守谷さん家と居候おじさん (ほったいもいづんな)
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今宵の月は美しい
これはそれの恩返しです。(意味不明)
「どうしてこうなった……」
そう小さく呟く今の私は……何かに直面して立ち尽くしている訳でもなく、絶望に打ちひしがれて膝をついている訳でもない。
私は……一人の女の子に膝枕をされているのだ。 この……40近いおじんのこの私が、だ。
「ふふ、どうしたんですかぁ〜?」
この女の子はとても優しい笑顔を浮かべながら膝枕をされている私を見ている。 何がそんなに嬉しいのかおじさん一歩手前の私には理解できない。
あれかい? 一時期おじさんブームとかあったけどそれかい? そうなのかい? おじさんが可愛いとか言っちゃう子なのかい君は。
「どうしたじゃあないよ、『東風谷』ちゃん」
「東風谷じゃなくて普通に名前で呼んでくださいよもぉ」
「いいかい東風谷ちゃん、こんな38のおじさんを……もうすぐ40の沼に足を突っ込むおじさんを膝枕して楽しいのかい?」
「楽しいですよそりゃあ。 だって『
「……おじさん、この歳で可愛いって言われるのは流石に困惑しちゃうな……」
「そういう困った顔が可愛いんですよぉ〜♪」
「……そっかぁ……若い子は凄いなぁ……」(遠い目)
この日、私は東風谷ちゃんの気がすむまで頭を膝に預ける事になった。
おじさん喜んでいいのかどうか分かんないよ……
『
知人が事故で喫茶店を続けられなくなり店は閉店。 もちろん私も職を失う結果となった。 だから新たな仕事を探しているはずだった……はずなのに……
「あ、犬太郎さん! おはようございます」
おじさんは3人の女性がいる神社にお世話になり、こうしてご飯を作ったりしている。
東風谷ちゃんは普通の女子高生くらいに見える女の子だが……その髪の色は何? 緑? それともエメラルドって言った方がいいの? 因みに地毛だそうだ。
「今日もすまないな犬太郎」
八坂さんは大人な女性。 私の事を面倒見てくれているし、困った事や悩みがあれば真っ先に聞いてくれるとても良い方だ。 ……でも神様だそうだ。 うん、今のおじさんにはまだ理解できないね。 うん……
「おはよう犬太郎」
洩矢さんは見た目小さな女の子だ。 ぶっちゃけ東風谷ちゃんの親戚の女の子か何かだと思っていた。 でも聞いたら八坂さんと同じ神様だそうだ。 ……だから私は洩矢さんと呼んでいる。 流石に神様にちゃん付けは出来ないしね。
「あぁおはようございます。 東風谷ちゃん、『八坂』さん、『洩矢』さん」
この3人はこの守谷神社に住んでいる。 山の上にある凄そうな神社なのだが……どうやらあまり参拝客はこないらしい。 でもこの間女の子が来たりしていたけど……?
「霊夢さんはお客さんと言うよりは商売敵ですし。 あ、おかわりもらってもいいですか?」
「ブン屋は迷惑な事しかしないしな。 犬太郎、茶を貰えるか?」
「山の妖怪共は私らよりも犬太郎が目当てになってるし、信仰が増える訳じゃないからねぇ。 ……そう言えば昨日プリンか何か作ってたよね? それちょうだい」
「え、何ですかそれ!? 私知りませんよ!」
「そう言えば昨日の夜から何かしていると思っていたが……そうか、デザートもあるのか」
……話がズレるのが早いなぁ。 まぁ女性はそんなものか……?
