ありふれたぐうたらで世界最強? (makky)
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第1章『始まりの物語』
1:前置きとしての話的な


 


 左腕の感覚はない

 肘から先は無くなってしまっていた

 

 感じる熱波はデカブツのものだろう

 顔だけでなく身体中が熱く感じるほどの

 

 遠くから聞こえる自分を呼ぶ声

 聞きなれたその声に返すことなく

 

 冥府の底へ降りていくように

 俺、南雲はじめはここまでに至る走馬灯を思い起こした

 

――――――――――――

 

「あー…眠い。朝はどうして眠いのだろうか」

 

 月曜日の朝、サザエさん症候群に悲鳴をあげる体にむち打ちながら俺は高校に登校する

 

 日付を跨いで眠ったことは仕方ないとして、一応五時間睡眠時感を取ったと言うのに眠い

 人間、眠ろうと思えばいくらでも眠れるのではなかろうか

 大学入試の足音が近付きづつある高校二年生、内申と言う言葉を気にするもので、授業は休まず眠らず参加をモットーにしている

 

 そんな息の詰まる高校生活でも、気の通い合う友達をたくさん作れる――そう考えていた時期が俺にもありました

 そんな砂糖にメープルシロップとかき氷シロップと生キャラメルをかけたような甘い考えでは高校の荒波を乗りきれないことを、入学一週間で思い知った

 大してコミュ能力を持っていなかった俺は一週間でクラスから孤立し、どこからバレたのか見当もつかない(スットボケ)オタク趣味のため一部のアホ、もといクラスメイトからいじめのような、からかいのような何かを受けている

 暴力は受けていないが、正直言って俺なんかに絡んでも面白くもなんともないと思うんだが

 

 まあとにかく、クラスの中では微妙な立ち位置にいる

 しかし友達、まあよく話をするクラスメイトがいないわけではない

 たとえばそう――

 

「南雲くん、おはよう!」

 

 同学年1、2を争う美人女子とか

 

 はっはっは、そう僻むではない

 俺自身夢か幻か、罰ゲームでやってんじゃないかって思うくらいによく話をしてくる

 顔面偏差値を普通と断言できるほど顔に自信がないし、かといってコミュ能力は先述した通りほぼゼロなもので、彼女と接点を持つ自体あり得ないはずなんだ…本当なら

 

「おー…おはよう白崎」

 

 そんな朝から元気一杯に挨拶をしてくれた女子、白崎香織(しらさきかおり)に気だるそうな挨拶を返す

 ぐうたらを自負してはいるが、挨拶を返さないほどシツレイなことはしない

 アイサツは大事、古事記にもそう書いてある

 

「朝から元気がないね、昨日寝るの遅かった?」

「んー?あー、まあ日を跨いで寝るくらいには夜更かしを」

「もーダメだよ南雲くん!夜更かしは不健康の元だよ!」

「俺の母さんと同じこと言うな、白崎は」

 

 家の母親は夜更かしはやめろ、とは絶対言わないしそこは自己責任と思っているらしい

 しかし釘刺しで健康面を引き合いに出して、遠回しに早寝を促す

 仕方ないじゃんちょうど密林に頼んでいたハートフルボッコ魔法少女の劇場版DVDが届いたんだから

 

「お、お母さんだなんて…も、もう南雲くんったら!」

「えぇ…怒られるの俺?」

 

 プリプリ怒りながらも、どこか嬉しそうに見える白崎

 アーナンデウレシソウナンダロウナーヨクワカラナイナー

 こういったこともいじめとハブりの原因なんだ、でも善意100%だから何も言えないんだよ

 高嶺の華と言うか、さながら天使と言うかまあ人気の理由はそれだ

 だけど頼むから生徒の中で『二大女神』とか言う全身痒くなるような二つ名を付けるのはやめて差し上げろ

 

「朝から夫婦漫才?仲が良いわね相変わらず」

「バーロー、んなんじゃねぇよ」

「そ、そうだよ雫ちゃん!夫婦だなんて…夫婦…えへへ」

 

 自分の世界にトリップしている白崎は置いておいて、その中二なネーミングのもう片方、八重樫雫(やえがししずく)に見た目が子どもな名探偵風な返しをする

 誰とでも仲良くなる白崎に対して、大人びいた風貌であることから影で『御姉様』と呼ばれていることは本人の知り及ばないところである

 ひまわりと薔薇と表現するやつもいるがこれ以上傷口を広げるのはモウヤメルンダ‼

 

「うふふ、冗談よ冗談」

「だろうな、お前はそういうやつだよ。つーか珍しいなこんな時間に、八重樫一人か?」

「あら、私が一人で登校するのはおかしい?」

「いやいつも一緒の天之河はどうしたんだ?あとあいつのお供は」

「今日は早く行く予定だったから、先に出たのよ」

 

 普段登校経路の関係でほぼ毎日一緒に登校している天之河光輝(あまのがわこうき)と、その親友の坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)はどうやらあとから来るらしい

 

 天之河光輝はザ・馬鹿正直な人間で、自分の正義を頑として曲げない面倒臭い性格の持ち主だ

 白崎と八重樫とは仲が良いんだが、俺と話をしていると必ずと言って良いほど話に入ってくる

 それも俺をディスってである、自分が完璧超人だからっていちいちディスられてもねぇ…

 

 坂上龍太郎は熱血と言うか暑苦しい人間だ

 見た目は脳筋、頭脳も脳筋なもんで細かいことなどお構い無し

 とりあえず当たって砕けるを信条にしている

 ぐうたら主義な俺とはとことん馬が合わず、嫌いと言う感情を隠しもせず関わってくる

 

「ふーん、八重樫でも早く学校行く予定とかあるのか」

「私としては、なんの理由もないのに始業一時間半も前に来る南雲君が不思議なんだけど」

「え?授業開始ギリギリまで寝れて遅刻しないですむからだけど?」

「…想像より酷い理由だったわ」

 

 うっかり寝過ごすこともないし、時間を気にして家をでなくてもいい、なんて的確で冷静な判断力なんだ

 ぐうたらを極めると始業一時間半前に登校できるようになるんだよ?

 

「そんなことはどうでもいい、重要なことじゃない」

「突然濃霧を出さないでほしいんだけど…まあいいわ、それで?」

「一時間半前に登校しているのに毎日必ず白崎と会うんだ、これバレたら血祭り案件だよな?」

「とても今更な疑問で、とても今更だけどそうでしょうね」

「dsynー」

 

 いまだに自分の世界にトリップしている白崎をちらりと見て、万に一つばれたときの高校生活の惨状を思い描く

 全員から無視されて僻みの連中にいじめられて、白崎と八重樫とは話をしてーー

 

 …おかしい、現状となにも変わらないじゃないか

 

「一時間半前登校誰にも言ってなかったんだけど、どこから漏れたのかを知りませぬか八重樫嬢」

「さぁ、ね。ただ一つ言えることは、それを教えた人はお節介妬きな人でしょうね」

「(じーーーーーーーーーっ…)」

「ふふふ♪」

 

 や っ ぱ り お ま え か

 

「気付いている癖に無視している方が悪いと思いまーす」

「アーアーキコエナイキコナイ、よしんばそうだったとしてもどうしてそうなるのか理由がわかりませんので」

「…はぁ、前途多難ね香織」

「えへ、えへへ…え、何が雫ちゃん?」

 

 そこでようやく戻ってきた白崎が名前を呼ばれた事を不思議に思う

 自惚れるつもりはないが、朴念仁になったつもりもない

 クラスでハブられている人間と毎日登校して、学校でもよく話をすれば嫌でも気が付くだろう

 それが特に美女と呼ばれるクラスメイトであれば尚更だ

 だが理由がわからない、先に述べた通り自分のランクなんて中の下くらいと主観的判断を下している

 おまけにオタク趣味者だ(重要)

 そして彼女の周りには天之河を初め、顔よし学よしスポーツよしの連中が集まってくるのだ

 選り取り緑なのにこっちを向く理由がわからない

 

「逃げるのは格好悪いわよ、南雲君」

「…釣り合いって大事だと思わないか八重樫」

「それを決めるのは、一体誰かしらね?ふふふ」

「?」

 

 小首傾げる白崎

 逃げ、ねぇ?

 今更だな、散々嫌なことから逃げてきた自覚はあるんだから

 

 

――――――――――――

 

 教室に入ると、そこは無人だった

 毎日そんな感じだ、誰もいない教室に最初にやって来る

 これがテスト前とかになると頭脳派クラスメイト数名がいることもあるが、今の時期は朝練とかで荷物だけおいてあるのが日常だ

 

「と言うわけでおやすみ」

「待ちなさい南雲君」

 

 席についてさあ寝るぞ、と意気込むとそこに待ったがかかる

 

「なんだよ八重樫。俺は夢の中で放射能まみれになった地球を救うために宇宙戦艦に乗るんだ、邪魔しないでくれ」

「リメイク出て嬉しいのはわかるけど、さすがに香織放っておいて寝るのは許容できないわ」

 

 賛否両論あるけど、俺は好きだよリメイク版

 

「えー…いつもこんなんだけどな」

「…ちょっと待ちなさい。私の聞き間違いじゃないのなら、あなた毎日香織放って寝ているの?」

「だからそうだって」

 

 その返答に一瞬頬をひきつらせる八重樫、すぐに白崎に向き直る

 

「香織、一緒に登校してからはこの教室であなた何をしているの?」

「えー、雫ちゃんそれはちょっと…」

 

 何故かもじもじしだす白崎、仕草も可愛い

 …邪な考えは捨てよう、身の程大事

 

「その、ね?南雲くん寝顔がとってもかわいくてね?こう、見とれちゃうというか…」

「…聞いた私が間違っていたわ」

 

 額に手を置く八重樫、さすが対天之河苦労人ポジション

 あと白崎さん?それ初耳なんですけど?てっきり一人で勉強でもしているものだと思っておりましたよ?

 すごい恥ずかしいんでスコップで穴掘ってもいいですかね?

 

「…今後は寝るのを控えるように」

「大変遺憾ではありますが誰かが登校してから寝るようにいたしますはい」

「えー!ダメだよ南雲くん!」

 

 何故に寝る寝ないを他人に決められなければいけないのか、疑問に思った時点で負けである

 

「うーんだとすると早く来る意味がなくなるな」

「香織と話でもすればいいじゃない」

「具体的には?」

「趣味の話とかよ」

「…非常に申し上げにくいんですがね八重樫さん」

「何かしら」

「これ以上純白のキャンバスに黒い絵の具を塗りたくるのは嫌なんですけど」

「安心しなさい、キャンバスの方から絵の具に飛び込んでいるから」

「もう手遅れだったか…」

 

 俺の趣味はオタクのそれだ、後は分かるな?

 そう、クラスの連中にオタク趣味がバレたのは、他でもない白崎が原因である

 原因と言っても切っ掛け程度のもので、元々適当な話のなかに見ていたアニメの話をして、白崎が八重樫と話をしているときについうっかり「南雲くんの好きなアニメのキャラがねー」と口走ってしまったのが始まりだった

 すぐに八重樫が黙らせたが、時すでにおすし

 今では立派なオタクのレッテルを張られております

 

 そして何故か知らないが(強調)、白崎もいろいろなオタク趣味に手を出しているようだ

 八重樫といろいろお勉強しているらしく、はっきり言ってバレたら阿鼻叫喚の大惨事待ったなしなのである

 

「なんなら私も付き合うわよ」

「やめてくれ火炙りのあとに縛り首にされる趣味はないんだよ」

「比喩なのかそうでないのか悩ましいところね…」

「わかってるんならどうにかしてくれませんかね原因その1」

「できる範囲の事はしているつもりよ?」

 

 効果が出ていないから言ってるんでしょうが

 

「趣味って言ってもなぁ…広く浅くだから話す内容が薄いぞ」

「いいじゃない、話せる範囲で。話なんてそういうものでしょう?」

「わ、私は南雲くんとお話出来れば…」

 

 え、いつの間にかオタク話する流れになってるけどマジで言ってる?

 

「あーじゃあ最近はまったアニメの話でよければ…」

「うん!してして!」

「ふふふ嬉しそうね香織」

 

 学校のトップ2美人女子とオタク話とかなにそれ怖い

 だが逆に考えるんだ、これで時間が潰せるんだと

 そう思っていたのだ…

 

 

 

 

 

 

「だーかーら!主人公は一人の親友の為だけに時間逆行繰り返した、謎の転校生でいいじゃないか!」

「何を言っているの?その子のために宇宙を作り替えた女神こそ真の主人公でしょう?」

「二人とも分かってないよ!宇宙の寿命を伸ばすために四苦八苦している白いマスコットキャラこそーー」

「「いやそれはない(わね)」」

「まさかの即答?!」

「あいつは因果率を弄ってでも消滅させるべき敵だ」

「純真無垢な少女を騙して悪びれもしないなんて外道以下よ」

「もー!感情を持っていない子達にそんなこと言わないであげてよ!」

 

 さらっとアニメの概要を話して、『謎の転校生が主人公』と説明したら二人から待ったがかかった

 何を言っているのかわかんねぇと思うが、俺も何があったのかさっぱりわかんねぇ

 もっと恐ろしい(ry

 

 話しているうちに嫁論争が始まることが多々あるオタク話、まさかこんな形で実体化するとは

 

「そう、だから…ん」

 

 話を続けようとするが、どうやら今日はお開きのようだ

 

「どうしたの南雲君?」

「二番乗りが来た、俺は寝る」

「えーもうそんな時間なの…」

 

 廊下を歩く音が近付いてくる、俺はさっさと寝る体勢に入る

 

「はぁ、気にせず別の話をすればいいのに。仕方ないわね、また早く来たときは話をしてくれればいいわ」

「出来ればしばらく無い方がいいな…」

「明日からは香織と話をしなさいよ」

「前向きに検討させていただきますムニャムニャ」

「漫画みたいな寝言だね南雲くん、ふふ」

 

 もう言い返す気力もない、このまま授業開始まで夢の世界への旅に出よう、ぐうぐう…

 

 

 

 

 

 

「…事前の情報が役に立ったわね」

「うん、ありがとうね雫ちゃん」

「いいのよ、親友の恋の成就の為ですもの」

「あはは、まだまだだけどね」

「半分堕ちているようなものよ?あと一押しあればーー」

「そうだね、まだ半分しか振り向いてもらえてないんだね」

「…相変わらず石橋を叩いて渡る性格ね」

「えへへ、それくらい好きって事なのかな?よく分かんないんだ」

「私もそういう相手がいないから、はっきりとは言えないけどここまで相手のためにできるなら、それはきっと恋よ」

「私、頑張るよ。絶対振り向いてもらうんだから」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 授業前ぴったりに目を覚ますことは意外と難しい、そして今回は20分ほど早く起きてしまう

 すごくもったいないが潔く起きる、もうクラスは全員揃っているようだった

 

「あー、しんどい…」

 

 ボソッと小声で呟いて一時限目の準備を始める

 寝起きはつらい、一時間程度ではやはり足りないようだ

 今後はしっかりと睡眠時間を確保していきたいと思います

 と決心しても、新しいアニメやDVDが出れば反故にされるので決心しない

 

 授業前ではあるが時間はあるわけで――

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 アホ四人組に絡まれる訳である

 

 こいつらが何かにつけて弄ってくる面倒臭いクラスメイトで

 主犯格の檜山大介(ひやまだいすけ)

 その取り巻きの、斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野信治(なかのしんじ)が続く

 

 もういちいち言い返すのも面倒臭いので、一時限目の数学の教科書とノートを確認する

 

「ねーねー南雲くん、ちょっといい?」

「おう、どうした白崎」

 

 そうこうしていると白崎が席までやって来る

 バカにしていたアホ四人組は何食わぬ顔で離れていった

 離れていったのだが蔑みの目でしっかりと睨んでくる

 檜山に限っては卑下た目をしている、いやー人気者と一緒にいるのは辛いなぁ

 代わってやってもいいぞこの野郎

 同じような目をしてるクラス中の男共もいいぞ、この境遇が羨ましいと思うのなら好きなだけ代わってやるよ

 

「今日の一時限目の数学、小テストするの聞いてる?」

「小テスト?言ってたっけそんなの」

「私聞いてなくて、しかも二学年の成績に加算するって隣のクラスの子が言ってたの」

 

 その言葉にピシッと固まるクラス

 

「あーそれは抜き打ちテストだな、それも成績加算となると結構面倒なやつだ」

「やっぱり?どうしよう、範囲とかわからなくて」

「白崎が知らないのに俺が知ってるわけないじゃん」

 

 俺は大学に入れる程度の成績を維持できればいいんだ、抜き打ちテスト程度で単位を落とすほどの減点は無いと思うのでやる気が起きない

 だが他のクラスメイトは違うらしく、慌てて教科書やノートを広げて勉強を始める

 そういうのを付け焼き刃って言うんだろうな

 

「どの辺が出るとか、分かんない?」

「俺に山かけ頼むのかよ!そういうのは頭のいい奴に聞いてくれ、八重樫とかにさ」

「雫ちゃんにはこの前勉強教えてもらったばっかりだし、友達だからって何度も聞くと失礼な気がして」

 

 いや大丈夫だろ、あの八重樫だぞ?

 白崎が例え毎日勉強教えてと頼んでも、必ずしっかりと教えてくれるであろう八重樫だぞ?

 俺なんかより知識を持っている八重樫の方が適任だろ常識的に考えて

 

「お願い、できない?」

「ぬ、ぬぅ」

 

 だからその上目遣いで頼むのはやめてくれ

 

「…小テストなんだから、前回の授業内容のおさらいとかになるんじゃないのか」

「前回の授業?…あ、そっか」

「んで前回は三角関数に入ったからその辺りじゃないか」

 

 抜き打ちテストでいきなり今までの範囲全部は難しいし、どこかを切り抜くなら前回の復習をかねてやるだろう

 何よりテストを作成する先生としても作りやすいのだから

 

「教えてくれてありがとう南雲くん!じゃあーー」

 

 感謝の言葉をのべて、机の上に数学の教科書とノートを広げる白崎

 なにしてはるんどすかえ白崎さん?

 

「一緒に勉強しようよ!」

 

 ――その行動力は称賛に値するよ、こちらの拒否権は聞くつもりが無いらしいが

 正直テストがあろうがなかろうが勉強する気は無かったんだが、白崎は既成事実として勉強を始めるつもりらしい

 

「えー…面倒臭、いぃ?!」

 

 ストレートに断ろうとすると、左側からすさまじい寒気を感じる

 目線だけ動かすと、目だけが笑っていない満面の笑みの八重樫がいた

 

 こいつ…嵌めやがったな!!

 

 だがもう遅い、白崎が八重樫に聞かなかったのは先に八重樫本人に聞いてそう言われたからだろう

 小テストの情報も、範囲の問答も、強引な勉強会も、全てはこの時のためにあったと言うことか

 ちくしょう…ちくしょうっ‼

 

『しっかりと教えてあげてね?』

 

 口パクでそう伝えてくる八重樫、少しだけ顔を動かし

 

『覚えておけよお節介焼き』

 

 しっかりと伝えるべきことを伝える、口パクで

 どうやって復讐してやろうか…

 そんな邪な考えをしてると

 

「香織、それだったら僕らと一緒に勉強しないか?」

 

 救世主、なのかどうかは不明だがクラス人気ナンバーワン男子の天之河が白崎に話しかけてくる

 横にはちゃっかり坂上もいる

 

「やる気のない人間とするよりも効率はいいだろうし、香織がわざわざ世話を焼く必要は無いんだよ?」

 

 わーるかったなやる気のない人間で、一言二言余計なんだよ

 

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 やる気の有無で人の好き嫌いを決めている君には言われたくないな

 

「ふぁぁぁ…」

 

 やばい眠気が戻ってきそうだ、授業中寝るのは回避しなければ

 

「もう勉強したいなら勉強したい者同士ですればいいじゃないか、俺はやる気出ないからパスで」

 

 これ幸いにと天之河たちになすりつけることにした

 絶対零度の視線が突き刺さるが知った事ではない

 

「えー一緒にやろうよ南雲くん」

 

 なおも食い下がってくる白崎、申し訳ないがやる気スイッチがオフになったので

 

「そもそも抜き打ちテストだからって慌てて復習するのもなんだかねぇ…」

 

 テストやレポートがあるから予習復習するなんて本来は間違ってるはずなのだ、日頃の積み重ねが大事なのだ

 決して直前に山のような過去問するのが面倒くさいからでは断じてない

 

「ま、とにかくパスで」

「むーーーー…」

 

 頬を膨らませて抗議してもダメ

 ほとんどの男子と一部の女子からすさまじい視線の嵐を受けながら、机に肘をついて授業開始を待つ事にする

 やる気のない人間に無理やり何かさせたって失敗するもんだよ?

 だからはじめっからしない事にしよう、そう心に決めてるのだから

 

――――――――――――

 

「あなたには失望したわへたれ星人」

「うるせぇお節介焼き星人」

 

 午前中の授業が終わり、昼休み時間に入るとすぐ八重樫の圧迫面接を受ける

 色々下準備までしたのにご愁傷様です

 

「たかが20分程度の勉強でさえ理由見つけて回避してくるとは、この私の目をもってしても見抜けなかったわ」

「節穴乙、それに今回は天之河たちが話し掛けてきたのがいけないと思いまーす」

「三割ね」

「俺七割かよ」

「当然」

「ちくせう」

 

 こいつは容赦なく毒を吐いてくる、誰だこんな八重樫にしたのは‼

 …俺じゃないよな?(震え声)

 

「で?お昼の時間になったのに何の準備もしていないのはどうしてかしら?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました八重樫さん。そう‼何を隠そう今日俺はーー」

 

 思いっきり机にうつ伏せになり

 

「弁当を忘れてきましたぁーー‼」

 

 絶望の声をあげた

 

「…南雲君って大切なところが結構抜けるわよね」

「仕方ないじゃんかぁ…宿題の最終確認してたら出る時間になったんだから…」

「一時間半も前に出てるんだから少しくらい遅れても…」

「それだと何か負けた気がして嫌だ」

 

 一度決めたことは最後までやり通すのが俺の流儀だ

 それで弁当忘れれば間抜けもいいところだが

 

「まさか午後からの授業何も食べずに受ける気?」

「いーや予備で入れていたやつがあるからそれで繋ぐ」

「…予備?」

 

 怪訝そうな表情で聞いてくる八重樫、君の懸念は正しいよ

 

「カロリーメ○トプレーン味」

「そんなことだろうと思ったわ」

 

 そんな呆れた表情しなくたっていいじゃないか

 

「旨いんだぞぅ、お茶には合わないけど」

「どちらかと言うと牛乳に会うわよね、クッキーみたいなものだし」

「だが生憎とお茶しかない、水で飲むと言う選択もあるが」

「お茶と対して変わらないわねそれ」

 

 選択肢が無いんだから贅沢言ってる場合じゃないんだよ

 

「何も飲まないのは論外だしな」

「口の中がパサパサになるわね間違いなく」

 

 ゼリー状のやつもあるが、噛まない飯なんて食った気がしないから何か嫌だ

 

「じゃあさっさと食べてーー」

「…南雲くん?」

 

 おおっとここで予想外の事態が

 

「…何かご用でせうか白崎さん?」

「ダメだよそんなご飯じゃ、すぐにお腹空いちゃうよ?」

 

 まるで当然と言わんばかりに八重樫の左側に座る白崎、あるぇーこの状況は

 

「私のお弁当半分分けてあげるよ‼」

 

 ま さ か の イ ベ ン ト

 い、いつだ?俺はいつフラグを立ててしまったんだ?

 

「…お昼忘れたって聞けば、香織が放っておける訳がないでしょ?」

「せやな」

 

 心優しい女神の心遣いに涙しつつ、無難な断り方を模索する

 

「えぇっと、今日はあんまりお腹が空いてないからーー」

「流石にそれだけじゃ足りないよね?いつもおっきなお弁当箱持ってきてるもん」

「か、帰る前に買うからーー」

「学校終わるまで我慢するの?体に悪いよ?」

「…白崎の食べる分が減るしーー」

「あはは、心配してくれるの?大丈夫だよ、私の方が少食だから」

 

 ……

 

「…だから諦めなさいって、こうなったらもうテコでも言うこと変えないわよ」

「認めん…こんな敗北の仕方は認めんぞ…」

 

 どうあっても俺に弁当を食わせたいらしい、だが俺の本能が拒絶するのだ

 自分のミスで弁当忘れた挙げ句人の弁当食べるだなんて、そんなの許容範囲外である

 

「強情張り」

「なんとでも言え」

 

 クラス中の視線なんぞいまさら気にもならないが、白崎が我慢する事態は絶対避けなければ

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 救世主(仮)再び

 いいぞー天之河、いつも明後日の方向に飛び出しているお前の発言も、今日は冴えてる

 そのまま押しきってしまえ

 

「え? 何で、光輝くんの許しがいるの?」

 

 ……

 

「ぷっ…」

「んんっ、んんんっ…」

 

 いかん、思わず吹き出すところだった

 白崎の素の応対は腹筋に直撃するから困ったものだ

 八重樫も小さく吹き出していたが、お前のキャラ的にいいのかそれは

 

 結局いつもこんな感じである

 白崎がきて、八重樫もついてくる

 そこに天之河が坂上引っ提げてやって来て、どったんばったん大騒ぎ

 そんな日常だ、代わり映えしない普通の日常だった

 

 そこで俺の、いや

 俺たちの日常は終わりを告げた

 

 白崎と話をしていた天之河の足元に、白く不可思議な模様が現れる

 知識として一番近いのは、魔方陣だろうか

 厨二病のお供で、将来描いてあるノートを見て転げ回るあれだ

 その魔方陣がどんどん大きくなっていった

 そんな非現実に全員が呆然としていた

 担任である畑山愛子先生が教室から出るよう指示したと同時に

 俺たちは、この世界から消えてしまったのだ

 

 ――とりあえず昼食はお預けと言うことらしい



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2:召喚されてしまったらしい

 はっと気付くと、両手で顔を覆っていた

 どうやら咄嗟に顔を守ろうとしたようだ、無意識って怖い

 

 手をどけて辺りを見渡すと、そこにあったのは巨大な絵画である

 十メートル四方の額縁に入れられた絵画

 後光差す背景に山々や湖畔、草木が生い茂り、それを包み込むようにして金色の長髪を靡かせ微笑む人物がいた

 男性か女性か、所謂中性的な描き方をされているその人物に、どことなく不気味な感情を抱くーー

 

(何見てんだよ見せもんじゃねーぞこの野郎)

 

 訳もなく何故か心の中で罵倒する

 何故かって?私にもわからん

 ただなんでかこいつは罵倒しろと心の中で何かが囁いたんだ、だからぼくは悪くない

 

 絵画から目を離せば、どうやらそこは巨大な広間のような空間だった

 おとぎ話に出てくる舞踏会の会場感溢れる場所、そこの一段高く設けられた台座のような場所に、俺は見慣れた人影と一緒にいた

 

 うん、俺のクラスメイトだな。めっちゃ呆然としているけど

 

 そして見慣れない人影もある

 人数にして30人ほど、キリスト教の礼拝のような格好でこちら側を取り囲む集団が

 白衣に金の刺繍を施した法衣、とある戦国ゲームのお姉さんキャラが持っている、えーっとなんだっけ?しゃ、しゃくじょう?だかなんだかの先についている輪を円盤にした奴を横に置いている

 

 その集団のなかから、ひときわ目立つ人間が出てくる

 30㎝はある烏帽子っぽいものを被って、集団が着ている服をド派手にしたような格好をした見た感じ70代のお爺さんが出てきた

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 …拝啓、お父様お母様

 あなたたちの息子は、どうやら面倒事に巻き込まれてしまったようです

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 広間から大きな机がいくつも並んだ大広間に場所を移し、俺たちはそこで話を聞くことになった

 上座から教皇のじいちゃん、愛子先生、勇者(らしい)天之河と白崎、八重樫、坂上プラスその取り巻きが座っている

 俺?もちろん後ろの方だけど?前にいくと面倒臭いし

 むしろ白崎や八重樫はそこに座ってて良いのか?どう考えても厄介事しか押し付けられないぞ?

