気ままに! ウェイストランド放浪記 (気分屋)
しおりを挟む

第1話 ことの始まり

 20××年×月、とある県とある市とある住宅の一室にて1人の青年がテレビゲームをしている。これがオレこと梶間勇(かじま ゆう)である。

 

え? それだけかって?

 

髪は短めで黒、中肉中背18歳のただのゲーム好きだ。外見的にも内面的にも特徴のないオレの紹介はこんなもんでいいだろう。テケトー万歳。

 

 

「おし、ユニーク武器ゲット~」

 

 

今やってるのは『fallout3』というゲームで、核戦争後の荒廃したアメリカを旅するという超自由型RPGである。

 

 

「むぅ、さすがに徹夜でやってるとキツイな……」

 

 

 首を回して軽くほぐしながら時計を見る。壁に掛けられた丸時計の短針は4に、長針は12よりちょっと手前。時刻は午前4時を廻ろうとしている。窓から見える空は夜の蒼さから白みを帯びて朝の始まりを告げている。

 

 このゲーム、広大なマップを歩いては発見した建物等の内部を探索するため、中々切り上げられずついついぶっ通しでやってしまうんだ。こまめにセーブして後でやればいいじゃんとか思ってるかもしれんが、一旦足を踏み入れると隅々まで見たくなるじゃん? ならない? あ、そう…。

 

 

「はぁ、ここロクなもん残ってないなぁ」

 

 

 今いる場所はどこかのオフィスビルか何かだったようだ。地図には明記されていないが、このゲームではそういったオブジェクトも割と珍しくない。重要なアイテムはなくとも、弾薬やキャップ(この世界では通貨の役割を果たす)、悪くてガラクタがあるかも知れないのだ。倒壊しかけたひび割れた室内にはあちこちにクリップボードや本(焼け焦げてたりして価値は殆どない)が散乱している。

 

 

「使えるのといえばスティムパックやRAD系くらいか。しけてんな~」

 

 

 愚痴りながらもプレイしてると、ふと外からサイレンの音が遠くで小さく鳴っているのに気がついた。

 

 

「また救急車か、最近多いよなぁ」

 

 

 最近奇妙な事件が多発している。ゲームをしていると突然意識を失い昏睡状態に陥るというものだ。聞くところによるとやってるゲームもまちまちで、ハードや環境等バラバラで整合性や合致がなく原因がまだ解明されていないとか。

 

 このままだとゲーム禁止令みたいなのとか出されるのだろうか。そうなったら断固反対してやる。このストレイツォ……でなかったオレは自重せん!

 

 

「ん? あれ?」

 

 

 画面が動かなくなった。コントローラーをいじっても少し待っても変化はない。このゲームはデータ量が膨大だからなのかときたまフリーズすることがある。

 

 

「うわぁ、またやり直しかよ……」

 

 

OTLズーンとしてると画面にふと違和感を覚えた。

 

 

「……ん?」

 

 

 画面はオフィスビルから出た外の荒廃した荒野でフリーズしている。見馴れた背景の筈なのに何故か目が離せない。見ていると吸い込まれそうな感覚に陥った。

 

 その時既にオレの意識はそこにはなかった。まさかオレ自身が事件の当事者の仲間入りをするなんて、いやそれ以上にゲームの世界に跳ばされるなんて、この時のオレには思いもよらなかったんだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 非日常は唐突に

ここは、何処だ……。

 

何故、ここにいる……。

 

こんな知らない場所に1人で。

 

――いや、訂正しよう。オレはここを知っている。

 

そう、知っている。

 

なんてったってついさっきまで見ていたのだから。

 

 

「……な……んで……。」

 

 

 己の理解を超えた事態に動揺して言葉がうまく出ない。目の前に広がる光景は、淀んだ空、乾燥した空気、かつては形を成していたであろう建造物や舗装道路の残骸、そして荒廃した大地…。

 先程までプレイしていた『フォールアウト3』の世界が目の前に広がっていた。液晶画面越しなどではない、ホンモノの世界がだ。呆然と立ち尽くしていると、生ぬるい風が肌を打った。足下の石を手で拾い上げるとゴツゴツとした感触が手に伝わってくる。有り得ないと思いつつも五感はこれは現実だとそう訴えてくる。

 

 ふと自分を見てみると服装が変わっている事に気がついた。上下グレーのジャージを着ていた筈が、体はコンバットアーマーで頭はコンバットヘルメットを装備(色はデザートカラー)していた。手にはアサルトライフルを持ち、左腕には――

 

 

「これは……pip-boy?」

 

 

――この世界における高性能端末であるpip-boy 3000がついていた。触れてみようとしたところで背後に気配を感じ、振り返ると何かが突っ込んできた。

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

慌てて避けて突っ込んできたそれを見る。

 

 

「モ、モールラット!?」

 

 

 そこにいたのは全身が爛れて赤黒く変色した大型のネズミ“モールラット”だった。モールラットはこちらを確認するとまた襲いかかってきた。寸でのところで避けた勇は、手に持っていたアサルトライフルを構える。勿論銃など撃った事はおろか持った事すらない勇だが、そんな事も言ってられない。反撃しようとするがしかし、突然の事態にパニックになっているせいか中々狙いが定められない。

 

 

「……あっ!?」

 

 

 必死に攻撃を避けてはライフルを構え直す事を繰り返していた勇は、混乱と焦りからか足場が悪くなっているのに気がつかなかった。ひび割れた地面の段差に足を引っかけて転倒してしまう。それを好機と見たのか、モールラットが口を開けながら飛び掛かってきた。

 

裂けた口から見える唾液まみれの牙が、獲物に喰らいつかんと迫ってくる。

 

あぁ、オレ死ぬのか? ゲームしてたらいきなり訳の分からない状況になって、何の抵抗も出来ないままゲーム中では弱小の部類に入る相手に喰われるとか。情けなさ過ぎて涙が出るよ。

 

ターーン、バシュンッ!

