Kaleid/Burn Out (てんぞー)
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聖遺物を守り抜け!
一夜目


201X, England, Outer London, The “Clock tower”

 

 良し、これで準備はいいな、と呟く。スマートフォンを取り出しながらそこに刻まれている時間を確認し、そして同時に片手で握るラジコンのコントローラーも確認する。魔術師なんだから使い魔を使えばいいじゃないか―――と、言うかもしれないが、ここまで来たら意地だ。断じて魔術に頼るものか、と。これはもはや聖戦なのだ、そう自分に言い聞かせながらクソガキの笑みを浮かべ、そしてラジコンに設置されたボタンを押し込んだ。

 

 どこか、爆発するような音が聞こえた。それに合わせ、あらかじめセットしておいたラジコンが動き始める。へっへっへ、と息の下で笑い声を零しながら空を見上げれば、少しだけ大きいラジコン飛行機が空を飛びながら、空から積み込まれたペーパーをカレッジの敷地内にばら撒いていた。そこに用意しておいたもう一つの無線で取り付けたラジコンから音声を流す。

 

『号外! 号外―――! オルガマリー・アニムスフィアに関する新情報だ! なんとあのアニムスフィアの女は―――』

 

 空を飛んでいたラジコンが爆破した。流石に嗅ぎ付けるのが早いな! と心の中で称賛しつつ、ラジコンのコントローラーを捨てて、あらかじめ用意していた逃走ルートでの逃亡を開始する。監視、確認を行う為に昇っていたカレッジの屋根の上から滑り降りるように中へと戻って行き、カレッジの中へと入り、廊下の中を走って行く。

 

「へい、キョウジ、またやらかしたのかよ」

 

「お前、そろそろいい加減にしないと殺されるぜ? お前この前キメラをけしかけられたのに良く反省しないよな」

 

「反省したら負けだからな! まぁ、見てろよ。そしてばらまいた話を見てみろよ。いい話題のネタになるから」

 

「あいよー、逃げるの頑張れよ」

 

 窓を開けて飛び出しながらカレッジの裏手から走って逃亡して行く。途中、歩いている学生の姿がまたお前かよ、という表情を向けては無視して歩き去って行く。最初の頃は全力で知らないフリをしていたのに、慣れるもんだ、と学生の適応能力に呆れをある程度感じてしまう。そんな己も間違いなくここに所属している学生の一人ではある―――だがそんな立場は認めていない。認めるつもりもない。支給された制服はその日のうちに燃やした。

 

 魔術に必要な参考書は全て捨てた。

 

 修練に必要になりそうな道具は全部売って小遣いにしてやった。

 

 課題の提出の代わりにカレッジをテロる事もこれでもう何度目の事だ。

 

「ジャミング用の宝石が効いてる効いてる……金を出して買っただけの事はあったな」

 

 自分へと向けられた探知の魔法が、知り合いの魔術師から買い取った礼装によって抵抗されている気配を感じ取り、邪悪な笑みを浮かばせながら更にペースを上げて走る。特別に鍛えられた訳でもない肉体は長時間の運動に長けている訳ではないが、それでも健全な男の肉体だ、それなりに動かす事は出来る。窓を抜け、廊下を走り、そして校舎の裏手を走る。時折此方を見つけた学生や教諭の視線がまたお前か、というのを向けてくるので片手で挨拶を送る。

 

 無論、中指で。

 

 そうやって何度も想定し、計算に計算を重ねた逃走ルートを通りながら向かうのはとある学舎の裏手になる。そこには逃走用に設置しておいた大型二輪バイクが置いてあり、その上へと飛び乗り、エンジンをかけながら一気に走らせる。

 

 草地をホイールで潰しながら土で舗装された道路へと向かって軽いジャンプを行う様にバイクを動かす。

 

「課題? 俺に課題を提出しろだと? やれるもんならやってみろよ! オルガマリーちゃん! できるもんならなぁ! 社会的尊厳か! 教室の修復か! それとも個人的な復讐か! それを選んでからなぁ!! はーっはっはっは!」

 

 100人が100人、俺を指さして頭がおかしいと言うだろうし、お前が絶対に悪いと言うだろう。だけどそんな事は俺には関係なかった。中指をカレッジの方へと突き立てながらあばよオルガマリー、とげらげら笑いながら校舎のあるエリアから商業区の方へと向かって全力でバイクを走らせて行く。風を切って頬に当たる風の感触が気持ち良い。この素晴らしさを理解しない連中は人生を損してやがる、そう思いながらポケットから煙草のパックを取り出し、口に咥えた。乗る前に火をつけりゃあ良かったなぁ、と思いながら溜息を吐く。

 

 直ぐに部屋に戻る事は出来ない。どうせ監視されているだろうし。適当に数日外泊しなきゃダメだな、こりゃ。そんな事をどうでも良く思いながら逃げるように時計塔の商業区へと向かってバイクを走らせ続けた。

 

 

 

 

 この世界には幻想(ロマン)が存在する。遥か古代から現代までと受け継がれてきた神秘と幻想が存在し続けている。テレビをつければ検証だったり、ネットを見れば脳の病気扱いされる。だけど世界の裏側、一般人の知らない領域ではそれが確かに存在している。魔術。童貞が30歳を迎えたら、なんてジョークではなく、現実としてそれは存在している。

 

 それが神秘だ。

 

 時代を経る事で世の中から神秘は段々と薄れてきた―――だが完全に死滅したわけではなく、確かに裏の世界で生きている。世の中に居る貴族と呼べるような連中はそれを知っていて、ひそかに魔術の研究を続けている。それが裏社会でのステータスであったり、国家がひっそりと知っている事であったり、或いはそれ自体が重要な事であったりもする。だが俺から言わせれば連中は正気じゃない。

 

 魔術は、或いは神秘は大いなる流れからちょろちょろ、と流れ出てきた一部だけだ。だが魔術の研究を重ねる事でその大本へと近づく事が出来る。そのあたりの理解は完全に放棄した。だけどきっと、解りやすい言葉で表現するなら根源、アカシックレコード、或いは座とか原初、とかそういう事で表現できるのだろう。魔術師の目的はそこへの到達らしい。それが何よりも名誉であり、そして数世代通してやって行く事でもあるらしいのだ。

 

 そしてその果てに待っているのは死と消滅だ。根源への到達はつまり生の終焉だったり、生物としての終わりだったり、或いは廃人だったり、という話を聞く。だけど魔術師はそれでも根源を目指す。まるでレミングスの行進の如く。自分の先にあるのが絶望と死と終わりだと理解しているのに、根拠のない自信であぁ、俺なら大丈夫さ! 絶対に戻ってこれる! そんな馬鹿々々しい考えを浮かべているキチガイばかりだ。そう、連中はキチガイばかりなのだ。

 

 もはや冠位指定を含め、魔術に対する情熱や想いは呪いの類だ。いや、一代では消えずに次世代にまで届くのだ。こんなの呪いではなく伝染病の類だ。性病だって死ねばそれで終わるのに、それで終わらず次の子にまでしっかりと感染させるのだからそれよりもタチが悪い。しかも恐ろしい事に、魔術師には常識というものがない。連中にとっては研鑽以外の全てが些事だ。

 

 そう、人の命でさえ。

 

 クレイジーな研究所だって死刑囚を使った人体実験を行うだろう。それが倫理観というものだ。だけど魔術師にはそれがない。()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()なんて考えを抱く方が普通なのだ。幸い、人体実験をベースとした魔術の方が主流ではないのでこういうのは少ないが、魔術発展の礎の為であれば普通に一般人を100人単位で犠牲にしようとも、それは仕方がない、と言えるろくでなしばかりだ。

 

 イカレている。徹底的にアホらしい。どいつもこいつもキチガイばかりだ。

 

 無論、魔術師全てがそういう訳ではないという事は理解している。だけど世の中、或いは魔術師という生物は大体がそんなもんだった。世界よりも神秘、根源。自分が盲目に歩かされているレミングスだと自覚していて全力で奈落へのダイブを楽しもうとしている。それが義務だと思っている。ダイナミック自殺を決める事が自分の使命だと心の底から思い込んでいる。

 

 自分が知っている魔術師の中で一番正義感があり、まともと表現できる人物はちゃんとした倫理観を保有している。だがそれはそれとして、魔術の研鑽、根源を目指す事を義務だと思っている。一番まともな部類でこうなのだ。魔術というものはもはや麻薬よりもひどい。もしかしてお前ら前世でユダヤを虐殺していた指導者に洗脳された経験ない? と思えてしまう盲目っぷりは逃げ出したくなるレベルだった。

 

 魔術を学ぶ者にまともな奴はいない。

 

 魔術の研鑽は正気を削る世界。

 

 魔術の深淵は人の為ではない。

 

 魔術の追及の為に倫理等邪魔でしかない。

 

 狂気、まさに狂気の世界だ。正気ではこんな世界に居続ける事は出来ない。最初は非現実的な事に目を輝かせ、そして興奮してもやがて、その現実に突き当たる。どれだけの外道が積み重ねられ、そして今でも人間を生贄として容易に使えてしまうこの現実が。他者だけではない。自分でさえも当然の様に次世代の為に使い潰せるという魔術師の世界はおかしい。

 

 お前ら、全員、正気じゃない。狂っている。

 

「あ゛ぁ゛―……疲れたぁー……」

 

 どかり、と音を立てながらソファに座り込んだ。バイクで走るのに装着していたゴーグルを首元まで下ろし、ライダーズジャケットを脱いで横に転がした。深く座り込みながら腕と足を広げる。今いるのは喫茶店の奥、ドアを一枚隔てているために外からは見えない他、防音と遮蔽の魔術によって外からは絶対に見られない様になっている部屋だ。ちょくちょく逃げ場として利用させて貰っている、行きつけの店だった。バイクに乗ってから追いかけられなくなったが、それでも逃げ切れるまでは緊張が続く為、漸く一息を付ける気分だった。そんな風にソファで休んでいると扉が開き、頭にバンダナを巻いた中年が入ってくる。

 

「ヘイ、キョウジ、とりあえず何時も通りアイスティー持ってきたけどこれでいいんだよな?」

 

「おぉ、サンクスサンクス」

 

 目の前のテーブルに置かれたアイスティーのグラスを掴み、ガムシロップもいれずにそのまま喉の中へと流し込む。甘さは全くないが、走り回ったのと緊張から解放された事もあってすこぶる美味しく感じた。それで一気に半分ほど飲み終わったところでガムシロップの蓋を開け、それをグラスの中に流し込む。部屋から出る事無くバンダナを額に巻いた中年の男―――この喫茶店の店主は此方を見るとはぁ、と溜息を吐いた。

 

「お前、またカレッジ燃やしたんだって?」

 

「それだけじゃ捻りがないから教授の部屋をぶっ飛ばすのと一緒に個人情報流出してやったわ」

 

「お前、殺されるぞ……」

 

「そもそも俺は授業に出ないし出るつもりもない。だから課題をしつこく提出しろ、って言われても欠片も提出する気はないんだよ。だからアレは提出しなきゃ云々、と言ってくる方が悪いんだよ。そもそも俺、成績とかまったく気にしてないしな」

 

「だからと言ってカレッジを燃やすのはどうかと思う」

 

「仕方がないだろう? 俺の保護者がアレなんだから。これぐらいやらなきゃペナルティの一つや二つ、やってくれないんだよ」

 

 魔術なんて絶対やるもんか―――そう息を吐き捨てると、溜息が店主から返ってくる。このやり取りももう何度目だろうか。だがここで踏み込まずにいるからこの男は話しやすい。仕方がねぇなぁ、と声を置き、店主は扉を抜けて去って行く。その背中姿を見送ってから再びアイスティーを喉の中へと運び、息を吐いた。

 

「はぁー……時計塔なんて来たくなかったのになぁ……」

 

 かつて、時計塔は大英博物館の地下に存在し、ダンジョンの如く伸びていく暗黒空間だったらしい。だが様々な問題が噴出した結果、研究機関の多くを地下に残したまま、カレッジや学舎、他には学生向けの寮などに関しては地上部分、ロンドン郊外にそのまま、大学という形で広げる事となった。数百を超える学舎などにそれを支える為の生活空間と小規模な街、全てが魔術師による魔術師の為の小規模な学園都市となっていた。普段は秘匿しなくてはならない魔術だが、時計塔によって学園都市を中心に魔術を知らぬ一般人を遠ざける魔術が張られており、堂々と魔術が使える都市が作り上げられたのだ。

 

 だから、この街には魔術師しか存在していないのだ。

 

 故に自分はロクデナシの街と呼んでいる。

 

 何度ここから脱走を企てた事か。しかし魔術師としては遥か高位にある師匠が原因で、半ば呪いの様に自分の存在はこの街へと縛りつけられていた。学ぶつもりのない魔術、そして課題の提出や催促を行う教授。更生させようと話しかけてくる連中、全部うんざりだった。

 

 自分は、魔術を学ぶ気なんて欠片もない。

 

 使うのはまぁ、良いかもしれない。だけどこれ以上その深淵に踏み込むつもりなんて欠片もなかった。それだけに関しては絶対的に強固な意思で反逆している。嫌と言ったら嫌なのだ。

 

 だが自分を連れてきた人物は何が目的か、ここに縛りつけて魔術を学ばせようとしている。いや、その目的は解る。だけど自分にはそんな気はない。

 

 だから毎日毎日、テロや嫌がらせを繰り返す事でさっさと放校されることを求めてきた。教授の浮気の現場をばら撒いたり、絶対ばらされたくない趣味をばらしたり、定期的にカレッジを放火したりで。最近ではそれにも慣れてきたのか、放火後の対処が早かったりするので、別の手段を編み出さなくてはならない。そう思いながら面倒だなぁ、と考える。

 

「はぁ、魔術なんて学びたくもないのに……」

 

 なんでこんなところへと来てしまったのだろう。いや、解っている。悪いのはクソみたいな師匠と、そして両親だ。両親の方は典型的な魔術師だ。盲目的で、誇り高く、そして使命感を持っていた。魔術を探求する事が正しいというのを疑っていない。彼らは解っていないのだ、魔術を探求した果てに待っている絶望がどれだけの事なのかを。馬鹿馬鹿しく、そしてキチガイだ。

 

 キチガイばかりだ。

 

「みんな頭がおかしい。なんで自殺する為に勉強するんだ」

 

 根本的にそれが理解できなかった。なぜ恐怖を感じないのだろうか? 自分が学んでいる事は全て自殺する為の道具であるという事を自覚していないのだろうか? それが自分にはどう考えても恐ろしく感じられた。魔術とは最終的に根源を目指すものである。音に聞く魔法使いの様に完全に道具として割り切っている連中以外にとっては根源へと至る為の道具。

 

 つまり自殺の道具。

 

 やはり理解できない。

 

 何故この恐怖を感じないんだろうか、と。

 

「はぁ、早く退学にしてくれないかなぁ……こんなクソみたいな国からさっさと出て行きたい……」

 

 呟きながら天井を見上げていると、それを遮るように灰髪の老人が顔を見せた。

 

「ほう、そんなに罰を受けたいとは感心だな」

 

「おわぁぁぁ―――!?」

 

 座っていたソファから驚きながら滑り落ちる瞬間、脛をテーブルにぶつけ、言葉にならない痛みに両手で脛を抑えながら悶絶する。それを見た灰髪の老人がくっくっく、と意地の悪い笑みを浮かべて笑っているのが見えた。瞳に涙を浮かべながらそれを何とか堪え抜き、振り向けば、そこに老人の姿はなく、

 

「相変わらず派手にやったようだなぁ」

 

「クッソ、爺……!」

 

 再び正面へと視線を向ければ、そこには魔術師らしいローブ姿の老人の姿が見えた。姿は老け込んでおり、灰髪が目立ってはいるが、だがその体に覇気と呼べるような若々しさが溢れている。だがそれ以上にこの老体を知らぬ人物が魔術師の中に存在しない事が特筆すべきことだろう。この老人こそが最も有名な()()使()()の一人となる。

 

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、第二魔法と呼ばれる、現代科学では絶対に真似出来ない魔法と呼ばれる領域に到達した人物であった。

 

 そして何よりも、現在の自分の保護者、或いは師匠と呼べる立ち位置に居る人物でもある。だがこの男に対する感謝の気持ちなんていうものは欠片も存在しない。そう、自分が日本から海を越え、そして特別に飯が美味い訳でもないこの辺境の島国へとやってきたのはこの男が全ての元凶でしかないからだ。

 

 中指を突き立てながら、口を開く。

 

「まだ寿命を迎えてなかったのかよ糞爺、早くくたばって俺をこの辺境から解放してくれよ」

 

「ほう、師に対してそんな言葉を吐くとはな、大したもんだ」

 

 何が面白いのかは全く理解できないが、この頭のイカレた魔術師の中でもさらにイカレている魔法使いと言うジャンルの老人は、ストレートに罵倒すると笑う。魔法使い、それは根源という場所へと最も近い人種だとも言われている。だからこうやって笑っているゼルレッチの姿を見ていると、魔法のキメ過ぎで頭がくるくるぱーにでもなったのではないかと勝手に解釈している。

 

 ロックミュージシャンがロックをするために麻薬をキメてパーになる様に。

 

「それより爺、さっき俺、天文学部のカレッジをぶっ飛ばしてやったんだ。これはそろそろいい感じに退学ラインに足を突っ込んでいるんじゃないかと思うんだけどなぁ!」

 

「ははは、クソガキめ。他の所の弟子であれば退学どころか首の下までが棺桶に突っ込まれている所だ」

 

 知っている。だが魔法使いの弟子という肩書はその程度では害する事が出来ないレベルで重さがあると知っている。だからそう簡単には退学が出来ない。そしてそもそもこの魔法使いが俺を自由にしてくれない。なぜかは解らないが、時計塔から手放してくれないのだ。

 

 その為の反逆として時計塔を定期的にテロっているのだが、

 

 それに合わせ、全体的に時計塔の修復チームの練度が上昇している気がする。

 

 場合によっては事前に修理のスタンバイする為に、テロの日程を聞き出そうとする連中までいる。やはり魔術師の頭はおかしい、何を考えているか全く理解できない。日本に帰りたい。そんな事を考えて現実逃避を行っていると、ステッキを片手に握っているゼルレッチが空いている片手を伸ばし、此方の服の裏襟を掴んできた。次に何をやるのかを察し、即座にライダーズジャケットを掴んだ時には持ち上げられ、

 

 体を放り投げられていた。

 

「クッソ、爺め……!」

 

 投げられるのと同時に視界の先が完全に切り替わり、場所は喫茶店内の一室から完全に変化し、大人しい雰囲気のする執務室へと変わった。少し高い位置に放り出されたところで軽く受け身を取りながら床に着地し、ジャケットに袖を通しながら起き上がった。ぎこっ、と音がしたと思えば数瞬前までは誰も座っていなかったはずの椅子に、ゼルレッチの姿が見えた。

 

 転移魔術。それこそ魔法級と呼ばれる魔術ではあるのだが―――魔法使いであるゼルレッチの前に、そんな難易度の壁は存在しない。そもそもゼルレッチは時間軸にも、場所という概念にもとらわれない。

 

 ゼルレッチが至ったのは第二魔法。即ち平行世界の運営。

 

 故に場所への移動なんてものは朝飯前、欠伸を漏らしながらでも出来てしまう。それはそれとして、此方を放り捨てておいて本人は優雅な椅子の上に優雅に登場とか良いご身分ではないか。立ち上がったところでゼルレッチの椅子の前に置いてある執務机に両腕をバン、と叩きつけながら下ろす。

 

「さぁ、俺のパスポートを返して貰おうか! そしていい加減退学させてくれ! もうこんな辺境で魔術に関わって生きるのはこりごりなんだ。俺がいなくなればまともに講義が進む! ここの教授たちはプライバシーが守られる! お互いに利益のある行動だろうクソ爺!」

 

「面と向かってそのクソ爺と言い切る根性は気にいっているんじゃがなぁ、誰もがそういう感性をしている訳ではないから気にしたほうがいいぞ?」

 

「ここから出て行く為だよ!! 俺一人の影響でそっちの評判だって落ちているんだろう? だとしたら俺を破門させた方が遥かに早いだろう! さぁ、さぁ、さぁ!」

 

 ガンガンと手を机に叩きつけていると、段々と手が痛くなってきたので動きを止める。机のひんやりとした感触に涼みながら、ゼルレッチを見据えた。時計塔へとやって来てから提出した自分の課題はゼロ。教授への罵詈雑言は基本、そしてカレッジへのテロも何度も行っている。その報復を受けた事だって一度ではない。だけど、それでも生きていられた、そしてここに居たのは魔法使いの弟子というプレミアがあったからだ。

 

 それがなくなれば誰も俺と関わろうとは思わないし、俺も関わりたいとは思えない。

 

 やっと、ここを自由に出て行けるのだ。

 

 自分は魔術を学ばない。学びたくはない。

 

 ()()()()()()()()のだ。

 

「……」

 

 正面からゼルレッチと睨みあいを続ける。しばし、そうやってゼルレッチと睨み合いを続けていると、そうだな、とゼルレッチが口を開いた。ごくり、と生唾を飲み込みながらゼルレッチの言葉を待った。何かを眺めるように虚空へと視線を向け、考えるような様子を浮かべてから言葉を続けた。

 

「そうだな……考えても良い」

 

「マジかクソ爺」

 

「お前とルビーぐらいだな、どんな状況でもそう呼んでくるのは」

 

 憎しみはあれど、感謝なんて欠片も存在しないのだから当然だ。自分は魔術とは関わってはならないのだから。これ以上学びたいとも知りたいとも思えないし、思わない。だから早々にパスポートを取り返し、この国を出て行きたい気持ちしかない。日本に帰ったら東京に行こう、そして実家とは関係のないところで生活するのだ。

 

 ソシャゲで廃課金しつつ。

 

「で、言い方からすると何か条件があるんだろう?」

 

「あぁ、無論それはそうさ。それに、それだけではない―――今までずいぶんと派手に暴れまわっていたようだからな、少々ペナルティの一つでも与えんと流石に示しがつきそうにないからな。どれ、一つ笑えるペナルティでも課そうとするか」

 

 笑える、というゼルレッチの一言に急激に悪寒を覚える。

 

 この魔法使い―――センスがまるで死んでいるのだ。

 

 魔法少女の変身ステッキ、喋る携帯電話とか、何のために作ったのそれ? と思いたくなるような姿をした道具を中身ガチ目で作成するという欠点を持っている。そんなセンスで()()()ペナルティとやらを、ステッキを手に取りながら準備を進めていた。その反応に絶対にロクならない事を察し、逃亡する為に近くの窓へと向かって走り出そうとするよりも早く、ゼルレッチの杖が振るわれた。

 

「ぐぇぁ」

 

 潰れたカエルの様な声が喉から漏れ出したところで飛び出そうとした体が目に見えない衝撃によって床に叩きつけられた。ひんやりとしているなぁ、と床に転がりながらその冷たくも硬い感触を服の向こう側から感じていた。机の向こう側から覗き込むようにゼルレッチは見下ろしており、うむ、と満足げに見下ろしていた。

 

「さて、お前に与えるペナルティはそれとして、パスポートが欲しいのであれば仕事を一つ、代わりに片付けて貰おうか。それが完了すればここから出て行くのも、ここに残るのもそちらの勝手として任せよう。だが最低限、与えた損害に匹敵する利益を出してくれなければ手放す事も出来んなぁ……言っておくが、安くはないぞ?」

 

 そう言われると非常に辛い。だけどここから追放されるにはそれが一番手っ取り早く、そして確実だった。()()()()()()()()()()。暗愚を演じるよりも解りやすい被害を出したほうが早いのだから。だからこうやって解りやすく破壊と罵倒と迷惑をかけ続けてきた。

 

 そして今、漸く、ここから脱出する為のチケットが見えた。

 

 それは脱出へのチケット、非日常から脱出する為のチケット、もう二度と魔術というクソみたいなものに触れなくて済むためのチケット、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「それでは仕事をお前に回すが……何時まで寝てるんじゃ」

 

「うーい……」

 

 声が少し高くなった? と感じつつも床から体を引きはがし、持ち上げる。その際、少しだけ頭が重く感じ、体が軽くふらつく。髪が片目を隠す様に降りてくるのをいつも通り見ながら、起き上がってゼルレッチへと視線を向けた。それを受けゼルレッチは頷き、

 

「良し、では明日、欧州の方から大英博物館へと欧州神話祭典の為に色々と美術品が運ばれてくる。無論、大英博物館がこちら側のフィールドであるのは理解しているな?」

 

「あぁ、そりゃあな。第一あそこは元時計塔だしな」

 

 やはり声が変だ。なんというか、女の声の様な気がする。首を傾げながら喉に触れる。その間にもゼルレッチは話を続けた。

 

「そうだ。大英博物館で展示を行うのはそういうパフォーマンスもあるが、聖遺物や触媒の類を運ぶ時にそれらしい名目や運び込みの時の処理を楽にする為でもある。今回、海外から神代の触媒を運び込んでくる予定だ。お前の仕事はそれを空港で受け取り、大英博物館へと運ぶ事だ。運び方はそちらで一任する。ちゃんと形を保って大英博物館まで空港から運べれば問題はない」

 

 成程、と頷くと髪がふぁさ、と揺れるのを感じた。おかしい、髪が伸びたのか? と、視線を後方へと向けた。元々横髪は伸ばしていたが、それよりも長く伸びる後ろ髪を見つけた。此方の方はちゃんと切っていた筈なのに、長く床に届きそうなほどに伸びる黒髪の姿が目に映った。だがその視界の端に違うものが映った。

 

 ……ん? ある?

 

「ここに代理の証明となる書類と、何かあった場合のメモを置いておく―――空港に―――時だ。解ったな?」

 

 下へと視線を向けた。そこには見慣れないふくらみが“Buster!”と書かれてあるお気に入りのクソダサTシャツを下から押し上げていた。額を走る汗の感覚に、視線を見慣れないふくらみから正面、ゼルレッチへと向ける。

 

「あの」

 

「少し横から違うテクスチャーで上書きしただけだ。お前も第二魔法が使えるようになればどうにかできるだろう」

 

「それってつまりどうにもならねぇって事だなこのクソ爺」

 

「嫌な事じゃなければペナルティにならんじゃろ?」

 

 この瞬間、頭の中で魔法使いの殺害方法を考え始めたのはおそらく、間違いじゃなかった。このクソ爺、弟子を止めた時は絶対に一発お礼参りしてやるからな、と心の中でどす黒い感情を溜め込みながら静かに中指を両方とも持ち上げ、死ね、と言うアピールを行う。

 

 だがそれを見て、結局のところ、ゼルレッチを楽しそうに笑わせる事しかできなかった。

 

 絶対に殺す。そしてこれを力づく―――では無理なので、仕事が終わった後で絶対に解除させる。それを心の中で誓った。

 




 Q.これはどういう話なのですか?
 A.FGOの前日譚的なシナリオを作成し、裏でダイスロールを挟みながらキャラの育成を目的とした【リプレイ風SS】です。

 つまりシナリオ作成→キャラデータ作成→ダイス転がしつつシナリオを一人で進める→ダイス結果を反映してSSにするという遊びである!!という訳で主人公の初期ステータスを公開。※リンク先を見てね

https://www.evernote.com/shard/s702/sh/508ad70f-8ef4-41ea-a414-fa870cad1229/9c8fc5576f1ce9b06610c9cd3c4c73fe

 シナリオのクリアでステータスを上昇する点が、そして合間でコミュをダイスで決定して魔術等を習得し、FGOに紛れ込もうというアレ。ショートキャンペーンでキャラを育成して大型キャンペーンへと持ち込む感覚。

 1シナリオ目は完了してダイス振り終わっているので後はそれを文章にして更新するだけだけど、その性質上更新はゆっくりデース。遊びながらだからね。

 まぁ、そんな訳でゆっくりよろしく。


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二夜目

「クソ爺、ほんといつか殺してやるから首を洗って待っていろよ……」

 

「その時を楽しみに待っているとも」

 

 憎しみだけで殺せれば―――と思った事は一度ではない。人の体をあっさりと弄りやがって、と殺意を抱きながらも今は仕事を承諾し、逃げるしかなかった。こんなやり方を取られた以上、自分はあの魔法使いに従うしかない。仕事を終わらせたら絶対に解除させる。その事を忘れない様に心に刻みながらゼルレッチの執務室を飛び出した。

 

 これもまた本来はどこにも通じていない扉ではあるが、ゼルレッチの第二魔法によってどこにでも通じるという不思議なドア―――そう、どこかの青い狸を思い出させるドアとなっている。実際、自分が布教したこともあってあのクソ魔道元帥は割とアニメやゲームの類を知っている。そこそこアイデアの元となるらしい。ケータイさんやカレイドステッキも何を思ったのか、そういう発想から生み出されたものらしい。あの爺の脳みその中は理解できない。そう思いながらどこでもドアを抜けて、時計塔にある自分の部屋へと直通させた。

 

 この姿でカレッジ内をうろうろしなくて済んだ事は感謝しても良いかもしれない。

 

 扉を叩き閉め、自分の部屋に飛び込んだところで深く溜息を吐く。ゼルレッチから強奪してきた必要な書類の類は全部手元に一応ある。あの魔道元帥の事だ、忘れてきても第二魔法の応用でちょちょいと部屋に届けてくるに違いない。釈迦の掌の上にいるようで実に気に入らない。こうやって働かされる事も非常に気に入らない。

 

 とはいえ、自分の性別とかいう前代未聞の人質を取られたのだ、ここは大人しく従うしかない。マイ・サンを取り戻すためにも。これは、マイ・サンを取り戻す戦いである、と心に呟きながら折れそうな心を何とか鼓舞し、ジャケットを部屋の中へと放り投げる。なんか、もう、心がやさぐれてきていた。

 

「はぁ、クソが。完全に女声じゃねーか」

 

 パスポートを取り返しても、姿が女じゃ空港を抜けることが出来ない。とりあえずは自力でこれを解除できないか、と調べる事にする。

 

 幸い、自分の部屋は一人部屋―――の壁をぶち破って、一人部屋を二つ繋げた状態だ。無論、ゼルレッチが連れてきた暴走気味な弟子の部屋の隣に住みたい奇特な奴なんて存在しない。その為、遠慮なく寮の隣室をぶち破って二人部屋に無理やり広げた。その為、周りの視線を気にする必要なんてないが、一応に備えて窓のカーテンがちゃんと閉まっている事だけは確認する。確認を完了したところで部屋の中にある立ち見鏡の所へと進む。

 

 そこに映る自分ではない自分の姿を見た。

 

「あぁ、クソ。確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こんな風になるだろうってのは納得するけどさぁ!」

 

鏡に映るのは自分の姿だった。性別を反転させれば大体そういう風になるだろうな、という感じの姿の。片目を隠す前髪と長く伸びた横髪はそのまま、基本的に短く切っていた後ろ髪が長く伸ばされており、床に届きそうなほどの長さとなっていた。それだけではなくクソダサバスターTシャツの下からも見える胸の膨らみはサイズ的にC後半、Dほどのサイズを連想させる他、全体的に身長が低くなったことをダボダボとなったズボンの裾が主張していた。

 

 そのほかにもズボンが非常にルーズになって落ちそうであったり、前ほど握力が無い様に感じていたり、と、明らかにテクスチャーだけを変えたようには思えないほどの肉体的な変貌だった。

 

「嘘だろ? 痛みも何もなかったぞ?」

 

 頬に触れ、肉質を感じ、そして今度は髪に触れ、その無駄にきめ細かい質の良さを感じる。もはやテクスチャーを上から張り付けたのではなく、瞬間的に情報を更新した、とでも表現すべき肉体の変貌だった。シャツを脱いでその下の体を晒したところで、鏡に映るのは上半身裸の女の姿だった。胸を掴めばそこには肉感があり、ちゃんと体に神経が通っているのも感じる。胸に感じる質感を手放しながらズボンのベルトを外し、トランクスを少しだけ下ろし、何もそこには存在しない秘部を露わにした。毛の生えていない秘部にはぴっちりと閉ざされた未使用の秘裂の姿が見えた。

 

 それを指で広げ、膣を確認し、軽く指を入れてから抜いた。

 

「あ、ダメだ、完全に肉体が変わってる」

 

 確認を終わらせてトランクスを引きずり上げ、ズボンを蹴り飛ばしながら近くの椅子に座り込んだ。ついでにデスクの上に設置していたデスクトップを操作し、部屋の中にスピーカーでBGMを流しながら足を組んで座り、肘を膝について考え始める―――微妙に胸が腕に当たるな、これ。そんなどうでもいいことを考えながら椅子の上から立ち見鏡に映る自分の姿を確認した。

 

「解析―――は無理だな、これ。完全に領域が魔法に突っ込んでいるし。純粋に姿を整えただけじゃなくて、平行世界から個人の情報を取得して上書きしたって感じだ。俺の起源が■だから他人の情報であってもあっさりと出来た訳か? あ、いや、そういえばルビーが夢幻召喚とか出来てたな。アレを考えると平行世界から情報を引っ張り出して上書きするのは難しい事じゃないのか……うわぁ、ほんとレベルの高い嫌がらせをするなぁ、あのクソ爺……」

 

 魔術ではなく魔法。やっているレベルが高すぎて魔術で解除しようとするとそれこそ神代の奇跡に縋る様なものになってくる。根本的に魔術は現代科学で再現できるが、魔法は現代の科学では絶対に再現できない領域の産物だ。

 

 つまり現実とファンタジーというフィクションとノンフィクションの壁が二つの間には存在している。

 

 どれだけ画面の向こう側の嫁に会いたくても、俺達は会えない。

 

 だがあのゼルレッチは出来る。

 

 それが魔術と魔法の差だ。ぶっちゃけた話、これがまだ魔術の領域だったら解除する事に関しては自信があった。今では完全に魔術を探求する事を蹴り飛ばしているが、まだ日本に居た頃―――ゼルレッチに拉致られる原因となった頃は、それはもう真面目に魔術の練習と勉強と探求を行っていた。その時はその時で神童とか言われていたりしたのだ。まだ何も知らなかったから。

 

 だが賢しすぎる魔術師は深淵に触れる。

 

 その結果――どう足掻いても、それ以上深淵に沈む気にはなれなくなった。

 

 魔術は極端な話、ルールやロジックが存在する。だからこそ現代の科学でも再現が出来る。火を灯す魔術。そしてライター。結果を見れば方法が違うが、同じ結果を生み出せている。つまりは神秘には神秘のルールが存在し、それを辿る事で結果を生み出すことが出来る。逆に言えば()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()という事でもあるのだ。そこまで難しい話ではない。だが魔法はこのルールが根本的に通じない。魔法とは根源から零れ落ちたものだと言われている。その為、根本的に法則なんてものが存在しない。

 

 理不尽と言う言葉に尽きる。魔法で行った事は魔法でのみ対処できる。だからゼルレッチは言っているのだ―――自分で解除したければ早く魔法の領域まで上がって来いと。魔術の探求を再開しろ、と。

 

 本当にクソ爺である。

 

「えーと、これ以上肉体を探知した結果観測で肉体存在率が固まっても嫌だし、これ以上は手入れ以外ではノータッチにするとして、とりあえずは体がまともに動かないのはどうにかしなくちゃダメだな」

 

 胸が重くて体が歩くときに少し揺れる他、体に予想以上に力が入らない。また足のサイズが変わって靴も微妙にぶかぶかになった感じがする。再々、トランクスはゴムが入っているからズリ落ちないが、ズボンの方はベルトをきつく締めない限りまともに履けそうにない。とりあえず、一つ一つ問題を解決しよう、と考える。

 

「……まぁ、一番楽な方法が魔術に頼る事なんだけどさ」

 

 溜息を吐きながら長い間放置していたトランプのセットを見る。パソコンの横に置いてあるそれは自分が魔術を使う為に使用する触媒だ。自分の属性は“空”、つまりは空間や天体を構成するエーテルを司る属性だ。

 

 これは一番面倒でありながら扱いやすい属性だ。空間、天体、場所、土地などに関連する魔術の類が触媒いらずで使いやすくなるのだ。だけどそういうの大抵難易度が高い。例えば転移の魔術はそれ一つで魔法級だと言われている。

 

 飛行機に乗って移動するのと結果としては同じだから魔術という扱いなだけで。

 

 故に空属性であっても、魔術の補助等で道具を使用する必要はそれなりにある。自分の場合はトランプのカードを使用している―――と言ってもほぼ趣味の様なものだ。だがこれがあった方が魔術を使用する時のノリが良いのは事実でもある。手を伸ばし、パソコン横のトランプのセットを手に取り、それを通して魔術回路を起動させる。

 

 イメージはシンプル。鏡を砕くイメージ。それで魔術回路が全て起動する。問題なく稼働するそれに、本当に性別だけを入れ替えたんだな、と軽くゼルレッチの所業に呆れる。業の深い爺だ。魔法少女の次はこれか、と。あの爺、実は倒錯した性癖の持ち主ではないのか……?

 

 そういえば業の深い性癖で思い出した。隣の学部の奴がキメラ姦とかいうのにハマっていたのを思い出す。色々と動物をキメラさせた結果、膣の様子が異次元めいていて、もう二度と人間の相手には戻れないとか。完全にオナホ用キメラじゃねぇか。というか魔術でオナホ開発している。

 

 だけどその頭の悪さ、嫌いじゃない。彼のオナホ開発ライフがこの先も明るい事を祈りたいが、オナホキメラでどうやって根源へと到達するのだろうか?

 

 こう、イク、が逝くになるのだろうか。根源に。……だめだ、オナホで向かう根源とか面白すぎる。ぜひとも彼には頑張ってほしい。そして自分の次の世代にオナホづくりの宿命を与えるのだ。

 

 受け継がれる両親の業。何世代も続くオナホ職人魔術師。やがてシェアは拡大しアトラス院へ―――。

 

「……良し、現実逃避もこれぐらいにしておくか」

 

 馬鹿な事を考えずに真面目に対策を考えるか、という事にする。トランプセットを片手で握るとパラララ、と右から左へとトランプが躍る様に移動する。こういうカードトリックは暇つぶしとナンパ用に練習したものだ。こう、重力を無視した動きをトランプにさせるのは割とかっこいいと思っている。それはともあれ、トランプを手に取り、再び立ち上がりながら鏡に映る自分の姿を確認した。

 

 やはり胸の重みで少し体がよろめく―――空属性をベースにした強化魔術で肉体を強化する。あまり効率は良くないが、それだけで少しだけ体を支えることが出来る。髪の毛を切ってしまうのがおそらく早いのだろうが、それはそれとしてどこか負けた気がする。勿体ないし。

 

「姿や声をどうにかしないとまず普通に外に出られねぇ……」

 

 肉体改造系の魔術は―――この場合アウトだな、と真っ先に考える。少しだけ知識があるが、アレ系統は非常に繊細というか、場合によっては人類を卒業してしまう。なので完全にアウト。やるつもりはない。なので回りから見て、そして聞いて、ある程度騙せるようにすればよいのだ。そうなると魔術で出来る範囲であれば、

 

「変化である程度体を弄って、幻術で見た目的な違和感を取り除く事か? うーむ、ちょっとそこらへんの魔術混ぜて新しく作るか」

 

 大昔から変形、変容、変化系統の魔術は存在していた。解りやすいのを言えば幻想種が人の姿に変貌したり、或いは日本では大妖怪の類が人間に変化するのがメジャーだろうか? 古来より魔術を使って化ける、というのはそこまで珍しい話ではないのだ。

 

 ……少なくとも修練していれば。

 

 残念ながらそっち系統はそこまで詳しい訳ではない。熟練の変化の魔術師であれば自由自在に姿を変化させることが出来、それこそ幻想種に変身する事さえ出来るだろう。超一流の幻術使いであれば現実を幻術で騙し、真実を変える事さえ出来るだろう。だが残念ながら、其方の勉強は全くした記憶がなく、これからするつもりもない。触り程度しか自分の中には知識がない。だからその二つを捏ねて合わせ、なんかいい感じの魔術を作成する事にする。

 

 腕を組んで考える事五分ほど、妥協できるラインを頭の中で完成させた。

 

「ま、こんなものか」

 

 魔術回路を通して魔力を発生させ、高速詠唱と圧縮詠唱で魔術の発動に必要な工程を一工程に留める。トランプの束からカードを一枚抜いてそれを握りつぶす様に捨てれば、魔術が発動する。

 

「痛ってぇ―――!」

 

 スマートにやったゼルレッチの時とは違い、体に軽い激痛が走る。それを歯を食いしばりつつも声を漏らして乗り越えれば、幻術と変化の合わせ技で作った魔術が見事、軽くだが胸を縮小させ、平たくする事に成功していた。平たくする、と言うよりは収納するという方が正しいのだが。成功したところで息を荒げながらげんなりとした。

 

「だめだ……痛みを消さないとまともに使えないぞこれ……というか時間制限付きだから元に戻るときまたあの痛みを受けなきゃいけないのか……」

 

 なんだこのクソみたいな術は。だけど胸の大きささえ誤魔化すことが出来るのであれば、あとは長袖などの服装を着て、姿を隠せばよい。声と、そして身長が下がった事に対してはゼルレッチからのペナルティで一時的に年齢を下げられてしまったと言えばよい。その方が精神的なダメージは低い。

 

 良し、精神的には致命傷だな! と心の中で叫んだ。だいぶ錯乱しているのは自覚したが、少なくとも時計塔内部では絶対に自分の性別がゼルレッチの手によって入れ替えられた、とは知られたくはない。知られた場合明日から一体、どういう顔をして歩き回ればよいのだろうか。

 

「ふぅ、これで急場は凌げるな。後はジーンズの裾をまくりあげて、半袖のシャツと上からパーカー着ればいいだろ」

 

 無論、ベルトはズボンが落ちない様にきつく締めて。割と真面目に服を買いに行く必要があるから、これは緊急の出費だな、と思いつつも靴の方もどうにかしないとならない。

 

 或いはもう面倒だし、さっきの魔術を無機物ベースに改良して使えばいいんじゃないだろうか? それが良い。自分の特性や起源に触れる事はない範囲の魔術だ、()()()()()()()()()()()()()だ、と自分に言い聞かせる。

 

「まぁ……なんか、集中して気を紛らわせてないと頭がおかしくなりそうだしな……」

 

 溜息と共に言葉を吐き出し、服と恰好の問題を解決したら、今度は魔術礼装の調達に向かいたいところだった。

 

 仕事を持ち出してきたのはゼルレッチだ。あの第二魔法に到達した魔道元帥と呼ばれ、落下する月にさえ対抗したと言われるキング・オブ・キチガイだ。そんな男が持ち込んできた仕事というものがただで終わるとは欠片も思っていない。というか普通に終わったら逆に怖い。直々に殺しに来るのではないか? と疑ってしまうレベルだ。

 

 絶対に、何かある。

 

 もはや確信の領域でこの先にある波乱の展開を直観しているので、魔術礼装や作成する為の道具を調達しなくてはならない。個人的に保有していたものはこのトランプを除いてほとんど処分してしまっている。無論、魔術修練を行うつもりなんて欠片もないからだ。そして普通、調達するにはそれなりに時間がかかるのだが、

 

「仕方がねぇ、成金のお嬢様に売ってもらうか」

 

 高いんだけどなぁ、と呟きながらしばらくは終わりそうにない苦労の予感に涙を流しそうだった。

 

 

 

 

 下は裾をまくったジーパンを。上はシャツの上からパーカーを着て、髪の毛をフードの中に押し込んで被り、隠す。作ったばかりの魔術の影響で体は小さくとも、少なくとも若い男性と見間違える程度には体格を弄れた。少し服のサイズが大きく、それで体の形をある程度隠せているのが功を奏したのかもしれない。ともあれ、そうやって姿を完全に隠したところでバイクに乗るときに使っているゴーグルを装着し、目元も隠す。意外だがそういう部分でも男性的、女性的かというのは判別がつく。

 

 これで体の形、顔、髪を隠すことが出来た。変声に関しては割と魔術としては珍しくない。これも幻術の一環でどうとでもなる。これが超一級の幻術使いであれば性別すらも騙して入れ替えられるだろうに―――とは思いつつも、さっさと財布とチェックをポケットの中に叩き込んで寮を出る事にした。相手の事を考えたらまず間違いなくそれなりに吹っかけてくる。出費の事を考えると痛いし、ここら辺のお金をゼルレッチは絶対に支給してくれない―――生活費の方はガンガン支払ってくれるのに。

 

 溜息を吐きながらやや不審者ルックで寮を出た。まだ昼まである事もあり人の気配はあるが、歩いている姿は少ない。

 

 当然ながら時計塔に居るすべての人間が魔術師だ。

 

 ここには学び、そして研究する為に来ている。基本的に魔術師は未熟な連中を含めて全員意識が高い系、とでもいう連中だ。青春を送らずにひたすら魔術の修練を行っている様な連中ばかりである為、講義が終わったら自分の工房か、或いは研究室に戻って修練と研究ばかりやっている。

 

 外へと飛び出してデートやナンパにでも誘う、なんてことは自分ぐらいしかやらない。いや、一部本当に奇特な奴がいて、そういう連中は結構遊んでいるのだが、それはこの広い時計塔の中でも1%に分類される連中だ。自分の様な希少種だ。

 

 ともあれ、向かう場所は知っているのでさっさと移動する。時計塔内は大型の大学キャンバスを思わせる広さがあるので、移動するのはそこそこ面倒だ。

 

「チ……バイクを喫茶に置きっぱなしだったな……」

 

 後で回収に行かなきゃダメか、と口の中で呟きつつ、歩きながらも違和感を感じまくる。やはり股間に息子のない感覚が物凄い違和感を感じさせる。常にそこに合った感覚がいきなり喪失するのもそうだし、肌の服と擦れる感覚が前よりも敏感になっている様な気がする。あとは……そう、少し股間の部分が風通しが良い様に感じるぐらいだろうか?

 

 体は軽いのに頭は重く感じる―――女どもは良くもこんな風に髪を伸ばす事が出来るなぁ、と思わなくもない。

 

 まるで違い過ぎる体の感触に違和感しか感じず、それがややストレスに感じる。靴は流石にサイズが合わなかったのでサイズ調節がある程度可能なサンダルを履いているが、そのおかげで余計に歩きにくい。これで胸がそのままだったらたぶんそこらじゅうで転んでいたな、と確信する。時計塔が広いばかりに、長時間この体で歩き回るのは余りしたくない事だった。いや、それ以前に、

 

「バイク……足、届くかなぁ……」

 

 軽く鏡を見た時に身長は20cm近く縮んでいたような気がする。おかげでズボンもシャツもまるでサイズが合わない。軽く裾を直したりして今は着ているが、本格的に服を購入しなきゃダメだなこれ、と外を歩き出してひしひしと感じていた。

 

 しかもこの服装、購入したところで元に戻った時には処分しなくてはならないのだ。

 

 あの爺、本当にクソだな、としか言葉が出ない。

 

 そんなに女が好きならお前がマジカル☆カレイド☆ゼルレッチでもすればいいんだよ。だめだ、破壊力が強すぎる。時計塔がその衝撃に滅んでしまう。このアイデアは一生封印する事にしよう。それとは別に、自分の起源などには触れずにどうにかして上書きされた肉体情報を修正する方法を探さなくてはならない。

 

 仕事が終わればそのまま普通に戻してくれるとは思うのだが。第一、パスポートを取り戻しても姿がこのままだと飛行機には乗れない。

 

 いや、暗示や催眠術で空港の警備員を騙してもいいのだが、流石にカメラとかまでは騙せない。密航の伝手を持っている訳でもないし、本当にゼルレッチの犬として働かなきゃいけないんだな、と理解し、溜息しか出てこない。

 

「あーあ……こんな時に聖杯がありゃあなぁ……」

 

 噂に聞く伝説の聖杯―――日本では聖杯戦争なんてびっくりイベントが開かれ、それを使って願いを叶えることが出来たとかなんとか。万能の願望器の噂が本当であれば、何とも夢のある話だろうか。自分にも叶えてほしい願いの一つや二つぐらい存在する。出来る事なら聖杯でぜひとも叶えてほしいところだ。その筆頭候補はゼルレッチを殺してくれ、だが。

 

 こういう場合はどうなんだろう、ギャラハッドでもいてくれればいいのだろうか? かのブリテンの英雄は聖杯を持ち帰る事に成功した英雄だ。つまり、因果的に聖杯を手に入れる事が約束されている。そう考えたら聖杯戦争とかではめちゃくちゃ強そうではないだろうか? まぁ、そんな都合の良い英雄を手に入れられるとは思えないが。それに聖杯戦争自体、一回だけで限界だったとかいう噂を聞く。もうチャンスはないだろう。

 

 そんな風に適当に考えを走らせている間に、目的地に着く。基本的に学生寮での生活がここに居る学生たちにとっては基本である中、一部の貴族、大貴族等の連中は―――そう、時計塔では貴族なんてステータスが化石ではなく実際に意味を持って存在するのだが―――そんな連中は私財に任せ、専用の屋敷をここで建築してしまうのだ。

 

 まぁ、これは魔術師的に考えて悪い事じゃない。と言うより割とまっとうな考えだ。

 

 そもそも魔術師の研究とは基本的に秘匿するものだ。その為、魔術師の工房は非常に機密性が高い。他の魔術師に成果を奪われないためだ。そしてその為に自分が研究を行う研究室、或いは工房と呼ばれる領域をダンジョンの様に改造し、自分以外の人間が全く入ってこれない空間へと改造してしまうのだ。無論、時計塔側でも悪くない研究室を提供してくれる。

 

 だが一流の魔術師や、歴史のある家とかになるとそこらへん、自分専用に一から建築したほうが信頼性があるらしい。そんな訳で向かっていた場所はそういう大貴族が態々こっちの土地で建築した屋敷、或いは別荘とも呼べる建造物だった。学生寮を丸々一つ買い取って、そしてそれを改造したものだった。ある所にはあるんだなぁ、金。そう思わされる様な気合の入った改築で、もう完全にグレードが変わっていた。

 

 流石に元一般市民系魔術家の出としてはやや気圧される部分があるも、ここは前に進まない分には話が進まない。こほん、と咳ばらいをしつつ屋敷の前に立ち、扉をノックする。

 

 それに反応したのは扉の横に立つ宝石のガーゴイルだった。実に趣味が悪いとしか言えない。だが片手を持ち上げて挨拶をする。

 

「無界鏡司、触媒や礼装が欲しいから買いに来た」

 

 宝石のガーゴイルは数瞬此方を眺めていると、静かに元のポジションへと帰還する。十数秒扉の前で待っていると、屋敷への扉が開かれた。その向こう側からは老年に入った執事の姿が見える。モノクルを装着した姿はいかにも、という感じを受ける。一礼をしてから案内をする姿にはゼルレッチとは別の、歳を経ても消えない気品を感じる。

 

「これはこれは魔道元帥のお弟子様、触媒の買い付けとは。当家にお頼みいただけるとは実にお目が高い」

 

「あのクソ爺の弟子とか人生の恥なだけだからほんとその看板下ろしたい……それはそれとして、頼んでも良いか?」

 

「えぇ、とおっしゃりたいところですが、お嬢様が直接話を聞くと」

 

「げっ」

 

 やっぱり居たのか、と息の下で呟く。あのフィンランドのハイエナ女は妙に勘が鋭いからなるべく話をしたくないのだが―――金で礼装や触媒を譲って貰ったりできるのは自分が知る所、ここが一番()だ。業者に頼むとそれこそ少々時間がかかるのだが、こいつの場合、即座に倉庫から引っ張り出してくれるのだ、だからどうすっかなぁ、と一瞬だけ考えるが、

 

「……解った」

 

「それでは案内いたします」

 

 苦渋の決断であった。案内されるがままに屋敷の中へと踏み込んだ行く。

 

 

 

 

「―――おーっほっほっほっほ!」

 

 案内された応接間に到着し、一番最初に迎えたのは大爆笑だった。部屋に入った瞬間、此方を見て、金髪巻き毛に青いドレスの女は姿は優雅だが、見せている態度は全くそれとは関係のないところを突き進んでいた。此方を見ると白いグローブに包まれた手で口元を隠す様に、しかしお嬢様笑いで大爆笑していた。ここまで案内してきた執事はそれでは、と一礼すると応接間から出て行った。

 

 ここで俺とこのイカレ令嬢を二人きりにしないで欲しい。

 

 だがその反応を見て解った。

 

「クソ爺……事前に知らせたなアイツ……!」

 

「ふふふ……当然ペナルティだから知っている人間には教えたそうですわよ、シュバインオーグ師は。隠せるようであれば恥辱にはならない。故に交流のある人間にだけは伝える。何とも屈辱的でしょうね」

 

「ほんとだよ畜生! 人の苦労を返せよクソ爺!」

 

 ほんとあの魔道元帥はどうにかしなくてはならない。だがよく考えればカレイドステッキの生みの親でもある。あの超愉快型礼装の作者だと考えると、これぐらい普通にやるだろうなぁ、という自信がどこからともなく湧き上がってくる。あの老人、年齢は100歳超えている筈なのに若者の様なノリで行動するからほんと嫌い。自分の年齢相応の落ち着きという奴を持って欲しい。

 

 半分煤けながら溜息を吐く。これはしばらくの間、知り合いとの交流禁止だな、と自分に言い聞かせる。こうやって笑われるのはダメージが大きい。

 

「あぁ、クソ、隠している意味もないならこんな窮屈な恰好をしている意味もねぇな」

 

 パーカーを脱いでゴーグルを下ろし、服の中で窮屈に抑え込まれていた髪の毛を外に出して解放した。ついでに使っていた魔術を解除する。痛みと共に肉体が元の形を取り戻す。やはり痛み止めの魔術とか絶対に用意すべきだよな、と表情を変えずに食いしばっていると、令嬢が、

 

 フィンランドのハイエナとも評されるエーデルフェルト家の令嬢、ルヴィアゼリッタが興味深そうに視線を向けてきていた。なんとなく考えている事は解る為、やめろ、と言葉に出さず唇を動かしつつ、

 

「クソ爺に仕事を頼まれたから幾つか触媒や礼装を譲ってほしいんだけど、即金で」

 

「それぐらい問題はありませんわ。魔道元帥の弟子との繋がりを維持する事はこちらとしても利益がありますしね」

 

 そりゃあ良かった、と息を吐きながら漸く応接間のソファに座り込む。相変わらず成金趣味らしい金を豪華に使った内装だ、と思いながら懐からメモ帳とペンを取り出し、売って欲しい物をリストする。それが書き終わったところでそれをテーブルの上に乗せる。それじゃあ、と言葉を置き、

 

「これを頼む」

 

「承りましたわ。……それはそれとして、本当にそれだけで大丈夫ですの?」

 

 リストを受け取りながらルヴィアが視線を向けているのは此方の服装だった。それで言いたい事は伝わってくる為、腕を広げる。

 

「大丈夫なように見える?」

 

「追加料金を支払うのなら服装の方も此方で用意しますわよ?」

 

「そりゃあありがたい。数日中にこんな馬鹿々々しいペナルティを解除するというか絶対にさせるつもりだけど、それまでの間服がないからな……ほんと……」

 

「えぇ、そうでしょうね。男と女ではまるで見るところも用意するものも考えるところも違いますわ」

 

 持つべきもんは利用できる師匠とコネだな、と心の中で考えつつ息を吐く。後は金の話だ、と思いながら話を進めようとした、いつの間にかルヴィアがソファから立ち上がり、そして此方の手を掴んでいた。女のくせに凄まじい怪力で腕を掴んでいるルヴィアの手を見てから視線を持ち上げ、ルヴィアを見る。

 

「あの、これは」

 

「あら? 当家は仕事は完全にやるのが信条ですのよ。服を渡したところでハイ、終わりとはエーデルフェルトとして許せませんわ。それにシュバインオーグ師にしっかり面倒を見るように言い付けられていますわ―――面白可笑しく」

 

「おい、待て宝石ゴリラ。お前絶対最後のぉ―――」

 

 片手でつかまれるとそのまま持ち上げられ、お姫様抱っこの状態で持ち上げられ、部屋の外へと運ばれて行く。思わず拉致られる最中にドナドナを歌いながらゼルレッチへの殺意を溜め込むのは間違いではなかったと信じたい。

 

 あの爺は絶対に一回殺さなくてはならない。

 

 再びあのクソ爺への殺意を心の中で募らせた。

 




 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト 好感度:30→35
「才能はあるのでしょうけれど人格が伴わないなら魔術師としては無能ですわね。個人としては面白いですけれど」

 とか裏では処理している。なお開幕で笑われてるのは裏で転がした運ダイスでファンブってるから。そこら辺の処理とかを一々見せるとテンポが悪くなるので、基本結果のみを見せる方針。

 TSした理由? 趣味だよ察せ。卓の時は大体趣味優先してる人。

 個人的に体の変化の戸惑いや、そこで覚えて行く事を観察するのがTSに関する楽しい部分だと思っている。ともあれ、お買い物・準備フェイズでした。


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三夜目

 鏡に映る自分を見た。ボトムズはサイズの合っているジーンズに代わり、トップスは前よりも厚めの生地になっており、此方は色が白。その上から黒いライダーズジャケットというシンプルな服装になった。ただ髪の毛は根元で二房に分けられ、その終わりを少しだけ余らせるようにしてリボンを巻いてある。服の下にも人生でおそらく初めて、女性ものの下着を装着した。ブラジャーと女物の下着を装着した感触は尊厳が削れるものと同時に、妙なフィット感と安定感があった。

 

 大鏡の前で軽く体を動かし、揺れる長髪を見た。自分を女にしたらこういう感じ、と言うのはあったが、中々の美女っぷりじゃないか、とも評価する。中々の片目隠れ系美人。ちょっと雰囲気はある。少なくとも自分ならナンパする―――まぁ、そこら辺の考えは置いて、

 

「結構しっくり来るな」

 

「当然ですわ。男物は男が着る為の服装、女物は女が着る為の服装。根本的に用途が決まっているのですわ。デザインは一緒でも、男と女の服ではそれぞれ着心地がまるで違いますのよ? 体に合ったサイズではないと当然動き辛く、そして体への影響も悪いですわ」

 

「ほー」

 

 あまり、そういう部分を今まで意識してきたことはない。適当に服を着ることが出来ればそれで問題なかった、と言うのも事実だ。あまり他人の目を気にするような立場でもなかった。いや、ある意味気にはしていたが、評価が−方向であればその方が遥かに良かった為、別段着飾ろうとは考えなかった。

 

「自分の体に合った下着を選ぶのは快適さを求めるだけではなく、スタイルを崩さない事とかにも影響しますわ。特に女性の体は男ほど頑強に出来ていませんわ。魔術の治療を前提とした日常生活を送るのであれば話は変わりますけども、スタイルや体調を崩さない為にもしっかりと体に合った下着と服を選ぶ事をお勧めしますわ。下着を」

 

「強調しなくていいわ!」

 

 嫌という程にブラジャーのつけ方を教え込まれた。まさかこんなに面倒なものだとは思わなかった。カップの測り方とか、どうやって胸を盛るとか。女ってホント見た目に関しては面倒な部分が多い、と思いつつも、しばらくは付き合う体なのだ、大事にしておくのは確かに悪くはない。

 

 それにどうせなら流されるよりも自分で乗った方がまだ精神的に健全だ。ストレスの類は全て殺意へと変換してゼルレッチの方向へと投げると決めるのだ。

 

「とりあえず、最初からスカートをつけようものなら間違いなく逃亡しますから普段の服装に近い物を選びましたけれど、満足かしら?」

 

「まぁ、見た目はほぼ変わらないしな。ただシャツがクソダサTじゃないのが残念だ……」

 

「なんでアレに対してそこまで気に入る要素が解りませんが、アレは捨てたほうがいいと思いますわよ」

 

 アレを捨てるなんてとんでもない、と言いながら体を軽くひねったりして動かしてみる。強化魔術なしでも確かに体は動くが、胸のウェイトが原因で、少しだけ足がおぼつかない感じがある。しばらくは強化魔術を使ったり使わなかったりを繰り返してまともに歩く練習したほうがいいのかもしれない、と思いつつ、胸を張ってみる。結構サイズがあるな、と思いつつ溜息を吐いて項垂れる。

 

「ふとした瞬間に思考が現実に戻ってきて死にたくなってくる」

 

「それは個人の問題ですから私にはどうとも出来ませんわね」

 

 そりゃそうだ、と同意しつつ、もうそろそろ触媒や礼装も出してくれた頃だろう。もうそろそろ寮に戻って、明日の仕事に備えようと考える。既に支払いに関してはルヴィアと決着をつけており、考えていたよりも安く済んだ。やはりそこには裏でゼルレッチとのつながりがあったのだが、素直にそれに感謝する事は出来ない。もう既に疲れてお腹いっぱいだからさっさと休みたいところだが、準備があるのでそうもいかない。

 

 憂鬱だ。果てしなく憂鬱だ。またオルガマリーの部屋をぶっ飛ばしてストレスでも解消してやろうか、と思ったところで、

 

「キョージ」

 

「ん?」

 

 視線を持ち上げ、ルヴィアの方へと視線を向けたところで、ルヴィアが両腕を組んで此方を眺めていた。

 

「貴方が才能を持っている事は認めますわ。そうでなければあんな滅茶苦茶な混沌魔術を生み出す事も出来ないですし。ですが魔道元帥の弟子という立場に居て、貴方は何故魔術の探求を行わないのですか? 魔道元帥キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグに魔法使いの弟子として()()()()された貴方は間違いなく誰よりも羨まれる存在ですわよ?」

 

 ルヴィアのその言葉に頷いた。別段、隠している事でもないし。自分がかなり恵まれた位置にいるのも知っている。ゼルレッチは第二魔法に到達した魔法使いである。そして彼の魔道元帥に魔法使いの弟子として弟子入りした場合、その結果は廃人になるか、或いは成功するか、という結果のみ。そして世界は広くとも、魔道元帥本人が直々にスカウトし、連れ帰ってきたのは()()()()()()だったのだ。それはゼルレッチ本人が成功するという見込みを持って連れてきた魔術師だったからだ。

 

 つまり、魔法使いとして成功する、とゼルレッチは俺の事を見込んでいる。

 

 その割には放置が多いし、特に課題を押し付けてくる事もない。

 

 寧ろ、今回みたいにペナルティを与えて無理やり働かせるのは非常に珍しい事だった。

 

 だけどそこまでしないと魔術に関わろうとしないのはとても簡単な事だった。

 

「―――俺はね、自分の起源を知ったんだ」

 

 

 

 

 起源。

 

 それは全ての存在が保有する原初の目的、手段、本能ともいえる。その存在としての()()()だと言える。それは混沌的な衝動であり、自覚していなくても無意識で人間はその起源に従って行動すると言われている。簡単に言えば本能なのだ。本能的にこう行動するであろう、というものだ。それが設定されている。そして普通はそれを知ることが出来ない。そして知る事もしない。

 

 なぜなら起源に目覚めるという事は同時に起源に呑まれるという事でもあるのだから。

 

 たとえば炎。炎の起源をもつ人間は無意識的に炎に対する執着心を覚える。燃えるという事に興奮するし、燃えるという行為に楽しみを覚える。それが起源だ。だがこれが覚醒、起源覚醒者となるとその人格自体が歪み、起源に呑まれて消える。原初から存在し続ける起源というものに対して、人間の精神力は抗えるように出来ていない。だから炎の起源を自覚してしまった起源覚醒者は本能的にそれに従おうとする、燃やし、燃えて、そして炎となる。

 

 それが起源であり、起源覚醒者だ。覚醒してしまえばもはや正気なんて残らない。

 

 そして起源はかなり厄介なもので、覚醒していなくても()()()()()()()()()()()()ものなのだ。それだけ起源というものは影響力が強い。そして起源の影響力が強いのは魔術としては決して悪い事ではなく。特殊な魔術だったりすると起源の影響を受けて変質したり、大きな飛躍を見せる。そしてそれが家の魔術などとひどくかみ合った場合、大きなインフレを見せる。

 

 そう、自分の様に。

 

 かつては神童などと呼ばれていた。家の魔術特性は偏在。起源は鏡と■。魔術師の家としては非常に若く、グランドオーダーも存在しない新興の家。魔術刻印もまだまだ若かった。3代目、まだ土台を構築するための世代に自分は生まれた。家の魔術と完全に合致した起源をもち、空属性という一番欲しかった属性で生まれ、そして魔術回路も多かった。まさに待望の一児だった。

 

 だが若いうちに俺は魔術を通して己の起源に自覚を抱いてしまった。その始まりは父親を見ている時だった。話しかけて来た時に完全に思考すらせずに完全に口調と動きを真似て話す事が出来た。その事実に気付いたのは喋り終わってからだった。

 

 起源の自覚は覚醒を促す。神童と呼ばれ、必要な魔術的知識を全て流し込む様に用意されたうえで起源の覚醒が何時の間にか、近づいていた。それをその時、強く、とても強く自覚してしまった。

 

 ()()()()()()()()()、と。

 

 鏡の起源。その性質は映す事。それはつまり自分を道具として正面にある姿を完全に映し出す鏡そのものであった。俺が完全に覚醒すれば、それはもはや反射鏡。そこに到達点を映し出せば良い。そうやって完成された基盤が出来る。後は完璧な孕み袋を用意して、孕ませる―――根源へと至れる子供がそうやって作り上げることが出来る。3代目で発生したミューテーションだった。

 

 だがもちろん、その未来と事実を完全に自覚した自分は恐怖を感じた。鏡は鏡だ。そこに人格はない。映した姿しかその中にはない。映るものが全てなのだ。完全に起源に覚醒してしまえば、無界鏡司という男はもはや、完全に起源に呑まれて人格が消失する。それは嫌だった。怖かった。どう考えても恐ろしかった。

 

 何よりもそれが吉兆であるように喜ぶ魔術師と言う連中がどう足掻いても恐ろしすぎた。

 

 ()()()()()()()()()()()。起源からは逃げられない。自覚してしまえばそれに近づいて行く。ならば答えは簡単だ。これ以上自分から近づく事が無い様に鏡と■に関連した魔術を全て封印すれば良い。これ以上自覚を促さない様に魔術の深淵を覗き込まなければよい。そして徹底して鏡や■とは対極の方向性で自分が振る舞えばよい。自分がそう振る舞う事によって、常に意識しながらもその距離を理解していられる。つまり、接近する事はないというシンプルな答えだった。

 

 家から金を強奪し、魔術的に研究を進められる要素を全部燃やし、自分が絶対に覚醒しない様に魔術の研究を行えないようにして、そして使える魔術を起源に絡めないものに限定して日本のどこかへと逃亡し始めた。

 

―――それを発見し、時計塔まで引きずってきたのがゼルレッチであった。

 

万華鏡(カレイドスコープ)だ。そりゃあ相性も良い訳だ」

 

 自室、上着を投げ捨てて、作業用の机の上でルヴィアから調達してきた宝石を持ち上げて眺める。流石金を出してどうにかなる範囲であればどうとでもするエーデルフェルト。どれもこれも質の良い宝石ばかりだった。他にもトランプの作成用に用意して貰った紙も品質が良い。やはり、自分とゼルレッチの関係を見越して印象を良くしておきたい、と言う所なのだろう。

 

 俺がどれだけ悪戯やテロをしても、ゼルレッチはそれを庇っている―――悪評に繋がる結果を生んでも。必然的に他の魔術師はそこまでして手放さない俺に対して、それだけの価値があるのだと思い込む。さっさと手放せば良いのに、評価は最悪と高いという変なバランスを保ってしまっている。それもあの変態カレイド爺が人を解放しないからだ。

 

「くそぉ、くそぉ、絶対にオナホキメラ常用者って噂を流してやるからな……」

 

 宝石の純度を確認したら専用の細工道具でそこにルーンを彫り込んで処理を終わらせる。宝石魔術ならここに魔力をストックさせる必要があるのだが、東洋の魔術と呪術を融合させた混沌魔術ベースの自分には、そういう風に懇切丁寧な準備を必要としない。

 

 時計塔では学問でない、と蔑まれる東洋呪術だが、条件判定などに関しては魔術よりも非常に優秀な部分があるのだ。何より、呪術ベースだと魔術への抵抗力を無視して効果を発揮できるというのが非常に優秀だ。魔術対策を行った相手には呪術を持ち込むのが便利―――と、どっかの魔術を使ったテロリストが言っていた気がする。

 

 気づけば割とガチガチに魔術礼装を作成していた事実に気付く。だが考えれば考える程、やはり疑ってしまう。そもそもあの爺があれこれと此方に対して指示を出してくる方が珍しいのだ。今までは完全に放任主義だったのだから。こうやって何か、明確にあちらから強制的に飲ませようとするのは初めての事だ。

 

 適当に講義に出ていろ、としかこれまでは言われていなかった。

 

 そんな中、いきなりこれなのだから疑いもする。

 

 腐っても魔道元帥、魔法使いだ―――絶対にまともな事にはならない。

 

 となると細心の注意をもって用意しなくてはならない。これがあのクソ爺と縁切りする為の前提条件だと思えば、多少は頑張れる。そんな事を考えながら最低限、自分の身を守るための礼装を作る事を進める。

 

 ふと、鏡を見る。

 

 そこには見た事のない自分が映っていた。魔術師らしく礼装の作成や触媒の整理を行っている、そんな自分の姿だった。

 

 魔道元帥、宝石翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは平行世界の運営という魔法に到達した魔法使いである。彼は魔法を使う事で平行世界を自由に移動するだけではなく、それを運営できる。彼が見た世界はそのまま真実として存在する世界になるのだから、スケールが違う。

 

 文字通り()()が違うのだ。世界を横に、そして時間軸を上下に自由に移動できるらしい。噂で聞くミス・ブルーと呼ばれる魔法使いも時間移動を可能としているらしく、魔法使いという存在の凄まじさを理解させられる。

 

 そんな魔法使いであるゼルレッチは横の世界からテクスチャを引っ張ってきた、と言っていた。

 

 つまり横の世界にはこの姿で、女として存在する俺がいたという事になった。果たしてその俺は―――彼女は、魔術に対してどう向き合ったのだろうか? 鏡という起源に呑まれて良質の母体として道具にされたのだろうか? 或いは俺みたいに抗っているのだろうか? ふと、そんな事が気になってしまった。だがそれは魔法使いにのみ理解の出来る領域だ。自分が永遠に到達する事のない場所。

 

 それを考えた所でどうしようもない。だがどうしようもなく自分に解る事は、

 

 これでさえ()()()()と言う事実だった。起源に呑み込まれるあの感覚と比べれば。体は全く別物の様に感じるが動くし、感覚はあるし、何よりもそこには自由がある。起源に呑み込まれたらただの肉袋だ。そこに自由意思はない。

 

「……うっし、これで一つ」

 

 そう考えればこの状況も、多少は楽しめるというものだった。

 

 

 

 

 翌日、さっさと終わらせる為に準備をする。格好は昨日と変わらずジーパンとシャツにライダーズジャケットという格好だが、シャツだけは変えて早く終わらせる意思を込めて“Quick!”と書かれた緑色のクソダサTシャツを着た。朝食はさっさと自分で作って食べ終え、腹の中に詰め込んだら礼装や書類をショルダーバッグの中に詰め込んで抱えた。

 

 ハンドルを握る手が滑らない様にグローブを装着し、新しい靴に足を通す。ゴーグルを被り、それを喉元まで落として装着を完了させる。これで出かける準備は完了した。相変わらず体から違和感が消えないのは事実だし、今朝がたトイレで新体験を味わったばかりではあったが、出勤しないとならない。性差に対し驚く時間さえないのはなんというか、実に悲しい。

 

 ちなみに魔術師の世界で性転換はそこまで珍しくないらしい。若返り同様、体が魔術に適さないのなら乗り換えるぐらいの事を魔術師はやってのける。その為、突然性別が変わっても倫理観が死んでいる奴からすればあぁ……程度で済むらしい。

 

 ともあれ、出立の準備を終えたらさっさと寮を出る。昨日の内に知り合いに頼んで運んで来てもらったバイクは既に駐車場に戻っている。それにまたがったところで少しだけ座高に違和感を感じるので降りて、それを調整し直してから乗り直すのを何度か繰り返し、満足のいく高さを見つける。騎乗したところで下ろしていたゴーグルを装着し、バイクのエンジンにキーを入れる。

 

 今日は前回の様な慌ただしさはない。普通にそのままバイクを走らせて進む。

 

 向かう先はイギリス、ロンドン、ヒースロー空港だが―――別に、このままバイクで空港へと向かう訳ではない。寧ろバイクで物を運ぶ方が難しい。安全に、という言葉が付くのならなおさらの事だ。その為、バイクの目的はロンドンである。

 

 現在の時計塔からロンドンはそう遠くない距離にある。と言っても郊外なので十数kmあるのだが、バイクで移動するならそんな遠い距離ではない。そこからヒースロー空港までは約25km。そこをバイクで移動するのではなく、有料のパーキングで一旦バイクを預ける事にする。盗まれない様にしっかりとここでロックする事を忘れずにしておく。

 

 それが終わったらロンドンから電車に乗ってヒースロー空港へと向かう。

 

 タクシーやシャトルバスと言う選択肢もあるのだが、ぶっちゃけ安さに関しては電車に乗るのが一番だ。ここら辺はどの国も変わらない。昨日、ルヴィアの所で散財してしまった結果、金の無駄遣いをなるべく避けたいのも事実なので、なるべく安いルートを通りたいのだ。そう、バイクのガソリン代だって決してただではないのだ、なるべく節約するのは当然の話でもある。

 

 そんな事で、ロンドンからは地下鉄に乗る。システムの解りやすさや快適さに関してはやはり日本がダントツだ。それは元日本人として肯定する事だった。ただ、電車内そのものは日本と比べるとはるかにがらがらで、余裕で座れるところばかりである―――あそこまでラッシュして人を詰め込むのは日本ぐらいらしい。もはや人間じゃなくて物の様に詰め込んでいると、ロンドンの電車を使ってからは感じている。

 

 そんな事で地下鉄に乗ってしばし、特にトラブルもなく、普通にロンドン・ヒースロー空港へと到着する。地下のプラットフォームからエスカレーターに乗って空港のビルディング内へと進んだら、到着用ロビーの方へと進み、出口付近で適当に視線を周辺へと向ける。

 

「お、ベンチあったあった」

 

 呟きながら出口の見えるベンチへと移動し、ポケットからスマートフォンを取り出す―――とても信じられない事だが、魔術師連中はこの現代の利器をまったく使えていない。というか使わない。最低限の機械しか連中は使わない。なんと勿体ない事か、と思いながらスマートフォンで時間と飛行機が着陸する時間を確認する。

 

「えーと、到着が10時25分予定だから、荷下ろしの時間含めて11時ぐらいか」

 

 スマートフォンから繋げているイヤホンのミュージックの停止ボタンを押しながらスクリーンを操作する。11時まではここで待って、11時になったら集合場所で聖遺物の護衛に合流すればいい―――それだけだ。故にそれまでは適当にソシャゲして遊ぶ事にする。

 

 幸い、空港の付近なのでWIFIが使える。早速空港の1時間だけ自由に使えるWIFIに接続し、昨夜から遊べていなかったソシャゲを起動する。

 

「イベント期間中なのに昨日は全く走れなかったからなー。とりあえずログボ回収したら走れるだけ走っておくかなぁ」

 

 GvGイベントで断りもなしに休みを取ると割と真面目に蹴り出されるというか、針の筵感が強い。ガチギルドになればなるほどそこらへんは強くなるのだが―――一定ラインを超えるとそこらへん、逆に急に大人しくなって、個人でもお前の分稼ぐから休んでてもいいんだぜ……? とかいうイケメンモードに入る。入るギルドを悩んだらとりあえずそれが一番だ。

 

「とりあえず古戦場走らなきゃ」

 

 ログインボーナスを回収、1日1回の格安ガチャを回して見事敗北を確認、まぁ、何時もの事だ。ここは気にしない様にしようと自分に言い聞かせる。ともあれ、パーティーを変えながらギルドのログを確認する。とりあえず誰も怒っている様子はないので、軽く謝ってから早速古戦場に突入する。

 

「今回の相手は格下か。でも油断するといつの間にか逆転されたりするから気が抜けないんだよなー。箱ガチャを底まで掘りたいし、とりあえずEX自発して、って……」

 

 待ち時間とかの間はいい暇つぶしになるよなぁ、ソシャゲって。そんな事を考えながら脳みそを空っぽにしてぽちぽちとスクリーンに映る敵の姿を殲滅して行く。ゼルレッチも、今やっているソシャゲみたいにアビリティをポチるだけで殺せないかなぁ、と呟く。

 

 ……いや、正直あの怪物が死ねる光景を思いつけない。

 

 第二魔法は平行世界の運営という能力だ。あの爺は平行世界を()()しているのだ。つまり移動するだけではなく、それに絡む概念的な能力を利用する事も出来る。平行世界からちょっとずつ魔力を集めて常に魔力無限状態を維持したり、斬撃を引き寄せる事で分裂させたり射程距離を無限に変えたり、

 

 自分が知っているのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事で100のダメージを無限に割り切り、極限までダメージを0にする近づけるという行いだった。あの領域まで行くと本当にどうやって殺すんだ、と言える話だった。

 

 まぁ、ゼルレッチ自身第二魔法に至ってから既に数百年以上の時を研鑽に費やしているらしい。魔法に至っただけではなく、数百年という時間を通して自分を磨き続けた結果獲得した次元違いの強さだと思えば……まぁ、納得もできる。ただ若い時代も最強生物を気に入らないからぶっ飛ばしてきた、とかいう伝説もあるらしい。

 

 ……まぁ、そういうロックさに関しては正直、あこがれている部分も尊敬している部分もある。自分も魔法へと到達してみたいという一般的な魔術師の願望みたいなものは持っている。ただ、それと自我喪失のリスクを比べた場合、はるかに自我喪失の方が恐ろしい。

 

 これ以上魔術を学べば俺は鏡の起源に絶対に呑み込まれる。

 

 それを確信しているから、これ以上前に進む事は出来ない。

 

 そして子供を作ったとして、それを受け継がせようとは思えない。恐怖を覚え、魔術を一般的視点から見て、この技術がどれだけ正気を殺しているのか、倫理というものをどれだけ犯しているのかを漸く理解した。こんなもの()()()()()()()()()のだ。

 

 とはいえ、それを便利に使っている身である以上、多くの文句が言える訳じゃない。出来るのはささやかな反逆ぐらいだ。そう、イギリスで反逆といえばモードレッドの様な、そんな反逆だ。

 

「あー……ソシャゲでガチャを回して遊ぶだけの人生がしたいー……」

 

 でも魔術で暗示を使い、お金をもらって生きて行く分には時計塔も、というか魔術世界全体は文句を言わない。大っぴらに魔術が世間の目に晒されるようであれば殺しに来る連中はいるのだが、こういう法に触れる様な扱いに関しては案外何も言われなかったりする。

 

 まぁ、監視カメラとかいう魔術ではどうしようもない道具も現在にはあるのだ。

 

 催眠、暗示でも機械的なデータは誤魔化せない。魔術犯罪も厳しくなった時代ではある。

 

「3ポチでEX討伐できるのいいなー。やっぱ武器のスキラゲ放置してるのダメかー」

 

 今月は限定ガチャが来るのに、ルヴィアの所で金を使い切ったのが痛い。これが終わったらバイトでお金を稼ぐ必要があるな、と思って再びソシャゲに意識を集中させようとしたところで、空港の周囲が少しだけ騒がしくなって行くのを感じた。ただイヤホンをさしている影響もあって、音がくぐもって聞こえる。

 

「んー……?」

 

 座っているベンチから頭だけを持ち上げて空港を見た。

 

―――見えたのは軍服の姿だ。

 

 ブリティッシュ・アーミーマンではない。特徴的な鍵十字のエンブレムを装着した軍服集団は、どこからどうみてもナチス兵の姿をしていた。このイギリスで、ナチスの恰好を、軍服をしているというクレイジーな光景が今、目の前で繰り広げられていた。

 

「Crazy……」

 

「Yea, just crazy. Hey, I’m gonna upload this to facebook」

 

「じゃあ俺はツイッターに上げよ」

 

 スマホを録画モードに切り替え、持ち上げながら空港の入り口へと向かうナチス軍服姿の集団へと視線を向けた。数は二十、三十程だろうか? そんな数のナチスの軍服集団を前に、銃を持ち、構えた空港の警備員が近づいて来た。明らかに異様な空気を前に、ナチスの軍人が片手を持ち上げ、あるモノを見せた。

 

「おい、馬鹿、マジかよ!」

 

 スマホを握ったまま、反射的にベンチの後ろ側へとダイブするように転がった次の瞬間、光が走った。

 

 ナチス兵士の手に握られていたのは()だった。閃光の斬撃がそれから放たれ、警備員もガードも、近くに居た観光客も真っ二つに切り裂いて、血だまりを一瞬で生み出していた。先ほどまで横でフェイスブックにこの景色をアップロードするわ、と言っていたイギリス人の兄さんの首が胴体と泣き別れしていた。どうやら勝手なアップロードの代償は重かったらしい。

 

 ……魔術師として失格とはいえ、臓物やグロテスクなアレコレを見慣れていて良かった、と思える光景が一瞬で広がった。

 

「おいおい、天下の時計塔のお膝元でなんてことをやらかしてんだよアイツら……」

 

 ナチス兵は全員が()()()()()()()()()()()()()。杖、剣、ルーン石、或いは何らかの遺物、現代の科学兵器ではなくそれに対抗するための神秘的武具の類で武装されており、何らかの魔術集団であるのが解る。そして連中は聞き慣れない言葉を叫ぶと、そのまま一気に空港の中へと突入した。

 

「おいおい、何時からエド・ウッド(クソ監督)の新作のロケ地にヒースロー空港は選ばれたんだよ。ナチス残党が暴れるのってB級映画だけでの出来事じゃないのかよ」

 

 こりゃあ古戦場走っている場合じゃないな、と思っていると空港内部から凄まじい銃声と悲鳴、そして終わる事のない爆発音が響き始める。うわぁ、と呟き、スマートフォンをポケットの中に押し戻し、静かに空港から逃げよう。そう決意した瞬間、スクリーンに新着でメールが届くのが見えた。

 

 指のフリックでメールを開いた事に心底後悔する。

 

 メールは受け取り先からだった。

 

 聖遺物だけ先に、そして確実に運び出す為に近くにいるなら取りに来てほしい、と言う緊急のメールだった。その内容にスマートフォンを叩き割りたくなる衝動に駆られながらも、考える。

 

―――ナチス残党よりも、ゼルレッチの方が百倍怖い。

 

「クッソ、クッソぉ、クッソぉ……!」

 

 なんでこんなことになってるんだよ! やっぱり礼装持ち込んできて正解じゃねぇか! ほんとろくでもないなあの爺! と息の下で罵倒しつつも、自分には仕事をどうにかするという選択肢しかなかった。

 

「ルヴィアみたいに俺、特別強いって訳じゃないのに……」

 

 愚痴りながらも礼装をバッグから取り出し、ベンチの裏から頭を軽く持ち上げ、ナチス兵が空港の中へと入ったのか、もはや人の姿がないのを確認し、

 

「……死んだら恨むぞ、超恨むぞ。絶対化けて出てやる」

 

 ゼルレッチに対する殺意カウンターをまた一つ上乗せしながら、絶対に生き延びてやる、と覚悟を決めて現場へと向かって飛び込んだ。

 




 謎の魔術結社! そこにはナチス残党の影が! どんなシナリオでも使いやすい雑魚・モブ役なんだよなぁ……。なお、現代で監視装置バリバリの状態で秘匿ファックな状況でテロるとかいう魔術協会絶叫ものの状況。

 という訳で次回、鉄火場に。このシーンは結構ダイスを転がしてた。まぁ、戦闘とか処理の軽減のために判定1回で終わらせてたけど。


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四夜目

「こりゃあひでぇな。最近の映画の方がまだましなスプラッタシーンを見せてくれるぜ」

 

 空港の入り口からそのまま堂々と入る。足元には大量の血液が散乱している他、内臓をぶちまけた結果膀胱や腸の中身が完全にぶちまけられ、消化途中の食べ物や糞の類が空港のフロアに広がり、悪臭で満たされ始めていた。悪臭に片手で鼻元を抑えながら空港のロビーの先へと視線を向けた。そこには奥へ、奥へと向かって進んで行く破壊と死の痕跡が見えた。輪切りにされた警備兵や軍人の死体が転がっており、まだまだ奥から射撃音が聞こえてくる。その音にうわぁ、と声を漏らす。

 

「マジでこの中を進まなきゃならないのかよ……」

 

 ポケットの中から一枚のトランプを引き抜き、それを片手で持ちながら血と臓物で輝く空港のロビーに入る。本来であればパスポートとチケットがなければ入れない場所ではあるのだが、それを注意する連中がここにはいなかった。本当に皆殺しにしながら進んでいるようだった。こりゃあ終わったら魔術協会がブチギレする案件確定だった―――その中心地で巻き込まれた自分としても、非常に憂鬱になる。

 

 これが終わった事情聴取があるんだろうなぁ……。

 

「畜生、クソが、ファック、ファック、Fuck!」

 

 自分の倫理観は魔術師に近い。必要とあれば切り捨てるぐらいの感性だ。だからと言って、こんな虐殺が許容できる程冷血漢でもない。クソな連中しかいない魔術師の中でも社会や法が存在しているのだ―――自分が特別だから、何をやってもいいという訳ではない。そういう連中は総じてマザーファッカーどもだ。便器に頭を突っ込ませて窒息しているのがお似合いのクソ野郎どもだ。

 

 つまり、あの集団はそういう連中だ。

 

「えーと、最短ルートはスタッフ用通路を抜けたほうが早いか?」

 

 アリの巣の様に広がる空港内部を正直に正面突破する必要はない―――寧ろ、そうしたら背後からあの殺戮集団とエンカウントしてしまう。そんなの冗談じゃない。生きて魔術の世界から足を洗いたいのだから、こんなところではまだ死ねない。ゼルレッチの顔面も殴れていないし。そんな事で空港に入ったら近くにあった案内図を確認する。それで飛行機のダイヤとどこに着陸するかを確認し、スタッフ用の迂回路を見つける。少し避けるように進むことになるが、こうすれば鉢合わせせずには済む。走って近づき、扉のノブを握り、ガチャガチャと回すが、当然鍵がかかっている。

 

覚醒開始(アクセス)

 

 魔術回路を起動させる。山札から抜いた一枚のトランプをドアの下の隙間から通す様に滑らせ、向こう側に通したところでシンプルな魔術を使う。置換(フラッシュ・エア)。シンプルに置き換えるという特性の魔術。それを使って自分の血液を使って作成された絵柄のあるトランプをマーカーに、自分とトランプの位置を交換させる。

 

 本来であれば劣化交換させる程度の魔術らしいが、そこらへんはかつて神童とも呼ばれた自分だ、この程度の事は問題なく出来る。というかそれほど難しくはない。これが触媒・媒体なしの空間移動となってくると転移級になって途端に無理ゲーになるのだが、置換魔術を応用した移動術であればそこまで難しくはないと思っている。

 

 ……これ、ルヴィア辺りに売ったら金になるだろうか? そんな事を考えながらドアの向こう側へと移動するのに成功した為、そのまま走って正面を迂回するように移動する。未だに奥の方からは銃撃の音がし、人が虐殺されているのだというのが解る。正直な話、この結果どうなるか、と言うのを知るのが非常に恐ろしい話だが、イギリスには聖堂教会も魔術協会も存在している。普段はいがみ合っている二つの組織だが、これだけの事態になればいがみ合わずに協調して事実の抹消に走ってくれるだろう。

 

 ともあれ、自分がやる事はシンプルだ。

 

 連中が目的地へと到達する前にさっさと聖遺物を回収して逃げ出す事だ。市内へと飛び込めば此方の物だ。ロンドン市内であれば数年のアドバンテージがあるし、バイクも置いてある。その上にあちらは町中に魔術師や聖堂教会の人間もいる。何よりも、大英博物館が一番古い連中の巣にもなっているのだ、あそこを攻め落とせる戦力なんて地上には存在しないだろうと思っている。

 

 だから早く脱出しよう。こんな時こそゼルレッチの転移魔術が欲しくなってくるもんだ。愚痴りながらスタッフ用通路を抜けていると、縮こまりながら隠れている人たちの姿が見える。

 

 どうやら進路上の人間を虐殺しているだけであって、殲滅している訳ではなかったらしい。飛び込んできた此方の事を見ると、こっちだ、と手を振ってくる。

 

「ヘイ! そっちは危ないからこっちに来い! その先は滑走路だぞ!」

 

「それが解ってるから向かってるんだよミスター」

 

 正気じゃない、という視線を向けられるが、それ以上止められることはなかった。当然ながら誰だって自分の命が一番可愛い。それは悪くない事だ。自分の命を大事に出来ない奴の方が遥かに馬鹿なのだから―――そう、今の自分の様に。

 

 強化魔術を使って肉体を強化し、扉などが邪魔する場合は、置換魔術で位置交換を行ってさっさと前に進む。慣れない体で走っているせいか違和感が付きまとい、速度がいまいちでない。とはいえ、素直に女ものの服や下着をつけておいて良かったと思えた。男物のままだったらたぶん普通に転んで前に進んでいるどころではなかった。天下のロンドンの郊外でこんなことをするハメになるとはなぁ、と未だに毒づくのを一切停止させる事無く、ヒースロー空港内を走って進む。

 

「はぁ、はぁ、無駄に広い!!」

 

 世界最大規模の空港の一つであるから仕方がないと言えば仕方がないのだが、かなり広く、走る距離が多い。なんでもっと楽をさせてくれないのだろうか、と再び息の下でファック、と叫びながらスタッフ用通路を抜け、今度はマイグレーションターミナルへと出る。此方は飛行機が到着し、乗客を降ろす側のターミナルだ。

 

 大きい空港ともなってくると空港内で電車が走っており、それでターミナルからターミナルへと移動することが出来る。幸い、荷物を運ぶ手間を考えるとシャトルに乗る必要はないから走る距離が増える訳ではないが、それでも距離はある、

 

 そして、

 

―――銃声が聞こえる。

 

「成仏してくれよ……」

 

 怨霊とかがリアルに存在するこの魔術の世界。強い恨みを抱けばリアルにそこに地縛霊となって人を呪ったりするので、終わった後の除霊措置も大変そうだと思いつつ、銃声が聞こえる方角と並行するように奥へと向かって進む。

 

 シャトルの線路の上へと飛び乗り、そこからモノレール状の線路を走って移動する。しばらく走ればターミナルのトンネルを抜けて、空港の敷地内へと出る。いよいよ大きく開けた滑走路内へと到着する。トランプを地面へと向かって手放しながらスマートフォンを抜き、

 

「お前! どこに! いるんだ! よ!」

 

 SMSで素早くメッセージを運び人の方へと叩き込めば、素早く返ってくる。距離的にはここからはそこまで離れてはいない。とはいえ、一度は自分の姿を広い空間に晒さなくてはならない。ファック、と盛大に愚痴りながら地面に落としたトランプと居場所を置換させ、一瞬で高所から大地へと移動を完了させる。強化魔術があってもこんな高所から飛び降りれば、普通に骨折するどころか死ぬから当然なのだが。

 

 ここで職員用の移動カートをパクれれば楽なのだが―――そう思い、周辺を見る。こんな状況だ、錯乱して走り出したとかでカートが放置されていれば移動が楽になる。あまり期待せずに周囲へと視線を向ければ、放置されているカートを見つける事に成功した。急いで飛び乗ってキーを確認すれば、刺さりっぱなしの状態で放置されていた。

 

「これがアメリカだったらパクられてるぜお前、へへへ、有効活用してやるからな……!」

 

 馬鹿なことを言って自分を盛り上げつつ―――というかそうしてないと鬱になりそうなので無理やりテンションを上げ、キーの刺さったままだったカートを一気に走らせ始めた。アクセル全開、法速度なんて知ったもんか! という勢いで全力でアクセルをぶち込みながら走らせる。女の体では絶対に出ないであろう速度に爽快感を感じる。煙草の一つでも持ってくりゃあ良かったぜ。そう思いながら一気にSMSで送られてきた地点へと向かってカートを走らせる。

 

 ここからはもはや一本道。迷う事はない。

 

 十数秒カートを走らせていれば、やがて壁を背後に、バリケードが積み上げられているのが見える。そこに感じる強い神秘の気配に、そこが目的地であると感じ取った。その前で軽くドリフトするようにカートを停止させ、片手を伸ばした。

 

「カレイド運送でーす!! クソナチがこっちへと向かって来てるんだからはよ物を渡せ!! 連中真珠と神秘で武装されてるぞ!」

 

「お前がゼルレッチの代理人か、これだ! 持っていけ!」

 

 此方へと向かってバリケードの向こう側から何かが投げ込まれた。それを伸ばした手でキャッチすれば、それがアタッシュケースの類であるのだと理解された。その中に感じる凄まじいまでの神秘の濃さは、アタッシュケース内部に保管されたものが聖遺物であり、それも凄まじい神性を内包した神代の物であるのが自分の様なド四流魔術師にでさえ伝わってきた。うわぁ、と声を零す。

 

「神秘の波動遮断できないの!?」

 

「出来たらもうやっている! 早く逃げろ! それに群がってくるぞ!」

 

「だよな……!」

 

 投げ渡してきた黒服の運び屋に軽く敬礼を返しながらカートを走らせようとした瞬間、視界の端に映るものが見えた。

 

―――ナチスの軍服姿だった。

 

「あっ、やべっ」

 

 その片手には杖が握られている。振るわれるのと同時に放たれるのは光の斬撃―――つまりは光速の斬撃。人類にはその速度の攻撃を回避する手段が存在しない。その為、迷う事無く空いている片手でなるべく遠くへと向かってトランプを投擲し、置換魔術を発動させた。一瞬だけ景色が消え去るのと同時に、爆発と絶叫が聞こえ、視界が一瞬で炎によって防がれた。

 

「危なっ―――」

 

 目の前にはカートが切断され、その影響で爆発して出来た炎の壁があった。その向こう側ではナチス兵士が五人ほど、魔術武装を手に此方へと向かってくるのが見える。渡せ、或いは寄越せなんて言葉を吐くつもりがないのは見えている。連中、勧告する前に殺して奪うつもりだ。

 

 先ほどまで生きていた運び屋の惨殺死体へと視線を向けたから、迷う事無く走り出した。置換魔術に使ってしまったトランプは使った直後に燃え尽きてしまう為、二度は使えない。有効距離だって普通に存在する為、入り口に設置して終わったら置換魔術で戻ってくる、なんて便利な事はできない。

 

 ここからは空港の入り口まで命がけのデッドチェイスだ。

 

「やべぇ、生き残れるビジョンが見えねぇ―――」

 

 ポケットから宝石を取り出し、壁へとめがけて投げつける―――それを媒介に錬金術が発動し、ガラスを構成する物質を逆行させて解体する。ガラスがそれを構成する元であった砂へと戻り、さらさら、と崩れ落ちながら道を作る為、それを通り抜けて空港の中へと戻って行く。

 

「ファック、別に地図を頭に叩きこんでる訳じゃねぇんだぞ。ほんと割に合わねぇ。終わったら数百万£クソ爺からふんだくってやるからな!」

 

 そうでもしなきゃ割に合わない。罵倒と愚痴を止める事無く吐き捨て続けながら。空港内部へと突入して走り出す。もはや強化の魔術を解除すればそれだけであっさりと追いつかれてしまう。だから前へ、ひたすら前へと全力で走り続けた所、

 

 急に悪寒を感じた。

 

 ほぼ本能的に横へと体を飛ばした瞬間、正面から斬撃と炎が先ほどまで自分がいた場所を走るのが見えた。カードを投擲しながら横に転がり、荒く息を吐き出しながら素早く確認しつつ遮蔽物に隠れれば、進路を塞ぐ様に立つナチス兵士が10人ほど見えた。その姿は此方へと迷う事のない追撃を下そうとしていた。言葉よりも早く暴力で解決しようとしている為、叫ぶ。

 

「攻撃を続けるならここで聖遺物を破壊する!」

 

 瞬間、足音と攻撃が一瞬だけ停止した。

 

 だがこのド三流魔術師にとって、その瞬間があれば魔術を用意するだけの時間になる。怒りを感じながら歯を強く食いしばり、トランプのカードを数枚、ばらばらばら、と手元から零しながらコストとしてそれを焼却させた。アタッシュケースを片手に、逃げるように飛び出す。それを狙い穿つように迷いのない魔術が放たれる瞬間、

 

Mirror, Oh Mirror(鏡よ鏡よ) Tell Me(教えてください) Who Is The Fool(愚か者が誰かを)―――J(ジャック)Joker(ジョーカー)

 

 使いたくなかった、鏡の魔術の一つを使った。命中する筈であった魔術は虚空で()()()()()。方向性が完全に逆転され、鏡に映された魔術はその進行方向を逆転させて魔術師本人へと向かって一瞬で接近し、光の斬撃が両側の集団を真っ二つに切り裂き、その残骸を炎の魔術で焼き尽くす。鼻につく灼ける肉の匂いに吐き気を覚えつつも、それよりもひどいのは、

 

―――体を走る快楽だった。

 

 ()()()()()()。甘い痺れを魔術を使った瞬間に感じた。これだ、この甘ったるい快楽の感覚が嫌いだった。全身を走る様な短く、熱を持つような快楽の波、女になってからはさらに酷くなっているように感じる。男だった頃でもあった。魔術を、起源に関連するそれを使えばより、起源に引っ張られる。それを引き戻す事は人類には不可能なため、一方通行だ。

 

 だがそこに痛みはあるのか? 苦しいのか?