「えぇ、ありますよプリン。 昨日『河城』ちゃんから製氷機を貰ってね。 それで折角だから甘いものでも作ろうと思ったんだよ」
「河童の技術もたまには役に立つんだねぇ」
「私も食べたいです!」
「あぁ構わないーー」
「えー? 早苗最近ご飯食べ過ぎじゃない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ!」
「さ・い・き・ん、お腹周りが気になるんじゃないかにゃ〜?」
「わ、私は諏訪子様と違って胸にいきますからね! ま、まだ平気……(震え声)」
「あ? 何だとコラ?」
「犬太郎、そこのアホ二人にはいらん。 私の分だけ頼む」
「は、はい……」
……ともかく、今の私はここにお世話になっている。 仲良しな3人の女性達に囲まれるのに最初は戸惑っていたが、流石に一月も経てば慣れてくる。 慣れれば自分のやりたい事が増えてくる。
そう、増えるのだが…………
東風谷ちゃんはこの守谷神社の巫女さん。 とは言っても普段は参拝客なんてこない、だからいつも境内を掃除している。 そして掃除が終われば……
「はい、犬太郎さん♪」
「……えぇと……」
「来てください♪」
「…………失礼します」
何故か私に膝枕をしたがる。 流石にこれには未だ慣れてこない、いや慣れても嫌なのだが……
断ればいいだって? こっちは居候の身、強くはでれない。 私だってこれでも一般の成人、やりたい事もあるし試したい事もある。 だが出来ない、今日も東風谷ちゃんに膝枕されるのである。
何もなければの話だが。
「この角度から見ると犬太郎さんって凄い可愛いですよね」
「……それはどうも」
「その困った顔もいいです!」
「それはますます困っちゃうなおじさん……」
東風谷ちゃんの感性大丈夫かい? こんなおじさんに可愛いって言うのは何かこう……危ないよ?
「犬太郎さんは犬に似てますからね。 こう……本当だったらワシャワシャしたいんですよ? でもそれは犬太郎が嫌だって言ったからこうして膝枕で妥協しているんです。 少しは私の自尊心を褒めてください」
「……えぇ」
「ーー相変わらず変な事言ってるね早苗」
……ん? 誰か来たのかな、って君は。
「河城ちゃんじゃないか」
「やっほー盟友。 あと早苗も」
「私はオマケですかにとりさん」
河城ちゃんは河童……らしい。 でも見た目は小さな子どもに見える。 その頭に被っている帽子や背負っている大きなリュックサックがなお一層彼女を小さく見せる。
だが彼女はとても手先が器用というか、とてもクリエイティブだ。 製氷機はもちろん料理に必要な器具を作ってもらっている。
私は身体を起こし彼女に礼を言う。
「ありがとうね、調子は大丈夫だよ。 おかげでプリンも作れたし」
「おぉ、それはよかったよ。 ……それでプリンとな?」
「ふふ、君の分もあるから……食べるかい?」
「ふふーん! それじゃあ貰おうかな!」
さて、河城ちゃんの分を取ってこようかな。
「……じー」
……どうしたんだい東風谷ちゃん?
「私、さっき食べてないんですけど……」
「あ、あぁそうだったね」
「じー……」
「こ、東風谷ちゃんも食べるかい?」
「食べます!!」
あ、はは……さっきは八坂さんが止めてたからね。 それじゃあ東風谷ちゃんの分も……
「それじゃあ三つお願いしますね」
「はいはい、三つね三つ……ん?」
三つ? 東風谷ちゃんと河城ちゃんと……私は食べないし……あれ?
