薪、人理を救う旅にて。 (K.)
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番外:Happy Valentine

一日で書き上げました(白目)


なお、本編とは関係が在りません。たぶん。
イベント仕様の色んな英霊が居るカルデアでのお話です。


 

 ジリリリリリリン、ジリリリリリリン。

 

 

 目覚ましの音が部屋に鳴り響く。

 耳障りなそれは朝の目覚めを促すのにはうってつけのものだ。

 

 

「……朝か」

 

 

 英霊達と同じく、眠る必要は無いが、極力カルデアの内部では眠るようにしている。

 理由は特に無い。強いて言えば人としての習慣だから、だろうか。

 

 

 もっとも、ただの人であった時のことなど全く覚えておらず、人間の真似事をする化物といった絵面になるのだけれど。

 

 

「さて。今日は特にレイシフトの予定もないけど、どうするか。」

 

 

 最近は根を詰めて素材を集めに行っていたために今日は休みとしている。なので本当に予定が無い。

 さて、どうしたものか。

 たまには読書でもしてゆっくりと過ごしてみるのもアリか。

 

 

『ちょ、ちょっと待って、何で此処に!? 俺の部屋なんだけど!? 待って、ステイ、ストップ! あ、あああああああああああああ!!』

 

 

 今日一日をどのように過ごすかと考えていると、直ぐ近くの部屋で眠っていたであろう、もう一人のマスターである藤丸立香の大きな悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「……朝食食べに行くか」

 

 

 取り敢えず無視することにした。

 

 

 どうせ清姫か頼光、静謐のハサン辺りが潜り込んでいたのだろう。

 どうせ、とは酷い言い様かもしれないが、彼女達は三大潜り込み常習犯なのでこう言われても仕方が無い。

 

 

 藤丸も藤丸でいつものことなのでそろそろ慣れて欲しいものだ。

 

 

 呆れつつも部屋を出ると、いつものようにカルデアの職員達の姿が見える。

 だが、いつもとは少し違って主に男性職員が何処かそわそわとしているような。

 

 

「やあ、アルス。ついにこの日がやってきてしまったね」

「何の日だよ」

「えっ」

 

 

 全く分からん。完全にオフの日であること以外は本当に分からん。

 だからその「お前マジで言ってるの? 頭は大丈夫?」というような目をするのはやめろ。

 

 

「クソッ! これがモテる男の余裕というやつなのか!」

 

 

 頭を抱えて嘆き始めたロマン。

 お前は本当に何を言っているんだ。

 

 

「今日は二月十四日! 人によってはとんでもない悲しみを背負うことになる日なんだぞぅ!?」

「あー……」

 

 

 成る程、理解した。

 二月十四日か。男性職員が浮き足立つ理由がよく分かった。

 

 

 現代において二月十四日とは、日本において主に女子が主に男子に想いを告げる為にチョコレートを作って贈ろう、というイベントのある日だ。多分。

 

 

 容姿端麗な英霊が多く、またそんな英霊達が増えてきた此処カルデアに置いて今日は正しく聖戦なのだろう。例え義理であろうとチョコを貰えるか貰えないか、という男達にとっての。

 

 

 まあ、こんなイベントは滅多とないのだ。

 存分に楽しんでもらいたいとは思う。ただ騒動を起こすのはやめろ。いつも鎮めるのは俺と藤丸になるのだ。

 暇といえば暇で仕方がなかったりもするが、折角の休日を潰されては困る。

 

 

 何故か既に悲しみを背負いつつあるロマンをそのままに、俺は食堂の扉を開けた。

 

 

「おはよう。朝食食べにきた」

「ああ、おはよう。君は落ち着いているようで何よりだ」

 

 

 辟易とした様子で出迎えてくれたのはエミヤ。

 彼が召喚されてからカルデアの食事事情は大幅に改善された。俺もまさか彼らがカプセルだの、栄養剤だので食事を摂った気になっているとは思ってもいなかった。

 

 それからというものの、タマモキャット、ブーディカ等の料理の出来る英霊達を取りまとめ、自然に厨房を仕切るようになった。

 

 

 厨房で全力で調理に励む彼はとても生き生きとしている。

 

 

「本当に料理上手いな、エミヤって。……俺も本格的にやってみるか?」

「私で良ければ教えてやろう」

「お、本当か? なら今度教えてくれ。そろそろ此処での休日の過ごし方に悩んで所だ」

 

 

 本当に無趣味だな、と笑われた。失敬な。

 まあ、否定は出来ないのが痛い所だ。

 

 

「……ふう、ご馳走様でした、と」

「お粗末様。君は今日一日大変だろうから覚悟しておくといい」

「何でだよ」

 

 

 聞けば、昔の自分を見ているようなのだとか。全員を幸せにする覚悟は充分か? と言われたが何を言っているんだお前は、としか返せなかった。

 

 

 さて、朝食も食べたことだ、適当に散策と行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

「ん?」

 

 

 廊下をボーっとしつつ、ゆったりと歩いていると声が聞こえた。

 俺のことだろうかと振り返ってみれば緑がかった金髪に獅子の耳のある女性──アタランテの姿が。

 

 

 いつも凛としている彼女としてはかなり珍しく、顔色を伺うような様子でこちらを見ていた。一体何事なのだろうか。

 

 

「その、だな。今日はバレンタインというやつだろう?」

「ああ」

「ええっと……」

 

 

 いや、本当にどうしたのだろう。

 不思議に思っていたが、そこでふと気がつく。

 

 

 ああ、もしかしてチョコか。そういうことなのか。

 

 

「……これを。私の手作りだ」

 

 

 手渡されたのは……林檎。どうみても林檎だ。

 どう見ても林檎、だがしっかりとチョコを使って手を加えている辺りしっかりとしている。

 

 

 うん、嬉しい。嬉しいとも。

 

 

 俺はこれまでしっかりと現代に馴染めるように生きてきた。

 なのでこういったイベントを経験することもあったが、結果はお察し頂きたい。つまりはそういうことなのだ。

 

 

 ただ、かなり手の込んだ感じであるのはどうなのだろう。義理にしては手が込みすぎではないだろうか。

 

 

「林檎を自分で作るとはいささか不思議な気分だった。──受け取るがいい。自身で食べるも、徒競走でこの林檎を私に使うも汝の自由だ」

「え」

 

 

 ちょっと待て、それはどういうことだ。

 

 

 確か、アタランテは自分との勝負に勝った男を伴侶として迎えることにしていたという話が残っていたような。

 

 

 つまり、これはそういうことなのだろうか。

 

 

「で、ではな!」

「あ、おい!」

 

 

 彼女は自慢の俊足で足早に去っていった。礼がまだ言えていないのだが。

 

 

 それにしても、どうしたものか。

 これをどうするかは俺の自由だ、とは言われたものの。

 

 

 

 

「あんなこと言われたらなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず、今は何もせずとっておくことにした。どう扱えばいいのか分からなかっただけであって他意は無い。

 

 

 しかしまさかあのアタランテから贈り物を貰うとは。この分だとまだ増えそうだ。

 ……エミヤの言っていた大変な目に遭うとはまさかこのことか。

 

 

「あ、マスター!」

「ジャンヌか」

 

 

 にこにこと笑いながらこちらに寄ってきたのはジャンヌ。

 その笑顔はとても眩しく、正しく聖女といったところだ。

 

 心なしか周りが輝いている気がするがきっと気のせいだろう。

 

 

「……」

「ん? オルタも一緒に居るのか。珍しいな」

 

 

 陰に隠れていて気付かなかったが、どうやらオルタも一緒に来ていたらしい。

 

 

 彼女達が共に居るとなると、明日は海魔でも飛び出してきそうだ。それくらいには珍しいし、まずあり得ない光景なのだ。

 

 

「これを。日頃の感謝と愛情を込めて、私からの贈り物です」

「ああ、ありがとう」

 

 

 日頃の感謝と称して渡されたそれは綺麗に包装された白い箱型のもの。

 まあ、見れば分かる。チョコレートなのだろう。

 

 

 さり気なく愛情を込めていると言われたがきっとそれも親愛の愛情だろう。でなければ、男女の仲など経験していないであろう彼女が平然とこれを渡してくるはずがない。

 

 

「で、では私はまだ渡していない人が居るのでっ」

「……あれ?」

 

 

 そんなことを考えていると心なしか顔を赤くしたジャンヌが俺の視界から逃れるように消えていった。

 

 

 まさか、な。

 いやいや。

 

 

 ないだろう、きっと。

 

 

「……ははっ」

 

 

 思わず乾いた笑いが出る。いつから俺はこんな人間になったのだろう。

 藤丸じゃあるまいし。

 

 

 等とかなり失礼なことを思いつつ、ふと前方を見やればそこには取り残されたオルタの姿が。

 

 

「……」

 

 

 凄い顔をしている。とても言葉では言い表せない表情だ。

 

 

 ジャンヌに無理やり連れてこられたであろう彼女の気持ちはとても推し量れるものではない。

 ぷるぷると震えつつも何かを言おうとしている彼女の姿は大変庇護欲をそそるものだ。

 

 

 普段のつっけんどんとした態度から一変してこのような態度をとることがある彼女は大変可愛らしいものだと思う。

 

 

「こほん。……はい、これ。私からは嫌がらせに私の顔に似せたチョコです。どうです? とっても嫌な気分でしょう?」

 

 

 そう言って手渡されたのは割と大きめの箱。

 透明な部分から見えるは正しくジャンヌ・オルタの顔。本人は嫌がらせのつもりで作ったらしいが、俺がこれを喜んで食べたとしたら彼女は一体どうなるのだろう。

 

 

 どうなってしまうのだろう。

 

 

 少しからかってみたくなってきた。

 その場で食べるまでは行かなくとも、満面の笑みで嬉しそうに礼を言うとしよう。

 

 

「ありがとう。じっくりと味わわせてもらうとも」

「え。ちょ、ちょっと待ちなさい。やっぱなし、よく考えたら私を食べてもらうってそれ……ああああああ!!」

 

 

 自分が一体何をしたのか、何を言っているのか、ということに気付いたのか、彼女は顔を真っ赤にして走り去っていった、

 手渡したチョコを奪い去っていかない辺り、根は真面目というか、なんというか。

 

 

 

 

 ……後でそれとなく謝っておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よし、部屋に戻ろう。

 そう思って歩いていたら様々な英霊達からチョコを貰った。皆バレンタインを満喫しているようで何よりだ。

 

 

 だがアストルフォ、お前は男だ。何故チョコを用意しているんだ。

 そして何故俺にチョコを渡すんだ。やめろ、頬を赤らめて照れくさそうに笑うんじゃない。

 

 

 と、まあ色々あったが、何とか無事に部屋の前までたどり着いた。

 

 

 それはいいのだが。

 

 

「……」

 

 

 部屋の中から気配を感じる。

 具体的には、ネロとタマモの。

 

 

 何故居る。

 

 

 いや、考えてみれば直ぐに分かることではある。

 だとしても何故二人で居る。

 

 

 ……ここで躊躇していても仕方あるまい。

 意を決して部屋に入る。

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「その様子だと我らの予想通り、チョコを山ほど貰ってきたようだな?」

 

 

 思いのほか普通に出迎えられた。

 

 少し安心した。何があるのかと戦々恐々としながら身構えていたところであった。

 しかし、予想通りとはどういうことなのだろう。

 

 

「フッ。奏者のその魅力を持ってすればハーレムを築くことなど造作もないこと。それを余はよーく分かっているゆえな」

「わたくしとしてはかーなーり複雑なのですが」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 

 それでいいのかと言いたい。俺にそんなつもりはない。断じてないのだ。

 知らずの内にハーレムのようになっている辺り、手遅れかもしれないが。

 

 

「それで、だ。どうせなら奏者と二人で甘い一時を過ごしつつ、最後の一人として部屋で待ち伏せすることにしたのだが……」

「思いっきり。思いっきり同じ考えに辿りついちゃったんですよねぇ……」

 

 

 成る程、彼女らが二人で居る理由は理解した。

 ただ、この場合、二人で争っていても不思議では無い筈だが。

 

 

「何、奏者が好かれるのは今に始まったことではない。だが、メインサーヴァントとサブサーヴァントたる余とキャスターが優先されるべきであるのは明白である。つまりだな、余とキャスターを存分に愛でよ! ということだ!」

「この際わたくしも気にしないことにしました。正妻戦争はまだ終結してませんが、一時休戦ということ、なのです」

 

 

 そうきたか。

 だが、そうとくれば愛でるしかあるまい。今こそネロとタマモを絶対に可愛がるマンと化す時だ。

 

 

「と、その前に。奏者、余からのプレゼントだ。見た目や味は勿論のこと、愛情もたっぷりと、これでもかと込めておいたゆえ、味わって食べるがよい」

「わたくしからはこれを。セイバーさんに負けず劣らず、いや寧ろぶっちぎりで勝つ勢いの贈り物でございます」

 

 

 それぞれ手渡されたのは手作りの手の込んだチョコレート。月桂冠が施され、薔薇の装飾の付いている、これぞローマ、といった趣を感じられるチョコに西洋風のものでありながらもどこかお淑やかで控えめなチョコ。

 どちらも彼女達らしさが出ている。

 

 

 素晴らしい、これはいいものだ。

 

 

 嬉しくないわけがない。

 

 

 ニヤけていないだろうか。抑える努力はしているが。

 

 

「本当に嬉しいよ。ありがとう」

「うむ! では奏者よ、甘えに甘えるゆえ覚悟せよ! 今夜は寝かさぬぞ?」

「おや、大胆な発言ですねぇ。しかし、それはわたくしの台詞! ご主人様、わたくしと熱い、熱い夜を過ごしましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 英霊達もどこか浮ついた様子の二月十四日。

 チョコを貰えた者はいい一日になったことだろう。

 

 

 貰えなかった者は残念。

 また来年に向けて努力しよう。

 

 

 こういったイベントは楽しむに限るのだ。

 

 

 どんな結果であれ、誰もが楽しめる一日でありますように。




何故アタランテを入れたか、だって?

好きだからに決まっているでしょう!!
番外編だからいいよね! なんて思いつつ思い切って入れました。後悔も反省もしていません。


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プロローグ
旅の終わり / 旅の始まり


設定を一新(という名の話の練り直し)

今度こそは……



 暗い。

 

 冷たい。

 

 何も見えない、ただただ暗い闇の中で火の粉を纏ったヒトガタが在った。

 

 

「……時代の終わりというのはあっけないものだな。

  これよりはヒトが表舞台で活躍する時代になる。オスカー、せめて貴方に救われたこの命が尽きるまではこの先の時代を見守っていくとしよう。……それが残った……残された俺のやりたいことだから」

 

 

 そう悲しげに呟く彼はこの時代、この場所に唯一生き残った人間。

 人成らざる者達が跋扈し、世界の呪いによって不死となった人間が現れてはやがて亡者となって彷徨う時代。

 その時代を終わらせ、人が支配する時代にせんと最初の火を奪った人間。

 

 彼自身に名前はない。

 遠い昔に不死となり、北の不死院に囚われる以前の旅の記憶は磨耗し、過去の事を殆ど覚えていないからだ。つまり、今の彼には彼が彼であることを示すものが何も無い。

 

 彼は自身の友人達から名を借り──アルスと名乗った。

 

 

「……さて。あんな呪われた時代には無かった美しいモノを見られると信じて、旅を続けよう」

 

 

 そういって彼は最初の火の炉から去っていった。

 神秘がこれから急速に薄れていくだろう。急速にとは言っても、それはあくまで彼基準の話だ。普通の人間からすればとても長い、長い時間のこと。

 

 

 

 旅の中で多くの出会いと別れを経験した。

 

 

 

 数ある出会いと別れの中で、彼と特に仲を深めた人物達が居る。

 

 

 

 民を愛したが最後までその愛を理解されること事無く散った薔薇の皇帝。

 

 良妻願望の強い九尾の傾国の魔性と呼ばれた女性。

 

 彼女達の最期は良いものではなかったとはいえ、彼が最期を看取ったが故に独りで死ぬことは無かった。

 

 彼は旅の最中、後に聖杯と呼ばれるものの一つと出会う。

 例によって碌でもないモノに変貌していた聖杯を最早彼のみの業となったソウルを扱う技術によって無理やり制御した時、彼は自身が遠い未来、人類が再び滅びようとしている時代、月で英霊として唯一つの聖杯を手に入れるための戦争……聖杯戦争に参加していることを知った。

 彼はイレギュラーであったらしく、ただ一人の勝者となるはずだった聖杯戦争の形が少し変わっていた。

 

 そんな月の聖杯戦争を終えた後にまた色々とあるのだが……それはまた別の話。また、別の場所で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、時は2015年。文明が栄え、神秘が極限にまで薄れた時代。

 彼は人類保障機関、フィニス・カルデアのスタッフとして日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

『アルス先輩』

 

 

 唐突に通信が掛かってきたので緊急の用事かと思えば、通信の相手はマシュ・キリエライト。妹のような存在からだった。

 

 

「ああ。マシュか。そろそろ所長……マリーの講義が始まる頃だと思うのだが何か用か?」

『廊下で死んだように眠る先輩を見つけたので意見を聞こうかと思った次第です』

 

 

 廊下で死んだように眠る先輩。

 よもや電脳世界の彼女や自分のように自身が三つに分かれた訳じゃないだろうと思案する。

 今やスタッフは最初の任務に大忙しで殆どが自身の職場に赴いており、マシュが居るであろう住居区画には人が居ないと言ってもいい。

 で、あるのならば、最後のマスター適性のある候補者……一般人の枠でカルデアに来た人間であるに違いない。

 

 

「……まあ、俺は自由に動いても大丈夫だし見に行くとしよう。マシュ、今から向かうからその子を起こしておいてくれ」

『了解しました』

「さて。ただ一人の一般人枠か……こういう存在は世界にとって重要な人物になったりするからな。どんな人なのか楽しみだ」

 

 

 カルデアの中の魔術師に限った事ではないが、魔術師というのは基本的には魔術の使えない一般人のことを軽く見ている。

 人を見下すような人間が好きではない俺にとって彼らは苦手な存在といえた。

 いざ戦闘となるのならば彼ら魔術師を一瞬で叩きのめす自信はあるのだが。

 

 その点一般枠で来た人間ならばマシュと同じ様に魔術をあまり使わない自分を見下すようなこともないだろうし、あわよくば仲良くなって友人にでもなろうと思っていた。

 

 

「ん? ……あれか。これまたぐっすりだったみたいだな」

 

 

 白系統に偏った色彩で清潔感溢れる廊下を歩いていけば件の廊下で死んだように眠る先輩とやらを発見。

 その青年は本当についさっき起きたばかりなのか、未だに少し眠たげな表情だった。

 

 

「おはようございます、アルス先輩」

「ああ、おはよう。そこの君は一般枠でここへ来たマスター候補生だな?俺はアルス・ルトリック。アルスと呼んでくれ」

「あ、どうも。藤丸立香です。……恥ずかしながら廊下で寝てしまっていたみたいで」

「もしかしなくてもカルデアに入る時の戦闘シュミレーションの影響だな。魔力を行使したことがない人間がいきなり魔力を行使すると疲れるのさ。何せ今まで使ったことの無い筋肉を一気に使ったようなものだからな。

 ──さて。ここで談笑しているというのもいいが……何せ所長の講義まで時間が無い。このままだと遅刻するな」

 

 

 俺のその言葉にマシュが急がないと、といっているのにも関わらず『講義……そういうのもあるのか』と神妙な顔で言う藤丸。

 はじめて来た土地でこの力の抜き方。なんというマイペース加減だろうか。彼は将来大物になりそうだ。

 

 

「そう慌てるなマシュ。君たちだけなら所長が鬼になるだろうが……カルデアでこれから働くんだ。上司に嫌な印象を抱きたくないだろ? 俺も一緒に行って事情を説明するよ」

「本当ですか!? それは助かりますアルスさん!」

「今回だけだからな? マリーの相手をしながら仕事をするのは疲れるんだ。主に周りの奴らの視線に耐えるのでな」

 

 

 オルガマリー・アニムスフィアの生れ落ちた家、アニムスフィア家は魔術世界において名門とされている。

 それ故に名も知られていない、そもそも魔術師であるのか怪しいと評判の俺が彼女と話すどころか仲睦まじくしているのが気に食わないようで周りの魔術師からの視線を感じるのだ。

 彼女と仲がいいのも魔術師達から目の敵にされている要因の一つである。もっとも、マリーと関わるのをやめる気は全くないが。

 

 苦笑いしつつ目の前の講義が行われているであろう部屋の扉を開ける。

 まだ彼女の演説が聞こえない辺り始まる前にはたどり着いたようだ。

 

 

「すまない。新入り君を見つけてな。慣れない魔力行使に疲弊していた様だから休憩させてたら遅れてしまった」

「姿が見えないと思ったそういうことだったのね。うーん、どうしましょうか。サーヴァントがどれほどの存在なのか、英雄がどのようなものなのか。彼に説明しても混乱するだけだろうし……講義の途中で眠られても迷惑だし。

 アルスと共に自室に戻って休憩しつつ話でも聞いておきなさい。彼、魔術にはあまり詳しくないのだけれど、『サーヴァント』についてはまるで体験したかのように知っているから」

「……だ、そうだ。藤丸くん、君の部屋に行こう」

「分かりました」

 

 

 入室した途端に視線を感じる。マリーと少し言葉を交わせばその視線はより強くなる。少し会話しただけでこれだ。一体彼らの人間性はどうなっているのだろう。是非最初の火の炉にでもくべてみてはどうだろうか。きっとよく燃える。

 下らない事を考えつつ、周りの魔術師の目線を興味すらないといわんばかりに無視した後、藤丸の背中を押し部屋を出た。

 

 

「──ふぅ。相変わらずだな、全く……。藤丸くん、話もしないで歩くのも退屈だろうし、何か聞きたいことがあれば言ってくれ」

「じゃあ、サーヴァントっていうものについていいですか?」

 

 

 所長もそういってたし、とにこにこと笑いながら言う藤丸。

 その話は彼の部屋でしようと思っていたのだけれど、まあいいか。

 

 

「……そうだな。サーヴァントというのは簡単に言えば、魔術師に召喚され使役される使い魔のことだ。ただし、使い魔といっても過去に名前を残した英雄と呼ばれる者達だが」

「それってあのアーサー王とか、世界最古の王ギルガメッシュとか」

「その通り。アーサー王だとか、ギルガメッシュの様に有名な英雄も居るし、歴史に名を残す姫や作家、音楽家なんてものまで。さらに言えば、英雄達に倒される側の反英雄といわれるものまで居る」

 

 

 かつての出来事を思い出せば、作家から反英雄まで色々なサーヴァントが居たものだな、とアルスは懐かしげに頬を緩ませた。

 かつて、とは言ったものの実際は遥か未来の出来事のことであるし、そもそも世界線が違ったりするのかもしれない。だが、サーヴァントというのは過去、未来、さらには世界すら飛び越えてその記憶、否、記録を本体に蓄積するものだ。

 その記録は膨大な量故、かつて出会った者でも覚えていない、もしくは覚えてはいるがそれは記録として。その個体と自身は別の者だとするものも居る。

 

 ──ネロは、タマモは、自分を覚えているだろうか。

 

 アルスは一瞬そんな思いに駆られたが、覚えていなかった時はまあ、その時だろう。と一旦頭の隅に追いやる。今は魔術など知らぬ身で戦うことになるだろう少年に己が相棒についてだけでも教えるべきなのだと自身に言い聞かせて。

 

 

「色んなヒトが居るんですね」

「そうとも。君は講義に出席していた魔術師連中のようにはなるなよ? 召喚されたサーヴァントは君のパートナーと言ってもいい。敬意を持つのも大事だが、それ以上に自分の相棒として大事にしてやれ」

 

 

 サーヴァントについて少しだけ理解を深め、数分歩いたところで藤丸の自室が見えた。確か、あの部屋はカルデアの医療セクターのトップ、ロマニ・アーキマンことロマンがサボリ部屋としてちょうどいいと使っていたような気がするが。

 扉を開けるのは少し待て、と言おうとしたのだが時は既に遅し。藤丸は扉を勢いよく開いていた。

 

 

「うわああ!? 誰だ!? ここはボクがサボリ部屋とし──」

「ロマン。ここは彼の自室だぞ」

「──へ? アルスじゃないか。彼の自室、って事はキミが此処へ来る予定だったマスター候補の最後の一人だね。ボクはロマニ・アーキマン。ロマンと呼んでくれ」

「藤丸立香です。あの、ごまかそうとキリッとした表情で自己紹介しても紛らわせてないというか」

 

 

 藤丸はツッコミを入れる時はきっちりと入れるタイプのようだ。下手に堅苦しくいられるよりはいい。彼は早い内にカルデアに馴染めるだろう。

 

 そして盛大に誤魔化そうとしたロマンにジトリとした視線を向ける。

 彼はうっ、とわざとらしい演技をしつつも笑う。このような状況でもにこにこと笑顔で居る彼はこれだから憎めないのだ。

 

 さて、もう一度記しておくがロマンは絶賛サボタージュ中である。

 彼にとって非常に残念なお知らせなのだが、ここでレフ・ライノールというカルデアに勤める技師から通信が入った。

 

 

『やあ、ロマン。ちょっと管制室まで急いできてくれないか? 初めてのレイシフトだからかスタッフのバイタルが安定しなくてね』

「やあ、レフ。うん、じゃあ鎮静剤を多めに持っていくとしよう」

『今は医務室だろ? そこから急げば二、三分で着くだろうし頼んだよ』

「……。」

 

 

 レフは忙しそうな雰囲気を醸しつつそう言うとロマンの返事も待たずに通信を切った。

 後三分で藤丸の部屋から医務室へ。

 ロマンが人間の速度を超えて移動できるのであれば十分に可能だが、生憎と彼は俺とは違ってただの人間だ。此処からはどう考えても三分以上は掛かる。ロマンはその事実に耐えられず目が死んでいた。

 

 

「あと三分でここから管制室ねえ……。無理だな」

「うう……どうなるのかなボク……」

「強く生きろ」

 

 

 残念ながらこういう時に彼に掛ける言葉を俺は知らなかった。死体蹴りなら得意なので任せろと張り切ってやるのだが。

 どう声を掛けていいのかも分からず、取り敢えず強く生きろと言ってロマンを送り出す。

 

 急がなければならないのにトボトボと歩いてく姿を「流石だなあ」等と思いつつも眺めていると、彼が扉を開けたその瞬間──凄まじい爆発音が響いた。

 

 

「ッ! ロマン!!」

「ああ!! 今の爆発で恐らくメインの電源がやられただろうからボクは今から非常電源を入れにいく! キミたちは避難するんだ!!」

 

 

 部屋の明かりが消えて視界の定まらない中、必死の形相で叫びつつロマンは走り去っていった。

 ロマンの言いつけ通りにまっすぐ出口に向かって走るべきではある。あるのだが。

 

 

「アルスさん」

「何だ」

「ごめんなさい……俺、やっぱりマシュのところへ行って来ます……!!」

「待て、俺も行く」

 

 

 申し訳なさそうな顔をして走り出そうとする彼を止める。

 

 折角出会えた良き人達を見捨てて自分だけが逃げるという気は全くない。

 怪我をするのが何だというのか。そんなものは直ぐに治る。彼女達の方が自分にとっては大事な存在なのだ。

 

 藤丸は目を見開いて驚愕した。

 

 

「えっ!? 避難しないんですか!?」

「キミと一緒でマシュにマリーが心配だからな。それに来たばかりの君を一人で行動させる程阿呆じゃない」

 

 

 不死であることは隠しておく。何故ならば彼は魔術世界に関しては素人もいいところなのだ。言ったところで信用されないだろう。頭がおかしいのかと本気で心配されるまである。

 

 今は話している場合じゃないというのもあって、隠し事をするのは心苦しいものの藤丸の背中を軽く押して急ぐぞ、と言った後全速力で管制室及びレイシフト用のコフィンのある部屋に走る。

 向かう道中、観察してみれば辺りは爆発によって無残にも破壊されており、先程まで綺麗な状態だったとはとても信じられない状況だった。

 

 

「……。」

 

 

 ふと走りながら藤丸の顔を見ると少し暗い顔をしていた。

 彼も分かっているのだろう。

 爆心地から離れた此処がこれほど破壊されているのだ。つい少し前に知り合ったマシュ・キリエライトがコフィンのある部屋に居たとしたら──生きている可能性の方が低い。

 だとしても諦められないのだろう。きっと、藤丸はそういう優しい少年なのだ。月で出会ったあのマスターと同じく。

 

 考え事をしている内に部屋に到着した。扉の向こうには凄まじい熱量と、自分にとっては馴染み深い地獄絵図が広がっているだろうことは容易に想像できる。

 だからこそ彼には言っておかなければならない事がある。

 

 

「藤丸くん、覚悟はいいか。人の生き死にに触れることがあまり無かっただろうキミにとって──此処から先は地獄だぞ」

 

 

 人が死んでいようが、死に掛けていようが動揺しないように。

 藤丸にそう念押しすればゆっくりと頷いたので扉を開けて部屋に突入する。

 

 

「……マシュ」

 

 

 そこに広がっているのはまさしく地獄。

 破壊に破壊を重ねた光景。

 だが、死人が居るような気配はしない。

 調べてみればマシュを除くマスター候補ら全員が昏倒状態だった。恐らく、この爆発はカルデアの機能停止を狙ったものなのだろう。そうでなければカルデアの主戦力なるであろうマスターを殺さない理由がない。まあ、吹雪に年中見舞われていて人一人来ないような場所にあるカルデアでこんなことが起きている時点で内部犯だろう。何が目的でやったのかは知らないが迷惑なことをしてくれたものだ。

 

 

「……あ。せん、ぱい……」

「ッ、マシュッ! その傷……!」

「わた、しは……もう、ダメみた、いです……に、げて……」

「キミを見捨てて行けと!? 無理に決まってる!」

 

 

 涙を零しながら叫ぶ藤丸。しかし無常にもマシュの傷は大よそ死亡するには充分すぎるほどの傷だった。人がどれだけの傷を負えば死んでしまうか嫌という程分かっている俺からしてももう助からない、と思う程の。

 加えて、崩れた瓦礫に下半身を捕らえられている。彼女はもう万に一つも助からないだろう。

 

 此処まで負傷してしまえば奇跡を使おうが意味は成さない。妹分一人も救えないで何が薪の王だ。

 

 自分の無力さをかみ締めているとその時アラームがなり、アナウンスが始まる。

 ロマンが言うには電源が切れたのではなかっただろうか。非常用の電源に切り替わるにはまだ早すぎる。

 

 そんな考えも無視してアナウンスは続く。──カルデアスを血のように赤くして。

 

 

「カル……デアス。まっかに……なっちゃい、まし、た。……扉も、しま、って。……せん、ぱい。手を、にぎっ、て……」

「……分かった」

「このアナウンスはまさか──レイシフトを開始しようとしている? これはまずいぞ……!」

 

 

 

 

『──マスター候補者二名を確認及び認証完了。目標座標へのレイシフトを開始します。3──2──』

 

 

 

 1、という数字を聞く前に視界が暗転した。

 意識が完全に無くなる前に──

 

 

 

 

 ──あの愛らしい薔薇の皇帝と巫女狐に名前を呼ばれたような気がした。




読めばああ、この二人ヒロインなんだなって分かると思います。ほら、この二人がヒロインってあんま見ないなって思ったので。原作の主人公と共に在るモノってイメージが強いからかもしれませんが。

EXTELLA編も気が向けばちびちびと書きたいと思います。


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特異点F
再会 / 幕開け


 意識が次第に覚醒していく。

 

 

 ぼやける視界が次第に晴れていく。

 

 

 身体に問題はない。強いて言えば少し腕が痛む位だが、これも直ぐに治る。

 

 

 

 身体を起こして周りを観察する。

 

 目に映る景色はカルデアと同じく炎に包まれ破壊された町。

 無事であるとは言えないものの、一応レイシフトには成功したようだ。

 

 コフィンを使用しないでレイシフトすると成功率が90%以上低下する、らしい。

 詳しいことは分からないがよくそのような状態で成功したものだ。

 

 などと考えている内に、戦闘を行う分には問題ない程には回復したので移動を開始する。

 

 

 数分歩いた頃だろうか。見慣れたスケルトンが現れた為蹴散らしていると、崩れた瓦礫の影にオルガマリー・アニムスフィアが隠れているのを見つけた。

 独りのようなので早速声を掛けることにした。

 

 

「マリー。大丈夫か」

「ぐすっ……うっ……アルス……?」

 

 

 彼女は膝を抱えて泣いていた。

 いつもは気が強く、冷静な彼女だがその実内面は寂しがりやで涙もろいのだ。

 そんな彼女一刻も早く安心させるためにも話を続ける。人と話すというだけでも心というのは落ち着いてくるものだ。

 

 

「ほら、泣くな泣くな。一人か?」

「……ッ。ええ、そうよ。私は貴方がくれたお守りがあったから爆発に巻き込まれても無事だったけど……一体ここはなんなのよお……」

 

 

 泣きながら応えるマリーを撫でて落ち着かせながら話を聞けば、爆発を無力化できたのはいいものの気がついたら適性が無いはずなのにレイシフトしてるわ、周りの人間は居ないわで思わず涙を零しながらエネミーに見つからないように隠れていたそうだ。

 運よく発見できたから良かったが、臆病な彼女の性格上エネミーに見つかってしまえば恐怖で動けぬまま──というのもあり得ただろう。

 

 しかし、本当に良かった。

 カルデアで勤務するようになってから、かのレオナルド・ダ・ヴィンチに教えを乞い魔術について勉強をしていたのが此処で役に立った。

 仮にもカルデアのトップなのだから狙われないとも限らないだろう、という話をした時に彼女に一度に限り攻撃を無力化する術式を込めたお守りを渡しておいたのだ。

 

 ちなみに、レオナルド・ダ・ヴィンチは男でありながら自身をもっとも美しい女性、つまり自身の描いたモナ・リザに作り変えるという頭の可笑しい所業を行った変態的な天才のことである。言わずもがなあの有名な人物その人であり、カルデアに召喚された英霊の一人だ。

 

 さて、話が逸れたが此処でマリーの質問に答えるとすれば、だ。

 

 

「恐らくは最初の任務の目的地……冬木だろうな。資料にはこんな災害にあったなんて記録は無い上に、人一人居らずエネミーが湧いている始末。何かが起こっているのだろう」

「……そう、冬木なのね、ここは」

「ああ。まずは此方に来ているであろう藤丸くんと合流を急ぐべきだな」

「彼も無事、なのね。良かった。一般人の彼がエネミーに遭遇する前に合流しないと」

 

 

 落ち着きを取り戻し、藤丸の心配をする彼女に随分と性格が丸くなったものだと思う。

 カルデアに勤務し始めた頃、彼女は父親の死によって軽い人間不信に陥っており、親身になってくれていたレフ・ライノールに依存していた。

 人によっては話しかけただけでヒステリーを起こす程に酷かったものだから大変だったのである。

 

 そんな彼女がこうやって一般人の藤丸を心配している様を見ると、彼女の心に余裕が生まれ、成長していっているのが分かる。

 マシュ、ロマンと共に苦しみや楽しみを共有してメンタルケアを図った甲斐があるというものだと大変微笑ましい気持ちになった。

 

 

「……どうしたの?早くいきましょう」

 

 

 どうやら生暖かい目で見ていたのがバレたのか、きょとんとした表情で此方を伺っていた。

 そんな彼女に俺はなんでもない、と笑って返して先へ急ごうと促した。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 歩くこと十数分。

 戦闘音が聞こえたのでそちらに向かってみると藤丸とマシュの姿が。

 エネミーを相手に戦っているのはマシュ。あの瀕死の状態から盛り返して生きているのにも驚いたが、服装がカルデアの制服ではなく軽装の鎧姿に大きな盾を武器として戦っているのを見てさらに驚いた。

 どうやら彼女は英霊と融合したらしい。霊基が英霊のソレに変化している。

 それをマリーに伝えたところ大変驚いた様子ではあったが彼女が生きていることにほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 マリー曰く、あの状態はデミ・サーヴァントという状態だそうだ。人間でありながら英霊でもある存在だとか。

 彼女はカルデアの闇の部分である実験の唯一の成功例であるらしく、以前から英霊自体は宿っていたそうだ。

 今まで反応すらなかった英霊が今こうして彼女に力を貸しているのは、恐らく彼女の"生きたい、死にたくない"という意志に応えて力を貸しているのではないか、というのがマリーの推測である。

 

 マリーから話を聞いているうちに敵も片付いたようだし、とりあえず声をかけるとしよう。

 

 