 

もう無理だと諦めかけたその時、遠くから発砲音が聞こえた。次の瞬間には目の前のモールラットの頭が弾けとんでいた。スイカが割れたように赤黒い肉片と血を周囲に撒き散らす。

 

 肉片を全身に浴びながら、勇は暫く動くことができなかった。もはや状況に追い付けず思考がフリーズしてしまっているのだ。モールラットだったモノを見て茫然としていると誰かが近づいてきた。

 

 

「危なかったな、大丈夫かい?」

 

 

そこにはVault-101とロゴの入ったジャンプスーツを着てハンティングライフルを構えた壮年の男性が立っていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 大丈夫かい、と声を掛けられても直ぐには返答することができなかった。命の危険に晒された恐怖心から、というのもあるがそれよりも彼の顔を見た瞬間の驚きの方が大きかったのだ。

 

 

「……あ、あなたは……。」

 

 

「あぁ、すまない。私はジェームズ。ただの旅人さ。」

 

 

彼はそう自己紹介したが、されるまでもなく勇は既に彼のことを知っていた。何故なら彼ジェームズは原作に出てくる主人公の父親なのだから。

 

 

「ところで君は?」

 

 

命の恩人――ジェームズさん――が聞いてきた。相手が名乗ったのに此方が名乗らないのはあまりに失礼だ。カジマ ユウ、ここはアメリカが舞台だからユウ カジマと名乗った方がいいかな。

……某機動戦士の実験動物部隊のパイロットさんみたいな名前だな。

 

 

「はい、ユウ カジマといいます。先程は危ないところを助けて頂いて、本当にありがとうございます。」

 

 

「いや、いいさ。困ったときはお互い様だからね。」

 

 

なんて誠実な人だろう。この狂気と死の蔓延する世界でこんなにも良識のある人物はそういないだろう。

 

 

「さて、詳しい話は後でしよう。そろそろ日が傾いてきたからね。近くに休める場所があるからそこまで移動しよう。」

 

 

 言われてから気がついたが、辺りは薄暗くなってきていた。この世界には先程のモールラットのように放射能によって突然変異した動物やレイダーという非道な無法者たちの集団があちこちにいる。そのため常に周りを警戒しなければならず、安心して休める拠点のようなものが必要不可欠なのだ。特に夜間などの視界が利かない時などは非情に危険だ。

 

 

「わかりました。宜しくお願いします。」

 

 

一先ず休憩場所に向かうため、ユウは歩き出したジェームズさんの後を追った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話  ひとまずの休息

 夜の帳が降りて辺りは闇に包まれていた。本来の用途として機能しなくなって久しい嘗てハイウェイ道路だったものや、元は何かの工場だった廃墟も闇に覆われて一層不気味さを増している。

 時折建物の隙間を抜けていく風の音がそれに拍車をかけていた。

 

 月明かりどころか星の輝きすら隠れた闇空、その下に広がる同じく闇一色の大地。その中に灯りがポツンと一点だけ存在した。その灯りを目指して歩いている人影が2つ。まぁオレとジェームスさんなんだけど。

 

 近づいてみると灯りは松明の炎だった。そのすぐ傍に犬が3匹と椅子に腰掛けた黒人女性がいた。

 

 

「やぁ、スカベンジャー。元気だったかい?」

 

 

「おや、ジェームスさんかい。久しぶりだねぇ」

 

 

ジェームスさんは彼女と顔馴染みらしい。警戒もなく親しげに話をしている。

 

 

「ところでそこのお兄さんは誰だい? 見ない顔だねぇ」

 

 

「あぁ彼はユウ カジマ君。昼間モールラットに襲われていたところを助けたんだ」

 

 

「初めまして、ユウ カジマです」

 

 

取り敢えず握手をと思い手を出してみる。スカベンジャーさんはオレを見定めるように頭から爪先までをジーっと見ていたが、「まぁジェームスさんが連れてきたんだから悪い子じゃあないだろうね」と言って握手を返してくれた。

 

 

「さて、急で悪いんだけど何日か滞在させてもらってもいいかな?」

 

 

「どうせ空き家ばかりだからね。好きに使って構わないよ」

 

 

何の話だろうと疑問に思いながら聞いていると、スカベンジャーさんが奥の方を指差した。暗くて気が付かなかったが、目を凝らすと一軒家の家とも小屋ともつかない建物がそこかしこに点在していた。

 スカベンジャーさんの話によるとここは昔小さな村だったそうだ。しかし外敵の脅威に晒され、いつしか住民が離れていき廃村となったここを自分の拠点にしたのだそうな。

 

 

「ありがとう。恩にきるよ」

 

 

「やだね、こっちも助けてもらってるんだから困ったらお互い様さね。あんたがいろんな機材や装備を持ってきてくれるからあたし達は大助かりだよ」

 

 

 スカベンジャー、それは彼女の名前ではない。彼女のように自分で物を集めては商売をする。ひとところに留まることもあれば各地を転々とすることもある放浪の商売人。そのような人達を総じてスカベンジャーと呼称しているのである。

 

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 

 一通りの紹介が終わったところで食事にすることになった。大きめの石を円形に並べ中に適当な長さに折った枯れ木を並べて簡単なキャンプファイアの出来上がり。

 火を起こしたジェームスさんはちゃっかり剥ぎ取っていた昼間のモールラットの肉をフライパンで焼く。ジュウジュウと小気味よい音を鳴らすそれに適度に火が通ったら皿に盛り付け、平たい石や板などテーブル代わりになる物に載せる。その他に荷物からきれいな水を人数分取り出して渡してくれた。

 

 ユウは恐る恐る肉にフォークを刺す。少し力がいるあたり肉質は固そうだが、見た目は悪くない。油の滴るジューシーな肉料理といったところか。だがこれが昼間の変異ネズミだと思うと食欲など湧かなかった。

 

 

「気持ちは分かるが食べておいた方がいいよ。食べれるだけまだマシな方なんだから」

 

 

ジェームスさんの言うことも分かる。この不毛な場所で食料確保がどれだけ困難か、この世界を知る人間なら分かるだろう。実際ここキャピタルウェイストランドで入手できる食料といえば、大半は核戦争前の保存食となっている。中には極々稀にではあるが、イモなどの野菜が自生していたり変異して首が二つある牛『バラモン』が群生していたりもする。だが前者は高確率で放射能に汚染されており、後者に至っては言わずもがな。

 

 そのためモールラットのようなモンスターに分類されるものでも貴重な食料たりえるのがここキャピタルウェイストランドの常識だ。

 