 

 否―――違う。

 

 ()()()()()()のだ。

 

 それこそ全力で使えば絶頂している様な、そんな気持ちになれる。当然だ。性欲、食欲、睡眠は人間の持つ三大欲求であり、起源とはつまりそれに直結するもう一つの欲求なのだから。それも人間の本能よりもはるかに強い、原初の欲求、それに従う事は常にセックスをしているものか、或いは麻薬をエンドレスに投与している様なものだ。心が弱ければ自分を律せず、一瞬で呑まれる。

 

「はぁ、はあ、ファック! 俺に魔術を使わせやがったな……!」

 

 使った魔術は一瞬、消費魔力も少ない。これなら長続きはしない。今の一瞬でこれだから、全力で魔術を使ったらそれこそ正気に戻ってこれないだろう。その事を自覚するように唇を軽く噛んで気付けをし、死体となって動かなくなったナチスを置いて、空港の出口へと向かって走り出す。また一歩、起源へと近づいてしまった、と言う事にいら立ちを隠せず。

 

 故に次の瞬間、体が殴り飛ばされている事に気づけなかったのだろう。

 

「がっ―――」

 

 凄まじい衝撃に骨が砕ける様な音を聞き、体が一気に投げ飛ばされる。凄まじい勢いで吹き飛びながら床に倒れていた死体や内臓を引きずるように体が転がり、やがて停止する。その時、アタッシュケースを手放さなかったのは褒められる事だと思ったが、そんな事に思考を割くだけの余裕はなかった。

 

「ファック、はぁ……はぁ……痛ぇ……」

 

 肉体を強化していなかったら死んでいたかもしれない。そんな事を考えながら目を開き、自分がいた場所へと視線を向けた。

 

―――そこに立っていたのは一人の青年の姿だった。

 

 肌は浅黒く、アジア系の黒髪の青年であり、その服装は現代では中々見れない古めかしさを持っていた。その片手にはまるで霧で包まれた長いナニカを握っているようで、しかし、その存在そのものから感じるのは圧倒的な気配だった。生物として、圧倒的上位の神秘を纏っている。人間の形をしているが、人間が個人でこれだけの神秘を纏える筈がない。明らかに一人の人間が内包できる神秘の量を超えている―――まるで、この時代の人間ではないようだった。

 

「っ」

 

 体、そして手の甲に痛みが走る。先ほどの衝撃のせいか、手の甲には妙な紋様が刻まれていた。それを見て、最初は怪我をしたのかと思ったが、それを見ていればそれが()()()に繋がっているのが見えた。魔術的な仕掛けが今、あの青年に殴り飛ばされたことで発動されていた。

 

「耐えて、しまったか……」

 

 どこか、申し訳なさそうに青年が呟き、霧に包まれた武装を構えた。握り方からして剣か斧だろうか? どちらにしろ、反射的にやばい、と思った。幸い、先ほどの衝撃でカードがいい感じに適当にばら撒かれていた。即座に意識をかき集めながら置換魔術でトランプの一つと自分の位置を入れ替えた。

 

 直後、水の爆裂が()()()()()()()()()

 

 わずかにその射線から逃れた体で、壁に背中を預けるように立ちながら見た。先ほどまでは壊れてはいても存在した空港のターミナルが、真っ二つに切断されている姿を。その姿を見て、ははは、と呟きが漏れた。

 

「なんだ、これ……」

 

 明らかにジャンル違いの映画に飛び込んだような気持ちだった。先ほどまではB級映画を見ていたのに、今ではマーベルコミックを見ている気分だった。こんな簡単に、シングルアクションでこれだけの破壊を生み出すのは現代の魔術師には不可能だ。いや、魔法使いであるゼルレッチやミス・ブルーであれば問題はないだろう。だが魔術師には絶対に不可能な領域だ。それこそ凄まじい代償を必要とするだろう。

 

 だがそれを放った本人はまるで消耗した様子を見せていない。そしてその視線は此方へと向けられた。直後、再び置換魔術で緊急離脱を行った。瞬時に一番離れているトランプと自分の位置を入れ替え、少しでもあの怪物から逃げられるように距離を開けた。痛む体を強化し、少しでも早く逃げ出そうと体を動かそうとするが、

 

「―――無駄だ」

 

 どう足掻いても追いつくはずのない距離を、その青年は一瞬で詰めた。ありえない、と言葉を吐くよりも早く霧の塊が此方へと向かって叩き込まれるのが見えた。圧縮詠唱、高速詠唱、積層詠唱を同時に行ってシングルアクションで魔術を発動させる。忌み嫌う鏡の魔術を。今はそのコストの事を考えている場合ではなかった。自我が喪失する前に即死する。その予感と共に鏡の魔術による同質量発生の相殺を行おうとし、

 

 一瞬で競り負けた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()するような感覚だった。

 

 速度と威力をそぎ落としながらも体が再び吹き飛ばされ、先ほどまでよりもはるかに遠く、そして強く体が跳ぶ。痛みで言葉を失いながらも何度か床にバウンドし、転がった。それでもアタッシュケースはそのまま、手で強く握って離さない。

 

 アタッシュケースを強く握るその手の甲には見慣れない痣が刻まれていた。転がっている間にぶつけたのだろうか、と呑気な事を一瞬だけ考え、その痣から伸びる魔術的痕跡を見て、それが何らかの魔術的ギミックであり、その青年と出会った事により発生したものであるというのを見抜いた。それを完全起動させるのに必要なのは祭壇、呪文、魔法陣、そして触媒。それを見て、そして口にする。

 

()()()()()()

 

 準備が、前提が、用意が、そして術式が。やり方が()()()()()()のだ。その為効率が悪い。この痣から繋がる術のライン、形式が古いから効率が悪いし不必要な儀式を要求する。召喚に関しては東洋系統の方が遥かに優秀だし、その部分を参考にすべきだと思う。そんな事を考え、床に倒れて動かない此方へと、アタッシュケースを回収する為に青年が歩きよってくる。その姿を前に、

 

 自分の体に刻まれたラインから術式を弄って改良する。祭壇の機能と儀式の必要性をオミットする。呪文は知らないので―――これもオミットする。そうすると必要なのは触媒だが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 渡すぐらいなら使ってやる。損失が何£になるのかを考えると憂鬱ではあるが、奪われるよりかははるかにマシで。これがなんの術式かは今だに理解してはいないが、嫌がらせがこの詰んでいる状況で出来るなら問題はない。

 

覚醒開始(アクセス)

 

 魔術回路を再起動させる。魔力を生み出す。それを改良した術式へと流し込み、そしてアタッシュケース内の聖遺物を触媒として勝手に使用させてもらう。ははは、ざまぁみろゼルレッチ、そしてファッキン褐色イケメンめ。お前らの信用! 信頼等ファックだ! 滅びろ! 俺がここで死ぬというのならなるべく嫌な目に味あわせてやる。俺と一緒に地獄に落ちろ。

 

 時間が、ゆっくりと、流れている気がする。

 

 視界が赤く染まる。

 

 炎と破壊と血と贓物で世界が赤く染まっている。

 

 或いは俺も血を流して赤くなっているのかもしれない。目立たない様にBusterのクソダサTシャツの方を着てくれば良かったのかもしれない。そんな事を考えながら赤く染まり、ゆっくりと流れるように感じる時間の中で、魔力を注いで魔術を一気に起動させた。アタッシュケース内に保存されていた聖遺物が何であるのかは解らないが、それが一瞬で消費された事だけは理解できた。

 

 魔力が注ぎ込まれ、全ての反応が消えて、ゆっくりと近づいてくる足音だけが聞こえてきた。

 

―――あ、これ失敗した?

 

 そんな事を考えた直後、

 

 全てが終わりのない赤色に染まった

 




 Fateおなじみ、追いつめられてからの召喚シーン。主人公が弱い間はギャグを挟む余裕がないからそこまでネタが挟み込めない辛さはちょっとあるけど、まぁ、サーヴァント召喚されれば問題は解決だろう。

 それはそれとして、神代の触媒って億クラスの値段になりそう。

 次回、サーヴァントvsサーヴァントな感じで。しかし自分を自滅に誘うものを使うと逆に気持ちが良い、というのは実にR18感があって結構気に入っている。


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五夜目

―――赤い。

 

 見える範囲、感じられる全てが赤く染まっている。目が痛くなるほどの赤さの中、炎を見た。ゆらゆら、ゆらゆらと揺らめく炎を。それはアタッシュケースのあった場所に存在する炎だった。出現と同時に空港その物を炎の領域で呑み込んでいた。破壊を広げ、破界を破壊で呑み込み、そして炎を炎で抱き込んでいた。即ち―――赤、それだけの存在であった。

 

 呼吸も、時間も、心臓でさえも停止していた。炎は揺らめきながら形を変えて―――その姿を変貌させた。ゆらゆらと揺れる炎は姿を変え、不定形から固形へとその姿を変えた。フォルムは幼く、だが確実に人の姿を形成していた。

 

 それも―――赤かった。長くまとまりのない、乱雑な髪の毛は床に触れている。その根元は赤く、そして毛先へと伸びると段々と色素を失って行き、空気に燃えて溶ける様な白い色をしている。服装はぼろぼろ、その切れ端が炎の先端を思わせるように千切れている真紅のドレスを。そう、彼女は赤かった。だが炎から形成し、生まれて来た彼女が此方へと向けてくる顔さえも隠す様に覆う髪の隙間から見える瞳は、

 

―――焼けた後の空の様に蒼かった

 

 その瞳が此方へと向けられ、笑みを浮かべて手を差し伸ばしてきた。それで漸く正気に戻った。召喚だ―――あの聖遺物を触媒に召喚する事に成功したのだ。10歳ほどの少女の姿の存在は右手の甲に生み出された痣を通してパスが形成されている。その詳細を解析する余裕はないが、だがそれが目の前の存在と自分を繋いでいる事は確かだった。聖遺物を触媒に召喚されたナニカ、

 

 明らかにまともではない。

 

 だがまともでいては、ここは乗り越えられない。

 

 空港に広がる炎は間違いなく目の前の存在が生み出したものではあった。だがそれだけの魔力と神秘を内包する存在であれば、この状況を盛大にひっくり返す事だって出来る筈だ。

 

 故に迷う事無く腕を伸ばした。

 

 伸ばした手と手が伸び、互いを掴んだ。

 

 燃やして破界する。

 

 燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する燃やして破界する―――

 

「―――」

 

 意識そのものを呑み込むような強烈な意思と情報と()()の流れ。風呂の中に水を詰め込んでから風呂場その物が沈むように水を注ぎ、そしてそれでもまだ足りないので家が沈むほど水を流し込む様に、一つの意思だけが強制的に流し込まれる。

 

 彼女は狂っていた。

 

 彼女に正気はなかった。

 

 彼女は―――起源に覚醒していた。

 

 その幼女の姿をしているモノは起源に覚醒していた。或いはダイレクトに起源そのものを加工したような存在だった。パスを通じて一瞬で心と脳味噌と精神が侵された。隠された起源に人類は抗えない。手を放しても頭を抑え込んで魔力を遮断しても注ぎ込まれた起源の本能は消えない。出来上がった道を全力で疾走して本能が上書きされて行く。自分と言う人格が原初の起源の中へと沈み引き込まれて行く。それは深淵、覗いてはならない奥底、開いてはならない扉。

 

 開けてしまっては最後、永遠に帰ってこれない。

 

 破壊しろ。界を壊せ。全てを燃やせ。少女とのパスから感じられる意思はそれだけだった。完全に起源覚醒、起源汚染、或いは起源そのもの。それが形をなしているだけであった。少女に声はない。必要ないからだ。少女に意思はない。必要ないからだ。あるのは起源による原初の本能のみ。そしてそれは繋がった相手を汚染する。此方を起源に染めようと一瞬で浸食を行う。脳裏に本能が浮かび上がってくる。このまま世界を燃やし尽くせと。

 

 破壊せよ。

 

 そう本能が命じてくる。人間が生きるのに呼吸するように、ごく自然と破壊を行う。すべてを燃やし尽くし、見える範囲全てが焼けて消え去ったら見えない範囲を焼き尽くす。そして見えない範囲が焼き消えたら今度は大地を焼いて、そこに何かがあったという痕跡さえも全部消し去る。そうしろ。そうするだけだ。生きるように、食べるように、息を吸う様に、そうするべきだと絶頂にも似た陶酔感と脳を犯す甘い感覚の中で、右手に刻まれた痣を見た。3画刻まれた、奇跡さえも起こせる。魔力の塊。それを一気に解放し、

 

―――少女の襟首を掴んで引き寄せた。

 

唇が触れそうな距離にまで顔を近づけ、瞳を覗き込んだ。

 

「うるせぇ、黙れ、ざけんな、俺に従え―――何をどうするかは俺が決めるんだよ」

 

 3画全てが消失した。凄まじい魔力の奔流が空間そのものを見たし、それが炎と融合した。少女の姿が炎へと融けて行く中で、狂気を噛み砕きながら言葉を吐き捨て、現実が罅割れるように崩壊して行く音が聞こえた―――否、世界の境界線そのものが炎によって焼かれ、罅割れ、崩壊していた。吐き出した魔力と言葉、陶酔する快楽の淵の中でぎりぎり正気に噛みついている中で、

 

 見える世界全てが炎の中に呑み込まれるのが見えた。

 

 

 

 

 別に……魔術が嫌いだった訳じゃない。

 

 寧ろ最初は好きだった。

 

 やっぱり、才能と呼べる物はあったのだと思う。魔術を見れば大体理解できたのだ。何が悪い、何が良い、ここが古い、ここが改善できる、とかが。直感的に、と呼ぶにはあいまいだが、なんとなくの感覚で魔術の良し悪しが子供の頃は解っていた。資質、素質、自分は肉体に恵まれており、3世代目として既に最終世代目前のスペックを肉体的には到達させていた。

 

 そしてそれに相応しいだけの魔術的才能とセンスもあった。それらを含めて昔は神童だと呼ばれていた。実際、悪い気はしなかったし、楽しかったのも事実だ。子供の頃、算数の3x3が9になるのを学ぶ様に、魔術の術式をどう弄ればどういう結果になるのかを理論ではなく直感的に自分は理解していた。だからその通りに説明できず、行動していた。それが才能だったのだろうと思う。

 

 ただ、まぁ、それが楽しかったのが事実だった。

 

 魔術は基本的に法則を守りながら、どこかぶっ飛んでいるもんだった。

 

 しかもテレビで映っていたはずのフィクション、それを友達には内緒で使うことが出来た。

 

 俺はまるで隠れたヒーローの様だった。まだ修行中のヒーローで! 俺はこれから鍛錬を積み! みんなを守るのだ! ……そんな事を考えた時もあった。魔術の勉強も、その鍛錬も楽しく、何をやっても成功する時代。この先もそんな未来だと漠然に考えていた。

 

 だがその結果、自我喪失の恐怖を賢いからこそ理解してしまったのだ。

 

 開始地点を見て結果を理解する。だからここを歩き始めたら起源の覚醒と言うゴールに至ってしまう。それを理解したからこそ起源を自覚してしまった。それが無界鏡司という男の末路だったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()という。

 

 だから、馬鹿になった。真っ赤に全部燃やして、何もかも破壊して、そして家を飛び出した。もちろん、家出の経験なんてなかった。だけど自分には魔術があったのだ。アレは不思議で万能な力。一番得意なのはもちろん起源に関連した鏡と■の魔術だ。だけどそれ以外の魔術も大体使えた。

 

 鏡と■の魔術師なのだ、使える人間を見れば大体覚えられるという事もあった。

 

 置換と投影魔術を使った手品。暗示や催眠術を使って他人の部屋を寝泊りに借りたりもした。魔術という手段は上手く使えば現代社会の中では自分の記録を残さずに活動する為の、実に便利な能力となる。その悪用方法はテレビや漫画でも読んでいれば腐る程思いつく。そのころには既にスマートフォンもあった。その為、それを片手にネットで検索して使い方を考えたりもした。

 

 魔術協会も、まさか掲示板サイトで魔術の使い方を開発するなんて考えには一生至らないだろう。

 

 基本的には手品で路銀を稼いでネットカフェで寝泊まり。それだけのお金が足りなかったら暗示で適当にそこら辺のサラリーマンからお金を拝借するか、次の日の朝まで軒先を貸して貰えればよい。

 

 割と自由な生活をしていた。

 

 この頃も、正直そこまで魔術に忌避感はなかった。割と楽しんでいた。無論、起源は恐ろしかった。鏡の魔術を使えばそれだけ自分が本能に呑み込まれて行くのを理解できたからだ。だけど逆に言えばそれ以外なら大丈夫だという事でもあるのだ。そして、そうやって自分は魔術を便利に使い、タブーに触れない様になるべく家から遠い、そして文明のある、人で溢れている場所へと紛れた。

 

 東京だ。

 

 ネットゲームを遊んだり、ソーシャルゲームで課金して適当に人から調達した金でガチャを始めたり、どっぷりと屑な生活を堪能していた。

 

―――そこに終止符を打ったのが魔道元帥キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグだった。

 

 

 

 

「ファック……懐かしいもんを見たぜ」

 

 呟きながら体を持ち上げる。痛みに口から小さなうめき声が漏れる。体中が痛い。目を開いて視界に入ってくるのは鋼の天井で、背中は硬い床の感触ではなく、柔らかいストレッチャーに寝かされているようだった。軽く頭を持ち上げたところでここが狭い空間―――車内であるのを察し、溜息を吐いた。外から聞こえてくる怒号とふぁんふぁんというサイレンの音から、どうやら救急車に乗せられているらしく、

 

「む、大丈夫かい!?」

 

「あぁ……気分は最悪だけどな……」

 

 片手で頭を押さえながら呟いた。体中が痛い。骨が絶対に折れている。それだけじゃなくて全身を打撲した痛みで意識が朦朧とする。これ以上なく重症だった。正直な話、このまま転がっていたかった。ファック、ともう一度息の下で呟いた。そうすると車内に居た救急隊員が此方へと両手を向けた。

 

「大丈夫かい? 君の体は今かなりひどい事になっている。このまま病院へと運んだら即座に入院する事になるけど、それまで我慢してくれ、絶対に助かるからな!」

 

「心配ありがとうよ」

 

 体を起き上がらせようとすると隊員が止めようとして来るが、それよりも早く魔力を使って指を突き出す。暗示の魔術が発動し、指先を見た救急隊員が動きを停止させ、ぼーっとした表情で指先を眺めていた。

 

「だが心配する必要はない。俺は大丈夫だ。いいな? ここに居ないで他の困った人たちを助けるんだ。頑張れ、災害現場のヒーローはお前だ」

 

「俺が……ヒーローだ……」

 

 こくり、と隊員が頷くとそのまま救急車の外へと出て行く。それを見届けながら扉が閉まるのを確認し、人差し指を軽く噛んで血を流し、それで救急車の壁にルーン文字を描く。簡易的な物だが人払いのルーンをそうやって血文字で描けば、魔力が通って魔術が発動する。対象はこの救急車そのもの。

 

 しばらくの間、誰もがこの救急車に近づこうとはしないだろう。

 

「はぁ、ファック。体中がクソみたいに痛ぇ……」

 

 体を確認すれば、上半身を裸に剥かれ、そこに包帯を巻かれ、応急処置が施されていた。どこか頭がぼーっとするのは麻酔でも打たれたからだろうか? こういう経験は全くないだけに何をされているのかが良く解らない。感覚が鈍いのは間違いなく応急処置を施された結果なのだろう。意識を覚醒させるためにも強化魔術と思考強化で肉体の制御を取り戻し、頭をクリアにする。平行して血文字を包帯に刻んで行く。

 

 行うのは治療魔術だ。だが骨は折れているから魔術の段階を分ける。骨の再接合、筋肉の再生、肉の再生、増血、皮膚の再生。これらを段階的に分けて一つの治療魔術として完成させる。この順番でまともにやらない場合、骨が変な方向に生えたりして即席で怪物が誕生してしまう場合がある。その時はやり直すのがめんどくさい。

 

 そこそこ難易度のある魔術ではあるが、意識さえはっきりとすればそこまで苦労はない。治療魔術を終わらせれば徐々にだが体の中に治療の為の熱と、体を巡る魔力により癒されて行くのが解る。ふぅ、と口から熱を吐き出しながら息を零し、右手の甲を見た。そこには前まで存在した痣の跡というべきものがあった。

 

 消費され、そこには既に存在していない。

 

―――だがそれから繋がるパスは生きていた。

 

 手の甲から視線を外し、両足をストレッチャーから下ろしながらライダースジャケットを探し、それを肩に羽織りながら口を開いた。

 

「いるんだろう? 隠れてないで出て来いよ」

 

 煙草か珈琲が欲しい。そう思いながら視線を救急車のわずかなスペースへと向ければ、虚空から一つの姿が出現する。焔の様な幼い少女の姿は、あの空港を炎で満たした大惨事の主の姿だった。まったく罪悪感を見せる事もなく、此方の呼びかけに出現すると、ニコニコと笑みを浮かべた。目の前の少女の姿を捉えれば、やはり自分の手の甲にあった紋様と彼女が繋がっていたことが解るし、消えてもまだ繋がりが残っているのが解る。どうやら召喚を通した契約関係が完全構築されているらしい。

 

 どっかで、これと似た事があったような、そんな気がする。ぱ、っと思い出せることではない為、少女を見下ろしながら口を開いた。

 

「お前、なんなんだ?」

 

 出て来た瞬間に全てを炎に包み、覚醒された起源で何もかもを灰塵に帰そうとした。今ではその起源的本能や衝動は流れ込んではいないが―――この少女が厄物であるのは変わりはなかった。この少女とのパスを通じて、いつ自分が強制的に起源に覚醒し、発狂するか解ったもんじゃない。パスを調べれば恐ろしいほどに強固で、自分の魔力や知識でどうこう出来る範囲を完全に超越している。完全にこちらに接続して生きている。そういう幻想存在だった。だから直接聞き出す事にしたが、

 

「……?」

 

 少女は笑みを浮かべたまま首を傾げた。その姿にはぁ、と溜息を吐き、

 

「いや、だからお前は一体なんなんだよ」

 

「……」

 

 少女はにこり、と笑みを浮かべたまま首を再び傾げた。その動作は可愛らしく、美少女と呼ぶのにふさわしい容姿と合わせて実に魅力的なところだが、それはそれとして、会話が全く通じていない様に思えた。いや、違うか、と判断する。

 

「言葉が話せないのか?」

 

「……」

 

 その言葉にコクコク、と頭を少女が振った。その仕草に参った、と片手で顔を抑えた。情報収集すら出来ねぇじゃねぇか、と息の下で呟きつつも、即座に頭を回して考えを巡らせる。少女と自分の間に繋がっているパスを確認し、構成されている術式を疑似的に解析する。

 

 そしてそれを通してシステム的な部分を把握する。

 

 何かが条件となって召喚に関する情報や権利が取得されたのであれば、それとは別にシステムが増えている筈なのだ。ある意味、魔術の儀式とはコンピュータープログラム並みにシステマチックだ。XXXを行えばOOOが稼働する、というのは魔術の式としては基本的な部分だ。あの痣からプログラムを感じた以上、その先が存在するはずだ。召喚し、終わり。それだけとは考えられない。

 

 何よりもあの褐色の青年の姿が見えず、自分が生きているのもおかしい。となると相手は召喚を確認したから去ったのか? それとも召喚されたから去ったのか? 或いは召喚そのものが目的だったのか? どちらにしろ、理由がある、という事はそこには何かの意図が隠れている。手持ちの情報源はこの少女である以上、

 

「うし、動くなよお前」

 

 ストレッチャーから降りて片膝をつき、少女と目線を合わせながらその頬を両手で押さえた。此方の指示に対しては物凄く従順らしく、二の言なしに従ってくれる。動くなよ、という言葉に従って背筋をビシっ、と伸ばして体の動きを止めてくれるが、此方の言葉、一言一言を楽しそうに聞いている。

 

 何がいったい楽しいのだろうか、自分にはまるで解らない。

 

 とはいえ、さっさと調べる為にも両手で少女を抑え、その存在を解析する―――その肉体は高密度のエーテル、或いは魔力によって構成されている。その魔力の源は此方であり、同時に知らない場所へと接続され、そこから供給される魔力によって存在を維持しているように思える。だがその関係はやや一方的に見える。此方からの魔力が途絶えればすぐに消える、そういう儚い関係だ。

 

 まるで(マスター)従僕(サーヴァント)の様だ。

 

「あー、待て待て待て待て待て待て……」

 

 マスターとサーヴァント。その関係や名前をどっかで聞いた覚えがある。誰だったか。何が原因だったのか―――えーと、そう、ゼルレッチを消し去りたい。聖杯。そうだ、聖杯だった。聖杯戦争だ。確かそんなウォーゲームがあったはずだ。

 

 魔術師が過去の英霊を使役し、戦わせ、勝ち抜いたものは聖杯によって願いを叶えられる、という。

 

「ファック……あのサイコパスなゲームに巻き込まれたのかよ……」

 

 マスターの判定基準とはいったい何だったのだろうか? 前、日本の方で発生した聖杯戦争では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事もあり、一時的に時計塔でも有名になった話だった。というか、その結果を知っている。マリスビリー・アニムスフィア、あのプライベートを暴露テロしてやったオルガマリーの父親が参戦し、そして優勝したのだ。

 

 それでいて他にも時計塔から参戦した魔術師を全員殺したもんだから、話題に上がらない筈がない。

 

 しかしなぜか、その後聖杯をどうした、どんな願いを叶えたという話は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そう考えると、彼にとってナニカ都合の良い方向へと願いがかなえられ、それを感知出来なかったんだろう。今、こうやって、実際に聖杯戦争らしき? なにか? 或いはそれに類似する状況に突入して初めて思い出せたのだから。

 

 となるとアレか―――あの圧倒的神秘と幻想の塊がサーヴァントであり、

 

「お前が……俺のサーヴァントなのか?」

 

 その言葉に少女が笑みを浮かべたまま、頷いた。主と従者。その関係性を知覚した瞬間、パスが一段階強化されたのを理解し、目の前の存在―――即ちサーヴァントへとアクセスできる情報が増えたのを理解できる。解析しつつ、目の前の少女のデータを取得でいるという事を理解し、マスターの特権として彼女の能力を表示させる。

 

https://www.evernote.com/shard/s702/sh/97083ce8-da67-4220-9256-bf10fd3764fa/5cc058d615cbb89815e9162449b92410

 

 なんというか、どっかのゲームを参考にしてきた? と言いたくなるような能力の表示の仕方だったが、ツッコミどころはそれ以上にたくさんあった。溜息を吐き、両手で顔を覆いながらこれからどうしよう、と割と絶望の近い感情を抱きながらなんとか頭と心を落ち着けようとしていた。

 

 こいつ、英霊じゃなくて武器じゃねーか。

 

 しかも起源覚醒者というか起源そのものから作成されているっぽいし。

 

 というか根本からしてコミュニケーションとれるようにできてねーじゃねーか、と。

 

「しかも理性が吹っ飛んでるからバーサーカーじゃなくて、考える為の理性が最初からない白痴だからバーサーカーってな話だけじゃねーか!! そりゃあ喋られないよな! もとは武器だもん! ばーか! ばーか! ばぁーか!!」

 

 武器に善悪なんてないし、そこに存在するのは()()()()()()()()()()だけだ。その良し悪しは使い手が振るう事で初めて決定される。だけどこの子は聖杯戦争のサーヴァントという形で召喚され、形を与えられた。それによって方向性があったものの表現できなかったのが自己表現が行えるようになった。故に一切の感情も考えも感慨もなく、炎を放った。こいつは起源に呑まれたのではなく、起源そのものを形にしたような存在だ。

 

 そりゃあそうなるわ。

 

 知識はあっても判断する知恵がないのだ、本能と作成理由に沿って行動するのが当然だ。

 

 そこまで考えた所で、当然の様にこの娘が自分の手に負える領域を超越している事にも理解できる。こいつをこのまま自分の所に置いておけば破滅するのは俺だ。それは絶対に間違いがない。なぜならこの少女は俺と相性が良すぎるからだ。本当に聖遺物だけが触媒となって召喚されたのか、今となっては怪しい。絶対にどこかでゼルレッチによる仕込みがあったに違いないと思っている。

 

「はぁー……」

 

「……? ……!」

 

此方が盛大に溜息を吐く姿を見て、少女は首を傾げてから元気づけようと手をぶんぶん振り回すが、それで火の粉が舞うだけだった。それは此方に降りかかってもとくに熱を感じないが、救急車に触れるとじゅ、と音を立てて軽く熔かしていた。やっぱ生物兵器じゃねぇか、と心の中で呟き、

 

 手を伸ばした。

 

 腕は服を貫通し、胸を貫通し、少女の体の中へと沈んで―――その奥にある霊核を掴んだ。

 

 肉体そのものが魔力で構成されている以上、コアとなるものが必要になるし、そこを起点に肉体を魔力で形成しているのは解っていた。後は自分の魔力で形成しているのだ、これぐらいは出来ると踏んでいたが、あっさりと抵抗される事もなく成功してしまった。霊核を手の中に握りつつ、これに力を強く込めれば、そのまま砕ける。

 

 つまり、目の前のレーヴァテインというバーサーカーを殺せるという事だ。

 

 その事実を前に、バーサーカー・レーヴァテインは表情を変えない。此方を見て、にこにこと笑みを浮かべ、首を傾げ、何をしているのか理解しているが、その意味が解らない、という風に困惑しているように見えた。そこには消滅への恐怖が一切感じられない。破壊するという事の意味も、壊すという行動の結果も、そして死という事に対する忌避感も、その全てを情報として理解しているだけだ。

 

 この少女には感情と呼べる物がない。

 

 起源から生まれ、人格を与えられ、形を与えられ、知識を与えられた。

 

 だがそこに人間性はなかった。

 

 つまり、知識を与えられただけどの()()()()()()()()()()()状態だった。

 

「……ファック、やっぱド四流魔術師だな、俺は」

 

 根源を目指さず、家をどうでもよいと思い、使命は知らんと蹴り飛ばし、研鑽も学習も行わず、当たり前として魔術師がやるであろう事を自分は行えない。行わない。それは人間性が王道であれば当然やらない事だ。が魔術師としては当然のことであり、それが出来ないのは三流以下である。

 

 霊核を握りしめていた手を解放し、レーヴァテインの中から引き抜く。はぁ、と溜息を吐きながら片手で頭を押さえる。

 

「なんで起源に呑み込まれたはずの俺が未だに自意識を保っているかとか考える事は多いけど―――ここでグダグダしている場合じゃねぇな」

 

「……?」

 

「ん? あぁ、ここに居ても後手になるだけだしさっさと逃げようぜ、って話だ」

 

 視線を救急車の隅へと向ければ、そこにはアタッシュケースも置いてあった―――その中身がまだ存在しているかどうかは別として、というか中身を確認するのが非常に恐ろしいのでなしとするのだが、これを大英博物館へと運んでしまおう。

 

 クソダサTシャツはぼろぼろになった結果処分されてしまったようなので、包帯がしっかりと巻かれているのを確認し、ジャケットの前を閉める。やっぱり元が男の感性だからか、ブラジャーを外した状態の方が解放感がある。ただ、まぁ、このまま運動すると胸がクソ痛いらしいので、しっかりと閉じて、胸が動かない様に固定する。ついでに包帯にも強化魔術による固定化を付与し、硬化させて胸を押さえつけさせておく。

 

 まだ完全に治療が終わった訳ではないが、体の痛みは我慢できる範囲に収まっている。故に立ち上がって、認識阻害のルーンを自分の体に血文字で刻み始めながら、横で此方を眺めているレーヴァテインに視線を向けた。

 

「お前、体ちっさいけど俺について来れるの?」

 

「……!」

 

 彼女に視線を向けてそう言えば、少女の姿が自分に近い年齢の女にまで成長した。先ほどまでは可愛いだけだった少女が、女の気配を見せる美しさを見せ始めていた―――とはいえ、中身が一緒なので、どこか、可愛らしい雰囲気に変わりはなく、言葉も相変わらず発することが出来ない様子だった。

 

 これがつまり、《変容》と呼ばれるスキルの効果なのだろう。

 

 ただ自身の事に関しては恐ろしいほどに無関心―――大きく太腿が露出するスリットというか破れているドレスを、正直どうにかしてあげたいとは思わなくもない。ともあれ、外が少しずつだが騒がしくなってきた。

 

 ……大英博物館まで、逃亡開始だ。

 




 それではもっかいレバ子のデータをこっちに出しておこう。

 https://www.evernote.com/shard/s702/sh/97083ce8-da67-4220-9256-bf10fd3764fa/5cc058d615cbb89815e9162449b92410

 Q.これはどういうサーヴァントですか?
 A.召喚した瞬間にマスターが起源汚染されて全てを燃やしながら世界を破壊するだけのマシーン化するので聖杯戦争もクソもないサーヴァントデス……。

 召喚したら最後、確実に起源に汚染されるかどうかするか飲まれるか覚醒するかという究極の選択肢しか残さない災いの枝ちゃん。だけど彼女は武器だからそこらへん一切関知しません!! ははーん、人類悪だなおめー? だが安心せよ、この可変型幼女が君たちのヒロインだ。

 次回、ロンドンサブウェイの最期。


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六夜目

「よ、っと」

 

 階段を飛び降りて下へと着地するが、その動きに遅れて彼女―――レーヴァテインがついてくる。変容のスキルを使って姿を変えたのだから敏捷が上がったのではないか、と思ったがこれはコミュニケーション用の人型なだけだったらしい。少女の姿に戻させたら片手で掴んで持ち上げてみた―――恐ろしいほどに、燃え尽きた灰の様な軽さをしていたレーヴァテインを持ち上げそのまま、

 

 地下鉄の階段を全速力で降りて行く。

 

 認識疎外の魔術が働いている影響もあって、他の人にぶつかったところで此方に対して視線を向けられる事はない。ただ監視カメラなどの人格を持たない機械に関しては話は別で、しっかりと姿が記録される。とはいえ、それはどうとでもなる。魔術協会が隠蔽にさえ乗り出せば。一応だが連中にも現代科学の恐ろしさが理解できている部分が存在する。そういう連中で固めた科学対策班、とも呼べるのが存在する。

 

 だからカメラとか関連の機械は無視し、人間の意識だけを此方へと向けられない様に阻害し、一気に地下鉄へと飛び込んだ。

 

「やっぱり運行停止かっ!」

 

 地下鉄の切符売り場まで降りてきたところで、電光掲示板を見れば完全に運行が停止状態にあり、数時間単位で動く様子を見せないらしい。無論、それを全部待っていたら今ではいないあの霧の英霊に追いかけられてしまうかもしれない。

 

 空港を救急車から出た時にチラっと見たが、その惨状はすさまじく酷かった。

 

 ()()()()()()()()のだ。ターミナルも、ロビーも、飛行機も、倉庫も、その全てが完全に消し飛んでいた。残されていたのは完全に消し飛び、破壊された空港の跡地であり、クレーターの姿だった。わずかに空港を囲んでいたフェンスの姿が残り、砕けて熔けた滑走路の姿がところどころ見えもした。それがこの少女、レーヴァテインが放たれた後に残った全てだった。自分がそこから何故生存したかはわからないし、何故あの霧の英霊が去ったのかもわからないが、100%の安全は確証できない。

 

 あそこまで執拗に聖遺物を奪取しようとしていたのだ。

 

 何時、また来るか解ったものじゃない。

 

 だったら今のうちに、逃げられる間に逃げておくのが賢い選択だ。レーヴァテインとあの英霊がぶつかる事で発生するのがあの破壊ならば、間違いなく人がいる場所で衝突させてはダメだ。最低限()()()()()()()()()()()()()()()()だ。視線をここでレーヴァテインへと向ければ、首を傾げてくる。その視線は破壊するか? と問いかけてくるようなもので、思わず舌打ちしてしまった。

 

「ま、今日ばかりは見逃してくれ」

 

 そう言って、自動改札を一気に飛び越えて反対側へと抜けた。設置されたレーザーに反応して自動改札が勝手に閉ざされるが、それは機械的な反応であり、人間の意識に引っかかった訳ではない。勝手に閉ざされてエラーを吐き出したようにしか見えない改札機の動きに周りの人間が首を傾げて行く中、さらに改札を降りて階段を段飛ばしで移動し、サブウェイのプラットホームまで降りる。

 

 祈りながら見たプラットホームには運行停止したサブウェイの再運行を待ち続ける人々の姿と、そして発車できずにドアを開けっぱなしの状態で待機し続ける電車の姿が見えた。電車が来ている事に安堵を感じ、電車の中に飛び込み、そのまま両手をパンパン、と叩く。

 

「ルヴィアん所で買ってきた宝石とか触媒全部ロストしちまったのが痛いが、腐っても魔術師、何とかして見せましょう。えーと……この場合必要な触媒はラピスラズリ、血石、後は牛の骨か……覚醒開始(アクセス)、」

 

 両手を叩き終わればその間で投影魔術(グラデーション・エア)で無駄に多くの魔力を消費し、この場で魔術を行うのに足りない触媒を臨時作成し、それを電車の床に転がした。その次に左手首に噛みついて軽く肉を食いちぎり、勢いよく血をそこから溢れさせ、両手をもう一度叩き、両手を真っ赤に染め上げる。

 

Oh Dear, My Teapot Is Empty. I Want My Tea Party Now

 

 両手を壁に叩きつけ、それで勢いよくケルト式のルーン文字を描き、そこに東洋呪術を加えたアレンジを施し、最終的に時計塔でも主流な西洋魔術による補正を行い、右と左の両方向へと伸びる矢印を血の芸術で作った。後はそう、杖でもあれば便利なのだが、そう思った直後、一旦下ろしていたレーヴァテインの姿が変質した。

 

 一瞬で炎に包まれた少女は次の瞬間には黒く炭化しつつも燃え続ける絡み合った枝によって構成される赤の混じった杖へと変貌していた。わずかな隙間からその中には凄まじい熱が隠されているように見えるが、レーヴァテインは諸説では剣ではなく杖であった、という話もどこかで読んだ気がする。ともあれ、此方の意思を感じ取って《変容》のスキルで杖に変形してくれたらしい。横に待つように浮かび上がったそれを握った瞬間、凄まじい魔力が沸き上がってくるのを感じ取った―――魔力特化モードとでも表現すべきなのだろうか。ちょうど都合は良い。

 

「It’s Time For Tea, Alice!」

 

 杖で壁に作った血の文様を軽く二度叩けば、矢印の方角へと向かって軽く炎の線が走った。次の瞬間、電車の中で座っていた人たちが勢いよく電車の中から飛び出し、駅の外、上へと向かって走って行くのが見えた。それに合わせ人払いのルーンを杖を使って炎で焼きこむ様に車内に刻み、走って先頭車両へと向かって行く。

 

 使った魔術は簡単、催眠術を拡大させたものだ。

 

 今すぐ紅茶と一緒にクッキーが食べたい。どうしてもどうしてもどうしても、我慢が出来ない、今すぐに食べたい! という超強烈な衝動を一瞬だけ与えるという魔術だ。一定の範囲内にそれを叩きこめば、強制的に人払いを行う程度の事は出来るし、それで人を払った後に人避けを施せば、誰も入ってこない、廃列車の完成だった。

 

 流石に、ここで誰かを巻き込むのは気が引けた。

 

 地上ルートは追いかけてきやすいし、これがおそらく一番安全なのだ。

 

 そう言い訳しながら先頭車両へと続く扉を横へと蹴り開け、車掌室へと続く扉の前で足を止めた。当然ながら車掌も既に列車を飛び出している。この電車を操作できる人間はいない。

 

―――人間は。

 

「材料は血、骨粉、内臓、皮、そして肉。だがそのままだと物騒だし宝石翁の弟子らしくここは盛大に代替品で代用しよう。血液の代わりに水銀を、肉の代わりに鋼を、そして命に炎を注ごう。投影魔術で触媒をちょちょいと用意してそれを魔術で繋ぎ合わせて一番強い残留思念を憑依! ハイ! 即席ホムンクルスの完成!」

 

 ホムンクルスを一段階劣化させた、ほとんど使い魔の領域のそれを生み出し、それを肉体の代わりにここに漂っている車掌の残留思念をダウンロードする。最近の電車は電子化が進んでいてこれはどうなのだろう? と思ったが、どうやらまだ古いタイプで実際に操作する必要があったらしい事に安堵を覚える。ホム使い魔が此方の意思に従って電車の扉を全て閉め、電車を走らせ始める。

 

「トレインジャック―――一度はやってみたかったんだよな。まぁ、こんな状況でやりたくはなかったけどなっ……!」

 

 走り始めた電車に即座に通信が入ってくるが、魔術的に干渉を遮断する事で操作を外部から受け付けないようにする―――科学と魔術の融合に関しては既にオルガマリーを始めとしたカルデアが、そしてアトラス院で行われている。その技術のおこぼれを利用すればこれぐらいは簡単にできる。一回だけ見ていて助かった。そう思いながら電車はロンドンへと向かって二十数分の旅を動き始めた。

 

「ふぅ、これでとりあえずセーフか……」

 

 ふぅ、と息を吐きながら車掌室から出て電車内の椅子に適当に座る。息を吐きながら体を沈め、杖を手放すとコミュニケーション用の少女の姿になった。正面から此方をしばらく覗き込んでいると、横に座り込んで、此方を見ながら真似るように足を広げて座った。女の子がやる様な事ではないが、指摘するのも面倒なので黙っている。両手で顔を覆いながら息を吐き、休息を入れる。

 

「なんでこんなことになってんだか……」

 

 関わってしまった以上完全に投げ捨てる事の出来ない自分の甘さが原因か、或いは聖杯と言う音に聞いた伝説に対する魅力を捨てきれなかったか。いや、間違いなく甘さだ。そこらへんはちゃんと自覚している。あそこでこの少女の霊核を握り潰していれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。はぁ、と溜息を吐きながら揺れる電車の中、後部の方へと視線を向けた。まだ安心できない。まだ狙われているという悪寒を感じる。

 

 危機感は大事だ―――特に、魔術師の世界で生きる間は。

 

 直感というあやふやな物ほど、なぜか信用出来てしまう。或いはそれ自体がオカルトの領域にある日常だからかもしれない。だがそんな悪寒を抱き、直感的にまだ安全ではないという事を察知し、座り込んでいた座席から立ち上がり、電車の後部へと視線を向けた。

 

「……?」

 

「うん? あぁ……嫌な予感しかしねぇからな……ちょっくら炎を借りるぞ」

 

 座ったままのレーヴァテインの頭に手を乗せた。彼女その物が武器であり、神代の炎である以上、その存在そのものが超最高級の触媒であると表現できる。彼女の一部―――つまりは炎を使っても、魔力を此方から食らって即座に再生しているのが解る為、炎の一部を頭に触れて借り受ける。引きはがす手の上には熱を感じさせない炎が踊っている。これは俺が『破界す終焉の枝(レーヴァテイン)』の宝具効果によって装着している主だからなのだろう。

 

人に愛を、物語にロマンを、夢に祝福を。ピノキオは今、その心に真実にして飛び立つ

 

 炎は鳥の形へと変形した。すぐ近くの窓を開きながらその向こう側へと放てば、火の鳥は僅かに電車と速度を合わせていたが、即座に流れるように電車の後方へと向かって飛翔した。その視界を自分の片目と同期させながら暗いトンネルの中を進んで行く鳥の視界で見る。存在そのものが炎で編まれた火の鳥の使い魔は自分の存在で明るく照らしながら地下トンネルを進んで行く。電車からしばし離れた場所で今度は聴覚も片耳だけ同期させる。

今度は聴覚も片耳だけ同期させる。

 

 そうやって火の鳥を電車後部から離してしばし、

 

―――光と共に接近しようとする姿が見えた。

 

「……はは、来やがった」

 

 闇を照らす光は大型二輪バイクのヘッドライトだった。それだけではなく薄く霧を纏ったバイクの車体にまたがる姿は魔力を薄く纏っており、それがトンネルの暗闇に青白い光を生みだしつつ、片手に霧の塊を握って迫って来ていた。その速度は速く、このまま通常の速度で移動している電車では追いつかれるのも時間の問題だった。そしてそれを自覚した瞬間、バイクに乗った褐色の青年が火の鳥を見た。

 

『……諦める時間は与えた、これよりは一切の手加減はしないッ!』

 

「馬鹿野郎、男が一度始めた事を投げ出せるかよテメェ」

 

 振るわれた霧の武器によって火の鳥が破壊された。だがそれによって相手がこっちに迫ってくるというのが解った。切断の反動を何とか抑え込みつつも電車を操っている使い魔に速度をもっと上げるように指示を出しつつ、レーヴァテインへと視線を向けた。自分が必要とされている、という状況に彼女は笑みを浮かべると、杖へとその姿を変形させた。

 

「ファック! 結局命懸けかよ!」

 

 後部車両の方へと向け、レーヴァテインを横に振るう。それに従う様に後部車両へと続く扉が全て開き、道が出来上がった。ファック、ファック、と口の中で言葉を何度も転がしつつまだ癒えない体を引きずって全力で最後尾の車両へと向かって駆け出して行く。電車のスピードは上げたが、これではまだ追いつかれてしまう。あの魔術をかき消される感覚、並の妨害ではものともしないだろうから、直接妨害する必要が出てくる。毒づきながら最後尾の車両へと向かう。

 

「サボってたツケか! それとも成功か廃人ってこういう意味なのかよゼルレッチぃぃ―――!!」

 

 かの魔道元帥を絶対に殺さなくてはならない。その事を心に誓いながら最後尾の車両へと向かえば、その奥の窓ガラスから追い上げてくるバイクの姿が見えて来た。その姿が視界に入るのと同時に、マスター機能によるステータス把握が行えた。

 

 https://www.evernote.com/shard/s702/sh/10c3f88e-0c26-4e29-9e7a-14e99808dd43/d9a4aff8bba225d36c7198e4e49b6627

 

 見えたステータスに、《対魔力》という能力が見えたが、それを確認して納得した。確かにそんな能力があれば、魔術師相手にはほぼ無敵だ。魔術をその規模をベースに無力化する能力なんて、反則もいいところだ―――とはいえ、抜け道がない訳ではない。魔術という分類に入らなければやりようはある。そう思いながら感じた悪寒に後ろへと大きく跳んだ。直後、振るわれる霧の斬撃が屋根から壁までを切断し、電車をオープンカーへと改造してしまった。

 

「ふざけんな! チートやめろ! 運営に報告すっぞ! あっ、この聖杯戦争とかいうクソゲーの運営どこかしらねーや、ファック! ファ―――ック!」

 

 今日一日だけで何回ファックと言っただろうか。その事に頭を悩ませつつも、要するに《対魔力》では防げない規模か、或いはそのロジックに引っかからない物を繰り出せばよいのだ。そこらへんは東洋呪術を知っている身としてはやりようがある。何せ、呪術は魔術そのものとカテゴリーが違い、()()()()()()からだ。

 

「よう! ノーヘルの兄ちゃん! お前実は仮面ライダーかなにか?」

 

「残念ながらライダーのクラスではない! 降伏勧告ならいつでも受け入れるぞ!」

 

 ライダーなんてクラスがあったのか。まぁ、それはいいや。それよりも、と言葉を置く。

 

「兄ちゃん、ロード・オブ・ザ・リングは知ってる?」

 

 その言葉にバイクに乗ったままの青年がアクセルを踏み込むのが見える。だが既に魔術は喋りながらも杖を媒体に起動させていた。ベースは東洋の呪術。攻撃ではなく守護にリソースを大きく割き、既に吐き出しまくっている魔力を更に吐き出す。痛みに意識が朦朧とし始めるが、それを噛みしめながら即興で魔術を形成した。

 

「灰の魔法使いガンダルフは力強き悪鬼バルログの前にこう叫んだ―――You! Shall Not! Pass!

 

 言葉と共に杖の底を床に叩きつけた。その言葉と共に炎の壁が車内を切断するように出現し、トンネルを端から端まで覆った。それは電車の動きに追従し、実質的に結界として生み出された。それを見た敵が霧の武器を一気に振るった―――発生したのは高圧圧縮された水の斬撃、それが明確に見えた。

 

 炎に刻まれたのは呪術、そして起源魔術。

 

 水の斬撃、その衝撃を受けて炎の壁は一瞬で切り裂かれるが、超高温と水が爆発した結果、魔術による反射効果で発生する水蒸気爆破が後ろ方向へ―――つまりは斬撃を放った青年の方角へと向かって放たれた。

 

 ロンドン地下へと通じるトンネルの中で逃げ場のない爆発と衝撃が満たされ、その反動から体が浮きがって一つ前の車両まで吹き飛ばされ、杖を手放しながら床を転がった。潰れたカエルの様な声を零しつつ、

 

「……ごめん、ガンダルフはもうちょっとカッコよかった」

 

 トントン、と指を叩いた。反応してレーヴァテインから炎が伸び、それが電車と電車の連結部分に一瞬で侵入し―――焼き切った。切り離された電車の連結、それによって速度を維持したままの後部車両が衝撃に耐えきれず、ボーリング玉のように転がりながら後方へ、水蒸気の中へと叩き込まれながら爆発と衝撃の音を響かせる。その景色を見て軽くガッツポーズを決めてから―――未だに聞こえる、バイクのエンジン音にガッツポーズの動きを停止させた。

 

「……嘘だろ? アレで生きてるのってマジかよ」

 

 火照り始める体の調子を頭の端へと追い出しながら水蒸気を突き抜けてジャンプするバイクを見た。後部車両デスアタックでさえ乗り越えてしまった姿に、困惑が隠せない。レーヴァテインの炎は魔術由来ではなく、魔術そのものもそう偽装させた呪術による鏡面反射だったのだが―――というか今のだけでも魔術師一人殺すにはオーバーキルともいえるだけの力が入っていた。それでも無理なのか、と唇を噛んで体に喝を叩き込んで起き上がる。床に転がっているレーヴァテインを急いで拾い上げながら先頭車両へと向かって走って行く。

 

 もう投影魔術で触媒の代わりを作り出している余裕も時間もない。本当にルヴィアから買い取ったものが腐ったのが辛い。そう思いながら車両を抜ける瞬間に、連結に向かって杖の底を叩き込んだ。此方の意思を読み取るレーヴァテインが言葉もなく意思を反映して連結と車輪を破壊し、車両を横転させながら切り離す。

 

 炎と共に。

 

「一つ! 二つ! 三つ! あぁ、なんか即席で使えた童話か伝承はあったっけ、えーと、えーと―――」

 

 テンパっているのが原因か、はたまた鏡の魔術を使った影響か、それともレーヴァテインを武器として振るっている事の影響か、思考が纏まらない。普段ならもうちょっと有用な魔術を即興で編み出せるものだが、この瞬間に至ってはそれが出来ず、車両を爆弾代わりに切り離して後ろの存在へと向かって放つ程度の事しか考えられなかった。連続で切り離せば切り離すたびに電車が重量から解放され、その速度は上昇して行く―――そして同時に逃げ場が失われて行く。

 

「やばいやばいやばいやばいやばい―――」

 

 焦りながらとうとう、最後の車両、先頭車両へと到達する。既に絶え間ない爆音と破壊によってトンネル内部そのものが赤く染まっているように見える。駅を通り過ぎたか、通り過ぎていないか、それさえも解らない。だが後方へと視線を向ければ、相手が()()()()()()()()()()()()()()()()()のが見えた。かっこいいのはいいが、それアリかよ、と嘆く事しかできない。

 

「武器! なんかないのか武器は! ここから魔術以外で攻撃できるもんは!」

 

 魔術じゃ完全にダメだ。となると武器しかない。そう思って叫ぶと、レーヴァテインが武器の姿を弓へと変えた―――伝承では矢の形をしていた、という解釈から弓と矢へと変形したのだろうか? だが弓やなんざ使った事もない。握った事すらない。

 

「馬鹿野郎! 俺はナイフとゲーセンでガンコンしか握ったことがないぞ!!」

 

 そう叫ぶと、レーヴァテインが一瞬だけ不定形の炎に変形してから、ハンドガンへと姿を変形させた。それを見て叫ぶ。

 

「もう一声!」

 

 わずかに重量が増すのを感じる、困ったような気配と共に炎がぐちゃぐちゃと変形し、その姿を大きく、砲台のついた、本来の自分の筋力であれば絶対に持ち運びが出来ない類の武装へとその姿を変形させた。

 

―――即ちガトリングガン。

 

「やれば出来るじゃねぇか―――!」

 

 迷う事無くバレルをバイクの方へと向けて、スイッチを入れた。砲身が回転を始め、鉛弾の代わりに大量の小粒の炎を吐き出し始めた。一瞬で視界の内が赤く、そして爆音と熱によって閉ざされ始めた。電車の後部、その上にある線路と壁を赤く熔かしながらバイクへと向かって炎弾の暴風が襲い掛かる。

 

水王空鞘(トゥアンティエン)!」

 

 バイクに乗った青年の叫び声と共に霧が祓われ、空間に水分が満ちた。それによって空間の炎の勢いを弱めながら無数の斬撃が結界の様に放たれた。炎の雨と水の多角斬撃結界が連続で衝突し、爆発を地下で発生させながら空間そのものを揺らして行く。はははは、と高笑いしながらどう足掻いても生き残れるイメージが浮かび上がらなかった。やばい、何をしても無駄っぽいこの状況。

 

 明らかに詰んでいる。

 

 そもそも、生物としてのスペックが相手とこちらではまるで違う。戦うというステージ自体に乗れていないのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。とはいえ、それで生きる事を諦める程解りの良い性格をしている訳でもない。ガトリングの掃射を終わらせて視界全てが水蒸気で覆われている中、電車内の電光掲示板を見て、今の位置を確認する。

 

「お前だけが頼りなんだからしっかり捕まっていろよ」

 

「……! ……!」

 

 杖から人型へと戻った所で足元を叩く様に術式を埋め込み、首からぶら下がる様に背にレーヴァテインを背負った。片手で忘れそうになってしまうアタッシュケースを掴み、もう片手でポケットからカードデッキを取り出し、それを後部の大穴から風に乗せて一気にばらまきながらその大半を風に流す。その中で、高速で走る電車が駅を通り過ぎようとするのが見えた。

 

 そしてバイクが電車に飛び込んでくる。

 

「じゃあの」

 

 置換魔術で場所を入れ替えながら使い魔を自爆させ、同時に電車そのものもレーヴァテインから借りた起源覚醒の炎で満たした。

 

 トランプの居場所は駅の横で散らばっていたため、一番駅に近いものと入れ替われば、駅の先で爆音と破壊音が聞こえ、地下その物が揺れる様な感覚を感じた。破壊された線路の上に着地すれば、周囲から自分に対して一気に視線を向けられるのを感じた。

 

「はぁ、はぁ、魔力がほとんど空だぞこれで」

 

 認識疎外を自分に刻み直しながらよろよろとプラットホームの端へと移動し、体を引きずり上げた。即興と魔力不足なのが原因か、上手く認識疎外が働いていないような気もするし、視界が少しずつ赤く染まってきた気がする。正直、割と自分の状態がやばいのを自覚してきた。

 

 息が荒く、体の発情が抑えられず、疼く。

 

「はぁ、はぁ、ファック……ここまで暴れたんだから死んでてくれよ……?」

 

 今日一日で一体何億の損害が発生したかはわからないが、これ以上破壊活動は止めてくれ。そう思いながらプラットホームの上へと体を引きずり上げる。そしてそのまま、適当な柱に肩から体を叩きつけて、荒い息を整えようと息を吐く。体の感じる快感、陶酔感は意思の力でねじ伏せる事が出来る。だからそれを総動員して、意識が落ちない様に、快楽に思考が飲み込まれない様に堪えながらふらつく体を立たせ、魔術で強化しながら歩き出そうとしたところで、

 

―――神秘の気配を感じ取った。

 

「……はぁ、はぁ、大英博物館まであと少しなんだけどなぁ……」

 

 呟きながら階段を一気に駆け上がる。サブウェイでの連続爆破でさえ殺せない相手を自分が一体どうしろと言うのだ。自分にできる大体の手段は今ので使い果たした。

 

 武器に変身させて戦う? そんなのただの自殺手段だ。キチガイだ。素人が武器を持って英霊に立ち向かおうとするなんて正気じゃないし頭が絶対おかしい。そんな狂人にはなれない。

 

 逃げる。

 

 自分が出来るのはこれだけだ。ただひたすらこれだけ。持てる魔力と道具と、そして才能の全てを注ぎ込んで逃げるだけ。逃げ続けるだけだ。

 

 相手があの自爆じみた破壊の中から無傷で出てこれるとは思えない。……希望的観測だが、多少はダメージを受けていてほしいと思う。そうすればまだ逃げ切れる可能性が上がる。

 

「走れメロ―――あ、ダメだ。魔力が足りない」

 

 そこらの人間から魔力を徴収することが出来ればなんて楽な事なのだろうか! そんな事を考えながら自分の血肉を魔力へと変換させるために削りつつ、

 

 ロンドン地下から続く逃亡劇のラストランを開始する。

 

 自分にあるのはサーヴァントという存在には有効と言えない魔術の数々。研鑽を怠っていたせいで更新されていない手札。わずかに残された専用の触媒。相手と比べると圧倒的に劣りつつも本調子ではない体。そして武芸の才覚がある者が使う事が前提である単体では全く以て無能のバーサーカー。

 

 この手札で、ロンドン駅から大英博物館まで逃げ切って見せるしかないのだ。

 




 無理だと思う(断言

 移動手段がないのならパクってくればいいんだよ! という事で適当にバイクをパクって来た英霊さんでもあった。そして始まるサブウェイテロ。この日だけで一体どれだけ被害総額が出て人的被害も出たんだろうなぁ……。

 次回でたぶんバトル部分は終わり。そうしたらリザルト&成長かな。


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七夜目

 魔力には二種類、大源(マナ)小源(オド)がある。自然生成される魔力と、肉体生成される魔力の違いになる。このうち、基本的に使われるのはオドの方になる。オドは大気中に存在するマナを取り込み、それを魔術回路によって変換する事で生み出されて行く。これは保有する魔術回路の本数が多ければ多いほど効率よく、そして大量に運用出来る。魔術回路はパイプであり、エンジンでもある。その為、魔術師の優秀さ、或いは才能を知るにはその人物の魔術回路の多さを知ればよいと言われている。無限のオドを保有していても、魔術回路が少なければ宝の持ち腐れ、魔術回路のキャパシティを超えて運用する事は出来ないのだから。

 

 故に優秀な魔術師を産むという事はこの魔術回路を増やすという事でもある。生まれた時から持っている本数が決まっている上、それ以上増やす事も出来ない。その為、なるべく優秀な魔術師を、多くの魔術回路を遺伝させられるように母体と子種を選んで厳選する作業は珍しくない。

 

 この魔術回路は内臓の様なものであり、常にオドを生み出し続けられるか? と言われれば違う。魔術回路は体の一部であり、使えばそれ相応に疲労がたまって行く。またマナが豊富だった過去の時代とは違い、現代は非常にマナが薄くなっている。その為、それらの時代と比べてオドへの変換効率は大きく減っている、その為、オドを生み出す上である程度の時間はかかるし、急がせればそれだけ魔術回路に負担がかかる。内臓、或いは神経とも表現されるそれを酷使すればどうなる?

 

 無論、体を痛める。

 

 当然、体の一部であり内臓器官の一つの様なものだから、酷使すればそれだけ体が痛めつけられ、他の内臓にダメージを与えたり、吐血したりもする。だがその状態でも酷使が出来る―――とはいえ、この状態で酷使するとオドの生成を間に合わせるために、マナ以外の材料を使い始めようとする。

 

 そう、血肉だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれでも足りないのなら()()()()()()()のだ。魔術の道は決して安全ではなく、痛みというブレーキが生成される時点で発生する。その時点でストップが入っているのに生み出し続ける。魔術とは、そして魔力とはそういうものであり、

 

―――魔力(オド)の生成に血肉を削る段階に入っていた。

 

 魔力を求めれば血液が体から消える感触と、肉がどこかで抉れるのを感じ、それで傷口が開いて出血する。包帯に描いていた治療促進の魔術が滲んできた血によってかき消されながらも、強化魔術によって体が一時的に強化され、普通ではありえない速度で動けるようになる。もはや他人の目なんてものを気にするだけの余裕はなく、エスカレーターの上へと飛び乗ったら、そこに並んでいる人間を薙ぎ倒しながら一気に駆け上がって行く。

 

 女の体であっても魔術による強化が入れば別だ。成人男性相手に腕相撲を挑んでその腕を千切るぐらいの力は発揮できる。止めようと掴みかかってくる人間はそのまま服を掴んで引きずられて顔面をエスカレーターに叩きつけられ、

 

 そしてプラットホームから水の気配と斬撃の音が聞こえた。

 

 奴が追ってくる。

 

 なにか、なにかないのか―――必死に上へと向かって走りながら、エスカレーターを抜け切った所で、改札口の前に趣味の悪い宝石だらけの装飾をした女の姿が見えた。それだ、と、口を動かし、素早く近づいて、首から着飾っている大粒の真珠のネックレスを引き千切った。

 

「What the fuck are you―――」

 

「shut the fuck up……狂気、殺戮、怨念、怨恨をここに。起源は常に狂気を孕んでいる。レーヴァテイン」

 

「……!」

 

 《起源覚醒》の効果を発動させる―――真珠に。呪いを込めてそれを怨恨を孕ませたブラックパールに仕立て上げながら、簡易的な起源爆弾を生成した。おそらく普通の魔術師では考えも作れもしない狂気の産物ではあるが、レーヴァテインという能動的に起源に覚醒させられる、起源そのものから生み出された存在があるのであれば話は別だ。宝石を触媒に()()()()()させる。

 

「マッドネスティーパーティーだッ!」

 

 エスカレーターを此方の数倍の速度で抜け切った姿へと向かってガンド弾で真珠を放った。青年の姿が真珠をもはや霧を被らないその剣で切り払った瞬間、起源汚染がそこを中心に一瞬で発生した。改札前、或いはこのサブウェイのフロアそのものに狂気の波動を精神汚染と共に一瞬で感染させる。

 

 ウィルスの様に。

 

「なっ、ぐっ、これはっ」

 

「はは、苦しいだろう! 超苦しいだろう! そして気持ち良いだろう! 本能の誘惑って奴は! 甘美で、魅力的で、そしておぞましい! ……どこまでもおぞましいんだ……くそ、なんで俺はこんなことをやってんだ……ファック……」

 

 自分もだいぶキているらしい。普段なら絶対にこんな事をしない筈だった。背を向けて全力で地上を目指して走りだしながらも、正気が削れているのを自覚した。普段は見下している外道魔術師たちとこれではまるで大差ないではないか、と吐き捨てる。気持ちが良いけど同時に気持ちが悪かった。自分がさっき、迷う事無くやった所業に対して。たった一回の魔術で何人の人生を狂わせた?

 

 今から逃げ切るまで何人の人生を狂わせる? それでも死にたくない。消えたくない。俺は俺のままでいたいのだ。どれだけ他人を犠牲にしてでも、自分は生き延びたい。人間として当然の欲―――そして本能よりも濃い、自分という自我の意思。

 

「光、地上―――」

 

 いつの間にか地下鉄を飛び出して地上へと飛び出ていた。背後、地下鉄の方からは怒号と悲鳴と笑い声が、混沌とした狂気しか感じさせない地獄の気配がしていた。それを背後に、レーヴァテインを背負ったまま漸く帰ってきたロンドンの街を走り出す。

 

「バイク……バイク……は、どこだ!」

 

 半ば叫ぶ様に最後の言葉を吐き出しながらここが駐車場のある出口とは違う場所だと気づく。しっかり意識を保たないからこうなる、と自分を叱咤する。ここまでやらかしたのだ―――最後まで諦められるはずもない。魔力を引きずり出す反応に指先が壊死し始める。それでも魔力を練り出しながら地下鉄前から体を引きずって道路に出る。

 

「悪いが借りるぜ」

 

「あ、あぁ」

 

 適当なバイカーを暗示で止め、バイクから降りて貰ってバイクを強奪する。暗示と催眠術が使えるとグランドセフトオート式の交渉術を利用しなくて良いのが便利だな、とくだらない事を考えて気を紛らわせる。そんな風に考えていなければそもそもやってられないし、今にも発狂しそうだった。

 

 何より、背筋を伝う恐怖は終わっていない。あいつは来る。まだ来る。いや、英霊となったほどだ。心が強いに違いない。自分程度が堪えられる程度の狂気なのだ、絶対に乗り越えてやってくる。

 

「……!! ……。……!」

 

「うるせぇ、しっかり捕まってろよチビ」

 

 バイクの前に座らせ、その姿を後ろから包む様にしつつ、ゴーグルを装着して一気にバイクを走らせた。直後、凄まじい魔力と神秘の塊が地下鉄から飛び出てくるのを感じた。サイドミラーで一瞬だけ確認すれば、僅かに表情を歪める、英霊の姿が見えた―――堪えてはいるが、効いている。

 

 英霊も人。精神汚染は通じるのかもしれない。

 

 だがもはや攻撃手段はない。

 

 逃げるだけだ。

 

 脇目も振らず、全速力でバイクを走らせる。あの惨事から時間がまだ少ししか経過しておらず、時刻は昼過ぎぐらい。白昼堂々と始まった逃亡に人の姿は多く、車も多く、道路は混雑していた。普通に道路を走っていたのでは絶対に追いつかれるのを悟り、

 

 迷う事無くバイクを歩道の上に走らせた。

 

 もはや大英博物館の道はここから見えている。到着さえすれば此方の目的は達成する―――命は助かる。魔術的に機械を瞬時に改造出来ないのが惜しい。或いは高ランクの幻術で自分の存在を完全に隠しきれない事も惜しい。もっと努力していれば出来る事があったはずなのだ。なのに今、こうやって全力で逃げ回っているのは無様としか言葉がない。

 

 とはいえ、

 

「どこの世界で英霊とやりあうなんてことを想定するんだよ馬鹿野郎!!」

 

 想定できるやつがいたら千里眼でも持っている冠位指定魔術師ぐらいだ。そしてそれだけの技量を持つ魔術師は―――。

 

「ん? 今、俺何を考えてたんだ……?」

 

 一瞬だけ、思考に空白が生まれた瞬間、足元を凄まじい衝撃が穿ち、強制的にバイクから体を叩き飛ばされた。吹き飛んでいるのは体ばかりではなく、周りの道路や車もそうであり、斬撃が道路を粉砕し、街灯を切り飛ばし、道路に破壊を生み出していた。バイクから投げ出された体を何とか支えようとして、一緒にレーヴァテインも投げ出されることに気が付く。反射的に手を伸ばしてその小さな姿を抱き寄せ、庇う様に転がる。痛みに息を吐き出しながらも生存本能で大地を蹴り、片手でレーヴァテインを抱き締めながら素早く起き上がろうとし、

 

「―――ここまでだ」

 

 首筋に剣を突き付けられた。完全に動きを停止させ、視線だけを上へと持ち上げた。悲鳴と怒号が響く中、視界は完全に赤く染まっていた。その中で、アジア系の褐色肌の青年の姿を見た。その表情は半ば狂気に侵されるも、理性でそれを叩き出す、苦悩の表情を見せていた。

 

 瞳を見た。狂気に抗う絶対的な精神性をそこに見出した。ダメだ、と確信する。自分が何をしたところで、絶対に勝てないというのを悟ってしまった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「魔術師という身では良くやった。だが―――戦士としては三流以下だ。本当にここまでやるとは思いもしなかったが、これ以上は既に身も心も限界だろう。言い残す事はあるか?」

 

「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ―――」

 

 息が荒く、意識が定まらない。頭がくらくらとする。血液不足で意識が今にも途切れそうで、世界が赤く染まる。耳元で燃やせ、という声が聞こえる。一切の容赦も残念もなく破壊しろという声が聞こえる。だいぶ、精神的なガードが下がってきているらしい。どうも、起源に引っ張られてきているようだった。壊せ、燃やせ、映せ―――本能的な欲求が脳を巡る。そうするのが何よりも正しいのだと本能が訴えかけてくる。それを頭から振り払うだけで精神力が削れて行く。

 

だがこのままでいいのか?

 

 加速される思考の中で、首筋に剣を突き付ける存在と、そして自分の状態を見る。本来とは違う体。ここまでぼろぼろにされて、その上で意味不明な戦いに巻き込まれて、そして殺されそうになっている。ふざけるな、と全力で叫んでも許されるはずだ。そしてそうしたところで何も変化がないのは理解できてしまった。このままで行けば自分は殺される。それは間違いがない。

 

 ―――だが一度として全力を出し切らずに死ぬのは悔いではないだろうか……?

 

 死んでからあぁ、あの時全力を出していれば―――なんて後悔する事は出来ない。当然だ、死んでいるのだから。

 

「じゃあ……」

 

 そう、全力を出し切っていない。まだ手札は残っている。一番得意で―――一番忌避してきた札が残っているじゃないか。ずっと仕舞い続けてきた手札、切り札。使えば起源に近づき、それに呑まれることを惜しんで使わなくなった魔術が存在する。起源に由来する起源の魔術。特性そのものが起源に直結する超特殊で強力な魔術の類。最も相性が良く、指先の様に振るうことが出来る魔術。まだそれが残っている。

 

 どうせ死ぬんだ。

 

 じゃあ最後に死ぬほど使ってみてもいいのでは?

 

 炎の最期が美しく咲き誇る様に。

 

()()()()()()

 

 魔力を吐き出した。それと同時に目の前の剣が振るわれる―――一瞬で加速しながら()()()()()()()()。そうやって発生するのは小さい破壊の爆発であり、熱された水分が空間に散った。そうやって剣の青年は背後へと視線を向けていた。その表情には驚愕が浮かんでいるのが()()()()()

 

「これは―――」

 

 言葉が続くよりも早くレーヴァテインが振りぬかれた。青年の背後から振るわれたレーヴァテインの軌跡を()()()()()()()()()()。そして青年がそれに対応するのを目撃するのと同時に、痛みと生理反応を全て思考の外へと投げ捨てながら立ち上がり、レーヴァテインの思考を此方へと直結させながら武器に変形させた。形状は剣―――一番見えているものだ。青年が回避する動きに合わせるように振るわれた斬撃をしかし、青年はいとも容易く回避し、

 

 数歩、離れた場所にステップを取って着地した。

 

 その姿を見て、飛び出した。

 

 レーヴァテインの形状は剣、ステータスは【筋力】と【敏捷】をAまで上げた変容。宝具効果によってその上昇効果が幾分か肉体へフィードバックされ、身体能力を強化魔術では行えない領域へと押し上げる。普段の自分ではありえない身体能力を一切迷う事無く肉を断裂させながら動かす。正面から切りかかる此方の動きに対して青年が剣を構え、かいくぐりながら踏み込もうとしたところで、

 

―――横からレーヴァテインが振るわれた。

 

「また―――っ!」

 

 青年が回避しながら剣を振るい、それが横から出現した姿を切り裂いた―――だがそれは血を撒き散らさずに、霞の如く消えて行く。そしてそれに合わせ、斬撃が四つ出現する。

 

 どれもレーヴァテインによって振るわれ発生した熱のある斬撃。掠るだけでも蒸発する熱。逃げ場がないように振るわれるそれは一撃一撃毎に精度が格段と上昇し、殺す様に振るわれて行く。その中で青年は人間では絶対に発揮できない反射神経を見せた。斬撃を一つ反らしながら潜り込み、ぎりぎり触れない領域で滑りながらいなし、そのままカウンターの斬撃を叩き込んで距離を空けた。

 

 そして振るわれる連続の水刃。生み出された姿は切断され、また距離が空いた。

 

「遍在か……!」

 

覚醒開始(アクセス)偽・鏡面回廊接続(カレイド・フェイク)鏡界学習(パラレル・ラーニング)―――」

 

 鏡の魔術の究極奥義、遍在。()()()()()()()()()()()()()()()()()()する魔術。自分という存在をそのままそっくり一時的に質量を保有させて出現させる魔術。魔法の領域に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これがキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが俺を時計塔へと内弟子として連れ去った最大の理由だった。この世代ではどう足掻いても影程度しか遍在出来ない筈が、既に魔術としてはほぼ完成された領域にある、魔法に近いものがある。それを使えるのであれば魔法の領域にも到達できるからと。

 

 だが今はそんな事は頭にはなかった。思い出しもしない。

 

 本能に任せる。思考と理性と本能を全て完全に分離させ、体を動かす。遍在とミラーリングを平行して発動させる。動きの一つ一つにレーヴァテインを握った自分の遍在を生み出しながら、その対応を見て、感じて、殺されながら学習する。

 

 魔力の放出の仕方を、剣術を、狂気の中でも消えないカリスマを。

 

 レーヴァテインを片手に、振るう。握りも、強さも、構えも、呼吸の仕方も、力の込め方も、鏡面で映す様に正面そのまま、相手の―――セイバーの動きを完全に写し取る。そこに思考の介在は一切存在しない。心も頭もすべてを無我にして振るう。

 

 踏み込み、重量を乗せながら斬撃、水の剣と炎の剣が衝突する。水蒸気爆発するものの、それを強化された筋力を使って踏み耐える。感じる痛みももはや他人の感じるもののようで、意識さえする事はない。踏み込み、握り、斬撃、払い、動きに合わせて魔力放出を行い、血と共に汚染され、炎を傷口から垂れ流す。

 

 一合、二合、三合、剣がぶつかる。水蒸気が肌を焼き、蒸し焼きにして剥がれて行く。だがそれでも動きは止まらず、完璧に相手の剣術を模倣し、ひたすら斬撃を重ねて行く。剣戟は加速し、攻撃を行いながら同時に遍在が死角に出現、同時に殺す様に斬撃を叩きこもうとする。

 

「だが―――そこには経験がないっ!」

 

 その上をセイバーは行った。機械的に見た。避けられるはずのない攻撃に対して水で剣をもう一つ生み出し、それを大地に突き刺しながら攻撃を一瞬だけ遅らせ、その瞬間に行動を追加で挟み込み、連撃を差し込んでくる姿を。

 

 全力を出し、技を模倣しても所詮は鏡。

 

 その反射率は100%には届かない。

 

 今までサボっていた分のツケがあっさりとやってくる。全力を、自我の喪失を、崩壊を全て忘れ去って込めた全力の魔術と戦闘。遍在という魔術と鏡映しの学習で一時的に技だけを学習する。

 

 だがそれが正面勝負で維持できたのは()()()()()

 

 それが人間と英霊の絶対的な差だった。

 

 技を模倣されるのであれば、それ以外の領域で対抗すればよい。それがセイバーの写し取った思考の結論だった。真の英雄はその剣一本のみで伝説を成し遂げる訳ではない。剣で切り、体で動きを制限し、水を使って破壊の下準備を行い、一つ一つの動きが最後の王手へと向かって布石を構築している。

 

 その動き、考えこそが素人には絶対できない経験者の構築であり、自分自身を投げ捨ててでもそれを読み取ったところで―――それに対応できるだけの知識と経験がなかった。

 

 故に10秒。それだけ、まともに戦うことが出来た。

 

 それが終わった瞬間に遍在ではなく明確に本体だけを見極めて攻撃を食らい、一気に蹴り飛ばされ、道路を粉砕しながらレーヴァテインを手放して投げ飛ばされた。そこからもはや一切の迷いなどは存在しなかった。セイバーは両手で凄まじいまでの魔力を剣に集中させ、それを掲げた。

 

万霧湧き出す環湖剣(タンキエム)

 

 視界の全てを、空間全てを覆いつくす様に水煙が覆った。もはやそこは完全にキリングフィールド、逃げ場がなく、見えもしない、完全な処刑場だった。念には念を入れた準備。

 

 だがそんな事をしなくてももう動けなかった。

 

 背中から瓦礫に叩き込まれ、レーヴァテインを手放したことで集中力も狂化もフィードバックも切れ、一気に現実が激痛と共に戻ってくる。まだ正気が残っている。故に振り上げられた気配を感じ、セイバーの影を見て、もはや殺されるだけという状態を見て、自分は勝てなかった、というのを理解した。当然だ。

 

 英霊に普通の人間が勝てるものか。神童、天才、逸材。そんな風に呼ばれていても、結局は鍛えた事のない、普通の人間だ。故にこの敗北は当然の結果で、当たり前のことだった。そもそも人間が英霊に勝つという事自体があってはならない事だ。それは摂理としては正しくはない。それが成功するのはおそらく、そうである必要がある場合のみだ。そしてそれはここではない。

 

 そしてこれから起きる事は―――実に当然の結末でもある。

 

()()()()()()

 

 それを確信して言葉を放った瞬間に、剣が振り下ろされた。

 

「―――水王空鞘(トゥアンティエン)

 

 迫りくる絶大な魔力と水の圧倒的質量による水の斬撃が振るわれるのが聞こえた。全てが見えなくなった中、絶死の一撃が水煙の中、一瞬で此方へと向かって飛翔する。見えなくてもそれは知覚出来ていた。だがそれよりも早く、水煙の中、声が聞こえた。

 

「―――斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

 

 そして、意識が途絶えた。

 




 戦闘判定で敗北し続けたので最終的にタイムアップ処理に。そりゃあロンドンで戦い続ければ来るよ! 処理しに来る奴が!! という訳で次回は1シナリオ目のエピローグとリザルトで。これでセイバーを自力討伐出来ていればスキルかステータスにボーナス入ってた感じで。

 ベトナムのセイバーさん
https://www.evernote.com/shard/s702/sh/6bda5118-cb61-4bc9-a566-118f0bb21e4a/2e55dcc40550a3544115104f8d9d7504

 シナリオの都合上やや実力を出し切れず敗退した形で。まぁ、元々亜種聖杯でショートキャンペだからしゃーないっちゃしゃーない形だけど。とはいえ、ゲリラ特化とでもいう能力が正しく発揮されていたら最初から勝ち目なかったよなぁ、という感じの怖さ。


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八夜目

 スクリーンの中でキャラが走り回っている。武器を担いでインクを吐き出し、敵をカラフルな色に染め上げながらキルスコアを稼ぐ。魔術を使った強化で反射神経を一時的に強化すれば、普通の人間が超反応と呼ぶような反応を見せてゲームを遊ぶことが出来る―――こうすれば普通の人間には真似できない超反応入力とかが可能になる。

 

 レーヴァテインを膝に乗せて、床にクッションを敷いて、テレビに視線を向けながらコントローラーを握ってゲームを遊んでいる。すぐ横にポップコーンの入ったボウルが置いてある、ティッシュも置いてある。ゲーム内でのラウンドが終わったらポップコーンを鷲掴みにして口の中に放り込み、ティッシュで指を拭いて再びコントローラーを握りなおす。レーヴァテインの方も割と楽しんでいる、というか未知の文化、情報、刺激に晒されることで楽しんでいるようで、楽しそうに膝の上ではしゃいでいる。見た目は大人になれるくせに、おつむの方は完全に女児クラスだった。見た目は良いくせに完全に台無しだった。

 

 ただこの危険物、子猫の様に妙にすり寄ってくるのだ。

 

 或いはお互いが起源によって縛られた存在であると理解しているのか、それとも持ち主と道具という関係が本能的に刻まれているのか。この少女とのコミュニケーションは難しい。痣―――令呪は消費して消えてしまったが、パスは残っている。彼女を本気で振るって以降、その感情や伝えたい言葉がなんとなくだが伝わってくるのだ。

 

 そしてそれと同じように、此方の考えや感情が向こう側へと伝わっているようだ、直接。これが通常のマスターとサーヴァントの関係なのだろうか? この少女と自分は半ば、共生ともいえる関係を構築しつつあった。

 

 そう、構築しつつある。

 

―――セイバーの襲撃から1週間が経過した。

 

 1週間が経過した今、俺は何故かまだ生きてた。

 

 

 

 

Scenario 1 Epilogue & Result ~Defeated~

 

 こんこん、とゲームを遊んでいるとドアをノックする音が聞こえた。ポップコーンを口の中に詰め込んでいるので、視線を膝の上に座っているレーヴァテインへと向ければ、レーヴァテインが言葉もなしに此方のして欲しい事を理解してくれる。テレビを一度見てから、名残惜しむ様に立ち上がり、部屋の入口へと向かった。数秒後、扉の開く音が聞こえた。

 

「なんじゃ、お前子供を小間使いとして使ってるのか」

 

「良く見ろ腐れ爺。その幼女は見た目幼女だけの中身は白痴の年齢不詳のロリババアだからセーフだ。生きてるなら死にかけのクソ爺でも使えって日本の名言を知らないのかよ耄碌。相変わらず耳の中にクソの代わりに宝石詰め込んでるんだな」

 

「はっはっは、また一段と口の悪さが磨かれたようだな」

 

「なんで笑ってるんだよこのクソ爺……」

 

 マッチを終わらせたところでコントローラーを下ろし、自室に入ってきた正体を見た。此方のラフなジャージ姿に対して出現するのはきっちりといつも通りの服装をしている師匠のキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグだった。服が基本的に全滅し、ルヴィアから買い取ったものがダメになって、知り合いからジャージを借りているという此方の惨状に対して完全な着こなしは嫌味だろうか。そんな事を考えている間にゼルレッチが勝手にダイニングの椅子に座っていた。

 

「どうやら不便はしていないようだな」

 

「これを見てそう言えるなら耄碌してるよおめー。そうだよ、おめーだよ! アレ以来ルヴィアがちょくちょくちゃんと髪とか肌のケアをしているか確かめに来るからうるせーんだよ! 体自体にもまだ慣れねーし! お前俺がトイレに入るときどういう気持ちだか解ったのかよ」

 

「経験がないから解らんのぉ……」

 

「ぶち殺すぞてめー」

 

 この怒りで第二魔法へと至れるのなら―――とはこの瞬間だけ、思わなくもない。その怒りで第二魔法に到達すれば、無限の魔力を手にすることが出来る。平行世界の自分から0.1%の魔力を無限に徴収すれば、それは100%を超えて無限へと至る。つまり無限に魔術が使い続けられる状態になるのだ、魔術回路を酷使させずに。反則だ。化け物とかそういう領域じゃない。冠位指定魔術とかとも表現出来ない。文字通り無限の魔力だ。

 

 それをぶっ放せるなら星さえも砕ける。

 

 実際、ゼルレッチはそれで月を破壊したのだから。

 

 俺だったらそのリソースを全部レーヴァテインに注いで、隠された第二の宝具というものを解放してみたい。絶対にロクな事にならないだろうが、一度は見てみたい怖さがある。そしてそれでゼルレッチを殺す。

 

 ともあれ、ゼルレッチの登場にゲームを一時的に中断させつつそれで、と膝の上にレーヴァテインを乗せながら口を開いた。

 

「なんの用だクソ爺。煽りに来ただけなら俺はこの時計塔を灰にする覚悟をしなければならない」

 

「なんだ、この状況でも更に借金を重ねるつもりか」

 

「あぁ、うん……そっちの話がケリついたのね……」

 

 そうだな、と言いながらゼルレッチが戸棚の方に視線を向けている。図々しくも弟子からお茶菓子をせびるつもりらしい。クソ爺め、と言いながらも自分の為に働いてもらったのは事実なので、溜息を吐きながら戸棚からとっておいた和菓子を取り出した。後で渋いお茶と一緒に食べようと思ってとっておいたものだが、この魔法使いには隠しきれなかった。それをゼルレッチは受け取りつつ、

 

「とりあえずお前の背負う借金の額は決まった。が、口を出したから今すぐどうこう、という事にはならん。借金の額は―――£じゃ。1か月後まで払いきれない場合、強制的に売り払える物全てを徴収した上で人間として終わりを迎えるじゃろうから、それを気にすると良い」

 

「やべぇ、小説や映画でさえ聞いたことのないやばすぎる金額が聞こえたんだけど。野生のビルゲイツとかいない? 無理? 野生の石油王もいない?」

 

 ゼルレッチが放った金額は正直、銀行強盗100回ぐらい繰り返しても集めきれそうにない金額だった。それは端的に言えば被害総額だった。しかもかなりひどい額の。空港、サブウェイ、そしてロンドン市街だけではなくそれに発生した商業的な被害や隠蔽に関わった金額、その破壊の片棒を担いだセイバーは既に死亡しているため、必然的に請求できる相手は此方しか存在しない。それが此方へと向けられてくるのは当然であり、

 

 ゼルレッチはそれを庇ってくれた。この男が原因であるのは確かなのだが―――実際に破壊を行ったのは俺自身でもある為、そこは素直に認めるしかなかった。そして感謝するしかなかった。もしゼルレッチは庇わなければ、おそらくは一瞬で売り飛ばされていた。この体なら娼館に―――なんてことにはならない。

 

 なんでも、風呂に沈めるのは別にそこまで金にはならないらしい。

 

 一般市民的な感覚からすればある程度の大金とも思えるが、本当の金持ちレベルになってくるとやはりはした金クラスらしく、それよりも起源覚醒者の標本サンプルの方がまだ金になるらしい為、生きたまま解体されて標本にされる確率が高かったらしい。借金したら風俗に売り飛ばされるという小市民イメージしかなかったが、現実はもっとやばかった。

 

 そういえば魔術社会って人権ないわ、と。

 

 ともあれ、そんな事があって、ゼルレッチが庇ってくれた。

 

「ま、ワシとしても宝石剣の一つで話が済んだんじゃ、そこまで難しい話ではなかったからな」

 

「いや、魔力を無限に集められる礼装じゃんアレ……」

 

「アレ一つあっても出力先が一つしかないから意味はない。根本的に魔力を無限に礼装を使って引き出せても、それを本当の意味で運用できるのは魔法の領域に至ってからじゃよ。宝石剣の一つや二つ程度なら欠片も痛くはないわ」

 

 そう言われてしまうと感謝する気がなくなるので止めてほしいのだが―――まぁ、ゼルレッチと自分の殴り合う師弟関係に関しては今に始まった事ではないので、ソファの方に座りながらまぁ、それで、と言葉を置いた。

 

「1か月でロンドンを復興させる金額を集めろとか自殺しろってレベルの話なんだけど」

 

 銀行強盗をしたとしても最終的に足がつくし、なんかの奇跡が起きてエーデルフェルト家に婿入りできたとしても不可能な金額だし、やっぱりゼルレッチ殺してその礼装を奪って―――と考えても、復興するにはやっぱり金が足りない様に感じる。どう考えても1か月でどうにかできる金額ではない。そうなってくると、本格的にどうやって借金を返済すればいいのかわからない。

 

 だが此方の絶望を感じ取ってか、ゼルレッチは笑った。

 

「いや、解っているのだろう? どうすればいいのかを」

 

 ゼルレッチのその言葉に、一番認めなかった方法をあっさりと口にする事にした。

 

「……聖杯戦争。勝ち残って聖杯を手にすればどんな願いだって叶えられる。それで借金をチャラにするって願うってなんというか、根本的に間違ってない? 運用とか、動機とか」

 

「根源に興味はないのだろう? ならばそうしても問題はあるまい。前回の聖杯戦争の優勝者も結局は聖杯を資金源の為に使用したらしいしな―――」

 

 それは初耳だった。だけどそんな用途に使えるんだ、聖杯戦争、

 

「やる気が出てきたぞ―――とでもいうと思ったか耄碌爺め! 死ぬわ! バゼットさんにあの時介入されなかったらほんと死んでたわ! 一歩手前だったよクソ爺! 殺す気か! 殺す気だったよなぁ! 勝ち抜ける訳がねぇだろ、あんな化け物どもを相手に!」

 

 一拍を置いてから口を開く。

 

「死ぬわ!!」

 

「中々芸達者になったな」

 

「うるせぇ、誰のせいだと思ってんだよテメェ!」

 

 はぁ、はぁ、と息を切らしながら両手で顔を覆う。レーヴァテインが覗き込んでくる。どうしたの、と。それを無視しながら顔を隠したまま、呟く。

 

「マジで聖杯に借金チャラにして、って頼まなきゃダメなのかこれー」

 

「お前に国家予算が払えるのなら問題ないんじゃがな。今のところ、お金を集める方法なんざいないじゃろ?」

 

「俺、借金返済の為に聖杯戦争する魔術師なんて聞いたことねぇわ……」

 

「いくつかの聖杯戦争を界を超えて見てきたが流石にワシも初めてだな、借金返済の為に命を懸ける事になる奴を見るのは」

 

 そりゃあそうだろう、誰が命を懸けて死亡率が高い戦いで借金返済を望むのだろうか。と、そこまで考えた所でゼルレッチがやはり、平行世界を通して聖杯戦争という戦いそのものに習熟しているという事実を察した。ゼルレッチへと視線を向けて睨めば、しかし、此方を無視して和菓子をどこからともなく取り出していた緑茶と共に食べていた。人の部屋で優雅に時間を過ごしやがってこいつ、何時か絶対にぶち殺すからな……と思いつつも、

 

「なぁ、クソ爺。なんで俺を聖杯戦争に放り込んだんだ」

 

「気のせいではないか? 仕事しか頼んでおらんぞ」

 

「時間軸を上下に観測できるクソ爺が何を言ってやがる。ここまで危ない線を俺が通ったのに()()()()()()()()()()()()している時点で爺が何らかの調整を行ったのは解ってるんだよ。サーヴァントの召喚タイミングとかな。明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()での召喚と流れだったからな。馬鹿でも解るわ」

 

 自分は盲目的に自分の結果を受け入れるタイプじゃない。何かが発生したらナニカ介入があったのだと考える。自分が派手にロンドンまでの道のりを破壊しながら進んできたのは逃げる時、魔術協会と聖堂教会へと合図を行うためだった。これだけ破壊を行えば100%封印指定執行者や代行者等の始末屋がこのバカ騒ぎを終わらせる為に動くであろうから。それがおそらく俺に許された唯一の勝ち筋だっただろうからだ。そしてそれを知り合いの執行者が証明してくれた。

 

 なんでも、ワンパンで心臓をぶち抜いてから頭を千切ったらしい。

 

 時計塔式ゴリラはやはり強い。

 

 ただそれはそれとして、レーヴァテインの召喚タイミングがぎりぎり過ぎた。あのタイミングでは絶対に受け入れなくてはならない。そういうタイミングで出現し、召喚した。その事を考えると作為性しかそこには感じられない。そもそもあのタイミングで何故そうも都合よく令呪が発現したのだろうか?

