叫べなかった四文字を (やぜろしか)
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プロローグ
一話 『天敵』


第三都市ナチユスに「ドラゴン」が現れたらしい。

 

 平日の朝、再放送のバラエティー番組をボーっと見ていたら『臨時ニュースです』という音声と共に画面が切り替わった。

 

「ナチユスにトカゲに似た凶暴な生物が複数現れ、けが人も出ているとのことです。

 危険ですので、見かけたら速やかに警察に通報を――』

 

 それだけで臨時ニュース?

 

 画面には白黒で端的な動きの“何か”の写真があった。

 周囲の風景と比較するに、体長は数メートルほどか。

 ウロコはあるが翼はなかった。胴体は黒くかつ細く引き締まっていた。

 

 『ドラゴン』

 本でしか見た事のない『ドラゴン』としか言いようのない巨大爬虫類がそこに写し出されていた。

 

 呆気にとられたままリモコンのボタンを押したが、どこのチャンネルもドラゴンの臨時ニュースだった。

 

『対策本部が設置されたらしいって言ってるんだが。あれって突然変異のペットが逃げたんだろ?』

 

 

『臨時ニュースがされるほど重要な事態なのに、被害も怪我人の数も不明。何かおかしい...』

 

 

『本当に被害が出てるのに対抗処置が報道されてない!酷くないか?』

 

 

『皆が“ドラゴン!”って呑気に騒いでる間に、家族を避難させたほうがいいんだろうか……』

 

 あるテレビ局は即、街頭インタビューを実施。その結果に視聴者や多くの人々が言葉を失った。昼にあった報道では玩具剣の爆売れや避難グッズの売り切れ続出等の情報が多く発信されていた。

 

 警察が『ドラゴン』をどう対処したのか気になった僕は、一日中テレビの前に座り続けていた。

 

 深夜に放送された番組に『ドラゴン』を捉えた映像が含まれていた。

 時間は昼間だろうか。遠くのビルを映したものだった。ビルの窓からは人が見えるが、遠くて表情は見えない。

 その女性は外に手を振り、助けを求めていた。そして後ろを振り向き、逃げようとした。いったい何がそうさせたのか、大の大人が高層ビルの、どう考えても助からない階から飛び降りようとしたのだ。

 

 

 一だが次の瞬間、その人が硬直する。

 

 女性はぐったりと窓枠に倒れ、そのまま千切れた上半身だけが窓から落ちていった。紐状の何かが身体から出ている。テレビのスピーカーから撮影者と思われる人の悲鳴が五月蝿いほど聞こえた。

 そしてカメラが窓に戻る。そこにいたのは窓から少し身を乗り出し、口惜しそうに下を見る..ぼやけた『ドラゴン』だった。

 

●●●

 

 翌朝、スーパーマーケットに行くと、交通規制のため、週刊誌の到着が遅れていると張り紙があった。それどころか、店の中のほとんどの商品が無くなっていた。

 

 だが、そんなことはどうでも良かった。駅に行き颯爽と電車に乗る。乗客はほとんどおらず、休日出勤のサラリーマンが座席で苛ついた表情を見せていた。

 

「銃弾も火炎放射も最新の武器も、とにかく何も効かねえって話だ」

「それだけじゃなく明らかに数が増えてるって聞いたぞ」

 

 ...車内がさらに静かになった気がしたのは気のせいか。

 目的地『ジュク』まではあと三駅。僕はゆっくりと目を閉じた。

 

●●●

 

 アナウンスで目が覚め、電車を降りる。駅を出ると多くの人々で混雑していた。「ジュク」は此処『第一都市ミルクス』の中心街だ。ランドマークは無いが、多くの人が買い物や娯楽を求め、さ迷う街である。

 

 そんな街で今日、憧れの女性とデートをすることになったというのだから、浮かれていても誰も文句は言わないだろう。きっかけは先月、新しく出来たパンケーキ専門店『吉田屋』について友達と話していたところを偶然彼女、『石田彩乃(いしだあやの)』に聞かれたのだ。憧れの女性と言いながら、幼き頃はよく鬼ごっこ等で遊んだ仲。気づけば彼女とデートの約束を取り付けていた、という感じである。

 

 ーにしても彩乃さんが来ない。僕が此処に来てから約5分は経っている。僕の神経質な部分が胸騒ぎを起こしている。改札に向かい歩き始めた。その時。

 

「ゴメン、習君!待った!?」

 

 

 唐突な声に振り向くと、並木道から短い黒髪を揺らしながら彼女が、あわてた顔で駆けてきていた。

 

 「ぜ、全然だよ!今僕も来たところ!!」

 

 「そう?なら良かった~!  にしてもジュクってスゴいよね!」

 合流するなり、突然彼女は大きく両手を広げた。それはジュクの凄さを物語っているのか、彼女の可愛さを引き立てているのか...