「マシュ、藤丸くん。無事で良かった」

「お二人とも無事でだったんですね、良かった……」

「ああ。エネミーも何体か居たが弱くて助かった」

「マシュならともかくとしてアルスさんアレ倒せたんですか!?」

「アルスを普通の人間の常識に当てはめて考えないほうがいいと思うわよ?」

 

 

 その言い方はあんまりではないだろうか。俺は悲しみのあまり空を見上げた。そこに広がっている空模様は当然の如く赤黒い曇天である。クソが。

 戦闘面で人間としての常識の外側に居るのは俺とて承知している。不死であるのだし。

 けれどもそれ以外だと割と普通の人間してると自分では思っているのだ。自分では。

 そこの所どうなのだろうか。マリー、出来れば目を逸らさないでくれ。

 

 

「ところでマシュ。デミ・サーヴァント化しているのなら、マスターは藤丸くん……だよな」

「その通りです。状況が状況でしたのでやむを得ず半ば無理やり契約していただきました」

「やはりか。うん、初めての戦闘にしては上手くやれていたぞ? 藤丸くんの指示もまだぎこちないものの中々だった。お前達はいい主従になるな」

 

 

 顔を少し赤く染めてそっぽを向く二人。何とも可愛らしい反応をありがとう。

 息もぴったりのようだし、彼らはきっと俺なんかよりも強くなるだろうな。

 これからの成長が非常に楽しみである。

 

 

『聞こえるかい、立香くんにアルス!』

「ああ、聞こえているぞ」

『よかった! そちらの状況を教えてもらえるかい?』

「此方に居るのはマリーに藤丸くん、それにマシュの四人だけだ。一応最初の任務の目標地点に居ると思うが」

『うん、そこは間違いなく冬木だ。しかし、他のマスターは全滅か……。此方はボクを含めた二十数名のスタッフのみだよ。レフの姿も見えない』

 

 

 カルデアの運営が本当にギリギリ可能ではある、か。

 しかし、レフ・ライノールが居なくなっているということは爆発に巻き込まれ死亡したか、もしくは生き残った上で姿を隠しているか。──彼が居ないのは気がかりではあるのだが、今居ない人間についてとやかく言っても仕方が無い。頭の隅に置いておく程度に留めるべきだろう。

 

 

あの規模の施設を動かすとなると、心苦しい限りではあるがロマンとレオナルドに頑張ってもらう事になりそうだ。

 

 

『所長、報告があるのですがよろしいでしょうか?』

「ええ、いいわよ」

『私が電源を非常用のものに切り替えてからカルデアに何が起こったかを調査していたのですが……。まず、今回の事件の肝であろう管制室で爆発物による爆破。恐らくカルデア上層部の人間を狙ったものだと思われます。

  あと、レイシフトルームで鎮火作業を行う際、カルデアスが真っ赤に染まっていることも確認しました。恐らくはレイシフト先である冬木の地でカルデアスが真っ赤に染まる程の"何か"が発生しているのではないでしょうか』

「カルデアスが赤く……。いいえ、この地は以前から観測されていたわ。もっと大きな……それこそ人類史が全て消し去られるくらいの事が起きなければ赤一色に染まるなんてことは起きない。──まさか」

『──あり得ない。まさかそんな事を行える者が』

「……実際、カルデアスが赤く染まっているのであれば、認めるしかないでしょう」

 

 

 突きつけられた現実にロマニ、オルガマリーの両名は溜息を吐いた。人類史のが抹消されるレベルのものにどうやって抗えばいいのだろうか。

 シンプルに滅ぼしに掛かってきている分、簡単ではないだろうが阻止すればいい話なのでまだ性質的にはマシなのだろうが、それにしても酷い話である。黒幕はとりあえずぶっ飛ばす。

 

 

「……ロマニ。この特異点の状況は?」

『以前聞いた時よりも歪みが大きくなっています。それも……可及的速やかに修復しなければ崩壊を始める程に』

「原因を探り修復まで行うのにまともに戦えるのはマシュとアルスの二名、ね……。彼らは私と藤丸を守りながら戦わなければならないのだし、戦力の増強をするために英霊の召喚をするべきね」

『では、霊脈地の座標を送ります。マシュ、ポイントに着いたらキミの盾を媒介にして臨時の召喚サークルを展開してくれ。それが出来たらカルデアからの補給も出来る様になるからさ』

 

 

 ロマンから送られてきた座標を確認すると幸運なことに此処からそれほど離れていない場所に霊脈地があることが分かった。

 先頭を俺が行き、マシュが二人を守るように動く陣形を取り進んでいく。

 

 道中、スケルトンがまた何体か湧いて出てきたものの俺とマシュで素早く撃退。

 危なげなく霊脈地まで進むことが出来た。

 

 霊脈地に着いてから召喚サークルの設置も無事終わり、これからいよいよ英霊の召喚に臨む。

 

 

『すまない、本当ならカルデアから魔力を回してその量でも二回は召喚できるんだけど……』

「非常事態なんだ、仕方ないさ」

 

 

 今回の召喚において確保できた魔力媒体である星晶石の数は三つ。召喚可能回数にして一回。とんだ大博打だが仕方あるまい。

 申し訳なさそうなロマンを見て苦笑しつつ、どうするべきかを考える。

 

 マリーにはマスターの適性が無いし、やはり此処は戦闘能力を持たない藤丸が召喚するべきだ。

 しかし、彼はまだ魔力の行使にも慣れていない一般人。いきなり複数のサーヴァントを使役するのは正直厳しいものがあるのも事実。ここは本人に聞いてみるか。

 

 

「藤丸くん。キミはどうする?キミが厳しいのであれば俺が行うが」

「……じゃあ、お願いしていいですか?今のところマシュへの指示で精一杯で」

「分かった」

 

 

 藤丸の了解も得たので膨大な魔力を含んだ石をサークルに投げ入れる。

 カルデア式の召喚ならば複雑な詠唱はいらない。ただ、召喚するための魔力さえあれば後は召喚システム・フェイトが呪文の役割を補ってくれる。

 

 触媒も何も必要としないため、召喚される英霊は基本的には召喚者との相性や結んだ縁等で召喚されるのだ。

 

 バチバチと激しい光が発生し、魔力による強い風が吹き始める。

 たった十数秒。体感してみれば意外と長く感じるそれに耐えれば召喚が無事終了する。

 

 

 召喚されたのは誰なのだろう。そんな思いで目の前の人型を見るとそこには──

 

 

 

「うう……長かった。本当に長かった……! 余は嬉しい! この時を待っていたぞっ……! 奏者よ、再び共に在れるこ──」

「呼ばれなくともみこっと参上! 貴方様の良妻巫女狐、玉藻の前でございます!」

「ええい、キャスター! 呼ばれたのは余だけであろう! それに妻というのは聞き捨てならぬ! 奏者は余の伴侶なのだからな! イケイケなのだからなっ!」

 

 

 

 ──ちょっと待ってほしい。

 

 

 何か今二人分の声が聞こえたような気がする。それも聞いたことのある声だ。魔力を根こそぎ持って行かれた影響で身体が鉛のように重い。なんということをしてくれたのだろうか。

 

 

「身体がだるい……。説明はしてくれるんだろうな……?」

「うむ、余が奏者の召喚に応じて出てくるつもりだったのだが……。こやつ、無理やり召喚に便乗して来たようなのだ」

 

 

 二回目だが言わせて貰おう。なんということをしてくれたのだろう。

 

 

「この私の耳にみこっとセイバーさんがご主人様の元へ召喚されると反応がありまして。ならば乗るしかねえ、このビッグウェーブに! ということで非常に、ええ、ひ・じょ・う・に。申し訳ないのですがご主人様から魔力を頂いて不足分を補って現界致しました」

「奏者でなければ魔力が搾り取られていたところだ。まったく」

 

 

 成る程、事情は分かった。でも魔力が搾り取られていたところだではない。搾り取られたのだ。そこは間違えないで欲しい。危うく死ぬところだった。生き返るけど。

 

 さて。タマモに遮られた上、かなりインパクトのある紹介をしたためネロの事は誰も分からずじまいだろう。ここは俺から紹介を促すべきか。

 タマモにしてもそうだが、ネロは見た目でどこのどの英霊であるのかが非常に分かり辛い。そも、史実で語られている性別とは違い女であるためにさらに真名看破の難易度は跳ね上がる。

 

 英霊として召喚された際にはこういった人物が割と多く驚かされる事も多い。実際にSE.RA.PHでネロを召喚した際には一瞬呼吸を忘れるくらいには驚いた。

 

 

「と、いうことで紹介を頼む」

「うむ、任せよ! では心して聞くがよい。サーヴァント、セイバー! 真名をネロ・クラウディウス。至上の名器とそれを奏でる者、奏者と余が合わされば正に無敵! 安心して頼るがよいっ!」

 

 

 胸を張り、自信満々に名乗るネロ。

 可憐な容姿に良く通る声、そして小柄ながらにその存在感は大きく、まさにローマ皇帝と呼ぶに相応しいものであると言えるだろう。

 

 そんな彼女の名乗りを聞いた藤丸達の反応といえば、「はあ?」である。

 気持ちは分かる。俺も初めての召喚の際はそうだった。

 

 

「ネロってあのローマ帝国皇帝の暴君? 男じゃなくて女じゃない!?」

「驚いたであろう? で、あろうな! むっふふふ、男装で性別を隠した甲斐があるというものだな」

 

 

 此処に居る人間全員が不思議に思っているであろう性別だが、当時は皇帝は男であるのが当たり前だった。

 そのため性別を隠すのは必然というべきことなのだ。

 

 ところで、むふーっ、と可愛らしく得意気な顔をしている皇帝はその格好で隠せていると思っているのだろうか。

 どこからどう見ても整った容姿の少女にしか見えない。男に見えるのなら眼科医に掛かることをオススメするレベルである。

 

 

「そろそろ次にやるべきことを決めておこう。時間にそう余裕もないしな」

「そうですね。目標を決めておかないと、手当たり次第に動くのは少し危ない気がするし」

「アルス先輩。先輩を含めネロさんとタマモさんはこの地……特異点Fについての情報を知っていないので共有するべきかと」

「そうだった。この冬木の地についてだが──」

 

 

 ──特異点Fの歪み。

 

 そもそも、質のいい霊脈地が複数あり、魔術師の多くが移り住んでいたとはいえ、表向きは普通の日本の地方都市である冬木で何故特異点が観測されたか。

 マリー曰くそれは、この地で過去、聖杯戦争が行われていたからだそうだ。

 

 内容は七騎の英霊によるサバイバル。

 

 日中は魔術の秘匿を優先するため、戦闘は行われず、人々の寝静まった深夜にソレは起きる。

 多少町への損傷はあって当たり前だが、それでも一般人の多いこの地があたり一面炎に包まれ、生存者一人見ないという状況はあり得ないのだ。

 

 つまり現状を顧みるに──この聖杯戦争に"何らかの異常"が起きている。

 

 特異点の修復条件は恐らくこの聖杯戦争に起きた異常を取り除く事である。

 異常とは言っても大体の見当は付いている。どうせ聖杯がどうかしてるのだろう。こういうときは大体聖杯が悪い。

 

 

「──と、考えているんだが」

「ええ、概ね合ってると思うわ」

 

 

 聖杯がどうのというくだりは省いた。ただでさえこの非常事態、これ以上話を拗れさせると何が起きるか分かったものではないから。

 

 

『話が終ったところですまない! 直ぐに戦闘態勢に入ってくれ!』

 

 

 周囲の索敵に集中していたのであろうロマンが慌てた様子で通信を飛ばしてきた。

 一体どうしたのかと振り向けばすぐ目の前に黒い短剣が迫っていた。

 

 反応が一瞬遅れ当たるかと思ったその矢先、ネロが身体を滑り込ませ剣で短剣を払う。危なかった。ネロの対応が遅れていたら今頃顔面に愉快な穴を開けていたところだ。周囲の警戒を怠ってしまった自分を心底情けなく思う。戦場で気を緩めるとか俺は馬鹿じゃなかろうか。

 平和ボケしていて鈍ったのかと言われれば否定は出来ないのが痛いところだ。

 

 

「余ほど暗殺に塗れた一生を送った皇帝はおるまい。その余の勘が告げている──出てくるがよい、アサシンよ!」

『気をつけてくれ! そこに居るのは普通の敵じゃあない──

 ──サーヴァントだ! クラスはアサシン! 他にも同じような反応が二つほど迫ってきている。合流される前に倒してしまったほうがいいぞ、これは!』

 

 

 

 

 

「──マサカ、気ヅカレルトハナ。マアイイ、セイゼイ時間ヲ稼ガセテモラウゾ」

 

 

 

 

 髑髏の仮面に黒い外套など「私は暗殺者です」と言っているようなものである。

 そんな暗殺者感をこれでもかというくらいに見せ付ける彼を見て俺は何とも言えない微妙な気持ちになった。

 

 

 




長い!そして急展開!

作中の所長はアルス主導によるメンタルケアで性格が丸くなってます。レフ?知らない子ですね……


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黒霧の英霊/サーヴァント

お気に入りが100突破……だと!?
本当にありがとうございます。


 アサシンと言えばその名の通り暗殺を得意とする英霊。

 例外はあるにせよ姿さえ現してしまえばそこまでの強敵ではないはずだ。

 

 それに、アサシンクラスの英霊ともなれば気配を感じさせることすらさせないで対象を葬ることすら出来るはず。

 

 だが、カルデアで索敵していたロマンは兎も角として、いくら生前暗殺に塗れていたとはいえ、直感スキルも持っていないネロにすら看破される程度の気配遮断。

 それにあの身体に纏った黒いオーラのような……嫌な感じのするモノ。

 

 恐らくはアレが邪魔をして力を発揮できてはいないのではないだろうか。

 

 

「敵が本来の力を出せていないのならそれほど苦戦はしなさそうだな」

「サーヴァントデスラナイ人間ガソノヨウナ口ヲキクカ!」

「暗殺者の癖に敵に姿を現し、あまつさえただの人間風情を殺せない奴にそんなことを言われてもなぁ……」

「ご主人様。あまり本当の事を言ってしまうと怒られてしまいますよ?」

「怒りで自分を見失えば儲けものというものよな!」

 

 

 悠長に話していられるのも今の所、タマモの防御により俺に一切攻撃は届いていないからだ。相手の攻撃が未熟とはいえ流石といったところか。

 この調子でいけば相手方に合流される前に終わらせられるだろう。合流相手が余程俊足でなければだが。

 

 

「ロマン、合流まで後どれくらいだ?」

『ううん……後二分ってところかな』

「二分か……問題なく終わるな」

『キミも戦えば直ぐ終わるんじゃない?』

「この町の聖杯戦争は七騎によるサバイバル。……その内の三騎がこちらに向かっている。他の四騎も警戒しておくに越したことはない」

 

 

 ロマンと話しつつ彼女達の戦いを見守る。

 時折アイコンタクトを取りつつもアサシンを翻弄するネロとタマモ。

 二人は性格上あまり相性が良くなさそうに見えるが実はそうでもないのだ。

 

 召喚された時から小言を言い合うような仲だったが、戦闘になると一転、かなり息の合ったコンビネーションを見せる。

 ネロが華麗な剣捌きで敵を翻弄し、タマモが敵の攻撃を自称"自身最大の宝具にして鈍器"の鏡で弾く。

 

 攻撃と防御、両方に優れた実にバランスのいい二人組みだと言えるだろう。

 普段もあれくらい仲良くしてくれればいいのだが。

 

 等と考えている内にどうやら戦闘も終了間近のようだ。

 

 

「ふん、そのような軽い剣で余を倒そうなどと片腹痛いぞアサシンよ! 魔拳士程の力量をつけて出なおしてくるがよい!」

「グッ……キサマラッ……!! オノレ、聖杯ヲ近クニシテ……!! ダガ、キサマラノ負ケダ!」

「セイバーさん、一旦お引きくださいまし! どうやら増援のようです!」

「うむ! だが合流される前にギリギリ間に合ったようだな」

『気をつけて! さっき言ってた増援が来るよ! ……て、あっれぇ!? もう臨戦態勢ってことはボクの索敵いらない!?』

 

 

 どうやら増援が来たようだ。

 連戦になるといくら単体の力がそうでもないとはいえ、疲労や魔力切れ等による敗北はあり得る。

 油断しないようにしなければ。とりあえず二人を回復するとしよう。

 

 

「よし、よくやった! 回復するぞ」

「うむうむ、気が利くではないか奏者よ」

「ありがとうございます、ご主人様」

「俺は全く消耗してないからこれくらいはな。さて、次は恐らく二騎だが……」

「フ、全く問題ないな! 次も余の独壇場であろう」

 

 ふんす、と聞こえてきそうな得意げな顔をしながら言うネロ。

 人が人ならイラっとさせる表情だが、不思議と似合っていて悪感情は湧かない。この皇帝の凄い所の一つ、といったところか。

 

 

「む、どうした奏者よ。そんなにニヤけた顔をして」

「いや、何。可愛らしいモノを見てな。つい見惚れただけだ」

「ほう、余に見惚れたか? この正直者め! うむうむ、愛い奴め!」

 

 

 見惚れたのは事実だが何だか恥ずかしい。

 こっちは女性経験など無いに等しいのだ。というかあの時代でまともに女性経験など出来るはずが無い。

 最終的には生命的な意味で襲い掛かられるのがオチなのだ。実際に何度か襲われている。返り討ちにしてやったが。

 

 

「くうぅ、今すぐにでも抱きしめたいところだが、それも人目に着かぬ場所で、だな。今はこの特異点の修復を急ぐとしよう」

「セイバーさん!? 何勝手にイチャつこうとしてんですか! 私の目が黒い内はそんな羨まけしからんことさせねえですよ!!」

「何を言う。余は奏者が大好きだ。奏者も余が大好きだ。なら何も問題なかろう?」

 

 

 問題ない……のだろうか。いや、問題だ。少なくとも今するべきことではないと思う。思うのだが大変魅力的な案なので何時か逆に此方から抱きしめてやることに決めた。

 口に出すと一度死ぬ事態になりかねないので口には出さないが。

 こういうことを口を出すと大抵ロクな事にならないのだ。

 

 

「……何か、お邪魔のようですが仕方ありませんね。敵なのですから」

 

 

 収集が付かなさそうなので仕方なくそろそろ声をかけようかと思ったその時、囁くような声の人物が鎖の付いた杭のようなものを手に襲い掛かってくる。

 その動きは正に蛇と言ったところだ。

 二人を流れるような動きで交わし得物に牙を突き立てる。だが、そんな不意打ち程度でやられる俺ではないのだ。

 杭をしっかりと防御した右手に持つはかつて深淵歩きと言われたとある騎士の得物。

 

 その名はアルトリウス。深淵に侵食されて荒々しくは在ったが、それでも尚朽ちぬ技量の持ち主だった。

 彼のソウルを練成して作られたこの剣はこの時代の魔術師が見ればその神秘の込められ具合に卒倒するのではないだろうか。

 現在記録されているどの神話にも存在しない上に神代から直接持ってきたようなもの。とは言っても、特殊な能力は何もない、彼の使っていた剣というだけの代物であるのだが。

 

 

「その武器……おかしいですね。聖杯からの知識により大方の英霊や神秘について知識は得ていますが……知らないですね、そんなもの」

「そりゃそうだろうな。後ろに居るあの英霊は……恐らくランサーか。よし、セイバーは藤丸くん達の援護を頼む。キャスターはそのまま俺とだ。連戦だが頼むぞ」

「むむむ……よかろう。奏者を任せたぞキャスター」

「言われなくとも守って見せますとも。良妻ですから」

「……もうツッコむ気も失せてきたぞ……。いや、まあよい。藤丸よ、指示を!」

 

 

 藤丸が指示を飛ばしているのを尻目に目の前のサーヴァントの攻撃を避ける、避ける、避ける。

 女性としては大きな身長からは思いもよらぬ速度で攻撃が繰り出される。

 

 それをひたすらに回避し続ける。

 アルトリウスの大剣は文字通り剣の中では比較的大きな部類のもの。その重量故にどうしても攻撃は大振りになりがちだ。うかつに攻撃などしてはカウンターであっさりと死んでしまうだろう。

 

 何とかして隙を見つけたいものだが。

 そうタマモへとアイコンタクトを図れば、その対魔力を物理攻撃故に貫通する呪術で横から仕掛ける。

 

 

「ある程度の力量の相手が複数居ると戦いにくくて仕方がないですね……!!」

 

 

 数的有利というものだから仕方ない。

 存分に活用させていただく他無いだろう。今なら群れる亡者の気持ちが良く分かる。数の暴力万歳。

 

 

「はいやッ!!」

 

 

 キャスターの投げる札が命中する。

 そして動きが止まった所に軽く剣を叩きつける。彼女は先程の俺と同じく回避しようとするが──

 

 

「しまッ……!!」

「決める……!」

 

 

 それも此処で終わりだ。

 キャスターが攻撃を仕掛け始めてから防御に専念していた彼女が防御を崩す時。

 そこを狙って上空からの振り下ろし。

 慌てて回避を狙うも間に合わずまともに受ける。

 

 確かな手ごたえを感じると共に、目の前がスプラッタな光景になっていると思ったが、見た目はそこまで重症でないように見える。流石は英霊、ただの人間とは違って頑丈だ。

 とはいえ、霊核は確実に砕いた為、もう還るだろうが。

 

 彼女は少し悔しそうな顔をしながら逝った。霊子虚構世界とは違う消え方に少し綺麗だな、と場違いな感想を抱く。

 SE.RA.PHでは電脳の世界というだけあって機械的な消え方だったために新鮮だった。

 

 

「お疲れ様、キャスター。殆ど消耗せずに済んだな」

「私は兎も角、ご主人様は魔力あまり使わない戦い方ですし」

「呪文を唱えたりするよりはこうやって剣を振るっている方が性に合うってだけさ」

 

 

 それじゃあセイバーの方に行ってみるか、と言おうとしたその時、とてつもなく嫌な予感に襲われた。

 例えるなら、そう。

 遠距離から狙撃手に今か今かと狙われているような。

 

 そして今、この異常な聖杯戦争の中でその狙撃手と言えば──

 

 

「キャスターッ!!」

「え、ご主人様ッ!?」

「……マスターがサーヴァントを庇うとは愚かな真似を。──がら空きだ」

 

 

 男性特有の低い声。

 どこか懐かしげに呟きつつ此方に攻撃を仕掛けてくる。

 

 慌ててタマモが護符を此方に投げる。──間に合わない。

 ネロがすぐさま此方へと駈ける。──間に合わない。

 

 誰がどうあがいてもあの矢は俺に命中するだろう。外すなどあり得ない。何故ならば彼のクラスはアーチャー。狙撃に関しては一流だ。

 

 彼のあのどこか落ち着いた、それでいて皮肉気な、その声には聞き覚えがある。

 いや、アレは未来の記録で聞いた声。

 そう、あの声、は──

 

 

「無……銘……ッ!!」

「無銘……? 何を言っているか分からんが、一撃は与えたか」

 

 

 そういえば、彼は霊基が不安定であり不完全でもあると言っていた。

 弓の英霊としての基本は揃っているものの、肝心の真名に当たる部分が無いのだと。

 

 成る程、ならば目の前の彼は恐らくはあの無銘の英霊の真名を得た姿なのだろう。

 痛む腹を押さえながらも呼吸を整える。

 

 

「今の私は聖杯によって支配されていてね。悪く思わないでくれたまえ」

『ああ、クソ!! アーチャーまで!? 索敵には引っかからなかったのに!』

 

 

 アーチャー。今回の役割的には狙撃手。

 狙撃手は標的が確実に葬れるその瞬間を狙う。その瞬間までは決して気取られることなく潜み続けるのだ。

 理由は簡単だ。見つかってしまえば標的には逃れられる。それ所か逆に狙撃される恐れもあるからである。

 

 離れた距離からの狙撃という点言えば、アーチャーというクラスの英霊はアサシン以上の気配遮断能力を発揮するのだ。

 

 まあ、そんな狙撃手がどうのはどうでもいいのだ。彼が狙撃しようが俺の知ったことではないし、そもそも感知できないのであれば後手に回るしかない。今回は運悪く対処が出来ない状況だっただけのことだ。

 

 

「ご主人様、何故私を庇ったんです!?」

 

 

 それは仕方ないだろう。

 身体が勝手に動いたとしか言えないのだから。

 

 あの瞬間、目の前で彼女が消えていった月での出来事が目に浮かんだ。

 それだけはいけない。

 二度と失ってはいけないと俺の記録は告げたのだ。二度と、あの喪失感を味わってなるものかと。

 

 タマモを失わずに済んだのであればそれでいい。

 それにこの身は不死。この心が折れぬ限りは蘇り続けるのだ。一度や二度死ぬことなどよくあることだ。

 

 

「……存外に頑丈だな。まあいい、ランサーもライダーもやられたことだ、一時退却とさせてもらおう」

 

 

 逃がさない、といいたいところなのだが、腹の痛みの所為で上手く身体が動かない。

 エスト瓶から篝火の火を補給すれば治るが、流石に戦闘の真っ只中暢気に回復してる暇はない。彼には逃げられてしまうだろう。

 

 しかし、妙だ。

 彼の宝具であれば此方の数など関係なしに攻撃できるが彼はそれをしようとはしない。

 よく分からないが此方にとって有利なことなので別に構わないけど。

 

 

「──おっと、逃がさねえぞアーチャー。ここいらで決着でもつけようや」

 

 

 つい考え事にふけていると野性味溢れる、これまた記録にある声が聞こえる。

 ランサー。クー・フーリン。ケルトの大英雄、半人半神の光の御子としてよく知られている。

 

 そこまで考えて、俺の良く知る全身タイツのような戦闘服を着たランサーを想像して振り向いた。

 そこに居たのは予想に反して何やら魔術師のような服装に杖を手にしたクー・フーリンだった。どうみてもキャスターだこれ。

 

 

「……またキミか。全く、キャスターの癖に殴りかかってくるとかクラスを間違えているんじゃないかね」

「てめえにだけは言われたくねえな」

 

 

 クー・フーリンの言葉には心底同意である。

 彼の戦い方を初めて見た人間は弓兵という言葉の持つ意味が分からなくなるだろう。というかなった。当然のように二刀を構えないでもらいたい。

 

 

「ん? んんん? おお! そこに居るのは赤い皇帝様のマスターじゃねえか。悪いな、俺も周りが全部敵なお陰で迂闊に動けなくてよ。さっきまで雑魚を蹴散らしてたとこだ」

 

 

 どうやら彼には記憶が残っているらしい。色々面倒でなくて助かる。

 

 

「ランサーは此処で召喚された英霊だろう? ここで起きている異変について手早く説明してくれないか?」

「ああ、いいぜ。何やらワケありみたいだしな」

 

 

 アーチャーを牽制しつつ、クー・フーリンは快く教えてくれた。

 この時代の聖杯戦争はセイバーがクー・フーリン以外の者を倒した。しかし、彼らが還ることはなく、セイバーの配下のような存在となってしまったようなのだ。

 彼もセイバーと戦ったはいいものの、反則級の宝具を持ち出され命からがら逃れてきたらしい。しかも隠れていたら町がが現在の火の海になっていたとか。

 

 

 こちらの事情も説明したところ、セイバーが握っている聖杯──大聖杯が今回の特異点の肝だろうと彼は言っていた。

 つまり、セイバーさえ倒せば何とかなる、と。

 バーサーカーは近づかなければ出てこないから無視してよし、他のサーヴァントは今この場で倒され今やアーチャーを残すのみ。

 

 

「ふむ。……藤丸くん」

「そうですね……。キャスターさん。酷いお願いだとは分かっています。時間を稼いでもらえますか」

「おお、構わねえぞ。何、相手はなり損ないみたいなもんだ。時間稼ぎどころかさくっと倒して援護にいってやんよ」

「お願いします」

「おう、任せときな坊主。……ちょっと待て。そこの嬢ちゃん、見た感じ宝具が使えねえな? あいつを相手にするならそこの嬢ちゃんの宝具、使えるようになっといた方がいいんだが……まあ、皇帝様のマスターが居るんだ。そこはなんとかしてくれや。──準備はいいか、アーチャー」

「準備ができていなければ待ってくれるのかね?」

「んなわけねえだろ……さあて! おっぱじめるかぁ!?」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべたクー・フーリンの言葉を背に各自がその場を離れる。

 アーチャーが行かせるものかと攻撃を仕掛けるも彼がそれを許すはずもない。

 突破は容易に完了した。

 

 ──さて。移動しながらではあるが先程の彼の言葉を振り返るとしよう。

 マシュは宝具が使えない。

 

 マシュは看破されていたことに驚愕していた。勿論他の者は宝具が使えないということに驚愕していた。それもそのはず、英霊と宝具というのはセットのようなものなのだ。英霊であるのならば使えないというのはあり得ない。

 

 

「……サーヴァントでありながら、その象徴たる宝具が使えない……。どうしたらよいのでしょうか」

 

 

 いつ強敵の攻撃に晒され宝具を使用せざるを得ない状況に陥るか分からない、そんな状況でも不安そうなそぶりを見せず戦い続けていた。

 彼女のその心の強さには尊敬の念を抱かざるを得ない。

 

 マシュは宝具が使えない不安を零していた。

 

 宝具が使えないのは確かに英霊としては不完全なんだろう。

 

 ──だけど、ソレが何だというのか。

 マシュはデミ・サーヴァントだ。彼女は英霊であってもあくまでこの時代に生きているただの少女なのである。使えなくとも不思議ではあるまい。

 それに彼女は立派に藤丸を守れている。今はそれで十分なのではないだろうか。

 

 そう伝えたところ、彼女は徐々にではあるがその表情に明るさを取り戻した。

 

 彼女は賢い。

 それは彼女の生い立ちの所為でもあるのだが、元より彼女は真面目で勤勉な性格だ。

 その賢さ故に自身の至らなさに悩み、つい立ち止まってしまうのである。

 

 彼女のような人間は大きな壁に直面した時、その壁を必ず越えようとする節がある。

 壁は越えようとするから超えられないのだ。時には回り道をした方がいい時もある。

 

 要は考えすぎなのである。

 

 

「ありがとうございます、アルス先輩。わたし、まだ自信は持てていませんが……何となく、そう、何となくですが、身体が軽くなった気がします」

「人生の後輩の相談を聞くのも先輩の仕事の内だからな」

 

 

 彼女の悩みが軽くなったのであればそれでいい。

 子を見守る親のような気持ちになった。

 




FGO本編を書いているとEXTELLAで書きたい欲求がもわもわと。


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崩落

色々書こうとして文章がまとまらず結果長くなってしまうのを直したい。



クー・フーリンの言っていた大聖杯とやらに近づいてきた。

近づけば近づく程に感じる膨大な魔力。成る程、大聖杯と名付けられるに相応しいモノだ。

 

 

「な、何よ……この魔力……!?極東にこんなものがあっただなんて……!」

 

「これは……魔術なんて齧ってすらいない俺でも分かりますね……」

 

 

ただ膨大な魔力が感じられるのならいいのだが、その魔力がなんとも禍々しいというか、刺々しいというか。

特異点となってしまって変質してしまったのだろうか。

肌に突き刺さるようななんとも言えない感触に思わず顔を顰める。

 

 

……いよいよ、大聖杯が目の前に、というところまで来たのだが。

俺達一行の目前にはくすんだ金色の髪と真っ白な肌に黒い鎧を着込んだ少女が居た。

 

その手に持つ剣には恐ろしいまでの神秘が宿っている。ああ、()()()()()()()()()()()

あの時とは見た目が全く違うが。

 

 

「……ふむ。来たか」

 

「随分と余裕そうだな」

 

「フ、貴様とそのサーヴァントが此処に来ている時点で此処まで来ることは分かっていた」

 

「……やはりお前、見た目こそ随分と変わったがアルトリアか」

 

「如何にも我が名はアルトリア・ペンドラゴン。アーサー王と呼ばれた者だ。……久しい、というべきか?本来ならSE.RA.PHでの出来事、ましてや本来のアルトリア・ペンドラゴンでない私がその記録を所持しているはずはないのだが……おそらくは貴様が居る影響か」

 

薄く笑いを浮かべつつ言うアルトリア。

 

サーヴァントとは英雄の側面を使い魔として召喚すされるもの。彼女はあのアルトリアとは別の側面(オルタナティブ)のアルトリアなんだろう。

――しかし、俺が居る影響か。

ネロが死ぬ時も、タマモが死ぬ時も俺がその場に居られれば助けられただろう。そうしなかったのは本来その時代に生きていない自分が表立って活動すれば"そこに居るべきだった誰かの居場所"を奪ってしまうかもしれない。そう思ってのことだった。

それが裏目にでたのか、彼女達は誰にも見届けられずこの世を去る所であったが。

 

そんな自分がこうして人類の滅亡を防ぐべく立ち向かうマスターの一人として表舞台に押し上げられた。

過去得た聖杯の影響か、それとも自身が居ることで生まれた歪みか。

 

考えても仕方の無いことか。表に出てきてしまったのであれば自分のやりたいように、最良とまでも行かなくとも力を尽くそう。

 

 

「さて。そろそろそれぞれの目的を果たそうではないか。不本意ではあるが、私の目的はこの時代をこの状態で保つこと。貴様らの目的はこの時代の歪みの修復。どちらも相容れないモノだ。ならば、後は分かっているだろう?面白いサーヴァントも居ることだ。――その在り方を確かめてやろう」

 

「マシュ、彼女の持ち味は剣の腕や恐るべき耐久力じゃない。純粋なまでの攻撃力。膨大な魔力を以って全てを消し飛ばす一撃必殺だ。気張れよ、生半可な防御じゃ塵すら残らず消される……!」

 

「全力で耐えます……ッ!」

 

「――ああ、忘れていた。アルス、貴様の相手はあちらだ」

 

 

高速で接近されたかと思えばアルトリアの後方、大聖杯により近い場所へと投げ飛ばされる。

叩ききられるかと思ったがまさか投げられるとは。危なかったな、と息を吐きつつ周囲を見渡す。

大分飛ばされたか。あちらにはネロにタマモもいる。そのうちクー・フーリンも参戦するだろうからあまり心配せず此方に集中するべきか。

 

 

「危うく存在を無視されるところであった……。――ふむ。友よ、顔つきがかなり変わったか?良き旅を出来ているようで何よりだ」

 

「な、に……?」

 

「ああ、時は深淵に飲まれていたのだから、久しいというよりも初めまして、というべきか」

 

 

それはもう驚いた。

何せ今自分が手にしている剣と同じ剣を持つ――即ち、あの騎士アルトリウスがそこに居た。それも、英霊の霊基を携えて。

神格が落とされているのか、彼のサイズはあの時とは違い人間と同サイズだが、その威容は衰えていない。それどころか深淵に飲まれていない状態での召喚であるからかソレは以前目にしたときよりも増している。

 

 

「あの時は深淵に飲まれていて正気ではなかったからな」

 

「うむ。だが貴公と剣を合わせ、己が命を賭けて全力で身を削りあったのは覚えているよ。あれほどの戦いは初めてだった」

 

 

――ああ。

本当に光栄なことだ。

他の騎士達にあれほど慕われた彼に、友にそう言って貰えるとは。

 

 

「本当なら今一度手合わせを、と言いたい所ではあるが……。私は"此方側"で戦う気はない。セイバー殿には相手をするとは言ったが、さて、どうしたものか」

 

「俺もできるだけ消耗は避けたい。……それにだ、あの盾を持った子が見えるか」

 

「む?――ああ、そういうことか。ならば貴公が今此処で手助けをするわけにはいくまい」

 

「ああ。今回は見守らせてもらうさ」

 

 

共に見つめる先にはアルトリアが聖剣の真名開放を以って宝具を放とうと魔力を高めている姿が見える。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。彼女の持っている剣がそれだ。

あまりに有名なその聖剣による膨大な魔力放出は離れていても衝撃が伝わってくるほどの威力だ。

 

 

「――鳴け。地に落ちる時だ。卑王鉄槌、極光は反転する。『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!!」

 

「わたしが耐えられなければ……先輩も所長も、ネロさんもタマモさんも消えてしまう……。必ず、必ず耐えて見せます!」

 

 

それは破壊だった。

それは蹂躙だった。

 

極光の通る道にあるモノ全てを破壊し標的を消し飛ばさんとする理不尽なまでの黒き光。

黒く光るとはどういうことか、と言われてしまえばどう答えれば正解なのかは分からない。

 

――ただ、それは黒い光だった。

 

 

「掛け替えのないモノを守る。ただ、ただそれだけでも……行きます、先輩。

宝具展開――『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 

轟々と音が響き渡る。

黒き極光に皆は飲みこまれていった。

離れた此方に居ても尚ビリビリと攻撃的な魔力が肌を刺す。つう、と冷や汗が頬を伝う。

 

 

「はは、何だアレは。想定外の威力だ。聖杯というバックアップがあるからか?」

 

「恐らくはそうだろう。バックアップがあるとはいえ、私や貴公ですらまともに受ければ消し飛ぶあの威力……これが騎士の王と呼ばれた彼女の宝具か」

 

「……。」

 

「彼女達が心配かね」

 

 

それは当たり前だ。

自身の想定していたモノを遥かに超えた威力。

文字通り全てを蹂躙する極光に飲み込まれたのだ。

 

 

「心配する必要はない。あの娘が擬似的にとはいえ宝具を展開していた。あれならば消耗はしているだろうが後ろに居た者達は無傷だろう」

 

「――そうか。マシュが宝具を……」

 

 

どうやら、彼女は騎士王との戦いの中でまた一つ成長したらしい。

極光も収まり、煙も晴れて来たので二人で彼女達の元へと移動する。

 

アルトリアは消滅時特有の光を放ちながら微笑んでいた。

 

 

「――フ、貴様の在り方はいいな。実に、いい。その想い、忘れるな」

 

「消えるのか、アルトリア」

 

「ああ。私一人ではどう足掻こうが同じ結末を迎えるということだろう。……さて。覚えておくがいい、人類最後のマスター達よ。未だグランドオーダーは始まったばかり。これで終わったとばかり思わないことだ」

 

 

グランドオーダー。

聞き覚えの無い言葉を発してアルトリアは消えていった。

 

ふとマリーの方を見やれば彼女の顔は驚愕で染まっていた。

 

 

「グランドオーダー……どうして、彼女がそれを……」

 

「知っているのか」

 

「ええ。グランドオーダーとは、カルデアにおいての原初の指令……」

 

「……つまり、彼女の言葉は」

 

「気が遠くなる話だけど、これと同じかそれ以上の歪みがこれから発生していく。そう考えていいでしょう」

 

 

思わず額を押さえて溜息を吐く。

黒幕が誰にせよ面倒な事を起こしてくれたものだ。

 

 

「では私も早々に消えるとしよう。アルスよ、貴公の旅の道程に幸あらんことを。――また会おう、友よ」

 

「――ああ。また会おう」

 

『っと。お取り込み中悪いけど、聖杯の回収を頼むよ。回収が済めば時期に修正が始まるから』

 

「了解」

 

アルトリウスが消えていったのを見届け、以前に見たものと同じ形の聖杯を手に取る。

これでこの特異点も修復されるはずだ。

 

ぞくりと。

咄嗟に嫌な気配を感じ何もない空間を見やる。

皆が何かあったのかと一斉に俺の見ている方を見る。

 

見つめた先には空間が歪み、裂けているような空洞が出来ていた。

そこからは見慣れた……そう、カルデアでよく見かけた教授の姿がいた。

 

 

「ふう。全く、セイバーのやつめ、私の言うとおりにしていれば生かしておいてやったものを……。それに、あの騎士にしてもそうだ。お前達人間も、サーヴァントというのも、どいつもこいつも――ああ、吐き気がする程気に入らないな」

 

「……レフ・ライノール」

 

「おや、キミも居たのか」

 

「怪しい、怪しいとは常々思っていたがまさか裏切るとはな」

 

「ハハハハハッ!笑わせるなよ人間。裏切った?いや、いいや。私は最初から我らが王にのみ忠誠を捧げていたよ」

 

 

高笑いするレフの表情は正に悪鬼の如く。

内包する魔力も凡そカルデアのトップ技術士の一人とはいえ、人間の魔術師が持てるような魔力量でもない。

その身は既に人ではないのだろう。

 

 

「さて、さて。あの管制室爆破で殺す筈だったロマニ・アーキマンにオルガマリー・アニムスフィアも生きている。その上オルガに至っては適性の無い状態で長時間のレイシフトまで!

