

 

「誰だアンタ?」

 

そんなリチャードに向かって、始が怪訝そうな表情を浮かべながらこの様に質問すると、リチャードはすぐに気を取り直して自己紹介を行う。すると……

 

「リチャード=マーティン……、だって……っ!?まさかエデンに暗殺されたアンタまで、この世界に来てたって言うのか……っ?!」

 

「おや、僕の事を知っているなんて光栄だね」

 

リチャードの名前を聞いた瞬間これまでにないくらいに始が驚愕し、その様子を見たリチャードは声高らかに笑った後、自分の存在に驚く者に対しての決まり文句となりつつある言葉を口にするのであった

 

その後、この世界の事情をよく知らない始の為に、リチャードが施設に向かう道中でこの世界の現状について説明していたのだが、リチャードの口からこの世界にもエデンが存在していると聞いた刹那、突然始が鬼気迫る表情を浮かべ、右手を驚くべき速度で伸ばすなりリチャードの胸倉を掴み……

 

「それはどういう事だっ!?何でこの世界にもエデンがあるんだよっ!?!おかしいだろっ?!!エデンは僕がリークした情報を基に、剛達特殊部隊の連中が壊滅させたはずだろうっ!!?答えろリチャード=マーティンッ!!!!!」

 

リチャードのの胸倉を掴むその手をプルプルと震わせながら、尋常ではない程の怒りをその声に乗せて、リチャードにこの世界にもエデンが存在している理由について言及するのであった……

 

「まさか君の口から剛の名前が出るなんてね……、まあそれについては後で詳しく話してもらうとして……、この世界にもエデンが存在している理由だけど……、それはこの世界にエデンの指導者のアリーと、No.2であるプロフェッサーも来ていてね……」

 

始の質問に答えようとリチャードがここまで言葉を紡いだ次の瞬間、始は左手を即座に伸ばし、両手でリチャードの胸倉を掴み……

 

「プロフェッサーだとっ!!!??あの腐れ外道までこの世界に来ているのかっ!!?!?ふざけるのもいい加減にしろっ!!!!!」

 

怒りの余り我を忘れ、始はリチャードに向かってそう叫ぶのであった……

 

その後、始の豹変ぶりに驚いて呆然としていた伊吹が我に返り、始をリチャードから引き剝がし、何とか落ち着かせてこの様な行動に走った理由を尋ねたところ……

 

「あいつは……、プロフェッサーは……、僕の両親の仇なんだ……。僕はあいつを何としてでも殺す為に……、顔も知らない僕の本当の父さんと母さんの仇を取る為に……、僕は剛にエデンの拠点情報をリークして、エデンを壊滅させようとしたんだ……。そんな奴がこの世界にいるって分かったら……、ね……」

 

プロフェッサーが自身の弟子夫婦を殺害して得た養子にして、彼の指示で強制的に作らされた覚醒剤で多くの命を奪ってしまった事に苦悩し、それに耐えられず脱走した先で剛と出会い、彼の口から己の両親の死の真実を知り、プロフェッサーに対しての復讐心に囚われた元エデンの構成員であった始は、忌々し気な表情を浮かべながら、呟く様にそう答えるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、パンツ調査を終えて帰還した空は、溜まっていた有給を消化するついでに長門屋鎮守府建設予定地に遊びに来ていた翔鶴と遭遇、光太郎から話を聞いていた翔鶴は涙を浮かべながら空に説教し、それで罪悪感を覚えた空は調査結果を全てシゲが生み出す炎に焼いてもらうと同時に、その炎の上に設置した鉄板の上で焼き土下座を実行したのだとか……

 

尚、焼き土下座の際についた火傷は、光太郎と望による適切な処置のおかげで、痕に残る様な事にはならなかったそうな……



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ロードトレイン砲と那智の相談

榛名のいじめ問題と空のパンツ調査から時は流れ、梅雨入りが近付いて来ている事を知らせる雨の匂いが辺りに漂い始める5月下旬のとある休日、戦治郎はいつも勉強の際使用する食卓の上に真っ新な白い大きめの紙を広げ、それに製図用のシャープペンで何かを描いていたのであった

 

「提督、お茶が入りましたよ。この辺りで少し休憩されてはどうでしょうか?」

 

戦治郎が真剣な表情を浮かべながら、神経を研ぎ澄ませて何かを描いていると、不意に大和の声が戦治郎の背後から聞こえ、それに気付いた戦治郎がそちらに視線を向けたところ、そこには緑茶が注がれた戦治郎の湯呑みと大和の湯呑みが乗ったお盆を手にし、部屋に備え付けられたキッチンから戦治郎の方へと歩み寄って来る大和の姿が映り、それを目にした戦治郎はシャープペンを紙面に走らせるのを止め……

 

「サンキュー大和、大和の言う通りここらで一旦休憩入れるとすっかね」

 

大和に向かってこの様に言うと、食卓の上に手にしていたシャープペンを置き、長時間この作業をしていたのか、戦治郎は身体を解す様に腕を上に上げて伸びをするのであった

 

「それで……、完成しそうなのですか?その、ロードトレイン砲とやらの設計図は……?」

 

「応、7割方出来上がったぜ。後は細かいところを描き込んで、作る際に消費する資源を計算してその数値を書き込むくらいだ」

 

そんな戦治郎に湯呑みを渡し、その隣に腰掛け様としながら大和がロードトレイン砲とやらの設計図の進捗を尋ねたところ、戦治郎は湯呑みを受け取ると、大和が座るスペースを確保する様に、自身が座っている位置をズラしながらこの様に返答するのであった

 

さて、先程から大和が口にしている『ロードトレイン砲』とは、一体何なのであろうか?それは強硬派深海棲艦達が、何かの拍子に江田島に攻撃を仕掛けて来た際、それを迎撃する為に出撃した大和達を、陸上から支援する事を目的として作られる予定の兵器なのである

 

何故戦治郎がこの様な兵器を作ろうとしているのかと言えば、それは先週の休みに戦治郎が大和と江田島の散策を行った際、海岸でトーチカを作っている栄達の姿を見た事が事の発端となっている

 

その数日前、栄達は工兵科との合同実習で、海岸に江田島に襲撃して来た深海棲艦を迎撃する為のトーチカを作る事となっていたのだが、運悪く栄達の班の工兵科の候補生達が体調不良を起こし、その日に合同実習に参加出来なかったのである

 

そんな訳で栄達はとばっちりを受け、休日を返上してトーチカ作りをしていたのであった

 

そんな彼等を見つけた戦治郎は、すぐさま彼等の下へ駆け寄って事情を聞くのだが、今回ばかりは工兵科との合同実習であるが故、流石に助けてやる訳にはいかないと言う事で、栄達に詫びを入れてその場を後にしたのだが、直後に戦治郎は栄達の話から、ロードトレイン砲の構想を思いついたのである

 

先ず戦治郎が思ったのは、彼等が作るトーチカで、本当に深海棲艦にダメージを与えられるかどうかであった。彼等が作っているトーチカは、戦治郎が見た限り特殊な装備を積んでいる訳でも無い、只のトーチカだったのである

 

一応、このトーチカはあくまで島民の避難と、教官達の出撃準備が完了するまでの時間稼ぎの為のものであり、深海棲艦に対してダメージを与える為のものではないのだが、戦治郎はどうせ作るのなら、深海棲艦に有効打を与えられるものが良いだろうと思い至ったのである

 

さて、その為にはどうしたらいいか、これに関してはすぐにアイディアが浮かんだ。大五郎が装備しているグスタフドーラを参考にすれば、深海棲艦にもダメージを与えられる砲が作れるのではないだろうか?と、戦治郎はそう考えたのである

 

そしてそこから列車繋がりと言う事で、戦治郎は遊園地にあるロードトレインに、グスタフドーラを参考にして作った砲を搭載したら、線路不要で江田島の何処にでも移動可能な頑強な迎撃兵器が作れるのではないかと言う考えに至ったのである

 

又、武蔵と行動を共にしていた際、戦治郎が詳細について尋ねていなかった為、この時はまだ原因が分からず仕舞いとなっている呉鎮守府が今も尚本調子でない事も、戦治郎がロードトレイン砲を作ろうと思い至る切っ掛けとなっていたりする

 

事実、今の呉鎮守府の復旧は、今の世界情勢がよく分かっていない戦争反対派から成る呉鎮守府復旧反対派と、今の世界情勢をよく理解している者達と呉鎮守府を観光資源としている者達から成る呉鎮守府復旧賛成派が激しく衝突しているらしく、当の呉鎮守府はその仲裁に入っている関係で復旧は滞ってしまっているらしく、戦治郎達が入試の為に呉にやって来た際、武蔵がその事でボヤいていたりするのであった……

 

一応、瀬戸内海付近には柱島泊地の他にも多くの泊地や基地が存在している事は、横須賀の乱の際実際に彼女達と戦った戦治郎は把握しているのだが、それらの拠点群の戦力だけでは、何らかの原因で暴走した神話生物達や、ラリ子やNの様な強力な転生個体には碌に太刀打ち出来ないであろうと言う不安が、武蔵の呟きによって戦治郎の心の中に浮かび上がって来てしまったのである……

 

そう言った考えが集合し融合した結果、戦治郎はそれらの問題の解決策として、ロードトレイン砲を作る事を決定したのである

 

そこからの戦治郎の行動は早く、この事を大和に伝えるとすぐに部屋に戻ってロードトレイン砲の設計図を描き始め、空いた時間や雨のせいで自主トレが出来ない日を使ってコツコツとその設計図を描き進め、今に至っているのである

 

尚、その際大和は、折角のデートが台無しになってしまった事に不満を覚え、その切っ掛けとなった栄達に軽い憎悪を覚えそうになったのだが、生き生きとした様子でロードトレイン砲の事を語り、真剣な表情で作業に打ち込む戦治郎の姿を見た事で、その感情は見事に霧散するのであった

 

それからしばらくの間、戦治郎は大和にロードトレイン砲製作に関する話を……、具体的には資源をどうやって工面するかについてや、それ専用の格納庫も作る関係上、人員が整備科だけでは足りない為、建築などが得意そうな工兵科からも人を引っ張ってこようなどと話していると、不意に部屋の扉がノックされるのであった

 

それに反応し大和が返事をしたところ、外の方からは那智の声が返って来て、那智が戦治郎に少々相談があるから入れて欲しいと言うと、戦治郎は大和に向かって頷いて見せ、それを見た大和は那智を部屋に招き入れるのであった

 

「お楽しみの途中で済まないな、本当はもう少し早く相談したい事だったのだが、教官としての仕事や榛名の件が重なってしまったせいで、遅くなってしまった……」

 

「気にすんな、んで、俺に相談したい事って何ぞや?」

 

少々申し訳無さそうに話す那智に向かって、戦治郎が何事かと尋ねてみたところ、如何やら那智が受け持つ艦娘候補生の中に著しく素行が悪い者がいるらしく、那智はその生徒がどうしたら更生してくれるのだろうか?と、戦治郎に相談しに来たのだとか……

 

この時戦治郎は、何故それを自分に相談しに来たのか?と、那智に向かって尋ねてみたところ……

 

「あの曲者揃いの長門屋の面々を上手くまとめ上げているお前なら、何か良い方法を知っているのではないかと思ってな、だからこうして相談しに来た訳だ」

 

那智は至極真面目にこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は何も言い返す事が出来ず、那智の相談に乗る事にするのであった

 

その後、戦治郎がその問題の候補生が誰なのか、那智に向かって尋ねてみると……

 

「最上型重巡の3番艦、鈴谷の艦娘候補生だ」

 

戦治郎に質問された那智は、鈴谷の態度を思い出してしまった事が原因なのだろうか、眉間に皺を寄せながらこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は……

 

「わぁぉ、何かその光景がいとも容易く想像出来ちゃうぞぉ~?」

 

苦笑を浮かべながら、この様な事を口にするのであった……

 

こうして戦治郎は、自らが設計するロードトレイン砲の製作と並行して、那智の悩みの種となっている鈴谷の素行を正す為に、行動を開始する事となるのであった



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鈴谷の素行

那智から鈴谷の更生を頼まれた戦治郎は、先ず最初に鈴谷がどの様な問題行動をしているのかについて、依頼者である那智に尋ねてみたところ……

 

「くぉれはひどぅい……」

 

その内容を聞いた戦治郎は、思わずそう呟いてしまうのであった……

 

那智が言うには、如何やら鈴谷はほぼ毎日の様に授業に遅刻し、その授業中もしょっちゅう居眠りをやらかしているのだとか……

 

しかも鈴谷は座学の授業だけでなく、実習の時も眠そうにしているらしく、そのせいで簡単に回避出来る様な砲撃にも反応が遅れてしまい、回避し損ねてその砲弾をモロに受けてしまったり、常時フラフラしているせいでまともに照準を付ける事が出来ず、射撃訓練の成績も芳しくないのだとか……

 

それだけでは留まらず、その日の授業が全て終わるや否や、鈴谷は監視の目を掻い潜って許可無く軍学校を抜け出し、日付が変わってしばらくした頃になって、乱れた衣服など気にも留めずにようやく軍学校に戻って来るのだそうな……

 

特にこの脱走については那智も何度か現場を目撃し、その都度注意している様なのだが、鈴谷は一向にそれを直そうとはせず、雨が降ろうが風が吹こうが放課後には軍学校を抜け出し、何処かへ向かっているのだそうだ……。尚、那智が軍学校を抜け出して、一体何をしているのかを尋ねてみても、鈴谷は適当な言葉を並べて誤魔化してしまうのだとか……

 

「鈴谷の奴、よくこれで退学になんねぇな……?普通こんなんやってたら、退学間違い無しだろうがよ……」

 

「そこなんだが、私も何度もこの事は校長に報告しているのだが、どういう訳か校長は鈴谷に対して何の処分も行わず、鈴谷の件は野放しとなっているんだ……」

 

「それは流石におかしいですね……、これだけ問題行動を起こしていながら、全く処分を受けないなんて……。まるで校長が何処かから圧力を掛けられている様な……、そんな感じがしますね……」

 

戦治郎がふと口にした疑問に対して那智はこの様に返答し、それを聞いた大和は怪訝そうな顔をしながらこの様な言葉を口にするのであった

 

その直後、那智がそれについては心当たりがあると言い出し、それを聞いた大和は納得した様な表情を浮かべて見せるのだったが、戦治郎は頭上に疑問符を浮かべながら小首を傾げ、その様子を見た大和が戦治郎に分かる様に説明し始めるのであった

 

那智が言うには、鈴谷の友人に最上型重巡洋艦4番艦の熊野の艦娘候補生がいるらしく、大和が言うには如何やらその熊野は、神戸に本拠地を据える財閥の総帥の1人娘なのだとか……

 

「関西方面にある多くの海軍の拠点は、建築に熊野さんのお父さんが経営する会社が関わっているんです……。それ以外にも、熊野財閥は深海棲艦との戦争が始まってから、日本海軍に資金援助や艤装生産工場を建てる土地を提供していたりしている為、日本海軍は熊野財閥に頭が上がらないところがあるんです……」

 

「しかもそれが黒い感情抜きで、純粋な善意だけで行われている為、日本海軍は熊野財閥に対して強く出る事が出来ないでいるんだ……」

 

「OK、これ絶対熊野関わってるわ……、しっかし……、何で熊野は鈴谷を庇う様な真似してんだ……?普通だったら、熊野は鈴谷の行動を止めに入るべき立場だと思うんだが……?」

 

大和と那智の話を聞いた戦治郎は、頭上の疑問符を増やしながらこの様な事を呟き、それと同時にスマホを操作し始めるのであった

 

戦治郎のその行動を不思議に思った大和が、戦治郎に何をしているのかと尋ねると、戦治郎は少し熊野財閥の裏を探ると同時に、鈴谷と熊野の関係を洗う様に護に頼むと言いながら、スマホに表示されたメール送信ボタンをタップし、護にメールを送るのであった

 

それから数十秒後、雨のせいで建築作業が中止になってしまった事で、暇を持て余していた護から調査結果が返って来て……

 

「……護は敵に回すべきではないと言う事が、今のでよく分かった……」

 

「それな、俺もマジで護が味方で良かったって思うわ」

 

その内容を目にした那智が思わずそう呟き、それを聞いた戦治郎はメールの内容に目を通しながらこの様に返答するのであった

 

さて、こうして護からもたらされた情報だが、如何やら熊野財閥は熊野が艤装競技で摩耶ほどではないがかなり優秀さ成績を叩き出し、それを機にこの技術を活かす為に海軍に入って深海棲艦と戦う事を決意した時点で、海軍に協力する方針を定めたのだとか……。要は愛娘を助ける為に、海軍に力を貸しているのだそうだ……

 

そして鈴谷と熊野の関係についてだが、熊野は小さい頃から熊野財閥の力を恐れた者達によって避けられ孤立していた様なのだが、そんな熊野を見兼ねた鈴谷が彼女に声を掛け、それが切っ掛けとなって鈴谷は熊野の唯一の友人になったのだそうな……

 

そんな鈴谷は、護の情報によると如何やら家族仲がよろしくないようで、鈴谷の家からはしょっちゅう両親と喧嘩する鈴谷の声が聞こえていた事が発覚するのであった……

 

「う~ん……、熊野財閥がシロって事は分かった。んで、鈴熊関係の判断材料は集まったが~……、ちょっち決定打が欠ける感じだな~……」

 

「鈴谷が軍学校を抜け出して何をしているのか、そして何故それを熊野が止めないのか……、この辺りがまだ不明だな……」

 

「その辺りの話に関しては、本人達に直接聞くしかなさそうですね……」

 

護の情報に目を通し終えた3人はそれぞれ言葉を紡いだ後、不明な点の答えを探る様に考え込み始めるのであった

 

「取り敢えず、先ずは鈴谷が軍学校の外で何やってるか、それを調べるか……」

 

「しかしどうするんだ?まさかお前が鈴谷を尾行するなどとは言わないよな……?」

 

「いや、流石にそれは無理。艦娘科なら兎も角、提督科の俺がそんなんやったら、おめぇや大和の許可が下りていたとしても、夜に出歩くとかカトリーヌに確実に怪しまれて問答無用で一発退学だわ……。後おめぇらが尾行するってのも無しな、教官はほぼ全員面が割れてるだろうから、鈴谷に見つかったら間違いなく逃げられる」

 

「なら香取もこちらに引き込むか……?」

 

その後、このままでは埒が明かないと言う事で、戦治郎と那智がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「なら、武蔵にお願いしましょう。あの子、呉鎮守府に飲み仲間がいないからと言って、よく街に飲みに行くそうなので、そのついでに鈴谷さんの事も調べてもらいましょう」

 

大和が両手をポン!と合わせながらこの様な事を言い、早速武蔵にこの件をお願いする為にメールを送ろうと、スマホを操作し始めるのであった

 

「武蔵って……、あいつ呉だとかなり有名なんじゃねぇか……?」

 

「確かに有名ですが……、よく飲みに出る事も知られている為、警戒される事は少ないんじゃないかと思われます。それに流石の鈴谷さんでも、こうも見た目が違えば大和と武蔵が実の姉妹だとは思わないでしょう。実際、この事はあの男(桂島の提督)には伏せていましたし、武蔵の負担にならない様にと、大和の方から元帥にお願いしてこの事は公表しない様にしてもらいましたし」

 

そんな大和に対して戦治郎が疑問をぶつけたところ、大和はこの様に返答しながら武蔵宛てのメールを送信するのであった

 

因みに、大和がメールを送った後、武蔵からその件を了承する旨が書かれたメールが返って来るのだが……

 

『ただ、タダ働きするのもツマランから、報酬としてミゴロさんだったか?それをくれ』

 

その中にこの様な1文が添えられており、戦治郎による説得虚しく今回の件の報酬として大和や長門、そして戦艦棲姫状態の扶桑ですら持て余したガトリングキャノン356ことミゴロさんを武蔵に送る事が決定してしまうのであった……

 

尚、武蔵はミゴロさんを手に入れると、訓練に訓練を重ねミゴロさんを見事手懐け、先の未来にて、長門屋鎮守府にやって来た異世界からの来訪者達によって、武蔵改二の情報がこの世界にもたらされると、『虎に翼、鬼に金棒、武蔵にミゴロ』と言う言葉が生まれるほどの、ミゴロさんの使い手となるのであった……



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素行不良の原因

戦治郎達がミゴロさんを報酬に鈴谷の尾行を武蔵に頼んだ直後の出来事である

 

大和が那智から尾行の対象である鈴谷の画像データを受け取り、それをそのまま武蔵に送ったところ、武蔵から戦治郎達が想像だにしていなかった言葉が返って来たのである

 

『この娘……、私が贔屓にしている飲み屋でバイトしている奴じゃないか』

 

これには流石の戦治郎達も驚き、戦治郎はすぐさま武蔵にその詳細を尋ねる様大和に指示を出し、それを受けた大和は即座に行動を開始、物凄い速度でスマホを操作して文章を打ち込み、メールを送信するのであった

 

それによって新たに分かった事は、以下の通りである

 

①居酒屋の店長の話によると、鈴谷は4月の中旬辺りから武蔵がよく行く居酒屋のバイトを始めた様である

 

②鈴谷は週に2日か3日くらいのペースで来るらしく、20時~0時の4時間ほど居酒屋でバイトとして働いた後、軍学校に帰って来ている様である

 

③鈴谷がバイトに来ている時には、店の裏に桃色の神戸ナンバーのナンバープレートが付いたスクーターが停まっている

 

これら3つの情報を得た戦治郎は、その中にどうも気になる点が2つほどあった様で、話を聞くなり眉間に皺を寄せながら考え込むのであった

 

先ず最初に戦治郎が気になった点、それは何故鈴谷はバイトをしているのかである

 

これについては一応戦治郎の中では予想は付いているのだが、それが果たして本当に合っているのかどうか分からない部分があった為、戦治郎は鈴谷がバイトをしている理由については、確信が得られるまで取り敢えず保留にする事にするのであった……

 

次に戦治郎が気になったのは、放課後から鈴谷が居酒屋で働き出すまでの、空白の時間についてであった

 

戦治郎達がいる江田島の軍学校から武蔵が贔屓にしている居酒屋までは、車やバイクで移動すると最速で片道大体45分ほど掛かる為、細かい交通状況まで計算に入れれば鈴谷は大体1時間くらい時間を移動に使う事となるのだが、それでも授業が終わった後すぐに居酒屋のバイトに向かった場合、どうしても数時間ほど空白の時間が出来てしまうのである。その空白の時間の中、鈴谷は一体何をしているのだろうかと言う点、それが戦治郎が気になった2つ目の点である

 

因みに鈴谷のバイクについては、軍学校にいる間そのバイクを何処で保管しているのかについては兎も角、そのバイクの入手方法に関しては、ナンバープレートから熊野が関わっているのではないかと、戦治郎はそう予想するのであった

 

その後、戦治郎は先ずは鈴谷の空白の時間について、集中的に調べて欲しいと武蔵に頼み、この日はお開きにする事にするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1週間が経ち、その間独自に鈴谷の調査を行っていた戦治郎達の下に武蔵からの調査結果が届くと、戦治郎達3人はその日の夜、大和の部屋に集まって調査結果に目を通し、それと自分達の調査結果を照らし合わせる事にした訳だが……

 

「オイオイオイ……、このままじゃアイツ死ぬわ……」

 

「鈴谷は一体何を考えているんだ……っ!?」

 

「これなら確かに……、遅刻や居眠りもしてしまいますね……」

 

鈴谷の調査結果を目の当たりにした戦治郎達は、思わずその内容に関しての感想を、渋い表情を浮かべながらそれぞれ口にするのであった……

 

この調査によって判明した事、それは鈴谷は空白の時間とされていた時間帯も、居酒屋ではない別の場所でバイトをしていたと言う事であった……

 

武蔵の調査によると、如何やら鈴谷は居酒屋の他にネットカフェ、ファミレス、書店、スーパー、コンビニといった具合に複数のバイトを掛け持ちし、毎日休み無く働ける状況を自ら作っていた様なのである……

 

「これと俺達の調査結果を照らし合わせると……、このままだと冗談抜きで鈴谷が過労死しちまうぞ……」

 

眉間に皺を寄せた戦治郎がそう言うと、那智と大和も苦々しい表情を浮かべながら、戦治郎の言葉を肯定する様に頷くのであった

 

さて、ここで戦治郎達の調査結果について触れていこう

 

戦治郎達は武蔵に調査を依頼した後、授業の時以外の鈴谷の軍学校内での行動をそれぞれ調べていた訳なのだが、鈴谷の事を調べれば調べる程、戦治郎達の表情は暗くなっていくのであった……

 

先ず食事についてだが、ほぼ毎日の様に鈴谷は食堂で一番安いメニューであるかけうどんを注文し、熊野と共にテーブル席に座ると、心配そうな表情を浮かべる熊野に向かって、目の下に隈が浮かぶ顔に笑顔を浮かべながら、かけうどんを啜っていたのであった……

 

これを目の当たりにした戦治郎は、思わず鈴谷に財布の中の諭吉さんを叩きつけ……

 

「これで好きなモン食いなっ!!!」

 

と言いたくなる衝動を抑えるのに、必死になっていたのだとか……

 

そんな鈴谷の目の下の隈、これはバイトを終えて軍学校に戻った後、自室で課題や次の日の授業の予習復習を行う為に夜更かししている事が原因で付いたものであり、そのせいで鈴谷の平均睡眠時間は良くて3時間、酷い時は1時間程度となっている事が、戦治郎達の調査と武蔵の調査を照らし合わせた結果、判明したのであった……

 

「鈴谷の奴……、何故こんな無茶な事をやっているんだ……っ!?バイトの掛け持ちなど……、そんなに金に困っているとでも言うのか……っ?!」

 

調査結果に目を通し終えた那智が、声を荒げながらそう言った直後、那智の言葉に引っかかりを覚えた戦治郎は、自身の顎に手を当てながら考え込み始める……

 

(今の那智の発言……、な~んか引っかかるんだよな~……、軍学校に在籍している間、金を使う機会っつったら、酒保での買い物と食堂で飯買うくらいしか……)

 

こんな調子で戦治郎が軍学校内での金の使い道について考えていると、不意に頭の中にある光景が浮かび上がり、それが何なのかが分かった途端、戦治郎は思わず目を見開き……

 

「そうか……っ!そう言う事か……っ!!」

 

そう呟いて、怪訝そうな表情を浮かべる那智と大和に注目される。その直後、戦治郎は自身のスマホを取り出し、それを操作して何かを調べた後その内容をメモに取り、スマホの計算機アプリを起動してスマホとメモを食卓の上に置くと……

 

「大和っ!軍学校の学費って幾らか分かるかっ!?」

 

大和に向かって叫ぶ様にしてこの様に尋ね、突然の出来事に驚く大和の返答を聞くなり、何かブツブツと呟きながらスマホを操作しながらメモにペンを走らせ……

 

「ビンゴッ!!!」

 

スマホを操作する手とペンを止めた戦治郎は、メモの内容を何度も見直した後、この様に叫ぶのであった

 

「戦治郎、一体何を計算していたんだ?」

 

戦治郎の行動に疑問を覚えた那智が、戦治郎に向かってこの様に尋ねたところ……

 

「ああ済まん、鈴谷のバイト代の合計を計算してたんだわ。諸々の控除額差っ引いた、手取り金額だけでな。んで鈴谷がバイトしてる理由なんだが、恐らくこれだわ」

 

戦治郎はそう言いながら、那智達に先程自分が書いていたメモを見せるのであった

 

そこには先程戦治郎が言っていた鈴谷の月々のバイト代の手取りの合計金額と、毎月支払う事となっている軍学校の学費の金額が書かれており、その数値はほんの僅かに鈴谷のバイト代が高いと言う結果が出ていたのであった

 

因みに先程戦治郎の頭の中に浮かんだ光景とは、この江田島軍学校の経理の担当者がいる事務室に、自身の1年分の学費を一括で納めている時の光景なのであった

 

そう、鈴谷がバイトをしている理由……、それは戦治郎が武蔵の調査結果を目にした時に1度予想していた通り、家族仲が悪いが故に仕送りが一切貰えない鈴谷が、軍学校に学費を払う為だったのである……



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熊野と・・・・・・

今回の調査によって、鈴谷が軍学校を抜け出して何をやっているのかについてと、その行動の大まかな理由が判明した訳なのだが、ここでまた幾つか疑問が浮上して来る

 

何故鈴谷は学費を稼ぐ為にバイトをしなければいけない様な事態になったのか、この事は鈴谷の両親も把握しているのか、そして何よりも、何故鈴谷自身はそこまでして軍学校に在籍しようとしているのかについて、彼女の事情を知らない戦治郎達は只々疑問に思うのだった

 

「今回の調査で新しい疑問が幾つか生まれっちまったが……、取り敢えず鈴谷が無断外出してる理由が分かっただけでも良しとするか」

 

「この件の詳細については、前に言った様に鈴谷さん本人に尋ねるしかなさそうですが……、提督はどの様にして鈴谷さんや、この件に関わっていると思われる熊野さんとコンタクトを取るおつもりですか?」

 

自身が書いた鈴谷のバイト代の合計を記入したメモを改めて見ていた戦治郎が、空いた手で後頭部をガシガシと掻きながらこの様な言葉を口にし、その様子を見ていた大和が戦治郎に向かって未だ面識が無い鈴谷達とどうやって接触するつもりなのか尋ねたところ……

 

「それなら明日、チャンスがあるんだよな~」

 

「ああ、重巡艦娘候補生との合同実習か……。確かにそれなら、鈴谷や熊野と接触出来るな……」

 

大和に質問された戦治郎はニカッと笑いながらこの様に返答し、それを聞いた那智は心当たりを口にするなり納得した様に、顎に手を当てながら何度か頷いて見せるのであった

 

こうして鈴谷達との接触方法を決定したところで、今日の所はお開きと言う事で那智は自身の部屋へと戻り、戦治郎と大和は武蔵から調査結果が届くまでに書き上げたロードトレイン砲の設計図を食卓の上に広げ、ロードトレイン砲とそれ専用の格納庫を作る際に使用する資源と建材を、どうやって確保するかについて話し合った後、戦治郎の課題と予習復習を片付けてから床に就くのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、最早1クラス分しか残っていない提督科の面々と共に、重巡艦娘候補生達との合同実習に参加する戦治郎は、艦娘候補生の訓練用の屋内プールにやって来た訳なのだが……

 

(ぬ~ん……、鈴谷が見当たらねぇな……。もしかして遅刻か……?)

 

提督候補生達と重巡艦娘候補生達が、今日の合同実習の説明を受ける為に教官達の前に整列する中、最後尾を陣取った戦治郎は鈴谷を見つけるべく辺りをキョロキョロと見回していたのだが、鈴谷の関係者であろうと思われる熊野こそすぐに見つける事が出来たものの、この中に鈴谷の姿が無い事に気付くと、内心でこの様な事を呟くのであった

 

戦治郎がそうしている間に候補生達が整列し終え、それを前に立つ教官達が確認したところで、合同実習の説明の為に那智が前に出て来るのだが、その表情が苦々しいものである事に気付いた戦治郎が、何事かと思いながら怪訝そうな表情を浮かべると、那智はその表情を崩す事無く……

 

「重巡艦娘候補生の中から、1名ほど今回の実習を欠席するとの連絡を受けたが、私達は予定通り実習を行うぞっ!」

 

良く通る声で候補生達に向かってそう告げた後、那智は予定通り今回の実習の説明を開始するのであった。それを聞いた戦治郎は、先程見つけた熊野の様子から、件の合同実習を欠席した艦娘候補生が、鈴谷であると直感したのであった

 

何故ならば、今の熊野の表情はそれはそれは暗く、彼女の周囲に漂うオーラも不安と焦りが綯交ぜとなったものとなっており、とても気軽に近寄れそうな雰囲気ではなかったからである……。恐らく熊野がこうなっている原因は、鈴谷の事が心底心配なのだろうと、そんな彼女の傍にいてやれない自分に苛立ちを感じているのだろうと、戦治郎はその様子からそう判断したのであった……

 

それからしばらくして、那智の話が終わってパートナー選びが始まった訳なのだが、提督候補生の誰もが熊野が放つオーラに怖気づき、彼女に話し掛けようとはしなかったのであった……

 

因みに我らが戦治郎はと言うと、最早恒例行事と言っても差支えが無いであろう、その格好の怪しさから重巡艦娘候補生達から一切相手にされず、相も変わらず売れ残っていたのであった……

 

(まあ……、今回に限っちゃ売れ残るのは都合がいいんだよな~……)

 

周囲の提督候補生達と重巡艦娘候補生達が、次々とペアを組んでいく様子を眺めながら、戦治郎は内心でそう呟きながら熊野の方へと歩み寄っていき……

 

「Hey!そこのお嬢さん!ちょっちいいか?」

 

それはそれは軽い感じで熊野に話し掛けると……

 

「……気安く話し掛けないでもらえません事?」

 

熊野は苛立ちを一切隠そうともせずに、気軽に話し掛けて来る戦治郎を睨みつけながら、この様に返答するのであった……

 

「そうは言うが、こっちとしてはそう言う訳にもいかねぇんだよな~……」

 

そんな熊野に対して、戦治郎が苦笑いを浮かべながらこの様に返答しながら自身の左右に視線を動かし、それを不審に思った熊野が目で戦治郎の視線を追ってみたところ、熊野の目には既にペアを組み終えた候補生達の姿が多数映り、これによって熊野は自分と目の前にいる不審者以外全員が、この合同実習を行う為のペアを作り終えている事に気付くのであった……

 

「見ての通り、悲しい事に俺達はお互い売れ残っちまったみてぇなんだわ。そんな訳で、売れ残り同士仲良くしようぜって事で、俺はおめぇに声掛けた訳よ」

 

熊野が今の状況に気付いた事を確認したところで、戦治郎が熊野に向かってこの様な言葉を掛けたところ、熊野は心底不服そうな表情を浮かべながら、無言でジットリとした視線を戦治郎に向けるのであった……

 

「……はぁ……、そう言う事なら仕方がありませんわ……。取り敢えず、実習の間わたくしの足を引っ張らない様注意してくださる?」

 

「応、任せとけ!」

 

それからしばらくして、熊野が大きな溜息を吐いた後戦治郎に向かってそう言うと、それを聞いた戦治郎は短くも力強くこの様に返事をし、戦治郎と熊野はペアとなって今回の実習に臨む事となるのであった

 

その後2人は数戦ほど演習を行った訳だが、正直なところその成績はお世辞にもいいものとは言い難いものとなってしまうのであった……

 

その原因は熊野にあり、如何やら彼女は鈴谷の事が余程心配なのか、心ここに在らずと言った様子で、演習中にも関わらず棒立ちになってしまう事が幾度かあったのである……

 

その度に戦治郎が熊野に良く通る大声で声を掛けて彼女の意識をこちらに引き戻し、それによって我に返った熊野はいつもギリギリのところで相手の攻撃に反応し、寸でのところで何とか攻撃を回避して、その通常ではとても反撃出来ない様な姿勢のまま即座に反撃を繰り出し、相手を確実に仕留めてみせると言った状況が、この実習中に何度も発生してしまうのであった……

 

一応戦治郎と教官である那智は、熊野のその戦闘技術は大変素晴らしいものがあると評価はしているのだが、今の演習に集中出来ていない状態は非常に不味いと考えていた訳なのだが……

 

「きゃぁっ!?」

 

演習がそろそろ終わると言う頃になって、遂に戦治郎と那智の嫌な予感が的中してしまう……。勉との演習中に熊野は例によって棒立ちになってしまい、その隙を見逃さなかった勉の指揮で動く重巡艦娘の攻撃に当たってしまったのである……

 

これにより動揺してしまった熊野に対して、勉は無情にも畳み掛ける様に艦娘に指示を出し、その猛攻を受けた熊野に轟沈判定が出てしまった事で、戦治郎達は最後の最後で敗北を喫する事となってしまったのであった……

 

 

 

 

 

「なぁ……、元気出せって……、今回ばかりは仕方ねぇって……」

 

「……」

 

敗北のショックと実習前に戦治郎に向かって叩いた大口が余程恥ずかしかったのだろうか、或いはそれらに鈴谷に対しての心配も合わさってしまった結果なのだろうか、隣に並ぶ戦治郎が掛ける慰めの言葉に一切反応せず、熊野は那智の合同実習を〆る挨拶中ずっと暗い表情を浮かべたまま俯いていたのであった……

 

そんな彼女を嘲笑うかの様に、更なる悲劇が彼女を……、熊野を襲う……

 

「な、那智さんっ!!大変ですっ!!!」

 

那智の話が終わろうとしたその直後である、かなり慌てた様子の鹿島がそう叫びながら屋内プールの入口の扉を勢いよく開いて姿を現し、那智の下へと急いで駆け寄っていく……

 

「どうした鹿島、随分と慌てている様だが……、一体何が大変なんだ?」

 

「今日の合同実習を休んでいた鈴谷さんの事ですよっ!!」

 

突然現れた鹿島に驚いた候補生達が騒めく中、那智が鹿島に何があったのか尋ねたところ、鹿島は顔色を悪くしながら、叫ぶ様にしてこの様な言葉をその口から放ち、それに反応した熊野と戦治郎は、鹿島の言葉を聞いてより一層騒めく候補生達を押しのけながら鹿島達の下へと急ぎ、詳しい話を聞く事にする……

 

鹿島の話によると、如何やら鈴谷は今朝から体調が悪いからと言って、軍学校内にある医務室のベッドで調子が戻るまで横になっていたそうなのだが、つい先程その鈴谷が突如意識を失ってしまったのだとか……

 

「軍医の先生によると鈴谷さんに何度話しかけても反応が無く、軽く身体を揺さぶっても起きる気配が無かったそうです……。それでこれはおかしいと思った先生が、少し検査を行ったところ……」

 

その後この様に言葉を続けた鹿島の口から、軍医の診断結果を聞いた戦治郎の顔色が見る見るうちに悪くなっていき……

 

「鹿島っ!!救急車は呼んだのかっ!?」

 

気付けば戦治郎はいつもの調子で鹿島にこの様に尋ね、それに驚いた鹿島が戦治郎の問いを肯定する様に首を縦に振ったその直後……

 

「急いでそれキャンセルしろっ!!!救急車じゃ間に合わねぇっ!!!確か軍学校の敷地内に校長の移動用のヘリか何かあっただろっ?!あれ使わせてもらって急いで広島本土のデカイ病院に鈴谷を連れて行けっ!!!でなけりゃ冗談抜きで鈴谷が死んじまうぞっ!!!!!」

 

戦治郎は鬼気迫る表情を浮かべながらそう叫び、それを聞いた鹿島は愕然としながらも1度戦治郎に頷き返した後、大急ぎでこの場を後にするのであった……

 

その後那智が解散宣言を出し、それを聞いた熊野は鈴谷に付き添う為に急いで鹿島の後を追い、そんな熊野を見送った候補生達もゾロゾロと移動を開始しこの場を後にする……。そうしてこの屋内プールには、心配そうな表情を浮かべる戦治郎と那智だけが残っていたのであった……

 

「まさかこの様な事になるとはな……、もっと早く私がお前にこの事を話していたら、この様な事にはなっていなかったのかもしれんな……」

 

「かもな……」

 

那智が悔しそうな表情を浮かべながら戦治郎に向かってそう言うと、戦治郎は何処か上の空と言った様子で、短くこの様に返答するのであった……

 

「そう言えば先程のアレは何だったんだ?鹿島から鈴谷の病名を聞いた後、血相を変えて指示を出していたが……」

 

「済まん……、それは今は話したくねぇんだ……。詳細は鈴谷が助かった時に話すわ……」

 

その後、那智が先程の戦治郎の様子に疑問を覚え、何となしにこの様に尋ねてみたところ、戦治郎は少々渋い表情を浮かべながらこの様に言葉を返した後、大和達が待つ浜辺の方へと移動を開始するのであった……

 

 

 

 

 

(まさか鈴谷が……、考えてみりゃそうだわな……、原因は似た様な感じだったしな……)

 

移動中、戦治郎は相変わらず苦々しい表情を浮かべながら、内心でこの様に呟いた後、鈴谷の無事を心より祈るのであった……

 

鈴谷が罹った病気……、それはかつて戦治郎の実の母親である長門 青海の命を奪い去った、戦治郎にとっては最も忌まわしい病気だったのである……。故に鹿島から鈴谷の病名を聞いた瞬間、戦治郎の脳裏に青海の最期の姿が浮かび、熊野に自分が味わった悲しみを経験させまいと、戦治郎は声を荒げてあの様な指示を出したのである……

 

その後戦治郎は浜辺で大和達と昼食を共にし、食事を終えると大和達に少々気分が悪いからと言い残して自室に戻り、部屋に入るなりベッドに倒れ込んで思考を巡らせていたのだが、その時不意に部屋の扉がノックされ、重い足取りで入口に向かって扉を開くと、そこには那智が立っていたのであった……

 

そんな那智に向かって戦治郎が用件を尋ねると……

 

「先程熊野から連絡があってな、鈴谷は何とか助かったらしい。それで私は今から鈴谷達がいる病院に向かう事となった訳なんだが、一緒に来るか?先程の様子から察するに、お前は鈴谷の事を相当心配している様子だったからな」

 

那智が戦治郎に向かってそう言うと、戦治郎は二つ返事でその誘いを受け、戦治郎の外出許可を取った後、2人は共に鈴谷達がいる病院へと向かうのであった

 

尚、その道中で戦治郎は屋内プールでの那智の質問に答え、それを聞いた那智はそう言う事なら仕方が無いと、納得しながらそう返すのであった



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鈴谷の事情

那智が運転する車に揺られながら、戦治郎は鈴谷が搬送されたと言う広島市内の病院に向かい、受付で見舞いの手続きを済ませた後すぐさま受付で聞いた鈴谷の病室に足を運ぶと、そこには俯いて沈痛な面持ちを浮かべながら椅子に座り、病室のベッドの上で眠る鈴谷の姿を見守る熊野の姿があった

 

「鈴谷の容態はどうだ?」

 

「那智教官……、薬が効いてようやく落ち着いたのか、つい先程眠って……、って貴方は……っ!?」

 

「よっ、さっきぶり」

 

那智が熊野に鈴谷の容態を尋ねると、熊野は那智の声に反応して顔を上げ、那智の方へと顔を向けるのだが、那智の隣に戦治郎がいる事に気付くと思わず驚きの声を上げ、それを聞いた戦治郎は軽薄な口調でこの様な言葉を口にするのであった

 

その後、何故戦治郎が此処にいるのかについて疑問に思う熊野に対して、那智が鈴谷の素行不良行動の原因を探る為に戦治郎に協力してもらっている事、そして鈴谷がバイトをしている理由が、軍学校の学費を払う為だと言う事まで判明している事を正直に話し、それに続く様にして戦治郎が今日の合同実習の際、その調査の一環として熊野に接触した事を告げたところ、熊野は再び暗い表情を浮かべながら俯いてしまうのであった……

 

それからしばらくして、熊野はつい先程思い出したかの様に、那智の質問に対してポツポツと呟く様にして答える……

 

鈴谷を診た医者によると、如何やら鈴谷は病院に搬送されたのが早かったおかげで、何とか一命は取り留めこそしたものの、症状が悪化した状態でこの病気が再発する恐れがある為、艦娘として深海棲艦と戦う事が出来ない身体になってしまったのだとか……

 

「鈴谷がこの様な状態になってしまったのは、鈴谷の行動に気付いていながらすぐに行動を起こさなかった私に責任がある……、本当に済まなかった……」

 

「顔を上げてくださいませ那智教官……、この件はわたくしにも非がありますわ……。そう……、鈴谷がこうなるだろうと分かっていながら、彼女の事情を知っているが故に止める事が出来なかったわたくしにも……」

 

それからすぐに那智が熊野に向かって頭を深く下げて謝罪の言葉を口にするのだが、熊野は俯いたまま、その身体を震わせながらこの様に返事をするのだが、その声は後半辺りからは今にも泣き出してしまいそうな程震えていたのであった……

 

「あ~……、話の流れぶった切る様で悪ぃんだが……、その口振りからすると熊野は鈴谷の事情を知ってるんだよな?良かったら鈴谷の事情って奴を教えてくれねぇか?俺もこの件に首突っ込んでる訳だし、自分が関わった事はキッチリ片付けておきてぇ性質なんだわ。そして何より……、この病気で人が死ぬところって奴を、俺はもう見たくねぇんだわ……。だから頼む、鈴谷の事をどうか俺達に教えてくれねぇか?もし正直に話してくれれば、俺が全力で鈴谷の事助けてやっから……」

 

その最中、戦治郎が熊野に向かってこの様な事を、真剣な表情を浮かべながら口にして頭を下げ、戦治郎の言葉に驚いた熊野が、本当に鈴谷を助けられるのか?と、本当に鈴谷を艦娘として戦える身体に戻せるのか?と尋ねたところ、戦治郎はアテがあると力強く返答し、それを聞いた熊野は喜びのあまりか、将又緊張の糸が切れてしまったのか、思わず声を上げながら泣き出してしまうのであった……

 

それからしばらく時間が経過し、熊野は何とか落ち着きを取り戻すと、戦治郎達に鈴谷の事情について話し始めるのであった

 

熊野の話によると、如何やら鈴谷は艦娘になる事を決意した熊野を心配し、独り立ちの予行練習として近場の軍学校ではなく、江田島軍学校を受験する事にした熊野について行き、両親に無断で軍学校の入試に参加したのだとか……

 

さて、何故鈴谷は軍学校受験の事を両親に黙っていたのかと言えば、鈴谷の両親は周囲の目を大いに気にする矮小な人間だったらしく、その関係で地元では海軍との癒着が噂されている熊野財閥の総帥の1人娘である熊野と、自分達の娘が絡んでいる事が大変気に食わなかった事と、娘が熊野に対して粗相をした結果自分達まで熊野財閥から制裁を受ける羽目になる事を恐れた為、鈴谷の両親は何度も鈴谷に熊野と絡むのを止める様忠告し、その度に鈴谷は両親に猛反発し、鈴谷と両親との間にはマリアナ海溝の様に深い溝が生まれ、家族仲は日を追うごとに悪くなっていったのだとか……。故に鈴谷は両親に対して強い不信感を抱いており、軍学校受験の事も黙っていたのである……

 

それからしばらくしたところで横須賀の乱が発生し、日本国民が日本帝国軍に不信感を抱き始めると鈴谷の両親もそれに便乗し、今まで以上に熊野との付き合いを断つ様にと鈴谷に命令する様になり、これにより鈴谷家の家族仲は修復不可能なレベルに達してしまう事となってしまったのだそうな……

 

そんな中、遂に軍学校入試の合格発表が行われ、鈴谷は現地で自分と熊野が合格している事を知ると、共に江田島軍学校に来ていた熊野と喜びを分かち合うかの様にはしゃぎ、兵庫県に戻って熊野と別れた後は急いで自宅に戻り、黙々と軍学校に向かう準備を進めるのだが、そこを両親に目撃されてしまい、鈴谷は事情を知った母親に大泣きされ、父親に何度か殴られた後勘当宣言されると、荷物諸共家から叩き出されてしまったのだとか……

 

こうして家を叩き出された鈴谷は、両親から長い時間離れていたいと言う思いから普通自動二輪の免許を取得した際、お祝いとして熊野から送られたスズキのアドレス125に跨って熊野の家に向かうと、熊野に事情を話して熊野の引っ越しに便乗しバイクごと広島県に向かったのだそうな……。因みに軍学校の近くには、熊野財閥の倉庫があるらしく、鈴谷のバイクはそこに保管される事となったのだとか……

 

尚、移動中に熊野が軍学校の学費の件を鈴谷に尋ね、アテが無いと答えた鈴谷に対して熊野が鈴谷の代わりに学費を負担すると提案したところ、鈴谷は流石にそこまでしてもらう訳にはいかないと、学費は自分で何とか工面すると言って、熊野の提案を断ったのだそうな……

 

「話を纏めると、鈴谷は両親から勘当された関係で帰る場所が無い上に、現状唯一の居場所となる軍学校の学費を払う為の仕送りもしてもらえない状況であるにも関わらず、熊野の援助を断ってこんな無茶な事したって訳か……」

 

「鈴谷がご両親と険悪な関係になってしまったのは、他でもないわたくしが原因なのですから……、学費の件はわたくしがもっと強く出て、無理矢理にでも承諾させてしまえば良かったのですが……」

 

「恐らく鈴谷は、熊野にその事を引き摺らせない様にする為に、こんな行動に出てしまったのだろうな……」

 

「その結果、最悪の事態になっちまった訳だがな……」

 

熊野の話を聞き終えた戦治郎達は、この様なやり取りを交わした後しばらくの間沈黙し、病室の中には壁に掛けられた時計が時を刻む音だけが鳴り響く……

 

 

 

それからしばらくしたところで、不意に戦治郎が席を外すと言い残して鈴谷の病室を後にし、病院の外にある喫煙所に辿り着いた戦治郎は、病院に向かう途中に寄ったコンビニで購入した煙草を懐から取り出し、口に銜えて息を吸いながら煙草の先端に火を点け、今一度深呼吸する様に大きく息を吸って煙を肺の中に流し込んだ後、思考を巡らせながら息を吐き、肺の中に充満した煙を全て吐き出すのであった……

 

(取り敢えず鈴谷が無茶した理由が分かった……、その件の解決法も丁度いいのがある……。問題は鈴谷の治療の件だな……)

 

戦治郎は煙草を吸いながら内心でこの様な事を呟いて、鈴谷の治療方法について案を出しては消してを繰り返し……

 

「こんな時、あいつがいたらな……」

 

中々良い案が思い浮かなくなったところで、思わず戦治郎がガシガシと自身の後頭部を掻きながらそう呟いたその時……

 

「あいつってぇのはよぉ……、こんな顔してやがんのかぁ?」

 

突然隣から聞き覚えがある声が聞こえ、それに驚いた戦治郎が思わずビクリと身体を震わせた後、急いで声が聞こえた方へ顔を向けると、そこにはつい先程自身がいて欲しいと強く願っていた人物の顔があったのであった

 

「悟っ!?何でおめぇ広島にいんだよっ?!」

 

「そりゃこっちのセリフなんだよなぁ……、戦治郎よぉ、何でおめぇが病院なんかにいやがんだぁ?まさかおめぇ……、まぁた痔にでもなったのかぁ?」

 

驚く戦治郎に対して、研修の為に2週間の間この病院に出張する事となった悟は、訝しみながらこの様に尋ねるのであった……

 

その後、戦治郎から事情を聞いた悟は……

 

「おぉおぉ……、これまたエレェ事に巻き込まれてやがんなぁ……、いいぜぇ……、勤め先では中々こいつをまともに使ってやれてなかったからなぁ……、いい機会だぁ、久しぶりにこいつの全力って奴を振るってやんよぉ……っ!」

 

それはそれは不敵で不気味な笑みを浮かべながら、自身の右手に淡い緑色の光を纏わせながら、戦治郎に向かってこう言い放つのであった……

 

その日の深夜、戦治郎の依頼を受けた悟は鈴谷の病室に忍び込み、横須賀鎮守府で生活する中、勤め先の病院から戻るなり、残業と称して横須賀の艦娘達を時々治療していた事で、怪我だけでなく病気にも対応出来る様に進化していたものの、本人が言った様に怪しまれる事を防ぐ為に、勤め先の病院では使用を控えていた翠緑の力をフルに使用して、鈴谷の身体を蝕む病魔の因子を完全に撲滅してみせ、後日回診に来た鈴谷の担当医を錯乱させてしまうのであった……



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豪運無双

戦治郎にとって一番の難題であった鈴谷の治療を、偶々広島の病院に研修の為に来ていた悟に任せた後、戦治郎は鼻歌を歌い出しそうな程上機嫌になりながら、それはそれは軽やかな足取りで鈴谷の病室へと戻るのであった

 

すると病室を出ていった時とは明らかに様子が違う戦治郎に疑問を覚えた那智が、何があったのか戦治郎に向かって尋ねてみたところ……

 

「鈴谷の治療の件、偶々こっち来てた悟に任せて来たわ」

 

「成程な、ならば確かに何とかなりそうだな」

 

戦治郎の返答を聞くなり、那智は納得したのか腕を組んで頻りに頷いて見せ、2人のやり取りの内容がサッパリ分からない熊野は、只々不思議そうな表情を浮かべ小首を傾げながら、2人の様子を見ていたのであった

 

その後、戦治郎達3人は軍学校に戻る事となった為、戦治郎達が来る時に乗って来た車が停めてある病院の駐車場に向かって移動していたのだが、丁度戦治郎達が病院から外へ出て来たところで、不意に戦治郎の通信機に軍学校に残っていた大和から通信が入って来るのであった

 

如何やら大和は、戦治郎達が鈴谷が搬送された病院に向かった後、鈴谷の件に関わっているであろうと思われる校長のところへ向かい、校長がどのくらい今回の件に関わっているかについて、尋ねておいてくれたのだとか……

 

それによって分かった事と言えば、如何やら校長は熊野の父親から直接電話で鈴谷の事情を知らされると同時に、彼女の行動については大目に見て欲しいと言う、お願いに見せかけた圧力を掛けられていた事が判明するのであった……

 

この事を戦治郎が熊野に尋ねたところ、如何やら熊野の父親は熊野から鈴谷の事情を聞いており、古くから知っている愛娘の友人を助けたいと言う情と、愛娘である熊野からどうか彼女を助けてやって欲しいとお願いされた事から、この様な行動に出た様であった……

 

因みに校長から話を聞いた後、大和は校長の指示で鹿島と香取と共に鈴谷のバイト先に鈴谷の現状を伝えると同時に、本日付けで全てのバイトを辞める旨の連絡を入れていたのだそうな……

 

実際、軍学校としては鈴谷が退院後またバイトまみれの生活を送り、再び病院の世話になる訳にはいかない為、この事を聞いた戦治郎はこればかりは已む無しと心の中で呟くのであった……

 

こうして鈴谷の行動が見逃されていた理由を知った戦治郎は、大和に礼を述べた後通信を切って那智にこの事を伝えた後、3人は戦治郎が大和と通信している間に辿り着いた車に乗り込み病院を後にするのであった

 

その道中にて、後部座席に座る熊野が隣に座る戦治郎に戦治郎が鈴谷の事を任せたと言う悟の事を尋ね、戦治郎がこの世界で最も信用と信頼が出来る、超一流を超越したスーパードクターであると伝え、熊野に凄まじく怪訝そうな視線を向けられていると……

 

「鈴谷の治療については何とかなりそうだが……、今回の件で一番重要な学費の方はどうするつもりなんだ?」

 

「そうですわ、その辺りについて戦治郎さんはどうお考えなのでしょう?鈴谷はあれでも1度決めた事は絶対に曲げないくらい頑固なので、熊野財閥からの援助は絶対に受けてはくれないと思いますの」

 

車を運転する那智が、バックミラー越しに戦治郎に視線を向けながら尋ねると、それに同調する様にして熊野が言葉を続けたところ……

 

「それについては考えがある、……んだが~……」

 

戦治郎は苦笑交じりに何処か歯切れの悪い返答を行い、それを聞いた那智達は何事かと不思議そうな表情を浮かべるのであった

 

「那智には言ったから知ってるだろ?俺がロードトレイン砲って兵器作ろうとしてんの」

 

「ああ……、あのトンデモ兵器か……。それが鈴谷の学費と何か関係があるのか?」

 

「応、大有りよ。あれ作る時にな、参加者にバイト代払おうと考えてんのよ」

 

「まさか……、それに鈴谷を……?」

 

戦治郎と那智のやり取りを聞いていた熊野が、そう言いながら戦治郎にジットリとした視線を向けると……

 

「熊野大正解、素直に受け取ってくんねぇってんなら、こう言う形で出す以外方法ねぇからな。なぁに心配すんな、作業員の健康管理と作業場の安全管理についてなら任せとけ。そっちに関してはおりゃぁ専門だからなっ!まあ尤も、俺だけじゃ手が足りなくなるところもあっから、そんな時は大和に手伝ってもらう事になると思うがな」

 

戦治郎は不敵な笑みを浮かべながら、熊野の問いに対してこの様に答えるのであった

 

そんな戦治郎に対して、那智が先程の歯切れの悪い返答をした理由について、戦治郎に尋ねてみたところ、戦治郎は再び苦笑を浮かべながらこう答える……

 

「一応、バイト代は税金とか差っ引いた手取りだけで1年分の学費相当になる金額を、前金と後金って具合に2回に分けて支払うつもりなんだが……、如何せん少々手持ちが心許ないんよね……。いや、別に全く手持ちの金が無いって事はないんだが、出来りゃ懐に余裕持たせておきたいんよ、俺もな……」

 

戦治郎は軍学校に来る前に、空達と共に横須賀で桂島組の車の買い戻しや大量のゲーム機とソフト、特撮やアニメのDVDなどの爆買いをしていた為、戦治郎達がヨーロッパを発つ際にアクセルから貰った金と、ミッドウェーにあった資源を売却して手に入れた金の内、艦娘ランドが開園するまでの間に長門屋鎮守府の経営に使う予定の予算を差っ引いた、各自が自由に使える金はかなり減っていたのである……

 

「それで、そのバイト代はどうするんだ……?」

 

「それに関してだが、ちょっち寄って欲しいとこあるんよ」

 

戦治郎の返答を聞いた那智が、戦治郎に対してどうやってバイト代を調達するつもりなのか尋ねると、戦治郎はこの様に答えた後、那智にとある場所に向かって欲しいとお願いし、それを聞いた那智は戦治郎の指示に従って、軍学校へと向かう道を外れて目的地へと移動を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうっちゃーっくっ!!!」

 

それからしばらく車を走らせて移動したところで、戦治郎は那智に車を止める様に指示を出し、車から降りて少し歩いてとある売店の前に立つと、元気よく目的地に到着した事を宣言し……

 

「ここは……、宝くじの売店か……?」

 

「戦治郎さん……、まさかとは思うのですが……?」

 

戦治郎の後に続いていた那智と熊野が、戦治郎の目の前にある宝くじの売店を目にするなり、訝しむ様な表情を浮かべながら口々に戦治郎に質問し……

 

「いや~、大和と一緒に前もって参加者の募集しててな、結構な人数集まっちまったんよね。てな訳で、バイト代は結構な額必要になる訳なんだが……、そんなデカイ金額を即座に手にしようって思ったら、宝くじ買って当てるくらいしかないっしょ~!ってジャンボはねぇのか……。おっ!このスクラッチ結構額あるな……、こいつは小遣い用に1枚購入決定っ!!後は~……」

 

那智達に質問された戦治郎は、現在取り扱われている宝くじの内容を確認しながらそう答え、最終的にスクラッチとキャリーオーバーが発生している2種類の数字選択式宝くじを、それぞれ1枚ずつ購入して那智達の方へと戻って来て、再び車に乗り込むと軍学校へと戻るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく時が経ち、戦治郎が購入した宝くじの抽選日がやって来た訳なのだが……

 

「……とても信じられませんわ……」

 

「お前の入試の結果が嘘偽りではなかった事が、改めて証明されたな……」

 

宝くじの結果がどうしても気になった為、戦治郎と大和の部屋に訪れた那智と熊野が、当選番号が表示された戦治郎のタブレットと、戦治郎が購入した宝くじを前にしながら、信じられないと言った様子でそう呟いていると……

 

「ジャンボがあったら、前後賞込みで大体この3倍は稼げたんだけどな~」

 

「この3倍……、凄まじい金額ですね……」

 

戦治郎は今しがた削った1等のマークが揃ったスクラッチくじを、2人の前に滑らせながらこの様な言葉を口にし、その様子を見ていた大和は苦笑しながらこの様な言葉を口にするのであった……

 

そう、戦治郎が購入した宝くじはものの見事に全てが1等当選しており、それにより戦治郎はバイト代用の20億円と、自身の小遣い用の1000万円を手にしたのであった……

 

因みに先程の戦治郎の発言だが、戦治郎は生前に購入したジャンボ宝くじ50枚の中に、そのジャンボ宝くじの1等と前後賞が全て集まっていた事があり、合計約65億円を入手した事があった事をここに明記しておく……

 

また、ジャンボ宝くじが発売される度にこの様な奇跡を起こすせいで、戦治郎は宝くじ業界でブラックリストに乗っていたりもするのだが、これについては今はあまり関係ない事であろう……




尚、戦治郎がジャンボ宝くじで当てた65億円は、敷地の拡大や修理工場の設備や備品の購入、司が担当していた古着屋の土地と店舗購入などに使われた模様


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天変地異

香川県の方、本当に申し訳ございません……


鈴谷を学費稼ぎの為にロードトレイン砲製作のバイトに参加させる事が決まり、戦治郎が支払う事となっているバイト代を宝くじを当てて稼いだ頃には、暦は5月から6月に移り変わっており、テレビに映る気象予報図上には梅雨前線が描かれ、それによって作られた雨雲が、日本中に雨を降らせていたのであった

 

因みにこの頃には鈴谷も病院を退院し、元気な姿で軍学校に復帰していたりするのだが、鈴谷の退院は悟が施した治療によって病院内で大混乱が発生した都合で、予定よりもやや遅くなっていたりする……

 

まあこれは仕方が無い事である、本来なら鈴谷が患っていた病気は、長期に亘って治療を施さなければ治らないはずのものだったのだが、それがものの数日の間に突然治ってしまっていたのである。当然の事ながらこれによって悟の能力の事を知らない病院内は激しく混乱し、その原因の調査の為に鈴谷の退院は先延ばしされてしまったのである……

 

さて、それはそうと戦治郎は鈴谷が退院した事を熊野から聞くと、すぐさまロードトレイン砲製作時のバイトの話を彼女に持ち掛け、今回の病気のせいでこれまでやっていたバイトを全て辞めさせられた鈴谷は、戦治郎から聞いた作業内容がどうも気に入らなかったのか、渋々と言った様子でそれに応じるのであった……。いくら作業内容が気に入らないとは言え、現状これ以外に学費を稼ぐ方法が無い鈴谷は、嫌でもこの話に応じるしかなかったのである……

 

そうして鈴谷の参加が決まった日の夜、雨が降りしきる中雨合羽を纏った戦治郎はグラウンドの真ん中で天を仰ぎ、その様子を赤い雨傘を差した大和が少し離れた位置から、少々不安そうな表情を浮かべながら眺めていた……

 

「その……、提督……?本当にやるんですか……?」

 

「ああ、ホントは7月になってから、梅雨が終わってから作業を開始する予定だったんだが……、鈴谷の為にもちょっちでも早く始めた方がよさそうだからな……」

 

不安そうな表情を浮かべたまま、大和が戦治郎に向かってそう尋ねると、戦治郎は天を見上げた姿勢のまま、大和の問いにこう答えるのであった

 

その後、戦治郎は天を見上げるのを止め、目を閉じたまま正面を向くと……

 

「そんな訳で、作業の邪魔になる雨雲様達には、しばらくの間余所に行っててもらいますかねっ!!」

 

そう言いながら勢いよく双眸を開き、両腕を突き出す様に前に伸ばすと同時に神帝之型を発動させ……

 

「オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"……ッ!!!」

 

それはそれは険しい表情をその顔に浮かべながら、地を這う様な低い唸り声の様な声を上げ、前に真っ直ぐ伸ばした両腕を何かをこねくり回す様に動かし始める……

 

そう、戦治郎は今、神帝之型の力を使って強引に気圧を変化させ、広島県どころか中国地方全域から雨雲を一時的に退けようとしているのだ……っ!実際、これにより中国地方を覆っていた雨雲達は、その全てが戦治郎の意思によって四国にある香川県上空に集められていた……っ!

 

因みに雨雲を完全に消さず、一時的に退けようとしている理由は、それによって中国地方全域が水不足に陥る様な事態を避ける為である

 

そして雨雲の移動先が何故香川県なのかと言えば、戦治郎が知る限りこの世界の香川県は、夏になる度水不足に陥り、その度に近隣の県から水を送ってもらっていたからである……。そう、戦治郎が雨雲を香川県上空に集めたのは、今年くらいは香川県の水不足を解消してあげようと言う、本当にささやかな心遣いなのである……っ!

 

尤も戦治郎のこの心遣いは、大量に降る雨に歓喜するこの世界の香川県民の皆様が、この喜びを分かち合う為に行ったうどん祭が原因となり、その殆どが無駄となってしまっていたりするのだが……、これは今はそこまで重要な事では無いので、この話はこの辺りにしておこう……

 

さて、こうして順調に雨雲を中国地方から退けていた戦治郎だが……

 

「あやっべ……っ!」

 

此処に来て何かをやらかしたのか、一瞬ビクリと身体を震わせたかと思うとこの様な事を言い、その次の瞬間……

 

「きゃあああぁぁぁーーーっ!!?」

 

「スマン大和おおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

突如地面が恐ろしい程に激しく揺れ始め、その揺れに耐えられなかった大和は、手にしていた雨傘を投げ捨てて、驚きと恐怖が入り混じった悲鳴を上げながら地面にへたり込み、そんな大和の様子に気付いた戦治郎は、大規模な地震が発生する中慌てて彼女の方へと駆け寄るのであった……

 

如何やら戦治郎は両腕で雨雲を動かしていた際、誤って地震と地殻変動のモヤに触れてしまったらしく、雨雲の操作に集中する為に大和の事も意識から外していた結果、大和にも地震の影響が及んでしまったのである……

 

これにより軍学校にいる者達全てが避難の為にグラウンドに集まって来た為、戦治郎は雨雲操作を中断する事となるのであった……。尤も、雨雲の操作はこの時点でほぼ完了していた為、地震が収まりはぐれた者がいないかを確認する為の点呼が終わり、ラジオから流れる気象庁による余震の心配は無いと言う発表を聞いた後、教官達から自室に戻って室内の片付けを行う様にと言う指示を受けた戦治郎は、大和と共に部屋に戻るとすぐさま部屋の掃除を開始し、それが終わるとすぐにシャワーが動く事を確認し、シャワーを浴び終えた戦治郎は神帝之型を発動させた影響なのか、強烈な睡魔に襲われるなり即座にベッドに潜り込むと、深い眠りにつくのであった……

 

 

 

因みにこの地震、如何やら日本全土を揺らしたらしく、翌日戦治郎は今回の地震の原因が戦治郎にあると察した多くの者達から、大量のお叱りの言葉を貰う羽目になるのであった……

 

尚、この地震の影響で長門屋鎮守府建設予定地付近に、ちょっとしたサイズの山が出来上がり、この山が後に長門屋鎮守府に大きな影響を及ぼす事となるのだが、これについての詳細は、時が来た時に話そうと思う……

 

さて、こうして若干のトラブルこそあったものの、戦治郎の手によってロードトレイン砲製作の邪魔になる雨雲は見事中国地方からしばらくの間取り除かれ、中国地方はしばらくの間梅雨入りしているにも関わらず、快晴の日が続く事となるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~……、昨日の地震は一体何だったんですかねぇ……?おかげで小生の部下達が掘ったトンネルの一部が崩れてしまったのです……。まあ徹夜で修繕したついでに補強したので、あの規模の地震がまた来ても、もう崩れる事はないはずなのです」

 

戦治郎の不手際に因って地震が発生してから一夜明け、長門屋鎮守府建設予定地の地下深くにて、何者かが昨日の地震に対してぼやいていたのであった……

 

「さて、それはそうと今日も巣作りを頑張るのですっ!そう言う訳でお前達っ!今日もキビキビ働くのですっ!!」

 

その存在がそう叫んだその直後、地下トンネルのあちこちから、大小様々な蜘蛛の様な生物達が姿を現し、その一部は下に向かってトンネルを掘り始め、一部はつい先程蜘蛛達が掘ったトンネルを補強し始めるのであった

 

そうして蜘蛛達が作ったトンネルを、その存在は巨体を揺らしながら悠然と歩いていき……

 

「ストーップ!この辺りで止まるです!此処に大きな空洞を作って、そこにこの間の奴よりも大きな巣を作るですっ!!」

 

ある程度進んだところで、それは蜘蛛達に向かってこの様な指示を出し、それを聞いた蜘蛛達はその指示に従い、この場所に大きな空洞を掘り始めるのであった

 

「以前の奴はサイズが思ったより小さかったのか、何も起こらなかったですからね~……、今度はしっかりしたものを作るですっ!」

 

その最中、人間並……、いや、それよりも巨大な蜘蛛の姿をしたそれは……、旧支配者の1柱であるアトラク=ナクアは、今回作る予定の巣に思いを馳せながら、この様な言葉を口にするのであった……



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ロードトレイン砲製作開始

戦治郎の手によって中国地方から雨雲が退けられた次の日……

 

「え~皆さん、今日の授業お疲れ様で~す!」

 

その日の軍学校の授業が全て終わった後、整備科実習棟のすぐ傍にて、戦治郎はロードトレイン砲製作に参加する為にこの場に集まった者達に向かって、拡声器を手に声を張り上げながらこの様な言葉を掛ける

 

それに対して整備科の者達は元気一杯に返事を返してみせるのだが、工兵科の者達は明らかに困惑しながら、まるで蚊の鳴いている様な、弱々しくか細い声で返事をするのであった……

 

「なんか工兵科は元気ねぇな~……、疲れてんのかやる気ねぇのか分かんねぇけどよ……。まああれだ、そんなおめぇらに一発で元気が出る情報をおせぇてやんよっ!」

 

そんな工兵科の者達の様子を見た戦治郎が、この様な言葉を発すると忽ち騒めきが発生し、それを確認した戦治郎はニヤニヤしながら元気が出ると言う情報を口にする

 

「いいか?聞いて喜べ?何と今回の作業……、艦娘科からも希望者が来ていて、おめぇらと一緒に作業する事になってんだっ!!」

 

戦治郎がそう言い放ったその直後、今度は整備科の者達だけでなく工兵科の者達の方からも、まるで先程の弱々しい声が嘘だったかの如く、軽く地を揺らす程の大歓声が上がったのであった

 

「うっわぁ……、男って単純……」

 

「そう言ってやるな、男とは誰しも女にいいところを見せたい生物なんだ」

 

「そうだそうだ!男は何時だって女にモテてぇんだよっ!!って言ってて悲しくなってきたぞこん畜生っ!!!」

 

戦治郎の一言によって沸き立つ野郎共を見て、やや引き気味に鈴谷がこの様な言葉を口にしたところ、予め戦治郎から受け取っていた作業服に袖を通した磯風が、鈴谷に向かってこの様な言葉を掛け、戦治郎から話を聞き興味本位で今回の作業に参加する事にした毅が、男の立場でそう続くのであった

 

因みに、鈴谷と毅も磯風と同じく、事前に戦治郎から作業服を受け取っており、今はそちらの方に着替えている

 

尚、戦治郎は毅だけでなく紅葉や勉にもこの話を持ち掛けていたが、紅葉はそう言った作業は柄ではないと言って、勉は自分の体力ではとても作業に追いつけないと言って、戦治郎の誘いを断っていたのであった

 

「おっしゃ!おめぇら元気出たなっ!?んじゃあ早速今日の作業の予定について説明していくぞっ!って事で大和教官、お願いします」

 

さて、作業参加者達の士気が上がった事を確認した戦治郎が、自身が立つ位置から少し離れた所に設置された、野外でも鮮明に見える様に戦治郎が改造を施したプロジェクターと、それが接続されたタブレットが乗った机の傍に置かれた椅子に腰掛ける、作業服姿の大和に向かってそう言うと、大和は戦治郎の指示に従って戦治郎の後方にあるスクリーンに、タブレット内に保存されているロードトレイン砲の設計図と、ロードトレイン砲を格納する、ロードトレイン砲専用の格納庫の設計図を映し出すのであった

 

その後戦治郎は、整備科の者達にロードトレイン砲のパーツと、組み立ての際使用する機材の作製を、工兵科の者達には格納庫の建築を指示するのだが……

 

「本当は格納庫を建てる時に使用する、重機の類も作る予定だったんだが……、そこまでやってると時間が掛かるって事でな……」

 

その最中、戦治郎は工兵科の者達に向かって、本来は作業に使用する重機から作る予定だった事を、後頭部をバリバリと掻きながら、残念そうな表情を浮かべながら告げるのであった……

 

それを聞いた工兵科の者達が、そんなところからやるつもりだったのかよ……、と言った様子で思わずドン引きしていると、突然整備科実習棟の中から複数のエンジン音が聞こえ始め……

 

「そう言う訳で、整備科の教官達と協力して、予め作っておいた重機達がこちらです」

 

戦治郎のこの発言と共に実習棟のその大きな扉が開かれ、中から整備科の教官達が操縦する重機の群れが姿を現し、それを見た工兵科の者達は、思わず言葉を失い愕然としてしまうのであった……

 

そう、この重機達は戦治郎が先程言った通り、戦治郎が宝くじを当ててから鈴谷が軍学校に復帰するまでの間に、整備科の教官達と協力して作り上げた、安心と信頼と実績のある長門屋印の重機なのである

 

その後、戦治郎が作業参加者達に質問が無いか尋ねたところ、2本の腕が天に向かって真っすぐ伸ばされ、それを確認した戦治郎は先ずは見知った顔である鈴谷の質問に答える事にし、鈴谷に質問の内容を尋ねるのであった

 

「整備科と工兵科の作業内容は分かったんだけど、センジローさんは鈴谷達艦娘科の作業内容は言ってないじゃん?鈴谷達は一体何したらいいのさ?」

 

「ああスマンスマン、そういや艦娘科と提督科の参加者の作業内容言ってなかったな。先ず艦娘科だが、鈴谷は提督科の参加者達と一緒に工兵科の補助頼む。んで磯風と……」

 

鈴谷の質問を聞いた戦治郎が謝罪の言葉を述べた後、質問の答えを口にするのだが、その途中で戦治郎は一度言葉を区切って、とある人物の方へ一瞬だけチラリと視線を向ける……。その視線の先には鈴谷とは別に、質問をする為に挙手をしていた作業服を身に纏った、戦治郎がこちらの世界に来てから初めて目にした、祥鳳型軽空母の2番艦である瑞鳳の艦娘候補生の姿があったのであった……

 

さてこの瑞鳳だが、如何やら軽空母の教官であり、鹿屋基地所属の祥鳳の実の妹らしく、祥鳳からロードトレイン砲製作の話を聞いて、作業への参加を申し出て来たのである

 

尤も、祥鳳からこの話を最初に聞いた時、瑞鳳はそこまでこの作業に興味を持っていなかったのだが、作業を取り仕切っているのが戦治郎であると聞くや否や、手のひらを勢いよく引っ繰り返して作業への参加を決意したのだとか……

 

何故瑞鳳はこの様な行動に走ったのか……、それは彼女が大の艦載機マニアで、戦治郎が日本海軍に紫電改四をもたらした張本人である事を、軍学校に入学する前から何処かで聞きつけていたらしく、彼女はそんな戦治郎ならば紫電改四よりも凄い艦載機が作れるのではないか?と思い、戦治郎との接点を作る為にこうして作業に参加する事にしたのである

 

因みにそんな瑞鳳は、驚くべき事に龍驤とそこまで背丈が変わらないにも関わらず、航空工学に強い大学をしっかり卒業しており、機械作りに関する知識や技術を少なからず持っていたりするのである

 

「……磯風と瑞鳳は、俺や整備科の連中と一緒に、ロードトレイン砲のパーツ作りすんぞ。っとまあ鈴谷の質問の答えはこんな感じだが、これでいいか?」

 

「うへぇ……、建築作業か~……、こりゃシンドそうだね~……。っとりょ~か~い、学費の為にも、鈴谷頑張っちゃうよ~!」

 

これまで面識が無かった瑞鳳に気を取られていた戦治郎が、我に返るなり言葉の続きを口にしたところ、それを聞いた鈴谷は刹那の間だけゲンナリした様子を見せるのだが、すぐさま気を取り直すとその表情を引き締め、戦治郎に向かってこの様に言葉を返すのであった

 

「よしよし、気合十分って感じだなっ!っとぉ、そういや瑞鳳も挙手してたな。んで瑞鳳や、おまえさんの質問とは何ぞや?」

 

鈴谷の返事を聞いた戦治郎は腕を組んでウンウンと頷いていると、瑞鳳も挙手していた事を思い出し、今度は瑞鳳に向かって質問の内容を尋ねるのであった

 

「えっと、そのロードトレイン砲には、艦載機を搭載させるの?」

 

「OK、おめぇの艦載機にかける情熱はよぉっく分かったっ!けど残念ながら、ロードトレイン砲には艦載機を格納する格納庫も、艦載機を発着艦させるカタパルトも付けませんっ!今回俺達が作るロードトレイン砲は、あくまで移動可能な砲台ですっ!!!」

 

戦治郎に当てられた瑞鳳が、その目をキラキラと輝かせながらこの様に尋ねると、戦治郎は自身の両腕で×印を作りながら瑞鳳の問いに答え、それを聞いた瑞鳳は心底残念そうな表情を浮かべながら戦治郎に礼を言うと、ガックリと肩を落とすのであった……

 

その後、戦治郎が再び質問が無いか尋ね、誰も挙手する様子が無い事を確認すると……

 

「それじゃあ早速作業を開始しますかねっ!今日が作業の初日、初日は平穏無事に終わらせたいところなので、安全作業を心得ていきましょうっ!!それでは安全確認っ!!ゼロ災でいこう、ヨシッ!!!」

 

戦治郎はそう言って話を締め括った後、指差呼称をする動作をしながら力強く声を上げ、それを見聞きしていた整備科と工兵科の参加者達も、それに倣う様に戦治郎と同じ様な動作をしながら力強く声を上げ、それが合図となって参加者達はそれぞれの持ち場に移動を開始し、割り当てられた作業を始めるのであった



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ロードトレイン砲『布都御魂』

さて、こうしてロードトレイン砲の製作が始まった訳だが、ここでロードトレイン砲の詳細について触れておこうと思う

 

戦治郎達が現在製作しているこのロードトレイン砲、戦治郎が『布都御魂(ふつのみたま)』と名付けたそれは、遊園地などにある来場者を乗せて園内を走行するロードトレインを基にして設計されており、その結果布都御魂は列車の様な姿をしておりながら、レールを使わずに地上を走行可能な4輌編成の列車砲となっており、その車輌にはそれぞれ違う役割を持たせてあった

 

尚、1輌あたりの車輌の大きさだが、戦治郎は本来軽自動車1台分の大きさにする予定だったのだが、鈴谷の件の詳細を知った戦治郎が、これの製作を鈴谷の学費対策の手段に用いる事を決定した事で、1輌あたりの大きさを人手が必要な大きさに変更する事となり、その結果布都御魂の1輌あたりのサイズは、現存する新幹線の車輌の大きさと比較すると、取り回しの為に長さが通常の列車と同じくらいに短くなっているが、それ以外はほぼ同等の大きさになっていたのであった

 

さて、それでは先程言った布都御魂の各車輌の役割について、これから触れていこう

 

先ず先頭車輌、ここには布都御魂の操縦席など人が乗り込んだり、ちょっとした荷物を積む車輌となっており、車輌内部の中央辺りには、操縦者の休憩に使ったり他の搭乗者が待機する為に使用するテーブルと椅子が、車輌の後部には修理の際に使用する工具などを保管する為の棚などが設置されている

 

又、先頭車輌の屋根には、布都御魂の奪取を企み襲い掛かって来る者達対策として、左右に3門ずつ大型の機銃が取り付けられており、布都御魂の操縦手はそれを操縦席から操作出来る様になっている

 

そんな先頭車輌と繋がっている2号車には、ターゲットの位置を正確に把握する為の大型のレーダーや、相手からの電子欺瞞などを無効化した上で、強力な電子欺瞞を仕掛ける事が可能な高性能コンピューターなどが装備されている

 

因みにそのコンピューターのプログラムは、その全てがプログラムの分野でアリーに敗北を喫した事で、一念発起した護の手によって6時間ほど掛けて作られており、戦治郎のタブレットに送られてきたそのプログラムを目の当たりにした整備科の教官達は、戦治郎に紫電改四を見せられた時以上の衝撃を受けると同時に、こんな恐ろしい人間と友好関係を持つ戦治郎の人間関係に対して、ちょっとした恐怖を覚えるのであった……

 

続いて3号車、これには深海棲艦が布都御魂の破壊や、江田島そのものを攻撃する事を目的として差し向けて来た艦載機対策として、大小様々な数多くの対空ミサイル発射管や、対空ミサイルでは対処出来ない位置までやって来た艦載機を撃ち落とす為の対空機銃、更には艦載機から投下された爆弾や海上からの砲撃により撃ち出されて来た砲弾などを、空中で迎撃する為の閃光迎撃神話や、横須賀鎮守府での会議の時にリチャードと共に来ていた伊吹から受け取った設計図から作り出した、閃光迎撃神話と同じく迎撃用S-Eである機神光速百手などが装備されている

 

そして最後の4号車、ここにこの布都御魂の最大の特徴にして武器である、それはそれは巨大な砲が装備されている。その口径、元となった列車砲の80cmを超える88cmとなっている

 

さて、この布都御魂の砲を見て、多くの方がこの様な疑問を頭に思い浮かべる事だろう……。新幹線とほぼ同じくらいの車輌の大きさで、この巨大な砲を撃っても大丈夫なのか?と、撃ったら車体が吹き飛んだり横転したりしないのだろうか?と……

 

それらの問題に関しては、既に布都御魂を設計した戦治郎が、砲そのものに砲撃の際の反動を抑える装置を組み込んでいたり、車体に反動の影響を受けにくい構造などを取り入れたりして、しっかりと対策をしているのである

 

又、布都御魂の元となった列車砲には、砲弾を装填する際多くの時間と人手が必要になっていたのだが、これも戦治郎がとっくに対策しており、布都御魂には戦治郎がこの為だけに新たに開発した自動装填装置が取り付けられ、砲弾の装填に必要な人手を0にした上で、本家では30~45分も掛かっていた砲弾の装填速度を、ものの1分で終わらせてしまえる様にしてあるのである

 

さて、そんな化物兵器を動かす動力はどうなっているのかと言えば、今回も例によって魔道書が使用されている訳なのだが、その魔道書はこれまで戦治郎達が使って来た出版版ネクロノミコンではなく、何と翔の相棒であるゾア直筆の、翔から教えてもらったレシピをまとめた巻物となっているのである

 

それには翔の鼓翼に宿る真・魔道書の様な名前は存在しないのだが、それらに匹敵するほどの魔力を宿しており、戦治郎はゾアの指示でこの巻物を戦治郎の下に持って来たディープ・ワンから、巻物を受け取ったその瞬間、この巻物が秘める絶大な力を直感的に感じ取り、すぐさま空に連絡を入れて大黒丸の動力を、これに差し替える様に指示したのだとか……。それほどまでに、この巻物の力は大きかったのである……

 

これにより布都御魂は、見た目からは想像出来ない程の速度で走行する事が可能であり、魔力を使った姿勢制御も行えば、連結しているにも関わらず、ドリフト走行や砲撃しながらの走行も可能となっていたりするのであった

 

さて、そんなトンデモ兵器である布都御魂、本来は専用の格納庫など作らず、艦娘候補生達の艤装同様、整備科の実習棟に保管する予定だったのだが、鈴谷の件で車体サイズの変更を行った結果、その大きさのせいでとても整備科実習棟には入り切らなくなってしまったのである……。故に戦治郎は、急いで布都御魂専用の格納庫と専用の機材の設計図を描き、それらの建築と製作もバイトの内容に組み込む事にしたのであった

 

こうして布都御魂の詳細について説明している間にも、戦治郎達の作業進行状況と時間は進んでいき、時刻は夕食時を迎えるのだった

 

「戦治郎さん、皆さんの食事をお持ちしました」

 

「おっ、もうそんな時間か……。おめぇら作業の手ぇ止めろー!飯の時間だーっ!!」

 

早々に布都御魂や整備用機材のパーツ作りを終わらせ、そちらに参加していたメンバーを引き連れて格納庫建築の手伝いに入っていた戦治郎の下に、戦治郎達の食事を持って来た浜風と浦風、そして主計科の皆さんがやって来る。そしてそんな浜風達の存在に気付いた戦治郎は、少々呟いた後この場にいる者達に向かって、声を張り上げて作業を止め、今しがた浜風達が持って来てくれた食事を摂る様にと指示を出すのであった

 

そう、戦治郎はロードトレイン砲製作の許可を取る際、作業参加者の夕食の時間をズラして欲しいと頼んだのだが、残念ながらその頼みは食堂の方から、明日の仕込みの都合などもある為、それは聞き入れられないと断られてしまい、戦治郎はそれの打開策として、バイト代を払うから作業者達に夕食を作って欲しいと主計科に交渉し、見事交渉を成立させてみせたのである

 

何故戦治郎が作業者達の夕食の時間をズラそうとしたのかと言えば、軍学校の授業が終了してから食事の時間になるまでの間に、少々中途半端な空き時間が存在する為、戦治郎はその時間も作業に当てたいと考えた訳なのだが、そうすると折角作業者達の集中力が高まって来たところで、タイミング悪く夕食の時間となり、作業を中断せざるを得なくなってしまうのである。そうなると中々集中力を取り戻すのが大変になると考えた戦治郎は、それを防ぐ為に作業者達の夕食の時間をズラそうとしたのである

 

因みに浜風達がどうして主計科の皆さんと一緒にいるのかについては、主計科からの参加者の数が思った程集まらず、少々人手不足であったから浜風達が手伝いに入ったからである。尚、最初はこれに磯風も参加しようとしていたのだが、それは浜風と浦風によって何とか阻止されたのだとか……

 

そう言う訳で、戦治郎達は一旦作業を進める手を止めて、浜風達は持って来てくれた夕食を摂り始め、食事が終わると作業を再開させ、作業終了時刻である21時になる頃には格納庫の建築作業を全体の1/4程まで進める事に成功し、戦治郎達は時刻が21時になった事に気付くと、終礼をしてその日の作業を終了する事にするのであった



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鈴谷、褒められて伸びるタイプなんです

ロードトレイン砲の布都御魂の製作開始からしばらく経ち、6月の中旬から下旬に移り変わろうとする頃には、布都御魂の製作も大詰めを迎える事となるのであった

 

戦治郎達は6月の上旬中に格納庫の建築を終了させ、作り立ての格納庫に自作した布都御魂の組み立てに必要な機材の搬入し終えると、すぐさま布都御魂の製作に取り掛かった訳なのだが、これが少々時間を食ってしまったのである

 

まあ普通に考えれば布都御魂の製作の作業速度はこれでも恐ろしいくらい早いのだが、自分と同じく転生個体であるが故、人間よりも身体能力に優れた通常の深海棲艦達よりも、圧倒的にスペックを上回っている空達との作業に慣れ過ぎて、多少感覚が麻痺して来ている戦治郎には、この作業速度は少々遅く感じられるのであった

 

そんな戦治郎とは裏腹に、作業に参加する者達は戦治郎の作業ペースに置いて行かれない様にと、戦治郎の作業方法などを見聞きして学び、その技術を己のものにして作業効率を爆発的に上げ、何とか戦治郎の作業ペースに喰らいついていくのであった

 

一体何が彼等をそうさせたのか……?それは彼等が持つ絶えない向上心と、技術屋としてのプライドが、戦治郎の作業ペースに置いて行かれる事を、それによって戦治郎の技術をモノにするチャンスを失う事を良しとしなかったのである。故に彼等は戦治郎から技術を盗む為に、技術屋としての矜持を守り抜く為に、必死になって戦治郎の作業ペースに追いつこうとしたのである

 

因みにこれは整備科の者達だけでなく、工兵科の者達も同じ気持ちであったそうだ。彼等は戦治郎は機械関係に関してはプロフェッショナルなのだろうが、土木建築に関しては素人であるだろうと思っていたのだが、生前は必要な時は輝の作業を手伝っていた関係で、土木建築にも多少の知識と技術を持ち、更にはクロエの提案によって通常の転生個体を上回る身体能力を持った、特別仕様の転生個体となった戦治郎は、彼等の想像を超える速度で、彼等のプライドを刺激するかの様に、サクサクと作業を進めてみせたのである……。故に工兵科の者達は、戦治郎に対する評価を改めると同時に、専門家であるはずの自分達が、戦治郎には負けてはいられないとばかりに対抗心を燃やし、最初は戸惑っていた彼等も、今は作業に真剣に打ち込み始めたのである

 

尚、そんな工兵科の者達の今の主な作業と言えば、長門屋印のフォークリフトに乗って荷物の運搬をしたり、布都御魂のパーツを吊り下げた天井クレーンの操作など、機械操作などを担当していたりする

 

さて、こうして作業の中で切磋琢磨する整備科と工兵科の者達に混じって、作業に参加している鈴谷達艦娘候補生達と、戦治郎と同じ時を過ごそうと、作業参加を決意した大和は一体如何しているかと言うと……

 

「戦治郎さん、ここの溶接が終わったぞ」

 

「センジローさ~ん、ちょっちこっち来てもらっていい~?」

 

「提督、工兵科の方々の方から、部品の搬入が完了したと言う報告が来ています」

 

布都御魂専用の格納庫が完成してからは、整備科の作業に合流する事となった磯風と鈴谷は、最初の方こそ慣れない作業に苦戦していたものの、戦治郎がつきっきりの指導を行い、2人が教えた事を上手く出来た時はしっかり褒めていた事もあってか、今ではすっかり現場に順応し、こうして整備科の者達と協力して順調に作業を進められるほどに技術者としての腕を上げており、秘書艦としてのスキルに秀でていた大和は、戦治郎の指示で現場に出ている都合、作業場全体の管理にまで手が回らなくなってしまっている戦治郎の代わりとして、作業場の管理を行っていたのであった

 

尚、ロードトレイン砲製作開始当初から、整備科の者達と作業をしていた瑞鳳は、持ち前の技術や知識もあった為か、すぐに整備科の者達と打ち解け、彼等と艦載機談義などをしながら作業に打ち込んでいた

 

因みに磯風と鈴谷に関してだが、彼女達は先ず最初に工兵科の者達と共に格納庫の建築に携わった関係で、瞬発力と持久力を兼ね揃えた桃色の筋肉を手に入れる事に成功し、更に作業によって足腰が強くなった事で、重心を安定させて砲撃が出来る様になっており、更に更に今度は精密さが重要になって来る整備科の作業に参加した事で、かなりの精度を誇る射撃や砲撃を可能とする視力を手にするのであった

 

これにより磯風は、戦治郎同様刀による接近戦と精密な射撃を使いこなせるオールラウンダーな駆逐艦艦娘となり、後に長門屋鎮守府に着任しその戦闘能力を披露した際に、長門屋鎮守府の面々からちっこい戦治郎が来たなどと言われ、着任早々航改二となる事となる鈴谷は、艦載機による航空戦や敵艦への爆撃で、その能力を遺憾無く発揮して見せ、長門屋鎮守府の空母勢の関心を集める事となるのであった

 

さて、こうして作業が順調に進んでいると、夕食の時間になったのか浜風達が主計科の者達と共に姿を現し、作業参加者達に食事を配給し始めるのであった

 

「センジローさん、ちょっといいかな?」

 

浜風達から食事を受け取った戦治郎が、磯風達と共に食事を始めようとしたその時、不意に鈴谷が戦治郎に向かって声を掛ける

 

「んぁ?どったよ鈴谷?」

 

「いや、ちょっと気になる事があってね」

 

浜風達が作ったおにぎりにかぶりつこうとしていた戦治郎が、鈴谷の声に反応してキョトンとしながらそう尋ねると、鈴谷はこの様に返した後、意を決したかの様な表情を浮かべた後、改めて戦治郎に向かってこの様な質問するのであった

 

「センジローさんと鈴谷ってさ、この布都御魂だっけ?これ作り始めるまでは碌に話もした事もないし、顔すら知らなかった様な関係だったじゃん?なのに何でそんな鈴谷の為にここまでしてくれるの?熊野から聞いたんだけどさ、この布都御魂ってさ、当初はセンジローさん1人でも作れるサイズで、ここまで大規模な作業を必要としない物になるはずだったんでしょ?それを鈴谷の事知ってから、予定を変更してこんな大規模な作業にしたって言うじゃん?如何してセンジローさんは、そこまでして鈴谷の事助けようとしてんの?それがちょっち気になってさ~……」

 

「ああ~……、その事な~……」

 

鈴谷の質問を受けた戦治郎は、バリバリと後頭部を掻きながらそう呟くと、鈴谷に自分が何故赤の他人であったはずの鈴谷を助けようとしているのかについて、ゆっくりと話し始めるのであった……

 

切っ掛けは困っている那智から頼まれたからであった事から始まり、調べを進めていく内に、名前こそ伏せたが鈴谷が立たされている状況が、ネグレスト被害者であったシゲと重なる部分があった為情が湧いた事、合同実習で知り合った事で戦治郎に身内認定された熊野が、鈴谷の事で思い悩んでいる事を知った事で、身内である那智と熊野を助ける為に鈴谷を助ける事を決定した事を、戦治郎は嘘偽りなく鈴谷に正直に告げた後……

 

「そして何よりも……、あの病気で死ぬ人間を、俺がどうしても見たくなかった……。だから俺は、自己満足の範疇になっちまうかもしんねぇけど、鈴谷がまたあの病気で苦しまなくて済む様に、こうしてその原因となった金銭問題を解決して、鈴谷の事助けようとしたんだが……。迷惑だったか……?」

 

何時になく真剣な表情を浮かべながら、戦治郎はそう言って鈴谷の質問に対しての返答を締め括るのであった

 

そんな戦治郎を見た鈴谷の頭の中に、一瞬何故戦治郎は病気の話が出るや否や、これまでにないくらい真剣な表情を浮かべながら、やけに重苦しい雰囲気を纏いながらこの様な事を口にするのだろうか?と言う疑問が浮かんだのだが、それも戦治郎が本気で鈴谷を助けようとしていた事実を知った事で、妙に高鳴り始めた胸の鼓動のせいで有耶無耶になってしまうのであった

 

因みに、戦治郎の真剣な表情と言葉を見聞きした大和は、それが自分に対して向けられたものではないと頭の中で分かっていながらも、そのカッコよさに思わずウットリしていたのだとか……

 

「いやいやっ!そんな迷惑とか有り得ないしっ!センジローさんのおかげで、鈴谷はこうして熊野と一緒に艦娘候補生続けられてる訳だし、寧ろ鈴谷はセンジローさんにめっちゃ感謝してるしっ!」

 

それからしばらく間を空けて、大和と共に真剣な表情を浮かべる戦治郎に見惚れていた鈴谷は、我に返るなり慌てた様子でこの様な事を口にし、その後改めて戦治郎に感謝の言葉を述べるのであった

 

「そっか、ならこうして行動起こした甲斐があるなっ!っとぉ、そんな事言ってたら折角の飯が冷めちまう、ってな訳でチャッチャと飯食って、食後の休憩挟んだ後に作業の続きやんぞ~!」

 

それを聞いた戦治郎は、この様な言葉を口にした後、鈴谷達に早く食事を終わらせる様に促し、食事を終わらせると宣言通り食後の休憩を挟んだ後、布都御魂製作作業を再開させ、遂にロードトレイン砲布都御魂を完成させるのであった

 

因みに食事の後の作業中、やけにやる気になっている鈴谷を見た戦治郎が、やる気になっているのはいい事だと、鈴谷を褒めたところ……

 

「鈴谷褒められて伸びるタイプなんです。だからうーんと褒めてね!」

 

鈴谷はそれはそれは眩しい笑顔を浮かべながら、戦治郎に向かってこの様に返答し、その言葉が嘘ではない事を証明するかの様に、鈴谷は無理をしない範疇で、これまで以上に効率的に作業をこなしだしたのだとか……



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地下迷宮で捕まえて♪ 前編

戦治郎が鈴谷が抱える問題を解決する為に、呉鎮守府に出向中の武蔵の協力を得て彼女の事情を探ったり、偶然広島に研修に来ていた悟の力を借りて彼女の病気の治療を行ったり、彼女の学費を肩代わりする為に複数の宝くじを当てて金策した上で、少し前から計画していたロードトレイン砲『布都御魂』の製作を大規模化し、それを鈴谷に手伝わせる事でバイト代と言う形で彼女に援助していた頃、戦治郎の能力の影響を、地震と言う形でちょっぴり受けた九州地方にある、佐賀県鹿島市で長門屋鎮守府を建設している長門屋の面々はどうしていたかと言うと……

 

「梅雨に入ってから、思う様に作業が進まんな……。尤も、今の俺にはその方が好都合なのだがな……」

 

工廠に併設された自宅の寝室で、空は食堂で朝食を摂る為の準備として、身支度を整えながらこの様な言葉を呟いていた

 

空が言う様に鎮守府の建築作業は、頻繁に雨が降る梅雨になってからは、作業場の安全面の観点からしょっちゅう作業中止となり、キャシー襲来や空のパンツ調査の件、更には戦治郎のミスによって発生した大規模地震もあってか、輝が建築開始時から想定している進捗状況より、かなり遅れているのだとか……

 

因みに、耐震性も考慮した輝の設計のおかげで、地震に因る鎮守府の建物への被害は一切無く……

 

「そんな生っちょれぇ揺れで、俺が設計した建物がオシャカになるとか思ってんじゃねぇぞっ!!!この腐れ地震がよぉっ!!!」

 

鎮守府の建造物全般を設計した輝は、地震が収まった後そんな事を言いながら、地面に向かって中指を突き立て唾を吐きかけたのだとか……。傍から輝の様子を見れば、完全に変人の奇行そのものだが、これについてはあまり深く言及しないでおこう……

 

それはそうと、先程の空の発言について触れていこう

 

梅雨に突入し建築作業が滞り出した事で、建築作業に参加していたメンバー達に、自由時間を多めに取る機会が増え、空はそれを利用してある計画を実行に移したのだ

 

皆さんはゾアが長門屋入りする切っ掛けとなったミッドウェーでの戦いの後、空がサラから超極薄型のパワードスーツが格納されているブレスレットを受け取った事を覚えているだろうか?

 

そう、空はこの機会を利用して、このパワードスーツの改造を行っていたのである

 

空は先ず、このパワードスーツの解析と分析を行い、このスーツが持つ力を徹底して調べ上げ、スーツが持つ力と自分の構想を上手い具合に組み合わせ、スーツに改造を施したのである

 

具体的に言えばスーツの材質を、スパナ妖精が新たに加わった事で開発能力が向上した妖精さん達によってもたらされた、防火性、防弾性、防刃性、断熱性、更には耐衝撃性にも防水性にも優れ、周囲の環境に合わせて通気性と気密性を変化させる事で、身に纏う者や建材として組み込まれた家屋に、最高クラスの安全性と快適さを与える夢の様な繊維、『バンシー繊維』に変更したり、ヘルメットやブレスレット、スーツの防御力向上の為に、このスーツの売りである機動力を損なわない程度に取り付けた追加装甲の材質を、オベロニウム鋼とティルタニア樹脂にしたりと言った具合である

 

これによりこのパワードスーツの性能は格段に上昇し、空はこれを身に付ける事で、このスーツに最初から付いているパワーアシスト機能と、龍気の防御力向上効果と攻撃時の反動と負荷軽減効果を合わせて、自身の身体能力強化と防御力の更なる向上、更には全力攻撃時の自身へのダメージを無くす事に成功したのである

 

尤も、この事はブレスレットを受け取った際、その場にいた翔以外には伏せられていた。もしこの事を戦治郎に知られれば、戦治郎がしばらくの間拗ねてしまうかもしれないと言う、空なりの配慮の為である

 

そう言った訳で、空はこの機会を利用してパワードスーツの改造を行っており、昨晩遂に強化パワードスーツのプロトタイプが完成し、空は表情には出さないものの、上機嫌な状態でその日の朝を迎えたのである

 

そんな訳で上機嫌なまま身支度を整え終えた空が、曇天の中用心の為に持って来た雨傘を片手に、パワードスーツの完全版の完成に思いを馳せながら、それはそれは軽い足取りで食堂に向かっている途中、彼はある物を発見してしまうのであった……

 

空が発見してしまった物……、それは食堂から伸びる小さな黒い点の行列……、そう、食堂から砂糖の粒を持ち出し、巣に戻ろうとしている蟻さん達の行列であった……

 

それを目の当たりにしてしまった空は、大急ぎで自室に引き返すと、雨傘の代わりに少し大きめのスコップを手にし、雨が降って来た時に備えて雨合羽を着用すると、朝食の事等スッカリサッパリ忘れて、巣で待つ者達の為に今日もエッホエッホと頑張る蟻さん達の追跡を開始し、彼等……、いや、働き蜂や働き蟻のほぼ全てがメスである事を考慮すれば、彼女達が正しいか……、彼女達の巣穴を発見すると、すぐさまその巣の破壊の為に穴を掘り始めるのであった……。如何やら空の蟻に対してのトラウマは、相当根深いもののようだ……

 

それからしばらくの間、空は一心不乱に穴を掘り、蟻さん達の巣が既に壊滅していてもその手を止めず、只管その穴を深く深く掘り下げていき……

 

「ぬぉ……っ!?」

 

その途中で突如空が立っていた地面が崩れ、それに僅かながら驚いた空は即座にそれに反応し、壁にスコップを突き立てる事で、間一髪のところで足場の崩落に巻き込まれる事を回避したのであった……

 

「突然足場が崩れるとは……、ん……?」

 

壁に突き立てたスコップにぶら下がる空が、そう呟きながら先程崩落した足場に視線を移したところ、そこには謎の空間が広がっており、それを目の当たりにした空は、怪訝そうな表情を浮かべながら小首を傾げるのであった

 

「こんな所に空間があるとは……、ふむ……、今後の事を考えれば埋めておくべき……、いや、大黒丸のドック建設の際、これを流用するのも手か……。むぅ……、ならばこの空間がどれ程のものなのか確認しておくべきだろうな……」

 

その後空は独りで思考を巡らせながらそう呟いた後、この空間の広さがどれ程のものなのかを確認する為に、壁からスコップを引き抜いて地下の空間に降り立つと、着ていた雨合羽を脱いでスコップ共々ライトニングⅡの中に格納し、地下空間の探索を開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは一体どこまで続いているんだ……?まるで終わりが見えないのだが……」

 

探索を開始してかなりの時間が経過したところで、かなり深い所まで潜ったと思う空は、未だに底を見せようとしない地下空間に少々驚きながら、この様な事を呟くのであった

 

「これだけ広ければ、大黒丸のドックどころか他にも何か作れそうだが……、いや、それにしたってこれは流石に広すぎる……、ぬ……?」

 

その後、そんな事を呟きながら更に歩みを進める空は、視界の隅に蠢くものを発見し、つい反射的にそちらへ視線を向けてしまうのであった

 

そこには灰色のタランチュラくらいの大きさの蜘蛛がおり、その蜘蛛は空の視線を浴びるなり、驚いたかの様にビクリと身体を震わせた後、逃げる様にして地下空間の更に奥の方へ、カサカサと走って行ってしまうのであった……

 

「何故こんな所に蜘蛛が……?もしやあの蜘蛛……、この地下空間と何か関係があるのか……?ならば、この地下空間の事を詳しく知る為にも、後を追う必要性がある様だな……」

 

逃げる蜘蛛を視線で追っていた空は、そう呟くと先程逃げ出した蜘蛛……、アトラク=ナクアの眷属である灰色の織り手の後を追い始めるのであった……




現在コラボ中の、鳴神 ソラさんの『憑依天龍が行く!』が更新されました

果たして、仮面ライダークウガライジングアルティメットに変身したアレディと剛との戦いは、どの様な結末を迎えたのか……っ!?


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地下迷宮で捕まえて♪ 中編

「何です?侵入者です?」

 

「はい……、先程近辺を哨戒していた灰色の織り手から、その様な報告がありまして……」

 

長門屋鎮守府建設予定地の地下に広がる空間の最深部にて、巣作りに勤しむアトラク=ナクアが、作業の邪魔をされた事を不快に思いながら作業を進める手を止め、自身の部下であり灰色の織り手達の長であるチィトカアの報告を聞き、不快さを表情に出しながらこの様に尋ね返したところ、自身の主が作業を邪魔される事をこよなく嫌がる事を知っているチィトカアは、この上なく畏縮しながらこの様に返答するのであった

 

「ならいつも通り、灰色の織り手達を大量に嗾けて追っ払えばいいです」

 

「ええ、私もそう思って、織り手達にその様に指示を出したのですが……」

 

チィトカアの返答を聞いたアトラク=ナクアが、不機嫌さを露わにしながらそう言うと、チィトカアは更にその身を縮こませ、口をモゴモゴさせながらこの様に返事をし、その反応を不思議に思ったアトラク=ナクアが小首を傾げていると、チィトカアは状況報告の為に言葉を紡ぎ始めるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの蜘蛛……、中々素早いな……、それに想像以上にスタミナもある……。まあこんな所にいるのだから、普通の蜘蛛ではないだろうと思っていたが……、まさかここまで一般的な蜘蛛とスペックがかけ離れているとは、流石に思わなかったぞ……」

 

地下空間の探索中、灰色の織り手を発見し2時間もの間その後を追っていた空は、タランチュラほどの大きさがあるにも関わらず、かなりの速さで走行する灰色の織り手を見て、思わずそう呟くのであった

 

「しかし……、あれだけ走ったにも関わらず、この地下空間はまだ先がある様d……、む……?」

 

そう呟きながら灰色の織り手を追っていた空が、突如目の前に現れた十字路に差し掛かった所で、大量の気配を感じ取って思わず怪訝そうな表情を浮かべると、急に自身の前を走っていた灰色の織り手がその場で停止、その場で横回転でクルリと身体を回して空の方へ顔を向ける

 

突然の灰色の織り手の行動に空が困惑していると、左右の通路と奥の通路、そして先程自分が走って来た通路の方から、目の前の蜘蛛と同じ見た目、同じ大きさの蜘蛛が突如として大量に姿を現し、それを目の当たりにした空が突然の出来事に驚いていると、灰色の織り手達は空に群がるつもりなのか、立ち尽くす空の方へとワラワラと集まって来るのであった……

 

「……来るか……、面白い……!」

 

我に返った空は、自身の方へ集まって来る蜘蛛達を見るなり、そう呟くと龍気を発動させ、龍気をたっぷり込めた右腕を振りかぶり……

 

「ふんっ!!」

 

掛け声と共にアッパーカットを繰り出す要領で、腕を勢いよく振り上げて【鬼走り】を放つと、目の前の蜘蛛の群れを豪快に吹き飛ばすのであった

 

その光景を目の当たりにした灰色の織り手達は、思わずその足を止めて空の事を警戒し始め、その中の1匹が自分達の上司であるチィトカアにこの事を報告する為に、逃げる様に奥の方へと走って行き、それに目ざとく気付いた空は……

 

「待てっ!!!」

 

逃げる灰色の織り手に向かって制止の言葉を掛けながら、その後を追う様に走り出すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまりその侵入者は、灰色の織り手達を蹴散らして、こっちに向かって来ているって事です?」

 

「そうなりますね……」

 

「そうなりますじゃないですっ!!!何なんですその侵入者っ!?明らかに普通じゃないですっ!!!あの群れを見て交戦しようと考えるところもおかしいですが、それをいとも容易くぶっ飛ばすとか有り得ないですっ!!?」

 

チィトカアが逃げた灰色の織り手から送られて来たテレパシーによる報告を、主であるアトラク=ナクアに伝えたところ、アトラク=ナクアは半狂乱になりながらこの様な事を叫び散らすのであった……

 

普通に考えれば灰色の織り手達の群れを目の当たりにした侵入者は、アトラク=ナクアの思惑通りその不気味さに恐怖してこの地下空間から撤退するものなのだが、何分相手が悪すぎたのである……

 

件の侵入者は強硬派深海棲艦や転生個体との戦いと言う修羅場を、幾度となく潜り抜けて来た歴戦の猛者、日本海軍内では『龍神』の異名を持つ石川 空なのである……。タランチュラ程の大きさの蜘蛛の群れなど、恐怖に値しないのである……

 

しかもこの男、以前横須賀鎮守府で旧支配者であるクトゥルフとの組手で敗北して以来、驚くべき量のトレーニングを己に課して自身の身体を虐め抜く事で、身体に負担がかからない範疇での力の最大出力の底上げを図り、遂にはクトゥルフと真正面から体術勝負を挑み、シゲの様な神話生物由来の戦闘力のブースト無しに、互角に渡り合える程の戦闘能力を手にしているのである……

 

「しかし現に……」

 

そんな事等露知らず、チィトカアが異常な侵入者に対応する為に、主の指示を仰ごうとしたその時である……

 

「ぬんっ!!!」

 

突如チィトカア達の後方から聞き覚えの無い声が聞こえると同時に、得体のしれない巨大な光弾がアトラク=ナクア達目掛けて凄まじい速度で飛来し……

 

「……!?」

 

それに気付いたアトラク=ナクアが、身体ごと其方に顔を向け、迫り来る光弾を回避する為に右に跳躍した直後……

 

「ヘブライッ?!」

 

反応が遅れたチィトカアが光弾の直撃を受け、意味不明な悲鳴を上げながらアトラク=ナクアの後方へと豪快にすっ飛んで行き、その姿は闇に紛れて見えなくなってしまうのであった……

 

「不意打ちの【弐式活殺破邪法】を避けるか……、となると、この巨大な蜘蛛があの蜘蛛達の親玉になる訳か……」

 

チィトカアが吹っ飛んで行った後、アトラク=ナクアの前方からこの様な言葉と共に足音が聞こえ、アトラク=ナクアが警戒心を高める中、遂に彼の目の前に先程の光弾……、【弐式活殺破邪法】を放った張本人である空が姿を現すのであった……

 

「ギシャアアアァァァーーーッ!!!」

 

その直後、アトラク=ナクアは空を威嚇する為に、普段とは違うそれはそれは悍ましい声で咆哮を上げる。因みにアトラク=ナクアの普段の声は阿武隈の声に近いものがあり、アトラク=ナクアはこの様な状況の場合、可能な限り緊張感に欠ける普段の声を出さない様、細心の注意を払っていたりする……

 

「ふむ……、地下に棲む大蜘蛛……、まさかこいつ……、旧支配者のアトラク=ナクアか……?」

 

そんなアトラク=ナクアを目にした空は、落ち着き払った様子で少し考える様な素振りをした後、見事目の前にいる巨大な蜘蛛の正体を当ててみせ、それを聞いたアトラク=ナクア自身を内心動揺させるのであった……

 

因みに空が何故アトラク=ナクアの事を知っていたのかについてだが、それは空が生前戦治郎の家に住み込んでいた時、クトゥルフ神話に関して造詣が深い翔が長門屋に就職するよりも前に、戦治郎が偶々買って来たアダルトゲームの中に同名の作品があり、タイトルの由来が気になって調べた為である

 

(こいつ……、何で小生の姿を見ても、動揺のどの字も無い様に落ち着いてるですっ!?どんだけ肝が据わってるですっ?!)

 

そんな空の様子を見たアトラク=ナクアは、内心でそう呟きながら更に動揺を加速させ、遂には混乱状態に陥ってしまう……

 

正直なところ空達長門屋の面々は、桂島突入前にダゴンとハイドラの本来の姿を目撃し、普段からディープ・ワンやゾアの戦闘形態などで神話生物を見慣れている為、でっかい蜘蛛であるアトラク=ナクアは、そこまで恐ろしい姿をしているとは思えなくなるほど、感覚が麻痺してしまっているのである……。これに関しては、本当に相手が悪かったとしか言えないのである……

 

こうしてアトラク=ナクアが混乱している中……

 

「……これは丁度いい機会かもしれんな……」

 

空はそう呟くと、懐から強化パワードスーツのプロトタイプが格納されたブレスレットを取り出し、我に返ったアトラク=ナクアが怪訝そうな表情を浮かべながらその様子を見ていると、空はそれを自身の右腕に装着し……

 

「アトラク=ナクア、悪いがこいつのテストに付き合ってもらうぞ……」

 

空はアトラク=ナクアに向かってそう言い放つと、自身の胸の前で指を噛み合わせる様にして両手を合わせ、右手の甲を下に向けながら両足を肩幅くらいに開いて構え……

 

「龍神……」

 

そう呟きながら、右手の甲を上に向けながら、ゆっくりと両腕を伸ばしていき……

 

「降臨……っ!」

 

この声と共に今まで合わせていた両手を、龍の頭部を模したブレスレットのデザインも相まってか、まるで龍が口が開く様子を彷彿させるかの様に開く。するとどうだ、その直後にブレスレットから銀色に輝く帯の様な物が複数飛び出し、空の身体に巻き付き始めるではないかっ!こうして輝く帯が空の身体を覆い尽くし、帯の輝きが消えた時、そこには空の姿はなく、まるで銀色の戦隊ヒーローの様な姿をした何かが、空が立っていた場所に立っていたのであった……

 

「愛の力にて……」

 

突然の出来事にアトラク=ナクアが呆然とする中、突如この銀色ヒーローはこの様な事を呟きながら、ゆっくりとした動作でアトラク=ナクアを右人差し指で指差し……

 

「我が前に立ち塞がるその全てを打ち砕くっ!!」

 

その後、謎の銀色ヒーローはそう言いながら右手で拳を握り、それと同時に右手の甲をアトラク=ナクアの方へ向けながら肘を曲げて拳を掲げ……

 

「鋼鉄の龍神っ!クロム・ドラゴンッ!!見参っ!!!」

 

名乗りを上げながら掲げた拳を右方向へと振るい、クロム・ドラゴンを名乗るそれはポーズを取るのであった……

 

そう、これが空が変身する白銀のヒーロー、クロム・ドラゴンの誕生の瞬間であると同時に、旧支配者アトラク=ナクアの地獄の日々の始まりなのであった……



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地下迷宮で捕まえて♪ 後編

クロム鋼を連想させる様な眩い輝きを放つプロテクターの様な追加装甲が、胸部や両腕両脚に取り付けられた全身タイツの様なスーツを身に纏い、恐らく追加装甲と同じ材質で出来ていると思われる、龍の頭部を模した大量のセンサーが内蔵され、ガスマスク機能が付いたフルフェイスヘルメットを装着した空は、突然の出来事に驚き立ち竦むアトラク=ナクアの姿を真っ直ぐ見据え……

 

(ふむ、ポーズも口上も完璧だな……)

 

フルフェイスヘルメットの下で、表情筋が死んでいるのではないかと思われるほど無表情なその顔に、ご満悦と言った様子の表情を浮かべた気分になりながら、内心でこの様な事を呟くのであった

 

そう、ここ最近まで目立った活動をしていなかったが、彼もまた戦治郎や光太郎同様、特撮番組をこよなく愛する集団、長門屋特撮同好会のメンバーであり、光太郎がシャイニング・セイヴァーに変身出来る様になった事を、心底羨んだ人物の1人なのである。故にサラからブレスレットとこのスーツの基礎となったパワードスーツを受け取った時は、表情や態度にこそ出さなかったものの、内心では自身の弱点の克服に繋がりそうな代物を手にした事と、自分が変身ヒーローになれる可能性が出来た事を大いに喜んでいたのであった

 

因みに今空が装着しているブレスレットだが、如何やら戦治郎が持っている腰部格納ボックスと同じ仕組みを持っている様で、その事に気付いた空はパワードスーツの改造と並行し、戦艦や空母クラスの艦娘の艤装が格納出来るレベルまで格納容量を増やし、それを艦娘が装着し使用する事で、何処ででも好きなタイミングで艤装を装着出来る様にしたブレスレットの研究開発と、量産計画を独自に進めていたりする……

 

さて、そんな幸せ全開の空と対峙している、旧支配者のアトラク=ナクアの方はどうしているかと言うと……

 

(もう訳が分からないですっ!こいつ本当に一体何なんですっ?!突然何か始めたかと思うと、次の瞬間には姿が変わっていて……、ああもうっ!!頭がおかしくなりそうですっ!!!)

 

内心でそう叫びながら、益々混乱を深めていたのであった……。まあ彼が混乱するもの無理はない……、目の前の男は部下である灰色の織り手達を蹴散らしながらここまで辿り着き、自分を前にするなり突如テストだ何だと言い出したかと思えば、刹那の間に銀色のスーツを身に纏い、よく分からない事を叫び出ながらポーズを決め出したのである……。そんなものが何の前触れも無く突然目の前に現れれば、誰だって、旧支配者だって混乱してしまう事だろう……

 

こうして双方が対峙し、微動だにせずに内心で呟いたり叫んだりしている間にも、時間は静かにゆっくりと流れていき……

 

「いくぞアトラク=ナクアッ!!」

 

空の鋭い声が沈黙を破った瞬間、状況が忙しなく動き始めるのであった……

 

アトラク=ナクアに向かって空がそう叫んだ瞬間、空は信じられない程の速度でアトラク=ナクアとの距離を詰め始め、空の声を切っ掛けに我に返ったアトラク=ナクアは、即座にそれに反応して跳躍、天井に張り付いて空が凄まじい風切り音を発しながら突き出した拳を回避した直後、地下空間の各所に散っている灰色の織り手達に、自分の元に集まる様にと言った内容のテレパシーを送る。するとアトラク=ナクアの周囲、天井から、壁から、そして地面から突如大量の灰色の織り手達が出現し、自分の戦力が集まった事を確認したアトラク=ナクアは、お返しとばかりに灰色の織り手達に空に攻撃する様指示を出し、それを受けた灰色の織り手達は一斉に空に襲い掛かり始める……

 

だが……

 

「【アル・ブラスター】!!!」

 

空は襲い来る群れに向かって突撃を開始し、普段は口にしない繰り出す技名を珍しく口走りながら、金色に輝き始めた右腕を勢いよく突き出して【アル・ブラスター】を放ち、密集して襲い掛かって来る灰色の織り手達に向かって次々と飛んで行く光球達は、それはもう豪快に、灰色の織り手達を次々と吹き飛ばし、あっと言う間に蹴散らしてしまうのであった

 

因みに【アル・ブラスター】の直撃を受けた蜘蛛は、ひっくり返ってビクビクと痙攣し、とても再攻撃に参加出来ない状態になっていた。何故なら彼等の外殻は非常に強固なのだが、反面中身の方はそれはそれは柔らかく、装甲などを貫通して相手の体内に浸透し、内部から破壊を行う空の龍気とは劇的に相性が悪いのである……。そう、彼等が今痙攣しているのは、【アル・ブラスター】によって注入された龍気によって、プニプニな中身を、現在進行形でズタズタにされているからなのである……

 

こうして空は灰色の織り手達を蹂躙し、彼等が襲い掛かって来なくなった事を確認したところで、彼等を嗾けて来たアトラク=ナクアの方へと視線を向けるのだが、その直後、アトラク=ナクアは空を拘束せんとばかりに口からそれはそれは太い糸を吐き出す

 

それに即座に反応した空は、アトラク=ナクアが吐き出した糸を真上に跳躍して回避するのだが……

 

(かかったですっ!)

 

「……っ!?」

 

如何やら口から吐き出した糸は囮だったらしく、空が跳躍して糸を回避したところを目にしたアトラク=ナクアは、内心でほくそ笑みながらそう呟き、直後に今度は腹の先端部分から先程口から吐いた糸よりも一回りも二回りも太い糸を発射し、それに反応し損ねた空の身体を見事拘束する事に成功……、したのだが……

 

「ぬんっ!!!」

 

なんと空は気合いの声を発しながら、クトゥルフクラスの旧支配者でも引き千切る事が困難なアトラク=ナクアの糸を、途轍もなく豪快に引き千切って見せ、それをまざまざと見せつけられたアトラク=ナクアを激しく動揺させるのであった

 

これによって僅かな間だが、アトラク=ナクアは思わず硬直してしまい、それを好機と見た空は……

 

「【ディフレクトランス】!!!」

 

その叫びと共に背後に出現した光の壁を蹴り、その勢いに乗ったままアトラク=ナクアの顔目掛けて光輝く飛び蹴りを放つが、それは空の狙いである顔の中央からややズレた位置、アトラク=ナクアの口付近に生えた鋭い牙状の顎に直撃し、アトラク=ナクアのその凶悪な形をした顎を粉々に粉砕してしまうと同時に、彼を天井から強引に引き剝がし、驚くべき程の勢いで背中から地面に激突させるのであった

 

これにはアトラク=ナクアも、ボロボロになった顎と軽く地面を揺らす程の勢いで地面に叩きつけられた背中から伝わる激痛を我慢出来なかったのか、痛みを誤魔化す為にそれはそれは甲高い悲鳴を上げて、地面に転がった姿勢のまま仰け反って見せるのであった

 

「これだけで終わると思うなよっ!」

 

そんなアトラク=ナクアに向かって、空は叫ぶ様にしてこの様な言葉をぶつけると同時に、自身が体得しているヒーロー技を次々と叩き込んでいく。回し蹴りの要領で【シャイニングキック】を先程破壊した顎目掛けて放った後、その回転を利用して放った【スパークリングロール】を更に顎に叩き込み、それを打ち終えた姿勢から今度は上半身の捻りを加えながら【フラッシュスクリュー】を繰り出して更に更に顎に突き立てる。そして後方宙返りで顎を蹴りつけながら後方に下がって間合いを開け、トドメとばかりに助走をつけながら【ブライトナックル】をアトラク=ナクアの顎にお見舞いし、アトラク=ナクアをぶっ飛ばしてみせるのであった

 

尚、空が執拗なまでにアトラク=ナクアの破壊された顎を狙ったのは、アトラク=ナクアがクトゥルフと同じ旧支配者であり、油断ならない相手であろうと判断し、有効打を効果的に与えるには弱点狙いに徹した方がいいだろうと思ったからである

 

因みに、空が珍しく繰り出す技名を口にしているのは、ヒーローは技を放つ際技名を叫んでナンボ、例えそれが原因で相手に攻撃を防がれたとしても、ロマンの前にはそんな事等些細な事であると考えているからである

 

さて、そんな空のヒーロー技ラッシュを受けたアトラク=ナクアは、攻撃され過ぎて顎の痛覚がイカレたおかげで、脳震盪から復帰すると冷静に思考を巡らせて……

 

「っ!?逃がすかっ!!」

 

空から逃げる事を決定し、空に尻を向けて一目散に走り出し、アトラク=ナクアが逃げ始めた事に気付いた空は、そう叫びアトラク=ナクアの後を追おうとするのだが、ここでブレスレットから突如ブザー音が鳴り出すのであった

 

このブザー音はプロトタイプスーツの活動限界時間を知らせるもので、これが鳴った後もスーツを着用して戦闘を続行しようものなら、スーツのパワーアシスト機能とヘルメット内のセンサー群がオーバーヒートを起こし、その熱によってスーツが暴走し着用者である空が危険な状態に陥る恐れがあったりする……

 

その為、ブザーが鳴った事に気付いた空は、舌打ちをしながらその場に立ち止まって変身を解除し……

 

「先ずは活動時間の延長を図らねばな……」

 

自身から離れていくアトラク=ナクアの背中を見送りながらそう呟いた後、この事を長門屋の面々に報告する為に帰還しようと、踵を返して来た道を戻っていくのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、空から逃亡を図ったアトラク=ナクアだが……

 

(とんでもない奴がいたもんですっ!!まさか小生をここまで追い詰める人間がいるなんて、予想外もいいところですっ!!!)

 

空が帰還し始めた事等露知らず、今も尚、空が自身の後を追って来ていると思い込んでいるアトラク=ナクアは、激しく混乱しながらも空から逃れようと必死になって地下空間を全力ダッシュしていた……

 

まあアトラク=ナクアが動揺するのも無理も無い、相手は旧支配者の中でも比較的武闘派な、クトゥルフを相手に互角に渡り合える様なトンデモ人間、仕事中毒で仕事に集中する為に外の情報を遮断していた関係で、外の情報にとことん疎いアトラク=ナクアはこの事を、クトゥルフが統治するルルイエが人間と同盟を組んでいる事などを全く知らなかったのである……

 

そんなアトラク=ナクアが、逃げながら空の足止めをする方法を考えていると、視界にあるものが映り込む……。以前地下通路内にクトーニアン達が侵入してしまわない様に、地中での交通整理を担当する事となった灰色の織り手達が移動の際に偶々掘り当て、巣を作る予定の場所をめちゃくちゃにしたあるものが噴き出す穴を塞ぐ、自分達が吐き出す糸で出来た蓋を……

 

その存在に気が付いたアトラク=ナクアは、邪悪な笑みを浮かべながら蓋付きの穴を1度通り過ぎた後、すぐさま振り返って灰色の織り手達を集めて指示を飛ばし、自分達と穴との間に自身の脚が1本通るくらいの穴が開いた堅牢な土の壁を作らせ、それが完了すると壁の穴に自分の脚を通し、蓋付き穴に脚が届いた事を確認すると、灰色の織り手達に壁の穴と自身の脚の間にある隙間を埋める様にと再び指示を飛ばす。そしてその作業が完了すると、アトラク=ナクアは脚の先にある鋭い爪で糸製の蓋をバッサリと切り裂いて蓋を開封するのであった……

 

するとどうだ、件の穴からは凄まじい勢いで石油が溢れ出し、それは瞬く間の内にアトラク=ナクア達が先程までいた地下空間を真っ黒に染め上げていくのであった……

 

 

 

 

 

「……む?」

 

地上に戻ろうと地下空間内をライトニングⅡで飛んでいた空は、後方から粘性の高い液体が勢いよく流れる様な音を耳にすると、思わずライトニングⅡを止め、後方へ視線を向けると、そこには地下空間の全てを満たさんとばかりに、尋常でなはい速度でこちらへ向かって流れて来る黒い液体があり……

 

「むぉっ!?」

 

それに気付いた空がこの漆黒の濁流から逃れようと、ライトニングⅡを急発進させようとするのだが、如何やら気付くのが少し遅かった様で、空とライトニングⅡは石油の津波に飲み込まれ、空達を取り込んだ石油はそのまま地下空間を突き進み、遂には空が此処に来る際空けた穴から、間欠泉の様にそれはそれは勢いよく噴き出すのであった……

 

尚、この時食堂に姿を現さなかった空を探していたシゲと護の2人が、耕作地及び牧場建設予定地付近で空が掘った穴を発見し、空の捜索の為に中に入るかどうかを穴の傍で相談していた様で、空が石油と共に穴から飛び出し、噴き出す石油の上で無表情のまま胡座をかいて思考を巡らせる姿を目の当たりにするなり、2人は唾液と鼻水を豪快に噴出しながら、腹を抱えて大爆笑するのであった……

 

因みにこの後、空は長門屋の面々に地下であった事を話すのだが、如何やら翔の除く他の面々は石油の方にばかり意識がいき、空の話を碌に聞いていなかったのだとか……

 

又、長門屋の面々は空が石油を発掘したと認識し、幾ら空がそれを否定しても耳を貸そうとはしなかったのだとか……。まあ、これについては空には前科が幾つもある為、仕方ないと言えば仕方ない事なのだが……

 

こうして石油の油脈が見つかった事で、珍しく雨が降らなかった為行われる事となった今日の鎮守府建築の作業予定は、大幅な変更が行われる事となり、その日の作業は石油コンビナートの建築となり、そこで採掘された石油は製油して艦娘達の燃料となったり、長門屋鎮守府の貴重な資金源の1つとなるのであった



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地下迷宮で捕まえて♪ 地獄編

地下空間でのアトラク=ナクアとの戦いを終え、彼等が掘り当てた石油と共に長門屋鎮守府建設予定地に帰還した空は、数日と言う時間をかけてこの戦いで浮き彫りとなってしまったプロトタイプクロム・ドラゴンスーツの改良に、熱を入れる様になるのであった

 

先ず空が最初に着手したのは、アトラク=ナクアを取り逃がした最大の原因と思われるスーツの稼働時間の延長であった

 

方法としてはスーツの胸部や両手脚に取り付けた追加装甲の内部にスーツの冷却システムを搭載、更に冷却システムが相手からの攻撃で簡単に破壊されない様に、装甲を厚くした上で冷却システムと装甲の間に緩衝材と断熱材としてクッション状のバンシー繊維を入れるのであった。これにより胸部装甲は大型化、見た目がバイク用のプロテクターの様なものから、大き目のブレストアーマーの様なものに、両手脚の追加装甲もプレートを張り付けただけの様なものから、立派なガントレットとグリーブ状のものに変化するのであった

 

又、装甲の大型化によって装甲の重量が増えた関係で低下した機動力は、胸部追加装甲の後部、肩の辺りに西洋の竜の翼の様に伸ばしたパーツに組み込まれた片側4基ずつ、合計8基の小型ブースターで補う事にした様である

 

これによりクロム・ドラゴンのシルエットは、何処ぞの天才科学者が変身する仮面ライダーの相棒である、龍の様な仮面ライダーの極熱筋肉ヴァージョンの様なものになっていたりする……

 

因みにこの時、空は追加装甲の耐久性を底上げしようと考え、何かいい素材はないかと思考を巡らせていたところで、重機の代わりに建築作業を手伝っていた大五郎の姿を見かけ、それを切っ掛けに大五郎が横須賀の乱の際、能力によって生み出した奇妙な結晶を盾に使っていたと戦治郎が言っていた事を思い出し、翔と交渉して大五郎の大好物であるキングサーモンを5匹とドラム缶1本分の蜂蜜を購入すると、それで大五郎を釣って能力を使用させ、この結晶が装甲強化使えるかどうかを調べ始めるのであった

 

それにより、大五郎の能力がデュラハライト粒子の体内生成と、デュラハライト粒子を自在に操るものである事が判明し、もしこの結晶を追加装甲の強化に組み込めば、自身の全身が戦治郎の顔の様になってしまうだろうと思った空は、デュラハライト結晶と名付けたそれを、スーツの追加装甲に組み込む事を断念するのであった……

 

尚、ディラハライト結晶を調べている中で、デュラハライト粒子とオベロニウム鋼を混ぜ合わせると凄まじい核分裂が発生する事が判明し、この事実を知った妖精さん達の手によって、後に戦治郎不在の大黒丸の切り札となる『レッドキャップ反応弾』と言う、対深海棲艦用核弾頭が生み出される事となるのであった

 

因みにこのレッドキャップ反応弾、周囲に放射線を撒き散らす様な事はしないのだが、如何せん爆発が起こった際の衝撃と発生する熱が尋常ではない為、艦娘の艤装に組み込むべきではないと判断されていたりする……

 

一応言っておくと、この実験によって核爆発が発生し、工廠が木っ端微塵に吹き飛び、工廠の建て直しによるストレスで輝の胃にダメージを与えると言った事態は発生しなかった為、そこだけは安心して頂きたい

 

続いて空が強化しようとしたのは、スーツ装着時の攻撃力の強化であった

 

一応クロム・ドラゴンスーツを装着した状態でも、ライトニングⅡとテキサスを装備出来る様にはなっているのだが、場所によってはそれらが使えない様な状況もある事を想定した結果、空はスーツに杭打機以外の武装を取り付ける事にしたのである

 

とは言ったものの、格闘中心の戦闘スタイルである自分用の武器となると、どうしても武器の種類が限られてしまう……

 

その問題をどうやって解決するかについて、空は思案しながら平成仮面ライダーシリーズのDVDを見ていると、不意にアイディアを思いつくのであった。そんな彼が見ていたのは、左右でカラーリングが違う2人で1人のあのライダーであった……

 

その作品から着想を得た空は、早速その武器……、いや、厳密にはデバイスと言うべきか……、それの開発を開始しすぐにプロトタイプを完成させるのであった

 

さて、こうして空が工廠でクロム・ドラゴンスーツの強化を行っていると、突然通信機から着信音が鳴り響き、空がそれに反応して応答したところ、剛から緊急で皆に集まって欲しいと言われた為、空は妖精さん達に作業の続きをお願いすると、作業を中断して急いで指定された場所へと向かうのであった

 

 

 

 

 

「ついさっきの事なんだけど、鹿島市市長経由で嬉野市市長から至急力を貸して欲しいってお願いが来たの」

 

空達全員が集まった事を確認した剛が開口一番この様な事を言うと、それを聞いた長門屋鎮守府(仮)のメンバーは一体何事かと騒めき出すのであった

 

その要請を受けた剛が言うには、如何やら嬉野市で行われていた下水道の点検作業中、作業員が下水道の壁に空いた大穴を発見、この大穴が空いた原因を探るべく数人の作業員が穴の中に入りしばらく経過したところで、穴に入った作業員達がその顔に恐怖の表情を張りつけながら、大慌てしながら出て来ると、譫言の様にデカイ蜘蛛がいたと言っていたのだとか……

 

「それ、何処の地球防衛軍ッスかね?」

 

「ああ~……、あのステージクリアした後は、皆で味方撃ち合うアレか……。確かに穴ん中で蟻や蜘蛛とやり合ったな……、ってそうじゃねぇや、そう言う話は先ず、陸軍に要請するもんじゃねぇんです?何で海軍のウチに依頼が来るんです?」

 

剛の話を聞いた護がこの様な事を言うと、それに反応したシゲがこの様な事を述べた後、己の中に浮かんだ疑問を剛にぶつけるのであった

 

「アタシもそこが気になって、弓取ちゃんに確認取ったんだけど~……、如何やら最初は陸軍に出撃要請したみたいなんだけど、その蜘蛛達には陸軍の武器が通用しなかったみたいなのよね~……。その関係でその蜘蛛達は深海棲艦の亜種ではないかって思われて、こっちにお鉢が回って来たみたいなのよ~……」

 

「まさかそんな個体がいるとは……、流石にこれは予想外ですね……」

 

シゲの疑問に対して剛はこの様に答え、それを聞いた通が神妙な顔でそう呟いたところで……

 

「あのぉ……、それってこの間空さんが言っていた、アトラク=ナクアの事なんじゃ……?」

 

「空は先日アトラク=ナクアと交戦したと言っていたが……、恐らくそのアトラク=ナクアが逃げた先が、その嬉野市の地下だったのかもしれないのだ……」

 

\えっ?/

 

翔が恐る恐ると言った様子で挙手しながらそう言い、ゾアがそれに続く様に前肢で腕組みしながらそう発言すると、それを聞いた面々は間抜け面を晒しながら気の抜けた声を出し、その反応を見た空、翔、ゾアの2人と1柱は呆れた様に溜息を吐くのであった……

 

その後、空が改めて地下でアトラク=ナクアと交戦した事を話し、この件はアトラク=ナクアを取り逃がした自分に責任があると言う事で、空が単独でこの問題を解決すると言い出し、話し合いの末、空が単独でアトラク=ナクアの下へ向かい、そんな空を鎮守府建設予定地から翔の魔法でサポートする事が決定するのであった

 

本来なら翔とゾア、そしてクトゥグアの力の一部をその身に宿したシゲも連れて行けば、アトラク=ナクアの討伐成功率は格段に上がるのだが、アトラク=ナクアが先日の報復として鎮守府建設予定地に眷属を送り込んで来る可能性も考慮した結果、翔とゾアとシゲは鎮守府建設予定地に残って眷属達の襲撃に備える事となり、問題のアトラク=ナクアの討伐は、アトラク=ナクアを逃走を図る程までに追い詰めた空が担当する事となったのである

 

こうして話が纏まった後、空は転生個体である事を隠す為に変装すると、直ちに現場に向かい関係者に接触すると、自分が穴の中に入った後、すぐにこの穴を埋める様にと関係者達に指示を出し、空が穴の中に入って行った事を確認した作業者達は、やや困惑しながらも空の指示通り下水道に空いた大穴を、コンクリートで埋めてしまうのであった

 

(翔、聞こえるか?)

 

『はい、テレパシーの感度は良好です』

 

穴が塞がれた事を確認したところで、空は変装を解いて翔が予めかけてくれたテレパシーの魔法を使って翔と通信出来る事を確認し、翔の返答を聞いた後は、魔法によってアトラク=ナクアの位置を突き止めた翔の指示に従って、アトラク=ナクアがいるであろう方角へと歩みを進め始めるのであった

 

何故この様な魔法を使う事になったのかと言えば、いくら高性能な通信機であったとしても、流石に地下にいる人間と地上にいる人間とで通信するのは無理だと言う事で、地下にいる空との通信は、翔のテレパシーの魔法に頼る事となったのである

 

又、翔はテレパシーの魔法だけでなく、空がいる場所の上に何があるかを把握出来る様になる魔法も空にかけている。これは緊急時、空の【技】を使って天井を貫いて真上に向かって逃げる際、地上に【技】に巻き込まれる恐れがある建物が無いかを確認する為である

 

そんな感じで準備万端な空が地下空間の中を移動していると、恐らくアトラク=ナクアの指示で設置されたと思われる幾多もの罠や、彼の眷属である灰色の織り手達が空に襲い掛かるのだが、空は翔のサポートもあったおかげで、時には翔の指示通りに罠や待ち伏せする眷属達を回避したり、時には殴って罠や眷属達を破壊したりしながら、難なく罠と眷属の群れを突破して行くのであった

 

そんな罠の中に、先日空を強引に地上に戻した流水トラップ……、あの時は石油だったが、今回は温泉の湯脈から引っ張って来たお湯を使った流水トラップがあったのだが、その存在に気付いた翔からの警告を聞くなり空はある事を思い付き、地上に何も無い事を確認すると、天井に向かって【真・アルフェニックス】を繰り出して大穴を空けて湯の逃げ道を作り、それによって地上に飛び出した空は壁の一部が硝子となった穴を通って地下に戻ると、流水トラップの蓋に少々仕掛けを施し、アトラク=ナクアの居場所までの進行経路を確保しつつ、自分に被害が及ばない様に準備を整えると、仕掛けを発動し流水トラップ用の蓋を破壊、これにより流水は空の思惑通りに地上に噴き出し、この流水は後に輝の手が加わり、長門屋鎮守府の収入源の1つとなる一般向けの温泉施設『自由の湯』となるのであった……

 

そうして数々の罠を掻い潜りながら空が歩みを進めていると、遂にターゲットであるアトラク=ナクアがいると言う広い空間に辿り着き、その空間の中央では空に攻撃された時の傷が癒えていないのか、痛々しい姿をしたアトラク=ナクアが、せっせと巣作りを行っていたのであった……




嬉野市には嬉野温泉があり、恐らく今回の流水トラップは、その湯脈のお湯が使われたんだと思います


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地下迷宮で捕まえて♪ 連獄編

嬉野市の地下に広がる空間で、幾多の罠を掻い潜って来た空が、巣作りをするアトラク=ナクアを発見した訳なのだが……

 

(この間は本当に酷い目に遭ったです……、まさか故郷を捨てた先でも人間に襲われるなんて、予想外も甚だしいです……。あぁ……、何時になったら小生達に平穏が訪れるです……?)

 

当のアトラク=ナクアは内心でこの様な事を呟きながら、巣作りの手を休める事無くこの日本にやって来た経緯を思い出すのであった……

 

さてこのアトラク=ナクア、元々はツァトゥグァ達と共にグリーンランドの地下で、ツァトゥグァの策で予め準備しておいた嘘の伝承を信じ、地下空間には立ち入らない様にしていたグリーンランドの人々に干渉しない様に注意しながら、それはそれは平穏な毎日を過ごしていたのである

 

しかし、その平穏はある者達の侵略行為によって、音を立てて崩れ去ってしまうのであった……。そう、現在グリーンランドに本拠地を構えるアビス・コンダクターである……

 

シスター・エリカ率いるアビス・コンダクターが、駆率いる変態軍団を取り込んだ後、大所帯になった事を機会に何処かに本拠地を構えるのはどうだろうか?と言うアルバートの提案で本拠地を構える事となり、多少クトゥルフ神話を嗜んでいた駆からグリーンランドの方に邪神が眠っている可能性があると聞いたエリカは、グリーンランドに本拠地を構える事を決定し、グリーンランドに向かうと国民全てを邪教徒認定して皆殺しにしてグリーンランドを制圧してしまったのである……

 

その後、エリカ達はツァトゥグァが作った嘘の伝承が記された石碑を目にすると、この場所に邪神がいる事を確信し、邪神達とコンタクトを取る為に、大量の兵を引き連れて地下空間に足を踏み入り、地上で起こった出来事について話し合うツァトゥグァとアトラク=ナクアと遭遇すると、エリカは2柱の姿を見るなり感涙してその場に崩れ落ち、アルバートは禍々しい姿をした2柱に鋭い視線を向けて警戒し、駆は途轍もなく怯えた様子でアルバートの影に隠れ、恐る恐ると言った様子で2柱の様子を窺うのであった……

 

それからしばらくしてようやく落ち着いたエリカが、エリカ達を訝しむ様に見つめる2柱に挨拶を交わし、是非とも2柱を崇拝させて欲しいと申し出るのだが、2柱はそれを即座に拒否するのであった……

 

先ずアトラク=ナクアだが、彼は普段から兎に角誰にも邪魔されずに、静かに巣作りをしたいと考えている為、地上でドンパチして自分の集中力を切らせる形で作業の邪魔をしたエリカ達に怒りを覚えており、エリカの申し出を耳にするなり心底嫌そうな表情を浮かべながら、その申し出を断ったのである

 

次にツァトゥグァだが、彼は自分の信者に対しては手厚く加護する、比較的温厚な旧支配者なのだが、如何せん彼は痴呆や病気などとは非常に縁が遠いものの、玄孫がいる程の老体で若かりし頃の様に機敏に動けなくなっており、いい加減そろそろ引退して隠居して静かな老後を過ごしたいと考えており、旧支配者として長い時を経た事で蓄積された経験や知識から来る勘により、彼女達と関わると碌な事にならないと察した為、彼女達の申し出を断ったのである……

 

こうして2柱から拒絶されたエリカは、まるでこの世界に絶望したかの様な表情を浮かべ、俯きながら再びその場に崩れ落ちてしまうのだが、ほんの僅かに間を空けた後、不気味な笑い声を上げながら立ち上がり……

 

「そうだったのですね……、貴方方……、いえ……、お前達は、我らの神聖なる神の名を騙る真っ赤な偽物……、邪神だったのですね……っ!その様な輩を見過ごす訳にはいきません……っ!!今日この場所でっ!!!神の名の下にっ!!!!お前達を滅ぼしますっ!!!!!」

 

狂気染みた不気味な笑みを浮かべながら、腰に下げていた儀礼用の剣を鞘から引き抜き、その切っ先をアトラク=ナクア達に向けながらそう叫ぶと、彼女の後方に控えていた狂信者達が一斉に攻撃を開始し、彼女達の攻撃を受けたアトラク=ナクア達は、すかさず自分達の眷属達をこの場に呼び集めると、彼女達をこの地下空間から追い出す為に応戦し始め、その日は何とか彼女達をこの場から退ける事に成功するのであった……

 

だがしかし、邪神討伐に狂うアビス・コンダクターは、毎日の様にアトラク=ナクアとツァトゥグァの連合軍に襲い掛かり、連合軍は日を追うごとに徐々に徐々に追い詰められていくのであった……。その原因は、駆の能力である『ネクロマンシー』にあった……

 

連合軍との戦闘の中、駆と変態軍団は自軍の戦死者と連合軍の戦死者の死体をかき集め、駆の能力で作り出した死霊兵達も自軍の戦列に加える事で、日に日にその戦力を拡大させたのである……

 

これにより歳のせいで思う様に動けないツァトゥグァと、若く力はあるものの戦いに不慣れなアトラク=ナクアは、日が経つに連れて強大になっていくアビス・コンダクターに追い詰められていき、遂には家族や眷属達を連れてこの地下空間を放棄する事を決定し、追手を分断する事を目的に、家族が多いツァトゥグァは距離的に近いロシア方面から、追手を多めに引き受ける事にしたアトラク=ナクアは、追手を疲弊させる意味も込めて南からグルっと地球を1周してから、噂で非常に快適に過ごせると言われている日本に向かい、そこで落ち合う約束を交わして行動を開始したのであった……

 

その後何とか無事にグリーンランドを脱出した2柱は、日本で合流し互いに喜びを分かち合った後、それぞれ気に入った土地に拠点を構え、平穏な暮らしを営んでいたのであった。だが、アトラク=ナクアの方の平穏は、つい先日の出来事によって見事に崩壊してしまったのである……

 

「見つけたぞ、アトラク=ナクア……ッ!」

 

そんな彼の平穏をブチ壊しにした張本人である空が、アトラク=ナクアに向かってそう叫んだところ、アトラク=ナクアはビクリと身体を震わせた後、作業の手を止めて恐る恐ると言った様子で声が聞こえた方へと視線を向け……

 

(ぎにゃあああぁぁぁーーーっ!!!出たですうううぅぅぅーーーっ!!!)

 

「以前は取り逃がしてしまったが……、今回はそうはいかんぞ……っ!龍神……、降臨……っ!!」

 

声の主である空の存在を視認すると思わず内心でそう叫び、アトラク=ナクアが自分に恐怖している事を知らない空は、そう言うと以前と同じ様な構えを取り、クロム・ドラゴンに変身しアトラク=ナクアと対峙するのであった……

 

「俺達の平穏な暮らしの為に、ここで討ち取らせてもらうぞっ!!!」

 

それから大して間も空けずに、空はそう叫びながら翼状のバーニアを吹かしながらアトラク=ナクアに突撃し、拳を浴びせようとするのだが……

 

(うひいいいぃぃぃーーーっ!?こっち来んなですうううぅぅぅーーーっ!!!)

 

アトラク=ナクアは心の中で号泣しながらそう叫び、バックステップで空の拳を躱すなり、空にしこたま殴られた事で変形してしまった口から、糸で捕らえた獲物に注入して相手を弱らせる毒液や、獲物の身体をドロドロに溶かす消化液を、弾丸の様に吐き出して応戦するのであった

 

それを見た空は、すかさずバーニアの向きを変えて毒液を回避すると……

 

「やはり毒液を吐くか……、まあお前が蜘蛛である以上、そう言う攻撃もしてくるだろうと予想はしていたさ……」

 

蜘蛛の食事方法について知っていた空は、そう言いながら腕に取り付けたブレスレットを掲げ、その中に格納していた此処に来る前に妖精さん達が仕上げてくれていたあるデバイスを出現させ、それを手に取ると腰のベルトのバックル部分に取り付けるのであった

 

アトラク=ナクアがそんな空を警戒しながらしっかり見据えていると、空は徐にブレスレットからUSBメモリーの様な物を抜き出し、それを先程腰に取り付けたデバイスにあるスロットに上から差し込んだ。すると……

 

≪クロム!≫

 

デバイスから突如合成音声の様な女性の声が鳴り、それにアトラク=ナクアが思わず驚いていると、空は今度は右脚のふくらはぎ辺りから先程と似たUSBメモリーの様な物を抜き出し同じ様にデバイスに、先程のメモリーと隣り合う様に差し込む……

 

≪ニッケル!≫

 

直後にデバイスからはこの様な音声が鳴り、アトラク=ナクアが訝しみながらその様子を見ていると、空は腰のベルトから真っ赤なシリンダーを取り出し、それをデバイスの右側部に空いた穴に勢いよく差し込んで見せるのであった

 

≪アイアン!クロム!ニッケル!シンタリング……スタートッ!!≫

 

その直後、デバイスからこの様な音声が鳴るなり、空の身体が赤熱した様に真っ赤になっていき、突然の出来事にアトラク=ナクアが動揺していると空の身体の赤熱が収まり、赤熱後の空の身体はクロム鋼の様な銀色から、ステンレス鋼の様な銀色に変わっていたのであった……

 

≪コンプリート!アロイ・ドラゴン!ステンレス!≫

 

最早理解が追い付かず呆然とするアトラク=ナクアを余所に、音声は空のフォームチェンジ完了を知らせる様に鳴り、それが鳴り終えるなり空は再びアトラク=ナクアに突撃を仕掛け、我に返ったアトラク=ナクアは急いで空に毒液を吐きかける……

 

この時アトラク=ナクアは、この毒液もどうせ避けてしまうのだろうと思っていたのだが、何と空はこの毒液を真正面から浴びてしまうのであった。これにはアトラク=ナクアも驚き、何故空が毒液を回避しなかったのかが分からず若干混乱しながらも、これなら勝てるのでは……?などと思った次の瞬間、アトラク=ナクアの左前脚に衝撃が走る……

 

何事か?そう思ったアトラク=ナクアがそちらに視線を向けたところ、そこには毒液でその身体の表面をしっとりと濡らした空が、右腕でアトラク=ナクアの左前脚を抱え込んでおり……

 

「良い事を教えてやる、鉄にクロムとニッケルを混ぜ合わせて作るステンレス鋼は、腐食に非常に強いんだ……。蜘蛛であるお前が、この様な攻撃をしてくるであろうと考えた俺は、この『アイアンシンタリンガー』によるフォームチェンジで、己を更に強化すると同時に、お前の毒液に対応する事にしたのだ……っ!」

 

空はそう言いながらアトラク=ナクアの左前脚をギリギリと締め上げ、その痛みに耐え兼ねたアトラク=ナクアはやぶれかぶれになりながら、右前脚の爪で未だに左前脚を締め付ける空を切り裂こうとするのだが、空はそれに即座に反応して見せ、その右前脚さえも掴んで抱え込み、ギチギチと外骨格が軋む程に強力に絞め上げ……

 

「ふんっ!!!!!」

 

遂には空は気合いの声と共にアトラク=ナクアの顔面に蹴りを叩き込み、その勢いと腕力の合わせ技で、アトラク=ナクアの両前脚を根元から引き千切ってしまうのであった。その直後、アトラク=ナクアは恐ろしく甲高い声で悲鳴を上げ、それを聞いた空がトドメを刺す為にライトニングⅡとテキサスを両腕に装着し、【龍神烈火拳】を放とうとしたその時である……

 

「ちょっ!ちょっちょまっちぇふぉすぃいでぃしゅっ!!!」

 

恥や外聞、旧支配者としてのプライドなど、ありとあらゆるものもかなぐり捨てたアトラク=ナクアは、先程の蹴りで更にグチャグチャになった口をモゴモゴと動かし、空に制止の声を掛けるのであった……



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地下迷宮で捕まえて♪ 天獄編

アトラク=ナクアが悲鳴の様な声で空に制止を掛けたところ、空は【龍神烈火拳】の構えこそ解かないものの、その場でピタリと動きを止めてアトラク=ナクアをじっと見つめ始め、その様子を目にしたアトラク=ナクアは、ここぞとばかりに自分達がこの日本にやって来た経緯を捲し立て、どうか自分達を見逃して欲しいと命乞いをするのであった

 

すると空は……

 

「ふむ……、遺言はそれだけか?」

 

「うしょでゃでょんでょきょでょーんっ!!???」

 

アトラク=ナクアに向かって無慈悲にそう言い放つと、己の龍気を高め、両腕に装着したライトニングⅡとテキサスにそれを流し込み、空が『五爪』と呼ぶ5本爪の龍の腕の様な形の龍気を己の腕に纏わせると、アトラク=ナクアに飛び掛からんと深く深く腰を沈め始め、それを見たアトラク=ナクアは、思わず涙を流しながらそう叫ぶ……

 

そして空が腰を沈めるのを止め、アトラク=ナクアに【龍神烈火拳】を浴びせようと、地面を蹴って間合いを詰めようとしたその刹那……

 

「やめたげてよぉっ!!?」

 

突如空の胸から翔の声を発する光の玉が飛び出し、アトラク=ナクアを打ち滅ぼそうとする空の前に立ち塞がるのであった

 

この光の玉、如何やらテレパシー魔法の魔力を利用して、空の感覚を通して空の状況を見ていた翔が、空達の間に割って入る為にテレパシーの魔法に更に魔力を込める事で、空とアトラク=ナクアの両方に自身の声を届けられる様にした結果生まれた物の様である

 

「止めるな翔、俺にはこいつが一体何を言っているのか分からなかったが、この様子からきっと命乞いをしていたのだろう……。ならばこれまで俺達がやって来た様に、戦場で命乞いをする者を一切信用せず、背後から襲い掛かって来る可能性を考慮し、自分達の安全を確保する為にその場で叩き潰す……、そうだろう?」

 

「確かにそうですけど……、でも話を聞いている限り、如何やらこの子達もこの戦争の被害者みたいですし……。折角命懸けで逃げて来た先で、今度は明確に命を狙われるって言うのは流石に可哀想過ぎると思うので、出来れば見逃してあげられませんか?」

 

「そうすると、こいつらは地下で巣を完成させ、その結果世界が終焉を迎える事となるぞ……?これに関しては、クトゥルフ神話に詳しいお前が知らない訳がなかろう?」

 

「だったら、巣を作らない事を条件に見逃すと言うのはどうです?」

 

アトラク=ナクアの命運を左右するやり取りが空と翔の間で交わされ、翔が空に向かってこの様な提案をしたその直後、アトラク=ナクアはビクリと身体を大きく震わせた後、凄まじい速度で顔面蒼白になり、声も身体もカタカタと震わせながらこう呟く……

 

「ショーシェーちゃちきゃりゃしゅじゅきゅりをちょりあげりゅときゃ……、ショーシェーちゃちにしにぇちょいうでぃしゅ……?きゅうしぇーしゅぢゃちょ思っちぇいちゃやちゅが、一番のきちきゅぢゃっちゃでぃしゅ……。しょうにゃりゅきゅりゃいにゃりゃ、しんぢゃほうがまぢゃマシでぃしゅ……」

 

先程の翔の提案……、それは食事よりも睡眠よりも、この世界の何よりも仕事を優先する程の極度のワーカーホリックであるアトラク=ナクア達からしてみれば、生き甲斐を奪う事そのものであった為、翔の提案を耳にしたアトラク=ナクアは、この様な反応を見せたのである……

 

「む、今のは少し分かったぞ、死にたいと言うなら手伝ってやろう」

 

そんな中アトラク=ナクアの呟きを聞いた空が、介錯せんとばかりに再び攻撃を繰り出そうとしたところで、遂に翔がブチ切れを起こし、空に対しては威圧の眼光を光の玉越しに浴びせ、空が動けなくなった事を確認すると、翔は死を覚悟したアトラク=ナクアの説得を開始するのであった

 

 

 

 

 

その後アトラク=ナクアが何とか落ち着き、アトラク=ナクアを始末しない事を条件に、空の拘束を解いたところで、翔と空はアトラク=ナクアは巣作りの代わりとなる作業についてしばらく話し合い、話が纏まったところで行動を開始するのだが……

 

「よし、行くか」

 

「うぅ……、ましゃきゃショーシェーが、きょにょようにゃきゃっきょうをしゃしぇりゃりぇりゅちょは……」

 

今回の件の詳細を地上で待つ作業者達に報告した後、長門屋鎮守府建設予定地に帰還する事となった空は、ひっくり返ったアトラク=ナクアの6本の脚全てを、空中で待機するライトニングⅡにアームで吊るされたテキサスのシザーアームで挟み、その身体を宙吊りにしながらライトニングⅡの上でそう呟き、それを耳にしたアトラク=ナクアは、羞恥心に駆られながらも、心底悔しそうにそう呟くのであった

 

どうしてこの様な事態になっているのかについては、順を追って説明していこうと思う

 

先ずアトラク=ナクアの巣作りの代わりとなる作業をどうするかについて話し合った結果、アトラク=ナクア達は先日長門屋鎮守府建設予定地に出来た、空の管轄下にある石油コンビナートでの作業と、地下を掘り進む力を買われて鋼材の自給の為の鉄鉱石の鉱脈探しを担当する事となったのである

 

ただ、その為にはアトラク=ナクアに長門屋鎮守府建設予定地まで来てもらう必要があるのだが、ここで少々問題が発生してしまったのである……

 

その問題とは空が地下に潜った後、嬉野市市長から市民の不安を拭い去る為に、アトラク=ナクアがいなくなった事を市民に伝える為に、始末し終えたアトラク=ナクアの死骸を持ち帰って欲しいと言う追加注文が入っていたのである

 

因みに持ち帰ったアトラク=ナクアの死骸の処理は、空達の方に一任するとの事だった

 

これが無ければアトラク=ナクアは部下達を引き連れ、地下を掘り進んで長門屋鎮守府建設予定地に向かう事が出来たのだが、報告の関係でそれが許されない状況となってしまっている為、アトラク=ナクアは部下達には地下を掘り進んで長門屋鎮守府建設予定地に向かってもらい、アトラク=ナクア自身は空の報告が終わるまでの間、地上では市の役員の目を欺く為に、死んだふりをする羽目になってしまったのであった……

 

こうして死んだふりをするアトラク=ナクアを、空が長門屋鎮守府建設予定地に連れて行く事になったのだが、その運搬方法で少々揉める事となった

 

翔とアトラク=ナクアはアトラク=ナクアの運搬の際、空の艤装にアトラク=ナクアを格納して丁重に扱って欲しいと考えていたのだが、それに対して空がそれでは役員に変な勘繰りをされる可能性があるのではないか?と言う意見を出した為である

 

その後空達が話し合いを重ねた結果、多少死んだふりをするアトラク=ナクアを雑に扱った方が、市民や役員をアトラク=ナクアが本当に死んでいると思い込ませる事が出来、警戒の目を掻い潜り易くなるだろうと言う空の意見が通り、アトラク=ナクアの運搬方法は空の提案に沿う形に、ライトニングⅡに吊るして運搬する事になるのであった

 

こうしてアトラク=ナクアの新しい仕事と運搬方法が決定し、空は地上に戻る為にアトラク=ナクアが吊るされたライトニングⅡに搭乗すると、地上に向けて【弐式活殺破邪法】を放って天井に大穴を空け、その穴を通って地上に帰還するのであった

 

尚その際、幾度となくアトラク=ナクアの身体が壁に叩きつけられたり、壁に擦り付けられていたりしていたのだが、空はその事を一切気にせず一直線に地上に向かって飛行したのだとか……

 

そうして地上に戻った空は空中で変装と艤装のカモフラージュを済ませると、嬉野市の役員達が待機していると言う場所へ向かい、この事を何処かで聞きつけてやって来た地元のテレビ局や新聞記者達がアトラク=ナクアに群がる中、内容の一部にフェイクを入れながら役員達に地下での出来事を報告すると、死骸の処理はこちらでやっておくと告げるなり、そのままライトニングⅡに乗って鎮守府建設予定地に帰還するのであった

 

そして空が建設予定地に帰還すると、恐らく自身の艤装の中で保管していたものであろう大量の塩を携えた翔とゾアが空達を出迎え、空がアトラク=ナクアの拘束を解除するや否や、翔は鼓翼を抜いて呪文の詠唱を開始する。するとどうだ、翔が準備した塩は翔の詠唱に呼応する様に次々とアトラク=ナクアの顎と両前脚があった箇所に集まり始め、それは見る見るうちに空に破壊されたはずの顎と両前脚の形になっていくのであった

 

「翔、その魔法は……?」

 

「この魔法は真・ネクロノミコンにあった、死者蘇生の魔法の応用ですね。流石にずっとボロボロのままって言うのは可愛そうだからって事で、空さん達を待っている間にゾアと一緒に即興で作ったんですよ。本当は悟さんにお願いしたかったんですけど……、悟さんは今此処にはいませんからね……」

 

「我は魔法を使うのは苦手だが、知識についてはそれなりに持っていると自負しているからなっ!その知識を最大限に活かして翔のサポートに回ったのだっ!」

 

「はぇ~……、即興で魔法を作るとかすっごいでぃしゅ……。って言うか、そこにいるのはクトゥルフさんのところのガタノトーアでぃしゅよね……?旧支配者を従えているとか、そこのそいつはとんでもない奴なんでぃしゅねぇ……」

 

先程翔が使った魔法に驚いた空が翔に魔法の事を尋ねたところ、翔は苦笑しながらこの様に答え、それにゾアが何処か自慢げに続き、復元された部位の感覚を確かめていたアトラク=ナクアは、このやり取りを聞くなり思わずこの様な言葉を口にするのであった

 

尚、アトラク=ナクアの発音に関してだが、如何やら空に顎を破壊されてから日が経った関係で変な癖がついてしまった様で、結局顎が復元された後も発音はこんな調子になってしまうのであった……

 

こうしてアトラク=ナクアに関する一連の事件は解決し、アトラク=ナクアは自身を徹底して打ちのめした空に服従する形で長門屋に加入する事となり、その正体を隠す為に空から『エイブラムス』の名前と、ポケモンのイトマルの姿を与えられ、休憩も食事もせずに仕事に没頭する事を上司である空に叱られながらも、長門屋鎮守府の敷地内にある石油コンビナートや、鋼材確保の為の地下探索、そして後にシゲ達が発見する事となるボーキサイトの鉱脈での採掘作業に、精を出す毎日を送る事となるのであった

 

因みにアトラク=ナクアは、最初は空の部下になる事を非常に嫌がり、自身が失った部位を復元してくれた翔の下で働きたいなどと言い出したのだが……

 

「申し訳ないけど食品衛生の都合で、食堂に蜘蛛はNGなんだ……」

 

「それにお主、口から毒液を吐けるのであろう?なら尚の事厨房には入れられないのだ……」

 

翔にアッサリ断られて、更にゾアに追撃されてしまうのであった……



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増援(笑)

長門屋鎮守府(仮)のメンバーに、新たに旧支配者であるアトラク=ナクアのエイブラムスとその眷属達が加わって1週間が過ぎた頃、佐賀県武雄市にあるマンションの一室では、その部屋の主である中間棲姫が、ブツクサと愚痴を零しながら部屋の掃除をしていたのであった

 

「今日はバイトが休みだったから、海賊団の連中が建築していると言う鎮守府の様子を見に行こうと思ったのに……。この天気じゃとても鹿島市まで行けそうにないわね……」

 

部屋の隅に床置きタイプの除湿剤と、忌々しいゴキブリを駆除する為の某ホイホイを設置した後、リビングの隅々に掃除機をかけていた彼女は、掃除機のパイプ部分に付いた取っ手を握るその手を止めて掃き出し窓から外の様子をチラリと伺い、空を覆う雨雲がパラパラと雨を降らせている事を確認すると、うんざりしながら深い溜息を吐き、部屋の掃除を再開するのであった……

 

先程彼女が言った様に、今日は彼女のバイト先のスナックバーが店休日であった為、彼女はこの機会を利用して長門屋鎮守府建設予定地へと赴き、リコリスに報告する為の情報を集めようとしていたのだが、天気が生憎の雨であった為、建設予定地までの移動方法が原付である彼女は、事故を起こして下手に目立って正体がバレてしまう事を恐れて予定を中止し、その代わりとしてこうして普段はあまり出来ないでいた部屋の掃除を行っているのである

 

そう言った訳で中間が部屋の掃除をしていると、不意に彼女が持つ強硬派深海棲艦が連絡を取り合う為に使用する通信機が、通信が入っている事を知らせる為の電子音を鳴らし始め、それに気付いた中間は慌てて通信機を手にすると、恐る恐ると言った様子で通信機を操作し、応答し始めるのであった……

 

何故彼女は恐る恐ると言った様子でこの通信に応答し始めたのかと言えば、中間が任務に集中出来る様にと言う事で、現在この通信機ではある人物以外とは通信出来ない様になっているからである……

 

そしてその人物と言うのが……

 

「中間棲姫、今ちょっといいかしら?」

 

「はい、全く以て大丈夫です。それでリコリス様、一体如何なさったのですか?」

 

中間が現在所属する組織、強硬派深海棲艦のトップであるリコリス棲姫であり、リコリスが中間にこの様に尋ねると、中間は通信機越しであるにも関わらず、思わず背筋を真っ直ぐに伸ばしながらこの様に返答するのであった

 

その後リコリスは用件を手短に伝えて通信を切り、通信を終えた中間は今までのうんざりした様な表情がまるで嘘だったかの様に、その顔に心から嬉しそうに、喜びの笑顔を浮かべていたのであった

 

先程のリコリスからの通信の内容を簡単に説明すると、如何やら以前から中間がリコリスにお願いしていた援軍が、1隻だけだが今日ここにやって来るとの事だった

 

因みに中間が援軍を要請した理由だが、それは単純にバイトで疲れて帰宅する自分の代わりに、家事をやってくれる者が欲しくなってしまったからである……

 

今日この日から、面倒な朝のゴミ出しや部屋の掃除、毎日の洗濯と味気ないコンビニ弁当から解放されると知った中間が、喜びの余り思わずリビングで小躍りしていると、不意に彼女の部屋の入口に設置された呼び鈴が鳴り、直感的に件のお手伝いさんが来たと感じ取った中間は、小躍りを止めて小走りになりながら玄関に向かい、1度咳払いをして気分を落ち着かせ、表情を引き締めながら玄関の扉を開くと……

 

「久しぶりね、中間棲姫……」

 

そこには変装しているせいでパッと見ではすぐに分からなかったが、リコリスの右腕であるはずの空母棲姫の姿があり、不満さ全開の表情を浮かべる空母棲姫は、中間の顔を見るなりこの様な言葉を口にするのであった……

 

これには中間も思わず驚き、その場で固まってしまうのであった……

 

(えぇ……?何でリコリス様の右腕である筈の彼女が此処に……?え?もしかして彼女が援軍なの……?普通に考えたら此処は人型のイロハ級を送るところよね……?ホント一体どう言う事なの……?)

 

「ねぇ……、取り敢えず入ってもいいかしら……?」

 

激しく混乱する中間が内心でこの様に呟いていると、玄関先に立たされたままとなった空母棲姫が怪訝そうな表情を浮かべながら中間にこの様に尋ね、それによって我に返った中間は空母棲姫に部屋に入る様に促し、彼女をリビングに通しバイト代でつい最近購入したソファーに座らせると、彼女に出すコーヒーの準備の為にキッチンへ向かうのであった

 

 

 

「待たせたわね、それで……、貴女がこの偵察任務の援軍……、なのよね……?」

 

「ええ……、全く以て不本意だけどね……」

 

「……もしかして貴女……、何かやらかしたの……?」

 

2隻分のコーヒーが乗ったトレーを手にしてリビングに戻って来た中間が、空母棲姫の前にあるテーブルの上に彼女のコーヒーを置きながらそう尋ねると、空母棲姫は相変わらず不満そうな表情を浮かべながらこの様に答え、彼女が出されたコーヒーに口をつけたところで中間がこの様に尋ねると、空母棲姫は1度ビクリを身体を震わせた後、心底不快そうな表情を浮かべながらも、自分が此処に来る羽目となった経緯について、ポツリポツリと話し始めるのであった……

 

如何やら彼女は空のパンツ調査の犠牲になって以来、原因不明の不調に陥ってしまい、何度も仕事のミスを繰り返した結果、こちらに飛ばされてしまった様である……。因みに彼女の後釜には、最近実力をつけてきたと言う空母水鬼が入ったとかなんとか……

 

尚、パンツ調査の話を聞いた時の中間の表情は、これまでに無いくらいに引きつっていた模様……

 

「まさか貴女がそんな目に遭うなんてね……、何というかその……、心底同情するわ……」

 

「何で私がこんな目に……、それもこれも、あの海賊団のサブリーダーの……っ!?」

 

空母棲姫の話を聞き終えた中間が、空母棲姫に向かって同情の視線と言葉を送ると、彼女はその双眸に涙を湛えながら、この場にいない空に向かって呪詛の言葉を掛けようとするのだが、彼女が頭の中に空の姿を思い浮かべたその直後、彼女の身体は再びビクリと震えた後、完全に固まってしまうのであった……。そして彼女の頭の中に現れた、彼女が思い描く空は……

 

『豚の様な悲鳴を上げろ、この雌豚が……っ!』

 

まるでゴミを見る様な視線を彼女に向けながら、とても本物の空が口に……、口に…………、口にしそうに無い様な言葉を浴びせ……

 

「ん……っ!」

 

空母棲姫が自身がイメージする空から汚物を見る様な視線と罵倒を浴びたその直後、彼女の全身は急に火照り始め、それと同時に電流に似た感覚が全身を駆け巡り、更には変装の為に穿いていたパンツが、彼女の恥部からほんの僅かに漏れ出した愛液によって濡れてしまうのであった……

 

そう……、この空母棲姫……、あろう事かパンツ調査の際に空から受けた仕打ちによってマゾヒスティックな快感に目覚めてしまい、任務中に空の事を思い出しては無意識の内に妄想に没頭し、挙句の果てには任務中であるにも関わらず、途中で抜け出して人がいないところにその身を隠すと、衝動に突き動かされるがままに、内に湧き上がる切なさを紛らわせる為に己を慰める様になってしまったのである……

 

そんな事を繰り返していた彼女が中間の援軍としてこの場所に送られる事になり、リコリスから任務の説明を受けている時はまだ彼女の理性の方が勝っており、自分ではなく人型イロハ級の誰かを送ればいいのでは?とリコリスに対して意見していたのだが、リコリスの口から長門屋の名前が出た途端、彼女の内に秘められた欲望と本能が大暴走を始め、欲望が妄想力を以て彼女の理性を制圧している間に、本能が彼女の身体を勝手に動かした為、彼女はこの偵察任務に参加する羽目になってしまうのであった……

 

彼女が中間に見せた不満そうな表情の原因は、気付けば断るはずであった任務に参加し既に現地に到着しており、更にはこうなった経緯をありありと思い出せてしまい、引くに引けない状況に陥っていたからだったのである……

 

(もうこうなっては仕方ない……、御主人さm……、じゃなくて石川 空……っ!私は絶対にお前の事を……っ!)

 

空母棲姫が内心でそう呟くと、彼女の中にサディスティックな表情を浮かべた空が再登場し、それに反応して彼女の恥部からは更に愛液が漏れ出して来るのであった……

 

こうして空のせいでM化した空母棲姫は、雨の中傘を片手に中間と共に市役所に向かって各種手続きを済ませ、偵察任務中は『前田 九十九(まえだ つくも)』の名を名乗る事となるのであった

 

因みに中間の偽名は、『中間 美姫(なかま みき)』となっているのだとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、九十九に大きな影響を与えた罪作りな男……、空は一体どうしているかと言うと……

 

「エイブラムス……、俺は前に何度も言ったはずだぞ……?不必要な休日出勤やサービス残業はするなとな……?」

 

「いぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃっ!!!ごめんなしゃいでぃしゅタイショーッ!!!もうしないでぃしゅっ!!もうしないでぃしゅからあ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

何度も注意したにも関わらず、石油コンビナート内での作業で無断休日出勤や無断サービス残業を繰り返していたエイブラムスことアトラク=ナクアを、五爪アイアンクローの刑に処していたのであった……



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ネームド艦載機と悩める後輩

前回の投稿で、この『鬼の鎮守府』も遂に500話を突破しました!

こんな稚拙な作品を、ここまで読んでくださる読者の皆様には、感謝してもしきれません!本当にありがとうございます!

体力的な都合で投稿ペースこそ落ちるものの、今後もこの『鬼の鎮守府』を完結出来る様、頑張っていきます故、応援よろしくお願いします!

それと500話突破記念として、名前を「虧蚩尤」から「稲荷童子」に改名します

いつまでも欠けるとか背くとか、損をするとか不足すると言う意味を持つ「虧」の字を付けてるのも、縁起が悪いですからね……


江田島軍学校ではロードトレイン砲『布都御魂』の製作が行われ、長門屋鎮守府建設予定地では旧支配者であるアトラク=ナクアのエイブラムスが加入し、中間棲姫のマンションに新たに空母棲姫の九十九が棲む様になると言った具合に、空模様の割にえらく騒がしかった6月が終わり、夏の到来を知らせる様に蝉達が鳴き始める7月を迎えた頃、戦治郎は栄達整備兵候補生3人組に、艦載機が大好きな軽空母艦娘候補生の瑞鳳、更には戦治郎に金銭問題を解決してもらった事で、妙に戦治郎に懐いた鈴谷を加えた6人で、整備科の教官に頼んで貸してもらった整備科実習棟で何かを作っていた

 

「ふぅ……、取り敢えずこんなとこか……」

 

\おぉ~……/

 

戦治郎が作業の手を止め、そう呟きながら作業台の上につい先程完成させた物を、壊れない様に丁寧に置いたその直後、その様子を見ていた5人が感嘆の声を上げる

 

戦治郎はこの作業台で一体何を作っていたのか?戦治郎が製作物を置いた作業台の上を見てみると、そこには艦戦である零戦や烈風、艦攻の天山や流星、更には艦爆の彗星や爆戦仕様の零戦や艦偵の彩雲などが、それはそれは綺麗に並べられていたのであった

 

この艦載機群を見る栄達の表情には驚きの色が濃く出ており、瑞鳳に至っては恍惚の表情を浮かべながら、その眼にこの光景を焼き付けんとばかりに艦載機群を注視していた

 

さて、何故栄達や瑞鳳が烈風、流星、爆戦は兎も角、零戦や天山と言った割とありふれた艦載機達を目にしてこの様なリアクションをとったのかと言うと……

 

「ほほ~……、これがネームド艦載機ね~……。う~ん……、艦載機にあんま詳しくない鈴谷には、普通の奴との違いがよく分かんないな~……。でも、この艦載機達が凄いって事だけは、それだけは鈴谷でも何となく分かるよ……」

 

そう、この鈴谷の言葉の通り、この作業台の上に並べられているのは、全てネームド艦載機なのである

 

具体的に言うと、零戦は52型付岩井小隊と53型岩本隊、烈風は六〇一空、天山は友永隊と村田隊、流星は六〇一空、彗星は江草隊と六〇一空、そして爆戦岩井隊に彩雲東カロリン空となっている

 

因みに艦戦岩井と爆弾岩が同時に存在している件についてだが、これは妖精さんの不思議な力で岩井妖精さんが分裂……している訳ではなく、言霊の力と言うべきなのだろうか、艦載機の仕様とスペックを目的の艦載機と同じものにして、その艦載機を目的の艦載機の名で呼ぶ様にすると、その機体そのものに目的の艦載機の力が宿ると言った感じになっているからである。そのおかげでエースパイロット妖精さんがいなくても、どの空母艦娘でもネームド艦載機を使える様になっていたりする

 

まあ尤も、この方法の場合機体に力が宿っている為、その機体が撃ち落とされてしまえばネームド艦載機の力は失われてしまい、再度ネームド艦載機の力を得ようとすると、普通のものよりやや構造が複雑になっている艦載機をまた1から作り直す羽目となり、地味にコストと労力と時間がかかり、作るにはかなりの技術力が必要であると言うデメリットもあるのだが……

 

とまあこの様な事情もあってか、言霊式のネームド艦載機は重要な局面の時のみ横須賀鎮守府で量産され、作戦に参加する艦娘達に配備される様になっており、その関係で普段はあまり目にする事のない珍しい艦載機となっていたりする

 

尚、友永妖精さんを持つ飛龍や江草妖精さんを持つ蒼龍、村田妖精さんを持つ赤城の様に、エースパイロット妖精さんを保有する艦娘の場合、いくら機体を撃ち落とされたとしても、エースパイロット妖精さんが別の機体に乗り換えするだけで、機体が不思議な力でネームド化する為、コストも労力も大してかけずに戦力低下を防げる様になっているのだとか……

 

「おっ、鈴谷は見ただけでこいつらの凄さが分かるかっ!流石は航改二になれる可能性がある鈴谷型の艦娘候補生だなっ!」

 

\航改二……?/

 

鈴谷の言葉を聞いた戦治郎が、心底嬉しそうな笑顔を鈴谷に向けながらそう言うと、鈴谷達5人は不思議そうな表情を浮かべ、小首を傾げながら口を揃えてそう呟き、その様子を見た戦治郎は、何かを思い出したかの様に口をポカンと開いて硬直し、我に返ると鈴谷達に鈴谷が航巡である改二だけでは留まらず、更に改装する事で軽空母である航改二になれる事を説明し、鈴谷達を大いに驚かせるのであった

 

これまで戦治郎達は出会った艦娘の中で、戦治郎達が改二になれる事を知っている艦娘達を、自分達の手で悉く改装して改二にしてきているのだが、本来この世界は改二の情報が殆ど判明していない状態だったのである。先程の戦治郎のリアクションは、この事を今の今まで忘れており、鈴谷達の反応を見てその事を思い出したから出たリアクションなのである……

 

その後戦治郎は、自分の努力次第では改装によって軽空母になり、艦載機を自由に操れる様になれる事を知った事で、艦載機に興味を持った鈴谷の為に、これらの艦載機の詳細について話し始めたのだが……

 

「こっちの零戦が、ゼロファイターゴッドの異名を持つ岩井氏が所属する52型付岩井小隊の零戦で、こっちは零戦虎徹の異名を持つ岩本氏が隊長だったらって設定の53型岩本隊の零戦な。因みにどっちも正規空母の瑞鶴と縁がある機体なんだわ」

 

「ゼロファイターゴッドとか零戦虎徹とか、異名が超カッコイイじゃん!そんな風に呼ばれるくらいなんだから、きっと超強かったんだろうな~……。鈴谷も軽空母になったら、その人達みたいに強いパイロット妖精さん達を連れたいところだね~」

 

説明の内容が52型付岩井小隊と53型岩本隊のものに差し掛かったところで、戦治郎は話を聞いて期待に胸を膨らませる鈴谷とは対照的に、話が進む度にその表情を段々と暗くしていく瑞鳳の存在に気が付くのであった……

 

「どしたぞ瑞鳳?」

 

「えっ?」

 

何処か思い詰めた様な表情をする瑞鳳が気になった戦治郎が、瑞鳳に向かってこの様に何があったか尋ねてみたところ、如何やら無意識の内に表情を暗くしていた瑞鳳は、我に返るとその双眸を大きく開きながら、驚きの声を上げるのであった

 

これによってこの場にいる者達全員が瑞鳳の異変に気付き、気分を沈ませる瑞鳳に心配そうな視線を送り始め、再度戦治郎が瑞鳳に何事かと尋ねると、瑞鳳は少し言いにくそうに視線を右往左往させ始めるのだが……

 

「瑞鳳さん、何か悩みがあるならここで吐き出しちゃいなよ。そしたらきっと戦治郎さんが動いてくれて、瑞鳳さんの悩みを解決してくれるはずだからさ」

 

外見とは裏腹に自分より年上である瑞鳳に向かって、実際に戦治郎に金銭問題を解決してもらった事がある鈴谷がそう言うと、傍でそれを聞いていた戦治郎が苦笑する中、瑞鳳は意を決したのか、真剣な面持ちになると戦治郎達に自身が抱える悩みについて話し始めるのであった……

 

瑞鳳の話を聞く限り、如何やら彼女の高校時代の友人の妹が、この軍学校に艦娘候補生として入学しているそうなのだが、その妹さんとやらがいち早く誰よりも強くなる事を望み、毎日の様にオーバーワーク気味の自主練を繰り返しているのだとか……

 

「本当はゲームが大好きな子で、高校生の頃はよく家に遊びに行って一緒にゲームとかやってたんだけど、軍学校に入ってからは自分からゲームで遊ぶのを禁止して、休みの日もずっと訓練をしてるのよ……。そのせいで、上手くストレスが発散出来ていないのか、普段から妙にピリピリしてて、同じクラスの子達と上手く馴染めていないみたいなの……」

 

「ふむ……、その友人の妹さんとやらが心配なのな……。まあクラスから孤立して榛名みたいな事……、には流石にもうならんか……、あそこまで徹底してお仕置きしてやりゃ、誰もいじめとかやろうとは思わんわな……。問題は……」

 

瑞鳳の話を聞いた戦治郎が、そう言って鈴谷の方へと視線を向けたところ、鈴谷は乾いた笑い声を上げながら、戦治郎から視線を逸らすのであった……

 

「出来ればオーバーワーク気味の特訓も何とかしたいけど、今はどちらかと言うとストレスの発散を優先したいかな……?もしストレスが溜まり過ぎて、暴走して海に飛び出してドロップ艦なんかになって、深海棲艦に沈められたりなんかしたら、あの子に合わせる顔が無くなっちゃう……」

 

「傍にいながら暴走を止められなかったってなったら、冗談抜きで申し訳なさが凄まじい事になりそうだな……。OK分かった、そう言う事なら協力するわ」

 

瑞鳳の悩みを聞き終えた戦治郎は、瑞鳳に向かって1度頷いて見せた後、瑞鳳の悩みの解決に力を貸す事を約束し、このやり取りを傍で見ていた鈴谷や栄達も、戦治郎に続く様にして協力を申し出……

 

「それで、そいつは何て艦娘の候補生なんだ?」

 

戦治郎が瑞鳳にそう尋ねると……

 

「翔鶴型正規空母の2番艦、瑞鶴の艦娘候補生ね……」

 

瑞鳳はこの様に返答するのであった……

 

因みにその瑞鶴の姉で、瑞鳳の高校時代の友人と言うのが、横須賀鎮守府のあの翔鶴だと言う事が、この後に続いた瑞鳳の発言によって発覚するのであった……



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彼女が己を鍛える理由

整備科実習棟にて瑞鳳から瑞鶴の事を相談された戦治郎は、作業を終えた後大和が待つ自室に戻ると、先ずは瑞鶴とどうやって接点をもつかについて考えるのであった。もし瑞鶴との接点のもち方に失敗してしまえば、今後は瑞鶴に警戒されてしまう事となり、問題解決どころではなくなってしまうからである

 

戦治郎の中で現在最も上手く瑞鶴との接点をもつ方法と言えば、空母艦娘候補生との合同実習な訳なのだが、生憎空母や軽空母、水母や潜水艦と言った少々特殊な艦種との合同実習は、盆休み明け以降に行われる予定となっている為、それを利用して瑞鶴と接点をもつのは時間が掛かり過ぎると言う理由で没となっている……

 

「かと言って、面識ねぇのに自主トレしてるところに突撃すんのは、流石にナシだかんな~……」

 

「提督、こうなったら翔鶴さんにお願いして、翔鶴さんから提督の事を紹介してもらうのはどうでしょうか?」

 

「いや、もし瑞鶴が無茶している理由が、翔鶴に対してのコンプレックスからだったら、碌な事にならん気がするから、翔鶴を関わらせるのはナシだ」

 

「そうなると……、機会を待つしかありませんね……」

 

戦治郎は大和と共に、瑞鶴と接点を持つ方法について、遅くまで意見を出し合うのだが、どれもイマイチパッとしなかった為、後日改めて方法を模索しようと言う事で、明日の為に床に就く事にするのであった

 

尚、それからしばらくしたところで、大和が戦治郎の布団の中に潜り込んだ事は言うまでもない……

 

 

 

次の日、午前中の授業を終えた戦治郎が、毅達と共に昼食を摂る為に食堂に向かっていると……

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

突然背後から聞き覚えがある声が響き、戦治郎が思わずそちらへ視線を向けたところ……

 

(おぉおぉ~……、まさか向こうからやって来てくれるたぁなぁ……)

 

そこには戦治郎がどうやって接点をもつか考えていた、瑞鶴その人が険しい表情を浮かべながら立っており、瑞鶴の姿を見た戦治郎は思わず内心でそう呟くのであった……

 

「貴方が長門 戦治郎とか言う奴なの?」

 

「いや、俺じゃねぇし……」

 

当の瑞鶴は、鋭い視線を毅の方へと向けながらそう尋ね、質問された毅は困惑しながらこの様に返答した後、戦治郎はあっちだとばかりに戦治郎を指差し、毅の指先を視線で追った瑞鶴は、瑞鶴に向かって自分が戦治郎である事をアピールする様に、手をヒラヒラして見せる戦治郎の姿を見るなり……

 

「貴女が長門 戦治郎……?見た感じ女性みたいだけど……?」

 

「応、俺が長門 戦治郎だ。身体は女だが、魂は漢なんだZE☆」

 

戦治郎に怪訝そうな表情を向けながらそう尋ね、戦治郎は若干困惑しているであろう瑞鶴に対して、底抜けに明るくこの様に返事をするのであった

 

その後瑞鶴は、戦治郎に少し付き合って欲しいと言い放つと、戦治郎達に背を向けてスタスタと歩き出し、瑞鶴から呼び出しを受けた戦治郎は、毅達に昼食に付き合えそうにない事を詫びた後、小走りになりながら瑞鶴の背中を追って行くのであった……

 

 

 

それからしばらく歩いたところ、瑞鶴は戦治郎達が夜の特訓の際に使っている海岸から正反対の位置にある海岸に辿り着くと、そこで歩みを止めて戦治郎の方へと向き直るのであった

 

(人気の無い海岸か……、さって……、瑞鶴は俺に一体何の用があるのか……?って言うか、こいつは誰から俺の事聞いたのk……って、考えるまでもないか……)

 

「突然呼び出して悪かったわね」

 

戦治郎が視線だけで辺りを見回し、人気が無い事を確認しながら内心でそう呟いていると、突然瑞鶴が戦治郎に向かって詫びを入れ、早速用件を口にし始めるのであった……

 

「早速で悪いんだけど、貴方に聞きたい事があるの」

 

「聞きたい事?一体何ぞ?」

 

「瑞鳳さんから聞いたんだけど、貴方……、翔鶴姉と知り合いなの?」

 

瑞鶴の質問に答えるより先に、戦治郎は瑞鳳の事をさん付けする瑞鶴に、若干の違和感を覚えるのであった。その理由としては、艦これのゲームの中では瑞鳳の方が瑞鶴の事をさん付けで呼び、こちらはゲームでは触れられてはいない為詳細は不明だが、戦治郎の中では瑞鶴は瑞鳳を呼び捨てにしているイメージがあったからである

 

まあ、ここでは瑞鳳は翔鶴と同い年である為、瑞鳳より年下である瑞鶴が瑞鳳の事をさん付けする事は正しい事なのだが、その事に対して戦治郎はどうでもいい事とは分かっていながらも、どうしても違和感を拭い切れずにいたのであった

 

さて、こんな些細な事は取り敢えず横に置いておいて……

 

「横須賀の翔鶴か?あぁ、よっく知ってるぜ?俺は一時期横須賀鎮守府に身を置いていたからな、その時に翔鶴と会ったわ」

 

瑞鶴から翔鶴と知り合いであるか否かを尋ねられた戦治郎は、瑞鶴に対してこの様に返答するのであった

 

「そう……、じゃあ次。貴方……、石川 空って男の事を知ってる……?」

 

「ぶっふぉっ!?」

 

戦治郎の返答を聞いた瑞鶴は、戦治郎が何故横須賀鎮守府に身を置いていたのかについては一切触れずに、今回彼女が戦治郎をこの場所に呼び出した最大の理由である空の事について、戦治郎に向かって尋ねてみたところ、予想外の単語が瑞鶴の口から飛び出し、その事に驚いた戦治郎は思わず豪快に吹き出してしまうのであった……

 

その後何とか落ち着いた戦治郎が、空と自分が幼馴染であり親友である事を明かした後、何故瑞鶴が空の事を知っているのか尋ねたところ……

 

「去年の盆休みくらいの事なんだけど、翔鶴姉が見た事も無いスマホをいじりながら、しきりに空さん空さんって言ってて……、それで気になってその空さんって誰なのかって翔鶴姉に聞いたらさぁ……、3時間も4時間も惚気話聞かされて……!挙句の果てには翔鶴姉、その空さん……、いや、空とやらと結婚考えてるとか言い出すし……っ!!」

 

瑞鶴はこの様に答えるも、途中からその時の事を思い出したのか、怒りの余りにプルプルとその身を震わせ始め……

 

「いくら両想いだからってっ!!蟻の巣を見つける度にほじくり返す様な男がっ!!!翔鶴姉と結婚して私の義理の兄になるとかっ!!!!絶っ対に認めないんだからっ!!!!!」

 

遂には、瑞鶴は心を怒りに完全に支配され、衝動のままに怒りの咆哮を上げるのであった……

 

「あ~……、もしかしておめぇさんが無茶なトレーニングやってる理由って……」

 

「ええそうよっ!!!横須賀鎮守府のエース空母の1人であり、元帥から直々に【天衣無縫】の二つ名を賜ったあの翔鶴姉より強いとか言うその空って奴を、私がボッコボコにして金輪際翔鶴姉に近付けさせない様にする為よっ!!!悪いっ!!?」

 

怒り狂う瑞鶴の様子を見て察しがついた戦治郎が、確認の為に瑞鶴に無茶なトレーニングをしている理由を尋ねたところ、瑞鶴は声を荒げながらこの様に返答するのであった……

 

その後何とか落ち着いた瑞鶴に、やや引き気味の戦治郎が改めて用件を尋ねてみると、瑞鶴は本題である空の弱点について戦治郎に尋ね返すのだが……

 

「あいつの弱点っつったら~……、う~ん……、やっぱ翔鶴かな~……?それ以外ってなると、もう弱点らしい弱点はあいつにゃねぇかんな~……」

 

「何よそれ……、だったら正攻法で攻めるしかないって事……?」

 

「それもやめとけ、今のアイツべらぼうにつえぇかんな……。昔は俺もあいつと互角に闘り合えてたんだがな~……、一体何処で差が付いたんだろうな……?」

 

「いや、知らないし……」

 

戦治郎の言葉を聞いた後、瑞鶴と戦治郎はこの様なやり取りを交わし、戦治郎から空の弱点を聞き出せなかった瑞鶴と、横須賀鎮守府でクトゥルフに真っ向勝負を挑み、互角に渡り合っていた空の姿を思い出した戦治郎は、2人揃ってそれはそれは深い溜息を吐くのであった……

 

その後、気を取り直した戦治郎が、瑞鶴に対して瑞鳳が心配していた事を告げ、それを聞いた瑞鶴が申し訳なさそうな表情を浮かべたところで、これ以上瑞鳳に心配かけるなと瑞鶴に釘を刺してこの場を後にしようとしたその時である

 

「ちょっと待って!つい流しちゃったけど、貴方さっきサラッとその空とか言うのと互角に渡り合ってたって言ったわよね?!」

 

突然思い出したかのように、瑞鶴が戦治郎の背中に向かってこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎が思わず足を止めたところで、瑞鶴は戦治郎に空を倒す事が無理でも、せめて鼻を明かせるくらいに鍛えて欲しいと言い出し、理由は兎も角目標を持って自分を高めようとする人間が好きな戦治郎は、自分の指導内容に文句を言わない事を条件として、瑞鶴の申し出を受ける事にするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、瑞鶴は打倒空を目標として、戦治郎の指導の下己を鍛え上げていくのだが、とある事件の際、ある事を目撃した事で打倒空の夢を諦める事となるのだが……、それはまだほんの少し先の出来事である……



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瑞鶴専用対オーバーワーク兵器

戦治郎が全く想定していなかった形で、瑞鶴と接点を持った上に、彼女を自主練のメンバーに加える事となってからしばらく時間が経過したところで、ちょっとした問題が発生してしまった……

 

打倒空を掲げる瑞鶴が、戦治郎から空の実力の一部を聞いた事で焦りを覚え、自主練の日はミッチリとトレーニングを行い、それからしばらくの間はガッツリ身体を休めると言う戦治郎の方針に異を唱える様になり、遂には自主練が休みの日にも、瑞鶴が以前戦治郎を呼び出したあの浜辺で独りでトレーニングを行う様になってしまったのである……

 

「まあ、こうなるわな……」

 

瑞鶴を鍛える約束をした際、自分の方針に文句を言わない様にと言っていた戦治郎は、瑞鶴と約束を交わした浜辺にある岩陰に身を隠しながら、必死になって自身の身体を虐める瑞鶴の背中に視線を向けながらそう呟く。如何やら戦治郎は、瑞鶴から空の実力を尋ねられた時、こうなってしまう事をある程度予想していた様である

 

大学時代、剣術の道場と資格取得、更には技術力向上の為のリサイクルショップでのバイトと並行して、空と悟と共に最先端の技術を取り入れた義肢の研究をしていた戦治郎は、人体についての知識を深めると共に、義肢にも鍛えれば強くなる機構を組み込む一環としてスポーツ医学を学んでおり、この時に学んだ知識をフル活用してトレーニングの内容やスパンを考え、自主練に参加する者達全員が効率よく身体を鍛えられる様にしていたのだが、戦治郎から空の実力の片鱗を聞かされた事で焦りを覚えた瑞鶴からしたら、戦治郎が考えたトレーニングメニューはじれったく感じるだろうと思い、戦治郎は瑞鶴に予め文句を言わない様にと言っていたのだが……

 

「本当は瑞鳳が言った様に、メンタルケアからやる予定だったんだが……、メンタルケアとトレーニング参加の順番が入れ替わった上に、護の奴が変な気起こしちまったせいで、予定がガッツリ狂っちまったなぁ……」

 

戦治郎の存在に気付かぬまま、オーバーワーク気味のトレーニングを続ける瑞鶴を見守っていた戦治郎は、そう呟くと瑞鶴に気付かれない様細心の注意を払いながら、気配を消して自室に戻る為に移動を開始するのであった……

 

 

 

 

 

「大和~、今戻ったぞ~」

 

「あっ提督、丁度いいところに!」

 

そうして瑞鶴の様子を見に行っていた戦治郎が、大和が待つ自室に戻って来ると、大和はそう言いながら戦治郎の下へと駆け寄って来て……

 

「たった今、護さんから連絡が入りましたよ。何やら提督に伝えたい事があるらしいのですが、それをメールにすると文章量が凄まじい事になってしまうと言う事で、今はノートPCのボイスチャットに接続して、そちらで待ってもらっています」

 

「何っ!?」

 

大和が戦治郎に用件を伝えると、戦治郎はそう返事をするなり、待ってましたと言わんばかりに、テーブルの上のノートPCに飛びつくのであった。実のところ戦治郎は瑞鶴と知り合った日の朝に、護にメールで連絡を入れてある物を送って欲しいとお願いしていたのである

 

そして戦治郎のお願いを聞いた護が、何故それが必要なのかについて戦治郎に尋ね、戦治郎が瑞鶴を助ける為に必要だと言ったところ……

 

『そう言う事なら了解……、と言いたいところなんッスが……、アレは出来損ないッス、ゲーム好きらしい瑞鶴にはまだプレイさせられないッス。だからもうしばらく待ってて欲しいッス、そしたら今より進化した本物のアレを瑞鶴にプレイさせてあげられるッス』

 

護はこの様な内容のメールを戦治郎に送った後、問題のブツを完成させる為の作業に集中し始めたのだろうか、いくら戦治郎がメールを送っても反応しない様になってしまうのであった……

 

「待たせたなっ!!!」

 

『おっせぇッスよシャチョー、こんな時間に一体何やってたんッスか?』

 

問題のブツの完成を待ちわびていた戦治郎が、ノートPCに内蔵されたマイクに向かってそう話し掛けると、護は呆れた様子で戦治郎にこの様に尋ね、戦治郎が瑞鶴の様子を見に出ていた事と現在の瑞鶴の様子を護に説明すると……

 

『こりゃ急いで正解だったッスね……、とりまブツのデータをそっちに送るッスから、なるべく容量のデカイROMにブッ込んで欲しいッス』

 

護は真剣な表情を浮かべながらこの様な言葉を口にし、それを聞いた戦治郎は護の指示に従って、予め準備しておいたDVD‐ROMに送られて来たデータを記録し、確認の為に問題のデータを動かしてみるのであった

 

その最中、2人は要所要所で質疑応答を繰り返し、戦治郎がその内容をメモに纏めており、話の内容が気になった大和が戦治郎のメモを横から覗き見てみたのだが、そのメモには専門用語が殴り書きで書かれており、とても大和には理解出来ない様な代物となっていたのだとか……

 

尚この時……

 

『護ー!腹が減ったンゴー!そう言う訳でピザをっ!それも以前大敗を喫したシカゴ風ピザを要求するンゴー!』

 

護の背後から戦治郎にとっては聞き慣れない声が聞こえていたのだが、まあこれは大した事では無いだろうと考えた戦治郎は、その声を無視する事にするのだった……

 

「……流石護よのぅ……、パーフェクトな仕事だわぁ……。新規追加分の奴のテクスチャーやギミックはこっちで仕上げるとして、これなら瑞鶴もきっと満足してくれるだろうよぉ」

 

『お褒めに預かり恐悦至極……とか言ってる場合じゃないッス、問題が無い様ならば、サッサとそれを瑞鶴のところに持って行くッスッ!!さあハリーハリーッ!!!』

 

データの確認を終えた戦治郎が護にその出来の感想を伝えると、護はこの様に返答して戦治郎にそのデータを早く瑞鶴に渡す様急かして来るのだったが、時間が時間と言う事で、戦治郎は興奮する護を落ち着かせた後、明日には追加分の作業をしっかり終わらせて、必ず瑞鶴にこのデータを渡すと約束しボイスチャットを終了させると、すぐさま作業を開始するのであった

 

 

 

 

 

こうして護からもらったデータを仕上げた戦治郎は、次の日の放課後に瑞鶴の身柄を確保すると、問答無用で自室に連れ込み、突然の出来事に驚きながらもぶうたれる瑞鶴を無視して、テーブルの上にPC用ゲームコントローラーが接続されたノートPCを置き、今朝方完成させたデータが入ったDVD-ROMをセットすると、ノートPCにその内容を読み込ませるのであった……

 

「何これ?まさかアンタ……、私にゲームでもさせようって言うの……?」

 

「その通りでございます~!」

 

「はぁ……、あのねぇ……、私はトレーニングで忙しいの、その辺はアンタも……」

 

「まぁまぁまぁ~、文句は後でクソ程聞いてやっから、取り敢えずコレやってみてくれっ!」

 

余りにも強引な戦治郎に苛立ちを覚える瑞鶴と、何としてでもこのゲームを瑞鶴にやらせたい戦治郎が、この様なやり取りを交わしている内に、PCがDVD-ROMの読み込みを完了させ、PCのディスプレイには『Abyss Gear(アビス ギア)』と言う、DVD-ROMの中に記録されていたゲームの、鉄と硝煙の臭いが漂って来そうな程重厚なデザインのロゴが表示されるのであった

 

そのロゴを見た瞬間、瑞鶴の身体はピクリと震えて反応し、そこまで言うならと仕方ないと言った様子でコントローラーを手にすると、戦治郎から操作を教えてもらうなり、すぐさまこのゲームを開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

「くあああぁぁぁーーーっ!!!もうちょっとだったのにいいいぃぃぃーーーっ!!!次こそはあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

スッカリこのゲームの虜となってしまった瑞鶴は、戦治郎の目論見通りトレーニングの事など綺麗さっぱり忘れ去り、護が作り上げたこのゲームに没頭するのであった……

 

さてこのゲームだが、これは戦治郎達が横須賀にいる頃、ある程度資格を取得して暇になった護が、某同人イベントに参加する為に作っていたロボットアクションゲームであり、それは生前戦治郎と空が護と出会う切っ掛けとなり、あのリチャードまでもを熱狂させた、護がサークル主を務め、後に戦治郎と空が参加する事となった同人サークルである『ハグルマ工房』から出ていた『ギアシリーズ』と言うロボットアクションゲームの続編、最新作にあたる作品なのである

 

因みにこのアビス・ギアと言う作品のテストプレイには、生前からのシリーズのファンである穏健派連合代表のリチャードも参加しており……

 

「ストーリーは相変わらずヘッポコだけど、音楽MOD導入で好きな音楽を流しながらプレイ出来る様になったのはいい改善だね。ゲームエンジンやゲームのバランスに関してかい?それに関しては僕から言う事は何も無いね、何せ文句の付け所が一切無く、これ以上素晴らしいものは存在しないと言い切れるほどの完成度なんだからねっ!」

 

護から渡されたベータ版をプレイした後、この様なコメントを寄せてくれていたりするのであった

 

戦治郎が瑞鳳から瑞鶴がゲーム好きであると聞いた時、どういったジャンルが瑞鶴の好みなのかについて瑞鳳に尋ね、その回答を聞くなりこれなら瑞鶴もドップリハマり、トレーニングの事など忘れてしまうだろうと確信し、戦治郎は瑞鶴のオーバーワーク気味のトレーニングを止めさせる為に、護にこのゲームをこちらに送る様お願いしたのである。その結果は、ご覧の通りである

 

それからしばらく時間が経過したところで、就寝時間が迫って来ていた為、戦治郎は瑞鶴にストップをかけ、瑞鶴にこのアビス・ギアの感想を聞いたところ、概ねリチャードと同じ感想を述べるのだが……

 

「後、ロボットのテクスチャーや背景とかオブジェクト、ロボット同士の戦いに巻き込まれて逃げ惑う人達のモーションとか、こっちのロボットの動きや風の向きに合わせて揺れる木とか、細かい所まで拘ってるのがホント凄かったわっ!そうそう、細かい所って言ったらロボットが攻撃する時のミサイルポッドとかの可変ギミックッ!!あれもとんでもなく細かい所まで作り込まれてて、すっごく衝撃的だったわっ!!!ここまでやるとか、これ作った人変態なんじゃないの?って……、ああ、変態って言っても良い意味でねっ!!」

 

瑞鶴は如何やら背景やギミックの細かさも気に入った様で、やや興奮気味に早口になりながらこの様な感想を口にするのであった

 

こうして瑞鶴を護のゲームの虜にする事に成功した戦治郎は、自分達のトレーニングが休みの日だけこのゲームを貸してあげる事を瑞鶴と約束し、これによって瑞鶴はオーバーワーク気味のトレーニングを止め、トレーニングが休みの日は部屋に籠ってゲームに没頭する様になるのであった

 

因みにこのゲームが記録されたDVD-ROM、戦治郎が既にコピーガードを仕掛けている為、瑞鶴がこのゲームを戦治郎から借りた際、いつでもプレイ出来る様にデータを自前のPCにダウンロードする事は不可能となっていたりする

 

又、瑞鶴が特に気に入っていたこのゲームの背景やオブジェクト、ロボットのギミックに関してだが、主にロボットのギミックとテクスチャーは戦治郎が担当しており、背景やオブジェクトは瑞鶴の因縁の相手であるあの空が担当していたりするのだが、この事実は瑞鶴が長門屋鎮守府に着任するその時まで、彼女に知られる事は無かったのだとか……



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パイロット妖精さんからのSOS

護が作ったゲームのおかげで、瑞鶴にオーバーワーク気味のトレーニングを止めさせ、しっかりと休養を取れる様にすると同時に、ゲームをする事によって彼女の中に溜まったストレスを発散させられる様になってからしばらく経ったある日の事である

 

その日戦治郎はこれまで知り合った艦娘候補生達と共に、いつもの砂浜で格闘術に関するトレーニングを行っていたのであった

 

そのトレーニングの内容についてだが、戦治郎が艦娘候補生の誰かと1対1の組手を行い、戦治郎が艦娘候補生から1本取れば、負けた艦娘候補生は次の対戦希望者と交代し、もし艦娘候補生が戦治郎から1本取る事が出来れば、次の日の昼食の際、勝った艦娘候補生は戦治郎の奢りで食事かデザートのどちらかを選んで食べられる様になっているのだとか……

 

因みに今までの戦績だが、護身術として幼少の頃から合気道を習っていた熊野が3回、やんちゃしていた頃に身に付けた喧嘩殺法で勝負に出た霧島が2回、戦治郎が油断していた隙を見事に突き、腕に関節技を極める事に成功した浜風が1回、戦治郎から勝利をもぎ取っていたりする

 

それはそうと、この日最初の挑戦者は打倒空に燃える瑞鶴であり、彼女は空が空手の金メダリストである事を翔鶴から聞いていた為、もし空に挑むのならば同じ土俵で戦うべきだと判断し、過去に空と同じ空手道場に通っていた戦治郎に教えを乞い、たった数日の間に空手の基礎を完全に身に付けてみせたのであった。この瑞鶴の教えれば教えるほど、水を吸うスポンジの様に教えた事を習得して行く覚えの早さには、流石の戦治郎も驚きを隠せなかった様で、上手く彼女を育成する事が出来れば、翔鶴以上の実力を持った空母艦娘になるのではないか?と思うほどだったのだとか……

 

まあ尤も、そんな瑞鶴でもキャリアの差を埋める事は出来なかった様で、この時の組手では、繰り出した突きを戦治郎に綺麗に捌かれ、カウンター気味に打ち出された戦治郎の突きで1本を取られてしまい、次の挑戦者である鈴谷と交代する羽目となるのであった……

 

「くあーっ!戦治郎さんから全っ然1本が取れないっ!!私に空手教える前、ブランクがあるとか言ってたの、あれ絶対嘘でしょーっ!!!」

 

組手の前に行ったランニングによる肉体疲労と、組手の際に戦治郎が放っていた威圧感が原因で蓄積した精神疲労からか、瑞鶴は浜辺に大の字になる様に寝転ぶと、天に向かってそう叫ぶのであった

 

「残念だったな瑞鶴っ!おめぇに空手仕込んでる間に、感覚取り戻しちまったみたいだわっ!!」

 

如何やら先程の瑞鶴の叫びが耳に入ったのか、戦治郎は鈴谷の相手をしながらこの様な言葉を口にし、それを聞いた瑞鶴は、心底悔しそうな表情を浮かべながら、戦治郎の方へ恨めしそうな視線を向けるのであった

 

っと、その時である、瑞鶴の視界の中に映る握り拳ほどの大きさの砂の小山が、不意にピクリと動いたのである

 

突如として動いた砂の小山の事が気になった瑞鶴が、砂浜に寝そべっていた身体を起こし、這う様にしてそれに近付いた後、その砂の小山にやや警戒しながら、ゆっくりと砂山を手で崩してみたところ、何と砂山の中からフライトスーツを身に纏った、何処か自分とよく似た顔をした妖精さんが姿を現したのであった

 

「え……っ!?何でっ?!」

 

その事実に気付いた瑞鶴は驚きの余り声を上げながらも、件のパイロット妖精さんを急いで拾い上げて彼女の安否の確認を開始、それによりこの妖精さんが、かなり弱っている事が発覚するのであった

 

それから大して間も空けず、瑞鶴の声に反応しそちらへ視線を向けていた戦治郎と艦娘候補生達が、一体何事か?と言った様子で瑞鶴の下へと集まり出し、瑞鶴からパイロット妖精さんを発見した経緯とパイロット妖精さんの容態を聞いた戦治郎は、すぐさま艦娘候補生達に指示を出し、戦治郎は妖精さんの第一発見者である瑞鶴と共に医務室へと向かい、残った艦娘候補生達は戦治郎の指示に従い、戦治郎が妖精さんの格好からきっとこの砂浜の何処かにあるだろうと予想したある物や、先程の妖精さん以外にも砂浜に埋まっているかもしれない妖精さんを探し始めるのであった

 

こうして砂浜で探し物をしていた艦娘候補生達は、浜辺のすぐ傍の浅瀬で戦治郎があるだろうと予想していたそれを発見、着ている服が濡れる事を一切気にせずに、浅瀬に沈んでいた零戦53型を回収するのであった

 

それから後も艦娘候補生達は、艦載機や埋まった妖精さんがいないかを確認する為に、浜辺中を歩き回ってあちこち調べ回るのだが、結局発見出来たのは先程発見し回収した零戦53型だけだった様である……

 

 

 

一方、妖精さんを医務室に連れて行った戦治郎達はと言うと、医務室に辿り着くとすぐさま瑞鶴が軍学校専属の軍医に事の顛末を話し、話を聞いた軍医が瑞鶴から弱った妖精さんを受け取って診察を開始、そして妖精さんが思った以上に衰弱している事を知った軍医は、大急ぎで妖精さんに適切な治療を施し、現在妖精さんは医務室にある妖精さん用のベッドに横たわり、戦治郎と瑞鶴は心配そうに妖精さんの様子を見守っていたのであった……

 

「もうちょっと発見が遅れていたら、この子は手遅れになっていた……、か……。ホンっトこの子に気付けてよかったわ……」

 

「それに関しては、マジで瑞鶴お手柄だわ……。ってか、この岩本妖精さんは何であんなとこに埋まってたんだ……?」

 

瑞鶴が安堵の息を吐きながら呟く隣で、戦治郎はこの様な言葉を口にしながら、その顔に心底不思議そうな表情を浮かべる……

 

因みにこの妖精さんの治療中、戦治郎が妖精さんの身元を確認する為に、彼女が着ていたフライトスーツを調べた事で、この妖精さんがエースパイロット妖精さんの1人である、岩本妖精さんであった事が発覚している

 

それからしばらくの間、戦治郎と瑞鶴が岩本妖精さんが埋まっていた理由に関して、互いに推論を出し合っていると、岩本妖精さんが目を覚まし、戦治郎達の方へと視線を向けると、大きく目を見開いて驚くと同時に、何かから逃れようとしてベッドから転げ落ちるのであった……。その様子を見た戦治郎は……

 

(あ~……、妖精さんだったら、顔隠してても俺が深海棲艦だって事が、気配で分かんのか……)

 

内心でこの様に呟くと、フェイスベールの下で苦笑を浮かべるのであった……

 

その後、戦治郎達は何とか妖精さんを落ち着かせ、戦治郎が敵ではない事をしっかりと伝えた後、妖精さんの身に一体何があったのかについて尋ねるのであった

 

この時、ハンマー妖精さんと情報交換した関係で、妖精さんの言葉が分かる様になっている戦治郎が主体となって、岩本妖精さんから事情を聞くのだが、岩本妖精さんが話を進めるに連れて、戦治郎はその表情を真剣なものへと変化させていくのであった……

 

そんな戦治郎の様子が気になった瑞鶴が、戦治郎に話の内容を尋ねてみたところ……

 

「いや、如何やらこの岩本妖精さん、訓練中に機体の操作ミスやらかしたらしくてな、何とか修正加えて復帰しようとしたみてぇなんだが、それも駄目だったらしく、遂には俺達がいつも使ってる浜辺近くに墜落しちまったみてぇなんだわ。んで、墜落の際の負傷で気絶して、数日間あそこで寝てたらしいわ」

 

戦治郎はこの様に返答するのだが、その目が一切笑っていなかった為、瑞鶴は戦治郎が嘘をついていると勘付くのであった……

 

その後、戦治郎達は岩本妖精さんの事を軍医の先生に任せ、浜辺に戻ると他の艦娘候補生達から報告を聞き、それから戦治郎は今日のトレーニングはトラブルがあったからここまでと言って、やや強引にトレーニングを終了させ、艦娘候補生達に自室に戻る様にと指示を出すのであった

 

 

 

こうしてトレーニングを終わらせた戦治郎は、自室に戻る前に向かいの部屋の綾波を呼び、綾波と共に自室に戻った戦治郎は大和にも声を掛け、今日の出来事について2人に向かって話し始めるのであった……

 

「今日候補生達とトレーニングしてたんだが、その最中に瑞鶴が浜辺に埋まっていた岩本妖精さんを見つけたんだわ。んで岩本妖精さんから話を聞いたんだが、如何やらこの岩本妖精さんがいた島……、神話生物に占拠されちまったみてぇなんだわ……」

 

戦治郎が大和達に対して、医務室で岩本妖精さんが本当に言っていた事を話し、それを聞いていた大和達はその表情を即座に引き締め、戦治郎の次の言葉を待つ……

 

「……その表情から予想出来てると思うが……、直ちに準備して岩本妖精さんがいた島行くぞ。恐らくこの軍学校の中で、神話生物と真っ向からやり合えるのは、ゾアを見慣れている俺達くらいしかいねぇだろうからな……っ!」

 

「「了解っ!」」

 

ほんの僅かに間を空けた後、戦治郎が大和達に向かってそう言うと、大和達はハッキリとした声で返事をし、すぐさま整備科実習棟に艤装を取りに向かうのであった……

 

この時大和と綾波は、この問題に完全に気を取られていた為、艤装を取りに行く自分達の姿に視線を送る、2つの影の存在に気付けないでいたのであった……



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宙を舞う恐怖

岩本妖精さんからの救援要請を受けた戦治郎達は、フタフタマルマル時にいつもの浜辺から軍学校を発ち、岩本妖精さんの棲み処があると言う軍学校から小弁天島付近に浮かぶ小島を目指して航行していた

 

この時戦治郎はなるだけ早く、そしてなるべく誰にも知られない様に注意しながらこの問題を解決しようと考え、その為にも迅速な移動が必要不可欠だと判断すると、横須賀鎮守府に滞在している頃から大和の為に作り、渡す機会を窺っている内に今に至ってしまっていたケートスの大和専用カスタム機である『八重桜』と、八重桜を格納及び携帯する為に妖精さん達と共に開発した、超小型の格納ボックスを自身の腰部格納ボックスから取り出して大和に与え、移動の高速化を図るのであった

 

その道中、戦治郎は先程与えた八重桜を運転する大和と、八重桜の後部座席に座る綾波に対して、岩本妖精さんから聞いた話をもう少し細かく説明する

 

岩本妖精さんの話によると、問題の神話生物はかなりの数が存在し、その全てが岩本妖精さん達の集落から少し離れた所に出現した洞窟から這い出て来ると、島に住む人間や妖精さん達に次々と襲い掛かり始めたのだとか……

 

因みに戦治郎が問題の生物を神話生物と判断した理由についてだが、それは横須賀鎮守府にいる間、資格を取り終えた翔とゾアが主催していた神話生物対策の為の講習会の中で、今回問題となっている生物と特徴が完全に一致する神話生物の話があった為である

 

洞窟から這い出て来た神話生物達が、島民や仲間達を襲いだすと言う光景を目の当たりにした岩本妖精さんは、相棒である岩井妖精さんや他のパイロット妖精さん達と共に艦載機に乗り込み、問題の神話生物達との交戦を開始するのであった

 

だが、どれだけ倒しても洞窟から這い出て来る神話生物達によって、岩本妖精さん達は徐々に追い詰められ始め、このままでは不味いと考えた岩井妖精さんの提案で、岩井妖精さん達が囮になっている間に、岩本妖精さんが救援を呼びに行く事となるのであった

 

その後岩本妖精さんは戦闘によってボロボロになった零戦53型で、何とか戦場から離脱する事に成功すると、最初は呉鎮守府に向かおうと考えるのだが、呉鎮守府が過去の観艦式襲撃事件からまだ完全に立ち直れていない状態である事を思い出すと、その代わりとして海軍の管轄下にある軍学校に向かう事にし、そちらに向かって針路をとって移動を開始するのだが、軍学校の傍まで辿り着いたところで零戦が遂に限界を迎えてしまい、岩本妖精さんが乗った零戦は海に墜落してしまうのであった……

 

それから岩本妖精さんはキャノピーを破壊して海の中に墜落した機体から脱出すると、残った力を振り絞って砂浜まで泳ぎ、何とか砂浜に立つとその足で軍学校の校舎に向かって歩き出そうとするのだが、戦闘による疲労と戦闘と機体から脱出する際に負った怪我が原因で、砂浜の上に倒れそのまま意識を失ってしまったのだとか……

 

「岩本妖精さんは、この戦いで多くの仲間を失っちまったみてぇだが……、相手が神話生物ってんなら仕方がねぇ事だわな……」

 

「恐らくですが、妖精さん達は神話生物のその姿を見た事で正気を削られ、戦いの中で追撃とばかりに恐怖を植え付けられてしまった結果、激しく動揺して大きな隙が生まれてしまい、そこを狙われてしまったのかもしれませんね……」

 

「もしその神話生物が、例の神話生物だったら……、襲われた島の人達や妖精さん達の多くは……」

 

「ほぼ間違いなく、綾波が考えてる通りだろうよ……。っと、島が見えて来たな……」

 

今回の事件の概要を話し終えたところで、3人がこの様なやり取りを交わしていると、戦治郎が問題の島に近付いた事に気付き、大和達に向かってその事を伝えると、鷲四郎を発艦し島の様子を見て来るよう指示を飛ばし、指示を受けた鷲四郎はすぐさまそれを了承し、物凄い速度で島に向かって飛んで行くのであった……

 

 

 

『……旦那、ちょいとこれを見てくれ……』

 

それからしばらくしたところで、戦治郎の頭の中に鷲四郎の声が響き、それを聞いた戦治郎は鷲四郎と視覚を共有し、鷲四郎が見て欲しいと言っていた物を確認する。すると戦治郎は、その表情を険しいものへと変化させ……

 

「……ったく、マジでアレが相手かよ……。つか、地上に出て来たのはつい最近だって話なのに、もうあんなもんをあんだけ作ってんのかよ……。こりゃ輝が知ったらビックリするだろうな……」

 

鷲四郎と視覚を共有したまま、思わずこの様に呟くのであった……

 

「その様子だと……、やはり……?」

 

「ああ、確定だ……」

 

そんな戦治郎の様子を見た大和が、戦治郎に短くこの様に尋ねたところ、戦治郎も至極面倒くさそうに、短く返事をするのであった……

 

その後戦治郎は、その神話生物との戦いに備え、大和と綾波の艤装に少々改造を施し、大和には三式弾を渡して3号さんに装填させ、綾波には大和達が艤装を取りに行っている間に、あり合わせの材料から急いで作り上げた秋月砲を2つ手渡し、自身のヨイチさんに大和の3号さん同様、三式弾を装填するのであった

 

因みに戦治郎が大和達に施した改造だが、これは改二改修の様な大規模な改修ではなく、大和達の艤装に補強増設スロットを外付けし、そこに大会議の後セオドールに頼んで譲ってもらっていたQF 2ポンド8連装ポンポン砲を取り付けた程度のものである

 

こうして準備を整えた戦治郎達は島への接近を開始し、島との距離が近くなったところで、その視界に先程鷲四郎が見て欲しいと言っていた物が映り込み、それを目の当たりにした大和達は、一瞬驚愕の表情を浮かべた後、すぐさまその表情を引き締め、気持ちを戦闘態勢に移行するのであった……

 

そんな大和達が目にした物……、それは玄武岩で作り上げられた、窓が一切ついていない塔の群れであった……

 

そうしている内に戦治郎達は島への上陸に成功し、問題の神話生物が近くにいないか確認する様に、周囲を見回しながら移動を開始する。そして戦治郎達がしばらく歩みを進めたところで、不意にその耳に艦載機のものと思わしき機銃の発射音が聞こえて来るのであった

 

それを聞いた戦治郎達は、もしかしたら岩本妖精さんの仲間が生き残っており、まだ神話生物と交戦しているのではないかと思い至ると、急いでその音が聞こえた方角へと走って行き、辿り着いた先で問題の神話生物の群れと空中戦を繰り広げる爆戦仕様の零戦62型を……、岩本妖精さんの相棒である岩井妖精さんを発見するのであった……

 

さて、岩井妖精さんが現在進行形で戦っている神話生物達だが、それはまるでイソギンチャクの様な姿をしており、身体の何処にも翼を持っていないにも関わらず、重力に逆らう様にフワフワと宙に浮かんでいたのであった……

 

その神話生物は、自分達に捕捉されない様急旋回などを多用して、辺りを縦横無尽に飛び回る岩井妖精さんの零戦62型目掛けて、身体から生えた触手を伸ばして攻撃を行うのだが、それはゼロファイターゴッドの異名を持つ岩井妖精さんが駆る零戦62型に掠る事も無く、虚しく空を切るのであった……

 

その様子を見ていた岩井妖精さんは、これをチャンスと受け取ると、先程攻撃して来た神話生物の方へと機首を向け、その身体目掛けて機銃の銃弾を浴びせて見事神話生物を1匹撃墜して見せるのだがそれも束の間、神話生物の群れの後方から新手が10匹程飛来し、岩井妖精さんに攻撃を仕掛けて来るのであった……

 

「大和っ!綾波っ!戦闘開始だっ!!作戦目的は岩井妖精さんの救援と、飛行するポリプの殲滅っ!!!そしてこいつらが這い出て来てるって言う洞窟の徹底破壊だっ!!!!こいつらを放っておくと、中国四国地方に甚大な被害が出ちまうぞっ!!!!!」

 

「「了解っ!!!」」

 

その光景を目の当たりにした戦治郎は、このままでは岩井妖精さんが危ないと判断すると、すぐさま大和達に向かってこの様な指示を飛ばし、それを聞いた大和達は力強く返事を返すなり、飛行するポリプの群れに対して砲撃を開始、そして大和達が攻撃を開始した事を確認した戦治郎は、変装を脱ぎ捨てて動き易い状態になると、ヨイチさんで三式弾をばら撒きながら突撃を開始、大和達が放つ砲弾や銃弾の間を縫う様にしながら飛行するポリプ達に接近し、久しぶりに背負った大妖丸を鞘から引き抜くなり、天高く跳躍した後大妖丸を豪快に横薙ぎに振り、複数の飛行するポリプをまとめて叩き斬って見せるのであった……

 

こうして、戦治郎達と神話生物である飛行するポリプの群れによって行われる、極めて熾烈な戦いが、この瞬間から幕を開けるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……っ!?何よあれ……っ?!あれが貴女が言っていた化物なの……っ!?あんなの私、今まで一度も見た事ないわよ……っ?!!いや、それだけじゃない……っ!戦治郎さんって深海棲艦だったの……っ!??何で深海棲艦が大和さん達と協力し合ってあの化物と戦ってんの……っ?!?ホント訳が分かんないんだけどっ??!!」

 

戦治郎達が飛行するポリプ達と戦闘を開始した頃、戦場から少し離れた所にある茂みの中に隠れている瑞鶴は、戦治郎達の戦闘を目の当たりにするなり、恐怖と混乱によって震える腕で岩本妖精さんを抱きかかえ、涙目になりながらこの様な言葉を口にしていたのであった……



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瑞鶴と零戦虎徹

飛行するポリプと戦闘を開始した戦治郎達……、そしてそんな戦治郎達の姿を瑞鶴は茂みに身を潜ませて窺っているのだが、何故彼女がこの場にいるのだろうか……?

