Fate/another night (七瀬 海春)
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序章
「・・・・・・。」
見渡す限り白。
ただただ白。
その中に立つ一人の男。
確固たる個があるわけでもなく、ただ陽炎の様に。
「父上、もう少しです・・・。」
呟きに迷いはなく。
「我らが悲願に祝福を」
ただ陽炎の様に、されどその瞳は炎の様に。
♦
「もぉ・・・私なんで引き受けちゃったかなぁ・・・。」
「駄々をこねないでください。」
「よりにもよって何で相方があんたなのよ、バゼット。」
「私に言われても困ります。上の指示ですから。」
「はぁ・・・。」
2人の女性のしゃべり声が冬空の元に響く。
「・・・にしても、ここ寒すぎない?」
「そんなことは事前にわかっていたでしょう。」
バゼットと呼ばれた女性が軽く嘲笑した。
「聞いていたのより明らかに寒いじゃないの!」
「そこまで考えて対策しておくのが一流というものです。やはり、あなたはに・・・」
「あーもーうーるーさーいー!あんたはいつもいつも!」
両者の話が熱を帯びてきたころ、虚空から声が響いた。
「二人とも仲良くせい。主らは町のわっぱどもか!」
「しょうがありませんね。私は大人ですので、このぐらいにしておいてあげましょう。」
「何よその言い方!まるで私が子供みたいじゃない!」
「そういったつもりですが?」
「主らは・・・」
あきれ果てたといわんばかりの声が聞こえた。
♦
「ここは?」
怪訝そうな瞳で問う。
「どう見てもホテルでしょ。」
「そういうことを聞いたのではありません。なぜここを選んだのですか。」
すこし切れ気味にバゼットは問い直す。
「守りやすいからよ。」
「このホテルのこのフロアはこの部屋に至るまで直進するしかない。罠も張りやすいし、なんといってもすぐに窓から逃げられるのが利点ね。」
誇らしげに凛は胸を張る。
「はぁ・・・」
「何よ、その『こいつには何言ってもダメだ』みたいな目は!」
「よくわかりましたね。」
それはまるで母親のような、今までに一度も見せたことない優しい瞳だった。
ランサーさえいなければ、既に殴り合いは始まっていただろう。
♦
「そんで、あんたはどうすんの?私たちは予定通り向かうけど。」
「私は少し調べたいことがありますので。」
こう見えても、バゼットは一流である。その彼女が調べたいというのだから何かあるのだろう、そう悟った凛は余計な詮索をせず首肯した。
「じゃあ、また明日。」
「あなたこそ、明日まで生き延びてくださいね。」
そういうと、階段へ向ってバゼットは歩き出した。
「それどういう意味よ!」
♦
「アナここで待っていてくれ。すぐに片づけてくる。」
(まさかこんなに早くここへ来るとは・・・。単なる偶然か、運命か。)
巌のような大男が、優しく少女に囁きかける。
「・・・・・・うん。」
彼女の銀髪・赤眼は見る人が見れば、「ある家」にまつわる存在であることがわかる。大男はその家に詳しいわけではないが、昔その家の少女とささやかな縁があった。
「行ってくる。」
一言そういうと、その少女に悲哀と決意の籠った瞳で一瞥し姿を消した。
♦
「主よ、来たようだぞ。」
鎧をまとった大柄な男が、後ろに立つ一回り小柄な女性に話しかける。
「ええ、そのようね。しかも・・・この感じだと最初から大当たり引いちゃったみたいね。」
主と呼ばれた女性が先ほどまでと変わらず薄く笑顔を浮かべながら答えた。その声は震えていたが。
「主よ、恐れるな。この儂に敗北などありえぬ。」
「そう。信じてるわよランサー。」
次は初戦だあ!
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盟友
次こそは頑張ります!