中々手が動かなかったが、躊躇いながらも一口かじりついてみる。噛んだところから肉汁が溢れ出てくるところは中々いいが、やはり固く呑み込むのに苦労する。後々思い返してみると塩気が足りなかったと感じたが、調味料などあるはずがないのでどうにもならない。

 

食事が済んだ後、ジェームスさんに自分があそこにいた経緯を説明した。流石にゲームの世界に入ったとは言わなかった……というか言えなかった。信じてもらえないのは分かりきっているし、もしかしたら予期せぬ形で多大な影響を及ぼすかもしれない。

 

 

「つまり君はこことは違う世界、パラレルワールドから来たと言うんだね?」

 

 

なのでそういうことにしておいた。どのみち荒唐無稽で到底信じられる話じゃないし、変に思われたろうなぁ。

 

 

「……分かった、取り敢えず信じることにするよ」

 

 

「……へ? 信じてくれるんですか? オレが言うのもなんですが」

 

 

「確かに信じられる内容じゃない。言ってしまえば馬鹿げた冗談にしか聞こえないね」

 

 

「う……」

 

 

分かってはいたが、ズバリ言われると結構堪える。項垂れるオレを見ていたジェームスさんは、そこでニコリと笑う。

 

 

「でも見る限り、君は嘘を吐いている風には見えない。それに、そんな嘘を吐いてもメリットはないと思うし。オレは信じる事にするよ」

 

 

 その言葉にオレは不覚にも涙を流した。いきなりこの世界に跳ばされて、わけも分からないままに死にかけた。不安で一杯だったオレには、ジェームスさんの何気ない優しさが何よりも嬉しかった。

 

 

「さて、本当に異世界から来たならこの世界での生き方とか分かってないだろう。出来る範囲でいいならオレが教えよう」

 

 

ふと気がついたが、初対面の時の一人称は私だったのに対し、今はオレと呼んでいる。ジェームスさんの地はオレの方らしい。まぁその話は置いといて、この申し出は正直以外だった。

 

 

「いいんですか!? でも時間がかかるだろうし、食料や弾薬とかも……」

 

 

 この世界がゲームと同じだとすれば、オレはジェームスさんのやろうとしている事を知っている。それを考えればこんな所で油を売っているべきではない筈だ。

 それに教えてもらうのは何も知識に限った物ではない。銃器の取り扱いや機械の操作、果ては基本的な移動から戦闘時の対処法など多岐に渡る。

 そしてその訓練には実機や弾薬など消耗品が少なからずある。それを考えると少々、いや大分後ろめたく感じるわけで。

 

 

「んー……、掛かるだろうけどキミ放っておくと直ぐ死んじゃいそうだからね」

 

 

「うぐ……」

 

 

 日中モールラット相手に死にかけた身としてはぐうの音も出ない。このままジェームスさん達と別れても、言われた通りになるのが容易に分かるので尚更だ。

 

 

「まぁそういうわけだから。今日はもう寝るとして明日から始めよう」

 

 

「はい……、よろしくお願いします」

 

 

申し訳なさ半分、気恥ずかしさ半分を抱えながらオレは用意されたマットに寝そべった。見張りはスカベンジャーさんと三匹の犬がしてくれるようだ。

 

 こうして次の日から、ジェームスさん指導の下数日に渡る『ウェイストランドの生き方講習』が始まったのだった。

 

 余談だが、腹の中で何かが動いている感覚に、横になっても暫く寝付けなかった。食生活にも早めに慣れなければと思ったユウだった。

 

 

 




これで主人公が大分マシになる……予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 講習の成果

 甲高い金属音が辺りに広がっていく。何度も何度も、硬いもの同士がぶつかる音が灰色の曇り空に広がっては消え広がっては消える。

 

 

「違う! 甲殻の隙間、柔らかい部分を狙うんだ!」

 

 

「は、はい!」

 

 

 甲殻の隙間、と小声で復唱しながら手に持った物を構え直す。右手にはコンバットナイフを、左手には10mmピストルを。鈍い光を放つ両手の得物を相手に向ける。

 対する相手はほぼ全身が黒銀の甲殻に覆われていて、計8つの赤く丸い目で眼前の獲物であるユウを仕留めんと目を向けてくる。そして自慢の猛毒の尻尾を突き刺そうと振り回しながらタイミングを図っている。

 

 今相手にしているのはラッドスコルピオンという、放射能の影響で巨大化したサソリだ。キャピタルウェイストランドでは大振りな個体で、軽自動車くらいだろうか。ゲームでは決まったアルゴリズムでしか動かないため、武装を用いて何気なく潰していたのだが戦闘開始から数分。ゲームのように楽に勝てる相手ではない事をユウは悟る。

 鋏と毒針しか攻撃方法のないラッドスコルピオンの対処法は、遠距離射撃による殲滅というのがセオリーだ。それに倣いユウも距離を取りつつ10㎜ピストルを撃ち込んでいるが、その悉くが強固な甲殻に弾かれて甲高い金属音を空しく響かせるだけだった。

 

(硬ぇ!! ほんとにサソリかよ!?)

 

撃ち出される10㎜弾を意にも介さずじりじりと近づくラッドスコルピオンは、自慢の尻尾をユウ目掛けて振り下ろす。

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

寸でのところで後ろに飛び退くユウ。針が深く突き刺さった地面は毒々しい紫色の液体で染まっていた。それを見てユウは背筋に悪寒が走るのを感じた。

 

 たかがサソリと侮ることなかれ。その甲殻は大きくなるにつれて強固で頑丈な装甲となり、尻尾の毒素は通常よりも危険な猛毒となっているため、非常に恐ろしい存在なのである。ユウは追撃を躱そうと岩場地帯に逃げ込む。右へ左へと細い道を走り進んだ先は行き止まり。引き返そうとしても直ぐそこまでスコルピオンが迫っていた。しかし追い詰められたユウの口元には何故か笑みが浮かんでいた。

 逃げ場を失くした獲物を仕留めんと毒針付きの尻尾が振り下ろされる。鋭利な針先がユウの額を捉えようとしたそのとき――

 

キュィィィイン

 

 一体何が起こったのだろうか。一瞬の後に毒針が捉えたのは大きな岩肌であり、本来の獲物であるユウはその上を跳んでいた。前後左右に逃げ場が無ければ上に逃げればいい。単純なように思えるが、タイミングを間違えるとそのまま串刺しにされる危険性もある。まして毒針が触れるか触れないかの瀬戸際からどう脱したのかは、その場では当事者のユウにしか分からない。

 無論ラッドスコルピオンにはそんな事を考える頭はない。再び獲物を突き刺さなければと尻尾に力を入れるが、深く突き刺さった毒針はビクともしない。ユウはその隙を逃さずスコルピオンの背中に着地、コンバットナイフを振りかざす。頑丈な甲殻に覆われているモンスターはウェイストランドでスコルピオン以外にも存在するが、総じて身体の構造上全身がそうというわけではない。関節部などの可動域や顔面部分など柔らかい部位も存在する。

 

甲殻に覆われていない眼の部分ならどうだ!!