 こういった異世界召喚なんて魔王倒して~とか、世界の危機を救って~とか、そんなのしかないからな?

 

 でもメイドさんがいれてくれたお茶は美味しかった、思わず格言を言いたくなるくらいには

 男子の目線がメイドさんに集中するもんだから女子の視線が氷河期並みになっていたけど

 メイドさんはロマン、邪な考えを持ってはいけないのだ(持論)

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言ってながったらしい話を始めたが、要約するとこうだ

 

 

 ここはトータスパークだよ‼

 

 ここには人間ちゃんと魔人ちゃんと亜人ちゃんがいるんだ‼

 人間ちゃんは寒いところでも平気で、北のちほーに住んでいるんだ‼

 魔人ちゃんは暑さに強くて、南のちほーに住んでいるんだ‼

 亜人ちゃんはちょっと怖がりで、東の方にある樹海ちほーに住んでいるんだ‼

 

 人間ちゃんと魔人ちゃんはとーっても仲が悪いんだ、会うたびに喧嘩しちゃって仲直りができていないんだって

 ちょっと前まではお互いにあまり手を出さないでいるから、喧嘩も少なくなっていたんだ

 でも魔人ちゃんが魔獣って言うこわーい生き物と一緒に戦うようになって、人間ちゃんが負けちゃうかも知れないんだって‼

 

 

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 すっごーい‼あなたは人の都合を聞かないフレンズなんだね‼

 

 なーにが神託じゃいボケェ、勝手に拉致してこの世界のために戦えとか奴隷生活もいいところじゃねーか

 

 「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 言ったれ言ったれ先生、無駄だろうけど言ったれ

 こういう話にはだいたい絶望的な話があるもので

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 ほれ見たことか、こういう奴等なんだって

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 先生、それは鉛筆で書いた字を消ゴムで消して、消しカスから鉛筆作るくらいの無茶なんやで…

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 本当に迷惑な唯一神だな、こっちの唯一神に負けず劣らずだよ

 絶望的な宣告をされ、クラスメイトたちは抗議の声と動揺が走る

 無理もない、これから異世界でいつ帰れるかわからないけど戦ってね?なんて言われて納得できるはずがーー

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 いたよここに、超上級のアホが一人

 マジにいってんの?ねぇ?正義感強いのは構わないけどこっちから言わせればいい迷惑だからね?

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 八重樫(ブルータス)、お前もか

 お前だけは大なり小なり異議を唱えてくれると信じていたのに

 君には失望したよ

 

 もうこうなってしまうと誰も異議が唱えられなくなる、と言うか異議そのものがなくなってしまう

 圧倒的カリスマ保有者の天之河とクラスの人気者3人が賛同してしまえば、それはもうクラスの総意になってしまう

 ほら見てごらん、最初はあんなに頼もしかった愛子先生が今ではオロオロしっぱなしだよ

 悲しいかな、これが学級式民主主義だ

 

 そうーー

 どんな結果が待っているか二の次にしてしまえば手痛いしっぺ返しが来る

 そんな単純なことさえ考えずに、正義は暴走してしまったのだ

 

 ーー俺も戦わなきゃダメですかね?ダメ?あ、そうですかはい…



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3:チート格差は斯く如実に

 さあ戦うことが決まったから早速旅に出発だ!

 なんてどこぞのひのきの棒渡して世界救ってこい系ゲームじゃないので、しっかりと訓練をしていきます

 なんでもその辺は予測済みだったらしく、今いる聖教教会本山『神山』麓にある『ハイリヒ王国』へと向かうらしい

 

 向かってる途中にハイリヒ王国の歴史やらなんやらを話されたが、自分含めてクラスの半分も聞いていないだろう

 単純に興味がない、もとの世界ならまだしも異世界の国の歴史なんて聞いて得しないのだから

 聞き流し安定、みんなもそうしよう

 

 魔方陣が描いてある台座らしきものに乗り込み、教皇のじいちゃんが

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、“天道”」

 

 と唱えると、まるでロープウェイの様に動き出した

 始めてみる(召喚時の魔方陣を除けば)魔法にクラス全員大騒ぎ、俺は別の意味で心臓ドキドキ

 べ、別に高いところが苦手なわけじゃないんだからね!

 だからせめて囲ってある柵はもう少し丈夫なものを付けてくださいお願いします

 

 するすると雲海を抜けて、そこに広がっていたのは巨大な都市だった

 ハイリヒ王国王都、その全容が眼前一杯に広がっていた

 山肌からそそりたつ王城、放射線状に道路と建物がのびる城下町

 

 このロープウェイのようなものの終着点は、どうやら王城の一番高い塔のようだった

 神山からのびる魔法の乗り物の終着点、まさに奇跡の体現だろう

 特に興味はないが

 宗教と国家の繋がりなんて、中世ヨーロッパでは普通にあったことだ

 むしろあの時代は教皇の力が強く、如何に皇帝であれその権威には遠く及ばなかった時代なのだ

 宗教は人心を落ち着かせ、希望を与えるもの

 娯楽の少ない時代、拠り所として人々は宗教を求めたのだ

 

 披露するつもりのないうんちくは仕舞っておいて、いよいよ王城に到着だ

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 列の最後尾に並び、のんびりとついていきながら適度にぐうたらする

 何も考えずに歩くのは楽でいい(ぐうたらの鑑)

 そんな風に歩いていると、ようやく目的地、王座の間に到着した

 

 いかにも『玉座の間です』と言わんばかりの両開き扉が開かれ、教皇のじいちゃんを先頭に全員中へと入っていく

 

 そこには赤い絨毯の挟んで甲冑姿の兵士と、ローブを纏った文官らしき人たちが30人ほど並び

 その一つ上の玉座には来客を直立で出迎えた初老の男性、同じほどの年齢に見える女性、そしてまだ幼さ残る金髪碧眼の男女が並んでいた

 彼らこそ、この国の王族だ

 そうしていると教皇のじいちゃんがおもむろにクラス全員をその場に待たせる

 さも当然と言った風貌で玉座を上り、国王の隣に立つ

 手を差し出せば、国王はその甲に軽い接吻を落とす

 

 まあ要するに軽くキスをしたわけだ、まさかこの目でカノッサの屈辱の現実が見れるとは思ってなかった

 その後は王族の自己紹介やら国家中枢に関わる面子の紹介をされてお開きとなる

 そして晩餐会が開かれ、改めて自分達への期待の大きさを実感することとなる

 それはそうと王太子殿下?その白崎さんは競争倍率の高い娘なので射落とすつもりがあるのなら、あらゆる手をお使いくださいね?

 俺?さぁなんのことやら…

 

 後は訓練時の教官紹介をして、一日目は終了

 天蓋付きのベッドで眠れない理由は、きっと枕が変わったせいだろう

 絶対そうに違いない

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日早朝から、野暮ったい目を擦って訓練に参加する

 お昼からとかじゃダメですかね?ダメですかそうですか

 団長ことメルドさんは、副団長に雑務を押し付けて訓練指導入るようだ

 嫌なことから逃げても逃げ切れないって、それ一番言われてるから

 

 訓練の前に渡すものがあるとか言って、ちょっと大きめの長方形の板を配る

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 マイナンバーカードかな?あ、でもあれはまだそこまで高性能じゃなかったか

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

 天之河が聞きなれない言葉を聞き返す

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 ほーん、便利なもんで

 感心しながら指先を針で刺し、魔方陣に血を擦り付ける

 するとーー

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

===============================

 

 なんか出た、すごい気持ち悪い

 いやだってさ、自分の能力数値化とかどう見てもゲームの話でしょ

 嫌だよどのステータス振るか延々と悩む系異世界冒険は、しなくていいならしないけども

 

 その後の団長の話をまとめると

 

 ①ステータスは鍛練で上昇する。また魔法アイテムの使用でも上昇する

 ②『天職』の欄は才能のことで、末尾の技能と連動してこの分野に関しては無類の強さを発揮する

 ③天職保有者は戦闘系天職と非戦闘系天職に分かれる。戦闘系のほうが希少で千人に一人、場合によっては万人に一人らしい。反対に非戦闘系天職は結構あるらしく、十人に一人のものも珍しくない

 

 ということである

 そして最後に付け加えられたのが

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

「…………」

 

 (チラッ)

 圧 倒 的 オ ー ル 1 0 ス テ

 

 あなたなんにもできないのねぇ…

 ソ,ソンナコトナイヨ!(幻聴)

 

 あーあーあーあー、日頃の行いのせいかステータスまでぐうたらになってやがる

 これは駄目みたいですね…

 ナマケモノのフレンズ宣言を受けた主人公並の絶望を感じていると、勇者の天之河のステータスが判明する

 あーもう見なくったってわかるよ勇者だもんねオール100にマシマシの技能なんでしょはっじー知ってるよ

 

 案の定天元突破のステータスに差別しか感じられない、おかしいこんなこと絶対許されない

 

 そして死刑宣告、もとい自分の番になる

 

「ああ、その、何だ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 鍛冶屋、鍛冶屋ねぇ…

 悪くはないんだろうが、しょーじき足手まとい感が半端ない

 クラスで一番下であろうステータス、ここから導きだされる答えは…

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやっ「そうだ、引きこもっちゃおう」…は?」

 

 なんか言ってた檜山を完全無視して、さっさと王城内に戻ろうとすると団長があわてて止める

 

「ま、待ってくれ‼確かに非戦闘系天職ではあるが戦闘ができない訳では…」

「いやいやいや何言ってるんですか、農民に槍持たせたって大した戦力にはならないけど農民には農民の得意分野があるでしょう。だったら自分も自分の得意分野伸ばしますよ」

 

 ハンマー片手に魔人族と戦うのも絵面的には美味しいかもしれないが、どう考えたっていなくてもいい戦力だろう

 だったら戦うのやめますよ、足手まといで一生終わるの嫌なんで

 

「もうね、日頃の行いの悪さがこんな形で出てしまうわけですよ。好きでぐうたらしてるんだから当然だけど、まあそれはそれこれはこれ。戦い行って汚い肉塊のオブジェ作りたくはないですからねぇ」

 

 死ぬのは怖いが死んでからバカにされるのも嫌だ、だったら卑怯ものと呼ばれてもいいから後方で頑張ることにしよう

 むしろクラスの為にもなるしいいんじゃなかろうか、なんて思っていたら

 

「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

 と声高らかにそう言ったのは愛子先生、励ますために言ってくれたと思うんですがね先生

 世間一般ではそれをフラグと呼ぶんですよ?

 

=============================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

===============================

 

 …この圧倒的農耕系技能、これはもしかしなくても

 

「先生、いつの間に農家系アイドルデビューしたんですか」

「あ、アイドルデビュー?!し、してませんよそんなこと‼」

「いやいやだってどう見たってゼロ円の食堂やってたり無人島開拓やってる系アイドルでしょこれは、むしろそうじゃなかったら詐欺ですよ詐欺」

「だから違いますってぇ~‼」

 

 必死で否定する先生、見ていてほっこりする小動物っぷりである

 まあ、なんだ

 幸先悪く異世界冒険が始まったようで何より

 

ーーところで先生、新しい村建設の予定はありますか?



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4:役立たずのナマケモノ

人間、不平等なものである


 引きこもりを決心してからはや二週間が経過いたしました

 とりあえず部屋にずっといると外聞が悪いとかなんとかで、訓練には参加することになりました

 主に白崎と先生の説得があったからなんだけど、憐れみなら要らないんだからね!

 

 元々クラスでも浮いていた自分が役立たずとなれば、関わってくる暇人がいる訳もなく

 ひとりぼっちは寂しいもんな、とか言ってくれる友達もいない訳ですよはい

 

 あれからとりあえずいろいろ漁ってはみた、錬成師の事を

 

 錬成師はいわゆる鍛治系統の天職で、鍛冶屋のうち1割、十分の一がこれにあたるありきたりな職業らしい

 剣、槍、盾、甲冑、その他武具の鍛治に役立つ

 なんて言われれば完全に内政型特性である、これで前線に立てって?ご冗談を

 

「しっかし暇だな、理由つけて訓練早く切り上げたり不参加するのも面倒臭くなってきた」

 

 コネコネコネコネ

 

「『もしかしたら読書をすればいい使い道が見つかるかもしれません』とか『武器を使うより持つ方が効果的かもしれません』とか、んなわけねーじゃんなに騙されてるの」

 

 コネコネコネコネ

 

「あーしんどい。屋外訓練なんてしたって、俺が前線に立つより勇者様ご一行が立った方が圧倒的だろ」

 

 コネコネコネコネ

 

「…さっきからグチグチうるさいわねナマケモノ」

「やあ生真面目ちゃん、午前の練習終わったの?あと多分それ、グチグチじゃなくてコネコネだと思うんですけど」

「一応はね、だれかさんが始まる前に屁理屈こねてサボったから早めに終わったのよ…コネコネって何よ?」

「鉄の塊錬成で捏ねてんの、なんか分かるかもしれないしー」

 

 タオルを首に巻いて訓練場の方からやって来た八重樫に嫌みを言われる

 それを俺は左へ受け流す

 

「…本当どうしたの?いつものあなた以上にやる気がないじゃない」

「えーいつもこんな感じでしょ」

「そんなわけ無いでしょ‼…ねぇ、あなたがよければ私と香織と一緒にーー」

「なぁ、八重樫」

 

 心配からかある提案をしようとした八重樫の話を、俺は中断させる

 

「3人から4人」

「…?」

「低スペックの俺が迷宮へ行って、その俺をカバーするために必要な人員数」

「そ、それが?」

「それだけのリソースが俺だけにとられる、その間そいつらは俺のお守りって訳だ」

 

 捏ねていた鉄塊を一気に引き伸ばすと、刃のようなものがついた延べ棒になる

 

「こんな子どもの粘土遊び程度のものしか作れない俺が迷宮?笑えない冗談だな」

 

 そう言って両手で延べ棒を鉄塊に戻す

 

「ましてや八重樫や白崎は『勇者パーティー』筆頭だ、俺なんかの為に外れる訳にはいかねーだろ?」

「でも…」

「見誤るなよ八重樫、お前達がやるべきことを」

 

 鉄塊を捏ねながらクラスのまとめ役に釘を指す

 捏ねていれば何か掴めるかもしれないと思ったが、どうやら骨折り損だったようだ

 

「元の世界に帰れる保障がどこにもない、この先どうなるかわからないのに無能一人にかまけている余裕はないだろ」

「そんな言い方…‼」

「違うのか?ステは低い、天職は内政向け、技能は2つだけ、魔法適正は皆無、おまけに成長性もなしときたもんだ。笑えるほどの無能じゃねーか」

 

 この二週間、訓練という体であらゆることを試された

 そして自分には魔法の特性すらないことが判明した

 他の面子が手のひらサイズで収まる魔方陣を、俺は直径1メートルの魔方陣を描かなければ発動しない

 

 さらに問題となったのは成長率の悪さである

 二週間で上がったレベルは1、各ステータスの上昇数値はたったの2である

 天職勇者の天之河は二週間でレベル10、各ステータスは倍増している

 

 比べる対象が勇者だから、なんて理由になら無い

 他のクラスメイトもそれには及ばないが、しっかりと成長しているのだから

 

「……」

「な?反論できないだろ?そんな奴にお守りつけて、万に一つ戦えなくなったりしたら俺は一生自分を許せない」

 

 それだけはできない、万が一俺のせいでクラスの誰かが戦えなくなったりーー最悪死んだりしたら、俺は一生それを恨んで生きていくことになる

 

「…じゃあ、どうして」

「んー?何が?」

「どうしてっ、二週間たってもあなたは錬成の試行錯誤を続けているのっ‼」

「……」

 

 …痛いところを

 

「諦めていないんでしょ?本当は自分も一緒に戦いたいと思っているんでしょ?みんなと一緒に、クラスの一員として‼」

 

 まったく、こいつは本当に面倒臭い奴だよ

 

「黙秘」

「え…」

「それについて話すことは何もない。じゃ、午後からの練習も頑張れよ」

「ま、待って南雲君‼」

 

 そんな声を無視して、手のなかで鉄塊を捏ねながら自室への道を歩く

 分かっているさ、未練がましいことぐらい

 こんなことしても、俺が突然強くなるわけでもないのに

 本当、面倒臭い…

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「一緒に訓練しようよ」

 

 八重樫と一悶着あった翌朝、他のクラスメイトが訓練をしているであろう時間に目が覚める

 厨房に行って朝食のあまりでも貰おうかと考えて戸を開けたら、満面の笑みで女神様が待ち構えておりました

 

 なにこれ目覚ましドッキリ?

 そんな風に考えていた俺に、目の前の女神こと白崎は『一緒に訓練しようよ』と言ってきた

 Hahaha!Nice joke.

 ありえない、そう絶対にありえないことだ

 

「あーすまない白崎、今日は書庫に行って調べものがーー」

「一緒に訓練しようよ」

 

 …んん?おかしいな、聞き間違いかな?

 

「えーっとどうしても今日中に調べておきたいーー」

「一緒に訓練しようよ」

 

 おおっとこいつはヤバイ

 本能が警鐘を鳴らすくらいにはヤバイ

 

「…俺と訓練するよりもさ、八重樫や天之河と一緒にした方がーー」

 

 そう言った途端、ガシッと両の手で両肩をつかんでくる

 痛くはない、痛くはないのだが滅茶苦茶こわい

 

「一緒に、訓練しようよ?」

 

 にっこりと、誰が見ても見惚れる笑顔でまったく同じ言葉を繰り返した

 これは、ダメみたいですね…(諦め)

 

「……ハイ」

「よかった‼南雲くんならそういってくれると思ってた‼」

 

 肩をつかんでいた手を離すと、絶対に逃がさんと言わんばかりに右手を握って引きずる勢いで歩き出す

 さながら俺は荷馬車に載せられた子牛の気分だ

 ドナドナドーナードーナ…

 

 しかし、白崎ってこんなに強引なことしたっけな?

 八重樫辺りの入れ知恵でも、もう少し穏便にすると思ったが…

 

 

 

 

 

 どうやら八重樫の入れ知恵でもなかったようだ

 

 訓練場に入って、八重樫が「ちょっと、香織?!」とかなり驚いていたから、俺を引っ張ってやって来ることは想定外だったらしい

 

「あ、雫ちゃん‼南雲くん一緒に練習してくれるって‼」

「香織、あなた…」

 

 かなり強引な手を使ったのは分かったらしく、白崎にどう声掛すればいいか悩んでいるようだ

 あの八重樫を悩ませるとは、白崎恐ろしい子…‼

 

 朝食食べてない(という言い訳を使って戻ろうと思っていた)と知ると、「じゃあはい‼用意していたんだ‼」と中くらいのバスケットに朝食らしきものを準備していた

 マジでどうしたの白崎、俺のあまりの不甲斐なさにとうとう吹っ切れたのか?

 

「自覚があるのならどうにかしなさいナマケモノ」

「難しいことよく分かんなーい」

「気持ち悪いからやめて」

「流石の俺でも泣くぞこの野郎」

 

 毒舌なフレンズめ、さっきの驚き顔永久保存版にしてばらまいてやろうか

 

「で?後方支援向けの平々凡々な俺と、何の訓練するんだよ」

「普通に剣術の訓練でいいんじゃないの?」

「インドア派で帰宅部の俺になんという拷問を…‼」

「こっち来て何度か訓練してたでしょあなた」

「ド素人が1から始めるとキツいんだよ」

「少なくともクラスの半分が該当する件について、何か言うことがありますか南雲はじめさん?」

「ノーコメントで」

「あなたって本当にどうしようもないナマケモノね…」

「やかましいわい」

 

 白崎は準備してくるとか言って訓練場内に向かっていった。俺はと言うと、八重樫とグダグダ言い合いながら訓練場備え付けの剣をーー取らずに懐から鉄塊取り出す

 

「…自前の武器使うの?」

「そうだけど?」

「……」

「なんだよその『昨日の問答はなんだったんだよこの野郎』みたいな目は」

「昨日の会話はなんだったのナマケモノさん?」

「しかも口に出してるし」

「私がどれだけあのあと悩んだか分かる?傷付けたんじゃないかって、結構不安になったのよ?」

「その件については悪かったって」

 

 冷たい視線を受けながら鉄塊を伸ばして剣擬きにすると、準備を終えた白崎が戻ってきた

 

「二人ともお待たせ‼…どうかしたの?」

「いーえ別に、ただナマケモノさんに嫌味を言っていただけだから」

「そうそう嫌味を言われただけだから、うん」

「??」

 

 首をかしげて分からないと言う仕草をする白崎、純粋なそのままの君でいて

 

「で、だ。本当に剣術の訓練するのか」

「八重樫流の新人向け訓練をしてもいいんだけれども」

「出来ればそれはパスしたい」

「そう?まあ無理にとは言わないけど…」

「ここでそれやると、流れ的に冒険へ強制参加させられそうで」

「…大概に酷い理由なのはよく分かったわ」

 

 間違って上達なんぞしてみろ、前衛として駆り出される可能性が急増するぞ

 

「だから我流で練習しようそうしよう」

「あなたがそれでいいならいいけど」

「……むー」

 

 そんな風に八重樫と話をしていると、白崎がほほを膨らませていかにも『不機嫌です』といった様子でこちらを見ていた

 

「…どうしたんだ白崎」

「…雫ちゃんばっかり南雲くんとお話ししてズルい」

「ズルいって香織あなたねぇ…」

 

 はっはっは、リスみたいにほほ膨らませてもかわいいだけだぞ

 

「じゃあ立ち話はこれくらいにしましょうか」

「そうだな、さっさと終わらせよう。んで?俺は八重樫と白崎を同時に相手すればいいのか?」

「何寝言言ってるの?そんなことさせるわけ無いでしょ?」

「流石に酷くない?ねぇ?寝言は言い過ぎとちゃう?」

「自分で素人って言ってる人間がいきなり対複数戦出来るわけがないでしょ、現実見なさい」

「なに?俺何か恨まれることでもした?流石に傷付くよ?」

「身に覚えがないとは言わせないわよ」

 

 えーよくわかんないなー

 

「最初は香織としてもらうわ、回復役だけどある程度剣術もできるから」

「よ、よろしくお願いします…」

「なんでそんなにガチガチなんだ」

 

 回復役と剣術練習というのも字面がすごいが、俺にとっては充分強い相手だろう

 しかし、白崎とかぁ…なんというか、まぁ、うん

 

「…出来ればしたくないけどなぁ…」

「…?南雲くん何か言った?」

「ん、何も」

 

 構えもへったくれもないただ剣を持って突っ立ってるだけの俺と、若干腰を落として構えを見せる白崎

 …10分どころか5分も持たないのではなかろうか

 

「因みに香織に負けたら勝つまで練習に付き合ってもらうから」

「ちょっ」

 

 なにそれ聞いてないんだけど

 

「今決めたわ」

「この鬼‼悪魔‼スパルタ師範‼お節介焼き‼」

「なんとでも言いなさい」

 

 くそぅほとんど効果がない、知ってたけど

 

「はぁ…じゃ、お手合わせ願いましょうか白崎さん」

「こ、こちらこそお願いします」

 

 ペコリとお辞儀をする白崎に、軽く会釈で返す

 

 それじゃ、無能は無能らしくやりますかね

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 訓練開始から約10分が経過した

 白崎の剣捌きは決して上手とは言えないものだろうが、少なくとも俺よりも数段上であることはすぐに分かった

 しかし上だからと言って上達途中な為か、振り上げ中や振りかぶった後の隙が以外と大きい

 そこをうまくついて避けてはいるが、正直一太刀すら浴びせられていないのが現状である

 やっぱりレベル差は大きいって、はっきり分かるんだね

 

「うぅ…え、えい‼」

 

 若干疲れが出てきたのか最初よりも攻撃が大降りになる

 

「あらよっと」

 

 それをちょっと右にずれて避ける

 さっきからこれの繰り返しだ、もういい加減面倒くさくなってきたぞ

 

「……」

 

 けしかけた張本人は試合をじっと観ているだけで何の声かけもしてこない

 やっぱりあいつドSなのではなかろうか

 

「はふぅ…も、もう疲れたよぉ…」

「回復役がすぐへばってどうすんだよ…」

 

 流石に10分程度剣を振っただけで、体力の限界に到達するのは不味いのではなかろうか

 

「だ、だって南雲くん避けてばっかりなんだもの…」

「そら一番疲れないからな、体力温存できるいい方法だよ」

 

 面倒くさがりには面倒くさがりの戦い方があるのだ

 決して後々訓練への強制参加させられるのが嫌なわけではない、断じて

 

「…まったく、少しは改心してくれるかと思ったのだけどね」

 

 それまでじっと試合を見ていた八重樫が近付いてくる

 

「負けたら訓練に強制参加なんだろ?だったら負けなきゃいいわけだ」

「それで引き分け?理解しがたいわね」

「なんとでも言え」

 

 これで一応訓練はしたのだから、今日はもう上がろうと思いーー

 

「じゃあ、次は私とね?南雲君」

 

 ーー目の前に剣の切っ先を向けられた

 

「…聞いてないんだけども」

「言っていなかったものね」

 

 じりじりと剣を近付けてくる八重樫、どうやら本気のようだ

 

「流石に避けてばっかりで訓練になるとは思っていないでしょ?私が直々に指南してあげるわ」

「ワーウレシイナーナミダガデソウダナー」

「死ぬほど感動してちょうだい」

 

 波紋使いの先生みたいなこと言わないでもらえませんかねぇ…

 

「では、はじめ」

「おぉう?!」

 

 問答無用で剣を横薙ぎされる、後ろに転げて避けたもののかなり危なかった

 

「避けるのはクラス一番かしらね」

「そいつはありがたいこって…っ‼」

 

 しゃがんでいた俺に容赦なく剣を降り下ろす八重樫、こいつは本気のようだ

 

「逃げてばかりいては勝てないことを教えてあげるわ、南雲君」

「出来れば俺以外に教えてほしいなそういうことは‼」

 

 後方に全力疾走、所謂戦略的撤退と言うやつである

 

「逃がさないわよ」

 

 はっと気がつくと目の前に八重樫がいた

 急停止するが降り下ろされた剣を避ける余裕がなく、持っていた自前の剣で何とか防ぐ

 

「私から簡単に逃げられると思わないことね」

「…まさか縮地を使ったのか」

 

 アニメや漫画の噛ませ役みたいなこと言っているが、本気どころか全力でかかってきていることに気付き冷や汗がでる

 

 縮地、書いて字のごとく短い距離を短縮させることでまるで高速移動したかのように見せる戦法

 これがなかなか厄介で、いきなり後ろに回り込まれたり攻撃を避けられたりと相性によってはとことん合わないものだ

 

「っていうか卑怯だぞ‼俺ごときにそんなもの使うだなんて‼そんなんチートやチーターや‼」

「逃げようとしなければ使わないですむのだけれどね」

 

 何を言うか、今逃げずしていつ逃げるのだね

 

「さあさあどうするのかしら?このまま延々と逃げ続けてもいいけれども」

「むむむ…」

 

 そうしたいのは山々なのだが、絶対体力が持たなくなる

 ーー致し方なし、か

 

「…はぁ、どうしてお前がここまで戦いに固執するのか理解できないが、覚悟を決めるべきか」

「ようやくやる気が出たのかしら?」

「不本意ながらその通り」

 

 持っていた剣を構えて、嫌々八重樫に対峙する

 

「最初からやる気を出してくれればこんなことしなかったわよ、流石に」

「嘘こけどうせ昨日の事引きずって、どっかでお返ししようと思ってたんだろ」

「…さて何の事かしら」

「まったく…」

 

 あの話はあそこで終わったんだからきれいさっぱり忘れてくれやしませんかね?