ああ、計算外にも程がある。……アルス・ルトリック。貴様だよ。貴様がオルガマリー・アニムスフィアの心を溶かし、ロマニ・アーキマンと友人関係を結び、カルデアに入り込んだ。その時期から私の計画は狂い始めた。――生かしてはおかんぞ」

 

「ッ!ご主人様、後ろへ!」

 

「いや、いい。それよりもまだ話はあるんだろ、レフ・ライノール」

 

「ああ、あるとも。オルガ、キミのお陰で弊害はあったものの当初の計画、人類史の焼却は成された。礼を言わせてもらおうか。いやあ、本当にありがたい限りだ。キミのお陰で人類は2015年以降存在

しえないのだから!」

 

 

腕を広げ大げさな演技をしながら背後に赤くなったカルデアスを出現させるレフ。

おそらくはカルデアと繋がっているのだろう。

マリー曰く、アレは地球全ての情報そのもの。人間がアレに触れようものなら原子レベルで分解されてしまう。

何があっても良い様に動く準備だけはしておくとするか。

 

 

「本来なら此処でオルガを永遠に死に続ける地獄にでも送り、アルス・ルトリックを塵も残さず殺してやろうかと思っていたのだがね。話に時間を使いすぎたか。私はこれでも忙しいのだ、次の仕事に向かわねばな?

貴様らはこの崩壊していく特異点にて死に絶えるがいいさ」

 

 

意外にも何もする事無く先程レフが出てきた空間へと戻っていきこの世界から消えた。

次の仕事、ということはまだこの特異点だけでは完全な人理の崩壊には至れないのだろう。

ならば、まだ諦めるべきではない。終わってしまった世界ならば兎も角、この世界はまだ終わっていないのだから。

 

 

『ああクソッ!特異点の崩壊が始まった!レフの奴、聖杯が回収されようと崩壊するように何かを仕掛けたみたいだ!』

 

「先輩……!」

 

「大丈夫、きっと大丈夫だ……!」

 

『きっと間に合わせてみせるから耐えてくれよ……ッ!』

 

 

大地が割れるような地響きが鳴り響く。

文字通り世界が終わるように存在する全てが崩落していく。

 

だが、自分は意外と冷静だった。

 

 

「奏者……」

 

「ご主人様……」

 

 

不安そうに二人は見つめてくる。

 

何、心配することはない。

ロマニ・アーキマンという男は普段は気の抜けていて軽い男ではあるが、その実ここぞという所で失敗はしない。

その彼が間に合わせるといっているのだ、ならばリラックスしてその時を待つのみだ。

 

 

 

崩落の中二人の髪を撫でた所で世界は暗転した。

 

 

 

 

 




今回は少なめですね。そしてぱぱっと終わった特異点。
ネロとタマモの二人とは定期的にイチャつかせたい病気にかかってます

あ、あと今回登場したダクソのキャラであるアルトリウスについて簡易マテリアルをば。尚、オリジナル設定故に色々アレな所もあると思いますが生暖かく見守ってくださいませ。


真名:アルトリウス
クラス:セイバー

キャラクター詳細

大剣と大盾を手に戦い、一騎打ちを好む騎士。
彼の最期はとある名も無き不死者との一騎打ち。深淵に飲まれ正気をなくした彼は自身を討ってくれる人物を待ち続けていた。最期に友に討たれた彼は穏やかな表情でこの世を去ったという。

英霊として呼ぶためには霊格を幾つか落とさないと召喚できないほどの人物。
その剣は自身の信念と友のために。

筋力:B+
耐久:A
敏捷:B
魔力:B
幸運:C
宝具:A+

宝具:『深淵歩き(アルトリウス・オブ・ジ・アビス)』

彼の生前の異名から宝具となったもの。
宝具を発動した彼は左手に持つ大盾を捨て、まるで獣のように、ただ対象を殲滅する狂戦士となる。


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原初の指令

 夢を見ていた。

 

 

 どんな夢だったか、と言われても具体的に答えられないが、確かに夢を見ていた。

 

 

 俺はいい夢を見ない。

 見るのはいつも決まって悪い夢だ。

 

 

 こうして意識が覚醒に向かうに連れて内容を忘れていってしまうが、確かに悪い夢なのだ。

 

 

 ただ、今回に限ってはいつもの悪夢ではなかったような気がする。

 

 

 思い出そうとすればするほど、何だか無性に泣きたくなるのだ。

 

 

「奏者」

 

 

 朦朧とした意識の中で囁くような声が聞こえる。

 意識を夢の事から今、自分がどういう状況なのか、という事に切り替える。

 

 

「目覚めても……よいのだぞ?」

 

 

 この声は右隣から聞こえてくるような。何だか温かい。

 少し重たい瞼をゆっくりとあける。

 

 

 目には白い天井。

 見慣れたカルデアの自室の天井だ。

 

 

「奏者……」

 

 

 右隣を向けば優しげな笑みを湛え、此方を見つめているネロが居る。

 可愛らしくも美しいその表情はいつまでも見つめていたくはなるが、そうもいかない。

 

 

「……おはよう」

 

「うむ、おはよう、奏者。余もキャスターも、もう目を覚ましているというのに、奏者だけが眠りに落ちたままで気が気でなかったのだぞ?」

 

「それはすまない。何か……何か、夢を見ていた気がするんだ」

 

 

 ああ、思い出せないというのはもどかしい。

 唯一思い出せるものといえば、今回に限っては何だか悲しい夢だった、ということだけだ。

 

 

「奏者……。何か、悲しい顔をしているな。そなたにそんな顔をされると、余も悲しい。余に出来ることがあれば直ぐに言うのだぞ?

 ……よいな?」

 

「……ああ。ありがとう」

 

 

 どうやら無意識に悲しげな表情になっていたらしい。彼女にもあまり心配は掛けたくない。出来るだけ抑えなければな。

 ぐにぐにと手で顔を揉み解し、身体を起こす。

 

 

 大丈夫、どこにも異常は無い。

 

 

 いつも通りだ。

 

 

 身体の確認も済んだ所で何故自室で眠っていたのかについて考える。

 ……ああ、そういえば、特異点Fからの帰還したのだったか。

 

 

「ところで奏者よ。余の添い寝はどうだ?ん?」

 

「最高だった。一番にネロの顔を見られるのはいいものだな」

 

「そ、そうであろう!そ、奏者よ……流石の余もこれは少し照れるぞ……!?」

 

 

 しまった、寝起きだからかつい本音が直球で出てきてしまった。

 赤面しているネロを見てこちらも恥ずかしくなる。自業自得ではあるが、このなんとも言えない空気は少し苦手なのだ。気恥ずかしい。

 

 

「おはようございまーすご主人様ー!ロマニさんが目覚めたみたいだと仰ったのでタマモ、来ちゃいましたぁーって何ですかこの空気!?もしかしてネロさん、朝っぱらからご主人様とラブコメってました!?」

 

「添い寝して目覚めを待っていただけだが?」

 

「ぬぁんですってえ!?なんてうらやまけしからんことをなさってるんですかネロさんはっ!!」

 

 

 どうか落ち着いて欲しい。

 別にラブコメってなどいない。つい本音が零れ落ちてしまっただけのことだ。

 

 

 それよりも、彼女にも心配をかけたのだろうし、申し訳なく思う。

 

 

「おはよう、タマモ。心配をかけたな」

 

「ご無事で何よりです、ご主人様。心配で心配で夜も眠れず……」

 

 

 そこまでなのか。

 申し訳ないという気持ちが二倍に膨れ上がってしまった。

 

 

「何を言う、昨日は貴様が添い寝していたではないか」

 

「みこっ!?ちょっとネロさんやめてくださいます!?」

 

 

 ―――うん。

 心配をかけていた俺が悪いのだし、そんな嘘は別にいいと思う。

 結局タマモも添い寝してたんじゃないかとか、そんなツッコミもしないでおこうと思う。

 

 

 だが少し待っていただきたい。

 昨日?昨日と言ったのか。

 

 

「む?うむ。確かに奏者は2日ほど眠っていた。藤丸にマシュもまだ目覚めてはいないがそろそろ目覚める頃合であろうな」

 

「……俺、そんなに寝てたのか。ロマンは何と?」

 

「目覚めたら管制室に来て欲しいと仰っていました。お行きになられるのであれば私もお付き添い致します」

 

「勿論頼むよ。ネロもな」

 

 

 二人を連れて管制室へと向かう。

 

 

 廊下を歩いていると点々と爆発の余波か、所々破壊された場所が目に入る。

 小さな傷から大きな罅まで様々な爪跡が残されていた。

 

 

 この分だとカルデアの大部分は閉鎖状態に追い込まれていそうだ。

 

 

「これでも片付いた方なのですから、相当なダメージだったようですねぇ」

 

「しかし、あのレフという男も詰めが甘いものよな。人類の滅びを確固たるモノにするのであれば、カルデアを木っ端微塵にしてしまえばこうしてカルデアに反撃もさせずに済んだものを」

 

 

 確かにそこは気がかりではある。

 オルガマリー・アニムスフィアを始めとするカルデアに従事する人々を完膚なきまでに潰し、反抗勢力を無くしてしまえば彼の目的の達成は容易い。

 しかし、実際にはあくまでカルデアを機能停止に追い込むまでに留めている。

 

 

 俺にはどうしても理解が出来ないのだ。

 彼が何を見て、何を感じて人類史の焼却等行ったのかは分からないがあまりにも中途半端だ。

 

 

「まあ、考えても仕方の無いことだ。理解の出来ないものは出来ないのだから」

 

「そうではあるが……むむむ、気になるではないかっ」

 

「確かに妙に引っかかりはしますけれどもねぇ……あ、ご主人様。到着ですよ」

 

 

 もやもやとしたもどかしい気持ちを抱えながら管制室へと入る。

 数人のスタッフとロマン、それにマリーが書類へと目を向けていた。

 

 

 気持ちを切り替えなければいけないな。目覚めたばかりでしかめっ面というのも良くない。

 

 

「すまないな、先程目が覚めた」

 

「いいや、よく無事に帰ってきてくれたよ。君のお陰で所長も無事だったしね。

 ……まさか、適性が無いのに帰ってきて真っ先に目を覚ますとは思わなかったけど」

 

 

 そう、驚くことにマリーは真っ先に目を覚ましたようだ。

 特に身体に異変もない、どころか寧ろ身体が軽い位で元気そのものらしい。それはそれで少し怖いが。

 

 

 それはそうとして、誰かが足りないような気がする。

 藤丸やマシュではなくて。

 

 

「どうしたの?不思議そうな顔をして。ああ、レオナルドのことかしら。彼?彼女?なら医務室よ。

 藤丸とマシュのバイタルが安定してきて目覚めそうだからって様子を見に行ってるわ」

 

「ああ、それならあいつの事だからそのまま工房で篭ってるか。

 所で、此処へ呼び出したって事は何かあったんだろ?」

 

「ええ。藤丸とマシュが揃ったら話すわ。これからのカルデアの行動について、ね」

 

 

 カルデアのこれから、というと、人類史の焼却が成された今の世界をどうやって修復していくか、だろうか。

 とは言っても、基本的には俺と藤丸に掛かっているのだから、今見つかっているであろう特異点をどれから修復していくか、になるか。

 

 

「おはようございます」

 

「マシュ・キリエライト、ただいま帰還いたしました」

 

「やあ、おはよう二人とも。……レオナルドが居ないようだけど、多分工房かな。では、所長」

 

「そうね。では、カルデアの今後について話しておこうと思います。

 

 此処、フィニス・カルデアにおいての原初の指令(グランドオーダー)……人類の存続。

 つまりは、過去、現在、未来において世界を観測し、人類にとって滅びをもたらすであろう歪みの修正。

 

 

 只今を以ってこのグランドオーダーを発令します。

 

 

 ……さて、まずは問題点についてですが、人類史の焼却。どうやったにせよ、これは既に成されたことです。つまり―――人類は既に滅びを迎えています」

 

 

 人類史とは人理の始まりより続いてきた歴史。

 それの焼却とは即ち、人類が存在していたという証拠の抹消である。

 

 

 恐らくは人類史においての重要な分岐点……例えば、現代においてもっとも強大な国といえば、アメリカ合衆国を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。

 もしも、もしもアメリカ合衆国が立国されなければ、それは現代に成り立つ人類史においての大きな歪みになる。

 

 

 そのような歪みを修復せずに放置すれば、歪みが発生する以前の世界は消失する。()()()()()()()()()()という前提でその世界は成り立っているのだから。

 

 

 歪みを重ね、あらゆる可能性の世界を消し去れば必然的に人類は滅ぶ。いや、存在が無かったことになるといった方が正しいのか。

 これが現在のカルデアの状況だと俺は推測している。

 

 

「現在、以前から観測を続けていた歪みの内、人類史を修復するのに修正の必要な特異点の数は七つ。一つを除いて詳しい座標などは未だ観測できていませんが、この七つの歪みを修正すれば人類史の修復は可能でしょう。

 人類最期のマスター達……アルス・ルトリック、藤丸立香。酷な事を言っているのは分かっています。貴方達だけで現地に赴き、特異点の修復を行うなんて無謀にも程がある。

 

 

 それでも―――貴方達はカルデアに力を貸していただけますか?」

 

 

「何を言っている。人類の存続は俺の願う所でもあるんだぞ?カルデアに……マリーに力を貸すのは当たり前のことだ」

 

「俺も……魔術なんてこれっぽっちも知らなくて。足手まといになってしまうかもしれない。けど、逃げたくないんです。だから、俺も一緒に戦わせてください、所長。マシュや皆と一緒ならきっと乗り切れますから」

 

「―――ありがとう」

 

 

 綺麗に笑うようになったものだ。

 彼女を助けた自分は間違っていなかったのだと、少しばかり頬が緩む。

 

 

「ではこれからの特異点修復について―――ロマニ」

 

「了解です。今現在、七つの特異点が観測できている訳だけど、修正点である詳しい座標は一つを除いて未だ観測が終わってない。これは君たちが修復に赴いている間、此方で進めておくよ。

 それで、まず最初に行ってもらうことになる特異点なんだけど……場所は1431年のフランス。君たちさえ良ければ、明日にでもレイシフトを行おうと思ってるんだけど」

 

 

 1431年のフランスか。

 確か百年戦争の真っ只中、ではあるものの休止期間だったはずだ。

 

 

「此方は問題ないな。ネロもタマモもそれでいいだろう?」

 

「勿論だ。いつ、いかなる時も奏者と共に、な」

 

「良妻とは主人の一歩後ろを付いて行くもの。どのような場所であれお供いたしましょう」

 

「俺も問題ないですよ」

 

「わたしも大丈夫です。先輩はわたしが守ってみせます」

 

「―――よし。それならレイシフトは明日だね。準備が出来たら連絡するから、それまで英気を養っていてくれ」

 

 

 その言葉を最後に、この場は解散となった。

 英気を養っていてくれ、とは言われたものの、どうするか。……そうだな。目覚めた時の夢が少しばかり気になる。

 

 

 眠ってみれば見られるだろうか。よし、そうと決まれば早速自室へ向かうとしよう。

 

 

「―――と、思っていたのだが」

 

「うむ。何か問題でもあったか?」

 

 

 その得意げな顔が今は少し恨めしい。

 いや、問題であるといえば問題であるし、問題でないといえば問題ではないのだけれど。

 寝転んだ自分の両隣に二人が居るのは可笑しくないだろうか。と、いうかベッドが大きくなっているような。

 気のせいではないはずだ。少なくとも以前はいくら密着しているとはいえ、三人で寝るなど到底出来ない広さだったはずだが。

 

 

「両手に華。野暮な事は仰らない方がいいのですよご主人様」

 

「それでいいのかお前は……」

 

「ご主人様はお優しいですから。きっと、どちらかを選べと言われても選べないに決まっています」

 

 

 否定は出来ないのが痛い所だ。

 ……だとしても、またなんでいきなりこうなったのか。

 

 

「サーヴァントはマスターと同じ夢を見るという。だというのに、奏者を悲しませるような夢を余も、タマモも見たことはない。故にこうして一番近くに居ることで感じてみようと思ったのだ。決して、決して添い寝がしたかったわけではないのだぞ?」

 

「本音がちょっと出てますよネロさん。……こほん、ネロさんの本音は兎も角、そういった事情もありまして。こうしてお傍に居させていただいているのです」

 

「……何だかすまないな」

 

 

 自身が覚えていられないばかりに、彼女達にも夢を見させるようなことになろうとは。

 

 

 今だけでもいい。どうか、彼女達にはいい夢を見させてあげたいものだ。




こいついっつも眠ってんな……と、書きながら思ってしまいました。
いよいよ次回は第一特異点ですね


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第一特異点
夢見 / フランスの地


感想にアルトリウスについてお話を頂いたのですが、調べてみた所右利きであったのか左利きであったのか確定はしてないみたいですね。本作では右利きであるということにしておきます。2の栄華の大剣じゃ左利きの騎士が使用していたとテキストであるのはあるのですが、個人的には左腕を潰された上であの強さを誇った事から、『アルトリウスが左利きであった』と思った左利きの騎士達が使用していたという風に考えています。

要はどっちか分からないからフロム脳を最大限に使え!ってことですね(適当)




『あははははっ!いいわ、いいわね!よく燃える薪ですね!

 私を殺した愚かな祭司達は死んだわ!……しかし、この未だ煮え滾る復讐心やこの今までの全てが抜け落ちた感覚はどうすれば収まるものか……。

 

 

 ……ああ、そうだわ。この国を蹂躙しましょう。

 

 

 愚鈍な民衆を殺しましょう。己が権力に溺れた汚らわしい権力者を粉微塵にしてあげましょう。ありとあらゆるものを破壊しましょう。

 

 

 ――そして、この国を滅ぼしましょう』

 

 

『そうすれば、きっと私は――』

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 今回の夢は以前の悲しい夢とはまた違った夢だった。

 

 

 復讐者を名乗る彼女は確かに、救いを求めていた。

 生前に面識があり、1431年のフランスにおいて既に死亡している人物であり、SE.RA.PHでも目にした人物。

 

 

 ――ジャンヌ・ダルク。

 

 

 見た目が変わっていた。恐らくは冬木に居たアルトリアと同じく別の側面が召喚されたと見ていい、とは思うのだが。

 彼女は聖人だ。自分が死んだことに悪感情は抱いていないだろう。後に続くモノがあったのであれば、それでいいと。

 だが、彼女は人間だ。人間は悪感情を持たずに生きるのは不可能なのだ。

 無意識の内に、自覚せずとも、確実にソレは芽生えているモノなのだから。

 

 

 そう考えると黒いジャンヌ・ダルクが召喚されたのにも頷けるが……。あくまでジャンヌ・ダルクは聖人なのだ。騎士の王として冷酷な面も持ち合わせていたが故に、その側面が一英霊として数えられたアルトリアと違い、無意識レベルのものでの悪感情が別の側面として召喚されるとはどうしても思えない。

 

 

 ――うん、よく分からない。あれこれ考えるのはやめにしよう。成せば成る。要は行き当たりばったりだが、これまでも何とかやってきたのだ。

 

 

「ご主人様。私は……」

 

 

 言わずとも分かっているとも。

 彼女としてはジャンヌ・オルタを気に掛けるのは良くないことだと思っているはずだ。だが、一方で、あの夢に出た彼女の苦しそうな表情を目の当たりにして何か思うこともあったのか、迷いの見える表情をしていた。

 

 

「まずは、あの時と同じく対話を試みようではないか。敵だからといって理解もせず、憎むのみでは、な」

 

 

 やはりネロはそう来るか。

 月でもそうだったが、彼女は基本的に敵対する者の事を最大限理解し、その力を認めた上で真っ向から勝負し勝利する事を良しとする。

 祭司を殺し、国を滅ぼすと言った彼女がどうしてそうなってしまったのか。彼女は対話で、対話が無理なら一度叩きのめした上で聞こうとしているのだろう。

 結局の所、会って話を聞かなければ何も分からないし始まらない、か。

 

 

「座標の確認終了。1431年のフランスに間違いありません。どうやらレイシフトは成功したようです。百年戦争の真っ只中ですが、確かこの時期は休戦中だったはずです」

 

「まずは召喚サークルの設置だったよね」

 

「はい。カルデアからの支援を受けるために必要ですから最優先で行うべきです。……フォウさんがまた着いて来てしまっていますが、どうしましょう先輩」

 

「まあ、前も大丈夫だったし大丈夫だと信じておくしかないんじゃないかな……。んじゃあ、霊脈を……ってアルスさんどこ見てるんですか」

 

 

 考えも一応はまとまり方針は決まったので、気持ちを切り替える。

 マシュと藤丸の会話を片手間に聞きながら、ふと、空を見上げる。そこには空を覆う大きな円……いや、輪、と表現するのが一番近い、何かが存在していた。

 

 

 アレが何であるのかは分からないが、良くないモノであるのは分かる。

 カルデアとの通信も取り合えずは繋がったので、取り合えず空を見てみろと言って皆にもその存在を知らせる。

 

 

『アレは……光の輪、いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式……?とんでもない大きさだなあ、下手をすれば北米大陸と同サイズだ』

 

『1431年のフランスにあんなものが存在していたなんて記録は無いわ……』

 

『間違いなく未来消失の理由の一端だ。

 だけど、アレは此方で解析するしかないな……。キミ達は現地調査に専念してくれていい。まずは霊脈を探してくれ』

 

「了解」

 

 

 レイシフト直後から不穏な空気だな。溜息を吐きたくなる思いを殺しながら、残り火を取り出して握りつぶす。

 身体から火の粉が舞い、身体に力が漲る。

 残り火を身体に取り込んだことにより擬似的に薪の王と同じ状態となる。具体的な効果は体力の増加。ロードランに居た頃は人間性を取り込み、亡者の姿から元の人間の姿に戻っていたのだがロスリックに行き着くと見た目が亡者になることはなくなった。そのため、支援を得るために白霊を召喚する時以外ではあまり使用せずに居た。使用すると侵入霊が現れたりと割と面倒であったためだ。

 この時代、不死の呪いを受けた人間も自身のみとなった現在で使用した場合、黒霊が侵入してくるかは分からないが、あの時代に見えていた灰達のメッセージも一向に見えないため、恐らくはないと見ていいだろう。

 あの時代の人間が此処に居るとすれば、英霊として召喚されるくらいか。

 

 

 そういえば、いつまでも隠したままではいけないと思い、レイシフト前に藤丸に自身の事は話しておいた。なのでもう負い目に思うこともない。

 暫く信じられはしないと思っていたのだが、彼は「そんな事情を抱えてるような気はしました」と直ぐに納得してくれた。拠点で篝火を構築することを伝えた時にはそれで回復するのが羨ましいと言われたが。結構図太いな彼は。

 

 

「皆さん。人……兵士の方々が見えました。接触するべきでしょうか?」

 

 

 と、そこでマシュから報告が入る。

 英語で話しかけようとしているが、ここはフランス。フランス語で挨拶したほうがいいのではないだろうか、と伝えたのだが彼女は自信満々に大丈夫だと言って話しかけにいった。正直不安でしかないが、グッドラックと言って送り出すことにした。

 

 

「エクスキューズミー。こんにちは。わたしたちは旅のものですが――」

 

「ひっ!? て、敵襲!!敵襲ー!!」

 

「ああ、そら見たことか……戦闘になるぞ、これは」

 

「伝わると思ったのですが……」

 

「いや、今は休止期間とはいえ、百年戦争の最中だろう?」

 

「……そういうことは早くお願いします」

 

 

 アレは言っても聞かないヤツだと分かっていたので止めることはしなかった。後悔も反省も少しだけしている。だが、ノリノリで話しかけに言ったマシュが正直悪いと思ったのであった。

 

 

「何を遠い目をしてるんですか……。分かりました。この事態を引き起こした者としての責任があります。アルス先輩。現地人への攻撃は調査の上ではご法度。かくなる上は出来るだけ流血沙汰にならないように峰打ちでいきましょう!」

 

「よし分かった。混乱しているなマシュ? ……だが、峰打ちには賛成だ。……ん?峰?」

 

 

 盾で峰打ち。

 峰打ちを行う場合には打刀、または物干し竿に持ち替えて行うので問題はないのだが、彼女の主武装、というか唯一の武装は身を覆い隠す程の盾である。

 一体彼女はどこで峰打ちを行おうというのか。そもそも盾における峰ってどこなのだろうか。納得はいっていないが、あの盾で峰打ち(仮)を行った場合、対象が圧殺されるのではないか。

 

 

 疑問点が尽きず、脳内が混乱に混乱を重ねて最早混沌としつつあるのだが。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 いやはや、意外と手加減をしながら戦うというのは疲れるものだな。

 打刀で峰打ちを敢行している中、戦いの最中でマシュの戦う様を見ていたのだが何と言うか心配になる戦いだった。主に兵士が圧殺されないかで。

 戦闘終了後、彼女に感想を聞いてみると「盾の峰打ちの感覚を掴んだ」と言っていた。

 

 

 拝啓、ロマンにマリー。マシュはとても逞しい子に成長しています。ただ言っていることが良く分からない不思議っ子になりつつあります。

 

 

「……走って砦の方へと逃げられていきましたが、どうしましょうか?」

 

「行ってみよう。あれだけ怯えてるなら何かがあったんじゃないかな」

 

 

 あの攻撃をまともに受けておいて走って逃げられるとは兵士も中々に頑丈なようだな。伊達に前線で戦っては居なかったということだろうか。

 いや、それにしたって手加減しているとはいえ、あの盾で叩き潰されていたにも関わらずあれ程の速度で走るとは彼ら軽く人外の域に片足突っ込んでるのでは?

 

 

 彼らを追って砦へと向かってみると砦の入り口は開放されていた。

 外から見るとそそこそこ無事ではあるが、中がこれまた酷い損傷具合だった。こんな状態では最早砦と呼べない状態である。

 

 

「中に居るのは負傷兵ばかり……か」

 

 

 1431年にはフランス側のシャルル七世がイギリス側についたフィリップ三世と休戦条約を結んでいる筈だ。

 故に戦争行為で負傷した兵士が此処に集められているとは考えにくい。と、いうか夢の内容的にはおそらくはジャンヌ・オルタの仕業か。

 

 

 此方を目にした途端焦燥しきった表情で再び襲い掛かってこようとした負傷兵を宥めて、何とか話を聞くことに成功した。

 魔女の炎に焼かれ、シャルル王は死んだ。まあ、そんな気はしていた。

 

 

 十中八九、魔女と言われている人物はジャンヌ・ダルクその人だろう。……いや、この場合はどう表現すればいいのか分からないが、とにかくジャンヌ・ダルクが蘇ったらしい。

 イングランドはとうに撤退しており、残されたフランス兵は"竜の魔女"に怯えながらも抵抗を続けているとか。

 

 

 話の途中で竜牙兵が襲い掛かってきたりしたが、大して強くも無かったので軽く蹴散らしたところ、竜牙兵とは比べ物にならない魔力の反応が此方へ高速へ向かってきた。

 

 

『気を付けて!何か大型の反応が複数そっちへ向かってる!』

 

「ああ、此方でも確認している。これは――」

 

「ド、ドラゴンか奏者よ!余も初めて見たが、これは……」

 

「いや、これはワイバーンだ。竜の亜種なんだが、間違っても十五世紀のフランスに存在していいものじゃない」

 

「ううむ、ではこやつらは……」

 

「竜の魔女、ジャンヌ・ダルクの差し向けた尖兵ってところだな。よし、軽く捻ってやるか」

 

 

 アレくらいなら問題はない。確かに数による暴力は大変脅威ではあるが、要は囲まれなければいい。侵入霊二人を相手取るよりよっぽど楽だ。

 それに、かつてはもっと強力で恐ろしい竜種と一対一で戦ったこともあるのだ。今更ワイバーンを恐れてどうするのか。

 

 

「そこの方々!水を被って下さい!一瞬ですが彼らの炎を防げます!そして……出来るならば私の後に続いてください!」

 

 

 左手にクロスボウ、右手にアルトリウスの大剣を出現させて彼らの群れの中に飛び込む。

 その際に、見覚えのある姿と声を聞いた。何故かかなり弱くなっているようだが、間違いなくジャンヌ・ダルクだ。彼女の性格上、出てくるのは仕方が無いとはいえ、今の兵士達にとって"ジャンヌ・ダルク"は"恐ろしい竜の魔女"なのだ。大丈夫だろうか。

 

 

 時には翼を切り裂き、時にはクロスボウで撃ち抜き、時には強引に大剣で複数を吹き飛ばす。

 繰り返すこと数分だろうか。ワイバーンはあっけなく全滅した。

 

 

『いやあ、よくやったぞ諸君!手に汗とゴマ饅頭を握って見入っちゃったな!』

 

「ドクター。それはわたしが用意したゴマ饅頭ですね」

 

 

 一体ロマンは何をしているんだ……。

 スポーツの試合でも見ている気分だったのか。あと、その手に持った饅頭を食べるのをやめたのであれば、まだ痛い目に遭わずに済むと思うので是非そうしてもらいたかったのだが、生憎と彼はマシュの藤丸へのささやかの労わりである饅頭を咀嚼していた。それはもう美味しそうに。

 

 

「……先輩。帰還時には一回分の戦闘リソースを残しておいて下さい。習得した峰打ちを叩き込みたいエネミーを一人登録しましたので」

 

「オーケー、任せろ」

 

 

 ――さらばだロマン、お前の事は忘れない。五分くらいは。

 あの峰打ちはロマンならきっと死ぬ。カルデアで身体を鍛えることもせず日々研究や医療の仕事に明け暮れていた彼ならばきっと死ぬ。それ位の威力はあった。

 

 

 この特異点の修復が終わればマシュに峰打ち(仮)を叩き込まれ死ぬであろうロマンはさておき、此方は此方でやらなければならないことを果たすとしよう。

 まずは兵士達に怯えられ、危うく攻撃されそうになったかと思えば目の前でギャグを披露され、どうすればいいのか分からず困った表情をしておろおろとしている聖女、ジャンヌ・ダルクに話しかけることにした。

 

 

 

 

 

 

 




相変わらず文が安定しませんね……。
少しダクソ要素が増えた、かもしれません。


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ラ・シャリテにて

「……なるほどな」

 

「すみません、あまり力になれず」

 

「そんなことない。弱体化しているとはいえ、キミが居ると心強い」

 

「それは此方もですよ。まさか貴方とまたこうして会えるだなんて思っても居ませんでした」

 

「頑丈さだけが取り得だからなぁ……」

 

 

 おろおろしていたジャンヌに声を掛け、砦から離れた森の中にやってきた。

 その森にはこれまたこの時代のフランスに居るはずの無い獣人達が居たので蹴散らした後に互いの情報の共有を行ったところだ。

 ジャンヌはルーラーのサーヴァントとして召喚されているが、真名看破が使えず、さらには各サーヴァントに対して三つある令呪もない。能力も多少下がっているので、他のサーヴァントと交戦になった場合には多少の不安が残るか。

 まあ、彼女の能力が下げられているのは恐らくはこれが真っ当な聖杯戦争ではないのだからあり得ない話ではないし、そう驚くことでもないだろう。

 

 彼女の話からこの時代の崩壊した理由も確定した。

 フランス国家の崩壊。

 これが完全に行われてしまえば人理の崩壊も確定する。

 彼女はオルレアンの奪還ともう一人のジャンヌ・ダルクの打倒を目的として動くそうなのだが、カルデアとしてもそれは行うべき事であるため彼女と協力していくことになった。

 

 

「さて。当面の目的は決まったな。拠点も早く見つけておきたいところだが、もう日も落ちてきたところだ。明日にするとしよう」

 

「そうですね。では、アルスさんに藤丸さんは人間ですし眠った方が良いのでは?」

 

「ん、そうだな。よし、眠りたい奴は安心して眠るといい。見張りは俺がやっておく」

 

「分かりました。アルスさん、明日から頑張りましょうね」

 

「ああ」

 

「……えっ」

 

 

 さも当然かのように行われたやりとりにジャンヌはぽかんと口を開けて呆然としている。

 無理も無い、ジャンヌからすればサーヴァントに混じってただの人間が見張りをすると言っているようなものなのだ。実際の所、俺は睡眠を必要とはしていない。何をどうしたらそうなるのかは不明だが、きっと呪いの所為だと信じたい。そうなると某カタリナ騎士達が眠りまくっているのは何なのだということになるのだが。

 とはいえ、眠れない訳ではなく、眠ろうと思えば眠れる。ちゃんと疲労回復の効果もあるので疲れている時はなるべく眠るようにしてはいるが、今回は殆ど体力を消費していないので眠る必要も無い。

 

 

「……アルスさんは眠らないのですか?」

 

「とっくの昔に人間やめてるからな」

 

「そう、なのですか……」

 

 

 からからと笑って人間辞めてる宣言をすると、何故か悲しそうな表情を浮かべられた。

 何か悲惨な理由があってのことかと思われているのかもしれないが、それは少し勘弁して欲しい。別に悲劇的な理由があったわけでもなく、ただ"そういう時代"だったとしか言えないのだから。