 

 その鋭利な凶刃がラッドスコルピオンの赤い目に深々と突き刺さる。紫の体液が噴水のように溢れ、ユウの頬を毒々しい色に染め上げる。あまりの痛みにスコルピオンは堪らず振りほどこうとするが、岩に突き刺さった尻尾が抜けず身動きが取れない。

 

 

「ぉぉぉおおおおおおおおおおおおーー!!」

 

 

 10mmピストルを眼球に押し込む。ほぼゼロ距離で放たれた10mm弾が相手の中身をミキサーしながら突き進んでいく。

 

一発、二発、三発――

 

マガジン内の全弾を撃ち尽くしたころには、ラッドスコルピオンは弱々しく痙攣するだけになっていた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「いやぁ、大分上達したね。凄いよ」

 

 

「ジェームスさんのお陰です。でもまだまだですよ」

 

 

(謙遜してるけどかなりの成長っぷりだよ)

 

スカベンジャーの廃村に戻る途中ジェームスはこれまでのことを思い出しながらそう思った。

 

 

 初めのうちは銃器や近接武器の扱い方、医療、コンピューターの操作など色々と教えたがどこかぎこちなかった。そのうえ失敗ばかりしていた。サイコやモルパインの分量を間違えて中毒になったり、コンピューターをハッキングしたが失敗して自動ターレットに撃たれまくったり。

 戦闘でもへっぴり腰で、 ラッドローチ(突然変異したゴキブリ)と戦ったときは半泣きしてて…大丈夫かこの子…とか不安に思ったものだ。

 あの頃に比べればかなり変わった。先程のように大き目な個体のラッドスコルピオンを一人で、それも限られた装備だけで倒せるくらいになった。

 初めは失敗ばかりしていたが、驚くことにどの作業も2回目を実践してみると完璧にこなせたのである。

吸収力が凄いとか呑み込みが早いとかそんな次元の話ではない。まるで長年培ってきた技術であるかのように見違えたように簡単にやり遂げてしまうのだ。

 

 

「しかし君はすごいな。初めはどの作業も上手くできなかったのに、二回目になると僕より上手にできてしまうんだから」

 

 

「ハハ、ありがとうございます」

 

 

彼は照れ臭そうに苦笑したあと、神妙な顔つきになる。

 

 

「……自分にもよく分からないんです。教えてもらったときは上手くできなかったんですが、二回目は自分でも驚くほど簡単にできちゃうんです。まるで、記憶はないのに身体はその動作を覚えてるような……」

 

 

そこまで話すとユウ君はハッとして「すみません、訳の分からないこと言って…」と謝ってきた。

 

 

「いや、いいさ。まあ何はともあれ必要な知識や動作を二度やっただけで身に付けられたんだ、いいことじゃないか」

 

 

「はいっ! そうですよね」

 

 

ユウ君は笑顔でそう答えてきた。ここまで素直に喜んでくれると教えた甲斐があったと嬉しくなってくる。そう思いながらジェームスはもう一方で別の思案をしていた。

 

--彼は一体何者なのだろうか--

 

 正直に言ってユウ・カジマという人間は信用しているが、その素性についてはそうでない。異世界などというファンタジーが存在するのは空想の世界だけであり、まして現実にあるなどジェームスも流石に鵜呑みにはできなかった。彼のpip-boyを見せてもらったとき科学者のジェームスは更に悩んだ。

 一見自分達が使っていたものと一緒なのだが、かなり頑丈で軽量化もされている。その上データ許容量も既製品と比べて大容量らしい。地下シェルターvaultで使用されているものより更に高性能なそれは、製造元も製造年月日も何も記載されていなかった。ならばと内部のデータベースにアクセスしようと試みたが、優れた科学者であるジェームスをもってしても破れない厳重なプロテクトがかかっており、データ量が多い事と重量や強度のおおよそのパラメーターくらいしか確認できなかった。

 

異世界からきた、と言うならば、ではこれは何なのだろう? 一度本人に疑問を口にしてみたが、分からないという答えが返ってきた。嘘を吐いている風でもない。

 

――まあ考えても仕方ない、か――

 

 ジェームスはひとまず保留にしておくことにした。いずれ分かるかもしれないし、興味深くはあるが今事を急ぐこともない。

 

 

「――ん?」

 

 

思案しながら歩いていたジェームスは、少し先で誰か倒れているのを発見した。

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

 

ユウが慌てて駆け寄る。駆け寄ってみると倒れているのは幼い少女だと分かった。見たところかなり衰弱している。

 

 

(アレ? この娘……)

 

 

「これは良くないね…、早く廃村に運んで治療しないと」

 

 

 倒れている少女を見てふと疑問の浮かんだオレだったが、ジェームスさんが言うにはあまり思わしくないらしいため、この場はそれを横に置き少女を運ぶ事に専念した。心なしか焦りの表情が窺えるジェームスさん。一先ずオレたちは少女をスカベンジャーさんの所へ運ぶことにした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 少女の涙

 

 

 霧がかかっていた。

 

辺りは深い霧に覆われて視界が悪く、10m先の物すら視認できない。霧のせいで分かりにくいが、周囲には大小様々な山の影が浮かんでいる。それらは機械の部品であったり作業用ロボットの残骸であったり、いわゆる“スクラップ”が積み重ねられたものだった。

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」

 

 