 

 それにレーヴァテイン出現時の()()()()は間違いなく空港のあった場所をクレーターだけ残して消し去ったものだ。アレは明らかに自分を呑み込んでいた。レーヴァテインの装備者は彼女の破界の影響を受けなくなるが、あの最初の一撃はまだ例外だ。アレに呑まれて俺は死んだ、とほぼ確信していた。

 

 ()()()()()()()()のだ。セイバーに関しては自力脱出したと考えて。そうではないと俺が生きている理由が解らない。そしてレーヴァテインの炎から俺を救い出せるだけの所業を時間的に行えるのは―――時間概念に囚われず、そして事前に展開を平行世界を通して観測できるゼルレッチぐらいだ。

 

「……というのが俺の推理なんだが?」

 

「残念ながら外れだ。まぁ、お前が死なん事は知っていたがな」

 

 クッションの上からレーヴァテインを抱えるように抱きつつ、ゼルレッチを見た。此方の言葉に対して一切のリアクションを見せる事無く宝石翁は茶を啜っている。その反応からは言葉の真偽が見えない。

 

 ……ただ、その姿を見ていると思う事がある。

 

「爺、なんで俺はまだ自我があるんだ?」

 

 鏡の魔術を発動させる。自分を鏡に見立てる事で映した相手の思考を読む初歩的な読心魔術だ。この手の魔術は最も基本的な魔術の一つであり、魔術師なら抵抗するのは基本的な事だ。そしてそこに特性が起源によって汚染されることで、プロセスや結果が変わってくる。つまり、それが今やっている鏡の反射読心だ。

 

だけどこれは起源に関連した魔術だ。起源を自覚している自分は、起源に関連する魔術を使えばその精神が起源に引き寄せられる。それは魔術の世界では仕方のない事だ。起源とは原初から存在するものであり、本能を超えた存在。根源とは別口ではあるが、人間の精神に堪えられるものではない。後先考えずに使えば起源に呑み込まれるのが起源魔術の行く末だ。

 

()()()()()()()()()()()

 

明確に俺を俺、と自覚できている。誰かの精神や人間性のコピーではなく、無界鏡司という男―――或いは今は女の精神をここで継続している、というのを確認できている。それは今、魔術を使ったところで変わりはない。女の体になって多少感度が上がり、快楽への欲求の耐性が少し下がったのか、起源魔術を使えば少し発情するのが早くなったように感じる。

 

 だが前よりはマシになっている。

 

 しかも自我喪失していない。いや、言葉を変える。

 

()()()()()()()()()()()()()()。それがまるで解らない。流石にこっちは説明があるんだよな?」

 

 今まで常に恐れてきたことだった。魔術を使った結果、自分という存在をロストしてしまう事が。あの時、セイバーを相手に本気で持てるすべてを使用した。その結果、完璧にセイバーの思考と技術をトレースして動く事が出来た。経験と根本的なスペック差で敗北してしまったが、あの瞬間は自我を完全に抑え込んで機械的に動きを反映していたのだ―――殆ど、起源に呑み込まれたような状態での反応だった。

 

 なのに自分は今、ここに居る。

 

 自分という存在を明確に認識している。

 

 その意味が理解できなかった。それをゼルレッチに求めるが、

 

「さあ? 経験も見た事もない他人の事が解る訳なかろう?」

 

「おい、爺。こっちはマジで死活問題なんだよ」

 

「と言ってもなぁ、起源は専門外だ。ただ、起源に呑まれるリスクはなくなったんじゃろう? だったら今までは放置していたこと、忌避していたことに手が出せるんじゃないのか?」

 

「……いや、そりゃあ確かにそうだが」

 

 鏡の魔術は基本にして切り札。自分が持てる一番強い手段だ。セイバー相手にやったように、全力で行使すれば相手の技術そのものをある程度劣化させて習得できる。例えばあのセイバーが習得していた《魔力放出(水)》。本来のセイバーの実力であればBランク相当の技術になるが、写し取った場合はEランク相当での学習になる。それでも鍛えればちゃんと強くなれる以上、写し覚えがどれだけ有用化は解ってくる。

 

 自分はこうやって低ランクで習得した魔術、技術を伸ばし、融合・統合させる事で上位の魔術や魔術的技術を生み出す。それが魔術師としてのスタイルなのだ。今まではその基本的に下地となる魔術や技術を覚える事を完全に拒否していたのだが、鏡の魔術が使えるようになれば、知り合いから魔術を教わる事も出来る。

 

 聖杯戦争という戦いがセイバー同様の問答無用さを持っているのであれば、これ以上ない素早い戦力強化につながるだろうとは思う。

 

 とはいえ、今まで使えば起源に覚醒される可能性があった以上、出来なかった事だし、今も恐怖を残していると言えばそうだ。だが自分が自覚している起源、それに呑み込まれる様な、近づくような感覚は一切ない―――未知すぎる経験に困惑が隠せないのだ。

 

「だが憶測は立てられる」

 

「憶測?」

 

 首を傾げながら問い返せば、ゼルレッチが食べ終わり、出て行く為に立ち上がった。

 

「あぁ。一つは既に起源そのものが後天的に変化した為に自覚する対象が変わった事。二つ目は起源とのつながりを何らかの方法で一時的に切断されている事―――」

 

 一つ目はともかく、二つ目に関してはレーヴァテインの破壊・界の起源を考えればありえなくもない。破壊の起源でそのものが破壊された……と、考えられるが、ゼルレッチは言葉を続けた。

 

「思うに、お前に当てはまるのはおそらく三つ目だ」

 

「それは何だよ爺」

 

 ゼルレッチは足を止め、振り返りながら笑ってからステッキを振るい、姿を消した。声だけを残して。

 

「―――既に起源に呑み込まれている場合じゃよ」

 

「……」

 

 既に起源に呑み込まれている場合だったら何故俺はこの自我を保っているのだろうか? 何故こうやって明確に起源と切り離した思考が出来るのだろうか? 何故、アレほどに胸を掻き毟る起源への衝動がないのだろうか? それが不思議でたまらなかった。とはいえ、起源に関する話は情報が足りない上に、専門としている人間は少ない。一代で特殊な領域へと辿り着いてしまった魔術師は時計塔によって封印指定されやすい。その為、起源方面の魔術は封印指定の対象になりがちなのだ。

 

 故に専門で学ぼうとする奴はいない―――根源に到達する前に自殺ダイブを決める様なものだからだ。

 

「……―?」

 

「ん? あぁ、大丈夫だ。どちらにしろ逃げ場はないってだけの話らしいしな……」

 

 レーヴァテインの頭を撫でながら溜息を吐き、操作を行っていないゲームのスクリーンを見て、聖杯戦争。それに参加するハメになった自分の事を考え、頭を掻き毟り、溜息を吐き、考えるのを止めた。

 

「謹慎処分が解けるまでは時間があるし、難しい事を考えるのは後でいっか」

 

 とりあえずは、さっき魔術を使ったので軽く体が発情してるので、

 

「一発オナってからまたゲームに戻るかー……」

 

 この問題、どうにか解決せなあかんな、と思いながらジャージを脱いだ。

 




 これにて第一シナリオクリア&終了。リザルトは以下の通り。
・ステータス3点獲得
・スキル《魔力放出》《破壊工作》をEで習得
・コミュやイベントでの成長が解禁
・コミュ対象に一部キャラの追加
・魔術使用時のデメリットを緩和(魔術使用後の判定マイナス補正緩和)

 という感じで。以下、成長反映結果のステータス

 https://www.evernote.com/shard/s702/sh/4a7683d6-d4a4-415d-8bdf-73c5e295b375/9dba6dae9941e73bc752d50a4fbea7d4

 敏捷を2、魔力を1上昇。人間としては漸く最低限戦える能力に。サーヴァント基準だとクソ雑魚だけど。

 次回はシナリオ間のコミュタイム。ダイスを3回振って表から選ばれた相手にコミュ、その結果で成長、或いはスキル、魔術の習得を行う。これによって次回どう動くかの戦力が変わってくるので大事大事。

 という訳で次回は遊び終わって纏め終わったらなので。しーゆー。


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幕間コミュニケーション1

 謹慎処分が解けた翌日、まだ金がなく、服も整っていないという事もあって青いジャージ姿でゼルレッチに呼び出された。呼び出された場所は時計塔に存在する練習場とでもいうべき空間であり、そこは普段よりも広くゼルレッチによって広げられていた。空間に関する魔術であれば、魔法使いのゼルレッチであれば鼻歌交じりに成し遂げてしまう。そんな訳でジャージ姿、レーヴァテインを連れて演習場へとやってきていた。完全に貸し切りな上に他人が入ってこれない様に執拗に結界を張ってある辺り、呼び出された理由に関しては大体察しがついていた。

 

 なので反対側に立つゼルレッチを見た所、まずは最初に中指を突き立てた。

 

「よぉ、爺。呼ばれた通り来たぜ」

 

「もはやその態度が挨拶と化しているな。わしの覚えが正しければ日本は礼節の国だった筈なんじゃがな……」

 

「何年前の話だよクソ爺。今の日本は酷いぞ。魔術師でさえここまで苛酷に人間を使わねぇぞ! ってレベルで働かせるからな。休みを与えず働かせてそれで死んだらなんでアイツ休まなかったんだ……とかいう末期社会だからな正直な話、もうダメだろあの国。俺だったら絶対海外で就職するわ。ホワイト企業見つけ出すよりも海外で働いて遊べる環境構築したほうが絶対に早いだろ」

 

「うーん、今度一度確かめに行ってみるか……」

 

 そうするべきだ。まぁ、ネットでもある程度情報は入るのだが。それにしてもネトゲのギルメンからは物凄い疲れと怨嗟の声ばかりが聞こえてくる。上司が無能だとか、残業が終わらないとか。課金とガチャ芸でストレスを吐き出している様な生活だ。正直、同情しなくもない。まぁ、こっちはこっちで今、ブラック企業とは比べ物にならないブラック戦争へと参戦が確定していて、ホワイト企業だとか言っている場合じゃないのだが。

 

 まぁ、大きく脱線してしまった。頭の後ろを掻きながら息を吐き、

 

「で、爺。俺の予想が正しければここに呼び出したのは―――」

 

「―――うむ。先の事を考えて弟子に稽古の一つでもつけようかと思うてな。貴重な自由時間だ。有意義な使い方じゃろ?」

 

「弟子の育成を暇つぶし扱いにするなよ糞が」

 

「ま、今までお前にロクな授業をしてやらなかったからな。最低限の事を叩き込んでおかんと欠片であっても勝機が見えんのじゃ困るしなぁ」

 

「爺、お前もしかして勝率0の戦いに放り込んで後から勝率を生もうとしているな??」

 

「お、解るか」

 

 迷う事無くガンドをゼルレッチへと向かって放つが、その呪いが偏向され、無限に分割されて平行世界のどこかへと消え去った。その魔術的速度が速すぎて、魔法ではなく魔術を使ったというのは解るのだが、何をどうした、という原理がミラーリング出来なかった。今のガンド、キメラ程度なら完全拘束できる程度の威力を兼ね備えたものだったのだが、魔法使い相手には全く関係がないらしい。クッソ忌々しい。しかし遊ばれている、というのが解るので、ガンドを一発叩き込んだところで諦める。

 

 ゼルレッチは確かに遊ぶが―――根源を目指す魔法使いでもある。

 

 無駄な事はしない。この男が稽古をつけるという事は、最終的に必要な事なのだろう。そういう事に関しては魔術師らしく、手を抜かないのでさっさと話を進めるように視線で催促する。

 

「やれやれ、相性と才能はエスカルドス以上で逸材だというのに、何故凶暴性までトオサカとエーデルフェルトを超えるのやら……ワシの弟子ってそんなのばかりじゃなぁ」

 

「……? いつの間にルヴィアを弟子に取ったんだ、爺」

 

「ん? あぁ、別の世界の話だ」

 

 じゃあ関係ないな、と割り切る。しかし平行世界のルヴィアには同情しておく。まさかこのキチガイクソ爺に自ら弟子入りするとか正気の沙汰ではない。此方のルヴィアには何度も警告しているが、聞き入れる様子はないし、そのうち弟子入りするんだろうなぁ、と思っているとゼルレッチがさて、と言葉を置くので集中する事にした。

 

「聖杯戦争という戦いに関してはもう知っているじゃろうから説明する必要もないだろう。ならその代わりに聖杯戦争という()()()()の話をするか」

 

「……システム?」

 

 うむ、とゼルレッチは頷きながら答えた。

 

「元々聖杯戦争の根幹となるシステムはとある別の術をベースに構築されている。七騎の守護者を呼び出す事で大いなる敵と戦う為のシステム―――それが本来のシステムであり、聖杯戦争で活用しているのはその一部、或いは本来の役割を劣化させたものじゃ。故にサーヴァントは全員()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アレで弱体化ってマジかよ……」

 

 後からバゼットから話を聞いた感じ、正面戦闘となると間違いなく互角か、或いは分が悪いとバゼットは言っていたのを覚えている。バゼットが英霊を相手に生身で戦えるのはそれ専用の対策を用意して戦場に出たのと、一撃必殺の手段を事前に用意していたかららしい。それを抜きにすると、非常に面倒な事になるらしい、それでも勝てない、とは一言も言わないのが彼女らしさなのだが。

 

 そうじゃな、とゼルレッチが口を開いた。

 

「セイバー、レ・ロイ。このブリテンでは間違いなく無名の英雄じゃろうな。だがそれもベトナムへと移れば変わる。彼はベトナムのアーサーと呼ばれる様な人物じゃからな。英霊は信仰による補正を受ける」

 

「……それが聖杯戦争というシステムが出力できる限界だから……?」

 

 その言葉にゼルレッチは笑みを浮かべた。

 

「聖杯は万能の願望器と呼ばれておる。だがその聖杯にも規模というもんが存在している。大規模な聖杯、小規模な聖杯。それによって聖杯戦争そのものもある程度規模やシステム的な出力、聖杯そのもののパワーが変わってくる。聖杯戦争は魔力を聖杯に満たす為の儀式じゃ―――だが必ずしもそれを全て効率よく出力できる訳ではない。結局のところ、聖杯も完全に万能とは言い切れない」

 

「……」

 

 ゼルレッチの話は聞いたことがなく、そして興味深い話だった。聖杯戦争は優勝できさえすればどんな願いでもかなえてくれるという触れ込みだった筈だ。だがゼルレッチが今、話してくれた内容はそれを否定するようなものだ。だが態々それを意味もなく彼が伝えてくるとは思えなかった。そこまで考えた所で、胸を支えるように腕を組んだ。これ、胸を支えられるから結構楽になるんだよな、と最近発見した事だった―――ルヴィアを見て。

 

「聖杯そのものの出力が変わる事で聖杯の規模が変わる……となると遠いベトナムの地がベースとなっているセイバーがアレほどの力を発揮できたことや、超メジャーで凄まじいまでの破壊力を発揮しているバーサーカーを召喚、維持できている聖杯って結構大物なんじゃ」

 

「だろうな。そしてつまり、それクラスの相手が敵として出てくるという事でもある―――ただ本来の守護者召喚用の術と比べれば大幅に劣化している。ここで本来の話題、劣化した能力に関する話だ」

 

 割と真面目に今回は話を聞いていた方が良い感じがする―――というか間違いなく生死に直結する話題である以上、真面目に話を聞く。

 

「さて、聖杯が真に万能であればそうする必要はないが、聖杯戦争というプロセスを経て万能へと到達する以上、事前段階では出力を抑えなくてはならない。英霊という極上の燃料を召喚するまでは良いが、そのままフルスペックで召喚すれば聖杯の許容量を超えてしまう。元の術であればそれがいいのだろうが、聖杯戦争の主旨には合わない。故に聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは意図的に弱体化されておる」

 

 レーヴァテインの方へと視線を向けた。彼女はバーサーカーというクラスだ。このクラスはどうやらデフォルトで《狂化》というスキルを付与されており、魔力の消費量を増やし、理性をなくす代わりにサーヴァントのスペックを上昇させるクラスらしい。そもそも精神汚染されている上に起源覚醒されているレーヴァテインの前ではほぼ意味のないデメリットではあるが、

 

「なんか、負ける為のスキルって感じだな……というかゲームを遊んでいる感じだ」

 

「聖杯戦争は元々英霊を脱落させて聖杯にくべる事を目的としておる。そういう自滅する要素があったりする方が逆に()()()()()()()のじゃろうな」

 

 魔術師って連中はほんとどこも自分以外を資源だと考えている様なクズばかりだと再確認する。英霊さえも死んだ後でリサイクル活用とか、エコロジックにも程がある。ゴミはリサイクルするべきだが、死して安らかに眠る人々までリサイクルするそのエコ精神に関しては少し引く。というかかなり引く。さすがの俺も死者を利用するなんてことは考えたくない。倫理観が死んでいるのはなんともまぁ、魔術師らしいが。

 

「まぁ、そんな聖杯用のサーヴァントシステムじゃが、この場合、お前を生き残らせる事に関しては非常に有用だ。その意味は解るじゃろう?」

 

「サーヴァントそのものが本来の伝承と比べて弱体化しているだけじゃなくて、スキルという形で系統化されているからミラーリングで盗みやすい、って話だよな?」

 

 その言葉にゼルレッチが頷いた。

 

「実際、セイバーとの戦いで幾つか盗んだな?」

 

 今度は此方が頷き返す。セイバーとの戦いを通して学んだのは《魔力放出》と《破壊工作》だ。他にもセイバーのデータを確認したところ、《対魔力》や《騎乗》なんてものが存在したらしいが、元々バイクとかの運転は出来るし、《対魔力》に関しては体質的な物らしく、覚える事は出来なかった。逆に言えば技術的に再現可能な《魔力放出》と《破壊工作》に関しては初歩の初歩、サーヴァント風のランクで言えばEランクで覚えることが出来た。

 

 後はおまけでセイバーの剣術が記憶出来た事だろうか。流石にそっちに関しては見様見真似でどうにかする事は出来ない。根本的に体格や性別が合わないという問題点があるのだ。自分のは根本的に写し取るだけなのだから。魔術はそこ、アレンジしたりするのが得意なのだが、

 

 ぶっちゃけ、体を動かすのはそこまででもない。

 

 一応、最近は逃げられるようにジョギングを始めたのだが。

 

「ワシが今まで見てきた弟子の中で一番見所があるのがお前じゃ。端的に言えば適性が跳び抜けている。鏡と界の起源。その組み合わせはおそらく、第二魔法という場所を目指すのであれば理想的な組み合わせで、お前自身も魔術的才能は高い」

 

「褒めても中指しか出さないぞ」

 

「このクソ弟子め……。つまる所、お前は今、最も魔法使いに近い立場にあると言っても良い。魔術的な問題が解決している今、魔術の研究も復活させているんじゃろう?」

 

「いや、まぁ、そうだけどさ……」

 

 今までは起源が恐ろしく魔術に触れることが出来なかったが、それが解決された今、魔術に再び触れているというのは事実だ。現在はレーヴァテインのスキルの解析、自分が覚えている魔術の再確認とフォーマティング、そして自分が扱える技術を管理しやすいようにレーヴァテインを真似たスキル風に整えている最中だった。

 

 セイバーとの戦闘中、割と困ったことに()()()()()()()()というのに凄い困った。行動に出たいのに、適切な技術や魔術が選べない! 解らない! どうすればいいんだ! ……という状況に直面したのが何度かあった。その時に素早く動ければ、結果は違ったのだろうと思っている。

 

 だから自分の技術や手札、能力をサーヴァント風に数値化して管理してみているのだ。それをレーヴァテインに《変容》で比べさせて貰ったり、魔術や自分が生き残るための方策を謹慎中にも考えていたのは事実だ。

 

 全ては生き延びるために。

 

「……うん? ちょっと待てよ? え、まさか、そう言う事か?」

 

 唐突に自分がここに連れ出され、稽古という言葉を聞いて、ゼルレッチが何をしようとしているのかを理解した。ゼルレッチの方へと視線を向ければ、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()を行っているのが見えた。その魔術の複雑さと底の見えなさに軽い吐き気を覚えながらも、見覚えのある魔術によってゼルレッチが自分自身に戦闘技術を疑似召喚しているのが見えた。

 

 夢幻召喚(インストール)と呼ばれる魔法、或いは魔術だ。ステッキ一本を握っているゼルレッチだが、その背後には一瞬だけ、聖剣を構えた金髪の女の影が見えた気がする。

 

 いや、待て。

 

「聖杯戦争の前に俺が死ぬから少し落ち着け爺」

 

「何を今更。魔法使いとして弟子入りすれば廃人となるか成功の二択。それしか残されていないと知っているじゃろう?」

 

「クソ爺が、俺はお前に拉致された今だレーヴァテインやれぇ!!」

 

「……!」

 

 会話の途中で脈絡もなくレーヴァテインにその魔力EXという能力で破界の炎をゼルレッチを中心に、全力でぶちまけさせた。一瞬で燃焼する酸素は融けだし、粉砕される視界内の空間に、やった! 殺した、とガッツポーズを取っていると、炎を真っ二つに割って出現する、無傷のゼルレッチの姿が見えた。

 

「ほほう、先制攻撃とは中々やるではないか。防御させられるとはな」

 

「明らかに発言が魔王のそれなんだよ爺……!」

 

 ゼルレッチの瞳を見れば、いい機会だから少し矯正してやる、という意思が見える。貴重な技術をそのまま、教えて伝えるのも癪という事なのだろうか? どちらにしろ、これから先、聖杯戦争で生き残るには第二魔法から生まれた魔術を少しでも習得しなければならないのは事実だ。魔術としての相性が他のとは遥かに違うのだから。

 

 とはいえ、

 

 弟子の稽古に全力で魔術を使う姿勢はどう足掻いても大人げない。

 

 絶対、絶対にぶっ殺してやるからな―――そう心に誓いながらガンドの嵐を前に、迷う事無く人型のレーヴァテインを盾にした。

 




・《万華鏡》を取得した。永久的にサバ換算で魔力がワンランク上がり、魔力A+++の後に魔力のみEXにできるように
・《夢幻召喚》を学習し、剣術や弓術等の技術を読み取った場合、自分に最適化させて使用することが出来るように
・無理やり体を鍛えられ、ステータスを2点獲得

 全部魔力に割り振って魔力が大成長。
 【魔力】B(4)→EX(6)→コンバート→C(3)→B(4)
 人間換算から【魔力】のみサーヴァント式へとコンバート、1ステの上昇に2点を消費するように。

 人間時はB→A→EXだけど、サーヴァント式だとB→A→A+→A++→A+++→EXなので、ここから魔力EX狙うには合計6点必要。とはいえ他のステータスが貧弱だから特化集中狙っていいものか。

 次回、コミュ2回目。裏でシナリオ2進めてるけどファンブってちょっと大惨事になってる。


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幕間コミュニケーション2

―――体が熱い

 

 冷たいシャワーを浴室で浴びる。部屋に備え付けのシャワールームは広くはないが、時計塔の共同浴場を借りないで体を洗う事の出来る場所の一つだった。広くはないが……特別狭い訳でもない。その為、元々日本の狭い住宅環境に慣れている身としては十分な広さを感じている。金があればリフォームしてもうちょい広くして浴槽を追加してしまいたい所ではあるが、その計画は借金の存在の前にあえなく頓挫している。故にシャワーを浴びるだけのこのシャワーボックスで今は体を洗っていた。日本人としては清潔にしておきたいというのが一つ、毎日の体の洗濯を欠かせない。

 

 もう一つ、共同浴場等での女学生魔術師共と混ざるのには抵抗があるという事。無論、見る方向と、見られるという方向で。体が女だから―――というのは、小説だけの話だ。本当にそうなってしまうと申し訳なさと死にたくなりたさと、そしてどうしようもない惨めさでそんな余裕はない。或いは猿の様に盛っていれば話は違うのかもしれないが、そこまで突き抜ける事が自分には出来なかった。自分のこれはペナルティだし、積極的に見せたいものではないし、自分がどう思われているのか知りたい訳でもない。

 

 そういう訳で体を冷やす意味でも、自室のシャワールームを利用していた。

 

 そう、冷やす。

 

 魔術修練の後はクールダウンが必要だった。

 

 起源に覚醒する、というのは一種の快感だ。なぜなら起源とは本能よりももっと原始的なものだ。人間は食べる事で飢えを凌ぐが、美味しいものに魅力と快感を覚える。睡眠だって体の調子を整えながらも安らぎを与え、他人とセックスをする事で性欲を満たしつつ快感を得る。そう、起源とは三大欲求にも直結する一つの要素だ。故に起源に覚醒した者はそれに縛られる。また自覚していても強い焦がれと快感を感じる。覚醒していなくてもそれ自体が三大欲求に追加されているようなものなのだ。

 

 故に魔術修練をした後は体が発情したかのように火照る。

 

 一番性能が高い魔術とはつまり、自身の特性が強く影響するものである。魔術は起源や属性によってプロセスや結果が大きく変質する。そして人格や本能よりも強い起源への道が開けられていれば、当然ながら起源が魔術に影響する。そしてそれが強いだけに、魔術は変質し、体質や起源とフィッティングすると多くの手間を省いて特異な結果を瞬時に生み出すことが出来る。これがいわゆる起源魔術となる。その行く先は基本的に破滅なのは、起源という存在を利用する以上仕方のない話でもある。だが問題はこの起源に呑まれるというデメリットを不明な方法で自分が克服したという事にある。だけどそれを克服したところでもう一つの副作用、

 

 魔術使用時の快感と発情は消える事がなかった。まだ鏡と界に関する―――つまりは起源に関する魔術のみに留まっているのがセーフだが、そのほかの魔術にまで広がった場合を考えると憂鬱になる。本当にこの魔術だけで良かった……とは言い難い。

 

 強くなるためには体を鍛える必要と、魔術を学ぶ必要と、そしてサーヴァントが利用するスキルシステムを効率的に取り込む必要がある。根本的な肉体の問題は今急ピッチで鍛えているのでそれで良しとして、魔術とスキルに関してはどちらもミラーリング前提だ。

 

 つまり鏡の魔術を使う必要がある。ここ数年間すべてに置いてサボっていた分、追いつくためには手っ取り早く講義に紛れ込んでミラーリングで魔術を覚えて逃げるのが一番効率的なのだが、その度に体が熱を覚えるので効率的とは程遠い事になっている。その為、見て覚えるのではなく今持っている魔術の効率化と強化を行っている。ついでに錆び付いた魔術回路も自己改造によって効率を上げている。

 

 先日、ゼルレッチから《夢幻召喚》と《万華鏡》を劣化した形ではあるが、何とか習得することが出来た。偏光防御や大斬撃に関しては解析しようとしたら一瞬で自分という鏡が砕け散りそうな気配がしたので全力で投げ捨てた。

 

 そんな事もあり、部屋に引き篭っては魔術の研究と改良を行っている。遍在、そしてミラーリング、魔術反射以外にも手札を増やしておかないとこの先、即死しそうな気配がするのだ。

 

「あー……気持ちいいー……」

 

 熱を持った肌にシャワーから冷水が降り注ぎ、発情したこの体を冷やす。シャワーの下には大鏡があり、そこには全裸の女の姿が見える。火照って僅かに上気している色の白い肌を、濡れている長い黒髪が艶やかに飾る、そんな女の姿だった。シャワーを浴びつつ両手で張りのある胸を下から持ち上げてみる。重量感のある胸は巨乳、と言えるレベルには届かなくても十分に大きいと言えるサイズはある。確かDぐらいだった筈だ。そういえばどこかで、理想的なカップサイズはDだとかいう話を聞いたことがある。自分がそうやって理想体型になったところで―――あまり、実感はない。

 

 身長155cm、体重51kg、Dカップ―――髪は黒く横髪と後ろ髪を含めて非常に長い。瞳の色は前と変わらずヘーゼルブラウン、日本人ではよく見る色だ。肌は少し色素が薄いかもしれない。前まではここに傷一つない、という言葉が付いたのだが、セイバーとの戦いを通じて体にいくつか消えない傷が刻まれている。いや、魔術を使えば消えるのだが、残しておくべき様な気もするので、切り傷などを体に残したままにしてある。

 

 だがそれでも綺麗な女、だと表現できる容姿をしている。片目が髪で隠れている辺り割とミステリアスな感じもあって、自画自賛ではあるが悪くはない。というか寧ろ良い感じじゃないかと思う。自分が男だったら放っておかない体だ。こう、胸が手で支えられるのが良い。ただ自分の体だ、ナルシストでもないからそこまで入れ込むことはない。寧ろなんで俺がこんな姿なんだ、という気持ちがある。

 

 男の時にこんな女を見たら迷う事無く誘ってるのに。

 

 地味に辛い。

 

 いや―――そんな風に思考が流れるのも発情しているからだろうか? 体がこうやって熱を帯びると、思考まで其方に引っ張られる気がする。実際、心がどう思っているかは別として、体はそういうモードに入っているのだろう。そして一回自慰をして絶頂を迎えれば、それで気分が晴れるというのも事実だ。

 

 自分の体がどうあれ、鏡に映る容姿の女が乱れている姿を見るのは、そそるだろう。

 

 だけど、こう……それはかっこ悪い。

 

 なにが、って快楽に流されることだ。今まで起源に抗って、それで自分を保って生きてきたというのに、いきなり体が変わったからと言って、それに流されて快楽に負けるようでは……かっこ悪いではないか。それに一度、流される事を覚えれば後はずっと流されるだけだ。

 

 そう言う事で安易に自慰で発散させず、シャワーで徹底的にクールダウンする事を心掛けている。

 

 とても簡単な話、自分にだけは負けられないのだ。だから発情には堪える。辛いし、気持ち悪いし、堕ちそうになるが、それでも自我が消える訳じゃない。起源とは違って発情は()()()()()ものなのだ。つまり気合と根性を込めればどうにかなる。起源とは違って、人類の敗北率は100%ではない。つまり我慢できるし無視もできる。今まで起源に抗い続けてきたこの精神力なら何とかなる。割と真面目に。

 

「ふぅ、収まってきた」

 

 疲れるのは事実だが。それでも冷水のシャワーと精神力で抑え込めるだけマシだ。ただ、前と比べればこれもだいぶ弱まっている、ようには感じられる。間違いなくその契機はレーヴァテインを召喚して以降の事だと思う。つまりはレーヴァテインが元凶だ。彼女と契約した影響で自分の何かが正しく狂っているように思える。

 

 それがおそらくは、自分が起源に呑み込まれてもまだ自我を残している事の理由なんじゃないかと思っているのだが―――。

 

「……?」

 

「いや、呼んだ訳じゃないよ」

 

「……?」

 

 シャワーを浴びている最中、レーヴァテインの事を考えてしまった結果か、彼女が出てきてしまった―――ドレス姿のままで。そのまま、目の前に出てくるもんだから此方が浴びるシャワーの冷水を受けてドレスをぴっちりと体に張り付けている。ちなみに下着なんて概念がこの子にないらしく、体のラインなどが浮き彫りになってきている。まぁ、サーヴァントなので霊体化すれば乾くので濡れても欠片も問題はないのだが。

 

 それにしてもボディラインはかなり良い物をしている。幼さを残す姿は前よりも少しだけ育って、十代前半程度の少女に見える。これよりも若返ると家の中での行動が面倒になってくるから、というのもあるのだが、姿形がある程度自由な彼女にとって、姿とはそこまで重要なものじゃないのかもしれない。

 

「それはそれとして、何時までシャワー浴びているつもりだよお前」

 

「……?」

 

 そう言うとレーヴァテインが首を傾げる。知識や言葉を間違いなく彼女は理解しているし、此方の言葉にも反応するし、従う。

 

「シャワーの下から出て来い」

 

 そう言うと彼女は素直にシャワーの下から退いて、濡れない反対側まで移動する。

 

「シャワーの下に戻れ」

 

 そう言うとレーヴァテインは迷う事無くシャワーの下へ、疑問を浮かべる事無く戻った。そこには迷いも疑いも、嫌悪の感情さえも感じない。機械的に、ではないが、それでも一切疑問を感じずに命令を受け入れていた。それがさも当然の様に。だが、

 

「シャワーの下から出たいのなら出ていいぞ」

 

「……?」

 

 自発的な行動を促す言葉を投げかけると、彼女はそれに首を傾げる。レーヴァテインには自発的な意識が欠けている。姿が人形の様だが、その行動も人形的だった。いや、感情や意識、そして知性がある分AIとでも呼んだ方が早いだろうか。人間的ではあるが、()()()()()という感じがある。元が武器で、そこに知識と知性を与え、しかし、人格、或いは人間性というものが存在しなかったからサーヴァントとして生み出されてこういう武器にAIがついた、みたいな感じになっているのだろう。

 

 命令を聞くコマンド―ルみたいな感じだ。

 

 そう、オートマタを相手にしている様な。

 

「……原因は《狂化》と《起源覚醒》か?」

 

 《狂化》は本来は理性を奪うスキルらしいが、《狂化》のランクが低いのが影響しているのか、レーヴァテインは理性を失っておらず、言語を奪うだけに留まっている。これが普通にコミュニケーションを取らなきゃ裏切られる可能性のあるサーヴァントであれば致命的なデメリットになったかもしれないが、それが存在しないレーヴァテインにとってはデメリットにはならず、能力を上昇させる為のメリットスキルとしてしか機能していない。

 

「となると《狂化》の方じゃねぇよな」

 

 そう呟きながらシャワールームの椅子に座る。正面に居るレーヴァテインが此方を見ている。その瞳からは理性と知性は感じるが、人間性が薄く感じる。そんな彼女を見ていれば、マスター権限としてサーヴァントのステータスを見ることが出来る。足を組んで胸を持ち上げるように腕を組みながら、一つのスキルに注目した。

 

起源覚醒:EX

 このスキルは同ランクの精神汚染を兼ねる。

 生まれたその瞬間から起源に覚醒しており、それを果たそうと行動する。

 完全に起源に汚染されており、行動の基準・思考・理由がそれを中心とする。

 また、自身の血肉と全ての魔術的行動に対して起源の属性が付与される。

 

「……《精神汚染》か。これが原因か?」

 

 《起源覚醒》と同ランクという事はEXランクの《精神汚染》を患っているという事でもある。それはそれ自体で、コミュニケーションが成立しないというレベルだし、《狂化》が理性を象徴するなら、《精神汚染》は人間性、という所だろうか? だったらこれ、正直精神汚染部分は邪魔だし、

 

 消しちゃえばいいんじゃないかこれ?

 

「……」

 

 レーヴァテインを見る。焔の様な髪にドレス。どこか、触れてはならない神聖さを感じさせる姿でもある。そういう神秘的な物ほど穢したくなるのが人間の性なのだろうか?

 

「お前はどうだ? そこらへん興味あるか?」

 

「……?」

 

 意味が解らないのか、レーヴァテインは首を傾げた。彼女にそこら辺の判断はつかないのだろう。おそらく、彼女をこのままにしておいた方が遥かに使いやすいのだろうと思う。今の彼女はプログラムの様な状態で、此方の言葉や考えに即座に反応してくれる。必要な時に必要な物を即時に読み取って変容してくれるのだから、戦闘を考えればそれでいいのだろうと思う。

 

 だけど、このままにしておくのはあまりにもつまらなく感じる。

 

 そもそもまともな魔術師から大きく外れているのが自分なのだから―――どうせならこのまま、自分らしくやらせてもらおうではないかと思う。それが余計だとしても。

 

 そう決まれば簡単だ。おいで、と手招きすると此方へとレーヴァテインが近寄ってくるので、椅子の前に膝をついて座らせた。そのまま視線の高さを合わせ、両手でレーヴァテインの顔を掴んで目を覗き込んだ。

 

「……聖杯戦争の召喚のシステム、作ったのは間違いなく天才だけど後から積み上げて機能を追加している痕跡が見えるんだよなぁ、これ」

 

 ゼルレッチは()()()()()()聖杯戦争は一度しか発生しておらず、これが二度目だと言っていた。

 

 ……事前に()()()()()()()()()()()()()()()()だったかもしれない。あの爺、普段は全くこっちの面倒を見ないのだが、フラっと顔を見せた時は何かいつも爆弾か使えそうなものを口に出して行く。たぶん、自分が出した情報や魔術、能力を全て拾われる前提で行動し、活用しきれないのならそのまま死ぬか廃人になるかというのを真面目にやっているのだろう、あの魔道元帥は。

 

「この聖杯戦争の術式ってのは元々平行世界から来てるのかねぇ」

 

 たった一代で完成させるには聖杯戦争というシステムはあまりにも複雑すぎる。自分がレーヴァテインの瞳を通して、鏡映しで自分にその術式を読み取り、そしてそれを解析しながら見れば、年代ごとに何度か改造と改良を繰り返されながら変質して行く、聖杯戦争の術式としての歴史が見えた。

 

「……この形は……アインツベルンか? あっちの事に関してはあんまり詳しくないんだけどなぁ」

 

 どこかで見た事のある特徴的な術式に軽く首を傾げながら、システム的な部分を解析して行く。聖杯そのものか、或いはサーヴァントがいるなら解析は可能だ、とレーヴァテインを見ながら判断する。第一マスターとサーヴァントはパスを通じて繋がっているし、システム的にステータスなんてものを見れて、その上でスキルという形でそれが反映、確認できているのだ。

 

 既にとっかかりは存在する。後はゼルレッチに言われたことを思い出し、()()()()()()()()()()()()()()()()であることを意識し、

 

「見つけた。これがスキルに関するシステムか」

 

 と、サーヴァントのスキルシステムに関する部分を発見する。

 

 或いはサーヴァントの霊基システム。

 

 サーヴァントフレームとでも呼ぶべきか。

 

「……施設があるなら霊基再臨やスキルの強化が出来そうだなぁ、これ」

 

 まぁ、そこらへんの施設とか道具は結構複雑そうだし、今、この場では少し無理だ。一応シャワーの冷水で禊ぎの代替を行ってあるからこの場で即座に改造作業を行えるが、複雑すぎるのは無理だろう。そういえば風の噂でオルガマリーがサーヴァントの召喚と強化を行える施設をカルデアだとかなんとかいう場所で建設するという話を聞いた気がする。

 

 ……オルガマリーに会っとけばもう少しどうにかなったのかもしれない。

 

 まぁ、そこらへんは嘆いていてもしょうがない。とりあえず、聖杯戦争のシステム的な部分にクラッキングする準備を整えておく。どことなくだが、介入する隙が幾つかあるのだ、これ。或いは元々そういう風に設計されているのかもしれない。とりあえずは自分の中で術式をゆっくりとくみ上げ、準備を完了させたところで、

 

「あー……外側からじゃ干渉しづらいか。じゃあ内側からやるか」

 

 首を傾げているレーヴァテインの体をそのまま腰に手を回して引き寄せながら、そのまま唇を重ねた。見た目はどうあれ中身の方は純粋な兵器だから一瞬だけ不安を覚えたが、重ねる唇の柔らかさと、そして舌を進める口内の感触は知っている通りの女子の感触だった事に安堵を覚える。

 

「……?」

 

 レーヴァテインの方はその意味が解らず、口を割られ舌を入れられた状態でもきょとん、とした表情をいつも通り浮かべるだけだった。意味が解っていないらしい? 抵抗がないのはやりやすい。粘膜接触を媒介にそのまま霊核へのアクセスを行う。

 

「んっ、ちゅっ……れろっ……お前が女で良かったわ」

 

 男だったらゾっとしなかったな、と思いつつ舌先を突く感触を得る。此方を真似るように舌を動かし、絡めてくる。意味を解ってやっているモノではなく、反射的な行動だろう。そういう人間っぽさはあるらしい。唇を重ねながら唾液を混じらせ、舌を絡めるレーヴァテインの体が時折びくり、と震える。その表情を息継ぎの合間に盗み見れば、目がどんどんととろん、とした夢見心地の様子へと変わって行く。

 

 どうやら此方に対する耐性はなかったらしい。腰砕けになり、体から力が抜けて行き、此方に倒れ込んでくるのを片手で支えつつ、口を離した。

 

「ふぅ―――どことなく《夢幻召喚》に似ているシステムで助かったな。いや、爺の《夢幻召喚》がサーヴァントシステムを参考にしていただけか。とりあえず終わり、と。ふぅ、堪能させてもらった」

 

 やっぱ女を相手にするっていいわ、と思いながらステータスを確認する。

 

起源覚醒:EX

 生まれたその瞬間から起源に覚醒しており、それを果たそうと行動する。

 完全に起源に汚染されており、行動の基準・思考・理由がそれを中心とする。

 また、自身の血肉と全ての魔術的行動に対して起源の属性が付与される。

 

 ステータスの《起源覚醒》から精神汚染部分がちゃんと消え去っている。《万華鏡》で慢性的な魔力不足は解消されたとはいえ、かなりの魔力を持っていかれたので結構驚いている。とはいえ、自分だけではなく、()()()()()()()()()()()()()()と言うのがこれで分かった。

 

 或いは強化したり弱体化したりする事に特化した魔術、スキルを学べれば《夢幻召喚》と組み合わせて、触れずにサーヴァントの情報を一時的に書き換えるぐらいの技は作れるかもしれない。想像しただけでかなりの難物になるだろうと思うが。まぁ、これでとりあえず直下の問題を解決だ。

 

 ともあれ、レーヴァテインを見る。

 

「……はぁ、はぁ……はぁ……」

 

 胸を上下させながら酸素を求めて少し、息を荒くしているのが見え、目は未だにとろんとしており、正気に戻っていないらしい。とはいえ、この先はダッチワイフを相手するようなものだ。

 

「もうちょっと人間性がついて覚えていたら続きをしような?」

 

 明日、生きているかすらも怪しいが、これぐらいのご褒美がないとやっていけない。ともあれ、

 

 ……今の魔術行使でまた体が火照ってきたので、冷水タイムだろうなぁ、と溜息を吐いた。

 




・レーヴァテインとの親和性(相性)が上がった
・《起源覚醒》から《精神汚染》が削除された
・レーヴァテインの《変容》バリエーションが増えた
・レーヴァテインの中で人間性が発芽した
・親和性の向上により2点のSPを取得した!

 【敏捷】C(4)→A(5)に割り振り上昇。

 魔力敏捷優先なのは完全に趣味(ヒット数とNP効率に関する項目だから)。運で星集中関連、耐久がHPで筋力がATKなので、次の筋力>=体力>運で伸ばして行きたい感じ……。

 えっちぃの続きはレバ子コミュがダイスで当たったら。次回はシナリオ2前の最後のコミュ、そして熱烈+判定ダイスでクリってしまったコミュだよ。


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幕間コミュニケーション3

 全てが燃えている。

 

 世界が、空気が、大地が、水が、命が―――星が。

 

 全てが燃えている。この惑星という存在そのものが炎の中で終焉を迎えていた。星を、その命を支える巨大な樹は紅蓮の中、焼かれていた。悲鳴を上げながら世界そのものが炎に包まれ、惑星の中心へと向かって縮小を開始していた。それにつれて炎に焼かれた命が見え始める。原初の炎が、滅びの炎が世界そのものを覆い、中心点へと向かって行進を進めていた。既に頂の神鳥は焼き尽くされて命を奪われ、そして多くの神々が炎に焼かれて死滅していた。

 

 それは一つの神話の終焉だった。起源の記録、或いは記憶。起源そのものから引きずり出された炎の色。そこに焼き付いた過去の景色。それが彩るのは神話の滅びだった。

 

 美しい。一言で表現するならそれに尽きた。積み上げられた文明。築かれた文化。そして奏でられた物語。何度も何度も積み重ねられてきたそれが今、炎の中で焼けて消えて行く。この神話という名前の惑星は今、終焉を迎えている。積み上げられた全てが一つの滅びによって完全に破壊を迎えようとしていた。炎の中に焼き付けて、痕跡だけを残して星その物を滅ぼし、次の時代へと進む。

 

 完全にすべてを焼き尽くし、星その物を消去し―――新たな星と神話の終わりを始める。

 

 そうやって世界は回る。それが神話の時代。それが混ざらない物語の真実。それぞれがどこかで終わり、混ざり合い、そして星へと繋がる。地球へと繋がる。神話の世界は複雑怪奇である。だがそれは確かに存在していた。神々が滅ぼし、世界が燃え尽きても、その痕跡は、神話の片鱗は受け継がれる―――次の星へ。

 

 そうやって今の世界はある。

 

 それを見ている。そう、見ている。この目で。この肌で。心で。魂で。剥き出しの精神で焼けて行く世界の景色を見ている。それは焼き付く記憶。起源そのものが見せているモノだった。実在した事の再現―――そこに巻き込まれている。それを今、見ていた。そして炎が世界を呑む様に、そこに己も呑まれる。今までのとは違う。魂を燃焼させる炎。

 

 それに触れてしまえば一瞬で死を迎える。

 

「―――とはいえ、そのエンディングは少し乱暴すぎやしないかな? 僕としてはこんなところでリタイアされても困るしね、ちょっと余計だったかもしれないけど待ったをかけさせて貰おうか」

 

 気が付けば見える景色が変わっていた。解放された鋼の鳥かごの中に居た。周りには一面の花畑が。鳥達は鳥かごを囲む様に舞い、歌い、そしてそこは一面の楽園を展望できる場所だった。だが、それはどこまで行っても鳥かごであった。逃がさない為の場所。そこは楽園に用意された囚人の居場所だった。星の終わる夢はもうなかった。そう、夢は終わった。

 

「ここは夢界か」

 

「流石は鏡界の魔術師と言ったところかな? 或いは最新の魔法使い候補生とでも呼ぶべきか」

 

 気づけば椅子に座っていた。いや、ここは夢だから当然だ。そして夢であると理解したからこそ、自分の夢で何が起き、何が発生しようとしたのかを理解し、一瞬で顔を青ざめた。先ほどまで自分が見ていた景色は―――レーヴァテインの霊基に残された記録だった。つまり()()()()()()()()()だ。そんなもん、人間が耐えられるように出来た訳じゃないと自分に説明するのはこれで何度目だろうか。

 

 寝ている間に回線不良で死ぬとかマジで笑いものにならない。

 

「ま、軽率にシステムを弄ろうとした報いだよ。発想は悪くないけど。バックファイアの対策がおろそかだったのさ」

 

「初めて弄るシステムなんだから許してくれよ……」

 

 そう言いながら、自分の喉から溢れる声が女の物ではなく、男の物であるというのに気付いた。いつの間にか座っていた椅子、肘を乗せていたテーブルから顔を持ち上げ、視線を正面へと向ければそこには長い白髪をした少年の様な青年の様な、女の様な男の様な、或いは少女のようで老人の様な―――そんな魔術師の姿があった。その膝の上にはこれもまた、犬か、リスか、猫か、判別のつきづらい生物が体を丸めている。

 

 夢のルールでここに居る以上、自分がこれを夢だと自覚した時点で目の前の魔術師は拳の中に握られ、捕まっている様な状況である筈だった。だがそれを自覚しながらも、魔術師は涼しげな表情を浮かべている。

 

「お前は……」

 

「僕かい? 名乗る事に意味はあると思うかい? ほら、こういうのって直ぐにばらすよりもある程度引き延ばしたほうが受けがいいしさ、大体はアタリを付けていてもぼかして話を進めるのがマナーというものじゃないかな?」

 

「こいつ、性根が爺とどっこいレベルだわ……」

 

 流石伝承の時代から生き続けている魔術師は肝が違う、と溜息を吐いた。

 

「それで、なんでこんな事を?」

 

「うん? あぁ、言ってしまえばちょっとしたアフターケアだよ。ヒースロー空港で君がバーサーカーを呼び出した時、あの炎を放置していれば()()()()()()()()()()()()()()からね。アレに対処してセイバーと君の鬼ごっこが始まるまで時間を稼いだのは僕さ」

 

 ……そういえば、あの時なぜか救急車の中目を覚ましたことを思い出した。タイミング的に爆心地に居たし、マスターだけを綺麗に焼かないなんて器用な真似がバーサーカーに出来る筈がない。そして空港がクレーターだけを残して消えているのを考えれば、確かに誰かがあの時、介入していなければそのままグラウンドゼロと共に消し飛んでいただろう。しかしそこに準魔法級の魔術師が関わっているとは思わなかった。

 

 そもそも、彼、或いは彼女が本当に自分の思うような人物なら、モルガンによって楽園に幽閉されているはずだ。それに人間に干渉するような人物でもない。

 

「まぁ、そうだねぇ」

 

 そう言って魔術師は笑った。

 

「だけど流石の僕でも彼女が愛したこの大地を、そのまま灰にされるのを黙ってみていられる程無責任な訳でもないのさ。一応、こう見えてもウーサーと共に計画を進めてしまった事に対しては反省しているんだよ……今考えれば、やり方を変えるべきだったんだろうけどね。これもまたブリテンの為に必要な事だったのだろうけれど」

 

 ま、と魔術師は言葉を放った。

 

「アフターケアさ。実際、今のを放っておいたら全自動放火マシーン化していただろうしね。流石の僕も何かが出来るのにそれを見逃すのは心が痛む。僕たちがあれだけ苦心して守ってきたブリテンなんだ、そう簡単に滅んでもらっては困るからね! ま、逆に言えばそれ以外の事では僕も働こうとは思わないんだけれど」

 

 中々、物語で描かれる様な隠者らしい性格をしていた。それはともかく、先程の夢界から助けられたのは非常に感謝している。起源の影響で夢であるというのは自覚できるのだが、そこから抜け出せるかどうかで言えばまた話は別だ―――それはそれとして、起きたらパスとフィルターの確認をしなくてはならないだろう。もう一度、寝ている間に焼き尽くされない様に。

 

「さて、あまりこうやって長く顔を突き合わせているのも良くないからね。君はそろそろ君の現実へと戻ると良い。出来る事ならこの一瞬の邂逅さえも忘れて貰った方が良いんだけれど―――うん、無理そうだね!」

 

 そりゃあな、と言葉を口にする前に現実と夢の境界がぼやけた。一瞬、視界の全てがぐにゃり、と歪んだ。

 

 そして気づけば自室の天井を眺めていた。

 

 頭の下には枕の感触、そして腹の上にはレーヴァテインの頭が乗っていた。サーヴァントは睡眠が必要ではないらしいが、このサーヴァントに限っては何故か寝ていた。色々と謎の多い少女だったが、幸せそうに眼を閉じて、体を丸めながら眠る姿は邪魔が出来なかった。

 

「……ふぅ、伝説の花の魔術師か。良く見えなかったな」

 

 或いは夢と言う領域だったから当然だったのかもしれないが。あの夢界での出来事は終始、完全に花の魔術師が管理、制御していた。夢の中に導かれたものはそれが夢であると自覚した瞬間、その夢に対しては絶対強者になるというルールが存在するのだが、あの魔術師はそれを無視していた。それこそたぶん、あの魔術師を超える圧倒的な怪物でもない限りは相性差なんてひっくり返すだけの実力があるのだろう。

 

「羨ましいもんだ」

 

 そう呟く声は女の声だった。手を胸へと持っていけばそこには女らしい、大きな膨らみがあった。夢の中では男の姿をしていた、という事は自分のアイデンティティがまだ男であることを証明している。それが崩れる前に何とか元の姿を取り戻さなくては、と思いつつ、ベッドの横の空間へと視線を向けた。

 

 鏡を砕くイメージで魔術回路を起動させ、魔力を生み出す。そこに《万華鏡》を組み込むことで半永久的に魔力を生み出し続ける事が出来る為、効率を大幅に短縮しつつ魔術を発動させる。イメージするのは楽園の花々―――それが咲き誇る景色。

 

 現実さえも騙す程の美しさ、それをイメージして出力する。それに従う様に部屋の床から一面の花畑が出現し、甘い匂いが室内を満たし始めた。夢の中でお手本ともいえる最高位の幻術を見せて貰えたおかげか、なんとなくだが幻術の使い方が解った―――馴染んだような気がする。

 

 そのほかにも、あの短い会話で盗み見れた術があった。

 

「まぁ、お土産って事で貰っておこう」

 

 溜息を吐きながら目を瞑った。窓の外から僅かにだが光が差し込んでいる。既に朝を迎えていた。再び眠って夢に殺されるのも嫌だし、ちょっとだけ目を瞑って頭を休ませているだけだ。それを十数秒間ほど続けて、漸く目を開ける覚悟を決める。

 

 はぁ、と溜息を吐く。

 

 謹慎が解けてから一週間が経過した。ゼルレッチに振り回されるばかりの一週間だった。あの爺さんに言われるまでもなく、最近は体を積極的に鍛えている。おかげで魔力と足の速さに関しては中々、他人に自慢できるレベルで上がってきている。

 

 それでも筋肉がつかないのはやはり女の体だからだろうか?

 

 まぁ、嘆いたところでしょうがないのは事実だ。結局は持っているものを使って戦い続けるしか自分には出来ないのだ。聖杯戦争、此方の準備とか関係なく進行してくるからまったく困ったものだ、と溜息を吐く。

 

 まぁ、伝説の楽園は実際に存在していたし、困ったらブリテンを焼くぞ、と脅迫して引きずり出せばいいや、と思いつく。

 

 使えるのなら死にかけの婆ですら使えと最近のブラック企業は言うのだ、なら引きこもりの魔術師一人ぐらい死ぬまで使っても問題ないだろう。ブリテンを人質にして。

 

「……良し、馬鹿な事を考えてたら眼が冴えてきたな」

 

 まだ味噌が残っていたから味噌汁を作って、ついでに高菜とご飯を一緒に出して、後は昨夜の余りものでも食べよう。それが終わったらソシャゲのログボ回収してから朝のジョギングだろうか。

 

 時計塔、メシに気を遣う連中が少ないから自炊が出来ないと本当に地獄を見る辺り、人間の住む環境だとは思えない。ともあれ、

 

「もうそろそろ、聖杯戦争に進展があってもおかしくなさそうだし」

 

 頑張りますか、そう呟きながら新たな一日を始めた。

 




・《幻術》の習熟度が大幅に上がった
・《英雄作成》を取得した (習得判定c結果
・アヴァロンの存在を知覚した
・星の終わりの夢を見た

 という訳で有能スキル2個分強化と習得で花の屑野郎コミュ。コミュ相手で熱烈引いて、そして習得でcが出たので出さざるを得なかったという。

 これで3連コミュは終了。次回から聖杯戦争2シナリオ目だけど、しばし時間かかるかな。


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霧の殺人鬼を追え!
倫敦一丁目


「起きて、ジョギングして、シャワー浴びて、飯食って、勉強して、運動して―――ここ二週間で物凄い健康になった気がする」

 

 謹慎が晴れて一週間が経過した。その一週間の間に驚くほどの成長を遂げた。凄まじいほど魔力と敏捷が伸びた。特に魔力に関しては強・サーヴァント級の魔力を有しているとさえ言えるレベルになった。その一端はまず間違いなくゼルレッチから学んだ《万華鏡》の式に存在するのだろうが、それでもまるで今までの怠慢を振り払って追いつくような目覚ましい成長に、驚きがないと言えば嘘になる。

 

 或いは神代の遺物であるレーヴァテインを装備し、半融合状態にある事が直接自分自身の改造に繋がっているのかもしれない。どちらにしろ、強くなるというのは悪くない事だった。強くなければ生き延びられない。それが聖杯戦争のルールだからだ。そして今、自分の強さは足りていないと思っている。

 

 少なくとも今、増えた手札でセイバーと戦っても()()()()()()()だろう。

 

「なんとか銃を手に入れたけど、これでも焼け石に水、ってところか」

 

 朝の諸々を終わらせたところ、何時もの如くジャージ姿で学生寮の屋根に上に座っている。花の魔術師から覚えた《英雄作成》を自分自身にかけてみたり、《夢幻召喚》を使った英雄の動きのトレースは、指導者に鍛練を頼むよりもある意味効率的なトレーニングとなっていた。激戦を潜り抜けてきた英雄の動きをコピーして反復練習すれば動きを覚えるし、《英雄作成》で自分のスペックを1段階引き出せば、それだけ火事場の馬鹿力、とでも表現できるスペックを出し切れる。

 

 最近ではひとっ飛びで屋根の上に着地するだけの身体能力をこのコンボで出すことが出来た。それが存外楽しいのだ。レーヴァテインを握っていればそれによる身体ブーストで屋根から屋根への跳躍移動だって出来る。

 

 なんともまぁ、身体能力がファンタジー染みるものだ。

 

 だけどこれが英霊の領域なのだ。

 

「あー……英霊って凄いわ。そりゃああれだけテロっても死なないわけだ」

 

 実質、英霊は通常の人間の3倍のスペックを誇っている。肉体的には。彼らは英霊と呼ばれるまでの鍛錬と経験があり、自分が知らないような激戦を経て名声を得た。それだけじゃなくて古い英霊ともなれば濃密なマナやエーテルが存在した時代に生きていたかもしれない。そうなってくると根本的に肉体の作りが変わってくる。スペックが違うのは当然と言えば当然なのだろう。だけど限定的にだが技術や動きを再現する《夢幻召喚》、そしてスペックを問答無用で上げる《英雄作成》は怪物的だ。

 

 それ以外にも盗み見た《幻術》。花の魔術師が使っていたのは現実がそれが正しい、と思い込むレベルの密度だった。本来、間違った現実は排除されるのが普通なのだが、世界に対して行った幻術の方が正しいと誤認させ、それを維持する事があの魔術師にはできた。あのレベルは無理だが、それでも一回、見れたのは望外の幸運だった。

 

「世界は広いなぁー……広すぎて絶望したくなるぜぇ」

 

「おーい、キョウジー、屋根の上で何やってるんだー」

 

「ブラック企業から逃げ出したのはいいけどブラック企業が根回しして再就職にありつけないサラリーマンが今自殺しようかどうかってのを真剣に考えている姿の真似―」

 

「マジかよ。ジャパンやべぇーな。ツイッターに流していい?」

 

「俺の雄姿を全世界に流せよー」

 

 通りすがりの魔術師学生とバカみたいなやり取りを交わしつつ、屋根の上に倒れ込んだ。最近、生活が劇的に変化したのは結局のところ、()()()()()()という気持ちから湧いて出た行動だからだ。

 

 聖杯戦争が終わればこの生活も終わる……そうなったらどうなるのだろうか? 元の自堕落なテロ生活に戻るのだろうか? どちらにしろ、今考えていても無駄であるのは確かだ。なにせ、今のままではその後に到達できるかどうかすら怪しいのだから。ともあれ、今は学べるだけ学び、そして鍛えられるだけ鍛える必要がある。

 

 優先度は【魔力】>【敏捷】>【耐久】=【筋力】=【運】、という所だろうか。

 

 魔力を鍛える方法、俺の方が知りたいのだが。ともあれ、何時までも屋根の上で日向ぼっこをしている訳にもいかない。既に日は昇って、徹夜で研究をしていた学生たちが講義の為に学舎へと向かって行く姿が見え始める。自分も今日はどこか、適当な講義に潜り込んで魔術の一つや二つを盗んでこようかと考えている。一番手頃で使いやすいのはどれになるだだろうか? と、考えた所で、

 

「―――クソ弟子め、見つけたぞ」

 

「あ、クソ爺」

 

 起き上がろうとしたところでゼルレッチがすぐ後ろに立ちながら見下ろしているのが見えた。そこで軽く飛び跳ねて起き上がりつつ、体の埃を叩いて落とす。ふぅ、と息を吐きながら軽く首を回し、

 

「俺のジャージ姿を至近距離で見たな? 金を出せ」

 

「10万£でいいなら出すぞ? ―――それで借金は欠片も減らんがのう」

 

「クソが……」

 

 相変わらず舌戦では欠片も勝利出来ない師弟関係だった。はっはっは、と大口を開けて笑っているゼルレッチはなんというか、此方のリアクションを一つ一つ楽しんでいる様な感じさえあり、本格的に勝てないような気がする……人間として。流石は不死の魔法使い、といったところか。魔法使いなだけではなく人間を止めているから戦闘力的にも一生勝てる気がしない。

 

 そんな事を考えながらゼルレッチの登場に、聖杯戦争の状況が遂に動き出すのか、というのを感じ始めていた。

 

 

 

 

「―――ロンドンで連続殺人事件?」

 

「あぁ、最近になって始まった事じゃ」

 

 ゼルレッチの執務室、入り口のない部屋に転移で連れてこられたところでさっそく、という速さで話に入った。ここら辺、無駄にしない辺りが魔術師らしいと思いつつも、ゼルレッチの話に耳を傾ける。それを持ち出してきた、という事はきっと聖杯戦争に関する事なのだろうと思う。何せ、一か月というタイムリミットしかないのに、持ち出してきた話なのだ、無駄な事はさせないだろうと思う、流石に。

 

「数日前からロンドン市内で連続殺人が発生しておる。不思議な事にその殺人事件は発生した後ではないと絶対に発見できず、目撃者が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という不思議な性質を持っておる。まるで魔術を使われたようにな」

 

「……だけど魔術の痕跡がなかった?」

 

「うむ。魔術の痕跡はない―――だが神秘の痕跡はあった。故にこれをサーヴァントによる仕業か、何らかの幻想種の仕業だと断定した」

 

「いや、爺の事だから既にこれがサーヴァントの仕業であるのを確認してから俺の所へと持ち込んできているだろ?」

 

 その言葉にゼルレッチはニヤリ、と笑みを浮かべた。そして執務机の引き出しの中から数枚の資料を此方へと投げ渡した。受け取ったそれを確認すれば、その中に書かれてあるのはここ数日発生している連続殺人事件に関する情報であり、どうやら警察署から持ち出してきたものらしく感じられた。

 

 もぉ、だから魔術師はすぐに犯罪行為に手を出すんだから―――とか、冗談めかしく言っても連中は絶対に反省しない。まぁ、自分もそこらへんはめちゃくちゃ反省しないというか普通に催眠や暗示でカツアゲするので何も言えないのだが。

 

 ともあれ、受け取った書類を脇に挟みつつ、ゼルレッチへと視線を戻した。

 

「これだけ?」

 

「これだけ」

 

「ヒントは?」

 

「ない」

 

「クタバレ」

 

「殺せるぐらいに強くなるのを楽しみにしよう」

 

 現状、レーヴァテインぶっぱでも殺せなかったのは事実である以上、本当に殺す手段が皆無なので、笑っている爺に対して殺意しか湧かなかった。こいつを殺すにはマジで魔法使いになるしかないのではないだろうか? と思いつつも、魔法は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という明確な制限が存在する。その為、同じ方法では絶対に魔法に至れない。どうやって魔法使いになったのかを調べるだけ無駄なのだ。

 

 何時か、絶対魔法使いになって爺を殺そう。心にそう近いながら中指を突き立てて別れの挨拶を告げて部屋を出た。

 

 扉を繋げる先は自分の部屋。

 

 とりあえずは、ゼルレッチに渡された資料を読みたかった。扉を後ろ足で蹴り閉めながら部屋に戻った所で、椅子に座り、そのまま資料を読み出そうとしたところでレーヴァテインが姿を見せた。今までなら呼ばれない限りは絶対に出現しなかったレーヴァテインだが、自主性が育ってきたのか、自分から出現するようになっていた。

 

「なんだ、一緒に読むかレティ」

 

「……」

 

 レーヴァテイン―――そのままそう呼ぶのも可哀想なので、レティと名付けたバーサーカーはコクコク、と頷いて椅子に座っている此方の膝の上に座ってきた。今は姿が小さい事もあって、特に苦にはならない。そうやってレティの姿を膝に抱えつつ、腕を回すように資料を握り、その内容を見た。

 

 書かれてあったのは八日前から始まったロンドン市内での連続殺人事件に関してだった。テレビをつければゲームを、パソコンではネトゲばかりやっている自分が世間から離れている間にこんな事件が発生していたとは驚きだった。いや、ニュースを見ていないのが明らかに悪いのだが。それはともかく、読み進めればゼルレッチの言っていたことが解る。

 

 事件現場を目撃した人間は事件の後で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実。事件に居合わせたはずの警官が()()()()()()()()()()()()()()という出来事が発生している。目撃した筈なのに目撃した事が思い出せない。そんな不可思議な現象が殺害現場では発生していた。だがそれだけではない。

 

 殺害されているのは全て女であった。

 

 腹を切り裂かれ、子宮を引きずり出され、その胎の中に()()()()()()()()()()()()()()様な痕跡が被害者には揃っていた。それが八日前から毎日、犠牲者を一人だけ出しながら続いていた。

 

 それがロンドンで発生している事件の内容であり、事件はReturn Of The Ripper、即ち切り裂きジャックの帰還として大きく扱われていた。

 

「ジャック・ザ・リッパーか。確かに聖杯戦争には英霊だけじゃなくて大きな罪を犯した反英雄って連中も登録されているんだっけ? まぁ、武器が召喚されている時点で何でもありっちゃあなんでもありか……」

 

 レティを膝の上に乗せたままぐるり、と椅子を回してパソコンの方へと視線を向け、ブラウザを起動する。そこにジャック・ザ・リッパー、WIKIと入力して検索する事にする。図書館なんてところへと行くよりもこっちの方が遥かに早いし効率的なのだ。そんな訳で素早くWIKIを確認する。

 

 ドイツ人だったりユダヤ人だったり、諸説が多すぎて話にならない。

 

 ただ昔、ロンドンでは娼婦を専門に狙って殺していた、とは書いてある。現代に風俗嬢はいるが娼婦はいない。いや、一緒か? いや、その考え方は失礼か。性産業に関してはぶっちゃけ、そこまで知識はない。割と魔術師はそこらへんオープンというか、性行為は魔術的に割と意味が大きいので。そっち方面も軽く調べたほうがいいかもしれないが、とりあえず、

 

「現地での調査と発見者に聞き込みかなぁー……」

 

 まぁ、調査とは地道だし、大体こんなところからスタートだよな、という話になる。資料を読み進めている感じ、事件の発生場所と、そして時間帯は把握できた。事件はその死体の状態から大体夜中の間に発生していたのが解るらしい。つまり昼間に情報収集を行い、夜中に事件現場を調査すれば良い感じになるだろうとは思う。第一、魔術師の戦いは夜に行う、という暗黙の了解がある。

 

 セイバー? 何それ? 僕知らない。

 

 アレは例外である。誰が真昼間からテロを開始すると思うのだ、しかもあんな堂々と。と、そんな事を考えている間に思い出した。

 

「そう言えばルヴィアに呼び出されていたな(選択コミュ)

 

 何の用か、と思いつつ普通に会いに行く準備をするのはここ最近、というよりはペナルティによって性別を変えられてからの生活支援をエーデルフェルトというよりはルヴィア個人に色々と面倒を見て貰っている事があるからだろう。

 

 なんだかんだで服の着方、髪や肌の手入れ、化粧品の使い方とか色々と教えられている。こんなにも男と女で生活に違いがあるなんて、当初は思ってさえもいなかった―――幸いなのは生理をまだ経験していない事だろうか。女子ならば一回は絶対に経験するというアレ、本当に来るのかと思うと色々と恐ろしい。その時だけ男に戻って回避できないだろうか。ゼルレッチの組んだことだし、無理だろうなぁ、とは思う。

 

 とりあえず何時も通り、クソダサTシャツとジーパン、その上からライダースジャケットを羽織るという恰好に、ベルトに入手した銃や、礼装のトランプを差し込んで街へと出る準備は整えておく。ルヴィアの所によってからロンドンへと出ようと、そう決めてエーデルフェルトの屋敷へと向かう事にする。

 

 もう既に何度か訪れている、という事もあって迷う事も問題もあることなく到着する―――いや、移動するだけで問題が発生するのはおかしいように思えるが、実際ここは時計塔だ。つまりは魔術師の庭だ。油断すると偶に行方不明になる人間が出るのが恐ろしいところだ。

 

 そんな訳でちょくちょく道中注意しつつも、ルヴィアのいる屋敷へと到着する。ここら辺は慣れているもんで、扉の前に立てば普通に中へと案内される。聖杯戦争の始まる前はほとんど会う事もなかったのに、始まってからは世話になりっぱなしだなぁ、と思いつつも中に案内されたところで向かう先はいつも通り、応接室だった。

 

 そこでは腕を組んで待つルヴィアの姿と、そして横の椅子の椅子の上に用意された服装らしきものが見えた。

 

「街に調査に出る前に来たぞー」

 

「だとすれば丁度良かったのかもしれませんわね。実は対英霊を想定した戦闘用礼装を用意したのだけれど、腐らないで済みそうですわね」

 

「え、マジか」

 

 割と真面目にルヴィアのその言葉に驚愕していると、その言葉を証明するように、ルヴィアが椅子の上に置かれた服装のセットを見せた。インナー、上着、スカート、ブーツ、リボンという風に分かれており、それぞれ何らかの神秘的な素材を使った作成されており、礼装としての役割を果たすために術が刻まれているのも見える。

 

「耐久度の上昇などを刻んでおきましたが、個人での趣味や色々な問題もあるでしょうから、完全には終わらせないで自分で弄る為に不完全な状態で終わらせておきましたわ。これから英霊などと戦うというのなら、それに相応しい道具も必要でしょうから、持っていきなさい」

 

「いや、本当に助かるし、嬉しいけど……いいのか? ぶっちゃけ、そこまでやってくれる程俺達別に仲が良い訳じゃないだろう」

 

 真面目な話、ルヴィアとは特別な友人関係にある訳ではない。さりとて、大きな関連がある訳でもない。ただ自分がゼルレッチ唯一の魔法使いとしての弟子で、ルヴィアは魔術師か魔法使いかは解らないが、ゼルレッチの弟子志望であるのだ。そしてゼルレッチに俺の面倒を見るように言われてはいるが、

 

「ぶっちゃけ、俺が助けを求めない限りはそこまで積極的に手を貸さなくても爺は何も言わないぞ? 助けてくれただけでも評価してくれると思うし」

 

「シュバインオーグ師の事を知る貴女がそう言うのならそうでしょう。ですが私はエーデルフェルトの女ですわ。やるなら徹底的に、全賭けしてそこに糸目を付けませんわ。そして何より貴女は今は私の前を進む人物―――私が弟子入りすれば姉弟子であってもライバルですわ。だったらとことんやる気を出して、今まで遅れてきた分を取り返して貰わないと、張り合いがいがないのわ」

 

 なんという……そう、名づけるのならルヴィアイズムとでも呼ぶべきだろうか。

 

 絶対的な自信。自分なら成し遂げるであろうという自信に満ちている。そしてその上で、同じ分野を走る人間は決して愚か者であってほしくない。自分と競う人物はそれだけの才能と実力のあるライバルであってほしいという潔癖さ。魔術師ではあるが、魔術師らしからぬ魔術師であろう。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは魔術師として()()()()()()とでも表現すべき女なのだろう。

 

 彼女は魔術師でありながら恐ろしいほどに真っすぐであった。

 

 その好意を無下にする事は出来なかった。

 

「ありがたく受け取らせて貰うよ。ついでに見とけ、聖杯戦争余裕のストレート勝ちしてくるから」

 

 その言葉にルヴィアはそうですわね、と笑みを浮かべた。

 

「それぐらいやって貰わなくては、私のライバルには相応しくありませんわ。それぐらいは期待しておりますわ」

 

 そんな言葉を受け取りつつも、新しい衣装を手に取った。先ほど入って来た時に軽く確認したが、衣装としては上着になる赤いジャケット、黒いインナーの様な服、同じく黒いフレアミニスカート、そしてストラップブーツだった。インナースーツの質感がちょっと癖になるというか、軽く触れてみると肌に張り付くような感じがする。だがそこに嫌悪感はない。サイズからすると袖の部分が極端に短くなっている気がする。

 

「とりあえず着替えてみるか」

 

 着てきたジャケットとシャツを脱ぎながらインナースーツに手を伸ばした所で、

 

「あぁ、そのインナースーツですけども、ブラジャーは不要ですわよ」

 

「え、マジか」

 

「着てみれば解りますわ」

 

 その言葉にやや恐ろしさを感じるが、ここ二週間で慣れ切ったブラジャーを腕を後ろに回して外しつつ、インナースーツを手に取り、そこの方を広げて首を通してみる。そういえば一部のスポーツ選手がこういう服装をしていたな、というのを思い出す。そんな事を考えつつも、インナースーツに首を通し、腕を通し、頭を引っ張り出して着てみる。独特の着心地は今までに感じた事のない感触だった。

 

 こう、肌を一瞬だけぞわり、と撫でる感触があるが、それが過ぎればフィット感が癖になる感じがある。女の肌は男よりも敏感なのか、それが良く伝わってくる。袖の部分が肩を少し過ぎたところ程度しかなく、ちょっと裏返っているのを引っ張りつつ、へそを覆う様に下に引っ張る。だがそれではどこか、胸元を押し潰すような違和感を感じる。

 

「あぁ、そこ、少し引っ張ってみると良いですわよ」

 

「おう? おぉう」

 

 首を傾げながら言われた通り胸のあたりを引っ張ってみれば、普通にインナーが伸びた。それを引っ張って調整してみれば、少し抑え込まれる感覚と共に、胸の形にインナーが伸びて覆った。ぴっちりと体に吸い付くインナーはインナーの上からへその形が見え、綺麗に胸の形を見せる姿を披露する。

 

―――これ、ぷそにでよく見る乳袋だ……!

 

 リアルに存在したのか貴様……! という明後日の方向に驚愕を抱きながら、体を軽く動かす。肩回りの駆動は一切問題がない。肩を回してもそこに引っかかる様な感覚を覚えない。凄まじい一体感を感じる。体を捻って動かしても違和感を感じないし、体を軽く伸ばすとインナーがそれに応じて伸びる。

 

 軽くジャンプするが、胸が激しく揺れる様な事はなく、ブラジャーを装着していた時同様、固定されているような感じがある。というかぶっちゃけ、アニメとかゲームである様な胸揺れが発生すると胸の中にあるクーパー靭帯が伸びたりぶち切れる。これが胸の垂れとかに影響するらしい上に、切れると元に戻らないらしい。まぁ、魔術でどうにかできるのではあるのだが、女の体としては非常に重要な事らしい。

 

 ブラジャーがない方が動きやすい、とか絶対に言えない事実がそこにあった。

 

 女の体って改めて面倒だと思う。

 

 それはともかく、着てみたインナーは着心地が良く、そして体にしっかりと吸い付き、胸を無駄に揺らさない様に守ってくれる上に、肌触りに違和感を感じない優秀なものだった。割と真面目にビビる。

 

「一体何を素材に使ったんだこれ……」

 

「世界の裏側から出てきたのかどうやら新鮮なヒュドラが最近、発見されたそうですわよ?」

 

「おぉ、それは……」

 

 幻想種のほとんどは世界の裏側へと消えた。今地上に残っているのは姿を隠す事が出来るほんの僅かだ。だが時折、幻想種が表側に出てくる事もある。とはいえ、ヒュドラの様な大型生物がそうも簡単に表側に出てくるとは思えない―――しかしこのインナー、ヒュドラの皮が素材となっているとなると、恐ろしいレベルでの高級品だ。

 

 まったく笑えない。だけど伸縮性や着心地の良さは流石幻想種由来と言えるだろう。

 

 だけどヒュドラが表側に出る。それはかなり、大きな意味を持つ。

 

「現実と幻想の境界、大丈夫なのか?」

 

 ジーパンを脱いだ状態になり、ジーパンからベルトを抜く。それをスカートに通してから、ズボンなんかと比べるとはるかに頼りないデザインの履物は女性用の衣装なのだが―――躊躇なく足を通して、腰まで持ち上げて位置を軽く調整しつつベルトを締めた。軽く腰を揺らし、スカートの裾がふわり、と広がるのを確認する。うむ、悪くはない。

 

「さぁ、そこら辺の事情は私には解りかねますわ、専門でもないですし。だけど空港の事件から引き続き、聖杯戦争とどこか、神秘が溢れだしている様な、そんな印象がありますわ―――本来ではありえない筈なのに。というか動きに一切疑問や乱れを感じないのですけれど」

 

 くるり、ふわり、と一回転させてスカートが広がるぎりぎりの範囲をチェックしつつほうほう、と呟き把握し、そらおめぇ、とルヴィアに言う。

 

「ストレス回避の為だわ」

 

「ストレス回避?」

 

 ルヴィアのおうむ返しに頷きを返しながら最後のジャケットを手に取る。此方も中々良い素材で出来ているらしく、その表面に触れるだけで解る。自分が普段使っているライダースジャケットよりも遥かに良品だ。多数のベルトなどの装飾も、どちらかといえばロックでパンキッシュな此方の性格に合わせてある様に思える。

 

「俺が今まで魔術を探求しなかったのは俺が起源覚醒して自我喪失状態にならない為だ。だけど、まぁ、俺の精神力も無限じゃないからな。起源を自覚している以上、それ以外の時ではほぼ常に精神状態を健全に保っておく必要がある。ストレスなんか溜め込むとその分心が疲れて弱まって起源への抵抗力を失うからな」

 

「だからその分、なるべく気負わずに楽しもう、と?」

 

「そういう事。なんか知らんが今は起源覚醒の心配もいらんからな」

 

 それが本当に不思議な事だ。とはいえ、今はある意味禁欲生活中だ。安易な自慰とかの性的欲求を抑え込んでいる分、それ以外で楽しめる部分はしっかりと遊んで楽しんでおかなければその分ストレスが溜まる―――だから服装のことぐらいでぐだぐだうーうー言うのはなしだ。

 

第一、 今は姿は女なのだから、それに合わせた服装を着るのは当然だ。

 

 そしてそんな事を引きずって文句を言っている方がどう見ても男らしくない。

 

 最終的に、他人からどう見られても自分がどう思っているのか。それが一番重要な事だと自分は思っている。だから周りからは女の様に見られようとも、自分だけが自分のアイデンティティをしっかりと保って守っているのであれば、これぐらいは余裕で楽しめる。

 

 そもそも、魔術師と言う存在自体が他人を気にせず我が道を行くような連中だから、このぐらいの精神は常識、というか当たり前の様なもんだ。

 

 ともあれ、ルヴィアには恩を着せられてしまった。ジャケットに袖を通し、その驚きの軽さに舌を巻きつつ、ライダースジャケットに仕込んでおいた礼装や触媒を此方のジャケットに移す―――やっぱりというか内側にポケットが多数あり、道具を色々と仕込めるようになっていた。

 

 聖杯戦争が終わったらなんか、聖杯そのものでも渡さないとどうにもならねぇなこれ、そう思いながら着替えを完了させた。スカートの裏側、ベルトには銃も装着してあり、ジャケットでその部分は隠れている。認識阻害の魔術を使って置けばこれも問題はないだろうと思いつつ、軽くルヴィアに頭を下げた。

 

「この借りはいずれ返す」

 

「気にする必要はありませんわ。将来に送る投資ですから―――」

 

 ですが、そうですわね、とルヴィアは此方を見て、どこか、あまり深く考えずに呟いた。

 

「やはり、赤と黒の組み合わせをしていると私とは対照的な感じがして、どこかライバルの様な感じをさせてくれますわね」

 




 本当はこの、ルヴィアに合う前にライダーとの合流、そのマスターとの交流が存在したんだ。

 だが搭乗前の2連ファンブルによって無残に死亡して消滅した。奴はもういない。本来ならサーヴァント2騎による攻略する難易度だっただけに、これ以降の戦いの難易度が全体的に上昇している。

 まぁ、サーヴァントを討伐すると4点SPが手に入るから、それを独り占めできると考えればいいけど死亡率跳ね上がるので……w なおセイバーに関しては時計塔のゴリラが持ってったので4点もらえませんでしたとさ。

 そして新衣装にお着換え。何事も楽しむタイプなのでそこまで忌避感はない。ダ・ヴィンチちゃん系。


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倫敦二丁目

「さて、ロンドンに来たのはいいけれど、まずは何から手を付けるべきかなぁ……」

 

 バイクを駐輪場に止めておきながら降りたところで、呟きつつも軽く頭を掻く―――ぶっちゃけ、警察の資料に関しては既に手元にあるのだから、情報は手元にあるのだ。だからこれをベースに行動を組み立てればいいのだが、動ける範囲が広いのが困りどころだ。ともあれ、此方へと来る前に防御力向上と認識阻害を服に叩き込んだ為に、少し奇妙な行動を取った所で回りの人間から視線を向けられるようなことはなくなった。少しぐらいに派手に動いても大丈夫だろうし、

 

「……無難にヤードに行くか?」

 

「……?」

 

 出現したレティが首を傾げるので、説明する。

 

「ヤードってのはあの悪しきヤードポンド法じゃなくて、スコットランドヤードの略称だよ。つまりはロンドン警視庁さ。基本的にロンドン市内の事件とかはここで管理するし、警察官も大体ここに居るもんさ。話を聞くのならまず間違いなくここだな」

 

「……」

 

 此方の言葉にこくこく、とレティが頷いた。本当に解ったのだろうか? まぁ、今ではニュー・スコットランドヤードなのだが、一番情報を聞き出しやすい場所はここになるだろう、とは思っている。まぁ、ここからは遠くないので、歩いて向かえる距離だ。素直にバイクはここに置いて歩く事にする。歩くのも運動だ。悪くない……筈だ。

 

 ま、それはともあれ、シティ・オブ・ロンドンを二週間ぶりに歩き始める。

 

 セイバー、レ・ロイとの戦いを通してかなり派手に破壊を繰り返したロンドン市内はまるでそんな被害が最初からなかったかのように普段通りの生活に戻っていた。すぐ近くを流れるテムズ川ではボートが走っており、舗装された道路を車やバスが走っている。そういえばロンドンは日本同様、メトロ関係が非常に充実しているな、というのを唐突に思い出す。公共機関が発達しているおかげか、個人で乗り物を所有していなくても比較的に地区から地区への移動が楽なのが良い街だと思う。

 

 しかし、メシに関しては非常に文句を言いたい。

 

 なんというか、悪い訳ではないのだ。ただ物凄い雑なのだ、この国。探せばそりゃあ美味しいところもちゃんと存在するのだが、それは()()()という話になるのだ。ぶっちゃけ、まともに料理を覚えた家庭料理の類が店に入るよりも遥かに美味しい。

 

 そんな理由でちょっと高くなってしまうが、日本の食材とかをこっちのインターナショナルフーズストアで購入し、自分は自炊している。時計塔での生活が始めてから此方、料理力はかなり向上している自信があった。いや、必然的に飯マズ環境に囲まれている場合自分を鍛えないとどうにもならないので当然の結果と言えば当然なのだが。

 

 それでも、悪くないものはあるのだ。

 

 歩いていると見かけるのは小さい赤いワゴンであり、その上に並べられたホットプレート、そしてそこから流れてくる甘い匂いだ。ワッフル販売のワゴンだ。ちょくちょくこういうのを見かけるが、こういうお菓子系列は悪くないんだよなぁ、と思っている。せっかくので自分に一つ、そしてレティに一つ購入する。

 

 無論、何もかけないプレーンで。

 

「おらよ、急いで喰うなよ?」

 

「……!」

 

 頭を勢いよくぶんぶんと振り回すレティがワッフルを受け取ると、それに勢いよく噛り付いた。その眼には前には見えなかった光の様なものが見える。やはり《精神汚染》を取り除いた結果だろうか? 彼女の中に趣味や趣向、と呼べる物が少しずつだが築いているのを感じる。どうやらこの小さな破界剣は食事、という行動そのものが好きらしい。特に甘いものを食べるのが好きっぽい。

 

 ワッフルを食べている表情は笑っているのではなく、幸せそうなのだ。

 

 それに令呪を失っても繋がっているパスから、幸せの感情を僅かにだが感じる。少しずつ、少しずつだが人間性を獲得してきている。刺激を与え、それを学ばせ、人間としての形を作っていく―――知識だけは存在するのだから、そこまで難しい物じゃないとは思う。

 

「と、俺も食わないと冷めちまうな」

 

 包み紙を軽く広げて、その中のワッフルに噛り付く。日本のワッフルのイメージは柔らかいものがベースだろうが、此方は少々硬めで、端の方はパリっとしているタイプであり、クッキー生地の中が柔らかくなっている、という感じが一番イメージとして近いのかもしれない。この上からお好みでハチミツやらチョコソースやらをかけるのだが、個人的にはこの時点で十分に甘いので、このまま何もつけないプレーン状態で食べるのが一番好きだったりする。

 

 まぁ、ちょっとした街中での楽しみである。量もそんなに多くないので、おやつとして糖分補給するならちょうど良い。

 

「美味しいな?」

 

 そう言うとレティが食べながら頷いてくるので、苦笑しつつ足をニュー・スコットランドヤードへと向けた。さっくりと食べ終わって残してしまった包み紙に関しては起源の炎で焼き消す―――神話を焼き滅ぼした炎でゴミを完全燃焼させて地球から完全に消し去るという最もエコな魔術の使い方だった。

 

 そんな訳でニュー・スコットランドヤードへと到着する。認識阻害の魔術の便利さが今更になって物凄く解る。本来であれば一般人の立ち入りが禁止される場所へとすんなりと入れるのだから。

 

 昔は古めかしいビルだったらしいが、何度も移転してからは最新鋭のオフィスビルディングの様なガラス張りの建造物となっているロンドン警視庁。当たり前だが最新の設備がないと法は守れない。だがそれも魔術には勝てなかった。

 

 するり、と入り口を抜けて中に入りつつ受付へと向かう。資料を読み込んで、殺人事件を担当している人間が誰なのかは既に知っているので、

 

「J・マディソンって奴を探しているんだが」

 

「はい……えーと……この時間なら……彼ならX階にいます……」

 

「ご苦労、仕事に戻っていいぞ」

 

 催眠術で欲しい情報を引き抜き、認識阻害はそのまま、事件を担当する人物に直接会いに行く事にする。なるべく自分の証拠は減らしておきたいので普通にエレベーターではなく階段を上がって行き、マディソンのいる階まで上がって行く。そしてそこで適当にいる警察官を捕まえて誰がどれなのかを聞き出し、

 

 本人を捕まえる。後は先程みたいに催眠で本人でさえ忘れている情報を喋らせる。

 

 

 

 

 催眠や暗示というのはただ魔術を使っている訳ではなく、脳に対して情報の要求や改変を行っている物でもある。つまり黙っていろ、と催眠魔術で命令した場合は脳がその命令を自動的に受理し、本人の意思とは関係なくそういう風に行動するようになる。その為、催眠や暗示で情報を聞き出す場合、脳が情報を取得してればそれを確実に聞き出すことが出来るという特徴がある。

 

 そもそも、人間は情報をめったに忘れる事はない。覚えてはいるが、それを思い出すことが出来ない状態にあるだけだ。つまりパソコンに保存したファイルを探す時に、どのフォルダにファイルを仕舞ったのかそれを見つけるのに時間がかかっている状態になっている。

 

 つまり、催眠や暗示によって情報を聞き出す時はこのフォルダやファイルをサーチで指定している状態なので、即座に引っ張り出すことが出来る。

 

 なのに、()()()()()()()()と言うのがマディソンの言葉だった。

 

「うーん……厄介だなぁ、これは……」

 

 テムズ川横の土手に座り込みながらそう呟いた。実際、かなり厄介な状況の様に思えた。文字通り、マディソンは事件に関しては何も思い出せないと言っていた。事件現場に到達し、そして何かを見て、事件が終わった。

 

 それだけが事件の間にマディソンの見えた事だったらしい。

 

 まるでナイフで抉り開かれたような下腹部の傷。確認された子宮。事件現場は飛び散った血液によって悲惨の一言に尽きる状態になっていたらしい。ここまでは資料で読んだ通りの内容だった。そしてこれに続く言葉があるのだ、と思って警察官から話を聞き出したつもりだったのだが、魔術によって忘れられているのでも情報がロックされているのでもない。

 

 文字通り、情報が完全抹消されていたのだ。魔術を使って脳を焼けば確かに情報を抹消する事も可能だが、ここまでダメージもなく綺麗に自分に関する情報だけを焼くのは非常に難しい。そのあまりにも正体の見えなさ、そして女の子宮を引きずり出すような殺し方。

 

 確かに、切り裂きジャックの再来だと騒がれてもおかしくはない。

 

「とはいえ、どうなんだろう? 切り裂きジャックのサーヴァントなんてありえるのか? 信仰や英霊の土台として余りにも存在が弱すぎないかこれ?」

 

 だって聖杯戦争とは偉人や英霊と呼べるような人物を召喚する術式で、そのベースとなったのは守護者を召喚する為の術だ。つまり、守護者と呼べるのに相応しいレベルの存在を呼ぶための術を劣化させているのだから、生前5人程度しか殺せていない連続殺人犯が英霊として召喚されるのはおかしくはないか? という話だった。

 

 なにせ、セイバーのレ・ロイはベトナムのアーサー王と呼べるレベルの伝説の英雄だった。そしてそういう時代の人間は普通に数百人以上ぶった切っている。それが強さと信仰の土台となるからだ。強さにはそれだけの理由とベースが存在している。だがジャックはどうだろうか? 確かに有名人だし、ロンドンどころか世界中で知らない人物はいないであろう、有名な殺人犯だ。だが殺したのは5人だけ。そして正体は諸説があっても不明である。

 

 明らかに英霊のベースとしては弱すぎる。

 

「まぁ、まともな聖杯戦争であれば絶対に呼び出せない英霊だよ―――あん?」

 

 そこまで喋ったところで、発言を止めた。今、まともな聖杯戦争、と発言した。何と比べてそう発言したのだろうか? そもそも自分が経験し、知る聖杯戦争の中身はこれが初めてだ。なのに何故、まともな聖杯戦争とは、と言葉を出せたのだろうか……?