 

それを説明するには、少しだけ時間を遡る必要がある……

 

岩本妖精さんの一件で、その日のトレーニングが普段よりやや早めに終わってしまった関係で、少しだけ空き時間が出来た瑞鶴は、戦治郎からゲームを借りる為に戦治郎がいるであろうと思われる、教官用の寮の大和の部屋へと向かっていた

 

艦娘候補生用の寮から出る際、寮長に対して教本を用いての自習中、解き方が分からない問題があった為、空母艦娘の教官である赤城に解法を聞きに行くと、嘘をついて寮を出た瑞鶴は、今日こそはあのゲームのノーマルモードをクリアしてやると考えながら、所々に設置された照明によって照らし出された教官用寮までのびる道を歩いていたのだが、ふと視界の隅で動く小さな影を見つけると、思わずそちらに視線を向けるのであった

 

その小さな影は何処かを目指し、足を引きずる様にしてゆっくりと瑞鶴が来た方角へと進んでいくのであった

 

そしてその影が照明の下に辿り着き、その正体が明らかになると、瑞鶴は驚きの表情を浮かべるや否や、慌てた様子でその影の方へと走り出すのであった

 

その影の正体とは、トレーニング中に瑞鶴が浜辺で発見し、医務室に連れて行ったはずのあの岩本妖精さんだったのである……

 

医務室で軍医から、岩本妖精さんはかなり危険な状態であった事を教えられていた瑞鶴は、全身の至る所に包帯を巻き付けた岩本妖精さんの下へ駆け寄ると……

 

「何やってるのよ貴女っ!?ダメじゃないっ!軍医の先生が言ってたでしょっ?!今日は安静にしときなさいってっ!!」

 

ボロボロになっている岩本妖精さんを拾い上げ、岩井妖精さんに向かってそう叱責し、彼女を医務室に連れ帰ろうとするのだが……

 

「痛っ!?」

 

岩本妖精さんは瑞鶴の手の中で大暴れした挙句、彼女の手を噛み付いて拘束から逃れようとしたのである。これには瑞鶴も驚き、手から伝わる痛みに思わずその手の力を緩めたところ、その隙を突いて岩本妖精さんが瑞鶴の手から脱出、地面にベシャリ!と落下した後、歯を食いしばりながら立ち上がり、目的地に向かって歩き出そうとするのだが、我に返った瑞鶴の手によって、岩本妖精さんは再び捕まってしまうのであった……

 

その後、瑞鶴は岩本妖精さんから事情を聞こうとするのだが、如何せん彼女には妖精さんの言葉が分からない為、岩本妖精さんがボディーランゲージを交えて事情を話しても、その内容を理解する事が出来なかったのであった……

 

それからしばらくして、岩本妖精さんの話が理解出来ない瑞鶴と、話を理解してもらえない岩本妖精さんの双方が、困り果てながらどうしたものかと考えていると、不意に2人の耳に2人分の足音が聞こえ、それを聞いた瑞鶴が時計を見て時間を確認し、今の時間が当番制で見回りをする教官達が見回りを開始する時間である事に気付くと、急いでその身を隠し、今日の見回り担当の教官をやり過ごそうとするのであった

 

それから大して間も空けずして、瑞鶴が隠れている場所のすぐ近くを、整備科実習棟に艤装を取りに向かっている大和と綾波が、小走りになりながら通り過ぎていくのであった……

 

この時瑞鶴は、2人の表情が真剣そのものであり、とても見回りをしている様な感じでは無かった事に気付き、あの2人は一体何をしようとしているのかについて思考を巡らせようとするのだが、それも岩本妖精さんのとある行動によって中断せざるを得なくなるのであった……

 

岩本妖精さんが一体何をしたのか……?その内容は言葉にすると大した事では無い様に思えるが、パイロット妖精さん達からしてみれば、今後の人生を大きく左右するほどの、かなり大変な事なのであった……

 

瑞鶴の手の中にいた岩本妖精さんが、唐突に瑞鶴に向かって敬礼をしたのである。その直後、瑞鶴の脳内及び視界一杯に艦戦の運用に関わる情報が津波の様に押し寄せ、これにより情報を処理し切れなくなった瑞鶴の脳が、頭痛と言う形で悲鳴を上げ始め、瑞鶴は突如として襲い掛かって来たその激痛に耐え切れず、思わず両膝を突いて片手で頭を押さえ、苦悶の表情を浮かべながら呻き声を上げる……

 

「ハァ……、ハァ……、な、何よこれ……?」

 

それからしばらくして、頭痛が収まった瑞鶴が、肩で息をしながらそう呟くと……

 

「日本海軍的に言えば、今のは契約の儀って奴ね」

 

不意に瑞鶴にとって聞き慣れない声が、それに返答する様に聞こえて来るのであった。それからすぐ、瑞鶴が声の主を探す様に辺りを見回すも、そこには瑞鶴達以外の姿は無く……

 

「こっちよ、貴女の手の中」

 

この声を聞いた直後、瑞鶴は自身の手の中にいる岩本妖精さんの方へ視線を向け、そんな瑞鶴の様子を見た岩本妖精さんは、やれやれと言った様子で肩をすくめてみせるのであった……

 

そう、先程彼女が瑞鶴に向かって行った敬礼は、ハンマー妖精が戦治郎達の額に自分の額を当てた事や、給糧妖精さんが翔の頬にキスをした事と同じ……、日本海軍では契約の儀と呼ばれ、戦治郎達からは情報交換と呼ばれている行為だったのである

 

この行為が日本海軍で契約の儀と言われている理由についてだが、それは日本海軍の中で情報交換が行われた事例が、空母艦娘とパイロット妖精さんとの間で交わされたものしか無く、しかもパイロット妖精さん達の場合、この行為はその艦娘の専属パイロットになり、残りの生涯を共にすると言う意思表示を含む、かなり重い内容となっていた為、この様に呼ばれる様になったのである

 

さて、契約の儀の事を授業で習っていた瑞鶴が、どうして自分と契約を交わしたのかについて、岩本妖精さんに向かって尋ねてみたところ、岩本妖精さんは非常事態だったからと返答した後、言葉が交わせる様になったからと言って、改めて自分が何処に向かおうとしていたのか……、そしてその理由……、自身の棲み処の現状について話し始めるのであった……

 

それを聞いた瑞鶴はしばらくの間絶句し、我に返るなりある事を思い出す。そう、戦治郎が医務室で瑞鶴に行った、岩本妖精さんの事情説明である。あの時戦治郎が言った事と、今し方岩本妖精さんが話した内容は、それはもう全く別物と言って良いくらい違っていたのである。これに気付いた瑞鶴が、何故戦治郎は自分に嘘をついたのか?と疑問を抱いた直後、情報交換した事である程度瑞鶴の考えが分かる様になった岩本妖精さんが、その疑問の答えを口にする

 

「あの人……?うん、ややこしくなるから取り敢えず人で。あの人が貴女に嘘をついた理由だけど、如何やらあの人……、あの化物達とやり合うつもりよ……。んで、その戦いに貴女を巻き込まない様にする為に、ああして嘘をついたんだと思う……」

 

「何でそんな事が分かるのよ?」

 

「私の話を聞いた後の、あの人の顔を見たら分かるわ。だってあの人のあの表情……、艦載機に乗り込んで戦場に赴く私達の顔と同じ……、戦士の顔だったんだもの。それに、あの表情を浮かべてからのあの人が放っていた気配……、あれは相当な修羅場を幾度となく潜り抜けて来た、本物の猛者だけが放てるレベルのものだったわ……」

 

瑞鶴と岩本妖精さんはこの様なやり取りを交わし、岩本妖精さんの話がまだ信じられずにいた瑞鶴は、岩本妖精さんの棲み処がある島に向かうであろう戦治郎達の後をつけ、事実をこの目で確認する事を決意するも、岩本妖精さんに止められてしまう……。だが……

 

「貴女が乗って来た艦載機なんだけど、損傷が酷過ぎるから明日オーバーホールするって戦治郎さんが言ってたわよ?そうなると貴女、棲み処に戻る為の艦載機が無いって事になるわよね?ってな訳で取引しない?私の艦載機を貴女に貸す代わりに、私の同行も認めるって感じでね」

 

瑞鶴は岩本妖精さんの艦載機が使い物にならない状態である事を告げた後、岩本妖精さんにこの様な取引を持ち掛け、泳いで島に戻る訳にもいかない岩本妖精さんは、渋々と言った様子で瑞鶴の取引に乗る事にし、こうして交渉が成立した瑞鶴は、艤装を装着して整備科実習棟から出た大和達の姿を確認した後、整備科実習棟内に侵入して自身の艤装を装着すると、岩本妖精さんに戦治郎からもらった言霊式零戦53型を渡してから、大和達の後を追って岩本妖精さんの棲み処があると言う島に向かうのであった……

 

この様な事があった為、瑞鶴はあの場に存在し、ポリプの姿から来る恐怖と、戦治郎の正体を知った事から来る混乱で、軽くパニックを起こす羽目となるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさかこんな事件が発生してたなんて……、しかもあれって、以前あの子が言っていた奴よね……?ホント、見回り中に大和さん達や瑞鶴の事に気付いて正解だったわね……。っとそれよりも、戦治郎さんも水臭い……、って、そう言えばウチにあの子がいるって事、戦治郎さんに伝えてなかったわね……。そう考えたら、声が掛からなかったのは当然か……。それは兎も角、あの子が作ってくれた武器、役に立ってくれそうね……っ!」

 

瑞鶴よりも更に離れた場所で、瑞鶴達とは別に、大和達へ視線を向けていたもう1つの影の主は、そう呟きながら手にした武器を構え、戦場へ向かって走り出すのであった……



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増援来りて

大和達を追って来た事で、この戦いを目の当たりにする羽目になった瑞鶴の存在になど一切気付かずに、戦治郎達は洞窟から這い出て来たと言われている飛行するポリプの群れと激戦を繰り広げていたのであった

 

戦治郎が先陣を切ってポリプ達の群れの中に突撃し、大妖丸を片手で振り回しバッサバッサとポリプ達を斬り捨て、その遺体に格納ボックスから取り出した燃料缶の中身をぶちまけ、更にトドメとばかりにヨイチさんに装填された三式弾を浴びせ、三式弾の子弾によって引火した燃料は火柱を上げてポリプ達の遺体を次々と焼き尽くし、仕返しとばかりに戦治郎に襲い掛かろうとしたポリプ達は、後方に控えた大和の3号さんに装填された三式弾と、綾波が装備する秋月砲、そして周囲を飛び交う岩井妖精さんが駆る零戦62型の機銃の餌食となり、三式弾を浴びたポリプは火達磨になりながら、綾波の砲撃と零戦62型の銃撃を受けたポリプは、榴弾の爆発や豪雨の如く襲い掛かる銃弾によってその身をバチャバチャと飛び散らせながら、地面に向かって真っ逆さまに落下して行くのであった

 

尚、綾波や岩井妖精さんが仕留めた遺体に対しても、戦治郎は燃料をかけて入念に焼き払っていた。何故なら、もしこれでポリプが仕留められておらず、それに気付かぬままこの場を後にし、自分達が去った後に自己再生で損傷部位を修復した後、背後から修復を終えたポリプに襲撃される可能性を戦治郎が懸念した為である。故に戦治郎達は、ポリプの遺体を跡形もなく焼き尽くす事にしたのである

 

尤も、ここ以外にもポリプが湧いている可能性を考えた戦治郎が、ポリプを斬り捨てながらも今後のポリプ対策を立てる為に、斬り捨てたポリプの身体の一部をサンプルとしてティルタニア樹脂製のタッパーに詰め、抜け目なく回収していたりするが……

 

それはそうと、こうして飛行するポリプ達と戦っている戦治郎達だが、時が経つにつれてその状況は徐々に徐々に悪くなっていくのであった

 

言うのも、見た限りでは戦況は戦治郎達の優勢の様なのだが、実際のところ戦治郎達は倒しても倒しても後から後から湧いて来るポリプ達によって足止めを喰らっている状態に陥っており、目的地であるポリプ達が出て来ると言う洞窟の方へは全く向かえていない状態なのである

 

更に戦えば戦うほど、戦治郎達の体力は消耗していくのだが、一方のポリプ達は体力を消耗している個体がやられたとしても、後方から体力に余裕がある個体が新たにやって来て戦列に加わっていく為、ポリプの総数は戦闘によって確かに減っているかもしれないが、現状だけ見てみればただ只管戦治郎達だけが消耗している様な状態となっているのである

 

こうなって来ると、当然の如くトラブルが発生してしまうもので……

 

「っ!?」

 

「しまったっ!!岩井妖精さんっ!!!」

 

戦治郎達が到着するまでの間、単独で戦い続けていた岩井妖精さんの疲労が遂に限界を迎え、それにより岩井妖精さんは機体の操作ミスをやらかしてしまい、その隙を見逃さなかったポリプの触手による攻撃を、零戦62型の主翼に受けてしまうのであった

 

それに気付いた戦治郎が声を張り上げるのだが、岩井妖精さんの零戦62型からの反応は無く、機体は錐揉み状に回転しながら地面に向かって落下して行くのであった……。如何やら攻撃を受けた時の衝撃によって、岩井妖精さんはコックピット内で気絶してしまっている様である……

 

(チィッ!!どうする……っ!?このままじゃ岩井妖精さんが……っ!!)

 

その様子を目の当たりにした戦治郎は、内心で舌打ちしながらこの様に呟き、どうするべきか思考を巡らせようとするのだが、それはポリプ達の夥しい数の触手攻撃によって中断させられてしまうのであった

 

この時何故、戦治郎は岩井妖精さんを助けに行くのを躊躇ったのか……、それは今、敵陣のド真ん中に突っ込んで囮になっている自分が、岩井妖精さんを助ける為に動いてしまえば、自分に向いている矛先の全てが大和達に向かい、大和達を危険な状況に陥れてしまう可能性があったからである

 

尚も襲い掛かって来るポリプ達に反撃しながら、戦治郎は心の中で大和達の命と岩井妖精さんの命を天秤にかけ、どちらを優先すべきかで逡巡するのだが、戦治郎がそうしている内にも、岩井妖精さんの機体は地面との間を縮めていく……。それを見た戦治郎が、このままでは不味いと思い……

 

(ここは大和達を信じて……、行くしか……っ!)

 

戦治郎が大和達の事を信じ、岩井妖精さんを助けに行く決意を固め、そちらに向かって駆け出そうとしたその時である……っ!

 

「うわあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

突如近くの茂みから1つの影が飛び出し、その影は戦治郎達には聞き覚えがある声を張り上げながら、今にも墜落してしまいそうな岩井妖精さんの下へ一直線に駆け出し、まるでヘッドスライディングでもするかの様な勢いで、プロペラに注意しながらも岩井妖精さんの機体に飛びつき、機体の墜落を阻止してくれたのであった

 

「瑞鶴っ!?何でおめぇ此処にいるんだよっ?!」

 

その影に気付いた戦治郎が、影の正体である瑞鶴に向かって、驚きの色を含んだ叫びを上げるのだが……

 

「戦治郎さんっ!後ろっ!!」

 

当の瑞鶴はこの様に叫び返し、これによって自身の方へ伸びて来る触手の存在に気付いた戦治郎は、手にした大妖丸で向かって来る触手をバッサリと斬り捨てるのであった

 

さて、これによって戦況に変化が発生する

 

先程の瑞鶴の叫びによってポリプ達が瑞鶴の存在に気付き、ポリプ達からしたら忌まわしい事この上ない62型によって両手が塞がっている事で、瑞鶴は自分達に抵抗する手段を現状持ち合わせていない存在だと判断したポリプ達が、戦治郎や大和達からターゲットを変更し、一斉に瑞鶴に襲い掛かり始めたのである

 

「さっきと大して状況変わって……、いや、大和達に攻撃向かってないだけ若干マシか……。って言ってる場合じゃねぇっ!!!」

 

「提督っ!援護しますっ!!」

 

「瑞鶴さんっ!伏せて下さいっ!!」

 

その様子を見た戦治郎達が、思い思いに言葉を口にし、瑞鶴を助けようと行動を起こそうとしたその直後、突然瑞鶴が身を潜めていた茂みより更に後ろの方から、機銃……、いや、恐らく機関砲クラスの掃射音が鳴り響くと同時に、瑞鶴の方へと向かっていたポリプ達を銃弾の嵐が襲い、次々とその身体を蜂の巣にしていくのであった……

 

これに驚いた戦治郎が、瑞鶴の方へと駆け出そうとしたその足を止め、掃射音が聞こえた方角へ視線を向けようとするのだが、その視界に映り込んだポリプ達の死骸に起こった現象に気付くと、思わずそちらへ視線を向ける

 

先程の攻撃によって撃破されたポリプの死骸……、その身体には数多くの銃創が残っているのだが、その銃創の周りには何と緑色の光を点滅させるクトゥルフ文字が浮かんでおり、それは点滅の速度を上げるにつれて緑から黄色、そして黄色から赤に変化していき、それが点滅を止め一層眩く赤い光を放ち始めると、突然銃創を中心に次々と爆発、その爆発によって飛び散った肉片は赤い炎を纏いながら地に落ち、しばらく地上で燃えていたそれはやがて完全に焼失してしまうのであった……

 

「な、なんじゃこりゃ……っ!?」

 

戦治郎が、大和が、綾波が、そしてポリプ達のターゲットとなっていた瑞鶴が、その現象を目の当たりにして愕然とし、この中の誰よりも早く我に返った戦治郎が、思わず驚愕の声を上げると……

 

「ヴルったら、とんでもない武器を作ったものね……。でもこれなら十分……、いえ、十二分っ!神話生物とも戦えるわっ!!」

 

戦治郎の声に返答するかの様なタイミングで、掃射音がした方からこれまた戦治郎達にとって聞き覚えがある声が聞こえ、この場にいる者達全員がそちらに視線を向けると……

 

「五十鈴((さん))(教官)っ!?」

 

そこには軽巡艦娘候補生達の教官を務める、佐世保鎮守府に……、そう、文月に心酔している旧支配者のヴルトゥームが住まう佐世保鎮守府に所属する五十鈴の姿があり、五十鈴の姿を目にした戦治郎達が驚きの余り思わずそう叫ぶと……

 

「細かい事は後っ!!今はこの盲目のものの群れを何とかしましょうっ!!!」

 

五十鈴は驚愕する戦治郎達に向かってこの様に返答しながら、手にした大型の機関銃の様な武器を、鎮守府の皆にも悪い神話生物と戦える武器を作って欲しいと言う、文月のお願いを聞いたヴルトゥームが、その願いを叶える為に全身全霊を込めて作り出した対神話生物用機関砲を構え、その様子を見ていた戦治郎達は、我に返るなり五十鈴を戦列に加えて戦闘を再開するのであった……



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集落跡地にて

突如姿を現した五十鈴が戦列に加わった事で、この戦況は多少なれど好転し、戦治郎達は少しずつではあるが、ポリプ達が這い出て来ていると言われている洞窟の方角へ、ジリジリと歩みを進めていくのであった

 

幾ら佐世保のヴルトゥームが作ったと言う対神話生物用機関砲があったとしても、結局のところ一定の間にそれの攻撃で倒せる敵の数にも限界がある為、五十鈴の加入で戦治郎達に歩みを進める余裕が生まれはしたものの、少数である戦治郎達に対して、幾ら倒されたとしても後から後からこの場に姿を現し、次々と襲い掛かって来るポリプ達相手では、無双など夢のまた夢なのである……

 

それでも戦治郎達はその歩みを止めず、ゆっくりではあるが只管前に進んでいき、遂にはこの島の住民達が住んでいたであろうと思われる、集落の跡地に辿り着く事に成功するのであったが……

 

「……うっ!」

 

集落跡地に辿り着くなり戦治郎達の視界にある物が映り込み、それが一体何であるかに気が付いた瑞鶴が、顔色をみるみる悪くしながらその場にしゃがみ込み、胃の中にある物を吐き出し始める……。そんな瑞鶴が目にした物……、それは腹部を何かに食い千切られ、下半身と上半身が背骨だけで繋がっている、恐らくこの集落に住んでいたであろう人間達の遺体の山だったのである……

 

「十中八九、ポリプ達の仕業だな……」

 

「その様ね……」

 

「これは……、惨過ぎますね……」

 

「この問題が解決した後、皆さんのお墓を建ててあげましょう……」

 

「いや、そこはじっちゃん……、いや……、呉鎮守府の提督さんに任せるぞ。悲しい事に日本の法律によって、勝手に墓作っちゃいけない事になってんだわ……。だからこの場合、軍を通して被害者を弔ってもらう必要あるんだわ……」

 

「軍を通す場合、現場検証なども入る可能性がありますから、現場を荒らさない様にする為にも、なるべく遺体には触らない様にしておきましょう……」

 

瑞鶴が地面に吐瀉物を撒き散らす中、戦治郎、五十鈴、大和、綾波の4人は、顔を不快そうに顰めながらこの様なやり取りを交わし、瑞鶴がようやく立ち直ったところで、戦治郎達は集落から少し離れた位置にあった小屋に入り、そこでポリプ達との戦いで疲れた身体を休ませながら、瑞鶴と五十鈴が何故此処にいるのかについて聞く事にするのであった

 

そう言う訳で、先ず瑞鶴が戦治郎達に事情を話したところ……

 

「馬鹿タレこのぉっ!!!」

 

戦治郎はかなり本気で瑞鶴を叱り飛ばし、仕舞いには彼女の頭頂部に拳骨を振り下ろすのであった……。まあ瑞鶴の場合、ある種の好奇心を満たす為にこの危険過ぎる戦場に、安静にしていなければいけないレベルの大怪我を負った妖精さんを連れてやって来たとも受け取れる為、この様な仕打ちも仕方ないと言えるだろう……

 

その後、戦治郎の拳骨を受け、あまりの痛みに床を転げまわる瑞鶴を尻目に、今度は五十鈴が戦治郎達に事情を話し始める……

 

五十鈴の話によると、如何やら彼女は夜の見回り中に、艤装を装着して何処かへ向かう大和達と、その後を追う瑞鶴の姿を目撃し、大和達には何があったかを尋ねる為に、そして瑞鶴にはすぐに部屋に戻る様注意する為に、艤装を装着しその後を追って来た結果、この事件に巻き込まれてしまった様なのであった……

 

「本音を言えば、この様な形じゃなくって、最初から私にも声を掛けてもらいたかったのだけど……」

 

「ああ、そういや五十鈴に関してちょっち気になってた事あったわ、おめぇ何で神話生物見ても平然としてるのん?普通、アレ見たらショックで気絶したり、頭おかしくなったりするもんだべ?実際、鹿島とかゾアの戦闘形態見てぶっ倒れてたし……。っとそれはそうと、何で五十鈴は無事なんよ?それとあの武器一体何ぞ?おっちゃん、あんな武器今まで見た事ねぇぞ?」

 

「やっぱり気になるわよね……、これについてはさっき言い掛けた言葉の続きになるんだけど、ちょっと戦治郎さん達に伝え忘れてた事があったのよ……」

 

五十鈴と戦治郎がこの様なやり取りを交わし、五十鈴が神話生物を見ても平気であった理由……、佐世保鎮守府に旧支配者であるヴルトゥームが住み着いている事、そして五十鈴が使っていた武器が、そのヴルトゥームが作り上げたも物である事を包み隠さず話したところ、戦治郎達はその顔に驚愕の表情を貼り付けながら、ただただ呆然としてしまうのであった……

 

その後我に返った戦治郎が、五十鈴に頼んで対神話生物用機関砲を見せてもらおうとしたその時である、戦治郎が表から殺気を感じ取り、急いで大和達に艤装を装着して伏せる様に指示を出し、更に彼女達の装甲や耐久力を上昇させる為に神帝之型を発動させた直後、突然小屋が大きく揺れ出すや否や、壁と天井が粉々に砕け散りながら勢いよく戦治郎達の後方へとぶっ飛んで行き、その原因が戦治郎達の頭上を掠める、戦治郎にとっては見覚えのある衝撃波であった事に気付くと、戦治郎は険しい顔をしながら衝撃波が発生した方角に顔を向け……

 

「……おぉん?」

 

視線の先にいる存在を正確に視認するなり、戦治郎は困惑しながらこの様な声を上げるのであった……。さて、何故戦治郎が困惑しているのかと言うと……

 

「まさかアッシのとっておきを壁越しに避けるとはなぁ……、如何やらそこの深海棲艦は相当な手練れみたいでよ……」

 

そこには戦治郎達の死後に行われた艦これのイベントにて初登場した、護衛棲水姫の艤装が、その短くちっちゃい4本の足で大地をしっかり踏みしめながら、この様な事を口にしていたからである……

 

そう、戦治郎が困惑している最大の理由、それは目の前にいるものが、戦治郎達の死後のイベントに登場していた都合で、戦治郎にとって全くの未知の存在だったからである……

 

「まあ相手がどんな奴であろうと、リコリスの部下である深海棲艦である以上、この場でブッ倒させてもらうでよ。恨むんなら、自分達のボスを恨むんでよ」

 

こう言った理由で戦治郎が困惑する中、戦治郎からしたら謎の存在となる艤装は、この様な事を口にした後、その口を大きく広げて口の中に衝撃波を溜め始める……

 

(ちょっ!?一体何ぞこいつっ?!見た目から深海棲艦だって分かっけど、細かい事がサッパリ分かんねぇぞっ!!?いや、それよりも……、何でこいつヘモジーが使ってた衝撃波を使えんだよっ?!?)

 

艤装の言葉で我に返った戦治郎は、内心でこの様な事を呟きながら、艤装が吐き出そうとしている衝撃波を避ける為に回避行動に移り、直後に発射された衝撃波を何とか躱してみせるのであった

 

「あっぶねぇっ!!」

 

「ふむ……、まあ壁越しに避けれるんなら、正面から撃つ奴に当たる訳ねぇでよ……。って事でお前達、出番でよ~」

 

衝撃波を間一髪のところで避けた戦治郎が、思わずそう叫んだ直後、艤装はこの様な言葉を口にしながら、エイの様な形をした艦載機と黒い丸っこい艦載機を頭部の飛行甲板から発艦させ……

 

「ようやくミー達の出番ザンスかっ!」

 

「まあ、カエルがあの衝撃波使える様になってから、俺達の出番がめっきり減ったからなぁ……」

 

艤装が発艦した艦載機達は、艤装の頭上で滞空しながら、この様な事をそれぞれ口にしていたのであった

 

これが後に長門ペット衆に加わる事となる、とある動画サイトで活動する動画投稿者の手によって唐揚げにされて食べられた過去を持つ、護衛棲水姫の艤装となったウシガエルの平八と、土地開発によって棲み処と餌場を奪われた事で、飢え死にしてしまった過去を持つ漆黒タコ焼きとなったワシミミズクの勘九郎、そして勘九郎と同じ様な経緯で死に至った過去を持つ、欧州棲姫が連れている艦載機となったオヒキコウモリの十兵衛の3匹と、その主となる戦治郎との出会いなのであった……



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謎の艤装と艦載機

集落跡地にて休憩をとっていた戦治郎達は、突如として襲い掛かって来た正体不明の敵と交戦する事となり、相手の情報が余りにも少なすぎる事が原因で、戦治郎達は思わぬ苦戦を強いられる事となるのであった……

 

「これでも喰らうザンスッ!!」

 

先程何かの艤装と思わしき存在が発艦した黒いタコ焼きの様な艦載機が、そう叫びながら自身の下部から生えた腕で持っている魚雷を戦治郎目掛けて投げつけ、それを戦治郎が何とか回避したその先には……

 

「待ってましたよっとぉっ!!」

 

艤装から黒タコ焼きと同時に飛び出したエイ型艦載機が既に待ち構えており、エイ型艦載機は回避したばかりで体勢を立て直し切っていない戦治郎の頭に向かって機銃を発射……

 

「ばいしょおおおぉぉぉーーーっ!?」

 

それに気が付いた戦治郎はよく分からない叫びを上げながら、勢いよく胸を反らしてブリッジの姿勢をとってそれを強引に回避、その後両足で地面を蹴ってバック転し何とか体勢を立て直すのであった

 

が、その直後……

 

「フクロウッ!コウモリッ!ナイス誘導でよっ!!」

 

如何やら戦治郎が現在立っている位置は、艤装が放つ衝撃波の射線上であったらしく、艤装は艦載機達に向かってそう叫ぶと、口から黒い衝撃波を放って戦治郎に攻撃を仕掛けるのであった

 

「こなくそおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

艤装の口元に暴力的な黒い何かが見えた瞬間、戦治郎はそう叫びながら地面を蹴って右方向に跳躍、その直後に手にしたヨイチさんの砲口を地面の方へと向けてトリガーを引き、その反動を利用して脚力だけで跳躍するよりも大きく右方向へ文字通り飛び、艤装が吐き出す衝撃波を何とか回避するのであった

 

(くっそ!こいつら一体何なんだよっ!?エイは兎も角、他の2匹は全く見た事ねぇぞっ?!しかもヘモジーと全く同じ攻撃方法持ってやがるしっ!!つかこいつらの正体や攻撃方法よりも、今気にするべきはこいつらの目的か……、確かさっき、こいつらは俺を見てリコリスの部下って言ってたな……。まさかこいつらの目的に、リコリスが関わってんのか……?……そういやウチの爺さんもガワはリコリスだったな……、一体どっちのリコリスに因縁があるんだ……?)

 

その最中、戦治郎が何故彼等が自分達に攻撃を仕掛けて来るのかについて考えを巡らせていると……

 

「提督っ!援護しますっ!!」

 

不意に戦治郎の耳に大和の声が聞こえ、戦治郎が声がした方角へチラリと視線を向けたところ、そこには3号さんと艤装に取り付けられた51cm砲の砲口を、戦治郎に対して攻撃を仕掛けている艤装の方へと向ける大和の姿と、艤装が発艦した艦載機達に機関砲や秋月砲を向ける五十鈴と綾波の姿があり、それに気付いた戦治郎が五十鈴達の援護の為に、腕から鷲四郎を発艦しながら射線上から退避すると、すかさず大和達が一斉に砲撃を開始する

 

これにより、五十鈴達の方は戦治郎を衝撃波の射線上に誘導したり、戦治郎の回避行動の妨害をする艦載機達の足止めが出来る様になったのだが、戦艦水鬼の転生個体である戦治郎でも耐えられそうに無さそうな攻撃を行う艤装を狙っていた大和の方は、誰もが予想する事も出来なかったであろう、とても信じ難い出来事が発生するのであった……

 

大和が自身に向けて砲撃を行った事を視認しているにも関わらず、艤装は一切回避行動をとろうとしなかったのである

 

それを見た戦治郎は、思わず怪訝そうな表情を浮かべる。先程の戦いの中で戦治郎は艤装の事をしっかりと観察しており、それにより艤装の動作が明らかに遅い事は知っていたのだが、それでも普通なら動作が遅いなりにも回避行動はとるだろうと考えていたのだが、肝心の艤装はそんな事は一切せず、その短い足で地面を強く踏みしめ、大和の攻撃をその身で受けるべく身構えていたのである……

 

(こいつ……、何企んで……)

 

戦治郎がそう考えた直後、艤装に大和が放った砲弾が直撃し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艤装に当たった砲弾は爆炎を発する事も無く、まるで爆竹の破裂音の様な乾いた音を辺りに響かせ、それによって飛び散った砲弾の破片も、艤装の身体にペチペチと弱々しく当たった後、その弾力に押し負けて艤装の足元にポロポロと落ちていくのであった……

 

「そ、そんなっ!?」

 

「何じゃ今のはぁっ?!?」

 

目の前で起こった出来事に驚愕し、戦治郎と大和が同時に叫び声を上げると、艤装は愕然とする2人に向かってニヤリと笑い……

 

「驚くのも無理もねぇでよ、実際これを使える様になった時、使っているアッシ自身も驚いたもんでよ。まあそれはそうと……、攻撃が効かねぇ絶望感を抱きながら死に晒すでよ。かつてお前達がアッシとフクロウの目の前で沈めたあの子の様に……、数の暴力を目の前にして絶望しながらも、アッシ達に心配させない様笑顔を向けながら、アッシ達を逃がしてくれたアッシ達の持ち主の様にな……っ!!!」

 

戦治郎達に向かってそう言い放った後、艤装は衝撃波を発射する為に口を大きく開き始める……

 

と、その時である

 

「岩本さんっ!岩井さんっ!頼んだわよっ!!」

 

戦治郎達の後方から瑞鶴の声が聞こえ、その直後に戦治郎達の後方から零戦53型と零戦62型が姿を現し、艤装の口の中に機銃の弾丸と機体の下部に取り付けられた爆弾を放り込む。尤も、これらの攻撃も先程同様、簡単に弾かれたりかんしゃく玉の様な音を出すだけで、艤装に有効打を与える事は出来なかったのだが……

 

「瑞鶴っ!大怪我しとる岩本妖精さんに何やらせとんじゃいっ!?」

 

「大丈夫よっ!岩本さんの機体操作は私の方でやってるからっ!」

 

「そう言う問題じゃ……っ!」

 

「大体、私も反対したのよっ!けど岩本さんがやれってっ!やってくれってっ!!」

 

突然の出来事に驚きながらも、戦治郎が怪我人である岩本妖精さんを出撃させた瑞鶴を咎めようと声を発するも、瑞鶴のこの言葉を聞くとつい押し黙ってしまうのであった……。怪我を押してでも、故郷の為に戦おうとする妖精さんの気持ちを理解してしまった為である……

 

(妖精さん達が望んでるんなら仕方ねぇ……、っと言っても、妖精さん達が加わったとしても、この状況が好転するとは思えねぇ……。さて、どうしたもんk……ん?)

 

こうして艦娘候補生である瑞鶴までもが戦列に加わった訳だが、それによってこの状況が如何にかなる訳ではないと思った戦治郎が、攻撃が碌に効かないこの艤装に有効打を与えるには、どうしたらいいかについて考えようとしたところで、ある事に気が付き思わず考える事を止め、その様子を観察し始めるのであった

 

一体何が起こったのか……、それは艤装の身体から次々と妖精さんが姿を現し、艤装を止めるべくその身体や足にしがみついたり、艤装をペチペチと叩き出したり、挙句の果てには戦治郎達を守らんと、両手両足を大きく広げて戦治郎達の前に立ちはだかり始めたのである

 

「ちょっ!?お前ら止めるでよっ!!折角助けてやったのに、何でアッシの邪魔をするでよっ!!?」

 

「……助けた?おめぇが?妖精さん達を?」

 

突然自分に対して攻撃を始めた妖精さん達に驚き、艤装がこの様な言葉を口にすると、それに戦治郎が反応し、思わず艤装に対してこの様に尋ねるのであった

 

「そうでよっ!こいつらが何か空飛ぶでっかいイソギンチャクみてぇなのに襲われていたところを、偶々身体を休める為にこの島に来たアッシ達が助けたんでよっ!!妖精さんは深海棲艦と対立してるって、アッシ達の持ち主だったあの子が言ってたもんだから、助けた事を理由に深海棲艦をブッ倒す為の力を妖精さんから借りようと思ったんでよっ!!!」

 

戦治郎の問いに対して、艤装は群がる妖精さんを振り払いながらこの様に返事をし、それを聞いた戦治郎は少し考えた後……

 

「なぁ、取引しねぇか?俺達がその妖精さん達を何とかしてやるから、代わりにおめぇ達は大人しく俺達の話を聞いて欲しい……。これでどうよ?」

 

艤装に向かってこの様な取引を持ち掛け、妖精さんの鬱陶しさが我慢出来なくなった艤装はその取引に応じる事にし、それを聞いた戦治郎が妖精さん達に攻撃を止める様にお願いすると、妖精さん達はすぐに艤装への攻撃を止め、戦治郎達の下へと集まって来るのであった

 

この時、戦治郎が妖精さん達に対して、何故自分達を助けてくれた艤装に攻撃を始めたのかについて尋ねたところ、妖精さん達は先程戦治郎達を援護する岩本妖精さん達の姿を見た事で、戦治郎達は岩本妖精さん達が連れて来てくれた自分達の味方であると判断した様で、味方同士で潰し合いをして欲しくないと考えた妖精さん達は、避難場所として利用していた艤装の格納スペースから飛び出し、戦治郎達に攻撃を仕掛けようとする艤装を止めるべく行動を開始したとの事であった

 

こうして謎の艤装との戦いは、島に住む妖精さん達のおかげで終了し、戦治郎達と艤装達はお互いの状況を把握する為に、先程艤装が衝撃波で吹き飛ばした小屋跡地にて話し合いを始めるのであった



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獣達が戦う理由

この島に住む妖精さん達のおかげで、謎の艤装達との話し合いの場を設ける事が出来た戦治郎達は、手始めにそれぞれ自己紹介を行う事にしたのだが、戦治郎達が自己紹介を終えて次は艤装達の番となったところで、生前から野生動物であった事から艤装達には名前が無く、彼等はこれまで自分達の生前の姿の名称で呼び合っていた事が判明し、それでは分かり難いからと言う理由で、戦治郎がその場でウシガエルに平八、ワシミミズクに勘九郎、オヒキコウモリに十兵衛の名を与え、話を進める事にするのであった

 

こうして話し合いが始まった訳なのだが、直後に戦治郎はどうしても気になっていた事を……、どうして平八が防人の様に衝撃波を吐き出せるのかについて尋ねたところ……

 

「細かい理由は分からないんだが、如何やらカエr……じゃなくて平八、平八は、何か不思議な力が宿っている肉とかを食うと、その力をある程度使える様になるみたいなんだ」

 

「でよでよ、でもまあ、アッシが食べたものから得たその不思議な力は、そのまんま使える訳じゃなく、少し効果や威力が落ちたり内容が変化したりしてるみてぇでよ」

 

十兵衛が戦治郎の疑問に対してこの様に答え、それを補足する様に平八がこの様な言葉を口にすると、戦治郎はその話の内容に少々驚いた後平八が衝撃波を撃ち出す姿を思い返し、何処か納得した様な表情で、あぁ……、と声を上げるのであった

 

確かに今思い返してみると、防人が放つ黒い衝撃波は対象にぶつかるまでは、何処までも何処までも飛んで行くのに対して、平八が放った黒い衝撃波はある程度飛んだところですぐに消滅していたのである

 

「因みに、アナタ達の攻撃の威力を落とした奴は、ミー達がアフリカ大陸の辺りを移動している時、海底に転がっていた誰かの腕を、お腹を空かせた平八が食べた結果使える様になったみたいザンス」

 

「他にもここからずっと南にある島々の辺りを移動している時、でっかい人の舌みたいなのを発見して、思わず食っちまったでよ」

 

「確か舌を食ってから、妙に平八の身体が硬くなったよな……」

 

「でよ、その2つを同時に使う事で、アッシはそう簡単に傷つかなくなったでよ。おかげでリコリスを倒すと言う野望に、少し近付けた気がするでよ」

 

「腹減ってたからとか、思わずで食う様なもんじゃねぇだろ……、その2つはよぉ……。っとそうだそうだ、そういやもう1つ気になってた事があるんだわ」

 

戦治郎が衝撃波の事を考えている間に、平八達はこの様なやり取りを交わし、それによって気になる事を思い出した戦治郎が、平八達にある事を尋ねる……。そう、彼等とリコリスの因縁についてである……

 

因みにその質問を平八達にする前に、戦治郎は平八達に件のリコリスが紋付羽織袴を着ていたかを、問題のリコリスが己の祖父である正蔵であるか否かについて尋ね、平八達がそれを不思議そうにしながら否定すると、ホッと胸を撫で下ろした後改めて因縁に質問していた

 

もし彼等の因縁の相手とやらが正蔵だった場合、戦治郎は全身全霊を以てそれを阻止する為に説得しようと考えていたからだ。何故ならば、戦治郎達が横須賀鎮守府に滞在していた頃、空と手合わせをする為にやって来ていたクトゥルフから、オーストラリアのアンダーゲートを訪れた際に正蔵と戦う羽目になり、手も足も出せぬまま正蔵から一方的にボコボコにされたと、そう聞かされていたからである……

 

因みにこの時クトゥルフは……

 

「お前の祖父とやらは、外なる神の1柱か何かか……?」

 

などと戦治郎尋ね、質問された戦治郎は返答に困った結果、取り敢えず正蔵は常識と非常識を超越した何かと答えていたりする……

 

尚、そんな正蔵は現在、南西諸島方面で茶飲み仲間を見つけ、『ジジーズ』なるコンビを結成したりしているが、これについては後に触れていこうと思っている……

 

話を戻し、平八達とリコリスの因縁についてだが、如何やら平八と勘九郎は戦治郎達が知らない護衛棲水姫と言う深海棲艦の艤装や兵装に転生したらしく、強硬派にも穏健派にも所属しない彼女と共に、平穏な生活を送っていたのだとか……

 

しかし、強硬派の方でとある事件が発生し、強硬派深海棲艦達が転生個体に対して敵意を抱く様になると、彼女達の平穏な生活は終わりを迎える事となり、護衛棲水姫が平八達を保有していると言う情報がリコリスの耳に入ると、リコリスは護衛棲水姫諸共平八達を滅ぼす為に、恐ろしい数の艦隊を彼女の下へ差し向けたのだそうな……

 

こうして強硬派深海棲艦に襲われた護衛棲水姫は、平八達を守る為に囮となる事を決意し、彼等にガダルカナル島に逃げる様に指示を出すと、一切武器を持たないまま艦隊に突撃を仕掛け、涙を流しながら彼女の指示に従い、彼女が折角作ってくれたチャンスを無駄にしない為にも逃走を開始した平八達の目の前で、砲弾や艦載機の爆撃の嵐を一身に受け轟沈してしまったのだそうな……

 

この様な事があった為、護衛棲水姫のおかげで生き延びる事が出来た平八達は、自分達の手で彼女の仇討ちを決意すると、ガダルカナル島へ向かう事を止めて自分達を強くする為の旅を開始し、その道中で転生したばかりで混乱する十兵衛と出会い、彼に護衛棲水姫から教えてもらった世界情勢を話すついでに自分達の旅の目的について話したところ、状況を説明してくれたお礼として十兵衛が平八達の仇討ちを手伝うと申し出、3匹は打倒リコリスを掲げて自分磨きの旅を続けていたのだそうな……

 

さて、平八達の話を聞いた時、戦治郎はある事を思い出すのであった……。そう、現在空が連れている猫型艦載機のアグの事である……

 

空から聞いた話によると、アグは元はリコリスの右腕である空母棲姫……、現在佐賀県武雄市に在住の九十九の艦載機で、九十九の態度が気に食わないと言う理由で大暴れした末彼女の下から逃亡し、今に至っているとの事であった……

 

この事を思い出した戦治郎は、恐らく平八達が言ったとある事件と言うのが、アグの脱走劇の事なのではないかと考え、これを彼等に打ち明けるべきかどうかで僅かに悩むのだが、今彼等を変に刺激するのは得策ではないと言う考えに至ると、アグの件は彼等には黙っておく事を決意するのであった

 

それはそうと、平八達が何故この島にいて妖精さん達助けたのかについては、先程の戦闘の際に平八が口にしている為、改めて聞く必要も無いだろうと言う事で尋ねる様な事はせず、今度は自分達の番だと言わんばかりに、戦治郎達は自分達の事情について話し始め、戦治郎が自分達と同じ転生個体である事と、リコリスと真っ向から対立している事を知らされた平八達は、先程突然攻撃を仕掛けた事を素直に詫びるのであった

 

尚、平八達が戦治郎に攻撃を仕掛けた理由だが……

 

「いや、まさかアンタが俺達と同じ転生個体だなんて思ってなくてな……」

 

「その顔の傷とその身に纏った雰囲気から、リコリスのとこの幹部クラスの猛者だと思ったんでよ」

 

「艦娘達を連れている件については、人質用に鹵獲した艦娘を連れ回してるんだと思ったザンス」

 

3匹は口々にこの様に答え、それを聞いた戦治郎は微妙な表情をしながら大和達の方へと顔を向け……

 

「なぁ……、俺の顔ってそんなに悪人みてぇな酷ぇ面してっか……?」

 

この様な質問を投げかけたところ、五十鈴は視線を逸らし、綾波は苦笑を浮かべ、瑞鶴に至っては……

 

「バラライカ姐さんみたいで超怖い、まさかあのフェイスヴェールの下に、こんなおっかない顔があるだなんて全く想像出来なかったわ」

 

戦治郎の事を真っ直ぐ見据えながら素直な感想を述べ、戦治郎を大いに凹ませるのであった……

 

因みに、大和の答えだが……

 

「大和にはとても勇ましく、とても頼り甲斐のある顔に見えますから、提督は自信を持っていいと思いますよ?」

 

戦治郎のイエスマンらしく、その答えはとても肯定的なものであった……

 

その後、この集落跡地近辺にポリプ達がいない理由が、平八達が妖精さん達に頼まれてポリプを駆除していたからだと知ると、戦治郎は平八達にポリプ討伐に協力して欲しいと頼み、それを聞いた平八達はさっきの詫びだと言ってポリプ討伐に協力する事を了承、ポリプ達が這い出て来る穴を如何にかするまでの間、戦治郎達と平八達は共同戦線を張る事になり、足が遅い平八を戦治郎が背中合わせに背負い、その辺で見つけた紐で括って固定した後、戦治郎達は目的地に向かう為にこの場を後にするのであった




平八が保有する能力は以下の通り

防人の衝撃波(但し射程がオリジナルより短い)

Nの頑強(オリジナルの装甲値強化倍率が10倍であるのに対して、平八版は5倍)

一定範囲内に侵入した砲弾や銃弾、爆撃や雷撃の威力低下(オリジナルは不明)


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穴には何かを流し込むのが礼儀

話し合いによって平八達の誤解を解く事に成功した戦治郎達は、平八達と共にポリプ達が這い出て来ると言われている洞窟へ向かう事となった訳なのだが、その道中は相手の数に苦戦を強いられていたこれまでとは打って変わり、平八達のおかげでかなり楽に前に進める様になっていたのであった

 

基本的な陣形はこれまでと同じなのだが、戦治郎が取りこぼしたポリプ達が戦治郎を後方から援護する大和達に殺到しようとすると、戦治郎の背中に括りつけられた平八が吐く衝撃波が唸りを上げ、一塊になったポリプ達を一網打尽にして始末出来る様になったのである

 

因みに戦治郎達を援護する大和達は、平八の衝撃波の射程範囲外から援護を行っている為、平八の衝撃波に巻き込まれる心配は全くと言って良いほど無かったりする

 

又、平八の衝撃波は口から吐き出すだけに留まらず、鷲四郎や勘九郎達、更には岩本妖精さん達が駆る艦載機に衝撃波を纏わせる事で、艦載機をポリプ達が発生させる突風や触手から保護すると同時に、艦載機を誘導性を持つ衝撃弾に変化させたのである

 

これにより今までは戦治郎の取りこぼしの対処をしていた五十鈴と綾波に余裕が出来、大和と共に前方ポリプの処理に参加出来る様になり、それによって前方のポリプ達の数を今まで以上に減らせる様になった為、戦治郎達の進軍速度が上昇したのである

 

因みに戦治郎が平八を背中に括りつけている理由だが、それは平八の足が短く歩幅が狭い上に、平八の本来の性格が比較的のんびりしている為移動速度が遅いからである

 

実際、集落跡地での話し合いの時、誰もが壁も天井も無くなった小屋にすぐさま向かう中、平八だけがヨチヨチノタノタと短い足を必死に動かして移動しており、それを見かねた戦治郎が平八を抱きかかえて元小屋へ向かったくらい、平八の移動速度は遅いのである……

 

尚、ポリプ達との戦闘中……

 

「アヂャヂャヂャヂャッ!イヂャイイヂャイイヂャイッ!!くぅぉらぁ平八ぃっ!!!俺の髪に食い付くなYO!!!」

 

「アッシにベチベチ当たっている、この髪が全部悪いんでよ」

 

最前線で戦う戦治郎が大妖丸振るう度に、長らくカットしていなかった為に以前より少し伸びた戦治郎の後ろ髪が平八に度々当たり、それに苛立った平八が戦治郎の髪に噛み付き、髪の一部を食べてしまうと言うちょっとしたアクシデントが発生、それにより平八が戦治郎の能力の1つである自然災害操作……が変化して生まれた天候操作の能力を使える様になるのだが、これは現状そこまで重要な事では無いので、今は軽く触れるだけに留めておき、後日改めて触れていこうと思う……

 

さて、そうしている内に戦治郎達は歩みを進め、遂に目的地であるポリプ達が這い出て来ている洞窟に辿り着くのであった

 

その洞窟は突如として地中から迫り出して来た様な様相を呈しており、その周囲にはこの島に上陸する前に戦治郎達が目にしていた、恐らくポリプ達が作ったのであろうと推測される玄武岩で出来た塔が乱立しており、辺りにはこの世のものとは思えない、果てしなく不気味な雰囲気が漂っていた……

 

「目標捕捉っ!!!」

 

洞窟を発見した戦治郎がそう叫んだ瞬間、洞窟から大量のポリプ達がワラワラと姿を現し、すぐさま戦治郎達に襲い掛かって来る……

 

「あれが盲目のもの達の出処ねっ!!」

 

「どうするの戦治郎さんっ!?あれを爆撃するのっ!!?」

 

「いや、洞窟の方は俺に任せてくれっ!!!おめぇらは外にいるポリプ達の処理を頼むっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

ポリプ達が洞窟から出て来るところを目の当たりにした五十鈴が叫び、それに続く様にして瑞鶴が叫ぶ様にして戦治郎にこの様に尋ねると、戦治郎は艦娘達に向かってこの様な指示を出し、艦娘達が返事をして行動を開始するところを見届けると……

 

「蟻みてぇに次から次に湧いて出て来やがって……、空ならきっと内部に突撃して殲滅するんだろうが……、俺はもっとスマートにやってやんよぉっ!!!」

 

この様な事を口走りながら戦治郎は神帝之型を発動させ、右手で『溶岩流』のモヤを握り潰す。刹那、洞窟の手前が突然隆起し始め、それが活火山へと姿を変えると火口からそれはそれは凄まじい勢いで溶岩が溢れ出し、それはポリプ達の巣窟と思われる洞窟の中へと一直線に流れ込み始め、溶岩は洞窟内に残るポリプ達をその熱で次々と焼き殺しながら、洞窟の中を隙間なく満たしていくのであった……

 

それからしばらく経ち、火口からの溶岩の流出が収まり、洞窟内を満たした溶岩が全て冷えて固まり火成岩となったところで、戦治郎はトドメとばかりに今度は『隕石落下』のモヤを握り潰し、およそ10個程の隕石を洞窟に叩き込んで洞窟をクレーターに変化させ、しばらくクレーターの様子を観察してポリプ達が湧いてこない事を確認すると、外に残ったポリプ達の処理に参加、こうして戦治郎達はこの島から完全に飛行するポリプを駆逐する事に成功するのであった……

 

 

 

その後、大和が横須賀鎮守府の長門に連絡を入れ、事の顛末を説明した後横須賀鎮守府経由で呉鎮守府に事後処理をお願いする様に頼んでいる中……

 

「さて……、俺達はやる事やったから帰るんだが……、おめぇらはどうするんだ?」

 

軍学校に帰る準備を整えながら、戦治郎がポリプ討伐を手伝ってくれた平八達にそう尋ねると……

 

「アッシ達はしばらくの間、この島に残るつもりでよ」

 

「妖精さん達はこの島を離れる様な事はせず、この島に集落を再建するみたいだから、俺達は妖精さん達の護衛をするついでにその手伝いをするつもりなんだ」

 

「せかせか、まあ、妖精さん達は深海棲艦と対立してっから、もしかしたら今回の件をチャンスとみた深海棲艦に襲われる可能性あっからな……」

 

平八達はしばらくの間この島に残る旨を戦治郎に伝え、それを聞いた戦治郎はこの様な事を口にした後……

 

「なぁ、もしおめぇらにその気があったら、妖精さん達の集落の再建が終わった後、俺達と一緒に深海棲艦と戦わねぇか?」

 

平八達に向かって、共に深海棲艦と戦おうと続ける

 

「その気持ちは有難く受け取っておくでよ。けど、アッシ達の復讐はアッシ達の問題でよ」

 

「これ以上、ミー達の都合で他のものを巻き込む訳にはいかないザンス」

 

「俺は自分から首突っ込んだクチだからな~……、基本平八達の意見に従うつもりだわ」

 

だが、平八達は自分達の目的……、護衛棲水姫の敵討ちは自分達だけでやりたいと言って、戦治郎の提案を断るのであった……

 

「その気持ちは分かるが……、本当におめぇ達だけでそれが達成出来ると思うか?おめぇ達が見たって言う艦隊、多分強硬派深海棲艦の規模から考えると、氷山の一角どころじゃねぇと思うぞ……?」

 

それに対して戦治郎はそう言って自分達が今まで見て来た物……、欧州やミッドウェーにあった深海棲艦の補給拠点で見た尋常では無い量の資源などから推測される強硬派深海棲艦の組織の規模を平八達に伝え、それを聞いた平八達を驚愕させるのであった

 

「平八、おめぇの能力は確かに強力だ、鍛えたりしっかり使いこなせる様になれば、強硬派の連中なんざ相手にならんだろうよ……。けど、幾らおめぇらが強かったとしても、流石に3匹だけじゃあの物量はどうにも出来ねぇと思うんだわ……。だからこそ、俺達と一緒に戦わねぇか?その方が絶対勝算あっし、おめぇらが望むなら強化用の装備とか作ってやれるからなっ!どうよ?」

 

戦治郎の話を聞いた事で、自分達の復讐が如何に難しい事なのかを思い知らされた平八達は、最終的には戦治郎の提案を呑む事にし、妖精さん達の集落の再建が終わった後、戦治郎達の軍門に下る事を約束し、それを聞いた戦治郎は笑顔を浮かべながら平八達に向かってサムズアップをした後、通信を終えた大和達と共に軍学校へと帰還するのであった



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ンゴ

遅ればせながら……、イベントお疲れ様でした!

今回のイベントは活動報告に結果だけ書きましたが、乙乙乙丙丙で何とかコロラドをGETする事が出来ました!



E5に出て来た鯨……、あれはネタにしてくれと言っている様なものだな……っ!


飛行するポリプ達との戦いを終えた戦治郎は、翌日の放課後に横須賀の長門宛に戦闘中に回収したポリプの一部を、神話生物対策の為の研究用サンプルとして送り終えた後、この件を空達に伝えるべく自室に戻ってPCを起ち上げてビデオチャットを起動すると、タイミングよく護がビデオチャットにログインしていた為、そのまま彼と通話する為に、マウスポインターを動かし通話ボタンをクリックするのであった

 

因みに今回の件によって、もしかしたらまだ付近に生き残ったポリプがいるのではないか?と懸念された関係で、小弁天島付近の島々は立ち入り禁止区域に指定され、その島に住む妖精さん達や見回りの為にやって来た呉鎮守府の艦娘以外の立ち入りは固く禁じられる事となったと、戦治郎は大和から今朝方その様な連絡があったと伝えられていた

 

又、島の調査を行った武蔵達呉鎮守府の艦娘達の話によると、ポリプ達に占拠されていた島々に住んでいた人間はその全てが、そしてかなりの数の妖精さん達がポリプ達に捕食されていた事が調査の結果判明したのだとか……

 

これに伴い、ポリプの被害に遭った島々には、広島県の依頼で呉鎮守府の工廠長が作った慰霊碑が建てられる事が決定し、慰霊碑が建てられる予定となっている島は、呉鎮守府の艦娘達の手によって慰霊碑が建てられた後、順次立ち入り禁止区域に指定される事になっているのだそうな……

 

尚、島で妖精さん達を守っている平八達については、大和経由で武蔵の方へ伝えられており、武蔵が見回りを担当する事になった際には、艤装の中に平八達の食糧が積み込まれ、隙を見計らって食糧の受け渡しが行われる事になっている。因みに平八達の食糧の代金は、戦治郎が支払う事になっていたりする

 

それと五十鈴から聞かされた佐世保鎮守府にヴルトゥームがいる事については、話がややこしくなる可能性があった為、この時は取り敢えず伏せる事となり、後日戦治郎が正式に長門屋鎮守府に着任し、佐世保鎮守府の提督と直接コンタクトを取った後、この事を公開するかどうか審議する流れとなるのであった

 

尤も当のヴルトゥームはと言うと、火星に残していた自身の信者の中でも特に優秀な精鋭達を地球に呼び寄せ、佐世保鎮守府の工廠の地下に作った集会場で正式に文月教を発足させ、信仰対象である文月の願いを叶えるべく、佐世保市内の環境美化の為のゴミ拾いや、犯罪防止の為の見回り運動などを定期的に行い、その存在は佐世保市内に知れ渡り、完全に地域に浸透していたりするのだが、この事実をこの時の戦治郎はまだ知らないでいたのであった……

 

因みに文月教の教徒の活動に感化され、文月教に入信する若者は日に日に増えており、信仰対象である文月に手を出そうとした者、若しくはそう言った計画を立てていた者は、もれなくヴルトゥーム直々にお仕置きされ、文月教を破門にされるのだそうだ……

 

それはそうと、今回の事件に関わってしまった事で戦治郎の正体と知ると共に、この世界にはこれまでフィクションの存在であると考えられていた神話生物が実在する事を知ってしまった瑞鶴についてだが、事件の後に軍学校に帰還する際、戦治郎は彼女の質問攻めを何とか捌き切った後、今回見た事を関係者以外に口外しなければ特に何もしないと約束した上で、寧ろ瑞鶴も関係者の1人となって自分の正体を隠す事を手伝って欲しいと、彼女に向かって頭を下げながらお願いした事で、その場は取り敢えず丸く収まったのだった

 

そして大して間も空ける事無く護が応答し、戦治郎が護に昨日の出来事を詳しく護に説明していると……

 

『護~、一体誰と通話してるンゴ?』

 

突如戦治郎のPCのディスプレイに1匹のロトムが……、そう、ポケモンのあのロトムが護に対してこの様に尋ねながら、護がPCを置いているのであろう机の下から出現し、戦治郎側のPC画面に映り込むのであった……

 

「護……、護よ……、少々質問してもよろしいか……?」

 

『……自分が答えられる範疇なら……』

 

「そのロトムはな~んぞ?」

 

『え~……、このロトムなんッスけど~……、実はつい最近自分達が保護した神話生物なんッスよ……』

 

「ファッ!?」

 

戦治郎が謎のロトムの存在について護に尋ねたところ、護は少々困った様な表情を浮かべながら戦治郎の問いに答え、それを聞いた戦治郎は思わず驚愕の声を上げ、PCの前で固まってしまうのであった……

 

それからしばらくして、我に返った戦治郎が護に向かって詳細を尋ねようとしたところ……

 

『護~、もしかしてこのディスプレイに映ってる厳つい顔の女が、護がシャチョーって呼んでる奴ンゴ?』

 

『そうッスよ、この人が自分達のリーダーにあたる人物ッス。因みにシャチョーも自分達同様中身は男ッスから、そこだけ注意するんッスよ?』

 

『なるほどンゴ、なら丁度いい機会だし、この場を借りて自己紹介しておくンゴ!』

 

ロトムが急に話に割って入り、ロトムの質問に答える様に護が戦治郎の事を本当に軽くロトムに紹介すると、ロトムは納得した様な素振りを見せた後、この様な事を口にしてから戦治郎に自己紹介を行い、それを聞いた戦治郎を再び驚愕させるのであった……

 

『ワイはイオド、旧支配者のイオドと言うンゴ。諸事情でこの鎮守府とやらに厄介になる事になったンゴ、そう言う訳でよろしく頼むンゴ。ああ、因みに鎮守府の皆からは、気軽にイオッチと呼ばれてるンゴ、そう言う訳でワイの事をどう呼ぶかについては、全てそっちに任せるンゴ』

 

「待って待って?ちょっと待って?今旧支配者のイオドとか言った?確かクトゥルフさん達と一緒にクトゥルフさん達が地球に飛来して以降の、約3億5千年前の地球に飛来しようとする地球外生命体を撃退していたって言う、あのイオド?」

 

『そのイオドで合ってるンゴ、まあワイはその時は直接戦闘には参加せず、見つけた相手を片っ端からクトゥルフ達に教えて叩き潰してもらう事くらいしかやってないンゴ』

 

「護うううぅぅぅっ!!!俺が知らねぇ間になんつー大物連れて来てやがんだこの馬鹿タレえええぇぇぇーーーっ!!!つか、こないだのゲームの話してた時には既にそいつ鎮守府にいただろっ?!!シカゴ風ピザがどうこうって奴しっかり聞こえてたぞコンチクショウッ!!!こうなった経緯を一から十まで徹底的に説明しやがれオラァァァンッ!!!」

 

イオドとこの様なやり取りを交わしたは、声を荒げながら護に向かって事情説明を要求する

 

まあ戦治郎が荒れてしまうのは無理も無い事である……、戦治郎からしてみれば、護達は知名度的にはマイナーかもしれないが、働きに関してはレジェンドクラスの旧支配者を、自分が知らない内に勝手に鎮守府に連れて来て、その事をすぐに戦治郎に報告しなかった事になるのである……

 

『あん時黙ってたのはホント悪かったッス!!でもこいつの話は少々ややこしい事になってるんで、報告はシャチョーに時間的余裕がある時にやろうって、皆で話し合って決めたんッスYO!!!』

 

『ややこしい事……、ああ……、あの事ンゴ……。あの事件は……、嫌な……、事件だったンゴ……』

 

「ちょっとぉっ!?俺置いてけぼりにすんの止めてぇっ?!あの事件 is 何っ!??そこらへんも含めて全部吐けやゴルァアッ!!!」

 

このやり取りの後、戦治郎が落ち着くまで待ってから、イオドが鎮守府にやって来た経緯について、護は当時の事を思い出しながらゆっくりと話し始めるのであった……

 

尚……

 

『あ、翔?何か護が戦治郎とか言う奴と真面目な話するみたいンゴ、だからその様子を見てる間に食べる用のLサイズミックスピザを、Lサイズコーラとセットで頼むンゴ』

 

話の中心にいるはずのイオドは、念話か何かを使用して暢気に翔にピザのセットを注文していた……



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宅配ピザ殺人事件 起

その日、本来なら工廠組は工廠の地下に大黒丸用の格納庫を作る予定だったのだが、現場責任者である空がエイブラムス達に対して労働基準法とな何かについての講習会を開く事を決定し、これによって予定していた作業に参加出来ないからと言う理由で、急遽工廠組であるシゲ、護、ヴェルの3人の予定に大きな穴が空いてしまうのであった

 

因みに資格取得の際にその辺りも勉強していた関係で、シゲ達はその講習会を免除されていたりする

 

そんな訳で突如暇になってしまった3人の内、シゲは横須賀に滞在中に理容師と美容師、更にはネイルアーティストに関する資格を取っていた司に頼んで、今の今までずっと伸ばしっぱなしにしていた髪を切ってもらう事にし、ヴェルはついでに自分も作業の邪魔にならない様に少し切ってもらおうと考え、共につい最近完成した司の服屋と美容室、悟が主になる予定になっている医療施設がある入渠施設へと向かい、独り残された護は、自室に戻ってネトゲをプレイする事にしたのである

 

そうして自室に戻った護がネトゲにログインすると、丁度I.O.D.もログインしていた為、そのままチームを組んで対戦に参加したのだが、如何やらリアルに元気が無いのかI.O.D.の動きにいつものキレが無い事に護が気付き、このままではチームの勝率に影響が出るからと、個人チャットで彼に何があったのか尋ねてみたところ……

 

『近所の宅配ピザ屋が潰れたンゴ……、近くにはそこしか宅配やってるピザ屋が無いから、別の宅配ピザ屋が近所にオープンするまでの間、自宅でピザが食べられなくなるンゴ……』

 

I.O.D.は心底残念そうな様子が滲み出るかの様な文章で返答して来たのであった……

 

これに対して護が外食するのはどうかとI.O.D.に提案してみるも、I.O.D.は外にだけはどうしても出たくないと、それを頑なに拒否するのであった……。尚、その理由を護が尋ねてみても、I.O.D.は歯切れの悪い返事をするばかりで、外に出たくない理由を答えようとはしなかったのであった……

 

そんなI.O.D.に僅かながら苛立ちを覚えた護は

 

「理由が言えないなら仕方ないッスね~……、もしI.O.D.が外出出来るんなら、めっちゃ美味いピザが食える自分の知り合いの店を紹介してたんッスけどね~……、あぁ~、I.O.D.と神様すら満足させる様なピザ食えると思ってたんッスけど、ホント残念ッスね~……」

 

この様な事を口にしながら、イオドに先日シゲ達と共に食べた翔が作ったピザの画像を、イオド宛のEメールに添付し送信ボタンを押すのであった

 

するとその直後、イオドから自宅の位置を示す印が付いたMAPの画像データと、自宅の詳しい住所と……

 

『そのピザをこのMAPの場所まで持って来て欲しいンゴ!頼むンゴ!一生のお願いンゴ!!』

 

翔のピザを食べたいと言う欲望で我を忘れ、個人情報の流出など一切気にも留めず、必死になって翔のピザを求める文章が添えられたメールが返信されるのであった……

 

そんなイオドの様子に若干引きながら、護が送られて来たMAPと住所に目を通したところ……

 

(う~……?佐賀県ってここッスよね……?それにこの地名……、どっかで見たッスねぇ……)

 

メールに書かれていた住所に見覚えがあったのか、護は内心でこの様な言葉を呟きながら、すぐさまその住所を検索に掛けて調べてみたところ、メールに書かれていた住所は、護達が住んでいる鹿島市から少し離れた佐賀市の南部にある町の中である事が判明するのであった

 

この事実を知った護は即座にイオドの家に突撃してオフ会をやろうと思いつき、そこまで言うなら仕方ないとイオドに向かって返信した後、すぐさまオフ会の為に行動を開始するのであった

 

行動を開始した護が先ず向かったのは、画像のピザを作った張本人である翔がいる食堂で、護は翔にこの事を話し協力を得る為に交渉を持ち掛けたところ……

 

「僕が作ったピザを食べたいって言うなら、喜んで作ってあげたいところなんだけど……、距離的に宅配は難しいんじゃないかな?多分途中でピザが冷えて美味しくなくなっちゃうよ?」

 

翔はこの様に答え、護の計画はここで頓挫しかけてしまう……。だが……

 

「でしたら翔さんが直接その人の家に行って、ピザを作ってあげるのはどうでしょう?その日翔さんがいない分の穴は、私達が頑張って埋めますから」

 

丁度近くで護達の話を聞いていた鳳翔がこの様な提案をし、それを聞いた翔は心配そうな表情を浮かべながら、心配するなとばかりに笑顔を浮かべる鳳翔と、何処か必死さを感じる護の顔を交互に見た後、1つ溜息を吐くと鳳翔の提案に乗り護と共に材料を持ってイオドの家に向かう事にするのであった

 

この時、ゾアが翔の手伝いをしたいから付いていくと言い出し、護が流石にそれは不味いのではないかと考え、ゾアの同行を断ろうとするのだが……

 

「そう言えばさっき、護のオフ会の件に協力してくれるなら、可能な限りのお願いを1つ聞いてくれるって言ったよね?だったら護のオフ会に協力するから、ゾアの同行も許してもらえないかな?ここに来て以来、ゾアはずっと食堂で僕達の手伝いばかりしてたからね、ちょっとした気晴らして事で、ゾアに外の様子を見せてあげたいんだ。一応、人がいるところでは僕のリュックの中に隠れてもらうつもりだけど……、いいよね?」

 

このオフ会で一番重要な役割を持つ翔から、この様に言われては仕方ないと言う事で、護はゾアの同行を許可し、それを聞いたゾアは喜びのあまり翔に飛びつくのであった

 

こうして護とイオドのオフ会に、翔とゾアが参加する事が決まったところで、食堂に設置されているテレビから、不穏な単語が聞こえて来るのであった……

 

『数日前から、高校生数名の行方が分からなくなっている事件の続報です。少年達は佐賀南部のとある廃屋に肝試しに行くと……』

 

これを聞いた直後、護と翔、ゾアと鳳翔は真剣な面持ちをしながら、高校生の行方不明事件の続報が流れるテレビの方へと顔を向け……

 

「先程テレビで言っていた場所……、護の友人とやらがいる場所ではないか……?」

 

「いやいやいや……、この事件にI.O.D.が関わってるとか、流石に有り得ないッスよ~。だってあいつ、どんな事があろうと外に出るつもりないみたいッスから……」

 

「もしかして、その人はこの事件と関りがあるから、この事件を隠し通す為に外に出ようとしないとか……?」

 

「しかし護さんの話からすると、その人が犯罪に手を染めるとは考えにくいのですが……」

 

高校生行方不明事件の話を聞いた3人と1柱は、護の知り合いがこの事件に関わっているのではないか?と議論を始める。と、そんな中……

 

「ふぃ~、サッパリしたわ~!」

 

「随分とバッサリ切ったね、まあ、中身が男の人だからそのくらいの長さの方が丁度いいのかもしれないな」

 

「それにあの長さは、流石に作業中邪魔になるからなっ!って、お前らどしたんよ?」

 

散髪を終えたシゲとヴェルが、この様なやり取りを交わしながら食堂の中に入って来て、3人と1柱の様子を見るなり少々驚きながら、何があったか尋ねて来るのであった

 

その後、護がシゲ達に事情を話したところ……

 

「そう言う事ならすぐにそいつのとこ行って、自分達の目で白か黒か判断すべきじゃねぇか?白だったら疑ってごめんなさいして、黒だったらその場でとっ捕まえて警察に突き出せばいいだけだからな」

 

シゲはこの場にいる者達全員に向かってそう言い放った後、少し言葉を区切ってからこの様に続ける……

 

「んで、もしそいつが黒で、しかも神話生物関係とかだったら、急いで対処しねぇといけねぇな……。被害者を生贄にしているケースだとしても、神話生物が直々にやらかしてるケースだったとしてもな……」

 

「神話生物関連……、確かに空さんのとこのエイブラムスの件もあるし、完全に無いと言い切れないね……」

 

「その辺ハッキリさせる為にも、行った方が良さそうッスね……。もしこの事件が神話生物関係だったら、この事件の捜査している警察から被害者が出かねないッスからね……」

 

シゲの言葉を聞いた翔と護が口々に思った事を言葉にした後、真実を明らかにする為に今からI.O.D.の下に向かう事を護が決定すると、神話生物が関わっている可能性を考慮してボディーガードとしてシゲが、そしてシゲが行くならと言う事でヴェルも同行する事となり、4人と1柱は翔が保有するホンダのステップワゴンに乗り込むと、問題のイオドの家へと急いで向かうのであった……



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宅配ピザ殺人事件 承

ピザに飢えた護の友人が住む場所の近くで、行方不明事件が発生している事を知った護と翔、そしてシゲとヴェルとゾアの4人と1柱は、翔の車であるホンダのステップワゴンに乗り込むと、鹿島市を出て途中で無料高速道路に乗って佐賀市に入り、高速道路から降りるとそのまま南下して護の友人であるI.O.D.の家があると言われている大授三区へと向かうのであった

 

この地域も長門屋鎮守府建設予定地同様有明海に面しており、干拓によって作られたその土地には多くの田畑と、深海棲艦からの攻撃に備える為に避難勧告が発令された関係で、人気が無くなり手入れもされなくなってしまった都合で、ボロボロになってしまった家屋が建ち並んでいたのであった……

 

その家屋の群れの中に1つだけ、他の家屋同様ボロボロになっている屋敷と言っても差支えのないくらいの大きさがある家屋があり、護がI.O.D.から貰ったと言うMAPにはその屋敷の場所に印が入っており、念の為に護がむせる君のGPSを起動して、自身が打ち上げた人工衛星からの情報とメールに添えられた住所を照らし合わせたところ、メールの住所と屋敷の位置が完全に一致した事を確認、それによって護はあのボロ屋敷がI.O.D.の家である事を確信するのであった

 

そして……

 

「うん……、やっぱりあの屋敷の近くで、行方不明事件が多発しているみたいだ……」

 

後部座席のシゲの隣に座るヴェルが、先程まで操作していたタブレットの画面を護の方へと向けながらこの様な事を口にし、それを聞いた補助席に座る護は後部座席の方へ顔を向け、ヴェルが手にするタブレットに視線を送る。そうして護へと向けられたタブレットの画面には、この近辺で発生した行方不明事件の一覧が記されており、護はヴェルに断りを入れてタブレットを貸してもらい、タブレットを操作して行方不明事件の詳細が書かれたページを開いてその内容に目を通すと、思わず顔を顰めるのであった……

 

護が記事を目にして顔を顰めた理由……、それはその記事の多くにI.O.D.の家と思わしき場所に、肝試しに行くと言う文字があったからである……

 

「記事見てる限りだと、I.O.D.って奴がこの行方不明事件に関わってる可能性が十分考えられるみてぇだが……、マモはその辺どう思ってんだ?」

 

「正直、記事の多さにドン引きしてるッス……。でも、自分はこの件にはI.O.D.は無関係だと思っていたいッス……、ちょいとばっかし自信無いッスけど……」

 

「うむっ!例え自身が無かろうと、我は友を信じる事は大切だと思うぞっ!」

 

そんな護の様子を見たシゲが護に対してそう尋ねてみたところ、護はしかめっ面のまま不安そうに返答し、それを聞いたヴェルの隣に座るゾアが、護に向かってこの様な事を言い放つのであった

 

こんな調子で、車を運転する翔以外のメンバーが、この様なやり取りを交わしていると……

 

「さて……、目的地に着いたよ」

 

「承知ッス、んじゃあシゲ、打ち合わせ通りに行くッスよ」

 

「応、任せな」

 

車を運転していた翔がボロ屋敷の近くに車を停め、シートベルトを外しながら護達に目的地に着いた事を告げ、それを聞いた護はそう言ってシゲに確認を取り、護から声を掛けられたシゲがこの様に短く返答すると、護とシゲは車から降りてボロ屋敷に向かい始めるのであった……

 

さて、先程護が口にした打ち合わせと言う言葉、これは道中チャットでI.O.D.が宅配ピザが届いた時も、配達員に己の姿を見せないでピザと代金の受け渡しをしていると聞いていた護が立案した作戦の事で、その内容はむせる君のセンサー類を全て起動した護と、熱源感知能力を使用したシゲの2人が屋敷の入口へ向かい、ボイスチャットで声が割れている護の代わりにシゲが、護のハンドルネームであるライトニングボルトペンギン名義で注文したピザを、この家に配達しに来たピザの配達員に成りすましてチャイムを鳴らしてI.O.D.に呼び掛け、それに反応してI.O.D.が扉の近くにやって来た事をセンサーや熱源感知で確認した後、護が扉を開けて屋敷の中に突撃し、そのままI.O.D.と直接コンタクトを取ろうと言うものであった

 

因みに扉に鍵が掛かっていた場合、シゲが迦具土で鍵だけを焼き払うか、腕力にものを言わせて破壊する予定となっている

 

又、もし護とシゲの身に何かあった時に備えると同時に、食堂で今回の件を話している時にシゲが予想していた通りに、I.O.D.が神話生物であった場合に備える為に、翔とゾアとヴェルは車の中で待機する事となっている

 

それから間もなくして護とシゲが配置に着き、予定通りに配達員に成りすましたシゲがチャイムを鳴らしてI.O.D.に呼び掛け、それに反応したI.O.D.が扉の近くまで来ると、むせる君のセンサーやシゲの熱源感知能力が反応を示し、それを確認した護とシゲは互いに顔を見合わせながら頷き合うと、護が勢いよく目の前の扉を開き……

 

「突撃!突然のオフか~~~……い……?」

 

それはそれは元気よく、屋敷の中に響き渡る程の声を張り上げながら、屋敷の中に踏み入ろうとするのだが、自身の目の前にいる存在を目の当たりにした瞬間、護の声は尻すぼみになっていき、やがて護は硬直し完全に沈黙してしまうのであった……

 

護が目にしたもの……、それは綿の塊の様な身体と巨大な複眼、そして浮遊しているにも関わらず、床についてしまう程の長さの太いロープ状の触手を複数本持っており、その身体は脈打つ様に光を放つ鉱物や結晶の様な物で出来た鱗の様なもので覆われ、鱗の表面は鱗の隙間から溢れ出て来る粘性の高い液体によって濡れていた……

 

これこそが、護のネトゲ仲間でありピザ中毒者であるI.O.D.の正体……、ゾアの父親であるクトゥルフと同時期に地球に飛来し、彼等と共に侵略目的で地球に飛来しようとする地球外生命体達と長きに渡って戦い続けて来た、かなりの古株の旧支配者であるイオドなのである……

 

さて、こうしてリアルで出会った護とイオドは、互いにしばらくの間硬直し……

 

「ウギャアアアァァァーーーッスゥッ!!?」

「ンゴオオオォォォーーーッ!??」

 

同時に我に返るや否や揃って大声で悲鳴を上げ、それに驚いたシゲが1度ビクリと身体を震わせ、何事かと思って屋敷の中に視線を向け、イオドの姿を目視するなり驚きのあまり再び身体をビクリと震わせる

 

と、その直後である……

 

「ンゴゴゴゴオオオォォォーーーッ??!」

 

自分の姿を見られた事でパニックを起こしたイオドが、悲鳴染みた声を上げながらその身体を眩く輝かせ、それを直接目にしたシゲと護に異変が発生、突如として2人の視界は暗転してしまい、次に暗転から復帰した2人の視界に、護とシゲ、それぞれが絶対に目にしたくないと、それはそれは強く思うものが映り込むのであった……

 

それが一体どう言ったものであったかと言えば、シゲが目にしたのはシゲが戦治郎の家に住み込むまでの間、長らく自分の事を苦しめ続けて来た自身の母親の姿、護が目にしたのは自身が作り出したゲームを委託販売している同人ショップの通販サイトの、自分のゲームのレビューに書かれた大量の『クソゲー』の文字と、それに添えられた最低評価の意味を表す☆1つ評価の画像であった……

 

「……くっだらねぇモン見せんじゃねぇっ!!!」

 

身体の各部位に埋め込まれたクトゥグア焔晶のおかげで、魔法攻撃に対してある程度耐性がついているシゲは、この様な言葉を口にしながらイオドが見せた幻覚から即座に復帰する事が出来たのだが……

 

「あっあっあっ……、クソゲーって……、☆1評価って……」

 

シゲの様にクトゥグア焔晶を持っている訳でもなければ、翔の様にクタニド製魔法のケープを持っている訳でも無い護は、イオドが見せる幻覚にまんまと翻弄され、恐怖のあまりその身体をガタガタと震わせ、頭を抱えながらその場にしゃがみ込み、譫言の様にこの様な事を呟いていたのであった……

 

「あちょっ!?おいマモッ!!しっかりしろっ!!!」

 

そんな護の様子に気付いたシゲが、護の胸倉掴んでその身体を持ち上げ、気つけとばかりにその頬にビンタを浴びせていると、これをチャンスと見たイオドは屋敷の奥の方へと逃げていき、シゲはそれに気付くも護の事を放っておけないと言う事で、その場に留まりビンタを続行するのであった……

 

その後、異変に気付いた翔達が急いで車から降りて護の下に駆け寄り、護は翔の魔法によって何とか我に返る事に成功するのであった……




イオドの描写、前に書いたっけ……?

前に書いてて、今回の奴と細部が違った場合、今後はこっちの方でやっていこうと思います


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宅配ピザ殺人事件 転

護が発案した作戦にまんまと引っかかり、パニック状態に陥ったイオドの精神攻撃の直撃を受けた護は、異変に気付いて駆け寄って来た翔の魔法によって立ち直ったのだが……

 

「……まさかI.O.D.が神話生物だったなんて……、とても信じられないッス……」

 

「そりゃまあ……、神話生物がネトゲ廃人……、いや、この場合ネトゲ廃神か?って細けぇ事なんざどうでもいいわ、ネトゲに没頭してるなんて普通考えられねぇからな……」

 

自身に精神攻撃を仕掛ける直前に発せられた、旧支配者の1柱であるイオドの悲鳴の様な声から、イオドが自分のネトゲ仲間であるI.O.D.である事を確信した護はガックリと項垂れながらこの様な事を呟き、それを聞いたシゲは護をフォローするかの様に、この様な言葉を口にするのであった

 

「取り敢えず、護の友達がイオドさんだった事が分かった訳なんだけど……、これからどうする?」

 

「どうするもこうするも、神話生物であるイオドをこのまま野放しにする訳にはいかねぇ、イオドと行方不明事件との関連性をハッキリさせて、必要だったらこれ以上近隣に被害を出さない様にする為にも、ここでイオドを始末するしかねぇだろ」

 

護とシゲのやり取りを聞いていた翔が、話を先に進める為に2人に向かってこの様に尋ねたところ、精神攻撃によって見たくもなかったものを見せられた事を根に持つシゲが、その表情に怒りの感情を滲ませながらこの様に答える

 

するとイオドと仲が良い護は、シゲの発言を聞くなりギョッとしながら顔を上げ……

 

「そう簡単に殺すとか言うのは止めて欲しいッス!あれでも自分のネトゲ仲間なんッスからっ!きっとイオドの方にも事情があるはずッスから、先ずはそれを聞いてからイオドをどうするか考えるべきだと思うッス!」

 

まるで害獣を駆除するかの様にイオドを始末すると言うシゲに向かって、護は必死になってこの様な言葉を口にするのであった

 

そんな護に対してシゲが、イオドの話を聞いてから、彼をどうするか判断するとキチンと言っている事を指摘、それによって先程の件で護がかなり動揺しており、まともに話が聞ける状態ではない事が露呈してしまうのであった……

 

さて、護とシゲがこの様なやり取りをしていると、ふと頭の中にとある疑問が浮かんだヴェルが、何気なくシゲ達に向かってこの様な事を尋ねる

 

「そう言えば、幾らここの家主が避難勧告の関係でここから離れているからと言って、このまま無断で屋敷の中に入ったりしたら、私達は住居侵入罪に問われるのではないか?」

 

「それについては問題無いっ!」

 

ヴェルが質問を口にした直後、シゲ達の代わりにゾアがこの様に答え、その理由について話し始めるのであった

 

確かに普通ならばこのまま護達がこの屋敷に入れば、護達は住居侵入罪で警察にしょっ引かれる事になるのだが、この屋敷の中にイオドがいる事が判明した今、護達……、厳密に言えば翔達には、この屋敷に入る権利が与えられる……、いや、権利を与えられるどころか、この屋敷に入ってイオドを如何にかしなければならないと言う義務が発生するのである……

 

何故そうなるのかと言えば、ミッドウェーでの一件で日本海軍内に神話生物の存在が知れ渡り、横須賀の乱の後に翔達がゾアを連れて横須賀鎮守府にやって来た事と、大会議の時にクトゥルフとクタニド、更にはバステトにヴォルヴァドスにイダー=ヤアーにクティーラまでもがやって来た事で神話生物が本当に存在する事が証明されただけでは留まらず、既に神話生物が日本に侵入しており日本での生活を満喫している事が判明、それによって海軍だけでなく陸軍も含める日本帝国軍は、神話生物がどれ程の脅威であるかを彼等の口から直接思い知らされ、そんな神話生物と対峙する様な事態になった場合を想定し、海軍と陸軍は共同で『神話生物対策本部』なるものを新たに設置する事にしたのである

 

この『神話生物対策本部』とは、日本国内で神話生物関連の事件や事故が発生した場合、その事件に関しては警察以上の権限を持つ事となり、事件の捜査と解決を行う組織となっているのである

 

ここまで話せば既に気付いている方もいると思う……、そう、この組織はクトゥルフが統治するルルイエと同盟を結んでいる翔をトップに据えており、メンバーの中には大会議の後ルルイエの親善大使をやる事になったゾアや、翔の指名で加入する事となったクトゥグアの力の一部を保有するシゲや、格闘戦ならばクトゥルフと互角に渡り合える空がいるのである

 

つまり、この屋敷の近隣で行方不明事件が発生し、問題の屋敷にイオドがいる事が判明した事で、その瞬間から『神話生物対策本部』に所属する翔達に警察以上の捜査権限が与えられる事になり、その関係で翔達は住居侵入罪に問われる心配が無くなったのである。因みに、『神話生物対策本部』に所属していない護やヴェルは、捜査の協力者と言う事で翔達同様罪に問われなくなっているのである

 

こうしてゾアの話を聞いてヴェルが納得したところで、護達は問題の屋敷の中に入る事を決定し、覚悟を決めると揃って入口を潜り、靴を履いたまま屋敷の中に入る。そして入口から少し進んだところで、廊下に転がるあるものを発見するのであった……

 

「別府……っ!」

 

「大丈夫だ……、これくらいなら耐えられる……。泊地にいた頃は、遠征先なんかでもっと酷い物を見た事があるから……」

 

それを目の当たりにした瞬間、シゲがヴェルの事を心配し、慌てた様子で彼女に声を掛けながらそちらの方へと顔を向けると、ヴェルは少々顔を顰めながらも、自身を心配するシゲに対してこの様に返答するのであった……

 

そんなシゲ達が発見したもの……、それは何らかの原因で死亡し、死亡からかなり時間が経過してしまった関係で、身体の至る所が腐敗してボロボロなってしまっていたり、何か重量がある物に押し潰され、その状態のまま木製の床に擦り付けられた事で、トーストに塗ったマーガリンの様に押し広げられてしまった人間の腐乱死体であった……

 

「これは……、身元の確認が必要だね……。さて……、僕らだけで出来るかな……?」

 

「こう言う事なら、通にも声を掛けておくべきだったッスね……」

 

さて、腐乱死体を目の当たりにした翔と護は、この様なやり取りを交わしながら、捜査を始める為に手袋を装着したり、タブレットを取り出して行方不明事件の被害者の顔写真を探し始め……

 

「ならば、我はこの死体達の魂を探すとしよう。恐らくこの近くにいるだろうからな……、発見し次第事情聴取をするぞっ!」

 

それと同時にゾアがこの様な事を口にするなり辺りをキョロキョロと見回し始め、問題の死体の魂と思われるものを発見すると、そちらへ駆け寄り魂を相手に事情聴取を開始するのであった

 

それからしばらく時間が経過したところで、翔達による死体の身元確認とゾアによる魂の発狂解除と事情聴取が完了し、ここにある死体と魂全てが行方不明事件の被害者である事と、彼等の死因にイオドが関係している事が判明するのであった……

 

「こりゃ完全にクロだな……」

 

「まだッス……っ!まだイオド自身から話を聞いてないッス……っ!自分はイオドの話を聞かない限り、絶対認めねぇッス……っ!!」

 

翔達の報告を聞いたシゲが、思わずこの様な事を呟いたところ、それを聞いた護がこの様な言葉を口にした後、まるで何かに耐える様に歯を食いしばり、ギリギリとシゲ達にも聞こえる程の歯軋りをするのであった……

 

その後、護達はそこら中に転がる死体をこれ以上破壊しない様に注意しながら、センサー類をフル稼働させてイオドの居場所を探り、奥に進めば進むほどセンサー類のノイズが激しくなっていく事に気付くのであった……

 

これは一体どう言う事か?この現象に対して護が疑問を浮かべていると……

 

「イオド殿は生物の体内で発生する電気信号を感知、その内容を自由に書き換える事が出来るのだが、それの応用で自分自身を途轍もない索敵範囲を持つレーダーの様にして、父上達と共に地球外生命体達から地球を守っていたと、我は父上からそう聞いておるぞ。恐らくむせる君に走ったノイズは、イオド殿が発している妨害電波の影響なのかもしれん……」

 

「って事は、このノイズが激しくなればなるほど、近くにイオドがいるって事ッスね……」

 

護の様子から何かを察したゾアがこの様な事を言い、それを聞いた護がこの様な言葉を口にすると、ゾアは恐らく……と返答しながら頷いて見せるのであった

 

それからと言うもの、護達はノイズの量でイオドが近くにいる事を察知する様になり、最奥の部屋の扉の前でセンサー類が完全にノイズまみれになった事で、その部屋にイオドがいる事を確信、シゲが警戒しながら扉を開いてみたところ、そこにはシゲ達に怯えているからなのか、死体だらけの部屋の隅で生まれたての小鹿の如く、その鱗まみれで粘液まみれの大きな身体を、身体から生えた触手と共にプルプルと震わせる、ゾアの父親であるクトゥルフと同期であるはずのイオドの情けない姿があったのであった……



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宅配ピザ殺人事件 結

2019/7/10 1:03 少々加筆しました


「こいつがこの事件の犯人か……、みっともねぇ姿晒してやがるが、これだけの人間をいとも容易く殺せる実力の持ち主である以上、油断は出来ねぇな……っ!」

 

部屋に踏み入り怯えた様に震えるイオドの姿を目にしたシゲが、そう呟きながら両腕に炎を纏わせ、イオドがいる部屋の隅の方へと1歩踏み出したところ……

 

「ヒェ……ッ!!?」

 

シゲの存在に気が付いたイオドは、その大きな身体をビクリと大きく震わせながら短い悲鳴を上げ、それと同時に先程シゲ達に仕掛けた脳の電気信号を書き換え、相手に精神的ダメージを与える電波を発する……っ!

 

「おっと、流石にそれは面倒な事になりかねないから、防がせてもらいますよっ!」

 

だが、それは翔が作り出した魔法障壁によって防がれてしまい……

 

「ンゴォッ?!何でそいつは魔法を使えるンゴッ!?まさか日本は秘密裏にタイタス・クロウみたいな奴を沢山集めて組織を作って、神話生物を日本から駆除しようとしているンゴッ?!?」

 

その様子を目の当たりにしたイオドは、訳の分からない事を口にしながら、今以上に激しいパニック状態に陥ってしまうのであった……

 

因みにイオドがタイタス・クロウの事を知っている理由だが、その手の情報はネット上に結構転がっているもので、恐らくイオドはそれらを目を通した事で、タイタス・クロウの事を知ったのだと考えられる……

 

さて、こうして更なるパニック状態に陥ったイオドを、護が自分がイオドのネトゲ仲間であるライトニングボルトペンギンである事を明かした上で、何とか落ち着かせようとするのだが、イオドは護がライトニングボルトペンギンであると知るや否や……

 

「ンゴオオオォォォーーーッ!!!知り合いにワイの姿見られたンゴオオオォォォーーーッ!!!きっとルナティックキモいワイの姿はネット上に晒されて、ネット仲間からは揃って絶縁宣言されるンゴオオオォォォーーーッ!!!」

 

「いや、そんな事しねぇッスからっ!!!ネット上にその姿晒すとか、ネット経由で被害拡大待った無しじゃないッスかっ!!?」

 

護やバックラーこと剣持の部下である盾井に嫌われると思ったイオドは、その大きな複眼から滝の様な涙を流し、泣き叫ぶ様にしてこの様な言葉を口にし、それを聞いた護は思わず声を荒げながらこの様な事を口にするのであった

 

その後、イオドがクトゥルフの知り合いである関係で、ルルイエにいる頃からイオドと面識があったゾアが前に出て、自分の正体を明かす事でイオドの注意を引き、そこから自分が翔達と共に行動している事や、その背景などを詳しく説明した事で、何とかイオドは落ち着きを取り戻し、護達とまともに話が出来る状態になるのであった

 

さて、ゾアのおかげでイオドと話が出来る状態になったのだが、死体がゴロゴロと転がっている部屋では、護達の方が落ち着いて話が出来ないと言う事で、護達はイオドの案内で死体が無い部屋へと移動し、本来の目的であるイオドにピザを食べさせる為に、部屋の隅の方で艤装を展開して翔がピザを作る中、護達はイオドに自分達が此処に来た事情を説明し、それからイオドの方の話を聞く事にするのであった

 

こうして護達はイオドから話を聞く事に成功し、イオドと行方不明事件の関連性を明らかにする事が出来たのだが、これがまた非常に面倒臭い事になっていたのであった……

 

イオドとこの事件の関連性だが、率直に言えばモノクロ……、完全な白でもなければ黒でもない……、しかしながらグレーとも言えない様な状態だったのである……

 

話を聞く限り、如何やらイオドはこの屋敷である者に召喚されたらしいのだが……

 

「そいつ、ワイの姿を見るなりショックで発狂して、すぐさまポックリ逝っちまったンゴ。因みにそいつの死体は、さっきワイがいた部屋の中に転がってるンゴ、必要だったら後で調べてみるといいンゴ」

 

「そいつ……、ちょっとばっかし覚悟と準備が足りなかったんじゃねぇか……?」

 

「神話生物に関しての知識が足りてないってのは、間違いないだろうねぇ……」

 

肝心の召喚者は自身の目的も告げぬまま、イオドを目の当たりにするなり発狂死してしまったらしく、それを聞いたシゲと翔は、少々呆れながらそれぞれ思った事を口にするのであった……

 

召喚者が召喚理由を告げぬまま死んだ事で、イオドは自分は一体何をしたらいいのか分からず、しばらくの間その場で立ち尽くしどうしたものかと考えていると、ふと彼の視界に宅配ピザ屋の広告チラシが映る。如何やらこの屋敷の持ち主だった者が、この屋敷で暮らしている時に、ピザ屋にピザを注文する為にとっておいた物が残っていた様だ

 

それに興味を持ったイオドが、それに関する知識を得る為に召喚者の死体から記憶を読み取り、注文方法を覚えるなり自身の能力を駆使してピザを注文、召喚者の懐からピザの代金を回収し、召喚者の身に起こった出来事を繰り返さない為に、自身の姿を配達員に見せない様にしながらピザと代金の受け渡しを行い、そうして得たピザを食べたところ、そのピザのあまりの美味しさに魅了され、イオドはピザの虜になってしまい、イオドはピザを食べる為にこの世界に残る事を決意したのだとか……

 

因みにイオドが召喚者から記憶を読み取った際、ネトゲについての知識も彼の頭の中に流れ込んだらしく、それにも興味を示したイオドは、この区域の住民達の避難が完了し、この区域が危険区域として立ち入り禁止区域になった後、屋敷の主が契約を解約した事で使用不可能になったネット回線を自分の能力を使って使える状態にし、それを用いて興味本位でネトゲをやってみたところ、物の見事にネトゲにドハマりしてしまったそうな……

 

この時である、ガダルカナル島に到着した事でようやくネットにありつく事が出来た護と、初めてのネトゲに驚き戸惑っていたイオドがネトゲの中で知り合い、今に至るまでバディーを組む様になったのは……

 

又、この記憶の読み取りのおかげで、イオドは自身の召喚者がネット上にあったデマ混じりの知識を使ってイオドを召喚し、自分の平穏なニート生活を脅かす深海棲艦と戦わせようとしていた事を知ったのだとか……

 

尚、イオドの証言を基に護が調査を行った結果、護は見事イオドの召喚方法が記載されたサイトや掲示板を特定する事に成功し、その情報は今後この様な事が起こらない様にと言う理由で、護とイオドの手によって電子の海の藻屑にされるのであった……

 

さて、こうしてピザとネトゲの為に、イオドはこの屋敷に留まる事を決意したのだが、それから数日経ったある日、屋敷の前にパトカーが停まり、パトカーの中から出て来た2人の警察官が、イオドが現在住んでいる屋敷の中に踏み込んで来たのだそうな……

 

この時イオドは、ネトゲに集中する為にお得意のレーダーを切っており、ネトゲに夢中になるあまり部屋の入口の襖が開かれるその時まで、警察官が屋敷に踏み込んで来た事に気付かなかったのだそうな……

 

「どうしてその時レーダーを切っていたんだい?」

 

「そうしないとレーダーが周囲の生体反応を感知しまくって、音楽アプリを10000個ほど同時起動したスマホと繋がったイヤホンと、音楽プレイヤーを50000個ほど同時起動したPCと繋がったヘッドホンを同時に耳に付けてる様な状態になって、ネトゲに集中出来なくンゴ。だからネトゲやってる時は、基本レーダー切ってるンゴ」

 

「折角のレーダーが……、何か勿体ないのだ……」

 

「自分はその気持ち、痛い程分かるッス……。ある程度対象を絞り込んでいないと、レーダーが反応しまくってウザいんッスよねぇ……」

 

話の途中、ふと思い浮かんだ疑問をヴェルが口にしたところ、その質問に対してイオドはこの様に答え、それを聞いたゾアは何とも言えない表情を浮かべながら、呆れた様子でこの様な言葉を口にし、むせる君の関係で似た様な経験をした事がある護は、ウンウンと頷きながら、イオドの言葉に同意するのであった……

 

話を戻し、屋敷に入って来た警察官達は、イオドの姿を直視するなりこの世の終わりがやって来た様な、凄まじい悲鳴を上げながらパトカーに逃げる様にして戻り、驚くべき速度でパトカーを発進させてこの区域から立ち去ったと、その時の事を思い出しながらイオドは言葉を紡ぎ……

 

「結局あの警察官達は、この屋敷に何しに来たンゴ?ワイ、今でもこの事が不思議でたまらないンゴ」

 

「多分だけど、召喚者の親族が召喚者の捜索願を警察に出したんじゃないかな……?」

 

それに続ける様にして、イオドはこの様な疑問を口にし、それを聞いた翔はピザを作る手を止めずに、自分の推論を口にするのであった

 

因みにこの時屋敷に踏み込んだ警察官2人だが、護の調べによると如何やらこの出来事の後、まともに仕事が出来る精神状態ではなくなり、2人仲良く精神病院送りになってしまっているのだそうな……

 

尚、この事をイオドから聞いたシゲとゾアは……

 

「国民を守る警察としては情けねぇ事この上ねぇが、神話生物相手って事ならまあ仕方ねぇってとこだな……。いや、寧ろ神話生物を直視していながら、逃げようって気を起こせた肝っ玉を褒めるべきなのかもな……」

 

「先程廊下で話を聞いた魂達は、イオド殿の姿を見た直後にショックで死んでいる様だったからな……。そう考えると、精神病院送りで留まったのは凄い事だと思うのだ……」

 

この様な言葉をそれぞれ口にしながら、件の警察官達の精神の強靭さに感心するのであった……

 

さてこの出来事が起こった後、イオドが住む屋敷は心霊スポットとしてネット上で紹介され、この区域が立ち入り禁止区域に指定してあるにも関わらず、その真偽を確かめる為や、スリルを味わう為に屋敷に侵入する者達が激増し、屋敷の中でイオドを直視した者達が、次々と発狂死すると言う哀れな末路を辿る様になり、それが大量行方不明事件として世に取り上げられる様になってしまったのだと、イオドは語るのであった……

 

尚……

 

「そう言えば、イオドさんはシゲ達に対しては精神攻撃を行ってたけど、他の人達にも精神攻撃を行ったの?」

 

「いや、普通の人間にはやってないンゴ、お前達に精神攻撃をしたのは、お前達の姿が深海棲艦の上位種である鬼級や姫級だったからンゴ」

 

「ん?おめぇ、深海棲艦の事知ってんのか?」

 

「ンゴ、伊達や酔狂で3億年以上生きてないンゴ、深海棲艦が誕生している経緯なんかも知ってるンゴ」

 

「今、サラッと重大な事を口にしたね……」

 

イオドに振舞うピザに最後の仕上げを行う翔が、自分達以外の侵入者達にも精神攻撃を仕掛けたかどうか、イオドに対して尋ねてみたところ、イオドは人間に対して精神攻撃を行っていないと言って翔の発言を否定し、イオドが深海棲艦の事を知っている事に疑問を覚えたシゲがこの様な質問をすると、イオドはやや自慢げにこの様に答えてみせ、それを聞いたヴェルが思わずこの様な事を零すのであった……

 

さて、此処でようやくイオドとこの事件の関連性が、モノクロであると判断された理由に触れていこうと思う

 

先ず黒だと判断された理由は、被害者達の死因の多くがイオドの姿を直視したから、つまり死因とイオドの存在が直接繋がってしまっているからである

 

そして白だと判断された理由は、被害者達に対してイオドが一切手を出していないから、そして被害者達が死んでしまったのは、立ち入り禁止である筈の場所に勝手に入り、イオドを見るなり勝手に死んだから、所謂自業自得と言える理由で死んでしまっているからである

 

とまあ、取り敢えず色々な事をグダグダと並べているが、結局イオドに罪があるか否かについて答える場合、一体どうなるのかと言えば……、何と無罪判決となるのである。しかも翔達の判断だけでなく、この世界の日本の司法と照らし合わせてみても、イオドは無罪判決となるのである

 

翔達の判断については、白と判断された理由で大体話してある為、ここでは割愛させてもらうとして、何故この世界の日本の司法でも無罪になるのかについて話そうと思う

 

確かにイオドは多くの被害者の死因となっている、しかし肝心なイオドは日本に到着するまでの戦治郎達と同じく、何処の国の国籍も持っておらず、それどころか人権さえ持っていない状態なのである

 

そうなるとイオドは被告ではなく、凶器として扱われる事となるのである。例え生物であったとしても、この世界の日本の司法では人として正式に認められていなければ、それらは全て物として扱われるからである

 

そしてこの場合、凶器の持ち主が被告として扱われるのだが、肝心なイオドと言う凶器の持ち主である召喚者は、イオドを見るなり真っ先に死んでしまっている為、召喚者を立件する事は不可能となり、召喚者に放置されたイオドが原因で死んだ者達は、召喚者の扱いが自殺になる以外、ほぼ全て自業自得の事故死として処理される様になっているのである……

 

つまりこの事件を物凄く大雑把に説明すると、被害者達は立ち入り禁止である屋敷の中に勝手に侵入し、何かの拍子で転んだ際に偶々屋敷の中に転がっていたイオドと言う持ち主不明の包丁が胸に刺さり、そのまま死んでしまった感じである

 

こんな感じでイオドは法の場に立てば、確実に無罪を勝ち取る事が出来るのだが、法廷に立つ事が出来るのは、あくまで人権を認められた人間だけである為、人権を持たないイオドは、そもそもその土俵に上がる事さえ出来ないのである……

 

そんなイオドを待ち構えているのは、保健所や猟友会の皆様だったりする……。人に被害を出してしまっている以上、人として認められていないイオドは確実に害獣認定され、その駆除の為に保健所や猟友会の皆様に追われる羽目になってしまうのである……。尤も、その保健所や猟友会の皆様が、イオドの姿を見て無事で済むかどうかは分からないが……

 

さてこれまで話した内容は、資格取得の為に特別に国籍を手に入れたゾアや、穏健派大連合結成の際、燎の手引きで国籍を手に入れたルルイエや旧神の皆様以外の神話生物全てに当てはまる事となっており、これらを対処する事も神話生物対策本部の仕事となっているのである

 

つまり、この件を翔達が白だと判断した場合、これまで話した事は殆ど意味が無く、例えどれだけ人が死んでいようとも、被害者の親族には悪いが、悪意を持って凶行に及んでおらず、無闇に刺激せず放っておけば基本無害なイオドは罪に問われないのである……。そもそも、これまで何度も出ているが、彼等の死の殆どはやってはいけない事をやった末の自業自得の結果なのだから……

 

こうして結論が出たところで翔特製のピザが出来上がり、翔達はピザを囲んで今後の事を話し合い、翔のピザを食べた事でその味を大いに気に入ったイオドは、翔のピザを満喫する為にこの屋敷を離れて翔達についていく事を決意し、それを聞いた翔は屋敷中に転がる死体を親族の下に届ける為に警察に通報、自分の役職と事件の詳細を伝えると、後の事は警察に任せてこの場を後にする事にするのであった

 

尚、流石にイオドをこのままの姿で鎮守府建設予定地に連れて帰る訳にもいかなかった為、イオドの姿はイオドのネトゲ仲間である護の脳内イメージから、ポケモンのロトムの姿に変える事となるのであった




ロトム化したイオドは、自身の身体のサイズを10cm~30cmの間なら、好きに変更出来る模様


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働かざる者食うべからず 但し・・・・・・

「別にイオドが精神操作で被害者達を誘導している訳でもなければ、イオド自身も被害者達をどうこうしようとする気も無く、被害者達には一切手を出していない……。しかしながら、被害者達の方から立ち入り禁止区域に指定されてるイオドの棲み処に突っ込んで行って、イオドを直視して勝手に発狂死しちまって被害が出ている……、か……。うん、確かにこりゃややこしい事になってんな……」

 

『そうッスそうッス、そんでこのまま放置してたら余計被害が出て、それによって尾ひれがついた噂が更にネットを通して拡散されて、好奇心を刺激された連中が増加してってな具合に、被害のスパイラルが完全に出来上がってしまってるッスから、それを断ち切る意味合いも込めて、イオドの身柄はこちらで預かる事にしたんッスよ』

 

『いや~、屋敷を出てホントによかったンゴ!翔のピザを毎日たらふく食べられるだけでなく、護の部屋にいれば途轍もなく快適なネトゲ環境でネトゲやりまくれるンゴ!あの時護が来ていなかったら、ワイは今もあのきったない家で、かなりの頻度で押し寄せて来る侵入者に怯える毎日を過ごす羽目になってたンゴ~。ホント、護達には感謝してるンゴ~」

 

護からイオドが長門屋鎮守府建築予定地に来た経緯を聞いた戦治郎は、自分の認識が間違っていないかを確認する為に、自分なりに先程の話を纏めると、PCと接続したマイクが自身の音声を拾えるくらいの声量で纏めた内容を口にし、それを聞いた護は戦治郎の言葉を肯定する様に、何度か頷いて見せながらこの様な言葉を口にし、そのやり取りを護の傍で聞いていたイオド改めイオッチは、護の話の途中で翔が持って来た出来立てピザを頬張りながら、護の言葉に続くのであった

 

「取り敢えず、イオドがウチに来た経緯は分かった。んでウチに来る以上、働かざる者食うべからずって事で、イオドにも何かしら仕事をしてもらう事になるんだが……」

 

『それに関してなら、ワイは働く気はこれっぽっちも無いンゴ、ワイは此処で毎日ピザとネトゲで贅沢三昧する予定になってるンゴ~』

 

「……あ"ぁ"?」

 

その後、護の話に納得した戦治郎が、イオッチに対して自分達の鎮守府のルールを口にし、イオッチが何処で働く事になっているか確認の為に尋ねてみたところ、イオッチは戦治郎に向かってしれっとこの様な事を言い放ち、それを聞いた戦治郎は左目から赤い炎をほんの僅かに吹き出しながら、怒気の籠った声を上げるのであった……

 

まあ、戦治郎が怒るのも無理も無い……。戦治郎は自分が運営する鎮守府に所属する艦娘達や神話生物達にも、出撃や遠征などの軍務以外の仕事を与える事で艦娘達に手に職をつけておいて、退役後に就職する際に事を有利に進められる様にする為や、作戦行動中のトラブルにも、それらの技術を用いて即座に対応出来る様にする事で、生存確率を多少なれど上げる為、そしてそれらの作業を皆で協力して進める事で、協調性を培ってそれを作戦行動中にも活かせる様にしようと考えているのである

 

そんな中に働かないと言い出す者が入ってしまうと、すぐさま軋轢が生じてしまい、折角今まで築き上げて来た信頼関係が崩壊し、それによって作戦行動において支障が出て、最悪の場合轟沈者が出てしまう……。そう考えたからこそ、戦治郎はイオッチの発言を聞くなり、怒りを露わにしたのである……

 

『ちょっ!?イオッチ?!!シャチョーに向かってそんな事言っちゃダメじゃないッスかーっ!!!っとぉシャチョーッ!ちょっとばかし落ち着いて欲しいッス!!これについてもちょっとした事情があるんッスYO!!!だから少しだけでいいッスから、自分の話聞いて欲しいッス!!!』

 

その直後、イオドと戦治郎のやり取りを見ていた護が、戦治郎が目に見えて怒っている事に気付くなり、それはそれは大慌てしながら1人と1柱の話に割って入り、何とか怒る戦治郎を落ち着かせ、イオドが働かないと言い出した理由について話し始めるのであった……

 

『正直、とても信じ難い事だと思うんッスけど……、イオッチは鎮守府建設予定地に来るなり、ピザと新居のお礼としてある物を見つけてくれたんッスよ……』

 

「とても信じ難いある物だぁ……?」

 

『心して聞いて欲しいッス……、イオッチは何と……、鎮守府建設予定地の近くに、ボーキサイトの鉱脈がある事を教えてくれたんッスよ……。しかもとんでもない量の埋蔵量がある鉱脈ッス……』

 

「……ファアアアァァァーーーッ!!?!?」

 

護の言葉通り、とても信じられない様な話を聞いた戦治郎は、驚きの余りイオッチに対しての怒りなどスッカリ忘れ、驚愕の表情を浮かべながら、やたら甲高い奇声を上げてその場に固まってしまうのであった……

 

ボーキサイトと言えば、燃料、弾薬、鋼材と同じく、鎮守府を運営するにあたってそれはそれは大切な資源であり、日本では産出されていない事が反映している為か、ゲームの中では自然回復量が他の3つの資源より少なく、主な入手経路が任務消化や遠征、そして出撃時に少量拾って来るくらいしかない、本当に貴重な資源なのである

 

そんな日本にはあるはずのないボーキサイトの鉱脈を、このイオッチとやらは鎮守府の近くで発見したと、護はそう言っているのである……。故に戦治郎はこれほどまでに驚いているのである……

 

『追い打ちをかける様で申し訳ないんッスけど、先程言った埋蔵量について少し触れておくッス……。で、この鉱脈の埋蔵量なんッスけど、欧州にあった深海棲艦の補給基地と、ミッドウェーにあった飛行場姫の拠点……、あの2つの拠点にあったボーキの合計数の100万倍は優にある事が判明してるッス……。恐らくッスけど、今のウチらのメンバーの採掘能力があっても、皆が天寿を全うするまでの間に、この鉱脈を掘り尽くしてボーキを枯渇させる事は到底無理みたいッス……』

 

「あっひゃっひゃ!!!頭おかしい!!!このクッソ狭い日本の何処に、そんなおっそろしい量のボーキが埋まってるってぇんだよっ!!?つか何で日本にボーキの鉱脈があるんだYO!?!」

 

『イオッチが見つけたんもんッスから、自分に聞かれても困るッス!!!』

 

戦治郎が愕然とする中、護はこの様に言葉を続け、それを聞いた戦治郎は奇妙な笑い声を上げた後、捲し立てる様にして護に向かって自分の中に湧き上がった質問をぶつけ、戦治郎に質問された護は、声を荒げながらこの様に返答するのであった……

 

 

 

それからしばらくして……

 

『取り敢えずッス、イオッチはこのお化け鉱脈を屋敷で食べた翔のピザの代金として自分達に譲ってくれたんッスけど、流石にこれはピザ1枚の代金としては破格過ぎるって事で、こっちのメンバー全員で話し合った結果、イオッチはこちらの作業関係を全て免除された、軍から資金を貰えない自分達のスポンサー的なポジションにつく事になったッス』

 

「イオッチ様、先程は大変失礼致しました。心よりお詫び申し上げます」

 

先程まで言い争いをしていた2人が何とか落ち着き、護が戦治郎に向かってイオッチが働かないと言い出した理由を話したところ、戦治郎は先程とは打って変わって誠に紳士的な態度をとりながら、イオッチに向かって謝罪の言葉を述べるのであった……

 

護が先程言った様に、戦治郎達は以前のやらかしの関係で、軍から軍資金と給料を貰えない状態となっているのである。その為、イオッチが見つけた鉱脈から産出されるボーキサイトは、正規ルートで売りに出せる様にすれば、まだ開園していない艦娘ランド以外の、長門屋鎮守府の貴重な資金の調達方法となり得るのである

 

故に戦治郎は長門屋鎮守府のスポンサーとなったイオッチに対して、態度を改めて素直に謝罪する事にしたのである。そうしなければ、自分を信じてついて来てくれた者達に対して、しっかりとした給料を払ってあげられなくなってしまうから……

 

こうして、長門屋鎮守府に新たな仲間、長門屋鎮守府のスポンサーとなった、旧支配者のイオドのイオッチが加入する事となるのであった

 

尚、この時イオッチは働く気は無いと言っているが、ある事件をきっかけに護と共に行動する様になり、出撃の際も己の力をフル活用し、護の事を全力でサポートする様になるのだが、それはまだ少し先の話となっている……



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魂を狩り立てる者の実力

ここまでイオドことイオッチが、長門屋鎮守府に加入するまでの経緯について話した訳だが、その中で1つ気になる点があったと思われる。そう、イオッチは一体どうやってボーキサイトの鉱脈を見つけたのかについてである

 

今回は少し時間を遡り、ボーキサイトの鉱脈が発見されるまでについて触れていこうと思う

 

 

 

 

 

護達がイオッチを鎮守府建設予定地に連れて帰った後、長門屋鎮守府(仮)のメンバーは全員食堂に集められ、イオッチがここに来る事になった理由について翔から説明がなされ、それを聞いたメンバーは複雑そうな表情を浮かべながらも、イオッチに対してそれぞれ自己紹介を行い、イオッチは長門屋鎮守府(仮)の新しいメンバーとして皆から温かく迎え入れられるのであった

 

因みにイオッチと最初に接触したメンバー以外の者達が、イオッチの身の上話を聞いて複雑そうな表情を浮かべていた理由だが、もし自分がイオッチと同じ立場だった場合について考えたからである

 

イオッチは人間の都合で召喚され、イオッチを見た事で召喚者が発狂死した関係でしばらくの間放置され、挙句の果てには静かに暮らそうとしていたら、好奇心旺盛な者達が棲み処にワラワラとやって来て、イオッチを見て発狂死して勝手に誘拐殺人をでっち上げられていく……

 

確かにイオッチは人間からしたら脅威以外何でもない、旧支配者と呼ばれる神話生物ではあるのだが、幾ら何でもこれは流石に可哀想なのではないか……?そう考えたからこそ、長門屋鎮守府(仮)のメンバー達は、複雑そうな表情を浮かべていたのである

 

それはそうと、長門屋鎮守府(仮)のメンバー達の自己紹介が終わったところで、不意にイオッチはこの様な事を言い出すのであった

 

「そう言えば、まだ屋敷で食べたピザの代金を翔に払って無かったンゴ。でも、今手持ちが全く無いンゴ……」

 

この言葉を聞いた翔が、それについては別に気にしなくてもいいと言うのだが、イオッチはあれ程美味しいピザをタダで食べるのは心苦しいと言い返し、何とかしてピザの代金を払おうと思考を巡らせ始め……

 

「むっ!これは……、丁度良い物を見つけたンゴッ!これならピザの代金の代わりになるはずンゴッ!問題は~……」

 

ふと思案中に何かを発見したイオッチは、突然この様な事を口にするなり、品定めする様に長門屋鎮守府(仮)のメンバー達の顔を見回し……

 

「護っ!シゲッ!それとアトラク=ナクアッ!ちょっとワイの後について来るンゴッ!」

 

護とシゲ、そして工廠組の分派として新しく設置された採掘組の代表として、今回の集まりに参加していたエイブラムスを名指しすると食堂を飛び出し、その様子を見ていた護とシゲは不思議そうな表情を浮かべながら、そして自己紹介したにも関わらず、旧支配者としての名前で呼ばれたエイブラムスは、不満そうな表情を浮かべながら食堂を飛び出したイオッチの後を追い、エイブラムスが何かやらかすのではないか?と、自分の事を完全に棚上げして心配した空が、更にその後を追って行くのであった

 

「皆~こっちンゴ~、ちゃんとワイについて来るンゴ~」

 

「イオッチよぉ、一体何処に向かってんだ?んでその先に何があるってんだ?」

 

「それは目的地に着いてからのお楽しみンゴ~」

 

それからしばらくして、護達は何とかイオッチに追いつく事に成功し、フヨフヨと空中に浮遊しながら移動するイオッチは、自分の後に付いて来る護達に向かってこの様な言葉を掛け、それを聞いたシゲは思わず内心に湧き上がった疑問を口にし、それを聞いたイオッチは、この様に返事をして目的地と目的の物を隠すのであった

 

その後、護達は他愛もない話をしながらイオッチの後について行くのだが、現在エイブラムスの眷属達の主な職場となっている、耕作地及び牧場建設予定地の近くにある石油化学コンビナートを通り過ぎ、そこから少し歩いた所に突如出現した岩肌が剥き出しとなった山の麓に到着したところで、イオッチは不意に歩みを止め、護達の方へと向き直るとこの様な事を尋ねて来るのであった

 

「目的の場所に到着したンゴッ!っとぉそれはそうと、護達は防塵マスクは持って来てるンゴ?」

 

「防塵マスクッスか?一応何時でも作業出来る様に持ち歩いてはいるッスけど……」

 

「ショーシェーはそんな物持ってないでぃしゅっ!」

 

イオッチの質問を聞いた護、シゲ、空の3人は、不思議そうな表情を浮かべながら互いの顔を見合わせ、護が代表して工廠組は防塵マスクを普段から携行している事をイオッチに伝え、その身体の性質上、防塵マスクが不要なエイブラムスは、何処か自慢げにこの様に返答するのであった

 

さて、その事を聞いたイオッチは、護達に防塵マスクを着用する様に促し、準備が整うと護達に向かってこの岩山を掘ってみて欲しいと言い……

 

「そう言う事なら……、いくぞエイブラムス……ッ!」

 

「合点でぃしゅっ!」

 

それを聞いた空が、エイブラムスを連れて岩山の方へ歩き出そうとするのだが……

 

「ああっ空さん、ちょっと待ってもらえます?」

 

不意にシゲがそう言って、1人と1柱に待ったをかけるのであった

 

自分達に対して待ったをかけたシゲに向かって、不思議そうな表情を浮かべる空が理由を聞いたところ……

 

「ほら、空さんはショートランド泊地での戦いの時、龍気で出来た銀色の龍で島の一部削って、世界地図を書き換えなきゃいけなくなる様な大事引き起こしたじゃないですか?」

 

「ふむ……、つまり近隣に被害を出さない様にする為に、俺は大人しくしててくれと……?」

 

「あ~……、それも一応あるっちゃあるんですけど……。それよりも、それと似た様な事が、クトゥグアの力の一部を貰ってる俺にも出来ないかな~って、そう思ってちょいと試してみたいってところです」

 

シゲはこの様に返答し、それを聞いた空はそう言う事ならと納得し、岩山を掘る役目をシゲに譲り、許しを得たシゲは小さくガッツポーズをした後、自身の身体に埋め込まれたクトゥグア焔晶を出現させ……

 

「いくぞゴル"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ーーーッ!!!」

 

右腕に真っ赤な炎を纏わせると、気合いの雄叫びを上げながら小指から順に指を曲げて拳を握り締め、岩山目掛けて真っ直ぐ右腕を突き出し、その拳を勢いよく岩山に叩きつけて、辺りにそれはそれは大きな爆発音を鳴り響かせ、見事岩山の中心部にまで及ぶほどの巨大な穴を開けて見せるのであった……

 

「まるで生きたダイナマイトッスね~……」

 

「あんな真似が出来るんなら、ショーシェー達の作業を手伝って欲しいでぃしゅ」

 

「そういえばシゲは、屋敷でワイに襲い掛かろうとした時、あれと同じ様な事をしてた気がするンゴ……」

 

「ふむ……、敢えて熱線を避けたのは、岩山を貫通した熱線が近隣の民家に被害を出さない様にする為……む……?」

 

岩山に殴りかかるシゲの様子を見て、護達がこの様なやり取りをする中、空がふと視界に入って来た岩山の破片を見るなり違和感を覚え、その違和感を払拭する為に破片を手に取って観察しようと、破片に向かって手を伸ばそうとするのだが……

 

「……っ!?イオッチが防塵マスクを装着する様促していたのはそう言う事だったのか……っ!!シゲッ!!!この辺りに漂う岩山から出た粉塵を、お前の力で全てプラズマ化しろっ!!!」

 

「うぇっ!?りょ、了解ですっ!!!」

 

空はこの破片の正体に気付くと伸ばした腕を急いで引き戻し、血相を変えてシゲにこの様な指示を出し、それを聞いたシゲは突然の出来事に驚きながらも、空の指示通りに辺りに漂う粉塵を迦具土の力を用いて一気に加熱、粉塵を構成する陽子、電子、中性子の結合をその熱によって破壊し、粉塵を全てプラズマ化させるのであった……

 

尚、空がシゲに指示を飛ばした直後、護は急いで羽織っていたパーカーを脱ぎ、大慌てしながら自身の周囲に漂う粉塵を自身から遠ざけようと、必死になって先程脱いだパーカーで辺りをバサバサと扇ぎ、エイブラムスは身の危険を感じ取って急いで地中に潜るのであった

 

さて、シゲが全ての粉塵をプラズマ化した後、突然この様な指示を出した空に向かって護が理由を尋ねてみたところ、空はその手に手袋を装着するなり自身の足元に転がる破片を手に取って、この破片をよく見る様にと護達に促したところ……

 

「これって……、ボーキじゃないッスかっ!?」

 

その破片がボーキサイトである事に気付くと、護は思わず驚きの声を上げるのであった

 

「ムフ~、驚いたンゴ?実はあの山とその地下には、大量のボーキサイトが埋まってるンゴ。さっきピザの代金になりそうな物を探す為に、地下に棲む生物達の生体信号を利用して何か埋まっていないか調べていたところ、このボーキサイトの鉱脈を見つけたンゴ」

 

「まさかショーシェー達の職場の近くに、こんな鉱脈があるとは……。何でショーシェーは気付く事が出来なかったんでぃしゅか……?」

 

「まあ……、恐らく作業に集中し過ぎて気付かなかったのだろう……」

 

ボーキを見て驚く護を見て、イオッチは得意げにこの様な事を言い、普段から地下にいるエイブラムスはこの事実に軽いショックを受け、空は落ち込むエイブラムスに精一杯のフォローの言葉を掛けるのであった……

 

さて、先程イオッチがこのボーキサイトの鉱脈を発見した方法について、本当に簡単に説明しているが、これについてもう少し細かい説明をしておこうと思う

 

護達がイオドの棲み処であった屋敷に踏み込んだ際、ゾアがイオッチは生物が体内で発する電気信号を感知、その信号の内容を自由に書き換える事が出来、その力を応用して自身を途轍もない索敵範囲を持つレーダーにする事で、地球に飛来する地球外生命体を捕捉し、クトゥルフ達に頼んで始末してもらっていたと言っており、更にはイオッチ自身が、召喚者の死体から記憶を読み取ったと言っていた事を覚えているだろうか?

 

イオッチはこれらの能力をフルに活用して、先ず地底に棲む生物達の電気信号を乗っ取り、その記憶を読み取りながら生物を地下でも問題無く動くレーダーに仕立て上げ、その生物の記憶の中に金目の物を目撃したと言う情報が無かった場合、レーダーで別の生物を探し出し、電気信号を乗っ取った生物を中継点にして、新しく見つけた地下生物の電気信号を乗っ取ると言う行為を、短時間で幾度となく繰り返して、この鉱脈の情報を手に入れたのである

 

それだけでも十分凄い事なのだが、このイオッチの実力はそれだけでは留まらない

 

イオッチは自称非力な旧支配者なのだが、実際のところそんな事は無く、その戦闘力はその気になれば宇宙ヤクザのクトゥグアと張り合える程のものであったりするのである

 

本来の姿のイオッチの身体を覆う鱗や身体から溢れ出る粘液は、それはそれは眩く輝いているのだが、この輝きは鱗や粘液の中に蓄積している微弱な電気の光が原因となっているのである

 

そう、イオッチはそれらの電気を自在に操る事が出来、電気信号を読み取り乗っ取る力や、自身の超高性能レーダー化はこの力の一環であり、やろうと思えば身体中に溜まった電気を一点に集め、それを相手に向けて放電すると言う攻撃が出来るのである。しかもその電撃は、驚くべき事に硬質ゴムを絶縁破壊に追いやる程の電圧に至らせる事も可能であり、生半可な旧支配者なら一撃で完全に葬り去れる程の威力となるのである

 

因みにイオッチレーダーの索敵範囲だが、全力を出そうものならば、その有効範囲の半径は2億3000万km……、地球から火星までの距離に匹敵する程のものになるのだとか……。尚、流石に常時使用していると頭がおかしくなりそうな程の騒音に悩まされると言う事で、普段はかなり有効範囲と精度を落としているのだそうな

 

実のところ、過去にクトゥグアを自分達の軍門に引き入れようとした、アザトース配下のヨグ=ソトースは、クトゥグアを勧誘する前にイオッチを勧誘しようと考えていたのだが、自身を過小評価し過ぎるイオッチの姿を見て、これでは自分達のところではやっていけないだろうと考え、イオッチの勧誘を取り止めたと言う、表沙汰になっていない驚くべき事実が存在しているほど、イオッチの実力は高かったりするのである……

 

それはさて置き、こうして超弩級のボーキサイトの鉱脈の存在を知った空達は、急いで食堂に戻ると長門屋鎮守府(仮)のメンバーを集めて鉱脈の事を説明し、この鉱脈の扱いについて話し合い、話し合いの結果は護が戦治郎に説明した通りの結論に至り、工廠組はエイブラムス達が使用する採掘用の装置や、この鉱脈が原因で発生すると思われる環境汚染対策の為の装置作りを開始し、完成した装置は輝達建築組によって正確に設置され、それらの作業が終わるとすぐさまエイブラムス率いる採掘部隊が鉱脈に突撃し、ボーキサイトの発掘作業を開始するのであった……

 

これが、イオッチが鉱脈を発見した方法と、イオッチの本当の実力についての全てである……




イオッチの鱗や粘液が輝いている理由や、電気を自在に操れる設定は、この作品独自のものとなっております。どうかご了承下さい……


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舞鶴鎮守府研修編
そうだ、舞鶴行こう


打倒空と言う少々無謀な目標を掲げ、過酷なトレーニングに打ち込んでいた瑞鶴の問題や飛行するポリプによる襲撃事件、そして長門屋鎮守府(仮)に旧支配者のイオドことイオッチが加入した、それはそれは慌ただしい事この上なかった7月が終わり、夏真っ盛りである8月中旬を迎えた頃、江田島軍学校は8日間程の夏休みに突入していた

 

何が夏休みだ、軍が管轄する組織ならば休んでいないで日本を守る為に頑張れよ、そう思う者達もいる事だろうが、軍に所属する者達も、海軍に所属するゾアと陸軍に所属するヴォルヴァドスの2柱を除けばれっきとした人間であり、何処ぞの戦闘狂の様に常に戦い続けられる様な身体の構造をしている訳でないのである

 

故にこの時期になると、日本帝国軍は日本の為に戦う兵達に休息を与える為に、そして福利厚生関係で上からどやされる事を避ける為に、休暇期間が偶数になる長期休暇、所謂夏休みに入るのである

 

因みに何故休暇期間が偶数になっているかについてだが、幾ら休みだからと言って軍に所属する者達が一斉に休暇に入れば、日本の防衛が一切出来なくなってしまい、その間に日本が人類の脅威に襲われてしまえば大変な事になってしまう事が目に見えており、それの対策として休暇期間を前半と後半に分け、兵達を偏りなくバランスよく組み分けて交代制で休暇を取る様にする事で、戦力こそ半分にまってしまうものの、休暇期間中も常に軍を動かせる様にする際、非常に都合がいいからである

 

尚、特に戦場に出る訳でも無い軍学校の場合、生徒達も教官達も休暇期間中は丸々休む事が出来る様になっており、多くの者達がこの機会を利用して実家に帰省したり、ちょっとした旅行に出たり、許可を取って実際に稼働する鎮守府や泊地に赴き、鎮守府や泊地を見学したり、現場を経験する為に実際に働いてみたりするのであった。中には軍学校に戻る事を拒み、帰省を装ってバックレる者もいたりするが……

 

さて、そんな訳で現在軍学校に所属する戦治郎達は、8日間の夏休みに入った訳だが……

 

「周囲からの視線を気にせず、まったりのんびり出来るってホント素晴らしい……」

 

「提督のそのお姿はどうしても目立ってしまいますからね……、大和はそんな提督の為に、この個室を準備しました♪」

 

「流石大和、よくやってくれたっ!!」

 

戦治郎は戦治郎達の世界では無くなってしまった新幹線のぞみの中にある個室の中で、周囲からの視線に怯えずに済む現状に感激し思わず感嘆の声を上げ、それを聞いた大和は競争率が高い新幹線のぞみの個室を予約して来た事を褒めて欲しいと言う感情を心の内に潜ませながら、祈る様に指を組んで感激する戦治郎に向かってこの様な事を言い、それに対して戦治郎はそんな大和を称賛するのであった

 

そう、戦治郎達は現在、京都府北部にある舞鶴鎮守府に向かう為、新幹線のぞみで移動している最中なのである

 

皆さんは戦治郎達が江田島に向かっている最中に触れていた、インターンシップのお誘いの手紙の事を覚えているだろうか?その手紙の山の中には、横須賀の乱の後に雲龍達から話を聞き、戦治郎に興味を持った舞鶴鎮守府の提督からのお誘いの手紙も入っていたのである

 

この事を覚えていた戦治郎は、この夏休みを利用して舞鶴鎮守府にお邪魔する事にしたのである

 

横須賀の乱の後、元帥や燎の指導の下軍学校入学前から日本海軍の仕事に携わり、日本海軍がどの様な組織であるかについてや、日本海軍が抱える闇まで知り尽くした戦治郎が、舞鶴鎮守府からのお誘いを受けた理由は2つほどある

 

1つは舞鶴鎮守府の提督が元帥と同期の提督であり、機会があれば誰にも邪魔されない様に手配してから2人だけで盃を交わし、互いに実力を認め合う程の親友同士である事から、舞鶴鎮守府の提督から見た今の日本海軍をどう思うかについて聞く為、もう1つは横須賀の乱の際に初めて会った大井が、北上の名前を口にした時に感じた引っかかりの原因を探る為である

 

そう言う訳で戦治郎達は、夏休みの期間中は舞鶴鎮守府で過ごす事にした訳だが……

 

「広島駅で新幹線待ってる間も、皆から注目されてたわね……」

 

「まああんな格好してりゃ、誰でもつい見ちまうだろうよ……」

 

舞鶴鎮守府で過ごすメンバーである瑞鶴と毅は、戦治郎達のやり取りを目にすると思わずこの様な言葉を零すのであった……

 

戦治郎が舞鶴行きを決定し、それに合わせて大和が新幹線のチケットを予約するよりも前に、戦治郎達は食堂で夏休みの予定を主題とした雑談を興じ、その際に出身が京都であり、夏休み中に帰省しようと考えていた毅と瑞鶴が、戦治郎の予定を聞くなり戦治郎に便乗してインターンシップに参加する事にした為、彼女達も戦治郎達と共に舞鶴鎮守府へ向かう事となったのである

 

尚、飛行するポリプとの戦いで、戦治郎の実力を目の当たりにした瑞鶴は、戦治郎自身が自分よりも強いと言う空を倒す事を既に諦めており、今回のインターンシップ参加の理由は、軍学校卒業後に翔鶴と同じ横須賀鎮守府に着任した際、翔鶴の足を引っ張らない様に今の内に場数を踏んでおこうと言う目論見と、既に戦治郎の正体を知っている大和や舞鶴鎮守府の艦娘達と協力して、戦治郎の正体を知らない毅に戦治郎の正体を知られない様にする為である

 

因みに、話を聞いた鈴谷も戦治郎達に同行しようとしたのだが……

 

「いや、おめぇは熊野の親父さんにお礼言いに神戸に帰っとけ。おめぇが今こうして軍学校にいれるのは、大元の部分に熊野の親父さんの力があったからだかんな」

 

戦治郎のこの一言によって、熊野と共に神戸に帰る事にしたのである

 

又、瑞鳳も瑞鶴達と同じく、京都出身なのだが……

 

「ごめん、この休み中はどうしても外せない用事(コミケ)があるから、インターンシップには参加出来そうに無いの……」

 

この様な理由で、インターンシップ参加を断っていた……

 

因みに瑞鳳の外せない用事(コミケ)についてだが、後に戦治郎達はハグルマ工務店としてサークル参加し、そこでとあるトラブルに巻き込まれ、その中で戦治郎と空は技術者としての自分達を育て上げたある人物と再会する事となるのだが、それはまだ先の話となっている……

 

それはそうと、新幹線での移動中、尿意を催した毅がトイレに行く為に個室から出たところで……

 

「ねぇ戦治郎さん、ちょっと質問していい?」

 

「う?一体何ぞ?おっちゃんが答えられる奴なら何でも答えちゃうZO☆」

 

不意に瑞鶴が戦治郎に対してこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎は人目を気にしないで済む事が余程嬉しいのか、上機嫌になりながら瑞鶴に向かってこの様に返答し、それを聞いた瑞鶴は戦治郎の様子など気にも留めず、自身の中に湧き上がった疑問を口にするのであった

 

「前に戦治郎さん達とポリプとか言う奴等と戦った時なんだけどさ、島に向かう時や軍学校に帰る時、一切深海棲艦と遭遇してなかった気がするんだけど……、これって何かおかしくない……?」

 

「あぁ……、言われてみれば……」

 

「確かに……、幾ら武蔵達が頑張っているからと言っても、完全に深海棲艦の侵入を防ぐ事は出来ませんからね……」

 

「深海棲艦は憎悪や悲しみが尽きない限り、海上なら何処からでも自然発生するんだったか……。んで、そうやって生まれた野良の深海棲艦を、リコリスのとこの奴等が仲間に引き入れると……」

 

「リコリス云々は兎も角、あの時野良の深海棲艦とも遭遇しなかった事にどうしても違和感感じて、色んなとこ渡り歩いて色んな事を知った戦治郎さんなら何か知ってると思って、こうして試しに聞いてみたんだけど……、その反応からすると……」

 

「すまん、これはちょっち俺にも分かんねぇわ……」

 

瑞鶴の疑問を聞いた戦治郎と大和は、当時の事を思い出すとこの様な言葉を口にし、戦治郎達の反応を見た瑞鶴がこの様な事を口にすると、戦治郎は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、瑞鶴に向かってその疑問に答えられなかった事を詫びるのであった……

 

それからしばらくの間、個室の中は戦治郎達がその件に関してそれぞれ思考を巡らせ始めた事で、毅がトイレから戻って来るまで静寂に包まれてしまい、毅が戻って来た事で静寂が破られると、戦治郎達は思考を巡らせる事を中断し、先程の疑問から生まれた不安を拭い去る様に雑談を興じ、戦治郎達がそうしている内に新幹線は京都駅に到着し、戦治郎達は新幹線を降りると今度はバスに乗り換え、舞鶴鎮守府を目指すのであった



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舞鶴鎮守府到着

京都駅でバスに乗り換え、乗客の好奇の視線を一身に浴びながら、戦治郎達はバスで目的地である舞鶴鎮守府へ向かい……

 

「到・着!!!」

 

最寄りのバス停から今度は徒歩で移動し、舞鶴鎮守府の入口にある門の前に辿り着くと、戦治郎は人目など一切気にする事無く、内心で湧き上がる喜びを身体と声で表現するかの様に、両腕を大きく広げながら大声で叫ぶのであった

 

「おい馬鹿っ!!何大声で叫んでんだよっ!?皆こっちめっちゃ見てんぞっ!!!」

 

「おっほ!俺達人気者じゃ~ん!舞鶴鎮守府の艦娘の皆さ~ん!チャ~オ~♪」

 

「恥ずかしいから止めろってっ!!つか新幹線で人目がどうこう言ってたのは何だったんだよっ!!?」

 

「それはそれ、これはこ・れ☆」

 

「訳分かんねぇよっ!?!」

 

その直後、鎮守府の敷地内にいる艦娘達の視線が戦治郎達の方へと向けられ、それに気付いた毅はすぐさま戦治郎の頭を叩き、2人でこの様なやり取りを交わすのであった

 

さて、そんな2人のやり取りを見ていた瑞鶴は、ニコニコしながらふざける戦治郎の姿を見守る大和の方へと近付き……

 

「大和さん、確か舞鶴鎮守府の艦娘の皆さんは……」

 

「はい、舞鶴鎮守府に所属する艦娘の皆さんは、ほぼ殆どの方が横須賀の乱の際に提督の本来の姿を見ていて、提督が転生個体である事を知っていますね」

 

「正体を皆に知られているから移動の時ほど気を使わなくていいって事で、あれだけはっちゃけてるって訳か……」

 

「恐らくですが、提督は鎮守府の皆さんに自分達の到着を知らせる為に、あの様に振舞っているのかもしれませんね」

 

「それにしたって、流石に限度ってものがあるでしょう……。さっきの叫び声のせいで、まだ耳がキーンって鳴ってるし……」

 

戦治郎とじゃれる毅に話し声を聞かれない様に細心の注意を払いながら、大和とこの様なやり取りを交わすのであった

 

さて、戦治郎と毅、瑞鶴と大和がそれぞれ話をしていると、鎮守府内の艦娘達が何かに気が付いたのか、通信機で何処かに連絡を入れるや否や、それはそれは慌てた様子で門の両サイドに整列し始め、その様子を見ていた毅を瑞鶴は一瞬だけ驚きの表情を浮かべた後、舞鶴の艦娘達に一体何が起こったのか分からず、少々困惑しながらその様子を見守っていると……

 

「君が長門 戦治郎君か?」

 

不意にこの様な声が聞こえ、瑞鶴達がそちらの方へと視線を向けると、そこには大淀、雲龍、天城、羽黒、由良の5人を従えた老人の姿があり、老人が姿を現すなり整列した艦娘達は一斉に敬礼し、老人は艦娘達の間を通ってゆっくりと戦治郎達の方へと歩み寄って来るのであった

 

その様子を見た瞬間、瑞鶴と毅はこの老人の正体に気付き、大慌てしながら老人に向かって敬礼する。そう、この老人こそが、横須賀鎮守府にいる元帥の親友である舞鶴鎮守府の提督、大淀 隼人大将なのである

 

「初めまして大淀大将、自分が長門 戦治郎提督候補生であります」

 

大淀大将が戦治郎のすぐ傍まで来たところで、戦治郎は身なりを整えると先程とは打って変わって真剣な表情を浮かべ、大淀大将に敬礼しながら返事をするのであった。尚、戦治郎のそのあまりの変わり身の早さに、瑞鶴と毅は内心でドン引きしていたりするのであった……

 

「ふふっ、君の事はバタケから聞いているよ。そう畏まらず楽にしてくれて構わんよ」

 

「ではお言葉に甘えて……」

 

戦治郎の事を元帥から聞いていた大淀大将は、目の前にいる戦治郎と元帥から聞いていた戦治郎のギャップに笑みを零した後、直立不動のまま敬礼する戦治郎達に向かってこの様な言葉を掛け、その言葉を受けた戦治郎はこの様に言葉を返し、瑞鶴と毅が内心で「いや、甘えちゃダメだろう……」とツッコミを入れている中、いつもの調子に戻るのであった

 

「先ず、横須賀のr……」

 

「あーっ!大淀大将っ!此処で立ち話するのもアレなんで、先ずは執務室に行ってそこでゆっくり話しましょう!そうしましょうっ!!」

 

戦治郎がいつもの調子に戻ったところで、大将が横須賀の乱の時に所属艦娘達を避難させてくれた事や、剣持を仲間に引き込んでくれたおかげで彼の部下達と協力して鎮守府を守れた事に対して、戦治郎に向かって礼を述べようとするのだが、この話を事情を知らない毅の前で話すのは不味いと判断した戦治郎が慌てた様子で大将の言葉を遮り、その様子を見て大将が戦治郎の行動に疑問を抱いていると、すかさず雲龍が大将に戦治郎達の事情について耳打ちし、それを聞いた大将はしまった!と言った感じの表情を一瞬浮かべた後……

 

「確かにそうだな、この老体で長時間立ち話をするのは流石に堪えるからな、では執務室に案内するからついて来なさい」

 

大将はそう言うと戦治郎達に背を向けて歩き出し、戦治郎と大和は安堵の息を吐いた後、大将の後を追い始めるのであった

 

因みにこの時、戦治郎がすぐさまフォローを入れてくれた雲龍にこっそりと礼を言ったところ……

 

「気にしないで……、私は横須賀の乱の時だけでなく、ショートランド泊地にいた頃にも貴方達に助けられているし、何よりもアムステルダム泊地で苦しんでいた妹の天城の事も助けてもらっているから……」

 

雲龍は柔らかい微笑みを浮かべながら、この様に言葉を返したのであった

 

尚、先程大将が口にしようとした言葉に引っかかりを覚えた毅は、執務室に到着するまでの間、終始不思議そうな表情を浮かべていたのだとか……

 

そうして大淀大将直々に執務室に案内された戦治郎達は、執務室内にある大淀大将の執務机の前に整列し、そこで今回のインターンシップに関する話を聞く事となり、提督候補生である戦治郎と毅は大淀大将の指導の下、舞鶴鎮守府の主力艦隊である雲龍達の指揮を交代で執る事となり、艦娘候補生である瑞鶴は雲龍と天城の指導の下、舞鶴鎮守府で行われている訓練に参加する事となるのであった

 

因みに、出撃出来ない事に対して、瑞鶴が不平を漏らしたところ……

 

「流石に候補生を作戦行動に参加させる訳にはいかないので……」

 

「その代わり、貴方の訓練内容は実戦と遜色ないものにしてあげる……」

 

瑞鶴の指導を担当する事となっている天城が、申し訳無さそうにこの様に述べた後、天城の言葉に続く様にして雲龍がこの様な言葉を口にする。そんな2人の言葉を聞いて瑞鶴が溜飲を下げたところで、雲龍が音も無く瑞鶴の方へと歩み寄り……

 

「戦治郎さんから聞いたけど、貴方は空さんを倒す事を目標にしていたのよね……?同じ様な目標を掲げていた者同士、仲良くしましょう……、ね……?」

 

雲龍は瑞鶴にこの様な事を耳打ちし、それを聞いた瑞鶴は驚愕の表情を浮かべながら雲龍の顔に視線を向け、瑞鶴と目が合った雲龍は瑞鶴に向かってパチリとウインクをしてみせるのであった

 

これが切っ掛けとなって、雲龍と瑞鶴は性格や趣味こそ全然違うものの意気投合する事となり、雲龍は瑞鶴に対空用に編み出した自身の艦載機運用技術の殆どを伝授し、その技術と岩本妖精さん達の教えも合わさった事で、瑞鶴は江田島軍学校随一の空母艦娘候補生となり、瑞鶴はインターンシップの後も、メールやLINEなどで雲龍とプライベートな部分も含めたやり取りを交わす様になったのだとか……

 

そうしてインターンシップ関連の話が終わったところで、戦治郎達は艦娘の大淀の案内で鎮守府の中を見学する事となり、その中で戦治郎は、工廠で作業する球磨型重雷装巡洋艦の3番艦である北上の姿を発見するのであった……



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工廠の北上

「は~い、インターンシップ初日お疲れ様~」

 

「お疲れ~」

 

「提督も瑞鶴さんもお疲れ様でした」

 

大淀の案内での舞鶴鎮守府の見学を終え、食堂で夕食を済ませた戦治郎達は、毅以外の3人に割り当てられた部屋に荷物を置いた後、すぐさま戦治郎の部屋に集まっていた

 

何故毅だけ部屋が割り当てられていないのかについてだが、本来鎮守府の代表となる提督と言うものは、鎮守府の外に自宅を構えてそこから通勤するものであって、普段から国の所有物である鎮守府に住んでいる訳ではないのである。言ってしまえば、鎮守府に住む事になっている戦治郎達の方が、イレギュラー的な存在となるのである

 

それに加え、毅の実家は舞鶴鎮守府の割と近くにある為、インターンシップ参加だけでなく里帰りも今回の舞鶴行きの目的の1つである毅にとっては、鎮守府の1室を借りるよりも実家から通勤する方が都合が良いからである。この事を毅が大淀大将に伝え、実家からの通勤許可を申請したところ、大淀大将は二つ返事で了承したのである

 

尚、瑞鶴の実家は舞鶴鎮守府からかなり離れた場所にある為、彼女も戦治郎達と同じ様に鎮守府の1室を借りる事にしたそうだ

 

さて、こうしてインターンシップ初日を終えた3人は、互いに労いの言葉を掛け合った後、横須賀鎮守府に滞在していた事から鎮守府の設備について知っていた戦治郎が主体となって、鎮守府と軍学校の設備の違いについて初めて鎮守府を訪れた瑞鶴に尋ね、瑞鶴は設備の相違点を目にした時の驚きや疑問を戦治郎にぶつけ、戦治郎と大和は瑞鶴が疑問を口にする都度、瑞鶴にその疑問の答えを分かり易く丁寧に教えていた

 

「そういえば一部の所属艦娘さん達は、私達を出迎える為にわざわざ鎮守府を発つ日にちをズラしてくれたんだっけ……?」

 

「あぁそうだな~……、天城と羽黒にはちょっち悪い事したかな~?と思ったわ……」

 

そんな中、不意に瑞鶴がこの様な事を口にし、それを聞いた戦治郎はばつの悪そうな表情を浮かべ、後頭部をバリバリと掻きながらこの様に返答するのであった

 

そう、戦治郎達を出迎えてくれた艦娘達の中には、本来今日から休みに入り実家に帰省しようとしていた者もおり、その中には天城や羽黒の名前もあったのである

 

因みに鎮守府内の見学中、戦治郎は横須賀の乱の際に会った大井の姿を発見出来ず、その事を案内役の大淀に尋ねたところ、戦治郎達とそこまで親しい訳ではない大井は、休みに入るなりとっとと実家に帰省したのだそうな……

 

「提督、天城さん達は久しぶりに提督とお会いしたいと思ったからこそ、自主的に帰省を遅らせたのだと思われますから……」

 

「それもそうだな……。うん、今の発言は無し、天城達が帰省を遅らせたのは自分達で考えてやった事なんだから、俺達が気に病む必要は無いはずっ!っと……、それはそうと……」

 

天城達の休みを遅らせてしまった事に責任を感じた戦治郎の言葉を聞いた大和が、眉間に皺を寄せる戦治郎に向かってこの様に言うと、戦治郎はそう言っていつもの表情に戻るなり、腰の格納ボックスを漁り始め、中からノートPCを取り出すと部屋の中にある机の上に置き、PCをネットに繋ぐ為にテキパキとセッティングを開始し……

 

「護~?生きて……じゃなくて起きてる~?」

 

ノートPCをネットに接続し終えると、戦治郎は机に付属する椅子に腰掛け、すぐさま護とボイスチャットを繋げ、ディスプレイの先にいるはずの護に向かってこの様な言葉を掛けるのであった

 

『む?戦治郎ンゴ?護なら今は空達と一緒に、工廠の地下で大黒丸とか言う船用のドックを作ってるンゴ』

 

戦治郎が護に向かって声を掛けてから大して間も空けずして、護の部屋でPCを操作していたイオッチが戦治郎の呼び掛けに応え……

 

「えっ!?何こいつっ?!どうしてポケモンが人間の言葉喋ってるのっ?!?」

 

ディスプレイに内蔵されたカメラによって、戦治郎のPCのディスプレイにイオッチの姿が映し出されるや否や、それを見た瑞鶴が驚愕の表情を浮かべながら疑問を口にするのであった……

 

その後戦治郎が何とか瑞鶴を落ち着かせ、ディスプレイの先にいる存在が以前戦ったポリプの上位互換の様な存在である事を説明し、それを終えると護の代わりにイオッチにある事を尋ねるのであった

 

「昼間に大和が護に調査依頼出してたと思うんだが、それについて護から何か聞いてないか?」

 

『あ~、確か北上についてだったンゴ?それならワイも手伝ったから分かるンゴ、ちょっと今から調査結果を出すから少々待ってて欲しいンゴ』

 

戦治郎の問いに対してイオッチはこの様に答えると、突如身を震わせながら全身を発光させ始め、その様子を見ていた戦治郎と瑞鶴は、突然の出来事に思わずギョッとする

 

「突然身体が光出したけど、貴方一体何してるの……?」

 

『これンゴ?これはワイがハードディスクの代わりにしている、ワイの鱗に溜まっている電気から情報を引き出してるだけンゴ。っと、あったンゴ~』

 

瑞鶴は発光するイオッチにこの様な質問すると、イオッチはあっけらかんとした様子でこの様に返答し、直後に必要な情報を鱗の電気から引き出し終えると、全身を発光させるのを止めて、戦治郎側のディスプレイに調査結果とやらを表示するのであった

 

「思った以上に情報集まってんなぁ……」

 

『それはワイが身体を張って頑張った結果ンゴ、いや~……、頑張った後のピザは格別だったンゴ~』

 

さて、イオッチの手によってディスプレイに表示された情報を見るなり、戦治郎はその量に驚き思わずこの様に呟いたところ、イオッチは恐らく情報集めの手伝いの報酬として与えられたピザの味を思い出しながら、戦治郎にこの様に返事をするのであった

 

因みに、イオッチは身体を張って頑張ったと言っているが、一体どの様に頑張ったのだろうか?それについて、順を追って簡単に説明していく事としよう

 

手順① 護がイオッチを掴む

 

手順② 護がイオッチの頭をPCのUSBポートに挿入

 

手順③ イオッチがもがく様にしてUSBポートの中に入っていく

 

手順④ そこからLANケーブルの中に侵入し、LANケーブルを経由して情報が漂う電子の海へ……

 

手順⑤ 電子の海から必要な情報を拾い集め、情報を鱗に保存してから帰還

 

尚、イオッチがUSBポートに刺さってから、情報収集して帰還するまでにかかった時間は、驚くべき事に0.01秒だった模様……

 

「働かないっつってたのは何だったんだよ……?」

 

『ピザには勝てなかったンゴ……』

 

「ちょっと、その表情止めて……、私の中のロトムのイメージが壊れるから……」

 

イオッチから送られた情報に目を通しながら戦治郎がそう呟くと、イオッチはその表情をアヘらせながら答え、そんなイオッチの表情を目にした瑞鶴は、やや引きながらイオッチに向かってこの様なお願いをするのであった……

 

瑞鶴達のやり取りは置いておいて、戦治郎は調査結果を読み進めるにつれて、その表情を徐々に曇らせていくのであった……

 

さて、戦治郎が読み進めている調査結果だが、これは先程イオッチが言った様に、その内容はこの舞鶴鎮守府の工廠にいたと言う、北上についてのものとなっている

 

戦治郎達は大淀の案内で舞鶴鎮守府内を見学していた訳だが、戦治郎はその中で工廠で工作艦娘や妖精さん達と共に作業に取り組む北上の姿を発見している

 

ここだけ聞いていると、北上が自主的に工廠の手伝いをしている様に聞こえるが、ここで1つ思い出して欲しい事がある……。それは横須賀の乱の際、北上が出撃していたか否かについてである……

 

そう、雲龍達が悪ふざけで戦治郎を止めた時、主力メンバーの中にいてもおかしくないはずの北上の存在は一切触れられておらず、それどころか舞鶴鎮守府に帰還しようとする大井の口から、北上は舞鶴鎮守府に残っている事が明言されていたはずだ

 

横須賀の乱の際、戦治郎は大井の発言に引っかかりを覚えていたのだが、今回北上の姿を実際に見た事で、戦治郎は北上が出撃していなかった事に納得するのだが、それと同時に新しい疑問が戦治郎の中に生まれる事となり、戦治郎はこのモヤモヤを解消する為に、戦治郎の付き添いとして来ている関係で、戦治郎達以上に自由に動ける大和を経由して、護に北上の事を調査する様に依頼を出したのである

 

さて、戦治郎が目にしたと言う北上だが、如何やら過去に何かしらあったのか、工廠内を歩いて移動する時、左足を引きずる様にして歩いていたのである……

 

(大井が北上の事を気に掛けてた理由は分かった……、北上の方はあいつに任せるとして……、問題は大井か……)

 

イオッチから調査結果を受け取ってからしばらく経ち、送られて来た調査結果に目を通し終えた戦治郎は、内心でそう呟きながら椅子の背もたれに背中を預けるのであった

 

そんな戦治郎が先程まで目を通していた調査結果の中には、この様な文章が書き記されていた……

 

【●年〇月◎日 西方海域攻略の為に出撃した際、北上は潜水カ級eliteが発射した魚雷から旗艦であった大井を守る為に彼女を庇い大破、その際に左足を大きく損傷してしまい、左足に今後の出撃任務への参加が非常に困難になるレベルの後遺症が残ってしまう】



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北上と接触しよう

「戦治郎さん、これって……」

 

「ああ、そういや瑞鶴には横須賀の乱の時の事話してなかったっけな……」

 

戦治郎の隣に立ってディスプレイを見ていた瑞鶴が、イオッチから送られて来た情報に目を通すなり、状況が掴めないからか困惑しながら戦治郎に向かって声を掛け、それに反応した戦治郎はこの様に答えると、横須賀の乱の際に舞鶴鎮守府の艦娘達と接触した時の事を瑞鶴に教えるのであった

 

「う~ん……、その北上さんの事を気に掛けてるって言う割には、夏休みに入るなりすぐに実家に帰ったんだよね?その大井さんって……」

 

「恐らくだが、大井は後遺症の件で北上に対して負い目を感じていて、北上と顔合わせるのも辛い状態になってるのかもしんねぇな。大井が休みになるなりとっとと帰った件も、建前じゃ俺達に興味無いからってなってるのかもしれねぇが、本当のところは北上と距離をとる事で北上に負傷の事を想起させない様にする事と、自分の精神的疲労を回復させる事が目的なのかもしんねぇな……。まあ、これは俺の推測に過ぎねぇんだけどな……」

 

戦治郎の話を聞いた後、瑞鶴は大井の行動に疑問を覚え、思わずその事を口にしたところ、戦治郎はそんな瑞鶴に向かって、少々困った様な表情を浮かべながら、イオッチがもたらした情報を基に考えた自身の推論を話すのであった

 

さて、戦治郎と瑞鶴がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「はい、ではその様に……、はい、その時はよろしくお願いします。はい、それでは……」

 

何処かに電話をしていたと思われる大和が、そう言って通話を終了させるのであった

 

「大和さん、誰と話していたんです?」

 

「提督のご友人の1人で、現在横須賀鎮守府の近くの病院でお医者様として研修をなさっている悟さんに、北上さんの後遺症の治療をお願いする為に、悟さんのスケジュールの確認をしていたんです」

 

大和が話をしていた相手が気になった瑞鶴が、大和に向かって不思議そうな表情を浮かべながら尋ねたところ、大和は笑顔を浮かべながらこの様に返事をするのであった

 

因みに、瑞鶴は大和の事をさん付けで呼んでいるが、これはあくまでプライベートな時間に限っての事であり、軍学校内ではきちんと礼節を弁えて大和教官と呼んでいる模様

 

「悟のスケジュール確認って事は……?」

 

「はい、提督がイオッチさんから送られて来た情報を確認している間に、北上さんのスケジュールの確認を終わらせておきました。後は北上さんが治療を受ける事を希望すれば、北上さんにはこの休みの期間を利用して横須賀に向かってもらえれば、すぐに悟さんから治療を受けられると言う状態になっていますね」

 

「流石大和っ!よくやってくれたっ!!」

 

そんな大和の言葉を聞いた戦治郎は、大和に賛辞を送るとすぐさま大和の頭を撫で始め、戦治郎に頭を撫でられる大和はそれはそれは幸せそうな表情を浮かべるのだった

 

「何やってんのよ、あの2人は……」

 

「こんな時は、『リア充爆発しろ!』って言うべきンゴ?」

 

自分の目の前でイチャつき始めた戦治郎達を見て、瑞鶴が呆れながらこの様な言葉を口にしたところで、イオッチがこの様な事を瑞鶴に尋ねて来る。それを瑞鶴は適当に流そうとしたのだが、その声にちょっとした違和感を感じ、声が聞こえた方へと視線を向けると、そこには戦治郎のノートPCのUSBポートから、自分専用の弁当箱であるピザの箱を引っ張り出そうとするイオッチの姿があったのであった……

 

イオッチの姿を視認した瑞鶴が、思わずPCのディスプレイに目を向けると、そこにはイオッチの姿は無く、今一度目の前にいるイオッチに視線を送ったところ……

 

「何か面白そうだったから、ネット回線を利用してこっちに来てみたンゴ」

 

無事にUSBポートからピザの箱を取り出せたイオッチは、箱の中のピザを頬張りながら、あっけらかんとした様子でこの様な言葉を口にするのであった

 

「あんた、そんな事も出来るの……?」

 

「その気になったら、Wi-Fiの電波に乗って飛んで来る事も出来るンゴ」

 

「神話生物って何でもアリなのね……」

 

とても非常識な方法で舞鶴やって来たイオッチに対して、瑞鶴がこの様な事を尋ねてみると、イオッチは更にとんでもない方法で移動可能であると答え、それを聞いた瑞鶴は背筋に薄ら寒いものを感じるのであった……

 

尚、イチャつき終えた戦治郎達も、イオッチの姿を確認するなり大いに驚いた模様……

 

「それで、戦治郎達はこの情報を基に、どう動くつもりでいるンゴ?」

 

「ああ、そうだな……」

 

イオッチの行動に驚いた戦治郎達が落ち着いたところで、イオッチが戦治郎に向かって疑問を投げかけると、戦治郎は考える様な素振りを見せた後、今回の作戦概要をこの場にいる者達に話し始めるのであった

 

「先ずは北上の方から片付けるか、って事で明日研修が終わった後、俺が工廠に行って北上に接触して、北上が大井の事をどう思っているかについて聞いてから、治療の話を持ち掛けてみようと思う。これが成功したら、多分大井の方がかなり楽になりそうだかんな」

 

「その間、私達はどうしたらいいの?」

 

「瑞鶴は訓練があるだろうからタイミング外れそうだが……、もしタイミングが合った場合、瑞鶴は大和と協力して毅を工廠に近付けない様にしてくれ」

 

「あいつにはまだ秘密にするんだね……、戦治郎さんの正体の事……」

 

戦治郎からの指示を聞いた瑞鶴が、不満な点があるのかジト目になりながらこの様な言葉を口にすると……

 

「俺はあいつの事を決して信用してない訳じゃねぇんだが……、あいつに俺の事を教えるのは、まだちょっち時期尚早な気がするんだわ……。実際、あいつはまだこの世界の実情って奴に触れてねぇからな……」

 

「穏健派については兎も角、転生個体に関しては誕生の経緯が少々複雑過ぎて、教本の追加冊子に全てを記載出来ませんでしたからね……」

 

「そもそも転生個体に関しては一部超極秘の軍事機密が関わってるから、全てを丸出しにする訳にはいかねぇんだよなぁ……。それに転生個体以上の脅威である、神話生物の件もあるときてやがる……」

 

戦治郎は渋い表情を浮かべながらこの様に答え、それを聞いた大和が戦治郎の言葉にこの様に続き、そこから更に表情を苦々しいものに変えながら、戦治郎が大和の話を補足する様に言葉を続けるのであった

 

その後、戦治郎は不満そうな瑞鶴に向かって、時期が来たら必ず毅達に自分の正体を明かした上で、この世界の実情を話す事を約束する事で瑞鶴を納得させ、この集まりをお開きにするのであった

 

尚この時……

 

「また何か情報が欲しくなったら、ピザ1枚を報酬として出してくれるのならば、ワイが今回みたいに爆速で情報収集してやるンゴ」

 

長門屋鎮守府建設予定地に帰還しようとしたイオッチは、持ち込んだピザをしっかり平らげると、イオッチ専用お弁当箱であるピザの空箱に乗りながら戦治郎達に向かってそう言い放ち、あっと言う間に自身の身体とピザ箱をWi-Fi電波に変換し、本当に電波に乗って帰っていくのであった……

 

「あいつ……、ホントに何でもアリなのね……」

 

「信じられるか?世の中にはあれの更に上位互換である外なる神ってのがいて、そっちは電波に乗って移動とか、魔法でワープするなんて真似はせず、目的地を決めたその瞬間から目的地に存在してるなんて芸当やらかすらしいぜ……?」

 

本当にWi-Fi電波に乗って帰ったイオッチを見て愕然とする瑞鶴がそう言うと、戦治郎が翔から教えてもらった事を基に外なる神について話したところ、瑞鶴は驚愕の色を更に濃くするのであった……

 

この様な信じ難い出来事を目の当たりにした瑞鶴は、精神的疲労のせいかこの後すぐに自室へと戻るなりベッドと枕とのデートを開始し、そんな瑞鶴を見送った戦治郎と大和も、北上と接触する予定となっている明日に備えてベッドに潜り込むのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚……

 

「あの~、大和さん?貴方のベッドは向こうですよ?」

 

「すぅ……、すぅ……」

 

「あらやだ、この子めっちゃ寝つきがいいじゃないの……」

 

戦治郎がベッドに潜り込んだところ、大和も戦治郎のベッドに潜り込んで来て、それを戦治郎が可能な限り優しく指摘するのだが、戦治郎の匂いを間近で嗅いだ事でリラックスしきった大和はすぐさま戦治郎のベッドの中で寝息を立て始め、それに気付いた戦治郎は困った顔をしながらそう呟き、大和と同衾する覚悟を完了させると、すぐさま眠りにつくのであった……



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研修1日目

翌日、戦治郎はいつもの様に総員起こしが掛けられるより早く起床し、日課の朝練を終えてシャワー室で汗を流し、総員起こしのラッパの音で起きて来た大和達と合流すると食堂で朝食を済ませた後、これから訓練があると言う瑞鶴と別れると、戦治郎と大和、そして時間通りに出勤して来た毅の3人は、先日大淀大将から説明された通り執務室へと向かうのだった

 

戦治郎達が執務室に向かった頃には既に大淀大将と彼の孫であり秘書艦である大淀、そして舞鶴鎮守府に所属する艦娘の、各艦種の筆頭と思わしき艦娘達が執務室に集合しており、戦治郎達は挨拶を済ませるとすぐに執務机の前に整列する舞鶴の艦娘達の後方につき、静かに大淀大将の言葉に耳を傾けるのであった

 

そうして大淀大将の口から本日の予定が所属艦娘達と戦治郎達に伝えられると、艦娘達はゾロゾロと執務室を退室し持ち場へ向かい始め、執務室には大淀大将と大淀、そして戦治郎達の5人だけが残り……

 

「では、彼女達の準備が整い次第、こちらも予定通り始めるとするか」

 

「「はいっ!!」」

 

大淀大将が提督候補生である戦治郎達に向かってそう言いながら立ち上がり、執務室とは別に存在する司令室に向かって移動し始めると、戦治郎と毅は短く、そして力強く返事をし、その後を追って移動を開始するのであった

 

その後戦治郎達は、司令室にて舞鶴~小樽間を航行する輸送船の護衛任務に就く艦娘達に対して、真剣な表情を浮かべながら指揮を執る大淀大将の様子を見学し、疑問点があればすぐさま大淀大将に質問し、その返答を聞くと即座にメモにペンを走らせると言う行為を幾度となく繰り返すのであった

 

尚この時……

 

「う~ん……、この程度の任務だったら、軽巡と駆逐の艦娘だけで如何にかなるのではないでしょうか……?」

 

国内での輸送船護衛任務であるにも関わらず、軽空母や重巡の艦娘まで任務に参加させる大淀大将に対して、教本から得た知識を基に毅がこの様な質問をしたところ……

 

「少し前だったならば、それで良かったのだがな……」

 

大淀大将はそう言った後、戦治郎の方へと視線を向ける……。その様子を見た戦治郎は、大将が転生個体について話そうとしているのではないか?と勘付き、了承の意思を伝える為に大将に向かって静かに頷いて見せると、大将もまた戦治郎に向かって静かに頷き返し……

 

「君達は転生個体と言うものを知っているかね?」

 

大将はそう言って毅の質問に答える為に転生個体の存在について話し始め、それを聞いた毅の不思議そうな表情は、見る見るうちに青褪め引き攣っていくのであった……

 

因みに大淀大将が毅に話した内容は、南方海域で発生した転生個体絡みの問題が中心となっており、食人鬼ヌ級ことNと絶対平和党党首のナ級の七瀬の所業を聞かされた毅は、想像を絶する恐怖に顔面蒼白になる事しか出来なかったのである……

 

「この転生個体と言うものは、我々が知る深海棲艦同様そこらを徘徊している事があるらしく、最悪の場合日本近海でも遭遇する可能性があると言う報告を受けている……。こういった事情がある為、例え簡単な輸送任務であったとしても、任務にあたる艦隊にはある程度戦力を持たせなければいけない状況になっているのだよ……」

 

「尤も、それも相手によっては只の時間稼ぎにしかならない場合もあるらしく、転生個体の中には地図の書き換えが必要になる程の力を持つ者や、常識では考えられない様な攻撃手段を持つ者もいると聞いています……」

 

「軽空母や水母を艦隊に加えている理由の1つは、そう言った強大な力を持った転生個体を速やかに発見し、相手に気付かれる前に即座に撤退、そして艦載機から得た情報を確実に持ち帰り、この事実を大本営に正確に報告出来る様にする為なのだよ……」

 

「な、成程……、そう言った事情があったから、この様な艦隊編成になった訳なんですね……。勉強になります……」

 

大淀大将が話を締め括ろうとしたところで、秘書艦の大淀がこの様な補足入れ、それを聞いた大将がこの様に言葉を続けると、毅は相変わらず顔色を悪くしたまま、この様に返答するのであった……

 

尚この話の最中、自然災害を自在に操れると言う常識外れな能力を持つ戦治郎は、表には出さなかったものの、内心では汗だくになりながら毅から目を逸らして口笛を吹き、そんな戦治郎の心境に気付いた大和は、戦治郎同様内心で苦笑していたのであった……

 

その後、輸送任務は特に問題無く完了し、輸送任務に参加した艦娘達が帰投すると、大将は今度は鎮守府近海の哨戒用の艦隊を、先程輸送任務に参加した艦娘達以外の艦娘で編成し、再び彼女達を混沌渦巻く海へと送り出す。大将はこれらを昼食時になるまで繰り返し、任務を確実にこなしていくのであった

 

 

 

「……何か現場の状況と教本の内容が、全然噛み合ってねぇよな……?」

 

大将の仕事の見学が終わり、昼食時と言う事で戦治郎達は午前中の訓練を終えた瑞鶴と合流し、食堂で話を弾ませながら昼食を摂っている中、不意に毅がこの様な事を零した

 

「多分教本が出来上がった頃に穏健派や転生個体の話が出て来て、その件を教本に載せられなかったのかもしれねぇな。まあ、穏健派については追加冊子でガッツリ触れてあったが……」

 

「大将の話聞く限りだと、穏健派より転生個体の方が重要じゃね……?もしそんなのが世界中の海で跳梁跋扈していたら、日本どころか世界のピンチじゃね……?だったら尚の事教本に転生個体について書き記して、多くの提督達に転生個体の事を周知徹底させて、しっかり対策練るべきなんじゃねぇか?」

 

「そりゃぁ……、まぁ……、そうね……」

 

毅の言葉を耳にした戦治郎がそう言うと、毅は納得いかないと言った様子で反論し、それを聞いた戦治郎は……

 

(大将のおかげで、こいつにこの世界の真実について教える日が近付いたな……。まあ、それよりも先に、北上と大井の件を解決しときたいとこだな……)

 

毅に向かって曖昧な返事をしながら、内心では大将に感謝しながらこの様な事を呟いていた

 

戦治郎からしてみれば、毅はアクセル達海外勢や長門屋のメンバー、そして元海賊団のメンバーほど長い付き合いではないのだが、入試からずっとつるんでいる大切な仲間、れっきとした身内なのである。だからこそ、戦治郎は彼にはこの世界の真実を知ってもらい、同期の提督としてこの困難を共に乗り越えたいと考えているのである

 

ただまあこの話題は予備知識や前情報無しで話した場合、衝撃があまりにも大き過ぎるが為、戦治郎は転生個体である自分が毅に真実を伝える事を少々躊躇っていたのである

 

しかしそれも今日までの話、先程大将が転生個体について触れてくれたおかげで、毅はこの世界の実情の一端に触れる事となり、戦治郎が己の正体を毅に明かした上で、転生個体だけでなく神話生物についても話せそうな状況が出来上がったのである

 

故に毅とも肩を並べて戦いたいと思い、今回の件は絶好のチャンスだと判断した戦治郎は、毅に転生個体の事を話した大将に対して感謝の意を示したのである

 

因みに戦治郎がこれをチャンスだと判断した要因には、毅が大将の話を聞いて顔青褪めさせていたにも関わらず、先程のやり取りでは転生個体から逃げようとせず、戦う意志を見せてくれた事が挙げられる

 

尤も、毅に真実を告げる件については、それよりも北上と大井の件の方が優先順位が高いと戦治郎に判断された為、後回しにされてしまう事になるのだが……まあ仕方が無い事である。何せ北上と大井の件は、放置していると舞鶴鎮守府全体に影響を及ぼしかねない上に、最悪北上と大井の双方が心を病んでしまう可能性が考えられるからである

 

さて、そうしている内に昼食の時間が終了し、戦治郎は大将から与えられた鎮守府の中を各自自由に歩き回って改めて見学し、現場の艦娘の声を聞くと言う時間を利用し、工廠にいると思われる北上に接触しようとするのだが……

 

「戦治郎、どうせお前の事だから工廠行くんだろ?だったら俺も付いていっていいか?正直、突然自由に見回って良いって言われても、何処行っていいもんか分からなくてなぁ……」

 

戦治郎が席から立ち上がったところで、不意に毅がこの様な事を言ってくるのであった

 

(うん……、さっきこいつに転生個体やらの話してもいいかなって思ったけどさぁ……、出来れば大将達がいる時にやりたいんよねぇ……。ほら、こう……、事情知ってる大将に俺のフォローを入れてもらったりとかさぁ……)

 

それを聞いた戦治郎が内心でこの様な事を呟きながら、どうしたものかと考えていると……

 

「だったら私と一緒に来ない?この休みが明けたら、提督候補生と空母艦娘候補生の合同実習が解禁される訳でしょ?ならこの機会を利用して、前もって空母艦娘がどんなものか把握しておいて、他の連中より1歩先を歩くのも悪くないと思うんだけど?」

 

「ああ、瑞鶴は午後からも訓練なのか。そうだな……、確かにそれも良さそうだな……、うっし!じゃあお言葉に甘えて、空母艦娘達の訓練を見学すっかっ!!って事で悪ぃな戦治郎、やっぱさっきの無しで」

 

その様子を見ていた瑞鶴が戦治郎に助け舟を出す様に、毅に対してこの様な事を提案をし、それを聞いた毅は戦治郎に詫びを入れた後、瑞鶴の提案に乗り彼女と共に食堂を後にするのであった

 

その際、瑞鶴は食堂の出入口に差し掛かったところで、戦治郎の方へチラリと顔を向け、1度だけ可愛らしくウインクをして見せ、それを見た戦治郎は瑞鶴に返礼する様に、小さくサムズアップして見せるのであった

 

こうして問題を解決した戦治郎は、午後からは舞鶴鎮守府の艦娘達のリクエストで、彼女達に訓練をつける事となってしまった大和と別れ、北上に接触する為に工廠に向かって歩き出すのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、昼休憩が終わり誰もが食堂を後にし、午後の予定に取り組み始めた頃、ようやく忙しさから解放された給料艦の艦娘達が、1つの机に集まって遅めの休憩をとっていると……

 

『次のニュースです、最近頻繁に発生している琵琶湖周辺で発生している行方不明事件の続報です。昨日警察の調べで、新たに3名の行方不明者がいる事が判明し、警察は引き続き行方不明者の捜索を続けている模様……』

 

食堂に設置されたテレビから、この様なニュースが流れ……

 

「最近は物騒ね……、佐賀の方の行方不明事件が解決したところで、今度は琵琶湖周辺で行方不明事件が発生してるし……」

 

「そう言えば琵琶湖周辺って、確かここの由良ちゃんの実家の近くじゃなかったかしら……?」

 

「あら、そうなの?由良ちゃんのご家族がこの事件に巻き込まれてなければいいわねぇ……」

 

ニュースを耳にした給糧艦娘達は、由良の家族の事を心配しながら、この様なやり取りを交わすのであった……



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話は割とスムーズに・・・・・・

皆と別れて工廠へと向かった戦治郎は、工廠内に入るとすぐに入口近くにいた工作艦娘に話し掛け、簡単な自己紹介を終えて彼女に北上の所在について尋ねたところ、彼女は工廠の壁際にある艤装のメンテナンス用スペースの方を指差しながら、北上は現在そこで作業を行っていると、戦治郎に教えてくれるのであった

 

それを聞いた戦治郎は、応対してくれた工作艦娘にメンテナンススペースへの立ち入り許可を求め、戦治郎達の事を雲龍達から聞いていたのだろうか、彼女は研修期間中の何時でもいいから、戦治郎達が持つ技術を披露してくれるならば許可を出すと返答し、それを聞いた戦治郎はその程度ならばと彼女の申し出を了承した後、彼女に対して許可を出してくれた事に感謝の言葉を述べると、北上がいると言う艤装のメンテナンススペースへと入って行くのだった

 

そうしてメンテナンススペースに入った戦治郎は、大して時間もかけずに椅子に腰掛けて作業台の上に乗った艤装のメンテナンスを行う北上の姿を発見し……

 

「作業してるとこ悪ぃんだが、おめぇさんが北上か?」

 

「ん~?そうだけど……って、あんたは確か……」

 

戦治郎が問題の北上に話し掛けたところ、彼女は作業の手を止め、不思議そうな表情を浮かべながらそう言って、椅子に座ったまま突然自分に対して声を掛けて来た戦治郎の方へと視線を向け、戦治郎の姿を見るなり何か思い出そうとしているのか、考える様な仕草をしながらこの様な言葉を呟く様に口にし……

 

「俺は……」

 

「ああ待った、自力で思い出すから名乗るのはちょっと待ってね~……。そうだそうだ、確かあんたは昨日研修に来たって言う、噂の戦治郎さん……で合ってるよね?」

 

戦治郎が自己紹介をしようとすると、北上はそう言って戦治郎の自己紹介を遮り、彼女が正解である戦治郎の名前を口に知ると、戦治郎は底抜けに明るい表情を浮かべながら、その通りでございますと言わんばかりに、両手の人差し指を無言で北上の方へと向けるのであった

 

「ってちょっち待ち、噂のって何ぞ?」

 

その直後、北上が口にした『噂の』と言う単語が気になった戦治郎が、その事を北上に尋ねてみたところ……

 

「戦治郎さん達長門屋海賊団の話は、戦治郎さん達に助けられたって言う由良達や雲龍さんから聞いてるよ~。ああ、当然戦治郎さん達が横須賀の乱を治めた件もね~」

 

「ああ、なるほどな~」

 

北上は戦治郎の問いに対してこの様に答え、それを聞いた戦治郎は納得したのか、腕を組んで何度もウンウンと頷きながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「それで、戦治郎さんがあたしのとこに来たのは、大方あたしの足の事についてなんでしょ?」

 

「大正解、ってよく分かったな……?」

 

「そりゃあ由良達の話聞いてたらね~、それに昨日工廠に見学に来た時も、戦治郎さんは工廠の設備そっちのけであたしの足ばっかり見てたでしょ?そんなに見つめられたら嫌でも勘付くってもんよ~。因みにアムステルダム泊地の提督が、由良達に対して行った仕打ちについても、その提督の末路についてもしっかり聞いてるよ~」

 

「お、って事は……?」

 

「うん、悟さんだっけ?多くのお医者さん達が匙を投げたって言う、艦娘の後遺症を不思議な力であっという間に治しちゃうって人。その辺りも聞いてるよ~」

 

「う~ん、由良達がこんなにお喋りさんだったなんて、流石におっちゃんも分かんなかったぞ~?」

 

「由良達は戦治郎さん達に助けてもらったのが余程嬉しかったみたいでね~、戦治郎さん達の事話している時、やたら興奮した様子だったよ~?」

 

その後、北上は戦治郎の用件を言い当ててみせ、それから戦治郎と北上はこの様なやり取りを交わすのであった

 

因みにこのやり取りの中で、北上はこの後遺症を負った後、神通よりも早い段階でアムステルダム泊地から勧誘を受けたが、直感で身の危険を感じ取りその話を断った事を戦治郎に告げていたりする……

 

それからしばらくして、戦治郎が北上に本題である足の治療の話を持ち掛けると……

 

「いいよ、その悟さんの治療……、受けてみるよ」

 

北上は戦治郎が想像していたよりも遥かにすんなりと、足の治療を受ける事を戦治郎に伝えるのであった

 

「えらいまたすんなりと……、何かこう……、不安とか葛藤とか無かったのか?」

 

「さっきも言ったけど、由良達から悟さんの腕前についてや、治療を受けた娘達のその後の様子なんかも聞いてるからね。それに何よりもさ、横須賀の乱の時に戦治郎さん達が頑張ってくれたおかげで、あたしは今ここにいるし、大井っちも無事でいれる訳じゃん?言わば戦治郎さん達はあたし達にとっても命の恩人なんだから、そんな人の提案を無碍に出来る訳ないじゃん。それに……」

 

すんなりと自分の提案を呑んだ北上に対して、戦治郎がこの様に尋ねてみたところ、北上は戦治郎の提案をあっさり呑んだ理由をスラスラと述べ始めるのだが、その中で頭の中に何かが過ったのか、途中で思わず言葉を詰まらせてしまうのであった

 

そんな北上の様子を見て、戦治郎が怪訝そうな表情を浮かべていると、北上は意を決した様な表情を浮かべながら、先程の続きを口にするのであった

 

「それにさ、あたしが足を負傷してから、ずっと大井っちが何処か余所余所しいんだよね~……。まあ、その理由は何となく察しがつくんだけどさ……」

 

「おめぇが怪我した事に対して、大井は責任感じてんだろうな……。北上さんが怪我をしたのは、全部自分が原因だーって感じで……。んで、自分が北上の傍にいたら、北上が怪我した時の事思い出して、表には出さないものの内心では苦しむんじゃないかって事で、大井は北上から距離を置こうとしてるのかもな……」

 

「ん~?もしかしてさ~、あたし達の事事前に調べてたリ?」

 

「すまんな、やろうと思った事は可能な限り成功させたい性分でな、この件も成功率を上げる為に、ちょっちおめぇらの事調べさせてもらったわ……」

 

「うわぁ……、乙女の秘密を探るとか……、さいて~……」

 

北上の言葉を聞いた戦治郎が思わず自分の見解を口にしたところ、その内容で北上が戦治郎が自分達の事を探っていた事に気付き、それに対して戦治郎が詫びを入れたところ、北上は戦治郎に軽蔑の視線とこの様な言葉を送るのであった……

 

尚、北上のこの態度は彼女なりの冗談であり、彼女の冗談を真に受けた戦治郎は、全身全霊を込めた謝罪の意を見せる為に、すかさず彼女の目の前でスターダスト土下座を展開するのであった……

 

その後、北上は戦治郎を落ち着かせ、何とか誤解を解く事に成功すると

 

「取り敢えず、治療の話は受ける事にするよ~。もし大井っちをこのままにしてたら、大井っちが後悔の念に押し潰されちゃって、艦娘としてやっていけなくなっちゃうかもしれないからね」

 

「大井とのわだかまりを無くす為にも、その原因となっている足の後遺症を治さなきゃだなっ!」

 

「そゆこと、って事で治療の件、よろしくね~」

 

北上は改めて治療を受ける旨を戦治郎に伝え、それを聞いた戦治郎の返答に対して、ニカッと笑った後この様に言葉を返しながら、戦治郎が差し出して来る悟の勤め先の病院の住所が記されたメモを受け取るのであった

 

因みに北上が後遺症を負った後、何故工作艦と一緒になって工廠で働いていたのかと言うと……

 

「あたしの実家って市販されている艤装の修理とかやっててね、あたしは小さい頃からお小遣い稼ぎの為に家の手伝いやってたんだ~。その関係で艤装の修理が出来るから、後遺症を負った後は工作艦として鎮守府を支えていく事にして、大井っちに後遺症の事は気にするな~ってアピールしてたんだけど~……、これが却って大井っちを苦しめてたみたいだね~……」

 

北上はそう言って、苦笑いを浮かべるのであった……



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決して知られてはならない佐世保鎮守府の秘密

戦治郎は無事に北上と接触する事に成功し、予定よりもあっさりと北上に足の後遺症の治療を受けさせる事を承諾させ、休み期間中に横須賀にある悟の勤務先の病院に向かい、メモを渡した直後に戦治郎が書き上げた、北上が戦治郎の知り合いである事を証明する為の手紙を悟に渡し、悟の指示に従って治療を受ける様にと、北上に治療を受けるまでの手順を説明した後、工廠に入った際に工作艦娘と交わした約束を果たす為に、工廠にいる艦娘や妖精さん達を呼び集め、手持ちの言霊式ネームド艦載機の設計図をそこかしこに広げて言霊式ネームド艦載機の作り方を教えていた頃、佐世保鎮守府ではある艦娘の改修作業が行われていたのであった……

 

 

 

 

 

「休み期間を利用して鎮守府の様子を見に来てみれば……、まさか私の改二改修を行ってもらえるとは……。提督、本当にありがとうございます!」

 

佐世保鎮守府の執務室にて、先程佐世保鎮守府の工廠で改二改修を終えた赤城は、執務机で金剛と共に書類作業に打ち込む兼継に向かって、心の底から湧き上がる感謝の気持ちを言葉にしながら、深々を首を垂れるのであった

 

「喜んでもらえて嬉しいよ、ただまぁ……」

 

「……?如何なさったのですか?」

 

赤城から感謝の言葉を貰った兼継は、作業の手を止めて赤城の方へと向き直り、最初こそは笑顔で返事をするのだが、途中から少々複雑そうな表情を浮かべながら続きの言葉を言い淀み、そんな兼継の様子見ていた赤城は、思わず不思議そうな表情を浮かべるのであった……

 

「赤城の改修なんデスガ、実はもう1段階改修可能みたいなんデース」

 

「えぇっ!?改二以上の改修があるのですかっ?!」

 

そんな2人の様子を見ていた金剛が、じれったさを感じたのか兼継が口にしようとしていた言葉を代わりに口にし、それを耳にした赤城は驚愕の表情浮かべながら兼継にそう尋ねるのであった

 

「実はそうなんだ……、ただそれをやってしまうと、少々厄介な事が発生する可能性があってね……」

 

「厄介な事……、ですか……?」

 

「YES、赤城をもう1段階改修すると、赤城は普通の空母からから夜間作戦空母と言う空母に変わってしまうみたいデース」

 

赤城の問いに答えようとした兼継が慎重に言葉を紡いでいると、厄介事と言う単語が気になった赤城が再び不思議そうな表情を浮かべ、その直後に今度は赤城がいない間に一足先に改修を終え、改二丙となった金剛が厄介事の原因となる部分について口にするのであった

 

そんな金剛の言葉を聞いた赤城が、夜間作戦空母なる聞き慣れない単語に困惑していると……

 

「夜間作戦空母と言うのは、専用の艦載機を搭載する事で、夜戦の時も艦載機を用いて相手を攻撃出来る空母の事なんだ。で、これの何が問題かって言うと、赤城が夜間作戦空母って聞いて不思議そうな表情してた事から分かる事なんだけど……、この世界には赤城改二戊どころか、赤城改二や金剛改二丙のデータすら存在してないんだ……」

 

兼継は赤城に夜間作戦空母の説明をした後、兼継や金剛が言う厄介事について詳しく話し始めるのであった……

 

そう、本来この世界には改二改修用のデータが10種類あるか無いかぐらいしか存在しておらず、戦治郎達がこの世界に転生個体として転生し、西方海域あたりで長門達と接触した際に彼女達に情報提供した事で、ようやく2017年12月11日に実装された多摩改二までのデータが、この世界に出回り始めたと言う状況だったのである

 

なので戦治郎達が亡くなった2017年12月24日以降に実装された改二改修用のデータや、一部の兵装のデータは本来この世界には存在していないはずなのだ……。にも拘らず、兼継は2019年4月22日に実装された金剛改二丙や、2019年5月21日に実装された赤城改二の改修を平然とやってのけたのである……

 

これは一体どう言う事かと言うと……

 

「……例の提督のお兄さんが遺したと言う、『へっどまうんとでぃすぷれい』と言う物のおかげ……、ですか……?」

 

ここまで兼継の話を静かに聞いていた赤城が、真剣な表情を浮かべながら兼継にそう尋ねたところ、話をしていた兼継はそこで一旦言葉を切り、赤城の言葉を肯定する様に静かに頷いて見せた後、続きを話し始めるのであった……

 

そう、兼継は戦治郎達とは違い、生前戦治郎達が作り上げ、ちょっと早めのクリスマスプレゼントとして兼継に送ったHMDが引き起こす不思議な現象を用いる事で、この艦これの世界と自分が本来存在している世界を、生きたまま魂だけで自由に行き来する事が出来るのである

 

つまり、兼継はこの世界で唯一、リアルタイムで更新されるゲームの艦これの最新情報を、この世界にもたらす事が可能な存在なのである……っ!

 

そしてこれこそが、兼継達が言う厄介事の原因なのである

 

先程も言った通り、この世界の改二事情は多摩改二で止まっているのだが、今の兼継は2019年8月8日に実装された、海風改二までの情報を持っているのである

 

改二となった艦娘は、従来の艦娘よりも強力になっていたり、利便性が大幅に向上したりする為、戦況を大きく変化させ、こちらが有利な状況を作り易くしてくれる。故にこの世界の多くの提督達は、恐ろしい程に改二に関する情報に過敏になっているのである。まあ、こちらの世界はゲームではなく、実際に戦争と言う命の駆け引き行っている為、所属艦娘達を無残に失わない様にする為に、提督達が改二情報に過敏になってしまうのは仕方が無い事である……

 

さてそんな中、本来この世界に存在しない改二情報を持つ兼継の存在が、海軍内で広く知れ渡ってしまうとどの様な事が起きるかと言えば、誰もが改二情報を求めて佐世保鎮守府に殺到し、その対応のせいで佐世保鎮守府の運営や艦隊運用に支障が出てしまう事だろう……

 

更にその騒動の中、旧支配者であるヴルの存在が佐世保鎮守府にやって来た提督達にバレる様な事になれば、最悪大パニックが発生してしまう可能性まで考えられる……

 

そしてこれは最悪中の最悪の事態になるが、この提督の群れの中に過激な思想を持つ者が混ざり込み、どさくさに紛れて兼継を連れ去り、自身の拠点に監禁する事で最新の改二情報を独占し、場合によっては兼継を始末する事で、自分の地位を揺ぎ無きものにしようとする者も出るかもしれないのである……

 

この様な事態が想定される為、兼継は佐世保鎮守府に所属する艦娘にだけは、自分が知っている情報を基に、工廠の妖精さん達やヴルと協力して改二改修を行っていくが、その際に一部の艤装に細工を施す事で、艤装に改二改修が行われている事を分かり辛くし、兼継が最新の改二情報を持っていると言う事実を、誰にも悟られない様に隠蔽する事にしたのである

 

因みに金剛の艤装に新しく搭載された艦首中甲板の魚雷発射管も、ヴルと妖精さん達によって施された細工によって取り付けられた、スライド式装甲板で隠せる様になっていたりする

 

「こう言った理由があって、僕は艤装に細工して事実の隠蔽を図ってるんだけど……、赤城改二戊の場合、艤装云々じゃなくて赤城自身から溢れる風格って言うか……、オーラって言うか……、そう言った類のもののせいで滅茶苦茶誤魔化しづらいんだ……。だからさ、改二戊にするのはもうちょっち待ってて欲しいんだ……」

 

「ちょっと釈然としませんが……、そう言う事ならば仕方が無いですね……」

 

こうして兼継はこの言葉を以て赤城に対しての事情説明を終わらせ、兼継の話を聞いていた赤城は、兼継が改二戊の改修を渋る理由に関しては納得していないものの、兼継の身を守る事を優先する事にして、この様に返答するのであった……

 

尚、兼継が持つ情報が世に出回る様になるのは、兼継と戦治郎がこの世界で再会してからになるのだが、それはまだしばらく先の話になる事だろう……



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研修2日目

北上が戦治郎の提案を受け、悟から後遺症の治療を施してもらう事を決めたたその翌日、戦治郎達提督候補生2人が昨日と同様大淀大将の執務を見学していると、不意に司令室内に救難信号を受信した際に発せられるブザー音が鳴り響き、それを聞いた大淀大将はその表情を険しいものへと変化させ、秘書艦である大淀に通信に出る様指示を出し、指示を受けた大淀は急いで通信を繋ぎ、司令室の中にいる者達全員に通信が聞こえる様にコンソールを操作して音量を調整するのであった

 

その内容を簡単に説明すると、如何やら日本海側で漁を行っていた漁師達が、深海棲艦の艦隊の襲撃を受けてしまったのだとか……

 

一応、漁師達は漁に出る前に最寄の海軍の拠点に依頼を出し、護衛の艦娘を付けていたそうなのだが、如何やらその艦娘達の練度が思った程高くなかった様で、今もヌ級とリ級が2隻ずつ、そしてヘ級とロ級1隻ずつの編成相手に苦戦しているのだそうな……

 

因みに漁師達が深海棲艦の名前知っていたのは、深海棲艦関係で海軍に救難信号を出す際、正確な情報が欲しいと言う海軍の要請で漁協が漁に出る漁師達に配布しているパンフレットに、イロハ級の名前と姿が写真付きで記載されていたからである

 

「う~ん……練度が低い艦娘にヌ級とリ級の相手させるのは、流石に分が悪いですね……」

 

「そうだな……、話を聞いている限り、護衛の艦娘は駆逐艦ばかりの様だからな……。例え相手がノーマルばかりだったとしても、魚雷を使える状況に持ち込めない限り、思った様に相手にダメージを与えられない事だろう……」

 

「練度が高い艦娘だったら、駆逐艦だろうとヌ級の艦載機に搭載された爆弾や魚雷を狙い撃ちして撃ち落として、それ見て連中が動揺してる隙を突いて接近して魚雷叩き込むなり、艤装の砲口に砲弾ブチ込んで弾薬庫を誘爆させるなり出来るんだけどなぁ……」

 

「すまん戦治郎……、おめぇ一体何言ってんだ……?」

 

「流石にそれは……、要求される練度が高過ぎるのではないか……?」

 

「……うん、変な事言って申し訳ないです……」

 

通信を終えたところで、提督候補生ズと大淀大将はこの様なやり取りを交わした後、すぐさま件の漁師達の救援の為に、艦隊を編成して任務に参加する艦娘達に作戦概要を伝え、急いで出撃させるのであった

 

こうして、2隻のヌ級を相手する事となっている雲龍と、ヘ級とロ級の相手を担当する事となっている由良と駆逐艦娘3人、そして戦治郎の提案でこの任務に参加する事となった大和の6人で編成された艦隊は、現場に到着すると護衛の艦娘達と合流し、天を舞う龍を彷彿とさせる様な戦いぶりを見せる雲龍の艦載機達と、圧倒的過ぎる火力を誇る大和の主砲のおかげで、難なく深海棲艦達を沈める事に成功するのであった

 

因みに何故戦治郎は大和をこの任務に参加させたのかと言えば、1つは長い休みが原因で大和の戦闘に関する感覚が鈍ってしまう事を防ぐ為、もう1つはこの休暇でただでさえ少ない舞鶴鎮守府の主力戦艦艦娘が帰省しており、リ級の装甲を容易く抜けそうな艦娘がヌ級を相手取る雲龍を除くと大和くらいしかいなかった為、そして最後の1つは護衛任務を自分達だけで全う出来なかった事が原因で、深く落ち込んでいるかもしれない護衛の艦娘達を、日本海軍中で最も名前が知られている大和に励まさせる事で立ち直らせ、更にその二つ名に恥じぬ戦いぶりを生で見せる事で、自分もこうなりたいと思わせて、彼女達の向上心を上げようと考えたからだ

 

そんな戦治郎の思惑はズバリ的中し、護衛を担当していた艦娘達は大和の激励を受けるなりすぐさま立ち直り、大和に対して今以上に強くなる様日々精進を怠らないと宣言し、仕舞いには大和にサインをねだり始めるのであった……

 

その様子を漁船の漁師達や雲龍、そして雲龍の艤装に取り付けられたカメラ越しに見ていた戦治郎達が、何とも微笑ましい光景かと思いながら眺めていると……

 

「……っ!?ソナーに感ありっ!!海中から何かがこちらに向かって浮上して来ていますっ!!!」

 

突如周囲の警戒をしていた由良が異変を察知し、鋭い声を上げて大和達に注意を促し、それを聞いた大和達はすぐさま警戒態勢に移行するのであった

 

「先程の戦闘で近くに潜んでいた潜水艦がこちらに気付き、攻撃を仕掛けようとしているのでしょうか……?」

 

「それは無いと思う……、もし相手が潜水艦だったら、わざわざ浮上してこちらに発見されるリスクを冒す必要はなく、そのままこちらに魚雷を発射すればいいだけだから……」

 

潜水艦に対しての対抗手段を持たない大和と雲龍が、自分達の目には見えない相手を警戒する様に、険しい表情を浮かべながらこの様なやり取り交わしていると……

 

「え……っ!?これってどういう事……っ?!」

 

「ソナーの反応が……、凄い勢いで増えてる……っ!?」

 

「その数……、100……、200……っ!?300……っ?!!ってまだまだ増えてるよっ?!?!」

 

「しかも物凄い速度で浮上して来てる……っ!!来ますっ!!!」

 

由良と共に爆雷の準備を進めながら、ソナーで相手を捕捉しようとしていた駆逐艦3人が、浮上して来る相手の異常性に動揺し始め、相手が海面近くまで来た事に気付いた由良がそう叫んだ直後、海中からそれは姿を現したのであった……

 

それは身長2.5mほどの大きさで、樽の様な胴体の側面からは蝙蝠に似た膜状の翼とウミユリの様な触手がそれぞれ5つ、等間隔に並んで生えており、胴の上部にある球根状の首の上には、頭部と思わしき五芒星状のヒトデの様な形状をしたものがくっついており、その先端にはこの生物の目玉と思わしき球体が付いていた……

 

その異形の生物を目にした者達の多くは、未知の存在と遭遇した事によって湧き出て来た恐怖心に心を支配され、身動きが碌に取れなくなってしまい……

 

「これは……、以前戦ったフライングポリプとは別の……、神話生物……?」

 

神話生物との接触に慣れている大和は、そう呟きながら3号さんを構え始め、この謎の生物を迎え撃つ準備を整えるのであった……

 

 

 

 

 

「何で日本海に古のものがいるんだよおおおぉぉぉーーーっ!!?あいつらは南極方面に撤退したんだろうがよおおおぉぉぉーーーっ?!!」

 

「待て戦治郎っ!!古のものって何だよっ!?」

 

「あれが……、転生個体以上の脅威と言われる、神話生物と言うものなのか……?」

 

大和が迎撃準備を整えている頃、司令室で雲龍の艤装のカメラ越しに戦場の様子を見ていた戦治郎は、突然の神話生物の登場に思わず両手で頭を抱えながら絶叫し、状況が掴めていない毅は戦治郎の叫びに反応してこの様に叫び、大淀大将は神話生物である古のものを目にするなり、驚愕の表情を浮かべながらこの様に呟き、その後ろで同じく古のものを目撃した大淀は、ただただ愕然とし立ち尽くしていた……

 

その後、何とか落ち着きを取り戻した戦治郎は、翔の講習で得た知識を用いて大将達に古のものについて、そして神話生物について詳しく説明し……

 

「あいつらはあんなナリでも、一時期は地球を支配していた種族です……。そんな連中が本気になれば、恐らく大和だけでは抑えきれないかもしれません……。ですので大将……、俺に出撃許可を出して下さい……っ!!!」

 

「出撃許可って……、戦治郎、お前突然何言い出すんだよ……っ!?」

 

この状況を打破するべく、戦治郎は真剣な表情で大将にそう言って自身の出撃許可を出す様に懇願し、それを聞いた毅は戦治郎の方へ視線を向けながら、この様な言葉口にするのだが、直後に戦治郎が出撃に備えて変装用の衣装を脱ぎ捨て、その正体を明らかにすると、毅は驚愕のあまり絶句してしまうのであった……

 

「あの場にいる者達全員を救う為だ……、已むを得んな……」

 

「すまねぇ毅、細かい事は戻ってから話す……。だから……」

 

そんな中、大将は已む無しとばかりに、戦治郎の提案を受ける旨を伝える為に、そう呟きながら戦治郎に向かって頷いて見せ、それを見た戦治郎は毅に向かってそう言うと、駆け足で司令室の入口に向かおうとするのであった

 

と、その直後である

 

『戦治郎さん……、如何やらその必要は無いみたいよ……?』

 

不意に司令室内にいつの間にか我に返っていた雲龍の声が響き渡り、それを聞いた戦治郎が思わず足を止め、雲龍にそれはどう言う事かと尋ねたところ……

 

『私が飛ばしていた哨戒機が、心強い援軍を連れて来てくれたわ……』

 

雲龍はこの様に答え、その直後に司令室のディスプレイに表示された映像に、多大な変化が発生するのであった

 

「これは……、彼岸花の花びらか……?」

 

毅がチラリとディスプレイに映り込んだ物を見て思わずそう呟いたところ、戦治郎は内心で驚愕しながら血相を変えて毅達のへと引き返し、ディスプレイに現在映し出される光景を目の当たりにすると、内心の感情が表情に漏れ出し、その表情を更に驚きの色に染め上げるのであった……

 

現在ディスプレイの中では、突如として空から降り注ぐ大量の彼岸花の花弁が、次々と古のもの達を貫き、瞬く間の内にその身体をズタズタに切り刻み、更には大和達を守るかの様に辺りにフワフワと漂っていたのである……

 

(こんな事出来るのは……、この世界じゃたった1人しかいねぇ……っ!!)

 

戦場の様子を見た戦治郎がそう呟いた直後……

 

『脆いっ!!!脆過ぎるのうっ!!!元地球の支配者とはこの程度のものかあああぁぁぁーーーっ!!!??』

 

司令室内に、この場では戦治郎と雲龍だけが知る、究極至高最高の実力を誇る転生個体の声が響き渡るのであった……

 

「何で祖父さんがそこにいるんだよおおおぉぉぉーーーっ!!?」

 

『何でも最近出来た友達と、次のアンダーゲートの出店先を考えるついでに、空の散歩をしてたらしいの……』

 

「友達って誰だよっ!?」

 

その声を聞いた戦治郎が絶叫しながら疑問を口にすると、雲龍は問題の声の持ち主の方へとカメラを向けながら戦治郎の問いに答え、それを聞いた戦治郎が更なる疑問を声に出したところで……

 

『いや、ワシの身体を易々と叩き斬るお前からしたら、何でも脆く感じるもんじゃろうが……』

 

不意に司令室内に、戦治郎に聞き覚えの無い声が響き渡るのであった……

 

「今の声は……?」

 

聞き覚えの無い声を聞いた戦治郎が、不思議そうな表情を浮かべながらそう呟き、司令室のディスプレイを注視していると、そこには自身の能力である紅吹雪で作り出した紅い雲の様な物に乗って飛行する、戦治郎の祖父であり全転生個体中最高クラスの戦闘力、知識、経験、精神、財力、運を持ち合わせたリコリス棲姫の転生個体である長門 正蔵の姿と、伝説ポケモンとして広く知られているであろう、ジガルデ50%フォルムの姿があったのであった……

 

(今の声……、もしかしてあのジガルデの……?つか今さっき自分の身体を祖父さんが叩き斬ったって……。あの祖父さんにそんな事されて無事でいられるってこたぁ……、もしかしてあいつ……、滅茶苦茶強ぇ神話生物……?)

 

『さぁて、牽制はこれくらいにして……、あやつらを徹底的に叩きのめしてやるかのうっ!』

 

『正蔵、ここはワシに任せてもらおうか、なぁにすぐ終わらせてやるわい……』

 

咲作(さくさく)、お前一体何を……っ!?』

 

ジガルデの姿を見た戦治郎が内心でそう呟いていると、不意に正蔵達がこの様なやり取りを始め……、直後にディスプレイ内の映像が真っ赤に染まり……

 

\キャアアアァァァーーーッ!!?/

 

「大和っ?!一体何があったっ!?」

 

司令室内に大和達の悲鳴が鳴り響くと戦治郎は再び血相を変え、大和達の無事を確認する為に声を張り上げるのであった……

 

そんな中……

 

『咲作うううぅぅぅーーーっ!!!核分裂や核融合を攻撃に使用する時は、先にワシに声掛けろと言ったじゃろうがあああぁぁぁーーーっ!!!』

 

『さっき任せろと言ったじゃろがいっ!!』

 

『やろうとしとる事をもうちょっち明確にせんかいっ!!!このアホなる神めがっ!!!』

 

咲作の古のものとその周囲に漂う空気を材料にして発生させた核分裂からの核融合コンボによって、古のもの達が跡形も無く一掃された海上に降り立った正蔵と咲作は、正蔵の紅吹雪のおかげで咲作の核熱コンボの被害を一切受けなかったものの、その威力の凄まじさに愕然する大和達の目の前で、年甲斐も無く口喧嘩をおっ始めるのであった……

 

これが正蔵との激闘の末、彼の茶飲み友達となった外なる神、アザトースの落とし子にしてツァトゥグアの祖父であるサクサクルースの咲作と、戦治郎とのファーストコンタクトなのであった……



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地球降臨の理由

サクサクルースの設定に関してですが、一部この作品独自の解釈などが含まれています。ご了承ください……


外なる神サクサクルース……

 

それはこの世界の創造神とも言われる外なる神、アザトースより剥がれ落ちた身体の一部が核分裂を引き起こした事で誕生した、多くの神性の父と呼ばれている存在である

 

そんな彼は、普段時空を超えた場所に独りで棲んでおり、その日も最早家族同然に連れ添っている退屈と、突如として襲い掛かって来る寂しさと戦っていた……

 

しかし、そんな生活を送るサクサクルースの下に、自身の兄弟でありアザトースのお世話係を担当しているニャルラトホテプが訪れた事で、これまでの退屈な日々は終わりを迎える事となるのであった……

 

「ヘロ~兄上~、ご機嫌いかが~?」

 

「な~にが兄上じゃ気色悪い……、一体何の用じゃ?」

 

突如時空の壁を超えて姿を現したニャルラトホテプは、飄々とした雰囲気はそのままに陽気な声でサクサクルースに挨拶し、それによってニャルラトホテプの訪問に気付いたサクサクルースは、心底嫌そうな表情を浮かべながら、彼に訪問理由を尋ねるのだった

 

「いや~、家族に捨てられたぼっち老人が、誰にも悟られず床の染みになってないか、ちょっと確認をと思いまして~」

 

「よし、帰れ」

 

訪問理由を尋ねられたニャルが、ヘラヘラしながら恐らく嘘の訪問理由を口にしたところ、サクサクルースはその発言が余程癪に触ったのか、コメカミに青筋を立てながらニャルに向かって短く、そしてハッキリとそう言い放つのであった

 

因みに先程ニャルが口にした、サクサクルースが家族に捨てられたと言う件についてだが、一般的にサクサクルースは共食い欲が強く、家族をも捕食しようとしたが故に、それを恐れた家族達は自分達の身を守る為に、生みの親であるサクサクルースの下を去ったと言う事になっているのだが、実際のところそれは人間達が魔道書を翻訳した際、間違えて翻訳された内容が広く知れ渡ってしまったと言う一切の出鱈目であり、本当のサクサクルースは、家族に対して頻繁に食べてしまいたくなる程可愛いと連呼してしまうほど、家族大好きアウターゴッドであり、それが余りにも鬱陶しいと感じたが為、彼の家族は彼をユゴスに置いて出て行ってしまったのである……

 

「プップス~wwwあ、もしかして図星突かれて怒った?wwwねぇねぇ怒った~?wwwwww兄上もしかして激おこなの~?wwwwwwwww」

 

「よし、今すぐその捻じ曲がった根性を叩き直してやる……っ!!!」

 

「いや~ん☆こわ~い♪せ~っかくアザトースの世話で忙しくて仕方ないこの僕が、時間の合間を縫って寂しさの余り毎夜枕を濡らしている兄上の為に、と~っても素敵な提案を持って来たって言うのに~☆彡」

 

「提案……?」

 

サクサクルースの返答を聞いたニャルが、まるで頬袋一杯に餌を詰め込んだリスの如く、両頬を大きく膨らませながら盛大に吹き出し、サクサクルースの事を煽る様にそう言うと、遂にサクサクルースの怒りが限界を突破し、彼は怒りでその身をプルプルと震わせながら立ち上がり、ニャルの周囲にある全ての物体を材料にして、彼に対して核攻撃を行おうとしたのだが、今の言葉は冗談だと言わんばかりに、その身体をクネクネと動かしながらこの様な返答をするニャルの言葉に反応し、サクサクルースは核攻撃を仕掛けようとするその手を止め、ニャルの提案とやらに耳を傾けるのであった……

 

こうしてニャルの提案とやらを聞いたサクサクルースは、その提案に賛同すべきかどうかについて、独り思考を巡らせ始めるのであった……

 

さて、このニャルの提案とはどんなものなのか?正直そう難しい事では無い、あっちが帰省する素振りも見せないのならば、こちらから出向いてやればいいと言うものだ

 

「ほら、最近よく耳にするっしょ?ツンデレって言葉。本当は兄上の家族達も兄上の事がだ~い好きでぇ、事ある毎に可愛いとか言われるのが気恥ずかしくて、兄上から距離を置こうとしたんじゃないの~?だったら兄上の方から行ってあげないと、家族の皆が可哀想なんじゃな~い?」

 

その後、サクサクルースはまんまとニャルの口車に乗せられ、ニャルが調べておいてくれたと言う家族の居場所を記したメモを手に、戦治郎達が住まう世界へと、時空の壁を超えて降り立つのであった……

 

そんなサクサクルースを見送った後、ニャルは静かにほくそ笑む……

 

「さて、ルルイエでの一件の報復はこれでよしっと……、いや~、やっぱ孤独な老人は利用し易いね~。歳による思考の劣化のせいで正しい判断が出来なくなってるし、それに寂しさって感情が先走ってくれるおかげで、こうも簡単に言いくるめられてくれたよ~。んじゃ、後は翔達があの爺相手にどう立ち回るか、高みの見物と洒落込みますか~☆」

 

ニャルはそう言うとシャンタク鳥を呼び出し、その背に乗るとサクサクルースに気付かれない様に、己が持つ力をフル活用して姿や気配を完全に消し去ると、こっそりと彼の後を追い始めるのであった……

 

 

 

こうして、家族と再会する為に時空を超えて来たサクサクルースを待ち受けていたのは、心の奥底から彼との再会を嫌がる家族達による暴力と、人類には到底想像出来ない様な罵詈雑言の嵐であった……

 

特に彼の息子であるギズグスの配偶者であるズスティルゼムグニからの攻撃は凄まじく、サクサクルースはここで家族達と会う事を断念し、棲み処に帰ろうかと考えたほどである……

 

しかし、それでもサクサクルースは家族に会いたい一心で、何とか歯を食いしばって邪念を頭から追い出し、フジウルクォイグムンズハーとギズグスとの再会こそ諦めたものの、ギズグスの下を離れ地球に移り住んだと言う、最愛の孫であるツァトゥグアに会おうと決心すると、すぐさま地球へ向かうのであった……

 

そして戦治郎達が小弁天島でポリプ達とドンパチしている頃、サクサクルースは衛星軌道上にある人工衛星のカメラの目を掻い潜って地球に飛来し、南西諸島方面の海上へと降り立つ事に成功する……のだが、ここで思い出したかの様に彼の腹の虫が空腹を訴え掛けて来るのであった……

 

そう、彼は時空を超えてから今の今まで一切食事や水分補給などもせずに、光年単位の距離を移動し、時には家族達の猛攻を激しい動作で躱したりしていたのである……。故に彼の体内のエネルギーは枯渇寸前に陥り、身体が消費したエネルギーの補給を求め、腹の虫と言う形でサクサクルースにサインを送ったのである

 

因みにこれを無視して行動すると、外なる神であるが故に死ぬ事こそないものの、すぐさま身体が無駄なエネルギーの消耗を抑えようとして、サクサクルースの意思を無視し勝手に身体が休眠状態に陥ってしまうのだとかなんとか……

 

「ツァトゥグアに会う前に休眠状態になる訳にはいかんな……、さて……、どうしたものか……」

 

地球に降り立ったサクサクルースがこの様な事を考えていると、不意に彼の耳に人間達の騒ぐ声が聞こえ、それに気付いたサクサクルースがそちらに視線を向けてみたところ、そこには物資の輸送の為シンガポールを発ち、台湾に向かおうとしていた輸送船が存在しており、サクサクルースは先程の声はこの輸送船の乗組員のものでないかと思い至るのであった

 

「ふむ……、パッと見栄養価の高そうな人間はいなさそうじゃが……、まあ背に腹は代えられんか……」

 

サクサクルースはそう呟くと、常に泡立つジェル状の物体の塊であるその身体から数本の触手を伸ばし、輸送船の乗組員達を捕食するべく輸送船を掴もうとする。外なる神である彼からしたら、人間なぞ玩具か食糧に過ぎないのである……

 

そうしてサクサクルースから伸びる触手が、後数m……、数cm……と、徐々に輸送船へと近づいていたその時である。突如現れた大量の赤い花びらが触手と輸送船の間に割って入り、発生原理が全く不明な強力な斥力を発生させ、サクサクルースの触手を弾き飛ばしてしまうのであった

 

(……!?一体何が……?)

 

突然の出来事に驚いたサクサクルースが、内心でそう呟いていると……

 

「そこのデカブツウウウゥゥゥーーーッ!!!ワシが知覚出来る範囲内で人様を喰らおうとするとは、いい度胸しとるのうっ!!!えぇ?!おいいいいぃぃぃーーーっ!!?」

 

突如小さな波を発生させかねない程の大きさの声が辺りに響き渡り、サクサクルースが音源の方へと視線を向けたところ、そこには白糸で家紋が刺繍された黒地の紋付羽織袴を身に纏い、腰に刀を差した真っ白な人間の女性の様な生物が立っていた……

 

そんな女性のすぐ傍には……

 

「うおお~!おっきいですね~!」

 

「正蔵さん……、本当にこいつとやり合うつもりなの……?」

 

「例えどんな存在であろうとも、人類に危害を加えようとしているならば、全力で戦って追い払うだけよっ!!!」

 

「朝潮姉さんったら、ホント何時も真面目ね~」

 

薄群青の髪をツーサイドアップで纏め、飯盒の様な帽子を被った少女や、髪を団子付きのツインテールに纏め、大声で叫ぶ白い女性同様腰に刀を差した少女、鋭い目つきでサクサクルースを見据える黒髪ロングヘアの少女に、両手に白い小さな十字架の様な物を持つ、茶髪ロングヘアの少女が控え……

 

「あれは一体何なのニャ……?正蔵さんは兎も角、何で朝潮達はアレを見て一切動揺したり怖がったりしてないのニャ……?」

 

更にその後方には、サクサクルースの姿を見て呆然と立ち尽くす、桃色のショートヘアの少女の姿があったのであった……

 

これが、後に穏健派連合内に設立されるお達者クラブ『ジジーズ』のメンバーである豪快老人(ゴーカイシルバー)長門 正蔵と、巨大老人(メガシルバー)サクサクルースこと咲作の出会いであった……




尚、ジジーズのメンバーは後1人は増える模様


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リンガ泊地主力艦隊出撃!

その日正蔵はシンガポールに新たに出店したアンダーゲートの視察の為にシンガポールを訪れており、滞りなく新店舗の視察を終えると、すぐさま朝潮達が所属するリンガ泊地へ向かうのであった

 

南方海域での問題が解決した後、正蔵は自分のシゴキを耐え抜いた朝潮達3人の事を甚く気に入ったらしく、空き時間が出来る度にリンガ泊地へと赴き、彼女達を引き続き鍛え上げているのである

 

因みに正蔵はヤマグチ水産やアンダーゲートの経営以外にも、インド洋で輸送船の物資目当てで暴れ回るカルメンの雑兵達の駆除なども行っているのだが、最近はリーダーとしての自覚を持ったワンコ率いる穏健派連合マダガスカル支部の面々が、積極的にカルメンの駆除を手伝いに来てくれる様になったおかげで、前より空き時間を確保出来る様になっているのだとかなんとか……

 

それはそうと……

 

「いや~正蔵さ~ん、今日も来て下さったのですね~。ホントいつもいつもありがとうございます~」

 

(出たなドサンピン……)

 

正蔵がリンガ泊地に到着し、紅吹雪で作った筋斗雲から降りたところで、正蔵の来訪に気付いた泊地の提督が泊地の本庁から飛び出して来て、その顔にハッキリと気持ち悪いと斬り捨てる事が出来そうな笑顔を張りつけ、まるで蠅の様に揉み手しながら正蔵を出迎え、それを目にした正蔵は内心で舌打ちしながら悪態をつくのであった

 

正直なところ、正蔵はこのリンガの提督の事を心底嫌っていた

 

その切っ掛けとなったのは、正蔵が朝潮達と出会う切っ掛けとなった輸送任務中、正蔵がリンガの提督に対して札束ビンタと物資クラッシュをぶちかました時で、提督の見事な掌返しっぷりに、正蔵は思わず呆れ返ってしまったのだそうな……

 

確かにあの時提督が簡単に靡いてくれたのは、正蔵からしてみれば都合が良かったのだが、艦娘達の命を預かり、纏め上げるべき存在である提督が、金と物資をチラつかせただけでコロッと意見を変えてしまうのは、提督としてどうなのかと正蔵は思ったのである……

 

又、これは満潮達から聞いた話なのだが、この提督は大きな勝負に出る事をトコトン嫌っているらしく、今の今まで大型建造に挑戦した事が無い上に、通常建造も最低値レシピばかり回しているせいで、リンガ泊地には軽巡以上の艦種が着任していないそうなのだ……

 

(せめて通常建造くらい、戦艦や空母を狙ってみんかい……っ!このド阿呆が……っ!!)