 

 「広いし、お洒落だし...とにかく最高だよね!」

 

 「確かにな!!」

 

 思わず言っていた。観光的な要素は無いと言え、そのすべてが今輝いて見えるのだ。

 

 「習君も同じ気持ち?」

 

 「全く同じだよ!何と言うか...輝いてる!」

 

 確かに輝いていた。眩しく今にも消えてしまいそうなほどに。彼女が笑った。手を口に当て、照れたように笑った。つぶやく笑顔が光っていて、その後ろには-

 その景色に目が歪んだ。ついさっきまで満ちていた幸福感が消し飛び、身体中が何かに蝕まれていく。凸凹になった戦車と発砲音が歯を剥き出す獣のような笑顔を作った。

 

 「パンケーキ専門店とか、行ったことある?」

 彼女の質問に、ふと我に返る。

 

 「えっ?一度もないかなぁ...」

 

 「ホントに?」

 

 「疑うとこじゃないでしょ?パンケーキなんて最近出来た料理なんだからさ」

 

 彩乃さんはじっと僕の目を見つめ、そして首をかしげた。

 

 「...うん!そうだね!」

 

 少し間があったのは気のせいか、胸の中の何かが重くなった気がした。

 

 「では参りますか!!」

 彼女はそう言うと店に向かい歩き出した。にこりと笑った彼女がやけに眩しかった。

 

●●●

 そのビルは、有名店がいくつも入っているという触れ込みだったが、今日は閑散としている。

 中程の階にあるその有名店も、予約したに関わらずガラガラだった。

 おかげですぐに料理は運ばれてきたが、僕は何故か厨房の方が気になって仕方なかった。妙に店員が暗かった。

 

『アルバイトの子が出勤してこないんです...』

 

『まさか本当にドラゴンが...!』

 

『あれって映画会社の宣伝だって……』

 

 空をヘリが飛び、下を戦車が走っている。窓から見える駅に急ぐ人の数は増え続けていた。

 

 ...何か嫌な予感がした。

 

 「ぶっ」

 不意に彼女が笑った。

 「えっ?」

 

 「習君、外のこと気にしすぎだよぉ!」

 

 「そ、そうかなぁ...」

 

 必死で何もない顔を作った。首筋に汗が滴っていた。不安そうに僕を見つめる彼女はふいに表情を引き締め、窓の外を一瞬眺めてからこう言った。

 「私を見て。困ったり不安になったりしたときは私を見て」

 

 急に近付けられた顔に戸惑いながら、僕は彼女から目を離せなかった。離してはいけないと思った。

 返答の言葉が見つからない、どう答えて良いのか分からない。時間だけがただ刻々と過ぎていく。

 

 「なんてねっ!冗談だよ!!」

 

 「な、なんだ!冗談かぁ!!」

 

 ...彼女が何を思い、そう発したのかさえその時の僕にはわからなかった。

 

●●●

 

「じゃあ、帰ろうか」

 

 その後たっぷり30分ほど話して彼女が立ち上がった。

 もう店には僕たちしかいなかった。

 

 会計を終えて店を出る。エレベーターの下降用のボタンをゆっくりと押した。

 エレベーターを待っている間、ふと窓の外を見る。

 

 『...えっ?』

 駅近くの真っ赤な地面に倒れている何人もの人と、それらに食いつくたくさんの――。

 頭の中が真っ白になる。

 

 

「エレベーター、遅いね...?」

 

「えっ? う、うん」

 

 1階から昇ってくる薄暗いオレンジ色の光。ポケットに入れた手が擦れて違和感を覚えた。その違和感は次第に胸の中で大きな異物へと変わった。

 そのとき。

  

「店長、さっきから電話がつながりません!!」

「私も子供と連絡が……!!」

「店長!!外見てくださいよ!!店長!!」

 

 耐えきれなかった。気づくと逃げ出していた。

「えっ? 習君どこへ...?」

「彩乃さん!!良いからそこから離れて!!」

 喉が痛い。彼女に視線が移せせない。

 

 そのときエレベーターが到着する音がした。

「ねぇ習君? エレベーター来たよ?」

「待って!」

 急いで戻った。階段一段一段が大きく感じ、うまく動けない。そして非常にもゆっくりとエレベーターの扉が開いた。

 

「……え?」

 

 彼女は笑いかけの顔のまま止まった。

 

 見るとエレベーターの壁が紅に染まっていた。床には全身を食い尽くされた死体。血にまみれ、肉を少しひっかけた肋骨がさらされている。

 

 嫌な予感がした。駆けつけたい気持ちが胸の中の何かに邪魔されそのままひしゃげた。

 この人は、ここまで食われた状態でなぜ乗れたのだろう...

 違う。エレベーターまで逃げたが、追いつかれたのだ。

 血が、ぽたぽたとエレベーターの天井からこぼれ落ちていた。

 

 そして天井に張り付いていた何かがゆっくりと、かつしなやかに床に降り立った。

 眼球の垂れ下がった『頭の上半分』をくわえた『何か』が。

 

 ...「何か」の正体はすぐにわかった。

鉄のような頑丈そうなウロコ、血にまみれた長い爪、細長い青の瞳、鋭い牙...見るからに『ドラゴン』だった。

 

 

 にやりと笑った。表情は無いが僕を見て、にやりと笑ったのだ。

 

 新しい新鮮な獲物を認め、頭蓋骨を落とす。

そして呆然としていた彼女にまっすぐ襲い掛か――。

 

 ガンッ

 

 エレベーターの扉がドラゴンを挟んだ。

 自然に扉が閉まったようだった。

ドラゴンが吠えた。呻くような怒るような、その黒く甲高い不快な音がビル中に響き渡っていた。

 

 「彩乃さん!良いからこっちへ!!早く!!」

 

 「う、うん!!」

 

 涙の止まらぬ彼女の手を握り、非常階段を下り始めた直後、後方で無慈悲な音がした。『こじ開ける』ではなく、『破壊』の音であった。

「お客様、今の音は一体...?」

 