 

「…お返しなんて考えてなかったわよ」

「…ん?」

「ただ、ただ南雲君に自信を持ってもらいたかったの」

「……」

「気付いているでしょ?城内での噂、訓練にもまともに参加しないって」

「まぁねぇ、自覚がある分そりゃしっかりと」

「でも、南雲君は私たちの仲間なのよ。みんなで元の世界に帰る、それが私の、私たちの目標なのよ」

「……」

「最前線で剣を振ってほしい訳じゃないの、でもみんなで一緒に戦い続けたいの。私のわがままだけど、本心でもあるから…」

「…はぁ、こんな役立たずに何期待してるんだろうねこの人は」

 

 それだったらますます俺が前線に立つ意味が無くなる、勇者たちがやってくれればそれで丸く収まるんだろ?

 帰れるかどうかは別にして

 

「しかし、一度やると決めたんだ。しっかりとやりきらせてもらうぞ」

「さっきまでの逃げ腰はどこ行ったのかしらね?」

「さぁ?逃げるためにやる気を出してるだけだろきっと」

 

 構えなんて適当に、振り方だって酷いものだろう

 だがまあ、やってやれない事はない、筈

 

「先手必勝‼」

「甘いわ‼」

 

 大きく右から横薙ぎするが難なく止められる

 うん知ってた、意気込みでどうにかなるのはバトル漫画くらいなものだ

 

「だから小細工させてもらう」

「っ‼」

 

 鍔競り合いしていた八重樫の剣が若干歪む

 それに気付いた八重樫は後ろに飛び退く

 

「あなた…」

「自前の剣を介して錬成させてもらった、まあちょっと曲がった程度だけども」

 

 そう言って大きく剣を振りかぶる

 

「一度はしてみたかった技その1‼『桜吹雪(仮)』」

 

 振るった剣先から小さな何かが飛び出していく

 

「なっ!?」

 

 あわててそれから逃れる八重樫、ついさっきまで立っていたところに小さな刃が突き刺さる

 

「な、なによそれ‼」

「振り回したときに錬成で剣先を小さく飛ばしたんだ、それも連続でな。お陰で某メイド長な気分だ」

 

 そう、あの武闘派メイド長

 主人のために戦い、決め台詞を言うあのメイド長だ‼

 

 『サンタ・マリアの名に誓い すべての不義に鉄槌を』

 

 …あれ、違うメイド長の電波が

 

「さあさあお手を拝借ってな‼」

「くっ‼」

 

 適当に剣を振り回すだけで、出来損ないのナイフが飛んでいく

 万に一つ当たっても刺さるどころか傷一つつかない安心設計(大嘘)

 

「いい加減に…‼」

「‼」

 

 縮地かっ‼

 

「してちょうだい‼」

 

 後ろに一気に回り込まれる

 体を捻って回避するがあえなく模擬剣の餌食となる

 

「くぅう‼いってぇぇ‼ちったぁ容赦しろよ‼」

「あなたに言われたくないわね‼」

 

 いや絶対お前は手加減してくれなきゃダメなやつだろこれ

 

「Reload‼」

 

 無駄に発音よく懐から別の鉄塊を取り出して宣言する

 短くなった剣にくっつけてリロード完了だ

 

「何を…‼」

「これが無能の戦い方だ八重樫‼」

 

 元の長さに戻った剣を思いっきりぶん投げる

 

「こんなものっ‼」

 

 それを難なく弾き飛ばす八重樫

 お前ならそうしてくれると思ったよ

 

「これで…‼」

「これで、どうした」

「っ?!」

 

 目の前に近付いて剣の先を向ける

 

「チェックメイトだ八重樫」

「そんな…剣はさっき飛ばした筈じゃ…」

「…こんな格言をご存知?」

 

 某お嬢様学園戦車道部部長のような口調ではっきりと言ってやる

 

「『本当の切り札は、最後の最後まで取っておくものだ』」

「…格言じゃなくてアニメの名台詞じゃないのそれ」

 

 うるへーどっちでもいいんじゃい

 

「…なるほど、ね。あのとき出した鉄塊以外に持っていたと」

「こんなこともあろうかとな」

「まったく…私も詰がーー」

 

 持っていた剣が弾き飛ばされる

 

「ーー甘くなっていたわね」

 

 ですよねード素人の付け焼き刃戦法なんて通用するわけないですよねー

 

「はぁぁぁぁぁ…分かってはいたが俺の負けか…」

「あら、別の鉄塊を出せばいいじゃない」

「あんな重いもん5個も10個も持てるわけないだろ」

 

 さっき出した3つで打ち止めどすえ

 

「あーあー…なーんか悔しい、悔しいけど面倒だからいいや」

「……」

「結局無能が無い頭捻ったって、この程度か」

 

 そう言って訓練場の地面に寝転がる、このまま地面と同化してしまいたい

 そう、このまま……

 

「……」

「…南雲君ーー」

「ああああああぁぁぁっぁっぁぁぁぁぁ‼」

「?!」

 

 ゴロゴロと地面を転がる

 服が泥だらけになるが知ったことではない

 

「あーー恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい‼昂ってたとは言えなんであんな恥ずかしいこと言っちゃったの俺ぇ‼」

 

 高校生にもなって厨二病とか、恥ずかしさで死ねるわ

 

「うぅ…ああいうのは天之河の役目だろ…俺が言ったってただの痛い子だよ…うぅ…」

 

 死にたい、このまま塵芥となって消えてしまいたい

 それか貝になりたい、二枚貝じゃないやつがいいな

 

「…はぁ、締まらないわねぇ」

「あはは、南雲くんらしいと思うよ?」

 

 やめてくれ白崎、慰めのつもりかも知れないがそれは俺に効く

 

「本人がこの調子じゃ、訓練はここまでね」

「私もちゃんと南雲くんの訓練したかったなぁ…」

「あら、ちゃんと約束は守ってもらうから明日以降お願いすれば?」

「ちょっと待とうか八重樫」

 

 すくっと起き上がって八重樫に抗議を入れる

 

「あん時の約束は『白崎に負けたら』だっただろうが、お前に負けてもペナルティは無い筈だぞ」

「無いだなんて一言も言ってないわよ、それにーー」

 

 耳元まで顔を近付けてくる、ちょ近い近い

 

「ーー私こう見えて、負けず嫌いだからね?」

 

 小さく微笑んで訓練場の待機場所に戻っていく八重樫

 白崎と何やら言い合いしているが、軽く流している様子だ

 

 ーーとりあえず訓練への強制参加は決定事項となったらしい




「雫ちゃん、南雲くんとなんのお話ししていたの?」
「これからの練習のことよ」
「ふーん…練習のこと、ね…」
「…なに、その含みのある言い方は?」
「べーつーにーだ」
「?」


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5:月下の円舞曲

面倒くさがりに限って、面倒くさい事がよく起こるものである


「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 訓練終了後、夕食が終わってからメルド団長から新しい訓練内容が伝えられたのだが

 …いきなり大迷宮とか大丈夫っすかね?

 

ーーーーーーーーーーーー

 

『オルクス大迷宮』

 この世界に存在する七大迷宮の一つで、全百階層からなる巨大な迷宮である

 魔物の中核をなす魔石が良質で、地上にいる魔物よりもいいものを持っているらしい

 魔方陣作成時に使うと効率が三倍になるらしく、冒険者や傭兵、新兵の訓練によく使われる場所とのこと

 

 翌日騎士団を伴ったクラスメイト達は迷宮に程近い町『ホルアド』へ到着した

 王国直営の宿に宿泊することになり、俺たちは部屋へと通された

 

 二人部屋だが人数の関係上俺は一人で宿泊することとなった

 

 …いやまあ仕方ないからいいけどね?

 

 明日から迷宮に挑むと言うことだが、いきなり深層まで行くわけではない

 だいたい20階層程を目標に潜っていくらしい

 深くなればなるほど魔石の純度が上がり、その分強力な魔物が出現する

 そのため深く潜る前に、チームワークの確認と全体の戦闘能力確認のための実地訓練を行うと言うわけだ

 

「はぁ、理由つけて王都で待機してればよかった…」

 

 いまさらだが後悔していた、明らかに足引っ張るのが分かっているのに団長のメルドさんから「十分カバーできる」と押しきられてここまで来てしまったが…

 

「あーもう面倒くさい、面倒くさいから寝よ…」

 

 ぐうたら発動、さっさと寝よう

 

 そう思っていたらドアをノックされた

 …こんな時間にやって来るやつなんているのだろうか

 いる、と言い切れないのが悲しいところだが

 

「南雲くん、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

 そして頭の片隅にすらなかった来訪者だった

 

「…あいあい、今開けますよ」

 

 ベッドから立ち上がって、ドアの鍵を開ける

 ドアの向こうには白い寝巻き、ネグリジェにカーディガンを羽織った白崎がーー

 

「HEY、チョット待とうかお嬢さん」

「ほえ?」

 

 よーし落ち着け、落ち着くんだ俺

 例え目の前に寝巻き姿のクラスメイトがいたからって狼狽えるんじゃない

 無防備通り越している気がしないでもないが、とりあえず落ち着いた

 

「…あのですよ白崎さん」

「な、なにかな?」

「夜中に来るのはぜんぜんいいんですが、もう少し格好と言うものをですね」

「?」

「おーっとこいつはもしかしなくても俺を男と見ていないんじゃないのか?」

 

 白崎の中ではどうやら俺は男と認識されていなかったようだ

 

「あー、何でもない。それで?どうしたんだ一体」

「あ、えーっとね。その、南雲くんとお話がしたくて」

 

 …ふーん、お話ね

 

「迷惑、だったかな?」

 

 上目使いでそういってくる、その格好で他の男に言ってはいけませんよ?

 

「うんにゃ別に、ただまあ、なんと言うか」

 

 このまま部屋にあげたら色々と不味い気がするので

 

「外でも大丈夫か?」

「う、うん」

 

 宿の外で話でもしましょうかね

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 青白い月明かり、こちらの月もあっちと同じように輝いていた

 

「この辺にするか…で、話って言うのはやっぱり明日のことか?」

 

 宿から少し離れた小川沿いで立ち止まり、改めて用件を聞く

 このタイミングで話があると言われればある程度の予想はできるものだ

 

「明日の迷宮だけど……南雲くんには町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから!お願い!」

 

 …やーっぱりそう来るか、そうだよな白崎

 お前は、『いい子』だもんな

 

「…悪いがそいつは聞けないね」

「で、でも…」

「分かってるって、別に足手まといだからとかって訳じゃないんだろ?」

 

 普段周りのやつのために色々とお節介焼く白崎のことだ、特にこんな状況になれば当然ーー

 

「嫌な予感がする、ってことだろ?」

「っ…」

「心配性の白崎らしいけど、ここまで来たんだ。いまさら引き返す訳にはいかないのさ」

 

 無能一人がいなくともなんとでもなるだろうが、クラスがまとまって行動しようとしているときに途中から抜けるなんて前例作りたくはなかった

 それに足手まといでもできることはあるんだ、なけりゃ探すまでだ

 

「じゃ、じゃあせめて私が」

「おっと白崎、例えお前でもその先は言わないでくれ」

 

 意志が硬いと感じたのか、今度は妥協案を提示しようとするが

 そいつは聞けない相談だ

 

「な、何で南雲くん?」

「八重樫には言ったけどな、俺のために誰かが傷付いたりするのは許せないんだ。特にお前は治癒の能力持ちだ、お前がいなきゃ勇者パーティーが不完全になる」

 

 流れる小川を見ながら、理由を他のやつに押し付ける

 1のために10を捨てるわけにはいかないんだ

 

「……」

「それに、譲れない一線もあるしな」

「…譲れない、一線?」

「そ、くっだらない一線がな」

 

 足元の小石を拾って小川めがけて投げる、お2回くらい跳ねたな

 

「『格好悪いくらいに格好付ける』」

「?」

「女子に守ってもらって、自分は安全圏?生憎とそこまで格好悪くなるつもりはないな」

 

 男らしいバカな理由だ、笑われるようなものだと言うのも理解しているつもりだ

 

「どうだ白崎?格好悪いだろ?格好付けるためだけに、俺は危なっかしい橋渡るんだからさ」

「…ふふ、そうだね。女の私にはよく分からないけど」

「そんなもんさ、俺だって女子の考えはよく分からんし」

 

 もう片方の考えなんて分かるわけもないんだから、それでいいのさ

 

「…やっぱり、南雲くんは南雲くんだね」

「んー?まあな」

「ねぇ南雲くん。私ね、高校に入学する前に一度南雲くんのこと見たことがあるんだよ」

「え、そうなのか」

 

 突然昔話に入ってしまったが、それ以上に白崎が俺のことを知っていた事実に驚かされた

 

「中学二年の時にね、覚えているかな?小さな男の子とおばあさんが、不良っぽい人たちに囲まれてたときに」

「あー、そんなこともあったなぁ…たこ焼きぶちまけられて、おばあさんから財布ぶん取ろうとしてたっけ確か」

「あのとき南雲くん、そこにいないのに『お巡りさん‼こっちでカツアゲしてる人たちがいます‼』って大声出して、あわててその人たち逃げ出しちゃって」

「うん、まぁそこそこ人通りも多かったし。大声出せばもしかしたらとは思ってた」

「そのあと男の子に、たこ焼き買ってあげたりして」

「踏んだり蹴ったりだったからなぁあの子も、それくらいしたってバチは当たらないと思って」

「そのときから、かな。私のなかで何かが芽生えたのは」

「……」

 

 小さく鳴く虫の声を聴きながら、いつのまにか横にきていた白崎と目が合う

 仄かに赤くなった頬、若干潤んでいる瞳

 学年中の男子が夢中になるわけだ

 

「あのとき私は、なにもできなかった。ううん、なにもしなかったの。南雲くんみたいに、たった二言言えば助けられたのに。私はできなかった」

「……」

「光輝君とか雫ちゃんとか、強い人はそんな状況でも飛び込んで行って助けてくれる。私、それしか知らなかったの。強い人の助け方しか」

「…それだって立派な方法だろ?」

「そうだね、でも私にはできない方法だったの。南雲くんは、言い訳ばっかりしていた私を叱ってくれたんだよ?『こんな簡単なことできないのか』って」

「はは、俺が説教ね。笑える話だ」

「それからだよ、私のなかで一番強い人が南雲くんになったのは」

 

 聞いていて、むず痒くなってくる

 正直そこまで大したことやったつもりがなかった

 今の今まで忘れていた位だ

 

「ーー死なないで、南雲くん」

 

 正面に回り込んで、両手で俺の手を包む

 不安にまみれたその声は、いつも元気な彼女らしくなかった

 

「不安で仕方ないの、南雲くんがどこか遠くへいってしまいそうで。二度と、会えない気がして」

「……」

「本当は、この世界に来たときも不安だった。右も左も分からなかった。突然世界のためになんて言われても、頭のなかこんがらがっちゃって」

「……」

「でも、でも南雲くんはいつもみたいに笑っていて。みんなから冷たくされても、いつもみたいに笑ってくれて」

「……」

「だから…だからね…」

 

 感極まったのか、ポタポタと涙を流す白崎を見て

 どこまでも『いい子』だなと改めて実感させられる

 

「心配しなさんな」

「うん…」

「そう簡単には死なないさ、もとの世界に帰るんだろ?だったら生きるさ」

「そう、だね。みんなで、一緒に」

「ああ、約束だ。全員一緒に帰ろうな」

 

 何だか居たたまれなくなってきて、何の気なしにポケットを探ってみると

 ーーまたお誂え向きのものを持っていたもんだ

 

「んじゃ、心配性の白崎に俺からの贈り物だ」

「…ふぇ?」

 

 さっと白崎の手にそれを握らせる。

 

「…これ」

「母さんがさ、お守りってことで持たせてくれたネックレス。俺付ける趣味無いって言ったんだけどな」

「四つ葉の…クローバー…」

「幸運の証、きっといいことあるさ」

「でも…これ…」

「もとの世界に戻ったときでもいいから、そんとき返してくれれば」

「…ありがとう」

 

 …泣いている女の子には弱いんだよ、察せよ

 

「明日も早いだろうから、そろそろ戻ろうか」

「……」

「おい白崎?…おーー」

 

 明日に備えて早く戻ろう、そう声をかけたのに

 おかしい、なぜ自分は白崎に腕を絡まれているのだろうか

 

「……あー」

「…ごめんね南雲くん、でももう少しだけこうさせて?」

「…ハイハイ、いいですよ」

 

 ーーいつまでも逃げるなんて、格好悪いわよ

 

 ついこの前八重樫に言われた言葉

 いいのさ、白崎が今どう思っているのかも

 この先変わらない保証はないのだから

 今は、この関係で十分さ

 

 ーーどこまでもヘタレな自分に嫌気はさすけども




(こ、これいつまで続くんだ…)
(うぅ…改めて考えるとすごく恥ずかしいよぉ…)


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6:大ピンチ

因果は必ず収束するものである
それに、如何なる例外も存在してはならないのだ


 えー皆さま如何御過ごしで御座いましょうか

 私、南雲ハジメは現在ーー

 

「グルァァァァァアアアアア‼」

 

 ーー大ピンチを向かえております

 

~三行で分かる現状報告~

・大迷宮に来た俺たちは難なく20階層まで来る

・珍しいグランツ鉱石とか言うのを檜山が忠告無視して取ろうとする

・バッチリトラップが仕掛けてあってめっちゃ強いモンスター登場

 

 ど う し て こ う な っ た

 

 現れたモンスター、ベヒモスは今騎士団長メルド以下騎士全員が障壁を張って食い止めてはいるが、なんでもあいつ65階層にいるモンスターで昔最強の冒険者を返り討ちにしたそうな

 

 勝てるわけないじゃん今の俺たちで

 

 そんな簡単な事も分からないのか、勇者天之河とそのお供坂上はメルド団長の忠告を無視して騎士団と一緒にベヒモスを食い止めてる

 自分達が邪魔なの分かんないの?いたら戦いづらくなるって分かんない?

 

 しかもトラップ発動と同時にどっか別なところに送られたらしく、現在自分を含めたクラスメイトは石造りの橋の上だ。現状地上までの距離が把握できていない

 さらに最悪なことにベヒモスの反対側には骸骨のモンスター、トラウムソルジャーが束になって待ち構えている

 前門の骸骨、後門のベヒモスで橋の上はもう混乱の極みと言った状況だ

 

 混乱したクラスメイトは大慌てで階段の方へと殺到していた、さながら東京の通勤列車状態である

 騎士の一人アランさんが必死になってパニックを押さえようとするが、いきなり転移させられた挙げ句見た感じヤバイモンスターと骸骨の群れを見て、素人ばかりのクラスが落ち着くわけもない

 

 そしてそれは起こった

 

 クラスメイトの一人、園部優花が後ろから来た別のクラスメイトに後ろから突き飛ばされて転倒してしまう

 小さく呻き声をあげて、顔をあげたそこにはーー

 

「ーーあっ」

 

 骸骨のモンスター、トラウムソルジャーが剣を振りかぶっているところだった

 絶対的な、死ーー

 逃れられないそれに園部は目を瞑りーー

 

「ーーふざけんじゃ、ねぇぞこの野郎‼」

 

 真横から錬成を使って割り込む

 滑り台のように斜めになった床で、振り下ろした剣はそれて床を叩く

 そのまま傾斜をあげてやれば、橋の縁から真下へと滑り落ちていった

 

「はぁ…はぁ…くそっ、大丈夫か」

「あ、うん。ありがとう…」

「お礼なんて…はぁ…言われるほどじゃない…」

 

 今ので魔力の大半を消費した、回復薬を飲みながら眼前の惨状を確認する

 

(誰も彼も勝手に戦って、連携のれの時もない。これは、不味い…)

 

 橋に描かれた魔方陣からは、次々と新しい骸骨が出てくる

 このままいくと物量に押し潰されるだろう

 

「だぁぁぁ‼お前らいい加減にしろ‼俺より強いくせに狼狽えてるんじゃねーぞ‼」

 

 周りなんぞ見えていないクラスメイトに大声張り上げて罵声を飛ばす、すると聞こえていた何人かが振り向く

 

「前衛‼バラバラに動くな‼まとまって行動しろ‼中衛は前衛の補助‼後衛と回復はさっさと魔方陣を描け‼死にたいのかお前達は‼」

 

 死にたくなければ訓練通りの行動をしろ

 なんでサボってばっかの俺がこんなことしなければいけないのか

 

 指示とも言えない指示を聞いて、若干は落ち着いたのかとりあえず陣形を組始めるクラスメイト

 はっきり言って遅すぎる、無理もないこととは言えこれでは死人が出かねない

 

「致し方ない…この状況打破のためには自惚れ屋にさっさと戻ってもらわねーと…」

 

 本来なら指示を出すべき(出せるかどうかは知らないが)正義感MAXな自惚れ屋の方に、全力疾走する

 手遅れになる前に…

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 目の前の状況を見て目眩が襲ってくる、こんなときまで自分に酔うのかこいつは

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 声のする方を見ると、八重樫がアホに向かって撤退を進言していた

 隣には白崎もいる、もうそいつ放っておいて撤退しない?

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

 火に油どころかガソリンをぶちまける坂上、お前は本来止める立場だろうが

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 まったく同じ考えに至る八重樫、間違いなく頭を痛めてるなあれは

 

「天之河‼」

 

 酔っぱらいの相手はしたくないが、これしか方法がないのも事実だ

 

「なっ、南雲!?」

「南雲くん!?」

 

 来たのが意外だったようで、天之河と八重樫が驚きの声をあげる

 

「お前は周りが見えてないのかこの唐変木‼」

「いきなり何だ? それより、何でこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」

 

 そこまで言った天之河の胸ぐらを掴む、ここまで言ってもわからないのかこいつは

 

「いい加減にしろ‼お前がこんなところで無駄な正義感出している間に、お前の大事なクラスメイトが死にかけてるんだぞ‼」

 

 そういって後ろを見せてやれば、体制が建て直しきれていないクラスメイト達が目にはいる

 

「お前が自分で馬鹿やって死ぬのはどうでもいい。だけどな、お前が馬鹿やってクラスメイト一人でも死なせてみろ‼お前の事一生恨んでやるからなこの正義馬鹿‼」

 

 天之河にとって普段言われ慣れていない罵倒だが、どうやら響くものはあったらしく二、三度頷く

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

「下がれぇーー!」

 

 下がることを伝えようとしたその瞬間、張られていた障壁は木っ端微塵に砕け散った

 余波として衝撃波が襲う、錬成で土壁を作るがあっさりと破壊される

 そして、もうもうと立ち込める土埃を、ベヒモスの咆哮が吹き飛ばした

 

 メルド団長以下騎士団は全員倒れ、天之河達はなんとか立ち上がっていた

 

 状況は、まったくもって最悪だったーー

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 こうなったら自分達でどうにかするしかない、そう思い立ったようで天之河は二人に問う

 

「やるしかねぇだろ!」

「……何とかしてみるわ!」

 

 頼りになる返答が返ってくる

 が、正直言ってどこまで通用するのか不安しかない

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

「うん!」

 

 土壁を使って衝撃波をなんとか防ぎつつ、持っていた鉄塊を錬成で剣にする

 昨日の訓練で使った桜吹雪(仮)を使うが、雀の涙もいいところでまったく効いていない

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ! “神威”!」

 

 天之河が今出せる最強の技、『神威』を発動した

 構えている聖剣から目映い光が迸る

 そのままベヒモスに技をぶつける

 

 詠唱までの時間を稼いでいた八重樫と坂上の二人は、満身創痍になりながらも攻撃範囲から離脱していた

 これだけの短時間であれほどのダメージ、いかに相手が強大かが分かる

 

「これなら……はぁはぁ」

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

「だといいけど……」

 

 ……

 

「…やってはいけないことを」

 

 よりにもよってそれを今言うか普通?