 その山々の間を走る二つの人影。一人は傭兵服を着た男性。頭には白いヘッドラップを、右目に眼帯を着けている。もう一人はショートな髪型の10歳前後の可愛らしい少女だ。男性は少女の手をとり走っては時折、何かから逃げるように後ろを振り返っていた。実際彼らは追われていた。

 

 

「隠れてもムダだぁ!」

 

 

「おれに見つかるとヤバいぞぉ!」

 

 

 遠くから追っ手の声が聞こえた。下卑たその声は段々と近づいてきているようだ。幼い少女を伴っている分こちらの動きはどうしたって遅くなる。追い付かれるのは時間の問題だ。男性はせめてこの子だけでも逃がさないと、と考えた。走っていた足を止め近くのスクラップの陰に身を潜める。上がった息を整えつつ、右手でホルスターからスコープ付き44.マグナムを抜く。手にズシリとした感触が伝わるが、普段は頼りになる愛銃も今は棒切れのように頼りなく感じた。

 

 

「……マギー、おれが連中を引き付けるから、その間にお前は逃げるんだ。」

 

 

「いやっ! 一緒じゃなきゃいや!」

 

 

「そこにいたかぁ!!」

 

 

とうとう見つかってしまったらしい。もはや言い合っている時間もない。男性は覚悟を決めて銃を構えた。

 

 

「いいから行くんだ!!」

 

 

そう言い残し、男性は追っ手がいる方へ自ら駆け出した。

 

 

「おら、来いよ!」

 

 

「さあ、戦うぞ!」

 

 

 獲物を見つけて戦意が高揚しているのか、追っ手の嬉しそうな叫び声が聞こえた。次いで複数の発砲音。深い霧の中、マズルフラッシュが稲光のように閃く。

 

 

「いやよビリー、ビリーーー!!」

 

 

手を伸ばし、離れていく男性に発した少女の悲痛な叫びは、遂に届くことはなかった。

 

◆◆◆◆

 

 

「…う……ん……」

 

 

「おや、気がついたかい?」

 

 

「!? あなたは、誰……!?」

 

 

「俺はジェームス。しがない旅人さ」

 

 

 その人はジェームスと名乗った。第一印象は『いい人』だけど、見た目くらいウェイストランドで信用ならないものはない。周りを見回してみるとここはどこかの小屋のようだ。中は狭く自分が寝ていたベッドの他は椅子とロッカーしかない。知らない場所、知らない相手。状況さえ理解できず不安を募らせているとドアが開いて一人の少年が入ってきた。その姿に勿論見覚えはない。

 

 

「ジェームスさん、見回りしてきまし――あぁ、よかった目が覚めたんだね」

 

 

その人はこちらに気がつくと心配そうな顔つきで声を掛けてきた。

 

 

「悪い夢でも見てたの? 随分と魘されてたみたいだけど…」

 

 

「……悪い…夢……」

 

 

 言われてから考える。そう、夢を見ていた。とても大事なことの筈なのに、ちゃんと思い出せない。そもそもなんで自分はここにいるんだろう。ビリーはどこに……ビリー!? 目覚めたばかりでぼんやりとしていた思考が一気に覚醒していく。そうだ。私は、私達は追われていて、私を逃がす為にビリーは……。

 

 

「ビリーは、ビリーはどこ!?」

 

 

「え、ビリー?」

 

 

少年は首を傾げている。ジェームスさんも同様のようで分からないという顔をしていた。その反応で少女――マギーは背中に冷たいものが走るのを感じた。

 

 

「君は道端で倒れていたんだけど、他には誰もいなかったよ」

 

 

ジェームスさんの言葉にマギーは愕然とした。ここにいないのなら、ビリーは……。

 

 

「何があったのか、話してくれるかい?」

 

 

「……はい」

 

 

 この人達に頼むしかない。そう考えて、逃げてきた少女マギーは何があったかを語り始めた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「つまり、君はメガトンから来たんだね」

 

 

「……はい」

 

 

 彼女の話だと、メガトンは今レイダーの一団に占拠されているらしい。周囲を外壁で覆われているメガトンがたかがレイダーに落とされるとは考えにくいが、その疑問もマギーの話で納得がいった。

 

 

「……裏切り者がいたの」

 

 

 どのような意図か、中から入口を開けてレイダーを招き入れた人間がいるらしい。それも、住人に睡眠薬入りの糧食を事前に振る舞っていたというから、どうにもキナ臭い。事前に計画していたと見るべきだろう。

 

 

「私とビリーはお腹が空いてなかったから食べなかったの」

 

 

なるほど内側から崩されたのなら納得がいく。どれほど堅固な防壁もそれでは意味を為さないのだから。

 

 

「異変に気づいたビリーは私を連れて外に出たの。そのとき見つかっちゃって、私を逃がすためにビリーは一人で戦って……」

 

 

 そこまで説明すると、マギーは急に黙ってしまった。苦しい表情で口を接ぐんでいたが、決心したのか口を開く。

 

 

「お願いします。勝手なお願いなのは分かってる。でも……」

 

 

 そこまで言ったが、マギーは続けるのを躊躇った。今から言おうとしているのは一方的なお願いだ。成功すれば報奨もあるかもしれないが、しかしそれ以前に危険が伴う。不確定な報奨のために命というハイリスクを賭けようという愚か者はそういまい。目の前の二人もそうだと思った。マギーは恐かったのだ。嘆願が拒否されるのを。このまま何もできず、また“一人”になってしまう想像が現実になる事を。そんな恐怖で押し包まれそうになるのを必死で堪え、勇気を振り絞って続きを話す。

 

 

「――でも、あそこにいるのは私の仲間、ううん家族なの!! ……お願いします。みんなを助けてっ!!」

 

 

 ボロボロと大粒の涙を流しながら嗚咽混じりに懇願するマギーを見て、ジェームスは言葉に詰まった。ユウはともかく、マギーの考えた通りジェームスは無謀に自ら突っ込んで行くような愚か者ではない。奇策を弄したとはいえ、相手はメガトンを制圧したのだ。決して少人数ではないだろう。対してこちらはたったの二人。装備弾薬も十分とは言えず、かなり不利なのは否めない。メガトンの売りになっていた堅牢さも今はそれに一枚噛んでいる。

 