「サーヴァント・セイバーだ。時間がない。死力を尽くして掛かってこい。」
大男は表情一つ変えず淡々と述べ、剣と呼ぶにはあまりにも武骨な巨剣を構えた。
「出てきてそうそうに、言いよるわい。我が槍の錆に変えてくれようぞ!」
ランサーは言い終わるなり、突撃を仕掛ける。常人では目で追うことが困難なレベルである。その身のこなしは、まさに武人のそれであり小細工抜きの真正面。
「この槍が受け止められるか!」
その言葉に挑発などなく。ただ純粋に槍を振り切った後に立っていられるか、それを問うた。
しかし、セイバーは動かない。
「ハァ!」
ランサーの渾身の一撃。その手に持つ槍がうねりを上げ的確に首を狙う。完全に必中の間合い。避けようのない死がやってくる、はずであった。
最初に口を開いて以来微動だにしなかった巨躯が動いた。前に。
体を軽く浮かせ、槍を腹筋に刺した。
「何っ!」
降りぬかれた巨剣を紙一重で回避する。
必殺の間合いをよけられたことに、セイバーは驚いた様子もなく次の一撃を繰り出してゆく。剣戟の余波で、周囲のコンテナに刻まれていく傷跡。その数が戦いの過酷さを表していた。
「終わりだ。」
二度目の必殺の間合いで巨剣を振りぬこうとしたその瞬間。
「待ちなさい。この子がどうなってもいいの!」
セイバーの手が止まる。
「この子、あなたのマスターなんでしy」
破砕音。一瞬前に凛が立っていたところが粉々に砕け散った。
「なっ、」
セイバーの動きは、ランサーのような武人や戦士と称される者たちのそれとは大きな違いがあった。
戦いは楽しむものではない。最優先は勝利。その過程において、卑怯などという言葉は存在しない。
「貴様の話を聞いて、アナが助かるとは限らない。ならば殺すだけだ。」
「おっと、そうはさせんぞ。」
額に血をにじませながら、槍を構えなおす。
「一度話を聞きなさい!
男が逡巡する。
女は落ち着きを取り戻したように話し始めた。
「私の顔覚えてない?あなたとは直接戦ったわけじゃないから記憶に薄いかもしれないけど。これでも冬木のマスターの一人なのよ?」
大男はなおも睨み続ける。
「アーチャーのマスターか。」
「そう。さてここで相談よ。単刀直入に言うわ。私たちと組みましょう。」
自分でも突拍子の無い提案だと思った。そもそもこのサーヴァントには私たちと組むメリットがないし、使い魔である彼に決定権などないはずだった。
「いいだろう。」
「嫌がるかもしれ、・・・え?いいの?」
この時の凛は生まれて以来最高の間抜け面をさらしていたに違いない。
「ああ。我々にも協力者が必要だった。」
「?」
「詳しいことはあとだ。まず、我がマスターを開放しろ。」
この会話の最中もヘラクレスは一度も構えを解かなかった。マスターと呼ばれたこの少女を開放したら、凛は次の瞬間ひき肉に姿を変えているのではないか、ランサーはそう思った。
「ええ、いいわよ。」
身振りで、ランサーを制しアナを捕まえていた手をほどいた。
アナが自分の元まで来るのを確認すると、「あの時」の様に肩に乗せてヘラクレスは踵を返した。
♦
「まず、私の要求から言うわ。」
先ほど戦っていたコンテナ置き場から、1kmほど歩いた先に着いたのはキャンピングカーだった。
「まあ、要求とはいっても私たちと手を組んでほしいってだけなんだけどね。その代りに、あなたが裏切るか最後の2組になるまでは一切危害は加えないわ。」
一息でそこまで言い切ると、ヘラクレスのとなりに座っていた穴の頭を撫でた。
「あなたは?」
促しながらさり気なく見つめたその瞳は、言葉とは裏腹に真剣そのものであった。
「俺からの要求は1つ。アナの身の安全の『恒久的』確保だ。」
「恒久的?」
予想だにしなかった回答に首を傾げた。
「彼女は、俺を召喚してから一度も食事をとっていない。」
凛は、あらぬ方向に進んでいく会話に理解が追い付かなくなりつつあった。
「ん?」
「そうだな、言葉が足らなかった。付け加えよう。」
素直にヘラクレスは頷いた。
♦
座において、我々英霊には自我はない。概念だけの姿で存在する。
聖杯戦争により、聖杯に呼ばれたサーヴァントは魔力による肉と自我を得る。
そして、マスターの魔力回路と座が一時的に聖杯を経由してつながり現界する。
こうして、我々サーヴァントは召喚される。
そして、願いを持つ者同士覇を競い合う、これが我々の認識する聖杯戦争だ。
しかし、マスターになる者にはいくつかの資格がある。
第一にどれほど微弱であっても魔力回路を持つものでなくてはならない。
第二に願いを持つものでなくてはならない。
これらを満たせないものは、自動的にマスター候補から除外されてゆく。
俺が呼ばれたとき、そこは森の中だった。
目の前にはマスターらしき少女。衣服はボロボロで髪はみだれ、あたりの暗さを考えても何者かに襲われたとしか思えないような様相をしていた。