 

特に後者に関しては、経営者として社員の生活までかけ金にした大博打に挑む機会が多い正蔵の癇に障った様で、正蔵はそんな提督を裏では『玉無しドサンピン』と呼んでいたりするのである……

 

その後、正蔵は提督から今すぐにでも離れる為に、彼の長ったらしいおべんちゃらを完全に無視して朝潮達の居場所を尋ね、提督から朝潮達の居場所を聞き出すとさっさとこの場を後にするのであった

 

そうして辿り着いた場所で、正蔵は日本刀を手に素振りを行う満潮の姿を発見し……

 

「お~お~、精が出ておるの~」

 

「何?また来たの?最近しょっちゅう来てるけど……、貴方そんなに暇なの?」

 

正蔵が満潮に向かってそう話し掛けると、正蔵の声を聞いた満潮は眉間に皺を寄せながら、正蔵に向かってぶっきらぼうにこう尋ねるのであった

 

さて、そんな満潮が手にしている日本刀だが、驚くなかれそれは以前正蔵が仕込み刀として使用していた、正蔵がリチャード達と出会うより前、深海棲艦の襲撃によって沈没してしまった艦船の残骸を利用して正蔵自身が作り出した日本刀である『大嶽丸』なのである

 

何故満潮が正蔵の愛刀であった大嶽丸を所有しているのかについてだが、それは至極単純な理由で、正蔵が満潮に木曾以上の剣の才覚を見出したからである

 

リンガ泊地での特訓を開始した初日、正蔵は朝潮達に深海棲艦との戦闘時の近接格闘の有用性を説き、彼女達に色々な武器を触らせる事で手に馴染む武器を探させた際、日本刀を手にした満潮の姿を見るなり、正蔵の身体に電流が走ったのだそうな……。その感覚を信じ、正蔵が満潮に日本刀を振らせてみたところ、満潮は日本刀に関してはド素人であるにも関わらず、器用に刀を振り回し、その刀身を閃かせたのだとか……

 

それを目の当たりにした正蔵は……

 

(まさか満潮にこの様な才覚があるとはのう……、こりゃ鍛えたら間違いなく化けるぞ……。っと、そんな娘に二束三文の安物を使わせる訳にはいかんな……)

 

内心でそう呟くと、満潮の下へとゆっくりと歩み寄り、この事を彼女に告げるなり、自身の愛刀を何の躊躇も無く彼女に差し出すのであった

 

それに対して満潮は、余りにも突然過ぎる出来事に動揺し、大嶽丸の受け取りを拒否しようとするのだが、正蔵が浮かべる真剣な表情から、彼が言っている事は真実であると確信し、恐る恐ると言った様子で正蔵から大嶽丸を受け取ったのだとか……

 

因みに大嶽丸を満潮に渡した正蔵は、その日の特訓を終えた後、ガダルカナル島へと向かい、技術班の者達に事情を話して刀の材料になりそうな金属を融通してもらい、自らの手で新たなる愛刀である『酒呑童子』と、艦船の残骸で作った際には材料不足で作れなかった懐刀の『両面宿儺』を作り出していたりする

 

「ミッチーは相変わらずじゃのう……、まあそれはそうとして、今日もたっぷり仕込んでやろうと思うんじゃが……、他の連中は何処に行っとるんじゃ?」

 

「荒潮は大潮を連れて射撃場、多摩さんは基礎体力作りの為に泊地周辺をランニングしてるわ。んで、朝潮なんだけど……」

 

満潮の返事を聞いた正蔵が一瞬しょぼくれた姿を見せた後、この場に姿が見えない朝潮達について満潮に尋ねたところ、満潮はそう言いながら建物がある方角を指差し、正蔵がそちらへ視線を向けたところ、そこには建物の壁を背にその双眸を閉じて瞑想する朝潮の姿があったのであった

 

「朝潮は正蔵さん教えてもらった体術を中心に鍛えてるんだけど、最近少し伸び悩んでるみたいなのよ……」

 

「ああ~……朝潮の奴、日々実力を伸ばしておるミッチーと自分を比較して、焦りを感じてしまったんじゃろうな……。んで、その焦りの原因は自分の未熟さが~とか言って、それをとり去ろうと瞑想に打ち込んでおる、と……」

 

「察しがよくて助かるわ……」

 

瞑想する朝潮を見つめる正蔵に、満潮が最近の朝潮の様子をある程度説明すると、その内容から朝潮の心境を察した正蔵は、ばつの悪そうな表情を浮かべながら推論を口にし、満潮は正蔵の異様なまでの察しの良さにやや引きながら、正蔵の言葉を肯定するのであった

 

先程正蔵は深海棲艦との戦闘時の近接格闘の有用性を説き、様々な武器を朝潮達に触らせて、手に馴染む武器を探させたと言ったが、その時に正蔵は体術についても軽く触れ、彼女達に簡単な組み技をレクチャーしていたりするのだが、この時に朝潮は体術こそが自分に合う近接武器だと考え、正蔵の指導の下本格的な体術を教えてもらう事となったのである

 

しかし、正蔵は確かに体術の心得はあるのだが、正直なところ正蔵のメイン武術は剣術……それも抜刀術であった為、朝潮への指導内容は剣術の指導内容と比較すると、少々お粗末なものとなってしまっていたのである……

 

この件に関して正蔵は、中途半端な体術を使う自分より、体術に関しては自分よりも遥かに優れた技術と知識と才能を持つ空から指導してもらった方が、確実にそのスキルを伸ばす事が出来るだろうと言い、朝潮に空が所属する長門屋への異動を薦めているのだが、今までずっとチームを組んで来た満潮達と離れる事に不安を覚えた朝潮は、その返答を今でも保留していたのであった……

 

「あの子にはお父さんの敵討ちって言う立派な目標がある……、それを実現させようと思ったら、迷わず戦治郎さん達の所に行くべきなのに……」

 

「……自分達が朝潮の楔となってしまう事が嫌か?」

 

正蔵の隣で朝潮を見ていた満潮が、思わず内心を吐露する様にこの様な事を呟くと、それを聞いた正蔵が満潮に対してこの様な事を尋ね、それを聞いた満潮はその表情を暗くしながら静かに頷いて見せるのであった……

 

「その事を、朝潮に伝えておるか?」

 

そんな満潮の反応を見た正蔵が、続けてこの様な質問をしたところ、満潮は今度は静かに左右に頭を振って見せ……

 

「取り敢えず、先ずはその事をキチンと朝潮に伝えんとじゃな」

 

「そうね……」

 

それを見た正蔵が、満潮に対して自身の思っている事をしっかり朝潮に伝えるべきだと促し、それを聞いた満潮が短く返答したその直後、緊急事態が発生した事を艦娘達に伝えるサイレンが泊地中に鳴り響き、それを聞いた正蔵と満潮はすぐさまその表情を引き締め、瞑想していた朝潮は閉じていた双眸を勢いよく開き、正蔵達同様真剣な表情を浮かべ……

 

「正蔵さんっ!満潮っ!急いで司令官の所へ向かいましょうっ!!」

 

正蔵達に向かってそう言い放ち、それを聞いた正蔵と満潮は朝潮に向かって同時に頷き返すと、急いで提督がいるであろう執務室へと駆け出すのであった……

 

 

 

 

 

「え~……、先程リアウ諸島付近を航行していた輸送船から、針路上で巨大な怪物を発見したと言う救援信号付きの連絡があったのですが、我々リンガ泊地の戦力ではその巨大生物に対抗出来ないだろうと言う判断から、この件は全てブルネイ泊地で対応してもらう事に……」

 

先程のサイレン聞いて、執務室に集合したリンガ泊地の主力艦達と正蔵に対して、提督が作戦概要を話し始めたところ、その内容を聞いて頭に来た正蔵が、提督がまだ話をしている最中であるにも関わらず、突然提督の下へ駆け寄るとその胸倉を乱暴に掴み、鼻っ柱に鉄拳を突き刺すのであった……

 

「貴様何寝たぼけた事を言っとるんじゃっ!!!」

 

「ど、どうしたんですか正蔵さんっ!?!」

 

「救難信号付きとなると、乗組員の命が係わっとると言う事じゃろうがっ!!!何で位置的に近いリンガがそれを無視して、現場から少し距離があるブルネイに仕事押し付けようとしとるんじゃっ!!!莫迦か貴様はっ!??それでも日本海軍の司令官かっ!!!??」

 

「し、しかし……、リンガの戦力では……」

 

「穏健派連合最強の転生個体の儂を目の前にして、よくもまあそんな事がほざけるのうっ!!!つかこう言う事態に備えて、戦艦や空母を建造しておくべきなのに……、貴様は今まで一体何を考え、何をして来たと言うのだっ!!?!?」

 

「で、ですが、戦艦や空母の建造には時間と資源が……」

 

「時間なら腐る程あったじゃろうがいっ!!!それに資源の消費量?以前儂が送った数千万単位の各資源じゃ全然足りんと言うつもりかぁっ!?!?!」

 

「ひっひいいいぃぃぃーーーっ!!!」

 

正蔵は激情にその身を委ね、提督とこの様なやり取りを交わし……

 

「正蔵さ~ん、もっと言ってあげて~」

 

その様子を見ていた荒潮は、いいぞもっとやれとばかりに正蔵を煽り……

 

「おおーっ!今日の正蔵さん、いつにも増して迫力がありますねーっ!」

 

最近リンガ泊地に着任して来た朝潮型駆逐艦の2番艦の大潮は、いつもとは違い怒り狂う正蔵の姿を目の当たりにすると、驚きの声を上げ……

 

「これに関しては、正蔵さんの言い分の方が正しいわね……」

 

「今回の件で、司令官に少し失望しました……」

 

満潮は緊急事態に何をやっているのかと思いながらも、正蔵の発言を肯定する様な意見を口にし、満潮の隣で話を聞いていた朝潮は、リンガの提督に軽蔑の眼差しを向けながらこの様な事を言い……

 

「球磨達が言ってたのは本当だったニャ……、今後正蔵さんを怒らせない様に注意しなきゃいけニャいニャ……」

 

大潮同様最近リンガ泊地に着任して来た、親戚である球磨と木曾から正蔵の事を聞いていた球磨型軽巡洋艦の2番艦である多摩は、正蔵に恐怖を覚えながらこの様な言葉を口にするのであった……

 

因みに大潮と多摩は正蔵が主催する特訓に参加した結果、泊地に着任したばかりであるにも関わらず、リンガの主力艦隊の座を勝ち取っていたりする

 

尚、多摩が正蔵の特訓に参加する事になった切っ掛けには、球磨と木曾の存在が大きく関わっており、リンガに着任して早々多摩は球磨達の親戚である事を正蔵に知られ、それが理由で正蔵から特訓への参加を誘われ、この件を球磨達に相談してみたところ……

 

『『この世界で生き残りたいのなら、正蔵さんの特訓には是が非でも参加するべき(クマ)』』

 

球磨と木曾が2人揃ってこの様な返答をしてきた為、多摩は2人の言葉を信じて特訓に参加する事にしたのだとか……

 

さて、正蔵が提督をぶん殴ってからしばらくして、正蔵は正蔵に殴られた事が原因で、鼻から鼻血をドバドバと垂れ流す提督を思いっきり投げ飛ばして壁に叩きつけると……

 

「今回の件、リチャードを通して日本海軍の方へ報告し、日本海軍にリンガ泊地の提督の処遇を決めてもらうとして……。これからリンガの主力艦隊は、輸送船の救助の為に出撃するぞっ!!!朝潮、満潮、荒潮、大潮、多摩の5名は、準備を整え次第儂に続けっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

提督の代わりに朝潮達に指示を出し、それを聞いた朝潮達は正蔵に向かって敬礼しながら力強く返事をし、急いで工廠に向かって艤装を装着すると、正蔵を旗艦として救難信号を出している輸送船があると思われる、リアウ諸島方面へと急行するのであった……



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先ずは輸送船の安全確保

リンガの提督を暴力で黙らせて出撃した正蔵達が、救難信号を発信する輸送船の下に急行したところ、そこにはとても常識では考えられない様な姿をした巨大生物が存在しており……

 

「まだ輸送船の位置まで距離があるって言うのに……、此処からでもはっきりと姿が視認出来るなんて、どんだけあの怪物はでかいって言うのよ……っ!?」

 

「目測で50mくらいかしら~?とっても大きいのね~、あれ」

 

正蔵が作り出した紅吹雪製筋斗雲に搭乗する満潮と荒潮は、その姿を見るなりこの様なやり取りを交わしていると……

 

「……っ!?正蔵さんっ!!」

 

問題の巨大生物をしっかりと見据えていた朝潮が、何かを発見したのか正蔵に叫ぶ様にして声を掛けながら巨大生物の足元の方を指差す。するとそこには救難信号を発信しているのであろう輸送船の姿があり……

 

「あいつ……、輸送船の方に触手みたいな物を伸ばしているニャ……。もしかして、輸送船の乗組員を食べようとしてるのかニャ……?!」

 

「ちぃっ!!」

 

朝潮の指先を視線で追っていた多摩が、巨大生物が輸送船に向かって触手を伸ばしている事に気が付き、思った事をそのまま口にしたその刹那、正蔵が渋い表情を浮かべながら舌打ちし、自身の能力で新しく彼岸花の花弁を大量に作り出すと、巨大生物の触手と輸送船の間にそれらを滑り込ませ、直後に物理障壁を形成する事で、巨大生物の行動を阻害する事に見事成功するのであった

 

「儂の目の前で人を食おうとするとは、中々いい根性しとるのう……っ!!その根性、儂が叩き直してくれるわっ!!!お前らいくぞっ!!!」

 

「はいっ!アゲアゲでいきましょー!」

 

何とか巨大生物による人間の捕食を阻止した正蔵が、怒りを隠そうともせずにそう叫ぶと、正蔵の傍にいた大潮がその言葉に反応してこの様な事を口にし、直後に正蔵は飛行する紅吹雪を一気に加速させて巨大生物との距離を詰め、ある程度距離が縮まった所で朝潮達と共に紅吹雪から降り、何時どの様な攻撃にもすぐに対応出来る様、今まで乗っていた紅吹雪の筋斗雲を分解すると……

 

「そこのデカブツウウウゥゥゥーーーッ!!!ワシが知覚出来る範囲内で人様を喰らおうとするとは、いい度胸しとるのうっ!!!えぇ?!おいいいいぃぃぃーーーっ!!?」

 

正蔵は巨大生物の気を引き付ける為に、巨大生物……、いや、孫であるツァトゥグアに会う為に、時空の壁をも超えて地球に飛来した外なる神であるサクサクルースに向かって、大声で啖呵を切るのであった……

 

 

 

 

 

(さて……、取り敢えずこれであの化物のヘイトはこっちに向いたが……、どうしたもんかのう……)

 

こうしてサクサクルースの意識を自分達の方へと向ける事に成功した正蔵は、内心でそう呟きながら思考を巡らせ始めるのであった

 

先程の行動のおかげで、取り敢えず相手の注意を引き付ける事に成功はしたのだが、輸送船がこれに合わせて即座に行動出来るか否か、それが正蔵の中で不確定要素となり、彼を僅かながら悩ませているのである……

 

(十中八九、輸送船内はこの化物のせいで大混乱に陥っとるじゃろうな……。そんな中で、こちらの存在に気付いて冷静な判断が出来る奴がどれ程いるか……、それが最大の問題点じゃな……)

 

正蔵としては正蔵達が化物の注意を引き付けている間に、輸送船がこの隙を利用してこの海域から離脱してくれるのが最大の理想なのだが、この化物を見たショックと化物に襲われたと言う事実が重なってしまったせいで、船内は大パニックに陥ってしまい、それも叶わんだろうと正蔵は思ったのである

 

(輸送船を庇いながらの戦闘の場合、こちらの行動に制限が掛かってしまい、どうしてもこちらが不利になってしまう……。かと言って輸送船を無視して戦闘に突入しようものなら、あの化物が輸送船を盾にしてこちらの攻撃を捌こうとする可能性もある……。儂が輸送船を庇っている間に朝潮達に……、いや、これだと朝潮達に危険が及ぶ可能性が非常にでかい上に、間違いなく火力不足に陥るじゃろうな……。ぬ~ん……、この問題、どうやって解決……、……んん?)

 

ほんの僅かな時間で、此処まで思考を巡らせていた正蔵は、ふと視界に映ったものの存在に気付くと……

 

(ああ……、そう言えばそう言う手筈じゃったか……。すっかり失念しとったわい……)

 

内心でそう呟きながらニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、急に黙り込んでしまった正蔵の事が気になって、様子を窺っていた荒潮を驚かせるのであった

 

「さっきので相手の注意を引き付けられたけど……、これからどうするつもり?」

 

「今、すっごく怖い笑みを浮かべてたけど~……、正蔵さん、何か策があるのかしら~?」

 

その直後、満潮が正蔵に向かってこの様な事を尋ね、それに反応した荒潮が満潮に続く様に、先程見た正蔵の笑みの理由を尋ねて来る

 

「ああ、とっておきの策があるぞい、それは……、全軍、輸送船の事は気にせず突撃じゃーっ!!!」

 

それに対して正蔵はこの様に叫ぶと同時に、巨大生物の方へと一気に駆け寄り、居合の要領で酒呑童子を鞘から抜き払い、巨大生物に斬りかかるのであった

 

「ちょっとっ!?輸送船を無視するとか正気っ?!」

 

「……っ!?そう言う事ですか……っ!!ならば朝潮、正蔵さんに続きますっ!!!」

 

正蔵の指示に困惑する満潮が思わず声を荒げながらこの様な事を口にした直後、正蔵の意図に気が付いた朝潮がそう叫びながら、正蔵に続く様にして、手にした主砲でサクサクルースに対して牽制を仕掛けながら間合いを詰め始めるのであった

 

「朝潮まで……っ!?一体どう言うつもりよっ?!」

 

「……なるほど、そう言う事ね~」

 

「えっ!?何っ?!荒潮は正蔵さんの意図が分かったのっ?!?」

 

「ええ~、今、輸送船の方を見たらすぐ分かるわ~」

 

朝潮までサクサクルースに突っ込んでいく様子を見て、更に困惑の色を深める満潮がそう叫んだ刹那、荒潮がようやく正蔵達の意図に気付いてこの様な事を口にし、それを聞いた満潮が食って掛かる様にして荒潮に問い質したところ、荒潮はこの様に返答しながら輸送船の方を指差すのであった

 

そんな荒潮の言葉に従い、満潮が彼女が指差す方角へ視線を向けると……

 

「あれって……、穏健派連合の深海棲艦……っ!!」

 

そこには輸送船を守る様にその周囲を取り囲み、輸送船をこの海域から離脱させる為に先導する、腕章や鉢巻などを装着した深海棲艦達の姿があり、それを目の当たりにした満潮は、思わずこの様な言葉を口にするのであった

 

そう、この深海棲艦達は満潮が言う様に、穏健派連合に所属する深海棲艦であり、元々この輸送船の護衛任務に就いていた者達なのである

 

彼等はその姿の都合上、人間の生活圏にあるシンガポールの港に直接向かう事が出来ない為、台湾にある護目炒飯基地から出撃した後、洋上で輸送船と合流し、そこから護衛任務を開始すると言った手順で、普段から護衛任務をやっているのである

 

そう、正蔵が先程失念していたと言っていたのはこの事であり、現在輸送船には穏健派連合の深海棲艦達の一部が乗り込み、一部は乗組員達を落ち着かせる為に奔走し、一部は乗組員の代わりに輸送船を操縦し、輸送船を戦闘海域から離脱させようと奮闘しているのである

 

「これでスッキリしたかしら~?」

 

「えぇ、そう言う事なら、私も心置きなく参戦出来るわ……っ!」

 

「そう、なら私達がしっかりと援護しなくちゃね~」

 

「大潮、戦闘準備完了しましたっ!!いっきまっすよーっ!!」

 

この海域から遠ざかっていく輸送船を見送る満潮に対して、荒潮が落ち着いた様子でこの様に尋ねると、満潮は疑問が解消した事でスッキリした表情を浮かべながら、腰に差した大嶽丸の柄に手を添えてこの様に返答し、その様子を見た荒潮はこの様な言葉を口にしながら、伊吹が剛用に作ったパニッシャーと並行して作り上げ、正蔵の要請で荒潮の手に渡ったダブル・ファングを構え、満潮達のやり取りの最中に戦闘準備を整えていた大潮も、それに合わせて荒潮のダブル・ファング同様、伊吹が作り上げたハルコネンを構え、サクサクルース目掛けて駆逐艦用とは思えない様な、それはそれは大きな砲弾をぶっ放すのであった……

 

その直後……

 

「満潮、出るわっ!!!」

 

「さぁて、暴れまくるわよぉ~」

 

満潮はそう叫びながらサクサクルースの方へと駆け出し、荒潮は左右の手にそれぞれ持った、25mm機銃の火力を軽く凌駕するダブル・ファングのトリガーを引き、満潮の援護をする様に銃弾の嵐を吹き荒れさせるのであった



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豪快老人(ゴーカイシルバー)VS.巨大老人(メガシルバー) その1

穏健派深海棲艦達の働きによって、心置きなくサクサクルースとの戦闘に集中出来る様になり、輸送船救出任務に参加したメンバーの誰よりも早く、サクサクルースに挑みに行った正蔵は、疾風迅雷の勢いでサクサクルースとの間合いを詰め、酒呑童子を鞘から抜くと同時にサクサクルースのその巨大で、ボゴボゴと絶え間なく泡を噴き出し続けるジェル状の胴に斬りかかる

 

だが……

 

「なぬっ!?」

 

その一閃は間違いなくサクサクルースの胴を捉え、一刀両断の名の下にバッサリと上半身と下半身を斬り離すはずだったのだが、正蔵の予想を覆すかの如く、サクサクルースの身体を構成するジェル状の物質は、変わらず泡を噴き出し常に流動しているにも拘らず、正蔵の手にまるで刀を重厚な金属板に叩きつけた様な手応えを伝えながら、大きく弾き飛ばしてみせ、それを目の当たりにした正蔵は驚きの余り思わず驚愕の声を上げ、その双眸を大きく見開くのであった

 

その直後、サクサクルースの胴から一際巨大な泡が出現し、それは愕然とする正蔵の目の前で盛大に弾け、完全に油断していた正蔵を後方に大きく吹き飛ばしてしまう

 

そんな正蔵の様子を見ていた正蔵の後を追って来ていた朝潮と満潮は、目の前で起こった現象に驚きつつも、吹き飛ばされた正蔵の下へ急いで駆け付け合流すると、吹き飛ばされた衝撃で転倒した正蔵とサクサクルースとの間に割って入り、サクサクルースの追撃を警戒する様に、正蔵に背を向け彼を守る様にして立ち、サクサクルースを鋭い目つきで見据えながら……

 

「正蔵さんっ!大丈夫ですかっ!?」

 

「正蔵さんの斬撃を弾くとか、何なのよあいつの身体っ!?」

 

正蔵の無事を確認する為に、彼に向かって声を掛ける

 

「儂の方は大丈夫じゃ、この程度では儂の身体に傷などつかんわ。それよりもじゃ……、あいつの身体はダイラタント流体で出来とるんか?まるで鋼鉄の板を殴った様な感触じゃったぞ……」

 

「ダイ……、何ですか?」

 

「分からんなら後で教えちゃるわい、っとぉそんな事よりも来るぞっ!」

 

それに対して正蔵がこの様に返事をすると、ダイラタント流体について何も知らない朝潮が不思議そうな表情を浮かべながらこの様な事を言い、それと同時にサクサクルースが動き出した事に気が付いた正蔵は、朝潮に対してこの様な返事しながら、2人に注意を促すのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あうちちち……、まさかワシに痛みを感じさせる存在が、神話生物以外に存在するとはのう……。全く、地球にはとんでもない奴がいるもんじゃな……)

 

正蔵の一撃を受けたサクサクルースは、その一撃によって感じた痛みに耐えながら内心でこの様な事を呟き、地球上には自身にダメージを与える存在などいないだろうと高をくくり、完全に油断していた事を反省しながら、自身にダメージを与えた張本人である正蔵を、警戒する様に見据えるのだった

 

(さて……、こ奴等はワシを倒す気満々の様じゃが……、どうしたものか……。正直こ奴等の相手をする気は無い……、いや、そう言えばこ奴等はワシの飯の邪魔をしおった……。飲まず食わずで移動してやっとこさ辿り着いた地球で、ようやく飯にありつけると思っとったところで、こ奴等の邪魔が入って飯を食い損ねたんじゃった……。うむ、そう考えたら何かイライラして来たし、こ奴等には少しばかり報いを受けてもらおうかのうっ!)

 

その最中、この様な事を考えていたサクサクルースは、正蔵達にちょっとしたお仕置きでもしてやろうと思い至り、()()()()()()()()()から無数の触手を出現させると、その身体を穿たんとばかりの勢いで、正蔵達目掛けて触手の群れを突き出す様にして差し向けるのであった

 

因みに、サクサクルース的にはこれはデコピン感覚で繰り出されているのだが、触手の速度は人間からしたら割ととんでもない速度に至っており、体格差や重量の違いも相まって、直撃を受けようものならば強めの転生個体であろうとも、致命傷はほぼ確実に待逃れない様な凄まじい威力となっていたりする……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとおおおぉぉぉっ!?流石にこれは洒落になってないわよーーーっ?!!」

 

「こりゃ今の紅吹雪じゃ、全て捌き切れんじゃろうな……っ!!!」

 

「あの無数の触手による攻撃は、それ程の威力を持つものなのですか……っ!?」

 

サクサクルースによる触手攻撃が始まった瞬間、正蔵は急いで体勢を立て直すと朝潮達の前に立ち、紅吹雪で作り出した球体状の物理障壁で自分達の周囲を覆い、触手攻撃耐えながらこの様なやり取りを交わすのだった

 

「くっそ……っ!この調子じゃと後数十発もらうと、紅吹雪がカチ割られそうじゃ……っ!!」

 

「そうなる前に、何とか此処から離れないと……っ!!」

 

「どうせ此処に留まっていても、結果は同じか……。やるしかないわね……っ!!」

 

まるで豪雨の様に襲い掛かって来る触手攻撃に耐える中、正蔵は朝潮達に向かって紅吹雪の限界が近付いている事を告げ、それを聞いた朝潮達はこの様に返答した後、覚悟を決めたのかその表情を引き締め、正蔵が紅吹雪を解除した直後に動き出せる様に身構える

 

そして……

 

「準備はいいかっ!?解くぞっ!!!」

 

正蔵がそう叫び、紅吹雪を解除しようとしたその瞬間……

 

「どーん!」

 

突如としてこの様な声が正蔵達の耳を打ち、直後に彼等の頭上を戦艦用の砲弾並の大きさの砲弾が通過し……

 

「そこね~」

 

砲弾が正蔵達へと殺到する触手の群れの中に潜り込んだ刹那、今度は正蔵達にとって聞き覚えがある声が辺りに響き、それと同時に今度は砲弾の速度よりも圧倒的に速い速度で銃弾の嵐が砲弾に殺到し、銃弾が砲弾に直撃した事によって砲弾内部の炸薬が爆発を起こし、その爆風によって触手達の軌道が正蔵達から逸れるのであった

 

突然発生したこの出来事に驚きながらも、正蔵達はこれを好機だと受け取ると急いで後方へと下がり……

 

「大潮っ!荒潮っ!よくやってくれたっ!!」

 

「上手くいってくれて良かったです~……、正直に言うと、荒潮の指示通りに砲弾が飛んでくれるか、ちょ~っと不安だったんです~……」

 

「私は貴女なら絶対に出来ると信じていたから、あんな指示を出したのよ~。それはそうと~、あの触手……、爆発で粉々に吹き飛ばすのは無理でも、爆風で軌道をズラすくらいの事は出来るのね~」

 

爆風による触手の軌道ズラしの仕掛け人である大潮と荒潮に向かって、正蔵が賛辞を送ったところ、ハルコネンによる精密射撃に自信が無かったのか、大潮は柄にもなくこの様な言葉を口にし、それを聞いた荒潮は大潮に対してこの様に返した後、事実を確認する様にこの様な事を口にするのであった

 

「それが分かっただけでも大収穫じゃ、おかげであの触手の対策が立てられる様になったのじゃからなっ!」

 

そんな荒潮に対して正蔵はこの様に答えた後、触手対策について思考を巡らせ、その結果を朝潮達に伝えると、サクサクルースに対しての反撃の準備を開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もうちょっと炸薬の量が多かったら、触手が吹き飛ばされてしまうところだったわい……。触手の方はその細さのせいで、どうしても胴体程の強度を持たせられんからのう……。っと、如何やらあ奴らは小賢しい事を企んでおる様じゃが……、果たしてそう上手くいくかのう……?こっちにはまだ手はあるからのう……っ!!)

 

先程の大潮達のコンビネーションによって、触手が大きな爆風で逸らせる事がバレてしまったサクサクルースは、内心でそう呟くや否や、今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からも触手を作り出し、何か策を思いついたと思われる正蔵達を迎え撃つ準備を整えるのであった……



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豪快老人(ゴーカイシルバー)VS.巨大老人(メガシルバー) その2

サクサクルースを仕留める為の準備を終えた正蔵達が、作戦開始とばかりにサクサクルースの方へと顔を向けると、そこにはサクサクルースの身体から生える触手と全く同質の触手が海上に大量に生えていると言う、サクサクルースの触手攻撃を直接受けた正蔵達からしてみれば、正に地獄絵図と呼べる様な悍ましい光景が広がっていた……

 

「……これは作戦の練り直しかしら?」

 

「いや、見た感じ海上の触手も、あの化物の身体から生えている触手と大差無い様に見える。ならば予定より攻撃頻度を若干上げて対処すれば、恐らく何とかなるじゃろう。ってな訳で……、者共かかれえええぇぇぇーっ!!!」

 

その光景を目の当たりにした満潮が、少々ゲンナリしながら正蔵に向かってこの様な事を尋ねたところ、正蔵はこの様に返答した後満潮達に号令を掛けるや否や、先陣を切ってサクサクルースに突撃を仕掛けるのであった

 

「これ……、さっきも見た様な気がするんだけど……?」

 

「そんな事を気にしている場合じゃありません!早く私達も行かないと、正蔵さんに置いて行かれますよっ!?」

 

先程のやり取りに既視感を覚えた満潮が、思わずそう呟くと朝潮がこの様に返答するなり正蔵の後を追って移動を開始し、それに対してそれもそうかと納得し、先程の既視感については取り敢えず保留にする事にした満潮は、すぐさま朝潮の後を追う様に移動を開始し、後方で援護に徹する事となった荒潮と大潮は、先行した朝潮達からある程度距離をとりながら、ゆっくりと移動を開始するのであった

 

さて、満潮達より先に海上に突如として出現した触手の森に突っ込んだ正蔵は、物理障壁で触手を真正面から受けていた時とは打って変わって、紅吹雪で作り出した小回りが利く3枚の盾を上手く利用し、触手の攻撃を盾の表面を滑らせる事で受け流す防御法を採用し、更には爆風を利用して周囲の触手を吹き飛ばす為に、艦爆以上の重量を持つ爆弾を搭載出来る艦攻や、正蔵が陸上姫であるリコリス棲姫の転生個体であるが故に使用可能な陸爆を大量に発進させ、サクサクルースとの距離を次第に縮めていくのであった

 

いや、これだけではなかった。正蔵は自身が陸上姫である事をフル活用し、至近距離からの銃撃による触手攻撃の軌道逸らしの為に、艦戦や局戦に陸戦までもを自身が持つ滑走路から発進させ、自分だけでなく朝潮達の防御までもをやってのけて見せたのである

 

因みに艦載機による防御について満潮達に話した際、正蔵は満潮からどうしてそれを最初からやらなかったのかと指摘されるのだが……

 

「紅吹雪があまりにも便利過ぎて、偶に航空機を発進出来る事を忘れてしまうんじゃよ。全く……、歳は取りたくないもんじゃのう……」

 

正蔵は満潮の指摘に対して、やれやれとばかりに頭を振りながら、この様に言い訳していたりする……

 

さて、正蔵の働きによって正蔵の後を追う朝潮達は比較的楽に前に進めているのだが、それもでやはり全ての触手を正蔵だけで処理するのには無理がある様で、幾つかの触手が正蔵の猛攻を掻い潜り、朝潮達に襲い掛かろうとするのだが……

 

「満潮っ!」

 

「分かってるわよっ!」

 

それに気付いた朝潮が満潮に声を掛け、それを聞いた満潮も僅かながら声を荒げながら返事をし、2人は自身の両太ももに取り付けられた魚雷発射管から魚雷を同時に引き抜くと、それを襲い来る触手目掛けて投擲する。そうして投擲された魚雷は、先端が触手に触れるなり信管が即座に起動し、大爆発を起こして周囲の触手を吹き飛ばしてしまうのであった

 

そう、駆逐艦や巡洋艦達が保有する魚雷には、戦艦主砲の砲弾以上の炸薬が詰められている為、一度爆発しようものならば戦艦主砲の砲弾以上の爆発を引き起こす事が可能なのである。これは大潮のハルコネンの砲弾の爆発で、触手達を吹き飛ばす事が出来る事が分かった事で、正蔵が思いついた作戦の1つなのである

 

こうして前進を続けた朝潮達は、先行した正蔵と無事合流すると、一気に航行速度を上げて触手の森を抜け出し、サクサクルースとの間合いを詰めていくのであった

 

(これ以上接近されたら、また手痛い一撃を貰う羽目になってしまうのう……。そうなる前に、先程と同じ様に豪快に吹き飛んでもらうかっ!)

 

そんな正蔵達の様子を見ていたサクサクルースは、先程の正蔵の強烈な一撃の事を思い出すと、内心で1度ブルリと身を震わせるなり、先程正蔵を吹き飛ばした時と同じ様に、体内に大きな気泡を発生させ爆発させようとするのだが……

 

「怪物の体内に巨大な気泡の存在を確認っ!!」

 

「行くぞお前らっ!!しっかり儂に捕まっておれっ!!」

 

サクサクルースの体内に大きな気泡が発生した事に気付いた朝潮が、正蔵にその事を伝える様に声を上げ、それを聞いた正蔵は朝潮達に向かってこの様な指示を出し、2人が自分にしっかりしがみ付いた事を確認した後、密かに海中に作っておいた紅吹雪製筋斗雲を足元から呼び出し、そのまま筋斗雲で垂直方向に凄まじい速度で急上昇し、見事サクサクルースの気泡による攻撃を回避して見せるのであった

 

 

 

(むぅ……、同じ手は喰わんと言う事か……)

 

そうして自身の攻撃を捌いて見せた正蔵達の姿を見て、サクサクルースは少々残念そうに内心でそう呟くと……

 

(なら、ワシのとっておきを1つ見せてやるとするかのう。まあ……、最大出力でやるとこの星の何処かにおるツァトゥグアまで吹き飛ばしかねんから、とことん手加減せにゃならんが……。まぁあいつら吹き飛ばすだけなら、これくらいで丁度いいかもしれんなっ!!!)

 

すぐに気持ちを切り替え、正蔵達に自身のとっておきを披露する事を決めると、早速行動を開始するのであった……

 

 

 

さて、サクサクルースの攻撃を筋斗雲で回避した正蔵達は、この後筋斗雲から飛び下りると、彼の身体から大量に生える触手を伝ってサクサクルースの巨体に取りつき、正蔵と満潮が2人掛かりでサクサクルースの身体に何とか傷を付け、そこに朝潮が自身が保有する魚雷と満潮から預かった魚雷を全て突き立て、離れた位置で待機している荒潮達に合図を送り、全員で息を合わせてサクサクルースの身体に刺さる魚雷目掛けて一斉に集中砲火をお見舞いし、サクサクルースを豪快に吹き飛ばす手筈となっていたのだが……

 

(……っ!?)

 

突如として正蔵の身体に凄まじい悪寒が走り、思わず辺りをキョロキョロと見回して悪寒の発生原因を探り、それが目の前にいるサクサクルースから来るものであると、正蔵が直感で感じ取ったその刹那……

 

(何じゃ……っ!?舌が急に……っ?!)

 

正蔵は自身の舌の唾液が蒸発する様な感覚に襲われ、直後にサクサクルースから尋常ではない殺気が放たれている事に気が付くなり、唐突に朦朧とし始めた意識の中、朝潮と満潮を後方に控える荒潮達目掛けて蹴り飛ばすのであった……

 

突然の正蔵の行動に驚く朝潮と満潮、そんな2人が正蔵の狙い通り荒潮達に激突し、4人で団子になりながら海上を転がり、正蔵からかなり離れた位置で何とか停止した直後、とても常識では考えられない様な出来事が、一切の前触れも無く本当に唐突に発生するのであった

 

何とつい先程まで自分達がいた場所に、まるで天上で燦然と輝く太陽の様な、超々高熱を放つ光の球体が発生していたのである……

 

「何よあれ……っ!?」

 

「……まさか正蔵さんは……、あの中に……?」

 

そんな非常識的過ぎる光景を目の当たりにした満潮と朝潮は、只々呆然としながらこの様な事を呟き、荒潮と大潮もこの光景が信じられないのか、愕然としながら立ち尽くしていたのであった……

 

これこそが、自身の誕生の経緯を調べ上げ、核分裂と核融合を自在に操る方法を努力の末身に付けた事で、自身と同じ様な形で落とし子を思い通りに作り出せる様になったサクサクルースのとっておきの1つ……、自身や対象の周囲に存在する物質を材料にして、道理や摂理の概念を捻じ曲げて核融合を行い、そうして出来上がった物質を更に核分裂させ、その際に発生した熱エネルギーと衝撃を相手に不意打ちで連続して叩きつける『核熱コンボ』なのであった……

 

先程正蔵が感じた感覚……、舌の唾液が蒸発する様な感覚とは、人間が生身の状態で真空中に投げ出された時に感じるものであり、サクサクルースが正蔵の周囲に存在していた空気を材料にして核熱コンボを実行した為、正蔵の周囲の空気が無くなってしまい、そこだけが真空状態になってしまったからであり、正蔵がこの様な感覚に襲われた後、突如として意識が朦朧とし始めたのは、正蔵の周囲が真空状態になった事で、正蔵の体内にある血管の中に大量に気泡が発生し、それによって血液の流れが阻害され、脳に酸素が行かなくなってしまった為である……




尚、魚雷は水中で爆発させた方が威力が出る模様

原理は『バブルパルス』で検索すると出てきます


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豪快老人(ゴーカイシルバー)VS.巨大老人(メガシルバー) その3

自分達が先程まで立っていた場所に、煌々と燃え盛る太陽の如き莫大な熱を放っていると思わしき巨大な火球が発生してからしばらくしても、朝潮達は只々その場に立ち尽くし、問題の火球を呆然と眺めていた……

 

正蔵が咄嗟の判断で自分達を蹴り飛ばしていなかったら、今頃自分達はあの火球に全身を焼き尽くされ、この世から消滅していたかもしれない……。いや、それよりも先に考えるべきは、自分達の事を助けてくれた正蔵の安否ではなかろうか?朝潮達は頭の中ではこの様な事を考えていたのだが……

 

(身体が……、思う様に動いてくれない……っ!!)

 

朝潮が内心でそう呟く通り、彼女達の身体はこの不可思議過ぎる現象を目の当たりにした事で、この事象を発生させた張本人であると思われる目の前の巨大な怪物……、外なる神であるサクサクルース対して絶大な恐怖を覚え、完全に立ち竦んでしまっていたのである……

 

そんな朝潮達の姿を見ていたサクサクルースは……

 

(ふむ、あのおっかない奴も仕留める事が出来たし、この娘っ子達も怯んで動けなくなっとるし、核熱コンボは効果覿面と言ったとこじゃのう)

 

内心でこの様に呟いた直後、自身が空腹である事を思い出し……

 

(う~む……、折角喰おうと思っとったあの船に乗っていた者達は何処かに行ってしもうたし……、他に人間の姿は見受けられんし……、仕方があるまい、取り敢えずこの娘っ子達だけでも喰って、空腹を誤魔化すとするかのう……)

 

この様に言葉を続けると、ゆっくりとした動作で朝潮達の方へと触手を触手を伸ばし、彼女達を捕らえて喰らおうとする

 

と、その時である

 

突如として辺りに大量のプロペラの音が鳴り響いたかと思うと、小さな飛行物体が朝潮達に向けて伸ばされた触手に向かって一直線に飛んで来て何かを投下、飛行物体から投下された物体は大爆発を起こして触手を吹き飛ばし、その軌道を朝潮達から逸らして見せるのであった

 

「あれって……、まさか……っ!?」

 

それを見た満潮が驚きの表情を浮かべながら、自分達を救ってくれた飛行物体を目で追い始め……

 

「陸上型深海棲艦がよく使う、陸爆型の航空機ね~……」

 

「っと言う事はっ!!?」

 

その飛行物体の正体が、深海棲艦の陸爆である事に気付いた荒潮が、その事実を知れた事が嬉しかったのか、うっすらと笑みを浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた大潮がその表情を明るくしながらそう叫んだその直後

 

「ぶっはあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

朝潮達にとって聞き慣れた声が彼女達の耳を打ち、急いでそちらの方へと視線を向けたところ、そこには彼女達にとっては見慣れない、彼岸花の花弁で出来た真紅の筋斗雲に乗り、全身を真っ赤な甲冑で覆い尽くした鎧武者の姿があったのであった

 

「えぇい……、まだ頭がクラクラするのう……。しっかしまさかお前が核反応を利用した攻撃をしてくるとは思ってもおらんかったぞ……、しかも相手の周囲を真空状態にして拘束するオマケ付きときた……。全く……、戦治郎の舎弟モドキのシゲじゃったか?兼継と中学が同じだったあのヤンキー君は……。あいつの攻撃もそうじゃが、流石に核攻撃は洒落にならんわい……っ!」

 

件の鎧武者は片手で頭を抱える様にしながら頭を振り、ある程度眩暈が収まった所でこの様に言葉を続けた後、後方宙返りをしながら今まで乗っていた赤い筋斗雲から飛び下り、赤い鎧武者の姿を呆然と眺める朝潮達の目の前に、水柱を上げながら着水するのであった

 

「もしかして……、正蔵さんなのですか……?」

 

「応、愛され憎まれ80と数年、見た者全てが噂する皆の人気者の長門 正蔵様じゃぞ~?」

 

「何よそれ……、って言うか、何なのよその恰好は……?」

 

「これか?これは紅吹雪を高密度で集めて形成した、儂の本気モード用の鎧甲冑じゃっ!どうじゃ?中々かっこいいじゃろ?」

 

「うお~!すっごく強そうですっ!なんかもう、超アゲアゲって感じですっ!!」

 

「本気モードって……、それってつまり……、あいつは正蔵さんでも本気を出さないと勝てそうにない相手……、って事なのかしら~?」

 

「残念な事にのう……、流石に何の予備動作も無く、無から有を生み出すが如く核反応を用いた攻撃を行える相手に、手加減する事は出来んからのう……」

 

鎧武者が目の前に着水した事を合図に、我に返った朝潮達は顔まで仮面で覆った鎧武者となった正蔵とこの様なやり取りを交わし、正蔵が放った最後の言葉を聞くなりその表情を引き攣らせ……

 

「核攻撃って……、それ、私達は大丈夫なの?その……、放射線?放射能?ちょっとどっちかよく分からないけど、兎に角あの球体からそんなに離れていなかった私達は、そんな感じの奴を浴びたりしてるんじゃ……?」

 

「被曝が気になるんか?それなら問題無いわい」

 

満潮が皆を代表して正蔵に疑問をぶつけたところ、正蔵はこの様に返答しながら満潮達の身体方を指差し、彼女達4人が揃って正蔵の指先が指し示すところに視線を送ったところ……

 

「これは……、紅吹雪の……?」

 

「そうじゃ、朝潮達2人を蹴り飛ばした時、儂はコッソリ防護系の力を込めた花弁を幾らかお前さん達2人の身体に付着させ、4人仲良く転がっている間に全員に花弁を行き渡らせる事で、お前さん達を核熱と放射線から守っておったんじゃよ」

 

「たったあれだけの時間で、よくそんな事が出来たわね……」

 

「年の功って奴かのう?っと、それよりも……」

 

自分達の身体に紅吹雪の花弁が付着している事に気付いた朝潮がそう呟き、それを聞いた正蔵が得意げに返事をすると、それを聞いた満潮が驚きと呆れが混ざった様な声で、正蔵に向かってこの様に尋ねたところ、正蔵はこの様に返答しするなりサクサクルースの方へと鋭い視線を向けるのであった……

 

「そろそろこいつの顔も見飽きた事じゃし、本気でこいつを始末して、とっととリンガに戻るとするかのう……」

 

核熱コンボを凌ぎ切って見せた正蔵の姿を見て、思わず動揺するサクサクルースを睨みつけながら、正蔵は朝潮達に向かってこの様な言葉を掛け、朝潮達が静かに頷いて見せた事を確認すると、正蔵も朝潮達に向かって頷き返し……

 

「3度目の正直っ!!今度こそ行くぞおおおぉぉぉーーーっ!!!全員気合入れろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

\了解っ!!!/

 

正蔵の叫び声が上がると同時に、正蔵達5人はサクサクルースに向かって3度目の突撃を開始するのであった

 

3度目の突撃では朝潮と満潮が先行し、その後ろに正蔵が続き、荒潮達射撃組が更にその後方に控える様な陣形を組み、正蔵が倒れ込むのではないかと思うほど深く姿勢を落とし、酒呑童子の切っ先を海面に触れさせたと同時に、朝潮と満潮が一気に加速を開始し、正蔵の艦載機と射撃組の援護の下、未だに存在する触手の森を突破する事に成功する

 

さて、そんな正蔵達に気付いたサクサクルースが

 

(えぇい!また来るかっ!!ならばもう容赦はせんぞっ!!!)

 

内心でそう呟きながら再び核熱コンボを、今度は先行する朝潮達に向かって叩き込むのだが……

 

「儂の紅吹雪を舐めるなあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

超々高温の球体の中から、正蔵の叫び声と共に紅吹雪で作った球状のバリアを展開した正蔵達が飛び出して来るのであった

 

さてこの球状のバリア、触手攻撃にはあっけなく破壊されてしまったが、それはサクサクルースの触手の質量が凄まじく、更にそれが驚くべき速さで叩きつけられたから、つまり質量と速さで物理的に攻撃されたから容易く破壊されてしまったのであって、熱線やビームなどに対してはまだまだその堅牢さは健在なのである。なので正蔵は、真空対策としてバリア内にたっぷりと空気を閉じ込める事が出来るこの球状バリアを、光球突破の際に使用する事にしたのである

 

それを見たサクサクルースが慌てた様子で触手を伸ばし、先程と同様に球状バリアを破壊しようとするのだが、触手がある程度伸びて来たところで正蔵が急にバリアを解除、それと同時に朝潮と満潮がそれぞれ違う触手に飛び乗り、サクサクルース目掛けて一直線に走り出すのであった

 

「防御以外にも、身体強化とかも出来るのね……、この花びら……」

 

「身体が軽い……っ!これならいけますっ!!」

 

サクサクルースの触手に飛び乗った2人が、この様な事を言いながら触手上を走っていると、2人の思い通りにはさせないとばかりに、サクサクルースは2人が走る触手から更に細い触手を生やし、それを用いて2人に攻撃を仕掛けるのだが……

 

「これくらいなら……っ!!」

 

満潮はそう呟くや否や大嶽丸に手を添え、目の前の触手を断ち切って見せると言う強い意志を大嶽丸に込め、目にも留まらぬ速さで大嶽丸を鞘から引き抜き、抜刀術の要領で目の前に迫る細い触手達に斬りかかる。するとどうだ、細い触手達は満潮にいとも容易く斬り捨てられ、斬られた触手達はボトボトと海に落ちていくのであった

 

これは一体どう言う事か?その答えは鉄パイプにあった

 

そう、戦治郎が愛弟子である木曾に伝え、木曾が現在天龍に仕込んでいる、鉄パイプで鋼鉄を切り裂くあの技を、リチャード達と出会う前から体得していた正蔵は、自身が才能を見出した満潮に仕込んでいたのである

 

これによって刀で触手が処理出来る事が分かった満潮は、迫る細い触手の群れをバッサバッサと斬り捨てながら、触手上を走る速度を更に上げ、サクサクルース本体の所まで辿り着く事に成功すると……

 

「でやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

女の子らしからぬ、気合いたっぷりの雄叫びを上げながら大嶽丸を横薙ぎに振り、サクサクルースの頭部と思わしき部位に大きな横一文字の傷を付け……

 

「これでえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

正蔵から教えられた身のこなしと、拳による受け流しの技術を用いて触手の猛攻を掻い潜り、満潮の本体到着からやや遅れてやって来た朝潮が、満潮に負けない程の咆哮を上げながら、ありったけの魚雷を先程満潮が付けた傷の中に投擲し……

 

「どっかーーーんっ!!!」

 

「くらいなさ~い」

 

朝潮が投げた魚雷が全て傷の中に入ったところで、朝潮と満潮は急いで触手から飛び下り、直後に赤い筋斗雲が2人を拾いサクサクルースから距離を取ったところで、今度は大潮が2人以上の大声を張り上げながら、荒潮はいつもの調子でそう言いながら、ハルコネンとダブルファングの砲弾と銃弾を魚雷目掛けて発射、それによって魚雷が誘爆し、サクサクルースを仰け反らせてしまう程の大爆発を起こしてみせるのであった

 

(なっ!?)

 

朝潮達のコンビネーションによって予想外のダメージを受けたサクサクルースが、思わず驚愕し混乱していると……

 

「トドメじゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

サクサクルースにとって今1番聞きたくなかった声が、辺りの空気をそれはもう激しく振動させ、それによって我に返ったサクサクルースが声の発生源に視線を向けると、そこには赤い彼岸花の花弁を大量に撒き散らしながら驚異的な速度で海上を駆け、地を這う様な姿勢で突撃を仕掛けて来る赤い鎧武者の姿があり……

 

「ずぇあああらあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

赤い鎧武者……、正蔵は有り得ない程の大きさの咆哮を上げながら、海と言う鞘から酒呑童子を尋常では無い速度で引き抜き、海水による抵抗から解放された反動によって威力を増したその斬撃は、その光景を見る者達全てに巨大な三日月を幻視させながら、外なる神であるサクサクルースを見事真っ二つに切り裂き、更に彼の後方に広がる海までも割ってしまうのであった

 

これこそがその昔正蔵が1度だけ幼き戦治郎に見せ、成長しこの世界に転生した戦治郎が初めて防人と戦った際に見様見真似で使用し、見事防人を倒して見せた技……、後に空から【地すり残月】と呼ばれる様になる、正蔵のとっておき中のとっておきの技なのであった

 

こうして、正蔵達とサクサクルースの戦いは、正蔵達の勝利と言う形で幕を閉じるのであった……



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ジジーズ結成

「お、終わったのかニャ……?」

 

正蔵達の熾烈な戦いを遠くから呆然と見ていた多摩は、戦いが終わると同時に我に返り、急いで正蔵達の下へ向かうと正蔵達に対しておずおずとしながらこの様に尋ね……

 

「あっ……、多摩さん……」

 

「そう言えば多摩さんも来ていたんだっけか……、あの得体の知れない化物との戦いに意識が行き過ぎて、すっかり忘れていたわ……」

 

「戦いに参加してなかったのは悪かったニャ……、けど存在を忘れるのは流石に酷過ぎるニャ……」

 

それにより多摩の存在に気付いた朝潮と満潮が、一瞬ハッとした後それぞれこの様な言葉を口にし、それを聞いた多摩はガックリと項垂れながらこの様に言葉を返すのであった

 

その後朝潮達リンガの艦娘達は、朝潮達は多摩の存在を忘れていた件について、多摩はこの戦いに参加していなかった事に関して互いに謝罪の言葉を述べた後、先程まで戦っていた巨大な怪物……、今は正蔵に左右真っ二つに斬られた姿のまま沈黙するサクサクルースの方を見据えながら、これは一体何なのかについて話し始め、そんな中紅吹雪を解除していつのも紋付羽織袴姿となり、相手の正体について独り黙考していた正蔵が、何か思い当たるものがあったのか……

 

「こやつ……、まさかとは思うが、クトゥルフと同じ神話生物なのか……?」

 

以前オーストラリア西部のアンダーゲートを視察して回っていた際、テーブル席で只ならぬ気配を発する人間に化けたクトゥルフを発見し、取り敢えず禍々しいオーラをそこかしこに撒き散らしながら食事をする彼から此処にいる理由を聞き出す為に、クトゥルフを店の外に連れて行き、戦いを挑んで一方的にボコボコにして彼からアンダーゲートにいた理由や、神話生物についての情報を聞き出していた正蔵は、不意にこの様な事を口にするのであった

 

因みにこの事件、穏健派大連合結成後に発生した事件であり、神話生物に関しての情報は既にリチャードの方に渡っていた為、実際の所クトゥルフは殴られ損……と言う訳でも無く、クトゥルフがアンダーゲートに来ていた理由……、ルルイエのグルメ街化計画において、人間に化ける事が出来る様になったディープ・ワン達を地上の料理店に送り込み、一人前の料理人に育て上げる為の修行場を探していた事を聞いた正蔵が、一方的に殴った詫びとしてアンダーゲートルルイエ店をオープンし、そこでディープ・ワン達の育成を行う事を提案してくれたりしている為、この事件によってルルイエと穏健派連合の間にヒビが入る様な事は起こらず、寧ろ互いに利益になると言う事で、この2つの組織は良好な関係を築いていたりする

 

尚、正蔵はクトゥルフから神話生物の存在を知らされた訳だが、これは正蔵がヤマグチ水産やアンダーゲートの経営で忙しく、中々リチャードと連絡が取れていなかった事が原因となっており、この件についてはリチャードから正蔵に謝罪の言葉が送られている

 

これは余談だが、ルルイエにはこの時点では通貨らしい通貨が存在しておらず、アンダーゲートルルイエ店での支払いは、全て海底に存在する金鉱脈から採掘され、精練された金塊で行われていた為、アンダーゲートルルイエ店はアンダーゲート内でもトップクラスの売り上げを計上していたりする

 

尚、ルルイエに正式な通貨が実装されるのは、ルルイエのグルメ街と艦娘ランドのフードコートがワープ用魔法陣で繋がってからになる模様……

 

話を戻そう、正蔵の言葉の中に神話生物と言う聞き慣れない単語が出て来た事で、朝潮達が揃って不思議そうな表情を浮かべ、それを見た正蔵は東の方へ顔を向け……

 

「あっちに金属片が大量に入ったでかい竜巻があるじゃろ?ああいった輩の事じゃよ」

 

「え……、あれって生物なの……?」

 

この場所から3000kmは離れているにも拘らずしっかりと視認出来る、過去に山風を西方海域まで吹き飛ばし、始と巡り合わせた件の巨大竜巻……、旧支配者グッハナイを顎でしゃくりながらそう言うと、満潮が引き攣った表情を浮かべながらこの様な言葉を口にする……

 

因みにこの時、グッハナイがやたら甲高い声で「イエエエエェェェーーーイッ!!!」などと叫んでいたが、気にしてはいけない

 

と、その時である

 

「厳密に言えば、先程名前が出たクトゥルフや、あそこの見た目通りクルクルパーなグッハナイは旧支配者と呼ばれる神話生物であって、ワシはその更に上位の存在である外なる神と言う神話生物なんじゃがな」

 

突然辺りに聞き慣れない声が響き渡り、その唐突過ぎる出来事に驚いた正蔵達が、警戒しながら辺りをキョロキョロと見回していると……

 

「こっちじゃこっち」

 

再び先程の声が正蔵達の耳を打ち、正蔵達が声の発生源……、正蔵によって真っ二つに切り裂かれたサクサクルースの方へと顔を向けると、そこには切り口から大量の糸状のジェルを出し、その巨体を再生させるサクサクルースの姿が……

 

「させるかぁっ!!!」

 

それに気付いた直後、正蔵はそう叫びながらサクサクルースの方へと、まるで猛吹雪の様な勢いで身体を右に向けながら突撃を仕掛けて間合いを詰め、サクサクルースを間合いに収めると三日月を描く様に酒呑童子を振り上げ、折角つながったばかりのサクサクルースの身体を再び真っ二つに切り裂きながらバックステップで後方に下がり、今度は紅吹雪製筋斗雲で飛行する際の原理を利用し、彼岸花の花弁を背中から大量に噴射して爆発的な推進力を発生させながら、その勢いに乗せて追撃とばかりにサクサクルースの身体を横薙ぎに斬り付けるのであった

 

もしこの時、戦治郎や空がこの場にいたならば、正蔵が放ったこの連撃の事を【乱れ雪月花】と呼んでいた事であろう……

 

「ギャアアアァァァーーーッ!!!??」

 

正蔵の【乱れ雪月花】の直撃を受けたサクサクルースは、その激痛に思わず叫び声を上げ……

 

「まだ叫ぶ余裕があるかっ!!!」

 

「待たんかいそこの白いド阿呆っ!!!」

 

それを聞いた正蔵が更なる追撃を仕掛けようとした所で、サクサクルースは極めて慌てた様子で、この辺り一帯の空間を揺さぶる程の、それはそれは大きな声を張り上げて、今にも襲い掛かって来そうな正蔵に待ったをかけるのであった……

 

 

 

 

 

「あんた……、喋れたの……?」

 

「人間如きに話し掛けるつもりはなかったんじゃが、ワシをここまで追い詰めた人間なぞ早々おらんからのう。そんなお前達に興味が湧き、敬意を表すると言う意味合いも込めて、ワシはこうしてお前達に話し掛ける事にしたんじゃ。これはと~っても名誉ある事じゃから、親類縁者皆に自慢して回ってもいいんじゃよ?」

 

「あら~、私達に負けたクセに、随分な物言いじゃな~い?」

 

「喧しいわいっ!!」

 

サクサクルースが声を上げた後、何事も無かったかの様に自己再生を終わらせたサクサクルースの姿を見て、朝潮達が激しく動揺し始めてからしばらく時間が経過し、何とか彼女達が落ち着きを取り戻し、この場にいる誰もが疑問に思った事を満潮が皆の代表としてサクサクルースに尋ねたところ、サクサクルースは顔が無い為分からないが、ドヤ顔をしていそうな雰囲気を辺りに漂わせながら満潮の質問に答え、それを聞いた荒潮がクスクスと笑いながらこの様な事を口にすると、不快そうなオーラを放ちながらこの様な事を口にする

 

「名誉云々などどうでもいいわい、それよりも……、さっきお主は自分の事を外なる神と言ったが、それは旧支配者とどう違うんじゃ?」

 

「何じゃこいつ、若い娘の姿をしとるクセに、まるで爺みたいな喋り方なぞしおって……」

 

「人間の雄は80年以上生きとりゃ十分爺じゃろうがい……、それよりも……」

 

「ふむ、旧支配者は知っとる様じゃが、外なる神については知らんようじゃな……。全く……、クトゥルフはこやつに一体何を教えて……、ってちょい待て、頼むからその刀から手を放しとくれ、でなけりゃ落ち着いて話も出来んわ……」

 

その後、正蔵とサクサクルースがこの様なやり取りを交わし、それからサクサクルースは旧支配者と外なる神の違いについての説明と、自身の簡単な自己紹介を行い、自分が本気を出せば時空を歪めつつ太陽系の星々全てを材料にして核反応を起こす事で、太陽系を容易く滅ぼせる事をそれはそれは自慢げに語り、正蔵達をドン引きさせるのであった……

 

「……旧支配者と外なる神の違いは分かった……、んで……、そんな外なる神であるお前さんが、どうしてこの地球なんかにおるんじゃ?」

 

「それを聞いてしまうか?聞いてしまうんじゃな?いいじゃろう、特別にお前達にワシが地球に来た理由を教えてやろう。それはもう、涙無しじゃ語れん話でな……」

 

こうして旧支配者と外なる神の違いをサクサクルースから聞いた正蔵が、サクサクルースに対して地球に来た理由を尋ねたところ、サクサクルースはもったいぶった様子を見せた後、正蔵達に自分が地球に来た理由……、自身の孫であるツァトゥグアに会いに来た事と、自分が自身の子供達から受けた仕打ちについて語り始め……

 

「何ちゅう家族じゃ……、儂の所では考えられんな……」

 

「何……じゃと……っ!?」

 

「ええか?儂の所はのう、儂と妻が誕生日を迎える度に、家族皆が忙しい中態々集まって身内だけの誕生日パーティーを開いてくれてじゃなぁ……」

 

「ほほう……、それで……?」

 

「いや~、儂、総一、戦治郎の3人でカラオケではしゃいだのはいい思い出じゃったなぁ……。まあ、戦治郎……、儂の孫なんじゃが……」

 

「ええのう……、羨ましいのう……」

 

話の途中で何故か話題が家族自慢に変わり、正蔵は普段は親不孝者と罵る戦治郎の事を、何だかんだ言いながらも長門家の最高傑作として自慢する様にべた褒めし、サクサクルースは正蔵の話をそれはそれは羨ましそうに聞いた後、今度は自分の番とばかりに家族自慢を開始するのであった……

 

これにより正蔵とサクサクルースは意気投合し、正蔵はフルネームで呼ぶのは面倒であると言う理由でサクサクルースに『咲作』と言う名前を付け、互いに呼び捨てし合う仲となり、その様子を見ていた満潮達を呆れさせるのであった……

 

「っとそう言えば正蔵、お主は釧路と言う場所を知っとるか?何か日本と言う国にあるそうなんじゃが……」

 

「応、釧路なら知っとるわい。儂は元々日本出身じゃからな」

 

「おおっ!!だったら案内してくれんか?如何やらそこに孫のツァトゥグアが棲んでおるみたいなんじゃよ」

 

「ぬ~……、お前さんを孫に会わせてやりたいのは山々なんじゃが……、お前さんの事を報告したり、仕事の都合で今すぐはちょっち無理じゃが……、機会があったら必ず案内するから、それまでしばらくの間、オーストラリアにある儂の家で待っててもらえんか?」

 

さて、家族自慢が終わったところで、ふと思い出したかの様に咲作が釧路の場所を正蔵に尋ね、正蔵が釧路の場所を知っている事を知るなり案内をお願いしたところ、正蔵は少々困った様な表情を浮かべながらこの様に返事をし……

 

「そう言う事なら仕方ないのう……、ならばしばらくの間、お前さんの所に世話になるとしよう」

 

それを聞いた咲作は、正蔵の提案を承諾ししばらくの間正蔵の家に滞在する事にするのであった

 

尚この時……

 

「おお~!正蔵さんのお家は、今の咲作さんでも入れる程大きいんですねっ!」

 

「……咲作、済まんがその身体を小さく出来んか?幾ら儂の家がデカくても、流石に今のお前さんが入れる程デカくはないんじゃが……」

 

「注文が多いのう……、っとそう言えば人間と言う生き物は、神話生物を見るだけで頭がおかしくなると聞いとったのう……。そう言う訳で、人間が見ても大丈夫そうな生物に擬態しようと思うんじゃが、何かいい生物はおらんか?ああ、頭の中にその生物をイメージしてくれればええぞ、ワシの方でそのイメージを読み取るからのう」

 

「そうじゃのう……、これなんか子供が見ても大丈夫そうじゃのう」

 

大潮の発言により、咲作は大幅なサイズダウンを行うと共に、その姿を正蔵が頭の中に思い描いた生物、大人からも子供からも愛されるポケモンの中で、正蔵が何か咲作っぽいと言う理由で選んだジガルデ50%フォルムに変化させるのであった

 

因みに、この後正蔵は咲作にジガルデの事を細かく教えており、咲作は50%フォルムだけでなく、10%フォルムにもパーフェクトフォルムにも変身出来る様になっている模様……

 

これが、後に世界最強の老人会だの究極のお達者クラブなどと呼ばれる様になる『ジジーズ』結成の瞬間である……

 

その後、正蔵達は今回の件を説明する為に、咲作を連れてリンガ泊地へと帰還するのであった……




そういえばクニガティンザウムはツァトゥグアの玄孫ってなってますけど、ツァトゥグアの孫娘であるスファトリクルルプが母親ならば、クニガティンザウムは玄孫ではなく曾孫なのではないのでしょうか……?


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朝潮の決意

サクサクルースこと咲作との戦いを終え、報告の為にリンガ泊地に帰還している正蔵達は、この移動時間を利用して咲作にこの世界の事情について話していたのであった

 

確かに咲作は細かい座標さえ分かれば、様々な場所に時空を超えて自由に移動が可能な存在なのだが、正蔵達と初めて遭遇した時のリアクションから分かる通り、自分と同じ外なる神や旧支配者以外の存在に対しては、基本的には見下し歯牙にも掛けていない為、過去、現在、未来の枠組みを超越し、個人の体感時間も含めた全ての時間軸に同一の存在を同時に存在させる事によって、世界中の情報を常にこれでもかと言うくらい集められるヨグ=ソトース程の精度はないものの、時空を超える力を使ってある程度情報収集が可能であるにも関わらず、咲作は深海棲艦も含む地球人類に興味が湧かなかったと言う理由で、地球の出来事に関して全く情報の類を集めていなかったのである

 

しかし、先程の正蔵達との戦いで敗れた事で、正蔵を中心としたこの地球の生物に興味を持った咲作は、自身のこれまでの認識を改めると同時に、この地球にいると教えられた自分の孫であるツァトゥグアの身に危険が及ぶのではないか?と言う可能性を感じ取り、正蔵達からこの地球の生物達や世界情勢に関わる情報を教えてもらう事にしたのである

 

尤も、これは正蔵やリチャードにまで伝わっていなかった為、現時点では咲作に知られる事は無かったのだが、ツァトゥグアが現在日本の釧路に住んでいる理由は、神話生物を味方に付けようとしていたアビス・コンダクターの襲撃が原因である為、咲作のこの予感は実際の所的中していたりするのだが……

 

それはさて置き、正蔵が咲作にこの世界の状況について教えている中、正蔵が作り出した紅筋斗雲の上で、朝潮は俯きその表情を曇らせながら、今回の戦いについて振り返っていた……

 

今回の戦いにおいて、戦闘に参加していなかった多摩を除けば、自分以外の誰もが身に付けた技術を大いに活用し、しっかりと成果を出していたのではないか?と、朝潮はそう考えていたのである……

 

実際の所、朝潮は正蔵から仕込まれた体術を用いて咲作の触手攻撃を受け流しながら咲作の本体に接近し、満潮が付けた傷に魚雷を叩き込む事で、僅かながらではあるが咲作に見事ダメージを与えている訳なのだが、如何やら朝潮としては、満潮の様に自身が身に付けた技術で直接咲作の身体に傷を付けられなかった事や、荒潮や大潮の様に的確なサポートが出来なかった事が不満だった様である……

 

「……今回の戦いで、何処か不満なところでもあったって感じね」

 

「満潮……」

 

そんな朝潮の様子に気付いた満潮が、朝潮に向かってこの様に尋ねたところ、朝潮は彼女の名を口にした後、先程自身が考えていた内容を暗い表情のまま、ポツリポツリと話し始めるのであった……

 

「あんたがそう思うなら、きっとそうなんでしょうね……。それで?あんたの事何だから、その問題の解決方法についてはある程度考え付いてるんでしょ?」

 

「それは……」

 

朝潮の話を聞き終えた満潮が、言葉の内に少々棘を含ませながら再び朝潮に向かってそう尋ねると、朝潮は少々困った様な表情を浮かべながら言葉を詰まらせるのであった……

 

事実、朝潮はこの不満点の解決方法として、以前から正蔵から薦められていた長門屋への異動を挙げているのだが、あのヘタレ・オブ・ヘタレな提督の所に、これまでずっとチームを組んでやって来た満潮達を残して、自分だけが戦治郎達の下へ向かう事に躊躇いを覚えていた為、満潮に対してその考えを言い出す事が出来ず、こうして言葉を詰まらせてしまったのである……

 

「……ほら、早く言いなさいよ。あんたが思いついた解決法って奴をね……」

 

暗い表情を浮かべながら、自身の問いに対して言葉を詰まらせる朝潮の姿を見て、苛立ちを覚えた満潮が眉間に皺を寄せ、正蔵直伝の剣気を朝潮にぶつけながら改めてそう尋ねたところ、朝潮は満潮が発する威圧感に気圧されてしまったのか、観念した様に自身の考えを口にし……

 

「……自分の力に自信が無い癖に、よくもまあそんな偉そうな事が言えるわね……っ!?」

 

それを聞いた満潮は、苛立ちを隠そうともせずに、この様な言葉で朝潮の言葉に返答し、辺りに一触即発の空気を漂わせ始め、その様子を見守っていた大潮と多摩は、その空気に当てられたのか、動揺し慌てふためき始めるのであった……

 

その後、遂に朝潮と満潮が言い争いを始め……

 

「二人共、喧嘩はその辺りに……」

 

普通の艦娘には早々発する事が出来ない様な、凄まじい威圧感同士がぶつかり合う中、何とか勇気を振り絞って2人の喧嘩を止めようと、多摩が2人の間に割って入ろうとすると、それを2人と付き合いが長い荒潮が多摩の肩に手を置き、それに気付いて荒潮の方へと視線を向ける多摩に向かって、無言で首を振って見せて仲裁する事を制止するのであった

 

そう、満潮が朝潮の焦りに気付いていた様に、荒潮も満潮と同じ様に朝潮の焦りに気付いており、これはいい機会だと思った荒潮は、敢えて仲裁に入ろうとする多摩を制止し、2人に本音をぶつけ合ってもらう事にしたのである

 

「だからっ!私は貴方達の事が心配でっ!!」

 

「それがお節介だと言ってるのよっ!!あんたは私達の実力についてはもう既に把握し切ってるんでしょっ!!?その上で自分の実力が私達に劣っていると思っていながら私達の心配っ?!!ふざけるのもいい加減にしなさいよっ!!!」

 

そんな中、朝潮と満潮は互いの言葉をぶつけ合い、遂には満潮のこの言葉が余程効いたのか、朝潮は驚きの表情を浮かべた後、沈黙してしまうのであった……

 

それからしばらくの間、紅筋斗雲の上に沈黙が訪れ、それはそれは重い空気が辺りに漂い始める……

 

(満潮姉さんったら、格好つけて思っても無い事言っちゃって……。でもまあ……、このくらい言わないと朝潮姉さんは動きそうにもないから、仕方ないと言えば仕方ないわよね~……)

 

こうして訪れた静寂の中、満潮の真意に気付き、その考えに同意している荒潮は、内心で困った顔しながらそう呟く……

 

そう、満潮のあの言葉は決して本心ではなく、かなりきつい言葉にこそなってしまっているが、実際の所は『自分達の事は心配せず、戦治郎達の所でしっかりと自分を鍛え上げ、その不安や不満が消え去る程実力を付けたその時、所属こそ違えど再び肩を並べて戦おう』と言う、ちょっと素直ではない激励の言葉なのである

 

(まあ、朝潮姉さんの事だから、満潮姉さんが何を言いたいのかについてはキチンと分かっている筈だし、私からのフォローは要らないでしょうね~)

 

荒潮が内心でそう言葉を続けた直後、不意に朝潮が今までの暗い表情がまるで嘘であったかの様な、毅然とした表情を浮かべながら顔を上げ……

 

「……如何やら貴方達に心配を掛けさせていたのは、私の方だった様ですね……。今まで心配させてしまって、本当にごめんなさい……。そしてありがとうございます、これで決心が付きました、私はリンガ泊地に戻った後、すぐに戦治郎さん達がいる長門屋鎮守府への異動の為に、異動届の作成に取り掛かろうと思います!」

 

この場にいる者達に対して謝罪の言葉を述べた後、感謝の言葉と共に決意表明するかの様にそう言い放ち、それからすぐにリンガ泊地に帰還した朝潮は、正蔵に殴られた事で医務室での安静を言い渡された提督の代わりに、秘書艦に今回の戦いに関する報告と、長門屋への異動を希望している事を伝え、秘書艦から異動届を受け取った後、先程の宣言通り部屋に戻って異動届の作成を開始するのであった

 

因みに異動届が完成し、朝潮が提督に異動届を提出しようとするのだが、自身が保有する艦隊をまともに戦場に出すつもりも無いクセに、貴重な戦力が減る事を嫌がった提督が異動届の受理を拒否、この事を満潮を通して知った正蔵によって、提督はしこたま張り倒される事となるのだが、それでも提督が異動届の受理を鋼の意志で拒否し続けた為、正蔵は最後の手段として、咲作と共に釧路に向かう際、朝潮を元帥がいる横須賀鎮守府に連れて行き、元帥に異動希望を直談判する事を朝潮に提案し、それを聞いた朝潮は咲作の孫に会ってみたいと言う理由から、釧路に向かった後に横須賀鎮守府に向かいたいと正蔵にお願いするのであった

 

この朝潮のお願いが、後に降り掛かる悲運から剛を救い出す事となるのだが、この事実を現状知っているのは、今は戦治郎達と一切面識の無い外なる神、ヨグ=ソトースくらいだと思われる……



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黙っててごめんちゃい

「これが儂と咲作が出会った経緯じゃ」

 

「いや~、まさかワシの身体を叩き斬れる輩が、ヨグ坊やダークネス達以外におるとは夢にも思っておらんかったぞ」

 

突如として姿を現した古のものを瞬殺した正蔵達は、雲龍達に案内された舞鶴鎮守府の執務室の中で、自分達が知り合う切っ掛けとなった出来事について話し、この様な言葉で話を〆るのであった

 

「正蔵さん……、もしかして私達と初めて会った時よりも、更に強くなってたリする……?」

 

「そりゃそうじゃろ、儂はヤマグチ水産の業務以外にも、最近はほぼ毎日の様にカルメンの連中とドンパチしとるんじゃぞ?例え相手が格下だったとしても、数をこなせば嫌でも強くなってしまうわいっ!」

 

「って事は、正蔵さんはカルメンって奴等がいなくなるまで、強くなり続ける可能性があるって事……?ちょっと怖すぎるんだけど……?」

 

正蔵の話を静かに聞いていた雲龍が、話が終わるなり正蔵に向かってそう尋ねてみたところ、正蔵はこの様に答えるなり胸を反らして大笑いし始め、出撃した雲龍達を埠頭で出迎え、共に執務室にやって来ていた瑞鶴は、その様子を見るなりドン引きしながらこの様な事を口にするのであった……

 

因みに瑞鶴は小弁天島でのポリプとの戦いの後、軍学校に戻るその道中にて、戦治郎が平八達にした質問……、紋付羽織袴のリコリスについて戦治郎に尋ねており、そこで紋付羽織袴のリコリス=正蔵の事を教えてもらっていた為、埠頭で初めて正蔵と出会った時、彼に対して矢を向ける様な命知らずな事はせず、正蔵が纏う覇気に当てられ圧倒されていた関係で、執務室に到着するまでずっと大人しくしていたのだとか……

 

「しかし……、南極方面にいると言われる古のもの達が、南極から遠く離れた北半球とやらに出現するとは……。一体この地球で何が起こっておるのじゃ……?」

 

「戦治郎、これに関して何か心当たりは……、って、お前……、まぁ~だ横になっとるんかい……」

 

先程のやり取りの後、先程の戦闘後に出現した古のものについて考えていた咲作が、不意にこの様な言葉を口にし、それを聞いた正蔵が戦治郎に向かって何か心当たりはないか尋ねようとしたのだが、今の戦治郎の様子を見た正蔵は一旦そこで言葉を切り、溜息を1つ吐くと呆れた様子でこの様に言葉を続けるのであった……

 

何せ今の戦治郎は若干顔色を悪くし、大和に膝枕をしてもらいながら、執務室内にある来客用ソファーの上で横になっているのである……

 

その原因は勿論、全て正蔵達にある……

 

戦治郎は正蔵の話を聞き始めた段階では、まだまだ元気一杯だったのだが、咲作の正体が外なる神であるサクサクルースである事を知った時点で頭痛が始まり、正蔵がリンガの提督をぶん殴ったと聞いた段階でキリキリと胃が痛み始め、正蔵が不滅であるはずの咲作を叩き斬ったと、改めて聞いたところで眩暈がし始め、正蔵からこの世界の情勢を聞いた咲作が、ツァトゥグアに危険が及ばない様にする為に、そして暇つぶしの為に、人類や神話生物に害をなす転生個体がこの世界からいなくなるまでの間、地球に滞在する事を決めたと聞いた瞬間、遂に戦治郎は限界を迎えてしまい、倒れ込んでしまったのである……

 

因みに現在戦治郎に膝枕をしている大和だが、正蔵が戦治郎の祖父であると知るや否や、艤装の中に入れていた手鏡を素早く取り出すと急いで身だしなみを整え、ガッチガチに緊張しながら、声を震わせて正蔵と挨拶を交わしており、それからしばらく時間が経過した今も尚、緊張状態から解放されていなかったりする……

 

こう言った理由で倒れてしまった戦治郎の事はさて置き……

 

「古のものとやらについて気になる点がある様ですが……、それよりも先に、私の部下達を助けて下さったことに関して、私から正蔵さん達に感謝の言葉を送ろうと思います……。正蔵さん、咲作さん、この度は本当にありがとうございました」

 

「何、礼には及ばんよ」

 

「儂等が偶然通りかからなくても、あの状況なら正蔵の孫が如何にかしていただろうしのう」

 

正蔵達の話を聞いていた大淀大将が、正蔵達に対して深く頭を下げながら感謝の言葉を口にしたところ、正蔵は気にするなとばかりにヒラヒラと手を振りながらこの様に答え、それに咲作がこの様に続く。と、その時である

 

「……ハッ!?」

 

古のもの達の登場から始まり、戦治郎の正体を目の当たりにし、続け様に正蔵と咲作の戦いっぷりを見せつけられ、更には正蔵と咲作の出会いの切っ掛けを聞かされると言う、余りにも暴力的過ぎる情報の大洪水の直撃を受け、それによる精神的ダメージを緩和する為に、本能的に思考を停止していた毅がようやく我に返るのであった

 

「そう言えば、この若造は何者なんじゃ?」

 

「正蔵の孫と似た様な格好しとるし、関係者であるのは間違いなさそうじゃのう」

 

毅の声を聞き、毅の存在をたった今思い出したかの様に、ジジーズがこの様な事を口にすると……

 

「そいつは俺と同期の提督候補生で、京 毅って言うんだ……。っと大和、膝枕サンキューな」

 

ここでようやく戦治郎が正蔵達の方へと視線を向け、この様な事を言いながら上半身を起こすなり大和に小さな声で感謝の言葉を述べ、ソファーから足を下ろしてソファーに腰掛けた体勢をとるのであった

 

「戦治郎……、お前……」

 

「俺の正体をお前達に隠していた件については素直に謝る、だが俺の方にも事情って奴があってな……。ちょっち言い訳っぽくなるが、出来れば今から俺が話す事を、全部とまでは言わねぇ……、少しでもいいから信じて受け止めて欲しい……」

 

そんな戦治郎に複雑な表情を見せる毅に向かって、戦治郎はこの様に前置きした後、自分が先日大淀大将が言っていた転生個体である事、転生個体についての更なる詳細、自分の正体が軍学校内に知れ渡った際に発生するだろう混乱や襲撃事件を避けようとして変装していた事、そして自分達が欧州から日本に来るまでの間に発生した、フェロー諸島での決戦やアムステルダム泊地での人体実験、更には大淀大将が伏せてくれていた転生個体によって結成された組織の存在についてや、横須賀の乱の一部始終について、そして一部の神話生物達が転生個体の存在を危惧し、転生個体撲滅の為に大規模な戦いを仕掛けようとしていた事などを、真剣な表情を浮かべながら、嘘偽りを一切含めずに包み隠さずその全てを毅に話すのであった……

 

こうして戦治郎からこの世界の真実を伝えられた毅は、最初はとても信じられないと言った様子で話を聞いていたのだが、先程ディスプレイ越しに存在を確認した古のもの達や、現在進行形で自身の目の前で瑞鶴と雲龍に質問攻めされながら突かれる咲作の姿を見て、戦治郎が話している内容は全て真実であり、現在存在している提督や今後新しく提督に任命される者達全てが、立ち向かっていかなければいけない問題である事を深く理解し、その内容を真正面から受け止める事にするのであった

 

しかし、それでも毅には1つだけ分からない事があった……

 

「戦治郎が正体を隠していた理由は分かったし納得した、そしてこの世界が今、とんでもねぇ状況になっている事も、今日の出来事で嫌ってくらい思い知らされた……。でも戦治郎よぉ、それを何で今俺に話したんだ?」

 

「おめぇは昨日大将の話聞いた時、ビビッてはいたが逃げようとはしてなかっただろ?普通の奴があんな事知らされたら、間違いなくバックレると思うんだが、おめぇはあの話聞いた後バックレる算段をするどころか、あの情報を周知徹底させて、しっかり対策練って立ち向かうべきだ~みたいに言ってただろ?」

 

「いや、確かにそうだけどよぉ……」

 

「ほぅ……、この若造はそんな事を言いおったんか……。リンガの提督なんかよりよっぽど見どころがありそうじゃのう……」

 

「だろ?だから俺は、この世界の問題に巻き込むのはちょっち申し訳ないと思いながらも、転生個体と戦う意志を見せてくれたお前に、この世界の真実を伝える事にしたんだ。尤も、ホントはもうちょっち後から……、大体北上と大井の問題解決してから?まあそのくらいのタイミングで話そうと思ってたんだが……」

 

「急に 古のものが 湧いて来たので」

 

「うん、大体あいつらのせい」

 

「なるほどな……」

 

毅が自分の中に生じた疑問を口にしたところ、戦治郎は毅の事を真っ直ぐ見据えながらこの様に答え、その間に時々正蔵が茶々を入れると戦治郎は苦笑しながらこの様に言葉を締め、それを聞いた毅は若干脱力しながらも、戦治郎の言葉に対して納得の声を力なく発するのであった……

 

こうして毅は戦治郎達と共に転生個体や神話生物と戦っていく事になり、軍学校在籍中は戦治郎の協力者として戦治郎の正体の隠蔽の為に奔走し、軍学校卒業後も戦治郎達と積極的に交流を図る事で良好な関係を築き、その過酷な戦いで積み上げた経験のおかげで、最終的には日本海軍の名将の1人と数えられる程の実力者となるのだが、この時点での毅は、自身にそんな未来が待っているとは夢にも思っていなかったのであった……。まあ、当然と言えば当然ではあるが……

 

その後、毅に正体がバレた事で、現在舞鶴鎮守府にいる者達全てに正体がバレた事となった戦治郎は、今日以降舞鶴鎮守府にいる間だけは、変装しなくて済む事に気が付くと、喜びの余り満面の笑みを浮かべ始めるのだが……

 

「そう言えば戦治郎……、お前……、確か桂島泊地を改装して作った遊園地を経営するんじゃったよな……?」

 

直後に何処からか情報を仕入れていた正蔵が発した言葉を聞くなり、その表情を絶望を超越した負の感情の色で染め上げると同時に、突然襲い掛かって来た暴虐的過ぎるストレスに脳と腹と肛門を、これでもかと言う程に痛めつけられるのであった……

 

こうして、艦娘ランドのフードコート内に、アンダーゲート艦娘ランド店がオープンする事となるのであった……

 

尚、今回の正蔵達の襲来で甚大なダメージを受けたのは、何も戦治郎だけではない……

 

「そう言えば正蔵よ、お前が育てた朝潮達は兎も角、この鎮守府とやらにいる娘っ子達だけで、神話生物の相手が出来るのか?」

 

「ぬ……、そう言われると確かにちと不安じゃのう……」

 

相変わらず瑞鶴達に突かれている咲作と、この様なやり取りを交わした正蔵は、直後にそれはそれは獰猛な笑みを浮かべ、大和達まで巻き込んで神話生物対策の訓練として、現在舞鶴鎮守府にいる艦娘全員対咲作(パーフェクトフォルム)と言う内容の演習を提案し、演習に参加した艦娘達を地獄より遥かに深い場所にご招待するのであった……

 

尚、この演習に参加した艦娘達が、驚くべき程に成長した事は言うまでも無い……



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地獄の演習の後のお楽しみ

「大和……、いいか……?」

 

「提督……、大和は何時でも心の準備は出来ていますので……」

 

自室の大和のベッドの上で、戦治郎が大和の身体を気遣う様に、耳元に囁く様に大和に向かって優しく尋ねると、大和は均等のとれたその美しい身体を震わ、何処か不安が入り混じった様な弱々しい声で、その双眸を潤ませ両頬を紅に染め上げながらこの様に返答するのであった

 

「そうか……、なら……いくぞ……っ!」

 

そんな大和に跨っている戦治郎は、大和の返答を聞くと意を決した様に、真剣な表情を浮かべながらこの様に返事をするなり、まるで繊細な硝子細工に触れるかの様にして、大和の身体にその手をゆっくりと這わせ……

 

「……んっ!!……くぅ……っ!!」

 

戦治郎に触れられた瞬間、大和の身体には電撃にも似た様な快感が駆け巡り、思わず大和はその快感に抗うかの様に、艶めかしい喘ぎ声を上げてしまうのであった……

 

「この辺か……、ふん……っ!!」

 

大和の身体に触れていた戦治郎は、大和の反応を見て自身が探っていたものを見つけた事に気が付くと、そう言ってその手に力を入れ……

 

「……あぁっ!?!」

 

その直後にこれまで以上の快感に襲われた大和は、その快感に抗う事が出来なかったのか、頭の中を真っ白に染め上げながら声を上げてしまうのであった……

 

「如何やらビンゴだったみたいだな……、このままいくぜ……っ!!」

 

大和ののこの反応を見た戦治郎は、そう言うとこれまでとは打って変わって、少々荒々しい手つきで大和を一気に攻め立て始め、立て続けに攻め立てられ始めた大和は、完全にそれから来る快感に心を支配されてしまい、声すら上げられなくなってしまうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦治郎さ~ん……、そっちが終わったらこっちもお願~い……」

 

「お~う、ちょっち待ってろよ~、この凝りちょっちしぶとそうだからな~、時間かかるかもしれんかんな~」

 

戦治郎と大和が盛り上がっている中、不意にやや覇気の無い気だるそうな瑞鶴の声が戦治郎の耳を打ち、それを聞いた戦治郎は自分のベッドの上にうつ伏せになっている瑞鶴向かってこの様に返答するのであった

 

そう、今戦治郎は咲作との演習に参加する羽目になった大和と、滅多に無い経験だからと言う理由で演習に巻き込まれた瑞鶴を労う為に、大学時代に独学で学んだスポーツ医学の知識を活かして、こうして2人にマッサージを行っていたのである

 

因みに2人にマッサージを行っている戦治郎自身も、実際の所かなり疲労が溜まっていたりする。その原因は、大体正蔵にある……

 

この度大和達が参加する事となった演習だが、その内容は正蔵が考え出したもので、簡単にその内容を説明すると……

 

『時間まで咲作の攻撃を回避し続けろ、もししくじって被弾しようものならば、咲作が参加者が身に付けている衣服の原子結合を切り離して分解し、もれなく全裸にひん剥く』

 

と言うものになっていたのである……

 

演習の最中に正蔵の口からこの説明を受けた瞬間、大和の裸を誰にも見られたくない戦治郎が、怒りの余り鬼帝之型を発動させて正蔵に殴りかかるのだが……

 

「丁度いいっ!お前がどれだけ仕上がっておるか、今此処で儂が見てやろうではないかっ!!!」

 

空気の壁を何枚もブチ破り、埠頭のコンクリートを粉々に粉砕するほどの、それはそれは強烈な衝撃波を発生させながら繰り出される戦治郎の拳を、正蔵はまるで風に吹かれる柳の様に受け流し、獰猛な笑顔を浮かべながらこの様な事を叫ぶと、怒り狂う戦治郎と真正面からぶつかり始めたのである

 

尚この時、正蔵が紅吹雪を使って舞鶴鎮守府の全施設を保護していた為、この時の舞鶴鎮守府の被害は埠頭のコンクリートだけに留まっており、それも艦娘達が咲作の攻撃を捌き切れず全員全裸にひん剥かれ、荒れ狂う戦治郎が正蔵に叩きのめされ埋められた事を合図に演習が終わったところで、正蔵の指示で咲作が力を駆使して修復されていたりする……

 

因みにこの光景を目の当たりにした毅は、その余りの凄まじさに圧倒され、鼻血を垂らしながら白目を剥いて気絶していたのだとか……。尚毅の鼻血の理由は……、敢えて言うまい……

 

「しっかし、戦治郎さんって怒るとあんなに怖いんだ……。これからは怒らせない様に注意しなきゃ……」

 

「あれな、あれも俺の能力みたいなんだけど、発動したら記憶がトぶみたいで、実際俺も大淀大将が撮影していた映像見るまで、あんなにエキサイティングしてるとか知らなかったんよな~……」

 

大和のマッサージが終わり、戦治郎が今度は瑞鶴にマッサージをしている時、瑞鶴は舞鶴鎮守府の妖精さん達が準備してくれた着替えを受け取る中、チラリと見ていた戦治郎の様子についてこの様に語り、それを聞いた戦治郎は今回の演習の映像データを残そうと、その様子をカメラで撮影していた大淀大将から映像を見せてもらった事で、鬼帝之型発動中の自分の様子を初めて知った時の事を思い返しながら、この様に返答するのであった

 

「記憶がトぶって……、暴走状態って事……?」

 

「だな……、俺がこれを初めて発動させた時の事を空達に聞いたんだが、如何やら敵味方の区別も付かなくなってたみたいだわ……」

 

「あの暴力がこっちにも飛んで来るの……?うっわ……、こっわ……」

 

「俺もな~、出来ればな~、これをな~、制御出来る様にな~、したいんだわな~……」

 

その後、戦治郎と瑞鶴はマッサージ中この様なやり取りを交わし、何かいい解決法が無いか意見交換していた

 

と、その時である

 

「邪魔するンゴ~」

 

Wi-Fi電波に乗って来たのか、いつもの様にピザの箱に乗ったイオッチが、そう言いながら突如として姿を現すのであった

 

「……おめぇのそれ、ガタノトーアエクスプレスと組み合わせて、大人数を移動させたりとか出来ねぇの?」

 

「無理ンゴ、戦闘形態のゾアがデカ過ぎて草も枯れるンゴ」

 

「ガタノトーアエクスプレスって何よ……?っとそれはそうと、今日も遊びに来たの?」

 

そんなイオッチの様子を見て戦治郎が疑問を口にし、それを聞いたイオッチがすかさずそれは無理であると答えたところで、瑞鶴がイオッチに向かってこの様に尋ねたところ、イオッチは首を振ってそれを否定するのであった

 

「今日は戦治郎宛の業務連絡ンゴ」

 

「業務連絡とな?」

 

瑞鶴の質問に答えたイオッチがそう言うと、戦治郎は頭に疑問符を浮かべながらイオッチにこの様に尋ね、それを聞いたイオッチは今度はそれを肯定する様に縦に首を振り、その内容について話し始めるのであった

 

「ンゴ、今日の昼の事ンゴ、護と輝が能力に目覚めたンゴ」

 

「おっほっ!?マジかっ?!一体どんな内容よっ!?」

 

「空達と一緒に能力の内容を調べた結果、輝の方は大工の輝らしい内容で、頭の中に建てたい建物のイメージを思い浮かべながら地面を叩くと、その建物が地面からニョキニョキと生えて来るンゴ」

 

「瞬間建築って感じか……、出撃した先に航空基地とか拠点作る様な時に、滅茶苦茶重宝しそうな内容だな……」

 

「しかもこれに伴って、戦治郎達が建築物把握能力と言ってる奴が進化して、建築物掌握能力になったらしいンゴ。これで輝が能力で建てた建物や輝が手で触った建物は、全て輝の身体の一部となるみたいンゴ」

 

「って事は、部屋に鍵かけてても……?」

 

「手で触れたら物理的な鍵でも電子的な鍵でも開錠可能、更には監視カメラの映像もパソコンの中身も見放題で、仕掛けられたトラップや武装も自由自在みたいンゴ」

 

「何それ怖い……」

 

「問題は建物内で得た情報を、輝がキチンと頭の中で整理して活用出来るかだな……」

 

イオッチは先ず手始めに輝の能力について話し、話を聞いた瑞鶴はその内容の恐ろしさに思わず顔青くし、戦治郎は輝がその能力の全てを使いこなせるかについて心配するのであった……

 

「次は護の能力ンゴ、こっちは割と単純で、ワイと同じ様に体内で電気を発生させたり、その電気を放出する事で敵を攻撃出来るみたいな感じンゴ」

 

「これは……、さっきのと比べたらちょっとインパクトが無いわね……」

 

「いや……、これ割とエグいぞ……?護は工廠組の一員だから、その気になればその能力を活かした武装を自作出来るし、電気エネルギーを使う事で凶悪な光学兵器が使える光太郎とコンビ組んだら、極太レーザーやクソデカレーザーブレードで辺り一帯まとめて吹き飛ばし放題とかまであんぞ……?」

 

「それ以外にも司に頼んで上空に雨雲を作ってもらって、その中に電撃を叩き込む事で、落雷トラップを作る事も出来るみたいンゴ。更には自作の人工衛星に電気を送り込む事で、威力を増大させたゼウス・サンダーで辺りを薙ぎ払えるみたいンゴ」

 

「……前言撤回、これもこれでとんでもないわね……」

 

続いて護の能力を聞いたところ、瑞鶴はちょっと期待外れと言った様子でこの様な事を口にするのだが、続く戦治郎とイオッチの言葉を聞いて再びその顔を恐怖の色に染め上げるのだった……

 

「取り敢えず2人が能力に目覚めたのは分かった。んで、2人が能力に目覚めた切っ掛けは一体何ぞ?」

 

「やっぱそれ聞くンゴ……?」

 

イオッチの話を聞き終えた戦治郎が、ふと頭に過った疑問を口にしたところ、イオッチはとても言いにくそうに、モジモジしながら戦治郎に向かってこの様に尋ね、それを聞いた戦治郎が肯定する様に無言で首を縦に振ると……

 

「……2人が能力とやらに目覚めた切っ掛けは……、翔が作った味噌汁にあるンゴ……」

 

イオッチはしばらく考える様な素振りをした後、覚悟を完了させて2人が能力に目覚めた切っ掛けを口にし、それを聞いた戦治郎と瑞鶴は、それはそれは不思議そうな表情を浮かべ、2人揃って小首を傾げるのであった……

 

因みに戦治郎のマッサージを受けた大和だが、如何やらマッサージが凄まじく気持ちよかった事と、演習によって疲労が溜まっていた事もあった為か、既にベッドの上でスゥスゥと寝息を立てていたのであった……



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不思議なしじみの味噌汁

時は戦治郎達がジジーズと激戦を繰り広げている最中、正確な時刻はヒトマルマルマル辺りだろうか、昼食の準備の為に集まっていた食堂組以外は建築作業の為に出払っている長門屋鎮守府建設予定地に建てられた食堂の中にて、翔は厨房内にあるガスコンロ上に存在する大きな鍋を前にして神妙な表情を浮かべていた……

 

「翔さん……、本当にやるのですか……?」

 

「鳳翔さん……、僕だって本当は分かっているんです……、これは本来やっていい事ではないと……」

 

そんな翔の様子を少し離れた場所から見守っていた鳳翔が、心配そうな表情を浮かべながら翔に向かって声を掛けると、翔は何かを自分に言い聞かせているかの様に、その双眸を閉じながらこの様に返事をするのであった……

 

「だったら……っ!」

 

「でもこれをやらないと、恐らく僕はこれ以上料理人として先に進めなくなってしまう……、そんな気がするんです……っ!」

 

鳳翔の隣で翔の返答を聞いた龍鳳が、何かを実行しようとする翔を制止する様声を上げるのだが、翔は小さく首を振りながらこの様に返答するのであった……

 

「それに……、さっきから僕の頭の中で何かが囁くんです……。これは絶対にやるべきだと……、もしこのタイミングでやらなければ、僕は一生後悔する事になるって……」

 

「いや……、しかしなぁ……、幾らウチらが味見して大丈夫だったから言うても、流石にこれは……」

 

それから大して間も空けず、翔がこの様に言葉を続けたところ、今度は龍驤が不服そうにこの様な事を零しながら、鍋の中身に視線を向けるのであった……

 

そんな龍驤の視線の先にある鍋の中には、見たところとても食材として使えそうになさそうな、やや黒ずんだ謎の液体が湯気を立ち上らせながら存在していたのであった……

 

「今回の件の責任は全て僕が負います……、ですから……っ!!」

 

「……翔さんがそれほどの覚悟を決めていると言うのであれば、私達はその決定に従いましょう……」

 

龍驤が鍋の中身を再確認したその直後、翔はこの様な事を口にしながら鳳翔達食堂組の艦娘達に頭を下げてみせ、その様子を見ていた扶桑が周りを見回し、この場にいる者達が皆首を縦に振った事を確認すると、皆を代表してこの様に答えるのであった

 

「皆、ありがとう……。では……、今日の昼食には、これを使ったお味噌汁を出します……っ!!!」

 

その後、扶桑の言葉を聞いた翔は皆に一言礼を言った後、今日の昼食のメニューを伝えると、すぐさま皆と共に昼食の準備を開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……、ようやく大黒丸専用地下ドックが完成した~……」

 

「確か大黒丸本体の建造は、シャチョーが戻ってからだったッスかね?」

 

「ああそうだ、そうしないと戦治郎が拗ねかねんからな」

 

「戦治郎さんにもそんな子供っぽいところがあるんだな……、少し意外だよ……」

 

「ぼ、ぼぼ僕達がい、い~きてた時のこ、こ、事だけど、い、今のここ、工廠組のみ、み、み~なさんがや、やってる作業に、しょしょ書類仕事のかか、関係で、参加出来なかった件で、す、すっごくい、い、い~じけてた時が、あ、あ、あったよ……」

 

「あ~……、確か小型飛行機の修理の時だったか……?確かあの時は修理に参加するって言って、結局参加出来なくてかなり凹んでたっけか……」

 

食堂組が不穏なやり取りを交わしてからしばらく経ったところで、太郎丸のリクエストである農場を建設しているメンバーよりも早く、工廠の地下で大黒丸用のドックを建設していたシゲ、護、空、ヴェル、藤吉、輝の6名が、予定通りに作業を終わらせると、昼食を摂る為にこの様な会話を交わしながら食堂へやって来るのであった

 

因みにこの会話中、輝だけがやや気分が優れないのか、他のメンバーと比べてテンションが低いのだが、それは輝が現在進行形で二日酔いに苦しめられているからである

 

何故割と酒に強い輝がそんな事になっているのかと言えば、それは現在の長門屋鎮守府建設の進捗状況が輝からしてみればやや遅れ気味であり、戦治郎から鎮守府建設を任されていた輝はその事をかなり気にしていたのである

 

その結果、輝は悩みや不安を打ち消す為に、連日の様にいつも以上に酒を呑む様になってしまい、それが積もり積もってこうして二日酔いとして輝に襲い掛かって来たのである……

 

因みにだが、もし普通の業者が長門屋鎮守府の建築を行っていた場合、鎮守府の完成に輝の想定の6倍以上もの時間が掛かってしまう事を、比較の為に此処に明記しておこうと思う

 

又、建設作業が輝の想定より遅くなってしまっている原因は、大体が鎮守府の珍獣(神話生物)共が見つけ出した、膨大な地下資源の採掘施設の建設に時間を割いてしまったからであり、これに関してはまあ仕方ないのではないかと思われる……

 

とまあこの様なやり取りを交わす輝達は、会話を続けながら翔達が準備した食事が乗ったトレイを取り、食堂の一番奥にある席に腰を下ろし、改めて今日の昼食が一体何なのかを確認する為に、トレイ上の料理に視線を向け……

 

「お……、今日は生姜焼き定食……、しかも味噌汁はしじみ汁か……。個人的には助かるメニューだな……」

 

「きっと輝さんの様子を察して、翔が気を利かせてくれたのかもしれないッスね~」

 

今も尚二日酔いによる頭痛に苦しむ輝が、しじみ汁の存在に気付くとその表情を綻ばせながらこの様な事を言い、それに反応した護がこの様に返したところで、皆で揃って頂きますを唱和し、二日酔いの頭痛を少しでも和らげたい輝と、料理は先ずスープから食べる派の護が、揃ってしじみ汁が入った椀を手にし、口元に運んで椀の中身を啜るのであった

 

と、その直後である……

 

「「ぶぼふぉおおおぉぉぉーーーっ!!?」」

 

しじみ汁を啜った2人が、突然口の中のしじみ汁を豪快に噴き出しながら倒れ込み、揃って白目を剥いてビクビクと痙攣をし始めたのである

 

これには流石の空達も驚き、しじみ汁に手を伸ばそうとしていた藤吉とヴェルは急いでその手を引っ込め、その様子を見ていたシゲは只々呆然とし、空は護達が倒れた原因はこのしじみ汁にあると断定し、状況を把握する為に警戒しながら、恐る恐ると言った様子でしじみ汁を口にするのであった……

 

が……

 

「……?」

 

自分の椀に注がれたしじみ汁を口にした空は、不思議そうな雰囲気を辺りに漂わせながら小首を傾げ、続いて護達が手にしている椀に僅かに残ったしじみ汁を口に含むも、再び小首を傾げて見せるのであった……

 

「どうしたんです?」

 

「いや……、このしじみ汁に何か盛られてるのではないかと思ったのだが……」

 

そんな空の様子を見ていたシゲが、思わず空にこの様に尋ねてみると、空はこの様に返答しながら手にした椀をシゲに差し向け、それを受け取ったシゲは空同様警戒しながらしじみ汁を口に含み……

 

「……何でこの2人はこれ飲んでぶっ倒れたんだ?これ滅茶苦茶旨くね?」

 

「俺もしじみの旨味が出汁によって絶妙に引き立てられ、それによって深いコクが生み出されていて、非常に旨いと思うのだが……?」

 

心底不思議そうな表情を浮かべながらこの様な言葉を口にし、それを聞いた空もその意見を肯定する様に、首を縦に振りながらこの様に返答するのであった

 

そうして2人の反応を見たヴェルと藤吉が、意を決してしじみ汁に口をつけたところ……

 

「本当だ……、これは美味しい……」

 

ヴェルは驚きの表情を隠そうともせず、しじみ汁の味の感想を口にするのだが……

 

「ごぶヴぉっ!?!」

 

何と藤吉までもが、護達同様しじみ汁を噴き出しながら倒れてしまうのであった……

 

これは何かがおかしい……、そう思った空、シゲ、ヴェルの3人が、このしじみ汁を作ったであろう翔に詰め寄ったところ……

 

「な、なんの事でしょう……?」

 

如何やら人柄の関係で隠し事が下手なのか、翔は空達から視線を逸らし、声を震わせながらこの様に返答し、その様子を見た空が圧を掛けながら改めて問い質したところ、翔は観念した様子で口を開こうとした……。と、その時である……

 

「翔っ!!新しい出汁が出来たぞっ!!!」

 

突然食堂内にゾアの声が響き、それに反応した空達がそちらに……、食堂と翔の自室を繋いでいる通路がある方角に視線を向けたところ、そこには何故か身体から湯気を立ち上らせるゾアの姿と、ゾアが自作のスープを運ぶ際に使用している台車、そしてその台車の上に乗った、やや黒ずんだ謎の液体で満たされた大きな鍋の姿があったのであった

 

何故ゾアの身体から湯気が出ているのか……?そして台車の上の鍋の中身は一体何のか……?身長の関係で鍋の中身が見えた空達が、そんな疑問を頭の中に浮かべていると、先程何かを言おうとしていた翔が、その疑問に答えるべくこの様な言葉を口にするのであった……

 

「えっと……、今日のしじみ汁の出汁なんですけど……、今ゾアがこっちに運んで来ているものと同じもので……、その……、ゾアを煮出して作ったものなんです……」

 

翔が言葉を紡ぎ終えるや否や、それはそれは驚くべき速度で、空とシゲの拳が翔の脳天に叩きつけられるのであった……



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ゾア汁

このままでは過去編の最終章が余りにも長くなると判断した為、戦治郎の軍学校での話や長門屋鎮守府建設に関わる話がメインとなるこの章は、夏休み前、夏休み中、夏休み後の3つに分ける事にしました


護達が後に『ゾア汁』と呼ばれる事となる、ゾアの出汁を使用した味噌汁の先駆けとなったしじみの味噌汁を食べて気絶してからしばらく時間が経過し、農場作りに参加していたメンバーが、午後の作業に備える為に昼食を摂りに食堂に入ったところ、食堂内には仁王立ちする空の前に、しょぼくれた表情を浮かべながら正座して並ぶ食堂組の姿と、奥でヴェルとシゲに介抱される護、輝、藤吉の姿があり、状況が分からない農場建設組は、その光景を目の当たりにするなり大いに困惑するのであった

 

「空、これは一体何事だ?」

 

「光太郎か、実はな……」

 

そんな中、困惑するメンバーの中から代表として光太郎が空に事情を尋ねたところ、空は事情を知らないメンバーにも聞こえるくらいの声量でこの状況について説明し、それを聞いて艦娘達がドン引きする中、光太郎は血相を変えてまるで弾け飛ぶバネの如く勢いで護達の下へと駆け寄り、現在横須賀の方に残った悟の代わりに長門屋の医療担当の代表を任されている望に連絡を入れながら、ゾア汁を口にした護達の容態を診始めるのであった

 

「さて翔……、事態はお前が想定していたものより酷いものとなってしまっているのだが……、取り敢えずお前がこの様な行動に走った原因が分からないと、俺はお前の行為に対しての罰などの判断を下せない訳だ……。正直に話してもらえるよな……?」

 

「あっ、はい……」

 

護達を診察し始めた光太郎の様子をチラ見した後、空がやや怒気を込めながら食堂組の代表である翔に対してそう尋ねると、翔はこの様に返事をした後、その身を縮こませながら事の発端について、嘘偽りなく話し始めるのであった……

 

さて、翔が何故この様な行動に、ゾア出汁によるバイオテロを敢行したかについて話すより先に、翔がどうやってゾア出汁の存在に気付いたのかについて話そうと思う

 

事の発端は空がエイブラムスをとっ捕まえて来た時、副産物として発見された湯脈から、長門屋鎮守府建設予定地にある入渠施設内に、配管によって引っ張って来られて作られた温泉に、翔とゾアが一緒に入った時に起こったのだそうな……

 

この温泉の温度は基本43℃に設定されており、この時温泉に入っていた翔とゾアも、少々熱いかな?などと思いながらも、温泉を楽しんでいたのだそうな……

 

そうして1人と1柱が湯船に浸かって温泉を満喫していた時、翔がゾアの身体からうっすらと黒い液体が滲み出ている事に気付いたのだとか……

 

それを見た翔は、最初はそれはゾアの身体の汚れだと思ったのだが、翔が湯船に浸かる前にゾアの身体をしっかりと洗っていた事を思い出した為、その考えは翔の中で即座に否定され、翔は次の可能性について考え始め、その結果これはゾアの出汁なのではないか?と、翔は料理人らしい考えで答えに辿り着いたのだとか……

 

「で……、その出汁が料理で使えるかどうか試す為に、こうしてバイオテロを敢行した、と……?」

 

「いえ、その前にちゃんと2クッションほど入れてます。温泉でゾアの出汁の存在に気付いた後、僕は自室に帰るとすぐにゾアにお願いして出汁を取らせてもらって、それでお吸い物を作って自分で飲んだんです。それこそ、この出汁が料理に使える物か試す為にですね」

 

「……続けてくれ」

 

「はい、それで遅れて自分の身体に異常が出るかもしれない可能性を想定して、それを1週間続ける事で、出汁が取れる温度と出汁に問題が無い事を確認して、そこから今度は望ちゃんの立ち合いの下、食堂の皆にも事情を話してこの出汁で出来たお吸い物を飲んでもらったんです」

 

温泉でゾア出汁の存在が発見されたくだりで、空が右こめかみに人差し指を当てながら、困った様に眉間に皺を寄せてそう尋ねたところ、翔は真剣な表情を浮かべながらこの様に答え、食堂組の皆を苦笑させるのであった……

 

と、その時である

 

「えっ!?望ちゃん?!」

 

「望もその吸物を口にしたのか?」

 

「はい、で、望ちゃんも特に問題無いって判断してくれたので、最終テストとして今日の昼食にこの様な形で出したんですけど……」

 

翔の言葉を聞いた途端、光太郎が作業の手を止めて驚きの声を上げ、それに続く様にして空がこの様な質問をすると、翔はこの様に返事をしながら、ゾア汁を口にして倒れた3人の方へと視線を向けるのであった……

 

さてここに来て、翔の話を黙って聞いていた空が、その内容によって少々混乱するのであった

 

この時空は、今回味噌汁を口にして倒れたメンバーには、まだ能力に覚醒していないと言う共通点を見つけ出しており、それに沿って皆に注意喚起を行おうと考えていたのである

 

しかし先程の翔の発言により、まだ能力が覚醒していないはずの望が無事であった事が発覚し、それによって空が考えた可能性に綻びが生じてしまい、空はほんの僅かに混乱してしまったのである……

 

(龍気を持つ俺や迦具土を持つシゲ、Eyes ofを持つ翔が無事だった事から、この味噌汁の影響は無能力者にだけ出ると考えていたのだが……、望までもが無事だったとなると……、いや……、もしかしたら俺達が見落としているだけで、実は望は既に能力覚醒が終わっている……?)

 

翔への罰についてなどそっちのけで、空がこの味噌汁の影響について静かに考えていると……

 

「……」

 

「おっと!護、意識が戻ったのか?」

 

今まで白目を剥いて気絶していた護が、不意に無言で上半身を起こして翔の方へと顔を向け、診察していた光太郎の言葉を無視して徐に立ち上がり始めるのであった

 

「護……?まだ安静にしていた方が……」

 

その様子を不審に思った光太郎が、思わず護にそう呼び掛けたその刹那……

 

「翔うううぅぅぅーーーっ!!!」

 

急に護が普段の彼を知る者からしたらとても信じられない様な、凄まじい咆哮を上げるのであった

 

そんな護に誰もが驚く中、護はまるで幽鬼の様にゆっくりと翔の下へと歩み寄り始め、翔との距離がある程度縮まったところで、突然護の身体からバチバチと火花が散り始めるのであった……

 

そして、腕を伸ばせな翔の胸倉を掴める位置まで護が来ると……

 

「何て事しやがるんッスかあああぁぁぁーーーっ!!!自分、しじみ汁の余りの不味さで死ぬところだったんッスよおおおぉぉぉーーーっ!!?」

 

護は一切の躊躇いも無く翔の胸倉を掴み、翔の顔にベチャベチャと唾を掛けながらそう叫び出し、それと同時に護の身体の至るところからまるで雷の様なものが放出され、それは食堂に整然と並べられた机や椅子を容易く吹き飛ばし、食堂の扉や窓に張られたガラスを悉く粉砕し、更には厨房内にある電子レンジや冷蔵庫と言った電化製品達にまで襲い掛かり、それら全てから黒煙を噴き出させ、挙句の果てには食堂のブレーカーまで破壊してしまうのであった……

 

「マモッ!?気持ちは分かるがちょい落ち着けってっ!!!」

 

「護っ!!周りを見ろってっ!!!」

 

この場に居合わせた者達の多くが、やや混乱しながら護が放つ雷撃から逃れる為に、食堂から急いで退避していく中、護が放電を開始するなり驚きの余り呆然としていたシゲと光太郎が我に返り、護を翔から引き剝がして落ち着かせようとして、護の身体に慌てた様子で触れたところ……

 

「「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」」

 

慌てていた事が原因で失念していたのだろうか、帯電している護に不用意に触れてしまった事で2人は揃って感電してしまい、声を揃えて苦痛の叫びを上げた後、ブスブスと黒煙を上げながらその場に倒れ伏せてしまうのであった……

 

因みにこの時、農場建設時に使用した為バッテリー残量が減っていた光太郎の艤装は、これによりフルチャージされたそうなのだが、今はそこまで重要な事では無かった……

 

「この件はホント悪かったと思ってるからっ!ホントゴメンってっ!!だからちょっと落ち着いてってっ!!!ねぇっ!!!」

 

そんな中、クタニドお手製のフリル満載の黒いエプロンドレスを着用していた事から感電を待逃れている翔が、謝罪の言葉と共に護を落ち着かせようと、涙目になりながら必死になって言葉を掛けるのだが……

 

「あんなヘドロにあらゆる劇物をありったけ混ぜ込んだ様なモン食わされて、落ち着いていられる訳がねぇって分かるモンッスよねえええぇぇぇーーーっ!??」

 

護は聞く耳持たずと言った様子で、そう叫びながら翔の身体を前後にグワングワンと激しく揺らす……。それからしばらくの間、護は翔の身体を揺らしながら思いつく限りの罵声を浴びせ続けるのであった……

 

そうしてある程度時間が経過し、叫び続ける護が喉の渇きを覚えたところで……

 

「護、翔も反省している様だからその辺にしておけ、これでも飲んで少し落ち着いたらどうだ?」

 

不意に空がこの様な事を言いながら、護の攻撃によって壊れた冷蔵庫から取り出した物なのだろうか、グラスに入ったオレンジジュースを護に差し出すのであった。尤も、そのオレンジジュースは若干黒ずんでいたが……

 

「幾ら空さんがそう言っても……」

 

そう言いながら空からグラスを受け取った護が、中身を碌に確認せずにグイッとオレンジジュースを飲み干すと……

 

「うっまあああぁぁぁーーーっ!!?これ一体何なんッスか?!無茶苦茶旨いじゃないッスかっ?!!一体何処のメーカーのオレンジジュースなんッスかっ!?!これは自分、箱買い確定ッスよーーーっ!!!」

 

今まで掴んでいた翔の胸倉をパッと離し、護は驚きと歓喜の入り混じった声で、このオレンジジュースを手渡して来た空に質問攻めを開始するのであった

 

(ふむ……、ゾア出汁は転生個体の能力覚醒に使用する事が出来、対象は能力に覚醒した後は普通にゾア出汁を摂取出来るのか……。しかも味噌汁などの料理だけでなく、ジュースなどに混ぜ込んで使用する事も出来る、と……)

 

そんな護の様子を見ながら、ゾアが食堂に持って来たものの、時間が経過し過ぎてすっかり冷めきってしまったゾア出汁を混ぜたオレンジジュースを護に飲ませた空は、内心でゾア出汁の効果を解析しながらそう呟くのであった……

 

その後、問題のオレンジジュースには、しじみ汁の出汁として使用されたゾア出汁が混ぜられていた事を知らされた護は、その事実がとても信じられなかったのか、しばらくの間呆然としていたのだとか……



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建築物掌握能力

護が意識を取り戻してから少し時間が経過したところで……

 

「……おぉん?」

 

薄っすらと意識を取り戻すなり、周囲がやけに騒がしい事に気が付いた輝は気の抜けた声を上げながら、ゆっくりと瞼を開き寝転がったまま辺りを見回すのであった

 

そんな輝の視界に映った光景、それは何者かによって破壊され、ボロボロになってしまった食堂を背景に、空とシゲが食堂の机と椅子の、護が厨房にある電化製品の修理を行い、修理が完了したものを順次艦娘達が並べていると言うものであった

 

「こりゃ一体何があったんだ……?」

 

「あっ輝さん、気が付いたんですね」

 

その光景を目の当たりにした輝が、相変わらず食堂の床の上に転がった姿のまま、不思議そうな表情を浮かべながらそう言うと、それによって輝が意識を取り戻した事に気が付いた望が、安堵の表情を浮かべながらこの様な言葉を発するのであった

 

その後望から食堂が何故この様な状態になったのかについて聞いた輝は、自分が二日酔いしている事を忘れ、翔の行動に対して思わず怒気の籠った声を上げ、直後に自分が二日酔いの事を思い出し、しまった!と言った様子の表情を浮かべるのだが……

 

「……おぉぉん?」

 

輝は何時になっても二日酔い特有の頭痛がこない事に気付き、再び不思議そうに間抜けな声を上げるのであった

 

「どうしたんですか?」

 

そんな輝の様子を不思議そうに見ていた望が、輝に向かって何があったのかを訊ねたところ……

 

「おっしゃぁっ!二日酔い治ってんじゃんか!!もしかしてこれって例のゾア汁とか言う奴の効果なのか?だったら俺は翔の行動の件については、これで手打ちにしとくわっ!!!」

 

輝は望に対していつもの調子に戻りながらこの様に答え、空達の手伝いに参加する為に立ち上がろうと床に手をつくのであった

 

と、その直後である……

 

(……っ!?)

 

不意に輝は手から脳にかけて電流が走る様な感覚に襲われ、その感覚に驚きつつも思わず不審そうにその顔を顰めるのであった

 

(何だ今の……?)

 

輝はそう思いながら己の右手を眺めるのだが、そこには何の変哲もない自分の手があるだけだった為、輝は先程の感覚は気のせいであると考える事にし、今度こそ床から立ち上がって空達の方へと視線を向けるのであった

 

ここでようやく、輝は自分の身体に起こった異変に気が付くのであった……

 

輝が空達がいる方角に顔を向けた時、彼の視界には空達の姿以外に、護の電撃によってガラスが割れてしまっている複数の窓が映り込んだのだが、何故か輝にはその窓の近くに『開閉』の文字が付いたスイッチが浮かんで見えたのである……

 

「何じゃこりゃ?」

 

そんなスイッチの存在に気付いた輝は、何となくそのスイッチを操作しようと、問題のスイッチが近くに浮かぶ窓の方へ腕を伸ばしてみると、輝の指先は窓から全然距離があるにも拘らず、輝の脳にスイッチに触れた様な感触を伝え、それを感じ取った輝は、特に警戒する様な様子も見せずにそのスイッチを操作するのであった

 

その直後、閉まっていた筈の窓が突然勢いよく開き、その近くに立っていた陽炎型の3人を大いに驚かせるのであった……

 

「……」

 

その様子を黙って見ていた輝は、沈黙したまま再びスイッチを操作して窓を閉め、何の前触れも無く開閉する窓に警戒し始める陽炎達の姿をしばらく眺めた後……

 

「もしかしてこれって……、アレなのか……?」

 

望に不思議そうな表情を向けられたままそう呟くと、建築物把握能力を発動し……

 

「うおおおぉぉぉっ!!?俺の建築物把握能力の有効範囲がめっちゃ広がってやがるっ!?!しかも色んなとこによく分からんスイッチついてやがるしっ?!!」

 

自身の視界に石油コンビナート及び大黒丸用地下ドック、更にはボーキサイト発掘現場までもを含んだ長門屋鎮守府建設予定地全域のMAPと、それらに取り付けられた扉や窓など開閉する物全て……、いや、それだけでは無い、艦娘達や自分達の部屋にあるテレビや冷蔵庫などの電化製品や、石油コンビナートや工廠や採掘施設に設置された工業用機械にまで、先程発見した謎のスイッチが付いてる事に気が付いた輝は、思わず驚愕の声を上げるのであった

 

「目覚めて早々、一体何があったんだ?」

 

輝の叫びを聞いた者達全てが、作業の手を止めて驚きの表情を浮かべながら輝に注目する中、空だけがそんな輝に対して驚いた素振りも見せずに冷静に尋ね、空に質問された輝が現在自分に起こっている出来事について、嘘偽りなく正直に話してみたところ、輝の話を聞いた空は驚きの余り思わず目を見開くのであった

 

その後輝は食堂内の電化製品に付いていると言うその謎のスイッチを操作した場合、一体何が起こるのか調べたいと言う空の提案を受け、実際に食堂にある電化製品の中でも、特にスイッチの数が多い電子レンジのスイッチの内の1つを試しに操作してみたところ……

 

「うぉっ!?急にレンジの出力が500Wから1500Wになったでっ?!」

 

「ああ、このスイッチは出力変更用だったか。んじゃあこっちはっとぉ……」

 

突如先程護が直したばかりの電子レンジのデジタルパネルが点灯し、それに驚いた龍驤が警戒しながらそれを注視していると、デジタルパネルにはレンジの現在の出力が表示されており、その数字は龍驤がレンジに一切触れていないにも関わらず、突然500から1500に変更され、この事を伝える為に龍驤がこの様な声を上げたところ、それを聞いた輝はこの様な言葉を口にした後、今度は他のスイッチを操作したところ……

 

「加熱を開始しましたね……」

 

「加熱時間を設定していないのに……」

 

それに合わせる様にして、電子レンジは鳳翔と龍鳳が言う様に、加熱時間が設定されていないにも関わらず、しばらくの間空っぽのレンジ内を加熱し始めるのであった……

 

その後、その様子を見ていた空はエイブラムス達と連絡を取り合い、ボーキサイト採掘現場の装置を一旦止めてもらい、今度は採掘現場の装置を動かして欲しいと輝に頼み、それを受けた輝が採掘施設の機械のスイッチを操作したところ、採掘現場の機械達はそれに合わせて再び動き出すのであった

 

「特定の敷地内の建築物だけでなく、建築物の中にある物まで自在に操作出来るのか……。もしやこれは……、ウチの陸上型組が何とか入手しようと頑張っていた、建築物掌握能力なのではないのか……?」

 

「まさか、これがゾア汁によって引き出された、輝さんの能力ッスか……?」

 

そうしてエイブラムス達からの連絡を受けた空は、考え込む様に眉間に皺を寄せ、腕組みしながらこの様な言葉を口にし、それを聞いた護が何とも微妙な……と言った雰囲気を漂わせながらこの様な事を言うと……

 

「輝さんの話を聞いた後、僕も直ぐに建築物把握能力を使ってみたのですが……」

 

「その様子だと変化が無かったみてぇだな……」

 

これまた何とも言えない様な表情を浮かべながら翔がこの様な事を口にし、その様子から察しがついたシゲが、これが輝の能力であると断定しながら、護や翔同様微妙な表情を浮かべてこの様な言葉を口にするのであった……

 

護達の反応からすると、如何やら彼らは輝の能力は、その性格とマッチした様なもっとド派手なものが来ると思っていた様である。尤も、この能力も鎮守府の防衛用設備が整いさえすれば、鎮守府中の兵器が一斉に稼働、敵を瞬時に捕捉し攻撃を仕掛けて敵をまとめて蹴散らすと言う、中々ド派手な事が出来るのだが……、建設のペースが遅れ気味な現状では、結局この能力は建築物把握能力の上位版程度の認識にしかならないのである。故に彼らは微妙な反応を示してしまったのである……

 

そんな輝の能力を微妙に思っている者が、護達以外にも存在していた……

 

「これが俺の能力だってのかっ!?流石にこれはショボ過ぎんだろっ!!?」

 

そう……、この能力の持ち主である輝自身が、自分の能力に対して一番不満を持っていたのである……

 

「もっとこう、俺が地面をバァン!って叩いたら、建物がドォン!って出て来る様な奴とかじゃねぇのかよっ?!!」

 

そんな不満を爆発させる輝が、そう叫びながら勢いよく食堂の床を叩いたところ……

 

「っ!?全員食堂から退避っ!!!」

 

突然食堂が地震にあったかの様に激しく揺れ始め、それを感知した空の指示に従い誰もが食堂から退避した直後、突如として地面から巨大な高層ビルが、食堂を貫く様にして生えて来るのであった……

 

「……」

 

その様子を長門屋の誰もが呆然と見ている中、不意に輝が特に建築物などが無い方角を向き、黙ったまま再び地面を叩いてみたところ、今度は何もない所からそれはそれは立派な二階建ての一軒家が生えて来るのであった……

 

「……良かったな輝、如何やら注文通りだったみたいだぞ」

 

「……ぴょ~……」

 

その様子を見ていた空が、輝の右肩に手を置きながらこの様な事を言うと、予想外の出来事に思わず呆然とする輝は、これまでにないくらい間抜けな声を上げるのであった……

 

そう……、輝が身に付けた建築物掌握能力は、実際の所は輝が頭の中で思い描いた、自身が自在に操る事が出来る建築物を生み出せる『瞬間建築』と言う能力の一部に過ぎなかったのである……

 

その後、我に返った輝はこの能力を駆使して食堂を建て直すばかりか、建設ペースが遅れていた都合で着手出来ていなかった建物までもを、あっと言う間に完成させてしまうのであった

 

因みにこの能力では機械などは作れない為、食堂の電化製品や本庁となる建物及び司令室などに設置する機械設備については、工廠組に頑張ってもらう事になっているそうである

 

又、先程地面から生えて来たビルと一軒家は、輝の能力で無事一瞬で撤去された模様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、護達と共に倒れた藤吉だが、何故か彼は他の2人とは違い、ゾア汁を飲んだにも関わらず能力を発動させる事が出来なかった様である……

 

それもそのはず、彼は自分の能力を使用する為に必要なものについて、この時点では知らなかった、その存在に気付いていなかったのだから……。だから彼はこの時点では能力を使えなかった、発動させる事が出来なかったのである……



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出会っちゃったぁ・・・・・・

本来今回やろうとしてた通関係の話を後回しにするかどうかで悩み、投稿までに無駄に時間が掛かってしまった事をお詫びします。大変申し訳ありませんでした……


「……なんつー事やってんだよあいつらはよぉ……」

 

イオッチから護達が能力覚醒に至った原因であるゾア汁について説明されたところ、戦治郎は頭を抱えながら呟く様にこの様な言葉を口にするのであった

 

「因みに鍋2つ分あったゾア出汁は、1つは能力覚醒後の転生個体や艦娘だったら美味しく食べられるからと言う理由で、翔が全部料理に使って長門屋のメンバーが残さず美味しく頂いて、残った方は冷凍された後空の指示で、ガダルカナルに送られる事になったンゴ。何か空がリチャードとやらにこの話をしたところ、組織内に多数の未覚醒転生個体を抱えているリチャードがゾア汁に興味を持ったみたいンゴ」

 

「リチャードさんって、確か穏健派連合のトップだったっけ……?戦力増強の為とは言え、そんなヤバそうな物に手を出そうとするとか……」

 

「そう言ってやんな、あの人のとこは規模はデカいがそれと比例してるかの如く、守らなきゃいけない範囲もデカけりゃ、敵対組織の数も規模もデカいからな……」

 

その後、イオッチから余ったゾア汁の処分方法を聞いた瑞鶴は、やや引き気味に思った事をそのまま言葉にし、それを聞いた戦治郎はリチャードをフォローする様に、この様な言葉を口にするのであった

 

こうして鎮守府建設組の話をイオッチから聞いた後、今度はこちらの番だとばかりに戦治郎が咲作の事をイオッチに話したところ……

 

「んげっ!?あの爺さんまで来てるンゴッ?!これ、地球は大丈夫ンゴ……?」

 

「一応、俺の祖父さんが手綱握ってるみたいだし、まあ大丈夫そうだと思うぞ?」

 

「戦治郎の爺さん……、一体何者ンゴ……?」

 

咲作が地球に来ている事に大層驚いた後、イオッチは心から心配そうにこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎がこの様な返答をしたところ、イオッチは只々愕然としながらこの様な事を呟くのであった

 

それからすぐに、イオッチは用事を終えたと言うと、来た時と同じ様に電波に乗って鎮守府建設予定地に帰還し、この場には戦治郎と瑞鶴、そして戦治郎のマッサージが余りにも気持ち良過ぎて夢の世界に旅立った大和の3人だけが残される事となった

 

「何て言うか……、世界中の至る所で神話生物に関する問題が発生しているわね……」

 

「俺達が軍学卒業した後は、冗談抜きで忙しくなりそうだな……」

 

「特に戦治郎さん達の所は旧支配者が3柱もいるから、神話生物関連の問題が発生した時、問題解決の為にすぐに駆り出されそうね……」

 

「間違いねぇや……、何たってそれ専用の部署が、この時点で既にウチにあるからな……」

 

その後瑞鶴と戦治郎は、イオッチの話を聞いて気疲れしたのか、気だるげにこの様なやり取りを交わした後、2人揃ってしばらくの間沈黙してしまうのだった……

 

それから少し時間が経過したところで……

 

「んあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

突然何かを振り払う様に戦治郎が叫び声を上げ、戦治郎の傍にいた瑞鶴は驚きの余りビクリと身体を震わせながら戦治郎に注目し、大和はその叫びで目を覚ましてしまったのか、即座にうつ伏せの状態から横に転がって仰向けになると、ガバリと上半身を起こして警戒する様にキョロキョロと見回し始め、特に異常が無い事に気付くと不思議そうな表情を浮かべながら、叫び声を上げる戦治郎の方へと顔を向けるのであった

 

「次から次へと俺の心労増やす様な事発生しやがってっ!こうなったらこのストレスぶっ飛ばす為にっ!!明日の休み使ってカラオケ行くぞっ!!!勿論毅も誘ってなっ!!!」

 

そんな中戦治郎は、突然の出来事に驚いた2人に対しての謝罪も無しに、怒りの感情のままにこの様な言葉を叫ぶのであった

 

因みに戦治郎が言う休みとは、今日舞鶴鎮守府で突発的に開催された咲作との特訓を見ていた大淀大将が、その余りにもハードな内容にドン引きし、この過酷過ぎる特訓に参加した艦娘達や、正蔵の話を聞くなり見る見るうちに弱っていく戦治郎を不憫に思い、心身ともにしっかり休む様にと特別に許可してくれたものである

 

そう、戦治郎はこの休みを利用して、今回の件で積もりに積もった自身の心労を発散すべく、大和達に近場にあるカラオケに行こうと誘っているのである

 

「カラオケか~……、一緒に行きたいところなんだけど、この部屋に来る前に電話で明日実家に顔を出すって言っちゃったからな~……」

 

「と言う事は……、提督と2人っきりのカラオケデートと言う事ですね……♪」

 

「瑞鶴の方はまあしゃーないとして……、大和ぉ……、俺は毅も誘うつもりなんだけどぉ……?」

 

戦治郎の提案を聞いた瑞鶴と大和はそれぞれこの様な反応を返し、それを聞いた戦治郎は困った様な表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった……

 

尚、戦治郎が誘おうとしていた毅だが、その日は墓参りの後に地元の友達と遊ぶと言う予定を入れていた為、戦治郎からのカラオケの誘いを断る事となり、図らずして大和が言っていた通り、その日は戦治郎と大和の2人きりのカラオケデートとなるのであった……

 

 

 

当日の朝、戦治郎達は大淀大将に一言挨拶をした後、舞鶴鎮守府を出て舞鶴市に繰り出し、目的地であるカラオケボックスに身体作りと称して徒歩で向かおうとするのだが……

 

「……ん……?」

 

「提督?どうかなさいましたか?」

 

その途中、転生個体となった事で今まで以上に勘が冴える様になった戦治郎が、何かに気付き歩みを止めてある方角へ顰めた顔を向けると、戦治郎と並び立って歩いていた大和が戦治郎の異変に気付き、同じく歩みを止めて不思議そうに尋ねるのであった

 

「いや……、今何か野郎の叫び声が聞こえた気がして……、それも複数……」

 

「こんな時間から喧嘩でしょうか……?」

 

大和の問いに対して戦治郎がこの様に答え、それを聞いた大和がこの様な疑問を口にしたところ……

 

「……っ!?打撃音と女性の声がしたっ!何か嫌な予感がすっからちょっち行って来るっ!!」

 

「えっ!?ちょっと待って下さいっ!提督っ!!」

 

直後に戦治郎は叫ぶ様にこの様に言い残し、制止する大和を置いて急いで問題の声が聞こえた方へと駆け出すのであった……

 

さて、そんな戦治郎の予感は如何やら正しかった様で、戦治郎が辿り着いた場所……、飲み屋と思わしき建物の傍にある駐車場にはガラの悪そうな男が3人が、この3人の誰かに殴られたのであろうか、頬を紅く腫らした褐色の肌をした、イブニングドレスの様な衣服を纏った女性を取り囲み、女性に向かってかなり威圧的にがなっていたのであった……

 

(あっ、これかなりヤバい状況かも……っ!?)

 

その様子を見ていた戦治郎が内心でそう呟いた刹那、3人の男の1人が女性に向かって勢いよく手を伸ばし、彼女の衣服を掴むと力任せに破いてしまうのであった

 

その直後、戦治郎の身体は既にそちらの方へと駆け出しており、男達が戦治郎の足音に気付きそちらに顔を向けた瞬間、3人の内の1人……、その雰囲気から恐らくこの3人のリーダーであろう男の顔面に、戦治郎の飛び蹴りが突き刺さるのであった

 

「な、何だこいつ……?!」

 

「うっせバーカッ!!!女性1人に対して野郎3人で襲い掛かるとか、恥を知れ恥をっ!!!」

 

突然の出来事に残った男達が動揺し、この様な事を呟いた直後、飛び蹴りの反動を利用して天高く舞い上がり、クルクルと何度か捻りを加えながら後方回転した後、男達に背を向けて華麗にヒーロー着地を成功させた戦治郎は、男達の方に向き直りながらこの様に叫ぶのであった

 

それからすぐに、男達はその矛先を戦治郎の方へ向け、飛び掛かる様にして戦治郎に襲い掛かるのだが、その実力の差は歴然であった為、男達は戦治郎に一方的にボコボコにされ、戦治郎に向かって捨て台詞を吐いた後、ボロボロになった身体を引き摺る様にしてこの場を後にするのであった

 

「ふぅ……、取り敢えず追っ払えたな……。っと、そこのお姉さんや、怪我は無いか?」

 

こうしてガラの悪い男達を退ける事に成功した戦治郎は、一息つくなり褐色肌の女性の方へと向き直り、彼女の安否を確認する為にこの様な質問をするのであった

 

「え、ええ……、身体の方は特に問題無いわ……」

 

そんな戦治郎の問いに対して、件の女性は突然姿を現し自身に暴力を振るおうとして来た男達をあっという間に追っ払って見せた戦治郎に驚いたのだろうか、呆然としながらこの様に返答するのであった

 

「せかせか、なら問題は……、うん、あったわ……」

 

そうして驚く女性の返答を聞いた戦治郎は、女性が纏っているドレスが男達に破られ、その形のいい大きな乳房とその先端にある乳首が露わになっている事に気が付くなり、この様な言葉を口にすると格納ボックスから裁縫道具を取り出し……

 

「流石にその格好のままこの辺歩くのは危な過ぎるわな……、ってかそのタイプのドレス着るんなら、せめてヌーブラくらい付けといてくれよ……」

 

この様な事を呟きながら、司ほどの腕前こそは無いものの、彼女のドレスを手早く綺麗に修繕して見せるのであった

 

「よっし!これなら大丈夫そうだっ!っとぉ俺は人待たせてるからもう行くけど、姉ちゃんも早めに此処から立ち去っとけよ?もしかしたらさっきの連中が仲間を連れて戻って来るかもしんねぇかんなっ!」

 

こうして女性のドレスを修繕した戦治郎は、そう言うと何か言おうとしていた女性の事など目もくれず、すぐさま置いて来た大和がいるであろう場所に向かう為に走り出すのであった

 

その後戦治郎は無事に大和と合流し、先程置いて行った件を謝罪した後目的地であるカラオケボックスに入店し、時にはアニソンや特撮ソング、輝に付き合わされた事で知ったパチンコやパチスロなどで使用された曲や、音楽ゲームなどで使用された曲などを熱唱したり、時にはこう言った娯楽にやや疎い大和の少々拙い歌を静かに聴いたり、大和をリードしながら一緒にデュエットしたりと2人でカラオケを満喫し、丁度いい時間になったところで、大和と共に舞鶴鎮守府に帰るのであった

 

因みにカラオケを終えた後、代金の支払いの際に戦治郎と大和は互いに今回は自分が奢ると主張し、しばらくの間軽く衝突してしまったのだが、最終的には割り勘と言う形でその場を収めたのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、戦治郎達がカラオケを満喫していた頃……

 

「……まさかこんな所に転生個体だったかしら……?まあそんな感じの奴がいるなんてねぇ……。もしかしてあいつが、最近ニャルの奴がお熱になっている出雲丸 翔って奴……、ではなさそうね……。さっきの奴とニャルの話に出た奴とじゃ、雰囲気が全然違ったし……」

 

先程戦治郎に助けられた褐色肌の女性は、戦治郎の忠告など一切気にも留めていなかったのか、ついさっき男達に襲われた駐車場で、戦治郎が走り去った方角へと顔を向けながら、この様な事を呟いていたのであった……

 

「しかし……、まさか私が施した人払いの術を突き破って此処に来るなんて、中々とんでもない奴がいたものね……」

 

それから大して間も空けず、彼女はこの様に言葉を続けながら、先程戦治郎が修繕してくれたドレスの破けた場所に指を這わせ……

 

「ん……、ふ~ん……、この魂の残滓……、中々美味しいじゃない……。残滓でこのレベルだったら、彼の魂はさぞかし美味しい事でしょうね……。長門 戦治郎……、私の術を破った件といい、魂の味といい、興味深い存在の様ね……」

 

女性はドレスに這わせた指を妖艶な仕草で舐めると、この様な事を口にしながらニヤリと笑みを浮かべるのであった……

 

と、彼女がそんな事をしていると……

 

「いたぞっ!さっきの女だっ!!」

 

戦治郎が予想していた通り、先程彼女に絡んで来た男達が仲間を連れてこの場に戻って来た様で、先程の3人の内の1人が彼女の事を指差しながら、叫び声を上げるのであった……

 

「……あ~あ……、折角気分が良くなってたところなのに……。全くこいつらは命知らずも良いとこね……、さっき戦治郎に助けられたのは私では無く、貴方達の方だったと言うのに……」

 

それにより男達の存在に気付いた女性は、呆れた様子でこの様な事を呟き……

 

「まあいいわ、来ると言うなら相手してあげる……。外なる神であるこの私がねぇ……っ!!」

 

彼女はこの様に言葉を続けた直後、その背中から蝙蝠の様な翼を生やし、ゆっくりと宙に浮きながら女性の変貌を目の当たりにして驚く男達に視線を向け、それはそれは恐ろしい笑みを浮かべて見せるのであった……

 

尚、この男達はその日の正午頃、変死体となっているところを近隣の住民に発見され、その日の午後の京都のニュース番組を騒がせる事となるのであった……

 

これがニャルの話を聞いて翔に興味を持った事で地球にやって来た、ニャルや咲作、(ダークネス)無名の霧(ネームレス・ミスト)の従姉妹にあたる外なる神にして、後に轟沈した艦娘に成りすまし長門屋鎮守府に着任した後、大和など戦治郎に気がある女性達と、日々壮絶な戦治郎争奪戦を繰り広げる事となる、マイノグーラと戦治郎のファーストコンタクトなのであった……




マイノグーラ、本当は出さない予定だったのですが……

何かこうしたら面白そうと言う事で、急遽参戦する事になりました


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研修4日目

「午前中の出撃、お疲れ様でした~!」

 

\お疲れ様でしたー!/

 

「では今回の任務成功を祝して……、乾杯っ!!」

 

\カンパーイ!/

 

研修4日目、夏休みの前半に帰省していた艦娘達が用事を終えて舞鶴鎮守府に戻り始め、後半に休みを貰っている艦娘達が任務の合間を縫って帰省の準備を進めていく中、戦治郎と毅、大和や瑞鶴や由良、そして午前中に任務で由良と共に出撃していた数名の駆逐艦娘は、食堂にて戦治郎の音頭を合図に昼食を摂っていたのであった

 

因みに瑞鶴は出撃が出来ない立場上、残念ながらその任務には参加していないのだが、馴染みの面子と昼食を一緒に摂りたい事と、後は軽いノリでこの集まりに参加していたりする

 

さて、何故これを戦治郎が取り仕切っているのかと言うと、この日の任務には戦治郎も由良達と共に参加、出撃していたからである

 

この日の午前中、戦治郎達は舞鶴鎮守府の司令室で、いつもの様に大淀大将の仕事振りを見学していたのだが……

 

「毎日見学ばかりでは退屈だろうし、良い機会だから実際に艦隊の指揮を執ってみないか?何、私が傍でその様子を見て、何か問題がありそうな事をやりそうならば、すぐに止めるなり助言するなりする。……どうだろうか?」

 

不意に大将がこの様な提案をして来たのである

 

その直後、戦治郎は自分は横須賀鎮守府で既にやったからと言って大将の提案を断り、結果として毅が艦隊の指揮を執る事になったのであった

 

尚、毅がこの戦治郎の発言を聞いた際

 

「お前……、軍学入学前にそんな事してたのかよ……。道理で首席で入学出来る訳だよなぁ……」

 

「因みに俺が練習として指揮執ったのは横須賀の主力艦隊、あの長門やダブルドラゴンがいる艦隊なんやで?」

 

「クッソずりぃっ!!!お前現在の日本最強の艦隊で艦隊指揮の練習とか、贅沢にも程があんだろうがよぉっ!!!」

 

この様な事を呟き、それを聞いた戦治郎がニヤニヤしながら返事をすると、毅は心底悔しそうに叫び、その様子を見ていた大将と大淀は苦笑いを浮かべ、大和は楽しそうに毅を煽る戦治郎の様子を見て、それはそれはにこやかに微笑んでいたのだとか……

 

それからしばらくして、毅が何とか落ち着きを取り戻したところで、大将から任務の内容についての話があり、それを基に毅が戦治郎からアドバイスを貰いながら艦隊編成をしていたのだが……

 

「……なぁ、もしこの任務中に、この間の……、何だったっけか……?古のもの?あぁ、確かそんな感じだったよな……、そう言った連中が乱入して来たら、俺は一体どうしたらいいんだ……?」

 

不意に毅の頭の中に古のもの達や咲作の姿が浮かび上がり、つい恐怖と不安が混ざり合った様な声で、毅は呟く様にして戦治郎に向かってこの様な事を言うと……

 

「それについては安心しろ」

 

戦治郎は己の胸を強く叩きながら自信満々にこの様に返答し、それを聞いた毅が不思議そうな表情を浮かべていると……

 

「この任務、俺も艦娘達と一緒に出撃すっからなっ!あぁそうそう、今回の任務の編成には、空母や軽空、水母とかは入れなくていいぞ。空母達の仕事は俺んとこの鷲四郎って艦載機がやってくれっかんなっ!」

 

毅に正体がバレた事を切っ掛けに、舞鶴鎮守府内にいる間は変装しなくなった戦治郎は、毅に紹介する為に鷲四郎を出現させながら、彼の不安や恐怖を吹き飛ばすかの様な力強い声で、この様に言葉を続けたのであった

 

この言葉を聞いた瞬間、毅の中の神話生物への恐怖は消し飛んだのだが……

 

「それって……、俺がお前の命預かるって事になんのか……?」

 

「そうだよ~?ってな訳で、しっかりとした指揮を頼むぜっ!」

 

「おっまっ!!!変なプレッシャーかけてんじゃねぇよクソッタレッ!!!」

 

毅は戦治郎の返答を聞くなり想像を絶するプレッシャーに襲われ、思わず戦治郎に向かってこの様に叫ぶのであった……

 

その後戦治郎は出撃準備の為に司令室から退出し、舞鶴の艦娘達と戦治郎の命を預かる羽目になった毅は、司令室を退出する前に貰っていた戦治郎のアドバイスと、自身の傍に立ち先程のやり取りを見ていた大将の意見を参考にしながら艦隊を編成し、その結果戦治郎と共に出撃する艦娘は、戦治郎と面識がある由良と、彼女が訓練などの面倒を見ている、古のもの達との戦いに巻き込まれた事で、転生個体や神話生物にある程度免疫が付いているであろう駆逐艦娘達が選ばれる事となるのであった

 

尚この時、大和も戦治郎と共に出撃したいと申し出、それを聞いた毅が日本最強の戦艦艦娘の大和に指示を出せるかもしれない事に心を躍らせるのだが……

 

『もし今回の任務中、俺だけじゃ対処出来ない様な事態が発生した時の事を考えて、大和には安全な司令室に残っていてもらっておいて、俺の身に何かあった時はすぐに空達や祖父さん達を呼べる様にしておきたいんだ。此処で空達や祖父さん達に通信傍受しにくい護の回線使って連絡を入れられるのは、大和と雲龍くらいしかいない訳だが、雲龍の方は明日天城と交代する形で帰省する為の準備してるだろ?そんな雲龍にこっちの都合押し付ける訳にはいかねぇから、この大役を大和にお願いしたいんだが……、ダメか……?』

 

判断に困った大将が出撃準備を進める戦治郎に通信を入れ、この件について相談したところ、戦治郎はこの様に答えて大和の出撃を引き留めるのであった

 

尚、戦治郎のこの言葉を聞いた大和は、戦治郎と出撃出来ない残念さと戦治郎からの信頼を受けた喜びが合わさった様な、とても複雑な表情を浮かべていたのだとか……

 

それからしばらくして、大将から出撃命令を出された艦娘達が司令室に集まり、作戦に参加する事となった由良達は作戦概要を聞いた後急いで出撃準備を始め、出撃準備を終わらせると先に準備を済ませていた戦治郎と合流し、舞鶴鎮守府が引き受けた任務の中で、自分がこれ以上出しゃばり過ぎるのは良くないと言う戦治郎の言葉により、任務に参加する艦隊は由良を旗艦として舞鶴鎮守府を発ったのであった

 

因みに戦治郎はこの作戦中、先程の発言の通り由良達だけで如何にか出来そうな状況であれば、自身の行動は基本由良達を帝之型を使用して強化し、鷲四郎で制空権を確保するだけに留めており、戦艦や空母と言った軽巡や駆逐では対処が難しい相手が出て来た時に限って、対象を大妖丸でバッサリと斬り捨てたり、ヨイチさんによる集中砲火や対艦ライフルによる狙撃で容易く蹴散らしていたのであった

 

尚、その様子を由良の艤装に取り付けられたカメラで見ていた毅は……

 

「こないだあいつがあいつの爺さんと戦ってたの見た時思ったんだが……、あいつ滅茶苦茶強くね……?あいつが手にしてるガトリングとか、1発喰らっただけでル級が爆散してるよな……?」

 

「あれはヨイチさんと言って、長門さんが使っていた41cm砲を参考にして提督自らが生み出した物で、その1発1発が41cm砲と同等の威力を持っている、立派な戦艦主砲なんです。その形状からはとても信じられないと思いますが……」

 

「……転生個体やべぇ……、超やべぇ……」

 

記憶の片隅に残っている先日の出来事を思い出しながら、戦治郎の戦いぶりを目にした際の感想を口にし、それを聞いた大和がこの様な感じで戦治郎の武器を解説したところ、そう呟きながら頭を抱えてしまうのであった……

 

それからしばらく時間が経過し、毅の指揮の下特にトラブルも無く任務を達成した戦治郎達が舞鶴鎮守府に戻ったところで、時刻が丁度昼食の時間となった為、出撃していた戦治郎達と司令室に残っていた毅達、そして舞鶴の空母艦娘達に訓練をつけてもらっていた瑞鶴は食堂で合流した後、冒頭の様に任務成功を祝して祝杯を挙げていたのであった

 

そうして戦治郎達が昼食を摂っていたところで、不意に食堂の扉が開かれ、帰省する為なのだろうか、スーツケースを手にした1人の少女が片足を引き摺る様にして食堂の中へと入って来るのであった

 

「おっ?」

 

食堂の扉が開かれた事に反応した戦治郎が、何気なくそちらに視線を向けたところ、今しがた食堂に入って来た人物に見覚えがあったのか、思わず声を上げる。すると……

 

「おっ、いたいた。食事中にごめんね~」

 

戦治郎の声に気付いた少女……、普段舞鶴鎮守府の工廠で働いている北上は、そう言いながらスーツケースを引っ張りながら戦治郎達の席に近付いて来るのであった



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北上様、横須賀に立つ

「北上か、その恰好を見た限り、今から実家に帰るのか?」

 

「そうだね~、まあその前に『アレ』をやっておこうと思ってね~。んで、帰省ラッシュとぶつからない様にする為に、提督にお願いして私だけ昨日の休みを今日休みになる様に変えてもらったんだ~」

 

食堂にてプチ祝勝会を行っていた戦治郎達の下へやって来た北上に対して、戦治郎がこの様な質問を投げかけたところ、北上は過去の出撃で負傷し、後遺症が残ってしまった自身の足に目を向けながら、この様に返答するのであった

 

「戦治郎さん、『アレ』って?」

 

「『アレ』って言うのは、北上の足の治療の事だ」

 

「戦治郎さんの友達に、だいぶ時間が経った後遺症もパパっと治療出来ちゃうって言う、すっごいお医者さんがいるみたいでね~。私は横須賀鎮守府にいるって言うその人と会って、実家に戻る前にこの後遺症を治してもらおうと思ってるのさ」

 

北上の発言を聞くなり、食堂中の誰もが不思議そうな表情を浮かべる中、その代表と言わんばかりに瑞鶴が北上の言う『アレ』について戦治郎に言及したところ、戦治郎は簡潔に『アレ』について説明し、それに続く様にして北上がこの様な事を言うと、元々舞鶴のエース格であった北上と再び共に戦える事を確信した、食堂中の舞鶴の艦娘達が歓喜の声を上げ、北上が言うお医者さんこと悟と面識が無く、その腕前が信じられないでいる瑞鶴は、そんな中1人怪訝そうな表情を浮かべていたのだが……

 

「瑞鶴には鈴谷が患った世界レベルの難病を、たった1日で快癒してみせた奴って言った方が分かり易いか?」

 

「あぁ……、鈴谷がスーパードクターとか言ってた人か……」

 

戦治郎のこの一言を聞くなり、浜辺での訓練中に鈴谷からこの件について、センジローさんの友達は凄いと何度も聞かされていた瑞鶴は、そう言って納得した様な表情を浮かべ……

 

「悟さんの能力……、由良達と別れてから更にパワーアップしてません……?」

 

「そりゃおめぇ、あの後も俺達は大小含めてバカスカ怪我してたからな、悟の能力は使用頻度でパワーアップする性質を持ってるから、嫌でもパワーアップしちまうさ」

 

戦治郎と瑞鶴のやり取りを聞いていた由良が、やや驚きながら恐る恐ると言った様子で戦治郎に対してこの様に尋ねると、戦治郎はあっけらかんとした様子でこの様に返答するのであった

 

「っとぉ、話が脱線しちまったな。んで、俺のとこに来たのは……」

 

「いや~、特に深い意味は無いよ~。ただ単に、悟さんって人を紹介してくれた戦治郎さんに、行く前に一言挨拶でもしとこうかな~って思っただけ~」

 

「せかせか」

 

その後戦治郎と北上はこの様なやり取りを行うと、新幹線の指定席を取った為、そろそろ行かないといけないと言う北上に対して、戦治郎は念の為自身が悟宛てに書いた紹介状は持って行っているかを尋ね、北上が件の紹介状をスーツケースの中から取り出して見せて来た事を確認すると、笑顔で彼女を送り出すのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~……、ようやく着いた~……。いや~……、深海棲艦や転生個体と戦争してるって言うのに、こっちは相変わらず人が多いね~……」

 

後遺症によって不自由になってしまった己の足を引き摺り、その姿を周囲の人達から憐れむ様な目で見られながら、様々な乗り物に乗り継いでようやく東京駅に到着した北上は、戦時中で尚且つ裏社会では黒い取引などの犯罪が横行している世の中であるにも関わらず、艦娘ブームによって活気づいている東京の街並みを目にすると、思わずこの様な事を呟くのであった

 

「っと、東京の街並みを眺めるのはこのくらいにして……、確か提督の話だとこっちまで迎えが来てくれてるんだっけ……」

 

その後気持ちを切り替えた北上がそう呟いたところ……

 

「あっいたいたっ!!お~い!こっちこっち~!!」

 

不意に聞き慣れた声が北上の耳を打ち、北上がそちらの方へと顔を向けたところ、その視線の先には、北上がまだ後遺症を負う前、まだ戦場に出ていた頃に、演習で何度か戦った事がある横須賀鎮守府の飛龍が、北上に向かって手を振っていたのであった

 

「やっほ~飛龍さ~ん、こうして会うのは久しぶりだね~」

 

「ホント久しぶりよね~、まぁ、怪我して戦場に出れなくなってたんなら、仕方ないっちゃ仕方ないと思うけど……。でもまぁ、それも今日までって感じ?」

 

「だね~、これでもし本当にこの後遺症が治ったら、ハイパー北上様大復活ってところだね~」

 

飛龍の存在に気付いた北上は、ゆっくりとした動作で飛龍の方へと近寄り、互いに軽く挨拶を済ませると、雑談を交えながら飛龍と共に東京駅の駐車場へと向かうのであった

 

こうして飛龍の案内を受けながら駐車場をしばらく歩き、今から自分達が乗る車の所に到着し、件の車の運転席の方へと目を向けると……

 

「やっほー北上さんっ!待ってたよー!」

 

そこには飛龍の相棒である蒼龍の姿があり、北上の存在に気付いた彼女はそう言った後北上達に車に乗る様に促し、北上達もそれに従って蒼龍の自家用車であるトヨタの青いアクアに乗り込み、目的地である横須賀鎮守府に向かうのであった

 

さて、何故北上を迎えに来たのが、横須賀鎮守府の主力空母であり、『ダブルドラゴン』と呼ばれ恐れられているこの2人なのか……?舞鶴では雲龍と天城は前半後半に分かれて休みを取っていたのに、どうしてこの2人は揃ってこの場にいるのだろうか……?不思議に思ったこの疑問を2人にぶつけてみたところ……

 

「こう言った送迎なんかについては、本当なら陸軍の人達がやるところなんだけど……」

 

「生憎今、陸軍の人達は剣持大将主導の強化合宿をやってて、皆揃って山籠もりしてるみたいなのよ……。陸軍の人達、如何やら横須賀の乱の件で責任取らされる羽目になって、休みが没収されちゃったらしくてね……」

 

「んで、夏休み中なら鎮守府なんかに残る人の数も少ないから、最近元帥が設立した特警の人達だけでも問題が発生してもすぐに対処出来るだろうって事で、いい機会だからって剣持さんが強化合宿を大本営に提案したところ、それが可決しちゃって……」

 

「それで急遽元帥からのお願いされて、休暇中の私達は北上さんの送迎をやる事になったのよね~」

 

「2人が私を迎えに来てくれた理由は分かったけど~……、その様子だと2人揃って休み取った感じだよね?それって航空戦力的に大丈夫なの?」

 

「それについては無問題っ!!」

 

「今横須賀鎮守府には、翔鶴が残ってくれてるからねっ!!」

 

「ああ、ウチに来た雲龍さんと同じ、元ショートランド泊地の人だっけ?」

 

「そうそうっ!その翔鶴がホント凄くてね~……。翔鶴の調子がいい時とか、私達2人掛かりでも負けそうになる時とかあるくらいにね~……」

 

「愛の力って……、偉大よねぇ……」

 

「っとまぁそんな訳で、翔鶴のおかげで私達はこうして2人揃って休みが取れてる訳」

 

「なるほどね……、うん、納得したよ」

 

車を運転する蒼龍と助手席に座る飛龍は、この様な調子で事情を知らない北上に横須賀鎮守府の事情を話し、それを聞いた北上は納得した様に何度か頷き、この様に返事をするのであった

 

因みに翔鶴の件に関して、何故北上がアッサリ納得する事が出来たのかについてだが、それは舞鶴の工廠で北上が戦治郎と共に作業をしていた時、戦治郎から翔鶴が持つ艦載機についてや、それを自在に操れる翔鶴の腕前について事前に聞かされていたからである

 

こうして女性三人で姦しく雑談を交わしていると、あっと言う間に目的地である横須賀鎮守府に到着し、蒼龍達は北上を車から降ろした後、そのまま車で東京の方へ遊びに向かったのであった

 

「おぉ~……、此処は随分様変わりしてるね~……。特に艦娘寮とか、これ何処のリゾートホテルなのさ……?」

 

横須賀鎮守府に到着した北上が、鎮守府の入口で以前見た横須賀鎮守府の様子と今の横須賀鎮守府の様子を比較し、思わず感想を零していると……

 

「おめぇかぁ~?戦治郎の奴が言ってやがった患者ってのはよぉ~?」

 

不意に自身の前方から聞き慣れない声が聞こえ、すぐさま北上がそちらに視線を向けると、そこには不気味な笑みを浮かべた、少々胡散臭そうな潜水棲姫の姿があり……

 

「……あんたが戦治郎さんが言ってた悟さん……?」

 

怪訝そうな表情を浮かべる北上が、警戒しながらねっとりとした口調で喋る不気味な潜水棲姫に問いかけると……

 

「そうだぜぇ?この俺がぁ、おめぇのとこや佐世保にいるって言う元アムステルダム泊地の艦娘達やぁ、今はウチに所属している元横須賀の神通の後遺症を撲滅した医師、伊藤 悟ってモンなんだわぁ。っとぉ、おめぇ確か戦治郎から紹介状貰ってんだろぉ?治療する前に先ずはそいつを俺に見せなぁ」

 

悟はそう言って北上に紹介状を見せる様に促し、紹介状の事を知っているなら、この目の前の潜水棲姫こそが戦治郎の友人であると確信した北上は、悟に向けていた警戒を解きながら言われた通りに紹介状を悟に見せ、それを見た悟は1度頷いて見せた後、後遺症の治療を行う為に北上を医務室に案内するのであった



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横須賀鎮守府の今と北上の治療

飛龍達ダブルドラゴンの送迎で横須賀鎮守府に到着した北上は、彼女を出迎えてくれた悟と共に横須賀鎮守府の医務室へと向かっていたのだが……

 

「ねぇ……、悟さん……、ちょっと聞いていい……?」

 

「あぁ?何か気になるものでもあったかぁ?」

 

「あれ……、何……?」

 

北上は悟にその道中で不意に自身の視界に飛び込んで来た、それはそれは不思議な物体について思わず尋ねてしまうのであった

 

そんな彼女が目にした物体、それはまるでスライムの様にウニョウニョしたよく分からない物体で、それらは幾つかの群れを形成し、時々『テケリ・リ』と言う鳴き声の様な何かを発しながら、地面だけでなく建物の壁や屋根の上などを這いずり回っていたのであった……

 

「あぁ、ありゃ以前元帥の補佐官やってる燎って奴が、大会議の際にクトゥルフさんから貰った種から生まれたショゴスって神話生物だぁ」

 

「種……?神話生物って種から出来るの……?」

 

「恐らく種で繁殖すんのは、そうなる様に品種改良されたこのショゴス達くらいだろうなぁ。確か今年の春にわざわざ専用の畑を鎮守府の敷地内に作って、艦娘達主体で計画的に栽培を始めたんだがよぉ……」

 

北上の疑問に悟が答えている最中、恐らく食堂から出たのだと思われる生ごみが大量に入ったバケツを両手に持った、横須賀鎮守府に所属している駆逐艦娘数人が姿を現し、突然そのバケツの中身をそこら中を徘徊するショゴス達の前にブチ撒け、それに気付いたショゴス達は我先にと生ごみに群がり始めるのであった

 

「その種の成長速度がこちらの想定を遥かに超えてたみてぇでなぁ、植えてから半月もしねぇ内にガッツリ実って収穫する事になってなぁ、その収穫の様子が余程面白かったのか、駆逐軽巡連中が悪戯にその数増やす様になっちまってよぉ、今ではここの所属艦娘より数が増えちまって、こんな状況になっちまったんだわぁ」

 

「ふ~ん……、んでさぁ、あの子達がさっきブチ撒けた生ごみに、そのショゴスとか言うのが群がってるんだけど……」

 

「ありゃぁ餌やりだぁ、あいつらは食えるものなら何でも食うからなぁ。まぁ流石に工廠から出たスクラップなんかの金属類は無理みてぇだが、それ以外だったらさっき言った様に、何でも食うんだわぁ。実際、そこら中を這ってた奴等はよぉ、地面や建物なんかに付いた塵や埃、水垢やカビなんかの胞子とか食ってたんだわぁ」

 

北上と悟がショゴスについてこの様なやり取りを交わしていると、今度は突然食堂の方からゴキブリや鼠が数匹、何かから逃げる様に飛び出して来て、それから大して間も空けずして、それに続く様にして数匹のショゴス達が姿を現し、先程のゴキブリと鼠の追跡を開始し、最終的にショゴス達はゴキブリと鼠達に追いつき、それらを体内に取り込むと、まるで鼠達を酸で溶かす様に、ゆっくりと分解し始めるのであった

 

「……ショゴス達のおかげで、横須賀鎮守府はとても清潔になった感じ?」

 

「まあなぁ、ああやって病原菌のキャリアーになる害虫及び害獣の駆除もしてくれるし、ほっといてもおやつ感覚で鎮守府中の汚れを片っ端から食い尽くすしなぁ。あぁ、確か事務所の連中もよぉ、ごみ処理に掛かる費用が浮いたって喜んでやがったなぁ」

 

「神話生物って、確か転生個体以上の脅威って聞いてたんだけど~……、まさか此処では只の清掃員やってるとはね~……」

 

「そうでもねぇぜぇ?あいつら自分の身体を自在に変化させられるからよぉ、やろうと思えばショゴスに自分の影武者をやってもらうって事も出来れば、表面を硬質化させて盾として使う事も出来るんだぜぇ?まぁ後者の方は、やったら駆逐や軽巡の艦娘達……、後は長門の反感を買う事になるがなぁ」

 

「よりにもよって一番数が多そうな層や、艦娘の中で一番『力』持ってる人を敵に回す羽目になるのか……」

 

「長門がショゴスにここまで入れ込む事になるってのはよぉ、流石に俺や陸奥でも予想出来なかったんだよなぁ……。っとぉ、着いたぜぇ」

 

ショゴスの捕食シーンを目撃した後、北上と悟は再び医務室に向かって歩き出し、その最中にこの様な話をしていると、目的地である医務室に到着したのか、悟がそう言いながら目の前の扉を開き、北上を招き入れるのであった

 

 

 

 

 

こうして医務室に到着した北上は、悟に促されるまま診察台に腰を掛け、悟の診察を受けていると……

 

「「う~ん……」」

 

患者を寝かせる為に設置されたベッドがあるであろう医務室の奥の方から、2人分の微かな呻き声が発せられ、それが悟の診察を受ける北上の耳を打つのであった……

 

「今のは……?」

 

「あぁ、ありゃぁ俺と一緒に横須賀に残った、戦治郎のペットの太郎丸と弥七の声だわなぁ」

 

先程の呻き声が気になった北上が、不思議そうな表情を浮かべながら悟にこの様に問うと、診察を終えるなり早速翠緑を発動させ、北上の後遺症の治療に取り掛かった悟は、平然とした様子でそう言い放つのであった

 

「戦治郎さんの……?いや、今はそこはいいや。それより何かかなり苦しそうだけど……?」

 

「そう言う仕様らしいぜぇ?」

 

北上の問いに対して悟はそう答えるや否や、翠緑の使用を止めて医務室に設置された机の方へと向かうと、その引き出しの中から黒く淀んだ液体が入った小さな小瓶と、資料らしき数枚の紙を取り出し、北上に渡すとそれを読む様に促すのであった

 

さて、北上に渡された資料と小瓶の正体だが、それは転生個体の能力を強制覚醒させる効果がある、後に覚醒材と言う俗称が付く事となるゾア出汁が入った小瓶と、空、光太郎、望の3人が協力してまとめた護と輝のバイタルデータ、そしてゾア汁の取扱説明書なのである

 

「……えっと……、つまり奥の2人は……」

 

「まだ能力覚醒してなかったあいつらはぁ、この瓶の中身を薄めたモンを飲んで、そいつに書かれている通りにぶっ倒れたって訳よぉ。一応俺の方でも調べたんだがよぉ、その資料と同じで2人に特に異常は無かったんだよなぁ」

 

「そうなんだ……、っと、これ返すね~」

 

資料に目を通し終えた北上が、悟に向かってそう言うと……

 

「おぅ、ならこっちまで持って来やがれぇ」

 

北上が資料を見てる最中に移動したのか、机の傍にある椅子に腰掛けた悟は、北上に向かってそう言い放つのであった

 

「……えっ?もしかして……、もう治療は終わった……?」

 

「その質問の答えはよぉ、おめぇが資料をこっちに持って来たら答えてやらぁ」

 

悟の様子から何かを察した北上が疑問を口にすると、悟は御託はいいからと言った様子で、北上に自分の所まで来る様に促すのであった

 

それからしばらくの間、北上と悟が黙り込んだ事で医務室内には太郎丸と弥七の呻き声だけが鳴り響き、意を決した北上が診療台から立ち上がり、悟の方へと恐る恐ると言った様子で歩み寄ったその時……

 

(あれ……?うっそ……っ?!マジで……っ!?)

 

今まで思う様に動いてくれなかった足が、思った通りに動いてくれる事に驚いた北上は、思わず内心で驚愕の声を上げるのであった

 

そう、とても信じ難い話ではあるが、たったあれだけの時間で、この伊藤 悟と言う男は、長い事北上を……、いや、彼女だけでなく、彼女が後遺症を負う切っ掛けとなった大井までもを苦しめ続けて来た足の後遺症を、彼女達の呪縛を見事断ち切ってみせたのである……っ!!

 

その後も北上はゆっくりと悟の方へと、しっかりとした足取りで歩み寄り……

 

「問題無く歩ける様だなぁ、っとぉ、こいつを使いなぁ。これ以上大切な資料をグシャグシャにされちゃぁ敵わんからなぁ」

 

北上が自分の目の前まで来ると、悟はそう言いながら北上から資料と小瓶を受け取ると、今度は彼女に真っ白なハンカチを手渡すのであった

 

この時の北上は、悟の方へ歩み寄っている最中に、今まで自分達を苦しめ続けて来た後遺症が完治した事実を、実際に歩く事で実感した事で、歓喜の余り静かに涙を流し始めたのである。悟が渡したハンカチは、それを拭う為に手渡されたものなのである

 

「ありがとう……、本当にありがとう……っ!」

 

手渡されたハンカチで、止めどなく流れ出る涙を拭い始めた北上は、悟に向かって嗚咽混じりに感謝の言葉を述べる。それに対して悟は……

 

「礼を言われる様な事をした覚えはねぇんだよなぁ……、俺は俺の矜持の為に行動しただけなんだよなぁ」

 

只々ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった



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虎に翼

悟の治療が成功し、北上が今まで自身を苦しめ続けて来た後遺症と別れを告げ、その事実に思わず喜びの涙を流し始めてからしばらく時間が経過してからの事である

 

「取り乱しちゃってごめんね~、んで、このハンカチはどうしたらいいの?」

 

ようやく落ち着いたものの、未だに目を赤く腫らした北上が、自身の涙や鼻水でベチョベチョになってしまったハンカチを手に、そのハンカチの持ち主である悟に向かってこの様に尋ねると……

 

「そいつはこっちで処理しといてやるぁ、それともなんだぁ?後遺症完治記念として持って帰るかぁ?」

 

悟はこの様な事を言いながら、北上の手から汚れたハンカチを取った後、それを北上の前でヒラヒラさせながら、自身の手が汚れる事などお構い無しと言った様子で、ハンカチを手にする悟に対して若干引いている北上に対してこの様な質問をし、それを聞いた北上は、その表情を引き攣らせながら首を何度も横に振るのであった

 

尚、北上の様子から何かを察した悟は……

 

「こういう汚ねぇモンを触るのは、衛生上良くないってのは重々承知してんだけどよぉ、こちとら食中毒になった患者が診察中に吐いたゲロの処理なんかもやった事あるし、何より日本に来るまでの道中では、検死の為に死後数日経った死体に触ったりしてんだわぁ。それらと比較すりゃぁ、この涙と鼻水まみれのハンカチなんざ、まだまだ綺麗な分類なんだぜぇ?」

 

この様に言い放った後、いつもの甲高く気色の悪い高笑いを始めるのであった

 

その後、足の治療を終えた北上は、改めて悟に向かって礼を言って、医務室を後にしようとするのだが……

 

「「うぐぐ……、うぅ~ん……」」

 

此処で再び太郎丸達の呻き声を耳にし、それによって太郎丸達の容態が気になって来た北上は、思わずその足を止めてしまうのであった

 

「……ねぇ、これ本当に大丈夫なの……?」

 

「さっきも言ったがよぉ、この俺があいつらの事診察して大丈夫だと判断したんだぁ、ほぼ間違いなく問題ねぇだろうよぉ。なんだったら実際見てくかぁ?」

 

「うん、そうさせてもらうよ~。このままあの子達の安否も確認しないで実家に帰ったら、ずっとあの子達の事が気になって、夜も眠れなくなりそうだからね~」

 

その後北上と悟はこの様なやり取りを交わし、2人は医務室の奥にあるベッドで寝ていると言われている、太郎丸と弥七の様子を見る為にそちらの方へと移動し、通路とベッド及びベッド間を仕切るカーテンを開き、呻く2人の様子を見るのだが……

 

「……これ、どゆこと……?」

 

北上は今の弥七の姿を見るなり、怪訝そうな表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

北上は治療中の悟の言葉や、悟から見せてもらった資料から、太郎丸と弥七も戦治郎達と同じ転生個体であると察していたのだが、今彼女の目の前でベッドに横たわる戦艦レ級eliteの転生個体である弥七の身体は、何故か虎の様に縞模様が入った毛皮で覆われていたのであった……。少し厳密に言えば、毛皮に覆われているのは首から下の全身、首から上は毛皮では覆われておらず、その代わりに頬などには虎の縞模様の様なものが浮かび上がっていたのであった

 

「弥七の奴、気絶してるにも関わらず、能力を発動しちまったのかぁ?しっかしまぁ、まさか能力で生前の姿に近付くたぁなぁ……」

 

「えっ?生前の姿?」

 

「この戦艦レ級eliteの転生個体の弥七はなぁ、戦治郎がペットとして飼ってたベンガルトラだったんだわぁ」

 

「戦治郎さん……、何て生物をペットにしてんのさ……」

 

「細かい事情については戦治郎の奴に聞きなぁ、飼い主はあいつなんだからよぉ。っとぉ……、さっき生前の姿に近付いたって言ったがぁ、それは撤回するわぁ……」

 

相変わらず怪訝そうな表情を浮かべる北上が、弥七の身体の変化に気付くなり弥七の身体を調べ始めた悟とこの様な会話をしていると、弥七の身体を調べていた悟が不意にその手を止め、弥七をうつ伏せに寝かせながらこう言うのであった

 

悟の反応を見て、更に不思議そうな表情をする北上が、悟に促されるまま彼が指で指し示す先、弥七の背中に視線を送ると、そこには少々信じ難いものが存在しており、その存在に気付いた北上は、驚きの余り思わずその双眸を丸くするのであった

 

それは本来の虎には存在しないはずのもの、まるで鳥の羽毛の様な物が僅かながら生えていたのである……

 

「こりゃぁどう見ても鳥の羽毛だよなぁ……、まさか弥七の奴、翼が生えるとでも言うのかぁ……?まあ確かに、そんな諺が存在するがよぉ……」

 

「諺?」

 

信じられないものを目の当たりにして、北上が愕然としている中、悟はその顔を顰めながらこの様な事を言い、それに反応した北上は思わず悟に聞き返すのであった

 

「流石におめぇでも、『鬼に金棒』って諺は知ってるよなぁ?」

 

「流石にそれくらいはね~、確か元々強い人に更に力を与える、みたいな意味だっけ?」

 

「それと似た様な意味を持った中国の諺みてぇな奴に、『虎に翼』ってんのがあるんだわぁ」

 

「えぇ……?」

 

「まあ、今の段階じゃぁ弥七の能力の詳細なんざ分かんねぇからよぉ、詳細知るには弥七を叩き起こしてテストする必要があんだがぁ……」

 

「いや、流石にそれは可愛そうでしょ~……」

 

このやり取りの後、これ以上弥七の事を言及すれば、弥七が可哀想な目に遭うだろうと判断した北上は、これ以上弥七の能力については言及しない事にし、医務室を立ち去る事にするのであった

 

尚、弥七と同じ様に呻いていた太郎丸の方だが、見た感じ特に変化が見られなかった事と、弥七の変化が余りにもインパクトが強過ぎた事が運悪く重なってしまった為、あまり言及されなかった様である……

 

 

 

 

 

こうして無事に後遺症の治療を終えた北上が、医務室に向かった時同様、悟の案内で横須賀鎮守府の出入口へと向かっていると……

 

「あれ?あれって明石さん……?」

 

「あぁ、ありゃおめぇのとこにいる由良や天城や羽黒同様、元アムステルダム泊地の明石だなぁ」

 

その道中にて、北上の視界にトヨタのハイエースに荷物を積み込んでいる明石の姿が映り込み、北上が思わず疑問を口にすると、隣でそれを聞いた悟がそれに答える様に口を開くのであった

 

「一体何してんだろ?」

 

「見ての通り、引っ越しするんだろうよぉ」

 

「引っ越しって……、もしかして異動するって事?」

 

悟とこの様なやり取りをする中、北上は悟の返答を聞くと、只々内心で疑問符を大量発生させるのであった

 

あの明石が横須賀に着任してからすぐ、横須賀の工廠の技術力が大幅に向上し、その立役者であった明石の名は、瞬く間の内に国内の工廠関係者の間に知れ渡る事となった為、工廠で作業をしていた北上は彼女の名前も実力も知っており、だからこそそんな彼女が異動で日本海軍内で最も大きな拠点である横須賀を離れると言う事が、とても信じられなかったのである

 

さて、そんな北上が内心で疑問を膨らませていると……

 

「あっ!悟さんっ!!それにそちらの方は……、舞鶴の北上さんですか?!」

 

如何やら明石がこちらの存在に気付いたのか、荷物の積み込み作業の手を止め、2人に向かって声を掛けながら駆け寄って来るのであった

 

「え?あ~……、そう、私は舞鶴の北上だけど~……」

 

「やっぱりっ!!!いや~、1度お会いして話がしたいな~って思ってたんですよー!!かなり特殊なケースで工作艦になったにも関わらず、かなりの腕前を持っている方がいるって、噂になってるんですよー!!!」

 

その後、明石に名前が知られていた事に驚いた北上は、明石の勢いもあってかしどろもどろになりながら明石の質問に答える一方で、視線で悟に助けて欲しいと言うサインを送り……

 

「明石よぉ、幾ら会いたかった人物が目の前にいるからってぇ、流石にがっつき過ぎだろうがよぉ。北上の奴をよく見てみなぁ?おめぇの勢いに圧倒されて困ってんだろうがよぉ」

 

「あぁ、すみません……。つい……」

 

北上のサインに気付いた悟が明石を窘め、何とか明石を落ち着かせる事に成功するのであった

 

それからすぐ、北上が自身の中にある疑問を、明石に直接ぶつけてみたところ……

 

「実はですね、戦治郎さん達が佐賀に向かってからずっと、私は戦治郎さん達の力になる為に、元帥に直接お願いして長門屋鎮守府へ異動しようとしてたんですが、それが昨日遂に許可が出て、これから佐賀に行って長門屋鎮守府建設のお手伝いをする事になってるんですよー!」

 

明石はそれはそれは嬉しそうな表情を浮かべながら、声高らかにこの様に言い放つのであった



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長門屋鎮守府の仕事

「え……?戦治郎さん達のところに行くの……?横須賀を離れて……?」

 

明石の発言を聞いた北上は、驚きの表情を隠そうともせずに、明石に向かってこの様に聞き返すのであった

 

恐らく多くの者達が、明石の発言を聞こうものならば、北上と同じ反応をする事は想像に難しくない事であろう。何せ今の明石の発言は、海軍の関係者ならば誰もが憧れるであろう横須賀鎮守府所属と言う肩書を自ら捨て、過去に受けた恩義の為に辺境の土地に建てられる事となっている鎮守府に、嬉々として向かおうとしている様に受け取れるのである

 

確かに明石が戦治郎達から受けた恩は相当なものなのであろうと、その辺に関して元アムステルダム泊地所属だった由良達から話を聞いていた北上は、その部分についてはある程度理解を示した

 

だが、これだけはどうしても納得出来ないと言うところが、北上の心の中に存在していたのであった

 

それは幾ら日本中に名の知れた工作艦である明石と言えど、技術力お化けが集まる長門屋鎮守府で上手くやっていく事が本当に出来るのだろうか?そんな長門屋鎮守府に彼女の居場所はあるのだろうか?もしこれで彼女が戦治郎達の技術力に追いつく事が出来ず、惨めな思いをするくらいならば、いっそ長門屋に次ぐ戦力を保有する横須賀に留まり、横須賀の艦娘達の為にその技術力を遺憾なく発揮する方が、海軍的にはいいのではないか?と、北上はそう思ったのである

 

「北上よぉ、おめぇさんは俺達の事情について、戦治郎から何も聞いてねぇのかぁ?」

 

「事情……?いや~、戦治郎さんからは悟さんの事と、長門屋の技術力とそれに関わる事について、後は今の世界情勢をちょっと聞いたくらいだけど……」

 

「なるほどなぁ……、戦治郎の野郎、如何やら北上には大して関係無い話だろうって事で、この辺の事情について北上に説明すんの省きやがったなぁ……」

 

そんな北上の様子を見て、彼女が考えている事をある程度察した悟が、確認の為に北上に向かってこの様な事を尋ね、相変わらず頭の上に疑問符を浮かべる北上がこの様な返答をしたところ、悟は右の掌で自身の顔を覆い隠しながら、やや呆れ返った様な声でこの様な事を呟いた後、資金繰りや出撃制限以外に長門屋が抱えている問題について、北上に話し始めるのであった

 

「長門屋鎮守府ってとこはなぁ、慢性的なマンパワー不足に陥る事が確約されちまってる鎮守府なんだわぁ」

 

「マンパワー不足……?」

 

「あぁ、ウチの鎮守府にはなぁ、他の鎮守府や泊地なんかには無ぇ様な仕事もやる義務みてぇなモンがあるんだわぁ」

 

悟がこの様に語る通り、長門屋鎮守府には通常任務以外にも、やらなければいけない仕事が数多く存在するのである

 

代表的なもので言えば、長門屋の料理長である翔がトップとして君臨する、神話生物対策本部が挙がる事だろう。しかし、これ以外にも戦治郎達が艦娘ランドの経営権を手に入れる為に了承した、特殊な任務が存在しているのだ

 

先ずは剛が率いる特別警察隊、通称特警隊の裏の仕事である

 

特警隊は言わば憲兵隊の海軍ヴァージョンになるのだが、長門屋の特警隊には九州エリアにもしかしたらいるかもしれない、桂島提督の影響を受けたブラック鎮守府を、世間にバレない様に秘密裏に発見、調査する任務が与えられており、その内容が余りにも度が過ぎていると判断出来るのであれば、元帥の名の下にその場で問題を起こしている提督を殺処分する様に言われている、言わば対ブラ鎮用暗殺部隊としての任務も請け負っているのである

 

これは日本帝国海軍の体裁を保つ、かなり大事な仕事の1つなのだが、明石はあまりこの件については関係が無い為、細かい説明は今のところは省かせてもらう

 

長門屋のマンパワー不足云々が関わって来るのは、もう1つの特別任務である『大規模任務前の下準備』の方なのである

 

「最近の純粋な深海棲艦達はよぉ、俺達転生個体を強く警戒してるせいなのかなぁ、以前とは比較にならねぇ規模の艦隊を編成しているらしくてなぁ、今まで通りに各鎮守府から大規模作戦に参加する艦娘を選出して、普通通りに艦隊を編成して出撃させると、連合艦隊であろうとほぼ間違いなく轟沈者が出るだろうと、上層部の方では予測されてんだわぁ」

 

「一応、妖精さん達が作った羅針盤に従って作戦を実行すれば、こちらの被害を最小限に抑える事が出来るのですが、それをやっちゃうと作戦期間がどうしても長くなってしまっちゃうんですよ~……。そうして長期戦に持ち込まれてしまうと、自国で資源をあまり採取出来ない日本は、ものすっごく不利になってしまうんですよね~……。この辺については、確か長門さんがミッドウェーの作戦報告書に書いてたはずですから、大淀大将にお願いしてそれを見せてもらえば、深海棲艦との資源保有量の差を、嫌でも思い知らされると思います」

 

「この事態を重く見た日本海軍はなぁ、過剰過ぎる戦力を保有する俺達に目をつけてなぁ、大規模作戦前の露払いをする様にって言って来たんだわぁ」

 

「悟さんは露払いって言ってますけど、実際はもっとハードな内容になりますね……。相手の艦隊を誘き寄せて殲滅して頭数を減らすだけでなく、作戦に参加する艦娘達をサポートする為に、作戦海域内部に侵入して、迅速に前線基地や航空基地の建設する様にとも言われてるんですよね~……」

 

「この辺は此処の再建に参加した輝の実力を見て、上層部がウチなら問題無く出来るだろうって判断した事で、条件に追加したみてぇだがなぁ。まぁ尤もぉ?北上はさっき資料見てっから分かると思うがよぉ、能力覚醒のおかげで輝がパワーアップした関係で、建設に関しては全く問題にはなりそうにはねぇんだが……」

 

『大規模任務前の下準備』について、北上に対して悟と明石が説明している中、悟が話している最中に言葉を詰まらせて見せ……

 

「その建物に駐屯させる裏方さん達も、戦治郎さん達のとこから出せって言われた……?」

 

「それだけじゃねぇ、基地を防衛するメンバーもこっちから出せって言われてんだよなぁ」

 

「うわぁ……」

 

これまで静かに話を聞いていた北上が、その中で何となく思い至った予想を口にしたところ、悟は不快そうに顔を顰めながら北上の予想の上をいく返答をし、それを聞いた北上は、日本海軍のやり口に思わずドン引きするのであった……

 

「確かに戦治郎さん達は、何度も日本海軍の助けになる様な事をしているんですけど、転生個体である関係で実際に助けてもらった当事者の皆さん以外からはあまり信用されていなくて……」

 

「だったら無垢な新人からサポート要員を引っ張ってくればいいと思うだろうがよぉ、軍学校を出たばっかのド素人がよぉ、迅速な作業が大量に要求される様な現場で、即戦力になるとは思えねぇんだよなぁ……。そもそもよぉ、大規模作戦中最も熾烈な戦いが展開されると予想される戦場によぉ、ペーペーが好き好んで来てくれると思うかぁ?拠点内にいても敵の襲撃が容易に予想出来てなぁ、常に死と隣り合わせで安心出来そうにない様な場所によぉ、戦いの『た』の字も知らなかった様な輩が来てくれると思うかぁ?」

 

「……顔を真っ青にして、全力で首を横に振る新人整備兵の姿が、即座に思い描けたよ……」

 

こうして明石と悟からの追撃を受けた北上は、その内容に思わず頭を抱えてしまうのだが、悟達は北上に更なる絶望を与える様な言葉をその口から放つのであった……

 

「更に言えばよぉ、ウチの工廠関係者はなぁ、殆どが主力格である都合、どうしても誰かが戦場に出る羽目になるんだよなぁ」

 

「特に戦治郎さんの場合、司令官と言う立場がある関係で、大規模作戦中はよっぽどの事が無い限り、戦場に出る事も工廠の手伝いに入る事も出来ないみたいなんですよね~……」

 

「余所からの応援も期待出来ない、状況的に新人は使えそうにないし、そもそも来てくれるかも疑問、更には現存の裏方からも戦力を割く必要がある……、これに鎮守府に戦力を残す事も考えなくちゃいけないから……、うん、どう足掻いても人員不足になっちゃうね~……」

 

「俺達の仕事はよぉ、どれだけ出来たかで作戦の成功率が大きく上下されちまうからよぉ、どうしても中途半端な真似は出来ねぇんだわぁ」

 

「こう言った事情があるので、渋々ではあるけど元帥は私の異動を了承したのかもしれませんね」

 

こうして3人は長門屋が抱える問題の1つである、マンパワー不足についての話を終わらせるのだが……

 

「それにしても……、ようやく龍神様のお膝元で仕事出来るのか~……」

 

「龍神様……?」

 

ふと思い出したかの様に明石がこの様な事を呟き、その言葉の中にある『龍神様』と言うワードが気になってしまった北上は、思わず明石にこの様に聞き返すのであった

 

「龍神様ってのはなぁ、俺達のダチである石川 空の事なんだわぁ」

 

「あぁ~……、確か瑞鶴のお姉さんである、翔鶴さんを攻略しちゃった人だっけ……?」

 

「……戦治郎の奴ぁ、自分の親友の事をどういう風に説明しやがったんだぁ……?まぁそれで合ってるがよぉ……」

 

その直後、悟が龍神様の正体について北上に教え、それを聞いた北上の返答を聞くと、何とも複雑そうな表情を浮かべながら、この様な事を呟くのであった……

 

「空さんは南方海域で非常に困難な任務(Nの殲滅)を達成した事や、戦場で何ともロマンチックな事(翔鶴攻略)をやって見せた事、そして横須賀鎮守府の工廠の更なる発展に貢献した事で、繰り出す【技】に龍が関係しているものが多い事から、作戦成功と技術力向上、更には武術と縁結びを司る神様、龍神様として横須賀鎮守府内で祀られているんですよ~。因みに御社は元々工廠内にあった、空さんの居住スペースがそうだったんですが、最近になってその居住スペースを丸々移設した、もっとしっかりした御社が建てられたんですよ~」

 

「実際、遊び半分で恋愛祈願した艦娘が、マジで横須賀鎮守府の職員と結婚して寿退役したり、会議の為に来ていた提督が作戦成功祈願したところ、2階級昇進する程の功績を上げたり、工廠連中が技術力向上祈願をしてみたら、戦治郎達の手を借りずに新しい技術を生み出したりとよぉ、ガチでご利益があったらしいぜぇ?」

 

「えぇ……?」

 

こうして悟達から龍神様の事を聞いた北上は、その内容に大層驚き、思わず愕然としてしまうのであった……

 

その後、明石がハイエースに自分の荷物を積み終え、横須賀の乱の際に光太郎達が使用した高速道路を使って、目的地である佐賀県に向かおうとしたところ

 

「どうせだぁ、北上も途中まで乗せてもらってったらどうだぁ?用件終わったから帰るつもりだったんだろぉ?」

 

悟のこの一言により、北上は明石のハイエースで東京駅まで送ってもらい、そこから実家に帰ると、自分の両親に後遺症が治った事を報告した後、艦娘として再び戦場に戻るつもりでいる事を伝えるのであった

 

 

 

 

 

因みに北上を見送った悟だが、この直後に戦治郎から通信をもらい、食堂で戦治郎と北上のやり取りを聞いていた毅の妹の足の治療を依頼され、正月休み中に京都に向かい、毅の妹の足の治療を行う事を戦治郎と通信を変わった毅と約束するのであった

 

「やれやれぇ……、この世界での俺の需要って奴はよぉ、どんだけ高ぇんだぁ……?」

 

こうして通信を終えた悟は、ニヤニヤしながらこの様な事を呟くのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、悟は大声で悟の名を叫びながら自身の方へ走って来る、レ級の尻尾が生えた大きな虎に撥ね飛ばされるのだった



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大将と大淀

北上が足の後遺症の治療の為に、悟がいる横須賀鎮守府に向かったその日の夜……

 

「大和君、済まないが少し長門君を借りて行くぞ」

 

戦治郎はそう言い放ちながら突然自分達の部屋にやって来た大淀大将に、半ば強引に連れられる形で、大将と一部の艦娘の強い要望によって舞鶴鎮守府内に建てられたBARへやって来ていたのであった

 

「突然済まないな、酔ったバタケから度々君の事を聞かされていて、君とはサシで飲みながら話をしたいと思っていたんだ」

 

「バタケって元帥の事ですよね?ちょっち元帥が俺の事どう言っていたのか気になるとこですが……、まあそれは置いておいて、俺の方も大将に色々と聞きたい事があったので、特に迷惑だ~!なんて思っちゃいませんよ」

 

戦治郎をBARに連れて来た大将の言葉に対して、戦治郎がこの様に返答したところ、大将は「そう言ってくれると助かる」と答えた後、すぐさまバーカウンター内にいるバーテンダーとして働いている給糧艦娘に声を掛け、2人で飲み交わす酒を注文し始めるのであった

 

それからしばらくして2人の下に注文した酒が出て来ると、どちらともなくグラスを差し出すような形でグラスを軽く打ち鳴らして乾杯し、揃って出された酒で喉を潤した後、他愛もない雑談を始め……

 

「戦治郎君……、1つ君に頼みたい事がある……」

 

その後何度かグラスを空にした為酔いが回って来たのだろうか、不意に大淀大将が戦治郎の事を名前呼びでこの様な言葉を口にした

 

この時戦治郎は、自身が一番大将に質問したかった事である、海軍の現状についての話があるのだろうと思い、神妙な表情を浮かべながら大将に向かって静かに頷いて頷き返すのだが……

 

「私の孫である聡子を……、君にはウチの任務娘の大淀と言った方が分かり易いか?その聡子を嫁としてもらってくれんか……?」

 

「大将~?アナタ唐突に何言ってんですか~?」

 

大将の言葉を聞いた途端、戦治郎は驚くと同時に拍子抜けし、思わず現在座っている椅子から転げ落ちそうになるのだが、何とか気合いで姿勢を維持し、直後に大将に向かってそう言い放つのであった

 

それからすぐ、大将は自分と大淀の事について、何処か悲し気な表情を浮かべながら、とつとつと話し始めるのであった……

 

大将の話によると、大淀の父親は大将と同じ海軍の将校だったらしいのだが、とある大規模作戦が行われている最中、深海棲艦による本土奇襲を受けた事で亡くなってしまったらしく、そのショックで精神を病んでしまった大淀の母親は、大将達に大淀を預けた後、夫の後を追う様にして自ら命を絶ってしまったのだとか……

 

「この事を知った聡子は、当初は余程悲しかったのか、両親の事を思い毎日の様に泣いていたな……。それから長い月日が経ったある日、聡子は私達夫婦に艦娘になると言って来たのだよ……。その時私達は、聡子にどうして艦娘になろうと思ったのかについて尋ねたのだが、聡子は只々その当時から提督として艦娘達を率いていた私の手伝いがしたいからだと言って、その真意を自分の口から話そうとはしてくれなかったのだよ……」

 

「真意と言うと……」

 

大淀が艦娘になった経緯について、自分が知っているだけの事を戦治郎に話し終えた大将が、酒が入ったグラスを呷ってグラスの中身を空にしたタイミングで、訝しむ様な表情を浮かべ、呟く様にして戦治郎が大淀の真意とやらについて尋ねたところ……

 

「恐らく両親の仇討ちだろう……、この位の事は長い事親代わりをしていた私達にはすぐに分かったさ……」

 

新たな酒をバーテンダーから受け取りながら、大将は自身が予想する大淀の真意について、この様に語るのであった

 

「この界隈、ホント復讐鬼が多いな……。まあ……、その気持ちは分からんでもないがなぁ……。っつか、確か艤装の免状取得の際、そう言う事企んでる奴とかは免状貰えないんじゃなかったか……?」

 

「その辺りは広く知れ渡っているところだからな、そう言った輩は免状を取りに行く前に、己のそう言った感情を覆い隠す技術を身に付けて来るのだろうな……。それ以外にも、家族などを喪失する以前に、艤装の免状を取得しているケースなどもある様だ……」

 

「Oh……」

 

その後、戦治郎が思わずボソリと口にした疑問に対して大将がこの様に答え、その言葉を聞いた戦治郎はそう呟くと、複雑そうな表情を浮かべながらグラスを口に付け、その中身をほんの少し口に含み、喉の方へと流し込むのであった

 

因みに戦治郎の酒は、この飲みが始まってから大して減ってはいない。何故なら、あまり調子に乗って飲み過ぎてしまうと、翌日菊門が大変な事になってしまう事を知っているからだ……

 

「そんな聡子も誰かと結婚して幸せな家庭を築ければ、多少復讐心が紛れるのではないかと思い、あのバタケが見どころがあると言っていた君に、こうして頼んでいる訳なのだが……、どうだろうか……?」

 

「その理屈は何となく分かります、でも頼む相手間違えてません?性別は精神が男なので記録上男にしてもらってますけど、本来俺は見た通り深海棲艦の戦艦水鬼……女性に分類されてる身体の持ち主ですよ?ここは普通、身も心も男である毅とかに頼むとこじゃないんです?」

 

「普通に考えればそうなのだが……、彼はまだ未熟で、正直頼りないところがあるからな……。それに君ならば、聡子にどんな不幸が襲い掛かろうとも、あらゆる手段を用いてそれらを打ち払えるだろうと、この間の君と君のお祖父さんとの戦いを見て、そう確信したのだよ」

 

「あらやだ、俺ってばそんな風に見られてたの……?俺あの時の記憶、全然ないんだけど……?」

 

それからしばらくの間、戦治郎と大将はこの様なやり取りを交わすのだが……

 

「済みません大将、やっぱ俺は大和の事を裏切れないので、そのお願いはお断りさせてもらいます」

 

戦治郎がそう言って大淀との結婚の件を断ったところ、大将はそれはそれは残念そうな表情を浮かべながら、再びグラスの酒を煽り……

 

「そうか……、まあ断られてしまう気はしていたがな……」

 

ポツリと呟く様に、この様な事を口にするのであった

 

それからすぐに、戦治郎がこの暗い雰囲気を何とかする為に、結婚の話が出る前にやっていた雑談を再開した事で、何とか場の空気を和らげる事に成功したのだが……

 

「出来れば軍に在籍している間に、聡子の花嫁衣裳を見たかったな……」

 

思い出したかの様に大将がこの様な事を呟いた事で、場の空気はまたおかしくなりそうになったのだが……

 

「軍に在籍している間にって、それはどういう事ですか?」

 

「ああ、そう言えば言っていなかったな。私は今年の春頃を目処にして、日本帝国海軍から身を引こうとしているのだよ」

 

先程の大将の呟きに対して、戦治郎がこの様な反応を見せ、それに大将がこの様に返答した事で、場の空気は先程とは違う方向でおかしくなってしまうのであった

 

大将が言うところによると、転生個体や神話生物の介入によって、この世界の状況が目まぐるしく変化しているにも関わらず、人類と深海棲艦だけが戦争をしている状況から変化が無さ過ぎる帝国海軍に愛想を尽かせたと同時に、何時までも自分達の様な輩が、軍の上層部を取り仕切るのは軍の為にならないと、そう考えたからなのだとか……

 

「今の状況を打開するには、今の状況をしっかりと把握している、若い世代の力が必要不可欠ではないかと、そう思ったからこその退役なのだよ」

 

「……もしかして俺に大淀と結婚して欲しいって言って来たのは、そこらの事情も絡んでたリするんです……?」

 

大将がこの様に言って言葉を締めた後、戦治郎が今までの話を聞いて来て疑問に思った事を口にすると、大将は静かにコクリと頷いて見せるのであった……

 

「先程復讐心が紛れるやら、花嫁衣裳を見たかったと言ったのも本音だが、もしかしたら今でも復讐心に囚われてしまっているかもしれない聡子を、君以外の人間に任せる様な事になれば、大変な事になりかねない恐れがあるのだよ……。最悪の場合、聡子は任務娘と言う立場を利用し、作戦についての助言と称して他の提督を唆し、事情を知らない提督を自身の駒に仕立て上げ、自分の復讐を実行しようとするかもしれん……。それだけ聡子は、優秀な頭脳を持った娘なのだよ……」

 

「そいつは野放しには出来ねぇな……、下手したら海軍内部が大混乱しちまいそうだ……」

 

大将の言葉を聞いた戦治郎は、背中にそれはそれは冷たい何かを感じ、身震いしながらこの様な事を口にするのであった……



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大和の夢と大淀あれこれ

大淀大将と大淀の事をどうするべきかについて、BARで深夜になるまで話し込んでいた戦治郎が、恐らく既に就寝しているであろう大和を起こさない様に、注意しながら自室に戻ったところ……

 

「提督、おかえりなさいませ……っ!」

 

そこには自身のベッドの上に腰掛け、眠い目を擦りながらも戦治郎の帰りを待っていた大和の姿があったのであった

 

「おっま……、俺の事待ってたのか……?そんな無理せず先に寝てて良かったのによぉ……」

 

「それが……、少し前までは提督の言いつけ通り、大和はベッドで寝ていたのですが……、少し嫌な夢を見てしまいまして……」

 

そんな大和に向かって、大和の隣に腰を下ろした戦治郎が、少々困った様な顔をしながらこの様に尋ねると、大和はその表情をやや曇らせながらこの様に答えるのだった

 

「嫌な夢?」

 

「はい……、細かい事までは覚えていないのですが……、提督が大和の下を去ってしまう……、そんな恐ろしい夢を見たんです……。それからずっと、もしかしたら提督が大将との飲みの後、提督が此処に戻ってこないのではないかと不安になってしまいまして……」

 

(これって……、大将から大淀と結婚してくれとか言われた事が関係してるのか……?まさかな……?)

 

大和が見たと言う夢について、戦治郎が不思議そうな表情を浮かべながら尋ね、相変わらず不安そうな表情を浮かべる大和がこの様な返答をすると、戦治郎は大和の勘の鋭さにやや驚きながら、内心でこの様な事を呟くのであった

 

「っと済みません、急に変な事を言ってしまって……。それで、提督は大将と一体何をしてらしたのですか?」

 

「あ~……、それなんだが……」

 

その後、我に返って戦治郎に謝罪を入れた大和が、戦治郎に大将と何をしていたのかについて尋ねたところ、戦治郎はばつの悪そうな表情を浮かべ、後頭部をポリポリと掻きながら、大和に先程BARで大将と話していた事を、大淀の件について話し始めるのであった

 

当然の事ながら、その中で戦治郎は大将から大淀と結婚して欲しいと言われた事も、大和には嘘は付けないと言う一心から正直に話し、それを聞いた大和は先程の不安が的中したとばかりに、絶望感の余りその顔から感情を消失させてしまうのだが……

 

「安心しろ大和、その件はちゃんと断っておいたから。おめぇの事を裏切れねぇっつってな」

 

「提督……っ!」

 

そんな大和に対して、戦治郎がこの様な言葉を掛けながら、彼女の肩に手を置き優しく抱き寄せると、大和はそう呟きながら安堵の表情を浮かべるのであった

 

それからすぐに、戦治郎は大将がどうして自分にこの様な頼みをして来たのかについて、そして大淀はもしかしたら裏で何かを企んでおり、それが原因で帝国海軍内で混乱が発生する可能性について、戦治郎の体温を感じる事で、幸せそうな表情を浮かべている大和に向かって話したところ、事の重大さに気付いた大和はすぐさまその表情を引き締め、真剣に戦治郎の話を静かに聞き始めるのであった

 

「もし大将が睨んでいる通り、大淀が過激な思想を持っていた場合、海軍の穏健派派閥が見る見るうちに強硬派的な思想に塗り替えられ、その影響で強硬派の声が大きくなっちまったら、最悪帝国海軍はリチャードさん達のとことも戦わなくちゃいけなくなっちまう可能性が出ちまうんだよな……」

 

「こちらの強硬派は、深海棲艦は全て敵だと言う認識ですからね……。そうなってしまうと、提督達の頑張りも水泡に帰す結果となるだけでは留まらず、多くの犠牲が出てしまう危険性がありますね……」

 

「まあ強硬派の連中の気持ちも、ウチに復讐鬼が数人いるからある程度は分かるんだが、リチャードさんだけでなく、ウチの祖父さんや咲作さんも所属してる穏健派連合まで敵視すんのは非常によろしくねぇんだよなぁ……。だからって強硬派を根絶やしにする訳にはいかん、そうなると穏健派が内部で緩やかに腐敗しちまうからなぁ……」

 

「バランスが大事、と言う事ですね……」

 

「そそ、話し合いってのは反対意見で内容を研ぎ澄ました方が、いい内容になる事があると思うかんな。その関係で今回の大淀の件は、そのバランスを崩しかねない厄介な問題になっちまう訳よ」

 

ある程度戦治郎が大和に今回の大淀の件について話したところで、大和も自分の考えを口にするようになり、2人はしばらくの間この件について話し合い、その結果取り敢えず先ずは、大淀と気軽に話が出来る様な関係を築き、最終的には護達にも協力してもらい、様々な方向から大淀が何をしようとしているか探る事にしようと言う結論を出し、その後2人は同じベッドで眠りに就くのであった。また先程の様な夢を見るのではないか?と、夢に怯える大和を落ち着かせる為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして一夜が明け、戦治郎達がいつもの様に朝礼を済ませ、いつもの様に研修を行おうとしたその時……、呼んでもいないのに地獄がこっちにやって来る……

 

「前半組だけ儂らの特訓を受けたと言うのも不公平じゃし、後半組が揃ったであろう今日この日っ!後半組にも特訓を受けてもらうぞっ!!!」

 

「ルールは前回と大体同じで、油断しとるとワシがすぐにひん剥いてしまうぞーっ!!!」

 

そう、夏休み前半に休みを取っていた艦娘と、後半に休みを取っている艦娘の入れ替わりが終わった研修5日目のこの日、一体何処からその情報を聞きつけたのか分からないが、艦娘達に地獄の対神話生物戦の特訓を行う為に、正蔵と咲作が再び舞鶴鎮守府にやって来たのだ……

 

尚後半組の艦娘達は、大将が撮影していた前半組の特訓の様子を記録したビデオを見せられていた様で、正蔵の発言を聞くなりその表情を青褪めさせていたりする……

 

「因みに今回も大和と瑞鶴、大淀には特訓に参加してもらうぞ。後半組にお前達の立ち回りを見せ、参考にさせる為にのうっ!」

 

「それと戦治郎、お前も今回は儂ではなく咲作を相手にしてもらうぞ。お前は神話生物と戦う機会が多そうじゃからな」

 

この1人と1柱の発言を聞いた大和達もまた、前回の戦いを思い出してしまったのか、思わずその表情を引き攣らせてしまうのだが……

 

(大淀も参加すんのか……、これってもしかしたら大淀との距離を縮められるチャンスになるんじゃね……?)

 

そんな中戦治郎だけが、内心でこの様な事を呟きながら、小さくガッツポーズを決めるのであった

 

(正直、前回は鬼帝之型発動させて祖父さんと戦り合ってたもんだから、その時の記憶が完全に吹っ飛んでて咲作さんの動きは大将のビデオで見た分しか分かんねぇから、ちょっち不安なところがあるが……、まあなる様になるだろうよっ!)

 

その傍らで、初めて外なる神を相手にする事になった戦治郎は、内心では多少不安を感じながらも、そんな事は一切おくびにも出さず……

 

「聞いたかおめぇらっ!!!今回は俺も参加する事になったっ!!!俺の方もおめぇらが簡単にひん剥かれない様に頑張っから、おめぇらもすぐにひん剥かれない様に気合い入れていけよっ!!?」

 

\りょ、了解っ!!/

 

咲作に怯える舞鶴の艦娘達や大和達に檄を飛ばして立ち直らせ、艦娘達の返事を聞いて1度だけ小さく頷いて見せると、すぐさま神帝之型を発動させ戦闘態勢に入るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな戦治郎と艦娘達の様子を見ていた大淀は……

 

「彼が言葉を口にした瞬間、恐怖に立ち竦んでいた艦娘達が我に返り、無謀だと分かっていても、咲作さんに立ち向かおうと言う意思を持ち始めましたね……。もしかしたら、この人は私の計画に使えるかもしれませんね……」

 

値踏みする様な目で戦治郎を見据えながら、誰にも聞こえない様な小さな声でそう呟くのであった……



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演習の様子をザックリと・・・・・・

ジジーズ主催の演習に参加する事となった戦治郎達であったが、その結果を述べるとするならば、それは戦治郎達の惨敗と言う形で終わりを迎えたのであった

 

その演習において、確かに戦治郎個人は外なる神である咲作相手に、神帝之型を使用する事で使用可能な自然災害を自在に操る力を用いる事で、それなりに攻撃を凌ぐ事は出来たのだが、如何せん多くの艦娘達が咲作の攻撃に対応する事が出来ず、割とアッサリと全裸に剥かれてしまっていたのである……

 

尤も、咲作の攻撃に対応する事自体、前知識だけでなくある程度の経験も無ければ極めて困難である為、こうなってしまうのは仕方が無い事ではあるが……

 

因みに咲作がどの様な攻撃を行ったかと言えば、初手は正蔵の入れ知恵なのだろうか、艦隊の目となる空母や水母を狙って腕から触手を伸ばすと同時に、足裏からも触手を伸ばして潜水艦達にも攻撃を加えたのである

 

これにより前回の演習を経験していた瑞鶴と、雲龍から話を聞いていた天城の2人を残して空母と水母の艦娘達が壊滅し、海中の触手の餌食となってしまった多くの潜水艦の艦娘達も、触手に捕まった状態で海上に引きずり出された後、まるで海上の艦娘達に見せつけるかの様に、ゆっくりと身に纏う水着を分解され、一糸纏わぬその姿を晒す羽目になってしまうのであった

 

尚、触手の被害を免れた潜水艦達がいる理由だが、それはアンカークローに内蔵された2種類のソナーが、海中の触手の存在を感知する事に成功し、それにアンカークローの持ち主である戦治郎が気付いた事で、戦治郎が咄嗟の判断で渦潮を引き起こし、一部の触手を渦潮で絡め取る事に成功したからである。尤も、それで助かった潜水艦達は咲作の触手に怯え、完全に戦意を喪失してしまっていた為、戦治郎に助けられた後は即座に演習をリタイアしてしまったのであった……

 

さて、こうして空母達や潜水艦達の強制ストリップショーを見せつけられた海上艦達の反応だが、もしかしたら自分達もこの様な仕打ちを受ける事になるのでは?と言う不安が心の中に生まれ、それが咲作に対する恐怖や焦りに変化した瞬間、前回の演習を経験した大和達や戦治郎から戦闘開始直後に言われた、『例え何があったとしても、絶対に咲作に攻撃を仕掛けてはいけない』と言う忠告を破り、砲撃や雷撃を始めてしまったのである……

 

その事に気付いた戦治郎、大和、瑞鶴、大淀、天城の5人は、即座に攻撃を開始した艦娘達から距離を取り、戦治郎達の行動を目にするなり、攻撃を開始した艦娘達がいる場所で何かが起こる可能性に直感的に気付いた大井と羽黒も、戦治郎達の後を追う様にして攻撃を開始した艦娘達から距離を取った。その直後である、攻撃を開始した艦娘達に、咲作の魔の手が伸びるのであった……

 

そう、咲作は艦娘達の攻撃をしばらくの間回避しながら艦娘達の様子を見た後、艦娘達から放たれた砲弾や魚雷を材料にして、核融合を引き起こして攻撃を仕掛けたのだ。これに関しては……

 

「儂はルール説明の時、死に物狂いで回避しろと言っておったよな……?それを破る娘っ子達にはきっついオシオキが必要じゃろう……?」

 

正蔵もこの様に発言し、咲作の核反応攻撃の許可を出しているのである……

 

これにより、咲作に対して攻撃を仕掛けた艦娘達がいた場所には、咲作の攻撃によって素っ裸に剥かれた状態で気絶する艦娘達の姿だけが存在していたのであった……

 

因みに咲作が引き起こした核融合によって作り出された、砂粒並に小さいにも関わらず、その1粒だけで有り得ない程の重量を持った謎の金属は、全裸のまま気絶する艦娘達の真下に広がる海底に沈んでいたりする……

 

こうして舞鶴鎮守府サイドの艦娘が、戦治郎達を含めて7人にまで減ってしまったところで、残った顔ぶれを確認した咲作が、攻撃の激しさのギアを1段階上げ、戦治郎達に猛攻を仕掛け始めたのだが……

 

「こうなっちまったら仕方ねぇっ!この7人で艦隊編成すんぞっ!!旗艦は俺っ!!!でねぇと神帝之型の艦隊メンバー強化効果が発動してくんねぇからなっ!!!」

 

戦治郎はこの状況を凌ぎきる為に、そう言って残ったメンバーで即座に遊撃部隊型式で艦隊を編成し、彼女達を己の能力の影響下に引き込み、戦治郎の能力によって強化された艦娘達は、戦治郎の陣頭指揮の下、何とか咲作の猛攻を捌いてみせるのであった

 

だが、それを咲作が良く思う訳もなく……

 

「それならば……、これでどうじゃっ!!!」

 

ある策を思いついた咲作は、そう言って戦治郎達目掛けて両腕から大量の触手を放出し……

 

「全員俺の後ろに下がれっ!!触手は俺の大妖丸で対処するっ!!!」

 

それを見た戦治郎が、咲作の思惑通りこの様な指示を艦娘達に出し、それと同時に触手の軌道を逸らす竜巻を発生させ、それすらも越えて次々と襲い来る触手の群れをバッサバッサと斬り捨て始めるのであった。その様子を目にした咲作は、思わずニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、自身が思いついた策を実行するのであった……

 

「くっそっ!!!斬っても斬ってもキリg……、マソップッ!!?」

 

「マソップって、一体如何したのっ?!」

 

咲作の策にまんまと嵌ってしまった事など露程も知らず、愚痴りながらも触手の群れを斬り捨てていた戦治郎が、突然奇声を上げた事に驚いた瑞鶴が、思わず戦治郎に対してこの様に尋ねると……

 

「顔にっ!俺の顔のところに何かおるぅっ!?何ぞこれぇっ?!何か触手とは感触がちょっち違うし、そもそもこれ、蠢いちょるぅっ!?!」

 

顔に自身が斬り捨てた触手とも違う何かが貼り付いた事で、戦治郎は軽いパニック状態に陥ってしまい、それでも何とか大和達を触手から守ろうと、大妖丸を勘に頼って出鱈目に振り回しながらこの様に叫ぶのであった

 

因みにこの時、戦治郎が触手の軌道逸らし用に出していた竜巻は、戦治郎がパニックを起こした事で完全に消失してしまっていたのだった……

 

戦治郎の顔に一体何が貼り付いたのか……、それがどうしても気になった瑞鶴が、今の状態で戦治郎の顔を覗き込むのは危険だと判断し、偵察機を飛ばして間接的に戦治郎の顔に貼り付いた何かを確認してみたところ……

 

「これって……、ジガルデ・コアッ?!?」

 

「ジガルデ・コアだとっ?!くっそっ!!!してやられたっ!!!って痛ぇっ!!!こいつ噛み付きやがったっ!!!あいちゃちゃちゃちゃちゃっ!えぇいやめんかいっ!!!」

 

瑞鶴が戦治郎の顔に貼り付いたものが、ジガルデ・コアであった事を口にすると、戦治郎は自分が咲作の策に嵌った事に気が付き、してやられた事に思わず悪態をつくのだが、直後にジガルデ・コアに頭を噛み付かれ、その痛みに悲鳴を上げてしまうのであった

 

そう、咲作の策とは、この大量の触手の中に即席で創造した生命体……、ジガルデ・コアを忍ばせ、艦隊の司令塔にしてメイン盾である戦治郎の顔に貼り付かせ、艦隊を混乱させると言うものだったのである

 

因みにこれは余談だが、咲作がジガルデ・コアを作り出したのはこれが初めてではなく、咲作の手で最初に作り出されたジガルデ・コアは、現在大量のジガルデ・セル達と共に、正蔵が咲作と出会う切っ掛けとなった作戦の後、4月に異動が確定したリンガ泊地の提督が、変な気を起こしてしまわない様に、リンガ泊地にて彼の事を監視していたりする……

 

こうして自分の顔に貼り付いていたものの正体を知った戦治郎が、片手で大妖丸を振り回しながら、顔に貼り付いているジガルデ・コアを残った方の手で何とか引き剝がすのだが……

 

「遅いわ若造っ!!!」

 

この時には時既に時間切れ、咲作は戦治郎が混乱している間に彼の顔に貼り付かせていたジガルデ・コアとは別の個体を大量に生み出し、それらで戦治郎達を取り囲むと同時に、ジガルデ・コア達と共に海水を利用して作り出した核反応エネルギーを凝縮した球体を完成させ、先程の叫びに合わせてそれを光線状に発射したのであった……

 

これによって残っていた7人全員が全裸に剥かれてしまい、戦治郎達は敗北を喫する事となってしまったのである……



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ジガルデ軍団と大淀の野望

戦治郎達の惨敗と言う形で対神話生物演習が終わった後の事である

 

この演習が午前中……と言うよりも、鎮守府が動き始めた直後に行われた関係で、この日は舞鶴鎮守府の責任者である大将の判断で、急遽艦娘達は休みを取る事となったのだが……

 

「演習で疲れ切ってしまった艦娘達を休ませるのはいいとして……、今日やらねばならない諸々の任務はどうしたらいいものか……」

 

本来今日艦娘達にやってもらう予定であった任務の事に関して、大将は苦い表情を浮かべ、頭を抱えながらこの様に呟くのであった……

 

ここでもし、今日やる予定に任務の中にある護衛任務の依頼主側に対して、『今日は急遽休みになったので、そちらの護衛をする事は出来ません』などと言おうものならば、ただでさえ横須賀の乱で下がっている帝国海軍の評判が、更に悪くなってしまうと考えられる為、大将としてはどうにか護衛任務だけでもやっておきたいところなのだが、肝心の艦娘達が先程の演習のせいで心身共に疲弊しており、とても護衛任務に参加させられない状態となっているのである。その為、大将はこの問題をどう対処すべきかで悩む羽目になってしまったのである……

 

そんな大将の姿を見た正蔵と咲作は、互いに顔を見合わせた後、アイコンタクトで何かを決定したのか、同時に首を縦に振って見せた後……

 

「演習で艦娘を駄目にした詫びとして、その任務とやらの件はワシに任せてもらえんだろうか?」

 

咲作が大将に向かってこの様な事を言い、それを聞いた大将は咲作の案の詳細を聞くと、少々困惑しながらその案にOKを出すのであった

 

さて、そんな咲作の案とは一体どの様なものなのだろうか?その答えは演習中、咲作が戦治郎達を攪乱する為にとった行動が深く関わっていた

 

そう、咲作は艦娘の代わりに、自分が生み出した生命体達を護衛任務に就かせ、自分達のせいで空いてしまった穴を埋めようとしたのである。そしてその提案が了承された為、咲作は遠隔操作が可能なジガルデ50%フォルムを旗艦とし、その両脇を固めるジガルデ10%フォルム2匹と、ジガルデ・セル3匹で構成された艦隊を10個ほど作り出し、旗艦であるジガルデ50%フォルムに大将直筆の手紙を持たせ、疲れ切った艦娘達の代わりに、このジガルデ軍団を出撃させたのであった

 

尚、このジガルデ軍団を目の当たりにした依頼主側の関係者達は、最初こそ大いに困惑したのだが、咲作の分霊とも言えるジガルデ軍団の働きぶりを見て、艦娘達を自分達の都合で休ませた事を咎めない方針で意見を固めると共に、艦娘以上の力で深海棲艦達を次々と粉砕して見せるジガルデ軍団による護衛が、今日だけである事を非常に残念がったのだとか……

 

こうして任務に関しての問題は解決した訳だが、ここで次の問題が浮上して来るのであった……。形は兎も角任務をやった以上、元帥達にその内容を報告する為に、大将は任務の詳細について書き記した書類を作成しなければいけないのである……

 

これに関しては、大将はその莫大な数の報告書を作成する際、普段は大淀のサポートを受けながら報告書を作るのだが、今回はその大淀も演習で完全に疲れ切っており、とても自分のサポートをさせられる様な状態ではなくなっていたのである

 

その事を考えた大将が、書類の事を口にした後、深い深い溜息をついたところで……

 

「だったら書類の件、俺が手伝いますよ。俺の方はまだまだ体力に余裕がありますし、書類の書き方は元帥とリチャードさんに徹底的に仕込まれましたからね」

 

そんな大将の事を案じてか、戦治郎がこの様に名乗り出たのであった

 

その際、大淀と大和も手伝うと言い出したのだが……

 

「大淀には書いた書類を持って行く場所を聞かないといけねぇから仕方ねぇところがあるが、大和は咲作さんの攻撃捌く時、結構無茶してたはずだろ?俺の神帝之型で身体能力と艤装のスペックを強化してたとしても、元が低速の大和はそれがあっても精々高速+が関の山だったはずで、そんな大和が速力が最速になってる俺達に追いつこうとしたら、相当身体も艤装も無理させないといけなかったはずだからな。だから大淀にはある程度疲れが取れたら執務室に来てもらって、俺を書類の保管場所まで案内してもらう様にして、大和は他の皆より酷使したその身体を、しっかり休ませてやってくれ」

 

戦治郎はこの様な事を言い、大淀の申し出は兎も角、大和の申し出は断るのであった

 

尤も、この時戦治郎は大和とアイコンタクトを取っており、それによって戦治郎がやろうとしている事に気付いた大和は、素直に戦治郎の言う通り、その身体を休める事にしたのであった

 

そう、戦治郎はこの機会を利用して、大淀との距離を詰めようと考えていたのである。もしここで大和の申し出を受け、彼女に自分の手伝いをやってもらった場合、大和はずっと戦治郎の傍に控える事となり、大淀と戦治郎が2人きりになる機会が失われ、大淀の本心を聞き出す機会をみすみす逃してしまう可能性があった為、戦治郎は大和の申し出を断ったのである

 

こうして戦治郎は大将と共に今日の任務の報告書を大量に作成し、それが丁度終わったところで執務室にやって来た大淀と共に、妖精さん達が作り上げたと言われている、書類を元帥の下に瞬時に転送する装置があると言う資料室に向かうのであった

 

「流石に横須賀の資料室と比較したら、こっちの資料室はこじんまりしてるな……」

 

「横須賀鎮守府の資料室は、全ての日本帝国海軍の書類や資料が集まって来る為、此処より規模が大きくなるのは当然と言えば当然でしょうね……」

 

それからしばらくして、大淀の案内で資料室に辿り着いた戦治郎が、資料室の中に入るなりこの様な事を口にすると、大淀はやや苦笑しながらこの様な言葉で返答するのであった

 

その後戦治郎は、大淀に件の装置の使い方を教えてもらい、無事に報告書を元帥のところに転送し終え、資料室を後にしようとするのだが……

 

「戦治郎さん、この後何か用事はありますか……?」

 

「いや、特にねぇけど……?」

 

不意に背後から大淀に話し掛けられ、戦治郎は思わずその足を止めてこの様に返答するのであった……

 

この時戦治郎は……

 

(もしかしてもうキター?もしかしたら運よく話聞けるかもくらいで考えていたが……、幾ら何でも早過ぎる……。俺、大淀の心開く様な事何かやったっけか……?)