 

 立ち込める埃が光と共に消え失せーー

 ーーそこには無傷のベヒモスがいた

 

「最悪な死亡フラグだったよクソッタレ」

 

 ーーやったか?!は、やってないと同意義だ

 

 ベヒモスは先程の攻撃をした天之河を睨み付け、頭部をマグマのように赤く燃えたぎらせる

 

「ボケっとするな! 逃げろ!」

 

 メルド団長のその言葉に全員が走り始める

 ベヒモスは狙いを定めたようで、大きく跳躍し

 まさに隕石のごとく石橋に激突した

 

 衝撃波が全員を襲う

 砕けた橋の一部が飛び散る

 体勢を立て直せていない四人と騎士団は

 それをもろに食らう形となった

 

「ぐっ‼」

 

 土壁で威力を殺ごうとするがあっけなく破壊されて、そのまま吹き飛ばされてしまう

 

「きゃぁ‼」

 

 そんなときに限って悪いことは重なるもので

 

「白崎っ‼」

 

 俺と同じように吹き飛ばされた白崎に駆け寄る

 

「大丈夫か?!」

「う、うん。大丈夫だよ…」

 

 立ち上がりながら返答する白崎、だがこの状況は不味い

 

「くそっ、八重樫達と離れちまったか…」

 

 火力のない俺と回復役の白崎が、あろうことか孤立してしまった

 もしベヒモスに見つかれば、助かる可能性は低いだろう

 

「…白崎、走れるか?」

「え?」

「走れるかと聞いているんだ、行けるか?」

「…うん、行けるよ南雲くん」

 

 力強く頷き、八重樫達がいる方へと目を向ける

 

「よし、いいか?脇目も振らずに走れ、何があっても止まるんじゃないぞ」

「分かった」

 

 ちらっとベヒモスを見ると、橋に埋まった頭を引っこ抜こうともがいているところだった

 

「今がチャンスだ…行け‼」

「っ‼」

 

 掛け声と共に走り出す白崎と俺、見つからないように祈るだけだ

 そう見つからないようにーー

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 ーー現実は非情だったようだ

 走り出してまだ半分も道のりを行っていないにも関わらず、ベヒモスはその巨大な頭を橋から引き抜いていた

 

 怒りに身を任せ、前足を橋に空いた穴へと突っ込み

 瓦礫を一気に投げ飛ばしてきた

 

「っ‼白崎‼」

「えーー」

 

 一際大きい瓦礫がこちら目掛けて飛んでくる

 横を走っていた白崎を抱えて、錬成で壁を作り防ごうとする

 

 しかし、壁なんぞ無いと言わんばかりに瓦礫は飛翔し

 俺たちはそれに巻き込まれる形となった

 

「ガッーー」

 

 横っ腹に衝撃を受ける

 そこへ次から次へと瓦礫が突き刺さる

 

 なんとか白崎に当たることなく、俺は地面とキスをした

 

「はぁ…はぁ…大丈夫だったか白崎…白崎?」

 

 屈みながら白崎の様子を確認するが、返事が返ってこなかった

 

「…くそっ、最悪だなこりゃあ」

 

 幸い、頭に小さな瓦礫が当たって気を失っているだけのようだが

 白崎が行動不能になった、その事実は

 

「もう、逃げられないってか…」

 

 人一人を抱えて暴れまわる怪物から逃げ切れるとは到底思えない

 

 一人で逃げるか、二人仲良くここでぺしゃんこかーー

 

「…決まってんだろそんなこと」

 

 そんな格好悪いこと、できないよな

 

「…“錬成”」

 

 白崎を簡易的な土のドームで覆う、これで多少は大丈夫なはずだ

 向こう側とは瓦礫で寸断された、引くことはもうできない

 

「ばっかみたいだな、散々怠けていた奴がいの一番にこんな役回りさせられるとは」

 

 手持ちの回復薬はあと1つ、それだけあれば

 

「十分だ‼」

 

 痛みで悲鳴をあげる体に鞭打って、再び頭突き攻撃を繰り出そうとしているベヒモスに向かう

 

「桜吹雪‼」

 

 剣先から飛び出した小さなナイフは、そのいくつかがベヒモスの目に当たる

 痛みからか大声をあげたあと、攻撃した俺に睨みを効かせてくる

 

「こっちだ化け物‼」

 

 負けじと大声でベヒモスを誘導する、そのまま白崎から距離を開けなければ

 目指すは一ヶ所、最初の頭突きで空いた穴と二回目で空いた穴の間

 そこにいけば、大した能力でない錬成でも十二分な効果が出るーー

 

「南雲君‼香織‼何処?!返事をして‼」

 

 瓦礫の向こうから、必死になってこちらに呼び掛ける八重樫の声が聞こえる

 

「っ‼来た‼」

 

 目の前のベヒモスが大きく跳躍し、三度目の頭突きが突き刺さる

 

 大きく橋が揺れ、瓦礫が飛散する

 それをなんとか避け、体勢を建て直す

 

「しぶとい奴だ、呆れるくらいにな」

 

 いつの間にか額を切っていたらしく、左目に血が流れる

 それを拭い、最後の仕上げに取りかかる

 

「南雲‼そこにいるのかい‼」

 

 そんなときに瓦礫の向こうから今度は天之河の声が聞こえる

 

「おーう天之河、無事だったのか」

「それはこっちの台詞だ‼香織は?!香織は無事なのかい?!」

「おいおい俺はもののついでかい、白崎は…あー、無事だな、うん」

「南雲君‼本当に大丈夫なの?!」

「あー大丈夫だ大丈夫、今そっち側にいるはずだ」

 

 瓦礫の向こう側でガラガラと土が崩れる音がする、ちょうど錬成の効果が切れたようだ

 

「香織?!無事かい?!」

「ちょっと待って…大丈夫、気を失っているだけみたい」

 

 ベヒモスの三度目の頭突きのお陰か、塞いでいた瓦礫が上手い具合に崩れて白崎は向こう側へと行けたようだ

 

「おっし、いいか天之河、八重樫も聞いてくれ」

「なんだい、君も早くこっちにーー」

「俺はあのデカブツをどうにかする、そっちは万が一に備えていてくれ」

「な、どうにかするだって?!」

「ちょっと南雲君?!」

 

 懐から最後の回復薬を取り出し一気に飲み干す

 

「あのデカブツのお陰で橋の上は穴だらけだ、もう一度頭突きをしたタイミングで錬成を使う」

「錬成だって…?」

「そう、こんだけやって崩壊しないんだ、だったら橋自体の強度を変えるしかない」

 

 錬成を使って橋を柔らかくする、そこに頭突きが決まればジ・エンドだ

 

「そっちは橋が崩壊しなかったときに備えて魔法詠唱の準備をしていてくれ、全力で叩き込めば崩れるだろうし」

「そ、そんなことしたら南雲が…‼」

「安心しろって、ちゃーんと脱出の方法は考えてあるんだから。魔法撃ったって大丈夫」

 

 心配性だな天之河は、俺がそんな無計画無鉄砲に見えるのか

 

「頼むぞ天之河、ここでしくじれば全滅だってあり得る」

「わ、分かった。みんなに知らせてーー」

 

 …そうそう、勇者はみんなを引っ張っていかなきゃな

 

 

 

 

 

「…嘘よ」

 

 小さく、ベヒモスが頭を引っこ抜こうとする音にかき消されそうな声で、八重樫が呟いた

 

「魔法を撃てばいいのなら、南雲君がそこにいる理由がないじゃない。あなたの事だもの、本当に脱出できるなら、最初からするはずよ」

 

 …本当にお前は、勘が良すぎて困りもんだな八重樫

 

「早く、早くこっちに来てよ。みんなで魔法を撃てばーー」

「…無理だ、八重樫」

「え…?」

 

 三度目となる頭の引き抜きを見ながら、俺は剣擬きを構える

 

「これだけ頭突きして崩れねぇんだ、あと10回したって崩れる可能性は低い。だったら確実に橋を崩壊させる必要がある」

 

 そうでなくとも、あと一押しまで持っていかなければ行けない

 

「魔法でこの橋が崩壊するなら最初からそうするさ、無理だからやるんだ」

「そんな…そんなのダメよ‼」

「天之河‼どうせ近くに坂上もいるんだろ?白崎と八重樫引っ張って行け‼もう時間がない‼崩壊に巻き込まれるぞ‼」

「な、巻き込まれる?!まさか、南雲‼」

「…八重樫、再戦の約束は守れそうにない。すまないな」

「嫌‼こっちに来て南雲君‼」

「それと白崎が目を覚ましたら伝えてくれ‼そいつはくれてやるってな‼」

 

 完全に体勢を立て直したベヒモスは、四度目の頭突きの準備に入った

 

「来い、デカブツ」

 

 気分は巨大なタコに丸のみにされる寸前の海賊そのまんま

 こうでも言ってないと恐怖で気絶しそうだ

 

 怖い

 死ぬのが怖い

 瓦礫の向こうのクラスメイトが死ぬのはもっと怖い

 

 こんなあっけなく幕引きするとは考えもしなかった

 異世界で死ぬだなんて一月前には想像すらしていなかった

 

「こんな幕引き、何て言って説明すればいいんだろうな?」

 

 誰に説明するのかとか、今言う必要があるのかとか考えずに

 思ったことを口に出して正気を保つ

 

 そしてついにその時は来た

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 大きく跳躍し、四度目となる頭突き

 着地するまでの僅かな時間

 最後のチャンスだ

 

「無能でも、やるときはやるもんなんだよ‼」

 

 着地地点付近に走り込み、両手で錬成を行う

 ぐにゃりと地面が歪んだその瞬間

 轟音と共にベヒモスが降ってきた

 

 

 

 

 左腕に強烈な痛み

 吹き飛ばされながら感じる熱波

 降り注ぐ瓦礫

 意識だけはなんとか保ち

 

 ーーついに崩れだした橋を見届けた

 

「…あーくそ、格好悪いなぁ…」

 

 背中から橋に激突した次の瞬間

 浮遊感を感じる

 どうやら自分がいるところも崩れだしたようだ

 

「…約束破るとか、ほんっと格好悪…」

 

 遠くから聞こえる誰かの声

 顔を向ける事もできずに

 暗い奈落の底へと落ちていった

 

ーーこんな終わりでも、満足かなぁ…



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side:C 悲劇の脱出劇

閑話休題としてのお話


「ーーそいつはくれてやるってな‼」

 

 聞きなれた声が聞こえる

 

 うっすらと目を開ければ、私は誰かに背負われていた

 それが光輝くんだって言うのはすぐに気がついた

 

 隣では雫ちゃんを引っ張っている龍太郎くんがいた

 泣き顔の雫ちゃんは久しぶりに見た

 

 その時、後ろから轟音が聞こえた

 

「な、に…?」

 

 小さく呟く

 

「香織‼気が付いたのか?!」

「こうき、くん?…あれ、私…」

 

 周りを見渡す、後ろには橋の残骸でできた壁

 その壁がガラガラ音を立てて崩れていく

 

「南雲くん…は…?」

「……」

 

 私の問いに顔を歪める光輝くん

 そのとなりで雫ちゃんは泣きながら、後ろに向けて何かを言っていた

 

「ダメ‼離して‼まだ、まだ南雲君が‼」

「無理だ八重樫‼このままじゃお前も巻き込まれちまう‼」

 

 南雲くん?

 

 振り返ってみて

 崩れた瓦礫の向こうに

 

「…ぁ」

 

 信じられないものを、見てしまった

 

 この世界に来て

 他のみんなが武器や道具をもらって

 適正にあったものがこれしかないって言われて

 しっかりと毎日手入れをしていた

 茶色い錬成師の手袋

 

 それを着けた

 赤黒い、何か

 まるで

 腕のようなものがーー

 

「っ‼ダメだ香織‼見るな‼」

 

 光輝くんが大声をあげる

 

 そんな

 嘘だよね?

 南雲くんはちゃんと避難できたんだよね?

 まさか

 まさかあそこにいるなんて

 言わないよね?

 

「あ…あぁぁ…」

 

 私のせいで

 私があのとき

 気を失ったせいで

 南雲くんは

 南雲くんは…

 

「いや…いやぁぁ‼南雲くん‼南雲くん‼」

 

 必死になって光輝くんの背中から降りようとする

 でも光輝くんはしっかりと私を背負ったまま走り続ける

 

「戻って‼戻って光輝くん‼」

「…ゴメン、香織…」

「止まって‼お願いだから‼」

 

 泣きじゃくりながら

 背中を必死に叩きながら

 

 それでも光輝くんは下ろしてくれなかった

 

「お前ら走れ‼橋が崩壊し始めたぞ‼」

 

 前の方からメルドさんの声が聞こえてくる

 

 気が付けば橋が大きく揺れ始めていた

 

「階段前確保ぉ‼」

「全員駆け上がれ‼止まるな‼」

 

 待って

 まだ南雲くんが

 南雲くんがまだーー

 

 そんな私の懇願も届かず

 みんなは一斉に階段を駆け上がる

 

 ダメ

 このままじゃ

 南雲くんはーー

 

 そこまで考え

 私はまた

 意識を手放してしまった

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「……」

「……」

「……」

 

 重苦しい王城の広間

 私と光輝と龍太郎の3人は、一言も話さずに座っていた

 

 あの後迷宮を脱した私たちは、ホアルドの宿屋まで戻り翌日の朝一番で王都に帰還した

 

「…畑山先生は?」

 

 重い口を開いた光輝は、担任である愛ちゃん先生のことを聞いてきた

 

「…まだ寝込んでいるわ、相当ショックだったみたいで」

「…そうか」

 

 愛ちゃん先生は、予定より早く暗い顔をして帰ってきた私たちに何があったのかを聞いてきた

 そこでメルドさんから、南雲君が戦闘中に命を落としたことを聞き、3日ほど寝込んでしまっていた

 

「無理もないわね。教え子の一人が、ですものね」

 

 元の世界に帰る、全員で

 当たり前だと思っていたそれは、私たちの認識の甘さによって意図も簡単に打ち砕かれた

 

「…だぁぁぁあ‼うだうだしてても仕方がねぇだろ‼」

 

 大声を張り上げて椅子をひっくり返しながら立ち上がる龍太郎

 

「南雲のことは、割りきるしかねぇだろ‼あの状況でどうにかできた奴はいなかったんだからよ‼」

 

 言ってることは至極正しいだろう、あの状況下で何かできたのかと聞かれれば何も出来なかったと言わざるを得ない

 

「…それで?トラップを発動させた張本人は、どうしているの?」

「雫」

「…ごめんなさい」

 

 刺のある言い方を諌められる

 トラップを発動させた檜山大介は、あの後落ち着きを取り戻したクラスのほぼ全員から非難を受けることとなった

 しかし彼は光輝の目の前で土下座をして謝罪し、光輝がそれを受けたことで取り敢えず彼への非難は収まった

 

「理解はしたつもりよ。でも、心の何処かで納得できていない自分がいるの」

「いつまでも引き摺る訳にはいかないんだ、あれでおしまいだよ」

「…そうね」

 

 その行動が全て計算づくでなければ素直に受け入れられたかも知れないが、幼馴染みの光輝を利用された気がしてモヤモヤしていた

 

「しばらくは、中止にするべきね」

「もちろんさ、もっと訓練をして…」

「訓練を含めて、ね」

 

 驚いた表情をする光輝に、はっきりと伝える

 

「武器を持つのが怖くなったクラスメイトもいるのよ?ここは、訓練含めて中断するべき時よ」

「でもそれじゃあ…‼」

「今訓練しても、身に付かないどころかいらない怪我をしかねないわ」

 

 あの日の光景がトラウマになってしまったクラスメイトは、少なくなかった

 今まで、目の前で人が死ぬ光景など見たこともないし、それがクラスメイトであれば尚更の事だった

 

「メルドさんにも、私からお願いしてみるわ。気を紛らせる為でも、今は休息が必要よ」

「…そうかもしれないな」

「ったく、もうちょっとしっかりしろってんだ」

 

 そこまでいって、私たちは部屋から退出した

 今後のことを、もっとしっかりと話さなければいけない

 もう、二度と起こさないためにも…



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7:冥府の底

暗い冥府のそこで頼りにできるのは、自分のみなのだ


 

 冷たい感覚で、意識が目覚め始める

 息苦しい感覚、浮遊している感覚

 

 なにかに、流されている感覚――

 

(ま、ずい‼)

 

 辛うじて残っていた魔力を振り絞り、右手で錬成を行う

 

 奇跡的に底の方に当たり、隆起が起こる

 

 体が浮き上がり、水面から顔を出すことに成功する

 そのまま川岸まで飛ばされることは想定外だったが

 

「はぁ…はぁ…ゲホッ、ゴホッ…」

 

 右手だけで体勢を建て直し、改めて左手を確認する

 肘から先が完全にちぎれて無くなってしまっていた

 

「っく…っそ」

 

 着ていた服の縁を持ち上げ、歯を使って引きちぎる

 それを左肘上部分に持っていき、縛って止血する

 

「もう少し…遅かったら死んでたな…こいつは…」

 

 出血箇所が濡れるなんて一番避けなければいけないことだったのに、今のでどれ程血が流れたのか検討もつかない

 その水のお陰で助かったと言われれば、何とも複雑な気持ちだが

 

「取り敢えず、何とかして火を…」

 

 左腕の痛みをこらえながら、右手で魔方陣作成を始める

 こんなとき自分の無能さを恨むことになるとは思わなかったが、言ったって始まらない

 

「求めるは、火…其れは力にして、光…顕現せよ…“火種”…」

 

 適正がないもので長ったらしい詠唱も必要だが、そんなこと気にしている場合ではない

 濡れていた服を何とか脱いで、灯った小さな炎で乾かす

 

 同時に左腕の状態を改めて確認する

 断面はお世辞にも綺麗とは言えず、幸い汚れなどは付着してないが水に浸かっていた以上感染症の心配もしなければいけない

 一応の止血はしたが清潔な包帯等あるはずもなく、消毒することも難しい

 

「…いや、そうだ」

 

 ――難しかった、が正しいか

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぐっ…ぎっ…ぐぅぅ…」

 

 火が肉を焼く音を聞きながら、左腕に走る激痛を必死で耐える

 これが正しいかどうかは、正直言って分からない

 本当なら熱した医療道具を使うのが正しいのだろうが、ここにそんな上等なものはない

 だったら直接傷口を塞ぐしかなかった、例え自分の腕を焼くことになったとしてもだ

 

「はぁ…はぁ…これで、どうだ…?」

 

 じっくり焼いてウェルダンにならないよう気を付けて、傷口を確認する

 黒ずみながらも、確かに出血は止まったが肘から肩方向にかけて火傷ができた

 

「贅沢言ってる場合かよ…」

 

 出血多量で死ぬよりかは全然いいと割りきろう

 自分が流れていた川まで行って、左腕を浸す

 火傷の部分がいい感じに冷える

 つくづく川に落ちてよかったと感じさせられる

 死ななきゃ安い、本当にその通りだ

 

「さて、と」

 

 ある程度痛みも引いてきて、貧血でふらふらするが思考もだいぶ落ち着いてきたところで

 

「この場から離れよう、今すぐに」

 

 せっかくつけた火を足で消して、乾ききった服を乱暴に抱えてその場から離れる

 魔物のいるダンジョン内で肉を焼くということはしたくなかったが、緊急と割りきった

 処置が終わったのだから速やかに場所を移さないと、焼けた肉の匂いで何がやって来るか分かったものではない

 

「もう少し、安全な場所を探すべきか。できれば水があった方がいいな」

 

 川沿いに進みたかったが、残念なことにここはちょっとした川辺と言うだけで切り取られた空間だった

 後ろには洞穴が続いていて、こちら側しか進むことはできそうにない

 

「どうか匂いに感づいてやって来る魔物に遭遇しませんように…」

 

 苦しいときに神頼みをして、奥へと続く洞窟へと足を踏み入れた

 

――――――――――――

 

(どうしてこの世界の魔物はみんなグロテスクなんだよ…)

 

 歩き始めて30分程たって、俺は立ち往生していた

  

 歩き続けていたら大きな四辻に出た

 何処かに木の棒でも落ちていないだろうかなんて考えていたら、直進通路から何かがやって来た

 その場にあった岩陰に身を隠し、そっと覗いてみると

 

 ――全身に赤黒い血管浮き上がらせた大きなウサギが現れた

 

 キモい、素直にキモいです

 

 ベヒモスもそうだったが、はっきり言って見ることさえ憚られる見た目のモンスターしかここのダンジョンいないのではなかろうか

 

 目の前のウサギ(本当は認めたくないがそれ以外に形容できないので)は幸いこちらには気が付いていないようだが、ウサギなので音には敏感だろう、きっと

 

 迂闊に動くとばれかねないので、ここはなにもしない方が生存率は高い

 そうこうしていると、ウサギが両耳をピンっと伸ばす

 

 気付かれたか?と身構えると、どうやら別のお客様に反応したようだ

 全身白い毛皮で覆われ、2本の尻尾を揺らし、やっぱり全身血管浮き出しまくりのグロい狼っぽいモンスターが出てきた

 その狼がウサギに飛び掛かると、その後ろからまた別の狼2体が現れる

 そして、ウサギの飛び蹴りの餌食となり全滅した

 

 な、何を言ってるのかわかんねーと思うが以下略

 

 いやマジなんだって、飛び掛かった狼に蹴り入れて即死させたあと空中回転決めて2体目に踵落とし

 別に現れた狼2体を華麗なステップで回転蹴りしてノックアウト

 最後の1体が尻尾から電撃出したのを避けて顎にキック入れて状況終了

 

 合計5体の狼を、見た目ウサギなモンスターが全滅させてしまったのだ

 モンスターの食物連鎖は複雑怪奇

 

 そんな風に

 そう、そんな風に傍観していたら

 右側通路から、唸り声が聞こえてきた

 

 思わず後ろに下がりそうになるのを必死で食い止め、少しだけ岩陰のより奥に身を潜める

 狼相手に無双していたらウサギが、通路側を見て固まっている

 若干震えているようで、どうやらそこからくる何かに怯えているようだった

 

 その時、そいつは来た

 白い毛皮をまとい、二足歩行をして

 足まで届く巨大な腕と、30センチ程の長い爪をもつ

 全身血管浮き出しの熊が来た

 

 なに?最近流行ってるのそれ?

 現実逃避でツッコミをいれるが、もう気が気ではない

 ウサギだけでもかなりヤバイのに、ここに熊なんぞやって来たらウサギと仲良くこいつの昼飯だ

 だが熊はこっちには気付いていないようで、目の前のウサギのみ凝視している

 蛇に睨まれた蛙ならぬ、熊に睨まれたウサギと言った感じでウサギは微動だにしない

 

「……グルルル」

 

 熊が低く唸ると、ウサギはハッとしたようで後方に跳躍した

 それを見た熊は、巨体とは思えないほど素早くウサギに詰め寄り長い爪をウサギに振るった

 

 爪は当たらなかった、ウサギは体を捻ってかわしたのだから

 だが、ウサギはそのまま胴体を真っ二つにして絶命した

 

 息絶えたウサギを僅か3口で完食すると、ウサギが倒した5体の狼もペロリと平らげ

 何度か周囲を確認した後、もと来た通路を帰っていった

 

――――――――――――

 

 あれから、そのまま進むのは危険と判断し元の川縁まで帰還した

 帰ってきて気付いたが、川の流れのお陰で臭いのほとんどが流れてしまっていたようだ

 唯一の通路を錬成で塞ぎ、暫くはここを本拠地とすることにした

 

 どうにかして手持ちの武器を作れないか、そう考え貧血の体に鞭打って周りの壁を錬成で掘り返してみることにした

 結果だけ言うと、武器として使えそうな鉱物の類いは見つからなかった

 その代わり――

 

「…何だろう、これ」

 

 掘ってる最中に水が滴り落ちるものだから掘りまくったら、青く光るバスケットボール大の鉱石を見つけた

 どうやらこの石が水を出しているようで、それも結構な量出していた

 

「これ…飲んで大丈夫なんだろうか」

 

 川の水を煮沸して飲む面倒臭さから、この水は直接飲めるのだろうかと言う考えに至り

 右手ですくって飲んでみた

 

「…ん?んんん?んー?」

 

 貧血でふらふらしていた体が、急にスッキリとした感覚になる

 ただ水を飲んだだけで、どうやらガタがきていた体のあらゆる部分を回復してくれたようだ

 

「まさかのレアアイテムですかい…」

 

 地中に埋まっている超回復アイテムとか、どう考えても冒険一周目クリア特典のアイテムですよ絶対

 

「神よ感謝しますってか?」

 

 青く光る鉱石を掲げて、柄にもなく神に感謝の言葉を延べ

 その鉱石に口づけをする

 

「――っ‼」

 

 熱と言ってもよいほどの刺激を感じ、鉱石から口を離す

 これは…

 

「魔力まで回復すんのかよ…」

 

 たいして無い魔力だが完全と言ってよいほどの回復を見せた

 こいつがあれば即死につながることも少なそうだ

 

「とりあえず水と回復アイテムの確保はいいが、食料どうすっかなぁ…」

 

 こんな地底深くに食物が生えているわけもなく

 あるとしたらダンジョン内を徘徊しているモンスターだけなのだが

 

「あいつら食っても大丈夫なのか…?」

 

 某モンスター討伐ゲームでは一応食べられたが、焼けば大丈夫とかあの血管浮き出しのモンスター見た後では全く信用できない

 

「背に腹は、代えられないか」

 

 だが食わなければ、死ぬだけだ

 この冥府の奥底で、人知れず死ぬだけだ

 

「やるしかねぇな」

 

 無い頭振り絞って、行動するときがきたようだ

 

――――――――――――

 

「まさかここまで成功するとは思わなんだ…」

 

 この前見かけた白い狼を標的と決めた俺は、いくつかの仕込みをして罠にかかるのを待った

 

 まず最初に獲物探し

 魔物と言えど生き物ではあるので、縄張りや行動範囲というのは決まってくる

 特に洞窟の中ともなれば範囲は大幅に縮小され、特定も容易となる 

 その考えは合っていたらしく、先日ウサギにフルぼっこにされた狼とは別の狼4体を見つけることに成功した

 

 次に罠作成

 とは言ってもどういった感じで狩りをするのか観察していたらこっちが獲物になりかねないので、見つからないように壁の中を錬成でくり貫きながら尾行した

 4体は通路を挟んで2体ずつ岩陰に待機し、そこで狩りをすることを確認した

 そこを見計らってまず1体落とし穴へご招待

 それに気付かれる前に同じ通路にいたもう1体も埋め、近付いてきた残り2体も引き摺りこんだ

 

 最後に仕留める段階だったのだが――

 

「何だってハジメ?狼の皮膚が凄まじく固くて仕留められないだって?それはな、無理に心臓を一付きで仕留めようとするからそうなるんだ。逆に考えるんだ、口の中から突いちゃってもいいさと」

 

 錬成で動きがとれないところに、口の中に槍状にした石を突き刺す

 どれ程皮膚や毛皮が固かろうが口の中、ひいては喉は柔らかいと踏んでいたからだ

 結果喉からそのまま心臓まで一気に突かれて、断末魔の後に4体とも物言わぬ屍へと姿を変えた

 

 だがこれはかなりの賭けだった

 狼が壁の中を進む自分を感じとれば、壁ごと粉砕されていたかも知れないし

 落とし穴から這い出てこられれば、自分は成す術もなく狼の餌食になっていただろう

 喉が異常に固ければ、心臓まで槍が届かず作戦を変更する必要もあった

 