「私の分も、お願いしますね♪」
「……あ、『射命丸』ちゃん!」
「うお、いつの間に……」
「あなただけ美味しい思いはさせないわよにとり。 文字通りね!」
この子は新聞記者の射命丸ちゃん。 常にカメラを持っている仕事熱心な子だ。 正直その意欲は尊敬している。 でもあんまり行き過ぎないでね……
因みに彼女は天狗らしい。 でも綺麗な顔しているけどなぁ、鼻は長くないし。
「ケンさんの料理の写真は好評なのよ。 これは見逃す訳にはいかないわ」
「あぁそう言えば河童の間でもそこだけ人気だったねぇ」
「そこだけって……ちゃんと読みなさいよ」
「つまんないんだよあんたの記事は。 いや、そもそも天狗の新聞自体大した事はないんだけどさ」
「むぅ……やはりここはケンさん特集でも組もうかしら」
「それってそれだけしか読む人いないんじゃない?」
射命丸ちゃんはよく守谷神社にやって来て私のご飯を食べてくれる。 その時に写真を撮ってはそれを新聞に掲載しているようだ。 ……でもみんなはあんまり射命丸ちゃんの事が好きじゃないみたいだけど、私は彼女のグイグイ行く感じは仕事で女子高生の相手をしたりしていたから慣れがあるから問題はない。
「……また来たんですか文さん」
「あら早苗、ご挨拶ね。 いつもケンさんとイチャイチャしているけど飽きないのかしら?」
イチャイチャしてないよ。 してないからね。
「飽きません。 犬太郎さん相手に飽きなど一生来ませんよ」
「あら残念。 飽きたのなら私が引き取ってあげようと思ってたけど」
「はっ! 寝言は寝てから言ってくださいよ」
「ケンさんの前で上っ面取っていいのかしら? 口が悪いわよ?」
……えぇーと、私はどうしたらいいのだろうか? 取り敢えずプリン持って来ていい?
「……あ、御柱の方の神様が来たよ」
「あ、なら大丈夫だね。 ちょっと待っててね河城ちゃん」
「やった!」
やれやれ、何故か二人はよく喧嘩する。 そしていつも八坂さんが何処からか丸太……御柱だっけかな? それを二人の頭に直撃させている。 とても痛そう……どころか死んじゃうんじゃないかといつも思うけど何故か二人は無事である。 相変わらずここの人たちは規格外である。
ーーこの阿呆共!
ーーいひゃい!?
ーー頭がぁ!?
持って来たよー……って、東風谷ちゃんと射命丸ちゃんが正座してる……そしてその前に八坂さんが仁王立ちしながらトンデモナイ圧力だしている……
「お、来た来た。 待ってたよ盟友」
「はい、河城ちゃん」
取り敢えず河城ちゃんにプリンを上げる。 あと東風谷ちゃんのと射命丸ちゃんのはどうしようか……?
「んー? まぁ放って置けば? いつもの事なんでしょ?」
「あー……まぁ……あはは」
「盟友もモテモテだねぇ。 早苗はまあ元外の世界の人間だけど、ブン屋がああして人間に付き纏うなんてそうそうないよ」
「私みたいなおじさんが珍しいだけじゃないかな……はは」
私そんなに面白いのだろうか……? おじさんだよ? 取り柄は料理だけだよ? 確かに喫茶店で働いていた時は出した料理を女子高生とかOLのお姉さんに褒められたりしたけど、少なくともモテた試しはないんだけどなぁ……
「……んっ! 美味しいよ盟友!!」
「そっか、久し振りに作ったからね、口にあってよかったよ」
「これの為に氷が欲しかったのかい?」
「うん。 冷やさないといけないんだけど、それよりも保存の為に結構な量の氷が欲しかったんだ。 ありがとうね河城ちゃん」
「ふふん、お安い御用さ」
いい笑顔だ、美味しく作れてよかったよ。 ……まぁ目の前で二人が八坂さんにお説教されているのを見ながら食べるのは決して乙ではないけどね。
「大体お前ら犬太郎が絡むとどうしてそう喧嘩するんだ……?」
「だって文さんが犬太郎さんと仲良くお話するんですもん……」
「嫌な嫉妬の仕方してるな!?」
「だって早苗はいつもケンさんに膝枕してるから羨ましくて……」
「お前もかブン屋!?」
「そもそも神奈子様の方がおかしいですよ!」
「そうよ! ケンさんを前にして何もしないだなんて女捨ててるってレベルじゃないわよ!」
「待て二人共! 話の脈絡を考えろ! 何故逆ギレ風味!?」
……今日は長くなりそうだなぁ。 というかやっぱり二人は仲がいいのかな? どうなんだろうね、年頃の女の子はおじさんじゃあよう分からないよ。
「……盟友、早苗はそうかもだけどブン屋は妖怪だから早苗よりも年上だよ?」
「……おじさんから見たら二人は同じくらい若いから(震え声)」
……あ、八坂さんが疲れた顔して戻って来た。
「もう勝手にしてくれ……はぁ……」
「だ、大丈夫八坂さん?」
「あぁ犬太郎……何か甘い飲み物を貰えるか?」
「あ、はい。 この間コーヒー豆を貰ったからアイスカフェオレでいいかな?」
「あぁ頼む……」
多分二人の相手をして疲れたんだろうなぁ……なら結構甘くしとこうかな?