 

内心で困惑しながら、この様な事を呟いていたのであった……

 

まあ戦治郎が困惑するもの無理はない、大淀が戦治郎を見定めた理由である、演習時の立ち振舞いに関しては、戦治郎はほぼほぼいつも通りにやっただけであって、戦治郎の当初の予定の通りに、演習中に狙って大淀と接触して好感度を上げたりしている訳ではなかったからだ。いや、そんな事をする余裕が無かったと言った方が正しいだろう……、それだけ咲作が強かったのだから……

 

「でしたら、少し私とお話しませんか……?」

 

戦治郎がこんな事を考えていると、大淀はこの様な事を言いながら戦治郎の隣を通過し、資料室の扉を閉め、誰も資料室に入って来れない様にする為に、扉に鍵を掛けてしまうのであった……

 

「別に構わねぇが……、どうして扉の鍵まで閉めたんだ……?」

 

「この話は他の人にはあまり聞かれたくないものですから……」

 

大淀が扉を閉めた事で資料室内は真っ暗になり、それによってどの様な表情を浮かべているか分からなくなった大淀に向かって、戦治郎が訝しむ様な表情を浮かべながらこの様に尋ねたところ、大淀は照明代わりに手にした探照灯を点けながらこの様に答えた後、資料室の奥にある棚の方へと向かって行き、探照灯の光を頼りにしながら棚を漁り、目的の物を見つけるとそれを手にして戦治郎の下へと戻り、それを戦治郎に手渡すのであった……

 

「これは……?」

 

「取り敢えず、先ずは何も言わずにそれに目を通してみて下さい……」

 

大淀から資料の様な何かを受け取った戦治郎が、これが一体何なのか分からず大淀に向かってこの様に尋ねたところ、探照灯の光によって僅かに姿が見える様になった大淀は、無表情のままこの様に答え、戦治郎に資料に目を通す様促すのであった

 

こうして受け取った資料を目にした戦治郎は、思わず眉間に皺を寄せながら、この資料を作成した張本人である大淀を真っ直ぐ見据え……

 

「……正気か?」

 

大淀に向かってこの様に尋ねたところ、彼女は戦治郎の言葉を肯定する様に、無言で頷いてみせるのであった……

 

どうして戦治郎はこの様な反応をしたのだろうか?その答えの全ては、今戦治郎が手にしている資料の中にあった……

 

その資料には、帝国海軍の穏健派の代表である元帥を失脚させ、強硬派を中心としたメンバーで帝国海軍を再編成した後、深海棲艦に対して積極的に攻撃を仕掛け、相手を根絶やしにする事でこの戦争を終結させる為の作戦の概要が、事細かく書き記されており、その他にも、大将が予想していた穏健派の提督を強硬派に寝返らせる為の手順についても、この資料に書かれていたのだった……

 

(流石親族なだけはあるな……、考えはお見通しって訳か……)

 

資料を目にした戦治郎が、内心で苦々しい表情を浮かべながら、この様な事を呟いていると……

 

「この作戦を実行するにあたって、どうしても戦治郎さんの力が必要になって来るのです……。どうでしょうか?戦治郎さんのその力……、たった一声で多くの者を惹き付けるそのカリスマ性を、深海棲艦以上の存在とも真っ向から戦えるその戦闘能力を、帝国海軍の改革の為に貸してもらえませんか……?」

 

大淀は相変わらず無表情のまま、戦治郎に向かってこの様な事を口にするのであった……



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大淀の計画書

「取り敢えずおめぇが考えた計画書に目を通した訳だが……、気になる点が幾つかあったから質問してもいいか?」

 

「気になる点、ですか……。構いませんよ」

 

大淀から渡された資料……、彼女が単独で書き上げた物だと思わしき帝国海軍改革の為の計画書に目を通し終えた戦治郎が、大淀に鋭い視線を向けながらこの様に尋ねたところ、大淀は変わらず無表情のままこの様に返答する

 

そうして大淀の了承を得た戦治郎は、先ず最初に大淀が元帥を失脚させようとしている理由について尋ね、それに対して大淀は……

 

「今の元帥のやり方は、手緩過ぎるからです。確かに基本専守防衛を貫いている元帥も、必要であると判断したならばミッドウェーの時の様に攻勢に出る事もありますが、その頻度は年に数回程度で留まっており、その結果この戦争は一進一退を余儀なくされている状況になっています。それを打開する為に、専守防衛の姿勢を貫く元帥に退場してもらい、その代わりに強硬派……、その中にある武闘派派閥に属する方に元帥の座に就いてもらい、積極的に攻勢に出る事で相手の数を削っていき、最終的には深海棲艦を全滅に追いやる為、と言ったところでしょうか」

 

その表情をピクリとも動かす事無く、淡々とこの様に返答するのであった

 

因みにここで大淀が口にした、裏で幾多の思惑が飛び交っていたミッドウェーでの作戦が、どうして実行する事が可決されたかについてだが、元帥の中ではミッドウェーに深海棲艦の大きな拠点があると、日本と南方海域を行き来する艦娘や輸送船が深海棲艦に襲われる可能性が極めて高くなると考えられ、その懸念を払拭する為に、元帥はミッドウェー奪還作戦を実行する事にしたのであった

 

それはそうと、大淀の話を聞いた戦治郎はと言うと……

 

(深海棲艦を根絶やしにする事が目的なら、まあ元帥のやり方とは反りが合わないだろうなぁ……。一応俺達ヒクイドリ派も元帥を失脚させようとは考えてるが、それはあくまで提督達の労働環境を整える為なんだよなぁ……。あの自己評価ヨワヨワ爺のやり方だと、優秀な提督を次から次に使い潰す羽目になっちまうし……)

 

相変わらず大淀に鋭い視線を向けたまま、内心でこの様な事を呟いていた

 

そして更には……

 

(そもそも深海棲艦の全滅って、実質無理なんだよなぁ……。やっぱスウさんから貰った情報は、もうちょっち軍内に広めておけば良かったな……)

 

先程の呟きに続ける様に、この様な事を考えるのであった

 

「聞きたかった事はそれだけでしょうか?」

 

戦治郎がそんな事を考えていると、大淀は戦治郎に向かってこの様に尋ねてきて、それを聞いた戦治郎は次の質問を大淀にぶつけるのであった

 

戦治郎がぶつけた質問、それは自分達を含めた穏健派の深海棲艦や転生個体は、大淀の考えではどの様な立場にあるのかについてだった

 

この質問に対して……

 

「穏健派と言えどもやはり深海棲艦ですからね、彼女達の主張を完全に鵜呑みにするのは非常に危険だと思われます。もし私達が彼女達を言い分を信じ、油断して背中を見せた時、後ろから刺される可能性も捨てきれません」

 

「俺に協力しろと言った割に、全然信用してくれてねぇのな……?」

 

大淀はこの様に答え、それを聞いた戦治郎はその視線を更に鋭くし、大淀を睨みつける様にしてこの様な言葉を口にするのであった

 

「戦治郎さん達は別ですね、戦治郎さん達がいなければ、もしかしたら大将が横須賀の乱の際、命を落としていたかもしれませんから。ただ、強硬派の中には戦治郎さん達の事を快く思っていない方もいらっしゃいますので、戦治郎さん達には目立たない様にする為に、表舞台には出ない様にしてもらう事になるでしょうね……」

 

そんな戦治郎の言葉に対し、大淀はほんの僅かに眉を動かして見せた後、この様な言葉を口にし……

 

(……今の反応で、大淀が単純に深海棲艦をジェノサイドしたい訳ではないってのが分かったな……。しっかし、表舞台には出ない様にか……、それってつまりは~……)

 

「俺達に暗部的な事やれってか……?」

 

大淀の反応を見過ごさなかった戦治郎は、大淀がこの計画を考えた理由は深海棲艦が只憎いだけではない事に気が付きながらも、取り敢えず今この時はその事には触れない様にし、大淀が言葉の後半に出た表舞台云々についてこの様に尋ねたところ、大淀はそれを肯定する様に1度頷いて見せた後、この様な事を口にするのであった

 

「そうなりますね、もし私達が戦治郎さん達と繋がっている事が明るみに出てしまえば、強硬派の方々は私達の方向性と行動に関する矛盾について言及した後、戦治郎さん達やその関係者の皆様に、その矛先を向ける事となりかねませんからね……。それを未然に防ぐ為にも、戦治郎さん達には影から私達を支えてもらう事になると思います。まあ……、戦治郎さん達は戦治郎さんが軍学校を卒業した後、それこそ暗部の仕事を元帥から直々に依頼されているのでしょう?でしたら、私達と協力する事になったとしても、特にその部分に変化は見られない為問題は無いはずです」

 

「確かにその部分に関してはやる事は変わらんが、間違いなく『仕事』の時の俺らのモチベが段違いになるだろうな……。元帥からの依頼の場合は、大体俺ら的にも叩き潰したくなる様な連中……、艦娘達を酷い環境で働かせる様な輩……、所謂ブラック鎮守府の提督やその関係者がターゲットになると思うが、おめぇらからの依頼の場合、単純に軍の意向にそぐわない連中の粛清とかになるんだろ?そんなん俺含めた長門屋の面々が引き受けると思うか?」

 

そんな大淀の言葉に対して、戦治郎は苛立ちの余りやや語気を強めながらこの様に返答する。まあ実際のところ、戦治郎達的には元帥が敵として見ている相手が、自分達の敵と一致するからこそ、暗部の仕事を引き受けたところがある為、大淀が言う様な『仕事』はやりたくない、それどころか仮に大淀の企みが成功した場合、そんな輩が出る様な組織運営をするなと、代表者に中指を立てながら言い放つ位の事を、この男やその仲間達はきっとやるだろう……

 

そう言った理由で怒気を全身から薄っすらと滲ませる戦治郎を見た大淀は、その気迫に気圧され、思わずたじろいで見せ、その様子を見た戦治郎はしばらくの間大淀を睨みつけた後、1度深い溜息をつくなりやれやれとばかりに首を左右に振ってみせるなり、最後の質問を口にするのであった……

 

「じゃあ最後に聞くが……、これで本当に深海棲艦を全滅させられると、本気で思っているのか……?」

 

「……それはどう言う事ですか……?」

 

戦治郎の質問を耳にした大淀が、片目を細めながら戦治郎にこの様に尋ねると……

 

「これは大会議の時、今は穏健派深海棲艦の代表をやっているスウさん……、深海棲艦と人間との戦争を始めた張本人からの情報なんだが……」

 

戦治郎はここまで口にした後一旦言葉を区切り、一呼吸入れてからこの様に言葉を続ける……

 

「純粋な深海棲艦は怒り、悲しみ、恨み、妬みみたいな、負の感情を中心とした思いから生まれる、まるで幽霊みたいな存在らしくてな、その負の感情がこの世界に発生し続ける限り、幾ら倒してもすぐに何処かに別個体が誕生……、それどころか戦いで沈んだ深海棲艦と周囲の仲間、沈んだ艦娘とその仲間達の負の感情が原因で、倒された数の倍以上の数の深海棲艦が新たに生まれるんだとさ……。これと黄泉個体の事も合わさって、深海棲艦は戦えば戦う程数が増えていってるんだとか……。つまり、おめぇらが深海棲艦を全滅させようとして、多くの犠牲を出しながら必死こいて戦えば戦う程、あっちは戦力が爆発的に強化されちまうんだよ……。この話が真実である事を裏付けてるのが、長門達から報告があったはずの、補給拠点としての役割も持ってるミッドウェーの飛行場姫の拠点にあった、膨大過ぎる量の資源なんだわ……」

 

戦治郎のこの言葉を聞いた大淀は、思わずその目を見開き、絶句しながらその場に立ち尽くしてしまうのであった……



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押し広げられる計画の穴

「戦力が増えるなら当然資源の消費も増えるだろ?んで、ある程度戦争を知っている奴なら、基本日頃から資源がカツカツになる様な艦隊運用なんかはせず、大体は先の事を見越して保有する資源に余裕を持たせるだろう?その事を頭に入れながら、穏健派連合のリチャードさんやスウさんがくれた、スウさんがいた頃の強硬派深海棲艦の数や、世界中にある強硬派深海棲艦の補給拠点の数、各種深海棲艦の1隻あたりの資源消費量に、各年の深海棲艦の人口増加量とその傾向と言った諸々のデータを基に、俺達が必死こいて電卓を叩いて計算してみたところ、この戦争が始まってから深海棲艦が急増している事、時間が経てば経つほど、戦争が激しくなるにつれてその倍率が増えて来ている事、そして各補給拠点に備蓄されている資源の量が、俺達が今まで見て来た補給拠点の資源備蓄量と同じだと仮定した場合、強硬派深海棲艦が保有する資源が、この先に起こると予想される深海棲艦の人口増加にも、数年の間余裕を持って対応出来る程の量がある事が判明したんだわ。まぁ、おめぇ的には情報ソースが信用出来ねぇとこから出てるものだがな……。あぁ、因みにだが、スウさんが穏健派になった理由なんだが、彼女は戦力強化の為に仲間を犠牲にしなければいけない事に心を痛め、そうまでして戦争を続ける必要があるかについて疑問を感じ、そこからこの憎悪渦巻く戦争に虚しさを感じる様になったからなんだとよ」

 

戦治郎がそう言って言葉を一旦切り、深海棲艦が今も尚増え続けていると言う事実を知り、呆然とする大淀に向かって視線を送ると、戦治郎の視線に気付き、我に返った大淀は佇まいを正すなり……

 

「……どうしてそんな重要な事を、今まで……、いえ……、今でも隠しているのですか……?」

 

祖父である大将が元帥の友人であるが故、こう言った情報は大将経由で何処よりも早く手に入れられる立場にあるにも関わらず、今回の情報に関しては大将からも全く聞かされていなかった大淀が、この情報は海軍全体どころか大将にも秘匿されている可能性がある事に気付き、戦治郎に向かってこの様に尋ねたところ……

 

「こんな話聞かされたら、どいつもこいつもさっきのおめぇみたいに、世界に絶望しちまうだろうがよぉ……。まあ尤も?本当の地獄はこれから先の話なんだがな……」

 

「本当の地獄……?」

 

戦治郎はこの様に答え、それを聞いた大淀が怪訝そうな表情を浮かべながら、本当の地獄とやらについて戦治郎に尋ねると……

 

「この情報の出処は、偶に舞鶴に来てるウチの居候神話生物(イオッチ)なんだが……、如何やらこの世界……、人間と深海棲艦の戦いは永久に終わらない、仏教の教えの中にある六道の中の1つ、修羅界みてぇな世界なんだとさ……」

 

「戦争が……、終わらない……っ!?」

 

この戦治郎の発言を聞いた大淀が、思わず己の耳を疑い、戦治郎に向かってこの様に聞き返したところ、戦治郎はばつの悪そうな表情を浮かべ、自身の後頭部をバリバリと掻きながら言葉を続けるのであった……

 

戦治郎が言うには、外なる神クラスのかなり強大な神話生物になると、世界の本質に触れ、思うがままに世界を弄る事が出来る様になるらしく、この世界のクトゥグアやイオドの様に、外なる神に近いレベルの強さを持つ旧支配者達も、流石に外なる神達の様に世界の本質を弄り回す事は出来なくても、それを感じ取る事は出来るのだとか……

 

「んで、だ……、その世界の本質を感じ取れるイオッチが言ってたんだが、この世界は『艦娘と深海棲艦が戦争する』事で成り立っているらしく、それが崩壊しそうな事があれば、それを防ごうと世界の方が働きかけて来るみてぇなんだわ……。一番良い例が、スウさんが人類と和平を結ぼうと呼び掛けた際、リコリスがスウさんを反逆者として始末しようとし、そこから強硬派深海棲艦を乗っ取った事が挙げられるだろうな」

 

「では、転生個体や神話生物達の台頭も……?」

 

「いや、転生個体の出現に関しては、完全にイレギュラーな事態みてぇだな。んで神話生物達の台頭については、転生個体の出現によって発生した、世界の歪みの影響があるんじゃねぇかって言ってたわ。まぁ、もしかしたら俺達がこうして転生個体と戦う羽目になったのも、世界の働きかけである可能性があるのかもな……。因みにこの事は、まだヒクイドリ派……穏健派大連合の皆にも言ってねぇぞ。最近俺の方がクッソ忙し過ぎて、皆と話す機会が全くねぇからな……」

 

こうして戦治郎の口から驚くべき事実を知らされた大淀は、話の規模についていく事が出来ず、思わず愕然としてしまうのであった……

 

まあ彼女がそうなってしまうのも仕方が無い事である、何たって今聞かされた話が全て事実であるならば、自分がやろうとしている事は世界の働きかけにより確実に潰されると、自分が今まで頑張って来た事のその全てが徒労に終わる事と分かってしまったのである……。そうなれば、誰だって世界に絶望してしまう事だろう……

 

そんな絶望に襲われ、呆然自失となってしまった大淀の姿を見て、戦治郎は大淀に同情し、この様な言葉を掛けるのであった

 

「まあ戦争を終わらせる事は出来なくても、エデンからの横やりが入ってこなければなんだが、戦争の規模を小さくする事は一応出来るみたいだぜ?」

 

戦治郎のこの言葉を聞いた大淀は、すぐさま我に返り、戦治郎に向かって視線を向け、その内容を早く話す様無言で催促し始めるのであった。その様子を見た戦治郎は、内心で大淀が絶望に屈していなかった事に胸を撫で下ろしながら、言葉を続けるのであった

 

「この戦争の規模を小さくする方法なんだが、兎にも角にも深海棲艦の数を減らさなくちゃどうにもなんねぇ……。んで、それは深海棲艦の増殖方法から考えると無理みたいに思うところだが、実はそこに抜け道があるんだよな」

 

「抜け道……?」

 

「あぁ、深海棲艦は負の感情から生まれる幽霊みたいなモンだって、俺がさっき言っただろ?ここを利用すれば、深海棲艦の発生を抑えながら、その頭数を減らす事が出来るみてぇなんだわ。まあ尤も、方法は少なくとも2つあるんだが、どっちも実行するのは難しいだろうな……」

 

「その方法とは、一体どの様なものなのでしょうか……?」

 

「1つ目からベリーハードモードだが、咲作さんみたいな外なる神の力を借りる事、それがプランその1な。外なる神は世界の理屈や法則さえ捻じ曲げられるくらい強大な存在だ、その力を借りて世界の法則を変えてもらう事が出来れば、間違いなくこの戦争を終わらせる事が出来るが、人類の事を玩具くらいにしか考えていない外なる神に協力してもらうのはどう考えても難しいし、仮に協力してもらえても、精々戦闘に参加して、負の感情を発生させずに深海棲艦達の相手をしてもらうのが限度だろうな……。因みに俺達に協力してくれている咲作さんも、そこまでこの世界に干渉するつもりが無ぇみてぇだわ」

 

「実質無理な内容ですね……」

 

期待したところを見事に叩き落された大淀が、やや肩を落としながらそう呟くと……

 

「そこでプランその2の登場だ。って言っても、こっちも中々実行すんのは難しいが、外なる神に協力してもらうよりは楽だな……。で、その内容なんだが、すっげぇ強力な霊能力を持った聖職者に、深海棲艦達を祓ってもらう方法だ。只、これを実行する聖職者は、そこら辺の有象無象の坊さんとかじゃ駄目だ。マジで悟りを開いている様な、ガチの聖人クラスの人じゃないと、お祓いの最中に深海棲艦達の大量の憎悪に中てられて、発狂死しちまう可能性があるな……」

 

「その様な素晴らしい方が、この荒んだ世界に実在するのでしょうか……?それ以前に、本当にそれは深海棲艦に効果があるのでしょうか……?」

 

戦治郎はもう1つの方法について話し、それを聞いた大淀は、ジットリとした視線を戦治郎へ向けながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「こっちに関しては、ウチの扶桑姉様が実証してくれてるんだわ。扶桑姉様はかなり格式の高い、歴史ある神社の出の人を親に持つ身でな、その関係でかなりの霊能力持ってて、その霊能力の影響で2ヶ月と言う長い時間の中、暴走した艤装に意識を飲み込まれず、海上を彷徨い歩いていたらしいんだ。これから察するに、深海棲艦は自分達の武器以外にも神聖な力にも弱く、その力を用いてキチンと成仏させてやれば、負の感情を発生させずに倒せるかもしれねぇんだわ。だがまぁ……、大淀も言ったが、そんな事が出来る聖人がこの世界にどれだけいるか分かんねぇけどな……」

 

「その2つのどちらかしか手が無いと言うならば、まだ後者の方が希望が持てそうですね……。前者の場合、交渉で相手の怒りを買い、自分達が消されてしまう可能性も十分考えられますからね……」

 

「この辺については、俺の仲間やイオッチが可能な限り調べてくれているから、今は情報待ちってとこだな」

 

戦治郎の話を聞いた大淀が、深い溜息を吐きながらこの様に言うと、戦治郎は苦笑しながらこの様に返答するのであった

 

因みに先程戦治郎が言っていた、正真正銘の聖人がこの世界にいるかどうかについてだが、その答えはYES、本物の聖人は現在この世界に存在している。但し、転生個体ではあるが……

 

「さて、ここまで俺の話を聞いて、何か思った事はあるか?」

 

「正直、世界の禁忌に触れてしまった様な気がします……。もしこの事をもっと早く知っていれば、私は強硬派派閥での海軍再編成など考えなかったでしょうね……」

 

この世界のことについて、自分が知っている事を大淀に話した戦治郎が、大淀に向かってこの様に尋ねたところ、最初は無表情であった大淀は、感情を取り戻したかの様に苦笑しながら、この様に返事をするのであった。その様子から、戦治郎は彼女は自分が考えた計画を実行する気は無くなったと判断するのであった

 

「ん、それが分かりゃいい、もし俺の話を聞いても考えを変えない様ならば、最悪おめぇさんの事エネミー認定してるとこだったわ……。っとぉ、ところでだ、おめぇさんは何でこんな無謀な計画立てたんだ?この話している最中におめぇさんの反応見てて、そこからおめぇさんは単純に深海棲艦を滅ぼしたいだけではない事に気が付いたんだが……?」

 

先程のやり取りで、大淀が自分がやっている事が如何に馬鹿らしいかについて理解した事を確認した戦治郎が、一応その真意にある程度気付いてはいるものの、それを大淀の口から言わせようと考え、この様に尋ねてみたところ……

 

「凄まじい観察眼ですね……」

 

「俺は子供の頃から金持ちだった都合で色んな人間見て来てるし、友人の中には凄腕の精神科医もいて色んな話聞いてるし、ちっちゃい会社の経営者として採用試験で面接官やったりしてたかんな。そう言うの見る目は養われてんだわ」

 

大淀は戦治郎の観察眼に対して驚きながらこの様な事を言い、それに対しての戦治郎の返しを聞くと、表では相変わらず苦笑しつつも、内心で戦治郎と敵対しなくて良かったと、安堵の息を吐くのであった……

 

それからすぐに、大淀は戦治郎の問いに対しての答えを口にする……

 

「恐らく戦治郎さんはもうお気づきだと思いますが……、私があの様な計画を立てたのは、両親の敵討ちもありますが、それ以上に4月に退役予定となっている大将が……、お祖父様が安心して退役出来る様に……、そして退役後のお祖父様の平穏が、深海棲艦に脅かされない様にする為だったんです……。これ以上家族を失いたくありませんでしたから……」

 

「それ、逆効果だったんだよなぁ……。大将はおめぇさんが何か企んでる事に気付いてて、変な事しねぇかってめっちゃ心配してたぞ?その結果俺がこうして出て来る事になったって言うね……」

 

大淀は自分がこの計画を立てた切っ掛けについて話した後、戦治郎の返事を聞くなり言葉を詰まらせ、それから大将が大淀を止める方法として、大淀を戦治郎のところに嫁がせようとしていた事を戦治郎から聞くと、そのあんまりな内容に愕然としながら沈黙してしまうのであった……

 

その後、大将が退役した後、大淀はどうするつもりなのかについて、戦治郎が大淀に向かって尋ねてみたところ、大淀は計画実行後の事ばかり考えていた為、計画を実行しなかった場合については碌に考えていなかった事が判明し……

 

「特に予定が無い様なら、深海棲艦の増殖方法や世界の自浄作用に関する問題さえ無かったら、かなりいい線いってるこの計画を単独で思いつくその頭脳を、そして俺から見てもかなり素晴らしいと思う事務処理能力を、俺達に貸してくれねぇか?ウチは諸事情で事務仕事が大量に来る予定になってるから、おめぇさんに来てもらえると非常に助かるんだが……」

 

「戦治郎さんには今回の件で多大な迷惑をお掛けしていますし、帝国海軍の要とも言える立場にある戦治郎さん達をサポートし、戦治郎さん達の負担を軽減する事は、帝国海軍にとって非常に重要な事だと考えられます。なのでその申し出、私で良ければ喜んでお受け致します。そうした方が、お祖父様も安心出来るでしょうからね」

 

戦治郎が長門屋鎮守府の運営に協力して欲しいと大淀に対して申し出ると、彼女はそう言って戦治郎の申し出を快諾、それから戦治郎と共に執務室に戻ると、大将に心配させていた事を謝罪した後、大将が退役するより少し前、来年の3月末には長門屋鎮守府に移動出来る様、異動手続きに必要な書類を即座に書き上げて大将に提出し、それを受け取った大将は1度頷いて見せ、書類に自分の承認印を押した後、大淀を止めてくれた戦治郎に向かって、丁寧に腰を折ってお辞儀をしながら、感謝の言葉を口にするのであった



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湖畔の住民の影

資料室にて大淀の計画を阻止する事に成功し、その事を大淀大将に報告し終えた戦治郎は、執務室から退出した時には丁度時間が昼食時であった為、この度長門屋鎮守府に来てくれる事を約束してくれた大淀を誘って共に食堂へと向かい、先に食堂に来ていた大和達と合流すると、瑞鶴など大淀が現帝国海軍に反旗を翻そうとしていた件を知らない者達に配慮し、その件については伏せて大淀が長門屋に来てくれる事だけ伝えたところ……

 

「大淀さんが来て下さるとなると、大和達も大いに助かります。長門屋鎮守府は稼働し始めると、どうしても書類関係の仕事が凄い事になってしまいますので……」

 

「書類の件については、此処に来るまでの道中で、戦治郎さんの方から伺っています。しかし……、テーマパークや温泉施設の経営に、石油コンビナートとボーキサイト採掘場の運営ですか……、話を聞けば聞く程、戦治郎さん達の鎮守府は常軌を逸脱していますね……」

 

「確か今は鋼材確保の為に、鉄鉱石の鉱脈を探してるんだっけ……?」

 

「あぁ、まあそっちの方はちょっち難航してるみてぇだがな。因みに弾薬に関しては、鎮守府の敷地内で食糧確保の為に畜産をやる予定になってて、そこで出る家畜達の排泄物とかを利用して硝石を作って、そこから火薬を作って弾薬作る予定になってるわ」

 

「幾ら軍から資金や資源を貰えないからって、普通そこまでやるモンなのか……?」

 

大和の発言から話が広がり、それから雑談の流れとなり、戦治郎達は会話を楽しみながら昼食を摂っていたのだが……

 

「今戻ったぞーっ!」

 

「いや~、京都の街とやらは、中々に興味深い所じゃったの~」

 

突如として2つの声と共に食堂の扉が勢い良く開かれ、食堂内にいる誰もがそちらに視線を向ける中、声の主である正蔵と咲作は、戦治郎達が座る席にゆっくりと歩み寄って来るのであった

 

この1人と1柱、前回は時間の都合で出来なかったからと言う理由で、今回はあの過酷な演習が終わった後、揃って京都観光の為に変装して京都の街に飛び出して行ったのである。因みにこの時の咲作の姿は、犬に擬態する為にジガルデ10%フォルムに変化していたのであった

 

「久しぶりの日本は堪能出来たか?」

 

「そうじゃのう、やはり祖国は落ち着くもんじゃ」

 

「ワシは初めてなんじゃがな」

 

そうして戦治郎達の席に辿り着いた1人と1柱が、現在大和が座っている戦治郎の隣とは反対の隣とその隣に腰掛けたところで、戦治郎が彼らに短くこの様に尋ねたところ、1人と1柱はそれぞれこの様に返答した後、戦治郎達の雑談に加わり、主に咲作の京都観光の感想で話が盛り上がる。話を聞く限り、如何やら咲作は歴史ある京都の街並をかなり気に入った様で……

 

「これほどのものを作り上げる事が出来、それを保ち続け後世に伝える事が出来る人間と言う生物に対しての認識を、ワシら外なる神は改める必要性がある様じゃのう」

 

話の中でこの様に述べ、それを聞いた瑞鶴や毅と言った京都出身の者達は、外なる神である咲作に感動を与えた故郷を誇らしく思うと同時に、高次元の生命体に故郷をべた褒めされた事が嬉しかったのか、思わずはにかむ様に笑みを零すのであった

 

そんな中、食堂のテレビからあるニュースが流れて来て、それを耳にした戦治郎達は雑談を止め……

 

「またこのニュースか……、まぁこの世界の日本からしたら、朗報っちゃ朗報だが……」

 

「京都のテレビもラジオも、一昨日の晩からずっとこのニュースの事ばっかなんだよなぁ……」

 

「内容は確かに嬉しいニュースなんだけど……、態々緊急特番まで組んで連日放送する必要ある……?折角見たかったドラマがあったのに……」

 

その内容を聞いた戦治郎、毅、瑞鶴の3人が、ゲンナリしながらこの様な事を口にするのであった。そんな戦治郎達の様子が気になった正蔵が、静かにニュースに耳を傾けてみたところ、如何やら一昨日の晩に、以前から行方不明になっていた琵琶湖周辺の住民達が、突如として戻って来たのだとか……

 

「行方不明者が戻って来たと言うのは、何処の国でも朗報じゃろうに」

 

ニュースの内容を理解した正蔵が、思った事をそのまま口にしたところ……

 

「まあな、けどこの世界の日本は、戦争が始まってから少し経過した辺りから、急激に行方不明事件が増えてるんだわ。だから行方不明者が戻って来たって言うのは、日本的にはとんでもねぇ朗報になるんだわ」

 

「そう言う訳だから、マスコミが騒ぐのは分かるんだけど……、流石にこれは騒ぎ過ぎなんじゃないか?って思うのよ」

 

それを聞いた戦治郎がこの様に返答し、それに瑞鶴がこの様に続くのであった

 

「なるほどのう……、ふむ……、深海棲艦との戦争が始まってから……、か……。十中八九、人間の……、それも成金タイプの上流階級の人間の仕業じゃろうな……」

 

「やっぱ祖父さんもそう思うか……」

 

「どうしてそう思われるのです?」

 

そうして戦治郎達の言葉を聞いた正蔵が、少し考える様な素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いてこの様に言い放つと、戦治郎以外の者達が信じられないとばかりに驚愕の表情を浮かべ、前々から正蔵と同じ考えに至っていた戦治郎は、うんざりしながらこの様な事を言い、そのやり取りを聞いて誰よりも早く我に返った大淀が、神妙な表情をしながら2人に向かってこの様に尋ねるのであった

 

「単純な話じゃ、仮に犯人が深海棲艦で、人質を確保する為に人を攫っていたとしたら、行方不明事件が日本だけで頻発しているのはおかしいじゃろ?奴等は世界中の何処にでもいるんじゃ、人質の為に人間が欲しかったら、何も日本に固執せず自分達の拠点の近くの人間を掻っ攫った方が手っ取り早いじゃろう。これと同じ理由で、転生個体が犯人と言う線も無いじゃろう。そうなると考えられるのは、日本国内で現在最も売れている民間用艤装を取り扱う事で、急成長を遂げた企業の関係者が、ヤクザに高い金を出して依頼してやっている可能性が考えられるんじゃよ。そう言った輩は自分の命と財産を守る為に、細かい手続きなんぞせずに、自由に使える自分専用の兵隊を欲しがるモンなんじゃよ。実際、儂も家族を守る為に私兵団を持っておったからのう。金持ちと言う生物は、どうしても命を狙われやすくなってしまうからのう」

 

「祖父さんのとこの私兵団の皆様には、足を向けて眠れませんです、はい」

 

大淀の問いに対して、正蔵はあっけらかんとした様子でこの様な事を言い、幼少時代に正蔵の私兵団に命を救われた事がある戦治郎は、まるで拝む様に手を合わせながらこの様な言葉を口にするのであった

 

「ヤクザて……、そっち方面の連中も絡んでやがんのかよ……」

 

「そりゃそうじゃろう、その土地で商売をする場合、その土地にいるヤクザに面通ししておかんと、商売の邪魔をされる可能性があるからのう。その繋がりを利用して、この世界の成金共はヤクザに人攫いの罪を着せ、自分達は無関係であると主張しながらのうのうと旨い汁だけを啜って生きとる事じゃろうて」

 

「ヤクザって言えば、宇城羽(うきわ)組の人達は元気してっかな~……?」

 

正蔵から闇が深い話を聞いた毅が、思わずその表情を引き攣らせながらその感想を述べたところ、正蔵は自分達がお土産として買って来た生八つ橋を頬張りながら、さも当然とばかりにこの様な言葉で返答し、それを聞いた戦治郎は、自分が長門屋を始める際、正蔵の教えに従って面通ししたヤクザの事をふと思い出し、懐かしそうにこの様な事を呟くのであった

 

 

 

 

 

さて、戦治郎達がこの様な話をしていると、不意に戦治郎の通信機に通信が入り、怪訝に思いながら戦治郎が通信に出たところ、通信機からは現在実家に帰省している由良の声が聞こえて来るのであった

 

「由良、急にどうしたんだ?実家の方で何かあったのか?」

 

『えぇ……、っとその前に確認なんですけど、戦治郎さん達はニュースは見ましたか?例の琵琶湖周辺で行方不明になった人達が、突然戻って来たと言う内容なんですけど……』

 

何処か緊張感を帯びていた由良の声を聞いた戦治郎は、その表情を引き締めながら由良に向かってこの様に尋ねたところ、由良は戦治郎に対してこの様な問いを投げかけ、戦治郎は現在進行形でそのニュースを見ている事を由良に伝えるのであった

 

「それがどうしたんだ?」

 

『それがあの事件……、私の実家付近で起こった事件なんですけど……、事件に巻き込まれなかった両親が言うには、どうも戻ってきた人達の様子がおかしいみたいなんです……』

 

このやり取りの後、由良は由良の両親が感じたと言う、帰還者達に対しての違和感について話し始めるのであった……

 

由良の両親が言うには、帰還者達は以前は普通に昼間でも外に出て、仕事をしたり買い物をしていたのだが、事件の後は昼間には一切外に出る事が無くなり、逆に日が沈み夜になると動き出す様になってしまっただけでなく、昼間家にいる時は人間味を一切感じさせない様な表情で、虚ろな瞳で何処か彼方を見つめ、その身体からは今まで嗅いだことの無い様な、腐敗臭に似た臭いを放たれているのだとか……

 

『この話の後半部分は、両親が近所で被害に遭った方の家に見舞いに行った時に見た、被害者の方の様子なんだとか……』

 

「明らかに行方不明になっている間、何かあったと考えるべきだろうな……」

 

こうして由良の話を聞き終えた戦治郎が、この様に呟いた直後である……

 

『あ~、由良と言ったかのう?咲作じゃ、どうもおまえさんの話を聞く限り、そのご近所さんとやらは、アンデットに作り変えられてしまっておる様じゃ』

 

突如として咲作が魔法で通信に割り込んで来て、由良に向かってこの様な事を言い放つのであった

 

『咲作さん、それはどう言う事ですか……?』

 

『そのご近所さんの症状なんじゃが、ワシに心当たりがあってのう。んで、これはお前さんのご両親宛てなんじゃが、儂らがそちらに向かうまでの間、元行方不明者達とは接触しない様にして欲しいと伝えておいてくれんか?もしこの約束が守られない様ならば、下手したらお前さん一家は、被害に遭ったご近所さん達の手によってこの事件の犯人の下に連れて行かれ、アンデットにされてしまうかもしれんからな』

 

由良が咲作に対して疑問を投げかけると、咲作はそう言って由良の実家に向かう事を約束すると同時に、由良達に釘を刺すのであった

 

「なぁ咲作さん、その心当たりってのは、やっぱ神話生物なのか……?」

 

その後由良との通信を終えた戦治郎が、咲作に向かってこの様に尋ねたところ、咲作は……

 

「その通りじゃ戦治郎、今回の事件には旧支配者のグラーキが関わっとるじゃろう。由良からご近所さんの様子を聞いた時にピンと来たんじゃ、この症状はグラーキにアンデットに作り変えられた人間特有のものじゃったからな」

 

この様に返答し、その話を聞いた者達を戦慄させるのであった……

 

その後戦治郎達は、大淀大将に事情を話して外出許可を貰い、正蔵達と共に由良の実家があると言う琵琶湖まで、人間の命を弄んだ、罪深き神話生物に制裁を加える為に、正蔵の紅吹雪で作った雲に乗って向かうのであった……



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グラーキ退治の為のブリーフィング

「んん……?」

 

午後15時頃、琵琶湖の湖底で眠っていたグラーキは、並々ならぬ気配を無意識に感じ取り、普段の起床時刻よりも明らかに早いにも関わらず、思わず目を覚ますのであった

 

「何だこの気配は……?とても人間のものとは思えない、凄まじく強大な気配が3つ……、こちらに向かって来ているのか……?」

 

自身が感知した気配のせいで眠気が吹き飛んでしまったグラーキは、背筋に薄ら寒いものを感じながらこの様な事を呟く……

 

「一体何者かは知らんが……、警戒はしておくべきだろうな……。しかし……、こんな時間に目が覚めてしまったら、いつも以上に腹が減ってしまいそうだな……。よし、今日の夕食はいつもより多めに集める様にしておくか……」

 

その後グラーキは、この様な事を呟くと静かに3つの目を閉じ、以前自身が作り出したアンデット達にテレパシーで指示を出すのであった……。まさかこの後、自分にとんでもない悲劇が訪れる事になるとは微塵も思いもせずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、戦治郎達はと言うと……

 

「グラーキとグラーキの従者と呼ばれるゾンビ達の説明は以上じゃ、何か質問はあるかのう?」

 

大将に事情を話した際、大将から教えてもらった由良の実家に到着するなり、状況説明ついでに、咲作主催で由良と由良の両親、そして戦治郎、正蔵、大和、大淀、瑞鶴を対象とした神話生物の説明会を開催していたのであった

 

尚、その会場となった由良の実家で一番広い部屋の隅には、大和、瑞鶴、大淀、そして由良の艤装が鎮座していたりする……。因みに由良の艤装だが、グラーキと戦闘になるかもしれないと言う戦治郎の予想から、戦治郎が工廠の工作艦に事情を話し、持ち出し許可を貰うと格納ボックスに格納して持って来たのである

 

「生きた人間をゾンビに作り変えてしまうなんて……、なんて酷い事を……」

 

「神話生物であるワシが言うのも何じゃが、神話生物からしたら所詮人間は下等生物でしかないからのう……。そしてその認識は神話生物サイドの力が強ければ強いほど、より酷いものとなっていき、扱い方も残酷なものになっていくんじゃ……。実際ワシも正蔵達に敗北するまで、人間の事などゴミか玩具くらいに考えておったからのう……」

 

グラーキが従者を作る時、どの様な事をするのかについて聞かされた由良が、その双眸に涙を湛えながらこの様に述べたところ、それを聞いた咲作は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、由良に向かってこの様な言葉で返答するのであった……

 

(舐めてかかった相手にボコられた後、自分達と比べりゃ明らかに寿命が短いそいつらが、自分達の行いを後世に伝える為に遺して来た物を目の当たりにして、ここまで認識を変えるんか……。クトゥルフさん達もそうだったけど、意外と神話生物って純粋なのか……?)

 

そんな中、咲作と由良のやり取りを見ていた戦治郎は、心から申し訳無さそうに佇む咲作の姿を目にするなり、思わずこの様な事を呟くのであった

 

と、その時である

 

「ねぇ咲作さん、そのグラーキって奴にゾンビにされちゃった人は、人間に戻してあげる事は出来ないの?」

 

小弁天島での惨劇を目の当たりにしてから、神話生物による人的被害を可能な限り抑えたいと考える様になり、今回も神話生物絡みの事件であると聞くや否や、グラーキ討伐に名乗りを上げた瑞鶴が、咲作に向かってこの様な質問を投げかけるのであった

 

「普通なら無理じゃな、じゃが今回に関しては可能と答えておくわい。何たって今此処には、ワシと言う超常を超越した存在がおるからのう。ワシが被害者達がグラーキの被害に遭ったと言う事実そのものを能力で分解してしまえば、被害者達は攫われた時の前後の記憶に齟齬が発生はするものの、グラーキに攫われた事実が消滅している関係で、ゾンビになってしまった事も無かった事になるんじゃ」

 

「なら一安心ってところね……」

 

「過去の事象に干渉する事も出来るのですか……、本当に咲作さんは凄い方なのですね……」

 

「これでも創造神(アザトース)が生み出した四兄弟の三男坊じゃからな、この程度の事は造作でもないわい」

 

その後咲作の返答を聞いた瑞鶴は、安堵の息を吐きながらこの様に述べ、そのやり取りを瑞鶴の隣で聞いていた、神話生物関連の事件の解決に動く事も有る長門屋に異動する事を決意し、演習とは違う、本当の神話生物との戦いを実際に体験しておこうと考え、今回の戦いに参加する事にした大淀が、苦笑しながらこの様な言葉を口にすると、咲作はこれまでの申し訳なさそうな表情を引っ込め、何処か得意げに、ニヤリと笑みを浮かべながらこの様に返事をするのであった

 

「咲作よ、もし儂らがゾンビ化した被害者達に襲われた場合、儂らは被害者達には攻撃しない方がいいんか?」

 

「その辺も気にする必要は無いのう、グラーキに襲われた事実が消滅すれば、被害者達はワシらと戦う理由も、グラーキに従う理由も一緒に無くなり、更にはワシらと戦闘したと言う事実も一緒に消滅する事になるんじゃ。じゃからもし被害者達に襲われる様な状況になった場合、遠慮なく被害者達を吹き飛ばしても斬り捨てても構わんよ。仮に何かあったとしても、ワシの方で何とかしておくわい」

 

「ご近所さんを撃つのは気が引けるけど……、そうしないとお父さんもお母さんも、グラーキに酷い事をされちゃうから……、こればかりは仕方ないよね……、ね……?」

 

「ああ……、シカタナイネ……」

 

瑞鶴の質問に対しての答えが出た後、今度は正蔵が被害者達に襲われた時の対処法について尋ねてみると、咲作は常識的に考えればとんでもない内容で正蔵の問いに対して返答し、それを聞いた由良が複雑そうな表情を浮かべながらこの様な事を呟くと、それに続く様にして戦治郎がこの様に呟くのであった

 

「被害者の皆さんを助ける方法……、そして被害者の皆さんに襲われた時の対処法についてはよく分かりました。それで咲作さん、この事件の犯人であるグラーキの討伐に関しては、どの様な方法を採るおつもりなのですか?」

 

咲作が正蔵の質問に答えた直後、今度は戦治郎が戦いに参加するならばと言う事で、戦治郎について来た大和が今回の作戦内容について質問したところ……

 

「そうじゃな、そろそろそっちについて話しておいた方がいいかもしれんのう」

 

咲作はこの様に述べた後、今回の作戦について話し始めるのであった

 

今回のグラーキ討伐だが、実際にグラーキがいると思われる琵琶湖の湖底に向かうのは、戦治郎、正蔵、咲作の2人と1柱だけで、大和、瑞鶴、大淀、由良の艦娘4人は、念の為に咲作が生み出したジガルデ・コアとジガルデ・セル達と共に由良の実家に残り、由良の両親をゾンビ化した被害者達から守ると言う手筈になっている

 

グラーキと直接戦う面子から艦娘達が外されている理由については、グラーキが琵琶湖の湖底で活動している関係で、潜水艦ではない大和達では長時間の潜水が出来ず、グラーキがいるところまで辿り着く事が出来ない事と、此処にいる艦娘達の火力が旧支配者の相手をするにあたって少々心許ない事に加えて、そもそも水上艦の艤装が水中では使い物にならない事、そして戦治郎達が艦娘達のフォローに入ったばかりに、グラーキに対しての攻撃の手数が減ってしまい、結果としてグラーキを撃ち漏らしてしまう可能性が出てしまう事が挙げられており、最初はグラーキと戦う面子から外された事を不服に思った瑞鶴も、戦治郎から理由を聞くと取り敢えず納得し、渋々ではあるが作戦内容を了承するのであった

 

因みに非戦闘員である由良の両親は、咲作の指示で丁度説明会をやっていた部屋にあったクローゼットの中に退避する事となり、2人がクローゼットの中に入った事を確認した咲作は、そのクローゼットに自分の事を示す印、サクサクルースの印を刻みつけ、グラーキの従者と成り果ててしまった被害者達では、クローゼットに簡単に近付けない様にし、それが終わるとクローゼットの中にいる2人に対して、改めて自分が良いと言うまでクローゼットから出ない様にと釘を刺すのであった

 

こうして準備が整うと……

 

「よっし、後はゾンビ達が活動を開始する日没までに、俺達が湖底にいるグラーキを捕捉して、徹底的に叩きのめした上で、落とし前つけさせるだけだな……」

 

「グラーキは確かにでかく、見つけやすい分類に入るじゃろうが、琵琶湖そのものがかなり広いからのう、グラーキを捕捉するには結構な範囲を探し回る事になるじゃろうな……」

 

「グラーキが儂らの存在を感知して、湖底中を逃げ回らなけりゃいいんじゃがのう……」

 

「っと、こんな事やってる時間が勿体無ぇ、行くぞ祖父さん達っ!!!」

 

\応っ!!!/

 

戦治郎達は由良の実家を出て琵琶湖へ向かい、岸でこの様なやり取りを交わした後、すぐさま琵琶湖に飛び込み、グラーキを見つけ出す為に琵琶湖の湖底目指して潜水していくのであった

 

「さて……、提督達も出撃された事ですし、大和達ももしもの時の為に備えておきましょうっ!!」

 

\了解っ!!/

 

そうして戦治郎達が琵琶湖の中に潜っていく姿を見届けた大和は、自分と共に残る事となった瑞鶴達に向かってそう言うと、瑞鶴達は真剣な表情を浮かべながら大和に向かって力強く返答すると、来た道を辿って由良の実家に戻ると、持参した艤装を装着し、もしかしたら来るかもしれない戦いの時に備え、事前に自分達で話し合って決めておいた配置に着くのであった……



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湖底の追跡劇

由良の実家でブリーフィングを終え、グラーキを見つけ出す為に琵琶湖に飛び込んだ戦治郎達であったが……

 

「あぁーっ!!!もうっ!!!全っ然グラーキを発見出来る気配がしねぇぞっ!!!」

 

「流石は日本最大の湖……、思った以上に広いのう……」

 

「むぅ……、グラーキはそこそこサイズがある旧支配者じゃから、発見はし易いと思ったんじゃがのう……」

 

戦治郎達が思っていた以上に琵琶湖が広かった事と、海上とは違い水中では思った速度で移動出来ない事が災いし、グラーキの発見は戦治郎達の想定よりも難航していたのだった……

 

一応、咲作がその力の一部を解放し、魔力によって水中での索敵範囲を広げる事で、今回の事件の犯人であるグラーキの発見率を格段に上げる事は出来るのだが、それをやってしまうとグラーキが咲作の魔力を感知し、その魔力の凄まじさに恐れをなし、逃走を開始してしまう可能性も大幅に引き上げられてしまう為、それは最後の手段にしようと言う事で、戦治郎達は地道に目視で湖底にいるであろうグラーキを探していたのである

 

しかし、それではグラーキを中々発見する事が出来ず、戦治郎達は時間だけを無駄に浪費するだけの状況に陥っていたのであった……

 

「くっそ……っ!こうしている間に、そろそろ日が沈む時間になっちまった……っ!」

 

「このままでは埒が明かんな……、これ以上時間をかけてしまっては、地上のお嬢ちゃん達に危険が及ぶ可能性が出てしまうのう……」

 

「グラーキがでかいからって、完全に油断しちまってたな……。確か前も俺の見通しの甘さが原因で、状況が悪くなっちまった事があったよな……ちきせうっ!こうなったら仕方ねぇっ!咲作さん、切り札切っちまって下さいっ!!」

 

グラーキを中々発見出来ず、大和達が危険に晒されてしまう事に焦りを覚えると共に、自分自身の未熟さに苛立ちを覚える戦治郎と、自身の未熟さに気付く事が出来た戦治郎の姿に、内心ではその成長を喜んではいるのだが、状況が状況故にそれを表に出せないでいる正蔵は、この様なやり取りを交わした後、この状況を打開する為に咲作に魔力による索敵範囲の拡大を頼むのであった

 

「已むを得んな……」

 

それに対して咲作はこの様に返答した後、すぐさまグラーキに容易に発見されない様、抑えに抑えていた自身の魔力の一部を解放し、それを用いてグラーキの捜索を開始するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ何だ……っ!?湖の中に飛び込んで来た気配の1つから魔力が……っ!それもこの量……、まさかこの気配の中に外なる神がいるとでも言うのか……っ?!しかし何故外なる神が……?いや、今はそんな事を考えている場合ではない……っ!!この湖の中に入って来たと言う事は、この外なる神は私が狙いのはず……っ!!外なる神の相手など、命が幾つあっても足りんぞ……っ!!えぇいっ!何時までもこんな所にいれるかっ!!私は逃げるぞっ!!!」

 

咲作が魔力を解放しての捜索を開始した直後、やはりと言うべきか、湖底の中に潜伏していたグラーキは、咲作の魔力を感知すると激しく動揺した後、魔力の発生地点から可能な限り遠ざかる様に、湖底の中から這い出ると急いで逃走を開始するのであった……

 

 

 

 

 

「いたぞっ!!8時方向、15km先じゃっ!!!あ奴、湖底の中に身を隠す様に潜り込んでおったわいっ!!」

 

咲作の魔力を感知したグラーキが逃走を開始した直後、グラーキを捕捉する事に成功した咲作は、叫ぶ様にして戦治郎達にこの事を伝え……

 

「道理で目視で見つからねぇ訳だわなぁっ!!!」

 

「そんな事言っとる場合かっ!!行くぞ戦治郎っ!!!」

 

「居場所を捕捉出来たんならこっちのもんじゃいっ!!最大戦速で行くぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

その情報を耳にした戦治郎と正蔵は、この様なやり取りを交わした後、戦治郎の神帝之型で自分達を強化すると、咲作が言ったポイントに急行するのであった

 

 

 

それからしばらくして……

 

「グラーキを目視で発見っ!って、何か思った程でかくない……?」

 

「何かナメクジとヤマアラシのキメラの様な姿をしとるのう……」

 

戦治郎と正蔵はアフリカゾウ程の大きさのグラーキを見つけると、何処か拍子抜けした様な様子で、それぞれグラーキの外見に関する感想を述べ……

 

「って、やってる場合じゃねぇやっ!さっさとあいつを仕留めねぇとっ!!」

 

「そうじゃのう、あ奴にはキッチリ落とし前を付けてもらわんとのう……っ!」

 

それからすぐに我に返ると、急いでグラーキとの距離を詰め始めるのであった

 

しかし……

 

「むっ!例の外なる神の従者達かっ!?」

 

戦治郎達の存在に気付いたグラーキは、そう言うと戦治郎達の追跡を振り切る為に、出鱈目な軌道で移動しながらその移動速度を上げるのであった

 

尚この時、グラーキは戦治郎達に気を取られていた為、自分が逃げようと思った相手である咲作の気配が、唐突に消えていた事に気付けずにいたのであった……

 

「うぉっ!?あいつ、思った以上に速ぇっ!!」

 

「あの身体でよくこんな速度が出せるのう……っ!」

 

急に速度を上げたグラーキに驚いた戦治郎達だが、此処まで来てグラーキに逃げられる訳にはいかないとばかりに自分達も更に加速し……

 

「おっしゃっ!射程に……っ、入った……っ!!」

 

戦治郎が持つアンカークローの射程内に入る程まで、グラーキとの距離を詰める事に成功した戦治郎は、そう言うと腰に装着していたアンカークローを手に取って構え、泳ぎながらであるにも関わらずグラーキにピッタリと照準を合わせると、即座にトリガーを引いてアンカークローの爪部分を射出するのであった

 

戦治郎の算段では、アンカークローをグラーキの身体に突き立て、爪部分とグリップ部分を繋ぐ鎖を全身全霊の力で引っ張り、グラーキの足止めを行う予定となっているのである

 

戦治郎がトリガーを引いた直後、シリンダーによって急激に圧縮されたシリンダー内部の水は、逃げ場を求めるかの如く凄まじい勢いでアンカークローの爪部分を押し出し、その勢いに乗った花の蕾の様に閉じた5本の鋼鉄の爪は、自身の内部に内蔵されたスクリューの補助を受けながら、真っ直ぐグラーキの方へと向かって行くのだが……

 

「やらせんぞっ!!!」

 

グラーキのこの一言と共に、グラーキの背部にある無数の棘がまるでロケット弾の如く射出され、その直撃を受けたアンカークローの爪は、軌道を逸らされ明後日の方向に弾き飛ばされてしまうのであった……

 

「そんなのアリかよっ!?っとぉ、ろっしょいっ!!!」

 

「えぇいっ!あ奴、棘を発射した時の反動を利用して、更に加速しおったっ!!」

 

その直後、グラーキの行動に驚きつつも、戦治郎は気合で自分達の方へと向かって来る無数のグラーキの棘を回避し、紅吹雪で障壁を作って棘による攻撃を防ぐ正蔵は、忌々し気にこの様な言葉を吐き捨てると、先程の攻撃で戦治郎達を足止めしつつ加速した事で再び開いてしまったグラーキとの距離を詰める為に、共にグラーキの追跡を再開するのであった

 

さて、戦治郎達が追跡劇を展開している間にも、時間は無情にも刻一刻と過ぎていき、遂には完全に日は沈んでしまい、グラーキの従者と成り果ててしまったグラーキの被害者達が動き出す時間となってしまうのであった……

 

「待てやゴルァアアアァァァーーーッ!!!」

 

「小賢しい真似ばかりしおってぇっ!!!いい加減儂らに成敗されんかいっ!!!このクソナメクジもどきがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「貴様らの思い通りにはさせんっ!!!私は生きるっ!!!生きて日本中の人間をっ!!!私の信奉者にする野望を成し遂げるのだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

そんな事とは露知らず、戦治郎達は互いにこの様な言葉をぶつけ合いながら、時にグラーキからの攻撃を捌きながら、琵琶湖の湖底で壮絶な鬼ごっこを展開するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……、此処ならグラーキを追い詰める事が出来るかもしれんな……」

 

そんな中、魔力の放出を極限まで抑え、いつの間にか姿をくらませていた咲作は、索敵中に発見した、湖底内に存在していた洞窟の中で、この様な事を呟いていたのであった……



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由良の実家防衛戦線

戦治郎達がグラーキの追跡を開始した頃、戦治郎の指示で地上に残った大和達はどうしていたかと言うと……

 

「2時方向に多数の影っ!増援だと思われますっ!」

 

「ちぃっ!一体これで何度目の増援よっ!?」

 

ブリーフィングの後、最悪の事態を想定した戦治郎から譲り受けた夜偵を飛ばして、周囲を警戒していた大淀が、夜偵が入手した情報を声を張り上げて皆に伝え、それを聞いた瑞鶴が思わず舌打ちし、悪態をつきながら腰の矢筒に手を伸ばし、そこから矢を1本取り出すと、すぐに弓に番えて艦攻を発艦するのであった

 

そう、彼女達は今、戦治郎達がグラーキを打ち倒す事に手間取っている間に日が沈み、それによって活動を開始してしまったグラーキの従者と成り果てた被害者達と交戦している真っ最中なのである

 

戦治郎達と別れた後、彼女達は作戦通りに先ずは由良の実家の屋根に上がり、先程述べた大淀の夜偵で周囲の警戒をしながら時を待ち、戦いが始まるとすぐさま従者達に対して頭上から攻撃を開始したのである

 

さて、何故彼女達は態々足場が悪い屋根の上に上ったのかと言えば、もし由良の実家の前に陣取って戦闘を開始すれば、由良の実家の裏から従者達が接近して来た場合、由良の実家が障害物となってしまい、それに対処すべく大和達がそちらに移動をしている間に、従者達が由良の実家の内部に侵入してしまう恐れがある事と、大和達が従者達に対して攻撃を行う時、可能な限り視界を広くとっておいて、高所から狙撃する様な形で、従者達を由良の実家から離れた位置で対処出来る様にする為である

 

一応、由良の両親が避難しているクローゼット付近には、咲作が置いて行ってくれた2匹のジガルデが控えているのだが、そいつらが戦闘を開始してしまえば、ほぼ間違いなく由良の実家の内部が必要以上にズタズタにされてしまう可能性が高まってしまう為、それは流石に勘弁して欲しいと言う由良の意思を汲み取り、大和達は可能な限り従者達を由良の実家に近付けない様にしようと心に誓ったのであった

 

因みに現在の大和は攻撃の手数を増やす為と言う理由で、水偵の代わりに水戦を装備しており、大和の水戦達は由良が放った照明弾の明かりの下、瑞鶴が放った岩本妖精さん率いる艦戦部隊と連携をとりながら従者達に銃弾の雨を叩きつけて回っていた。艦娘が放つ艦載機は見た目こそ小さいものの、艤装に民間用リミッターが付いていない状態であるならば、その威力は艤装の兵装同様実物と変わらないものとなる為、艦攻&水戦の連合部隊は、従者達を容易に蹴散らしてみせるのであった

 

そんな中……

 

「このっ!これ以上、貴方達を由良の家には近付けさせないからっ!!」

 

「艦攻隊っ!由良に合わせて魚雷を投下してっ!!」

 

由良がこの様な事を叫びながら、戦闘機の群れを掻い潜って接近して来た従者達目掛け、ありったけの魚雷を投擲し、それに合わせて瑞鶴が先程放った艦攻部隊にこの様な指示を飛ばし、それを受けた艦攻達はすぐさま指示に従い、機体下部に吊り下げられた魚雷を、従者達の頭上で機体から切り離し……

 

「今ですっ!大和さんっ!!」

 

「主砲っ!!薙ぎ払えっ!!!」

 

その様子を夜偵越しに見ていた大淀が合図を送ると、それに合わせて大和が艤装に取り付けられた51cm砲を従者達に向けて放ち、その砲弾が従者の1匹に直撃し大爆発を発生させると、先程由良達がばら撒いた魚雷の1つが爆炎に飲み込まれて誘爆、その爆発が別の魚雷を更に誘爆させると言う連鎖が発生し、それによって従者達は次々と吹き飛ばされていくのであった

 

「咲作さんからは気にせずに戦えと言われてるけど……、やっぱりご近所さんだった人達を撃つのは少し気が引けるなぁ……」

 

大和達の見事な連携によって薙ぎ払われる従者達を見て、戦治郎が少しだけ置いて行ってくれた資源を使い、魚雷を補充する由良がこの様な事を呟くと……

 

「そのご近所さんって、多分序盤に吹き飛ばした連中の中にいたんじゃない?今来てる連中は、他の琵琶湖周辺の住民から作られた従者だと思うんだけど……」

 

「恐らく瑞鶴さんが言っている通りでしょうね……、その数や来ている方角から考えても、今来ている従者の多くは、グラーキ由来の行方不明事件が明るみになる前から、グラーキによって従者に作り変えられた方々だと考えられますね……」

 

魚雷を補充する為に戻って来た艦攻を格納し、魚雷の再装填を終えた艦攻を再び発艦させながら瑞鶴がこの様な事を口にし、それを聞いた大淀も瑞鶴の言葉を肯定する様に、この様な言葉を口にするのであった

 

因みに由良の実家のご近所さん製の従者達だが、その数はこの戦いが始まるほんの少し前から本当に地味に増えていたりする。その理由として挙げられるのは、戦治郎達との追いかけっこの最中、グラーキが放った棘の多くが琵琶湖中から飛び出し、それを手にした従者達がグラーキのテレパシーに従い、まだ無事であった住民達の家を襲撃し、その棘を1人の人間に対して2本使用する事で、従者の数を増やしたからである

 

「確かに由良さんからしたら心苦しいところがあるかもしれませんが、今はそんな事を言っている場合ではありません。もしここで大和達が従者達の勢いに押し切られる様な事があれば、大和達までもがグラーキの従者に仕立て上げられ、被害が更に拡大してしまう事でしょう……。そんな事は、絶対に許されてはいけない事なのです……っ!!」

 

そんな由良達のやり取りを聞いていた大和が、真剣な面持ちでこの様な事を口にすると、それを聞いた誰もがその表情を引き締め、己を奮い立たせるのであったが……

 

「そう……、大和が提督以外の誰かの従者に成り下がるなど、絶対にあってはならない事なのですっ!!!」

 

「そこぉっ!?大和さんって、ホント戦治郎さんに心酔してるわね……」

 

大和がこの様に続けた直後、由良と大淀は思わず苦笑を浮かべ、瑞鶴はすかさず大和にツッコミを入れるのであった……

 

その後彼女達は、きっと戦治郎達がグラーキを如何にかしてくれる事を祈りつつも、従者達の弱点である太陽が昇る明け方まで戦い続ける覚悟を決め、しばらくの間後から後から続々とやって来る従者達に対して、情け容赦なく攻撃を続けるのであった

 

大和が戦治郎から譲り受けた3号さんが唸りを上げ、1発1発が重巡の主砲クラスの砲弾を大量にばら撒き、瑞鶴が発艦した艦爆部隊が編隊を組んで絨毯爆撃を開始し、それでも2人が撃ち漏らした従者達を、大淀と由良が主砲や魚雷の誘爆で確実に仕留めていく中、遂に従者達に変化が起こるのであった

 

本当に何の前触れも無く、突如として従者達がその歩みを止めたかと思えば、今度は大和達の視界の中で次々とその場で崩れ落ちる様に地面に膝を突き、倒れ伏せ、やがては全身がボロボロと崩れ始めたのである

 

「如何やら戦治郎さん達が、この事件の首謀者を討ち取ってくれた様ですね……」

 

「ようやくか……、はぁ~……、長かったぁ~……」

 

「流石は提督……、やると決めた事は必ずやり遂げる……、大和はそんな提督が大好きです……♪」

 

「本当に良かった……、お父さんもお母さんも無事で……、本当に良かった……」

 

その様子を目の当たりにした艦娘達4人は、それを作戦が終了した合図であると受け取ると、その表情に疲労の色を見せながらも、各々に思いの丈を口にする。特に両親を己の手で守る事が出来た由良に至っては、喜びの余りその2つの瞳に涙を浮かべながら、この様に呟くのであった

 

その後大和達は取り敢えず由良の実家の屋根から降り、由良の両親に襲撃が終わった事を告げて狭いクローゼットの中から解放し、由良の両親から心からの感謝の言葉を受けた後、由良の実家の前で戦治郎達の帰還を待っていると……

 

「「「えっほえっほえっほえっほ」」」

 

遠くから3人分……、いや、あのメンバーの場合2人と1柱の方が正しいだろう。2人と1柱の声が聞こえて来て、大和達が声が聞こえた方に顔を向け、暗闇の中目を凝らしてその方角を見ていると、そこには真っ赤な大きな柱の様な物を担ぎ、こちらに向かって走って来る戦治郎達の姿が見えるのであった

 

尚、戦治郎達が担ぐその柱には、最早全身から血を流しながら柱の中に埋まっているとしか表現出来ない状態となった、哀れな今回の事件の首謀者である旧支配者、グラーキの姿があったのであった……



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湖畔の住民、張り付けられる

今回の事件の首謀者であるグラーキが、どの様にして柱の中に埋められたのかについて説明する為に、少し時間を遡るとしよう

 

琵琶湖の湖底にて、グラーキと追いかけっこを始めた戦治郎達であったが、グラーキからの妨害もある為か、中々グラーキに追いつく事が出来ず、時が経つに連れて徐々に焦燥感に苛まれ始めるのであった

 

アンカークローを射出された棘によって弾かれた後、戦治郎達は現在使用出来るあらゆる手段を用いて、湖底を走り回るグラーキの拘束を試みたのだが、それらは悉く失敗に終わってしまっていた……

 

先ず水中ではアンカークロー以外の射撃系武器が無い戦治郎が、隙を見つける度に果敢にもアンカークローによる拘束を何度も試みるのだが、やはりと言うべきか、それは先程と同じ様に棘で弾き飛ばされてしまったり、まるで背後に目が付いているのかと思いたくなってしまう様な正確さで回避されてしまっていた

 

これ以外にも戦治郎は、神帝之型の力を利用して、湖底を隆起させて作った岩の槍や、地割れを発生させてグラーキの足止めを試みたのだが、それもグラーキに勘付かれてしまっていたのか、浮力を利用した跳躍などによって悉く回避されてしまうのであった

 

そんな戦治郎の様子を見ていた正蔵が、戦治郎と交代して紅吹雪による足止めを試みたのだが、自身が生み出せる最大数の花弁で攻撃を仕掛けてみるも、それも結局棘で全て撃ち落とされてしまったり、ものの見事に回避されてしまっていたのである……

 

「あああぁぁぁーーーっ!!!あの棘ホント邪魔っ!!!マジで何なんだよアレッ!!?」

 

「あ奴は一体どうやってあそこまで精密な射撃を行ったり、こちらの攻撃を把握して回避をしておるんじゃ……?」

 

グラーキの棘攻撃に苦戦を強いられる2人が、思わずグラーキに対して悪態をついたり、その行動の正確さについて疑問を覚えていると……

 

「だったらあ奴の目を見てみるといい、そしたらその原因が分かるぞ?」

 

不意に聞き覚えがある声が2人の耳を打ち、2人が揃ってそちらに視線を向けてみたところ、そこにはいつの間にか姿をくらませていた咲作の姿があり……

 

「咲作さんっ!?何時の間に戻ってたんですかっ?!」

 

「お前、何か途中から姿が見えんかったが、一体何処に行っておったんじゃ?」

 

「すまんのう、ちとあやつを追い込むのに丁度良さそうな場所があってな、其処の様子を見に行っておったんじゃ」

 

いつの間にかいなくなっていた咲作が戻って来ていた事に驚いた2人は、それぞれこの様な言葉を咲作に投げかけ、それを聞いた咲作は、2人に向かって別行動を取っていた理由について話し……

 

「このタイミングでそんな情報を……、アンタは神か……?」

 

「神じゃよ?」

 

「あっそうだったわ」

 

「そんな下らんやり取りやっとらんで、はよそのあ奴を追い込める場所とか言う奴を教えんかいっ!」

 

「全く、正蔵はせっかちじゃのう……」

 

2人と1柱はこの様なやり取りを交わした後、咲作から件の場所の位置について教えてもらうのであった

 

「此処から南にある島……、沖島か……」

 

「そうじゃ、其処に奥が行き止まりになっておって、入口も1ヶ所しか存在しない、あ奴を追い込むのに丁度良さそうな洞窟があったんじゃよ」

 

「どうしてそんな所に洞窟が……、いや、今はそんな事を考えておる場合ではないのう。問題はあ奴をどうやってそこまで誘導するかじゃな……」

 

「あいつ、マジで背中に目が付いてるのか?ってくらいに、こっちの攻撃に反応して回避したり迎撃しやがるからな……」

 

「だからあ奴の目を見てみろと、さっきワシが言ったじゃろうがい、このバカチン共が……っ!」

 

その後、洞窟の場所を把握した戦治郎達が、その場所にどのようにしてグラーキを誘導するかについて頭を悩ませ始めた直後、少々苛立ちが混ざった咲作の声が2人の耳に入り、それを聞いた2人は我に返ると急いでグラーキの目を目を凝らして観察し始め……

 

「あーっ!?」

 

「……あ奴、3つある目の内の1つを、常にこちらに向けておったのか……?」

 

「その通りじゃ、じゃからあ奴はお前達の攻撃をこちらを向いている目でしっかり捕捉し、回避や迎撃を正確に行う事が出来るんじゃよ」

 

「待った待った、それじゃあ俺がやった地面からの攻撃に反応出来た理由は?」

 

「神話生物の感覚を侮るでない、地面に足を着けておったら、よっぽど別の事に意識を取られておらん限り、ワシらは地面の微細な変化を感知出来るんじゃよ」

 

「くっそっ!!くっっっそぉっ!!!そんなのアリかよぉっ!!!」

 

戦治郎と正蔵は、3本の管の先端にそれぞれ付いたグラーキの目の内、真ん中の1つがずっとこちらを向いている事に気付くと、こんな単純な方法で苦戦を強いられた事を大いに悔しがったのであった

 

そうしている間に、戦治郎達は件の洞窟の近くに辿り着き、グラーキを洞窟内に追い込む作戦について、グラーキを追跡しながら話し合いを開始し……

 

「おっしゃっ!!その作戦でいこうっ!!」

 

「儂らをコケにした事……、存分に後悔させてやるわい……っ!!」

 

「お前達だけでもそこそこいい線までいってたんじゃ、ワシも加われば確実に上手くいくじゃろうて」

 

作戦内容が決まると、戦治郎達は各々に言葉を口にした後、すぐさま行動を開始するのであった

 

先ずは正蔵が紅吹雪で広範囲に亘って攻撃を開始し、それに釣られてグラーキが迎撃の為に棘を発射し始めると、正蔵が生み出した彼岸花の花弁達は突然その軌道を変え、次々と棘を撃ち落とし始めるのであった

 

(何か妙な奴が加わってから、奴らの動きが変わった……?奴らは一体何を企んでいるんだ……?いや、そもそも問題の外なる神は何処に行った……?まさか、あの珍妙な奴が……?)

 

唐突に姿を現したジガルデパーフェクトフォルムと、今まで自分に対して直接攻撃を仕掛けていた正蔵の行動の変化に困惑するグラーキが、内心でこの様な事を呟いていると、不意に視界が真っ白になり……

 

「……っ!?ぐぁあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

直後に視界が暗転、真っ暗になるや否や身体と目を繋ぐ管の先端に焼ける様な痛みを感じ、グラーキは突然の出来事に驚愕しながら、その激痛に思わず悲鳴を上げるのであった

 

グラーキの身に一体何があったのか?それは咲作が撃ち出した核熱を利用した熱線が、グラーキの3つある目を全て焼き尽くしたのである

 

そう、これは正蔵が最大出力の紅吹雪でグラーキの棘を処理している間に、咲作が熱線を発射してグラーキの目を潰してまともに行動を出来なくしてしまうと言う、戦治郎達の作戦の内の1つなのだ

 

普通ならば、これだけでグラーキの足止めは成功したと思うところだが、咲作から神話生物の再生能力を侮ってはいけないと忠告された戦治郎達は、グラーキが確実に逃走出来ない様にする為に、目を再生されても簡単に逃走出来ない様に、逃げ場の少ない洞窟の中にグラーキを放り込んだ後、しっかりグラーキを拘束する事にしているのである

 

さて、こうして完全に視界を潰されたグラーキに対して、戦治郎が追い撃ちを掛ける

 

「しゃああぁぁぁりゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

戦治郎は雄叫びを上げながらアンカークローを射出、その鋼鉄の爪が今度こそグラーキに突き刺さると、グリップを握り込んでアンカークローの爪を展開し、簡単にグラーキの身体から爪が外れない様にすると……

 

「う"お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"---っ!!!!!」

 

先程以上の声量で咆哮を上げながらアンカークローのグリップを握り込み、同時に自分の身体を軸にして横回転を開始する。するとどうだ、グラーキの身体は地面から離れ、まるでハンマー投げのハンマーの様にグルグルと戦治郎に振り回され始めたのである

 

「お~、回っとる回っとる~」

 

「後は洞窟の中に正確に放り込めるかじゃのう」

 

その様子を眺めるジジーズが、各々に感想を述べ……

 

「なあああぁぁぁーーーっ!?!??」

 

目を潰された事で状況を把握出来ないグラーキが、激しく混乱しながら叫び声をあげると……

 

「じょいやあああぁぁぁーーーっ!!!!!」

 

戦治郎が再び咆哮を上げながらグリップを握る力を緩めて爪を閉じ、それによって爪がグラーキの身体からすっぽ抜けると、グラーキの身体は凄まじい速度で、洞窟の方へと一直線に飛んで行くのであった

 

「おっしゃっ!狙いバッチリッ!」

 

「戦治郎っ!最後の仕上げにかかるぞっ!!」

 

「あいよっ!!!」

 

その様子を眺めていた戦治郎が、狙い通りにグラーキを飛ばせた事に対して、喜びの余り思わずガッツポーズをとりながら叫び、直後に紅吹雪で作った先端が鋭利に尖った、直径1mほどの巨大な柱を抱えた正蔵がそう叫び、それを聞いた戦治郎は返事をしながらすぐさま正蔵の下に近付き……

 

「「どっせえええぇぇぇーーーいっ!!!」

 

2人で真っ赤で巨大な柱を抱えると、呼吸を合わせて柱を洞窟目掛けて投擲、柱は2人の狙い通りに洞窟の中に入ると……

 

「あ"があ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"---っ!!!」

 

洞窟の入口のすぐ傍まで投げ飛ばされたグラーキの身体に突き刺さり、それに反応したかの如く柱から生えて来た大量の蔓状の花弁が、グラーキの身体を柱に縫い付ける様に、何度何度もグラーキの身体を貫いては、別の所から再びグラーキの身体を貫いて柱に戻るを繰り返し、やがて花弁がグラーキの身体が柱に埋没した様に見えるほどまで縫合したところで、柱は洞窟の壁に勢いよく突き刺さるのであった

 

そんな攻撃を受けたグラーキは、柱が壁に突き刺さった瞬間に襲って来た衝撃と、全身に走る激痛の余りに意識を失い、完全に沈黙してしまうのであった……

 

その後戦治郎達はグラーキが気絶している事を確認すると、特に洞窟の中を探索したりはせず、グラーキが刺さった柱をそのまま回収し、大和達が待つ由良の実家に帰還するのであった

 

尚この時、咲作は最初に洞窟に来た時には感じなかった違和感を感じ取るのだが、早く地上に戻りたがっている戦治郎達の姿を見て、これは気のせいであると自分の中で処理する事にして、戦治郎達と共に地上に戻るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

今回の事件の首謀者であるグラーキを捕獲した戦治郎達が、グラーキが突き刺さった柱を担いで洞窟から去った後の事である、突如として洞窟内部の空間が歪み、その中から幾何学的な形状をした、何処かメタリックな見た目をした、手のひらサイズの何かが姿を現すなり、溜息とも安堵の息とも受け取れる吐息を吐くのであった

 

「ふむ……」

 

それは何かを思案する様にそう呟き……

 

「うん……」

 

自分の中で何かを決定すると、呟きを1つ残した後、再び歪んだ空間の中に入り、その姿を完全にくらませてしまうのであった……



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事実を歪める

「今回の事件の首謀者、とっ捕まえたぞーっ!」

 

「こ奴、本当に小賢しい真似ばかりしくさりおってのう、思った以上に捕獲に手こずってしもうたわい……」

 

「ワシが戦列に戻ってからは、サクサクと話が進んだがのう」

 

「提督も正蔵さんも、そして咲作さんもお疲れ様でした」

 

由良の実家に帰還した戦治郎達が、自分達の帰りを待ってくれていたであろう大和達に向かって、捕獲したグラーキを見せながら作戦が成功した事を告げたところ、血塗れでグッタリするグラーキの姿を見て瑞鶴達が引き攣った表情を浮かべる中、大和だけが特にグラーキに対するリアクションも見せず、たった今帰還した戦治郎達に向かって頭を垂れながら労いの言葉を掛けるのであった

 

「こいつ、生きてるの……?」

 

「見た目は酷い事になっておるが、ちゃんと急所は外しておるから生きておるぞ?」

 

「こ奴には、生きて罪を償ってもらう必要があるからのう」

 

瑞鶴が表情を引き攣らせたまま、グッタリとしてピクリとも動かないグラーキの様子を見て、これが本当に生きているのかどうかについて正蔵達に尋ねてみると、ジジーズはあっけらかんとした様子でこの様に返答し、瑞鶴を更にドン引きさせるのであった

 

「罪を償う……ですか……」

 

「そうじゃ、まあ具体的な内容はこれから話すとして……、先ずはこ奴を話が聞ける状態にせねばな」

 

先程の咲作の発言に対して、大淀がこの様に呟いたところ、それを聞いた咲作はこの様に返事をした後、グラーキの方へと顔を向け、本当に一瞬だけその目を光らせる

 

するとどうだ、咲作に焼き払われたグラーキの目が見る見るうちに復元されていき、更には身体中の傷から垂れ流されるグラーキの血液もピタリと止まり……

 

「……うぅ……っ」

 

遂には身体は柱の中に未だに埋まったままではあるものの、グラーキの身体がピクリと動き、やがてグラーキはくぐもった呻き声を上げながら、意識を取り戻すのであった

 

「これは……っ!?一体何が……?」

 

「何、目の方はワシから攻撃されたと言う事実を分解して元の状態に戻しただけで、身体の方はこ奴の細胞組織を上手い具合に結合させて、無理矢理傷口を塞いで止血しただけじゃよ。細胞関係については、ワシが本来持つ分解と融合に関する力と、ジガルデ達を生み出す時の技術を応用すれば、どうとでもなるもんじゃ」

 

「ご、ご丁寧にどうも……」

 

グラーキの身に起きた出来事を目の当たりにした大淀が、思わず目を見開いて驚愕の声を上げるのだが、それに対してこの現象を引き起こした張本人である咲作は、平然とした様子で即座にこの様に返答し、それを聞いて目の前で起こった現象については、これ以上踏み込んで言及すべきでは無い、仮にこれ以上言及したところで、その理屈を完全に理解する事は不可能であろうと判断した大淀は、苦笑しながらこの様に返答するのであった

 

と、その直後である

 

「ああ、事実の分解で思い出したわい。そう言えばグラーキの被害者達を復活させんといかんかったな」

 

「咲作さん……、本当に被害者の皆さんは蘇る事が出来るんですか……?正直、こんな状態からでも復活出来ると言うのが、少々信じ難いんですけど……?」

 

自身の発言で被害者達を元の人間に戻す事を思い出した咲作が、ポンっと手を打ちながらこの様な言葉を口にし、それを聞いた由良が、グラーキが気絶してしまった事で、人としての原型を全く留めていない、灰の山と化してしまった被害者達の今の姿をチラ見しながら、この様な疑問を口にしたところ……

 

「それはお前さん達の理屈じゃな、生憎ワシにはそう言った理屈は通用せんのじゃよ。まあ、口で言うより実際見せた方が早いかのう……」

 

咲作はこの様に返答すると、静かにその目を閉じながら俯き……

 

「ふむ……、ワシら基準では大した規模とはとても言えんが、人間の基準で見てみれば、かなりの被害が出ておるのう……。これはひょっとしたら、多少時空が歪むかもしれんな……」

 

恐らく人類には到底触れられない何かに触れ、その内容に対してこの様な事を呟き、そんな咲作の様子を静かに見守っていた戦治郎達は、咲作の呟きを耳にすると……

 

「何か今、すっごくヤバそうな言葉が聞こえたんだけど……?」

 

「え……?時空が……何だって……?」

 

揃ってこの様な言葉を口にしながら、驚愕と困惑が絶妙に混ざり合った様な表情を浮かべるのであった……

 

と、その直後である

 

「さて、どのくらいの規模で事実を歪めれば良いか分かった事じゃし、早速やるとするかのう」

 

咲作がそう言いながらその双眸を開き、その目を眩く輝かせたその瞬間、世界に異変が発生するのであった

 

咲作が行動を起こした直後、大気と大地がほぼほぼ同時に激しく震え始め、戦治郎達の視界に映るありとあらゆるものが、突如としてまるで陽炎の如くユラユラと揺らぎ、更には女性陣が身に付けているアナログ式の腕時計の針と言う針が、トチ狂ったかの様に文字盤上をグルグルと回り始め、戦治郎が身に付けているデジタル式の腕時計に表示される文字達も、最早時計としての役割を放棄し、液晶パネルの中で暴れ始めるのであった……

 

これでもかなりの異常事態なのだが、揺らぐ戦治郎達の視界の中で、更なる異変が起こり始める。そう、従者達の灰が突然人の形に変化したと思った直後、表面の灰がボロボロと崩れ始め、その中から何処からどう見ても人間にしか見えないものが姿を現したのである

 

「よし、こんなところじゃな」

 

咲作のこの発言の直後、今まで発生していた異変が唐突に収まり、灰の中から出て来た者達が次々と倒れ伏せていくのであった

 

「なぁ咲作さん……、この人達ってホントに生きてんのか……?」

 

「信じられんのなら、自分で確認したらいいじゃろう?」

 

目の前で起こった出来事がとても信じられず、思わず戦治郎が咲作にこの様に尋ねたところ、咲作は不機嫌そうな表情を浮かべながら、戦治郎に向かってこの様に返事をし、それを受けた戦治郎が実際に倒れ伏せた人間達の生死を確認してみたところ、咲作が言った通り、倒れ伏せた者達はしっかりと呼吸をしている事と、脈がある事が確認出来、この事実を知った戦治郎は、背筋に薄ら寒いものを感じ、思わずその身をブルリと震わせ……

 

「嘘でしょ……?」

 

「これが外なる神の実力……」

 

「咲作さんが味方で本当に良かったと……、今この瞬間から思う様になりました……」

 

戦治郎から衝撃の事実を知らされた瑞鶴達も、その内容に戦慄しながら口々にこの様な事を口にし……

 

「そう言えば……、この方々はこの後どうするのですか?やはり元いた場所に連れて帰るのですか?」

 

「このまま寝転がしておけば、後は意識を取り戻した者から順に、勝手に帰っていく事じゃろう。じゃから放っておいても構わんじゃろ」

 

「念の為、幾らか金を渡しておいてやるかのう……、此処から元いた場所に戻る時、文無しで公共の交通機関が使えんなどと言う状況になられては、こっちが困るからのう……」

 

そんな中でふと大和が被害者達の処遇について思った事を口にしてみたところ、咲作は気にする事ではないとばかりに、その手をヒラヒラさせながらこの様に返答し、それを聞いた正蔵は、流石に被害者達が家に帰れなくなってしまうのは可哀想であると思い、この様な事を言いながら、被害者達の懐に1人辺り2万円ほどの現金を忍ばせてあげるのであった

 

その後……

 

「さて、被害者達の方はこれで良いとして……、今度はこ奴の処遇について考えんとのう……」

 

「それなら場所移しましょう、もし意識を取り戻した人達がこのブッサイクなナメクジもどきを直視したら、最悪精神病院まっしぐらになりかねませんからね……」

 

被害者達の問題が解決したところで、次はこいつの番だとばかりに、咲作が柱に埋まったまま、黙って何かを考えていると思われるグラーキを睨みつけながらこの様な事を言い、それを受けた戦治郎がこの様な提案をした事で、彼らはグラーキが埋まった柱を担ぎ、人目に付かない場所へと移動するのであった



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『お話し合い』の前に気分転換を

戦治郎の提案を受け、人目に付かない場所に移動してからグラーキに対して今回の事件を引き起こした切っ掛けについて問い詰めようとする戦治郎達であったが……

 

「うぅ……、何か変な感じがする……」

 

「何というか……、地球の空気とは何かが違う……、そんな感じがしますね……」

 

「身体に空気が纏わりついて来る様な……、そんな不快感を感じますね……」

 

「周りの風景も相まって、少し吐き気が……」

 

『その場所』に立ち入った艦娘達が、口々に『その場所』に関する苦情を訴える中……

 

「「はぁ~……、どっこいしょーっ!!」」

 

「ぐぉっ!!」

 

戦治郎と正蔵は担いで来たグラーキが埋まる柱を、『この場所』の地面に勢いよく突き立て、その衝撃を受けてグラーキが苦悶の声を漏らすのであった

 

「すまんのう娘っ子達、あの状況で人目に付かない場所と言うと、どうしても『此処』しかなかったんじゃよ……」

 

そんな戦治郎達を尻目に、咲作は何処か申し訳なさそうな表情を浮かべながら、居心地悪そうにしている艦娘達に向かって、謝罪の言葉を口にしながら頭を垂れるのであった

 

何故咲作が艦娘達に対して謝罪するのか?いや、その前に『この場所』とは一体何処の事なのだろうか?

 

その答えを簡単に述べると、なんと『この場所』と言うのは、咲作が地球に飛来するまでの間……、最早天文学的な数値になりかねない程の長い年月を独りで過ごして来たと言う、咲作自身が作り出したと言う異次元空間の中なのである

 

戦治郎の提案で人目に付かない場所に移動する事になった一行だったが、戦治郎から譲り受けた夜偵で周囲の状況を把握していた大淀から、グラーキ被害者達が至る所に存在しており、近くにそう言った場所が無い事を知らされ、それを聞いた誰も頭を抱え始めた時に、咲作がこの異次元空間を使う事を提案、状況が状況である為已む無しと言う事で、一行は咲作の異次元空間の中でグラーキと『お話し合い』をする事にし、今に至っているのである

 

その空間の中は照明の類など一切存在せず、完全に闇に包まれているはずなのだが、何故か中にいる者達は光で照らし出されているかの如く、その輪郭までハッキリと視認出来る様になっており、それが艦娘達からしたら非常に不気味で仕方が無かったのである

 

他にもこの空間には地球の様な大気は存在せず、本来ならば人間が生身でこの空間に入ろうものならば、その人間には宇宙空間に宇宙服を装着せずに投げ出された時と同じ現象が発生し、最悪の場合、その人間が死に至る可能性がある様な場所なのである

 

そんな場所であるにも関わらず、戦治郎達がこの空間で不快感こそ感じるものの、平然としていられる理由だが、それは咲作が魔力を用いてこの異次元空間の中に、地球の大気と同質の大気を作り出したからである

 

そしてその大気には、咲作が大気を作り出した際に用いた強大な魔力が含まれており、それが魔力を持たない艦娘達に不快感を与えていたのである

 

こう言った事情があった為、咲作は艦娘達に対して謝罪を行い、それを受けた艦娘達は、しょぼくれる咲作に対して今回に関しては仕方が無い事だから、そんなに気に病まないで欲しいと、優しく語り掛けるのであった

 

さて、咲作達がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「おっしゃ!準備OKだっ!!」

 

『お話し合い』の準備が整った事を知らせる戦治郎の声が辺りに響き渡り、それを合図にして咲作達が戦治郎達の方へと向き直ると、其処には鞘を付けたままの大妖丸や酒呑童子を、肩に担ぐ様にして手に持つ戦治郎達の姿と、そんな戦治郎の目の前に整然と並べられた、艦娘の人数分のスレッジハンマーが存在していたのだった……

 

「……ナニコレ?」

 

「いやな、おめえ達もこいつの被害者達と戦わされたせいで、こいつに対しての怒りを覚えてるんじゃねぇかって思ってな。んで、『話し合い』の前にそいつでこいつをぶん殴って、皆スッキリした気分で『話し合い』に臨もうって事で、こうして輝の得物のプロトタイプであるこれを準備した訳よ」

 

目の前のスレッジハンマーの事が気になって仕方が無い瑞鶴が、戦治郎に向かってこの様に尋ねてみると、戦治郎はニカッと笑いながら瑞鶴に対してこの様な返答をし……

 

「なるほどね……、そう言う事なら一番槍は私が貰うわね。正直、被害者達と戦っている時もそうだけど、戦いが終わって被害者達が灰になった瞬間を見た時、小弁天島の時の事を思い出しちゃって、今滅茶苦茶気分が悪いのよね、私……」

 

戦治郎の返答を聞いた瑞鶴は、納得した様な表情を浮かべながらこの様な事を言い放ち、戦治郎の目の前に並べられたスレッジハンマーの内の1つを手に取ると……

 

「ふんっ!!!」

 

柱に埋まったグラーキの顔面に、気合いの籠ったハンマーによる一撃を叩きつけ……

 

「ごふっ!!」

 

瑞鶴のその一撃をモロに受けたグラーキは、思わず苦悶の声を上げてしまうのであった

 

それから大して間も空けずして……

 

「提督のお心遣い、感謝します。大和も瑞鶴さん同様、今回の件で小弁天島の事を思い出し、非常に不快な思いをしたのですが……、それ以上に……、この生物が湖底を逃げ回って提督の手を煩わせる様な真似をしてくれた事を、大和は絶対に許しません……っ!!!」

 

今度は大和がこの様な事を言いながらハンマーを手に取り、ありったけの怒りを込めてグラーキの脳天目掛けてハンマーを振り下ろし、その衝撃によってこの空間が本当に僅かに震えるほどの一撃を、グラーキにお見舞いするのであった……

 

その後は大淀、由良の順に続き、由良に関しては家族が被害に遭うところであった事から、戦治郎から親御さんの分まで含めて3発殴って良いとの通達があり、由良はそれに従って先ずは野球のバッティングの要領でフルスイングして一撃、続いて今度はテニスの両手バックハンドの様に、払う様にして更なる一撃を加え、最後はこれまでグラーキを殴って来たメンバーと同じ様に、グラーキの脳天にハンマーを勢いよく振り下ろすのであった

 

そんな艦娘達の様子を、遠巻きに見ていた戦治郎達は……

 

「お~お~、殴りおる殴りおる」

 

「大和と瑞鶴の一撃は重そうだな~……、まぁ当然っちゃ当然か~……、あの時の事を想起させられりゃぁ、誰だって怒るわな~……」

 

「大和の嬢ちゃんの方は、何かちょっと違う様じゃったが……、まぁワシが気にする事では無さそうじゃな」

 

暢気にこの様なやり取りを交わしていたのであった

 

 

それからしばらくして、今回の事件の首謀者であるグラーキに一撃を加えた事で、多少なれど気分が晴れた艦娘達と交代し、戦治郎達がグラーキに向かってどうして琵琶湖にいるのかについてや、何故この様な事件を起こしたのかについて尋ねてみたのだが……

 

「……あの件にサクサクルースが噛んでいると分かっていれば、私もこの様な事はせず、大人しくこの湖の中に引き籠っていただろう……」

 

グラーキが人間と深海棲艦の戦争に巻き込まれない様にする為に、日本は快適と言うイオッチの言葉を信じ、イギリスから態々日本に移住して来た事が判明した後、戦治郎が事件を起こした切っ掛けを尋ねた時、グラーキがこの様な事を呟いた為、戦治郎達は思わず顔を顰めるのであった

 

そう、先程のグラーキの発言からすると、如何やらグラーキがこの事件を起こした理由には、咲作が関わっている様に聞き取る事が出来るのだが、地球に来てまだ日が浅い咲作には、全くと言って良いほど心当たりがないのである。そしてその事は戦治郎達もよく分かっていた為、戦治郎達はグラーキの発言を聞いた瞬間、訝しむ様にその表情を顰めたのである

 

「グラーキよ、『あの件』とは一体何の事なんじゃ……?」

 

グラーキが言う『あの件』と言うものが気になった咲作が、全身から絶望感を漂わせるグラーキに向かってこの様に尋ねてみると……

 

「遂にボケたか、サクサクルースよ……。去年の6月辺りから、貴様は西日本で人間達の理性や道徳心、自制心や罪悪感を分解する事で大量の従者を作り出し、その従者達を日本各地で暴れさせているではないか。私はそれに対抗する為に、こうしてこの場所で自分の信者を増やしていたのだ」

 

「ちょっち待て、咲作が地球に飛来したのは確か今年の6月頃じゃぞ?」

 

「つか、それってどう考えても咲作さんの従者の増やし方じゃねぇだろ……?」

 

「……は?」

 

グラーキは呆れ返った様な様子で、咲作の問いに対して返事をするのだが、それを聞いた正蔵が、会話に割って入る様にして咲作が飛来した日時について口にし、それに続く様にして戦治郎がこの様な言葉を放ったところ、グラーキは信じられないと言った様子の表情を浮かべながら、思わず間の抜けた声を上げてしまうのであった……



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湖畔の住民から艦娘の奴隷へ・・・・・・

「サクサクルースはあの件とは無関係だと……?では一体誰が……?いや、それよりもだ、何故あの件とは無関係なはずのサクサクルースが、態々本体である私の所にまで来て、私の従者集めを阻止しに来たのだ……?」

 

「そう難しい話ではなかろう、儂らの身内がお前さんの従者集めに巻き込まれそうになって、儂らに助けを求めて来たからじゃよ」

 

咲作が自分が抱えている問題とは無関係であると知ったグラーキが、その身をプルプルと震わせながらこの様な疑問を口にし、それに対して咲作の代わりに正蔵がこの様に答えたところ……

 

「従者風情が我々の話に口を挟むなっ!!」

 

正蔵達の事を咲作の従者であると思っているグラーキが、正蔵に話に割って入られた事に対して不快さを露わにしながら叫ぶと……

 

突如として轟音と共に異次元空間全体が震え、グラーキが埋まっている柱が豪快に吹き飛んでくのであった。轟音と衝撃が発生した直後、驚きの余り刹那に目を閉じ耳を塞いでいた一同が、一体何が起こったのかを確認する為に、轟音の発生元であるグラーキの柱の方へと視線を集中させると、そこにはジガルデパーフェクトフォルムの姿となり、グラーキの柱があった場所に向かって拳を真っ直ぐ突き出した正蔵の姿があったのであった。如何やら先程発生した轟音と衝撃は、咲作が柱を思いっきり殴りつけた為発生したものではないかと、それを見た者達はそう思い至ったのであった

 

「誰が誰の従者だと……?ふざけた事を抜かすのも大概にしておけ、この糞餓鬼が……っ!」

 

突然の出来事に誰もが驚愕する中、咲作は正蔵の事を従者呼ばわりしたグラーキに対して怒りを剥き出しにした様な口調で、心底忌々し気にこの様に言い放つ

 

「いいかグラーキ、よく聞くのじゃ……」

 

そう言いながら咲作は、殴られた理由が分からず目を白黒させるグラーキの方へとゆっくりと歩み寄り、グラーキから痛みだけを残して傷付いた事実を分解してその傷を癒すと……

 

「お前がワシの従者と言った正蔵はのう、ワシを孤独から解放してくれただけでなく、この空間にいては見る事の出来なかったものを数多くワシに見せ、ワシの凝り固まった古い価値観を見直す機会を与えてくれた、言わばワシの恩人に当たる人物なんじゃ……」

 

咲作はこの様に言葉を続けながら地べたに転がるグラーキの傍に立つと、ギチギチと音を立てながら右腕を引き……

 

「そんな正蔵がワシの従者な訳が無かろうがっ!!!」

 

そう言い放った直後、咲作の拳は再びグラーキに突き刺さり……

 

「ごっはぁっ!!?」

 

咲作の渾身の一撃をモロに顔面に受けたグラーキは、襲い掛かって来る激痛に耐える事が出来ず、思わず悲痛の叫びを上げてしまうのであった……

 

その後も咲作は、執拗なまでにグラーキを空間が震える程の勢いで殴りつけては、グラーキが死んでしまわない様に回復させてを繰り返し……

 

「うわぁ……、咲作さん、ブチギレてるな~……」

 

「あ~……、俺がガキの頃やってたお稽古事を馬鹿にした野郎共を、ボッコボコにした空の事思い出すな~……」

 

「提督を馬鹿にした不届き者達……、ですか……」

 

「大和さん、顔が凄く怖いです……」

 

「今咲作さんが怒っている理由は、戦治郎さんが言っている事と同じベクトルのものなのでしょうか……?」

 

「あの馬鹿タレ……、こっ恥ずかしい事を叫びおって……」

 

その様子を引き攣った表情で見ていた面々は、各々に思った事を口にし、名前を出された正蔵は少々恥ずかし気に、この様な事を呟いていたのであった

 

それからしばらく時間が経過し、咲作の両腕がグラーキの血液で染まり切ったところで、咲作はグラーキを殴る手を止め、片腕だけでグラーキ入りの柱を持ち上げ……

 

「さて……、お前さんからは聞く事も聞いた事じゃし、そろそろ今回の事件を引き起こしたお前さんに罰を与えようかのう」

 

「待てっ!待ってくれっ!!今のが私に対しての制裁ではないのかっ!?」

 

「黙れ小僧……っ!」

 

咲作はブリーフィングの際、戦治郎達と話し合って決めていたグラーキに科す罰の話を切り出し、それを聞いたグラーキは慌てた様子でこの様な言葉を口にするのだが、その言葉の続きは咲作のやたらドスの利いた声と、圧倒的な殺意に満ちた鋭い視線によってかき消されてしまうのであった……

 

「いいかグラーキよ……、古き良き京都の街だけでなく、日本全土を脅かそうとしていた貴様は、今後はワシが生み出した眷属達の監視の下、其処にいる由良と言う艦娘の奴隷として、残りの生涯を彼女と舞鶴鎮守府に尽くす為だけに使うがいい……」

 

グラーキが咲作の圧によって押し黙ったところで、咲作は淡々とした口調でグラーキに向かってこの様に言い放ち……

 

「な……っ!?わっ私が人間風情の奴隷……」

 

それを聞いたグラーキが、納得いかないとばかりに声を荒げた直後、即座に咲作の左腕が唸りを上げてグラーキを再び黙らせ……

 

「口答えするな、それとも何か?お前さんは人間の奴隷になるくらいなら、今此処でワシに殺された方がマシだと言うのか?もしそうであるならば、ワシは今すぐお前さんの全身を分解し尽くし、その存在を完全に抹消してやるが……、どうするんじゃ……?」

 

喚くグラーキに向かって、咲作はこの様に尋ねてみたところ、グラーキは咲作の気迫に完全に呑まれてしまい、結局グラーキは咲作の提案を呑み、由良の奴隷になって生き延びる事を選択するのであった……

 

因みにこの提案、考え出したのは戦治郎である。戦治郎がこの提案を思いついた切っ掛けは幾つかあり……

 

①翔がルルイエに行った時もそうだが、基本従属神以上の神話生物は人間を下等生物扱いしており、そんな人間に隷属させられるのは、神話生物的には屈辱だと思われるから

 

②咲作が被害者を生き返らせてくれてはいるものの、結局グラーキは殺る事犯ってしまっている為、落とし前をつける為に奴隷として罪を償ってもらいたいから

 

③桂島の提督の時もそうだが、安直な死刑は責任からの逃げと受け取れるから

 

④ゾア、エイブラムス、イオッチがいる長門屋や、ヴルがいる佐世保の様に、敵対する神話生物や強大な転生個体に対して、強力な神話生物をぶつける事で対処出来る鎮守府を増やしたいから

 

こう言った理由が重なった結果、戦治郎はグラーキを奴隷にして戦力として利用する事を思い付き、この様な提案をしたのである

 

因みに何故由良の奴隷にする事になったのかと言えば、この事件の詳細を知っている舞鶴鎮守府所属の艦娘は、現状由良と大淀の2人なのだが、大淀の方は長門屋に異動する事が確定している為、選択肢から外される事となったのである

 

又、由良は今回の事件が起きた場所の出身で、尚且つ自分だけでなく両親までもがこの事件に巻き込まれており、グラーキが罪を償うべき対象となっている事も、大きな理由となっている

 

この様な事情があった為、グラーキが仕えるべき主人は由良であるべきだと戦治郎が訴え掛け、それを聞いた由良は不安こそあるものの、戦治郎の言い分に納得し、グラーキの主人になる事を承諾したのである

 

こうして話が纏まったところで、柱から解放されたグラーキは咲作の手によって簡単に暴動を起こせない様にと、以前正蔵の記憶から自分の姿を作り出す際に知ったポケモンのヌメラの姿に変えられ、本来の姿に戻るには由良に『グラーキの黙示録』と言う名の全12巻……なのだが、現在12巻が紛失している為11巻からなる自作ポエム集を朗読してもらわなければならなくなってしまうのであった……

 

尚、このポエム集はグラーキにとって黒歴史である様で、本来の姿に戻る為に由良に朗読してもらった場合、もれなくグラーキが恥ずかしさのあまり悶絶する様になっている模様……

 

又、この時にグラーキは由良からグラーキのままだと可愛げが無いからと言う理由で、『グラグラ』と言う名前を与えられる事となるのであった

 

こうして、グラーキ改めグラグラが引き起こした一連の事件は解決し、戦治郎達はまだ休暇が残っている由良を残し、大将や神話生物対策本部の代表である翔に、本人の口から事情を説明してもらう為に、グラグラを連れて咲作の異次元空間経由で舞鶴鎮守府に帰還するのであった



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報告タイム

戦治郎達が舞鶴鎮守府に帰還する頃には、既に時計の針は21時を示しており、この時間には流石に大将も帰宅しているだろうと考えていた戦治郎達は、大将に対しての報告は明日行おうと思うのだったが、一行が執務室がある本庁の方へと視線を向けたところ、窓のカーテンこそ閉めてはあるものの、執務室にはまだ明かりが点いており、それに気付いた一行は大将がこの件の報告を聞く為に、態々自分達を待ってくれていたのだと推測すると、大将に対して感謝の念を感じながら急いで執務室へと向かうのであった

 

そして戦治郎達の推測通り、戦治郎達からの報告を待ってくれていた大将に対して、戦治郎達は先ずは感謝の言葉を述べた後、今回の事件の詳細について報告、それから今回の事件の首謀者であるグラーキ改めグラグラを紹介し……

 

「こいつは今回の事件を起こした罰として、由良に隷属する事が決定しました」

 

「……何故由良君なのかね……?」

 

「グラグラが由良の実家付近にある琵琶湖を拠点にし、由良や由良の両親まで己の従者にしようとしていた……、つまり由良達が危うくこいつの被害者になるところであった事や、由良が俺達に連絡をくれた事が今回の事件の解決に繋がった事、更に今回の戦いで、所謂神話技能と呼ばれる神話生物に対しての知識が、舞鶴鎮守府に所属する他の艦娘達以上に由良に身に付いた事や、既に退役するつもりである大将にこれ以上負担を掛けたり、退役すると言う覚悟を揺るがせる様な真似はしない様にしようと考えた結果、この様な決定になったんです」

 

「そう言う事なら仕方ないか……」

 

グラグラがどうして由良に隷属する事になったのかについて、大将が戦治郎に向かって尋ねてみたところ、戦治郎はハッキリとした口調でこの様に返答し、それを聞いた大将は戦治郎の言葉に納得したのか、目を伏せてこの様に呟くのであった

 

こうして大将への報告が終わると、戦治郎達は執務室から退出し……

 

「今回はホント疲れたわ……、戦治郎さん達はこの後も何かやるんだろうけど、私はこの疲れを明日に残さない様にする為に、この辺りで寝る事にするわ……」

 

心の底から気だるそうに言う瑞鶴と別れた後……

 

「よう、お疲れさん」

 

由良から連絡を受けた時、戦治郎達と共に食事を摂っていた関係で今回の事件の事を知るものの、艦娘達や戦治郎達転生個体の様に戦う力を持っていなかったが故に、舞鶴鎮守府に残る事になってしまった毅と戦治郎達の部屋の前で合流、それから戦治郎達はそのまま戦治郎と大和の部屋の中へと入って行き……

 

「……とまあ、これが琵琶湖近辺の行方不明事件の顛末だわ」

 

『成程……、そう言う事だったんですね……』

 

タブレットを使用した通信の準備を整えた戦治郎は、すぐさま神話生物対策本部の代表である翔に通信を繋ぎ、今回の事件の顛末を報告し、それを聞いた翔はこの様に答えながら、考え込む様な仕草をするのであった

 

「どしたよ翔、何か考え事か?」

 

『いえ、戦治郎さんの話を聞いて、ちょっと納得出来る事があったんです』

 

そんな翔の様子を見た戦治郎が、思わず怪訝そうな表情を浮かべながらこの様に尋ねたところ、翔はハッとした後姿勢を正し、戦治郎に向かってこの様な言葉で返事をするのであった

 

「そこ、詳しく」

 

翔の言葉を聞いた戦治郎が、今以上に不思議そうな表情をしながら、再び翔に向かってこの様に尋ねると、翔は今日この日、長門屋鎮守府建設予定地で起こった出来事について話すのであった

 

『実は今日、長門屋に沢山お客さんが来たんですよ。確か……、陽炎さん達と同じ施設出身の磯風さん達に、佐世保の加賀さん達だったかな?その中に旧支配者のヴルトゥームのヴルさんがいて、少々気になる事を言っていたんですよ……』

 

「あぁ、五十鈴が言ってた奴か」

 

『あ、ヴルさんの事は聞いてたんですか。それなら話が早いかな?それで文月教の教祖をやっている……』

 

「ちょっち待って?今何つった?文月教?教祖?どっこと?ヴルさんは対神話生物用兵器を開発してるだけじゃないのん?その辺おっちゃんに分かり易く教えて頂戴?」

 

『あ~……、そっちは聞いてないんですね……。今回の話はこの部分が結構重要なので、今から説明しますよ』

 

このやり取りの後、戦治郎は翔からヴルが文月教の教祖をやっている事と、文月教の信者達が活動の一環として佐世保の治安維持に貢献している事を聞かされると、思わずあんぐりと口を開け、愕然としてしまうのであった。まあ戦治郎の気持ちも分からなくはない、普通に考えれば旧支配者であるヴルは崇められる立場であり、誰かを崇める様な存在では無い筈なのである……。にも拘らず、この世界のヴルは文月教を開宗し、文月を神の如く崇めているのである……。もし神話技能を持っている者がこの話を聞けば、戦治郎と同じ様なリアクションをするか、知識と現実のギャップに発狂してしまう事だろう……

 

それはさておき……

 

『此処からはさっき言い掛けた事の続きになるんですけど、文月教の教祖であるヴルさんが言うには、文月教の皆さんが頑張って治安維持活動をやってくれているにも拘らず、佐世保での犯罪発生率は文月教が発足する前と今を比較しても、ほぼ変わっていないみたいなんですよ』

 

「ふむ……、翔の話を聞く限りだと、佐世保の犯罪発生件数がアホみたいに増えているって考えた方が良さそうだな……」

 

『ですね、それでどうしてこんな事になっているのかについて、ヴルさん達と一緒に話し合ったんですけど、この時は僕達が持っている情報がちょっと少なくて結論が出なかったんですよ……。ですけどさっきの戦治郎さんの話を聞いて、ある事を思い出したんです』

 

「ある事とな?」

 

『ええ、以前クトゥルフさんが東京の居酒屋で、ある旧支配者を見つけたと言っていたのを覚えていますか?』

 

「……っ!そうかっ!!確かにあの旧支配者だったら、こんな真似は容易に出来るはずだわっ!!!」

 

翔とタブレット越しに言葉を交わしていた戦治郎は、翔の口から出て来た言葉を耳にすると、横須賀にいる時にクトゥルフから聞いた話を思い出し、ハッとしながら勢いよく椅子から立ち上がり、夜中であるにも拘らず興奮した様に大声でこの様な言葉を発するのであった

 

「今しがた、旧支配者と言う単語が聞こえて来たのじゃが……、戦治郎よ、一体何について話しておったんじゃ?」

 

「あっ咲作さん、今翔と話をしてて、グラグラが対抗しようとしていた奴の目星が付いたんですよ」

 

その直後、旧支配者と言う単語に反応した咲作が、戦治郎達の会話に割って入りながらこの様に尋ね、それに対して戦治郎は落ち着きを取り戻しながらこの様に返事をするのであった

 

因みに咲作が此処にいる理由は、グラグラと共に神話生物対策本部関連の手続きを行う為であり、それに付き合わされる羽目になった正蔵は、戦う力を欲する毅から自分に稽古をつけて欲しいとせがまれ、暇つぶしがてら毅の身体能力を調べる為に、グラグラを用いてバスケットボールのドリブルを行い、毅に向かって自分からグラグラを奪ってみろと言い渡し、現在は毅と共に部屋の中で戯れていたりする

 

尚、ボールとして何度も床に叩きつけられ、激しく上下運動されたり回転運動されたりしているグラグラは、幾度となく襲い来る苦痛にその表情を歪めながら、吐き戻す事を必死になって我慢している模様

 

『この方がイオッチが言っていた咲作さん……、アザトースが生み出した外なる神の内の1柱……』

 

「む、お前さんが出雲丸 翔じゃったか?カメラ越しとは言え、顔を合わせるのは初めてじゃったな」

 

そんな中、咲作の姿を目にした翔が、目を丸くしながら驚き、思わずこの様な言葉を呟いたところ、その呟きを耳にした咲作は、そう言った後翔に向かって自己紹介を行い、咲作に自己紹介された翔は、慌てた様子で咲作に対して自己紹介を行うのだった

 

「さて、挨拶も終わった事じゃし、お前さん達が目星を付けた旧支配者とやらの、答え合わせをしようかのう」

 

「その言い方だと、咲作さんは端から目星が付いてたんですか?」

 

「当然じゃ、伊達や酔狂で億単位で生きとらんわい」

 

『流石です……』

 

翔と咲作が挨拶をし終えたところで、咲作がこの様な事を言いだし、その口調に違和感を覚えた戦治郎が、咲作にこの様に尋ねてみると、鎮守府に戻った辺りからジガルデ50%フォルムにフォルムチェンジしていた咲作は、身体から生やした触手でサムズアップしながらこの様に答え、それを聞いた翔は苦笑しながらこの様に呟くのであった

 

さて、このやり取りの後、戦治郎達は声を揃えて問題の旧支配者の名を口にする事になり……

 

「良いか?せーの……」

 

「「『イゴーロナク』」」

 

咲作の合図に合わせて、戦治郎達は西日本に犯罪者を撒き散らしている犯人の名を、悪を司る旧支配者であるイゴーロナクの名を一斉に口にするのであった……

 

その直後の事である、正蔵達にバスケットボール扱いされていたグラグラが、遂に限界を迎えてしまい、戦治郎と大和の部屋に吐瀉物を撒き散らしたのは……



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九州治安維持強化令

戦治郎達が今回の事件の裏に潜む、日本の治安悪化の元凶であるイゴーロナクの名を口にし、それと同時にグラグラが盛大にゲロを吐いてから間もなくして、正蔵達に茶を出そうとしたものの茶葉が切れている事に気が付き、酒保まで茶葉を買いに行っていた大和が、急いで戻って来た為か若干息を切らして部屋に戻って来ると……

 

「それとだ、おめぇらはこの後すぐ、俺達の部屋の中にゲロの臭いが残らない様、しっかり掃除するんだぞ。でなけりゃ俺と大和がゲロの臭いで眠れなくなっちまうかんな」

 

「この程度で吐き戻すとは……、何とも根性の無い神話生物じゃのう……」

 

「俺、掃除用具取って来るわ……。今回ばかりは、俺達が絶対悪い立場だからな……」

 

「何故私まで……、私はどちらかと言えば被害者だろうに……」

 

其処には床に広がる吐瀉物を前にして正座させられる正蔵と毅とグラグラの姿と、まるで鬼の様な形相で、吐瀉物を挟む様にして正蔵達の前に立ち、自身の右手で背中を摩る戦治郎の姿があり、戦治郎が2人と1柱に向かってやや怒気の籠った声でこの様な事を言うと、正蔵とグラグラは正座したままこの様な愚痴を零し、心底申し訳なさそうな表情を浮かべている毅は、そう言うとゆっくりと立ち上がり、掃除用具を取りに廊下にある掃除用具入れの所へ行こうとするのであった

 

「あの……、これは一体どう言う状況なのでしょうか……?」

 

「おかえりなさい大和さん……、この状況に関しては、私の方から順を追って説明しますね……」

 

その光景を目の当たりにした大和が、非常に困惑しながらそう言うと、その声に気付いた大淀がそう言って、どうしてこの様な状況になってしまったのかについて説明を開始するのであった

 

取り敢えずグラグラがゲロを吐いた原因については、既に情報が出ている為此処では割愛するが、それ以降の話……、戦治郎が如何して自分の背中を摩っているのかについて触れようと思う

 

グラグラが戦治郎達の部屋の中にゲロを撒き散らした直後、戦治郎はすかさず毅との間合いを詰め、その脳天に毅が死なない程度の力を込めた拳骨を振り下ろし、更に正蔵に酷い扱いをされ、ゲロを撒き散らしたグラグラにも追い打ちをかけるかの如く拳骨を浴びせ、そして最後にゲロ撒き散らしの元凶である正蔵にも殴りかかろうとしたのだが……

 

「100年早いわぁっ!!!」

 

この掛け声と共に正蔵は戦治郎の腕を掴み取ると、柔道の投げ技の1つである山嵐を仕掛け、見事戦治郎を投げ飛ばし返り討ちにしてみせたのである……。その様な事があった為、戦治郎は余りにも咄嗟の出来事であった事もあり、上手く受け身が取れず背中を強く床に打ち付けてしまい、こうして痛む背中を摩っているのである……

 

尚この時、ゲロの上に戦治郎を叩きつけるのは流石に可哀想であると言う、正蔵の咄嗟の判断により、戦治郎の身体はゲロの無い所に叩きつけられており、そのおかげもあってか戦治郎の身体はゲロで汚れる事無く、ゲロで手を汚す恐怖に怯える事無く、戦治郎は安心して背中を摩っていたのであった

 

さてその直後、流石にこの仕打ちは理不尽過ぎると言う事で、正蔵はニャルすらも怯ませた翔のEyes of(恐怖)をタブレットの画面越しに受けて身動きが取れなくなったところで、呆れた様子の咲作と尚もEyes ofを使用する翔からお叱りの言葉をもらう羽目になり、その結果渋々と言った様子で戦治郎の説教を受ける事になるのだった

 

因みにこの時、何故正蔵が翔と咲作の言葉を素直に受けたのかと言えば、咲作は先刻の事件で事象すらも歪めると言う、正蔵でも抗う事が難しいであろう事を平然とやってのける姿を見た事で、咲作は下手に怒らせるべきではないと考える様になったから、翔に関してはもしかすればアンダーゲートと日本帝国海軍がコラボイベントを開催する様な機会が訪れ、その際に翔からコラボ限定メニューの案を出してもらう事で、アンダーゲートの売り上げに貢献してもらえる可能性があり、その時に必要な交渉をスムーズに行う為に、翔の機嫌を損なう様な事は悪手であると、その様な可能な限りしない方がいいと判断したからである

 

その後正蔵達は……

 

「いいか馬鹿タレ共、夜中に室内で暴れるな、どうしても騒ぎたいのなら外でやれ」

 

戦治郎からこの様なお叱りを受ける事となり、その後は大和が目にした通りと言った感じの流れとなっているのであった

 

こうして大淀からこの部屋で起こった出来事について説明を受けた大和は、正蔵の自由人っぷりに苦笑しながらも、毅と共に掃除用具を取りに廊下に出ようとしたのだが……

 

「ふむ、正蔵達も取り敢えずは反省しとる様じゃし、今回はこのくらいにしておいてはどうじゃ?」

 

「ぬ?それってどう言う事です?」

 

その直後に咲作がこの様な事を言いだし、その言葉の意味がよく分からなかった戦治郎が、不思議そうな表情を咲作に向けながら、この様に尋ねてみたところ……

 

「こう言う事じゃよ」

 

正蔵はそう言うと身体から2本の突起が付いた触手を1本生やし、突起同士を指を鳴らす様に擦り合わせるのであった。するとどうだ、先程まで戦治郎達の部屋を汚していたグラグラのゲロがみるみる内に消滅していき、更には室内に充満していたゲロの臭いまでもが、まるで嘘だったかの様に消えてなくなってしまうのであった

 

『これは……っ?!』

 

その様子を画面越しに見ていた翔が、驚きの余り目を丸くして思わずそう叫ぶと……

 

「事象を歪める程の力を使って、ゲロ掃除とはたまげたなぁ……」

 

「セットで悪臭の原因になっとる物質も、素粒子レベルで分解しておいたぞい!」

 

至極しょうもない事に凄まじい力を使った咲作に対して、戦治郎は呆れた様子でこの様な事を言い、それを聞いた咲作は、ドヤ顔に触手によるサムズアップを添えながら、何処か自慢げにこの様に返事をするのであった

 

この後翔は、戦治郎から咲作が何を行ったのかについて説明を受け、その内容の凄まじさに思わずドン引きしながら咲作に視線を向け……

 

「仕方ないじゃろう、ワシらが真剣な話をしている背後で、正蔵達がヒーヒー言いながらゲロ掃除しておったら、集中して話が出来んじゃろうが」

 

翔の視線を受けた咲作は、やれやれと言った感じの素振りを見せながら、この様な言葉を口にするのであった

 

 

 

こうして咲作のおかげで部屋の中が綺麗になったところで、正蔵は自分に稽古をつけて欲しいとせがんでいた毅を引っ張って外へ出て行き、戦治郎達は先程の話を再開し、話し合いを始めるのであった

 

「確か今回の事件の切っ掛けを作った犯人は、今の日本の治安悪化の原因を作り出していると考えられる旧支配者、悪の神とも言われてるイゴーロナクだった……ってとこだったっけか?」

 

『ですね、クトゥルフさんが言うには、怪傑ズインことムサシさんが関東地方で頑張った結果、自分の手足となる信者や食糧になる犯罪者が関東地方では激減してしまい、それを切っ掛けにイゴーロナクは別の都市に移動して活動しようと考えていたらしく、同じ旧支配者であるクトゥルフさんにこの事を愚痴ったところで踏ん切りが付いたのか、覚悟を決めて行動を開始したらしいですよね……』

 

「グラーキやヴルトゥームの話から考えると、如何やらイゴーロナクの奴は西日本の何処かにに潜伏しておる様じゃのう」

 

『現状イゴーロナクが潜伏している可能性が高いのは、恐らく九州地方の何処かじゃないかと思います。ヴルさんと話し合った後、僕は剛さん経由で運よく福岡の陸軍駐屯地に残っていた弓取さんから、日本全土の犯罪発生率に関するデータをもらったんですけど、西日本の犯罪発生率が軒並み上昇していて、特に九州地方は有り得ないくらいの勢いで、犯罪発生件数が増えているみたいなんです』

 

「……ほぼ九州の何処かで間違いないのう」

 

「九州は大陸に近い事もあって、チャイニーズマフィアとかが流れ込んで来たりするからな……。それによって地元のヤクザも海外のマフィアを日本から追い出そうと躍起になって、そこから周囲の治安悪化が進む羽目になると……。そうなると信者になる犯罪者が欲しいイゴーロナクからしたら、九州は環境が整っていると言えるだろうから、活動拠点を構えるならもってこいの土地だわな……」

 

「それ以外にも、正蔵が言っておった成金達も、自分達の私兵を手にする為に暗躍し、犯罪発生率に拍車をかけているのかもしれんな……」

 

『それに便乗して、今まで潜伏していた犯罪者達も、ここぞとばかりに活動を開始して、更に治安が悪化する、と……。これもう負のスパイラルが完全に出来上がっていますね……』

 

戦治郎達は真剣な表情を浮かべながら、重い空気の中この様なやり取りを交わした後、頭を抱えながら深い溜息を吐くのであった……

 

「こりゃ思った以上にデカイヤマかもしんねぇな……」

 

『この規模になると、今の僕達だけじゃどうしようもないですね……』

 

「ワシも神話生物関連の事件と言う事で、出来れば力を貸してやりたいところなんじゃが、如何せんインド洋で暴れておる連中を野放しにしたままには出来んからのう……。他にも正蔵の仕事の手伝いもあるもんじゃから、尚更のう……」

 

「くっそ、俺が提督になるまでは、長門屋の戦力を使って事件解決の為に動く事も出来ねぇし……、この件に関して現状動けるのが、翔達神話生物対策本部と弓取さん達九州の陸軍、それにヴルさんが率いてるって言う文月教だけなのか……」

 

『こうなったら仕方が無いです、僕の方からヴルさんと弓取さんに今回の話し合いの事を伝えて、現状動かせるメンバーだけで解決までは至らなくても、これ以上問題の規模を大きくしない様に、やれる事をするしかないですね……』

 

こうして今回グラグラが引き起こした事件によって明るみに出た、イゴーロナクが現在進行形で引き起こしている事件についての話し合いは終わり、それからすぐに翔は先程自分が言った通りにこの事を弓取とヴルに伝え、旧支配者であるイゴーロナクが事件を起こしている事もあって、翔は神話生物対策本部の代表として『九州治安維持令』を発令し、戦治郎が長門屋鎮守府に着任するまでの間、イゴーロナクによる被害をこれ以上拡散させない様、3つの組織で協力し合って九州の治安維持に尽力するのであった



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来客

グラグラが引き起こした琵琶湖近辺の行方不明事件を解決した戦治郎達と、タブレットによる通信を行っていた翔が、『九州治安維持強化令』を発令した時から時間を遡り、戦治郎達の研修5日目の朝頃の、長門屋鎮守府建設予定地の様子を見ていこうと思う

 

その日の長門屋鎮守府建設予定地には来客の予定が入っており、光太郎はその来客を迎えに行く為に、来客の知り合いである陽炎、不知火、天津風の陽炎型駆逐艦娘の3人を連れて、佐賀県に来た際に大人数で移動する時用に購入し、つい最近になってようやく鎮守府に届いた日産エルグランドの4WD仕様の350ハイウェイスターで肥前鹿島駅に向かうのであった

 

因みに、GT-R&エルグランドを保有する光太郎とステップワゴンを保有する翔、NSXを保有する大鳳にランエボⅥトミマキエディションを保有する扶桑以外のメンバーも移動用に車を購入しており、各自が保有する車は以下の通りとなっている

 

空…ホンダのオデッセイアブソルート(4WD)

 

輝…シボレーのコロラド(4ドア、4WD)

 

シゲ…ホンダのCR-V(4WD)

 

護…ホンダのN-BOX(4WD)

 

通…トヨタのプリウス

 

司…スズキのワゴンRスティングレー(4WD)

 

龍鳳…スズキのハスラー(4WD)

 

又、扶桑に関しては光太郎と同様に大人数での移動用に三菱のデリカD:5を近日中に、まだ長門屋鎮守府に来ていない戦治郎と悟は、空達と合流し次第それぞれトヨタのランドクルーザーと日産のシーマを購入する予定となっており、大和が保有するフェラーリのスーパーファストは、現在元桂島鎮守府所属の艦娘達にその深紅のボディーを定期的に磨いてもらいながら、長門屋鎮守府建設予定地内にある輝が能力覚醒時に建設した車庫の中にて主の帰還を待っていたりする

 

因みに輝のコロラドだが、如何やらこちらの世界のシボレーも日本から撤退しているらしく、どうしてもアメリカのピックアップトラックが欲しかった輝は、空を経由してサラに頼んで融通してもらい、何とかシボレーの車の入手経路を確保する事に成功したのだが、元々欲しかったアバランチの生産が終了していた関係で、輝はアバランチと同じシボレーのピックアップトラックであるコロラドを購入していたりする

 

尚、どの車も4WD仕様になっている理由については、戦治郎達はその立場上、プライベートの時でも急遽誰かを追跡するor誰かに追跡される可能性が考えられ、その時に車で悪路に入る羽目になるかもしれず、悪路を走行中にタイヤを障害物やぬかるみに取られてしまい、追跡対象を見失うor相手に追いつかれ戦闘に突入するかもしれない事や、深海棲艦や転生個体、更には神話生物などが長門屋鎮守府に襲撃を仕掛けて来た場合、それによって鎮守府近辺の道路に被害が出てしまい、道路がボロボロになって普通の車では走行が難しい状態になってしまう可能性もあるのである

 

一応、こう言った状況や自然災害が発生した時に備えて、走破性の高い長門屋鎮守府の関係者共用の軍用車の購入も検討されているのだが、それは軍から軍資金が出ない長門屋鎮守府の懐に余裕が出来た時に購入する事となり、それまでは各自のプライベート用の車で代用する事となったのである。尤も、軍用車と言えば輝などが保有する野バスなどの特別戦車群があると言えばあるのだが……、あれらは見た目が物騒過ぎるが故に、戦闘時以外に使えない状態となっていたりする……

 

さて話が盛大に逸れた、そろそろ話を光太郎達の方へと戻そう

 

光太郎達が長門屋鎮守府建設予定地を発ち、15分ほど車で走ったところで目的地である肥前鹿島駅に到着し、駐車場に車を停めると陽炎達は駅の中で待っているであろう知り合いの所へと向かい、光太郎は周囲を下手に刺激しない様にする為に、車内に残って陽炎達が知り合い達を連れて戻って来るのを待つ事にするのであった

 

 

 

「あっ!いたいたっ!」

 

車を降りてから駅の構内に入った陽炎達は、すぐに件の知り合い達を発見し……

 

「久しぶりですね、磯風、浜風、浦風」

 

「不知火か、以前会ったのは大体半年前だったか?」

 

「送迎、感謝します。一応軍学校にいる時に、戦治郎さんから長門屋鎮守府の位置については聞いていたのですが、こちらの交通事情がよく分からない為、私達だけでそちらに向かうのは、少々不安だったんです……」

 

「はぁ~……ここまで来るんに、ずっと電車に乗りっぱなしでぶち疲れたわ~……」

 

不知火が知り合い達……、戦治郎と同じ江田島軍学校に通っている、陽炎達と同じ孤児院出身の磯風達に向かって声を掛けると、磯風達は陽炎達の存在に気付くなり、それぞれこの様な言葉を口にするのであった

 

そう、磯風達もまた、舞鶴鎮守府に向かった戦治郎達同様、この休みを利用して軍学校を卒業した後、戦治郎が着任する予定となっている長門屋鎮守府の見学に来たのである

 

尤も、磯風達の場合は既に鎮守府として機能している舞鶴鎮守府とは違い、現在進行形で建設されている関係で、インターンシップの対象となっていない長門屋鎮守府に来ている為、見学と言うのはあくまで建前で、実際のところは遊びに来ていると言った方が正しいのかもしれない

 

それは兎も角、陽炎達と合流した磯風達は、少しの間陽炎達と雑談を交えた後、これ以上光太郎を待たせるのも悪いからと言う事で、陽炎達の案内で光太郎が待つ駐車場へと向かう事となるのであった

 

「お待たせ光太郎さん、っと磯風達の荷物を載せたいから、ちょっとリアハッチを開けてもらえます?」

 

「OK、……はい、開けたよ~」

 

それからすぐ、陽炎達は駐車場に停めてある光太郎の車の所に戻り、運転席側の窓をノックして光太郎にリアハッチを開ける様にお願いし、光太郎がそれに答えて運転席にあるリアハッチの開閉スイッチを操作してリアハッチを開くと、陽炎達は磯風達の荷物を後部の荷台に乗せた後、磯風達と共に車に乗り込むのであった

 

「皆さんどうも初めまして、俺は長門屋鎮守府の医療部所属の南 光太郎って言うんだ、どうぞよろしく。そしてようこそ佐賀県へ、ってね」

 

「磯風だ、長門屋の面々の事は戦治郎さんから聞いている、しばらくの間世話になる」

 

「浜風です、連休中、よろしくお願いします」

 

「浦風じゃ、この人が光太郎さんなんか~……」

 

磯風達が車に乗り込んだところで、光太郎は運転席のスイッチを操作してパワースライドドアとリアハッチを閉め、彼女達がしっかりシートベルトを締めている事を確認するついでに、後ろを振り向きながら自己紹介を行う。すると磯風と浜風は至って普通に挨拶を返すのだが、浦風だけが自己紹介もそこそに光太郎の顔をまじまじと見つめて来るのであった

 

「浦風ちゃん、俺の顔に何か付いてるのかな?」

 

そんな浦風に対して、少々恥ずかしそうに浦風から視線を外して、光太郎がこの様に尋ねてみたところ……

 

「いや~、孤児院のチビ達がよぉ見よる仮面ライダーの1人と同姓同名で、ホンマにヒーローみたいな姿に変身する人がおるって戦治郎さんから聞いとって、ちと気になっとったんじゃ」

 

「あぁ、そう言えば浦風は孤児院の子供達の世話をしてる時、その一環としてよく男の子達と一緒に仮面ライダーとか見てたわね」

 

浦風は光太郎の問いに対してこの様に答え、それを聞いた天津風が浦風の発言内容を補足するする様に、この様な言葉を口にするのであった

 

「それでどう?長門屋が誇るヒーロー様を生で見た感想は?」

 

「そうじゃな~……、見たところ良い人言うんは分かるんじゃが、ヒーロー云々については現状何とも言えんなぁ~……。此処で変身してくれたら、もうちょっとハッキリした答えが出せそうなんじゃが……」

 

「それは今は勘弁かな……、どうしても俺の変身が見たいのなら、鎮守府建設予定地に到着するまで待ってもらえないかな?」

 

「今光太郎さんが変身してしまえば、この車も一緒に違法改造車も真っ青になってしまう様な外見に変身してしまいますからね……」

 

「それはそれで見てみたいものだな……」

 

その後、陽炎が浦風に光太郎を見た感想を尋ね、それに対して浦風がこの様に返答すると、光太郎が苦笑しながらこの様な言葉を口にすると、横須賀の乱の際に光太郎達と共に行動し、光太郎が野バスに乗ったまま変身したところ、野バスも一緒になって変身し、桂島泊地に加担していた陸軍の兵達を蹴散らした事を知っていた不知火が、眉を顰めながらこの様に言うと、その発言に磯風が反応し、この様な言葉を発するのであった

 

それからしばらくして、話がある程度落ち着いたところで光太郎は車を発進させ、長門屋鎮守府建設予定地に向かい始めるのであった

 

 

 

 

 

「……ん?あの車って確か……」

 

それから少し走ったところで、何となしに見たバックミラーに映る、自分達のすぐ後ろを走る佐世保ナンバーの青いWRXの存在に気付いた光太郎は、思わずこの様に呟くのであった

 

「光太郎さん、どうしたんです?」

 

「いやね、後ろの佐世保ナンバーの青い車だけど、もしかしたら佐世保の加賀さんの車じゃないかな?って思ってね……。ホントは誰が運転してるか確認したいとこなんだけど、運転中にガッツリ後ろ向く訳にもいかないし、バックミラー越しじゃハッキリと顔が見えないからな~……」

 

「ふむ……、どれどれ~?」

 

そんな光太郎の呟きを耳にした天津風が、不思議そうな表情を浮かべながら光太郎にこの様に尋ねたところ、光太郎はバックミラーをチラチラと見ながらこの様に返答する。するとそれを聞いた陽炎が、そう言いながら窓を開けてそこから頭を出し、後方の車の運転席を確認すると……

 

「光太郎さんビンゴッ!あの車を運転してるのは加賀さんよっ!ナビシートに長月が座ってるから間違いないっ!!」

 

「俺の勘も捨てたもんじゃないな、っとそれじゃあちょっと挨拶するかな?」

 

後ろの車の運転席とナビシートに、加賀と長月が座っている事を確認した陽炎が、窓から頭を引っ込めながらそう叫ぶと、光太郎はそう言って挨拶代わりとして、ハザードランプを本当に僅かな時間だけ点灯させるのだが……

 

「……何で加賀さんの車じゃなくて、加賀さんの車の後ろを走ってるハイエースが反応するんだ……?」

 

加賀は光太郎の合図には反応せず、その代わりに加賀の車の後ろを走行する、銀色のハイエースがヘッドライトをチカチカと光らせて、光太郎の合図に返答してくる様子を見た光太郎は、思わず不思議そうな表情を浮かべながら疑問を口にするのであった

 

「今度はハイエースか……、一体誰が乗ってるのかしら……?」

 

「ハイエースは分かるのか……、って陽炎ちゃん、あんまり窓から身体を乗り出したりしないでね、電柱とかに頭ぶつけたりしたら危ないからね」

 

その直後、陽炎がそう呟きながら再び窓から頭を出し、今度はハイエースの運転手を確認しようとし、そんな陽炎に対して光太郎がこの様な注意をすると……

 

「光太郎さん、あのハイエースの運転手だけど、横須賀の明石さんだったわ」

 

「横須賀の明石さん……?」

 

「ああ~、そう言えば悟が言ってたな。明石さんの異動手続きが完了したから、近日中にこっちに来るって」

 

陽炎はハイエースの運転手が明石である事を伝え、それを聞いた明石と面識も無ければ長門屋の細かい事情も知らない浜風が、怪訝そうな表情を浮かべながらこの様に呟き、陽炎の報告を聞いた光太郎は何処か納得した様子で、この様な言葉を口にするのであった

 

そんな事をしている内に、光太郎達は長門屋鎮守府建設予定地に到着し、建設予定地に入ったところで光太郎は車を一旦停めて車から降りると、それに合わせて停止した加賀と明石の車に駆け寄り、2人に車の置き場所である車庫の事を伝え、誘導を開始するのであった



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ようこそ長門屋鎮守府(張りぼて)へ

新年明けましておめでとうございます

投稿ペースは昔と比べると格段に落ちてしまっていますが、それでも何とかこの『鬼の鎮守府』を完結させられる様、頑張って投稿していきたいと思っていますので、出来れば温かい目で見守って頂ければ幸いです

今年もどうぞよろしくお願い致します


光太郎の誘導によって、長門屋鎮守府建設予定地の車庫に車を停めた加賀達は、好奇心から車庫内をグルリと見回し……

 

「普通の車以外にも、戦車の類も此処に格納してあるのね……」

 

「あれが野バスか~……、これが元々は普通のバスだったって言われても、今の姿を見たらとても信じられないな~……」

 

「あれは戦治郎さん達の話によると、電子制御系と砲塔以外はほぼほぼシゲさんが単独で改造したみたいですよ?」

 

「私としては、この蜘蛛の様な戦車の方がよっぽど気になるな……」

 

「あ~!このちっちゃい戦車、すっごく可愛い~!」

 

「あのポリタンクみたいな奴は、本当に戦車なの……?」

 

加賀が長門屋が誇る戦車群も車庫に格納されている事に気付き、加賀に同行していた皐月が野バスを目にしてこの様な事を口にすると、横須賀にいる時に野バスの事を聞いていた明石がこの様な事を言い、それを聞いていた長月が陽炎のペーガソスを見つめながらこの様な事を言う。そんな中、時雨のキュクロープスを目にした文月がはしゃぎながらこの様な感想を口にし、水無月は天龍と龍田のポリ戦車を見つけるなり、怪訝そうな表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

それから間もなくして、車庫の入口からクラクションの音が鳴り、一同がそちらに視線を向けると、其処には先程加賀達を車庫に誘導した光太郎のエルグランドの姿があり、それを見て光太郎もこの車庫に車を入れようとしている事に気が付いた加賀達は、すぐさま車庫から外へ出て行き、光太郎達が降りて来るのを待つのであった

 

「お待たせして申し訳ないです」

 

「いえ、この程度なら待った内には入らないわ」

 

「寧ろこちらとしては、態々車を降りてもらってまで車庫まで誘導してもらった事の方が、何か気を遣わせてしまった感じがして申し訳ない気が……」

 

そして車庫に車を格納し、磯風達の荷物をトランクから降ろし終えた光太郎が、自分達が来るのを待ってくれていた加賀達に対して謝罪の言葉を述べたところ、加賀と明石はそれぞれこの様に返答した後、改めて再会の喜びを分かち合う様に話し始める

 

「加賀さん達も明石さんも、大体半年ぶりくらいですかね?」

 

「私達と明石に至っては、1年半くらいぶりの再会になるわね」

 

「そうですね~……、アムステルダム泊地での事件以降、加賀さん達とは余り会う機会がありませんでしたからね~……」

 

光太郎の言葉に続く様にして、元アムステルダム泊地出身である加賀と明石が、この様なやり取りを交わしていると……

 

「光太郎さ~ん!」

 

突然自分の名が叫ばれ、何事かと思って光太郎が声がした方へと顔を向けた直後、光太郎の脚に何者かが飛びついて来た様な衝撃が走り、光太郎が思わず視線をそのまま下へ下ろし、自身の脚に飛びついて来た人物を確認すると、其処にはそれはそれは嬉しそうに笑顔を浮かべて、光太郎の脚にしがみつく文月の姿があったのであった

 

「文月ちゃんっ!文月ちゃんも来てたのかっ!」

 

そんな文月を見て、光太郎はやや大袈裟に文月との再会を喜ぶ声を上げながら、彼女の頭を優しく撫でてあげると、文月はそれはそれは気持ちよさそうな表情を浮かべるのであった

 

まあ文月が光太郎との再会をここまで喜ぶのも仕方が無い事である、彼女は皐月と長月の2人とは違い、ミッドウェーの戦いには参加しておらず、こうして自身の命の恩人にして憧れのヒーローである光太郎と直接再会するのは、任務で南方海域に水上機基地を建てに来た時以来、実に1年以上ぶりなのである

 

尚、当の光太郎は文月がいる事に関しては、長月が加賀の車のナビシートに座っている段階である程度は予想していたのだが、文月がこうも自分との再会を喜んでいるのならば、自分もそれに合わせた方が良いだろうと言う判断を下し、この様な大袈裟なリアクションを取っていたりするのであった

 

「文月だけじゃなく、僕達もいるんだけどね~」

 

「あっ、皐月ちゃんと長月ちゃんも久しぶりっ!その様子だと2人共元気にしていたようだねっ!」

 

「まぁ……、身体の方は元気と言えば元気なのだがな……」

 

文月と光太郎が再会の喜びを分かち合う中、長月と並び立つ皐月が苦笑しながら光太郎に向かってそう言うと、光太郎は皐月達に対してこの様な言葉を掛け、それを聞いた長月はややゲンナリしながらこの様に返答をするのであった

 

そんな長月の様子に疑問を覚えた光太郎が、不思議そうな表情を浮かべながら長月の様子を見ていると、不意に車庫の中からガンガンガン!と言う、何かが車のトランクを叩く様な音が鳴り始め……

 

「「「あっ……!」」」

 

それによって何かを思い出した文月達は、思わずしまったと言った感じの表情を浮かべながら、車庫の中にある加賀の車の方へ視線を向け、文月達の視線を一身に受ける車のオーナーである加賀は、澄ました表情のまま自分の車の方へと歩み寄り、自身の車のトランクを開け放つ。すると……

 

「目的地に到着したのか?だったらすぐに、私を此処から出して欲しかったのだが……。もしやお前達……、私の存在を忘れていた訳ではないだろうな……?」

 

何と加賀の車のトランクの中から、1匹のロズレイドが飛び出して来て、問題のロズレイドは不満そうに眉間に皺を寄せながら、加賀に向かってこの様に尋ねるのであった……

 

「少なくとも私は覚えていたわ、すぐに貴方をトランクから出さなかったのは、単純に貴方の事を光太郎さん達に紹介する機会を窺っていただけよ」

 

「それなら別に構わんが……、っとそれよりもだっ!先程文月の嬉しそうな声が聞こえたのだが……、……っ!?」

 

そんなロズレイドに対して加賀はこの様に返答し、それを聞いたロズレイドは渋々と言った様子で腕を組みながらそう言って、加賀に納得した旨を伝えるのだが、その途中でふと思い出した様にこの様な事を口にしながら辺りを探る様に見回し、文月がニッコニコで光太郎の脚にしがみついている姿を見るなり……

 

「貴様あああぁぁぁーーーっ!!!文月に一体何をしたあああぁぁぁーーーっ!!!文月から離れろおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

ロズレイドは両腕から茨の剣を生やし、光太郎との間合いを一瞬で詰めると、茨の剣で光太郎に斬りかかろうとするのであった……

 

「えちょっ!?一体何事っ?!って危なっ!!!この……っ!閃転っ!!!」

 

その直後、光太郎は即座に文月を抱きかかえ、バックステップでロズレイドの斬撃を紙一重のところで回避する事に成功し、文月に危ないから自分から離れる様に指示を出し、文月が自分から距離を取ったところで再び斬りかかって来たロズレイドの攻撃を躱し、ロズレイドが攻撃して来る理由こそ分からないが、このままでは自分の身が危ないと判断した光太郎は、ロズレイドに対抗する為に急いでシャイニング・セイヴァーに変身するのであった

 

「本当に変身した……、だと……っ!?」

 

「シャイニングって名前の割には、あまり輝いてる様には見えんのじゃが……」

 

「どちらかと言うと、黒光りしていると言うか……」

 

そんな中、光太郎の変身を目の当たりにした磯風達は、光太郎が本当に変身した事実に驚きつつも、その漆黒のボディーがシャイニングと言う名前からかけ離れている事について指摘するのであった……

 

尤も、彼女達はシャイニング・セイヴァーのメイン武器が何であるか全く知らない為、この様な感想が出てしまうのは仕方が無いと言えば仕方が無いが……

 

「私の攻撃を躱すとは……、貴様、中々出来るな……」

 

「あのロズレイドが俺を攻撃してくる理由は分からない……、けど理由はどうあれ俺に襲い掛かって来ると言うのならば、迎え撃つしかない……っ!!」

 

ロズレイド……、いや、文月教教祖であるヴルトゥームのヴルと、シャイニング・セイヴァーとなった光太郎が、それぞれこの様に呟き、ヴルが光太郎を確実に仕留める為に構えを取り、光太郎が双腕重機アームからレーザーブレードを放出し、戦闘態勢に入ったその時……

 

「二人共、喧嘩しちゃダメ~~~!!!」

 

文月の光太郎とヴルを制止する声が長門屋鎮守府(張りぼて)内に響き渡り、それによって突発的に始まった光太郎とヴルの戦いは、特に激しい激突も無いまま幕を下ろす事となるのであった



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水切りドーム球場

「光太郎さん大丈夫?何処か怪我したりしてない~……?」

 

「俺は大丈夫、なんだけど……」

 

文月が光太郎に襲い掛かろうとするヴルを止めてすぐ、文月は変身の解除した光太郎の下へ駆け寄り、光太郎に向かって心配そうにこの様に尋ね、それを聞いた光太郎は、文月に対して特に怪我をしていない事を伝えながら、文月に向けていた視線を、先程自分に襲い掛かって来たヴルの方へと動かすのであった

 

「あ~あ……、やっちゃったね~……」

 

「ヴル……、来る前に何度も言っただろう……?此処には私達の命の恩人がいると……、その人達に迷惑を掛けない為にも大人しくしていてくれと……。確かにお前が文月の事を大事に思っている事は知っているが、よりにもよって文月の憧れの人物である光太郎さんに襲い掛かるとか、そんな事をしたらどうなるのかについて、全く考えていなかったのか……?」

 

「すまない……、その光太郎と言う人物が、深海棲艦の姿をしているとは思っていなかったのだ……」

 

その問題となったヴルはと言うと、呆れ返った様子の皐月と頭を抱える長月を前にして、正座しながらしょぼくれていたのであった

 

ヴルは戦いを止められた直後、長月の鋼鉄の拳を頭頂部に受け、文月が自分を止めた理由や長月に殴られた理由が分からず、混乱しているところに皐月から先程ヴルが襲い掛かろうとした人物の正体を知らされ、愕然としているところに長月の指示で正座させられ、2人からお叱りの言葉を貰う羽目になってしまったのである

 

そうしてヴルが説教をされているその傍らでは……

 

「あの深海棲艦、突然変身したんだけど……?最近の深海棲艦って、皆あんな感じなの……?」

 

「そんな事は無いわ、光太郎さんが変身したのは、彼固有の特別な力なの」

 

神話生物に関してはヴルを通して知っていたものの、転生個体の事についてはよく知らなかった水無月が、目の前で起こった出来事に対して混乱しながらこの様な事を呟き、混乱する水無月を何とか落ち着かせようと、加賀がこの様な事を水無月に言っていたのであった……

 

それからしばらくして、事態が収束したところで光太郎は加賀に対して、ある疑問を口にするのであった

 

「あの、加賀さん……、そのロズレイドは一体何なんですか……?」

 

「それについては、翔さんがいるところで話します」

 

「翔……、出雲丸 翔だったか……。確かあの武闘派モンク僧のクトゥルフの怒りを料理で鎮め、今はルルイエと人類の橋渡しをしていると言う人物だったな……」

 

光太郎の問いに対して、加賀は凛とした表情のままこの様に返答し、それを近くで聞いていたヴルがこの様な事を呟くと、光太郎はその呟きの内容から、このロズレイドは神話生物なのではないかと推測するのであった

 

まあ、クトゥルフの名前や役職について言及すれば、誰でも容易に想像出来る事ではあるが……

 

そうして一行は、車庫のシャッターをしっかりと閉めた後、翔がいるであろう食堂の方へと歩みを進めるのだが……

 

「おっしゃいくぞおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

その道中、突如として長門屋鎮守府(張りぼて)内全域に、やたら気合いの入った輝の叫び声が響き渡り、それに驚いた一行は何事か?!とその足を一旦停め、輝の声が聞こえた埠頭の方へと駆け足で向かうのであった

 

そうして向かった先には、何やらギャラリーが多数集まっており、光太郎達がギャラリーと並ぶ様にして、ギャラリーの視線を目で追ってみると、そこには大型ハンマーを手にした輝が、唯一人海上に立っていたのであった

 

「あいつ……、一体何するつもりだ……?」

 

光太郎がそう呟いた直後、海上に立つ輝が突如として手にしたハンマーをこちらに向かって放り投げ、それに危機感を覚えた光太郎は、すかさずギャラリーと加賀達に退避する様指示を出し、この場にいる全員が安全圏に到達したところで、光太郎はとても信じられない光景を目にする事になるのであった

 

輝が投げたハンマーが、埠頭のコンクリートに突き刺さるや否や、そのコンクリートが凄まじい勢いで輝がいる海上まで伸びていったかと思えば、そのコンクリートは海上で円を描く様に広がっていき、そうして広がったコンクリート上に何と何処かで見た事がある様なドーム球場がニョキニョキと生えて来たのである

 

これには輝の能力を知らない加賀達だけでなく、ギャラリー達も光太郎も驚きを隠せずにいたのだが、それ以降の輝の行動に、この場にいる誰もが思わず愕然としてしまうのであった

 

「ふんぬおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

海上にそれはそれは立派なドーム球場が出来上がった直後、輝はドーム球場の方へと駆け寄り、コンクリートに突き刺さったハンマーを回収すると、ドーム球場の土台となっているコンクリートの下に手を差し込み、雄叫びを上げ始めたのである……

 

するとどうだ、埠頭とドーム球場を繋ぐコンクリートの道が、バキバキと言う音を立てながらドーム球場から切り離され、肝心のドーム球場は輝によって持ち上げられてしまったではないか!

 

これだけでも凄い事だが、輝の行動はこれだけでは留まらなかったのである

 

「ぬおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

輝は再度気合いを入れる様に叫ぶと、何を思ったのかハンマー投げの様にドーム球場を持ったまま、自分の身体を軸にグルグルと独楽の様に回り始め……

 

「ちょいやっさあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

魂を込めた叫びと共に、渾身の力を込めて、ドーム球場を投擲したのであった

 

そうして投擲されたドーム球場には、如何やら水切りの石の如く、横方向の回転が加えられている様で、ドーム球場はバインバイン!と海上を何度か飛び跳ねた後、遥か彼方でバラバラに砕け散り、海の藻屑となって消え失せてしまうのであった

 

「輝ぅぅぅーーーっ!!!お前一体何やってんだ馬鹿野郎っ!!!」

 

「おっ!光太郎かっ!帰って来るの早かったなっ!!」

 

「そんなんどうでもいいわっ!!!それよりマジで何やってんだよっ!!?」

 

目の前で繰り広げられた光景に、その場にいた誰もが愕然とし、その中で誰よりも早く我に返った光太郎が、今回の出来事の当事者である輝に対して声を荒げながら尋ねたところ、輝は暢気そうにこの様に返答し、それを聞いた光太郎は更に声を荒げながら輝の行動について言及するのであった

 

そうして輝から話を聞いたところ、如何やら輝は自身の能力を活かした攻撃方法を探っていたらしく、無い知恵を絞って攻撃方法を色々と考えた結果、この様な方法を編み出したのだとか……

 

「他にもデカいビルを建てて、それを根元から引っこ抜いて、そのビルで相手をぶん殴るって奴も考えたんだが、こっちの方が相手を纏めて倒せるって思ってなっ!んで、今こうしてそれをテストしてた訳だっ!!!」

 

「思いついたからって、実行してんじゃねぇよ……。こんなん俺達でも驚くのに、鎮守府の近くに住んでる人達とか、世界の終わりみたいになっちまうだろうが、このアホ……」

 

何処か誇らしげに胸を張ってそう言って、ガッハッハと笑いだす輝に対して、光太郎はゲンナリしながらこの様な言葉を言い放つのであった……

 

そんな中……

 

「我々から見れば、戦治郎さんも中々の怪力だったが……」

 

「上には上がいるのですね……」

 

「ドーム球場を放り投げて攻撃とか、あの人はなんちゅう発想しとるんじゃ……」

 

「……」

 

「うわぁ……、水無月ったら完全に言葉失っちゃってるよ……」

 

「まあ……、転生個体と初めて接触した日に、こんなものを見せつけられてはな……」

 

「輝さん、すっご~い!」

 

「うわ~……、輝さん、横須賀にいた時よりパワーアップしてますね~……。って言うか、これなら建築関係の作業は、冗談抜きで全部輝さんに任せちゃって良さそう……」

 

「転生個体とは、これほどまでに凄まじい力を持っているのか……。今の攻撃も、まるで脳筋ゴル=ゴロスを彷彿させるものだった……」

 

輝の能力と怪力を目の当たりにした磯風達は、呆然としながらそれぞれこの様な事を呟くのであった……

 

因みにアムステルダム泊地の件で、輝によって命を救われた事を切っ掛けに、彼に対して静かに好意を寄せていた加賀は、その逞し過ぎる輝の腕に抱かれる自分の姿を妄想し、人知れず無言でその両頬を紅潮させていた……



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話の切り口

埠頭にて輝が編み出したと言う極めて強力だが、余りにも珍妙な攻撃を目の当たりにした光太郎達は、もう少し射程を伸ばそうと奮闘する輝と、その光景を見守るギャラリー達を残して、当初の目的地である翔がいるであろう食堂へと改めて向かうのであった

 

尚この時、加賀は輝の傍にいたいと言う衝動を何とか理性で抑え込む事に成功、とある質問をゲームの艦これに精通しているであろう翔達に投げかける為に、光太郎達と行動を共にするのであった

 

そして食堂に到着した光太郎達が、食堂の扉を開いて中に入ったところ……

 

「タイショー!計画有給とはどう言う事でぃしゅかっ!?如何してショシェー達からまた労働する機会を奪おうとするんでぃしゅかっ?!」

 

「仕方ないだろう、労働者は年に5日は有給を取る様にと、法で義務化されてしまったのだからな」

 

そこには週7で働きたい、給料よりも仕事を欲しがる仕事中毒者の代表であるエイブラムスと、エイブラムス及びその眷属達の上司にあたる空の姿があり、件の1人と1柱は何やら仕事の事で言い争っていたのであった……

 

そんな中……

 

「あっ、光太郎さん達っ!おかえりなさいっ!」

 

「ふむ、如何やら久しく対面する者達と、初対面となる者達もいる様だな!」

 

厨房で昼食の下拵えをしていた翔とゾアが、今しがた食堂に入って来て、目の前の光景に困惑する光太郎達の存在に気付くと、笑顔を浮かべ待ってましたと言わんばかりに声を上げるのであった

 

「ただいま翔、っとぉそれはそうとして……、空達は何を言い争ってるんだ……?まぁ、エイブラムスがいる時点で仕事の事だと何となく分かるけど……」

 

「それなんですけど……」

 

尚も困惑する光太郎が、翔に向かってこの様に尋ねたところ、翔は苦笑しながら今の状況の説明を始めるのであった

 

さて翔が言うには、如何やら法の改正により長時間労働対策が施された事を空がエイブラムス達に伝えたところ、その内容がぶっ倒れるまで仕事がしたいエイブラムス達の反感を買った様で、こうしてエイブラムスが代表して空に抗議しに来たのだとか……

 

「光太郎達が出た後、空が朝食を摂りに来たのだが、その時に織り手達と共に書いた嘆願書を咥えたエイブラムスが、食堂に突撃して来てだな……」

 

「そこから今の今まで、ずっとああして言い争ってるんですよ……」

 

場所が場所故に否応なくその言い争いを聞かされ続ける羽目になったゾアと翔が、ゲンナリしながらこの様に言って状況を説明し終えると……

 

「エイブラムスとは、あのアトラク=ナクアの事か……。あいつらは相変わらずの様だな……」

 

「その声は……、まさかヴルトゥーム殿かっ!?」

 

「久しいなガタノトーア、いや……、今はゾアと呼ばれているのだったな」

 

誰もがエイブラムスの仕事中毒っぷりにドン引きする中、ヴルが呆れながらこの様な事を呟き、その呟きを耳にしたゾアが驚きの声を上げたところ、ヴルは軽く手を上げながら、驚くゾアに対してこの様に返答するのであった

 

「言葉の端々から何となく予想はしてたけど……、やっぱりヴルさんも神話生物だったのか……」

 

「うむ、この方はヴルトゥームと言う旧支配者でな……」

 

そのやり取りを見聞きしていた光太郎がそう呟くと、それを聞いたゾアはそう言ってヴルがどの様な存在であるかについて話し始めるのであった

 

そして……

 

「純粋な科学者か……、俺達の仲間内の間にはいないタイプだな……。一応戦治郎と空が、悟と協力して大学で義肢の研究とかしてたけど……、あいつらは科学者って言うよりも技術者だからな……」

 

「えっ!?戦治郎さん達ってそんな事してたのっ?!」

 

「つまり私と皐月の義肢は、その研究のおかげで生まれた物なのだな……」

 

ゾアの話を聞いた光太郎が、ポロリとこの様な事を呟き、その呟きに反応した皐月と長月は、思い思いに言葉を口にしながら、アムステルダム泊地の件で戦治郎達によって与えられたそれぞれの義肢を見つめるのであった

 

と、その時である

 

「まあ、今は純粋な科学者と言える立場ではないのだがな……」

 

「それはどう言う事なのです?」

 

「それはだな……」

 

「それについては、私の方から説明するわ」

 

光太郎の呟きに対してヴルがそう言うと、ヴルが純粋な科学者ではなくなった事が気になったゾアがこの様に尋ね、それについてヴルが口を開こうとした時、加賀が会話に割って入る様にして、現在のヴルの立場について……、文月教の教祖となったヴルの事について説明し始めるのであった……

 

「文月教……、生まれちゃったのかぁ……」

 

「旧支配者が文月ちゃんを崇拝するとか……、これもう分かんねぇな……」

 

加賀の口から文月教誕生の経緯を聞いた翔と光太郎が、果てしなく愕然としながらそれぞれこの様に呟き……

 

「加賀よ、何故話に割って入ったのだ?私は文月教の説明ついでに、彼らにも文月の素晴らしさを説き、文月教に入信させようと考えていたのだが……?」

 

「貴方に余計な事をさせない為よ」

 

「ヴル~……、それは恥ずかしいから止めて~……」

 

光太郎達を文月教に勧誘しようとしていたヴルが、加賀に対してこの様に尋ねたところ、加賀はピシャリとそう言い切り、それに続く様にして恥ずかしさから赤面した文月がそう言うと、文月に言われたのならば仕方ないとして、ヴルは黙ってしまうのであった……

 

その傍らでは……

 

「先程ヴル殿が光太郎さんを攻撃した理由は、自分が妄信している文月を光太郎さんから守ろうとしたからなのだろうか……?」

 

「案外、文月と仲良うしちょる光太郎さんに、嫉妬しての行動かもしれんよ?」

 

「その辺りの事情については、外野である私達では判断出来ませんね……」

 

磯風達が何やらコソコソと話をし……

 

「あっ!食堂で思い出しましたっ!翔さん達に嬉しいお知らせですっ!横須賀の食堂で翔さん達と一緒に働いていた間宮さんと伊良湖ちゃんですけど、翔さんの負担軽減の為に、3月末辺りにこっちに来てくれるそうですっ!」

 

我に返った際、間宮達の異動の事を思い出した明石がこの様な事を言い……

 

「何か面白そうな話の匂いが此処からするッス!!!」

 

「面白そうな話ある所にワイ達有りンゴ!!!さあお前達、ピザのお供になりそうな話をするンゴ!!!」

 

「ピザのお供じゃねぇよ!!!客人が来てる間は迷惑かけねぇ様、大人しくしてろっつっただろうがっ!!!」

 

今の食堂から放たれる混沌とした空気を嗅ぎ付けて来たのか、護とイオッチと、彼らを止める為に後を追って来たシゲが、この様な事を叫びながら、勢いよく食堂の扉を開き突撃してくるのであった……

 

さて、こうして食堂内に入って来たイオッチの姿を目にしたヴルはと言うと……

 

「ガタノトーアにアトラク=ナクア、更にはかなりの古参であるイオド殿までもがこの鎮守府にいると言うのか……。これではまるで珍獣の園……、差し詰め珍獣府と言ったところか……」

 

流石にイオッチが此処にいる事は予想外だったらしく、愕然としながら思わずこの様な事を呟くのであった

 

尚、このヴルの発言が実現してしまう日が来てしまう事は、恐らく全ての時間に存在する全知全能の外なる神であるヨグ=ソトース以外の誰もが、全く以て予想していなかったのであった……

 

こうして役者が揃ったところで……

 

「そう言えば加賀さん、今日ヴルさんを此処に連れて来たのは、ヴルさんの事を俺達に紹介する為だけだったんです?」

 

「いや、実は少し気になる事が佐世保の方で起こっていてな、その報告ついでに貴殿らにもこの現象の解明の為に、文月教の活動の手伝いをしてもらいたいと思ってな」

 

光太郎が思い出した様に口にしたこの言葉を切っ掛けに、ヴルの口から現在佐世保の方で起こっている現象……、急激な犯罪発生件数の増加についての説明と、文月教が裏でその原因究明の為に活動している事について語られるのであった……



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ヴルの頼み

「佐世保近辺の犯罪発生件数の増大……、ですか……」

 

「そうだ、我々文月教教徒が文月の『お願い』に従い、犯罪防止の為に地域の巡回などの治安維持活動をしているにも拘らず、佐世保方面では犯罪発生率は文月教が発足する前とほぼ変わらっていない、犯罪発生率を算出する際に使用する犯罪発生件数が、時が経つに連れて加速度的に増えて来ているのだ」

 

ヴルの口からヴルがこの長門屋鎮守府(張りぼて)に来た理由の1つ、佐世保の犯罪発生件数増加の話を聞いた光太郎は、翔の案内で通された食堂の奥の席に着き、真剣な表情を浮かべながら、ヴルに話の内容を確認する為にこの様な事を口にすると、ヴルは静かに頷き返しながら、この様に返答するのであった

 

「実際、休暇中に車で鎮守府の誰かと出掛けた時、危うく車を盗まれそうになった事があるわ……」

 

「確か赤城さんと出掛けた時の事だったか……、買い物をする為に駐車場に車を停め、店内に入ってしばらくしたところで、怪しい連中が加賀さんのWRXと赤城さんのフェアレディZに群がり始めて、鍵を壊そうとしていたんだったな……」

 

「あの時は肝が冷えたわ……、もしあの時赤城さんが気付いてくれていなかったら、大変な事になるところだったわ……」

 

その話を裏付けするかの如く、加賀が渋い顔をしながらこの様な事を言い、そんな加賀の言葉を聞いた長月が、事情を知らない長門屋のメンツに詳細を教える様にこの様な事を口にすると、加賀はより一層渋い表情を浮かべながら、この様な事を言うのであった

 

尚……

 

「赤城さんはZなのか……」

 

「赤城はホンダ派ではなかったか……、残念だ……」

 

加賀の話を聞いたシゲと、ふと耳に入ったヴルの発言が気になり、エイブラムスとの話し合いを中断してこちらの話に参加する事にした空は、赤城が日産のフェアレディZのオーナーである事を知ると、少々残念そうにこの様な事を呟き……

 

「いや、そこは車上荒らしが店の近くの駐車場に堂々と現れて犯行に及ぶと言う、佐世保の治安を心配するべきところではないのか……?」

 

そんな2人の呟きを聞いた、まだ2人に対して自己紹介も行っていない磯風が、思わずツッコミを入れるのであった

 

「あそこの2人の事は放っておくとして、ヴルさんはその原因について何か心当たりはありませんか?」

 

「済まないな、文月教の諜報部が全力で調査を進めているのだが、現在はまるで手掛かりらしきものは掴めていないんだ……」

 

「諜報部がある宗教とか、おっかねぇッスねぇ……」

 

「文月教は凄いよ……?情報集めをする諜報部以外に暴徒鎮圧用の特殊部隊とか、凶悪犯罪を秘密裏に解決する暗部とかもあるんだよ……?しかもその構成員は元々ヴルの親衛隊クラスの信者だった火星人みたいで、戦闘技術も人間離れしている上に、武装もヴルが開発した兵器で固めてるんだよ……?まあ、大多数は佐世保市の人達なんだけど、兎に角この辺りの戦力がホント凄まじい事になってるんだ……」

 

「生産性こそ劣っているものの、1つ1つの品質ではクトゥグアのところの兵器を上回る、ヴルトゥームの兵器で固めているのは恐ろしいンゴねぇ……」

 

「その戦力を深海棲艦に……、あぁ、そうしたら世界のバランスがおかしくなっちゃうんでしたね……」

 

佐世保鎮守府の車事情で盛り上がるシゲ達を放置して、光太郎がヴルに対してこの様な質問をしたところ、ヴルは首を横に振りながらこの様に返答し、それを光太郎の傍で聞いていた護が、その表情を引き攣らせながらこの様な事を言えば、文月教誕生の瞬間を知る皐月が文月教の構成員について呟く様にして話し、それを聞いたイオッチが戦慄しながらそう言うと、今度は明石が何かを提案しようとするのだが、横須賀にいる時に戦治郎達から聞かされた話を思い出し、自身の提案をすぐさま撤回するのであった

 

「まあこう言った事情もあって、もう少しこちら(神話生物)の事情に明るい協力者が欲しいと思っていたところで、長月達からお前達の事を聞いてな」

 

「それで光太郎さん達にヴルの事を紹介するついでに、光太郎さん達にもちょっとだけ力を貸して下さいってお願いしに来たの~」

 

その後、ヴルがこの様な言葉を口にし、それに続く様にして文月が困った様な表情を浮かべながら、光太郎に向かってこの様な事を言うのであった

 

「話を聞いている限りだと、事態は相当深刻な様だね……。それにこの問題を放置していると、最悪佐賀県にも悪い影響が出てしまいそうだし……」

 

「ヴルとやら、1つ聞いておきたい事があるのだが、先程皐月が言っていた暗部が処理していると言う凶悪犯罪と言うのは……」

 

「当然、行方不明事件だけでなく、強盗殺人の様なものも含まれている」

 

厨房から料理を持って来た翔が、ヴル達に対してこの様な事を言い、それに空が続く様にして質問を投げかけ、ヴルがこの様に返答した瞬間、場の空気が一瞬にして張り詰め、こう言った空気にまだあまり慣れていない磯風達は、場の空気が変わるや否や、辺りに漂う緊張感に圧倒され、思わずその身をビクリを震わせるのであった

 

「これは一刻も早く解決するべきだね……」

 

「うむ、翔鶴が長門屋に着任した後も、佐世保の治安がこの様な調子では、おちおちデートにも誘えんからな……」

 

「空さん……、ブレないですね……。まあ俺としても、自分より弱ぇ奴を狙った犯罪とか、気に食わねぇ事この上ねぇからな……」

 

「僕としても、何としてでもこの問題は解決したいね……。これじゃあゾアと約束した、佐世保のB級グルメ巡りが出来なくなりそうだし……」

 

そんな中、光太郎、空、シゲ、翔が口々にこの様な事を言い……

 

「うわぁ……、何か皆、佐世保の人達が困ってるからとか言う理由じゃないし……」

 

空達の発言を聞いた水無月が、やや引いた様子でこの様な事を呟くと……

 

「生憎、自分達は世界のピンチ云々よりも、自己都合を優先するッスからね~」

 

そんな水無月に向かって、ニヤニヤしながら護がこの様な言葉を口にし、水無月を更に引かせてしまうのであった……

 

その後、光太郎達は話し合いの末、ヴルからの要請を受ける事にするのだが……

 

「問題は、その問題解決の為に、どのくらいこちらの人を割くかだね……」

 

光太郎が少々困った様な表情をしながら、この様な事を口にする。事実、今の長門屋は建物の見た目こそは、輝の能力のおかげで完成しているものの、中身の方はまだまだ半分くらいしか出来上がっていない状態なのである。なのでその件に人を割き過ぎてしまうと、折角輝が頑張って完成予定を早めてくれたにも拘らず、どうしても鎮守府の完成が予定より遅れてしまう事態になってしまうのである。それ故、この中の誰よりも正義感が強く、この問題を早期に解決したいと考える光太郎は、どのくらいこの件に人を割いて良いものかと、本気で悩む事となってしまったのである

 

すると……

 

「それなら丁度いい奴らがいるぞ」

 

空がこの様な事を言いながら、食堂でお茶を啜りながら話し合いが終わるのを待っていた、エイブラムスの方へと視線を向けるのであった

 

「喜べエイブラムス、お前達に新しい仕事を与えてやろう。しかもこの仕事は労働基準法などの影響を受けない仕事だから、早出も残業も休出もやり放題だぞ」

 

「その話、乗ったでぃしゅっ!!!さぁその仕事の内容について、しっかりハッキリ細かく説明するでぃしゅっ!!!」

 

その直後、空は仕事に飢えたエイブラムスに向かって、声高らかにこの様に言い放ち、それを聞いたエイブラムスは、まるで飛び掛かる様な勢いで空に接近し、空から仕事内容の詳細を聞き出そうとするのであった

 

そうして空から仕事内容を聞いたエイブラムスは、大急ぎで織り手達の溜まり場へと向かい、空から新たに与えられた仕事……、佐世保中に織り手達を派遣し、文月教の諜報部と協力して情報収集を行う事を織り手達に伝え、早速一部の織り手達を佐世保に派遣するのであった

 

そんな中……

 

「……どうして佐世保だけで、こんな事が起きてるんだろう……?福岡の方とかどうなってるんだろ……?」

 

「確かにそうなのだ……。翔、我は福岡の方の犯罪発生率についても調べるべきだと思うのだが……」

 

「そうだね……、ちょっと調べてみようか。確か福岡には、剣持さんがいた陸軍の駐屯地があったはずだし、少しズルいかもしれないけど、神話生物対策本部の代表の肩書を使って今の福岡の犯罪事情を教えてもらおう」

 

翔はふと頭の中に浮かんだ事を、自分の頭の上に乗ったゾア以外の誰にも聞こえない様な声量で呟き、それを聞いたゾアがこの様な提案をすると、翔は小さく頷いて見せた後、この様な言葉を口にするのであった



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加賀の疑問

光太郎達がヴルの頼みである佐世保の犯罪発生件数増加の原因の調査に、協力する旨を伝えた後、彼らは翔が客人達の為に準備した料理に舌鼓を打ちながら、各々の推測を交えて犯罪発生件数増加の原因について話し合うのだが、この時点ではあまりにもお互いが持つ情報量が少なすぎた為、結局結論が出る事は無かったのであった

 

因みに……

 

「そう言えばさ、今回の件って戦治郎さんに話を通さずに、光太郎さん達の方で勝手に決めちゃってよかったの?」

 

ふと思い出したかの様に、皐月が濃厚な肉の味がありながらも、大根おろしと翔特製の和風タレのおかげで脂っこさを感じさせず、生姜の香りとさっぱりした口当たりを楽しめる特製の和風ハンバーグを頬張りながら、光太郎達がヴルに協力する事を決定した事について疑問を口にする

 

「それについてなんだけど、ヴルさんが神話生物である以上、今回の件は神話生物対策本部の預かりになるんだ。で、神話生物対策本部の代表である僕は、神話生物関連の出来事に関してだけは、捜査と解決では警察以上、外交と戦闘では陸軍と海軍の元帥以上の権限を持っていて、僕がOKを出せば、例えこの鎮守府の提督が戦治郎さんだったとしても、戦治郎さんは僕が決定した事に従わなきゃいけない決まりになってるんだ」

 

「翔さんは料理の腕だけでなく、持っている権限も凄いのですね……」

 

「基本的に神話生物と言うものは、存在しているだけでもとてつもない脅威になるンゴ。特に外なる神クラスともなれば、人間とは大きくかけ離れた価値観を持っている奴も多く、最悪会話が成立しないで流れで世界規模の戦いが始まる可能性もあるンゴ。んで翔はそんな危なっかしい連中の集まりの1つであるルルイエと、人類との架け橋となってくれているンゴ、だからこのくらいの権限を持ってないとやってられないはずンゴ」

 

そんな皐月の発言に対して、翔は自身の料理を満喫してくれている皐月に向かって、優しく微笑みかけながらこの様に返答をし、それを聞いた秘伝のタレによって旨味を最大限に引き出された、色とりどりの新鮮な刺身がたっぷりと乗った海鮮丼のオカワリを、翔の手伝いの為に食堂に来ていた鳳翔から受け取る浜風が、驚きながらこの様な事を言えば、それに対して様々な茸とやや厚めに切られたベーコンを、食欲をそそる芳醇な香りを辺りに振りまくチーズが優しく包み込んだピザを食べていたイオッチが、翔の代わりにこの様に返答するのであった

 

「ウチとしては、翔さんが持っちょる権限云々よりも、その料理のレパートリーの多さの方が気になるんじゃが……」

 

「翔は本当に凄いのだっ!その気になれば和食だけではなく、世界三大料理のフルコースも単独で作り上げ、更にはサバイバル食も美味しく作り上げてしまうのだっ!」

 

そんな中、目の前のテーブルにこれでもかと並べられた、翔達が自分達の為に作ったと言う古今東西の様々な料理の群れを目にした浦風が、愕然としながらこの様な事を口にすれば、それを聞いたゾアが何処か自慢げにこの様に返答するのであった

 

さて、この場にいる誰もが、翔の料理を笑顔を浮かべながら満喫する中……

 

「そう言えば、長門屋の皆さんに1つ聞きたい事がありました」

 

白銀に輝く白飯が山盛りに装われた茶碗を手にした加賀が、ふと思い出したかの様にこの様な事を言い、それを耳にした長門屋の面々は一旦会話を止め、加賀の方へ視線を集中させると、静かに加賀の言葉を待ち始めるのであった

 

それからそう時間も掛けず、加賀が口にした言葉を聞いた長門屋の面々は、それはそれは不思議そうな表情を浮かべる事となるのであった

 

「長門屋の皆さんは、赤城さんと金剛さんの改修に関して、どのくらいの知識をお持ちなのですか?」

 

「「「「「……」」」」」

 

加賀が長門屋の面々に対してこの様な質問を投げかけた直後、佐世保鎮守府所属の艦娘達が一斉に黙り込み、その質問の中に登場した赤城と金剛の改二改修及び改二丙改修に直接携わったヴルが、無言で加賀に向けて険しい視線を向ける……

 

何故佐世保の面々が、加賀の言葉に対してこの様なリアクションを取ったのかと言えば、佐世保鎮守府の面々は赤城と金剛が今あるデータ以上の改修を施されている件については一応は知ってはいるのだが、その詳細……、兼継が如何して赤城改二と金剛改二丙の改修データを持っているのかについてや、兼継が何者なのかに関しては一切知らされておらず、更にはこの件に関しては秘書艦である赤城や金剛から、例え信用出来る相手であっても決して口外しない様厳命されている為、常に上記の2つの疑問を頭の中に抱えながら、艦娘生活を送っている状況にあるのである

 

そして2人の改修に関わっているヴルは、兼継本人から裏で細かい事情を聞かされており、もしこの事が誰かにバレようものならば、今後一切文月と関われない様にすると脅しを掛けられている関係で、今にも秘密をバラそうとしている加賀に対して、この様な態度を取ったのである……

 

「金剛は改二まで、赤城は改が限界じゃなかったか?」

 

この様な事情から、佐世保の面々が辺りに緊迫した空気を漂わせる中、シゲが不思議そうにこの様に返答したところ……

 

「……やはりそうですよね、変な事を聞いてすみませんでした」

 

加賀はシゲの言葉を聞くと、そう言って深々と頭を下げ、その様子を見ていた佐世保の面々は、ホッと胸を撫で下ろしながら緊張の糸を解くのであった

 

尚、加賀が何故長門屋の面々に対してこの様な質問をしたのかについて、長月が帰りがけに加賀に尋ねてみたところ……

 

「提督が持つデータが、長門屋の皆さんからの情報ではない事を確認したかっただけよ」

 

加賀は表情を変える事無く、平然と長月の問いに対してこの様に返答するのであった

 

さて、そんな加賀の真意なのだが、如何やら加賀はこの謎多き提督である兼継の正体を突き止め、独断で必要性を感じたのならば、兼継の事を戦治郎達に報告しようと考えているのである。まあ加賀がこの様に考えてしまうのも無理はない、今の加賀達からしたら、兼継はあまりにも怪し過ぎる存在であり、もしかしたら兼継が持つ情報は、エデンの様な敵対勢力の転生個体からもたらされたものではないかと……、加賀はそう考えたのである

 

尤も、加賀の考えは大外れで、今回の件をネタに提督に詰め寄り、真実を知る事となった加賀は、この事を戦治郎達に知らせようものならば、長門屋が大いに混乱してしまう可能性があると考え、兼継の事は戦治郎達が直接兼継と会うその時まで、秘密にする事を決意する事となるのであった……

 

尚その時、戦治郎は生き別れた弟と再会の喜びを分かち合うと同時に、義妹が一気に3人も増えてしまったと言う事態に、驚きを隠せない状態になってしまうのだが、これについてはまだまだ先の話になる事であろう……

 

それはさておき、こうして食事を終えた面々が、長門屋鎮守府(張りぼて)の内部を案内しようと、翔達食堂組を置いて食堂を後にしたその時である……

 

「さあ野郎共っ!!準備はいいでぃしゅかーーーっ!!?」

 

車庫の方からこの様なエイブラムスの叫びが聞こえ、誰もが車庫の方へと視線を向けると、車庫の中から8本の脚の内、最前列の2本の脚の先端に大きなドリルをそれぞれ1つずつ、そしてそれよりも巨大なドリルを砲塔部に1つ、車体の前面に2つ取り付けた、陽炎のペーガソスの様な何かが姿を現すのであった……

 

「あれは……、陽炎さんのペーガソスですか……?」

 

横須賀にいる時にペーガソスの事を見ていた明石が、思わずこの様な事を口にすると……

 

「いや、あれはペーガソスではない。あれは俺がペーガソスを基に作り上げたエイブラムス用の地底調査及び採掘作業用パワードアーマー……、その名も『モリブデン・アーマー』だ」

 

空は明石の言葉を否定した後、この様な事を口にするのであった



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クロムモリブデン鋼

「作業用パワードアーマー……ですか……?」

 

「作業用と言う事は、あれは戦闘には使えないと言う事なのか?」

 

空の言葉を耳にした明石が、モリブデン・アーマーの製作者である空に向かってこの様な事を言い、それに磯風がこの様に続くと……

 

「いや、エイブラムスの話によると、如何やら地底には数多くの神話生物が住んでいるらしいのでな、作業中にそれらの縄張りに侵入した際に発生するであろう戦闘に備え、装甲は地中の圧力だけでなく、神話生物の攻撃にも耐えられる様強化しているし、削岩用ドリルも神話生物の皮膚や装甲を貫ける様、強度の高い材質を使用して作り、その出力も大幅に強化している。尤も、武装はあのドリルくらいしか付いていないがな……」

 

空はそう言って磯風の発言を否定する

 

因みに件のモリブデン・アーマーだが、陽炎のペーガソスには付いていた車体後部のサブ砲塔が取り外された代わりに、鉱石などを大量に積載出来るコンテナが取り付けられていたりする

 

「あの……、空さん……、1つ聞いてもいいですか……?」

 

そんな空の発言を聞いた浜風が、オズオズと挙手にながら空に発言権を求め、それを空が認めると浜風はこの様な質問をするのであった

 

「エイブラムスさんは空さんと戦って負けた結果、この鎮守府に来る事となったと戦治郎さんから聞いていたのですが、そんな強力そうな物をエイブラムスさんに与えてしまえば、エイブラムスさんが空さんに対して謀反を起こしてしまうのではないでしょうか……?」

 

「ああ~……、それならアレの装甲をよく見てみな……」

 

空に向かって浜風がこの様な質問をしたところ、空の代わりにシゲがこの様な事を言って、浜風達にモリブデン・アーマーの装甲をよく見る様促し、浜風達がそれに従って目を凝らしてモリブデン・アーマーの装甲を観察すると……

 

「……何かアレ、所々に修復した様な跡があるんですけど……?」

 

「それ見たら、大体察しがつくんじゃないッスか?」

 

明石がモリブデン・アーマーの装甲に修復した跡がある事に気付き、空に向かってこの様に尋ねたところ、今度は護が空の代わりに赤しの質問に返答するのであった

 

そう、エイブラムスはこれを空から譲り受けたその直後に、下克上と称してモリブデン・アーマーを装着し、空に襲い掛かったのである。尤も、それでも空との戦力差を埋める事が出来なかった様で、エイブラムスはモリブデン・アーマーごと、クトゥルフ並の戦闘力を持つ空にボッコボコのベッコベコにされてしまったのである……

 

尚この時、エイブラムスを打ちのめした空は……

 

「製作者であるこの俺が、そのアーマーの弱点を把握していないとでも思ったか?」

 

地に伏せ呻き声を上げるエイブラムスに向かって、この様な言葉を掛けていたのだとか……

 

さて、こんなやり取りをしている間に、エイブラムスは空達が見ている事に気付いていなかったのか、特に空達に話し掛ける様な事はせず、そのまま前脚のドリルで地面に穴を開けて地中に潜り込んでその姿を消してしまい、それを見届けた空達は鎮守府(張りぼて)の案内を再開するのであった

 

 

 

さて、ここで空がモリブデン・アーマーを作った本当の理由について話しておこう

 

このモリブデン・アーマーには地底調査と採掘作業以外に、もう1つ仕事が存在しているのである。それがどの様な内容であるかと言うと、簡単に言えば空がブレスレットを用いて変身するクロム・ドラゴンの戦闘サポートと、モリブデン・アーマーに搭載されているUSBメモリ型のクロム・ドラゴンの強化パーツである『モリブデン・チップ』を、妨害の為の地上からの攻撃を避ける為に地中を移動する事で、チップを守りながら確実に空の下に届けると言うものである

 

先程話の中に登場した『モリブデン・チップ』とは、空がエイブラムスとの戦いの際に使用した『アイアンシンタリンガー』に、空のブレスレットに搭載された『クロム・チップ』と共に挿入する事で、機動力と装甲貫通力が大幅に強化されたクロム・ドラゴンのもう1つのフォームである『アロイ・ドラゴン・クロムモリブデン』にフォームチェンジする為に必要なものなのである

 

因みにモリブデン・アーマーのドリルの出力が上がっているのも、このチップがモリブデン・アーマーのドリルや、本体のエンジンの最大トルクを強化してくれているからだったりする

 

ここで如何して空はそんな大切なチップを、日頃から携行せずにエイブラムスに預けているのかと言う疑問が浮かぶが、これに関してはベルトの脇にチップ専用のホルダーを取り付け、そこにチップを差して携行していた場合、何かの拍子にチップを紛失してしまうかもしれない事と、戦闘中にホルダーからすっぽ抜けたチップを誤って破壊してしまうかもしれない事、そして敵からチップを奪われてしまう事を警戒した結果、この様な形にした方が間違いは少ないだろうと言う結論に至り、クロム・ドラゴンの変身に欠かせない『クロム・チップ』はブレスレットに、アロイ・ドラゴンへのフォームチェンジに必要不可欠な『アイアン・チップ』はアイアンシンタリンガーに、脚力強化と腐食耐性強化を促す『ニッケル・チップ』はデフォルトでクロム・ドラゴンの右ふくらはぎ部分に、推進力強化と腕力強化を促す『コバルト・チップ』は空の艤装であるライトニングⅡに、武装の威力強化と装甲の耐久性強化を促す『タングステン・チップ』はテキサスに搭載される事となったのである

 

因みに今まで挙げて来たチップは、全てが既に空の手によって作り上げられ、現在空が実際に使用しているものであり、これら以外にもまだまだ開発中である『バナジウム・チップ』、『カーボン・チップ』、『シリコン・チップ』などがある模様

 

又、モリブデン・アーマーは水上や水中での作業は出来ない仕様になっており、空はその問題を解決するべく、鎮守府に必要な機材を作る合間を縫って、新たなエイブラムス用のパワードアーマーを作っているのだとか……

 

さて、こうして着々と作られていくクロム・ドラゴンの強化パーツや、エイブラムスが装着するパワードアーマーの類は、後に九州北部で発生する『喰らう手事件』や、地球を飛び出し宇宙で発生する『ヒアデス星団カチコミ事件』において活躍する事となるのだが、その詳細については時が来た時に話す事としよう……

 

 

 

話は戻り、空達は客人である磯風達を連れて農場を作る予定となっている土地を説明しながら通過し、他の鎮守府にはまず無いであろう石油コンビナートの見学を行い、それらが終わると入渠施設へと案内し、彼女達にエイブラムスとの戦いの際に見つかった湯脈から配管して引っ張って来た事で出来た温泉に入り、石油コンビナート見学の際に付いた身体の汚れを落とす様促すのであった

 

それと同時刻、食堂に残っていた翔達は、翔の自室に向かうとタブレットを用いて福岡の陸軍駐屯地と通信を繋ぎ、今回の話を弓取に詳しく伝えた後、弓取から福岡の犯罪発生率や犯罪発生件数に関するデータを送ってもらうのであった

 

そのやり取りの中で……

 

「そう言えば、ムサシさんとヴォルヴァドスさんは元気にしていますか?」

 

翔が横須賀の乱の際に知り合った、ムサシとヴォルヴァドスの事を弓取に聞いたところ……

 

「あ~……、あの2人ですか……。多分今は何処かの山の中で、剣持大将にしごかれていると思います……。如何やらあの2人、剣持大将に気に入られたみたいで……、恐らく今頃、2人だけ大将発案の特別メニューを課せられているでしょうね……」

 

「1人と1柱ではないのか?」

 

「いえ、今のヴォルヴァドスさんは炎山 煌(えんざん こう)と言う名の人間に擬態していて、本人からも陸軍に所属している間は、人間として扱ってもらいたいと言われているので、それに則って2人と言ったのですよ」

 

弓取は苦笑しながらこの様な事を言い、それを聞いたゾアが小首を傾げながらこの様に尋ねると、弓取は相変わらず苦笑を浮かべたまま、ゾアの質問に対してこの様に答えるのであった

 

 

 

 

 

同時刻、とある山の中……

 

「ふぅ……、陸軍の人達のキャンプ地は、確かこの辺りのはずなんだけど……」

 

その身体には少々不釣り合いな大きなリュックサックを背負い、登山用装備でフル武装した陸奥は、連休前にムサシから渡されたGPSとにらめっこをした後、この様な事を呟きながら辺りを見回していたのであった



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陸軍キャンプ地にて

「う~ん……、ムサシがくれたGPSを頼りに、何とか此処まで来たのだけれど……、中々見つからないわね……。っとそれよりも、仕方ない事と分かっていても、山の中はホント蚊が多くて嫌になるわね……」

 

陸奥はこの様な事をぶつくさと呟きながら、時々手にしたGPSを見つめ、自身と目的地の位置情報を確認しながら、木々が生い茂る山道を只管歩き続けるのであった

 

さて、何故彼女が独りこの様な山の中にいるのかと言うと、単純にこの連休を利用して、陸軍の強化合宿に参加しているムサシの様子を見に来たと言う、ほぼほぼプライベートな理由であったりする

 

因みに、ムサシは最初こそ陸奥が強化合宿の様子を見に来る事に反対していたのだが、横須賀の乱の際、彼女から譲り受けたバイクをオシャカにしてしまった件もあってか、ムサシは彼女に対して強くものを言う事が出来ず、最終的には陸奥の勢いに押し切られ、剣持にこの話を通した上で、渋々ながら彼女の合宿見学を認め、その際に合宿の場所の位置情報が登録されたGPSを彼女に手渡していたりする

 

何故陸奥がムサシの事をそこまで気に掛けているのかと言えば、彼女はムサシと出会ってから彼がヒーローを引退するまでの間、彼に海軍の闇に触れる様な非常に危険な任務を依頼すると同時に、彼がスムーズに任務をこなせる様、後方でずっと彼のサポートをし続けて来た、言わばバディの様な関係にあったのである

 

それ以外にも、ムサシの日本を平和にしたいと言うそれはそれは強い志と、それに対して本当に真剣に行動を行うその姿勢に、その時の彼が浮かべるその表情に、いつの間にか陸奥は惹かれてしまっていたのである

 

事実、陸奥は辛い現実に打ちのめされた事を切っ掛けに、ムサシがヒーロー活動を辞めると言った時は心底悲しみ、ムサシが剣持からの勧誘を受け、憲兵としてその力を振るう事を決め、再び立ち上がってくれた事を知った時は、心から歓喜し、大急ぎで彼に再び自分達に力を貸してくれる事に関しての感謝と、陸軍でも頑張る様にと激励の言葉を送っていた。それほどまでに、陸奥の中では彼の存在が大きくなっていたのである

 

とは言っても、陸奥ほどの美人と絡んだ事が、その短い生涯の中で全くと言って良い程無かったムサシが、陸奥との距離をこれまで以上に縮めて良いものかと躊躇してしまっている事が原因で、その関係は友人以上、恋人未満と言った状態になってしまっているが……

 

それはそうとして……

 

「ん……?もしかしてあそこかしら……?」

 

辺りを見回しながら歩いていた陸奥が、視界に映ったものに違和感を感じ、目を凝らしてよく見てみたところ、其処には山の木々に完全に溶け込む様、しっかりとカムフラージュが施された多くのテントが存在しており、それに気付いた陸奥はこの様な事を口にしながら、問題のテント群の方へと足を運ぶのであった

 

そうして陸奥が発見したテント群は、やはりと言うべきか陸軍によって設営されたもので、その傍には剣持が考案した過酷過ぎる訓練に参加した陸軍の多くの兵達が、疲労によりゼェゼェと呼吸を荒くしながら地べたに這い蹲っていた……

 

その光景を目の当たりにした陸奥が、その異様さにドン引きしながら、ムサシの居場所を誰に尋ねたらいいものかと困惑していると……

 

「そこの……、貴女……、どうやって……、此処に……、辿り着いたで……、ありますか……?」

 

不意に訓練に参加したのだと思われる、肩で息をする女性兵に声を掛けられ、陸奥は突然の出来事に驚いた後、自分が海軍の者である事を証明する為に、声を掛けて来た女性兵に身分証を掲示し、自分の来訪理由こそ伏せ、この事は剣持に既に伝えてある事を明かしてから、ムサシの居場所について尋ねてみたところ……

 

「鶴田殿……、でありますか……?彼なら……、剣持閣下と……、炎山殿と共に……、森の奥の方へ……」

 

女性兵は生きも絶え絶えと言った様子で、陸奥の質問に対してこの様に答え、それを聞いた陸奥は彼女に礼を述べた後、ムサシがいると言う森の方へと進んでいくのであった……

 

因みに先程女性兵が口にした炎山殿とは、以前横須賀鎮守府で行われた大会議の際、長門屋鎮守府の憲兵となる為に陸軍に入隊した旧神ヴォルヴァドスの事で、現在彼はその正体を剣持とムサシ以外の陸軍の者達に隠しながら、『炎山 煌(えんざん こう)』と言う名前を名乗り、人間に擬態して生活しているのである

 

さて、そうして陸奥が森の奥の方へと歩みを進めると……

 

「でやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「踏み込みが足りんっ!!!」

 

前方からムサシと剣持の声が聞こえ、それを耳にした陸奥が歩みの速度を上げて、2人の声がした方へと進んでいくと、其処には最早服としての機能をほぼ失い、布切れとしか表現出来ないもので胸元を隠したムサシが、激闘の末上半身が裸になり、機械の身体が露わとなった剣持に向かって突撃していくと言う光景が目に映るのであった

 

その直後、ムサシは剣持が鞘に納めたままの太刀を用いて放った一閃によって、後方に勢いよく吹き飛ばされてしまうのだが……

 

「まだだっ!!!」

 

ムサシは剣持に向かってそう言い放つと同時に、手にした黒い棒の様な物を剣持目掛けて振るう。するとどうだ、ムサシが振るった黒い棒状の物は鞭の様な姿に変貌し、それを打ち落とそうとした剣持の剣閃の合間を掻い潜りながら、その先端は風切り音を放ちながら剣持に向かって飛んで行く……

 

そしてそれが剣持の身体に僅かに触れた瞬間……

 

「ぐうぅ……っ!?」

 

突然剣持はその表情を苦痛に歪め、思わず呻き声を上げるのであった……

 

そう、現在ムサシが手にしている物は、剣持の依頼で戦治郎達が横須賀にいる間に作り上げた武器で、普段は30cmくらいの棒状なのだが、勢いよく振るえば先程の様に鞭状に変化し、グリップ部分にあるスイッチを押し込めば、鞭に人間の致死量にこそ至らないものの、しばらくの間は全身が麻痺して動けなくなってしまうレベルの電気が流れる様になっているのである。先程剣持が呻き声を上げた理由は、鞭の先端が剣持の身体に触れた事で、剣持の身体に強力な電気が流れた為である

 

その後、2人は互いに間合いを取り、戦いに夢中になるあまり陸奥の存在に気付く事無く、攻撃するチャンスを自分のものにする為に、しばらくの間睨み合いを始めてしまうのであった……

 

「あらあら……、ちょっと間が悪かったみたいね……」

 

その様子から、他の陸軍の兵達には秘密で、剣持がムサシに稽古をつけている事を察した陸奥が、2人に声を掛けるべきかどうかについて、この様な事を呟きながら悩んでいると……

 

「あれ?陸奥さん?」

 

何者かか不意に陸奥に声を掛け、それに驚いた陸奥がビクリと身体を震わせた後、声がした方へと顔を向けたところ、其処には1頭でも最低250kg、最大500kgはあるヒグマの死体を2つも担いだ、炎の様に赤い髪を持つ、精悍な顔つきをした青年が立っており、青年の顔を見た陸奥は……

 

「煌じゃない、びっくりさせないでよ……」

 

「すみません、まさかこんなに早く陸奥さんが来るとは思っていなくてですね……」

 

自分に声を掛けて来た者が、同期である事からムサシとよくつるんでいるヴォルヴァドス改め煌であった事が分かると、途端に緊張の糸を緩め、脱力しながら煌に向かってこの様な事を言うと、煌は苦笑しながらこの様に返答するのであった

 

その後、陸奥はムサシの訓練が終わるまでの間、煌と雑談を興じる事となり、その時に煌が担いでいた熊の事を、好奇心から尋ねてみたところ……

 

「これは山の中で食糧調達が出来なかった人用の、非常食ってところですね。流石に食糧調達が自力で出来なかった事が原因で、合宿参加者の中から餓死者を出す訳にはいきませんからね……。で、僕が非常食の調達を担当してるのは、単純に僕が神話生物でそう簡単に死なない事と、剣持さんでも僕に稽古をつけるのは難しいと判断されたからですね……。そんな訳で、僕は毎日こうして雀蜂なんかに襲われつつも、熊狩りや猪狩りをしてるんですよね……」

 

煌は相変わらず苦笑しながら、この様な返事をするのであった



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強化合宿の真意

陸奥が煌とこの様なやり取りを交わしていると……

 

「む……、陸奥か……?」

 

「えっ!?陸奥さんっ?!」

 

如何やらムサシと戦っていた剣持が陸奥の存在に気付き、この様な事を口にしたところ、それに反応したムサシが攻撃の手を止め、驚愕の表情を露わにしながら剣持の視線を追う様にして、陸奥の方へと顔を向けるのであった

 

それによりムサシは完全に無防備になり、その隙を突いて剣持が無言で一気にムサシとの距離を詰め、瞬速の一閃をその身に叩き込もうと手にした太刀を振るうのだが……

 

「……ほう……」

 

「生憎……、陸奥さんの前ではカッコ悪い所は見せられないのでね……っ!」

 

その次の瞬間、ムサシは驚異的な反射神経で剣持の攻撃に反応し、手にした電撃鞭……、ムサシが『ショックビュート』と名付けたソレで剣持の太刀を見事絡め取って見せると、剣持は思わず感心した様にこの様に一言呟き、対してムサシは少々苦しそうな笑顔を浮かべながら、剣持に向かってこの様に言い放つのであった

 

因みにムサシがこの様な表情を浮かべているのは、剣持の攻撃を防げるかどうかの判断を下すのが少しでも遅れれば、確実にその攻撃が直撃、盛大に吹き飛ばされて陸奥の前で恥ずかしい姿を晒す羽目になる事から来る焦りと緊張感に苛まれた後、それらから解放されて嬉しかった事と、中々かっこいい姿を陸奥に見せる事が出来た事、そしてこれまで訓練と称して自分をボコボコにして来た剣持に対して、ちょっとだけしてやった感を見せつけたかったからだったりするが、最後のものに関しては、細かい事情を知らない陸奥は兎も角、剣持と煌には完全に見透かされていたりする……

 

その後、剣持達は組手を一旦終了して休憩に入る事にし、その際に陸奥は持って来たリュックサックからムサシの着替えを取り出しつつ、剣持に対してこの様な質問をするのであった

 

「このキャンプ地に来た時、一般兵の皆さんが揃いも揃って死にそうな顔をしてたけど……、ちょっと訓練のメニューが厳し過ぎるんじゃないの?」

 

「あぁ~……、僕と煌からしたら丁度いいレベルなんだけど、他の方からしたら……、あのメニューはまぁ地獄だね……」

 

「でもまあ、今の陸軍の状況を考えると、ゆっくりと新人を鍛えてる場合じゃないですからね……」

 

陸奥の質問に対して、剣持に代わって陸奥から着替えを受け取り、早速着替えを開始したムサシと、途中から慣れた手つきで熊の血抜きを開始した煌が苦笑しながらこの様に答え、それを聞いた陸奥が不思議そうな顔をしていると、驚くべき早さで着替えを済ませた剣持が、2人の発言について詳しく説明してくれるのであった

 

剣持が言うには、今の陸軍の兵達は横須賀の乱で大幅に減った陸軍兵の緊急補充の為に、以前戦治郎が剣持に提案した方法、一部の人間からしたら知名度があるズインの名前を使って募集をした結果集まった者達ばかりであり、その練度はハッキリと言ってあまりにも低過ぎるもので、このままでは元から陸軍にいた剣持傘下の兵達に、大きな負担を掛けてしまう恐れがあると言う状況にあるのである

 

ここでこれまでそれでやってこれたなら、そこまで気にしなくてもいい事なのでは?と思う者もいるかもしれないが、4月になれば軍学校を卒業した提督や艦娘達が大量に各地の鎮守府や警備府、泊地や基地などに着任する事となり、それに合わせて憲兵を陸軍から派遣しなくてはいけなくなっているのである。その事を踏まえると、今の陸軍は非常に危うい状況にあるのである

 

「国民の陸軍への信用と信頼を取り戻し、有事の際にはしっかりと国民に我々の指示に従ってもらう為、災害救助の際に不信に満ちた国民からの妨害を受けず、兵達が安心して救助活動を行える様にする為、そして強靭な兵達を育てる事で敵から国民を守り、国民に安全と安心感を与える為にも、今の陸軍の者達には厳しい訓練を積む事で、屈強な身体と不屈の精神を、早急に手に入れてもらわなければならんのだ……」

 

「それに先程剣持さんが言った敵って言うのは、普通の深海棲艦だけでは留まらず、僕みたいな転生個体や、煌みたいな神話生物まで含まれている訳だから……」

 

「転生個体や神話生物が上陸して、その力を躊躇い無しに振るおうものならば、周囲に甚大な被害が出てしまうのは目に見えている……。そしてそれは何時、何処で発生してもおかしくない状況にある……。だからこそ、僕達は急いで力をつける必要があるんですよね……」

 

「欲に塗れた痴れ者達の尻拭いをさせられる感じがして癪だが、それを事前に止める事が出来なかった俺にも非があるからな……。なのでこの状況に関しては俺は甘んじて受け入れ、陸軍の頂点に立つ者としてその責任と役割を全うする。それが今の俺が国民に対して出来る数少ない罪滅ぼしだからな」

 

「……そう言う事情があるのは分かったけど……、あまり無茶をさせ過ぎて、新人さん達を壊したりしない様に注意しなさいよ?」

 

陸軍の現状について話し終えた剣持が、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながらこの様な事を言い、それにムサシと煌が少々その表情を暗くしながらこの様に続き、そこから更に剣持がこの様な事を言う。そして此処まで話を静かに聞いていた陸奥は、困った様な表情を浮かべながら、剣持に対してこの様に忠告すると……

 

「あ、その辺は大丈夫みたいです。ズインに釣られて来た人達は、ズインと一緒にこの戦争を戦い抜いて、戦後にズインの戦友だった事を自慢して、周囲からマウントを取りたいって野心溢れる人ばかりみたいなので、ムサシがズインの格好してちょっと激励したら、まるで薬でも使ったかの様に元気になりますから」

 

「一部は真面目にズインの力になりたいと言っている者もいるのだが……、どうしてもそっちの連中の方が目に付きやすく、印象がそっちに引っ張られやすくなってしまっているな……」

 

「ズインである僕からしたら、すっごく複雑な心境なんですよね……」

 

「何よそれ……」

 

先程まで暗かった表情を一転させ、やや苦笑しながら煌がこの様な事を言い、それを聞いた剣持が頭を抱えながらこの様な事を呟き、ムサシがそれはそれは複雑そうな表情を浮かべ、溜息をつきながらこの様に呟くと、これまでの話を聞いていた陸奥は、ズイン目当てで陸軍に入隊した者達の現金さに、ただただ呆れ返りながらこの様な事を呟くのであった……

 

その後、休憩は終わりとばかりに剣持が立ち上がり、ムサシがそれに倣って立ち上がろうとした時である

 

「待ちなさいムサシ、組手を再開する前に『コレ』を使っておきなさい」

 

不意に陸奥がそう言ってムサシを制するなり、リュックサックの中から2つの木箱と1つの金属製の箱、更には水筒の様な物を1つ取り出し、ムサシに手渡して来るのであった

 

陸奥から手渡された物が一体何なのか分からず、ムサシが思わずそれらを手にしたまま困惑していると、陸奥がそれらの開封方法をムサシに伝え、それに従ってムサシが箱や筒を開けたところ、木箱の方にはそれぞれ鋼材と弾薬が、金属製の箱にはボーキサイトが、そして水筒の様な物の中には燃料が入っていたのであった

 

「艦娘がいない陸軍だと、資源の調達がとても大変でしょ?だから此処に来る前に元帥から許可を貰って、貴方の艤装の補給用に少し資源を分けてもらったの。これなら十全に力を発揮して、剣持さんとの組手に臨めるでしょ?」

 

陸軍では艦娘や深海棲艦が使う資源が調達しにくい事を見越して、ムサシの為に資源を準備してくれた陸奥が、ムサシに向かってウインクをしながらそう言うと……

 

「ありがとう陸奥さんっ!!これならきっと剣持さんに競り勝てるよっ!!!いや、本当にありがとうございますっ!!!」

 

「ふむ、これは厄介な事になりそうだ……」

 

ムサシは受け取った資源を1度地面に置き、陸奥の両手を取ってブンブンと縦に勢いよく振りながら、陸奥に向かって感謝の言葉を述べ、その様子を見ていた剣持は、やれやれと言った様子で首を横に振りながら、この様な事を呟いていたのであった

 

因みに剣持の反応と、剣持が上半身裸になっていた理由については、ムサシとの組手を開始した直後、ムサシが奇襲として発艦した艦載機達に遅れを取ってしまい、その攻撃をモロに受けてしまった結果、上半身の衣服を吹き飛ばされてしまったからであり、その後何とかムサシの艦載機を全滅させ、ムサシを自分の土俵に引きずり込む事に成功した矢先に、こうして陸奥によって艦載機の補充を行われてしまった事が起因していたりする

 

その後の組手ではムサシの宣言通り、ムサシはボーキサイトを補給した事で、再び使える様になった艦載機を駆使する事で、見事陸奥の目の前で剣持から勝利をもぎ取る事に成功するのであった



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混沌の娘

その日の訓練を終えたムサシ達が、キャンプ地に戻った頃にはスッカリと日は傾いており、帰還したキャンプ地では何とか体力が回復した陸軍の兵達が、この日狩猟した動物達や野草を使って夕食を作っていたのであった

 

因みに野生動物の狩猟許可については、この強化合宿を開催する前に剣持が予めその地にある自治体から許可を取っていた為、無断狩猟として一部の団体から陸軍が糾弾される心配は一切無い模様

 

その後剣持以外の3人は他の兵達に混ざって夕食の準備に参加し、剣持はこの日の訓練の成果などを纏めた書類を作成する為に、自身の剣技を駆使して即席で作り上げたコテージの中に1人戻っていくのであった

 

それからしばらくして、ワイルドな食材を大量に使用して作られた夕食は無事に完成し、それらを食べる際、陸奥はムサシの隣を確保し、陸奥が隣に座った事でガッチガチに緊張し、まるで初心な少年の様な雰囲気を醸し出すムサシをからかいつつも、楽しく談笑しながらその日の夕食を楽しむのであった

 

尚、その様子を見ていた多くの陸軍兵の男性達が、陸奥の様な美人とキャッキャウフフしながら食事を摂るムサシに向かって、嫉妬に狂いに狂った緑色の炎を宿した眼光と、その全てを纏め上げて1つにしてしまえば、実際に人1人呪い殺してしまえそうな程の力を持った呪詛の言葉を掛けていたのだが、呪詛の方はムサシ達のやり取りを見て思わずニヤニヤしている煌が、2人を守る為に旧神由来の魔力を駆使する事で、秘密裏に処理してくれていたりする

 

そうして食事が終わると、陸軍の者達は半分は食事の片付けを開始し、残りの半分は書類作成を終わらせた剣持が開催する座学会に参加、陸軍の所属では無い陸奥は食事の片付けを手伝い、それらが終わる頃には就寝時間となり、陸軍の者達は各々のテントに戻って就寝準備を始め、陸奥は此処に来た時に陸奥に声を掛けてくれた女性兵と同じテントで就寝する事となるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、一部の兵が月明かりだけを頼りに哨戒する中、2つの影がテントから出て来るなり、哨戒の目を掻い潜りながら森の中へと入って行くのであった……

 

「ふぅ……、今回も成功っと……」

 

「このスーツを纏った私を、この闇の中で見つける事は中々難しいだろうからな!」

 

2つの影は無事に森の中に入る事に成功すると、追手がいない事を確認した後、この様な会話を交わす。そう、2つの影の正体とは、ズインスーツを身に纏ったムサシと煌だったのである

 

2人はこの合宿が始まったその日の深夜から、こうしてキャンプを抜け出して秘密の特訓をしているのである。その理由は、2人が着任する予定となっている場所が長門屋鎮守府である事、そしてその長門屋鎮守府が対処する相手が相手であるからである

 

この2人は自身がそれぞれ転生個体と神話生物であるが故に、それらがどれだけ人類の脅威になるのかについて重々承知しており、もしかしたら何かの切っ掛けで、それらが直接鎮守府に襲撃して来る可能性を考慮し、こうして剣持による特別訓練だけでなく、自主的に訓練を積む事で、長門屋鎮守府がその様な事態に陥った際、鎮守府と周囲の住民達を守る為に、それらとまともに戦えるだけの力を得ようと考え、こうして実行に移しているのである

 

因みにムサシがズインスーツを身に纏っている理由だが、スーツの隠密性を利用してテントからの抜け出しの成功率を上げる為と、このスーツを着ている時の方が、陸軍の戦闘服を纏っている時よりも気合が入るからなんだそうな……。尚、ムサシはスーツを纏っている間、スーツに引っ張られる様な形で一人称と口調が変わる模様

 

さて、その様な理由でキャンプ地を抜け出して来た2人は、哨戒に見つからない様にする為に光源を使わず、暗闇に閉ざされた森の中を夜目だけに頼りに進んでいき、やがて昼間に剣持と訓練をしていた場所に辿り着くと、しっかりと準備体操を行った後、秘密訓練を実行しようとするのだが……

 

「ムサシ……」

 

「気付いている……、悪意こそ感じないものの、何者かの気配を感じる……」

 

準備体操中、森の中から何かの気配を感じ取った2人は、この様なやり取りを交わした後、準備体操を中断し、真剣な表情を浮かべながら気配がする方角に向き直り……

 

「何が目的か知らないけど、コソコソと隠れてないで出てきたらどうだ?」

 

現陸軍の最高戦力である煌が、気配の主に向かってこの様に言い放ったその直後である、隠れている事が無駄であると判断した気配の主が、ゆっくりとした足取りで森の中から姿を現し、それを見た2人はその視線を今まで以上に鋭くすると同時に、何が起きてもすぐに対処が出来る様に、即座に臨戦態勢を取るのであった……

 

2人が目にした存在……、それはルルイエに所属するダゴンやハイドラと同じ様にレッサー・オールド・ワンに分類されている神話生物……、3mにも及ぶ身長を持つナイトゴーント達の首領と呼ばれているイェグ=ハだったのである……

 

「煌……、こいつは……?」

 

「イェグ=ハと言う従属神クラスの神話生物だよ……、父さんが全く同じものを従えてるからよく知ってる……。でもこいつは、如何やら父さんの所の個体じゃなさそうだ……」

 

「敵の可能性もあると言う事か……」

 

周囲に緊張感が走る中、ムサシ達が目の前で静かに佇むイェグ=ハを警戒しながら、この様なやり取りを交わしていると……

 

「……その声は、まさかヴォルヴァドス殿か……?」

 

不意にイェグ=ハの後方から少女の様な声が聞こえ、2人が突然聞こえて来た声にそれぞれの理由で驚いていると……

 

「下れイェグ=ハ、この者達は警戒しなくていい」

 

声の主がムサシ達の目の前に立つイェグ=ハに対して、この様な指示を出したその直後の事である、何とそれを受けたイェグ=ハはムサシ達から見て右側に数歩移動した後、ムサシ達の方へ歩いて来る少女に向かって跪いて見せたのである

 

その少女の姿を見た瞬間……

 

「うわぁ……、マジかぁ……」

 

突如として姿を見せた少女に怪訝そうな表情を向けるムサシを余所に、煌は思わず頭を抱えながらこの様に呟くのであった……

 

「ヴォルヴァドス殿、気持ちは分からなくも無いですが、流石にその態度は私に対して失礼過ぎるのではないでしょうか?」

 

「いや……、君の姿を見たら、どんな旧神や旧支配者、下手したら外なる神でもこんなリアクションするって……」

 

如何やら煌と面識があると思わしき少女が、そんな煌の態度にムッとしながらこの様な事を言うと、煌は溜息を吐きながらこの様に返事をするのであった

 

「煌……、この方は……?」

 

今まで完全に蚊帳の外にいたムサシが、覆面の下に不思議そうな表情を浮かべながら、煌に向かってこの様に尋ねたところ……

 

「ああごめんムサシ、この方は……」

 

「ヴォルヴァドス殿の態度を見た限り、如何やら貴方はヴォルヴァドス殿のご友人の様ですね。ならば自己紹介をした方が良さそうですね」

 

煌が彼女の事を紹介しようとしたところで、会話に割って入って来た少女はそう言うと、ムサシに向かって自己紹介を行うのであった

 

「私はイブ=ツトゥル、恐らくムサシ殿もその生涯の中で、1度はその名を聞いた事があるであろう外なる神、ニャルラトホテプの娘です。ヴォルヴァドス殿とは、ヴォルヴァドス殿の父上で私と同じくナイトゴーントを使役するノーデンス殿を通じて知り合ったのです」

 

フードの付いた緑色のローブを纏い、頭部をフードですっぽりと覆った、胸部装甲の自己主張こそ強いのの、陸奥とは対照的で控えめそうな雰囲気を纏った少女は、ムサシに向かってこの様に名乗ったのであった……

 

これにはクトゥルフ神話に疎いものの、動画サイトなどで何気なく見た動画などに登場したりしていた関係で、ニャルの存在くらいは知っていたムサシは、驚愕のあまり絶句してしまうのであった……

 

これが外なる神イブ=ツトゥル……、後にこの世界で2番目の神話艦娘、陸軍特種船の揚陸艦の艦娘にして、現行の艦娘事情を知る兼継と接触していない戦治郎達にとって、全くの未知の艦娘である神州丸となる彼女と人類のファーストコンタクトなのであった……




レッサー・オールド・ワンは下級の旧支配者の様な立ち位置の様ですが、この作品では大体『小神』や『従属神』と表現する事になると思います


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あの馬鹿がまたやらかした様です

イブの自己紹介が終わった後、我に返ったムサシが相手から名乗られたのならば名乗り返すのが礼儀であると考え、彼女が煌の知り合いである事も踏まえてズインの事も含めて自己紹介を終えたところで……

 

「それでイブ、如何して君はドリームランドを出て地球に来ているんだ?」

 

煌はイブに向かって、彼女が地球に来た理由について、ややこしい表現など一切使わず、ストレートに尋ねるのであった

 

「あぁ済みません、初めて訪れた地球で、仕事の都合で長い間会っていなかった貴方と再会出来た喜びのあまり、目的を忘れるところでした……」

 

それに対してイブは、心から申し訳なさそうな表情を浮かべながらこの様に答えた後、自身がこの地球へとやって来た理由について話し始めるのであった

 

彼女が言うには、如何やらニャルはだまくらかして地球に送り込んだ咲作が、自分の思惑から外れた行動を起こした事に憤りを感じながらも、それに代わる翔に対しての報復を考え、実行に移そうとしているとの事だった……

 

この話を聞いた時、戦治郎達と情報共有をしていなかった関係で、煌はニャルが咲作を地球に嗾けていた事に大いに驚き、それを正蔵がしっかり対処した上で、咲作をこちらの陣営に引き込む事に成功していた事をこの場で初めて知ると、更に驚き慄く事となるのであった……

 

「イブさん……、貴女の父上が考えたと言う、翔さんに対しての報復の内容について、何かご存じではないですか?」

 

そんな煌とは対照的に、イブの口からニャルの企みを事を聞いたその瞬間から、自身の能力が唐突に発動し、全身にこれまでにない程に力が漲ると同時に、思考がかつてない程にクリアになり、そして恐ろしい程に心が落ち着いたムサシが、イブにニャルの企みの詳細について尋ねる。するとイブはフードから伸びる2本の三つ編みを揺らしながら、首を左右に振って見せ……

 

「ドリームランドにある私達の家にあるお父様の部屋の傍を通りかかった時に、偶々断片的にお父様の声が聞こえた程度なので、細かい事までは……」

 

ムサシに向かって申し訳なさそうな表情を浮かべながら、イブはこの様に返事をするのであった

 

「断片的な内容でも構わないから、イブがその時どの様な事を聞いたのかについて、僕達に教えてくれないか?先程の話の流れから考えると、恐らくニャルさんは外なる神の襲来に匹敵するレベルの事を、翔さんに対して行おうと考えているはずだからね……」

 

イブの発言を聞いた直後、ようやく我に返った煌が、イブに向かってこの様に尋ねると……

 

「分かりました……、確かあの時、お父様は『日本帝国海軍』、『地下』、『封印』……、私が聞いたもので、今思い出せるのはこのくらいですね……」

 

イブは眉を八の字にしながら自身の記憶を探り、それによって思い出せた単語を訥々と語る。すると……

 

「それってまさか……、『アレ』の事なんじゃ……っ!?」

 

「不味いっ!それがニャルの手に渡ってしまえば、人間や深海棲艦だけでなく、神話生物にも危険が及ぶ可能性が高いぞっ!!」

 

戦治郎達が横須賀鎮守府に滞在している間に、ある事を戦治郎達から直接聞いていた煌と、陸奥から又聞きと言う形で『ソレ』の存在を知ったムサシは、イブの話を聞くや否や、顔面蒼白になりながら口々に叫ぶのであった……

 

その後、ムサシ達はイブを連れて急いでキャンプ地へと戻り、煌は剣持に事情を説明する為に、イブと共に剣持のコテージに駆け込み、ムサシは『ソレ』の事に陸軍である自分達より詳しいであろう陸奥を叩き起こし、剣持のコテージに引っ張る様にして連れ込む。そしてコテージの中で煌から説明を受けて事情を知った陸奥は、『ソレ』がまだニャルの手に渡っていないかどうかを確認する為に、大急ぎで横須賀鎮守府にいる長門に連絡を入れるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ムサシ達がイブと接触する数時間前……、ドス黒い野望を胸に秘めた1つの影が、横須賀鎮守府の地下深くで蠢いていた……そう、イブの父親であるニャルラトホテプである……

 

 

 

はぁ~い♪『鬼の鎮守府』をご覧の皆さん元気~~~?クトゥルフ神話界のアイドル、ニャルラトホテプだよ~~~☆

 

僕は今ぁ、さっきクソウザい『地の文』が言ってた通り、横須賀鎮守府の地下にいま~~~すぅ☆彡 あ、因みにクソウザ『地の文』はガチでウザいので、ほんのちょ~~~~~っと本気を出しちゃった僕が、しばらく作品中に出られない様に封印しちゃいました~~~~~!!!ルルイエの時は舐めプしてたからああなったんだけど、僕がほんのちょ~~~~~っと本気を出したら、所詮『地の文』なんてこんなモンなんだよね~~~♪なのでしばらくの間はぁ、クソウザ改めクソ雑魚『地の文』に代わって、この僕が『地の文』として喋っていっちゃうぞ~~~☆

 

んで、文章遡ってみたらさぁ……、僕の娘のイブが何か余計な事してくれちゃってるみたいじゃない?でもまあ、時間軸的には僕の行動の方が早いから、あっちはどう足掻いても手遅れになっちゃうんだよね~~~!!!幾ら僕の娘だからって、僕は容赦しないぞ~~~?ザマアアアァァァッ!!!イブちゃんざまああぁぁぁーーーーーッ!!!!!ねぇ今どんな気持ち?どんな気持ちぃ~~~??勇気を振り絞って起こした行動が、完全に無駄だった時の気持ち、ちょっとお父さんに教えてくれな~~~~~い?