 店から出てきた彼は状況が理解できないといった顔で、エレベータの方を見てしまった。己を目掛けて走り込むドラゴンの姿を。

 

 一瞬であった。 殺戮が始まった。

軽い何かが折れるような音。

 

ポキッ…

 

 悲鳴。店の入り口から、そして彼女から。驚きの叫びではない。

 店員さんは運が悪かった。店から出てきてしまったせいで、僕たちを追いかけるべきドラゴンが、店の中へ標的を変えたのだ。

 後ろを向くと、暴れる彼にまたがるドラゴン。

 胴体から外れてしまった首、顔の皮膚が肉ごとはがれ、まぶたのなくなった眼球がドラゴンを凝視していた。

 多くの野生の捕食者と同じに、生きているうちから食い始めている。彼は見る間に血に染まっていく。

 僕たちはそのまま非常階段を下りた。耳を塞ぎたくなる悲鳴はまだ続いていた。

●●●

「ねえ早くして」

「もう少し急いでくれませんか?」

 人気のビルと言うこともあり非常階段は下りられなかった。すぐに、押し合いへし合いする人でいっぱいになり、やがて一歩も進めなくなる。

 

「うわあああああっ!!」

「どけっ!! いいからどけよっ!!」

「どいて、どいてよぉ!!」

 

 ついに暴動が起こった。パニック状態になった一人が渋滞中の人々を掻き分けていった。それを筆頭に収まっていた人々は一気に爆発。窓から転落する者、階段で踏みつけられる者。多くの人々がパニックに陥る中、絶叫が上がった。パニックの悲鳴ではない。下の階の非常階段入口にドラゴンが現れたのだ。勿論その悲鳴を挙げたのは最初の暴動者であった。

 下に行こうとしていた人々は、今度は争うように上の階に、いや逃げてきたはずのフロア側に散り散りになる。

「いや! やめて! ...習君!!」

 繋がっていた右手もその波に逆らえず離され、とうとう姿が見えなくなってしまった。

「待って!!」

 叫ぶが届かず。僕はとにかく走るしか残されていなかった。

 

 走っていてもまた悲鳴が上がる。すぐ後ろを走っていた人が部屋から飛び出したドラゴンに襲い掛かられ、『ぐげえええ』と変な声をあげて転がっていった。

 絨毯はべったりと血を吸っていて、走ると血が飛び散る。壁も天井も血まみれで、食い散らかされた人たちの死体がそこここにある。

 また何匹かのドラゴンが曲がり角から飛び出し、一緒に逃げて いる人たちを襲う。

 もうこの階で走っているのは僕一人だ。

 後、何秒生きられるんだろう。

 

 

「やめてください! やめてやめてやめて……痛いっ!! いた、いたぃ……ぎゃあああっ!! いぃたああああああああああ!!」

  

 聞き慣れてしまった悲鳴に耳を塞ぎひたすら走った。

 ぶちまけられた臓物、大量の血。気づくと元の非常階段へ戻っていた。

●●●

 ゆっくりと階段を下る。物音を発てずひっそりと。階段には臓物はなく、ただ血だけが染み付いていた。 

 踊り場に出ると黒色の何かが人を捕食しているのが見えた。黒色の何かは言うまでもなくドラゴンだった。

 

 『あ、ありま...君?』

 

 どこからか声が聞こえた。自分を呼ぶ声が確かに聞こえたのだ。

 

 『良かった...生きて..たんだね...』

 

 えっ?

 それは確かに彼女の。「石田彩乃」の声であった。

 

「ど、どこに居るんだよ!!彩乃さん!!」

 

 辺りを見渡した。薄暗いフロアに血濡れた階段。そして声のする方に目を向けて気づく。このドラゴンの下にいるのが彼女なのだと。一足遅かったのだと。

 

 声がでなかった、喉が詰まって胸が苦しくなった。恐怖と悲しみが胸の奥を蝕んでいく。腰が抜け、その場に座り込んでしまった。

 

 「あ、彩乃さん...なんだよな?」

 やっと出た頼りない声に彼女が頷いた気がした。冷えきった空気がやけに静かだった。

 

 「僕はまだ...まだ何も伝えてないじゃないか!!」

 

 空気を読まず捕食を続けるドラゴンをただ見ることしか出来なかった。止めることも代わりに食われることもなく、ただひたすら見ているだけであった。喉がひしゃげ洩れたのは獣のような声だけ。その不甲斐なさに涙が止まらなかった。

 

 『好きです』の四文字を伝えられぬまま彼女はそのまま消えてしまった。



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二話 『足掻き』

 「おい...バケモン...こっち見ろよ!!」

 

 周りの断末魔を書き消すように気づくと叫んでいた。目の前の恐怖より想い人を殺された悲しみが勝っていたのだ。

 

 「こっち見ろって言ってんだよ!!」

 

 いつでも飛びかかれる姿勢を作りながら有馬は唸った。視線の先のドラゴンはようやくこちらと視線を合わす。

 常軌を逸した威圧感、圧倒的戦力。普段では怯え、声すら出ない状況だが有馬の内側で煮えたぎるどす黒い感情はそれさえも凌駕してみせた。震えを殺し、恐怖を塗り潰し、憤怒の獣が雄叫びを上げる。

 一歩踏み出してしまえばもう迷いはなかった。階段を下り終え、距離を詰めていく有馬に、ドラゴンは不敵な笑みを浮かべたまま佇んでいた。

 