予め凍らせておいたコーヒーを取り出しミルクと一緒にココアも入れる。 カフェオレにココアを入れるだけで更に甘くなって尚且つ苦くもなる。 八坂さんは甘すぎる物はそんなに好きじゃあないしこれでいいかな?
コーヒーを凍らせおくと直ぐに出せるから比較的時間もかけずに提供ができるし、食感というかシャリシャリしてるからお店では若い子とかに好評だったっけな……
「はい、八坂さん」
「あぁすまない……。 ……おっ! これいいな! 中々美味しいというか……面白いな!」
よかったよかった。 これも河城ちゃんのおかげだな。
「あー! 神奈子様が美味しそうなの飲んでます!」
「あらお写真を撮ってもいいかしら?」
「お前ら犬太郎のプリン食べているんだからこっちに来るな」
「わーお辛辣」
八坂さん……二人のあしらい方が雑になってる……そんなに疲れたのか今日は。
「あ、犬太郎さん犬太郎さん!」
「ん? 東風谷ちゃん、どうしたんだい?」
「あーんです! 口を開けてください!」
「えぇ……」
東風谷ちゃん、何故プリンをよそったスプーンを私に向けるんだい? こんなおじさんに餌付けして楽しいのかな?
「わ、私は味見とかしてるから大丈夫だよ」
「いえいえ、私がしたいんです! さぁ!」
「あ、あぁっと……八坂さん?」
私はどうしたらいいの? 助けて八坂さん!
「……あーもう勝手にしてくれ」
「八坂さん!? 諦めないで!?」
「さぁさぁ! あーん♪」
う、うーん。 流石にこれは……おじさんも恥ずかしいな……いや膝枕されている時点で恥ずかしいもヘッタクレもないんだけど……
「ほらほら!」
……しょうがない、大人しくーーーー
「あむ」
「あーっ! 何するんですか文さん!」
「何って……ケンさんはいらないんでしょ? なら私が食べてもいいじゃない」
「むぅぅぅぅ!!」
「一人だけ美味しい思いはさせないわよ! プリンだけにね!」
「天丼!?」
なんか射命丸ちゃんが代わりに食べてくれた。 助かったけど理由がよく分からない……おじさんの餌付けが流行りなのかな?
「…………」
……河城ちゃん? どうしたの私をじっと見て。 ま、まさか河城ちゃんもおじさんにあーんする気じゃ!?
「盟友盟友」
ひっ! ……ってアレ? スプーンを渡された?
「あーんしてみて?」
「へ? お、おじさんがするのかい?」
「早く早く、早苗達に気付かれる前に」
おじさんがあーんするのか……こんなの親戚のお嬢ちゃんにもした事ないけど、河城ちゃんにはお世話になっているし。 まぁこれくらいなら……
「はい、あーん……」
『何ィ!?』
「あー……ん、む!」
『あーんしてもらうだとぉ!?』
すごい息ぴったりだね二人共。 というかやっぱり二人は仲がいいんだね。
「ん〜♪ 早苗とかの気持ちが少しだけ分かるよ」
「ずるい……ズルイですよにとりさん!」
「えぇ〜早苗とかはいつもやってもらってるんじゃないの?」
「まだ膝枕までです!」
「それでまだはどうなのさ……」
「ちょっとにとり、卑怯よ私たちが争ってる間にやってもらうなんて」
「そうです! 卑怯です、卑劣です!」
「いや私は水の無いところで水遁とかしないから……というかあーた達がワチャワチャしているのがいけないんじゃ……」
『それは言わないで!!』
「あ、自覚はあったんだ……」
その日は夕方まで河城ちゃんと射命丸ちゃん達とお話をしていた。 今日は二人だけだったが、他にも『犬走』ちゃんとか『鍵山』さんとか『秋』さん姉妹とか『多々良』ちゃんとか。 あとたまに『霧雨』ちゃんとか『博麗』ちゃんとか……山の外から人がやってくる時もある。
みんなとても良い人達ばかりだ。
何故か東風谷ちゃんがその度に機嫌が悪くなるけど……
「むっすー!」
今日は特に機嫌が悪くなってる!?