 

「……」

 

 思わず無言になり、考えてしまった。自分が少々おかしいのは自覚している。ペナルティを受けた時―――ではない。これはゼルレッチには関連しない。となるとやはり、レティと契約した時だろうか? 彼女の宝具効果で起源を自分は覚醒させられているらしい。起源を汚染されているらしい。

 

 レティと自分には共通する起源がある―――【界】だ。

 

 境界、世界、つまりは第二の魔法に最も近い起源。これがあり、遍在という魔術が使えるから、最も魔法に近い魔術師として弟子に取られた。今まではまるで考えなかった、界の起源。此方は鏡と比べると酷く曖昧で、定義が難しく、尚且つ()()()()()()()()()()()起源だった。その為、深く考えた事はない。だけど今、レティと共にその起源を共有している所、首を傾げざるを得ない。

 

 果たして俺はその起源の影響を受けているのだろうか、と。

 

 そもそも、俺は既に起源に屈しているのか? していないのか? なんで無事なのか? その事実さえも曖昧で不明だ。解ってはいないのだ。起源に関連するアレコレは調べる事で覚醒してしまうため、不可能だ。出来るのは覚醒した人間を観察することぐらいだから、事実上、研究不可能な領域だと言える。もし俺が本当に突き抜けて覚醒したのであれば、

 

 それこそ封印指定される可能性もある。そう考えると実に恐ろしい。

 

 バゼット・ゴリ・ラ・マクレミッツとかいうサーヴァントを相手に出来るゴリラの相手をしなきゃいけないとか死んでも嫌だ。第一無理やり時計塔に入学させられておいて時計塔のルールに従えって理不尽じゃないだろうか。お前、ブラック企業亜種? とか言いたくなるアレ。

 

「はぁ、馬鹿ばっか……じゃねぇな。世の中クソだな。そうそう、こっちだこっち。今時ルリルリの話をしても通じる相手がいねぇよ」

 

 なんでアレ、劇場版で急にダーク路線へと突っ走ったのだろうか? でも割とテレビアニメ版よりもあの劇場版のダークっぽさは気に入っている。やっぱり男子たるもの、どこかダークヒーローという言葉の響きには弱いものがある。

 

 だって悪ぶりながら手段を択ばず、一番大事なものの為に一貫して行動し続けるって、絶対かっこいいではないか。

 

「……はぁ、気晴らしに軽くガチャ回しつつ考えを纏めるか。脇道に思考が逸れ過ぎたし」

 

 スマホを取り出して適当なソシャゲを起動させつつ、ショップからガチャ石を適当に購入し、時間をかけてガチャを回すために纏めてではなく単発でガチャを引き始める。この作業染みた行動が地味に脳を活性化させてくれる。何せ、余分な事を考えなくて済むから。

 

「とりあえず―――相手は完全に情報を抹消しながら潜伏活動が出来る相手であり、目撃情報は消えて、そしてその影も形も捉えることが出来ない。この状況から推測するに相手のクラスは7騎の内、暗殺と隠密に特化したサーヴァントのアサシンであるとみられる」

 

 セイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、ライダー、バーサーカー、そしてアサシン。これが基本の7クラスになる。このうち情報を抹消して人を殺して回るだけの能力があるのはアサシンだろうと思う。

 

 キャスターも似たような事が魔術で出来るかもしれないが、基本的に魔術師と言う生き物は相手を待ち構える生き物だ。工房を築き、そこで籠城戦を行うのが魔術師の戦いなので、自分から打って出るとは思えない。

 

「推定アサシンの正体が巷で言われる切り裂きジャックならその目的は……娼婦の粛清? いや、殺された女はそういうのは関係なかった。純粋に子宮を確かめるように殺されていたから、子宮そのものを確かめるのが目的だったのかもしれない? なんだよそのサイコパスは」

 

 切り裂きジャックは娼婦に対する異常な執着と殺意を抱く殺人鬼だったと言われる。ロンドンでの殺人鬼イコール切り裂きジャックというイメージが先行するが、子宮を引きずり出すとかいう事にまでは手を出していない。

 

 もっと、こう―――無垢で、邪悪で、擁護のしようがない感じを覚える。

 

 そう、言い換えれば()()()()()()()という感じだ。

 

 美学もなく、信念もある訳でもない。それが資料から感じ取った犯人に対する印象だった。だけど感じ取れるのはそこまでだ。自分はシャーロック・ホームズではないのだ、この程度で答えを導き出せるわけではない。

 

 危ないお薬を何度か経験している点は一緒だけど。

 

 まぁ、魔術師なんて危ないお薬を割と普通にキメているというか、それ以上に危ないお薬とかキメてるからこれぐらい問題ないだろう。

 

「なんつーか……常軌を逸脱した執着を感じるな」

 

 サイコな執着、だと思う。少なくとも殺す事が目的ではなく、()()()()()()()()()()()()という結果の様に感じる。だがそこまで考えるので現界だ。流石にこれ以上の情報は目撃者が皆無である以上、存在しない。

 

「冬木の聖杯だと山の翁以外は出現しないって爺が言ってたなぁ、そういやぁ」

 

 だけどこのやり口はどう見てもプロではない。伝承と精神性が混ざった結果、情報だけが消えて執拗な殺害が発生している。そんな感じだと思う。暗殺教団に所属する存在がこんな乱暴な手口を行うとは思えないし、挑発にしてはあまりにも汚い。プライドというものが殺し方には見えない。

 

 ……やはり、見えてこない。

 

 となると、

 

「……お、46回目でSSRってこいつもう持ってるし、1凸するのに使っておしまい、っと」

 

 ガチャを終わらせたところでスマホをポケットの中に突っ込み、立ち上がる。話を聞いて、そして資料を見て感じられる事だけでは限界がある―――どうやら、自分の足で直接現場を見る必要があるらしい。

 

 まだ暗くなるまではそこそこ時間がある様に感じる。となると適当なネットカフェにでも入って、ネトゲでもしながら時間を潰すのが良いだろう。それにネットカフェの個室だったら魔術を弄ったりカスタマイズする時間もある。

 

 本番は今夜からだ。




 という訳でシティでの調査タイム。かなり地味だけどよくあるフェイズ。そう、卓ならね。なお調査は空振りまくってる。

 次回は現場から。それにしても中々エロを入れる暇がない。


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倫敦三丁目

 夜。

 

 暗くなったロンドンの街は不気味―――なんてことはない。

 

夜の大都市が不気味だとかいつの時代の話だ。今は二十一世紀だ。新宿を見ろ渋谷を見ろ。夜、どんな時間でも残業や遊び、飲みでオールナイトしている姿なんてどこでも見かける。それは海外に出ても一緒だ。深夜になっても歩き回っている観光客はいるし、飲みに出ているおっさんとかもいる。最近は殺人事件の煽りを受けて人は減っているが、その代わりに警察官が多く、町中を歩いているのを見かける。人混みはなくなったが、それでも完全に人がいなくなるという事はない。

 

 それが現代の都市だ。

 

 その中で完全な犯行が行われているのだ―――アサシン以外はクラス的にありえないだろう。そのアサシンのクラスも、軽く調べると《気配遮断》なんてスキルをデフォルトで装備しているらしく、これを使うと攻撃行動に移らない限りはその気配を完全に殺し、目に映らなくなるのだとか。此方の認識阻害の魔術は此方を注意しなくなるという無意識に対する干渉なのだが、それとはまったく違う方向性に進んだタイプの隠形術だった。見ても認識できないというのは、凄まじいほどの恐ろしさを感じる。

 

 その上で情報まで抹消されるのだ。アサシンとしては凄まじいまでの実力を保有しているのが解る。逆に言えば、それがアサシンとしての能力という事だ。それにしっかりと対策を施せば対処できない訳ではない。そもそも暗殺者とは生来正面戦闘を苦手とするからこそ一撃で殺す術を磨いたのだ。

 

 ……と、祈ってる。アサシンクリードみたいにゴリマッチョな暗殺者が正面から追いかけてぶち殺しに来るタイプとかまるで考えたくない。でもアルタイルイケメンだよなぁ、アレ。後エツィオも。個人的にああいうアクション系統は嫌いじゃない。苦手なのだが。だけどああいうゴリマッチョ系アサシンが襲いに来るとかまるで考えたくはない。

 

 だってどう足掻いても勝てるイメージねぇじゃねーか。

 

「うっし、とりあえずは《気配遮断》の対策だけしておくか」

 

「……?」

 

「うん、まぁ、対策って言う程の物じゃないけどね」

 

 何時でも戦闘が出来るようにレティを出したままの状態にしておく。その状態で《起源覚醒》の効果で火の粉を生み出す―――これは起源であり、自分とレティの一部の様なもの。つまりは触覚の様なものになる。その為、火の粉が触れたらそこには誰かがいる、というのが解る物である。これを自分が存在する半径20メートル範囲内に滞空するように散布する。火の粉である以上、回避は困難だ。自分へと近づけば近づく程密度が上がる様になっているのだ。

 

 近づいてズブリ、とやるようなら絶対に火の粉に触れるようにしてある。まぁ、即興の対策ではある。真面目に言うと、これ! と言えるような対策が存在しない事自体が問題なのだ。或いはゼルレッチみたいにダメージその物を消し飛ばすことが出来るのであれば話は別なのだろうが、それは魔法使いの特権だ。魔術師にそんな芸当は到底不可能なので、諦めるしかない。

 

 そもそも、自分もつい最近まで魔術師としてはサボっていたので、ブランクがやばい。

 

 ともあれ、最低限、思いつくだけの対策は用意してきた。後は自分の運と耐久力と魔術を信じるだけだ―――この夜、自分が新たなターゲットとして選ばれない事を。

 

「……良し、現場に向かおうか」

 

 既に場所は確認してある為、バイクで現場近くまで向かってから、駐輪場にバイクを置いて歩く。

 

 向かった先はロンドン中央部、そう、人口が最も密集したその一帯で事件は発生しているのだ。それを追いかける警察の努力を嘲笑うかのように。とはいえ、魔術の絡む事件である以上、仕方がないと言えばそうだろう。なにせ、魔術と科学は結果として同じものを生み出せても、その使いやすさや再現のしやすさはまるで違うのだから。故に科学では勝てない魔術の領分というものはある。

 

 殺しはその一つだ。

 

 暗がりの路地裏に入れば、人が五人ほど並んで歩ける程度の幅がある。大通りからは離れておらず、声を出せばすぐに人がやってくるというレベルだ。逃げようと思えばすぐに大通りへと逃げ出せるレベル。そんな所で殺人事件が発生したらしい。路地裏の中を進んで行けば、人の形に貼られたホワイトライン、そして道路や壁に染みついた血液の痕が見える。

 

 ここが、殺害現場だったらしい。

 

「おぉう、怨念がこびりついてるなこれ……」

 

 人の物とは思えない怨念が現場には残されていた。路地裏には街灯の類がなく、結界代わりの火の粉がライトの役割を果たしているが、それによって可視化された怨念が見えてくる。それらは指向性のない、負の感情ともいえる物の集合体であり、このまま放っておけば怨霊として形成されただろう。そうすれば一般人に憑りついて殺すような怪物の完成だ。

 

「こういうのはどちらかと言うと聖堂教会の領分だろうに、何をしてんだか……And The Holy Spirit, Amen」

 

 略式ながら洗礼詠唱による浄化術を行う。怨霊等の類に関してはこれが一番影響力が強く、抵抗をあっさりと抜いて一瞬でこの場に在った怨霊を浄化させた。しかし怨霊が残るレベルだという事はかなりろくでもない相手だったか、もしくは相当苦しみながら死んだ、という話になる。

 

 ……若干、相手をするのが怖くなってきた。とはいえ、生き残るためには情報が必要だ。

 

「それじゃあ調べるか」

 

 軽く両手を合わせ、ナンマイダナンマイダ、と声を出してから事件現場を調査する事にする。とはいえ、死体の写真と、そして死因に関しては既に資料で確認してある。死因はショック死、または失血であり、その原因となったのは腹部の切開となっている。そこから子宮を引きずり出した事でショック死するのが一番多いケースであり、それに耐えてしまった場合は痛みに悶絶しながら失血死してしまうらしい。

 

 なんとも邪悪で、そして救いのない殺し方だ。

 

「さて、神秘的にはどんなもんかな」

 

 物理的な証拠なら既に警察が確保しているだろう、という観点から神秘サイドから鑑識を行う事にする。流石に死体の方は確認できないので現場の方になるのだが―――先ほどみたいに、怨霊だとか、ヒントは掴めるかもしれないのだから。ともあれ、

 

覚醒開始(アクセス)

 

 起源魔術を開始する。ミラーリングの応用で、周辺に存在する神秘的情報を自分で写し取って取得するというやり方だ。探査、調査用の魔術が元々のベースだったが、起源に近づいた魔術師は普通の魔術を使ってもその手段や結果が起源に大幅に影響されたものとなる。

 

 今のもそうだ。鏡に付与される反射という性質を魔術的にどこかで表現する様になってしまうのだ、半ば強制的に。そう言う事もあって使い勝手の良くなる魔術があれば、使い勝手の悪くなる魔術もある―――まぁ、発情作用がある為、起源魔術は全体的にクソだと表現しなくてはならないだろうが。とはいえ、1回目。これならまだ余裕だ。

 

「そして情報げーっと……」

 

 情報を整理する為に軽く頭を指で叩きながら、それが終わったところで胸を持ち上げるように両腕を組んで足で大地を叩く。自分がここから感知したのは一つ、予想外に少ない神秘の残滓だ。昨日殺害のあった現場なのだ、ここは。時と共に残存する神秘が薄れて行くからほとんど残らないのは当たり前だが、今この場に残っている神秘と、そして時間ごとに減って行くその総量を頭の中で計算する。

 

「……神秘の量が少ないな?」

 

 レ・ロイが比較的昔の英雄で、神話を齧っている領域の英霊だったから、彼が纏っていた神秘の量、質は現代ではありえないと呼べるようなレベルであり、それを思い出すとやはり、人外と呼べるレベルだったと思う。やはりそれと比べると、ここに残留した神秘を比べるとやはり質・量ともにレ・ロイと劣ると判断できる。

 

 少なくとも伝承・神話クラスではない様に感じられた。

 

 ……そういうレベルのが相手だと、抵抗を考えるだけでもう無駄なのだが。条件即死、絶対即死、確定死亡。神話クラスの殺人鬼は基本的に死の概念そのものを操るタイプが多い。その為、即死耐性そのものを保有してなきゃ死ぬのだが―――ゲームじゃないんだ、人間がそんなものをひょいひょい持ってこれると思うなよ、としか言えない。いや、ゼルレッチなら可能なんだけど、魔法使いクラスでもないと無理だ。少なくとも人間を止める必要はある。自分には一生、縁のない話だ。

 

「うーん、だけどこれじゃあ情報が足りないよな……となると見る角度を変える必要があるか? 凶器のヒントでもありゃあいいんだけどな……」

 

 調査は専門でもないので、割と辛い話だ。どうしたもんか、と現場を眺めていると、徐々にだが火の粉の光量が陰るのが見えた。魔力不足―――ではない。空気に感じる湿気から霧が出てきたのだと判断する。

 

 ……霧?

 

「いや、待ておかしいぞ!」

 

 かつてのロンドンは霧の街、なんて言われた事もあるがそれは産業革命時代の話であり、現代のロンドンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。寧ろアジアの中央都市の方が急速な発展と産業から吐き出されるスモッグで霧が発生するぐらいだ。つまり、こんな夜に霧が発生する事はまずないのだ。

 

「レティ」

 

「……!」

 

 素早く背中を壁に向けて、隙間を潰しながらレティを手元に呼び寄せた。少女の姿から変容し、その姿は手に納まり―――刀の形へと変わる。鞘に収まった刀の形へ。赤い鞘に赤い柄、全てが赤色の刀に。《精神汚染》を解除して以降、()()()()()()()()()()()()()()()()()姿の一つだ。

 

 幸い、ガチの居合道や剣術に関しては()()()()()()()()()()()のだ。槍とか斧とかは難しいが、剣や刀に関しては武術という形で継承し、ネットである程度露出しているのが事実である為、動画漁りで覚えた剣術と、レ・ロイから学習した剣術で刀を扱う事が出来る。

 

 《夢幻召喚》、本当に便利である。それに合わせて《英雄作成》を自分に付与する。それでサーヴァント換算でE〜Dランク並みの身体能力を発揮できる。そこに《変容》からのバックアップ。敏捷>筋力の優先度で身体を向上させるのが刀の姿の場合なので、即座に動いて反撃出来る様になる。

 

 敏捷は反射神経も含めるらしい故に。

 

「結界を構築して踏み込んだ瞬間に解るようにしてひたすら迎撃の構え―――!」

 

 これで完璧だ……と、口に出すのは死亡する原因になるので黙っておく。そこらへん自信満々に言ってしまうケイネス元教諭は聖杯戦争で見事死亡したし。やはり慢心、ダメ、絶対に―――それが原因で自分も割とレ・ロイ相手に死にかけているのだから、反省はしなくてはならない。ともあれ、火の粉による結界と完全迎撃状態。

 

 徐々に、徐々に視界が霧によって閉ざされて行く。それと同時に霧から魔力、神秘―――そして害意を感じる。薄く、炎を体に纏う。起源の炎で自分に近づいてくる霧を焼いて、皮膚へと触れさせないようにする。その判断は正しかったのか、すぐ近くの壁がじゅぅ、と音を立てながら軽く融けたのが見えた。

 

「……」

 

 何故見えた? いや、見せた? 見せ札なのか? それとも此方のリアクションを確認する為か? どちらにしろ、霧を出し、そして融ける現場を見せた以上、相手は此方の姿を目視し、そして完全に狙っている状態に入っている。左手で握る鞘を左腰にまで下ろし、手を柄に乗せて握る。抜刀の振り抜きは剣を両手で握って振るうよりも敏捷への補正の都合上、早くなる。故に相手を感知した瞬間、カウンターで一気に切り殺す。

 

 その為の覚悟と練習は、時計塔で何度もやって来た。

 

「……」

 

 唾をゆっくりと飲み込んだ。魔術回路を常に最大の状態で起動待機させ、《万華鏡》による疑似・魔力無限供給状態を維持する。何時でも魔術を発動させる状態で自分をキープさせておきつつ、反射神経に全てぶち込み、一撃で殺し返す準備を整える。

 

 無音がロンドンの夜を包んでいる。

 

 心臓がバクバクと音を奏でているのが聞こえる。レ・ロイの逃亡の時とは違う、また静かな緊張感だった。今まで味わった事のない事に、呼吸がやや荒く、重くなって行く。霧の効果を完全にレジストしているかどうかは別として―――凄まじいプレッシャーが心労をかけていた。流石にこういう緊張感は初めてだな、と軽く呟きながら息を止めた。息を止め、全神経を迎撃へと向け、

 

―――血を吐いた

 

「がっ―――」

 

 吐血しながらレティを落としつつ胸を押さえた。強烈な痛みが血液と共に喉を沸き上がり、臓腑を引き千切られる様な痛みが体を走る―――混沌とした魔術の坩堝の様な経験から、これがどういう類の干渉かを一瞬で把握する。これは呪殺だ。呪いを媒介に殺しに来ている。呪いを媒介に臓腑を引き抜かれる。常軌を逸脱した激痛に、思考が一瞬ホワイトアウトする。

 

 だがそれが逆に命を救った。

 

 思考が消え去った先に残るのは―――()()()()()()。《夢幻召喚》によって生きる為の最善の手段を取ろうとする。つまり魔術の知識から的確にレジストに有効な魔術をオートで選別し、実行する。

 

 呪いの本領は東洋呪術。そして呪いへの対抗は神道と教会の洗礼詠唱が最も効率的。

 

 それを思考せずに反射行動で混沌魔術として放ち、レジストする。呪いに対して洗礼詠唱でそれを禊ぎつつ、呪術によって方向性を狂わせ、拡散させ、霧散させる。同時に呪いそのものを対象に()()()()()()()()。神秘強度で起源が呪いを上回り、そのまま体内から呪いを燃やし尽くした。

 

 が、その痛みで正気に戻り、再び吐血した。

 

「お、おぇぇぇ―――」

 

 内臓に発生した直接的なダメージに吐き気が我慢できず、吐血しながら吐瀉する。腹を抑えながら後ろによろめいたところで、人の姿へと戻ったレティが急いで駆け寄って体を支えてきた。

 

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)

 

「……?」

 

 直後、此方を助け出そうとしたレティの腸がぶちまけられた―――炎という形で。そう、本来は、というよりその本質は武器。女という形をしているが、《変容》による姿の一つであり、体をぶち抜いたところで、血液も臓物も炎の形になって飛び散るだけだ。レティにはダメージが発生しない。故に炎をぶちまけた所で、レティは元の姿に戻り、此方を片手で支えながら少し大き目の剣の姿へと変形した。それを杖の代わりに道路に突き刺し、

 

 前を見た。

 

「……あれ? おかあさんのおなか開いていないね? うーん、これじゃあおかあさんにかえれない……」

 

 そう言って闇の中に佇む影を見た。そのシルエットは自分が想定した姿よりも遥かに幼く、10にも満たない少女の様に見えた。髪は短く、銀の様な白の様な、不健康な色をしていた。それを自分は綺麗だと思えなかった。いや、色としては綺麗なのだろうが、

 

 その色はあまりにも毒々しさを感じる綺麗さだったのだ。

 

 恰好は凄まじいまでの露出の多さ。君、もしかしてどっかのエロゲー出身? それともそれ、AVの衣装でも持ってきた? 比較的に余裕があるのであればそんな事でも口にしたのだろうが、生憎とそんな余裕はない上に、少女の瞳を見て、無意識的に展開していたミラーリングが彼女のスキルを映した。

 

「《精神汚染》持ちかよ―――!」

 

 情報取得。宝具名は《解体聖母》でその真の名はジャック・ザ・リッパー、そのまんまどころか本人だった。かつてロンドンを震え上がらせた殺人鬼がこんな幼女だった―――なんて、笑う事は出来ない。

 

 呪殺されそうになった手前、遠慮はいらない。

 

 見た目はガキでも中身は爺、なんて魔術師の世界では割と良くある事だ。

 

 故に痛みを振り捨てて、レ・ロイの剣術で一気にジャックへと向かって踏み込んだ。ミラーリングで写し取ったスキルは《情報抹消》、《気配遮断》、《精神汚染》、《霧夜の殺人》、そして《外科手術》。

 

 マスターの特権として真名の看破に成功したサーヴァントはその能力を確認する事が出来る。そしてそれはつまり、サーヴァントであるジャック・ザ・リッパーのスキルを確認する事が出来るという事でもある。

 

 《霧夜の殺人》と《情報抹消》のコンボがやばい。

 

 この二つで条件を揃えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()事が出来る。しかも相手は情報を覚えていられない。その為、何度でも初見殺しを敢行できるのだ。つまりは簡単に言えば、

 

 ここで殺さないと即死させられる。

 

 呪詛のレジストだけで内臓を焼く必要があったのだ。

 

 三度も四度も繰り返せない。

 

 故に《英雄作成》で自分自身を強化しながら一瞬でジャックに接近する。下から掬い上げる様な斬撃を振り上げ、熱風と共にジャックを殺すための一撃を繰り出す。だがそれを超える素早さでジャックが斬撃を大きく回避する。その小さな体は現代では類を見ないほどの速度で動き、一瞬で接近してくる。一瞬で踏み込み、首を的確に狙う様に姿勢を低く、飛び掛かってくるように両手で逆手に握ったリッパーナイフを振るってくる。

 

 だがそれに対応する様に炎剣を引き戻した―――形状を槍へと変形させて。敏捷に特化させた《変容》の形態。素早く手首を捻らせ、槍を回転させながらジャックの飛び込みを間一髪、首元近くで抑え込んだ。

 

「むぅ、それじゃあころせないよ」

 

 そのまま押し返そうとするが、筋力で敗北している。《英雄作成》込みでも筋力、敏捷、そして耐久で敗北している。

 

 まともに打ち合えば一撃で殺されるだろう。見た目は子供の姿をしているが、それだけだ。見た目以上の怪物だと判断しなくてはならない。故に槍で受け止めて押し込まれる瞬間に《魔力放出》と《起源覚醒》による炎の放出を槍から行う。一瞬で吹き荒れる強大な魔力の奔流を察知し、ジャックが鍔迫り合いを放棄して飛び退いた。

 

「魔力だけは此方が勝っている―――!」

 

 無限供給の《万華鏡》に最近、アゲアゲ調子の魔力、そしてジャックはアサシンのクラス―――つまりは《対魔力》を保有していない。ジャックに対して勝利出来る要素があるとすれば、この魔力を生かした魔術師としての戦い方のみになる。

 

「簡単な話だ、弾幕ゲー始めようぜ! 俺、今から緋蜂な!」

 

「解体するよ」

 

「話がかみ合わねぇなおい」

 

 痛みはふざけて紛らわせつつ、喋る意味のない戯言に呪文を混ぜ込んで放つ。槍は杖へと変形し、リソースが全て魔力へと集約される。ジャックが再び踏み込む前に、一気に魔力を解放させて火の海を生み出した。同時に炎の壁が発生し、ジャックと此方を隔てる。炎が増えれば増えるだけ霧が晴れて行く。魔力をひねり出す事に軽い痛みを感じながらも、それが正気と生存を証明してくれる。

 

 そのまま、素早く炎で結界を構築、

 

「逃がさない、このまま殺す……!」

 

 ジャックが逃げられない様に敷いた。構築された炎の檻はジャックが此方の炎を警戒して飛びのいた一瞬で何とか構築できたものだ。

 

 彼女がレ・ロイの様な歴戦の戦士だったら後ろに退かず、最低限の動作で受け流しながらカウンターを決めただろうと思う。だが見た目通り、戦闘経験は豊富ではなかったようだ。

 

 故に、そこに付け入る隙がある。

 

「閉ざせ、閉ざせ、閉ざせ―――」

 

 ジャックを囲む炎を一気に圧縮させ、全方位から逃げられない炎の波状攻撃を叩き込む事にする。逃げ場のない炎の攻撃に一瞬でその霊核を砕き、決着をつける。その為に魔力を一気に吐き出そうとした瞬間、

 

―――激痛が体を駆け抜けた。

 

 酸素を吐き出しながら体が何時の間にか横へと吹き飛び、道路へと叩きつけられながらバウンドしていた。その衝撃に魔術の制御を手放し、ジャックを結界から解放してしまう。痛みに食いしばりながらも突如の事態に脳味噌は混乱によって支配されていた。そして見えたのは心臓に向けて突き立てられた一本の矢であり、

 

 ジャケットとインナーの重なりによって止められるどころか貫通していない姿だった―――この時ばかりはルヴィアに新調して貰ったこの服に感謝するしかなかった。

 

「がっ、ぐっ」

 

 片手で道路を叩き、転がる体を跳ね上げて追撃のジャックの連撃を回避する。切っ先が頬を掠り、血が夜の闇に舞う。素早く炎の魔術で壁を時間稼ぎに作り出した。

 

 だが次の瞬間、それを貫通して抜けてくる10を超える矢が見えた。

 

 それを目撃した瞬間、理解した。だがそれを理解するにはあまりに遅すぎた。既に術中にはまっている。或いは策にはまってしまっている。両腕を交差させて降り注ぐ矢から急所を守ればダンプカーに轢かれたような衝撃が連続で体に叩き込まれ、道路に触れずに何度も空中で体がバウンドする様に衝撃を受ける。

 

 体が落ちそうになるたびに新しい矢が接近し、落下させない様に()()()()()()()()()()()()()()()()。新体験すぎる領域だった―――ただ、衝撃で体を封じつつ、着地を封じ込めて一方的に封殺する殺し方でもあった。相当武芸に冴えのある人物の弓術、この状況から逆転する方法は、

 

 ―――ない。

 

 逃げるしかない。そうと決まればやる事は簡単だ。

 

 

 

 

「むぅ、逃げられちゃった」

 

 一瞬だった。空を鮮やかに染める炎が視界全てを満たしたと思った次の瞬間には壁が出現し、それを抜ければ誰もそこにはいなかった。それがおそらく何らかの魔術による妨害である事は一瞬で理解できた。だけど《対魔力》を保有していない身では魔術に対する抵抗が難しく、相手は魔力では準一流のサーヴァントに匹敵するだけのものを持っていた。純粋な魔術の勝負になると逃がしてしまう。

 

「まぁ、ぜんぶわすれちゃうんだけどね、アーチャー」

 

『幻術……ですね。もっと近づけば祓う事も出来ますが、流石にこの距離だと無理ですね。此方も狙撃地点を変えるので―――』

 

「うん、おいかけて殺すね」

 

『……』

 

 アーチャーがその言葉に黙り込んだ。なぜだろうか? 元々アーチャーはこうやって誰かを襲う事そのものに対して忌避感を抱いていた。説得のほとんどもランサーとキャスターが行い、聖杯戦争後の聖杯の優先権を約束したところで漸く協力してくれるようになった。

 

 だけど、

 

「なんでほんきをださないんだろう?」

 

 本気を出せば一撃目で殺せていたのに。なんで手を抜いたのかが本当に解らなかった。アーチャーの事は良く解らなかった。だけどさっきのおかあさんはそこそこ強そうだった。アーチャーの矢を手加減していても食らって生きていたし。

 

「いまのおかあさんなら、うみなおしてくれそう?」

 

 今のおかあさんはそこそこ人間としては強かった。魔術師としてはまあまあ。だけど痛みに堪えられて死なないのなら胎内に戻るまで生きていてくれるよね、と納得する。

 

「うん。まずはあばれないようにおかあさんのりょうてあしをきりおとそう。それから子宮にはいれるようにきりあけないとね。あ、ひらきっぱなしにしてたら死んじゃうか。じゃあアーチャーに頼んで閉めてもらわなきゃ」

 

『……アサシン、そろそろ追いかけませんと』

 

「あ、うん。そうだね」

 

 今度のおかあさんならきっと産み直してくれる。

 

 その期待を抱きながら残された足跡を頼りに―――バーサーカーのマスター(おかあさん)の追跡を開始する。

 




 筋力、耐久敗北。敏捷大敗北。魔力勝利。運引き分け。魔力で強引に戦況を覆すものの狙撃で魔力勝利を敗北にされて戦闘敗北。という訳で1度目の戦闘判定は敗北で。

 本来はこの状況にライダーがいて、狙撃を切り払って無効化してくれるので勝利→敗北への判定を覆すのを無効化していたのですが、

 奴はいない!! もう死んだ! という訳でお助け話。普通にそのまま敗北で。

 FGOだと可愛い! ロリ! 強い! で忘れられているけど、サイコシリアルキラーであることを忘れちゃダメだよ。


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倫敦四丁目

―――嫌悪感に吐瀉物を撒き散らしながら喉を抑えた。

 

「ぅぉぇ―――」

 

 喉を抑え、胸を押さえながら再び吐いた。吐き出したものは悪臭の漂う下水道に紛れて流れて行く。息を荒げ、胃の中にあるものを全部吐き出しながら、そこで魔術を使う事を思い出す。暗示を利用した鎮痛の魔術。自分に対して痛くはない、と思わせる事で一時的に痛みに対して鈍感になり、無理やり体を動かさせる為の魔術。

 

 聖杯戦争の為に用意した魔術だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……クソ……本命はアーチャーの狙撃か……はぁ、はぁ……」

 

 息を荒げながらロンドン地下、下水道の中を歩いて進んで行く。魔術を使って痛覚が薄くなったため、普通に動く事が出来るようになった―――だがそれで決して、苦しみが消える訳ではない。不快感や苦しみは痛覚を消したところで残り、頭を苛む。それを何とか堪えつつ、左手で炎の杖を握っているのを見た。良し、まだ手放していない。残っている。生きている。これなら戦える。

 

「これでアーチャーと……アーチャー……と……? あ゛……?」

 

 歩いていた足を止め、声を漏らす。アーチャーの狙撃によって体を強打した。貫通せずに衝撃となって吹き飛ばされたのはルヴィアからもらった装備のおかげだ。ヒュドラの皮で作られた装備は現代で探せる礼装の中でも最高クラスの防御力を兼ね備えている。これ自体が軽度の対魔力を保有していると言っても良いぐらいだ。だから死ななかった。だけど、ただ狙撃されたのではない。

 

 なんやかんやされて、その結果なんやかんやで、それでアーチャーの狙撃を食らったのだ。アーチャーの狙撃が本命だというのが解る。

 

 だけど冗談でも何でもなく、なんやかんやで、という感じにしか覚えていない。そのでたらめさ加減に、漸く笑い声を零す。

 

「は、ははは……化け物かよ……」

 

 相手にアーチャーがいる事だけは理解できた。だけどそのアーチャーと組んでいるサーヴァントが何であるのか、アサシンだとは予測しているが本当にそうなのか、何をされたのか、何を見たのか、その全てが思い出せない。まるで思考がロックされたかのように頭の中から抜け落ちている。必死に思い出そうとするが、その記憶だけが完全に消え去ったかのように思い出せない。

 

 情報が完全に抹消されていた。

 

「落ち着け……落ち着けよ俺……そう、精神力だけならだれにも負けない自信があるだろ」

 

 自分に無理やり言い聞かせるようにしながら下水道を歩く。向かう先はあまり良く考えていないが立ち止まるという事だけは出来なかった。体が痛い。吐き気がする。頭がくらくらとしている。喉の奥が不快感でちりちりし続けている。目の奥が焼けるように痛い。内蔵が今もずっと、焼けたような痛みを続け、腕からは血が流れている。

 

 だけど生きている。そして逃げている。つまりは逃げ切れた、逃げ切れる状況だったという事であり、逃げられる相手だったという事の証明でもあった。

 

「考えろ。生きる為に考えるんだ……あぁ、クソ、内臓がいてぇ……」

 

 この感触、内臓を焼いたな? と考えた直後、理解する。

 

「……思い出せないけど内臓を自分で焼いた? 痕跡は残るって事かこれ?」

 

 間違いなくこんな痛み、あの路地裏に入る前にはなかった。そこから記憶が消えて、アーチャーに狙撃された事実だけを覚えて、今、下水道を必死に歩いて逃げている。だけどそこにはダメージが残っている。()()()()()()()()()()だ、これは。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……死にたくねぇ」

 

 死にたくない。なんとなくだが、レティが死ねば俺も死ぬような気がする。レティが俺のライフライン。そんな気がする。だからレティを殺して終わり、は出来ない。第一レティを殺して終わりにするには情を入れ過ぎた。見捨てる事はもうできない。だから考えなくてはならない。どうやって生き残るのかを。どうしてこうなったのかを。相手がなんであるのかを。

 

 相手をどうやって殺すかを。

 

「あばらの骨折はこれ、アーチャーの矢によるもんだな。内蔵の痛みはおそらく自分で焼いた。という事は体内に対する直接攻撃があったって事か? となると武器を使わない魔術による物理的攻撃を持ったタイプ……だけどなんで燃やした? いや、燃やすという行為が大事だった? 燃やす事によって祓うことが出来る……炎という属性が優位性を持つ? という事は瞬間的に発生するのではなく浸食型か? 神秘性で起源が上回るから消せたのか?」

 

 思考しろ。情報を纏めろ。推理しろ―――今の俺はホームズ。シャーロック・ホームズだ。答えがないのなら導き出せば良い。ヒントが足りないのなら足りるところから引っ張り出せ良い。

 

「はぁ、はぁ……場所は路地裏。大通りからそう離れてはいないけどそれなりの広さがあった。内臓と胸が……後は心臓が痛みを残している。インナーには矢を射られた痕しかないから内臓への攻撃は透過? いや、遠距離攻撃か。ミラーリングが何時の間にか《外科手術》と《気配遮断》を映している……という事はやっぱりアサシンが相手か。だけど外科? 外科……? 余計に解らねぇ。解らないなら投げ捨てるか。痛ぇ」

 

 意識を保つ為にも言葉を常に走らせ続ける。そうやって自分の意識を常に保ち続ける。

 

「開けた場所では狙撃が来るから勝てない。炎で燃やせるものが相手の必殺手段……? 狙撃されて負けたって事はそれまでは上手くやれてたって事か。という事は必要なのは奇襲、暗殺への対策と意識、そして閉鎖空間で確実に殺す事―――」

 

 腕から走る痛みに顔をしかめ、視線を腕へと向けた。ジャケットのスリーブをまくりながら確かめる腕は焼け焦げていた。そしてその焦げ跡は形を作っていた。

 

MIST 呪 子

 

 急いで焼いた様な痕跡は汚く、ほとんど文字とは呼べないレベルまで崩れているが、ぎりぎり形として認識することが出来た―――そんなもの、自分で刻んだ覚えはない。だが炎で刻んである焦げ目だという事は、自分がそう刻んだのだろう、記憶が消える前に。

 

「霧と、呪いと、子供か……はぁ、はぁ……これだけありゃあ、なんとか、なる……な」

 

 息を切らしながらも足は既に走らせていた。足音が反響するこの下水道の中で、今、この瞬間、()()()が侵入したような気配を感じた。怖気を感じる様な、背筋を死の感触がにじり寄る様な、そんな感触を得た。レ・ロイ以来冴える直感が今すぐ、ここから出ろ、と警告していた。

 

「ファック」

 

 悪態をつきながら上へと出るマンホールを見つけた。痛みを堪えて跳躍しながら壁を蹴り、そのままマンホールを吹っ飛ばすように炎の衝撃を放った。マンホールどころかその周辺が吹っ飛びつつ、一気に夜のロンドンへと出てくる。夜の闇に包まれながら荒れる息を整えつつ素早く周りへと視線を向け、テムズ川の近くに出てきたのを知覚する。場所が悪い。ここは()()()()()

 

 そう思考した直後、夜の闇を飛来する者が見えた。

 

「ファ、ック……!」

 

 炎の盾を生み出し、それを防壁代わりにして矢を受けるが、その衝撃を殺しきれずに一気に吹き飛ばされる。だがその攻撃を知覚出来たのが理由か、ミラーリングが《千里眼》を写し取った。或いは見られている事で学習したのかもしれない。どちらにしろ、ここは相手の射程圏内だ。

 

 矢の衝撃に吹き飛ばされつつも、魔術と《英雄作成》で体を強化し、地面から足を離さない様に綺麗に吹き飛び、背中から壁に衝突し―――炎で破壊しながら中に突撃する。後ろから転がるように飛び込みながら姿勢を低くし、レティをバゼラードに姿を変える。壁の穴から飛翔してくる矢をそれで切り払いつつ後ろへ、室内に後退する。矢の届かない距離に入り込みながら窓から離れ、息を切らす。まだ生きている。なんとか、生きている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――ファック。ダメだ、逃げられた気がしねぇ。今も見られてるな、これ」

 

 《千里眼》だろう。即興で習得したそれを反映してみるが、距離が足らず、まったく相手の姿が見えない。という事は少なくとも1キロ以上の距離から狙撃されている事になる。まったく嫌になる。そう思っていると足音が聞こえた。

 

「な、ななな、なんだこれ!?」

 

「おやすみ」

 

 急いで階段を降りてきた家の主らしき人物を問答無用で眠りに落としながら、周囲へと視線を向け、そして窓の外を見た。隣の家まではそれなりに開けている。飛び出して場所を確保するとなると、アーチャーに狙撃する時間を与える事になる。

 

 ……となると、この家の中でアサシンを迎撃する必要がある。

 

「……広間は窓が見えるからダメだ。窓がなく、侵入方向を限定できる狭い空間は―――」

 

 階段だ。この人物が上から降りてきたのが見えた。路地裏のあの広さではダメなのなら、もっと狭い場所で戦闘をする。外からは見えず、攻撃も制限出来、そして絶対に1:1に制限できる状況に。おそらくそこが一番、体を動かしやすい場所だろう。迎撃する場所として。

 

 階段へと移動しようとしたところで―――煙草のパッケージを見つける。

 

 普段はあんまり好まない煙草だが、何故だか無性に火が欲しかった。パッケージから一本だけを掴んで口に咥え、軽くバゼラードに先を触れさせれば、それだけで火が付く。特に煙を吸い込むわけでもなく、煙草の先に灯った火を見ているとどこか、落ち着く。吸い込まずに煙を吐き出しつつ、催眠術で眠らせた姿を蹴り転がして階段へと飛び込んだ。

 

 その中頃で足を止め、階段の上と下を残す。

 

 場所は狭い。人が一人ぎりぎりで通れる程度の狭さだ。

 

 そこに煙草を口に咥え、煙を昇らせながら武器を片手に立っている。緊張感に包まれつつも、迎撃する姿勢で、この狭い壁に挟まれた空間で待ち受ける。アーチャーの《千里眼》では捉えられず、そして場所を限定させ初撃を絶対にぶつけられる場所といえばこれぐらいしか思いつかない。後は倉庫の中にでも逃げ込むかだが―――ここがテムズ川近辺である事を考えると、難しい。

 

 この周辺はそれなりに開けているのだから。

 

 故にここしかない―――そんな思考をどこかでした気がする―――警戒し、迎撃態勢を整え、魔術を開始する。武器を握っていない左手を軽く横へとスライドさせるように中空で振れば、その動きに合わせて指元にカードが出現し、それが燃えながら消えて行く。消費されるのは宣言される役を完成させる為の組み合わせがランダムで。

 

「Flush」

 

 魔術が発動する。

 

 一工程魔術に対してモーションとキーワードを魔術キー以外に混ぜる事によって、複数の意味を圧縮し、一工程に複数の工程の意味を持たせることが出来る。これがいわゆる圧縮詠唱とも呼べる技術、スキルになる。これを行うだけでだいぶ魔術の通りが変わり、効率が変動する―――つまり効果が飛躍的に上昇するのだ。実戦タイプの魔術師なら覚えている基本的な技術でもある。が、本当に困っている時は一々行動を挟まずキーワードだけで設定して発動させる時の方が多い。

 

 とはいえ、こうやって迎撃に回る前提で時間があるのであれば気合を入れて詠唱を挟んだり、アクションを挟んだりする事も出来る。今使ったのは混沌魔術を利用したレジストを強化する魔術。魔術的干渉に対する防御力を向上させるもの。

 

 ヒントは霧、呪、子。思いつくのは霧で呪殺などの魔術的な殺害手段だ。となるとレジスト力を上げておくのはまず間違いじゃない。残されたヒントから相手の切り札に対して対抗する為の手段を用意し、待つ。

 

 相手から攻撃し、《気配遮断》が剥がれる瞬間を。

 

 推理出来る範囲であればおそらくは霧が手段になるのだろう。そして種別が呪―――つまりは呪殺。直接体内へと浸透して必殺するタイプ。真名は読めないが、それでも手段が解れば対処できる。その為の下準備は終えたのだ。後は相手を迎撃するのみ。

 

 そう思考した瞬間、

 

―――首に冷たい金属の感触を覚えた。

 

 心臓が停止―――いや、時間が停止したような思いだった。一切の予兆も予感もなく、それは首筋に添えられていた。首に、小柄な子供の手が握るリッパーナイフが添えられており、首に徐々に、徐々に食い込んで行く。ゆっくりと、それが加速された知覚の中で首の中へと沈んで行く。致命となる一撃が此方の命を奪う為に、見た目が完全な子供によって与えられそうになっていた。

 

 冷たい刃が首筋に沈んで行く。それがぷつり、と肌を割き、血管に伸びる。鋼鉄が血管を侵食し、綺麗に切断された切り筋、血管の切れ込みから血液が漏れ出る事で漸く内側から傷口が開いた。ゆっくり、ゆっくりと傷口が開き、血が流れ出す。それを片目で追っていた。

 

 あぁ、なんて簡単な事だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 おそらくアサシンにそこまでの知能はない。おそらくはその背後にいる司令塔……アーチャーあたりの入れ知恵なのかもしれない。攻撃手段が見切られた場合を想定して攻撃手段を切り替える事を。当然の備えで、当然の行動だった。

 

 そして反応速度、敏捷力、耐久的にそれには反応できない。ナイフが首筋に沈んで行くのを知覚しながら一瞬で思考した。

 

 死―――。

 

 

Refrain

 

 

 ()()()()()()

 

 果たしてそれを自覚したのは何時だったのか。

 

 ……When I noticed, I was looking into the mirror. And now also, I’m looking at the mirror. What I see, on the other side of the mirror……is, not myself, but myself. Looking into the mirror, what you see is not always the truth, but is what you can see. Don’t close your eyes. Open it, and see into the depth. Can you see? Can you understand? The mirror is just a mirror, itself has nothing to do with anything. As so, the importance is always how you see into it.

 

 It is, purely the way you look into it. I saw what was inside the mirror. It was me. But, that was not all. I was lost. I was lost inside the mirror. But the man in the mirror was not lost. Why? Why is this? I could not understand the reason why. Although, I understood that the man in the mirror was my only hope.

 

 At that moment, I was just a baby. Not even a child. I was as though it was, at the moment of birth. It was too late. All was late. I was as though I am now, at the moment of birth. No understanding was there. But then, only one word was there already when I noticed I was gone.

 

 消えたくない。自分という存在が消えたくない。助けて。誰か、どうかわたしを助けてください。消えたくないんです。私は私のままでいたいんです。ですからどうか、助けてください。お願いします。苦しいのも怖いのも嫌なんです。なんで、なんで私がこんなに怖い目に合わなきゃいけないんだ助けて助けて―――。

 

 So, I looked into the mirror. But the mirror never showed how I looked like. Of course, that is the truth as the mirror was just a passage, a gate to wonderland. I did not understand that, and yet, I still do not understand the whole of truth. But then, the point is that I know how to save myself, without the whole understanding.

 

 だから鏡を見ている。常に見ている。ずっと覗き込んでいる。自覚せずにそれを常に見続けていた。鏡を眺めていた―――ずっと、ずっと常にあるのを忘れて。現実は常にそこに合って、眺め続けているのに気付かないだけ。私はずっとそれから目を反らしていつの間にか忘れていた。それは或いは仕方のない事なのかもしれない。だってその時の私はまだ、子供ですらなかったから。だけど私は常にそれを覗き込んでいる。そしていま、私は―――。

 

▽覚醒判定 Roll of Fate

 

▽Dice Bot 2d6 [6,6]

 

▽Critical

 

 私は―――炎を見ていた。

 

 鏡の中は燃えていた。鏡の向こう側には炎があった。それをしばらく眺めていてそれが私である事に気が付いた。私は炎だった。或いは炎が私だった。いや、私が炎を秘めていたのだ。その時此処へと至る事によって私がただ、自分自身を眺め続けているのではない、という事を漸く理解した。

 

 覗き込んでいるそれは―――可能性/末路だ。自分がこうであるという形の一つだ。それを鏡を通して覗き込んでいる。そう、鏡が映すのは一つではない。その背後、周辺、その全てを映す。鏡の中にはもう一つ、鏡の世界が存在しているのだ。故にその中には新たな鏡による反射があって、また無限に鏡の世界が広がって行く。そう、無限に世界は広がり、繋がり、そして関連している。鏡に映っているのはその一つの可能性。

 

 炎を見た。

 

 ゆらゆらと揺らめく炎を見た。

 

 そこに■■の姿はなく、瞳の色は蒼穹に染まり、毛先は炎の色に染まっていた。その体は燃えていた。何時からか、何時まで、という言葉はない。それはそういう結末を迎え、そういう存在であると認識した―――それは可能性の一つ。行きつく形の一つに過ぎない。或いはそうなる可能性が濃厚なのか。だけど私は見ている、万華鏡のように描かれる数々の可能性を。

 

 一つ一つがモザイクの欠片の様であった。

 

 バラバラのピース、バラバラの情報、バラバラの色彩。一つ一つは独立している物であり、統一感はない。当然ながらそれはバラバラだからだ。そう、形はあるが統一感はない。つまりは未完成の一言に尽きる。持ってきたモザイクはそれを集めるだけでは意味はないのだ。

 

 万華鏡はそこに飾る絵がなければ完成しない。

 

 故に見た。自覚した。()()()()()()()()()()という事実に。その行きつく果てという事に。私は既に覚醒していた。起源の類する魔術を使って発情するのは当然だ。既に染まっているのだから。好きな事、存在意義を、生理的な反応に直結するのは当然のことだった。既に起源の覚醒は終わっていたのだ。

 

 ()()()()()

 

 

Access

 

 

「―――あれ?」

 

 血液が舞う。ナイフが振り抜かれる。だが首は飛ばない。体の動きが首の肉をある程度断たれながらも、抜けて、骨や気道に到達する前に体が離れた。階段の上階から落ちてくるように素早く放たれた暗殺者の一撃は必殺にならず、致命傷を与えられずに空振る。呆ける様な声をくすんだ銀髪の少女が―――アサシンが呟き、《気配遮断》が解かれてその姿が露出する。完全に必殺するタイミング、そして攻撃だった。それが失敗した為に完全にアサシンの姿が晒され、動きが停止している。

 

 それに合わせ、空いている左拳を顔面に叩き込んだ。

 

 魔術ではなく専用の秘儀、奥義、まだ名がないために分類されていない()()を込めて殴り飛ばした。衝突と共に空気が震動し、爆炎が階段の狭い空間を軽く満たしながら殴り飛ばされた姿は階段にめり込み、そのまま貫通してその背後の空間へと抜けた。或いはその下へと落ちた。その姿を追いかけるようにアサシンが抜けた穴を壊す様に通り抜けて落ちる。

 

 そこに飛び込む。煙草を咥えたまま、呟く。

 

「―――お前が」

 

 着地する。完全な暗闇が支配する地下室へと続く穴だったらしく、靴が床の感触に音を鳴らし、狭い空間に足音を響かせた。

 

Skill Fusion

《夢幻召喚》+《英雄作成》+《自己改造》+《魔力放出》+《起源覚醒》

 

「お前が……お前が灯した

 

 煙草の灰がこぼれて落ちて―――それが焔となって空間に広がった。完全な暗闇だったはずの空間に炎による光が満ちて、狭い地下室内が照らされる。ごちゃごちゃと物が置かれている地下室はその炎によって燃やされ、一瞬で灰となって朽ちて行く。自覚した起源の衝動のまま、汚染された起源のまま、()()()()()()()()()()()()の赴くままに、それを見た。

 

 闇の中に照らされる少女のシルエットを。

 

お前が俺に火を灯した

 

 ゆらゆらと燃える炎の中、少女を見た。ナイフを二本逆手で握り、姿勢を低くして構える少女の姿を。それに対応する為にレティを両手剣の姿へと変形させて、腕の中で一回転させてから後ろへと振りぬいた。起源を自覚し、覚醒し、夢幻召喚し、可能性を手繰り寄せて、■■魔法の切れ端を手繰り寄せ、■■の可能性を自分に対して作成し、変生しながらそれを埋め込み、固定する。起源によって魔力を燃え上がらせ、それで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。可能性の改竄。情報の一時的な燃焼改竄。

 

Skill Get:《Detonate》

 

ありがとう、お前が俺に火をつけた

 

 力を込めながら宣言する。絶対に殺すという意思で脳内を統率し、それをレティと同期させつつ、吐き出す。

 

―――そして火をつけた事を後悔しながら死ね

 




 本来ならここ、ライダーと協力して逃げ回って対策しつつ倒すってところだったんだ。だけどライダーそのものが消えたのでピンチに覚醒判定入れてみたら見事クリティカルしたという訳でして。

 習得したスキルを消費、統合・格納する事で新しい専用スキルの開発に成功しました。と言うか最終スキル。ランクで言えば作り立てだからまだE相当だけど。

 燃え上がらせたんだからしょうがないよね。データの方はおそらく次回。


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倫敦五丁目

 体が熱い。

 

 ゆらゆらと燃え上がる炎の様に、体が熱い。信念は炎の様だ。覚悟は精神力を糧に燃えて輝く。情熱は燃え上がる。そして血液はその熱で沸騰する。魔力が燃焼されている。覚醒された新たな起源―――否、共有し、融合状態で追加される新たな起源によって炎という性質が追加されている故に燃えている。意思が、魔力が、決意が、情熱が、覚悟が、信念が、血液を沸騰させながら概念的に燃焼している。それはつまり損耗するという事でもある。燃えるという行いには薪が必要になってくる。それがないのならひたすら使い潰すだけの自滅の疾走になるのだが―――。

 

▽ 条件達成:《万華鏡》

 

 ……が、その心配はいらない。平行世界から無限のリソースが供給される。新たな起源、所有するスキルと技術、経験、魔力を起源の炎にくべて燃焼させる事で爆発的なエネルギーを生み出す。だがそれだけではない。組み合わせるのは自分が保有する全ての起源、その可能性。燃え上がりながらも燃焼させ、一時的に自分を()()()()()()()

 

 魔術師の根本的な思想、それは()()()()()()()()()()()()()()という部分にある。自分に足りないのであれば他所から、他所から足りないのなら他人からというのが基本的な考え方になる。だったら簡単だ。今の自分で足りないのなら、

 

 未来の己を使えば良い。

 

 勝てないのなら勝てる己の可能性を手繰り寄せる事をすれば良い―――それが魔術であり、魔法だ。

 

 様々なスキルを融合させ、統合させ、格納させ、自分だけの一つのスキルを生み出す。一々複数のスキルを管理する方が時間がかかるからこれが良い。何より専用の技術は自分のみ、という概念が生み出され存在率を補強する。《Detonate》は強くなるためのスキル。《夢幻召喚》と《英雄作成》をベースに自分の可能性を引き寄せ、《起源覚醒》でリソースを無限焼却して強化する。相手に勝てる自分に肉体を改造するような行い。

 

 誰のものでもない、俺だけの力。鏡映しから生み出した真。俺自身という骨子。

 

 両手剣を後ろに流す様に構えながら、正面のアサシンを見た。この狭い空間に押し込まれてもほとんどダメージらしいものは見えない。油断なく、ナイフを逆手に握ったまま、徐々にだが霧を生み出しながら此方を待ち構えるのが見えた。その姿が今までになくクリアに見えた。両手で剣の柄を掴みながら、

 

 床を強く踏んだ。そのステップに火の粉が舞い、炎がまた新しく地下室に滾る、それによって霧が焼かれ、その中に紛れようとするアサシンの姿が映し出された。その姿へと向かって頭を越えるように剣を振り下ろす様に踏み込み、落とした。敏捷が此方を遥かに超えるアサシンがそれを横へと避けながら踏み込み、首を落としに来る。敏捷という切っ先を制する為のステータスで敗北している以上、絶対にアサシンのカウンターに対しては対応できない、

 

―――筈であった。

 

「だが()()()()()()()()()()()()()()()って話だ」

 

 そこら辺の経験は不足していたからこそアサシンとは戦えず、どんな英霊と戦っても敗北するだろう。だからこそその不足を補うためのスキルを生み出した。

 

 振り抜いた姿勢から体を更に落としながら剣の腹をズラし、勢いを止めないで流しながら威力の流す方向をズラし、左手をフリーにする。刃は振りぬかれた状態で加速を得て踊る様に動く。左腕はフリーハンドの状態で迫ってくるアサシンの刃を、

 

 平手ではたく。

 

「!?」

 

 これがレ・ロイと戦っていた時に最も欠けていたもの、経験と総合技術になる。なんとなく、ではなく総合的な経験から何をすればいいのかを判断する能力。どうやって体を動かせばよいのかを判断すればいいかの能力。そしてそれを正しく無駄なく運用するだけの能力。

 

 それが今は見えていた。完全な覚醒ではなく、魔法の領域、その切れ端を掴んでいるだけの状態。魔道元帥の様に無尽エーテル砲を放てるわけでもないし、世界を渡れる訳でもない。だが今、この状況においては十分すぎるものだった。やる事は見えている。

 

 その小さな体で素早い動きを利用できない戦いを押し込めばよい。

 

 漸く―――本当の意味でレ・ロイの剣術を生かしきれる。

 

 アサシンの接近に対して更に詰め寄りながら両手剣を刀に変える。鞘を左手に、抜身の刀を右手に。零距離から遍在しながら斬撃を放てば、斬撃と姿が違う方向へと分裂する様に分け身を行い、半透明な斬撃がアサシンへ四方から同時に襲い掛かる。接近を行っていたアサシンが一瞬で逃れる為に後ろへと向かって飛びのいた。その瞬間を狙って刀を剣へと戻し、相手距離を薙ぎ払う様に剣を振るった。

 

 地下室の逃げ場のない空間に熱風と炎の波が出現し、アサシンの逃げ場を封じるように、その速度を殺して追いつめる。強制的な耐久勝負へと。それに合わせアサシンが防御を固めるように両手を交差させるのが見える。再び刀へと武器を戻しながら一気に踏み込んで―――炎の壁を突き破ってアサシンの前へと到達する。放たれる鞘を持ち上げてからの振り下ろし、それと同時に斬撃が左右へと遍在と共に抜けた。

 

 漸く、まともなダメージがアサシンに刺さった。傷口が開かれ、幼い体に斬撃が入り、勢いよく出血しながら切り口から炎が侵入する。アサシンというサーヴァントの体内へと炎が入り込み、その体を内部から焼き始めた。

 

「ああぁぁぁああぁ、おかあ、さん―――!」

 

「助けを求めるぐらいなら最初からやるなよ。気持ち悪い」

 

 直後、アサシンが全力で炎を突き破って、出口へと向かって逃亡しようとした。それに合わせて腰裏の銃を手元へと転送し、引き金を引いた。吐き出されるのは血液を金属と混ぜ込んで作った軽起源弾―――にレティの《起源覚醒》を乗せた物。一瞬で吐き出された弾丸は起源の炎となって僅かな出口から逃亡しようとしたアサシンの太ももに突き刺さり、その足を吹き飛ばした。片足を失って更に出血をひどくしながら、絶叫と涙がアサシンから漏れ出る。

 

「泣くなよ……お前が殺した相手はもっと苦しんだし、俺もクソ痛かったんだぞ」

 

 銃をベルトに戻しながら歩いて片足のアサシンへと近づき、這って逃げようとするその無事な片足を掴んで引っ張った。床に爪を突き立てて逃亡しようとするその姿は―――あまりにも哀れで、ただの子供にしか見えなかった。

 

 だけど違う。

 

 こいつは殺人鬼だ。

 

「殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー。年貢の納め時だ。罪には罰を―――なんて殊勝な事を俺がいう訳ないだろこのクソガキ! お前のせいで内臓を焼く羽目になったんだよ!今もクソ痛ぇ、どうしてくれるんだよ……いや、教えてやるよ! 体を内側から解体され、焼かれるって事の痛みをな!」

 

 笑いながらジャックの体を壁に投げつけて叩きつけ、そのままレティを槍の形にしてジャックに投げつけた。壁に叩きつけられたレティがジャックの肩に突き刺さり、その動きをピン刺しにして止めた。そのまま体内に侵入した炎はジャックの疑似神経を焼き焦がし、動きを完全に殺して封じ込める。

 

「や、だ、おかあさん、おかあさんおかあ―――」

 

「後悔するなら俺に火を付けたお前自身を呪え。ガキであろうと敵なら―――」

 

 防御も出来ないジャックの腹に目がけて手を叩き込んだ。指が腹を貫通し、そのまま内臓に突き刺さり、子宮を掴んで容赦する事無く引き抜いた。それをそのまま、レティの炎を叩き込んで内側から一気に燃焼させる。苦しみは一瞬。それが終わった直後にはジャック・ザ・リッパーというサーヴァントは内外から完全に燃焼され、苦しみと共に消滅していた。

 

 もはやジャックの霊核は跡形もなく消し飛び、その存在の欠片だった魔力だけが残留している。それに手を伸ばして、吸収し、リソースへと変換させる―――まだ戦いは終わっていない。自分を強化する為のリソースとして必要なのだ。貪るように取り込み、肉体の強化を図る。先ほどまでの戦いを考えて……速力、敏捷の強化を行い、ジャックが死んだ場所から視線を外し、背を向ける。

 

 口の中に溜まった唾を血と一緒に混ぜて吐き出しながら、上へと繋がる扉を蹴り飛ばす。

 

 頭がガンガンと痛みを訴えてくる。突然の成長と覚醒に肉体の方がまだ追いつかない。その上にジャックとの連戦によるダメージがまだ体から抜けきっていないのもある。槍だったレティが少女の姿になり、横までやってくる。覗き込む視線は此方を心配するようであり―――前よりも少しだけ、肉体も中身も成長している様な、そんな気をさせる。レティの頭を軽く撫でる。

 

「まだ大丈夫だ。まだこれぐらいじゃあ死なない。レ・ロイの時のがもっと酷かったし」

 

 笑顔ではなく、不安そうな表情をレティは浮かべていた。単一の感情しか見せていなかった彼女がなぜこうなったのか―――此方が覚醒を経た影響だろうか? そんな事を考えながらレティを再び剣へと戻し、地下室を出た。

 

 炎は既に地下室から家全体へと広がっていた。燃える家屋の中、もうしばらくすればここが焼け落ちて、この外へと強制的に飛び出す必要が出てくるだろうというのを自覚していた。そうなった場合、アーチャーが狙撃してくるだろう。或いはアサシンが落ちたのを察して逃げているだろうか? どちらにしろ、考える時間は短い。

 

 ここで逃げるか、それともアーチャーを狙うか。

 

 ……いや、ダメだ。ここでアーチャーは絶対に殺さなくてはならない。なぜならアーチャーの正体は不明。どんな相手なのか、その真名さえも解らない状態だ。そんな状態でアーチャーを逃がせば、どこでヘッドショットされるか解ったものじゃない。

 

 アーチャーは、ここで、殺さなくてはならない。絶対に。何が何でも。

 

 何をしてでも。

 

 絶対に、燃やす

 

 俺の命を狙ったクソをここで殺さなくてはならない。相手が男であろうがババアであろうがガキだろうが女だろうが関係ない。どんな理由があるかだなんて興味もない。俺の敵になった。俺の命を狙った。ならぶち殺さなくてはならない。じゃないと()()()()()()()()()()()()()ではないか。そう、誰の為でもない。

 

 自分自身の為に殺す。

 

 殺さなくてはならない。絶対に。跡形もなく。

 

 燃える家の中に戻った所で、家の裏手の壁を破壊して外へと飛び出し、近くの壁を蹴って一気に跳躍し、燃え盛る家の上に着地した。夜中、どこかから人の声が聞こえる。燃え盛る家を見て、消防車でも呼んだのかもしれない。だがそれを気にすることなく屋根の上から夜のロンドンを見た。寝静まる時間、大きな騒動でもなければ人々は眠ったまま、何が起きているのかを知らないだろう。時計塔のお膝元、多少の騒ぎがあっても揉み消せる場所だ。遠慮はいらない。

 

 思考した次の瞬間、闇に紛れて黒塗りの矢が飛翔してきた。それを迷う事無く剣で切り払い、燃やし尽くした。続けて連続で放たれてくる矢を切り落とす―――が、矢は一方向ではなく、正面の次には横から飛んできた。まるで飛翔の途中で直角に折れ曲がったかのような複雑な軌道で放たれ、向かって来ていた。

 

 まだ、自分の見える範囲に敵はいない。アーチャーは完全にこちらの視界範囲外、知覚範囲外から連続で狙撃を続けている。射手としては最も正しいスタイルだ。一方的に狙撃し続ける戦い方。

 

 サーヴァントには疲労の概念がない、肉体がない体。流れる血液だって魔力を表現しているだけに過ぎない。故に生身の人間とサーヴァントが長期戦を行えば、ストレスと疲労で人間の方が先に参る。

 

 故に、アーチャーとの戦いは素早く距離を詰めて、一瞬で潰す必要がある。だがこの場合、問題は相手の居場所が解らない事だ。とはいえ、アサシンとは違って《気配遮断》を使っている気配はない。という事は純粋に距離を開けて感知されない場所にいるというだけの事だ。

 

 なら目をロンドン全域に広げれば良い。矢を切り払うのと同時に勢いよく空へと向かって飛び上がる。

 

「私は炎―――全てを焼き尽くし跡形もなく滅ぼす炎」

 

 剣の炎を更に燃え上がらせ、両手剣から大剣へと姿を変更させる。邪魔をするように飛翔する矢を切り払い、炎を周囲に停滞させた。そのまま剣を掲げ、炎を一気に収束させる。町中でこれを使えば()()()()()()()()()が、ロンドン上空で放つ分には一切の問題がない。

 

 ちょっと、明るい夜になるというだけだ。

 

「括目せよ、これぞ星の見た終わりの夢」

 

 モードを対人から対城へと切り替える。燃え盛る炎がそのまま天へと向かって伸びて行く。本来であればそのまま振り下ろして、正面に見える対城規模範囲を消し飛ばすのが運用法ではあるが、この武器は、剣は、そして()()()()()()()()()なのだ。この炎が彼女の肌、彼女の手、彼女の口、息吹、

 

 そして目となる。

 

「―――破界す終焉の枝(レーヴァテイン)

 

 360度、周辺全てを薙ぎ払う様に一回転しながら夜空にレティを広げた。夜空を一瞬で覆いつくしたレティの炎はロンドンから夜空を奪った。元々対神話、対歴史用宝具とも呼べるこの宝具は対人規模に抑え込まれていたが、その本来の用途は惑星規模での破界だ。即ちそれだけのエネルギーが魔力の問題さえ解決できれば発揮できる。無論、人間にそれだけの魔力を用意するのは不可能だ。

 

 だけど《万華鏡》があるのならば、対城規模―――ロンドン全域を覆い、消し飛ばす程度であれば可能だ。元々、それが()()()()()()()()だからだ。対人規模にまで圧縮している状況の方が異常なのだ。その規模に抑え込んで運用出来ているのがおかしいのだから。故に、本来には届かぬも、想定された運用方法をレティは漸く発揮できる。そうやって、

 

 破界の炎が一瞬で夜空を黄昏の色に染め上げた。

 

 今、この時だけ、ロンドンは夜を忘れた。

 

「―――見つけた」

 

 ロンドン上空を覆うレティの炎が感覚器官としての役割を果たす。ロンドン上空を完全に覆ったところで地上を見下ろし、炎から敵を探し―――目視する。それを共有された思考領域で知らされ、迷う事無く空を炎で起爆させて飛ばし、一気に体を炎が目撃した、黒いローブ姿の射手へと向かって飛び込ませる。

 

 その距離は8キロ程。それを詰める為に一気に跳躍した。空から落ちて屋根の上に着地したところで再び超跳躍する。リソースを全て敏捷へとぶち込み、それで脚力を強化して一気に加速する。人間大のスペックを超越し、下級ながらもサーヴァント級の敏捷スペックへと肉体が到達する―――本格的にサーヴァント級の身体能力へと、肉体が突入し始めていた。

 

 だが―――これでもまだ足りない。

 

「アサシンをぶっ殺せたのはアレがガキだったからだ」

 

 空を燃やす炎によって闇が完全に焼き払われていた。闇に隠れる筈だった矢は今、完全に姿をさらされる状態で空を駆け、飛翔して命を狙ってくる。だがそれはもはや見える軌跡。《変容》で一番迎撃、切り払いのしやすい刀へとレティの形状を変容させ、迫ってくる矢を切り払いながら速度を落とすことなく、魔力を起爆剤として燃焼させ、自己を最高強化し、可能性を手繰り寄せる。

 

「もっと、力が要る」

 

 対アサシン、ジャックの時は見事なかみ合いだと言えた。跳躍しながら思い出す。まるで欠けていたパズルピースがハメこまれる様な感覚だった。アレが必要だ。

 

 自覚と覚醒。サーヴァントとは、英霊とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。その果てへと至り、その上で全盛期の肉体とクラス分けされ制限された能力によってサーヴァントという使い魔の形で現界している。それがサーヴァントだ。相性による勝利を除けば、必要なのは経験、技術、能力、そしてかみ合う成長。

 

 つまり純粋な勝負で必要となるのは()()()()()()()になるのだ。サーヴァントも、そして自分も、全てのスタート地点は一緒だ。だから後は、

 

 同じ地点に到達するまで加速させて成長・覚醒すれば良い。

 

 都合の良い事に()()()()()()()()()だ。

 

《Detonate》

 

 燃やす。魔力を、可能性を、能力を、人間性を、自分の中にあるなにかを。それを燃やして起爆させる事でエンジンを回す。そして自分の体の中に()()()が入り込むスペースを生み出す。無限分岐する可能性から自己変革と進化を最適化によって行うスキル、それは第二魔法がベースとなっている。なら繰り返せ。最初と一緒だ。先ほど行った覚醒の可能性を手繰り寄せて繰り返せばよい。

 

 前よりも強くなった可能性を手繰り寄せて―――進化すればよい。

 

 それだけの作業だ。

 

「勝つ」

 

 屋根を蹴る、加速する、燃焼させる、炎を散らす、切り払う―――様々なアクションを織り交ぜながら一気にロンドンの炎空を駆け抜けて行く。空に放ったレティの炎は弱まりつつあり、ロンドンそのものが異常現象に沸き立ち、眠りから覚めつつあった。夜明けが近い。だがそれを気にすることなく駆け抜けて行く。最低限の認識阻害だけを纏って、残りの全てのリソースを《Detonate》と今、保有するスキルを融合させて生み出すもう一つの新しい形へと注ぐ。自分だけの武器を生み出す為に。

 

 その中、残り2キロという距離で矢が更に加速し、凶悪化し始める。

 

 今では弾丸の様な矢雨がガトリングの様な勢いで熱線となって降り注いでくる。一発でも命中すればおそらくこの礼装では耐えきれないであろう、レティに匹敵するだけの熱量を熱線からは感じていた。暴力的な熱のレティに対し、もっと統率された、神性な気配の熱。ただ、食らえば致命的なのは間違いがなかった。故に早く、もっと早く。そして確実に。

 

 勝てる可能性を他の世界から引き寄せる。

 

 それが第二魔法の基本的な戦い方。

 

 まだ、まだ切れ端を掴んだだけだが―――それでも、その副産物が生み出す膨大な恩恵はここにある。

 

 可能性を引き出す事。成長と促進。無限の魔力供給。進化の追及。その全ては所詮第二魔法にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。故にそれを直観的に、理論的に、構築し、

 

 覚醒させる。

 

覚醒開始(アクセス)……!」

 

 食いしばりながら更に加速する。見える。自分の死ぬという未来の可能性が。《千里眼》を通して次のアクションが、どれが命中するかというのが見えてくる。屋根に着地する瞬間に当たる様に設置された熱矢が、回避した先にぶつかる様に放たれ設置されたのが、そもそも逃げられない速度で放たれた矢が。それらの可能性が見える。そしてそれに追いつくために魔力を燃やし、屋根を踏まず、最速、最低限の動作で切り払う。炎と熱が接触、爆裂の花が連続で夜空に咲く。

 

 高速の移動と共に発生する連続の迎撃動作が空に線の形に連続で爆発を産んで行き、爆音を響かせながら道を形作る。

 

 早く、もっと早く―――敵の所へと。

 

 殺すために。燃やすために。映す為に。破界する為に。

 

 もっと、力を。

 

 貪欲に貪るように可能性を飲み込んで行き、逃亡するローブの射手に追いつこうと体を動かす。漸く見えてくるその姿は此方よりも早く、余裕をもって逃亡に移れている。握っている弓は巨大で、人間の筋力で引けるようなものには見えない。魔力は同じぐらい―――と言っても無限供給状態の此方に匹敵するだけのリソースを保有しており、感じられる存在強度は遥かにこちらを上回っている。

 

 全要素で敗北している。だったら話は簡単だ。

 

 勝てる俺の可能性を用意すれば良い。そして俺に勝てない相手にすれば良い。それだけのことだった。相手が強いのなら俺よりも弱くなれば良い。その認識が意識を切り替え、情報の更新を行う。彼我の距離は相手の逃亡によって2.5キロへと開いた。

 

 相手の方が能力が上回っているから当然だ。故に空で炎を爆破させて踏み飛ばしながら、

 

―――アーチャーの背後へと出現した。

 

「《F:Memories》」

 

 魔術による転移の完了によりアーチャーの背後へと出るのと同時にレティは両手剣へ、空いた片手でトランプを抜いて振るっていた。だがトランプの絵柄は覚醒に引き摺られる様に変質しており―――その絵柄は槍兵の姿を描いていた。片手で握り潰しながら焼却するのと同時に、ジャックに匹敵、或いは超える敏捷性を保有していたアーチャーの速度が一瞬で此方と同等、或いはソレ以下の領域に落とされた。

 

 そして場所は都合よくロンドン郊外―――家屋のないエリアだった。

 

破界す終焉の枝(レーヴァテイン)

 

「梵天よ」

 

 零距離から放たれた破界の炎と、そしてアーチャーの宝具らしき一撃が一瞬で衝突した。凄まじい熱量超爆発が間に発生し、生み出された熱と破壊力はそのままお互いに横へと逸れて大地にクレバスを生み出しながら両方向に炎の壁を夜空まで伸ばした。空を覆う炎が消えた瞬間の出来事である為、再びロンドンは夜を失う事となった。

 

破界す終焉の枝(レーヴァテイン)

 

「加護を」

 

 再び供給の終わらないリソースから破界の杖による一撃が放たれ、アーチャーがそれを零距離から迎撃した。恐ろしい事実に、その弓による一撃には宝具としての宣言が存在しない―――つまりは宝具ではない、生前獲得した技術、あるいは宝具化されていない奥義の類だった。いや、梵天よ、という言葉は聞こえた。それで大体の国は絞れた。だがそれ以上詮索する事に思考を割くだけの余裕はない。

 

 燃焼し、燃焼させ、両手剣を振るう。

 

 対城と対城級の砲撃が衝突する。もはや互いに一歩も下がる事なんてできなかった。手元がわずかでも狂えば一瞬で獄炎に飲み込まれる連打し続けるだけの簡単なチキンレースの中、女の声がする。

 

「……早すぎます」

 

 一切動きを停止する事無くアーチャーは呟いた。動きによどみはなく、歴戦の武人である事を証明していた。だがその小柄な体格と声は、ローブの下に隠れる姿が女であるという事を証明していた。

 

()()()()()()()()。キャスターの予測を超えている」

 

「……あ゛?」

 

 炎と炎が衝突し、お互いの間に亀裂を生む。そこに見えない大穴を大地に生み出しながら、互いに大きく後ろへと飛びのいて、距離を作った。レティを両手剣の形状で構えつつ、正面、片手で大弓を握ったアーチャーを見た。

 

「どういう事だテメェ」

 

「いえ、キャスターの予知ではそもそもライダーが見えているはずでした。その時点で流れが変わっていました」

 

「おい、人の話を聞け」

 

「となりますと―――」

 

 話を聞かない。であるなら、遠慮する必要はない。情報は会話するから生み出されるものだ。今度は前よりも早く宝具をぶち込む。一発命中さえすれば致命傷だ―――ジャックみたいに、当たりさえすればそれが致命傷に発展する。故に一発、肌に触れるだけで良い。魔力を叩き込みながら踏み込み、上段からレティを振り下ろす。同時に《F:Memories》を発動させ、相手に対応させる為の敏捷ステータスを除外する。

 

 勝負は二撃目―――相手が一発目を相殺してからになる。

 

「……私は用無し、です、ね」

 

「は?」

 

―――それをアーチャーは避ける事もなく受け入れた。

 

 世界を滅ぼす炎、それに対して迎撃をする訳でもなく、真正面から一瞬で呑み込まれた。その一瞬だけ、ローブの下に隠された口元が何らかの言葉を生み出そうとしたのが見えたが、それが音になるよりも早く酸素が燃焼し、その空間諸共全てを焼き滅ぼした。ロンドンの外へと向けて一直線に走る炎は大地を焦がさずに液状化からの蒸発までをノータイムで行い、まるでスプーンで掬ったかのような綺麗な破壊痕をまっすぐ、数キロ先まであらゆる物質を蒸発させながら刻んだ。

 

 振り下ろした後で、そこにはアーチャーの姿は欠片もなく、殺害に成功した為の魔力だけが残されていた。

 

「……は? いやいやいや、何だよそれ。困らせるだけ困らせて用事が済んだらすぐに死ぬって―――」

 

 ありかよ、そんなの、と今まで滾らせていた闘志が全て霧散して行く。ここまで燃え上がらせて、火を付けた所で一気に肩透かしを貰ったようなもんだった。ないだろ、これは、と両手をだらり、と落としながら息を吐く。アーチャーを殺害した分で自己強化を図れるのはいいのだが、

 

「納得できねーわ……」

 

 ガンガン覚醒を繰り返して力を引き出して、それでここは拮抗しつつぶっ飛ばすシーンだろう、とは思うが、どこかにある声が世の中、そんなに甘くないぞ鏡司マン……と、囁いてる気がした。

 

「……覚醒が早すぎる、か」

 

 燃え盛るロンドン郊外で、レティを大地に突き刺しながら空いた手で頭を掻く。どうにも、アーチャーはレ・ロイやジャックとは違う感じがした。最終的に一度も宝具を使わなかったし、その真名を確認する事だって出来なかった。読み取れたのは《千里眼》、そして生身である以上は習得しても無駄な《単独行動》のスキルだった。流石にそれだけでは正体は絞れ込めない……地域は解っていても。

 

 あの国、弓なんて標準装備だし。

 

 というか英雄の類は標準で弓がEXランクとかだしあそこは。

 

「……なんかこれ、調べなきゃいけない流れだよな」

 

 何故襲われるのか、狙われるのか、相手の目的とか。そもそも最初の空港の襲撃にしたってそうだ。不明瞭なところが多すぎる。なんか、ただ聖杯戦争をしている、という感じではない気がする。勘弁してほしい、ただの魔術師であって探偵じゃないのだ。

 

 はぁ、と溜息を吐いて魔術回路を切る。途端に凄まじい疲労が体に襲い掛かってくる。本気で戦わなかったアーチャー、どこか踊らされていたアサシン、問答無用で殺しに来ていたセイバー、そして背後で何かを知るキャスター。

 

 どうやら、一筋縄で終わらないようだが―――その前に、

 

「この惨状、どうしよう」

 

 焼野原と化したロンドン郊外。魔法でどうにかならないだろうか、そう思いつつ逃げる準備を始めた。

 




 シナリオ2をRTA疾走した感じ。開幕2連ファンブルによるライダー喪失、そこから始まる戦闘敗北、そして覚醒判定をクリティカルし、次の判定でも連続で勝利。本当ならアーチャーを前に1回撤退して後日仕切り直す予定がそのまま討伐完了に。

 という訳でリザルト
・アサシンとアーチャー分の成長点合計8点獲得
・シナリオクリアで4点獲得(短期クリアボーナス)
・借金が増えた
・保有していたスキルのほとんどを消費して最終スキルを二つ作成
・レティとの融合/浸食率の向上

https://www.evernote.com/shard/s702/sh/bf4af59d-b4d7-4011-b9a8-8d32c13320de/bce1cded751f709fb9422869091c795d

 そして蒼桜氏がキョウジ兄貴姉貴を描いてくれました。デフォルメってなんか愛嬌あるよね。

 また読んでFate 
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幕間コミュニケーション4

「な! ん! で! 最初に私の所に来ないのよこのバカ―――!」

 

 両手の人差し指を耳の穴に突っ込みながら、怒鳴る白髪の女―――オルガマリー・アニムスフィアの怒声を軽く受け流す。場所は時計塔の天体科にあるオルガマリー用の執務室。天体科の君主(ロード)であるオルガマリーにはここで活動する為の拠点が与えられている。君主、という事はそれなりの責任と、そしてそれに見合うだけの能力があるという証拠でもあり、普段はネタにして弄られてばかりいるオルガマリーではあるが、実のところ、普通に魔術師としては一流と呼べる領域にある。

 

 ぶっちゃけ、純粋な魔術師としての腕前は此方を上回っている。勝負に入れば勝てるだろうが、魔術師としてはオルガマリーが上だ。そういう点では間違いなく尊敬できる人物ではある。ただ、普段から一々リアクションが大きく、反応が面白いので態々弄りに行っているのが事実だった。そして今、そんなオルガマリーの執務室に呼び出され、カウチの上で足を組んで寛いでいると説教をされていた。

 

「うーい、反省してまーす。……っち。ぺっ」

 

「これ誰の部屋で唾を吐いて―――って吐いた唾が落ちる前に燃え尽きてる……!」

 

 レティの《起源覚醒》を通して最近習得した芸だった。ついでに言えば自分の起源に炎が混じっているのもある。おそらくはレティを使い、そしてそれを使い続けている事から発生している起源侵食による影響―――或いは《Detonate》で適応進化した結果、これが生き残り、敵を倒すための手段となるからだろう。ともあれ、起源が増えて起源覚醒を経たこの身ではあるが、特に自分の意識が消えたとか塗りつぶされたとか、そういう感覚はなかった。

 

 今の自己を認識し続けている。

 

―――そして、その答えは魔法にある。

 

「ねぇ、聞いてるの?」

 

「いや、オルガマリーちゃんの胸を見てた」

 

「変態! 堂々とそんな事を言う、普通!?」

 

「だがよく見ろよ―――今の俺は女だぜ? オルガマリーちゃんも良く考えてみろよ。こうやって俺がお前に対して胸の話を出すとするだろう。俺が男ならばそれは間違いなく変態だろう。セクハラだろう。法律的に訴える事も出来るだろう。そして社会的に男性の立場は今! 凄く弱い! 冤罪痴漢で逮捕できちゃうからね! 怖いね! だけど―――今の俺は女だ。うん? 見て解るだろう?」

 

「いや、確かにそうだけど―――」

 

「例えばほら、俺も今は胸がある。そしてサイズとかも測ったりする。というか普段からずっとヒュドラ皮の礼装姿でいる訳にもいかないし、日常生活ではブラとか付けなきゃいけないんだよな。いや、ほら、今はこうやってジャージ姿だけど? この下は普通に女もののブラジャーとか下着を付けている訳だ」

 

 そこでジャージのジッパーを下ろして、その下に着用しているブラジャーを見せる。装着しているのは青いジャージで、その下のブラジャーはルヴィアに選んでもらった白いレースのものだ。一瞬此方の動きにオルガマリーが驚きもしたが、

 

「あら、普通に良いのを使ってるじゃない」

 

「だろ? だから下着の話をするにはまず普通に身体的な事を口に出す必要がある。そして肉体的には女性である以上、ファッションとかの話をするには身体的特徴を口にする必要がある……ここで質問するけど、この場合、俺がオルガマリーちゃんの胸を見ていたことを咎められるか? 胸の大きさで着られる服装とか変わってくるだろう? ない? 胸のせいで服を諦めたとか」

 

「……ある、わね。あれ? という事は普通にそういう目的で見てたの?」

 

「いや、チンコがあったらパイズリして欲しかったなぁ、って。後オルガマリーってなんかオルガズムって響きが似てるから、やっぱ存在自体が卑猥だよな。クッソぉ、なんで俺今女なんだよ……クソ爺め……」

 

「殺してやろうかしらこいつ」

 

 舌を出してサムズアップを向けるとオルガマリーが軽く頭を抱えて、反対側のカウチに座り込んだ。その姿を見てげらげらと笑い声を零す。オルガマリー・アニムスフィアはこの時計塔の中でもかなり若い方の君主だ。彼女が率いる天体科はほんの少し前までは彼女の父親によって率いられており、彼が死去した事によって君主と当主の座がオルガマリーへと移動した。だがそれは決して血縁だから、というだけではない。

 

 オルガマリーには魔術師としての才能で溢れている。魔術回路の質、量共に一流であり、魔術の知識も豊富でありながら、彼女はとある組織を父から受け継いで運営している。

 

人理継続保障機関フィニス・カルデア

 

 このカルデアという組織は一言で表現するなら()()()に尽きる。人類を存続する為に未来を観測する技術を科学と魔術を融合させて生み出し、数多くのバックアップと豊富な資金源を抱えて運営している。もうこの時点で色々とめちゃくちゃだ。科学と魔術を融合しているという時点で一般的な魔術師に対しては完全な冒涜だ。神秘を殺しているのだと糾弾されてもおかしくはない。その上で人類の未来を機械的に、魔術を使っているとはいえ観測し、国連の許可を得てそれを守護する為のシステムを構築してあるのだ。

 

 これがヤバくなかったら何がやばいというのだ。

 

 予知の類は高等技能だ。それを機械的に観測し記録している上に資金源をアニムスフィア家がほとんど賄っている。改めてクレイジーという言葉が似あう組織だった。それでいてほとんど後ろ暗い事がない―――というより、根源を目指すのではなく、純粋に人類の未来を継続して守る事を目的としているのだ。

 

 お前頭おかしいよ……と、なるのが普通の魔術師のカルデアに対する感想だ。

 

 俺の場合―――それが割と嫌いじゃない。カルデア系列の技術は神秘が死に行く現代で、魔力が枯渇しても新たにネットワークで神秘を再現できるようになるのであれば、それは魔術に対して、滅びゆく神秘に対してネットワークでの保全や再現、記録の延長という結果を見せることが出来る。

 

 何よりもレミングスの如く自殺へとダイブして行く姿勢よりも人類の未来の為に―――と、魔術を使う姿は好感が持てる。だからオルガマリー・アニムスフィアという魔術師の事を、俺は嫌いじゃなかった。少なくともルヴィア並みには好感が持てている。だからこそ親愛を込めて、オルガマリー弄りをするのだが。

 

 というか嫌いな奴ならそもそも会話を続けようとは思わない。

 

「はぁ……貴女、ほんと姿は変わっても中身は変わらないわね……」

 

「変わらない様に努力してるんだよ、こっちは常に起源覚醒の恐怖と戦っているんだよ」

 

 ……その問題も解決したのだが。なぜ自分が起源覚醒しないのか、その答えは大体だが理解した。とはいえ、それを誰かに告げる必要はないだろう。起源に呑まれていない起源覚醒者なんて、時計塔からすれば恰好の研究材料だ。そのヒントを伝える義理は自分にはない。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「俺に何の用だよオルガマリーちゃん」

 

「ちゃん付けはよしなさい―――ってそうじゃないわよ! サーヴァントよサーヴァント! 妙にエーデルフェルトが邪魔してくるし! 見つけたと思ったらどっかに消えているし! しかも聖杯戦争って……なんで少し前まで不良で落ちこぼれをやっていた貴女がカルデアでさえ四苦八苦している英霊の召喚を出来てるのよ! しかも気が付いたら既に3騎倒してるじゃない!!」

 

 あぁ、成程、とオルガマリーの言葉に納得した。妙に彼女と顔を合わせる事がなかったが、ルヴィアの方が面会をシャットアウトしてくれていたのだろう、これ。まぁ、確かにアニムスフィアもエーデルフェルトも大きな家だし、利益の事を考えたら他の家の者には近づかないで貰いたい所だろう。だから意図的に接触を避けさせていたのだろう。

 

 そういう所の考え方は流石貴族だなぁ、とは思わなくもない。

 

 それはともあれ、

 

「いや、だってオルガマリーちゃんと確かに面識はあるけど別に友達ってレベルで親密じゃないし……その、相談しても頼りにならなそう、というか利益を目的として親密にするのってなんか可哀想だし……」

 

「ガチトーンで人の心を抉る様な事を言うの止めなさいよ。第一利益の為に笑顔を浮かべて協力関係を結んだり、結婚したりするのってこの界隈じゃ珍しくもなんともないでしょうに……」

 

「おう、確かにそうだな。だけど俺はそれが嫌なんだよ。利潤目的の連中は全員顔面にコカイン投げつけた上で犬のクソが詰まった紙袋を顔面に叩きつけてやったぜ」

 

「何やってんのよ貴女……」

 

 オルガマリーの呆れた表情に答える―――そういうのがめんどくさく、嫌いなのだ、と。自分が一般的な魔術師とはかけ離れた価値観や考えの持ち主であることは自覚している。だが別に、それでいいと思っているのも事実だ。何せそれで困ったことはないし、それで今も上手く行っている。金をたくさんもらったところで使う予定はないし、自分の生活を守る分には必要以上に媚びを売る必要もない。

 

「確かに借金の関連で金が欲しいのは事実だけど、誰かに媚びを売った所でどうにかなる額じゃねぇし。そもそも誰かの機嫌を伺うのも利用するのも利用されるのも面倒だ。そういうの、考えるの嫌いなんだよ。自分を偽ってまで何かをしたいとは思わないし。俺は俺、俺のみである。それが唯一にして絶対の真実。根源を求めたい奴は勝手に求めてりゃあいい、俺はそれに一生関わらずにいたいから」

 

 まぁ、ルヴィア辺りは別枠だ。あいつは喋っていて楽しい枠だし。

 

 それを聞いてオルガマリーは溜息を吐いた。

 

「はぁ……交渉とかいう概念が相変わらず存在しないわね……。まぁ、いいわ。なら恩を売るつもりで此方から色々と手を貸すわ。エーデルフェルトにはない組織としての力、そして国連によって認可されているカルデアの力を貸してあげるわ。聖杯戦争であればお父様が一度勝ち抜いているからね」

 

「あー……そうか、マリーちゃんのとこだっけ……」

 

 思い出した。そういえばこの世界で唯一発生した聖杯戦争、その勝者はカルデアの前君主、マリスビリー・アニムスフィアだった。今の今まで完全に忘れていた。まぁ、そこまで興味のある話ではないが、

 

「ウチは他の魔術師とは違った科学と魔術の融合を行っているから他にない技術があるわよ。ほら、貴方スマホ使ってるじゃない? 圏外とか通信障害とか、うちの技術を使えばそういう通信ラグとかを魔術的に消し去る事が出来るわよ」

 

「俺、カルデアに就職するわ」

 

「本当に欲望に素直ねぇ……」

 

 まぁ、こっちとしてもそれは嬉しいんだけど、とオルガマリーは言う。実際、カルデアでは何度もサーヴァントの召喚を聖杯戦争とは関係なく行い、成功しているらしいとの話だ。ただ安定している訳ではなく、現在、生きている状態で聖杯戦争に参戦している人間の声、意見、経験は貴重なフィードバックとなるだろう。何より、魔法使いの弟子が所属するというだけでも組織として箔が付く。

 

 ぶっちゃけ、魔法使いというだけで多くの魔術師から尊敬される存在なのだ。

 

 そういう中でキャラをほとんど変えないルヴィアと、そして一切遠慮なく口にするオルガマリーはかなりの良心的な枠だ。

 

「聖杯戦争が終わった後のことも考えてる?」

 

「めんどくさいからその時に勧誘してくれ。金が無かったら乗っかる」

 

「ほんと適当ね貴女は……だけど、まぁ、解ったわよ。推したところでどうにかなりそうでもないしね」

 

 はぁ、と溜息をオルガマリーが吐いたところで話が終わった。立ち上がり、帰る事にする。まぁ、悪くはない話の内容だった。そう思いながら執務室から出ようとしたところでちょっと、とオルガマリーが声をかけて止めて来た。

 

「うん? なんだよ」

 

「いや……聞きたかったのだけれど」

 

 オルガマリーはそう言って首を傾げた。

 

「貴女……そんな押せ押せの性格だったかしら? いや、確かに過激だったのは事実だけど……なんというか、燃え上がる炎の様な苛烈さまで備わっていなかったような気がするのだけれども。何かあったかしら?」

 

 その言葉に足を止めて、振り返る。

 

「―――いや、別に……なにも?」

 

 

 

 

 自室に戻った所でふぅ、と息を吐く。部屋に残してきたレティは言われた通り、スマホを握って指示された通りのソシャゲで遊んでいた。命令に対して非常に忠実なこの子は、こうやって指示されればちゃんと命令通りにこなしてくれる―――そう、ゲームの周回も。色々とソシャゲに手を出した結果、周回がめんどくさくて放置していたゲームが幾つかあるのだが、レティはそれを文句も言わずにやってくれるので非常に助かる。ともあれ、今はそんな事ではない。

 

 ベッドの方へと移動しながら覚えた《千里眼》を使用する―――視線を向ける先は壁の向こう側、天体科のある方だ。オルガマリーの執務室付近にある彼女の私室。

 

 そこに併設された個人用の浴室。魔法の欠片、そして《千里眼》を使用すれば魔術的にプロテクトがかけられた浴室であろうが、関係なく透過して目撃することが出来る。なぜなら魔術はロジックだが、魔法は奇跡だ。魔法に対してそういうロジック的なパズルによる防壁は通じない。つまり魔術によるレジストは魔法には意味がないのだ。故に《千里眼》と魔法を組み合わせ、

 

 完全にバレない覗きを完了させる。

 

 元々、オルガマリーと会っている間に少しずつ部屋の温度を汗をかくぐらいに上げたのだ。オルガマリーの性格を考えれば汗で気持ち悪いままではいられない。働いている同僚には悪いと思いつつも絶対にシャワーを浴びるだろうと思っている。

 

 そしてその予想通り、

 

「良し良し良し、見えるぞ、見えるぞ……!」

 

 《千里眼》で視る果てで、脱衣所で服を脱ぐオルガマリーの姿が見えた。下着を脱いだ彼女は裸の姿を露出しており、大きな胸や股間の割れ目を隠すことなく晒していた。おそらく彼女も今、自分が覗きにあっているなんて事を夢にも思わないだろう。おそらく《千里眼》と魔法を使って覗きをする奴なんてこの宇宙を探しても俺ぐらいなものだろうから。

 

 だからこそやる! やるのだ! この凄まじいまでの力をとんでもなく馬鹿な方向に使うのだ!

