管理せよ (作者)
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拉致られたお、おっさん買うお

 
 転生先は作者オリジナルの世界なんだぜ。
 んでもって不定期更新・打ち切り大な下っ端小説なんだぜ。
 


 

 

 太陽の陽も照明灯の光もない暗く、陰湿な小部屋。

 たたみ6畳程度のこの個室には本棚やら、机やら、ベットやらが置かれているが、それらに傷らしき傷も汚れも、シミや埃の一つも見当たらない。

 生活感の全くない一部屋。

 されど、無人というわけでも無かった。

 

 部屋の中心にぽつりと立ち尽くす、水玉模様帽子付きのパジャマ男。

 年は20代前半だろうか、未だに活発そうな素肌とボサボサながら艶のある黒髪。

 垂れ下がった右手の先には枕が握られている。落ちそうな持ち方だが、今の男にとってそれは重要ではない。

 今、彼にとって最も重要な事。それは、

 

 

「………ここどこだろ」

 

 

 自分はどうやら、拉致られたらしいという事だった。

 

 

 

 

 

 

 男はとりあえず、外に出る事にした。

 

 見ての通り、部屋は暗い。

 気分はハイスピードでローダウンだぜと言わんばかりに暗い。

 このままでは鬱になってしまう事だろう。それだけは避けねばならない。鬱になれば凄まじいほどのダルさに襲われ、一瞬で睡魔に襲われる。そして淫夢に攫われる。

 そしてそこから抜け出すためにわざわざ高い金を払って抗うつ剤を入手し、投与する。投与された自分の身体は拒否反応を起こし麻痺り、頭の中にお花畑を作り出してくれる。でまた購入し無駄な浪費を重ねる。

 なんという悪循環なのだろう。そんな事をして無駄遣いをするなど断固拒否だと男はすぐに外の空気を吸いに行く。

 

 

 つもりだったのだが。

 

 

 如何せん扉が見つからない。

 全くもって意味不明なのだが、扉がない。それは果たして部屋と呼べるのだろうかと疑問になるが、多少のインテリアがあるという判定でギリギリ部屋と呼べる……のか?

 

 

 まあそれはさておき。

 

 

 無いというのならばないで仕方ないのだが。

 だとすれば自分はどうやって生きて行けばいいのだろうか。

 男は考える。

 

 このまま部屋に閉じ込められれば自分は確実に鬱になり。

 

 それどころか食料を入手し生き延びる事すら困難で。

 

 最終的には幻影を夢見てお花畑の中でテクノブレイクする。

 

 なるほど。

 なんという悪夢だろう、これは早急に解決せねばならない。至急部屋を脱出せねば。

 しかし困ったことに窓もない。それどころかエアコンも通気口も見当たらない。 

 この部屋はどうやって酸素を供給しているのだろうか。謎である。

 というかそんなコナン君の事件簿にでも出てきそうな完全密室にどうやって自分が侵入したのか、それすらも謎である。ぜひとも黒縁眼鏡の鍵開け業者に調査を依頼したい。

 

 

 --ピコンッ♪

 

 

 急に軽やかな異音が響いた。

 何かを知らせるアラームのようだ。その発信源はワークデスク上の液晶に付属されたスピーカーから飛び出ていた。

 男は不振に思いながら液晶、つまりパソコンに近付き、スリープを解除した。

 

 

「--!?」

 

 

 男は画面上に映し出された文字列を読み上げて息をのんだ。

 光りだした液晶上に浮かんだ画面は【MAIL】というウインドウ。

 そのウインドウでは既に何かのメールが表示されており、簡素な文のみが記されていた。

 

 

『from:仲介者

 title:依頼

 

 初めまして、私の名は〔仲介者〕

 覚えて貰わなくて結構。簡単に用事を言って終わる仲だ。

 私から言う事はただ一つ。

 

 ”世界を管理し、発展を目指せ”

 

 以上。その為にはどんな支援も取り付けよう。

 健闘を期待する。              』

 

 

 全く意味が分からない。コイツハナニヲイッテイルンダ?

 理解力も正確性も豆腐も欠けてしまった小さな頭脳で男は、必死にこの文を理解しようと奮闘する。

 つまりは、アレだ。

 この〔仲介者〕とやらどこの誰とも知れないような馬の骨を拉致り、

 本当の意味で完全なる密室に閉じ込め、

 その上”世界を管理する”なんていう意味不な仕事を押し付けてきたと。

 

 

 ………アホなんじゃないだろうか。

 

 

 そんな厨二病も真っ青な危ないお仕事に誰が付き合うのだろうか。幼稚なテロ行為とはこういう事を言うのではないだろうか。

 そもそも此方が受ける事前提で話を進めるのはどうなのだろう。此方にも拒否権というものがあろう。

 

 と、そこまで考えて気が付いた。

 相手はこの密室に閉じ込めた、あるいはそれに関係する人物なのだ。

 つまり、男が鬱になるであろうということも、食料がないことも知っている。

 そこに来て”できる限りの支援をする”だ。どう考えても食料関係も含まれているだろう。

 となれば食糧問題は解決なのだが。

 

 もしもこの依頼を断ればどうなるか。

 食料などの支援がされず、男は夢の中を彷徨い。

 地獄の花畑で渇き寂れた銀世界に出向くことになるだろう。

 

 むむむ、なんという策士!

 

 男は彼を呪った。

 自分を拉致り監禁したことを。

 食料電気その他諸々を取り上げ危ない仕事を強要したことを。 

 なにより自分自身をからかって遊んだことを。

 

 絶対に後悔させてやる。

 

 男はがむしゃらにコンピュータを弄り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 マウスをぐるぐる回し続ける事一時間ちょっと。

 

 コンピュータ内に残されたデータやら何やらを調べていくと、少しだけだが分かったことがある。

 

 まずこの部屋について。

 この部屋は【統括局】と呼ばれていて、その下に属する各施設を運営・管理する場所らしい。簡単に言えば指令室だ。

 ただ一般的な指令室とは違い、様々な組織や個人をあらゆる力をもって意識的に管理することも可能だという事。

 つまり意図して2つの企業を争わせ技術発展を促すことも、国を破滅に追いやる事も可能らしい。

 

 なんかこれだけ見てると『アーマード・コア』みたいだなと感想を持つ。

 が、もう少し調べものをしていると驚くべき事実が発見された。

 

 あったのだ、【アーマード・コア】が。

 

 それだけじゃない、アーマード・コアの派生元である【マッスルトレーサー(  M T  )】や架空の存在でしかない【クレスト】や【キサラギ】といった各社企業まで揃っている。

 まだ自分自身、カタログでしか見ていないがこれが現実にあるのだとすれば恐るべき事実だ。

 自分の立ち位置は統括局という、AC3で言えば【管理者】に値する機構と見れる。統括局は企業の上位存在で、企業の連中はある意味、自分の手のひらで踊っている。

 

 また、例のメールを送ってきた人物。

 奴が何者かは知らないが、自分に対してこんなものを差し出すとは、余程の”力”の持ち主らしい。

 ならばと、これを利用しない手はない。

 奴が提供する品には開発機構も販売者も、兵器も人員も含まれる。

 これらを使って何かを”管理”するだけで、此方は大きな権力と生存権を行使できる。

 

 やってやろうではないか。

 