お、おじさん何かやっちゃった!? ど、どうしようどうしよう……ご飯は普通に食べてくれたけどスッゴイむすっとしてたし……うぅ……おじさんは女の子の心なんて分からないよぉ……
「……ちょっとちょっと」
「も、洩矢さん……」
「犬太郎、ちょっとこっち来な」
洩矢さんが東風谷ちゃんがいない部屋に手招きしている。 あぁおじさんを助けてください……
「はぁ……どうしたのさ一体」
「それがおじさんにもさっぱりで……」
「ん〜……今日誰か来てたの? 何かしてたの?」
「今日は……」
取り敢えず洩矢さんに射命丸ちゃんと河城ちゃんが来たこと、プリンをご馳走したこと。 あとは……
「あとは何かあったかなぁ……?」
「うーう? 何かこう……しょうもない事でもした? というかされた?」
へ? あぁ……ん〜……?
「せいぜい……河城ちゃんに食べさせて欲しいって言われてやったくらい……?」
「それだよ!!」
「え?」
それって……それどれ?
「河童にあーんでもしたんでしょ! それしかないよ! むしろよくそれが最後に出て来たね!」
「え、え……洩矢さん? おじさんにも分かるように説明してくれませんか……?」
「えぇ……うそでしょおじさん……」
うそじゃないんだよ洩矢さん。 おじさん舐めちゃいけないよ? 世界で一番鈍感な生き物なんだから。
「はぁー……」
うわぁお……すっごい溜息……何かごめんなさい。
「あのね犬太郎」
「はい……」
「早苗ぐらいの年頃の女の子……というか幻想郷にいる連中の大体はプライドが高いのよ。 女王様気質みたいな連中ばっかだし」
女王様……? いやおじさんこの山から降りた事ないから知らない人ばっかりなんだけど。
「いつも早苗が犬太郎に膝枕してるでしょ? あれね、ペットを撫でてるようなもんなのよ」
「おじさんペットだったのか……」
「そう、大型犬よ。 犬太郎なだけにね」
……それは笑いどころなのだろうか?
「あとで笑うといいさね。 いいかい、普段甘えている犬がたまにやってくる親戚や友達と仲良くしてるのを想像してみなさい? こう……イラっとくるでしょ? こないならそういうもんだと思いなさい」
は、はぁ……
「いいかい犬太郎。 あんたがするべきは早苗のご機嫌とりだ。 でもただご機嫌を取るんじゃない、早苗の話を聞かないといけないんだ」
「……おじさんには難しいですね」
「そうかい? 一月、ここで生活をしたんだ。 特に早苗と一緒にいる事が多かったんだ、犬太郎には分かるはずだよ? 早苗の心の姿の影くらいは」
「東風谷ちゃんの……」
………………
「ま、頑張りな。 私らが喧嘩したんなら謝れば済むけど、これは犬太郎が何とかしないといけないからね」
「……ありがとうございます、洩矢さん」
「いいのいいの。 犬太郎のご飯が美味しいおかげで最近は身体の調子がいいんだから、これくらい当たり前よ」
洩矢さんにアドバイスも貰った事だし、おじさんなりに頑張りますかなっと。
……あぁそうだ。
「洩矢さん、お台所にまだ洩矢さんの分のプリン、余ってますから」
「…………犬太郎のそういう所、私は気に入ってるよ。 にひひ♪」
洩矢さんは「プリンプリン〜♪」とスキップしながらお台所に向かっていった。
さて、おじさんはジェネレーションギャップと戦いに行きますか。
東風谷ちゃんは縁側に座っていた。 大丈夫? いくら季節は夏だからって夜は冷えたりするよ? 風邪引かない? 毛布持ってこようか?