 

 それが俺、無界鏡司という存在なのだ。とんでもない魔法の無駄遣い、だがこれが良いのだ! ゼルレッチも花の魔術師もサムズアップで同意してくれるに違いない。

 

 そんな事を考えている間にオルガマリーが浴室へと入った。シャワーのノブを回してお湯を出しながらそれを浴び始める。オルガマリーの白い肌に水滴が流れ落ち、下へと流れて行く。髪の毛も濡れて下へと向かって伸び、汗が流されて行く。オルガマリー自身も気持ちが良さそうに目を細めている。

 

「相変わらずエロい体しやがって……」

 

 胸とケツがなかなか良いサイズをしているし、陰部のビラビラは使われたことないのを証明するようなきれいな色をしていた。薄い茂みに隠されたそれは傍目、処女のそれの様に感じる。そういえばオルガマリーには男の影がなかったな、と思い出す。親密なのはレフ・ライノール・フラウロスぐらいだが、アレは歳の差があり過ぎてそういう関係ではないし。

 

「あぁ、胸がでけぇなぁ……こう、鷲掴みにしたらそのまま指が沈み込みそうなサイズだな」

 

 たぶん男に揉まれた事もないんだろうなぁ、と思う。基本的に魔術師はそういう恋愛に関してはまるで価値観を覚えないし。だからこそ征服したくなってくる、男の心境として。体は女だが、それでも精神状態は未だに男の状態だ。だから、こう、押し倒してガンガン犯したいという欲望はある。

 

 まぁ、チンコがないのだが。

 

「はぁ、そう考えると一気に萎えてくるな……」

 

 《千里眼》を切った。どれだけ覗きが出来ても、口説いたその先がないんじゃまったく意味がない。

 

「あー……チンコだけ帰ってこないかなぁー……」

 

 今、物凄く知能指数の下がる事を言った気がする。おのれ、ゼルレッチ。だけどまだ元に戻れないのは純粋に自分の問題だ。いや、魔法の切れ端は掴んだ。だからゼルレッチの言葉が正しいのは解ったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()ということだ。だけど純粋に修練が足りない。知識が足りない。

 

 ゼルレッチが第二魔法B+クラスなら、俺は第二魔法E-クラスだ。天地程の差がある。それも簡単には埋められない。まだ可能性をズラしたりする事しか出来ないのに、あの爺はそれを応用している。これでさえただの遊びの範疇だろう、あの爺にとっては。そう考えると一気にムカついてくる。

 

「―――良し、こういう時は憂さ晴らしに限るな」

 

 悪い事を思いつく。ニヤリ、と笑みを浮かべながら、

 

「レティー、こっちおいでおいで」

 

 レティを呼びつける。ゲームの周回をしていたレティはそれを置いて此方へと来ようとするが、

 

「あぁ、ゲームはしたままな。こっちにおいで」

 

 此方の言葉を疑う事無く、しかし軽く首を傾げながらベッドに腰掛けるこっちによって来た。ゲームは遊んだままのその姿に背を向けさせ、少しベッドに深く腰掛けたらベッドの端に座らせた―――ちょうど、此方が後ろから抱きつくような形になる。

 

 そのまま、後ろから両手で胸を掴んだ。

 

「っ!?」

 

「あ、そのままそのまま。ゲームは続けててね。しっかし平時の体は育ったな。前までは本当に幼女ってレベルだったのに、これだと14歳ぐらいか? 胸もだいぶ大きくなったな。そういやぁ女の胸のサイズが決まり始めるのってこの時期か」

 

 身長はまだ低いからロリ巨乳ジャンルか。悪くない。そう思いながらドレスの上から指を胸の中に沈みこませた。ぼろぼろのドレスだが素材は良いらしく、さらさらとして良い肌触りを感じるのと同時に、指が胸の中に沈んで行くような感触を得る。物凄く柔らかい。こうなる前に何回か女を抱いたりしたが、やはりその中でもトップクラスの美しさと体の良さがレティにはあった。

 

 指を広げて胸全体をマッサージする様に手を動かす。その動きに胸が歪む様に形を変えながら弾む。

 

「うーん、もしかして俺のよりも大きいのか? サーヴァントのくせに生意気な」

 

「ん、はぁ、はぁ、っ」

 

 答えの代わりに息が荒くなり始めるレティの反応に、やはり性欲が存在するんだなこいつ、と再確認しながら胸をドレスの上から愛撫して行く。

 

 やっぱり手の届かない美人より、都合よくどうにでも出来る美人が一番だよな、と思いながらも。

 

「ほーら、スマホ落とすなよー。集中して堪えないとゲームは続けられないぞー。だけど感覚のシャットアウトとかは許さないからな」

 

「!?」

 

 レティが驚愕するような表情を、反応を見せた。今まで探って来た彼女の人間性の中でも一番色の濃い物だった。性欲は正義なのかもしれない、そう思いながら少しだけ強く胸を揉んで行くと、股の間に座り込んでいるレティが必死にゲームを遊ぼうとしながらも、その体が小さく手の動きに合わせて震え始めるのが見えてきた。必死に堪えてる堪えてる、と小さく笑い声を零す。

 

「んぅ、はぁ、んはぁ……」

 

 スマホを握る手が震えているのにも関わらず、愛撫を続ける。指先や掌全体を使う様に掴んで撫で、服で胸全体を軽く刺激する様に擦り付ける。それに反応してレティが快感で喘ぎ声を軽くだが漏らし始め、それが伝播しているのか、此方の体も軽く熱を帯び始めていた。なら次は、と胸元を隠している布を引きずり下げ、直接胸に―――乳首を掴んだ。

 

「ひぅっ!」

 

 驚きの声が()()()漏れた。その驚きに思わずレティを愛撫していた手を止めた。

 

「あ、いや、待て―――今の、俺の声だよな?」

 

 レティが息を荒げながら、震える指で何とかスマホを支えているのを確認してから、自分の体に流れる快楽の余韻を感じる。レティを弄るのに夢中だったから気づかなかった。だけどジャージの下を引っ張り、下着を確認すれば僅かに自分の陰部が濡れているのを確認できた。つまりは俺も快楽を感じていた、という事実だった。

 

「エロい事をしている場合じゃねぇ」

 

 ベッドから急いでおりながら、レティの前に回り込み、そして指を一本掴んだ。今、自分が感じた快楽が本物ならば、きっとこれで予測は正しいのだろうと思う。

 

 レティに視線を合わせ、

 

「いいか、レティ。絶対に我慢するなよ?」

 

「……」

 

 その言葉にコクコクと頷いたレティの姿を見てから、掴んだレティの指を一気に折った。それはその直後に歪んだ形を見せてから燃えて、炎が人の正しい指の形へと戻ったが、

 

「―――Fuck! Fuck! Fuck! Fuck! クソ! 痛ぇ! クッソ痛ぇ! 快楽はダメでも痛みは平気なタイプかよお前! Fuck!」

 

 指を抑えながら涙を流しそうになる―――抑える自分の指は()()()()()()()()()()()()だ。つまりレティが感じた指を折る痛みが、ダイレクトに此方に伝わってきたのだ。つまり今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「Ah……Fuck! こんな話聞いてねぇし! というかこんな機能破界す終焉の枝(レーヴァテイン)にもなかった筈だろ……!」

 

 あぁ、クソ、と毒づきながら片手を振るい、痛みを追い払う。自分の肉体に実際に発生したダメージではなく、幻痛の類だ。意思の力で上書きすれば即座に消えるものだ。だけど問題はそれではなく、レティの感覚を共有しているという異常事態に対してだ。彼女に対する干渉は《精神汚染》の削除以降、特に何もしていない筈だ。

 

 ……だけど、こんな事が発生したのだ。

 

「……相談に行くか」

 

 レティの存在は聖杯戦争における命綱だ。遊ぶようなことはしても、真面目にどうこうしようとは考えない。彼女が本当に嫌がっているのかどうか、それが自分にはダイレクトな感情として伝わってくるのだから当然と言えば当然だ。故に嫌がる事はやらない。そしてさっきのは彼女からしてもスキンシップの延長線だった。

 

だから異常があるなら、変化があるなら、それを確かめる。

 

 そしてそういう情報に一番詳しいのは一人しかいない。

 

「あー……まずは着替えておくか。んで転移使って部屋に乗り込めばいいな―――爺んところに」

 

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

 

 平行世界を観測する事によってそれを確定させることが出来る第二魔法の使い手。おそらくこの地上で最も聖杯戦争に関して詳しい男でもある。まず間違いなく彼なら知っているだろう。この変化の意味を知る為にも、

 

 会いに行く。

 




コミュ結果
・カルデアとのコネが出来た
・カルデア由来の技術を認識した(予知・転移・召喚技能強化
・オルガマリーちゃんはエロい
・科学+魔術から《CodeCast》を学びました
・《CodeCast》が《F:Memories》に統合されランクが上がりました
・レティとの融合・浸食率が上がった
・レティ消滅フラグ1が達成された。■まで溜まると消滅します
・浸食率上昇に伴い経験点3点獲得しました
【耐久】D(2)→C(3)→E(1)
【幸運】D(2)→B(4)→D(2)
 ※ステータス全てサーヴァント基準へ

 という訳でエロさありつつ次回、爺コミュ(顔覆い


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幕間コミュニケーション5

 転移魔術とは魔法の領域に近いものがある。結果としてみれば一つの場所からもう一つの場所へと移動するだけなのだから、歩いて出来るし、車や飛行機、自転車にだって再現できる。だから転移は魔術扱いではあるが、利便性や行っているプロセスを考えると魔法級だと言われている。つまり、魔法を使用する事が出来るのなら比較的楽に出来るという事でもある。

 

 まだ魔法の切れ端を掴んでいるだけの状態だが、やれることは解っている。魔術回路に燃料を注いだらそれを消費し、自分の存在確率を操作する。現在位置の存在率を0パーセントにし、その代わりに転移したい先の存在確率を100%にするのだ。そうする事によって世界の修正力が発生する。この人物はここに存在しないのだから、当然ながらそこに存在してはならない。もっとパーセンテージの多い場所にいる筈、と世界が認識する。

 

 その結果、転移するのだ。これがアーチャー戦の最後に見せた転移魔術の中身だった。

 

 あの時は必死だったがこうやって理論にしてみると()()()()()()()()()()()()と言いたくなるような内容でもある。自分の存在確率の操作ってそもそもなんだ、と言いくなるだろう。実は俺も良く解っていない。だけどそれが魔法というものなのだ。魔術とは科学で再現できるものである。そして魔法とは科学では再現できない物である。それはつまり、科学というロジックでは解明出来ないロジックが魔法には存在する。

 

 魔法とは現象に対する原理を説明することが出来てもそれが意味不明で片付けられる領域の行いなのだ。そして自分が行った転移も間違いなく魔法の領域。その副産物から来るものだろう。とはいえ、これは、なんというか、

 

「……第二魔法じゃないよな?」

 

 転移を完了させて直接ゼルレッチの執務室に飛び込みながら、執務机の向こう側で笑みを浮かべて此方を待ち受けていたゼルレッチに対して開口一番そう告げた。それに対してゼルレッチはそうさな、と言葉を置いた。

 

「何故そう思った」

 

「平行世界の運営が絡んでいない。可能性の管理は第二魔法の領域だけど、確率と存在の管理は第二魔法の領分じゃない気がする。なんというか。もっと別の深淵に触れている気がする」

 

「そうだのう……確率を操作する部分は間違いなく第二魔法だろう。だけど存在を飛ばしているという意味では第五にも当てはまるだろう。だが燃焼に通ずる消失という特性はある魔法も思わせる―――さて、どれがお前の掴んだ魔法の片鱗なのだろうな」

 

「その答えを求めてんのはこっちだよクソ爺」

 

「貴様の様なクソガキはワシが観測してきた平行世界でも初めてなんじゃから知る訳もなかろう。今の所貴様が一番の成功作だ」

 

「モルモットかよ」

 

「然り」

 

 迷う事無くトランプから派生したクラスカードを手元に呼び寄せて燃やし尽くそうかと考えたが、それを鋼の理性で抑え込みながら溜息を吐く。この参考になりもしない師匠は実際、かなり誠実に対応してくれている。解っているのだ、結局この爺は根元では()()使()()であるという事に。この爺も魔法使いを生み出すために優秀な魔術師を何人も廃人にしている。

 

 その成果の上に自分がいる。

 

「……ってそんな話をしたいんじゃねぇ。爺、お前なら解るだろう? 俺とレティの間に何が起きてるんだ。あいつが感じた痛みや快感が共有されてくるぞ」

 

「ふむ?」

 

 ゼルレッチはそう呟くと此方を観察する様に視線を向け、そしてそうじゃなぁ、と声を置いて。

 

「パスや霊基に変化はないんじゃろう?」

 

「あぁ」

 

「なら問題は貴様の方にあるんじゃろう。最近、何かサーヴァントとの間に共通点でも出来たか?」

 

 ゼルレッチにそう言われ、ストライクするのが一つだけあって―――起源だ。自分に新たに炎の起源が追加されていた事実だ。元々自分に備わっていた起源は鏡と界の二つだった。それに対して後天的に、或いはレティとの同調率上昇による起源の覚醒、おそらくは《起源覚醒》と宝具による合わせ技だ。それで自分に起源が追加されていた。

 

 だって俺は()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 だから今更起源の一つや二つが増えようが、おかしくはない。そんな不思議な生態をしているのだから。とはいえ、それが原因で、

 

「俺がレティと同じ起源を共有する事でそんな事があり得るのか?」

 

「通常はそうでもないだろう。だが同じ起源に片方は霊的存在。その上でパスと契約によって強固なパスを構築しておる。ならばありえなくもない話なのだろうな。此方も初めて見る症例だから断定できる事は少ない……が、宝具は同化、合体状態と書いてあったんじゃろう? ならその先は見えておる」

 

 ゼルレッチはその先の言葉をこともなげに言った。

 

()()()()()()()じゃろうな。今でもラグの存在せぬ思考伝達や反応を見せられるんじゃ、その先にあるものは想像に難しくはないじゃろう」

 

「対策は―――」

 

「思考封鎖や精神防壁を構築すれば良いだろう。とはいえ、その程度の回答にお前がたどり着いていない筈はないとは思っているが」

 

「……」

 

 ゼルレッチの言葉に黙り込んだ。事実、ゼルレッチに起きている事を告げられてからはそれが一番手っ取り早い対処法だと思っているし、その対策を施すのにほとんど時間は必要ではない。だが、ここから先、アサシンやアーチャーの様な強敵、そしてセイバー級のサーヴァントと戦闘をする場合にレティからの反応にラグが発生するようであれば、

 

 それは間違いなく致命傷に通じる。何せ、今の状態でも既にぎりぎりを歩いているのだから。その上で縛りプレイなんか出来たもんじゃない。とはいえ、このままレティを使い続ければ人間とサーヴァントが融合する事になる。カルデアに記録されているデミ・サーヴァントではない。もっと違う、人体と神秘の融合とも呼べるものだ。

 

 ……俺は、それが純粋に恐ろしい。珍しく深く考えるべき決断だった。俯きながらこれはどうしたものか、と考えだすとまぁ、とゼルレッチが言葉を贈った。

 

「貴様がどんな選択を選ぼうが、貴様の師としてワシは取れる責任を取ろう。答えが必要なら与え、修練が必要ならまた与えよう。それがワシに出来る事だろうからな」

 

「……偉く殊勝だな、爺」

 

 そうだな、とゼルレッチは呟いた。

 

「聖杯戦争も残すところあと二体……その終わりを感じられる事にワシも考える所はある。それだけの話だ」

 

「……」

 

 ゼルレッチの言葉に口を閉ざす。正直、この爺さんが本当に根源を求めているのかどうか、それが自分には怪しい。魔法使いとして多くの魔術師を再起不能にしているのは事実だし、悪い奴らをぶっ飛ばしているのも事実だ。だけど助けを求めようとした正義の味方を蹴り飛ばす事もあるし、時には悪戯小僧の様な事さえもする。様々な表情、姿を見せるゼルレッチの真意は一体なんなのだろうか?

 

 それが自分には全く見えなかった。そして問題は見えずとも、この爺の言葉は無視できないというのは事実だった。この爺は俺よりも遥かに多くを知っており、経験しているのだから。

 

「まぁ、良い。せっかく来たのだから少々鍛えてやろう……そう言えば《千里眼》を獲得した様じゃな? 魔法使いとしてそれを一段階先の領域へと成長させてやろう」

 

「げっ、藪蛇ったか」

 

 まぁ、実際はスキルを育ててくれるのは非常に助かるのだから文句はないのだが。それに《千里眼》スキルは偵察や覗きの事を考えたら凄まじく優秀なスキルだ。鍛えておきたいのは事実だ。ゼルレッチがやる気なのは胡散臭いし面倒だが、それを払いのける様な余裕は今、自分に存在しない事もまた事実なのだ。故に素直に諦めて、うっす、とゼルレッチに返答した。

 

「なんじゃ、覇気のない返答をしおって」

 

「今、俺が人間卒業するか否かの話をしたはずなんだが」

 

「ワシだって死徒じゃぞ。遅かれ早かれ、魔法使いは人間を卒業しなければ務まらんのだ、今更焦る必要もあるまい」

 

「このゴリゴリの魔術師理論よ……」

 

 そういえばゼルレッチは人間じゃなかったな、というのを思い出す。だが同時にそのスタンダードを此方へと押し付けないで欲しいと思わなくもない。そしてまた同時に、人間のまま魔法使いであるミス・ブルーはそれだけ規格外なんだろうなぁ、と思わなくもない。それはともあれ、ゼルレッチは座ったまま、

 

「クソ弟子よ、今判明している魔法を告げてみろ」

 

 幾つかの魔法はその内容が完全に不明であり、それが存在するとしか認識されていないから完全には解説出来ないのだが、判明している部分だけを口にすればよいだろうと判断する。

 

「一が無の否定、二が平行世界の運営、三が魂の物質化、四が失われて、五は青、六は世界を変える……だっけ?」

 

 その言葉にゼルレッチは頷く。だがそれと同時に、

 

「それぞれの魔法には特徴がある。それは科学では結果を再現できないという点ではない……いや、魔法へと至った魔法使いには特徴がある、というのが正しいのじゃろうな。それがお前には解るか?」

 

「流石にノーヒントじゃあどうもな……いや、《千里眼》の保有か?」

 

 先ほどのゼルレッチの言葉から、それが答えだと直感すると、ゼルレッチがひげを撫でながらそうじゃ、と深く頷いた。だがそれと同時に、

 

「魔法使いだけではなく、冠位指定の魔術師と至るには何よりも重要とされるのは世界そのものを観測する《千里眼》の力だ」

 

「おい、流石にそれは初耳だぞ」

 

「観測し、そして臨んだ結果へと至ろうとするのが魔術師であり魔法使いだぞ? 千里を見通すその力は魔術の徒として何よりも重要だ。なぜなら《千里眼》は俗にEXと呼ばれる領域に入る事で未来や過去、或いは現在に発生している出来事をどこからでも観測できるようになる―――それは魔術において重要な要素の一つになる」

 

 ゼルレッチの言わんとしている事は解る。未来を見通す眼は自分の結果、結末を事前に知る力となる。過去を知る事は失われた真実を知る術になる。そして現在を見る事は世界の全てを知る事に繋がる。それは過程を経て結末へと至る魔術の道においては非常に重要な能力だ。

 

「ワシにも《千里眼》がある。これによって魔法と組み合わせ、未来を別世界も合わせて観測が出来る」

 

「やっぱそれを聞くととんでもないよな」

 

 平行世界の運営という魔法でゼルレッチは自由に世界を渡る事が出来る。それとは別に保有する《千里眼》の能力で未来を観測し、それ以外にも遠くを見ることが出来る。戦闘力などを含めて、あらゆる点において反則的な存在であると思う。だが逆に言えば、これだけの反則的存在が重要視する《千里眼》は、それだけ重要なものなのだろう。アーチャーからラーニングした形だが、妙にしっくりと来る。

 

「これを一段階上へと押し上げることが出来るんだよな?」

 

「うむ―――そしてそれを通してお前が掴んでいる魔法の方向性を決める。まぁ、おそらくは第二魔法ではあると思うがの」

 

「寧ろそれ以外だった場合が怖い」

 

 鏡と界の起源を通して第二魔法への適性を見極められたのだから、それ以外の魔法に目覚めるとはまるで思えない。というか目覚めたら目覚めたで色々とアレだ。ともあれ、第二魔法は夢が広がる。

 

「俺も第二魔法に完全に目覚めて万馬券を当てたい……」

 

「その気持ちは良く解るし、ワシも結構そういうやり方はしてる」

 

 まぁ、魔術師なんて金を湯水のごとく使う職業というか、研究に対して利用する触媒やら道具で一々ダイヤモンドとか消費するのだから、必然的に資金の問題が常に付き纏ってくるのだ、金策は重要な事の一つだ。

 

「それで借金を支払える未来は見えんがの」

 

「夢を壊すの止めてくれない?」

 

 実はこっそりアメリカの資金が持ち越されているロトで一発確率操作の不正で当てようかと思っていたのに、それを先んじてゼルレッチに潰されてしまった。がっくり、と項垂れているとゼルレッチが近づけ、と手招きをしてくる。

 

「ほれ、目を前に出せ」

 

「はいはい……いきなり目に指をぶすり、とかしないよな?」

 

「大丈夫じゃ。ただ確率を操作して《千里眼》の覚醒率を100%にするだけじゃからな」

 

「最近その覚醒で事故りまくってるから微妙に怖いんだよ……」

 

 文句を言いながらもゼルレッチへと近づけば、片手を上げて此方の顔の前に手を掲げる。魔術が集中するのが見えた次の瞬間には魔法特有の燐光が見え、それが此方の視界に干渉するのが見え―――一瞬で作業が終わった。え、これだけ? と思いながら目をぱちぱち、と瞬きを繰り返した。

 

「どうじゃ?」

 

「どう、と言われても……」

 

 ゼルレッチの前から顔を外し、振り返りながら両目へと意識を向け、《千里眼》を使ってみる。オルガマリーのシャワーを覗いた時の様に透過する事が出来て、壁の向こう側の出来事が見えた。そしてその距離は更に遠くへと伸びて行き、時計塔を抜け、更にその向こう側へと超えて行く。

 

「視界が広いな」

 

「余り焦らず最初は視界を拡大させろ。急ぐと自分の場所を見失うぞ」

 

 そう言われても具体的すぎて良く解らねぇんだよ爺、と愚痴りながら視界が更に拡大する。《千里眼》、それは場所や環境に囚われず多くを見る為の目。至る存在はそれを使って世界を知ると言われている。なら自分が見れる世界とは何だろうか? そう思った直後、一瞬だけ視界を砂嵐がジャックした。

 

 ザ、ザ、ザ、と一瞬だけ全てが砂嵐に包まれた直後、チャンネルが切り替わる様に見える範囲が変化した。

 

 見えるのは荒廃した大地、砂漠と荒野に包まれた地球。星の悲鳴が響き渡りながら眠っていた怪物が産声を上げて起き上がった。世界を水晶に包み込みながら災厄が目覚めるその瞬間だった。

 

 頭の裏に走る痛みと共にチャンネルが切り替わった。

 

 海の様な穏やかさのある場所だった。背面には電子的なグリッドが広がり、積み重ねられた棺桶の上に白衣の男が座っていた。何かを待ち続けるように棺桶の上に座る眼鏡の男は視線を見下ろす様に此方へと向けた。

 

 頭に叩きつける様な痛みが走り、チャンネルが切り替わる。

 

 燃え盛る街の姿が見えた。黒い影が町中を蠢き、暴れている。その中を時を超えた英雄たちが立場を超え、協力し合いながら最後の時へと向けて針を進めるべく共闘していた。全ての破壊を許しながら振るわれる破壊はおそらく地上では本来許されない行いではあるがその時、その瞬間だけは許される夢幻の共闘だった。

 

 ガンガンと響く痛みに頭を押さえながら目を閉ざす。音が聞こえない。だけど景色は見える。ゼルレッチの言葉に意味が解らないから、とか言わず大人しく従っていれば良かった……! と激しく後悔をしながらも、景色が見えた。

 

 それは今までと比べればはるかに普通の景色だった。町並みは田舎の日本の景色を思わせ、そして平和そうに過ごしている人々の姿が見える。大蜘蛛の絶望も、天の座でもなく、燃え盛る運命でもなく、平和な日常の風景が見えた。

 

 そこを一人の少女が歩いていた。フリルを装着したドレス姿。しかしその表情はどこか退屈そうで、飽き飽きとしているのが見えた。

 

 町中を歩いていた少女は急激に足を止め、そして振り返った。

 

「―――あら、面白そうね」

 

 聞こえない筈の声が聞こえた。

 

 直後、全てが消えてブラックアウトした。

 




・《千里眼》が《千里眼(魔法)》に変化した
・レティの消滅フラグの内容を認識しました
 浸食率が上昇すればそのまま融合する事になります
・EXシナリオが開始されます

 という訳で残りのコミュは全てキャンセル、千里眼と魔法のゼルレッチコミュでクリったので次回から舞台は日本に代わってEXシナリオのお時間よー。


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EXシナリオ
一の界


 ハンマーで殴られたような衝撃だった。しばらくは眩暈が続き、そして瞬きをしながら徐々に、徐々に自分の末端の神経に感覚が戻って行く。それは自己という存在を明確に自覚する事で自分という存在を完全に確立する方法だった。つまり、自分という存在がその世界には存在するのだ、という事を証明するプロセスでもある。普通の魔術師にはそんな事は出来ないだろう。だが出来るのだ、

 

 魔法使いなら。

 

 言い換えればこれは魔法使いE-。本当に最低限の魔法に届いただけの状態。その最後のプッシュをゼルレッチが行った。そのおかげで魔法と言う領域についに、踏み込むことに成功したのだ。問題は()()()()()()()()()()()()()という点だった。ゼルレッチは魔法使いになれば自分の使う魔法が一体どれなのか、すぐに解ると言っていた。それは直感的で本能的なものだそうだ。だから俺も、自分の魔法がなんなのかが解る筈なのに、未だにその正体が掴めなかった。

 

 だとしたら、実はまだ至っていないのか?

 

 とはいえ、体には魔術とは違う法則が巡っているのを感じる。このロジックの通じないむちゃくちゃな力の覚醒―――これこそが魔法だと思っている。そしてその力を感じつつ、目を開ければ空が見えた。澄み渡る様な冬の空だ。そしてそれを見てうん? と首を傾げた。

 

「……あれ? なんで空がこんなに近いんだ?」

 

 現実逃避したくてそんな事を呟きながら凄まじいまでの風を体に受けていた。空を見上げるように体が下から来る風を受けていた。つまり言葉として表現するのなら、

 

 落ちていた。

 

 空から。

 

「ボーイミーツガールの基本的なオープニング……となるアレか、俺が攻略されるのか? 男に? ないわー。まだバイブとディルドで遊んでないんだぞ! いや、そんな馬鹿な事を話している場合じゃないな、これ」

 

 高所落下したら人は死ぬ。とてもシンプルな事であった。いや、そんな事を考えている場合ではない。

 

「は、いや、え、なにこれ? なんで俺空から落ちてるんだ!?」

 

 その困惑と疑問が一瞬で脳を満たした。なんで落下しているんだ、と。先ほどまでゼルレッチの執務室で《千里眼》の習熟を行っていた筈なのに、いきなりこんな空へと飛ばされるとは思いもしなかった。いや、ゼルレッチではない。それにしては魔力そのものも、魔法も感じ取れなかったからだ。とはいえ、こうやって空に投げ出されているのは事実だ。どうしたもんだこれ。

 

「なぁ、レティ」

 

「……?」

 

 試しにレティを呼び出してみればちゃんと姿が出現した。あ、良かった、と軽く息を吐きながらもレティが手元にあるという事は何らかの事態に対しても戦闘して応戦できるという事でもある。なければないもので対応するのだが、それはそれとして手元にレティがあるのは非常に頼りになり、心強くもあるのだ。実際、掠りさえすれば必殺する武器なんて凶悪以外の何物でもないのだ。だからこれは持っている武器の中でも一番優秀なもので、俺の半身的な存在でもある。

 

 ()()()()()()()()存在だ。

 

「っていや、考え事してる場合じゃねぇ―――! ひゃっほぉ―――! 地面だぁ―――!」

 

 レティを短剣にして口に咥えて両手をフリーにしたところで即席で魔法を使って、反動と衝撃を燃焼させる。そのまま事故死の確率を操作して燃焼させ、自分の身体能力を魔力任せに強化、着地に備えて華麗な姿を見せようとしたところで、

 

「あ、なんでこんなところにお城―――」

 

 足元にお城があったのに気付かず、そのまま屋根を貫通して突っ込んだ。とはいえアサシン、アーチャー、セイバーとの戦いを通して比較的に経験を取得した今、それに即座に対応できる程度には体が動く。突撃する城の屋根にそのまま勢いを殺すのは難しそうなので一瞬で刀を振るって下へと通じる道を切り開き、そこに落下しながら突き抜けて数階突き抜けて一気にグラウンドフロアまで落下する事に成功する。

 

「ふぅ! これがヒーロー着地! 膝をダメにするってデップ―が言ってたな!」

 

 まぁ、それはどうでもいいのだ。いや、どうでも良くはないのだが。人間としては結構高い耐久力を手にしているつもりではあるが、それでも無理をするとぽっくり逝く程度の耐久でしかない。今の着地、結構膝にじーん、と来たのでもう二度とやらないぞ、と誓った。というか普通に転移で着地すればよかったじゃねぇか、と激しく後悔する。なんで落ちている間に思いつかなかったのだ。

 

「……で、ここどこ?」

 

 鞘を握ったまま腕を組み、周囲へと視線を向けた。天井を切り裂いてぶち抜いてしまった為にやや埃と瓦礫によって汚れてしまっているが、着地した場所は玄関ホールだった。豪華に飾られており、自分が汚した場所以外は清潔に保たれている。生活感のなさを感じるが、それとは別に常に掃除されている様な気真面目さを感じる場所だった。エーデルフェルトの優雅ながらも活気を感じる屋敷とは別の感じだ。

 

「えーと……マジでどこだ」

 

 息を吐けばそれが白く染まる。つまりそれはここが冬である事を証明するのだが―――イギリスに居た頃は決して冬ではなかったのだ。季節がおかしい。その上でなんでこんな自分も知らぬ場所にいるのだろうか、という疑問が沸き上がってくる。

 

「Ah……とりあえずお邪魔しましたー」

 

 家主が出てくる前にさっさと退散しよう。そう思った瞬間、足音が聞こえた。

 

「あら、もう帰ってしまうなんて意地悪ね、ミス」

 

 屋敷の中に響く声に足を止め、振り返った。振り返り見たのは長大な赤いカーペットの敷かれた階段の上に立つ一人の少女の姿だった。雪の様に白い髪に色素の薄い肌、そして紅玉の様な赤い瞳はまるで精巧な作り物の様な姿をした少女の姿で、その特有の気配は人間よりもっと純粋なものを思わせる。

 

 ホムンクルス―――にしてはどこか、人間らしさを感じるから断定できないが、それに似たものを感じる。どこかズレているというか、どこか壊れているというか。だが同時にその中から感じられる魔力量は今まで見てきた存在を遥かに凌駕している。

 

 ゼルレッチクラス―――つまりは実質的に無限の魔力を保有しているレベルの猛りを感じる。

 

 なんで最近エンカウントするロリっ子はどこか全部怖いんだろうか? レティ然り、ジャック然り、これ然り。それはともあれ、間違いなく戦いたくない類の相手だ。どこからか感じる視線は殺意と闘気に満ちている。ここまで敵意が存在しないのに純粋な殺意と闘気で満ち溢れている視線も珍しい。ただそれは律されている、或いは手綱を握られている様な殺意だ。

 

 ……どっからか、狙われている。

 

「いやぁ、天井の事は済まない。とはいえ、いいリフォームになったとは思わない? ほら、上を見たらいつでも冬の青空が見えるし。これはこれで新しい……建築……には……見えない?」

 

「……」

 

 その言葉に少女は笑顔でニコリ、と笑みを浮かべ、

 

「やっちゃえ()()()()()()

 

 言葉と共に壁が粉砕された。

 

「■■■■―――!!」

 

 戦車。一言でその暴力を表現するならそれに尽きる。一度動き出したらそのエンジンを握る存在が言葉にしない限り停止しない。英雄でありながら狂気にいる。それが両立している狂気の戦士。鉛色の肌は見る者の心臓を恐怖に染め上げ、その鍛えられた肉体はどうしようもない肉体的な差を絶望と共に脳に叩き込まれる。

 

 大英雄。

 

 狂戦士として呼び出されたこと以外はほぼ完ぺきと言える大英雄の顕現だった。魔法の領域に入った《千里眼》は一瞬で目視範囲に入ったバーサーカーの姿を見て、その絶望的なスペック差を見抜いた。【幸運】を抜いて全てのステータスがAランクに到達しているというどうしようもない事実。唯一勝っている点は魔力ぐらいだろう。そしてそれ以外に関しては《変容》からの合算上昇ボーナスを適応しても届かない。

 

 死―――なない。

 

「Access」

 

 此方を遥かに超える敏捷を持ちながらも此方が先手を取れたのは最近まで奇襲され続ける戦闘を連続で経験していたからに過ぎない―――だけではなく、《千里眼(魔法)》で攻撃の予兆ともいえるものを事前に察知していたことに過ぎない。故に突然出現した鉛色の巨人、バーサーカー相手に即座に動き、反応できた。

 

 やる事はシンプル。

 

 ()()()()()だ。

 

 此方へと向かってくるバーサーカーではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。炎の斬撃が少女のいる空間に発生する。走るのではない。彼女のいる空間を指定して発生する炎の斬撃だ。結果のみをその場所に転移させている様なものだ。そしてそれをおそらく一瞬で理解したバーサーカーが此方を無視して少女を一瞬で持ち上げ、飛び退いた。

 

 階段を粉砕しながら飛び上がった大英雄の姿。その片手に握られる石の様な斧剣。あんなもので殴られたら一瞬でミンチになる。故に大英雄が跳躍し、階段の上から2階のバルコニーへと飛び移る間に大きくバックステップを取り、刀を両手剣へと変化させた。

 

「ヘイ、リトルプリンセス。非は認めるけどいきなりジェノサイドモードは少しオイタが過ぎるんじゃないか? パパとママからは他人には優しくしろ、と学ばなかったのか?」

 

「へぇ……なら淑女っていきなり屋根を突き破って領域に飛び込んでくる存在の事を言うのかな? どちらにしろ、聖杯戦争中のアインツベルンに飛び込んできたという事は死にたいって事なんでしょ? いいよ、お兄ちゃんに会いに行くのも我慢しててストレスの限界だったし……ここで叩き潰して全部吐き出させてもらうね」

 

「話を聞かねぇクソロリだなこいつ」

 

 頭の中が殺すという殺意でいっぱいになっている。初対面の時点で失敗したのが原因か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。聖杯戦争、アインツベルンと中々興味深いキーワードを口にしているだけそれが口惜しいが―――今はそれを嘆いている場合ではない。

 

「Fuck、やるしかねぇか。頼んだぜレティ。一発強いのをぶちかましてどうにか切り抜ける」

 

 両手剣の表面を炎が撫でた。レティが反応した。それを心強く思いながら両手で握り剣を後ろへと引き、左半身を前にするように構えた。ポケットの中には最近吸い始めた煙草のパックが入っている。魔法でそれを口元に呼び寄せながら魔術で火を付け、先端に火を灯した。

 

 上から見下ろす大英雄の姿を前に《千里眼(魔法)》でその能力を確認しながら予測を立てる。相手は間違いなく大英雄だ。ここがどの土地かはわからないが、サーヴァントという括りで【幸運】以外のステータスがAオーバーという事はそれだけ偉大で強力な英雄であったという事を証明している。そのステータスだけを見るならまず間違いなくオールラウンダーだろう。だけど観察すればそうではないのが解る。

 

 鍛え上げられた褐色肌と登場の時に破壊を見ればパワーファイターであるのが一目瞭然だ。高い【耐久】、【敏捷】、そして【筋力】。この三つのステータスに合わせた超接近戦からのごり押しがおそらく一番強く、そしてメインの戦法になるだろうと思う。少なくとも【魔力】ステータスはほとんど死んでいるだろう。バーサーカーであり、吠える様に言葉を放つレベルは言語障害だけではなく理性をほぼ全て失っている状態だ。そして魔術の行使には理性がどう足掻いても必要なのだ。故にこの状態では魔術を使用出来ない。つまり相手は接近戦を主体にしてくるだろうと予測できる。

 

 あのマスターの少女がどう動くかはわからないが、魔術師である以上は怖くない。サーヴァント級であればまた恐ろしかっただろうが、魔術と魔法では存在としての格が違う。その為、彼女が魔術で援護を行ったとしても、此方が【魔力】で劣っていてもそこまで恐ろしくはない―――相手のバーサーカー諸共、この要素だけは上回って勝利出来る。

 

 恐ろしいのはその【魔力】を使える《魔力放出》の様なスキルを保有している場合だ。保有されている場合、おそらく純粋な魔力勝負では此方の分が悪くなる為、最優先排除対象だろう。《Detonate》で誤魔化せるのにも限界はあるし、今の所《F:Memories》で焼却できるステータスは一つだけになる。それ以上は成長の為の(スキル)が足りない。

 

「あー、怖い怖い。考える暇さえないな」

 

 火があると落ち着くな。煙草の先に灯る火を見てそう思考し―――大英雄の姿が2階を粉砕しながら消えた。直後、転移を行いながら《千里眼》で先読みした展開に沿って一瞬で移動を完了させ、先ほどまでいた位置を薙ぎ払うバーサーカーの背後へと出現する。

 

「その一番厄介な速力には燃え尽きて貰おうか!」

 

「させる訳ないでしょう!」

 

 床を突き破って炎で編まれた骨の腕が出現し、それがバーサーカーの足を掴もうとする。それを守る様に発生した魔術を―――魔法が貫通し、バーサーカーに触れた。筋力と耐久に任せた動きで強引にそれをバーサーカーが引き剥がすも、接触した時点で既にその速力は体から失われている。

 

 故に踏み込む。両手剣を握りながら踏み込み、バーサーカーよりも早い剣速で攻撃を叩き込む。それに素早く反応するバーサーカーの動きは此方の動きを先読みしている、故にその大きな胴体を薙ぎ払う様に放たれた両手剣は斧剣によって防がれ、火花を散らしながら凄まじい衝撃を手首に通す。

 

―――あと3合もやりあったら手が動かなくなる……!

 

 それほどまでに【筋力】Aというのは化け物的な力を持っていた。此方が片手で林檎を易々と握り潰せるなら、このバーサーカーはダイヤモンドでも片手で握り潰すだろう。そういうレベルの違いだ。《変容》と宝具補正で一時的な筋力の強化が無かったらまず間違いなく手首が千切れていた。まともに切り合ってはならない。

 

 弾かれた剣を振り抜きながら、踏み込み、

 

 背後に出る。無論、転移だ。速力を潰した今、完全に瞬間的な移動が行える転移による攻撃には対応しきれない。背後に出現したところで素早く横薙ぎに、確実に一撃を叩き込む速度で振るう。それをバーサーカーは前へと踏み出しながら這いつくばり、片手で地面を握り締めながら腕の一本で体を支え、それで()()()()()()()回避する。そのまま、速度を筋力で補うかのように体を筋力任せに加速して叩きつけてくる。

 

 的確に削れたところを長所で補ってくる。

 

「今まで戦ってきたどのサーヴァントとも格が違う……!」

 

 飛び上がって回避したところで石斧が狙ってくる。転移で横へと飛び込みながら反対側に遍在でもう一人の己を生み出し、一気に《変容》で双剣へと変形させたレティを振り抜く様に飛び込む。交差する様に駆け抜ける斬撃が炎のクロスを描きながら空間そのものを焼いて行く中、

 

 足元に斧剣を突き立てたバーサーカーが倒立する様に逆立ちし、両側からの斬撃を受け止めた。そしてそのまま、床を引き剥がす様に体が中空のまま、斧剣を一気に振り払った。

 

「バーサークしてるとか絶対嘘だろ」

 

 巻き上げられた床板などの衝撃を切り払う様に体の方向を強引に捻じ曲げつつ、視線をバーサーカーの瞳へと合わせた。そこには理性は感じられないが、明確な知性を感じる。狂化を行ったところで完全に奪えない染みついた経験と技術の賜物なのかもしれない。どちらにしろ、長引けば長引くだけ不利だ。

 

 なるべく速攻でケリをつけるのが上策だ。

 

 となると手札を一気に開示する以外ないだろう。素早く体を動かしながら見上げるバーサーカーの動きは鈍い。あくまでも筋力を利用した殴り飛ばすような動きで速度を稼いでいるからだ。だが概念的な敏捷能力は焼却し、此方で優位を掴んでいる。となると対応できない攻撃を一回、突き刺せばよい。

 

 一発通せば勝ちだ。

 

「Access―――《Detonate》

 

 手札を切る。魔力を燃焼させ、一時的に【筋力】を【魔力】で代替し、バーサーカーを相手に互角に演じられる能力に引き上げる。それを通して一気にバーサーカーへと向かって飛び込んだ。片手の剣でバーサーカーの斧剣とぶつかり合い、そのまま逆の剣を一気に振るう。

 

 一閃―――短時間だけ匹敵する筋力の鬩ぎ合いに勝利し、炎が振るわれる。

 

 バーサーカーの横を抜けながら着地すれば、横一線に伸びた炎がまるで斬撃の様に一瞬だけ軌跡を生んで瞬いた。反応は一瞬だ。傷口を焼くのと同時に侵入したレティの炎が血管の血液も骨も肉も全てを焼き尽くして蒸発させる。その後には影も形も残さない。

 

「燃え尽きろ」

 

 口の端から煙を吐き出しながら呟くのと同時に背後で燃え上がる轟音が聞こえた。振り返れば全身が炎に包まれ、融解する体が見えた。短期決戦以外では間違いなく勝ち目がないな、と冷や汗を浮かばせたところで、

 

―――少女が全く焦っていないのが見えた。

 

「ふふふ、やるじゃないお姉さん。無礼で粗暴で乱暴だけど少しはやるようね」

 

「ヘイプリンセス、目上への喋り方は気を付けな。それよりもマッチョなボディガードが今地獄の責め苦を受けているんだから少しは焦ってもいいんだぜ?」

 

 此方のその言葉に2階から見下ろす少女はあら、と声を零した。

 

「何故かしら? 私のバーサーカーはまだまだ健在よ? 霊核を一回蒸発させた程度で満足されても困るわ」

 

「……は?」

 

 災厄の炎に包まれるバーサーカーの姿を見た。レティの生物を、存在を一切の容赦もなく焼き尽くす炎はバーサーカーの肉体を焼いている―――その内部から全てを蒸発させる筈だった。霊核さえも一瞬で消え去るほどの熱量の中で、バーサーカーは少しずつ、少しずつだがその姿を再生し始めていた。その景色に思わず口に咥えた煙草をぽろり、と落としてしまった。

 

「……なんじゃそりゃ」

 

「でも驚いたわ。まさか人の身でバーサーカーを―――ヘラクレスを一度に3回も殺すなんて。よほど良い武器を使っているのかしら? それとも神性に対する特攻能力持ち? まぁ、どちらにしろもう通じないけれどね」

 

「なんて英霊を呼び出してやがるんだこのロリっ子は」

 

 汗が背中を濡らす嫌な感触を感じつつも、ヘラクレスという名前を取得した瞬間、《千里眼》を通して相手サーヴァントの完全なる情報開示が行われた。そうやって見たヘラクレスの保有宝具を見て思わず吐き気を覚えた。

 

 十二の命。B以下の宝具無効。そして()()()()の取得。

 

 死因に対する耐性を取得する事で次回以降、同じ手段や原因によるダメージをほぼ無効化する宝具。そのステータスを含め、規格外の一言に尽きる。というか勝ち目が見えない。いや―――レティを対城モードで放てばバーサーカー・ヘラクレス諸共この少女と()()()()()()()事が出来る。だがこれは最終手段だ。振るった先に何があるのかが見えない、解らない今の状況では振るえない。対人モード以上の解放は()()調()()()()()()()のだから。

 

 つまり勝つためにはここでレティを対城モードで放てばよい。

 

 だがその結果、ここを中心点に街規模で更地になる。ロンドンで使ったときはアーチャーが迎撃したのと、郊外へと向かって放ったという点があったから使えた。だが外の様子を良く見えていなかった事から、今、この状況で放つ事も出来ない。

 

「ふふふ、どうやら絶望してきたようね? さ、それじゃあ死んでもらおうかしら? どこのだれかは解らないけど、ちょうど良い暇潰しだったわよ」

 

「―――■■■■!!!」

 

 燃えたままの状態でヘラクレスが再生を完了させた。未だにしつこくヘラクレスを焼いている炎はその肌を焦がし、徐々に溶かし始めているのが見える。レティそのものに備わった神性に対する終焉の概念が神性を保有するヘラクレスへと作用し、相手の宝具能力に軽減されながらも通じているのかもしれない。

 

 とはいえ、それが致命傷に届くようには見えない。炎に焼かれながらも狂戦士はしっかりと二本の足で立ち、そして武器を握り締めていた。

 

 手札を切った状態でこの結果なのだ―――絶対勝てない事を悟る。

 

 それと同時にヘラクレスが一気に飛び込んできた。封じた敏捷能力は既に一度死亡した事で回復していた。それに干渉する前にヘラクレスが此方へと到達するだろう。迎撃は間に合わない、そう知覚した時には双剣を杖へと変形させ、持てる魔力をほとんど全てつぎ込んだ。

 

 直後、真正面から斧剣が叩き込まれた。注ぎ込まれた魔力で一瞬で炎の障壁を生み出し、衝突と共にそれを爆発させた。だがそれで人外染みた一撃を相殺する事も出来ずに肉体は一気に叩き飛ばされる。

 

 城の入口へと向かって。

 

 そのまま停止する事無く扉に叩きつけられ、外へと飛び出す。殴り飛ばされた体は痛みを感じつつも真白の雪に衝突し大地に一回バウンドしながら軽く転がり、

 

 扉の向こう側から斧剣を振り上げながら跳びかかるヘラクレスの姿が見えた。しかし、

 

「三十六計逃げるに如かず―――!」

 

 ヘラクレスが跳びかかる間のわずかな時間、無防備を晒しても無事な時間となっていた。その瞬間に迷う事無く残された魔力を全部魔術回路へと叩き込み、

 

 全速力の魔法行使によって転移した。

 




・ヘラクレス殺害で経験点2点を獲得しました
・ヘラクレスのレーヴァテインによる殺害が不可になりました
・《勇猛》を取得しました。《Detonate》に統合されます
・???と??が大爆笑しているようです

 成長:魔力A+(6)→魔力A++(7) 2点消費

 あと4点で魔力のEX見えて来たなぁ、って感じで。ただ相変わらずワンパン即死状態な上に魔力判定以外ではほぼ敗北するから安定しないんだけど。完全な概念的なメタが来るとどうしようもない感じ。なお戦闘判定におけるスキルのそれぞれの役割。
 《Detonate》:勝利・有利ステで敗北ステを入れ替える
 《F:Memories》:相手のステ&スキルを1個除外
 《千里眼(魔法)》:戦闘時相手のステ公開、戦闘傾向が解る

 という感じで。システム自体はそれぞれのステータスを幾つか選択、スキルを適応しつつそれを比較しつつ最終的な勝利数で戦闘結果を出すというもの。この場合、ヘラクレスはでバフ耐性がないので普通に上記のスキルが通ります。なので、

 魔力vs魔力 勝利
 敏捷vs敏捷 勝利(《F:Memories》による除外化
 筋力vs耐久 勝利(《Detonate》による魔ステ再利用

 という形で勝利するけど、ヘラクレスは蘇生ある訳で、次回から疲労ペナ入った上で再戦という形で。なおヘラ君は《戦闘続行》の影響で疲労ペナルティが入らないので、必然的にすりつぶされるという事で……。

 ちなみに登場判定・着地判定・交渉判定でファンブルと失敗繰り返した結果がこれだよ。


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二の界

「あー、クソ。何だってんだアレは。あんなの聞いちゃいねぇぞ」

 

 上半身裸の状態、逃げた先はとあるビルの屋上だった。影に隠れながら認識阻害で認識されない様にしつつ、魔法を使って自分の治療を行う。なんてことはない、自分の怪我を燃焼させて無かった事にするだけだ。とはいえ、自分の怪我の具合が見えていなきゃ正確に燃焼させる事も出来ないので服を脱いでいるだけだ。そして確認が終わったところで傷という結果を燃焼させて存在を否定する。

 

 これによって治療が完了した。経験を積んで慣れて来たらたぶん、もっと素早く出来るだろうなぁ、とは思わなくもない。さっさと脱いだインナーとジャケットを着直しながら立ち上がり、深呼吸で冬の冷たい空気を肺の中へと送り込みながら体を伸ばした。

 

「ふぅー……どこだここ……」

 

 服を着た所でビルの屋上から街並みを見下ろした。ビルや街に見える文字は見慣れ、親しんだ日本語ばかりであり、町中を歩いている人の姿も日本人ばかりだ―――つまり、常識的に考えてここは日本なのだろう。そう、イギリスではなく日本。それを確かめるべくポケットからスマートフォンを取り出してWiFiへと繋ごうとするが、電波の反応はない。

 

 どうしたもんか、と呟きながらポケットにスマホを叩き込む。そのままビルの端、柵に腰を預けるように寄り掛かりながら煙草を咥えつつ、正面に視線を向ける。虚空からそこにレティが出現する。

 

「お前はどう思う?」

 

「せ……ち……ぁ……ぅ」

 

「……おぉ、喋れるようになったのか、お前」

 

 驚きながらも言葉にすれば、嬉しそうにレティが頷いた。どうやらまた成長したらしい―――と言うより、此方の成長に並ぶ様に成長した、とも表現できる。俺が力を付ければ付ける程、レティもまた人間性を獲得して行く成長を得ていた。ちょっとした驚きの事実であり、《精神汚染》を削除しておいて良かった、とも思える事だった。まだ単語ですらない、文字を呟く程度の声しか出ないが、

 

 それでも聞こえた声は可愛らしい物だった。近寄って来たその頭を軽く撫でながら空を見上げ、どうしたもんか、と再び呟く。一応転移魔術―――魔法を使えるのは事実だ。だがそれはそれとして、習熟度が足りていない事実もある。()()()()()()()()()()()()だからなんで日本にいるかは知らないし、自分の魔法の腕前ではイギリスまでひとっとび……とはいかない。

 

 正規ルート、つまりは飛行機に乗って帰るしかないのだが、パスポートがないから偽造する必要があるし、その上で日本国内へと入り込んだという形跡を出してもいないので、普通に空港行こうとしたらビザの関係で逮捕される。

 

 今、めちゃくちゃめんどくさい状態なのだ。まぁ、でもこういう訳も解らない状況で何をすべきか、何をどう予測するのか、というのは得意だ。というか経験がある。日本だと解っているなら割と楽なのも事実だ。適当な人に暗示で言いなりにして、情報を聞き出す。英語圏か、或いは日本語圏であれば言葉が通じるからどこでも行動が出来る。これだけで情報収集は出来る。

 

 難しくはないのだ。

 

「そんじゃ、活動開始するか、レティ」

 

「ぅ……」

 

 コクリ、と頷いたレティの姿が消失したので腰を柵から外して転移魔法で一気に道路まで降りた。昼間の町中の様子は猥雑な様子を見せており、社会人が仕事場へと向かっているのか、或いは昼の休憩を取ろうと忙しく歩いている姿が見える。この国はどこに行ってもその姿を変えないなぁ、と思いながら歩き出す。自分に対してかけている認識阻害の魔術の影響でこんな格好をしていても周りの人間は気にしない。便利な魔術だよな、と思いつつも軽く辺りを見渡し、どこか知的な姿をしているサラリーマンを見つける。

 

「ヘイ、そこのインテリ系。ここがどこだか教えてくれないか」

 

「うん? ここは日本のXXX、冬木だよ」

 

「おう、ありがとう。じゃあ財布からX万くれ」

 

「あぁ、いいぞ」

 

「後パンツをちゃんと脱いで出社しろよ。あ、ネクタイはそのままな」

 

「勿論さ」

 

 財布からx万を出したインテリっぽい男がインテリ変態になった瞬間に静かに敬礼しつつ、ポケットに金を突っ込んで歩き出す。背後から悲鳴と警察を呼ぶ声が聞こえるが、それを無視して歩く。《千里眼》を使うまでもなく、周囲を見れば適当なコンビニを見つける。そんな俺はファミマ派である―――来るのは久しぶりだなぁ、と思いながら店内に入り込み、入り口近くのラックから新聞を抜いた。日付を調べるのにはこれが一番早いのだが、

 

「―――2004年か……はは、時間を遡ってやがるぜこれは」

 

 冬木、という名前が出た時点で嫌な予感しかしていなかったのは事実だった。そもそも冬木市は少し前、オルガマリーの口からきいた聖杯戦争のあった土地の名前だ。そして2004年は自分が本来存在する筈の201X年よりも遥か前の年だ。

 

 ゼルレッチ級の魔法使いであれば、第二魔法であれば時間軸を横と縦に自由に移動できると聞いている。

 

「犯人は爺。はっきりしてんなこれ」

 

 爺以外に出来る奴がいなかった。そして爺ならやる。間違いなく。それぐらいあの爺はカオスと無茶の塊だ。そもそも魔法使いの弟子は一回ぐらい廃人になるレベルで追い込まれるのだから、時間移動で放り捨てられることぐらい……まぁ、ありえなくもない。とはいえ、何か、頭からすっぽ抜けている気がする……。

 

「まぁ、でも先に金を稼がないとな。とりあえず手っ取り早く稼ぐか」

 

 新聞をコンビニのラックに戻してから奪った小銭で稼ぐことを考える―――とりあえず、まずは腹の中に何か食べ物を入れよう、と考える。

 

 

 

 

「あ、当たりです……1万円です、ね……」

 

「んじゃあ即座に換金で。んで今の当たった1万円を即座にスクラッチくじのチェンジで」

 

「は、はいぃぃ!」

 

 一番手ごろで、その場で金に出来るのがスクラッチくじだ。その場で削るだけで金になるのだから。だけど1万円を超えるくじは銀行に行かなければ換金が出来ない。そしてその時は証明などが必要なので、タイムトラベラーとしては面倒な事になるのでそちらは推奨できない。なのでやる事は簡単だ。軍資金を得て購入できるだけのスクラッチくじで当選1万円以下のくじを購入しまくれば良い。

 

 1万円以下のスクラッチ当選は宝くじ売り場での換金が可能である―――つまりはその場で交換できる。安いので1回200円、当選した時の金額等でくじ一つの値段が変わってくるのだが、即座に交換する事を考えてくじをすれば1回のくじで1万円を稼ぐことが出来る。

 

 つまりくじ1枚で1万円、コストは200円。9800円の利益となる。なのでくじ一つで大体49万円儲けることが出来るのだ。

 

 超ボロい。ほんとボロい。流石第二魔法による確率操作。魔法を覚えていて良かった、としか言えない。スクラッチの中から1万円が当選する確率のスクラッチを見出して、それを引いてスクラッチするだけ。本当にそれだけの作業なのだ。

 

 まぁ、とはいえ、あまりやり過ぎても目立ってしまうので100万程稼いだ所で印象操作と記憶操作を行い、切り上げる。適当に購入したバッグの中に金を詰め込んで、それを片手で掴みながら宝くじ売り場から離れる。

 

 これで当座の活動資金は入手した。煙草の先に付いた火を眺めながらそんな事を考える。最近は火が近くにあるのを見ると安らぐ……煙草の煙で煙いのも割と好きになった。昔は煙草なんて不味いし臭いし嫌いだと思っていたが、自分も変わったものだ。

 

 ふぅ、と冬の白い息と煙を混ぜて吐き出す。

 

「タイムトラベラーか。少し前までは魔法じゃなきゃ無理だって言われてたんだけどなぁ―――」

 

 オルガマリーに叩きつけられたカルデアの資料を思い出す。そこにはレイシフトという技術による時間的介入が記載されていた。魔法の領域とされていた行いも遂に科学との融合で手に届く様になった時代、果たして神秘は、幻想は、最終的に全てが科学へと跪くのだろうか? どちらにしろ、魔法使いとしては正直な話、どうでもいい話である。一つが魔術に落とされても根本から科学では再現できない概念の焼却という行いや確率操作が出来た以上、それが魔術となっても便利である事に違いはない。

 

「とりあえずこれで活動資金は得たしこの街のオーナーを探すか」

 

 あのデビルロリはバーサーカーと言った。此方がバーサーカーを連れており、ここが2004年であるという事は、まったく別の、過去に発生した聖杯戦争なのだろう。だがこれはオルガマリーから見せて貰ったカルデアの前所長マリスビリーが行った聖杯戦争とは()()()()()()というのも事実だ。

 

 つまり時間軸を縦にだけではなく、横にも移動した可能性がある。

 

 つまりは境界歩き(プレイン・ウォーキング)だ。これで俺も立派な境界歩き(プレインズ・ウォーカー)の仲間入りなのだろうか? まぁ、自分でそれだけのことが出来る自信がない以上、おそらくはゼルレッチの仕込みなのだろうが。ミス・ブルーの第五魔法では確か平行世界の移動は出来なかったはずだし。

 

 まぁ、どちらにしろイギリスにある時計塔へと連絡を取る必要がある。ゼルレッチが常にあそこにいる訳ではないが、あそこは仮拠点の様なものだ。あの爺の《千里眼》の範囲内でもある為、時計塔の敷地内に入ればこちらを見つけてくれるはずだ。

 

 事故にしろ、故意にしろ、どちらにしても帰る手段を見つけなくてはならない。それにはそういう手配が行える魔術師が必要だ。そして土地のオーナーであればそこらへん、融通してくれるだろうと思っている。

 

 ともあれ、今度はオーナー探しだ―――とはいえ、カルデア・レポートでは冬木の魔術師の事情や背景なんて書かれてなかったし、自分の足で歩いて探す必要が出てくる。こうなってくるとノーヒントなのだが、魔術師の基本的な考え方をトレースすればなんとかなるかな、と思わなくもない。

 

 と言っても使うのはやはり《千里眼》の存在だ。これを使ってこの冬木市の霊脈、霊地を見る。魔術師にとって霊地は重要な場所だ。魔力の効率や魔術師の育成等様々な恩恵を与える霊的なスポット。基本的にそれを支配、保有しているのが土地の管理者なのだ。つまりは霊地の上に立っている建造物で、魔術的な痕跡を感じる場所を見れば良いのだ。

 

 故に《千里眼》を発動させ、視る。そして凄まじいまでの強い霊脈の輝きに少しだけ頭痛を感じ、振り払う。そしてそれが続く太い線を探す。今いるのは冬木の中央を流れる川の東側、新都と呼ばれるエリアであり、霊脈のほとんどは西側に集中しているように思える。

 

 こちら側に二つ、西側に三つという感じだった。ただ太いのは西側に集中しており、オーナーが抑えてそうな極上なのは間違いなく西側にあるだろう。だけどそこまで探しに行くのも面倒だし、細いところを見て回るか? と考える。

 

 ……何らかの分岐点を感じる。

 

 ここで冷静になって考えるべきだろう、どこへと向かうべきか。そう思ってポケットに手を入れて、スマホを取り出し、その中にダウンロードしてあるアプリを起動させる。その名も、

 

ダイスボット

 

「やっぱこういう時は脳味噌空っぽにしてダイスで決めよう、っと」

 

 ころころー、と呟きながらアプリを転がしてダイスを回す。魔法を使えばこれも楽に6ゾロ出来るけど、それじゃあつまらないんだよなぁ、と思いつつダイスの結果を見た。1d2の結果、1が出た。つまり新都側の霊地を見て回ろう、という事にした。残された霊地の気配は二つ。そのうち、冬木全体で見て3番目の規模の霊地へと向かう事にする。決めた後なら行動は早い。

 

 魔法で転移すれば一瞬で現場まで移動できる。そうやって一瞬で霊地まで移動してみたのは、

 

―――教会の姿だった。

 

「……うへぇ、霊地の上に教会ってどう見ても聖堂教会の管轄じゃねぇか」

 

 げんなりする。いきなりババを引いたかもしれない、と。魔術協会と聖堂教会は表向きには同盟、或いは無関心を装っているが実のところ、その裏では睨み合って殺し合いを続けている仲なのだ。それぐらいに魔術協会と聖堂教会の仲が悪いのだ。とはいえ、それは逆に言えば魔術教会から聖堂教会にはチャンネルがあるという事でもある。一瞬、帰ろうかなぁ……なんてことを考えたが、相手があの超チートなバーサーカーの様な存在でもない限りは問題ないだろうと結論する。

 

 一回ぐらいなら心臓潰されてもたぶん蘇生できると思うし。

 

 ともあれ、今なら代行者相手でも恐れる事はない、そう思いつつ教会の敷地を横切り、その扉を一気に開く。その向こう側に見えるのはいたって普通の教会の姿だった。奥にはオルガンの姿が見え、どうやらそれなりに清潔に保たれた教会だった。まぁ、第一印象は悪くない。清潔に保っているという事は来客を迎える準備をしているという事であり、規律の内側にあると言う事でもある。

 

 つまりは会話の通じる人間である可能性が高い、という話である。

 

「もしもーし、すいませーん。誰かいませんかー?」

 

 声を教会内に響かせると結構広さがあるようで声が反響した様な気がする。おーい、と声を響かせていると、足音が聞こえてくる。こつ、こつ、こつ、と焦る事もなく刻むような足音を耳にしつつ、教会の奥へと通じる扉へと視線を向ければ、黒いカソック姿の男が見えた。

 

「これはこれは、ようこそこのような辺境の教会へ。して、このような寂れた教会へ何の用事だろうか」

 

 言葉と共に出て来た神父はどこか―――どこか、闇に呑まれている様な気がした。いや、或いは自分とこれは同種なのかもしれない。直感的にそれを理解し、こんな外れているのが一般人な訳がない、と断言する。ただ裏付けを取る為に《千里眼》を使った瞬間、

 

 言いも知れない、気持ち悪さを感じた。なんというか、

 

「お前、その心臓で良く生きていられるな。びっくりするわ」

 

 歯に衣着せずに言葉にすると、神父が驚いたように少しだけ目を見開き、笑みを浮かべたような気がする。あくまでも錯覚だ。目の前の男は出てきてから一度も表情を変えていない。そして此方の不用意な発言のせいか、一気に雰囲気が変質したのを感じ取る。アレだ―――セイバーが戦闘前に準備を完了させた、何時でも動けるという感じの気配だ。

 

 やべぇ、また会話で失敗した。

 

 あの城のデビルロリの姿を思い出し、まぁまぁまぁ、と両手を突き出して諫める。

 

「今のは俺が少々無礼だったのは認めよう。だがそこのナイスミドル神父よ。そんな体に悪そうなものを抱えていきなり登場する方が世間的には拙いのでは? やはりここはデトックスが必要なように感じる。そこでここに居るナイス・ヤング・プリティー鏡司様はなんと通りすがりの魔法使いだ。こう、マジカルファイアァァァ! な感じで綺麗に悪い部分だけキレイキレイしちゃうけどどうだろうか? やっちゃう? 殺菌消毒しちゃう?」

 

 背筋に冷や汗が流れるのを感じつつ、相手のリアクションを数秒待てば、やがて相手から剣呑な気配が消える。

 

「ふむ……病院を抜け出してきたのかね? 聖堂病院の医師に連絡を入れなくてはな」

 

「頭の病院は必要ないっすわ。それよりもここ、魔術関係の施設だと思っていいんだよな?」

 

「いかにも。第五次聖杯戦争の監視所であり、そして私が監督役である言峰綺礼だ。若き魔術師よ、どのような用事で門を叩いたか」

 

 とりあえず即座に戦闘に入る事はなさそうだと安堵の息を見せない様に吐きつつ、交渉が振り出しに戻ったのを自覚する。とりあえずいつでも動けるように肉体を意識しながら、神父・言峰へと向かって言葉を返す。

 

「冗談に聞こえるが俺は魔法使いで、あー……キシュア・ゼルレッチの弟子をやってるもんだ」

 

「ふむ、して自称魔法使いの弟子が何の用事だろうか」

 

「いや、そりゃあ実演しなきゃ怪しいし自称って言われても……まぁ、いいや。とりあえず爺の鍛錬に付き合っていたら間違って時間軸を移動しちまったみたいなんだ。元の時間に戻りたいから何とか爺にコンタクトを取りたいんだ。時計塔につなげる事は出来ないか?」

 

「成程、それが真実であれば確かに送る意味はあるのだろう」

 

 なんか、厭味ったらしい喋り方をする男だな、と少しだけイラッとする。とはいえ、非があるのは此方だし、あまり強く出るのも大人げない。軽く息を吐いて感情を楽にし、

 

「すまない、割と真面目に困っているから時計塔への連絡を頼む」

 

「ふむ―――」

 

 その言葉に言峰神父が此方へとまっすぐ視線を向けてきた。距離はあるのにまるで間近で瞳を覗き込まれる様な感覚だった。それに対してどうぞ、と言わんばかりに覗き返す。こんな人間の中身を見たいというのであれば、好きなだけ覗き込めばよい。

 

 その結果()()()()()()()()()()()()()()()のだから。故に警告もせずに、そのまま観察を続行させ、此方もその性根でも見てやろうかと《千里眼》を使おうとしたところで、

 

「―――やめい、言峰。その雑種は我の客だ」

 

 奥から濃密な気配と共に足音がする。その気配に自然と背中は伸び、口に咥えていた煙草を握り潰して燃やし尽くした。何故だかは知らないが直感的に、或いは本能的に今から出てくる人物に対する()()を抱いていた。心の底から何故そう感じたのは解らないが、ほぼ反射的な行動だった。そうやって教会の奥から出現したのは、

 

 黄金の髪を下ろした()の姿だった。

 

 ライダージャケットみたいな服装のセンスのなさは抜きにして―――その美貌は凄まじいものがあり、その瞳は捉えた存在の全てを飲み込むような底知れなさをしていた。だが何よりも恐ろしいのはその気配だった。

 

 絶対支配者。そんな言葉を真剣に思わせる様な気配が女にはあった。その身に纏う雰囲気が明らかに違う。今まで見て来た魔術師、魔法使い、英霊とも違う気質だ。暴君とも、王者とも、帝王―――そう、女帝。女帝の言葉が相応しい気配だった。一瞬、確かめる為に視ようかと思ったが、それはこの存在の前には失礼だろう、と直感的に察した。女は奥から出てくると、腕を組みながらくっくっく、と笑った。

 

「久しいな魔法使い。相変わらず抜けた顔をしているな。どうした? 髪の色が違うではないか? ……いや、そうか、まだの話だったか」

 

 口を開いて出て来た言葉はまるで此方を知っているかのような言葉だが―――その意味は解らない。えーと、と言葉を置き、

 

「失礼しますが……貴女とは初対面ですよね?」

 

「あぁ、貴様は(オレ)とは初対面だ―――なに、細かい事は気にするな」

 

「ギルガメッシュ、知り合いか?」

 

「あぁ、今は我が一方的に知っているだけだがな。我の……そうだな、言葉として表現するならば部下が一番ふさわしいか」

 

「いつの間に就職に成功したんだろう俺は……」

 

 その言葉を脱力しながら呟くと、女帝が笑った。性格は中々豪快なものらしい。だが、状況はどうやら好転しているらしく、女帝が言峰、と言葉を放つ。

 

「この雑種の相手は我がする。貴様は何時も通りにしてれば良い」

 

「お前がそう言うのであれば私は従おう、しかし」

 

「良い。良い笑い話だ。話したところで理解できるかどうかは別だが話してやろう。貴様は奥に戻っていろ。この雑種との話は我がつける」

 

 それで会話が完結したのか、教会の奥へと言峰神父が戻って行く。心臓に悪いのが更に心臓に悪いのとトレードする形で出てきてしまった。これはクーリングオフできそうにもないし、困ったなぁ、ラスボスを隠しボスとトレーディングなんて誰も喜ばないぞ。と思っていると、

 

「まったく、何故貴様がこんなところにいるのだ……とはいえ、他の場所へと流れなかったのが不幸中の幸いであるか。この我の手を煩わせるとはまったく自分をなんだと思っているのだろうかこの雑種は」

 

「う、うっす。ごめんなさい……」

 

 その威圧に思わず謝罪をするが良い、と言葉を返される。

 

「我も恩知らずではない。いずれは人理再編によって忘れるであろうウルクの礼を忘れる前に返すだけだ」

 

「ウルク……?」

 

 本当に、一切の理解が出来なかった。なんと説明すれば良いのだろうか―――自分ではなく自分の向こう側を見ている。そんな感じがしていた。理解は出来ないが、この女帝の言葉に偽りが一切存在せず、包み隠さず物語っている事だけは理解できた。この女帝は心の底から今だけは味方でいてくれている。自分には理解できないが、何らかの恩を感じてくれているらしい。

 

 故に助けてくれる、という感じらしい。

 

 とはいえ、と女帝が言葉を置いた。

 

「我が簡単に施しを与えてはその価値が下がってしまう。貴様にはそう―――おつかいクエストをして貰おうか!」

 

「あ、一気に親しみやすくなった」

 

「ふふふ、我とてこの10年間受肉したまま何もしなかったわけではない! インターネットを学び、資格を取得し、戸籍を取得し、そして様々な事を学んだ! 現代のニーズを、そう、つまりは需要と供給を学んだうえで現代の者に親しみがあり、解りやすい言葉で説明してやろうではないか!」

 

「ノリノリっすね!」

 

「無論! 言峰は干渉してこない故に文句はないが、日常的には詰まらん奴だからな! たまには我もリアクションの一つや二つ欲しくなってくる! ちなみに侵略を目論む地下帝国を見つけたのであらば即座に我に教えよ。この10年間探しても見つからなんだ」

 

「あ、はい」

 

 疲れたのかな……と思っているとうぉっほん、と咳ばらいをされ、

 

「貴様の事情は大体理解している。そして我としても貴様がこのままここに残られるのにも困るものでもあるが故、口を出そう。そうでなければ口出しさえしなかったが―――まぁ良い。貴様にはいくつか仕事を与える。それをこなした時、我が直接貴様に元の時間軸と世界線へと戻る方法を伝授してやろうではないか」

 

「おぉ……!」

 

 この女帝、暴君の類かと思っていたが実は人格者じゃね? と思いつつある中で、女帝は深い、愉悦を含んだ様な笑みを浮かべて言葉を作った。

 

「―――この街に住まう間桐桜なる少女を殺せ。それが交換条件だ」

 




 交渉などに関して使っているステータスは【幸運】で、それベースに性格や相性で倍率を付けている結果、交渉判定でほぼ毎回失敗しているのに流石に草が隠せない。成功してればもうちょっと穏便だったのにね。

 という訳で間桐桜を殺害すれば帰還方法が教えて貰える。

 ちなみにこれ、変化はあるけど大体ひむてん世界だよ。


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三の界

「で、その女の子を殺せばいいのか」

 

「あぁ、そうすれば流れが変わるであろう」

 

 女帝のその言葉に疑問が浮かぶ。何か、何かが引っ掛かり見えそうなのだ―――だがその先へと踏み出す方法が解らない、という感じがある。おそらくは視えている物が違うのだろう。となるとやはり、《千里眼》が鍵なのだろう、と思う。そういえばこうなる前にやっていたのも《千里眼》の鍛錬だった筈だ。ただ視る能力を伸ばす、というのは結構難しいところなんだよなぁ、と思わなくもない。

 

 ともあれ、

 

「流れ?」

 

「然り。世界にはそれぞれ流れというものが決まっている。それは観測された時点で確定したものとなり、世界そのものの形となる。そしてこの世界はある形で流れが決められている。我がこのような性別で役者を演じるのもそれが理由になっている」

 

 女帝のその言葉にあぁ、と納得するものがあった。

 

「そういえば爺から平行世界や未来は観測されることでその未来が確定されるって話を聞いてたっけ……という事は俺以外にも魔法使いがいるのか……?」

 

「魔法使いよりも悍ましいものだ。あのイシュタルめを思い出す女が今、この街にはおる。其奴が自分に好ましい未来を取得し道筋を構築しておる。この我自らが出ても良いがそれでは予想された道筋を歩んでいるに過ぎん。だが貴様の様な境界歩きの者であればそもそもそういう因果に縛られずに行動できる」

 

「つまり手駒としては都合が良い訳か」

 

「解っているではないか道化」

 

「道化って……いや、まぁ、うん、道化っぽいけどさぁ」

 

 はっはっはっは、と女帝が笑う。いや、別に美人さんだし笑われてもいいんだけどね? とは思わなくもない。しかし見た目や雰囲気に反して結構喋りやすい相手だなぁ、とは思う。なんというか、()()()()()()()()()()()とでもいうべきだろうか。ただ魔法というので時間軸の移動ができる事を考えれば、この女帝とは今から過去の未来に、会っているのかもしれない。

 

 しかし過去の未来ってなんだろう。哲学だろうか?

 

「では必要な言葉は全て伝えたぞ、雑種。貴様が間桐桜なる少女を殺せばそれで全てが元の線路に乗る。多少の逸脱はあるが許容範囲内だ。我とてこの街を消し去る様な抑止力との相対は御免被る故な」

 

「桜ちゃんってのを殺せばいいんだな、解ったよ王様」

 

「うむ、殺した後でどうしようが我は気にしない。殺すという一点において成功すればそれで十分だ」

 

 腕を組んでいる女帝がニヤリ、と笑ってから背を向けた。これで話は終わりらしい。話していて結構面白かったのでもうちょっと話したかった気分だが、何よりも彼女の気分を害するのが恐ろしい故に引き留めるのは止める事にする。それに桜ちゃんなる人物をぶち殺せばまた話す事も出来るのだ。そこまで難しい事じゃない。

 

 人間一人殺すのなんて今の世の中、欠伸が出る程簡単なのだから。

 

 

 

 

 人を探している? どこにいるか解らない?

 

 戸籍登録という凄く便利なシステムが日本には存在するのだ。冬木担当の市役所へと向かい、そこで間桐桜と言う人物を調べさせ、そして住所を割り出す。魔術師には暗示や催眠術があるのだ。態々情報屋なんてことや聞き込みなんてしなくても、軽く催眠で頭をあーぱーにしてから個人情報を抜き出せばそれで情報収集は完了してしまう。

 

 魔術、こういう時は本当に便利である。

 

 そんな事であっさりと間桐桜という人物に関する情報を獲得する。

 

 間桐桜XX歳。女性、そして学生でもある。人当たりが優しく、旧姓は遠坂。だが桜と言う少女以上に重要なのは今の家、彼女が間桐の家の娘であるという事になる。間桐の人間である間桐臓硯はこの冬木市の名士として名が通っている他、稲群原学園、つまりは桜が通う学園のPTA会長でもあるらしい。金を持っており、表と裏の顔を両方持っており、その住所は霊地の上にある。

 

 まず間違いなくこの冬木の街の魔術師だ。おそらくはサーヴァントも召喚しているだろう。となると奇襲から必殺するのが一番楽になるだろうと思う。

 

 金はあるから冬木の中で一番良いホテルを金を出して借りて、そこでベッドの上に座りながら考える。こういう時、ソシャゲが遊べないと不便である。

 

「毎日ちゃんと学校へと通っているみたいだし―――学校の中に入ったのを確認してから破界す終焉の枝(レーヴァテイン)で学校諸共の防御させずに消し飛ばすのが一番安全か」

 

 まぁ、と呟いて、

 

▽属性:混沌・善

 

「……流石に学校規模で吹っ飛ばすのはダメだよな」

 

 もうちょっと魔術師として吹っ切れていたのであれば、学校だけをピンポイントに消し飛ばす、何て事も出来ただろう。一度に人間の一人や二人を殺せても、流石にそれが100人規模とかになってくると躊躇する様になる。というか流石にそこまで吹っ切れられない。という事は必然的に学校か、或いは通学路で桜を殺す必要が出てくるという事だ。

 

 シチュエーション的に中々面倒だね? と自分に言うが、ジャックから学んだ《気配遮断》があるのも事実だ。攻撃する瞬間までは完全に相手に気取られずに接近できる筈だ。問題は相手がサーヴァントを連れているか否か、という所だ。連れていたらやばい。連れていなければイージーだ。

 

 やはり暗殺するのが一番簡単だろうと思う。となると遠距離からの狙撃が一番だろうか? いや、狙撃だと攻撃した時にサーヴァントにバレるだろう。あのアーチャーみたいなとんでもない奴が出てこないとは限らないし。

 

「となると人混みに紛れて一瞬でぶち殺すのが一番か」

 

 やはり一番油断していそうな学園で殺すのが楽かなぁ、と考える。人が多いから目撃者が多い分魔術師は即座に行動に移せないし、人の数そのものが壁として機能する。そして狭い逃げ場のない場所での戦闘は俺が得意とするものだ。何せ、逃げ場が存在しないのだから適当に炎をぶっ放せばそれだけで埋まる。

 

 ……まぁ、そこまで簡単に事が運ぶとは思わないが、一回殺せばそれでおつかいクエストは完了する。だったらそれでいいではないかと思う。めんどくさい事は極力考えたくはないのが事実だ。なるべく脳味噌が死んだ状態でソシャゲしてそれだけで生きて行く生活万歳。

 

 ……なのに、どーしてこんなことをしているのだろうか。帰りたくてしょうがない。

 

 とはいえ、魔術師として倫理観なんてものは死んでいるようなもの。サクッと今生にバイバイして貰って、そのままこちらも帰る手段を教えて貰おう。というか早く帰らないとこっちで時間を過ごしている間にイベントが終わってしまう。それだけでは回避しなくてはならない。

 

 限定キャラ、限定アイテム、そしてシナリオ。それを逃すなんてとんでもない。イベントを走る為なら何人だって殺すぞ!

 

「ま、ネタは抜きにしてこんなもんか……レティはそこらへん、忌避感あるか?」

 

 視線をテレビの方へと向ければ、テレビの前に座ってアニメを見ているレティの姿が見える。姿は大分成長したもので、15歳前後に姿は少なくとも見える。大分育ったなぁ、と思いつつ、此方の言葉に反応してレティは言葉を作った。

 

「ど……ぃ……ぉ?」

 

「どうでもいいよ、か。まぁ、そうだよな」

 

 知らない相手に対して一体どう思えばいいのだろうか。どうせ殺すのは知らない、殺してもこれから一生関わる事もない相手なのだからぶっちゃけ、殺しても問題はない。魔術の世界的には割と何時もの事だし。それに殺して指名手配されたところでぶっちゃけ、世界を渡ればその事実は適応されなくなるのだから。罪悪感を感じる必要もないだろうと思う。

 

「ま、とりあえずは殺しに行くか、レティ」

 

「……ん」

 

 レティの姿が消え、テレビも画面から色が消える。礼装用のカードがベルトのホルダーに装着されているのをちゃんと確認してから良し、と呟く。可能なら銃が欲しかったところだがそんなものがここで手に入るとは思えないし、まぁ、これだけあれば十分だろうという考えの元、レティを刀の状態に変容させて出現させ、左手で掴みながら転移を行う。

 

 ホテルから稲群原学園へと向けて。場所は既に地図で確認してある。《気配遮断》を行う事で魔術的な痕跡さえも残さずに一気に移動し、学園前の道路に着地する。

 

「時刻は12時過ぎ……昼休憩ってところか」

 

 グラウンドの方から学生たちの声が聞こえる他、学園内を覗き込めばそこにも昼食を取る学生たちの姿が見える。間桐桜の年齢を考えれば……おそらくは一年の教室だろうか? と考える。確認した彼女の写真はアクティブには見えない、影のある女だった気がする。

 

「ま、サクサクやろう」

 

 よっと、声を零しながら校門を飛び越えてグラウンドに入る。アサシン・ジャックの戦闘を通してアサシンとしての技能、動き、技術を軽く学習できたおかげで飛び越えながらも一切音を立てずに着地する、などという無駄に洗練された無駄な動きで入る。《気配遮断》によって認識不能な状態に陥っている今、校門を堂々と飛び越えた所でそれに気づける人間はいない。

 

 軽く透明人間になった気分だった。

 

―――いや、待て。

 

 校門を超えた所で腕を組んで考え始めた。

 

「《気配遮断》は攻撃判定扱いじゃなきゃ解除されない―――つまりセクハラの類で攻撃の範囲に入らなければ永続できる……?」

 

 今、物凄い頭の悪い事を言った気がする。というか普段から頭の悪い事ばかり言っている気がする。というかそもそも、そういう頭の悪いキャラだったはずなのに、最近はどうも難しい事ばかり考えている気がする。出来る事ならもっと頭の中を空っぽにしたいのに、なぜだろうか。

 

 これは一回、馬鹿になる必要がある。そう、セクハラしよう。《気配遮断》で。何のための《気配遮断》だ。無論、セクハラの為だろう!

 

「これで《気配遮断》が使用中セクハラしても途切れなければアサシンはドスケベクラスである事が実証されてしまうな―――良し!」

 

 どこかの教会で誰かが大爆笑している気がする。先に桜を殺そうかと思ったが、アサシンのクラスが実はドスケベクラスである事を証明する方が自分の中で今、最も重要な事になって来た。何よりもここで気配を遮断してセクハラをする事が出来る事に事実を見出せば、時計塔に帰ったらオルガマリーちゃんを虐める為のネタが増えるのだ。後ルヴィアの胸を一度でいいから揉んでみたい。

 

 激しくどうでもいいことかもしれないが、高貴な女性を一方的に喘がせてみたいとは思わないだろうか?