 その管理とやらが面倒だとしても、やり遂げて見せよう。

 私には力が必要だ。

 私は生き残る権利がある。

 その術もある。

 

 ならば、どんな事をしてでも生き延びる。

 管理だろうが何だろうが、知ったこっちゃない。

 私は好きに生きて、好きに死ぬのだ。

 誰にも邪魔はさせない。させてたまるか。

 

 邪魔するものは誰であろうと『敵』だ。

 『敵』は排除する。

 

 

 誰であろうと、私から逃れることはできない。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 ……と、格好良く意気込んだのはいいのだが。

 実際に今何ができるかと言われれば、そう多くない。

 なぜならば今自分に与えられている力は少ないからだ。

 

 いや、正確には全部揃っている。

 が、今の彼……【統括者】にはその権限が行使できないというのが正確だろう。物理的に。

 

 何が言いたいかというだ。

 つまり。

 

 

 無いのだ、企業やACが。

 

 

 正確には本社ビルや人材、工場や材料がない。

 勿論、これらが存在するならば統括局の権利を実行できるのだが。

 存在しない机上の企業(ペーパーカンパニー)の権利を持っていたところで何にも成りはしない。ある意味詐欺である。

 

 つまり今の統括者は権利は持っている、が動かせる先がないというわけだ。

 ただの役立たずである。

 

 とは言え、やれることがないと言う訳でもない。

 今の彼にもやれることはある。

 それは拠点周りのライフラインの確立だ。

 

 自分の設備の”資材”の納入ラインが確立できれば企業を登場させることも、ACを生み出すことも可能だ。

 その方法には例の仲介者の力を利用する。……らしい。

 仲介者はどうやら通販の真似事をやっているらしく、それで当面サポートしてくるらしい。これでACなどを購入することができ、企業も生み出すこともできる。

 一体どんな原理でやっているんだと決して小さくない疑問が出るが。

 ここはぐっとこらえて我慢するしかない。

 

 因みにこの通販もどきはこのPC上に存在するプログラムの一つ【SHOP】にて使用可能だ。

 いろいろな項目があるが、今できることは少ない。

 ここで使用する通貨を早いところ大量に、安定して回収したいものである。

 

 

 --SHOP

 

 

 とりあえず中に入り、通貨回収に必要な物体を購入する。

 因みに初期状態で所持していた【credit】は1000C()

 C(コーム)というのは『アーマード・コア』で流通している通貨なのだが、どうやらこのSHOPでもコームが主流らしい。

 【アーマード・コア】があったりクレストがあったりと随分『アーマード・コア』中心に統治局周辺が作られている気がするが、気にしたところでメリットはないので考えを放棄する。

 因みにCの下には何故か、しれっと「円」が存在している。

 なぜここで日本要素を入れてきたのかは全くの謎だが、生活雑貨品など細かいものの購入にはかなり役立つので良しとする。

 余談だが1Cで10000円だったりする。

 

 

 ーーselect WEAPON

 

 

 すぐさま兵器販売エリアに移動し、目的の品を得ようと無数の連なる型番を文字列を下へ下へと下げていく。

 幾つも、幾つも。

 暫くしてスクロールはある画面で止まる。そのままカーソルを目的の品の真上まで持って行き、左クリック。

 

 

 --buy? 〔PILOTーSOLDIER typeV—1〕 x[001]

 

 

 パイロットソルジャー。つまるところACのパイロット、V系の「おっさん」である。

 ACVというゲームをプレイした事がある人物ならば分かるだろうが、V系では機体が破壊された場合通称「おっさん」と呼ばれる人間プレイヤーになって戦場を観戦できるようになった。

 アーマードコアで初めて人間を操作できるようになったのだ。

 しかしその弱さは計り知れない。トラックやコンテナに突っ込んでも無傷でそれらを破壊するくせに、ACに小指の先でも当たっただけで即死するほどのスペランカーっぷり。

 はっきり言って弱すぎるのだが。

 それでも歩兵としては破格の性能を持っている。

 

 まず第一に機動力が違う。

 一般歩兵とは違いおっさんは腰あたりから斜め後ろに、肩先を超えた少しあとくらいの両翼に人間台の大型ブースターを備えており、これでフロート移動できる。なかなか素早く、小回りも効く。

 しかも数メートル程度の壁ならちょっとブーストを吹かせるだけで飛び越える事が可能である。

 

 次に防御力が違う。

 先ほど説明した機動力・ジャンプ力に生身の人間が絶えるのは無茶がある。というかACの機動・挙動を完全に制御して操作するのにも、HBGB(ハイブグラブ)に耐えるのも相当過酷である。

 これを解消するためにパイロットスーツはかなり厚く作られており、対人もこなせる様に軽い装甲も付加されている。

 人間用のライフルやパルスに数発耐えられるのはこのためだ。

 

 最後に攻撃力が違う。

 勿論、彼らの所持武器が高火力したのは先に説明した装甲を貫通するためだ。

 ライフルはマグナムかと言いたくなるようなライフル弾丸を3連射し、パルスライフルは”溶かし”の効果が高いものが採用されている。

 これらが生身の歩兵に向けられた場合、一発でも受けたらミンチ確定だろう。とくに後者は爆発して熱が球状に広がる性質を持つためかすりヒットでも大変なことになる。

 

 

 ……ってことをプログラムの一つ、【LIBRARY】で見た。

 そもそもこんな設定など、ただの一般ユーザーである統括者が知っているわけがない。

 ここで説明をみるまでは彼だって、信じなかった。まさかおっさんが強いだなんて。

 しかもコスパに優れる。

 値段は一般兵の3倍。赤いわけではないが、戦力はそれ以上に値する。

 資金回収要員にはぴったりだ。

 

 因みに資金の稼ぎ方も【LIBRARY】で入手した情報だ。

 何かと重要な情報がギッシリ詰まっているので、定期的に吸収していくことにする。

 

 と言う訳でとりあえずおっさんを50人購入する。一人10Cで合計500Cだ。

 これだけの文面をみると気持ち悪いことこの上ない。誰が好き好んでおっさんなんて買うのか。しかし高性能おっさんなので問題ない。

 というよりもおっさん一人の価値がたったの10万円というのにも驚きだ。ACFAでは代替可能な凡人と完全に消耗品扱いな人間だが、これはそれと同じくらいに酷いだろう。

 まあ、安いのは財政面で助かるので大歓迎だが。

 

 他にもおっさん用の武装も購入しておくことにしておく。

 なにやら歩兵用兵装を見ているとなかなかに数が多くてわくわくする。

 小型カードリッジに装填されたエネルギーを使ってごく短時間だけエネルギー刃を構成するレーザーブレードや、

 対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)を一回り大きくして大口径・衝撃増加・爆破ダメージ付与を施した対装甲破壊銃(アンチアーマーヒートライフル)

  またこれらの武器を携行するための背部マウントなど、様々な異色武装が並んでいる。

 

 ひとまずは一人分の武装を購入する。

 おっさん標準用装備である大口径強襲用小銃では装甲兵器の相手が出来ないため、背部マウントを増設し、電磁誘導ロケットを装備。

 また対集団戦を考慮してライフルの下部ストックにマウントして使用する小型投擲弾射出装置を追加。

 懐には接近戦用の切り札として光刃形成装置(レーザーブレードグリップ)を。

 ついでに弾倉ポーチも4つ増やしておいた。

 