 いずれにしても、かなりのギャンブルだったことは間違いない、そして俺はそのギャンブルに勝ったのだ

 

「ククク…僥倖…圧倒的僥倖…‼」

 

 後々手痛いしっぺ返しを食らって、顔がぐにゃぁ…となりそうなことを言いながら、仕留めた狼4体を穴から引きずり出す

 しっかりと息絶えてくれているようで、ピクリとも動かなかった

 

「皮剥ぎとか血抜きとかできないんだけどなぁ…」

 

 さすがにこのまま食べるわけにもいかず、どうにかして食べられる状況に持っていくことを考えながら、本拠地の川縁まで戻っていった

 

――――――――――――

 

「さてと、とりあえず皮は剥いだが…」

 

 目の前には、石ナイフでかなりの肉を削ぎ落とされた不格好な狼の肉4体分が調理されるのを待っていた

 

「これに棒を通して、火にかけて…あ、さすがに匂い漏れるか?」

 

 通路を塞いでいるとはいえ、川の中からこんにちはされる可能性は0ではないのだ

 塞いである壁に穴が空いていれば、焼けた肉の匂いであの熊が来ることだって予想できる

 

 だが生で肉を食うのは脳と体が拒絶していた

 

「現代日本の弊害ってか」

 

 これが鶏肉や牛肉であれば多少目を瞑って食べられもしただろうが、得たいの知れない肉を生で食べる勇気は持ち合わせていない

 肉食べて感染症や食中毒で死ぬのは御免だ

 

「うーん、お世辞にも美味しそうな匂いではないが…生よりは食べられそうな気が…」

 

 Y字の棒2本の上に肉を通した棒を置き、ハンドルの要領で回して焼いていく

 しばらくすると全体がいい感じに焼けてきた

 焼けてきたのだが、匂いはあまり美味しそうと感じられなかった

 

「…もし、もしここから脱出できたらまともな肉を食べよう」

 

 どこかずれた誓いをたてつつ、俺はその肉にかぶりついた

 

「……」

 

 長い沈黙の後

 

「…ま、不味い」

 

 思わずそう呟いた

 筋肉質のようで繊維ばかりで食べにくい

 おまけに血抜きが不完全だったのかあちこちで凝血しており、食べるのに向いていない食料と化していた

 

「だが…モグモグ…食べなきゃ生き残れないんだ…むしゃむしゃ…我慢するべきだろ…」

 

 青い鉱石から出てくる水で魔物の肉を流し込みながら、ひたすらに食べ続けた

 約5日振りの食事はとても不味かったと明記しておこう

 

「――っ‼がっ‼」

 

 腹が膨れた頃になって、その異変は起こり始めた

 全身に走る激痛、まるで体の中からなにかに食い破られていく、そんな感覚が襲いかかってきた

 

「っ…‼く、そが…‼」

 

 やっぱり魔物の肉を食べるのは不味かったようだ、しかしただ激痛が走るだけならまだよかったのかもしれない

 

「こいつ、が、きかない、か…‼」

 

 それは、青い鉱石から出てくる水

 飲んだその直後は痛みが引いていくが、しばらくすると再び激痛が襲ってくる

 この水のお陰で、どうやら気を失うことさえもできないらしい

 

「こん、な、痛み、左腕に、くら、べれば…がぁ‼」

 

 全身からミシミシと、体が膨張するような音が聞こえてくる

 その度に激痛が襲い、水の効果で引いていく

 

 どれ程それを繰り返しただろう

 10分、20分、あるいは一時間以上たったのではなかろうか

 ようやく痛みが収まる

 地獄のような時間が、ようやく終わったのだ

 

「はぁ…はぁ…し、死ぬかと思ったぞ…ん?」

 

 その時ふと違和感を感じる

 主に体の感覚と、目の前にチラチラ見えている白い何かだ

 

「おい、おい。まさかと思うが、そんな」

 

 右腕を確認する

 痛みが走る前より太く、そして屈強になった腕があった

 その右腕で髪を確認する

 黒かった髪は色が抜け落ちてしまい

 

 真っ白になってしまっていた

 

「な…な…な…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」

 

 俺の絶望の叫びが、洞窟に響いた

 

 ――リアル厨二病とか死にたい




「コロシテ…コロシテ…うぅ…」


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8:不幸中の幸い

あるいは、それを奇跡と評するのかもしれない


 軽く絶望していたがなんとか落ち着きを取り戻して、今の自分を確認する

 

==================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:100

体力:300

耐性:100

敏捷:200

魔力:300

魔耐:300

技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解

==================================

 

 わーい色々と突っ込みどころが多いぞー

 

 大迷宮に入る前で10前後のステータスだったのに、最低でも10倍近く跳ね上がっていた

 レベルも2から8にまで上がり、今の自分が強くなっていることを如実に表していた

 極めつけは――

 

「技能が3つも増えるとかサービス精神旺盛すぎやしませんかね…」

 

 10連続ガチャで五つ星を3つも引いてしまったような感じ、まぁあの手のゲームしたこと無いんだが

 その中で如何にも見てくださいと言わんばかりに異彩を放っているのが『魔力操作』である

 事前の説明では、人間は魔力そのものを操作することはできない

 魔石を体内に保有している魔物はそれが可能だが、持っていない人間はそれができないのだ

 その魔力操作が技能としてあると言うことは――

 

「むむむ…お、おおおお?」

 

 右手に魔力を込めてみると、錬成用の手袋の魔方陣が輝き始める

 

「ぬぅぅ…ふんっ‼」

 

 地面を錬成してみると、詠唱なしで地面が盛り上がる

 

「詠唱要らずとかヤバくないっすか…」

 

 はっきり言ってこれはヤバイ

 今までの境遇を考えるとお釣りが来ると言うか、お釣りの方が多すぎる位だ

 

「絶対ろくな目に会わないなこれ」

 

 うまい話には裏があるものだが、ここまでうまいとしっぺ返しが怖い

 まあそんなことはどうだっていいんだ、問題は別の技能だ

 

「な、なんて読むんだこれ…ま、まとらい?」

 

 雷を纏うと書いて、なんと読むのだろうか

 そんな風に考えていると

 

「おん?“てんらい”?あ、そう読むのか…」

 

 ステータスプレートは俺なんかよりよっぽど賢いようだ

 

「えっと…こう、か?」

 

 バリバリ、という電気のイメージをする

 すると右手の指先から紅い電撃が迸る

 

「お、おお、おおおおおおお‼」

 

 感激した、まさか電撃が使えるようになるだなんて

 

「どっかに、どっかにコイン無いか?!無いなら似たもの‼」

 

 服のあらゆる場所をまさぐり、コインがないか探したが

 

「…そうだった、ここに落ちた時財布含めて無くしたんだった…がっくし」

 

 地面に膝つき、いかにも残念といった格好をする

 そんな…夢にまで見た超電磁砲が…使えないだなんて…

 

「いやちげーよこんなことしてる場合じゃねーよ」

 

 取り合えず詠唱なしである程度の魔法が使えることは分かった

 この電撃魔法は、多分あの狼の固有能力なのだろう

 

 最後に胃酸強化についてだが、書いて字のごとくさっきの魔物の肉でも平気で食べられるようになる能力だろきっと

 はい説明終了‼

 

「長ったらしい説明したって誰も得しないって、はっきりわかんだね」

 

 残っていた肉を焼いて、壁に簡単な収納スペースを設ける

 そこに薫製の要領で吊るしていき、しばらくの食料とする

 さて、お次は武器の調達といこうか

 

――――――――――――

 

 格好つけたのに一週間でできたのが土製の剣擬きとかバカジャネーノ

 

 違うんや、使えそうな鉱石が緑色に光る鉱石と例の青い鉱石くらいしかなかったんや…

 だがそのお陰もあってか、俺は遂に新たな技能を獲得した

 

 それが派生能力『鉱物鑑定』である

 例えば先程出した緑色に光る鉱物は

 

==================================

緑光石

魔力を吸収する性質を持った鉱石。魔力を溜め込むと淡い緑色の光を放つ

また魔力を溜め込んだ状態で割ると、溜めていた分の光を一瞬で放出する

==================================

 

 といった説明が現れる

 こいつのお陰でその鉱石の名前と、効果が分かるようになった

 

 青い鉱石は何だったのかって?

 あれは『神鉱石』と呼ばれるものらしい

 大地に流れる魔力が、千年という永い年月をかけて魔力溜まりに結晶として現れたもの

 滴り落ちているのは内包した魔力が飽和状態になり、液体として出てきたものだった

 こいつのお陰で命拾いしたのだ、最後まで大事に使っていこう

 

 この技能を使って、それまで見つけられなかった新しい鉱石を2つ発見した

 

 1つ目がこれ

==================================

燃焼石

可燃性の鉱石。点火すると構成成分を燃料に燃焼する。燃焼を続けると次第に小さくなり、やがて燃え尽きる。密閉した場所で大量の燃焼石を一度に燃やすと爆発する可能性があり、その威力は量と圧縮率次第で上位の火属性魔法に匹敵する。

==================================

 

 燃焼石とか言う捻りもなにもないネーミングだが、要するに火薬のような鉱石である

 なんで石が燃えるのかと言う疑問はあるが、そういう属性の石なのだから仕方がない

 

 2つ目がこれ

==================================

タウル鉱石

黒色で硬い鉱石。硬度8(10段階評価で10が一番硬い)。衝撃や熱に強いが、冷気には弱い。冷やすことで脆くなる。熱を加えると再び結合する。

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 鉄のような鉱石なのだが、何故冷たくなると脆くなるのかは不明

 普通逆な気もしないが、こいつもそういう属性の石なのだ、割り切ろう

 

 この2つの鉱石、こいつらはこの迷宮に限らずあらゆる場所に存在するらしい

 そしてこいつらを見た俺は――

 

「為せばなるってか?」

 

 生存競争勝利のために無茶をすることに決めた

 

――――――――――――

 

 1匹のウサギのモンスターが洞窟内を徘徊していた

 耳を研ぎ澄ませ、獲物が何処かにいないか探っていた

 

 その時、前方からなにかが飛翔してきた

 カラン、と音をたててそれは地面に落ちた

 音を聴いた瞬間、ウサギはその方向を見て――

 

 直後目映い光で行動不能に陥った

 

 何が起きたのか、ウサギは見えないにも関わらず周りを見渡す

 そして再びなにかが地面に落ちる音を聴き

 

 轟音と共に火炎がウサギを覆った

 

 ……

 

「そ、想定外の威力だぜこいつは…」

 

 爆炎が収まった後、体をズタズタにされて絶命しているウサギを確認しながら、俺は手に持っている新兵器の威力に愕然としていた

 

 薄く伸ばしたタウル鉱石を卵形に加工し、その中に凝縮した燃焼石と細かくしたタウル鉱石を入れて密閉する

 上の方に導火線を付けて、火を点火し投げ入れれば大爆発が起きる兵器

 そう、手榴弾擬きである

 

 その前に投げ入れたのは、タウル鉱石の代わりに魔力を十分に込めた緑光石を入れて、中央に棒状の燃焼石を仕込んだスタングレネード擬きである

 

 どちらも導火線で点火すると言うかなり初歩的な使用方法だが、これが驚くほどの威力を発揮した

 

「こいつの出番が無かったのはいいことなのかねぇ…」

 

 念のためにと持ってきていた背中のもう1つの秘密兵器を見ながら、ズタズタになったウサギを抱える

 今の音であの熊がやって来ては分が悪いし、こいつは今日の夕飯なのだ誰にも渡さん

 

「こいつ食ったらなんか技能覚えるのかねぇ」

 

 狼の時と同じように何か技能が覚えられれば生存率アップなのだが、果たして…

 

――――――――――――

 

 ウサギの肉は狼より不味くはなかったです、以上

 比べる対象があれではあるが、まあそこは仕方がない

 

 食べ終わり、残りを保存食にしてからステータスを確認する

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12

天職:錬成師

筋力:200

体力:300

耐性:200

敏捷:400

魔力:350

魔耐:350

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・言語理解

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 派生能力マシマシな上に、また新しい技能覚えているよ…

 つーかなんだよ天歩って、空歩けるのか?

 

 結果から言うと空は歩けませんでした

 その代わりめっちゃ痛かった

 

 まず空力の方なのだが、これは空中に足場のようなものを生み出す技能のようで、試しにとやってみたら顔面からダイブした

 だが足場っぽい何かはできていたので、恐らく何度か練習すればコツは掴めるだろう

 

 もう1つの縮地は、八重樫が使っていたまんまのあれである

 こちらも試しにとやってみたら、足元が爆発して壁に顔からダイブした

 イメージが違うのかなんなのか分からないが、取り合えずこちらも要練習のようだ

 

「さて、どうしたもんかね…」

 

 取り合えずこの洞窟でもある程度生きていける強さにはなったようだが、さすがにそろそろ脱出を考えるべきだろう

 

「約束したもんな、それも2人と」

 

 いつまでもここにいるわけには行かない、戻らなければ

 あの場所に、この洞窟の遥か上方に

 

「その前に、できることは全部試しておきたいな…」

 

 この洞窟脱出、その最後の目標に最強のモンスターを据えることにした

 

――――――――――――

 

 洞窟の奥に、それはいた

 

 今しがた倒したウサギを、その巨大な顎で噛み砕いていた

 この洞窟の食物連鎖の頂点に位置し、いかなる魔物も叶わない絶対強者

 

 そんな魔物の前に、なにかが放り投げられる

 金属が落ちる音を聴き、熊は咀嚼を一時中断してそちらを見る

 

 直後、閃光に視界を奪われた

 

「ガァアア?!」

 

 突然のことに混乱し、自慢の爪を振り回すが壁を抉るだけに終わる

 そこにもう一度何かが投げ込まれ

 

 無数の金属片が熊を襲った

 

「グゥウ!?」

 

 破片一つ一つが毛皮ごと肉を切り裂き、そこに爆炎が襲いかかった

 強烈な痛みを感じ、思わず地面に倒れ混んでしまう

 

「あちゃー、やっぱり一発じゃあダメだったか」

 

 洞窟内に響く声、それに首だけを上げて熊は反応する

 

「念のため2発投げ入れておけば終わったかもしれないんだが、逆に考えよう。こいつの試射ができるってな‼」

 

 背中から取り出された、細長い棒のようなもの

 熊にはそれが何かは理解できないだろう

 

「銃の知識なんて全く分からんが、燃焼石さまさまだぜ‼」

 

 構えられたそれこそ、燃焼石とタウル鉱石を使って作り上げた元の世界で一番使われている歩兵用兵器

 

「ライフリングに手間取ったのは内緒なんだけどな」

 

 ――銃火器である

 

――――――――――――

 

 手榴弾による奇襲が半分以上成功したことを確認した俺は、何百回と失敗に失敗を重ねてようやく完成した『ボルトアクション式単発銃試作1号』を熊に構える

 名前が長いって?気にするな‼

 

 肘から先がなくなった左腕で銃を支え、照準を合わせる

 

「銃とか今まで使った試しがないんで、当たるかどうかは分からんが――」

 

 引き金にかけていた右手人差し指に力を込める

 

「――ものは試しってな‼」

 

 一気に引き金を引く

 凄まじい反動が右手に伝わる

 銃先から飛び出した弾丸は、回転しながら飛翔を続け

 熊の右前足部分に命中した

 

「グルゥアアアアア!!!」

 

 凄まじい雄叫びを上げて、熊は悶える

 痛いだけでなく、恐らく熱いのだろう

 今まで味わったことのない苦痛に、身を捩っているようだ

 

「やっぱり、額を狙ったつもりなんだけど当たる分けねーか。だろうな、いきなり狙い通り当てられるとかどこのびっくり超人だって話だ‼」

 

 左腕を上げて銃身を首で固定、薬室横についているレバー――ボルトハンドルを右手で引き薬莢を排出する

 そのまま右ポケットから新しい弾丸を取りだしセットする

 再び照準を合わせて引き金を引けば、新たな凶弾が熊目掛けて飛んでいく

 

 その凶弾は左腕の肩付近に命中し、左腕を吹き飛ばした

 

「…嫌なお揃いだな、おい」

 

 熊の魔物とお揃いとか、欠片すらも嬉しくないんですがそれは

 

「再装填‼」

 

 先程と同じ要領で弾丸を込める

 すると体勢を立て直した熊が、片腕とれた状態で突進してきた

 ボルトアクション式単発銃の最大の欠点を付かれた形が

 

「残念、それは予測済みだ」

 

 空力で足場を生み出し一気に駆け上がる

 上に逃げた俺に気付かず、熊はそのまま突進した

 

 空中で銃を構えるが、はっきり言って当たれば儲けものな撃ち方だろう

 

「為せばなるんだよ‼」

 

 再度引き金を引くと、まさかの背中に命中した

 しかもどうやら背骨を粉砕してしまったようで

 

「ガァアア!!」

 

 酷い雄叫びを上げて地に伏した

 

「うそん…」

 

 完全なまぐれではあったが、結果オーライということで1つ

 

 動けなくなった熊の目の前まで歩き、装填を終えた銃を構える

 

「恨んでくれるな?ここは弱肉強食の世界だ、お前だって散々、他の命を食らってきたんだ」

 

 ぐいっと、いまだにこちらを睨む熊の額に銃先を押し付ける

 

「だからこいつは因果応報なんだよ」

 

 引き金を引き、脳髄をぶちまけながら

 洞窟最強を誇った魔物は、永遠に息絶えた

 

――――――――――――

 

 今回はさすがに持ち運びできる量ではなかったので、千切れ飛んだ左腕のみ持ち帰る

 そしていつも通り焼いてそれを食べる

 そしておまちかねのステータス確認である

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:17

天職:錬成師

筋力:300

体力:400

耐性:300

敏捷:450

魔力:400

魔耐:400

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解

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 増えたのは技能の『風爪』、読み方は『ふうそう』らしい

 こいつは爪先から風のようなものを飛ばして対象を切り裂く技能らしく、最初にウサギが切り裂かれたのは恐らくこいつが原因だったのだろう

 

 派生としては錬成の『鉱物分解』と『鉱物融合』

 つまり合金作ったり元の鉱物に戻せる技能のことだろう

 これがあれば益々武器製作が捗るに違いない

 

 ウサギの革でなんとか作り上げた鞄に、食料と二種類の手榴弾に神鉱石、そして銃の弾丸等色々詰め込む

 

 右肩から試作銃を提げ、準備は万端

 

「それじゃあ、行きましょうかね」

 

 地底に落ちて、半月以上が経過した

 上へと戻れるかどうか、そんなのは探してから考えればいい

 

 再開したときの謝罪の台詞を考えながら、本拠地として使っていた川縁に別れを告げて

 俺は、地上を目指す旅を始めた――

 

――――――――――――

 

 捜索開始から3日

 

「上にいけないってどう言うことなの…」

 

 ――俺は軽く絶望していた

 

 




「ダンジョンあるある~ってかあはははは…ファッ◯ン!!」


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9:上を目指して下に潜る

急がば回れ、時としてそれが必須になるだろうから


 状況を改めて整理しよう

 この大迷宮は階段状に上から下まで繋がっている

 そこで俺は上に続く階段なり何なりがあると踏んで捜索を行った

 

 結果は上へは行けないが下になら行けると言う、求めていたものと真逆の結果だった

 

「何?上がるためには降りろってこと?急がば回れ的なあれですか?」

 

 3日間探し続けてこれでは切れたくもなる

 しかし大迷宮に切れたってしょうがない

 

 錬成でどうにかなるかとも思ったが、途中まで上がるとある一定の階層から錬成ができなくなってしまった

 ネズミ返し的なトラップを見せつけられ、ますますイライラが募る

 

「仕方がない…本当は行きたくないけど、降りるか」

 

 捜索初日に見つけた下へと続く階段を、緑光石を入れたランタンを左手に提げて降りていく

 

 そこは暗闇だった

 暗闇に目が慣れることはなく、完全な闇が広がっていた

 ランタンの明かりが自分の体と周囲を照らす

 

 ――どう見ても夜戦で探照灯付けちゃった軍艦です本当にありがとうございます

 

 敵からフルぼっことか勘弁してほしい、そんな風に考えていると

 

 左側で何かが光った

 咄嗟に壁際に飛び退き、ランタンで照らす

 

 そこには体長約2メートルの灰色のトカゲがへばりついていた

 金色の目でこちらを睨み付け――

 

 左腕が石のようになり始めた

 

「んな?!」

 

 持っていたランタンまであっという間に石になり、光源がなくなってしまった

 腰につけていた小型の鞄から神鉱石から出た水の入った小瓶を一気に煽る

 

 すると肩まで石化していた腕があっという間にもとに戻った、この水本当にヤバイ

 

 同じ鞄から、スタングレネード擬きを取りだし点火する

 再びトカゲの目が輝いたことを確認すると、縮地を使ってその場から飛び退く

 

 すると今までいた場所がみるみる石になっていく、こいつは厄介な魔物だ

 

「これでも喰らえ‼」

 

 点火していたスタングレネードを投げ込み、右腕で顔を塞ぐ

 

 次の瞬間、暗闇だった辺りを目映い光が照らした

 

「クゥア!?」

 

 今まで浴びたことの無いような光を見たことで、完全に行動不能に陥っていた

 背中から試作銃を引き抜き、空力で足場を作り魔物の目の前まで接近する

 

「くたばれくそったれ」

 

 頭に銃口を突き付け、行動できないうちに頭を吹き飛ばした

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁からずり落ちたトカゲの肉の一部を剥ぎ取り、そのまま階段を降りていく

 途中他の魔物の相手や目ぼしい鉱石を採掘していたら、鞄がパンパンになってしまった

 ああ次は…てちげーよ

 

 取り合えず持ち物整理が必要になったので、適当な場所に錬成で待避所をつくる

 ちょっとした空間をつくって、出入り口を塞いだら作業開始だ

 

 今回倒したのは先ほどのトカゲと、矢鱈めったら羽を飛ばしてくるふくろうと、六本足の猫である

 それを全部火にかける、纒雷で焼いてもいいんだがせっかく火種が作れるんだから火で焼きたい

 

 調味料なんて上等なものは無いので、そのままがぶりといただきます

 身体中に痛みが走り、それを超回復水(俺命名)で無効にする

 …なにネーミングセンスが悪いだって?

 うるせぇこれ以外だと『ポーション』とか言う残念なネーミングにしかならないんだよ

 

 食べきってごちそうさま、さておまちかねのステータス確認なんだが

 いちいちプレート全部だすのも面倒臭いので、増えた技能だけ説明しておこう

 

 まずは『夜目』、暗闇で目が見えやすくなる技能だ

 実際ほの暗かった室内が、はっきりと見えるようになっていた

 常時発動型技能のようだ

 

 次に『気配感知』、何かの気配を感じやすくなる技能だろう

 これは使わないとどんなものか分からないが、取り合えずオンにしておこう

 

 最後に『石化耐性』、トカゲの技能らしく石化に耐性が出るのだろう

 できれば試したくない技能ではあるが…

 

 今回は3つの技能を獲得しました、以上

 

 では次に武器の整備と弾薬の補充、そして作りかけの新兵器の完成を目指しましょうか

 

 武器整備は、ここに来るまで大活躍した試作銃1号を完全に分解して整備すること

 何百回と失敗したお陰でこいつの構造はほぼ把握しており、万に1つ分解行程をミスることはないだろう

 どこか部品が歪んでいないか、部品の欠如はないか、入念に調べながら元に組み立て直していく

 

 弾薬補充は、試作銃1号用の雷管付き銃弾と各種手榴弾の製作である

 この雷管がなかなかの曲者で、こいつが一番手間取った原因である

 燃焼石の分量を間違えると発射時に暴発を起こすことがあり、それ以外にも雷管の構造で四苦八苦したのは今となってはいい思い出である

 手榴弾は二種類つくる過程で多くのタウル鉱石が必要となるが、それを差し引いても十分すぎる威力である

 今後も主力として使っていくつもりなので、補充はしっかりと行う

 

 最後に新兵器なのだが、薬莢含めた銃火器作成に想像以上の労力を消費してしまっている

 錬成の熟練度は確かに上がるのだが、そんなに悠長なことをしていられない事情もある

 そこで燃焼石なしでも作れる武器を作成しようと、ちょくちょく作り続けここで一気に作り上げてしまおうと考えたわけだ

 

「とは言っても、相変わらず飛び道具なのな…」

 

 ピンっと張った弦を、弧を描いたタウル鉱石製の弓で固定した横向きの弓矢のようなそれを背中にかけて、準備完了

 

 さっそく探索再開である

 

――――――――――――

 

 せっせと下へと降り、探索を続けているとなにやら凄まじい空間に出た

 足元中粘着性の液体で充満し、歩きにくいったらありゃしない

 獲得した気配感知と、いつのまにか持っていた鉱物系探索を駆使し進んでいく

 

「…んー?」

 

 すると鉱物系探索に何かが反応する

 

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フラム鉱石

艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。融解温度は摂氏50度ほどで、タール状のときに摂氏100度で発火する。その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。

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「…ガソリンかなんか?」

 

 石がタール状になるとか、もう訳ワカメ

 しかも融解温度50度なのに、足元に溶けているそれは何が原因で融解しているんだ一体

 

「摂氏3000度とか火事なんてレベルじゃねーなこれ」

 

 悠長に言っているが、これで試作銃は使用不能になってしまった

 

「しょうがない、まさかこんなに早く使うことになるとはね」

 

 構えていた試作銃を背中に戻し、先ほど完成させたばかりの新兵器――弩を左手に装着する

 引き金は右で引かなければならないが、音をたてずに攻撃できるのは正直言ってありがたいことだ

 こんな空間でドンパチやってたら、何が現れるか分かったもんじゃない

 できる限り隠密行動をとりたかった、こいつはそれに必須なアイテムだ

 

「それと忘れないうちに…」

 

 下にへばりついているものではなく、壁に埋まっているフラム鉱石を採掘し鞄に収納する

 こいつを使えば、新しい手榴弾が作れる

 使えるものは使っていかないと命がいくつあっても足りないのだ

 

 採取を終えて更に下へ

 そうすると三叉路に出る

 

「それでは一番左側から…」

 

 下に落ちていた石で目印を書き、さあ行くぞと思い立ったその時

 

 ガチンッ‼

 

「ファッ?!」

 

 足元のタールから何かが飛び出した

 無数に並んだ歯、先のとがった口

 特徴的な背鰭、あれは…

 

「…なんだサメか」

 

 空を飛んだり悪霊になったりするサメを知っているだけに、タールに潜る程度で驚くわけが…

 

「ってサメだぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 驚くに決まってんだろうが‼なんで陸にサメがいるんだよ‼

 

「おいおいおいおい気配感知が働いてないぞまさか効かない敵かよ‼」

 