 

 俺は思う。

 

 その夢が今、《気配遮断》にかかっているのだ。そう、これは新しい痴漢ネタ、或いはエロネタの為の行いである。なぜ今まで思いつかなかったのだろうか? 思いついたからには実行せねばなるまい。

 

 その覚悟を胸に今、魔法を使って学園内へと一気に移動する。ひゃっほぅ! というるんるん気分で学舎に入り、踊り場からそのまま視線を左右へと向ける。学生たちが談笑する姿が見えるが、どれもこれも見た目は普通に見える。残念。

 

 そのまま廊下を歩いて1年生の教室を探す―――そんな広い校舎でもないので、そこら辺の苦労はほぼない。

 

 教室を一つ一つ覗き込みながら確認すれば、そう難しくもなく、教室内に居る間桐桜の姿を見つける事に成功する。そして改めてみる―――いい体してるなぁ、と。教室の中で椅子に座り、机の上に弁当箱を広げている姿を見て、そのプロポーションを軽く教室の外から眺めるように確かめた。

 

「で、デカい―――D……いや、Eはあるな……」

 

 制服の下で隠されているとはいえ、その圧倒的ボリュームを間違える事はない。そう、なぜなら《千里眼(魔法)》であれば見抜けるからだ。やっぱり歴史上最もくだらない魔法と千里眼の使い方をまた生み出してしまった気がするが、それでもやっぱり使わざるを得ない。というか凄い。

 

 胸が机に圧迫されるとかマジであるのか、と目を疑う。これがリアルなのか? 漫画やアニメとかではなく? という事はEカップ以上とかが胸をテーブルの上に乗せるアレとか、風呂で胸が浮かぶとかリアルなのか。マジなのか。

 

 ちょっと困惑が隠せない。やっぱり女と男って別の生物だよこれ。

 

 だって俺の胸だって結構自信があったのに、アレはないわ。アレはないわー……。

 

 軽く呟きながら壁に手を叩きつけて体を支える。

 

「え、いや、だって明らかにサイズおかしいしプロポーションもいいし、成程、これが神に愛されているという奴か……ふふふ……良し、こうなったら負けない様に人体改造するしかねぇな。魔術師……否、魔法使いであらば不可能を可能にするのだ! ん? なら爺はなんで爺のままなんだろう。姿ぐらい変えるの問題ないだろう、あの爺」

 

 はぁ、と溜息を吐く。この体になってからシャワーばかりで風呂には一度も入っていない。

 

「今度風呂入ったら浮かぶかどうか確かめよ」

 

 トップで重要な事だよな、これ、うん。自分にそう言い聞かせた所で、ちょんちょん、と肩に感触を得た。あれ? と思いながら正面、手を叩きつけてしまった壁と、そして横、眼鏡をかけた青年がそれを押し上げながら片手で肩を掴んでいるのが見えた。

 

 あ、攻撃判定―――。

 

「見た事のない者だがゲストIDは発行しているか? 部外者が校内に入る場合、事務室で貰って首からかけておく必要があるのだが―――うむ、ないな」

 

「……そっすね」

 

 不法侵入だからある訳ないぜ、と心の中で呟くが、物凄いくだらない事で《気配遮断》を解除してしまった為、恐ろしいほどに後悔している。はぁ、と溜息を吐きながらカードを1枚取り出す。元々俺がスマートに進めようとすること自体が間違いだったのだろう。それとも途中から痴漢の事を考え始めたのがダメなのだろうか。

 

 《気配遮断》痴漢に関しては電車の中でやる事を考えよう。満員電車で。

 

「それならば職員室まで同行願おうか」

 

 そうだなぁ、と呟きながらトランプを一枚取り出した。取り出したトランプの絵柄はキャスターのクラスカードへとその姿が変質した。

 

「うむ―――眠れる森の美女の眠りは深い。深い、深い夢に揺蕩い王子の到来を待ち続ける。あぁ、深き眠りよ……君は起きない。あらゆる喧騒の中でも眠り続ける」

 

「うん? 一体何を―――」

 

 ばたん、と音を立てて目の前の眼鏡の学生が倒れた。だが倒れたのはこの学生ではなく、周囲にいる学生全てが―――校舎内の学生全員が次々と倒れて眠り始める。それもかなり深い眠り、横で爆音でギターをかき鳴らしたとしても起きないような眠りだ。【魔力】A+ともなればそれはもう、人類としてはトップクラス、これを超える相手も数えられる程度しかいないレベルの魔力だ。あのバーサーカーのマスターのデビルロリの様な特殊な存在でもなければ超えられるような魔力ではない。

 

 ここまで来ると特化キャスター級の魔力になる。それで強引に魔術を強化、増幅させる。昔は触媒や手順なんてものが必要だったが、今、【魔力】がここまで上昇したのなら少し多めに魔力を支払えば効果を増幅させた状態で手順は簡略化できる。だがそこらへん、魔法と言う概念で非常に複雑かつシンプルな事になっている。手順やなんやらを無視して魔法の概念で魔術を発動させる、という状態になっている。

 

 そういう訳で、効果は一瞬で学園全体を包んで、一気に人を眠りに送り込む。と言っても、数時間の間ぐっすり眠っているだけだ。

 

―――だが間桐桜は眠っていなかった。

 

 教室の中を覗き込めば、桜という少女が困惑した様子で眠り出した周りの学生たちを見ている。どうやら彼女は何故かレジスト出来てしまったらしい。まぁ、魔術師はこういう干渉の類に対するレジスト方法を一番最初に叩き込まれる。当然と言えば当然かもしれない。とはいえ、困惑している様子を見ると戦い慣れていないか、或いは―――聖杯戦争を知らないか。

 

 どちらにしろ、チャンスだ。

 

 ぶっ殺せる時にぶっ殺すのは大事だ。アサシンドスケベ疑惑はその後で確かめよう。

 

「ふぃー、面倒だなぁ」

 

 ジャケットのポケットから煙草を一本引き抜きながらそれを口に咥え、魔術で火を付ける。そのまま教室の中へと入って行けば、唯一起きていて、困惑している間桐桜の姿が見える。彼女は此方へと視線を向け、立ち上がりながら数歩、窓際へと後ずさる様に下がった。

 

「あ、あの、貴女は―――」

 

「いや、見て解るでしょ? 集団昏睡事件の犯人って奴だ。現行犯の。ちなみに欲しいものは君の命―――まぁ、痛みすら感じずに一瞬で逝かせるから安心してくれよ。流石に苦しめるのは可哀想だし」

 

「えっ」

 

 そんじゃ、さようなら、と言葉を口にしながらレティを一瞬で取り出し、赤い剣身の両手剣姿を片手で振るい、桜を殺すために振り下ろす。流石にサーヴァント級の【敏捷】に踏み込んでいるだけあって、桜は避けようと動き出すも、此方の速度について来れず、回避しきれない。

 

 殺すための一撃が振り下ろされる。

 

 そして火花が舞う。

 

 両手剣が弾かれるのと同時に素早く二撃目が入り込んでくる。顔面目がけて飛翔するのは金属の杭だった。素早く剣を振るいながら後ろへと跳躍し、衝撃で机や眠っている学生たちを教室の端へと吹っ飛ばしながら着地する。そうやって見えたのは桜の横に立つボディコンの様な服装姿に眼帯を装着した、長い菫色の髪をした女だった。臨戦態勢で姿勢を低く、腰を折る様に鎖で繋がった杭を握っている。

 

「ら、ライダー!」

 

「無事ですか桜」

 

「は、はい。ですけど兄さんは……」

 

「シンジならレジストすらできずにあっさりと眠っています」

 

 ふむ、と呟きながらライダーと呼ばれた女を観察する。胸のサイズは―――

80を余裕で超えている。これは桜級のバストサイズだ。しかも姿勢的に胸の谷間を強調する様なポーズ。背は結構高いが、それはそれ、モデル体型と言う奴だ。実に悪くない。寧ろいいぞ。こういう女性にはリードされて甘えたい。

 

「実に豊満であった……ベネ、実にベネ……聖杯戦争最高かよ……」

 

 俺も欲しかったなー! あんな風に自己主張して心配してくれるサーヴァント欲しかったなぁー! と、心の中で思ったが、やっぱりレティが一番だな! スタイル可変だし! うん! と結論付ける。やっぱり我が家のサーヴァントがナンバーワン。それはそれとして、ライダー女子のステータスは看破した内容で上からC、E、B、B、Dと見えた。筋力敏捷敗北、耐久幸運引き分け、魔力勝利というとこで大体素のステータスによる勝負は此方がちょっと分が悪い感じだろうか。

 

「……」

 

「おいおい、そう睨まないでくれよ。俺だって別に殺したくて殺しに来ている訳じゃないんだ。殺さなきゃこっちが困るから殺すってだけの話なんだからな」

 

 両手剣を握りなおし、後ろへと引く。その剣身を炎が一瞬だけ走る。

 

「うーん……後はスキルと宝具の相性次第か」

 

 聖杯戦争に出てくる女って大抵が美人だけど、聖杯って美人じゃなきゃ英霊にしなかったり、マスターとして認めなかったりするのだろうか? だとしたら聖杯君とはきっといい酒が飲めるな。そう思いながら軽く教室の床を二回足でタップする。

 

 窓、入り口、壁を覆う様に炎が全てを遮る。桜が単独で逃げ出そうものならその瞬間に燃え尽きるだろう。それで逃げ場を奪ったところでさて、と口を開く。

 

「サクサクと終わらせようか」

 

 宣告し、前へと一気に飛び出した。




 という訳で次回、vsメドゥーサ・ライダーさん。ひむてん時空なのでHFベースなのですが、まだセイバー召喚前なので共通ルート状態。つまりは奴も学園に居るぞ、という事なのだが。

 それはそれとして、ステータスが人外っぽくなってきたけど、FGOではこれでも即死出来るしSNでも十分即死出来るから原作の聖杯は魔境。


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四の界

―――真面目に考えて相手はライダー、()()()()()とも呼べる、強力な宝具を数で保有するクラスだ。

 

 ライダーのクラスは騎乗の英霊。つまりは生物や無機物等の乗り物を乗りこなすクラスであり、神代へと遡ればそういうものに乗る存在は高位の武人や神性を継ぐ者に限定されてくる。少なくとも英雄などと呼べるようなスペックの存在はそうだ。このライダーの能力は全体的に低く感じるが、内包された神秘は神代級のそれを感じる。つまりは神代ライダーと表現できる。

 

 そして神代の乗り物つったら戦車か、もしくは幻想種になる。大体この二択だ。そしてそれを乗りこなしてくるライダーの能力は―――まぁ、流石にここからは読めない。ただあの女ライダーのステータスから判断するとすれば、【敏捷】に任せた高速戦闘を中距離をキープしつつ……という感じなのだろう。

 

 おそらくは常にマスター? である桜の事を気にしている。その為、常に庇える位置を取ろうとして来るだろう。なぜならサーヴァントにとってマスターと言う存在は弱点でしかないのだから。マスターが滅べばサーヴァントも自動的に滅ぶ運命にある。だからサクっとマスターを暗殺してしまうのが対サーヴァント戦におけるもっとも優秀な手段だと言われている。ちなみにこれがマリスビリーの取った戦術でもあったらしい。

 

 ここで自分には選択肢が二つある。

 

 桜を殺す事を優先するか、ライダーを殺す事を優先するか。

 

 前者はマスターである桜を女帝ギルガメッシュの条件を満たす為、今すぐここで暗殺するやり方だ。戦い方としてはライダーを桜から引き剥がし、油断したところで遍在を出して桜を暗殺する。おそらくこれは初見では絶対に対応できないだろう。これが成功すればギルガメッシュとの約束が果たされるだろうし、ライダーも自然消滅する。ただしライダーと戦いながら桜から引き剥がし、意識を彼女へと向けさせないという事を行う必要がある為、難易度が高い。

 

 逆にライダーを殺す事を優先するのは桜の殺害難易度が高くなり、ライダーの討伐難易度を下げる方法だ。ライダーと言うクラスから考えれば、彼女の宝具が()()であるのが予測できる。つまりは下準備か、或いは広い空間が必要になってくる。少なくともこの閉鎖された教室、崩壊したら炎に飲み込まれそうな場所で出せる訳がない。あのバーサーカー・ヘラクレスの様なチート宝具を持っているなら話は別だが、この状況、そして逃がせないマスターが居る時点でライダーは令呪とステータス、そしてスキル頼りの状態になっている。つまり、今はかなり殺しやすい状態になっている。

 

 だけどライダーを殺す事に集中する、とはつまり時間を使うという事でもある。一般人は完全に眠らせてはいるが、桜の様なマスターであればレジスト出来るという事実を忘れてはならない。そしてそれとはまた別に、他のマスターが様子見に来る可能性も存在するのだ。それを考えたら桜の殺害難易度が上がる―――ここで一回逃がして、戻った家か拠点で殺す事になる。

 

 その場合の障害が読めなくなる。

 

 ……《千里眼(魔法)》で読める状況、傾向はこれぐらいだろう。

 

 俺の千里眼は援軍の気配を感知している。今もこの時間軸、此方へと向かって来ようとする人の姿をおぼろげにだがこの学園内のどこかで感じている。時間を掛ければまず間違いなくここへと突入してくるだろう。故に素早く桜を始末するギャンブルか、確実にライダーを始末してから桜を殺す堅実な案か、どちらを選ぶか、という話になる。

 

 さて、どちらを殺すかを選ぼう。それ出来る札も変わってくる。

 

 

【ライダーを殺す/桜を殺す】

 

ライダーを殺す/桜を殺す】

 

 

 ……先に桜を殺そう、と決める。ここは初志貫徹だ。元々桜を殺しに来ているのだから、先に桜を殺してとっととこの物騒な街からはバイバイしたい。何せ、12回蘇る大英雄が森にいる街なのだ、自分は極力ここに長居したくはない。それはそれとして、女帝様は拝んで土下座したら胸を揉ませてくれないだろうか、あの形、かなり良い形をしているのだが。

 

「……さて」

 

「……」

 

 呟く様に言葉を吐けば、桜の前に陣取るライダーが威嚇する様に無言のまま、杭に繋がった鎖を鳴らした。此方との距離を測っているのだろう―――後はタイミングを計ってもいるのだろう。此方の出先を潰す為の気配の置き方だ。レ・ロイと謎のアーチャーとの戦いでそこら辺の技術は学習した。後はどれだけ自分がライダーを引き剥がしつつ戦えるか、という部分だ。

 

 場所は変わらず炎に囲まれた教室の中、思考する時間に一秒もいらない。考え付いたのはとてもシンプルな戦い方。

 

 前に出なきゃいけない状況にすりゃあいい。

 

「レティ、忘れてないよな? 地下鉄でやった事を―――!」

 

 後ろへと飛び去るのと同時にライダーの杭が投擲される。それを迎撃せずに後ろへと飛びのく動きで回避しつつ、両手剣を変形させる―――もっと攻撃的で、素早く、概念的には弱くても打ち出すものが極悪な武装を。秒毎に数百を超える攻撃を叩き込むことが出来る大型の武装を。

 

「なっ―――」

 

「パーティータイムだぜ」

 

 ガトリングガンへと変形したレティの砲身が回転を始め、炎の弾丸がまるで雨の様に一瞬でライダーと、射線の合わさっている桜へと向かって吐き出された。暴風雨を思わせる様な激しい弾丸の掃射は壁に衝突しても破壊する事はなく、教室の炎に同化するだけだ。まぁ、その時学生に当たって燃え尽きさせてしまうかもしれないが、それは仕方がない。

 

 誰だって自分が可愛いのだ。

 

 一瞬で桜を抱えて逃げるライダーに合わせて射線を横へと引っ張ってズラして行く。横へと向かって疾走するライダーが此方へと向かって机や椅子を投げて射線を遮ろうとするが、それがガトリング弾に飲み込まれて一瞬で蒸発する。だがその瞬間にライダーが教室の天井を蹴り抜いた。その際、炎がライダーの足を焼くが、致命傷には程遠いダメージであり、そのまま天井を抜けて上の教室へと出た。

 

 それに合わせ、即座に1階分だけ転移し、穴を抜けて飛び出したライダーの前へと出る。穴を抜けずに即座に目の前に出現した此方の姿にライダーが口を開く。

 

「転移魔術―――」

 

「転移魔法って呼んで欲しいな」

 

 双剣を交差させるようにライダーへと切り込んだ。杭を短く、逆手に握ってそれをライダーが迎撃し、桜を落とした。そのまま桜が奥の方へと逃げようとするので、笑みを浮かべながらライダーに対して更に剣を振るう。ライダーを絶対に動かさない様に小回りと速度のきく双剣を素早く連続で振るい、此方のスタミナを消耗させながらライダーを動かさないように連続で攻撃を続ける。

 

 それに対応する様にライダーも速度を活かし、まるで蛇の様な低い動きで至近距離から杭を振るう。その動きに追従する鎖は動作の一つ一つに合わせて踊り、杭を振るいながらもまるで別の生き物の様についてくる。杭の迎撃だけではなく鎖の方も警戒しなければ何時の間にか首に巻きついている、何て事にもならない。

 

「ヒュゥ、やるねぇー。でもなんというか、根本的に()()()()()()()()()()って感じはあるね、君」

 

「……」

 

 どちらかと言うとジャックみたいな戦う事ではなく殺す事に長けた存在の様に感じる。まぁ、英霊じゃなくても英霊という名目で召喚しちゃうがばがば基準な聖杯なんだから、是非もないよね! と心の中で叫びつつ、腕を動かす。

 

 何度も何度も腕を振るうたびに自分の中で技術が最適化されて行くのを感じる。

 

「ふぅ―――」

 

 相手がステータス的には自分とほぼ同等というのも悪くはない。おかげで身体能力の実践的テストも行える。そも、戦わなければ確かめられない事もある。

 

 剣の握り方をそのままトレースするのではない。それは技術の塊ではあるが、最適化された握りだ。だからそこから自分が握りやすいようにしつつ、そこから自分にとって動かしやすい、戦いやすいやり方へと変えて行く。腕の振り方、筋肉の動かし方、人を超えた存在の運動の仕方、それを戦いを通して馴染ませながらも、桜を殺すための手を打って行く。

 

 やるなら素早く、一瞬で。

 

 手札を切るタイミングが重要になる。

 

 故に後ろへと一歩下がる。それに合わせてライダーが踏み込んできた。僅か一歩だけではあるが、それでライダーの速度が乗った。攻撃の速度が上がり、圧力が上がってくる。加速する攻撃をさばき切る為に次の行動を予測し、それに対応する為に【魔力】で【敏捷】を代用する。《Detonate》でステータスを代用させながら魔法を使った過程消去で即座に迎撃のアクションを起動させ、杭と鎖を広げるように叩き切った。

 

 そしてその瞬間、ライダーと桜の間に距離が開いているのを確認する。

 

―――ここだ。

 

 理解した瞬間、桜の背後に遍在を生み出した。その存在に桜は気づかないが、ライダーが一瞬で増えた気配を知覚し、横へと飛びのきながら片手を眼帯へと伸ばした。その視界の範囲は教室全体を捉えるようで、桜の背後に出現させた遍在が片腕を振るう。

 

「止まれ―――!」

 

 ライダーが言葉を発しながら眼帯をズラした。その瞬間、その下に隠された魔眼が解放される。果たしてその効力が一体なんであったのかは自分には解らない。だが、それが宝具ではなくスキルの由来であるというのなら、とても簡単な事だ。

 

「通じない―――!?」

 

「相性が悪かったな」

 

 クラスカードを手元に出してそれを燃やして潰す。握りつぶすクラスカードはライダーのカード。それで儀式は完了し、魔法が成し遂げられる。ライダーの保有していたスキルが―――魔眼のスキルが否定され、焼却される。その発動そのものがスキルの喪失と共になかった事にされ、眼帯を外した行動がただのポーズとして終わる。それと同時に遍在がその仕事を成し遂げる。

 

 背後から一撃―――心臓を後ろから貫く様に腕を貫通させた。

 

「あっ―――」

 

「サクラっ!?」

 

 ライダーの意識がサクラへと向けられた瞬間、炎によって生み出された骸骨の腕が床、そして壁から伸ばされ、ライダーの体を掴んだ。起源の炎で編まれた骸骨がライダーの体を握った瞬間、熔かす様に炎が体に食い込み、穴を開けながら引き裂いた。口から悲鳴が漏れる前に、桜の名前を呼んで首、手足、そして胴体が焼かれながら貫通してバラバラになる。

 

 ……よほど桜の事が大事だったのか、気を許していたのだろう。桜の心臓が貫かれた時点で動揺し過ぎて戦闘中である事さえも忘れていたようだった。とはいえ、

 

「これでお仕事完了、っと」

 

 心臓を貫かれた桜がびく、びく、と痙攣する様に体を跳ねてから動かなくなった。流石に心臓をぶち抜かれたら気絶もするか、と思いながら遍在を消して、炎も消し去る。その姿が床へと向かって倒れて行く中、

 

「桜っ―――!」

 

 青年の声が響き、教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「おや、やっぱり他にも魔術師がいたのか」

 

 荒れ果てた教室の中に飛び込んできたのは橙色の髪の青年で、此方の事を無視して一気に桜の下まで飛び込んだ。そしてそれと入れ替わるように教室の壁を粉砕しながら何かが飛翔してきた。それを素早く両手剣の状態で切り流せば、壁の方へと飛んでゆき、叩きつけられ―――それが矢の形に変質した剣であるのが見えた。籠められた神秘からしてこれ、英霊級の技術だなぁ、と思いながら勢いよくバックステップを取る。

 

 先ほどまで立っていた場所にまた剣弾が、そして魔術が叩き込まれた。

 

「危ない危ない」

 

 続けて連続で放たれる矢と魔術―――おそらくはガンドを切り払いながら後ろへとまた二歩下がれば、粉砕された壁の向こう側から男と女の姿が見えた。黒髪に制服の女、そして赤い外套の男だった。男の方がサーヴァントだな、と認識しつつ、

 

「やってくれたわね……こんなことをしてタダで帰れるとは思わないでよね。アーチャー」

 

「了解した。とはいえ、ライダーを始末した相手だ、油断は出来ないぞ」

 

「あー、タイムタイム。俺、そこの子を殺す事を頼まれているだけだから。もう用事は終わったし帰る所なんだ。帰っていい?」

 

「ふざけるなっ!」

 

「だよなー」

 

 桜を抱える青年が叫び返してきた。まぁ、いきなりテロって殺人して、それでハイ、さよなら、とはいかないだろう。困ったぜ、と呟きながら片手で頭を掻く。戦ってもいいのだが、ぶっちゃけ連戦は疲れるし手札を見られている可能性を考えたら死ぬかもしれないし、旨みはあっても嫌なんだよなぁ、と考え、

 

 じゃあ逃げるか、と決める。

 

 背筋を伸ばし、びしっと敬礼を取る。

 

「じゃあな! 本当に大事な者は絶対に離すなよ、じゃなきゃ死んじまうかもな」

 

「ふっ―――」

 

 矢が放たれるのが見えた瞬間、転移魔法で座標を一気に変動させた。次の瞬間には崩壊した学園から、その屋上へと移動し、再び転移する。新都の最初に使ったビルの屋上へと移動し、また転移する。

 

 そこから何度か転移を繰り返し、移動する―――相手が一応座標を追跡できるかもしれない可能性を考えて。めんどくさかったが、これで問題解決―――女帝の交換条件をクリアである。

 




 桜殺害&ライダー()()死亡。ついでに臓硯じいちゃんも死亡! 間桐家も死亡! この世は地獄だぜ!

・ライダー撃破により経験点4点獲得
・ライダーから《魔眼》《怪力》を習得、統合されます
・《怪力》の影響で【筋力】が永久的に1ランク上がりました
・今回の件で属性が善から中立へ ※自分本位ではあるが他人を気遣える
・ミッション達成で経験点2点獲得
成長 
【筋力】D(2)→C(3)
【魔力】A++(7)→EX(8)4点消費
残り:2点

【重要】魔力EXになったのでレティの最後の宝具が発動可能になりました。またレティ消滅フラグが進行しました。

 漸くメインウェポン揃ったなぁ、って感じ。とりあえず次回は女帝ギル様との会話。おかしい……エログロしつつFateな感じの筈なのに、まったくエロがないぞ……。

 それはそれとして、ついに俺も下乳上をゲットする時が来た……奉納SSを書いてすら来なかったのに! 今すぐにでも押し倒したい衝動に駆られている。早く、早く1000万キャンペをここに……!


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五の界

「ちっす、仕事は終わらせたぞ女帝」

 

「うむ、此方でも確認した。()()()()()な」

 

 聖堂教会へと戻った所で待ち構えるようにギルガメッシュがベンチに座って待っていた。教会という場所がこの上なく似合わない女だった。座っているベンチは中央を割る通路の左側にあるので、ちょうどその反対側になる右側のベンチの方に座る事にした―――そこに座ってから思う、このベンチ滅茶苦茶硬いわ、と。明らかに人間が座る事を考慮した硬さじゃない。やっぱ宗教ってクソだわ。

 

 そんな事で足を組んで座りながらも、なんとなくだが()()()()()()()()()()()()()自分にも驚く。流石に敵対していない初対面であればそれとなく取り繕う筈なのだが、何故だがこの女帝の前では取り繕うことが出来なかった。いや、言葉が少し間違っているかもしれない。取り繕う必要性を感じない、が正しいのだろうか。なんだか不思議な気分だった。知らない筈なのに、長年の知り合いと語り合いっている様な、そんな気分だった。そんなはずはないのに。

 

 まぁ、それはともあれ、ベンチに座りながら背中を預ける。成果はあっただけに色々と言いたい事はあっても―――それは我慢する。【筋力】を向上させる事も、【魔力】も限界突破が出来たのだから。後はこの貧弱な体力を何とかしたいところだ。それはともあれ、

 

「……やっぱりバレてる?」

 

「当然であろう。我が眼は千里を行く。貴様程度がやったことなど見通している―――とはいえ、我もそれを()()()()()()()()()()()()のだから問題はない。ライダーめがここで脱落するのは少々意外ではあったが、この程度であれば問題はなかろう。どうにも出来る」

 

 自信満々の女帝の様子に、悪戯がバレてしまった小僧の様な気分になってしまう。まぁ、自分がやったことは簡単だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。心臓の一つ程度だったら覆すのはそう難しくはない。やっているのは起源を通した魔法、炎という起源で魔法を行使し、燃焼させる事で死という概念を否定させる。そうやって桜の心臓をぶち抜いたところで死亡した事実を否定する事で、傷跡なんて()()()()()()()()()()()という扱いにして蘇生したのだ。死が覆ればそれに付随する出来事も巻き戻される。

 

 自分に試す前に実験したかった事でもあるので、桜を使って確かめられたのはちょうど良かった。今頃、桜を大事そうに抱えていた青年が大事に大事に守ってくれている事だろう。まぁ、もう二度と会わないけど。

 

「魔法……その使い方が漸く解って来た。俺の魔法は基本的に第一と第二、その両方に足を踏み込んでいるわ」

 

「だが中途半端に両方に踏み込んでいる以上、突き抜ける事は出来ん。どちらかを選ぶ。もう片方はそれ以上成長する可能性を失うが、その代わりにもう片方は魔法としての完成を見る」

 

「そっすなー……」

 

 ……俺は生まれた時から魔法を使えていた。第二魔法が生まれた時点で使えていたのだ。本当にその欠片、未熟な部分だった。だけど俺はそれを使って()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そうする事で絶対的な自分、という存在を保持し続ける為に。そしてそれをゼルレッチは知っていた。何時かは知らないが、それを見て理解していたのだ。俺がガキの頃、そうやって起源覚醒から逃れていたのも。そして今もそうやっているのも。

 

 だけどこうなってくるともう、そんな心配しなくてもいい。起源覚醒は既に終わっている。その上で魔法使いとして最後の覚醒を行えば、どちらであれ、抵抗できる。そしてそれが終われば選ばなかった方の技術は今以上に伸びる事はないだろう―――その代わりに、選ばれた方が最終的な進化を迎える。

 

 現在確認されている魔法使いは全部で三人になる。

 

 第二魔法の使い手キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。彼は無限の平行世界を操作する魔法使い。無限の魔力を使い、夢幻の可能性を操る事が出来る。 次に第三魔法の使い手はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。魂を具現化する魔法の使い手である彼女は彼女の存在そのものが聖杯戦争の様なものであり、その気になれば自由に英霊を呼び出して使役する事が出来るものの、その能力から常に勧誘されることに辟易し、姿を隠して人助けを行っている。

 

 そして最後、宇宙戦艦とか波動砲の青崎青子。以上。

 

 ここでどれを伸ばすかを選び、そしてそれを伸ばせば魔法使いになり、彼らと同じ領域に立てるようになる。それは興奮しながらも、同時に恐ろしい事でもある。悩むなぁ、と思いつつ忘れる前に、

 

「それで……結局、報酬はどうなったのかな、ギルガメッシュさん」

 

「あぁ……そうであったな。なるべくあの女化生の事は忘れていたかったのだが仕方があるまい。良いだろう。貴様にこの世界から抜け出し本来の世界線に戻る方法を教えてやろう……そもそも、貴様は面白そうだから、とこの世界線に引きずり込まれたわけであるしな」

 

 もうこの時点で嫌な予感しかしない。両手で顔を覆いながらうん、と呟き言葉の続きを待つ。

 

「……そうだな、ソレは一言で表現するなら姫、であろうな。城の中で自由に育てられた我儘な姫だ。そして自分が我儘であるという自覚を持たぬ部類だ。それだけであれば可愛らしいだけで済んだだろうな。だが問題は姫には力があったという事だ。そしてそれは並みの存在では立ち向かえず、我でさえ塵芥の様に扱ってくるだけの力を持っている」

 

「ごめん、この話ここら辺で止めない?」

 

「貴様の報酬だ雑種、最後まで聞いて行け」

 

 はっはっは、と笑っているギルガメッシュの反対側で頭を抱えつつ、聞く。

 

「その姫は―――根源接続者だ」

 

「帰りたい……」

 

「あぁ、ならば会わなくてはな!」

 

 爆笑するギルガメッシュの顔面殴りたい、と心の中で切実に思いつつも根源接続者、という言葉を口の中で転がした。それは魔術師によっては複雑な言葉だ。魔術師の目的は根源へと到達する事である。そして根源接続者とは何らかの原因で根源へと接続されている存在を意味する。本来根源とは凄まじい大河であり、それに触れた存在は例外なくそれに呑み込まれる―――どんな魔法も魔術もそこには差がない。それが根源だ。或いはアカシックレコードとでも呼ぶべきところだ。

 

 故に魔術師はどんな対策を施しても無意味だ。それは最初から記されているのだ、根源に。そしてその対策もまた根源に刻まれている。故に根源に到達する事は根源への同化と消滅を意味する。だが唯一の例外は根源接続者だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。最初から繋がっているのだからそこに消滅の危機なんてない。最初から一つ、最後まで一つ。だから呑まれないし、消えない。そして根源とは全能の座だ。文字通り願っただけで世界を変質させる事が出来る。それが根源と言う場所になる。全ての世界の王に、神になれる領域であり、

 

 そこに接続するという事はつまり、全知全能である事に違いはない。

 

「あの小娘は元々違う流れを見ている。そしてその流れを生むために手を打っている。我がこうやって性別を偽っているのも所詮はそれへの対抗策でしかない。男のギルガメッシュが登場しなければ演者は揃わんからな。後は騎士王の登場だが―――貴様があの娘を一度は殺し、贋作者の目にとどまる様になればそれで終わりだ」

 

「世界を走るプロットライン完成、と」

 

「視えるのか?」

 

「いんや、まだ……まだそこまでは視えないかな」

 

 極まった《千里眼》、つまりはEXともなればそれこそ世界を走るシナリオが見れるという話らしい。ゼルレッチも時折蜘蛛を倒すのに100年はかかる、などと言う話をしているのを思い出す。思い返せばゼルレッチもどこか、予定調和へと向けて動いている様な、そんな部分がある。視えるという事はつまりそれに縛られるという事でもある……今はそう感じる。そしてギルガメッシュとその姫との戦いとはつまり、どちらがより確かにプロットを並べる事が出来るか、という戦いだと思う。

 

 完全に異次元の視点である。

 

 まだ一歩、その領域には足りない以上、自分はその暗闘が解らない。とはいえ、自分のやったことがそれに通じるというのは解った。

 

「娘の名前は沙条愛歌だ―――この地の霊地の一つに屋敷を立てている。そこへと行けば見つかる。とはいえ、気を付けろ。魔力回路の量は底辺ではあるが全能だ。当然ながらこの会話も聞かれておろう。そして()()()()()()()()()()()のだ。その意味を良く噛み締めた上で会いに行くと良い」

 

「ありがとう王様。本当に助かったわ」

 

「良い―――これもいずれは必要になる事だ」

 

 会話が終わる。此方も必要な情報は得た。これでもうここに来る必要はないが、不思議と寂しさは感じなかった。なんとなくだがまた近いうちに会える。そんな気がしてはならなかった。故にそれだけの挨拶で済ませ、背を向けて教会を出て行く事にする。何よりもギルガメッシュの言葉が本当なら根源接続者の相手―――それが一筋縄で行くわけがない。

 

 そんな事を考えつつ教会を出た。そして思いっきり背中を伸ばしながらんー、と胸を張って一息をついた。

 

「ふぅ、結構好き勝手暴れられるってのも楽しいなー」

 

 考えてみればこれは平行世界なのだ。ここで多少暴れた所で自分の悪事が本来の世界へと届く事はない。流石に殺人とかそういうのはちょっとどうかとは思うが、それはそれとして、軽い悪事で楽しく人生を過ごす程度だったら割と問題はないのではないか? と思わなくもない。

 

「うーん……普通はナンパ出来ないような子の相手とかしてみたいなぁ」

 

 自分のいる軸じゃあどう足掻いても襲う事が出来ない相手とか、ちょっと誘ってみたい。ルヴィアとか割と普段は感謝しているからどう足掻いても口説く気にはなれないけど、平行世界のルヴィアならセーフなのでは? と思わなくもない。いや、だって流石に世話になっている人には手を出せないけど、それが良く似た別人ならセーフだよね! という話だ。

 

「まぁ、境界歩きぐらいは出来そうな感じあるしなぁ―――後は能力を伸ばすだけか」

 

 なんとなくだがやり方が解っていない、という感じはある。まぁ、それは時間をかけて覚えて行くものとして今はとりあえず、この沙条愛歌などと言う根源接続者に会いに行く準備をするべきだろう。

 

「―――あら、その心配をする必要はないわ」

 

 気が付いたら()()()()()。教会の外を出て行く様に歩いていた筈なのに、場所はがらりと変わっており、まるでアリスが迷い込んだワンダーランドの様なファンシーさが目立つ、そんな一室の椅子に座っていた。服装もそんな部屋に沿う様に変化しており、普段の自分が全く着る事はないようなふりふりのドレス姿に変わっていた。若干ゴシックスタイルが混じっているのは此方が片目を隠すスタイルに合わせてだろうか、俯瞰する《千里眼》で視ると、

 

「センスは悪くない。ただ個人的にドレス系はフリル系よりもシンプルなタイプの方が好みなんだよなぁ……あんまりファンシー派ではない」

 

「あら、残念だわ。でもそうね……そこは個人的な趣味の領域になるから確かに口出しする事は出来ないわね」

 

「とはいえ、センスはいいと思う。本当に。俺みたいなやつに似合うフリフリ系って結構難しいだろう?」

 

「そうでもないわよ? 何せ貴女の様に気の強い人は表情に性格が出るからそれに見合った服装を用意すればいいのよ。自分本位でありながら自分の身内や興味のある人物に対しては手を差し伸べる精神性―――手段を択ばず、自分本位だけどある程度社会を顧みるのは混沌・中庸とも呼べるカタチ」

 

 そうね、とテーブルの向こう側の彼女は言った。青いフリルドレスにショートカットの少女はそうね、と二度言った。それは言葉を確かめるように。その内に見える流れは混沌としていた。全てを混ぜ込んで煮詰めてまた混ぜて煮詰めて、この世に深淵があるとしたら、間違いなくこの子の内に見えるそれがそうなのだろう。そう確信できる虚無と全がそこにあった。

 

 いや、今こうやって対面している一部ですら全てではあるのに、まだ一部だ。

 

 根源―――根源の姫、それに繋がる姫。沙条愛歌。

 

 この少女がそうなのだと、その内に秘められた先を見れば理解できる。

 

「貴方にはゴシックフリルが似合うわ。ネイビーブルーのが。赤の色も綺麗で嫌いじゃないわ。まるで燃え上がる魂の様な焔の色ね……だけど貴女の本質はそうじゃないわ。もっと静かで穏やかで―――何もない、凪いだ海の様な虚無。だから青よ。貴女に似合う色は。青と黒。そしてやっぱり赤、ね。まるでめらめらと燃え盛る自我。誰よりも何もなく、だけどそれに抗う様に燃え上がる貴女にはその色が相応しい。だからそれを配色しつつ形を整えればいいのよ」

 

 果たして何時からティーポットはそこにあったのか。それをティーカップに注いでいるウサギの執事は何時そこに生み出されたのか。何時からこの部屋は庭に変わっていたのか。空は夕日が見える筈なのになぜきれいな青空が見えるのか。

 

 何時から俺の服装はアリスエプロンドレスへと変わっていたのか。

 

「あら、ワンダーランドと表現したから整えてみたんだけれどダメだったかしら?」

 

「流石にここまでやるのは趣味じゃないな。愛でるのは嫌いじゃないけど、成るのは別だ」

 

「あぁ、確かにそういうタイプよね。寧ろ別の誰かに憧れず、真似ろうとする事を嫌がるタイプよね」

 

「まるで知っているように話しやがる」

 

「そりゃあ知っているから話すわよ。人間なんて底が浅いもの。視れば大体わかるでしょ?」

 

 あぁ、成程、と呟く。その言葉だけで大体この少女が見えて来た。表面上は人間であり、人間として振る舞い、自分を人間だと認識している―――だけどその皮の下は混沌だ。何がトリガーで暴発するかが解らない火薬庫になっている。そしてそこから獣性、とでも言うべき傲慢が見え隠れしている。何か……何か、致命的な出会いがあれば爆裂するような、そんな危なさを備えた少女だった。

 

 果たして、彼女には何が見えているのか―――それが解らず、恐ろしい。

 

「さて、仕切り直しましょうか」

 

 目の前にチーズケーキの乗った皿と紅茶の注がれたティーカップが並べられた。そこから感じられる匂いは本物であり、食欲を誘ってくる―――故に迷うことなくそれに手を伸ばし、頭の片隅に普段は追いやっているマナーなどを引っ張り出して、最低限の紳士っぽさを演出する。

 

 あぁ、そういえば今は淑女だっけ。

 

 そんな事を考えながら、さて、と呟く。

 

 ここからが交渉のスタート地点だ。予想外に相手のスタートから開始してしまったが、まだこれはどうにかなる。

 

「疑わずに食べるのね、ちょっと意外だわ」

 

「欲望には素直に、ってのがモットーでな。我慢しないタイプなんだ。それはそれとして、出されたものを警戒して口を付けないのはゲストとして失礼だろう?」

 

「えぇ、それはそうね、確かにそうだわ……ふふふ」

 

 沙条愛歌の言葉に笑みを浮かべ、軽く微笑み返し、

 

「―――さ、俺を帰して貰おうか」

 

「―――無論、ダメよ。許可できないわ」

 

 ふふふ、ははは、と笑い声を零し、睨み―――お互いに魔力を垂れ流しにする、威圧交渉を開始する。

 




 次回、交渉決裂からのvs沙条愛歌戦。一応交渉ルートも戦闘勝利ルートも残してあるんだけど……うん、まぁ、その……うん。

 次回若干リョナいかもね!!! 誰がとは言わないけど!! それにしても運Dだと交渉毎回失敗するなこいつ……。まぁ、初手教会のギルルートだと最速対面になるのでこうなってしまう。


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六の界

 やっぱりか、と口に出さずに呟く。

 

 先ほどまでは和やかだった空間も濃密な魔力を通して圧迫するような感覚が今は広がっている。ギルガメッシュから聞いた話、愛歌の回路は量が低レベルである為、魔術や現実改変の類を行使する時、ラグなどが発生する筈だ。だが今感じている魔力量はそんな回路の低質さを感じさせるものではなかった―――となると何らかの方法で克服している、とみるべきなのかもしれない。その事実に冷や汗を静かに流す。だからと言って交渉を諦めるべきではないのだが。

 

「俺は元々魔法の修行の途中だったんだ。ここに来る予定はなかったし、最初から帰りたいと考えている。お前が俺を此方へと引っ張りこんだのなら過失はそちらにあるんじゃないか?」

 

「えぇ、そうね……確かにそう言う意味であれば私にも過失はあるのでしょうね。だけどそれは私が気にする事かしら? 貴女がそうであるように、私もまた混沌の側の人間よ? ()()()()()()()()()()()()()()わ。えぇ、それを魔術師(あなた)が責める事出来るかしら?」

 

「え、責めるよ」

 

「!?」

 

 当然であるようにそれを愛歌に対して、少女に対して宣言した。ニヤリ、と笑みを浮かべながら。いや、だってそうだろう? 他人は他人、俺は俺という奴だ。お前が何をやっているのか、と俺が何をやっているのかは全く関係がない。だって、XXXが人を殺しているからじゃあ俺も殺していいんだ! ……って訳にはならない。

 

 自分のルールは自分で守る。そしてこの少女のやっている事と、俺のやっている事は別。それだけの話だ。つまり簡単に言えば、

 

 俺は良い、俺だから。だけどお前はだめだ。それだけの精神である。

 

「俺に関わる範囲で迷惑かかってんだから俺が許すわけないだろ? だから普通に責めるさ。俺はお前に迷惑をかけていない。だけどお前は俺に迷惑をかけた―――これは実に大きな問題だと思わないか? ん?」

 

「ふふふ、中々面白い切り口ね。でもダメよ。そう言われると逆に燃え上がるというものですもの」

 

 小さく笑いながらティーカップに口を付ける彼女の姿を見て、ケーキを鷲掴みにしながら食べた。うーん、困った、と。目の前の少女の目的が見えてこない。俺に対して興味は見えるけど、それは薄い。だからと言って殺意や敵意がある訳ではない。純粋に何かしらの目的があっての事なのだろうが、それが読めないのだ。最近、考えや動きが読めない相手ばかりで辛いなぁ、と軽く嘆きつつもそれで、と声を出す。

 

「……俺に何をさせたいんだ? それが終わったら帰してくれるんだろう?」

 

「えぇ、そうね。一つ仕事を頼みたかったのよ―――断るのなら洗脳して染めてしまえば良いのだけれど、貴女の場合それが酷く手間になるからなるべくしたくないのよね。貴女に掛かり切る羽目になっている間にギルガメッシュに乖離剣で冬木諸共処理されかねないし」

 

「あぁ、確かにギルガメッシュならやるな」

 

 あの女帝は必要だと感じたら迷わないタイプだ。そして最初から何が必要であるのかを理解し、その為に全ての行動を構築しているタイプでもある。故に一度状況が始まったら後は機械的にそれを処理するだけだ。そこに迷いや説得の余地はない。或いは愉しめるのであれば話は別だろうが、この少女を相手にそういう手心や慢心を見せる事は()()()()()()()()だろう。そして同時にギルガメッシュがあそこまで忌んでいる少女なのだ、その目的はぶっ飛んでいるのだろうと予測できる。

 

 で、と言葉を求め、愛歌に何をさせたいのかを喋らせようとする。

 

 それを受けて、

 

 愛歌は―――頬を赤くした。

 

「……は」

 

 少しだけ笑い声が漏れてしまった。だけど此方に気づいていない様子で、片手で頬を抑えつつ、顔を少しだけ赤くしていた。それはどこかで見た恋する乙女の様な表情で―――いや、まだ恋はしていない。恋に恋をしている、とでも表現すべき状態だった。それが愛歌から見れる様子で、中身はともかく、見た目はそういう事を考えても良い年頃の若い少女で、見た目も麗しく、それは絵になる姿だった。

 

「え、えーとね? あのね? そのね? 私、王子様に会ってみたいの」

 

「王子様」

 

「えぇ、えぇ、そうなのよ!」

 

 輝かんばかりの表情を愛歌は浮かべた。その彼女が言う王子様とやらはどうやら彼女の心をがっちりと掴んでいるようだった。ティーカップを両手でつかみながらやや俯く様に、恋する乙女が語らうかのように少しだけ声を小さくし、

 

「あのね? 彼ってば本当にかっこいいのよ。実にチャーミングな笑みを浮かべていて、綺麗な金髪の髪の色をしているの。服装も結構センスのあるもので、戦働きの騎士とは思えない程紳士的でスタイリッシュなの。それでいて爽やかで、こう―――まるでおとぎ話の王子様の様な人なのよ」

 

「お、おう……成程。つまりその王子様に会いたい、と」

 

「えぇ、そうなのよ! その為には貴女の力が必要なのよ」

 

 楽しそうに、そして嬉しそうにそれを愛歌は語る。そうかー、恋愛だったかー、めんどくさいなー、と心の中で呟きつつも、愛歌の次なる言葉に耳を傾けた。

 

「彼、アーサー・ペンドラゴンって言うのだけれど男のアーサー王なのよ。だけど残念ながらこの世界のアーサー王ってアルトリアという女性なのよね。だからどれだけ求めても私と王子様は会えないのよ……平行世界の私ばかりずるくないかしら?」

 

「まぁ、それは此方で生まれてしまった不運だろ……」

 

「そうよね? だけどこの不運も私とアーサーの人生のスパイスよ!」

 

 そこでまるで名案かの様に愛歌は言う。

 

「そう、()()()()()()()()()のよ」

 

「―――」

 

 軽く放った愛歌の言葉に動きを完全に停止させる。そんな此方の様子に熱が込められた愛歌は気づく事もなく、更にヒートアップする様子で言葉を放つ。

 

「えぇ、そうよ、アーサーがいないのなら()()()()()()()()()()()に決まっているじゃない! だとしたら歴史を再編してアルトリアではなくアーサーがいる歴史に作り替えればいいのよ。一度ブリテンの歴史を否定する事で時系列から抹消、そこから作り直せばいいのよ」

 

 言葉を失った。

 

「歴史の焼却は魔法使いなら可能ではある。足りない出力は私で補強すればいいし、方法も私が根源から引っ張ってきて教えるわ。そうやって歴史を抹消したらアルトリアではなくアーサーが出現する未来を視ればそれで流れは確定するわ―――ギルガメッシュが抵抗に流れを確定させたけど、その前の段階で流れを抹消して作り直せばそんなもの意味はないわ」

 

 この少女は狂っている。まだ外面は人間の様に取り繕っていると表現した。だがそんなの間違っていた。取り繕えていない。完全に人間の様なフリが出来ていない。この少女は怪物、いや、違う。表現するのなら自分の()に酔っている、

 

獣だ

 

「ま、たぶん抑止力が出てくるし、世界も一度は滅びそうだけれど、そんな事些事よ、些事。その後の歴史をまた作り直せばいいのだから、一回ぐらい滅んだって問題はないわ」

 

「いや、あるわ。頭おかしーんじゃねーのお前。人類が滅ぶかもしれないダイナミック歴史改変のどこが些事だよ。そんなに愛しの王子様に会いたいなら今すぐ自殺して過去のブリテンに生まれ直せよ」

 

「出来たらやっているわよ! だけど根源との接続は魂とかではなく肉体で繋がるものよ? 私が肉体的に死亡して、肉を捨てたのならその時点で魂が肉体と切り離されて根源とは切り離されてしまうのだから、ダメじゃない!」

 

 あぁ、成程、真剣に考えた結果なのか、とある種の絶望感を感じた。根本的にこの少女は人ではないのだ。比喩や表現ではない。根源と言う人類が触れてはならぬ領域に繋がってしまった結果、人ではなくなってしまったのだ。人の姿をしただけの怪物……ただ、そう、

 

「お前は……純粋過ぎたんだな」

 

「あら、何の事かしら?」

 

 この愛歌に善悪の判断を付ける事は自分には出来ない。根源接続者にその善悪の判断を押し付けること自体が無駄だろうし、意味がない。だけどこの子はきっと純粋過ぎたのだ。純粋に、そして一途に愛してしまったんであろう―――そしてそれが指向性となって今、恐怖を生み出している。この少女を放置すれば世界が滅びる。いや、ぶっちゃけた話、この世界はどうでもいい。滅びようと1000人単位で死のうが興味はない。

 

 だがこの少女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 流石にそれは、自分の楽しい犯罪ライフの為にも見逃せない。

 

「……やっぱ、相容れないなぁ」

 

「あら、そうなの? 結構いい線を行っていたと思うのだけれど……」

 

 困ったような表情を浮かべながら愛歌はそう言った。だからその言葉にいやいや、と言葉を置いた。

 

「流石に放置できねーわ。正義感とかじゃなくて、お前を残しておくと後々俺の人生の失敗になりそうだしなぁー……あぁ、後そうだそうだ」

 

「うん? なにかしら?」

 

 立ち上がりながら後ろへと数歩下がり、指をぱっちん、と弾く。それに合わせて服装が本来の姿―――つまりは黒いぴっちりインナーと赤いジャケットにスカート、本来のテクスチャーを取り戻す。なんとなくだがこれはゼルレッチが叩きつけて来たペナルティに構造が似ている事だった。つまり外見情報を上書きする事で情報を変化させ、姿形を変えるというやり方だ。超越者たちの基本機能かもしれないなぁ、と思いながらポケットに手を突っ込み、

 

 煙草を引き抜いて口に咥えながら火を付けた。たっぷり煙を吸い込んでから吐き出し、咥えたままにやり、と笑みを浮かべる。

 

「紅茶のティーパーティーよりはビールのドリンクパーティーの方が好みだ。趣味が合わない」

 

「悲しいけど音楽性の違いという奴ね。いいわ、正面から叩き潰して屈服させて心が折れた所で洗脳して人形にしてあげるわ。その方が一々面倒がなくて楽だものね」

 

「ヒュゥ、言ってくれるぜ」

 

 右手を振るえばそこにレティが握られる。頼もしい炎と鉄の感触を感じながらも偏在しつつある周辺の空間に静かに冷や汗を流す。今、目の前で興じていたティーセットもテーブルも、ガーデンも全てが消える。そしてその代わりに無限に広がる石畳の世界へと光景が変わって行く。一瞬で異界から異界を生み出し変質させたその空間形成能力は魔法使いですら中々出来ない事だ―――少なくとも手順や順序と呼ばれるルーティーンワークを全て無視して行っているのは事実で、

 

「さて、全力を出せなかったから……なんて言い訳はさせないわ。全力で打って来てね? それを叩き潰して屈服させるから」

 

「この性悪の小娘が―――」

 

 は、と笑いながらレティの姿を()()()()()()()()。それこそが原初の姿。一番古く語られ、最も正しい姿とされているレーヴァテインの姿である。災厄の枝。それこそがレーヴァテインの本当の名前。本来の役割を果たすためにはこの姿へと回帰しなくてはならない。ある意味変容ではなく《神代回帰》とも呼べるもの。本来の武具としての姿を取り戻す。

 

 そしてそれを横に、両手で伸ばす様に腹を見せて構えた。

 

「ところで愛歌ちゃん」

 

「あら、何かしら?」

 

「この異界の強度にご自信は?」

 

「そうね……惑星一つ分の強度はあるかしら」

 

 成程、と呟く。惑星防壁とでも呼ぶべき空間か。普通、この中に放り込まれたら脱出なんてできないだろうし、発狂するまで放置されるだけだろう。とはいえ、今回はそれを心配する必要はない。これを振るう事が出来るのはおそらく地球上ではここだけ、宇宙でも―――そう―――月の―――無限領域―――ぐらいだろう。故に少しだけ安心感を抱きつつ、再び愛歌ちゃん、と言葉を置く。

 

「全力を出す覚悟は出来たのかしら?」

 

「あぁ―――これから俺もお前もたぶん一度は死ぬから。覚悟しておけよ」

 

「……うん?」

 

 その言葉に愛歌が視線をレティへと合わせ、そして枝に搭載された最後の宝具を見た。

 

 それは対歴史宝具。発動させたら星を終焉させて歴史を終息させるという役割を持った宝具。それこそがレーヴァテインの本来の機能。だがそれを発動するには令呪3画に聖杯というリソースが必要になってくる。だが当然ながら、そんなリソースは簡単に用意は出来ない。だが魔法使いともなれば話は別だ。EX化された【魔力】、そして《万華鏡》によるリソースの無限供給。

 

 これが存在するのなら本来のスペックでぶっ放す事が出来る。地上では絶対に放ってはならない最悪の破壊―――否、破界宝具。

 

「さあ、一撃で消し飛ばしてやるよ。お互いその後でどれだけリソースを残せているかで勝負だ―――来たれ破界の時、世界の黄昏(ラグナロク)!!」

 

「ファッ!? 待ちなさい、それちょっと待ちなさい! なんてものを持ち出しているのよ貴女!?」

 

「はーっはっはっは!」

 

 笑いながら炎が圧縮されて行く枝を構えている。そこに圧縮される熱量は()()()()()()()()()()()()()()()炎だ。それも全ての存在、地上や地下関係なく天体そのものを焼き尽くすもの。そう、これは惑星を滅ぼす災厄の枝。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。その本質は歴史の焼却、あったという事さえも残さない絶対必滅の概念。

 

 神話を終わらせたという概念を保有した()()()()()だ。

 

 起源の炎から生み出され、界と破壊を与えられ鍛え上げられた一本の枝―――それは超新星爆発を武器として形状を与え、溜め込んだものであり、その一撃は星を呑み込んで全てを炎で融かした後、ブラックホールで呑み込んで跡形さえも残さない絶対的な物理破壊現象。

 

 その性質上、—度発動すれば使用者も敵も惑星も呑み込む。

 

だけどここが惑星規模の防御力だったら是非もないよネ!

 

「いい感じに燃え上がってまったく躊躇する気ないわね!?」

 

無論、何せ()()()()()()()()()()()()土俵に上がれないだろうからなぁ―――!

 

 叫び声と共に、来たれ破界の時、世界の黄昏(ラグナロク)を放つ。構えた災厄の枝を―――レティを振るい、本来の姿へと解き放つだけだ。そうすると手の中に存在したレティの姿が燃え尽きるように消え去り、

 

 次の瞬間には熱を感じられず、酸素が消失していた。息苦しい、そう思った次の瞬間には見える範囲全てが炎に包まれ、意識をする間もなく何もかもが蒸発する。その間に知覚出来るもの等ない。だが死亡するのと同時に鍛え上げられ、完成された技術、魔法、スキルが組み合わさって一瞬で死亡したという事実を否定する。

 

 世界を焼き尽くす炎が放たれた後で死亡した事実が否定されれば―――気づけば夜の冬木の空にいた。目の前には散らばった炎が収束し、それが再び人の姿を取る。それに向かって片手を伸ばし、伸ばされたレティの手を掴んだ。

 

「ま……け……ぃ……で……!」

 

 絞り出すような声と共にレティが剣になったそれを一回振るい、空中に熱を生み、それで体を軽く浮かび上がらせてから中空を蹴った。落下速度を殺して逆に空へと飛び上がりながら見える世界を確認する。

 

 空が赤く燃えている。

 

 夜ではあるが、所々夜空が燃えており、その影響で冬木の一部が赤く染まっていた。それが地上に届く事も触れる事もないが、それでもそれは終末の空を思わせる様な幻想的な風景を生み出している。完全に隠蔽する事の出来ない神秘の漏洩だった―――まぁ、少しぐらい派手になってもいいよな、とは平行世界だから思わなくもない。とはいえ問題は、

 

「やってくれたわね……!」

 

 同じように空を落下する愛歌の姿が見えた。どうやら完全にあの隔離空間を破壊できたらしい。そうなってくるとここからが本番、という事になる。お互い一回死亡した状態から蘇生した。となるとそれなりに手札を切ったはずだ、

 

火を付けたんだ、存分に燃え尽きようか―――

 

 先ほど完成させた魔法由来のスキル―――《NeverDie》の影響で死の概念を否定して蘇り、その勢いのまま愛歌の背後へと一気に転移する。これが空の上である以上、地上を焼き払うだけの心配はいらない。

 

 対城規模、つまりは街を一つ吹き飛ばす規模の破壊を薙ぎ払って生み出す。夜空に炎の波状斬閃が広がるも、同じように転移で愛歌は抜け出していた。一瞬で視界の外側から消えた姿を追う様に《千里眼》で姿を追いかけた直後、

 

 愛歌の周囲に黒い人影が集っているのが見えた。肌色は完全に黒く染まった影の様な姿は矢を番え、《千里眼》越しに此方を見た。その瞳はしっかりと、此方をロックオンしている。

 

 そして愛歌の口が動いた。

 

「最高峰のアーチャーは一射一射が対城級になるらしいわよ?」

 

「英霊召喚術式……!」

 

 英霊の再現、そんな事も出来るのか―――そう思った直後には流星と見間違う様な矢が放たれた。一瞬で音速を超過した矢は人の認識を超越しながら真っすぐ、夜空を貫きながら飛翔してくる。迷うことなく転移で適当なビルの上に着地し、そこから《千里眼》で見えた愛歌の背後へと一気に転移する。

 

「見つかっちゃった」

 

 零距離から放たれる対城級の通常攻撃を対城級の通常射撃で切り結んだ。その熱波と余波だけで屋上が消し飛び、瓦礫が吹き飛びながら宙を舞う。一気に跳躍し、瓦礫を足場にレティを双剣に変容させ、移動しながら乱舞する様に振るう。無数の対城級の斬撃が夜空を彩るように連続で放たれ、それを弓兵の黒英霊は全て迎撃していた。チ、と吐き捨てながら再び転移する。弓兵に対して一気に接近する様に踏み込みながら剣を振るう瞬間、弓兵が体を極限まで回避する様に反らしながら表情を変える事無く零距離射撃を敢行してきた。

 

燃えろ

 

 言葉と共に影の英雄の筋力が燃え尽きた。引き抜けそうになっていた弦は一気に力を失い、元の形へと筋力に逆らって戻って行く。その動きで一瞬、間が生まれる。

 

次はもっとマシな状態で殺ろうぜ

 

「……」

 

 影の英霊が燃え尽きて行く。その胴体に突き刺さった炎が致命傷となって焼き尽くす―――だが燃え尽きる一瞬だけ、影の顔が笑みを作った。安らかな笑みを浮かべて燃え尽きて消えた。

 

……っ

 

 笑っていた―――そう、最後だけはまるで正気に戻ったかのように笑っていた。となると彼は、自我があったのだろうか? 英霊の座から再現された本物だったのだろうか? それともコピーに生まれた最後の瞬間だったのだろうか。どちらにしろ、

 

 敵は増えていた。黒い影が冬木の新都、ビルの屋上に現れていた。それはかつて、どこかの世界、或いは過去において活躍した英霊たちの影、偽物、或いは闇。シャドウとも呼べるサーヴァントの姿であり、宝具を持つことから本物であること以外は全てが真実の影だった。

 

覚醒開始(アクセス)

 

 千里眼を使って出現する存在を全て把握する。

 

強制覚醒(アクセス)

 

 世界と世界の隙間を繋げ、空間を繋げて一つの攻撃が無限分岐しながら無限の距離を獲得する様に調節する。

 

ぶっぱ、なす―――!

 

 一振りの斬撃で全座標の影の英霊を始末する。一振りが無限乱舞へと変化し、冬木市の各所から天へと昇る火柱となって昇って行く。全てを始末したところで無理に感覚領域を広げた反動で息が切れる。次、と愛歌を見た瞬間、

 

 背後にいる彼女の姿が視えた。

 

「えい」

 

 体を捻った―――が、遅い。

 

気づけば触手が片腕を袖ごと千切っていた

 

「ふぅ―――!」

 

「どうしたの? 火が消えてるわよ」

 

 腕が千切れた事を気にせずに振り返りながら剣を振るう。残った腕で即座にバランス調整をしながら広く、夜闇を消し飛ばす様に振るった。だがそれを愛歌は触手を何十、何百、何千と重ねるように出現させて正面から防いだ。二刀であれば即座に連撃で突破できただろうが、片手であればそれだけの速度が出せず、突破できない。力を乗せて放った一閃だけに動きが僅かに鈍る、

 

「捕まーえた」

 

「ごふっ」

 

 動くよりも早く一瞬で触手が体を絡めとった。言葉を吐くよりも早く体がビルを貫通する様に投げ飛ばされ、残骸を貫通する。一瞬で肉体が耐えきれる限界の衝撃を超過し、一瞬だけ意識がブラックアウトする。ちかちかと瞬く視界の中で、瞬きをした瞬間には景色が変貌していた。

 

 破壊の痕跡を見せる冬木から景色が入れ替わる。大地を消し飛ばして逃亡しようとする矢先、触手が腕を掴み引き倒す。残された腕が大地に縛り付けられ、レティが大地に縫い付けられて動きを止められる。クソが、と血液を吐き出しながら言葉を吐き出そうとしたところで腹の上に衝撃を感じる。言葉の代わりに血液を吐き出す。転移による逃亡を行おうとする。

 

「だからだぁーめ、もうだめよ。ここは再構築した私の空間。領域。貴女じゃここから逃げ出せないわよ」

 

「おぉぉぉおおおおお―――」

 

 筋力任せに触手を千切ろうとしても、まるで体に力が入らない。いや、あの一撃を食らった時点で致命傷に近い一撃を受けているのは解っていた。あの腕を、片腕を失った時点で詰んだ。

 

いや―――そもそも、根源接続者相手に勝ち目がなかったのか。

 

「ううん? そんな事はないわよ。私だって不意打ちされれば一回ぐらいは死ぬわ。実際はさっき一度死んだでしょ? だから絶対油断せずに捕まえる事にしたんだけどね」

 

そうやって笑った愛歌はさぁ、と声を零した。

 

「私の勝ちね。ふふふ、これでアーサーに会えるのね!」

 

「寝言は寝てから言え小娘。お前は会えない、アーサー王には絶対に会えない」

 

「逞しいわね……こうされてもまだ言えるかしら?」

 

そう言って笑いながら愛歌が片手の指を差し込んできた―――左腕の傷口に。ぐずり、と血液を吐き出させながら腕があったはずの場所に指先を差し込み、それを広げるように指先を抉る。

 

「ぎぃ、ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁっ、あっ、あっ」

 

「ふふふ、痛いでしょうねー。せっかく夢がかないそうでいい気分なんだから、水を差しちゃ駄目よ? 私もあまり痛い事は好きじゃないのよ、汚れちゃうし」

 

 そう言いながら愛歌は指を引き抜いた。そこには中途半端に折れた骨が握られており、千切れた腕から引き抜いたのだと自覚した瞬間、声を震わせながら絶叫が漏れ出しそうになる。だが見える愛歌の表情は返り血で真っ赤に染まっており、その中でうっとりと浮かべる表情は―――猟奇的で、怪物のものだった。

 

 故に悲鳴よりも先に血交じりの唾を吐いた。

 

 少女の顔面に。

 

「クタバレハーロット」

 

「勇ましいわね……心を折ってみようかしら」

 

 そう言って残されたわずかな腕の部分を愛歌が握り潰して引き千切った。一瞬で激痛に支配された脳味噌が喉の奥から絶叫を飛び出させ、一瞬で視界が赤く染まる。それを愛歌が笑いながら眺めており、

 

「あら、もしかしてマゾヒストなの? こんな状況で股を濡らすなんてハーロットの称号は貴女に相応しいんじゃないかしら。さ、それじゃあその無能な目玉を片方貰っちゃいましょうか。減らしたほうが良く視えるようになりそうだし」

 

 そう言ってあっさりと髪の下に隠された目に指を差し込み、ぶつり、という音と共に目玉を引き抜いた。

 

「これで良し、と。無駄に視界に頼るから良く見えないのよ。これで多少は機能が改善されるし……うーん、ちょっと左腕の余りが不揃いね。こうなったら肩口までバッサリと無くしちゃった方が形的に良いだろうし、えい」

 

 ぶちっ、と千切れる音とザク、と切り刻まれる音がした。既に耐久の限界を超過しているのに死んでいないのは魔法使いという人種に足を踏み入れている事、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 逆に彼女が死んでもいいよ、と思えばその瞬間に死亡する。

 

 痛みの中、逆に思考がクリアになって行く。あらゆる雑念がほどけ、痛みさえも脳の中から消え、見えなくなってくる。愛歌を見る左目。そしてどこかを眺める何もない筈の右目。

 

 それで愛歌を見て―――その瞳に移る自分を見た。

 

 それを見て、

 

【怒りを感じた/安堵を感じた/何時も通りだった】

 

 

怒りを感じた/安堵を感じた/何時も通りだった

 

 ……安堵していた。あれ? なんでだろう? 痛みで脳味噌が回らない。出血がひどすぎて口をパクパクと開く。えーと、あぁ、なんだっけ……その、なんだろうか。

 

 あぁ、そうだ、と唐突に思いつく。

 

「―――もう、がんばらなくていいのか」

 

 心が折れている訳ではない。そもそも、そんなものは子供のころにとっくに折れていた。だからこれ以上折れる事はない。だからそこから諦めずに生きる事は難しくはなかった。妥協せずに人生を進めばよい。それだけの事なのだから。

 

 だけどこうやって、何もかももうダメだ、という状況に突入して、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事実にたどり着いた。もう頑張らなくても良い。もう滅茶苦茶な事をしなくても、巻き込まれなくても良い。

 

 それだけで笑えた。

 

「……哀れね」

 

 片手に目玉を握り、もう片手で肉片を握る愛歌が馬乗りの状態で見下ろし、動きを停止させながら見下ろして呟いた。

 

「それ以外の言葉が私には見つからないわ―――哀れよ、貴女。成るべくしてなった、という所かしら。憐れむ事だけはしてあげるわ」

 

 でもね、と言葉が付いた。

 

「私はアーサーに会いたいの」

 

 愛歌が言葉を発し、返答が返される。

 

「―――おまえは、あえない、ぜったいに」

 

 直後、馬乗りだった愛歌の胸から炎の剣が生えた。その瞬間、愛歌の思考が停止したのか、魔法が戻ってくる気配を感じた。右目を抉り抜かれて奪われたのに、なぜか視界は今まで以上にクリアだった。今なら何でも見通せる気がする。魔法の力で何でも出来る気がする。そんな事を考えながら、

 

 おそらくは殺す事が不可能なこの娘に対して、今だけ出来る唯一の対処法を行う。

 

「《F:Memories》」

 

 残響する記憶よ、記録よ、燃焼される想い出―――運命。そういう名前のスキル。第一魔法の否定というものの中でも最も浅い領域を否定する事で無くす事が出来なかったそれを、本当の魔法の領域に踏み込み、選択しつつ選んだ。

 

「沙条愛歌の夢を否定しろ」

 

 血液を吐き出しながら呟いたのは魔法の言葉。

 

 シンデレラにかけられた魔法には終わりがあった。

 

 アリスは目覚めてワンダーランドでの冒険を終えた。

 

 何時までもピーターパンと遊べる訳ではない。

 

 夢に終わりは来る。そして現実は終わる。

 

「夢から覚める時が来たんだ……俺も、お前も」

 

 呟きと共に、少女の悲鳴が響いた。

 




・沙条愛歌に敗北しました、成長点を獲得しません
・強制的に第一魔法に覚醒しました
・千里眼が強制的にEXに覚醒した結果ED後が確定しました
・片腕と片目が再生不可状態で固定されました
・レティの消滅フラグが進行、確定しました
・レティの消滅が確定となりました
・第二宝具が解禁されます 
https://www.evernote.com/shard/s702/sh/0add8632-e684-42c7-8099-2a889c717f19/a848f562223b25e934d7669485c3d0ab

・覚醒に伴いスキルが全て更新されました、ステータスが変化しました
https://www.evernote.com/shard/s702/sh/fc1ec54f-0670-4455-a5b4-0eb7f4e6f3fb/d8141082881b8190587fcc3210d146bf

 システム的に装備できるスキルは同時に4個まで。それ以上はスキルを交換させないとダメ(パッシブ以外)。

 次回から特別コミュ、そして通常コミュ。おそらく次のシナリオがラストシナリオです。


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おはよう、おやすみ

 第一魔法・無の否定。

 

 それがたどり着いた境地だった。

 

 無の否定、つまりは無い物を消去する事。それは概念的な行いであり、当然ながら概念的な領域に到達できない科学では絶対真似できない事だ。故に第一魔法は概念と言う領域を定義した魔法でもあった。合計六つの魔法、その中で一番最初に概念と言う領域を見出し、そして否定する事で道を作った。

 

 永遠に魔術と魔法と言う別次元を生み出した。それが第一魔法。

 

 否定する事による消去に特化しており、その恩恵は応用さえすれば様々な方向へと伸びる。例えばエーテルから不純物を否定しながらそれを集めるだけで、神代級の触媒用エーテル塊を生み出す事が出来る。他には死を否定する事で死亡した事実をなかったことにして、蘇生ではなく死亡する前の状態へと回帰する事が出来る。或いは時間軸を否定する事によって疑似的なタイムスリップを自由に行ったり、領域と領域の合間を否定する事で世界や場所を自由に移動する事が出来る。

 

 そして魔力コストそのものを否定する事で、魔力を無限に使い続けられる。

 

 だけどキシュア・ゼルレッチも、ヘヴンズフィールも、青も、全てこれと同列で同じ領域に存在している。それが魔法使いの領域。魔法使いと言う存在になってくる。その世界に今、自分は踏み込んで登った。冠位指定魔術師の資格たる超越(EX)級千里眼を獲得した。

 

 これで正真正銘の魔法使いだった。

 

 或いは現代神話とも呼べる領域の住人の仲間入り。

 

 自分がこうなるなんて、思いもしなかった。強くなる事だけを考えた。その果てに到達したこの場所は―――言葉にするのが面倒なほどに、不要なものだったのかもしれない。異世界の壁を否定する事で平行世界を渡り歩き、他の世界へと到達する可能性をゼロにするまで否定する事で狙って世界へと移動し、自分の本来の世界へと戻ってきて、

 

 三日が経過した。

 

「ミス・ムカイ、君の事を探していたぁぁぁがあああああああ―――!」

 

「ダディに俺がジャパニーズだってことを学ばなかったのかロメオ(いろおとこ)? 話しかける時は最初にかける言葉に気を付けるんだな」

 

 時計塔のカレッジを歩いていると、そうやって一方的に話しかけてくる姿が最近増えた。無論、まともに取り合う気はゼロである。連中の言い分はシンプルである。利益をやるから、魔法使いを我が家に取り込みたい。それだけである。()()()()()()()()()()()()()()魔法使いは今、後ろ盾が存在しない。だから簡単に取り込めるという考えの魔術師がコンタクトを取ってきているのだ。

 

 ハニートラップや魅了を織り交ぜて。今、こうやって話しかけた男からも禁制の惚れ薬の気配を感じる。とはいえ、そんなものは魔法使いには効かない。アイアンクロ―で顔面を掴んでから一気に振り回し、そのまま地面に叩きつけたらズボンを引きずり下ろし、ケツの穴に最近制裁用に購入してきたバイブを取り出して突き刺し、全力でスイッチオンにさせつつ両腕の自由を拘束して解放する。

 

 高速で走って逃げるバイブ魔術師の完成である。

 

「はーっはっはっは! 根源まで到達できそうな速さだなぁ、イケメン君よぉ!! オラ! 粗チンぶらぶらさせながら逃げろよぉ!! どうした足がおせぇぞ! 惚れ薬がくせぇんだからちゃんと風呂に入れよ包茎!」

 

 げらげらと笑いながら逃げて行く背中姿の近くに解りやすく火柱を発生させて遊ぶ。火柱が出現するたびに転がり、這い上がり、ケツにバイブが食い込んで行く姿が見ているだけで感動的だった。人間、あんなに情けない姿を晒してでも生きようとするんだな、と。でもキメラオナホの魔術師が存在するし、アナルバイブの魔術師も存在するのは不思議ではないのでは?

 

 もしかして俺は今、新しい魔術の形を生み出したのではないのか?

 

 そう思うとじーん、と感動―――感じる訳ねぇだろ。汚いわ、と、心の中で切り捨てる。あぁ、クソめんどくせぇ事になったなぁ、と、そう呟く事しかできなかった。実際、クソ面倒だった。

 

「Fcuk! 何度繰り返せば理解するんだこのライミー共! 男に! 走る! 趣味は! ないつってんだろうがぁ! サキュバスの誘惑もインキュバスの唾もラミアの呪いも俺には通じねぇんだよクソが! 若造だと思って俺の事を舐めたか! お前も! お前も! お前も! 遠視しているお前ら全員だよ! バレてねぇとか思うんじゃねぇぞ! 今からお前らが欲しがってる魔法を全力でぶち込んで時計塔諸共消し飛ばしてやるからな!!」

 

 虚空に向かって叫べば一気に覗き見している気配が消え去って行くが、それとは逆に干渉する気配も感じるので、術そのものを否定して存在をなかった事にし、発動ではなく魔術の式そのものを歴史から消し去った。それが終われば今度こそ干渉もクソもない、カレッジ内の平和が戻ってくる。

 

 ふぅ、と呟きながら()()()頭を掻く。

 

「―――何度見てもそれが偽物だとは見えない精度ですね」

 

「ん?」

 

 頭を掻く手を止めながら来た道を振り返れば、そこには見覚えのあるスーツ姿の女が見えた。ここしばらく見ていなかった女は本当に軽いが、時計塔内では割と珍しい人間的な思考が出来る女だ。その真面目さとまともさと引き換えに残念さを植え付けられたような女だったが、価値観が比較的にまともだから会話が出来る女―――バゼットは、本当に久しぶりの登場だった。

 

 おっす、と片手を上げて挨拶をしながら左手を下ろした。これは愛歌に引き千切られたものだが、

 

「良く出来てるもんだろ? この()()は」

 

 腕の再生、蘇生は不可能だった。根源に接続している存在に観測されながら引き千切られて整えられたのだから。肩口からばっさり切り落とされたかのように綺麗な様子になっている。だからそれを幻術で騙した。高ランクの《幻術》はそれこそ実物と変わらない。

 

 少なくとも花の屑の奴はそうだった。《千里眼》を取得した結果、軽くヤッホーなノリで教えてくれるようになった為、義手などを作ったり新しい腕を生やすよりはこれがずっとスマートだから花の屑の言葉を受け入れて幻術で腕を作る事にしたのだ。花の屑、近場に仲間が出来たからと最近割とうるさい。

 

「……キョウジさん?」

 

「ん? あ、あぁ……ちょっと知り合いの事を考えてた。まぁ、なんだかんだで義手の用意とかは金がかかるし、魔力なんて使っても減るもんじゃねぇしな。日常生活する分だけだったら幻術で何とかなるわ」

 

「幻術の魔術がそこまで便利だったとは知りませんでした」

 

 自分は体の欠損部位を騙す程度が限界だが、花の屑クラスであれば街を丸一つ一時的に生み出して騙す事ぐらいはできる。アレと比べると児戯の様なものだ。まぁ、アレとこちらでは魔術師としての格が違う。魔術師としてはあっちの方が遥かに高位存在だ。その代わりこっちは魔法使いだ。まぁ、お互いに出来ない事が出来る程度なので、嫉妬の様なものはない。

 

 花の屑の事に関しては頭の外へと追い出して、

 

「バゼットさんはどんなご用事で?」

 

「あぁ、そうでしたね」

 

 話を振るとバゼットは頷いた。

 

「貴女を()()()()()()()

 

「……諫めに?」

 

 はい、とバゼットが頷いた。

 

「生存率が高く、部署から出せる人間で一番面識があるのは私ですから。であれば話も通るでしょうという希望で私が来ました―――ここ数日、少々派手に動き過ぎでは、と」

 

 バゼットのその言葉に足を止めて頭を掻く。

 

「貴女は基本的には物的被害は出しても直接人に対する手を出すような人物ではなかった筈です。いえ、まぁ、それも問題がないと言えば嘘なのですが……一応こちらの方から線を越えない様に、との通達です。正直な話、昔はともかく魔法使いである今は戦っても勝てるかどうか考えたくない所もあるので」

 

「あー……うん、解ったよ」

 

 トラウマになる程度にしかやってなかったんだけどなぁ、とぼやきつつ再び頭の裏を掻いた。だけど確かに最近は面倒臭がって物理的手段で追い返している回数が増えているな、とは思わなくもなかった―――いや、物理的に追い返しているのはそれだけの力と、そしてそうしたほうが()()()からだ。もしくはこうしないと面白くもないからだ。だからあー、と声を零してしまい、まぁ、と言葉を置く。

 

「殺さない程度にするさ。そもそも時計塔の面倒な政治関係の話は俺に合わないよ。爺にも破門されたしな―――近いうちに時計塔を出て行くよ。もうここにいる理由もない」

 

「……そうですか。となるミス・ブルーの様に?」

 

「いや、オルガマリーちゃんがカルデアで雇ってくれるって言ってるしな。()()()()()()()()()()やっぱ就職しておくのが早いからな。あそこ、微妙に福利厚生しっかりしてるし」

 

 自分の口から呟いて、つまんない事を口にしたな、と溜息を吐く。それを聞いてバゼットが少し困ったような様子を浮かべるが、面倒なのでここらへんで会話を切り上げて部屋に戻る事にする。バゼットに軽く別れを告げてから再びカレッジ内を歩き始める。もはや道を邪魔する人間も、話しかけてこようとする者もいない。

 

 誰もが虎視眈々と機会を狙っているのは感じているのが面倒だった。それはどうしても解ってしまった。そして魔術師と言う連中の面倒さを良く理解していた。欲しい者、必要なものは手に入れる。()()()()()だ。それが魔術師と言う連中の基本だ。唯一の例外はここにいるのではルヴィアのところぐらいだろう。だがそのルヴィアでさえ戦場に飛び込むぐらいの事は普通にする。

 

 そう、面倒な場所なのだ、ここは。

 

「あー……まだ空が青いな……」

 

 空を見上げる。そして《千里眼》を発動させる。EX域に到達したそれは冠位魔術師としての最低限の資格であり、また同時に世界の反対側でさえ視る事の出来る眼になる。それは片目を失っても、もし両目を失ったとしても消える事はない。それだけに冠位指定の資格とは重く、そして強い。

 

 そしてそれで空を見上げれば視える。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()が。その意味が、やり方が第一魔法の使い手であるからこそ誰よりも理解できてしまう。焼却によるリソースの確保が。

 

「つまんねぇな」

 

 空から視線を外して歩き出す。千里眼を使ってしまえば何時だって視れる―――これから自分が遭遇する出来事、紛れ込むシナリオのプロットが。この世界へと戻ってきた時に、気づいてしまった。千里眼の本当の機能に。

 

 見えない目で視ようとした結果、視えすぎてしまう結末に。

 

 EX域に至った千里眼はそれこそ神が世界に用意したプロットを視る事さえ可能とする。それは習得した者それぞれで傾向が異なる。過去、未来、そして現在の三種に分類される。自分がそのうち、手にしたのは花の屑と同じ現代を見る眼だった。存在する世界の全てを視る事が出来、その上で今現在、そして数年内の出来事であればその流れと物語の発生を確認できるというものだった。

 

 超越者の領域に立ったものが何故、どこか道化を演じるのかが解った。

 

 ()()()()()()()()()()()からだ。

 

 何が起きるか解っている。その内容も大体解っている。その仔細まで把握する訳ではない。だが大まかな流れが解っている以上、そこに驚きは存在しない。故に自分から何とかして盛り上げないと駄目なのだ。そこに自分で楽しみを見出さないとならない。そうしないと視た通りの出来事で終わってしまう。

 

 ゼルレッチがカレイドステッキやケータイさん、箱を作ったのも大体そういう理由から来るのだろう。千里眼を超えてくれる予想外が欲しかったに違いない。自分の視界の外から迫ってくる楽しみが欲しかったのだろう、と今更ながら思っている。

 

「……レティ、魔法使いになるのも一長一短だったな?」

 

 呟きながら視線を横へと向けるが―――そこにレティの姿は出現しない。愛歌との戦い以降、彼女は霊体化したまま、姿を現さなくなった。それまでは呼ばれなくても勝手に現界して遊んでいたのに。その理由も大体解っている。この先、自分がやらなきゃいけない事も解っている。

 

 自分が何者かを理解している。

 

 自分の物語における役割を理解している。

 

 自分が何を求められているのかを理解している。

 

 自分がなぜこうなったのかを理解している。

 

 自分が何をするべきなのかを知っている。

 

 自分が何を出来るのかを理解している。

 

 自分が何を出来るようになるのかを知っている。

 

 ……星がどうなるのかを知っている。星がどんな夢を見ているのかを知っている。星がどうなってしまうのかを知っている。自分が何を求めているのかを知っている。なぜ自分が生まれたのかを知っている。

 

 それが魔法使い。それが冠位指定魔術師。それが超越者の視点。圧倒的理解、そして運命の歯車でもある。至ってしまったものはそれを視ずにはいられない。そして視た以上はそれに絶対に囚われる。そこから逃げ出す事は出来ない。どこまで逃げても使命感と義務感からそれに立ち向かう様になってしまう。

 

 ギルガメッシュも、マーリンも、ゼルレッチも―――俺も、そこは変わらない。

 

 俺にも視えてしまった―――人理焼却が。そして魔神王ゲーティアの悲嘆が。そしてその物語に挑む少年/少女の姿が。そしてそれを目撃してしまった以上、囚われてしまう自分が。

 

 備えなくてはならない。人理焼却に。準備をしなくてはならない、これからの戦いに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。()()()()()()()()()()()()()()()()のが俺なのだから。

 

 この聖杯戦争とはそういうものだった。

 

 本来であれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。今のこの早い覚醒段階は一種のイレギュラー状態でもある。無論、その原因は花の屑と夢の中で接触してしまったところにあるのだろう。アレとの出会いが完全に覚醒を助長して―――いや、違う、きっと《英雄作成》を視覚えて、そして冠位指定魔術師を目撃してしまった事にあったのかもしれない。

 

 どちらにしろ、

 

「ここに至っては関係のない事だよな、レティ。結果は結果だ。俺が第一魔法に到達したのならそれが全てだ。第二だったらもっと自由に特異点に割り込めたんだろうけどなぁ……ま、そこは人類最後のマスター君に任せるとしようか」

 

 煙草を口に咥え、煙を吸い込み―――吐き出す。そして笑みを浮かべる事を忘れない。花の屑や英雄王もたぶん、そうなのだろうなぁ、と思いながらカレッジの敷地を歩く。彼らもきっと、どこかで()()()を見出しているのだ。物語を、展開を知っているからこそ楽しめる何かを探し出している。

 

 英雄王は営み、あり方、そこに愉悦を見出す。

 

 花の屑はそもそも描かれる紋様に美しさを見出した。

 

「俺も、視えるものに価値を見出さなくちゃ―――」

 

 ただ、視えるという世界に押し潰されて消え去るだけだ。冠位指定魔術師、その座は予想していたものよりも遥かに重く、そして酷かった。故に微笑を常に浮かべる。内心を絶対に悟らせない。理解させない。言葉を煙に撒く。意味のある様な言葉を意味のないような言葉にして吐き出す。

 

 知るとはつまり真実の亡者になる事でもあった。

 

「部屋に帰ろうレティ。外は大分面倒になったもんな」

 

 呟きながら部屋へと向かって帰る。

 

 

 

 

 そして何時も通り自分の部屋に帰還する為に学生寮へと戻って来た。とはいえ、ここを利用するのもそう長くはないだろう、と思っている。自分の役割を、やるべき事を果たすためにここでの聖杯戦争を終わらせたらヒマラヤへ―――カルデアへと向かわなくてはならないからだ。その為の準備を既に視えて理解しているものは既に進めている。顕現される存在へと向けての対策も進めている。

 

 あぁ、めんどくさい。女子風呂にでも行って合法的な覗きでもしてやろうか。

 

 それとも《気配遮断》を使って女子風呂に飛び込んで非合法セクハラでアサシンドスケベチェックでもしてやろうか。ぶっちゃけある。性欲は。女子相手にはビンビンというレベルで。見た目はこうだが、中身は完全に男だ。性別が変わった程度で精神が引きずられるなんて魔法使いを舐めてはならない。

 

 まぁ―――セクハラとかエロとかナンパとか、そこら辺を考えている方がよっぽど健全だというのもある。これは千里眼では視れない事項だし。そういう方向で振り切れるのも悪くはないのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら歩いて寮の二階へと上がり、自分の部屋の扉の前に居る小柄な姿を見た。その姿に浮かべていた笑みを一瞬で溶かして削ぎ落とした。そして真顔のまま、扉の前に居る姿を見た。

 

 小柄な少女の姿にフリルドレスの姿は数日前に一度殺したばかりの相手の姿であり、何をどう足掻いても勝ち目が見えない、敵対する事自体が馬鹿らしい相手だった。

 

 即ち沙条愛歌。そこに彼女がいた。

 

「さよな―――」

 

「あら、見ただけで逃げるとは酷くないかしら」

 

 転移魔法で逃げようとした直後にそれを封印されて魔法がキャンセルされた。その封印行動を否定する事で時間を遡って封印をなかった事にしようとしたが、根源印のレジストに否定された事実を根源から引っ張り出して上書きする事で否定された事をなかった事にされた。

 

「止めてくれ……メタはやめてくれよ……否定の魔法に対して上書きで否定をなかったことにするのほんと止めてくれよ」

 

「あら、顔を見た直後に逃げ出そうとする不届きもの相手なんだから別にこれぐらい問題ないでしょう?」

 

 前に一歩、愛歌が踏み出した。それに合わせて廊下を一歩後ろへと下がった。このあどけない少女は間違いなく自分の天敵だった。一度戦って手の内がバレている為、それに対する対策を根源経由で用意出来ているのだ。二度と戦いたいとは思えない。しかも勝負は実質的に此方が敗北している。

 

 もう次捕まったとしても、逃げられるとは限らない。

 

 なので滅茶苦茶冷や汗を掻いている。この少女だけは根源の直轄なので、その動きが読めない。千里眼の上位に位置するものに繋がっているのだから当然といえば当然なのかもしれないが。ひくひくと口の端を引きつらせつつどうやって逃げるか、と思っていると、溜息を愛歌が吐き出した。

 

「……襲わないわよ、もう。その意味もないしね。その意味、貴女なら解るわよね」

 

 逃げようと後ろへと下げていた足を前へと戻し、右手で頭を軽く掻き、溜息を吐きながら無言のまま、自分の部屋まで歩み進んで、鍵をかけていなかった事にし、扉を開ける。中に入りながら、

 

「はぁ……そうだな。中に入って話すか」

 

「お邪魔するわね」

 

「いらっしゃい」

 

 愛歌を部屋に通してから部屋の扉を閉め、鍵をかける。前まではオープンにしていても誰も恐れて入ってくる事はなかったが、最近は魔術的防備をしない限りは盗聴や盗撮、或いは夜這いを狙ってくる輩が出てきたため、用心をする様になった。魔法使いになった瞬間、腫れもの扱いが一変してこうなるのだから、魔術師たちの手首には回転モーターでも仕込んでいるのではないかと思ってしまう。

 

 ドリル魔術。そんなものもあるのか。

 

「ないわよそんなの」

 

「だけどオナホキメラはあるんだぜ」

 

「えぇ……」

 

 部屋に入ったところで上着を脱いで投げてコートラックにひっかけて、左腕の幻術を解く。そうすれば元々存在しなかったかのように腕が消え去り、滑らかな腕の存在しない肩口が見える。愛歌はそこへと視線を向けながら、座り場所を探す様に視線を部屋に向ける。

 

「腕、そのままなのね」

 

「一応戒めだからな。幻術で騙せばそこまで不便じゃないし。後お前ん所みたいな洒落た椅子やテーブルはない。適当なソファかベッドに座ってろ。あと茶もないぞ」

 

 その代わりにビールとか突っ込んであるんだけど、と言いながら冷蔵庫を開ければ、愛歌が顔を顰めた。やはりまだ子供だし、酒は辛いものがあるらしい。冷蔵庫の中から瓶ビールを取り出し、《Detonate》で魔力で筋力を代用させ、一時的に筋力EX扱いにさせる。そうすれば簡単に親指で蓋を消し飛ばせる。何とも無駄すぎる第一魔法の使い方が出来てしまう。

 

 そうやって弾いた蓋は魔法で消し去った、足で冷蔵庫を蹴り閉めながらソファに勢いよく腰を下ろし、一回だけグビっとビールを呷る―――愛歌の手前、動揺を見られたくないので大仰に振る舞っているが、味を感じない程度にはビビっているのが事実だった。

 

「なんというか……客の前でも遠慮ないわね……と言うか足を広げているとパンツが見えるわよ」

 

「パンツぐらい別にいいだろ、見ているのはお前だし」

 

「はしたないわよ。それに客の前で飲むのは正直どうかしてない?」

 

「ここは俺の城、俺が法だ。お前の所ではお前に合わせたルールに従うけど、ここは俺の城なんだからそれに従う必要もない。ま、こっちに出向いて来た以上仕方ないと諦めておけ」

 

 そう答えつつ、愛歌の口から減点、そしてアーサーと比べる様な言葉を待つが―――それは出てこない。テーブルから引っ張って来た椅子に座り、言葉を出そうとして口を開き、そこで動きを停止させている。何かを口にしようとしては、そして再び口を閉ざす。一切の迷いと呼べるようなものを見せない沙条愛歌と言う根源の姫にしては非常に珍しい姿であり、おそらくは次元初の姿でもある。

 

 そして同時に、それが自分に与えた最高最悪の傷だった。

 

「……駄目、ね」

 

 静かに、自分に対して愛歌が呟いた。

 

「まるで心が沸き立たないわ」

 

 喜びも悲しみも感じないような平坦な声で愛歌は呟いた。

 

「あれほど輝いて見えたアーサーの事を思い出してもまるで胸が高鳴る様な思いがしないわ。たとえ消えてなくなっても、再び見ればまた恋に落ちる―――そう思ってまた彼を思い出したのに。なのに不思議と何も感じなかったわ。あぁ、かっこいい人ね……その程度にしか思えなかったわ。今もそう。少し前の私なら貴女とアーサーと比較してダメだししたでしょうね」

 

「超想像できる」

 

「でしょう? ……だけどそれが出来ないわ。比べる事にまるで意味を感じないもの」

 

 それは再確認するような言葉で静かに、しかしどこか、驚きが混じる様な声だった。心の底から愛歌は自分が変わってしまったという事実を認識していた。そして同時に、それが二度と戻らない物であるという事をも彼女は理解していた。沙条愛歌は永遠に取り戻せないもの失ってしまった。

 

 幼少期の夢。

 

 無謀な夢。身勝手な夢。子供だからこそ許される壮大な夢。

 

 それを否定したのだ。否定し、消した―――その結果、沙条愛歌は目覚めた、現実に。そこに白馬の王子様はいない。都合よく運命の人に出会う事なんてない。とてもシンプルだけど、どんな女の子も見るであろう幼少期の夢だ。それを愛歌は否定された。それは成長する上で誰もが迎えるものでもある。中には大人になっても引きずる者だっている。だけどそれを愛歌は卒業した。

 

 卒業()()()()()

 

 そして一度卒業してしまえば、現実を見なくてはならない。その時に夢を見ても、そこには常に現実の影がある―――完全に夢に没入する事は出来ない。現実を忘れられないからだ。そして沙条愛歌は現実に目覚めた。

 

 あの頃の全てを燃やし尽くすような恋心は―――生まれない。

 

 目が覚め、向き合わなくてはならないからだ。現実と。

 

 夢を終わらせるとはそういう事。目覚めて現実と向き合いながら生きて行くという事だ。若い頃は小説家になりたいと言っていた少年がいた。彼は幼少期は好きなだけ物語を書いた。

 

 だが幼少期を抜けて現実を見た彼は、知ってしまう。

 

 物語を綴るだけでは生きてはいけない。

 

 生活費、仕事、給料、周りとの関係、学歴、社会、税。彼は物語を書く上では自分の生活を支える事が必要だと知った。そしてそれだけではなく、やがて一人で生きて行くのだから、書くだけではなく別の仕事をしなきゃ生きていけないという現実に直面する事になった。そうやって幼少期の夢は過ぎ去って行く。

 

 愛歌も目覚めた―――それだけの話だ。

 

 故に幼少期の夢を見直しても感じられない、その時の情熱を。それははしかの様な熱病だったのだから。

 

 とはいえ、それが唯一、自分が生き残るための道だった。愛歌がアーサーに対する思いを失わない限りは逃げてもまた手段を変えて世界を滅ぼすだろう、彼の為に。彼が求めていなくても。故に彼女を夢から覚ました。その事に対する後悔は欠片もなかった。やらなければ自分と言う存在が消えていた。それだけの話だったからだ。

 

 だけどこうやって見る愛歌という少女は、

 

―――言葉もなく、憐れだった。

 

 思考した瞬間、首に圧迫感を感じながら両手で首を絞めつけられていた。目を見開けば愛歌が両手で此方の首を掴み、締め上げる姿が見えた。その手には凄まじいまでの力が込められており、一瞬で耐久力を魔力で代用しつつ耐えてもミシ、と嫌な音が首からした。だが抵抗する事はなく、即死しない様に首を強化する以外はそのまま、ビール瓶を片手に愛歌に首を絞められてソファに押し付けられる。

 

「憐れ―――憐れですって!? 貴女がやっておきながらぬけぬけと言えたものね!」

 

「おいおい、熱くなるなよ。第一お前自身そこまで怒ってはないだろ?」

 

 その言葉に愛歌の首の締め付けが止まり、手が震える。手から力が抜けて行くのを感じながらソファに押し付けられたまま、愛歌の顔を見た。本人も解ったようなものではない、複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「そ、そんな事はないわ。流石に―――」

 

「言い訳しなくていいんだよ。別に、それが悪い事でもないし。まぁ、確かに俺にある程度の過失があるのは認めよう」

 

 だけど、と言葉を置く。

 

「―――今はそこまでやりたい、とも思ってないだろ?」

 

「いや」

 

「寧ろなんでそこまで浮かれていたかが解らないだろう?」

 

「そんな事は」

 

 言葉を吐き出す―――だがただの言葉ではない。毒だ。少女を惑わせる毒。普段は交渉で惨敗しているし、敗北続きではあるが、相手の心が弱っているのなら話は別だ。こう見えて魔術師の端くれだ。

 

 心の弱っている相手をどうにかすることぐらい、難しくもない。

 

「だけど怖がる事はない―――それは誰もが大人になるにつれて経験する事だ。急に今まで面白かったものが面白くなく感じたり、急に情熱を失ったり……不思議な事じゃないんだ。そして特別恐れる事でもない。それが()()の少女、だって事だ」

 

「普通……」

 

 そう、普通の少女だ。この子はきっと、根源に繋がるべきではなかった。それを接続解除する事は人類には不可能だ。あまりにも悍ましすぎて、人には触れられない業だからだ。故に彼女を根源から切り離し、本当の普通の少女にする事は難しい。

 

 だけどそこから目を離し、満たす事によって目を反らし続ける事は出来る。

 

 正直に言えば一生、愛歌と関わるつもりはなかった。だけどこうやって彼女が現れてしまった以上、その責任を取るのもまた大人としての役割だろう。

 

 愛歌の体を引き寄せ、抱きしめ、そしてその顔を胸に埋めた。そのまま優しく抱きしめ、諭す様に言葉を放つ。

 

「あぁ、恐れる事も心配に思う事も必要ない」

 

 抵抗心を否定し、言葉が染みわたる様に囁く。やっている事は洗脳に半分近い。とはいえ、この子をこのまま放置させるわけにいかないのもまた事実だった。出会ってしまったのなら最後、

 

 責任を取らなくてはならない。

 

「だから焦る必要もない。ゆっくり、ゆっくり受け入れればいいさ―――」

 

 あやす様に、抱きしめて頭を撫で、髪を梳きなが呟く。呟く様に耳元に口を寄せながら、心を落ち着かせる言葉をささやく。女を口説く様に、騙す様に、詐欺師の手管で言葉を注いで行き、此方へと向ける。

 

 彼女は少女であった。

 

 理解されるようで、一切理解されぬ少女だった。

 

 恋に恋をし、盲目のままに愛を捧げようとする少女であった。

 

 その真実を誰も理解できない。

 

 なぜなら彼女の心は人の物ではないから。

 

 故に彼女は()()されなくてはならない―――星と未来の平和の為にも。大義名分、自分の役割、やらなくてはならない事。《千里眼(魔法)》を見て、それを通して視た自分の役割の全て。やらなくてはならない事、それを理解して改めて感じる、思う。

 

 果たして未来が視える事。やらなくてはならない事。

 

 それを知る事は本当に幸福なのだろうか?

 

 全能に近い力を持っていても本当に幸せでいられるのか?

 

 少なくとも、胸に顔を埋める少女の姿を見て―――その答えは見つかりそうもなかった。だから抱きしめて、言葉でやり込めて、その精神性を都合のよい方向へと導く。

 

 最低な事をやっている自覚はあったが、やらなくてはならない。どれだけクソで、吐き捨てたい事であっても現実である以上は立ち向かわなくてはならない。

 

 そう―――立ち向かわなきゃいけないのだ。

 




・沙条愛歌が夢から覚め、夢に落ちました
・沙条愛歌が住み着きました、同行者として選択可能です(制限あり
・女神との出会いが運命力を向上させる【幸運】D(2)→C(3)
・ゼルレッチに破門されました、新しい第二魔法由来の技能を習得しません
・《Eliminate》による限界突破が全体へと対象変更されます
・《NeverDie》にペナルティ無効化が追加されました
・最終コミュの相手にレティが自動選択されました
・クリア後、FGOへと移行される事が確定しました
・花の屑と女帝が通常コミュリストに追加されました
・魔法使い■と魔法使い■■■がコミュリストに追加されました
・現実を知り経験点2点獲得しました

 所持点2+獲得2点から3点使用
 【耐久】E(1)→D(2)

 これで漸く最低ラインの英雄っぽさが出て来たな! 後は宝具の調達だけだ!! そして最初はエロを入れようと思ったけどきっとこの後にあった! だが書かない! 次、引き続き2回コミュやって、レティとの最終コミュだよ!