 と、ある程度の戦闘状況に対応できる武装を購入した。

 雑魚掃討用の標準ライフル、密集戦用投擲弾、対装甲ロケット、近接用レーザーブレード、追加弾倉。

 これならば初めての実践でも死ぬことはないだろう。過剰武装ともいえる。

 因みに過剰武装であるため、当然高い。この追加セットだけで350C使っている。ロケットとレーザーブレードだけで280Cもするって、どれだけ割高なんだ。

 

 

 早くもお小遣い残金2割を下回る統治者であった。

 

 

 

 

 

 

 




 
 〇今話主人公が発した言葉一覧〇

・「………ここどこだろ」
・「--!?」





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剣と魔法の幻想世界

 
 本作には撃ち漏らしの誤字があるから多々注意だぜ。
 


 

 

 太陽が真上まで上り比較的温暖な気候の草原地帯。

 草木は程よく生い茂り、うさぎ程度ならば隠れそうな位に伸びきっている。

 小動物が隠れるのにピッタリな高草が生え、その合間合間には少し大きめな岩石が転がっている。

 

 此処は【アリアハ王国】北西に位置するシプレ大草原。

 開拓されきってない国内の中、出現する【魔物】の強さが『Gランク』という事で低レベルの冒険者が良く訪れる。

 狩猟が主なライフラインである国にとっては未だに上級冒険者が少ないのは痛手だが、こう言った低ランクで稼ぐ冒険者の存在は彼らにとって、少なくない生命線である。

 

 そして今、平原の片隅で小柄ながらも、直剣と小盾を構えて健気に魔物相手に奮闘している少女がいる。

 彼女の名前は【ミリア・ウィーストン】

 アリアハ王国の冒険者ギルドに属する《Gランク》冒険者である。

 ランク相応に武装も貧弱で、持ち前の直剣もボロボロで、刃が少し欠けていたり持ち手が痛んでいる。

 腕前も決して良いとは言えず、一般人に毛が生え欠けた程度。

 コレでは現在進行形で、〔ゴブリン〕一匹相手にすら苦戦しているのにも納得だ。

 

 

 ——ギィィッ!!

 

 

「うっ!?」

 

 

 《Gランク》の魔物であるゴブリンの放つ飛び掛かり切り。

 その小さな身体に見合わない跳躍力は少ない時間で彼女の目の前まで移動し、その手にもつ短剣を大きく振り上げる。

 懐に入られたのに驚いたのかミリアはすかさず後方に転倒し、小盾を持った左手を腹に当て尻餅をつく。

 

 

 ——キィン!!

 

 

 不幸中の幸い。

 尻餅をついた事で図らずも盾を構え、ゴブリンの斬撃は見事盾に突き刺さった。

 ゴブリンの持つボロボロ短剣では鉄板を貫く事は出来ない。

 弾かれ腕に刺激を与えられたゴブリンは数秒硬直した。

 

 

「う、うわぁ!? あっちいけぇ!!」

 

 

 ゴブリンの赤く充血した赤目が不気味に光り、恐怖するミリア。

 すかさず腹の上に乗るゴブリン向けて直剣を横薙ぎに振るう。

 

 

 ——グシャリ。

 

 

 鋭く研がれた刃物が緑色の頭部に裂き入った。

 中頃まで裂かれた頭部は思考を停止して、暗い闇を作る。

 各所に絶え間なく発信されていた通信はそれを境にパチリと途切れ、身体を支えている筋肉は仕事を放棄する。

 ゴブリンはバタリと草原に転げ落ちた。

 

 

「……ふぇ?」

 

 

 ゴブリンが倒れた事がそんなに不思議なのか、彼女はその死体を見て目をパチクリ。

 やがて我に帰ると目の前のそれが何を意味するのか理解する。

 やったのだ私は、自分の手で。

 ミリアの中に少なくない満足感が現れる。

 初めての戦闘で、生き延びたのだ。倒したのだ、敵を。

 

 

「やった、やった……やったぁぁああ!!」

 

 

 ミリアは思わずガッツポーズした。

 依頼を受けていた訳ではないが、それでも彼の身体の一部を換金所窓口に見せれば討伐料位は貰える。

 これは良い拾い物をしたとワクワクしながらもう動く事のない『ソレ』に近付き、ナイフで耳を剥ぎ取った。

 

 

「えっと、あとは……っと、あったあった」

 

 

 ゴブリンの胸の辺りをナイフで裂いて解体。

 するとコツンと何か硬いものが当たる感触がする。

 ミリアはその周りの肉を裂いて、ソレを取り出す。

 彼女の手に握られていたのは結晶。少し濁った白色の結晶だ。

 一般的にコレは〔魔石〕と呼ばれている。

 

 

「やった、大収穫だよ今回のは!」

 

 

 魔石を腰についたポーチに入れて彼女は立ち上がる。

 初めての実戦にしては中々の結果ではないか。

 ミリアの中で少なくない満足感が溢れ出る。

 いつもは叔父の連れで魔物の出ない辺りで野草の採取をしていた自分が、一人で魔物退治をやり遂げる。

 これは今後の、そして今のミリアに対して小さなヤル気を与えた。

 

 

「よし! 目的の物も取ったし、魔物も倒したし! 帰ろう!」

 

 

 笑顔で直剣を納め、その場を去って近くの舗道まで向かうミリア。

 向かうはミリアの現在の拠点である、『シルラの街』

 冒険者ギルドがあり、彼女の生活生命線を数多く支える発展都市である。

 

 ミリアは軽い足取りで帰還した。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

「……はい、確かに確認しました。

 受領した依頼『薬草5束の採取』とGランク魔物のゴブリンの討伐料。

 合わせて銅貨8枚大銭貨7枚となります。ご確認下さい」

 

 

 茶髪のセミロングが艶やかな美しさを際立させる、冒険者ギルドの受付嬢。

 彼女が差し出したカルトン(金置き)に置かれた硬貨を受け取り満面の笑みを浮かべる女性冒険者、ミリア。

 彼女は間違いないですと言って財布にそれらを入れて、その場を去る。

 

 

「よーし、後は魔石を商人に売って、そしたら後は……」

 

「ん? あれミリアじゃないか。おーい、ミリアぁ!!」

 

「あ、グリーグさん! 今日はもうお仕事お終いですか〜?」

 

 

 冒険者ギルドを出る手前、ギルド内に併設された酒場の一部から大男が彼女に向けて大声で叫んだ。

 それに気付き、ミリアは掛け声の主を見渡すと、酒場の丸テーブルに座って仲間とワイワイ酒を呑んでいる友人の兄の姿を見つけた。

 ミリアはトコトコ近付いて行って彼に話し掛ける。

 

 

「ん、まあな。ミリアもか?」

 

「はい、そうです! ちょっと疲れちゃいましたけど、ちゃんと完遂出来ました!」

 

 

 その元気な声を聞いてグリーグとその仲間は笑顔になる。

 そして彼女を褒めてあげた。

 

 

「おお、それは凄いな。投げずにちゃんとやり遂げたか」

 

「偉いぞ〜、ミリアちゃん。しっかり出来る女は将来いいお嫁さんになるぞぉ!!」

 

「ガッハッハ! 違いねえ!!」

 

「も〜、何言ってるんですか〜」

 

 

 楽しそうにワイワイ会話する一同。

 ミリアとグリーグは数週間振りに会ったので仕方ないとも言えるが。

 危険も伴いこの業界だ、楽しくやれる事は大事な事なのだろう。

 