 

 

「まあ、俺だけじゃなく皆が皆化け物になる。そんな時代に俺は生まれ、そして今まで生きてきた。ただそれだけの事だ。……サーヴァントでも眠ることはできるだろう?眠ればスッキリすることもある。眠ってみたらどうだ」

 

「……分かりました。おやすみなさい」

 

 

 少し納得のいっていないような表情をしていたが、彼女は用意した毛布に包まり瞼を閉じた。

 こうして眠っているところを見れば、二十にも満たない少女らしい、可愛らしい顔をしている。思い返せば、彼女が普通の女の子として生きた年月は非常に少ない。度々彼女が見せてくれた笑顔はとても美しいものだった。

 あの時は戦いの事など忘れて生きて欲しい、等と思っていたのだが。いや、それは今ですら変わらないのか。

 

 

 いやはや、いつものことではあるが、ままならないものだ。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「おはよう、奏者。気持ちのいい朝だなっ」

 

 

 辺りの警戒をしながら考え事をしていると、気が付けば夜が明けて日が昇る時間になっていた。

 ネロの言うとおり清々しい朝だ。凝り固まった身体を伸びをすることで解す。

 

 

「おはよう。よく眠れたか?」

 

「うむ!やはり奏者の隣は落ち着くな」

 

 

 さも当然のように隣から声が聞こえる。吃驚するが特に害があるわけでもないので別に構わないのだが、少し心臓に悪い。

 ネロは昨夜、ジャンヌと話をしている最中、気が付けば静かに隣で眠り込んでいた。あれはアサシンも吃驚の気配遮断だったと言っておく。

 それに気づくと同時にタマモの方から何か視線を感じた気もするがきっと気のせいだ。その際にネロがニヤリと笑ったような気もするが、それもきっと気のせいだ。

 

 

 今日はオルレアン奪還に向けての情報を集めることになっている。

 ジャンヌ・オルタが居るであろうオルレアンに近付きすぎると、ルーラーのスキルが機能して見つかる可能性がある。機能していなくてもある程度近付けば見つかってしまう為、オルレアンから程よく距離のあるラ・シャリテへ向かうことになった。ラ・シャリテで情報が得られなければ更にオルレアンに近付くことになるため、出来れば此処で情報を掴みたいところだ。

 

 

『む。ちょっと待ってくれ。君達の行く先にサーヴァントが探知された。場所はラ・シャリテ。君達の目的地だけど……あれ、でも遠ざかっていくぞ。ああ、ダメだロストした!速すぎる!』

 

「フォウ、フォウフォーウ!」

 

「何ですかフォウさん、急に頭に乗って。え?向こうの空を見るんだ?――せ、先輩!」

 

「街が燃えてる……!?マシュ、ジャンヌ、早く行こう!」

 

 

 ラ・シャリテは火の海に沈んでいた。

 藤丸達が焦燥に駆られ、街へ急ごうとしているが、あの様子では最早命と呼べるものは残っていないだろう。ロマンの通信からして、街を襲撃したのは遠ざかっていったサーヴァントか。

 

 

 街に入れば肉が焦げたような臭いと、人の声ではあるが人ではない"ナニか"の呻き声。それが意味するのはこの街の人間が悉く生きる屍……リビングデッドになっているということ。

 呆然とする藤丸達を他所に生きる屍達を早々に片付ける。誰かを襲ってしまうよりも先に地に還してやるのが今できるせめてもの供養だ。

 と、その時大きな翼の羽ばたく音が聞こえる。この音はフランスに来たときに遭遇したワイバーンか。

 

 

「あれは……死体を喰ってるのか……!?」

 

「やめなさい……!」

 

 

 死体を貪らんとやってきたワイバーンも手早く処理し終わるとロマンから先程のサーヴァントが反転して此方に向かっているという報告が入る。

 数は五騎。俺も含めれば数的には対等だが、相手がどのような英霊なのかも分からないのでここは逃げるべきか。

 ちらりとジャンヌを見やれば強い決意を秘めた瞳をしている。――ああ、これは言っても聞かないだろう。彼女は誰が何と言おうと此処に残るつもりだ。

 

 

「私は、逃げません。せめて、真意を問うまでは」

 

「だろうな。お前はそういう娘だ。ロマン、これは言っても聞かないぞ?」

 

『あーもう!とりあえず逃げることを最優先で動くんだ、いいね!?』

 

 

 ふう、と溜息を付いて空を見上げればそこには件の竜の魔女――ジャンヌ・オルタがいた。

 その瞳には憎悪、ただそれのみを宿して。

 

 

「――なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて。ねえ。お願い。だれか私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気でおかしくなりそうなの。だってそれぐらいしないと、あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!」

 

 

 彼女は嗤う。自分自身がどれだけ小さく同情すら浮かばない小娘であるかと。

 彼女は嗤う。そんな自分に縋るしかなかった国など、鼠の国にすら劣っていると。

 

 

 ジャンヌがこの惨状を引き起こしたことに対して訊けば、単にフランスを滅ぼすためだという。

 主が愛想をつかした国を滅ぼし、主の嘆きを代行すると。

 

 理由を聞けば聞くほどあのジャンヌ・ダルクとは思えない。反転しているとしてもその本質は変わらない筈であって、彼女のようにジャンヌ・ダルクの本質を捻じ曲げた思考、行動には至らないと思うのだが。

 

 

「……。貴女は、本当に"私"なのですか……?」

 

「――呆れた。ここまでわかりやすく演じてあげたのに、未だ疑問を持つだなんて。…そう、貴女は所詮私が捨てたただの残り滓に過ぎないのね。今の貴女を見て思い知ったわ。バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。そこの田舎娘を始末なさい。雑魚ばかりでそろそろ飽きたところでしょう?喜びなさい、彼らは強者です」

 

 

「――よろしい。では、私は血を戴こう」

 

「いけませんわ王様。私は彼女の肉と血、そして臓を戴きたいのだもの」

 

 

 ジャンヌ・オルタの指示で出てきたのはバーサーク・ランサーとバーサーク・アサシン。

 相手はランサーにアサシン。呼称から推測するに両名に狂化が掛かっていると見てもいいだろう。ステータスに補正が掛かるがその分理性が薄くなり、技術的な面で粗くなる為そこを何とか突いて上手く倒したいものだが……。

 考え事をしつつも目の前の獲物の話に夢中なランサーの懐へ踏み込み剣を振り下ろす。

 

 

「ふむ。では私は魂をいた……ふんッ!小癪な……不意打ち等で余を打ち倒せるとでも思うたか」

 

 

 なるほど、狂化が掛かっているとはいえ、不意打ちで倒れてくれる程隙だらけというわけでもないようだ。余裕を持って剣を防がれるが、そこで動きを止めていては反撃のいい的。振り下ろした勢いをそのままに左手に持った短剣でランサーの首を狙って一閃。これも防がれるだろうが、弾かれると同時に距離を取ることで反撃に備える。彼の真名のヒントも得た。あの自身から飛び出すかのような槍の使い方から恐らく、彼はルーマニアにおける護国の英雄。

 

 

「この槍……ヴラド三世か。護国の誇りはどこにいったのやらな?」

 

「――ほう?余を知っている様な口振りだな」

 

「知っているとも。お前の武勇は耳に届いていたからな。その護国の王が今じゃ悪魔と呼ばれるに相応しい有様だ。これを残念と思わずしてなんと言う」

 

 

 姿かたちは知らずとも、彼の名と活躍は俺も知っていた。

 残酷な手段を用いてはいたがそれでも彼は鉄壁の守りを以ってルーマニアを護った。その手段から吸血鬼の由来とされているのも知っている。彼は誇り高き護国の将、その名を忌み嫌う筈だ。

 だというのに彼はまず血が欲しいと言った。次に魂が欲しいと言った。美しき者の血と魂は至上の馳走だと、まるで悪魔のように。ああ、狂化されているとはいえ、非常に残念で仕方がない。

 

 

「貴様ッ……!」

 

「言われるのが嫌であるならその在り方を否定するなりしてみることだ」

 

「――王様、その男の言葉に耳を貸す必要はありませんわよ?だって、貴方は今、まさしく血を求める悪魔なのですから」

 

「――煩わしい女であるな、エリザベート・バートリー。貴様と話しているのではない」

 

「その名で呼ばないでくれるかしら。殺すわよ?」

 

 

 アサシンの方はエリザベート・バートリーか。

 SE.RA.PHでの彼女ではなく、彼女が成長した姿。その身には一体どれ程の血を浴びたのか。しかしヴラド三世よ、一応は仲間である彼女の真名を明かすのは如何なものか。いや、陣営的には仲間ではあるが、個人個人の間では仲間意識など無く、寧ろ彼女のその在り方を嫌っているが為の行動か。

 

 

「――恥を知れ、ヴラド三世、カーミラ。貴様らはサーヴァントとして現界しているというのに、その名の意味すら分からないのか。まあいいわ、残りの三騎も投入します。いいですね?」

 

「……よかろう」

 

『まずいぞ、これはまずい……!彼女は後ろの三騎をもけしかけてくるつもりだ!こんなときはどうしたら……!!』

 

「落ち着け。退避する隙くらいはどうにかする。藤丸くん、マシュ、ジャンヌ。ヴラド三世とエリザベートの相手は任せるぞ」

 

 

 彼らのやりとりに頭を悩ませつつも、ジャンヌ・オルタは残りの三騎を投入する。彼らのやり取りにうんざりしたのだろうか、本気で此方を殺しに掛かってくるようだ。

 落ち着いて相手のクラスを把握し、凡その出方を知るために新たに参戦する三騎を観察する。……アーチャーが一人。杖のようなモノを持った女性と、剣先の丸い処刑用の剣を持った男性についてはわからない。それぞれキャスターとセイバー、もしくは処刑用の剣からしてアサシン、というところまでの絞込みが精一杯と言った所だ。

 

 

「……私も不本意なのだがな。恨むがいい聖女よ。その代わりに貴様の命を刈り取らせてもらう」

 

「落とし甲斐のある首だ。安心するといい、僕の腕であれば痛みは感じない。それどころか快感すら感じるだろう」

 

 

 顔を顰めつつも弓を引くアーチャーと不敵に笑いながら切りかかってくる処刑人。

 彼らは真っ直ぐ此方へ向かってくるが、この場から動く必要はない。この場にはネロにタマモという、全幅の信頼を寄せる相棒達が居る。であれば、その攻撃は此方に掠るどころか届きもしないのだから。

 

 

「ご主人様には指一つ触れさせませんとも。理性の薄れた獣の攻撃ごときで倒せると思わないことですね」

 

「うむ。我らが三人で組めば敵などいないというもの。まぁ、余と奏者のコンビだけでも十分に構わないが?」

 

「んな事させねえですよーだ!確かにメインサーヴァントは貴女でしたが今は別!譲る気は微塵もありませんー!」

 

「――。」

 

 

 後ろでジャンヌが唖然としているのが分かる。他の者は「また始まったよ」位にしか思っていないのか、苦笑するだけに留まっていた。

 気持ちは分かる。でもだね、これが彼女達の通常運転なのだ。戦場であろうと日常であろうとこんな感じなのである。早々に慣れてほしい。タマモとネロに二人の相手をするように伝えながら苦笑する。

 

 

 ところで、あのキャスターと思われる女性はどこへ行ったのだろうか。ふと視線を外して周囲を眺めた後、視線を戻したその瞬間。

 

 

 ――目の前には拳が迫っていた。

 

 

「ぐおぁッ!?」

 

「ご主人様!?」

 

「奏者!?」

 

 

 勿論直撃した。ジャストミートである。

 何だこの威力。まるでロードランにて遭遇した落下してくる鉄球トラップの如き衝撃だ。普通の人間であるならば死んでいた。

 派手に吹っ飛ぶことで衝撃を逃がしたので殆どダメージにはならなかったが、かなりの衝撃を此方に与えた。色々な意味で。

 

 

「……ああ、主よ、申し訳ありません。荒々しいこの拳は封印しているというのに、今の私は抑えが利きません……」

 

 

 主に対して懺悔する彼女は正しく聖女といったところだ。

 ……聖女がその手に持った杖をぶん投げて殴りに来るのはどうかと思うのだが。

 

 

「しかし、ますますクラスが分からんぞあの聖女らしき女性……」

 

「私はマルタ。ただのマルタです。不本意ながら黒きジャンヌ・ダルクのサーヴァントです」

 

「ああ、これはどうもご丁寧に。……じゃなくてだな。近頃の聖女は皆して脳筋なのか?可笑しいだろうあの威力。死ぬかと思ったぞ」

 

『聖女マルタといえば、悪しき竜タラスクを鎮めた聖女として有名だね。祈りを以って鎮めたとも、素手で鎮めたとも言われているけど』

 

「あの拳の威力だと後者なんだろうなぁ……」

 

 

 何にせよ、あの拳は脅威だ。まともに受けないように心がけなければならない。

 剣で拳ごと、とも考えたがあの威力では此方が負ける可能性がある。安易に受ければ剣ごと持っていかれるかもしれない。

 

 

 ……厄介だな。剣や弓を武器とする者よりも余程厄介に感じる。

 いつの日か呼んだ白霊が「セスタスこそ至高。剣や槍など邪魔なだけである」と言っていたが、それはこういうことなのか。自身の身体を極限にまで鍛えれば武器など不要だと。その白霊はエリアの主に吹っ飛ばされて消えたが。

 じわり、じわりと冷や汗が頬を伝う。周りは残りの相手に手こずっている様なので加勢に向かいたいのだが、マルタはそうはさせてくれないだろう。彼女から視線を外せばあの拳が飛んでくる。

 どうしたものかと顔を顰めるが、彼女を仕留めない限りはどうにもならない。一先ずは戦闘に集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ガラスの薔薇と葬送曲

英雄王(弓)と師匠がうちのカルデアにやってきました。人理の修復に力を注がねば……。


「クソッ!お前の拳は鋼か何かで出来ているのか!?」

 

「出来てないわよ!正真正銘の清純な乙女の拳よ!」

 

「清純な乙女の拳が剣と打ち合えてたまるか!」

 

 

 打ち合ってどれ程経っただろうか。

 相も変わらず互いに少々の傷は負っても決定打となる一撃は与えられずにいた。

 何しろこの聖女、拳が硬すぎる。剣と打ち合って鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえるとか一瞬頭が可笑しくなったのかと疑いたくなる。彼女も隠す余裕がなくなってきたのか、最初の聖女らしい雰囲気は形を潜め、少し荒々しい言葉遣いが出てきてしまっていて聖女らしさが消えうせているのだがいいのだろうか。

 

 

「あーもう、本当に面倒ね!近付けば短剣、少し離れれば大剣とかアンバランスにも程がある組み合わせなのによくやるわ!」

 

「そりゃそうだろう、俺も相手にした時は手を焼かされたものだ!」

 

 

 この片手に短剣、片手に大剣を持つ戦い方は深淵の監視者達の戦闘スタイルだ。

 特大剣を用いているとは思えない程の手数で、その盾を用いないアグレッシブな戦闘スタイルに慣れるまでに何度死を味わったことやら。攻撃は最大の防御なりとはよく言われているが、正にそれを体言したスタイルだと思う。

 そんな彼らの戦闘スタイルを俺も使わせてもらっている。所詮は真似事でしかないが、他に類を見ないスタイルな為に知っていたとしても戦いにくい素晴らしいスタイルであると言えるだろう。弱点としては盾を用いない為にダメージを受けやすいという点か。

 

 

 確かにあの拳は厄介なのだが、自身の身体を武器としているが故に此方の懐に潜り込まないといけない弱点がある。此方も大振りになってしまいカウンターダメージを貰ってしまうため、大剣による攻撃は出来ないが、そこは左手に持った短剣で斬りつけることによってカバーする。

 嫌がらせ程度のダメージにしかなっていないものの、彼女の鬼の形相を見る限り効果は確かにあるようだ。今までの旅の中で恐怖耐性は付いたと思ったのだが、それでも怖いものは怖い。出来ることなら無表情で襲い掛かってきてもらった方がやり易いので是非お願いしたい。

 

 

「真顔で何てこと言ってるのアナタ!?」

 

「一番恐ろしいのは生きた人間なんだ……」

 

「確かにそうだけど!そうじゃなくて!」

 

 

 さて。このままずっと打ち合って相手のスタミナ切れを待つのも手ではあるのだが、生憎今は自分一人の事だけを考え動くわけにも行かないのだ。

 少し距離を取り石ころでも投げるように火炎壺を投げつけて考える。

 

 

「ちょ、あっつ!あんまり痛手じゃないけど!何で火もつけてないのに爆発すんのよ!?」

 

 

 それを言われても困る。俺にも原理は分かっていない。分かってはいないのだが、とりあえず爆発はするし相手に投げつければ効果的なので投げつけている。所詮は爆発する壺というに相応しい程度の火力だがあまり嘗めないで欲しい。

 

 

「――くっ……!もう、耐え切れるかどうか……!」

 

「……此処は受け持ちます!皆さん、行ってくださ……!」

 

「……ええい、退け!邪魔だッ!」

 

「そうしたいところだけどねッ!」

 

 藤丸達がそろそろ厳しくなってきているようだ。一度死んででも助けに行きたいのだが、目の前の聖女がそれを許すはずも無い。

 現在の彼女はジャンヌ・オルタの配下であるのだから。

 

 

「――優雅ではありません。この街の有様も、その戦い方も。思想も主義もよろしくないわ」

 

 

 思わず叫び声を上げそうになったその時、軽やかな女性の声が聞こえた。

 それと同時に全てのサーヴァントとサーヴァントの間にはガラスで出来た薔薇が突き刺さり、両陣営は距離を取ることになった。

 

 

「貴女はそんなに美しいのに、血と憎悪でその身を縛ろうとしている。善であれ、悪であれ、人間ってもっと軽やかであるべきじゃないかしら」

 

「……サーヴァント、ですか」

 

「ええ、そう。嬉しいわ、これが正義の味方として名乗りをあげる、というものなのね!」

 

「あ、ああ……キミは……」

 

 

 あの処刑人は彼女のことを知っているようだ。あげた声は歓喜に震えていた。

 彼女が何者かは分からないが、ジャンヌ・オルタに対し、あのようなことを言ったのであれば、今の所敵ではないだろう。

 

 

「知っているのかしらアサシン」

 

「ああ……知っているとも。僕がこうして召喚されたのであればキミも此処に来るだろうと思っていた。ああ、ああ……。会いたかったよ、マリー」

 

「マリー……貴方がそう呼ぶのは唯一人……つまりアレはマリー・アントワネットか」

 

 

 マリー・アントワネット。それが彼女の真名のようだ。

 なるほど、マリー・アントワネットは最期の最期までフランスの全てを愛していた。であれば、彼女が愛するフランスの危機に召喚されるのも頷ける。英雄たらしめる逸話などは無いだろうが、英霊に関して言うなれば戦闘能力の無い作家も召喚されている時点で当てにはならない。

 

 

「ごきげんよう、サンソン。……ああ、貴方のその瞳を見れば分かります。今の貴方には……罪無き人間を殺す貴方には殺される訳にはいきません」

 

「どうしてだッ!?僕はキミが現れるのを心待ちにしていたんだ!!キミのために!!僕は処刑の腕を磨き続けたッ!!」

 

 

 処刑人――サンソンは叫ぶ。

 確かにそれは本心なのだろう。だが。だが、それならば何故彼は泣いているのであろうか。涙は流してはいない。しかし何故だか泣いているように見えてしまう。

 気になるが、今は捨て置くしかあるまい。この隙を逃せば逃げられなくなる、とマリー・アントワネットに目配せをする。

 

 

「……そうね。お待たせしました、アマデウス。機械みたいにウィーンとやっちゃって!」

 

「任せたまえ。宝具、『死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 

 いつからか彼女の後方に控えていたアマデウスと呼ばれるサーヴァントの宝具が発動する。

 その壮麗で邪悪な音色は敵であるジャンヌ・オルタ達への凄まじい重圧となって襲い掛かる。

 

 

「ぐぅ……!重圧か……!」

 

「チッ……!」

 

「それではごきげんよう皆様。オ・ルヴォワール!」

 

 

 アマデウスとマリー・アントワネットの活躍により、欠員の出ることも無く無事に逃亡することに成功する。

 

 

 

 

 ちなみに、アマデウスが逃げる最中でスタミナ切れを起こし死にそうな顔をしていたので俺が抱えることになった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「ふう。はい、ここまで逃げれば大丈夫かしら?」

 

「ロマン」

 

『ああ。反応はもう消失している。ついでにそこからすぐ近くの森に霊脈の反応を確認した』

 

「了解。ジャンヌに、それからマリーと呼べばいいのか?」

 

「マリー、ですって!」

 

 

 目の前の彼女から跳ねるような声色で反応が返ってきた。マリーと呼ばれるのがそんなに嬉しいのだろうか。しかし、マリーと呼ぶにはオルガマリーと呼称が被る。何か他に考えるべきか。

 

 

「耳が飛び出るくらい可愛い呼び方をありがとう!どうかこれからもそう呼んでいただけないかしら……!」

 

「あ、ああ。それはいいんだが……」

 

「話の早い殿方は魅力的よ。当ててみせるわ……貴方、とてもおもてになるのではなくて!?」

 

「いや、そんなこ――」

 

「そうなのだ、奏者の虜になるものが多くて余は気が気でない。奏者の素晴らしさを皆に伝えたいとは思うが、その魅力的な全てを余に向けて欲しいとも思ってしまう。うむ、困ったものよな……」

 

「こちらの気など知らず、気が付けば人助けをしてご主人様に惚れてしまう方も……」

 

 

 人の名前を呼んだら俺が責められる流れが出来ていた。解せぬ。

 そしてこういう時は結託するのは如何なものだろうか。思わずじとりと半目で彼女らを見て伝える。記録としてでしかないが、相棒として歩んできたのはネロ、タマモの二人だ。今はまだそのような関係になりきれなくとも、何れはそうなれるだろう、と。

 

 

「まあ!これだけ堅い絆で結ばれているだなんて……お話を聞きたいわ……」

 

「フッフッフ。余と奏者の話は長くなるぞ?よいか?よいのだな?」

 

「まあ?私の方もかーなーり長くなりますので?拠点に着いてからゆっくりと……」

 

「そう、拠点だ!この付近で霊脈の反応があったみたいだからそこに移動したいんだが、皆構わないな!?」

 

 

 ナイスだタマモ。君のお陰で言いづらかった本題を出すことに成功した。

 タマモが少し、いや、かなり残念そうな顔をしているが見なかったことにする。エンジンがかかってしまえば恐らくは俺への精神攻撃(武勇伝)を永遠と聞かされることになりそうだったからだ。それは心の底からやめてもらいたいと思っているのだ。

 

 

「召喚サークルも設置もありますし、立香先輩もそろそろ戦闘に慣れてきた頃です、英霊の召喚を行ってもいいかと」

 

「私も問題ないわ!いいですか、アマデウス?」

 

「僕に意見を求めても無駄だってば。君の好きにすればいい、マリア」

 

「ええ、問題ない、と思います」

 

 

 全員の了承も得た所で森の中へと入っていく。

 霊脈に近付くにつれて以前倒した獣人達とよく似た気配を感じる。

 

 

「先輩、どうやら霊脈にモンスターが群がっているようです」

 

「よし、蹴散らそう!」

 

 

 藤丸の号令と共にそれぞれが獣人達を蹴散らしにかかる。

 

 

 

 

 ものの数分もしない内に獣人達は退治され、あたりは静寂に包まれた空間となった。

 

 

「それでは、召喚サークルを確立させます」

 

「頼んだ。俺は俺で篝火を構築しておく」

 

 

 マシュがサークルを確立させているのを尻目に螺旋剣を取り出す。

 これは篝火を構築するにあたって必須のアイテムだ。これを地面に突き立てて火を灯せば篝火の設置は完了となる。ああ、火は燃え移らないからどうか安心して欲しい。

 ちなみに、この螺旋剣の欠片も独立したアイテムとなっており、ロスリックでは欠片を使うと最後に休息した篝火か、祭祀場の篝火に転移することが出来る。今は篝火がここにしか存在しないため必ず此処に戻ることになるが。

 

 

 ついでにもう一つ。この篝火だが、螺旋剣が既に俺の内にソウルとして変換してあるため、この世界から俺が居なくなれば自動的に俺の内へと戻ってくる。この特異点が修復される際に慌てて回収に来る必要も無いので大変便利である。

 

 

「……よし。やはり篝火は落ち着くな」

 

「これが……。何だか温かいですねぇ」

 

「世界を照らす原初の火の一部だからな。太陽に関わりのあるタマモも心地よく感じるんだろ」

 

 

 懐かしい、という感傷に浸ったところで、サークルの設置もちょうど終わったようだ。ダ・ヴィンチが篝火を見て目を見開いていたが、何か不味い事をしたのだろうか。

 まあ、何かあれば言ってくるだろうとその考えを頭の隅に追いやり、サークルに集まっている立香達へと近寄る。

 

 

「――落ち着いたところで、改めて自己紹介をさせていただきますわね。わたしの真名はマリー・アントワネット。クラスはライダー。どんな人間かはどうか皆さんの目と耳でじっくり吟味していただければ幸いです。それと、召喚された理由は不明です。だってマスターが居ないのですから」

 

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。僕も彼女と右に同じ。何故自分が呼ばれたのか、そもそも自分が英雄なのか、まるで実感がない。というか、僕はただの音楽家だ。魔術も多少齧っていたけど、それは悪魔の奏でる音に興味があっただけなんだ」

 

「余はネロ・クラウディウス。第五代ローマ皇帝である!」

 

「私は玉藻の前。日本でちょっとやんちゃしていたただの巫女狐です」

 

「俺はアルス・ルトリック。ネロとタマモのマスターだ」

 

「わたしはマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントで真名は分かりません。こちらは藤丸立香。わたしのマスターに当たります」

 

 

 ジャンヌ以外の自己紹介が完了する。ああ藤丸、冗談だろうけどチィーッスは良くない。マリーが真に受けて使おうとしている。非常に似合わないのでどうか辞めていただきたい。せめてもう少しまともな挨拶を教えてやってくれないだろうか。

 

 

「いいね!チィーッス!百年の恋もさっぱり冷めそうだ!」

 

「むむ。ごめんなさい立香さん。とても刺激的なのだけれど、涙を飲んで封印します。アマデウスが喜ぶということは淑女が使う言葉ではないということですもの」

 

「やめようね、そういう風評被害!まるで僕が下ネタ大好きの変体紳士みたいじゃないか」

 

 

 実際の所どうなのだろうか。自分でそういう辺り、凄く、凄く怪しいので個人的には下ネタ大好きの変態紳士説を推していこうと思う。

 

 

 アマデウスの下ネタ好きが露見しそうになったところで最後の人物に主役は移る。言わずもがな、ジャンヌである。

 まるで年頃の娘のように、いや、実際今の肉体年齢的には年頃の娘であるマリーとジャンヌの微笑ましい会話を眺めているとジャンヌが此方を向く。何か用でもあるのだろうか。

 

 

「いえ、マリーが私をジャンヌと呼ぶように、私が死ぬまでジャンヌと親しみを込めて名前で呼んでくれていたのは貴方だけだったと思いまして。改めて、ありがとうと言っておきたくて」

 

 

 にこにこと笑いながら告げられた突然の礼に面食らってしまい、言葉に詰まる。確かに彼女の事を聖女と呼んだことは無い。だがそんな事で礼を言われるとは思ってもいなかったのだ。

 それに少し照れくささが混じってしまい、気にするなとしか言えなかったが、久方振りに彼女の美しい微笑を見ることが出来たので結果的には良かったか。

 

 

「――さて。藤丸くんは少し睡眠をとるといい」

 

「そうですね。気づいておられないかもしれませんが、顔に疲れが出ています。見回りはわたしたちで行うので、暫くの休憩と行きましょう、先輩」

 

 

 藤丸の顔に疲れが出ているので休ませることにした。慣れてきてはいるものの、やはり戦場という非日常は彼にとって非常に強いストレスとなっているのだろう。

 



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情報の収集 / 魔女の居城にて

「では、見回りに行ってきます。先輩達は待機していてください」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 

 藤丸が眠る時には順番を決め、ローテーションを組んで見回りをするようにしている。俺は先程見回りを終え、マシュに順番が回ってきたところだ。

 夜も更けて獣人達も眠りに就いたのか、襲われることも無く、平穏そのものだったのでこの見回りは念のために、といったところだ。待機組は特に何かがあるわけでもなく、話し込んだり空を眺めたり等、各人至って平和な時間を過ごしている。

 俺はというと、ネロ、タマモと共に何を話すでもなく、ただ篝火を囲んで座り込んでいた。二人共篝火を見つめて何かを考え込んでいるようだった。

 

 

「奏者」

 

「……うん?どうした」

 

 

 篝火から聞こえるパチパチと心地よい音に耳を澄ませながら目を瞑っていると、小さく呼び声が聞こえた。

 

 

「黒いジャンヌのことについてなのだが……。やはり、引っかかるのだ。奏者の夢を見た時からそうであったが、実際に目にすると更に違和感、というべきか。うむ……何かが引っかかるのだ」

 

「それは私もです。憎悪以外は何も持たず、どれだけ蹂躙しようとも満たされぬ復讐心……」

 

 

 そういえば、彼女達は同じ夢を見たのだったか。自身も二人と同じような思いを抱いていた。まるで、憎悪以外の感情を知らず、ジャンヌ・ダルクとして居るはずなのに、中身は空っぽの別人として存在しているような。

 

 

「ジャンヌも本当に自分の反転体であるのかと聞いていたしな」

 

「うむ。本人が悪感情を持っているとしても、あれほどの憎悪を抱えているとは考えにくいのであろうな」

 

「しかし、あれほどの英霊を従えているとなると、聖杯が絡んでいそうですね」

 

「恐らくはな。聖杯が向こう側にあり、尚且つあれだけの英霊を召喚しているとなると長期戦になるのは不味いな」

 

 

 倒しても倒しても片っ端から補充されてしまえば此方がじわじわと追い詰められていく。であれば短期決戦で済ませるのがいいのだが、如何せん此方の戦力が不安だ。マリーやアマデウスのようにマスターの居ない英霊達が召喚されている可能性もあるのだが、あくまでそれは可能性の話である。見つけられればジャンヌ・オルタ達よりも先に見つけて味方にしてしまいたいが……。

 

 一応、藤丸には英霊を二騎程召喚してもらうつもりなので、戦力については多少マシにはなるだろう。後は相手がむやみやたらと召喚していないことを祈るのみだ。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

『立香。貴方の戦闘でのデータを見てそろそろ英霊召喚をしてみてもいい頃合よ。戦況も悪いし、この辺りで召喚してみたら?』

 

「ついに俺もサーヴァントを召喚する時がきたか……!」

 

 

 オペレーターがロマンからマリー……オルガに交代したようだ。何でもロマンは休むことを知らないから、らしい。人間というのは如何に満たされていようと睡眠を摂らねば効率の低下を招くだけでなく、最悪死に至るもの。非常事態でロマンが頑張らなければならないと張り詰める気持ちも分かるが、自分のことも大事にしてほしいものだ。俺と違って一度死んでしまえば終わりなのだから。

 

 藤丸は初の英霊召喚に目に見えて興奮しているな。

 その気持ちは分かる。俺も冬木ではどんな英霊が来るのかと内心少しドキドキしながら召喚したものだ。結果は一人の召喚のはずが二人も召喚されたので死ぬほど吃驚したが。魔力もごっそり持っていかれて死ぬかと思ったものだ。生き返るけど。

 

 さて。まずは一回目の召喚だ。召喚に応じた者のクラスを示すセイントグラフはアーチャーを示していた。

 

 

「――サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 

 召喚されたのは月、冬木と何かと縁のある弓兵だった。彼は防御よりの英霊ではあるが、攻撃にも優れた万能型の英霊であるために、臨機応変に動ける優れた英霊であると言えるだろう。

 

 

「よろしく、アーチャー。俺は藤丸立香」

 

「よろしく頼むぞマスター。あと、私の事はエミヤでいい。今は居ないようだが、他にアーチャーが召喚されないとも限らんからな」

 

 

 彼の真名はどうやらエミヤというらしい。俺もこれからはエミヤと呼ぶようにするとしよう。

 

 藤丸との自己紹介が終わったあと、俺達の紹介に移ったのだが、その際、英霊と戦えるマスターとは相当に珍しいものだ、と言われた。俺のような人間が沢山居ればその世界はもう終わってしまっていると笑いながら言ったのだが、エミヤにはなんとも言えない微妙な表情で流されてしまった。可笑しい、ここは笑い所の筈なのだが。

 

 ……それはさて置き、談笑も程々に、現在二回目の召喚の最中である。ランサーを示しているセイントグラフを見てあの朱槍を持つ青いランサーが頭を過ぎったのだが、これは俗に言うフラグになるのだろうか。

 

 

「よう、冬木じゃ悪かったな。アーチャーの野郎を仕留める前に決着がついちまうとはなあ。――サーヴァント、ランサー!召喚に応じ参上した!」

 

「ランサー。冬木じゃ助かったよ。よろしくね」

 

「ああ。俺はクー・フーリンだ。よろしく頼むぜマスター。皇帝様のマスターもな」

 

「此方でもよろしくな」

 

 

 ――どうやらフラグだったようだ。

 彼は俊敏な動きと巧みな槍捌きで攻撃をやり過ごし、放たれた槍は必ず相手の心臓を穿つという因果を持つ朱槍で相手を討つ、火力面で非常に優れた戦士だ。

 

 それにしても、エミヤといい、クー・フーリンといい、冬木での縁が強すぎやしないだろうか。この調子で召喚を行えばあの場に居た英霊が集合しそうな勢いである。

 

 

『うん、エミヤの方は資料もないし分からないけど、クー・フーリンは文句なしの英雄だ。黒いジャンヌ達を相手取るのに不足はないと思うよ』

 

『冬木で結んだ縁で呼ばれたのね。立香、彼らは英雄であるけれども、同時に貴方のパートナーよ。それを良く考えて、お互いに尊重し合えるような主従を目指すこと』

 

「はい。それはアルスさんにも言われたので心に留めておくようにしてます」

 

『よろしい。それで、今日の行動についてなのだけれど……』

 

 

 昨日、情報を仕入れるために向かったラ・シャリテでは生きている人間も存在しなかったため、収穫は無しという結果に終わったのだが、今日こそは何かしらの情報を手に入れたいところだ。

 ――さり気なく会話に混じっているがロマン、休んでいるのではなかったか。お前は特異点から帰ったら説教(物理)だ。弁解の余地はない。強制的に睡眠を摂らせてやろう。

 

 

『――ちょっと待って。今そっちにサーヴァントの反応が高速で向かってる!これは昨日の……!』

 

 

 オルガが言葉を言い終える前に此方に目掛けて大きな亀のような何かが飛んでくる。よく見ればその上にはステゴロ上等聖女が乗っていた。此処で漸く彼女のクラスが判明した。タラスクに乗って登場するあたり、きっとライダーだ。これでライダーでなければもうお手上げである。

 

 

「――誰がステゴロ上等女ですって?」

 

 

 しまった。どうやらよりにもよってステゴロ上等の部分だけ口に出ていたらしい。彼女は鬼の形相で此方を睨む。怖い。

 

 

「はぁ。まあ、いいです。黒きジャンヌから貴方達の追撃を命じられたのですが……正直、気が乗りません。狂化が掛けられているので貴方達の仲間になるというわけには行きませんが」

 

 

 流石は聖女と呼ばれただけあるのか、狂化がかけられているにも関わらず、理性が今のところ勝っているようだ。彼女の苦しげな表情を見る限り、それもあと少ししか持たないようだが。

 しかし、仲間に出来ないのであれば倒すしかない。非情だと言われるかもしれないが、脅威は無くしておくに限るのだ。

 

 

「やりたくなくとも襲ってしまう、か。……では、貴様を座に還すのは任せよ。その代わりと言ってはなんだが、此方が動くには現状情報が無さ過ぎる。故に情報を聞かせるがよい。それでよいな、奏者よ?」

 

「それで問題ないだろう」

 

「なら、お願いするわ。私ももう沢山だもの。……情報、でしたね。そうね……今の貴方達の最大の障害について教えておきましょう。

 それは黒いジャンヌダルクでも、彼女に召喚された英霊達でもない。――邪竜ファヴニール。ある竜殺しにしか倒せないという概念を持った竜を彼女は使役している」

 

 