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俯瞰し悦を覚える

 杖の一振りによって空間が拡張された。

 

 そこは流石第二魔法の使い手・ゼルレッチだとでも言うべきだろうか。半径100m程度の空間は半径数十キロメートルの空間へと一瞬で拡張された。空間の拡張やコントロール、操作に関しては完全に第二魔法の専売特許である。真似できなくもないが、解釈を挟む必要がある以上、第一魔法はそこらへんは不慣れだ。第一魔法の得意とするのは否定、つまり消去と破壊になる。操作や拡張、空間への干渉は特技ではないのだから、同じ事を真似しようとすれば手間が少しだけかかる。故に素直にそれがシングルアクションで行えるゼルレッチは凄いと言っても良い。

 

 そんなゼルレッチを相手に片腕で相対していた。服装は何時もの姿。だが戦闘行動中にまで幻術を張るだけの余裕はないし、戦闘の動きに幻術の腕ではついて来れない為、結局は片腕に戻る。そして残された腕には武器ではなくカードが握られている―――サーヴァントのクラスが描かれたクラスカードだ。これが今の武器になる。レティは応じない為、使用する事が出来ない。そして自分も今はそれでよい。彼女に顔を合わせるだけの自信がない。だからカードを武器に、空間の拡張が終わったところで、

 

 彼我の距離は数百メートル程度。

 

 カードを掌の上で浮かべ、一気に握り潰した。

 

「まずは小手調べだ―――!」

 

 握り潰すのと同時にゼルレッチを含めた周辺の空間が第一魔法によってその存在を否定されて消滅した。まるで光で上塗りされたかのようにゼルレッチがいた空間が無色に塗り潰された。世界から否定されたその存在は戦闘を行う前に除外され、そして消失する―――その前にゼルレッチの存在率が100%へと固定された。

 

 否定による消去が存在の確定によって意味をなくした。

 

 出現するのと同時にゼルレッチからのカウンターが飛んでくる。確率操作によって勝率を0%へと変動させながらそのまま、戦闘に関連する確率の数々を操作してくる。それに対して自分への干渉を否定する事で消去し、完全に環境と干渉から独立する事を完了させる。

 

 お互い、相手が魔法使いとなると自分のやり方で干渉と干渉遮断が出来てくる―――不毛な争いになる。そう判断したら持っているクラスカードをぱらぱらと手放す様に大地へと落とし、それが燃え尽きながら大地の中へと沈んだ。合わせるように大地が隆起し、その下から焔の骸骨が大量に出現する。それは平行世界における()()()()()己自身の姿だ。それを世界を超えて召喚し、使役しているだけだ。死んでいる自分の遺骸である為特別な契約なんてものは一切必要としない。故に空間を一瞬で埋め尽くした躯の群れは手を伸ばしながらゼルレッチへと津波の様に押し寄せる。

 

 それに対してゼルレッチは動かない―――取り出すのは宝石剣。それを振るえば発生するのは無限射程の光の斬撃。光と言う概念に触れる以上物質が取れる最速の速度で斬撃が発生する。

 

「カレイドスコープ」

 

 戦闘が始まって放たれた最初の言葉だった。だがそれが放たれるのと同時に宝石剣の斬撃は偏光した。プリズムを通したかの様に斬撃は分岐した。分岐した斬撃は押し寄せる津波の亡者に対して正面から一歩も動く事無く分岐しながら、その太さを分岐するたびに補充しながら迫った。まるで紙の様に亡者を切り裂きながら放たれた閃光は全方向へと展開されながら逃げ場を無くすように亡者を切り抜け此方へと迫ってくる。

 

 相対する様に、カードを捨てた。燃え尽きる絵札はバーサーカーの絵を描いている。それと共に背後から巨大な腕が出現する。無数の亡者が燃え尽きながら組み合わさり、それが巨大な骸骨へと変貌し、その腕が光の斬撃を()()()()()()。そしてそれを手裏剣かナイフかの様に全力で投擲してゼルレッチへと向かって投げ捨てる。それが存在率の変化により途中で消滅しながらも、お互いに打つ手を一切緩めない。

 

「さて、これは耐えられるかのう」

 

 そう言ってゼルレッチが指をパチン、と弾いた。突如空を闇が覆い、天から光を奪った。見上げれば平行世界から呼び出された巨大隕石が数百メートル上空の位置に呼び出されているのが見えた。

 

「滅茶苦茶だな……」

 

「なぁに、貴様程ではないさ。少なくとも破壊力や殺傷性では第一の方が上じゃろう」

 

「その代わりに応用力とかはそっちだけどな。正直コールメテオとか俺もやってみたい」

 

 ぼやきながら自分の燃える屍を一瞬で組み上げて、それを巨大な塔へと変形させ、それを空から召喚して隕石の横っ面から叩きつけた。絡み合う亡者と炎が隕石を侵食し、対消滅を起こす様に空の中で消え去る。その瞬間、隕石の中に隠されていた術式が起動する。無限の平行世界から呼び寄せられる真エーテルを収束し、それを放つ無尽エーテル砲が空から拡張空間全体を薙ぎ払う様に、逃げ場もなく放たれた。カードをそれに合わせて振るって燃え尽きさせる。降り注ぐエーテルをそれで遮断否定し、安置を生み出す。そして同時にエーテル砲の範囲を否定によって縮小させる。

 

 後はその直撃を否定し、術式を燃焼させて否定する。

 

「む」

 

 だが術式とエーテル砲を否定しきれない―――出力で此方が劣っているのだ。魔力ランクで言えば此方も彼方もEXランク、お互いに互角―――かと思ったが、あの爺の場合、平行世界の自分の魔力を現在の自分の魔力に合算してそうだな、と思う。となるとそれに匹敵するだけの出力を、能力を発揮する必要があるだろう。

 

 否定の概念でそれを行うには―――。

 

「こうするのがいいか」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。それによって能力の枷を外す。一時的に()()()()()()という事実をでっち上げる。自身が保有する能力を全て一時的に2倍にまで成長していたことにする。

 

「これで魔力も軽く2倍だ―――」

 

 魔力によるごり押しで一気に干渉を続行、エーテル砲と術式を、否定して一気に消し飛ばす。そのまま落ちてくる隕石の破片を投げたカードの中へと封印して、それをゼルレッチの周辺へと再召喚して降り注がせる。ゼルレッチの至近で隕石が雨の様に爆裂しながら発生する。一瞬で舞い上がる埃と瓦礫の中にゼルレッチの姿が消失する。

 

 ……とはいえ、それでゼルレッチがダメージを受ける訳がない。指先でカードを浮かべ、それを回転させながら埃が晴れるのを待っていれば、傷どころか汚れ一つすらかかっていないゼルレッチの姿がそこに見えた。うーむ、あの爺をあそこから一歩でもいいから動かすのは中々に骨が折れるな、とその余裕そうな様子を見ていると思えた。

 

「干渉合戦に入るとお互いに魔法の使い手だから千日手に入りやすいんだよな」

 

「そうなってくるとお互いに魔法以外の手札が必要になってくる。無論、ワシにはこの肉体、そして魔術師としての研鑽がある。だが果たして貴様はどうだ」

 

「そこらへんは俺も解っている……とはいえ、簡単にあーだこーだ出来る訳でもないんだよ、爺」

 

「解っているなら良い、クソガキめ」

 

 戦闘はその言葉で終了した。戦いの損害や被害を否定する事で消去し、そしてゼルレッチが魔法と魔術でその干渉範囲を広げる。魔法と魔法の合わせ技―――普通の魔術師が見れば絶頂しそうな光景を後始末の為に行使し、一瞬で場所を元の姿へと戻す。そうやって戻したところで溜息を吐きながらゼルレッチが此方を見た。場所の空間が元の広さへと戻ったため、ゼルレッチとは数メートルの距離しかない。

 

「なんで貴様は第一なんぞに目覚めるんだ……」

 

「お、俺のせいじゃないから……」

 

 全部沙条愛歌って奴が悪いんだ。いや、だけど、まぁ、って声を零す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのは解るけどな」

 

「それに介入する為に貴様を魔法使いとして育て上げていたのにのぉ……」

 

 グランドオーダー。この先発生する世界の危機、人理を取り戻すための戦い。その戦いに参戦するには一つの条件がある―――つまりはレイシフト適性だ。これが()()()()()()()()のだ。そしてそれを補う事が出来るのが第二魔法だ。時間軸と平行世界の移動が同時に行える第二魔法はつまり、レイシフト適正がなくても、霊子変換なしの生身による時空間移動をロスなしで行える奇跡だ。ゼルレッチが魔法使いを育成しようと思ったのはグランドオーダーに備えた一手だったのだ。

 

 千里眼でシナリオが視える今、その意味や行動の中身が良く解る。

 

 とはいえ、それは沙条愛歌と言う上位者によって崩された。花の屑が接触する事で覚醒が数段階早まったまでのは良かった。だが愛歌の接触による魔法の方向性の固定化でまさかの第二魔法失敗というのはゼルレッチの誤算だった。上位存在である根源接続者相手に千里眼はあまり意味がない。だから唯一プロットを崩せる相手が偶発的にそれを崩してしまったのだ。

 

 そりゃあゼルレッチも呆れる。

 

「とはいえ、境界歩き(プレイン・ウォーク)のコツは掴んだから一応世界移動は出来るけどな」

 

「ワシの後継者を育てるという意味もあったんじゃよ。……まぁ、ここに至っては失われた第一が再び蘇っただけでも喜ぶべきじゃろうな。破門は解かんけど」

 

「いや、庇護してよ。マジで。有象無象がほんと鬱陶しいから」

 

 その言葉にゼルレッチが応えずにはっはっは、と笑い声を向けて来た。この爺、マジで一回ぶち殺してやろうか、と思いたくなる。まだ、この爺を殺すだけの実力がない。と言うよりは決定的な武器が足りていない。それを手にすれば1回か2回ぐらいはゼルレッチを殺せそうなんだけどなぁ、と、そう思いつつもはぁ、と溜息を吐く。それを見てゼルレッチが笑う。

 

「憂鬱そうじゃのう?」

 

「あぁ、割とな」

 

「ふむ……場所を変えるか」

 

 言葉と共に風景が一瞬で変質し、ゼルレッチの執務室へと場所が変わる。ゼルレッチは自分の椅子へ、俺は適当に椅子を引っ張ってきて、そこに肘をつきながら座り、溜息を吐く。それを見て、ゼルレッチが言葉を贈る。

 

「……どう振る舞えば良いか解らんか?」

 

「うん……まぁ、正直千里眼を取得してから色々とあってな。視えている以上なんというか……」

 

「新鮮味に欠ける、か」

 

 その言葉に頷く。千里眼がある以上、大体の事は予習した状態で挑んでいる様なもので酷く退屈なのだ。そう簡単に封印できるものでもないし、星と人理の未来を考えたら千里眼を手放す事も出来ない。それゆえに倦怠感が襲い掛かっていた。何をやっても既知感を感じる。そんな状態になっていた。全能とはきっと、全てを知っているのだから()()()()()()()()()()()()()()()、と今更ながら思う。

 

 千里を見通すだけでこれなら、

 

 俺は()()()()()()()()()()()()()と思う。全てを知ったらその瞬間それ以上の進歩がなくなる。理解がなくなる。成長も歩みも変化も全てが既知になる。そんな人生、絶対に堪えられない。

 

 千里眼でさえ余分なのに。

 

「ふむ……なら破門した弟子に対してワシから一つ、先達としてアドバイスを送ろう」

 

 ゼルレッチが言葉を紡ぐ。

 

「追求できる楽しみを見つけろ」

 

「追求できる楽しみ」

 

 あぁ、とゼルレッチは零す。

 

「千里眼を手にし、超越者の視点を手に入れた時点で大まかな流れは視えてしまう。それゆえに我々は常に既知感との戦いが待っている―――だがそれは大河の流れを視る術だ。その底にある小石は視えない物でもある。それを見つめる楽しみを見出すのが良いじゃろうな。大局には影響せず、個人の趣味の範疇で収まる、千里眼には引っかからない()()ともいえるものじゃ」

 

「大筋は視えてもどうでもいいことは視えない、か」

 

「あぁ、花の魔術師辺りはその流れそのものを視るのを楽しみにしている変わり種だが―――英雄王には会っていたな。アレを見ればわかるだろう? 全体ではなく個人の生きざまに楽しみを覚える。そうやって退屈を紛らわせておるのじゃよ」

 

「はぁーん……」

 

 ゼルレッチはどうなんだ、と言葉を向ければ、

 

「ワシか? 適当に大筋に絡まない事件や弟子の育成をしておるよ。お前も、その何かを探せばよい。弟子の育成でも世界旅行でも、研究でもよければそうじゃな……前は女を口説いていたのじゃし、それでもいいんじゃないのか?」

 

 あぁ、成程、とゼルレッチの言葉に頷く。

 

「確かに美味い飯を食べに行くってのを視ても、それを味わって経験している訳じゃない……視ているだけの状態だから視たとしても平気なのか。うん、ありがとう爺さん。少しだけ日常に希望を見い出せたよ」

 

 となるとアレだ、と呟く。

 

 世界を旅行感覚で歩くか、と思う。それで美味しい物を食べよう。

 

「そしてついでに可愛い子ちゃんも口説こう。出来ればベッドインアリの方向性で」

 

「その姿でもやるのか……」

 

 ゼルレッチの言葉にいや、まぁ、と言葉を置く。

 

「解除するだけなら別にできるんだけどなぁ……ほら、俺ってば真名を常に晒している状態だし。だとしたら本当の姿を隠している方がまだ呪い対策になるし」

 

 それになんだかんだで女の体の楽しみ方にハマった、とかは口に出来ない。いや、別に口にしていいのだけれど、その原因となったのは目の前の魔法使いだ。それを正面から言うのもアレの様に感じる。とはいえ、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()だろうとは思う。それが()()()()だからだ。どれだけ姿を偽っても、その本質からは逃げられない。そして本質へと近づけば近づく程、力という物は発揮しやすくなるのだ。だからこれから、全力を叩き込むような事があるのであれば、間違いなく男の姿に戻る必要もあるだろう。それはそれとして、これからは此方の姿をメインにさせて貰うが。

 

 第一魔法を使って服装の姿を変えれば男になったままスカートとかもないし、流石魔法だぜ。

 

 ま、披露する相手は目下、同じ()()使()()()()()()()()のキャスターのサーヴァント相手だろう。

 

 なにせ、聖杯戦争はまだ終了してないのだから。

 

「……悩んだってしゃーないか。とりあえず女風呂に飛び込んでくるか」

 

「いろんな意味で突き抜けたな、貴様は」

 

「もうこうなっちまえば男か女なんて大した差でもないしな。元師匠は人間じゃないし」

 

 或いは諦めと切り替えがついた、とも言える。自分の意思で出来るのなら怒る必要も焦る必要もない。それを楽しめばよいのだから。だからとりあえずは女風呂へと飛び込み、合法的に覗きをし、ついでに可愛い子の一人か二人をお持ち帰りしたい。そしてそれをカルデアで出会う美女英霊たちを口説く前哨戦とするのだ。

 

「そう、解った。俺の人生の目的は美女の英霊を口説く事と美味い飯を食べる事―――!」

 

「今千里眼ホットラインが大爆笑しておるが大丈夫か?」

 

 おそらくはもうダメだ。部屋に戻れば半分レイプ目のロリっ子が待っているし。とはいえ、これも自分の選んだ選択だ。それを甘んじて受け入れ―――楽しむとしよう。もう善だとか悪だとか、そういうクソくだらない事を基準に考えるのは止める。ゼルレッチの言葉で吹っ切れた。

 

 この千里眼、視えるのであれば利用しよう。

 

 人理の焼却も好きにしてくれ、こっちも勝手に利用させて貰うから。カルデアと言うIFの坩堝であれば東西南北の美女が集まる筈だ。となるとお誘いが出来る相手だっているに違いない。その出会いの為に俺は人理焼却と戦うのだ―――。

 

 使命感でも何でもなく、自分の欲望の為に。

 

 それが俺という魔法使いの形になる。




・ゼルレッチに最後の修行を付けて貰った
・修行の成果で任意のステを二つ選び1上昇させる
【敏捷】C(3)→B(4) 【幸運】C(3)→B(4)
・第二魔法との戦いを通して《F:Memories》《N:Joker》が成長しました
・千里眼との付き合い方を覚えました
・愛歌、ゼルレッチとの接触で自己中心的な方向に性格が固定されます
・キョウジが前向きになりました、自重を完全に止めました

 と言う訳で段々性格的部分、スタンスも固まって来た感じで。エロ入れたい入れたいと思いつつまったく入らない不思議。それよりも先に目玉抉ったり子宮引っこ抜いたりしてる。

 なんでだろうね。もっと、こう、エロエロ……R18の意義とは……うごごご。


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盲目に微睡みに

 横にある子と手を繋ぎながら歩いている。

 

 嬉しそうに鼻歌を口ずさみながら手を繋ぎ、彼女は歩いている。その姿を知る者が見れば目を疑うだろう。白と青のフリルを大量に付けたドレス姿の少女は本来、こんな風に誰かと笑いながら歩く事をするような存在ではなく、ある一点を超えたら確実に死亡させて、蘇らない様に処理しなくてはならない存在だった。そんな彼女が王子様以外に笑みを向け、そして嬉しそうに手を繋ぐ光景はまずありえない筈だった。

 

「さて、次はどこへ行くのかしら」

 

「そうだな……本場のジェラートとか挑戦してみるか?」

 

「そうね、さっきのベルギーワッフルも悪くなかったし、今度はイタリアね」

 

 そう言って彼女は楽しそうに笑った。本当に心底楽しむ様に。彼女こそが根源の姫と恐れられる少女である事を知る人間はあまりにも少ないだろう。だが知る者であれば今、彼女がどんな状態で何をしているのかを見て驚き、そして納得するだろう。

 

 ―――沙条愛歌の状態を。

 

 これは現実を見せて心を叩き折ってから再び夢に落とした少女だ。

 

これが彼女の無力化だった。根源に接続している姫。そんな彼女を無力化する方法は難しい。ただ一つ―――その心は純粋だから、それを利用して夢を叩き壊せばよい。そうすれば一時的に普通に戻る。その時に毒を心に注ぎ込んで出来上がったのが今の彼女だ。

 

 沙条愛歌は根源に接続しているから怪物である。

 

 彼女は愛する人の為であれば自己中心的にどこまでも突き抜けて行く。

 

 本来の彼女に根源なんてものは必要はない。

 

 だが彼女は生まれ持って接続されてしまっている。

 

 そしてそれは魔術でも魔法でも切断する事は出来ない。

 

 沙条愛歌は幼く、純粋であり、だからこそ一つの方向性を得ると、それに真っすぐになってしまう。根源に接続している彼女を止める事が出来る人間はいない。だが忘れてはならないのは彼女はまだ子供である、と言う事だ。

 

 知識があるという事は経験があるという事にはつながらない。沙条愛歌が暴走して人理を崩壊させそうになったのは、彼女には知識があっても経験が存在しないただの少女だったからだ。未知の経験に対するショックでそうやって一気にずり落ちて壊れてしまったのだ。

 

 だから同じショックを再び愛歌には与えた。()()()までの沙条愛歌という娘は家族思いで優しい姉であったらしい。だがアーサーとの出会いで彼女は変貌してしまった。つまりはそういう下地が潜在的に存在していたとも言える。故に都合のよい方向へとそれを転がした。それだけの話だった。

 

 殺せば生き返る。消滅させたら悪影響を残す。バラバラにして引き裂いてもその血肉が聖杯としての役割を果たす。つまり生まれ、存在するだけで害悪なのだ。その上で獣の素質、素養、兆しを保有している。放っておけば何時の間にか獣になり果てるかもしれない。

 

 だから一番安全なのは()()する事だ。

 

 それが今の愛歌の状態だ。そしてその管理人がつまり、自分である。初恋という夢を粉微塵にまで砕いてから優しい隣人として心の間に滑り込み、そして優しく、人形の様に優しく、しかし自分本位に扱う。沙条愛歌と言う少女は暴走癖とでも言うべきものを持っている。つまり彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という性質を持っている。

 

 それは経験を持たぬ子供らしい資質でもある。結末が見えていないから、それに向かって全力疾走する。それが絶対的に正しいのだと盲目的に信仰しているのだとも言える。ただそれを根源接続者が保有すると厄介である。ただの少女に全能と全知を与える事、これが人類最大の悲劇に通じる。

 

 或いは雪の中の彼女の様に、一生外に出ずに朽ちる事を選びでもすれば良いのに、沙条愛歌は健全に生まれて来た為、そんな選択肢すら選ばない。故に彼女は当たり前の様に行使する。その数の少ない魔術回路で耐えられる範囲での全能の力を。

 

 故に管理する。誰かが管理しなくてはならない、誰かが沙条愛歌が暴れない様に、根源に接続する力を使わない様に、それを見て管理する必要がある。根源接続者も人。その精神は根源に繋がって知識があるだけで普通なのだ。だから忘れさせて、普通に生活させる分には何も問題はないのだ。

 

 そして沙条愛歌は自分から動く少女である。だからそのストレスを発散させる為に構って、そして方向性を誘導させる必要がある。だけどそうやって彼女にかまってあげている間は、暴発する事も爆発する事も暴走する事もない。

 

 彼女は無害な少女になる。

 

 まぁ、つまり、アーサーとの相性は最悪なだけだった。なんでも出来る全能の少女と、そして自分で物事を成し遂げようとする法の中に生きる正義の騎士。そりゃあかみ合わないのも当然だ。元々がかみ合うはずのない組み合わせだったのだと言っても良い。

 

「あぁ、でも今の時期イタリアは暑いかもしれないわね……」

 

「だったら変えるか?」

 

「うーん……いいえ、初志貫徹しましょう。ジェラートを食べに行きましょう、立って歩いて食べるのよ。少しはしたないかもしれないけど、きっとそういう楽しみ方もあると思うわ」

 

「ならそうしよう」

 

 転移魔法でベルギーからイタリアへと移動する。千里眼で見繕った適当に人気のありそうなジェラートの店を見つけ出して、そこの近くに出る。すぐ側に出ずに距離を開けるのは歩くための時間を作るためだ。デートとは極論、時間を楽しむものである。目的を待つ時間もまた一つの娯楽である。

 

 そうやって同じ時間を共有し、共有意識を作って、()()()()()

 

 それで少女の心を蕩かして、人形の様にする。それだけの話だ。

 

「私も地味に海外は初めてだったりするのよね……暑いとは知っていたけど、やっぱりこっちは日差しが強いわね」

 

「じゃあ手を繋ぐのを止めるか? 暑いだろう?」

 

「もう! 意地悪な事を言わないでよ!」

 

 手を握る感触が強くなる。すがる様な手の強さに笑みを浮かべながら内心、何をやっているんだろうとは思わなくもない。とはいえ、その部分に関しては既に自分に問いただし、肯定した部分でもある。自分の為、そして星の未来の為に、誰かがこの子を管理しなくてはならないのだ。個人的な趣味と実益を兼ねてそれに手を出したのが、自分というだけの話だ。

 

 これがお話だったらこの後で白馬の王子様が助けに来るのだろう。

 

 だけどこれは現実―――都合のよい出来事は起きない。

 

「と、ここかな?」

 

「そうね、本場のを食べるのは地味に初めてだから楽しみね。奇跡や魔術をこんな形で利用する事なんて考えた事もなかったし……」

 

 ジェラートを売っている店舗内に入る―――ぶっちゃけた話、ジェラートとアイスクリームの間にそんなに差はない。空気がどれだけ混じっているか、或いは脂肪がどれぐらいとか、そういう小さな差しかないのだ。とはいえ、普通のアイスクリームよりは聞こえがいいのとファッショナブルなのは事実だ。高い女子力を発揮する為にはアイスクリームではなくジェラートを求める必要があるのだ。

 

 ここら辺の女子ルール、良く解らない。

 

 ともあれ、クーラーの効いた店内に入り、ショウケース内の品揃えを確認する。

 

「個人的にベリーチーズケーキが気になるなー」

 

「微妙にそういうチョイスは女子らしさを感じるわよ」

 

「そう?」

 

 でもベリー系は基本的に好きなんだよなぁ、と呟く。ちょくちょく北欧の方に新鮮なラズベリーとか買いに行くし。こう、ジャンクを食べるよりはああいうフルーツを食ってる方が好きと言う部分もある。まぁ、それは肉体にあわせた舌の変化による趣向の変化なのかもしれないが。それはそれとして、愛歌と一緒にケース内を眺めて何を購入するかを決める事にする。

 

 自分はベリー系を、愛歌は紅茶クッキーを。

 

 それぞれをコーンの上に乗せて貰ったら店を出て、このイタリアの街で一番見晴らしの良い場所へと移動する事にする。

 

 

 

 

 花の都フィレンツェ、そこは同時にジェラートの発祥の地でもあるらしく、歩けば見つかるというレベルでジェラート屋さんが店舗、屋台と見つけられる。まぁ、浅草で日本料理屋を見つけるのと同じような話だ。その文化の発祥があるのだから、観光客向けに商売をすればそこそこ売れるという話だ。どれだけライバルが多くても、カモの方が更に多いのだから客には困らない。

 

 そんなフィレンツェの特徴はオレンジ色に近い茶色の屋根に統一された美しい町並みで、街全体が茶と白によって統一され、保全されている。都市づくりの統一化は景観を破壊しない為にも今でも受け継がれているらしく、フィレンツェの姿は昔からほとんど変わっていない。だがその美しいルネッサンス建築を楽しめるのはそのまま、フィレンツェを歩き回る事ではない。

 

 夕日が差し込む黄昏時に限るのだ。

 

 フィレンツェにはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂という建築物がある。古くから存在するこの大聖堂は何代目かではあるものの、最も有名な観光スポットであるミケランジェロ広場とは別に有名な観光名所であり、このフィレンツェでも1、2を争う美しさを持った高さを誇る建築である。

 

 本来であれば関係者以外立ち入り禁止の上層部ではあるが、魔法や魔術を使ってしまえばなんのその。立ち入り禁止を抜けて大聖堂の頂上へと入る事だって出来てしまう。そこには小さなテラスが存在し、360度全ての方向にフィレンツェの街並みを視界に抑える事が出来る。

 

 そこからは茶色のフィレンツェの姿が見え―――黄昏時、夕日が差し込む時間帯になると夕日の色を受けて、世界がオレンジ色に染まり、まるで幻想の世界に迷い込んだような光景を見せてくれる。

 

 無論、そこに魔術なんてものはない。魔法も使用されていない。普通に発展された建築技術、それを人の力で保全し、修復し、そして綺麗に保ってきた。ただそれを続けて来ただけだった。そしてその結果がここにある。夕日の色に染まった世界は計算され、そして受け継がれてきた古の美しさを保ちながら、神秘を使用しない人の英知を示すかのようで、

 

 真似できない、努力と積み重ねを気づかされる光景だった。

 

 そんな景色を大聖堂の屋上、柵に寄り掛かる様にジェラートを片手に眺めていた。横には愛歌がいる。二人で景色を眺めつつ、ちょっとしたおやつデートとしてイタリアまで足を延ばしてきたが、それだけの価値はある様に感じた。

 

「この口の中にある甘さと合わさった景色は、千里眼だけじゃ決して味わえない物なんだよなぁ……」

 

「そう思うとこの景色もより一層意味がある様に思えて、そして千里眼等の能力がどこまでも憐れに思えてくるわね。見えるものが視えるだけ―――結局のところテレビを眺めているのと一緒なのよ。知ったようなふりをして欠片も経験していない。本当に中身のないものよね」

 

 愛歌の辛辣な言葉に苦笑するが―――同意する。おそらく、冠位指定に至った千里眼持ちでこの力を便利以上に思っている者はいないだろう。これを手にした瞬間、未来が見えてしまった瞬間、その存在はその運命に束縛されてしまう。それから逃げられなくなってしまう。それを覆すには視えない者を導くしかない。だがそれでさえ分の悪い賭けだ。

 

「美味しいな、ジェラート」

 

「うん、美味しいわね」

 

 夕日に染まるフィレンツェを眺めながら呟く。肌で感じる太陽の熱。口の中に広がるベリーの甘酸っぱさ、手に握るコーンの冷たさ、寄り掛かる石材の硬さ。それらは見ているだけでは絶対に得られない物であり、

 

「……そうね、ある意味私が失恋するのは必然だったのね」

 

 そんな言葉が横から来ることに心臓と胃がきゅぅ、と締め付けられる気がした。愛歌を見る事もなく、正面、フィレンツェの街並みを眺めながらジェラートを口へと運ぶ。あれ、おかしいな。味がしないぞ? と思いながら再び舐めた。うん、先ほどまでは美味しく感じた筈なのになぜだろう。

 

「そんなに驚く必要はないわ。貴女が私をこうやって愛してくれている間は何もしないわ……。ただ改めて振り返っただけよ。こうやって外に連れ出されて、知っているはずなのに知らない経験を増やして、それで感じただけよ。私、知っているようでまるで経験はしてなかったのね、と」

 

「そりゃあ……」

 

 まぁ、当然だよな、とは思わなくもない。だけどそれに関しては俺も人の事は何も言えなかった。千里眼を得てなんでも知った気でいた。世の中そんな単純な訳がないのに。だからこうやって実際に足を延ばして肌で感じてみれば、何もかもが違うというのが解る。自分がどれだけ狭い世界に居たのかも。

 

 そしてどれだけ絶望的に世界が広いのかも。

 

「私、貴女が何をしようとしているのかを知っているわ」

 

「……おう」

 

 恐れていた言葉だった。愛歌が本気を出せば魔法使いであるかどうか何て関係ない。前回の戦いの時は生かす必要があったから生きていただけだった。だから本当の意味で本気になった彼女を―――自分ひとりが止める事は出来ないだろうと思っている。だからある種の覚悟を持って彼女の次の言葉を聞いた。

 

「―――だけど私、別にこれでもいいと思っているわ」

 

 ……その言葉を聞いて驚いた。横には軽く寄り掛かる愛歌の体温を感じていた。

 

「てっきり殺しに来るかと思ったんだけど」

 

「そうね……少し前の私ならそうしたかもしれないわね。いいえ、アーサーと会ったままの私ならそうだったでしょうね。こう、有無も言わさずに殺していたでしょう」

 

 だろうな、とは思う。こうやって俺に引っ付いている事さえ不思議だ。

 

「と言う事は俺のやっている事は成功したのか」

 

「そうね。執着心と愛着心を持たせるという意味では成功しているわね」

 

 そこで一度愛歌の言葉が止まり、

 

「だけどそれ以上に……本気で私を理解した上で、何をやっているのかを理解して、そして一度向き合った上でそれでも懐に入れようとする人は貴女が初めてよ。正直驚いたわ。アーサーに対する愛情を向けなくなったから何を届けようとしているか解るし」

 

 あの子(静謐)とも違うわね、と愛歌は言う。

 

「貴女は―――卑劣ではあるけど、真っ当なやり方で愛を注いでくれているものね」

 

 そりゃあ最初は夢を壊して、依存させるように仕向けてはいる。だけどその後にやっている事は普通だ。そこにちょっと肉欲とか性欲とか混ざっているのは否定しないし、嘘はつかない。だけどその後は普通に一緒に生活して、一緒にお出かけして、一緒にデートして、そして遊んで暮らしているだけだ。ただちょっと、日常的に接する比率は愛歌を重めにして時間を取っている。

 

 それだけ。

 

 それ以外は魔術とか魔法を使っていないけど、

 

「当然だろう。女一人夢中にさせるのに特別なものなんかいらないだろ。そして誰かに愛を感じさせるのに特別な何かを用意する必要もない。くっくっくっく、俺の愛の泥沼へとようこそ」

 

「ほんと自信満々に言ってしまうんだからいやね」

 

 そう言う愛歌の言葉は穏やかで、

 

「私、貴女が私にかまってくれている間は根源に一切触れずにいてもいいわよ」

 

「おう」

 

「ちゃんと私を見てね」

 

「あぁ」

 

「ちゃんと私に触れてね」

 

「あいよ」

 

「ちゃんと愛してくれなきゃ嫌よ」

 

「勿論」

 

「なら……貴女で今は満足しててあげるわ」

 

「そうかい」

 

「壊れる程抱きしめて私を好きだって事を証明してね。また私を抱いて愛を囁いてね、それだけで満足してあげるから。本当に他の全てが見えなくなって盲目的になるぐらいに私を夢中にさせてみてね」

 

「そこまでくると王子様の二の舞になりそうだから程々にするわ」

 

「もう、そこは素直に頷きなさいよ」

 

 堕ちているかどうかは別として―――どうやら、愛歌は()()()()()()()()らしい。俺が彼女に対して人並みの愛を注ぎ、普通の子として愛している間はおそらくは獣になり果てる様な事もないだろう。そうやって救われたのはいったい誰なのか。

 

 俺なのか。

 

 それとも彼女なのか。

 

「キョウ」

 

「うん?」

 

「ちゃんと私に向き合えたんだから……黄昏の終わりもちゃんと向き合いなさいよ?」

 

「解ってるさ」

 

 レティの事に対して、正面から向き合わなくてはならない。ジェラートを舐めながらそう思う。レティは消える。これは自分が観測してしまった結末であり、()()してしまったレティが迎える結末だ。それに抗っているからレティはアレ以来、一度も表に出てこなくなった。

 

 それは彼女が兵器という領分から逸脱しないためだ。呼ばれない限り出現せず、行動せず、考えず、待機する。そうすれば兵器としての行動を満たし、逸脱による自己否定が発生せずにいられる。

 

 だけどもはやそれから逃れられない所までレティは来ている。簡単な話、()()()()()()()()()()()()()サーヴァントだった、それだけの話だった。

 

「ま、適当にいい感じに話を決めるさーー俺だからな、悪い様にはならないさ」

 

「言葉が明るい割には顔は険しいわよ」

 

「ま、一番信頼している相方だからな」

 

 だから絶対に完全なバッドエンドで、偶然心の宿った少女(へいき)の物語を終わらせない、と決めている。それだけの事だ。そして決めたのなら手段を択ばずに実行する。以上、会話終了。

 

「ふふ……少しは男らしい表情も出来るじゃない」

 

「体はメスでも心はオスだからな」

 

「あぁ、だからさっきからずっと私のお尻を揉んでるのね」

 

 小ぶりなお尻、実に良いですよ……? まぁ、年齢差は犯罪的だがそこは魔術師の世界、そんな法律は通用しないのである。そもそも恐怖! 虫レイプ! 虫に散らされる処女! ……とかド三流AVで見そうな内容がリアルで起きる世界なのだからAVもおったまげではある。

 

 そう、AV業界で言われる時間停止AVの本物の1割側、それが此方の世界である。

 

 と言うか探したら本当に魔術師作時間停止AVとか見つけられそうで怖い。そこらへん、花の屑が良く知ってそうな気がする。ま、それはともあれ、

 

「悪いデートじゃなかっただろう?」

 

 横に視線を向け、夕日のかかる愛歌の顔を見て笑えば、彼女も笑い返す。

 

「そうね、真面目な話の途中から尻を揉み始めなければ満点だったかもしれないわね」

 

「そっかー……難しいなぁー……」

 

 ゼルレッチとの会話で欲望優先で行動すると決めてしまった以上、この手を止めるのは難しいなぁ……と思いながら、沈みゆく夕日に黄昏の終わりを見た。

 

 そうだな、と呟く。

 

 決着をつける前に、終わらせておくことがあるよな、と。




・愛歌の暴走と獣化がなくなりました
・生活費がちょっと増えました
・ニート姫が爆誕しました
・ニートが根源にまつわる全ての能力を封じました
・女神の寵愛に幸運が上がった
 【幸運】B(4)→A(5)

 次回、黄昏の終わり。ニキネキ今回の件を含めて突き抜けたのでいろんな意味で躊躇なくなるよ。まぁ、コミュしてきた相手が相手だからね、性格的に悪影響しか及ぼさないというか。


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黄昏の果て

「礼装良し、パンツ良し、髪の手入れ良し」

 

「ハンカチは持ったわね?」

 

「持った持った―――それじゃあ行ってくる」

 

 ちゃんとポケットにハンカチを入れたのを見せつつ、準備を完了させた。愛歌は心配そうに―――するわけではないが、それでも普通の少女の様に此方の面倒を見ようとして来る。背伸びをしている様な少女の姿に苦笑を零すが、知識量の事を考えれば大体は精神的に同じぐらいになるだろうとは思っているし、心配されるのも無理はないだろう。だから大丈夫だ、と軽く頭を撫でる。そしてそのまま軽く頭を下げて頬にキスする。うむ、今の俺最高に人間の屑してる。

 

 魔法使いの屑だ。花の屑、王の屑、召喚の屑と揃ってクアトロ・デ・クズとか結成するか。

 

 いや、ダメだ。この集団の中で明確にクズやってるの俺と花の屑だけだ。クアトロじゃなくてクズコンビでしかない。まぁ、そこはどうでもいいやと告げる。自分の本分で問題にならないレベルで趣味に手を出すのなら問題はない……そう、問題はない。そういう意味では魔法使いになった事を後悔しているとも言える。

 

 見なきゃそれに対処するために働く事もなかっただろうに。千里眼も、魔法も、どちらもなければ今の自分にはならなかっただろう―――まさか星と人類の事を考える様な時が来るなんて思いもしなかった。ともあれ、それは今回は脇に置く。

 

「そんじゃ、出るか」

 

「行ってらっしゃい」

 

 背後に笑みを受けながら扉を開き、その向こう側へと抜ける。

 

―――そうやって出るのは砂の大地だった。

 

 夜空が浮かび、満月が見える。スモッグも排気ガスも高層建築もない。地平の限りに存在するのは砂、砂、そして砂である。それ以外の何もかもが存在しない。それこそ生命すら存在していない―――あるいはこの砂の大地に下で眠っているのかもしれない。それはこの星、地球のどこかにある砂漠の一つだった。ただただ不毛で、欠片も資源を生まず、そして人間が一切寄り付かない大地。そこは本当に何もない世界だった。

 

 ただ空を見上げれば夜空が見えるだけ。都会では絶対に見る事の出来ない、美しい夜空だった。肌に染み込むような寒い夜の砂漠の空気は毒だ。昼間と比べて発生する寒暖差は殺人的とも表現できる。とはいえ、その調節ぐらいは魔法でちょちょい、とどうにもなるから不快感はない。少し肌寒く感じる程度になっている。

 

 これが良い。

 

「このぐらいが俺達にはちょうどいいよな、レティ」

 

 言葉を放てば正面にレティが出現した。彼女の服装は初めて会った時から一切変化していない。あの炎の様なドレス姿だ。だがその姿は大きく育っている。まるで人間性と情緒の獲得によって成長したのを表すかのようにその姿は成熟した女の姿へと、少女から成長し切っていた。少なくとも今見える彼女は自分とほぼ同年代の女の姿をしている。成長した肉体、そして何よりもその精神性が一人の大人の女として確立されていた。

 

「うん……私も、これぐらいが、丁度良い、と思う、よ」

 

 そう言って張り付けたようなではなく、柔らかい笑みをレティは浮かべた。その姿を見て、本当に綺麗に、人間になったもんだと思う。そう、今の彼女は言葉が少したどたどしくとも、人間だ。そういう精神性をここまでの戦いで獲得した―――最後の一押しは愛歌を見た事だろう。そして明確にその考えを否定した事だった。

 

 それで人類という種の多様性、善悪の自己判断、そして許せる基準という物を獲得した。自分で考え、意見を口にし、行動する―――自己判断する生き物、それは明確に人としての活動だった。言われてからの行動ではない。自分からの行動。それが明確にレティを成長させた。それが今のレティを作った。

 

 自立性を促し、成長させる……そういう意味では成功している。

 

 だけどそれは兵器(レーヴァテイン)の本分ではない。

 

「ますたー」

 

 レティは両手を胸に当て、軽く首を傾げ、その動きで片目を髪で隠しつつ微笑んだ。

 

「私、マスターに、召喚されて、とても幸せ、でした」

 

「……そうか」

 

 その言葉に笑みを返す。空を見上げ、星々を見る。その天体図で世界という存在そのものの流れを見て、この先の出来事を千里眼で視た―――視えてしまった。それは一種の呪いだと思っている。花の―――魔術師マーリンはその瞳でブリテンの終わりを視てしまった。それを視てしまったが故に彼は回避する方法を求め、失敗した。失敗する様に進んでしまった。彼は知ってしまった。故に世界の未来がそう定まってしまったのだ。そして英雄王―――ギルガメッシュはウルクの終末を視てしまった。それ故にウルクは滅ぶ。そういう未来が形成されてしまったが故に。

 

 千里眼は決して便利な能力ではない。それはある意味呪われた能力でもある。未来を観測することが冠位指定の条件である事には意味がある。そしてそれは超越者となるからこそ求められる物でもある。未来を見通す力とは()()()()()()()()()()でもあるのだ。千里眼はそれを伝えるための能力であり、また同時に祝福でもある。

 

 千里眼を冠位指定域にまで育て上げた者は避けられない絶望を一つ視る。覆す事の出来ない結末を一つだけ視てしまう。

 

 そして俺が視たのは―――レティの消滅だけだった。

 

 或いはそれこそが最も大切だったから、他に大切な存在がなかったからそれを視たのかもしれない。

 

 未来を視るという事はそれが発生する事実が固定事象化される事でもある。

 

 故にその瞬間、レティの消滅は回避しようがなくなった。

 

「私は、兵器。私は、起源武装。星を、焼くために、作られた、起源を形に、した兵器。レティは、人じゃ、ない……です」

 

 だから、

 

「レティは、壊れる」

 

 微笑んだままだが、少し悲しそうに言った。

 

「兵器だから。レティは、人が、本分じゃない、から、壊れちゃう」

 

 根本的な霊基と基盤と規格の問題だ。核ミサイルをバトミントンのシャトル替わりに使っている様なものだ。場違いだし、ジャンル違いだし、そもそも無謀で役割が違う。想定されていない使用なのだから、その結果壊れても()()()()()なのだ。そもそもレティは兵器であり、武器であり、防具である。彼女は元々人格も感情も存在しない装置なのだから、人間としての機能が入る隙間なんて存在しないのだ。

 

 入りきらない領域に新しくプログラムを組み込めばどうなる?

 

 それは()()()()()()()()。兵器としてのレティと、人間としてのレティがコンフリクトを起こす。それが発生するエラーがレティを殺すのだ。それは根本的にどうしようもない部分だ。レティがサーヴァントという領域を逸脱すればまだ可能性はある―――いや、人という形を与えれば兵器から脱却し、人間・レティになる事も出来ただろう。

 

 彼女はサーヴァントシステムの存在だ。

 

 本当の肉体はそこにはない。聖杯と常に直結している彼女はそこから脱却し、完全なる個体を確立する事はできない。彼女の維持コストを支払う事が出来ても、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だがそれが行えるイリヤスフィールとは運悪く会えなかった。今も彼女は誰かを助けるためにこの星のどこかを自由気ままに走り回っているのだろう。

 

 だから……少しだけ彼女を恨む。筋違いではあるのだが。

 

「人に、近づけば、近づくほど、壊れる」

 

 だけど、と言葉を置き、一拍置いてから言葉を続けた。

 

「後悔は、ない、よ」

 

「……そうか」

 

 だけどなぁ、冗談めかしつつ笑う。

 

「お前が消えると聖杯戦争続けられないんだよなぁー……」

 

「う、ん」

 

 だから、とレティは頷いて言葉を続けた。

 

「レティは、()()()()()()()()()

 

 レティは真剣な表情で言葉を紡ぐ。砂漠の月光にその髪を焔の様に輝かせながら彼女が考えた全てへの答えを口にした。

 

「私の、宝具で、マスターと、融合する。私は、消えるけど、霊基は、そのまま。マスターの、中に霊基が、あるから、バーサーカー扱い、できる、よ」

 

「……」

 

「私も、この後も、ずっと、マスターの、血肉に、なって、力に、なれる……私も、それは、凄くうれしい……の」

 

 はにかみながらそう言ってくるレティにはそそるものがあったがそういう類の性欲は今はこの子相手に向ける事は出来なかった。あるのは申し訳なさ、後悔、うしろめたさ、そして自分の無能さに対する怒りだった。この状況を生み出したのは自分なのだから。

 

「魔法使いつっても、出来る事と出来ない事がある……こういう事か、爺」

 

「……?」

 

 魔法使いゼルレッチがなぜ弟子を作り、自分以外の魔法到達者を様々な異世界で作成しようとするのか。その理由が、気持ちがなんとなくだが伝わって来た。魔法使いは凶悪と呼べるほどに強い。だけど決して全能でも万能でもない。だからこそできる人間を用意するのだ。できる手段を増やすのだ。そして備える、視る事の全てに頼らずに。

 

 ……レティがこうなっているのは俺が純粋にそういう風に接して方向性を固めたのもあるのだろう。だから間違いなく俺の責任であり、それ以上でもそれ以下でもない。だから責任を取らなくてはならないだろう。

 

 夜空を見上げた。

 

 砂漠の夜空は遮るものが何もなく、良く見える―――だけど同時にここにいるのが自分だけの様に思えて、寂しくも思える。寂しい夜空だとは思う。美しく輝くにはそれを比べる為の基準と、そして同時にそれを遮る全てを押しのけなければならないのだから。

 

 美しくも、何もない寂しい空だ。

 

「……レティ、俺の事好き?」

 

「うん、マスターの事、大好き、だよ」

 

「そっか」

 

 ここにきて、もうちょい彼女を大事にしてあげればよかった、と思うのは流石にダメだろうと思う。自分の選んだ選択である以上、それに対して後悔を抱く事はならない。自分で選んで進めたのだ、そこにはケジメを付けなきゃならない。

 

「本当は……」

 

「……?」

 

 軽く、言葉を零す。

 

「ここで一発、レティを相手に派手に暴れようかと思ってた」

 

「なん、で……?」

 

 そうだなぁ、と星を見上げながら呟く。これはやがて天体科の物語へと続く前日譚だ。俺もまた物語の登場人物の一人として作成されているだけだ。本番は人理焼却が始まってからになる。俺はその下準備として用意されている―――少年と少女の物語に色を添えるために。それ自体に対しては、俺は文句はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 これは前夜祭。人理焼却に抗う為の少年少女を導くための仲間を作り、育てるための前夜祭。この先の未来に対する警報を送る為のお祭りだ。俺は主役ではない。その主役を助ける人物の事を掘り下げるサイドストーリーの様なものだ。

 

「まぁ、一つは視た通り進めるのが癪だったって部分があるし、このままみすみす誰も死なずに消えるのはちょっとムカつくから地球に傷跡でも残してやろうかと思ったのも一つだけど―――」

 

 まぁ、やっぱり、

 

「素直に消えるのを認めようとしていたお前にムシャクシャしたってのが一番かな」

 

「……」

 

 その言葉にばつの悪そうな表情をレティが浮かべるものなので、小さく笑い声を零してしまった。本当にあの幼女の姿をしていた宝具英霊が、変わろうとすれば変わるものだ。もはや彼女には《狂化》も《精神汚染》もなかった。たとえ意思のない道具の英霊であろうと、そこから先があるのだという事を証明することに成功した先達となった。それを誇れど、怒る理由はない。

 

 あぁ、だけどやはり、彼女が消えると思うと喪失感がある。

 

「出会いは最悪だったし、ずっとニコニコ笑みを浮かべててサイコパスかよこいつ! って思ったら案の定精神汚染されてるし、魔力を滅茶苦茶吸いまくって辛いし、出会ってから毎日トラブルばかりで俺もいつの間にか人類卒業して魔法使いだよ馬鹿野郎」

 

「う、うん、ごめんなさい……?」

 

 いや、だけど、まぁ、と言葉を置く。

 

「楽しかったな」

 

「うん。マスターと、一緒の、時間は、凄く凄く……楽しかった」

 

 腕がもげたり目玉を引き抜かれたり死んだり蘇ったり追いつめられたり暗殺されそうになったりロンドンを地獄に突き落としたり、本当に色々とこの短い時間の間に発生したな、と苦笑しながら笑う。

 

「異世界にぶっ飛んだときはビビったな」

 

「セイバーが、凄く、怖かった……」

 

「アーチャーは結局貧乏くじを引かされ続けただけだったな、あれ」

 

「実は、まだ、ちょっと、あの子(愛歌)が、苦手」

 

「うん、気持ちは解るけど本人に絶対言うなよ」

 

 苦笑しながら椅子を取り出し、それを並べた。こっちこい、と手招きしながら横に座らせ、誰も存在しないこの砂漠、二人で並んで夜空を眺めながら話を続けることにした。最初は暴れるのなら被害のない場所が良いだろう、そう思って選んだ場所だったが……夜空が綺麗に見えるこの場所は、夜通し語り合うには良い場所だったのかもしれない。そう思い直しながら横並びに座り、残った手を結びながら思い出話をぽつぽつと語り出す。

 

 この聖杯戦争が始まった間の話とか、レティと出会う前の話とか、爺の失敗話とか、本当にどうでもいい、普通の話をする。思えばそんなどうでもいい、日常的な話をこの子とたくさんした事はなかったな、と思い出す。

 

 ある意味、自分はこの子を常に色眼鏡を付けて見ていたのかもしれない。

 

 だがそんなもやもやも胸の内を通り過ぎる。

 

―――そうやって、互いに語り合う。

 

 何がしたいのか、何をしてたのか、何をどうするのか。本当にどこにでもいる様な女の話をする。人となって驚いた事、人となって不便に感じた事、人となって幸福に感じた事。ただの兵器だった存在は少女という皮を手に入れ、それを通して今、一人の女として存在するに至った。彼女との会話は何か、特別な話題でもなく、

 

 だけど、それが最も大切なものの様に感じられた。

 

 結ばれた手を伝わって熱が体に入り込んでくる。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと彼女の存在が削れてゆき、此方の体の中に移って行く。その度にレティ―――レーヴァテインという存在は逸脱した事から崩壊して行く。だがその最も大事なもの、大事な部分は受け継がれ、渡され、融けあって混じり合って行く。

 

 やがて、夜通し、話し合った。

 

 夜空の終わりが見えてくる。

 

 夕日から黄昏が世界を覆い、夜空が世界を包み―――そして夜明けが見える。美しい朝焼けの色に砂漠が照らされ始める。砂が太陽の光を反射し、徐々にその熱量が上がって行き、砂漠本来の姿が取り戻され始める。

 

「黄昏は終わり、夜が来る―――」

 

 握っていた手にもはや感触はない。片目を覆う髪、その色は魔法使いに覚醒してから蒼く変色していた。だが今、その毛先は誰かの色を受け継いだかのように先端で焔色に変色するグラデーション化していた。

 

「だが何時か、その夜も開ける、か」

 

 登り始める太陽を見て、胸に確かに宿る熱を感じて、体に変化を認識し、そして今まで知覚できなかったもう一つの領域―――起源の源泉そのものを認識し、自分自身でどうにかなる、自分を構成する最後の要素をここに完結させたのを感じ取った。

 

 これにて、幕間の物語は全て完結した。

 

 残されたのはこの前日譚を彩る最後のピース。

 

 即ち、聖杯戦争の終焉である。

 

「さて、夜を終わらせに行くか」

 

 もう誰もいない砂漠を後に、最後の戦いを終わらせに立ち上がった。




・黄昏の果てに次があるのを視ました
・レティが消滅しました、霊基は聖杯戦争中PCに受け継がれます
・レティの血肉を吸収し、能力を任意2点上昇できます
【筋力】C(3)→B(4) 【敏捷】B(4)→A(5)
・ステータス成長限界へと到達しました。ステータスの成長が停止します
・宝具スキルを獲得しました宝具扱いのスキルです
・以降、スキルか宝具成長のみが発生します

 ほぼ最終化されたステータスを表示します。

 https://www.evernote.com/shard/s702/sh/5f5fb31c-c5e8-419a-87f6-cefda7d49714/db2506695ca3ddd7b0566d5d1e5c130f

 レティは融合して、いろいろと変化を残しつつスキル宝具化しておしまい。おそらくこれが最終データ。ランサーとキャスターで何かスキル成長でも行わなければ大体これで成長完了。聖杯戦争終了後、FGO風にデータをコンバートしてカルデアに行き、全てを知るけど何も変化できない魔法使いとして影からサポートする感じに……?

 確定勝利スキルが反則? カリバーやエヌマ等の特級宝具も確定勝利扱いなので最低限1個は確定勝利ないと相殺できないので。

 次回からvsキャスターやランサーの最終章って感じで。


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番外編 お仕置きックス

一切本編に関係のない番外の完全R18話です。

どちらかというと馬鹿エロジャンル。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近の愛歌はお金を稼いでる。

 

 と言っても動画広告での収入なのでガツン、という訳ではない。それでもお小遣い程度の金額にはなるので、本人は満足している。魔術を使って沙条愛歌、という存在には辿り着けない様に、上手く認識できない様にもしてあるので、安全なラインにも線引きしてある。意外とマギテックな実況主でもあった。許されている範囲の自由で収入を得ているのだから別にそれは文句はない。

 

 ただ、それはそれとして、おめーちょっと最近調子に乗ってない? とは思ってる。最近、朝駆けと夜這いの回数が増えてきている。というか弄ぶことに慣れてきている様な感じがある。そりゃあ家事とか家計簿とか任せ始めたが、それはそれとして、そこまでフリーダムを許した覚えはない。

 

 正直最近、調子に乗ってるだろう? と思っている。

 

 ここは一発、誰が本当の家主なのかを教える必要がある。

 

 そういう事でエロにはエロで仕返しする必要があると断言した。正直、年下、それもどう見ても見た目だけは少女を相手にインモラルな生活はどうなんだこれ、とは思わなくもないが、魔術の世界において肉体改造で子供の頃から抱くのは割とある事でもある。まぁ、これは若い家に限る話だ。基盤がしっかりしている所は普通に子供を作っても調整済みの優秀な子が生まれるので、よほど土地との相性が悪くなければそんな事を心配する必要もない。

 

 そんなわけで、あの見た目幼女に対するお仕置きを決定する。

 

 下準備を完了させたところで気配遮断先生を使って、愛歌から目視不可能の状態に移行する。愛歌の生活スケジュールは把握しているもんで、事前に出かけたことにして室内で待機して、愛歌のフリータイムに入って、実況の為の準備のアレコレをパソコンで用意するのを眺める。

 

 存外楽しそうにやっているのが意外だ。或いは根源に接続せずに生活する不便さという所に楽しみを見出しているのかもしれない。そんな事を考えながら愛歌を眺めていれば、やがてゲームを起動し、動画サイトの生配信を開始する。

 

 これが意外と手馴れているもんだから面白い。

 

「はぁーい、こんにちわ私よ。有象無象の皆はちゃんと見てるかしら? えぇ、ブヒブヒ返事を送るなんて本当に卑しいのね、貴方達。でもいいわ、その献身が私の懐に入るお金になっているのだもの。今日もしっかり視聴数に貢献して、私に広告収入を貢いでね」

 

 動画のスクリーンいっぱいに広がるぶひぃ、と服従する視聴者の姿に軽くドン引きを覚える。でも、まぁ、カリスマを再現できる見た目幼女ではあるし、だまして誑し込んで、それで貢がせるぐらいは余裕だよなぁ、というのは思える。

 

 まぁ、それはともかく、ゲーム実況を始める愛歌を後ろから眺める。無論、動画には姿が映らないように魔法を使っている―――世の魔術師が涙を流しそうな案件である。そんな事実を投げ捨てつつ、愛歌のプレイっぷりを見る。

 

 割とゲームを遊ぶときはコントローラーとかを大きく動かすタイプらしく、このっ、とか声が零れている。開始する前は結構女王様という感じもあったが、一度遊び出せば結構普通の実況プレイだった。まぁ、ある意味安心したとも言える内容だった。まぁ、アブノーマルなサービスをしていても困るのだが。

 

 ただこれで安心してお仕置きを実行できることが確定した。

 

 そういう訳で愛歌の実況がある程度進む、30分ぐらいを待つ。大体1回1時間の実況プレイなので、半分ぐらい進んだ程度の状態だ。

 

 そこまで来たらお仕置きを開始する。

 

 気配を遮断し、目視出来ない状態のまま愛歌が座っている椅子の下をくぐり、パソコンを設置しているテーブルの下に入り込む。ゆらゆらと揺れている足を回避する様にテーブルの下に潜り込んだら、大体準備完了である。

 

 目の前には椅子に座っている愛歌の下半身が見ている。

 

 ここまで来ればやることは大体決まっている。

 

―――両肩に足を広げるように乗せて、そのまま一気にスカートの下に頭を突っ込んだ。

 

「っ!?」

 

 一瞬だけ驚いたような声を出かかったが、それを言葉にすることもなくカチャカチャ、と音を立ててコントローラーを操作している。トークの方もよどみなく続けており、真面目に広告収入の為に実況プレイを続けているらしい。感心したなぁ、と言いながら膝を曲げてなんとか足を肩の上から外そうとする愛歌の抵抗を更に密着し、両手で足を抱えるようにする事で封じ、がっちりと両足を肩の上でホールドする。

 

 そうするとあら不思議、スカートの下に隠された下着がすぐ目の前に来ている事に。本日の下着はレースをあしらった白。やや透けている辺り結構気合が入っている物だと思う。とはいえ、基本的に俺無しで外に出る事の出来ない愛歌の性質上、間違いなく俺に見せる為でしかこんな下着を穿かないだろう。となるとやはり、今夜も夜這いされるところだったらしい。

 

 あぶねぇ。ヤられた分、ヤり返さなくちゃな! そんな馬鹿なことを考えながら両肩に足を抱えたままスカートの下に隠された下着に手を伸ばす。愛歌の背が椅子に触れており、肩に足を抱える距離にまで接近している今、愛歌には逃げ場がないし、華奢で細い足であれば簡単に抱えても手を動かす事が出来る。

 

「さーて、普段から悪戯ばかりの愛歌ちゃんにはお仕置きの時間だよー」

 

「っ!」

 

 返事は待たない。両手を伸ばしてクリトリスの周りの秘肉を軽くマッサージする様に下着の上から触れ、擦る。まだ湿ってもいないので最初は愛撫から始める。

 

 愛撫ってまずは秘部に触れればいいんじゃ? ってのはただのエロゲの遊びすぎである。ぶっちゃけ、女の子の体はああいう本やゲームで見る以上にデリケートにできている。そりゃあ調教された体で万年発情している上に濡らしている状態ならああいうのでも問題ないだろうが、最初に秘部に触れるように愛撫をしても痛いだけだったりするのだ。

 

 その為、まず最初にクリトリス周辺をマッサージする様に愛撫するのだ。その他にも胸や鎖骨、耳の裏とかも割と性感帯としては強かったりする。寧ろいきなり胸や秘部に手を出すよりは、鎖骨とかの方が快感を生むって意味では優秀だったりする。

 

 今回は下半身のみを相手にするので、他の所は忘れてクリトリス周辺の愛撫に手を回す。親指の腹でまだ隠れているクリトリスの周辺を軽く押し、そして広げるように指の腹で擦って動かす。激しくやれば良いという訳ではなく、そこそこ気を遣う必要はある。ただ、愛歌の体はそれなりに敏感であることは自分の経験からは知っている。

 

 愛撫をし始めてから少し、僅かに下着のクロッチ部分が濡れているのが見えて来た。

 

「下が濡れて来たぞ愛歌、見られながらだと興奮するのも早いのか?」

 

 言葉の返答はないが、足が軽く抵抗する様に踵で蹴りを叩き込んでくる。成程、これは反省なしという事ですね? ならばこれは合意である。つまりは和姦でもある。両者の合意があるのなら一切問題なし。そういう事で徐々に勃起しつつあるクリトリスを下着の上から押し潰す様に指の腹で刺激して行く。流石にこうなってくると無視はできないのか、愛歌の足がもじもじと動き始める。

 

 それでも声に一切の変化はないのだから良く頑張る。或いは精神力の方は結構強いのかもしれない。

 

 でも醜態の一つぐらいは見たいよな! とは思う。そうでもなければお仕置きにならないのだから。

 

 だから愛歌のクリトリスを下着越しに刺激し、どんどん勃起させて行く。可愛らしいものが下着の下から自己主張しつつあるところで、段々とクロッチ部分の濡れも広がってきている。声にも表情にも出していないが、しっかりと体の方は感じているらしい。ここまで濡らせば問題ないな、と確認したところで下着に手をかける。

 

 それを察知して愛歌が両足を閉めるように抵抗してくるが、英霊換算での筋力Bの、人類としての筋力を突破しているこの体に対しては可愛らしい抵抗でしかない。そもそも腿の間に頭を入れているのだから逃げることもできない。

 

 こんな状況でも根源パワーを使わないのだから大したもんだ。

 

 止めないけど。

 

 クソくだらないことに思考を占領されつつ、一度頭を抜いてから下着を両手を使って引きずり下ろした。引きずり降ろされた下着が膝を超えてくるぶし辺りで引っかかる。その隙に素早く足を閉じるが、普通にそのまま両手を使って愛歌の足を開き、再び足の間をくぐる様に体を通した。

 

 今度は逃げられない様に足の間に胴体を通した。半脱ぎの下着が枷の代わりに愛歌の足を固定し、がっちりと胴体を掴んだ形で足の解放を阻む。これで完全に逃げられない様にロックした。

 

「そんじゃ、お仕置き続行、と」

 

 口に出しながらスカートを捲り、下着に隠されていた秘部を晒した。既に愛撫によって十分に濡れている愛歌の秘部は入り口が刺激を求めるように愛液を垂らしており、椅子に僅かにだが水たまりを作り始めていた。また可愛らしいクリトリスも勃起し、その存在を主張している。遠慮する必要はないので、皮を被っていたクリトリスを剥き出しにしてからそれを軽く舌先で触れる。

 

「―――っ、……それじゃあ―――」

 

 一瞬、思いっきり足で此方を締め付けるようにしつつ、軽い絶頂に至ったのを足の痙攣で教えてくれた。それでも態度に変化はないのはもはやプロ精神とでも呼ぶべきものがあるからだろうか。やるじゃないの。そう思いつつ舌先をクリトリスに伸ばし、勃起しているそれを舌で突く様に、舐めるように、そして軽く噛む様に舐る。それに合わせ愛歌の足がもじもじと我慢できずに動き、腰の辺りも何かを求めるように軽く動くのが見える。

 

 愛歌の意思とは関係なく、体の方が勃起して快楽を受け入れる準備が整っているのだ。これが嫌な相手だとストレスにしかならず体に悪いのだが、少なくともシチュはともかく、憎からず思われていると思うので、普通に快感が愛歌の体を支配しつつあるだろうと思っている。それを言葉と表情に出さないのはやはり、意地とプライドなのだろう。

 

 素敵だな。感動的だな。

 

 だが許さん。

 

 クリトリスに噛みつきつつ、両手の指を一本ずつ、一気に愛歌の膣の中に突っ込んだ。そのまま休める噛みついたままクリトリスを甘噛みし続けけ、膣壁を指の腹で一気に擦り上げる。その動きに連動して今度こそ愛歌の体が跳ね上がった。強い絶頂に飲まれて足で体を引き寄せるように抱きしめながら足の指を伸ばし、下半身から広がる快楽に飲まれていた。だけどそれで許すわけもなく、一切動きを止める事無く膣壁を擦り上げれば、絶頂下直後の感覚のまま、何度も絶頂を迎え勢いよく潮を吹く。

 

 それで顔が濡れてしまうが、特に問題はない。愛歌のスカートで軽く顔を拭きつつ、強い絶頂に飲まれて完全に足がだらりと下がって脱力しているのが見えた。もはや抵抗する力が残っていない愛歌の足の間を抜けて、椅子の下を通って横に出る。

 

 そこには椅子の背に体を預け、息を荒くしながら此方へと横目を向けるエロティックな幼女の姿があった。

 

「実況はどうした」

 

「げ、幻術でなんとか代替しているわ……後は昔覚えた電脳魔術でなんとか……」

 

「クッソ便利だな」

 

 愛歌の様子に軽い満足感を覚えつつ、装着していたスカートを腰の部分で外し、それを床に落としながらえーと、どこだ、と探し物を求めて室内を歩く。買ってから使ってないけど捨ててはないと思うんだよなぁ……と思いつつ、記憶を探りつつ探索する。

 

「と、というか一体何をやってるのよ、はぁ、はぁ」

 

「いや、最近調子に乗ってない? って思ったからちょっとお仕置きをしようかと思ってね。主導権握られっぱなしってなんかムカつくし」

 

「だからって全国放送中にこんなことしなくてもいいでしょ!」

 

「いや、徹底してお仕置きしなきゃお前反省しないタイプだろう」

 

 あ、見つけた、と目的のものを見つけながら手に取る。汚れていないし、ちゃんと新品の状態だが一応魔法を使って綺麗にしておこう。それを確認したところで自分の下半身へと視線を向け、自分の下着も軽く濡れているのも確認する。相手をしているうちに自分もやっぱり興奮して濡らしていた。どうりで下着が濡れている感触あったのだな、と思った。

 

 迷うことなく下着を脱ぎ捨てた。

 

 そしてまだ椅子に倒れ込んでいる愛歌へと視線を向けた。この娘、体力自体は見た目相応だから、此方から攻めればダウンさせるのは難しくないのだ。逆に向こうから攻めさせると延々と解放してくれないのだ。今日はその気分を味わって貰おう。そう思って椅子まで戻ってくると、愛歌が此方の手にあるものを見た。

 

「それ、なに」

 

「これ?」

 

 手の中にある物を持ち上げてみせるとそれ、と愛歌が頷いた。

 

「オナホキメラの魔術師が暇つぶしに作ったペニス型双頭ディルド」

 

「私が言えたもんじゃないけど魔術師って大概狂ってるわよね」

 

「安心しろ、この作者の狂気は一般的な魔術師からしても割とやばいレベルにある。期待の狂人として時計塔から認識されてる」

 

「全方位的にダメじゃないそれ」

 

 しかもそいつ、最近オナホキメラを通じて見えた、根源への道筋が……! とか叫んでいるからさらにやばい。今後の彼の活躍が期待される。いや、これで根源に到達されたら冠位指定が全裸で発狂するレベルだし。ちょっと見てみたいと思う。まぁ、個人としては支援させて貰っている。笑うしかない発想だし。

 

 それはともかく、

 

「……妙にリアルね」

 

「体温、質感、そして直結した時に得られる挿入した側の快楽まで完璧に再現するものだぞこれ。超拘りの逸品だ」

 

「もうそいつ魔術師止めればいいんじゃないかしら……って、ちょっと待ちなさいそれを持ち出したという事は―――」

 

「まぁ」

 

 左手で自分の秘部に触れ、軽く触れただけでもそこから愛液が溢れ、腿を伝いながら床に落ちているのを確認しつつ、指を使って秘唇を抑えるように広げた。そうやって秘部を開いたら双頭ペニスディルドの片側を自分の膣の中へと進めて行く。

 

「んっ……くっ、ふぅ、ん……入った」

 

 膣壁をディルドのカリ首がなぞりながら奥へと進んで行くのを感じながら、不思議と膣の形にジャストフィットするディルドが膣奥に届いたのを感じた。それが膣奥を圧迫するのを感触で察知しつつ、同時に疑似ペニスに触覚が通じるのを感じた。

 

 流石魔術礼装、便利な物から便利だけど意味不明な物まであるぜ。

 

 勃起する様に雄々しく反り返るモノは秘部を割って生えているように見えるが、そこか感じる亀頭に感じる感触などはまさしく男の時に感じるそれと一切変わらない。ただ圧倒的に違うのはその感触と同時に膣の中に納まる疑似ペニスの感触がある事だ。

 

 元が男だっただけに、そこに異物感を感じなくもない。だがその異物感も腹の内側から満たすような快楽の感触と比べれば、粗末なものに感じる。じんわりと、熱の様に内側から広がって行く気持ちいい、という感触は男では味わえない感覚の一つだ。

 

 そんな風に装着を終わらせたところで、愛歌へと向き直る。

 

「じゃ、やろっか!」

 

「待って。流石に待って。私、今放送中なの。生放送実況中なの。というか明らかに幻術と電脳魔術消すつもりでしょ貴女!?」

 

「実況にチート使っちゃ炎上しちゃうからねー。ほら、同居している家の綺麗なお姉さんを犯されながら紹介して、気づかれない様にゲーム遊びながら実況するだけだから」

 

「無理! 絶対無理だから! ダメ! 夜ならいいけど今はダメ―――!」

 

 痛い目にあわねば覚えませぬ。そういう訳で慈悲はない。未だに絶頂した影響で足を動かせない愛歌へと近づき、椅子を引く。無理無理言っている愛歌の事は完全に無視し、華奢で軽いその体を脇に手を差し込んで一気に持ち上げる。そのまま半回転、

 

 自分が椅子に座り、愛歌の足を広げ、彼女の割れ目が疑似ペニスの上に乗る様に座らせた。疑似ペニスをそのまま愛歌の割れ目に擦り付けるように彼女の腰を掴んで前後させる。

 

「だ、だ、くっ、ん、ダメ、だめ、ったら、だめってばぁ」

 

「はぁ、はぁ、何がダメなんだ? ん? ほーれ、プライドなんて全部捨て去って乱れるだけ乱れていいんだぜ? 愛歌も好きだろ? 乱れるのは。いっつも誘ってくるのはお前だし、襲ってくるのもお前だもんな」

 

 擦り付ける分け目と竿がくちゅくちゅと淫靡な音を鳴らす。パソコンのスクリーンを見れば、まるで何も起きていないかのように実況と感想が続いている。果たしてその姿は愛歌をスクリーンの前で犯し始めても同じままだろうか? 試してみるのも悪くはないだろう。

 

「ダメ、と言いつつ愛歌のここも準備万端じゃんよ」

 

「そりゃあこれだけ弄られれば濡れるわよ!」

 

「濡れるって事は合意だ……ん、くっ」

 

「ちょっと意味がんん―――っ! ほ、本当に、い、挿入たぁ……! あ、はぁ、はぁ……」

 

 背後から愛歌を軽く持ち上げ、片手で此方をそうしたように秘唇を広げ、反り返るブツを愛歌を落とす様に挿入した。一気に叩き込まれた逸物に愛歌の中に進む感触と、彼女の膣の奥に叩き込む感触と、その膣肉に一気に締め上げられる感覚を感じた。愛歌が口の端からよだれを垂らしながら口を開けて呻くが、此方も一気に感じる膣奥をノックする感触と、同時に締め上げられる感触に頭の奥がノックされる感じだった。

 

「犯すのと犯すのを同時に感じられるってやべーなこれ」

 

「そ、そう思うの、なら、や、止めなさいよ。はぁ……はぁ……ほんとうに犯して来たわね、というか正気!? あ、待って、だめ、こんな感覚知らないっ!」

 

 当然、犯し、犯される快感を同時に味わえるレズビアン用の双頭ペニスディルドだ。その快楽は自分だけではなく、愛歌も味わっている。犯される感触自体は覚えがあるだろうが―――犯す側は完全な未知だろう。体に一部分が誰かの中を割って入り、まるで一部の様に犯す感触は男の特権だ。

 

 そんなアブノーマルな経験、この少女にある訳がない。

 

「はぁ、はぁ、なにこれ、熱くて、はぁ、きゅぅきゅぅって締め付けてきて、全神経が集中している感じ……これが男のぉっんぁっ、や、やめ―――」

 

「やっ、めっ、はっ、んっ、ない!」

 

 お互いに犯し犯す快楽の中で、軽く腰をグラインドさせるように動かす。何度か味わい、再び感じる愛歌の膣は非常にきつく、全方位から逸物を刺激し、一瞬で射精を誘ってくるように男を弄ぶ。大淫婦の名にふさわしいだけの名器を誇っている。今まで味わってきたどんな女よりも極上の名器であり、一日中犯していたって飽きる事のない体をしている。男の間であれば犯していられるのにも限度がある。

 

 だが女の体でこんな道具を使っている以上、どんな限度はない。

 

 何時までも犯せるし、何時までも絶頂を迎えていられる。

 

 だから腰を軽くグラインドさせるように愛歌の膣を犯す。全方位から搾り上げようと締め付けながらも膣壁がカリ首に引っかかって快楽を断続的に与え続けるそれをゆっくりと刺激する様に味わいつつ、膣を犯す感触を楽しむ。膣の形に合わせて変形するペニスディルドは此方の膣全体を隙間なく味わえるような大きさに変形し、常に膣を刺激しながらも貪欲に快楽を貪るように吸い付いてくる。普通の男では無理な背面座位で犯かされながら犯す、という状況に愛歌の表情が蕩けていた。

 

 だがこうやって楽しむだけでは全くお仕置きにならない。

 

 故にある程度グラインドして体全体が火照って来たところで、腰の動きを止める。

 

「えっ……?」

 

「いや、生放送中だったのを忘れていたな。何時までもチートで広告代を稼ぐのも悪いし、そろそろ放送を再開しようぜ? な?」

 

「え、いや、ま、待って」

 

「待ったなーい」

 

 股間を繋ぐモノで一体化したままもう少し深く椅子に座り込んで、椅子をパソコンの前ぎりぎりまで引っ張り、上半身しか見えない状態にする。愛歌の蕩けていた表情もこれからやろうとする事の前に一瞬で消えて、鋼の理性を総動員して外面向きの表情を作っている。おぉ、対応が早いなぁ、と思いつつ両手はテーブルの下に、

 

 片手を愛歌の接合部に伸ばし、クリトリスを軽く指の腹で弄りつつ、状況を誤魔化すために使っていた魔術を全部解除した。

 

「いっ、はーい。という訳で今回はスペシャルゲストのキョウお姉ちゃんよ。視ての通り、私だけのモノだから、その粗末なモノを満足させるためのネタに使うのも、バレないからって懸想するのもダメよ? 血肉に至るまで全部私のものだから」

 

「紹介に預かった姉だよ。寧ろ保護者的に考えて所有権は俺にあると思うんだが……まぁ、この子がこんかい? どうしても? 出てほしい? 超自慢したい? という話だから特別に諸君ら愚民の前に顔を出したわけだ。美人姉妹として崇める許可を与える」

 

 画面がキマシ発言とぶひぃで一瞬で埋まった。こいつらの調教具合が恐ろしくなるレベルだった。

 

「お前、普段からどんな実況やってるんだよ……」

 

「え? そんなにんっ、特別な事じゃないっ、わ、よ……視聴者が何を楽しいか、面白いかというのを完全に理解して提供しているだけよ、個人の色を添えてねっんっ」

 

話している間にクリトリスを何度弄ろうとも最後まで説明を諦めないスタンス、実に悪くない。寧ろそういう強情なところを手折る所が楽しいのだ。クズや下衆の発想? 逆に考えるんだ、魔術師って大体そんなもんだって。

 

 そこに自重はない。

 

「ま、私はここらへんで―――」

 

 と、去る事を発言しつつフェードアウトせず、電脳魔術で聞こえなく、見えなくするだけである。未来に生み出される電脳魔術って便利だよな―――世界が滅ぶ寸前だけど。そんな事を考えながらクリトリスを弄る左手に加え、右手を首周りから服の内側へと忍び込ませ、そのまま小さなふくらみがほとんどない胸に伸ばした。

 

「知ってるか、愛歌。どうやら俺は結構独占欲が強いらしい」

 

「別の時に教えてくれればもうちょっと素直に喜べたのに……」

 

 ゆっくりとしたグラインドでお互いの膣を擦り上げる感触を楽しみつつ、愛歌の全身を快楽で満たす為に愛撫とキスを続ける。左乳首を掴みながらクリトリスへの愛撫を続行し、鎖骨にキスを送る。そのまま軽く首筋にキスしながら甘噛みを続け。愛歌の体を全体的に温めて行く。

 

既に彼女の接合部からは大量の愛液が溢れ出しており、それがブツを伝って此方の接合部から溢れる愛液と混じりあい、さらにしたと流れて床に溜まって行く。既に情事を始めてから少し時間が経過している。だがこれだけでも十分にメスの匂いが室内に充満する。それが脳をクラクラさせるように誘惑しつつ、犯している此方側さえも火照らせて行く。

 

 全身が敏感になって行く感触に、勃起する乳首がインナーに軽く抑え込まれる様な圧迫感に心地よさを覚える。胸を軽く愛歌の背中に押し付けるように、胸先を背中に擦り付けるようにしながら腰を動かし、愛歌の体全体を愛撫して行く中で、

 

 愛歌が動いた。

 

 乗っている此方の腰を掴んで自分の体を軽く持ち上げると、そのまま体を手放して愛歌が体を落とした。持ち上げた時にあった抜けて行くカリが膣壁を抉る様にひっかけて行く感触に、そして落ちて来た時に一気に膣奥を叩かれる感触と叩く感触に男と女の、両方での快楽が一瞬で満たされた。

 

「んんっ―――! あぁ、い、一回思いっきりやってやっと頭がすっきりした……はぁ、はぁ、やばい、これ、あたまがばかになる……」

 

「放送はどうした」

 

「そんなの風邪気味って事で早めに終わらせたわよ」

 

 その手があったかー、と思っていると再び愛歌が腰を持ち上げ、お互いにペニスが抜けて行くような感触を味わいつつ―――再び落ちて、叩き込まれる感触を味わった。ガツンと来る強い快楽の感触に腰が抜けそうになる。だが一度初めてしまった以上、脳味噌がほとんど快楽で支配され、腰が止められなくなる。座ったまま、愛歌の速度ではもどかしいので腰を掴み、全力を腰を引いては突き込む。全力で感じる快楽に、歯止めがきかない、

 

「はっはっ、むっ、むりっ、はま、はま、はまるっ、これはまるっ」

 

 腰の上で乱れる愛歌が先ほどは見せなかった完全に快楽に支配された様子で、腰を全力で振っている。その度に接合部からあふれ出す混じり合った愛液が跳び、愛歌のスカートを内側から濡らして汚して行く。

 

 だがそんな事を気にしないほどに脳味噌は快楽で支配されていた。持ち上げては腰を叩き込む。それだけのシンプルな動きで普段の二倍の快楽が襲い掛かってくるその恐ろしさに理性が保たない。ただの馬鹿になって腰を全力で振って行けば、口から漏れ出す喘ぎ声なんか耐えられるはずもなく、さらに脳味噌を蕩けさせて行く。

 

 やがて、一気に腰を奥へと突き込めば、その衝撃で背筋を抜けて、全身に痺れる様な快楽の衝撃が突き抜けて行く。目の奥がちかちかとする感触と全てが白くなって塗り潰される感覚に、完全な絶頂に至ったのを悟る。そこでいったん越野動きがお互いに泊まり、愛歌がこちらに背中を預けて倒れてくる。

 

「や、やばいわこれ……ハマるわ……」

 

「うん、二種の快楽同時ってのはやばい」

 

 息をやや荒げながらも軽く愛歌の口元を寄せ、口づけを交わしながら軽く腰を動かす。無論、絶頂して潮を吹くこともあるだろう―――だが男とは違って絶頂したわけではない。使っているモノも本物ではなく限りなく本物を再現したディルドだ。というか快楽と性能を一番に調整して開発しているから、本物よか優秀じゃないかこれ、という疑惑さえある。

 

 ただ確実なのは、

 

「あ、だめだ、腰が止まらない」

 

「あっ、あっ、な、だめ……我慢できないないわこれ……気持ちよさすぎるわ……もっと、もっと強く犯させて」

 

背面座位のまま、再び愛歌が腰を強く動かし始める―――射精しなければ際限も限度もない。つまり体力が続く限り犯すことも犯され続ける事も出来る。

 

 女の快楽に終わりはない。そこに男の快楽を加えれば、際限がない。

 

 購入した時のオナホ魔術師のご利用は計画的に、という言葉を思い出した。

 

 間違いない。これ、一度使いだしたら気絶するまで終わらない。これだけで一日が終わる。そう思いながらも腰を動かして愛歌の膣を楽しみながら犯される、という感触を止める事は出来なかった。膣を締め上げるように力を込めれば、それだけで愛歌の体がビクン、と跳ね上がる。故にそのまま、双方に繋がった状態で口づけを交わした。

 

 ひたすら、貪るように犯し合って時を楽しんだ。




 ムラっとしたから書いた。反省はしてない。後悔はしてない。それは性癖の塊出来ていた……。


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情熱のままに
フィナーレを飾ろう


 カーテンの合間から明かりが差し込んでくる。

 

 その光に徐々に意識が覚醒して行くのを感じる。気持ちの良い柔らかなベッドの感触に包まれながら、体に走る甘い感覚を微睡の中で味わっていた。体全体が暖かく、そして痺れる様な甘さを背筋に感じる。抜けて行くような脱力感に違和感を覚えつつ、下半身から広がる甘い快楽の波に目を開いた。

 

「あら……んっれろっ……起きたのね」

 

 体を走る痺れの様な絶頂の快感に僅かに体を震わせつつ、視線をベッドの端へと向ければ、太腿の間に頭を挟み込み、顔を寄せる少女の姿が見えた。その舌先は股間に向かって伸びており、剥き出しになった淫芽に伸ばされている。ぴちゃり、ぴちゃりと音を立てながら舌が触れる度、背筋にぞくぞくとした快楽の刺激が走り、足の指を突っ張るように伸ばしてしまう。どれぐらいから続けているのかはわからないが、体の方は完全に親しむ様に快楽を受け止めており、体からまったく甘い痺れが抜ける気配がなかった。

 

「はぁ、はぁ、何やってんだお前」

 

「何、って朝クンニ。ほら、男の人って朝フェラは浪漫って言うじゃない? だからちょっと参考にして同性という事で朝クンニにしてみたのだけれど……」

 

「お前ちょっと頭―――んっ、くっ」

 

 言葉を口にしようとしたら淫芽を軽く噛みつかれ、強い刺激が体に走った。男よりもはるかに強い性的な刺激に一瞬言葉を失う、そうしている間に這い寄る様に下半身から上半身まで体を引きずって少女―――愛歌が顔を寄せて来た。そしてそのまま、唇を奪い、

 

「おはよう、良い朝ね」

 

「おはよう……ってそういうことじゃっ、んひっ」

 

「ふふふ、可愛い声が出るじゃない。普段は勇ましいのにこういう時は姿相応に可愛いわね……」

 

 そう言うと裸の秘部を秘部に擦り付けてくる。既に濡れている秘部からはぬちゃり、とすり合う度に音が出て、女の匂いと音を部屋に響かせる。だけど問題はそういう事ではなく、

 

「俺、今日はローマへキャスター殺しに行く予定なんだけど!! なんで朝起きたらレズセしてるんだっ!」

 

「うーん、私がしたいから? 真っ当ではないかもしれないけど、合意の上での恋人関係って私、実はどこを見ても初めてなのよね、やっぱりどこか気が昂っているのかもしれないわ……!」

 

 腰に腰を擦り付け、体をくねらせながら乳首に乳首を擦り付けてくる。快楽を受け入れる準備を整えた体は既に乳首を立たせており、ここから我慢する方が逆に体に悪い。これは一回達したほうが早い、と愛歌の尻を両手で掴むと、此方からも腰を動かし、秘部と秘部をキスさせるように寄せ合って行く。勃起して淫芽が乳首の様に腰を動かす度にぶつかり、擦れ合い、そして腰を跳ねさせそうな快感が広がって行く。既に火照り、一度は達している状態、次のが来るまで来るのはそこまで難しくはない。

 

「ん―――っ! はぁ、あっ、ふぅっ……」

 

「はぁ、はぁ、ん、ちゅっ、れろっ……ふぅ、俺の方がまだ正気とかどういう事だ」

 

 軽く愛歌に口づけを交わすと向こうから積極的に抱き着き、そして胸に顔を寄せて口づけしてくる―――え、止まらないの? まだやるの? そう思いながらも既に愛歌は口づけを交わしながら片手を此方の秘部へと伸ばし、閉じた秘部に指を膣の中へと滑り込ませて来る。貝合わせとは違う類の内側から責められる感触に体に火が付いたかのようにおさまりが効かなくなってくる。

 

 流石別名マザーハーロット。そう思いながらもこの少女、少し大人に成ったからって盛り過ぎじゃないか? と思ったが―――だいたい中学時代ってこんなもんだよな、と思い出す。

 

 仕方がない。これは間違いなくアレだ。

 

 ―――腰砕けになって動けなくなるまでヤるしかない……!

 

 

 

 

「あのさぁ……俺、今日はローマに行く予定なの。あそこで神殿構築してるキャスターをぶち殺しに行く予定なのよ。なのになんで朝からワンラウンド繰り広げなきゃいけないのよ」

 

「あら、減るもんでもないし別にいいじゃない」

 

「そういう問題じゃねーよお前」

 

 朝起きて、汗やあれこれをシャワーで流して朝食を取り、食後のコーヒーを片手にしつつ優雅な朝の動画鑑賞タイムになっている。最近は普通にテレビを見るよりもネットで面白い動画を流してる方が面白いから、テレビにパソコンを繋げて適当に内容を流している。風情がない? 元々ソシャゲ廃人に片足突っ込んでいるゲーマーに一体何を期待しているんだ、という話だ。まぁ、それはともかく、

 

「お前、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃね」

 

「仕方がないじゃない……前も言ったけど()()()()私はこの一人だけよ。相手がアーサーじゃないのは残念だけど、それでも前に進めた事実は覆らないわ。そう思うと……こう、気持ちがふわふわする? みたいな感じでちょっと困っているのよね。自分で自分を抑え込めないというか。間違いなく幸せなんだけれど」

 

「だったら寝起きを襲うのを止めろ。なんで俺がツッコミに回ってんだこれ」

 

 それでいて愛歌はきっちり家の家事をやってるから文句が言えない。朝食やコーヒーも彼女が淹れたものだし。しかも俺よりも上手だってのがちょっと悔しい。こう見えて何年も一人暮らしをやっているからそこら辺のスキルには自信があったのに。まぁ、偶に今朝の様な奇行が出てくるが、それらは全部自分の仕事を終わらせた上で出てくる事だ。

 

 しかも最近は実況主を始めてお金まで稼ぎ始めた。見た目幼女で可愛く、なんでもそつなくこなし、トークも上手で退屈を感じさせない。そりゃあ動画の再生数も伸びるわな、とは思う。

 

 それはそれとして、平行世界の俺よ。絶対に魔法使いを目指すなよ、絶対にだ。その先は地獄だぞ、とどこかの出張派遣守護者も言っていた。まぁ、それはともあれ、この見た目だけはロリっ子もだいぶここに馴染んだな、とは思わなくもない。

 

 約束通り、根源に由来する能力を全て愛歌は封じている。残されたのはその体と、量は少ない魔術回路によって行使できる普通の魔術の類だけだ。だけどそれでも日々を幸せそうに生きている。

 

「貴女が死んだら私本気出すけどね」

 

「自力蘇生できる分は忘れないでね」

 

「覚えてたらね」

 

 死ねないなぁ、これ……。おかしい、これは俺がロリコン野郎扱いされてバッシングされるべきところの筈なので、攻守関係が完全に入れ替わっている様な気もする。やっぱり純正女子は一味違うという奴なのだろうか。まぁ、クッソくだらない考えなのでいったん、このバカな考えは脳味噌から追い出しておく。コーヒーを飲み終わった所で、そろそろ最後の仕事を終わらせに行かなきゃならないのだから。

 

 まぁ、全裸で寝ている俺も悪いのかもしれないが、全裸で寝るのが基本、気持ちよく楽なのだからしょうがない。

 

 何時までもぐだぐだしていてもしょうがない。

 

 コーヒーを飲んでいたカップを流しにいる愛歌に渡し、カウチに無造作に放っておいて髪紐を取る。それで髪を二房に分けるように根元で縛り、軽く髪を揺らす。髪が長いと戦闘が不利に―――とか言っちゃうのは雑魚の理論だ。俺の様な強者にそんな雑魚の理論は通じないので、髪は趣味で伸びたままだ。前髪が長くなって目を隠しても、千里眼を保有する以上それが邪魔になる様な事はない。

 

 だから靴下を履いて、ベルトに礼装をセットし、ブーツに足を通し、ストラップをしっかりと結ぶ。

 

 最後にコートラックに引っかかっている一張羅に両腕を通し、外へと出る恰好が完了する。ジャケットのポケットから煙草のパックを取り出し、軽く叩いてから口に咥え、先端に火を付ける。煙草の先端に灯った焔を見て息を吐き出しつつ、煙を吸い込んだ。それで準備の全てが完了する。

 

「そんじゃハニー良い子にして待っているんだよ。運が良ければローマのお土産を用意できるからね」

 

「あら、でも無理にお土産を用意する必要はないわ、ダーリン。貴女が無事でさえいればそれで十分だもの」

 

 でも、まぁ、と流し台で洗い物をしつつ愛歌が手を止めずに言葉を続ける。

 

「相手の首は欲しいかなぁ、て」

 

「やはり獣候補(ハーロット)

 

「えー」

 

 その欲望に素直すぎる辺り、実に片鱗が見て取れると思う―――いや、まぁ、自分がいる間は絶対にそんな事はさせないが。なんかなぁ、気が抜けると思いつつ行ってきます、と言葉を置いて扉を開けて抜けた。

 

 扉を抜けて出るのは新たな部屋で、此方はゼルレッチの執務室になる。

 

 見ればテーブルの上にカップ麺を置いて、それを眺めてるゼルレッチの姿が見えた。その姿を無言で見て、ゼルレッチへと視線を向け、

 

「爺のこんな姿見たくはなかった……」

 

「いや、ワシもちょっとこういうのに興味があってだな……美味いらしいし」

 

「いや、まぁ、開発にバカみたいな金額かけてるからそらそうだけどさぁ……」

 

 魔法使いゼルレッチ、といえば魔術世界でもトップの有名人であり、また同時に多くの魔術師にとっての憧れでもある。個人的にそういう部分は全く皆無ではあるが、それでも姿は完全にかっこいい魔法使いの爺さんなのだ。それがカップ麺を用意している姿とか流石にない。

 

 ショウジキナイワ―。

 

 まぁ、それはどうでもいい。

 

 一応、この残念元帥もこの計画に噛んでいる人物の一人だ―――たとえその裏側がマッチポンプだったのだとしても、元の師として一言出る前に告げておく必要はあるだろう、と向かう前に足を止めていた。だからとりあえず、

 

「んじゃ、爺。世話になった。今日中に聖杯取ってくるわ」

 

「そうか……ならとっとと終わらせろ、元弟子」

 

「あいよ」

 

 じゃあな、と告げながら振り返って再び扉を出て、一気に転移魔法を使う。

 

 

 

 

―――さて、このシナリオの話をしよう。

 

 これらの騒動は全て()()()()()()()()()()()()()の騒動である。数年後、魔神王ゲーティアが人理焼却を行い、憐憫の獣としてその相対を始める。そこに犠牲は生まれ、そして消えて行く命、姿、人もあるだろう。だけどそれはいい。()()()()()()()()()()()なのだ。魔神王ゲーティアは出現した時点で討たれる運命にある。カルデアに現れる少年少女達がその問題を解決してくれる。

 

 だから実のところ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 だが問題が発生した。

 

 見通すはずの千里眼が見えない何かを見た。

 

 つまりは人理焼却に異分子が混ざった。千里眼によって見通せないという事は根源に連なる存在か、或いは外宇宙の記されざる存在などの外側に位置する者たちによる手になる。

 

 だがその犯人自体はどうでもいい。問題はどうにかなりそうだった人理焼却が異分子によってイレギュラー化し、それで確実な未来が見えなくなってきた事になる。確定された事象が不確定な未来になる事は喜べる事だ―――とくに予見による未来確定を行えてしまう千里眼持ちにとっては。だがこの状況でそれがプラス方面に進むとは限らない。

 

 常にマイナスになる可能性も存在するのだ。

 

 それを考えると相手に備えて此方も一人、戦力を補充する必要がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 どんな環境でも独自の理論を展開し、ほぼ無敵ともいえる戦力を発揮する事ができる魔法使いは冠位指定魔術師にすら匹敵する万能性を保有している。それを一人生み出し、そしてカルデアの物語に配置すればそれだけで大きな予防線を、保険を利かせる事が出来る。その為にはまず選定しなくてはならない。才能があり、素質がある人間を。

 

 意思がなければ意思が出来るようにすればいい。試練を、苦境を、成長を強制的に与える事で覚醒を促す。性根が腐っていなければ後は魔法使いに無理やりにでも押し上げてしまえば良い。千里眼を保有し、そして悪性でなければ未来を視ればわかる。

 

 望まなくても動かざるを得ない事実に。

 

 それがゼルレッチ、そしてランサーの計画だった。キャスターはランサーによって召喚されたサーヴァントであり、知略を手伝いつつ偽装と時間稼ぎ、準備と前夜祭の下地を万能の魔術によって作り上げた、このシナリオにおける功労者であった。

 

 本当であればもっと色々と出会いやイベントがあった。

 

 例えば空港に突入してきた兵士が実は擬装用のホムンクルスであり、その素材を調べる事でローマへと行きつくとか、少しずつ時計の針を前に進めながら覚醒を促す予定だったのだ。だがライダーが事故死して出現しなかった事、そして花の屑マーリンが《英雄作成》を教えた事でこのスケジュールが歪み、

 

 千里眼を取得し、シナリオを確認できるようになった事でプロットが完全に崩壊した。とはいえ、それは涙を流すような事ではなく、喜んでもいい事だった。スケジュールが早く切り上げられただけの事なのだから。故に事実、ランサーとキャスターは盛大な歓迎を用意しながら、黒幕らしくローマの街を丸ごと一つ支配して待ち構えている。

 

 アクシデントとトラブルと、そしてイベントの重なる聖杯戦争。

 

 だがそれもいよいよ終わりが見えた。

 

 キャスター、そしてランサーが消滅すれば聖杯は満たされ、戦いが終わる。それは同時にカルデアにて紡がれる愛と勇気の前日譚が終わるという事であり、また少年と少女の運命が鼓動を響かせながら胎動を告げるという事でもある。

 

 始まりがあれば、また終わりもある。

 

 生まれる命があれば終わる命もある。

 

 故にこの聖杯戦争も、始めたのだから終わらせなければならないのだ。何時までも続く夢はない。それは何時か、どこかで絶対に終わらせなきゃならない。それは誰よりも、否定という概念を通して終焉を知る人間だからこそ熟知している。そこに滅びの美学がある、なんという飾った言葉は使わない。

 

 ただ、

 

 終わらせない限り、次は来ないのだ、という事実が存在する。

 

 故にローマへ―――原初の魔術と魔法を操るキャスター、そして偉大なる皇帝が祭りの最後をせめて相応しく派手に飾る為に彩る決戦の地へと、

 

 血液を沸騰させるような熱を体内に巡らせながら今、行く。




・ローマ消滅が確定しました

 という訳で次回、vsキャスター前哨戦。魔術EXで魔法使いなキャスターが相手じゃぞ。しかしシナリオを千里眼で確認できるから物凄いプロットブレイカー。巻き込みやがって、とは思うものの、その背後の状況や理由を考えるとあぁ、うん、まぁ……って感じにもなるので、ニキネキの心境は複雑。

 それはそれとして、幼女に朝クンニされて起きる人生とは。


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二度フィナーレを飾ろう

「ヒャッフー!」

 

 転移魔法で飛び込んだ瞬間、排斥するような衝撃に一瞬で吹き飛ばされながらどっかの配管工の様な言葉を叫びながら一気に大地をバウンドしながら転がった。転移で乗った勢いがそのままマイナス方向へとベクトルに乗せられたかのような勢いにピンボールの如く吹き飛びながら何度か大地をバウンドし、衝撃を食らいながら数秒間そのまま、転がってから停止した。

 

「絶妙に痛さを感じない辺り、職人芸が光るな……」

 

 大地―――というよりは道路に転がった状態で呟く。痛いようで痛くないようで痛いかもしれない……絶妙なダメージ加減にどうリアクションを取ればいいのだろうかと悩んでいると、足音が聞こえてくる。体を起き上がらせながら視線を向ければ、ボディアーマーにショットガンを装着した現地の警察官の姿が見えた。片手で頭を抱えつつその人種を見れば、ちゃんとブリテンからイタリアまで転移できたのは間違いない。

 

「おいおい、アンタどこから来たんだよ……ってのはともかく、大丈夫か?」

 

「ミキサーに軽くかけられたような気分だよ。最悪極まりない。……ところでここはローマでいいのか?」

 

「あぁ、入れないけどな」

 

 ほら、という警察の言葉と共に視線を正面へと向ければ、半透明な壁の様な物に覆われたローマの都市を見る事が出来た。魔術師である以上、それが即座に結界の類であり、自分の知識や技量を超越する神代級の魔術である事を知覚する。つまりはキャスターの仕込みだ。祭りの会場に一般人が入り込んでもまずいから対人結界、人払い、物理障壁、そして転移排除結界が合成されて敷かれている。

 

 神秘の量が強すぎて結界そのものが目視出来てしまっている。いや、これはどちらかというとすごいぞー! 俺すごいぞー! ……的なアトモスフィアを感じる。まぁ、でも、大技とかは基本的に見られてナンボ、というのはあるし気持ちは実際解る。俺も大技をやるならやっぱオーディエンスは欲しいと思う。それはともかく、丁寧にスタート地点まで弾き出してくれたのだ、ここからローマに入って来い、という趣向なのだろう。

 

 実に望む所である。

 

 起き上がり、立ち上がり、軽く埃を叩いて落としながら体を軽く捻る。

 

「……大丈夫か?」

 

「おう、そしてあんたは市民の安全を頑張って守りな。俺はローマ滅ぼしてくるから」

 

 暗示と共にそう言葉を告げて警察官を追い払いつつ、左腕を消した。その代わりにベルトのホルスターからカードを一枚抜いて、それを掌の上で浮かべて回転させながら歩く。なんかこういうポーズ、ゲームで出てくる強キャラ感あるよな、と密かに心の中でガッツポーズを決めつつ、

 

「うっし、じゃあ遊ぼうぞキャスター。祭りの最後は鮮やかに花火で彩ろう。それが俺達の流儀だろう」

 

 言葉を吐き、結界を抜けた。その直後、全身にのしかかる様な重圧を感じた。ローマという街全体が拠点として掌握され、キャスターの《陣地作成》によって神代の神殿としての機能を発揮しているのだろう、と察知する。この都市そのものがキャスターの領域であり、踏み込んだものは当然ながらペナルティを受ける。まずは力を削ぐ、という所だろうか。

 

「ま、通じないけど」

 

 カード一枚を握り潰す。炎と共にカードが燃え尽き、干渉による強制ペナルティを否定してなかった事にする。こういう封印、除外系統に対して自分はその性質上、凄まじく強い。というか魔法の性質を考える結果、魔術的には()()()()()()()()使()()()()()風になっている。故に逆に除外や封印、制限能力を食らってもそれを簡単に跳ね除ける事が出来る。

 

 そしてそれが出来るのなら簡単だ。

 

 魔力の暴力で殴り飛ばせばいい。

 

「おうおうおう、おいでなすったぜ」

 

 結界を超えてローマの街の入り口に立てば、蠢く気配を感じる。視線を正面へと向ければ、整えられた足並みで正面、道路を占拠する様に軍服姿の人たちが見えてくる。ナチスドイツ、古代ローマ軍、帝国軍、その恰好はさまざまであり、統一感がない。だが共通してそれらは全て()()()()()()()()というのが事実だった。その中には経験と記憶が存在し、人の肉を持って存在している。ホムンクルスでもない。

 

 魂を物質化させて肉を与えた存在だ。

 

「流石自前の魔法で物質化して降りて来る奴は違うな。第三で軍隊を作るってお前……」

 

 派手にやるぜ、と思った直後一瞬で銃撃と矢と投槍の雨が此方へと向かって放たれた。それぞれが弾丸にも匹敵する音速で迫ってくる光景は圧巻の一言で、認識を加速させ、ゆっくりと面を制圧する様に放たれるそれを眺めた。攻撃の壁だった。映画のワンシーンにでもなりそうなそんな景色の中、うーん、凄い、と煙草を咥えたまま呟き、

 

「だけど俺の方がもっと凄いんだよなぁ……」

 

 新しく取り出したカードを後出しで振るう。攻撃はまだ届かない。そこら辺の優先順位の入れ替えなんて魔法使いや冠位指定には朝飯前である。故に振るえばそれだけで攻撃が消失し、カードの内界、三次元から二次元へと存在を否定されて落とされる。全ての攻撃がその中に一時的に封印され、それをそのまま、転移で相手の内側へと投げ込んだ。

 

「そうら、受け取れ!」

 

 封印されたものが内側から弾け飛ぶ様に解放された。弾丸が、矢が、魔術が、そして槍が相手の軍団の内側から吹き飛んで周辺を蹂躙する。即席手榴弾の様なものだ。派手に血肉と内臓が舞うぜ、と思いながらもまだ無事な姿が多数見える。なので軽く片目で照準を行い、地平線に沿う様にカードを横に振るった。

 

 よく子供がやる、片目を閉じて遠近法で人を潰すような遊び、それをカードで切り裂く様にやる。

 

 そして実際、視界範囲内の全てが両断される。

 

「さぁ、死にたくなければガンガン気合を入れると良い―――気合入れて死力尽くして覚醒したところで勝てるわけではないけどね!」

 

 歩きながら屍の舞う道路を進んで行く。それを邪魔する様に四方八方から再び気配を感じ、狙撃する敵の姿を千里眼で捉えた。その射線上に片手で持ち上げたカードを配置し、直後発生した狙撃をカードと片手で防ぐ。まぁ、流石に筋力がBにもなればこれぐらいは余裕で出来る。サーヴァント基準でBなので、鉄骨ぐらいは素手で捻じ曲げる事が出来る力はあるのだ、これは。

 

「えーと……詠唱なんだっけ? まぁいいや。適当に今組み上げればいいだろう―――胎動せよ我が魔力よ」

 

 弾丸を叩き落としながら歩き、カードをひらひらと落として行く。それが大地に触れる前に燃え尽きながら近づいてくる敵を発火炎上させ、近づけずに滅ぼして行く。一枚で十殺ぐらい出来るから存在強度はそこまではない。無双ゲームの様な気分だった。じゃあ三千程殺してみるか? なんておどけつつ、

 

「汝、発展と科学により彼方へと否定されし幻想。星の裏側へと潜む栄光の影よ、今こそ再誕の時。汝の名はバハ―――ちげぇ、これお空の方の奴だ。えーと、なんか、こう、いい感じの来い」

 

 背後の空間が割れる。世界は薄いテクスチャーの上に成り立っている。今ある地球の表面の下には否定され、忘れられ、そして眠り続ける数々の幻想が存在している。その否定部分に対する相性の良い己はそれを一時的に歪め、ロンゴミニアドによって封印されている世界の扉を開けているに過ぎない。

 

 割れた隙間から濃密なエーテルが風となって光りながら溢れ出し、そこから巨大な黒龍の姿が見えてくる。

 

『……』

 

「え、最後まで呼びかけはかっこよくやって欲しかった? ウチ、待遇は成果次第なんで新人くんの扱いはやや雑なんだ……すまんな……」

 

『……』

 

 そっかー、な表情を浮かべてドラゴン君がブレスを吐いた。ところでお前どこ出身? という言葉を飲み込みながら吐き出されたブレスが一直線に大地を穿ち、直線状に炎の壁を大地を真っ二つに割きながら生み出し、天高くにまで届きながらローマのコロセウムに衝突し、吸収される様に無力化された。だがその地点に到達するまでの道行きは全て一瞬で灰燼と化した。胸を張りつつ口から煙を輪っかにして吐き出すドラゴン君の姿を見上げ、

 

「実は結構ノリノリ?」

 

『……』

 

「そっかー」

 

 ノリで世界の裏側から召喚するもんじゃねぇなこれ……と軽く後悔した。魔法使ったら周辺が消し飛ぶから代わりに戦ってくれるもんを呼び出したのに、それが同じレベルで破壊を撒き散らすとか話を聞いていない。

 

 だが、まぁ、いいや! 聖杯使って修復すればいいよね! ノーカン! ノーカン!