 

「まあ実際の所、投げずにやり遂げた事は評価に値するぞ。最近は諦めて放棄する奴も多いからな」

 

「そうそう、そう言う奴らの分まで俺たちが回されるんだから溜まったもんじゃねえよ」

 

 

 最近、やけに魔物討伐の依頼が多い。

 アリアハ王国周辺はそれほどだが、王都や開拓街近く、遠方の他国では特に多いと言う。

 少し前に酒場で騒いでいた奴によると『新たな魔王』が生まれた事とかが関係しているらしいが、本当かは分からない。

 だが少なくとも、ここ最近の魔物が凶暴になっているのは事実だ。

 

 

「ったく……最近はホントキツイぜ……」

 

「もしかして今回の仕事って……」

 

「ああ、そうだ。"『凶暴化した魔物』を討伐してくれ"だとよ。報酬が結構なもんだから受けてみたが、生半可なものじゃなかったな」

 

 

 言うグリーグの瞳が憂鬱な物に変わる。

 彼が言うには今回の依頼で仲間が一人重症負ったらしい。

 事前情報とは異なる倍以上の魔物の数、魔攻種の存在。

 更には〔人族領外〕又は〔不干渉領域〕にしか存在しないと言われている『凶獣』の乱入。

 これらの想定外の連続により彼は今、生死の狭間を彷徨っているらしい。

 

 

「そんな事が……あの、その人ってもしかして……」

 

「……クェルドだよ」

 

 

 クェルドは彼らのパーティの後衛を担う魔法使いだ。

 彼の扱う魔法は基本的に属性魔法だが、そのどれもがハイレベルで纏まっており、通常使う中位クラスの魔法ですら大抵の魔物を一撃で狩る。

 反面防御力が少ないが、それも支援用の防護魔法で克服すると言う機転の効きもある。

 それ程の物がパーティを離れるとなると、今後の活動はレベルを下げねばならないだろう。

 いや、それ以上に彼らにとっては仲間がやられたと言う事の方が大事であろうが。

 ミリアは表情が暗くなる。

 

 

「まあそれでも、俺たちは運が良かった。クェルドが目立ったダメージを負ったのは確かに痛いが、それだけだ。

 あれだけの戦力、そして『凶獣』に遭遇して全滅しなかったのは奇跡に近い」

 

「……それでも、勝って帰って来たじゃないですか! 凄いじゃないですか!!」

 

「そうだな。——アレを俺たちの勝利だと言えるならな」

 

「え?」

 

 

 突然のグリーグの告白にミリアは表情が固まる。

 

 

「俺たちは別に、大群相手に抜群のコンビネーションを発揮して勝ったわけじゃない。

 かと言って個人単位で奮闘して勝てたわけでもない。

 『化け物』に会ったんだよ」

 

「化け物……?」

 

 

 グリーグはしゃべり始めた。自分たちに振り掛かった悪夢を。

 

 それは突然の事だった。

 妙に報酬の良い討伐依頼が来たもんだと現場に急ぐ。

 だが、そこには誰一人として居なかった。

 見渡す限りの草原。近くで深く生い茂る森林。

 グリーグは不信に思い、来た道を引き返して帰還しようと試みる。

 最近の世の中は妙だ。今回の依頼も何か、裏があるのかもしれない。

 現場に来て違和感を感じた故に判断だった。

 

 皆に話し、帰還しようとする。

 だが、その瞬間だった。『敵』が現れたのは。

 

 器用にカモフラージュされ、あちこちに掘られた穴から一斉に飛び出し各所から魔法の一斉攻撃を放つ魔物。

 魔法の扱いに長けた魔物『魔攻種』だ。依頼書には魔攻種の存在はなかった。

 これはどういう事だ。

 取り乱しながらも敵の全体像を確認する。

 魔攻種、鉄甲種、剛腕種。

 全て上級魔物だ。しかも全体数は依頼内容にあった3倍はある。

 

 ハメられた。

 

 怪しい話ではあったが、こういう事だったとは。

 後退しつつ応戦し、なんとか脱出を図ろうとする。

 魔攻種の攻撃を躱しながら剛腕種をいなし、鉄甲種の突撃を止める。

 だが一体一体の質が高く、且つ数もあり得ないほど多い。

 

 そんな状態で耐えれるはずもなく。

 ついに魔法使いのクェルドが魔攻種の集中攻撃を受けた。

 

 

「扇状に展開する魔攻種の攻撃全てに対応できなかったんだ。事実奴らの攻撃を受けたのはクェルドだけじゃない。俺だって数発受けた」

 

 

 それでもクェルドは連続して立て続けに攻撃を貰い、戦闘不能になった。

 倒れた仲間を見捨てる訳にも行かず、庇いながら後退する。

 と、その時だ。

 後ろからドタドタと何か大きな奴が走る音がする。

 そいつは森のほうから聞こえ、一瞬で草原に跳躍する。

 

 凶獣だった。

 迅速の疾風竜『這影(ゲンエイ)

 黒い体毛に覆われ、強靭な四脚を豪快に動かして疾走するソイツは正に狩人。

 紅い目を光らせるソイツは窮地に追い込まれているグリーグたちを追撃する存在としてはぴったりだった。

 

 目の前からジリジリと迫る魔物群。

 後ろから疾走してくる凶獣。

 損亡し、機能を失いかけているパーティ。

 

 正に絶体絶命だった。

 

 

「けどな、それでも俺たちは助かったんだよ。

 天からやってきた『化け物』のおかげでな」

 

 

 ソイツは突然現れた。

 遥か上空で此方を見下すように佇む、茶色の鎧に身を包んだ天使。

 いや、鎧というのは比喩だ。奴の身体には鎧のような繋ぎ目も、覗き穴もない。それ自体が身体の様だった。

 生身の身体のようなソレに身を包んだソイツは両翼の筒状の翼から炎を吐きながらその無機質な紫色の『目』で見ていた。

 この光景には流石のグリーグたちも止まってしまう。グリーグたちだけでなく、魔物すら上空を見上げているほどだ。

 

 だがそれも一瞬。

 奴は急に右手を動かし始め、その手に握る〔筒状の何か〕の先を魔物たちの元に向けた。

 それが何かは分からない。が、強力な武器だという事は分かった。

 

 目の前に降り掛かる無数の『何か』

 連続して放たれるソレらは魔物たちの身体をバラバラに破壊し、彼らの腕や頭はいとも簡単に千切れ、粉砕された。

 しかもそれが魔物全体に降り掛かるのだ。

 この段階で最初は抵抗し魔法を放っていた魔攻種はその大多数が死滅していた。

 

 更に化け物の攻撃は続く。

 局地的に降り注がれる何かが他の穴へと攻撃対象を変えると、今度降り注がれるのは無数の何かではない。

 ボトリ。

 自分たちにもある程度視認できる程度の速さで落とされたそれは丸く、手のひら大の大きさに見える。

 だがそれでも身体が反応する頃には既に地面にぶつかる程の速さ。事実魔物たちも落とされ地面に衝突する頃に動き始めていた。

 瞬間、響く大爆発。

 手のひら大の何かが落とされた穴の中でだ。

 爆破魔法と同等か、それ以上の大爆発を起こすその『何か』は、声唱なしで、しかも連続してそれらを振り落としていく。

 この段階で穴に潜んでいた魔物は全て死に、穴は崩落。適度に地上にもそれらが落とされたことで魔物たちは全体数を限りなく減らされた。

 もはや全滅間近だ。

 

 化け物は筒状の翼を使ってゆっくりと地面に舞い降りる。

 無機質な後ろ姿が何処か頼もしく見えた。

 が、目の前で繰り広げられる惨劇をみてその感想も消え失せた。

 

 逃げ惑い、背を向ける魔物たち。

 それに向けてただただ右手に持つ何かから絶え間なく小さな何かを浴びせる。

 まるで作業だと言わんばかりのその行動に背筋を凍り、息が止まる。

 もしも、その矛先が自分たちに向けられたら?