 

 「...殺す、絶対殺す...!」

 

 応対するように

「ぐあ――っ!」

 と叫んだドラゴン。そのまま獲物を目掛け、猛スピードで突進を仕掛ける。埃が舞い、空を切る音が微かに聞こえた。そしてそのまま拳を思いっきり握りしめた有馬と衝突―

 

 一瞬であった。

 殴りかかろうとした有馬の体は、そのあまりにも大きな衝撃に吹き飛ばされる。

 背中から壁に叩きつけられ、体の自由が効かなくなった。

 全身に力が入らず、手先の感覚はすでにない。

 喉からは血がごぼごぼと溢れだし、そのまま倒れ込んでしまった。

 

 「―――ッ!」

 

 両手、両足を踏まれ、有馬は完全に行動の自由を奪われてしまう。目に映るのは獲物を仕留める寸前の勝ち誇ったドラゴンの顔のみ。有馬は悟る、自分は負けたのだと。そしてこのまま喰われるのだと。空気は冷たく、そのせいで両腕には鳥肌がたっていた。

 そしてドラゴンはその勝ち誇った顔のまま有馬の腹部へ顔を寄せ――鋭い牙で一口。

 

 「ぐぅあぁぁぁぁ!!!」 

 

 ――予想はしていた、だがこれほどとは...

 腹部から出てきた大量の血と臓物。有馬に与えられたのは「痛み」ではなく「熱」であった。今までに感じたことの無いほどの熱。何故か涙は出てこなかった。視界が徐々にぼやけていき、ついには見えなくなった。目が見えなくなると、今まで見えていなかった多くの物が見えてくるものだ。

 自分勝手な幼少期、いたずらばかりな少年時代。

 ごく最近に見える昔の出来事、そのすべてに親しみを覚える。だが、脳が行き着く先はやはり

 

 「あ、彩乃さん...ゴメン。仇...討てなかった...」

 

 『走馬灯』とでもいうのだろうか。痛みや熱を忘れ、この後悔だけが脳裏を埋め尽くしていた。だが、今の彼に「戦意」は存在しなかった。彼女を失ってから約3分が過ぎ、死ぬまでの時間をただ刻々と待っていた。

 

 『―そこまでだ』

 

 その声は突然に、静まり返っていたこの空間に響き渡る。声質的に若い男性のような声。だが、そんなことはお構いなく、ドラゴンは有馬を捕食したままであった。

 

 『勝手なことしてくれるよな...お前らドラゴンは。何人の人を殺したと思ってんだ...?』

 

 だがドラゴンが人間の問いかけに答えるはずもなかった。有馬の意識は急速に遠のいていく。

 

 『無視...か。まぁ俺の言ってること、解るわけもないか』

 

 呆れと悲しみの感情が入り交じった声だった。初めてだというのに何度か聞いたことのあるような、そんな声。薄れていく記憶の中、何度もその声主を探すが見当たらない。

 

 『ならいつも通り仕事といきますか...。おい少年、喋れるか?』

 

 「...ぅっ...あっ...」

 

 恐らく自分に向けられた問い。だが応えることは出来ない。肺の大半が喰われ、呼吸さえ苦しくなっていたのだ。

 

 『――お前は俺にどうしてほしい?意見の出せない弱者は死んでいくのみだぞ?』 

 

 必死に声を出そうとする。だが、それを食い止めるかのように喉が、身体全体が悲鳴をあげる。アドレナリンは無意味になり、痛みと熱が直に襲ってくる。

 だが、それを耐えてでも出さねばならないと思った。出せば何かが変わる気がした。姿の見えない、信じても良いのか分からない男に自分の生きた証を知らせたかった。

 アドレナリンとは別の何かが痛みを書き消し、有馬は血と共に思いの丈を、己のすべてを吐き出した。

 

 「た、助けて...!!」

 

 静まり返っていた空間に再度音が響いた。そのせいか床の血は波打ち、無音の音波を発する。

 

 『ふっ...了解した』

 

 落ち着いた男の声に妙な安心感が湧いた。既に有馬に痛みなどは無かった。足音が近づき、その安堵でゆっくりと有馬の脳が動きを停止する。

 

 『――さぁ、悔い改めよ!!』

 

 男が言ったその直後、有馬は意識を失った。 



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第一章 夜空
一話『救世主』


やっと一話が書けました。
一話なのですが、プロローグからの続編ですので、プロローグから読むことをおすすめします


『あのさ...好きな人とか...いるの?』

 

 「なんで?」

 

 『なんでって言われてもなぁ』

 

 くすりと笑った。それに続けて僕も笑う。

 「女の子にそんなこと聞く? ないしょだよ!」

 

 『えぇ~!酷いよぉ』

 

 些細な時間の流れの中で幸せを実感していた。それはまるで緑の葉の隙間から漏れ出てくる光のようで、胸の中は希望でいっぱいだった。

 そして――

 

 彼女が、死んだ。

 

 

 

 

 

 「うわぁぁぁあぁぁあぁ!!!」

 

 目覚めると同時に泣き叫んでいた。自分の中の透明な何かがいつの間にか割れ、そして一気に溢れだしたのだ。

 

 「良かった、どうやら意識が戻ったみたいだね?」

 

 突然の声にハッとし、その音の方へ目を向けた。クリーム色の髪を後ろで一つにくくった女性。年齢は20代前半といったところだろうか。『可愛い』というより『美しい』女性がそこにいた。