 

「情熱のままに、全てを燃やし尽くし、暴れ、踊り、歌い、そして備えよう―――本祭に向けて。今はしがらみも何もかも忘れて、笑って衝動のままに暴れろ、黒龍。今日一日だけはそれが許される。傲慢に暴れろ。忘れられた幻想よ、汝はここにあると咆哮すると良い―――まぁ、BBCのトップは飾れないけどな!」

 

『……』

 

 結界が情報偽装付きで中の出来事を外に映さないようにしているから、外で飛行しているBBCの報道ヘリはドラゴン君の活躍を記録できないのだ、残念ながら。まぁ、そもそも世界の裏側から溢れるエーテルの風がなければこの世界に留まる事も出来ないほど濃い幻想だからテレビに映るかどうかさえ怪しい。

 

 だが龍は吠えた。咆哮を響かせ、それにこたえるように天地が鳴動した。流石幻想種最強の一角だと思える咆哮に、世界が応えるように大地が割れてマグマが間欠泉の様に溢れ出す。ローマの地獄化が加速して行くが、最終的に聖杯でどうにかするので問題なし、と断言しておく。

 

 問題はない。たぶん。

 

 故に、

 

「薙ぎ払え」

 

 言葉と共に黒龍が口からブレス―――というよりはもはやビームを放った。横に薙ぎ払う様に放たれたビームは横薙ぎにローマの街を横断し、炎のカーテンを街に飾った。視ろよ、ローマが赤く染まってるぜ! と心の中で叫びながら見た次の瞬間、黒龍に匹敵する巨躯がコロセウムから飛び出してきた。

 

 十数メートルを余裕で超えるその姿は巨人と呼ばれる幻想種族の姿であった。堕天使の子として生み出された存在は底なしの食欲を誇っており、()()()()()()()()というおぞましさを秘めている。だがそのラインより一段上に製造されたか、生み出されたのか、鋼の武具で身を包んだ巨人はビルと見間違えるような巨大な鉄塊を片手に、ローマの大地を蹴り砕きながらその巨体を飛び上がらせ、

 

 黒龍へと襲い掛かって来た。

 

「解ってるじゃねぇか! やっぱ怪獣決戦はいいよね!」

 

『……』

 

 巨人の鉄塊を黒龍が翼で受け止めるも、後ろへと一気に押し戻される。一撃を翼で弾き飛ばしながら空いた巨人の体にボディブローを叩き込み、組み付く様にブレスを放つ。それを察知した巨人が咄嗟に倒れるように体を下げ、身体能力ではなく、先読みを使った回避技術で破局を回避した。そのまま、ドラゴンvs巨人のB級映画っぽい戦闘風景がローマの街を蹂躙し、転がりながら始まる。

 

「盛り上がって来たよな?」

 

 見えて来た敵の姿をカードという二次元の世界に封じ込め、そのまま一切の躊躇もなく握り潰した。カードの内界からぐきっぼきぃ、と骨が砕け血肉が潰れて弾ける様な音が聞こえる。だがカードの内側で起きている事は外側に影響を与えられない。内側から滲んで真っ赤に染まったカードを燃やしながら投げ捨てて、コロセウムへと向かって歩く。

 

 そこまで繋がる道路は綺麗に破壊されて、文明の跡形もない。ただ一つ、コロセウムだけが極限まで防御を固められており、無事に鎮座している。非常にわかりやすいゴールだった。つまりそれ以外はどうなっても別に問題はない、というサインでもあった。

 

 故に暴れる。歩くごとに足跡が大地に刻まれて行く―――炎の足跡だ。それが生まれる度にまたどこかで爆発が発生し、命が砕け散る。魔法によって創造され、固形化した命達。この日、この時を彩る為だけに出現した存在達でもある。

 

 ここまで派手にやる必要はあるのか? そう問われれば()()としか断言できない。

 

 だが元々()()()()()()()()()()()なのだから、それを問う行いその物が馬鹿々々しい。自殺する為の道具でしかない魔術が神聖だとか、貴族の責務とか、大いなる意思とか、まったくもって馬鹿々々しい。

 

 だからこれぐらい無意味で派手でふざけてりゃあいいのだ。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 派手に、自分の欲望に素直で、常識や法律はファック、俺が知るもんか。重要なのは楽しめるかどうか。俺にとって意味があるかどうか。責務の事ではない。俺がそこに価値を見出せるか否か、だ。

 

 そしてこの祭りには意味はなくても価値がある。

 

「っつーわけだ、派手に遊びながら来たぜ」

 

「おう、遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぜ」

 

 そうやって破壊を振りまきながら道を炎で飾った。蹂躙された町は瓦礫と化し、炎がゆらゆらと揺らめきながら焔色に街を染めている。それはある種、美しく感じられる。積み上げ、積み上げ、そして積み上げ続けて来た歴史と価値を全て一瞬で滅ぼす美とでもいうべきものだ。それがたまらなく自分には美しく感じる。

 

 炎で燃やし尽くすその事に美しさを覚えるのはやはり起源の影響だろう。

 

 だがそれでいい、悪くないと思っている。

 

 だからそうやって歩き、コロセウム前に陣取るキャスターの姿を見た。背からは黒く染まった翼を持ち、現代風の服装に着替えているのかダメージジーンズに素肌の上からパーカー、茶髪というどこか若さを感じる恰好をしており、現代人に滅茶苦茶馴染んでいるのが解る。

 

 そんなキャスターを前に、カードを掌の上に浮かべて回しつつ、

 

「とりあえずスケジュール壊してすまんな」

 

「いや、そりゃあ別にいいんだよ。つーか久方ぶりの正式な仕事だしな。知を授け、魔術を授けた者としてぶっちゃけ妥当な仕事だと思ってるしな。まぁ、だけど流石に会う前に仕事が終わるとは思ってなかったぜ……あっ、そうだ、戦う前に少しいいか?」

 

「おう?」

 

 首を傾げながらキャスターの言葉に耳を傾ける。背後から未だに怪獣決戦によるローマ破壊が続いているのでやや煩い。そんな中、キャスターがいや、な、と言葉を置く。

 

「俺は結構早い段階で現界したから現代の文化に触れる機会があったんだわ。だからこっちに来て以来、色々と勉強してな―――今の俺はある点においては生前を超えると思うぜ」

 

「マジか」

 

「あぁ、だからその成果を今、披露してやる―――」

 

 キャスターは凄みを放ちながら此方を真剣な表情で見つめてくる。その姿に唾を飲み込み、何時でも動けるように魔術を準備させれば、キャスターが口を開く。

 

「ベッドインを前提にセックスしませんか……!」

 

 千里眼ホットラインから過呼吸に陥る声が聞こえて来た。ダメだこいつ、神代のころから学習するどころか悪化してやがる、片手で顔を抑え、心底溜息を吐き捨てながら、気持ちを入れ替えて叫ぶ。

 

「キャスター戦、開始ぃ……!」

 

「え、答えは? なんか雑誌で見たフレーズをアレンジしてみたんだが」

 

 メンナクでも参考にしたのかよこの野郎、そう叫び出しながらローマを灰燼に帰す、キャスター戦が開始する。




 という訳で問題児のキャスター出現。ヒントは既に色々と出ているので死んだらデータ出すって事で。

 シリアスな部分は全部終わった。お祭りは笑いながらやるもんじゃて。


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三度フィナーレを飾ろう

「待て! マテマテマテーい!」

 

 カードを握り潰そうとする動きを停止させ、キャスターを攻撃する行動を止めながら、いや、なんだよ、と視線をキャスターへと向けた。ばっさばっさと翼を動かしながらキャスターは横に本を浮かべ、空を捲りながら何かを確認し、そして此方へと視線を戻してくる。

 

「今の、何がいけなかったんだ……?」

 

「しいて言うなら全部かな……いや、まぁ、聞けよシェムニキ」

 

「おう、これからの参考用に聞いておくわ」

 

 とりあえず机と椅子用意するわ、とキャスター、シェムハザが無から物質を創造し、それを正面に並べた。なので机を挟む様に椅子に座り、紙とペンを貰ってそれを書き込みながら色々と教えて行く。背後ではぎゃおー、とかずががががんー、とかティタノマキア! とか叫び声が聞こえてくるが、それは全て無視する方向性で進む。ともあれ、まずはこの勘違いメンナク野郎が基本的な勉強をする方が先だ。

 

「いいか、シェムニキ。まず―――お前のそれは肉食を通り越して変態の領域に入る」

 

「……マジか」

 

「マジマジ」

 

「……マジかぁー」

 

 相当ショックを受けたようで、両手で顔を覆い、数秒間、考え込む様にそのまま無言を貫いた。それでイケているとか思ったのかよお前……少しは常識を学んでみろよ、とは言いたかったが、基本的に魔術サイドの人間って常識が蒸発している連中ばかりだからまぁ、これもしょうがないかなぁ、とは思わなくもない。とりあえず、

 

「俺の体は?」

 

「女」

 

「魂は?」

 

「超男」

 

「ナンパは?」

 

「超イケる。良い体してるじゃん。むしゃぶりつきたい」

 

「はい、そこでダメです」

 

「えー……」

 

 あのなぁ、と呟きながら眼鏡を要求する。コロセウムの上を巨人がドラゴン君が跳んで抜けて行く。そしてついに被害がローマの反対側にまで広がった。シェムハザに作ってもらった眼鏡を装着しつつ女教師気分でいいかな、と言葉を置く。シェムハザは言葉をしっかりと自分の宝具に書き込む所存だった。

 

「今の時代、過度なセクシャルアピールは犯罪です。というか口に出してすぐに誘うのはもう犯罪です。逮捕されます。逃げられます。しかも今は言葉で誘うにしても迂遠なやり方が流行っている時代です。直接褒めるんじゃなくて少しずつアピールして仲良くなる事でお近づきになる時代です。つまりシェムハザ君は時代に真っ向からぶつかるスタイルに挑戦しましたねぇ……」

 

「嘘だろお前。俺がいた時代なんて俺が微笑んで誘えば一発でベッドインだったぞ! しかもこっちで参考用に取得した雑誌も大体そんな感じだったし」

 

「参考資料がクソだったって事だよ。言わせんなボケ」

 

「えー……マジかよ……」

 

 シェムハザ君、ダメージが実に大きそうなのだが、話はこれで終わらない。

 

「そのファッションセンスもダメですね……」

 

「ダメですか先生」

 

「うん。ワイルドさは悪くないけど致命的にローマと合ってない。アメリカのサブストリートとか行けばまだファッションとして許されるかと思うけど、その恰好でローマはないね。センスが死んでる。人間としてどうかと思う。正直戦う前に本気で着替えて欲しかった。魔術の祖がこれとか魔術師の大半が死にたくなるわ。俺はある意味その潔さ嫌いじゃないけどね。ただやっぱそのセンスないわー」

 

「ないかー」

 

「うん。まぁ、ワイルド系も需要がある所にはある。だけど基本的に清潔感をメインにした上で落ち着いた服装の中に個性を見せるのが良い。特にローマとか結構明るい色の似合う場所だと思うし、チェック柄のシャツとかいいと思うけど……まぁ、ここらへんは俺も詳しくは言えない。基本的に俺もインナーとスカートだけで生活してるもんだし。だけどそれはそれとして、俺は美女だから許される」

 

「一理ある」

 

 こくこく、と頷いたシェムハザを見て、とりあえず纏める。

 

「今回の現界では無理があるから次回で」

 

「そっかー……まぁ、人理焼却(次のイベント)で召喚されるのを祈るかー……」

 

 じゃあタイム終わりで? 終わりで。そういう方向性で両者合意する。とりあえず机と椅子が邪魔にならない様にローマの彼方へと蹴り飛ばし、シェムハザはコロセウムの前へと戻り、自分も十数歩、スペースを開ける為に下がりつつ背筋を伸ばして右手の上にカードを浮かべて回転させる。待機状態的なポーズを決めつつ、いつの間にかシェムハザが着替えていた。

 

 ……地味に気にしていたんだな……あいつ。

 

 そういえば部下とか仲間をたくさん引き連れるリーダーだったし、そういう部分もあるよなぁ、と思いながら翼をばっさばっさ広げながら半分浮かび上がる様にポーズを決めるシェムハザを見て、そっと地面から骸骨を腕を出し、サムズアップを向けておく。

 

 あ、笑顔が返ってきた。

 

 こほん、と軽く咳ばらいをお互いにしながら、戦闘態勢に戻った。

 

「―――良く来たな第一の魔法使い(ジ・ファースト)! まさか此方のシナリオをここまで破壊するとはな……だが許す。こちらの目的は果たされた、そしてここまで来たんだ、お互いに遠慮はいらねぇだろぉ……?」

 

「待たせたな第三の魔法使い(ジ・サード)キャスター。あらゆる魔術の祖、人類に魔術という概念をもたらした最強の魔術師の力を見せて貰おうか堕天使!」

 

 お互いに言葉を放ったところでニコリ、と笑みを浮かべる。千里眼ホットラインが現在大爆笑によってパンク中ではあるが、シェムハザと今は心が繋がっているのを感じる。そう―――今の俺達のやり取り、かっこよくね……!? と、それで完全に同意していた。

 

 まぁ、これから殺し合うのだが。

 

 故にカードを握り潰した。

 

 本の頁が捲られる。

 

「魔法、幻想、彼方の神秘よ、私は否定する」

 

「聞け、我が魔道こそ原初にして原典。汝ら叡智全て我が指先なり」

 

「彼方の理よ、汝はここにあるものに非ず、汝時の迷い子」

 

「否、却下である。否認、否認、否認。我が無窮の叡智ここにあり」

 

 連続で焼却されるカードと無限に捲られる頁による魔術干渉合戦が一瞬で交差する。流石に相手が相手だけに本気で詠唱を込めた魔術合戦を行った。迷うことなく戦力をゼロに落とすためにキャスターの最大の武器、魔力の封印除外を行った次の瞬間にはそれが抵抗され、逆に此方の能力を封印しにかかってきた。魔法によるレジストで抵抗しつつ能力に続けてスキルを連続で封印させるが、同じ魔術という領域では()()()()()()()()()()()であるからに、干渉が全て遮断されてカウンターを放たれる。それを弾き飛ばしながら新しいカードを手に、それを投擲する。

 

 投擲されたカードが一瞬で複数のカードと連結し、強大なのこぎりのようなカッターに変形、回転しながらシェムハザへと接近する。だがそれに対応する様にシェムハザの正面に一人の戦士が出現した。軽く見て英霊級の存在がカードカッターを切り払い、踏み込んでくる。それを封印と除外で一瞬で無力化し、手足を別々のカードに封印して残された体を消し飛ばした。実体がある分、純粋な神秘の塊である英霊よりは幾分かやりやすいのが事実だ。

 

 純エーテルの塊であるサーヴァントは存在自体が神秘の塊であり、それが理由で純粋な魔術の通りが悪い。その為、特殊な攻撃手段か蓄積された神秘を持ってこない限りは戦闘は難しい。

 

 その対策として魔法からくみ上げた魔術を使って戦闘を行っている。これは対魔力などの耐性を貫通できるほか、()()()()()()()()()()()()という利点が存在するからだ。だがその為、殺傷力が大きく減る。封印や除外でさっくり無力化して殺しているのはそれが主な理由になる。

 

 さて、このシェムハザ。

 

 人間の妻を娶って孕ませてそれで堕天したという馬鹿ではあるが、

 

 人類に対して魔術という叡智をもたらした存在でもあるのだ。

 

「俺が魔術を伝えた。つまりは()()()()()()()()()()()()()って事でもある。だから俺は地上に存在するあらゆる魔術を全て使えるぜ? そして魔術は生み出されるうえで常に対抗手段が用意される、奪われて悪用された時を想定してな。そして生み出された時点で俺の宝具万魔教典(エグリゴリ・シェムハザ)に登録される」

 

 此方が好んで使う二次元空間への封印魔術の気配を感知する。界の壁を焼き切って異世界経由で一回無敵回避し、違う場所に戻ってくる。シェムハザの死角からそのままカードを投擲する。それを見るまでもなく翼が跳ね飛ばし―――跳ね上げられたカードが増殖、分身し、それがエーテルを巻き込んでエーテルの竜巻を生み出す。

 

 それに対してシェムハザが同じように、しかし真逆の方向の竜巻を生み出し、衝突させて相殺させる。また、その内側から強い風とエーテルを纏った戦士が立ち上がるのが見えた。

 

「あぁ、つまり魔術って領域に立っている間は永遠に俺に勝てねぇって事だ。お前らで言う第三魔法が俺にはあるしな。勝ちたいなら魔法に覚醒した上で俺を超えろ―――って本当はここらへんで言うつもりだったんだがなぁー……」

 

「そこら辺の事はもう水に流せよ。花の屑を虐める事だけは覚えておいて」

 

『!?』

 

「そうだな」

 

『!?』

 

 言葉を放ちながらも世界に穴を開けて、裏側とこの領域を直結する。超高濃度エーテルを散布しながらそれで空気を焼く。風が光りながらそのまま燃え上がり、ローマの空気そのものがエーテルの炎となって炎の洪水が空間を一瞬で満たす。

 

 だがそれをシェムハザが一瞬で解体する。エーテルという存在を一瞬で鎮静化させると裏側の世界へとそれを押し戻しつつ、戦力である英霊戦士を第三魔法で創造し、召喚する。一人一人が一流の領域にある戦士は耐性を貫通した反則技を使わない限りは相手するのが難しく、まともに相手をしない。

 

 どれだけ雑魚を一瞬で除外できても、それがシェムハザに届く事はなかった。

 

「おらおら、どうしたよ、後輩。俺が採点してやるから、祭りにふさわしいド派手な玩具を抜けよ。俺がそれを見てやるかさ」

 

「さっきまで落ち込んでた奴の言葉じゃねぇなぁ―――」

 

 と、呟きながら最初の位置へと転移し、戻った。じゃあ仕方がねぇな、と呟く。

 

「魔術と違って()()()()()()()()()()から使えないんだけど、ここじゃお前しかいないしな……遠慮なく使わせて貰うとするか―――」

 

 残された腕をシェムハザへと向けた。笑みを浮かべて、シェムハザがそれを見て、

 

「―――失せろ」

 

 次の瞬間、シェムハザの姿が消え去った。

 

 それと同時に近くにあった残骸、瓦礫、道路、地形がごっそり抉れるように消え去った。魔法を行使したその余波で周りの存在率が低いものが消え去っただけだ。そう、余波でこれだ。だからまともに魔法を使う事が出来ない。使おうとすればそのまま周りの存在まで巻き込んで否定してしまう。魔法そのものにまだ馴染み切っていないというのが最大の理由ではあるが、第一魔法そのものが暴れ馬であるという事にも理由がある。言葉一つ、ワンアクション、それでこれだけの成果を生み出せる。

 

「は―――やれるじゃねぇか」

 

 ()()()()()()()()()()

 

 無へと否定されたはずのシェムハザは魔力を減らしながらも再度出現し―――減った分の魔力を即座に完全な状態へと回復させた。

 

「そうだ、遠慮はいらねぇよ。慣らし運転には丁度いい相手だろ? 本気でぶち込んで来いよルーキー」

 

 挑発する様に言葉を向けてくるシェムハザはしかし、此方へとリードを渡してきている。普通に口説くときもそれぐらい出来ればまだイケるのかもしれないのに、と軽く嘆きながらもその恩恵にあずかることにした。魂から無限のエネルギーを生み出せる。そして同時に第三魔法の特徴として無から有を生み出す事も出来る。

 

 第一魔法は無の否定による()()()()を行った。続く第二はそこに多様性を、第三は……という形で続いた。その中でも第三は最も利便性のある魔法である。第一が消費を否定する事で無限のリソースを保有し、第二が平行世界から補充する事で無限とする中、

 

 第三は魂という永久機関を使う事で無限のリソースを手にする。

 

 故に死、或いは消滅した程度では簡単には消え去らない。これは上位に近づけば近づくほどよくある条件の様なものだ。或いは母の獣の様に地上に生物が存在する以上死ぬことは無かったり。死んだあとで死んだという事実をなかったことにして蘇ったり。或いは死という概念そのものが存在しない蜘蛛も存在する。

 

 一定のレベルを突き抜けるとやれること、できる事は似てくる。なら持ち味で突き抜けるだけ突き抜ける必要がある。そうじゃなければ勝負にならなくなる。今のシェムハザとの戦いもそうだ。魔法vs魔法まではいい―――だからこそ尖った部分が必要だ。

 

「あぁ、さぁこい! てめーの全力を見せて見ろ!」

 

 見たいのなら見せてやろう。後悔はするなよ、と呟きながら右手を心臓へと持って行き、呟いた。実際に抜くのは初めてになる。何せ、加減の効かないじゃじゃ馬なのだ、抜けば確定で周辺の数十キロが無の大地になる。

 

 こんな時でもなきゃ抜けない。だから、

 

起 源 武 装 解 放(Origin Weapon)

 

 胸から光を引き抜き、天に手を伸ばす様に掲げた。抜かれた光が光の柱となって照らし、否定による消滅の波動と光の炎という形で撒き散らす。黄昏色に染まって行く大地と空はそれだけで消え去って行く。周囲に螺旋を描く黄昏は集約し、一本の片手剣へとその姿を収束させる。鍔も握りも存在しない、全てが刃で構築されてるような光で固めて作った、物質的な黄昏色の光の剣。

 

業剣覚醒(Karma Liberate)―――汝、この果ての黄昏に死を想え

 

 手の中に触れる事無く頭上で輝き浮かぶ黄昏を掴んだ。溢れ出す起源そのものを形とした力、それだけで周辺が消し飛んでゆく。その対策に即座に界を破壊して世界に穴を作り、消滅と破壊の行き場を生み出して、必要以上のダメージを世界に残さない様に配慮しつつ、握りしめた剣を後ろへと引く様に構えた。

 

 その動きに世界が黄昏色に染まって行く。

 

 剥き出しの起源。物質化された起源。破壊と消滅と炎という起源の形。レティの遺した物。

 

 業を解放する武装故にKarma Liberate……或いは、彼女の遺した業でKarma Leti。

 

 どちらにしろ、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である為に、世界の修正力と抑止力が動き出す一本の武装。相手を選ばず、場所を選ばず、存在を択ばず、どんな相手であろうと確定した終焉をその場で与えるという消滅させるだけの絶対殺害武装。

 

 起源武装。

 

「おう、綺麗な色をしてるじゃねぇか―――」

 

汝のあるべき場所ここに非ず。無に帰れ、Vanish

 

 横薙ぎに全力で剣を振るった。収束するのではなく拡散する。もとより剣の形で留めておくのがあり得ないというレベルで収束されている起源の力、もはやそれは少しだけ握りを緩めるだけで一瞬で界を満たすほどに溢れ出す。

 

 黄昏の光が異界を一瞬で満たして飲み込む。その光に焼かれたもの全てを消滅させながら。神秘の格差なんてものはその前には存在しない。

 

 敵も、味方も関係なく、全てを消し去り葬る。その機能しか存在しない、どこまでも業が深く、欠陥品でしかない―――愛しい剣だった。

 

 界を破壊し、リソースが聖杯へとくべられる事さえも否定して消滅させ、黄昏を振るう為の世界が消滅する。

 

 その果てに残されたのは万魔教典から零れ落ちた数枚の頁だけだった。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/3602647a-1beb-4334-b7eb-8d82a5fcf26a/3e59c11bcc774d2aa2813a23cb12203b

 身内に提供してもらったシェムニキのデータ。魔術戦である限りは絶対に勝利出来ないタイプのキャスター。まぁ、魔術を伝えた祖だし多少はね? それでいて基本的にギャグ属性。まぁ、孕ませて堕天使になってるしやっぱり多少はね?

 元々のプロットだと魔術戦で敗北して、勝つには魔法に覚醒するしかない! という展開だったのですが、おそらく一番狂った理由であるマーリンとライダー君敗退によってその展開は死んだ!!

 後はランサーと会って、始末したらエピロですかねぇ。


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カーテンコール

「―――美しいな」

 

 コロセウムだけは無事だった。

 

 多重に施された神殿結界。異界隔離による世界から外す事で回避。そして何百、何千という数えきれない戦士たちの血と汗と想念が染みついた場所。その全てを剥ぎ取られる事と引き換えにコロセウムは無事な姿を見せていた。その内部は軽く変質しており、かつての栄華を飾る様な真新しさを見せていた。

 

 そんなコロセウムを業剣を片手に進んだ。黄昏の燐光を散らしながら足跡を残しつつ歩いて進めば、コロセウムの中央に出る。そこに敵の姿はなかった。だが見下ろすように設置された貴賓席、皇族にのみ許された場所。そこから見下ろす様に男の姿が見えた。男はローマだった。男は偉大だった。男は皇帝だった。

 

 男は英霊だった。

 

 最後の英霊、ランサーがそこに武装する事もなく、用意された椅子からコロセウムの中央に立った此方を見下ろしていた。見下してはいない。男は楽しむ様に、そして結末に満足する様に、そして称えるように言葉を吐き、言った。

 

「其方は美しいな」

 

 再びそう繰り返した。どこか納得する様に、

 

「あぁ、そうだ。人は、生物は誰もが滅びに美しさを見る。忌避すべき死。恐れるべき破局。だがそこにはどう足掻いても美という物が混じっている。残される想念、技術、継承される全て―――それを滅びから人は見出す」

 

「黄昏は終わりを示す。明るい昼間(はんえい)に終わりを告げる黄昏(らくよう)。だけどそれで終わりじゃない」

 

「そう、終わりではないのだ……物語は続くのだ。そこに朽ちる者がいても、それを受け継ぐ者が何時か、どこかで絶対に生まれてくる。そうやって文化は継承され、そして存続して行く……だからこそ、余は滅びに美を見出すのだろう」

 

 そう、と告げる。

 

「貴様のその美しさは滅びの美しさだ。滅ぼす。消し去る。蹂躙する。何もかもを破壊して消滅させる美しさだ。そこに築き上げた文明を何もかもを無視して破壊する獣の如き行い。それは決して邪悪ではない。なぜならその灰から新たな流れが生まれるからだ……とはいえ、流石にこれはやりすぎであろう」

 

「あ、やっぱり?」

 

 まぁ、自分でもそうは思っていた。とはいえ、完全なる起源覚醒者としては定期的にこの本能的な衝動を吐き出す必要があるのだ。性欲に変えてセックスするのも悪くないが、それはただの対処療法だ。根本的に破壊して蹂躙しなければ収まらない熱の様な物が体を巡っているのだ。だけどシェムハザを消し飛ばすのに使った一撃でその衝動も全部吐き出せて今はかなりすっきりしている。おかげで必要以上にふざける必要もない状態になっている。

 

 だからただ、見上げた。ランサーの姿を。

 

 ローマ皇帝を。偉大なる大帝を。帝国を統一したローマ皇帝の姿を。

 

「……ふむ、剣を抜くと姿が変わるか」

 

「変身ヒーローみたいで悪くないだろ? マフラーがあれば完璧だったんだけどな」

 

「それでは飾りが過ぎるだろう。貴様は今のままで十分に良い」

 

 目の色も髪の色も全てがグラデーションを交えた黄昏色に変質し、肌もやや白くなっている。それに伴い、髪の毛ももっと獣の様に、もっさりとした感じに伸びている。整えない、手入れされていない、原初のままの本能の姿。起源からのフィードバックをダイレクトに肉体で表現したのに近い姿になっている。こうするのが一番、使用からの反動を受けないというのがあるのだ。

 

 まぁ、細かい事はどうでもいい。かっこよければそれで良いのだ。

 

「さて」

 

 ランサーが口を開いた。

 

「試練には報酬が付き物だろう―――受け取ると良い」

 

 上から投げ込まれた水晶体を小指で剣を握りながら掌で掴んだ。形がなく、不定形の水晶体は角度を変えれば、それを持つ者の望む姿へと変貌しようとするだろう。逆に言えば、その本質を理解する者が掴めば、それが形などを必要とせず、一つのシステムであり、道具であり、その役割を理解する事が出来るだろう。くべられた英霊の魂を魔力に起動するシステム。

 

 即ち聖杯であると。

 

 軽く眺めてからそれを胸の間に押し込む様にしまい込んだ。これで後はランサーを殺せばそれで聖杯戦争は完結する。このお祭り騒ぎも終わりを迎える。そう思えるとやはり、どこか寂しさを感じる。

 

「お前と爺が企画したこのお祭り、迷惑ではあったけど……嫌いじゃなかったぜ」

 

「そうか」

 

 笑いながらランサーはその言葉を受け入れた。そしてあぁ、と言葉を吐いた。

 

「コロセウムの外を見よ。そこは瓦礫で溢れている。余が育て、統一したローマは蹂躙されている。花のローマはもはやその影も形もない―――だがこんなもの、これから起こる焼却の前では砂遊びに等しい」

 

 人理焼却。その前ではここで発生している破壊なんて子供の遊びの様なものだ。此方が表面上の破壊を行っている中、彼方は時間軸を遡りながら歴史そのものを消滅させて、人類をやり直すところまで逆行しているのだから。規模も次元も違う。

 

「街は破壊されても再び作り直せばよい。悲しい事だが、ローマは破壊されても別に良い。その度に余は民達に職を与え、金を与え、信仰を与え、立ち上がって前へと進む力を与えるだろう。だがあれは許されぬ。あれはローマを否定する。積み重ねて来たもの、想い、ローマの全てがなかった事として消え去る」

 

 ランサーの言葉に成程、と呟いて見上げた。

 

「―――それがお前が爺の計画に協力した理由か、コンスタンティヌス1世」

 

「然り」

 

 その言葉にコンスタンティヌス1世、ローマ帝国を統一した偉大なる大帝が断言した。

 

「余はある意味、祖達の顔に泥を塗る様な行いをした。だが余は間違ったことをしたとは思わぬ。ローマを蔑ろにしたと言われても、余は何度も応えよう―――余はローマを愛しているのだ、と。受け継がれ、受け継ぎ、そして続いて行くこのローマの文化を、その意思が何時までも続いて行くこの世界と歴史を」

 

 故に許さん、とシンプルに答えた。それが理由の全てであった、と。そしてそれに抗う為の手段を用意するのであれば是非もなく手を出す、と。勝手な皇帝様だった。だけど同時に、人ではなく、支配者の視点で見る者―――そう、ギルガメッシュ等と同じ視点を持つ人だというのが解る。

 

 そして、問われる。

 

「余を恨むか魔法使い」

 

「……さて」

 

 その問いにどう答えるべきだろうか。恨んでいると言えば恨んでいるとも言える。だけど同時に楽しかった、と断言できる自分もいる。

 

「長いようで……短い一か月だった。瞬く間に過ぎ去ったように感じるけど、全てが愛しくも感じる。途中で何度も死ぬかと思う事もあった。だけどそれを含めてすら愛しい。こんな派手なお祭り、もう二度と主役で暴れまわる事もあるまい。そう思うとやはり、寂しさを感じる。うん……楽しかったよ、この一か月は」

 

 絶対に忘れられない一か月だった。この一か月間は俺の永遠に残る想い出となる。忘れられないし、忘れようとも思わない。馬鹿みたいに騒いで暴れまわったこの一か月を。全てが成功していた訳じゃないし、俺は全てを完璧にこなしていた訳でもない。

 

 失敗して、失ったものもある。

 

 だが逆に成功して得たものもある。

 

 だけどそう、それで満足して生きて行くのが人生という物だ。失敗すりゃあ成功もする。完璧であるのなんて人間ではない。この不便でどうしようもない失敗をどこかで生み出す存在こそが最もな人間らしさなのだ。完璧である必要はないし、完璧を求める必要もない―――これでいい、これでいいのだ。

 

 失い、後悔し、そしてそれでも不完全であるからこそ……人間は学習する。学んで成長するということが行えるのだ。そこに救いは必要ないのだ。だからこそゲーティアの行う事は余分でしかない。必要ないのだ、アレは。人間という存在に対する憐憫は良い。だけどゲーティアのそれは憐憫を通した意図せぬ否定だ。

 

 人間という種を根本から否定しているに違いない。新しく完璧に生み出された人類なんて―――そもそも、人間ではない。もっと、おぞましいナニカになるだろう。だからこそゲーティアのそれは認められない。俺は認めない。

 

「人は失敗する生き物だ。失敗をせぬ人等いなかった。誰もが一度はその不完全さゆえに失敗し、膝を折っただろう。だが良い。それで良いのだ。その積み重ねがローマへと繋がる。否、繋がったのだ。そうやって人々の営みと文明は生み出された……それを否定する獣を余は許容出来ぬ」

 

「ま、俺もそれはそうだ」

 

 認めない―――認められない。こんな面白くも愉快な人類の終焉を。ただの完璧な機構へとなり下がる事を。故にこそ、コンスタンティヌスとの言葉には同意できるし、同時に、この聖杯戦争も終わらせなくてはならないのだということが解る。始まりがあるのであれば、終わりもある。

 

 出会いがあれば、別れもある。故にいい加減このバカ騒ぎを終わらせよう。人を追い出して抑止力の介入を遅らせてまでやった遊びなのだ、片付けはしっかりとやらないとならない。

 

 だから黄昏の業剣を後ろへとやや引く様に構えた。黄昏の燐光が周囲に溢れ出し、コロセウムを徐々に黄昏色に染め上げ始める。

 

「楽しかったぜ、大帝さん。お前がいなきゃこうやってここまで到達する流れを作れなかっただろうな」

 

「いらぬ世辞である。余はローマの為に成すべき事を成したのみ―――しかし、後始末はちゃんとするのだぞ、黄昏の魔法使いよ。流石にこのまま破壊された状態で放置されたら余も困る。凄い困る」

 

「おうよ、任せろ―――盛大な一撃で送ってやるから」

 

 最後を飾るのに相応しい一撃を放つ為に、業剣の収束を一気に引き上げる。力の全てを剣一本に収束させ、オーバーフローしそうな力を内部へと循環させる事で半暴走状態を無限ループのサーキットで押し込める。その容量出力に際限はない。振るえばそれだけで破壊を生み出すだろう。故に極限まで意思と魔法の力でそれを制御し、方向性を固める。

 

 そして、跳躍した。

 

 コロセウムを飛び越え、貴賓席に座るコンスタンティヌスの頭上へと到達した。見下ろす様に視線を定め、右手で握る剣を左肩の上まで引っ張る様に構え、

 

黄昏は終わりを告げ、夜を呼ぶ。だが物語はその向こう側へと続く―――夜明けへ

 

 剣を一気に振り下ろした。数十キロ周辺へと無造作に放たれるはずの一刀をたった一つの存在へと向けて放つ光は先ほどまでの破壊と比べれば僅かなものに見えるが、圧縮され、濃縮された光はもはや抗いようのない絶対的な物だった。放たれた時点でそれを防ぐ方法はない。コンスタンティヌスの姿を祝福する様に黄昏が染めて行き、一瞬で飲み込んだ。

 

Night End

 

 コンスタンティヌスを飲み込みながら黄昏が界の壁を何重にもぶち抜いて消滅を生み出した。その穴からエーテルの風が吹きすさび、黄昏と混じり黄昏色の光が吹く。コロセウムの頂上に着地し、風に吹かれながら業剣がオーバーロードされた事から崩壊し、再び内界へと沈没した。それに伴い、身体に起きていた変化が全て解けるように消える。

 

「これにて人理焼却前夜祭の終わりを宣告する」

 

 黄昏に染まるローマを見て、元に戻って行く自分の髪に触れる―――抜剣している間のあの髪形は、まるでレティの様だった。その姿は消え去り、聖杯戦争が終結して今、その霊基も体の中に完全に溶けて消えた。その血肉の全ては吸収し、溶け合い、ここに一つになっていると証明された。だがそこに、もう会えないという寂しさをも感じる。

 

 だがそれで良い。

 

 何もかも上手く行く人生なんて一時のゲームでしかない。全てが都合よく行くなんて後に絶望して心を失うだけだ。だからこそこれで良いのだ。

 

 痛い目を見なきゃ覚えないのだから、人間という生き物は。

 

 それが出来なくなったらもう、別の存在だ。

 

「……あぁ、そうせっつくなよ、少し余韻に浸ってるんだから」

 

 耳鳴りが聞こえてくる。世界が破壊に対してブラック企業の如く処刑人を出勤させようとしている。たぶん、本気じゃないけど警告の様なものだ。()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、今更狙われる様な事はない。だから世界側からはよ直せ、というコールでしかない。

 

 故に空いた手で胸の間に差し込み、そこから聖杯を引き抜く。握って、そしてそれを見れば使い方なんて簡単に解る。何せ、生きた聖杯そのものを家で飼っているのだから生きてない方なんて楽勝だ。

 

 だがここにはリソースが足りない。

 

 食らったレティの分。消滅したシェムハザとコンスタティヌスの分。どうやらアーチャーだけで3人分器を満たしているようではあるが、それでも器を満たすには足りない。だけどここら辺、魔法は本当に反則的とも言える。

 

 爺なら普通に平行世界から魔力を注ぐし、シェムハザならそのまま聖杯を魔法で完成させただろう。だからこっちは自分の魔力を一気に流し込みつつ消費を否定してなかった事にすればいい。

 

 それだけで聖杯は完成する。

 

「出力的には通常の大聖杯規模か」

 

 とりあえずまずはローマの街の修復、前に破壊したロンドンの修復、そして自分の借金という事実の帳消しに使う。その度に減って行く中身は魔法でキャンセルし、何度でも再利用してやる。

 

 破壊されたローマは祭りの後始末を行う様に逆再生の如く、元の形を取り戻して行く。既に出番が終わったドラゴンと巨人も世界の穴を通って本来の居場所へと帰って行く。そして聖杯を使って事件に巻き込んだ人々の記憶を消去し、大魔法合戦の記憶を消し去る。後々、映像データを消し去る必要もあるが、其方は電脳魔術でどうにかなるので、聖杯の力は必要ないだろう。

 

 そうやって聖杯戦争が始まる前まで世界の状態を修復させれば、抑止力からの圧力も黙る。ただ聖杯を持っている間はやはり、ずっと睨まれているだろう。自分もフルスペックの聖杯なんて一つ世話をするだけで十分だ。

 

 となるとやる事は決まっている。

 

 聖杯を空へと向かって投げた。

 

「ふんぬらばっ!」

 

 そして落ちてきたところに空手チョップを叩き込んだ。

 

 

 

 

 全ての後始末を終わらせたところで時計塔へと帰って来た。戦いの日々から一時的に解放された感覚に背中を伸ばしながら、うるせぇ、消えろ、と時計塔に入った瞬間向けられる監視の目に魔術で応える。そうやって監視を全て正面から蹴り飛ばして終わったところで、この時計塔でおそらくは一番世話になった場所へと向かった。

 

 即ち、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの屋敷だ。

 

 軽くノックしてから扉の前で待っていると、扉が開いた。執事に促される様にホールに入ったところで、珍しく待ち構えるようにホールにルヴィアが待つように立っている姿が見えた。

 

「おや、待っていてくれたのかな」

 

「えぇ、ローマでの乱痴気騒ぎを聞きましたからね……どうせ貴女の事ですから、しっかり聖杯戦争を締めて来たのでしょう?」

 

「おう、大正解」

 

 流石エーデルフェルト、話が早いなぁ、と苦笑しながら、ありがとう、と言葉を添える。

 

「なんだかんだでこんな体になってからルヴィアには助けられたよ。ここまで生き残れたのも間違いなくお前のおかげだ。この礼装がなければ間違いなく即死していた時とかあるしな」

 

「それを気にする必要はありませんわ。今では先を行かれましたが、元はライバル。対等に勝負をする為には時には施す必要もありますもの。敵対するだけが勝負ではありませんわ―――ほーっほっほっほ!」

 

 うーん、何時ものエーデルフェルトだ……と思いつつ苦笑し、だけどこれでは俺の方が満足できないのだ。ルヴィアにはまだ魔術師だった時の間に返せない恩が出来てしまった。だから少しでもこの負債を減らすために、

 

「恩返しだ、受け取ってくれ」

 

 ルヴィアへと向かってあるものを投げた。それをルヴィアが片手で掴んでキャッチしたのを見て、背中を向けて手を振りながら屋敷を出て行く。

 

「これは―――」

 

「ローマでとって来た聖杯を半分に割った物。出力が半減して根源に道を繋げたりは出来ないけどまぁ、便利なもんだから。疑似的に万華鏡を再現できる代物だし、第二魔法の研究と勉強に使えるかもな。とりあえずそれ、今までの感謝の代わりにって事で」

 

「ちょっと待ちなさい流石にこれは―――」

 

 ルヴィアの声を背後に聞きつつ笑って、最後まで言葉を聞く事無く床を蹴って転移した。場所はイギリスを抜け、海を越え、別の大陸へと至る。

 

 一瞬で世界を横断し、視界は美しい青空と白い景色によって覆われた。

 

 それは雪、一面の銀世界。珍しく曇っていないその頂上は周辺の美しい世界を見ることが可能であり、その中に紛れる異物の姿を見る事が出来る。

 

 アンテナの様なレンズを周辺に設置し、ドームの様な建造物が山肌から突き出ている。

 

 それこそが数年後起きる、人理焼却に対抗する人類最後の前線基地。

 

 人類最後のマスターがいずれ至る場所。

 

 獣と無垢が共にある場所。

 

 IF、あらゆる物語を許容して飲み込む可能性の坩堝。

 

 無の中に浮かび上がり時間神殿と相対する最後の砦。

 

 魂がどこまでも輝いて諦めずに抗い続ける場所。

 

 即ちカルデア。人類最後にして最新の地。人理焼却に唯一焼かれない聖域。そしてこの世界の命運を決める場所でもある。それを山の頂上から適当に突き出た岩肌の上に座って眺め、そして白い息を吐いた。

 

「これにて俺の物語は終了―――どうだったかな、皆。前夜祭としては十分に盛り上がったかな? 祭り開幕の狼煙にしては派手過ぎた? いいんだよ、これぐらいで。ほら、ギルガメッシュは楽しそうだし」

 

 それはそれとして、花の屑は殺す。

 

 千里眼を通してみる花の屑がなんで、と大げさなリアクションを取る姿に笑い声を零しつつ、カルデアを見下ろす。ポケットからカードを二枚引き抜き、確かめる。

 

 片方には聖杯が描かれており、ルヴィアに渡した片割れが封印されてある。もう片方には万魔教典から抜け落ちた頁が数枚、シェムハザの置き土産が封印されている。どうやら中身は第三魔法を由来とした魔術の記述らしい。まだ人理焼却までは時間があり、暇もある。そう考えると解析して学ぶ時間も十分にあるだろう―――あの馬鹿を人理焼却の時、召喚する触媒として利用する事も可能だろう。

 

 アレの事だ、カルデアに美女が揃うって言えば《単独顕現》でも取得してやって来かねない。花の屑が現在習得に向けて特訓中だし。

 

「ま、しばらくは俺も修行だな。第一魔法の無駄な破壊を抑え込めるようにしなきゃならないし―――」

 

 ならどうするんだ? という声にそうだなぁ、と千里眼を通して答える。

 

「また世界でも適当に渡るさ。今の俺にとっちゃそこまで難しい事でもないしな。んで聖杯戦争に首を突っ込んで、経験値稼ぎするか」

 

 後はそうだな、暇つぶしにエロい事いっぱいするか。魔法とか魔術とか使って。楽しめるだけ今自分にあるもの、世界、それをあるがままに遊んで楽しむのだ。そして成長し、

 

 宴に備えよう。

 

 人理焼却に。

 

 空を見上げ、そして呟く。

 

「楽しい一か月だったなぁ―――」

 

 だけどまだ、人類のカーテンコールには早い。カルデアを見下ろし、将来的に紡がれる愛と勇気の物語に思いを馳せながら、

 

 このどうでもよくも騒がしかった一か月のお話に幕を閉じた。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/3c2b27c2-ee99-4203-8907-f1cfb3b9a2bd/c239a6c58a343cd73c2589cc9aa3c679

 おそらくシナリオの演出上、一番割を食った人。ラスボス枠キンクリだったよぉ……まぁ、たのしかったしかっこよかったし、いなければそもそもこのお話自体なかったので問題はないのです。

 そしてFGO風ニキネキ初期データ公開。

https://www.evernote.com/shard/s702/sh/ae1c7769-eff7-475f-a5c6-3455febbaaaa/04c79b0c1aa03ad02e5e615341daeda8

 マシュと同じように成長というかシステムの改良を行えばまた変わってくると思うけど、レイシフト適正0なのでそもそもイベントが発生するか不明だし特異点にもいけないし、今のところシミュレーターでしか出番がなさそうだな!

 ともあれ、短い間でしたがここでいったん完結でございます。長々とやってもグダグダするだけだしね。これが終わったらあたらしくFGO編が別に投稿されるかもしれないけど、しばらくは更新しないかもな。

 なおこの後、完全に本編には関係のない、馬鹿エロ展開を趣味でこの後に投稿して行く予定です。それじゃあお疲れ様。


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あとがき

 はい、てんぞーです。

 

 ハッピーバースデイ俺。ケーキ喰いながらソロでインドで誕生日過ごしつつこれ書いてます。馬鹿野郎俺は執筆するぞ今畜生。という訳で恒例のあとがきタイムですわ。

 

 最近、完結してるね?

 

 という訳でKaleid/BurnOut、通称カレバン完結で御座いますのよ。

 

 この小説の考えは実にシンプルに【TRPG風にキャラを育成して遊ぼう】という試みでした。システムを構築、プロットを構築、そして成長率などを設定し、それで物語の先をダイスで決定しながらキャラを成長させて遊ぼう……いわゆるゲームブックとあんこを融合させたようなシステムになりました。

 

 多分に趣味と性癖が混ざっているのは事実ですが、展開や勝利、成長に関しては大体用意したシナリオ、データ通りなので大体としては問題ありませんでした。ある程度流れを制御しつつ成長させる喜び、自分でRPGを作って遊んでいる様な気持ちで執筆できました、とさ。

 

 まぁ、個人的に【そのままキャラ作成してぶち込むの違和感なくね?】というのもあるので、RPG主人公的な素質と才能のある人間、というのを素体と用意して【シナリオを通して成長させて本編に挑もう!】という考えがあったのも事実です。

 

 というか最近は一旦若い状態でキャラを作成、経歴と技術の根幹、方向性の為に幼少期のイベントを用意して、そして青年期で成長させ、大人に成ったらシナリオ開始―――という感じのシステムで物語を書いている所にあります。

 

 最初から完成されたキャラクターを持ち込んでもめんどくさい回想とかいきなりPOした過去の敵とか超展開が構築されて読者がなんだぁこれぇ……たまげたなぁ……ってなりかねないので、それを考えたらやっぱ読者にも伝わる過去編から開始して、経歴を生み出しつつそれを読者と共有すればキャラに対する理解が生み出されるだろう、という感じでした。

 

 まぁ、そんな訳でキョウジ兄貴姉貴が生み出されました。

 

 最近じゃもっぱらキョウちゃん。てんぞーの性癖の塊。

 

 片目片腕とかメカクレとか髪の毛長いとかTSとか融合とかそこら辺の要素が濃い部分全部てんぞーの性癖です。ごめんね、でも反省はしないからそっちで苦しんでね。愉悦するから。

 

 ついて来れないなら開発すればいいじゃない。

 

 通称ニキネキはキャラクターとしては典型的なRPG主人公をモデルとした【才能があって大体なんでもできる】というキャラクターです。これが素体となって、そこに設定や出会い、鍛錬や学び事で方向性や形を構築しました。

 

 つまり今習得している技能というのは大体コミュの影響の結果なんですよねー。まぁ、スキルが全部英文字なのは趣味なんだけど。

 

 最近R18での投稿が増えているのは物語内にエロとグロを表現パーツとして使用する試みを増やしているという理由もあって、今回は全編R18という事にしました。まぁ、と言っても今時心臓を引っこ抜いたり、子宮を引き抜いたところでこのグロ、R18範囲なの……? って怪しい部分はある。

 

 そもそもモツ引き抜いて、それを振り回すハイパーハンマーごっこを全年齢でやらかしたことのある人間としては今更じゃね? とは思いつつも、読者の調教と開発という意味ではR18で執筆するのも悪くはないかなぁ……? って思う部分もなくないのである。

 

 何故ならR18とは一種の警告ラインであり、同時に敷居が通常よりも一段階上である。そこまで熱心に追いかけている訳でもなければそこで投げ捨てるラインでもあるのだ。

 

 逆に言えばここまで熱心に追いかけてくるようであれば調教された豚の可能性が高いので、軽く自分の性癖や少々アブノーマルな要素を付け加えたとしても、あまり問題にならない、というか逆に読者が適応してくるという部分はある。

 

 そう、R18という環境は俺の為にあるのではない。

 

 貴様らを調教する為にあるのだ!!!

 

 まぁ、そういう訳で本編的には結構R18要素薄めだったんじゃないか……? ってのもあるので、あとがき以降は全編【てんぞーの性癖で固めたエロを何発かぶち込む】って決めてます。色々と蓄えているけどオープンに出来なかった性癖とかあるので、調教と布教とストレス発散とコンテンツの少なさを嘆く為に自分で一発書くしかねーなこれ! って感じだ。

 

 いや、でも実際同人誌を読むよりも、自分で書いたオール自分の性癖を満たす奴を書いている間がもっと興奮する……というのはまぁいいか。

 

 まぁ、性癖の話はここまで。

 

 この物語は何度も言いますが、ここで一旦完結。え、言ってない? 気にしてはならない。終わりと言ったら終わりなのだ。そして暇になったらFGO編でも執筆しよう。此方は特異点へと移動する事が出来ないレイシフト適正Zeroである為、一々レイシフト先での物事を描写する必要はないのだ!!

 

 ワザマエ! 何たる描写カット=ジツ! きっと忍者に違いない……。

 

 という訳で一章一章は短めで、むしろその合間の出来事や増えて来たサーヴァントあーだこーだする馬鹿話の方がメインになりそうかと。あとえっちぃ……。

 

 たまには戦うよ。だけどあいつ、レイシフトできないからたぶん種火と宝物にシミュレーターでの出勤専用……。

 

 まぁ、それはまた何時か。此方もまたダイス振って遊ぶ予定ですけど、基本的に11月に入らないと休みがない上に、今コミケの原稿裏でやってるので結構遅れるかも……? まぁ、時間が空いたときにでもストレートにやって完結させちゃいましょうって事で。

 

 ともあれ、ニキネキに関してはあまり語る事もなく。大体物語の間に個性やキャラクター性を構築したので、皆もどういう奴か大体解ったでしょうし。

 

 そしてここでシェムハザとコンスタンティヌス1世のデータを構築してくれた身内に感謝を。あんまり活躍させてやれなかったけど、一人で考えているとマンネリしてしまうので、そういう意味で新鮮で非常に助かりました。また次回もデータよろしくね(にっこり

 

 それでは今回はここまで。今回のシステム、非公開データは使い回せるので公開できないのでまたいつか日の目を見る事を祈りつつバイバイ、バイバイ……。




 次回! 性癖開発と馬鹿エロ!!!


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セックス・オンリー
夢見て教える快楽


「……なんか、聖杯戦争が終わっても楽しそうね?」

 

「そうか?」

 

 ベッドの上に転がりながら古めかしい本の頁、その切れ端を眺めている。そこに書かれている文字は地上に今あるどの文字にも似ているようで違う文字であり、魔術的な記号や法則性によって描かれている魔導書の切れ端である―――即ち、シェムハザの置き土産である万魔教典、その頁の一つになる。というかこれ一枚しか残らなかった。だが業剣を放ってこの頁が残った辺り、シェムハザも狙ってこれを残したのだと思う。確かに、この魔術の記された頁はシェムハザからすれば()()()()()頁になるだろう。

 

 それをベッドで俯せになりながら眺めており、その背に愛歌が乗っている。

 

 普段は下着にインナーという姿で室内はグダグダやっているのだが、このインナーも愛歌が謎技術で軽く改造し、対魔力性能を向上させつつ背中を大きく開けて、首下から腰までオープンな状態になっている。そう、まるでお空の某耳長種族の様に。おかげでジャケットなしだとそこそこ横乳案件である。

 

 そしてこうやって背中を見せて寝っ転がっていると、隙間から手を入れて胸を揉んでくる。刺激する様にではなく、感触を楽しむ様に触れてくるから必要以上に発情する事もないが、この色情魔っぷりは果たして俺が抱いているからそうなったのか、それとも元々そういう感じだったのか。いや、大体合わせ技だよな……、と最近は反省する事もなく思っている。

 

 我が家は割と性には奔放である。或いはセックス中毒。それで何かが悪くわけではないので、別にこれでもいいのだが。それはそれとして、

 

「んー、それ、第三魔法に関連する魔術に関してよね?」

 

「あ、解るんだ」

 

「まぁ、昔見て覚えた物が消える訳じゃないですしね。とはいえ、流石シェムハザね……がちがち暗号化してあるわね。読むのに結構苦労しそうだけど……でも見た感じ、結構解読出来てるのね?」

 

「まあの」

 

 第三魔法、現代での呼び名はヘヴンスフィール、或いは魂の物質化だ。おそらく物語において最も有名であり、英霊召喚が行われている三千世界で最も仕事をしている魔法だろう。まぁ、魔法ではなく魔術だが。英霊も第三魔法の産物の魔術であるし、聖杯戦争そのものがそうだ。聖杯戦争はその魔術を魔法へと完成させるシステムだと言っても良いのだから。

 

 そんな第三魔法に属する魔術だが、やはりそのベースは魂に構築されている。全ての生物に宿る魂。それに干渉する手段が第三の魔術である。魔法の領域にならなければ魂そのものを物質化することはできないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という特徴がある。

 

 例えば不死―――肉体を乗り換えた所で()()()()()()為、段々と入れ替えるのに必要なスパンが縮小されて行く。そしてやがて、それではどうにもならないほどに魂が腐り、唐突に終わりを迎える。肉体的な不死はそう難しくはない。だがそれが魂というレベルになると難しい。だがそれを可能にするのが第三である。

 

 ちなみに他の魔法でも疑似的な不死は可能である。第二なら可能性でどうとでもなるし、第一はそもそもの劣化を否定すればいいし、第五は適当にぶっ飛ばせば消える。なので魔法使いにとって不死への壁はあってないようなものだ。まぁ、それはともかく、シェムハザの遺した頁はそういう魔術であり、その他にも魂をベースとした魔術の術式が記載されている頁だった。

 

 おそらくは此方がレイシフト適性が0でありこの先の戦い、カルデアで一戦も出来ない事を考慮して置いて行ってくれたのだろう。

 

 本当に困ったものだった。カルデアのマスター適性でまさかの0%が出たのだ。1%あればどうにかできる魔道元帥もこれには大爆笑。なお愛歌はその適性が奇跡の100%であった。ざけんなよお前、人理焼却に介入して助ける計画が全部パァじゃねーか! どうしてくれんだよ!

 

 まぁ、そういう訳でカルデアの()()講師という立場を入手したのだが、レイシフトが出来なければ根本的な戦いについて行けないという問題があった。だがここにシェムハザの魔術である。これをどうにかすれば、魂だけの状態でレイシフトが出来るかもしれない。なぜならレイシフトとは肉体に宿る適正を見るものだからだ。

 

 肉を捨て、魔力で肉体を構築するサーヴァントがレイシフト出来るのは魔術的存在であり、ネックとなる肉体の適性を参照されないからだ。だからサーヴァントはあっさりとレイシフトが出来る。だから自分をサーヴァントと同じ方法で魂を保護して加工すれば、サーヴァント級に劣化しつつもレイシフトが出来るのではないか? という事実が今、覚えつつある。

 

 いや、そうする為に頑張って勉強しているのだが。

 

「それはそれとして、なんかの成果はあったの?」

 

「あったぞー、見てみるか?」

 

「あ、見てみたいかも」

 

「んじゃあ、今から使うな」

 

 頁をカードに戻しつつ、一瞬で魔術は完了する。本来であれば面倒な処理が幾つかある。相手を目視しなきゃならないとか、認識とか、座標とか。だがそこらへんは全て千里眼でスキップして魔術完了である。魔術が完了するのと同時に感触と視界が一瞬で変動する。

 

 髪が減ったのか頭が少し軽く感じられ、また体を包む感触も変わってくる。胸も軽く、そして下半身に軽い熱を感じる。

 

「あらやだ、すっかり発情しちゃってるわね」

 

『……あれ? 今かってに口が動いた? というか口が動かないわね、ってこれ、もしかして……』

 

「えぇ、そうよ。憑依魔術よ。貴女の体に少しお邪魔させて貰うわね」

 

 愛歌の声で、愛歌らしい言葉で言わせて貰おう。

 

 そう、シェムハザの魔術を使って一時的な魂の移動による憑依魔術を行使したのだ。意識ではなく魂の移動なので魔術的レジストではなく、魂の強さと知識、そしてこの魔術に対する理解によって抵抗するという変わり種ではある。無論、魔術に対する知識や回路がゼロであればどれだけ魂が強くても一瞬で体を乗っ取られる。これはそういう憑依魔術だ。ちなみに心臓をぶち抜いても死ぬのは心臓をぶち抜かれた者だけだ。物理的に攻撃して魂に攻撃している訳じゃないのだから当然だ。憑依系統の魔術でも最も悪辣で邪悪で、それでいて問答無用と呼べる魔術だ。流石シェムニキ、恐ろしい魔術を持っているぜ。

 

「その気になれば魂と同化したり、眠らせたり、記憶を読んでその人物に成り切る事が出来たり結構悪辣な術なのよね。ただこれを使えばレイシフト適性のある人間の体を使って特異点に介入したりも出来る、という部分もあるのよね……まぁ、(愛歌)の体を使っても戦えないし、まるっきり無意味ね?」

 

 とはいえ、それ以外にも使い道がこの魔術にはある。

 

 無言のまま、両手をスカートの端へと持って行き、愛歌のスカートの端を持ち上げる。その下に隠されていた秘部は既に十分に濡れており、同時に下着の類を付けていない事を証明していた。それを前後軽く動かせば抜け殻になっている自分の体の背中に秘部が密着し、ぬちゃぬちゃと音を立てながら下半身に快楽を送り込んでくる。

 

「んっ……どうかしら? この魔術を使えばこんな風に一方的に好き勝手出来るのよ?」

 

 愛歌へと向かって腰の動きを止めながら反応を求めれば、内側から愛歌の声が返ってきた。

 

『私達今、本当の意味で一つになっているのね

 

「……駄目だこりゃ」

 

 内側にいる愛歌がその想像と理解だけで軽く意識的な絶頂に至っている。いったい誰が彼女をこんなにしたのだ―――と思ったけど、元々彼女はマザーハーロットの資格を保有する獣候補の一人だ。エロ方面に覚醒させたらこんなもんになるよなぁ、と改めて理解した。

 

 思いつつボタンの上を脱いで、ドレスを半脱ぎ状態にする。そうやって起伏の無い胸を晒し、それを両手で隠す様に手を動かす。やはり、小さい。だが桜色の突起は既に勃起しており、敏感に快楽を求めている。その周辺をまずは軽く揉んで感度と感触を確かめ、そのまま自分の体の背に倒れる。

 

 そして俯せのまま倒れている自分の体、インナーの横から手を差し込んで、インナーと胸に挟まれる様に自分の体の胸を掴んだ。インナーに圧迫される様に手は胸の中に沈み込み、胸の中に指が沈み込む。愛歌の指が細く、小さいという事もあるが、レティと融合した結果胸がまた一回り大きくなったという事実もある。指が沈み込んで胸に包まれる様な感触は普通は味わえない。自分で自分の胸を揉むのとはまた違う感覚。他人の体、手で自分の胸を揉むのはやはり興奮が違う。

 

 普段は貧乳ロリの相手ばかりをしているのもあって、大きな胸を揉むのはやはり新鮮な感覚だった。内側で肉体の支配権を奪われている愛歌もこれを見ているだけで非常に興奮しているのか、歓喜と興奮の感情をダイレクトに伝えており、それが自分の興奮と合わさって更に体を火照らす。何時の間にか後背位で犯す様に自分の体の背中に腰を擦り付け、そして胸も大きく空いた背中に押し付けていた。

 

「んっ、あんっ♡ か、感度がまるで違うっ……

 

 完全に勃起して剥き出しになっている淫芽が腰を動かす度にしなやかなキョウの腰や背中に擦り付けられた秘部を愛液で溢れ出させ、同じように動くたびに擦り付けられる乳首からも快感が送り込まれてくる。

 

 犯すのとは違う、じんじんと広がって行く快楽と胸を揉むの気持ちよさに、連続で絶頂を迎えながら腰を濡らす様に潮を吹く。強い絶頂の感触に肌全体が敏感になり、触れているだけで乳首と淫芽が体を快楽で犯してくる。

 

「はぁ、はぁ やばい、自分の体じゃないのも楽しいわね」

 

 息を荒げながらぐったりとキョウの背中に倒れたまま、動きを止める。軽く脱力しながらも、体に残る快楽の余韻に、さらに快楽を求めそうになる。だがキョウの胸を軽くもみ続けてその感触を確かめながら、体の動きは止める。

 

「ふふ、そうだ、どうせなら普段は手を出せない子に手を出してみようかしら」

 

『へぇー……例えば?』

 

 さっきまで絶頂してたのに意識の回復が早いなぁ、と思いつつ笑みを愛歌の体で浮かべる。前々から一回、犯してみたいとは思っていた体なのだ。何せすさまじく整ったプロポーションに、一度は揉んでみたいと思わせるその胸、そして何よりも手折る事を許さないような高貴な雰囲気。ああいうどこまでも気丈で誇り高い女を滅茶苦茶にしてやりたいとは思っていた。

 

『あら―――ルヴィアを犯すつもりなのね』

 

「えぇ、そうよ。だってあの澄まし顔を一度はとろとろに溶かしてみたいとは思わないかしら? あの胸もたぶん誰にも触れられたことはないのよ? そんなの勿体ないわ。彼女みたいな女性は徹底的に屈服させたいと思うの」

 

『友人で恩人に対して本当に酷いわね―――でもいいわ、私も同じことを思うわ』

 

 友人―――それも恩人とも言えるルヴィアを犯したい。その欲望がある。頭がおかしいのでは? と思われたらそれはそれでしょうがない。実際に心の底からそう思っているのだから。あの我儘な体を好き勝手出来ると思えばそれだけで軽く興奮できる。愛歌の体を少し楽しむだけでこれなのだ。

 

 ルヴィアも絶対に期待できる。

 

 自然と、笑みが口元に浮かぶ。自分の体に愛歌がそうするであろうに首筋に軽く口づけを交わし、体に感じる快楽の余韻のままに、

 

 ルヴィアを迎える為の準備を行う事にした。

 

 

 

 

 「んっ―――成功ですわね」

 

 諸々の準備を終わらせて魔術を使用すれば一瞬でルヴィアへの憑依が完了する。口から出てくるルヴィアの声に成功を確信し、同時に乗っ取った事で一時的にルヴィア本人の意識がダウンしている事を確認する。タイミング的にもルヴィアが一人になった時、自室にいる時を狙ったので決定的瞬間を目撃した存在はなく、ルヴィアの体の奪取に完全に成功していた。

 

「あれほど犯してみたいと思った身体ではありますが、こうやって見ればあっけなく手に入るものですわね」

 

 ルヴィアの口調をトレースしつつ自分の言葉を吐き、シェムニキに感謝する。サンキューシェムニキ、フォーエバーシェムニキ。カルデアで召喚されたら今度は魔法と魔術悪用して遊ぼうぜ、と心の中に言葉を刻みながら周囲へと視線を向ける。

 

 ルヴィアの部屋は女の子らしさは薄いが、それでも人形の類は飾られている。だが求めているのはそれではなく、姿見だ。そして女性である以上、身だしなみに気を遣うのだから当然設置してある。室内にあったそれを覗き込めば、金に青をベースとしたドレスに身を通し、右側に髪をカールさせて纏めるルヴィアの姿が見えた。

 

「あら、中々珍しい恰好ですわね」

 

 ドレス部分は上乳を出すような恰好になっており、露出するその部分を隠す様に黒いインナーシャツを着ている様な恰好になっている。普段の白と青のドレスとはまた違うタイプの恰好に、やはり身だしなみには気を使っているのだな、とルヴィアの女子力の高さを見た。

 

「ま、これからそれもぐちゃぐちゃにするのですが」

 

 ルヴィアの声でそう言うと中々興奮してくる。しかしシャツ部分は邪魔だな、と思わなくもない。脱ぐのは簡単そうで、ボタンを外せば後は普通の服の様に脱げるように見える。背中を姿見に映せばそれで背中が大きく晒されるのも見える。まぁ、問題はない。さっくりとインナー部分を脱いでスリットが入ったイブニングドレスの様な恰好となった。

 

 その状態で姿見を眺めながら両手で胸を持ち上げた。

 

「凄いですわね、このサイズは……」

 

 重い。キョウも中々大きさはあると思ったが、ルヴィアのこれもかなり大きい。自分のそれに匹敵する巨乳だ。手で持ち上げる中に重量感を感じ、持ち上げるだけで少しだけ体が軽くなったように感じる……そしてその感触で、ドレス自体が一つ、ブラジャーの様な役割を果たしているのだという事を理解した。女の服装は中々奥が深いな、と思いながら持ち上げた胸を両手で掴み、そして指を食い込ませる。

 

「んっ……感度の方も悪くはないですわね。愛歌の方は軽く感じるだけでも絶頂しちゃう程敏感でしたが、こっちの方が長く楽しめそうですわね」

 

 胸に沈み込む指の感触をある程度楽しんでから胸を解放する。流石にエーデルフェルト家の中で好き勝手やるのは拙い。ここには使用人もいるのだから、変な行動を取れば疑われるだろう。なのでまずはルヴィアを好き勝手出来る環境に―――つまりは自分の部屋へと連れ込む必要がある。

 

 が、これはそこまで難しくはない。

 

 部屋を出て、

 

「キョウに会いに行ってきますわ! 少々立て込む話もありますから、遅れると思いなさい」

 

「了解しました、お嬢様」

 

 正面から怯える事無く、隠れる事無く堂々と出て行けばよい。そもそもルヴィアの事は良く知っているのだから、彼女の事を演じるのは難しくはないし、そもそも友好関係にあって話し合ったりする仲なのだから話に行くと言えば全く問題ない。

 

 なのでそのまま、疑われる事もなく、屋敷を出てカレッジの寮へと向かう。ルヴィアの体で歩きながらやはり体が違うせいか、やや視線を高く感じるし、体のバランスも違って少しだけ、歩きづらい。とはいえ鍛えられたルヴィアの体は別の意味で動かしやすくも感じる。

 

 ただ、それとは別に―――そろそろ、自分の個人用の家でも購入したいな、と思う事はある。

 

 愛歌が引っ越してきた部屋を更に拡張し、風呂場を広げて風呂も導入したが、それでもそろそろ周りを気にしなくて良い一軒家が欲しいと思える頃だ。時計塔内部ではなく、外の周辺街にあるのが良いだろうと思う。そこに一軒家を今度購入するか、と考える。何、小聖杯はあるのだから、金は何とかなるのだ。

 

 カルデアでバイトすればいいし。

 

 そんな事を考えている間に寮に帰還―――いや、ルヴィアとして考えれば到着する。そのまま部屋の前まで移動したところで、扉をノックする。

 

「愛歌、私が来ましたわよ」

 

「はーい、()()()()()()ルヴィア……ふふ、楽しみね?」

 

 完全にノリノリな愛歌を見ていると自分がやっている事は実は正義では……? と思いそうになるので、この幼女を基準に出すのは絶対にやめよう、と心の中で硬く誓う。まぁ、それでも大分セックス漬けの生活を過ごしていると思うが。そこらへん、ホットラインで質問してみると割と皆そうらしいが、

 

 良く考えたらお前らの基準古代とか神話ベースじゃねぇか!

 

 まぁ、今さら遅い。

 

「ではお邪魔しますわね?」

 

 室内に上がり、ハイヒールを脱ぐ。最近の部屋の改装で日本風に段々と近づけているのはやはり、自分と愛歌がそっちのライフスタイルのが馴染みが深いだろうから―――まぁ、ともあれ、これでルヴィアの体を完全に自室へと連れ込んでしまった。

 

 もう後戻りはできない。

 

 最初からするつもりもないが。

 

「で、結局はどういう趣向なのかしら? 準備しておいて、というからあちらの方は準備を完了させたけど」

 

 彼方、とは勿論キョウの体の方だ。自分の大切な大切なボディでの準備を頼んで愛歌には進めて貰っていた。先に自分の体が待っている寝室へと愛歌が向かいながらそうね、とルヴィアの口で零す。

 

「そう難しい話ではありませんわ、(ルヴィア)が楽しみ、そしてこれからも良い関係を続けようというのをお互いに分かち合おうとするだけですわ」

 

「ふーん、成程ね。確かに楽しそうね」

 

 人差し指を口元へと持って行き、蠱惑的に笑う愛歌が一足先に寝室に入った。そしてその先でするり、と衣擦れの音をさせながら愛歌が服を脱ぎ捨て、裸身を晒した。

 

 その先にあるのはベッドの上にある自分の体で、既に十分に発情しているその体は陰部が濡れに塗れて、その秘部には双頭ペニスディルドが既に挿入されている。つまり、準備とは十分に膣を濡らしてディルドを挿入させておく事だ。ぶっちゃけ、魔術的に生やす事は難しくはない。

 

 とはいえ、このディルドは犯されながら犯すという二種の快楽を同時に送ってくれる。これが普通に生やすだけだと犯す悦びだけだ。しかも射精するので体に限界が来る。そう考えると射精せずに男も女も味わえるあのディルドの方が優秀なのだ、

 

 オナホキメラの魔術師は罪深い……。奴は男性からセフレという概念を今、奪おうとしているのだ。男にはオナホキメラを、女には双頭ペニスディルドを。それを売った結果人類の少子化に―――なるわけねぇな、とくだらない考えを頭の外へと放りだして、ベッドの上に準備万端で横たわる我が体を見た。魂が空っぽである為、完全に抜け殻となっている自分の体は動くことはないが、身体機能は生きており、普通に暖かく、生きている。ただ、自発的に動かないだけだ。

 

 そうやってキョウの体を確認したところで、ルヴィアの体の内側へと意識を向け、そこで魔術によって一時的に埋没し、眠っているルヴィアの意識を刺激する。だが完全に起こすわけではない。半分だけ。夢心地の様な気分にさせるのだ。

 

 そう、今のルヴィアはまるで夢を見ているかのような状態になる。

 

 ルヴィアが夢を見ている体でセックスをし、本人が半分だけ意識している状態で体を調教し、此方を意識し、最終的に完全に起きている状態でもセックスを可能とさせるのだ!

 

 作戦名、夢見るルヴィアである。

 

 そういう訳で事前に全ての服装が自分から剥がれており、臨戦態勢で続きを待ち望んでいる。

 

『ん……? 私は……』

 

 と、指向している間にルヴィアが半分だけだが覚醒した。状況を意識しているのなら動いてもいいだろう。今のルヴィアは半分寝ぼけている様な状態で、自分の目で状況を見ているだけだ。その意思に体の制御は存在しない。そしてその代わりに俺が体を動かす。

 

「あぁ、待たせましたわねキョウ……今、その体を慰めてあげますわ」

 

『これ……は……?』

 

 ルヴィアの疑問を気にする事無くベッドの上に乗り、そのまま眠っている自分の下半身の体を寄せた。マジマジと秘部から生えるように伸びる疑似ペニスの姿を見て、内側のルヴィアが驚愕と困惑に飲み込まれるのを感じた。そのまま、ドレスの胸元を指で引っ掛け、擦り下げるように引っ張った。

 

 ぷるん、と軽く弾みながら胸がドレスの拘束から解放された。ドレスによって圧迫されていたのか抑え込まれていたのか、胸が解放されるのと同時にもう少しだけ大きく見えた。

 

「ふふ……」

 

『え、いや、私は―――』

 

 その溢れるほどの巨大な胸を持ち上げて、下半身から生えている物を間に挟む様に被せた。そう、パイズリの姿勢だ。ルヴィアのあの巨大な胸で逸物を偽物とはいえ、挟めるのだからやはり凄まじい。そして胸を寄せて挟んでしまえば、逸物の先っぽを残して隠れてしまう。それを舌先で軽く舐めるように刺激してから胸を両側から掴む様に支え、逸物を揉み始める。

 

『ま、待って、こんなのおかしいですわ!』

 

 重量感のある胸に包まれた逸物がその興奮を示す様に反り返りを見せ、凄まじい硬度を胸の中で見せる。熱いとも表現できるそれから感じる熱に、自然とルヴィアの体そのものが行為と状況に興奮を覚え始める。困惑しているルヴィアとは別に、感覚を支配しているのは此方なのだから当然だ。そして体が感じる興奮がダイレクトにルヴィアへと伝わり、その声に羞恥心が混じる。内側から感じる羞恥と混乱の声が可愛らしい。

 

「どうですか、キョウ? 私の胸は。こうやって奉仕するのは貴女が初めてですのよ」

 

 ルヴィアの口で、声で言うと更に興奮する。下半身に熱が集まるのを感じながらも、自分からも快楽を感じる為に胸の先端―――既に勃起し始めている乳首の周りを軽く掴む様に抑え、疑似ペニスを擦り上げる動きを変えて行く。最初は上下に動かす運動だったが、今度はグラインドの動きに―――乳首と乳首をこすり合わせる様な動きだ。

 

「あっ、はっ だめ、私が奉仕しなくてはいけませんのに

 

『ち、違います、こんなのおかしいですわ』

 

 そうは言うものの、体は素直なもので乳首を通して感じる快楽に胸から体が火照り始める。疑似であって本物ではないから射精せず、行為自体が無意味なのだがそれでも資格の暴力は興奮を生む。舌先で胸の間から出てくる亀頭を舐めながら乳首を擦り合わせて胸を動かす。ルヴィアの姿で強制的に奉仕している、口を使ってまで―――というのは流石に股間に悪い。

 

 さらに興奮し、股が濡れて行くのを感じる。

 

『こ、こんなの私じゃないですわ……』

 

 明らかに興奮と情欲が僅かににじんだ声だった。だから笑みを浮かべ、絶頂を迎える寸前で動きを止めた。

 

「そう―――なら別にどう振る舞おうが私の勝手ですわね? 都合の良い事にキョウは眠っているようですし、これなら遠慮なく楽しめそうですわ」

 

『そ、そんな事は―――』

 

「大丈夫ですわ、ルヴィア。私は貴女、貴女は私。私はただ私が普段抑圧している気持ちを代弁しているだけに過ぎませんわ……さぁ、気持ちよくなって愉しみましょう?」

 

 下半身から胸を解放しつつ、ベッドの上で膝を折ってスカートの端を掴んでスカートを持ち上げた。そして確認すればその下に隠れている下着がぐっしょりと濡れているのが解る。勃起している淫芽が黒い下着を主張する様に軽く押し上げており、片手を股間に伸ばせば、程よい刺激が体に走るのを感じる。やはり、愛歌の体が敏感すぎるらしい。だがこれなら多少激しくても問題ないだろうと確認し、さっそく下着を脱いだ。

 

『待ってください、これが夢だとしてもこんなことはあり得ませんわ! 彼女は私の友人です』

 

「友人だから、と遠慮する必要はないですわ、ルヴィア。えぇ、私の事ですから気持ちは良く解りますわ

 

 無論、口から出まかせである。だがそれを判断することがルヴィアには出来ない。そしてこれからの行動は求められない。なのでそのまま、スカートを持ち上げた状態で秘部を、割れ目をペニスに押し付けるようにし、竿が割れ目に食い込む様に押し付けたまま、それが反り返り腹に付く様に押し倒す。反発する竿が割れ目へと食い込み、それが秘部に入る事はなくも、秘肉を開き、その入り口をじれったく刺激しながら淫芽に触れる。丁度カリ部分が淫芽に引っかかる様な状態で前に倒れ込む。

 

 柔らかい胸と胸が衝突し、大質量の胸がお互いを受け入れて変形する。その際、乳首が乳首と掠れて刺激を胸に走らせる。それで絶頂しそうになるのを堪えながら、キョウの顔へと―――口元へと顔を寄せる。

 

『だ、だめです、その先はだめですわ!』

 

 腰を動かし始め、淫芽を刺激しつつ体全体を動かして乳首と乳首を動かす。体を動かす度に刺激される下半身と上半身が断続的な快楽を全身に送り込み、一瞬で脳味噌を支配するような刺激を送り込んでくる。まるでマシュマロの様に動かす度に変形する胸の形を自分の感覚として感じながら、体に絶頂の予感が沸き上がってくるのを感じる。体のリズムをそれでも崩す事無く、

 

「それでは、捧げさせて貰いますわね」

 

『だ、だめ―――

 

 口づけを交わし、おそらくはルヴィアのファーストキスを奪いながら胸と淫芽への愛撫で二重に絶頂を感じる。下半身と胸に来る同時絶頂に目を見開きながらも、舌で唇を割って舌を口内に侵入させ、キョウの口を犯す。憑依して奪った体で自分自身を一方的に犯す、通常では味わえない背徳的な禁忌に更に興奮と情欲を感じてしまい、さらに股間が濡れる。それでさらに滑りを得た腰が滑らかに動く様になり、竿に割れ目を擦り付ける行為が更に加速する。

 

『っ、だめ、あたまが

 

 我慢する事も出来ずに感じる快楽はやはり次元が違う。ルヴィアの意思は抵抗しようとも、操縦権を握る意思と体がそれに抗う事無く貪っているのだ。それをルヴィアの意識はダイレクトに受け取っているに過ぎない。耐えられるはずもなく、

 

「さ、もっと、もっと求めますわよ……?」

 

 竿と擦り付ける割れ目の腰の動きを更に一回大きくし、ワザとその狙い場所をズラし、そのまま一気に腰を叩きつける。

 

「あっ、はっ、来た

 

『わたしのなか、に

 

 既に十分な湿り気を帯びていた秘部を割って、一気に秘肉をかき分けながら膣に疑似ペニスが押し込まれた。一気にそのまま膣奥まで押し込み、息を吐き出しながら両手で体を支え、持ち合上げる。ここまで来ると服も邪魔になってくるだけでしかない。スリット部分を掴んで一気に引き裂き、それを広げながら破り捨てた。

 

 そうやってルヴィアとキョウの接合部へと視線を向けた。愛歌では膣が小さい事もあって一番奥まで入り切らなかったが、膣の最奥まで押し込まれた結果、秘部と秘部がキスするような形にまで深く繋がっていた。ルヴィアの膣からは赤い液体が僅かにだが流れており、彼女が破瓜を迎えたのを知らしめた。

 

『は、はじめてが

 

「捧げられて幸せですわよね、だってこんなに気持ちいいのですもの」

 

 腰を完全に接触させるほど密着させてから前に軽く倒れるように手を両脇に付き、腰を持ち上げた。疑似ペニスのカリが膣壁に引っかかりながら引き抜かれて行く感覚に言葉を失い、ペニスと膣と両方から感じる快楽に、脳味噌が一気に白く染まる。

 

『あ゛―……

 

 ダイレクトに伝わってくる快楽に馬鹿になるルヴィアの声を聴きながら、一気に腰を落とした。動かない体を相手に一方的に体を動かす姿はレイプの様なもので、一方的な支配感と充足感、そして今、完全にルヴィアを支配している感覚に快楽と興奮しか感じられなくなっている。

 

「あ あ あ

 

 我慢するまでもなく声に出しながら喘ぎ声を漏らす。ペニスが出し入れする度に感じる快楽の総量は完全に人間の許容できる範囲を超過している。それでも、

 

「あら、そろそろ私も混ぜて貰おうかしら? 見ているだけというのも寂しいしね」

 

 そう言って腰を動かしている此方の姿に裸身の愛歌が迫って来た。体を隠す気配もない彼女の姿をルヴィアは―――疑問に思わない。既に意識は快楽によって馬鹿になっており、それを受け入れるだけの状態になっていた。

 

『だ、だめ 止まらないですわ 気持ちいい

 

「でしょう? さ、手伝うわルヴィア」

 

 そう言って愛歌が正面に来ると腰を振る此方の前に膝を曲げて座り込み、騎乗位で限界まで貪る此方の体の胸を掴み、揉み上げながら乳首を吸い上げるように口を寄せて来た。体の内側から来る快楽と、そして胸から来る快楽に完全に脳味噌がパンクし始める。

 

「あぁ、良いですわ、もっと、もっと」

 

『もっと欲しいですわ

 

「ふふ、お望み通りに与えるわね」

 

 さらに淫芽を騎乗位の最中に摘み、性感帯を一気に刺激してくる。全身を駆け抜ける快楽に目の端から涙が流れ始める。口も喘ぎ声を零したまま閉じず、口の端からよだれが軽くだが流れる。だあそんな事を気にしないほどに脳味噌と、体は快楽を求めていた。膣壁を削る感触と削られる感触に淫芽と乳首を弄られ、全身が性感帯になったような快楽に、

 

 あっけなく体が絶頂へと至る。

 

『あ――― あ―――

 

 最奥へと疑似ペニスが到達するのと同時に、腰の動きが完全に停止し、背中を震わせながら絶頂に至っていた。口をパクパクさせながら酸素を吸い込み、敏感になった肌を収めるように、ゆっくりと腰をグラインドさせるように動く。

 

「はぁ はぁ ……あぁ、なにもしなくても気絶しちゃったわルヴィア……」

 

「流石に初回フルコースは重すぎたんじゃないかしら」

 

 そう思う? と呟きながらルヴィアの腰をゆっくりとグラインドセックスするのを止めない。愛歌も全く指や揉む動きを止めていないし、余裕なのは見て取れる事だった。ルヴィアもルヴィアで結構体力があるので、ワンラウンド程度はまだ余裕の範囲だったりする。

 

「あー、やばい。楽しいわ。ルヴィアが気絶している間にもう数ラウンド回るか」

 

「飽きないわねー。私もそうだけど」

 

 破界衝動を性欲に変換して発散しているのだからそりゃそうだよ、という話でもある。とはいえ、純粋にセックスが楽しいという事もある。魔法使えば色素沈着とかグロマン化する心配もないし、どれだけセックスしても気持ちが良いだけで一切あと腐れがないのだ。

 

 それはそれとして、同じことを何度も続けるのは飽きるのでこういう風に変化球が欲しいのだが。クズの発想だが―――古来から英雄ってのは大体クズばかりだからしょうがない。

 

 それはそれとして、膣の中がまだまだペニスを求めているのを感じる。快楽を求めるからだはこれぐらいで終わらないらしい。徐々にグラインドさせる動きを強めながら、両手で愛歌を抱き込み、片手を背後から回り込む様に秘部へと差し込む。

 

「あんっ

 

 酷い事をやっている自覚はあったが―――それでもどうにも、自分を止められそうにはなかった。




 憑依、TS、調教、レイプ、ロリ、金髪巨乳、レズ、双頭ディルドと性癖と属性の詰め合わせである。

 試験的にハートとpink色を実装。視覚的にももっと淫靡になったかな……? って感じはあるけどやっぱ背景の問題があるな。

 運営さん、背景色指定する機能ください


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