 考えただけで恐怖が募っていく。

 

 目の前のコイツは危険だ、化け物だ。

 そう脳が判断を下す頃には魔物の殲滅は終わっていた。

 見渡す限りの血海。

 千切れそこら中に飛び散った腕や頭、飛び出した内臓、ボロボロになった血濡れの帽子や肌着、鎧。

 降り注ぐ何かに破壊されたのか剛腕種の持っていた大刀は半ばから折れている。

 

 思わず吐き気が込み上げてくる。

 自分たちでもここまで惨状を作り出した事はない。

 これではまるで、”戦争”ではないか。

 目の前の化け物がやったのは”戦闘”ではない。”蹂躙”だ。

 

 やがて化け物はゆっくりと此方を振り向き。

 その無機質な紫色の目を向けて、ニヒルに笑った。

 

 

 ーー次はお前たちの番だ

 

 

 グリーグには目の前の化け物が、そう言っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 おっさん無双。



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語られる化け物

 

 

 グリーグは身体に震えが走った。

 目の前のコイツは、明らかに異常だ。

 そんな異常が、その手に恐ろしい武器を持って。

 こちらを品定めするように見ているのだ。

 

 やめてくれ。

 

 そんな目で見るな。

 

 殺さないでくれ。

 

 心に出ては口までは出ないそれらを吐き出して、更に気分が悪くなる。

 だんだんと視界が歪み始めてきた。

 

 そんな時だ。

 化け物はその兵器を下げて、その場に片膝を下す。両翼もそれに合わせるように横に展開され、炎は真後ろに向けて噴射されている。

 

 なんだ、何をやっているんだ。

 

 そんな疑問が出ると同時に、あり得ない考えが浮かんだ。

 

 コイツは俺たちに服従しているのか。

 

 そんなわけがない。

 が、既に恐怖で可笑しくなっている頭が正常な考えが出来るはずもない。

 グリーグは笑い、笑おうとして。

 再度恐怖に顔を歪めた。

 

 

 --ガギィィン!!

 

 

 そんな音と立てながら化け物は背中に背負う鉄の何かから長方形型の鉄棒を伸ばしていき、先端に繋がれた筒状の何かを前腕に装着した。

 鈍く反射する、大きい穴が開いた『何か』

 先ほどから目の前の化け物が使っている『何か』はどれも異常だが、目の前で展開されたソレはソレら以上に危険だと、本能で分かった。

 

 

 お前、何をするつもりだ!?

 

 

 それすら震えた口には発する事が出来ないと情けなくなるが、今はそれどころではない。

 化け物が持つソレが不気味にいや、鮮やかに発光し始めたのだ。

 

 危険だ、逃げろ、にげろ、ニゲロ。

 本能が叫び、理性も呼応するが、身体が動かない。

 蛇に睨まれたカエル。

 今の自分はまさにコレだと情けなくなる。

 だが恐怖に支配された脳が考えるのはただ一つ。

 

 

-ーいやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ

 

 --死にたくない、死にたくない、死にたくない、しにたくない、シニタクナイ、シニタクナイ

 

 --ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ

 

 

 不気味に、病気のように連呼し、こだまする心の声。

 身体が動かず、叫ぶことすらできないグリーグにとってはこれだけが、唯一できた抵抗だった。

 だがそれは、グリーグだけに限ったことではない。

 他の皆も同じだった。目の前の惨状を見て、恐怖して。

 動けずただ願う事しかできなかったのだ。

 

 光の輝きが最高峰に達する。

 衝撃波が走り、ソレにバチバチと線が走る。

 と、その瞬間に。

 

 

 --******!??!?!

 

 

 後ろから悲痛な叫び声が聞こえた。

 耳が張り裂けそうな爆音。

 頭が割れそうに痛くなる。身体にも響き、筋肉に振動が伝播する。

 

 だがそれで、筋肉に緩みが出来た。

 恐怖によって硬直していた身体は極端な力みを失い、地面に崩れ去る。

 グリーグをはじめとするパーティメンバーはその場に尻もちをつく。

 なんなんだ、一体。

 今のはなんだ。何が起こった。

 

 グリーグは必然的に数秒前に見えた閃光について思い出す。

 化け物の手に装着されたソレから放たれた『おおきな何か』は青い稲妻を纏って一瞬遅れでしか視認できないほどの超速度だった。

 そしてそれを認識した瞬間に、後ろで凶獣の悲鳴が聞こえた。

 それらが組み合わさり、示すものとは。

 つまり。

 

 まさか。

 

 グリーグの脳内に嫌な映像が流れる。

 そんな訳ない。

 あり得ないと否定するように、硬直する。

 ならば後ろを振り向け。

 脳細胞の一部がそう指示する。が、恐怖で動かない。

 現実を、あり得ないだろう現実を認めたくなかった。

 目の前の化け物の規格外さを、認めたくなかった。

 が、

 

 

「………うそ」

 

 

 パーティのヒーラーを務めるリーシャの呆けた呟きが聞こえた。

 それを切っ掛けにグリーグも後ろを振り返ってしまう。

 我慢を振り切ってみた現実。

 それは想像をはるかに超えていた。

 

 

 --*****!!!!

 

 

 巻き散る砂煙の中、不気味に輝く二つの紅眼。

 唸り声が少しずつ小さくなっていく、また大きくなっていく。

 そうしている内に砂煙が晴れ、凶獣の全体像が見えてくる。

 

 唸りを上げる口元から赤い液体が絶え間なく流れ出て、

 

 血濡れた右前足に抑えられた肩部からも滝の様に流れ、

 

 少し離れた場所に無残に千切れた脚が転がっている。

 

 

「……化け物が」

 

 

 グリーグはついに、その言葉を喋った。

 ふらついて、身体に更なる異常を来たしてやっと。

 その言葉を呟いた。

 

 目の前に蹲る凶獣は既に満身創痍だ。

 一直線にえぐられるように捥がれた左前後脚は千切れ、バラバラになって飛び散り、

 身体のいたる場所血肉は剥がれ飛び散り、骨が飛び出しており、

 口、目、耳、傷跡。体中のいたる場所から血液が流れ出ている。

 これではどうあがいても、数十分で死に至るだろう。しかも苦しみながら。

 

 そして一番恐ろしいのが、これをたった一撃の攻撃で、一瞬で作り出してしまう化け物だ。

 何十何百といる魔物を蹴散らし、Sランク以上の強さを誇る魔物を一撃で叩き潰す。

 それでいてなお、余裕の表情だ。これほどまでに恐ろしい事はない。

 

 

 ー-ああ、だめだ。

 

 

 そういってついにバタリと地に伏せるグリーグ。

 ここにきてついに、体力の限界らしい。

 それでも彼は諦めない。全く力の入らない身体に鞭打って、顔を上げる。

 

 

 --ヴヴィィィン!!