しかし、俺に衝撃を与えたのはその点ではなかった。
「イ・・・リヤ・・・?」
その姿は「前回」を思い出させるには十分なものだった。銀髪に赤眼。
それは「あの家」の人造人間たちに共通してみられる特徴だった。
少女は無垢だった。
というよりも、無であった。
とはその年齢に至るまでに経験したことによって形作られてゆくべき感情という物が彼女には一切感じられなかった。
その少女は無表情で、それは何も知らぬ赤子のような、または全てを悟った死際の戦士のような、見た目に反してひどく異質な声で言った。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはぜんかいのせいはいせんそうでしんだ。」
♦
そうか、俺は結局守れなかった。そうだった。
蘇る記憶はさながら魂を焼くような痛みを伴った。
騎士王を名乗る気高き少女、非業の運命を担う守護者、傲り高ぶる原初の英雄、多くの英雄を目の当たりにした。
だが、臆することはない。神々の与し12の試練を乗り越えてきた俺に不可能はない。自信こそが強さにつながり、強さこそが守るためには必要だった。
だが、勝てなかった。俺を呼び、俺を信頼してくれたアインツベルンの少女《マスター》を守り抜くことができなかった。
♦
「あなたはだれ?」
「名はヘラクレス。十二の試練を乗り越えし戦士である。」
「そう。」
少女はそれ以上何も問わなかった。
何を思ったのか。
そもそも彼女は何かを思うことができるのか。
「彼女」を知るがゆえに心が苛まれた。
「君の名は?」
「ない。」
少女は淡々と答えた。
「おじいさまがわたしはせいこうだ、って言ってたけど、
「前回」の召喚で俺は「家」の内情について少し知っていた。
♦
その「家」は非情であり悲運であった。
ただ悲願のために邁進する。ただの一度も振り返ることなく。
望まぬ血が混ざろうとも。
穢れた欲望にまみれようとも。
ただ願いが為。ただそれだけ。
故に容赦はしないし妥協などありえない。
「最高傑作」ができるまで作り続ける。
前回の「最高傑作」こそが「彼女」であり、その「彼女」の死から何も学ぶことなくその「家」は次の「彼女」を作り続けた。
そして今回の「最高傑作」は眼前に立つこの少女なのだ。
♦
「そうか・・・。名前がないのは不便だな。後で一緒に考えようか。」
「うん。」
言葉を理解したというよりも、半ば反射的に意志を放棄するかのようにして、頷いてた。
「もう一つ聞きたいことがある。いいか?」
「うん。」
ヘラクレスには似合わない(本人も感じている)違和感のある話し方は、目の前の少女に対する気遣いであった。
「君の願いは何だい?」
「ねがい?」
聖杯戦争とは、己が願いを賭して戦うもの。故に、本人が気づいておらずとも願いが無いなどということはない。
「うーん。」
無表情で考える。願いとは必ずしも単純なものばかりではない。
言葉で伝えるべく、話をまとめているのか。はたまたヘラクレスに話すことを躊躇しているのか。そもそもこの少女に願うなどといった感情が存在するのか。
「ねがいはないんだけど。ひとつわからないことがあるの。」
「何だ?」
意外な反応に、やや驚きを覚えた。しかし驚きを覚えたことにすぐに後悔した。
「わたしってなんでうまれてきたの?」
その質問は、誰もが持つべきものであった。しかし、成長の過程で誰もが失う疑問であった。それは、愛故か。生きがいを見つけるからか。誰もが自然と失ってゆく原初の疑問。
彼女の年齢であれば、とうの昔に捨て去ってもおかしくない疑問であった。
「なんで、わたしっていきてるの?わたしってなんなの?」
それは単なる探求心故か。覗いてはいけない深淵でありながら、容赦なくそこをのぞき込んでいく。
「・・・・・・・・・そうか。ならば、その疑問こそが君の願いのなだろう。」
ヘラクレスにはこれ以上の言葉を持ち合わせていなかった。その疑問に未来はない、などとは
「ならば、俺の願いはこの戦いに君を勝利させることだ。」
少女は頷くでも否定するでもなく、ただ見つめた。それが何を思うのか、むしろ何かを思えるのか。ヘラクレスには判断のしようがなかった。
「そうだな・・・。この後も君と呼ぶのは何かよそよそしいな・・・・・・・・・よし、君の名前はエルピスだ。」
「えるぴす?」
オウムが繰り返すように、音だけを繰り返す。
「そう、俺の生きた時代の言葉で希望という意味だ。」
「きぼう?なにそれ?」
感情が欠落している彼女には、希望を抱くこと、希望の意味すら理解することが許されないというのか。
「いつかわかる。俺がわからせる。」
新たに秘めた決意を胸に、少女の髪をなでた。
う~ん。ヘラクレスってギルガメッシュ以外に倒せるのかなあ・・・。
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