 動揺しつつなんとか思考を働かせる

 どうやら気配感知を無効にする敵のようで、出てくる瞬間まで感知ができなかった

 

「誰かSPC呼んでこい」

 

 サメは殴るもの、そう決まっているんだ

 左手の弩に指をかけ、今しがたタールに潜っていったサメを警戒する

 取り合えずこのままいるのはまずいので、空力で足場を作り上へと逃げる

 

 こちらに襲いかかってくる瞬間は、確かに感知ができる

 ほぼノータイムではあるが、感知できないのと比べればずっとましだろう

 

「来やがれクソザメ」

 

 スタングレネードを口にくわえながら弩で狙いを定める

 

 ザバッ‼

 

「‼ふぉこふぁ(そこだ)‼」

 

 パシュンっと弩からボルトが真後ろに射出される

 だいたいこういった方法で狩りをするやつは死角から攻撃すると相場が決まってるんだ

 そう、相場は決まっているんだ

 

「?!」

 

 だがボルトがサメの皮膚で弾かれるのは想定外だったよ

 

「ふぃくふょう(畜生)‼」

 

 こちらに飛び掛かってきたサメを空中で避けながらボルトを再装填

 くわえていたスタングレネードに点火して放り投げる

 

「いっけぇ‼」

 

 目を塞ぎながらスタングレネードを蹴り飛ばす

 目映い光で照らされるが、サメはそのままタールへと潜っていった

 

「ちっ、面倒臭いやつだな」

 

 今度は手榴弾をくわえてサメを待つ

 すると今度は真っ正面から出てきたが、自分からずれて飛んでくる

 

「ひいふぇいふぁか(効いていたか)‼」

 

 潜って回避したかと思ったが、どうやらしっかりと効いていたようだ

 すかさずボルトを射出する

 するとまぐれ当たりで右目に命中した

 

「ふぁっふぃー(ラッキー)‼」

 

 上に避けると、サメはタールに潜るがすぐに上がってくる

 どうやら傷付いた右目が想像以上に痛いようだ

 

「おおふひあふぇろ(大口開けろ)‼」

 

 痛みでもがいているところに点火した手榴弾を投げ込む

 入ったとほぼ同時に炸裂し、タールザメは爆発四散した

 魔物内部で爆発が収まったお陰か、周りのタールに引火することなく倒すことができた

 

「はぁ…はぁ…う、上の魔物がかわいく見えるぞ畜生…」

 

 明らかに上の魔物以上の戦闘能力を持っているやつらばかりだ

 こんな綱渡り何度もできる自信がない

 

「さっさと、降りねぇと…」

 

 バラバラになったサメの残骸を回収し、出口を求めて三叉路の左通路へと足を踏み入れた

 

――――――――――――

 

 サメとの死闘を繰り広げた階層から、現在五十階層下った地点にわたくしはおります

 いやーサメのとき、上の魔物がかわいく見えると言いましたね

 前言撤回、サメでさえかわいく見えるやつらしかいねぇぞここ

 

 毒性の痰を吐きかけてくる虹色ガエルに、麻痺性の鱗粉を撒き散らしてくる巨大蛾というsan値をガリガリ削ってくる魔物

 精神が音を立ててすり減っていくのに、超回復水では精神的回復はできないのだ

 万能じゃねーのかよ何とかしろ

 おまけに毒ガエルの毒食らって激しい苦痛に犯されるしで、もう精神的な限界が来かねない状態だった

 

 密林に覆われていた階層では巨大ムカデと樹木の魔物が待ち構えていた

 ムカデは節々毎に別れて襲いかかってきた

 1匹が30匹に別れたときは思わず卒倒しそうになったが、スタングレネードと手榴弾で足止めしつつ試作銃で地道に倒していった

 

 樹木の魔物は、まあ見たまんま樹木であった

 その代わり体力が少なくなると、葉の部分を揺らし赤い実を大量に投げつけてきた

 1つためしに食べてみると、これがかなりうまいのだ

 見た目リンゴなのに味は糖度の高いスイカのような味だった

 久しぶりの肉以外の食料に感動しつつ、食べられるだけ食べ保存分を確保すると樹木の魔物を駆逐した

 

 そんな風に減った精神を果物で回復しつつ、五十階層下ってきた

 

 そこには、なんとも不思議な空間が広がっていた

 順路の脇道の突き当たりに、荘厳な両開き扉が待ち構えていた

 扉の脇には2対の1つ目巨人――いわゆるサイクロプスが壁に埋め込まれてこちらを見ていた

 

「…おいおいラスボス戦、いやその前の中ボス戦かよ」

 

 どう見ても脇のサイクロプスが襲いかかってくるやつですわ

 鞄から新型を含めた三種類の手榴弾を、3つずつ紐に通して腰に装備する

 背中の試作銃1号改良型に、これまた改良型弾薬を装填する

 

「あと…こいつはどうすっかなぁ…」

 

 試作銃1号改良型よりも大きな銃口を持ち、持ち手とは別に大きく曲がった取っ手が付いたそれを使うかどうかを思案する

 

「念には念を、石橋を叩いて渡る事にしよう」

 

 専用弾を前から入れながら、最悪のシナリオに備えて準備を完了する

 

「さてと、この扉の向こうに何があるかなんだが…」

 

 順当に考えると、扉の向こうには厄介事が待ち構えているに違いない

 それが強力な魔物なのか、はたまたトラップなのかは分からないが、少なくとも入り口をここまで豪華にするだけの価値があるものなのは確かだろう

 それで、中に入る方法についてなのだが

 

「扉の真ん中に2つの窪み、ご丁寧に魔法陣付きとはねぇ」

 

 中に入りたければ門番を倒せ、ということらしい

 

「上等、だ‼」

 

 扉の取っ手に手をかけ、思いっきり押す

 すると扉が赤く放電し、俺を吹き飛ばす

 

「ったく、過激な防犯装置だことで…‼」

 

 腰のミニ鞄から超回復水の小瓶を取り出して飲み干す

 完全に回復したところで、遂に始まった

 

 扉のある部屋中に響く雄叫び

 それに続いて扉両脇の石像が動き出した

 暗緑色の肌をして、全長4メートルを越える大剣を持ち

 今だ壁に埋まっている下半身を強引に引き抜きながら

 2体のサイクロプスがこちらを睨んでいた

 

「――上等だ」

 

 試作銃を手放し、腰にあるスタングレネードを1つ取り出す

 

「脳天に風穴開けて、小洒落たオブジェにしてやる!!」

 

 ――どう聞いてもヤクザな台詞を吐きながら、戦闘開始だ

 

「まぁ、飾りたいとは思わないけどな」

 

 スタングレネードを投げ込み、左に走り出す

 閃光が部屋を満たし、こちらを見ていたサイクロプス2体は行動不能になる

 

「――特とご覧あれ」

 

 試作銃を構え直し、出来損ないスコープから覗いて

 1体に向けて発射した

 きれいな弾道を描き、一つ目を抉り脳を破壊して貫通せずに止まる

 

「head shot(流暢)」

 

 銃側面から飛び出しているそれを顎で押し込み、リロードを終える

 これが新型弾丸、6連弾倉(マガジン)である

 6発の弾丸を縦に繋げて、ボルトハンドル部分を大幅に改良した試作銃左側に装填するものである

 改良内容は左側に穴を作り、そこに弾倉を入れられるようにした

 ハンドルを引けば空薬莢が排出され、その後弾倉を押し込めれば再装填が出来るというものだ

 これもまた苦心に苦心を重ねて完成させたもので、左腕が不自由であるハンディをどうにかしようとした結果である

 

「苦心して作ったんだ、これくらい威力なきゃな」

 

 脳を破壊されたサイクロプスは絶命したことを理解できず、目から血を吹き出しながら倒れ込んだ

 

「この先に何があるのかは知らねぇがーー」

 

 腰から別の手榴弾を取り出して点火する

 

「――押し通らせてもらう!!」

 

 ひょいっともう1体のサイクロプス目掛けて投げ込む

 片割れが即死したことで、完全にフリーズしていたもう1体は投げ込まれた手榴弾で正気を取り戻す

 何が投げ込まれたかは理解できていないようで、その上を通過しようとして

 

 業火にその身を包んだ

 

「サイクロプスの丸焼きとか、誰得だよ本当…」

 

 軽口を叩きながら、火を纏ったまま突っ込んできたサイクロプスを避ける

 

「使用上の注意をよく読み、くそったれなモンスターにのみご試用くださいってか?」

 

 フラム鉱石を十分に入れ、爆発と同時に辺り一面火の海に変える対集団・対大型魔物用手榴弾『火炎手榴弾』である

 炎を消そうとして転がるサイクロプスだが、体にまとわり付いたタール状のフラム鉱石は中々取れず、ようやく火が収まる頃には全身黒焦げで瀕死のサイクロプスが出来上がっていた

 

「ほらほら早く逃げないと大変だぞ」

 

 よろよろと立ち上がろうとしたサイクロプスに、再び銃弾を撃ち込む

 その瞬間サイクロプスの体が光り、銃弾を弾いてしまう

 

「おろ、予想が外れた…まあ、逃がさないんですけどね初見さん」

 

 立ち上がろうとしたが力が入らず、その場にうつ伏せで倒れるサイクロプス

 その巨体から少し離れた場所から、真っ正面にサイクロプスを捉える

 

「さあ!!フィナーレと参りましょうか!!」

 

 背中から、もしものときと思って準備していた新兵器を取り出す

 口径50ミリ、大型の専用弾を約3メートル飛ばす試作グレネード投射銃1号である

 装填されているのは、フラム鉱石と燃焼石の混合爆裂弾

 

「残念ながら、チェックメイトだ」

 

 引き金に指をかけ、躊躇なく引く

 そして轟音とともに、サイクロプスは止めをさされた

 

――――――――――――

 

「おえぇぇぇ…」

 

 バカみたいにテンション上げて戦うんじゃなかったぜ…

 

「燃焼系武器多用しすぎて、酸欠になるとは思わなんだ…」

 

 火炎手榴弾とグレネードランチャーのせいで、周辺の酸素濃度が急激に低下

密室で燃焼系武器を多用しない、ちぃ覚えた

 

「戦闘方針を変えるべきかもしれんなこれは…」

 

 少なくともオルクス大迷宮内での戦闘スタイルは、変更すべきかもしれない

 

「んでだ、この扉を開けるわけなんだが」

 

 絶命したサイクロプスからそれぞれの魔石を取り出す

 

「この2つの魔石をこうしてっと…」

 

 扉の窪みにそれぞれはめる

 すると魔石から赤黒い光が迸り、魔法陣へと魔力が供給される

 何かが割れる音と同時に、部屋全体が眩しく光り出す

 

「うをっまぶしっ」

 

 思わず右手で顔を覆う

 しばらくして目が慣れたので、目の前の扉を押す

 

 開け放たれた扉からの光と、技能の夜目のお陰で部屋の全貌が明らかとなる

 石造りの巨大な神殿のような構造、ギリシャ風の石柱が2本ずつ等間隔に部屋の中央まで並んでいた

 その中央には、巨大な立方体の石のようなものが置かれており、扉からの光で光沢を放っていた

 

「……」

 

 慎重に部屋の確認を行う、周りに魔物の類いはいないようだ

 そして中央に鎮座する立方体を観察して、違和感を感じる

 何か、何かが生えている

 生えているというのは適切ではないかもしれない

 どちらかというと、埋め込まれていると言った感じだ

 

 光源確保の為に扉の固定とランタンの準備をしようと思い、扉付近で錬成をしようとした

 

 その時であった

 

「……だれ?」

 

 か細い、よく聞かなければ聞き逃してしまいそうな小さな声が聞こえてきた

 振り返れば、立方体から生えている何かがゆらゆらと揺れていた

 それは、人であった

 肩から下と両腕を立方体に埋め込まれて、顔のみが出ている

 長い金髪が顔の前に垂れ下がっており、その隙間から深紅の瞳がこちらを覗いていた

 顔は痩せ細っていたが、見た感じ10代前半と言った顔立ちである

 

 ――大迷宮の奥底で、死と隣り合わせの地獄で

 俺は俺以外の言葉を話す生き物に出会ったのだった




一人は辛く、きっと悲しいものだから


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10:封印された姫君

時として人は、非合理的な決断をし、非論理的な行動に出るのだ


 とっさに試作銃を構える

 ゆっくりと後退して、扉をしっかりと固定する

 念のためにランタンと、超回復水を腰にぶら下げておく

 

「……」

 

 慎重に、慎重に前へと進む

 こんな地下深くに囚われている何物か

 見た目に騙されて実は、何て事にはなりたくない

 万が一には飛び退いて攻撃できる準備をしておく

 

 そんな風に対応され、恐らく見たこともないであろう武器を構えて近付いてくる俺に、目の前の生き物は掠れた声で必死に訴えてくる

 

「ま、待って!……お願い!……助けて……」

 

 双方の距離、約5メートルで停止する

 

「…お前は、なんだ」

 

 誰だ、とはあえて聞かない

 言葉を話しているからと言って、知能があるという査証にはならない

 魔物が人の言葉を真似して、迷い込んだ人間を捕食している可能性だって十分すぎるくらいあるのだ

 

「こんな地下深くで、何をしているんだ」

 

 知能があるのならば、何故ここにいるのかを答えられるだろう

 それも簡潔にではなく、詳細にである

 

「答えろ。場合によっては、撃つぞ」

 

 外見が少女だから、そんなものはなんの理由にもならない

 妙な動きを見せれば、この場で討伐することも考えるべきだろう

 

「……待って!けほっ…私……」

 

 咳き込みながら、なんとか言葉を紡ぐ生き物

 

「裏切られただけ!」

 

 ほぼ叫びと言ってもよい大声を出し、その言葉を言い切った

 

「…裏切られた?」

 

 想像していた答えとは若干違ったが、聞き慣れない言葉を聞き返す

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 小声で説明してくる生き物に対し、試作銃に構えている指に力が入る

 

 『吸血鬼』、生き物は確かにそう言った

 元の世界でも、有名な怪物

 人の血を啜り、処女・童貞を眷族にする

 姿形を変化させ、心臓を杭で打たなければ絶命しない

 そんな恐怖の怪物が、目の前にいる

 

「…っ」

 

 冷や汗がでる

 生き物の説明が正しければ、強力な力故に封印されたという

 ますます緊張が走る

 もしこれが罠であれば、自分は目の前の吸血鬼の餌食となるだろう

 そうでなくても、周囲にこいつの仲間がいないとも限らないのだ

 

 それでも襲いかかってこないのであれば、話の信憑性を確かめる必要がある

 

「どこかの王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せない…つまり死なないということか?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「(真祖の吸血鬼に似ている、というかそのまんまだな…)まあいい、そいつが原因で封印されたのか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

 魔力の直接操作

 その言葉を聞いた瞬間、脳に電流が走ったような衝撃を受ける

 

(こいつは、俺と同じ技能を持っているのか?)

 

 それが事実ならば、自分の持っている技能はかなり危ないものになる

 吸血鬼の中でも危険視されるのだ、これが人間の中になったら…

 

(迫害ですめばいいが…ははは…)

 

 最悪火炙りで処刑されかねない、そいつは真っ平ごめんだが

 

「……たすけて……」

 

 一人で思考の海に潜っていると、ポツリと生き物が懇願してくる

 

「…助ける利点が見当たらないな、解いた途端襲いかかってこない保証がない」

「ど、どうして……何でもする……だから……」

「そういう問題じゃない」

 

 少しずつ後退りながら、部屋からの脱出も視野に入れる

 

「俺とお前は初対面だ、俺はお前を知らない。ましてやそっちは吸血鬼、力の差が歴然なんだよ」

 

 強大な力を目にしたとき、大抵の人間は恐怖を覚えるものだ

 ここは2体のサイクロプスが門番として守っていた

 そこまでして封印を守りたいということは、解かれると厄介なことになるということではないだろうか

 もしここで封印を解いて、後悔するようなことは避けたかった

 

「なんの保証もない状態で、猛獣の檻を開ける趣味はない」

「そんな、こと…」

 

 ここから離れるべきだ、そう本能は言っている

 だが体は、ゆっくりとしか動かなかった

 何を戸惑っているんだ、全部目の前の生き物の作り話と割りきればいいだろ

 

「……」

 

 そうだ、ここで立ち止まる訳にはいかないんだ

 戻らなければ、この大迷宮の外に――

 

「…ぐすっ…ひぐっ…」

 

 ピタッと、足が止まる

 立方体に埋め込まれている生き物の下に、何かが滴り落ちている

 涙だ、生き物が涙を流している

 

「えぅ…うぅ…」

 

 ……

 

「何やってんだか…」

 

 構えていた銃をおろし、足早に立方体に近付く

 

「待ってろ」

「…えぅ?」

 

 近付いてきていた事にも気付いていなかったようで、泣きながら不思議な声を出す生き物

 

「ちょいとばっかり痺れるかもだが…我慢してろ、よ‼」

 

 立方体右手を置き、全力の錬成を行う

 魔物を捕食したことで、変色した濃紅な魔力が迸る

 

「くっそ…硬いな、こいつっ‼」

 

 全く通っていないわけではないが、かなり遅い速度で錬成は進んでいた

 

「大人しく…しろ‼」

 

 体内の魔力全てを注ぎ込む感覚で、俺は錬成を更に加速させる

 溢れ出した魔力光で部屋全体が紅く染まっていく

 

 少しずつ、立方体が震え始める

 そして全ての魔力を文字どおり注ぎ込んだとき

 

 立方体はドロリと融解し始めた

 

 そのお陰で、埋め込まれていた生き物は解き放たれる

 一糸纏わぬ姿で、ペタンと床に座り込む

 

 俺はと言えば、全部の魔力を完全に注いでしまったものだから肩で息をしながら倦怠感を嫌と言うほど味わっていた

 

「だぁークソ、無茶しすぎた…」

 

 腰にぶら下げていた超回復水を取ろうと腕を動かすと、その手を捕まれる

 

「……」

 

 視線を動かすと、手を握りながらこちらをじっと無表情で見てくる吸血鬼がいた

 

「……ありがとう」

 

 光の灯った瞳をして、吸血鬼は感謝の言葉を口にした

 

「…ははは、どういたしまして」

 

 苦笑いしながら、感謝の返答をする

 全く、自分でも思うがホントお人好しだよ

 

「とりあえず回復するか…」

 

 握られていた手を振りほどかずそのまま超回復水の入った小瓶を取り出す

 

「あとでお前さんも飲んどけよ、かなり効くからな」

「…うん」

 

 腕を離さずに返事をする吸血鬼、そういえば名前聞いてないな

 飲んだら聞いてみよう、そう思って一気に飲み干し――

 

「あの…名前、なに?」

 

 先に吸血鬼が聞いてきたが、一つ問題が発生した

 

「…すまないがそれは後回しだ、お嬢さん」

「え…?」

 

 右腕でひょいっと少女を抱えると、入り口に向けて縮地を使う

 

「――お客様だ」

 

 今まで2人がいた場所に、何かが降ってきた

 

――――――――――――

 

 それは、サソリのような魔物だった

 体長約5メートル、4本の上肢には鋭いハサミが備わっていた

 下肢の8本足をがさごそと動かし、2本の尻尾はこれまた鋭い針がついていた

 

「最後の仕掛けがこいつって訳かよ」

 

 こちらを完全に標的として認識しているサソリを見ながら、試作銃に弾倉を入れる

 次いでにグレネード投射銃にも再装填し、いつでも撃てる状態にしておく

 

「悪いけども、抱えている余裕がない。落っこちないようにしがみついてろよ」

「…うん」

 

 少女を背中に回して、臨戦態勢は整った

 それはどうやら相手も同じようで、2本ある尻尾の内1本から、紫色の液体を噴出させた

 咄嗟に飛び退き、それを避ける

 着弾した液体は床を溶かしていた

 強力な溶解液のようだ、浴びたら一堪りもない

 

「先手はくれてやったんだ、ありがたく頂戴しろよ‼」

 

 一気に引き金を引く、狙いは頭部――ではなく尻尾である

 流石に針にドンピシャとはいかなかったが、針の付け根付近の関節に当たる

 弾丸はそのまま付け根にめり込み、内部で破裂した

 

「…なんだか最近射撃のスキルが上がっている感じがするなぁ…」

 

 ド素人でも、積み重ねていけばできないことはないのだ

 

「キシャァァァァア!!!」

 

 激しい叫びを上げるサソリ、その直後弾丸が当たった針がぼろりと落ちる

 

「おっほう、毒性弾の威力は上々だな」

 

 落ちた針が紫色の煙をあげながら落ちてくる

 虹色ガエルの痰を弾頭に入れて、命中後炸裂するように仕込んだ『毒性弾』である

 燃焼石を仕込んだお陰で近接信管擬きを作ることに成功、狙ったところに毒を撒き散らしてくれるという寸法だ

 

 なお今の一発で打ち止めの模様

 

「作るのがくっそ面倒臭いんだよなぁ…」

 

 下手をすると燃焼石と毒性の痰が反応して破裂、自分に降りかかってくるという大惨事になりかねないのだ

 おまけに近接信管がまだ研究段階のため、3発に1発は不発弾ができる有り様

 こいつ一発作る間に、6発弾倉が2つほど作れると言えばどれ程の難易度か分かるだろう

 

「だがまあ、片方の尻尾は潰した」

 

 右足に固定していた試作グレネード投射銃1号を構えて、サソリに向ける

 

「行ってこい‼」

 

 撃ち出された50ミリグレネード弾はサソリの頭部付近に着弾、大爆発を引き起こした

 

「…配合変えただけでこの威力、こいつはやべぇよ…」

 

 燃焼石とフラム鉱石配合なのだが、燃焼石の比率を多めにして均等ではなく玉を作る感じで配合すると、フラム鉱石燃焼時の熱がそのまま燃焼石に伝わり連鎖的大爆発を起こすのだ

 当然製作に時間がかかり、毒性弾ほどではないが生産性が悪い

 実際あと2発しか無いのである

 それほどの威力を持った弾頭を撃ち込んで――

 

「…おおう流石にこいつは想定外だぜ」

 

 ほぼ無傷のサソリがそこにいた

 

「ハサミの一本でもと思ったんだが、ヤバイなこれは…」

 

 顔付近なら比較的装甲も薄いだろうが、ハサミでガードされてしまう

 だったらハサミをと思って撃ち込んだのだが、若干焦げた程度で効果がなかった

 

(どうする?あの異常な装甲を剥がさないことにはダメージが通らない、かといって頭付近はハサミで守られている)

 

 空中に足場を出しながら、思考を続ける

 

(どこかに、装甲の薄い場所はないか?どこでもいい、どこでも…ん?)

 

 ふと、頭のなかに何かがよぎる

 

(待てよ、もしかしたら…そうか、その手があったか)

 

 ある作戦を考え付くと、サソリに動きがでる

 

「キィィィィィイイ!!」

 

 甲高い雄叫びを上げ、それに応呼して地面が波打ち始める

 

(一か八かだ‼)

 

 右足に戻したグレネード投射銃に次弾を装填し、込め矢と呼ばれる長い棒で押し込める

 装填が終了すると、波打っていた地面から円錐状の針が無数に突き出し始める

 

「…なあお嬢さん」

「…何?」

 

 後ろで必死にしがみついている少女に話しかける

 

「ちょいと乱暴するが、勘弁してくれよ‼」

「――え」

 

 右手を器用に背中に回し、捕まっていた少女を入り口付近まで投げ飛ばす

 その直後無数の針が襲いかかってきた

 

「んなもん‼」

 

 空中に足場を出しながら、回避を続ける

 するとサソリが残った尻尾をこちらに向けていた

 

(両方の回避は不可能…だったら‼)

 

 できる限り体を小さくして、魔力でもって筋肉の強化を行う

 そして空中の足場を思いきり蹴り、散弾のように飛んでくる針と、溶解液を避けた

 次の瞬間、体中に針が突き刺さる

 

「――カハッ」

 

 貫通こそ免れたが、10数本の針が体に刺さっている

 痛みをこらえながら、再び空中に足場を作り

 腰の紐を思いっきり引っ張った

 

「プレゼントだ、受け取れ‼」

 

 ボロボロと3つの手榴弾が転げ落ちてくる

 そいつをまとめてサソリの左足下に蹴り飛ばす

 

「こいつもつけてやる」

 

 痛みに悲鳴を上げる体を動かし、グレネード投射銃を手榴弾が転がっていくところ目掛けて撃ち込む

 

 タイミングは、バッチリだった

 

 轟音と共にサソリの左足元で大爆発が起こり、凄まじい衝撃がサソリを襲う

 そしてサソリは、体を浮かせて腹を上にした状態でひっくり返った

 

「――ドンピシャ、だ」

 

 左腕でグレネード投射銃を支えて、最後のグレネード弾を装填する

 あまりの威力に、サソリは未だもがいているところだった

 

「――なっさけない格好だな、まあ俺がそうしたんだが」

 

 装填が完了したグレネード投射銃を構え直し

 薄いピンク色をした腹部目掛けて撃ち込んだ

 

「これで…本当の打ち止めだ…‼」

 

 ドシャっと地面に叩き付けられる

 と同時に大爆発が起こる

 

 最高火力を叩き込んだ結果は――

 

「…最低ライン合格ってか」

 

 もうもうと煙を吐く腹部を下にして、ふらふらとした足取りで、サソリは立っていた

 神鉱石の欠片を一つ口に含み、痛みが引いている間に針を抜く

 

「完璧な回復は見込めないなこいつは…」

 

 流石に傷が深かったようで、針を抜いた箇所を修復するのが精一杯なようだ

 

「しかも、今しがた叩き込んだのが最大火力だ。ここからはチマチマと削っていくしかないのか?」

 

 グレネード弾は使いきった、残るは火炎手榴弾2発とスタングレネード、そして試作銃の通常弾丸

 それだけでは正直、圧倒できる火力とは言い難かった

 

「…上等だクソサソリ、やってやろうじゃねーか‼」

 

――――――――――――

 

 目の前の信じられない戦いを、私はただ呆然と見ることしか出来なかった

 

「いってぇなクソ野郎‼」

 

 左の脇腹に突き刺さったサソリの針を無理矢理引き抜きながら、私の封印を解いてくれたその人は戦い続けた

 針を抜いた瞬間血飛沫が飛ぶが、それも一瞬の事

 すぐに傷口が塞がり、出血が止まる

 

 まるで私みたい、そう思ったのは一瞬だけだった

 抜く前に何かを口に含んで、それを噛み砕いて回復していたのに気が付いたのだ

 かなり無茶な戦い、見ていてそう感じた

 

「ぐっ…ぎっ…こんの…」

 

 同時に3本突き刺さっても悲鳴もあげずに、持っている細い筒のような武器を使って応戦する

 

 …やめて

 

「馬鹿の1つ覚えみたいに張り飛ばしやがって‼…っておい針を増やすんじゃねぇ‼」

 

 …そんなになるまで

 

「装甲に傷1つ入らねぇなんて、ふざけたことしやがってよぉ‼」

 

 …そんなにボロボロになるまで

 

「火炎手榴弾ぶちこんでも、大したダメージにならねぇか…クソ、万事休すだなこいつは」

 

 …そんな戦いを、続けないで

 

「…駄目、やめて…」

 

 思わず口にする言葉、彼に届いてほしいなんて思ってもみなかったのに

 

「なん、か、言った、かい、お嬢さん‼」

 

 飛んでくる針を避けながら首を少し後ろに向き、目線だけこちらを見ながら彼は返事をして来た

 

「どうして?どうして逃げないの?私をおいて逃げれば、あなたは助かるのに…」

 

 理解できなかった

 私が声を掛けたとき、警戒心を露にしていた

 そんな姿を見て、ここから私は出られないんだ

 そう思ってしまい、久しく流さなかった涙を流してしまった

 

 それなのに

 目の前の人は、私をあの封印から解いてくれた

 今も、私を傷付けないように戦っている

 

「……」

「どうして、なの?」

 

 300年間一人ぼっちだった私は、初対面の吸血鬼に何故そこまでするのか聞かずにはいられなかった

 

「――はんっ、何を聞いてくるかと思えばそんなことかい」

 

 筒の横に何かを差し込みながら、彼は鼻で私の質問を笑った

 

「そんなの、格好悪いからに決まってんだろうが‼」

 

 ……えっ?