 ……ここでまたビッグネームが出てきたな。

 ファヴニール。ニーベルングの指環に登場する伝説の竜。自身を打ち倒さんとやってきた数多の英雄を屠ったファヴニールはジークフリートという英雄によって倒される。

 

 ファヴニールが召喚されているのであれば、対抗手段としてジークフリートが召喚されている可能性がある、というよりされていないと彼女の説明通りの概念が付与されているのであれば詰む。

 

 

「マスターの居ない英霊が確か……リヨンに居たという話です。ファヴニールを倒すために必要なその竜殺しかもしれませんし、早く向かったほうがいいでしょう。……知っているのはコレくらいの物。さあ、私を殺しなさい。私が私でなくなる前に」

 

 

 ジークフリートかどうかは分からないが、はぐれサーヴァントが確認されているらしい。此処からリヨンまではそこそこに距離がある。ジャンヌ・オルタ陣営に倒される前に間に合うといいが。

 そしてマルタよ、よく耐えてくれた。自分が自分でなくなる感覚は相当に恐ろしいものだ。その恐怖の中、情報を伝えてくれた彼女には敬意を抱く。

 

 右手にショートソードを出現させて一思いに彼女の霊核を貫く。これで彼女は座に還る。

 

 

「――聖女マルタ。貴女に感謝を。ゆっくりと休むといい」

 

「ありがとう。次があれば、貴方達の側で戦いたいものです」

 

「フ。その機会はきっと直ぐに来るさ」

 

 

 悪しき竜、タラスクを鎮めた彼女は正に聖女と呼ぶに相応しい微笑みを浮かべ、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうやら、ライダーがやられたようですね。いいでしょう、次は私が出ます。新たに召喚した二騎も連れて行きましょうか」

 

「武運を、ジャンヌ。貴女は今や完成された存在。敗北など有りえぬ事でしょうが……」

 

 

 ジャンヌ・オルタはライダー、マルタが消滅したことを知り、新たに召喚した二騎と共に反抗勢力であるカルデアを潰すことにした。

 

 ジャンヌ・オルタは嗤う。

 カルデアがどれほど足掻こうと、此方にはファヴニールが居る。ファヴニールを召喚した反動で召喚されたであろう竜殺しの捜索を現在行っているが、コレも直ぐに片付くと考えているのだ。万が一にも勝利はない、精々我が憎悪の中でもがき苦しみ果てるがいい、と。

 

 

「そういえば、リヨンにははぐれサーヴァントが居たと聞いたけれど」

 

「ええ。居た、という過去形になりますがね。先程ヴラド三世とカーミラからリヨンを滅ぼしたと連絡がありました」

 

 

 それは結構なことだ。ニヤリと邪悪な笑いを浮かべて次はどうするかと考える。

 カルデアが常にマリー・アントワネットの宝具を使い移動しているとは考えにくい。であればそれ程離れられてはいないはず。ジャンヌ・オルタはそう考えてひとまずはマルタの消滅した地点に向かうことに決める。

 

 

「バーサーカーにセイバー。……いえ、もうこの際真名でも構いませんか。ランスロット、ソラール。ワイバーンに乗りなさい。踏みにじりに行くわよ」

 

「Arrr……」

 

「承知した。……オレのようなものが竜に騎乗する日が来ようとは」

 

 

 ランスロットは兎も角として、ソラールという男は狂化が掛かっているにも関わらず、血の気の多さを微塵にも感じさせない不思議な英霊であった。

 他の英霊達はちょっとした事で殺し合いに発展しかねないが、この男にはそのような雰囲気が微塵にもない。逆にそれが不気味でもあるのだが、ジャンヌ・オルタとしては仲裁しなくてよいので気楽なものだった。

 

 二人の返事を聞きながらジャンヌ・オルタは憂いを帯びた表情を浮かべる。どこか上の空でぼうっとしているようにも見える。

 

 

「ああ。この気持ちは一体何なのでしょうね……。私は復讐者。そう……復讐者。私は私を裏切った全てを蹂躙する。そうして初めて私は救われる。――救われる、はずなのに。ねえ、どうしたらいいの?ジル……」

 

 

 彼女自身も自身が何か可笑しいと感づき始めていた。

 街を滅ぼせば滅ぼす程に満たされる筈である復讐心。ところが蹂躙すればする程感じるのはほんの少しの充足感と虚しさ。

 

 蹂躙すればする程に晴れやかになるはずの憎悪に塗れた心には満たされぬことに対する疑念とほんの少しの恐怖。

 

 大きな違和感を抱えつつも、それを自身を完璧な存在と称するジル・ド・レェには打ち明けることも出来ず、ジャンヌ・オルタは城を出る。

 

 

「聖女を失い狂気に堕ちたジル・ド・レェに竜の魔女、ジャンヌ・ダルクか。……オレがこうして此処に居るということは、居るのだろう、オレの太陽よ。オレは決めたぞ。オレは黒きジャンヌ・ダルクに付く。オレでは成しえないだろうが、貴公ならば――」

 

 

 誰にも聞かれていない筈であったその弱音を、一人の男が聞いているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 




デオンの出番はソラールさんがぶんどっていきました。
先にサンソンが出たのもこのためだと適当なことを言っておきます。出す順番を間違えたわけでは有りませんとも(震え声)


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リヨン

 

 

 マルタの情報によればはぐれ英霊がリヨンに居る。そのリヨンに居る英霊がファヴニールを倒すために必要なジークフリートであるかは分からないが、一行は味方を増やすべくリヨンへと向かっていた。

 

 

「あと少しでリヨンか。ロマン?」

 

『うーん、残念だけど人が生きている様子は無いね。サーヴァントがそんな場所で留まっているとは思えないけど……』

 

「そうか……。まあ、取り敢えずは行ってみるしかないだろ」

 

 

 基本的にジャンヌ・オルタに召喚されていない英霊は彼女達と敵対しているのでフランスの人々を守ろうと動いていた。既に滅んだ街に滞在する理由は無いはずだと言うロマンの言い分はもっともであるが、カルデアの索敵に引っかからない英霊も居る上に何らかの理由で留まっている可能性もある。リヨンに向かわない手は無いのだ。

 

 

「風が気持ちいいですねご主人様!このような状況でなければ二人でピクニックなど楽しめましたのに……」

 

「あー……一応、修復に関係なくレイシフトは出来るからピクニックに行くのなら別の場所にした方がいいと思うぞ。許可無く行くのは流石に不味いから申請しなきゃならないが」

 

「みこっ!? 本当ですか!? なら、帰ったら早速申請してくださいまし! わたくし、新婚旅行にロンドンなどいかがかと思っていた所なのです!!」

 

「……帰ったらな」

 

 

 楽しげに話すタマモ。それをジト目で見つめる人物が一人。言わずもがな薔薇の皇帝、ネロ・クラウディウスその人である。

 

 ネロは基本的には自分が大好きである。しかし、同時に他の人々も大好きなのだ。タマモとはライバル故に争うことも度々あるが、俺とタマモが楽しそうなのは良いことであると笑顔でその会話を眺め、隙あらば自身も参加する。彼女はそういう性格をしているのだ。

 だが、ネロには不満なことがあるのであった。

 

 

「むむむ……! 奏者よ! 余が居るにも関わらず二人きりでピクニックの計画を立てるとは何事か!?」

 

 

 そう、ネロには二人きり、というのが気に入らないのであった。メインサーヴァントであり、伴侶である自分を差し置いて二人きりでピクニックなどどういうつもりなのかと。

 これにはタマモも顔を顰める。

 

 

「普段は構い倒してもらっているのに何をいいやがりますか! わたくしが手にしたかった幸せを全部持っていったのにまだ足りないと申しますか。わたくしにも幸せをかみ締める権利はあるはず!」

 

「なにおう!?」

 

 

 二人の言い争いは激化していく。藤丸達は藤丸達で談笑しつつもしっかりと此方を無視しているので助けを求めることも出来ない。この状況を一体どうしろと言うのか。どちらか片方の味方をするわけにもいかないが、代案が浮かぶわけもなく。正しく詰んだ、という状態である。はぁ、と溜息を吐いて空を仰ぐ。いい天気だなあ等と現実逃避をしながら。

 

 

『おっと、修羅場の所申し訳ないけどサーヴァントの反応を検知。かなり弱ってるみたいだ』

 

「引っかかったのか。よし、先を急ぐぞ」

 

 

 下手に口を出すと大変なことになる。そう知っていたために無言を貫いているとロマンから弱ってはいるが英霊がレーダーに引っかかったと報告が入る。

 これが好機と言わんばかりに先を急ぐと二人に声を掛けると二人は顔を見合わせて頷き両隣を歩く。タマモもネロも空気を読む位はするのだ。

 

 リヨンにやってくると、報告にあった通り、街は破壊され人一人居ない場所となっていた。ロマン達が感知した反応を辿り、周りの建物よりも一際ボロボロになっている建物に入る。すると、そこには大柄の男が座り込んでおり、此方を視認すると明らかな敵意を瞳に宿し、苦しそうな表情をしつつもその手に持った大剣で切りかかってくる。

 

 

「また懲りずにやってきたか……!」

 

「待て! 俺達は敵じゃない。フランスを救おうとする側だ」

 

「何……?」

 

 

 剣を構えたままではあるものの、男は摂り合えず話を聞く体勢を取る。事情を説明すれば申し訳なさそうな表情ですまない、と一言。

 

 

「俺はジークフリート。此処に召喚されたはいいが、事情もどうすればいいのかも分からず、取りあえず襲われている力なき人々を守っていたところだ。……つい先程、負けてしまい負傷したのだが」

 

「俺はアルス。アルス・ルトリック。隣に居る二人のマスターだ。お前がジークフリートか。無事で良かった……。」

 

 

 ジークフリートを探すべく行動を開始してすぐに見つけられるとは幸先がいい。これで対ファヴニールの手札が揃った。ジークフリートが回復すればカルデア側にも勝機はあるだろう。そう考えてジークフリートを回復させようと奇跡「大回復」を使用するも何故かジークフリートに効果は無かった。ジークフリートはすまない、本当にすまないと繰り返し謝罪していたが気にするなと言っておく。確かに魔力の消費は大きいが、俺は基本的に剣を振るい戦うが故に魔力の消費はそこまで痛くはないのである。

 

 

『――そこから今すぐ離れて!サーヴァントの反応が三つとサーヴァントですら小さく見える程の大きな反応が一つそちらに向かってるわ!』

 

 

 オルガからの報告に驚愕する。

 英霊すら凌駕する存在ともなるとそれはもうワイバーンやキメラ等とは比べ物にならない幻想種だ。俺達が持っている情報からするとそれは恐らくファヴニールなのだろう。

 ジークフリートも回復していない今、ファヴニールの相手をするのは自殺行為に等しい。満場一致でリヨンから離脱することになった。

 

 

「ハッ、あくまでも逃がさねえってか?」

 

「全く、呼ばれて早々厳しい戦いになりそうだな……!」

 

 

 此方に向かって高速でやってくるワイバーンを見てクー・フーリンとエミヤが愚痴を零す。ワイバーン程度、今居る面々には雑兵に等しい。だが今此処でワイバーンの相手をするとファヴニールに追いつかれる。

 どうしたものか、と考えていると背中に悪寒が走る。英霊達の気配を感じワイバーンの群れを目を凝らして見る。よく見ればワイバーンの中に良く見れば人が二人程乗っているのが見えるではないか。黒い鎧姿の騎士にバケツのような形をした兜を被り、普遍的な鎧を身に着けてはいるが太陽のシンボルマークが描かれている為に唯一にして無二の存在となった鎧。

 

 

「Arrrr…thurr…!!!」

 

「……貴公、ジャンヌ嬢と誰かを間違えてないか? 足止め役を買って出たはいいが……これは話を聞かなさそうだな」

 

 

 黒い騎士の方は確かランスロット。理性が微塵とも感じられないが恐らくバーサーカーとして現界しているのだろう。ジャンヌとアルトリアを間違えているのか、ジャンヌにしか目が行っていないのでそのまま相手をしてもらうことに。

 太陽の騎士はロードランにて出会った太陽の戦士、ソラール。朗らかで情に厚い性格をしており、彼の地では世界が重なって出会うことも多く、自身の友とした人間の一人。まさかジャンヌ・オルタ側に呼ばれているとは思いもしなかった。

 

 しかし、この二人が居るお陰で離脱が難しくなってしまった。こうなっては仕方ない、ファヴニールに追いつかれない事を祈りつつ二人を片付けてしまうことにした。タマモには防がれたときのカバーを、ネロには背後からの強襲を目配せしてソラールに襲い掛かる。

 

 

「久しいなアル――」

 

「ああ、久しぶりだなソラール! そして悪いが早々に死ね!」

 

 

 これは酷い不意打ちだ、と藤丸から聞こえた気がするが気のせいだろう。そもそも知り合いであっても敵だと分かっていれば俺に容赦など存在するはずも無い。ソラールに限った話ではないが、ロードランで周回を重ねた際に出会った人物達は軒並み能力が上昇しているのだ。その状態であるのならば手加減などしていては此方が殺される。故に全力で殺しに掛かるのが正解だ。

 

 

「相変わらず容赦が無いな貴公! しかしなんだ、あの頃より変わったな。こう、柔らかくなったというか。そこのお嬢さん方のお陰か?」

 

「……チッ。まあ、そうかもな。二人とも俺を唯一のパートナーと認めてくれた素晴らしいヒト達だ。」

 

 

 前後からの不意打ちに驚くことも無く防ぎきったソラールに舌打ちをする。彼は最期、太陽虫に寄生され此方に襲い掛かってくるので、まともに相手にするのは面倒だ。よし、じゃあ後ろからバックスタブだ。と、毎回不意打ちでバックスタブを決めて殺していたのだが、それの所為で不意打ちに慣れきってしまったのだろうか。これは反省しなければならないだろう。

 そんな彼も最後の周回では寄生される前に太陽虫を倒すことに成功し、寄生されずに生存した。もっとも、最初の火の炉で白霊として召喚して以降、行方も知れぬままにロードランを去ることになったのだが。

 

 

「ほう。あの貴公がなぁ……。うむ、貴公が人並みの幸福を見つけたのはいいことだ。しかし、最初の火の炉で貴公と戦った時に比べ随分と力量が増したな」

 

「……そうか。お前は火を継ぎ、次の薪となる者を待ち受ける亡者となった俺と戦ったのか」

 

 

 これには驚愕する。

 ロードランで火を継いだ者はグウィンのように、火を奪わんとする者への防衛機能として、もしくは次に薪となる者を薪とするに値する者かを試す壁となるべくその場に佇み続ける。ソラールの世界ではその壁が俺だったのだろう。

 

 

「そうとも。貴公はただ、世界の終わりまでを引き伸ばしたに過ぎずとも、世界を存続させようと戦い続けるその在り方は俺の目指した太陽そのものだった。だから、オレも貴公と同じ道を歩んでみようと思ったんだ。それに、オレは今、英霊として座に登録されているからこそ知った。幾度も幾度も貴公がオレを殺し、それでも最後にはオレを確かに救ったのだと」

 

 

 きっと彼は最初の火の炉で俺と戦い、そして打ち勝ち、自らを薪とした。だからこそ今この場に英霊として存在しているのだ。

 自身の知る限り、ソラールという人間は英雄として名を残すような人間ではない。確かに太陽のように大きく、熱い男ではあったがただそれだけの平凡な男だった。だが、俺の在り方が彼を英雄たらしめんとしたようだ。

 

 言葉を交わしながらも戦闘は続いていく。

 

 

「やはり奏者は遥か昔から変わっていなかったのだなっ! 余は嬉しい!」

 

「これでも随分と変わったつもりだが!」

 

「おぉう、相変わらず重いな貴公の剣はッ!!」

 

 

 ネロとの猛攻をものともせず、それどころか応戦までしてくる始末。彼にも狂化は掛かっているが、それを感じさせないのはどういうことなのか。彼はそれ程剣の技量が高いわけでも無かったはずだが。

 

 

「ハハハハッ! 我らのように長く生きた不死人が狂化如きで変わる訳がない。貴公にも身に覚えがあるだろう? そも、ただの人間であったオレ達が何度も何度も死を味わう事に耐え切れるわけがないさ」

 

 

 成る程。

 ソラールは自分達不死者が既に狂っていると言いたいらしい。それはもっともなことである。アルトリウスのような強靭な精神を持っている訳も無く。ただの人間であった自分達が殺し、殺されを繰り返す。そんなもの耐え切れる訳がない。

 

 

『まずい、もう反応がすぐそこまで来ているわ! 早く退避を――』

 

「無理だ。逃げられない」

 

 

 ジャンヌ達はジャンヌ達でランスロットに手こずっている。円卓最強の名は伊達では無いということか。此方も此方でソラールが鉄壁の守りを展開している。彼自身はただの時間稼ぎと割り切ってあまり攻めてこないのが何ともやり難くて仕方がない。

 故に逃亡は不可能と判断した。背中を見せれば彼らに対して致命的な隙を晒すことになる。

 

 

『何とかならないの!?』

 

「――一応、アテが無いこともない」

 

 

 後方に隠れているジークフリート。彼が一度でいい、宝具を使用できれば逃げるチャンスはある。

 

 

「藤丸くん! ジークフリートの様子を見て宝具を使える様になるまで回復を。此処は俺達で持ちこたえる……!!」

 

 

 藤丸に叫んで指示を出せば彼は頷いてジークフリートの元へと向かった。此方に切り札が居ることがバレてしまうがそれは問題ない。

 

 

「成る程。ジークフリート殿が其方に居るのか。……ジャンヌ嬢、これは不味いんじゃないか?」

 

「これで退いてくれるのであれば楽なんだが」

 

「そういうわけにも行くまいさ。オレ達は貴公らの敵なんだからな」

 

「だろうな」

 

 

 咆哮の衝撃がビリビリと肌を刺す。

 あまりに大きな音に平衡感覚を失い思わずふらつきそうになる。

 

 

 

「……来たか」

 

 

 

 それはあまりにも強大だった。

 それはあまりにも邪悪だった。

 

 

 

 多くの英雄を屠った邪竜。その存在を目にしただけで勝てないと思わせる風貌。

 

 

 

 ――だが、それだけだった。

 

 

 

 足りない。自身を葬るにはあまりにも足りないのだ。

 

 藤丸を葬るのであればその爪先で撫でるだけで事は終わるだろう。

 英霊を葬るのであればその口から放たれる熱線だけで事は終わるだろう。

 

 ただ――自分に恐怖を抱かせる程ではない。心が折れそうになるほどの恐怖が足りないのだ。

 

 

 

 火力は自身を殺すのには申し分ない。だが身体は動く。ならばそれを防ぐなり避けるなりすればいい話だ。

 

 

 

 

 ファヴニールを自身の手で倒すことは出来ない。だがこの程度のものであるならば時間稼ぎは十分に可能だ。

 

 

「――何だ、話に聞いたよりも随分とマシだな」

 

「あら、もう一人のマスターが居ないようですが……まあいいでしょう」

 

「ああ、そうとも。お前の相手は俺達だ」

 

 

 後方にはマシュと藤丸、それにジークフリートが居る。

 恐らくジークフリートの回復にはまだ少し掛かるだろう。彼が宝具を撃てるまでに回復すれば此方の勝ち。それまで持ちこたえてみせるとも。

 

 

「出し惜しみはしない! エミヤ、クー・フーリンとマリー、アマデウスは周りのワイバーンを落とせ! 宝具も使って大丈夫だ! 俺とジャンヌ、ネロ、タマモは敵サーヴァント及びファヴニールの相手、全力で掛かるぞ……!!」

 

 

 




ダクソシリーズで主人公はやべーやつらと戦ってますからね、きっとこの態度も仕方ないです。はい。



一人称視点で書いていると主人公の心理描写だけで物語が進行しがちなのを直さないといけないなと思いましたまる

一度三人称視点で話を書いてみるのもアリだと思っているので、次回は一回三人称で書くかもしれません。その話が不評であれば一人称で書き直して、と言った感じにしようかなぁと。


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幻想大剣

昨日に引き続きの投稿になります。

今回は試験的に三人称です。読みにくかったり、文章がイマイチだなと感じたら容赦なく言ってください。因みに心は硝子で出来ています。


「『太陽の槍』ッ!」

 

「お前それ他の不死に当たるのか?」

 

「そういえばあまり当てたことは無いような気がするが言うな!!」

 

 

 距離を離せばソラールが太陽の槍を投げ、近付けばジャンヌ・オルタとランスロットが切りかかってくる。

 敵ながら見事な連携力だ、とアルスは思いながらもソラールを煽る。太陽の槍は予備動作も相まって避けやすいから仕方ない。

 

 左手にアヴェリンを取り出し、ソラールに向けて乱射する。芸術品と呼ばれても違和感の無いアヴェリンだが、実際使ってみるとかなりの戦闘能力を発揮する。重いのが難点ではあるがそれを踏まえても高い威力と連射速度は脅威である。

 右手には呪術の火を装備して混沌の苗床を投げつけたり、ソラールが近付いたりすれば発火などで対処する。アルスとしては珍しい戦い方ではあるが新鮮で楽しいと感じている為にいい笑顔であった。

 

 

「貴公は本当に何でもできるな!? 多芸すぎないか?」

 

「いや、これは筋力と技量が高く、ちょっとの理力があれば誰だって出来るが……」

 

 

 アルスは器用貧乏である。万能であるといえば聞こえはいいが、一人で全てを補おうとした結果全てが人並みかそれ以下の成果しか出せなくなってしまったのである。それでも彼のソウルレベルは130程であり、経験も豊富であるが故にかなりの戦闘能力ではあるのだが。

 だが、筋力と技量はそこそこに高いが特化型には敵わない。魔術にしてもそうだ。大抵の魔法使いのステータスは理力がかなり高く、また魔力を担う集中力もかなり高い。

 

 

「……まさか貴公、アレか。一人でなんでもできるようになろうとした結果器用貧乏になってしまったとかいう――」

 

「死にたいようだな。よし、望み通りに殺してやるから首を出せ」

 

 

 アルスは激怒した。誰がぼっちかと。

 ソラールはそんな事は一言も言っていないのだが、アルスにはそう聞こえた。お前白霊すら呼べないくらい友人居ないのかと。

 

 確かに友人は少ない。少ないがぼっちはあんまりである。そして数少ない友人のソラールにぼっちと言われたこの悲しみはどうしてくれようか。

 

 

「被害妄想も甚だしいな! 心荒みすぎじゃないか!?」

 

「やかましい。面倒だからとっとと退け」

 

 

 ファヴニールの相手は一人でも十分可能だ。とは言え自分一人だけが助かっても仕方が無いのだ。是非とも退いてもらいたいというのがアルスの心境であった。

 

 ソラールが煽られたりアルスのぼっち疑惑が浮上したりと何だかんだと有ったが、連携力ではカルデア側も負けてはいない。

 

 

「炎天よ、奔れ!」

 

「まだまだいくぞッ!」

 

「Arrr……!?」

 

 

 タマモの呪術は対魔力を貫通して相手を戸惑わせ、ネロの剣による鮮やかな連撃は敵に攻撃の隙を与えない。

 

 

「甘い!」

 

「チッ、無駄に守りだけは堅いですね本当に!」

 

「オラオラァッ! 俺を殺したきゃ倍は持ってくるこったな!」

 

「同感だ! この程度宝具を使うまでもあるまいよ!」

 

 

 ジャンヌは持ち前の守りで敵の攻撃を一切通さないし、エミヤとクー・フーリンは怒涛の勢いでワイバーンを倒していき、ファヴニールにまでその攻撃を届かせる。ファヴニールを傷つけるまでには至らないものの、正に一騎当千の英雄と呼ぶに相応しい戦いぶりであった。

 

 これは負けてられないとアルスは気合を入れて目の前のジャンヌ・オルタとソラールを睨みつけ斬りかかる。此処でアルスは疑問に思う。

 彼女は此処、フランスで自身と過ごしたことやジルと過ごしたことを覚えているのか、と。

 

 数回打ち合い距離を取った後、それを隣に居る自身のよく知るジャンヌにそれとなく言ってみれば、確かに気になると返事が返ってくる。

 それもそうだろう。アルスはジャンヌと生前から面識があり、更に彼とは仲が良かったのだ。故に彼を目にすれば何か反応があると思っていたのだが、ジャンヌ・オルタはまるで見知らぬ他人のように接してくる。これは是非とも聞かねばなるまい。

 

 

「黒い私。もう一度聞きます。貴女は本当に私なのですか……?」

 

「しつこいわね! そうでなければ何だというのです?」

 

「貴女が本当に私であるのならば彼の事を覚えているはずです! 生前の記憶も持っているでしょう? 何か思うことはないのですか?」

 

「はあ?そのような男に見覚えなど――え……?」

 

 ジャンヌ・オルタは失笑した。

 白い自分が血迷ったことを言い出したと思えば、生前に目の前の男の事を覚えているか等と。聖女が親しくしていた男性など精々ジル・ド・レェが精一杯だった筈だ。

 だというのに、目の前の男に関して記憶を探れば身に覚えの無い記憶がフラッシュバックする。笑う聖女と男。それを微笑ましげに見守る元帥。

 

 ジャンヌ・オルタは混乱した。

 ジャンヌ・オルタとして召喚された自身の記憶ではなく、聖女として在ったジャンヌ・ダルクとしての記憶。どうしようも無く愛おしいと感じる日常の記憶が頭を過ぎる。

 心がまるで嵐にでも会ったかのように荒れる。憎悪に満たされた心にほんの少しではあるが温かさを感じてしまったのだ。

 

 

「何……これ……知らない、わ、たしこんな……あり得ない、あり得ない。知らない……!」

 

「ジャンヌ嬢……」

 

「これは……」

 

「――どうやら、前から思っていたことが現実になりそうですね」

 

 

 ジャンヌ・ダルクは確信した。

 目の前で苦しむ自分は自分ではない。確かに自分を殺した者を恨んでいないと言えば嘘になるかもしれない。だが、それでも共に戦ったフランスの民達を殺すとは思えないし、かつて皆で過ごした温かい日常の思い出があれば、ジャンヌ・オルタのようにはならない。

 

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい! あり得ない、ええあり得ませんとも。――ファヴニール。こいつらを焼き尽くせ!」

 

「ジャンヌ、どうやら相手の神経を逆撫でしてしまったようなんだが」

 

「そのようですね……ならば此処は私の宝具で耐えましょう」

 

 

 ジャンヌの魔力が高まっていく。

 彼女は通り名であった『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』という特攻宝具を持っている。だが、使用するのはそれではない。ジャンヌ自身も倒れるつもりはないし、此処で倒れてもらってはアルス達も困る。

 

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ――」

 

 

 それは彼女が同胞と認めた者を守るモノ。

 

 彼女のシンボルとでも言うべき旗が輝きを放つ。何と神々しい光であることだろうか。神など碌な奴が居ない、関わらないほうが良いと日常的に吐き捨てていたアルスですら思わず見惚れてしまう程の美しき光。

 

 

 

 

 

我が神は此処にありて(リュミノジテ・エテルネッル)!」

 

 

 

 

 

 

 ファヴニールの炎がアルス達を飲み込まんと襲いかかる。

 だが誰も動かない。動く必要がない。

 

 彼女の旗は彼女の心が折れない限りは負けない。負けるはずが無いのだ。

 たった三十秒。彼女からすれば長い時間だっただろうか。彼女はファヴニールの炎をものともせず防ぎきったのだ。

 

 

「くっ……やはり厳しいですね。ですが何とかなりました……!」

 

「ファヴニールの炎すら防ぐか……! ジャンヌ嬢はつくづく持久戦に向いているな……!」

 

「そりゃそうだ。彼女は優しいからな。守りの方が向いているに決まっている」

 

 

 からからとアルスは笑って言う。

 そも、彼女は生前から指揮官として活躍していた。白兵戦はそこまで得意ではない。精々護身程度に武術を修めていた位のものだろう。戦場に在って血に塗れる事に怯えず、自らの行いによる犠牲にも目を逸らさない心の強さ。それがジャンヌ・ダルクが聖女として最後まで戦えた理由の一つなのだ。

 

 

「そうだな。ファヴニールを相手に一歩も退かないその姿勢には感服する。そして――すまない。貴方達が持ちこたえてくれたお陰で宝具一回分なら魔力が回復した。此処は俺に任せて欲しい」

 

 

 防ぎきったと同時にジークフリートの魔力の回復も完了する。

 ファヴニールはジークフリートを目にした途端にどこか怯え、それ故に目の前の男から逃げようとするも身体が動かない。そのような状態に陥る。

 

 それもそうだろう、ジークフリートはファヴニールを倒した大英雄。ファヴニールにとっての天敵なのだから。

 

 

「ジークフリート……!? くっ、退きますよソラール、ランスロット!」

 

「承知した! しかしランスロット殿は話を聞くかどうか分からんぞ!」

 

「聞かないようであれば捨て置きなさい! ここで全員やられて消えてしまうよりはマシよ!」

 

 

 ジャンヌ・オルタ達が騒がしいがどうでもいい、とジークフリートは考える。

 自分にとって今、やるべきことは目の前に再び現れた邪竜を打ち倒すこと。ならばこの身体がどれだけ傷つこうとも立ち上がって見せよう。あの炎を防ぎきった聖女のように。

 

 

「貴様と再び見えることになるとはな。ファヴニールよ、俺を覚えているな? 貴様が二度蘇るのであれば二度打ち倒そう。行くぞ――」

 

 

 

 

 

「――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!」

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「――逃がしたか。すまない……ぐっ」

 

 

 ジークフリートが放った宝具はファヴニールに届くことは無かった。だが、ジャンヌ・オルタ達を退けることに成功したのだ。

 皆が気にするな、よくやってくれたと声を掛けるがジークフリートは身体の痛みでそれどころではなかった。どれだけ治療を施そうとも癒えない傷。何とも不気味なものであるが、ジークフリートはこのままではまともに戦えないと満場一致で判断する。

 

 

「取りあえず、此処から少し離れたところにある砦で彼を休めましょう」

 

『ジャンヌの言う通りにしよう。皆も消耗していることだし休息をとった方がいい』

 

「ですね。俺はジークフリートの回復を試みていただけですが、相当な激戦だったようですし」

 

「もう当分ワイバーンは見たくなくなるくらいには倒したな」

 

 

 げんなりとした顔をしながらクー・フーリンはごちる。確かにそうだとアルスは同調する。しかし同調した上で良かったなクー・フーリン。まだまだおかわりはあるぞ、と声を掛け、急速に目が死んでいく様を見届けた。とんだ畜生である。

 

 ソラールを煽り始めた辺りからはっちゃけ始めたアルスに一行は少し引きながらも着々と足を進めていき、何事もなく砦へと辿りつく。

 各自で思い思いに休みつつ、話題はジークフリートの傷についてに移り変わる。移動中、ジークフリートはマリーの宝具のガラスの馬に乗せてもらっていた。そのマリーの宝具は傷を癒す効果があるのだが、一向にジークフリートの傷が癒える気配はない。不審に思ったタマモがちょっと失礼、と声を掛けてジークフリートを診る。

 

 

「……これは呪いですね。それも飛びっきりの。わたくしでも解呪は難しい代物とは……」

 

 

 分析が終わり、呪いであると判明したのはいいものの解呪が不可能な代物だった。力になれず申し訳ありませんと謝るタマモ。

 聖人であるジャンヌも診てみると、成る程、これを一人で解呪するのは難しい。もう一人の聖人と共に洗礼詠唱を行う必要があるという結論に至る。

 

 アルス自身、呪いを解くのに有用なアイテムに心当たりがあった。その名も解呪石。そのままである。

 解呪石を使いさえすればジークフリートに掛かった呪いなど瞬く間に解けるだろう。しかし、彼が今まで旅をしてきた中で解呪石が必要になる場面が無かったので数少ない友人の一人に全て丸投げしているのである。その友人は自身の能力を上げるためにわざと亡者化し、ある程度進行したら解呪石を使い亡者化から逃れるという日々を送っていた。故に現在アルスの元に解呪石は無い。こんなことがあるのであれば丸投げなどしておかなければ良かったと心底後悔している。

 

 それを聞いてジークフリートは落胆した。折角救ってもらったにも関わらず、恩を返せないというのは悔しいという一言に尽きるのだ。

 

 

「これじゃあ咄嗟に匿って貰ったあのサーヴァントに会わせる顔がないな……」

 

「マルタ、は情報として持っていただけだから違うか。ソラールでもないだろうし……」

 

「そういえば、どことなく高貴な雰囲気を纏っていたな」

 

「と、なればヴラド三世であろうな」

 

 

 ジャンヌ・オルタの様子がおかしくなりつつあるのもあって、ヴラド三世は護国の将としての誇りを思い出すことに成功したのか。はたまた呪いに苦しむ様を見て遊びが過ぎただけなのか。詳細は分からないものの感謝すべきだろうとアルスは思案する。次会った時にまだ血が欲しいだの、魂を貰うだのと言うのであれば礼と同時に剣を贈らせてもらおう。そう考える彼の顔はとてもイイ笑顔であったという。

 

 そこでふと思案顔に戻ったアルスは疑問を口にする。

 

 

「……なあ。聖人を探すのはいいんだが、もう時間もないだろう。どうするんだ?」

 

 

 アルスの言うことはもっともである。

 既にフランスの領土は半分以下となるまでにジャンヌ・オルタの影響が及んでいる。捜索自体はそれ程難しくはない。だが、それ程にまで影響が及んでいるということは即ち、フランス国家の崩壊が近いということである。集団で固まると戦力的には十分だが速さが致命的に足りないのだ。

 

 

「なら、今こそくじを引きましょう!」

 

「……はい?」

 

 

 そうきたか。唐突に何を言うかと思えばくじ引き。マシュの返事がそうなるのも仕方が無いとアルスは顔を引き攣らせた。

 だが、考えてみるとどうだろうか。案を練っている時間も惜しい現状で素早く分けられるくじ引き。成る程、悪く無い。

 

 マリーの鶴の一声でくじでグループを分けることになった。因みにくじの製作はアマデウスである。彼の扱いの雑さは最早見慣れたものではあるが、もう少し扱いを優しくしてあげてもいいのではないだろうか。どうか彼には強く生きて欲しいものである。

 

 

 

 

 

 




最近主人公の性格がぶっとんできている気がしますが気にしない(白目)

あと、コメントにて解呪石についてお話を頂いたので加筆いたしました。



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聖人探索 / 残留する不死と王妃

一人称と三人称を巧い具合に混ぜた感じで書いていきたい。


「――で。くじ引きの結果だが」

 

 

 タマモ、俺、ジャンヌ、マリーのグループと藤丸、ネロ、エミヤ、クー・フーリンに呪いに掛かったジークフリート。

 ネロがとても不満そうだが、これもくじ引きの結果。運が悪かったと思って潔く諦めて欲しい。なのでその視線を此方にずっと向けているのはやめてくれないだろうか。その視線は俺にダメージを及ぼす。

 

 

「タマモ! 余と代わるがよい!」

「何を言ってんですかこの皇帝は! 此度の仕分けはくじによって正しく分けられたもの。つまり聖人が見つかるまでのメインサーヴァントはわたくし! こんな夢のようなシチュエーションを自ら手放す阿呆が居るでしょうかいや居ねえ。つまり代わる気はこれっぽっちもありませんので大人しく諦めてくださいます?」

 

 

 ここぞとばかりに煽るタマモ。彼女はサブサーヴァント故か、様々な面でネロに遠慮していた。いつもよりも煽っているように見えるのはその反動だろうか。

 個人的にはメイン、サブに関係なく大切な人達なのであまり喧嘩はしないで欲しいのだけれど。

 

 

「ネロ皇帝は落ち着くといい。くじの結果は運命によるもの。下手に逆らったら悪運を呼び込みそうだ」

「何だとぅ!?」

「なんでもない。それよりアルス、ネロ皇帝をそっちに入れるというのはどうだろうか!」

「こっちに振るな」

 

 

 確かにあの勢いで迫られると少し寒気がするくらいには恐ろしいが意思の弱さが凄い。もっともらしいことを言っている時くらい意見を曲げずに居て欲しいものだが。

 それは兎も角、グループも決まったのでそろそろ出発としよう。何、ネロのことは気にせず進むといい。今日は天気もよく風も心地いいから道中できっと彼女の機嫌も戻るだろう。

 

 

「では、定期的に連絡を取ることにしましょう」

「了解。早く見つかればいいな」

 

 

 アマデウスが必死に目で訴えてきているが此方にとって知ったことではない。というか俺も目を合わせないようにするので必死なのだ。目を合わせたが最後俺が折れなければならなくなるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、風が気持ちいいですねぇご主人様! こんな事態でなければ新婚旅行にでも最適な土地だと思うのですが……」

 

 