 更に相手がレイダーとなれば、最悪住人が皆殺しにされている可能性もあるが、それを彼女に言うのは心苦しいし、可能性があるからといって見捨てるのもあまりに非情だ。ジェームスは愚か者ではないが、少女らを見捨てられるような非情な人間でもない。寧ろ放っておけないお人好しタイプである故に、返答に窮する。

 

 

「ジェームスさん。何とか助けられませんかね?」

 

 

「ウ~ン……」

 

 

隣のユウが不安げに聞いてくる。ジェームスは考える。別に正面切って戦う必要はないのだ。相手を撹乱し、生きているという前提でだが住人を解放すればいい。そのためには何が必要か……。今ある装備、作戦、他には――

 

 ふとジェームスはユウのpip-boyを見る。通常の物と違い黒く塗装されたそれは、実は機能も通常にはない物が実装されている。

 

――何とかなるかもしれないな。

 

 

「……うん、困ってる子がいたら助けてあげないとね」

 

 

その言葉にパッと顔を明るくするマギー。

 

 

「うんうん、それでこそあんた逹男だよ。こんな可愛い女の子が涙溜めながら必死にお願いしてるんだ。助けなきゃ男じゃないよ」

 

 

ギィ、とドアが開きスカベンジャーさんが入ってきて言った。その手には何やら道具の入った木箱が抱えられている。

 

 

「餞別だよ、持っていきな」

 

 

そう言って渡されたのはスティムパック、血液パック、モルバイン、弾薬、食糧、他に――

 

 

「これは……ステルスボーイじゃないか!?」

 

 

驚くジェームスさん。それもそのはず、ステルスボーイは携行式の光学迷彩装置でゲーム中でも序盤はあまり入手できないレアなアイテムなのだ。戦前の技術で造られたこの装置はウェイストランドにおいても現存しているものは少なく、稀少価値の高い代物なのだがスカベンジャーはそれを無償で提供しようというのだ。それも三つも。

 

 

「あんた逹には世話になってるからねぇ。それにこんな幼い子に家族を失うような悲しい想いはさせたくないんだよ」

 

 

 そう答えてマギーの方を見詰めている彼女の瞳には、どこか哀しげな光が宿っていた。もしかしたら過去にそういった出来事があったのかもしれない。残酷だがウェイストランドに於いては決して珍しい事ではないのだ。

 

 

「さぁさ、お喋りはここまでにしてさっさと準備を始めようじゃないか。早くこの子の大事な人達を助け出してあげないとねぇ!」

 

 

 スカベンジャーさんの顔には先程までの哀しげな表情は既に無く、やってやるぞという気概があった。こうして何故かスカベンジャーさん主導のもとメガトン解放への準備が進められたのであった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 メガトン解放その1

 

 ——メガトン。

 

キャピタルウェイストランドのほぼ中心に位置する、四方を防壁に囲まれた街だ。防壁、と言えば聞こえはいいが実際は方々から掻き集めた廃材を繋ぎ合わせて出来た継ぎ接ぎの壁だ。元々はそこには何もなかった。200年前の全面核戦争、それによって引き起こされた最終審判の後。vaultに入れなかった難民が投下されたが不発だった核爆弾の側に寄り添い、まだ使えそうな機械系部品や廃材などを利用して組み立てたのがメガトンの始まりだった。

 

 初めは核爆弾の回りにテントが点々と張られているだけのこじんまりとしたものだったが、運よく生き残った人々が徐々に集まり使えそうな部品を探しては壁を作り家々を建てていき、どんどん大きくなっていった。

そうして出来た外壁の周辺には、使えなかったり余った部品の山々が大小幾つもある。

 

 その中には廃品部品や廃電子機器、修理すれば動かせるロボットなど様々な物が埋まっている。これらはメガトンを運営していくための代替部品や資金源となっている。同時に卑しいレイダーや野盗の話題にもなっているのだが。閑話休題。

 

 さて、長い年月を経て組み上げられた外壁は内側にいる住人を外敵から守り続けてきた。その高く分厚い防壁に庇護され、昼も夜も穏やかな時が流れるメガトンであったのだが、今は様子が違う。

 

 今は夜。普段なら殆どの住人は自分の家に戻っているのだが町の中心近くにある食堂は大勢の人で溢れかえり喧騒が広がっていた。時折怒号なども飛んでいるが他の者は特に気にした風もなく自分に宛がわれた食い物や酒をがっついていた。

 

 

「あ~うめぇ! ここの連中こんないいもん食ってやがったのか!」

 

 

「全くだな、オレたちなんか食い物に困ったときはその辺の人間捌いて喰らってたってのによ」

 

 

「まぁいいじゃねえか。この場所はもうオレたちのモンだ。これからはこっちが楽しむ番だろ?」

 

 

「へへっ、違えねぇ」

 

 

 男たちの話を聞いて周りの連中から卑下た笑いが上がる。話の内容から分かるように、彼らはここメガトンの本来の住人ではない。今町の中を歩いているのは非道、無法者で知られるレイダー逹である。数日前、たった一人の青年の裏切りによってこのメガトンは彼らの手に落ちたのだ。以来、レイダー達はこうして蓄えられた食糧や酒で好き放題していた。

 

 前にいた場所よりも立派な拠点/住み処を手に入れて彼らは上機嫌だった。その為か、周辺の警戒を全くといっていいほどしていなかった。酒が入っている事と周囲を囲う防壁の安心感も手伝って警戒は極めてザル。

だがそれも仕方がないのかもしれない。ここメガトンの周辺には大きな脅威は存在しない。核爆弾があるためか迂闊に近づこうとする者は殆どいない。いるとしても流れの放浪者か彼らレイダーのようなメガトン狙いの無法者くらいである。モンスターにしてもモールラットやブロートフライ(突然変異したハエ)のような小型のものが殆どを占めるため、気にする必要もない。彼らはそう考えていた。

 

 その考えが自分達を絶望のドン底に叩き落とすことになることを、今の彼らはまだ知らない。新たな住人がばか騒ぎする食堂から離れた場所にある一角。あちらと違ってここには人影がなく継ぎ接ぎのような壁が静かに佇むのみだ。その一部がズズズッと小さな音をたてながら動き出す。そこから二つの人影が現れた。一人はサンドブラウンのコンバットアーマーを着こんだ青年。もう一人はスカート姿の年端もいかない少女だ。