 

 「―あ、あなたは誰ですか?」

 

 「私?私の名前は櫻井桃(さくらいもも)!皆からはモモって言われてるよ!」

 

 僕は繰り返すように言った。

 

 「...モモ...さん」

 

 どこかで聞いたことのあるような名前。懐かしみを感じるが、それが何故かはわからない。ただひたすらにその名を繰り返し呟く。

 

 「モモさん...」

 

 「さんはつけなくて良いよ~」

 

 「―も、モモ!」

 

 「うん!それで良し!!」

 

 どこか勝ち誇った顔をしている彼女。頬が赤くなり、子供のような表情をしている。

 

 「―ところで、君の名前は?」

 

 「えっ?」

 

 「名前!君の名前は?」

 

 わずかな沈黙。不意の質問に口ごもってしまった。

 

 何故だろう...名前を聞かれただけ。

 名前を聞かれただけ...

 

 心配そうに僕を見つめる彼女。彼女が何かを言おうと口を開いた直後遮るように言葉が出る。

 

 「な、名前が...思い出せません」

 

 沈黙が訪れた。彼女は困ったように言う。

 「――名前が...?」

 

 「はい、全然...」

 

 困った顔のまま、彼女は質問を捻り出す。

 「ん~そうだなぁ...君は、君が眠りにつくまでの間に起きた出来事を覚えているかい?」

 

 「出来事...?」

 

 「うん、君が見た物の話」

 

 「あの気持ちの悪い...ドラゴンのことですか」

 

 「そう!その話! 君はそいつに何か...『大切なもの』を奪われた?」

 

 「大切なもの...」

 

 記憶の片鱗を探る。ダメだ、何も思い出せない。

 

 「そう、大切なもの。例えばお母さんや、お父さんみたいな...」

 

 「家族...ですか。」

 

 ため息をつくように口を開いた。これだけは頭の中に消えずに残っていた記憶。

 

 「家族はいないんです。病弱な母親は僕を産んでから死んだし、父親は僕が生まれる前に行方を眩ましています。」

 

 「そう...か。ゴメン、悪いことをした」

 

 モモさんは申し訳なさそうに僕に謝った。

 

 「いえ、全然!記憶がない僕のせいでもありますし」

 

 「ということは君は孤児院か何かで生活を送ってきたの?」

 

 「あ、はい!その通りです!」

 

 記憶の片隅に残っている情報を便りに言葉を作る。僅かなホコリでさえ逃さないほど丁寧に情報を拾う。

 

 「辛い孤児院生活も...あの子と一緒だったから」

 

 「えっ?あの子?」

 

 「いや、わからないんですけど...そんな人が僕には一人いた気がするんです」

 

 「そっか...その子の名前、思い出せる?」

 

 その質問に涙が溢れた。理由はわからない、ただ涙が止まらなかった。

 

 「思い...出せません。」

 

●●●

 「ちょっと、外に出よっか」

 

 長い沈黙、彼女がやっと口を開いた。目の辺りがピリピリする。モモさんはゆっくりと立ち上がると、そこからこの部屋の扉に向かった。見慣れない風景、迷わないよう彼女に続いて歩く。

 

 どれほど歩いたか、外に出た。もう辺りはすっかり夜で、町の点々とした灯り、夜景が一望できる。

 

 ん?一望...?

 

 外に出て数分は経つというのに全く気がついていなかった。夜景が一望できるということはかなりの標高、相当な高さの山の上にいるということ。

 

 「あ、あの...」

 

 「ん?どうしたの?」

 

 「ここってどこですか?」

 

 「あれ?言ってなかったっけ? ここはアーセナルだよ」

 

 言われた言葉を例もなく繰り返す。

 

 「...アーセナル」

 

 記憶の中にあるアーセナルは1つしかなかった。それは、我が国最高峰「主峰アーセナル」だ。第三都市ナチユスに聳え立つ成層火山、その標高2150メートル。麓から頂まで、山の大半を落葉広葉樹林が覆う珍しい植生。

 

 「今、そのアーセナルの中腹に私たちは居る」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください! アーセナルって本当にあの主峰アーセナルなんですか!?」

 

 「そうだよ?アーセナルって丸日の中央にある山でしょ?結構便利なんだよぉ」

 

 「べ、便利...?」

 

 冷たい空気のせいか、口元からは白い息が漏れていた。まるで頭を冷やせと言われるかのような寒さ。

 

 「ここはソサエティ。まぁ秘密基地といった方がカッコいいんだけどね」

 

 「さ、さっきから何言ってるんですか――」

 

 「私たちは、君が見た『ドラゴン』と戦っている」

 

 遮るように言われた一言。返す言葉が見つからず、戸惑っていると突かさず彼女は言葉を続ける。

 

 「私たちは民間特殊装備連隊、通称ケインズ。『ドラゴン』を倒すための組織」

 

 「ちょっと何言って――」

 

 「我が国「丸日」は知っての通り12の主要都市で出来た小さな島国。そのほぼ中央に位置する主峰アーセナルは、活動拠点としては他になく良い場所なの!」

 

 モモさんの嬉しそうな顔を見て、腹の奥が鳴った。手先がかじかんでいる。ぎゅっと手を握りしめて言う。

 