 

 

 目の前には先ほどの化け物が翼を展開し、光り輝く刀身を持つ刀で凶獣の頭部を首から切り落とす姿があった。

 それでも尚、化け物には表情がない。まるで仕事か作業だと割り切った、処刑人のようだ。

 

 ボトリと落ちた這影(ゲンエイ)の頭。

 一生会う事のないだろうというソイツの顔は不謹慎にも笑っているようにも見えた。

 そして、自分自身ですら、笑っていると。

 

 グリーグは意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 語り終えたグリーグは少しだけグッタリしていう。

 アイツは本当の意味で【化け物】だと。

 

 

「あんな奴らの相手、S級冒険者でも動かさない限り無傷は免れない。A級冒険者では少なくとも死人がでる。

 そんな状況だってのにあの化け物は一人で、作業のように殺していった。

 俺は、俺は……怖くて、怖くて堪らなかったよ」

 

 

 冒険者ギルドに深い沈黙が訪れる。

 いつの間にやら、ギルド全体でグリーグの話を聞いていたようだ。

 何故聞いていたのか、それは各自で異なる。

 同情したのか、面白さ求めに聞いたのか、はたまた空気を読んで聞いていたのか。

 それは分からない。

 だが、少なくとも現場に居合わせた彼らはソイツについて、悪い印象を持っていなかった。

 

 

「……なんで、ですか? そんな酷い目に遭わされたのに……」

 

「なんで、か………たぶん、ソイツが命の恩人だからだろうな」

 

「え……?」

 

「俺たちは本来、あんな状況で生き残れるようなタマじゃなかった。A級ですら難しいと思える奴ら相手にC級冒険者が生き残れるわけがないんだ。

 それでもこうして酒を飲めるのはな……アイツが居たからなんだよ」

 

 

 あの場、本来ならば依頼のためにとノコノコ出向いたグリーグ達以外、いなかった。

 つまり、自分たちだけであの戦力に立ち向かわなければ成らなかったのだ。

 その場合全滅は間違いない。事実凶獣より脅威度の低い魔物の大群にすらメンバーを一人やられていた。

 化け物がその場に居合わせなければどう足掻いても全滅は間違いなかったのだ。

 

 

「へへっ、おかしいよな。化け物だなんだの言ってる奴相手にこんな事いうなんて。

 でも、それは嘘偽りのない俺の気持ちなんだ。それはたぶん、皆も同じだと思う」

 

『………』

 

 

 見れば確かにパーティメンバー全員、表情が柔らかい。

 話を聞きながらビールを飲む重戦士のバルゴスはいつも浮き出てている顔の筋が少なく、

 盗賊のルーカスはいつも弄っているナイフをテーブルに放置してビールばかり飲み、

 ヒーラーのリーシャは自分が持つティーカープの注がれた紅茶を眺め、惚けてやまない。

 いつもの荒々しさは何処に行ったんだと言いたくなるほど、疲れきったような表情をしていた。

 

 

「まあ、恐ろしい奴だってのは変わらない。できれば近くに居たくないとも思う。けどそれでも……俺は奴に感謝している」

 

『………』

 

「……ふふっ。そうですね」

 

 

 そんなミリアの一言で場の空気がもとに戻る。

 静かだった酒場に活気が戻り。

 また酒飲みたちの談笑がそこら中から聞こえ始めた。

 

 そんな時、盗賊のルーカスがああそういえばと、小さくしゃべり始めた。

 その手にはいつの間にか、お気に入りの短刀が握られていた。

 

 

「俺たちはその後倒れ、担ぎ込まれた病院で目が覚めたんだが。

 そこで面白い話を聞いてな」

 

 

 クククと笑うルーカスにお前その話はと止めに入るグリーグ。

 だがルーカスはやめようとしない。

 ニヒルな笑みで彼はつぶやく。

 

 

「俺たちを拾って病院に連れてきた旅商人によれば、そんな腕脚を捥がれた凶獣なんていなかったそうだ。他にもバラバラに粉砕された魔物たちも。

 これはギルドも確認している。欠片も見つからなかったと」

 

「……え?」

 

 

 ミリアの表情が凍る。

 先ほどまで語っていた驚異の存在が、死んで動けないはずの身体が見当たらない?

 

 

「それは一体……?」

 

「さあ、な。俺は聞いたことを言ったまでだ、詳しくは知らねえよ」

 

「……」

 

「まあ、なんだ。恐らくアイツが何かやったのか、もしくは凶獣達自体に何か原因があるんだろう。俺たち人類はそれほど詳しく凶獣について知らねえしな」

 

 

 そう言う彼の瞳は深く、沈んでいた。

 今回の依頼、謎の化け物、いない筈の凶獣と消えた死体。

 自分たちの知らないところで何かが動き始めているのは確実だ。いや、もう動いているのかもしれない。

 だとしても。

 

 

「俺たちは絶対に、そう簡単に動かされてたまるかよ。最後まで、死ぬその時まで……喰らい付いてやる」

 

 

 そんな彼の呟きは、騒がしさを取り戻した酒場の空気の飲まれてかき消された。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 翌日、シルラの街とある宿屋。

 二階建てのこの宿屋は朝食が標準でついてくる程度の品であるにも関わらず美味いという事で有名だが、客足はそこまで多くない。

 その理由として。

 

 

「あ、ミリアさん。おはようございますっ」

 

「おはようございますシーリスさん、今日も早いですね」

 

 

 泊まっている二階の個室から降りてきたミリアに対してニコニコときれいな笑顔で迎えた彼女、【シーリス・ファイン】

 彼女がこの宿を経営しているからだ。

 

 

「ミリアさん、今日の朝ごはんは魚の煮物とクロパンなんですけど、味見してみます?」

 

「ん、大丈夫ですよシーリスさん。朝食の時間になえばゆっくりたべれますし」

 

「あ、それもそうですね」

 

 

 アハハと笑い合う美少女二人。

 こうした姿を見れるのは男としては眼福なのだが。

 残念ながら今日は男性客は泊まっていない。

 それどころか宿泊客は彼女一人だけ。あとは空き室という異常事態である。

 

 何故なのか。

 それは先も言った通り彼女が原因である。

 笑顔がかわいく、料理も出来て、気配りもできる。

 そんな彼女の何がダメなのか。

 

 種族である。

 

 この国、というよりは人族という種族には決して少なくない人種差別がある。

 なぜか。人間は生まれ持って、コンプレックスを持っているのだ。

 自分より下を見つけて軽蔑でもしないと自分の存在意義を確立出来ない。

 そんな弱い性質が反転して他者に対してキツイ当たりになっている。

 

 主な差別対象は獣人族と妖精族である。

 彼らは人族領にほど近い場所にて都市を作り暮らしており、人間ともそれなりの関係を結んでいる。

 馴染みの種族という事だ。だが馴染みの種族という事もあり、彼らを軽視している。

 力だけの獣人。

 すばしっこさと魔法の扱いしかできない妖精。

 そんな風評が人間の中では広く広まり、浸透している。

 おかげで人族領で仕事をする他種族としてはいい迷惑である。

 