 

 

「ふう、潜入成功だね。でもこんな入口があるとはね……」

 

 

「私もこの間見つけたの。どうやら取り付けが甘かったみたいね」

 

 

 ……メガトンを建造した先人の中には手抜きをしてた人がいたようです。まぁそのお陰で助かってるけど。

そんなことを考えながらアーマーを着た青年——ユウは懐から携帯電話くらいの大きさの機器を取り出す。

 

 

  ピッ

 

 

「……ジェームスさん、こちらユウ。潜入に成功した」

 

 

『分かった、合図があるまで待機しててくれるかい? くれぐれも見つからないようにね』

 

 

「了解、任務に戻る」

 

 

  ピッ

 

 

ジェームスさん製作の簡易無線機で通信をする。潜入は成功、作戦は次の段階に進む。

 

 

「合図があるまで待機してろってさ」

 

 

「りょーかいっ」

 

 

 マギーに今後の動きを伝え、見える範囲で周囲を観察する。街の真ん中近くの食堂には十数人のレイダーが集まり飲み食いしている。上の階層にある建物には見張りだろうか、レイダーがドアの前で一人やるせない感じで立っている。恐らくだがあそこに住人を閉じ込めているのだろう。

 

 情報を集めようと更に周囲を観察していると、その建物に歩いて向かう三人のレイダーが目に映った。一人が前を歩き、もう二人はそれに付き従っている。先頭の人物は幹部、或いはこの集団のボスだろうか。他のレイダーとは別格のようで、つまらなそうにしていた見張りのレイダーが慌てて背筋を正していた。

 

 

「あ、あいつは……!?」

 

 

「マギー、知っているの――」

 

 

 ユウが喋り終わる前にマギーはその建物目掛けて飛び出していった……ってオイ!? スルーされた、じゃなくていきなり出ていったら不味いでしょうよ! 放っておくわけにもいかないので、自らも後を追う。しかし普段は大人しいマギーがあそこまで取り乱すなんて何者だろう?

 

 とりあえず見張りのいる建物の横まできた。途中からはスカベンジャーさんから貰ったステルスボーイを起動したので難なく近づけた。いきなり飛び出していったから冷や冷やしたが、マギーも起動させていたようなので一先ず安心。再び入口に眼を向けるとさっき見かけた三人は中に入ったようで、見張りだけが相変わらず面白くなさそうな顔で立っていた。

 

 

クイクイッ

 

 

「ん?」

 

 

マギーが服の袖を引っ張る。

 

 

「ねぇ、何か食べ物ある? いい作戦があるんだけど。」

 

 

◆◆◆◆

 

 

「……はぁ、折角メガトンを手に入れて贅沢できるってのに何でオレだけ見張りなんざやらなきゃなんねえんだよ」

 

 

 彼はリーダーから見張りをするように言われたため、不本意ながらもここに立っていた。内心は皆と同じく食って飲んでのどんちゃん騒ぎと行きたいところであったのだが、自分達のリーダーは歯向かう者は容赦なく殺すことを知っているため渋々引き受けたのだ。

 

 本当なら今頃自分もあの食堂でばか騒ぎをしていた筈なのに、と考えて溜め息を漏らす。楽しんでいる他の連中を見て、差し入れの一つでも持ってこいってんだと悪態をつく。ここ最近録な食事にありつけず、メガトンに入ってからもご馳走を目の前にしながらリーダーの言い付けのせいでお預けの状態。不満一杯の彼の心情を表してか、腹の虫が激しく泣き出す。

 

 

コトッ

 

 

「んあ?」

 

 

 音のした方に目を向けると、床に食料が置かれている。辺りを見回すが誰もいない。もう一度キョロキョロと辺りを見回してから、

 

 

「誰もいねぇんならオレが食っちまっても問題ねぇよな」

 

 

と言って拾い物の包装を解く。中身は即席ポテトだった。本来なら袋から取り出した後磨り潰してマッシュポテトにしてから食べるものだが、彼は塊のままかぶりついた。空腹の彼には調理などという過程は要らず、ただ腹が膨れればいいという考えだからだ。

 

 

「ん? 何か固い部分が……?」

 

 

咀嚼しているとガリッという音が口内から聞こえたが、見張りは構わず飲み込む。食べたという満足感に浸っているとき異変は起きた。彼の表情が幸せそうなそれから徐々に苦悶のそれに代わり始めたかと思うと、自身の腹部を押さえて悶え始めた。顔面からは異常なまでの汗が流れ、顔の色も心なしか蒼白くなっている。

 

 

(は、腹があぁぁぁ!?)

 

 

 突然の激痛に焦る彼の腹からは先程の腹の虫とは別種の音が鳴り響いている。早くトイレに行かなければ!! 身体からは危険信号とともにそんなメッセージが送られてくるが、ここを勝手に離れるわけにはいかないと最後の理性が押し留める。少しの間踏み留まったようだが、危険信号が理性を上回ったのかトイレの方向に駆け出していった。離れていく見張りを見届けてからユウはマギーに聞いてみる。

 

 

「行ったな。しかし何混ぜたんだ?」

 

「ん、下剤。モイラさんから貰ったやつ。男子とかに苛められたら使いなさいって前にくれたの。効果がどうだったか後で教える条件付きで」

 

 

………流石モイラさんだ。やることがえげつないぜ。しかし見張りもあんなあからさまな罠に引っ掛かるなんて……。迂闊過ぎやしないか?