 付近の街を目指している道中タマモが何やら新婚旅行等という不穏な言葉を言いつつも話しかけてくる。残念だが結婚した覚えはない。しかし旅行と聞いてピンと来たのだが、このような場所でのピクニック等はどうだろうか。きっと皆で食べる弁当などは大変美味しいだろう。

 フランスの修復が終了すれば、次の特異点の観測が終了するまでに長閑な場所にレイシフトするのも手か。これは非常に魅力的な案だ。忘れないようにしておくべきだな。

 

 

「ご主人様新婚という言葉をスルー!? よよよ、タマモは悲しいです……いや、それよりも何ですと!? 修復に関係なくレイシフトは出来るですって!? 尻尾にピーンときました! それはもう二人っきりでするしかないのではありませんか!? そう、二人っきりで!」

「まあ、勝手に行くわけにもいかないから許可は取らなきゃいけないが行けるのは確かだ」

「帰ったら是が非でも申請してくださいまし! ああ、楽しみです……」

「帰ったらな」

 

 

 タマモが楽しそうでなによりだ。いつになく喜んでいるタマモに思わず頬が緩む。飄々としているが、裏でしっかりと考えている彼女がこのように純粋に喜びを見せてくれるのは嬉しいものである。

 だがその二人っきりというのは不可能だろう。ロマンやオルガ、ダ・ヴィンチといったカルデア運営組に許可を取りに行く際、高確率でネロと遭遇するからだ。寧ろ俺の部屋に居座っているまである。見られて困るものは無いのだが、それでもやはり一人で居る時間も必要不可欠なのでそれは勘弁願いたいものだが。

 

 

「仲が良いのですね」

「まあ、生前からの仲でもあるし、色々長い関係になるから」

「きっと、貴方のその人柄が人を惹きつけるのでしょう。私もそうでしたから」

「むむっ、若しかしてジャンヌさんもご主人様にやられたクチだと」

「ないない。ジャンヌは恋愛なんてしてる暇なかっただろうしな」

 

 

 そもそも不死である俺を好きになるような人間は相当の物好きであるときっぱりと言っておく。言外にネロとタマモに『君達は相当の物好きですよ』と言っているようなものだが実際そうなのだから仕方がない。

 今でこそ緩和されてはいるが、基本的に武装している人間で敵意を感じれば『こんにちは! 死ね!』を常識として備えているのが不死人なのだ。控えめに言ってただの危険人物でしかない。

 そう言ってみればジャンヌは少し落ち込み、タマモはジト目で此方を睨む。何も悪いことはしていない筈だが。

 

 

『――アルスさん、藤丸です。ティエールっていう街に到着しました』

 

 

 気まずくなった所で藤丸から通信が入る。ティエールといえば刃物の街、という名称で親しまれている街だ。

 しかし、定期連絡の時刻まではまだ少しあるのだが何かあったのだろうか。

 

 

『何かあったと言えばありましたね。サーヴァントが二騎、謎の喧嘩をしていました。二人とも竜っぽい感じがして、月の方に好みの人が居るだとか安珍様がどうだのと言っていましたよ?』

「よし、関わらない方がいい奴だなそれは。寧ろ絶対に関わるな」

『あー……そのですね』

 

 

 関わるなと言った途端歯切れが悪くなる藤丸。まさかとは思うが既に関わっていたりするのだろうか。もしそうだとすれば全力で逃走も辞さない。

 

 

『実はもう味方に――』

『ああっ!! 子ブタ! 子ブタじゃない! やっと見つ――』

「人違いだ」

 

 

 聞き覚えのある声にこれまた聞き覚えのある呼称。やってはいけないとは思いつつも身体が咄嗟に反応して通信を切ってしまった。皆がこちらを何事かと見ているが俺は悪くないと全力で主張する。不可抗力である。

 

 

『もう! 何で切るのよ!! また会えて嬉しいわ子ブタ! これは再会の記念にライブするしかないわね!』

 

 

 やめてくださいしんでしまいます。

 自称サーヴァント界一のアイドル、もといカーミラが罪を犯す前の姿で召喚されたエリザベート・バートリーは再会のライブを約束してくれた。失礼だとは分かっているのだが、彼女は非常に歌が下手なのである。アマデウスの宝具のように悪魔の奏でる音を学ぶために齧った魔術と違って、彼女は自身の思うがままに、彼女のアイドル像をそのままに歌う。ただそれだけで宝具級のダメージになるのだ。勿論範囲は彼女の声が届く場所全てだ。まず間違いなく誰かが倒れるだろう。

 

 

『余もこやつが居たときは吃驚したぞ! しかし、竜に関わりのあるサーヴァントが多いものよな』

『ま、よくわかんないけど嬉しいこともあったことだしあまり気にしてないわ』

 

 

 ハードコアでエモーショナルなデスボイスを用いたライブさえ行わなければ彼女は基本的に無害とは言えないもののマシな英霊である。異常に懐かれていることに疑問はあれど知人にこうして会えるのは素直に嬉しい。

 等と彼女を甘く見ていると痛い目を見るのが常である。敵であろうと味方であろうと警戒はするべきだ。

 

 

『あ、そうそう。ライブなんだけど、セイバーとデュエットでするから』

 

 

 ――どうやら俺はここまでらしい。小さめの爆弾だと警戒していたら核爆弾も吃驚なブツが出てきてしまった。

 何故ネロが加わるとそうなってしまうのかと言うと、ネロはネロでそれはもう音痴なのである。

 偏屈で人間のクズ、さらには天才的な音楽家で思ったことを口にするタイプであるアマデウス。彼がもし彼女達の曲を、その歌声を聞けば頭を抱えながら文章として表すのも憚れる言葉を呪詛のように吐き続けることだろう。

 

 

 ライブと聞いて楽しみにしている藤丸とマシュ、ライブでまともな客が入ると知ってはしゃぐネロとエリザベートを引き攣った顔で見ながら固まっている俺の傍で、そっと諦観を含んだ表情で寄り添うタマモ。

 

 

 何故だかとても、とても泣きたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様! 尋常ではない気配をみこっと感じましたよ!」

「確かに聖人の気配がしますね。コンタクトを取ってみましょうか」

 

 

 どうやら此方が当たりだったようだ。襲撃された形跡こそあれど、街は平穏そのものだった。街を守っているであろう聖人は余程武に長けているようだがどんな人物だろうか。

 

 

「そちらで止まって下さい。何者ですか?」

「俺はアルスという者だ。こっちはタマモとマリー。それと――」

「狂化は掛かっていないようですね。……貴女がかの聖女ですか。名前は出さない方がいいでしょう」

「そうしてくれると助かる」

「私はゲオルギウス。此処で街を守っている者です。そして先程の無礼をお詫びします。何しろ一度襲撃されたので警戒をしていたところで」

 

 

 聖人の名はゲオルギウス。聖人としてはかなり有名であり、同時に竜殺しとしても名を残している人物だ。彼ほどの人物ならたった一人で襲撃を退けたのも頷ける。対竜の戦闘において、竜殺しの名はそれ程に強力なのだ。

 

 

「竜の魔女が従えている竜を知っているか?」

「……いえ、存じ上げませんね」

「邪竜ファヴニール。奴を倒すにはジークフリートの力が必要なんだが、生憎と呪いが掛けられていてな。それも複数が絡み合っているときた。此方とは逆方向に行った組にジークフリートが居るから同行してもらいたいんだ」

「なるほど、であれば洗礼詠唱を施さなければならないでしょうね。――ですがそれは出来ません。せめて民を避難させてからでお願いします」

 

 

 この街の市長から人々を任されているし、それ以前に自身が聖人であろうとするのであれば、人々を捨て置いて行動することは出来ない。そう苦々しげに語るゲオルギウス。

 実に聖人らしい綺麗な意見に少しばかり思うところはある。不死人である自身との価値観の違いだろう。しかし、彼の手を借りなければ勝利はない。故に市民の避難をせざるを得なかった。

 

 

「――ッ! 来るぞ!」

 

 

 その時、背中に寒気が走る。

 遠方に見えるは竜の群れ。人々を殺し尽くそうと群れがやってくる。

 

 

「いいえ、ご主人様。これは――」

「ジャンヌ・オルタか――!」

 

 

 ゲオルギオスに確認を取れば彼は無言で首を振った。これは住民の避難は万が一にも間に合わないな。放置すれば彼らはワイバーンの腹の中へと収まるだろう。

 だが、ゲオルギウスを藤丸達へと送り届けるためにはジャンヌ・オルタを足止めする必要がある。であれば、藤丸一行へと向かう者、こちらに留まり守る者とで分ける必要がある訳だ。

 

 

 耐久戦であるならばこの場において、自分の右に出るものは居ないだろう。何せ幾度倒され、骨も残らないほどに蹂躙されようともこの心が、魂が折れない限りは立ち上がれるのだ。

 ならば選択するべきはもう決まったようなもの。

 

 

「俺が此処を守る。お前達は先に行け」

「よろしいので?」

「いいとも。何、避難が終われば直ぐに撤退するさ」

「そんな! 待ってくださいアルス! 私も、私も――」

 

 

 此処を守る役目は自分がする。そう伝えた時、ジャンヌが目を見開いて、かつてない程に必死に自分も、と言い出した。

 彼女はまだ、アルスというバケモノが人間に見えているのだろう。だから此処で死ぬと言っているように見えたに違いない。いつも敬称を付けて自身の事を呼ぶ彼女が呼び捨てで悲痛な叫びを上げる姿に少し心が痛む。

 

 だが間違えないでほしい。ここで倒れる気はない。今の自分が消えるとしたらそれは人理の修復が終わったその時だ。それに、ジャンヌにはジークフリートの呪いを解くという重要な役目が待っているのだ。ここに残ってしまっては本末転倒だ。

 

 

「落ち着いて、ジャンヌ。アルスさん、私も此処に残らせてもらってもいいかしら?」

「いいのか?」

「ええ、勿論。私はきっと、こういう時のために召喚されたの」

「……そうかい。なら俺が言うことはないさ。タマモ、ジャンヌ達を頼む」

「――承りました。御武運を、ご主人様」

 

 

 さあ、行って。

 マリーのその言葉を最後に彼らに背を向ける。目の前には大分近付いてきたワイバーンの群れ。彼らには指一つ触れさせないという気概で戦いに望むとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たのね、サンソン」

「来たとも。処刑には資格がある。される側にも、する側にもね。僕は召喚されてから常々こう思っていたよ。君に二度目にして至上の斬首(くちづけ)をしようとね。そのために今まで斬首の技術を磨いてきたんだ……!」

 

 

 サンソン。歴史上でもっとも人間を処刑した処刑人。

 彼は残酷で冷酷で非人間的だが、処刑される罪人を決して蔑まない人物だったという。処刑人として素晴らしい人間である筈の彼のその言動には少し頭にくるものがあった。

 思わずそれを言葉に出してしまう。

 

 

「――マリー。お前の知り合いは随分と歪んでいるな?」

「何?」

「される側にもする側にも資格があるだと? ふざけたことを言うなよ処刑人。お前がマリーの首をはねたのは偶然お前がその代に処刑人として活動していたから、ただそれだけの事だ。そこには資格も何もない。

 何より――処刑人が罪無き者を殺しているだと?笑わせてくれるなよ」

「うるさいッ!!」

 

 

 激昂したサンソンが斬りかかって来る。

 流石処刑人と言ったところだろうか。太刀筋は綺麗なものだった。だが所詮は動かぬ者を斬首してきただけの処刑人。それ程敵を殺すための剣の腕には長けていない。

 

 

「アルスさん。少し、サンソンとお話したい事があるの。だから倒さないでくれないかしら?」

「あー……そうか。まあ、いいだろう」

 

 

 隣でマリーが茶目っ気のある笑顔で言ってくる。それは全然構わない。消耗もなしに時間が稼げるのであれば魅力的な提案だ。

 

 彼女のお願いに頷きながら、サンソンの繰り出す上からの振り下ろしを短剣で弾く。それと同時に右手に持った大剣で防御の体制に入ったサンソンを防いだ剣もろとも吹き飛ばす。

 彼の剣は軽い。軽すぎるのだ。物理的なものではない。アルトリウスのような誇りの重さも、ソラールのような信仰の重さも今の彼にはない。そんなものに殺されてやるものか。

 

 何度も、何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も彼の剣を弾き、時には反撃をする。

 

 

「ぐッ……! この、僕が! 二対一とはいえ、処刑の腕を磨き続けたこの僕が! 打ち負けるだと……!?」

 

 

 余程自信があったのか、あり得ないという表情を隠すことも無く出すサンソン。

 

 

「哀しいわね、シャルル=アンリ・サンソン。再会したときに言ってあげればよかった。――あの時、既にあなたとの関係は終わっていたって。処刑人と殺人者は違うのよ、サンソン。貴方が竜の魔女に付いた時点で、貴方はもう、私の知るサンソンではなかったのね」

「違う……! 嘘だ、そんなはずは……!

 

 

 

 

 ずっと君が来ると信じていた! だから腕を磨き続けた! もう一度君に会って、もっと巧く首を刎ねて――もっと、もっと最高の瞬間を与えられたら!

 

 

 

 

 そうすればきっと、きっと君に許してもらえると思ったからッ……!」

「……もう。本当に哀れで可愛い人なんだから。私は貴方を恨んでなんかいなかった。……はじめから貴方は、私に許される必要なんてなかったのに」

「ぁ……ああ、あ……」

 

 

 サンソンの嗚咽が響く。

 彼は許されたかったのだ。フランス中が恋したマリー・アントワネット。時代によって殺される運命にあった彼女を殺してしまった、その罪を。他でもない彼女によって赦されたかったのだ。

 

 だがマリー・アントワネットは彼を恨んでなどいなかったのだ。彼女はフランスの全てを愛している。だから、フランスの為に自分を殺すことになったサンソンを恨んでいない。恨めるはずもない。

 剣を握る手に入っていた力が緩む。彼はきっと間違えていただけだったのだ。些細なすれ違いが今回の事を引き起こした、ただそれだけのことだった。身体から粒子を出し、もう消えそうなサンソンへと声を掛ける。

 

 

「お前は不器用な奴だな。次があれば処刑人としてではなく、誰かを守る者としてやってみるといい」

「――僕に、できるのかな」

「断言はしないがな」

「ははは……そうなれると、いいなぁ……」

 

 

 シャルル=アンリ・サンソンは最期に今まで浮かべていた冷徹な笑みではなく、まるで少年のような笑みを湛えて逝った。

 サンソンの最期を二人で見届けた後、後ろに降り立った人物――ジャンヌ・オルタに目を向ける。

 

 

「これでもう一人のマスターに倒されたアタランテを含めて三人目……見込みのある者ほど早く脱落するとは皮肉が利いていますね。しかし……私は逃げたのですね。――なんで無様。それにマリー・アントワネットにアルス・ルトリック。貴方達が残っているのが心底気に入らない」

「彼女は希望を持っていった。私達はその希望を繋ぐために残った。それだけのことではなくて?」

「馬鹿馬鹿しい。そもそも、民に蔑まれ、嘲笑され殺された貴女が民を守ると。意味の分からぬことをするものですね」

 

 

 ジャンヌ・オルタには分からなかった。

 マリー・アントワネットがフランスそのものに殺されて、それでもフランスを守ろうとする理屈が。

 

 マリーは言う。

 自分は民に乞われて王妃になった。民なくして王妃は王妃とは呼ばれない。

 だからあれは当然の結末だった。彼らが望まないのであれば、それを自分が望まなくても退場する。それが国に仕える人間の運命。次の笑顔に繋がるものが、残せたものがあったのであればそれでいい。

 

 白いジャンヌ・ダルクと同じく、過去ではなく未来を見た、眩しい考え方だった。

 

 

「貴女の言葉で確信したわ。ねえ、竜の魔女。()()()()()()()()()()?」

「黙れッ!!」

 

 

 何者であるのか。

 その問いに激昂したジャンヌ・オルタは憎悪による圧倒的な火力を持つ炎を此方に放つ。

 

その黒い炎を見てマリーは宝具を展開する。たとえ自分が死のうとも、後に続くモノがあればそれでいい。二度目の命の危機も、彼女は未来を見て想いを後に続いた人間に託す。

 

 

「――宝具展開。『愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)!』」

 

 

「さよなら、ジャンヌ・ええ、会えてよかったわ。フランスを救った聖女、いいえ、"友達"の手助けが出来るなら。私は喜んで輝き、散りましょう」

 

 

「星のように、花のように。泡沫の夢のように」

 

 

 




長い。いつもより二千文字くらい長いです。でもここで切りたかったので赦してください……


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一度目

 ジャンヌ・オルタが放った炎とマリーの宝具。

 防ぎ始めた当初は完全に相殺することに成功していた。

 しかし、ジャンヌ・オルタの炎は次第に宝具どころかマリー・アントワネット、そしてアルス・ルトリックをも飲みこんでいった。

 

 炎が消え去った後には死体も何も残っていなかった。

 そう、()()()()()()()()()()

 

 

「……消滅しましたか。拍子抜けですね。戻りますよソラール」

 

 

 あの炎の中、逃げ延びられる筈も無い。そう判断したジャンヌ・オルタはニヤリと嗤いながら振り返る。

 彼女が呼びかければ瓦礫の陰からソラールが顔を出す。

 彼はジャンヌ・オルタに自分もアルスは警戒しておくに越した事はないと適当に理由を付けてついて来ていたのだ。結果は取り越し苦労であったのだが。

 

 

「承知した。ジャンヌ嬢の炎の前には流石のアルスも燃え尽きたか。それにしても凄まじい火力だな」

「ま、私に掛かればこんなものですね。貴方の懸念も杞憂だったようだし」

「そのようだな。あれほどの炎だ、まだ余裕もあり、聖杯のバックアップもあるとはいえかなり魔力を消耗しただろう?精神的な疲れもある筈だ。ジャンヌ嬢は先に戻るといい。オレも直ぐに向かう」

 

 

 そうさせてもらいます、とジャンヌ・オルタは竜に騎乗し、瞑目ながら自らの居城へと帰っていく。

 それを見届けたソラールは安堵したかのように息を吐き、ボソリと呟く。

 

 

「無茶なことをするものだ。いくら不死とはいえ、死に続ければ正気を保てなくなって理性を無くした亡者となる。それを誰よりも熟知しているだろうに」

 

 

 彼が呟けばソラールの目の前の景色が歪み、次第に人型が現れる。

 そこには気を失ったマリー・アントワネットと彼女を庇い、凄まじいダメージを負いつつも座り込むアルスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 危機一髪。絶体絶命。

 正にそのような言葉が当てはまるだろう。

 マリーの宝具を飲み込むほどの炎を放ってくるとか勘弁して欲しい。お陰でマリーを庇った背中が消し炭になってしまった。エストを飲んで回復しておくとしよう。

 咄嗟に"幼い白枝"を自分とマリーに使って隠れていなければ折角庇ったのに追撃されて死んでいただろう。"幼い白枝"による周囲の風景への擬態で上手い具合に風景に溶け込めたのは幸いだった。

 基本的に擬態だと周りに存在しないだろう謎の物体にまで擬態する恐れがあるので本当に一か八かだった。石像等に擬態でもしようものなら目も当てられない状態になっていたと思われる。

 彼女の炎が激しく、消滅時の粒子すら見えないだろう状況であったのもこうして無事でいられた要因の一つだろう。

 

 

 ところで、今自分の目の前に安堵したように息を吐きながら此方を見ているソラールはどうしたらいいのだろう。彼は敵として召喚された英霊なので不死人の常識その一、『こんにちは! 死ね!』を決行するべきなのだろうか。そこまで考えて、座っている状態故にいつもの大剣ではなく盗賊の短刀をスラリと抜く。

 短刀は刃渡りも短く、基本的に致命打を与えるか出血属性、または火属性などの属性付与された状態で手数を増やして弱点を突く形でダメージを狙わなければならない武器ではあるが、致命打を与えれば大剣などよりもよっぽど大ダメージが期待できるので割と誰もが愛用している武器の一つである。

 

 因みに、ロードランでもロスリックでもないどこかの地方で短剣を振るうが如く特大剣を振るう女性が居たそうな。煙の特大剣の愛用者も真っ青な脳筋である。

 

 

「ちょっと待て、何で剣を抜いているんだ! おいやめろ! 貴公ロードランに居た時はそんな性格だったか!? 本当に一体何があったんだ!?」

「冗談だ」

「全く……。無事ならそれでいい。オレは戻るとするよ。あまり長居してもいいことはないからな」

 

 

 彼に言ったことは冗談である。半分くらいは。

 彼が去ろうというので自然に見送りそうになったが、此処で待ったを掛ける。彼があまりにも自然にジャンヌ・オルタ側に居るので聞くのを忘れていたのが、何故彼女の傍に居るのだろうか。

 

 

「それはな……なんというか、アレだ。助けを求める声を聞いてしまったからだ」

「声?」

「ああ。だから召喚に応じた。オレは貴公のように反英雄も英雄も……たとえ神だろうと何だろうと関係なく接することが出来る人間じゃない。彼女の声に応えるべく召喚されたはいいが、きっと。きっと心のどこかで彼女を否定しているオレが居るんだろうな。彼女を見た瞬間に分かったのだ。オレじゃ彼女は救えない」

 

 

 ソラールは力なく項垂れながらボソボソと話し始める。

 成る程。確かに彼はどちらかと言えば、多くの人間が思うような正義の味方に寄った人間だ。故に邪悪を突き進むジャンヌ・オルタを好ましく思えない。彼の自覚し得ない心の奥底のソレを感じ取ったのだろう。

 

 それに比べ自身はどうかと考える。

 

 確かにほぼ全ての者と対等に接する。扱いがぞんざいだったりはするが、そこに種族は関係ない。神も、人も、人の皮を被った人外も全て同じ枠組みで見ている。人外に関しては大体襲ってくるので知り合いには殆ど居ないが。

 

 

 あとは……不意打ち上等。出会い頭に特大剣によるカチ上げ、装備を目的に特に何もしていない人間に対しバックスタブ、品は良いが穴の奥底に突き落とされたりと割と嫌がらせをしてくるパッチなど、顔を見かければ笑顔で剣を抜き、挙句死亡し消えていきつつある侵入霊の周りでステップを踏んで煽る。

 これは酷い。自分で振り返ってみて思わず自害しそうになった。なんということだ、これではただの頭のおかしい危険人物ではないか。このような人物がどうして彼女を救うというのだろう。無性に死にたくなった。

 

 

「全ての者に平等に接する貴公ならば……ってどうした? 何故そんな死にそうな顔をしているのだ」

「過去を振り返ったら死にたくなった。何でこう、俺は……」

「いや、だからロードランを去った後の貴公に何があったんだ……?」

 

 

 それはもう色々あった。取り敢えずロードランからロスリックに掛けてまで世話になったパッチは絶対に許さない。何がノーカウントだアウトに決まっている。

 人理修復の旅で彼を見かけることがあれば全力で殺す。慈悲はない。そう心に誓った。

 

 

「その表情からしてただならぬ事を経験したんだな……」

「同情するならソウルくれ」

「どうせ死んでロストするだろう?」

「もう足を踏み外すのは御免だ……」

 

 

 過去を振り返ってみた結果、死にかけていた自身の心はソラールの心無い言葉によって止めを刺されたのは言うまでもない。というのも自身の死亡理由の中で最多なのが落下死である。きっと他の不死もそうに違いない。

 気が付けば誰も読めないにも関わらず地面に『心が折れそうだ……』と書いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う……ううん……」

「起きたか」

「あれ……何で私生きて……」

 

 

 ソラールが去って行き十分程経っただろうか。

 

 ソラールに心を折られかけたりしたが至って元気です。これくらいのことでは死にません。

 そう自身を奮い立たせているとマリーが目を覚ました。絶妙なタイミングである。

 

 

「あら? その格好は……」

「背中が消し炭になったからな」

 

 

 先程背中が消し炭になったと言ったが、背中が消し炭になっているということは服も同様で。

 背中をそのまま晒しているのも気持ちが悪かったのでロスリックで使っていた装備を取り出して着込んでいる。

 

 頭装備は無し。何度も死んで気が付いたのだが、兜があまり意味を成さない。人外の力で頭を殴られれば着けていようと着けてなかろうとどうせ死ぬ。なら視界の事を考えてもういっそ着けないでおこうという考えだ。

 胴装備は黒い手の鎧。マントにフードが付いているタイプで顔を隠すときはフードを被ることにしている。

 手甲は不死隊の手甲。リーチの短いものを持つことが多い左手を防御する意味合いが強い。

 足装備は逃亡騎士のズボン。特に理由は無いが動きやすいので気に入っている。一応記しておくが断じて湿ってはいない。湿っていないのだ。

 

 と、まあカルデアの制服から本来の装備に戻した訳だ。

 

 

「まあ! 凄く似合っているわね、格好良いわ」

「ずっとこの格好だったから馴染んでいるんだろう。まあ、礼は言っておく、ありがとう。身体の方は大丈夫か?」

「ええ! 貴方が庇ってくれたから」

「それは良かった。ところでマリー」

「何かしら?」

 

 

 身体の調子は良いようで何よりだ。

 では、ほんの少し、ほんの少しではあるが文句の時間だ。言い訳は聞かないので覚悟して欲しい。

 

 

「君は何を一人で死を覚悟しているんだ? 阿呆なのか? せめてアマデウスとの約束を今度こそ破らないように生き延びるくらいの気持ちで居ろよ!」

「うっ……ごめんなさい、でも」

「でももへったくれもあるか! ……遺された人間の気持ちも考えてくれ。たとえ一時の仲間だったとしても、辛いものは辛いんだ」

「……うん。ごめんなさい。貴方がそんなに抱え込んでいただなんて思ってもいなかった」

 

 

 数多くの人間を殺してきた。

 数多くの友人を看取ってきた。

 

 殺すことにはもう慣れたものだ。ロスリックに至る頃には既に侵入霊を嬉々としてぶっ飛ばしに行くくらいには慣れた。

 だとしても、どうしても友人が死んでいくことにはどうも慣れない。そしてこれからも慣れることは無いだろう。

 

 そんな考えに苦笑してマリーの頭に帽子を被せる。庇った際に落ちたようだが、幸いにも燃え尽きていなかったようだったので回収しておいたのだ。

 

 

『クソッ! 何で反応がロストしたんだ!? アルス!! 聞こえるか!?』

「うわっ!? 何だ!?」

『え!? ちょっと待って何で生きてるんだ!?』

「はぁ?」

 

 

 少し落ち込んだ気分で居たら唐突にロマンから通信が掛かってきて叫ばれた挙句勝手に殺されていた。何で生きているのかとはなんて失礼なことを言うのだろうか。

 人によっては深く傷つくので言葉を選んで発言するといい。そう思いつつもホログラムによって目の前に存在するロマンを半目で睨み付けてしまった俺は悪くない筈だ。

 

 

『君の生命反応が消失している。つまり、今此方では君は死んでいることになっている』

 

 

 どうやら俺は知らぬ間に死んでいたらしい。では今此処に居てロマンと話している人物は一体何なのだろう。

 そこまで考えてふと思い出す。背中が消し炭になった。成る程、そういうことか。

 マリーを庇った時に一度死んでいるのか。背中が消し炭になるほどの炎で焼かれたのだ、納得である。

 

 何故一度死ねば生命反応が観測できなくなるのか。そもそも何故篝火に戻っていないのか。

 よく分からないが今此処で検証するわけにもいくまい。いきなり首を切り裂いて死ぬとか何のホラーだとしか言えないし、先程彼女に説教したところで自殺を図るとかお笑いもいいところである。

 自分一人であったのなら今すぐにでも首を掻き切って一度死んでいただろうが。

 

 

「うん、何か一回死んだみたいだな」

『さらっと一回死んだって言う辺り価値観のズレを感じる……。ああ、そういえば此方は無事にジークフリートの解呪に成功したところだよ。あとは――』

「あとは?」

『――帰ってからのお楽しみにしておくといい』

「何だそれ、怖いんだが」

『ははは、僕もかなり心配したからね。レオナルドも君に用事があると言っていたし覚悟しておくといいよ』

「帰りたくなくなってきた……」

 

 

 心配してくれたのは嬉しい。しかし聊か過剰反応ではないだろうか。

 一度や二度死ぬくらい日常茶飯事なのであまり気にしないで欲しいのだが。

 

 

『さて。戦力も整ってきた事だし、そろそろジャンヌ・オルタの居るオルレアンに攻め込もうという話になってるんだけど、君はどこで合流する?』

 

 

 ジークフリートの解呪も済んだことだ、それもそうか。ではどうするべきだろうか。折角、という訳ではないのだが、此方は二人という少数精鋭。更には死んでいるとさえ思われている筈だ。

 ちら、とマリーを見て考える。彼女の宝具はかなりの速度で移動することが出来る。この条件が揃っているのならば比較的安全にジャンヌ・オルタの元へとたどり着けそうだ。

 

 

「俺とマリーはオルレアンに直接向かう」

『分かった。作戦としては単純だけど、正面突破。所謂ゴリ押しだね』

「まあ、即席の部隊だからな。あまり複雑な作戦を立てても仕方ない」

『ファヴニールの処理をジークフリート。援護にアマデウスと清姫、エミヤ、玉藻の前。他は各自臨機応変に対応しつつジャンヌ・オルタへ一直線』

 

 

 幾らなんでも雑すぎやしないだろうか。シンプルで分かりやすいのはいい事ではあるのだが。

 顔を引き攣らせながら言うとロマンは得意気な顔をしてこう言った。『分かりやすくていいだろう?』と。

 

 そうきたか。そうきてしまったのか。

 彼は肝心なところでポンコツになったりすることが多々ある。決めるところは決める男なのだが。緊張を解そうとボケたのだと信じたいところである。

 

 

 

 

 

 

 




そろそろ第一特異点も終わりそうですね。
全ての特異点を書くか、書きたいところだけを書くのか絶賛迷い中です。短編も書きたいですしうごごごご。


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邪竜失墜 / 贋作の英霊

『アルスとマリーはオルレアンに直接向かうそうだよ』

「そうですか。なら、こっちはこっちでしっかりとやらないと」

「はい! 必ず成功させましょうね、先輩」

 

 

 アルスとマリーの無事も確認出来た事で士気も上がって皆やる気に溢れている。

 向かうはオルレアン。ジャンヌ・オルタの居城。彼女を倒し、聖杯の回収を行えばこの特異点の修復は終了だ。

 この特異点での旅も最終局面に差し掛かってきた、といったところか。

 

 藤丸は目の前のワイバーンの群れを見据えつつ、勇ましく叫ぶ。

 

 

「先ずはファヴニールの元へと急ごう! ジークフリートには攻撃を届かせないくらいの心算でね!」

「任せな!」

 

 

 クー・フーリンが獰猛な笑みを湛えつつワイバーンへと突進していく。

 

 

「よっと! 数だけは達者なもんだな全くよぉ!」

 

 

 一突き、二突き。

 槍を突き出せばワイバーンの心臓を穿ち確実にその数を減らしていく。

 

 

「クー・フーリン。貴様の討ち漏らしは私が受け持つ。──投影開始(トレース・オン)

 

 

 エミヤが弓を投影し、アーチャーとしての力を遺憾なく発揮する。

 クー・フーリンが打ち漏らし、竜殺しの力を恐れたのかジークフリートへと目掛けて一直線に飛ぶワイバーンを撃ち落とす。

 

 

「すまない、助かる」

 

 

 そして出来た隙間をジークフリートが駆け抜けていく。

 目指すは己が宿敵ファヴニール。ただそれだけを見据えて駆けていく。

 

 前方にも左右にも敵は居る。だがジークフリートは走り続ける。

 

 

「吹き飛ぶがよい!」

「ぶっ飛びやがれ!」

 

 

 周りの敵は必ず仲間が片付けてくれる。そう信じているからだ。

 

 ネロとタマモが敵を吹き飛ばして最期の道を開く。

 目前にはファブニール。ジークフリート達を視認したその瞬間には火球を放ち此方を睨みつけていた。その瞳には以前ジークフリートを見た時に在った怯えは微塵にも存在していなかった。

 

 

「さて。此処まで順調にたどり着いた訳だが、此処で一つ言っておこう」

「何を?」

「かつて俺はファヴニールを打ち倒しているが、その勝利は必然的なものではない。いくつもの敗北の中から見つけられない程の細い糸を掴み取った上での勝利だった」

「……つまり?」

「本当にすまないのだが、今回も勝てるとは限らないということだ。──だが、この一撃であの竜を沈めてみせよう」

「大丈夫だよ。貴方なら大丈夫だって信じているから」

 

 

 そうか。とだけ返して頬を緩めるジークフリート。

 そしてジークフリートの魔力が高まっていく。

 

 

「まだだ。まだ足りない」

「なら俺の魔力も使って!」

 

 

 藤丸が令呪を使用し、ジークフリートへと魔力が流れていく。令呪は一日経てば一画回復する。通常は回復しないものであるのだが、そのような所もカルデアによる魔力のバックアップのお陰なのか、はたまたその特殊な契約方式の副作用なのか。カルデアの数ある特殊な一面の一つだ。

 しかしそうなれば出し惜しみは不要。ここぞという所で使うべきなのである。

 

 

「これなら行けるか」

「後は任せるよ。よし、作戦通りにジークフリートの援護を頼むよ!」

「ああ。任せたまえ」

 

 

 ジークフリートの隣を藤丸達が駆け抜けていく。

 

 

 

 

 目の前の巨大な竜を睨みつけ、剣を握る手に力が入る。

 今までの最大の一撃を。

 フランスを蹂躙し続けていた邪悪なる竜を跡形もなく撃ち滅ぼす竜殺しの一撃を今此処に。

 

 

「行くぞファヴニール……もう一度地に還る時だ」

 

 

「──邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る。撃ち落とす──『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!」

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

「──ッ!」

「これは……」

「どうやらジークフリートはやってくれたようだな」

 

 

 現在マリーと二人、ジャンヌ・オルタの居城へと足を踏み入れたところだ。

 此処までは敵襲もなく順調に進めているのだが、その静けさがかえって不気味だと感じさせる。

 

 ジークフリートはファヴニールを無事打ち倒した。物事は順調に進んでいる。しかして気を抜けば待っているのは死。気をつけるべきだな。

 薄暗い廊下を歩いていけば大きな扉を守るように立つ騎士が居た。太陽賛美をしながら。ふざけているのだろうか。

 

 

「──来たか」

「おい、そのポーズをやめろ」

「……。」

 

 

 凄く、凄く残念そうにしながらソラールは太陽賛美をやめた。

 シリアスに進めたいのであればそのポーズはダメだ。どうしてもネタに走っている感が否めない。

 

 

「ジャンヌ嬢との決着を着けにきたんだろう?」

「ああ。それで? お前は此処で少しでも戦力を削るように言われたってとこか?」

「まあ、な。とは言っても、貴公と白いジャンヌ嬢は通す。白いジャンヌ嬢は一緒じゃないみたいだがまあいいだろう。──黒いジャンヌ嬢を……頼むぞ」

 

 

 ソラールがそう言って扉に手を掛ける。

 金属製の扉が重い音を立ててゆっくりと開いていく。

 

 その扉の先にはジャンヌ・オルタとジル・ド・レェの姿が見える。

 彼らは俺を見て大層驚いていた。死んでいたと思っていたのだからそれも当然といえば当然か。

 

 

「ソラール……これはどういうつもり? まさか裏切った等と言い出さないでしょうね」

「まさか。この男と白いジャンヌ嬢以外はきっちりと足止めさせてもらうさ」

 

 

 ジャンヌ・オルタの鋭い視線に対して、ソラールは極めて冷静に肩を竦めて此方に背を向けて扉を閉じた。

 何だか自然な流れで一対二で戦う事ことになっている気がするのは気のせいだろうか。気のせいであってほしい。

 

 

「……いってしまいましたな」

「まあ、いいでしょう。どうせ最終決戦になるでしょうし」

「そうでしょうとも。さあ、ジャンヌ、共に戦いましょうぞ」

 

 

 気のせいじゃなかったみたいだ。クソが。

 とてもやりたくは無いがやらなければ死んでしまうので頑張るとしよう。復活するとはいえ、死ぬのは文字通り死ぬほど辛いのだ。

 

 剣を構えて彼らを見る。

 定石であれば明らかに後衛のジルから始末するところだが、彼の元へ辿りつくには彼の召喚した魔物を倒しつつ進まなければならない。

 

 

「たとえ旧知の仲であっても容赦なく斬り捨てると言わんばかりの殺気……相変わらずのようで」

「お前もな、ジル。相変わらずジャンヌにしか目が行っていない」

「褒め言葉です」

 

 

 ダメだ、煽ったつもりなのに褒め言葉になってしまった。

 