 

っとぉ、アザトースの身内って体裁保つ為に、その気も無いのに結婚して作った子供の事なんてどうでもいいとして~……、今回の僕の行動理由について、皆に少しだけ教えてあげちゃうよ~☆

 

な~んて言ってるけど、此処まで話を読み進めている皆なら、まぁ察しがついてると思うんだけどぉ、取り敢えず言っちゃうと、ルルイエで僕に恥をかかせた翔に対して、嫌がらせをするのが目的なんだよね~☆で、その為の準備として、『ある物』を手に入れる為に、僕はこうして地下に潜って横須賀鎮守府まで来てる訳~♪

 

しっかし『ソレ』の管理方法が雑な事雑な事……、ねぇ皆信じられるぅ?『コレ』を誰の手にも渡さない様にする為とは言え、まるで核廃棄物の処理でもする様に鎮守府の敷地内に深い深~~~い穴掘ってさぁ、その中に『ソレ』をポ---ン!って投げ込んで、コンクリートで穴を埋めるだけで封印したって言い張ってるのよ~?SF系の映画とかだったらさぁ、隠しコード使わないと使用出来ない、専用のエレベーターでしか行けない地下室を作ってさぁ、室内の中央に鎮座する『ソレ』の周囲を強固な壁なんかで囲って、センサーとかを隙間なく設置して、更に専属の見張りまでつけるとかやるじゃん?でもこの日本帝国海軍はそんな事一切してないの☆

 

まぁさぁ、誰かが見張りに成りすまして潜入して来る可能性もあるしぃ?部屋を作った業者が秘密を漏洩する可能性もあるからぁ、この方法も人間相手なら効果はありそうよね~?まぁ僕には全くの無意味なんだけどさっ☆

 

だって僕ぅ、地下まで来るのに穴とか掘ってないも~~~ん!今の僕の身体は地面と接触している事実が有耶無耶になっていて、僕の身体は僕の意思1つで、地面を好きなだけ透過出来る様になってるんだも~~~ん!!!で、これを応用してコンクリートとの接触の事実を、僕の力……、『混沌と矛盾を自在に操れる』力で有耶無耶にしてしまえばぁ……、この通りっ!穴の中のコンクリートもすり抜けて、目的の『モノ』を無事に入手出来ちゃいました~~~☆彡

 

そうそう、僕が皆の事をこうして認識出来ているのも、混沌と矛盾を自在に操れる力で、演劇なんかでよく言われている、所謂『第4の壁』の存在を有耶無耶にしてるからなんだZO☆

 

あっこれを見て何処かの隙間妖怪を連想しちゃった人、僕の力はあんなもんじゃないって事だけは覚えててね~~~☆彡 だって僕……、外なる神だからあああぁぁぁーーーっ!!!

 

さぁて……、『これ』に神話生物を喰わせて強化するものいいけどぉ……、敢えてそうしないで、『こいつ』を手土産に『あの2人組』と手を組んで、こっちで僕が行動を起こしやすくするのもいいなぁ……

 

っとぉ、よく見たら『コレ』、発信機付いてるじゃんっ!そんなものは握り潰し……、いや、どうせだからこれだけ外してコンクリートの中に戻すか……。んで、戻すついでにコンクリートの中にある隙間に、適当に神話生物詰めておいてやろうっと♪さてさて、どの神話生物がいいかな~~~?よっし、こいつでいっか☆

 

よしよし、やる事もやった事だし、『こいつ』の使い道は帰ってから考えるとして、そろそろお暇しようかね?って事でアデュー☆彡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニャルラトホテプはそう言うと、元アムステルダム泊地の提督だったものの頭部が入ったティルタニア樹脂の塊を手に、まるで最初からそこに存在していなかったかの様に、その姿を忽然と消してしまうのであった……

 

その後、陸奥の連絡を受けた長門達が、戦治郎達が横須賀鎮守府に残してくれた数々の道具や、ショゴス達が変身した道具を用いて、ガチガチ固まったコンクリートを何とか掘り進み、塊があった深さまでもう少しと言うところまで辿り着くのだが……

 

「ハラヘッタ」

 

コンクリートの中から何者かの声が聞こえ、それを聞き取った長門達は塊は既にニャルの手に渡った事を察し、この声はニャルが仕掛けた罠だと判断すると、すぐさま撤収作業を開始、長門は地上に出ると急いで燎と戦治郎にこの事を伝えるのであった……



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叫ぶ黒刃

戦治郎と翔が通信を終えようとした直後、緊急用回線で長門と燎、そして剣持からニャルの件についての通信が入り、その件について戦治郎達が通信回線上で話し合いをしている頃……

 

「昼間に見た時も思ったが、この戦治郎さん達の鎮守府の艦娘寮は素晴らしいものがあるな……。軍学校を卒業した後が楽しみになってくる……っ!」

 

消灯時間を過ぎた関係で、真っ暗になった艦娘寮の廊下を、持参した懐中電灯を片手に歩く磯風は、この様な事を呟きながら自分に与えられた部屋に向かっていたのであった

 

彼女は少し前、寝ている最中に唐突にトイレに行きたくなり、自室を出て昼間に教えられたトイレに向かった訳なのだが、その道中で改めて見た輝が建てた艦娘寮の造りや、設備の整い具合に思わず感嘆の声を上げ、自身がこの鎮守府に着任した後の光景を想像し、この様な事を呟いてしまったのである

 

そんな磯風は、もう少しで自室に到着すると言うところで……

 

「む……、誰か外にいるな……」

 

何気なく窓から外を見たところ、外に何者かの影が存在している事に気付き、怪訝そうな表情を浮かべながらこの様に呟くのであった

 

「こんな時間に一体誰が……、いや……、そう言えば……」

 

磯風が影の正体を突き止めようと、そう呟きながら目を凝らしていたその時、ふと昼間に聞いた話を思い出すのであった

 

磯風が聞いた話と言うのは、通の事である。彼は桂島泊地にいた頃に、エデンの下部組織であるシャングリラの転生個体に敗北を喫して以来、戦治郎と出会う前の瑞鶴を凌ぐほどの自主トレを己に課し、それはシゲが父島付近でヘモジーこと防人を単独撃破した事を皮切りに苛烈化し、彼を慕う神通を筆頭に、多くの者達を心配させる事態となっているのだとか……

 

「ふむ……、これは部外者が口出しする問題ではないだろうが……、いつかは私もここの一員となることだろうし、何より神通教官には過去に陽炎達と共に艦娘としての手解きを受けた恩もあるからな……。ここは1つ、ダメ元で説得を試みてみるか……」

 

恐らく自分が部外者であるが故、通に取り合ってもらえないだろうと思いつつも、磯風は通を説得してみようと決意すると、急いで艦娘寮を出て通と思わしき影の方へと駆け出すのであった

 

 

 

「……おや?」

 

後方から自分の方へ駆け寄って来る存在の気配を感じ取った通が、歩みを止めて不思議そうな表情を浮かべながら後方を振り返り、この様な事を口にすると……

 

「貴方が通さんか?」

 

気配は通のすぐ傍まで近付き、通に向かってこの様に尋ねて来るのであった

 

「如何にも、私は通ですが……、そう言う貴方は……、磯風さんですか……?」

 

「ああそうだ、偶々トイレから戻っている時に、外に貴方がいる事に気が付いてな」

 

「そうだったのですね……、それで、私に何か用があるのですか?」

 

「用事と言う程の事でもないのだがな……」

 

磯風は通とこの様なやり取りを交わした後、通に向かって周囲の心配を無視してまで無茶な自主トレを行う理由について、単刀直入に尋ねるのであった

 

「その事を一体誰から……?」

 

「神通さんや不知火、それにシゲさんや空さんからだな……。鎮守府の誰もが心配する中、如何して通さんはこの様な無茶な自主トレを行っているのか……、それが少し気になったから、こうして通さんから直接理由を聞こうと思ったんだ」

 

「なるほど……、そう言う事でしたか……。そうですね……、私がこの様な鍛錬をしていた理由は……、やはりコンプレックス……、でしょうかね……?」

 

磯風の問いに対して、通はそう呟いた後、自身に過酷な自主トレを課す理由について、訥々と話し始めるのであった……

 

如何やら通は、シャングリラとの戦いで敗北を喫して以来、自身の力不足を痛感する事となり、最初は皆の足を引っ張らない様にと自分に厳しい自主トレを課していたのだが、シゲが戦治郎でも苦戦を強いられた相手であるヘモジーを単独撃破して見せた事で、強烈な焦りを感じる様になってしまったのだとか……

 

「只でさえ私と同世代の仲間には、シゲ以外にも外なる神クラスの相手にも影響を与える能力を持ち、多くの神話生物と協力して戦える翔や、水がある場所ならばどの様な相手に対しても無類の強さを誇る司、更には最近能力を手に入れ、それを有効活用出来そうな装備を自力で開発出来る護などがいますからね……。そんな彼らと自分を比較してしまうと、如何しても焦燥感に駆られてしまい、あの様な行動に走ってしまったのですよ……」

 

「……しまった?いや、それより前に、鍛錬をしていた……?その言い方だと、今はやっていないと受け取れるのだが……?」

 

「恐らく、今の様に夜中に徘徊しているところを見て、まだ鍛錬をしていると思われているのでしょうね。いえ、ある意味これも鍛錬になるかもしれませんが……」

 

「如何言う事だ……?」

 

自身の問いに対しての通の返答を聞いた磯風が、通の発言の一部が過去形になっている事を疑問に思い、思わずこの様な事を口にすると、通は苦笑しながら何やら歯切れの悪い返答をし、それを聞いた磯風はやや混乱しながらこの様に呟くのであった

 

その後、通はこの答えは自分に付いてくれば分かると返答し、磯風が通に付いて行きその答えを知りたいと答えたところ、通は一瞬姿を消した後、工廠に置いていた筈の磯風を艤装を手にした状態で再び姿を現し、それを磯風に手渡してくるのであった。如何やら通は、この件はまだ空達には明かしたくないらしく、磯風が工廠まで艤装を取りに行けば、物音で工廠に自宅を併設している空にこの事がバレる可能性がある事を考慮し、磯風の代わりに艤装を回収して来てくれた様である

 

 

 

さて、そうして艤装を装着した磯風は、通と共に誰にもバレない様、静かに海に出たのだが……

 

「それで、これから何をするんだ?」

 

「先ずは深海棲艦を探します、本当は転生個体の方がいいのですけど……、そう都合よく転生個体が見つかる事は無いですからね……」

 

「転生個体と戦闘する気か……っ!?まあ実戦は訓練より効果的とは言うが……、大丈夫なのか……?」

 

「問題ありません、少なくとも、生半可な転生個体では、今の私に勝つ事は出来ませんからね」

 

磯風が通に何をするつもりなのかを聞いたところ、通は平然とこの様に返答し、それを聞いた磯風がやや不安そうにこの様に呟くと、通は薄っすらと笑みを浮かべながら、言葉の端々から自信を醸し出しながらこの様に返答するのであった

 

そして……

 

「あれは……、艦娘と……、転生個体……っ!?」

 

「あいつはまさか……っ!?長門屋海賊団の軽巡棲姫かっ?!」

 

「間違いないっ!!あいつは長門屋海賊団の軽巡棲姫だっ!!あいつを葬り去る事が出来れば、リコリス様から多大な褒賞を貰えるはずだっ!!!」

 

通達は強硬派深海棲艦の艦隊に遭遇し、通達の存在に気が付いた強硬派深海棲艦達は、そう叫びながら奮い立ち、通達の方へとその砲口を向けて来るのであった

 

「おいっ!見たところ30隻以上いるみたいだが、大丈夫なのかっ!?」

 

「30隻ですか……、もう少し頭数が欲しかったですね……」

 

「……まだ余裕があると言うつもりか……?」

 

「はい、少なくとも、この4倍の規模の艦隊が相手であったとしても、刹那ほどの時間もかからず、跡形もなく殲滅出来るでしょう」

 

相手の艦隊を見た瞬間、驚き慄いた磯風が思わず通に向かってそう言うと、通はあっけらかんとした様子でこの様に返答し、それを聞いた磯風が戦慄しながら再び通にこの様に尋ねると、通はこの様に返答しながら、自身の腰に差した『月影』を手に取り、その鯉口を切るのであった

 

その直後……

 

「……何だこの曲は……?」

 

「気にしないで下さい……、この刀の鯉口を切ると、どうしても流れて来るみたいなんです……」

 

「如何言う原理だ……?」

 

突然辺りに音楽が流れ始め、この現象に驚いた磯風がそう呟いたところ、通が苦笑しながらこの様に返答し、それを聞いた磯風は、困惑しながらこの様に呟くのであった

 

そして通が『月影』を鞘から抜いた瞬間……

 

「「はやくきて~はやくきて~」と泣き叫んでいるメンバーのために俺はとんずらを使って普通ならまだ付かない時間できょうきょ参戦すると「もうついたのか!」「はやい!」「きた!闇きた!」「メイン闇きた!」「これで勝つる!」と大歓迎状態だった!!!」

 

夜の闇をも飲み込んでしまいそうな程に、漆黒よりも黒く染まり上がった『月影』の刀身が、何故かこの様な事を叫び出すのであった……




通が月影の鯉口を切った瞬間流れて来た曲は、ACE3のOPにして島谷ひとみさんが歌う「深紅」となっています


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真の闇(ダークパワー)

何も無い海上で何処からともなく音楽が鳴り響く中、唐突に通の『月影』が叫び声を上げた事で、その所有者である通を除く誰もが、今起こっている出来事を正しく理解する事が出来ず、言葉を失ってしまうのであった……

 

いや……、通のすぐ傍に立つ磯風だけが、それとは全く違う理由で絶句していた

 

言葉を失う者達の中では、磯風だけが剣術に心得があり、それに伴って刀の使い手の実力だけでなく、刀そのものの性能もある程度は見抜く事が出来、それらは戦治郎と出会った事で更に磨きが掛かっている状態となっているのである

 

そんな磯風は通の『月影』を見た時、『月影』が秘めたその尋常では無い力を見抜いてしまい、こうして言葉を失ってしまっているのである……

 

そんな中……

 

「おいィ?何いきなり黙り込んでるわけ?」

 

「当然でしょう、刀と言うものは普通は言葉を話さない物なのですから……。それが何の前触れもなく突然喋り出せば、誰だって驚いて言葉を失ってしまいますよ……」

 

「はぁ~?この程度で驚くとかあもりにも精神が貧弱すぐるでしょう……?」

 

「貴方の使う言語のインパクトが強過ぎる事も、この様な事態を引き起こしている原因だと思うのですが……?」

 

相変わらず流れている音楽をBGMに、絶句する深海棲艦達の姿に気付いた『月影』がこの様な事を言うと、やや呆れた様子で首を横に振りながら、通が『月影』に向かってこの様に返答したところ、『月影』はこの程度で驚くとは情けないとばかりに、やれやれと言った様子でこの様な言葉を口にし、それに対して通はガックリと肩を落としながら、この様な返事を返すのであった……

 

「通さん……、それは一体何なんだ……?」

 

我に返った磯風が、まだまだ状況が掴めず困惑しつつも、この状況を作り出した『月影』を手にする通に対して、何とか口からこの様な問いを絞り出したところ……

 

「申し訳ありません、詳細は後ほど……。今は……」

 

通は磯風の問いに対してこの様に答えながら深海棲艦達の方をじっと見つめ、磯風が通に倣って深海棲艦達の方へと顔を向けてみると、其処には磯風同様状況こそ掴めてはいないのだが、取り敢えず自分達の目的を達成する為に、困惑しつつも自分達の方へと再び砲口を向けて来る深海棲艦達の姿があったのであった

 

「来るか……っ!?」

 

それに気付いた磯風が、慌てて戦闘態勢に入ろうとしたその時……

 

「磯風さんは下がって……、いえ、私の身体の何処でも構いませんので、出来れば精一杯其処にしがみついていて下さい」

 

不意に通がこの様な事を言いながら、抜刀術でもするかの様に1度『月影』を鞘に納め、腰を深く落として構えを取り始めるのであった

 

さて、通にこの様に言われた磯風が、通の指示に従い取り敢えず彼の腰の辺りにしがみついたところで……

 

「ダークネスさん、磯風さんもいる事ですから、出力は最小限でお願いします。それが守れない様ならば……、分かりますよね……?」

 

「hai!!まだ僕は鯉口と鞘を溶接されたくないんです!!2度と抜けなくなるのが怖いんです!!だから他の人もはやくあやまっテ!!」

 

「ダークネスさん……?」

 

「すみまえんでした;;ゆるしてくだしあ;;」

 

通とダークネスさんと呼ばれた『月影』は、この様なやり取りを交わし、その後通は深海棲艦達をしっかりと見据えながら精神統一を開始し、『月影』はその刀身から尋常では無い恐怖を感じさせる、漆黒のオーラの様な物を放出し始め……

 

「……参りますっ!」

 

「hai!!」

 

精神統一を終えた通がそう言うと、それに『月影』が呼応してそう叫び……

 

「ふっ!!!」

 

通が気合と共に鞘から再び『月影』を抜き払った瞬間……

 

「ハイスラァッ!!!」

 

『月影』の叫びと共に、先程その漆黒の刀身から溢れ出ていた黒いオーラが、剣閃となって深海棲艦達の方へと真っ直ぐ飛んで行き……

 

「ダークパワーッ!!!」

 

漆黒の剣閃が深海棲艦の艦隊の先頭に立つ、ル級に直撃しそうになったところで、突然『月影』がこの様に叫び出す。するとどうだ、剣閃はル級ではなくル級の目の前に存在する『空間』を切り裂き、その空間の裂け目からは恐らく剣閃と同質の物と思われる漆黒のモヤの様な物が溢れ出し、そのモヤの様な物は次々と深海棲艦達を飲み込み始めたのである……

 

いや、それだけではない……。なんとそのモヤは辺りに広がっていくだけではなく、モヤから離れた位置にいる深海棲艦達や、そのモヤから逃れようと逃げ出す深海棲艦達を、モヤや空間の裂け目の方へと吸い寄せているではないか……っ!?しかもモヤや裂け目が吸い寄せられているのは、何も深海棲艦達だけではない……。彼女達の足元に広がる海面も、天上に広がる満天の星空も、そして裂け目やモヤの近くに存在する空間と言った、ありとあらゆるものがその姿を歪に歪めながら裂け目やモヤに引き寄せられ、飲み込まれているではないか……っ!!?

 

そんな光景を目の当たりにする磯風は、最早完全に状況を理解する事が出来ず、只々通にしがみついたまま混乱しているのだが、そんな中でもある事に気がついてしまい、思わず愕然としてしまうのであった……

 

磯風が気付いてしまった事……、それは自身も目の前の深海棲艦達と同様に、モヤや裂け目の影響を受けてそちらへと引き寄せられそうになっている事、そして深海棲艦達の口の動きを見てみれば、モヤと接触した彼女達が何かしら叫び声を上げている事が分かるのだが、その声が全くと言って良いほど聞こえてこない事である……。そして何よりも異常なのが、自分はモヤや裂け目に引き寄せられそうになっているにも拘らず、通だけがその影響を一切受けておらず、髪の毛1本揺らす事も無く只々その場に静かに佇み、目の前で繰り広げられる地獄絵図を見守っているのである……

 

「な、何だ……?この場所で一体何が起こっていると言うのだ……?あれは……、あの黒いモヤの様な物は一体何なんだ……?」

 

「そうですね……、あれを説明するには、まず磯風さんがどのくらい神話生物の事を知っているか……、其処を把握しておく必要がありますね……」

 

この状況を目の当たりにした事で、最早正常に頭を回す事が出来なくなってしまった磯風が、必死になって通にしがみつきながらこの様な言葉を漏らしたところ、通は顎に手を当て少し考え込みながらこの様な事を言い、それに対して磯風が、以前小弁天島で起こった事件の関係で、戦治郎から多少神話生物と言う存在について聞かされている事を話すと、通は磯風の方へ視線を向け、納得した様に1度頷いて見せた後、とても信じ難い言葉を口にするのであった……

 

「あのモヤそのものが、途轍もなく強大な神話生物なんです。それも磯風さんが言った飛行するポリプとは比較にならない、その場に存在しているだけでも世界に多大な影響を及ぼしてしまう……、あれはそんな恐ろしい存在なんですよ」

 

「……では、あの裂け目は……?」

 

「あれはあの場所と彼が存在している世界を繋げる、謂わばワープホールの様なものです」

 

その言葉を聞いた磯風は驚きのあまりに目を見開き、通から視線を外して改めて深海棲艦達の方へと視線を向け、その光景に戦慄しながらもその一部始終を見届けるのであった

 

そんな中……

 

「ダークパワーは忍者や暗黒が持つと真の闇を解放する事が可能となり最強に見えるが、ナイトが持つと闇を暴走させた挙句自身が闇に飲まれ生も死も、時の流れも存在しない世界に永久に閉じ込められて頭がおかしくなって死ぬっ!!!」

 

通が強大な神話生物と称した存在……、咲作とニャルの実兄にして長兄であり、シュブ=ニグラスの父、そして今、通達の目の前で深海棲艦達を闇に葬り続けてる上位の外なる神であるダークネスは、通の『月影』に宿した自身の分霊を介して、自身の力によって歪み切った星空の下、声高らかにこの様な事を叫んでいたのであった

 

尚……

 

「生も死も無いと言っておきながら、最後は死ぬと言っているんだが……?」

 

「そこを突っ込むのは野暮だと思いますよ?」

 

磯風と通は、ダークネスの発言を聞くと、この様なやり取りを交わすのであった……



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通と黄金の鉄の塊で出来た闇

通の斬撃によって出来た空間の裂け目から現れた漆黒のモヤが、磯風達と対峙する深海棲艦達を飲み込み始めてからしばらく時間が経過すると、モヤは裂け目の中へとゆっくりと戻っていき、辺りにモヤが完全に無くなったところで空間の裂け目は少しずつ塞がっていき、裂け目が消え失せた頃には深海棲艦達の姿は綺麗サッパリ無くなており、天上で輝く美しき月を映す夜の海上には、通と磯風の影だけが残り、辺りには例の音楽だけが鳴り響くのであった……

 

そんな中……

 

「流石素晴らしい闇だすばらしい、見事な仕事だと関心はするがどこもおかしくはない」

 

何処か達成感と満足感に満ち溢れた声色で、刀であるが故に表情こそ分からないものの、恐らくドヤ顔をしているであろう『月影』改めダークネスの分霊は、この様な事を口にするのであった

 

そんなダークネスに対して……

 

「そうですね、素晴らしい仕事でしたよ、ダークネスさん」

 

通はこの様に言いながら、ダークネスの分霊が宿る月影を納刀しようとするのであった

 

「おいいいィィィ!!!??よおうr()!!おもえ何いきなり納刀しようとしているわけっ?!!」

 

「何と言われましても……、今回の貴方の役目はこれでお終いなので、そろそろ鞘の中に収まってもらおうと思いまして……」

 

「それって間接的に殺人罪と同様だろ……、そもそもまだ俺の事をいぞじゃsw(磯風)に商会してなにおではにぃか?奈良ここはしっかり俺の事をしおぁzr(磯風)に哨戒しておくと同時に、闇の素晴らしさについて話しておくべきなのではないか?(名案)いや、絶対にそうすべきっ!!!」

 

「そうですね、その辺りの事については、私の方から話しておきますので……」

 

「おいいいィィィーーーッ?!?!!;;」

 

このやり取りの後、ダークネスは鞘に収まるまいと、叫び散らかしながらその刀身をカタカタと揺らしたりなどして、必死の抵抗を見せるのだが、その甲斐虚しくダークネスは通の腰に差された鞘に収められ、それと同時に辺りに鳴り響いていた音楽が、パッタリと鳴り止んでしまうのであった

 

そうして辺りが静寂を取り戻したところで……

 

「通さん……、そろそろ質問しても大丈夫か……?」

 

「大丈夫ですよ、っとそれよりも先ずは、先程はダークネスさんが騒がしくして申し訳ありませんでした」

 

落ち着きを取り戻した磯風が、恐る恐ると言った様子で通に向かってこの様に尋ねると、通はダークネスの代わりに先程の騒ぎの件について、謝罪の言葉を述べると共に首を垂れるのであった

 

「いや、それは別にいいんだ……、それよりも……」

 

「あぁ、ダークネスさんの事ですね」

 

そんな通に対して、磯風は慌てた様子でこの様な言葉を掛け、それを聞いた通は佇まいを正すと、ダークネスの事について説明し始めるのであった……

 

外なる神ダークネス……、無名の闇とも呼ばれるその外なる神は、無名の霧(ネームレス・ミスト)やサクサクルース、ニャルラトホテプと同じく創造神であるアザトースによって生み出された存在であり、その身体は宇宙全体を覆い尽くし、その身体の中枢となる部分は、この宇宙の何処かに存在すると言うアザトースの宮殿の中にあるのだと言う……

 

そんな彼は現在、アザトースの腹心であり、彼女の孫、自分の弟である無名の霧(ネームレス・ミスト)の息子であるヨグ=ソトースが率いる軍隊の中にある、暗殺部隊の総大将を務めているのだとか……

 

「自分の弟の子供の部下である云々は兎も角……、あんなに騒がしい奴であるにも拘らず、暗殺部隊の総大将だと……?にわかに信じられんな……」

 

「『仕事』の時は一切言葉を話さないらしいですよ?ただ、本来はあの様に騒ぐ事と、派手に暴れる事が兎に角好きな様で、その関係でかなりフラストレーションが溜まっているらしく、私と協力関係になった理由の1つも、これが関係している様です」

 

途中、通の話に疑問を覚えた磯風が、訝しみながらこの様な言葉を口にすると、通は苦笑を浮かべながらこの様に返答した後、ダークネスの話を続けるのであった

 

そんなダークネスの戦闘方法は、自身に触れるありとあらゆるものを飲み込み、対象を対象が存在していたと言う事実ごとその身に取り込み、喰らい尽くし、己と同じ闇へと作り変え、己の血肉としてしまうと言う、何とも恐ろしい戦い方をするのだとか……

 

「この『ありとあらゆるもの』と言うのが、本当にありとあらゆるものでして……、対象の近くに存在する空間や時間の流れまでもを、彼は闇で覆い尽くし喰らってしまうのだそうです。実際、私達が深海棲艦達を発見し、私があの裂け目からダークネスさんの本体を呼び出してからダークネスさんが帰るまで、1秒も時間が経過していなかったんですよね」

 

「深海棲艦達の悲鳴が聞こえなかったのは、あいつらの悲鳴を成す空気振動が、空間ごとダークネスに喰われてしまったから……、と言う事か……」

 

「そう言う事です。あぁそれと、本人がいない時はいいですけど、ダークネスさんがいる時は、ダークネスさんの事は『さん』付けでお願いします。そうでなければ、『さんをつけろよデコ助野郎っ!!!』と怒られてしまいますので……」

 

通の話を聞きながら、磯風はそう言いながら恐る恐ると言った様子で自身の腕時計を確認し、かなりの時間ダークネスが暴れていたにも拘らず、時計の針がほぼほぼ深海棲艦達を発見した時の時間と変わっていなかった事に気付くと、その事実に思わず身震いし、磯風の言葉を聞いた通は、彼女の言葉を肯定した後、ダークネスの事を呼び捨てにする磯風に対して、この様な注意をするのであった

 

さて、此処まで話を聞いた磯風が、取り敢えずダークネスと言う存在が、どれほど恐ろしい存在なのかを理解したところで、次の質問を通に投げかける

 

「それで、そんなダークネスは、何故通さんと協力関係を築く事にしたんだ?」

 

「それなんですけど……、ハッキリと言うと、かなりしょうも無い話なんですけど……、聞きますか……?」

 

磯風の問いに対して、通が苦笑しながらこの様に尋ね返し、それを聞いた磯風が通に向かって頷いて見せたところ、通は頬を掻きながらこの様な事を口にするのであった……

 

「彼は暗殺部隊の仕事以外に、とある事情で幼児退行してしまった母親であるアザトースの面倒をみる仕事もあるそうなんです……。本来、この仕事はニャルラトホテプの仕事なのだそうですが、最近の彼はどうも翔にご執心の様で、宮殿に姿を現す方が稀と言えるくらい、宮殿に来なくなってしまったらしいのです……。その関係で、ダークネスさん達は宮殿から離れる事が出来なくなってしまったそうなのです……。で、そんな中、ダークネスさんのご兄弟であるサクサクルースさんが、ニャルラトホテプの口車に乗せられる形で地球に飛来、その後は何があったのかは不明ですが、いきなりサクサクルースさんが地球の守護神になると言い出し、更には地球での生活を満喫している様子を定期的に宮殿に報告しているのだとか……」

 

「サクサクルースさんの身に、一体何があったと言うのだ……?」

 

「分かりません……、まあ取り敢えず、サクサクルースさんが我々の味方になってくれた事を素直に喜んでおくとして……、問題はここからです……。こんな報告を受けたダークネスさん達は、サクサクルースさんの事を非常に羨ましく思う様になったらしく……」

 

「……まさか……?」

 

「察しが良いですね……、恐らく磯風さんが考えている通り……、ダークネスさん達も地球生活を満喫したいと思う様になり、ダークネスさんは自身と感覚を共有した分霊を地球に派遣し、力を欲する者に夢引きを用いてコンタクトを取り、自分が思う存分暴れられる状況を提供する事と、自分に地球旅行の案内をする事を条件に、力を分け与える事にしたんだそうです……。因みにですけど、ダークネスさんは私以外の候補に、以前私達が戦った相手である、影を自在に操る事が出来る転生個体であるアルバートさんの名前を挙げていましたが、私が闇寄せが出来るからと言う理由で、私の方を選んだんだそうです……」

 

思った以上にしょうも無い理由で、ダークネスが通と協力関係を結んでいた事実を知った磯風は、思わず呆然としてしまうのであった……



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そりゃそんなものを今の地球で使えば・・・・・・

深海棲艦達との戦闘を終えた通達は、取り敢えず当初の目的は果たしたと言う事で、鎮守府(張りぼて)に帰投する事にした訳なのだが、その道中において、磯風は引き続き通にダークネス関連の質問をしていたのであった

 

先程の話では、ダークネスの戦闘方法と通と協力関係を結んだ理由についてある程度分かったのだが、ダークネス本体に引き寄せられてしまう原理と、その影響を通が一切受けていなかった事に関しては全く触れられていなかった為、磯風からしたらこの辺りに関してはまだ謎が残っている状態となっているのである

 

そう言う訳で、磯風は先ずダークネス本体に引き寄せられた原因について、自身の隣を航行する通に対して尋ねてみたところ、通は少し悩む様な素振りを見せた後……

 

「その質問に答える前に、磯風さんは『引力』についてどのくらいご存じなのですか?」

 

「『引力』……?それなら砲撃時の砲弾の飛距離の計算などに関係して来る事だから、ある程度は理解しているが……」

 

通は磯風に対してこの様な質問を行い、それに対して磯風はそれがあの現象と何の関係があるのか?とばかりに、やや困惑しながらこの様に返答するのであった。すると……

 

「それなら話が早いですね、あれはその『引力』なのです」

 

「……は?」

 

通は磯風に向かって1度頷いて見せた後、いまいち要領を得ない様な返答をし、それを聞いた磯風はその内容に理解が及ばず、思わず間抜けな声を上げてしまうのであった……

 

如何やら通の話によると、ダークネスの身体にはダークマターと呼ばれる物質が、それはもう大量に含まれているらしく、それがダークネスの身体が宇宙全体に広がっている事と合わさり、ダークネスの身体は天文学的な数値の質量を持っている事になっているらしいのである

 

そして惑星の様に大きな質量を持っている物体は、自分より質量の小さい物体を引き寄せる力……引力を発生させる……

 

そう、つまりダークネスが裂け目から出て来た瞬間発生したあの引き寄せる力の正体は、恐ろしいほどの質量を持ったダークネスの身体から発生した引力だったのである

 

「あの現象と一番近い現象と言えば、まあブラックホールなのですが……、ダークネスさんの前で迂闊にブラックホールなどと言おうものならば、『黄金の鉄の塊で出来た闇が皮装備のブラックホールに遅れを取るはずはにぃ!』の文句から始まる、それはそれは長い説教が待っているので、そこだけは注意してくださいね」

 

「そ、そうか……」

 

通があの現象を磯風がイメージし易い様、例を挙げて説明しようとするのだが、その内容にダークネスの前では禁句となる単語が含まれていた為、通は取り敢えず例を挙げるだけ挙げた後、磯風に向かってこの様な注意を促し、それを聞いた磯風は、その表情を引き攣らせながら、力なく返事を返すのであった……

 

因みにこの時、通はダークネスからブラックホールに関しては、ダオロスと言う外なる神の方が扱いが上手いと言う事を、ダークネスと出会った際に受けた説教を通じて聞いていた事を、磯風に明かしていたりする

 

「それはそうとして、私がダークネスさんの引力の影響を受けていなかったのは、単純に私がダークネスさんと協力関係にある事から、ダークネスさんからの加護を受け、ある程度力を制御する権利を認可してもらっていたからですね。とは言っても、今の私ではあれ以上の出力は流石に制御する事が出来ず、あれ以上の出力を無理して出してしまえば、最悪の場合は加護の有無に関わらず、私もあの引力の影響を受ける事になってしまいます……」

 

「出発前、通さんが鍛錬の様なものと言っていたのは、この暴れ馬過ぎるダークネスの力を、今以上に制御出来る力をつけようとしている事だったのか……」

 

「そう言う事です」

 

こうして、通がダークネスの引力の影響を受けなかった理由が分かった後も、磯風は通に対してダークネスが使う言語などに関する質問を投げかけながら、通と共に照明が消え、真っ暗になった鎮守府(張りぼて)に帰投するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から何者かに見られている事に、一切気付く事も無く……

 

「むぅ……」

 

通がダークネスの力を行使した海域の上空、艦娘達の艦載機では到底辿り着く事が出来そうに無い様な高度にて、ソレは通達が向かった方角を向いたまま、まるで吐息の様な声を漏らすのであった

 

そしてそれは、少し考える様な素振りを見せた後……

 

「はぁ……」

 

今度は溜息の様な声を上げながら、自身の背後にある空間の歪みの中へ入っていこうとするのだが……

 

「あら?ダオロスじゃない、貴方も此処に来たの?」

 

不意に何者かに声を掛けられ、ダオロスと呼ばれたソレは、空間の歪みに入ろうとするのを中断し、怪訝そうな顔をしながら声の主の方へと向き直るのであった

 

そんなダオロスの視線の先には、背中から蝙蝠の翼を生やした褐色肌の見目麗しい女性……、以前戦治郎が大和とカラオケに行った際、ガラの悪い連中に絡まれていたあの女性……、ダークネス、ネームレス・ミスト、咲作、そしてニャルの従姉妹にあたる外なる神であるマイノグーラの姿があったのである

 

「んむ……?」

 

「『如何して私が此処にいるのか?』ですって?そんなの貴方と一緒で、此処からダークネスの気配を感じたからよ」

 

マイノグーラの姿を目にしたダオロスが、不思議そうな表情をしながら小首を傾げ、呟く様にこの様な事を口にすると、マイノグーラはやや呆れながらダオロスの言葉の一部をオウム返しした後、自身がこの場所に来た理由について述べるのであった

 

そう、ダオロスもマイノグーラ同様、この地球にいるはずの無いダークネスの気配を感知し、この場所で一体何が起こっているのかを確認する為に、時空を超えてこの場所にやって来ていたのである

 

因みにこのダオロスの言葉、たった2文字しかないものの、その文字の1つ1つには彼の力によって『増幅』された言葉の意味が驚くほど含まれており、これを翻訳して文章化しようものならば、ものにもよるが、その文字数は漢字仮名交じりの場合、最大250万文字を超えてしまうのだとか……

 

それはそうとして……

 

「で、見た感じダークネスはこの辺りにはいない様だけど……、ダオロス、貴方ダークネスが何処に行ったかしらないかしら?」

 

「む……」

 

マイノグーラは自分がこの場所に来た理由をダオロスに明かした後、辺りをキョロキョロと見回し、自分の到着が間に合っていなかった事を把握すると、ダオロスに向かってこの様に尋ね、それを聞いたダオロスは、自身の記憶から通がダークネスの力を行使している光景を抽出し、その映像をマイノグーラの脳に直接送り込み、彼女にその時の光景を見せるのであった

 

「これは……、私が知らない転生個体がダークネスの分霊の力を使って、ダークネスを地球上に呼び出している光景かしら……?なるほど、あいつの気配がしていたのは、こう言う事だったのね……。しかし、ダークネスの力を使っているのが、戦治郎でなくて本当に良かったわ……。もしあいつが戦治郎の傍にいたりなんかしたら、私が戦治郎の魂を食べられなくなるところだったわ……」

 

そうしてダオロスの記憶の映像を見たマイノグーラが、何処か安心した様子でこの様に呟くと……

 

「むぅ……?」

 

ダオロスは戦治郎の名前に反応し、再びマイノグーラに怪訝そうな表情を浮かべた顔を向けるのであった

 

「『如何してお前が戦治郎の事を知ってるのか?』ですって?それはちょっとね……。ってちょっと待ちなさい、如何して貴方が戦治郎の事を知っているのかしら?」

 

「ぬ……」

 

ダオロスが戦治郎の事を知っていた事に驚いたマイノグーラが、訝しみながらダオロスに向かってそう尋ねると、ダオロスはたった一言そう呟くと、今度は戦治郎が咲作らと共に、琵琶湖の湖底でグラグラを拘束している時の映像を、彼女の脳に送信するのであった

 

そして……

 

「ふん……」

 

「……貴方が戦治郎の事を知った経緯は把握したわ……、けど……、『こいつは面白そうだから、家に連れて帰って玩具にしたい』ですって……?ふ・ざ・け・な・い・でっ!!戦治郎は私が先に目を付けたのっ!!幾ら貴方がダークネス達に並ぶほどの実力がある外なる神であったとしてもっ!!私は戦治郎の事だけは絶っ対に誰にも譲るつもりは無いわっ!!!戦治郎の魂はっ!!!この私っ!!!マイノグーラが食べるのっ!!!だから戦治郎の魂を貴方の『遊び』で壊させない為にもっ!!!貴方の暇つぶしの為の玩具は戦治郎以外から選びなさいっ!!!いいわねっ!!!!!」

 

「むぅ……」

 

ダオロスが戦治郎を自分の玩具にしようとしている事を知るや否や、マイノグーラは自身より格上の存在であるはずのダオロスに対して、それはそれは凄まじい剣幕でこの様に捲し立て、戦治郎の所有権をこれでもかと主張し、それに思わず圧倒されてしまったダオロスは、そう呟きながら渋々戦治郎の事を諦める事にするのであった……

 

尚、この様な理由で戦治郎の事を諦めたダオロスは、後に戦治郎よりも数段面白そうな存在を偶然発見する事となり、ダオロスはそんな彼とその仲間達と協力関係を築く事となるのだが、それはまだ先の話となっている……



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研修6日目

2020/2/20 20:55 一部加筆修正しました


グラグラが引き起こした琵琶湖での一連の騒動に、佐世保での犯罪発生件数の急激な増加が明るみになったり、陸軍がニャルの娘と接触したり、横須賀鎮守府に封印されていた元アムステルダム泊地の提督がニャルに奪われたり、通が秘密裏に最強クラスの外なる神であるダークネスと協力関係にあった事が磯風に知られたりした、あまりにも濃密過ぎる研修5日目が終わり、研修6日目を迎えたその日、戦治郎は舞鶴鎮守府の工廠で、武器の開発を行っていたのであった

 

先ず戦治郎が作り出した武器、それは護が使用している小型マルチプルミサイルランチャーと、現在剛が保有しているテュポーンのデータを流用した、海上でも水中でも使用可能な追尾性の高い小型誘導ミサイルを、連続で撃ち出せる携行式12連装ミサイルポッド、『海坊主』であった

 

これを開発するに至った経緯だが、言わずもがなグラグラとの戦闘の際、戦治郎の武装の中で水中で使える物がアンカークローしか無かった事で、グラグラに余計な苦戦を強いられる羽目になったからである

 

因みにこの海坊主、今は空達と共に鎮守府の建設に携わっている大五郎用に、両脚の太ももに装着出来るタイプの物も合わせて作られていたりする

 

その次に戦治郎が作り出した武器、それは屋内戦闘で使用する事を目的とした2丁の小型の短機関銃である『アルルカン(Arlequin)』と『ピエロット(pierrot)』、そして携行性はこの2つよりも悪くなるが、弾1発1発の威力と速射性能では勝ると言うアサルトライフルの『クラウン(clown)』、更にはM203グレネードランチャーの様にクラウンのハンドガードの下部に装着する事で、クラウンに擲弾発射機構を増設出来る『フール(fool)』、そして戦車の堅牢な装甲すらも易々と撃ち抜き、戦車の搭乗者に確実にダメージを与えられる威力の弾丸を撃ち出す事が出来る対物ライフルである『ジョーカー(Joker)』であった

 

これらを開発した経緯については、提督として鎮守府に着任した後、もしかしたら何らかの形で人間と戦う事になり、殺傷力が高過ぎる艤装を使えない状況に陥った場合に備える為、最近の神話生物達の動きの活発さから、海軍だけでなく陸軍の武装強化の必要性も考えられる様になり、アリーズウェポンの代わりとなる武器を陸軍に提供しようと戦治郎が思い至ったから、そしていつの日にか太郎丸と交わした、いつか新しい装備を作ってあげると言う約束を果たす為である

 

因みに戦治郎が開発した武器の名前についてだが、アルルカンもピエロットも、クラウンもフールもジョーカーも、戦治郎がケルベロスのデータから作り出したハンドガンであるジェスターと同様に、『道化師』と関連性がある名前になっており、戦治郎が作り出す対人用兵器が、後に『道化師シリーズ』と呼ばれる切っ掛けとなっているのであった

 

尚、如何して戦治郎が道化師に関連する名前を、対人兵器に付けているのかと言うと……

 

「自分達の幸せを守る為なら、俺は幾らだって道化を演じてやってもいいって覚悟の表明と、皆を笑わせるのは道化師の役目だからって感じか?後はジェスター……、宮廷道化師ってのは、君主に対してジョークとして無礼な物言いが出来る存在であったり、国家間の紛争の仲介役やったりしてたんだわ。まあ要は今の俺がそれっぽいポジションにいる気がするからってとこだな~」

 

と、こんな調子で戦治郎は、対人兵器に道化師に関係する名前を付けている理由を語っている

 

尚、海坊主に関しては、基となったテュポーンに因んで、日本の妖怪から名前を取った結果、この様になったのだとか……

 

因みに陸軍に回す予定となっている物に関しては、戦治郎が舞鶴鎮守府の工廠妖精さん達と、妖精さん達のネットワークを用いて連絡を入れた横須賀鎮守府の工廠妖精さん達にお願いして、深海棲艦に対しての特効性をオミットした量産型になる予定となっている

 

何故戦治郎が作った物を直接陸軍に回さないのかと言えば、戦治郎本人が直接作った武器は、今まで登場した物からも分かる様に、基本的に艤装の兵装と認識されてしまい、深海棲艦に対して強い特効性が強制的に付与されてしまうのである。そうなってしまえば、道化師シリーズはアリーズウェポンの二の舞となってしまうのである

 

そう言った事情と生産性と管理関係の事情もあって、オリジナルの道化師シリーズは戦治郎と太郎丸、そして後に長門屋鎮守府に非常勤と言う形で着任するとある人物、更には後にこの世界で戦治郎と再会する事となる、佐世保鎮守府の提督である兼続の4人だけが使用する対人用武器となり、長門屋鎮守府に所属する艦娘達の対人用装備は、護が作り出す『ペンギンシリーズ』が主流となるのであった

 

そして最後に戦治郎が作ったのは、自分用の太刀の『妖魔刃(ようまじん)』と小太刀の『小妖丸(しょうようまる)』、それに少し前に通から依頼されていた忍刀の『白夜(びゃくや)』の3振りであった

 

妖魔刃と小妖丸に関しては、屋内での戦闘などで巨大な大妖丸が振れない様な状況に陥った場合に備えて、前々から戦治郎が準備しておきたいと考えていた事から、今回の武器作りでついでに作る事にした物であり、白夜に関しては恐らくこれまでの話を読んでいる方々なら察しが付くと思われるが、月影があの様な事になってしまった関係で、これでは任務に支障が出てしまう可能性があると考えた通が、ダークネスの事は戦治郎に伏せ、潜入任務にも使えそうな刀が欲しいと言って、ダークネスが宿った月影を初めて振った日に、速攻でメールで製作を依頼した物となっている

 

尚この白夜にも、通が持つ打刀である朝日影にも、それぞれとんでもない存在が憑依してしまう事となってしまうのだが、この時の通はまだその事を知らないでいるのであった……

 

そうして戦治郎が様々な武器を新たに生み出し、道化師シリーズをある程度テストした後、そのデータを工廠妖精さん達に渡し、少し休憩をする為に工廠から出て1服しようと喫煙所に向かいながら、作業服の胸ポケットに忍ばせておいた煙草と携帯灰皿、そしてオイルライターを手にした直後、突然ポケットに入れていたスマホが振るえ始めるのであった

 

「ん?スマホに着信……?俺の身内だったら通信機に通信入れると思うんだが……?」

 

怪訝そうな顔をし、その様な事を考えながら戦治郎が手にした煙草一式を胸ポケットに仕舞い直し、ポケットからスマホを取り出してその画面を見てみると……

 

「あぁ、あいつか……。つか俺ってあいつに通信機渡してなかったっけか……?んぁ~……、どうだったっけかな~……?何か渡していなかった様な気もするんだが……、ダメだ、グラグラの件や佐世保の件、陸軍の件に横須賀の件と、昨日濃ゆ過ぎるイベントが発生しまくったせいで、未だに頭ん中混乱してて上手く思い出せねぇ……。っとぉ、そんな事よりずっと待たせてるのも悪ぃからっとぉ……」

 

戦治郎はこの様な事を呟いた後、電話に出ると先ずは相手と他愛もない話をし、それから少しして、相手からあるお願いをされると……

 

「OK分かった、んじゃあその様な手筈で……」

 

戦治郎はニヤニヤしながらこの様に返答し、相手の返事を聞くと電話を切り、すぐさま大和に通信を入れるのであった

 

「あぁ大和?ちょっち聞きてぇんだけどよぉ、大井って今……、って大和さ~ん?何かちょっち機嫌悪くない?え?あっそう?ならいいけどよぉ……。ってそうじゃねぇや、大井は今何処にいるか分かるか?あ、大和の傍にいる?ならちょっち大井に工廠まで来る様頼めるか……、って大和さん?さっきより明らかに機嫌が悪く……、お、応……、っとぉ兎に角、大井に俺が呼んでるって伝えてくれ」

 

通信中、百面相をしながら戦治郎は大和に向かって大井に工廠に来る様に伝えると……

 

「……大和が思ってる様な事は、ぜってぇ有り得ねぇっての……」

 

通信を切るなり、溜息を吐きながら思わずこの様に呟いてしまうのであった……



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ちょっとしたドッキリ

大和に大井を工廠に向かわせる様お願いしてから程なくして、大井は不機嫌そうな表情を隠そうともせず、腕を組みながら工廠に姿を現し……

 

「急に工廠に呼び出したりなんかして……、一体私にどの様な用事があるんです?」

 

横須賀の乱の際も、舞鶴鎮守府に戦治郎が来てからも、戦治郎とは特に深い絡みがあった訳でも無かった為、戦治郎に対してそこまで心を開いていない大井は、自身を呼び出した戦治郎の事を睨みつけながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「来たな大井、実はちょっちお前さんに頼みたい事があってな」

 

「御託はいいです、さっさと本題に移ってもらえます?私は今、貴方が大淀を引き抜いた関係で、秘書艦業務の引継ぎをする羽目になって、とても忙しい身になってしまったのですから」

 

大井に声を掛けられた事で彼女の存在に気付いた戦治郎が、彼女の方へと向き直りながら、気軽に挨拶をする様な感覚で返事をしたところ、大井は相変わらず不機嫌そうな表情のまま、戦治郎に自身を呼び出した理由について尋ねるのであった

 

「その辺の事はホントすまん……、っと言ってる場合じゃねぇな。んで、お前さんにお願いしてぇのは、お前さんが大事に大事に保管してるって言う、北上の艤装を此処に持って来て欲しいんだわ」

 

「如何して貴方がそれを……?」

 

「工廠妖精さんから聞いたんだよ、北上の艤装は大井が工廠以外の何処かに保管してて、此処には無いってな」

 

「そう……、それで?貴方は北上さんの艤装を、一体どうするつもりでいるのかしら?」

 

「そりゃお前さん、何時でも使える様にメンテナンスしておくのさ、そのついでに改二改修も施すつもりだけどな」

 

「……2度と使われる事の無い艤装を……?」

 

「お前さんからしたら、俺がやろうとしてる事は本当に無意味で、全く無駄な事なんだろうけどな。けど北上の艤装だって、調子を整えてもらってピカピカに磨き上げてもらえたら、使われる使われない云々は抜きにしても喜ぶんじゃねぇか?」

 

「……はぁ……、分かったわ……、少し待っていなさい……」

 

大井は自分を工廠に呼び出した戦治郎とこの様なやり取りを交わし、その中で戦治郎が不撓不屈の精神で北上の艤装を整備するつもりでいる事を察すると、1つ溜息を吐くと工廠から出て行き、自身が秘密裏に保管していた北上の艤装を手にして工廠に戻って来るのであった

 

そうして大井から北上の艤装を受け取った戦治郎が、大井に対して感謝の言葉を述べ、早速作業に取り掛かろうとしたところで……

 

「これで用事は終わりかしら?だったら私は執務室の方へ戻らせてもらいます」

 

大井はそう言って、戦治郎に背を向けて工廠から出て行こうとするのであった

 

が……

 

「まぁまぁまぁ~、ちょ~っち待てよ大井~、これも何かの縁って事で、ちょっちおっちゃんと話しようや。舞鶴鎮守府にいる間、俺はお前さんとあんま絡めてなかったかんな。んで今日を逃しちまったら、しばらくはお前さんとこうして話す機会が来なさそうだしな」

 

そんな大井に向かって、戦治郎はそう言って彼女を引き留めるのであった

 

「しばらく話す機会が無くなる……?」

 

「あぁ、俺達研修組は明日軍学校に帰る予定なんだわ。んで休みの最終日は他の連中と一緒に広島の街に遊びに行って、そこで土産話語ったりカラオケ行ったりして、しっかり英気を養って新学期に臨もうってな。だから今度俺がお前さん達と会う時は、俺が提督になってからになるかもなんだわ」

 

「そうですか……、しかし私は特に貴方と話す様な事は……」

 

「そう言わずに頼むよ~……、何だったらあれだ、お前さんに北上の艤装のメンテナンスの仕方教えるからよ~……」

 

このやり取りの後、大井は戦治郎の頼みを断ろうとするのだが、戦治郎が何度も食い下がって来た為、結局折れて工廠に残り、相変わらず不機嫌そうな表情を顔に貼り付けながら、戦治郎の作業が終わるまでの間、彼の他愛もない話の聞き手になる事にするのであった……

 

 

 

それからしばらくして……

 

「ふぅ~……、終わった~……」

 

如何やらメンテナンスと改修作業が終わったらしく、戦治郎は額の汗を作業服の袖口で拭いながらこの様な事を呟くのであった

 

「ようやく終わりましたか……、では私はこの辺りで……」

 

それを聞いた大井が、そう言いながら作業台の上にある北上の艤装を手に取り、工廠を出ようとすると……

 

「応、長い事付き合わせちまって悪かったな。っとぉ大井よぉ、最後に1つ聞きてぇ事があるんだが……」

 

戦治郎はそう言って、再び大井を呼び止めるのであった

 

「まだ何か話したい事があるんですか……?最初に言ったと思いますけど、私は今忙しい身なのですから、話すのなら手短にお願いします」

 

「分かった、じゃあ聞くが……、如何してお前さんは休みに入るなりすぐ実家に帰ったり、北上がいる時間の工廠に近寄らなかったりと、北上の事避ける様な事してんのに、艤装をそんなに大事そうにしてんだ?」

 

「それは……っ!」

 

「さっき散々こっちの話聞いてもらってたんだ、だから今度はこっちがお前さんの話を聞いてやんよ。まぁお前さんは俺の事信用してねぇだろうが、明日にはいなくなる様な奴になら、周りにぶつけにくい言葉もぶつけ易いってモンだろ」

 

「そう……、そうね……。ならば遠慮無く……っ!!」

 

このやり取りの中で大井が動揺したところで、すかさず戦治郎は大井に向かってこの様な事を言い、それを聞いた大井は怒りと悲しみが混ざり合った様な表情を浮かべながら、声を荒げ吐き捨てる様にして戦治郎の問いに答え始めるのであった……

 

その内容は以前工廠で戦治郎や北上が予想していた通り、自分のミスで北上に後遺症を負わせてしまった事に対しての後ろめたさや、そんな下らないミスを犯した自分に対しての怒り、そして北上の言葉を聞く度に、足を引きずって歩くその姿を目にする度に、胸を締め付けられる様な感覚に陥る事や、北上に嫌われてしまう事への恐れと言ったものであった……

 

「北上さんの艤装を私が預かっていたのは、北上さんが艤装を見る度にあの時の恐怖を思い出す様な事が起きない様にする為……、そして私自身が北上さんの艤装を見て、2度とあの様な事を起こさせまいと、気持ちを引き締める為だったのです……」

 

「成程な……、そう言う理由があったんだな……。さぞ辛かっただろうな……」

 

ある程度吐き出したかった事を吐き出し終えた大井は、最後は蚊が鳴く様な弱々しい声で、呟く様にしてこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎は内心ではその内容がある程度予想出来ていた為、激しく動揺する様な事は無く、その様な素振りも見せずに、大井を慰める様に彼女の肩に手を置きながら、この様な言葉を口にするのであった

 

そんな中、不意に戦治郎の耳に、工廠に向かって歩いて来る誰かの足音が入り……

 

(おっ、ようやく来たか……)

 

それを聞いた戦治郎が内心でこの様な事を呟くと同時に、工廠の扉が突然開かれ……

 

「いや~……、お父さんを説得するのが大変だったよ~……。まぁ最後は私の希望を聞き入れて、泣きながら送り出してくれたんだけどね~」

 

工廠の入口からは、先程戦治郎と電話をしていた人物……、そして戦治郎と大井の話の中に出て来た北上の声が聞こえ、それを聞いた大井がすぐさま入口の方へと顔を向け、声の主が北上である事を確認するや否や、工廠から飛び出そうとするのだが……

 

「まぁ待てや大井、こっからがいいとこなんだぜ?だから最後までちょっち付き合ってくれや」

 

それを戦治郎が大井の腕を掴む事で阻止し、大井は戦治郎と北上から逃れようと必死になって拘束を解こうと暴れ始めるのだが……

 

「大井っち~、そんなに暴れないでよ~」

 

「え……っ!?嘘……っ?!北上さん……っ!??」

 

そう言いながら歩み寄って来る北上の姿を見るなり、大井は驚きの声を上げて暴れるのを止め、愕然としながら北上の姿を注目するのであった……。そう、まるで脚の後遺症が綺麗さっぱり無くなったかの様に、脚を引きずる様な事はせず、しっかりと2本の脚で地面を踏みしめて歩く北上の姿を見て……



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ハイパーズ復活

「戦治郎さん、大井っちの呼び出しと引き留めありがとうね~」

 

「応、今後の事を考えたら、おめぇと大井の件を放ったままにする訳にはいかねぇからな」

 

工廠に入って来た北上は、戦治郎達の所まで歩み寄ると、戦治郎の方へと顔を向けながら感謝の言葉を口にし、それを聞いた戦治郎は、お安い御用とばかりに大井を捕まえている手とは反対の手を上げながら、この様に返事をするのであった

 

そう、北上が戦治郎に電話でお願いした事とは、大井を人が来る事が少ないであろう工廠に呼び出し、自分が舞鶴鎮守府に戻るまでの間、大井を工廠に引き留めておいて欲しいと言うものだったのである

 

何故北上がこの様なお願いを戦治郎にしたのかと言えば、北上が自分の後遺症のせいで自身を追い詰め、北上に気を遣って彼女を避けていた大井と向き合い、2人で腹を割ってじっくり話し合う事で大井との間にあるしがらみやわだかまりを解消し、以前と同じ様な関係に戻りたいと言う事を伝える為、そして後遺症が治った事を理由に、北上が前線に復帰しようと考えている事を伝え、北上の前線復帰を反対して来るであろう大井を説得する為である

 

当然の事ながら、北上と大井の件を気に掛けていた戦治郎は、この北上のお願いを快諾、そして北上の大井を少々びっくりさせたいと言う要望に合わせ、北上の帰還と後遺症が完治した事を伏せた上で、どの様な理由で大井を工廠に呼び出すか、どうやって大井を工廠に引き留めるかについて打ち合わせを行い、今に至っているのである。そう、戦治郎がやたら執拗に大井を引き留めていたのには、こう言った理由があったのである

 

「北上さんっ!その脚はどうしたんですかっ!?!」

 

「おっ大井っちが帰って来たね~、それで脚の事なんだけどさ~、ほら、由良とかがよく話してた人の事覚えてる?かなり古い後遺症でも、あっと言う間に治しちゃうって人の事」

 

「え?あっはい……、確かそんな事を言っていた様な……」

 

北上と戦治郎のやり取りからしばらくして、我に返った大井が驚愕の表情を隠そうともせず、叫ぶ様にして北上に詰め寄りながら脚の事を尋ねたところ、北上はあっけらかんとした様子でこの様な事を言い、それを聞いた大井は何かを誤魔化す様に、北上の顔に向けていた視線を泳がせながら、この様に返事をするのであった。如何やら大井は北上の事ばかりに意識がいっていたせいで、周りの声をあまり聞いていなかった為、由良達が話す悟の事をあまり知らなかった様である……

 

「その人、実は戦治郎さんの友達なんだよね~。んで、由良達の話でその人の事を知っていたアタシは、戦治郎さん経由でアポを取って、この休みを利用してその人がいるって言う横須賀鎮守府に行って、後遺症を治してもらったのさ~」

 

大井が挙動不審になった直後、北上が間髪入れずに後遺症が完治した理由について話したところ、大井は尋常では無い速度で戦治郎の方へと顔を向け、大井に注目された戦治郎は、無言で爽やかな笑みを浮かべながら、大井に向かってサムズアップをする

 

「嘘……、そんな事って……」

 

「ウチの悟を馬鹿にすんじゃねぇぞ~?あいつは下半身不随確定レベルの怪我をした佐世保の加賀を、能力を使ってあっと言う間に現場復帰出来るレベルまで回復させたり、現代医療では治療不可能な難病に罹った鈴谷……、瑞鶴の同期の艦娘候補生な?そいつの病気を同じく能力で瞬殺したりと、普通だったら奇跡って言って差し支えねぇ事起こしまくる奴なんだぞ~?」

 

「アタシの治療も、数秒くらいで終わらせてたね~。いや~、あの人ホント凄いね~。まあちょっとお口が悪いみたいだけどさ~」

 

北上の話を聞き、信じられないとばかりに身体を震わせ、か細い声でこの様な事を呟く大井に向かって、戦治郎は何処か誇らしげにこの様な事を言い、それに続く様にして北上がこの様な事を口にするのであった

 

それからしばらくして、大井が何とか落ち着きを取り戻したところで、北上は戦治郎に目配せをし、それを見た戦治郎は物音を立てずに工廠から出て行き、戦治郎が工廠から出て行った事を確認した北上は、いつもののんびりとした様な表情を消し去り、真剣な表情をしながら大井の方へと向き直る。そして……

 

「で、こっからが本題なんだけど、アタシさ……、後遺症も治った事だし、現場に復帰しようと思うんだ」

 

北上がそう言うや否や、大井は愕然としながら北上の方へと顔を向け、そんな大井の顔を見た北上は、その表情から大井が今思っている事を読み取る……。今、大井が浮かべる表情には、驚きの感情が大部分含まれているのだが、残りの一部には北上を今度こそ失ってしまうのではないか?と言う可能性に対する恐怖と、折角助かった命を無駄にするつもりなのか?と言う若干の呆れ、そして本当に僅かではあるが、再び北上と共に戦場に出られる事に対する喜びが含まれていたのであった

 

「……何馬鹿な事を言い出すんだ~って思ってるんだろうけどさ、アタシからしたら、今の大井っちの方がアタシより馬鹿げた事してると思うんだよね」

 

「……それはどう言う事ですか……?」

 

大井の表情から彼女の気持ちを読み取った上で、北上は大井に向かってこの様に言い放ち、それを聞いた大井は僅かに眉を顰めた後、北上に向かってこの様に尋ねる……

 

「大井っちはアタシに艤装を見られない様、修理やメンテは妖精さんにお願いしてるんだろうけどさ、実は前もって妖精さんにお願いして、大井っちの艤装の修理やメンテはアタシの方に回してもらう様にしてたのさ。そんで1度出撃した後の大井っちの艤装だけど、滅茶苦茶ボロボロになってるよね?アタシも前は出撃してたから分かるんだけど、大井っちほどの技量がありながら、普通の出撃で艤装があそこまでボロボロになる事って、普通有り得ない事なんだよね」

 

「……っ!」

 

「恐らくさけどさ、大井っちはアタシに後遺症を負わせて、アタシが出撃出来なった事に責任を感じて、アタシがいなくなった穴を埋める為に、そして自分の中に存在するモヤモヤした気持ちをブチ撒ける為に、艤装がボロボロになる様な無茶な戦い方をしてるんじゃない?アタシはそれが馬鹿げてるって思うんだ」

 

「……」

 

北上の返答を聞いた大井は、その内容に思わず動揺し押し黙ってしまい、そんな大井の様子を見た北上は……

 

「アタシはさ、そんな大井っちを止める為に戦場に戻ろうと思ってるのさ。アタシはもう大丈夫だから、大井っちはそんなに気負わなくっていいよ~って事をアピールする為にもね。大体さ~、大井っちがそんな無茶して、アタシが喜ぶと思うの?アタシからしたら、それで大井っちが沈んじゃったりしたら、今度はアタシが今の大井っち以上に傷付いちゃうと思うんだけどな~……」

 

大井に向かってこの様な事を言い、それを聞いた大井は遂に自分の中の感情を止める事が出来なくなり、大粒の涙を流しながら北上に飛びつき、縋る様にして北上に向かって謝罪の言葉を、心が落ち着くまでの間、何度も何度も口にし続け、そんな大井を抱き止めた北上は、大井が落ち着くまでの間、彼女の頭を優しく撫で続けるのであった……

 

その後、改めて北上と大井は北上の現場復帰について話し合い、結論が出ると大淀大将の下へと向かい、横須賀のダブルドラゴンと並ぶ名コンビ、ハイパーズを再結成する事を宣言したのだとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっし、これであの2人は大丈夫そうだな……」

 

工廠の入口の扉に腕を組みながら背を預け、2人のやり取りを静かに聞いていた戦治郎は、そう呟いて扉から背を離し、ゆっくりとした足取りで工廠から離れていき……

 

「さって今度は……、ウチのお姫様(大和)の機嫌を取らなきゃだな……。まあこれから一緒にお土産買いに行くつもりだったし、上手くいきゃぁそこできっと何とかなるだろう……」

 

この後軍学校の仲間達用のお土産を買いに行く予定だった戦治郎は、頭をバリバリと掻きながら、この様な事を口にするのであった



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神話艦娘

戦治郎がお土産購入の為に、大和と共に街に繰り出している頃、アメリカはハワイ州のホノルルにて、とある者達が秘密裏に進めていた計画が、最終段階に移行しようとしていたのであった……

 

ハワイ時間の15時頃、ホノルルの兵器開発研究所に所属する妖精さん達は、深海棲艦が出現する前は多くの観光客で賑わっていたのだが、深海棲艦の出現によって観光客が激減し、現地の住民達の多くも深海棲艦に襲われる可能性を危惧し、理由無く近寄ろうとはしなくなってしまった事で、殆ど人影が見えなくなってしまったチャイナ・ウォルスの海岸にて、ある者がやって来る事を静かに待っていた……

 

そんな妖精さん達の背後には、かなり頑丈な木材で作られた、駆逐艦の艤装が1つスッポリと入る程の大きさの木箱が鎮座しており、その木箱からは何やら異様なオーラの様な物が放たれていたのであった……

 

それからしばらく経ったその時、突然海面が人1人分くらいの大きさに盛り上がり、盛り上がった海水が重力に引かれて海面に戻りきったところで、中から1人の少女が姿を現すのであった

 

「皆、お待たせっ!」

 

少女が妖精さん達に微笑みかけながらそう言うと、妖精さん達は待ってましたとばかりに、皆揃って両手を上げて彼女を歓迎し始める

 

「その木箱の中身が、頼んでおいた私専用の艤装なのかな?」

 

そんな妖精さん達に向かって、片手を振りながら応じていた少女が、木箱の存在に気付き、足早になりながら木箱の方へと歩み寄ると、妖精さん達は少々眉を吊り上げながら彼女を制止する……

 

「あぁ、ごめんごめん。そう言えばまだ、お願いされていた報酬を渡してなかったね……」

 

彼女は妖精さん達の様子を見るなり、申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にした後……

 

「ダゴンッ!!例のアレ、此処に持って来てっ!!!」

 

海の方へと向かって、この様に叫ぶのであった。するとどうだ、今度は先程以上の大きさで海面が盛り上がり、その中から握り拳2つ分くらいの大きさの、とても普通とは思えないサイズの小さな鯨と、その鯨に引っ張られて来たのであろう、金属製の大きなコンテナが2つほど姿を現すのであった……

 

「お嬢……、やっぱこれは不味いんじゃないですかい……?この事が殿にバレたりしたら、俺もお嬢も殿から大目玉喰らうんじゃ……」

 

「ダゴンは心配性だなぁ……、いつもはもっと堂々としてるのに……。まあお父様の方ならきっと何とかなるって、お父様の分もしっかり準備しておいたから、多分きっとそれで誤魔化せるはずっ!」

 

コンテナを見るなり、先程以上に歓喜する妖精さん達を余所に、ダゴンと呼ばれたミニ鯨は、この様な事を少女に向かっておずおずと尋ね、それを聞いた少女は根拠の無い自信に満ち溢れた表情を浮かべながら、この様な返事を返すのであった

 

さて、ダゴンと少女がこの様なやり取りをしているうちに、妖精さん達はダゴンが持って来たコンテナへと群がり、彼女達の了承を取るより先にコンテナの封を切る

 

それにより、コンテナの中に大量に並べられたアイスが入った大きな容器がその姿を現し、妖精さん達はアイスの数をしっかり数え、それが予定通りの数がある事を確認すると、次々とコンテナの中からアイスを運び出していくのであった

 

その後、少女は妖精さん達から了承を取り、妖精さん達が持って来ていた木箱を開封し、その中に駆逐艦用の艤装が入っている事を確認すると、思わず頬を綻ばせるのであった

 

……ここまで読んで、恐らく多くの方々がこの少女の正体に気付いていると思うが……、そう、この少女はクトゥルフの実の娘にしてゾアの妹であるクティーラなのである

 

クティーラは横須賀の乱や大会議の際、多くの艦娘と触れ合った事や過去に世話になった事のある間宮と再会した事で、艦娘と言う存在に興味を持つ様になり、遂には自分も艦娘になりたいと思う様になってしまったのである

 

そんな事を常日頃から考えていた彼女は、ハワイ近海を警護するディープ・ワン達から、横須賀鎮守府で開催された大会議の後、日本から提供された艤装に関する情報を基に、ホノルルの兵器開発研究所が艤装の開発を開始し、最近になってようやくプロトタイプの艤装を完成させた事を聞くと、ある事を思いついたのである

 

そう、クティーラはアメリカ製艤装の製作に関わった妖精さん達にお願いし、自分専用の艤装を作ってもらう事にしたのである

 

それからの彼女の行動は早かった……

 

先ず最初に彼女が行ったのは、自身の艦娘化計画を父であるクトゥルフに報告され、計画を中止させられない様にする為の、自分のお世話係となっているハイドラとダゴンの説得であった。クティーラはお世話係の2柱を自室に呼び出し、2柱に対して嘘偽りなく自身の胸中を語り、クトゥルフに対して忠義を尽くすダゴンは、最初はクティーラの身に何かあっては事だとして、彼女の艦娘化に反対していたのだが……

 

「お嬢ももういい歳なんだ、若の様に自分がやりたいと思った事に挑戦してみるのも、アタイは悪くないと思うよ?それでも心配だってんなら、あんたがお嬢の傍について守ってやりゃぁいいだろう?」

 

クティーラの思いを真摯に受け止めたハイドラの、この言葉によってダゴンは何も言えなくなってしまい、最終的にはハイドラ共々クティーラのお願いを聞く事にするのであった

 

因みにダゴンがミニ鯨の姿になっている理由は、自分が本来の姿でクティーラの護衛に付けば、海上で出会った艦娘達に巨大な化物を連れた艦娘がいると変な噂を流され、自身だけでなくクティーラまでもが警戒の対象になってしまう可能性を恐れた為である

 

又、一応ダゴンも人間の姿に化ける事が出来るのだが、生憎ダゴンの人間態は男性の姿をしており、艤装も付けずに海上に筋骨隆々のおっさんが立っていれば、それもそれで異様な光景となってしまい、本来の姿で護衛した場合と同じ結末を辿る可能性が極めて高かった為、ハイドラと話し合った結果、ダゴンはミニ鯨の姿に化ける事にしたのである

 

こうしてダゴンとハイドラの説得に成功したクティーラは、次の手を打つ為に兵器開発研究所に海底で採れた資源を運搬する為に、頻繁に兵器開発研究所に出入りしているディープ・ワン達から、兵器開発研究所の妖精さん達が好むオヤツを聞き出し、彼らがアメリカの妖精さんらしく、アイスクリームを好んでいる事を知るや否や、妖精さん達を懐柔する為に、翔によるクトゥルフ説得事件以降、宮殿に新たに作られた大きな厨房に籠り、大量のアイスクリームを作ったのであった

 

そうしてアイスの準備を終えたクティーラは、今度はある物を入手すべく、城下町にある書店へと足を運び、目当ての物を見つけるとすぐさま購入に踏み切る。そんな彼女が購入したのは、出版版『妙法蟲聲經(みょうほうちゅうせいきょう)』……、一般的には仏典版ネクロノミコンとして知られているソレは、この世界の神話生物達の間では、アジア圏在住の海棲神話生物用に翻訳された神話生物&神格名鑑として、カソグサの出版社から出版されている雑誌となっている

 

如何して彼女はこの妙法蟲聲經を購入したのかと言えば、彼女は自身の艤装がオリジナルコアの呪縛に囚われない様にする為に、自身が使う艤装のコア部分にこの雑誌を使おうと考えているからである

 

先程も言ったがこの雑誌は出版版アジア圏用ネクロノミコン……、今のアメリカ海軍が保有する駆逐艦ホーンド・サーペントや、現在空達が長門屋鎮守府の設備を整える傍らで作っている大黒丸の演算ユニット&動力源となっている出版版ネクロノミコンと同質の物である為、艤装のコアとしても十分使える代物となっているのである

 

尚、過去に今後新しく作られる艤装には、出版版ネクロノミコンを使えばいいのでは?と言う意見が出た事があるのだが……

 

「いや~、流石に艤装が作られるペースが思った以上に早過ぎて、こっちの印刷製本のペースが全然追い付けないから無理ですね~……。そもそも、普通の人間じゃ出版版魔道書から漏れ出す魔力に耐えられず、艤装を装着した人はその影響で皆もれなく発狂しちゃうんじゃないです?」

 

クトゥルフ経由でカソグサの方からこの様な返事をもらった為、艤装のコア変更計画は頓挫してしまった模様……

 

さて、こうして準備を整えたクティーラは、ディープ・ワン達にお願いして秘密裏で妖精さん達と交渉する場を設けてもらい、クトゥルフも絶賛する間宮直伝クティーラ特製アイスをチラつかせながら妖精さん達と交渉し、見事アイスに一本釣りされた妖精さん達相手に交渉を成立させると、出版版妙法蟲聲經を妖精さん達に手渡し、艤装が完成するまでの間、積極的に横須賀鎮守府に通い、そこで艦娘に関する知識を身に付けていたのであった

 

そして今日、ディープ・ワンからクティーラ専用艤装が完成したと言う報告を受けたクティーラは、待ちに待った自分専用艤装を受け取る為に、報酬の特製アイスを持参して待ち合わせの場所に姿を現したのである

 

こうして妖精さんから艤装を受け取ったクティーラは、自身の魔力を用いて艦娘適性を誤魔化して艤装を装着し、艤装の機関や兵装をテスト的に動かし、艤装が問題無く動いた事を確認すると……

 

「やった……、動かせた……っ!これで私も艦娘になれたんだっ!!!」

 

満面の笑みを浮かべながらこの様に叫び、思わずはしゃぎ回るのであった

 

それからしばらくして……

 

「あっ!そう言えばこの艤装が、何て言う艦艇がモチーフになった艤装か聞いてなかったやっ!」

 

ふと思い出した様に、クティーラはこの様な事を口にし、妖精さん達にこの艤装のモチーフについて尋ね……

 

John C.Butler(ジョン・C・バトラー)級 護衛駆逐艦のSamuel B.Roberts(サミュエル・B・ロバーツ)だね……、分かったっ!ありがとうねっ!!」

 

モチーフとなった艦艇の名前が分かると、彼女は妖精さん達にお礼を言った後、ダゴンの方へと向き直り……

 

「ダゴンッ!!今日から艤装を装着している時の私の事は、クティーラじゃなくサミュエル・B・ロバーツ、もし長いと思ったらサムって呼んでねっ!!」

 

「は、はぁ……、でもサムって言うと何か野郎みたいですから、サミュって呼ばせてもらいやすね……」

 

ダゴンに向かってこの様に言い放ち、それを聞いたダゴンは苦笑しながらこの様に返事をするのであった……

 

こうしてこの世界に初めて、艦娘として活動する神話生物……、神話艦娘が誕生したのであった……



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サミュエルは艦娘を助けたい

妖精さん達から艤装を受け取り、今後は基本艦娘として活動していく事を決意したクティーラ改めサミュエルは、自分専用の艤装を作ってくれた妖精さん達に改めて感謝の言葉を述べると、早く艤装の扱いに慣れる為にと言って、妖精さん達に別れを告げてホノルルを後にするのであった

 

「♪~」

 

そうして念願の艤装を手に入れたサミュは、その事が余程嬉しかったのだろうか、鼻歌を歌いながら、時折急激なターンを織り交ぜたり、ジグザグに移動したりしながら海上を滑る様にして航行していたのであった

 

「お嬢……、本当にやるんですかい……?」

 

「うんっ!!!」

 

そんな中、サミュが艤装を受け取る前から不安そうにしていたダゴンが、サミュに向かって恐る恐ると言った様子でこの様に尋ねたところ、サミュはダゴンに向けて満面の笑みを浮かべながらも、それはそれは力強く頷きながら返事をする

 

神話艦娘となったサミュがやろうとしている事……、それは海上で困っている艦娘達を、無償で助けようと言うものであった

 

彼女はクティーラとして世界を放浪していた時も、何度か世界中の海にいる艦娘達……、主にドロップ艦達を助けたりしていたのだが、自身が神話生物である事を自覚していた事も有り、表立って彼女達に救いの手を差し伸べていれば、救出した彼女達だけでなく世界中を混乱させてしまうと思い至り、救助対象が近くにいる場合は、姿を隠してさり気無く援護を行う事で、ドロップ艦達が海域を離脱する時間を稼ぎ、彼女達が無事海域を離脱し終えた事を確認し終えると、ようやく姿を現し父であるクトゥルフ直伝の格闘術や、母であるイダー=ヤアーから学んだ魔法を駆使して、ドロップ艦達の脅威となった者達と戦っていたのである

 

そんなサミュが横須賀鎮守府で日本海軍が抱えるドロップ艦問題の実情を知ると、艦娘になりたいと言う彼女の願望に、益々拍車がかかるのであった

 

何故そうなったのかと言えば、今までは自身が神話生物である事も有って、陰ながら援護を行う事しか出来なかったのだが、もしも自分が艦娘になる事が出来れば、態々姿を隠して援護する様な事をせず、最初から堂々と姿を現してドロップ艦達を直接助けられると、サミュはそう考えたのである

 

そして遂にこの日、サミュは念願の艦娘になる事に成功し、自分が今までやりたいと思っていた、艦娘達を表立って助ける事が出来る様になったのである。故に今の彼女の機嫌は、天に昇り、雲を裂き、宇宙を穿つほど上機嫌なのであった

 

「ようやく念願の艦娘になれた事だし、張り切っていこー!」

 

「本当に大丈夫なんですかねぇ……?お嬢の身に何かあったりしたら……、って……、あれは……?」

 

そんなサミュがやる気を漲らせ、力強く拳を天に掲げながらこの様な宣言をする傍らで、相変わらずサミュの事を心配するダゴンが、困った様な顔をしながらこの様な事を呟いていると、不意に遠くから何かが爆発する様な音を聞き、何事かと思わず言葉を切ってそちらの方へと視線を向けると、従属神であるダゴンだからこそ視認出来る様な、本当に遥か遠くの海上にて、深海棲艦の連合艦隊の攻撃を受ける艦娘達の姿が見えるのであった

 

この事に気付いたダゴンが、恐る恐ると言った様子でサミュの方へと視線を向ければ……

 

「あの装備からすると、あの娘達は南方海域辺りに遠征に出ている艦隊かな……?見たところかなり攻撃を受けていて、穏健派連合の人達が到着するよりも先に、皆沈められちゃいそう……。よっし!行くよダゴンッ!!」

 

「やっぱりそうなりますよね……、えぇいっ!こうなったらやるしかねぇっ!!」

 

そこにはダゴン同様遥か彼方で起こっている戦いに気付き、その様子を冷静に分析した後、彼女達を助ける決意を固めたサミュの姿があり、サミュがこの様に叫んで走り出すと、ダゴンは最早こうなっては仕方ないと腹を括り、気合いの叫びと共にサミュの後に続くのであった

 

 

 

場所は穏健派連合の総本山があるガダルカナル島より北にあるミクロネシア連邦付近、穏健派連合の管轄内にある海域にて、南方海域の遠征任務に就いていた6人の艦娘が、強硬派深海棲艦の連合艦隊の襲撃を受けていたのであった

 

彼女達が所属している鹿屋基地は、山風と言う駆逐艦の艦娘が遠征任務中に行方不明になってしまった事が原因で、山風の事をよく可愛がっていた提督がそのショックで寝込んでしまい、その影響で海軍の拠点として碌に機能しなくなってしまっているのであった……

 

因みに横須賀の乱の際、鹿屋基地が戦治郎達に占拠された桂島泊地に対しての攻撃命令を無視したのも、この山風ロストのショックが理由であったりする

 

尚、その山風は現在ガダルカナル島にて、自身の命の恩人である始の特訓が終わるのを待つ傍ら、伊吹が作り出した『スーパーカラシン』と言う武装した大型ホバークラフトの操縦の練習をしていたりするのだが、その事を鹿屋基地の関係者はまだ誰も知らないでいる……

 

さて、そうして拠点としての機能を失っている鹿屋基地だが、未だ尾を引く横須賀の乱での混乱や、転生個体の出現や神話生物の出現などもあって、その後始末や対策に追われる大本営に、この様な状態にあるにも拘らずその存在を華麗にスルーされ、そこに所属する艦娘達は、提督が何とか立ち直る事を祈りながら、基地の運営を維持する為に任務娘主体で各自で自発的に近海警護や、資源確保の為に遠征任務などをこなしているのであった

 

そしてこの日、長良型軽巡洋艦の5番艦である鬼怒が旗艦を務める艦隊は、山風が行方不明になったとされる南方海域の遠征任務を遂行中、強硬派深海棲艦の連合艦隊に遭遇してしまうのであった……

 

そんな彼女達が対峙した連合艦隊は、フラル3、エリル3、フラツ1、改フラヘ1、後期エリイ2、そして後期エリハ2と言う、航空戦力を投げ捨てて砲撃を兎に角尖らせた様な編成となっており、遠征任務の為軽巡と駆逐しかいない鬼怒の艦隊は、あっと言う間に窮地に追いやられてしまうのであった……

 

この時穏健派連合の艦隊は何故この戦いを察知し、鬼怒達の救援に急いで来ないのかと言うと、彼らもそうしたいのは山々なのだが、現在太平洋では旧支配者のグッハナイがアテも無くフラフラと彷徨い、周囲に甚大な被害を与えていたり、穏健派連合の移動を頻繁に妨げたりしている為、迂闊に出撃出来ない状況になっているのである

 

「う"~……、まさかこんな事になるなんてな~……」

 

「しかもよりにもよって、山風が行方不明になった海域で……」

 

「南方海域は、前より安全になったんじゃなかったのっ?!」

 

こうして窮地に立たされた鬼怒が、相手の攻撃によってボロボロになりながら、強硬派深海棲艦の連合艦隊をしっかりと見据え、この様な言葉を漏らしたところ、白露型駆逐艦の3番艦の村雨が悲し気な表情を浮かべながらこの様な言葉を口にし、それに更に白露型駆逐艦の1番艦である白露が、叫ぶ様にしてこの様に続く

 

「何とか駆逐の皆だけでも、逃がしてあげられればいいんだけど……」

 

旗艦である鬼怒が険しい表情を浮かべながら、この様な事を呟いたその直後、相手の旗艦と思わしきフラルが鬼怒目掛けて砲撃を行い、思考を巡らせていた為反応が遅れた鬼怒が、しまったとばかりにその表情を引き攣らせたその時である、突然鬼怒の目の前に巨大な氷の壁が出現し、フラルが放った砲弾をその身にヒビ1つ入れる事無く、完全に防いでみせるのであった

 

余りにも突然過ぎる出来事に、鬼怒達も、そして強硬派深海棲艦達も動揺し、その動きを止める中……

 

「間に合って良かったっ!!」

 

不意に誰かの叫び声が聞こえ、一同が思わずそちらに視線を向けたところ、そこにはこの場にいる誰もが、今まで1度も見た事も無い艤装を背負った艦娘の姿があり……

 

「艦娘としての初救助……、しっかりバッチリ護っていこうっ!!!」

 

鬼怒達にとって正体不明の艦娘……、サミュは声高らかにこの様に宣言すると、連合艦隊目掛けて突撃を開始するのであった



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戦艦の様に頑張りますっ!

海上で偶々発見した、強硬派深海棲艦の連合艦隊に襲われる鹿屋基地に所属する鬼怒達を助ける為に、サミュはこの連合艦隊に戦いを挑む

 

そんな彼女の姿を見た鬼怒達は、流石に独りであの連合艦隊に挑むのは無謀だとして、慌てて彼女を引き留めようとしたのだが、その言葉は戦う決意を固めたサミュに届く事は無かった……

 

「鬼怒さんっ!あのままではあの娘がっ!!」

 

連合艦隊目掛けて突撃するサミュの背中に視線を向けながら、白露や村雨同様、この遠征に参加している白露型駆逐艦の7番艦の海風が、鬼怒に向かってこの様に叫び

 

「分かってるっ!今救難信号出して、基地に残ってる古鷹さん達に連絡入れたよっ!!本当なら鬼怒達が何かしてあげるべきなんだろうけど……」

 

「この損傷だと、とても戦闘には耐えられ無さそうですからね……」

 

「古鷹さん達が到着まで、あの娘が無事である事を願ってるしかないなんて、ホント情けないな~……」

 

海風に対して鬼怒がこの様に叫び返し、そのやり取りを聞いていた村雨と白露は、その表情に悔しさを滲ませながら、呟く様にしてこの様な言葉を口にするのであった

 

村雨が言った様に、今の彼女達の艤装は強硬派深海棲艦の連合艦隊の猛攻によって、大破スレスレ、海上に浮かんでいるのがやっとと言う状態となっているのである。故に白露の言葉の様に、彼女達は自分達を助けてくれようとしているサミュの為に、何もしてあげられない事が、心底悔しくて悔しくて仕方が無かったのであった

 

そんな鬼怒達を余所に……

 

「日本の瀬戸内海と言う海域の何処かに潜伏していると言う、戦艦棲姫様の所へ向かおうとしていたところで、弱そうな艦娘と遭遇したものだから、戦艦棲姫様の手土産としてこいつらの首を持って行こうと思ったのだが……」

 

「何か変な艦娘が乱入して来たな……」

 

「まあ、もののついでにこいつも討ち取って、その首を戦艦棲姫様に献上しようではないか!こいつ1匹増えたところで、この連合艦隊を如何にか出来るとは思えんからなっ!」

 

強硬派深海棲艦の連合艦隊の主力であるフラルの3隻は、自分達に向かって突っ込んで来るサミュを見て、この様な会話をしていたのであった

 

彼女達はサミュの事を只の艦娘だと思い、完全に侮っていたのであった。彼女の正体と実力など、欠片ほども知らなかったが故に……、先程鬼怒達を自分達の砲弾から守った、堅牢で分厚い氷の壁を生み出したのが、この小さな艦娘である事に気付く事が出来なかったが故に……

 

「さぁ、戦闘開始っ!」

 

そんな彼女達は、サミュがそう叫びながら手にした主砲を構えた事に気付くと、彼女の事を馬鹿にした様に、ニヤニヤしながら彼女の砲撃を防ぐ為に、両手に持った艤装をくっ付ける様にして盾にする様な構えを取る

 

「Fire!」

 

そしてサミュの叫びと共に艤装に何度か衝撃が走り、彼女の攻撃は自分達の装甲を抜けないと確信し、砲撃音と艤装に伝わる衝撃が無くなったところで、反撃を開始しようとするのだが……

 

「な……っ!?」

 

「艤装が……、離れない……っ?!」

 

「一体何が……っ?!?」

 

此処で自分達の艤装が、まるで溶接でもされたかの様にピッタリとくっつき、離れなくなってしまっている事に気が付く。こうなってしまうと、自分の艤装によって視界が遮られてしまい、まともに狙いを定めて砲撃する事が出来なくなってしまうのである……

 

そしてフラルの1隻が別のフラルの艤装を見て、思わず驚愕してしまうのであった。何とそのフラルの艤装の前面に、有り得ないくらいの厚みを持った氷が、ガッチリとくっついていたのである。そう、彼女達の艤装が離れなくなってしまったのは、この氷が原因だったのである

 

さてこの氷だが、これはサミュが放つ砲弾に込められた魔力によって作られたものであり、サミュはこれまでの経験から、ル級はその手に持った艤装の装甲の厚さを利用して、艤装を盾にして攻撃を防いで来る事を知っていた為、ル級と対峙した際はこの方法でル級の艤装を無力化していたのである

 

「氷……、だと……っ!?」

 

その事に気付いたフラルが、混乱しながらこの様な言葉を口にしたその時である

 

「これじゃあ、自慢の砲撃も防御も出来そうにないね!」

 

いつの間にか自分達との距離を詰めていたサミュが、跳躍してフラルの凍った艤装の上に飛び乗り、手にした砲の砲口をフラルの顔に向けながら、この様な言葉を放つのであった。これにより、このフラルは自分達の艤装を凍らせた犯人がこの艦娘である事を察し、思わず愕然とするのだが……

 

「Fire!」

 

その次の瞬間、サミュは再びこの様に叫びながら主砲の引き金を引き、彼女のターゲットとなったフラルの顔面には、ツララの様に鋭く尖った氷に包まれた砲弾が叩き込まれ、それがフラルの顔面に生々しい音を立てながら突き刺さると、しばらくの間氷を伝ってフラルの脳漿が海上に滴り落ち、時が来ると砲弾の信管が動き出したのか、砲弾が爆発しフラルの頭部を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまうのであった

 

これには他のフラル達も唖然としてしまうのだが、すぐに我に返ってサミュの方へと凍ったままの艤装を向け、攻撃を仕掛けようとするのだが……

 

「ぐわあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

主砲の引き金を引いたその直後、突然彼女達の艤装が大爆発を起こし、彼女達の両腕は艤装諸共、見事に吹っ飛んでしまうのであった……

 

「戦艦の砲撃だったとしても、私の氷はそう簡単に壊せないんだからっ!」

 

その様子を見たサミュは、不敵な笑みを浮かべながら、声高らかにこの様な事を口にする。如何やらサミュはフラル達の艤装を凍らせた際、その強固な氷で彼女達の艤装の砲口を塞いでいた様で、それが原因で彼女達の艤装は暴発してしまったのである

 

そうして攻撃手段も防御手段も失った2隻のフラルに対して、サミュは艤装に取り付けられた魚雷をお見舞いし、2隻仲良く沈めてしまうのであった

 

さて、こうしてサミュが瞬く間の内に、この連合艦隊の主力であったフラル3隻を沈めてみせ、その様子を見ていた鬼怒達が驚愕していると……

 

「「「き、貴様あああぁぁぁーーーっ!!!」」」

 

不意に3つの叫び声が聞こえ、一同が声がした方角に視線を向けると、そこには今まで碌に相手にされていなかった3隻のエリルの姿があり、サミュの攻撃を受けていない彼女達は、凍り付いていない艤装の砲口を全てサミュの方へと向け、主砲の一斉掃射による攻撃を仕掛けようとするのだが……

 

「お嬢に何するつもりだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

この叫びと共に、ようやくサミュに追いつく事が出来たダゴンが、エリルの1隻に飛び掛かったのであった。ダゴンの叫び声によってダゴンの存在に気が付いたエリルが、フラル達同様艤装を盾にしてダゴンの体当たりを防ごうとするのだが……

 

「おらぁっ!!!」

 

ダゴンの体当たりはエリルの艤装を障子紙を破る様に易々と突き破り、そのまま彼女の胸のド真ん中にぶつかると、皮膚を裂き、筋肉を破り、肋骨を砕き、心臓と肺を抉り、背骨を割り、そのまま彼女の背中から飛び出すのであった

 

これには鬼怒達もエリル達も大いに驚く。何せ如何にも軽そうな手のひらサイズのちっちゃな鯨が、戦艦タイプの深海棲艦の分厚い装甲を、体当たりで突き破って倒してしまったのである。普通に考えれば、このミニ鯨はエリルの艤装にぶつかると、体重差で打ち負け、ポインポインと弾き返されてしまうだろうと思われたのだから

 

尤も、このミニ鯨が見た目の通りのものならば、そうなっていてもおかしくは無いだろう。だがこのミニ鯨の正体は、クトゥルフの眷属である従属神ダゴンなのである。その身体は主であるクトゥルフに迫る程の大きさ、身長30mくらいとかなり大きく、自分の主やその娘を守る為、日頃から肉体を鍛えている事から、その腕や脚は丸太の様に太く、胸板は分厚い。それ故に体重もかなり重いのである

 

それが一体如何したのかと言うと、実はこのミニ鯨、身体はちっこいものの、その重量は本体の重量と一切変わらないのである

 

つまりどう言う事なのかと言えば、ダゴンの先程の体当たりは、鍛え上げられた筋肉によって生み出された驚くべき速度で、数十tレベルの重量を持つ手のひらサイズの物体が突っ込んで来たと言う事であり、そんなものが局所的にぶつかれば、幾ら人間より頑丈な身体を持っている戦艦タイプの深海棲艦と言えど、徹甲弾でブチ抜かれた様に、身体に風穴が開いてしまうと言う事である

 

こうなってしまうと、この光景を目にしていた誰もが混乱し始める。普通に考えれば起こり得ない様な出来事が、次から次へと息つく間もなく襲い掛かり、その正気をガリガリと削り始める……

 

そしてその非現実は、まだまだ猛威を振るう……

 

「隙ありっ!!!」

 

その叫びが聞こえたと同時に、残った2隻のエリルの内の1隻の頭部に衝撃が走る。そう、ダゴンの攻撃を目の当たりにして愕然とし、無防備となってしまったエリルの頭部に、サミュが飛び回し蹴りを叩き込んだのである

 

しかも只の飛び蹴りではない、蹴り脚に魔力を込めて蹴り脚に氷を纏わせる事で、蹴りに重量と硬さを加えてあるのである

 

それによりエリルの頭部は瞬時に凍り付くと同時に砲弾の如く吹き飛び、残ったエリルの腹部に激突、仲間の頭部を腹で受けたエリルの背中からは、仲間の凍った頭部と共に胃や各種腸、肝臓や腎臓、更には背骨や凍った血液などが勢いよく飛び出し、2隻は同時に海の底へと沈んでいき、完全に姿を消してしまうのであった……

 

さて、その様子を見た強硬派深海棲艦の連合艦隊の第2艦隊の深海棲艦達は、恐怖のあまり動けなくなっていたり、失神して海上に横たわっていたり、サミュ達に背を向けて逃げ出そうとしていたのだが……

 

「お嬢、あいつらはどうしやす?」

 

「う~ん、残していたら余所で艦娘達を攻撃しそうだし、私の事を強硬派の中に広められたりしたら後々厄介な事になるだろうし、此処で皆沈めておこっかっ!!」

 

ダゴンの問いに対してサミュはこの様に答えると、残った深海棲艦達をあっという間に氷漬けにし、自身の格闘術とダゴンの体当たりで次々と破砕して、その全てを海の藻屑にしてしまうのであった。その光景を目にして、ドン引きする鬼怒達の存在など、一切気にも留めずに……



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新・技術班のアタマ

「皆大丈夫……ではなさそうだね……、艤装とかすっごいボロボロになってるし……」

 

強硬派深海棲艦の連合艦隊の第二艦隊の処理を終えたサミュは、その様子を呆然と見守っていた鬼怒達の下へ近寄り、彼女達の安否の確認の為に声を掛けるのだが、改めて彼女達の姿を目にすると、最初に発しようとした言葉は尻すぼみになっていき、その表情を徐々に彼女達の事を心配する様なものへと変化させながら、この様に言葉を続けるのであった

 

「え?あ、あぁ……、見た目は酷い事になってはいるけど、一応ゆっくりでなら航行可能な状態だから、大丈夫と言えば大丈夫かな~?って……」

 

「でも、兵装は皆駄目になっちゃってるから、帰還中にまた深海棲艦に遭遇したりなんかしちゃったら、ノーマルのイ級相手でも危ないかもしれないんだよね……」

 

「だから出来れば今こっちに向かって来てるかもしれない古鷹さん達と合流するまで、何処かに身を潜めておきたいところなのよね……」

 

それに対して鬼怒は、サミュに声を掛けられた事に一瞬驚いた後、返事をする為にサミュの方へと視線を向けるのだが、その直後に強硬派深海棲艦の連合艦隊相手にたった一人で立ち向かい、無双するサミュの姿を思い出してしまい、それから来る恐怖で表情を引き攣らせながらサミュに向かってこの様に返答し、それを聞いた白露と村雨が思わずこの様な言葉を口にする

 

此処で何故彼女達がサミュに頼ろうとしなかったのかと言えば、彼女達からしたらサミュは所属不明の謎の艦娘である為、幾ら助けてくれたからと言って簡単に信用する訳にはいかないし、何よりも何かの拍子で彼女を怒らせ、その凶悪な戦闘力の矛先が自分達に向く事が恐ろしくて仕方が無かったからなのである。その為、鬼怒はなるべくこれ以上サミュと関わり合いにならずに済み、且つ彼女を出来る限り怒らせない様な言葉を、先程の彼女の戦いを目にした事で混乱し切った頭で必死になって考え、その結果この様な返事を返したのである

 

しかし、この海域で自分達の親戚である山風を失ったと思っており、更には自分達の提督が山風をロストした際のショックの受け方を知る白露と村雨は、自分達までこの海域でいなくなってしまう様な事があれば、提督が後追い自殺に走ってしまうのではないかと考え、出来るならそれを避ける為にこの状況を切り抜け、提督がいる基地に帰還したいと思った為、サミュは信用出来ないし恐ろしいけど、出来ればその力を上手く利用して基地に帰還すべきだと考えた2人は、鬼怒の返事を耳にするなり反射的にこの様な言葉を口にしたのである

 

そんな彼女達の心境を知ってか知らずか、サミュは彼女達の言葉を聞くなりちょっとだけ唸りながら腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込み……

 

「流石に日本に直接送り届けたりしたら、翔さんやゾアお兄様に見つかっちゃうだろうから……、そうなるとここから一番近い拠点はっと……、よしっ!だったら私に良い考えがあるよっ!」

 

最初こそ唸り声交じりにブツブツと呟き、ある程度考えが纏まったところで、鬼怒達に向かって笑顔でこの様な事を言い、鬼怒達が怪訝そうな表情を浮かべると、それを自分の話に興味があるサインだと判断し、自分の考えを彼女達に伝え始めるのだった

 

 

 

 

 

それからしばらくして……

 

「うわぁ……、何これ……、すっご……」

 

「これが海軍内で噂になっていた……」

 

「海戦ちゃんぽん要塞……?」

 

「名前の割に、しっかりとした要塞なんですね……」

 

サミュの考えとやらに半信半疑ではあるものの、取り敢えず従う事にした鬼怒達は、サミュの案内で辿り着いた島にあったものを目の当たりにすると、呆然としながら思わず各々に感想を口にするのであった

 

そう、サミュが彼女達に提案したのは、ゼッペーの手によって滅ぼされてしまったラバウル基地の代わりの拠点として機能している、穏健派連合によって管理運営されている海戦ちゃんぽん要塞に保護してもらい、そこで艤装の修理と怪我の治療を行いながら、古鷹達の到着を待とうと言うものであった

 

サミュはクトゥルフと共に横須賀鎮守府に訪れていた時に、よく遠征任務に就く吹雪達から海戦ちゃんぽん要塞や護目炒飯基地の事を聞いて知っており、彼女達の都合と自分の都合を照らし合わせた結果、鬼怒達と出会った地点から近かったからと言う理由で、彼女達をこの海戦ちゃんぽん要塞に連れて行く事にしたのである

 

因みに鬼怒達は海戦ちゃんぽん要塞の噂こそ耳にしてはいたのだが、その当時はまだ提督の実力不足が原因で南方海域への遠征の許可が大本営から下りておらず、ようやく許可が下りていざ挑戦したところで山風ロストと言う憂いなき目に遭ってしまい、その結果任務娘の判断により、しばらくの間南方海域への遠征が禁止されてしまい、結局今日この日までその噂の真偽を確かめられなかったのだとか……

 

又、鬼怒達の南方海域への遠征が解禁された理由についてだが、これは単純にそろそろ鹿屋基地の貯蔵資源が枯渇しそうになっており、基地近海の遠征任務と大本営からの支給資源だけでは供給が追い付かなくなってしまっているからと言う、割と世知辛い事情があったりする……

 

こうして鬼怒達が海戦ちゃんぽん要塞の入口で、要塞が放つ重々しい威圧感に圧倒されていると……

 

「海戦ちゃんぽん要塞へようこそ、君達が保護を希望する艦娘達だね?」

 

要塞の中から黒いエプロンを着用した戦艦仏棲姫が姿を現し、戦艦仏棲姫の登場に驚く鬼怒達に向かって、柔らかい笑顔を浮かべながらこの様に尋ねて来るのであった

 

「は、はい……、一応そうなんですけど……」

 

「あぁ、そう警戒しなくていいよ。多分道中で聞いてるとは思うけど、僕は姿こそ深海棲艦だけど、中身は璃栖瑠 俊彦と言う成人男性のソレだからね。っとそれはそうとして、今から艤装の修理の為に工廠に向かうから、艦娘の皆は僕の後に付いて来てね」

 

璃栖瑠の問いに対して、鬼怒が戸惑いながら返事をしたところ、璃栖瑠は鬼怒達に向かってウインクをしながら、自己紹介を交えつつこの様な言葉を口にし、踵を返して要塞の中へと入って行くのであった

 

さて、何故璃栖瑠が鬼怒達の事を知っていたのかと言うと、サミュ達が海戦ちゃんぽん要塞に向かっている最中、鬼怒達が古鷹に通信機で連絡を入れている中、サミュも戦治郎達から貰っていた通信機を使用し、大会議の際に会った事のある伊吹に連絡を入れており、サミュから連絡を受けた伊吹の頼みで、璃栖瑠が彼女達を迎え入れる事になったからである

 

こうして無事に海戦ちゃんぽん要塞に辿り着いた鬼怒達は、自分達を此処まで連れて来てくれたサミュに対して、疑念を抱いていた事を謝罪した上でお礼を言おうと思い、島に上陸した後は殿を務めるべく、自分達の後方に控えていたサミュの方へ向き直るのだが……

 

「あれ……?いない……?」

 

「サミュちゃんは何処に行ったの……?」

 

そこにはサミュの姿は無く、この事実に気付いた海風と村雨は、思わずこの様な事を口にしながら、サミュを探すべく辺りをキョロキョロと見回し始めるのであった

 

そう、サミュが殿を務めていた理由は、海戦ちゃんぽん要塞の関係者達に自分の姿を見られない様にする為に、要塞に向かう途中で鬼怒達に悟られない様に注意しながら抜け出す為であったのである

 

その後、結局サミュを見つけられなかった鬼怒達は、璃栖瑠の後を追って海戦ちゃんぽん要塞の工廠に向かい……

 

「こんの馬鹿タレがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「あ"い"だあ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

「おごぉっ!!!」

 

工廠の扉越しに聞こえた何者かの叫び声と、それに続く様にして聞こえて来た凄まじく重々しい2発の打撃音、そして先程とは違う誰かの悲鳴に驚き、思わず身体をビクリと震わせるのであった……

 

「やれやれ……、英吉郎さんは相変わらずだね……」

 

それを聞いた璃栖瑠は、またかとばかりに呆れた様子で左右に小さく首を振りながら、溜息交じりにこの様に呟くと工廠の扉を開き……

 

「英吉郎さん、あまり伊吹達をポコポコ殴らないであげて下さい。伊吹達からよく相談されるんですよ?英吉郎さんの手の早さは如何にかならんのか~?って」

 

「おぉ璃栖瑠か、ってこいつら、そんな事お前さんに話しとるんかい……」

 

工廠の中に入ると、頭を押さえて床を転げまわる重巡夏姫の転生個体である熊野 伊吹と、気絶しているのか床に倒れ込んでピクリとも動かない空母棲姫の転生個体である佐竹 蹴児(さたけ しゅうじ)こと2Pには目もくれず、自身の背丈以上ほどもある巨大なモンキーレンチの様なものを片手で持つ欧州水姫に向かって、苦笑しながらこの様な事を言い、それを聞いた英吉郎と呼ばれた欧州水姫は、眉間に皺を寄せながらこの様に呟くのであった

 

そんな光景を目にして鬼怒達が絶句していると、欧州水姫が鬼怒達の存在に気付き

 

「お前さん達が保護されたとか言う艦娘か、話は聞いとる、ほれ、さっさとこっちに艤装を持ってこんかい」

 

欧州水姫は鬼怒達に向かって、ジャイアントモンキーレンチを持っていない方の手で手招きしながら、工廠内に入って来る様促すのであった

 

その後、欧州水姫の言葉に従って、鬼怒達は工廠の中に足を踏み入れ、装着していた艤装を外し、恐る恐ると言った様子で欧州水姫に艤装を預けたところ……

 

「なぁに心配いらんわい、お前さん達の艤装はこの獅子御門 英吉郎(ししみかど えいきちろう)が、新品同様に仕上げてやるわいっ!」

 

英吉郎と名乗る欧州水姫は、不敵な笑みを浮かべながらこの様に宣言するのであった

 

こうして英吉郎に艤装を預けた鬼怒達は、璃栖瑠の誘いで食堂に向かい、そこでかつて翔が考案したチャンポンを口にする事となり、その間に英吉郎は伊吹を圧倒的に凌駕する技術力を用いて、鬼怒達が食事を終えるよりも先に、鬼怒達の艤装の修理を完了してみせるのであった

 

因みにこの英吉郎……、実のところ生前は修理屋を営んでおり、一時期は大学生であった戦治郎と空をアルバイトとして雇い、2人に技術者としてのイロハを叩き込んだ、謂わば2人の技術者としての師匠と言える人物だったりする……

 

又、戦治郎をアルバイトとして雇っていた事から、態々修理屋に出向いて戦治郎の事を頼むと挨拶しに来た正蔵とも生前から繋がりがあり、後にこの世界で正蔵と再会した英吉郎は、轟音老人(ゴーオンシルバー)としてジジーズに加入する事となるのであった




轟音老人の由来は、英吉郎が兎に角よく叫ぶから、そしてジャレンチの打撃音が凄まじいからとなっております


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獅子御門 英吉郎

ここで英吉郎について、少し掘り下げていこうと思う

 

2019年の時点で76歳になる彼は、新幹線の車体関係の技師であった父に憧れ、自身もその様な技術者になろうと、若い頃に海外に留学して技術者としての修行を積み、帰国した後は今では大手となった家電メーカーや自動車メーカーなどに就職し、技術者としての腕に更に磨きをかけていた

 

さてここで1つ疑問に思うところがある事だろう、如何して英吉郎は複数の企業に就職したのか?と言う点である

 

その答えは簡単なもので、その当時から血の気が多く手が早かった英吉郎は、人間関係で頻繁にトラブルを起こしていた為、しょっちゅう会社をクビになったり、これ以上付き合い切れないとばかりに上司に辞表を叩きつけ、自主退職していたからである

 

こんな調子で人間性に問題がある彼だが、技術者としての腕前は本当に素晴らしいものがあり、彼が会社を辞めると聞いた時、彼が開発した製品がよく売れていた事から彼の腕前を認めていた者達は、その多くが彼の辞職を嘆き悲しんだと言う……

 

そうして様々な家電メーカーや自動車メーカー、果ては造船所や技術研究所などに就職し、様々な知識や技術を身に付けた英吉郎は、その知識と技術をフル活用出来る場所を自ら作ろうと思い立ち、貯金をはたいて修理屋を開業する事にしたのである

 

こうして始まった英吉郎の修理屋は、その腕が確かである事が評判となり、瞬く間の内に多くの近隣の住人達が押し寄せてくるほどの人気のある修理屋となり、年月を重ねる度に利用客は増加し続ける事となるのであった

 

ただ、これによって思った以上に仕事が入って来る様になってしまい、流石にこれでは自分と成長した息子の2人だけでは手が回らない……、そう思った英吉郎は、1~2人ほどバイトを雇う事を決意するなり早速求人を出し、それに応募して来たのが、義肢の研究の為の資金を稼ぎつつ、自分達の技術者としての腕前を磨きたいと考えていた、当時大学生であった戦治郎と空なのであった

 

さて、そんな2人を面接の際に目にした英吉郎は、これまでの経験から来る勘により、この2人は技術者として化けるであろう事を確信、彼らが望む通り自身が持つ知識と技術を授け、世界に名を轟かせる様な技術者にしようと決意し、2人を雇い入れ、鍛え上げる事にするのであった

 

因みにこの時である、戦治郎達がバイトを始めた事を聞きつけ、私兵達に英吉郎の素性を徹底的に調べさせ、彼が特に問題がある人物ではないと判断した正蔵が、戦治郎達がいない時を狙って英吉郎の店を訪ね、彼と何度か言葉を交わした後、戦治郎達の事を彼に託す事にしたのは……

 

尚、英吉郎の性格が性格であった為、彼に教えを乞う戦治郎達も海戦ちゃんぽん要塞の伊吹達同様、頭をまるで南瓜や西瓜の選別でもするかの様にバカスカ叩かれながら技術者として育てられており、そのせいもあって、戦治郎と空は英吉郎には畏怖の感情を感じつつも、自分達を立派な技術者として育ててもらった恩義から、彼には頭が上がらなかったりする

 

又、この時に英吉郎は、戦治郎達に自分が海外で修行していた事を話しており、それが戦治郎達が自分達の見聞を広げる為のアメリカ留学を決意させる切っ掛けとなっていたりもする

 

更に言えば、戦治郎達が長門屋を始めた切っ掛けの1つには、自分達を育ててくれた英吉郎に対しての敬意があったからだったりする

 

それから月日は流れ、戦治郎達が大学院を出て、自分と同じく修理屋を始めると言ってバイトを辞め、英吉郎の修理屋を去ったそんなある日、英吉郎は自分の身体に起こった異変に気付く事になる……

 

作業中に握っていたスパナをよく落とす様になったり、日常生活の中においても、何の前触れも無く突然激しい眩暈に襲われる様になったのである

 

それを不審に思った息子の勧めで、英吉郎は現在戦治郎の兄が院長を務める病院で診察を受け、それによってそれらの症状は、脳卒中の初期症状である事が判明するのであった

 

こうして闘病生活を余儀なくされた英吉郎は、店を息子に譲り渡し、自身は投薬しながら息子の作業を無理しない範疇で手伝い、自分達だけでは仕事が捌き切れなさそうな時は、戦治郎達の店を紹介する様にする事で自身にかかる負担を減らし、何とかその命を繋いでいたのであったが……

 

2017年12月24日、とある事故で愛弟子である戦治郎達が亡くなった事を知り、それによって英吉郎は激しい精神的ショックを受ける事となり、それが原因で容態は悪化、遂に入院する羽目になってしまうのであった……

 

その後、英吉郎が戦治郎の知り合いである事を知った命による、懸命な治療が行われる事となるのだが、日に日に衰弱していく英吉郎は、2019年6月25日にこの世を去ってしまうのであった……

 

 

 

こうして死を迎えた英吉郎が再び目を覚ました時、彼はオリジナルコアの手によって欧州水姫の転生個体に作り変えられ、その身体は南方海域にあるソロモン海のド真ん中に浮かんでいたのであった……

 

さて、状況がサッパリ掴めずにいる英吉郎が混乱の極致に至り、状況整理の為にその場に胡座をかき、考え込む様に眉間に皺を寄せながら腕を組んでブツブツと呟いていると……

 

「そちらの方、一体如何なされたのですか?」

 

上空から声が聞こえ、その声に反応した英吉郎が即座にそちらに顔を向けると、そこにはペーネロペースーツを装着した璃栖瑠が、ゆっくりと降下して来る姿があった

 

如何して此処に璃栖瑠がいるのかと言えば、戦治郎達が南方海域を去った後、璃栖瑠はリチャードから海戦ちゃんぽん要塞の管理を任される事となり、その日は定期連絡と書類の受け渡しの為、ペーネロペースーツを使ってガダルカナル島に向かっていたのだが、その道中で偶々海上で考え込む英吉郎の姿を目撃し、ついつい話し掛けたのである

 

さて、そんな璃栖瑠の姿を見た英吉郎は……

 

「何じゃ貴様はあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「ごふっ!?」

 

自分の方へと歩み寄って来た璃栖瑠に対して、叫び声を上げながらその顔面に右ストレートを叩き込み、見事ペーネロペースーツのメインカメラを破壊しつつ、璃栖瑠をノックアウトしてしまうのであった……

 

その後、意識を取り戻した璃栖瑠は、メインカメラが駄目になったペーネロペースーツの頭部を外した後、何とか英吉郎を落ち着かせ、英吉郎の身に起こった出来事についてや、この世界の事について、そして穏健派連合の説明を行い、それを聞いた英吉郎は……

 

「ふむ……、話を聞いとる限り、如何やらこの世界はボロボロにぶっ壊れとるようじゃのう……。よしいいじゃろうっ!そう言う事ならわしは穏健派連合に身を置き、このぶっ壊れた世界をキッチリ修理してやるわいっ!!」

 

そう言って穏健派連合に所属する事を決めると、璃栖瑠と共に穏健派連合のトップであるリチャードのいるガダルカナル島へ向かい、挨拶を終えた後、その経歴から技術班に所属する様言い渡される事となるのであった

 

こうして技術班に配属された英吉郎は、初日の初っ端にとんでもない事をやってしまうのであった

 

以前の失敗を基に、技術班は伊吹主導で剛用のパワードスーツを作っていたのだが、英吉郎は目聡く製作途中のそのパワードスーツを発見し、たった1人で、それも大した時間も掛けずに、そのパワードスーツを完成させただけでは留まらず、強化改造まで施してしまったのである

 

これにより英吉郎の技術力は技術班にも認められ、英吉郎は配属初日に技術班班長に任命されてしまうのであった

 

これは余談だが、こうして出来上がったパワードスーツを見た、戦治郎達長門屋鎮守府の工廠組の反応はと言うと……

 

「イカン危ない危ない危ない……っ!!!」

 

「次元連結システムは……、不味い……っ!!!」

 

「よりにもよってグレートの方かよぉっ!!?」

 

「う~ん、世界壊れちゃうッスねぇ……」

 

「これが師匠達が言っていた、グレートゼオライマーと言う奴なんですか……?」

 

この様な感じだったのだとか……

 

尚、このパワードスーツは、とある事情で釧路にあるツァトゥグアが経営する神話生物専門の病院に入院する事となった剛に、退院祝いとして贈呈される事となっており、戦治郎達がコレを目にするのもその時となっている



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痛みの獅子

「英吉郎さんは、本当に凄い方なのですね……」

 

「技術者としての腕を磨く為に色んな事をして来たって、この世界の日本人だったらまずやらなそうな事だよね~……」

 

「確かこの世界の日本人は多くが提督や艦娘になる為に勉強していて、そのせいで艤装関係以外の生産業の就職率が非常に悪くなった挙句、技術者達も艤装関係の企業に再就職する為に離職する関係で、今残ってる企業の多くは人手不足に陥って、大打撃を受けているみたいだね」

 

英吉郎が艤装の修理をしている間、鬼怒達は璃栖瑠の誘いで海戦ちゃんぽん要塞の食堂で食事を摂る事となり、この要塞の名物となったちゃんぽんを堪能した後、食後のコーヒーを持って来てくれた璃栖瑠を捕まえて英吉郎が一体どの様な人物なのかについて尋ねたのであった

 

そうして璃栖瑠から英吉郎の事を聞いた海風と鬼怒が、各々に感想を口にしたところ、璃栖瑠は柔らかい笑みを浮かべながらこの様な事を口にするのであった

 

「璃栖瑠さんは海外にいるのに、今の日本の事も知ってるんですね」

 

「横須賀の乱の後、横須賀鎮守府で開催された大会議に参加したリチャードから聞いたのさ。これには流石のリチャードも驚いてたみたいでね、ドイツやイギリス、アメリカの総司令官達と一緒に、他の国が日本の様にならない様にする為の対策を考えてたみたいだよ?」

 

「組織のトップの方を呼び捨てですか……?」

 

「歳が割と近いからね。こう見えても僕、40代なんだよ?」

 

「40代っ!?全然そんな感じがしない……」

 

その後海風と鬼怒は、璃栖瑠とこの様なやり取りを交わしていたのだが……

 

「2人共、さっきから静かだけどどうしたの?」

 

先程から白露と村雨が会話に入って来ていない事に気が付いた鬼怒が、不思議そうな顔をしながら2人に向かってこの様な事を尋ねるのであった

 

「あぁ、ごめんなさい。さっき璃栖瑠さんが言ってた、戦治郎さんと空さんと言う人がちょっと気になって……」

 

「今年の3月頃、私と村雨は有給消化の為に実家にいた時に、突然ショートランド泊地にいたはずの時雨と夕立が実家に帰って来て、しばらく実家に滞在した後すぐ横須賀鎮守府に行っちゃったんだけど、その時に2人が頻りにその人達の名前を口にしていたからね……」

 

「そう言えば……、同じくらいの時期に江風も帰って来ていましたね……。江風の方は海賊団がどうとか言っていましたが……」

 

「あぁ~、その事か~……」

 

鬼怒に声を掛けられた村雨と白露が、考え込む様な表情をしながらこの様に答えたところ、海風も不意に思い出したかのようにこの様な事を口にし、それを聞いた璃栖瑠が、苦笑しながら戦治郎と空の事と海賊団の事、そして海賊団の主要人物であったその2人が、自分の話の中に出て来た英吉郎の弟子だった2人である事を話したところ、鬼怒達はそれはそれは驚いたのであった

 

因みに璃栖瑠の話によると、現在何かと忙しい戦治郎達には、英吉郎の事は話していないと言う事であった

 

そんな話をしている内に、工廠の床を転げていた伊吹や、英吉郎の一撃を受けて気絶していた2Pが復活したのか、食堂にやって来ると鬼怒達に艤装が仕上がった事を伝え、それを聞いた鬼怒達は璃栖瑠達に礼を言った後、工廠へと向かうのであった

 

そこで鬼怒達は、信じられない物を目にする事となるのであった……

 

「おう、お前さん達の艤装は、宣言通りバッチリ仕上げておいたぞ」

 

「いやいやいや……、バッチリ仕上げるって言っても……」

 

「何か所々パーツが増えてる様な……?」

 

「何なんですかこれ……?これが私達の艤装なんですか……?」

 

「これ……、もしかして改修されてる……?」

 

作業が大変だったからなのかどうか分からないが、全身汗だくになった英吉郎が、息も絶え絶えと言った様子で工廠に姿を現した鬼怒達に向かってこの様に言い放ち、それを聞いた鬼怒達が、自分達の艤装の方へと視線を向けたところ、そこには大幅な改修が加えられた為か、変わり果てた姿となった艤装が鎮座しており、それを目の当たりにした鬼怒達は、思わず驚愕しながらこの様な言葉をそれぞれ口にするのであった

 

そう、彼女達が指摘する通り、彼女達の艤装は英吉郎の手によって、未だ存在していないとされていた筈の改二改修が、それぞれ施されているのである

 

「姿形や性能が多少変わっておっても、動けば問題ないじゃろう。っとわしはちと汗を流してくるわい」

 

英吉郎は愕然とする鬼怒達に向かってそう言い放った後、ゆっくりと立ち上がるとふらつきながら工廠の入口に向かって歩いていき、そのまま工廠から出て行ってしまうのであった

 

そんな英吉郎の様子を見て、英吉郎の事が少々心配になると同時に、何か申し訳なさを感じた鬼怒達が、英吉郎の身に何があったのかについて議論していると……

 

「ふぅ~……、やっぱここのちゃんぽんは格別じゃのう……って、どうしたんじゃお前ら?」

 

食事を済ませた伊吹が工廠に戻って来た為、鬼怒達が英吉郎の事を知っていそうな伊吹に先程の英吉郎の事を話したところ……

 

「あぁ、それはアレじゃ、親方が能力を使った時の反動が原因じゃ」

 

伊吹は困った様な表情を浮かべながらそう言うと、鬼怒達に英吉郎の能力について話し始めるのであった

 

英吉郎は穏健派連合に加入した直後、長門屋鎮守府(張りぼて)から送られて来たゾア汁によって能力を使える様になっており、その能力は【世に出回っていない知識や技術で成されている物であったとしても、『知識』や『技術』の集合体とも言えるそれらの『概念』から設計図などを引っ張り出し、それ基に改造、改修、製作が可能になる】と言うものであった

 

そう、英吉郎は鬼怒達の艤装を修理する前にこの能力を使用し、最新の艦これの情報を持つ兼継がこの世界に持ち込んだ門外不出の『知識』の影響で出現した、鬼怒達の改二のデータを発見、そのデータを基に鬼怒達の艤装を改修してみせたのである

 

因みに伊吹達が剛用に作っていたパワードスーツ、ゼオライマースーツを強化改造しグレートゼオライマースーツにしてしまった時も、伊吹と戦治郎達の『知識』によって出現したグレートゼオライマーのデータを基にしたのだとか……

 

これだけ聞けばかなり有用な能力だと思われるが、如何やらこの能力は内容が強力な分、大きな反動があるらしいのである……

 

「何でも能力を使用しちょる間は、全身の神経と言う神経が、熱した刃物で刺された様な激痛を脳に伝えて来るっちゅう話じゃ。まぁそんなん我慢しながら作業しちょったら、脂汗で全身ベチョベチョになるじゃろうて」

 

伊吹の話を聞いて愕然とする鬼怒達が、英吉郎が作業をしていたであろう自分達の艤装の方を改めてよく見てみると、その周りの床に血痕がある事に気が付くのであった

 

恐らくこの血痕は、英吉郎が全身に走る激痛に耐える際、思いっきり歯を食いしばったり、工具を握る手を力一杯握り締めた為、歯茎や指の爪が作業用手袋を突き破って突き刺さった掌から出血し、それが滴り落ちた為に出来たものだと考えられる……

 

その事実に気が付いた鬼怒達が、心底申し訳なさそうな表情をして黙り込んでいると……

 

「そないな顔すんな、親方は技術者としての誇りの為に、自分に出来る事を全力でやっただけなんじゃ。じゃからお前らは親方が戻って来たら、親方に笑顔でお礼言っちょきゃええんじゃ。もしお前らがそないな表情しちょる事を親方が知ったら、『わしの仕事に不満があるんかっ!!!』って、鬼の形相で言われかねんぞ?」

 

伊吹はこの様な事を口にし、それを聞いた鬼怒達は思わずその光景を想像し、その表情を引き攣らせるのであった……

 

こうして鬼怒達が伊吹と話していると……

 

「いたいた、鬼怒ちゃん達、如何やらお迎えが来たみたいだよ?」

 

食堂で仕事をしていた璃栖瑠が姿を現し、鬼怒達に古鷹達が到着した事を伝え、それを聞いた鬼怒達は急いで英吉郎が改修してくれた艤装を装着し、古鷹達が待っていると言う要塞の入口へと駆け足で向かい、その道中でジガルデ10%フォルムと思わしき生物を連れ、生八つ橋で有名な和菓子の店名が入った紙袋を手にしたリコリス棲姫と話をする英吉郎を発見し、艤装を改修してくれた事に対してお礼を言った後、再び要塞の入口へと走り出すのであった



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永遠の眠りへと誘う珈琲の香り

「皆っ!!無事だったんだねっ!!」

 

英吉郎に艤装を修理してもらうだけでは留まらず、改二改修までしてもらった鬼怒達が、古鷹達が待つと言う要塞の入口に向かったところ、転生個体達に囲まれて不安そうな表情を浮かべていた古鷹型重巡洋艦の1番艦である古鷹が、彼女達の存在に気が付くなり、涙を浮かべながら駆け寄って来て、先頭に立っていた鬼怒に抱き着きながらこの様な事を口にするのであった

 

「古鷹さん……、心配させてしまって本当にすみませんでした……」

 

そんな古鷹の姿を見て、鬼怒が申し訳なさそうな表情を浮かべながら、古鷹に向かってそう言うと……

 

「心配してたのは古鷹だけじゃないんだよな~……」

 

「ホントだよ、鬼怒ちゃんが出した救難信号を受信した時、基地内全体の空気が凄い事になってたんだからね~……」

 

「まぁ、おかげで動揺してオロオロする古鷹の写真が沢山撮れたんですけどね」

 

古鷹と共に救援に駆け付けた古鷹型重巡洋艦の2番艦である加古と、青葉型重巡洋艦の2番艦である衣笠は、鬼怒達の無事を確認した事で緊張感が解けたのか、発する言葉とは裏腹に安堵の表情を浮かべており、一方で青葉型重巡洋艦の1番艦である青葉は、冗談めかす様にニシシと笑いながらこの様な事を口にするのであった

 

その後、古鷹達と無事に合流した鬼怒達は、これ以上基地の仲間達を心配させる訳にはいかないからと言って、海戦ちゃんぽん要塞を発とうとしていたのだが……

 

「う~ん……、その面子だと少々心許ないところがあるかな……?」

 

鬼怒達が要塞に背を向けて歩き出したところで、不意に璃栖瑠が不安そうな表情を浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた鬼怒達は思わずその足を止めてしまうのであった

 

事実、サミュに助けられた鬼怒達も、自分達の実力不足は嫌と言うほど痛感しているし、古鷹達も璃栖瑠の要請で態々迎えに来てくれた穏健派連合の艦隊の護衛がなければ、道中で遭遇してしまった転生個体……、ミッドウェーでの決戦の後、撤退中に仲間からはぐれてしまい、今の今まで南方海域を彷徨っていたアビス・コンダクターの一員であった1人の変態に襲われ、全員仲良く轟沈していたかもしれないと、穏健派連合の艦隊の戦いを見て、そう思っていたのである

 

故に

 

「よし、食堂の方は粗方捌けている事だし、僕が鬼怒ちゃん達の護衛に付こう」

 

もしかしたら無事に帰れないかもしれないと言う不安に押し潰されそうになり、その感情を表情にも出していた鬼怒達に向かって、璃栖瑠がこの様に申し出てくれた時には、内心で驚きと安堵感が綯交ぜとなった感情が湧き起こるのであった

 

と言っても、それはあくまで鬼怒達……、食堂で英吉郎や伊吹、璃栖瑠の事を聞いていた4人だけの事であり、まだ璃栖瑠の事を信用出来ていない古鷹達は、まだ少々不安げな様子であった……

 

只それも、璃栖瑠の実力を思い知るまでの間だけの事ではあるが……

 

 

 

それからしばらくして、ペーネロペースーツを装着した璃栖瑠と共にちゃんぽん要塞を発った鬼怒達は、その道中……、丁度サミュが鬼怒達と出会った場所で、やはりと言うべきか、恐ろしい数の強硬派深海棲艦の艦隊と遭遇してしまうのであった……

 

その数はサミュが戦った連合艦隊の実に6倍、72隻もの様々な深海棲艦達の姿があり、璃栖瑠の予想ではこの海域で消息を絶った連合艦隊を探す為に、リコリスの指示で派遣された大艦隊なのではないか?と言われていた

 

「これは不味いですねぇ……」

 

「気付かれない様注意しながら迂回する……?」

 

「いや、相手には空母もいるみたいだし、相当大回りで迂回しないと駄目じゃないか……?」

 

青葉、衣笠、加古の3人が、その大艦隊の存在に気付くなり、深刻そうな表情を浮かべながらこの様な事をそれぞれ言っていると……

 

「じゃあ僕がちょっと行って片付けて来るよ」

 

「えっ!?璃栖瑠さんっ?!」

 

突然璃栖瑠がこの様な事を言い出し、その発言に驚いた古鷹が慌てて璃栖瑠を制止しようと、そう叫びながら手を伸ばすのだが、悲しいかなその手は空を切り、璃栖瑠は単身その大艦隊に突っ込んで行くのであった

 

「……何かさ、鬼怒は似た様な場面を少し前に見た様な気がするんだ……」

 

そんな古鷹達のやり取りを見ていた鬼怒が、思わずこの様な言葉を零したところ、それに同意する様に白露達が無言で、静かに首を縦に振って見せるのであった……

 

さて、こうして単騎で大艦隊に突撃を仕掛けた璃栖瑠だが……、結果だけ言えば璃栖瑠の圧勝であった……

 

ペーネロペースーツで飛行する璃栖瑠は、鬼怒達がいる場所からある程度離れた所まで来ると、一気に加速して空気の壁を2枚ほどブチ抜き、その勢いのまま敵陣に突っ込むと、先ずはソニックブームで駆逐や軽巡を容易く消し飛ばして見せた

 

その後璃栖瑠はソニックブームを発生させる以外、特に攻撃らしい攻撃は行わず、深海棲艦達の意識を自分に集中させる為なのか、ただ只管敵陣の中を縦横無尽に飛び回るのだが、ここで深海棲艦達の方に変化が現れる

 

何と璃栖瑠とすれ違った深海棲艦達が、次々と安らかな表情を浮かべながら、海上に立ったまま眠り始めてしまったのである……

 

その一部始終を見ていた古鷹達が、一体何が起こったのか分からず困惑していると……

 

「香り高いコーヒーの香りに包まれながら、安らかに眠ると良い……」

 

深海棲艦達が全員眠ってしまったところで、璃栖瑠は飛び回るのを止め、深海棲艦達の頭上でホバリングしながら、それはそれは穏やかな声色でこの様な事を呟き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身の艤装の主砲の砲弾を、ペーネロペースーツに装備されたファンネルミサイルや両腕部に装着したビーム・ユニット内にあるメガ粒子砲を模した熱線砲が放つ熱線を、無防備に眠る深海棲艦達にこれでもかと言うくらいに叩き込むのであった

 

当然の事ながら、眠りこける深海棲艦達は回避も防御も行う事も出来ず、璃栖瑠のフルオープンアタックの直撃を受けて次々と沈んでいき、遂には誰一人残らず、綺麗さっぱり轟沈してしまうのであった

 

 

 

「ただいま」

 

「お、おかえりなさい……」

 

宣言通り単騎であの大艦隊をジェノサイドした璃栖瑠が、何事も無かったかの様に古鷹達の所に戻って来て、呆然とする古鷹達に向かってそう言うと、誰よりも早く我に返った古鷹が、その表情を引き攣らせながら応対する

 

その直後、古鷹の嗅覚が焙煎したコーヒー豆の様な香りを感知し、古鷹が無意識の内に匂いの出処を探る様、スンスンと鼻を鳴らしたところ……

 

「あぁ、この匂いはあまり嗅がない方がいいよ、この匂いは僕の能力によるものでね、嗅ぎ過ぎるとたちまち強烈な睡魔が襲って来て、さっきの深海棲艦達みたいに眠ってしまう事になっちゃうよ」

 

璃栖瑠はそう言って古鷹達に注意を促すのだが、時既に遅しと言うべきか、古鷹達はウトウトし始め、加古に至っては先程の深海棲艦達同様、立ったまま眠りこけていたのであった……

 

そう、先程の戦いの中で璃栖瑠が敵陣の中を飛び回っていたのは、この璃栖瑠が放つ心を安心感で満たして眠気を誘う香り、『ヒュプノス・アロマ』を撒き散らす為だったのである

 

「……戦闘前にちゃんと説明しておくべきだったかな?」

 

能力の持ち主である璃栖瑠以外の誰もが睡魔に負けて眠ってしまった中、璃栖瑠は申し訳なさそうにそう呟くのであった……

 

その後璃栖瑠は皆が起きるのを待った後に移動を再開し、古鷹達を日本近海まで無事に送り届けると、マッハ2と言う速度を叩き出しながら海戦ちゃんぽん要塞に帰投するのであった



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研修終了

南方海域で様々な出会いがあった翌日、戦治郎達は舞鶴鎮守府での研修を終え、江田島軍学校に帰る事となるのであった

 

「短い間でしたが、本当にありがとうございましたっ!」

 

舞鶴鎮守府の門の前にて、研修生の代表として戦治郎が見送りに来てくれた大淀大将や舞鶴鎮守府に所属する艦娘達に向かって、そう言いながらそれはそれは綺麗なお辞儀をしたところ、艦娘達からはパチパチと拍手が送られ、舞鶴の艦娘代表として雲龍が戦治郎の前に出ると、前もって準備してくれていたのか、花束を手渡して来るのであった

 

その後戦治郎達は改めて礼を言った後、舞鶴鎮守府の者達に見送られながら舞鶴鎮守府を発ち、広島行の新幹線に乗る為に京都駅へと向かうのであった

 

その道中にて、戦治郎達は舞鶴鎮守府に滞在している時の思い出について話していたのだが……

 

「何て言うか……、とても貴重な体験をしたのは確かなんだけど……、どの出来事も精神的にも肉体的にも非常に疲れる内容だったわね……」

 

「神話生物の話も驚いたが、俺の場合は戦治郎が転生個体だった事の方が、よっぽど衝撃的だったな……」

 

瑞鶴と毅にとっては、今回の滞在は予想外の出来事が非常に多く、実りはあったものの大変疲れるものとなった様である

 

「俺とか大淀との見合い持ち掛けられるわ、祖父さんと酷ぇルールで戦う羽目になるわ、後々絶対問題が発生するフラグが乱立するわで、精神が擦り切れそうになって今でも胃と頭が痛ぇよ……」

 

「提督……、大丈夫ですか……?」

 

そんな2人の発言に同意する様に、戦治郎は苦々しい表情を浮かべながらこの様な言葉を口にし、それを聞くなり大和が心配そうに尋ねて来るのであった。如何やら戦治郎にとっても、今回の滞在は厳しいものがあった様である

 

そうしている内に戦治郎達は京都駅に到着し、大和が予め予約してくれていた個室がある新幹線の到着を、駅のホームで待っていた

 

と、その時である

 

「あっ!瑞鶴達だっ!!」

 

戦治郎達の背後から聞き覚えのある声が聞こえ、一同が揃ってそちらへ視線を向けたところ……

 

「瑞鳳先輩っ!」

 

「おぉ、ズホも次の新幹線に席取ってたのか?」

 

「うんっ!少し早めに戻って、クラスの友達に渡す戦利品(同人誌)の整理をしようと思ってねっ!」

 

そこには戦治郎達と同じく江田島軍学校に通う、翔鶴の友人であり瑞鶴の先輩に当たる瑞鳳の姿があったのだった

 

そして彼女の存在に気が付いた瑞鶴と戦治郎が、瑞鳳に向かってこの様に尋ねたところ、瑞鳳は笑顔でこの様に返答して見せ、それを聞いた瑞鶴と毅は引き攣った表情を浮かべ、コミケに疎い大和は瑞鳳が言う戦利品の意味がイマイチ分からず、思わずキョトンとした表情を浮かべる中、戦治郎だけがまるで獲物を捕捉した猛禽類の様な、やたら鋭い眼差しを瑞鳳に向けるのであった……

 

その後、戦治郎の提案を受けて瑞鳳も戦治郎達と同じ個室で新幹線に乗る事となり、新幹線が到着するまでの間、まだ転生個体や神話生物について知らない彼女に配慮して、その辺りの話題を避けながら舞鶴鎮守府であった出来事について話していると……

 

「そう言えば、琵琶湖の方で行方不明事件が発生してたけど、舞鶴鎮守府の中に琵琶湖の近くに実家がある人っていたのかな?」

 

「あぁ~……、いたっちゃいたけど、そいつの実家には特に被害は無かったらしいな……」

 

不意に瑞鳳がグラグラの事件の事を話し始め、それを聞いた関係者一同は思わず苦笑いを浮かべる中、戦治郎が皆の代表として嘘で塗り固めた返事を返すのであった……

 

そうしている間に、戦治郎達が乗る予定となっている新幹線が駅のホームに到着し、それに気が付いた戦治郎達は各々の荷物を手に取ると、列の順番を守って新幹線に乗り込み、大和が予約してくれた個室へと向かうのであった

 

こうして個室に入った戦治郎達が、他愛もない雑談を興じていると……

 

「すまん、ちょっちヤニ補給~」

 

不意に戦治郎がそう言って席を立ち、個室に向かう途中にあった喫煙所に煙草を吸いに行く……

 

それからほんの少し時間が経過したところで

 

「ごめん、ちょっとトイレに……」

 

そう言って今度は瑞鳳が席を立ち、財布が入っているのだろうと思われるバッグを手に、個室から出て行くのであった……

 

この時、大和が何か嫌な予感を感じ取るのだが、それは恐らく戦治郎が傍にいない事から感じる不安のせいだとして、これは気のせいであると頭の中で処理するのであった……。尤もこの予感は、大和の感性を基準にするならば、ズバリ的中していたりするのだが……

 

 

 

 

 

「……来たか」

 

一服終えた戦治郎が喫煙所から出たところで、喫煙所の方へと向かって来る瑞鳳の存在に気付き、戦治郎は真剣な表情を浮かべながらこの様な事を呟く……

 

「お待たせ、本当は軍学校に着いてから渡そうと思ってたんだけど……」

 

「軍学校にいる間は、2人きりで会える時間が限られちまうからな……。そんな訳でこの偶然を利用しねぇ手はねぇ……っ!」

 

こうして喫煙所前で合流した戦治郎達はこの様なやり取りを交わした後、瑞鳳はバッグの中から数冊の成人向け同人誌を取り出し、戦治郎はそれを受け取った瞬間、思わずその頬を綻ばせるのであった

 

そう、瑞鳳が言った戦利品を渡す友人の中には、戦治郎の事も含まれていたのである……っ!!

 

戦治郎は瑞鳳がコミケに行くと聞いた時、すかさず横須賀にいる時から調べていた同人作家の同人誌の購入を依頼、軍資金もしっかりと彼女に手渡していたのである

 

因みに女性にエロ同人を買わせるのはどうなのか?と言う話になるが、コミケに参加するだけの事はあって、瑞鳳もその辺についてはある程度理解を示してくれている様で、戦治郎に頼まれた時は特に嫌がりもせずに引き受けたのだとか……

 

「……よ~しよしよしよしぃ!依頼してた奴は全部あるなっ!パーフェクトだズホッ!!っとこれは成功報酬だ、遠慮なく受け取り給えっ!!」

 

戦治郎は頼んでいたエロ同人が全部ある事を確認すると、そう言いながら腰部格納ボックスから、サラが横須賀に来た際に手に入れた艦載機の試作機の設計図から作り出した夜戦型艦上戦闘機F6F-5Nと、夜間作戦型艦上攻撃機TBM-3Dを取り出し、瑞鳳に手渡すのであった

 

「これって……、アメリカ軍の艦載機じゃないっ!?これってどうやって手に入れたのっ?!」

 

「そこは企業秘密って事で……、ってなっ!取り敢えず盗まれたら大事になるから、そいつらの存在は出来るだけ大っぴらにはせず、もしもって時にだけ使う様にしてくれよ?」

 

それらを受け取った瑞鳳は、思わず驚愕しながら戦治郎にこの様に尋ね、それを受けた戦治郎は自身の口元に人差し指を当てながらこの様に返答し、それを聞いた瑞鳳は、やや興奮気味に縦に何度も首を振って見せるのであった

 

尚、こうして戦治郎が手に入れたエロ同人は、長門屋鎮守府着任後に大和にその存在がバレ、これ以外にも購入していたエロDVDやエロゲ、エロ本などと一緒に焼かれる事になるのだが、この時の戦治郎はその事をまだ知らないでいたのであった……

 

その後戦治郎達が個室に戻ると

 

「2人共おかえり、そう言えば2人に聞いておきたい事があったんだけど……」

 

何やら考え込む毅を余所に、瑞鶴が戦治郎達に向かってこの様に尋ねて来て、それを聞いた戦治郎と瑞鳳が不思議そうな表情をうかべていると、瑞鶴は本題を切り出して来るのであった

 

「この休みの後に行われる予定の江田校祭だったっけ?それの出し物って提督科と軽空科はもう決めてたリするの?」

 

瑞鶴のこの言葉の直後、戦治郎も毅と同じ様に、渋い表情をしながら考え込み始めるのであった……




やり忘れていた璃栖瑠の能力の説明と、英吉郎の能力の名前公開をば……

英吉郎の能力名 『痛みの獅子』

詳細は能力名と同じタイトルの話で語っている為割愛

璃栖瑠の能力名 『ヒュプノス・アロマ』

フランス人のクォーターなのに英語の名前、理由は英語の方が周りに理解してもらい易いから

能力の内容は璃栖瑠の身体からコーヒーの様な匂いを発生させ、それを嗅いだ者を強制的に深い眠りにつかせると言うもの

これによって眠ってしまった対象は、殴った程度では目を覚まさず、どうしても起こしたい場合は悟の翠緑を使用するか、精神干渉系の能力や魔法で無理矢理起こすしか手段が無い

対象を即座に無力化、無防備な状態に出来る点は優秀ではあるが、衣服に匂いが残ってしまい、その匂いで味方も眠らせてしまうと言う問題点も抱えている

又、ガスマスクなどで匂いを防げば無効化出来る上に、強靭な精神を持つ相手が睡魔に打ち勝つ場合もある為、案外使い勝手が悪い能力だったりするかもしれない……


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江田校祭編
江田校祭と提督科の悩み


舞鶴鎮守府での研修を終えた戦治郎達は、新幹線で京都駅から広島駅に向かい、駅のホームで長門屋鎮守府(張りぼて)の見学を終え、博多駅から新幹線で広島に戻って来た磯風達と合流し、江田島軍学校にするなり戦利品の整理をすると言う瑞鳳と別れ、それと入れ替わる様に戦治郎達を出迎えに来てくれた鹿島と合流すると、各々の荷物を自室に片付けた後、戦治郎と大和の部屋に集合するのであった

 

そうして皆が各々に体験した休み中の出来事について話をしている時に、最後に戦治郎達の部屋にやって来た毅が、眉間に皺を寄せながら部屋に入って来るなり……

 

「戦治郎……、やっぱおめぇが言った通りになってたわ……」

 

「あちゃ~……、やっぱりか~……」

 

戦治郎に向かってこの様に言い放ち、それを聞いた戦治郎はこの様な事を口にしながら己の額をペチリと叩くのであった

 

「戦治郎さん、一体何の話をしているのでしょうか……?」

 

そのやり取りがどうも気になった浜風が、不思議そうな表情を浮かべながら戦治郎に向かってこの様に尋ねると、戦治郎はゆっくりと左右に顔を振りながら深い溜息を吐いた後……

 

「休み明けの提督候補生が、一体どれだけ残ってるかって話さ。んで、横須賀の燎から聞いた話や、俺が実際に提督候補生達の様子を見て予想していた事が、現実になっちまったみてぇなんだわ……」

 

「あぁ……、その事でしたか……」

 

苦々しい表情を浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた鹿島が困った様な表情を浮かべながら、呟く様にそう言うのであった……

 

そう、休み前でもかなり減っていた提督候補生達が、今回の休みによって厳しい訓練から解放された事に喜びを感じると共に、軍学校での生活を馬鹿らしく感じる様になってしまい、軍学校に戻る事を拒否する様に退学届を提出し、軍学校を去って行ったのである

 

「まあ大体が金と名誉と地位と女の為に、提督になろうとしてた様な連中ばっかだったからな……」

 

「提督だったら厳しい訓練は無いだろうと考えて、軽い気持ちで軍学校に入って見たら、普通なら考えられんくらいの訓練地獄が待っていて、理想と現実が乖離し過ぎてて絶望しているところに今回の休みだからな~……、逃げ出すには丁度良い機会だったんだろうよ」

 

荷物を置きに行った際、休み明けが近いにも関わらず、人気も無く完全に静まり返って寮の様子を実際に見て来た毅は、呆れた様子でこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎が毅同様情けないとばかりに再び溜息をつき、この様に言葉を続けるのであった

 

「それってさ、もしかして新幹線の中で私が江田校祭の話をした時、2人揃って唸り始めた事と関係あったりするの……?」

 

「「ありもあり、大有りなんだよなぁ……」」

 

そんな2人の様子を見ていた瑞鶴が、新幹線内での出来事をふと思い出し、2人に向かってこの様に尋ねてみたところ、戦治郎と毅は口を揃えてこの様に答えるのであった……

 

提督候補生達が大量に辞めてしまった事と江田校祭……、この2つにどの様な関係性があるのかについて、鹿島と大和以外の艦娘達が不思議そうに小首を傾げていると、戦治郎が相変わらず眉間に皺を寄せながら、不思議がる彼女達に分かり易く自分達が悩んでいる理由について説明し始めるのであった

 

戦治郎が言うには、江田校祭は江田島軍学校の関係者と地域住民が、この行事を通して交流する事で互いの理解を深め、それと同時に地域住民からの軍に対しての信用と信頼を獲得しようと言う目的で開催されているものなのだそうだ

 

そしてその内容は、簡単に言ってしまえば軍の公開演習に高校の文化祭の要素を取り込んだ様なものとなっており、軍学校はこの日に限って一般公開され、来場者達は生徒達が展開する出店を楽しみつつ、各艦種から選抜された艦娘候補生達の演習を、実際に身近で見る事が出来る様になっているのだそうな

 

因みに戦治郎が江田校祭の事を知っている理由は、言うまでもなく過去に別の軍学校で似た様なイベントを実際に経験した事がある燎や大和から、この事を事前に聞いていたからである

 

「んで、今年の江田校祭みたいな軍学校主催のイベントは、横須賀の乱で失ってしまった日本帝国海軍の信用信頼を取り戻す為に、軍からもある程度資金を援助するから、大いに盛り上げる様にと各軍学校にお達しが来てるんだわ」

 

「何で戦治郎さんがそないな事知っちょるん?普通そないな情報は、軍学校関係者内にしか……」

 

「そりゃおめぇ、俺のダチの中には元帥の補佐官やってる奴がいるんだべ?それ以外にも、俺達が横須賀鎮守府に居候している間、ここで教官する事になってる大和や綾波も近くにいた訳だ、当然教官をする大和達にもこの通知は来ている訳だから、自然と俺の耳にもその情報が入って来るってモンよ」

 

「そもそも、その通知が記載された書類は、提督になる為の修行の一環として、元帥や源中将の手伝いをしていた提督が作成されたものですから……」

 

少し話が逸れ、そもそも江田校祭が開催される理由についてと、大本営から軍学校に向けて通達があった事について戦治郎が語ったところで、この情報をどうして戦治郎が持っているのか不思議に思った浦風が、ふと戦治郎に向かってこの様に尋ねてみると、戦治郎はどこか誇らしげに胸を張ってこの様に答え、その直後に件の書類作成を手伝っていた大和が、苦笑しながらこの様な事を口にするのであった

 

その後戦治郎は話を本題に戻す為、1度咳払いをした後にこの様な事を口にする

 

「さて、軍から江田校祭を盛り上げる様に通達が来ている訳だから、当然軍学校もそれに従って生徒達や教官達にもこの話をして、このイベントを盛り上げようとする。んで、教官達は演習を成功させる為に、参加するメンバーを会議なんかで厳選してイベントを盛り上げようとするよな?じゃあ俺達候補生達は、どうやってイベントを盛り上げようとする?」

 

「順当に考えれば、出店やステージなどでの出し物か……?」

 

戦治郎がこの部屋にいる者達全員に向かって、この様に問い掛けたところ、少し考え込んだ後磯風がこの様に答え、それを聞いた戦治郎は磯風の答えを肯定する様に静かに頷き返した後、この様に言葉を続ける……

 

「Exactly~、では更に続けて聞くが、それらをやる為に必要なものってな~んだ?」

 

戦治郎の言葉を聞いた艦娘候補生達は、一瞬怪訝そうな表情を浮かべるのだが、これまでの話の流れを思い出し、何かに気が付いたのかハッとしながら戦治郎の方へと視線を向け……

 

「鹿島、今残ってる提督候補生の数って分かるか?」

 

皆の視線が集まっている事を確認した戦治郎は、この中でこの江田島軍学校の現在の生徒数を知っていそうな鹿島に向かってこの様に尋ね……

 

「非常に言いにくいんですけど……、今この江田島軍学校の提督科に在籍しているのは、此処にいる戦治郎さんと京候補生、三原候補生と宮島候補生、そして弘前候補生の5人だけで、それ以外の方は皆、休み期間中に郵送で退学届を送って来ました……」

 

戦治郎に尋ねられた鹿島が、非常に申し訳なさそうな顔をしながらこの様に答えると、この部屋にいる艦娘候補生全員が、その衝撃的過ぎる返答に思わず言葉を失ってしまい……

 

「何をやるにしても超重要な人材と言うものが、今の提督科には全然無い状態になっている事は分かってもらえたか……?」

 

「このままじゃ俺達提督科は、碌な出し物も出来ずに江田校祭に参加する羽目になりそうなんだよ……」

 

「因みに出し物が出せない場合、提督科は大本営からの通達を履行出来なかった罰として、来場客の立ち入りが出来ない施設で自習をする事になるそうです……」

 

その直後に戦治郎と毅、そして戦治郎と共に江田校祭を回りたいと考えている大和が、それはそれは暗い表情をしながら、この様な言葉を口にするのであった……



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出し物どうしよう?

提督科の生徒達の大量脱落が発覚した翌々日、大本営からの通達を生徒達に伝える事が中心となった全校朝礼を終えた戦治郎達は、教室に戻るなり担任である香取の許可を取り、早速江田校祭での出し物を何にするかについて話し合いを始めたのだが……

 

「三原……、紅葉……、お前ら本気で言ってるのか……?」

 

「当然だ」

 

「ええ」

 

戦治郎と毅が中心となって少人数でも出来そうな出し物について意見を出し合い、その様子を傍観していた三原と紅葉に対して戦治郎が意見を求めたところ、2人は別に自習でも構わないと言い出し、これまで真剣に話し合いをしていた戦治郎は、2人の言葉が自身の聞き間違いである事を祈りながら、眉間に皺を寄せながら、絞り出す様な声で2人に向かって尋ねると、2人は戦治郎の言葉を肯定する様に、頷きながらこの様に返答するのであった

 

これには毅と勉も驚き、2人に向かって理由を聞いてみたところ……

 

「出し物で稼いだお金は、軍資金として全額軍の懐に入るって話でしょ?私達が折角頑張って稼いだお金が、一銭も私達の手元に残らないとか明らかにおかしいでしょ?そんなんだったら、私は軍の為に江田校祭に参加する義理を感じない、提督科は自習でいいと思っているわ」

 

「そ、そうか……」

 

「紅葉さん……、ちょっと落ち着いて下さい……」

 

紅葉は殺意にも似たオーラを放ち散らかしながら、地を這う様な低い声でこの様に返答し、その気迫に気圧されした毅と勉は、紅葉の金銭に対しての執着心に驚きつつも、思わず後退りしながら各々に返事を返すのであった

 

(紅葉の奴の金への執着心が、休み前よりパワーアップしてやがんな……。確かに紅葉の言い分は俺もある程度理解出来るんだが、だからってそれが江田校祭をボイコットしていい理由にはならねぇんだよな……。今回の通達も実質軍からの命令なんだから、軍学卒業後は軍に所属する事になる俺達は、出された命令は基本従わなきゃいけねぇ立場になる……。まあ俺達長門屋は独立部隊として動けるところがあっから、ある程度の命令無視は許容されるんだが、紅葉の場合はそうはいかねぇんだよな……。つか、こいつの金銭への執着心は一体何が原因だ……?これはちょっち調べておく必要がありそうだな……)

 

紅葉の話を聞いた戦治郎が、顎に手を当ててこの様な事を考えていると……

 

「僕はこの江田校祭そのものの存在意義に疑問を感じている。態々軍機漏洩のリスクを背負いながら、民間人を軍が保有する敷地内に入れて交流を図る必要があるのだろうか?それ以外にも民間人の中に、今の世界情勢を全く理解しようとせず、深海棲艦相手に通用するはずもない憲法9条を掲げ、戦争反対と喚き散らす輩が紛れ込み、軍学校内の様子を撮影した写真を利用して、自分達の主観ででっち上げた軍の悪評をSNSなどで拡散したり、最悪施設に破壊工作を仕掛けて来る可能性も考えられる。そんな危険性を孕んだイベントを、やる必要があると思うか?」

 

「お前の言い分をまとめると、提督科の自習は軍に対して江田校祭などのイベントは不要である事を訴える為の手段って事か?」

 

「そう言う事になる、まあ……、他に言う事があるとするならば、戦場に出る気も無い様な民間人は、一々軍に意見せずに黙って僕達に守られていろ、と言ったところだな」

 

(う~ん……、こいつ引っ叩きたい!こいつは軍を運営する為に必要な金が、一体何処から出ているのか分かってんのか?国民の税金じゃろがいっ!確かにこいつの言い分も分かる、実際空達の話では長門屋鎮守府建設予定地も、三原が言う様な連中に火ぃ放たれそうになったし、桂島の一件で明るみになった、エデンが人間社会に紛れ込んでいる事実から、奴らが何かしらの方法で潜入して来る可能性もありやがるからな……。だが、だからって民間人の信用信頼をないがしろにしてたら、民間人が税金を出し渋る様になって、軍が資金難に陥ってまともに機能しなくなるじゃろがいっ!よっし、紅葉の素性調査ついでにこいつの素性調査もして、こいつの根性叩き直してやらぁっ!!)

 

今度は三原がこの様な事を言い出し、それを聞いた戦治郎は一旦思考を中断し、三原に向かってこの様に尋ねる。すると三原はこの様な返事をして来た為、戦治郎は内心では怒りに震えながらこの様な事を叫び、紅葉と三原の素性調査を行う事を決意するのであった

 

その後、三原と紅葉は香取の制止を無視して教室を出て行き、残された戦治郎、毅、勉の3人は、気を取り直して出し物についての話し合いを再開するのであった

 

因みに勉はイベントに対しては肯定的で、過去にいじめを受けて周囲から孤立していた事もあってか、提督科の生徒皆で協力してこのイベントを成功させたいと考えているのだそうな……

 

「さて……、三原と紅葉が江田校祭をボイコットすると言う事で、俺達3人で出し物をやらなきゃいけなくなっちまった訳だが……」

 

「人数が絶望的過ぎやしないか……?流石に3人じゃ碌な出し物やれねぇだろ……」

 

「こういう時、公開資料作りが出来たら良かったんだけど……」

 

「情報漏洩防止と遊び惚ける生徒を出さない様にする為に、禁止されてるんだよなぁ……」

 

三原と紅葉の離脱によって、更なる窮地に追いやられた戦治郎達は、溜息交じりにこの様なやり取りを交わし、頭を抱えながらこの状況を打開する為の案を出し合う……

 

そして……

 

「こうなったら……、最終手段だ……っ!!」

 

粗方案を出し終えて、どの出し物も3人では実行するのが難しいと判断し、3人で途方に暮れていると、戦治郎が意を決した様な表情を浮かべながら立ち上がり、この様な言葉を言い放つ

 

「何か良い事思いついたのか?」

 

最早考える事を苦痛に思っていた毅が、ゲンナリしながら戦治郎に向かってこの様に尋ねると……

 

「確かライブとか演劇とかする為の、特設ステージがあっただろ?あそこの使用許可を貰って来てくれれば、多分何とか出来るかもしれんっ!」

 

毅の問いに対して戦治郎はこの様に答え、戦治郎の秘策が一体何なのか、全く予想出来ない2人が不思議そうな表情を浮かべていると、戦治郎は少々困った様な表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「これ、俺ばっか目立つ事になっから、出来ればやりたくなかったんだが……、こうなったら仕方がねぇって事で……、長門 戦治郎、久方振りに舞いますっ!!」

 

「「……舞う?」」

 

「応、おめぇらには話してなかったと思うんだが、実は俺な、日本舞踊の段位持ちなんだわ。俺の祖母さんが日本舞踊の師範やっててな、ガキの頃に祖母さんの舞を見て興味持って、武術の道場通う傍らで祖母さんから指導してもらってたら、気付いた時には俺も師範の資格取っちゃってたんだわ」

 

「はあああぁぁぁーーーっ!?!」

 

「えぇーーーっ?!戦治郎さんが日本舞踊っ!!?」

 

戦治郎の言葉によって更に疑問が深まった2人に対して、戦治郎は2人には今まで伝えていなかった事実を告げ、普段の戦治郎の言動からは全く想像出来ない様な、あまりにも意外過ぎる戦治郎の特技に、思わず2人は驚愕の声を上げるのであった

 

こうして、たった3人だけでの参加となった提督科の出し物は、戦治郎による日本舞踊に決定し、毅は照明を、勉は音響を担当する事になるのであった

 

因みにどうして戦治郎が、日本舞踊をやっていた事を黙っていたのかと言うと……

 

「これ以外にも、祖母さんには華道や茶道、書道も教えてもらってたんだけどなぁ、奏姉の影響でやってたピアノと合わせて、小学生の頃にこの事を公表したところ、クラスの男子達から女子みたいな事やっててキモいなんて言われちまってな、んでそれ聞いた空がブチギレて大暴れ、大事になっちまったから、それ以降は出来るだけこの事は公表しない事にしたんだわ……」

 

戦治郎は何処か彼方を見つめる様な、遠い目をしながらこの様に語ったのだとか……



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呉の三原

提督科の出し物が戦治郎の日本舞踊に決まった後、戦治郎は勉に特設ステージの使用許可の申請を頼み、その間に自分は当日に着る衣装を注文したいからと言って、教室を後にするのであった

 

因みにだが、大本営から各軍学校のイベントを盛り上げる様にとの通達があった関係で、全ての軍学校はイベントが終わるまでの間は授業を中止し、それによって出来た時間を全てイベントの準備に使う様指示を出している為、戦治郎達の行動は江田校祭の準備の為と言っておきさえすれば、教官を始めとする軍学校の関係者から咎められる事もない様である

 

こうして教室を出た戦治郎は、今日の段階では特にやる事も無く、手持無沙汰になってしまった毅と共に自室へと向かい、いつも携行している格納ボックスからタブレットを取り出すと、自室にあるテーブルの上にタブレットを置いて、誰かと通話し始めるのであった

 

「なぁ戦治郎、一体誰と通話するんだ?」

 

「あぁ、俺の仲間の中に司って言う衣類系にドチャクソ強い奴がいて、そいつに当日使用する着物を作ってもらおうと思ってな」

 

「お前の仲間って、ホントバリエーション豊かだよな……」

 

その様子を見ていた毅が、不思議そうな表情をしながらタブレットの前に着席する戦治郎に尋ねると、戦治郎は何気無しと言った様子でこの様に返答し、それを聞いた毅は思わず苦笑しながらこの様な言葉を口にするのであった

 

その後、司と通信が繋がると戦治郎は着物の柄や色などを細かく指定しながら注文し、その間毅はやたら自分の事を持ち上げまくりながら話す司にドン引きしながら、そのやり取りを静かに見守り……

 

「そんじゃ宛先は大和にしておいてくれ、んで誰が見ても恥ずかしくない様な、しっかりしたモン仕上げてくれよ?んじゃな~」

 

『アイアイボス~、モストアイルティメットスプリームイケメンなこの俺様が、ボスの魅力を悪魔的に……、いんや、鬼神的に爆上げしちゃったりしちゃう衣装を仕立てちゃったりしちゃいますから、大戦艦に乗ったつもりで期待してて下さいってね~』

 

戦治郎がそう言って通信を切った後、すぐさま別の誰かに通信を繋げるところを見て、これまた不思議そうな表情をしていると……

 

「取り敢えず三原の方は護に、紅葉の方はイオッチに任せるか……」

 

通信が繋がるまでの間に戦治郎がこの様な事を呟いた為、毅は戦治郎が今何をしようとしているのかを察し、その様子を黙って見守る事にするのであった

 

そして……

 

『ハイハ~イ、現在取り込み中の護に代わって、ワイがお相手するンゴ~』

 

「イオッチか、取り込み中って護は何やってんだ?」

 

『絶賛ネトゲ中ンゴ、最近ワイ達のチームにACEって奴が加入したンゴ。んで、今日は互いの親睦を深めようって事で、交代制で3vs3型式のFPSやってるンゴ。因みにワイはついさっき護と交代したばかりンゴ』

 

「よしイオッチ、今すぐ護のPCの電源落とせ」

 

『お、鬼がいるンゴ……、流石にそれは止めてあげて欲しいンゴ……』

 

戦治郎のタブレットの画面にイオッチの姿が映り、戦治郎はイオッチとこの様なやり取りを交わした後、イオッチに三原と紅葉の素性調査を依頼し、それを聞いたイオッチは報酬として翔特製ピザとLLサイズのコーラのセットを要求、戦治郎がそれを了承するとイオッチはその音声データを記録した後、手が空いている事もあるのか早速調査を開始するのであった

 

「あいつらが抱えている問題も解決してやろうってか?ホントお前はお人よしなんだな……」

 

「あいつらの為って言うよりも、今後の俺の為ってのが中心だがな。舞鶴で話したから分かると思うんだが、こっちは大量に味方が欲しい状況なんだ。だからあいつらに少しでも恩を売って、こっち側に引き込もうって寸法なんだわ。まあそれ以上に、俺があいつらがあんな態度を取る理由が気になるってのもあんだけどな。っとぉ、もう調べ終わったのか……」

 

イオッチが情報収集を開始した直後、毅は呆れた様子で戦治郎に向かってこの様な事を言い、それに対して戦治郎がこの様に返答したと同時に、イオッチからデータが送られてきて、その仕事の早さには流石の戦治郎も驚き、思わずそう呟くのであった

 

さて、そうして送られて来たデータに、戦治郎と毅は目を通していくのだが……

 

「これはまぁ……、三原が民間人に対してあんな言い方すんのも、何か納得しちまうわ……」

 

「流石にこれはねぇわ……、おめぇら一体誰のおかげで呉に住んでいられると思ってんだよ……」

 

データを読み進めて行くに連れて、戦治郎と毅の表情は苦々しいものへと変わっていき、2人は口々にこの様な言葉を口にするのであった……

 

イオッチから送られて来たデータによると、如何やら三原は現呉鎮守府の提督を務める三原提督の1人息子の様で、母親は三原が小さい頃に中々家に帰ってこない夫に嫌気が差し、三原提督と離婚するなりすぐに男を作り、三原を残して男の実家の方へ行ってしまったのだとか……

 

こうして父子家庭となった三原は、呉鎮守府の提督と言う立場上、仕事が忙しく中々家に帰ってはこないものの、偶に帰って来た時は最大限の愛情を三原に注いでくれた父を尊敬する様になり、そんな父の様な提督になる為に努力を重ね、この江田島軍学校に入学した様である

 

そんな三原親子に、無情にも悲運が襲い掛かる……、深海棲艦の大規模な艦隊が、呉鎮守府に襲撃を仕掛けて来たのである……

 

これにより呉鎮守府は甚大な被害を被る事になり、戦力の補充と鎮守府の復旧が急がれる状況に陥ってしまい、何とかこの戦いで生き延びる事に成功した三原提督は、今まで以上に仕事に追われる様になり、これまで以上に家に帰れなくなってしまうのであった……

 

そしてここからが問題である……

 

呉鎮守府襲撃によって呉市民の不安が高まる中、その事を聞きつけた他県の戦争反対派が大挙して呉市に押し寄せ、軍に対しての大規模な抗議活動を開始し、それにより煽動された呉市民も抗議活動に参加するようになったのである……

 

しかもそのメンバーの中には、かつて三原親子を捨てた母親と、母親の新しい男の姿もあり、あろう事か男の方に関しては、この抗議活動の首謀者だったのだとか……

 

その抗議活動の内容には呉鎮守府の復旧の妨害、復旧中の設備の破壊などもあり、これによって呉鎮守府の復旧は大幅に遅れ、今でもまだ呉鎮守府は復旧が完了しておらず、更にその影響は今現在のラバウル基地やショートランド泊地の復旧の遅延や、長門屋鎮守府建設に人手を割けなくなったと言った形で出ているのだとか……

 

こうして戦争反対派の相手もせざるを得なくなった三原提督は、精神的ストレスによって病を患ってしまい、遂には執務中に意識を失って病院に緊急搬送される事態となり、その後も自分の代わりになる様な優秀な人材が今の海軍にいない関係で、投薬しながら提督業を続行しているのだそうな……

 

そんな弱り切った父の姿を見た三原は、自分が父の代わりになる為にと、提督になる決意を一層固めると同時に、自身が尊敬してやまない父を此処まで追いやった、口先ばかりが達者で、軍に守られていると言う事実から目を背け、この戦争が如何いったものであるかも知ろうともしない民間人に対して、嫌悪と憎悪の念を抱く様になってしまったのだそうな……

 

『民間人はこんなアホばっかじゃなく、ピザの配達員の兄ちゃんみたいなまともな奴もいると言うのに……。三原とか言う奴の中では全部ごっちゃになっていそうンゴ』

 

「このアホ共……、何で態々他県から遠路遥々やって来て、こんな馬鹿みたいな事やってんだよ……?しかも三原の母ちゃんまで抗議活動してるとか……、提督やってる旦那に構ってもらえなかったモンだから、その元凶となった軍に噛み付くってか……?こいつ本物の馬鹿だろ……?」

 

「多分元帥のクソ爺は報告を受けていながらも、三原の父ちゃんならこの問題もすぐに捌けるって、このくらいの病気なら耐えられるって判断したんだろうな~……。あの脳みそお花畑爺……、こう言う時こそおめぇが出しゃばる時だろうがよぉ……」

 

三原のデータを読み終えた戦治郎達と、データを集める際に内容に目を通していたイオッチは、それぞれこの様な事を口にした後、それはそれは深い溜息を吐くのであった……



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誰が為の金

「三原の問題を解決するには、ちょっち時間と準備が必要そうだな……。多分、江田校祭までに解決するのは無理かもしんねぇ……」

 

「だろうな……、いくらお前でも、この問題は早々解決出来ねぇだろうよ……」

 

「民間人が関わってるってのが、厄介な点なんだよなぁ……。まあ神話生物やアタマおかしい転生個体の相手するよりゃ、よっぽど楽だと思うけどな。って事で取り敢えず三原の件は後回し!次は紅葉いくぞぉっ!」

 

三原が民間人に対して明らかな敵意を露わにする理由を、イオッチが集めてくれた情報から知った戦治郎達は、この様なやり取りを交わした後、取り敢えず三原の件は後回しにし、紅葉の金銭に対しての執着心の原因について纏められたデータに目を通し始めるのであった

 

結論から言えば紅葉の金への執着は、故郷にいる家族の為である事が主な理由であった

 

彼女の父はその昔、彼女の地元で小さな会社を経営していたそうなのだが、その会社は海軍や艦娘とは殆ど縁の無い商品を取り扱っていた事が原因で、今も尚加熱し続ける艦娘ブームに乗る事も出来ず、艦娘や提督に憧れて軍学校や軍に入る為に退職しようとする従業員を引き留める事も出来ず、結果として会社は人手不足と売り上げ不振から、倒産してしまったのだそうな……

 

そして会社が倒産した事によるショックと、会社を何とか存続する為に抱えた莫大な借金を苦に、紅葉の父は入水自殺でこの世を去ってしまったのだとか……

 

その後、遺された紅葉の家族達は父が遺した莫大な借金を返済する為に、何とか互いを助け合いながら細々と生活をしていたのだが、日頃の無理が祟ってしまい、生活費を稼いでいた紅葉の母が病に倒れ、父を追う様にして亡くなってしまったのである……

 

これだけで話が済めばまだ良かったのだが、残念ながらそうはいかなかった。宮島家は近所でも有名なくらいに子沢山で、紅葉の上には兄と姉が1人ずつ、下にはまだまだ幼い弟が3人、妹が2人もいたのである……

 

これまでは母が生活費を稼ぎ、兄が借金の返済を、姉が紅葉を含む下の子供達の学費を稼ぐ形で、宮島家の生活は何とか成り立っていたのだが、母が亡くなった事でこの大所帯の生活費を確保する事が難しくなってしまったのだ……

 

この事態を重く見た紅葉を含む上3人の兄妹達は、親戚を交えて話し合いを行い、小さい兄弟達を親戚に預けて学費を肩代わりしてもらう代わりに、兄はこれまで通りに借金の返済に集中し、姉は小さい兄弟達の生活費を送ると言う約束を交わすのであった

 

只、これでも問題があった。兄の稼ぎでは利子分を払うのが精一杯で、中々本体である借金が減らないのである……

 

このままでは駄目だ……、現状を見てそう思った紅葉は、現在艦娘の次に収入が多いとされる提督になり、自分達を苦しめる借金を兄の代わりに完済し、姉の代わりに兄弟達の生活費を稼ごうと決意し、提督になる為に通う必要がある軍学校の学費を調べ上げ、予め軍学校の学費を準備する為に、高校生になったばかりでありながら、学生バイトを始めるのであった

 

さて、何故紅葉は現在最も収入が多い艦娘になろうと考えなかったのだろうか?その答えは単純なもので、彼女には艦娘の適性が無かったのである……。故に彼女は艦娘ではなく、提督になる道を選んだのである……

 

「あああぁぁぁーーーっ!!!おあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

「うぉっ!?ビクったぁっ!!」

 

ここまでデータを読み進めたところで、突如として戦治郎が非常に悔しそうな表情をうかべながら、その悔しさを紛らわす様に咆哮を上げ、テーブルをカチ割らんばかりの勢いで叩き、戦治郎の咆哮とテーブルを叩く音に驚いた毅は、1度身体をビクリと震わせた後、何事かと慌てて戦治郎の方へと視線を向ける

 

「なして俺に相談しなかったんだよっ!!紅葉の父ちゃんはよぉっ!!!商売の話なら幾らでも親身になって聞いてたぞこの野郎っ!!!何ならウチの祖父さんに相談しても良かったっ!!!長門流経営術の開祖の祖父さんなら、零細企業を巨大財閥にだって出来るってのによぉっ!!!」

 

「いや、データにある日付見た限り、それは幾ら何でも無理だろ……。この日付、前に言ってたお前がこの世界に来た日よりかなり前なんだからよぉ……」

 

尚も今更過ぎる事を吼え続ける戦治郎に対して、毅はガックリと肩を落とし、呆れた様子でこの様なツッコミを入れるのであった

 

その後、何とか戦治郎が落ち着きを取り戻したところで、2人は紅葉の事で話し合いを始める

 

「紅葉の件は、なるべく早急に解決したいところだな……。もし紅葉が今のまま提督になっちまえば、金目的で横流しやら何やらやっちまう様な提督になっちまう……。そうなると軍の評価を落とす羽目になって三原の件も悪化、最悪剛さん達の手を煩わせる事になっちまいそうだ……」

 

「剛さんってのは、お前の仲間か?」

 

「そそ、ブラ鎮に制裁を加えるお仕事もする、ウチの鎮守府の特警隊の隊長さん」

 

「……最悪、紅葉がその人の手に掛かる可能性があるのか……?」

 

「ホント最悪の場合は、だけどな。まあ、俺がそんな事させねぇさ」

 

このやり取りの後、何か策を練っているのか、難しそうな表情を浮かべる戦治郎の言葉を聞いた毅は、同期の仲間が同期を始末する展開が発生せずに済みそうな事に安堵の息を吐くのであった

 

「さてさて……、紅葉の意識改革の方法だが……、こりゃちょっち荒療治する必要があっかな~……?」

 

先程のやり取りからしばらく経ったところで、ある程度考えがまとまった戦治郎が、苦々しい表情を浮かべ、後頭部をポリポリと掻きながらこの様な事を口にする

 

戦治郎の口から出た荒療治と言う単語に、少々嫌な予感を感じて眉を顰める毅が、荒療治の内容について戦治郎に尋ねると……

 

「さっき言ってた剛さんに協力してもらって、紅葉に今の自分の未来の姿と、その結末を見てもらうって感じだな。まあ、多分動くのは剛さんじゃなくて通と艦娘達になるだろうけどな……」

 

戦治郎は苦笑しながらこの様に答え、その返答を聞いた毅は思わず不思議そうな表情をするのであった

 

そんな毅に対して、戦治郎が剛が水母棲姫の転生個体である事を告げると、毅は納得したのか小刻みに首を縦に振りながら苦笑するのであった

 

そう、剛は下半身の形状が特殊な水母棲姫である為、変装で正体を隠す事が非常に難しく、もしこの戦治郎の企みの中で剛の正体が紅葉にバレてしまえば、剛が戦治郎の仲間である事から、流れで戦治郎の正体もバレてしまう可能性が非常に高まり、現状まだ正体を隠しておきたい戦治郎に、不都合が生じてしまうかもしれないのである

 

「これは俺がリスクを背負う事になっちまうが、俺達の戦力になってくれそうな紅葉をむざむざ失う様な事はしたくないし、何より腐り切った紅葉の姿とか、あいつの兄弟達は見たくないだろうから、やる価値はあると思うんだわ」

 

「お前がそう言うなら別にいいんだが……、その紅葉に見せる現場はどうするんだ?」

 

「それについては……、そこにピザ臭いロトムがおるじゃろ?」

 

戦治郎の言葉に対して、毅がこの様な疑問をぶつけると、戦治郎はこの様な事を言いながらタブレットの右側に視線を向け、毅がそれに倣ってそちらに視線を向けると、そこにはそれはそれは美味しそうにピザを頬張るロトム……、いつの間にかこちらにやって来ていたイオッチの姿があったのであった……

 

この後、戦治郎から追加注文と追加報酬を貰ったイオッチは、即座にターゲットとなるブラック拠点を調べ上げ、その情報を得た戦治郎はすぐにその拠点と接触する方法を考え、剛にこの事をお願いする為に通信を入れるのであった



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機材を借りに行こう(建前)

三原と紅葉の素性調査から数日後、戦治郎と毅は土日を利用して勉と紅葉を連れて、倉橋島の端にあると言う海軍基地に向かっていた

 

話によるとその海軍基地は、横須賀の乱で低下した海軍と艦娘の信用信頼を取り戻すと言う名目で、本調子ではない呉鎮守府の代わりに近海の警護をするだけではなく、地域のイベントなどに積極的に艦娘を派遣したり、地元のテレビ局やラジオ局の番組に艦娘を出演させるだけでは留まらず、基地内にインターネット放送用の設備を有し、そこから艦娘達が作った番組を放送しているのだとか……

 

そんな基地に何故戦治郎達が向かっているのかと言えば、戦治郎達が提督科の出し物を決定し、特設ステージの使用許可を貰った段階で、江田島軍学校が持っていたステージなどで使用する機材の貸し出しの受付が、希望者が多過ぎたが為に終了してしまっていたのである……

 

これでは流石に不味い……、そう思った戦治郎が情報を漁りに漁った結果、この海軍基地の存在に気付き、この鎮守府ならば使わなくなった古い機材があるかもしれないと思い、藁にも縋る思いで連絡を入れてみたところ、戦治郎の予感がドンピシャで的中、丁度古くなって使わなくなり、そろそろ処分しようとしていたインターネット放送用の機材がある事が判明し、戦治郎達はそれを譲り受ける為に、軍学校が保有する車を1台借りてその基地に向かっているのである

 

機材がこの基地にあると分かったところで、戦治郎は提督科の面々にこの事を話し、機材の運び出しの手伝いをお願いしたのだが、毅と勉からは了承を得る事に成功するものの、三原からはキッパリと断られ、紅葉からも断られそうになるのであったが……

 

「手伝ってくれたら出す物出す」

 

戦治郎のこの一言によって紅葉の心は揺れ動き……

 

「額は言い値でいいぞ」

 

戦治郎からの追撃の一言によって、表面上は渋々と言った様子なのだが、内面では吹っかける気満々で、それはそれはウッキウキで戦治郎の頼みを了承するのであった

 

因みに紅葉が提示した額は前金20万+30万の合計50万……、金額を聞くや否や毅と勉は紅葉の貪欲さに思わずドン引きしていたのだが、その大金を払う立場にある戦治郎は、笑顔でポンッ!と20万を紅葉に渡し、毅達を大いに驚かせるのであった

 

尚この後、毅が戦治郎の懐事情を心配して、件の基地に向かう前に本当に20万をそんな簡単に渡していいのかと尋ねてみたところ……

 

「危険手当って考えたら、これでも安い方だな。これからあいつにはおっかない目にあってもらうんだからな……。勉に関しては……、こっちの事情話せる様になった時にでも、ごめんなさいしとくかね……」

 

戦治郎は言葉の前半ではニヤリと笑いながら、後半にはその不敵な笑みを苦笑いに変えながら、この様に返答するのであった……

 

そう、これまで長々と話していた事は、全て紅葉に対しての荒療治の為に、戦治郎が仕込んだものだったのである

 

件の海軍基地に関しては、確かに上記の様な活動をしてはいるのだが、その資金は資源の横流しで得た物から成されており、更には番組出演の為に一部の艦娘と結託し、番組関係者が指名した艦娘を罠に嵌め、それを脅迫材料にして枕営業を強要している事が、護とイオッチの調査で判明しているのである

 

この事は剛だけではなく、元帥や剣持の方にも伝えられており、戦治郎は元帥からこの基地の提督の身柄を拘束する様命令を受け、そこから剛に陸軍と協力して基地の制圧と提督及び提督に協力する艦娘を捕まえる様に指示を出したのである

 

此処まで書けば分かると思うが、戦治郎が思いついた荒療治とは、紅葉に実際に悪徳提督が憲兵と特警隊に拘束されるところを見せ、紅葉から悪行に走る気を完全に削ごうと言うものなのである

 

この計画で戦治郎の助けになったのが、機材の貸し出し受付終了の知らせであった

 

戦治郎がこの計画の為に、どうやってこの基地に接触しようかと考えているところに、勉からこの知らせを受けた戦治郎は、すぐさまその基地と接触する方法を思い付き、古い機材がある事を心の中で盛大に祈ったのだそうな……

 

さて、こうして問題の基地と接触する事に成功した戦治郎は、基地に到着するとまずは機材を車に積み込み、作業が終わったところで……

 

「そう言えば、提督さんは私にインターンシップのお誘いの手紙を送っていましたね。あの時は舞鶴鎮守府からもお誘いがあり、嬉しさのあまり思わずそちらの方へと行ってしまったのですが……、もしよろしければなのですが、私の見聞を広げる為に、提督さんのお話も聞かせてもらえませんか?」

 

戦治郎が件の基地の提督に向かってこの様な事を言い、それを聞いた提督はそれを快諾し、どうせだからと毅達も執務室に招き入れ、自分の基地の自慢話を展開するのであった

 

(よくもまあ、きったねぇ金でやってるドス黒い事を、そんな得意げに話せるモンだなぁ……。こいつはよぉ……)

 

(うっわぁ……、こうはなりたくねぇなぁ……)

 

提督の話を聞いている中、この提督の悪行を知る戦治郎と毅が、内心で苛立ちながらこの様な事を呟いているその時である

 

「提督、提督との面会を希望している艦娘が、2名ほど来ていらっしゃるのですが……」

 

「面会希望?そんな予定は確か無かったはず……」

 

執務室の外で待機していた秘書艦と思わしき艦娘が、執務室に入って来てこの様な事を言い、それを聞いた提督が不思議そうな表情を浮かべていると……

 

「よいしょーっ!」

 

この声と共に執務室の扉が蹴破られ、偶々扉の前にいた秘書艦らしき艦娘は、蹴破られた扉と扉付近の壁に勢いよく挟まれ、その衝撃で気絶してしまうのであった……

 

「貴方がこの基地の提督さんですか……?」

 

突然の出来事に勉と紅葉が騒めく中、先程とは別の声が執務室の入口の方から聞こえ、誰もがそちらに視線を向けると……

 

「な……っ!?元二水戦の神通……っ?!」

 

「私もいるんだけどな~……、まあ、神通は有名だったから仕方ないか~……」

 

そこには長門屋に所属する神通と川内の姿があり、神通の姿を見た提督は驚愕しながら、掠れた声でこの様な言葉を口から放ち、それを聞いた川内がそう言ってぶぅ垂れるのであった

 

「お前……、確か退役したはずでは……?」

 

「訳あって、帝国海軍に復帰する事になったのですよ……」

 

神通が後遺症が原因で退役していた事を知っていた提督が、呟く様にこの様な言葉を口にしたところ、間髪入れずに神通がこの様に返答し……

 

「そんな事よりさ~、提督さん?私達が付けてるこの腕章、何だか分かる?」

 

直後に川内がそう言いながら、自身の腕に付けた腕章を提督に見せると、提督の顔色がみるみる内に青く……、いや、それすら通り越して土気色になっていく……

 

川内と神通が付ける腕章に腕章に描かれているのは、『PUNISHER(断罪者)』の文字を恐ろしい表情で咥えた狼の頭部……。特警隊が設立された際、剛がイメージしたものを元に、戦治郎がデザインした特警隊のエンブレムなのであった

 

「元帥から貴方の身柄を拘束する様、命令が下っています。こちらがその旨が書かれた逮捕状です」

 

神通が凛とした表情で、その表情の下に怒りの炎を燃やしながら、そう言って逮捕状を提督に見せると、提督は慌てた様子で執務机の方へと駆け寄り、机の下に設置しておいた警報のスイッチをオンにするのであった

 

こうして基地中に警報が鳴り響き、基地内が騒然とする中……

 

「えっ!?えぇっ?!一体何がどうなってるのっ?!!」

 

「何コレっ?!怖い怖い怖いってっ!!」

 

事態がいまいち掴めていない紅葉と勉は、混乱の極致に至り激しく動揺するのだが……

 

「なぁ……、こっからどうなるんだ……?」

 

「めっちゃ派手な戦闘が始まる」

 

「俺達、無事に帰れるのか……?」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

事情を知る毅と戦治郎は、混乱する2人に気付かれない様にこの様なやり取りを交わした後、混乱する2人を連れて安全な場所へと移動するのであった

 

戦治郎達がそんな事をしている間に、恐らく提督とグルであると思われる艦娘達が執務室になだれ込み、神通と川内と戦闘を開始するのだが……

 

『提督っ!大変ですっ!!この基地の上空に、未確認飛行物体が現れましたっ!!!』

 

執務室の一角にある無線機から、この基地の艦娘からの通信が入った直後、大きな複数の爆発音と共に、基地全体が激しく揺れ動くのであった……

 

(おっ!剛さんの方もおっ始めたんかな?)

 

心の中でそう呟く戦治郎が、執務室の窓から空の方へと視線を向けると、そこには艶消しの黒と濃いグレーと濃い紺色で塗装された、両手にプラズマカッターを携えた1体のΞガンダムが存在していたのであった……



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断罪の群狼

神通と川内が執務室に乗り込むより前の事である

 

数日前に戦治郎から協力要請を受けた剛は、護達から基地に関する情報を貰った後、特警隊に所属するメンバーを集めて作戦会議を行い、話が纏まるとそれに備えてしっかりと準備を整え、戦治郎が基地に向かう日が来ると、瑞穂と戦治郎から許可を得て連れ出した大五郎と共に、長門屋鎮守府(張りぼて)から海路で南下し、四国の南にある土佐湾に陣を構えるのであった

 

「さて……、そろそろ予定時刻になると思うのだけれど……」

 

瑞穂が放った艦載機達が、周囲を警戒する様に剛達の頭上を飛び交う中、剛は自身の左腕に付けた腕時計を眺めながらこの様に呟く。するとまるでタイミングを見計らったかの様に……

 

『剛さん、先程神通さん達が基地の正門を通過しました』

 

別動隊として神通達と共に陸路で基地に向かった不知火から、この様な通信が入って来るのであった

 

「分かったわ不知火ちゃん、それじゃあこちらも手筈通りに、派手に始めちゃいましょうか♪っと言う訳で大五郎ちゃん、Ξの準備をお願いするわ」

 

「分かっただぁよ~」

 

不知火からの通信を受けてから大して間も空けず、剛が大五郎に向かってそう言うと、大五郎は返事をするなりすぐさまハコを展開、中から以前伊吹から譲り受けたΞガンダムが姿を現すのであった

 

只このΞガンダム、受け取った時とは配色がガラリと変わっており、白かった部分は濃いグレーに、青かった部分は艶消しの黒に、そして赤かった部分は濃い紺色と言った具合に、明らかに夜戦を意識した様な、闇に溶け込める配色に塗り替えられていたのであった

 

さて、どうして今回の基地制圧戦に剛はΞガンダムを投入したのか……、それは剛の身体の構造上、変装で正体を隠す事が難しい事が関係してくる

 

以前アフリカ大陸の西部を陸路で移動した際、剛はスカート丈の長いドレスを着用し、下半身の艤装の隠蔽を図った訳だが、これが通用したのはあくまでもアフリカ大陸の西部での深海棲艦の活動があまり活発ではなく、鬼や姫が派遣されていなかった関係で、アフリカ西部の住民達が深海棲艦=イロハ級と言う印象を持っており、戦治郎達を見ても深海棲艦だと思いもしなかったからである

 

なので今回の襲撃対象が深海棲艦との交戦経験が豊富で、鬼や姫に関するデータがある程度揃っている日本帝国海軍の1拠点である事から、剛はドレスでの変装ではすぐに正体がバレてしまうだろうと考え、自分の代わりに口の部分にスピーカーを搭載したΞガンダムを投入する事にしたのである

 

こうして投入されたΞガンダムは、準備が整うとスラスターに火を入れて宙に浮き始め、ある程度高度を確保したところで、瑞穂が追加で発艦した水戦や剛が発艦した水爆達を引き連れ、戦治郎達がいる基地へと一直線に飛翔し始めるのであった

 

「Ξガンダムだったかしら?それが今発艦したわ~。すぐに目的地に到着すると思うから、それまで陽炎ちゃん達は待ってて頂戴ね~」

 

『了解、しっかしまさかペーガソスのデビュー戦の相手が、同じ日本帝国海軍の人間だなんてねぇ……』

 

『それは僕のキュクロープスも同じさ。でも彼等を野放しにしていれば、いつかは僕達を脅かす存在になる可能性がある……。そんな事にならない様に、僕達は彼等と戦わなくちゃいけないんだ』

 

『それも分かってるわよ、桂島の提督みたいな奴らを見過ごせるほど、私も寛容じゃないからね』

 

陣から飛び立ったΞの後ろ姿を見送った剛が、今回の作戦に参加する特警隊のメンバーである陽炎と時雨に対して、Ξガンダムが基地に向かった事を伝えたところ、陽炎がどこか複雑な気分が籠った声色で返事をし、それを聞いた時雨がやや真剣な口調でこの様な言葉を口にすると、陽炎はこの様に返答するのであった

 

その直後である

 

『今神通さん達が提督と接触、逮捕状を見せたところ、この件に関わってると思わしき艦娘達が、必死の形相で神通さん達を取り押さえようと戦闘を開始しました』

 

基地内の何処かに潜伏する不知火から、この様な内容の通信が入って来るのであった

 

神通達と共に基地に進入した……、そう、元帥が発行した書類を用いて基地内に正規の手続きを行って進入した不知火は、護が集めてくれた基地の情報から選出された狙撃ポイントから、神通達の様子をスコープ越しに観察しており、動きがあればこの様にすぐさま剛に連絡を入れているのである

 

「あらあら……、神通ちゃん達の実力を見抜けないお馬鹿ちゃんばかりなのかしら……?そんなんじゃぁ、神通ちゃん達と一緒に執務室に侵入した通ちゃんを、発見する事は出来ないでしょうね~……」

 

「恐らく通さんの姿を捕捉するよりも前に、通さんに意識を刈り取られてしまうでしょうね……」

 

「間違いないわね……、っと、Ξガンダムが目的地に到着したわ。それじゃあいくわよ~♪」

 

不知火の報告を受けた剛が、相手の艦娘達の行動に思わず呆れながらこの様な事を零すと、隣で剛の言葉を聞いた瑞穂がそれに同意する様に呟き、それを聞いた剛が苦笑しながらこの様に返事をした直後、Ξガンダムが基地上空に到達し、それを感知した剛はそう言うと艦載機を操る要領でΞガンダムに攻撃指示を出し、それを受けたΞガンダムはビームサーベルを模したプラズマカッターを両手に持ちながら、背部のバックパックからファンネルミサイルを射出、剛の思うがままに飛翔するファンネルミサイル達は基地の至る所に着弾し、轟音と爆炎を辺りに撒き散らす……

 

偶々外にいた事で、Ξガンダムの存在に気が付いた艦娘の報告よって発された警報に従い、迎撃の為に外に出たところで、Ξガンダムが攻撃を開始した様子を目撃した基地の艦娘達は、未知の人型の飛行物体が突然飛来し未知の攻撃を繰り出して来た事に激しく動揺してしまい、それはそれは大混乱に陥ってしまうのであった……

 

そんな中、なんとか混乱する艦娘達を落ち着かせようと、声を張り上げる艦娘がいたのだが……

 

「この娘は確か……、提督に協力している艦娘達のリーダーだったわね……。丁度いいところに立っている様だし、ちょっと驚かせてあげましょ♪」

 

剛はΞガンダムのメインカメラ越しに件の艦娘の顔を確認すると、ニヤリと笑いながらΞガンダムに指示を出し、彼女を掠める様にΞガンダムの両腕部と両脚部に取り付けられたミサイルランチャーからミサイルを発射し、彼女の後方にミサイル群を着弾させると、その爆風で彼女を豪快に吹き飛ばすと共に、着弾点に大穴を開けるのであった

 

こうして吹き飛ばされた艦娘が、何とか起き上がり体勢を立て直そうとしたその時、先程剛が開けた大穴の中から機械の駆動音と共に……

 

『さぁて……、戦闘開始よっ!!!』

 

「ぽいぽいぽーーーいっ!!!」

 

「よっしゃぁっ!!!一丁派手にやってやンぜぇっ!!!」

 

「お前らっ!!はしゃぎ過ぎて被弾とかするなよっ!?」

 

『時雨……、いくよ……っ!!』

 

件の艦娘には聞き覚えの無い声が聞こえ、思わず彼女がその声がしたと思われる大穴の方へ視線を向けると、大穴から5つの影が飛び出して来るのであった

 

そう、大穴から飛び出して来たのは10本の主砲を装備したペーガソスを駆る陽炎に、今回の作戦の為に一旦カタパルトを外したキュクロープスを駆る時雨、そして彼女達に随伴していた夕立、江風、木曾の5人、彼女達も神通達と同じく、特警隊のメンバーとしてこの作戦に参加しているのである

 

彼女達がどうやって地下に潜伏していたのかと言えば、この鎮圧戦が行われる事が決定した段階で、空の命令によってエイブラムスがこの基地の地下に潜伏用の空間を作っており、作戦当日に彼女達はエイブラムスに案内されながらこの空間に向かい、剛の攻撃で空間の上部に穴を開いた事を合図に、そこから飛び出して強襲を仕掛ける手筈になっていたのである

 

これにより基地の艦娘達はより一層混乱状態に陥り、その隙を突く形で陽炎達も攻撃を開始、陽炎はペーガソスの主砲に装填された特殊砲弾……、妖精さん達が特警隊の為に開発した『ノームジェル弾』と言うトリモチの様に粘着性のあるジェル状の物体を内包しており、着弾と同時に辺りにジェルを撒き散らし、そのジェルで相手を捕獲すると言う砲弾を辺りにばら撒き、時雨は暴徒鎮圧用のゴム弾が装填された主砲と機関砲で、次々と基地の艦娘達を昏睡させていく……

 

その合間を縫う様にして夕立は空仕込みの体術で、木曾は戦治郎仕込みの剣術で艦娘達の意識を刈り取っていき、状況をようやく理解してこの場から逃げ出そうとする艦娘達に対しては……

 

「悪いねぇ、あンた達には後から来る陸軍の憲兵さン達の事情聴取を受けてもらわなきゃなンねぇから、逃がす訳にはいかねぇンだよっ!!!」

 

「幾ら混乱しているとは言え……、仲間を見捨てて相手に背中を見せて逃走を図るのは、流石に感心出来ませんね……」

 

混戦時において相手に自分の存在を気付かせない様にしつつ接近し、速やかに相手を仕留める方法を通から教え込まれていた江風と、自分の居場所を相手に特定されない様にする為に、護が開発したワイヤーなどを駆使して基地内の狙撃ポイントを転々としつつ、相手を次々と狙撃していく不知火が襲い掛かるのであった

 

こうして特警隊の艦娘達が基地の敷地内で暴れる中、上空でも戦闘が繰り広げられていた……

 

一部の基地の空母艦娘達が、次々と仲間達を倒していく陽炎達に対して、艦載機を発艦して攻撃を仕掛けようとしたのだが……

 

『あらあら、アタシをスルーするつもりぃ?』

 

それを剛が見過ごす訳もなく、剛が操るΞガンダムは陽炎達に襲い掛かろうとする艦載機達に強襲を仕掛け、その手に持ったプラズマカッターで、頭部に搭載された機関銃で、更にはミサイルランチャーやファンネルミサイルまで駆使して、基地の空母艦娘達の艦載機群を次々と撃墜していくのであった

 

これにより空母艦娘達は、陽炎達よりもΞガンダムの方が脅威であると認識を改め、Ξガンダムにその矛先を向けるのだが……

 

「貴女方がその様な手に出る事は、既に想定済みです……っ!」

 

空母艦娘達の艦載機が連携してΞガンダムに襲い掛かるものの、それを見越して発艦されていた瑞穂の水戦達が一斉に彼女達の艦載機に襲い掛かり、基地の空母艦娘達の航空隊は、剛と瑞穂の連携によって瞬く間の内に壊滅に追い込まれてしまうのであった……

 

そうしている間に、剛が発艦していた水爆達が陽炎達が暴れている場所の上空に到達、それに気付いた夕立と江風はすぐさまそこから距離を取る様にして退避し始め、木曾は陽炎のペーガソスの中に退避する……

 

「皆退避したわね?それじゃあ……、投下っ!!」

 

夕立達が退避した事を確認した剛は、そう言うとΞガンダムを操作しつつ水爆達に指示を出し、その指示を受けた水爆達は今回の作戦の為に準備された暴徒鎮圧用ガス弾を投下し始め、そのガスを吸った艦娘達はあっという間にバタバタと倒れていき、海上を移動中に剛が呼んでいた憲兵達が到着するまでの間、彼女達は楽しい楽しい夢の世界を満喫する事となるのであった……

 

こうして剛達によって基地の外に誘き出された艦娘達は、剛達の目論見通りに一網打尽にされ、後に【群狼隊】の異名で恐れられる事となる、長門屋鎮守府の特警隊の実力を示す礎となってしまうのであった……



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隠形鬼の真骨頂

外で剛達が基地の艦娘達相手に大立ち回りをしている中、執務室の方はどうなっていたのかと言えば……

 

「おぉ~、盛大にやってんねぇっ!!」

 

「地下からの攻撃とか、普通はまぁ想定しねぇよな……。それ見た基地の艦娘達が、皆動揺して動けなくなってやがる……」

 

戦治郎の腕力を用いる事で、先程まで自分達が座っていたソファーを盾にしつつ、神通達から最も離れた場所である窓際まで移動した戦治郎と毅は、外の様子を覗き込む様にして窓から眺めながらこの様なやり取りを交わしていた

 

一方、先程執務室に入って来た神通達の方はと言うと……

 

「よっとぉっ!!」

 

自分達に向かって飛び掛かって来る艦娘を上手い具合にいなし、それによって出来た隙を突く様にして、川内が掛け声と共に相手の艦娘を投げ飛ばし、床に叩きつけられた艦娘が苦悶の声を上げるよりも早く、川内は戦闘が開始してからすぐに腰から引き抜いたスタンバトンの先端を倒れた基地の艦娘の首筋に押し付け、その電気ショックで彼女の意識を奪い去ってしまう

 

その傍らでは……

 

「ふっ!!」

 

神通が自分に掴みかかろうとして来た艦娘の片腕を左手で取り、自身の方へと引き寄せて相手の体勢を崩しつつ、その勢いに乗せて相手の鳩尾に自身の右肘を突き立て、肘打ちをモロに受けた相手が苦し気に前のめりになったところで、神通はすかさず一本背負いの要領で相手を投げ飛ばしていたのであった

 

如何やら格闘スキルに関しては、基地の艦娘達よりも神通達の方が上手の様で、執務室に突入して来た時には十数人はいた基地の艦娘達も、その半分は神通達の手によって気絶させられていたのであった

 

恐らく彼女達はこの数で2人しかいない神通達を取り囲み、艤装の砲を向ければきっと大人しくなるだろうと思っていたのだろう、突入当初は余裕あり気にニヤニヤと笑みを浮かべていたのだが、いざ戦いが始まれば神通達に圧倒されてしまい、今の彼女達の表情には焦燥感がベットリと張り付いていたのであった

 

ここで基地の艦娘達のミスを挙げるとするならば、神通達の実力を見誤った事、屋内戦用の装備の準備や屋内戦を想定した格闘技術を身に付けていなかった事、大人数で狭い室内に突入し戦闘を開始すればどうなるかを想定していなかった事だろうか……

 

実際、彼女達は戦いが始まるや否や、艦娘でありながら格闘戦を仕掛けて来た2人に動揺し、仲間が数名やられてしまったところで我に返り攻撃を仕掛けようとしたのだが、艤装に取り付けられた兵装の威力がモチーフとなった兵装のものと遜色ない事を思い出し、もしそれをこの執務室内で使用しようものならば、自分達の金蔓である提督まで巻き込んでしまう可能性に思い至り、自分達の唯一の武器である艤装の不使用を余儀なくされてしまい、更には大人数で狭い執務室に突入してしまった事で、仲間を自分の攻撃に巻き込まない様にしようとした結果、碌に身動きが取れない状態になってしまい、そこを神通達に付け込まれてしまったのである

 

こうして神通達に徐々に追い詰められていく基地の艦娘達だが、彼女達の中にはどうしても不可解と思う点が1つだけあった……

 

そう、神通達の実力云々は兎も角として、彼女達はたった2人しかいないにも関わらず、通常では有り得ない速度で自分達を打ち負かしているのである……。基地の艦娘達はこの点が気になって仕方が無いのである……

 

そんな事を考えている間に、川内が身軽な動きで仲間の1人に飛びつき、両脚で首をギリギリと絞めつけて仲間の1人の意識を刈り取り、その場に倒れ込みそうになる仲間の身体を、プロレス技のフランケンシュタイナーの要領で投げ飛ばそうとしていた為、それに巻き込まれない様退避しようとしたのだが……

 

不意に誰かに背中を強く押され、驚きつつも背中を押した犯人の顔を確認する為にそちらに視線を向けるのだが……

 

(誰もいない……っ!?)

 

彼女の視線の先には、既に神通達にやられ倒れ伏せる基地の艦娘達の姿しかなく、信じ難い事実を目の当たりにした事と、押された時の力が思った以上に強かった事が合わさり、彼女は踏み止まる事も出来ずに川内のフランケンシュタイナーに巻き込まれ、その衝撃で気絶してしまうのであった……

 

「さて、こっちは終わったよ?」

 

「こちらも全員鎮圧しました。では提督……、その身柄を拘束させてもらいます」

 

これにより執務室に突入した艦娘達は、全員が神通達にやられてしまい、残るは提督だけとなり、川内と神通がこの様なやり取りを交わした後、その身柄を拘束するべく提督の方へとツカツカと歩み寄っていくのだが……

 

「くそっ!!!」

 

提督は捕まってたまるかとばかりに、懐に忍ばせておいた自動拳銃を引き抜き、戦治郎達がいる窓際の方へと走り出すのであった。如何やら提督は、戦治郎達提督候補生の誰かを人質に取り、逃走しようと目論んでいる様である……

 

それに気付いた神通と川内が急いで駆け出し、戦治郎もソファーから飛び出して提督を迎え撃とうと構えを取るのだが……

 

「グガッ?!」

 

その次の瞬間、何者かの手によって足を掬われた様にして、提督はその勢いのまま前のめりになって倒れそうになり、提督は拳銃を投げ捨てて受け身を取るべく両手を床に叩きつけようとするのだが、それよりも早く提督の頭が床に穴が開く程の勢いで叩きつけられ、提督は完全に沈黙してしまうのであった……

 

「え……、えぇ……?」

 

「おい……、一体何が起こったんだ……?」

 

ソファーの裏から頭だけを出し、その様子を見ていた紅葉と毅が、信じられないとばかりに呆然としながらこの様に呟く中……

 

「さっすが副隊長、カッコよく決めてくれたね~」

 

「ありがとうございます、通さん……」

 

川内はニヤニヤしながら、神通は何処か申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ピクピクと痙攣する提督の方へそれぞれこの様な言葉を発するのであった。因みに勉は精神的ショックのあまり、ソファーの裏で気絶していたりする……

 

その直後である

 

「神通さんは私の手を煩わせない様頑張っていた様ですけど、私も特警隊の副隊長としてこの任務に就いているのですから、何もしないまま帰る訳にはいきません。なのでその様な顔をしないで下さい」

 

この言葉と共に突如として提督の頭を押え込む黒衣が姿を現し、紅葉と毅は突然姿を現した黒衣に驚愕、言葉を失い黙り込んでしまうのであった

 

そう、この黒衣の正体は、剛から特警隊の副隊長に任命された通なのである。彼は今回の任務に参加するにあたって、普段つけている仮面を外し、歌舞伎などの裏方である黒衣に変装し、姿を隠して常に神通達から離れず行動を共にしていたのである

 

そして戦闘が始まった時、通は姿を隠したまま神通達のサポートを行っており、基地の艦娘達の減りが早かった原因も、先程基地の艦娘を川内のフランケンシュタイナーの巻き添えにした犯人も、全てこの姿を隠した通だったのである

 

(あれが最近通が体得したって言う、『光遁の術』って奴か……。光の屈折率を変えて姿を隠す……、MGSのステルス迷彩みたいなモンを忍術で使える様になったって剛さんから聞いてたが……、マジで姿を視認出来なかったな……。まぁ通が纏う微弱な剣気や闘気のおかげで、ギリギリ俺は通を感知出来たが……、これまたおっかねぇ術を体得したモンだなぁ……)

 

そんな中、今回の話を剛にした際、剛から聞かされていた通の新しい忍術の話を思い出しながら、戦治郎は内心でこの様に呟いていた

 

尤も、この光遁の術と言うのは通のでっち上げであり、この技の正体はダークネスの力を一時的に借りる事で、他者から見える自分の姿をダークネスの闇で包み隠し、誰にも自分の姿を視認出来ない様にすると言う、この世の中ではダークネスの相棒である通にしか出来ない芸当となっていたりする……

 

尚、闘気や剣気に関しては、神通達への識別信号代わりにする為、敢えて闇での隠蔽はせず、最低限に抑えつつ放っていた模様……

 

こうして提督は通の手により手錠をかけられ、これを以て基地の制圧が完了、それから間もなくして剛の通報を受けた憲兵隊が基地に到着し、提督の身柄は憲兵達に渡され、残った艦娘達と提督候補生である戦治郎達は、事件への関連性を調べる為、事情聴取を受ける事となるのであった



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事情聴取と協力者

剛達特警隊による基地鎮圧が終了してから間もなくして、陸軍の海田市駐屯地から派遣された憲兵隊が基地に到着、提督の身柄の受け渡しや関係者に対しての事情聴取、証拠品の押収などが直ちに行われ、基地内は騒然となるのであった

 

この事情聴取によって、提督と協力していた艦娘達も連行され、提督達に脅迫されてこの件を口止めさせられていた艦娘達や、マスメディア関係者相手に枕営業を強要された艦娘達は、メンタルケアの為に専用の施設へと送られ、特に脅迫などをされた訳でも無いにも関わらず、この件を知っていながら通報などの対処をしていなかった艦娘達に対しては、憲兵隊から厳重注意が行われる事となるのであった

 

「提督が問題を起こしちまったら、罪の重さに関わらず、こんだけの騒動になっちまうモンなんだな~」

 

「拠点の責任者が問題を起こせば、事件との関連性を調査する為に、拠点に所属する艦娘にまで捜査の手が伸びる……。まあ当然と言えば当然か……」

 

「提督1人拘束する為に、あれだけ激しい戦闘が起きるの……?それはちょっと勘弁して欲しいなぁ……」

 

「幾ら何でもあれはやり過ぎでしょ……、てかあの特警隊とか言うの、あれは海軍所属なんでしょ?何で陸戦用装備があんなに充実してるのよ……、普通に考えたらおかしいでしょうが……」

 

提督が通に拘束された後、憲兵隊による執務室内の捜査の邪魔にならない様にする為に基地の中庭まで移動した戦治郎達は、慌ただしく動き回る憲兵隊の様子を見守りながら、各々に感想を口にするのであった

 

その直後である

 

「憲兵隊も特警隊も、基本拠点内にいる提督とかを相手にするんだから、必然的に屋内でも使える陸戦用装備が充実してくるってモンよ」

 

紅葉が特警隊の武装についての疑問を口にしたところで、戦治郎達の背後から声が聞こえ、戦治郎以外の3人が突然聞こえた声に驚き、思わずそちらに視線を向けたところ、そこには少尉である事を示す階級章を襟に付けた憲兵が1人立っていた

 

「それに今日の逮捕劇を実際に見ていたら分かるだろ?提督が命令を下せば、事情を知ってる艦娘も、そうでない艦娘も命令に従って抵抗してくる。艦娘の艤装に搭載された兵装の強力さについては、候補生であるお前達の方が俺達なんかよりよっぽど詳しいだろ?その辺も考慮すりゃ、特警隊の戦闘はやり過ぎとはとても言えねぇよ」

 

斧原(おのはら)さんじゃん、お疲れ様で~す」

 

「その声は長門さんか……、横須賀で顔を合わせて以来ですね……」

 

件の憲兵がこの様に言葉を続けたところで、ようやく振り返った戦治郎が憲兵に向かって気さくに声を掛け、戦治郎に斧原と呼ばれた憲兵は誰にも気付かれないレベルで、極々微細に表情を引き攣らせながら、若干震えた声でこの様に返事をするのであった

 

「戦治郎、この憲兵さんと知り合いなのか?」

 

「応、この人は斧原さんって言って、俺が横須賀にいる時に友人に紹介されたんだわ。まさかこんなとこで会うなんてな~」

 

2人のやり取りを見て、思わず毅が不思議そうな顔をしながら疑問を口にすると、戦治郎はあっけらかんとした様子でこの様に返答するのであった

 

この戦治郎の返答を聞いた毅は、舞鶴で戦治郎自身から聞いた彼の友好関係の事を思い出し、戦治郎が友人と言った人物が現陸軍元帥大将である剣持の事であると察すると、斧原が声を震わせた理由に納得すると同時に、彼に対して同情の念を抱くのであった……

 

それもそうだろう、戦治郎の話によれば今の陸軍である程度の立場にいる者は、皆剣持を通して戦治郎達の事を知っている訳だ。そんな国の命運を左右する様な人物が、自分達の組織のトップと仲が良いと言う人物が目の前にいれば、誰だって緊張もするし、戦治郎の強さも知っているのならば、何かしらの不手際が原因となって戦治郎の機嫌を損ね、その矛先を向けられた時に感じる恐怖感も、それはそれは凄まじいものとなる事だろう……。故に毅は斧原に同情の念を抱いたのである……

 

「それで、斧原さんは俺達に何か用事が?」

 

「えぇ、現場にいたからと言う理由で、長門さん達にも事情聴取を受けてもらわなくてはいけないのですよ……」

 

その後、戦治郎が自分達に接触して来た斧原に対してこの様に尋ねると、今の尚戦治郎と対面している事でモリモリと精神をすり減らす斧原は、精神の擦り切れ具合と比例してその顔色を悪くしながら、戦治郎の問いに対してこの様に返答するのであった

 

「あぁ~……、なら俺の事情聴取は斧原さん……、君に決めたっ!!って事でよろぴく~☆」

 

「あ……、はい……」

 

こうして自分の事情聴取の担当者に斧原を指名した戦治郎は、彼の肩に腕を回しながら、基地の本庁内の部屋を利用して設置された取り調べ室へと向かうのであった

 

「……何であの斧原って人は、戦治郎の存在に気付くなり憔悴していってんの……?」

 

「さぁ……?」

 

(戦治郎の正体知らねぇ奴からしたら、斧原さんの精神的疲労は想像出来ねぇだろうな……。俺だってあいつがイギリスやドイツやアメリカの軍や、穏健派深海棲艦の組織、果ては神話生物の国家や組織のトップと友達だって知った時は、精神的に死ぬかと思っちまったからなぁ……)

 

そんな戦治郎達の背中を見送りながら、紅葉と勉は心底不思議そうにこの様なやり取りを交わし、そのやり取りを傍から聞いていた毅は、戦治郎に自身の正体などについて知らされた時の事を思い出しながら、内心でその表情を引き攣らせながらこの様な事を呟いていたのであった

 

 

 

「さぁ~てぇ、今から事情聴取をする訳なんだが……、斧原さんや、いつまでそんな辛気臭い顔してんだ?」

 

「剣持閣下の友人であると言う貴方を前にして、緊張しない陸軍の者なんて早々いませんから……」

 

「んも~、そんなんそこまで気にする事じゃねぇだろ?つか俺が此処にいる事は、作戦開始前に聞かされてたはずだろ?ってそんな事より今は調書のでっち上げが最優先じゃろがい。ってな訳ではよ気持ち切り替えて!ほらハリーハリー!!さっき俺達に声かけて来た時くらいの調子でやるZO!!」

 

取り調べ室に入り、対面する形で席に着いた戦治郎と斧原は、この様なやり取りを交わした後、前日から特警隊と憲兵隊+戦治郎で行われた打ち合わせの際に、予め準備しておいたカバーストーリーに実際現場で起こった出来事などを散りばめていきながら、調書を完成させるのであった

 

如何して戦治郎達がこの様な事をしているのかと言えば、そもそもこの基地制圧戦は、提督の罪状は兎も角、派手な戦闘と襲撃する拠点を何処にするかに関しては戦治郎によって仕込まれたものであり、それを馬鹿正直に調書に書く訳にはいかないからである。尚、この調書の偽造、陸軍と海軍の両方のトップから許可を得ていたりする

 

 

 

さて、戦治郎達が調書の偽造工作を行っている頃、基地の制圧に成功した通達はどうしているかと言うと……

 

「久しぶりの拠点制圧戦でしたね……、前にやったのは何時くらいだったでしょうか……?」

 

「剛さんと共に陸軍の駐屯地を襲撃したメンバー以外の方は、本当に久しぶりの事でしょうね……」

 

「陽炎と時雨の場合、あれがある意味デビュー戦だね」

 

「お二人の戦車のおかげで、外の方は予定以上の早さで鎮圧が出来た様ですね」

 

基地の敷地内にて、陸路でこの基地に来ていた通、不知火、川内、神通の4人は、この様なやり取りを交わしながら、撤収の為の準備を行っていたのであった

 

因みに地下からやって来た陽炎達の方は、キュクロープスやペーガソスが公道を走行出来ない事と、地下空間の後始末をする必要がある関係で、来た穴から穴を埋めながら帰還している模様

 

尚、通達が地下組と共に穴から帰還しなかったのは、この後剛達と合流し、この地域の拠点の負担を軽減させる事と、自分達の実戦での感覚を鈍らせない様にする事を目的に、この近くにまで偵察に来ている強硬派深海棲艦達を、片っ端から潰して回る手筈になっているからである

 

そうして通達が撤収準備を進めていると……

 

「あっ、あの……っ!」

 

恐らくこの基地に所属していると思われる艦娘が1人、通達の姿を発見するなり駆け寄って来て、息を切らせながら話し掛けて来るのであった

 

「「……?」」

 

「貴女は……」

 

「あぁ~……」

 

その艦娘と面識が無かった不知火と神通が、彼女の方に不思議そうな顔を向ける中、通と川内は意味深な反応を見せ、それに気付いた神通は即座に2人の方へと顔を向け……

 

「通さんと姉さんは、この方をご存じなのですか……?」

 

2人に向かってこの様に尋ねてみたところ……

 

「この方は今回の作戦に必要な情報を私に提供して下さった、謂わば協力者の方なのですよ」

 

通は神通の方へと視線を向けながら、阿賀野型軽巡の2番艦である能代の事を、この様に紹介し、通の発言を聞いた能代は、神通に向かって挨拶をする様に1度お辞儀をして見せるのであった



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紅涙は見るに堪えないが故に

基地制圧戦の2日前、剛から基地の偵察と提督の容疑を固める為に必要不可欠な証拠を集める様に依頼された通は、川内と共に当日の予行練習も兼ねて陸路を使って件の基地に赴き、夜の闇に紛れて基地内に潜入していた

 

何故川内が同行しているのかについてだが、彼女は江風と共に通から隠密行動のイロハを仕込まれ、持ち前の夜戦スキルと通の教えが上手い具合に噛み合った結果、長門屋鎮守府に所属する艦娘達の中で、最も隠密行動が得意な艦娘となっており、その隠密スキルは剛からも高い評価を受けていた為、剛は通の負担を軽減する為に、川内に通のサポートを依頼し、依頼を受けた川内もそれを了承、こうして通に同行しているのである

 

その際神通もこの隠密作戦に参加したいと申し出たのだが、神通の隠密スキルが川内ほどのものではなかった事と、隠密作戦に参加する人数を増やし過ぎるとかえって動きにくくなり、任務に支障が出てしまうかもしれないと言う事で剛から却下されてしまったのだとか……

 

その時の神通の表情はとても寂し気なものだった様で、その表情を目の当たりにした通は、申し訳なさで胸が張り裂けそうになったそうな……

 

それはさて置き、無事に基地内に潜入する事に成功した通と川内は、手筈通りに二手に分かれ、護が基地の情報をブッコ抜いて作ってくれた基地の見取り図を頼りに、この基地の提督を法廷に突き出す為の証拠集めを開始するのであった

 

「結構遅い時間のはずなのですが……、寝ている艦娘の方が少ないようですね……。こんな時間まで起きていて、任務に支障が出ないのでしょうか……?」

 

基地内の誰にも気付かれない様に、天井裏を這う様に移動していた通は、海軍が規定した就寝時間を過ぎているにも関わらず、未だに起きている艦娘の多さに思わず溜息を吐きつつ、この様な愚痴を零すのであった

 

如何やら此処の基地の艦娘達は、インターネット放送とは別に各自でライブ配信なども行っているらしく、昼間は任務などでインターネット放送やテレビの収録などに参加出来なかった艦娘達は、自分達を売り込む為にこの時間を利用してライブ配信を行っている様である……

 

「此処の艦娘達はあもりにも自由すぐるでしょう……?寝る子は育つと言う名セリフを知らないのかよ……?」

 

通が愚痴を零したその直後、通が念の為に持ち込んだ月影がカタカタと震えると同時に、鞘の中からくぐもったダークネスの声が聞こえ、これは不味いと思った通は急いで震える月影を両手で押え込み……

 

「ダークネスさん、今回ばかりは静かにしていて下さい……っ!」

 

声を押し殺しつつ、通は勝手に喋り出したダークネスを叱責するのであった

 

「安心すろつおty()、俺の声や月影の音はお前以外には聞こえない様、この基地の艦娘達の知覚の一部を闇に葬っておいた。その際についでにお前の事も認識出来ない様にしておいたから、存分に騒いでもいいぞ」

 

「私が知らない内に何恐ろしい事をサラッとやってるんですか……。任務が終わったら、キチンと元に戻しておいてくださいよ……?」

 

「hai!!!」

 

このやり取りの後、通は念には念をの精神で引き続き姿を隠し、不用意に物音を立てない様細心の注意を払いながら、証拠集めを継続するのであった

 

そうしてある程度証拠を集めた通は、感覚を研ぎ澄まして行動をするが故に発生する精神的疲労を癒す為に、人通りが少ない場所にある物置として使用されている部屋に降り立ち、その身を隠しつつ休憩する事にするのであった

 

尚この時……

 

rぽつ()は俺の力を過信せず、可能な限り自分の力で任務を全うしようとする素晴らしい忍者だすばらしい、ジュースをおごってやろう」

 

ダークネスはそう言って通を労い、何処からともなく缶ジュースを出現させ、通にプレゼントするのだったが……

 

「……何ですかこの『ヌギル・コーラ』と言うのは……?得体のしれない飲料を飲ませようとしないで下さい……」

 

ダークネスから何とも名状し難いパッケージをした缶ジュースを受け取った通は、そう言ってこの冒涜的な飲料を飲む事を拒否……はするものの、ダークネスが気を遣ってくれた事を感謝する意味合いを込めて、取り敢えずは受け取って懐に仕舞い込むのであった

 

それからしばらくして、ある程度疲れが取れた通が任務を再開しようと立ち上がったその時である、不意にこの物置の扉が開く音と共に何者かの足音が通の耳を打ち、それに気が付いた通は咄嗟にその身を隠し、物置に入って来た人物を確認する為に入口の方へと視線を向けるのであった

 

「……あれは……、能代さん……?」

 

転生個体であるが故に夜目がやたらと利く通が、物置に入って来た人物が能代である事を確認し、思わずそう呟いたその直後である、扉を閉めた事で物置の中が真っ暗になった途端、能代は突然膝から崩れ落ちる様にして床に座り込み、すすり泣き始めたのであった……

 

「おいぃ……、あいつ何いきなり泣き出してるわけ……?」

 

「私に分かる訳がないじゃないですか……」

 

そんな能代の様子を目の当たりにしたダークネスと通が、この様なやり取りを交わしていると……

 

「どうして……?何で私がこんな目に……。幾ら提督の命令だからと言っても……、よく知らない様な男に抱かれないといけないなんて……。嫌……、そんなの絶対に嫌よ……」

 

物置内にすすり泣く声と共に、絞り出す様にして吐き出される能代の声が響き渡る……

 

「……ypおれ()

 

「今ので分かりました、彼女は私達が何としても助けるべき存在の様ですね……」

 

能代の言葉を聞いたダークネスが通に向かって声を掛けると、通はそう言って立ち上がり……

 

「ダークネスさん、私の存在を彼女に認識出来る様にしてもらえますか?」

 

「別に構わにいが……、一体如何するつもりなんですかねぇ……?」

 

「どうも私は女性の涙と言う物が苦手な性分な様でしてね……、ああいうのは見ていられないのですよ」

 

ダークネスに向かってこの様に言い放ち、それを聞いたダークネスはある程度は通が何をしようとしているのかについて察するものの、敢えてこの様に返事をし、ダークネスの返事を聞いた通はそう言って能代の方へとゆっくりと歩み寄っていき、ダークネスはその様子を見守りながら、やれやれとばかりに鞘の中で首を振るのであった

 

その後、通は能代に聞こえる様、わざと足音を立てて彼女へと近付き……

 

「……っ!?誰……っ?!」

 

「静かに……、この様な格好でこの様な事を言っても信じてもらえないかもしれませんが、私は怪しいものではありません……」

 

通の足音に気が付いた能代は驚きつつも即座に足音が聞こえた方へと顔を向け、足音の主を確認する様に鋭い視線で通を見据える。それに対して通は、自分がしっかりと能代に認識されている事に安堵の息を吐いた後、能代に向かってそう言いながら特警隊のエンブレムが描かれた腕章を見せるのであった

 

因みにこの時の通の格好は、基地鎮圧戦の時に着用していた黒衣となっており、能代に通が軽巡棲姫の転生個体である事は気付かれていなかった様である

 

「それは……、最近海軍内で設立されたと言う特警隊の……っ!?」

 

「そうです、私は貴女が所属する基地の黒い噂を聞きつけ、秘密裏に調査をする為にやって来た者です。この腕章が信じられないと言うのならば、身分証明書も出しますが……」

 

通の腕章を目にした能代が驚愕する中、通はそう言って海軍内で発行された自分の身分証明書となるIDカードを掲示するのであった

 

これにより通が本物の特警隊の隊員である事を確信した能代は、提督による支配から解放されるかもしれないと言う事実に、大粒の涙を流しながら歓喜し、思わず通に抱き着いてしまうのであった

 

この時通は能代の身体から放たれる白桃の様な甘い香りと、晒でガチガチに固めた自身の胸に当たる柔らかい感触に動揺する中、頭の中に鎮守府(張りぼて)を発つ前に見た寂しげな神通の顔が過り、あまりの申し訳なさで精神的に死にそうになってしまうのであった……

 

その後通は何とか能代を落ち着かせ、彼女からこの基地の実情を事細かく聞き出す事に成功するのであった



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口止め料は謙虚だから9枚でいい

能代を自分達の協力者に引き込む事に成功した通が、彼女の口から引き出す事に成功して得た情報は、自分が今まで集めて来た提督を逮捕する為に必要な証拠を確固たるものとし、通がその事を能代に伝えたところ……

 

「本当に……、あの提督から解放されるんですね……。良かった……、本当に良かった……」

 

如何やら通の言葉によって心の底から安堵した様で、能代は呟く様にしてこの様な事を口にしながら、その場に崩れ落ちる様にして座り込み、通が敢えて触れないでおいた事……、能代がこの様な反応をした理由の根底にあるもの、この物置にやって来た経緯などについてゆっくりと話し始めるのであった

 

この日能代は提督に呼び出され、とあるテレビ局のプロデューサーに1晩抱かれて来いと言う、それはそれは無茶苦茶な命令を受けたのだとか……

 

提督の話によると、その人物はこの世界で数字がとれる番組を幾つも手掛けている人物らしく、その人物が基地の艦娘を抱かせてくれれば、基地の艦娘を主要キャストに据えた特番を組み、更にはその番組をゴールデンタイムに放送すると言って来たのだそうな……

 

その話を持ち掛けられた提督は、すぐさま基地に所属する艦娘の顔写真付きのリストを作成し、それを件のプロデューサーに渡して彼の好みを聞き出したところ、そのプロデューサーは能代を指名して来たのだそうな……

 

当然そんな命令は聞けないと、能代がこの無茶苦茶な命令を受ける事を拒否しようとしたところ、提督は能代の実家の住所と姉や妹の名前を出し、能代がやらないと言うのであれば、彼女の姉妹に能代の命令無視の責任を取ってもらうと言って、彼女を脅迫したのだそうな……

 

流石にこの件とは全く無関係な家族を巻き込む事は出来ない……、そう考えた能代は内心では絶望のあまり怨嗟の言葉を叫び散らしながら、しかしそれを表情には余り出さない様必死に堪えながら、提督の命令を受ける事にしたのだそうな……

 

その後執務室を出た能代は気持ちを少しでも落ち着かせようと、基地内をアテも無く彷徨っていたところ、提督から何かしらの指示を受けたらしい彼と協力関係にある艦娘達が、能代が逃げ出そうとした場合、彼女を捕まえた後はどの様な仕打ちで追い詰めてやろうかと話し合っているところを目撃し、自身に逃げ場がないと悟った事で絶望感を覚えた能代は、逃げる様にしてこの物置にやって来たのだとか……

 

そんな能代を落ち着かせるべく、通が彼女の肩に優しく手を添え、情報提供をしてくれた事に対しての感謝の言葉や、これ以上能代の様な思いをする様な艦娘を、日本帝国海軍の中から出さない様にすると言った約束を口にしていると、能代は次から次に溢れ出て来る涙を拭いながら、通の手を借りて立ち上がるのであった

 

と、その直後である

 

「あ~、通さんが女の子泣かせてる~」

 

不意に天井の方から何処か冗談めかした様な声が聞こえ、それに大層驚いた通と能代が天井の方へと視線を向けると……

 

「川内さん……、何時からそこにいたのです……?」

 

「腕章見せる辺りからかな?」

 

「ほぼ全てのやり取りを見てたのですね……」

 

そこには天井裏に上手い具合に足を引っかけて、まるで天井に貼り付く様に立っている様に見える川内の姿があり、通がそんな川内に向かってこの様に尋ねると、川内はニヤニヤしながらこの様に返答し、それを聞いた通は頭巾の下にばつの悪そうな顔を浮かべ、ガックリと肩を落としながらこの様な言葉を口にするのであった

 

「全く~、神通がいながら通さんはそんな事するんだ~。この事を神通が聞いたら、どんな顔するだろうね~?」

 

「止めて下さい……、それだけは本当に止めて下さい……。後生ですから……」

 

「あの、通さん……、この方は……?」

 

その後川内と通はこの様なやり取りを交わした後、突然現れた川内の事を困惑する能代に紹介するのであった

 

そうして川内の事を紹介し終えた後……

 

「ところでさ、能代が色狂いのおっさんにあんな事やこんな事される日って、大体何時頃なの?」

 

「それが……、日程に関してはあちらの都合を確認してから、追って連絡するって事だったから、まだ聞かされていないの……」

 

能代が抱かれる日の事が気になった川内が、能代に向かってこの様に尋ねたところ、能代は少々申し訳なさそうな表情を浮かべながらこの様に返答するのであった

 

「成程……、能代さんが此処に来たタイミングから考えると、もしかすると今、提督は件の人物と日程について打ち合わせをしているのかもしれませんね……」

 

「よし、今から執務室に向かおうっ!これで日時が分かれば、こっちの作戦を開始する日時も決め易くなるだろうし、上手く能代を匿う事が出来れば、能代の貞操も守れるだろうからねっ!!」

 

能代のこの言葉を聞いた通が、考え込む様な仕草をしながらこの様な言葉を口にすると、同じ女性であるが故、能代の気持ちが理解出来る川内がやる気に満ちた声でこの様な事を口にするのであった

 

「匿う……、ですか……。それは流石に難しいと思いますよ……?今から私達が能代さんを基地から連れ出そうとすると、最悪私達が潜入している事が基地側にバレてしまい、作戦に支障が出てしまう可能性が……」

 

川内の発言の内、能代を匿うと言う件について、通が困った様な表情を浮かべながらこの様に返答したその直後である……

 

「その心配は非必要っ!」

 

「「……えっ?」」

 

「ちょ……っ!?」

 

通の腰の方から川内と能代には聞き覚えの無い声が聞こえ、その声に反応した川内と能代が驚いた顔をしながら、そしてその声の主の事を良く知る通が、焦りの為か顔面蒼白になりながら自身の腰に差した脇差……、月影の方へと視線を向けた直後である、突然月影は鞘ごと通から飛び出す様にして離れ、ある程度通達から距離を取ると物置内にある『闇』と言う『闇』を吸い寄せ始め、見る見るうちに漆黒の球体へと姿を変える……

 

これには川内と能代だけでなく、月影の持ち主である通も大いに驚き、3人が愕然とする中で球体は徐々に姿を変えていき……

 

「これって……?ポケモン……?」

 

「ポケモン……?確か妹がよくやっていたわね……。でもこんなポケモンは見た事無いわ……」

 

「よりにもよって、そのポケモンですか……」

 

その姿を目にした通達が、各々に反応をしていると……

 

「封印が解けられたっ!!!」

 

球体から変化したソレ……、あんこくポケモン『ダークライ』は、声高らかに訳の分からない事を叫ぶのであった

 

「ちょっとっ!何いきなり叫んだりするのっ!!?見つかったらどうするのっ!?!」

 

「問題にい、今この部屋の内部の声は絶対に外に漏れない様、俺が全部闇に葬っているからな。だからでmさいk(川内)も安心して叫んでいいぞ」

 

唐突に叫び出したダークネス扮するダークライに対して、慌てて川内が注意を促すのだが、常識も非常識も裸足で逃げ出してしまう様な超常を超えた超常であるダークネスは、あっけらかんとした様子でこの様に返事をするのであった

 

「そうなんですね、それは良かったです。では脇差に戻って下さい」

 

「おいぃ……、登場するなり戻れとか、あもりにも酷過ぐるでしょう……?想像を絶する悲しみがダークネスを襲った……」

 

「私は前に言いましたよね?鎮守府の皆さんには貴方の事は秘密にしたいと……。どうして勝手に出て来たんですか……?事と次第によっては、溶接も視野に入れようと思っているのですが……?」

 

「おい、やめろ馬鹿!このスレは早くも終了ですね」

 

「ちょっと通さん……、そのやり取りを見てる感じだと、このポケモンみたいなのの扱いに慣れてる風に見えるんだけど……、如何言う事か説明してもらえるかな……?」

 

相変わらず愕然とする能代を余所に、通、ダークネス、川内の2人と1柱はこの様なやり取りを交わし、これはもう誤魔化せないと悟った通は川内にダークネスの事を紹介、彼と知り合った経緯について説明した後、ダークネスの事は混乱を避ける為に皆には秘密にして欲しいと懇願し……

 

「そこまで言うなら皆には秘密にしておくけど……、でもタダでって言うのはな~……。そうだっ!この任務が終わったらさ、真っ直ぐ帰投しないで広島に行って、通さんの奢りでお好み焼き食べようっ!」

 

「口止め料と言う訳ですか……。いいですよ、そのくらいなら」

 

通に懇願された川内はいたずらっぽく笑顔を浮かべながらこの様な提案をし、それを受けた通はお好み焼き1つで秘匿してもらえるなら安いと判断し、その提案を呑む事にするのであった

 

因みに……

 

「ほう……、経験が生きたな……。ならば俺も今後勝手に出てこない事を約束する代わりに、お好み焼きを奢ってもらうとしよう。俺は謙虚だからな、お好み焼きは9枚でいい(この辺の心配りが人気の秘訣)」

 

川内に便乗する形でダークネスも通にお好み焼きをたかり、任務完了後に向かったお好み焼き屋にて、実際に9枚もの広島風お好み焼きをペロリと平らげ、通の精神と財布に多大なダメージを与えたのだそうな……




ダークネスはお好み焼き屋の中では、通と川内以外には自分の姿を認識出来ない様にしていた模様


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悪徳提督に嫌がらせを

「それで改めて聞きますが、如何してダークネスさんは勝手に出て来たのですか?それとその姿は一体どうしたのです?」

 

唐突なダークネスの登場で騒然となったこの場を何とか収束させた通は、改めてダークネスに対してこの様に尋ねる

 

「お前ら『郷に入っては郷を従え』と言う名セリフを知らないのかよ。俺はただそれに従ってgチャモyp-ア(ガタノトーア)sダキサlキューアウ(サクサクルース)と同じ様にrtぽりゅ()の頭の中からデータを集めてオpェンpン(ポケモン)とか言う奴に姿を変えただけ。んで急に話しかけて来たのは、お前らが匿うとか隠すっぽい事言ってたからきょうきょカカッと参戦しなければいけないと思った(使命感)」

 

するとダークネスは何処か得意げに胸を張りながら、この様に返答するのであった

 

その後、ダークネスは協力者である能代をどうするべきかについて、この様な提案をしてくるのであった

 

ダークネスの提案を簡単に説明すると、基地から連れ出せないのならば能代の存在を完全に隠しきってしまい、作戦開始直後に元に戻せば良いと言うものであった

 

「それが簡単に出来たら、私達もこんなに悩んだりしないって……」

 

それに対して川内が渋い表情をしながら、苦言を呈するのだったが……

 

dsrmさい(川内)の反応から思うに、すぇんふぁおい(川内)は俺の力を疑っているのでしょう?ヨミヨミですよ?お前の考えは。だがさっきも言ったがその心配は非必要、俺はアァyp-ヅ(アザトース)軍のDRAK~ダーク~っていう暗殺部隊の頭だべ。そんな大役を任せられる一級闇の俺の実力がえごいのは確定的に明らか。そもももどぇmあい(川内)は気付いてるのか?俺達がこれだけ騒いでても、誰も此処に来ていない事に」

 

相変わらずドヤ顔をしていたかと思えば、表情を一転させて真剣な面持ちになりながらズイッと川内の顔に自身の顔を寄せてダークネスがこの様な事を言い放つと、川内は何かに気が付いたのか、ハッとしながらキョロキョロと辺りを見回したり、周囲の音をしっかりと聞き取る為に目を閉じて耳を澄まし、先程あれだけ騒いだにも関わらず、誰一人として基地の艦娘達がこの物置に近付いてこない事を確認すると、驚愕しながらダークネスの方へと顔を向け、そんな川内の驚く顔を見たダークネスは、再び腕を組みながら胸を大きく逸らしてドヤ顔を浮かべるのであった

 

「俺の力を使えば力が効いている間はもぃtぽ(能代)が基地の中でどんな事をしていても、基地の艦娘も提督も能代が視界に入っても『そこにいたのにいなかった』という表情になる。それどころかこの力はもあいrと(能代)の存在を根底から隠す為、んpぢと(能代)は記録上からも一時的に抹消され、提督のタゲもぼずrp(能代)から別の奴に移る事となる。そうなればにづえお(能代)の充実した基地生活が認可される事になる」

 

「でもそうなったら、別の娘が酷い目に遭うんじゃ……」

 

「それが実行される前に、私達がその計画を叩き潰せば済むだけの話です。タゲ移しについては、貴重な情報を提供してくれた能代さんへの報酬だと考えるべきでしょうね。こうする事で能代さんはその日が来るまでの間、提督傘下の艦娘からの嫌がらせを受けずに済む訳ですから」

 

「ちょっと、ダークネスさんが何を言ってるのかよく分からないのだけど……?」

 

ダークネスの発言内容を上手く理解出来ず、只々不思議そうな表情を浮かべ続ける能代を余所に、通達はこの様なやり取りを交わして話を纏めると、恐らく能代を抱かせる日を決めるべく、執務室で件のプロデューサーと通話をしているであろう提督の下へ、日時の確認と証拠を押さえる為に物置を出て執務室へと向かうのであった

 

 

 

こうして通達一行は、無事に執務室の入口に到着した訳なのだが……

 

「ダークネスさんの力……、正直侮ってたわ……」

 

「まさか他の娘の目の前を堂々と通過しても、全く気付かれないなんて……」

 

「黄金の鉄の塊で出来た闇が皮装備の艦娘に遅れをとるはずがないからな」

 

道中で基地の艦娘に遭遇したにも関わらず、まるで自分達を認識していないかの様に振舞う艦娘の姿を目の当たりにし、思わず川内と能代が愕然とする中、ダークネスは得意げにこの様な事を口にするのであった

 

その後通達は執務室の扉を開き、提督に自分達の存在を認識されないのは分かってはいるものの、念の為と言う事で物音を立てない様に注意しながら執務室の中に潜入し、スマホを片手に丹の笑みを浮かべながら誰かと話す提督がいる執務机の方へと歩み寄り、能代の件の決定的な証拠を確保するべく、川内はカメラを手にして至近距離からその様子をビデオ撮影し、通は護が準備してくれたタブレットを操作してアプリを起動し、提督の通話記録を抜き取ると同時にその内容を録音し始めるのであった

 

そうして証拠を集め終えた直後の事である、不意に川内が何かを思いついたのか、邪悪な笑みを浮かべながらこの様な事を口にするのであった……

 

「ねぇ……、提督は私達の事を認識出来ないんだよね……?だったらさ、私達が提督にどんなことをしても、提督には気付かれないって事だよね……?」

 

「うむ」

 

「じゃぁさぁ……」

 

川内の言葉を肯定する様に、ダークネス頷きながら短く返事をしたその直後、川内はこの様に呟くや否や、邪悪さを増した笑みを浮かべながら執務机上にあるペン立てに手を伸ばし、ボールペンを2本ほど拝借すると……

 

「ていっ!」

 

気合いの声と共に、その2本のボールペンを提督のそれぞれの鼻の穴に勢いよく突っ込んで見せるのであった

 

それに対して提督は全くリアクションを起こさず、鼻声になりながらも通話を続け、その様子を見ていた川内と能代はそんな提督の姿が滑稽に見えたのか、思わず笑い出してしまうのであった

 

「いや~……、まさかこんな事しても反応しないなんて……。ダークネスさんの力は想像以上のものだな~……」

 

提督の鼻の穴に突っ込んだボールペンをグリグリと動かしながら、ダークネスの力に感心する川内がこの様な事を言った直後である

 

びおdふtrp(能代)、お前も一発入れてやれ。お前が提督から受けた仕打ちによって怒りが有頂天になっているのは明白に明瞭、だからお前も提督にギガトンパンチをお見舞いするべき、そうするべき」

 

「今のは何となくだけど分かったわ……。そうね、ここは提督に苦しめられてきた娘達皆の代表として……っ!!」

 

ダークネスが能代に向かって唆す様にこの様な事を言い、それを受けた能代はこの様に返答すると1度深呼吸をし、鋭い目つきで未だに下品な笑みを浮かべる提督を見据えると、思いっきり提督の右頬に平手打ちをお見舞いし、執務室の中に乾いた音が木霊するのであった

 

「おぉ~……、中々いい音がしたね~……」

 

「積年の恨みがよく籠った、いい平手打ちでしたね……。っと、能代さんがやったのであるならば、私もやっておくべきですね……。もしかしたら衣服が汚れてしまう可能性があるので、お二人は少し離れていて下さい」

 

能代の平手打ちに関する感想を川内と通が各々に話した直後、通はこの様な事を口にしながら川内にタブレットを手渡し、提督の前に歩み出ると懐からある物を取り出し、それを勢いよく振り出すのであった

 

「折角ダークネスさんから頂いたものですが……」

 

「よいぞ」

 

「では遠慮なく……っ!」

 

通は手にした『ソレ』……、先程物置でダークネスから貰った得体のしれない缶ジュース、『ヌギル・コーラ』の缶がガチガチに硬くなった事を確認すると、缶を振るのを止めて飲み口を提督の方へと向け、ダークネスに一言詫びを入れて、ダークネスからの返事を聞いたその瞬間、器用に片手でプルタブを開け放つのであった

 

これにより飲み口と言う逃げ道が出来た缶の中身は、まるで消防車の放水の如き勢いで提督に襲い掛かり、あっと言う間に提督の頭からつま先まで、全身をベッチャベチャに濡らし、執務室内をこの世のものとは思えない程の、強烈過ぎる甘ったるい匂いで支配してしまうのであった……

 

これでもかなり強烈な仕打ちだが、通は更に追撃を仕掛ける……っ!