「……」
……あ、今こっち向いたけどすぐ視線外された。 拗ねている……のかな? 多分拗ねてるよね?
さて、それじゃあおじさん頑張っちゃうよ。
「……?」
取り敢えず東風谷ちゃんの隣に座る。
もちろん東風谷ちゃんの事だから移動したりなんてしない。 そして……
「……」(膝ポンポン)
さぁて、どうなるかな?
「……?」(首傾げ)
「…………」(思案中)
「………………ッ!」(ボフン)
お、気が付いたかな? 私の意図に。
「あ、え、そ、ひっ……ひっざ……ッ!?」
ふふふ、普段やられているからね。 たまにはおじさんがやり返してもいいよね?
「……」
「そ、それじゃあ〜〜〜〜………………失礼します」
そう消えそうな声を出して東風谷ちゃんは私の膝……というか太ももに頭を預ける。 そう、膝枕をしてあげているのだ。 膝枕返し、これは流石に東風谷ちゃんも恥ずかしいようだ。
だけどこれでいい。
ここ一ヶ月過ごしておじさんなりに分かった事がある。 東風谷ちゃんは意外と寂しがり屋なのだ。 私に膝枕をするのも今まで感じていた寂しさの裏返しを向ける対象がいなかったから。
東風谷ちゃんは甘えたがりなのだ。 だからこうして甘えさせるのが正解……のはず! 多分ね!
「…………すいません犬太郎さん」
「ん? 何がだい?」
「……だって私が勝手に機嫌悪くしたから……諏訪子様辺りにこうしろって言われたんですよね?」
へ? いや違うけど……あぁでも半分はあってるかな?
「私……犬太郎さんが優しいからそれに甘えちゃって、それなのににとりさんや文さんと仲良くしているのを見て……嫉妬しちゃって」
「…………そっか」
「犬太郎、ちょっと昔の話をしていいですか?」
昔の話……?
「私、昔は普通に学校に行ってたんです。 でもこの髪の色、みんなからは不思議がられてました。 それに私は現人神。 普通の感性とは大きく異なります、それでよく周りから避けられる事もありました」
東風谷ちゃん……
「だから
考えてみればすぐに察する事ができる。 東風谷ちゃんのこの髪の色、染めたにしては鮮やかで綺麗過ぎる。 もうそれだけで畏怖の目を向けられてもおかしくはない。 周りと違う、それだけで東風谷ちゃんは生きづらくなってしまう。
……こんなにいい子が、だ。
「だからこそ……私に対して『普通』に接してくれた犬太郎さんに、無意識に甘えていました。 ごめんなさい……」
「…………どうして謝るんだい?」
「え……?」
私は東風谷ちゃんの頭を優しく撫でながら、東風谷ちゃんの誤解を解く。
「おじさんはね、東風谷ちゃんの行動に……たまぁ〜に驚いたりするけれども、それに迷惑した事なんて一度もないよ」
「で、でも……勝手な事したりしています……」
「ふふ、それでもだよ。 私は『楽しい』と思っているよ」
ここに来てからの事を思い返す。 戸惑いは一杯あった。 でもそれ全てが等しく楽しい思い出になっている。
「東風谷ちゃんに出会って、八坂さんや洩矢さんに出会って……射命丸ちゃんや河城ちゃん、色んな子に出会えて……それで楽しく話をしたり……もうそれだけでおじさんには十分なんだ」
「犬太郎さん……」
「おじさんがこんなに充実した生活を送れるのは……失業するまでだと本気で思っていた」
友人と一緒に働いて……大変な時期もあったけどそれも今となってはいい思い出になった。 そんな経験はもう来ないと本気で思っていた。
「そしたら本当に不思議な事が起こって……君に出会った」
「幻想郷に迷い込んだ……」
「そしたらあれよこれよと一月経った……それ全部が私にとって大切な思い出になってる。 これは嘘じゃないよ」
「…………」
だから東風谷ちゃん、おじさんに甘えてもいいんだよ。 こんなおじさんでいいなら、いつでも胸を貸すよ。 ちょっと臭うかもしれないけどね。
「……あ、ほら見てごらん」
「え?」
私は夜の空に浮かぶ綺麗なまん丸月を指差す。 綺麗な満月だ。
「『月が綺麗だね』」
「……ッ!?」
「こんなに綺麗な月を一人で見るのは忍びない。 君と見れてよかったよ」
ここは排気ガスとかない田舎? だからかもしれないけど夜空が綺麗だ。 都会の中でこれだけの展望に出会えるのは中々ない。 それも一人じゃなくて誰かと見るからとても幸せな気持ちにーーあれ?