 「よ、よくわかりました。ケインズ(?)にはアーセナルが必要だってこと。けど...だからって何ですか? アーセナルに拠点を置いて、それなりの人員を集めたとして...それでも...それでも奴らに勝てるわけがない!!」

 

 「勝てるわけがない?どうして?」

 

 「どうしてって...奴らは...ドラゴンは僕の大切な人を...奪った」

 

 「奪った?」

 

 「そう...奪った。奪ったんだ!!」

 

 誰を奪われたのかはわからない。けど、それが大切な人だったことはわかった。そして気づくと泣きながら叫んでいた。

 

 「どれだけ僕が怒って、叫んで...それでも刃が立たなかった...。

それほど奴らは強い...強いんだよ!モモさんたちがどれほど考えても...それは机上の空論に過ぎないんだよ!!!本当にドラゴンを見てる人にしかあいつらの恐怖はわからないんだ!!」

 

 「なら!」

 

 彼女は僕の肩に手を置き、僕を止めた。彼女は泣いていた。その表情に僕は怒りを忘れる。何故怒っていたのかさえわからないほどに。ただ目を見つめる僕を見て、彼女はそっと問いかける。

 

 「なら...何で君は生きてるの?」

 

 その質問の真意はすぐに見抜けた。記憶に残っている自分の最後。腹を抉られ、視覚を失い、ただ死ぬのを待つだけ。そんな僕を誰かが救おうとした。実際、僕は今生きている。まるで何もなかったかのように...

 

 ふと自分の腹部に手を伸ばす。

――傷跡すらない。何の違和感もない腹部。むしろ筋肉質に成長している。

 

 「な、何で...」

 

 泣き崩れる僕を見て、彼女は微笑み、そして言う。

 

 「ドラゴンは...倒せる。倒せるんだよ」

 

 さらに涙が溢れ、とうとう止まらなくなった。そんな僕に彼女は続ける。

 

 「君を助けたのはケインズのエース。石井希里(いしいきり)って言う男。名前を覚えておいて損はないよ」

 

 「い、いひい...きり?」

 

 涙で舌が上手く回らない。そんな僕を見て彼女は笑う。

 

 「な、何でそんなに泣いてるのww」

 

 「だ、だって...ドラゴンは倒せるって」

 

 「倒せるよ!倒せるに決まってんじゃん! だって私たちは『人間』なんだからさ!」

 

 直後、気づくと口が動いていた。考えるわけでなく、本能で口が動いていた。

 

 「ぼ、僕...ケインズに入れますか?」

 

 「勿論だよ!!」

 

 静まりかえっていた空間に再び音が響いた。心に響き渡るその音波。

 

 「夜空、綺麗だね」

 

 「えっ?」

 

 「星も綺麗!半分に欠けてる月も、とても綺麗」

 

 「そうですね、すごく綺麗だ」

 

 「そうだ!!」

 

 モモさんは僕の手を取り、持っていたペンで文字を書く。そこに書かれていた文字は

 

 『夜空』

 

 照れた顔で彼女は言う。

 「単純だけどさ、夜空ってすごく綺麗だから」

 

 「えっ、これって――」

 

 「君の二つ目の、いや君の新しい名前だよ!」

 

 「新しい...名前」

 

 改めて手の文字を見る。走り書きで書かれた汚い文字。手に書いた故に線がぐねぐね曲がっている。

 

 「これ、何て読むんですか?」

 

 「夜空と書いて『ソラ』と呼ぶ!どう?洒落てるでしょ?」

 

 自慢気に話す彼女を見て微笑ましい気分になった。

 

 これから僕は夜空(ソラ)だ。星や雲とは違い、いつでもどこからでも。助けを求める人々が見上げたときに、助けに行ける。

そんな『救世主(ヒーロー)』だ。

 

 これからは夜空(ソラ)だ。そうしよう。



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二話 『戦力外通告』

 あれから数分が経った。風が強くなったせいか、雲は動き、月明かりを遮る。

 

 「ソラ!行くよ!!」

 

 「えっ...? どこに――」

 

 「決まってんじゃん! ケインズの皆に挨拶だよ!!」

 

 そう言うと、モモさんは兵舎の中へ歩き出した。ソラも遅れながらそれに続く。

 

 兵舎の広間ではケインズの戦闘員達が夕食を取っていた。現在活動中のメンバーを除く約150人がここにはいるらしい。小さな豆電球が木目の壁を照らし、暖かな雰囲気を醸し出していた。

 

 「ちゅーもーーく!!」

 

 モモさんの号令で、隣にいた僕に多くの視線が集まる。ある男は食事を邪魔された怒りの視線を、またある女は何が始まるのかとワクワクしながら。

 

 「えっとぉ...ちゅーもーーk」

 

 「――モモさん、それさっき言いました」

 

 1つ分かったことがある。モモさんは天然だ、それも重度の。素早くツッコミを入れないと、天然のボケを延々やり続ける可能性もある。 ツッコミを喰らったモモさんは、申し訳なさそうに胸を張り、一言。

 

 「えっとね! 新入隊員を紹介しますっ!!」

 

 モモさんが僕を眺めた。自己紹介をしろということだろうか?