 

そう、通はその腕力で提督の口を強引に開くと、缶の中に残っていた中身を無理矢理流し込んで提督に飲ませたのである……っ!

 

こうして提督に対しての嫌がらせを済ませた通達は、手筈通りにダークネスの力で能代の存在を一時的にこの世界から晦ませ、集めた証拠がちゃんと自分達の手元に全てある事を確認すると、基地を出てお好み焼き屋を目指して広島へと向かうのであった

 

因みにだが、広島に向かっている道中でダークネスが思い出したかの様に能代以外のメンバーに掛けていた隠蔽工作を解除したが為に、これは通達が知り得ない事になるのだが、ダークネスが力を解除したその直後、提督は鼻の穴と右頬に激痛を覚えると同時に、尋常では無い腹痛に襲われ、更にはその身体は何の前触れも無く木で出来た執務室の壁にめり込むほどの勢いで吹っ飛んだりしている……



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これは吉兆か凶兆か

「こう言った経緯で私と川内さんは能代さんと知り合ったんですよ」

 

能代の事を訝しむ神通と不知火に対して、通は彼女達が能代に抱く疑念を払うべく、ダークネスの存在や彼の所業に関する事を伏せながら能代との出会った経緯について語り、それを聞いた不知火は何とか警戒を解いてくれたのだが……

 

「神通~……、何かさっきよりも視線が鋭くなってない……?」

 

「何を言っているんですか姉さん、決してそんな事は無い筈ですが……?」

 

神通の方はと言うと、川内が指摘した通り通の話を聞くや否や、警戒を解くどころか益々その視線の鋭さを増し、その身体からは何処かジットリとした仄暗いオーラを放っていたのであった……

 

如何して神通がこの様な反応をしたのかについてだが、それは通を見つめる能代のその表情を見れば、相当鈍感な人間でない限り察しが付く事だろう……

 

そう、今通を見つめる能代のその双眸は潤んでおり、その視線は恋する乙女の如く熱のこもったものとなっているのである。もしこの場に極めて想像力が高い者がいようものならば、きっと能代の周囲に少女漫画によくある丸っこい何かが漂っている様子を幻視するだろう……

 

まあ能代の気持ちも分からないものではない、何せ能代にとって通は絶望感に苛まれる自分の前に颯爽と現れ、気持ちが落ち着くまでずっと自分の傍で励ましの言葉を掛けてくれ、更には自分を救い出すと言う約束を本当にやってのけた、正に救世主の様な存在なのである

 

これに拍車を掛けているのが、潜入時と制圧戦時に施していた通の変装と、彼の声色である

 

通は変装用の黒衣を纏う際、作戦行動時に邪魔になる乳房を無駄に動かない様に押さえつけると同時に、シルエットが男性のものに見える様ボディーラインを誤魔化す為に、胸を晒でガッチガチに固めている訳なのだが、それが原因で能代は通が精神だけでなく肉体も男性であると勘違いをしてしまっているのである……

 

これだけなら通の声を聞けば、通の身体が女性であると感付くところなのだが、生憎通達転生個体の野郎共の声は、どいつもこいつも揃いも揃って一般的な女声よりもキーが低く、中性的な印象を受ける声色となっているのである

 

これらの要因が上手い具合に絡み合った結果、能代は通を純然たる男であると勘違いし、交わした約束を実際に果たしてくれる誠実さを持つ通に対して、淡い恋心を抱いてしまったのである……

 

そんな能代の気持ちを理解したが為に、能代と同じく通に対して恋心を抱く神通は、この様な反応を示したのである……

 

そんな中、更に場の空気が悪くなる様な出来事が発生してしまう……

 

「そう言えば、まだ不知火さんと神通さんの事を、能代さんに紹介していませんでしたね」

 

ふと思い出したかの様に通がこの様な事を言い、この場の空気が悪くなっている事を察している川内と不知火がギョッとする中、神通と不知火の自己紹介が行われる事となり……

 

「神通と申します……。潜入捜査の際、通さんと姉さんに協力してくださった事、感謝しております……」

 

「川内さんの妹さんなんですね……、っとそれはそうと、こちらこそ提督の仕打ちに苦しむ私達を助けてくれた事、本当に感謝しているわ……」

 

不知火の自己紹介の後、神通と能代はこの様なやり取りを交わした後、どちらともなく互いに手を差し伸べ、薄らと笑顔を浮かべながら握手を交わす事になるのだが、その直後に辺りにギチギチと言う革同士を擦り合わせた様な音が鳴り響くと同時に、2人の身体から闘気や剣気にも似た、何とも名状し難いオーラが放たれ始めるのであった……

 

「うっわぁ……、あの2人、互いに牽制しあってるね~……」

 

「この場にイギリスの王女様がいない事が、不幸中の幸いと言った所ですね……」

 

「えっ?私そんなの知らないんだけど……?何?通さんはあの2人以外にも垂らし込んでる女性がいるの……?」

 

その様子を川内と不知火がハラハラしながら見守りながら、この様なやり取りを交わしたところ、不知火がヨーロッパでの大戦の後に開かれた祝勝会の事を思い出し、ついつい口を滑らせてしまうと、その当時はまだ海賊団には所属しておらず、イギリスの王女と神通が通の取り合いをしている場面を見ていなかった、その事を聞かされていなかった川内は、その表情を引き攣らせながらこの様な事を呟くのであった……

 

因みに件の王女は現在如何しているかと言うと、イギリス王室の王族が民を奮い立たせるべく、先陣を切ってこの世界の混乱に立ち向かうと言う建前の下、欧州にNINJAブームを巻き起こす切っ掛けとなった通と再会すべく、様々な講師やトレーナーを招き入れ、艦娘になるべく修練を積んでいるのだとか……

 

そんな彼女は欧州でのアビス・コンダクターとの決戦の後、戦治郎の提案で行われる事となる各国の軍学校の交流を深める事を目的とした長期交換留学に参加し、戦治郎の薦めで提督となるべく軍学校に通っていたシゲと、対転生個体を想定した授業を行う為に講師として招かれた通と日本で再会する事となるのだが、今の通達はこの出来事が起こる事を知る術を……持っている、上位クラスの外なる神であるダークネスが、人間の理屈を超越してこの事実を既に把握しているのだが、現状表立って行動したり発言する事を許されていない事と、通がダークネスの口から未来を聞き出そうとしない事、そしてそんな事をしようものならば、間違いなくヨグ=ソトースから制裁を受ける事を知っていた為、通達はこの事実をダークネスから教えられる事はなかったのであった……

 

「さて、お互いの事を知り合ったばかりなのですが、そろそろ剛さん達と合流する時間になりそうなので、私達はこの辺りでお暇させてもらいますね」

 

イギリスの王女の事はさて置き、一触即発の空気の中、腕時計で時間を確認した通が空気を読んでか、或いは空気が読めていないのか、この様な事を言いながら能代に背を向け、基地を後にしようと基地の出入口の方へと歩み出すのであった

 

そんな通に追従する様に、神通達も能代に背を向けて歩き出したその時である

 

「通さん……っ!」

 

何処か寂しげな表情を浮かべる能代が通の背中に向かってそう叫ぶと、その声に反応したのか通は振り返る事無くその歩みを止め、神通達も通に倣って歩みを止めて、能代の方へと視線を向けるのであった

 

「また……、会えますよね……?」

 

何とも切なそうな声で、能代は通にこの様に尋ね……

 

「えぇ、いつか必ず……」

 

それに対して通は基地の出入口の方を見据えたまま、この様に返事を返すのであった

 

「それでは……、さよならとは言いません……。また会いましょうっ!!」

 

そうして通の返事を聞いた能代は、1度だけ嬉しそうにパッと笑顔を零した後、通達に向かって別れの言葉を掛け、それを受けた通は相変わらず振り返らずに、右手を挙げると言う形で返事をしながら、再び基地の出入口の方へと歩き出すのであった

 

その後通達は基地から離れた場所にある浜辺で剛達と合流し、大五郎のハコの中に格納していた神通達の艤装を受け取ると、当初の目的通りに帰投がてら近海の強硬派深海棲艦の駆除を行おうとするのだが……

 

「……変ですね」

 

「確かに……。これだけ探してるのに、強硬派深海棲艦と全く遭遇しないなんて……」

 

「これって一体どう言う事なのかしら……?アタシ達が土佐湾に陣を張っている時も、強硬派深海棲艦を全く見かけていないのよね~……」

 

「瀬戸内海付近には多くの帝国海軍の拠点が存在していますから、偵察に来ている強硬派深海棲艦がいてもおかしくはない筈なのですが……。その影も形も無いと言うのは、明らかにおかしいですね……」

 

道中で強硬派深海棲艦に遭遇しなかった事に違和感を覚えた通と川内がこの様な事を口にすると、制圧戦中ずっと土佐湾にいた剛が考え込む様に右手を顎に添え、左手を右肘に添えながらこの様な事を言い、元横須賀鎮守府所属で拠点などの位置情報に詳しい神通が、訝しみながらこの様な言葉を口にするのであった……

 

その後結局強硬派深海棲艦と遭遇しなかった剛達は、無事に長門屋鎮守府(張りぼて)に辿り着くのだが、この事が妙に胸に引っかかるのか、その日の夜に戦治郎にこの事を伝えた後も、何処か難しそうな表情を浮かべていたのだとか……



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バイバイ ドスブラックポンポン

通達特警隊の面々が撤収した後、戦治郎達に対しての事情聴取が終了し、戦治郎達は機材を積み込んだ車に乗り込み、軍学校目指して未だガサ入れのせいで騒然とする基地を出るのであった

 

因みにだが、戦治郎達は軍学校から借りた車1台でこの基地にやって来ているが、帰る時には車の台数が2台に増えており、最初に乗って来た車には戦治郎と紅葉が、2台目には毅と勉が乗り込んでいる

 

突然増えたこの車、一体何処から出て来たのかと言うと、この車は元々今回の戦場となったこの基地の共用車で、トランクルームには憲兵達の手によって最新の機材が既に積み込まれている状態となっている

 

これは戦治郎が元帥と剣持に今回の件を話した際、元帥がこの基地を取り壊す事を決定し、それを聞いた戦治郎が軍学校の機材の貸し出し状況を伝えた上で、基地と共に瓦礫に埋もれさせるくらいならば、最新の機材と共用車を江田島軍学校の備品にさせて欲しいと頼み、それを元帥が了承し、それを傍から聞いていた剣持が、最新機材の積み込みはガサ入れに紛れて、憲兵達にやらせようと提案してきた事から実現している事である

 

ここで機材は物証にならないのか?と言う疑問が浮かぶところだが、物証になりそうな物は通と川内が基地に潜入した際に全てかき集め、とっくの昔に元帥達の下へと送り届けられており、機材を含む現在基地に残っている物証になりそうにない物は、全て基地を更地にした際に出る瓦礫諸共廃棄される予定となっている

 

尚、この基地が取り壊しになる事については、事情聴取を担当した憲兵達の口から紅葉達にザックリと伝えられており……

 

「桂島泊地もそうだが、元帥の目が行き渡らない様な場所にある拠点は、汚職の温床になり易いからなぁ……。それに拠点ってのは多くの人間が集まっているし、色んな設備が大量にあるモンだから、それらを維持する為に結構な額の金が掛かっちまうし、何よりそんなとこを何時までもほったらかしにしていようモンなら、海軍に対しての信用信頼が一向に回復しなくなっちまう……」

 

「それならいっその事そう言った拠点を取り壊して、これ以上海軍の評判を落とす要素を作らない様にした上で、それで余裕が出来た資金や物資を未だに復旧していない呉鎮守府やショートランド泊地に回そうって言うのが、元帥の考えなのね……」

 

「後はあの基地の提督みてぇな連中に、特警隊の実力を見せつける事で牽制、不祥事を抑止しようって魂胆だろうな。元帥や源補佐官の話によると、桂島の提督の影響を受けている提督が、海軍の強硬派の中に未だ残ってるみてぇだかんな」

 

帰りの車の中にて、基地の取り壊しに疑問を抱いた紅葉が、車を運転する戦治郎に向かって自身の中にある疑問をぶつけると、今回の件の全てを知る戦治郎はこの様に返答するのであった

 

そんな戦治郎の返答を聞いた紅葉が、無意識の内に不快そうな表情を浮かべて俯いていると……

 

「桂島チルドレンと一緒くたにされるのは嫌だ、って顔してんな」

 

不意に戦治郎はこの様な事を言い出し、それを聞いたナビシートに座っていた紅葉はハッとするなり勢いよく顔を上げ、戦治郎の方へと鋭い視線を向けるのであった

 

「その反応……、紅葉よぉ……、おめぇやっぱ軍学校を卒業した後、何かやらかそうって考えてたみてぇだな……?」

 

「……っ!?」

 

「やめとけやめとけ、おめぇも執務室で見たあのめっちゃつえぇ特警隊の副隊長、あいつは俺の身内なんだわ。後な、実の事を言うとだな、今回の逮捕劇は俺がおめえからその反応を得る為に、色んな人に掛け合って仕込んだ事なんだわ。提督の罪状をツレのハッカーに暴かせて、その情報を基にさっきの副隊長に証拠集めしてもらったりしてな。当然元帥も陸軍元帥大将もこっち側、俺達が車と最新機材を貰えたのも、俺が事前に掛け合ってたおかげなんだよな」

 

戦治郎のこの言葉を聞いた紅葉は、驚きのあまり戦治郎を睨みつけていたその目を丸くし、その表情の変化が面白かったのか、戦治郎は愕然とする紅葉の顔をチラリと横目で見た後、ククッと愉快そうに含み笑いをするのであった

 

「あんた……、一体何者よ……っ?!」

 

「まあ当然の反応だわな。でもまあ……、残念だが今のおめぇには俺の事は話せねぇなぁ……。軍学校卒業後にやらかそうって考えている、ポンポンドスブラックな輩にはなぁ……。俺は心から信用、信頼出来る様な奴にしか、自分の正体を明かすつもりはねぇんだわ」

 

相変わらず驚愕する紅葉が、何とか全身から絞り出したかの様なか細い声で、戦治郎に向かってこの様に尋ねると、戦治郎はニヤニヤしながらこの様に返答するのであった

 

(こうは言ったが、俺の正体はまだ紅葉や勉には刺激がつえぇかんなぁ、仮に紅葉が今回の件で思い留まってくれても、俺の事を話すのは卒業前くらいになるかもなぁ……。そもそも、こいつらが今の本当の世界情勢を知って尚、戦う覚悟があるかどうか確認出来てねぇかんなぁ……)

 

戦治郎のバックには陸軍と海軍のトップがいると知り、項垂れる紅葉の様子をチラチラと観察しながら、戦治郎が内心でこの様な事を呟いていると……

 

「ねぇ……、さっきあんたは私の反応を得る為に、今回の件を仕込んだって言ったわよね……?それってつまり……」

 

「察しの通り、ツレのハッカーに頼んでおめぇの事も調べさせてもらった」

 

「……サイテー」

 

「悪く思うなよ、俺は出来るだけクリーンで居心地の良い職場を作りてぇんだ。だからおめぇみてぇな輩を野放しには出来ねぇんだわ」

 

不意に紅葉がかすれ切った声でこの様に尋ねて来たので、戦治郎はハンドルを操作しつつギアチェンジを行いながらこの様に答え、それを受けた紅葉が短く悪態をつくと、困った様な表情を浮かべながらこの様な言葉を口にするのであった

 

その後、紅葉は観念した様に自身の企みについて戦治郎に話し始め、戦治郎は紅葉が今も苦しい生活を強いられている家族の為に、軍の金を横領するつもりであった事を本人の口から聞き出す事に成功するのであった

 

「これで私の計画はオジャン……、きっと私は軍学校を追い出されるのでしょうね……。なんたって組織のトップと密接な繋がりを持ったあんたにバレたんだしね……」

 

「あぁ、その件なら安心しろ。既にやらかしてるってんなら相応の罰を受けてもらうとこなんだが、おめぇは計画してただけで実行はしていねぇ、未遂で思い留まってくれたみてぇだから、俺はおめぇの事を密告(チク)るつもりはねぇよ」

 

自分の企みを全て戦治郎に打ち明けた紅葉が、諦めが付いた様な表情を浮かべながら力なくこの様に呟くと、戦治郎は変わらず車を運転しながら、あっけらかんとした様子でこの様な事を口にし、再び紅葉を驚かせるのであった

 

「そう……、それならまぁ……、父さんが遺した借金も何とか出来そうね……。相当時間が掛かりそうだけど……」

 

その後、何とか落ち着きを取り戻した紅葉が、安堵の息を吐きながらこの様に呟いた直後、戦治郎から全く予想していなかった言葉を告げられ、紅葉は三度驚愕の表情をその顔に貼り付ける事となるのであった……

 

「そっちも安心しろ、直接金をどうこうしてやる事は出来ねぇけど、おめぇの家族が背負った借金を即座に消し飛ばせる様なえげつねぇ代物を、ドスブラックポンポンのおめぇへの餞としてくれてやるよ。それを活かすも殺すも、おめぇさんの家族次第になるだろうけどな」

 

この時の紅葉は、戦治郎の言葉の意味を理解する事が出来ず、只々驚きの表情を浮かべたまま呆然とする事しか出来ないでいたのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃……

 

「護うううぅぅぅーーーっ!!!しっかり掴まってっかあああぁぁぁーーーっ!!?」

 

「ヒュウウウゥゥゥーーーッ!!!シゲェッ!!!もっともっとトバすッスよおおおぉぉぉーーーっ!!!今こそ風になる時ッスよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

「おい空っ!!!こっちもガンガントバせっ!!!」

 

「そうしてやりたいのは山々なんだが、如何せんお前の艤装とポリ戦車(タンク)が中々重くてだな……」

 

「頑張れポリ戦車(タンク)の脚ぃっ!!!何とか耐えてくれえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

「天龍ちゃん……、ちょっと静かにしてもらえるぅ~……?私……、ちょっと気持ち悪くなって来ちゃったの~……」

 

「うぅ……、レディーがこんな事で吐く訳には……」

 

「ちょっと待って欲しいディシュウウウゥゥゥーーーッ!!!タイショー達いいいぃぃぃーーーっ!!!幾ら障害物が無いからってトバし過ぎディシュよおおおぉぉぉーーーっ!!!」

 

鉄鉱石探しの為にエイブラムスが作った坑道を、リュウセイに跨ったシゲと護がぶっちぎり、その後を輝の艤装をワイヤーで後部に括りつけたライトニングⅡに搭乗する輝と空が追従し、輝の艤装の後部に壁に貼り付く要領で貼り付くポリ戦車(タンク)の中で天龍と龍田と暁がこの様なやり取りを行い、そんな彼等をモリブデン・アーマーを装着したエイブラムスが、眷属である織り手達を大量に引き連れて追いかけていたのであった……

 

そんな彼等が目指す場所は唯1つ……、紅葉の実家の地下であり、彼等が求めるもの……、それは地下深くに眠る石油の油脈なのであった……



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石油を求めるのは不本意

基地制圧戦を仕掛ける様に剛に依頼を出した際、戦治郎は1つだけ空宛ての言伝を頼んでいた

 

その内容はと言うと、手が空いている者を出来る限り集めて、自分が指定した場所で温泉を発掘して欲しいと言うものであった

 

そう、戦治郎が指定するその場所と言うのが、紅葉の実家がある場所なのである

 

この時戦治郎が発掘する物を石油にしなかったのは、幾ら紅葉が自分の同期であっても、正直なところ現状ではそこまでの事をしてあげる程の義理を戦治郎が紅葉に対して感じていなかった事と、生活が苦しいからと言って、日本では非常に貴重な油田を気前よくポン!とプレゼントしようものならば、紅葉の家族が善人であるならば確実に委縮され、悪人ならば戦治郎の気前の良さに甘ったれて、戦治郎を無心の対象にするかもしれないと言う懸念があったからである

 

又、以前神帝之型を用いて天候操作を行った際、誤って地震と地殻変動を引き起こしてしまった戦治郎だが、彼はこの時に日本の地質が変化してしまっている事に、鎮守府の敷地内にボーキサイトの鉱脈が出来ているにも関わらず気付いていない事もあって、日本で早々掘れるものではない石油を掘るよりも、岩盤を貫けば大体出るであろう温泉を掘った方が確実性が高いと考えていたのである

 

更に言えば、戦治郎がこの様な考えに至った理由には、あるものの存在が大きく関わっていた……。そう、空がエイブラムスとの戦いの最中に偶然入手した温泉……、『自由の湯』である

 

この温泉、開業当初は思った程客が来ていなかったのだが、ある日を境に爆発的に人気が出て、今では毎日多くの客で賑わっているのだそうな

 

そうなった切っ掛けとは一体何かと言うと、先ず最初は地元のスポーツ系の部活をやっている学生達の口コミであった。彼等が言うには部活の後に『自由の湯』に入ればその日の肉体疲労が嘘の様に無くなり、練習中に負った打ち身などのちょっとした怪我の痛みも見る見るうちに和らいだのだとか……

 

それが地元の草野球チームなどに広がり、その中から若い頃に無理をし過ぎた事が原因で故障してしまった腕や肩の調子が戻ったと言う報告がされ、その話がSNSなどを通じて日本中に拡散され、それを目にした怪我で二軍落ちしていたプロ野球選手が半信半疑になりながらも湯治の為に『自由の湯』を訪れたところ、その噂が事実である事を証明する様に二軍リーグで目覚ましい活躍をし、ペナントレース中にも関わらずに一軍復帰を果たし、仕舞いには所属するチームにクライマックスシリーズの切符を掴ませるほど貢献したのだそうな……

 

これにより多くのプロスポーツ選手がこの『自由の湯』を訪れる様になり、その影響でプロアマ問わず多くのスポーツを愛する者達が『自由の湯』を利用する様になり、何時しか『自由の湯』は【湯治の聖地】として親しまれる様になっていたのだった

 

どうしてこうなった……、その原因は空とエイブラムスにある

 

この世界では『力ある者の言葉には力が宿る』……、戦治郎はこの理屈を利用してネームド艦載機の量産を成功させている訳だが、これと同じ現象が『自由の湯』にも発生したのである

 

『自由の湯』は元々旧支配者のアトラク=ナクアであるエイブラムスが仕掛けた流水トラップを、空が上手く利用して温泉にしてしまった事で誕生したものである。そう、その誕生には邪神として人々に恐れられる旧支配者と、旧支配者の中でも実力があるクトゥルフと生身で互角に渡り合える空が大きく関わっているのである

 

これによって『自由の湯』に力が宿るフラグが成立し、そこに空が温泉経営をするにあたって《帝国海軍に祀られる龍神の憩いの地》と言うキャッチコピーを付けた事で言霊の力が発動し、『自由の湯』に力が宿ってしまったのである

 

因みにこの『自由の湯』の効能、龍神(=空)が海軍内で武神やら闘神やら戦神やらとして崇められている事から、スポーツなどの競技(=戦い)で負った怪我などに特に効く様になっている他、この効能のせいで陰に隠れてしまっていてまだあまり世間には知られていないが、縁結びの神としても慕われている事から、不妊にも大きな効果があり、『自由の湯』に入った夫婦は子宝にも恵まれるのだとか……

 

この事に関しては空も戦治郎も売り上げ調査を行った際、ついでにこの効能についても調査を行っていた為既に把握しており、戦治郎は温泉を掘る様にと指示を出した際、必ずメンバーに空を入れる様に厳命し、それを受けた空もそれを了承していた。そうする事で今回掘る温泉でも確実に『自由の湯』の時と同じ現象が起こり、石油ほどの利益は出せなくても、間違いなく稼げる温泉が作れると……、戦治郎と空はそう考えたのである

 

しかし戦治郎達の目論見は……

 

「如何せ掘るなら石油にしようぜっ!!温泉でチマチマシコシコじれったく稼ぐよりも、石油でドカァーンッ!!とでっかく稼いだ方がいいだろっ!!?そもそも空が温泉掘り当てるって話、これで一体何回目だよっ?!そんな天丼やるよりも、石油掘った方がよっぽど酒の肴になんだろうがっ!!!」

 

戦治郎と空とは小学校~高校までの期間を共に過ごして来た幼馴染の1人であり、南方海域で拠点を建設しようとしていた強硬派深海棲艦達に単騎で奇襲を仕掛け、彼女達が準備していた拠点用の建材を根こそぎ強奪した事で、その時着用していたスタジャンの背中に描かれていた絵柄と、その腕力に任せてあらゆる障害物を片っ端から破壊しながら突撃して来る荒々し過ぎる戦いぶりから、『(ナインボール)デストロイヤー』と言うあだ名を付けられている輝の発言によって、物の見事に粉砕されてしまうのであった……

 

この時空は戦治郎と自分が温泉を掘ると決意した理由を、誰が聞いてもしっかりと理解出来る様に言葉を選びながら説明した上で、その能力によって長門屋鎮守府に必要な建物の建設を粗方終えてしまい、手持無沙汰になってしまって若干ストレスが溜まり気味の輝の説得を試みたのだが、どうせやるならば派手な事をでっかくやって、溜まったストレスを発散したいと言う輝は、空の説得を聞き入れなかったのである

 

それどころか輝の発言によって、面白い事超極絶大好き人間の護と、輝とは逆に現在自分達が担当する事となっている農場と、農作業に必要なポリ戦車(タンク)用のアタッチメントが完成していない関係で手持無沙汰になってしまっている天龍と暁が輝の味方になってしまい、長い話し合いの末、もし目的地の地下に石油の油脈があれば石油を、無ければ温泉の湯脈を掘る事で、平行線をたどり続けていた話し合いは一応の決着を見せるのであった

 

因みに天龍と暁が農業を担当する事になった経緯だが、天龍は未だに本調子を取り戻していない龍田が、何かしらの形で皆の力になりたいと言い出し、具体的にどうするかについて2人で話し合った結果、天龍が中部海域で経験した出来事から、皆が安心して食べれる様な物を供給出来る様にすると言う事で話が纏まった事が切っ掛けとなっており、暁の方はあまりに彼女の偏食が酷かった為、それを矯正する為に農家さんの苦労を彼女に知ってもらおうと言う翔の提案により、半ば強制的に参加させられる羽目になったのだとか……

 

話を採掘対象の方へ戻し、イオッチに頼んで地底の微生物を探知機化して地質調査を行ったところ、紅葉の実家の地下に油脈が存在する事が発覚、空達のターゲットは石油に変更される事となるのであった……

 

こうして石油を掘る事になった空達は、基地の制圧を終えて鎮守府(張りぼて)に帰還して来た陽炎達の姿を確認すると、前日から準備していた荷物を輝の艤装に全て格納し、彼女達と交代する様な形で穴の中へと入って行き、輝の思い付きで誰が最初に目的地に到着するかで勝負する事となるのであった……



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ファッションは衣服の事だけではない

「ったくよぉ……、シゲの奴……、お前は鎮守府に残っておけって……。確かにシゲの言い分は分かるけどよぉ……」

 

「こればかりは仕方がないんじゃないかしら……」

 

入渠施設の中に存在する『ファッションショップ フェニックス』の中にある扉を潜った先にある部屋にて、シャンプーチェアに座る摩耶は背もたれを倒されながらこの様な愚痴を吐き、そのシャンプーチェアを操作していた大鳳は、背もたれが良い具合に倒れたところを確認した後、苦笑しながらこの様に返事をしつつ、摩耶の洗髪の準備を進めるのであった

 

今摩耶達がいるこの部屋、ここは戦治郎達が必死になって軍学校入学の為の試験勉強や資格取得の為に奮闘する中、誰よりも早く生前取得していた資格を全て取り戻した事で暇を持て余し、暇つぶしとして理容師と美容師の資格を取得した司が経営している美容室なのである

 

空達が石油を掘りに行く事を決定した日、ジェットコースター落下事件が原因でシゲに対して心配性になってしまった摩耶は、その作戦にシゲが参加する事を知るや否や、すぐさま空に採掘の手伝いを申し出たのだが、それをシゲに止められてしまったのである

 

そんなシゲの言い分だが、この作戦が始まると鎮守府(張りぼて)に残る纏め役が光太郎くらいになってしまい、有事の際にすぐに行動を起こせなくなってしまう可能性がある為、木曾と同じく自分達と最も付き合いが長い艦娘である摩耶には、出来れば鎮守府(張りぼて)に残ってもらい、光太郎のサポートをしてもらいたいと言う事だった

 

これには現長門屋鎮守府(張りぼて)の最高責任者代理を務める空も同意し、シゲに真剣な眼差しで見つめられながら話を聞いていた摩耶は、顔を僅かに紅潮させながら渋々それを了承したのであった

 

そうして作戦当日、シゲ達が石油採掘の為に鎮守府(張りぼて)を発った後、強硬派深海棲艦達を見かけなかったが為に予定よりもかなり早く剛達が帰投した事で、手持無沙汰となってしまった摩耶は、当てもなく鎮守府(張りぼて)内を散策、その際に立ち寄ったファッションショップ内で鏡に映るかなり伸びた自分の髪を見て、戦治郎達と出会ってから今までの間、まともに美容室に行っていなかった事に気付くと同時に、司が美容師の資格を取っていた事を思い出すと、良い機会だからと司に自身の髪のカットを頼んだのであった

 

こうして司に良い塩梅に髪をカットしてもらった摩耶は、司のお願いでファッションショップや美容室の手伝いをしている大鳳に、シャンプーをしてもらいながら愚痴を零していたのであった

 

因みに大鳳が司のお願いを受けた理由だが、彼女は長門屋に加入した当初は自分が持つトレーニングなどの知識や、これまでの戦闘経験で培ってきた技術を活かして教官役をやろうと考えていたのだが、自分の完全上位互換の様な空やベテランの鬼教官である剛の存在によって、教える立場ではなく教えられる立場になってしまい、完全にお株を奪われてどうしたものかと途方に暮れていたところ、司から自分のショップの手伝いを頼まれ、悩みに悩んだ末にトレーニング以外の事に触れる事で、自分に出来る事の幅を広げようと思い至ったからなのだとか……

 

「結局、シゲ達の心配は杞憂に終わっちまってたな……」

 

「そうでもないかもしれませんよ?剛さん達が強硬派深海棲艦と遭遇しなかったと言っていた件……、これはもしかしたら何かの前触れかもしれませんし……」

 

「あぁ……、そう言えばそんな事言ってたな……」

 

大鳳に髪を洗ってもらっているのが余程気持ちいいのか、摩耶が先程よりもリラックスした様子でこの様な事を口にすると、それに反応した大鳳は作業の手を止めずに、やや深刻そうな表情を浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた摩耶もまた、眉間に皺を寄せながらこの様に呟くのであった

 

その後、洗髪が終わった摩耶と大鳳は、この件に関しての自分達の推測を交わしながらドライヤーで髪を乾かし、髪が乾き切ったところで摩耶は難しい表情を浮かべながらファッションショップを後にするのであった

 

 

 

 

 

一方その頃……

 

「シゲェッ!!!おめぇぜってぇ能力暴発させんじゃねぇぞっ!!?」

 

「そんなん分かってますってっ!!!輝さんの方こそ力み過ぎて地盤沈下起こしたり、能力暴発させてアニキの同期の人の実家を高層ビルで貫いたりしないで下さいよ!?!」

 

目的地に到着したシゲ達は、それぞれの役目を果たすべく行動を開始していたのであった

 

因みに役割分担の内容だが、空と輝とエイブラムスの2人と1柱がイオッチから教えられたポイントを真下に向かって地面を掘り進んでいき、それによって出た土は鎮守府(張りぼて)の農耕地に使うべく、天龍と龍田が駆るポリ戦車(タンク)と織り手達が鎮守府(張りぼて)に運び出し、シゲは自分達が通って来た坑道に石油が入って来ない様にする為の、開閉弁の役割を持つゲートの様な物の設置を担当、護はそのゲートの開閉操作をする為の電波を送る為に必要になって来る中継点の設置を受け持ち、暁は護に同行し中継点の設置ポイントの目印となっている織り手達を見つけ、都度護に報告すると言った感じになっている

 

如何して暁がこの様な役割を担っているかと言うと、彼女は何故だかよく分からないのだが、妙に織り手達に懐かれているのである。この件についてエイブラムスが織り手達に対して、何が理由で暁に懐いているのか尋ねたらしいのだが、織り手達自身もその理由が分からない様で、返事はどれも曖昧なものであったのだとか……

 

尚、この原因が発覚するのは、彼女が自らの手で栽培したショゴス達に、自分達の女王として崇められる様になってからだったりする……

 

又、栽培ショゴス達に女王として認められた事が切っ掛けで、暁は古のもの達の手から逃れた天然ショゴス達の面倒を見ていた外なる神、ウボ=サスラに気に入られたりするのだが、それはまだ先の話である……

 

それはさて置き……

 

「よっし!設置完了っ!!何時でもやっちゃって下さいっ!!!」

 

「待ってましたってなぁっ!!空っ!!ラストは景気よくやろうじゃねぇかっ!!!」

 

「正直に言えば、あまり気乗りはしないのだが……。もうここまで来てしまったんだ、いい加減俺も腹を括るとしよう……っ!!」

 

「じゃあショーシェーは退避しておくディシュ~」

 

ゲートを鎮守府(張りぼて)である程度作っておいたおかげか、輝の艤装から取り出したゲートを予定より早く設置し終えたシゲがそう宣言すると、待ってましたとばかりに輝が気合を入れ直し、ハンマーの先端を自身の艤装に銜えさせながら空に向かってこの様な言葉を掛けると、空は溜息を1つ吐いた後その表情を引き締め、そのやり取りを傍から聞いていたエイブラムスは、そう言いながらシゲがいるゲートの方へとそそくさと退避するのであった

 

その後、空はライトニングⅡを使って急上昇し、輝が力一杯艤装付きハンマーを自分達の足元にある岩盤に振り下ろそうとしたところで空が急降下を開始、そして輝のハンマーが岩盤に叩きつけられるタイミングに合わせる様にして、急降下してきた空が上からハンマーにライダーキックの如く蹴りを叩き込んだところ、その衝撃に耐えられなかった岩盤は粉々に砕け散り、岩盤の下にある地面も巨大な化物が口を開くかの如く割れていき、それはやがてイオッチが発見した油脈に到達、油脈の中にあった石油はその割れ目から何もかもを飲み込まんとばかりに、勢いよく噴き出すのであった

 

その光景を目の当たりにしたシゲは……

 

「ちょっとおおおぉぉぉーーーっ!??足場になってる岩盤全部ぶっ壊してどうするんですかあああぁぁぁーーーっ?!!これから必要以上に石油が出ない様にする為のパイプ設置するんでしょうがあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

思わずそう叫ぶのであった……

 

尚、空が蹴りを入れた直後、輝の身体を引っ掴んでライトニングⅡ上に引き上げ、急いでゲートに向かっていた為、岩盤を破壊した2人が石油に押し流される様な事は無かった模様



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極北の琵琶法師

2020/5/26 15:10 法師の名前に誤りがあった為、修正しました

正しくは『氷海法師』となっております……


目当ての石油を無事発掘する事に成功した空達であったが……

 

「シゲ、その白はポンだ」

 

「「ぎゃああぁぁぁーーーっ!!!」」

 

「これで空さんは大三元確定ッスねぇ……、もしこの状況で輝さんが放銃しようモンなら、大三元を確定させたシゲと仲良く飛びッスね~。いや~、さっきのサマバレの罰符がここで響いて来たッスね~」

 

「くっそぉ……、護ぅ……、お前後で覚えとけよぉ……」

 

空と輝が勢い余って足場となる岩盤を粉々に破壊してしまった事と、石油が噴き出す勢いが思った以上に強いせいで、噴出する石油の勢いが収まるまで配管が出来ない状態となってしまった為、石油の噴出が落ち着くまでの間暇になってしまった空達は、輝が持ち込んだカード麻雀を興じて時間を潰していたのであった

 

因みに今回の麻雀のルールは、対戦治郎ルールとして見つからなければイカサマの使用が認められており、もし見つかった場合はチョンボとして全員に親子関係無しに4000点の罰符を払う事になっている

 

このルールが出来た原因には、軍学校の入試の際に見せた戦治郎の豪運の存在があり、戦治郎に親を渡さない様にするには、イカサマを使ってでも高い役でスピーディーに上がり続け、何が何でも戦治郎を親になる前に飛ばす必要があった為、30代ズの提案でこのルールが設けられたのだとか……

 

尚、先程の護と輝のやり取りで察する事が出来ると思うが、空の大三元が確定する前、輝はスタジャンの袖に仕込んでいたカードを手札とすり替える事で、国士無双13面待ちを仕掛けようとしていたのだが、それを護に見抜かれてしまった為、チョンボ罰符を払うハメになったのであった

 

因みに現在大三元が確定している空だが、彼もまたイカサマを使って今の状況を作っており、その内容は輝よりも大胆なもので、光速正拳突きの要領で山札から必要なカードを引き抜くと共に、手札のいらないカードを山札の中に差し込むと言うものでとなっている。これに関しては、シゲが一応目を光らせてはいるのだが、空の腕の動きがシゲの動体視力を遥かに上回っている事が原因で、未だに見抜かれてはいないのだとか……

 

その様子を空の背後から見ていた天龍は……

 

「こうまでしねぇと倒せねぇ戦治郎さんって、一体どんだけつえぇんだよ……?」

 

只々愕然としながら、この様な事を呟くのであった……

 

 

 

 

 

こうして空達がカード麻雀を興じている頃、ロシアの北にあるカラ海よりも更に北にある北極海のド真ん中で、以前空がパンツ調査を行った際に出会った、始達と共に行動していた比叡は、寒さにその身を震わせながらも、何かを探す様にキョロキョロと辺りを見回しながら航行していたのであった

 

「師匠の事だから、きっとこの辺りにいるはず……っ!」

 

そんな彼女がそう呟いたその直後、微かながら琵琶の音色が彼女の耳を打ち、それに気が付いた比叡は急いで琵琶の音色が聞こえた方角へと顔を向け、腰に差した打刀を揺らしながら全速力でそちらへ走り出すのであった

 

そして……

 

「師匠っ!!!ようやく見つけましたよっ!!!!!」

 

目当ての人物を発見した比叡は、喜びとやる気が絶妙なバランスで混ざり合った様な声でその人物に声を掛ける。すると琵琶を弾きながら何処かへ向かってゆっくりと海上を歩いていたその人物は、琵琶を弾くその手と歩みを止めて比叡の方へと顔を向け……

 

「ヒエイ……、またアナタデスカ……。前にも言いましたガ、拙僧は剣術に関する弟子入りは認めていませんヨ……」

 

比叡の姿を確認すると、彼女に向かって溜息交じりにこの様に言い放つのであった

 

さて、比叡が師匠と呼び慕うこの人物、その恰好は極めて奇抜なものとなっており、一言でその姿を表現しようとすると、如何しても『痴女』と言う言葉が真っ先に出て来てしまうほどである……

 

サイハイブーツを履き、マントを羽織ってはいるものの、マントの前を閉めていないせいで恥部を前張りで隠している事以外はまともに衣服を着ていない事が丸分かり、中々に実った2つの乳房は左右をそれぞれ顎くらいの高さで纏めた髪によって隠されている……。所謂『裸マント』と言う状態なのである……

 

これでもかなり異様な格好と言えるのだが、それを更に際立てている物が何と3つもあるのである……

 

その1つは今彼女(?)が手にしている琵琶なのだが……、それ以上のインパクトを与えて来る物として、彼女(?)が装着する艤装が挙げられる……

 

彼女(?)の艤装は黒い巨大な2本の腕の様な形状をしており、片方だけでも彼女(?)本体より大きく、かなりの威圧感を発する物となっているのだが……

 

それをぶち壊す様に、彼女(?)の艤装はそれはそれは巨大な(りん)……、仏壇によくあるあのチ~ンと鳴るアレと、それを鳴らす為の鈴棒を持っているのである……

 

これで2つほど彼女(?)の異様さを際立てる外見的特徴を挙げたが、先程も言った通り彼女(?)の異様さを際立てているものは3つ……、後1つ存在するのである……

 

その最後の1つと言うのが、彼女(?)が被っている帽子である

 

彼女(?)が被っている煙突の様な帽子……厳密には冠だが、本来ならばそれは頭の上に乗せる様な感じで被る物なのだが、何をトチ狂ったのか彼女(?)はそれをすさまじく深く……、虚無僧の笠の如く顔全体をスッポリと覆ってしまうほどに深く被っているのである……。その冠にそれほどの伸縮性があるのか疑問に思えて来るところだろうが、既に出来てしまっているのだから今更気にするべきではない……

 

「師匠が戦いが嫌いな事は知っていますっ!可能ならば武力を使う事無く、この世界の海上を彷徨う魂達を、深海棲艦達を鎮めたいと考えている事もっ!!ですが私には師匠が持つその剣術が如何しても必要なんですっ!!!ですからお願いしますっ!!!!私に師匠の剣術を教えて下さいっ!!!!!」

 

この変質者に弟子入りを断られてしまった比叡だが、それでも尚も真剣な表情を浮かべながら食い下がり、仕舞いには土下座しながら彼女(?)に剣術の師事を乞うのであった

 

比叡が空と出会った際に触れたと思うが、比叡は佐世保の金剛に認められたい一心で、ドロップ艦としてこの混沌とした世界の海に飛び出し、その道中で強硬派深海棲艦に襲撃されて沈められそうになった事があるのだが、その時に彼女を強硬派深海棲艦達から助け出したのが、今彼女の目の前に立つ深海棲艦……、異様な姿をした北方水姫なのである

 

その時に比叡が目にした北方水姫の剣術……、それは比叡が剣術に魅了されてしまう程に美しく、素晴らしいものであったらしく、金剛に認められたいと思っていた比叡は、彼女(?)の剣術を体得する事が出来れば金剛に認められるのではないか?と思い至り、日本に連れ戻された後、何とか日本刀を調達すると北方水姫を探し出し、剣術を師事してもらうべく、日本刀を手に再びドロップ艦として海に飛び出したのである

 

こうして再び海上に立った比叡は、幾度となく深海棲艦の襲撃を受けるのだが、脳裏に焼き付いた北方水姫の動きを思い出しながら剣を振るう事で、これらの苦境を次々と乗り越え、そうする毎に益々正式に北方水姫の弟子になり、剣術の腕を磨く事を望む様になっていた……

 

故に再び北方水姫と出会えたと言うこのチャンスを、比叡は物にしたくて物にしたくて仕方が無かったのである。だから彼女は、北方水姫に対して土下座までしてみせたのである……

 

「ソコまでされてしまってハ……、断る事が出来ないではないデスカ……」

 

そんな比叡の姿を目の当たりにした北方水姫は、再び溜息を吐きながらこの様な言葉を口にし、その言葉を聞いた比叡は満面の笑みを浮かべながら顔を上げる

 

と、その直後である……

 

「……師匠?」

 

「ヒエイも感じ取りましたカ……、彷徨える者(深海棲艦)達とは違ウ……、異質な気配ヲ……」

 

深海棲艦と戦う術を持たないドロップ艦でありながら、師の見様見真似の剣術を用いる事で今まで生き残り続けて来た事で、半人前とは言え剣客としての才覚が目覚めた比叡と彼女の師である北方水姫は、これまで感じた事が無い様な異様な気配を感じ取ると、顔を見合わせる事無くこの様なやり取りを交わし、周囲を警戒し始めるのであった……

 

それから間もなく、異質な気配の正体が姿を現す……

 

「これは……?」

 

「ナルホド……、これは亡者の類デスネ……。彷徨える者(深海棲艦)や人間の身体の一部を使用する事デ、自身の思い通りに動く傀儡を作り出している様デス……」

 

それを……、グリーンランドに本拠地を構えるアビス・コンダクターに所属する山城 駆が、拠点を防衛する為に近海に撒き散らしたと思われる、強硬派深海棲艦を基に作り出した死霊兵を目の当たりにした2人は、各々に思った事を言葉にして放ち、直後に死霊兵が攻撃を仕掛けようとして来た事に勘付くと、すぐさま散開して戦闘態勢に入るのであった

 

「ヒエイ、弟子入り最初の稽古の内容ハ、見取り稽古としまショウ。アナタは下がって拙僧の動きをよく見ていてクダサイ」

 

「分かりましたっ!!」

 

今にも死霊兵に斬りかかりに行きそうな比叡に向かって、北方水姫はこの様な事を言って彼女を制止し、それを聞いた比叡は素直にその言葉に従い、後方に下がって北方水姫の一挙手一投足を見逃すまいと、目を皿の様に開いて彼女(?)の戦いを観察する事にするのであった

 

こうして比叡の師匠である北方水姫……、いや、北方水姫の転生個体にして『氷海法師』の名で日本中を行脚しつつ、琵琶を用いた独特の説法を説いて回っていた流浪の帰化ロシア人僧侶、ナザール(Назар)=ラスプーチン(Распутин)は、琵琶に仕込んだ倶利伽羅剣の鯉口を静かに切るのであった……




氷海法師ことナザール=ラスプーチンの名前は、帰化申請して改名した後の名前と言う設定です

父称まで入れちゃうと、日本だとややこし過ぎるからね……、シカタナイネ……


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目覚めし者

彼は幼き頃より日本と言う国に深く興味を持っていた

 

そうなった切っ掛けは彼の祖父から聞かされていた話なのだが、その内容は正直とても褒められたものではなかった……

 

彼の祖父はその昔、ロシアが日本と戦争し敗北してしまった事がとても気に入らなかったらしく、何かにつけて日本を侮辱する様な言葉を吐いていたのである……

 

この様な感じで祖父から反日感情を煽る様な言葉を聞かされながら育っていたにも関わらず、如何して彼は日本に興味を持ったのか……?

 

彼の祖父は日本を侮辱する際、ロシアは偉大な国であると、そんじょそこらの国には負けない素晴らしい国であると、やたらロシアの凄さを誇張して話していたのである

 

それにより幼き頃の彼は、そんなロシアを倒した日本と言う国は、一体どれだけ凄いのだろうか?と言った感じで、子孫に反日感情を植え付けたい祖父の思惑とは全く逆の形で日本に興味を抱いたのである

 

この日本への興味は彼が成長するに連れて興味から憧れへと姿を変えていき、それは彼をロシア屈指の日本オタクにしてしまうのであった

 

そんな彼が大人となり、金銭を稼ぐ手段を手に入れたところで、彼は日本の事をもっと深く知る為に日本に長期滞在する事を決意し、その為の資金を稼ぐ為に必死になって働く傍ら、日本語の事を猛勉強したのであった

 

そうした努力の甲斐あってか長期滞在の為の資金はすぐに貯まり、彼はその資金とまだまだ頼りない日本語の知識を携えて、念願の日本での生活を開始したのであった

 

この時彼が真っ先に実行したのは、剣術の道場に入門する事であった

 

日本オタクとなっていた彼は、まだインターネットが普及していない時代であった関係で、図書館などを利用して膨大な量の日本の情報を集めており、その中で日本海軍は武士道を重んじていた事を知ると、武士道のルーツについても調べ上げ、武士や侍に対しても興味を抱く様になったのである

 

そう言った経緯で剣術道場に入門した彼は、仕事の関係で道場内で唯一ロシア語が話せると言う少し歳が離れた先輩の世話になりながら、1ヶ月と言う短い期間で剣術と日本語をしっかりとマスターする事に成功するのであった

 

尚、彼の太刀筋を見た件の先輩とやらは

 

「お前は本当にロシア人か?そこら辺の連中なんかよりもよっぽど才能があるぞ……。此処で本格的に剣術を学べば、お前は確実に化けるだろうよ……。……ビザを長期滞在で申請してるのが、ちょっちどころじゃなく勿体無いな……」

 

心底残念そうに、この様な言葉を口にしていたりする……

 

因みにその先輩と言うのが、若かりし頃の現長門コンツェルンの創設者、長門 正蔵だったりする……

 

こうして剣術と日本語をマスターした彼は世話になった道場を去り、2ヶ月と言う時間を使って日本中の仏閣や神社を渡り歩くのだが、そこで彼の好奇心が鎌首をもたげる……。そう、彼はこの時に仏閣や神社が持つ、独特の雰囲気に魅了されてしまったのである……

 

こうなってしまった彼は誰にも止める事が出来ず、ビザの有効期限が切れる前に帰国した彼は、日本に帰化する事を決意すると長い月日を費やして準備を進め、帰化申請が無事に受理され日本に移住すると、すぐさま寺に入門し修行を開始するのであった

 

これが彼の運命を大きく変える切っ掛けとなるのであった……

 

寺に入門した彼は、自身の身体の中に迸る情熱に従い、普通の修行だけでは飽き足らず、厳しさのあまり修行中に死者が出てしまう様な苦行にまで手を出したのである……

 

周りの者がその厳しさに耐え切れず逃げ出したり、命を落としてしまう中、彼は剣術道場で培った精神力を用いて必死になってあらゆる苦痛に耐え、苦行を遂行していた……

 

そんなある日、遂に彼は苦行中にとある存在との邂逅を果たす……

 

苦行による苦痛で意識が朦朧としていた中、不意に周囲がブラックアウトし、突然の出来事に彼が驚いていると、何の前触れも無く彼の目の前に後光を放つ何者かが姿を現し……

 

「深い悲しみや怒りに晒され、絶望を抱く彷徨える者達を鎮めてあげなさい……」

 

混乱する彼に対してそう言い放つと、突然激しく輝き出した後光と共に、一瞬にして彼の目の前から姿を消してしまうのであった……

 

最早何が起こったのか理解出来ず、先程以上に彼が混乱していると、突然凶悪な睡魔に襲われた様な感覚に陥り、次に気が付いた時には、彼の身体は病院のベットの上に横たわっていたのであった……

 

その後彼は検査入院を経て寺に戻る事になったのだが、寺に着いて何気無く寺の敷地内にあった墓地に視線を向けたところで、彼は自分の身に起こった変化に気が付く事になるのであった……

 

彼の視界の中には大量の人影があった、墓参りのシーズンでは無いにも関わらず、墓地に大量の人影が存在していたのである……

 

そして彼の耳を打つのは、その者達のすすり泣く声や怒りの声……

 

これは一体何なのか?そう思った彼が自分を迎えに来てくれた住職に向かって、墓地にいる者達について尋ねてみるのだが、住職はこいつは一体何を言っているんだ?とばかりに、只々不思議そうな表情を浮かべるのであった……

 

此処で彼はこの者達が、皆この墓地の中で眠る者達の魂であると感付き、住職に今日は修行はせずに療養する様に言い渡された彼は、夜中にこっそりと部屋を抜け出し、無念によって成仏する事が叶わず、浮世を彷徨い続ける魂達が集まる墓地へと向かうのであった……

 

そうして真夜中の墓地に辿り着いた彼は、手始めにその場で蹲り泣きじゃくる子供の魂の方へ、その悲しみを取り払わんと手を伸ばし、子供の魂に触れる事が出来た事に若干驚きつつも、その頭を優しく撫でて上げながら励ましの言葉を掛け、霊が何とか落ち着いたところで心を込めて経を唱え、その霊を成仏させてあげるのであった……

 

こうして子供の霊を成仏させた時、彼はふと苦行中に起きた出来事を思い出し……

 

「アレは……、まさかオシャカ様だったのでしょうカ……?アノ方が言っていたのハ、こう言う事なのデスカ……?」

 

自身が邂逅した存在と、その存在が口にした言葉に一頻り驚愕した後、その言葉に従う様に、墓場の魂達を次々に成仏させていくのであった……

 

そして墓場の魂達を全員成仏させた後、彼は静かに床へと戻り、しばらく布団にくるまって考え込み、ある決意を固めるのであった

 

翌日、彼は住職に昨晩の事を話した後、日本中にいるであろう彷徨える魂達を成仏させるべく、旅に出ようと考えている事を打ち明けるのであった

 

この時住職は、彼の話を半信半疑と言った様子で聞いていたのだが、直後に墓地に眠っている者達の遺族の方々から、夢の中で彼等に感謝され、自分達の中でも彼等の死を受け入れる事が出来、お互い笑顔で別れを告げる事が出来たと言った、喜びと感謝の電話が殺到し、それらを受けた住職は彼の言葉を信じる事にし、彼を送り出す事にするのであった

 

その際住職は彼の生まれなどに因んで『氷海』と言う僧名を送り、以後彼は『氷海法師』と名乗り、日本全国の彷徨える魂達を鎮める旅に出るのであった

 

その旅の中で彼は琵琶を用いて経を読む事を思い付き、自身が体得している剣術を遺憾なく発揮出来る様、護身用の木刀を仕込んだ琵琶を手に旅を続けるのであった

 

それから月日が流れ、彼が62歳を迎えた頃、大きな地震が日本を襲い、多くの者が命を落としたと言う報を受けた彼は、急いで被災地へと向かい独自の経で犠牲者達の魂を成仏させていたのだが、そんな彼に地震によって発生した津波が襲い掛かり、津波に呑まれた彼はそこで命を落としてしまうのであった……

 

そんな彼が次に目覚めた時、その姿は彼にとって今まで全く見た事の無い女性の様な姿……、北方水姫のものへと変貌していたのだが、60歳を過ぎた彼はソレに対しては特に動揺した様子は見せず……

 

「何なんですかここハ……?至るところに憎悪と悲哀が漂っているではないデスカ……」

 

この世界に蔓延する負の感情を感じ取り、その膨大な量に思わず驚愕し、全身から脂汗を出しながらこの様な言葉を零すのであった……

 

こうして艦これ世界にやって来た氷海法師は、この世界の全ての負の感情を取り払う事を決意し、時には負の感情から生まれた強硬派深海棲艦と対峙したり、時には人間達の生活圏に迷い込んでしまい、彼等に強硬派深海棲艦と間違われて攻撃されながらも、生前から持ち合わせていた霊能力とは別に新たに手にした力をも駆使して、この世界を悲しみや怒り、絶望から解放するべく、広大な海を放浪するのであった

 

因みにこの世界で彼が手にしている琵琶や倶利伽羅剣、艤装が持っている鈴などは、休息の為に立ち寄った小島などに座礁し、放棄されていた輸送船の中にあった木材や鋼材を利用し、慣れない手つきで自作した物だったりする

 

尚、衣服に関しては輸送船が強硬派深海棲艦に襲撃された際に発生した火災によって、全てが灰になってしまっていたらしく、調達する事が出来なかったのだとか……




氷海法師の僧名は、正式な手続きなどをやっている訳では無い為、扱いとしては彼が勝手にそう名乗っていると言った感じです


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霊能力と凍る世界

さて、駆がアビス・コンダクターの本拠地を防衛する為に作り出した死霊兵と対峙する事になった氷海法師だが、彼は仕込み琵琶の鯉口を静かに切った後、死霊兵達の様子を窺いながらゆっくりとした動作で抜刀術の構えを取り、その姿を目の当たりにした比叡は、その構えの美しさに思わず感嘆の声を上げるのであった

 

この時もし戦治郎と通、更には空がこの場にいて、彼の構えを目にした場合、恐らくきっと彼等は法師に正蔵の面影を重ねる事であろう……。尤も、法師は正蔵と同じ道場で剣術を学んだ為、当然と言えば当然の事なのだが……

 

そうして構えを取った法師は……

 

「少々お待ち下サイ……、今拙僧が貴方方をその檻から解放して差し上げマスカラ……」

 

そう呟くや否や、まるで疾風の如く速さで死霊兵達との間合いを詰め、手始めに最前列にいたタ級型の死霊兵の首を刎ねる、そして瞬く間の内に倶利伽羅剣を持つ手を返すとその近くにいた球磨型軽巡艦娘型死霊兵の頭部を袈裟斬りで斬り飛ばすのであった

 

そこから更にその隣に立っていた夕雲型駆逐艦艦娘型の死霊兵の腹を切り払いで一閃、再び手首を捻って突きの構えを取り、直線上にいるリ級型死霊兵との間合いを一気に詰め、その胸に目にも留まらぬ速さで繰り出した突きを放ち、その勢いに乗ったままリ級型死霊兵の背後にいたチ級型死霊兵も、諸共串刺しにしてしまうのであった

 

こうして法師はあっという間に5体の死霊兵を始末し、その様子を見ていた比叡は法師の動きのキレの良さに、満面の笑顔を浮かべながら歓声と拍手を送っていた

 

ここで普通ならば、法師に斬り捨てられた死霊兵達はすぐさまその身体を再生させ、再び法師に襲い掛かって来るはずなのだが、法師に斬り捨てられた死霊兵達は如何言う事か、そのままその身体をボロボロと崩壊させ海へと還っていっていたのであった

 

法師に斬り捨てられた死霊兵達の身に、一体何があったと言うのだろうか?

 

その答えは法師自身と、法師が使う倶利伽羅剣にあった

 

法師と言う人物は寺での厳しい修行の末、釈迦と邂逅を果たしたと言う本物の聖職者であり、その際に霊を見る、霊の言葉を聞く、霊に直接触れる、霊を祓うと言う、複数の霊能力を手に入れた本物の霊能力者でもあるのだ

 

そう、彼は霊視で死霊兵のコアを捕捉し、そのコアに浄霊の力を宿した倶利伽羅剣を叩き込む事で、コアに囚われていたコアの基となった深海棲艦や艦娘の魂を解放し成仏させてしまったのである

 

更に言えば彼が手にしている倶利伽羅剣、これは彼が慣れないながらもなんとか自作した代物であり、製作者である法師自身が本物の聖人である事が理由で半ば退魔の神器と化しており、法師の祓う力を増幅させる力を持っていたのである

 

これにより法師は死霊兵だけでなく、強い怒りや悲しみなどの負の感情から生まれる強硬派深海棲艦に対しても、無類の強さを誇っているのである。実際、強硬派深海棲艦の中でもそこまで強くない個体は、法師の経を耳にしただけで心を浄化され、穏やかな笑みを浮かべながら成仏してしまうのである

 

これは余談だが、艦娘が登場する以前の海軍では、寺の住職などを連れて出撃し、深海棲艦達に経を聞かせて祓おうと言う作戦があったのだが、どの僧侶達も法師ほどの霊能力を持っていなかった関係で、多少足止めするくらいの事には成功したらしいのだが、法師の様に成仏させるまでには至らなかった為、この作戦はそれ以降行われなくなったのだとか……

 

それはさて置いて、自身の剣術と霊を祓う力を駆使して戦う法師は、それ以降も次々と死霊兵達を斬り捨て、成仏させて順調に相手の数を削っていき、戦況を優位に進めていたのだが、ここでちょっとした問題が発生してしまうのであった

 

そう、法師が戦っている場所から少し離れた位置にいる、空母型死霊兵の艦載機が比叡を発見し、死霊兵達は彼女にまで矛先を向けて来たのである

 

空母型死霊兵達が一斉に彼女向けて艦載機を発艦し、戦艦型死霊兵達もそれを支援するかの如く長距離砲撃を開始しており、法師の戦いを見る事に夢中になっていた比叡が気付いた頃には、彼女の視界は艦載機から投下された大量の爆弾や焼夷弾、無数の戦艦の砲弾で埋め尽くされていたのであった……

 

「あ……」

 

それを見た比叡は目を見開きながら短く呟き、これは流石に駄目かもしれないと死を覚悟するのだが、ここで突然不思議な事が発生するのであった

 

何と彼女に襲い掛かって来ていた艦載機達や砲弾などが、まるで空間に固定された様に突然ピタリと動きを止め、次々と海面に向かって落下し始めたのである

 

いや、それだけではない……

 

艦載機達が落下し始めてしばらく時間が経過したところで、落下中のそれらが何の前触れも無く凍り付き始めたのである……

 

「これは一体……?」

 

その光景に驚愕した比叡がこの様に呟き、法師にこの現象の事を尋ねようと法師の方へと顔を向けると、そこにはこれ以上に信じられない光景が広がっていたのであった……

 

何と法師を中心に海上が広い範囲に亘って凍り付き、死霊兵達も氷の塊の中に閉じ込められてしまい、身動きが取れなくなってしまっていたのである……

 

「油断大敵デスヨ、ヒエイ。次からは気を付けなサイ」

 

そんな中、法師は少々困った様な表情を浮かべながら比叡に忠告し、その様子からこの現象は法師が引き起こしたものである事に気が付いた比叡は……

 

「ひえぇ……」

 

只々愕然としながら、思わずそう呟くのであった……

 

さて、この現象は流れからして法師が引き起こした事だと分かったが、具体的に何が起こったのかについてここで触れていこうと思う

 

一見、この現象は法師が転生個体としての能力を使用し、対象を凍らせてしまった様に感じると思うところだが、それは半分は正解と言ったところだろう。その証拠として、法師の能力が単純に対象を凍らせるタイプだった場合、艦載機や砲弾はその場で停止したりせず、氷のつぶてとなりながら比叡に突っ込んで行く事になるはずなのだから……

 

では法師の能力は一体如何いう物なのだろうか?

 

答えは『運動エネルギーを操る』能力である

 

これは如何言う事かと言うと、比叡に向かって飛んで行っていた艦載機や砲弾には、運動エネルギーが発生していた訳だが、法師は自身の能力を利用して艦載機や砲弾に発生している運動エネルギーを全て一旦0にする事で、それらを一時的に動けなくしてしまったのである

 

そしてそこから艦載機や砲弾に働く運動エネルギーの向きを、比叡を避けながら海面の方へと向け、それらを次々と海面に叩き落したのである

 

ここで艦載機や砲弾、更には海面や死霊兵達が凍り付いた理由に触れるが、これは海面上や空気中を自由に動き回っていた水分子の運動エネルギーが、法師の能力によって奪われた事で水分子が自由に動けなくなり、そうして動けなくなった水分子が結合し始めた事で水の固体……、つまり氷になってしまった為である

 

因みに法師はこの能力を使う事で、慣性の法則を無視した急停止や直角移動なども行えるのだそうな

 

尚、法師は自身の手の内を相手にすぐに把握させない様にする為に、自身の能力を氷関係のものであると勘違いさせる為に、なるべく運動エネルギーの方向変更は使用を控え、能力を使用する時は相手を頻繁に氷漬けにしていたりする

 

正直なところ、法師本人はあまり戦いを好んでいないのだが、だからと言って無抵抗で経を唱えるだけではいつか命を落としてしまうと、これまでの経験で理解している為、相手が襲い掛かって来た場合、手札を極力相手に見せない様に注意しつつ、迎え撃つ方針を取っているのだとか……

 

話を戻して、法師の能力である『紅蓮散華』によって凍り付いた死霊兵達は、この後凍った海面上をフィギュアスケートの選手の如く、軽やかに且つ美しく滑りながら移動する法師の剣術によって、全員が抵抗する事も出来ずに斬り捨てられ、成仏する事となるのであった

 

「お見事です師匠っ!!いや~……、まさか師匠にこんな力があるなんて……。正直ビックリしましたっ!!!」

 

「出来れば使いたくはなかったのデスガ……、今回ばかりは仕方がアリマセンネ。さて、先程の方々も無事に天に召された事デスシ、そろそろ此処を離れまショウ。もしかしたらあの方々をあの様な姿にした張本人ガ、また何かを仕掛けて来るかもしれませんカラネ……」

 

「あぁ、そう言えば師匠はさっきの連中を見た時に、傀儡がどうこう言ってましたね……。そう言う事なら急いで此処から離れましょうっ!!!」

 

死霊兵達を全て成仏させ終えた法師が、倶利伽羅剣を琵琶に納刀しながら比叡の下へと戻ったところ、比叡は興奮した様子で法師に向かって話し掛け、それを受けた法師は苦笑しながら比叡にこの様な提案をし、それを聞いた比叡は一瞬難しそうな表情を浮かべた後、すぐに快活な笑顔を浮かべながら法師の提案を呑み、急いでアビス・コンダクターの防衛圏から離脱するのであった

 

その後、法師は比叡と共にこの狂った世界の至る海を、深海棲艦達を経や剣術を用いて成仏させながら渡り歩き、比叡は法師の指導でメキメキと剣術の腕前を上達させていくのであった

 

そんな2人が戦治郎達と出会うのは、まだしばらく先の話となっている……



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送る側も想定外なプレゼント

極北の地で比叡が自身が師と仰ぐ氷海法師と再会し、ちょっとした襲撃に遭いながらも弟子入りを果たしている頃、戦治郎達は無事に軍学校に帰還し、戦治郎達が例の基地から機材を貰って来る事を事前に聞かされていた教官達の手を借りながら、車に積み込んでいた機材を降ろし、機材を保管している倉庫に運び込んでいたのであった

 

その際、基地制圧戦のどさくさに紛れて戦治郎達が戴いて来た最新の機材は、貰って来た戦治郎達が独占して使える様にと、その倉庫とは別の、基本生徒達が早々立ち入らない様な場所に運び込まれるのであった

 

これに関しては教官達だけでなく校長にも移動中に話を通していた為、戦治郎達は軍学校側からは特に独占に関して咎められる事は無く、逆に鎮圧戦に巻き込まれてしまった事に対して、これを仕組んだのが戦治郎であるなど、細かい事情を知らない軍学校関係者からは同情や慰めの言葉を貰う事となるのであった

 

そうして戦治郎達が機材の運搬をしていた中、不意に紅葉のスマホに着信が入り、それに気が付いた紅葉は少々不機嫌になりながら誰からの着信であるかを確認、それが自身の家族からのものである事が分かると、戦治郎達に一言断りを入れてからこの場を後にし、通話を開始するのであった

 

(おっ!空達がやってくれたか?)

 

そんな紅葉の様子を見ていた戦治郎は、タイミング的に空達が手筈通りに温泉を掘ってくれたのだと思い、ニヤニヤしながら機材の運搬をしていたのだが……

 

(……ん~?な~んか予想よりも紅葉のリアクションが激しくな~い?)

 

機材を運び終え車の所まで戻って来た戦治郎が次に紅葉の様子を確認した時、紅葉は顔色を真っ青にしながらスマホに向かってがなり立てており、紅葉の様子がどうもおかしい事に気付いた戦治郎は、思わず怪訝そうな表情を浮かべるのであった

 

それから間もなくして、戦治郎の存在に気が付いた紅葉は一度通話を切り、スマホを懐に仕舞い込むと猛ダッシュで戦治郎の所まで駆け寄り……

 

「ちょっとあんたっ!!これは一体如何言う事よっ!!?まさかこれが餞って奴なのっ!?!」

 

「ちょっち落ち着け紅葉、実家の地下から温泉が出たってので驚くのは分かるが……」

「温泉っ!?何言ってんのよっ!!出て来たのは温泉じゃなくて石油だって、今姉さんから電話入って来たんだからっ!!!」

 

「アイエエエッ!!セキユッ?!セキユナンデッ!??」

 

混乱の極致に至った紅葉は物凄い剣幕で戦治郎に詰め寄り、そんな紅葉の気迫に気圧されてしまった戦治郎が、後退りしながら温泉の件を弁明しようと口を開くのだが、紅葉は戦治郎の言葉を遮って先程の電話の内容を戦治郎に話し、それを聞いた戦治郎は想定外の石油と言う単語に驚愕し、激しく動揺し始めるのであった

 

それもその筈、輝の提案で空達のターゲットが温泉から石油に変更された件に関して、戦治郎は本当に何にも知らされていないのである。故に戦治郎は紅葉の口から飛び出して来た石油と言う言葉に対して、大いに驚愕し困惑したのである

 

その後何とか落ち着きを取り戻した戦治郎は、同じく正気に戻った紅葉から石油が出て来た経緯について尋ね、彼女の話を聞き終えると即座にスマホで空に連絡を入れ、空の方から温泉狙いから石油狙いに変わった理由を聞き出すのであった

 

因みに紅葉の話によると、彼女の実家に役所の依頼で水道管の調査をしたいと言う、スーツ姿の女性が数名の作業員を引き連れてやって来て、紅葉の姉から許可を取ると早速彼女達の実家の庭を工事し始めたのだとか……

 

これに関しては当初から戦治郎が計画し、地方自治体に許可を取りにいっていた事もあって、戦治郎も落ち着いて話を聞けていたのだが、工事中に突然そこから石油が噴き出して来たと聞くなり、心底不思議そうに顎に手を当てて小首を傾げるのであった

 

尚、件のスーツ姿の女性と言うのは変装した空の事であり、作業員も変装した輝達の事だったりする

 

そして現場の責任者であった空から話を聞き終えた戦治郎は……

 

「石油は駄目って言ったでしょ~~~?如何して勝手にそんな事しちゃうの~~~?俺、これ以降どんな顔して紅葉に会えばいいと思ってんの~~~?」

 

『済まない戦治郎……、俺ではああなった輝を止める事が出来なかったんだ……』

 

「それをやるのが責任者の仕事でしょ~~~?」

 

『本当に済まない……』

 

今回の件ばかりは流石に許容出来なかったらしく、心底困った様な声色の中に鋭い棘を潜ませながら空を叱責し、それに対して空は輝達の暴走を止められなかった事に本当に責任を感じているらしく、只管戦治郎に向かって謝罪の言葉を口にするのであった……

 

こうして事の真相を知った戦治郎は、深い溜息をついた後、苦笑しながら紅葉の方へと顔を向け……

 

「え~っと……、その……、何だ……。例の餞は当初の予定だと温泉だったのですけれど、こっちの不手際で急遽石油になってしまいました……」

 

「不手際で石油って何なのよ……?いえ、それよりもこの石油はどうしたらいいのよ……?」

 

「取り敢えず海軍辺りに売ったらどうだ?海軍の補給基地には艦娘の艤装用燃料用の製油設備あるし、多分結構な額で取引してくれるはずだわ。あぁ、初回の取引については、今回の件の詫びの意味も込めて俺の方から可能な限りサポートさせてもらうぜ。それ以降はお前さんの家族の経営手腕次第だな、流石に全部俺が面倒みたりすると……、な……?」

 

紅葉とこの様なやり取りを交わし毅達に残りの機材の運搬をお願いした後、紅葉を連れて自室へと戻り、紅葉に正蔵直伝の長門流交渉術を伝授しながら、紅葉の家族用のマニュアルの作成を開始するのであった

 

これにより宮島家の借金は即座に消し飛ぶ事となり、紅葉を除く宮島家の面々は戦治郎が懸念していた通り長門屋鎮守府全肯定botと化し、紅葉に複雑な感情を抱かせながら、戦治郎の頭を抱えさせる事となるのであった

 

 

 

一方その頃、作戦を終えて鎮守府に帰投した剛が、自室でPCを使って今回の騒動の報告書を作成していると、不意に通信機から伊吹の声が聞こえて来るのであった

 

伊吹からの通信は珍しいと思い、詳しい話を聞いてみたところ、如何やらΞの時の失敗を活かして作ったと言う、剛専用のパワードスーツが完成した為、スーツの微調整の為のデータを取る為に1度ガダルカナルか海戦ちゃんぽん要塞のどちらかに来て欲しいのだそうな

 

それに対して剛は、こちらで微調整するのはどうかと提案したのだが……

 

『実はそいつに搭載されちょる装備の都合で、今の状態では日本にこのパワードスーツを持ち込めんのですよ……』

 

「その装備って?」

 

『剛さんに言って分かるかどうか分からんのですが、山のバーストンの多弾頭核ミサイルって奴が……』

「あぁ、確かにそれは非核三原則を唱える日本には持ち込めないわねぇ……」

 

伊吹の返答をある程度聞いた剛は、核ミサイルと言う単語だ出るなり、即伊吹の言葉を遮る様にしてこの様な言葉を口にするのであった

 

その後剛は伊吹の頼みを引き受ける事にし、後日不知火と瑞穂、陽炎と時雨の4名を連れてガダルカナル島に向かう事となるのであった

 

因みに件のパワードスーツ、グレートゼオライマースーツが抱えている核弾頭の問題は、空がクロム・ドラゴンスーツの改良の際に生み出した対深海棲艦用核弾頭『レッドキャップ反応弾』のデータのおかげで何とか解決するのだが、その弾頭を作るのに多大な時間が掛かってしまった事と、以前にも触れたがある事情で剛がツァトゥグァが釧路で密かに経営している神話生物用の病院に入院する羽目になってしまった為、スーツが剛の手元に届くのは相当先になってしまった模様



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ソイヤ!ソイヤ!!ソイヤ!!!

今更ながら、タグに『メタルマックスシリーズ』を追加しました


剛達率いる長門屋鎮守府(張りぼて)特別警察隊による基地制圧戦と、送り主である戦治郎自身も盛大に驚いた紅葉へのサプライズプレゼントから数日経ったある日、剛は瑞穂、不知火、陽炎、時雨の4人を連れて、伊吹との約束を果たす為に久方振りに穏健派連合の総本山であるガダルカナル島へとやって来ていたのであった

 

剛達が島に到着すると先ずは伊吹と2P、更には穏健派連合の指導者であるリチャード夫婦が彼等を温かく出迎えてくれ、横須賀鎮守府で開催された大会議以来、久しぶりに再会した剛とリチャードが他愛もない雑談を展開している中、伊吹は件のパワードスーツを格納庫から持って来ると告げ、2Pを伴ってこの場を後にしようとするのだったが

 

「伊吹さん伊吹さん、ちょっといい?」

 

そこで不意に陽炎が、伊吹達に向かって話し掛けて来るのであった

 

「何じゃ?ワシに何か用か?」

 

「いや~、ちょっとここの格納庫の戦車達を改めて見てみたいと思ってね」

 

「そう言えばシゲさんが言ってたね、ここには色々な戦車があるって」

 

伊吹が不思議そうに小首を傾げながら陽炎に用件を尋ねてみると、陽炎は悪戯っぽい笑みを浮かべながらこの様な返事をし、それを聞いた時雨が興味深そうな表情を浮かべながらこの様な事を口にするのであった

 

如何やらこの2人、基地制圧戦に戦車隊として参加し、その中で陸上戦での戦車の有用性を深く理解した事が切っ掛けとなり、戦車に興味を持つ様になった様である

 

そしてガダルカナルに来る2日前、朝礼で剛が今回の件を特警隊のメンバーに話した際、ガダルカナルの格納庫に大量の戦車がある事を思い出し、その戦車群を改めて見たいと思った陽炎が剛に同行したいと申し出、それに便乗する形で時雨も同行を申し出た結果、最近になって戦闘能力が格段に上がった通の後押しもあって、2人にも同行の許可が下りたのであった

 

因みに時雨はガダルカナルの格納庫に入り、中の様子を実際に見た事は無いのだが、先程のセリフの通りガダルカナルの格納庫の事をシゲから聞いており、南方海域にいた頃に行っておけば良かったと若干後悔しつつ、格納庫に眠る戦車達が一体どの様なものであるかと、期待に胸を膨らませていたのだとか……

 

こうして陽炎達の事情を聞いた伊吹は2人の申し出を快諾し、陽炎が乗って来たペーガソスの上に2Pと共に乗って、剛専用のパワードスーツであるグレートゼオライマースーツが保管されている格納庫へと向かうのであった

 

 

 

 

 

「此処は本当に凄いね……、レオパルドにエイブラムス、メルカバに10式戦車まであるんだね……」

 

「ホントバリエーションが豊富ね……、あっちには輝さんが持ってるバスみたいな奴もあるし、それ以外にも消防車や機関車、新幹線まであるじゃない……」

 

「今ならゼノに登場した戦車もあるで。そこの陽炎のペ-ガソスに似た戦車……、マルチレグなんかがそうじゃな」

 

そうして格納庫に到着した陽炎達は、グレートゼオライマースーツを乗せたトラックを取りに行った2Pを待っている間、伊吹に戦車の解説をしてもらいながら、格納庫内の戦車達を1つ1つ見て回っていたのであった

 

その最中、不意に向けた視線の先に存在していた戦車を見て……

 

「ぶっ!?」

 

陽炎は思わず吹き出し、顔を手で覆いながらその場で蹲ってしまい、そんな陽炎の様子を時雨が不思議そうに見ていると、陽炎が全身をプルプルと震わせながら件の戦車を指差し、怪訝に思った時雨がその指先を視線で追ってみると……

 

「あれは……、御神輿……?」

 

そこにはそれはそれは立派な担ぎ棒が4本付いており、その担ぎ棒1本につき3体の法被姿の人形をぶら下げ、豪奢な装飾が施された本体からは足袋を履いた丸太の様に太い脚が4本生えた、祭なんかで見かける神輿の様な何かが存在していたのであった

 

これだけでもかなり異様な姿をしている神輿だが、その異様さは神輿に取り付けられた装備によって更に際立たされていたのであった……

 

先ず目を引くのは神輿の胴と屋根の正面から生えた龍の首の様な2本の主砲、そのどちらも黄金色に塗装されているのか、それはそれは神々しい輝きを眩く放っており、屋根の両サイドにはこれまた金色の、龍の頭の様な形をしたショベルカーのバケットの様な物がそれぞれ取り付けられ、屋根の頂点には時雨のキュクロープスに取り付けられている閃光迎撃神話とよく似た何かが、まるで風見鶏の様にチョコンと乗っかっていたのであった……

 

「あぁ、あれは『新宿ウォーカー』っつってのう、神輿型戦車の『ソイヤウォーカー』の強化型じゃ。見てくれはアレじゃが、装備は全部ワシがトコトン改造を施しちょるから、悪くない性能にはなっとるはずじゃ」

 

この異様な神輿を目の当たりにした事で、時雨はその表情を引き攣らせて硬直し、その様子から2人の様子がおかしくなった原因を把握した伊吹は、何処か得意げになりながらこの異様な神輿の正体について話すのであった

 

因みにこの神輿の装備だが、エンジンはV1000コング×2、Cユニットは迎撃の精度を上げる『迎撃補助』と戦車の操作性と機動性を向上させる事で回避能力を向上させる『身かわし走行』、更に戦車が装備している全ての武器の攻撃が相手に迎撃されなくなる『迎撃回避能力』と言う3つの特性を持ったニューロPACと、装備している主砲を一斉発射出来る様になる『キャノンラッシュ』に主砲攻撃の威力を向上する『キャノンサポート』、更に戦車が装備している全ての武器の攻撃回数を1回増やす『グランドストライク』と言う特性を持つ機神経絡の2つを装備しているのだとか

 

そしてこの龍の頭の様な主砲は、胴の物は強力な電撃を放つギドラ砲、屋根の物は高温の炎を吐き出す225ミリヒュドラ、龍の頭の様な形をしたショベルカーのバケットの様な物はギドラヘッドと言う名前のS-Eらしく、こちらも225ミリヒュドラ同様広範囲に炎を撒き散らすのだそうな

 

又、時雨が閃光迎撃神話だと思っていた屋根の天辺にあるソレは、閃光迎撃神話と同じ迎撃用S-Eではあるが、レーザービームではなく電撃で砲弾などを撃ち落とす機神護光輪と言うものなのだそうな

 

尚、伊吹がこの新宿ウォーカーに閃光迎撃神話ではなく機神護光輪を装備させたのは、機神護光輪と言う名前に何か神々しさがあり、神輿の様な姿をした新宿ウォーカーにはそっちの方がピッタリだと判断したからなのだとか……

 

「はぁ……、はぁ……、ねぇ、この戦車って誰が使うの……?」

 

「確かに……、スペック的には申し分ないとは思うけど、この外見では誰も好き好んでこの戦車を使おうとは思わないと思うんだけど……?」

 

それからしばらくして、ようやく心の底から込み上げて来る笑いが収まった陽炎が、息を切らせながらこの様な質問を伊吹に投げかけ、それを聞いた時雨も眉間に皺を寄せながらこの様な言葉を口にする……

 

「それがのう……、こいつを自分のセカンド機として使っとる奴がおるんじゃ……」

 

それに対して伊吹が苦笑しながらこの様に返答し、陽炎達が驚きの表情を露わにしているその時である

 

「始……、本当に大丈夫……?」

 

「大丈夫だ……、ちょっと緊張してるだけだから……。だからそんな心配そうな表情すんなよ……」

 

格納庫と居住区を繋ぐ通路の扉が突然開き、そこからこの様なやり取りが聞こえ、それから間もなくしてその声の主達が姿を現すのであった

 

そして不意に聞こえて来た声に反応し、陽炎達が反射的にそちらに視線を向けたところ……

 

「え……?山風……?」

 

その人物達の内の1人に見覚えがあった時雨は、愕然としながらこの様に呟き……

 

「時雨姉……っ!?如何して時雨姉が此処に……っ?!」

 

先程格納庫にやって来た2人の内の1人、現在始と共に穏健派連合の世話になっている山風は、時雨同様驚愕しながらこの様な言葉を口にするのであった……

 

そんな時雨に対して、怪訝そうな表情を浮かべる陽炎が、一体何があったのか尋ねてみると……

 

「山風は……、そこの集積地棲姫に寄り添っているその娘は、行方不明になっていたはずの僕と夕立の親戚の子で、ウチの江風のお姉さんなんだよ……」

 

時雨は信じられないと言った様子の表情のままこの様に答え、それを聞いた陽炎も思わず驚愕し、その場に硬直してしまうのであった……

 

そんな中……

 

「……そこの山風が新宿ウォーカーの持ち主なんじゃが……、今は取り敢えず黙っておくかのう……」

 

この場の空気のせいで蚊帳の外に追いやられてしまった伊吹は、複雑そうな表情を浮かべ、ポリポリともみあげの辺りを指先で掻きながらこの様な事を呟くのであった……



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今はまだ戻れない

日本帝国海軍の内部情報によって山風が行方不明になっている事を知る時雨と、時雨が穏健派連合と繋がりがあるとは知らなかった山風は、しばらくの間揃って言葉を失い愕然としていたのだが、それからまた少し時間が経過すると両者の頭の整理が追い付き、混乱が収まったところで互いの状況を説明し始めるのであった

 

「そうか……、そこの集積地棲姫の転生個体の方が山風を助けてくれたのか……」

 

「積 始だ。まあ名前は日本人のそれだけど、生まれも国籍もアメリカなんだよな」

 

山風の話を半分くらいまで聞いたところで、時雨はそう言いながら始の方へと向き直り、それに気付いた始は自己紹介をしながら、大した事はしていないとばかりに右手をヒラヒラさせ、それでも自分の親戚を助けてくれた事には変わらないと言って、時雨は始に向かって感謝の言葉を述べるのであった

 

その後山風が話を再開し、ガダルカナル島に辿り着いた経緯を話したところで……

 

「空さんが貴方達を此処に案内してくれたのね……」

 

「あの空って奴、お前らの知り合いだったのか?あいつは一体何者なんだ?パンツ調査とか言う訳の分からない事やってるクセに、転生個体の群れを武器無しで瞬殺するとか……。幾ら何でもクレイジー過ぎるだろ……?」

 

「あの人の考えは、僕達どころか彼の親友である戦治郎さんでさえも、分からない部分があるみたいだから……」

 

「正直……、あの人物凄く怖かった……」

 

山風達をガダルカナル島に案内したのが、当時パンツ調査を行っていた空であると知った陽炎は頭を抱え溜息交じりにこの様に呟き、その反応から時雨と陽炎が空の知り合いである事を察した始は、当時の事を思い出しながら2人に向かってこの様な質問をし、それを受けた時雨は苦笑しながら返事をし、自分達を助けてくれた空の事を思い出した山風は、その身をブルリと震わせながら、この様な事を呟くのであった

 

尚、その空が時雨のキュクロープスに蒸気カタパルトを取り付けた事と、艦娘用の蒸気カタパルトをこの世界で生み出した張本人であると知った山風は、愕然としつつも空に対して少々興味を持ったのだとか……

 

その話の後、山風は今度は今の自分達の状況について、ゆっくりと話し始めるのであった

 

ガダルカナルに到着した後、リチャードからこの世界の状況やこの世界にエデンが存在する事、そして自身の両親の仇であるプロフェッサーまでもがいる事を聞いた始が、この世界にいると言う剛と合流し、今度こそプロフェッサーを自身の手で始末する事を決意したのだが……

 

「リチャードから止められたんだ、僕の能力を駆使して剛達を後方から支援する形なら、問題無く今のまま送り出してもよさそうだけど、君がその手でプロフェッサーを殺すつもりでいると言うなら話は別、君の戦闘スキルが圧倒的に足りてない。今のまま剛達の所に行っても、君は足手まといにしかならないし、無茶してプロフェッサーに戦いを挑んだところで、あっという間に殺されるだけだ……、ってね」

 

その時の事を思い出しながら、始はばつの悪そうな表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「それから始はリチャードさんにお願いして、このガダルカナルで戦闘スキルを磨く為のトレーニングをする様になったの。その剛って人の足を引っ張らない様にする為に、そして始のお父さんとお母さんの仇を取る為に……」

 

始の言葉の後、山風は何処か複雑そうな表情を浮かべ、始の事を心配している様な声色で、この様に言葉を続けるのであった

 

そんな山風の言葉を聞いた陽炎が、ふと自分の中に湧き上がった疑問……、それなら如何して山風はそこで始と別れ、当初の目的通り鹿屋基地に帰還しなかったのか?と尋ねてみたところ……

 

「プロフェッサーって言う人の名前を聞いてからの始……、何か物凄く無茶しそうな雰囲気があったから……、どうしても放っておけなくなって……。それにあたしがガダルカナルに辿り着いたのは最近の事で、多分だけどあたしはもう海軍から除籍されてると思うから……」

 

山風はその表情を曇らせながらこの様に返事をし、それを聞いた陽炎と時雨は思わず言葉を詰まらせてしまうのであった……

 

実際のところ山風が行方不明になったのは桂島での騒動以前の出来事……、実に1年前に発生した事件である為、日本帝国海軍は山風をMIA認定し、彼女が言った通り既に海軍から除籍されているのである……

 

その事を実家に帰った際、山風と同じく鹿屋基地に所属していた白露や村雨から聞いて知った時雨や、時雨や両親から山風の件を直接聞いた江風から話を聞いていた陽炎は、思わず押し黙ってしまったのである……

 

こうして場の空気が沈みに沈んだタイミングで、今まで静かにしていたこの男が、遂に口を開く……

 

「そんな山風じゃが、健気にもそんな始の力になりたい、支えてやりたいつって行動を起こしたんじゃいや。ただまぁ、流石に山風じゃとリチャードさんのトレーニングには追い付けんって事で、此処にある戦車を使って始を後方から支援するって事になって、ワシの指導の下鍛え上げられた山風は、スーパーカラシンと新宿ウォーカーを状況に合わせて使い分ける、立派な戦車乗り(ハンター)になったんじゃ」

 

「待って、新宿ウォーカーは兎も角、そのスーパーカラシンって何よ?」

 

「あれじゃ」

 

伊吹が山風の現状を口にしたところ、陽炎が暗い表情を一転させ、不思議そうな表情を浮かべながらスーパーカラシンについて尋ね、それを受けた伊吹は格納庫の一角を親指で指し示しながら、短く返事を返すのであった

 

そんな伊吹の親指の先にある物を目にした時雨と陽炎は、思わずのその目を疑い、何度も目を擦ってみせたり、パチパチと何度も瞬きを繰り返すのであった……

 

それは戦車と言うには余りにも巨大だった……、いや、そもそも車輪も履帯も付いていない為、本当に戦車と呼んでいいのか躊躇ってしまいそうになる代物であった……。まぁ、陽炎達が駆る多脚戦車達も大概だと思うところだが……

 

以前にも若干触れたが、スーパーカラシンは大型ホバークラフト型戦車なのだが、そのサイズは実在するホバークラフトはおろか、原作であるメタルサーガ ニューフロンティアに登場したソレよりも明らかに巨大なものとなっていた……

 

具体的にどれくらい巨大であるかと言えば、伊吹の改造によって船体後部に取り付けられたと思わしき甲板に、車高を上げたワンボックスカー並の大きさがある新宿ウォーカーと水上バイクのケートス、更に哨戒ヘリコプターであるSH-60 シーホークを1機搭載しても、スペースにまだ余裕があると言う、現実では存在し得ないレベルのサイズなのである……

 

そして船体前部には様々な主砲と機銃に、バリエーション豊かなS-Eが取り付けられており、現在空達が作っている大黒丸ほどではないにしろ、海上を移動する拠点と言えそうな様相を呈していたのであった

 

「これだけ装備が充実しているなら、新宿ウォーカーはいらないんじゃないかな……?」

 

そんな巨大で重厚なスーパーカラシンを目にした時雨が、思わずこの様な言葉を口にすると、伊吹がその言葉を否定する様に首を左右に振った後、新宿ウォーカーが必要な理由を説明するのであった

 

「確かにこのスーパーカラシンは強力な戦車なんじゃが、元がホバークラフトである関係上、斜面の多い山岳地帯に突っ込む様な真似は出来んし、巨大過ぎるせいで森林地帯にも侵入出来なくなっとるんじゃ」

 

「「あぁ~……」」

 

伊吹の説明を受けた陽炎と時雨は、取り敢えずは納得したのか、少々気の抜けた声で返事をするのであった

 

普通に考えれば陸上戦など艦娘の専門外の分野なのだから、わざわざ想定する必要性は無いだろうと考えるところだろうが、この世界には普通の深海棲艦だけではなく、転生個体と言う明らかに普通ではない深海棲艦や、神話生物と言う超常の存在までもが跳梁跋扈しているのである

 

そんな普通ではない連中が、わざわざお行儀よくこっちのルールに則って海上で戦ってくれるとは考えにくい……、そもそも自分達が今こうして生きているのも、戦治郎達がそれらのルールを覆したり、ルールの穴を見つけて奇襲を仕掛ける事で、戦いを自分達に有利になる様に仕向け、勝利を何とかもぎ取って来たおかげなのだから、相手もその内似た様な事はしてくる、そう考えるのが妥当なところだろう……

 

ならばそれに備えるに越した事は無い、今までの経験でそう言った考えに至り、実際先日派手に陸上戦をやって来たばかりの陽炎達は、伊吹の言葉からスーパーカラシンが対応出来ない様な場所で戦車戦を行う為には、新宿ウォーカーの様なサブ戦車が必要になる事を察し、あの様な反応をしたのである

 

このやり取りの後、陽炎達は脱線した話を一旦戻し、今後山風はどうするつもりなのかについて尋ねたところ、山風からは始のトレーニングが終わり次第、1度鹿屋基地に挨拶をする為に向かい、それを終えた後にスーパーカラシンと新宿ウォーカーを引っ提げて、始の目的である剛との合流をするつもりである旨を伝えられ……

 

「と言う事は……、山風と始さんもウチに来るのか……。益々賑やかになりそうだね」

 

それを聞いた時雨は薄っすらと笑みを浮かべながらこの様な事を言い、時雨の言葉の意味がイマイチ分からなかった山風と始が怪訝そうな表情を浮かべていると、そんな2人の様子がおかしかったのか、陽炎はニヤニヤしながら剛は自分達と行動を共にしている事、此処に自分達がいるのは剛が伊吹の依頼を受けてガダルカナルに来る事になった際、此処の格納庫を改めて見る為に便乗する形で剛に同行を申し出た事を話し、その事実を今まで知らされていなかった2人を大いに驚かせるのであった

 

そうしている間にグレートゼオライマースーツを乗せたトラックに乗った2Pが戻って来て、グレートゼオライマースーツを目の当たりにした陽炎達はそれはそれは驚愕し、それが落ち着いたところで剛達の下へ戻るべく、移動を開始するのであった



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冥王起動

剛達の下に戻る途中、グレートゼオライマースーツを乗せたトラックと並走するペーガソスを操縦する陽炎が、そう言えば聞きそびれていたとばかりににトラックの荷台に乗った始に対して、始が生前剛と出会った経緯について尋ねたところ……

 

「聞いても全く面白みのない、どちらかと言うと胸糞悪くなる話だから、興味本位で聞くもんじゃないぞ。まあそれよりも何よりも、説明するのが面倒臭い」

 

始は心底面倒臭そうに、顔を顰めながらこの様に返答し、そんな始の対応に少しだけカチンときた陽炎が、意地でも始の口から経緯を語らせようと躍起になって問い詰めていたその時であった

 

【始様は義父であるプロフェッサーの言葉にこのまま従い続けていて本当に良いのだろうか?と、ご自身の中に不意に浮かび上がった疑問の答えを探す為に今まで住んでいた場所を飛び出し、当ても無く彷徨っていたところをマスターに保護されたのです】

 

不意に合成音声の様な、陽炎や時雨には聞き覚えの無い男性の声が辺りに響き、突然聞こえて来た声に驚いた陽炎と時雨は、その声の主を探す様にキョロキョロと首を左右に振って、辺りを見回し始めるのであった

 

そんな陽炎と時雨の様子を何処からか見ているのか、その声の主は感情がまるで籠っていない様な無機質な声で、この様に言葉を続けるのであった

 

【初めまして陽炎様、時雨様。私はマスター……、稲田 剛様をサポートする為にグレートゼオライマースーツに搭載された高性能AIの『プルート』と申します】

 

「コラプルートッ!!何勝手に喋っとんじゃっ!!喋るのは剛さんにお前を見せてからって言うたじゃろうがいっ!!!」

 

【済みません伊吹様、しかしこのまま陽炎様と始様が言い争いを続けていれば、場の空気が悪くなってしまうと判断した為、始様の代わりに私の方から陽炎様にマスターと始様が出会った経緯について説明させて頂きました】

 

「プルートは場の空気が読めるのか……、僕はプログラム関係にはそこまで詳しくないんだけど、これが凄い事である事は何となく分かるよ……。それはそうとしてありがとうプルート、おかげで助かったよ」

 

件の声の主であるプルートが自己紹介を行い、声の主が現在自分達が運んでいるパワードスーツから発せられたものである事を理解した陽炎達が、驚きの余りポカンとしていると、トラックの助手席に座る伊吹がプルートを叱責、それに対してプルートは相変わらず無機質な声でこの様に返答し、そのやり取りを聞いていた時雨はすぐに我に返り、陽炎の事を止めないといけないと分かっていながらも、始と剛の出会いについて陽炎同様興味があった事も有り、陽炎を止める事が出来なかった自分に代わって陽炎を止めてくれたプルートに対して、感謝の言葉を口にするのであった

 

さてこれにより陽炎達の興味の矛先は、始と剛の出会いからプルートの方へと向けられる事となり、陽炎達はプルートに対してこれでもかとばかりに質問を投げかけるのであった

 

そうしている内にトラックは剛達が待つ浜辺に到着し、トラックの荷台に乗ったグレートゼオライマースーツを目の当たりにした剛は……

 

「このサイズ……、パワードスーツと言うよりも完全にマジンガーZみたいなロボットのソレよね……」

 

驚愕の表情をその顔面に貼り付けながら、思わずこの様に呟くのであった

 

尚、そんな事を呟く剛の両サイドには、これまでずっと剛の傍にいた不知火と瑞穂が、グレートゼオライマースーツに圧倒されたのか、驚きの余りポカンとした表情のまま棒立ちになっていた……

 

そんなグレートゼオライマースーツのサイズだが、剛が艤装ごとグレートゼオライマースーツを装着出来る様に大型化されている為、その全長は大五郎の8.8mには及ばないものの、リチャードのメタルウルフの2倍以上、戦艦棲姫や戦艦水姫の艤装よりも一回り大きい4mほどの大きさになっていたのであった

 

因みにこの時始はどうしていたかと言うと、まだ心の準備が整っていないせいなのか、浜辺に到着するなりトラックの荷台から急いで飛び下り、浜辺の近くに防砂林として植えられていた針葉樹の木陰に身を潜め、浜辺の様子を窺っていたりする

 

その後剛は伊吹の案内でトラックの荷台に上がり、伊吹からグレートゼオライマースーツの胸元にあるコックピットハッチ開閉用パネルの操作方法を教えてもらい、自身の手で実際にパネルを操作してハッチを開くと、伊吹に促されるままコックピットに乗り込み……

 

「それで伊吹ちゃん、ここからアタシはどうしたらいいのかしら?」

 

伊吹に向かってこの様に尋ねると……

 

「後はそっちの方で指示があると思うんで、それに従って進めてくださいな」

 

伊吹はニヤニヤしながらそう言うと、イソイソとトラックの荷台から飛び下りてしまうのであった。そんな伊吹の背中に向けて、剛が怪訝そうな表情を向けていたその時……

 

【マスター、このグレートゼオライマースーツを動かす為の準備として、先ずはマスターの左右と足元……、失礼致しました、真下にある穴にそれぞれ対応した腕を差し込んでください】

 

早速プルートがグレートゼオライマースーツに初めて触れる剛のサポートを開始し、突然話し掛けられた剛は一瞬ギョッとするものの、生前アリーもAIによるサポート機能が付いた兵器を開発しようとしていた事を思い出し、これもそう言った類のものだろうと思い至ると、すぐさまプルートの指示に従ってコクピット内部にある左右の穴にそれぞれ腕を通し、足元にある穴には艤装から1本だけ生えた両腕よりも太い腕を通すのであった

 

そうしてプルートの指示通りにそれぞれの腕を通したところで、プルートが操作したのかハッチが勝手に閉まり始め、コックピット内が一瞬真っ暗になったかと思ったその直後、グレートゼオライマースーツに搭載された様々なシステムが一斉に起動したのか、コックピット内部全体に周囲の映像が映し出され、それを見た剛はまるで自分が巨大化したかの様な感覚に陥るのであった

 

その後、プルートが先程陽炎達にした時と同じ様に、自身のマスターである剛に対して自己紹介を行ったところ……

 

「プルート……、ローマ神話の冥府の神の名前ね……」

 

【はい、このグレートゼオライマースーツの基となったグレートゼオライマーは、『冥王計画ゼオライマー』と言う漫画及びアニメ作品に登場したゼオライマーの強化型機体と言う設定を有していまして、この作品タイトルから伊吹様がこのスーツに搭載するサポートAIには冥王や冥界の神に関する名前を付ける事にしたそうなのです】

 

剛はプルートの名前に反応し、思わずこの様な事を呟き、それを聞いたプルートは淡々と自身の名前の由来について解説するのであった

 

因みにサポートAIの名前の候補には、アヌビスやオシリス、オーディンやヘルなどが挙げられていたらしいのだが、アヌビスはもっと別の物に付けたいから、オシリスは伊吹の中でカードゲームに登場する天空竜のイメージが強過ぎたから、オーディンは一応戦争と死の神ではあるが、一般的に考えると冥府や冥界との結びつきが薄いと感じられたから、ヘルはAIは男性型で作ろうと当初から考えられていた関係で、全て没になってしまったのだとか……

 

それからしばらくの間、剛はプルートからグレートゼオライマースーツの機能などの説明を受ける事となり、それによって粗方このパワードスーツの動かし方を理解した剛は……

 

「それじゃあ……、そろそろこの子のテストを開始しましょうか♪」

 

【Yes,my master】

 

流石にプルートと喋ってばかりでは伊吹達に悪いと思い、新しい玩具を手に入れた子供の様に心を躍らせながらこの様に言い放ち、それを受けたプルートは短く無機的に返事をし、それを聞いた剛は早速先程プルートに教えられた通りに操作を開始し、グレートゼオライマースーツを1歩前に、力強く踏み出させるのであった

 

この1歩こそが、【猟犬】と呼ばれていた剛が、後に戦った相手の身体に必ず銃弾痕を残す事と、このグレートゼオライマースーツ並びにとある出来事が切っ掛けで使える様になった能力などから、地獄の猟犬達(長門屋特警隊)を率いる【弾孔の冥王】と呼ばれる様になる切っ掛け、記念すべき第1歩となるのであった



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ドチート冥王

プルートからグレートゼオライマースーツの扱い方を教えられ、教えに従ってその巨体を1歩前進させる事に成功した剛は、この後すぐに機体のデータ収集の為に伊吹の指示に従って機体を動かし、伊吹がグレートゼオライマースーツの微調整の為にに必要としていたグレートゼオライマースーツの基礎データを集め終えるのだったが……

 

「おっしゃ!これで必要なデータは全部揃いやしたっ!ホントお疲れ様ですわっ!!」

 

「あら……、これでお終いなの……?そう……」

 

伊吹が剛に向かってデータ収集が終わった事を告げたところ、剛は何処か煮え切らない様子で返事をするのであった

 

そんな剛の返事を聞き、伊吹や陽炎達が不思議そうな表情を浮かべていると……

 

「ついでだから自分用の実戦データも収集しておきたかった……、そんな事を考えていないかい?」

 

いつの間にかメタルウルフスーツを着込んだリチャードが陽炎達の歩み出て、グレートゼオライマースーツの中の剛に向かってこの様に尋ねるのであった

 

「流石はリチャード……、アタシの事をよく分かっているのね」

 

「そりゃそうさ、何たって僕は君の数少ない親友なんだからねっ!」

 

すると剛は薄っすらと笑みを浮かべながらこの様に返答し、それを聞いたリチャードはヘルメットの下でニカリと笑顔を浮かべつつ、剛に向かってサムズアップをしながらこの様に返事をするのであった

 

そう、リチャードが指摘した通り、剛は基礎データ収集の為の動作テストだけでは実戦の際の動作感覚は掴めない、基礎データと実戦データとの間に齟齬が発生するかもしれないと思い、何らかの形で模擬戦もやっておきたいと考えていたのである

 

これに関しては、動作テスト中にプルートに如何して模擬戦もやらないのか?と尋ねていたのだが……

 

【この機体はマスターが考えている以上に、非常に危険な機体となっております。もし仮に模擬戦を行い、何かしらの大きな事故が発生してしまう様な事態になれば、この機体は安全の為に解体せざるを得なくなってしまいます。ですので今は実戦データの事は気にせず、基礎データの収集に集中しましょう】

 

プルートはこの様に模擬戦の実施に反対し、剛に基礎データの収集に集中する様促したのであった

 

そんなの実際にやってみないと分からないだろう……、そんなプルートの返答に不満が湧き上がった為、剛は伊吹からのデータ収集終了宣言に対してあの様な返事をし、そこから剛との付き合いが長かったリチャードにその内心を見透かされてしまったのである

 

その後リチャードの提案により、グレートゼオライマースーツの一部の兵装の使用の禁止と、何かしらのトラブルが発生した場合、その責任は全てリチャードが背負う事を条件に、伊吹の制止を振り切るどころか伊吹をも巻き込んでグレートゼオライマースーツの実戦データ収集の為の模擬戦が敢行される事となるのであった……

 

 

 

こうしてリチャードと伊吹、更にグレートゼオライマースーツの性能に興味津々な陽炎と時雨の4人と、グレートゼオライマースーツを纏った剛1人による模擬戦を、ガダルカナル島付近の海上で行う事になったのだが……

 

「……っ!?この機体の装甲……、凄まじく硬い……っ!!」

 

キュクロープスに乗り込み、グレートゼオライマーの足元を縦横無尽に駆け回りながら、時雨はキュクロープスに搭載された4門の主砲と4門の機関砲から、ありったけの砲弾をグレートゼオライマー目掛けて浴びせたのだが、それでも尚微動だにせず、海上に悠然と浮遊するグレートゼオライマーの姿を見て、思わず舌打ちしながらそう呟くのであった

 

それから間もなくして、グレートゼオライマーはゆっくりと首を動かし、時雨の方へと何かよく分からない光球を中心に据えた顔を向ける。それを見て時雨は嫌な悪寒に襲われ、急いで後退しようとするのだが……

 

「ぐぅ……っ!?」

 

後退するのが少し遅かったのか、時雨は真っ直ぐ伸ばされたグレートゼオライマーの右腕に取り付けられた、顔のソレとよく似た光球から発射された光線の様なものの直撃を受け、時雨はキュクロープス諸共ガダルカナル島まで勢いよく吹き飛ばされてしまうのであった……

 

そうして時雨を退けたグレートゼオライマーは、次のターゲットを見つけ出す為に辺りを見回そうとするのだが……

 

「じゃいやあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

その直後に、両手にパニッシャー改を携えた伊吹がグレートゼオライマーに雄叫びを上げながら飛び掛かり、グレートゼオライマーの首に両脚を巻き付ける事に成功した伊吹は、人間1人簡単に押し潰してしまう程の重量を持つパニッシャー改を、まるで曲調が激しい楽曲を演奏するロックバンドのドラマーの如く、何度も何度もグレートゼオライマーの頭部に叩きつけ……

 

「これで仕舞いじゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

これでトドメとばかりに、魂の咆哮を上げながら両脚をグレートゼオライマーの首に巻き付けたまま、グレートゼオライマーの顔にパニッシャー改に搭載されたロケットランチャーの砲口を向け、そのまま引き金を引いて直径数百mの範囲を吹き飛ばす程の威力を誇るロケット弾を2発、至近距離からお見舞いするのであった

 

「これなら流石にダメージを与えられたじゃろうっ!!」

 

若干ボロボロになりつつも、ロケット弾の爆風を利用してグレートゼオライマーから距離を取る様に後方に吹き飛ぶ伊吹が、してやったとばかりにグレートゼオライマーの方へと視線を向けて叫ぶのだが……

 

「……やってくれたのうっ!!!親方あああぁぁぁーーーっ!!!!!」

 

あれだけの攻撃を加えて尚、煤が付いた程度のダメージしか受けておらず、相変わらず雄々しく聳え立つグレートゼオライマーの姿を目にした伊吹は、思わずそう叫ぶのであった……

 

確かに伊吹はこのグレートゼオライマースーツの開発に関わっており、その装甲の強度などもしっかりと把握し、どの様に攻めればダメージを与えられるかについても知っていた……。しかしそれはより高品質なものを追求する英吉郎の手によって、伊吹達が知らぬ間に強化改造が施された結果、伊吹が知っている数値から大きく変化、データを狂わされてしまっていたのであった……

 

その事にグレートゼオライマーと直接戦って気付いた伊吹は、そう叫びながら真っ直ぐガダルカナル島の方へと飛んで行き、途中で次元連結砲の追撃を浴びた結果、物の見事に砂浜に頭から突き刺さるのであった……

 

 

 

「……次元連結システムって、ホント恐ろしい代物ね……」

 

【分かって頂けましたか、マスター】

 

ガダルカナル島の方角に飛んで行く伊吹に向かって、腕を掲げて次元連結砲をお見舞いした剛は、その時の姿勢のまま思わずこの様に呟き、それを聞いたプルートは相変わらず淡々とした口調でこの様に返事をするのであった

 

今までのグレートゼオライマーの行動の中で、次元連結システムが関わっていると思われる行動は、精々別次元から取り出したエネルギーを集束させ、そのエネルギーをワープさせて敵にぶつける次元連結砲くらいだと思うところだろう

 

しかし実際はそうではなく、時雨や伊吹からの攻撃を受けた際、プルートが次元連結システムを使って装甲が受けたダメージの8割くらいを別次元に保管する事で、グレートゼオライマー本体へのダメージを極限まで抑え込み、挙句の果てにそのダメージをエネルギーに変換し、次元連結砲として使用出来る様にしてしまっていたのである。この事をプルートから解説された事で、剛は思わず先程の言葉を呟いたのである

 

因みにグレートゼオライマーの装甲が伊吹が察した通り英吉郎の手によって強化されていた事もあり、この2つの要素が絶妙に絡み合った結果、グレートゼオライマーは煤で汚れた以外、あれだけの攻撃を受けたにも関わらずほぼノーダメージであったりする……

 

【これ以外にも、次元連結砲よりもエネルギー放出量が大きい『メイオウ攻撃』や、その強化型である『烈メイオウ』なども存在しますが、今回の模擬戦では使用が禁止されています】

 

「……その2つはどのくらいの威力があるのかしら?」

 

【『メイオウ攻撃』の段階でツァーリ・ボンバの威力を超え、その強化型である『烈メイオウ』に至っては、衛星軌道上からも爆発の規模を観測可能なレベルとなっております】

 

「何で伊吹ちゃんはこんな恐ろしい物をアタシに託そうとしてるのかしら……?って言うか、山のナントカの核ミサイルなんて、その2つと比較したら可愛いものじゃない……」

 

このやり取りの後、プルートは『メイオウ攻撃』と『烈メイオウ』以外の禁止技……

 

①巨大な竜巻を幾つも発生させて相手を破壊する『デッド・ロンフーン』

 

②核ミサイルを発射した後、相手を地震で足止めすると同時に隆起などで相手を痛めつけ、相手が弱ったところで核ミサイルでトドメを刺す『アトミック・クエイク』

 

③自身の分身を生み出して相手を前後で挟み込み、前からはプラズマ火球光弾、後ろからは高出力のビームを叩き込む『トゥインロード』

 

④別次元から取り出したエネルギーをビーム砲の様な物に注ぎ込み、辺りの地形を変えてしまう程の威力を持つビームを放出する『Jカイザー』

 

⑤両肩にある小さな砲身から放出するエネルギーによって、相手を微粒子レベルまで分解してしまう『プロトン・サンダー』

 

これら5つの技がある事を剛に伝え、それを聞いた剛は急に発症した頭痛にその表情を歪めつつ、思わず溜息を吐き……

 

「貴方が模擬戦に反対した理由が、今ので痛いくらい分かったわ……。それと貴方の存在理由もね……、もし貴方がいなかったらこれらの恐ろしい技を、興味本位で使ってしまっていたかもしれないしね……」

 

【流石はマスター、理解が早くて助かります】

 

内心で痛む頭に手を添えつつこの様な事を言い、それを聞いたプルートは相変わらず淡々と、この様に返事をするのであった

 

因みに剛が実際に頭に手を添えなかった理由として、グレートゼオライマースーツのサイズの関係で、操縦システムにはフルメタル・パニック!に登場するアーム・スレイブの操縦システムである『セミ・マスター・スレイブ』と言うものが採用されており、迂闊に頭の中に思い描いた通りの動作を実際にやってしまうと、機体がその動作を増幅して追従する様にして動き、機体の頭部に強烈な張り手を自分でかましてしまう恐れがあったからだったりする……

 

さて、剛達がこんなやり取りをしている間に、リチャードと陽炎は砲撃の準備を整え、陽炎はペーガソスに取り付けられた10門のバーストセイバーから30発もの砲弾を発射し、リチャードはメタルウルフスーツに搭載された武器の全てを同時使用すると共に、自身の艤装であるサムソン、アドン、バラン、更にはアメリカ海軍やルルイエのディープ・ワン達が形成する防衛網を潜り抜けて、ガダルカナル島までやって来た強硬派深海棲艦達との戦いによって成長した能力の影響で増えたイダテン、ビル、ロイドにも一斉に砲撃させるのだが……

 

【致し方ありません、此処は次元連結システムを使ったワープでこの砲弾の雨を切り抜け、ワープの着地点を陽炎様の目の前に設定し、ワープが完了した直後に一気に懐に潜り込み、陽炎様のペーガソスにアッパーカット+エネルギー波を喰らわせつつ、追撃に備えてバリアを展開しながら次元連結砲でリチャード様を討ちましょう】

 

「……もう何でもアリ過ぎて、頭がクラクラしてきたわ……」

 

それにいち早く気が付いたプルートが、剛に向かってこの様な提案をし、それを聞いた剛は自身の理解を遥かに超えたその内容に、頭痛を通り越して眩暈を起こし始めるのだが、何とかそれに耐えつつこの様な事を呟き、プルートの提案通りに行動を起こして陽炎とリチャードを完封、正直あまり嬉しくない勝利を勝ち取るのであった……



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冥王の存在意義

「この子は封印しましょう」

 

グレートゼオライマースーツでの模擬戦を終え、不知火達が待つ浜辺に戻った直後、剛はスーツを脱ぎながら開口一番この様な事を言い放ち、剛の攻撃によって浜辺に強制送還されていた陽炎と時雨を大いに驚かせるのであった

 

グレートゼオライマースーツを纏った剛と実際に戦った陽炎と時雨は、浜辺に戻った直後はグレートゼオライマーに対して碌にダメージを与えられなかった事を非常に悔しがっていたのだが、これが後々自分達の戦力になってくれるならば非常に心強いと思い直し、剛が戻って来るまでの間、グレートゼオライオマーが加わった後の特警隊の様子などを想像したりして盛り上がっていた為、剛の封印宣言には思わず驚愕してしまったのである

 

そんな2人は当然の如く、剛にその理由を問い詰めようとするのだが……

 

「不知火も、これは封印すべきだと思います……」

 

陽炎と時雨が剛に詰め寄ろうとした直後である、まるで剛の事を守る様に、剛と2人の間に割って入って来た不知火がこの様な事を言い、再び陽炎達を驚かせるのであった

 

そして……

 

「このグレートゼオライマースーツは確かに強力な兵器であり、瑞穂達にとって心強い味方になってくれると思います……。ですがこの兵器を剛さんが保有する事は、今までの剛さんの頑張りのその全てを無駄にしてしまう……、瑞穂と不知火さんはあの模擬戦を見て、そう思ったのです……」

 

剛がグレートゼオライマースーツを封印しようと考えた理由と思わしき事を、不知火と同じく日頃から剛と行動を共にしていた瑞穂が、その表情をやや暗くしながら口にし、それを聞いた陽炎と時雨は一瞬怪訝そうな表情をするのだが、すぐに何かを思い出したかの様にハッとし、瑞穂同様表情を暗くさせながら剛の方へと視線を向ける

 

確かに瑞穂が言った通り、このグレートゼオライマースーツは非常に強力な兵器……、いや、あまりにも強力過ぎる兵器だ……。それこそ世界のバランスを崩しかねないレベルで、である……

 

「もしこの子を纏ったアタシがその気になったら、相手の拠点にワープで直接乗り込んで、核攻撃以上の攻撃をこれでもかってくらいに浴びせられるでしょうね……。でもね……、それをやってしまうと最悪の場合、アリーや他の転生個体の組織に対して、それと同レベルの虐殺行為を許す口実を与えてしまう事になりかねないのよね……」

 

「そもそも剛さんはこの世界のバランスを保つ為に、アリーさんが生み出した兵器、アリーズウェポンを回収して破壊して回っているのです。そんな剛さんがアリーズウェポン以上の脅威となりえる兵器を保有して戦う事は、剛さんの行動に矛盾を生じさせ、剛さんの行動に対しての説得力を失わせてしまいます……」

 

瑞穂の言葉に続く様にして、剛と不知火がグレートゼオライマースーツを封印しようとする理由について語り、それを聞いた陽炎と時雨は自分達の考えがどれだけ浅はかであったかを思い知らされながら、沈痛な表情を浮かべつつ押し黙ってしまうのであった……

 

そんな時である

 

「まあ、剛さんじゃったらそう言うじゃろうと思っていましたわ」

 

「確かに剛の気持ちは分かるよ……、けど今のこの世界の状況を考えれば、そんな事を言ってられなくなるんだよね……」

 

剛達の間に広がる沈黙を破る様に、伊吹が苦笑しながらこの様な言葉を口にし、それに続く様にしてメタルウルフスーツを脱いだリチャードが、難しい表情をしながらそう言い放つのであった

 

このリチャードの発言に対して、陽炎達艦娘4人は怪訝そうな表情を浮かべ、剛は異を唱える様に鋭い視線を向けるのだが、リチャードは彼等の反応を予想していたのだろう、それらに対して特に反応する事無く、この様に言葉を続けるのであった

 

「剛の考えは僕だって尊重してあげたいさ、けどさっきも言ったけど現状ではそんな事を言ってられなくなってしまったんだよ……。剛達も参加した戦い……、ミッドウェーでの戦いの後ではね……」

 

リチャードの言葉の意味を、剛達は最初こそ理解する事が出来ず、思わず不思議そうな表情を浮かべるのだが……

 

「この戦いからだろう?神話生物の存在が明るみになったのは……」

 

この言葉を聞いた瞬間、あまりにもゾア達長門屋鎮守府(張りぼて)に住み着く神話生物達が周りに馴染み過ぎているが為に、神話生物に対しての感覚が麻痺していた剛達は、ここでようやくリチャードの言葉の意味を理解し、思わずハッとするのであった

 

「剛さんはさっき相手の拠点どうこうとか言っちょったが、そもそもそこが間違っちょるんですよ。このグレートゼオライマースーツの仮想敵は強硬派深海棲艦ではなく神話生物……、それもゾア達旧支配者なんかよりもより強力で凶悪な、咲作さんと同じ外なる神を仮想敵としちょるんですよ」

 

その直後にグレートゼオライマースーツの設計開発に携わった伊吹が、この場にいる全員に聞こえる様にこの様な事を言い、それを聞いた剛達は思わず愕然としてしまうのであった……

 

咲作から話を聞いた伊吹曰く、外なる神は人間など塵芥……、砂埃と同程度の存在くらいにしか思っていないものが大多数を占めているらしく、酷い者は汗と涙と涎で全身をグチャグチャに汚しながら悲鳴を上げて逃げ回る人間達を、嘲笑いながら超常的な力を使って虐殺すると言う遊びを興じる者まで存在するのだとか……

 

「特にその傾向が強い外なる神として、咲作さんはヒュドラっつぅ奴を挙げちょりましたわ」

 

「このヒュドラは自分が作り出した異空間に生物の魂を道標とするべく引き込み、その後魂と肉体の繋がりを辿ってこの世界に出現、或いは対象を自分の空間に引きずり込んで首から上を奪い去るらしいんだ」

 

「これ以外にも、異空間に関わる外なる神にはダオロスやらミゼーアやらおるらしいんですが、ここでの細かい説明はまあ省かせてもらいますわ。もしどうしても他の外なる神の事を知りたいと思ったんなら、咲作さんに直接聞くか、翔に頼んで教えてもらったらええと思います」

 

その後伊吹とリチャードは、正蔵の相棒となった流れで穏健派連合に所属する事となった咲作から聞いた話を剛達に話し、それを聞いた剛達は背筋に冷たいものを感じながら、変わらず愕然としながら立ち尽くしていたのであった

 

「こう言った連中がクトゥルフさんや咲作さんの様に、僕達に友好的に接してくれるとは考えにくい……。そう思ったからこそ、僕は伊吹達が君のスーツを完成させ、次元連結システムを取り外すべきか否かを尋ねられた時、次元連結システムは外なる神への対抗手段になると考え、そのままにしておいて欲しいと頼んだんだよ」

 

「剛さん達の所には神話生物対策本部っつぅのがあるんじゃろ?その性質上、剛さん達は恐らくこの世界のどの組織よりも、神話生物達とぶつかる機会が多くなるじゃろうからのう」

 

「そう言えばつい最近、ニャル何とかって言う神話生物が、光ちゃんが必死になって封印したアムステルダム泊地の元提督の頭を奪って行ったって話を聞いたわね……。その事を考えると、確かに世界のバランスが云々とか言ってる場合じゃないわね……。それに神話生物関連の事件の全てを、翔ちゃんに押し付けてしまうのも何か申し訳ないし……」

 

それからしばらくして、剛はこの呟きの後にグレートゼオライマースーツ封印宣言を撤回、次元連結システムを用いた攻撃以外でも相手を攻撃出来る手段を追加する事を条件に、微調整の終了とグレートゼオライマースーツに搭載された核ミサイルの問題が解決した後、グレートゼオライオマースーツを受け取る事を承諾するのであった

 

因みにこのグレートゼオライマースーツの追加武装は、グレートゼオライマースーツのサイズに合わせた2丁のパニッシャー改が採用され、更にオマケとしてΞ用のパニッシャー改も作られた模様

 

又、核ミサイルの問題だが、これは剛達が長門屋鎮守府(張りぼて)を発つ直前、その問題の事を知った空から手渡された、クロム・ドラゴンスーツの強化の際に偶々誕生した『レッドキャップ反応弾』のデータが入ったUSBフラッシュメモリーのおかげで取り敢えず解決するのだが、穏健派連合にデュラハライト粒子に関するノウハウが無かった関係で開発が遅れに遅れてしまい、最終的に伊吹達は英吉郎を巻き込んで尚、『レッドキャップ反応弾』を完成させるのに、半年以上の時間を掛けてしまうのであった……

 

尚、データ提供元である長門屋の場合、大五郎の能力のおかげで滅茶苦茶スムーズに開発出来た模様……



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追加注文と変わり果てた恩人との再会

グレートゼオライマースーツの追加武装の話だが、グレートゼオライオマー用パニッシャー改2丁が採用された後でも続いていた

 

パニッシャー改は現在剛も持っている為、その性能の素晴らしさはよく知っているのだが、これだけでは対応出来ない事もあると言う事で、剛は更なる武装追加を要求したのである

 

そんなパニッシャー改では対応出来ない事と言うのが、遠距離からの精密な狙撃と航空戦を展開する艦載機の補助を目的とした対空砲火である

 

狙撃に関してはパニッシャー改が長距離狙撃に適さない機関砲である為、まあ仕方が無いところがあるだろう……。しかし後者、対空砲火に関しては弾幕を張る分には、パニッシャー改は申し分ない性能を持ち合わせているはずではないかと思うところだろう

 

しかし此処で重要なのは、剛が『艦載機の補助を目的とした対空砲火』と言っている事である

 

そう、剛が言う対空砲火は現在では一般的とされている敵艦載機の妨害を目的とした防衛型対空砲火ではなく、防空棲姫の転生個体である護が最も得意としている対空砲火、敵艦載機を確実に撃墜する事で自陣営の損害や消耗を抑えつつ、味方艦載機が動き易い状況を作り出す攻撃型対空砲火の事なのである

 

つまり何が言いたいのかと言うと、剛は制空権争いで乱戦する艦載機達の中から正確に敵味方を判別し、敵機だけを間違いなく叩き潰せる誘導性能の高い対空ミサイルを付けて欲しいと言っているのである

 

剛が如何してこんな事を言い出したのかと言うと……、剛が水母棲姫の転生個体である事から大体察してもらえると助かる……

 

その結果、グレートゼオライマースーツにはそのサイズに合った狙撃用のライフル型ロングレンジキャノンが新たに作られる事となり、対空ミサイルはメタルマックスシリーズに登場した666スウォームと言う人間用武器を参考に、パニッシャー改に1発につき66発の超小型ミサイルを内包したクラスターミサイルを、同時に6発発射出来る機構を取り付ける形で対応する事となるのであった

 

因みにこの超小型ミサイル、大きさは極細煙草のフィルターくらいしかないのだが、その開発に超小型ミサイルに興味を持ったハワイの妖精さん達も手を貸してくれたおかげで、1発辺りの威力は戦艦の砲撃に及ぶレベルのものとなっていたりする

 

さて、こうしてグレートゼオライオマーの追加武装の話が纏まったところで、剛は空から預かったUSBフラッシュメモリーを伊吹に手渡し、空から聞いた通りにその中のデータの事を簡単に説明してから、模擬戦でついつい破壊してしまった陽炎と時雨の戦車の修理が終わるのを待ちつつ、シャワールームで汗を流そうと拠点に向かおうとするのだが……

 

「あ、あの……っ!」

 

不意に剛にとっては聞き慣れない声に呼び止められ、剛は思わずその歩みを止めて声の主の方へと視線を向け、剛同様その声に聞き覚えが無い不知火と瑞穂も、揃ってそちらの方へ不思議そうな表情を浮かべながら顔を向けるのであった

 

尚、その声に聞き覚えがあった陽炎と時雨はと言うと、模擬戦の件でスッカリその存在を忘れていた様で、声が聞こえるなり苦笑を浮かべながら彼女達の事を忘れていた事を内心で詫びるのであった

 

そんな剛達の視線の先にいたのは、時雨達と共にこの浜辺まで来ていた山風と、その山風に手を引かれているやたら緊張した様子で視線を右往左往させる集積地棲姫の転生個体である始の2人なのであった

 

「あら?貴方は艦娘?如何して艦娘の貴方が……、いいえ、この質問はもしかしたら野暮かもしれないわね……。っとごめんなさい、今のは気にしないで。それでさっきアタシを呼び止めたのは貴方かしら?」

 

「あ、はい……、呼び止めたのはあたしですけど……。でも貴方に用事があるのはその……、あたしじゃなくて……」

 

全く以て見ず知らずの山風に呼び止められた剛は、軽く頭を振って頭の中に浮かぶ疑問を追い払った後、笑顔を浮かべながら山風に向かって用件を尋ねるのだが、始から剛が男性である事を事前に教えられていた山風は、剛のオネエ口調に若干驚いてしまったのか、声を掛けられた直後に1度ビクリと身体を震わせた後、俯いてしどろもどろになりながら返事をしつつ……

 

「この人が……、そう、この人が貴方に用事があるみたい……なの……」

 

山風はこの様に言葉を続けながら、未だに緊張のせいか挙動不審になっている始の手を引っ張って自分の前に連れ出し、早く話を終わらせて欲しいとばかりに彼の背中を剛の方に向かって押すのであった

 

「アタシ達がガダルカナル島にいた頃にはいなかった子の様ね……、それで話からするとアタシに用事があるのは貴方みたいだけど……、一体どんな用事なのかしら?」

 

そんな山風に慌てた様子で抗議する始であったが、剛にこの様に声を掛けられると山風同様驚いた様にビクリと身を震わせた後、ぎこちない動作で剛の方へと向き直り……

 

「剛って昔はそんな喋り方じゃなかったよね……?もしかしてこっちの世界に来た時のショックで、精神がおかしくなっちゃったのか……?」

 

剛の方へと向き直る中、剛の言葉に対しての返事を必死になって考えていたその時、剛の口調に凄まじい違和感を感じた始は、ついさっきまでガッチガチに緊張していた事を忘れ、思わず剛の口調に対する疑問を口にするのであった

 

始のこの言葉を聞いた瞬間、剛の表情は一瞬の内に笑顔から険しいものへと変貌し、始に向かって鋭い視線を向け始めるのであった

 

まあ普通に考えればそうだろう、始はリチャードを通して剛が水母棲姫の転生個体としてこの世界に来ている事を、そして今日この日に剛がガダルカナルに来る事を聞いているのだが、剛の方はと言うと始と出会ったのは生前の話で、こっちの世界では初対面であり、まだ互いに自己紹介も行っていない状態なのである

 

これだけならまだ事前にリチャードから話を聞いていたからだと、ある程度言い逃れは出来たかもしれないが、残念な事に始はこっちでは剛とは初対面であるはずなのに、昔の事を引き合いに出して話をしてしまった為、目の前の集積地棲姫が始であると知らない剛の疑念を増幅させてしまう羽目になってしまったのである

 

さて、こうして急に視線が鋭くなった剛に対して、始が何事かと困惑していると……

 

「始……、多分あの人……、貴方が始だって分かってないんだと思う……」

 

「あ……っ!」

 

剛の鋭い視線に驚き慄き、思わず始の背中にしがみついてしまった山風が、呟く様にして始に自己紹介がまだである事を指摘し、それによって剛の反応の理由をようやく理解した始は、それはそれは大慌てで自分が積 始である事を剛に告げ、それを聞いた剛は今まで始に向けていた鋭い視線を一転させ、驚きの余りに思わずその目を丸くするのであった

 

「始だと……っ!?如何して君が此処にいるんだ……っ?!」

 

「エデンの残党に消されたのさ……、刑務所での保護期間が終わって出所した直後を狙われてね……」

 

「そうだったのか……」

 

その後、目の前の集積地棲姫が始であると知った剛と、ようやく緊張がほぐれてまともに話せる様になった始は、未だ戦治郎達の中では不明とされている自分達の死因の説明を除いて、お互いの身に遭った出来事について話し始め……

 

「そう言えばさ、結局剛さんと始さんは一体如何言う関係なの?」

 

「プルートの方に話題がいったせいで、2人の詳しい関係性についてすっかり聞きそびれていたね……」

 

「それについては僕から話しておこうかな?始が長門屋に加入するつもりでいる事を考えれば、長門屋の皆には2人の関係性については知っていてもらいたいところだからね」

 

話の中でその表情が段々と柔らかくなっていき、始に対してまるで自分の息子を見ている様な、そんな父性溢れる穏やかで優しい目を向けている剛と、心なしか嬉しそうに剛と会話する始の姿を見て、ほんの僅かに嫉妬の炎を心に点し、不機嫌そうな雰囲気を辺りに漂わせ始める不知火を尻目に、ふと思い出したかの様に陽炎がこの様な言葉を口にし、それによって2人の関係性について聞きそびれていた事を思い出した時雨が、眉間に皺を寄せて考え込む様な素振りを見せたところ、始から話を聞いていたリチャードが陽炎達の会話に割って入り、この様な事を言うのであった

 

因みにこの時、剛達の方は剛の口調の話題になっており、剛がオネエ口調になった理由を知った始は、思わず引き攣った笑みを浮かべていたのであった……

 

それからしばらくの間、陽炎と時雨、そして陽炎達の傍にいた不知火と瑞穂の4人は、リチャードの口から2人の関係性、そして始が歩んで来た壮絶過ぎるその人生について教えてもらう事となり、4人は始がプロフェッサーに強く執着する理由を深く理解すると、思わず押し黙ってしまうのであった……

 

そうして双方の話が終わったところで、話の途中でキュクロープスとペーガソスの修理の為に2Pと共に格納庫に行っていた伊吹がこの場に戻り、剛達に2機の修理が完了した事を告げ、それを受けた剛達は2機を受け取りに行くついでにシャワーで模擬戦の際に掻いた汗を流し、それらを終えて長門屋鎮守府(張りぼて)に帰還する事になったところで……

 

「始、私はお前と合流出来る日を楽しみにしているぞ。リチャード、始の事を頼んだぞ」

 

剛は自分達を送迎する為に浜辺に来てくれた始とリチャードに向かってこう言い放ち

、それに対する2人の返事をしっかりと聞き届けると、送迎に来てくれた者達に背を向け、ガダルカナル島を発つのであった



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死の天使の覚醒

グレートゼオライマースーツの微調整を終えてガダルカナルから帰還した剛は、『レッドキャップ反応弾』のデータを譲ってくれた事に対しての礼を言う為に、そして始と山風の事を相談する為に、工廠にいるであろう空の下へ向かおうとするのだが……

 

「空さんですか?空さんなら剛さん達が戻って来るより少し前に、試したい事があるとか言って望ちゃんと夕立ちゃん、それに木曾さんと天津風ちゃんと電ちゃんを連れて出かけましたよ?」

 

「試したい事……?望ちゃんを連れて……?」

 

「ええ、詳しい事はちょっと分からないんですけど、何でもその試したい事と言うのが、望ちゃんに関係している事らしいんです……」

 

工廠に入った剛が空がいない事に気付き、近くで司令室に設置するものだと思われる装置を作っていた明石に空の居場所を尋ねてみると、話し掛けられた明石は作業の手を止め、空が現在出掛けている事を教えてくれるのであった

 

「空ちゃんは一体何をするつもりなのかしら……?」

 

何処か申し訳無さそうにしている明石に礼を言ってから、工廠を後にした剛は考え込む様な仕草をしながら、この様な事を呟きながら特警隊の詰め所の方へ、自分が帰還した事を他の隊員の皆に報告する為に向かうのであった……

 

 

 

 

 

一方その頃、外出していると言う空達は、一体何をしているのかと言うと……

 

「ふむ、10時方向に強硬派深海棲艦の艦隊を発見……、数は……、大体64隻と言ったところか……」

 

「結構な数がいるわね……」

 

「残念だが鬼級や姫級の影は無し……、只戦艦や空母はそれなりにいる様だ……」

 

「普通なら残念がるところじゃないんだが……、まあ今回の目的を考えたら、少し物足りない相手……、なんだろうな……」

 

鎮守府(張りぼて)を発ち、日本海側に到着したところで、艦載機を飛ばして強硬派深海棲艦の艦隊を探していた空は、ターゲットを発見すると少々残念そうにこの事を報告、それを聞いた天津風と木曾は複雑そうな表情を浮かべながら、それぞれこの様な言葉を口にするのであった

 

と、その直後、空は残念そうな表情から一転、真剣な面持ちをしながらやや緊張した様子の望の方へと顔を向け……

 

「いいか望、悟は3分が限界だと言っていたが、此処はリスクを減らす為に2分……、いや、1分半だ、1分半で全て片付けて来い。出来るな……?」

 

「は、はい……っ!」

 

望に向かってこの様な事を言い、それを受けた望は相変わらず緊張したまま、やや声を震わせながらこの様に返事をし、それからすぐに先程空が言った、敵艦隊の方角へゆっくりと歩み出ると、まるで精神統一でもするかの様に両目を閉じ、深呼吸を開始するのであった……

 

「空さん……、本当に大丈夫っぽい……?」

 

「正直なところ、断言する事は出来ん……。だが、これは望が望んでやっている事なのだから、俺達にとやかく言う権利は無いだろう……。尤も、俺がこれ以上は危険だと判断すれば、すぐに止めるつもりだがな……」

 

そんな望の様子を見守っていた夕立が、心配そうな表情を浮かべながら空に向かってこの様に尋ねると、空は変わらず真剣な面持ちのまま、腕を組みながらこの様に返事をするのであった

 

さて、空達がこの様なやり取りを交わしている間に、望の深呼吸のスパンが段々と短くなっていき……

 

「う"……っ!う"ぅ"ぅ"……っ"!!」

 

呼吸音の中にくぐもった呻き声が混ざり始め、それからしばらくしたところで……

 

「う"お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ーーーっ"!!!」

 

遂に望がその双眸を開き、天を仰ぐ様に仰け反りながら、とても年頃の女の子が出さない様な、出してはいけない様な力強い咆哮を上げ始めるのであった

 

その直後から、望の身体に変化が起こる……

 

突如として望の身体から黒い粘性の高そうな液体が滲み出て来て、見る見るうちに望の身体を覆っていき、それは瞬く間の内に望の姿を、空達が初めて望と遭遇した時の様な、禍々しい姿に変貌させてしまうのであった……

 

いや、それだけでは留まらない……、右手のガントレットや左手の鉤爪付きの砲の外側に、以前見た時には存在していなかった、まるで鋸の刃の如く交互に振れて並ぶ3枚の大きな刃が出現したではないか……っ!

 

そうして一頻り叫んだところで、以前より禍々しさが増した姿となった望は、その血走った鋭い眼光を真っ直ぐ前に……、敵艦隊がいると言う方角へ向ける……

 

「う"があ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ"!!!」

 

そしてまるで怒り狂った獣の如く叫びながら、常識ではとても考えられない様な、実際に目の当たりにしても信じる事が出来ない様な驚くべき速度で、望は敵艦隊がいる方角へと駆け出していくのであった……

 

 

 

さぁ、殺戮劇の始まりだ……っ!!

 

数十kmと言う距離をほんの数秒足らずで駆け抜けた望は、望の姿を見て動揺する艦隊の先頭に立つリ級に、その勢いを殺す事無く飛び掛かり、即座にその腕に新たに出現した3枚の刃を使い、その首を刎ね飛ばす

 

それによって望が敵であると理解したネ級が、望の方へと急いで砲を向けるのだが、その頃にはそこに望の姿は無く、ネ級が望を見つけるべく辺りを見回したその直後、視界が突然暗転すると同時に後頭部から両目にかけて激痛が走る……。そう、望はリ級を始末したその直後にネ級を標的に定め、彼女が自分に砲の狙いを定めようとしたその瞬間に、驚くべき速度で彼女の背後に回り込み、背後から左手の砲に付いた鉤爪をネ級の後頭部に、視神経と眼球を貫く様に突き立てたのである

 

当然これだけでは終わらない、望はネ級の後頭部に鉤爪を突き刺したまま、砲のトリガーを引いて砲撃を行い、ネ級の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまうのであった

 

こうして望が大立ち回りを展開している間に、突然の望の登場で浮足立っていた艦隊は何とか体勢を立て直し、望を排除すべく行動を開始するのだが、それらも全て次の望の行動によって水泡と化してしまうのであった……

 

敵艦隊の狙いが全て自分の方へ向いた事を本能的に察知した望が、自身の胸の前で両腕を交差させ、全身に力を込めた様に僅かにその身を震わせた直後、何と望の両肩や両脇下からは右手と同じ様に鋭い爪が付いたガントレットを装着した腕が、背中からはまるで蛇腹剣の様な形状の触手が無数に生えて来たのである

 

この唐突な望の身体の変化には、この艦隊に所属する強硬派深海棲艦の誰もが驚愕し、思わず唖然としてしまうのであった。それが命取りになると、頭では理解していながらも……

 

「お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ーーーっ!!!」

 

その直後である、望が本来の姿からはとても想像出来ない様な、あまりにも雄々し過ぎる咆哮を上げるや否や、背中から生えて来た触手達が一斉に動き始め、次々と強硬派深海棲艦達に襲い掛かるのであった

 

ある者は何本もの触手に身体のあらゆるところを貫かれ、ある者は巻き付いて来た触手に全身を締め上げられて骨と言う骨を粉々に砕かれ、ある者は触手の蛇腹に肉を幾度となく削り取られ、ある者は鞭の様にしなる触手に輪切りにされる……

 

こうして望の登場から45秒が経過したところで、辺りに鳴り響いていた断末魔の悲鳴も静まり返り、64隻もいた強硬派深海棲艦達はその全てが見るも無残な姿となって、仄暗い海底へと沈んで逝くのであった……

 

 

 

\うわぁ……/

 

その様子を空の艦載機から送られて来た映像を映し出すタブレットを用いて見守っていた木曾達は、あまりにもグロテスク過ぎる望の戦い方にドン引きし、引き攣った表情を浮かべながら、掠れた声で思わずそう呟くのであった……

 

その傍らでは……

 

「これでようやく望の能力が分かったな……。しかしあの姿と言い、あの戦い方と言い、余程望はこれを気に入った様だな……」

 

空が納得した様な表情を浮かべ、手にしたある物を見つめながら、この様な事を呟いていたのであった

 

そんな空が手にしていたのは、最近空が特撮同好会の集まりの為に購入した、『仮面ライダーアマゾンズ SEASON2』のブルーレイ版のパッケージなのであった……



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発覚したのは酒の席

あっと言う間に強硬派深海棲艦の艦隊を全滅させた望が、悟から教えられた気持ちを落ち着かせる方法で心を鎮め、胸や腕の追加装甲、増えた腕や触手などを消して空達の所へ戻って来ると、電と天津風、そして夕立が急いで駆け寄って来て、電と夕立は望に対して気分は悪くないか、何処かに異常は無いかと心配そうな表情を浮かべながら、少々しつこいくらいに質問を繰り返し、その最中に天津風は出撃する時から手にしていたアタッシュケース状の装置を使い、望のメディカルチェックを開始するのであった

 

さて、天津風が持っていたこの装置だが、これは悟が一時的に離脱する事が決定した時、悟の指示で作られ、光太郎に預けられていたメディカルチェック用の装置で、今回のテスト的な戦闘を実行するにあたって、空が望の体質などに関する事を悟に相談したところ、悟が医療チームに所属する艦娘である天津風か電のどちらかにこの装置を持たせ、戦闘後にすぐさまメディカルチェックを行う様にと指示を出したのである

 

因みにどうして光太郎ではなくこの2人なのかと言えば、深海棲艦と戦闘する場合において、相手を過剰に刺激しない為に転生個体を2人以上艦隊に編成しないと言う、戦治郎達と帝国海軍の間で結ばれた約束事があり、これと望が何らかの事故で暴走してしまった時の事を考えた結果、テストの対象である望とその暴走を力尽くで止められそうな空の2人で出撃枠が埋まってしまったのである。故に光太郎は今回の件においては出撃はせず、特撮同好会の面々と共に護の部屋に集まり、望の戦いを護の衛星カメラを用いて見守っていたのであった

 

「それで空さん、さっき言ってた望の能力ってのは一体何なんだ?さっきの戦闘中に生えて来たあの不気味な腕や触手が、望の能力に関係しているのは何となく分かるんだが……」

 

天津風達が望の容態を確認している中、空と並び立ってその様子を見ていた木曾が、不意に空に怪訝そうな表情を向けながらこの様に尋ねる

 

「細かい部分は後で説明するとして、結論だけ先に言うと、望の能力は『外部から受けた刺激を基に、身体を突然変異させる』と言うもの様なんだ」

 

「突然……、変異……?」

 

すると空は相変わらず手にしたブルーレイディスクのパッケージを見つめながら、木曾の質問に対してこの様に答え、それを聞いた木曾は困惑しながらこの様に呟くのであった……

 

その後、空は今回のテストを実行する事になった切っ掛けや、望の能力についてそう判断した根拠について、静かに話し始めるのであった

 

事の始まりはつい先日、空主催で開催された特撮同好会の集まりであった……

 

こちらの世界に来てからというもの、キャシーに特撮の素晴らしさを伝える為にやった戦隊名乗りを除けば、特撮同好会としての活動を碌にやっていなかった事に気付いた空は、戦治郎を除く特撮同好会のメンバーを集め、久方振りに特撮作品を肴にしつつ飲み会をやろうと提案、それを受けたメンバーはそれを快諾し、メンバーで話し合って開催日を決め、前日に各々に酒やつまみの材料を準備し、その日の19時を迎えたのだが……

 

「その、今日はよろしくお願いしますっ!」

 

飲み会の当日に同好会のメンバーではない望が、光太郎と共に飲み会の会場となる空の部屋にやって来たのであった

 

如何して望が?誰もが内心で思う事を、飲み会の主催者である空が代表して望に尋ねたところ……

 

「以前から先生に言われていたんです、医療従事者になる為に勉強を頑張る事も大事だけど、そればかりだと戦闘による心労も合わさってストレスが凄く溜まってしまうから、適度にガス抜きをして精神衛生を保つ様にって……」

 

望は真剣な表情を浮かべながらこの様に返事をし、それを聞いた同好会のメンバー達は望の言葉に納得したかの様に小さく頷き返してみせた後、少し考え込む様な素振りを見せるのであった

 

さて、同好会のメンバーのリアクションについてだが、前者の反応に関しては悟が望に対してこの様に言った理由がよく分かるからである……

 

望は激しく興奮したりストレスを溜め込み過ぎたり強い精神的ショックを受けると、体内にある謎の器官が強力な覚醒剤の様な物質を分泌し始める様になっており、その物質は過去に望が受けた投薬実験が原因で強化された筋肉細胞を更に強化するだけに留まらず、脳のリミッターを強制的に解除した上に痛覚と疲労感を奪い去り、最終的には望を暴走状態にしてしまう恐ろしい物である事を、此処にいるメンバーは悟から知らされているのである。なので望の話を聞いた直後、同好会のメンバーは揃って前者の様な反応を見せたのである

 

では後者の反応は如何言う事なのか?と言う事になるのだが、これは単純に望の話とそれに対しての望の行動が、メンバーの中で上手く結びつかなかったからである

 

「そう言う事なら、先ずはこの濃いオッサン達の濃い集まりに参加するよりも、自分の趣味に打ち込んで発散した方がいいんじゃないッスか?」

 

「それなんですが……」

 

望の発言の後、空の部屋の中にしばらくの間沈黙が流れ、このままだと何も始まらないし場の空気も悪くなると考えた護が、意を決して望に向かってこの様に尋ねると、望は両頬を薄っすらと紅潮させ、何処か恥ずかしそうにモジモジしながら返事をするのであった

 

望の話を聞くところによると、如何やら彼女はこれまで医療従事者になる為の勉強に必死になる余り、趣味らしい趣味を持っていなかったのだとか……

 

一応年頃の女の子らしく、流行りのファッションや美味しいスイーツ、テレビの中で歌って踊る可愛らしいアイドルなどには興味はあったらしいのだが、自身の要領があまり良くなかった事を自覚していたと言う望は、娯楽に費やす時間をも勉強に充てていかないと、悟の様な立派な医療従事者にはなれないと考え、実際にその通りに行動をした結果、そう言った類のものに極めて疎くなってしまったのだそうな……

 

この話を聞いた直後、同好会のメンバーの誰もが複雑そうな表情を浮かべ、空の部屋の中に重苦しい空気が流れ始める……。その中でも特に、トップアイドルとして今も色々な場所で大活躍している妹を持つ通の表情には悲愴感が漂っていた……。恐らく妹の事を望に認知されていない事が、心の奥底から悲しかったのだろう……

 

そんな中、望は自分の趣味を探す事を決意したものの、どんな事を趣味にしたらいいものかと悩んでいたところで、光太郎からこの集まりの事を聞き、集まりの事を心底楽しみにしている様に話す光太郎の姿を見て、普段は誰にでも優しく、その雰囲気から頼もしさを感じさせる光太郎を、こうまで変えてしまう特撮作品に興味を持つ様になった事を話すのであった

 

此処まで静かに望の話を聞いていたメンバーの殆どが、望を参加させてもいいのではないか?と言う雰囲気を漂わせ始めるのだが……

 

「待てお前達……、冷静になって考えろ……。今回俺達が視聴しようとしている作品が、一体何だったか思い出せ……っ!」

 

表面上冷静を装いながら、内心では激しく動揺している空が待ったをかけ、それによってメンバーの誰もが、何かを思い出したかの様にハッとして、空の手元に視線を向ける……

 

その視線の先にあったのは、グロテスクな表現が多い事で有名な仮面ライダーアマゾンズ SEASON2のブルーレイコレクション……、そう、これが本日特撮同好会で視聴する予定となっている特撮作品なのである……

 

これを望に見せるのは流石に不味いのではないか……?そう思った同好会のメンバーが、誰からともなく空の下に集まり、今日見る作品を変えるべきではないか?と円陣を組んで話し合いを始めるのだが……

 

「この方が主人公なんですか?何か変身した光太郎さんみたいでカッコイイですねっ!」

 

同好会のメンバーが話し合いをする中、いつの間にか部屋の中に入り込み、ブルーレイコレクションのパッケージを手に取って眺めていた望が、その両目をキラキラさせながらこの様な事を言い、そんな望の様子から誰もが見る作品を今から変える事は叶わないと悟り、渋々と言った様子で視聴する準備を整え、望を特別ゲストとして迎え入れ、空が代表として再生ボタンを押して飲み会を開始するのであった……

 

 

 

それから約7時間後……、空の部屋の壁に掛けられた時計が深夜の2時を指し示す頃……

 

「うぅ……、千翼君……、千翼君がぁ……」

 

全13話の視聴を終えた望は両目からボロボロと涙を零しながらこの様な事を嗚咽混じりに呟き、その様子を見た同好会のメンバーは、思わず苦笑いを浮かべていたのであった……

 

如何やら望は作品を見ていく内に、SEASON2の主人公である千翼及びアマゾンネオのファンになってしまったらしく、戦闘シーンでは悟の手伝いによって培われた、長門屋屈指のグロ耐性のおかげでグロ描写に特に動揺する事無く、やや興奮した様子で千翼に声援を送ったり、終盤では届かないと分かってはいるものの、千翼を制止しようと必死になって悲痛な叫びを上げていたのであった

 

そして千翼が迎えた結末を目の当たりにした望は、心の内側から湧き上がって来る感情を涙に変え、泣き崩れてしまうのであった……

 

そんな望を落ち着かせようと、少し酒が入った事でおぼつかなくなった足取りで、光太郎が望の傍に近寄ったその時である……

 

「っ!?」

「うぉっ?!っとわっしょおおおぉぉぉーーーいっ!!」

 

本当に何の前触れも無く、唐突に望の背中からまるでさっき見ていたアマゾンズSEASON2に登場する6本腕のアマゾンの触手の様な物が、光太郎を貫かんとばかりの勢いで飛び出して来て、それを間近で目の当たりにした光太郎は、驚きながらも急いで半身をズラして回避し、光太郎の後ろで座って酒を呑んでいたシゲは、突然視界に飛び込んで来た触手の槍に光太郎以上に激しく驚きながらも、即座に床に背中を叩きつけんばかりの勢いで寝転がり、寸でのところで触手を回避する事に成功するのであった……

 

「えっ!?皆さんどうしたんですかっ?!」

 

余りにも突然過ぎる出来事に、同好会のメンバー全員が唖然とする中、シゲの声に驚いてビクリと身体を震わせた望は、状況が全く掴めていないのかオロオロしながらこの様な言葉を口にするのであった……



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因果を結ぶのは能力

望の背中から突如として触手が生えて来た事で、特撮同好会の宴会の会場であり、事件の現場となった空の部屋のリビングには、しばらくの間状況を呑み込めずに慌てふためく望の声だけが響き渡っていたのだが……

 

「何じゃこりゃあああぁぁぁーーーっ!?!」

 

危うく望の触手に頭を貫かれそうになったシゲの、腹の底から放たれる驚愕と困惑が見事なバランスで絡み合った咆哮を皮切りに、この場にいる誰もが我に返ると同時に望の下へと駆け寄り、身体に異常は無いか?と言った望の身体を心配する質問や、この触手は一体何なのか?と言った自身の内に湧き上がる疑問に対しての答えを求める質問が、まるで暴風雨の如く望に浴びせられるのであった

 

尤も、これについては望の方が此処にいる誰よりも知りたい立場である為、当然の如く皆が求めているこの現象の答えを出せる訳も無く、望の返答を聞いた者達は内心では残念そうな表情を浮かべながら、冷静さを欠いて望に質問攻めした事に対して、申し訳なさそうな表情をしながら口々に謝罪をするのであった

 

その後、この件を悟に伝えるべく部屋の外で通信を開始した空を除いたメンバーは、リビングにあったテーブルを囲んで望の身体から触手が生えて来た原因について話し合いを始めるのだったが、その内容が余りにも予想し難い、突飛過ぎるにもほどがあるものであったが為に、会議は踊るされど進まずと言った調子で、それらしい推論すら出て来る事は無かったのであった……

 

そんな中……

 

『望の身体から触手が生えて来た原因なぁ……、もしかするとよぉ、望の腹ん中にありやがるあの得体の知れねぇ臓器と関係があんのかもしんねぇなぁ』

 

「あの覚醒剤物質を分泌する奴か……、しかしその時の状況や今の望の様子を見た限り、関連性は薄い様に見えるが……」

 

『まぁ細けぇ事は実際に見ねぇ事には何とも言えねぇなぁ……、っとぉ……、そろそろ休憩が終わっちまいやがらぁ、詳しい話は後日聞かせやがれってなぁ』

 

「待て、休憩だと?俺の記憶が正しければ、今日は横須賀の軍医業は休みだったと思うんだが……?」

 

『ちょいと俺なりに思う事があってなぁ、燎から許可もらってバイトやらせてもらってんだわぁ。んで、今はバイトの方の休憩時間だったって訳よぉ。てな訳で、悪ぃが仕事に戻らせてもらうぜぇ』

 

望の事を報告する為に悟に通信を入れていた空は、悟とこの様なやり取りを交わした後、悟に通信を切られてしまうのであった

 

さて、こうして望の身体について一番詳しいであろう悟からも、大したヒントを得る事も出来なかった空は、特に進展している様には見えない話し合いには参加せず、その場で静かに思考を巡らせ始めるのであった

 

そんな空が先ず最初に考えたのは、一体何が原因で望の身体から触手が生えて来たのかについてだが……

 

(真っ先に思い当たるのは、望がアマゾンズを見た事だな……。しかしそれが如何してこの様な事になった……?)

 

恐らく原因となった物がアマゾンズの映像であると予想はするのだが、それが触手が生えて来たと言う現象に上手く結びつかず、空は思わず苦々しい表情を静かに浮かべながら、今度は原因と現象の因果律を探る為に熟考するのだが……

 

(うむ……、考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくるな……)

 

幾ら思考を巡らせようとも、手持ちの情報が余りにも少ない事もあり、アマゾンズの映像から触手が生えると言う現象の因果律を見つける事が出来ず、空は内心でそう呟くと一旦頭からこの出来事に関する事を切り離し、今回の事件の中心人物とも言える望について考え始めるのであった

 

望の事と言えば先程悟も触れていたが、やはり例の覚醒剤物質を分泌する器官の事が真っ先に出て来るだろう。実際、空も望の事を考え始めるや否や、何よりも先に思い浮かべたのはソレの事であった

 

その臓器は今は人体実験問題や桂島泊地の提督の件もあって、元帥の判断で破棄される事が決定したアムステルダム泊地にて、提督の手によって行われた投薬実験によって出来た物であると、望を保護した際に彼女の身体を検査した悟が言っていた物であるが……

 

(これもよくよく考えてみれば、今回の触手の件とよく似ているな……。具体的には原因と結果が上手く結びつかない……、ん……?)

 

望の事から望の例の臓器の事に思考が移り変わったところで、空は不意に引っかかりを覚え、今度はそちらの方へと思考を移す……

 

そしてその中で、空はある事に気が付くのであった……

 

(もしかすると、望の中には結びつくはずの無い原因と結果を、強引に結びつける何かがあるのではないか……?)

 

空がそう思い至った直後、その脳裏に『転生個体の能力』の文字が浮かび上がって来る……

 

(そう言えば……、あの時望はゾア汁の飲んでも無事だったな……。つまり望はそれよりも前に、既に能力に目覚めていた……)

 

この考えが空の脳裏をよぎった瞬間、まるで決壊したダムから溢れ出る水の如く、様々な考えが空の頭の中に押し寄せて来るのであった……

 

そうして濁流の如く襲い掛かる推測を厳選し、考えを巡らせた結果……

 

(望は外部から何等かの刺激を受けた際、本人の意思とは関係なく、身体がそれを有用であると判断した場合、それに沿った形で身体を変化させる……、突然変異をする能力を持っている……、そう言う事なのか……?)

 

空はこの様な推論を打ち出すに至ったのであった……

 

臓器の件でいけば、望の身体の中で複数の薬が混ざり合った事で出来上がった覚醒剤の効果が出ると言う刺激を受けた際、戦闘の際には覚醒剤の効果で身体と精神を強化出来れば戦闘を優位に進められると望の身体が勝手に判断し、副作用を無視して覚醒剤物質を分泌する臓器を作ったと考えれば、空の中では納得する事が出来た

 

そして触手については、アマゾンズの映像を見ると言う刺激を受けた際、劇中の様に触手を生やして相手を攻撃出来れば、個人での殲滅能力を高める事が可能であると、望の身体が望の意思を無視してその様に判断し、望の身体に触手を生やす機能を取り付けたのだろうと空は推測するのであった

 

これ以外にも胸部の追加装甲やガントレット、主砲から生える鉤爪に関しても、この推測に当てはまるだろうと空は考えていたのであった

 

こうして空が今回の事件の原因に当たりを付けたその直後、空の脳裏にある事が過る……

 

(そう言えば……、例のオリジナル体は6本腕だったな……。……まさかな……)

 

アマゾンズの映像をふと思い出した空が、内心でこの様な事を呟きながらリビングに戻って来てみると……

 

「あ"あ"あ"があ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーっ!!!」

 

「え、えっと……、シゲさん、本当にこれ大丈夫なんですか……?護さん、すっごく苦しそうですけど……?」

 

「大丈夫大丈夫っ!サブミッションは大体こんなモンだからっ!!」

 

「腕が6本もあれば、この様な事も出来るのですね……」

 

「両腕をチキンウイングで締め上げながらのキャメルクラッチ……、更に両脚も抱え込んでアキレス腱を固めるって……、中々エグい事するなぁ……」

 

「ギブアップッ?!ギブアップッ!?」

 

リビングではテーブルを片付け、恐らく話し合いの最中に生やしたであろう6本の腕で護に複数の関節技を同時に仕掛ける望と、望を唆したと思わしきシゲ、その様子を愕然としながら見守る通と翔に、酒が入って上機嫌になっているせいか、ノリノリでプロレスのレフェリーの如く護の顔の前で手をヒラヒラさせながら、護にギブアップするか否かを尋ねる光太郎の姿があったのであった……



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待ち人来てくれる(らしい)

「こう言った事があって、俺は望の能力は身体が受けた刺激を基に突然変異をするものだと推測するに至り、この推測が正しいものである事を実証する為に、悟と相談して今回のテスト戦闘を実行する事にしたんだ」

 

「望の能力に当たりを付けた経緯や、今回のテスト戦闘を実行しようと思った理由は分かったんだが、如何してシゲさん達はそんな馬鹿みたいな事望にやらせたんだよ……?」

 

空から今回のテスト戦闘や望の能力に関する話を聞いた木曾は、空の話の中に登場したシゲ達に呆れ返りながら、思わずこの様な言葉を口にするのであった

 

尚、望が護に複数箇所同時サブミッションを実行した経緯だが、割とアッサリと望の能力に当たりを付ける事が出来た空とは裏腹に、シゲ達の方では幾ら話し合いを重ねてもこれだ!と思う様な意見が出て来ず、時間だけが無駄に経過するだけで話し合いは行き詰まり、辺りに微妙な空気が流れ始めたのだそうな

 

そしてその状況を打破するべく、シゲ達は翔の提案で休憩を取っていた訳なのだが、その最中にふとシゲが触手以外にも何か出せないのか?と思った事を何となく尋ね、それを受けた望が何か出てこないか試してみたところ、件の腕がズルリと生えて来たのだそうな……

 

その様子を見た面々は、一瞬ギョッとしたかと思うと……

 

「まるでアシュラマンみてぇだな……」

 

「そう言えば中国神話に登場する、蚩尤と言う神様も6本腕だったそうですね……」

 

「ごめんね望ちゃん……、僕が真っ先に思いついたのは姦姦蛇螺だったよ……」

 

「マフェットちゃんも6本腕だった事を忘れてもらっちゃぁ困るッスねぇ」

 

「如何して特撮同好会なのに、誰もMUTOの名前を出さないのか……」

 

それぞれこの様な言葉を口にしたのだとか……

 

この出来事によって、シゲ達は望の身体から触手や腕が生えて来た事などどうでもよくなってしまい、代わりに望がこの腕達をどのくらい自由に扱う事が出来るかについて調べる事にしたのだそうな

 

この時護が攻撃対象になったのは、現在長門屋鎮守府(張りぼて)の共用資金となっているアクセルから貰った資金の残りが若干減っている事が、厨房の仕事以外にも主計の仕事も担当している翔の調べで発覚、その事を知った翔の依頼で特警隊の副隊長である通が捜査を行った結果、護の部屋から長門屋名義で購入されたゲーミングPCとその領収書が見つかり、共用資金横領の犯人が護であった事がこの場で明らかになったからである

 

因みに護が横領を働いた理由は、横須賀にいる間に普段から護が装備しているHMD型PCのむせる君の強化及びメンテナンスや、同人ゲーム製作用の超ハイスペックPC購入、南方海域にいた頃に打ち上げた人工衛星群が経年劣化で性能が落ちたり、スペースデブリなどで破損した時に備えての貯金などで懐が極寒になっているところに、イオッチから自分専用のゲーミングPCを要求されたからなのだそうな……

 

そうして護が横領事件を起こした理由を知ったメンバーは、それはもう何とも言えない表情をしていたのだとか……。何せむせる君と人工衛星はこれまで何度も長門屋の面々を助けてくれている為、それらが故障して使えなくなってしまうと非常に困る事は誰もが良く知っており、どうしても文句を付ける事が出来なかったのである

 

更にゲーム製作用PCについても、護達が作る同人ゲームが現在の最大勢力である穏健派連合のトップであるリチャードとの交渉に使える品である事が、戦治郎達が南方海域に到着した際に発覚しており、護達が高品質な物を作れればこちらの多少無茶な要求も呑んでもらい易くなる可能性が考えられる為、それを無碍にする事が出来ないと誰もが分かっているから、こちらに関しても誰も何も言えなかったのである

 

そして最後にイオッチ用ゲーミングPC……、こちらはクトゥルフ並の古参旧支配者であるイオッチのご機嫌取りの為には、どうしても必要な品である事は分かり切っている……。もしここをケチってしまえば、長門屋の面々は今後イオッチの助力を得られなくなってしまうかもしれないので、それを避ける為には必要な物であると皆心の中で割り切るのであった……

 

ただまぁ、だからと言って護が無罪放免になるかと言えばそんな事は無く、取り敢えずケジメをつける為に殴られろと言う事で、護は望から複数箇所同時サブミッションを受ける事となるのであった

 

尚、例の光景を目の当たりにした空は、細かい理由など一切聞かずに、シゲと光太郎に思いっきり拳骨をかまし、床と家の土台をブチ抜いてシゲと光太郎の首から下を地面に埋没させ、翔と通から理由を聞いた後は護も同様に埋没、後日その3人に自宅の修復を厳命したのだそうな……

 

「只、これで1つ分かった事がある。如何やら腕と触手に関しては、追加装甲や鉤爪などとは違い狂戦士状態にならなくても使える様なんだ」

 

当時の事を思い出しながらシゲ達の行動理由を木曾に説明し終えた後、空はそう言って言葉を続けるのであった

 

望の話を聞いたところによると、彼女はアマゾンズの例のシーンを見た時、自分にもこのような力があれば、後方で前線で戦う皆の援護をするだけでなく、皆と同じ様に前線で戦えるのではないか?もしそうなるのであれば自分もこの様な力が欲しいと、心の片隅で思ったのだそうな

 

「追加装甲や鉤爪に関しては、恐らく元アムステルダム泊地の提督に洗脳されている間……、望に自由意思が存在していない時に発現した物である為、望自身が欲しいと願って発現した腕や触手ほどの自由度がないのかもしれんと、俺はそう考えている」

 

「成程な……、じゃあ今回のテスト戦闘は……」

 

「自由に操れる触手と腕を、狂戦士状態でしか使えない追加装甲と鉤爪と併用出来るかを調べる為と、その様子を悟に確認してもらう為の映像データの撮影する事が中心となっている。恐らく今、護が自室で映像データの圧縮し、悟のPCに送信しているところだろうな」

 

このやり取りの後、木曾は納得した様な表情を浮かべながら、小刻みに頷いていたのだったが、空の方は何か難しそうな表情を浮かべながら、考え込む様な仕草を取るのであった

 

それを不審に思った木曾が、空にその理由を尋ねたところ……

 

「いや、確かに望は望んだ通りに俺達と同じ様に、最前線に出て戦闘を行う力を得たのだが……」

 

「あぁ……、例の臓器か……」

 

「あぁ……、それがあるせいで望は、長時間最前線で相手のヘイトを稼ぎながら、可能な限り相手を撃破すると言う、俺達がよく使う戦術が使えないと言う問題があるんだ……」

 

「今の表情は、それの解決方法を考えてたってところか?」

 

「そんなところだ……」

 

それからしばらくの間、この様なやり取りを交わした空と木曾は、薬物に対しての専門的な知識を持ってない者なりに、望の例の臓器の問題を解決する方法を模索する様に考え込んでは意見交換をする……

 

そして……

 

「駄目だ、医療にそこまで詳しくねぇ俺じゃあ全く解決方法を思いつけねぇ……。こんな時に悟さんみてぇに、薬に詳しい奴がいたら……」

 

「悟は薬に対しての知識はあるが、それを実際に作り出す薬剤師としての技術は……っ!?」

 

問題の解決方法を思いつけなかった木曾が、悔しそうにこの様な事を呟き、それに対して空が何かを言おうとしたその時、空は木曾の呟きから過去に遭遇したある男の存在を思い出し、思わず発しようとしていた言葉を止め、目を見開くのであった

 

そんな空の脳裏に浮かんだのは、自身の掌からダラダラと、自身の能力によって改良したと言う高速修復材を垂れ流す集積地棲姫……、いや、集積地棲姫の転生個体である積 始の姿なのであった……

 

「あいつの力を借りる事が出来れば、望の臓器の問題も解決出来るのではないか……っ!?」

 

「あいつ……?」

 

そう呟く空の姿に向かって、怪訝そうな表情を浮かべる木曾は、思わずこの様な事を呟き、それを受けた空は始の事について、自分が知っている限りの情報を用いて説明し、それを聞いた木曾も空の考えに同意するのであった

 

そうしている内に望のメディカルチェックも終了し、望の身体に異常が確認されなかった事を天津風から報告された空は、すぐさま鎮守府(張りぼて)に帰還する事にし、この場を後にするのであった

 

そして鎮守府(張りぼて)に戻って来た空が、始の事でリチャードに連絡を入れる為に自室のPCを起動したところで……

 

「空ちゃん、ちょっといいかしら?」

 

空が帰って来た事を知った剛が、空の部屋に尋ねて来るのであった

 

そんな剛に目もくれず、空がPCを操作してリチャードを呼び出そうとした時、剛の口から空からしたら思い掛けない言葉が飛び出し、空は思わずマウスを動かす手を止め、剛の方へと驚愕の表情を向けるのであった

 

「今すぐって訳じゃないんだけど、以前空ちゃんが助けた集積地棲姫だったかしら?その転生個体の積 始って子が、その子が助けたって言う山風ちゃんと一緒にウチに所属したいって言ってるんだけど、2人を受け入れるにあたって何か特別な手続きとかって必要なのかしら?」

 

「何……だと……っ!!?」

 

このやり取りの後、剛は空に自分と始の関係や、始の現状などについて説明し……

 

「始についてもっと色々と尋ねたい事はありますが、始の加入希望はこっちとしては願ったり叶ったりなので、例えどんな事があったとしても、あらゆる手段を使ってでも始をウチに加入させようと思います」

 

剛の話を聞いた空は、即座にこの様に返事をするのであった



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想像以上の出来

着物関係の知識が不足している為、色やら柄やらについてはかなり適当な感じになっています。その辺りについてはどうかご了承下さいませ……


長門屋鎮守府(張りぼて)の方で様々な動きがあった中、江田校祭の準備を進める戦治郎達はどうしているかと言うと……

 

「チミ達ぃ……、もうちょっちしっかり仕事してもらえませんかねぇ……?」

 

「本当にごめんなさい……」

 

「いや……、俺も勉も自分の役割はキッチリ果たそうって気はあるんだがな……?」

 

提督科の教室にて、戦治郎達は提督科の出し物である日本舞踊の練習を行っていたのだが、如何やらちょっとした問題が発生したらしく、戦治郎はそれに対して渋い顔をしながらこの様に苦言を呈し、その原因となっている舞台照明担当の毅と音響担当の勉は、そんな戦治郎を前にして只々申し訳なさそうに縮こまっていたのであった

 

さて、件の問題が一体如何言ったものであるかについてだが、それは至極単純なもので、戦治郎が演技を始めてしばらくすると、毅も勉も戦治郎の演技や立ち振る舞いに完全に目と心を奪われ、作業の手が止まってしまったり、テンポがズレてしまうと言うものである

 

もう少し踏み込んでいくと、照明担当の毅は戦治郎の動きに合わせて照明で照らす位置を動かさなくてはいけないのだが、戦治郎の演技に思わず見惚れてしまい、照明を動かすタイミングが1テンポズレたり、酷い時には完全に手が止まってしまい戦治郎がいないところを照らしていたりしていたのであった……

 

更に音響の方はと言うと、舞台に立つまでの戦治郎の、普段からは到底想像出来ない様な凛とした立ち振る舞いに思わず見入ってしまい、曲を流し始めるタイミングを見誤ってしまったり、戦治郎の演技が終わって曲を切る状況になったとしても、戦治郎の演技の余韻に浸りきってしまって曲を切り忘れ、曲がリピート再生されてしまうと言った調子なのである……

 

これでは観客にちゃんとした演技を見せられない……、最悪の場合提督科の出し物は、日本舞踊風コントだと思われてしまうかもしれない……。そう思った戦治郎は、思わず戦治郎の演技に見惚れる毅達に注意を促したのである

 

確かに戦治郎の指摘は尤もな事なのだが、毅達の気持ちも分からないでもない……。何せ戦治郎の演技の完成度が、毅達の想像を遥かに超越したものであり、例え同じものを何度見ても、何時間見せられたとしても、飽きる事無くずっと見続けられる様な、そんなレベルにまで仕上がっているのである

 

故にこれまで何度も近くで戦治郎の演技を見てきた毅達が、それに見惚れてしまうのは仕方ないと言えば仕方ない……、いや、だからと言って全てが許される訳では無いが……

 

とまあ、この様な調子で戦治郎達が舞台の為の練習に取り組んでいたところで、不意に教室の扉が開かれ、その音に気が付いた3人が揃って扉の方へと視線を向けると……

 

「提督、司さん達にお願いしていた物が届きましたよ」

 

「ほんっと、アンタの人脈ってどうなってるのよ……?」

 

そこには目測で大体90cm×40cm×20cmくらいの大きさの、桐で出来ていると思わしき木箱の様な物を抱えた大和と、A2サイズの紙の束がスッポリ収まりそうな大きさの段ボールを抱えた紅葉の姿があり、2人はこの様な言葉を口にしながら戦治郎達の方へと歩み寄って来るのであった

 

「おっほ!流石司っ!仕事が早ぇなおいっ!!」

 

そうして自身の目の前までやって来た大和から件の桐の箱を受け取った戦治郎は、この様な言葉を口にしながら、どことなく嬉しそうな表情を浮かべながら木箱の蓋を開け、その中身を確認するのであった

 

「何だそりゃ?」

 

「これか?これは俺が本番で着る予定の着物よっ!え~っと……、今の姿に合わせた女性用の薄紫の単衣で、江田校祭の開催が9月中旬って事で柄は桔梗……、帯はベージュ系で帯揚げと帯締めもそれにしっかり合わせてあって、扇子の方もちゃんとある……っと……。う~ん……、パーフェクトッ!こう言うのはやっぱ司に頼むと間違いねぇなっ!」

 

木箱の中身がどうしても気になった毅が、不思議そうな表情を浮かべながら戦治郎にこの様に尋ねると、戦治郎は箱の中に依頼していた物が全て入っているかを確認しながらこの様に返答し、確認作業を終えると満足そうな表情を浮かべるのであった

 

「ねぇ、この箱の中身も衣装に関係するものなの?」

 

その直後、木箱の中に更に木箱がある事に気が付いた勉が、思わず戦治郎にこの様に尋ねると……

 

「そうそう、これも衣装の1つだな」

 

戦治郎は勉に向かってこの様に返事をしながら件の木箱を手に取り、蓋を開けてその中身を勉に見せるのであった

 

その木箱の中に入っていたのは、顔の上半分を覆う様な構造をした、妙に耳の長い白い狐を模した仮面であった

 

それを見た勉と紅葉は、如何して仮面が必要なのか?と戦治郎に問い、それに対して戦治郎は……

 

「流石に着物にこのフェイスベールは合わねぇと思うし、だからって黒衣の頭巾被って()る訳にもいかねぇから、こうして仮面を準備したって訳よ」

 

自身の顔を覆っているフェイスベールを指差し、苦笑しながらこの様に返答するのであった

 

それに対して紅葉が如何してそこまで頑なに顔を見せない様にするのか、素顔のままで演技する事は出来ないのかと問い詰めて来るのだが……

 

「あぁ~……、それなんだけどよぉ~……、俺舞鶴鎮守府で戦治郎の素顔見たんだけど、こいつの顔にはとても人様にお見せ出来ねぇ様な、エッグい傷痕が付いてんだわ……」

 

「そうそうっ!だから素顔で舞台に立とうものなら、観客皆が俺の顔の傷痕にビビッて、舞を見るどころじゃなくなっちまうんだわ。ってな訳で俺が舞台に立つ為には、如何してもこの仮面が必要になって来るんだわ」

 

ここで戦治郎の正体を知る毅が事実100%のフォローを入れ、それに便乗する様にして戦治郎がこの様に返事をすると、取り敢えず紅葉と勉の2人は納得してくれるのであった

 

因みに仮面の耳が妙に長い理由だが、それは戦治郎の額から生えた角を隠す為となっており、毅は仮面を見た直後、耳が長い理由を察したのだそうな……

 

こうして衣装の確認を終えた戦治郎は、今度は紅葉が持って来た段ボールに手を伸ばし、その封を切って中身の確認を開始する

 

この段ボールの中に入っていたのは、提督科の出し物を宣伝する為に、紅葉の提案で準備したポスターの束であった

 

剛達による基地襲撃事件の後、紅葉は戦治郎が一体何者であるかについて、恋愛感情抜きで深く興味を持つ様になり、それを探る事を目的に江田校祭に参加する事にしたのである

 

だが紅葉が参加表明をした時点で、各自の役割は既に決まってしまっていた為、紅葉は完全に手持ち無沙汰と言う状態になっていたのであった

 

これは正直あまりよろしくない……、もしかしたら大本営から監査員が送られてきて、その者達に紅葉が何もしていない事がバレて元帥に報告されてしまえば、紅葉の立場が危うくなってしまうかもしれない……。そう考えた面々が話し合いを行った結果、紅葉は戦治郎達が演技の練習に集中出来る様にする為の、学校側との連絡役と出し物の宣伝を担当する事となったのである

 

こうして紅葉の役職が決まり、早速宣伝用のポスターを作ってもらう事になった訳だが、ここで1つ問題が発生してしまったのである

 

そう……、この宮島 紅葉……、所謂『画伯』だった様で、最初に彼女が仕上げたポスターは正気度をモリモリと削ってしまいそうな、それはそれは名状し難い恐ろしい代物となっていたのである……

 

この問題を解決するべく、戦治郎は思考を徹底的に巡らせ、ある事を思い出すとすぐさま長門屋鎮守府(張りぼて)に連絡を入れ、ある者にポスター製作を依頼したのである

 

そうして製作を依頼していたポスターは、見たものを強烈に引き付けるデザインでありながら、日本舞踊らしさを全面的に出した配色で纏められており、戦治郎の目から見ても極めて完成度が高い物に仕上がっていたのであった

 

「このポスターを作った人、本当に凄いね……。これなら沢山のお客さんが僕達の舞台を見に来てくれそう……」

 

「私にはとても真似出来そうにないわね……、ってこの隅っこのコレはポスターを作った人のサインかしら……?え~っと……『井出 亜矢』……?」

 

「全く聞いた事無ぇ名前だな……、これほどの代物を仕上げられる人ってんなら、どっかで名前とか出てるはずなんだろうが……」

 

提督候補生の3人が、各々にポスターを手にして感想を口にしている中……

 

「噂通りの出来ですね……」

 

この『井出 亜矢』の正体を知る大和は、同じく件の作者の正体を知る戦治郎に、他の3人に聞こえない様に囁く様にして話し掛け……

 

「ゾアから話聞いた時は半信半疑だったが、マジでこっち方面にも強ぇんだな……、イダー=ヤアーさんは……」

 

ポスターの出来の良さに驚きながら、戦治郎はこの様に返事をするのであった

 

そう、このポスターを作ったのはゾアとクティーラ改めサミュの実母であり、クトゥルフの妻である旧支配者イダー=ヤアーなのである。この『井出 亜矢』と言う名前は、ポスターの製作者を尋ねられた際に答える為に彼女に準備してもらっておいた、彼女のペンネームなのである

 

尚、後に彼女はこのペンネームを使ってもっぱら電子書籍で作品を出す大人気漫画家となり、戦治郎達と共にコミケに参加する事になったりするのだが、それはまだ先の話である

 

因みに戦治郎がイダー=ヤアーの画力の高さを知った経緯だが、戦治郎達が横須賀鎮守府に滞在している時に行われていた、翔主催の神話生物対策に関する講義の中で、イダー=ヤアーが描いた育児日記漫画である『真・ポナペ経典』の一部のコピーが資料として使用され、この講義を受講する誰もが資料に描かれた漫画についての質問をまるで機関砲の様にゾアに叩きつけた結果、これによって恥ずかしさがMAXとなったゾアがヤケクソになり、イダー=ヤアーは漫画だけでなくイラストや絵画も得意であると、自分の母親自慢を開始したからだったりする

 

こうして着物やポスターを受け取った戦治郎は、毅と勉を一旦教室から追い出して早速届いた着物を試着した後、着物を着た状態での動作に問題が無いかを確認する為にそのまま演技を開始、着物を着終えたところで呼び戻した毅達だけでなく、紅葉や大和までもをその美しい舞で魅了するのであった



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提督科以外の出し物 前編

司に依頼していた舞台衣装が届いた日の夜、戦治郎達はいつもの浜辺で久方振りに自主練を行っていた

 

ここしばらくの間は江田校祭の準備で誰もが忙しい状況にあった為、中々皆で集まって自主練を行う事が出来なくなっていたのだが、最近になって準備が粗方進んである程度状況が落ち着き、何処の科の者にも余裕が出来て来たと言う事で、これ以上身体を鈍らせない様にする為に自主練を再開しようと言う流れが出来上がり、こうして久しぶりに皆で集まって自主練をする事になったのである

 

そしてしばらく各々に訓練を行い、休憩時間に入ったその時である

 

「そう言えば江田校祭の出し物の事なんだけど……、提督科の出し物が予想外過ぎると思ったのは私だけ……?」

 

不意に瑞鶴がこの様な事を言い出し、それを聞いた艦娘候補生の誰もが瑞鶴に同意する様に、うんうんと何度も首肯するのであった

 

「それ、鈴谷も思った!」

 

「恐らく誰もが予想だにしていなかったでしょうね……」

 

「榛名、トイレの扉に貼ってあったポスターを見た時は本当にビックリしました!」

 

「トイレにポスターが貼ってあった事も驚きだが、私はそのポスターのクオリティーの高さに驚いたぞ……」

 

「あれは非常に目を引くポスターでしたね……、あれも戦治郎さんが作った物なのですか?」

 

「ウチは提督科の誰が日本舞踊を踊るのかの方が、よっぽど興味深いんじゃが……?」

 

それからすぐに鈴谷、霧島、榛名、磯風、浜風、浦風の6人が、それぞれ思った事を率直に口にしていき、それを聞いた戦治郎は……

 

「ポスターをトイレに貼ったのは、俺が昔読んだ漫画にトイレに生徒会長選挙用のポスターを貼るって奴があって、それをモロパクリしただけだな。んで、ポスターのクオリティーについては、その道のプロレベルの人に製作依頼出したからなんだわ。まぁ、この出来は俺も予想外だったけどな……」

 

この様に嘘偽りなく事実だけを話し、それを聞いた艦娘候補生達は、ポスターの製作を外注した事に対して、大ブーイングを巻き起こすのであった

 

因みにポスターなどの印刷物の外注に関しては、発注時のやり取りで相手方に好印象を与えられる事が出来れば、礼節に関する事もしっかり教育出来ていると言う事で、軍学校の評価を上げる事が出来るかもしれないと言う事で、軍学校も帝国海軍も特に規制は入れていない様で、その事を大和が艦娘候補生達に説明すると、艦娘候補生達は納得いかないのか、不満そうな表情を浮かべながら押し黙るのであった

 

それからしばらく周囲に沈黙が訪れるのだが……

 

「それはそうと、イクは誰がステージで踊るのか気になるの!」

 

「確か今の提督科って、5人しかいないんでしょ?それだったら……、今の提督科唯一の女性提督候補生の宮島さんかな?」

 

その沈黙を破る様にイクがこの様な事を口にし、それに続く様にして瑞鳳がステージに立つ人物について、予想を立てるのであった

 

この瑞鳳の発言に誰もが納得した様に、あぁ~と言った様な声を上げたその直後……

 

「皆の予想を裏切って悪ぃな、ステージの上で舞うのは紅葉じゃなくて……、この俺だっ!」

 

戦治郎は誰が見ても苛立つ様なドヤ顔をしながら、途中で言葉を区切って溜めを入れ、自身の方に親指を立ててそう言い放ち、それを聞いた艦娘候補生達は、その誰もが愕然とし言葉を失うのであった……

 

それからしばらくして、艦娘候補生達は我に返ると騒ぎ立てる様にして戦治郎に対して質問攻めを行い、それに対して戦治郎は詳細については本番当日までのお楽しみと言って、この場を鎮静化させる事に成功するのであった

 

こうして艦娘候補生達が落ち着いたところで、今度は戦治郎が彼女達に向かってこの様な質問を投げかける……

 

「そういやお前達んとこの出し物は、一体どんなのやるつもりなんだ?提督科はステージの時間まで余裕があっから、その時間利用して皆のとこ回ろうと思ってんだが……?」

 

この質問を受けた艦娘候補生達は、ある者はとても嬉しそうな表情を浮かべ、ある者は少々苦々しい表情を浮かべながら、自分達のところの出し物について語り始めるのであった

 

まず先陣を切ったのは、榛名と霧島が所属する戦艦科であった

 

如何やら戦艦科は演劇をやる様で、榛名はモブ役としてステージに立ち、霧島は裏方で演者達のサポートを行う事になっているのだそうな……

 

「何で榛名が主役じゃねぇの?こう言っちゃ他の戦艦艦娘候補生達にゃ悪ぃけど、榛名が主役の方が絶対ステージが華やぐと思うんだが?」

 

霧島から話を聞いた戦治郎は、思わず思った事をついポロリと口にし、それを聞いた榛名は戦治郎の口から間接的に榛名は美しいと言われたと思って満面の笑みを浮かべ、そんな榛名の様子を見た霧島は、苦笑しながら事情を話すのであった

 

「私もそう思ったのですけど……、榛名が主役をやりたい娘に主役をやってもらうべきだと言って、辞退してしまったのです……」

 

「あぁ、何か光景が目に浮かぶわ……」

 

霧島から事情を聞いた戦治郎は、納得した様子で苦笑しながらこの様な言葉を口にするのであった

 

さて、戦艦科の次に出し物について話したのは、瑞鶴が所属する正規空母科であった

 

瑞鶴の話によると、正規空母科はなんとメイド喫茶をやる予定となっているらしい

 

「出し物の話し合いになった時、教室全体がまるで激戦区の戦場の様な、すっごく重苦しい空気になったのよね……。そんで皆集客率がどうとか、利益率がどうだとか、滅茶苦茶真剣な表情で、緊張感を漂わせながら話してたわね……」

 

「空母は艦載機を大量に運用する都合、戦術とか効率とか滅茶苦茶考えねぇといけねぇかんな……。これに関しては俺からはもう、シカタナイネとドンマイとしか言えねぇわ……」

 

その時の居心地の悪さを思い出したのか、瑞鶴はゲンナリしながらこの様な言葉を口にし、それに対して戦治郎は同情の眼差しを瑞鶴に向けながら、この様な言葉を掛けるのであった

 

因みにこれは余談だが、如何して空母科の艦娘候補生達が理詰めな感じになってしまっているのかと言うと、空母科の講師である赤城が講義を行った際、自分や横須賀のダブルドラゴン(飛龍&蒼龍)と同じ様に、感覚で艦載機などの運用をするタイプの艦娘を真似るよりも、赤城の同僚である佐世保の加賀の様に、理論や努力でスキルを高めている艦娘を真似した方が間違いが少ないと教えた影響で、この様になってしまってるのだそうな……

 

戦艦と空母、艦娘の艦隊で主力として重宝される艦種の出し物が出たところで……

 

「鈴谷達重巡科の出し物は、屋外で整備科にお願いして作ってもらった15.5cm三連装砲を模した銃を使ってやる射的になったよ~」

 

今度は重巡科の出し物が、鈴谷の口から発表されるのであった

 

話を聞く限りによると、重巡科の出し物の決定はかなり難航したらしく、中々出し物が決まらない事に誰もがイライラし始めたところで、ふと鈴谷が思いついた事を口にし、ロードトレイン砲『布都御魂』製作時に鈴谷が築き上げた整備科とのコネを使えば、この出し物も安全に且つ盛大に行えるだろうと言ったところ、すぐさま採用されたのだそうな

 

「ああ、整備科ABCトリオから聞いたな。艦娘の艤装が使えない一般人でも艦娘の砲撃をリアルに体験出来る様に、安全性に細心の注意を払いつつ、かなり細かい所まで再現したって」

 

「そうそう!出来上がった奴を鈴谷と熊野が試射したんだけど、本当にリアルの15.5cm三連装砲と遜色なくて、2人揃ってマジで驚いたよ~。いや~、ウチの整備科ってマジ優秀じゃん!」

 

鈴谷の話を聞いた戦治郎が、食堂で件のABCトリオから聞いた話を思い出しながらこの様な言葉を口にすると、鈴谷はそれはそれはいい笑顔を浮かべながらこの様に返事をするのであった

 

そんな戦治郎と鈴谷のやり取りの間に、割って入って来る者がいた

 

「重巡科も整備科に協力してもらったの?イク達潜水艦科も、機材関係でちょ~っと整備科に協力してもらったのっ!」

 

運用方法が他の艦種とはかなり違う為、提督科の候補生達が基礎を身に付けるまでの間、合同演習が行われていなかった潜水艦科に所属するイクが、整備科と言う単語に反応して話に入って来たのだ

 

イクが言うところによると、潜水艦科はシンクロナイズドスイミングと水中でのパフォーマンスを掛けあわせた出し物を、艦娘候補生達が普段使用している屋内演習場のプールで行うらしく、水中でのパフォーマンスを観客に見せる為に必要な特殊な機材、プールの上に設置する大型ディスプレイと、そのディスプレイに映す映像を撮る為の、水中でも手振れも少なく正確に作動するカメラの製作を、整備科に依頼したのだそうな

 

「それも聞いたな、軍学校にそれに使えそうな機材が無かったから、整備科にお願いしたんだってな?」

 

「そうなの!それでカメラとディスプレイを整備科の展示品として紹介する事を条件に、整備科はイク達のお願いを聞いてくれたのっ!これならイク達もやりたい事が出来るし、整備科は技術力をお客さん達に披露出来る、正にWIN-WINの関係になったのっ!」

 

イクの話を聞いた戦治郎がそう言うと、イクはかなり実りの良いその胸を突き出す様に、ふんぞり返りながら自慢げにこの様に返答するのであった

 

因みに先程出て来た整備科の展示物についてだが、如何やら整備科は布都御魂も来場客達に展示物として紹介したいらしく、戦治郎との交渉人に任命された整備科ABCトリオは、重巡科の件や潜水艦科の件を戦治郎に話す前にABCトリオのA、栄が実家から取り寄せたういろうを持参して布都御魂の件を持ち掛け、戦治郎から了承を得ていたりする

 

こうして戦治郎達は、月明かりに照らされた浜辺にて、各学科の出し物の話題で盛り上がるのであった




駆逐や軽巡や軽空の出し物、軍学校選抜演習のメンバーとその対戦相手については、後編で触れていく予定となっています


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提督科以外の出し物 後編

さて、時間の事などスッカリ忘れて、戦治郎達はいつもの浜辺で引き続き江田校祭での出し物の話題で盛り上がっていた

 

「取り敢えず戦艦、空母、重巡、潜水艦、整備科の出し物については大体分かったが、他のところはどんな感じの奴をやるつもりなん?」

 

「これは五十鈴さんから聞いた話なのですが、如何やら軽巡科はお化け屋敷をやる予定だそうですよ?」

 

その最中に戦治郎が一旦話を纏め、まだ出し物の事を話していない艦種の候補生が、話題を出し易くなる様に話を振ってみたところ、戦治郎の傍でこの駄弁りに参加していた大和が、何処か淡い期待を抱いた様な雰囲気を辺りに漂わせながら、五十鈴から聞いたと言う軽巡科の出し物について触れるのであった

 

大和が聞いたところによると、軽巡科の候補生達は鉄板ネタは外せないと言う理由で、出し物をお化け屋敷にしたらしい

 

ただこの話、ここで終るかと言うとそうではない

 

軽巡の候補生達は、やるならクオリティーの高い出し物にしたいと言う事で、各役割に人を割り振った後にその中から代表者を選出、その代表者は時間がある時には積極的に自分達の出し物のモチーフとなるVRホラーゲームをプレイしてもらい、その内容を何とか記憶した代表者達は、それを基に様々な指示を出す様にしたり、セットや衣装を作る様にしているのだそうな……

 

因みに如何して教官と言う立場である都合、軍学校選抜演習のメンバー選出などで忙しいはずの五十鈴が、此処まで軽巡科の出し物について詳しいのかと言うと、彼女は時々教え子達の様子を見る為に、出し物の準備で慌ただしい軽巡科の教室を訪れていたのだが、日を追う毎に数名の候補生達が、目に見えてやつれていっている事に気付き、それが如何しても気になってしまい、候補生達にその理由を尋ねたからである

 

「VRホラーをベースにしたお化け屋敷か……、VRホラーは横須賀にいる時にちょっちだけプレイしたが、アレマジで怖ぇよな……。うん、これ聞いてちょっち興味出て来た。って事で大和、時間が合ったら一緒に行ってみねぇか?」

 

そうして話を聞いていた戦治郎は、そう言って大和をお化け屋敷に誘い、戦治郎の口から望んでいた通りのセリフを聞いた大和は、内心では何処ぞの新世界の神の如き悪そうな笑みを浮かべ、表面上では思わず目が眩みそうになるほどの、それはそれは眩しい笑顔を浮かべて、戦治郎の提案を快諾するのであった

 

尚この時、榛名は物凄く残念そうな表情を、鈴谷は心底悔しそうな表情を浮かべていたのだが、その事実に気が付いていたのは、今回の件での勝者である大和唯一人だけだったりする……

 

さて、軽巡科の出し物が判明したところで、軽巡と同じく艦種名に軽の文字が付く軽空母科の瑞鳳が、自分達の科の出し物について語り始めるのであった

 

「軽空母科は艦載機のエンジンをモチーフにした、ピタゴラスイッチみたいな物を展示する予定になってるわね。それで来場者の皆さんには、それが展示されてる軽空母科の教室に入る前にある程度の規模のグループになってもらった後、その中の誰かに展示物に付けられた的目掛けて、真っ直ぐ飛ぶ様に先端に重りを付けた紙飛行機を投げてもらって、仕掛けのスタートを切ってもらう感じにしようって考えてるの」

 

「その口振りから思うに、瑞鳳よぉ……、その展示物のモチーフとギミック、全部おめぇが考えただろ……?」

 

「あ、やっぱり分かっちゃう?」

 

瑞鳳の話を聞いた戦治郎は、ジットリとした視線で瑞鳳の事を見つめながら、彼女に向かってこの様な事を尋ね、それを受けた瑞鳳はウインクをする様に片目を閉じ、悪戯っぽくチロリと舌を出しながら、この様に返事をするのであった

 

因みにこのピタゴラスイッチ、ギミックが作動すると艦載機の機構などに関する説明が書かれたプレートなどが出て来る様になっているらしく、来場者達はギミックを楽しむだけではなく、艦載機に関する知識を高められる様になっているのだそうな

 

又、これらの仕掛けは次のグループの待ち時間を短縮する為に、展示物を見終えた来場者達が教室を出た後、直ぐにギミックが作動していない、元の状態に戻せる様に工夫がされているのだとか……。因みにこれらも全部、瑞鳳が提案し作った物なのだそうな……

 

こうして瑞鳳の話を聞いて、多くの者が軽空母科の出し物に興味を抱く中……

 

「流石瑞鳳さんだわ……」

 

「こりゃ大学で身に付けた知識と技術で、反対する奴等を全員まとめて捻じ伏せたんだろうなぁ……、正直たまげたなぁ……」

 

軍学校に入る前から瑞鳳と面識がある瑞鶴と、軍学校内での物作りの際に、度々瑞鳳とコンビを組んでいる戦治郎は、その表情を引き攣らせながら、それぞれこの様な言葉を呟くのであった……

 

さて、軽空母科の出し物の発表が終わったところで……

 

「あら?もしかして今日の自主練は、もう終わっちゃったんですか……?」

 

軍学校選抜演習に関する資料などを作成すると言う理由で、自主練に参加するのが遅れてしまうと前もって連絡していた鹿島が、1枚の書類を片手に浜辺に姿を現すのであった

 

因みに戦治郎の護衛任務を受けている大和と、資料作成をしていた鹿島以外の教官達は、艦娘候補生達の夜間外出を阻止するべく、軍学校による指示で敷地内の警備を行っている為此処には来ていない

 

この期間中は江田校祭の出し物の為と言う理由があれば、大体の事は容認されてしまうところがあるが、夜遊びが出し物に役立つとは到底思えない上に、出先で人攫いなどの犯罪に巻き込まれてしまう可能性がある事や、何かしらの問題を起こしかねない事から、夜間外出に関しては流石にNGが出た様である

 

「鹿島か、書類作成お疲れさん。今は休憩中でな、各科の出し物についてちょっち話してたんだわ。ってそういや鹿島は海防艦の担当だったっけか?なら海防艦の出し物について何か知ってるんじゃねぇか?」

 

「あぁ、そう言う事だったんですね。それで海防艦の皆さんの出し物なんですけど、厳密に言えば出し物では無いものをやる予定になっていますね」

 

鹿島の存在に気が付いた戦治郎が、ふと思い出した様に鹿島に向かってこの様に尋ねると、鹿島は少し考え込む様な素振りを見せた後にこの様な言葉を口にして、その言葉の意味がよく分からなかった為か、それを聞いたこの場にいる誰もが思わず小首を傾げるのであった

 

鹿島が言うところによると、如何やら海防艦達は江田校祭が開催されている間、軍学校内の清掃活動を担当する事になっているらしい

 

「様々な理由が重なった結果、海防艦の適正を持っているにも関わらず、軍学校に入学出来る様になったのが大人になってからと言う人も、この世界にはいたりするんですけど……」

 

「まあ入り辛ぇよなぁっ!社会の荒波に揉まれた後、ようやく軍学校に入学出来る様になったから入学しました!って感じで実際に入ってみたら、周りは愛国心激高の親御さんの方針で入学した、幼稚園児や保育園児みたいな娘ばっかでした~とかだったら、立つ瀬無ぇからなぁっ!」

 

江田校祭期間中の海防艦の役割について話し終えた鹿島が、苦笑しながらこの様な言葉を口にすると、戦治郎は何処かくたびれたOLの様な20代後半くらいの、海防艦の適正を持つ架空の女性を思い浮かべながら、この様な言葉を言い放つのであった

 

因みに戦治郎が言った内容に少し補足を入れると、海防艦の艤装は他の艦種の艤装よりも小型で比較的扱い易く、価格も他の艤装と比べて安価で入手し易い事から、愛国心が強かったり、見栄っ張りな両親を持つ海防艦適正持ちの子供達は、各種予防接種のついでに艦娘適性検査を受け、そこで海防艦の適正が見つかれば、家庭の事情に何等かの問題が無い限り、幼稚園や保育園への入園そっちのけで軍学校へ入学する為の教育を施され、幼いながらも親元を離れて軍学校に入学させられるのだとか……

 

その様な事情がある為、海防艦と言う艦種には小さな子供が多く、海防艦科の教室は幼稚園に入る事を楽しみにしていた子供達の期待に応えるべく、まるで幼稚園の教室の様な様相と空気を醸し出しており、海防艦の適正持ちの大人が非常に入りにくい状態になっているのである……

 

話を戻して、海防艦科の出し物が鹿島の口から知らされた事で、いよいよこの場で知る事が出来るのは、駆逐艦科の出し物だけとなるのであった

 

「トリは私達か……」

 

「他の科の出し物も、よく趣向が凝らされていて、興味深いものになっていましたね……」

 

「じゃがっ!ウチらの出し物も、皆の出し物に引けを取らんものになっちょるはずじゃっ!」

 

磯風、浜風、浦風の3人は口々にそう言った後、相当出し物の内容に自信があるのか、堂々とした様子で自分達の出し物について語り始めるのであった

 

彼女達が所属している駆逐艦科は、如何やら主計の候補生達と提携して、食べ物に関する屋台を出し物としてやる予定になっているのだそうな

 

只、軍学校の中でも最も生徒数が多いとされている駆逐艦科全体で、1つの屋台をやる訳では無く、駆逐艦科全体から主計の候補生を最低1人は混ぜたグループを幾つか作り、そのグループ単位で1つの屋台を経営する様になっているのだとか

 

こうしてグループ分けが行われた訳なのだが、彼女達は奇跡的に3人共同じグループになり、更には主計科から来た候補生も、布都御魂製作時に行った昼食作りの際、浜風と浦風と面識を持った人物が来てくれたおかげで、グループ内の空気は他の所と比べてかなり良好なのだそうな

 

さて、そんな彼女達が自信を持って提供しようとしている、屋台の食べ物が一体何なのかと言うと……

 

「私達が提供するのは、ズバリ卵焼きだ」

 

磯風がそう言い放った直後、卵焼きと言う単語に瑞鳳が即座に反応、真剣な表情を浮かべ、姿勢を正して磯風達の話を聞く体勢となり、他の艦娘候補生達は卵焼きと屋台がイメージの中で上手く結びつかないせいか、怪訝そうな表情を浮かべるのであった

 

「それも只の卵焼きではありません……っ!」

 

「ほぐした辛子明太子をふわっふわの卵焼きで優しく包み込んだ、明太卵焼きじゃっ!!」

 

瑞鳳以外の誰もが怪訝そうな表情を浮かべる中、浜風と浦風はそんな候補生達の様子など意に介する事無く、自信たっぷりにこの様に言葉を続け、2人の言葉を聞いた瑞鳳だけでなく、戦治郎までもがピクリと身体を震わせて反応するのであった

 

「私達はこの間の長期休暇中、軍学校を卒業した後に戦治郎さんが着任する予定となっている、長門屋鎮守府と言う現在建設中の鎮守府を見学して来たんだが……」

 

「なぬっ!?それちょっと詳しくっ!!」

 

「榛名、その鎮守府の事が凄く気になりますっ!!」

 

屋台のメニューを決めた切っ掛けについて、磯風が当時の事を思い出す様に瞳を閉じ、ゆっくりと話し始めた訳なのだが、その中で鈴谷と榛名が長門屋鎮守府と言う単語に凄まじい勢いで食い付き、その双眸を輝かせながら長門屋鎮守府について質問しようとするのだが……

 

「は~いそこの2人~、長門屋については後でおっちゃんがじっくりたっぷりねっちょり教えてやっから、今は陽炎型達の話を静かに聞いてやってな~」

 

そこですかさず戦治郎が話に割って入り、興奮した2人を制するのであった

 

その後磯風は戦治郎に礼を言い、話を再開するのであった

 

磯風達は長門屋鎮守府(張りぼて)で、翔が作った料理を食べている最中に江田校祭の出し物の事を思い出し、もしかしたら翔の料理は出し物の参考になるのではないかと考え、最初に準備されていた料理とは別に、全て食べ切る事を条件に、翔に少々無理を言って様々な料理を作ってもらったのだとか……

 

只、それでも中々ピン!と来る様なメニューが出て来る事は無く、3人がテーブルを囲んで揃って頭を悩ませていると……

 

「そこで悩み苦しむ私達の様子を見ていた翔さんが相談に乗って下さり、その結果私達は明太卵焼きと言う答えに辿り着いたんです」

 

「あの時、翔さんが実際に作ってくれた明太卵焼きは、本当に美味しいものだったな……」

 

「辛子明太子のピリ辛と卵焼きの優しい甘みが、互いの手を取りあっちょるかの様にそれぞれの旨味を引き立て合っちょって、ホンマに美味しかったのう……」

 

如何やらそんな3人を見ていられなかったのか、翔が3人の相談に乗ってあげた様で、そのやり取りの中で食べた翔特製明太卵焼きを食べたと言う3人は、その時に感じた旨味を思い出したのか、恍惚とした表情を浮かべ始めるのであった……

 

「明太卵焼きは翔の入れ知恵か……、確かにこれはアリだな……。福岡の屋台の中には、酒のつまみとして明太卵焼きを提供しているところがあるかんな……」

 

「ウチらは翔さんからそれを教えてもろうた事が決定打になって、明太卵焼きでいく事にしたんじゃ!」

 

「屋台の中には軍学校からの許可を得て、缶ジュースと一緒に缶ビールも販売するところがあるらしいからな、それを上手く使わせてもらおうと思っている」

 

「それ以外にも、この軍学校の催しは江田島軍学校だけではなく、他の地域の軍学校でも同時期に開催される為、江田校祭の来場客は基本広島や広島近辺の県の方々が中心になると予想され、そう言った方々を引き付けるつもりならば、広島風お好み焼きの様な地元の名物料理を出すよりも、広島県外の料理を提供した方がいいかもしれないと、翔さんからその様にアドバイスされました」

 

「確かに!それに今の皆の様子を見れば分かるけど、卵焼きと屋台は中々結び付きにくいところがあるから、尚の事お客さんの好奇心をくすぐる事が出来そうだし、私もこれは良いと思うっ!」

 

そんな磯風達の様子を見ていた戦治郎が、まるで作戦会議でもしているかの様な、それを見た大和が思わずうっとりしてしまいそうな……、いや、実際にうっとりしてしまっている真剣な表情を浮かべながらこの様に呟くと、磯風達はその声によって我に返り、戦治郎の呟きに対してそれぞれ返事をし、それを聞いていた瑞鳳はメニューに明太卵焼きを選んでくれた事がよっぽど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら戦治郎達のやり取りに加わるのであった

 

更にこの後、磯風の口から屋台で使用する辛子明太子は、翔がゾアと共に鎮守府の食堂に食材を提供してくれる店を探すと言う名目で、福岡中を巡って見つけたオススメの店の物から良質な物を厳選した物を、江田校祭の前日くらいに翔から送られる手筈になっている事が告げられ、それを聞いた戦治郎は……

 

「おし、磯風達の屋台に行く時は、白米持参するわ……っ!これが米に合わないとか、絶対に有り得んだろ……っ!!」

 

そう言って磯風達の屋台に絶対に行く事を約束するのであった

 

さて、こうして戦治郎達の中に関係者がいない水母科以外の出し物が判明し、そろそろこの話を終わらせて自主練を再開しようと言う空気が漂い始めたところで、不意に瑞鶴が鹿島の方を指差し、この様な事を言うのであった

 

「そう言えば、鹿島教官がずっと持ってるその書類って、一体何なの?」

 

「あ、これですか?これはさっき私が書き上げた、軍学校選抜演習の参加メンバーの一覧表です。本当はまだ生徒達には見せちゃいけない物なんですけど……、此処にいる皆さんなら、全く無関係ではないので見せてもいいかな?って判断して、1枚多めに印刷して持って来ちゃいました」

 

瑞鶴の問いに対して、鹿島はこの様に返事をしながら件の一覧表を自身の顔の前まで上げてみせ、先程鹿島から無関係ではないと言われた艦娘候補生達は、こぞってその書類に目を走らせるのであった

 

「おぉぅ……、確かにこりゃ無関係じゃねぇな……。此処にいるメンバー全員、これに名前載ってるし……。って……」

 

艦娘候補生達と同じ様に、一覧表に目を通していた戦治郎は、自分までもが指揮官として参加する事になっている事に思わず苦笑するのだが、その次の瞬間、今度は怪訝そうな表情を浮かべながらある点を凝視し始め……

 

「誰だこいつら……?」

 

思わずこの様な言葉を口走ってしまうのであった……

 

そんな戦治郎が凝視していた欄には……

 

第二艦隊旗艦  軽巡 Atlanta(アトランタ) 備考:アメリカからの特別留学生

 

第二艦隊随伴艦 水母 日進

 

戦治郎達の没後に艦隊これくしょんに実装された為、戦治郎達が全く知らない2人の艦娘の名前が記載されていたのであった……



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あっちもこっちも知らぬ存ぜぬ

「ねぇ戦治郎さん、さっきの誰だこいつらって発言についてなんだけど……」

 

「あぁ、あれなぁ……、実はマジのガチで分かんねぇんだわ……。この日進って水母とアトランタって軽巡についてはなぁ……」

 

「提督でも知らない事があるのですね……、ちょっと意外でした……」

 

あの後、戦治郎達は出し物の件で思った以上に時間が経過している事に気が付き、この日は取り敢えずこれで自主練を切り上げ、明日に疲れを残さない様にしっかり休息を取る為に自室に引き上げた訳なのだが、先程の戦治郎の発言がどうしても気になった瑞鶴が、軍学校選抜演習の参加者一覧表を持つ鹿島を巻き込んで、戦治郎達の部屋にやって来たのである

 

そして戦治郎達の部屋に上がり込んだ瑞鶴は、開口一番先程の戦治郎の発言について尋ね、それを受けた戦治郎は困った様な表情を浮かべ、頭をガシガシと掻きながらこの様に返答し、それを戦治郎の傍で聞いていた大和が戦治郎の言葉に反応し、思わずこの様な言葉を口にするのであった

 

この大和の発言に対して、瑞鶴も同意見だとばかりにしきりに首肯し、その様子を見ていた戦治郎は……

 

「俺も全知全能って訳じゃねぇからな……、実際……、瑞鶴と鹿島は知らねぇと思うけど、俺がヘモジーって呼んでいる頭がイカレ切った転生個体は、俺がなってるこの戦艦水鬼とよく似た姿を持つ深海棲艦、戦艦水鬼改って奴の転生個体らしいんだが、この戦艦水鬼改って奴は、俺達は全く知らなかったんだよな……」

 

先程以上に困った様な表情を浮かべながらこの様に返答し……

 

「確か戦治郎さん達が持っている艦娘や深海棲艦に関する知識って、戦治郎さん達の世界にあるって言う、『艦隊これくしょん』ってソーシャルゲームから得たものなんですよね?」

 

それを聞いた鹿島がこの様な事を尋ねると、戦治郎はそれを肯定する様に、黙って首を縦に振るのであった

 

「ソーシャルゲームって事は、アップデートとかもあるって事よね……?」

 

「だな、この日進とアトランタって艦娘は、恐らく俺達が死んだ後に行われたアップデートで実装されたのかもしんねぇ」

 

「だから提督も、この2人の事はご存じなかったと言う訳なのですね」

 

「ただまあ、仮にこれが事実だったとしたら、どうしても気になる点があるんだよな……」

 

鹿島の問いを聞き、瑞鶴が自分の中で湧き上がった疑問を戦治郎にぶつけると、戦治郎は考え込む様な仕草をしながらこの様に返事をし、それを聞いた大和が何処か納得した様な表情を浮かべながらこの様な事を言うと、戦治郎は眉間の皺を更に深くしながらこの様に述べ、それを聞いた大和達は不思議そうに小首を傾げるのであった

 

さて、戦治郎が言う気になる点とは一体何なのか?