 因みにそんな人間でも【竜人族】や【悪魔族】といった強者相手には顔を伺った対応しかできない。

 結局人間は、弱者相手にしかいい顔出来ない『真の弱者』という事なのだろう。

 悲しい限りである。

 

 

「……よしっと。装備の整備もしたし、ポーションも買ったし。準備OKだね!」

 

 

 宿屋で朝食を頂き、自室で鎧や武器を身に纏い。

 しっかりと準備出来たところで出発である。

 そして冒険者ギルドでは依頼書の貼られたクエストボードを眺め。

 

 

「あ、これがよさそう」

 

 

 報酬と難易度のバランスが取れているものを選んで受付まで持って行く。

 彼女が選んだのは『回復薬の配送依頼』である。簡単に言えばお使いミッション。

 とは言えそう簡単なものでないのも確か。

 配達先は『タルプ村』というシルラ南に位置する小さな村なのだが。

 回復薬の配達料は計40個。一本100mlでそれにビンの重さも加わるとなると相当なものだが。

 それでも報酬金は銀貨3枚と配達依頼としては破格なので。

 

 

「はい、確かに受理しました。

 配送する荷物は後程お渡ししますのでしばらくお待ちください」

 

 

 結局、受けてしまった。

 別にトンでもなく遠いと言う訳ではないが。

 4klずっと持っての数十時間歩きッぱなしコースなので結構な辛さだ。

 

 

「あ~銀貨3枚もあったら何買おっかな~。新しい直剣でも買っちゃおうかな~」

 

 

 数時間後に訪れるであろう地獄を前に皮算用を始めるミリアなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 --すげえおっさんだろ、これ、ACVでは最弱なんだぜ……
 
 


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ある日の林道で

 

 

 森々と生い茂る林道。

 嘗て浴びた灼熱の太陽は彼らが伸ばす草葉に遮られ、地上はじめじめとした土で覆われている。

 

 そんな場所をよたよたとよろめきながら進む冒険者がいる。

 《Eランク》冒険者、ミリア・ウィーストン。

 最近名前を上げてきた若き新人冒険者である。

 

 

「うーんと、たしかこの辺に……あ、あった!」

 

 

良質な革と鉄を適材適所、バランスよく組み込んだ装備に身に纏い、最近使い始めたと思われる小奇麗な直剣と小盾を装備する姿は、年相応の冒険者以上に様になっている。

 冒険者であればいつか世話になるであろうこの林道も、彼女は来るべくして入り込んだのだ。

 

 大体の人間がこの林道を訪れる目的は大きく分けて3つある。

 一つはシルラの街とタルプ村を繋ぐ最短通路として。

 一つは低ランクの魔物を借る狩場として。

 一つは良質な植物を入手する採取ポイントとして。

 

 因みに彼女は全部である。

 

 

「ええと、これで『不眠草』が依頼分と自分用3つで、『舌斬り草』も調合3セット、『深緑葉』も5つ……。あとは『ドリダケ』4つと『プラントパラス』1匹で全部の依頼完遂だね。よしっ!」

 

 

 彼女が受けた依頼は全部で4つ(・・)

 覚醒作用のある薬液の材料となる『不眠草』15つの回収、

 大木や魔物に寄生して腐らせたり操ったりして自身を成長させる《Eランク》魔物『プラントパラス』5体の退治、

 異常なほどの混乱作用をもたらす『ドリダケ』5つの回収、

 そしてタルプ村近隣に集落を作り始めたというゴブリンの討伐だ。

 

 自分の商売道具集めも兼ねて前者3つを受けてはいるが、普通に考えて一日に3つも依頼を受けたりするのは彼女だけである。

 これをやる気があるとか優秀だとみる人もいれば、所詮低ランクのうちにしか出来ない荒業だとみる人もいる。

 とくに後者は実体験が元になっている場合が多く、高ランクに上がるにつれて要求される能力を偏らせないと達成できないものが多いのだ。

 討伐依頼二つなど受けたら体力が持ちそうにない。

 

 とは言え彼女はそんな事気にしていないので、彼女にとっては雑音でしかないが。

 自分の実力は自分で分かっているのだ。

 

 尚最後者について、非常事態につき受けた物でしかない。

 ゴブリンの集落が小さな村を襲撃する可能性が発見された故に、急遽浮き上がってきた依頼。

 他多数の冒険者と合同で行い、高報酬。加えて自分の目的エリアと近いとなれば受けない訳にはいかない。

 少しでも軍資金を増やそうとしているミリアにとってはまたとない機会なのだ。

 

 と、そのことを頭に入れながらドリダケや薬草などを回収していき数時間。

 他の依頼の納入に必要な品が集まっている中、プラントパラスだけがみつからない。

 あの木この木そこの魔物だと手あたり次第に当たった結果何も出ず。

 結局見つからず、あたりが暗くなってしまった。

 

 

「あー、もうこんな時間かぁ……。うーん、仕方ないけどプラントパラスの討伐は諦めるしかない……な?」

 

 

 首に手を置き参ったなと困り果てるミリア。

 4体倒して依頼失敗だと現実逃避気味に遠くを見ると。

 なにやらゴソゴソと動いている。

 

 

「……もしかして」

 

 

 何かに気付き、懐の治めている剣を引き抜きながらソレに近付く。

 ゆらゆらと揺らめきながら拙い歩み方でそこを徘徊するヒトガタ。

 ミリアは目を鋭くしながら腰に付けていたカンテラを前に向けた。

 

 

 --****!!

 

 

 白く濁り、若干飛び出しかけている目玉。

 ボロボロに千切れ腐ったローブ。

 杖を手に持ち、トンガリ帽子を被ったソイツの名は。

 

 

「……〔ウィズハットブルー〕」

 

 

 Aランク魔物、ウィズハットブルー。

 高い魔法適正を持ち、高位魔法を即座に連続して放つことの出来るという、下手な魔法特化型冒険者を軽く超える強さを誇る。

 その脅威度は前衛職を連れていない単騎の状態でも依然高く、低級冒険者が見たら速攻逃げてギルドに報告しろという暗黙の了解がなされているほど。

 唯一の良点は数が少なく、〔不干渉領域〕または〔人族領境界線〕最前線にしか出ないという事なのだが。

 ならばなぜコイツはこんな場所にいるのだろう。

 

 

「……わからない。けど、コイツはーー」

 

 

 --感染している。

 

 

 破けた服の合間合間から見える肉体は既に腐っており、しかも触手のようなものも所々から飛び出している。

 目の色が正常でないのも一役買っているだろう。

 だとすれば何が憑りついているのか。

 緑色の触手、目の白濁、何より背中から生えている黄色いつぼみからいってこれは間違いなく。

 ”プラントパラス”である。

 

 

「でも、なんで……?」

 

 

 本来、ウィズハットブルーは人族領内には滅多に出ない魔物だ。

 単騎で、しかもこんな辺境の国の中では特に。

 しかもなぜか遥か格下のはずの魔物に身体のコントロールも奪われている。

 何かがおかしい。

 

 

 --****!!