 

 『良いのか...?新入隊員なんて入れて...』

 

 『ボスの許可は...』

 

 『良いんじゃねぇか? モモさんらしいし』

 

 『お前はモモさん好きすぎるんだよ...!』

 

 次第に辺りがボソボソ騒ぎだした。隊員たちは背を丸め、複数のグループで呟く。それを見た夜空(ソラ)は、

 

 「えっと...夜空(ソラ)と言います。...よ、よろしくお願いします!!」

 

 夜空(ソラ)としてはかなり頑張って自己紹介をしたのだが、反応としては、微妙だった。あー、はいはいそうですか、そんな雰囲気。まるで先程までの騒音が嘘だったかのように。

 

 「夜空(ソラ)君は、ドラゴンとの戦いで負傷を負い、復讐の想いで煮えたぎってます。きっと力になってくれます!! えっと、どうしようかな…」

 

 そんな空気の中、モモさんは周囲を見渡し、メンバーの一員らしき強面な男に声をかける。

 

 「えっと...山内くん。君、夜空(ソラ)くんの面倒みて上げて」

 

 山内、と呼ばれた男は面倒くさそうに舌打ちし、立ち上がった。皆、これを嫌がっていたのか。さっきの雰囲気との変わり様がわかった気がした。

 

 「はぁ...俺かよ。…ちっ、わかった、わかりましたよ!おい新人、ちょっと来い」

 

 山内さんはだるそうに僕を呼ぶ。タバコを取りだし、火をつけ、ダルそうに外へ歩き出した。

 

 「あっ、はいっ!」

 

 小走りで後を付け、廊下に出る。長い廊下を抜け、玄関扉を開けると、雨が降っていた。山内さんは再び舌打ちをすると、

 

 「おい新入り! 早く来ねぇか!!」

 

 「わ、わかりました!」

 

 山内さんは片手であご髭を触りながら指をポキポキ鳴らしだした。結構大きな体、180㎝はあるだろう。肩幅もかなり広い。服からタバコの匂いがするから、恐らく重度のヘビースモーカー。額が見えるほど逆立った黒髪、服の上からでもわかるほどの大きな胸筋。絶対強いだろ、この人。

 

 「おい新入り! ん?何ニヤついてんだ」

 

 「えっ? あ、すみません! ついっ...」

 

 「お前って銃とか使えんの?」

 

 「いえ、全然」

 

 「じゃあ格闘術とか」

 

 「未経験です...」

 

 「じゃああれか!頭賢いんだな? 剣作ったり...」

 

 「いや、別に...」

 

 「...お前何しに来たの」

 

 山内さんは失望を露にし、溜め息。

 

 「はぁ...使えねぇ。使えねぇな!お前」

 

 「えっ...」

 

 「モモが俺に面倒見るよう頼んだってことは、二番隊に入れろって事だろ。違うか?」

 

 ケインズの戦闘員達は、各々所属する隊に分けられている。山内という男は恐らく二番隊の隊長か何かだろう。

 

 「いいか?明日までに何か特技を身に付けろ。それなら二番隊に置いてやる。銃でもいいし、剣でも、勿論格闘術でもいい。 ただ出来ないようならこの山を降りろ」

 

 「そんな...急にどうしてですか!」

 

 「あ? お前、今どこに来てるかわかってんのか?」

 

 そう言うと山内は、火をつけたばかりのタバコをもみ消し、「話は終わりだ」と言わんばかりに去っていった。勿論逆らうことは出来ない。鼻の中まで凍らせる冷たい空気に、自分への叱咤を続ける夜空(ソラ)。

 

 「終わった...」

 

 どれだけ努力しても出来ないことはあると夜空(ソラ)は知っている。悪いことを何もしてないのにこんなに避けられる訳も夜空(ソラ)は知っている。

 

 それでも...!!

 

 気づくと廊下を駆け抜けていた。冷たい空気を思い切り吸い込むと、すべてを吐き出し叫ぶ。

 

 「モモさん!木刀貸してください!!」

 

●●●

 外でひたすら木刀を振るソラを三階の窓から見ていた。不格好すぎるフォームは剣術未経験を悲しいほど物語っていて...

 

 「山内くん、また何か言ったでしょ」

 

 部屋の扉が開くと同時にタバコの煙が部屋に舞い込んだ。窓に近づき、

 

 「はぁ...下手っくそじゃねぇか」

 

 左手に持ったグラスで口元を濡らす。山内の口からは酒とタバコの入り混じった臭いが漏れていた。

 

 「ホント、山内くんはどうしてそんなに酷いこと言うの?」

 

 「酷いって、何が?」

 

 「何って...。 ソラくん、頑張ってるじゃんっ!」

 

 山内は小さく溜め息をつく。タバコの火を握りつぶし、

 

 「頑張ってたら全てが報われるのか? だとしたら俺たちはとうにドラゴンを滅ぼせてる。なら何故滅ぼせてないか、お前にわかるか?」

 

 「それは...」

 

 「力が必要なんだよ!! ここにいるためには」

 

 「だとしても...!」

 

 「だとしても、何?」

 

 返す言葉が見つからず、モモは黙り込んでしまう。再びグラスを揺らすと、山内はゆっくりと部屋を後にした。残っていたのは床に落ちたタバコの粕、弱々しい煙だけである。

 

●●●

 「夜空(ソラ)…、大丈夫?」

 

 朝、広間の扉を開けると、モモさんが心配そうに話しかけてきた。だが不安さでいったら夜空(ソラ)のほうがはるかに上だ。

 

 「おい新入り! 少しくらいは鍛えてきたんだろうな?」

 

 不意に現れた山内はタバコを加え、笑った。

 くそ、なんてムカつくやつだ。余裕の笑みってやつですか?