 

その答えは、このアップデート後の艦娘達の情報が、どうやってこの世界にもたらされたのかについてだ

 

この世界そのものの艤装の開発能力と言うものは、横須賀にいる間に戦治郎達が調べたこの世界に来るよりも前に発見されていた改二改修レシピの開発期間から考えても、お世辞にも高い水準にあるとは言えないものであった

 

それが爆発的に高まったのは、戦治郎達がアムステルダム泊地の件で長門達と遭遇し、戦治郎達が持つ艦これの知識を長門達に提供してからであるのだが……

 

(俺達の知識には限りがある……、つまりそれがこの世界の艤装開発能力の上限のはずなんだが……、何がどうなってこうなったのかは分からんが、今では俺達の知識にない艤装が生み出され、多くの艦娘達に使用されている……。いくら技術が向上したからって、この世界に存在していないはずの代物を、何の前情報も無く開発出来るとは考えにくい……。っとなると可能性が高いのは、どっかの転生個体が情報をこの世界に持ち込んだ線だが……、穏健派連合からはそれに関する報告はねぇし……、カルメンやアビスの連中の線は、組織の様子から考えて薄そうだな……。ってなると……、アリーさん率いるエデンの構成員の誰かが……?しかしそうなると、エデンは敵に塩を送る……って、あそこは戦争を激化させる事が目的だし、艦娘の強化はある意味都合が良いのか……)

 

この新しい艤装の情報を誰がこの世界にもたらしたのかについて、戦治郎は周りの者達の存在も忘れて、ついつい独りで静かに考え込んでしまうのであった

 

その時である

 

「だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

長い沈黙に耐え切れなくなったのか、突如として瑞鶴が大声を上げながら勢いよく立ち上がり、戦治郎はその叫びによって意識を強制的に引き戻されるのであった

 

「私達の事を無視して独りで考え込まないでよっ!そりゃ私とか戦治郎さん達ほど博識じゃないけどさ……、でも一緒に考える事くらいは出来るじゃないっ!皆で情報を共有する事で、何か答えに辿り着ける切っ掛けみたいな物を出せるかもしれないじゃないっ!!」

 

「すまん、それに関しては俺が悪かった……。だからちょっち落ち着け瑞鶴、今結構夜遅いんだから、大声張り上げたら他の教官達の迷惑になるから……」

 

その後、瑞鶴は戦治郎に向かって怒りを露わにしながらこの様に捲し立て、それを受けた戦治郎は瑞鶴に謝罪した後、そう言って彼女を宥め始めるのであった

 

それによって瑞鶴が落ち着いたところで、戦治郎は自分が先程考えていた事を瑞鶴達に話し、一緒にこの件について考えてみるのだが、判断材料が少なすぎる事もあって、結局この件に関しては答えを出せずに終わってしまうのであった

 

「取り敢えずこの件に関しては、後日空達にも連絡入れて一緒に考える事にするとして……。ときに鹿島よい、選抜演習の相手って何処の軍学校の連中よ?」

 

「それなんですけど……、今回の江田島軍学校の選抜演習の相手は、国内の軍学校の方々ではなく、イタリア海軍の主力艦隊なんだそうです……」

 

「「ファッ!?」」

 

戦治郎達にとって未知の艦娘の件についての話し合いを終わらせた後、ふと思い出した様に戦治郎が鹿島に向かってこの様に尋ねると、鹿島はばつの悪そうな表情を浮かべながら、たどたどしくこの様に返答し、それを聞いた選抜メンバーである戦治郎と瑞鶴は、思わず素っ頓狂な声を上げ、愕然としてしまうのであった……

 

鹿島の話によると、イタリア海軍はここ最近になってようやく艦娘の頭数が揃った様で、彼女達に経験を積ませる為の演習の相手を探していたのだそうな……

 

「いや待って?なしてイタリアはご近所さんのドイツやイギリスとやろうとしなかったのん?如何して遠路遥々日本に来て、軍学校の候補生達と演習しようとしてるのん?そこは横須賀の長門達とやるべきところでしょ~?」

 

「話によるとその2国とは既に演習を行い、完膚なきまでに叩きのめされているそうで、それが原因となってあちらの艦娘の皆さんの心が……」

 

「OK、把握。でもウチも接待プレイは出来ないんだよな~……」

 

「これでもし私達にも敗北したら、イタリア海軍はどうなっちゃうのよ……?」

 

「それは……、戦治郎さんの手腕で何とかしてもらうしか……。戦治郎さんが選抜メンバーに選ばれたのは、戦治郎さんならきっと何とかしてくれるだろうと言う事で、長門さん、源中将、レーダー総司令官、ヴァレンタイン総司令官の4名の連名で、戦治郎さんを指名されたからなんです……」

 

「アレはそう言う理由だったのかよっ!?指揮能力なら俺より勉や三原の方が上だって思ってたから、俺が選ばれたのは何でぞ~?とか思ってたら、そう言う事だったのかよちきせうっ!!!」

 

「うわぁ……、えっぐい連名……、これは戦治郎さんに指揮官やってもらうしかないわね……」

 

このやり取りの後、戦治郎は不満を爆発させて騒ぎ散らし、その様子を見ていた鹿島は苦笑を浮かべ、戦治郎が選抜メンバーに選ばれた理由を知った瑞鶴は、その表情を引き攣らせてドン引きするのであった

 

因みにこれは余談だが、この後鹿島が持って来たイタリア側の演習参加者の一覧表を見て、その中に戦治郎にとって未知の艦娘……、軽巡のアブルッツィとガリバルディ、駆逐艦のマエストラーレとグレカーレの名前があった事で、先程保留した話を蒸し返された様な気分になった事と、思った以上にその数が多かった事で戦治郎が軽く発狂し、奇声を上げながら一覧表を破り捨てそうになったのだそうな……



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笑いたければ笑えばいい

翌日の朝、江田島軍学校に所属する者達は全てグラウンドに集められ、多くの者達が江田校祭の準備の為に遅くまで活動し寝不足となり、あくびをしたり寝ぼけ眼を擦ったりしている中、久方振りに全体朝礼が行われるのであった

 

その主な内容は昨晩鹿島から伝えられた選抜演習の参加者の発表と、今回の演習相手についての説明であった

 

この時、如何してイタリア海軍は自分達江田島軍学校の候補生達と演習する事にしたのかについて、三原が校長が話している最中であるにも関わらず挙手して質問したところ、校長は渋い顔をしながら三原の質問に答え、戦治郎はその内容を耳にしながら、瑞鶴達が自室に戻った後、未知の艦娘の件やイタリアの件、そしてアトランタの特別留学の件を問い詰める為に燎に連絡を入れた際、燎から聞いた話を思い出すのであった

 

取り敢えず未知の艦娘の件については、今はさほど重要ではない為置いておくとして、これにより戦治郎はイタリア海軍が態々日本にまで来て、江田島軍学校と演習する事になった経緯について、より深く知る事が出来たのであった

 

先ずイタリアがドイツとイギリスにボコボコにやられたと言う話だが、これには深い事情が存在していた

 

言うのも、この時イタリアが戦った相手は、アクセルの妻であるビスマルク率いるドイツの主力艦隊と、セオドールの妻であるアーク・ロイヤル率いるイギリスの主力艦隊……、欧州の双璧と呼び声の高い艦隊達だったのだ……

 

これを聞いて、如何してドイツとイギリスは、日本の様に軍学校の候補生の様な、訓練中の艦娘達で相手をしなかったのかと言う疑問が湧くところだが、ドイツとイギリスではある事が原因となって、そうしたくても出来なくなっていたのである

 

その原因と言うのが、過去に発生した事件……、一線から退いた神通の指導を受けていた陽炎と不知火と天津風が参加する事になっていた、艦娘候補生の候補生ともいえる施設の子供達と当時はまだ駆け出しだったドイツ海軍との交流戦の際、突如として出現した深海棲艦に襲撃され、多くの死傷者が出てしまったと言うあの事件が大きく関わっているのである

 

この事件があった関係で、この事件の被害者であるドイツと、フェロー諸島の決戦の惨事を知るイギリスでは、未熟な艦娘候補生に関しては、例え演習であったとしても海には出さず、海に出るのは軍学校を卒業して海軍に正式に入隊してから、そして何かのトラブルが発生した際にはすぐに対処出来る様にする為に、国外の艦隊と何かしらやる時は、主力艦隊で参加する様にすると言う決まりが出来てしまい、その結果イタリアとの演習には主力艦隊を出さざるを得なくなってしまい、この様な事態に陥ってしまったのだそうな……

 

(艦娘先進国の日本なら、艦娘ブームで増えに増えた艦娘達と経験豊富な提督達のおかげで、急な深海棲艦の襲撃にも迅速に対処出来るだろうからって事で、アクセル達が燎にこの件を提案、燎も納得してGOサイン出したんだったか……)

 

燎から聞いた話を思い出しながら、戦治郎が内心でこの様な事を呟いていると、急に周囲の候補生達が校舎の方へと歩き出し、それによって戦治郎は全体朝礼が終わった事を察し、戦治郎は他の候補生達と同様に校舎へと戻り、江田校祭の準備と言う名の日本舞踊とそれに合わせた舞台演出の練習を開始するのであった

 

 

 

それからしばらく時間が経ち、戦治郎は毅達と共に食堂で夕食を摂った後、毅達とは別れてある場所を目指して移動を開始する

 

戦治郎が目指す場所……、それは艦娘科の校舎群の内の1つである、水母科の校舎の教室であった

 

戦治郎がそうした理由は単純明確で、戦治郎にとって未知の艦娘であり、選抜演習のメンバーにも選ばれている日進が、一体どの様な艦娘であるかを実際に自分の目で確認する為である

 

(こういった時、いつもなら相手に不信感を抱かせない様にする為に、誰かに協力してもらっているところなんだが、今回は俺も日進も選抜演習のメンバーって共通点があるし、演習を成功させる為には指揮官として艦娘の事を知っておく必要があるって大義名分もあるから、こうして堂々と相手に会いに行ける……。う~ん、ホント気が楽でいいわ~)

 

その道中、戦治郎はこの様な事を考えながら、昼休憩中に大和に頼んで持って来てもらった日進の成績表を格納ボックスから取り出し、ゆっくりとそれに目を通し始める

 

(……しっかしこの日進って艦娘、エグいくらい成績良いな……。砲撃、雷撃、艦載機運用、甲標的の扱いに回避運動……、どの内容も他の水母の追随を許さねぇってレベルの、頭3つ4つくらい飛び出した成績叩き出してやがらぁ……。確かにこれなら、選抜メンバーに選ばれるのも納得だわ……)

 

日進の成績表を見た戦治郎が、何処か感心した様に内心でこの様に呟きながら歩いていると、辺りに水母の艦娘の気配を多く感じる様になり、それに気付いた戦治郎は急いで日進の成績表を格納ボックスに仕舞い込み、代わりに今度は建物の見取り図が描かれた紙を取り出し、近くの建物の入口に下げられた看板を見て水母科の校舎に辿り着いた事を確認すると、先程取り出した見取り図を片手に、校舎の中へと入って行くのであった

 

(え~っとぉ~、成績表と一緒にもらったこの見取り図によると~、日進の教室はこの辺のはず~)

 

水母艦娘の候補生達から好奇の視線を浴びながら、戦治郎は見取り図と周囲を交互に見ながら歩みを進め、日進がいると思われる教室の近くに辿り着くと、近くにいた艦娘候補生達に話し掛け、日進が教室にいるかどうか確認を取るのであった

 

しかし……

 

「日進さんですか……?彼女なら今日はもう寮の方に戻りましたよ?」

 

「確か今朝の全体朝礼の後から、何か苦々しい表情してたよね?今日は何処か調子が悪かったのかな?」

 

「私、寮に戻ってる日進さんが何か呟いてるの聞いたんだよね、何か辞退がどうとか言ってた様な気がするんだけど……」

 

彼女達の話によると、如何やら日進は既に寮の方へと戻っていて、教室の方にはいない様なのであった。しかも日進が何やら不穏な事を口にしていた事も、彼女達のおかげで知る事が出来るのだった

 

(これ、話の流れからすると、間違いなく選抜演習への参加を辞退するって事だよな……?これはちょっち見過ごせねぇなぁ……、こんだけ成績が良い奴に抜けられると、かなり厳しい状況になっちまいそうだからなぁ……)

 

話を聞いた戦治郎は内心でそう呟いた後、彼女達から日進の部屋の場所を教えてもらい、礼を述べてからその身を翻して校舎の出入口に向かい、校舎から出ると真っ直ぐ水母科の艦娘寮へと向かうのであった

 

「日進さ~ん、いらっしゃいますか~?」

 

そうして水母科の寮の中にある日進の部屋に辿り着いた戦治郎は、扉を4回ノックしながら部屋の中にいるであろう日進に向かって呼び掛けるのだが、反応は全く返って来なかったのであった……

 

それからもう1度、戦治郎は扉をノックしながら彼女に呼び掛けるのだが、先程と同じく返事も何も返って来なかった為、もしかしたら日進は何処かに出掛けたのか?と言う疑念を抱き、彼女の留守を確認する為に扉に耳を当て、部屋の中の様子を探る事にするのであった

 

すると……

 

「微かに呼吸音有り……、それにこの扉の振動は日進の心臓の鼓動だろうな……、相当な緊張状態にあるせいか、かなり脈拍が速くなってんなぁ……」

 

転生個体であるが為、驚異的なまでに強化されたその感覚で、常人にはほぼ間違いなく感知する事が出来ないであろう日進の呼吸音や、床から伝搬しているであろう心臓の鼓動を扉越しに感知した戦治郎は、部屋の中に日進がいる事を確信すると、扉に鍵が掛かっている事を確認し、辺りを見回して人がいない事を確認した後、格納ボックスからピッキングツールを取り出し、驚くべき速度で扉の鍵を開錠するべくピックングを開始するのであった

 

その最中、部屋の中からはゴソゴソと言う、何かが動く音が聞こえて来るのだが、戦治郎はそれを無視してピッキングを続行し……

 

「は~い、お邪魔しま~す」

 

「な、何じゃわりゃぁっ!?」

 

部屋の鍵をこじ開ける事に成功した戦治郎は、やや暢気そうな口調でそう言いながら日進の部屋の中に侵入し、その様子を目にした部屋の主、日進型水上機母艦の1番艦である日進は、部屋の壁に貼り付いた様な姿勢のまま驚愕し、無理矢理部屋の中に押し入って来た戦治郎に向かってこの様な言葉を投げかけるのであった

 

「どうも初めまして日進さ~ん、ワテクシこの度選抜演習で指揮官をやる事になりました、提督候補生の長門 戦治郎と申しま~す」

 

「お主が例の提督科の問題児か……、噂には聞いちょったが、まさか此処までとはのう……。っとそれはそれとして、その名乗りからして、お主が此処に来た理由は、わしが選抜演習への参加を辞退しようとしちょるんを止めに来たと言ったところか?」

 

そんな日進の様子など気にも留めず、戦治郎は日進に向かって自己紹介を行い、それを受けた日進は驚きと呆れが混ざり合った様な表情を浮かべながら呟いた後、すぐさまその表情を引き締め、戦治郎に向かって鋭い視線を向けながら、この様に尋ねるのであった

 

「元々は演習の前に顔合わせを済ませておいて、練習や本番の時はお互いスムーズに動ける様にしておきたかったって理由で来たんだがな。んで、その話に関してはさっきお前さんに会いに水母科の校舎に行った時に、他の候補生達から初めて聞かされたって感じだな。まあ尤も、おまえさんほどの優秀な艦娘候補生に抜けられるのは、こっちとしても痛手も痛手なんで、辞退を撤回する様説得させてもらうがな」

 

それに対して戦治郎は、未知の艦娘について知っておきたいと言う本音を隠しながら、もっともらしい言葉を並べ立てて返事をし、それを受けた日進は……

 

「そうじゃったか……、じゃが例えどんな事をされようとも、わしの意思は絶対に変わらん、変える訳にはいかんのじゃ……。じゃから部屋の鍵をこじ開けて無理矢理入って来た事は黙っちょいちゃるけぇ、お主はわしの事はスッパリ諦めて、提督科の方へはよ帰りぃ」

 

その視線を鋭さを増しながら、そこらの艦娘候補生には到底出せない様な威圧感を発しながら、戦治郎に向かってこの様に言い放つのであった

 

「生憎、お前さんが俺を納得させられる様な理由が言えねぇ限り、俺は退くつもりは毛の断面の短径の半分ほどもねぇんだよなぁ……」

 

そんな日進の様子から、これは何かあると感じ取った戦治郎は、横柄な態度を取りながら、戦治郎に敵意を向ける日進を挑発する様に、この様に言い返すのであった

 

「お主が納得する様な理由か……、ええじゃろう……、だったら教えちゃる……。わしが選抜演習への参加を拒む理由をのう……っ!」

 

戦治郎の言葉を受けた日進が、やや苛立たし気にそう言ったその直後、突然日進の周囲に黒い煙の様な物が出現し、彼女を完全に覆い尽くしてしまうのであった

 

その光景を目の当たりにした戦治郎は……

 

「これって……、どう見ても『アレ』だよな……?」

 

この現象に見覚えがある戦治郎は、驚愕の表情を浮かべながらこの様に呟き、その直後に日進を覆い尽くしていた黒い煙が弾け飛ぶ様に霧散し、その中からは神職の様な恰好をし、その衣装の袖からは骨の様な腕がその姿を覗かせ、後光を連想させる様な金属製の輪の様な装飾が施された艤装を背負い、煙と共に消失したと思わしき下半身の代わりとして、艤装から伸びた太い2本の腕で身体を支えていると言う、戦治郎にとって未知の深海棲艦、深海日棲姫が姿を現すのであった……

 

「これで納得したじゃろう……?わしは見ての通り醜悪な化物なんじゃ……、こないな化物に、今後の国交に大きく関わる様な大舞台に立つ資格など、あるはずがないじゃろう……っ!」

 

この光景を目にして愕然とする戦治郎に向かって、先程まで日進の姿をしていた深海日棲姫は、沈痛な表情を浮かべながら、何処か悲愴感を感じさせるような声色で、この様な言葉を吐き捨てる様に言い放つのであった……



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日進の事情

「努力や才能なんて言葉だけじゃ説明出来ねぇ様な、お前さんの異様なまでの成績の良さと、選抜演習を辞退しようと言う考えの根本には、その姿が関わっていた訳か……」

 

日進の変身を目の当たりにし、予想だにしていなかった出来事に思わず愕然としてしまっていた戦治郎は、我に返ると冷静に思考を巡らせ、言葉を選びながらこの様な事を口にするのであった

 

「そうじゃ、成績云々は兎も角、さっきも言ったがこんな姿をしたわしが選抜演習なんかに参加しようもんなら、会場は騒然となるどころかパニックが発生し、選抜演習どころか江田校祭そのものが滅茶苦茶になってしまうじゃろう。それに考えてみぃ、相手は海外のモンなんじゃろ?その連中が演習のメンバーにわしの様な化物がおるっちゅう事を知ってしもうたら、日本は深海棲艦と繋がりを持っちょる裏切り者じゃと疑いをかけられ、最悪世界を敵に回す事になるかもしれんじゃろう……。そんな事にならんようにする為にも、わしはあの場には出る訳にはいかんのじゃ……」

 

そんな戦治郎の言葉を受けた深海日棲姫の姿となった日進は、何処か悔しそうに沈痛な表情を浮かべ、その骨の様な手で握り拳を作り、その身を震わせながらこの様に答えるのであった

 

「そこは別に気にしなくていいんじゃねぇか?その姿にさえならなけりゃ、皆お前さんが深海棲艦になれるなんて……」

 

日進の言葉を受けた戦治郎が、やや軽薄そうな口調でそう言ったその直後、目にも留まらぬ速さ……と言っても、戦治郎からしたら問題無く反応し回避出来そうなものではあるが、一般人からしたらとてもでは無いが避け切れない様な速さで日進が動き、戦治郎の首をその悍ましい形の腕で掴み、ギリギリと締め上げ始めるのであった

 

「簡単に言ってくれるのう……、この姿を表に出さない様にする為に……、わしがどれだけ苦労をしとるか……、少しでも気を抜こうもんなら、すぐさまこの姿が出てしまう都合、常に緊張状態に晒されちょるわしの苦労が……、貴様に理解出来る言うんかっ!?」

 

戦治郎の首を絞める手に、怒りの念と共に力を込める日進が、怒りを露わにしながら、叫ぶ様にしてそう言うと……

 

「生憎黄泉個体の苦労ってのは、俺が黄泉個体じゃねぇ関係上見聞きした分しか分からねぇが、少なくとも艦娘の姿になれる分、俺なんかよりよっぽど正体を隠し易い事だろうよ……」

 

戦治郎は日進に現在進行形で首を絞められているにも関わらず、特に動じた様子を見せる事無くそう言い放ち、それと同時に自身の頭部を覆い隠すチャドルの頭巾部分をフードを外す要領で取り払い、顔を覆い隠すフェイスベールも外し、その素顔を日進に曝け出すのであった

 

「な……っ!?その姿は……、お主……、深海棲艦のスパイじゃったかっ!?」

 

「あちょっ?!待って待ってっ!?そうじゃないでしょぅ?そこはあれっしょ?俺のこの姿見て、お前さんが俺を自分の同類とか思って動揺するとこっしょ?あ~ダメダメッ!流石にこれ以上力入れられたらおっちゃんも苦しくなっちゃうぅっ!!」

 

戦治郎の姿を見た日進は、一瞬動揺してみせはするものの、すぐに我に返り鬼気迫る表情でそう叫びながら更にその手に力を込め、日進が予想外の反応を見せた事で動揺する戦治郎は、流石に息苦しくなったのか、日進の腕をタップしながらこの様に叫び返すのであった

 

その後何とか冷静さを取り戻した日進は、戦治郎を解放すると戦治郎の正体について問い詰め、何とか首絞めから解放された戦治郎は、日進の部屋にある教本から転生個体と黄泉個体、更にはドロップ艦を発見した際の軍の対応に関する追加の記述がある物を使いながら、自分の正体と日進の深海棲艦化について説明するのであった

 

「……この教本を読んじょる時、妙な引っかかりを感じておったんじゃが……、まさかこれに書かれちょる黄泉個体っちゅうんにわしは該当しちょったんか……」

 

「お前さんがその姿になる時出てた黒い奴、あれが俺の仲間や知り合いの中にいる黄泉個体の連中が、深海棲艦の姿になる時に出る奴と一緒だったからな。それでお前さんが黄泉個体であるって気付いて、心情を吐露し易い様に言葉選びながら発言して、そっから激昂したお前さんに正体明かして、お前さんが抱えた問題を解決しようって流れ作ってた訳なんだが……。まさかリコリスんとこのスパイと間違えられて、始末されそうになるとは思わんかったわぁ……」

 

「それはすまんかった……、じゃが聞いてくれんか?流石のわしも、まさかわしと同じ様に深海棲艦の身でありながら、軍学校に入って来る奴がおるなんて想像出来んかったんじゃ……」

 

「それは俺も一緒だな、まさか黄泉個体が軍学校に入って来てるなんて、これっぽっちも考えてなかったからな……」

 

このやり取りの後、心底申し訳なさそうな表情を浮かべる日進に対して、戦治郎は自分が日進の変身を目の当たりにした際、愕然としてしまった理由について話し始めるのであった

 

戦治郎が愕然としてしまった理由……、それは主にこの2つについてである

 

①日進が黄泉個体である事は分かったが、一体誰が日進を黄泉個体にする事で完全な深海棲艦化を阻止して助け出したのか

 

②そんな日進はどうやって帝国海軍の目を掻い潜り、軍学校に入学する事が出来たのか

 

前者に関しては、オベロニウムの恩恵を受けている戦治郎達なら兎も角、それ以外の者達には、轟沈し艤装のコアの暴走によって深海棲艦化した艦娘の艤装を、特定のポイントをピンポイントで破壊して黄泉個体化させて助け出すと言うのは、極めて至難の業なのである

 

そして後者に関しては、先程戦治郎が日進に話した事……、ドロップ艦を発見した際の軍の対応に関する事が大きく関わっている

 

ドロップ艦と言うものには、艦娘によって保護された後、基本的にはそのドロップ艦を発見した艦娘が所属する拠点に所属する事になり、そこで訓練を受けて正式に軍属の艦娘として認められると言うシステムが存在している

 

その事を考えると、今この瞬間日進がこうして軍学校にいると言う事は、日進はドロップ艦として海に飛び出した時に黄泉個体化し、日本だけでなく海外にも拠点を有し、現状世界一の艦娘保有数を誇る日本帝国海軍の目を掻い潜って日本に戻って来て、入試を受けて軍学校に入学したと考えられるのである

 

日進を黄泉個体化させて助け出した者が存在する事実と、日進がこの分厚く広大な視野を持つ日本帝国海軍の目を潜り抜けられた事、この2つの出来事が戦治郎にはとても信じられなかった為、戦治郎は日進が変身した際、思わず愕然としてしまったのである

 

この事を日進に話し、日進が黄泉個体化した時の状況について、戦治郎が尋ねてみたところ……

 

「その時の事は朧気にしか覚えとらんのじゃが……、場所は何処じゃったか忘れてしもうたんじゃが、深海棲艦に襲われて沈められてしもうたわしが、海ん中でまるでわしがわしでなくなる様な感覚に苛まれ、意識が無くなる事に恐怖しちょるその時、真っ白い虚無僧の様な奴が、いつも間にか海上に立っちょったわしの前に立ちはだかってのう。そいで気が付いた時にはわしは北海道の稚内の漁港近くに打ち上げられちょってな、ほいで親切な漁師さん達がくれた路銀を使って、わしは広島に帰って来たんじゃ」

 

「真っ白な虚無僧……、多分そいつがお前さんの事を助けてくれた奴なんだろうな……。んで稚内の漁港辺りまで、帝国海軍の目を盗んでお前さんを運んだのもそいつの仕業なんだろう……。うん、そんな奴見た事も聞いた事もねぇな……」

 

日進は考え込む様な仕草を見せながらこの様に答え、それを聞いた戦治郎もまた、真っ白な虚無僧についての情報を過去に聞いていたかどうかを確認する為に、考え込む様な仕草を取るのであった

 

その後……

 

「しっかし……、この転生個体と言い、黄泉個体と言い、帝国海軍は何処から情報を手に入れたんじゃ?源中将が去年くらいに情報公開しちょったと思うんじゃが……、その情報は一体何処から来たものなんじゃ?」

 

「あ、それ?それは俺達が旅の道中で、長門や当時ショートランド泊地の提督やってた燎と会った時に教えた奴。これ以外にも穏健派連合の存在を教えたのも俺らだし、まだ世界的に公表されてない、神話生物(クッソヤバイ連中)と初遭遇して、その情報を燎やドイツやイギリスの海軍の総司令に伝えたのも俺達なんだわ。因みに欧州の方は転生個体や黄泉個体についての情報公開は日本より早かったから、多分今度来るイタリア海軍もそこらについては知ってるかもしれん。それどころか転生個体である俺が、今度の選抜演習で指揮官やるってのも伝わってるかも」

 

「お主が言っちょる事の大半が理解出来んが、取り敢えずお主がとんでもない奴っちゅう事は理解出来たわ……」

 

分からない事を何時までも考えていても仕方ないと割り切った2人は、お互いの理解を深める為に雑談を開始し、その中であったこのやり取りの後、日進はその表情を引き攣らせ、戦治郎の顔に残る大きな火傷痕を注視し、戦治郎達の言う旅がどれ程過酷なものであったのかを内心で想像しながら、この様な言葉を口にするのであった



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相手の情報をブッコ抜け!大至急だっ!!

戦治郎達がお互いを理解し合う為の雑談を開始してからしばらくして……

 

「さて……、取り敢えずこれで俺達はある程度お互いの事を知る事が出来たと思うんだが……、ここで改めて聞かせてくれ」

 

「何じゃ?急に改まって……」

 

「おめぇさん、俺と会うまでは選抜演習を辞退しようと考えてただろ?そこはやっぱまだ変わらねぇのか?」

 

戦治郎が日進に対して、まだ選抜演習を辞退するつもりでいるのかについて確認を取ったところ、日進は少しだけ考え込む様な素振りを見せた後

 

「選抜演習辞退の件じゃが、お前さんの事を信じて撤回しようと思っちょる。お前さん達がやっちょった長門屋海賊団じゃったか?その話を聞いて普通に考えたらとても纏められそうに無い様な連中を纏め上げ、欧州から旅立ち、被害を最小限に抑えながら日本に辿り着いたっちゅうお前さんの指揮官としての実力に興味を持ったからのう。そんなお前さんなら、わしの正体を公衆の面前に晒さない様にしながら、選抜演習を成功させられそうじゃからのう」

 

「そこはあんま期待しねぇでくれ……、俺は祖父さんから教えられた組織運用に関する知識の応用と、この姿になる前に蓄えて来た艦これに関する知識、後は横須賀での予習のおかげで此処までこれた様な奴だからな。同じ提督科に在籍する勉や三原みてぇな、ガチの軍事関係の才能を持つ様な連中には及ばねぇ所とかあっからな……」

 

戦治郎に向かって抜演習辞退を撤回する事を告げると同時に、戦治郎の指揮官としての能力に期待していると言う旨を伝え、それを聞いた戦治郎は苦笑しながらこの様に返事をし……

 

「それは人によっては嫌味に聞こえるかもしれんぞ?先程のお前さんの発言を聞く限り、お前さんは自分に出来る努力を可能な限り積み重ね、天賦の才を持つ者達と肩を並べられていると受け取れるからのう。確かに謙遜は美徳かもしれんが、場合によっては人を傷つけかねんから、発言には注意した方がええと思うぞ?まあそれはそうとしてじゃ、それだけ努力が出来ると言うもの才能の1つじゃろう、お前さんはもっと胸を張ってええとわしは思うぞ?」

 

戦治郎の返事を聞いた日進は、先程までの暗い表情から一転、何処か悪戯っぽい笑顔を浮かべながらこの様に言葉を返すのであった

 

彼女のこの様な表情の変化には、恐らく自分と似た様な立場の存在がいる事が判明し、これまでの様に独りで思い悩む必要が無くなったから、心の重圧がかなり軽減したからではないかと考えられる

 

こうして日進を味方に引き込む事に成功した戦治郎だったが、選抜演習に参加するにあたって少々気になる事があった為、彼女に対してとあるお願いをし、それを受けた日進は不思議そうな表情を浮かべながらそのお願いを聞き入れ、戦治郎にとある物を貸し与えるのであった

 

そしてそれを受け取った戦治郎は、すぐさまそれに目を通し始め……

 

「日進……、甲……?」

 

「あぁ、それか……。それはわしが稚内から広島に戻った後、ボロボロになっちょった艤装を修理に出した時、業者から甲標的母艦への改修が出来る様になっちょるっつう知らせを受けて、出来るならやっちょってくれと頼んだところ、本当に艤装が改修された状態で戻って来たんじゃよ……。如何してそないな事になったんか、わしも全く分からんのじゃがなぁ……」

 

それを手に難しい表情をしながら戦治郎がそう呟くと、日進はそれに関する明確な答えを出せない事に申し訳なさを感じたのか、困惑と後ろめたさが綯交ぜとなった様な表情を浮かべ、戦治郎に向かってこの様な言葉をかけるのであった

 

現在戦治郎が見ているもの……、それは日進の艤装のマニュアルの様な物で、日進と言う艦娘の事を全く知らない戦治郎は、選抜演習の際に日進にどの様な立ち回りをさせればいいのかを考える為の材料を得る為に、彼女の艤装のマニュアルを貸してもらい、彼女の艤装が一体どの様な仕様のものであるか、どのくらいの基本スペックを持っているのかを確認する事にしたのである

 

そうして貸してもらったマニュアルの、艤装の名称と型式番号が書かれた欄に、明らかに艦娘候補生が持つのは異常であると思える様な名称が書かれていた為、戦治郎は思わずあの様な言葉を口にしたのである

 

尤も、この現象が発生してしまった理由については、戦治郎はこれまでの経験でよく知っていた為、これについては日進に簡単にその原因を説明する程度に話を留めるのであった

 

因みにこの現象、黄泉個体化した日進自身の身体スペックが、熟練の艦娘のそれの数値を大きく上回ってしまった為に発生してしまった現象だったりする

 

それからしばらくして、日進の艤装のマニュアルに目を通し終えた戦治郎は、先程よりも深刻そうな表情を浮かべながら、考え込む様な仕草をし始めるのであった

 

(日進の艤装……、元々のスペックが俺が想像してたより高ぇ……。これに黄泉個体化ブーストがかかってっから、あの成績を叩き出せたのかもな……。これはまあ、こっちとしては嬉しい限りの事なんだが……)

 

「如何したんじゃ戦治郎?突然そんな難しい顔をしおって……」

 

そんな戦治郎がこの様な事を内心で呟いていると、戦治郎の様子を見ていた日進が、怪訝そうな表情を浮かべながら戦治郎に対して何事かと質問し、それを受けた戦治郎はすぐさま我に返ると、この様に返事をするのであった

 

「いやな……、おめぇの艤装って俺からしたら全くの未知の艤装な訳なんだが……、俺が思っていたよりもその艤装が強くてな……、んでその関係でちょっち気になる事が頭を過ったんだわ……」

 

「ほう?その気になる事とは?」

 

「実はイタリア海軍の主力艦隊の中に、俺にとって未知の艦娘が4人くらいいるんだわ。んで、おめぇの艤装が俺の想像よりハイスペックだった事から、もしかしたらそのイタリア海軍の未知の艦娘の艤装のスペックも、俺の想像より上である可能性があるかもしんねぇって思ってなぁ……」

 

「成程のう……、それは確かに気になるところじゃな……」

 

このやり取りの後、戦治郎はこの件について調べる事を決定し、日進と自分の仲間達に日進の事を紹介する為に、今日の夜にいつもの浜辺に日進を連れて行く事を約束すると、日進の部屋を後にして自室に戻り、先ずは件のイタリア海軍と戦ったと言うアクセルとセオドールに連絡を入れてその時のデータを譲ってもらい、その次に護に連絡を入れ、イオッチと協力してイタリア海軍のメインサーバーにハッキングを仕掛け、イタリア海軍がアクセル達に見せていないであろうデータを、大至急でブッコ抜く様に指示を出すのであった

 

それからしばらくして、3種類のデータを手に入れた戦治郎は、すぐにそれらのデータを照合する作業を開始し……

 

「中々小賢しい真似してくれんなぁ……、イタリア海軍さんはよぉ……。はぁ……、マジで調べておいて正解だったな、この件はよぉ……」

 

データの照合作業を終えた戦治郎は、その結果を目にすると渋い顔をしながら、溜息交じりにこの様に呟くのであった

 

戦治郎がこの様な反応を見せた理由……、それは軽巡であるアブルッツィとガリバルディのデータに、ちょっとした欺瞞が仕込まれていたからであった……

 

少し踏み込んで説明すると、アクセル達のデータ上ではこの2人は3スロット分しか兵装を積んでいなかったのだが、護達がブッコ抜いて来たデータ上ではその2人は夕張や大淀と同じく4スロットの軽巡であった事が判明したのである

 

これについては、アクセル達の演習の後に改修が行われ、スロットが増えたのではないかと考えられるところだが、残念ながら護達が奪って来たデータの日付は、アクセル達と演習を行った日付よりも前のものであった為、イタリア海軍が演習の際3スロット分しか兵装を積まなかった事は、故意である事が確定するのであった

 

そして4スロである事を加味したその2人のスペックは、一部の重巡改クラスに匹敵するものがあったのである

 

「身近なイギリスとドイツには弱いアピールしておいて、何かあった時にはすぐに力を貸してもらえる様にしておいて、遠く離れた日本には舐められない様に全力……、いや……、艦娘大国の日本だからこそ全力で戦って勝ちをもぎ取って、自分達が本当は最強って事アピールしようって魂胆か……?アクセル達に敗北したのは、アクセル達が俺と繋がっている事を事前に知っていたから、わざと負けて偽のデータを俺に掴ませ、それに踊らされた俺達をボッコにして、そこから煽りを入れて長門達を引きずり出して戦うつもりとか……?ちきせう、不安のせいかネガティブな事しか考えられねぇ……。如何かこの予想は外れて欲しいモンだなぁ……」

 

未知の艦娘が多いイタリア海軍との演習に対して、不安になってしまったのせいなのか、あまりよろしくない事ばかり思い浮かぶようになってしまった戦治郎は、思わず両手で自身の顔を覆い隠しながら、先程よりも深い溜息を吐きながらこの様な事を呟くのであった……



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鉛付きヘッドバット

日進と出会ったその翌日、朝練後のシャワーを終えて身なりを整えていた戦治郎の下へ、何処か神妙な表情を浮かべた大和が歩み寄って来て、とても信じ難い言葉を口にするのであった

 

今日の午後、選抜演習の相手となるイタリア海軍の総司令が、選抜演習に指揮官として参加する戦治郎に挨拶する為に、イタリアから遠路遥々江田島軍学校にやって来ると……

 

これには流石の戦治郎も大いに驚き、大和から話を聞いてからしばらくの間、口をポカンと開けたまま、チャドルを着るその手を止めて棒立ちしていたのであった……

 

まぁ、昨晩話題に出したばかりの非常に気になる人物が、あちらの方から態々やって来ると聞けば、誰だってこの様な反応をしてしまうものだろう……

 

その後、我に返った戦治郎は少々困惑しながらそれを了承、着替えを終えて教室に向かうとすぐにその事を毅達に伝え、午前中に出し物の練習を行った後、急いで昼食を摂り終えると、戦治郎の護衛役である大和と共に面会会場となる校長室へと向かうのだった

 

そして校長室に入った戦治郎達は、イタリア海軍の総司令の案内役として迎えに出た香取と鹿島を待っている間、校長から相手に粗相の無い様な振る舞いを心掛ける様何度も入念に注意されるのだが、悲しいかなそれは儚い泡沫の夢と消える事となってしまうのであった……

 

これは如何言う事かと言うと、結論から言えば戦治郎がイタリア海軍の総司令を殴ってしまったのである。それも人間からしたら凄まじく硬い、戦艦水鬼の転生個体の額で……

 

面会の予定時間から少し時間が経過したところで、校長室の外から複数の足音と若い男の話し声が聞こえ、それによって待ち人が来た事を察知した戦治郎達は、座っていたソファーから立ち上がると身なりを正し、真剣な面持ちのまま直立不動で扉の方を注視していたのだが……

 

「……あ"ぁ"?」

 

校長室に入って来た男の様子を見るなり、戦治郎は眉間に皺を寄せながら、明らかに怒気の籠った低い声で思わず呟いてしまうのであった

 

恐らくイタリア海軍の総司令と思われるこの男、見たところ歳はシゲ達20代ズよりも若々しく見え、身長も外国人の男性らしく180cmくらいはあり、流石はイタリアの伊達男と言ったところか、その顔立ちは非常に整っており、見てくれに関しては生前の司と張り合えるレベルのイケメンと言ってもいいのだが、如何せん現在彼の手が、非常によろしくない場所にあったのである……

 

具体的に言うと、彼の秘書艦と思わしきリットリオと、彼らを先導して来た香取の尻の上、このイタリア海軍の若き総司令は、非常に慣れた手つきで彼女達の尻を撫で回していたのである……

 

(カトリーヌの奴、無茶苦茶困った顔してやがんなぁ……。顔ももう、恥ずかしいからか耳まで真っ赤にしてまぁ……。その様子を後ろから見てる鹿島も、こめかみピックピクさせちゃって……。まぁ、姉貴がこんな事されてりゃ、そりゃ怒るわなぁ……)

 

相手が相手であるが為に抵抗する事も出来ず、時々ピクリと身体を震わせながらイタリア海軍の総司令のセクハラに耐える香取と、その様子を後ろから見守る事しか出来ない鹿島の姿を見て、戦治郎は内心で怒りのボルテージを徐々に上げつつ、この様な事を呟くのであった

 

因みにこの時、戦治郎は大和と校長の反応もチラ見している訳なのだが、校長の方は目の前の出来事が信じられない様で、口をポカンと開けながら唖然とし、大和の方は昔を思い出してしまったのか、嫌悪感丸出しの冷ややかな視線をイタリア海軍総司令に向けていたのであった……

 

「いや~、遅れちゃってすみませんね~。道すがら可愛い仔猫ちゃん達を沢山見かけて、ついつい声を掛けてたらこんな時間になっちゃいましたよ~」

 

その直後、校長室を支配していた沈黙を破る様に、イタリア海軍総司令が悪びれた様子も無く、ヘラヘラとした態度でこの様な事を口にしながら、戦治郎の前に歩み寄って来るのであった

 

「それでえ~っとぉ?君が今回の演習で日本側の指揮を執る長門君?あぁ、年齢は僕より上だからさん付けの方がいいかな?」

 

「……好きな様に呼んでくれて構いませんよ」

 

「あっそう?じゃあ長門君で。っとそう言えばまだ名乗ってなかったね、僕はrosso Fausto(ロッソ ファウスト)、階級は少将だ。今回の選抜演習、お互い頑張ろうじゃないか」

 

このやり取りの後、イタリア海軍総司令であるロッソは、ウェーブがかった赤毛の前髪をかき上げた後、戦治郎に握手を求める様に右手を差し出そうとするのだが……

 

(この軌道……、この野郎……、冗談抜きで節操ねぇなぁおいぃっ!!!)

 

ロッソの手の動きを見て、その手が何を狙っているのか見切った戦治郎は、内心でこの様な言葉を呟きながら、その手が目的を達成しない様、ロッソの手首を掴み取ろうと素早く手を動かすのであった

 

戦治郎の見立てでは、ロッソが狙っているのは戦治郎のその立派な胸部装甲……っ!そう……、この男、あろうことか戦治郎にまでセクハラをかまそうとしているのである……っ!!

 

そして……

 

(よし、取った……っ!ってぇっ?!)

 

戦治郎がロッソの右手を掴み、彼が香取達に対して行った行ったセクハラの分まで含めて、文句を言ってやろうと思って彼の顔を見た直後、戦治郎は彼が浮かべる表情に思わず驚き、それと同時に自身の背筋に走る悪寒に気付くのであった……

 

このロッソと言う男……、戦治郎に腕を掴まれたその直後に、口元だけニヤリと笑ったのである……っ!そしてその直後……

 

「「きゃあああぁぁぁーーーっ!!?」」

 

「提督っ?!」

 

火薬が弾けた様な乾いた音と、それから少し遅れて耳を打つキン!と言う金属音が辺りに鳴り響き、校長室の中に硝煙の匂いが漂い始める。それから間もなく、状況を理解した香取と鹿島が揃って悲鳴を上げ、大和は悲鳴染みた声で戦治郎に呼び掛けるのであった

 

戦治郎がロッソが不気味な笑みを浮かべている事に気付いた直後、ロッソは何と左手で腰のホルスターから自動拳銃、その大きさから.50AE版のデザートイーグルと思われるそれを素早く引き抜くと、何の躊躇いも無しに戦治郎の眉間目掛けて引き金を引いたのである

 

このあまりにも唐突過ぎる出来事によって、香取姉妹と校長はパニックを起こして校長室を飛び出し、大和は急いでロッソに眉間を撃たれた衝撃で、立ったまま仰け反る戦治郎の下に駆け寄ろうとするのだが……

 

(……っ!?)

 

大和は何かに気付いたのか、驚いた表情を浮かべてその場に留まり……

 

「……っ、やっぱこいつじゃダメだったか……。折角この為に大枚叩いて買ったっつぅのによぉ……」

 

大和同様、何かに気付いたロッソは、大きな溜息を吐きながら、先程までとは打って変わって口汚くこの様に呟き……

 

「だっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

ロッソに撃たれて仰け反っていた戦治郎は、両手で素早くロッソの肩を、ギリギリと骨が軋む音が聞こえるくらいに力強く掴むと、鬼気迫る表情を浮かべながら、地面の上に吐き捨てられ、誰にも気付かれずに踏まれて潰れたガムの様に押し広げられたデザートイーグルの弾がへばりついたその額を、ありったけの憤怒の感情を込めながら、魂の咆哮と共にロッソの頭に叩きつけるのであった

 

これが後にアビス・コンダクターとの決戦、第二次欧州海戦において大いに活躍し、【欧州の守護神】のアクセル、【欧州の獅子王】のセオドールと共に【欧州の三英雄】と並び称される事となる、【赤き砲神】ロッソ=ファウストと戦治郎のファーストコンタクトなのであった



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ダイナミック国際問題

「ったく……、おめぇって奴ぁよぉ……、カトリーヌの尻撫でまわしただけでは飽き足らず、俺を射殺しようとするとかよぉ……。おめぇ、今自分がやってる事がどんな事か分かってやってんのか?」

 

先程の頭突きのせいで余計にベッタリと眉間に張り付いてしまった鉛玉を、指先で掻き毟る様にして取り払う事に成功した戦治郎は、溜息交じりにこの様な言葉を口にしながら、未だに先程の頭突きの衝撃から立ち直れていないのか、床にへたり込んだまま左右にユラユラと頭を揺らすロッソの下へとゆっくりと歩み寄り、彼の目の前まで辿り着くと、少々行儀が悪いがうんこ座りをして彼の顔を覗き込み始めるのであった

 

と、その直後である

 

「俺がやった事は国際問題になるってか……?その言葉……、そっくりそのまま返してやんよぉっ!!!」

 

戦治郎が自身の顔を覗き込んで来る事を待っていましたとばかりに、ロッソはそう叫ぶと突然左右に頭を揺らすのを止め、眼前の戦治郎の口の中に手にしたデザートイーグルの銃口を、戦治郎の顔を覆い隠すフェイスベール諸共無理矢理ねじ込み、そのトリガーを引こうとするのであった

 

しかし……

 

「ふんぐぅっ!!!」

 

如何やらロッソがそうしてくるだろうと予測していた戦治郎は、下顎に全身全霊の力を込め、くぐもった気合の雄叫びと共にデザートイーグルの銃身を、フェイスベールごと噛み千切って見せるのであった

 

これには流石のロッソも、そしてロッソの秘書艦として今までの様子を静観していたリットリオも激しく動揺し、戦治郎に噛み千切られたデザートイーグルを目を丸くしてしばらくの間眺め、我に返ったロッソは舌打ちしながら噛み千切られたデザートイーグルを校長室の隅に投げ捨てるのであった

 

尚、こんな芸当を見せた戦治郎と大和はと言うと……

 

「あ"ぁ"~、金属片のせいで口の中がイガイガするんじゃ~……」

 

「口の中を濯ぐ為のお水をお持ちしましょうか?」

 

驚くイタリア海軍の2人そっちのけで、戦治郎は口の中の金属片を吐き出そうと、先程自分が噛み千切ったフェイスベールの切れ端に何度も唾を吐きながら、大和の方は戦治郎に換えのフェイスベールを手渡しながら、平然とした態度でこの様なやり取りを交わしていたのであった

 

それから間もなくして、デザートイーグルを投げ捨てたロッソが、今度は袖の内側に仕込んでいた大型のナイフを引き抜き、すぐさま戦治郎に斬りかかろうとするのだが……

 

「ロッソ総司令官、流石にこれ以上の蛮行は許容出来ませんよ?もしこの警告以降に、その手に握ったナイフで提督に斬りかかろうとすれば、この件を国際問題として各所に報告せざるを得なくなってしまいますよ?」

 

戦治郎とロッソの間に即座に大和が割って入り、ロッソに険しい表情を向けながらそう言い放つのであった

 

しかし……

 

「だったらこっちも、そちらがやってくれたイタリア海軍のメインサーバーへの不正アクセスの件を、国際問題として報告する事になっちまうんだが……、それに関してはどう言い訳するつもりなんだ?」

 

ここでロッソは不敵な笑みを浮かべながら、戦治郎の指示で行ったイタリア海軍へのハッキングの件を持ち出して来るのであった

 

これに対して大和が一瞬驚いた後、ロッソの発言に対して返す言葉を見つけられず、困った様な表情を浮かべて言い淀む中、戦治郎はロッソの発言に思わず右眉をピクリと動かし……

 

(こいつ……、あの護とイオッチのハッキングに気付いたって言うのか……?特にイオッチのハッキングに関しては、通常の人間じゃほぼ確実にハッキングされた事実を認識出来ないレベルの芸当のはずなのに……。まさかあっちにも護や盾井さん並の凄腕のハッカーがいるってぇのか……?)

 

内心で思わずこの様に呟き、思考を巡らせ始めるのであった

 

しかしそれも長くは続かず、戦治郎は次のロッソの言葉によって、すぐに我に返る事となるのであった

 

「そっちがやってくれたハッキングの件、イタリア政府(ウチのお上)は相当お冠な様でな、俺がその主犯格だと思われる奴と会うって事を知るや否や、確実に始末して来いってお達しを、とても信じられねぇ様な速さで送って来やがったんだよなぁ……」

 

この言葉を受けた大和は沈痛な面持ちを浮かべながら完全に沈黙してしまい、戦治郎も表情にこそ出さないものの、内心ではその様な命令がロッソに下されるのも仕方ないだろうと、苦笑しながら呟くのであった

 

実際問題、ロッソがやった事も国際問題だが、戦治郎達がやった事も大概なのである

 

イタリア海軍に所属する者達の個人情報と、大小様々な軍事機密がミッチリと詰まったメインサーバーにハッキングを仕掛け、重要なデータを抜き取ると言うのも十分問題行動なのである。これは幾ら戦治郎が世界的に重要な人物であったとしても、とても許される様な事ではないのである

 

この事もあって、戦治郎はイタリア海軍が護達のハッキングに気付いた点について疑問を抱きながらも、各国の間に綻びを作らない様にする為に、ロッソによる戦治郎襲撃の件は、校長達を上手く言いくるめた上で無かった事にする事にし、ロッソの方も護衛の目が厳しく、任務を遂行出来なかったとイタリア政府に虚偽の報告をする事になるのであった

 

しかしまぁ、これで全てが丸く収まったかと言うと……

 

「国際問題の件はこれでいいとして……、おめぇがカトリーヌにやってくれた件については、どう落とし前つけるつもりなんだ?おぉん?」

 

「あんなもん、イタリア海軍(ウチ)じゃ挨拶みてぇなもんだから、そう目くじら立てるんじゃねぇよ。もし如何しても納得いかねぇってんなら、今度の演習でウチをブッ倒してみやがれ。そうしたらDOGEZAでも何でもやってやんよ」

 

全然そんな事は無く、戦治郎達は額がくっつく様な距離まで顔を近付け、互いにメンチを切りながら、ロッソが香取に対して行ったセクハラの件について、この様な約束を取り交わすのであった

 

このやり取りの後、ロッソはリットリオを連れて校長室を出ていき、戦治郎はそんなロッソの背中にファックサインを向けながら、抗議団体の妨害のせいで相変わらず復旧が進んでいない呉鎮守府の代わりに宿泊する事となっているホテルに向かう彼らを見送るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その途中、ロッソは不意にリットリオにトイレに行きたいと告げ、それを受けたリットリオは……

 

「分かりました、では誰もトイレに入って来ない様、私が入口の方で見張っていますね」

 

ロッソの言葉で何かを察したのか、そう言うと事前に頭の中に入れておいた校舎の見取り図の中から、この場から最も近い男子トイレの場所を見つけ出し、そこにロッソを案内すると先程の宣言通り、そのトイレに誰も近づかない様にする為に見張りを開始し、トイレに案内されたロッソは感謝の意を込めてリットリオの頬に軽く口づけし、洋式トイレがある個室に入って扉に鍵を掛け、ズボンも降ろさずに便器に座り込むと、右のこめかみに右人差し指を当てながら静かに目を閉じ……

 

(お~い、聞こえてるか~?)

 

言葉を口には出さず、心の中で誰かに呼び掛け始める……

 

すると……

 

(聞こえてるよ、お疲れ様だったねロッソ)

 

何と何者かがその呼び掛けに応え、ロッソの頭の中に直接語り掛けて来るのであった

 

(おめぇが作ってくれた台本通りにやったら、マジで事がトントン拍子に進んでいきやがったぞ……)

 

(そう言ってもらえると、僕もやった甲斐があってとても嬉しいよ。でもまぁ、イオドのハッキングに気付く事が出来たのは、本当に偶然だったんだけどね……)

 

(あぁ……、確かおめぇがこの間ド淫乱クソビッチの姉の暴虐ぶりに耐え兼ねて、ウチの本拠地に避難して来た時だったっけか……)

 

(そのおかげであの台本が作れたんだけど……)

 

(ノリと勢いで性転換して知り合いの女レイプして、挙句の果てに妊娠させて無理矢理子供生ませた様な姉に感謝はしたくない……、だっけか?)

 

(そう、それ。ホントにマイノグーラさんには申し訳ないと思ってるよ……)

 

(おめぇの義兄さん、何でそんなのと結婚する気になったんだろうな……?)

 

(さぁ……?)

 

それからしばらくの間、ロッソはこの謎の存在と他愛もないやり取りを交わした後……

 

(まあ姉さんの事はこの辺にして、例の戦治郎って人はどうだった?)

 

(戦士としては特上クラスだな、正直あんな奴と直接戦う様な事はもう二度としたくねぇ……。んで指揮官としては……、今度の演習で判断するしかねぇってとこだわ)

 

(きっと指揮官としても優秀なのかもしれないね、何せ彼はクトゥルフさんが統治するルルイエと人間達との間を取り持った人や、アトラク=ナクアを武力で従えさせている人を従えているんだからね)

 

(やめてくれ……、それ聞くと頭がおかしくなっちまいそうになっから……)

 

今度は戦治郎の話題を出し、各々の評価を口にするのであった

 

その後、そろそろトイレから出ないと周囲から怪訝に思われるかもしれないからと言う事で、ロッソは話を切り上げようとし……

 

(そいじゃ、また何かあったら連絡するわ。ホント今回はありがとうな、ニィ=ラカス)

 

(これくらいの事でいいなら幾らでも、僕からしたらロッソは大切な友人で、恩人でもあるんだからね)

 

互いにこの様な言葉を交わした後、ロッソはクトゥルフ神話において最高神に位置付けられる外なる神、ヨグ=ソトースの妻である外なる神のシュブ=ニグラスの弟とされる外なる神、ニィ=ラカスとの交信を止めて、トイレから出ていくのであった……



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マフィア出身の総司令官 その1

戦治郎達がロッソと邂逅したその日の夜、医者としての資格を取る為に太郎丸達と共に横須賀に残っていた悟は、横須賀市内にあるとある場所でくつろいでいた

 

「悟さんや、アンタ本当に最近腕を上げたなぁ」

 

「くきき、そりゃぁアンタの教え方が上手かったからなぁ。まぁ俺が皮膚科に関する知識を持っていて、それを上手く応用する事が出来たのも、上達の要因なのかもしんねぇけどなぁ」

 

そんな中、悟の傍に腰掛けて悟同様くつろぐ中年くらいの男が、火の付いた煙草を片手に悟に話し掛け、それを受けた悟はいつもの気色悪い笑いを零した後、自信満々にこの様に答えるのであった

 

さて、悟とこの男性の関係や2人がいるこの場所は一体何処なのかと、疑問が浮かんで来るところだが、その答えはこの男性の腕や脚をよく観察すると分かる事だろう

 

問題のその男、よく見ると身体の至る所に刺青を入れているのである

 

本人曰く、駆け出しの頃に仕事の練習をする際、自分の身体を練習台に使っていたところ、このような状態になってしまったのだとか……

 

そう、現在悟達がいるこの場所は、この男が経営しているタトゥースタジオであり、悟は病院での仕事を終えた後、彫師としての経験を積む為にこのタトゥースタジオでバイトをしているのである

 

如何して悟がこの様なバイトをしているのかと言うと、大体無茶な方法で腕に刺青を入れた戦治郎が原因となっている

 

悟としてはあの不細工で痛々しさが前面に出ているタトゥーを何とかしたいのだが、消すと言えば戦治郎が有り得ないくらいに猛反発し、専門家の所に行けと言えば施術中に自分が転生個体である事がバレるかもしれないからと拒否するのである

 

その辺の事情を考慮して、件の刺青を見栄えよくする方法を考えた結果、悟は自分が彫師となって刺青を綺麗にすればいいと言う結論に至り、彫師としての知識や技術を手に入れる為に、このタトゥースタジオでバイトをする事にしたのである

 

まあそれはさて置き……

 

「しかしまぁ、戦争って奴は本当に人を狂わせちまうモンなんだなぁ……」

 

「あん?」

 

刺青だらけの店主と悟が休憩中に他愛もない話をしていると、ふと思い出したかの様に店主がこの様な事を呟き、戦争と言う単語に反応した悟は、思わず店主にその発言をした理由を問う様に、彼の方に視線を向けながら声を上げるのであった

 

「ほら、この間来た旦那が言ってただろ?どっかの国のマフィアの頭が、海軍の総司令官に任命されたって。俺はその話聞いて、その国は頭がおかしいんじゃねぇか?って思っちまった訳よ」

 

「あぁ……、その話なぁ……。確かによぉ、現状国の存亡がかかってる様なとこに、そんなやべぇヤクザモンを据えるとか、正気の沙汰じゃぁねぇよなぁ……」

 

自分の呟きに反応した悟に対して、店主が理解に苦しむとばかりに渋い表情を浮かべながらそう言うと、悟はそれに同意する様に、どこか複雑そうな表情を浮かべながらこの様に答えるのであった

 

尤も

 

(でもまぁ、俺達を正式に軍属にしようとしてる日本は、その国を笑える立場じゃねぇんだよなぁ……)

 

悟は内心では、この様な事を呟いていたりする。それが少々表情に出てしまった為、悟は複雑そうな表情を浮かべていたのである

 

因みに先程店主が言った旦那と言うのは、横須賀市を拠点にして活動している裏社会の人間であり、この店は他の店とは違って深夜帯まで営業している都合上、この手の客が結構な頻度で来店し、時々この様な裏社会に関する情報をポロリと零してくれたりするのである

 

なので実のところ、悟は戦治郎達よりも少しばかり早く、ある人物に関する情報を少しだけ入手していたのである

 

その人物と言うのが、この日戦治郎達と邂逅し、挨拶代わりに戦治郎に鉛玉をプレゼントした、あのロッソの事なのである……

 

 

 

 

 

ここからはロッソがどの様な人物であるかについて、そしてニィ=ラカスとロッソが出会った経緯について掘り下げていこうと思う

 

このロッソと言う男は、元々は戦治郎やアルバートと同じく、イタリア南部にあるかなり裕福な家庭に生まれ、小さい頃は不自由のない生活を送っていたのであった

 

因みにそんなロッソには、幼い頃から付き合いのある許嫁がいた

 

だがそんなロッソの幸せな生活も、ある日突然終わりを迎えてしまったのである……

 

この世界の大企業のトップとして活躍していたロッソの父が、企業のトップとしての重圧や企業内での派閥争いなどで大きなストレスを抱え込んだ結果、法で禁止されている薬物に手を出してしまい、警察に逮捕されてしまったのである

 

これによって父親の会社は乗っ取られ、その会社からの損害賠償請求によって多額の借金を抱え、そのショックで母親が行方をくらませてしまい、挙句の果てには許嫁との婚約も破棄された上で絶縁宣言までされてしまい、ロッソは15歳と言う若さで路頭に迷う事となってしまったのである……

 

こうして天涯孤独の身となったロッソは、飢えを凌ぐ為にスリや置き引き、時には他人の家に侵入して盗みを働く事で金や食糧を調達する様な、極めて苦しい生活を送っていたのであった

 

そんな彼に転機が訪れたのは、彼の活動拠点であったナポリにて、盗みをしているところを見つかってしまい、その家の家主や近所に住む者達から袋叩きにされ、大怪我を負いながらも何とか自分の脚で歩き、自身の寝床としている場所に戻ろうとしている時だった

 

道中ですれ違う誰もがボロボロになったロッソを一瞥した後、我関せずと言った様子でロッソを避けて歩いて行く中、たった一人だけ、小綺麗なスーツを着こなす中年くらいの男性が、ロッソの姿を見るなり僅かな驚きを見せた後、彼の下へゆっくりと歩み寄り、何があったのか尋ねて来たのである

 

そんな男性に対して、ロッソは不信感を抱きながら自身がこうなってしまった理由について話し、それを親身になって聞いてくれた男性は、ロッソを自分の家へと招き入れ、風呂や食事を与えてくれるのであった

 

こうして久しぶりに人間の温かさに触れたロッソは、男性に対して如何して自分にそんなに優しくしてくれるのか?と尋ねてみると、男性は少し遠い目をしながら自身の過去について少しだけ話してくれるのであった

 

如何やら彼には妻の忘れ形見とも言える息子がいたのだが、とある事件に巻き込まれてしまった事でこの世から去ってしまったのだとか……

 

そしてこの日、ボロボロになったロッソを目にした時、思わず息を飲み、普段は碌に感謝もしていない神と言う存在に、この日ばかりは感謝したと言うのだ

 

何とこの男性の息子とロッソが、寸分違わぬほどによく似ていたのと、男性は昔撮影した物と思われるボロボロになった息子の写真をロッソに見せながら、そう言って来たのである

 

そう、この男性はロッソに死んだ息子の面影を重ね、いてもたってもいられなくなってしまい、思わずロッソに声を掛けたのだそうな……

 

こうして男性はロッソに声を掛けた経緯を語った後、ロッソに対してよければ自分と共に暮らさないかと提案し、特に行く当ての無かったロッソはその提案を受け、この男性と2人で暮らす事となるのであった

 

さて、そんな2人の生活だが、所々に普通では考えられない点が存在していた

 

その最たる例と言うのが、ロッソの教育に関してであった

 

普通ならばロッソくらいの年頃の子供は、学校に通ってそこで様々な事を学ぶ事となるのだが、この男性はロッソを学校には通わせず、男性が雇って来た家庭教師にロッソの教育を任せていたのである

 

それ以外にも男性はロッソに外出しない様に厳命し、どうしてもそれが納得いかないロッソがその理由を尋ねると、男性は何処か悲しそうな表情を浮かべながら言葉を濁すのであった

 

それから月日が経ち、やはり外出厳禁が納得いかないロッソが、男性が外出している隙に、盗みを繰り返していた事で身に付いた技術を用いて男性の部屋を漁ってみたところ、様々な事柄が明るみになるのであった

 

先ずこの男性の正体だが、何とこの男性はイタリア南部で暗躍する、中々規模が大きいマフィアの幹部の1人だったらしく、男性がロッソに外出厳禁を言い渡した理由には、彼が所属するマフィアと敵対していたマフィアが、彼の活躍によって大打撃を受け、その報復の為に彼の息子が乗ったスクールバスを襲撃、スクールバス諸共彼の息子を葬り去ったと言う、恐ろしい出来事が背景に存在していた事が発覚したのである

 

こうして男性の正体と外出禁止令の背景を知ったロッソは、男性の言う事は素直に聞いておこうと心に誓い、男性との生活を楽しむ事にするのであった

 

だが、それも長くは続かなかった……

 

男性が敵対マフィアの刺客に襲われて致命傷を負ってしまい、医師達の努力も空しく、搬送された病院で亡くなってしまうのであった……

 

その際男性は、自身の我が儘に付き合わせて済まなかったと言う、ロッソに対しての謝罪の言葉を口にしながら息を引き取ったらしく、その事を彼の部下から聞いたロッソは、自分の事を拾って手厚く世話をしてくれた男性に対しての、感謝の言葉を嗚咽混じりに述べながら、その場に泣き崩れてしまうのであった

 

こうして2度目の天涯孤独の身となったロッソだが、絶望感に苛まれるばかりの最初の時とは全く違い、この時の彼の瞳には、その名に違わぬ真っ赤な炎が宿っていたのであった

 

そう、彼は1つの覚悟を決めたのである……。彼が所属し愛した組織に入り、その組織を守る為に良く働く事、そして自分の恩人である彼を殺害した組織を、この世から完全に葬り去る事を、心に固く誓ったのである……

 

そうして彼が所属していたマフィアに入ったロッソは、これまでの経験で培われた技術や、彼の正体を知った後に彼から教え込まれた様々な知識を駆使して、彼に恩返しをする様に組織の為によく働き、時には自分の人生を狂わせるきっかけとなった薬物と戦い、抗争の際には組織の誰よりも勇猛に戦って組織を勝利へと導いていると、ロッソはその働きを幹部達やボスに認められ、恩人の後釜として組織史上最速で幹部の地位に就く事になるのであった

 

これはロッソが20歳の時の出来事であり、幹部就任の最速記録だけでなく、最年少記録も塗り替える出来事だったのだとか……

 

こうしてロッソが組織の幹部になってからしばらく経ったある日、ロッソは自身の運命を大きく変える様な、その生涯の中で最大クラスの転機の場面と出くわす事となるのであった……

 

その日のロッソは、日頃から頑張ってくれている部下達数名を連れ、食事会をする為にレストランに向かっていたのだが……

 

「……何ですかね?あれ……?」

 

ふと何かに気が付いた部下の1人が、とある方角へ顔を向けながら、不思議そうにこの様な言葉を発したのである

 

その部下に倣って、ロッソと他の部下達がそちらに視線を向けると、そこには余りにも異様な光景が広がっていたのであった……

 

先ず最初に見えたのは、何処か必死な形相を浮かべている様な気がする、異様に角の数が多い黒い山羊の姿であった……

 

そしてその黒山羊はロッソ達がいる方角に向かって走っており、その後方からは物凄い数の人間達が、目を血走らせ、時折金蔓などと叫び声を上げ、逃げる黒山羊を追う様に、土煙を上げながらこちらに向かって走って来ていたのであった

 

「……あいつら全員、あの黒山羊の事追い回してんのか?確かに角が多いのは珍しいとは思うが、それだけで金蔓って言うほどの稼ぎになるたぁ思えねぇんだけどなぁ……?」

 

その光景を目の当たりにして部下達の誰もが唖然とする中、ロッソはふと自分の中に湧き上がった疑問を何となく呟く。当然の事だが、それに対しての返事は返って来る事は無かった……

 

そんな事をしている間に、件の黒山羊はロッソ達の横を通り過ぎていき、それを視線で追っていたロッソが正面を向き直ると、そこには鬼気迫る表情で黒山羊を追っている大衆の姿が……

 

「……チィッ!」

 

大衆の足音で我に返った部下達が、迫り来る大衆に押し潰されまいと、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い始める中、ロッソは大衆に鋭い視線を向けながら舌打ちすると……

 

「てめぇら一体何やってんだっ!!!」

 

鬼の形相を浮かべながら大衆に向かって叫び、それによってロッソの存在に気が付いた大衆は、顔色を真っ青にしながらその脚を止めて急ブレーキをかけ、鮮やかなターンを決めると……

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!ロッソ=ファウストだあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

ロッソに負けないくらいの声量で悲鳴を上げながら、ロッソから逃れようと来た道を全力ダッシュで引き返していくのであった

 

「ったく……、寄ってたかって動物虐めてんじゃねぇよ……」

 

逃げた大衆を見送りながら、ロッソが呆れた様子でこの様な事を呟いていると、不意に自身の脚に温かさを感じ、思わずそちらに視線を向けてみると、そこには先程大衆に追われていた黒山羊が、ロッソの脚に自身の角が当たらない様に注意しながら、頭を擦り付けている姿があったのだった

 

「おめぇも災難だったなぁ……、……ん?」

 

そんな黒山羊に対して、ロッソが同情の視線を向けながらこの様な事を言い、何となしに頭を撫でてみたところ、ベチャリと言う音と共にロッソの手に泥を触る様な感触が伝わり、ロッソが表情を引き攣らせながら黒山羊を撫でた手を見てみると、そこには大量の泥と黒山羊の抜け毛が……

 

そこから視線を落とし、自身の脚の方を見てみれば、そこには泥と抜け毛まみれになったスーツのズボン……

 

恐らく大衆に追われている時に全身が汚れてしまったのだろうと、ズボンの汚れを見つめながらロッソが内心で呟いていると……

 

「そこの糞山羊っ!!!ロッソさんになんて事をっ!!!」

 

「やめんか馬鹿タレッ!!いたいけな動物に銃向けようとしてんじゃねぇよっ!!!組織の品格が疑われるだろうがいっ!!!」

 

騒ぎが収まった事に気付いて戻って来た部下達の1人が、黒山羊がロッソのスーツをグチャグチャに汚している事に気が付くと、懐に仕舞っていた銃を引き抜いて黒山羊を始末しようとするのだが、それをロッソがこの様な事を言いながら、彼の頭を小突いて制止するのであった

 

この騒動のせいで食事会は延期となり、ロッソは部下達に守られながら家に帰る事となったのだが……

 

「ほれ、おめぇも付いて来い。全身泥だらけだと気持ち悪ぃだろ?その汚れ落としてやっから、俺について来な」

 

何となく……、本当に何となくではあるが、黒山羊に昔の自分の姿が重なってしまったロッソは、黒山羊に向かって手招きしながらこの様な事を言い、それを受けた黒山羊は、嬉しそうにロッソに付いて来るのであった

 

これが後にとある事情でイタリア海軍の総司令官となるロッソと、山羊の姿をした外なる神であるニィ=ラカスの出会いなのであった



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マフィア出身の総司令官 その2

さて、ひょんな事から大衆に追われていた謎の黒山羊を自宅に連れ帰る事となったロッソは、自宅に到着するなりすぐさま黒山羊の身体を洗うべく準備を始めるのであった

 

因みに現在ロッソが住んでいる家は、自身の恩人であるあの男性とロッソが共に暮らしていた時に使っていた家で、男性の遺言で彼の財産は全てロッソが相続する事になっていた為、ロッソは男性の厚意を素直に受け、男性が亡くなった後も独りでこの家に住み続けていたのである

 

それはさて置き、このまま黒山羊を家の中に入れると、床や壁や家具などが汚れてしまうかもしれない事と、自分も後で使う事になる浴室で黒山羊を洗えば、大量の抜け毛で排水溝が詰まってしまって大変な事になりそうな事から、ロッソは庭にある水場の傍に大きなタライを持って来て、それに水を張っている間に帰りがけに部下に買わせていた、山羊用シャンプーの代用品として購入した犬用シャンプーや、洗う際に使用するブラシの封を開けたり、スマホを使って山羊の洗い方について調べたりしながら黒山羊を洗う準備を整えるのであった

 

如何してロッソは黒山羊を洗う作業を部下達に任せなかったのかと言えば、確かにロッソは組織の幹部と言う地位に立っており、この様な事を自分でやれば幹部としての自覚と品格を疑われてしまうところだろう

 

しかし今回の件に関しては組織は全く関係しておらず、黒山羊を連れて帰る決定を下したのは結局のところロッソの我が儘なのである。故にここで部下達に黒山羊を洗わせる様な事をしてしまえば、ロッソは他の上層部のメンバーから自分の行動に責任を持てない奴であると思われる上に、組織の人員を私利私欲の為に使う人間だと疑われてしまうかもしれない……。そう思い至った為に、ロッソは自分の手でこの黒山羊の世話をする事にしたのである

 

そうして準備が整い、ロッソが黒山羊に水を張ったタライの中に指示を出すと、黒山羊は水に対して特に恐怖する事も無く、素直にロッソの言う通りにタライの中に入っていき、黒山羊がタライの中に入った事を確認したロッソが、庭に散水する為に使う先端にシャワーヘッドが取り付けられたホースと繋がった水道の蛇口をひねり、水の勢いを調整して水を黒山羊にかけたところ、黒山羊は最初こそ水をかけられた事に驚いたのか、ビクリと身体を震わせてみせるのだが、それ以降は特に暴れたりはせずに、大人しくロッソに水をかけられていたのであった

 

(山羊は水が苦手なんじゃなかったのか?まぁこっちからしたら助かるっちゃ助かる事だが……)

 

その様子を見ていたロッソは、自分が得た情報と黒山羊の反応の違いに疑問を覚え、内心でこの様な事を呟きながらも、水道の水を止めてシャンプーの準備を始め、準備を終えてシャンプーを開始してしばらくしたところで、この黒山羊が普通の山羊ではない事に気が付く事になるのであった

 

この黒山羊……、何と背中に黒い蝙蝠の様な翼が生えていたのである。それは身体にペッタリと張り付いていた為、黒い体毛の色と同化してパッと見ただけでは分からなくなっており、ロッソがこれに気が付いたのは、黒山羊の背中を洗っていた時に、指先に体毛とは全く違う感触を覚え、不思議に思いながらその場所を注視したからである

 

「何じゃこりゃぁっ!?」

 

普通に考えれば有り得ないものの存在に気が付き、思わずロッソが驚きの声を上げたその時……

 

「……やっぱりバレちゃうよねぇ……」

 

黒山羊が口を動かしたかと思えば、そこから何処か大人びた、落ち着きのある少年の様な声色に、残念そうな気持ちが籠った声が聞こえて来るのであった

 

「山羊が喋ったあああぁぁぁーーーっ!??」

 

これにはマフィアの幹部であるロッソも大層驚き、尻もちをつきながら思わず驚愕の声を上げてしまうのであった

 

その後、ロッソは取り敢えずこの喋る黒山羊を洗う事に専念し、震える手で何とか黒山羊を洗い終えると、乾いたバスタオルでしっかりと水気を取ってから黒山羊を家の玄関まで誘導し、玄関先のコンセントと繋がったドライヤーで黒山羊の体毛を乾かし、足の汚れを綺麗に拭い取ってから、自室にこの不思議な黒山羊を招き入れるのであった

 

尚、この一連の作業を行っている間……

 

(蝙蝠の羽が生えている上に喋る山羊か……、これなら確かに金にはなるかもしんねぇな……。こいつを追っかけてた連中が、皆揃いも揃って血眼になってたのも頷けるわなぁ……)

 

ロッソは内心にて、この様な事を呟いていたのであった

 

さて、こうして黒山羊を部屋に招き入れたロッソは、客人と対談する為に部屋の中央に設置していたテーブルセットの1人用ソファーに座りながら、黒山羊に向かって正体を尋ねるのだが……

 

「先ずその山羊って呼ぶの止めてもらえないかな?確かに僕は見た目は山羊なんだけど、これでもニィ=ラカスと言う名前を持った、結構格の高い神様なんだよ?」

 

対する黒山羊は、ムッとしながらこの様な事を言いつつ、ロッソの対面にある1人用ソファーの上に、山羊らしく4本の脚を折りたたむ様にして座り込むのであった

 

(いや、その動作で神様は無理があるだろ……)

 

その様子を見ていたロッソが、内心で困った様な表情を浮かべながらこの様に呟くと……

 

「まあ……、普通なら信じられないよね……。けど、例え誰が何と言おうと、僕は創造神アザトースの直系の子孫である外なる神、ニィ=ラカスなんだよね。だから普通の山羊みたいに水を怖がったりはしないし、人の心を読んでそれに対しての意見を口にしたり出来るんだよ」

 

ニィ=ラカスはまるでロッソの心を読んだかの様に、ニヤリと笑みを浮かべながらこの様な言葉を口にし、それを聞いたロッソが思わず身震いをすると……

 

「そう言えば君、僕の身体を洗ったり乾かしたりしてる時、僕の事金になりそうとか考えたよね……?僕を追っかけてた奴らに対しても、肯定的な考え持ったりしてたよね……?」

 

「マジかよ……」

 

ニィ=ラカスは追い打ちをかける様に言葉を続け、それを受けたロッソはニィ=ラカスが言っている事は真実であると受け止めつつも、困り果てた様に頭を抱えながらこの様に呟いた後、すぐさまニィ=ラカスに対して謝罪するのであった

 

それからしばらくして、ようやくある程度落ち着きを取り戻したロッソが、気を取り直して改めてニィ=ラカスに対して、あの大衆に追われていたのかについて、そもそも自身の事を神と言うニィ=ラカスが、如何して地上に降臨しているのかについて尋ねると、ニィ=ラカスは何処か困った様な表情を浮かべながら、それらの理由について話し始めるのであった

 

先ずニィ=ラカスが地球にやって来た経緯だが、如何やらクトゥルフと言う旧支配者とやらが、とある事情で人間に感化され、今では人間の姿に化けて人間社会に潜り込み、世界を股にかけて食べ歩きの旅をしているそうで、その事をニィ=ラカスの義兄から聞いたニィ=ラカスの姉が、そのクトゥルフとやらに対抗するべくニィ=ラカスに対して、地球上にある美味しい物を全て集めて来いと、無茶苦茶な命令を下したのだそうな……

 

「色んなとこにツッコミどころがあるが……、如何しておめぇの姉ちゃんはそんな事言いだしたんだ?」

 

「ヨグ義兄さん曰く、クトゥルフさんが人間に感化されて食べ歩きを始めて以降、クトゥルフさんの領地であるルルイエでは、大きな変化が発生したみたいなんだよ。具体的な事を言うと、今の人間の文化に触れた事で、古くからあったルルイエの常識が壊されて、領民の皆さんが文化的な方向で進化を始めたらしいんだ。その結果、軍隊では美味しい軍用食が作られる様になって、兵達の士気が上げやすく、維持し易い環境が出来たみたいで、経済の方は人間の食べ物に興味を持った海棲の神話生物達が大量にルルイエに集まって来る様になって、その結果貿易の幅が広がったり、人間の食べ物を食べる為にルルイエに沢山お金を落とす様になったんだって。因みにそこに目を付けたクトゥルフさんは、より利益を得る為に人間の食べ物に関する観光地を、ルルイエの中に作ってるって、ヨグ義兄さんが言ってたよ」

 

「要はそのクトゥルフって奴が、自分達の立場を脅かす存在になるかもしんねぇから、それに備えようとしてるって事か?」

 

「多分クトゥルフさんの事は眼中にないだろうね……、どちらかと言えばヨグ義兄さんや姉さんが警戒してる、ルー=クトゥさん達の襲撃に備えて、クトゥルフさんの方法を取り入れて軍備を強化してるって感じかも……。後は単純に、姉さんが格下のクトゥルフさんが良い思いをしている事が気に食わないから、嫉妬心でこんな事を言い出したのかも……」

 

ニィ=ラカスの口から口にするのも憚られる様な名前がポンポン飛び出す中、クトゥルフ神話と言うものを一切知らないロッソは、特に動じた様子も見せずにニィ=ラカスとこの様なやり取りを交わすのであった

 

それからすぐに、ニィ=ラカスが大衆に追われていた理由が発覚する。如何やらこの外なる神、取り敢えずその背中の蝙蝠の羽は身体に張り付ける事で隠したのだが、喋れる事は碌に隠しもせず、堂々と降臨した場所の近くに住んでいた人間に、美味しい物がある場所を尋ねてしまったのだとか……。これには流石のロッソも、思わず苦笑いである……

 

こうしてニィ=ラカスに関する事が分かったところで、ロッソがニィ=ラカスに目的は達成出来そうかどうか尋ねてみたところ、ニィ=ラカスは静かに首を横に振って見せるのであった……

 

「確かに僕は外なる神……、人知を超越した先に存在する存在なんだけど、無闇矢鱈にその力を行使してしまえば、この世界のバランスが完全に崩壊してしまって、さっきとは比べ物にならないレベルの混乱が、それこそ世界規模で発生しちゃうんだ……。僕は他の外なる神とは違って、例え人間が僕達と比べればちっぽけな存在であったとしても、変に刺激して人間達に敵意を向けられない様にしながら、その動向を見守っていたいと考えているんだ……。だから今回の件に関しては、なるべく僕の力を使わずに何とかしたいところなんだよ……」

 

暗く沈み切った表情でそう語るニィ=ラカスの姿を見て、ロッソは内心でこの様な事を呟く……

 

(こいつのこの言葉……、如何やら本心からの言葉だな……。こいつが言う外なる神って連中は、揃いも揃って人間を見下してるみてぇだが……、こいつに限ってはそうじゃねぇみてぇだな……)

 

そしてそれから少しの間、ロッソは考え込む様な素振りを見せた後、自身の膝を勢いよく叩いてソファーから立ち上がると……

 

「ここまで話聞いておいてそうなんですね、頑張ってくださいっておめぇの事放り投げんのは流石に無責任過ぎっからな。ついて来なニィ=ラカス、俺がとびっきりのイタリア料理が食べれるトコに案内してやんよ」

 

ニィ=ラカスに向かって笑顔を浮かべながらこう言い放ち、それを聞いたニィ=ラカスは驚きつつも笑顔を浮かべ、部屋から出ようとするロッソの背中を追いかけるのであった

 

こうしてニィ=ラカスと共に食事をする事になったロッソは、最初は自身に仕向けられた刺客などを警戒し、悪目立ちしない様に細心の注意を払いながらレストランに向かっていたのだが……

 

「そう言う事なら任せて!」

 

ロッソから事情を聞いたニィ=ラカスが、自信満々にこう言って何かをブツブツと呟くと、何と道行く誰もがロッソとニィ=ラカスの事を、例えロッソが誰かの目の前に立ったとしても全く気付けなくなってしまうのであった

 

「なぁ……、これでさっきの追いかけっこをやり過ごす事は出来なかったのか……?」

 

「出来たかもしれないけど、追われてる時は焦り過ぎてそこまで頭が回らなかったし、最初からこれを使って行動するのは、車に気付いてもらえないとか色んなリスクがあり過ぎるから危険過ぎるんだよ……」

 

気付かれない事をいい事に、通行人の禿げ頭をペシペシと叩きながらロッソがニィ=ラカスにそう尋ねてみると、ニィ=ラカスはしょんぼりと頭を垂れながらこの様に返事をするのであった

 

それからしばらくして、目的地であるレストランに到着したロッソとニィ=ラカスは、入店時に自分達の入店を止めに来たウェイターに店のオーナー兼料理長を連れて来させ、直談判して許可を取ると一般客が立ち入れないVIPルームに通され、そこで様々な料理を堪能する事となるのであった

 

この時、ニィ=ラカスは初めて見る人間の食べ物に目を輝かせた後、恐る恐ると言った様子で料理を一口食べるのだが、如何やら料理が口に合ったのか、満面の笑みを浮かべながら次々と料理の乗った皿を空にしていた

 

そして粗方料理を食べたニィ=ラカスは、ロッソにこれらの料理がテイクアウト出来ないか尋ね、それを受けたロッソは再び店のオーナーを呼び出し、テイクアウトの許可を取る。それから大量の料理がロッソ達の目の前に並べられ、オーナーが部屋から出たところで、ニィ=ラカスがレストランに来る時と同じ様に何かをブツブツと呟くと、突然目の前の料理が一斉に、皿ごと消え失せてしまうのであった

 

この出来事に驚いたロッソが、ニィ=ラカスに何をしたのか尋ねてみると……

 

「所謂転移魔法って奴になるのかな?それを使ってさっきの料理を姉さん達の所に送ったのさ」

 

ニィ=ラカスは何処か得意げに、悪戯っぽい笑みを浮かべながらこの様に返答するのであった

 

こうして目的を達成したロッソ達が、来た時と同じ方法で自宅に戻って来たところで、ニィ=ラカスはロッソの事を真っ直ぐ見据えながら

 

「ありがとうロッソ、今日は本当に助かったよ」

 

「いや、礼を言われるほどのこっちゃねぇよ」

 

「ううん、見ず知らずの相手……、それも山羊相手にここまで出来る人なんて、早々いないと思うよ。だからそんなロッソに、僕からちょっとしたお礼をさせてもらいたいんだ。そうしないと、心苦し過ぎて胸が張り裂けそうになっちゃうから……」

 

心からの感謝の言葉を述べ、それに対してニシシと笑いながら、手をヒラヒラさせながらロッソが返事をすると、ニィ=ラカスは真剣な面持ちでこの様に言葉を返して来て、それを受けたロッソはやれやれと首を振りながら、ニィ=ラカスの心ばかりのお礼を受け取る事にするのであった

 

それがロッソの人生を大きく変えてしまう事になるとは、露ほども知らずに……

 

「それじゃあ……」

 

ニィ=ラカスがそう呟いた刹那、ニィ=ラカスの額に上下逆さまになった妖しいオーラを放つ五芒星が出現し、それにロッソが驚きを露わにしている間に、五芒星から夜の闇よりも暗い光線の様な物が放たれ、それはロッソの胸の真ん中に命中するのであった

 

その直後、すかさずロッソが光線もどきが当たった自身の胸を、着ているシャツのボタンを引き千切る勢いで胸元を開きながら確認すると、そこには見た事も無い様な、それはそれは不気味なエンブレムの様な紋様が、まるでタトゥーの様に刻み込まれていたのであった

 

「それは僕とロッソを繋ぐ証みたいなもので、それがあればロッソが頭の中で僕に呼び掛ければ、何処にいても僕と話が出来る様になるんだよ。もし困った事があって僕に相談したり、助けを求めたりしたら、いつでも相談に乗るし、ロッソを助ける為に駆け付けもしちゃうよ」

 

「何か予想以上にスゲェモンもらっちまったな……」

 

ニコニコしながらそう語るニィ=ラカスに対して、ロッソはその表情をやや引きつらせながらこの様に返事をする

 

それから大して間も空けず、ニィ=ラカスはこの様に言葉を続けるのであった

 

「そしてもう1つ、これはおまけみたいなものなんだけど……、その前に1つ聞いておきたいんだけど、ロッソって実は凄い不幸体質だったりしない?」

 

その言葉を聞いた直後、引きつっていたロッソの表情は、それはそれは険しいものに変化していたのであった……

 

そう、このロッソと言う男は、ニィ=ラカスが指摘する通り、人間ではまず有り得ないレベルの不幸体質の持ち主なのである

 

これまでの彼の人生の中で起こった不幸……、一家離散や恩人の死も、その全てはロッソの不幸体質が引き寄せてしまった運命であり、恩人の死でそれを自覚したロッソは、その不幸体質に他人を巻き込まない様にする為に、組織での付き合いも最低限に抑え、許嫁であった少女と再会したいと言う気持ちも押し殺していたのである……

 

「その表情からすると、自覚はあるみたいだね……。でももう安心していいよ、この先の人生において、ロッソはもう2度とそんな目に遭う事は無いから」

 

「……その根拠は何処にあんだ?」

 

穏やかな表情を浮かべながらそう言うニィ=ラカスに対して、ロッソは鋭い視線を向けながら、威圧感満載のドスの利いた声で尋ねる

 

「僕が持つ力を使ってその体質を……、ロッソの運命を反転させたんだよ。僕は『事象を反転させる』力を持っていてね、さっき僕達が誰にもに気付かれなくなっていたのも、人が僕達を認識出来ると言う事象を反転させて、誰にも僕達を認識出来ない様にしていたからなんだよ。その力を使う事で僕はロッソの不幸体質を反転させて、ロッソの事を常識では考えられないくらいの、不運が裸足で逃げ出してしまうくらいの物凄い豪運持ちにしたんだ」

 

「……」

 

「まあ、今は確かめる術が無いから自覚出来ないだろうけど、いつか必ずロッソはそれを実感する事になるだろうね」

 

ニィ=ラカスの言葉に沈黙するロッソに対して、ニィ=ラカスはこの様に言葉を続けてロッソに背を向け……

 

「そろそろ行かなきゃ……、改めて今日は本当にありがとう、またいつか、再会出来る日が来るといいね」

 

立ち尽くすロッソに向かってそう言い放つと、ニィ=ラカスは足元から黒い炎の様な物を出現させ、それで自身の身体を覆い尽くす。そしてそれが消失し終える頃には、ニィ=ラカスの姿は何処にも見当たらなくなっていたのであった

 

「運命を反転させた……か……、もしこれが本当なら……」

 

ニィ=ラカスが姿を消した後、その場に呆然と立ち尽くしていたロッソは、そう呟いた後に頭の中に浮かんで来た映像を振り払う様に、何度も頭を振ってみせた後、疲れ切った身体を休める為に、自宅の方へとゆっくりと歩き出すのであった

 

こうしてニィ=ラカスの手によって、戦治郎や正蔵に匹敵する豪運持ちとなったロッソだが、それを実感する機会が訪れるのは、ロッソ本人が驚愕するほどに早かったりするのであった……




ロッソがイタリア海軍の総司令官になった経緯については、次回に持ち越しになりました……

又、ニィ=ラカスの『事象を反転させる』と言う能力は、この作品オリジナルの設定となっています


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マフィア出身の総司令官 その3

ニィ=ラカスと邂逅し、自身の面倒を見てくれた礼として運命を反転させられたロッソは、その次の日からとても信じ難い数々の出来事を経験する事になるのであった

 

ロッソが自身の運命が反転した事を確信、神を自称するニィ=ラカスの力を実感したのは、ふと視界に入ったくじ屋で試しに買ってみた宝くじであった

 

ロッソが手始めに1枚だけ購入したスクラッチくじでは、20年間毎月15000ユーロ、日本円で大体180万円を貰えると言うとんでもない大当たりを引き当て、その事実が信じられずに次に購入したロトくじも、後日大当たりしていた事が発覚し、キャリーオーバーが積み重なった結果莫大な金額となっていたその配当金約1億8000万ユーロ、日本円で約250億円は、半分はロッソの銀行口座の中へ、もう半分はロッソの意思で組織に献上する事となるのであった

 

これによって組織の上層部のロッソの評価は爆上がりし、ロッソのその運の良さを見込んで、上層部は幹部の人間であるにも関わらず、ロッソに敵対組織が経営する闇カジノを潰して回る様にと命令を出したのであった

 

普通ならば金のなる木となりそうなロッソに、こんな危険な仕事をやらせるべきではないと思うところだろうが、上層部はこれだけ運がいいのであればきっとロッソは死ぬ事は無いと確信し、実際にロッソもそれに応える様に活躍してみせるのであった

 

正体がバレない様にある程度変装して闇カジノに入り込み、店側が仕込んだイカサマも豪運で強引に捻じ伏せて大当たりを乱発し、敵対組織の関係者に事務所に連れ込まれたところで正体を表し、関係者を始末した後闇カジノの売上金を強奪して逃亡、その後の逃走劇ではまるでコメディー映画の如く相手が事故を連発したり、同士討ちを乱発するせいで難なく逃げ出す事に成功。更にこれだけの騒ぎを起こしていながらも、偶然に偶然が過剰なほどに重なった事で、犯人であるロッソの事をどの敵対組織も特定する事が出来ず、ロッソはそれを利用して幾度となく犯行を重ね、敵対組織のシノギを片っ端から潰して回る事に成功し、奪った売上金を献上していた事と合わせて組織に大きく貢献する事となるのであった

 

ロッソも参加する事になる抗争についても、普通では考えられない様な出来事が乱発していた

 

敵対組織のボスの家に幹部達が集まって会議をしていたところに、偶然事故を起こした飛行機が墜落して来て敵対組織のボスと幹部達が全員死亡してしまったり、敵対組織が抗争の準備を進めていたら、国際テロリスト集団のテロ活動に巻き込まれてしまい、抗争どころではなくなってしまったりと、非常識極まりない事が起こりまくり、結果としてロッソ達の組織はその混乱に乗じて敵対組織を次々と狩り潰し、遂にイタリア最大の闇組織の地位を手に入れる事となったのであった

 

それから2年経ち、ロッソが所属する組織によってイタリアの裏社会のバランスが保たれる様になったそんなある日、ロッソはボスから呼び出され、ある選択を迫られる事となるのであった

 

その選択と言うのが、組織のボスになるか、イタリア海軍の将校になるかと言うものであった

 

ボスが言うには今のイタリア海軍は、長い間戦争が無かった為に平和ボケしており、深海棲艦が出現する様になってからも、どうせ他国が何とかしてくれるだろうと考え、積極的に動こうとはしなかったのだそうな……

 

そんな自国の海軍の様子と、深海棲艦との戦いで大いに活躍するドイツやイギリスの海軍を目の当たりにしたイタリア政府は焦りを感じる様になり、連日会議を重ねる中で組織の発展に大きく貢献したロッソの存在に気付き、ロッソにイタリア海軍の立て直しを依頼して来たのである

 

この話を聞いた直後、ロッソの中には怒りの炎が燃え盛っていた

 

(『依頼』だぁ?俺の事特定してるってこたぁ、ウチの組織の人間の情報も掌握出来てるって事だろうがよぉ……。『依頼』なんて耳触りのいい言葉使ってやがるが、実際のとこはウチの人間を人質にして『脅迫』してる様なモンだろうがよぉ……。政府の連中……、厄介事を俺に押し付けようとしやがって……)

 

怒りの炎を宿しながら内心でそう呟くロッソは、ボスに対して考える時間が欲しいと伝えて部屋を出ていき、その足でそのまま自宅へと戻るのであった

 

確かにロッソとしては、政府のやり方は気に食わないところはあるが、言い分に関しては一理あると考えている

 

実際深海棲艦が出現してからというもの、取引などにおいて海路を使えなくなってしまい、組織の経営に少なからず打撃を受けてしまっている為、自国の海軍にはもう少し頑張ってもらい、海路を使った取引を復活させて欲しいし、イギリスやドイツの取引先に何時までもデカイ顔をさせたくない、舐められたくないとも考えている

 

しかしそうすればロッソは組織を、恩人が愛したこの組織を抜けなければいけなくなる……。それがロッソの中で葛藤を生み出していたのである……

 

それからしばらくの間、ロッソは自分はどうするべきかで悩み続けるのだが、結局その時には結論を出す事が出来ず、気分転換と称してシャワーを浴びる事にするのであった。そしてシャワーを浴び終え、鏡に映った自分の姿を見たその時、ロッソはある言葉を思い出すのであった

 

『それは僕とロッソを繋ぐ証みたいなもので、それがあればロッソが頭の中で僕に呼び掛ければ、何処にいても僕と話が出来る様になるんだよ。もし困った事があって僕に相談したり、助けを求めたりしたら、いつでも相談に乗るし、ロッソを助ける為に駆け付けもしちゃうよ』

 

そう、自身の胸に刻み込まれた刻印を見た時、ロッソの頭の中にニィ=ラカスのこの言葉が浮かび上がり、その事を思い出したロッソはすぐさまニィ=ラカスに呼び掛けるのであった

 

(ニィ=ラカスッ!聞こえるかっ!?聞こえてるなら……)

『その声はロッソッ?!そうだっ!そう言えばロッソの家があったっ!!』

 

そうしてロッソが目を閉じて心の中でニィ=ラカスに呼び掛けていると、ニィ=ラカスは何処か焦りを感じる様な声色で、ロッソの言葉に被せ気味にこの様な言葉を言い放ち、ロッソが切羽詰まっている様なニィ=ラカスの様子に困惑していると、突然ロッソの胸の刻印から直径がロッソの身長と同じくらいの、漆黒の禍々しいオーラを放つ魔法陣が飛び出し、ロッソの目の前に展開されるのであった

 

この状況を目の当たりにしてロッソが訳も分からず混乱していると、不意に魔法陣から勢いよく黒いオーラが噴出し、そのオーラは蝙蝠の羽と複数の角を持つ黒い山羊、外なる神であるニィ=ラカスの姿へと変わっていくのであった

 

「お願いロッソ!少しの間匿ってっ!!」

 

「匿うって……、いやまあ、俺もお前に相談したい事があるから別にいいんだけど……」

 

魔法陣を消滅させつつ、何かに怯えた様にプルプルと震えながらロッソに懇願してくるニィ=ラカスに対して、ロッソは怪訝そうな表情を浮かべながらそれを了承し、安堵の息を吐きながらお礼を言って来るニィ=ラカスに、互いに何があったのか落ち着いて話せる様にと、ソファーに座る様促すのであった

 

取り敢えずニィ=ラカスを落ち着かせる為に彼の話を聞いたところ、如何やら彼の姉であるシュブ=ニグラスが暴走し、それから逃れる手段を探しているその時、ロッソの呼び声が聞こえて来て、それによってニィ=ラカスはロッソの家に逃げ込む事を思い付き、こうしてロッソの刻印を利用して、シュブ=ニグラスに自身の足取りを掴ませない様にしながら逃げ込んで来たのだそうな……

 

因みにシュブ=ニグラスの暴走の原因だが、如何やら以前食べたイタリア料理が恋しくなり、それを再び食べる為にその味を知る自分と自分の弟であるニィ=ラカスの、その味に関する記憶を精子と卵子にする事で、その味を完全再現出来る生物を作り出そうとして、ニィ=ラカスに性的な意味で襲い掛かって来たのだとか……

 

「おめぇの姉ちゃん、頭イカレ過ぎだろうがよ……」

 

ニィ=ラカスから事情を聞いたロッソは、シュブ=ニグラスの行動にドン引きしながら、ニィ=ラカスに同情の視線を送りつつ、この様な言葉を零すのであった

 

その後ニィ=ラカスがシュブ=ニグラスに対する不満や愚痴をブチ撒け、精神的にスッキリしたのか徐々に落ち着いた様子を見せる様になり、ニィ=ラカスが完全に落ち着いたところを見計らって、ロッソは今回の件についてニィ=ラカスに相談を持ち掛けるのであった

 

苦悶の表情を浮かべながら自身の葛藤を吐露するロッソ、それに対してニィ=ラカスは時折相槌を打ちながら静かに耳を傾け、ロッソが話し終えるとニィ=ラカスは一呼吸置いた後……

 

「僕の意見をハッキリ言わせてもらうけど、正直別に悩む様な事じゃないと思うんだ。今のロッソなら、組織のボスもイタリア海軍の将官も、きっと両立する事が出来ると思ってる」

 

ロッソの目をしっかりと見据えながら、ハッキリとした口調でそう断言するのであった

 

それから更に、ニィ=ラカスは言葉を続ける

 

ニィ=ラカスが言うには、ロッソは先ず組織のボスに就任し、それから政府に言われた通りにイタリア海軍に入隊、そこから政府に頼まれていた海軍の立て直しを実行すると見せかけて、海軍と言うガワを維持しつつ海軍の人間達を全て組織に引き入れ、イタリア海軍そのものを組織の一部として吸収し、最終的には表沙汰にしない様に注意しながら、組織が裏から政府を支配する様にしたらいい、と……

 

「『この程度』の事なら、今のロッソと僕が手を組めば結構簡単に出来ると思うんだけど……、どうかな……?」

 

「おめぇも姉ちゃんの事馬鹿に出来ねぇくらいぶっ飛んでんな……、けどその意見、気に入ったっ!」

 

このやり取りの後、ロッソは右手で、ニィ=ラカスは右前足で固く握手(?)を交わし、すぐさま今の組織のボスの下にニィ=ラカスを連れて戻り、ボスにニィ=ラカスを紹介してから先程の話を持ち掛け、困惑するボスを説き伏せ、ロッソは組織のボスに就任する事となるのであった

 

尚、その次の日にロッソのボス就任に関する集まりが開催される事となり、ロッソが挨拶を済ませてニィ=ラカスの事を部下達に紹介するのだが、その時に過去に組織に潰された敵対組織の残党が集結し、この集まりに襲撃を仕掛けて来るのだが……

 

「ロッソを……、僕の友達を傷つけようなんて……、そんなの僕が許さないよっ!!」

 

襲撃者達に対して怒りを露わにするニィ=ラカスのこの一言により、襲撃は一瞬で収束し、集まりの会場は大量のゲロと悲鳴が飛び交い、そこかしこから呻き声が聞こえ、至る所に白骨死体が転がるインスタント地獄と化すのであった……

 

何が起きたのかと言うと、ニィ=ラカスの一言を合図に襲撃者達と組織の中に潜り込んでいたスパイの皮膚と筋肉が突然裂け始め、それによって丸見えになった全身の骨にヒビが入ったかと思えば、その骨の中に次々と皮膚、筋肉、更には血液などの体液や内臓が吸い込まれていき、やがて骨がその全てを吸い込み終えると次第にヒビが消えていき、そうして骨の内側から呻き声が聞こえる白骨死体が大量に出来上がったのである

 

そんな悍ましい光景を目の当たりにした組織の人間達は、皆揃って顔面蒼白になりながら、ゲロを吐き散らし悲鳴を上げてこの場所から逃れようと逃げ惑う。そんな中、1つの白骨死体に冷ややかな視線を向けながら、ニィ=ラカスはその白骨死体の傍まで歩み寄り……

 

「恨むなら、僕の友達を傷つけようとした自分達の事を恨むんだね」

 

そう言い放つなり、その骨の腕を踏み潰す。その直後、頭蓋骨から悲鳴が上がると同時に踏み潰された骨から勢いよく血肉や内臓が飛び出し、それを近くで見てしまった者達は、吐き出す物が胃の中に無い為、その場で蹲って只管えずき続けるのであった

 

「おめぇ……、一体何したんだ……?」

 

「襲撃者の皆さんには、僕の力で内骨格から外骨格に変わってもらったんだよ。まぁこの状態だと人間はその構造上動く事もまともに話す事も出来ないだろうから、彼らはきっと逃げ出す事も出来ずに、生きたまま土の中に埋められる事になるだろうね。因みに踏み潰したのは只の見せしめ、僕とロッソを敵に回したらどうなるかってのを教えてあげただけさ」

 

顔面蒼白になったロッソがニィ=ラカスに尋ねると、彼はあっけらかんとした様子でこの様に答え、これ以降ロッソはニィ=ラカスを絶対に怒らせない様にする事を、ロッソの部下となる者達はロッソとニィ=ラカスには絶対に逆らわない様にしようと固く心に誓うのであった

 

この騒動の後、ロッソは予定通りにイタリア海軍に将官待遇で入隊し、手筈通りに海軍の者達を自身の支配下に置く事に成功、これによりロッソはイタリア海軍の総司令官に就任する事となり、イタリア海軍は表面上ではその体裁を保ってはいるが、実際は完全にロッソの組織の戦力の1つに成り果ててしまうのであった

 

それからしばらく月日が経ったある日、遂にイタリアでも艤装が量産出来る体勢が整い、これから艦娘となる為に厳しい訓練を行う事になる女性達が、イタリア海軍の総司令官となったロッソの下へ挨拶しに来るのだが……

 

「え……?ロッソ……?」

 

「……君が如何して此処に……?」

 

最後にやって来た女性がロッソの執務室に入り、ロッソの顔を見るなり驚きながらこの様に呟き、その女性に見覚えがあったロッソもまた、座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり、驚愕の表情を露わにしながらこの様に零すのであった

 

その女性こそが、現在のロッソの秘書艦を務めるヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の2番艦であるリットリオであり、ロッソの父親の事件が切っ掛けで別れる事になってしまい、再会したくてもロッソの不幸体質のせいで会う事が叶わないでいたあの元許嫁なのであった……



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マフィア出身の総司令官 その4

もう2度と叶わないはずの再会を果たした2人は、予想外の再会に驚きの余りしばらくの間ロッソの執務室の中で揃って立ち尽くし、どちらからともなく我に返り落ち着きを取り戻すと、互いにこの場所にいる理由について話し始める

 

先ず話を始めたのはリットリオの方で、彼女はロッソの父親が逮捕された後、自身の父親からロッソとの婚約を解消すると告げられたのだが、その時にロッソの父親が起こした事件とロッソは無関係である、寧ろロッソの事を手厚く保護してあげるべきだと必死になって訴え掛けたのだが、その甲斐虚しく父親が勝手に話を進め、ロッソとの婚約をなかった事にされてしまったのだそうな……

 

幼少の頃から付き合いがあり、親が決めた婚約など関係無しにロッソの本来の人柄に強く惹かれ、将来はそんな大好きなロッソと結婚し、幸せな家庭を築く事を夢見ていたリットリオは、父親が強引に婚約解消した事に対してそれはもう激怒し、それ以降父親が持って来る見合い話を全て突っぱねていたのだとか……

 

これによりリットリオと彼女の父親の仲は次第に険悪になっていき、最終的には彼女は父親に勘当を言い渡され、今まで住んでいた実家を追い出されてしまうのだが、如何やら彼女はそうなる事を予め想定しており、その為の準備を事前に進めていたのだそうな……

 

「見合い話を突っぱねて親父さんの面子を潰す事で、勝手な婚約解消の件の報復を行ったって訳か……」

 

「婚約解消の話を持ち掛けて来た時、あの男はロッソの事をそれはそれは酷く言っていたんです……。ロッソ自身は何も悪い事をしていないのに、犯罪者の息子ならきっといつか親と同じ様に犯罪を犯すだろうって……」

 

リットリオの話を聞いている途中で、リットリオの行為の真意についてロッソが尋ねたところ、リットリオはその表情を暗くしながらこの様な事言い、それを聞いたロッソは内心で思わず苦笑するのであった……。何せ今の彼は彼女の父親が言った通り、何人もの人間の命や金を奪っていった事で、イタリアの裏社会の頂点に立つ事になった極上級の犯罪者となっているのだから……

 

話を戻して、こうして実家から勘当された彼女は、父親に悟られない様にしながら彼女の事を支援しようとする母親や妹の申し出も断り、元令嬢である事も周囲に隠しながら父親とは関係の無い企業に就職して仕事に励んでいた

 

そんなある日、彼女の耳に艦娘の適性検査の話が入り、今もきっとどこかで生きているであろうロッソを、そんなロッソとの思い出があるこのイタリアを守る為に、彼女は艦娘になる事を決意し、その志を胸に適性検査に臨んだところ、彼女に戦艦リットリオの適性がある事が発覚、それを知った彼女はすぐに海軍に入隊する手続きを行い、今に至っているのだそうな……

 

「守りたいと思っていた人が、まさか私達の司令官になっているだなんて、正直夢にも思っていなかったです……」

 

「奇遇だな、俺も君みたいに優しい人が、艦娘になって深海棲艦とやらとドンパチしようとしてるなんて想像もしていなかったさ」

 

このやり取りの後、ロッソとリットリオは同時にクスクスと笑い、お互い一頻り笑って落ち着いたところで、今度はロッソが自身がイタリア海軍の総司令官になった経緯について、一家離散した後の話も交えながら、神妙な面持ちを浮かべながら話し始めるのであった

 

ロッソの話を聞くリットリオは、その話の凄惨さに思わず絶句、途中から目尻に涙を浮かべ、呟く様に、許しを請う様に、ロッソに対して謝罪の言葉を口にするのであった

 

それに対してロッソは気にするなと言って彼女を慰めつつ、彼女との再会を望んではいたものの、不幸体質のせいでそれも叶わないだろうと思っていた事を打ち明け……

 

「ロッソの身近な人間に影響を与える不幸体質……、まさかそれって今も……?」

 

「いや、それがな?捨てる神あれば拾う神ありって感じで、偶然なんか凄い奴を助けたところ、その問題は完全に解消されちまったんだ。その結果が今のコレ、多分あいつと出会ってなけりゃ、俺はもっと前にどっかで死んでたかもしんねぇわ」

 

ロッソの不幸体質の件で不安になったリットリオが、心配そうにロッソにそう尋ねたところ、ロッソはあっけらかんとした様子でこの様に返事をするのであった

 

尚、ロッソのもっと前に死んでいたかもしれないと言う発言に対し、リットリオが過敏に反応して泣きそうになっていた模様

 

その後、ロッソは例のあいつ……、ニィ=ラカスのおかげで自分自身も、所属する組織も大成出来た事を嬉々として話し……

 

「それじゃあロッソが此処にいるのは、組織の発展の為だけなの……?」

 

その話を聞いていたリットリオが、真剣そうな表情でこの様に尋ねると、ロッソはばつの悪そうな表情を浮かべ、頭をガシガシと掻きながらこの様に答えるのであった

 

「イタリア海軍を取り込む事で組織を発展させ、他人任せで無責任な今の政府に裏から一発きつい奴をお見舞いして、イタリアと言う国を深海棲艦出現前のアメリカ並の強大な国にしてぇってのが、今の俺の1番の目標なんだが……、それ抜きで此処に俺がいる理由ってなると、やっぱ俺みてぇな奴をこれ以上増やさねぇ様にしてぇってのがあるな……」

 

「俺みたいな奴……?」

 

「あぁ、身寄りのねぇ子供さ。アメリカを陥落させた深海棲艦との戦争ってなると、どうしても死傷者が出ちまうだろ?俺はそれで親を亡くした子供達に、俺みてぇなクソッタレな人生を歩ませたくねぇんだよ。その道がどんだけ厳しくて苦しいか、俺は嫌ってくらい経験して知ってっからよ……」

 

ロッソのこの言葉を聞いたリットリオが、ロッソが優しい心を昔と変わらず持ち続けている事に思わず喜び、柔和な笑みを浮かべていると、ロッソが急に恥ずかしそうに視線を逸らし……

 

「それと今日、新しく理由が出来ちまった……」

 

耳まで真っ赤にしながら、呟く様にこの様な事を言い、その言葉にリットリオが不思議そうな表情を浮かべていると、ロッソはツカツカと彼女の下に歩み寄り、突然彼女の事を力強く抱き締めるのであった

 

「本当に会いたかった……、こうして抱き締めてやりたかった……、中々会う事が出来なくて心配させちまって悪かった……」

 

そうしてロッソはリットリオを抱きしめたまま、彼女の耳元でこの様な言葉を囁き、それを聞いた彼女は堰を切った様に泣き出しながら、ロッソの背中に両腕を回して抱き締め返す

 

「もうこの手を放さねぇ……、お前の事を絶対に守り通す……、だから頼む……、ずっと俺の傍にいてくれ……、そして俺の事を支えてくれ……っ!」

 

「はい……っ!はい……っ!!」

 

このやり取りの後、落ち着きを取り戻した2人は互いに顔を真っ赤にしながら、海軍に入るにあたっての規則などの説明を行い、それらの話を全て終わらせると、ロッソの家での同棲について話し合い始めるのであった

 

尚、それによってリットリオは時々ロッソの家に遊びに来るニィ=ラカスと遭遇する事となり、最初は言葉を喋る黒山羊に大層驚いたものの、今は完全に打ち解けているのだそうな……

 

又、ロッソとリットリオの再会についてだが……

 

「ヨグ義兄さんが言っていた通りになったね、如何やらヨグ義兄さんはこの事を随分と前から……って言い方も変か、あの(ひと)は全ての時間に存在していて、全ての出来事について知ってるからね……。っとそれはそうとして、ヨグ義兄さんは姉さんの暴走を止められなかったお詫びとして、ロッソが海軍に入ればリットリオさんと再会出来る事を僕に教えてくれたんだよ。それがあったからこそ、僕はロッソに海軍に入る様に勧めてたんだよね」

 

如何やらニィ=ラカスはこの事を事前に知っており、ロッソがリットリオと再会出来る様にお膳立てをしてくれていた事が発覚するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニィ=ラカスはイタリア海軍の総司令官と接触する事に成功……、先の未来ではサクサクルース様とダークネス伯父様、そして私の父上も重要人物達との接触に成功する……。これにより、私が出雲丸 翔と接触出来る未来が確定しましたね……」

 

その頃イタリアどころか地球、太陽系すらも飛び越えた銀河の彼方にて、ニィ=ラカスの動向を見守っていた『ソレ』は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、宇宙の闇の中でこの様な事を呟くのであった……



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マフィア出身の総司令官 その5

ニィ=ラカスの導きによって始まったロッソとリットリオの同棲生活は、それはもう何もかもが充実した素晴らしいものとなっていた

 

普段はリットリオが正規の艦娘となる為に日々訓練に打ち込み、ロッソは総司令官としての仕事をこなしつつも、裏では自身の組織まで動かしてイタリア政府から実権を奪い取る準備を着々と進め、お互いの休みが重なる事が事前に分かれば、休日前の夜はこれまで会いたくても会えなかったと言うの空白期間を埋める様に、互いが互いを求めあう様に身を絡ませ合い、それはそれは情熱的な夜を過ごしていた

 

尚この時ばかりは、例え姉の捜査網に絡め取られそうになったとしても、ニィ=ラカスは空気を読んでロッソの家に逃げ込む様な無粋な真似はしなかった模様

 

それから月日が流れ、訓練を終えたリットリオはすぐさまロッソの秘書艦に任命され、2人でいる時間が増えた事に喜びを覚えつつ、秘書艦としての仕事に真摯に打ち込んでいたある日、ふと思い出した様にとある出来事について、新しい艦娘の配備に関する書類の処理をうんざりした様子で片付けていたロッソに向かって話し始める

 

リットリオが言うには、ロッソとの同棲を始めてからと言うもの、何故か運気がかなり向上しているのだとか……

 

具体的な内容だが、訓練生としてマークシート方式の筆記テストを受けた際、一部の問題の答えが分からず山勘で解答用紙にマークを付けたところ、その部分が全問正解し合格点を取る事が出来たり、演習の際に砲の反動で思わずよろけてしまった時、今まで立っていたところを相手が撃った砲弾が通過していったり、逆に自分が砲を撃った時には突然発生した突風や高波などで相手がバランスを崩し、倒れ込んだところに自身が撃った砲弾が真っ直ぐ飛んで行き、それが相手に直撃して轟沈判定を取る事が出来たりと言うのが、かなりの頻度で発生していたのだそうな……

 

この話を聞いていた人物がもし普通の人間であったならば、恐らくそれは只々偶然が重なっただけだと断言するところだろうが、ニィ=ラカスと出会って不幸体質を幸運体質に変えてもらった事があるロッソには、どうしてもこの話に引っかかりを感じる点が多く存在していた様で、ロッソはリットリオの話を聞き終えるや否や、仕事中であるにも関わらずニィ=ラカスを呼び出し、リットリオの身に起こった出来事について説明し、意見を求めるのであった

 

すると……

 

「これはほぼ確実に、今のロッソの幸運体質とその性質が原因だね」

 

ニィ=ラカスはそう言うと、この現象の詳細について話し始めるのであった

 

ニィ=ラカスの話によると、如何やらニィ=ラカスがロッソの不幸体質を反転させて幸運体質に変化させた際、その性質も幾つか反転させたのだそうな

 

具体的に言うと、不幸体質の時はロッソにとっての成功や平穏が目前に迫ったところで発動し、ロッソの身近な存在に対してロッソとの接触の有無に関わらず致命的な不幸が襲い掛かり、巻き込まれた者には致命的な物理ダメージを、ロッソには精神ダメージを与えると言った感じだったものが、ニィ=ラカスの手が入った事でロッソ自身の幸運はあらゆる事に反応して無差別で発生し、任意の相手に幸運を御裾分けしたいと思った場合は、そう思いながらロッソが対象に触れる事が出来れば、しばらくの間対象に幸運バフを付与する事が出来る様に変化しているのだそうな……

 

「リットリオの場合、定期的にロッソと熱い夜を過ごしてるみたいだから、それに合わせて途切れること無く幸運バフが付与されて、そんな事になったんだと思うよ?」

 

今回の出来事の原因について、ニィ=ラカスはニヤニヤしながら説明をこの様に言って締め、その話を聞いていたリットリオは耳まで真っ赤になりながら恥ずかしそうに俯き、ロッソは余りにも信じ難いその内容に思わず頭を抱えてしまうのであった

 

その後2人と1柱は話し合いを重ねた末、ロッソの幸運体質と御裾分けに関しては海軍と組織に公表する事はせず、この2人と1柱の中だけが知る情報に留める事を決定するのであった

 

最初はリットリオがこの事を公表し、艦娘達が出撃する前にロッソが何かしらの形で彼女達に接触する事で、彼女達に自分と同じ様に幸運バフを付与するのはどうかと提案したのだが、内部に他国の海軍なり闇組織の諜報員が潜入していた場合、この情報が何かの拍子で外部に漏れてしまい、ロッソのその体質を利用しようと目論む輩達にロッソが狙われてしまう可能性があるとして、ニィ=ラカスがその提案を即座に却下したのである

 

これに関してはロッソもニィ=ラカスの味方に付き、リットリオの提案を却下していた。事実、ロッソはつい先日フランスからの諜報員を、組織で活動していた時に培われた勘で見つけ出し、イタリア海軍の情報をフランスに持ち帰らない事を条件に、潜入していた諜報員を解放してフランスに送り返したばかりだったのである

 

故にロッソは他国への情報漏洩を警戒し、ニィ=ラカスの意見に賛同したのである

 

ではどうやって艦娘達に幸運バフを付与するのかと言うと……

 

「リットリオ的には気分が良くない方法だけど、ロッソには何かしらの作戦が成功した時を境に、調子に乗って女性へのボディータッチが大好きなセクハラ大魔神と言う本性を見せ始める、好色総司令官を演じてもらう必要があるかな?これがもし上手くいけば、ロッソに艦娘達のヘイトを集める事で、セクハラ被害者となる艦娘達に結束力を持たせる事が出来るかもね。打倒ロッソ!変態司令官を叩き出せ!って感じで。あぁ、組織の構成員とかに関しては、適当に肩を叩いたりしとけばいいと思う」

 

「ひっでぇ方法だなおい……、でもまぁ、俺の体質の事を秘匿する都合上、この方法しか手が無さそうだな……。全く以て気乗りしねぇけどな……」

 

ニィ=ラカスの提案でロッソにはセクハラ大好き総司令官を演じてもらう事になり、リットリオは露骨に不服そうな表情を浮かべながらニィ=ラカスの事を睨みつけ、当のロッソは再び頭を抱え、渋い表情を浮かべながらこの様に呟くのであった

 

尚、こうしてロッソは隙あらば艦娘達にセクハラを働くクソ提督を演じる事になったのだが、意外な事にロッソのセクハラに文句を言う艦娘は少なく、寧ろそのせいで艦娘からのロッソへのスキンシップが異様に増えると言う現象が発生するのであった

 

その理由は単純で、若くしてイタリア海軍の総司令官となれるほどの実力を持ち、イタリア国内でも屈指の美男子であるロッソなら、自身の身体に触れてくれてもいい、それどころかそれをネタにロッソに迫り、肉体関係を持って最終的にはロッソと結婚し玉の輿に乗りたいと言う考えが、艦娘達の中にあったからである

 

尤も、艦娘の第二次募集でやって来た、リットリオの妹であるヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の4番艦のローマや、ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ級軽巡洋艦の2番艦であるジュゼッペ・ガリバルディなどは、ロッソのセクハラにブチギレて、思いっきりロッソの頬に平手打ちをかましていたりするのだが……、まぁそれは今はそこまで関係無い事であろう

 

さて、こうして思わぬ形で艦娘達や組織の構成員を強化する方法を得たロッソは、ドイツやイギリスの助力無しに、自国の戦力だけでイタリア周辺の制海権を取り戻せる様になり、更には裏からイタリア政府を打倒する事に成功し、予定通りに政府の実権を手にするのであった

 

それからしばらく経ったある日、ドイツの提案で最近頭角を見せ始めたイタリアと、現在の欧州二大勢力であるドイツとイギリスによる演習を行う事になるのだが、この時はドイツとイギリスが戦治郎を経由してこの世界の真実に触れ、この世界の構成上永遠に戦い続ける事となる目先の深海棲艦ではなく、深海棲艦よりも質が悪く、世界のバランスや世界そのものを崩壊させかねない転生個体や神話生物と戦う事に重きを置いている事を知らなかったロッソは、深海棲艦との戦争が終わった後、人間同士の戦争になった時の事を考え、ドイツとイギリスにはこちらの本当の実力を見せない様にする事を決定し、この演習では他の二国を侮辱したと非難される事を覚悟した上で、艤装の装備スロットに空きを作るなど、ある程度手加減をして戦う事にするのであった

 

これによりアクセル達によってイタリア海軍はまだまだ実力不足だと判断され、演習が終わるとアクセル達は燎とロッソにイタリア海軍と戦治郎が所属する江田島軍学校との演習の話を持ち掛け、アクセル達の話から妥当な判断だと感じた燎は、元帥の秘書艦である長門と話し合った後にそれを了承、ロッソは如何して対戦相手を江田島軍学校と指定したのかについて疑問を覚えつつ、自分達の本当の実力をこの面々に悟られない様にする為に、先の演習で艦娘達のメンタル云々と嘘を混ぜながら話を合わせ、それを了承するのであった

 

こうしてイタリア海軍が江田島軍学校と演習する事が決まってしばらく経ったある日、ロッソが近海警備の為にローマやアクィラ級正規空母の1番艦であるアクィラなどを引き連れて出撃したリットリオの帰還を待ちつつ、総司令官として書類仕事を処理している真っ最中に、危うくシュブ=ニグラスに捕捉されかけたと言うニィ=ラカスが、イタリア海軍の本拠地に逃げ込んで来るのであった

 

突然のニィ=ラカスの出現に軽く驚いたものの、事情を知ったロッソはニィ=ラカスに存在感の反転を利用して姿を隠してくれていれば、ほとぼりが冷めるまで執務室にいてもいいと提案するのだが……

 

「今回は能力の使用は控えておきたいんだ……、姉さんが太陽系付近を重点的に警戒し始めたみたいだから、最悪能力を使用した事を感知されて、地球の、この部屋に姉さんが突撃して来る可能性があるから……」

 

愚痴と言う形で散々ニィ=ラカスにシュブ=ニグラスの恐ろしさを教えられていたロッソは、その言葉を聞くなり即座に前言撤回し、持ち前の潜入スキルをフル活用して本拠地の人間達の目を掻い潜りながら、ニィ=ラカスを匿う為の部屋を探し始めるのであった

 

ロッソ達がそんな事をしているその時である、ニィ=ラカスが何かに反応して急に歩みを止め、額に妖しいオーラを放つ逆五芒星を出現させて辺りを見回し始め……

 

「ロッソ!拠点内部に侵入者だっ!!」

 

何かを感知するや否や突然この様に叫び、何処かへ向かって走り出すのであった

 

「侵入者って……、突然何言い出すんだ……っ?!最近そんな報告は……」

 

「違うっ!気配からして相手は間違いなく人間じゃないっ!!恐らく僕達側……、何らかの神話生物だっ!!!」

 

突然走り出したニィ=ラカスを追いかけながら、息を切らせながら最近は諜報員などが潜入しているなどと言う報告を受けていなかったとロッソが言うと、ニィ=ラカスは走る速度を落とす事無く、ニィ=ラカスの存在に驚くイタリア海軍の人間達の視線など気にも留めずにこの様に返事をするのであった

 

これには流石のロッソも驚き、そのショックで足をもつれさせそうになるのだが、何とか持ち直しながら冷静さを取り戻し、これでもかという程に警戒しながら侵入者の下へ向かっているであろうニィ=ラカスの後を追うのであった

 

そうしてロッソとニィ=ラカスが辿り着いたのは、イタリア海軍のメインサーバーとして使用され、イタリア海軍のあらゆる情報が詰まっているスーパーコンピューターが設置されている部屋であった

 

「……この部屋の中に、そいつは今もいるのか……?」

 

腰のホルスターからハンドガンを引き抜きながら、部屋の入口に鋭い視線を向けるロッソがニィ=ラカスに尋ねると……

 

「……たった今逃げられた」

 

「はぁ?!この部屋は此処しか出入口無ぇんだぞっ!?此処で俺達が張ってるっつぅのに、そいつはどうやって此処から出たって言うんだよっ?!!」

 

「逃げた形跡から考えて、恐らくスーパーコンピューターと繋がっている回線から……。こんな芸当が出来る神話生物と言えば……、イ=スの連中かイオドくらいだね……」

 

ニィ=ラカスは渋い顔をしながらこの様に答えた後、ロッソと共に部屋の中へと入って行き、犯人が何をしようとしていたのかを調べる為に行動を開始するのであった



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マフィア出身の総司令官 その6

イタリア海軍の情報がふんだんに詰まったスーパーコンピューターに侵入したと言う神話生物の目的を探るべく、ロッソ達はこの部屋とは別の部屋から拝借して来たノートパソコンをスパコンに接続し、件の神話生物の痕跡探しを開始するのであった

 

因みにこの部屋にスパコンを操作する為の専用端末を置いていない理由は、駆逐艦艦娘達の悪戯のせいでデータを破損したりしない様にする為、そして外部から来た人間が簡単にスパコンにアクセス出来ない様にする為である

 

組織の下っ端時代、様々なものの電子化に伴ってボスが雇ったクラッカーと共に仕事をする機会があった事で、仲良くなったクラッカーからパソコンの扱い方のイロハを教えてもらっていたロッソは、膨大な情報の海から神話生物の痕跡を見つけ出す為にデータを1つ1つ確認していくのだが、それらしいものを見つける事は全く以て出来ないでいたのであった

 

まあこれは仕方ない事であろう、この時点でのロッソ達は侵入者は神話生物だけだと思っており、件の神話生物ことイオッチと共にハッキングに参加している怪物クラスのハッキング技術を持った護が、自分達の不正アクセスをイタリア海軍に感知させない様にする為にカムフラージュを施しているなどとは思ってもいなかったのだから……

 

それでも何かしらの手がかりを得ようと、ロッソがパソコンを操作してデータの確認作業を行っていたその時である

 

「待ってロッソ!それっぽいの見つけたかもっ!」

 

不意にニィ=ラカスがそう叫び、それを聞いたロッソは慌ててパソコンを操作する手を止め、ニィ=ラカスに痕跡が残っているらしいと言うそのデータを確認してもらう

 

そのデータはロッソが調べた限りでは、護によるカムフラージュが施されていた事もあって、抜き取りなどされた様には見えなかったのだが……

 

「ロッソには分かんないと思うけど、侵入者が抜き取ったと思われるデータに、粘液みたいなのが付着してるんだ。んでこんな真似が出来る奴の中で粘液で身体を覆っている神話生物と言うと、過去にヨグ義兄の誘いを断った事がある旧支配者、イオドくらいしかいないんだ」

 

外なる神であるニィ=ラカスの目には侵入者であるイオッチの痕跡である粘液がハッキリ見える様で、それを聞いたロッソが粘液が付着していると言うデータを調べたところ、如何やら抜き取られたと思わしきデータは、イタリア海軍の人員名簿や名簿に記載された人物の学歴や病歴を含む個人情報、更には艤装や兵装に関するデータばかりだった事が判明するのであった

 

イタリア海軍(ウチ)の人間と兵器関連のデータが目的か……、この手の情報を現在一番欲しがっているところ言やぁ……、今度演習する事になってる日本の軍学校か……?ったく……、そこにはとんでもねぇ奴がいるみてぇだな……」

 

「僕としては如何してイオドが日本の軍学校に手を貸してるのかが気になるね……。もしかしたらその軍学校に、例の神話生物の胃を掴んじゃう人がいて、その人がイオドをこちらに嗾けて来たのかも……」

 

抜き取られたデータが判明すると、ロッソ達はこの様なやり取りを交わした後、日本のこの行動の意図やイオドが日本に手を貸している理由などについて議論を交わすのだが、この時点では日本についての情報が少な過ぎるが故にそれらしい推論すら出す事も出来ないでいた……

 

神話生物すらも駆使して情報集めを行う日本をこのまま放置するのは良くない、そう考えたニィ=ラカスは意を決し、手持ちの札の中でも最強の切り札を切る事にするのであった。そんなニィ=ラカスの切り札が何なのかと言うと……

 

「ちょっと賭けになっちゃうけど、日本の情報を集める為にヨグ義兄さんの所に行って来るよ……っ!あの神格(ひと)は何でも知ってるから、恐らく日本の事も知ってると思うから……っ!!」

 

「待てニィ=ラカス!それじゃあ最悪おめぇが姉ちゃんに見つかっちまうかも……っ!」

「それでもっ!!日本が変な気を起こしてイタリアに攻めて来る可能性が考えられる以上、日本の事を知って対策を練る必要があるだろうっ!?その為にも僕はヨグ義兄さんから日本の情報を手に入れる必要があるんだっ!!それにもし本当に日本と戦争になって、それでロッソ達がいなくなっちゃうなんて事……、僕は絶対に認めない……っ!!!」

 

ニィ=ラカスは自身の義兄であり魔王アザトースの腹心、『全にして一、一にして全なる者』の二つ名を持つクトゥルフ神話における最高神であるヨグ=ソトースから、日本の情報を引き出すと言い出し、それを聞いたロッソがその際にニィ=ラカスがシュブ=ニグラスに見つかり戻ってくれなくなってしまう事を危惧し、慌ててそれを制止しようと声を上げるのだが、ニィ=ラカスの決意は固く、ロッソの言葉を遮ってまでその必要性を説き、それを聞いたロッソはニィ=ラカスの意志を尊重する事にし、ニィ=ラカスはロッソの胸から飛び出して来た魔法陣を通ってヨグ=ソトースの下へと向かうのであった

 

その後、この場に残っていてもどうしようもないからと、ロッソは執務室に戻ってニィ=ラカスの事を待ちつつ途中で投げ出してきた書類作業をしようと考え、コンピュータルームを出て執務室へと足を運ぶのだが……

 

「提督……、仕事をほっぽりだして何処で何をしていたんですか……?」

 

戻った先にはいつの間にか帰還していたリットリオとローマの姿があり、ローマは腕を組んで仁王立ちしながらロッソに向かってこの様に尋ね、リットリオは何処か不機嫌そうにロッソにジットリとした視線を送っていたのであった

 

「いや、ちょっと緊急事態が発生してだな……」

「黒山羊と一緒に基地内をランニングする事が緊急事態とでも言いたいのですか?!」

 

「黒山羊とランニングって……」

「基地内の誰もが、黒山羊と並走する貴方の姿を目撃していますっ!!これは如何弁明するつもりですかっ!?」

 

ロッソが執務室を離れていた理由を口にしようとする度に、ローマは青筋を立てながらロッソの言葉を遮って質問を繰り返し、こりゃ駄目だと思ったロッソは視線でリットリオに助けを求めるのだが、ロッソが執務室で大人しく書類作業を進め、頑張って任務をこなして来た自分達を温かく出迎え、いの一番で自分に労いの言葉を掛けてくれるであろう事を期待していたところをこの様な形で裏切られ、不機嫌になってしまったリットリオはロッソの視線に気付くと、唇を尖らせながらそっぽを向いてしまうのであった……

 

さて、この状況をどうやって打破するか……。ロッソがその様な事を考えた直後、ロッソの胸の刻印が突然妖しく輝き出し、それを見たローマは突然の出来事に大いに驚いてロッソの傍から飛び退き、この光景を何度か目にした事があるリットリオは、咄嗟に執務室の扉を閉めて鍵を掛ける。それから大して間も空けず、ロッソの胸から魔法陣が飛び出し……

 

「分かったよロッソ!!今の日本どころか世界全体の状況と日本とイオドとの関連性がっ!!!」

 

「でかしたニィ=ラカスッ!!!でもまぁ……、しでかしてもいるんだけどな……」

 

「ニィ=ラカスさんの様子から、緊急事態と言うのは本当だったんですね……っ!」

 

その魔法陣からニィ=ラカスが飛び出して来るなりこの様に叫ぶと、ロッソはニィ=ラカスの言葉に思わず歓声を上げるのだが、目の前で放心状態になっているローマの姿に気付くと苦笑しながらこの様に言葉を続け、ニィ=ラカスの様子から事態を察したリットリオはこの様に呟いた後、ロッソから事情を聞き、彼に対してそっけない態度を取ってしまった事を謝罪するのであった

 

その後ロッソ達は我に返ったローマに対し、ロッソが艦娘達にセクハラをする理由を含めて事情を話した上でこの事は口外しない様にと釘を刺し、ローマがそれを了承したところでニィ=ラカスが持ち帰った情報を聞こうとするのだが……

 

「ただこの情報……、開示する為の条件をヨグ義兄さんから付けられてるんだ……」

 

「条件?」

 

ニィ=ラカスは戸惑いながらこの様な言葉を口にし、それを聞いたロッソは不思議そうに条件とやらについて尋ねるのであった

 

「条件って言うのは情報を提供する代わりに僕をイタリア海軍に所属させる事、これに如何言う意図があるか分かんないけど、ヨグ義兄さんが何か企んでいるのは間違いないと思う……」

 

「ホントヨグ義兄さんの意図って奴が分かんねぇな……、けどまぁ、その条件ならこっちとしては嬉しい限りなんだが……、おめぇとしてはどうなんだ?」

 

「ロッソが良いのなら……」

 

「なら決まりだっ!」

 

件の条件を聞いたロッソは、ヨグ=ソトースの企みについては取り敢えず置いておき、そう言って外なる神ニィ=ラカスを正式にイタリア海軍に所属させる事を決定し、彼に参謀の地位を与えるのであった

 

その後ロッソ達はヨグ=ソトースから提供された情報により、今の世界の本当の情勢や転生個体の詳細について、転生個体の出現によって神話生物達の活動が活発化した事、ドイツやイギリスなどの今の世界の主要国家は目の前の深海棲艦以上にそちらの方を警戒し準備を進めている事、そしてそんな主要国家を結託させている人物である戦治郎の事を知るのであった

 

「この戦治郎って人が、今現在提督になる為に通っている江田島軍学校と演習する事になっているウチの艦娘とその艤装に関する情報を集める様にって、自分の部下とその人の相棒になったイオドに情報収集を指示したみたい」

 

「……ドイツとイギリス、そして日本はこいつと俺達を戦わせる事で、俺達を味方に引き込もうってハラなんだろうな……。まぁ世界情勢から考えっと悪ぃ話じゃねぇが……、個人的にはこの世界の現状を打破する為の重要人物だろうと、実際に会った事もねぇ何処の馬の骨だか分かんねぇ様な奴に、偉そうにされんのはどうしても気に食わねぇんだよなぁ……」

 

「その口振りからすると……、その戦治郎さんと言う方を試すつもり……?」

 

「あぁ、そいつの指揮官としての能力だけでなく、他の部分についてもな……」

 

「じゃあそう言う流れを作る為の台本を、僕の方で作っておくよ。後、どうせロッソの事だから演習当日にステゴロで勝負を挑むだろうから、その時は少し手伝わせてもらうよ。なんたって相手は対神話生物用に強化された転生個体だから、ロッソ自身にも何かしらバフを与えてないと勝負にならないだろうからね」

 

「ロッソ……、あまり無茶はしないでくださいね……?」

 

こうして戦治郎の事を知ったロッソは、戦治郎がどの様な人物であるか試す事を決め、ロッソの言葉を聞いたローマ、ニィ=ラカス、リットリオは思い思いに言葉を口にするのであった

 

 

 

因みに今回の件で自身を守る為の粘液が仇となった事を知ったイオッチは、粘液がデータに付着しない様にする方法について護と話し合い、その結果ハッキングの際は護が作り出した特殊スーツを身に纏って作業する事になり、ある事件を切っ掛けにイオッチはデータの海の中で電光超人ならぬ電光超神としてヒーロー活動をする事になるのだが、詳細についてはもっと先の未来で話す事になる模様




イオッチの特殊スーツのモチーフは、SSSS版のグリッドマンとなっております


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イタリアボコる宣言とちょっといい知らせ

時は戻って戦治郎とロッソが対峙した日の夜、戦治郎はいつもの浜辺でいつものメンツに日進の事を紹介し、いつも通りに自主練を行って解散した後、自主練の前に予め連絡を入れておいた戦治郎達の事情を知る艦娘達を自分達の部屋に集めていた

 

そして全員が集まった事を確認すると、戦治郎は今日起こった校長室での出来事について話した後……

 

「カトリーヌに対してのセクハラについて、謝罪するどころかこっちを煽ってくる様な真似をし腐ったので、イタリア海軍との演習では奴らを情け容赦なく、徹底的にボッコボコにしてやろうと思ってんだ」

 

「演習に参加する候補生の皆さんは、戦治郎さんの言う通り手加減無しでやっちゃってくださいっ!!」

 

戦治郎は演習においての自分の方向性について話し、香取に対して行われたセクハラに憤りを感じていた鹿島が、怒りを露わにしながらこの様に続く

 

そうして戦治郎の話を静かに聞いていた艦娘達は、何とも言えない様な複雑な表情を浮かべながらも戦治郎の考えに同意するのであった

 

どうして艦娘達が微妙な反応をしたのかと言えば、今回の事件の切っ掛けとも言える戦治郎の指示で行われた不正アクセスが大体の原因である

 

確かに得体の知れない相手と言うものは、本当に恐ろしいものである。事実転生個体が出現するよりも以前から、この世界の日本帝国海軍は深海棲艦達と戦っており、未知の個体が出て来る度に相手の弱点を探る為に何度も戦闘を行い、多くの犠牲を払いながら弱点を発見し勝利をもぎ取って来ている為、戦治郎が未知の艦娘を恐れ、情報収集の為にハッキングを仕掛ける様に指示を出した事は納得出来ると言えば出来る

 

しかし人の生死が関わる実戦でなら兎も角、たかが演習の為にそこまでやるか?と言う疑問も、少なからず彼女達の中に湧き上がっていたのも確かである

 

尤も、その疑問もイタリア海軍が行ったとされるドイツとイギリスを侮辱する様な手加減によって粉砕され、香取に対するセクハラと煽り行為によって戦治郎の考えに対して肯定的になれる感情が芽生え、最終的には艦娘達は戦治郎の考えに完全にでは無いが同意する事にしたのである

 

「それにしても、イタリア海軍はどうやって護達のハッキングに気付いたのかしら?」

 

「私はイオッチとやらの事は知らんが、護が電子戦において凶悪な力を持っている事は、トラック泊地での一件以降何度か護と交流していたから知っているからな。だからイタリア海軍が護のハッキングに気付く事が出来たと言う話が俄かに信じられん……」

 

「それな、俺もあいつから言われた時からずっと不思議で仕方なかったんだわ。あのコンビのハッキングに気付けるとか、とても信じられねぇってな……」

 

戦治郎の話が終わって間もなくして、イタリア海軍が護達のハッキングに気付いた事が信じられなかったのか、五十鈴と那智が険しい表情を浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎も頭をガシガシと掻きながら同意する

 

と、そんな時である

 

「戦治郎~、いるンゴ~?」

 

突然イオッチが戦治郎のタブレットのUSBポートから飛び出して来て、イオッチの事を初めて見る面々の度肝を抜くのであった

 

「おん?何事ぞ?」

 

「翔からの伝言ンゴ、今度こっちの方でちょっとしたパーティーをやりたいから、食材購入の為に共有資金を少し使ってもいいか?って事ンゴ」

 

イオッチの用件を聞く為に戦治郎が返事をすると、イオッチは何かに期待を膨らませているのか、その身体をテカテカと輝かせながらこの様な事を言い、パーティーとやらの事が気になった戦治郎は、イオッチに詳細について尋ねるのであった

 

イオッチの話を聞くところによると、如何やらこれまで建物はあるが設備が揃っていなかった関係で張りぼて扱いされていた長門屋鎮守府が、空達の頑張りによって必要な設備が整い、泊地を通り越して長門屋鎮守府(警備府)にランクアップしたらしいのである

 

「おぉ……、まだ1年経ってねぇのにそこまで来たのか……」

 

「工期を大幅に短縮出来たのは、輝が建築関係の能力を手に入れた事が大きいンゴ。んで後は航空機の離発着用の設備を整えれば、警備府から鎮守府にランクアップするらしいンゴ。だからその為の英気を養う事と、これまで頑張って来た皆を労う事を目的として、翔がパーティーを開く事を提案したンゴ」

 

話を聞いた戦治郎が思わず感嘆の声を上げ、それを聞いたイオッチがパーティーを開くことになった経緯について言葉を続けると、戦治郎は快く共用資金使用の許可を出すのであった

 

それを聞いたイオッチが、この事を早速翔に伝えるべく戦治郎のタブレットのUSBポートに頭を突っ込もうとした時、戦治郎はイオッチの話のせいで危うく忘れそうになっていたイタリア海軍にハッキングに気付かれた事を思い出し、慌ててイオッチを止めてこの件について尋ねるのであった

 

「……ワイ達の侵入を察知された……?ちょっと信じられない……と言いたいところだけど……」

 

「何か心当たりあんのか?」

 

その事を尋ねられたイオッチは、何やら心当たりがあったのか渋い表情を浮かべながら言い淀み、イオッチの様子を見た戦治郎は少しでもいいから、何かしらの手がかりを手に入れるべく再びイオッチにこの様に尋ねるのであった

 

「ワイ達が撤収する間際、突然イタリア海軍の拠点内にえげつないくらい強大な気配が出現したンゴ……。気配の規模から考えると……、恐らくそいつは外なる神クラスの……、実力……、うぅ……、何か頭が……」

 

「ちょっ!?どうしたのよイオッチッ?!」

 

イオッチが心当たりについて話している途中で突然頭痛を訴え始めると、その場にいる誰もが唐突過ぎる出来事に驚き、戦治郎と大和を除けばこの中では一番イオッチと付き合いがあるであろう瑞鶴が、もがき苦しみだしたイオッチの事を心配し思わず声を上げ、イオッチの下に駆け寄ろうとする

 

「だ、大丈夫ンゴ……。それよりも今のでとんでもない事を思い出したンゴ……」

 

「とんでもない事……?」

 

「それは一体……?」

 

「何じゃろう……?ウチ、何か物凄く嫌な予感がするんじゃが……?」

 

イオッチはそんな瑞鶴を制し、フラフラしながら空中に浮き上がると、全身から脂汗と粘液が混ざり合った液体を吹き出しながらこの様な事を言い、その言葉が気になった磯風、浜風、浦風が思い思いに言葉を口にする

 

「さっきワイが言っていた気配が出現した直後、その気配をまるで監視している様な気配が、爆発的にその存在感を出し始めたンゴ……。そして後から自己主張を始めたその気配の持ち主を、ワイは知っているンゴ……」

 

「ふむ……、イオッチが知ってる神格か……。んで、それは一体誰の事なんだ?」

 

「……ヨグ=ソトース」

 

イオッチが思い出した事について話し、戦治郎が後者の気配について尋ねたところ、イオッチは挙動不審になりながら気配の正体について……、過去に自分の事をアザトース軍に引き込もうとしていた神格の名を口にし、それを聞いた戦治郎と瑞鶴は思わず盛大に吹き出し、大和と五十鈴は驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまうのであった……

 

因みに何故五十鈴まで固まったのかと言えば、彼女は自分の拠点に住み着く文月を崇め讃えるヴルから神話生物に関する情報を得ており、その中でもアザトース、ヨグ=ソトース、ミゼーア、ニャルラトホテプは特に危険な存在であると教えられていたから、この様な反応を見せたのである

 

 

 

「そんなレジェンドクラスの神格と関りがある神格って言やぁ、アザトースやシュブ=ニグラス、無名の霧とかダークネスとかになると思うんだが……」

 

それからしばらくして、何とか落ち着きを取り戻した戦治郎が、ヨグ=ソトース以外のイタリア海軍の拠点に出現した気配の正体を探る様に、自身が知っている神格の名を次々に口にするのだが、イオッチはその全てに対して首を横に振って否定する

 

「その辺りの連中は、相当な事が無い限りアザトースの宮殿から出る事は無いンゴ。だから一番怪しい奴となると……、何かワイの事が気に食わないのか、ワイの事だけ呼び捨てにしてくるシュブ=ニグラスの弟、ニィ=ラカス辺りになると思うンゴ」

 

「血縁的には何か凄そうなんだが、どうもマイナー感の強ぇ神格だな……」

 

「確かに戦治郎の言う通り、あまり名前を知られていない神格かもしれないンゴ。けどこいつは『事象反転』とか言うえげつない力を持ってるから、中々侮れないンゴ」

 

「うん、前言撤回」

 

その後戦治郎とイオッチがこの様なやり取りを交わし、戦治郎はもしかしたらロッソはニィ=ラカスと何かしらの繋がりがあり、演習中にニィ=ラカスの力を借りて何かしら仕掛けて来るかもしれないと言う可能性を危惧し、それに備える為のある物と、ついでにステージで演技を行った後、アンコールがあった場合に備えての衣装を司に作る様に伝えて欲しいと、イオッチにお願いして彼を送り出すのであった

 

尚……

 

「舞台衣装は兎も角、如何してそんなのがイタリア海軍の総司令官を迎え撃つのに必要になるのよ……?」

 

「状況的にはあっちも下手に武器を使えないだろうから、仕掛けて来るとしたらステゴロだと思うんだ。だったらそれも江田校祭の出し物の1つにでもしてやろうと思って、『アレ』を発注した訳よ」

 

イオッチと戦治郎のやり取りを聞いていた瑞鶴が、その内容に思わずツッコミを入れたところ、戦治郎は何かを企んでいるのか不気味な笑みを浮かべながらこの様に返答し、戦治郎の言葉を聞いた瑞鶴は思わず溜息を吐くのであった



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日本帝国海軍の拠点の違い

今回は本題に入る前に、この世界の日本帝国海軍の拠点について触れておこうと思う

 

アメリカを撤退に追い込んだ深海棲艦達が太平洋に進出して来た事を機に、どの国よりも早く艦娘と言う深海棲艦とまともに戦える戦力を得た日本帝国海軍は、太平洋を中心に多くの拠点を構え、通常兵器が通用しない深海棲艦達を迎え撃っていた

 

そんな拠点の名称は、第二次世界大戦中に使われていた拠点の名称に則って付けられており、その種類は大まかに分けると鎮守府、警備府、泊地、基地の4つに分けられる様になっている

 

そんな4種類の拠点がどう違うのか、簡単に説明すると……

 

泊地は元々艦艇を停泊させる事を目的とした場所であり、工廠やドックと言った設備などは備わっていなかったのだが、深海棲艦達の太平洋進出によってその定義が見直され、今では深海棲艦達と戦う為に必要な設備である工廠、ドック、司令部、艦娘寮の4つが最低限備わった小規模な拠点を指すものとなっている

 

次の基地は定義の見直しはされておらず、二次大戦中と同じく航空機用の滑走路や航空管制塔などを備える航空基地の事を指すものになっているが、深海棲艦に通常兵器が通用しない様に、空母タイプの深海棲艦が放つ艦載機や陸上型の深海棲艦が放つ航空機にも通常兵器が通用しない為、それを迎え撃つ為に艦娘を配備する必要がある関係で、一応ドックや工廠が設置されている

 

因みに基地はどちらかと言えば大規模作戦において航空機を使って艦娘達をサポートする事が主な任務であり、海域解放と言った通常任務はあまり回って来る事が無いのだが、真面目な提督が司令官として着任している基地の場合、艦娘達の練度を上げる為に提督が態々作戦司令部に掛け合い、任務を貰って来る事もあるのだそうな

 

そうして任務に就く事となった基地に所属する艦娘達は、基地にある航空機の力を借りて作戦海域に向かい、艤装を装備したまま空挺部隊の如く海上に降下して作戦を開始したり、基地から車などで近くの泊地や海岸に移動し、作戦海域に向かって出撃する様になっているのだとか

 

次に触れるのは警備府……ではなく、恐らく誰もがその名を聞いた事があるであろう鎮守府に触れよう。実際のところ、警備府の事を説明するには鎮守府が如何言った所なのかを前もって知っておいてもらわないと、非常に説明しづらいからである……

 

そう言った訳で鎮守府の説明に移るが、鎮守府は泊地に備わっている工廠、ドック、司令部、艦娘寮の他に、軍学校を卒業して訓練生から新兵になったばかりの艦娘達に対し、より実戦的な訓練を行ったり専門的な知識を教える為の教育を施す設備や、高官の移動や補給拠点から資源や資材を持って来た輸送用の航空機を受け入れる為の滑走路や航空管制塔、深海棲艦達が鎮守府を直接襲撃しに来た際に使用する妖精さん製の防衛設備が備わっており、周辺の泊地や警備府、基地を纏め上げる権限を有している拠点を指すものとなっている

 

因みに先述の防衛設備だが、設備がかなり大規模化してしまう上に思った以上に維持費などのコストパフォーマンスが悪く、まともに維持出来そうなのは警備府くらいの規模がある拠点くらいであるとされている為、全ての拠点に設置する事が出来ないのだそうな……

 

又、日本帝国海軍の総本山である横須賀鎮守府には、上記のものに加えてまだ着任する拠点が決まっていない艦娘達の待機所となる様な設備も備わっており、各拠点で艦娘が建造された場合、此処から該当する艦娘達が派遣されるシステムになっている

 

鎮守府がどの様なものであるか分かったところで、ようやく警備府の説明に移る事になるのだが、警備府と言うものは大雑把に言ってしまえば、教育用の設備と航空機関連の設備を削った鎮守府と言った感じのものとなっている

 

ここで周囲の拠点を纏め上げる権限について疑問に思うところがあるだろうが、大阪にある大阪警備府の場合は、京都に警備府よりも規模が大きい舞鶴鎮守府があり、周囲の拠点を纏めるのは舞鶴鎮守府にやってもらう事になっている為、その権限を有する事無く舞鶴の傘下に入っているが、青森にある大湊警備府の場合は周囲に自分達の拠点より規模が大きいところが無い関係で、鎮守府の代わりとして周囲の拠点を纏め上げる権限を持っている為、権限云々については何とも言えない状態となっている

 

これである程度この世界の日本帝国海軍の拠点について分かったと思うので、此処から本題に戻ろうと思う

 

イオッチが言っていた様に、様々なトラブルに直面しながらも、空達が何とか頑張ったおかげで長門屋鎮守府(張りぼて)は長門屋鎮守府(警備府)にランクアップする事に成功していた

 

当初の予定では今の時期には泊地クラスの規模の拠点を完成させ、残りの半年くらいで防衛設備、飛行場、教育用設備、太郎丸からのリクエストである農場の順で設備を整え、戦治郎達が戻って来る頃合いに鎮守府を完成させる予定だったのだが、輝の能力覚醒とエイブラムスの件で手に入れた油田、そしてイオッチによってボーキサイトの鉱脈が発見された件によって一部の工期が大幅に短縮され、それによって工廠組に余裕が出来た事で防衛設備の設置まで作業が進み、今に至っているのである

 

因みに防衛設備の設置は、本来身体が小さい妖精さん達が広大な拠点の敷地を防衛する為に大型化してしまった兵器を作り、人間達が重機などを使って工廠から設置予定場所まで運び出し、そこからまた妖精さん達が設置作業や全体の制御プログラムを組んだりすると言う手順がある為、どうしても時間が掛かる作業となってしまうのだが、空達が深海棲艦に通用する兵器の製作や設置のノウハウを持っており、重機よりもパワーを持っている者やプログラミングが得意な者もいた事で、防衛設備の開発&設置にはそう時間は掛からなかった模様

 

また、防衛設備の制御に関しては、有事の時に備えて制御プログラムを組んだ護とイオッチの他に、長門屋鎮守府(警備府)全体を1つの建築物と認識する事で、輝の建築物掌握能力を用いて制御する方法も採用されていたりする

 

そう言う訳でこれまで頑張ってきた皆を労う為に、そしてこれから建設する予定がある教育設備や飛行場、更に現在準備を進めている畜産を含む農業に関する設備を整える為の英気を養う為に、翔はちょっとしたパーティーを開く事を思い付き、先日イオッチに頼んで戦治郎にパーティーを開催する事とその予算を共用資金から出して良いかについて許可を取りに行ってもらうのだった

 

そして戻って来たイオッチから許可が出た事と司宛ての戦治郎からの依頼を聞いた翔は、司に戦治郎からの依頼の件を伝えた後、翌日に食堂組の半数を連れてパーティーに出す料理の材料を仕入れに行き、材料の調達を終えるとすぐに皆の朝食と昼食の準備を終わらせ、その日の夜に開催するパーティーで出す料理の下拵えを始めるのであった。その時の翔の様子を見ていた鳳翔とゾアは

 

「翔さん、クトゥルフさんにお料理を出していた時と同じくらいに気合が入っているようですね」

 

「食堂組は扶桑の形代以外あまり建設には関われていなかったからな、その辺りの負い目が翔の中に多少あるみたいなのだ。だから今回のパーティーは自分達の代わりに頑張ってくれた皆の為に、感謝の気持ちを込めて美味しい料理を沢山振舞ってあげたいのだと、翔は思っているみたいなのだ」

 

この様なやり取りを交わしながら、鳳翔は様々な野菜や魚介類、鶏肉やきのこの天ぷらの下拵えを、ゾアは和風、洋風、中華風と、パーティーで出される料理達によく合うスープを多数揃える準備を進めるのであった

 

因みに翔がパーティーを開催する事を告知した際……

 

「ショーシェー達は欠席させてもらうディシュ、地底暮らしのショーシェー達が碌に働きもせずにのうのうと贅の限りを尽くすニート(イオド)に遅れを取るとか、ショーシェー達の沽券に関わるディシュ!その為には一刻も早くタイショーに頼まれている鉄鉱石の鉱脈を発見する必要があるディシュ!!だからパーティーなんかやってる暇は無いディシュ!!!」

 

労働中毒のエイブラムスはそう言ってパーティーの欠席を表明するのだが、翔はこうなるであろう事を既に予測していたらしく、彼らの昼食をいつもより豪華にしておいたのだそうな……

 

そうしている内に時は過ぎていき、パーティー開催の時刻がやって来る

 

パーティーに参加するメンバー達は、会場である食堂に向かう前に入渠施設の浴場で作業中にかいた汗を流した後に食堂の扉を開き、磯風達が訪問した時よりも数段グレードアップした料理が所狭しと並べられたテーブルを目にすると、思わず目を輝かせながら感嘆の声を上げ、それとほぼ同時に襲い掛かって来たそれはそれは美味しそうな料理達が放つ香しい匂いによって、一斉に腹の虫を鳴らす事となるのであった

 

そうして飢えに飢えたメンバー全員が席に着いたところで、翔の頼みで乾杯の音頭を取る事になった空が、戦治郎の要望で設置される事となったちょっとしたライブショーが開けそうな大きさのステージ(戦治郎の私物であるグランドピアノ有り)に立ち……

 

「本来は此処で皆に労いの言葉をかけたりするところなのだろう、実際俺もその為に色々と考えて来たのだが……、そんな事は最早どうでもいいっ!総員、思うがままに目の前の料理達を駆逐せよっ!!乾杯っ!!!」

 

\乾杯っ!!!/

 

此処に来るまでに考えていた挨拶などそっちのけで、空はこの様に言い放つとすぐさま手にしたグラスの中のビールを一気飲みし、グラスが空になるなりステージから跳躍して自分の席へと戻り、それを聞いたメンバーは空同様すぐさまグラスの中身を飲み干し、目を血走らせながら目の前の料理達を殲滅せんとばかりに、箸やフォーク、スプーンなどを手にして料理を食べ始めるのであった

 

「皆よっぽどお腹減ってたんだね……。まぁ相応に身体を動かしてたらお腹が減って来るのは道理だし、この反応は当然と言えば当然か」

 

その様子を見ていた翔はこの様な事を呟き……

 

「いや、その反応はおかしいやろ……」

 

「お腹が減っていたからと言って、ここまで過剰に反応する事なんてそう無いですからね……」

 

「これが神話生物さえも虜にしてしまうと言う、翔さんの料理の魔力なのでしょうか……?」

 

翔の呟きを耳にした龍驤、龍鳳、扶桑の3人は、苦笑を浮かべながらそれぞれこの様な事を口にするのであった……

 

それからしばらくして、誰もが何とか落ち着きを取り戻し、過去を振り返りながら談笑したり、ステージでカラオケ大会を開催したり、翔主催の利き酒を興じたりして参加者全員がパーティーを満喫していたその時、突然食堂の出入口の扉が吹き飛び、ステージ上にあった戦治郎のグランドピアノを破壊するのであった

 

その瞬間誰もが警戒心を露わにし、辺りに剣呑な雰囲気が漂い始めたところで、出入口の方から聞き慣れた声が聞こえて来るのであった

 

「タイショーッ!!大変ディシュッ!!面倒臭ぇモン見つけてしまったディシュッ!!!」

 

モリブデン・アーマーを装着したまま食堂に突っ込んで来たエイブラムスがそう叫んだ直後、無表情でこそあるが怒りの気配を纏った空が目にも留まらぬ速さで一気にエイブラムスの懐に潜り込み、必殺の光速正拳突きを繰り出してエイブラムスを豪快に吹き飛ばしてしまうのであった……



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問題になる前に潰す

パーティーが盛り上がっている最中、陽炎のペーガソスとそう変わらないサイズのモリブデン・アーマーを纏ったまま食堂に突撃し、即座に空に殴り飛ばされてしまったエイブラムスは、その後空に無理矢理モリブデン・アーマーから引きずり降ろされ、食堂の床に思いっきり叩きつけられ、更には頭を尋常では無い勢いで踏みつけられるのであった

 

如何やらエイブラムスがやらかしてしまった事に対して、空は相当ご立腹の模様……

 

まあエイブラムスがこの様な仕打ちを受けるのは、仕方ない事なのかもしれない……。折角盛り上がっていたパーティーに水を差し、空の親友である戦治郎の私物であるグランドピアノを吹き飛ばした扉で真っ二つにした挙句、ハッキリと面倒臭そうな物を見つけたと、言い換えれば厄介事を持ち帰って来たと言い放ったのだから……

 

ピアノの件については、空達が修理すればいいのではないか?と思うところだろう……。確かに空達はピアノを修理する事は一応可能なのだが、ピアノの調律に関しては長門屋の中でも長年ピアノと触れ合って来た戦治郎にしか出来ない事である為、例え外見や内部を完璧に修理したところで、どうしても実際にそのピアノを演奏した時の音の違いで、ピアノに何かあった事を戦治郎に察される可能性が極めて高いのである……

 

じゃあ新しいものを買って調律師に依頼してしっかりと調律してもらって誤魔化すか?となるかと言うと、そう言う訳にもいかない。何故なら今の長門屋の懐は、メンバーの移動に必要な自動車の購入や、飛行場の完成に合わせて納入される予定となっている輸送用ヘリの購入などによって、少々寂しい事になっているからである……

 

だったらピアノなんか買うなと言いたいだろうが、戦治郎のピアノ演奏や通のギター演奏、剛のトランペット演奏は所属艦娘達の中でもかなり好評で、また聴く機会があったら是非聴きたいと言う者が数多く存在している

 

更に通や剛からも戦治郎とのセッションはやってて楽しいと言う意見もあり、娯楽や士気高揚の観点からも、長門屋鎮守府からピアノを切り離す事が出来なくなっているのが現状なのである

 

それはさて置き……

 

「取り敢えずパーティーを台無しにした件については、これで手打ちとしておこう。それでエイブラムス、お前は一体何を見つけたと言うのだ?」

 

エイブラムスの頭を踏みつけたまま、空が落ち着いた声でエイブラムスにそう尋ねると、エイブラムスは空の踏みつけから逃れようと、全ての足をバタバタさせながらこの様に答える

 

「いでででで……っ!ショ、ショーシェー達が見つけたのは、地下に広がる納骨堂と大量の食屍鬼(グール)ディシュ……ッ!!」

 

その言葉を聞いた直後、納骨堂とグールと言う単語に聞き覚えがあったこの場にいる全員が、一斉にこれらの言葉を教えた張本人、翔の方へと顔を向ける

 

「……間違いなくモルディギアンの納骨堂と、その眷属のグールの集団だね……」

 

何処か複雑そうな表情を浮かべる翔がそう言った次の瞬間、食堂内がザワザワとざわつき始める……

 

モルディギアンはクトゥルフ神話において旧支配者に分類される死を司る神格であり、基本生者には不干渉を貫いてはいるものの、死体を己の供物として喰らい、死者蘇生を自分の供物を横取りする行為として忌み嫌い、もしゾンビの様に死者蘇生によって蘇った存在や、死者蘇生の儀式を実際に行った事がある者が目の前にいたり、納骨堂に納められている自身を崇拝するグール達が集めて来た遺体を持ち出そうとした者を目撃しようものならば、激昂して襲い掛かって来る様な存在なのである

 

そんなモルディギアンが実質ゾンビの様な存在である深海棲艦の事や、黄泉個体や転生個体の事を知ろうものなら、恐らくグール達を引き連れてこの戦争に武力介入しようとする事だろう……

 

特に艦娘として轟沈した後に深海棲艦として蘇り、そこから更に艦娘としての記憶と姿を取り戻す事に成功した黄泉個体など、モルディギアンからしたら逆鱗に触れるどころか引き千切りに来たような存在にしか見えない事だろう……。そして現在長門屋には黄泉個体である扶桑と神通が所属している為、ほぼ間違いなく長門屋はモルディギアンに敵視される事となるであろう……

 

更に言うのならば、舞鶴の由良の実家がある琵琶湖周辺は、グラグラにゾンビにされてしまった住民達が、咲作の力によって蘇りを果たしている。この事がモルディギアンの耳に入ろうものならば、琵琶湖周辺はモルディギアンの襲撃を受ける事になるだろう……

 

問題はこれだけでは留まらない、この世界は表は艦娘ブームによって非常に華やかなものとなっているが、その裏側は欲望と暴力と死の臭いが蔓延している。特に最近はその闇が深くなっていると言う佐世保においては、海や山や市街地の裏路地で行方不明となった者の遺体が発見される事が増えて来ているのだとか……

 

それ以外にも、いつまでも終わらない戦争や軍学校受験の失敗などが原因で、この世界に完全に絶望してしまい、自殺を図る者も少なくはないのである……

 

もしこの事をモルディギアンが知れば、きっと嬉々としてグール達にそれらの遺体の回収を命じ、己が満足するまで行方不明者達の遺体を貪り食う事だろう……。そうなってしまえば行方不明者や自殺者の遺体は遺族の下に帰る事が出来なくなり、遺族達はいつまでも嘆き悲しむ事となるであろう……

 

戦治郎達と行動を共にして来た事で、この世界の本当の姿を知る事になった艦娘達は、翔による神話生物に関する講習で知ったモルディギアンの名を聞いた直後に上記の可能性に気付く事は出来たのだが、相手が相手である為、今の自分達ではどうする事も出来ないであろうと言う考えが頭を過り、不安そうにざわついていた……

 

そんな時だ

 

「これは対策本部案件だな」

 

「……んぐ。放置してると間違いなく後で面倒な事になりそうッスからね、だったら先手を打って問題になる前にモルディギアンを潰しておくべきッス」

 

ようやくエイブラムスを解放した空が、神妙な面持ちになりながらそう言い放ち、それに翔の料理を取り分けた小皿を片手に、口の中に含んでいた料理を飲み込んだ護がこの様に言葉を続けるのであった

 

これにより艦娘達はホッと安堵の息を吐くのだが、神話生物対策本部の長である翔だけは、どこか複雑そうな表情を浮かべながらシゲの方へと視線を向ける……

 

そんな翔の視線の先には、翔以上に複雑そうな表情を浮かべ、何かを思案しているシゲの姿があった……

 

(やっぱり思い悩むよね……、相手が相手だから……。今回の件に関しては、やっぱりシゲには待機してもらうべきなんだろうな……)

 

シゲの様子を確認した翔は、内心でこの様な事を呟くのであった

 

先程も言ったが、モルディギアンは死者蘇生と言うものを心の底から嫌っている。そこに理由や形式は兎も角この世界で転生を遂げた転生個体である上に、クトゥグア達の手によって事故死から復活したシゲが現れようものならば、モルディギアンが怒り狂って襲い掛かって来るのは明白なのである

 

横須賀で資格取得の為の勉強をしていた時、シゲ本人から死者蘇生の事を聞いて知っていた翔は、今回の相手がモルディギアンであると判明した直後から、なるべくモルディギアンを刺激しない様にする為に、今回の件にはシゲを関わらせない様にすべきだと考えていたのである

 

そして先程シゲの様子を見て、翔は自分の考えは間違っていないだろうと思い、シゲを作戦に参加させない様にする為の理由を即座にでっち上げ、空達にそれを伝えようとするのだが……

 

「確かモルディギアンって奴は、目くらましみたいな事してくる奴でしたよね?だったら俺の熱源感知が使えるかもしれないですね。俺の熱源感知は高温だけでなく、低温も感知出来るみたいなんで、それで相手の位置を探れるかもしれません」

 

摩耶の方をチラ見し、先程以上に険しい表情を見せながら思考を巡らせた後、空達に向かってこの様な事を言い放ち、それを聞いた翔は一瞬ギョッとした後、誰にも聞こえないくらいの大きさの声で、シゲに耳打ちするのであった

 

「シゲ、自分が何を言ってるか分かってるの?」

 

「あぁ……、今回俺は引っ込んでおくべきなんだろうってのは、頭ん中では分かってはいんだけどよぉ……」

 

「だったら……っ!」

 

「けどよ……、ここで俺が下がる様な真似をすりゃ、摩耶達に勘繰られっちまう可能性があるだろ……?」

 

「それは……」

 

このやり取りの後、翔は思わず言い淀み、シゲは再び摩耶の方へと視線を向ける

 

モルディギアンの事は翔が講習で教えている為、艦娘達もモルディギアンがどの様な神格であるか把握している。自身の身体を発光させ、相手の目をくらませて動きを鈍くし、隙だらけになったところで相手を丸呑みにする事が出来る為、場合によっては対人戦最強クラスの神格であると言われている事も……

 

そしてシゲが熱源を感知する事で、視覚にそこまで依存せずに相手の位置を正確に特定し、攻撃を仕掛ける事が出来ると言う事も、この場にいる艦娘達全員が知っている事である

 

それ故に、相手の気配をある程度感知出来る空と同じくらいに、相手の位置を把握して相手に有効打を与えられそうなシゲを作戦から外すとなると、誰もがシゲに何かあるのか?と疑念を抱く事になるかもしれない……

 

翔はそれも考慮してシゲを作戦に参加させない理由をでっち上げたのだが、それだけでは艦娘達の中に湧き上がる疑念は完全には払拭出来ないかもしれないと、心の何処かで思っていた。そんな考えがあったが故に、若干不安の色も見え隠れするものの、摩耶(大切なもの)を守りたい、厄介事に巻き込みたくない、これ以上不安にさせたくないと言う強い意志を宿したシゲの瞳を見た時、その瞳の力強さに心を揺さぶられ、シゲをこの作戦に関わらせない様にする事を諦めるのであった

 

その後、話し合いの末納骨堂に向かうメンバーは、メインアタッカーになりそうな空とシゲ、案内役のエイブラムス、交渉が出来そうだった場合の交渉担当として翔、そしてサポート要員として護とイオッチの計4人+2柱と言う事になったのだが……

 

「……イオッチは何処に行ったんッスか?」

 

出発直前になって、イオッチが食堂どころか長門屋鎮守府(警備府)の敷地内にいない事が発覚し、結局空達は先程のメンバーからイオッチを除いた4人+1柱で向かう事になるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、イオッチが何処にいたかと言うと……

 

「うっほおおおぉぉぉーーーっ!!!こっれ超やべえええぇぇぇーーーっ!!!もう痺れるくらい全身に力漲って来るうううぅぅぅーーーっ!!!」

 

「本番はもっと魔力を注入するンゴ、でないとこれと同じ事をやって来る可能性があるイタリア海軍の総司令官に太刀打ち出来ないかもしれないンゴ。だから今の内に身体を馴らしておくンゴ」

 

「合点承知の助っ!!!」

 

ハッキングを感知されてしまった事に負い目を感じていたイオッチは、頃合いを見てパーティーを抜け出した後、戦治郎と共にニィ=ラカスの力を使って来るかもしれないロッソを打ち負かす為の特訓を、戦治郎達がいつもトレーニングの際に使っている浜辺で、艦娘達とのトレーニングの後に密かに行っていたのであった



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納骨堂の主

モルディギアンが問題を起こす前に釘を刺しに行く事になった空達は、先程空の手によって修復されたモリブデン・アーマーを装着したエイブラムスの案内で、モルディギアンがいると思われる件の納骨堂へと向かった

 

因みに納骨堂がある場所は、長門屋鎮守府(警備府)の工廠の地下にある大黒丸のドックより深く、イオッチが見つけたボーキサイトの地下鉱脈よりも浅い位置にあった為、空達はその存在に今まで気付く事が出来なかった様である

 

尚、その道中で空達は土器や青銅器など、恐らく邪馬台国があった時代に作られた代物を数多く発見していたりするのだが、結局モルディギアンが引き起こす問題を阻止する事を優先し、それらを全て無視して歩みを進めるのであった

 

さて、穴を掘った張本人(?)であるエイブラムスの案内を受けた空達は、大して時間を掛けずに目的地である納骨堂の入口に到着し、もしかしたら何かしらの攻撃があるかもしれない事を考慮し、このメンバーの中で最も強い空が、納骨堂の中から感じる気配にすぐに発見されてしまわないよう細心の注意を払いながら、壁から少しだけ頭を出して注意深く中の様子を窺う

 

「ふむ……、中には結構な数のグールがいるな……。恐らく納骨堂に納められた人々の遺体を守る為なのだろう、全員が武装している……」

 

「どれどれ~……、うっわぁ~……、ラウンドシールドに棍棒にブロードソード……、胴は薄っぺらいブレストプレート……、時代錯誤も甚だしい装備ッスね~。これなら自分達の手持ちの射撃武器だけで如何にか出来そうッスね」

 

中の様子を見た空がそう言うと、好奇心を抑えられなかった護が空に続く様にして納骨堂の中を覗き見し、グール達の装備が明らかに中世ヨーロッパで使用されていた様な代物であった事を確認すると、ニヤリと悪い笑みを浮かべながらこの様な言葉を口にする

 

「確かにグール達の装備の見た目はアレだけど、モルディギアンが何かしらの魔法をかけて強化してる可能性もあるから油断はしない方が……、って何で最初から戦う気満々なのさ……。戦うって選択肢は交渉が決裂した時の最終手段だって、道中で話してたでしょ……」

 

そんな護の言葉を聞いた翔は、最初は護の言葉に釣られる様にグール達を警戒しながらこの様な事を言うのだが、途中で先ずは翔が中心となってモルディギアンと交渉を行い、双方の血が流れる量を少しでも減らそうとしていた事を思い出すと、呆れ返った様子でこの様に言葉を続けるのであった

 

そう、翔は最初からモルディギアン達を武力制圧し、脅迫する形で相手を制御しようとは考えておらず、あくまでそれは先程も言った通り交渉が決裂した時の最終手段であり、先ずはモルディギアンに地上に無闇に出てこない様にと交渉をするつもりなのである

 

その事を思い出した翔は、手筈通りに空だけを護衛に付け、残りの2人と1柱には挟み撃ち対策として入口の陰に待機してもらい、納骨堂の中に入って行くのであった

 

そして……

 

「あの~……、ちょっといいですか?」

 

「ん?誰だアンタら……、此処に何しに来た?いや、それ以前に如何やって此処に来たんだ?」

 

翔は近くにいた武装グールに恐る恐る声を掛け、翔に声を掛けられた事で彼と空の存在に気が付いたグールは、2人を警戒する様に手にした武器を構えながらこの様に尋ねて来る

 

「実は……」

 

それに対して翔は少し怯える様な素振りを見せながら、現在の世界情勢などについて話した後、それを踏まえて自分達が彼らの主であるモルディギアンと交渉する為に此処に来た事を告げるのであった

 

尚、翔が少し怯える様な素振りを見せていたのは、相手を持ち上げる事で調子に乗せ、ある程度交渉を有利に進められる様にする為の演技であり、本心ではグール達に対して一切恐怖心を持っていなかったりする

 

さて、こうして翔から話を聞いたグール達だが……

 

「地上やべぇじゃん……、それ聞いたら此処から出たくなくなったんだが……?」

 

「最近自殺者が増えたな~って思ってたけど、そう言う事だったのかよ……」

 

「ちょっとぉ、それマジでどうにかしてくんない?こっちはそのせいで仕事量滅茶苦茶増えちゃってるんですけどぉ?」

 

「旧支配者の動きが活発になってんのは知ってたけど……、まさか外なる神まで飛来してんのかよ……。今の地上最悪過ぎんだろ……、命が幾つあっても足りねぇよ……」

 

「待てお前ら……、さっきこいつは海上がメインの戦争が起こってるって言ったよな……?」

 

「……え?もしかして俺達……、その戦争の戦死者の死体も回収しなくちゃいけなくなんの……?」

 

「舟漕いで海の上移動して、死体回収の為に素潜りせにゃならんのか?」

 

「それだけならまだしも、もしかしたらその深海なんたらと俺達が見間違われて、艦娘とか言う人間達に攻撃される可能性も……」

 

「最悪、その深海棲艦からも襲われるかも……?」

 

その表情を引き攣らせ、こんな調子で不安そうに騒めき、そして……

 

\今の地上に関わりたくねぇっ!!!/

 

誰もかれもが声を揃え、今の地上と関りもを持ちたくないと叫ぶのであった

 

グール達がこの調子ならば、もしかしたらモルディギアンとの交渉も上手くいくのではないか?そう考えた翔がグール達にモルディギアンを呼んで来る様に頼んだその直後である

 

「一体何の騒ぎでゲスか?」

 

納骨堂の奥からまるで顔の無い芋虫の様な黒い大きな何かが姿を現し、翔達の目の前までズルズルと這う様にして寄って来るのであった。そしてそれは翔達の目の前に辿り着くと、蛇が鎌首をもたげる様に上半身を起こし、その上半身を目が付いていない人間の上半身へと変化させるのであった

 

そう、彼こそがこの納骨堂の主、旧支配者のモルディギアンなのである

 

こうして目当ての神格であるモルディギアンと邂逅した翔が、緊張した面持ちで息を呑むその傍らで……

 

「語尾が三下臭いな……」

 

「空さんっ!シーッ!!」

 

空はモルディギアンの語尾に反応して思わずこの様な感想を呟き、それを聞いた翔はすかさず空の口を手で塞いでそれ以上空に発言させない様に彼を制するのであった

 

その後、翔は改めて自分達が此処に来た理由を話し、モルディギアンに彼の供物となる人間の死体の代替品として自分の料理を提供するので、地上にある死体をこれ以上持ち去らない様にし、地上での戦争に関与しないで欲しいとお願いするのであった

 

「なるほどなるほど……、今の地上はそんな事になっているんでゲスねぇ……。まさか外なる神までもが地球に飛来し、好き勝手しているとは……。そんな状況で供物の回収なんかやってたら、とんでもない損害を被る事になりそうでゲスなぁ……」

 

翔の話を聞いたモルディギアンが、顎に手を当てて考える様な素振りを見せながらこの様な言葉を口にすると、翔は交渉が成功しそうな手ごたえを感じ、内心でガッツポーズをとるのだが……

 

「まあ尤も?オレッチはお前達が言っている事を、これっぽっちも信じちゃいないんでゲスけどねぇ」

 

「……え?」

 

続くモルディギアンの言葉を聞いた直後、翔はその内容に思わず驚き、目を丸くしながらモルディギアンの方へと顔を向ける

 

「その顔……、如何して自分達がオレッチに信用してもらえないか分からないって顔でゲスねぇ……」

 

「悪いが俺にはサッパリ分からん、是非ともその理由を教えてもらいたいものだな」

 

そんな翔の表情を見たモルディギアンが、不気味な笑みを浮かべながら己の顔を翔の顔のすぐ近くまで近づけてこの様な言葉を口にすると、そのやり取りを翔の傍で見ていた空が、納得いかないと言った様子でこの様に尋ねると、モルディギアンはその姿勢のまま空の方へと顔を向け、次の様な言葉を口にして場を凍らせるのであった

 

「お前の方は本当に知らないみたいでゲスな……、だったら教えてやるでゲス。オレッチがお前達の事を信用出来ない理由は、オレッチの納骨堂に死者蘇生の魔法で蘇りを果たした人間を連れて来たからでゲス。ほら、そこにいるはずでゲス、納骨堂の入口付近に……、2人いる内の立っている方でゲス」

 

そう言ってモルディギアンは納骨堂の入口の方を指差し、それに釣られる様にして翔と空が入口の方へと顔を向けると、そこにはしゃがんだ姿勢で納骨堂の内部の様子を窺う護の頭があった……

 

「……へ?」

 

モルディギアンの言葉を聞いた護が、間抜けな声を上げながら自身の後方にいる人物の顔を見る為に、しゃがんだまま見上げる様に後ろを振り向く様子を見て、空は護の後方に誰が立っているのかすぐに気付き、翔もその表情を強張らせるのであった……

 

「……やっぱ死を司るだけあって、その辺はお見通しって事かよ……」

 

「臭いで分かるんでゲスよ、臭いで。お前からはオレッチが大嫌いな臭いが、そりゃもうプンプンするんでゲスよ……」

 

その直後、入口の陰に身を潜めていたシゲが、神妙な面持ちを浮かべ、この様な事を言いながら納骨堂へと入って行き、シゲの言葉を聞いたモルディギアンはこの様に返事をしながら、今しがた納骨堂へ入って来たシゲの下へ這う様にして近付いて行くのであった……

 

「シゲ……、こいつが言っている事は本当なのか……?」

 

そんなシゲの様子を見て、空は信じられないと言った様子でシゲに向かってこの様に尋ね、それを受けたシゲは声を出さずに、静かに首を縦に振ってその言葉を肯定するのであった……

 

「さて……、さっきの口振りからすると、如何やらお前はオレッチがどんな神格か知った上で此処に来ている事になるでゲスなぁ……」

 

「まぁ、そうなるな……。だが俺達にはどうしてもやんなきゃいけねぇ事がある……、だから俺は例えお前との確執が出来ようとも、それを成し遂げる為に覚悟決めて此処に来たんだ……っ!」

 

不気味な笑みから一転し、無表情になったモルディギアンがシゲに向かってそう言うと、シゲは神妙な面持ちのままそう言って戦闘態勢に入ろうとするのだが……

 

「貴様らの都合などどうでもいいでゲスッ!!!1度死んだ身なら大人しくオレッチに供物として喰われるでゲスッ!!!」

 

シゲの言葉を受けたモルディギアンが、そう叫びながらシゲの方へと右腕をかざした次の瞬間……

 

「があああぁぁぁーーーっ!!?」

 

突然シゲが両目を見開き、納骨堂内を震わせる程の叫び声を上げながら、ビクリビクリと痙攣し始めるのであった

 

シゲの身に何が起こったのか分からず、翔達が動揺し立ち尽くしていると、モルディギアンが燃え滾る怒りを露わにしながら、シゲに負けない様な声量で叫ぶ……

 

「お前の様な奴には、肉体と魂を無理矢理引き剝がされる激痛に大いに苦しんでもらい、己の肉体と大切な仲間達がオレッチに喰われる様子を見て絶望してもらうでゲスッ!!!」

 

その直後、モルディギアンの身体から何もかもを凍てつかせてしまえそうな程に冷たく、直視しようものならば忽ち失明してしまいそうな程に眩い光が放たれ始め、空達は思わず目を閉じてモルディギアンから顔を背けるのであった……

 

「どうでゲスか~?お前の大事な仲間は、皆顔を背けてお前を助けようとはしないでゲスよ~?苦しいでゲスか~?悲しいでゲスか~?」

 

生きたまま全身の皮と言う皮を剥がれる様な激痛に苦しむシゲに向かって、モルディギアンはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながらそう言うと……

 

「お前の存在はオレッチにこれ以上の苦痛を与えてるんでゲスッ!!!それが分かったら無駄な抵抗はせず大人しく肉体から魂を引き剝がされるでゲスっ!!!」

 

一拍置いた後、激情の限りにそう叫ぶのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんの三下野郎っ!!ウチの未来の幹部に何し腐ってやがんだゴラァッ!!!こうしちゃいられねぇっ!!シゲを助けにいくぞっ!!!」

 

その様子を自室の執務机で見ていたクトゥグアは、シゲが絶望的な状況に置かれた事を知るや否や、そう言って自室を飛び出して以前シゲをドリームランドに連れて行く際に使用したゲートを利用し、シゲの下へと駆け付けようとするのだが……

 

「ハンムラビッ?!」

 

クトゥグアがゲートを潜ろうとした直後、クトゥグアの身体は見えない壁の様な物に激突し押し戻されてしまうのであった……

 

「な、何だこりゃ……っ!?」

 

ゲートを塞ぐ見えない壁の存在に気が付いたクトゥグアが、そっとその壁に触れた直後、クトゥグアはその壁から壁を作り出した存在の気配を感じ取り、思わず飛び退く様にして壁から離れ……

 

「何でおめぇがこんな事を……?」

 

驚愕しながらこの様な事を呟いたのであった

 

こうしてゲートが使えない事が分かったクトゥグアは、シゲの事が心配になりその場でシゲの様子を観察する為に作り出した魔法を使って納骨堂の様子を窺うのだが、そこには信じられない光景が広がっていたのであった……

 

その光景を目の当たりにしたクトゥグアは……

 

「一体何を企んでいるって言うんだっ!!?ミゼーアアアアァァァーーーッ!!!」

 

この光景を作り出した張本人(?)であるとされ、クトゥグア邸のゲートに見えない壁を作り出した存在であるヨグ=ソトースの宿敵にしてティンダロスの大君主である外なる神クラスの神話生物、ミゼーアの名を叫ぶのであった……

 

そんなクトゥグアの目の前には、魔法によって納骨堂の様子が映し出され、その中に只ならぬ気配を発し、モルディギアンの放つ光をその拳で空間ごと引き裂いて無効化しながら、只々一方的にモルディギアンを殴り続ける空の姿が存在していた……



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ティンダロスの大君主

クトゥグアがほんの僅かに目を離している間に、納骨堂で一体どの様な事があったのかについて、少し時間を撒き戻して触れていこうと思う

 

モルディギアンがシゲに攻撃を仕掛けた直後、彼の身体からは直視してしまえば即座に失明してしまいそうな程に眩く、一切の慈悲すら感じとる事が出来ない程に冷酷な光が放たれ始め、それによって翔達は碌に身動きが取れなくなってしまうのであった

 

「このままじゃシゲが危ないっ!!」

 

「分かっているっ!!だがしかし……っ!!」

 

この冷たい光に対しての抵抗手段を持っていない翔が、光を目にしない様強く瞼を閉じてモルディギアンから顔を背けて俯き、焦りを滲ませた声でそう叫んだ事に対し、同じく焦りが混じった声で空が返答したその直後、中々に強烈な打撃音と短い悲鳴が翔の耳を打つ

 

「すまねぇ……、本当にすまねぇ……っ!!」

 

「こうなった以上、俺達はボスに従うしかないんだ……っ!!」

 

「ボスは居場所がねぇ俺達に、この納骨堂って居場所を与えてくれたんだ……っ!!」

 

「そんなボスに、俺達は如何しても逆らう事が出来ねぇんだ……っ!!」

 

そんな事を口々に言いながら、モルディギアンの眷属であるグール達は、モルディギアンの魔力が注入されている事で光の影響を受ける事無く、震える手で武器を握り締めて翔達に襲い掛かっていた

 

そう、先程の打撃音と悲鳴は、襲い掛かるグール達の気配を感じ取った空が、拳でグールを殴り飛ばした時の音と、空の拳の直撃を受けたグールの悲鳴だったのである

 

これから分かる通り、相手の気配を感じとる事が出来る空は、モルディギアンの命令で翔達に襲い掛かって来るグール達の相手をするので手一杯で、シゲを助け出しに行く事が出来ない状態となってしまっているのである

 

更に強力なレーダー持ちである護はと言うと……

 

「んぎゃあああぁぁぁっ!!!あんの光、電磁波にも赤外線にも干渉して来やがるッスッ!!!これじゃあレーダーが使い物にならねぇッスッ!!!」

 

HMDのむせるくんのおかげで光を直視せずに済んだものの、その光のせいで肝心要のレーダー類が全て無効化されてしまい、お得意のミサイル攻撃も使用する事も出来ず、むせるくんに表示されている映像も件の光が原因で真っ白になっているせいで、フレンドリーファイアが発生する可能性がある能力を使った電撃攻撃や、ゲーリュオーンやケンタウロスを用いた射撃も行えずにいたのであった

 

(絶体絶命か……、この俺がいながらこのザマとは……っ!)

 

そんな危機的状況の中、空は翔に襲い掛かろうとしていたグールを回し蹴りで蹴り飛ばしながら、苛立ちを募らせながら内心で独り言ちる

 

翔鶴と戦治郎が絡まない限り、大抵の事はある程度冷静に処理する事が出来る空が、何故この様に苛立っているかと言えば、パーティーの件も理由の一部に入っていたりもするが、その大半は己の不甲斐無さに対しての怒りなのであった

 

モルディギアンがシゲが1度死んだと言う事実を告げ、それをシゲが肯定した時、空はシゲの死因が桂島での墜落事故である事にすぐに気が付いたのだ

 

そして自分の監督不行き届きのせいでシゲを死なせてしまった事に、これまでに無いくらいの後悔と共に、自身に対しての激しい怒りを覚えたのである

 

それに追撃を加える様に、黄泉帰りを果たしてまで自分達について来てくれているシゲが、モルディギアンによって蹂躙されると言う状況に陥り、自身は取り巻きの相手ばかりして一向に助けに行けない事に、空の怒りは爆発寸前になっていたのであった

 

しかしそれでも、空はその怒りをグール達にぶつけようとはしなかった

 

いつもの空ならば、敵対する相手には容赦なく攻撃を仕掛け、その肉体を易々と破壊してしまうところなのだが、今回の相手であるグール達に対してだけは、そう言う気分になれなかったのである

 

恐らく空の中で、嫌々ながら攻撃を仕掛けて来るグール達の姿が、行き場が無かったところを戦治郎に拾われたと言う自分達長門屋の面々と被ってしまった事が、空の攻撃の手を緩める原因となってしまっているのだと思われる

 

(どうすればいい……っ!?どうすればこの状況を打破出来る……っ?!)

 

そんな空が苛立ちのせいで冷静さを欠いた頭で、必死になって状況を打開する為の策を考えていたその時である

 

『お~お~、随分必死になって悩んでんなぁ……』

 

不意に空の頭の中に聞き覚えの無い声が響き渡り、それに気付いた空はすぐさま思考を中断し、いつでも動ける様に警戒体制へと移行する

 

『まぁそう警戒すんなって、俺はお前にこの状況を打破する為に、力を貸してやろうって腹積もりなんだからよぉ』

 

(何……?)

 

その直後に聞こえて来た声に、空は不審に思いながら内心でそう呟く

 

『その為には取り敢えず、目ぇ開けな。先ずはそこからだ』

 

(いや、そうすればモルディギアンの光が……)

 

『それなら安心しな、此処には奴はいねぇからな』

 

このやり取りの後、空は疑問を感じつつ、声の主の言葉に従って閉じていた双眸を開き、辺りの光景を目の当たりにすると、思わず目を見開いて愕然としてしまうのであった……

 

空の目に飛び込んで来た光景は、今まで空がいた納骨堂の中でもなければ、見知った長門屋鎮守府(警備府)の風景でもない、それどころか周囲にある全ての物が異様な角度を持ち、距離感や時間の感覚までもが正常に働かず、更にはそこかしこから何か禍々しい気配を感じる様な、そんな異様な空間だったのであった

 

一体何が起こったか分からず、空が混乱しながら状況を把握しようと辺りをキョロキョロと見回していたその時

 

「俺が統治する異空間『ティンダロス』へようこそ。歓迎するぜ、石川 空さんよぉ」

 

突然頭上から先程の声が聞こえ、それに気付いた空は急いで正面の頭上を見上げ、そこに存在するものを見て絶句するのであった……

 

そこにあったのはあまりにも巨大な狼の頭……、その大きさは間違いなく現在の長門屋鎮守府(警備府)よりも大きかった……

 

「ティンダロス……、統治……、まさかお前は……っ!?」

 

「おぉっと、そっから先は自分で言わせてもらうぜ?自己紹介はそっちの礼儀みたいなもんなんだろ?」

 

先程の言葉からこの巨大狼の正体に気が付いた空が、その名を口にしようとしたところで巨大狼がそれを制し、一呼吸おいてから巨大狼は己の名を口にする

 

「俺の名はミゼーア、異空間ティンダロスの大君主にしてヨグ=ソトース(触手付き虹色シャボン玉)の宿敵とされる存在だ」

 

ミゼーアが名乗ったその瞬間、空の全身から脂汗が噴き出し、闘争本能が全力で逃げろと警鐘を煩いくらいに鳴らし始める……

 

(一目見て分かった……、こいつは御大とは比べ物にならない程に強い……、今の俺が戦いを仕掛けたところで、成すすべもなく蹂躙されて無様を晒すだけだ……)

 

ミゼーアが纏う気迫を感じ取った空は、内心でそう呟くのであった

 

「んで、俺がさっきお前に力を貸すって言ってた件だが……」

 

「待て、その前に聞きたい。如何してお前は俺の名前を知っている?どうして俺達に力を貸そうとしているんだ?俺達はお前と会うのはこれが初めてのはずだが……」

 

「それを今から話すんだよ、だから黙って聞いてろ」

 

「むぅ……、承知した……」

 

この後、ミゼーアは空に力を貸そうと思い至った経緯について話し始め、空は言われた通りにそれを大人しく聞く事にするのであった

 

ミゼーアが空に力を貸そうと考えた理由……、それはシゲがミゼーアにとって気になる存在であり、そんなシゲを苦しめるモルディギアンの事を、これでもかと言うくらい痛めつけてやろうと思ったからである

 

「シゲが死者蘇生によって蘇りを果たしたってのは、あのモルディギアン(イキリドサンピン)から聞いただろ?その蘇ったシゲはクトゥグア(火の玉小僧)の気配と魔力を身体からバンバン発しながら、このティンダロスを駆け抜けて現世に戻ったんだ。俺はその時のシゲを見かけて、面白そうな奴だったからしばらく様子を観察する事にしたんだ」

 

「クトゥグアの気配と魔力……?」

 

「あぁ、俺もそれが気になって過去に時間跳躍して、シゲが死者蘇生を受けるとこをコッソリ見てたんだが、あいつを復活させたのは火の玉小僧とヴォルヴァドス、それにクタニドの3柱だったんだ」

 

そう言ってミゼーアは、シゲが復活を果たすまでどの様な事をして来たか、そしてクトゥグアの実力と素性について話し、それを聞いた空は事故の後シゲが急激に強くなった原因がクトゥグアの魔力にあると知ると、納得した様な素振りを見せるのであった

 

「シゲが火の玉小僧と真正面からぶつかって、根比べして勝ったって事知ってから、俺は益々あいつの事が気に入っちまってなぁ、何時からかあいつを俺の部下にしてぇって気持ちが芽生えちまったんだわ。これに関しては、火の玉小僧も同じ事企んでるみてぇだがなっ!!!」

 

「……シゲをヘッドハンティングするつもりか?」

 

ミゼーアが豪快に笑いながらそう言った直後、クトゥグアとミゼーアの企みを知った空は険しい顔をしながらミゼーアに尋ねる

 

「ああそうだ、っつっても今すぐって訳じゃねぇ。俺は俺の流儀として、部下にしてぇ奴とは互いが納得するまで全力でぶつかり合って、勝利をもぎ取って下に置くってやり方を貫いてんだ。んで今のシゲじゃ勝負しても俺が勝つ未来しかなくて、どんだけ闘り合ってもつまんねぇだけだかんな。だから俺はシゲが俺といい勝負が出来る程に強くなったその時に改めて果たし状を叩きつけて、俺が勝ったらシゲを部下に、シゲが勝ったら俺がシゲの下についてやろうって考えてんだわ」

 

空の問いに対して、ミゼーアはニヤリと獰猛な笑みを浮かべながらこの様に答え

 

(中々に潔い奴だな……。シゲもこの条件ならば恐らくこの勝負を受け、負ければ約束通り納得してミゼーアの部下になるだろう……)

 

ミゼーアの返事を聞いた空は、複雑そうな表情を浮かべながら内心でそう呟くのであった

 

その後、ミゼーアはシゲを観察していた事で長門屋の面々の事を覚えた事を伝え……

 

「そんで話は戻って、俺は俺のお気に入りであるシゲを苦しめるイキリドサンピンを、立場を分からせる為にボコにしてやりてぇと思ったんだが、如何せん身体がデカすぎて納骨堂に姿を現そうものならば、お前ら全員を俺の身体で押し潰した挙句、体毛でズタズタに引き裂きかねねぇって事もあって、どうしても手出しする事が出来なかったんだが……」

 

「モルディギアンを此処に引き込めば良かったのでは?」

 

「あんな雑魚を俺の土地に入れたくねぇんだよっ!!」

 

「そうか……」

 

「んで、どうにかしてあいつボコれねぇか?って考えてた時、あのドサンピンに一発ぶちかましてぇって考えてたお前に気付いてな、だったらお前に俺の代わりにあいつボコしてもらおうって思い至って、こうして交渉の場を設けた訳よ」

 

「交渉の場……?」

 

「うっせぇ馬鹿っ!揚げ足取んなっ!!」

 

空に力を貸そうと考えた経緯について話し、それを聞いた空はミゼーアと自分の利害は一致すると思い至ると、ミゼーアと協力してモルディギアンを討つ事を承諾するのであった

 

因みに

 

「何か火の玉小僧があの戦いに介入しようとしてたんだが、あいつにばっかいいカッコさせんのも何か悔しいから、あいつの家のゲートを俺の魔力で一時的に塞いでやったわ。お前ばっかいい思いさせねぇぞってなぁっ!!」

 

空とのやり取りの中で、ミゼーアはこの様な事を言っていたりする……

 

さて、こうして空とミゼーアが協力し、憎きモルディギアンをシバき回す事が決まった訳だが……

 

「それで、お前の力を借りると言う件だが……、具体的にどうするつもりだ?」

 

「先ずお前に俺の魔力を込めた体毛を1本打ち込む、そうすりゃお前の身体ん中に俺の魔力が注入されてお前の戦闘能力は飛躍的に上昇する、お前が持ってるクロム・ドラゴンスーツの比じゃねぇ位にな。んでもって少しくらいなら魔力を基に俺の能力も使える様になるから、それを駆使してあいつの光をどうにかする感じだな。最後に体毛を打ち込んだらすぐにお前を元いた場所に戻すから、後は好きに暴れてやんな」

 

「クロム・ドラゴンスーツの事も知っていたか……、まあそれは今はいい、それよりも俺に注入する魔力の持続時間は、一体どのくらいなんだ?」

 

「お前らの感覚で大体1分、お前らの身体の限界を考えりゃこれが精一杯だな」

 

空はミゼーアに具体的な手筈について尋ね、それを受けたミゼーアは少々雑な説明で手筈について話し、それを受けた空は了承した旨を伝えるべくミゼーアに向かって頷いて見せるのであった

 

「んじゃいくぜっ!!」

 

「来いっ!!!」

 

この掛け合いの後、ミゼーアの身体から途轍もない鋭さを持つ体毛が1本抜け落ちたかと思うと、禍々しいオーラを纏いながら凄まじい速度で空の首筋に突き刺さり……

 

「ぐぬうううぅぅぅーーーっ!!!」

 

直後にミゼーアの魔力が身体中を駆け巡り、これまでに感じた事の無い力の滾りと高揚感に、空は思わず声を上げるのであった

 

こうして準備が整ったところで、突然空の足元が崩れ去り、落下する空の身体は突如として出現した空間の裂け目に飲み込まれてしまうのであった

 

「行って来い石川 空、シゲの事を頼んだぞ……」

 

空を空間の裂け目を使って元いた場所に送り届けたミゼーアは、今しがた空を飲み込んだ空間の裂け目を見つめながらそう呟くのであった……



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龍神と巨狼の牙

ミゼーアの力の一部を借りてモルディギアンと戦う事となった空は、異空間ティンダロスから艦これの世界に送還されるその道中にて、体の中で暴れ回るミゼーアの力を何とか自身の身体に馴染ませる事に成功し、今は艦これ世界ともティンダロスとも違う異空間の中を、ただ只管落下し続けていたのであった

 

(先程あいつはこの力の継続時間は1分と言っていたが……、どう考えても俺はこの空間を5分以上落下し続けている……。奴が言う1分と俺が感じる1分には、何か大きな違いがあるのだろうか……?)

 

落下中にある程度落ち着きを取り戻した空がそんな事を考えていると、再び空間の裂け目が発生し、その先にはミゼーアにティンダロスに連れ込まれるよりも前に自分がいた、モルディギアンの納骨堂の光景が広がっていたのであった

 

それに気付いた空は、驚異的な反射神経と身体能力でまるで高い所から落とした猫の如く空中で身体の向きを変え、見た者が誰でも思わず見惚れてしまう様な、それはそれは見事なヒーロー着地で納骨堂に降り立つのであった

 

それから僅かな間、空はその姿勢のまま周囲のリアクションを確認しようとその場に佇んでいたのだが、待てども待てども周りからは誰の声も聞こえず、更に言えば物音1つもしていなかったのであった

 

そんな派手な帰還を果たしたにも関わらず、辺りからどよめきも歓声も驚愕の声も聞こえなかった事を不審に思った空が、取り敢えず立ち上がって辺りを見回してみると、そこには今にも自分達に向かって飛び掛かろうとする……、いや、何体かは既に武器を頭上に掲げて跳躍した姿のままピクリとも動かなくなっているグール達の姿や、恐らくモルディギアンの発光を目にして気絶してしまったエイブラムスを叩き起こそうと、モリブデン・アーマーに蹴りを入れた姿勢のまま固まった護の姿、グールを迎撃する為に魔法を使おうとしたのか、将又斬りかかろうとしたのか、腰に差した鼓翼を鞘から引き抜こうとした恰好のまま停止した翔の姿、激痛に苛まれて苦悶の表情を浮かべながら背を丸めて痛みに耐えるシゲと、シゲの背中から生えるシゲの魂と思われる半透明のシゲの上半身、そして激情丸出しの鬼気迫る表情を浮かべ、何かを叫ぶ姿のまま静止するモルディギアンの姿が存在していたのであった

 

(まさか……)

 

この状況を目の当たりにした空は内心でそう呟くと、先ずは自分の腕に付けた腕時計を確認、その後懐からスマホを取り出して時間を確認し、双方の時間が進んでいない事を把握すると……

 

(ミゼーアの仕業と言ったところか……、まあ時間制限があるこっちとしては助かるところだが……、せめて時間停止を行うなら事前に言っておいてもらいたいものだな……。戻って来たところでこの光景を見せられれば、幾ら俺でも流石に驚くぞ……)

 

何処か複雑そうな表情を浮かべながらスマホを仕舞い、表情を引き締めてこの時間停止を利用してモルディギアンに殴りかかろうとするのだが、その直後にピシリと言う何かにヒビが入った様な音が空の耳を打ち、その音に驚いた空は思わずその場に踏み止まるのであった

 

(……時間停止が解除される合図か……?ならば1分の間に、効率良くモルディギアンにダメージを与える方法を……、いや待て……)

 

先程の音の正体について察しが付いた空は、制限時間内により多くの攻撃をモルディギアンに叩き込む方法について考えようとしたのだが、ふとある事を思い出して思考を中断させ、そのある事を試してみる事にするのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっはっはっ!!!俺が思っていた通りだっ!!!お前ならその考えに至れると思っていたぜ空ぁっ!!よし決めたっ!!!シゲを配下に出来たら、次はお前を俺の配下にするわっ!!!」

 

そんな空の様子をティンダロスから空間の裂け目を通して見ていたミゼーアは、空が『ソレ』を成功させるや否や、心底愉快そうに爆笑しながらそう叫んでいたのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が何かしらを成功させた直後、辺りにまるでガラスが割れる様な音が鳴り響き、それを合図に納骨堂の中がモルディギアンの身体から放たれる光に包まれ、彼の眷属であるグール達も一斉に襲い掛かって来る……

 

「……(ふん)っ!!」

 

それに対して、グール達が間合いに入っていないにも関わらず、空は鋭い目つきをしながら掛け声と共に回し蹴りを放つ。するとどうだ、直接蹴りが当たっていないはずのグール達が一斉に後方に吹き飛び、納骨堂の壁に轟音を立てながら激突すると、深く深く壁の中に沈み込み、ピクリとも動かなくなってしまうのであった

 

「今の音は何っ!?」

「ファッ?!一体何事ッスかっ!?」

「グール達を一蹴……っ!?さっきまでは1対1で対処していた筈なのに……?それに奴から溢れ出る力は一体……っ?!貴様っ!!一体何をしたでゲスっ!!?」

 

突然の出来事に驚いた翔と護は、モルディギアンの光と音がよく反響する納骨堂の構造のせいなのか、揃って明後日の方角に向かって驚愕の声を上げ、光の影響を受ける事無く空達の様子を確認出来るモルディギアンは、唐突な空の戦い方の変化と空の身体から漏れ出てくる力に思わず声を荒げるのであった

 

それに対して空は……

 

「やかましい……っ!」

 

モルディギアンに向かってそう言い放った直後、空の姿が突然消え、それに驚きつつも空を捕捉すべくモルディギアンが辺りを見回し始めると、空はモルディギアンの背後から出現し、目の前にあるモルディギアンの首に、延髄を叩き切らんとばかりに回し蹴りを叩き込み、モルディギアンの身体を吹き飛ばしてしまうのであった

 

「ぐはぁっ!?」

 

「この程度で済むと思うなよ……っ!!」

 

短い悲鳴を上げながら吹き飛ぶモルディギアンに向かって、空はそう言うと再び姿を消し、モルディギアンの目の前に出現しては殴りかかり、それによって吹き飛ぶモルディギアンの身体が加速すれば、またもや姿を消してはモルディギアンの目の前に出現して攻撃を加えると言う、中々にえげつない追撃を連続して行い、遂にはモルディギアンを壁に叩きつけるのであった

 

「ゴフ、ゴフ……ッ!!何故……、どうしてオレッチの居場所を特定出来るんでゲス……ッ!?発光はまだ続いているはずでゲス……ッ?!」

 

「教えてやる義理があると思うか?俺の部下を散々苦しめた貴様に対してな……っ!!!」

 

口からどす黒い液体を吐き出しながら、モルディギアンが空に向かってそう尋ねると、空はその質問を一蹴しながら3人に分身し、銀色と金色、そしてほぼ黒に近い紫色のオーラを両腕に纏わせるとモルディギアンを取り囲み、【参式千手観音】と【龍神烈火拳】を合わせた空オリジナルの技、【アジ・ダハーカ=ラッシュ】を叩き込むのであった

 

3つの頭を持つゾロアスターの邪竜の連撃を受けたモルディギアンの身体は、凄まじい勢いで壁を抉りながら頭から天井に突き刺さり、宙吊りになっているところに両サイドから空の分身達が繰り出す投げモーションの代わりに使用者の方が跳躍すると言う、変形の【流星蹴り】を上半身と下半身にそれぞれ受け、モルディギアンは再び黒い液体を口から吐き出すのであった

 

「これでトドメだっ!!モリブデン・アーマーッ!!!」

 

そんなモルディギアンの姿を見た空は、ブレスレットに向かってそう叫びながら跳躍、ライトニングⅡとテキサスを展開するとテキサスをライトニングⅡに連結させ、それを右腕に装着する

 

その直後、空の叫びに反応して自動操縦に切り替わり、気絶したエイブラムスを外に排出して空の下へ駆け付けて来たモリブデン・アーマーが跳躍し、ライトニングⅡとテキサスの上にマウント、8本の脚でライトニングⅡとテキサスを包み込む様にしてドッキングしてしまうのであった

 

そして……

 

「喰らえ……っ!!!」

 

合体したライトニングⅡとテキサスだけでもかなり巨大なのだが、それに更に普通の戦車とほぼサイズが変わらないモリブデン・アーマーまで合体した事で、驚く程巨大化した右腕で空は光速正拳突きを繰り出し、モリブデン・アーマーに取り付けられた巨大なドリルが、ライトニングⅡとテキサスの動力まで使い火花を散らす程の速さで回転しながらモルディギアンの身体に接触すると、瞬時にパイルバンカーの要領でドリルが勢いよく撃ち出され、モルディギアンの身体はドリルの刃に内部をズタズタに引き裂かれながら、亜光速で迫って来るモリブデン・アーマー本体と壁に挟まれてしまうのであった

 

この衝撃によってモルディギアンの身体が叩きつけられ続けた壁は崩壊、更にその後方には直径6m、奥行き数十kmにもおよぶ大穴が開いてしまうのであった

 

その後、地面に着地した空は右腕を勢いよく振るい、ドリルに貫かれたまま痙攣していたモルディギアンの身体を払い落としながら

 

(これがミゼーアの力の一部……、俺達はこれに匹敵するレベルの相手をしなくてはいけない可能性があると言うのか……?)

 

背筋に薄ら寒いものを感じながら、内心でそう呟いていたのであった

 

さて今回の戦い、空はいつも通りに戦っていた様に見えたかもしれない。姿が消えては現れると言うのも、空が凄まじい速度で動いていただけだと思うところだろう

 

しかし実際はそうではない。あの時空は自分の気配をモルディギアンに悟られない様にする為に、ミゼーアの力を使って時空跳躍を行ってモルディギアンとの間合いを詰め、攻撃を仕掛けていたのである

 

ここで疑問に思うのは、ティンダロスの猟犬達の王であるミゼーアの時空跳躍の方法が、猟犬達と同じ120度以下の鋭角がその場に無ければ実行出来ないと言うものだった場合、空はどうやって時空跳躍を行ったのかと言う点だろう

 

これについては、空がとんでもない事をやらかしてくれている

 

この空と言う男、自分の身体に走る赤い光を放つラインの中で、交差して120度以下の角度が出来ているところを起点にして時空跳躍を行ったのである。故に時空跳躍に関しては、かなり自由に行使する事が出来たのである

 

そんな時空跳躍よりも今回の戦闘で空を支えたのは、他でもないミゼーア自身が能力と言ったその力であった

 

さて、そんなミゼーアの能力とは一体どの様なものなのだろうか?それについてミゼーアに尋ねれば、彼は『事象破壊』と答える事だろう

 

咲作があらゆる物を分解、融合させる様に、ニィ=ラカスがあらゆる物の性質を反転させる様に、ミゼーアはありとあらゆる物を……、それこそ時間や空間の概念をも破壊する事が出来、今回の様に時間停止すらやってのけ、力を借りた空はモルディギアンの光が自身に及ぼす影響を破壊する事が出来たのである

 

また、空はこの力を使う事でミゼーアの魔力の使用制限時間の概念を破壊し、空が1分経過したと宣言するか、この戦闘の終わりを自覚でもしない限り、魔力を好き放題使用出来る状況を作り出し、それを見たミゼーアは爆笑しながらその行動とその考えに至った空のクレバーさを称賛していた

 

まあこんな事を言ってはいるが、実際のところミゼーアは猟犬達も使える時空跳躍以外の、外なる神の様な固有能力的なものを持ってはいない。彼はあくまで外なる神に匹敵する力を持つ神話生物なのであって、純粋な外なる神ではないのである

 

ではどうしてこんな能力染みた事が出来るのかと言えば、その答えは若干冗談めかして言えば彼の筋肉から繰り出される暴力と言う名の牙に、ありとあらゆる事象が恐怖して屈服したか逃亡したかと言った感じなのである

 

因みに空がモルディギアンにトドメを刺す際に使用した、モリブデン・アーマーをパイルバンカーとして使用する攻撃も、本来はクロム・ドラゴンスーツを纏っていなければ繰り出す事が出来ない大技だったりするが、それもこのミゼーアの事象を歪める程の力のおかげで、身体にかかる負荷に対する耐性が滅茶苦茶底上げされる事となり、その結果スーツ無しでも使用出来た模様

 

空がモルディギアンを倒した時に発した呟きも、この世界では強大な暴力は時として事象を歪めてしまうと言う事実を知り、恐怖のあまり思わず呟いてしまったものだと考えられる……

 

それはそうとして、空の手によってモルディギアンがボコボコにされた事で、彼が発する光は完全に消失し、それと同時にシゲに仕掛けられた攻撃も解除され、シゲの身体からはみ出していた魂はシゲの身体の中に戻り、モルディギアンの攻撃からようやく解放されたシゲは両膝を地面について蹲り、全身から汗をダラダラと流しながら呼吸を整えていると、やっと身動きが取れる様になった翔が、心配そうな表情を浮かべながらシゲの方へと駆け寄っていくのであった

 

(……その事については後で考えるとして、今はシゲの容態の確認を……っ!?)

 

その様子を見ていた空が、思考を中断してシゲの容態を確認する為に彼の下へ歩み寄ろうとしたその瞬間、空は急に身体から力が抜けていく感覚に襲われるのであった

 

(そうか……、俺が戦闘終了を自覚したからミゼーアの力が消失したのか……。……ん?これは……?)