 舌打ちをしつつもジルの放った気持ちの悪い触手のようなものを斬り捨てる。

 触手自体は柔らかく、まるで水でも斬っているのかと錯覚するほど手ごたえが軽いが、如何せん数が多く減っている気がしない。

 

 と、ここで暫く様子見に徹していたジャンヌ・オルタが動いた。

 

 

「喰らえッ!」

「ぐっ……!」

 

 

 剣を逆手に構え、そのまま振り下ろしてきたので左手に持つ短剣で迎え撃つも、彼女が炎を噴出することでダメージを負う。

 左腕が焼け爛れ、激痛を訴えているが無視。消し炭にならなかっただけマシだ。

 

 左腕を力なくダラリとしつつも高速で薙ぎ払う。

 ジャンヌ・オルタにしっかりと防がれたもののこれで距離は稼いだ。この隙にエストで回復をしておく。

 

 しかし、まだほんの少し打ち合っただけではあるがやはり厳しいな。迂闊に隙を晒せば消し炭にされる。

 白いジャンヌはまだ到着しないのだろうか。

 

 

「どうですか、ジャンヌの力は」

「それはお前が一番知ってるだろうよ。そっちのジャンヌと一番長く居たのはお前なんだろうからな」

「ええ、そうでしょうとも。何せこのジャンヌは私が望んだジャンヌ。貴方の事が記憶からすっぱり消えていたのが不思議な点でしたがね」

 

 

 彼の望んだジャンヌ。

 確かに、彼女が死んだことにより狂気に侵されて猟奇的な事件を引き起こしたジルが望んだのは白い、俺のよく知るジャンヌではなく自分を裏切り、殺したフランスを憎み蹂躙することを望むジャンヌなのだろう。

 

 彼の発言によってジャンヌが確信を抱いていた、俺が疑問に思っていた事も解決した。

 以前聞いた時、突然癇癪を起こしたことからそれはほぼ確信に至っていた事ではあるが。

 

 ジャンヌ・オルタはジルが聖杯に願うことで造り出された英霊だ。

 彼女がそうであるのならば、俺の事が記憶に無いのも頷ける。

 

 何故ならば、彼女は文字通りジルによって願い造り出された、フランスに憎悪を抱き復讐を誓ったジャンヌ・ダルク。

 フランスに復讐するのに思い出など要らない。彼の発言からして恐らくは彼にとっても想定外の事なんだろう。

 

 

「馬鹿なことを……。彼女を想っているからといって彼女を造りだそうとしたのか、お前は」

「我ながら素晴らしい案であると思っていたのですがね」

 

 

 何故彼は気付かないのだろう。

 彼女はジャンヌであってジャンヌじゃないのに。それはただの彼のエゴに過ぎない事なのに。

 ジャンヌ・ダルクを想うのであれば、彼女の選択を尊重するべきだ。決してそれを自分の意思で捻じ曲げるべきではない。

 それを何故彼女を誰よりも想い、誰よりも近くで見守っていた彼が分かってあげられないのだろうか。

 

 いや、想っていたからこそ、か。

 だからこそ彼はジャンヌの死の原因であるフランスを許せなかったのだろう。

 

 だからこそ彼はジャンヌ・オルタを作りだしたのだろう。

 だとしても。

 

 ジャンヌ・オルタはジャンヌ・ダルクにとって存在し得ない側面であり、恐らくはジルが願ったことにより、今回に限り召喚された特殊な英霊。

 云わば贋作なのだ。

 

 それを彼女が知ればどうなるのか。

 答えは簡単なことだ。

 

 

「──ジル。それは本当の話なの……?」

「……はい。申し訳ありません。ですが──」

「黙れ! 私のこの憎悪は作り物……!? どうして、どうして……!? 私は……間違ってなんか──!」

 

 

 自分がしてきたことへの意味を、意義を見失う。

 それはそうだ。自分の過去が作り物であるのならば、彼女が行ってきたフランスの蹂躙に意味など無い。

 

 

「絶えぬ復讐心を、憎悪を消し去りたいから私はフランスへの復讐を始めた! きっと救われるはずだと、そう信じていたから!」

 

 

 ジャンヌ・オルタの魔力が異様に高まっている。

 聖杯のバックアップもあるからか、それはいっそ清々しいまでに暴力的で今もなおビリビリと肌を刺す。

 

 

「──なのに! それを貴方が否定すると言うのか!! 『吠え立てろ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』ッ!」

 

 

 表現するのならば、あのアルトリア・オルタのような黒き極光とは正反対のただただ暗い、闇の如き黒い炎。彼女の内にある憎悪のようにどす黒い恐ろしい炎。

 ただ、それを放った彼女の顔は今にも泣いてしまいそうな子供のようで。

 

 

「う、おおおおおぉぉッ!!」

 

 

 避けることも、防御することも出来た筈なのに、思わずその炎に正面からぶつかっていた。受け止めるべきだと何故か思っていた。

 

 痛い。熱い。今すぐにでも逃げ出したい。

 だけど逃げない。俺の知るジャンヌ・ダルクとは別人であったとしても関係ない。今にも泣き出しそうな顔をしている彼女をそのままにしておくだなんて出来ようか。

 

 きっとそれはかつての自分と重なったからなのだろうか。

 オスカーに救われたばかりの頃の自分と。

 ただ、使命を果たせば世界も、自分も救われるのだと思い、ひたすらに突き進んでいた自分と。

 

 

「な、なんで……なんで耐えられるのよ……」

「……さあな。一度死んで耐性でもついたのかもな。──さて。竜の魔女、ジャンヌ・ダルクよ。これから俺はお前に二つの選択肢を与えよう」

「選択肢……?」

「ああ。一つ、ここで俺に殺される」

 

 

 まあ、却下だろうが。誰だって嫌に決まっている。不死である俺でも嫌だ。

 万が一これを採用されるとそれはそれで困る。

 

 

「却下」

「だろうな。二つ、俺と契約してサーヴァントとして俺と旅をする。……どうだ?」

 

 

 きっと、ロマンもレオナルドも反対するだろう。

 いや、カルデアのスタッフ達も、もしかしたら藤丸達も反対するかもしれない。人々を殺しまわっていた訳だから。

 

 それでも俺は彼女と契約するべきだと思ったのだ。

 俺が旅の中でネロやタマモを始めとした大事な人たちと出会った様に、彼女も自分が大事だと、守りたいと思える何かを見つける事がきっと出来る。

 

 彼女が忌まわしい、作り物の憎悪するに値する過去しか持っていないというのであれば、大切にしようと思える想い出を。

 贋作である彼女はフランスで自分が死んだということしか経験していない。だからその憎悪も、復讐心も潰えることはない。きっと、彼女が消え去るその最期までそれはなくならないのだろう。

 

 でも、そんな復讐や憎悪に塗れた生涯だったとしても、いい人生だったと笑える最期を迎えられたのであれば、それはとても、とても幸福なことだ。

 

 英雄達は皆悲惨な最期を迎えているが、それでも彼らはそれでよかったと言う。

 悔いが無かった訳でもない、やり残したことがないわけでもない。それでも彼らは俺に笑いかけて逝ったのだ。

 

 そんな最期を迎えるために、彼女はこの旅を経験するべきだ。

 

 

 

 

「だから──俺と来い、復讐者(アヴェンジャー)。お前は世界を、英雄達を知るべきだ」

 

 

 

 




当初書いていたときは8000文字超えてました。
その癖訳の分からない展開に発展したので削りに削り書き直しました(震え声)

そして書き直したにも関わらずこの急展開。僕の文章力ではこれが限界でした(白目)

次はフランス後日談と幕間の物語になりますかね。多分きっと特異点は幾つか飛ばすとおもいます。じゃないと完結しない未来が見える。


そういえばLast Encoreが放送開始しましたね。色々と気になるところではありますがEXTRAファンとしては嬉しいものです。ネロはいいぞ……。


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薪、工房にて、天才と。

そういえばUAが35000を、お気に入りが300を突破していました。こんなにも多くの方々に見ていただけるとは思ってもいなかったために嬉しいです。そして平均評価が6.27。そう、6.27です。
これほどの高評価をいただけるとは。これからも頑張りますのでよろしくお願いします。


 結果から言えばジャンヌ・オルタは俺の手を取った。

 ジルも駆けつけた白いジャンヌと語り合い、満足そうな表情を浮かべて去っていった。

 

 

 全てが終わった後、俺の隣に居たジャンヌ・オルタを見てネロ、タマモ、ソラールを除く全員が大層驚いていた。懸念材料であった藤丸とマシュは少し複雑そうな顔をしていたものの、受け入れてくれた。

 丸く収まった、とは正にこのことを言うのだろう。たった一つの心残りは一人で戦う流れに持っていったソラールをぶっ飛ばそうとしたらそそくさと還ってしまい、結局ぶっ飛ばせずに終わってしまったことだろうか。

 おのれソラール、これだから太陽戦士は。

 

 

 それは兎も角、ここで一つ問題点というか、謎の現象が起きていたので記しておこう。

 

 

 確かに俺はジャンヌ・オルタと契約した。

 無理やりとは言えカルデアにも霊基を登録したので彼女が消えていくことは一応は心配しなくともいいだろう。

 

 それはいい。

 ただ何故カルデアに本来のジャンヌ・ダルクである彼女が居るのだろう。本人はにこにこと嬉しそうに笑っていたがこれは由々しき事態である。

 何故ならば俺は召喚した覚えがない。もしやと思い藤丸に聞いても心当たりは無いと言いながら腹を抱えて笑っている始末。しかもパスは俺と繋がっていた。何故なのか。

 

 腹を抱えて笑っている藤丸は藤丸で恐ろしい目に遭ったそうで、彼が帰ってきて最初に目にした光景は清姫だったそうだ。

 確かにそれは恐ろしい。彼女はバーサーカーだ。会話が出来るとはいえ、彼女の狂化のランクはEX。会話は出来ても碌に話は成立しないだろう。

 

 そんな清姫がカルデアにやってこれた理由だが、安珍という人間への愛の力で彼女の方から自力でやってきたらしい。

 

 

 自力で。

 

 

 成る程、言っている意味がまるで理解できない。英霊とは一体なんだったのか。

 

 

 藤丸曰く、彼女には自分が安珍、もしくはその生まれ変わりに見えているのだとか。人違いとかそういうレベルじゃない。生まれたばかりの雛鳥が最初に見たものを親と思い込むレベルだ。狂化EXは伊達じゃないということか。

 ざまあみろ、と言いそうになったがこれから四六時中ストーキングされる彼の心境を考えると笑えない。下手に嘘を吐けば焼かれるだろうし、この人理修復の旅を終えるまでに焼かれないように頑張って生きて欲しい。俺は応援だけしておく。

 

 全く理解が出来ていないが、清姫がやってきた理論で行くとジャンヌも何かしらの力で此方にやってきて俺と契約したことになるのだが、さて。

 カルデアのシステムは一体どうなっているのだろう。叩けば直るだろうか。

 

 

「おい、聞いているのかキミは」

「反省は少ししているが後悔は全くしていない」

「反省しろこの馬鹿」

 

 

 と、フランスでの出来事を振り返ってレオナルドに説教されているという現実から目を逸らしていたら怒られた。

 

 何故レオナルドに説教されているのかというと、許可も無くジャンヌ、ジャンヌ・オルタの両名と契約した点と、勝手に一人で突っ込んで戦いに行った点の二つで説教されている。

 特に二つ目に関しては許せないことであったらしい。何でも、もっと自分を大事にしろだとか。残念ながら命の価値がその辺の雑草と同じレベルで軽い不死にそれを言うのはやめて欲しい。

 

 俺の既に底辺に落ちているであろう名誉のために一応弁解しておくと、一つ目に関してジャンヌ・オルタは兎も角としてジャンヌについては不可抗力というか、カルデアのシステムに文句を言ってもらいたい。俺は知らない。

 二つ目? アレはどうにも反論は出来ないな。でも先程言った通り、反省は少ししているが後悔は全くしていない。全て勢いである。ゴリ押し万歳。

 

 

「……全く。もういいよ、キミを見ている限り、言っても無駄だろうし。これからもそんな無茶を重ねていくんだろう、どうせ」

「よく分かってるじゃないか」

「何で嬉しそうなの!? やっぱり馬鹿だなキミってやつは!!」

「おい、さっきから馬鹿馬鹿言いすぎだろ」

「は?」

「スミマセンデシタ」

 

 

 モナリザになった彼が出してはいけない低音の声を出していた。これはダメだ、本気でブチ切れている。

 大人しくしておかなければ生まれたことを後悔することになるかもしれないので大人しく話を聞こう。

 

 

「──まあいい。私がキミを呼んだのはこの説教だけが理由じゃないんだ。というか説教だけなら所長とロマニもセットでやるからね」

 

 

 何だそれは怖すぎるぞ。

 絶対に彼の用事とやらが終われば説教地獄が待っている。

 半分はソラールの所為なのだけれど。どうにかしてソラールの世界に侵入できないだろうか。やはりぶっ飛ばしておくべきだった。

 

 

「私が呼び出した理由はこれだよ」

 

 

 どう足掻いても絶望といった現実に憂鬱になっているところで彼が一つの本を取り出した。

 かなり古びた本のようだが、題名すらもしっかりと読める辺りかなり厳重に保管されていたのだろう。

 

 それはいいのだが、本の名前を見て俺はひっくり返りそうになった。

 その題は『火の時代』。何故そんな本があるのだろう。呪われていたりしないだろうか。こう、開いた瞬間にバジリスクの呪いで石化するとか。

 もし拾っていたのが俺であるのならば問答無用で即刻燃やしていた。あの時代の書物がこうして現代にまで残ってるとか控えめに言って決して開いてはいけない部類の呪いの本にしか見えない。

 

 題名に戦慄しつつもレオナルドの話を聞く。

 

 

「工房を整理していたら見覚えの無い本が出てきてね。気になったから読んでみたんだけど」

「なんでそんな怪しげな本読むんだよ」

 

 

 いや、本当に。

 魔術を齧っているのであれば警戒すること必至である上に、著者不明の未知の時代の本なのだ。気になったからと言って容易に読もうとする彼はやはりどこか頭がおかしいんじゃないだろうか。

 

 

「知的好奇心がちょっと……。で、読んだんだけど内容が少し気になってね」

 

 

 何がちょっとなのだろう。頭がおかしいんじゃないだろうか、ではなかった。普通に頭がおかしかった。ひょっとして彼は天才と馬鹿は紙一重の馬鹿の方なんじゃなかろうか。

 そんな天才で馬鹿で変態な彼が読んだ本の内容はこうだ。

 

 

 それはとある孤独な王の話。

 

 最初の薪の王であるグウィンを打ち倒し、不死とはいえ、普遍的な人間でありながら自らを薪として世界を繋ごうとした一人の男の物語。

 立ち塞がる数多の神を打ち倒した男は確かに世界を救ったのだ。

 

 

 とはいえ、訪れた平穏が続くことは無く。

 

 

 燃え尽きて火を失った『火の無き灰』という存在に成り果てた男は再び世界を救う旅に出ることになる。

 その旅で立ち塞がったのはかつての薪の王達。男は神殺しの旅、王狩りの旅を経てまたも自らを薪として世界を繋いだ。

 

 

 漸く終われる。そう男が思った矢先、男はとある地点に立っていた。

 そう、それは男が灰として目覚めた灰達の墓標だった。

 

 

 男は幾度も世界を繰り返したのだ。

 

 

 何度も、何度も繰り返していく内に気がついた。

 世界はもう終わっているということに。

 

 

 思えば灰となってから火を継いだ時に気付くべきだった。

 男を焼き尽くすほどに燃え盛っていた炎は今や篝火のように小さくなっていたのだ。

 

 その火は神の力を指し示すもの。

 神々が表舞台で活躍する時代の終わりを感じた男は火を消すことにした。

 

 それはかつて男に使命を受け継いだ騎士や男を友と呼んだ友人達、そして世界に対する裏切りでもある。

 だが、男は後の世界を──人が自らの力で生きていく輝かしい世界を望んだ。

 

 

 かくして火を消した男は最後の薪の王となった。

 だが、彼を王と呼ぶには足りない者があった。

 彼には自分を王と呼ぶ者達は存在しなかったのだ。故に男は孤独な王なのである。

 

 

 それは不死であるが故に。

 それは呪われた忌まわしき人間であるが故に。

 

 

 彼は自分が消えようと思うまで、後の世界を時には見守り、時には舞台の役者として。

 人々の営みを観測し続けていくのだろう。

 

 彼は火の無き灰。それは、火を、命の輝きを求め続けるのだから。

 

 

 本はそう締めくくられていた。

 

 

「私は驚いたよ。まさか、こんな時代があっただなんてね」

 

 

 俺も吃驚だよ。

 本当に誰なんだこれを書いたのは。

 ロードラン、ロスリックと続けて書いてあるとか余計に分からん。

 

 ロスリックで出会った人々で俺の事を知っている人間と言えば、あのパッチと鍛冶屋のアンドレイ、後はひたすらにトゲの鎧を纏いローリングし続ける変態カーク位のもの。

 あの二人が俺の物語を書くとは到底思えないし、カークに至ってはロードラン時代からの敵対者だ。

 

 その上、俺が火を消したことも書かれていた。あの場所には俺一人しか居なかったはずだが。分からないことだらけで頭痛がしそうである。

 

 

「……そうだな。それで? それがどうかしたのか?」

「単刀直入に聞こう。キミはこの本における主人公、最後の薪の王だね?」

「……。」

「沈黙は肯定と受け取るよ。この本を読み、キミの構築した篝火を見てピンときたのさ。それに冬木でのアルトリウスにフランスでのソラール。両名とも主人公の友として名前の挙がっていた人物だ」

 

 

 確かに俺は火の無き灰であり、最後の薪の王だ。

 だが、その名前に意味は既に無い。火の時代は終わりを迎え、新しき神々の時代を超えて今や人間達の時代なのだから。

 

 

「俺が薪の王だとして、何が聞きたいんだ?」

「そうだね。キミは寂しくはないのかい? いつも最後にはたった一人の人間になる。私がそうなったとしたら、きっと耐えられないだろう。人間は皆そういうものだよ。孤独は人にとって、少し冷たすぎる」

「まあ、確かに人間には孤独っていうのは耐えられないものだ。俺もそうさ。でも──ネロやタマモ。彼女達のような美しい輝きを放つ人々に出会えた。

 今で言えば、そうだな。やはり君達カルデアの人々だな。皆と笑って精一杯生きた。その思い出があれば俺は寂しくはない」

「そう、か。うん、ありがとう」

 

 

 彼は穏やかな顔でそう言った。

 満足の行く回答であったのであれば幸いだ。少し気恥ずかしいものではあるが。

 

 

「それで、聞きたいことはそれだけか?」

「ああ、いや。後二つ聞きたいことがあるんだ。まずは一つ目。キミは、一人の人間が身を捧げて世界を救うことをどう思う?」

 

 

 一人の人間の犠牲の上で成り立つ世界か。

 それは救いではない、と俺は思う。勿論それは綺麗事で、理想論だ。世界はそんなに優しくない。

 でも理想も語れなければそれこそ終わりだとも思う。

 

 

「そんなの決まってる。世界を救った人間がその後の平穏を享受できないだなんて、馬鹿げた話があってたまるか。例え綺麗事だ、理想論だと言われたとしても俺は意見を曲げる気はない」

「ふむ、いいじゃないか。私は嫌いじゃないよ。綺麗事だなんだとよく言われるけど、それで終われるのが一番なのだからね。それじゃあ二つ目。この人理修復の旅が終わったとして、キミはどうするんだい?」

 

 

 この旅が終わったらとは、レオナルドも思い切った質問をするものだ。

 まだ始まったばかりなのに終わった時の事を考えることになるとは思いもしなかったが、そうだな。この旅が終わったら──

 

 

「君たちが居なくなる、その瞬間までカルデアに残るよ。俺にとって君たちは既に特別な存在だから」

「……そうか。私たちはそんなにもキミにとって……。うん、私からは聞くことはもう無いよ。所長やロマニにこってりと絞られてくるといい」

 

 

 そうか、そうだよな。

 本心を話していて忘れていたがこの後地獄が待っているんだった。ちくしょう。

 

 まあでも、彼に言って改めて決意できた。

 カルデアの皆は誰も欠けさせない。それが例え欠ける運命にあったとしても。

 今を生きる彼らには笑って、精一杯人生を生きて、次に繋がる何かを遺して欲しいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──だってさ、ロマニ。キミが消えたらきっと、彼は悲しむ。だから少しくらい抗ってみてもいいんじゃないか? 運命(フェイト)って奴にさ」

 

 

 

 

 

 



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幕間の物語:タマモピクニック

日常回。


「燦々と輝く太陽! 涼やかなそよ風! その風にのり香る草花の匂い! テンションあがりますねご主人様っ!」

 

 

 タマモが楽しそうで何よりです。

 

 俺達は今、フランスの地へとレイシフトしている。

 そう、タマモが新婚旅行の候補地の一つだとか言っていたあのフランスである。タマモとあの時話していたとはいえ、流石に1431年ではなく現代である。

 あるのだが、特異点の修復を終えたばかりで何をしてるんだお前はと言われてしまえば何も言えない。

 

 そもそも現代──とはいっても少しばかり過去に遡ってはいる──にレイシフトなんぞ出来るのか、だと? 俺もそれは思った。でも出来た。出来てしまったのだ。つまりはそういうことだ。

 

 

 レオナルドの話を終え、ロマンとオルガの説教地獄を乗り越えた俺はフランスへのレイシフトの許可を得た。勿論目的は話してある。タマモの望んだことだから、と言えば普通に「いいよ、行っておいで」と言われた。拍子抜けである。

 そしてタマモにとって最大の障害であろうネロだが、それはもう当然のごとく遭遇した。俺を探してたみたいだから仕方ないな。

 

 タマモには悪いと思いつつもネロにどこへ行くのかと聞かれたのでタマモとフランスに行くことを伝えると、これまた意外なことに「そうか、では気をつけて行ってくるがよい」と言われた。曰く、「キャス狐にもたまには譲ってやらねばな?」だそうだ。

 てっきり着いて来るのかもしれないと思っていた俺からすれば仰天ものである。

 

 まあ、その後でしっかりと「帰ってきたら次は余の番だ」と言われたが。場所も何をするのかもまだ聞いてはいないのでせめて楽しみにしておくとしよう。

 ところで、彼女は昔の日本であるのならば兎も角、現代のフランスともなると当然だが狐耳に尻尾、さらに露出の激しい和装で極めつけに美女とも来れば目立つ。それはもう目立つ。話しかけられない訳がない。

 

 なので現在の彼女の服装はピンクと白のストライプ模様のパーカーに黒のホットパンツ、さらにはニーソックスと現代衣装である。呪術で俺以外には耳も尻尾も見えないし触れても気付かない素敵仕様となっている。一体どういう仕組みなのだろうか。

 そんな現代衣装で馴染むと豪語していた彼女だが、実際はどうだろう。

 

 

 かなりの視線を集めて目立っていた。目立つに決まっている。目立たないわけが無い。

 彼女は自分の容姿を良く見たほうがいい。

 

 

 さて、かなり目立っていて視線を集めていると言うことは置いておいて、此処フランスへ何をしにきたのかと言えばピクニックである。

 

 そう、ピクニック。あのピクニックだ。二人で。

 決して新婚旅行ではない。

 

 

「楽しそうだな」

「ええ、それはもう! ご主人様と二人っきりでピクニック、もといデートですよ、デート! それを喜ばずにいられるでしょうか!?」

 

 

 何度でも言おう。

 タマモが楽しそうでなによりです。

 

 本人の感情に反応してか、ぴこぴこと動く狐耳にふりふりと揺れる尻尾。彼女の全力で感情を表現するその様は見ていて実に微笑ましく、また愛らしいとも思う。これが癒しか。

 

 

「さあご主人様! パリに到着ですよ!」

 

 

 こんな笑顔を見られるのならレイシフトした甲斐があったというものだ。

 そんなことを考えながらご機嫌ですと言わんばかりの彼女の手を取った。まだ昼食には少しばかり早い。まずは街を見てまわるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 そうしてやってきたのはパリに存在する服屋だ。洒落たな曲も流れていて雰囲気も悪くない。店主のセンスが伺える。

 そして何といっても目を見張るのはその品揃えだ。これは例え男性であろうと女性であろうと選ぶのに時間が掛かること間違いないだろう。

 

 

「凄いですねえ。どれもこれもいいものばかりで迷ってしまいますね」

「良いと思ったものを選んで試着したらどうだ?」

「じゃあ、これを。少しお待ち下さいましね?」

 

 

 彼女は取り敢えずは一着、と言って試着室へと消えていった。彼女であれば様々なものが似合うだろう。非常に楽しみである。

 

 

「どうですかご主人様! 似合ってます?」

 

 

 速い。いくらなんでも速すぎではないだろうか。

 そう思って見てみれば彼女は丈の長いパーカーを着ていた。成る程、着ていたパーカーを脱いで着るだけなのだから速いのも当然か。

 

 さて、肝心の感想だが。

 

 

「似合ってるな。可愛らしくていいと思うぞ」

 

 

 大変月並みな感想だが仕方あるまい。実際似合っているし可愛らしいのだ。

 

 女性としてはやや大柄な彼女ではあるが、やはりそれでも可愛らしい女性の域を出ない。

 そんな彼女の肩から太ももまでを覆う白いパーカーは大変似合っている。控えめに言って最高だ。いいぞもっとやれ。

 

 

「ではこれと後一つ、夏にビーチにでも出かける事があるでしょうし、丈の長いシャツでも買っておきましょうか」

 

 

 彼女はひょっとして丈の長いものが好きなのだろうか。

 別に構わないが。寧ろ似合っているしどんどんやってくれて構わない。

 

 と、そこであるものが目に入る。それを目にした瞬間ピンと来た。タマモ風に言うと尻尾にピーンと。

 これは今の服装であっても、普段の和装であっても似合うに違いない。

 

 よし、これは彼女へのプレゼントにしよう。そうとくれば彼女には内緒にしておきたいものだが。

 

 

「タマモ、代金は俺が出すから先に戻っててくれないか?」

「みこっ? ええ、分かりました。では先に戻ってますね」

 

 

 上手くいった。少し不思議そうな顔をしたものの、素直に店から出て行ってくれた。彼女が出てくれなければ失敗するところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 サプライズプレゼントのような何かを選んでから暫く時が経って現在は大体正午から一時間ほど過ぎた時、つまりは午後一時位だろうか。

 あれから特に何処へ行くでもなく、パリに存在するとある森林公園をただ自然を眺めつつゆったりと歩き、たわいの無い話をしていた。彼女とこうしてただ穏やかな時を過ごす時間は今まであまり無かったように感じる。

 

 

「そろそろお昼にいたしましょうか?」

「そうだな。時間帯的にもちょうどいいだろう」

 

 

 あらかじめ持参していたブルーシートを敷いてその上にタマモが弁当を広げる。

 中身はタマモの得意とする和食だ。

 

 

「はい、ご主人様、卵焼きですよ。あーん」

 

 

 そしてそれが当然と言わんばかりに卵焼きを箸で取り、俺の口へ持っていく。所謂ところの「あーん」である。

 かなり気恥ずかしいものではあるが、彼女の楽しそうな顔を見ると断れない。大人しく口で受け取ることにした。

 

 

「どうですか?」

 

 

 数回咀嚼すれば卵の甘みがこれでもかと広がる。

 卵焼きはシンプルに卵を焼いて巻いたもので、料理をする人間であれば出来て当たり前のものである。

 余程変な調味料を入れたりしなければ失敗することはなく、美味しい卵焼きが出来上がる。

 なのでこの卵焼きも例に漏れず美味しい。だが、彼女が作ったという一点においてそれは普通の卵焼きを凌駕する。隠し味に愛情とはよく言ったものだ。

 

 

「とても美味い。流石タマモだな」

「やぁん照れますよご主人様ったらぁ」

 

 

 頬を赤く染めて言うタマモはとても可愛い。

 これは俺も「あーん」をするべきだ。やるしかない。

 

 そういった謎の使命感に駆られた俺は卵焼きを小さく切ってタマモに差し出す。

 

 

「ほらタマモ、あーん」

「みこーん!? ご、ごごごごご主人様の『あーん』ですって!? 何というレアな光景、何という幸せなシチュエーションであることでしょうか!?」

 

 

 確かにこういったことは普段あまりしない。というよりもほぼやらないのだが、今は別だ。今の俺は絶対タマモ可愛がるマンと化しているのである。

 暴走しているのかと言われれば否定は出来ない。

 

 

「君が作ったものだし味は分かってるとは思うが、どうだ?」

「美味しいにきまっていますとも! ご主人様の『あーん』なんてネロさんですら体験していないであろう至福の時なのですよ!? それを! 今! わたくしが世界でただ一人味わったのですよ!?」

 

 

 ちょっとそれは大げさすぎるのではないだろうか。

 やってほしければいくらでもやるが。

 

 そう言ってみれば「これ以上は危険。依存性がある」という言葉が返ってきた。

 聊か失礼だと思うのだが。誰が煙草や薬物か。

 

 等と下らない会話をしつつも箸は進んでいき、あっという間に弁当を空にしたのだった。

 入っていた品についてだが、心身ともに満たされる素晴らしいものであったといっておこう。

 

 

「……ん?」

 

 

 食休みにのんびりとした時間を過ごしていた俺とタマモであったが、此処でポケットの中に入れていた端末が震えた。

 何事かと見れば一通のメールが届いていた。差出人はオルガだ。

 

 メールを開けば『第二特異点の観測が終わったからお楽しみのところ申し訳ないけど戻ってきて』と書いてある。

 

 

「オルガが戻って来いだと。なんでも第二特異点の観測が終わったそうだ」

「そうなのですか。この穏やかな時間が惜しいですが仕方ありません。行きましょうご主人様」

 

 

 そうだな、と返してレイシフトの準備をしてもらうべく連絡を取ろうとするが、ここで忘れてはいけない。彼女には渡さなければならないものがある。

 

 そう、あの店で買ったプレゼントである。

 彼女にそれを渡すべく声を掛ける。

 

 

「タマモ」

「はい、なんでしょうか?」

「これ。君に似合うだろうと思って買ったんだ」

 

 

 彼女に手渡したのは白いマフラー。

 もこもこである。もこもこなのだ。

 

 もこもこだと強調はしたが、決してそれは派手ではない。寧ろ少し控えめですらある。邪魔にならない程度のもの、と言えばいいのか。

 勿論普段の和装に似合うだろうと思って買ったものだが、普段から胸元から肩にかけて露出している彼女が肌寒さを感じぬようにという配慮をした結果でもある。

 

 

「わあ……! これ、いただいてもよろしいのですか……?」

 

 

 寧ろ貰ってもらわないと困る。他でもないタマモの為に買ったものであって自分で使うために買ったのではないのだ。

 そう言えば彼女はその端正な顔をまるで咲いた花のごとく綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、ご主人様」

 

 

 

 

 

 

 そしてその綻ばせた表情をそのままに礼を述べる彼女はとても綺麗なものであった。

 

 

 

 

 

 




この話を書いたことについてですが反省も後悔もしていません。若さゆえの過ちだと思って見逃してください(?)


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幕間の物語:皇帝と大空洞へ

 

 

「第二特異点の舞台は古代ローマ」

 

 

 タマモとのピクニックから帰ってきて早々に言い渡された言葉がこれである。嫌な予感しかしない。今回は俺は行かなくてもいいだろうか。真顔でそう伝えてみたところ、「は? お前何言ってんの?」という絶対零度の視線を頂いた。

 そうだな。まだ決め付けるのは気が早すぎるというもの。まだネロが統治していた時代とは決まっていないのだ。一か八かで行ってみるしかないか。

 

 

「いつ出発するんだ?」

「それがちょっと転移座標の固定に難航しててね。確実なレイシフトのために一日から二日くらい掛かるかもしれない」

「了解。ネロ、ちょっといいか」

 

 

 もしネロの統治している時代だと非常に面倒な事になる。主に俺が。

 なので彼女には申し訳ないが待機を告げることにした。

 それを伝えたところ案の定ネロは「余を置いていくとは何事だ!? まさか浮気か!? 浮気なのかぁ!?」と言っていた。何故そこで浮気に繋がったのか不思議で仕方が無い。断じて浮気ではないし、そもそもその浮気相手として浮上する人物が過去の自分である点についてはどう思っているのだろうか。

 

 

「こうなれば仕方あるまい……! 奏者よ、少し待っているがよい! 名案があるゆえな!」

 

 

 そういって彼女は消えていった。

 一体何をしようとしているのだろうか。まあ、彼女のことだ。何かしら装飾品をつけて見分けのつくようにするだけの可能性もあるかもしれない。

 

 

「フッフッフ! どうだ、これで大丈夫であろう? これぞ花嫁衣装にして女の戦闘着、戦闘花嫁衣装である!」

 

 

 割と失礼なことを考えつつも、あまりにも速かったので仮面でも着けたのかと思い振り返ると、そこにはまさかの純白の花嫁衣装を纏ったネロの姿が。早着替えにも程があるのではなかろうか。

 それはそれとしてこれはいいものだ。いつもの真紅の薔薇を彷彿とさせる色合いに黄金の意匠を凝らしたドレス姿も彼女に良く似合っていていいものだが、これはこれで素晴らしい。純白の花嫁というのはこうも美しいものなのかと感動すら覚える。

 

 これでもかと褒めちぎっておいて言うのもアレだが、違う、そうじゃないと声を大にして言いたい。

 言いたいのだが、まさかの花嫁衣装と何だか自信満々な彼女を見てどうでもよくなってきた。もうどうにでもなれ。

 所謂ところの思考停止である。

 

 

「分かった。何が君をそうまでさせるのかは分からんが分かった」

「おお、やはり奏者は話が分かるなっ! よし、では冬木の大空洞まで行くぞ!」

 

 

 いや、話は分かっていないが。何がよしなのだろう。

 

 確かにタマモとのピクニックから帰ったら彼女に付き合うとは言った。

 

 それにしても何故行き先が大空洞なのだろうか。

 そう聞けば「行ってからのお楽しみだ!」と返ってきた。ついでに俺が武具の強化に使っているものを用意してくれとも言われた。

 

 これではお楽しみも何もあったものではないと思う。彼女は恐らく愛剣である"原初の火"の強化でもするつもりなのだろう。

 とり合えず契石の欠片、大欠片、塊、原盤の各種素材を適当に持っていくとしよう。

 

 入手したはいいものの強化するものがなく腐っていたところなので消費するのにちょうどいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロマンに声を掛けてレイシフトを行い、冬木の大空洞にやってきた。やってきたと同時に手にしていた"アルトリウスの大剣"を即座に没収された。ダメだ、理解が追いつかない。アレか、素手で戦えと申すのか。此処にも敵は居るのだけれど。

 

 混乱しつつも理由を聞いてみれば、俺の大剣も彼女の剣のついでに打ち直してくれるらしい。使っていた素材を持ってきてくれ、というのはそのためなんだとか。しかしあの大剣は既に限界まで強化してある。その辺りどうなるのだろうか。やりすぎて壊れたりしなければいいが。

 そしてアルトリウスの大剣のデザインについてだが、「これはあまりよくない、よし、原初の火と同じデザインにしよう! うむ、そうしよう! お揃いだな!」と満面の笑みを浮かべて彼女は言っていた。アルトリウスは泣いてもいいと思う。

 

 俺としては割りと悪くない、寧ろシンプルで洗練されたデザインに見えるが彼女のセンスではそうはいかなかったらしい。

 

 それはさておき、彼女が剣を打ち直すのに此処、冬木の大聖杯を選んだ理由だが、良質な魔力が豊富であるために鍛冶場としては最適であるのだとか。

 鍛冶の技術についてはあまり詳しくないので良く分からないが、彼女の愛剣は彼女が自ら作り出したもの。あの名剣を作った彼女が言うのだからそういうものなのだろう。

 

 彼女が此処を鍛冶場として選んだ理由は理解したし、納得もした。

 

 

「流石に少し疲れてきた……!」

 

 

 だからと言って山ほど敵が居る最中、「無防備になる余を頼むぞ!」というのは如何なものだろうか。

 

 斬り捨てても斬り捨ててもわんさか湧いてきてキリがない。

 此方は一人なのだからすり抜けてネロを狙うなりする輩も出てくるかと思い身構えていたものの、そのような敵は出現せずそれどころか寧ろ率先して俺を狙ってくる始末。空気を読みすぎではなかろうか。

 ネロをあまり気にせずに済むために都合がいいといえば都合がいいので何ともいえない微妙な心持ちである。

 