 

 「準備はしてきました、どうやってお見せすれば?」

 

 「あ?ちと生意気な口調じゃねぇか...まぁいい、飯食い終わったら兵舎から出て、模擬室に来い」

 

 「ちょっと待って!模擬室って...あんた」

 

 慌ててモモが入る。すると、山内の口角は見たことないほどまで上がり、

 「あぁ...模擬試験だよ」

 

 『模擬試験』という言葉だけで概要は理解できた。モモさんは俯いたまま固まり、微動だにしない。

 

 「ルールだが...ダウンした方の負け、殺しは無し。これでどうだ」

 

 山内はそう言うと返事を待たず、広間を出た。その瞬間、抑えていた感情が胸の中で爆発する。

 

 

 やべぇ...殺される。一夜漬けで太刀打ち出来るわけがない...

 

 「トイレ...行ってくるね」

 

 そう言うと、モモは席を立つ。返事も出来ないまま、夜空(ソラ)は一人きりになってしまった。

 

 複雑な心情のまま、模擬室に向かう。右手に木刀を持ち、左手で心臓を抑える。木製の引き戸を開けると、二番隊の皆々様が観客席に座っていた。観客席があるくらいデカいのに『室』なんだろうか。

 

 「おう、新人!まさか、やられに来たとはね」

 

 遅れて山内とモモさんの登場。現場の熱気が急に上がる。

 

 「では試合開始!」

 開始の号令がかかった。意外と声が張っている審判。こいつも二番隊か?

 

 「オラっ!」

 開始早々、山内のジャブ。避けられない...

 

 ――バキッ

 

 

 たった一撃で便りの綱、木刀が折れてしまった。木刀を持っていた右手も痺れ、夜空(ソラ)はよろめいてしまう。

 

 「…うっ…くっ…!」

 「ほれほれ」

 

 

 なおもジャブ連発、手も足も出ない夜空(ソラ)はあっという間にズタボロにされる。今にも倒れてしまいそうだった。

 

 実力差は明確。めったに出さない根性を振り絞ってもその差は埋まらないほどの一方的な攻撃。立っているのが不思議なほどのダメージを受けるが、夜空(ソラ)は倒れない。

 ただの暴力に会場は沸き立ち、熱気は再上昇。何本か肋骨が折れ、夜空(ソラ)は声さえ出せずにいた。

 

 夜空(ソラ)は白目を向き、膝をつく。そんな夜空(ソラ)の顔面に山内の蹴りが入り、夜空(ソラ)は軽く吹き飛んでしまう。溜まり混んでいたダメージが一気に爆発し、悲鳴をあげる。

そんな夜空(ソラ)の顔面を踏み、山内は高らかに笑った。

呆気ない『戦力外通告』であった。

 

●●●

 玄関に向かうと、廊下の両端に多くの戦士たちが夜空(ソラ)の見送りのためだけに集まっていた。まだ話したこともない先輩たちの悲しげな顔、夜空(ソラ)は軽く一礼し、戦士たちの拍手の中を歩みだす。

 

 「夜空(ソラ)!!」

 

 扉の手前にモモさんがいた。涙を流し、既に顔は真っ赤になっている。そして包帯で巻かれた傷だらけの右手を取り、その顔を擦り付けた。

 

 「モ、モモさん...?」

 

 「夜空(ソラ)...ゴメンね、力になれなくて...」

 

 「そんなことないよ、モモさん。僕の実力不足のせいだ」

 

 後ろでは見送りをしていた戦士たちがぞろぞろと移動し始めた。どうやら昼飯の時間らしく、廊下一体に焼き魚の香ばしい匂いが広がった。

 

 「モモさん、僕絶対帰ってくるから...」

 

 ぐっと手を握りしめる。赤い顔のまま彼女は微笑み、手を握り返す。そして、

 

 「夜空(ソラ)は私の彼氏ですか?」

 

 真っ白の歯が綺麗に並ぶ。その姿に何故か焦りを感じ、口ごもってしまう。

 

 「いや、笑ってよ!」

 

 恥ずかしそうに赤面した彼女を見て、自然に笑みがこぼれる。久しぶりにちゃんと笑った気がした。

 

 「じゃあ...行くね」

 

 「行ってらっしゃい」

●●●

 慣れた歩調で歩く。広大に開いた空は、どこまでも青かった。

 

 「おい!新入り!」

 

 突然の背後からの声に、夜空(ソラ)は声を上げて飛び上がった。振り替えると、その男は叫び声を上げながらこちらに向かい、走っている。

 

 「山内さん...」

 

 「お前、出発するのが早いんだよ...何で俺が走るはめに...」

 

 文句を言いながら、山内は一枚の紙を僕に渡した。茶色い小さなメモ用紙。走り書きで無数の文字が書き込まれている。

 

 「これは...?」

 

 「俺の弟の住所、地図に記しておいた」

 

 「えっ?」

 

 「お前の実力じゃ何の戦力にもならんからな。言わばただのお邪魔虫、だから俺の弟にビッチリ指導されてこい。そのために地図を渡した」

 

 返事をする間も与えず、山内はタバコに火をつけ

 

 「立派な剣士になれたなら、ケインズに戻ってこい。二番隊に招待してやるよ」

 

 捨て台詞を吐き、山内は兵舎に向かって歩き出した。




やっと二話が書けました‼不定期更新ですが週1ペースで出そうと思ってます‼
語彙力ない件は御了承下さい!


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