 

「女の子一人置いて逃げろって?んなこと出来るわけがねえんだよ‼そんなことするくらいだったら自分の頭をこいつで撃ち抜いてやるぜ‼」

 

 …思考が、追い付かない

 私をどうこうしたいとか、目の前の魔物を倒したいとかではなく

 ただ、格好悪いから…?

 

「それに、一度は手を差し伸べたんだ――」

 

 腰に係っている小さな筒についている紐を引っ張る 

 それが床に落ちて、筒を魔物の方へと蹴り飛ばす

 

「――守ってやるのが、男ってもんさ」

 

 ――すとん、と

 何かが心のなかに落ち込んだ

 昔、ここに閉じ込められてしまったときに

 なくしてしまった何かが

 

 いつの間にか目の前まで来ていた彼に庇われて

 その影から目映い閃光が溢れるのを見ながら

 私は、彼に目を奪われてしまった

 

――――――――――――

 

 スタングレネードで足止めして、仕切り直し中でございます

 駄目だ、あれはアカンやつやって

 

 しかしこのままいけばじり貧なのは自分がよーくわかっているので、ない頭回して必死に考える

 最悪後ろにいるお嬢さんだけでも逃げられるように――

 

「…ごめん」

 

 小さく後ろから聞こえてきた、今しがた思っていた少女の声

 

 その直後後ろから抱きつかれた

 

「おぉう?!」

 

 突然のことに混乱する俺

 なに、やっぱり罠だった的なあれですか?

 

「…信じて」

 

 そう言った直後

 首筋に痛みが走る

 

「ぃっ…‼」

 

 噛み付かれた

 そう瞬時に理解できたのは、背中にいるのが吸血鬼だったと覚えていたからだろうか

 

 体から力が抜けていく感覚

 長時間走っていて少しずつ疲労が溜まるあの感じ

 このタイミングでの吸血行為

 

 ――最悪の最後が、一瞬頭に過る

 

 腰に巻き付けている手榴弾の内1つの紐を掴む

 引っ張った紐を勢いのまま捨て、足元に落ちた手榴弾を――

 

 

 

 

 

 ――スタン状態から回復しそうだったサソリ目掛けて蹴り飛ばした

 

「もうちょっとだけ大人しくしてろクソサソリ」

 

 着弾すると轟々と摂氏3000度の炎が燃え上がる

 体勢を立て直す暇もなく、サソリは業火に身を焼いた

 

「レディファーストってな」

 

 吸血されている状態を優先されたって微妙な感じがするけれども

 

「……ごちそうさま」

 

 熱に浮かされたような表情をして、少女の吸血は終わった

 歳不相応な表情をしてうっとりといった感じである

 

「お粗末様でした」

 

 とりあえず返事をして返すと、少女はおもむろに背中から降りる

 そのまま片手をサソリに向ける

 

 直後、彼女から吹き出る威圧感

 これは、魔力、か

 

「なんちゅう膨大な…」

 

 ド素人の俺でさえ感じ取れるほど大量の魔力

 黄金色の閃光が暗闇を照らす

 そんな見とれるような状況の中、彼女の声が透き通る

 

「“蒼天”」

 

 ――上空に現れたのは巨大な青白い炎球

 膨大な魔力によって産み出されたそれは、これまで見てきたどの魔法よりも美しく感じられた

 

 この距離でも伝わってくる熱気、真下にいるサソリはこれ以上に熱いに違いない

 実際あの炎球から逃れようとしている

 もう、手遅れではあったが

 

 少女が指揮棒のように振り上げると、上空の炎球は真っ直ぐサソリを追跡し

 その背中に着弾した

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 サソリの凄まじい悲鳴、視界を覆う青く白い閃光

 右腕でそれを庇いつつ、出来るだけ小さくサソリを見る

 

 背中の外殻は赤熱化し、頑丈を誇った表面をドロリと融解させていた

 僅かに出来た隙、それを確認して――

 

「――完璧だお嬢さん‼」

 

 試作銃を構えて、一気に走り出す

 後ろでお嬢さんが座り込む音が聞こえたが、それに構っている暇はない

 

「これで最後だサソリ‼」

 

 空力で足場を作り、ある程度の高さまで駆け上がる

 

「表面は頑丈でも、中身まではできないって相場は決まってんだよ‼」

 

 右足裏に火炎手榴弾をくくりつけ、ラ○ダーキックの要領で真下に急降下する

 いまだに融解しているサソリの背中に着地

 勢い余って足の土踏まずが灼熱の背中に触れてしまうが、お構いなしである

 グリグリと念を入れて手榴弾を埋め込む

 そして足を引き抜き、再び空力を使ってサソリの後ろに着地する

 

 ようやく落ち着いたところになにかを埋め込まれたサソリは、その元凶である俺の方を向こうとして――

 

 ――体の節々から炎を上げた

 

「サソリの姿焼きなんてゲテモノ食べたくはないんだがなぁ…」

 

 そう言ってもがき苦しみながら、少しずつ動きが弱々しくなっていくサソリを眺めていた

 あれほど苦戦したサソリが、内側から自身を燃やす炎にその身を灰に変えていく

 

「大苦戦だったよちくしょう…」

 

 僅かに動いていたハサミも止まり、その巨体を地面へとおろし

 ついにサソリは息絶えた

 

 そんなサソリを横目に通りすぎ、入り口方向で座って肩で息をしている少女に近付く

 

「大丈夫か」

「ん…最上級に疲れた…」

「色々と無茶しやがってこいつぅ」

 

 ツンツンと頬をつっついてみれば、くすぐったそうにしながらもどこか嬉しそうな表情をする

 

「…名前」

「ん?」

「あなたの、名前…」

 

 そう言えば言う前にサソリと戦闘に入ったんだったな

 

「…ハジメだ、南雲ハジメ」

「ハジメ…うん、覚えた」

 

 はっはっは、可愛いやつめ

 覚えたっていいことはないぞきっと

 

「あ、そう言うお嬢さんのお名前はなんじゃい?」

「……」

 

 そう聞くと少女は少しの間考え込み

 

「名前…付けて欲しい…」

 

 …えぇ、流石にその返答は想定外でしたわ

 

「付けるって俺がですかい?」

「うん…付けて…?」

 

 くっなんで上目遣いしてくるんだ、俺がそれに弱いの知ってんのか

 

 とは言ったものの、どうしたものか

 いきなり自分の名前を付けてくれなんて頼まれても残念なものしか考え付かないぞ

 

 あーどうしたものか、金髪に紅眼とか組み合わせにくい特徴だし

 …金と紅、かぁ

 うーーーん…

 紅、赤より濃いあれか

 目立つ紅色、紅色、紅色…

 紅い月、とか

 

 吸血鬼っつうとやっぱし月だよね

 金髪も見方によっては月色してるし

 でもただ月って付けるわけにもいかないなぁ… 

 うーん月、月、月…

 女の子っぽい名前…

 …あ、閃いた

 

「…ユエ、月って意味のユエはどうだ?」

「ユエ…?」

「ああ」

 

 中国語で月を意味する『ユエ』を提案してみる

 

「…ん、分かった。今日から私はユエ」

「そーかそーか、気に入ってくれたか」

「とっても気に入った…ありがとう――」

 

 微かに笑いながら、少女改めユエはこちらを向く

 可愛いなぁ、こんな地底深くで癒しに――

 

「――御父様」

 

 ………

 ……

 …

 …はい?

 

 体感10分位フリーズした

 だが実際には5秒もフリーズしていなかったようだ

 いやー安心、いきなり無反応になるとかちょっとした恐怖だよははははは

 

 違う、そうじゃない

 

「…今『御父様』って言った?」

「(こくこく)」

「…誰が?」

「ハジメが」

「…誰の?」

「私の、ユエの」

「…何故?」

「…ふふ」

 

 最後笑って誤魔化された、どういうことなの…

 

「これからよろしくお願いします…御父様」

 

 ――拝啓お父様お母様

 若干17歳、あなた方の息子に

 娘が、できました




(高校生で?父親?初対面の吸血鬼さんの?頭が沸騰しそうだぜ)

(懐かしい気持ち…御父様…)


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side:C 悪夢から覚めて

閑話休題的なお話


 ふっと気が付くと目に入ってきたのは天蓋の裏だった

 首を横にすれば、部屋の掃除をしているらしいメイドさんが見える

 

「…あ、気が付かれましたか?」

 

 寝具の擦れる音で私が起きた事に気が付いた様だった

 

「ここは…」

「ハイリヒ王国王都ですよ、シラサキ様はオルクス大迷宮で気を失われて…」

 

 オルクス、大迷宮…?

 

「…何日ですか」

「はい?」

 

 ベッドから飛び出してメイドさんに詰め寄る

 

「あれから!!一体何日経ってるんですか?!!」

「え、あの…」

 

 そうだ

 そうだ

 全部思い出した

 大迷宮へ行って

 とても強いモンスターに襲われて

 南雲くんに助けられて

 それで

 それで

 それで…

 

「み、皆さまがお戻りになられたのは、5日前のお昼すぎですが…」

 

 5日…?

 5日も気を失って寝ていたの…?

 

「みんなは?!みんなはどうしてるの?!」

「皆さまはお戻りになられてから王城の方で待機されておりますが…」

 

 待機?待機って何?

 何でみんないるの?どうしてだれも助けに行ってないの?

 

「っ!!」

 

 部屋の棚の上に置いてある鞄と服と掴み取り、あの夜もらった大切な約束を首から下げる

 その姿にメイドさんはおろおろしっぱなしだが、それにかまっている暇がない

 服に袖を通し、鞄にありったけの回復薬と栄養薬を詰め込んで、私は部屋から飛び出した

 

――――――――――――

 

「シラサキ様お待ちください!!勇者さま方には待機して頂くように――」

「時間がないの!!邪魔しないで!!」

 

 廊下いっぱいに広がる様な喧騒をさせながら、私は一階へと急いだ

 あれから5日、そんな長い時間を無為に過ごした自分を恨む

 

 どうしてもっと早く起きなかったのか

 どうして気絶してしまったのか

 どうしてあの時、南雲くんの所へ行かなかったのか

 

 早く、早くしないと

 南雲くんが

 私の大切な人が

 

「香織が意識を取り戻したって?!」

「はい!!ですが様子がおかしくて…」

 

 耳に入ってくる言葉にかけらすらも耳を傾けず、ひたすら階段へと向かう

 

「香織!!起きたんだ――」

「ごめん!!どいて!!」

 

 廊下の角から出てきたクラスの友達を押しのける

 その行為に驚いて声を出すが、それにも目をくれず先を急ぐ

 

「香織!!」

 

 ひと際大きな声で、光輝君が現れる

 

「善かった、目が覚めたんだね。どこか痛む所は…どうしたんだいその恰好は?」

 

 身体を気遣った声掛けと、私の服装への疑問を口にする

 

「オルクス大迷宮に、行ってくる」

 

 少し息を整えながら手短に用件を伝え、光輝君の脇を抜けて行こうとする

 

「ま、待って!!何のためにだい?!」

「…何のため?」

 

 オルクス大迷宮へ行く理由なんて、一つしかないよ?

 どうして改めて聞いてきたりするの?

 

「あれからもう5日も経ってるんだよ?早く、早く行かないと」

「だからどうして」

「ハジメくんが!!取り残されたままなんだよ!?」

 

 何で察してくれないの

 何でここまで言わないとわかってくれないの

 何で、そんな意外そうな顔をするの

 

「香織、良く聞いてくれ。南雲はあの時の爆発で死んだんだ、行っても見つからないよ」

「……」

 

 普段通りの優しい口調で諭す彼は、きっと私を案じてこう言っているんだろう

 

「キミはとても優しいから南雲の事を心配しているんだろうけど、大丈夫。2度とあんな目に合せたりしないさ、僕たちが付いているからね」

 

 …何、それ

 ハジメくんの代わりなんて誰でもいいの?

 ハジメくんのことなんてどうでもいいの?

 

「南雲は、自業自得の面も大きかったんだ。日頃からきちんと訓練していればあんなことには――」

 

 その瞬間

 その言葉が発せられた瞬間

 私の中の何かが

 切れてしまった

 

「--あなたに!!!!」

 

 気が付けば、光輝君に掴みかかって激昂していた

 周りからは驚愕の声が上がる

 

「ハジメくんの!!何がわかるの!!愚痴をこぼしながら!!錬成師の事必死に調べて!!どうすれば役に立てるか考えて!!みんなと、みんなと一緒に頑張ろうとしたハジメくんの、なにがわかるの…?」

 

 呆然とした表情で何も言わない光輝君の胸元から手を放す

 

「私は、行くよ。オルクス大迷宮に、1人でも。ハジメくんを探してくる」

「無茶だ――」

「無茶でもいく!!ハジメくんはそんな無茶の中に取り残されてるの!!もう時間がないの!!」

 

 行方不明になってから5日、食料がなく水のみで生活している場合の生存最低ラインだ

 水が無ければ、もう助かる可能性は低い

 

「助けに行かなきゃ、待ってるかもしれないんだよ?救助を、あの深い穴の底で」

 

 奈落の底に繋がっている様な深い穴

 そのどこかにいるかもしれない

 どこかで救助を、私達を待っているのかもしれない

 行かなきゃ

 行って助けなきゃ――

 

「――香織」

 

 透き通るような聞きなれた声で、私の名前を呼ぶ

 部屋の中から出てきた、雫ちゃんは目を細めて私を見ていた

 

「何をしているの」

「…聞いたとおりだよ、雫ちゃん」

「一人で、大迷宮に行くって話?」

「そうだよ」

 

 それを聞くと小さく、本当に小さくため息をつき

 

「やめなさい、それは不可能よ」

 

 言い切った

 

「…不可能?何が?何が駄目なの?」

「王国は正式に南雲くんの死亡を布告したわ、もう彼を探す事はできないのよ」

「何で?!どうして?!」

「あなたは、勇者のチームメイトだからよ」

「関係ないよそんな事!!」

「大有りなのよ」

 

 言っている意味が分からない

 行方不明なんだよ?5日でどうして死んだって断定するの?

 何で私が探しに行っちゃダメなの?

 

「私たちは世界を救うためにここにいるの。多くの人を救うために。だから、単独行動は認められないわ」

「そんなの勝手だよ!!だったらどうして誰もハジメくんの事探していないの?!」

「…彼のステータスが、低いからよ。香織」

 

 苦い表情でそう告げる雫ちゃん

 

「なに、それ。そんな、そんなおかしな話があるの?クラスメイトなんだよ?みんなの仲間なんだよ?」

 

 周りを見渡しても、誰も賛同してくれない

 だれも助けに行こうとしない

 こんなの

 こんなのおかしいよ

 

「――私だけでもいく」

「香織」

「ハジメくんは、絶対生きてる。助けを待ってるんだよ」

「香織」

「早く、早く見つけないと、死んじゃうんだよ?」

「香織」

「みんな、みんなはどうしてそんな――」

 

 そこまで言いかかって

 喉の所まで上がってきて

 パシンと乾いた音が響く

 左頬に痛みを感じて

 正面を見れば

 怒った表情で私を見ている

 雫ちゃんがいた

 

「いい加減にしなさい香織!!あなた一人が助けに行ったところで、二次遭難を引き起こすだけよ!!あの崩れた橋の所まで行ける可能性さえほぼないのよ!!」

「ゼロじゃない!!ゼロじゃないんだよ!!ハジメくんはあの下にいるんだよ!!それなのにみんなはじめくんのことどうでもいいって考えて!!」

 

 頭の中がぐしゃぐしゃになってしまう

 どうしてこんな気持ちになっているんだろう

 私は、何で雫ちゃんと喧嘩してるんだろう

 

「雫ちゃんはどうでもいいの?!ハジメくんの事が!!大事な友達の事が!!」

 

 そう叫んだ瞬間

 私は壁に叩きつけられた

 息を荒くして、私の胸元をつかんだ雫ちゃんは

 目を真っ赤にして、泣きそうな表情をしていた

 

「――私は!!彼を!!南雲君を!!大切な友達だと!!親友だと思っているの!!」

「だったらっ」

 

 何で、そう聞こうとしたのに

 

「あなたとっ!!」

 

 次に紡がれた言葉でそれは遮られた

 

「あなたと…同じくらいに…」

 

 限界までためていた涙が雫ちゃんの眼から零れ落ちる

 ぽろぽろ落ちて行く涙

 感情そのものをこぼしてしまったかのような

 透き通った涙だった

 

「もしこのままあなたを行かせてしまえば、きっとあなたは帰って来ない。頭も心もそれでいっぱいなの。考える事考える事が悪い方へと行ってしまうの」

 

 ポツポツと話される言葉

 そんなはずない

 考え過ぎだ

 そういうには

 重すぎる話

 

「南雲君に続いて、あなたまで失ってしまったら、私はどうすればいいの?親友二人を同時に失ってしまった私は、どうすればいいの?」

 

 

 

 

「お願い お願いよ香織 行かないで 行かないでちょうだい」

 

「私のわがままで あなたを縛りたくない でも でもそんなの耐えられないの」

 

「ごめんね ごめんね香織 わがまま言ってごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

「ずるいよ ずるいよ雫ちゃん」

 

「そんな風に言われたら そんな風に謝られたら」

 

「私 行けなくなっちゃうよ」 

 

「やっと やっと伝えられると思ったのに」

 

「大好きなハジメくんに 大好きな気持ち 伝えられると思ったのに」

 

「やっと好きって…言えると思ったのに…」

 

「嫌いって言ってよ…勝手にしてっていってよ…」

 

「私…私…ハジメくんに会えなくなっちゃうよ…」

 

「うぅ…うぅぅぅぅぁぁぁぁああああああああ…」

 

 こんなに思ってくれる親友が

 こんなに私を傷つけている

 

 こんなにも辛い思いが

 こんなにも暖かく感じられるなんて

 

 知りたくなかったよ

 知らずにいたかったよ

 

 

「ごめんなさい…こんな、こんな卑怯なことしか言えなくて、ごめんなさい…‼」

 

 謝らないで

 謝らないでよ 雫ちゃん

 雫ちゃんはなにも悪くないんだよ

 なにも…

 

 どうして

 どうしてなの

 

 あなたに会いたいのに

 あなたと話がしたいのに

 

 もう

 できないなんて嫌だよ

 

 …ハジメくん

 

――――――――――

 

 香織が目を覚ましたその日の夜、私は自室で今後の方針を練っていた

 訓練についてはあの日から一週間の禁止令が出たお陰もあってか、ほとんどのクラスメイトが調子を取り戻していた

 ただ一人、香織を除いて――

 

 トントン、と部屋のドアがノックされる

 

「…シズシズ、今大丈夫?」

 

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、クラスメイトの谷口鈴の声だった

 

「…ええ、大丈夫よ」

 

 そう答えるとスッとドアが開く

 

「お邪魔するね」

「お、お邪魔します…」

 

 後ろから別の声が聞こえ、見ると同じくクラスメイトの中村恵里がいた

 

「どうしたの、こんな遅くに?何か聞きたいことがあるのかしら?」

「――ねぇシズシズ、もう見ているこっちが辛いよ」

「……」

 

 普段の元気の良さは何処へやら、私を心配したような声で話をしてくる

 

「突然なんのことか…」

「誤魔化さないでよ、あの日からシズシズちゃんと寝ていないんでしょ?目の下の隈が酷いもん」

「…単純に疲れているだけよ」

「なんでそんな嘘つくの?シズシズらしくないよ」

 

 ちらりと鈴を見ると、少し怒ったような表情でこちらを見ていた

 

「私らしくないなんて、おかしな事言うわね鈴」

「おかしくなんかないよ、おかしいのはシズシズの方だよ」

「私が疲れていることが、そんなにおかしいかしら?」

「今日の事だって、カオリンに掴みかかるなんてシズシズらしくない」

「親友が危ないことしようとしていたら止める、なにも間違っていないわ」

「だからって、通路の真ん中でしなくても――」

「場所は、関係ないでしょう?」

 

 何時にも増して食いついてくる鈴、私に嫌みを言うために来たわけでもないだろうに

 

「もういいかしら?二日後からの予定を立てないと」

「…立ててどうするのさ」

「決まっているでしょう?迷宮攻略含めて、魔人族との戦いに――」

「南雲君を、探しにいかなくていいの?」

 

 ピタリ、と

 書き走っていた羽ペンが止まる

 

「…その件はもう終わったことよ、鈴」

「本気で言ってるのシズシズ?」

「これ以上、どうにかできるものでもないわ」

「南雲君が死んだって、本気でシズシズ思ってるの?!」

「……」

 

 突然の大声に、後ろにいた恵里がビクリとする

 

「…静かにしてちょうだい鈴」

「シズシズだって、カオリンと同じなんでしょ?!南雲君今すぐ探しにいきたいんでしょ?!」

「…静かにして」

「なんで諦めてるの?!いつものシズシズだったらそんなことしないのに?!どうして諦めちゃうの?!」

 

 その一言に、私は反応してしまった

 机の上に置いてあったありとあらゆるものを腕で吹き飛ばす

 壁にぶつかったり、床にばらまかれたり

 一瞬で部屋は乱雑になった

 

「……」

「あ…えっと…」

 

 黙って私を見る鈴と、動揺を隠しきれない恵里

 

「…静かにしてって、いってるでしょう」

「しないよ、シズシズがおかしいんだから」

「……」

「本当は行きたいのに、助けに行きたいのに、なんで本心を隠しちゃうの?なんでカオリンの前ではさらけ出すの?」

「……」

「隠しても、どうにもならないんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ…どうすればいいのよ…?

 私がわがままを言って、迷宮の奥深くまで行って…

 また、誰かがいなくなって…

 それが香織だったら?それが光輝だったら?

 それが誰であっても…

 私、壊れない自信がないよ…

 南雲君が、いなくなって…

 また誰かがいなくなるなんて…

 そんなの私、耐えられない…」

 

「怖いの

 怖いのよ

 南雲君がいないだけで

 どうしてこんなに怖いの?

 他のクラスメイトだったら違ったの?

 そんな考えをする

 自分が怖いの

 もう、いやなの…」

 

 南雲君だから

 こんなに辛い思いをするの?

 南雲君だから

 私はこんなに苦しいの?

 

 …本当は、前から分かっていたことだったのに

 香織のためになんて言い訳をして

 彼に上から物を言って

 

 逃げてるのはどっちよ

 いなくなって初めて認めるなんて

 私は、ズルい人間だ

 

「シズシズ…」

「雫ちゃん…」

 

 

「私は…悪い女よ…」

 

 

 自覚したくない、もう一人の自分

 でも、これが私の本性だったんだ

 

 もう、会えないかもしれない

 大好きな人に、その気持ちを伝えることすら出来ずに

 私はまた、後悔してしまった

 

 南雲君…

 

――――――――――――

 

「……」

 

 少し開かれた扉の向こうから、幼馴染みの独白を聞く

 

「…そういう、ことか」

 

 ずっと一緒だったから、これからも一緒だと思っていた

 香織も雫も、ずっと一緒にいられると

 何処かで思い込んでいた

 それが今日、どちらも間違っていたことを実感した

 

 "やっと好きって…言えると思ったのに…"

 

 "南雲君がいないだけで どうしてこんなに怖いの?"