 因みに使用している武器はハルバード。振り回せばまとめて吹き飛ばせ、振り下ろせば敵を両断し、そのリーチを生かして刺突も出来る優れものである。もっとも、竜狩りの槍や剣槍など強力な長物の影に隠れがちであるのだが。

 

 

「うーむ……。完成したものの、何かが足りない。やはりここの微妙なカーブがイマイチとみた。よし、決めた! 一からやり直すことにしたぞ!」

「えっ」

 

 

 何を考えているんだこの皇帝は。

 いや、そのプロ根性は素晴らしいものではあると思うが。ローマへのレイシフトで気合が入っているのは分かるが少し落ち着いて欲しい。

 

 しかしこうなった彼女は止まらないし止まれない。こうなったらとことん付き合うしかあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、元気良すぎるだろう此処の敵。減っている気がしない」

 

 

 あれから一向に減っている気がしない敵は正に一匹居たら三十は居ると思えという有名な話もあるあの黒い悪魔のごとく。

 無駄に洗練された気持ちの悪い動きをしながら近付いてくるのはやめて貰いたい。その動きに合わせて動くのでかなり疲れてきた。

 

 

「し、しまった! 余としたことがこんな初歩的なミスを! 余と奏者の名前を、こう、傘の下に並べて刻むの失念してしまったではないか!」

「アイアイ傘!?」

「だがギリギリで気がつくとはやはり持っているな、余! よーし、また一からやり直そーう! 盛り上がってきたな、奏者っ!」

「何で一から!?」

 

 

 一体お前は何を考えているんだ。

 思わずそう真顔で言いそうになったが何とか堪える。

 落ち着け、俺。何が盛り上がってきたのかなど気にしてはいけない。ツッコんだら負けだ。

 

 

「安心して欲しい、奏者よ。次こそ至高の一品を仕上げてみせるが故な!」

 

 

 どこをどう安心しろと言うのか。

 名前を入れ忘れただけで一からやり直し、さらにはこれまでで既に六回失敗した人間の言う台詞では無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな! 試作再考を重ねること七回、ここに新たな剣が誕生した!」

 

 

 ついに。

 ついに完成したのだ。此処まで長かった。

 まさか彼女のプロ根性が此処までのものだとは思いもしなかった。恐るべし、薔薇の皇帝。

 

 

「余の愛剣である原初の火(アエストゥス・エストゥス)はそのままに、対となる奏者の剣の名はフェーヴェンス・アーデオ! この大空洞にちなみ、燃え盛る聖なる泉とした!」

 

 

 普段は真紅の刀身である彼女の愛剣だが、今は純白の花嫁衣装を着ている彼女に反応しているのか何故か刀身は白色に変化している。

 そんな空気を読んで白っぽい刀身に変化している原初の火と同じデザインでありながら、その刀身は深淵のごとく黒く、所々に金の意匠が見受けられ、それでいてどこか神聖な雰囲気すら放っている。かつての面影など綺麗さっぱり無くなったその剣の名は燃え盛る聖なる泉(フェーヴェンス・アーデオ)というらしい。

 アルトリウスには申し訳ないが彼の剣の面影どころか名前すら綺麗さっぱり無くなっていた。本当にすまないと思っているが彼女のあの褒めろといわんばかりの満面の笑みで許して欲しい。非常に可愛いと思う。

 

 

「ありがとうな」

「そ、そうであろう? もっと褒めるがよい!」

 

 

 その褒めろといわんばかりの笑顔を見て思わず抱きしめて褒めちぎりたくなるが、そこは耐えて髪を乱さない程度に撫でるに留めた。

 俺は自制の効く男なのである。多分。

 

 

「奏者、もっと近くによって見よ」

「んん? こうか?」

 

 

 ネロに肩をちょんちょんとつつかれた。

 何かあるのだろうか。

 言う通りに近付いてみるとネロに思いの外強く引っ張られた。

 

 

「もっと近く!」

「いや、近すぎるのでは」

「そうか? 余としてはまだまだ物足りぬのだが」

 

 

 最早密着と言っていい距離感でもまだ物足りないと言うのかこの皇帝は。

 いや、別にいいのだが、決して武器を見るための距離感ではないだろう。そこまで密着するのはまた別の機会にとっておくべきだ。

 

 

「それは兎も角、ここだ、この柄の部分に注目して欲しい。美しい文字で余と奏者の名前が刻まれているであろう?」

 

 

 成る程、確かに俺とネロの名前が刻まれている。ご丁寧に見た目の雰囲気を損なわない程度にアイアイ傘にもなっていた。彼女のそのセンスと技術は一体何処から出てきているのだろうか。非常に気になるところではある。

 

 それはさておき、ネロから剣を受け取り軽く振るってみる。完成したはいい。が、使ってみて自分に合わないなどとんだお笑いでしかないからだ。確認は大事。

 

 見た目からして割と重そうではあったのだが、それに反してかなり軽い剣は凄く手に馴染む。

 元が長く使ってきた剣であるとはいえ、デザインも重量も全てが違う別物になっている筈なのだが。何とも不思議な気分である。

 

 

「重さが消えた分今までよりも手数を増やせるな。これはいいものだ」

「ふっ。まあ、余が鍛えた剣だからな、それくらいは造作もない」

「これからの戦いで役に立ってくれそうだな」

 

 

 少なくとも攻撃後の隙を狙われて死ぬ、ということは減りそうだ。

 その癖リーチもそこそこにある。これは大幅な強化と言っても差し支えないだろう。

 

 

「うむ! ではカルデアに戻るぞ、奏者よ」

「そうだな」

 

 

 端末でロマンに「用事が片付いたので戻る」と送信しておく。これでもうじきレイシフトが始まるだろう。

 

 

「しかし、余も流石に少し疲れた。疲れを癒すためにそ、添い寝とか、どうであろうか? どうであろうか!?」

 

 

 そんなに強調しなくても聞こえているので心配しないでほしい。

 

 しかし、普段全力で好きだとアピールをしてくる彼女が自分から誘っておいて照れているとは珍しい。。

 ただそれだけなのだが、それは俺に多大な衝撃を与えた。新鮮すぎる。俺から何かを言ってあの状態に陥ることはあるのだが、まさか自爆するとは。

 

 だが破壊力は抜群である。思わず無言で頷いてしまった。だが仕方あるまい。これは不可抗力というもの。

 

 

「な、なんとぉ!? そんなに真剣な顔で頷かれるとは思ってもいなかったぞ……! うむ、しかし言質はとった」

 

 

 不可抗力、なんだけどな……。でも仕方ないよな……。

 レイシフトによる視界の暗転が始まった時にはそんなことを考える俺であった。

 



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第二特異点
空からこんにちは、古代ローマの地


お気に入りが400件突破。
驚きのあまりソウルをロストするところでした(?)


 

 俺は今、レイシフトを経て古代ローマの時代へとやってきている。

 恐らく、多分、きっと。

 

 

 何故断定出来ていないのかといえば、ロマンに「もしかしたら変なところへ転送しちゃうかも。そうなったらごめん」とかなり不安を煽られたからでもあるし、さらにいえば──

 

 

「高いところはダメなんだよおおおおおお! 落下死! 落下死するからあぁぁぁ!!」

 

 

 この通り空を落ちているからだよ!

 

 古代ローマの地を空から眺めたことなどないし、さらに打ち付けられてミンチになること必至のこの高さ。神は俺に恨みでもあるのだろうか。喧嘩を売られているのであれば全力で買うが。遠慮なくぶっ飛ばさせてもらおうか。

 それにしても、転移座標の指定も安定し、余程変な要因が無ければ確実に目標座標へと転送されるだろう、と彼らが自信満々に言ったからオルガがゴーを出しレイシフトをすることになったのに、まさかパラシュートなしのスカイダイビングをするハメになるとは。

 やはり神をぶっ飛ばす他あるまい。おい、早く出て来い神。ぶっ飛ばしてやる。

 

 というか何が「変なところに転送しちゃうかも」だ。

 不死人も吃驚な場所にしっかりと転送されている。覚えていろロマン、いつかお前も同じ目にあわせてやる。

 

 そんな決意を新たに叫びながら落ちていると何だか見覚えのある、というかありすぎる人間を先頭に、これまた見覚えのある槍や剣を持った兵士達の姿が小さいながらに見えた。

 どうみてもこの時代に生きたネロにローマ兵だ。どこかに遠征でもする道中なのだろうか。だとしてもそんな武装をする必要があるのかといいたい。この時期、大きな戦闘は無かったはずだが。

 

 等と考えているがこの瞬間、ネロ・クラウディウスが皇帝として君臨していた時代であることが確定している。頭が痛い。

 

 

「……あっ」

 

 

 絶望しつつも間抜けな声を出してしまった。だが仕方あるまい、途轍もなく不味い事に気がついてしまったのだ。

 

 何が不味いかといえば、このまま落下すれば下の一行達に直撃するというのが不味い。どう考えても地獄絵図が展開される。

 具体的に言うと人間のミンチが複数出来上がるのだ。

 果てしなく嫌ではあるのだが、俺はミンチになろうと復活する。だがこの時代に限らずとも普通の人間にはそんな超人じみた人間は居ない。いや、シモンという魔術師は首を切られても復活したりしていたが、アレは魔術師なので例外中の例外だ。

 

 話は逸れたが、早い話俺だけがミンチにならなければならない。

 

 なので俺は力の限り叫ぶことにした。

 

 

「そこを退けえええええええええええええ!!」

「──陛下! 空から人が!」

「た、退避せよ! 助けてやりたいがこれは致し方のない犠牲という奴だ!」

 

 

 一行が俺に気付いたのか、空から人が降ってくるという前代未聞の怪奇現象に慌てふためきながらも退避を開始する。それでいい。死傷者がでなさそうで何よりである。

 まあ、これから一人ミンチになり、さらには再生して復活するとかいうホラーな出来事が起こるわけだが。一般人なら発狂間違いなしの場面である。

 

 半ば自棄になりつつも現実逃避をしていれば地面はもうすぐそこというところまできた。

 

 

 

 

 ──ゴシャリ。

 

 

 

 

 そんなありとあらゆるモノがが粉砕された音が聞こえたと同時に俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロマニ」

「いいえボクは何もしてません」

「ロマニ」

「何故か、彼の座標だけ狂いに狂ってああなったみたいです。誰かのミスだとかそういうのでもないし、本当に分かりません。だからその視線をやめてください所長」

「……はぁ。アルスじゃなかったら大変なことになってたところね」

「いや、十分に大変な状況ではあるだろう、これ。流石の私も微笑みを崩して真顔になるくらいにはね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──酷い目に遭った。

 デュラハンのような状態になっていないだろうかと心配になるくらいには首が大変なことになったし、全身の骨は粉砕されて内臓も悉く破裂した。かなりスプラッタな光景になったことは間違いない。

 首周りが大変なことになっていないかを確認しつつも起き上がる。

 

 

「だ、大丈夫か?」

「いつものことだから大丈夫だ」

「いつもそのようなことになってるのか!?」

 

 

 実際なっている。いや、ここまで酷いことになるのは稀ではあるが、よく死ぬ。本当にどうでもいいところで無駄に死ぬし、気を付けていれば死なないところで死ぬ。悲しきかな、不死人とはそういうものなのである。

 

 

 さて、それは兎も角として、俺だけではあるがこうしてネロと接触できたのはいいことだろう。ネロ以外の皇帝であれば最高だったのだが。現実とはいつも非情である。クソッタレが。

 等と考えていると、ネロが俺の顔をまじまじと見つめていた。頼む、気付かないでくれ。そして出来ればこの特異点が終わるまでそのままでいてくれ。気まずいから。

 

 

「ん? んん?? アルス? まさかアルスではないか!?」

「人違いです」

「その余を前にして白々しくバレバレな嘘を吐く辺り本物だな!?」

 

 

 ダメだ、やはりバレていた。

 諦観に塗れながらも周りを見てみれば何故かローマ兵に包囲されていた。それを見て満足げに頷くネロ。

 

 ──ちょっと待て、一体何をするつもりだ貴様ら。凄く、凄く嫌な予感がする。

 

 ジリジリと近寄ってくるローマ兵を牽制しつつもどうするべきかを考える。

 

 ローマ兵をぶっ飛ばして逃げる──ダメだ、全方位を囲まれている。

 ネロをぶっ飛ばして逃げる──ダメだ、それはダメだ。何がという訳ではないがダメだ。ただでさえこの時代の俺は肝心な時に傍に居なかったのだ。確実に俺の心にダメージが入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふむ、成る程。──詰みだ。

 

 

「確保おおおおお!!」

「いや待って逃げないからやめっ、まっ、やめろォ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──酷い目に遭った。

 何だかこの下りも二回やっている気がするが気にしてはいけない。とにかく酷い目に遭ったのだ。

 何が悲しくてむさ苦しい男共に圧殺されかけなければならないのか。見ていて気持ちのいい絵面でもないのでやめろと声を大にして言いたい。言った。

 

 全く聞いてもらえなかったが。理不尽ではなかろうか。

 

 

「全く、余を寂しがらせる等あってはならぬことだと言うのに」

「それについては本当にすまないと思っている」

「うむうむ、こうしてまた会ってくれたのだ、それについてはあまりとやかく言わぬとしよう」

 

 

 さて、現在何をしているのかと言うと、ネロが戦いに出るのだと言うので同行している。

 戦い、と聞いて周囲を見てみれば現在地は街への入り口に程近いところだった。空から見て街に近い場所だとは思っていたが、見覚えのある街であるとは思ってもいなかったために少々驚いた。

 

 ネロが率いていたローマ兵は誰も彼もが歴戦の戦士といった雰囲気を醸しだしている。彼らなら多少は無茶をしてもピンピンとしているに違いない。

 

 ……少し待て、これはおかしい。

 こんな編成の部隊を率いて街の門前で戦うなんてことは無かったはずだ。成る程、今回の特異点に入って早速異常が見つかった。どういった事情になっているのかを把握するためにも同行する選択肢を取る以外はあり得ないだろう。

 

 そんなことを考えているとどこからともなく雄たけびが聞こえ始める。

 それは戦いになると聞こえる特有の叫び声。幾人もの人間達の咆哮が重なった結果、地を揺らすほどですらある。

 

 

「──来た! ゆくぞアルス!」

 

 

 ネロが目を細めて高らかに戦いの始まりを告げる。

 こちらの倍どころか数百倍は居るであろう軍隊が見える。その軍が掲げた旗は真紅と黄金の意匠のモノ。そしてローマにて特に好まれていたモノといえば、ずばり「真紅と黄金の意匠」である。

 

 つまりアレは──

 

 

「ローマ、だと……!?」

 

 

 そう、ローマの軍勢である。

 

 

 あり得ない。あり得て良い筈がない。

 

 まだネロ危急の年ではないはずだ。

 なのにあの意匠の旗を掲げて皇帝であるネロに向かって戦いを挑むあの軍は一体なんだというのか。謀反か、それともまた別の要因か。

 

 

 ……いや、考えるのは後、か。

 

 此処は既に特異点となっているのだ。

 であれば、俺の知らない事が起こっていても不思議ではない。寧ろこのくらいは想定していて当たり前の事態ですらある、と言えるのかもしれない。

 

 今はこちらの被害を最小限に抑える努力をするべきだ。手加減なしでぶっ飛ばす。

 

 

「うおおおおおおおおおおお!」

「うるさい」

 

 

 多少混乱してはいたが、背後から襲い掛かってきたローマ兵(仮)をアルトリウスの大剣(元)で冷静に吹き飛ばす。

 うん、素晴らしい。軽いが故に少し威力は落ちるだろうが、それでもこの身軽さは魅力的だ。全くいい仕事をしてくれたものだ。アルトリウスに会うのが怖い。

 

 

「ああああああああああああ!」

「やかましい」

「死ねええええ!」

「お前がな」

 

 

 何だかやけに叫びながら襲い掛かってくる輩が多い。後ろから狙うのであれば黙って狙えばいいものを。

 音を出して気付かれてしまえば不意を突こうにも突けないだろうに。馬鹿じゃなかろうか。

 

 それにしても弱い。ただの人間を相手にしているのだからこのくらいはやって当然だが、これでは理性の無い亡者の群れの方がまだ相手のし甲斐があるというもの。

 奴ら、理性を無くしているくせに人海戦術を取ったり一人囮になったりするなど絶対理性あるだろ、といった行動を取ってきたりするのだ。

 

 

「しかし、キリがないなこれは」

「うむ、しかしこのまま行けばこちらの勝利は確実だ。気を緩めずに行こうではないか!」

「……ああ。そうだな」

 

 

 ネロと肩を並べて戦う。

 この時代では大規模な戦闘が無かったのもあり、終ぞ無かったそれは俺の心を震えさせる。

 

 ──何故、あの時彼女の隣に居てやれなかったのか。

 

 それは俺が表舞台に上がるべきではないと勝手に断じていたからだ。

 彼女にとって俺は、共に生きる一人の人間でしかなかったというのに。

 

 世界は俺如きが居たくらいでは結末を変えることはない。結末を変えるのであれば、それに見合った対価が必要なのだ。

 そんなことにも気付かずに俺は彼女の最期を看取るだけに留まってしまった。

 

 

「……全く。救いようがない、とはこのことだな」

 

 

 襲い来るローマ兵を蹴散らしつつ、俺はそんなことを考えるのであった。

 

 

 



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帰還

 自己嫌悪に浸りつつもローマ兵(仮)を蹴散らしていると、どこからともなく藤丸達がやってきた。

 無くても良かったとはいえ、多数を相手に立ち回るのは疲れるので助かった。

 

 しかし、ローマ兵に混じって襲い掛かってきた英霊には驚いた。

 

 

 いや、敵がローマ兵の姿をしている時点で気付くべきだったのか。

 襲ってきたのはカリギュラ。嘗てのローマの皇帝であり、ネロの伯父にあたる人物だ。

 

 晩年には狂気に侵され、凶行を繰り返したことで名を残している。寧ろ、カリギュラと言えばネロの伯父ということよりもそちらの方が先に思い当たる人の方が多いのではないだろうか。

 ネロに接する彼の姿はただの優しい伯父であったのだが、人間とはやはり分からないものだ。

 

 

 だからこそ、人間とは面白い。

 こうして長くを生きて時代を追っていくに値するものだと俺は思うのだ。

 

 

 少し話は逸れたが、彼のクラスはバーサーカーだった。先程も書いたが、彼が狂気に飲まれたのがバーサーカーの適性を得る要因の一つとなったのだろう。

 素手で剣を弾き、怪力で叩き伏せようとする豪快な戦い方は正に狂戦士と言って差し支えないものだった。あれでは会話もままなるまい。

 

 

 そんな彼とも戦闘を行ったが仕留められず、惜しくも逃すことになったのだが、こちらは拠点の確保も出来ていないし深追いする必要は無いという判断を下した。

 その後も軽く戦闘があったものの、何かが起きるということもなく。

 

 現在はネロに連れられて首都へとやってきたところだ。

 

 

 それはいいのだが、そろそろこの光景にはツッコミを入れざるを得ないので入れさせてもらおうか。

 

 

「おいロマン」

『知らない。ほんっとうに知らない。レイシフトには何の不備もなかった。なのにこうなるだなんてもしかしなくても幸運Eなんじゃないか?』

 

 

 やかましい、誰がクー・フーリンか。

 

 

 しかし本当にそうなのかもしれないと思わざるを得ない。

 ロマンは確かにふわふわとしていてあまりにも頼りない雰囲気をしてはいるが、いざ実戦ともなると彼ほど安心してサポートを頼める人間は居ない。常に周りに気を配り続けるその器量は尊敬に値するものだ。

 他に居るとすれば、少なくともカルデアではレオナルド、オルガくらいのものだろう。彼らはロマンとはタイプこそ違うが、優秀なサポート要員だ。

 

 

『むうううう! 折角の花嫁衣装だというのに何故余は待機なのだー!?』

『セイバーさんは兎も角何でわたくしまで巻き添え食らってんですかねえ!?』

 

 

 だがそれでも文句は言わせて欲しいものだ。

 何故俺と契約した英霊が誰一人としてレイシフトしていないのか。

 

 どうやら神は余程俺のことが嫌いらしい。喧嘩ならいつでも買うので是非姿を現して欲しいものだ。

 

 

 さて、ここで今回のメンバーを紹介しておこうか。

 

 俺はジャンヌ、ジャンヌ・オルタの二人と契約したので今回は見送り、藤丸が今回のレイシフト前に召喚したのは三騎。

 アタランテ、エリザベート、それにジークフリートだ。

 

 見事にフランスで出会った英霊達が召喚されていた。

 縁が強すぎるんじゃないか、とまたも思ったが、俺はもう気にしないことにした。きっとそういうものなのだろう。

 

 今回この三名を連れてきている訳だが、藤丸とは一度よく話し合わないといけないのかもしれない。

 何故エリザベートを召喚してしまったのか。いつか彼女とネロのデュエットで死ぬ未来が見えるぞ。

 

 

「しかし、花嫁姿の余か」

『うむ、奏者の為に用意した究極の花嫁衣装だ。美しいであろう?』

「当然だ。しかして、その奏者、というのは?」

『余は天上の音を奏でる名器であり、それを奏でる者、即ちは奏者。そしてそれが過去の余の隣に居る……』

「成る程、アルスのことであったか! うむ、それならば納得だ!」

 

 

 そう遠くない未来のことを考えて絶望していると、ネロとネロが話していた。

 うん、字面だけで見ると何だか変な感じだ。

 

 

 しかし、こうして彼女達を見ていると思うことがある。

 

 

 ネロ、と呼べば二人とも反応するのではないかと。

 

 

 それは不便で仕方が無い。

 よし、この特異点限定だろうが少し考えてみるとしよう。

 

 

 花嫁衣装のネロか。……嫁ネロ。

 

 

 何だか俺の嫁だと言っているようで恥ずかしいな。やめておこう。

 此処は素直に英霊のネロはセイバー、此処のネロは普通にネロと呼ぶことにしよう。

 

 

 と、歩いているうちにローマの市街へと来ていたようだ。

 人々の活気に溢れた声が聞こえてくる。

 

 

「見るがよい、しかして感動に打ち震えるのだっ! これが余の都、童女でさえ讃える華の帝政である!」

「凄い活気だ……!」

「そうであろう、そうであろう。なにしろ世界最高の都だからな!」

 

 

 藤丸の言葉には激しく同意せざるを得ない。

 誰も彼もが笑顔で生活していて、現代では考えられないほどの活き活きとしたエネルギーが伝わってくる。

 これほどの活気で街が包まれているのも一重にネロの施した政策が上手くいっており、尚且つネロが名君として君臨できているということなのだろう。

 

 民達がネロを見かけたら笑顔で声を掛けているのが最たる証拠に他ならない。

 

 カリギュラの件でも言ったが、やはり人の時代はどうなるか分からないものだ。

 

 

「アルス。そなたもどうだ?」

「ん? ああ、頂こう」

 

 

 ネロから林檎を貰った。

 齧ってみれば甘い果汁が口内に広がって大変美味しい。藤丸達も疲れているだろうし、この甘さはよく効くだろう。

 

 

 そんなことを考えていると不意に店主と目が合った。

 特別な何かを秘めているわけでもない、どこにでもいる普通の人間の瞳。

 

 ただ、それは穏やかで、何とも優しげな。

 

 

 

 

 これは……何処か、遠い場所で見たような。

 

 

「……ッ」

 

 

 ギシリ、と身体が軋む感覚に襲われた。

 

 

 何かが。

 

 

 大切な何かが抜け落ちているような。

 

 

 そんな感覚だ。

 

 

「……どうかしたのか?」

 

 

 僅かに顔を顰めたのがバレたのか、ネロが心配そうな表情でこちらを見つめていた。

 

 その心配そうな表情を見て、心配を掛けたくないと思ったからなのだろうか。

 

 身体の調子は直ぐに戻った。

 少し目を瞑り、呼吸を整える。

 

 ……うん、大丈夫。先程の感覚は気のせいだ。きっと一度ミンチになったのが少し響いているのだろう。

 

 

 しかし、こんな感覚に襲われるとは。

 火の呪いが大分薄まってきているのかもしれない。気をつけないと。

 あまり生き返るからといっておいそれと死んでいられないな。

 

 

「いいや、なんでもない」

「……そうか。何かあったら言うのだぞ? 折角またそなたに見えることが出来たのだからな。

 ……もう、余を。

 ……私を。独りにしないでくれ」

「……ああ」

 

 

 彼女に笑いかけている民からしても、彼女は第五代皇帝のネロ・クラウディウスでしかないのだ。

 

 そんな民達と接してきた彼女が、ただのネロ・クラウディウスとして自分に接した人間を気に入らない筈が無い。

 それが自らの傍を離れて消えたというのだから、寂しがり屋な気質も持ち合わせている彼女としてこの発言は当然であるのだろう。

 

 無性に過去の自分を殺してやりたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、貴公たちのうち一名に総督の位を与えるぞ。それと、先刻の働きへの報奨もな。今夜はゆっくりと休むがよい」

 

 

 ネロの館へと招待され、ローマの事情の把握、こちらの目的を話すなど、情報の共有を行った。

 

 何でも、皇帝を名乗る連合がローマの各地で暴れまわっているらしい。

 あのカリギュラもそのようだ。

 

 

 自称とはいえ、皇帝を名乗るだけあってネロも対処に苦労しているようだ。

 連れて行けるのは精々数十名の手勢のみ。これではネロがいくら人間としては破格の力を持っているとはいえ、流石に厳しいものがある。

 

 相手に英霊が居るのであれば尚更だ。英霊のステータスにはEXからEまでのランクが存在しているが、Dランクでも人間に出せる最大の能力値なのだ。凡そただの人間が戦っていい相手ではないのは誰でも分かる。

 

 

『ところで皇帝陛下。レフ・ライノールという名前に聞き覚えは?』

「……れふ? いや、とんと聞かぬ。何者だ?」

「私達の時代の魔術師です。カルデアと、人類の全てを彼は裏切りました。」

 

 

 皇帝連合に関して溜息を吐いていると、話題はレフについてに移り変わっていた。

 

 

 カルデアと人類の全てを裏切った、とマシュは言ったが、それは違うのではないかと俺は思っている。

 彼は冬木でこう言っていた。

 

 "私は最初から我が王に忠誠を捧げていた"、と。

 

 であれば、その言葉の通りなのだろう。

 彼は裏切ってなどいないのだ。文字通り、カルデアに勤務し始めた時から彼が王と崇める者に忠誠を捧げていたのだから。

 

 まあ、このことは別に言わなくてもいいだろう。

 彼がこちらの敵であることには違いないのだ。

 

 

 彼が居るかもしれない。そんなもしもを考えたロマンからの提案もあり、俺達は前線に配備されることとなった。

 

 

 それから兵士達の報告があって、襲撃に来た敵軍の対処を行ったのだが、やはり重火器や兵器が主な武器となった現代とは違い、白兵戦を主として戦う時代の人間だからなのだろう。

 思ったよりも時間が掛かってしまいすっかり日も暮れてしまった。

 魔力の消費もあって藤丸の疲労もそれなりのものになってしまっている。

 

 

 敵襲と言う横槍があったがネロが楽しみにしていた宴は当然行われた。

 

 それはもう豪華なものだった。

 懐かしきローマの料理の味はいいものだ。懐かしすぎて涙が出そうになったくらいだ。

 

 しかし、現代で和食などを食していた身としては久方ぶりの衝撃だった。

 あの頃はあまり気にもしていなかったが、やはりローマは料理もローマだったと思わず呟くくらいには衝撃だった。

 

 何を言っているか分からない? 安心してほしい、俺にも分からん。

 

 セイバー曰く、『獣欲を掻き立てる様な、こう、肉! 油! どーんっ! といった感じ』らしいが。

 それだけを聞くと大変身体に悪そうな感じだがそれでいいのか、ローマ。

 

 

 

 

 さて、そろそろ眠るとしよう。今回はネロの厚意で部屋を与えられている。野営であれば周囲の警戒などするべきなのだが、こうしてゆっくりと眠れるときは眠っておくべきだ。

 

 しかし、皇帝連合か。

 今回の特異点もそれなりに大変そうだ。何事も無く終われるといいが。

 

 

 

 



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恐怖に包まれる

最近どんどん短くなっていっています。なんとかしなければならない、のかも。


「あれ……」

 

 

 見たことも無い景色、場所に藤丸は立っていた。

 

 確か、自分はネロ帝の厚意で部屋を与えられて、そこで寝ていたはずだけど、と考えて藤丸は手をぽん、と打った。

 成る程。マスターとなってからたまにある、サーヴァントの夢か。であれば、今回契約した三人の内の誰かの夢だろう。

 

 

 彼らの最期や苦悩を追体験するような形で視る夢は決して良いものではない。

 だが、彼らをより深く理解することが出来るのであればそれでいいと藤丸は考えている。

 そこまで考えたところで、誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

 

 "俺は化物なんかじゃない!"

 

 

「──!」

 

 

 藤丸とそう変わらないであろう青年が必死の形相で叫んでいる。

 つい先日まで共に日常を過ごしていた隣人達の冷たい表情に震えつつも青年は叫び続ける。

 

 

 "クソッ! クソッ! 何で俺があんな場所に行かなきゃならないんだ!?"

 

 

 その声は、どこかで聞き覚えのある声だった。

 しかしてその姿は契約した英霊達のどれにも当てはまらない。

 

 あれ、これはおかしい。契約している者以外の夢を視ることなんて無い筈だけれど、と藤丸は首を傾げた。

 

 

 "やめろ、やめてくれ! やめ──ゴフッ……!"

 

 

 青年はかつての隣人達に刺されて死亡する。

 なんてことはない、現代より遥か遠くの時代では割と良くあることだ。

 藤丸にとって身近なところでいえば、フランスでのジャンヌ・ダルクのように。

 

 

「……こっちにいけ、ってことなのかな」

 

 

 唐突に流れ始め、唐突に終わった色の無い映像に少し驚きつつも藤丸は遠くに見える光に向かって歩き始める。

 歩き続ける中でもまた映像は流れていく。

 

 

 ロードラン。

 不死人、亡者。

 火継ぎの儀式。

 

 ドラングレイグ。

 渇望の玉座。

 

 ロスリック。

 火の無き灰。

 火継ぎの終わり。

 

 

 マスターとなってから神話や伝承など、英霊達について理解を深めるために書物を読み始め、ある程度の知識はつけた藤丸だったが、これらの言葉には思い当たる節がない。

 余程マイナーな神話、あるいは伝承か。

 どちらにせよ、やはり自身の契約する英霊に関するものではない。やっぱりおかしい、と藤丸は顔を顰めた。

 

 

 次に見えたのは、鮮やかな色のある映像だった。

 

 薔薇の皇帝。

 太陽の化身でもある九尾の狐。

 

 ──そして、カルデア。

 

 特に鮮やかに彩られていたのは凡そこのあたりだった。

 

 薔薇の皇帝に巫女狐。ごく身近にその二人に関連する人間が居たような。

 

 そんな疑問を抱えつつも歩き続けて、そろそろ光も大きくなってきた頃。

 見えたのは一つの篝火だった。

 

 その篝火には見覚えがある。

 太陽のように暖かく、安心するようなそれは、確か。

 

 

「──アルス、さん」

「……ああ、()()か」

 

 

 普段藤丸の事を"藤丸くん"と呼ぶ彼が、藤丸の事を立香、と名前で呼んでいた。

 夢の中だからかおかしいことだらけだ、と藤丸は内心でごちる。

 どことなく疲れたような表情をしたアルスは藤丸にこう言った。

 

 

「キミも察しているとは思うが、此処は俺の精神世界のようなものだ。夢の中と捉えてもいいだろう。此処で視たものは全て俺の過去にあたるもの、になると思う」

「じゃああの叫んでいたのはアルスさん……」

「さんはつけなくていい。まあ、なんだ。こんな夢を見せてしまっているんだ。堅苦しいのはなしでな」

 

 

 ところで、とアルスは続けた。

 疲れたような表情はそのままに、彼はぼそぼそと話し始める。

 

 

「……実は、な。キミが視てきたであろう過去だが、あまり覚えていない。特に、不死院に放り込まれた以前の事は、何も。

 

 俺は俺自身が何者なのかも分からないんだ。

 それに、本当についさっき気付いたことだが。僅かだけど、記憶の磨耗が進んでいる」

「え……」

 

 

 本当に情けない限りだが、と続けた彼の言葉に藤丸は衝撃を受けた。

 彼の言っていることが真実であるのならば、今、こうして夢の中と言えども話している彼の記憶は消え去りつつあるということになる。

 

 どうして。なんで、今になって。

 藤丸はそんな言葉を、彼の表情を見て飲み込んだ。

 

 

 篝火の光しかない視界を凝らして見てみれば、彼は震えていた。

 

 

 自分が自分でなくなる恐怖と戦っていた。

 そこでふと、藤丸は思う。

 

 そういえば、記憶の中の彼はいつも恐怖と戦っていた、と。

 隣人らに殺されて投げ入れられた牢獄で亡者となり、理性を失うのを待ち続ける日々の中で、見知らぬ騎士からの使命を果たすことのみを考えて戦い続けた。

 自らよりも圧倒的に強く、大きな敵達にたった一人で立ち向かい。

 自らを焼き尽くすであろう火に、世界を繋ぐために身を委ねた。

 

 それが、どれほど辛いことであることか。

 

 

 彼がジャンヌ・オルタに手を差し伸べたのも、藤丸には何となくではあるが理解が出来た。

 

 自分自身が何者であるのかも分からず、ただ指し示された目標に向かって歩み続ける。

 形は違えど、確かに彼らは似ていた。

 

 

「……オルタに手を差し伸べた理由が、今になって何となく分かったよ。アルスと彼女はどこか似ているんだ」

 

 

 そうかね、とアルスは力なく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 最近の夢見もマシになったと思っていたらとんでもない悪夢を見るハメになった。

 

 見覚えの無い隣人に殺され、見覚えの無い場所に放り込まれ……。

 

 そんな映像を藤丸……いや、立香と呼んでしまっているから、この際もう立香でいいか。

 兎も角、立香がその映像を見るのと同時に俺もそれをまるで他人事のように眺めていた。

 

 全く記憶に無い過去をダイジェストで見せられる。これほどの悪夢は今までに無かった。

 切欠となったのはなんだっただろうか、と考えるが、いくら考えても原因はただの一つしか思い浮かばず。

 

 

 僅かではあるが、記憶の磨耗の進行。それに何かが抜け落ちるような感覚。あの時からだ。

 

 

 間違いない。俺の理性が削られ始めている。

 所謂亡者と呼ばれる存在になりつつある、と言えば分かりやすいか。

 

 身体の見た目に変化は訪れていない。恐らく、暗い穴などによる亡者化とはまた別なのだろう。

 だが、このまま行くと間違いなく俺は本当の意味で死ぬ。

 

 

 まあ、それを恐れていても仕方が無い。何れは来る生き物として当然の死が、もう直ぐ俺にもやってくる。ただそれだけのことだ。

 

 だけど。

 

 生きた年数だけ死が恐ろしくてたまらなくなるとは何処かで聞いたが、本当にそのようだ。

 身体の震えが止まらない。自分が自分で無くなるというのが、怖くて仕方が無い。

 

 寒いわけではない。寧ろ、篝火のお陰で暖かさすら感じている。

 

 けれど、心境の影響か、心なしか小さく見える篝火が消える時が、自分の命の終わりだと言われているようで。

 普段は落ち着く篝火ですらも恐ろしく感じた。

 

 

 そんな今までに経験したことのない恐怖に震えながらも、ふと思い出したのは先程の記憶の中で彩られた映像だった。

 

 

 "余がそなたを頼るように、そなたも余を頼ってくれ。余とそなたであれば、どのような試練も乗り越えられよう"

 

 

 薔薇の皇帝が、ネロが。

 頼り、頼れと手を取った。

 

 

 "貴方様になら、このタマモ、死すら生ぬるい地獄であろうとお供いたします"

 

 

 傾国の魔性が、タマモが。

 ただ静かに、傍へ寄り添った。

 

 

 "オルガマリー・アニムスフィア。此処、カルデアの所長を務めています。カルデアへようこそ、アルス・ルトリック"

 "やあ、ようこそカルデアへ。ボクはロマニ・アーキマン。ロマンと呼んでくれ"

 "レオナルド・ダ・ヴィンチ。ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ、アルスくん。……え? レオナルド? ノリが悪いなぁ"

 "おはようございます、アルス先輩。あ、寝癖がついていますよ?"

 "いやあ、恥ずかしながら寝てしまっていたみたいで"

 

 

 カルデアの人々が、笑顔で話しかけてきた。

 

 

 怖くて、怖くて。

 そんな恐怖からくる震えも、彼らを思い返してみれば、自然と止まっていた。

 

 



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