「…………」
「東風谷ちゃん? おじさんの顔に何か付いてる?」
どうしたんだろう……おじさんの顔をじっと見て。 それに何だかさっきよりも顔が赤いような……?
「い、い、いいいいいいいまままままま……」
「こ、東風谷ちゃん……?」
「つつつつき……ここここここくははははは!!?」
「え? 何? どうしたの?」
「ううううぅぅぅぅぅ!」
え、なになに? おじさんまた何かしちゃった!?
「ひゃああああああああ!!」
「こ、東風谷ちゃん!?」
「おやすみなさいいいいいいいい!!」
「東風谷ちゃーん!?」
突然大きな声を出しながら東風谷ちゃんはもの凄い勢いで自室に戻っていった。 ……う〜ん? って戻って来た。 と言うか顔だけ私に見せて身体は襖の中に隠している。
「あの……」
「?」
「また……してもらってもいいですか……膝枕……」
「…………」
東風谷ちゃんはまるで子どものようにおずおずと親にねだるように私を見ていた。 その姿が何だかいつもの姿とは大きく違っていて……少し笑ってしまう。
「ふふ、いいよ。 おじさんの膝でいいならいつでもどうぞ」
「……っ! は、はい! ありがとうございます!」
こんなおじさんでも君みたいな若い子の笑顔に貢献できるなら、お安い御用さ。
「おやすみ、東風谷ちゃん」
「おやすみなさい、犬太郎さん♪」
うん、今日もいい一日だった。
守谷神社、屋根上にて。
「……めでたしめでたしだね」
「そうだな」
神奈子と諏訪子が先ほどまでの二人の様子を見ていたのだ。 もちろん狼狽える早苗の姿もバッチリ目撃している。
「それで? 犬太郎渾身の一撃が早苗にクリーンヒットしたけどどうよ?」
「……まぁ犬太郎は多分大した意味を持って言ってないと思うぞ。 文学的な告白を自分がしたとは微塵も思ってないだろうな」
「そりゃそうよ。 そういう所が犬太郎らしさだしね」
「それはそうだ。 ははは」
神と神、浮世の情事を笑いの種にする。 それが何よりも楽しい娯楽であり……最大の幸福でもある。
「……でもいいの神奈子? 早苗の相手がおじさんでも」
「む……それはまだ早い!」
「はははっ! まだなら犬太郎が枯れちゃうよ」
「そうなる前にあいつが男を見せれば良し、という感じでいいだろう」
「それはそれは難しいねぇ……海が割れるより難しい」
「奇跡でも起こさんとな。 はっはっは!」
幻想の夜を照らす月の下。 朝日が昇るまで神々は肴を切らす事なく語り明かす。
おじさんと早苗の日常はこれからだ!
今回も誤字脱字等のミスがありましたら、コメントにてお教えください。
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