 

 幼馴染み二人の口から出た、あの言葉

 涙ながらに言った香織と、弱々しい様子で打ち明けた雫

 そのどちらも、一人の人間に向けられたものだった

 

 "お前の事一生恨んでやるからなこの正義馬鹿‼"

 

「正義馬鹿、か」

 

 自分の身を省みず、クラス全員を救った彼に言われたあの言葉

 何が勇者だ、一人で突っ込んで返り討ちにあって

 みんなを危険にさらしただけじゃないか

 彼とは、雲泥の差だ

 

「ほんと、嫌になるよ」

 

 自覚したくはなかったことだった

 無条件で正義を信じて、自分の行いは全部正義だと思っていた

 

 その結果がこれだ

 本当の英雄は、もういない

 

「…いや、違う」

 

 彼は、南雲ハジメはまだ生きている可能性がある

 だが、今の自分達では救いにいくことはできない

 

 けれども、もしかしたら

 もしかしたらあの迷宮から脱出したり、地底で生きる環境を見つけているかもしれない

 

「探しだせる可能性がある、それだけで十分だ」

 

 それなら、探しにいこう

 本当の英雄を

 この手で

 自分は、勇者だから

 

 いや、それは関係ない

 本当の正義は

 一人では作れないものなのだから

 

――――――――――――

 

 翌日、私は香織の部屋に来ていた

 明日からの訓練再開、それを伝えるためだ

 

「…ダメね、本当に」

 

 気付いてしまった気持ちを押し殺し、部屋の扉を叩く

 

「香織?私だけど、今大丈夫?」

 

 

「あ、雫ちゃん。うん、大丈夫だよ」

 

 いつも通りの声が中から返ってくる

 入室の許可をもらい、中へと入る

 

「香織、明日の事なんだけど…香織?」

 

 中に入って、違和感に気付く

 備え付けの机の上には、回復薬の小瓶

 椅子から下がっている鞄からは、護身用の短剣が覗いていて

 部屋の主、香織は何故か着替えの途中だった

 

「あ、ごめんね雫ちゃん。もうすぐで着替え終わるから」

「…何をしているの香織?」

「え?これから訓練でしょ?だから準備してるんだけど」

「訓練解禁は明日からよ」

「…ふぇ?」

 

 私の言葉に気の抜けた返事が返ってくる

 

「あ、あれ?今日じゃ、ない感じ?」

「そうね、そんな感じよ」

「……」

「……」

 

 お互いに見つめ合って

 

「…ふふっ」

 

 堪えきれずに笑ってしまう

 

「あー‼雫ちゃん酷い‼ちょっと勘違いしただけだもん‼」

「ふふっ、ごめんなさいね。とっても香織らしくて」

 

 一日間違うなんて、香織らしい間違いだった

 

「もう‼一念発起して頑張ろうって思ってたのにぃ…」

 

 笑われたことと間違っていたことで色々恥ずかしくなってしまったようで、いそいそと元の普段着に着替える香織

 

 悩んでいたことが、何だか吹き飛んでしまいそうだ

 

「…あら?香織」

「うん?どうしたの雫ちゃん?」

「そのネックレス…あなたの?」

 

 普段着の上から、四つ葉のクローバーのネックレスを付けているのに気が付き、聞いてみる

 

「これ?これはね、約束なの」

「約束?」

「…ハジメ君との、ね」

 

 その言葉に、頭をトンカチで叩かれたような衝撃が走る

 

「あの日の前日にね、私ハジメ君を訪ねたんだ。その時に付けないからって」

「…そう、それはよかったわね…あ」

 

 辛うじて言った言葉に、ハッとなる

 今の言い方は、さすがに--

 

「うん、その時約束したんだ」

「…どんな約束を?」

「……」

 

 そんなことはまったく気にせずに

 ネックレスを触りながら、私の前まで歩いてくる香織

 

「みんなで一緒に帰るっていう事と、このネックレスをあっちに戻ってから返すっていう事」

 

 ネックレスから手を離し、ぎゅっと私の手を握る

 

「雫ちゃんもさ、ハジメ君に伝えなきゃいけないことあるでしょ?」

「…え?」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった

 

「…ええそうね、訓練の続きを――」

「もう、またそうやって誤魔化すんだから」

 

 何とかして平静を取り繕うとするが、香織は私を抱き締めながら話を続けた

 

「雫ちゃん自覚はなかったみたいだけどね?ハジメ君の事、好きなんでしょ?」

「?!ち、違っ…‼」

「見ていればすぐに分かるよ。私よりもハジメ君の趣味に詳しかったし、あの日早く登校したのも本当はハジメ君と一緒に登校したかったんでしょ?」

「違う、の、香織…」

「雫ちゃん、私に遠慮して私とハジメ君の間を取り成してくれて。私すっごく悩んでいたの、こんなに思っているのに私のせいでって」

「あ、う、ぅ…」

「今はまだ無理でも、気持ちは伝えないと伝わらないんだよ?私、それで後悔したから分かるよ。雫ちゃんも、後悔したんじゃないかな?」

 

 このまま霞にでもなって消えてしまいたい

 自分でも気付いていなかった気持ちに、目の前の親友はバッチリ気づいていたようだ

 

「だから、約束を守りにいくの。もう一人でなんて言わないよ」

 

 私の目を見ながら、香織は続けた

 

「決めたの、雫ちゃん

 私、強くなる

 はじめくんに助けられた私より

 ずっとずっと強くなるよ

 ハジメくんは生きている

 どこかで生きてるんだよ

 探しに行こう?一緒に行こうよ

 1人じゃ無理でも、2人ならきっとね」

 

 それは香織の覚悟

 親友の確たる覚悟だ

 

「…ええ、いきましょう

 きっと生きている

 南雲君はきっと生きている

 だから、探しに行けるくらい強くなって 

 みんなで、仲良く帰りましょう?

 南雲君を、つれてね」

 

 必ず見つけ出して見せるから

 待っててね、南雲君



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11:日の光を求めて

家族とは、一体何を指す言葉なのだろうか


 えー皆様、如何お過ごしでしょうか

 私こと、南雲ハジメは現在――

 

「んっ…御父様…」

 

 ――地下で見付けた吸血鬼の少女、ユエを膝にのせて休憩中でございます

 

 結局あのあと『御父様』と呼ぶ理由を教えて貰えず、一度持ち物整理と弾薬補給のため部屋の外に仮拠点を作った

 採取した魔物の肉やら鉱物やらを整理し、一通り弾薬を作り終わったところを見計らうかのように膝にすっぽりとおさまってきた

 

「どうしてこうなった…」

 

 受け入れている自分が言うのもあれだが、言わずにはいられなかった

 

 膝に座りながら、ユエは身の上話を始めた

 吸血鬼族、それは今から300年前の大戦争で滅んだとされる種族

 その種族の中でユエは12歳の時に先祖返り、分かりやすく言うと隔世遺伝が発現したらしい

 魔力操作、自動回復目覚めてからと言うもの、メキメキ頭角を表し

 若干17歳の時に種族の長、すなわち吸血鬼の王位に就いたそうな

 しかし先の会話で出てきた彼女の叔父がその力に恐怖を抱き、周辺を唆し彼女を殺そうとした

 だが自動回復のお陰でどうあっても死ななかったため、ここオルクス大迷宮地下へと封印されたと言うわけだ

 ついでに言うとその自動回復のお陰で細胞が次々と回復するものだから、封印されてから外見が全く変わっていないと言う

 

 凄まじい過去を持っているもんだ、いくら死なないとはいえこんなところに一人で300年間も

 

 残念ながらここからの脱出方法等は知らないそうだ

 まあ聞けば封印されるとき、ユエはかなり混乱していたようだから仕方ないのだが

 

「じゃあここがどの辺りかも分からないかぁ…」

「うん…」

 

 俺も知らないんだからユエが知らなくても仕方ないが、さてどうしたもんかね

 

「でも…この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われている」

「…反逆者ぁ?」

 

 すごく…厨二な響きです…

 目の中になんか仕込んであって、他人を意のままに操ってそう

 

「反逆者…神代に神に挑んだ神の眷属のこと。…世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 

 神への反逆、それも眷属がか

 イスカリオテのユダ的なあれかね

 でもあの人最後自殺したしな

 

 話を聞くとかつて神代、神話の時代に主神『エヒト神』に反逆し世界を滅ぼそうとした7人の眷属がいた

 その目論みは破られ、7人の眷属は世界の果てへと逃れた

 その逃れた世界の果てというのが、この世界に存在する7つの大迷宮と言い伝わっている

 その大迷宮の最奥に反逆者の住処があるそうで

 

「…そこなら、地上への道があるかも…」

「ふーん…直通の魔法陣位は確かにあるかもしれないな」

 

 迷宮最奥で逃亡生活をするつもりでも、万が一を考えて脱出経路は準備していてもおかしくはない

 上に行っても登れないのなら、最下層へ行くしかどのみち方法はない

 

 ユエを膝に抱えながら、新兵器の製造を続ける

 流石に暴発の可能性がある弾薬製作はしないが、先の戦いで火力不足を痛感しそれを補う兵器をなんとか作ろうと四苦八苦していた

 

(じぃーーーーーーーーー……)

 

 そんな様子をガン見されて、すごくやりづらい

 

「あー…見ていて楽しいか?」

 

 そう聞けば2回頷き、また視線を戻す

 まあ、いいんだけどさ…

 

 火力を増加させるならば、単純に兵器を大型化すれば必然と威力も増大する

 だがそれは取り回しが低下し、小回りの効く戦闘が困難になる

 ただでさえ試作銃1号改とグレネード発射銃、おまけで弩と各種手榴弾持っていて今でも動きに制限がかかっている

 それでも大火力の武器の調達は必須であった

 もうこうなったら左足に取り付けられる大きさで作る他ない

 グレネード発射銃以上の大きな筒を引き金部分と組み合わせながら、そう考えていた

 

「……御父様は、どうしてここにいる?」

 

 ネジでトリガーの調整をしているときに、ユエが聞いてきた

 まあ、気になるだろうな

 こんな地下深くで一人なにしてんだって、俺でも思うし

 

「…男の昔話なんて聞いても、つまらないぞ」

 

 自分でも分かるくらいに苦笑いして、誤魔化しにもなっていない誤魔化しをする

 実際話したって面白味の欠片すらない話だ

 

「……そう」

 

 話したくないというのを感じ取ったのか、ユエはそれ以上聞いてくることはなかった

 

「ま、こっから早く出るってことには代わりないさ。早いところこんな迷宮おさらばしたいし」

 

 暗闇の奥底で一生を終えるなんて真っ平ごめんだし、なにより――

 

「約束、したからな」

 

 二人のクラスメイトと交わした約束

 

『みんなで一緒に、もとの世界に帰ろうね』

『こうみえて私、負けず嫌いなのよ?』

 

 もう2ヶ月近くたってしまったが、それでもあそこへと戻らなければいけないのだ

 独善的でも、ただの自己満足であったとしても

 

「……」

 

 そんな独白を聞いて、ユエは顔を暗くする

 

「…御父様には、帰る場所がある」

 

 ポツリとこぼれる言葉

 

「…私にはもう、帰る場所…ない…」

 

 同種族から迫害され、封印までされた

 その同種族は、300年前に絶滅したそうだ

 文字通り、彼女は一人ぼっちなのだ

 

「――なけりゃ作ればいいさ」

 

 わしゃわしゃと長い金髪を乱暴に撫でる

 

「『帰る場所』なんて、その度に変わっていくもんさ。寿命の短い人間だってそうなんだ、吸血鬼のユエだって変わるもんさ」

 

 首を挙げて、紅い瞳でこちらをみるユエ

 どこか不安げな表情をしているのは、一人ぼっちが怖いからだろうか

 

「――なんだったら、俺が帰る場所になってやるよ」

「え…?」

「ずっとでなくてもいい、ユエが安心して帰れる場所を見つけるまででいいさ」

 

 完成した新兵器を目の前の机に置いて、取り合えず一段落

 

「一人ぼっちは、寂しいもんな」

 

 なんの気なしに呟いた、ある魔法少女の名台詞

 その言葉を聞いたユエは

 こちらに向き直り、抱きついてきた

 

「お、おう?」

「…ごめんなさい、御父様…でも、少しだけ…」

 

 ――少しだけ、こうさせてください

 

 微かに震えながら、ユエは背中に手を回して俺が逃げないようにしがみついてきた

 

「…全く、可愛い娘だな」

 

 頭にもう一度手をのせ、今度は優しく撫でてやる

 そんなことを約30分間していたのは秘密である

 

――――――――――――

 

 当面の目標を迷宮最下層到達に設定した俺たちは、仮拠点を引き払いさらに奥へと進んでいった

 そして俺の現状確認もついでにやっておこう

 

=====================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:49

天職:錬成師

筋力:880

体力:970

耐性:860

敏捷:1040

魔力:760

魔耐:760

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・金剛・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

=====================================

 

 いちいち出すのが面倒臭いとは言ったが、正直何が増えたのか確認するのも億劫になり始めていた

 もうどの技能がどのタイミングで出たのかなんて覚えてねぇよ…取り合えずなんでもかんでも増やせばいいってもんじゃねーぞ

 

 まあ、あえてひとつあげるならば、錬成の派生技能『複製錬成』が目玉だろうか

 こいつのお陰で、1つ弾薬を作ると今までの苦労がバカらしく思えるほど簡単に弾薬の大量生産ができるようになる

 対サソリ戦で使用した毒性弾やグレネードも複製可能となっており、もうこいつだけあればいいんじゃないかな?と思えるほどにはチートな技能であった

 

 しかし今後のことを考えていると、いくら弾薬があっても足りなくなるんじゃなかろうか

 サソリの時みたいに、無茶な戦いを何度もできるほどの余裕はない

 かといって接近戦できるほど肝は座っていない

 取り合えず使えるものを片っ端から使っていく方向で調整しよう

 

 

 

「と思ったんだがなぁ…出だしからこれとはついていない」

 

 眼前を埋め尽くす、魔物、魔物、魔物…

 その数なんと200匹オーバー

 自分の背丈ほどもある雑草地帯を、ユエ背負って戦略的撤退の真っ最中である

 

 何故にこんなことになったのかと言うと、説明するのがむずかしい

 ので、三行で説明することにする

 

~三行で分かる現状説明~

・封印部屋から10階ほど降りたところで樹海みたいなところに出る

・頭から花生やした恐竜擬きが襲ってきたので返り討ちに

・おんなじような魔物が200匹近く襲ってきて逃走中              

 以上

 

 背中に乗っているユエがちょくちょく魔法で攻撃してくれたお陰で、なんとか乗りきっては来たが流石に200匹の魔物相手は部が悪い

 

「ところで目の前にいい感じの縦割れの洞窟が見えるんですが、どう思いますかユエさん」

「ん…多分あそこが目的地」

「同感ですな」

 

 今までの魔物と違い、明らかに統率されてこちらに向かってきている

 あの頭の花は、恐らく寄生植物の一種なのだろう

 だとしたら操っている親玉がどこかにいる

 そして進んでいく毎に魔物の攻撃が激しくなることを考えると、この縦割れの洞窟がその目的地だ

 

 その洞窟は、大の大人が2人入るとぎゅうぎゅう詰めになり、ティラノっぽい魔物は勿論ラプトルっぽい魔物も1体ずつしか入れない

 その為入ってきた魔物を1匹ずつ撃ち抜いていくだけの簡単なお仕事で、ある程度きれいにしてから錬成で入り口を塞ぐ

 

 道なりに進んでいくと、お約束といった感じの広い空間に出た

 …オルクス大迷宮に最初に入ったときもそうだけど、なんでダンジョンって所々に広い空間ができるんだろうか

 鍾乳洞も、まあそういった空間があるからそう言う系列なんだろうが

 

 空間正面にはさらに縦割れの穴が見え、この先にも続きがあることを示していた

 どう見ても罠が張ってあるが、引き返してもこのまま立ち尽くしてもどうにもならないので穴を目指して進むことにする

 そしてそれは、部屋中央に到達したときに起きた

 

 全方位から無数の緑色のピンポン玉大の球体が飛翔してきた

 

「背中任せるぞユエ」

「ん…分かった御父様」

 

 背中合わせになって迎撃を開始する

 見たところ球体の速度は遅く、石壁で受け止めるとあっさりと霧散した

 しかし問題なのはその数であった

 優に100を越える数が絶え間なく飛翔してくるものだから、壁作って引きこもる位しか対処のしようがない

 

(当てるのが目的じゃない…?飽和攻撃の割りには一発一発が弱すぎる)

 

 下手な鉄砲数打ちゃ当たる、という諺がある

 どれだけ下手くそな鉄砲でも、数を打てばどれかは当たるというものだ

 ド素人が銃火器とか、と試作銃を作っているときには思ったが、今となっては技能上昇に伴いメインウェポン化している

 ばらまいて攻撃している割りには、足止めというわけでもない

 その気になれば強行突破も可能だろう

 ならばこの攻撃の真意は――

 

「…にげて…御父様!」

 

 真後ろから聞こえてきた声に、咄嗟に右横へと飛び出す

 球体避けに作っていた石壁が、きれいに両断されて落ちる

 ユエがこちらに風の刃を撃ち込んで来たのだ

 

「ちっ、厄介な…」

 

 ユエの頭をみれば、真っ赤なバラが一輪咲いていた

 

「そう言うことかい、全く嫌になるなっと‼」

 

 容赦なく風の刃撃ち込んでくるユエ

 それを空力と縮地を使って避けていく

 

 この洞窟の外にいた魔物は、全部あの攻撃にあたってああなったのだろう

 そして何者かに操られていた、ということだ

 

「だとしたら、あの花か…」

 

 操られている原因があの花なら、それを撃ち落とせばいいのだが

 そうは問屋が卸してくれる訳もなく

 

「だろうなクソッタレが‼」

 

 試作銃を向けると、ユエの体を操って花を庇わせる

 こうなってしまっては手出しができない

 

 進退極まったといったところで、ようやく親玉が現れた

 植物と人間の女性を掛け合わせたかのような外見

 その醜い顔は、心をそのまま表しているようなもので

 ニタニタと薄気味悪い笑いをしながら

 無数の蔓がうねうねと触手のように蠢いていた

 

 ――どう見てもマンドラゴラの成体です本当にありがとうございました

 

 耳塞がなくても大丈夫?いきなり即死攻撃とかしてこない?

 

 無駄とは思うがマンドラゴラ擬きに試作銃を向けると、案の定ユエを操って射線に移動させる

 

「性根まで腐ってやがる…‼」

 

 その言葉に笑みを更に深くして

 マンドラゴラ擬きは再び緑色の球体による攻撃を開始した

 

 試作銃を使いながら迎撃を行うが、撃てども撃てども頭に花が咲く気配がない

 それはマンドラゴラ擬きも感じていたようで、いつのまにか怪訝そうな表情をしていた

 

(技能のどれかの効果かこいつは)

 

 どの効果かはわからないが、どうやらこの球体の攻撃は俺には効かないらしい

 

 それを見て不機嫌そうな表情をすると、マンドラゴラ擬きはユエに攻撃を命じた

 命じたのだが、相変わらず風の刃でしか攻撃してこない

 

 まあそれを避けようとするとユエの頭に魔法をぶちこもうとするから、(多分)サイクロプス食べて獲得した技能『金剛』で仁王立ちで迎え撃つ

 魔力を全身にコーティングして防御力を上げる技能で、威力のない風の刃程度ならば未熟な金剛で十分凌げている

 

(さて、このままって訳にもいかないしなぁ…)

 

 いつまでも突っ立ってる訳にもいかないので、面倒臭いマンドラゴラ擬きを倒すことにする

 

「御父様!…私はいいから…撃って!」

 

 と、思考を張り巡らせていると、ユエが声を張り上げて来る

 

 いやそんな移動惑星の巨大主砲に戦闘空母で突っ込んで、自分ごと撃てって言ってた星間国家帝国の総統閣下みたいな事言われましてもね…

 

「お生憎様、そんな無茶なことはしない主義なんだよ」

 

 腰につけているスタングレネードを1つ外して、着火せずにユエの頭上目掛けて放り投げる

 それを見てユエに自身を攻撃させようと、マンドラゴラ擬きが動いたので

 空中でスタングレネードを撃ち抜いた

 

 瞬間辺りが閃光に包まれた

 ユエもマンドラゴラ擬きも、あまりの眩しさに目を覆っているので

 顔を隠していた右手で試作銃を持ち直し、右の方へと飛び込む

 射線からユエが外れたのを確認すると、マンドラゴラ擬きに銃弾をプレゼントした

 これまた綺麗に眉間へと命中し、マンドラゴラ擬きは後ろに倒れ息絶えた

 

「なんというか、スタングレネード多用しすぎとちゃいますか…」

 

 面白味がないのは自分でもわかっているが、一番効く攻撃方法なのだから多目に見てもらいたいものだ

 

「っと、大丈夫かユエ」

「ん…まだチカチカするけど、大丈夫」

 

 若干フラフラしながら立ち上がるユエを支える

 

「なんというか、面倒臭い攻撃だったな」

「でも、完璧には操られなかった…」

「流石に全部操るってのは無理があるようだな」

 

 こういう攻撃は使用魔法やらなんやらに制限がかかるものだ、なんせ自分以外の体なのだから

 自分の体は自分が一番知っているって訳だ

 

「んじゃ終わったから先を急ぐとするか」

「…ん」

 

 そう言って出発を促すと、何故か背中にユエが飛び乗ってくる

 

「…おーい」

「操られて疲れた…御父様お願い」

「嘘つけ絶対疲れてないだろ」

「心が疲れた…」

「うまいこと言ったつもりか」

 

 そういいながら、背中にユエを背負ったまま縦割れの穴の先へと足を踏み入れた

 

――――――――――――

 

「…銃の撃ち方を教えてほしい?」

 

「(コクコク)」

 

 マンドラゴラ擬きとの戦闘からしばらくして、20階ほど降りたところでユエがそう言ってきた

 

「ユエは魔法主体だろう?だったら使えなくても…」

「…御父様みたいに、戦ってみたい」

「うむむ…」

 

 純粋な憧れの様だ

 

「…お、丁度良く新しい魔物がいるな」

 

 目の前を見ると、コウモリのような魔物がこちらに近づいてきていた

 

「よし、じゃあこいつを貸してやろう」

 

 肩に掛けてあった試作銃をユエに渡す

 

「右手でしっかりと取手を握るんだ、そして左手で銃身を持つ」

「こ、こう?」

「そうだ、必ず両手で構えろ」

 

 後ろから覆うようにして、ユエに銃の持ち方を教える

 

「利き目で…ユエの場合右目だな、そっちでしっかりと狙いをつけて…」

「……」

 

 じわじわと羽ばたきながらコウモリの魔物はさらに近づいてくる

 

「射程に…当たる距離に気をつけて、狙いが付いたら…」

 

 一拍の間を置いて

 

「…引け‼」

「…っ」

 

 ユエは引き金を引いた

 洞窟内に響き渡る銃声

 銃身から飛び出した弾丸はまっすぐと魔物へと飛んでいき

 今まさに攻撃しようとしていたコウモリの魔物の眉間へと命中した

 

「当たった…」

「…1発で眉間をぶち抜くとは」

 

 流石吸血鬼と言った処だろうか

 銃の腕も素晴らしいようだ

 

「良くやった、ユエ」

「ん…」

 

 それからと言うもの、ユエはちょくちょく銃を撃たしてほしいとおねだりしてくるようになった

 これはユエ専用の銃を準備しておくべきだな

――――――――――――

 

 マンドラゴラ擬きとの戦いから結構な日にちが過ぎた

 時間感覚がおかしくなってしまって正確な日時は不明だが、だいたい半月ほどは経過していると思う

 

 そして自分の記憶が正しければ、次の階層で俺達は俺が流されていた川のあった階層からちょうど100階層降りた事になる

 と言うわけで

 

「装備点検と弾薬補給の時間だオラァン‼」

「…おらぁん」

「あ、そこは真似しないで」

 

 漫才しながらも、恐らく最後の階層となる100階層での戦闘に向けての準備を開始する

 新兵器の弾薬は、かさばることもあって装填分合わせて3発

 各種手榴弾は5発ずつを用意

 試作銃はそれまでの1号改から大改装を経て、『試作銃2号』になった

 主に装填方法を大幅に改良、6発弾倉を顎で押さなくても弾丸の排出と供給をハンドル操作のみでできるようにした

 更に弾倉の方も改良し、それまで左側から付けていたものを真下に取り付けるように仕様変更した

 銃弾は通常弾メインにして、虹ガエルの毒性弾とサソリの強酸液を使った強酸弾、おまけにサソリの装甲に使われていたシュタル鉱石を使った徹甲弾を取り揃えた

 

====================================

シュタル鉱石

魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石

====================================

 

 グレネード発射銃は通常グレネード6発に、火炎グレネード2発、強酸グレネード2発

 中々の重量になったが、死ぬより安いのでこれでいいだろう

 

 最後にステータス確認

 レベルは76にまで上昇、レベルの上限は一応100とのことだが魔物の肉ばっかり食っていた俺にそれが当てはまるかは不明

 

 技能としては『魔力操作』の派生技能『遠隔操作』、探知系の『遠見』と『熱源探知』、あとは『威圧』と『念話』が追加された

 

 『遠隔操作』は魔力を遠隔で操ることができ、直接触っていなくても魔法発動が可能となっている

 どれくらいの範囲で使えるかは要検証だが

 

 『遠見』は千里眼的な遠くを見渡す事ができる技能だ、こいつのお陰でちょっと無理をした銃撃も当たるようになってきた

 

 『熱源探知』は生体が出す熱源――恐らく赤外線を探知する事ができる

 ――ピット器官かな?

 なんということだ、俺はいつの間にかツチノコになってしまっていたようだ

 どっかにコイン落ちてないかな…

 

 バカなこと考えないで、次へ

 

 『威圧』は、なんだろう…

 単純に威圧的態度がとれるって事なんだろうか、対人限定?魔物にも効く?全然わからん…

 

 『念話』は、口に出さなくとも会話をする事ができる技能

 非常に便利で、声が届かない程の大音量下でもしっかりとした意志疎通ができる

 1つ問題があるとすれば、思ったことそのままに垂れ流されるので、細かくオンオフをしないと自分の妄想が駄々漏れとか言う阿鼻叫喚な事態になりかねない

 

 ひとまずこれで最終決戦に挑むこととなる

 通常のダンジョンは100階層までと言うのが常識

 そのダンジョンの更に深いダンジョンの100階、間違いなく裏ボスのご登場だ

 

 何が来ても驚かないが、何が来るのかさっぱり分からないのであらゆる状況を想定しなければ

 最悪、ここで死ぬ事になる

 

「もう一押しだ、やってやろうじゃねーか」

「ん…」

 

 そうして2人は、最後の階層100階層へと至る階段を降りていった

 

―――――――――――ー

 

 そこは巨大な空間だった

 1階層まるごとを使った無数の柱に支えられた、だだっ広い空間

 階層に足を踏み入れると、無数の柱が淡く光始めた

 

「歓迎してくれるってかい、サービス精神旺盛なことで」

 

 感知系技能にリソース全てを費やすが、なんの反応もない

 それだけに、このなにもない巨大な空間は恐ろしいほど不気味に見えた

 

 その空間の先に、俺たちを待ち構えていたのは全長10メートルにもなる巨大な両開き扉だった

 七角形を象った紋章があり、恐らく7人の反逆者を表すものだろう

 ここが、この大迷宮の本当の終着点『反逆者の住処』

 

「…ヤバイな、こいつは」

「うん、この先は今まで以上に…」

 

 感知にはなにも引っ掛からない、だが本能がこの先へいくことを拒んでいた

 

「いくぞ」

 

 覚悟を決めて、最後の柱を越えた

 

 その瞬間、扉と俺たちの間30メートルの空間にあるものが現れた

 

「こ、れは…‼」

 

 忘れもしない、2ヶ月ほど前自分をこの奈落へと叩き落とした魔物『ベヒモス』召喚時のあの魔法陣 

 それが扉との間の空間いっぱいの大きさで展開していた、ベヒモスの魔法陣の3倍はある大きさだ

 

「来るぞ、ユエ‼」

「んっ‼」

 

 赤黒く脈打つ魔法陣はより一層輝いたかと思うと、次の瞬間弾けるように光を放った

 俺達はそれを腕で庇う

 光が完全に収まり、魔法陣があったところにはーー

 

「…おいおい、こういうのは自衛隊か科学特捜隊の仕事じゃねーのかよ」

 

 体長約30メートル、6つの頭をたたえる6本の長い首、鋭い牙、赤黒い瞳

 

 ーー怪獣と呼ぶに相応しい、巨大な魔物がそこに鎮座していた




最悪の事態を想定するとき、人は無意識に最悪の1つ前を想定するのだ


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