 

 

「!? --くっ!」

 

 

 目の前の魔物が腕を伸ばし、いきなり襲い掛かってきた。

 遅い、一般人ですら見切れる一撃。

 だが真に恐ろしいのはその腕の一部が千切れながら別れて、新たに独立した腕として襲い掛かってくることだ。

 幸い、事前に剣を抜いていたことと、プラントパラスに感染された生物との戦いを体験していたミリアには即座に反応、分裂する場所手前を切り落とす事でその攻撃をいなすことに成功した。

 元々の筋肉量が少ない身体だった故に切り落とすことには全く問題なかった。

 

 

「魔法は使ってこない……やっぱり感染し…て!?」

 

 

 魔法を使えないと判断し、さっさと討伐してギルドに報告しようかと思案するミリア。

 だが直後見慣れない光景を見て、その身を固める。

 

 何かを吸い取っているのだ、腕から。

 

 ミリアに斬られ、中からウジのようなものがウニャウニャと蠢く左腕。

 それを白濁した目で見たかと思うと、大木に切断面を直付けし。

 ドクンドクンと波うって腕に何か取り込んでいる。

 こんな事はギルドの情報にもなかった。

 

 ミリアが固まり、数秒何かを取り込む感染生物。

 暫くすると十分に取り込んだのか、手を放し。

 背中を割った。

 

 

「………え?」

 

 

 背中を割ったのだ、文字通り。

 前かがみになり背中を丸めこみ、背骨の筋が浮かんだと思ったら。

 その筋に沿ってぱりぱりと割れたのだ。

 

 直後、中から出てくるヒトガタ。

 脱皮するようにウィズハットブルーの皮を捨てる。

 中から出てきたのは身長2mはありそうな大男だった。

 多少腐り掛けているのか、顔は骨が浮き彫りで、目玉はは半分存在せず、体中赤焼け。

 だがそれでも筋肉量はウィズハットブルーのそれ以上であり、迫力は段違いだった。

 

 

「と、とにかく逃げないと……!」

 

 

 目の前の質の存在に怖気づいたのか、背中を向けて駆け出すミリア。

 だがそんな姿を見逃すほど、ソイツは優しくない。

 その図体に似合わない程の初速で地を踏みしめ、たった3歩ですぐさま彼女の隣に肉薄する。

 驚き、目を見開くミリア。

 今の彼女にとって、目の前の肉ドクロは悪魔だ。

 命を握り潰そうとする悪魔。

 印象通り悪魔は腹わたを潰そうと脇腹目掛けて拳を打ちつけてきた。

 

 

「………?!?!!!」

 

 

 声にならない悲鳴を上げ、思わず口を抑え込む。

 やられた。

 今の一撃で確実に肋骨が何本か逝った。

 ミリアの中で更なる焦りが生まれる。

 逃げないと。

 

 

 ——*****!!

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 アヒャヒャヒャと笑い、蹲るミリアの肩を掴みその場に捩じ伏せる肉ドクロ。

 肉ドクロはそのまま彼女に馬乗りになり、彼女の口元をガシリと掴む。

 強制タコ口になったミリアは恐怖のあまり涙目になり、ブルブルと身体を震わせる。

 なぜなら。

 ソイツの手には握り拳大の『へんなもの』が握られていたから。

 

 

「い、いや……」

 

 

 うねうねと畝り、粘液を垂れ流す触手を生み出す球体のそれは見ているだけで吐き気を促す代物で、事実ミリアも気分が悪くなって来ている。

 肉ドクロはその様子に満足げで、再度笑う。

 とその次に。

 肉ドクロが動いた。

 

 その手に握るソレをミリアの口元に近付け、口元を抑える左手で強引に口を開けようとする。

 ミリアも抵抗こそするが、筋肉量が違いすぎる。少しの抵抗も虚しく、少しずつ開口されていく。

 

 

「やだ、やだ……やめて……おねが——」

 

 

 もはや万事休すか。

 肉ドクロはミリアの抵抗を呑まずに、その手に握るソレを口元にズブリと押し込む。

 

 前に倒れた。

 

 

「……え?」

 

 

 急に口を抑えつける力が弱まり、身体の上に乗る身体がドサリと倒れた事に疑問符が出る。

 肉ドクロは頭に小さな風穴が二つ空いており、口を半開きにして絶命している。

 何が起こったの?

 ミリアはその数秒前に起こった、と言うより耳に入った爆音に思考を巡らす。

 ダダンと連続して響いた炸裂音。

 聞いた事がない音だった。

 

 

 ——ガサリ。

 

 

「!? 誰!!」

 

 

 草むらの方から何かが動く草木の葉音が響き、警戒を促す。

 肉ドクロが倒れた方とは別の方向だ。

 もしかしたらコイツを仕留めた冒険者かも知れない。

 そう思い声をかけたのだが。

 

 ぱさぱさと草木を分けて垂直立ちしたのは一人の男。

 緑色の見た事もない衣服に、H型のサスペンダー。

 手には黒光りする『何か』が握られており、刀剣や盾、弓といった武器は一切見当たらない。

 この時点で普通の冒険者ではないのだが、それ以上に目立つ部位がある。

 顔だ。

 顔が不気味な鉄仮面で覆われているのだ。

 ハエのような表情のないブラウンの表面に、口元に取り付けられた円盤のようなもの。

 何より不気味に光る、赤眼がこの森の中一番に存在を主張している。

 

 男は暫くミリアを見つめた後、バサッと屈みこみその姿を再度消した。

 

 

「あ、ちょっと待って!!」

 

 

 待てと言われて待つ者はいない。

 それを体現するかのような身のこなしで、彼はその場をすぐさま離れてしまった。

 その姿はもう、どこにも見えない。

 

 

「……何なのよ、一体……」

 

 

 その場に取り残され、唯一できるつぶやきを残す。

 何が起こったのか、彼女には見当もつかない。

 が、異常が立て続けに起こったのは間違いない。

 ミリアは自分を襲った肉ドクロの死体を忌々しく睨みつけてようとして。

 首を斜めに傾けた。

 

 

「あれ? 死体何処に行ったの?」

 

 

 そこにあったはずの死体はどこへやら。

 先ほどまで頭に風穴を開けて倒れていたソイツは消え、所々に抉られた地面のみが残っている。

 結局、ここで起こった謎の証拠が全てなくなってしまったのだ。

 これではギルドに報告のしようもない。

 

 

「何か、引っ掛かるなぁ……」

 

 

 言いつつ、不満ながらも剣を鞘に納め、身体についた汚れを振り払う。

 あれが自分の妄想だったとは思えない。妄想のような事が、現実に起こったのだ。

 ウィズハットブルー、感染体、肉ドクロ、そして赤眼。

 あの日、初めてギルドで依頼達成したあの日ルーカスが言っていたことと、何か近しいものを感じる。

 

 

「でも、それでも私は……」

 

 

 自分の目的のためにも、冒険者はやめない。

 いつか出会った、”あの人”にもう一度会うためにも。

 自分は、死ぬわけにはいかない。

 

 

「……頑張ろう」

 

 

 力をつけて、異常にも立ち向かえる冒険者になる。

 ミリアは再度気合を入れて、その場を立ち去った。

 彼女が向かう先はシルラの街。

 予定を変更して、一度休息をとるのだ。彼女は今日疲れた。

 さっさとお風呂に入りたい。

 そう年頃の女の子並みの感想を抱く、ミリアであった。

 

 

 余談だが、帰り道にプラントパラスを発見したことで依頼はしっかりと完遂できた。

 これで今日もすべての依頼コンプリートである。

 

 

 

 

 

 




 
 
 主人公しっかり主人公してくれませんかねぇ。
 ミリアに仕事取られてるんですよねぇ。

 


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