 

その原因を察した空が内心でそう呟き、自身の身体に異常が無いか確認していると、不意に足元に見慣れない物が落ちている事に気付き、空は警戒しながらそれを拾い上げ……

 

(これは俺に刺さっていたあいつの体毛か……?ふむ……、流石にもうあの時の様な力は残っていない様だが……、もしかしたら何かに使えるかもしれんな……)

 

空は先程拾い上げた物……、力を失って抜け落ちたミゼーアの体毛をまじまじと観察した後、そう呟いてそれを自身の艤装の格納庫に収納すると、再びシゲ達の方へと歩み寄っていくのであった

 

尚、こうして持ち帰られたミゼーアの体毛は、後にクロム・ドラゴンスーツに編み込まれる事になる模様……



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モルディギアンの処遇

「シゲ、大丈夫?」

 

空がモルディギアンを打ち倒した事により、モルディギアンの術による苦痛から解放され全身から滝のように汗を流し、両手両膝を地についてゼェゼェと苦しそうに呼吸するシゲを、抱え起こしながら翔がそう尋ねると

 

「全身がまるで粉砕機に突っ込まれた様に痛ぇ……」

 

「それ、普通だったらショック死するレベルだから……。そんなのに本当によく耐えられたね……」

 

シゲは相変わらず苦しそうにそう答え、それを聞いた翔は表情を引き攣らせながらそう言うと、シゲに肩を貸しながら彼を何とか立ち上がらせるのであった

 

「畜生……、ホント情けねぇぜ……。翔の制止を突っぱねて来ておきながら、結局クソの役にも立たねぇどころか皆の足引っ張っちまった……」

 

「気にしないでシゲ、これは艦娘の皆にシゲが地上に残る理由を、変な勘繰りをされない様にそれっぽく説明する事すら出来なかった僕にも非があるから……」

 

シゲと翔がそんなやり取りをしていると、この戦いの一番の功労者である空が2人の下に歩み寄って来て……

 

「シゲ、無事か?」

 

「大丈夫です……と言いたいところなんっすけど、正直精神的にも肉体的にもかなりきついですわ……」

 

空がシゲに向かって安否を尋ね、それに対してシゲはこの様に答えた後、その表情を曇らせながら俯いてしまうのであった。如何やらシゲは隠しておきたかった自身の死を暴かれてしまった事と、今回の戦いで碌に戦う事が出来なかった挙句、空達をピンチに陥れてしまった事で、精神的に相当参ってしまってる様であった……

 

(俺達を心配させない様に隠していた事を、この様な形で暴かれてしまったのだからな……。シゲがこうなってしまうのも無理も無いか……)

 

「それよりも空さん……、スゲェ大事な事を隠してて、本当に申し訳ありませんでした……」

 

そんなシゲの様子を見ていた空が、誰にも聞かれない様に内心でこの様な事を呟いていると、不意にシゲが心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする

 

「……詳細については地上に戻ってから、俺の部屋で聞かせてもらう。今は調子を戻す事に専念しておけ、でないと今のお前の姿を見た摩耶達が取り乱してしまうかもしれんからな」

 

そんなシゲに向かって空はこの様に返答した後、少しの間モルディギアンとグール達の処遇について翔と話し合い、それが決まると空は翔達にシゲを連れて先に地上に戻っている様にと伝え、護の蹴りで復活したエイブラムスのモリブデン・アーマーの上に横たわるシゲと、そんなシゲがモリブデン・アーマーから転落しない様に両サイドから支える翔と護の姿を見送った後、先程自分が作り出した大穴の奥に転がるモルディギアンの下へゆっくりと歩いてゆくのだった

 

 

 

「まさかこのオレッチが……、こんな醜態を晒す事になるなんて……。あいつの攻撃……、全く反応出来なかったでゲス……。あいつは一体何者なんでゲス……?」

 

大穴の奥では、空のモリブデン・アーマーを使った必殺技である《フルインパクト・ドリル》の直撃で腹に大きな風穴が開いたモルディギアンが、傷痕をゆっくりと再生させながら、先程の戦いを振り返りながらこの様な事を掠れた声で呟いていた

 

モルディギアンがこの様な事を言いたくなるのも分かる、相手が普通の人間だったならば、モルディギアンはその力で終始優位に立って相手を蹂躙する事が出来た事だろう。だが、今回ばかりは流石の対人戦最強クラスの旧支配者であったとしても、相手があまりにも悪すぎたのである……

 

それからしばらくの間、モルディギアンが穴の奥で横たわったまま、譫言の様に空に関する事を呟いていると……

 

「その疑問の答えを教えてやろうか?」

 

不意に聞き慣れない声が穴の中に響き渡り、ボロボロになったモルディギアンは声の主を見つけるべく、警戒する様に視線だけで周囲を見回し始め……

 

「ひぃっ!?」

 

声の主である空が視界に映るなり、思わず短い悲鳴を上げるのだった

 

「どうした?何をそんなに怯えている?」

 

「ぎゃあああっ!!来るなっ!!来るなでゲスッ!!!」

 

そんなモルディギアンの様子を見て、空が無表情のままモルディギアンに向かってそう尋ねると、モルディギアンは必死になってそう叫びながら、まるで世界の終わりを目にした様な、圧倒的な絶望を具現化した様な表情をしながらズルズルと後ずさるのであった

 

まあ空はこんな事を言っているが、実際の所全身に龍気と闘気を混合させたオーラを纏い、モルディギアンに向かってブチ殺すぞとばかりにバチバチに圧を掛けていたりする為、モルディギアンの反応は正しいと言えば正しかったりする……

 

「まあお前がどんな事を吠えようと、俺は一切聞く気は無いがな……」

 

空はそう言いながらモルディギアンの方へと歩み寄り、彼の下に辿り着くとその芋虫の様な下半身を足で思いっきり踏みつけ……

 

「お前の疑問に答える前に、幾つか面白い事を教えてやろう」

 

絶望の色をより濃くするモルディギアンに向かってそう言い放つと、空はミゼーアから教えられた事……、モルディギアンが真っ先に殺そうとしたシゲの蘇生に宇宙ヤクザの親玉であるクトゥグアが関わっている事、そのクトゥグアがシゲの事を大層気に入っている事、更にシゲの復活を見届けた事でシゲに興味を持ち、クトゥグア同様シゲの事を気に入ったミゼーアの存在と、自分が先程の戦闘でミゼーアの力を借りた事をモルディギアンに伝えるのであった

 

「因みに神話生物に好かれているのは、何もシゲだけではないぞ?お前と交渉していた翔と言う男も、クトゥルフ殿をはじめとしたルルイエの神話生物全てと、旧神のリーダーであるクタニド殿と友好関係を築いているし、入口の方にいた護と言う男も、馬が合うからとイオドを相棒にしているぞ」

 

「……」

 

空の話を聞いたモルディギアンは、顔面蒼白になりながら思わず絶句してしまうのであった……

 

空の口から飛び出して来た神話生物の名前については、ほぼほぼ地上に出ていなかったモルディギアンでも知っているものばかりで、その実力についても聞き及んでいるのである。もし仮に此処で空達を殺してしまっていれば、その後自分がどうなってしまうか想像した結果、モルディギアンは言葉を発する事すら出来なくなってしまう程、その心を恐怖に埋め尽くされてしまったのである

 

「そして何よりも、俺自身は修行の一環としてクトゥルフ殿と生身で組手を行う関係でな、おかげで今では彼と互角に渡り合えるくらいの実力を身に付ける事が出来たぞ。実際、その修行のおかげでアトラク=ナクアを倒し、配下にする事に成功したからな」

 

「これ以上追い打ちをかけるのは止めるでゲスッ!!!」

 

そして空のこの言葉により、モルディギアンはただでさえ強いのにミゼーアによってブーストを掛けられた空に、自分が圧倒されて敗北した事に納得すると同時に、先程自分が想像した地獄絵図……、今回の件の報復の為に地上に出たところで、待ち構えていたクトゥルフ達に囲まれて一方的にボコボコにされている様子に、空とアトラク=ナクアの軍勢を追加した更なる地獄絵図を頭の中で完成させ、思わず懇願する様にそう叫ぶのであった

 

「さっき俺は言ったはずだ、お前がどれだけ吠えようが知った事では無いと」

 

空はその一言でモルディギアンの悲痛の訴えを一蹴し、無表情のまま言葉を続けるのであった。具体的にはモルディギアンが翔の話でその存在を知り、グール達に仕留めさせて供物として喰おうとしていた転生個体の中には、空に匹敵……或いは正蔵の様に空を凌駕するほどの実力を持っている者も存在する事を、モルディギアンに伝えたのである

 

こうして空によって地上に出る気力を奪われたモルディギアンが、最初に翔が提案して来た事……、地上をこれ以上混乱させない様にする為に、モルディギアン達には地下で大人しくしていてもらい、それによって供給出来なくなった供物の代わりに翔の料理を提供すると言う案を了承する旨を伝えたところ……

 

「その件だが、先程お前がシゲに攻撃を仕掛けた事で白紙になった」

 

「ファッ!?」

 

思いもよらぬ空の返事に、モルディギアンは思わず驚きの声を上げる

 

そう、先程空が言った通り、モルディギアンがシゲの死の事実を暴露し、挙句の果てにシゲの魂を肉体から強引に引き剝がそうとした事で、神話生物関連の事件の最高責任者である翔がシゲの事を精神的にも肉体的にも傷つけたモルディギアンに怒りを覚え、最初の提案を撤回してモルディギアンに罰を与える事にしたのである

 

そして翔が要求した罰と言うのが……

 

「お前達は今日からアトラク=ナクア同様、俺の配下として俺の指示に従って働いてもらう事になった。再三言うが、お前達が幾ら抗議しようが俺も翔も聞く耳は持たん。お前はそれだけの事をしでかしてくれたのだからな……」

 

空の言葉を受けたモルディギアンは、空にいい様に利用され、逆らえばボコボコにされる自分達の姿を想像し、無表情のまま壁に背を預け、項垂れてしまうのであった……

 

その後、傷痕が塞がったところでモルディギアンは空の命令でその姿をポケモンのゲンガーに変化させ、配下となった証として第二次世界大戦で活躍したアメリカのM4中戦車の通称からとった『シャーマン』の名を与えられるのであった

 

因みにモルディギアンの事をシャーマンと呼ぶのは大体空と翔鶴くらいであり、それ以外の者達はほぼ殆どが、後にシャーマンに与えられる事となる仕事の役職である『駅長』と呼ぶ様になる模様……

 

これが後に艦娘ランドがある鹿児島県の桂島、長門屋鎮守府がある佐賀県鹿島市、佐世保鎮守府がある長崎県佐世保市、陸軍の春日駐屯地がある福岡県春日市、佐伯湾泊地がある大分県佐伯市、鹿屋基地がある鹿児島県鹿屋市を繋ぐ巨大高速地下鉄『マリンメトロ』を統括し、地下鉄開通直後から存在する艦娘ランド直通の路線がある長門屋鎮守府駅の駅長と、空が対巨大神話生物用に作り出す事となる機関車型決戦兵器『マンガン・ライナー』の運転手を務める事となる旧支配者のモルディギアンであるシャーマンと神話生物対策本部の出会いなのであった



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秘密のラボ兼神話生物対策本部本拠地

モルディギアン改めシャーマンを配下に置く事に成功した空が、地上に残った艦娘達に結果報告をする為に先に帰還した翔達と合流すべくシャーマンを連れて地上に戻ると、まるでタイミングを見計らったかの様に食堂の明かりが消え、中から複数の影が出て来るのであった

 

そしてその影達が工廠の方へと向かっている事に気付くと、空はその影達の正体が翔達であると確信し、彼らと同じく自分の部屋がある工廠へ向かうのであった

 

「むっ、空か……、話は翔から聞いているのだ。今回は大変だったみたいだな……、こんな事になるならば我もついて行くべきだったのだ……」

 

「いや、多分お前は残っていた方が正解だったはずンゴ。話を聞いている限りだと納骨堂内部は結構狭くて、お前の本領を発揮出来る様な場所じゃなかったはずンゴ」

 

「ああそうだな、あの場所でゾアに戦闘形態になられてしまうと、その場にいる全員がお前の身体と壁に挟まれ、仲良く圧死していただろうな……」

 

それからすぐに空が翔達に近付くと、空の気配を察知したのか翔達と食堂で合流したと思われるゾアが悔しそうな表情を見せながら空に話し掛け、それにしていつの間にか鎮守府(警備府)に戻り、翔達と合流していたイオッチがこの様に言葉を続け、それを聞いた空はゾアの身体と納骨堂の壁に挟まれ、すり潰されていく自分達の姿を想像しながらこの様に返答するのであった

 

「お疲れ様です空さん、こちらの方はシゲが帰還中に何とか独りで歩けるくらいまで回復してくれたおかげで、艦娘達の不安を煽る様な事にならない様に説明する事が出来ました」

 

「その後は時間が時間だったんで、皆部屋に戻って寝る様に指示を出しておきました」

 

「一応自分のレーダーとシゲの熱源感知を使って、部屋を抜け出してる艦娘がいない事も確認済みッス」

 

空と長門屋所属の神話生物達のやり取りが終わったところで、翔達が空がいない間の鎮守府(警備府)の様子について報告を行い、それを聞いた空は1度静かに頷いてみせた後、翔達と共に大きな音を立てずに自宅に戻る際に使う工廠の裏口から工廠内に入るのであった

 

その後、翔達が空の部屋に入ろうと玄関のドアノブに手を伸ばしたその時……

 

「あぁ、今回使う部屋はそっちではない」

 

\……へ?/

 

空がそう言って翔達を制止し、それを受けた翔達は心底不思議そうな表情を浮かべ、思わず間の抜けた声を出してしまうのであった

 

「そっちじゃないって……、空さんの部屋は此処以外にもあるんッスか?」

 

「うむ」

 

それから間もなく、護が空に向かってこの様な疑問をぶつけたところ、空は頷きながら短く返事をすると、自宅がある方とは逆方向の工廠の奥の壁の方へと歩いて行き……

 

「少し待っていろ」

 

そう言って壁の中に隠してあった埋め込み式のスイッチボックスの様な物の中からUSB端子を取り出し、それを自身のタブレットに接続すると……

 

『生体認識を開始します、パネルに表示された手形に手を合わせて下さい』

 

突如としてどこか翔鶴の声に似た音声がタブレットから鳴り、空はその音声に沿ってタブレットに表示された手形に手を合わせる。するとピンポン!と言うインターホンの様な軽快な音がタブレットから鳴り、それと同時に壁の中から隠されていたエレベーターの扉が出現し、その様子を見守っていた翔達は思わず驚愕し、その中でも工廠で作業する事が多いシゲと護の2人は、この場にいる誰よりも目を真ん丸に見開いて愕然としていたのであった

 

こうして空達は姿を現した隠しエレベーターに乗り込み、空の隠し部屋……、空がクロム・ドラゴンスーツの強化改修や研究の為に使っている秘密ラボに向かう訳だが……

 

「少しだけ此処で待っていてくれ、隠し部屋は上の部屋の様に手入れが行き届いていなくてな、かなり乱雑に物を置いていたりしているものだから、足の踏み場も無い様な状態になっているんだ。だからお前達が入れるくらいのスペースを確保する為に、少し中を片付けて来る」

 

エレベーターが停まるや否や、空がこの様な事を言い残してエレベーターから降り、通路を挟んだ先にある扉の中に入って行き、空から待つ様に言われたシゲ達は、言いつけ通りにエレベーターの中で空が戻って来るのを待つ事にするのであった

 

「片付けか……、一体何を片付けてんだろうな?」

 

「案外上の部屋に置いておけないエロ関係のグッズとかじゃないッスか?翔鶴さん以外にも、アイマスの貴音とか東方の咲夜さんとか、ちょい古い奴だったらローゼンの水銀燈と言った、銀髪キャラのエロ同人とかありそうッス」

 

「ッス~……、有り得ねぇ話じゃねぇな……。翔鶴さん、意外と嫉妬深ぇ人みてぇだったし……」

 

ラボに向かった空の背中を見送ったシゲと護が、こんな調子で空が何を片付けにいったのかについて話しているその傍らでは……

 

『翔……、空が片付けると言っていたのは……』

 

『恐らくクロム・ドラゴン関係の道具一式だろうね……、あれはまだ皆には秘密みたいだし……』

 

空が局長からクロム・ドラゴンスーツの前身となったスーツを受け取っている事や、空がエイブラムスと戦った際、クロム・ドラゴンスーツを装着していた事を知っていたゾアと翔は、テレパシーでこの様なやり取りを交わしていたのだった……

 

因みにこのラボの存在は、建築物掌握能力を持つ輝も気付いてはいるのだが、その事を空に尋ねに言った際、口止め料としてかなりいい値段の日本酒を渡された為、それ以降全くこのラボの事について触れなくなっていたりする

 

それとこれは余談だが、護達の予想は実際のところ割と当たっており、このラボの何処かに設置された電子ロック付きの隠し棚の中には、空の秘蔵の翔鶴関係のエロ同人が大切に保管されていたりする……

 

とまあこんな感じでそれぞれが各々に盛り上がっているところで、翔が想像していたよりも早く、そして何故か早足になりながら空がエレベーターの方へと戻って来る

 

そんな空にシゲが待ってましたとばかりに話し掛けようとしたその時

 

「お前も手伝え」

 

「うげっ!?バレたでゲスッ!!」

 

空はそう言って今まで気配を消していたシャーマンの首根っこを掴んで彼をエレベーターから引きずり降ろし、空に捕まったシャーマンはそう言って短い手足をバタバタと振り回して抵抗するのだが、その甲斐虚しくシャーマンは空に引きずられる様にして連れて行かれてしまうのであった

 

「そういやさっきからずっと気になってたんだが……、さっきのゲンガーって地下で戦ったモルディギアンなのか……?」

 

「うん、シゲにした仕打ちの罰として、彼とグール達には空さんの下で働いてもらう事になったんだ。今回此処に来てもらったのは、初仕事の内容を教える為だね」

 

「空さんの下でッスか~……、ワーホリのエイブラムス達なら兎も角、あいつらにはそれが罰になるんッスかね~?」

 

「その辺は空が提示する仕事の内容次第ンゴ、ワイ達はそれを伝えられたモルディギアンの反応を見て楽しむ事にするンゴ」

 

「イオド殿は相変わらず趣味が悪いのだ……」

 

そんなシャーマンを見送った一同は、何とも言えない様な複雑な表情を浮かべながら、各々にこの様な事を口にするのであった

 

それからしばらくして、再びエレベーターに戻って来た空から付いて来る様にと指示を受けたシゲ達が、空を追う様にしてラボの中へと入ったところ……

 

「タイショーは本当に鬼や悪魔の類ディシュ!こっちの要求には碌に耳も傾けず、自分の都合でショーシェー達を振り回し、下手に逆らえばすぐに殴ったり蹴ったりしてくるんディシュ!!」

 

「お、オレッチ達はとんでもない奴の下に就く事になったんでゲスな……。今から伝えられる仕事って奴は、どれだけ恐ろしい内容になっているんでゲス……?」

 

いつの間にかラボに到着していたエイブラムスが、やらなければいいのに碌でも無い事をシャーマンに吹き込んでおり、それを聞いていたシャーマンは今から伝えられる仕事の内容に恐怖し、ブルブルと震えていたのであった……

 

その直後、空は目にも留まらぬ速さでエイブラムスの下へ駆け寄り、彼にそれはそれは強烈な正拳突きをお見舞いし、それを受けたエイブラムスは悲鳴を上げながら凄まじい勢いで吹っ飛び、その身体は派手な音を立てながらラボの壁に叩きつけられるのだった……

 

「あいつの話を真に受けるな、さっきあいつが言っていた要求というのも、週7で働かせろだの毎日6時間以上の残業をさせろだのといった碌でもないものばかりなんだ。そして俺があいつに手を上げるのは、俺や俺の親友の立場が危うくなりかねない労基違反を犯そうとしたり、さっきの様なパワハラをあいつがやるからだ」

 

「……あいつの話を馬鹿正直に聞いていたオレッチが馬鹿みたいでゲス……」

 

シャーマンを脅すエイブラムスを殴り飛ばした空が、その光景を見て身体を震えさせて怯えながら両手で頭を守る様に押さえるシャーマンに向かってそう言うと、シャーマンは脱力した様に両手をダラリと垂らし、安堵と呆れが混ざった様な表情を浮かべながらこの様に返事をするのであった

 

「さて、馬鹿の躾が終わったところで本題に入ろう。先ずはシゲ、あの事故の後お前の身に一体何が起こったのかについて、俺達に詳しく教えてくれないか?此処なら艦娘達も盗み聞きする為に入って来る事もないだろうからな」

 

「分かりました……」

 

その後、空はそう言ってシゲに桂島での事故の後の事について、ミゼーアから話を聞いて知っているにも関わらず尋ね、それを受けたシゲはその表情を曇らせながら、当時の事を思い出しつつ自身が黄泉帰りを果たした経緯について話し始めるのであった

 

因みに空が何故この様な行動に出たのかと言えば、隠し事をするにあたって発生するその内容が周囲にバレる事への恐怖心や不安を、こうして話す事で少しでも和らげる事と、戦治郎が軍学校でやっている様に秘密を共有する協力者を作り、その者達と協力してより効率よく、より効果的に隠し事を隠蔽する様にする為である

 

そう、それこそ先程空が猫艦載機達やエイブラムスやシャーマンと共に、ラボ内にあったクロム・ドラゴンスーツ関連のアイテムの隠蔽を行った様に……

 

「これが俺が復活を果たした経緯……、俺とクトゥグアの間にあった出来事の全てです……。こんな馬鹿みたいな事で死んじまって、アニキの封印を1つ解除しちまう様な事しちまって、本当に済みませんでした……」

 

空が所々で相槌を打ちながら、翔が心配そうな表情でシゲを見守りながら、護やイオッチを始めとした神格達がその壮絶な内容に愕然としながら、シゲの話を静かに聞いていると、シゲはそう言って話を締めて空に向かって謝罪の言葉を口にしながら頭を下げる……

 

「そうか……、よく話してくれたな……。お前が死んでしまった事については、あの時現場の責任者だった俺にも責任がある。だからお前はそう気に病むな」

「でも……っ!!」

「シゲ……、人の上に立つと言う事は、こう言う事なんだ……」

 

そんなシゲに対して、空が彼の震える方に手を置きながらそう言うと、シゲはすぐさま顔を上げ、空の目を真っ直ぐ見ながら反論しようとするのだが、次の空の言葉を聞くと複雑そうな表情を浮かべたまま黙り込んでしまうのであった

 

そんなやり取りがあり、しばらくの間ラボ内は静寂に包まれていたのだが……

 

「あ~……、ちょっといいッスか?」

 

静寂の終わりを告げる様に、不意に護がそう言いながら発言権を貰うべく挙手をする

 

それにラボ内の誰もが反応し、護の方へと視線を集中させると、護はそれを発言を許可されたものと受け取り、自身の中に湧き上がった疑問を口にする

 

「シゲはクトゥグアのお気に入りだったんッスよね?だったらなんで今回の戦いでクトゥグアはシゲのピンチに駆け付けなかったんッスかね?」

 

それを聞いた空以外の誰もが、ハッとするなりその疑問の答えについて考え始めたその時……

 

「それについてだが……、とある神格がクトゥグアの武力介入を妨害したんだ……」

 

詳細を知る空が複雑そうな表情を浮かべながらそう口にし、それを聞いた誰もが険しい顔をしながら空に視線を向ける

 

空はその表情と視線から、この場にいる誰もが怒りの感情を抱いている事を察するのだが、その神格から力を貸してもらって今回の戦いを収める事が出来た空は、何とも言えない複雑な気分になるのであった

 

「空さんは詳しい事情を知っているみたいですね……?」

 

「ああ……、誰が妨害したのかも、妨害した理由も、その後の行動についてもな……」

 

「その辺りについて、詳しく聞かせてもらってもいいですか……?こっちはその妨害のおかげで、危うくまた死ぬとこだったんっすからね……」

 

ラボ内に剣呑な雰囲気が漂う中、翔が変わらず険しい表情をしながら空に尋ねると、空は重い口調でこの様に返事をし、今度はそれを聞いたシゲが、爆発寸前の怒りを何とか抑え込みながら空にそう尋ねるのであった……

 

(まあ……、この件は情報共有するつもりだったから話してもいいんだが……、この空気の中で話すのは気が重いな……)

 

空は頭の中でそう呟くと、意を決してその神格の名を口にする

 

「その神格の名はミゼーア、ヨグ=ソトースの宿敵にして異空間ティンダロスを統治するティンダロスの王の中の王……、ティンダロスの大君主と呼ばれる外なる神だ……」

 

\はあああぁぁぁーーーっ!?!?!/

 

空の言葉を……、ミゼーアの名を聞いた瞬間、ラボ内が事情を知るシャーマン以外の者達の驚愕の声で震える……

 

「奴はシゲがティンダロスを通過してこの世界に戻っているところを目撃しており、それが切っ掛けでシゲの事を時間跳躍を駆使して調べ上げ、その結果シゲの事を気に入ったそうだ……。そして今回の件では、シゲを苦しめるシャーマンに立場を分からせる為に、俺に力の一部を貸してくれたんだ……」

 

「クトゥグアに続いてなんつー奴に気に入られてんだ俺えええぇぇぇーーーっ!!?」

 

「えっ?!えっ!?!じゃあミゼーアさんがクトゥグアさんの妨害をした理由って……」

 

「シゲの中のクトゥグアの株を上げない様にする為と、今回の件を通して俺達と接点を作る事で今後接触し易くする為だ……」

 

「自分達と接点を作るって……、一体何の為なんッスか……?」

 

「奴はシゲを自分の配下にしたいらしくてな……、シゲが今以上に強くなったその時、奴は互いの立場を賭けてシゲに勝負を挑むつもりなのだと……」

 

「ウソダドンドコドーンッ!!!!!!」

 

「あぁっ!シゲがおかしくなってきているのだっ!!」

 

「さっきの話を聞けば、ミゼーアがシゲに興味を抱くのも頷けるンゴ……。しかしこれは流石に酷過ぎるンゴ……、実力の差が開き過ぎてるンゴ……」

 

「オレッチもこいつのバックにクトゥグアとミゼーアがいるって知ってれば、あんな事しなかったでゲス……」

 

その後、この場にいる者達から飛び出して来る疑問の数々を、空は相変わらず複雑そうな表情を浮かべながら次々と捌いていき……

 

「他に質問はないか?無いならばミゼーアに関する話はこれで締めるんだが……?」

 

質問に答えると言う形であの戦いで空の身に何が起こったのかについてや、ミゼーアに関する事を皆に粗方説明し終えた空が、周りを見回しながらそう尋ねてみたところ、今回の戦いにミゼーアが関わっていた事に大いに驚き、混乱している中で次々と更なる混乱の原因になりそうなネタを叩き込まれ、精神的に疲れ切ってしまった面々は、グッタリしながらこれ以上の質問はないと、空に向かってジェスチャーでそう伝えるのであった

 

因みにこの先ミゼーアと戦う未来が待つ事となってしまったシゲは、ミゼーアの大きさに関する話を聞いた途端、顔色を何処までも悪く……、青やら白を通り越して土気色にしながら目を見開いて硬直していたりする……。まぁ頭だけで長門屋鎮守府(警備府)よりでかく、空の証言でミゼーアが如何なる物理法則や自然法則による拘束も、容易く引き千切り、捻じ伏せ、振り切ってしまうほどの強大な力を、魔力による強化ではなく素の身体能力で持っている事も知る事になってしまった為、シゲのこの反応も当然と言えば当然の事なのかもしれない……

 

「質問は無いようだな、ならばミゼーアに関する話はこれで締めさせてもらう。それで今回の件を顧みて、俺から1つ提案があるんだが……、聞いてもらえるか?」

 

これ以上質問が無い事を確認し終えた空は、これまでの複雑そうな表情から打って変わり、真剣な表情をしながら皆に向かってこの様に尋ね、空から漂う雰囲気から何かを察した面々は、真剣に話を聞く為に空同様真剣な面持ちになりながら居住まいを正し、空の言葉を待つのであった

 

「今回の件で聞けば誰もが不安になってしまう様な、とても公に出来そうに無い話が大量に出て来た訳だが、その殆どは俺達神話生物対策本部にとって見過ごす訳にはいかない話ばかりだった事だろう」

 

この場にいる全員が話を聞く姿勢になったところで、空が皆の顔を見回しながらそう言うと、誰もが空に向かって静かに頷き返す……

 

そう、シゲの死と復活に関する事も、ミゼーアが空達に干渉して来た事も、空の言う通り神話生物対策本部としてはとても看過出来ない事なのである

 

シゲの死と復活の場合、あのミゼーアまでもがシゲに興味を持ったと言う事が、神話生物達の界隈で広く知れ渡る事となってしまえば、恐らく旧支配者だけでなく外なる神までもがシゲに関心を示し、そんなシゲを一目見ようと地球に押しかけて来る可能性が考えられ、最悪の場合ミゼーアの様にシゲを気に入った神格達が、地球上でシゲを巡って争奪戦を勃発させる恐れがあるのである……

 

これに関してはルルイエと人間の架け橋となった翔も他人事と言える立場ではなく、質問大会でその可能性が指摘された時、シゲ共々顔面蒼白になっていたりする……

 

そしてミゼーアが干渉して来た事に関しては、それが長門屋がミゼーアの勢力と協力関係になったと思われ、場合によってはヨグ=ソトースを筆頭としたミゼーアと敵対する存在達に、長門屋が狙われる可能性が考えられるのである……

 

もしそんな事態が発生してしまえば、長門屋鎮守府(警備府)がある鹿島市どころか、地球を飛び越えて太陽系が戦場となってしまい、尋常では無い犠牲者が発生してしまうかもしれないのである……

 

「そして俺達はこれらに関する事や、これらと同レベルの問題が発生した時、何処かで神話生物対策本部として会議をしなければならなくなるのだが……」

 

「食堂でやるのは絶対ダメですね……、あそこは人の出入りが激し過ぎますから……」

 

「会議室も不安ッスね、あそこは盗み聞き対策で防音はしっかりしてるッスけど、使う時はシャチョー達に議事録を提出しなくちゃいけない上に、出撃前のブリーフィングなんかでも使うッスから、シャチョーや艦娘達と鉢合わせしてしまう可能性もあるッス」

 

「工廠もダメだな、スパナ妖精さん以外の妖精さん達に話聞かれて、アニキにチクられちまう可能性もあるし、何より周りが機材だらけで危ねぇし汚ぇしうるせぇし……」

 

空のこの言葉に続く様にして翔、護、シゲの3人が、公に出来ない出来事に関する話し合いをするのに適した場所について考え始める

 

情報を共有する事で協力者を得る事は本当に大切な事なのだが、こと神話生物対策本部が関わる事となる事件に関しては、その殆どが深海棲艦との戦いとは比べ物にならないほど危険な事ばかりである為、幾らメンバーと強い信頼関係を築いたとしても、それ相応の実力が無ければ足手まといにしかならず、下手をすれば他のメンバーにまで被害が出てしまうかもしれないのである……

 

故に翔達は艦娘達を可能な限り神話生物達関連の事件に巻き込まない様に遠ざけ、自分達の力だけでそれらを解決する必要があり、その為にも会議する場所は考えなければいけないのである……

 

「そこでだ、そういった類の話をする場所として、俺のこの地下のラボを神話生物対策本部の本拠地にするのはどうだろうか?此処なら早々誰かが侵入して来る事も無く、安心して今回の様に話し合いが出来ると思うのだが……、どうだろうか?」

 

翔達だけでなくゾアやイオッチまでもが、唸り声を上げながら神話生物対策本部の会議に適した場所について思考を巡らせていたその時、空がこの様な提案をし、それを聞いた誰もが多少驚きながら空に視線を向けるのであった

 

「今までずっと隠していた場所なのに……、良いんですか?」

 

「こんな状況になってしまえば致し方あるまい」

 

驚く翔の問いに対して空はこの様に返答し、空の返事を聞いたシゲ達も空の提案に賛成、その日を以て空のクロム・ドラゴンスーツ研究用の地下の秘密ラボは、神話生物対策本部の本拠地となるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚……

 

「そういやイオッチ、お前は一体何処に行ってたんッスか?」

 

「戦治郎のとこでちょいと特訓してたンゴ、戦治郎はニィ=ラカスと関りがあるイタリア海軍の総司令と戦うハメになっちまったから、その手伝いをしてたンゴ」

 

「待って、ニィ=ラカスって確か……」

 

「……戦治郎から詳しい事情を聞き次第、此処で会議する必要があるかもしれんな……」

 

ふと思い出した様に護がイオッチに何処にいたのかについて尋ねたところ、イオッチが核爆弾クラスの爆弾発言をし、ニィ=ラカスの名を聞いた翔はその表情を引き攣らせ、空は頭を抱えながらそう呟くのであった……



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割と大事な仕事

空の提案で空の地下ラボが神話生物対策本部の本拠地となり、シャーマンとの戦いで空の身に何が起こったのかについて話し終えたところで、空達は少しの休憩を挟んだ後、今後空の下で働く事になったシャーマンの仕事について話し始めるのであった

 

「ウチは働かざる者食うべからずを基本方針にしている、なので俺の下で働く事になったお前達にもしっかりと働いてもらう。それでお前達にやってもらいたい事なのだが、現在ウチはエイブラムスの配下である織り手達の一部を長崎県佐世保市にある佐世保鎮守府に公にならんように秘密裏に派遣し、文月教教徒達と協力して同市の犯罪発生件数の増加の原因を探っているんだが、お前達には九州7県にある陸軍駐屯地の憲兵達と協力し、それぞれの県の犯罪発生件数の調査と犯罪防止の為の巡回、犯行現場に遭遇した際には犯人の身柄の拘束を行って欲しいんだ」

 

「オレッチ達にやって欲しい事は分かったでゲス、けどその前に幾つか聞きたい事があるでゲス。その文月教ってのは一体何なんでゲス?」

 

「まあ、そうなるよね……」

 

空がシャーマンとその眷属であるグール達にやって欲しい事を伝えると、シャーマンは怪訝そうな表情を浮かべながら文月教について尋ね、それを傍で聞いていた翔は思わず苦笑いをしながらそう呟き、シャーマンに文月教について説明すると、シャーマンは口を大きく開けて愕然としてしまうのであった……

 

まあその宗教の教祖が旧支配者のヴルトゥームであり、信仰対象が幼い子供の艦娘であると聞けば、同じ旧支配者であるシャーマンがこの様な反応も已む無しと言える事だろう……

 

さて、ここで空が如何してシャーマン達にこの様な仕事を頼んだ理由について触れていく

 

現在翔達神話生物対策本部は、ヴル率いる文月教と弓取率いる九州地方を担当する陸軍と協力して九州治安維持強化令を発令し、九州の治安維持を図ると共に九州の何処かに潜伏していると思われる、九州の治安悪化の大きな原因と思わしきイゴーロナクを見つけ出すべく、エイブラムスの眷属である織り手達を各地に派遣したり、自分達の手が空いた日を利用して活動しているのだが、中々成果を上げられずにいたのである

 

その最たる原因は、それぞれの組織の人手不足にあった

 

3つの組織の中で最も戦闘力があり、イゴーロナクの居場所を知るであろう犯人達を拘束出来る可能性が最も高い神話生物対策本部は、人数が少ない上に鎮守府(警備府)の仕事があるせいで自由に行動出来る範囲も時間が限られており、中々犯人達に遭遇する機会に恵まれず、戦闘に参加出来る人員もその戦闘力もそこそこある文月教は、凶悪犯罪が多発する長崎県だけで手一杯で他に人員を回す余裕が無い状態となっており、陸軍の憲兵隊は数はいるものの憲兵1人1人の戦闘力が他と比べて低く、事件に遭遇し犯人と戦闘になった場合、重傷者を出しながらも犯人を退けるのが精一杯で、犯人達の身柄の拘束まで至れていないと言った感じになっているのである

 

そう、ここ最近起きている犯罪の犯人達は、イゴーロナクの加護か何かを受けているのか、戦闘のプロである陸軍の兵達を相手にしても引けを取らない程に強いのである。故に犯人の拘束に関しては警察と言う組織がほぼほぼアテにならず、現在警察はここ最近起きている犯罪に関しては、憲兵隊がある陸軍に情報を提供するだけの組織と成り果てていた……

 

因みに佐世保に派遣された織り手達の戦闘力だが、群れを成せばヴルのところの精鋭と同格とかなり強力なのだが、単体では一般人に踏み潰されるだけで死にはしないが行動不能に陥るレベルである為、今回の作戦ではその身体の小ささを活かした単独での諜報活動がメインとなっている織り手達は、戦力として計算に入れられていなかったりする

 

翔達がそんな状況を何とか打破したいと思っていたところで、運命の巡り合わせと言うべきか、シャーマンと彼が率いるグール達が空の傘下に入る事となった為、翔達は彼らの力を借りてこの状況を何とかする事にしたのである

 

「俺の攻撃を受けて尚立ち上がれるほど頑丈なグール達ならば、ヴルが作り出す兵器も問題無く扱える事だろう」

 

「幾ら鍛えていても憲兵隊の人達は只の人間だからな……、下手な艦娘の兵装よりも強力なヴルさんの兵器を生身で使えば、肩外れたりひっくり返って頭打ったりしちまうんだよなぁ……」

 

「そんなグール達が憲兵隊の皆さんと協力すれば、犯人の身柄を拘束出来る確率が上がると思うんだけど……、どうかな?」

 

グールと実際に戦った空がこの様な事を言い、それにシゲが何とも複雑そうな表情を浮かべながらこの様に続き、そこから翔がシャーマンに向かってこの様に尋ねると……

 

「あいつらが大勢の人間達の中に混ざっても問題にならないんでゲスか?見た目とか体臭の問題とかあると思うんでゲスが……」

 

シャーマンはグール達の見た目や、彼らが放つ独特の体臭に関する問題について指摘するのであった

 

確かにグール達の見た目は人型ではあるものの、蹄があったり犬の様な顔をしていたりで、近くで見ればすぐに人間ではないと分かるものとなっており、その体臭もグールが死肉や排泄物を好んで食べる関係上、非常に強烈な臭いとなっている

 

そんなものが人間の集団の中に堂々と紛れ込めば、間違いなく辺りはパニックになる事であろう……

 

「それについてはこちらに考えがある」

 

至極尤もなシャーマンの指摘に対して、空はこの様に返事をして己の考えについて話し始める

 

先ずグール達の見た目に関しては、専用の変装を司に頼んで準備してもらい、体臭対策については雨で濡れたり水洗いしても簡単には取れない臭い消しの香料を開発し、それを変装用衣装に染み込ませると同時に、グール達本体にも塗ってもらう様にするのだとか……

 

それに加え……

 

「服に関しては変装用のものとは別に、グール達の防御力を底上げする為の、変装用衣装の下に着る事が出来る防弾性と防刃性の高い野戦服も準備させよう」

 

「体臭については食生活を変えればある程度抑えられるかもしれないから、僕の方でいい感じのメニューを考えておくね」

 

空と翔がそれぞれこの様な提案をして来た為、シャーマンはグール達の仕事については納得した上で了承するのであった

 

こうしてグール達の仕事が決まったところで……

 

「ところで……、グール達の仕事は決まったでゲスが、オレッチの仕事はどうなってるんでゲス?」

 

まだ自分の仕事を言い渡されていない事を思い出したシャーマンが、不思議そうな表情を浮かべながらそう尋ねると……

 

「お前には此処で集められた情報を纏める仕事をしてもらうッス」

 

「一応ワイと護も手が空いた時には手伝うンゴ」

 

長門屋鎮守府(警備府)の動くデータベースとも言える護とイオッチが、空の代わりにシャーマンの疑問に答えるのであった

 

そう、シャーマンに与えられた仕事とは、自身が率いるグール達や陸軍の憲兵達、文月教の諜報部や護達の手によって集められた情報を纏め上げ、この事件の根源ともいえるイゴーロナクの居場所を特定すると言うものなのである

 

これまでは護達がその仕事をやっていたのだが、鎮守府(警備府)の仕事と掛け持ちする護の負担が大きい事、イオッチも働かないとは言っていたものの、何だかんだメッセンジャーとして飛び回っている事もあり、集中して情報を纏め上げる作業をする時間を中々作れないでいたのである……

 

これでは事件の早期解決もままならない……、そんな話が神話生物対策本部の中でポツポツ挙がっていたところで、今回のシャーマンの加入である

 

「これを使わない手なんて……、何処にも無いッスよね~」

 

「因みに作業場所が此処なのは、作業中のところを誰かに見られて情報が外に漏れる事を防ぐ為ンゴ。まあ扱ってる情報が神話生物関係のものである以上、仕方ない処置ンゴ」

 

「これは責任重大な仕事な気がするでゲス……」

 

シャーマンにこの仕事が与えられた経緯と、何故作業場がこの地下ラボとなっているについて、護とイオッチが説明したところ、シャーマンはゲンナリしながらそう呟いた後、自身の仕事内容を承諾するのであった

 

こうしてシャーマン達はそれぞれ仕事を与えられ、最初こそブツクサ文句を言いながら作業を行う事になるのだが、それも本当に最初だけで、シャーマン達もルルイエの者達同様翔の料理の虜になってしまい、美味い飯にありつく為に必死になって仕事に取り組む様になっただけでなく、特に翔の料理を気に入り供物に見向きもしなくなったシャーマンは、空から与えられる給料の8割(残り2割は空の指示で有事の際に備えての貯金に回している)を、食堂の食事の品質向上の為に毎月投資する様になるのであった

 

尚、これに対して翔はシャーマンに『食堂フリーパス』と銘打った券を渡し、食事の際に厨房にこれを掲示すれば、普通の食堂の料理よりも少しグレードが高い料理を、好きなだけ食べれる様にする事で、己の中に湧き上がるシャーマンに対しての心苦しさを解消するのであった

 

話を戻して、シャーマン達の仕事について話し終えたところで、今回の神話生物対策本部の話し合いは終わる事となり、地上に戻った空が司にグール達の服を作る様に依頼したところ……

 

「その量は流石の俺様でも死にますって……」

 

戦治郎からも依頼を受けている司は珍しく真顔になってこの様な事を言い、それを受けた空は織り手達にも作業を手伝わせると言って、この無茶な依頼を無理矢理押し通すのであった……



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引き籠りがちな特別留学生

空達がシャーマン達を仲間に引き込み、それぞれに仕事を与えたその翌日、舞台は江田島軍学校に戻り、戦治郎は全身の筋肉が上げる悲鳴……所謂筋肉痛に耐えながら、五十鈴と共に軽巡艦娘候補生達の寮の中を歩いていた

 

「戦治郎さん……、本当に大丈夫なの……?」

 

「正直だいじょばない……、日常生活でも戦闘でもあまり使わない様な筋肉が、どちゃくそ痛くて仕方ないんじゃぁ……。でも我慢する、我慢してやるべき事を成し遂げるんじゃぁ……、っつつつ……」

 

全身に襲い掛かる苦痛に戦治郎がその表情を歪め、まるで幽鬼の如くゆっくりと歩みを進めていると、五十鈴が心配と呆れが半々といった様子の表情を浮かべ、戦治郎に向かってそう尋ねたところ、戦治郎は苦悶の表情を浮かべながらこの様に答えるのであった

 

さて、どうして戦治郎がこの様な状態になっているのかについてだが、それは昨晩戦治郎が行った、イオッチとの特訓が原因であった

 

江田校祭の最大の目玉とも言えるイタリア海軍との合同演習の際、ニィ=ラカスと関りがあると思われるイタリア海軍の総司令官であるロッソと、正面切って戦う事になるかもしれないと、先日の顔合わせの時のロッソの行動から予想した戦治郎は、そのきっかけとなってしまった事に責任を感じているイオッチと共に、その戦いに備えて特訓を行っていたのだが、その方法がかなり無茶なものであった為、戦治郎はその反動で全身筋肉痛に苦しめられる事となっているのである

 

それはそうとして、戦治郎達がこの日軽巡寮に来ているのは、件の合同演習に参加する事となっている軽巡の艦娘候補生で、アメリカからの特別留学生であるアトランタと顔合わせをする為である

 

彼女の事について少し触れると、彼女は戦治郎達が舞鶴鎮守府に研修に行っている間に、ジョシュアから言い渡された任務を遂行する為に、この江田島軍学校に留学して来たのだそうな。その為、戦治郎は彼女の事を全く知らない状態だったのである

 

そのジョシュアから言い渡された任務と言うのは、日本の軍学校で艤装の扱い方の指導者としてのスキルを磨き、それを基に艦娘育成に関するマニュアルを作成すると言うものなのだそうな

 

この事を五十鈴から聞いた時、戦治郎はその理由をすぐに察するのだった

 

アメリカはここ最近になってようやく艤装を完成させる事に成功した為、国内に艤装の扱いを指導し、艦娘を育成出来る人材が全くいない状況にあるのである

 

これでは折角の艤装も宝の持ち腐れ……。そうならない様にする為に、ジョシュアはアトランタとやらにこの任務を与え、日本に送り込んだのだろうと戦治郎は予想したのである

 

これに関しては日本やらドイツやらからそれが出来る人材を送ってもらい、指導者を育ててもらえばいいのでは?となるところだが、深海棲艦との戦争で敗走し、国を深海棲艦にほぼほぼ奪われてしまった今のアメリカには、残念ながらそんな余裕は無いのである……

 

(現在国民をカナダに面倒見てもらってるアメリカに、他国から人を招き入れてもてなすなんて真似は出来ねぇだろうからなぁ……。だからジョシュアの旦那はこの方法を採用したんだろうなぁ……)

 

ミッドウェーでの戦いの後、アメリカの現状をジョシュアや局長から教えてもらっていた戦治郎は、ジョシュアの考えに察しが付いたところで、かつての大国の現状に哀れみを覚えながら、内心でこの様に呟くのであった

 

さて、戦治郎がそんな彼女とコンタクトを取ろうと考えた理由だが、これは彼女と今の内に接点を作っておき、自分を介して彼女と他の艦娘候補生達との間に繋がりを構築し、合同演習の際にしっかり連携を取れるようにする事で、合同演習に勝利しようと考えたからである

 

確かに戦治郎とロッソのド突き合いも気になるところだろうが、メインは艦娘候補生達による合同演習なのである。いくら戦治郎がロッソとのド突き合いを制したとしても、艦娘候補生達の方が敗北してしまえば元も子もないのである……

 

そう言った事情がある為、戦治郎は全身を引き裂く様な……と言うより実際に筋細胞が大量に断裂しているが為に発生している痛みに耐えながら、アトランタの部屋へと向かっているのである

 

そうしてようやくアトランタの部屋に辿り着いた戦治郎は、あまり腕に負担を掛けない様に、ゆっくりとした動作で部屋の扉をノックするのだが……

 

「反応がねぇな……」

 

部屋の中から返事が返って来る事も無ければ、アトランタが扉の方に歩いて来る音も気配も感じなかった戦治郎は、訝しむ様な表情を浮かべながらそう呟き、傍に立つ五十鈴の方へと顔を向ける

 

「う~ん……、昨日の晩に戦治郎さんからアトランタと会いたいって連絡をもらってすぐ、すれ違いが発生しないように彼女には今日は部屋にいるようにって言っておいたんだけど……」

 

それに対して五十鈴は腕を組んで困った様な表情を浮かべ、この様に返答するのであった

 

「もしかしたらトイレに行ってる可能性が……、あると思っていた時期が俺にもありました……」

 

そんな五十鈴の返答を聞いた戦治郎が、扉に耳を当てて中の様子を探ってみたところ、中からパソコンのキーボードやマウスを操作する様な音が聞こえ、それを聞いた戦治郎は険しい表情を浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった

 

「俺の事無視するたぁ中々度胸ある娘っ子じゃねぇか……」

 

「ちょっ!?流石にそれは不味いでしょっ!!」

 

聞き耳を立てていた戦治郎が、そう言ってゆっくり立ち上がり、懐からピッキングツールを取り出したところで、慌てて五十鈴がそれを制止する。ここで戦治郎が扉の鍵をこじ開け、中に突入なんて事をやってしまえば、軍学校内だけではとても処理出来ないレベルの問題になりかねないのだから、五十鈴が制止するのも当然と言えば当然なのだ……

 

その後、五十鈴がなんとか戦治郎の怒りを鎮める事に成功し、戦治郎が顔合わせは後日改めて行う事を決定すると、2人はこの場を後にするのであった

 

尚、こうしてこの日にアトランタと会う事を断念した戦治郎は、五十鈴から預かった彼女の写真を頼りに、タイミングを見計らって軽巡候補生達の教室を尋ねてみたり、食堂で彼女を探してみたり、改めて彼女の部屋を訪れてみたりしたものの、結局しばらくの間は彼女と会う事は出来なかったのだとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったみたいね」

 

戦治郎達の気配が部屋から離れていっている事を感知すると、アトランタ級防空巡洋艦の1番艦であるアトランタはそう呟き、目の前にある『ある物』に意識を集中させ始める……

 

そんな彼女の目の前には、護やイオッチがよくやっているFPSゲームの画面が表示されたディスプレイがあり……

 

『どうしたんッスかACE?さっきからずっと待機状態のままッスよ?』

 

表示されているゲームのチャット欄で、彼女のフレンドである『ライトニングボルトペンギン』()が、何時まで経ってもゲームを開始しない彼女に対してこの様に尋ねてくるのであった

 

『ごめんなさい、ちょっとお客さんが来ててそれの対応してたの』

 

『それならそうと言って欲しいッス、今日は『I.O.D.』(イオッチ)も参加出来ないって事で、野良の人入れてやってるんッスから』

 

『悪かったって言ってるでしょ……、って言うかアンタ、何時から『I.O.D.』の事呼び捨てする様になったのよ?』

 

それに対してアトランタはこの様に答えた後、少しだけ他愛もないやり取りを交わし、それからマウスを操作してゲームを開始するのであった

 

それからしばらくして、空腹感を覚えた彼女は護に断りを入れて離席すると、部屋の隅に置いているカバンから、ホノルルにいる間に大量に買い込んだかなりの期間保存が利くスナック菓子を取り出して食べ始める

 

(ジョシュア伯父さんには日本でその引き籠り気質を直して来いって言われたけど……、正直リアルの人と関わり合いになるのは面倒だからなぁ……)

 

空腹を満たす為にスナック菓子を食べるアトランタは、自身の母の兄であり、今のアメリカ海軍の総司令であるジュシュアとのやり取りをふと思い出し、うんざりした様子で内心でこの様な事を呟くのであった……

 

そう、戦治郎がしばらくの間彼女と会えなかったのは、彼女のこの引き籠り気質が原因だったのである。そして戦治郎がその事実に気付くのは、業を煮やした戦治郎がジョシュアにアトランタについて問い合わせた時になるのであった……



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引き籠りを引きずり出そう

「……引き籠りとな?」

 

『ああ……、あの娘は訳あって両親に大層甘やかされて育てられてな……、そのせいで極度の引き籠り気質になってしまったんだ……」

 

戦治郎がアトランタとのコンタクトを試みてから数日経過したある日の夜、未だにアトランタと接触する事が出来ずにいた戦治郎は、遂に業を煮やしたのかアトランタを日本に送り込んだ張本人であるアメリカ海軍の総司令であるジョシュアに通信を入れ、アトランタについて尋ねる事にしたのであった

 

そうして戦治郎が通信に出たジョシュアに開口一番アトランタに会えていない事を伝えたところ、ジョシュアは頭を抱えながら溜息を吐き、アトランタが自分の姪である事と、彼女が極度の引き籠りである事を教えてくれるのであった

 

ジョシュアの話によると、如何やら彼女は生まれつき静止視力と動体視力、更に聴覚が人並外れたレベルで優れていたらしく、それが原因で小さい頃にその能力に嫉妬したり気味悪がった周りの子供達からいじめを受けていたのだとか……

 

その事を知ったジョシュアが、いじめられるのはアトランタが反抗しないからだとして、アトランタに相手を威嚇する為のスラングなどを教えたり、簡単な軍隊格闘技の技などを教えたりしたものの……

 

『こう言っては何なんだが……、あいつは視力に関しては凄まじいものを持ってはいるのだが、それ以外に関しては少々難があってな……』

 

「……感知能力以外はヘッポコで、スラングで罵って威嚇はするものの、教えられた格闘技の技を上手く使いこなせなくて、結局罵られて逆上した相手にボコられて、結果的にいじめがエスカレートしちまった感じか……」

 

『そのせいで俺はアトランタとその両親から大層嫌われてしまってな……、あいつが艦娘になるまでの間、自分達とは関わり合いにならないで欲しいと……』

 

「う~ん……、これは嫌われてもシカタナイネ……」

 

『それからあいつの両親は、人との関わり合いに苦手意識を持つ様になったあいつを守る為だとか言って、あいつの引き籠りを容認する様になってしまってなぁ……』

 

「その結果がコレかい……」

 

こうしてジョシュアからアトランタが引き籠りになった経緯を聞いた戦治郎は、内心で呆れ返りながらジョシュアに次の質問を投げかけるのであった

 

その質問と言うのが、そんなアトランタが如何して軍属の艦娘になれたのか、如何して特別留学生として戦治郎達がいるこの江田島軍学校に送り込まれたのか、そして如何してそんな彼女が合同演習のメンバーに抜擢されたのかについてである

 

この質問に対して、ジョシュアの返答はと言うと……

 

『最初の質問に関しては、アトランタの艦娘になれる素質を持っていたのが、現状ではあいつだけだったからだな……。出来れば俺もあいつを戦場に立たせる様な真似はしたくはなかったのだが……、今のアメリカの状況を考えればそんな事も言ってはいられん……。だから俺はこの事をあいつの両親に話し、何とか説得してあいつを軍に引き入れたんだ……』

 

「アメリカとしては早急に深海棲艦と戦える戦力を集めて、母国を取り返したいところだろうからなぁ……。これも仕方ないっちゃ仕方ないか……」

 

アトランタが艦娘になった経緯を聞いた戦治郎は、アメリカの現状を顧みて複雑な表情を浮かべながらこの様に呟くと、すぐにジョシュアに次の質問……彼女が特別留学生として江田島軍学校に送り込まれた理由についての返答を促し、それを受けたジョシュアは戦治郎が五十鈴の話を聞いた直後に予想した通りの返事と……

 

『後はお前ならあいつの引き籠り気質を如何にか出来るだろうと思ってな……』

 

「引き籠り云々の話聞いた時、嫌な予感がしたと思ったらやっぱりかよコンチキセフッ!!!俺は皆の町の便利屋さんじゃねぇんだぞっ!!!いや、生前はそれっぽい事してたけどさぁっ!!!」

 

『なら大丈夫そうだな、期待しているぞ!』

 

「Fuck you!!!」

 

アトランタが引き籠りであると聞いた直後に、戦治郎の脳裏に浮かんだ嫌な予感が現実のものとなった様な返事をし、それを聞いた戦治郎は思わずタブレットのカメラに向かって中指を立てながらやたらいい発音でそう叫ぶのであった

 

それからしばらくして、戦治郎が落ち着きを取り戻したところで次の質問……、アトランタが合同演習のメンバーに抜擢された件について触れる事になった

 

これに関してはジョシュアもその理由を知らなかった為、戦治郎もジョシュアも互いに意見を交換しながら予想する事になるのであった

 

そして……

 

『あいつは艤装のテストを行った時、持ち前の感知能力を駆使して攻撃力の低さと装甲の薄さを補って余りあるほどの、驚くべき対空防御力を発揮してな……。確かお前の所の摩耶だったか?凄まじい対空防御力を持っていた艦娘は……、あいつは対空防御力だけで言えば、恐らくその摩耶すら凌駕する程の実力があるぞ』

 

「OK、そんだけ対空防御力がありゃ、艦載機の搭載数が多い正規空母だろうと、問答無用で只の案山子に成り下がっちまうわ……。そうなりゃ火力が低かろうと装甲が薄かろうと関係無いわな……、空母は只々アトランタに喰われちまうと……」

 

『恐らく合同演習に抜擢されたのも、その対空防御力を買われた形なのだろうな……』

 

「空母を無力化出来るのはデカイからなぁ……」

 

ジョシュアから送られて来たアトランタのデータを見た戦治郎が、アトランタの対空の数値だけが、他のステータスと比較して飛び抜けている事に気付き、この事をジョシュアに尋ねてみたところジョシュアはこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は何処か納得した様な表情を浮かべながら、呟く様にこの様な言葉を口にするのであった

 

実際2人の予想は大当たりで、彼女が江田島軍学校に来た時に行われた実力テストにて、彼女は艦娘としては異常過ぎるレベルに達しているその対空防御を披露して校長と教官達の度肝を抜き、後日そのデータを見た五十鈴の防空巡洋艦としてのプライドをズタズタに引き裂き、最終的には実力テストに参加した教官達と校長の推薦により、彼女は合同演習のメンバーに抜擢されていたりする

 

さて、こうして粗方アトランタに関わる事柄について質問し終えた戦治郎は、腕を組んで考え込むのであった

 

(しっかし引き籠りかぁ……、俺もクロエのせいで一時期引き籠りになったっけなぁ……。ってそうじゃねぇな、取り敢えずアトランタの引き籠りを何とかしなきゃなんぇねな……。もしこのままだとあいつは合同演習をブッチして、当日戦力が欠ける事態になっちまうし、それに対処出来なかった責任を俺が負う羽目なって、元帥のじっちゃの命令で今以上のペナルティーを科せられる可能性が……、おぉぅ、考えたくもねぇ……)

 

戦治郎が渋い顔をしながら唸り声を上げてこんな事を考えていると……

 

『無茶な事を頼んでいるのは重々承知している……、だがあいつに嫌われてしまっている俺では、如何する事も出来ないんだ……。だから戦治郎、あいつを如何にかして引き籠りから立ち直らせてくれ……。頼む……っ!』

 

不意にジョシュアがこの様な事を言いながら頭を下げてくるのであった

 

「まぁ引き籠りのままだと軍の作戦行動どころか日常生活にも影響が出るかんなぁ……、うっし!ジョシュアの旦那の頼み、引き受けますわ。只多少手荒な真似する事になるかもしんないんで、そこだけは覚悟しといてください」

 

『なるべく加減はしてやってくれ……、あいつには嫌われてはいるものの、あいつは俺の姪だからな……』

 

そんなジョシュアの様子を見た戦治郎は、そう言って彼の頼みを受ける旨を伝え、それを受けたジョシュアは苦笑しながらこの様に返事をするのであった

 

こうしてアトランタの引き籠り気質の矯正を約束した戦治郎は、通信を切ってどうやってアトランタの引き籠りを直すかについて思考を巡らせ始めようとするのだが……

 

「あっ!そういやアトランタの件以外にも、やっとかなきゃいけねぇ事あったわっ!!」

 

ふと何かを思い出した戦治郎はそう言うと、タブレットを操作して電子メールを起動し、2通のメールを即座に作成してそれぞれ別のアドレスに送信するのであった



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引き籠りの部屋に突入しよう

ジョシュアの頼みを受ける事となった戦治郎は、翌日に早速アトランタの部屋に向かうのであった

 

この日はアトランタの部屋の位置も分かった事から五十鈴は連れず、代わりに空の命令で戦治郎の傍に就く事となったイオッチを懐に忍ばせての訪問となっていた

 

空がイオッチにこの様な命令を下した理由だが、空は外なる神であるニィ=ラカスがどの様な思考回路を持つ神話生物なのかを知らない為、ニィ=ラカスと組んでいると言うイタリア海軍の総司令と戦う可能性がある戦治郎に対して、もしかしたら物理的ないし精神的な攻撃を仕掛けて来るかもしれないと警戒し、戦治郎の安全を確保する為にこの様な命令を下したのである

 

因みにこの事をイオッチから聞いた戦治郎は

 

「特訓の件もあるし、こっちとしては願ったり叶ったりってとこだな」

 

この様に返答し、イタリア海軍との合同演習が行われるまでの間、イオッチが護衛として戦治郎の傍に控える事を了承したのであった

 

そんな1人と1柱がアトランタの部屋の前に辿り着くと、戦治郎が前にもやった様に扉をノックし、反応が返って来なかった事を確認すると次は扉に耳を当てて部屋の中の様子を探り、前と同じ様にキーボードとマウスの操作音が聞こえる事を確認すると……

 

「前回は五十鈴に止められたが……、今回はジョシュアの旦那のお墨付きだからなぁ……、遠慮なくこじ開けさせてもらうぜぇ……っ!」

 

そう言ってピッキングツールを取り出し、部屋の扉の鍵をこじ開けにかかろうとする

 

だが……

 

「戦治郎、態々そんな時間が掛かる様な事しなくていいンゴ」

 

戦治郎の様子を見ていたイオッチが、どこか呆れた様に戦治郎に向かってこの様に言い、それに反応してピッキングの手を止めたところで、イオッチは戦治郎の懐から抜け出し、彼の手を押しのける形で扉の鍵穴の前に立つ(?)と、自身の頭の先端を鍵穴に差し込み、戦治郎に自分の身体を掴んで回す様に指示するのであった

 

そしてその様子を見ていた戦治郎が、やや困惑しながらイオッチが言う通り彼の身体を掴んで鍵を開ける様に回してみたところ、扉の鍵はカチリと言う音を立てながら開錠されてしまうのであった

 

「お前こんな事も出来んのかよ……」

 

「電子ロックも物理的な鍵も、ワイの前では無力ンゴ」

 

このやり取りの後、戦治郎はイオッチの不条理さと頼もしさに苦笑しながらドヤ顔を浮かべるイオッチを鍵穴から引っこ抜き、懐に仕舞い込んでアトランタの部屋の中に、部屋の主の了承を取らずに侵入するのであった

 

因みに今回イオッチがやって見せた事を、同じ様に実行する事が出来る神話生物は、自身の姿を自在に変化させられるシャーマンと不定形の身体を持つ神格、後はヨグ=ソトースくらいであるとここに明記しておく

 

そうしてアトランタの部屋に侵入した戦治郎が、まず最初に見たものと言えば……

 

「……」

 

アメリカからの特別留学生であるアトランタの身に何かあってしまえば国際問題になりかねないと言う事から、普通の艦娘寮の部屋の鍵よりも防犯性が高い鍵が取り付けてあったにも関わらず、それを破って侵入して来た戦治郎の姿を、椅子に座ったまま振り返る様にして見て言葉を失い、思わず愕然とするアトランタの姿であった

 

「ジョシュアの旦那の姪って聞いてたが……、旦那とは似ても似つかねぇ別嬪さんじゃねぇか」

 

そんなアトランタの姿を見た戦治郎は、意外なものを見たとばかりにやや驚いた様子でこの様な言葉を口にするのであった

 

まあ戦治郎からしたらアトランタと言う艦娘は初めて目にする艦娘であり、その容姿については全く情報を持っていないのである。強いて言えばジョシュアの姪であると言う事くらいで、ジョシュアの容姿はどちらかと言えば生前の剛の様な、体格も顔もかなりいかつい方に分類されるものであった為、戦治郎はアトランタの姿をややいかつい女性の姿で想像していたのである

 

そしてその予想が外れ、アトランタが見たところ大人しそうな感じの可愛い娘さんであったが故に、戦治郎はアトランタを見た時この様な事を思わず口にしたのである

 

それに対してアトランタはと言うと……

 

「あんた……、如何してジョシュア伯父さんの事知ってんだよ……?」

 

戦治郎が何気なく口にしたジョシュアの名前に反応し、眉を吊り上げて威嚇する様な表情を浮かべ、その容姿からは想像し難い口調で戦治郎にそう尋ねるのであった

 

「旦那から何も聞いてねぇのか?」

 

「質問に質問で……」

「これに答えてもらわねぇとこっちも答えにくいんじゃいっ!」

 

アトランタの質問に対して戦治郎がそう尋ねると、アトランタは質問に質問で返された事が余程気に入らなかったのか、戦治郎に鋭い視線を向けながら言葉を発しようとするのだが、戦治郎がそれを制する様にそう言って自身の質問に対する返答を催促するのであった

 

このやり取りの後、アトランタは軍規に関わるからと言って戦治郎の問いに対しての返答を幾度となく拒否し、これでは話が進まないと考えた戦治郎は、取り敢えずアトランタの質問の答えである自分とジョシュアの出会いについて話すのであった

 

そうして戦治郎の話を聞き終えたアトランタは……

 

「つまり貴方が伯父さんが言っていた戦治郎って事……?」

 

「そゆこと」

 

戦治郎を威嚇する様な険しい表情を一変させ、困惑と煩わしさが合わさった様な感情が見え隠れする様な、それはそれはなんとも複雑な表情を浮かべ、そんなアトランタの様子を見ていた戦治郎は、アトランタが自分の事をジョシュアから聞いている事を確認すると、そう言いながらフェイスベールとチャドルの頭部を外し、自身の素顔をアトランタに晒して見せるのであった

 

それによって露わとなった戦治郎の顔……、顔の半分近くを覆う火傷痕が付いた戦艦水鬼の顔を見たアトランタが、話では聞いていたが実物は自身の想像以上に迫力があり、火傷痕も生々しく非常に悍ましかった事から、思わずギョッとして硬直する中……

 

「取り敢えずお互い旦那から話を聞いてるみてぇだから、自己紹介やら細けぇ挨拶は抜きだ。んで、おめぇは俺が今回此処に来た理由に心当たりはあるか?」

 

「あたしの引き籠りの矯正……?」

 

「う~ん……、それもあるっちゃあるが……、メインはそっちじゃねぇ」

 

戦治郎がアトランタに向かってこの様に尋ね、それにアトランタが返事をすると戦治郎は腕を組み、苦笑しながらそう言って合同演習の件について話し始めるのであった

 

この時戦治郎は、アトランタがジョシュアから神話生物についても聞いているものだとして、ロッソがニィ=ラカスと繋がりがある事についても触れた上で、今回の合同演習は負けられない戦いであると伝えるのだが……

 

「ニィ=ラカスって何よ……?ホノルルのあの半魚人みたいなのとは違うの……?」

 

「あぁん……、旦那ったらその辺については話してなかったのねぇん……」

 

如何やらアトランタはホノルルを警護するディープ・ワン達の事は分かるが、それ以上については全く知らないらしく、その事実を知った戦治郎は神話生物に関する説明をしなければいけない事に面倒さを覚え、そう言ってガックリと肩を落として溜息を吐くのであった

 

そして気を取り直して戦治郎がアトランタに神話生物について説明しようとしたその時、戦治郎の懐が突如としてモゾモゾと動き出し、何が起こったのか分からずアトランタが警戒する様に蠢く戦治郎の懐に鋭い視線を向けたその直後……

 

「神話生物の事ならワイが説明するンゴ!てか現状それくらいしかワイの出番が無さそうンゴ!」

 

「えっ……?P〇KEMON……!?」

 

「う~ん……、外見的には合ってんだけど違うんだよなぁ……」

 

イオッチがそう叫びながら戦治郎の懐から飛び出し、それを目の当たりにしたアトランタは突然の出来事に目を白黒させながら思わずそう呟き、その呟きを聞いた戦治郎は複雑そうな表情を浮かべながらこの様な事を呟くのであった

 

それからしばらくして、アトランタがなんとか落ち着きを取り戻したところでイオッチが彼女に神話生物について……、特にニィ=ラカスについて細かく説明し始め、それによりイタリア海軍の総司令がとんでもない存在と手を組んでいる事をようやく理解したアトランタは……

 

「……もしかしなくても、あたしはとんでもない事に巻き込まれてる……?」

 

Exactly(そのとおりでございます)

 

「……断る権利は……」

「ありませぬ、まあそっちの相手は十中八九俺がする事になるだろうから、おめぇが気にすることじゃねぇ。おめぇにやって欲しいのは、さっきも言ったが他の選抜メンバーと協力してそいつが連れて来た艦娘達と合同演習で戦って、コテンパンに叩きのめして欲しいってだけだ」

 

心の奥底から嫌そうな表情を浮かべながら、ゲンナリした様子でこの様な事を口にし、それに戦治郎が返答したところで合同演習への参加を断ろうと言葉を口にしようとするのだが、アトランタがそうくるだろうと予想していた戦治郎は、アトランタの言葉を遮る様にして自身がアトランタにやって欲しい事を再び伝えるのであった

 

それに対してアトランタは

 

「無理よ……、伯父さんから聞いてるでしょ?あたしは対空防御以外取り得が無いって事……。砲撃も雷撃も対潜もパッとしないから、他の人達の迷惑にしか……」

 

「馬鹿言え、おめぇはウチの摩耶(対空番長)より凶悪な対空防御持ってるって聞いたぞ?それを上手く使う事が出来りゃぁ、おめぇは合同演習でMVPを余裕で獲得出来る逸材なんだよ」

 

自分の戦闘能力の無さを自覚しているのか、渋い表情を浮かべながらこの様な返事をするのだが、それを受けた戦治郎はニヤリと笑みを浮かべながら、アトランタの事を真っ直ぐ見据えながらハッキリとそう言い切るのであった

 

「どう言う事……?」

 

「考えてみ?対空防御が高いって事は、すんげぇ雑に言っちまえばこっちに飛んで来る物体を一早く認識して、砲撃で撃ち落とせる可能性が高いって事だろ?そしてこっちに飛んで来る物体は何も艦載機だけじゃねぇだろ?」

 

「それってまさか……?」

 

「そう言う事、因みにそれは俺達の常套手段なんだわ」

 

戦治郎の言葉に疑問を覚えたアトランタが戦治郎に向かってその言葉の意味を尋ねたところ、戦治郎は相変わらず笑みを浮かべながらこの様に答え、それで戦治郎が自分に何をやらせようとしているのか察しが付いたアトランタが、引き攣った表情で答え合わせをする様に言葉を口にしようとすると、戦治郎はゆっくりと1度だけ頷きながらこの様に答えるのであった

 

その後、そんな事出来るはずが無いとごねるアトランタと、やり方を教えるだのコツを掴めば割とアッサリ出来るだの言って彼女の説得を試みる戦治郎が、しばらくの間押し問答を繰り広げていたのだが……

 

「あーっ!!!」

 

いつの間にかアトランタのパソコンの前に移動していたイオッチが、不意に驚いたように大声を上げ、それで驚いた2人は問答を中断しイオッチの方へと視線を向けるのであった

 

「どうしたんよイオッチ、何か見つけたのか?」

 

イオッチのリアクションの原因が気になった戦治郎が、イオッチに向かってそう尋ねてみたところ、イオッチは身体を震わせながら戦治郎達の方へと向き直り……

 

「ACEってアトランタの事だったンゴ……?」

 

「ACE?」

 

「それは……、あたしがネトゲで使ってるハンドルネームだけど……。って何でこいつはあたしのハンドルネーム見て驚いてるのよ……?」

 

戦治郎にはよく分からない事を言い出し、それを聞いた戦治郎が頭の中に疑問符を浮かべながらそう呟くと、それに答える様にアトランタがこの様な事を口にするのであった

 

「ワイ、I.O.D.ンゴ」

 

それに対してイオッチがそう答え、しばらくの間部屋の中に静寂が訪れ、アトランタの知識の中にあるものと、イオッチが発した言葉の意味が噛み合ったその瞬間、アトランタはこれまでに無いくらいの声量で驚愕の声を上げるのであった……



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引き籠りを連れ出した

明けましておめでとうございます

投稿ペースが以前よりもガッタガタに落ちてしまっていますが、可能な限り今年中に時間軸を長門屋鎮守府が稼働し始めた現在の時間軸までもっていけるよう頑張っていきますので、何卒よろしくお願いいたします


イオッチがアトランタのパソコンを覗き見た事により、アトランタが護達とネット上で知り合っている事が発覚した訳なのだが……

 

「おめぇよぉ……、軍学校でネトゲは流石にダメだろうよ……。つかどうやって軍の回線使って外部のサーバーにアクセスしてんだ……?」

 

如何やら戦治郎的にはそれは問題があった様で、戦治郎はアトランタに床に直に正座する様に命じ、彼女に対して説教を開始するのであった

 

戦治郎の発言の前半部は、軍学校で生活する上では至極当然の話と言えるだろう。ただでさえ中毒性が高いネトゲに候補生が傾倒する様な事になれば、ネット依存症を発症し訓練だけではなく日常生活にも支障が出てしまうかもしれないし、候補生同士の和が乱れ、統率が取れなくなってしまう危険性があるのである

 

そう言った理由もあり、軍学校に在籍している間、候補生達は酒と煙草と共に軍学校内でのネトゲのプレイは固く禁止されているのである

 

因みにオンラインに接続しないタイプのゲームに関しては、プレイヤーの楔ともなり得るプレイヤー同士のコミュニケーションがあるネトゲほどの依存性が無い事と、候補生達の気分転換になるからと言う理由で許可は出ている為、護が作り出したゲームにドハマりしている瑞鶴はお咎め無しとなっている

 

まあそもそもの話、軍の回線はハッキングなどによる情報漏洩防止の為に、外部のサーバーには接続出来ない仕様になっており、正規の艦娘達のオンラインショッピングに関しては、経理部が開設しているオンライン酒保を経由して商品を購入出来る様にしてあり、軍の管轄下にある軍学校も同様の仕様になっているのだが、アトランタは何故かその制限を潜り抜けてオンラインゲームのサーバーに接続しているのである。これが戦治郎の発言の後半部分にある疑問の原因となっている

 

尚、戦治郎が外部と連絡を取る際に使用している回線は、護が作り出した人工衛星を経由する衛星通信となっている為、外部から容易にハッキングされる心配もなければ、例えされたとしても護&イオッチ(時々+盾井)と言う最強のセキュリティーが存在している都合上、ほぼほぼ情報を抜き取られる心配が無いものとなっている

 

またこれは余談だが、護はその回線とは別に幾万にも上るセキュリティープログラムを組み込んだ回線を作り、それを外部のサーバーとこっそり接続して外部の情報を集めたりネトゲを興じていたりするのだった……

 

それはそうとして、この件に関しては何処か不満そうな表情を浮かべながら正座するアトランタが、割とスンナリと白状してくれた

 

「軍学校にいる事なんかをある程度ぼかしながらその事をペンギン()にメールで相談したら、分かり易くアクセス制限を潜り抜ける方法を教えてくれたのよ……」

 

「ペンギンって言うのは……」

「護の事だろ?知ってる知ってる、だから正月に鎮守府の様子見に帰った時、あいつの事トコトンボコすわ」

 

アトランタの話を聞いたイオッチが、ペンギンが誰の事か補足しようとしたところで、生前護と共にネトゲをやった事がある戦治郎はイオッチの発言を遮る様にそう言い放つと、眉間に皺を寄せながらバキバキと指を鳴らすのであった

 

さて、そんな戦治郎の様子を見ていたアトランタが、戦治郎が放つ邪悪で暴力的なオーラを肌で感じ取り、不満そうな表情から一転して不安そうな表情に切り替わったところで、戦治郎はある取引を持ち掛けるのであった

 

「さてと……、おめぇさんが軍学校側に知られたくない事を俺はこうして知っちまった訳だが……、俺はこの件については軍学校側には報告しないでおこうと思ってる。その理由は……、まぁ分かるよなぁ?」

 

「……脅迫するつもり?」

 

「俺は自分や仲間達の居場所を守る為ならば、利用可能なものは全て使う主義なもんでな。その為なら神にも悪魔にも魂を売るし、場合によっちゃぁそいつらに牙剥いて喉笛噛み切るつもりなんだわ。世の中綺麗事だけじゃやっていけねぇもんだかんな」

 

「それが貴方の『正義』な訳?」

 

「おめぇがそう思うんならそうだろうよ、俺は特撮のヒーローとかは好きなんだが、自分で『正義』を語る……、いや、騙るつもりはねぇ。俺達が『正義』かどうか決めるのは、社会情勢や民衆……、所謂世間って奴だって思ってるかんな。よく言うだろ?勝てば官軍負ければ悪ってな」

 

「何よそれ……」

 

「この辺の話については、まあその内おめぇさんにも分かる時が来るだろうよ。何かしらの戦いの中に身を置いてる人間だったら、何時か必ずぶち当たる壁だろうかんな。んで、おめぇさんの返事がまだなんだが……、返答は如何に?」

 

このやり取りの後、戦治郎の考えが理解出来ないアトランタは、違反行為が軍学校側に知られ、ホノルルに送り返されるような事態になっては不味いと考え、長門コンツェルンの繁栄の歴史からこの考えに至った戦治郎の、彼が言葉にしていない提案……、この件を黙っている代わりに自分に力を貸せと言う提案を呑む事にするのであった

 

尚、この時アトランタは精神的には男である戦治郎が、この件をダシにして自分の身体を好きな様にするのではないかと、ネットで手に入れたよからぬ情報などから考えていたりするのだが、それは完全に杞憂に終わる事となるのであった

 

確かにジャンルを問わずに結構な数のエロゲをプレイしたり、エロ同人を読み漁ってきた戦治郎の中にも、その様な考えが頭の中に一瞬浮かんだのだが、アトランタがジョシュアの姪である事だったり、戦治郎が他の艦娘候補生達と接触する度に、戦治郎を以てしても悍ましいと感じる嫉妬のオーラを強める大和の存在があったが為に、精神的にはヤりたい盛りの男である戦治郎は、その考えを頭の中から追い出す事にしたのである

 

(まぁクリスマスの後にプロポーズするつもりだった天音を遺して逝っちまった手前、天音と同じ様に俺の事を心底慕ってくれてる大和の事だけは裏切れねぇからなぁ……)

 

頭の中から煩悩を追い払った後、戦治郎が内心でこの様な事を呟いていると……

 

「それで?あたしはこれからどうしたらいいの?」

 

「あぁ、取り敢えず先ずはそのパソコンからネトゲをアンインストールするところからだな。ウチ以外の軍学校でもそうなんだが、時々候補生達が良からぬ事をしていないか調べる為に、教官達が抜き打ちで寮の部屋の中のチェックをするみてぇだから、それに引っかからない様にする為にな」

 

「えぇ~……?ネトゲ仲間が減るのは嫌ンゴォ……」

 

「おめぇが不平漏らすな馬鹿タレッ!!」

 

戦治郎の提案を呑む事にしたアトランタが、自分は一体何をするべきかについて尋ねて来た為、戦治郎は隠蔽工作の為にアトランタに向かってこの様な指示を出し、それを聞いた軍学校からしたら完全に外部の存在であるイオッチがぶうたれ、イオッチの反応を見聞きした戦治郎は、思わずそう言いながらイオッチの頭を叩くのであった

 

それからすぐにアトランタは戦治郎に言われた通りに、渋々と言った様子でネトゲのプログラムをアンインストールし、そこから更に戦治郎がアトランタのパソコンを操作してデータの復元が出来ない様にした後、戦治郎の口から軍学校内の協力者に関する事や浜辺での自主練の事が伝えられ、彼女は参加者の大半が合同演習の参加者となっている自主練に、紹介がてら今夜から参加する事になるのであった

 

さて、こうして戦治郎と出会ったアトランタだが、彼女は軍学校を無事に卒業した後、ジョシュアの命令で長門屋鎮守府に着任する事となり、護を旗艦とし、軍学校で生活を共にした瑞鶴、護と瑞鶴が任務中に拾ったドロップ艦の初月と涼月、後に戦治郎の補佐官として提督となったシゲが、軍学校から引っ張って来た天城とチームを組み、日本帝国海軍最強の防空艦隊の一員として名を馳せる事になるのだが、この時の彼女はまだこの事を知らずにいたのであった

 

「さぁて……、これでメンツは揃ったな……」

 

「後は戦治郎を含めて、当日に備えて調整していく形ンゴ?」

 

「んだな、艦娘達の方は俺が何とかするとして……、問題は俺の方だろうな……。早いとこ『アレ』をモノにしてぇとこだわ……」

 

こうしてアトランタを自主練に参加させる事が出来る様になった戦治郎が、イオッチとこの様なやり取りをしていると……

 

「『アレ』って何よ?」

 

「それについては~……、おめぇさんだったらいいか……。うっし、んじゃあ今夜の自主練で俺が言う『アレ』って奴を見せてやんよ」

 

「因みにこれは一部の艦娘候補生達には秘密にしてるンゴ」

 

戦治郎の発言が気になったアトランタが、不思議そうな表情を浮かべながらこの様に尋ねると、戦治郎は考え込む様な仕草を見せた後、アトランタに向かってこの様に答え、それを補足する様にイオッチがこの様に言葉を続けるのであった



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対ロッソ用の切り札

留学してから今までずっと寮の自室に引き籠っていたアトランタを、何とか部屋から引きずり出す事に成功した戦治郎は、早速その日の夜に行う自主練に彼女を連れ出し、彼女の事を自主練に参加する艦娘候補生達に紹介し、いつもの様に自主練を開始するのであった

 

この時戦治郎は、改めてアトランタに合同演習の際に彼女にやって欲しい事と、それを上手くやる為のコツを教え、彼女がその内容を大体理解したと思ったところで、大和を相手に実践する様に指示を出し、それを受けたアトランタはやや困惑しながらも、日本帝国海軍内でもトップクラスの実力を持つ大和と対峙するのであった

 

そしてこの対戦の勝敗がどうしても気になり、自主練の手を止めてその戦いを見守る事にした艦娘候補生達の前で、アトランタは見事にそれをやってのけ、艦娘候補生達の度肝を抜くのであった

 

そんな彼女がやって見せた事……、それは迫り来る艦載機を対空射撃で退けたり撃墜したりしつつ、艦載機を援護する為、或いは艦載機に気を取られている隙を狙って放たれた砲弾を、正確無比な砲撃で撃ち落とすと言う、護や摩耶が得意としている砲弾迎撃だったのである

 

普通軍学校や各拠点で行われる訓練では、砲弾を砲弾で撃ち落とす事は非常に困難な事だとされ、そうするよりも飛んで来た砲弾を回避し、敵が砲弾を再装填している隙を狙って攻撃を仕掛ける様にと教えられるのだが……

 

「これが上手くいけば相手を動揺させて、砲弾の再装填が終わってから再攻撃するまでの間に更に隙だらけの時間を追加で作れるし、味方も回避行動に気を遣わず、ガンガン攻撃し続けられる……。まあその為には相当な技量が要求される訳なんだがな」

 

武術における後の先の重要性をこのメンバーの中で一番よく理解しているであろう戦治郎が、大和に中々有効打を与えられずに苦い表情を浮かべるアトランタの事を見守りながら、まるでその理屈に異を唱えるかの如くそうほざくのであった

 

因みにこの戦いは、途中でアトランタがスタミナ切れを起こしてしまい、それによってアトランタの動きが鈍くなって出来た隙を逃す事無く大和が突き、大和の勝利と言う形で幕を閉じる事になったのだが……

 

「大和教官相手にあれだけ戦えるってチョー凄いじゃんっ!!」

 

「大和教官の被弾箇所に何度も正確に砲弾を当て続けるその砲撃も、とても素晴らしかったですっ!」

 

「その精密さがあるからこそ、飛来する砲弾を空中で撃ち落とせるのでしょうね……」

 

「どれもこれも、とても最近艦娘になった人の動きだと思えませんでしたわ……」

 

その様子を見ていた艦娘候補生達の殆どが、戦いが終わるなりアトランタの傍に駆け寄り、興奮した様子で彼女の健闘を称え始め……

 

「戦治郎さんがあの娘に固執していた理由がよく分かったわ、確かにこれならイタリア海軍に負ける可能性は格段に減るわね……」

 

「いくら戦艦の砲撃だとしても、当たるどころか飛んでこなけりゃどうと言う事も無い……ってなっ!」

 

「問題はあ奴のスタミナくらいじゃな……」

 

「んだな、技術面は横須賀の主力艦隊の連中に匹敵するほどのものがあっから、あいつの自主練習は体力作りを中心にやってもらうとすっかね」

 

アトランタを取り囲む候補生達から少し離れた場所で、戦治郎が彼女と接触する為に奔走していた事を知る瑞鶴がこの様に呟き、それに対して戦治郎がアトランタの模擬戦に付き合ってくれたご褒美とばかりに、大和の頭をこれでもかと言うくらい撫でまわしながらこの様に言葉を返し、戦治郎に撫でられるのが余程気持ちいいのか、スッカリ蕩け切ってフニャフニャの笑みを浮かべる大和から目を逸らしながら、顎に手を当てて眉間に皺を寄せながら日進がそう呟くと、戦治郎は変わらず大和を撫で回しながらこの様に答え、すぐさま大和にアトランタの体力作りのサポートをお願いするのであった

 

尚これは余談だが、これにより榛名と霧島の自主練における技術指導役が大和から戦治郎に変わる事になり、戦治郎に褒められたい……あわよくば大和の様にナデナデしてもらいたいと考える榛名が、今まで以上に自主練を頑張る様になり、その結果彼女がメキメキ成長する事になる模様

 

その後、アトランタと大和の戦いの熱がある程度冷めたところで、戦治郎が艦娘候補生達に自主練を再開する様に指示を出し、それからしばらく時間が経過し解散の時刻が迫り、皆が後片付けを終えて部屋に戻ろうとしたところで、戦治郎は瑞鶴とアトランタの2人を呼び止めるのであった

 

「どうしたの?何か用事?」

 

「用事があるならさっさと言って……、あたしもうヘトヘトなんだけど……」

 

「ちょっち合同演習関係で2人に話がある……、ってかアトランタの場合は少し前に俺と交わした約束の事、もう忘れちまったのか?」

 

特に疲れた様子も無く、戦治郎に呼び止められた事に対してただただ不思議そうな表情を浮かべる瑞鶴とは対称的に、心底疲れ切った様子でジットリとした視線で戦治郎を睨みつけるアトランタが、それぞれの言葉で要件について戦治郎に向かって尋ねると、戦治郎は不満そうなアトランタの方を向き、苦笑いを浮かべながらそう答えるのであった

 

「あ~……」

 

「何?何かあったの?」

 

「アトランタを部屋から連れ出す時、合同演習中に発生するかもしれねぇアッチの総司令と俺とのガチンコバトルの時、俺が使う事になるかも知んねぇ『とっておき』って奴を見せてやるって言ったのよ。んでおめぇに残ってもらったのは、俺が『ソレ』を使った後の事について、ちょっち話しておかなきゃと思ってな」

 

戦治郎の言葉により、少し前にあったやり取りの事を思い出したアトランタが、気の抜けた声を出し、その内容がちょっと気になった瑞鶴が戦治郎に言及したところ、戦治郎は少し複雑そうな表情を浮かべ、頭をガシガシと乱暴に掻きながらこの様に答え、戦治郎がそう言った直後に詳細を知っているであろう大和の表情が曇るのであった

 

戦治郎のこの発言により、瑞鶴はより一層頭上に疑問符を浮かべていたのだが、次の戦治郎の言葉を聞いた瞬間、思わず目を見開き愕然としてしまうのであった

 

「俺が『ソレ』を使ったら、どうしても艦隊に対して俺から指示が一切出せなくなっちまうんだ。だからもしそうなったらなんだが、艦隊の指揮は俺の代わりとして、第一艦隊旗艦のお前に全部任せようって思ってんだが……」

 

「指示が出せなくなるってどういう事よ……?」

 

戦治郎の言葉を聞くなり固まってしまった瑞鶴の隣に立つアトランタが、訳が分からないと言った様子でそう尋ねた直後、我に返った瑞鶴が戦治郎に詰め寄り……

 

「指示が出せなくなるって、『ソレ』ってつまり『アレ』の事なのっ!?流石に『アレ』はヤバ過ぎるでしょっ!!!周囲の被害とかどうするつもりよっ!!?」

 

戦治郎が言う『ソレ』に心当たりがあるのか、目尻を吊り上げながらそう捲し立てるのであった

 

「その辺はこっちで既に対策済みだ、まあ言葉だけじゃ信じてもらえねぇだろうし、今からすぐに実践すっからそれ見て俺の提案受けるか考えてくれ。ってな訳で行くぞイオッチ」

 

「分かったンゴ」

 

怒りを露わにする瑞鶴の言葉を受けた戦治郎は、そう言うなり変装を解いて準備体操を始め、程よく身体がほぐれたところで戦治郎の懐に入っていたイオッチに声を掛け、海の方へとゆっくりと歩いて行き、沖の方まで辿り着くとその場で立ち止まり静かに目を閉じるのであった

 

そんな戦治郎の様子を、瑞鶴は内心ハラハラしながら、大和は相変わらずその表情を曇らせながら、アトランタは頭上に疑問符の嵐を巻き起こしながら見守っていると、突如として戦治郎の身体が小刻みに震え始め、それを合図にしていたのだろうか、イオッチが戦治郎の懐から飛び出し、戦治郎の額の右側に貼り付いてその姿を戦治郎の左側の額から生える角と同じ形に変化させ、それが完了したその直後……

 

「―――――――――!!!」

 

天に向かって吼える様に仰け反った戦治郎の左目から、まるで血の様に紅い炎が勢いよく噴き出し、その中に『鬼』の文字が浮かび上がると同時に、左目の炎から紅炎……プロミネンスが幾度となく発生し始めるのであった……

 

「え……っ!?ちょっと……、何よアレ……っ?!」

 

「うわぁ……、マジかぁ……。まぁ……、相手のバックに咲作さんクラスの神話生物がいるってなると、ソレを使わざるを得ないってのは分かるんだけど……。本当に大丈夫なのかな……?」

 

突然の出来事に混乱するアトランタを余所に、舞鶴鎮守府に滞在していた時に行われた、ジジーズ主催のハチャメチャ演習に参加した際に『ソレ』を……、戦治郎の能力の1つである『鬼神紅帝 鬼帝ノ型』を目にした事があった瑞鶴が、心配そうな表情を浮かべながらそう呟くのであった

 

そう、瑞鶴はこの力の恐ろしさをよく知っているのである

 

正蔵から演習のルールを伝えられた直後、戦治郎がこの力を発動して正蔵に殴りかかった時の様子を、戦治郎の咆哮や攻撃によって発生した衝撃波によって粉々に砕かれた埠頭のコンクリートが、まるで細切れにした発泡スチロールの様に吹き飛んで行くその光景を、瑞鶴は頭と心に無理矢理刻み込まれたのである……

 

「……って、あれ……?」

 

その時の記憶が脳裏に蘇った直後、瑞鶴の中によく分からない違和感が湧き上がり、それに気が付いた彼女は思わず首を傾げながらそう呟く……

 

そしてその違和感は、海上で動き回る戦治郎の姿を見ている内に肥大化していき、瑞鶴はその違和感の正体を探る為、顎に手を当て目を細めて考え込み始める……

 

それからしばらくして……

 

「……何で衝撃波がこっちに来てないの……?それに今の戦治郎さんの動き……、舞鶴の時と何か違う様な気がする……?」

 

違和感の正体に気が付いた瑞鶴は、思わずそう呟くのであった

 

そう、瑞鶴が言う通り戦治郎が鬼帝ノ型を発動させれば、攻撃だけでなく声量や声が響き渡る範囲、衝撃波の速度までもが50倍に強化される為、戦治郎が鬼帝ノ型を発動して咆哮を上げれば、浜辺に立ち戦治郎の様子を見守る瑞鶴達も巻き込み、衝撃波やそれによって生み出された津波で辺り一帯に甚大な被害が出るはずなのだが、今回に限ってはそれが無かったのである

 

更に鬼帝ノ型を発動した戦治郎の動きと言うものは、戦治郎が持ち合わせている理性や知性が吹き飛び、完全な暴走状態になってしまう関係上、非常に野性的で荒々しいものになるはずなのだが、今回の場合は少々ぎこちないながらも、武術を修めている者らしい立ち回りをしているのである

 

因みに瑞鶴と共に戦治郎の様子を見守っていたアトランタは、戦治郎が左目から炎を噴き出した事と、豹変と言っていい程に雰囲気をガラリと変えた事に対しての驚きと、今の状況が全く掴めていない事から来る困惑により、大いに混乱し瑞鶴の隣で立ち尽くしていたりする

 

それからしばらくの間、瑞鶴は己の中に湧き上がった2つの疑問の答えを探る様に、自身のこめかみに指を当てながら考え込み始めるのだが、情報があまりにも少なすぎる為答えを導き出す事が出来ずにいたのであった

 

そんな瑞鶴に答えを教えてくれたのは、瑞鶴が考え込んでいる間に彼女達のすぐ傍まで歩み寄って来ていた大和であった

 

「提督が繰り出す攻撃によって発生する衝撃波や津波がこちらに来ていないのは、提督が沖に辿り着いた直後にイオッチさんが提督の周囲に魔力で出来た障壁を張って下さっているからなんです」

 

そう言って大和が戦治郎の方へ……、厳密には現在戦治郎が向いている方向の少し前辺りを指差し、それに倣う様に瑞鶴と我に返ったアトランタがそちらに顔を向けたところ、丁度戦治郎が大きく口を開けながら正拳突きを繰り出し、その拳圧で海面が大きくうねり、左右に大きな波を形成し前進していくのだが、それがある程度進んだところで唐突に見えない壁にぶつかった様な動きを見せて消失すると言う光景が目に映るのであった

 

「なるほど……、これが周囲に被害を出さない様にする為の対策って奴なのね……」

 

「あんなに口を大きく開けているにも関わらず、戦治郎の声がこちらに一切聞こえていないのも、その障壁が空気振動も防いでいるからって事……?」

 

「傍から見ればシュールな光景に見えると思いますが、今の提督の咆哮は艦娘の艤装を容易く中破させる威力がありますから……」

 

その後3人はこの様なやり取りを交わし、大和の言葉を聞いたアトランタは鬼帝ノ型を発動した戦治郎の恐ろしさを思い知り、思わずその表情を引き攣らせるのであった

 

これにより瑞鶴の疑問の1つが解けた訳だが、まだもう1つ、戦治郎の立ち回りに関する疑問が残っていた為、瑞鶴はその件について大和に質問するのであった

 

それについても大和は知っていた様で、大和は今度は戦治郎の頭に貼り付いたイオッチを指差し、この様に返答するのであった

 

「提督があの様に動けているのは、イオッチさんが提督の記憶を読み取って得た武術の立ち回りに関する知識を基に、提督の全身の神経に電気信号を流して提督の身体を操作しているからなんです……。更に言えば、今の提督の身体を形成する細胞は、イオッチさんが纏う電気による刺激によって活性化している上に、イオッチさんの魔力によって強化も施されているんです……。なので今の提督の戦闘力は、瑞鶴さんが舞鶴で見た時よりも遥かに向上しています……。因みに提督がここ最近筋肉痛に悩まされていたのは、これが大きな原因なんです……」

 

「えぇ……」

「うわぁ……」

 

大和のこの言葉により、戦治郎が途轍もなく無茶をしている事を知った2人は、思わずその表情を引き攣らせながら絶句するのであった……



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制御の反動とメールの宛先

自主練の後、大和達に見守られながらイオッチを使って鬼帝ノ型を更に強化しつつ制御すると言う、かなり無茶な特訓を行っていた戦治郎であったが、大和が瑞鶴達に戦治郎の特訓の目的や内容について説明し終えてから、かれこれ20分くらいの時間が経過したタイミングで、突如としてバチバチとけたたましい音を立てながら戦治郎の身体から火花が飛び散り、直後にまるで糸が切れた操り人形の様に戦治郎が海上に倒れ込んでしまうのであった

 

「戦治郎さんっ!?」

「急にどうしたって言うのよっ?!」

 

突然の出来事に驚き、困惑する瑞鶴とアトランタはそう叫び、戦治郎の下へ急いで駆け付け、彼を助け起こそうとするのだが……

 

「うぇ……っ!?」

 

「何よこの大量の青痣は……っ!?」

 

戦治郎の姿を見るなりギョッとし、表情を引き攣らせながら困惑の声を上げるのであった

 

そう、今の戦治郎の身体には、至る所にドス黒い青痣が出来ているのである……

 

「それは鬼帝ノ型を無理矢理制御しようとした反動……、謂わば代償の様な物ですね……」

 

戦治郎の身に何が起こったか分からず、駆け付けた2人が混乱していると、相変わらずその表情を曇らせた大和が、ゆっくりとした足取りで倒れ伏せた戦治郎の下へと歩み寄り、瑞鶴達の方へ顔を向ける事無くそう言いながら戦治郎を抱き起こすのであった

 

そんな大和の言葉の意味がイマイチ分からず、瑞鶴達が事の詳細について大和に尋ねようとしたその時……

 

「ふぃ~……、昨日よりも活動時間が伸びたンゴ。もうちょっと回数を重ねれば、恐らく合同演習中に活動限界に達する事は無くなりそうンゴ」

 

戦治郎の角と化して彼を操作していたイオッチが、一仕事終えたとばかりにこの様な言葉を口にし、それによってイオッチの存在を思い出した瑞鶴達は、その矛先を暗い表情を浮かべたままの大和から、己の額の汗を拭いながら戦治郎の腰にいつも取り付けられている格納ボックスの上で一休みするイオッチの方に向けるのであった

 

そうしてイオッチから情報を引き出す事に成功した瑞鶴達だったが、その内容の凄惨さに思わず絶句し、2人は自主練で使用している浜辺に戦治郎を横たえるまでの間、顔色を青ざめさせながら俯いて黙り込んでしまうのであった……

 

イオッチの話によると、戦治郎の身体中にある青痣は、イオッチが戦治郎の身体に送り込んでいた電気と魔力が原因で出来たものであるのだそうな……

 

詳細を掘り下げると、戦治郎が鬼帝ノ型を発動させれば攻撃力や射程だけでなく、戦治郎の身体もそれに合わせて頑丈になる訳だが、イオッチは暴走した戦治郎を制御する際に使用する電気と魔力の量を、強化された戦治郎の身体に合わせたものにしており、鬼帝ノ型が活動限界を迎えた直後、その効果は配電盤のブレーカーを落とした様に、急にストンと消失してしまうのである

 

そうなると戦治郎の身体を構成する細胞達は、今まで送られていた電気と魔力に耐えられなくなってしまい、空気を入れ過ぎた風船の様に次々と破裂していくのだとか……

 

先程戦治郎の身体から発された火花の正体は、これにより空気中に放出された戦治郎の細胞内にあった電気が引き起こしたものであり、戦治郎の身体中にある青痣も、筋細胞の破裂が著しい箇所が肉離れを起こした様な状態になり、内出血を起こして青痣になっていると言う事だったのである

 

そして今現在戦治郎が気絶している原因は、それによって発生した激痛から戦治郎の精神を守る為に、脳が戦治郎の意識を強制シャットダウンしたからなのである……

 

「今はこんな状態になってるけど、最初は本当に酷かったンゴ。何せ全身くまなく内出血を引き起こしてて、見るに堪えない姿になってたンゴ」

 

「あれは本当に酷かったですね……、提督のあの姿を見た時、大和も卒倒してしまうところでした……」

 

「しっかし、転生個体の皮膚って奴は思った以上に凄いンゴ。普通あんな事したら皮膚も裂けて出血、最悪失血死も有り得たかもしれないのに、よくもまああの電圧に耐えたものンゴ」

 

「そんな恐ろしい事を言わないで下さいっ!!もしそんな事になったら、大和は……、大和は……っ!」

 

「まああの回復力が備わっているなら、そうなる可能性は低くなると思うンゴ。一晩寝ただけで筋肉痛こそ残ったものの、全身の青痣が全部綺麗サッパリ消えるとか、上位の深海棲艦でも普通有り得ない事ンゴ」

 

イオッチの話を聞いて黙り込んでしまった瑞鶴達を余所に、イオッチと大和は初めてこの特訓を行った時の事を思い出してこの様なやり取りを交わし、イオッチは転生個体の脅威性を改めて再認識し、大和は大和にとって最悪の光景を想像してしまったのか、ポロポロと涙を流し始めるのであった

 

そんな事を話している間に大和達は無事に浜辺に到着し、気を失った戦治郎を砂浜に横たえ、戦治郎の意識が戻るのをその場に座り込んで待つ事にするのであった

 

この時、この場にいる誰もが……、生きる超高性能レーダーとも言えるあのイオッチですら、先程の話や戦治郎の容態、特訓の内容の改良案などに気を取られ、自分達の下へ近付いて来る影の存在に気付く事が出来ないでいた……

 

「……ねえ、何で戦治郎はここまで無茶な事をしてまでイタリアの総司令に勝とうとしてるの……?一応戦治郎からある程度話は聞いてはいるけど……、セクハラに対しての謝罪をさせる為だけにここまでやるって、流石におかしくない……?」

 

それからしばらくして、不意に戦治郎達との付き合いが短いアトランタが、自身の中に湧き上がった疑問を口にし、それに対しての答えを持つ大和やイオッチが、その疑問の答えを口にしようとしたその時である

 

「その答えはそうだなぁ……、戦治郎がその戦いで負ける、若しくはそもそも戦闘を避ける様な選択肢を選んでいた場合、戦治郎だけでなく僕や燎、欧州の2人の面子を潰す事になるだけでなく、イタリア海軍の暴走を許す切っ掛けになりかねないからかな?」

 

不意に大和達の背後から何処かで聞いた事のある声が聞こえ、その声に即座に反応して大和達が振り返ってみれば……

 

「大和とアトランタは久しぶり、そして瑞鶴は直接会うのは初めましてかな?」

 

そこにはバッチリ変装を施したリチャードとその妻であるスウ、更には悟の3人の姿があり、大和達と目が合ったリチャードはニコリと微笑みながら挨拶をするのであった

 

因みにリチャードと瑞鶴の接点だが、戦治郎がリチャードと穏健派大連合に関する話をタブレット越しにしていたところに、新しい護のゲームを注文しに来た瑞鶴が居合わせる事になり、これも何かの縁と言う事でそれぞれ自己紹介を交わす事となったと言うものだったりする

 

「リチャードさんにスウさんじゃないですかっ!?どうして貴方達が此処にいるんですかっ?!」

 

ホノルルで訓練をしていた頃、ジョシュアからアメリカの艦娘誕生の報を受け、祝宴を挙げにわざわざ基地までやって来たリチャード夫妻と遭遇し、それ以来時々訓練を手伝ってもらっていた事があるアトランタが、驚きのあまり目を白黒させながらそう叫ぶと

 

「戦治郎から江田校祭の招待状を貰ったんだよ、まあ本命はそれに添えられてたイタリア海軍の件なんだけどね」

 

「イタリア海軍が秘密裏に外なる神の助力を得ているというのは、穏健派大連合としてはとても看過出来ない事ですからね。イタリア海軍がその力に溺れ、進べき道を間違えない様にする為にも、私達は今回の合同演習で彼らの事を見定め、味方に引き入れる事が出来る様ならば穏健派大連合への加入を勧め、そうでない場合は彼らの暴走を阻止する為に、今の内に釘を刺しておく必要がありますから」

 

「その為にもよぉ、この莫迦にはちょいとばっかし頑張ってもらわなきゃなんねぇんだよなぁ。相手のアタマは元々ヤクザモンだって話だかんなぁ、そんな奴が自分よか弱ぇ奴に素直に従うとは思えねぇからよぉ、戦治郎には穏健派大連合の代表として、そいつに力って奴を示してもらわなきゃいけねぇんだよなぁ」

 

「ちょっと待って、最後のアンタは一体何者よ?」

 

リチャード、スウ、悟の3人が、アトランタの疑問に対する答えをそれぞれの言葉で口にするのだが、悟と全く面識が無いアトランタは、悟が話した直後に反射的に悟の正体について尋ね、アトランタ同様悟と会った事が無かった瑞鶴も、内心でアトランタの質問に同意し、彼の返答を静かに待つのであった

 

尚、その返答は悟の代わりに大和が答え、このやたら口の悪い潜水棲姫が戦治郎の仲間で、難病指定されていた鈴谷の病気を即座に完治させた凄腕の医者であると聞いたアトランタと瑞鶴は、腑に落ちないと言った様子で怪訝そうな表情を浮かべるのであった

 

尤も、その疑念もその直後に行われた戦治郎の治療により、一瞬で吹き飛んでしまうのだが……

 

大和が悟の事を紹介し終えた後

 

「そういえば、リチャードさん達は如何してこんなに早く日本に来たのですか?江田校祭までまだ少し日数があったはずなのですが……?」

 

戦治郎から前もって話を聞いていた大和が、ふと思い出した様にリチャード達の来日が予定よりも早かった事について尋ねると……

 

「それに答えるより先によぉ、やるべき事があんだろうがよぉ」

 

話に割って入る様に悟がこの様な言葉を口にしながら、浜辺に横たわった戦治郎の下へとゆっくりと歩み寄り、彼の額付近に手をかざし、翠緑を発動して特訓のせいで青痣だらけとなった戦治郎の治療を開始する

 

そうして戦治郎の身体を淡い緑色の光が優しく包み込み、その直後に戦治郎の身体の至る所にあった青痣がすぐさま消えていくと言う光景を目の当たりにしたアトランタと瑞鶴は、目を丸くして驚きつつも、悟が戦治郎の仲間である事と凄腕の医者である事に、内心で納得するのであった

 

それから間もなくして、戦治郎の身体から青痣が綺麗サッパリ消失し、役目を終えた緑光が霧散する様に消えてしまったところで……

 

「ホwおごぉっ!?」

 

完全回復した戦治郎が意識を取り戻し、何かを叫びながら勢いよく上半身を起こそうとしたところで、悟がそれを待っていたとばかりに戦治郎の額付近にかざしていた手を強く握り込み、固い拳骨を作ってその場で待機していると、戦治郎の額が悟の拳に吸い寄せられる様に迫っていき、やがて悟の拳は戦治郎の額に直撃、戦治郎はその痛みに悲鳴を上げながらもんどり打ってしまうのであった

 

「よぉ寝坊助ぇ」

 

「アイエエエ!サトル!?サトルナンデ?!」

 

額に拳骨をもらって悶える戦治郎に向かって、戦治郎の額が思った以上に硬かったからなのか、拳を握っていた手をプラプラさせながら悟が呼び掛けると、戦治郎は驚きの表情を見せながら、奇妙な言葉遣いで悟が如何して此処にいるのかについて尋ねるのであった

 

「おめぇが呼んだんだろうがよぉ、合同演習の時によぉ、何かの手違いで観客を自分達の戦いに巻き込んじまった時の為の保険としてなぁ」

 

「いや、おめぇの事だから江田校祭の2日前くらいに広島入りして、1日使って救急関係の準備進めておいてから当日に臨むって思ってたからよぉ」

 

悟が戦治郎が予想していたよりも早く広島入りした事に関して、2人がこの様なやり取りを交わしていると……

 

「済まない戦治郎、悟は僕達の頼みを聞いて僕達の日程に合わせてくれたんだよ」

 

「リチャードさん達ももう来ちゃったのぉっ!?ちょっち皆来るの早過ぎんよぉ……」

 

そのやり取りを聞いていたリチャードが、申し訳なさそうな表情を浮かべながらこの様かことを言い、それによってリチャードと彼の傍に立つスウの存在に気付いた戦治郎は、予定よりも早いリチャード達の広島入りに驚いた後、困った様な表情を浮かべながら腕を組み、何かを考え始めるのであった

 

そんな戦治郎の様子を見て、瑞鶴が戦治郎が何について考えているのか尋ねると……

 

「いやな、江田校祭までまだ日にちあんだろ?だからそれまでの間リチャードさん達にどうやって時間を潰してもらおうかって……」

 

「あぁ、それなら全然問題無いよ」

 

戦治郎は考え込む仕草のままこの様に答え、その答えを聞いて瑞鶴が納得した直後、話を聞いていたリチャードがこの様な言葉を口にする

 

話を聞いてみると、如何やらリチャード達は江田校祭が開催されるまでの間、少し前に仕事の関係で広島に来た事がある悟を案内役として、広島観光をするつもりでいるのだそうな……

 

「本当は僕も悟同様、開催日の少し前に来るつもりだったんだけど……」

 

「大連合が発足してからあまり休みを取っていないリチャードを休ませる為に、この機会を利用して広島観光をしようと私が提案したんですよ。まあ最初はかなりゴネていましたけどね……」

 

「こいつら横須賀に輸送船でやって来たかと思えばよぉ、俺の部屋に押しかけて来て広島観光の案内役を頼んで来やがったんよぉ。まあ医者としての観点からスウさんの言い分の方が正しいと判断し、リチャードさんがしっかり休める様監視するついでに案内役を引き受けた感じなんだよなぁ」

 

広島観光をする事になった経緯について、リチャードは苦笑しながら、スウは広島観光を提案した時の様子を思い出したのか、リチャードの方へと顔を向け、少々ムッとしながら言葉を続け、2人の広島観光に巻き込まれた悟はなんと表現したらいいのか分からない様な、何とも微妙な表情を浮かべながらやれやれと首を横に振りつつ、この様な言葉を口にするのであった

 

因みに先程話に出た輸送船の中には、リチャード達がトラブルに巻き込まれた時に備えて、リチャードのパワードスーツであるメタルウルフが格納されており、リチャードから要請があればすぐさま輸送船からメタルウルフを射出、迅速にリチャードの下へスーツを届けられる様にしてあるのだとか……

 

その後、戦治郎への挨拶を終えたリチャード達は予約しているホテルに向かう為にこの場を後にし、それを見送った戦治郎は……

 

「よっし!悟のおかげで体力全快になったし、もっかい鬼帝ノ型制御の特訓やるかっ!!」

 

何を血迷ったのかこの様な事をほざき、あの様な姿を1日に何回も見せられるのは堪らないと言う大和達によって追い特訓は全力で阻止されてしまい、結果この日の特訓はここで切り上げる事になり、なるべく早く鬼帝ノ型の制御をモノにしたいと思う戦治郎は、渋々部屋に戻って寝る事になってしまうのであった……



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横須賀の乱の影響の大きさ

戦治郎の頼みとリチャード夫妻の頼みを聞き入れ、これまで研修の為に勤務している病院に貢献して来た事を理由に、長めの休暇をもぎ取って江田校祭に参加する為に広島入りした悟だが、そんな彼を見てここできっと1つ疑問が生じるところだろう

 

どうして悟と同じく横須賀に残っている太郎丸と弥七を、一緒に連れて行かなかったのだろうか?と……

 

今回はそれについて触れていこうと思っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悟がリチャード夫妻と共に広島に向かった後の事である、横須賀鎮守府内に存在するある設備の中に、複数の影が一切の無駄の無い動きで音も立てずに侵入していく……

 

そんな影達は市街戦用の都市迷彩を施した野戦服で身を包み、顔も防弾マスクやガスマスクなどで覆い隠し、その手にはアサルトライフルやグレネードランチャーなどの様々な歩兵用火器が握られていた

 

そして影達が周囲を警戒しながら施設の奥の方へと進んでいくと、先頭に立って進んでいた影達のリーダー格と思わしき存在が急に全体に止まる様にとハンドサインで指示を出し、影達がそれに従って傍に転がる瓦礫やガラクタの陰に身を潜めた直後、進行方向上から影達と全く同じ武装を装備した者達が姿を現すのであった

 

こうして新たに現れた影達が物陰に潜む影達の存在に気付かず、瓦礫やガラクタの傍を通り過ぎようとしたところで、リーダー格が攻撃指示を出し、影達は新たに現れた影達に両サイドから奇襲を仕掛け、反撃のチャンスすら与える事無く新たな影達を制圧し、進軍を再開するのだったが……

 

「……来たかっ!?」

 

「うげぇ……、マジかよ……」

 

「なるべく大きな音を立てない様にナイフや格闘術で仕留めたのですが……、やはり気付かれますか……」

 

リーダー格が何かの気配を察知し、険しい顔で呟く様に声を荒らげ、それを聞いた他の影達はどこかゲンナリした様子で、各々に言葉を口にしながら戦闘態勢に入る。それから間もなくして、影達の進行方向上から明らかに人間よりも大きな影が、建物内の狭い通路であるにも関わらず、かなりの速度を出しながら影達目掛けて突っ込んで来るのであった

 

そんな影を排除するべく、影達が遮蔽物から身を乗り出して攻撃を仕掛けようとするのだが、直後に大きな影の背後からまるで大蛇の様な長く太い影が伸び、その先端が一瞬火を噴くと次の瞬間には、通路上の遮蔽物諸共一部の影が吹き飛ばされてしまうのであった

 

「怯むなっ!!奴をこれ以上近付けさせない為にも攻撃を続けるんだっ!!」

 

寸でのところで大きな影の攻撃を回避する事に成功したリーダー格が、鬼気迫る様子で他の影達に指示を出し、それに従って影達が大きな影の侵攻を妨害するべく弾幕を張る様に手にした武器の引き金を引き、大きな影に対して一斉攻撃を開始する訳なのだが……

 

「……当たらないっ!?」

 

「あの図体でこの銃弾の嵐を潜り抜けて来るかっ!?」

 

驚くべき事に大きな影は通路上に展開された弾幕を、そのサイズからは想像出来ないほどの身軽さで、三角飛びの要領で床や壁を蹴って跳躍しながらスルスルと回避し、攻撃の手を止める事無く続行しつつ、影達の方へと猛然と突進して来るのであった

 

それにより影達の数が見る見るうちに減っていき、このままでは不味いと判断したリーダー格が、グレネードランチャー持ちに大きな影を討ち取るべく攻撃指示を出し、残った影達の中でグレネードランチャーを所持する者達が攻撃を開始したところ……

 

「あ……」

 

「終わった……」

 

大きな影は床に転がる榴弾を察知するや否や、爆発に巻き込まれぬ様にとこれまでより高く跳躍、空中で左右に影を伸ばしながら身を翻して天井に貼り付くと、先程伸ばした影を羽ばたかせながら天井を猛ダッシュし始め、やがて影達の頭上に到達してしまうのであった

 

その様子を目にした影達の表情が絶望の色に染まった直後……

 

「もらったよっ!」

「悪ぃな皆っ!こっちのチームの勝ちだっ!!」

 

影達の頭上から聞き覚えがある声が聞こえると同時に、大量の銃弾と砲弾が一斉に浴びせかけられ、影達は瞬く間の内に制圧されてしまうのであった

 

その直後である

 

『侵攻サイドの全滅を確認っ!よって今回の演習は防衛サイドの勝利となったっ!!』

 

『設備内に残ってる奴は全員表出ろ~、結果発表すんぞ~』

 

不意に建物内に設置されたスピーカーから陸軍元帥大将である剣持と海軍中将である燎の声が発され、それを聞いた影達と大きな影はまるで今まで争っていたのが嘘の様に並び立って建物から出ていくのであった

 

そうして太陽の下に姿を現した者達は、誰もかれもが全身塗料まみれになっており、今回の戦いの激しさと、この戦いがペイント弾を用いた模擬戦であった事を物語っていた

 

「やっぱり負けたか~……」

 

「ある程度ハンデがあるとしても、大体太郎丸達が入ってるチームが勝つわよね~……。そもそも身体能力とかに差があり過ぎるし……」

 

「そう言えばムサシさんが屋上から侵入するチームにいたはずですが……?」

 

「ごめん……、弥七に奇襲を仕掛けられて開始早々退場させられたんだ……」

 

「痛々しい引っ掻き傷ね……、中将達の話が終わったら手当てしてあげるわ」

 

この様に今回の模擬戦に関するやり取りを交わしながら、影と呼ばれていた者達が今まで顔を覆い隠していたマスクを外せば、そこにはよく見知った顔……、横須賀鎮守府の主力艦娘の面々や、ムサシを含む陸軍の精鋭達の顔があり、その表情は揃いも揃って苦々しいものとなっていたのであった

 

このメンツを見て分かる通り、この戦いは海軍の艦娘達と陸軍の兵士達による、市街戦を想定した合同演習だったのである

 

横須賀の乱により例え海軍所属の艦娘であろうと、ある程度は屋内での対人戦闘がこなせる様になっておかなければ不味い事が浮き彫りになり、この事態を重く見た元帥が燎に重要拠点に所属する艦娘達だけでも構わないので、艦娘にもある程度陸上戦が出来る様に早急に鍛える様にと命令を出し、それを受けた燎が剣持にこの件を相談したところ、剣持から定期的に陸軍と合同演習するのはどうだろうかと提案された事で、この合同演習が行われる事になったのである

 

これだけ聞けば陸軍にあまりメリットが無い様な気がするが、今の陸軍は以前にも言ったと思うが即戦力になりそうな者がムサシと煌くらいしかいない、所属する兵士の殆どが新兵だと言っても過言ではない状態である為、そんな新兵達になるべく多くの経験を積ませたいと考えている剣持からしてみれば、今回の件は渡りに舟と言った感じだったのである

 

又、海軍からすれば今の陸軍は横須賀の乱の際に各地の拠点に赴き、暴走する旧陸軍共から多くの艦娘や提督を助けてくれた恩人である為、この提案を簡単に断る事は出来なかったのであった

 

さてそれはそうとして、工廠にある元明石の部屋で監視カメラを通じて演習の様子を見守っていた剣持達の到着を待つ間、横須賀の艦娘達と陸軍の兵士達が各々に交流を図る中、地上からの突入部隊の指揮を執っていた長門は、自分達の部隊をあっという間に制圧してみせた大きな影の正体……、背中から大きな鷲の翼を生やし、尾の代わりにレ級の艤装を尻から生やした全長3mを優に超えるベンガルトラに跨る太郎丸に話し掛けていた

 

そんな太郎丸の腰にあるホルスターの中には、戦治郎が舞鶴で作り出した2丁の小型短機関銃であるアルルカンとピエロットが収められていた

 

「本当に済まないな、折角戦治郎に会える機会だったのに、この様な事に付き合わせてしまって……」

 

「これに関しては仕方ないよ、陸軍の戦力強化は今の日本帝国軍が抱えている大きな課題の1つだろうし、艦娘達の対人戦闘のスキル向上も大事な事だからね」

 

心底申し訳なさそうに長門がそう言うと、太郎丸は少々複雑そうな表情を浮かべながらこの様に返答し……

 

「俺はその辺の細けぇ事はサッパリ分かんねぇけど、存分に暴れて能力を身体に馴染ませる機会が来たってのは嬉しい事だな。まあ本音言えばご主人やシゲとは会いたいとこなんだけどな……」

 

太郎丸の言葉に続く様に、太郎丸が現在跨っている巨大な虎の様なナニカが、この様な事を口にするのであった

 

そう、この翼を持つ巨大な虎の様なナニカは、ゾア汁によって秘めたる能力を解放し、この様な姿に変身する能力を手にした弥七なのである

 

弥七はこの能力を手にした事で、エリレとしての戦闘力はそのまま……、いや、慣れ親しんだ四足歩行による安定性のある機敏な動きによって相手を攪乱し、その巨体で相手を威圧して動揺を誘える様になった事や、翼を使って空を飛び、相手の頭上から艦載機による爆撃と合わせて戦艦主砲を叩き込む、或いは相手の懐に飛び込んで装甲ごと相手を鋭い爪で切り裂いたり、相手が人型の深海棲艦ならば巨大な顎で首筋に食らい付き、研ぎ澄まされた牙で喉笛を噛み千切る様な事が出来る様になった事もあり、下手をすればエリレの姿の時よりも戦闘能力は向上していると言えるだろう

 

エリレの時よりも身体が格段に大きくなった事により、被弾リスクが上がったと思う者もいるだろうが、向上した機動力のおかげで相手の砲撃や機銃掃射も難なく回避する事が出来る上に、翼を使って強い風を起こして砲弾の軌道を逸らしたり、重さや勢いの無い銃弾を吹き飛ばせる事や、緊急回避として虎形態からエリレ形態に瞬時に戻る事も可能である為、被弾リスクに関しては全く以て心配無用なのである

 

まあそれはそうとして、太郎丸の言葉で若干明るくなった長門の表情が、弥七の言葉によって先程以上に暗いものになってしまった為、太郎丸は慌てた様子で慰めの言葉を長門にかけてあげるのであった

 

さて、ここでようやく太郎丸達が悟達について行かず、横須賀に残った理由について触れていこう

 

率直に言ってしまえば、太郎丸達はこの海軍と陸軍の合同演習の強敵役として駆り出されてしまったのである

 

これは如何言った経緯でこの様になったのかと言えば、合同演習の件が可決した後、剣持が陸軍の戦力強化を急ぐ理由を燎に話したところ、燎がその意見に賛同したからである

 

そんな剣持が話した内容とは、桂島の件を鑑みて、もしかしたら今残っている海軍の提督の中に、元桂島の提督が築いたパイプを利用して未だにプロフェッサーやアリーと繋がっている者がいるかもしれないし、この2人以外の他の転生個体と手を組んでいる者もいるかもしれず、場合によっては陸軍の兵士達は陸上で転生個体と戦闘する可能性があるかもしれないと言うものだったのである

 

これを聞いた直後、過去に転生個体と直接戦ってボコボコにされた事がある燎は、その時の事がフラッシュバックして即座に剣持の考えを否定しようとしたのだが……

 

「正直なところ、俺達人間風情が圧倒的な力を持つ転生個体相手に勝つ事が出来ないと言う事など重々承知だ。だが俺達が頑張る事で相手をその場に縛り付ける、或いは追跡する為に必要な痕跡を残す事が出来れば、転生個体を倒せる可能性があるあいつら(戦治郎達)の助けになるのではないかと、そう考えたからこそ陸軍は早急に戦力を強化し、転生個体との戦闘での生存率を上げ、あいつら(戦治郎達)にタスキを渡せる可能性を上げる必要があると思っているんだ」

 

剣持がこの様に言葉を続けた為、燎は今しがた口にしようとした言葉を飲み込み、剣持の考えに賛同したのである

 

こう言った経緯があり、合同演習は艦娘達用の人間だけで行うもの以外に、転生個体を仮想敵としたものも行う方針になり、話し合いの結果横須賀に残っていた太郎丸と弥七、それに陸軍のムサシが対転生個体演習のターゲットになる事となったのである

 

因みに太郎丸達と同じく転生個体である悟と、転生個体よりも厄介な神話生物である煌がターゲットから外された理由は、悟の場合は医師免許取得の為の研修が忙しいから、煌の場合は1度試しにやってみたところ、ちょっぴり本気を出した煌に誰も……、ディープストライカースーツを装備した燎や本気を出した剣持を加えても勝つ事が出来なかった為、これでは訓練にならないと言う事で外された模様……

 

尚これは余談だが、今回の演習ではムサシが太郎丸達と戦ってみたいと言う要望を出し、それを受けた剣持がその要望に答えた訳なのだが、肝心のムサシは先程本人が言った通り、開始早々太郎丸が立てた『相手のチームで一番強い人を真っ先に倒す事で、相手チームに動揺を誘って士気をガタ落ちさせる』と言う作戦に従った弥七に奇襲を仕掛けられ、巨体を駆使したのしかかりからの顔面への乱れ引っ掻き、そしてフィニッシュとして尻尾の主砲から特大のペイント弾を鼻っ柱にお見舞いされた模様

 

この話を燎から持ち掛けられた時、弥七は上記の理由でノリノリで引き受けたのだが、太郎丸の方は少し躊躇いを見せたものの、最終的には戦治郎の助けになるからと言う事で、この件を引き受ける事にしたのである

 

そうして行われて来た合同演習だが、今回は運悪く江田校祭の開催期間とモロ被りしてしまい、太郎丸達は戦治郎に会いたい気持ちを抑え込み、合同演習に参加する事にしたのであった

 

そう、合同演習は専用の設備内で1日ドンパチするだけで終わらず、それによって出て来た問題点を解消すべく、しばらくの期間中合同の訓練も行われる事になっているのである。その期間が江田校祭の開催期間と被ってしまっている為、太郎丸達は戦治郎との再会の機会を諦める事にしたのである

 

そうしている間に剣持達が姿を現し、今回の演習の結果や問題点を発表し、後日行う訓練の内容について説明を開始するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハラヘッタ」

 

剣持達が地上でこの様なやり取りを交わしている中、横須賀鎮守府の地下深く……、かつてアムステルダム泊地の提督だったものの頭が封印されていた場所では、水の様なナニカが蠢きながらこの様な事を呟いていたのであった……




弥七の天井走行は、爪で天井に貼り付いた上で、構造を若干変化させて羽ばたかせれば浮力ではなくダウンフォースを生み出せる様にした翼を用いて行う模様


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江田校祭開催

戦治郎達が出し物の準備や合同演習に向けての訓練を重ねている間にも、時間は刻一刻と過ぎていき、遂に江田校祭の開催日がやって来るのであった

 

この日は軍事機密に関わるような場所以外は一般公開される様になっており、来場客達は入口で危険物の持ち込みが無いかを確認する為の簡単なボディーチェックを受けると、期待と好奇心に胸を躍らせ、満面の笑顔を浮かべながら入場門を潜って軍学校内へと足を踏み入れていくのであった

 

「遂にこの日が来たか……、ったく……、イタリア海軍の件さえなけりゃぁ俺ももうちょっち気楽にイベントを楽しめたって言うのによぉ……」

 

「気持ちは分かるけど今はその事は一旦置いておいて、笑顔でこのイベントを楽しもうじゃないか」

 

そんな来場客とは打って変わって、仏頂面を浮かべながら戦治郎がそう呟くと、やややつれた顔のリチャードが精一杯の笑顔を浮かべながらこの様に返事をするのであった

 

「そうですね、リチャードの言う通り折角の機会なのですから、時が来るまでの間はこのお祭りを楽しみましょう」

 

そんなリチャードに続き、この様な言葉を口にするのはツヤッツヤのお肌でそこらの来場客以上の満面の笑顔を浮かべるスウであった

 

今回の祭に来場客として参加する事になったこの2人は、戦治郎から事前に話を聞いていた鹿島によるボディーチェックを通過し、江田校祭の会場である江田島軍学校にやって来た訳なのだが、自分が関わっている出し物が午後に固まっている事もあってそれまで十分遊ぶ時間があると言う事で、リチャード夫妻の案内役を買って出た戦治郎と、今回は戦治郎だけでなくリチャード夫妻の護衛も担当する事となった大和と合流した時から、2人の顔色はこの様な調子であった為、思わず戦治郎が2人の体調を心配して何があったか尋ねてみたところ……

 

「ちょっと仕事の事を考えなくて済む開放感と旅行による興奮のせいで、昨晩少々頑張り過ぎてしまってねぇ……」

 

リチャードは苦笑しながらこの様に返答し、スウは顔を紅潮させながら恥ずかしそうにモジモジとし始め、その様子を見た戦治郎と大和は昨晩2人がナニをしたのかを察し、それ以上その件について言及する事を止めるのであった

 

因みにこの場にいない悟の行方についてだが、彼は江田校祭が始まる少し前に会場入りし、自身が医療従事者である事を証明した後に得意の心理戦で校長を丸め込み、現在は医療スタッフの1人として医務室に待機している模様

 

本人曰く……

 

「祭って事で気ぃ緩んで怪我したり馬鹿な真似する奴ってのはよぉ、どうしても一定数出ちまうモンだろうがよぉ。俺ぁ祭で年甲斐無くはしゃぐよりもよぉ、そんな馬鹿共の相手してる方がよっぽど楽しめんだよなぁ」

 

との事である。まあ彼がこの様な考えの持ち主である事を知っていた戦治郎は、一応彼も誘ってこの様な返答をもらうと、彼の事を無理に連れ出すような真似はせず、一言エールを送ってリチャード達を迎えに行ったのであった

 

さて、そうしてリチャード達と合流した戦治郎達は、手始めに重巡科の出し物である一般人でも使用出来る様に改造された15.5cm三連装砲を使った射的の会場へと足を運ぶのであった

 

「おっ!センジローさんじゃん!ホントに来てくれたんだっ!!」

 

「応っ!重巡科の出し物は俺的にも興味深ぇ内容だったからなっ!」

 

「あら、そちらの方々は……」

 

「初めましてお嬢さん達、僕は戦治郎の友人でリチャードって言うんだ。で、こっちが僕の妻のスウ、以後お見知りおきを……ってね」

 

「妻……?失礼ですがリチャードさんの声は女性のものの様に聞こえるのですが……」

 

「細けぇこたぁいいんだよ熊野ぉっ!!」

 

そして戦治郎達が会場に辿り着くと、戦治郎がやって来た事に気付いた鈴谷と熊野の2人が駆け寄って来て、この様なやり取りを交わした後、熊鈴の2人はリチャード達向けに出し物の内容について説明を行い……

 

(う~ん……、俺が思ったより客入りが少ねぇな……。一応人は来てるっちゃ来てるけど、どいつも出し物には直接参加しようとはせず、遠巻きに眺めてるだけって感じだな……。その表情から出し物自体には興味はあるけど、危なそうだから手が出せねぇって感じか……)

 

以前鈴谷から話を聞いていた戦治郎は、2人の説明を聞き流しながら辺りの様子を窺い、重巡科の出し物の客入りが芳しくない事を察知し、思わず難しい表情を浮かべるのであった

 

これに関しては、戦治郎からしたらこの出し物を通して艦娘として活動する事がどれだけ危険なものであるかを察してもらう事で、ドロップ艦として活動しようとする艦娘の抑制になるであろうと言う事でやや嬉しい反面、知人達の出し物が繁盛していない事が少し寂しいところでもあるのである

 

(何とかしてやりてぇところだが……)

 

どうしたらこの出し物が繁盛するかについて、戦治郎が内心でそう呟きながら本格的に考え込み始めたその時である

 

「戦治郎、ちょっといいかな?」

 

「うい?なんでっしゃろい?」

 

不意にリチャードが戦治郎に向かって話し掛けて来た為、戦治郎は思考を中断してリチャードの話を聞く事にするのであった

 

そうして戦治郎が自分の声に反応した事を確認したリチャードは、戦治郎の肩に腕を回し、熊鈴の2人から少し距離を取り……

 

「さっき何か考え込んでたみたいだけど……、それってもしかしてこの出し物の客入りに関してのものかい?」

 

「何で分かるんですか……?」

 

「だってさっきの戦治郎の表情や仕草が、ヤマグチ水産の経営方針を考える時の正蔵さんとそっくりだったからね」

 

「おおぅ、マジですかい……」

 

肩を組んだ姿勢のままリチャードが戦治郎の耳元に顔を近付け、辺りに聞こえない様にコソコソと囁く様に先程戦治郎が考え込んでいた内容を言い当てた後、驚く戦治郎にある提案をするのであった……

 

「……いいんです?リチャードさんにそんな事やらせちまっても……?」

 

「構わないさ、僕としては戦治郎にも、戦治郎の友達にも、そしてお客さん達にもこのイベントを笑顔で楽しんでもらいたいからね。だからこのくらいお安い御用さ」

 

リチャードの提案を聞いた戦治郎は、先程とは毛色の違う驚きの表情を見せながら、リチャードと同じ様に囁く様にこの様に尋ね、リチャードがウインクをしながらこの様に返答すると、戦治郎はリチャードの提案を受ける事にし、コソコソ話を切り上げると熊鈴の2人の下へと歩み寄り……

 

「俺とリチャードさんがプレイすっから砲をくれ、んでこれで貰えるだけの弾薬をプリーズ」

 

戦治郎はそう言うと懐から1万円札を2枚取り出し、それを熊鈴に渡して射的に使う砲を2人分、そして2万円で貰えるだけの弾薬を貰うと、リチャードの下へと戻って砲と弾薬を分け合い、プレイヤーの立ち位置を示す白線の前にリチャードと共に並び立つのであった

 

この時熊鈴の2人が、戦治郎達のサポートをする為に近付こうとするのだが……

 

「おめぇらはそこで見てろ」

 

戦治郎がそう言いながら2人を手で制し……

 

「準備はいいかい?それじゃあ……Let's party!」

 

戦治郎の準備が整った事を確認したリチャードが合図を出すと、2人は一斉にターゲットに向かって砲撃を開始するのであった。それも普通なら転倒防止の為に両手で砲を扱うところを、ワンハンドショットで……。しかも砲身が焼き付くのではないかと心配になるくらいの勢いで、バカスカ連射すると言うオマケ付きである……

 

そんな戦治郎達の様子を、戦治郎の指示に従って少し離れた位置から見ていた熊鈴は……

 

「どうしてあのお2人は、結構な反動が来る筈の重巡の砲を、ああも容易く扱えているんですの……?」

 

「センジローさんの方はまだ分かる……、布都御魂作る時にめっちゃ重いの軽々と持ち上げたりしてたから、砲の反動をその無茶苦茶な筋力でどうにかしてるんだと思う……。けどリチャードさんがあんな真似出来るのは、目の前でやられててもちょっと信じられない……」

 

只々愕然としながらこの様なやり取りを交わし、そんな鈴熊の様子を更に離れた位置で見守っていた大和とスウは、思わず苦笑しながら鈴熊の2人に同情の念を送るのであった……

 

そうしている内に、戦治郎達は1つ目の弾倉を使い切ってしまうのだが……

 

「戦治郎っ!そろそろいくよっ!?」

 

「合点承知の助っ!!」

 

戦治郎達はこの様なやり取りを交わしながら空になった弾倉を地面に落とす様にして砲から外すと、同時にお互いに向かって新しい弾倉を放り投げ、それを手では受け取らず、空中で砲の弾薬装填部分で受け止める様にして弾倉を再装填すると……

 

「You have!」

 

戦治郎がそう叫びながら先程まで手にしていた砲を、弾倉を再装填するなり砲撃を再開したリチャードに向かって投げ渡し……

 

「I have!」

 

リチャードは砲撃を続けつつ、そう叫びながら投げ渡された砲を受け取ると、今度は二丁拳銃の要領でターゲットに向かって砲撃を行い始めるのであった

 

そうしている内に地面に固定していたターゲットの固定具が、砲撃の激しさに耐え切れずに壊れてしまい、整備科の候補生達と妖精さん達が協力して完成させたやたら頑強なターゲットは、砲弾の爆風によって宙を舞いながら後方へ吹っ飛んで行くのであった

 

そしてその直後……

 

「You have!」

 

今度はリチャードがそう叫び、空になった弾倉を排出しながら2つの砲を戦治郎に投げ渡し……

 

「I have!」

 

リチャードがソロで砲撃を行っている間、弾倉に何か細工を施していた戦治郎が、先程までいじくっていた弾倉を自身の真上に軽く放り投げ、リチャードから投げ渡された2つの砲をそう叫びながらそれぞれの手で受け取ると、砲の弾薬装填部分を落下して来た弾倉に叩きつける様にして弾薬の再装填を行い、先程のリチャードの様に二丁拳銃の要領で砲撃を開始するのであった

 

しかし戦治郎の放つ砲弾は、宙を舞うターゲットから悉く外れ、ターゲットの左右や下を通る様にして、後方へと飛んで行くターゲットを追い越して行ってしまうのであった

 

その様子を見守っていた人々が、不思議そうな表情やどこか落胆した様な表情を浮かべ始めたその直後の事である、戦治郎が放った砲弾が何かにぶつかった訳でも無いのに突如として次々と爆発し始め、その爆風に煽られたターゲットは今度は放物線を描きながら、戦治郎達の方に向かって飛んで来るのであった

 

そして……

 

「行きますよリチャードさん!」

 

「OK!」

 

戦治郎達はこの様なやり取りを交わすなり、戦治郎は左手に、リチャードは右手に砲を持ち、互いの背中を合わせながら砲を手にした方の腕を、自分達の方へと飛んで来るターゲットに向けて伸ばし……

 

「「Jackpot!」」

 

声を揃えてそう叫び、同時に引き金を引いて砲弾を放ち、飛来するターゲットを見事に撃ち落としてみせるのであった

 

その直後は誰もが驚きのあまり言葉を失い、会場には静寂が訪れていたのだが、ターゲットがけたたましい音を立てながら地面に落下した刹那、至る所から盛大な拍手と歓声が湧き上がるのであった

 

「皆さ~ん!拍手と歓声ありがとうございま~す!!」

 

「もしこれで射的に興味を持って頂けたのであれば、どうぞ係の者に一声お願いしまーす!」

 

「あっ、因みに俺達の真似は非常に危険なのでやらないようにっ!!皆さんは係の者の指示に従って、安全に且つ快適に射的をお楽しみくださ~い!!」

 

戦治郎達は湧き立つギャラリーに向かって笑顔で手を振りながらそう叫んだ後、自分達の事を待ってくれていた大和達の下へと戻り……

 

「提督もリチャードさんもお疲れ様でした」

 

「貴方達の派手な曲撃ちで会場を眺めるだけだったお客さん達の興味を引き付け、その技の素晴らしさでお客さん達を興奮させ、恐怖心に対しての感覚を多少麻痺させると同時に好奇心を恐怖心を上回る程に膨らませる事で、お客さん達が自発的に射的に参加する様に仕向けた……。そしてその根底には戦治郎さんの場合はご友人の出し物に繁盛してもらいたい、リチャードの場合は私達にカッコイイところを見せたかった。更に共通でお客さん達にリアルな体験をしてもらう事で、艦娘と言う仕事やドロップ艦について改めて考えてもらう機会を作ってもらおうと言う思惑があった……、と言ったところでしょうか?」

 

大和は戻って来た2人に労いの言葉を掛け、スウは2人がこの様な大立ち回りをした理由に関する推論を述べるのであった

 

「ありがとな大和、そしてスウさん大正解、流石の観察眼ですわ」

 

「ドロップ艦問題は、日本だけの問題じゃなくなってきてるからね……。最近は僕達の所でもちょくちょく保護してたりするから……」

 

そんな2人の言葉に対して、戦治郎は笑顔でこの様に返事をし、リチャードは苦笑しながらこの様な事を口にするのであった

 

その後、戦治郎達は戦治郎達の方へ駆け寄ろうとはしたものの、戦治郎達の働きによって射的をやりたくなったお客さん達の津波に捕まり、その対応で身動きが取れなくなってしまった熊鈴の2人に向かって別れを告げた後、次の目的地に向かって歩き出すのであった



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お前は居ちゃ駄目でしょ

重巡科の出し物である射的の会場を後にした戦治郎達は、次の目的地である艦娘候補生用の体育館型の屋内訓練場へ足を運ぶのであった

 

この体育館型の屋内訓練場は、雨天などでグラウンドが使えなくなった際に使用する設備で、そこでは軽巡達の出し物であるVRホラーゲームを基にしたお化け屋敷が開催されており、軽巡科の出し物がどのくらいのクオリティーであるかについてと、アトランタが他の軽巡艦娘候補生達とうまく馴染めているかを確認する為に、戦治郎達はそこに向かう事にしたのである

 

「……来たわね」

 

「来ましたわよ。ってやめろやめろ!俺を見るなり露骨に嫌そうな顔すんじゃねぇっ!」

 

そんな戦治郎達が会場の入口に辿り着くと、受付を担当する事になったアトランタが戦治郎達を見つけるなりそう言ってあからさまに嫌そうな表情を浮かべ、そんなアトランタの反応を見た戦治郎は思わずそう叫ぶのであった

 

まあアトランタがこの様な反応をするのも無理も無い話である。彼女からしたら戦治郎は脅迫紛いの方法で引き籠りだった彼女を無理矢理表に引きずり出した張本人である上に、これまでの経験(転生個体や神話生物との戦い)の関係で、胆力が恐ろしい程に鍛え上げられている為、この出し物とは相性が非常に悪いのである

 

そして戦治郎と言う男は生粋の技術者及び職人である為、鍛え上げられた胆力によって平常心を維持しつつ、軽巡艦娘候補生達が頑張って作った出し物の細かい所までもを冷静に観察し、そのクオリティーについてダメ出ししてくるかもしれないのである。故にアトランタはあの様な反応を見せたのである

 

まあそれは兎も角、いつもの何処か気だるそうな表情に戻ったアトランタは、客としてやって来た戦治郎達から入場料受け取ると出し物の簡単な説明を行い、出し物の説明を受けた戦治郎達は戦治郎と大和、リチャードとスウの2つのグループに分かれてこの出し物を楽しむ事にし、先ずはリチャード達が会場の中へと入って行くのであった

 

そしてそれからある程度時間が経過し、出口からリチャード達が姿を現したのだが……

 

「おぉぅ……、スウさんがまるで生まれたての小鹿の様に……」

 

「どうやらスウはモンスターパニック系のホラーは大丈夫だけど、ジャパニーズホラーは苦手だったみたいだね」

 

そこには会場に入る前は余裕そうな表情を浮かべていたにも関わらず、両目を閉じて苦笑するリチャードの腕に救いを求める様に、縋る様にしがみ付いてプルプルと震えるスウの姿があり、そんなスウの……、元深海棲艦の指導者の姿を目の当たりにした戦治郎は、意外そうな表情を浮かべながら呟くようにこの様な言葉を口にし、それを聞いたリチャードは相変わらず苦笑しながらこの様に返事をするのであった

 

それから間もなく戦治郎達の順番が回って来て、戦治郎達は軽巡艦娘候補生達の誘導に従いながら会場内に入って行くのであった

 

そうして戦治郎達が踏み入ったお化け屋敷は、戦治郎がかつて横須賀でやった事のある和風のVRホラーゲーを再現した、薄暗い迷路を出口を目指して進んでいくと言うものになっており、元ネタを知るが故にギミックを先読み出来てしまう戦治郎は、ネタバレしない様に細心の注意を払いながら、桂島での生活が長かったが故にこの様な娯楽に疎く、新鮮な気持ちでこのお化け屋敷に挑み、時々ギミックに驚いて戦治郎の腕にしがみつく大和を落ち着かせながら、出口に向かって歩みを進めるのであった

 

「う~ん……、俺から見たらこのお化け屋敷は~……、まあ及第点って感じだな~……。元ネタの再現を頑張ってます!ってのは伝わってくんだけど、細部の再現がちょっちおざなりになってて、そのせいで臨場感が半減してるって感じなんだよな~……」

 

「そこは流石に大目に見てあげてもいいかと……、提督達の技術力と比較されてしまうと軽巡の候補生達が可哀想です……」

 

そんな中、戦治郎はこのお化け屋敷のクオリティーに関する感想を零し、それを聞いた大和はギミックのせいで涙目になりながら、軽巡の候補生達をフォローするのであった

 

「まあそれは確かにそうなんだけどな~……」

 

「他の科が整備科の力を借りながら出し物の準備をする中、彼女達は自分達の力だけd……」

 

大和の言葉を聞いた戦治郎が、申し訳なさそうな表情を浮かべながら後頭部をガシガシと掻き始め、戦治郎の反応を見た大和が更なるフォローの言葉を口にしようとしたその時、進行方向上にある曲がり角から、火災防止の関係で蝋燭の代わりに照明として設置された蝋燭型ライトの光に照らされて伸びる異様な影に気付いた大和は、口にしようとした言葉を飲み込み、目を丸くして硬直してしまうのであった

 

「ん?どったよ大和?」

 

急に歩みを止めてしまった大和に対して、大和の方ばかり見ていて影に気付いていなかった戦治郎が、怪訝そうな表情を浮かべながら歩みを止めてこの様に尋ねると、大和は愕然としたまま静かに震える指先を影の方へと向け、それに倣って戦治郎がそちらに視線を動かすと……

 

「……」

 

そこには大和が指差すと同時に曲がり角から姿を現した影の主……、マムシの様な頭部にオオアナコンダよりも巨大な身体を持ち、その背中から蝙蝠の様な翼を生やした、このお化け屋敷の元ネタになったVRゲームには絶対に出て来るはずの無い悍ましい生物……、クトゥルフ神話において奉仕種族に分類される神話生物である忌まわしき狩人の姿があった……

 

それを視認した直後、戦治郎は自分でも驚くほどの速度で思考を巡らせ始める

 

(どうしてこいつが此処にいる……?一体誰の差し金だ……?もしや翔と敵対していると言うニャルの仕業か……?それともイタリアの司令官の背後にいるっつぅニィ=ラカスが先手を打って来た……?いや、それは一旦置いておこう、その辺りの事情は今はそこまで重要じゃねぇ……。今一番重要なのは、目の前のこいつをどうするかだ……。いっそこの場で倒すか……?答えは否、此処で騒ぎを起こせば来場客達がパニックに陥るし、何より軽巡艦娘候補生達が必死になって作ったこの出し物のセットをぶっ壊す事になっちまう……。それは避けたいところだ……。だがこいつを放置してたら、間違いなく後で厄介な事になる……。だったら……)

 

刹那の間に繰り広げた自問自答の末、自分なりの最適解に辿り着いた戦治郎は……

 

「どっこいしょ」

 

「えっ!?てっ、提督っ!?」

 

すぐさま自身の隣で棒立ちになっている大和をお姫様抱っこすると、忌まわしき狩人の動きを注意深く観察し……

 

「ここだっ!!!」

 

タイミングを見計らって自分達に近付いて来る狩人の横を、狩人と壁の間を縫う様に潜り抜け……

 

「だらっしゃぁっ!!!」

 

狩人の気を引く為に、すれ違いざまに狩人の尻尾に渾身のローキックをお見舞いし、そのまま出口に向かって全力疾走し始めるのであった

 

そう、戦治郎は自分達の方へ狩人の注意を引き付け、お化け屋敷から脱出しつつ狩人を人気の無い場所へ誘き寄せ、リチャード達と協力して始末する事にしたのである

 

「提督っ!あの怪物が追って来ていますっ!!」

 

「わーってるっ!そう仕向けたんだからなっ!!ってか舌噛むからあんま喋んなっ!!」

 

戦治郎が迷路を破壊しないよう注意しながら駆け抜ける中、狩人が追って来ている事に気付いた大和が警告を発すると、戦治郎は走り続けながら非常に簡潔に自分の考えを大和に伝えつつ、この様な注意を促すのであった

 

そんな戦治郎だが、狩人にローキックを叩き込んだ際に違和感を感じた為、この様な事を言いつつ、足だけでなく思考もその違和感の正体を突き止める為にフルスロットルで回していたのであった

 

(さっきあいつを蹴った時、感触が明らかにおかしかったな……。生物を蹴ったと言うよりも、柔らかいゴムボールとかパンチバッグを蹴った様な感触だった……。あいつの皮膚にそう言った性質があるのか……?えぇい分からんっ!!!)

 

戦治郎がそんな事を考えていると、目の前から強い光が差し、それが出口であると察した戦治郎はリチャードにこの事を伝える時間を作る為、走る速度を上げて出口から勢いよく飛び出すのであった

 

「どうしたんだい戦治郎?何か慌ててる様に見えるけど……」

 

「リチャードさんっ!!お化け屋敷の中に明らかに此処に居ちゃいけねぇ奴がいましたっ!!!ってかリチャードさんほどの人が、そいつの存在に気付かなかったんですかっ?!」

 

「えっ?僕達はそれらしい奴を見た記憶が無いんだけど……?」

 

「けどいたのはマジですからっ!!実際今俺達の事追っかけt」

「……?それらしい影は何処にも見当たらないよ?」

 

「……へ?」

 

戦治郎達が戻って来るのを出口付近で待っていたリチャードが、急に飛び出して来た戦治郎とこの様なやり取りを交わし、戦治郎の言葉を遮る様にして発されたリチャードの言葉を聞いた戦治郎が、気の抜けた様な声を上げながら後ろを振り返ったところ、そこには先程まで自分達を追い掛けていたはずの狩人の姿は無く、それを確認した戦治郎は思わず首を傾げるのであった

 

と、その直後である

 

「随分と急いでお化け屋敷から出て来たみたいだけど、そんなに怖かったのかしら?」

 

不意に聞き覚えのある声が戦治郎の耳を打ち、戦治郎が声がした方へと視線を向けたところ、そこにはまるで悪戯が成功した悪ガキの様に、ニヤニヤと小憎たらしい笑みを浮かべるアトランタの姿があった

 

「いや、別にそんな事は……。って言ってる場合じゃねぇっ!もしかしたらあいつ、俺達の追跡を諦めて他の客を……」

 

そんなアトランタの言葉に対し、戦治郎が血相を変えて一般客の避難を要請しようとしたその時、アトランタの口から信じられない言葉が飛び出して来るのであった

 

「戦治郎が言うあいつって……、神話生物の忌まわしき狩人の事……?」

 

「おい待て、何でおめぇその事を……」

 

アトランタの言葉を聞いた戦治郎が、彼女に向けて鋭い視線を向けたその直後、彼女は突然パチンと指を鳴らし、それに反応して戦治郎だけでなくリチャードまでもが身構えた次の瞬間……!

 

「テケリ・リ」

 

お化け屋敷の中から微かに……、本当に微かにこの様な鳴き声が聞こえ、戦治郎達がそちらに急いで視線を向けたところ……

 

「……何じゃこりゃ?」

 

「これって……、もしかして養殖ショゴスかな……?しかし僕が知っているものよりも明らかに小さいし、何より形状も何か違う……」

 

そこには煙草の箱くらいの大きさの、ゼリーのようにプルプルした物体がおり、それは戦治郎達の股下を潜る様にしてアトランタの方へと向かって行き、彼女の下に辿り着くと彼女の身体を這う様にして登っていき、やがて彼女の右肩に辿り着くとそこで制止するのであった

 

「この子はあたしがホノルルにいた時から飼ってる養殖ショゴスで、大きさが他のより小さいのは多分畑じゃなくて部屋の中で、植木鉢を使って育てたからなのかもしれないわ」

 

「俺が部屋に突入した時には見かけなかったが……?」

 

「隠してたのよ、神話生物の事を知らない人に見られたりなんかしたら大騒ぎになるかもしれないからね」

 

「……ちょい待ち、って事は……?」

 

「貴方達が見たって言う忌まわしき狩人は、この子がネット上に転がってる忌まわしき狩人の画像を基に変身した偽物って事。身体の大きさの違いに関しては、ゴム風船みたいに周りの空気を取り込んで無理矢理膨らんでサイズの違いを誤魔化してた感じ。そのせいで戦闘能力は皆無なんだけどね」

 

「じゃあ僕達がその子を見かけなかったのは……?」

 

「リチャードさん達が戻って来た後、戦治郎達が入口から入ったのに合わせて出口からこっそり入ってもらってたから、リチャードさん達が気付かないのは当然よ」

 

このやり取りによって、アトランタに一杯食わされた事に気付いた戦治郎は……

 

「お前っ!!!おまっ!!!お前えええぇぇぇーーーっ!!!」

 

怒りのあまり語彙力が低下しまくった咆哮を上げ……

 

「あたしの部屋に押し入った件の仕返しよ」

 

そんな戦治郎に向かって、アトランタはそう言いながら、戦治郎を挑発する様に舌を出すのであった



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演劇の感想と次の行先

お化け屋敷でアトランタのサプライズを受ける事となった戦治郎達が次に向かったのは、戦艦による演劇だった訳なのだが……

 

「なんつぅか……、正直微妙だったな……」

 

「皆さんが頑張っているのは伝わって来るんですけどね……」

 

「内容や演出は悪くなかったと思うけど……、キャスティングの方がね……」

 

「主役の娘の演技が、脇役のはずの榛名さんの演技に全て持っていかれていた感じがしましたね……」

 

演劇を鑑賞し終えた戦治郎達は、中央に布都御魂が展示されている中庭のベンチで休憩しながら、各々に演劇の感想を口にしていたのであった

 

そう、戦治郎達が言う様に、戦艦科の演劇はお世辞にも良いものとは言い難い出来で、鑑賞していた戦治郎達も途中から思わず苦笑いを浮かべるほどのものだったのである

 

その最大の原因はキャスティングミス……、これに尽きるだろう……

 

演劇のストーリーや演出に関しては、恐らく霧島が指揮を執っていたからなのかしっかりとしたものに仕上がっていたのだが、如何せんそれをメインキャストの面々が悉く台無しにしてしまったのである……

 

少し踏み込んで話すと、舞台に上がる回数が多いメインキャストの殆どが、この舞台の為にこれまで努力を重ねて来ている事が伺えたのだが、如何せんどいつもこいつも舞台に上がった時の緊張感に負けてしまい、動きが少々ぎこちなかったり、セリフが時々トんでしまっていたのである……

 

これが特に酷かったのが主役を演じる娘で、その娘は重要な場面でしょっちゅうポカをやらかしていた為、観客達はそのせいでその世界観に没入し難くなってしまっていたのである……

 

そんなダイコン役者ばかりが立つ舞台の中で、一際輝きを放っていたのがチョイ役を演じていたはずの榛名であった

 

恐らく忘れられていると思うが、彼女は自身のいじめ被害を隠蔽する為に、いじめに屈しない強い心を持った自分と言うものを演じる事で、双子の妹である霧島さえも欺く事に成功した所謂女優なのである

 

そんな彼女がその気になれば、自身に与えられた役を演じ切るのは朝飯前なのである

 

それに拍車を掛けたのが、自主練時にちょくちょく行われていた、戦治郎主導による発声練習であった

 

軍学校の教本の中では、作戦行動中の艦娘は相手に会話内容を聞かれる事を防止する為に、どの様な会話であっても通信機を通して話す事を推奨されているのだが、戦治郎を中心とした実戦経験者達が、揃ってそれに異を唱えたのである

 

「通信機を使うと情報伝達にラグが発生すっし、レーダーの電波や砲弾の破裂音でノイズが発生して内容を聞き取りにくくなる。そして何より通信する事に気を取られ過ぎて、晒す必要のない隙を晒す羽目になる恐れがあるかんな。それだったらしっかりした発音で、腹から声出してやり取りした方がまだマシなんよ。情報漏洩だぁ?そんなの撤退する為に背中晒した奴を後ろから刺すなり、通信する事に夢中になって棒立ちしてる奴をその場でしっかり仕留めちまえばいいだけの話よ」

 

戦治郎のこの発言に実践経験の無い鹿島を除くどの教官も賛同し、その結果自主練に参加する艦娘候補生達は、時々ではあるがそう言った事態に備えて発声練習を行っていたのである

 

因みにこの訓練、長門屋の面々も毎日欠かさずやっている模様

 

そして何より、戦治郎が約束通りに演劇を観に来てくれた事を、榛名が舞台上で戦治郎達の姿を発見して知った事で、彼女のコンディションとモチベーションが爆上がりした事も、彼女の演技がより一層輝きを放つ事になる要因になっている事だろう

 

そう言った要素が絶妙に絡み合った結果、榛名の演技はどの役者の演技よりも魅力的に映る様になり、チョイ役であるにも関わらず主役以上に注目を集める事になったのである

 

そうなって来ると観客達は主役そっちのけで、榛名の演技を観る為に演劇を観る様になり、話の展開的に榛名がこれ以上出てこない事を察すると、次々と席を立つ様になってしまったのである……

 

「観客が劇の世界観にのめり込めずに中座しちまう劇ってのは、どう取り繕っても微妙としか評価出来ねぇんだよなぁ……」

 

「あの光景は、本当に悲惨でしたね……」

 

「もし榛名さんが主役だったら、劇が終わった後にスタンディングオベーションが巻き起こっていたかもしれませんね……」

 

「まあ戦治郎から聞いた彼女の性格を考えれば、相当根気強く説得しないと無理だっただろうね……」

 

そんなやり取りを苦笑しながら交わす戦治郎達の目の前を、会場の清掃を担当する事になっている海防艦の艦娘候補生達が行き来し、頭上では会場のインフォメーションを担当する事になっている水母達の艦載機達が、忙しなく飛び回っていたのであった

 

「さて……、残りは軽空のピタゴラスイッチと潜水艦のシンクロ、空母のメイド喫茶に駆逐の屋台だが……」

「まずは瑞鳳さんのところに行きましょう、それから磯風さん達の屋台に向かい、演習に臨む様にしましょう」

「そうですね、恐らく時間的にも空母と潜水艦の出し物を回る余裕はなさそうですし、その2つは申し訳ないですけど諦めましょう」

 

そうして演劇の話を締めた戦治郎が、次の行先は何処が良いかと他の面々に尋ねようとしたその直後、戦治郎がセリフを言い切るよりも早く、話に割って入る様にニッコリと笑みを浮かべた大和がこの様な言葉を口にし、大和と同じくニコニコしながらスウがこの様に続くのであった

 

「えぇ?僕としてはどちらも行ってみたいんだけど……」

 

そんな女性陣の言葉を聞いたリチャードが、不服そうにこの様な言葉を口にした瞬間、ニコニコと笑顔を浮かべていた女性陣の表情が一変、余計な事を言うなとばかりに、鬼の様な形相を浮かべながら鋭く冷たい視線を同時にリチャードへと向け、視線を向けられたリチャードとその様子を見ていた戦治郎は、背中に冷たいものが伝う感覚に襲われながら、大人しく彼女達の意見に従う事にするのであった……

 

まあ……、彼女達の気持ちも察してあげて欲しい……

 

そう言う訳で次の行き先が決まった戦治郎達は、瑞鶴とイクに出し物を見に行けなくなった旨を伝える通信を入れながら、次の目的地である軽空の出し物が展示されている教室へ向かうのであった

 

そしてその道中……

 

「……?」

 

一行がある女性とすれ違った際、リチャードだけがその女性に対してヒリつく様な感覚を覚え、思わず足を止めてその女性の背中を視線で追うのであった

 

(この感覚……、戦場で強硬派の深海棲艦と対峙した時に感じるものと同じだ……。まさかあの女性……)

 

「どうしたのですかリチャード?そんな難しい顔をして……」

 

その感覚に覚えがあるリチャードが、内心でこの様な事を呟きながらその女性の背中に鋭い視線を向けていると、不意にスウの不安そうな声が耳を打ち、我に返ったリチャードは彼女の方へと向き直ると

 

「いや、何でもないよ」

 

これ以上彼女に心配かけない様に、笑顔でこの様に返事をしながらポケットの中に手を滑り込ませ、中にあったスマホをポケットの中に手を入れたまま操作して戦治郎のスマホに警戒を促すメッセージを送るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ……、何とか日本帝国海軍が関係していると言う施設に潜入する事が出来たが……、如何せん人が多過ぎて日本帝国海軍の機密がありそうな、此処の中枢部分にまで潜り込めそうにはないな……」

 

先程戦治郎達とすれ違った女性は不愉快そうに顔を歪ませながら、この様な事を呟いていたのであった

 

そんな彼女の額や胸元を注視してみると、そこには白粉の様な物でカモフラージュした、突起物を削った様な痕があり、それが彼女が普通の人間ではない事を証明していたのであった

 

そう、この女性はリコリスの命令で日本を攻め落とす為に派遣されて来た、強硬派深海棲艦に属する戦艦棲姫なのである

 

彼女は日本に派遣された後、ある方法を使って瀬戸内海内に帝国海軍に気付かれぬように密かに拠点を築き、そこで日本攻略の為に攻撃を仕掛ける機会を窺っていたのである

 

そして彼女は彼女の部下が持ち帰った情報を基に、こうして帝国海軍の管轄下にある軍学校に、部下達の全力のサポートを受けて変装して侵入したのである

 

「しかし、此処の警備はザルを通り越して枠だったな……。侵入口に検問が張ってあった時にはヒヤリとしたが……」

 

来場客の数があまりにも多く、その対応でてんやわんやしていた入口の様子を思い出しながら彼女はそう呟くと、懐からしっかりとした細工が施されたロケットペンダントを取り出し、チャーム部分を開いて中に収められた写真に視線を落とす

 

そこには彼女と、彼女の親友であった飛行場姫……、ミッドウェーにて剛が討ち取ったあの飛行場姫が、楽しそうに笑顔を浮かべている姿があり……

 

「飛行場姫……、お前の仇は私が討つからな……。お前が遺してくれたあの装置を使ってな……っ!!」

 

戦艦棲姫はその表情を引き締め、今は亡き親友に誓う様にそう呟き……

 

「さて……、気を引き締めたところでタ級とル級を探さねばな……。あいつら、私が潜入捜査をすると言うや否や、凄まじい剣幕で同行すると言い出してついて来たのだが……、拠点内に侵入するなりすぐさま行方が分からなくなりおって……。全く世話の焼ける連中だ……」

 

ロケットペンダントのチャーム部分を閉じて懐に戻すと、困った様な顔をしながらそう呟き、何処に行ってしまったのか分からなくなった部下の2人を探す為に歩き出すのであった……

 

尚、実際に迷子になったのはタ級とル級の方ではなく彼女の方であり、部下の2人が無理矢理彼女について来たのは、この様な事態になってしまう事が簡単に予想出来てしまったからである……。そう……、この戦艦棲姫……、強硬派の中では『武神』と呼ばれるほどの手練れなのだが、影ではポンコツと呼ばれる程抜けている部分があるのである……

 

因みに先程からずっと会場内を飛び回っている水母達の艦載機だが、それは彼女の部下達の要請で迷子になった彼女を見つける為に発艦されたものだったりする……



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単身赴任中の独身サラリーマンの如く

「『会場内で深海棲艦の気配を感知、警戒されたし』かぁ……」

 

大和達の猛反発により、瑞鶴達空母とイク達潜水艦の出し物を見に行けなくなってしまった戦治郎は、瑞鳳達軽空母の出し物である解説付きピタゴラスイッチを見に行く道中でリチャードが送ったメッセージに気付くなり、大和達に断りを入れてトイレに向かい、便器に座りながらスマホを操作してその内容を確認し、溜息をつきながらこの様に呟くのであった

 

「歴戦の猛者であるリチャードさんが言うんだから、深海棲艦が江田校祭に侵入してるのはほぼ間違いねぇだろうが……、そいつらは一体何処から来たんだ?って話になんだよなぁ……」

 

自分達が小弁天島に行った時や、剛達からブラック泊地を襲撃した後の帰り道に、深海棲艦に全く襲われなかったと言う報告をされた事を思い出した戦治郎は、そう言いながら渋い表情を浮かべるのであった

 

「まあ奴らがどっから来たかはこの際置いておいて、まずはこの事を鹿島や他の教官達にも……っ!?」

 

取り敢えずその深海棲艦による被害が出る前に、この事を警備担当者や教官達に伝え、事態に備えなければと思ったその直後、戦治郎に電流が走る……っ!

 

「そうか……っ!これを上手く使えば……っ!!」

 

そう呟いた戦治郎は、どこか邪悪な笑みを浮かべながら、先程の閃きを実行する為の作戦を立てる為に、思考をフル回転させ始めるのであった……

 

 

 

 

 

「瑞鳳さん達のところの出し物は、本当に素晴らしいものでしたねっ!」

 

「ギミックも凄かったけど、要所要所で行われる解説も、小さな子供でも分かるくらいに分かり易かったね。あれは艦載機について熟知していないと出来ないレベルのものだよ」

 

「あの解説の内容は、整備科のテキストにしてもいいレベルのものでしたね」

 

「ありゃその気になりゃ航空力学の研究博士になれただろう瑞鳳がいなけりゃ、絶対成立してなかっただろうなぁ……」

 

何かを閃いた戦治郎は、大和達と合流した後約束通り軽空母の出し物の会場に向かい、軽空母の出し物を満喫すると各々に感想を口にしながら次の目的地、磯風達の屋台へと向かっていたのであった

 

そんな彼らが絶賛する軽空母の出し物だが、未だに興奮が冷めやらぬ大和が言う様に、それはもう素晴らしいクオリティーとなっており、これに関しては厳しめの評価を下しがちな戦治郎も絶賛していた

 

その内容に少し触れると、出し物の会場である軽空母の教室にグループ単位で入場した後、係員である軽空母の艦娘候補生から真っ直ぐ飛びやすくする為に重りが付いた紙飛行機がグループの内の1人に手渡され、それを展示物の傍にある的に向かって投げる様に指示が出され、それに従って紙飛行機を的に当てるとギミックが作動する様になっており、ギミックが作動すると燃料をイメージした色をしたボールが航空機を模したコースの中を飛んだり跳ねたりしながら動き回り、それがやがてエンジンに到達するとエンジンの先に付いたプロペラが回転し始め、それがある一定の回転数に到達すると今度はプロペラの中央部分からキャノピー部分が磁石になっている流星の模型が飛び出し、それがプロペラの前に設置された底面が磁石になったロープウェイの様な装置に吸いつけられると、プロペラによって発生した風に乗って移動を開始、そしてそれが駆逐イ級を模した模型の傍まで来ると、紐のたるみと自重を利用して急降下、機体下部のボールを切り離してイ級の模型にぶつけて終了といった感じになっていたのであった

 

これだけ聞くと簡単な工作で作られた玩具の様に感じるところだろうが、見る者が見れば思わず感嘆の声を上げてしまうほどの、随所に緻密な計算が行われたそれはそれは素晴らしい出来となっていたのである

 

そしてそれのクオリティーを底上げしていたのが、要所要所で挟まれる瑞鳳が書き上げたと思われる、専門用語を徹底的に噛み砕いてどこまでも分かり易くした解説であった

 

その解説の内容は艦載機やエンジンの構造だけでなく、艦載機の種類やその役割、そして攻撃方法についても触れられており、艦載機に疎い人間でも聞いているだけで、艦載機に関してかなりの知識を得られるものとなっていたのであった

 

さて、そんな出し物を満喫した戦治郎達が次に向かうのは、食べ物を取り扱う駆逐の屋台となるのだが……

 

「大和……、ちょっちいいか?」

 

「提督?そんな神妙な顔をして一体如何なさったのですか?」

 

不意に戦治郎が大和を呼び止め、呼び止められた大和は不思議そうな表情を浮かべながら戦治郎の方へと向き直り、何があったのか戦治郎に尋ねるのであった

 

そして戦治郎がさっきトイレで確認したメッセージの事を大和に伝えると、大和は一瞬だけ驚いた表情を見せた後、真剣な表情を浮かべながら戦治郎の言葉に耳を傾け始めるのであった

 

「もし潜入した深海棲艦が何かアクションを起こしちまえば、会場内は大パニックに陥っちまう。それを防ぐ為にも大和、おめぇはスウさんと一緒に鹿島達にこの事を伝えに行ってくれ。俺はリチャードさんと一緒に俺達の事情を知ってる艦娘候補生達のとこ行って、もしもの時に備えて避難誘導を手伝って欲しいって頼みに行って来る」

 

「分かりました。しかしその組み合わせの意図は……?2組に分かれるよりも、4人でそれぞれ呼び掛けに行った方が……」

 

「殆どの教官達や候補生達と面識のねぇリチャードさんやスウさんが、唐突にそんな事言い出しても簡単には信じてもらえねぇだろうが。俺達の名前を出したところで半信半疑になるのが関の山ってとこだから、2人が俺達の知り合いって事伝える意味合いも込めて、2組に分かれようって考えたんだよ」

 

このやり取りの後、組み分けの理由に納得した大和は、言われた通りスウを連れて入場門の方へと駆け出し……

 

「……行ったな」

 

「……行ったね」

 

大和達の姿が見えなくなった事を確認した戦治郎がそう呟くと、戦治郎同様スウ達の背中を見送っていたリチャードがこの様に返事をし……

 

「作戦成功っ!」

 

「これで潜水艦のシンクロにも、空母のメイド喫茶にも行けるねっ!」

 

2人はハイタッチを交わしながらこの様なやり取りを交わすのであった

 

そう、戦治郎がトイレで思いついた事と言うのは、この状況を利用して大和達の目を掻い潜り、先程断りを入れた2つの出し物を見に行こうと言うものだったのである

 

「スウ達が僕達にこの2つの出し物のところに行かせようとしなかった理由は分かる、分かるんだけど……」

 

「濡れて身体にピッタリ貼り付いたスク水に、可愛らしいメイドさん達との触れ合いとか、男が興味持たねぇ訳がねぇだろうがよぃ!!俺達の事想ってくれてる2人には悪ぃが、俺達は行かせてもらうぜぇっ!!!」

 

「一応瑞鶴もイクも、僕達の事情を知る候補生だからね。言い訳についてもバッチリだね!」

 

戦治郎達はそう言うと、疾走する本能の赴くままに走り出すのであった……

 

尚……

 

「想い人が他の女にデレデレしちょるところを見とぉない女達に、女の魅力に抗えん悲しい男達ってところじゃのう……。まあどっちの言い分も分かるんじゃが……、男達の方からは単身赴任先で風俗に行くサラリーマンの様な雰囲気が漂っちょるわ……。取り敢えずこの件は後々面倒な事になりかねんから、わしの胸中にしまっておくかのう」

 

戦治郎とリチャードのやり取りは、迷子捜索の為に艦載機を飛ばしていた日進にバッチリ知られる事となったのだが、夫婦喧嘩に巻き込まれては敵わないと言う事で、日進は呆れた様子で溜息を吐きながら、この件を大和達に報告しないでおく事にするのであった

 

因みにこれからしばらくしてから大和達が日進の下へやって来て、深海棲艦の侵入の件を伝えると共に戦治郎達の監視を依頼して来るのだが、日進は先程自身が言った様に厄介事に巻き込まれるのは勘弁して欲しいところだったので、表面上では監視の件を了承するのだが、実際にはまともに監視はせずに報告も適当に済ませた模様

 

また、大和達と日進のやり取りの裏では、無事に保護されて水母達が待機する詰め所に連れて来られた戦艦棲姫に対して、彼女の部下達がステレオサウンドで説教していたりする

 

 

 

それはそうとして、大和達と別れた戦治郎達がまず向かった場所は……

 

「おかえりなさいm……、ってえ"ぇ"っ!?」

 

「ご主人様が帰って来たっつぅのに、何だその反応はぁ?こちとらあんま時間ねぇのに列に並ばされて、それで結構時間食ってるんぞ?おぉん?」

 

「お邪魔させてもらうよ瑞鶴さん。いや~、話では聞いた事があるんだけど、実際にこういうお店行くのは初めてだから凄く楽しみだな~♪」

 

瑞鶴がいると言う、空母科の教室で開催されているメイド喫茶であった

 

そして接客の為にやって来た白いニーソックスにミニスカのメイド服を身に纏った瑞鶴が、2人の顔を見るなりあからさまに引き攣った表情を浮かべ、それを見た戦治郎は瑞鶴をからかう様に眉間にしわを寄せながら詰め寄り、リチャードは始めて来るメイド喫茶に胸をときめかせていたのであった



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空母のメイド喫茶

侵入者の件を瑞鶴に伝えると言う大義名分を手に入れ、心を躍らせながらメイド喫茶に向かった戦治郎達は、接客の為にやって来たミニスカメイドな瑞鶴に席に案内されるのであったが……

 

「さっき来れないって言ってたのに……」

 

「もしかして迷惑だったかな?」

 

戦治郎達の案内をする瑞鶴は、不機嫌そうな表情を浮かべながらぼやき、それを聞いたリチャードは少々申し訳なさそうな表情を浮かべる

 

「おいおい、お客様に向かって何て事を……。って言いてぇところだが、この状況見たらおめぇがぼやきたくなる気持ちも分かるわ……」

 

「あぁ、そう言われると確かに……。僕はてっきりメイドさん姿を僕達に見られたくないのかと……」

 

その直後、2人の話に割って入る様にして戦治郎がこの様な事を口にすると、リチャードはどこか納得した様な表情を浮かべながらこの様な事を呟き

 

「その気持ちを分かってくれるんだったら、途中で引き返してくれても良かったんだけど……」

 

「そう言う訳にはいかんのよなぁ……」

 

戦治郎の言葉を受けた瑞鶴は、深い溜息を吐きながらこの様な返事をし、それに対して戦治郎は苦笑しながらこの様に返答するのであった

 

瑞鶴が通信の際に安堵の息を吐いていた事、そして現在不機嫌そうな表情を浮かべながらぼやいている理由……、それはメイド喫茶の来場客の数が原因なのであった

 

以前自主練中に江田校祭の出し物の話になった際、瑞鶴がゲンナリしながら話していたと思うが、空母艦娘候補生達は持ち前の艦載機運用の知識を応用し、利益や集客などに関する戦略を綿密に話し合って立てて江田校祭に参加しているのである

 

実際、彼女達は江田校祭の会場内の至る所で宣伝を行っていたり、来場客の目に付き易い場所に的確に宣伝ポスターを貼っているのである

 

そんな彼女達の頑張りもあってか、男女問わず来場客の誰もが彼女達のメイド喫茶に関心を持ち、どこの出し物よりも大量の来場客を呼び込む事に成功していたのであった

 

それに更に拍車を掛けたのが、インターネットが発達した今では当たり前のように存在するSNSである

 

と言っても、艦娘候補生達から外部に向けてSNSで宣伝する事は、外部への情報漏洩が発生する可能性もある為禁止されているので、彼女達がSNSに専用アカウントを作ってそこで宣伝したと言う事は一切ない

 

では彼女達は一体どうやってSNSを使って宣伝を行ったのだろうか?

 

彼女達は誠心誠意、真心を込めて接客を行い、来場客に出す料理にも一切の妥協をせず、江田校祭の中でも最高品質のサービスを来場客に提供し、来場客に思わずSNSで感想を呟きたくなる様な状況を作り出し、それが拡散される事で江田校祭に来ていない人達まで呼び込む事に成功し、凄まじい数の来場客数を手に入れたのである。彼女達の狙い通りに……

 

ここまで話を聞いて、そんな規模の客を1店舗だけで捌き切れるのか?と言う疑問が湧くところだろう……

 

それに関しては彼女達もしっかり把握しており、彼女達は教室で出し物を行わない艦種の教室までもを使い、瑞鶴が所属するミニスカメイドの他にロングスカートのメイド、和風メイドにチャイナ風、スチームパンク風にSFチック、セーラー服っぽいものからゴスロリ要素強めのもの、更には猫耳や小悪魔風といった具合に、多種多様なメイド喫茶を展開する事で来場客を分散させ、スタッフ1人当たりの負担を軽減させつつ、多くの来場客を捌き切りながら自分達の出し物を楽しめるようにしているのである

 

因みにスタッフの人数だが、戦艦科と空母科の割合は艦娘候補生全体からみると少ない方に入るのだが、そもそも母数が桁違いに大きい為、榛名のいじめの件で人数が減った戦艦科は兎も角、ほぼほぼ人が減っていない空母科に関しては、提督科と整備科の合計人数を軽く上回る数の艦娘候補生がいる為、宣伝担当も含めて問題無く人員は確保出来ている模様

 

ただまあ、この様な手法でスタッフ1人あたりの負担は軽減されているものの、客が次々に入れ代わり立ち代わりやって来るとなれば、どうしても疲れと言うものは溜まって来るのである

 

とどのつまり、戦治郎達が来れないと言った時に瑞鶴が安堵の息をついていたのは、たった2人とは言え来場客が減った事で、それに伴って自分達にかかる負担が減った事に安堵したからなのである

 

まあ、それも侵入者のせいでぬか喜びに終わってしまったのだが……

 

それはそうとして、瑞鶴の案内で席に通された戦治郎達は、席に座るとすぐさまメニューを開き……

 

「注文が決まったら呼ぶわ、あぁ、そん時は出来りゃぁまたおめぇさんが来てくれ。それと俺達の相手する時はいつも通りの調子で頼むわ、おめぇさんからご主人様とか言われるのは違和感しか感じねぇからな」

 

「何よそれ……、まあこっちとしては助かるっちゃ助かるけど……」

 

「えぇ……?僕はご主人様呼びしてもらいたかったんだけど……」

 

「シャラップシャラップ黙らっしゃい!」

 

メニューの内容を確認しながら瑞鶴に向かってこの様な事を言い、それを受けて瑞鶴は怪訝そうな表情を浮かべながら戦治郎の言葉に従い彼らの席から離れ、そんな彼女を見送ったリチャードが不平を漏らすと、戦治郎はテーブルにあった紙ナプキンに何かを書きながらこの様に返事をするのであった

 

それからしばらくして、戦治郎は紙ナプキンにペンを走らせる手を止め……

 

「内容はこんなモンでいいだろ。んでリチャードさん、初めてメイド喫茶に来た感想は?」

 

「メイドさんは皆可愛いし、中々楽しそうな場所だね。まあ状況が状況だからあまり長居出来なくて接客を受けられない事が残念だね……。尤も、それ以上に残念な点があるんだけどね……」

 

「本格的な接客に関しては、後日本物のメイド喫茶で改めて楽しませてもらうとして……、リチャードさんが言う残念な点については、放置すると瑞鶴達の出し物に支障が出るかもしれんので、どうにかしてやりたいところですね……」

 

リチャードにメイド喫茶に来た感想を尋ねたところ、リチャードは最初こそ笑顔を浮かべながらその問いに答えていたのだが、後半からは心底残念そうにその表情を曇らせ、額に手を当てながらやれやれとばかりに左右に首を振り、それを受けた戦治郎はリチャードから視線を外し、彼の後方にある席に座る集団に視線を向けるのであった

 

そんな戦治郎の視線の先には、どう見てもこの場にはそぐわない様な、やけにチャラついた恰好をした野郎共が、メイドさんや周囲の客の不満げな視線など一切気にも留めず、この間引っかけた女と朝までヤっただの、最近調子に乗ってるチンピラを〆てやっただのと、明らかにこの場に相応しくない様な話題で盛り上がり、下品な笑い声を辺りに撒き散らしていたのであった

 

「まあSNS使って集客すれば、どうしてもこの様な連中も釣れちまいますから、仕方ない部分もあるっちゃありますが……」

 

「あのタイプの相手なら、対処法が明確でまだやり易いところがあるんだけど……」

 

ヤンキー共に気付かれない様に注意しながら、戦治郎が彼らに向かって鋭い視線を向けながらこの様な事を口にすると、リチャードはこの様に返答するのだったが、その視線は戦治郎の方へは向いておらず、彼の後方にあるパーテーションで仕切られた即席の厨房の近くにある席の方へと向けられていたのであった

 

その席には戦治郎が警戒しているヤンキーとは真逆のタイプの、如何にもオタクといった風貌の男が1人、どこか落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回しながら、手元にあるすっかり冷めきっているであろう1杯のコーヒーを、とても大事そうにチビチビと飲んでいたのであった

 

その様子だけを見れば、所謂コミュ障オタクがありったけの勇気を振り絞ってこの場にやって来て、挙動不審になりながらもこの出し物を楽しんでいる様に見えるかもしれないのだが、ある物の存在のせいでその挙動をリチャードに不審に思われたのである

 

そのある物と言うのが、1人で来ているのだから開いている椅子などがあるにも関わらず、何故か床に置かれた中途半端にファスナーが開いている、彼の所有物だと思わしき鞄なのであった

 

「このタイプに関しては、逃げられる前に物的証拠を確実に押さえる必要があるから、ちょっとばっかり面倒なんだよね……」

 

「逃げた先でデータをバックアップ用のSDカードやらスマホ経由でクラウドやらに保存して、本体側のデータは綺麗サッパリ削除して言い逃れしようとしてるかもしれないですね……。それをされる前に身柄の確保……、確かにちょっち面倒ですねぇ……」

 

「そんな厄介事が現在同時に2件発生してる訳なんだけど……、戦治郎はどうするつもりだい?」

 

「さっき言ったばっかじゃないですか、どうにかしてやりたいって。まあその前にこれを瑞鶴に渡さないといけないんですけどね」

 

このやり取りの後、彼らはどちらがどちらを仕留めるかについて話し合い、作戦が決定したところで瑞鶴を呼び出し、この後に駆逐の屋台に行く事を考慮して戦治郎はラテアートが可能なカフェラテを、リチャードはアメリカンコーヒーをそれぞれ1杯ずつ注文し、更に先程戦治郎が何かを書いていた紙ナプキンを彼女に手渡すのであった



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塀の中へ行ってらっしゃいませご主人様

「メイド喫茶に来てコーヒーだけって……、まあこの後駆逐艦達の屋台に行くみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないか……」

 

戦治郎達からオーダーを取った瑞鶴は、何とも言えない様な複雑な表情を浮かべながらこの様な事を呟きつつ厨房の方へと戻っていき……

 

「そう言えば、戦治郎さんがテーブルから離れる前に紙ナプキンを渡してきたけど、これって一体何なのかしら?」

 

ふと思い出した様に先程戦治郎から受け取った紙ナプキンを取り出し、怪訝そうにそれを開き始め……

 

「……っ!?」

 

紙ナプキンの中に戦治郎が書いたと思われる文章を発見し、その内容に目を通した彼女は思わず真剣な表情を浮かべるのであった

 

そんな彼女が目にした文章とは、以下の様になっている

 

『リチャードさんが江田校祭の会場内で深海棲艦の気配を感知したらしいから、十分警戒してもらいたい。それともしそれっぽい奴の目撃情報があったら、会場がパニック状態に陥らない様に注意しつつ報告してくれ。返答はラテアートでよろしく』

 

『追記 迷惑客を叩き出すのに使うから、リチャードさんのコーヒーに付けるミルクかシュガーシロップを多めにプリーズ』

 

「また厄介な事が……、てかよくこの小さな紙ナプキンにこれだけの文章を書き込めたわね……。ってそれどころじゃないわ……っ!」

 

この文章を読み終えた瑞鶴は、この小さな紙ナプキンにやたら綺麗な字で、これだけの文章を詰め込んだ戦治郎の器用さに一瞬呆れるのだが、次の瞬間にはすぐに我に返り、紙ナプキンに書かれている内容に従い、手伝いと称してリチャードのミルクとシュガーシロップ多めのアメリカンコーヒーと、紙ナプキンに書かれていた事に対しての返事をラテアートで書いた戦治郎のカフェラテの準備に取り掛かるのであった

 

 

 

 

 

それからしばらくして、瑞鶴が戦治郎達の注文の品であるコーヒーをテーブルに届け、それを受け取った戦治郎が自分のカフェラテが入ったカップに視線を落とすと、そこにはデカデカと『OK』の2文字が描かれており……

 

「ラテアートのラの字もねぇけど、俺がそう言う風にしてくれって頼んだ手前、まあ仕方ないわな」

 

「取り敢えず瑞鶴に連絡出来たし、一応当初の目的は達成出来たね」

 

「ですね。んじゃ追加オーダーをチャッチャと消化して、イクのとこに向かうとしますかね」

 

それにより瑞鶴に深海棲艦の侵入の件が伝わった事を確認した2人は、この様なやり取りを交わしながらリチャードのアメリカンコーヒーに2つずつ添えられたシュガーシロップとミルクが入った小さなカップの内、戦治郎がミルクのカップを、リチャードがシュガーシロップのカップを1つずつ手に取り、残りをリチャードが自分のコーヒーの中に注いだところで、2人はコーヒーを一気に飲み干しながら、空いた手で先程手にした小さなカップを、指弾の要領で同時に弾き飛ばすのであった

 

そしてそれぞれのカップがお互いの後方に飛んで行ってから間もなくして、2人の後方から同時に悲鳴が上がり……

 

「行きますか」

 

「Good luck.」

 

それを合図に2人は空になったカップをソーサーの上に戻すと、短くこの様なやり取りを交わした後、ゆっくりと立ち上がって後方に向き直り、それぞれ先程悲鳴が上がった場所に向かって歩み出すのであった

 

 

 

先ずは戦治郎が向かった挙動不審の男の方へと目を向けてみよう

 

リチャードが放ったシュガーシロップのカップは、丁度男の近くを通りかかったメイドさんが手にしていたソフトドリンクが入ったグラスが乗っていたトレイに直撃し、トレイに乗っていたグラスはまるで吸い込まれる様に男の鞄の方へと飛んで行き、男の鞄に中身をブチ撒けてびしょ濡れにしてしまったのである

 

その直後には男もあまりにも突然過ぎる出来事に中々状況を飲み込む事が出来ず、トレイを撃ち落とされたメイドさん共々少しの間愕然として硬直していたのだったが、しばらくしてようやく頭が状況を理解する事が出来る様になったや否や、まるでこの世の終わりの様な悲鳴を上げたのであった

 

そしてそれに反応して我に返ったメイドさんが、大慌てで布巾で鞄を拭こうと手を伸ばすと……

 

「さ、触るなっ!!」

 

その様子を目にした男が急に豹変し、大声を上げながらメイドさんの手を払い除け、びしょ濡れになった自分の鞄を拾い上げようと手を伸ばすのであった

 

しかし……

 

「おいおい兄ちゃん、メイドさんの誠意を無駄にするのは良くねぇと思うぜぇ?」

 

男の手が後数cmで鞄に届こうとしたところで、不意にこの様な言葉と共に男の腕が掴まれ、男が自身の腕を掴むその手の持ち主の方へと視線を向けると、そこにはいつの間にか男のすぐ傍まで接近していた戦治郎の姿があったのであった

 

こうして戦治郎に捕捉されてしまった男は、戦治郎の言葉を無視して彼の腕を払い除け、再び鞄を掴もうと手を伸ばすのだが……

 

「この鞄、そんな大事なモンが入ってんのか?」

 

直後に戦治郎はこの言葉と共に今度は男の手を払い除け、更に空いた手で濡れた鞄を引っ掴み、先程男の手を払い除けた方の手を素早く中途半端に開いた鞄の中に突っ込むのであった

 

そして……

 

「……こいつぁ中々いいモン使ってんなぁ……、これならメイドさん達のスカートの中もバッチリ撮れるこったろうて……。数あるカメラの中からこいつを選んで犯行に及ぶってこたぁ、さてはおめぇ……、素人じゃねぇな……?」

 

鞄から引き抜かれた戦治郎の手には、コンパクトながらもしっかりとした動画が撮影出来るコンパクトカメラが握られており、それを見た直後に男の顔がみるみる青褪めていき、それから一拍して今度は事態を把握したメイドさんが悲鳴を上げるのであった

 

そう、この男は日頃から盗撮行為を行い、それで得た動画や動画から切り出した静止画を売って荒稼ぎしている盗撮の常習犯だったのである。この日この場所にやって来たのも、街中では中々遭遇する事が出来ない艦娘候補生と言う、その筋では高値が付き易いレアな獲物を狙い、ガッツリ稼いでやろうと考えたからである

 

もしこれが他の軍学校で行われていれば、この男は目論見通りに懐をベリーホットに温めていた事であろう。しかし残念ながらその目論みは、江田島軍学校を狩場に選んだ時点で既に潰えていたと言っても過言ではないだろう……

 

それはそうとして、こうして犯行がバレてしまった男は、鞄とカメラを諦めて逃亡を図ろうとするのだが……

 

「逃がすわきゃねぇだろうがばっきゃろう……っ!!」

 

男が自身の方へ背中を見せたその直後、戦治郎は手にしていた鞄を床に叩きつけ、フリーになった腕で男の首を鷲掴みし、片手で器用にカメラを操作して中身の確認を行いながら、ドスの利いた声でこの様な言葉を口にするのであった

 

「ちょっと何事っ!?」

 

それから間もなくして、事態に気付いた瑞鶴が慌てた様子で戦治郎の下へと駆け寄り、何があったのか尋ねて来て……

 

「盗撮よ盗撮、メイドさん達のパンツがこの男に狙われてたんよ。ってこりゃ瑞鶴の奴か?思った以上に派手な奴を……」

「その動画を早く消せえええぇぇぇーーーっ!!!」

 

引き続きカメラの中のデータを確認していた戦治郎が、瑞鶴に状況を簡単に説明している最中に瑞鶴と思わしき人物のパンツが映ったデータを発見し、思わずこの様な事を口走ったところ、顔を真っ赤にした瑞鶴が間髪入れずに叫びながら戦治郎の頬にビンタをお見舞いするのであった

 

尚、このカメラの中のデータに関してだが、この盗撮犯が盗撮を行ったと言う事を証明する為の物的証拠として、カメラごと警察に出さねばいけない関係上、被害者がいくら恥ずかしがっていてもデータを消す事は出来ないと戦治郎が説明したところ、瑞鶴達は何とも言えない様な複雑な表情を浮かべていた模様

 

そんな事をしていると……

 

「そっちは終わったかい?」

 

如何やらリチャードの方も片付いたらしく、相変わらず男の首をギリギリと締め上げる戦治郎に向かって、彼はいつもの調子で話し掛けながら歩み寄って来るのであった

 

尚、そんな彼の後方には……

 

「な、何なんだあいつは……?」

 

「強ぇ……」

 

「痛ぇ……、痛ぇよぉ……」

 

顔面蒼白になって蹲りガタガタと震えている男や、頭から血を流しながら倒れ伏せる男、身体にコーヒーカップの破片がいくつも刺さった状態で痛みに呻く男の姿が存在していた……

 

「ちょっとリチャードさぁん?ヴァイオレンスなのはナシって話じゃなかったぁ?」

 

「うん、だから僕は一切手を出してないよ。あの怪我は全部彼らの自業自得さ」

 

背後の男達の存在に気付いた戦治郎が、リチャードに向かって怪訝そうな表情を浮かべながらそう尋ねると、リチャードは涼しい顔でそう言い切ってみせるのであった



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冥土喫茶

比較的穏便に問題を片付けた戦治郎に対して、リチャードの方は流血沙汰に発展してしまっているが、一体如何言った経緯でこの様な事になってしまったのだろうか?

 

それを知る為に、少し時間を遡ってリチャードの対応を見てみよう

 

リチャードがシュガーシロップのカップを指弾の要領で撃ち出し、メイドさんのトレイをひっくり返して盗撮犯のカメラが入った鞄をずぶ濡れにし、戦治郎が盗撮犯の現行犯逮捕の切っ掛けを作った様に、戦治郎もミルクのカップをリチャードと同様に撃ち出していた訳だが、そのカップが何処に当たったのかと言うと……

 

「いってぇっ!!マジで痛ぇっ!!!」

 

それはリチャードの後方の席に座っていたガラの悪い男達のリーダー格と思わしき男の、右手の小指にスマッシュヒットしていたのであった

 

状況を掘り下げて説明すると、問題の男は誰にでも聞こえる様な声量でメイドさんをお持ち帰りして抱くなどと、聞いていて非常に不愉快になる様な事を言い放ちながら、偶々傍を通りかかったメイドさんの尻を鷲掴みにしようと手を伸ばしていたのである

 

彼がその様な行動に走った理由は、恐らく誰も彼らのマナーの悪さを注意しなかったから、調子に乗ってしまったと考えるのが妥当なところだろう。尤も、彼らは店の中にいる誰もが、自分達に対して注意して来る事など無いと、入店した段階で確信していた様だが……

 

「ダメじゃないか君達、他の人に迷惑をかけるだけでは飽き足らず、メイドさんに対してお触りしようとするなんて」

 

残念ながら彼らの思惑は外れに外れ、数少ない彼らに注意を促せる2人の怪物の片割れが、そんな事を言いながら彼らの愚行を止めにやって来るのであった

 

「んだてめぇっ!?!」

 

「こりゃおめぇの仕業かぁっ!!?」

 

「さぁ?どうだろうね?」

 

リチャードの声に反応したタトゥー入りスキンヘッドの男とサングラスをかけた筋肉質な男が、自分達の方へとゆっくりと歩み寄って来るリチャードに対して凄みを利かせながら詰め寄るのだが、リチャードは肩をすくめながら飄々とした態度でこの様に答え、彼らの神経を逆撫でするのであった

 

そんなリチャードの態度が気に入らなかったのか、刺青ハゲがリチャードの胸倉を掴もうと腕を伸ばすのだが……

 

「よっと、そんなんじゃ僕を捕まえる事は出来ないよ?」

 

リチャードはそれを半身ズラして回避し、余裕綽々といった様子でこの様な事を言い放ちながら、彼らを挑発する様に自身の右手を顔の高さまで上げ、指を波打たせる様に動かしてみせるのであった

 

それに逆上した男達は、何としてでもリチャードを捕まえようと腕を振り回すのだが、穏健派連合のトップとして恥ずかしい姿を晒さない様にする為に、日頃から射撃だけでなく軍隊格闘技などのトレーニングも行っているリチャードを捕まえる事は叶わず……

 

「はい、鬼さんこちらっと」

 

中々リチャードを捕らえる事が出来ない事に業を煮やしたハゲが、両手を広げ勢いをつけてリチャードに飛び掛かったところで、リチャードはそれをスルリと容易に回避し、勢い余って床を滑走するハゲの背中に向かってそう言い放つのであった

 

そんなリチャードの様子を見ていたグラサンが遂にブチギレ、捕まえるのを諦めて直接殴りかかりに入るのだが、結果は大して変わらず、リチャードはそれもヒョウイヒョイと回避してみせ、仕舞いには突き出された腕に指を這わせてみたり、近くにいたメイドさんが持っていたおしぼりを拝借し、闘牛ごっこを始めるまでに至るのであった

 

尚、リチャードがそんな事を始めた辺りで、今まで只々どよめく事しか出来なかったギャラリー達は、次第にリチャードが攻撃を避ける度に歓声を上げる様になった模様

 

そんな事をしているとグラサンに疲労の色が見え始め……

 

「どうする?まだ続けるかい?」

 

それを察知したリチャードが、疲れなど一切見せずにグラサンに向かってそう尋ねたその直後……

 

「てめぇのそのスカした顔ぶん殴るまで、止めるやきゃねぇだろうがよぉっ!!」

 

リチャードは不意に後ろから伸びて来た腕に羽交い絞めにされ、ようやくリチャードを捕まえたハゲはニヤニヤしながらそう叫ぶのであった

 

「おっと、急に大人しくなったと思っていたら……、チャンスを窺っていたのか。これはちょっと油断しちゃったなぁ」

 

「捕まっといて随分余裕だな?えぇ?おい……、おいお前、逃がさねぇ様にしっかり捕まえとけよ」

 

ハゲに捕まったにも関わらず、相変わらず余裕のある態度でこの様な事を言うリチャードに向かって、グラサンは肩で息をしながらこの様な事を言いつつ、近くのテーブルからコーヒーカップを奪い取り、ゆっくりとした足取りでリチャードの方へと歩み寄り、先程手にしたコーヒーカップをリチャードの脳天目掛けて振り下ろそうと、腕を大きく上に持ち上げ……

 

「死ねやゴルァッ!!!」

 

グラサンの叫びと同時に、コーヒーカップが振り下ろされるのであった

 

この先の未来を予想したギャラリー達が、凄惨な光景から目を背ける為に目を閉じて囚われたリチャードから顔を背けた次の瞬間、この場にいる誰もが予想する事の出来なかった出来事が起こるのであった

 

「これ、クセになるからあんまりやりたくないんだけど……、まあ仕方ないか」

 

カップが振り下ろされ始めた刹那、リチャードがこの様な事を呟いたかと思えば、突然リチャードの両肩からゴキリと言う骨が外れた様な音が鳴ったのである。そう、リチャードが羽交い絞めにされた状態であるにも関わらず、器用に身体を動かして自分の両肩の骨を外したのである

 

これにより腕から余分な力が抜けたリチャードは、リチャードが肩の骨を外した音とその感触に驚き、思わず硬直してしまったハゲの腕から己の腕を、うつ伏せに倒れ込みながらまるで軟体生物の腕の様にヌルリと引き抜き、眼前に床が迫りもう少しで鼻っ柱が床に激突しそうになったその直後に、肩回りの筋肉の動きだけで外れた肩の骨をはめ直し、直前で床に再び力が入る様になったばかりの手を付き、両腕を前に突き出しハゲの股下を滑走……いや、超低空飛行して潜り抜け、最後は床の上をコロリと後転した後、ゆっくりと立ち上がってみせるのであった

 

このリチャードの見事な脱出劇を目の当たりにしたギャラリー達は、リチャードが自身の方の骨を外した辺りでは表情を引き攣らせていたものの、無事にリチャードがハゲの後方に回り込んだ頃には思わず歓声を上げており、立ち上がったリチャードは沸き上がるギャラリー達に向かって軽やかに、そして優雅に手を振って返していたのだったが、それも束の間、次の瞬間にはギャラリー達から悲鳴が上がるのであった

 

リチャードがハゲの拘束から脱した時、ハゲの身体はリチャードに引っ張られるような形になって前屈みになってしまった訳だが、そんな彼の頭が現在ある位置は、元々リチャードの頭があった位置と重なってしまい……

 

「グハッ!?」

 

ハゲはグラサンが振り下ろすコーヒーカップを、後頭部でモロに受ける事になってしまい、ハゲはその衝撃で割れてしまったコーヒーカップの破片が飛散する中、頭から血を流しながら床にうつ伏せになりながら倒れ込んでしまうのであった

 

こうしてハゲを殴ってしまったグラサンが、状況が掴めず困惑していると……

 

「フレンドリーファイアかい?いやぁ恐ろしいねぇ……」

 

その様子を見ていたリチャードが、グラサンを挑発する様に肩をすくめながらこの様な事を言い放ち……

 

「ふざけんなやゴラァッ!!こうなったのはおめぇのせいだろうがっ!!!」

 

これにより再び逆上し、頭から湯気を出しそうな勢いで顔を真っ赤にしたグラサンは、そう叫びながら先程とは別のテーブルからコーヒーカップを奪い取り、リチャード目掛けて投擲するのであった

 

その様子を見ていたギャラリー達は、流石にそれはリチャードには当たらないだろうと思い、グラサンが無様を晒す姿を想像しながら、ざまぁみろとばかりにニヤつきながらリチャードの方へと視線を向けると、リチャードは迫りくるコーヒーカップを避ける様な素振りは見せず、それどころか額に手を当ててやれやれとばかりに首を振っており、その様子を見ていたギャラリー達が怪訝そうな表情を浮かべた直後、ギャラリー達が想像していなかった出来事が起こるのであった

 

「いってぇなクソがぁ……」

 

そう、先程グラサンに殴られたハゲが、フラフラしながらも立ち上がろうとしていたのである。そんな彼の身体は、グラサンが投げたコーヒーカップの射線上にあり……

 

「ガハッ!!」

 

ハゲは鼻っ柱でコーヒーカップを受ける事になり、カップの破片が飛散する中、彼は今度は仰向けに倒れ込むのであった

 

この様子を見ていたギャラリー達は、笑い事ではないと頭では理解しつつも、ハゲとグラサンのやり取りがまるでコントの様に見えてしまい、思わず吹き出してしまったり、クスクスと笑いを堪えていたりしており……

 

「ナイスピッチング!もしかして君、小さい頃野球か何かやってたのかい?」

 

グラサンに狙われていたリチャードはと言うと、グラサンに向かって爽やかな笑みを浮かべ、サムズアップをしながらそう尋ねるのであった

 

この挑発を受けたグラサンは、怒りが頂点に達し完全に理性を失ってリチャードに殴りかからんと全力疾走を開始するのだが、しばらく進んだところで床に広がったハゲの血に足を取られて豪快にすっ転んでしまい……

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

思わぬ形で散々自分が撒き散らしたコーヒーカップの破片の海にダイブする事になり、グラサンの身体の至る所にカップの破片が突き刺さり、グラサンはその痛みに思わず悲鳴を上げるのであった

 

「あ~ぁ……、ちゃんと足元の安全確認をしないから……」

 

痛みのあまりに床の上をのたうち回り、自ら傷を深くしてしまっている哀れなグラサンに向かってリチャードはそう言い放った後、未だに小指を押さえて蹲るリーダー格の男の方へゆっくり歩み寄り……

 

「さて……、残るは君だけみたいだけど……、まだ続けるかい?」

 

それはそれは柔らかい笑みを浮かべながらこの様に尋ね、それを受けたリーダーは複雑そうな表情を浮かべながら……

 

「あんなモン見せられて、まだあんたの事を殴ろうなんて思うほど俺は馬鹿じゃねぇよ……。負け犬は負け犬らしく、大人しく引き上げるわ……」

 

「そうかい、なら早く彼らを連れて医務室に向かうんだね。そしてそれでしばらくの間匿ってもらうといいよ、もうしばらくしたら警察が来るからね。君達も同士討ちで痛い目を見た挙句、傷害やらなんやらで前科を付けられるなんてのは御免だろう?」

 

店から出る事を約束したところ、リチャードは1度頷いてみせた後、彼に向かってウインクをしながらこの様なアドバイスを送ると、彼に背を向けて自分とほぼ同じタイミングで問題を解決した戦治郎の方へと歩き出すのであった

 

因みにリーダーがグラサン達に加勢しなかった理由だが、彼の小指は戦治郎が放ったミルクのカップが直撃した時点で骨が折れ、更には筋まで断裂してしまっており、拳が握れない上に痛みのあまりに動けなくなってしまっていた為、彼は加勢したくても出来なかったのであった

 

更に言えば、グラサン達には見えなかったのだが、彼にだけは朧気に見えていたものがあった。それは常にリチャードの傍に立つ、頑強そうな兜を被り立派な剣と盾を携えた身長2mほどの筋骨隆々の大男……、リチャードのファミリーネームであるマーティンの由来となった『軍神マルス』の姿が……

 

そう、リーダーはその存在に気付いた時点で、リチャードとやり合う気が失せてしまっていたのである

 

尚このマルスの正体だが、これはリチャードの身体から溢れ出すオーラがその様な形をしていただけで、本物の軍神がリチャードに宿っていたと言う訳では無い模様。尤も、本当にリチャードに軍神が宿っていたとしてもおかしくはないと思うが……



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悔い改めて

片や言葉の圧はマシマシなれど比較的穏便に、片や派手なパフォーマンスを行いながらの爽快感溢れる流血沙汰と言う形で、空母艦娘候補生達のメイド喫茶に訪れた迷惑客の撃退劇は幕を閉じ、騒ぎの中心にいた戦治郎達は、メイド喫茶のスタッフである空母艦娘候補生達に迷惑かけたと一言詫びを入れた後、次の目的地に向かう為にメイド喫茶を後にするのであった

 

尚この時、スタッフ達から中々追い出し辛い迷惑客を追い出してくれた事に感謝の言葉を送られると共に、この後に演習が控えている戦治郎は兎も角として、迷惑客を無傷で叩きのめした上に、派手なパフォーマンスで他の客の苛立ちを取り除いてみせたリチャードに対して、もしかしたら新手の迷惑客が来るかもしれないと言う懸念から、様々なサービスで優遇する代わりにしばらくの間この場に留まって用心棒をやって欲しいと言う要望があったのだが……

 

「ごめんね、条件が条件だから喜んで引き受けてあげたいところなんだけど、僕にもどうしてもやらなくちゃいけない事があってね……」

 

出来る限り深海棲艦がこの江田校祭に侵入している事を関係者に迅速に伝え、早急に警戒態勢を敷いておきたいと考えるリチャードは、苦笑しながら肩をすくめてその申し出を断り、それを受けたスタッフは非常に残念そうな表情を浮かべるのであった

 

因みに今回の件を通して空母艦娘候補生達が抱く戦治郎の印象が大きく変わり、今までは変な恰好をした乱暴で何を考えているか分からない恐ろしい提督候補生だと思われていたのが、本当に困っている時は状況を察して何も言わずに手を差し伸べてくれる優しい人間であると思われる様になった模様

 

まあそんなこんなで戦治郎達は次の目的地である潜水艦艦娘候補生達の出し物の会場に向かう事になったのだが、此処で少し視点を変え、リチャードにこっぴどく痛い目を見せられた迷惑客グループのリーダーが、リチャードの言葉に従って向かった医務室の様子を覗いてみよう

 

 

 

出会い目的でメイド喫茶に来ていたところ、リチャードの手によって仲間をボコボコにされた挙句、店を追い出されてしまった迷惑客グループのリーダーは、リチャードが最後に放った言葉に素直に従い、出血が酷いせいで力なくグッタリとしているハゲとグラサンの2人を半ば担ぐようにして医務室へ向かっていた

 

その道中ではすれ違う誰もが只々悍ましいものを見る様な視線を向けるだけで、彼に手を差し伸べる様な事はしようともしなかったのであった

 

これには彼もこれまでやって来た事や、怪我している事を差し引いても残る自分達の外見の恐ろしさもあり、半ば仕方ないと思ってはいるものの、尋常では無い数の視線に不快さを感じて思わず舌打ちするのであった

 

そんなどちらかと言えば冷ややかな視線を大量に浴びながらも、ようやく辿り着いた医務室の扉を開きながら……

 

「すんません、ツレが大怪我したんで救急車を……」

 

ハゲとグラサンの容態から、医務室での治療だけではどうにもならないだろうと考えていた彼は、医務室のスタッフに救急車を呼ぶ様にと頼もうと声を上げるのだが、医務室の中には誰1人としてスタッフがおらず、その事に気付いた彼の言葉は尻すぼみになっていき、やがて彼は医務室の扉の前で呆然と立ち尽くすのであった

 

「このままじゃこいつらがやべぇってのに……、医務室の連中は一体何処に行ってやがんだよ……っ!!」

 

「なんだぁ?おめぇは俺達に飯も食わず、糞や小便も我慢して有事の為に此処に引き籠ってろって言いてぇのかぁ?」

 

それからしばらくして、我に返った彼がもぬけの殻となっている医務室内部に向かって呪詛とも受け取れる言葉を呟いたその直後、彼の後方から聞き慣れない乱暴で妙にネットリとした口調でこの様な言葉が返って来て、その言葉に驚いた彼が一瞬ビクリと身体を震わせた後、慌てて後ろを振り返ってみたところ、そこにはどこか怪しい雰囲気を漂わせた白衣の女性が、彼女の物と思わしきハンカチで手を拭いながら立っていたのであった

 

こうして出会ったリーダーと怪しい女性こと悟は、この後に僅かなやり取りを交わしてリーダーが急患を連れて来た事、悟が医療スタッフである事を互いに把握し、悟はハゲとグラサンの容態をその場でチラ見する程度で診察すると……

 

「そいつらを急いでこっちのベッドまで連れて来なぁ、でなけりゃハゲは脳挫傷とそれに伴って出来た血栓で脳梗塞起こしてお陀仏、グラサンの方は失血死ルートまっしぐらになっちまうぜぇ?」

 

リーダーに2人を急いでベッドの所まで連れて来る様に指示を出し、それを聞いたリーダーはチラ見程度の診察でそこまで2人の容態を正しく把握する悟に驚きつつも、悟が言い放った言葉の内容に青褪めながら急いで悟の指示に従って、戦治郎の手によって砕かれてしまった小指の痛みに耐えながら、ハゲとグラサンの2人をベッドの所まで連れて行くのであった

 

そうしてリーダーが2人をベッドに寝かせたところで、悟はリーダーに医務室とベッドルームを仕切っているカーテンの外に出て、自分が治療している最中は決して中を覗かない様にと厳命、リーダーの方は悟が放つ圧に気圧され、素直に悟の指示通りにカーテンの外へ出るのであった

 

その直後、やや遠くからパトカーのサイレンが鳴り響き、リーダーは反射的にビクリと肩を震わせ……

 

(パトカーか……、確かあの人の連れらしい人が盗撮がどうのって騒いでたっけか……。もし俺があの時あの人に噛み付きでもしていたら、俺もあいつらみたいに気絶させられて、傷害か暴行で盗撮犯と揃ってしょっ引かれるところだったな……)

 

内心で安堵の息を吐きながらこの様な事を呟くのだが、直後にある疑問が頭の中を過り、それについて考え込み始めるのであった

 

それは自分が如何してパトカーのサイレンの音に、これほどまでに怯えていたのかについてだった

 

これまでの彼だったら、一般人に対して恐喝や暴行を行ったところを通報され、警察官が駆け付けて来たとしてもこの様な反応は見せなかったのだが、リチャードに〆られてからはどうも弱気になっているからなのか、パトカーのサイレンの音に過敏に反応してしまっていたのである

 

この疑問について、彼がしばらくの間考えていると……

 

「おめぇが連れて来たハゲとグラサンの兄ちゃんの治療、終わったぜぇ。次はおめぇの番だなぁ」

 

今しがた2人の治療すると言っていた悟が、カーテンを勢いよく開きこの様な事を言いながらベッドルームから出て来て、それに驚いたリーダーが思わずそちらの方へと顔を向けると、そこには先程までのズタボロだった姿が信じられないくらい綺麗な姿となった2人が、静かに寝息を立てていたのであった

 

「あんた一体何したんだよ……?」

 

「てめぇが気にする必要のねぇ事だなぁ、それよりさっさとこっちに来て椅子に座りやがれぇ」

 

ほんの僅かな間に連れの2人を完璧に治療してみせた悟に対して、リーダーが心底怪訝そうな表情を浮かべながらこの様に尋ねると、悟は彼の疑問をバッサリと切り捨てて彼に診察用の椅子に座る様に促すのであった

 

そうして彼が促されるままに椅子に座り、悟の指示でしばらく目を閉じていると、瞼越しに緑色の光を感知すると共に小指の痛みが引いていくのを感じ取り、思わず目を開いて先程まで痛みを訴えていた自身の小指に視線を向けると、そこにはスッカリ腫れが引いて元通りになった自身の小指だけが目に映るのであった

 

最早何が起こったのか分からず、心底不思議そうな表情を浮かべながらリーダーが自身の小指を眺めていると……

 

「さぁてぇ、てめぇの外傷の治療はこれで完了したなぁ。じゃあ次は心の傷の治療といきますかねぇ」

 

「……は?」

 

突然悟がこの様な事を言い放ち、言葉の意味がサッパリ理解出来なかったリーダーは、その言葉を聞いた途端、思わず間抜けな声を上げてしまうのであった

 

「心の傷って何だよ?俺はそんなのに心当たりは……」

「無ぇとは言わせねぇぜぇ?此処に来るまでの道中でのおめぇの表情によぉ、さっき無意識の内にパトカーのサイレンに怯えていた事について考え込んでいた事もよぉ、俺からしたらおめぇが無自覚で出していた心の傷の警報みてぇなモンなんだからよぉ」

 

悟の言葉に対してリーダーは心当たりが無いと反論しようとするのだが、悟はそれを遮ってこの様な事を言い、悟が此処に向かっていた自分の事を気付かれずに観察していた事や、自分が考え事をしていた事に気が付いていた事に若干戦慄しつつ、彼は悟が放つ威圧感に圧倒され押し黙ってしまうのであった

 

それからしばらくして、リーダーが何とか冷静さを取り戻したところで、悟が彼に対して質問を、彼に考える時間を与える様にゆっくりと1つずつし始めるのであった

 

最初の質問は『どうしてこの様な怪我をしたのか?』と言うもので、それに対してはリーダーは特に言葉を詰まらせる事無く、正直にメイド喫茶での一件について話すのであった

 

それを聞いた悟が次に行った質問は、『何故メイド喫茶で迷惑行為を行ったのか?』と言うもので、それに対してもリーダーは言い淀む事も無く、どうせ自分達に注意して来る様な輩はいないだろうと、その時は調子に乗っていた事を話すのであった

 

それに続く悟の質問は、『何を根拠にそう思っていた?』と言うもので、これに対しては普段から自分達に注意したり警告を出したりしてくる人間がいなかったからと答えるのであった

 

そこから『どうして注意して来る人間がいないのか?』と質問が続き、リーダーが周りの人間達は自分達の事を恐れている、或いは見限っているのかもしれないと答えると、今度は『何故周囲の人間はお前達を恐れている?』と言う質問が返され、それに対しては自分達の外見と普段から暴力を振るっていたり恐喝、脅迫行為を行っているからと返答するのであった

 

ここまでの質問と返答の応酬の中で、このやり取りに一体何の意味があるのかとリーダーが疑問に思い始めたところで、遂に精神科医が本業である悟が動きを見せる

 

「ここまで話を聞いていてよぉ、おめぇは普段から一般人に対してクソみてぇな行為を繰り返してたみてぇだがよぉ、それは一体何でなんだぁ?」

 

悟がこの質問をリーダーに投げかけた直後、今まで動揺する様な素振りを見せていなかったリーダーが初めて肩をビクリと震わせ、落ち着きがない様に目を泳がせ始め、その様子を見た悟は、彼に対して深呼吸をして心を落ち着かせ、ゆっくりとでいいから考えを纏めてこの質問に答える様にと声を掛けるのであった

 

それからしばらくして、何とかリーダーは落ち着きを取り戻し、これまでの様子から打って変わって暗い表情を浮かべながら、時々言葉を詰まらせながら、俯き視線を床の方へ向けながら自身が非行に走った経緯について話し始めるのであった

 

結論から言えば、彼は艦娘ブームの暗黒面の被害者……、軍学校の入試試験で幾度となく挫折を味わい、遂にはドロップアウトしてしまった人間だったのである

 

彼の事を少し掘り下げると、元々の彼は真面目で優等生と呼ばれる類の人間だったらしく、海軍に入ろうとした動機も深海棲艦の脅威から国民を守る為の盾になりたいと言う、至極真っ当なものであった

 

そんな彼は当然提督となるべく必死になって勉強し、自身の肉体もしっかりと鍛え上げ、万全の態勢で試験に挑んだのだが、彼は運悪く……、本当に運が悪く、戦治郎が受験した際にも行われたボードゲームの試験の中の麻雀において、1つも勝ち星を上げる事も出来ないまま時間切れで脱落してしまったのである……

 

それで1度落ちてしまった時は偶々運が悪かった、自分を鍛え直すチャンスを貰ったたと、落ちてしまった事をポジティブに受け取る事が出来たのだが、それが何度も何度も……、しかも決まって配牌やツモなど運の要素が絡んで来る麻雀で落ち続けていると、徐々にネガティブな思考をする様になっていき、やがて彼は自暴自棄になり海軍に入る事を諦めてしまったのだとか……

 

それからしばらくして、出会った切っ掛けなど細かい事は覚えてはいないが、彼はハゲとグラサンと出会い、行動を共にする事が多くなったのだそうな

 

そしてそうしている内に彼の考え方は彼ら寄りのものに変化していき、事が上手くいけば2人が彼の事を絶賛、それを受けた彼は感覚が麻痺してきたのか2人の称賛に快感を覚える様になり、彼は海軍に入隊して国民を守る為に鍛え上げて来たその筋力や格闘技などの技を、彼が本来守るはずであった者達から金品を巻き上げる為に利用する様になったのだそうな……

 

「やぁっぱりあったじゃねぇかよぉ……、心の傷がよぉ……」

 

ここまで彼の独白を静かに聞いていた悟が、不意に不気味な笑みを浮かべながらこの様な事を口にし、悟の言葉でいつの間にか忘れていた自身のトラウマや挫折の経験を思い出したリーダーが、ハッとしながら顔を上げて悟の方へ視線を向けると、悟はこの様に言葉を続けた

 

「おめぇの心の傷は、自身の勝負運の無さによって味わった挫折が原因で出来たみてぇだなぁ。んで、その傷が原因で悩み苦しんでいたところをあのクソ共に付け込まれていい様に利用された結果、罪の意識が薄れに薄れ、自分をべた褒めするあいつらに依存、無意識の内にそれらを手放したくないと思う様になって、非行から抜け出せなくなっていたってかんじだなぁ」

 

悟のこの言葉を聞いたリーダーが、目を見開いて愕然としている中、悟は更に言葉を続ける

 

「おめぇがパトカーのサイレンに過剰に反応していた原因は、メイド喫茶の一件で今まで自分の心の拠り所になっていたクソ共がボコられた事とよぉ、自分達が〆られた事で心の奥底に押し込まれていた罪の意識が掘り起こされちまったからってところかぁ?んでそうして知らず知らずの内に精神が不安定になっているところにパトカーのサイレン……、その音で罪の意識が刺激されちまったんだろうよぉ」

 

「今までの話でそんだけ俺の事が分かるのかよ……。怪我の治療といいこれといい、アンタマジで一体何者だよ……?」

 

今まで悟の話をポカンとした表情で聞いていた彼が、絞り出すような声で悟にこの様な質問を投げかけると

 

「強いて言やぁ、精神科出身の軍医候補生ってところかぁ?」

 

悟は驚く彼の顔を見てニタニタと笑いながら、この様に返事をするのであった

 

その後、彼が悟に社会復帰も難しそうなチンピラに成り下がってしまった自分はどうしたらいいのか?と問うと……

 

「先ずはあのクソ共と縁を切るところがスタート地点だなぁ、さっきも言ったがあいつらは恐らくおめぇの事を都合の良い駒……、金蔓だとか警察に捕まった時用の人柱ぐらいにしか思っちゃいねぇはずだぁ。そんなのといつまでもつるんでる理由も義理もねぇだろぉ?」

 

悟は相変わらずニタニタ笑いながら腕を組んでこの様に答え、彼が悟の言葉を肯定する様に頷いて見せた事を確認すると、突然戦闘中によく見せる狂気じみた笑顔を浮かべながら、彼に向かってこの様な事を言い放つのであった

 

「その次のステップだがよぉ、ここにおめぇにとって耳寄りの情報があるんだよなぁ」

 

その言葉を聞いた直後、彼は一瞬驚いた後、悟の次の言葉を決して聞き逃すまいとばかりに真剣な表情を浮かべ、静かに悟の言葉を待つのであった。そして悟の次の言葉を聞いた瞬間、彼は今までで一番の驚愕の表情を浮かべる事になるのであった

 

そんな悟が彼に伝えたのは、恐らく再来年辺りから軍学校に新設される事になる学科、特警科についてであった

 

今海軍に存在する長門屋の特警隊を除く特警隊は、横須賀の乱の後に急ごしらえしたものに過ぎず、所属する隊員の数も少なければ経験も浅い、仕舞いには指揮系統も上手く機能していないと、不安要素が盛り沢山な状態となっているのである

 

これを何とかするべく開設される事になったのが、上記の特警科なのである

 

「何で再来年開設なのかって言やぁ、来年1年間を使って特警隊そのものの態勢を整えたり、試験に使う問題を作るつもりらしいんだわぁ。んでどうしてこれをおめぇに教えるのかについてだがよぉ、その学科では特警隊の指揮官を育てる事が目的みてぇでなぁ、提督になるべく自分磨きをしてたおめぇにうってつけな訳なんだわぁ」

 

「……なぁ」

 

「おめぇが不安に思ってる点についてなら安心しなぁ、俺のダチが此処の提督科にいるんだがよぉ、そいつが試験の麻雀で受験者だけでなく監視役の教官まで医務室送りにするほど暴れに暴れた結果よぉ、海軍内では運の要素が絡む様な試験は今後しねぇって事が決定したんだわぁ」

 

「そいつは一体何したんだよ……?」

 

「半荘戦東1局目、親で4倍役満か5倍役満かを叩き出したみてぇだぜぇ?」

 

「それ、最悪死人が出ないか……?」

 

悟の話を聞いて彼が不安そうになったところで、すかさず悟は彼の不安要素となっている運が絡む試験が廃止された事を伝え、それを聞いた彼は思わずホッと胸を撫で下ろしたかと思えば、そうなった切っ掛けについて疑問を覚え、ついつい悟にその経緯を尋ねたところ、戦治郎が行った残虐行為の件を教えられ、思わず顔面蒼白になりながらこの様な事を呟くのであった

 

さて、こうして特警科の事を聞いた彼は、再来年に必ずその試験を受験して合格する事を悟に約束し、それを受けた悟はまだ非公開情報となっているこの件について自分から聞いた事を口外しない様にと釘を刺しつつ、彼に対して激励の言葉を送るのであった

 

そして……

 

「そういやまだアンタの名前聞いて無かったわ……」

 

「俺は伊藤 悟、ナリはこんなだがれっきとした野郎なんだぜぇ?」

 

「そんなん信じられねぇよ……」

 

こっち(海軍)に来りゃぁ嫌でも信じなきゃなんねぇんだよなぁ」

 

「何だそりゃ……?まぁそれはそれとして、今日アンタと話が出来て良かったよ。おかげで真っ暗だった俺の人生に、ようやく光が射した気がするんだ」

 

「俺は俺がやりてぇ事をやっただけだぁ、礼なんか言われる筋合いはねぇよぉ」

 

このやり取りの後、迷惑客グループのリーダーだった男……、鎧谷 虎鉄(よろいだに こてつ)は悟に向かって頭を下げ、それを受けた悟は用が済んだならさっさと出ていけとばかりに、手をヒラヒラさせながら虎鉄に対してこの様に言い放ち、そんな悟の様子を見た虎鉄は憑き物が落ちた様な表情を浮かべながら、ハゲとグラサンと決別する意思表明の如く、彼らを置き去りにして医務室を後にするのであった

 

これが遠い未来、特警隊の総大将として提督となったシゲと名を連ねる事となる男の再起の瞬間なのであった



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