 

 

「相当お腹空いてたみたいだし、自分達が占領したからって気が緩んじゃったんじゃない? それこそ栄養が足りなくて頭が働かなかったみたいだし」

 

 

なるほど、そう言われればそうだ。納得がいったよ。てかさりげなく人の心を読むんじゃありません。地味にビックリしてるぞ今。

 

 見張りがいなくなったので扉まで近づき扉の窓から中を窺う。室内には縛られた住人が一か所に固められている。幹部クラスと思しき先程の青年レイダーは縛られたテンガロンハットを被った男と話している所だった。

 

 

「やあルーカスさん。気分はいかがですか?」

 

 

「……このオレが気分最高だ、ヒャッハー!!ってな感じに見えるのか? もしそうだって言うんなら医者にでも診てもらえ。そんでもってその節穴の目刳り貫いてもらったらどうだ? ポッポよぉ……!」

 

 

 ポッポと呼ばれたレイダーの青年の言葉にテンガロンハットを被った男——“自称”保安官のルーカス・シムズは憎々しげに答える。

 

 

「そんなこと言わないで下さいよ。せっかく心配で様子を見にきたのに。あんまりじゃないっすか」

 

 

ケタケタと笑いながら話す青年とは対称的に、ルーカスの表情はどんどん憎しみで歪んでいく。ルーカスだけではない。彼の後ろで同じように縛られている他の住人も同様に顔を歪めて彼を睨んでいた。

 

 

「心配だと……? オレ達をレイダーなんかに売りやがって、裏切り者がどの面さげて言いやがる!?」

 

 

 そう、ルーカスの言う通り彼はレイダーを招き入れた張本人である。にも拘わらず当の本人は「裏切り者?」と言いながら分からないといった顔をしていた。かと思うと何か合点がいったのか手をポンと叩いて、何が可笑しいのか笑い混じりに話す。

 

 

「あぁ、とんでもない。僕は裏切りなんてしてませんよ」

 

 

「キサマ、ふざ——」

 

 

「だって——」

 

 

「僕は初めからこちらの人間なんですから」

 

 

「なに……!?」

 

 

その言葉にルーカスをはじめ縛られた住人のあちらこちらから驚愕やどよめきが起こる。その反応が面白かったのか更に顔をニヤケさせ、楽しげに種明かしをしていく。

 

 

「思い出すと懐かしい。一年前、レイダーに追われている僕をあなた方は助けてくれました。それだけでなく僕に仕事や住む場所、食べ物という生きる糧を与えてくれた。追われて逃げてきた、あれ自体が仕組まれたものだとも知らずに」

 

 

 住人の面々に動揺が走る。驚き呆気にとられる者、真実を知り歯を軋ませる者、怒りに顔を赤くして歪ませる者と反応は様々だ。それらの反応にポッポは大変満足げだ。

 

 

「改めて自己紹介といこうか。オレはスプリングベールのレイダーを束ねるリーダーのポッポだ」

 

 

これにはあまりの怒りに押し黙っていたルーカスも驚きの表情になる。レイダーの一員だとか仕込みだとかでも驚きなのに、まさかボス自らが潜入していたとは……。

 

 

「さて、種も明かし終わった事ですしここからは本題。あなた方の今後についてお話にきたんです」

 

 

「……オレたちをどうするつもりだ?」

 

 

一応聞いてみたもののどうせ碌な末路じゃないだろうとルーカスは思った。相手がレイダーの上、ただの雑魚でなくリーダー格ときた。恐らく骨の髄まで利用され、生存の可能性は極めて低い。

 

 

「我々の労働力となっていただく……というのも良かったんですが、あなた達と暮らしていて分かりました。大人しく従うような連中じゃない、隙を見ていずれは反旗を翻す。それも面倒なんでねぇ……」

 

 

「……?」

 

 

「”ユーロジー・ジョーンズ”の所に売り込みに行こうかなと考えてます」

 

 

「……!?」

 

 

 住人の顔が今度は恐怖を刻んだ。それも無理からぬ事、ユーロジー・ジョーンズはウェイストランド中にその名を轟かす最大最悪の奴隷商人。一度彼の商品に数えられれば最後、死ぬまで自由はない。聞いた話だと何やら特殊な機械を使って奴隷を支配下に置き、例え逃げ出しても彼の部下が追ってきて始末をするという。

 

 

「明朝ここを発ち彼の事務所に向かおうと思ってます。暫くメガトンを空ける事になりますが、一つ忠告しておきましょう。変な気を起こさない事です。……実はここの不発弾に細工をしました。オレの合図で起爆するように、ね」

 

 

「……!? てめぇ、正気か!?」

 

 

狂気に陥っているとしか思えない行為にルーカスが叫ぶ。自身の近くにある核爆弾を爆発させられるようにするなど、正気の者なら絶対に考えられない事である。

 

 

「ハハハ、ご心配なく。至って正気です。これは一種の保険みたいなものですよ」

 

 

「保険だと?」

 

 

「先程も申した通り暫く不在になりますので。部下は置いていきますがあいつらも腹の内では何を考えてるか分からんし、あなた方もこのまま大人しくしているとも思えません。だからこその保険でして。安心してください、大人しくしてれば起爆スイッチを押さずに済みます」

 

 

自身の腕に括り付けた小型端末を指差してポッポは説明をする。逆に歯向かえば押すと脅しを掛けている、そしてそれは手下のレイダーに対してもらしい。結局は信じられるのは己だけ、というわけだ。万が一の誤作動に対処する為、制御端末は核爆弾の方にも取り付けてあり、不測の事態になっても起爆信号を解除できるらしい。ただしそれにはパスコードや決められた手順が必要であり、高度なハッキングでもしない限りルーカス達には破れないと、上機嫌なポッポはベラベラ話してくれた。その場にいた彼以外の全員が『イカれてる』と心の中で吐き捨てた。

 

 

「そういう訳なんで大人しくしてな。大事な金の卵だ、利用価値がある間は生かしといてやるからよぉ」

 

 

今まで人当たりの良い微笑で話していたポッポは、邪悪な笑顔で目の前の金の卵に向かって凄む。恐らくはこちらが地なのだろう。いよいよ住人達は自分達の置かれた状況に恐怖しだし、震えだした。その姿を見たポッポはまた微笑に戻り、満足したのか部屋を出ていこうとした。

 

 

「……一つ聞きたい」

 

 

その声にポッポの足が止まる。ルーカスだ。

 

 

「ビリーとマギーはどうした?」

 

 

他の住人がはっとする。住人の中でこの場にいない、逃げた二人の安否をルーカスを含む全員が気にしていた。今日まで二人の話が出ていなかったから、無事に逃げていると思っていたがこれがポッポに会う最後のチャンスかもしれない。今のうちに聞いてみようと思ったのだ。

 

 

「ああ、言い忘れてたな、ビリーならここにいるぜ。逃げたりしたから広場でお仕置きしてる最中だ」

 

 

ルーカスはゾッとした。ビリーが捕えられたことと、マギーだけが見つかっていないことに。ここメガトンの周囲にも小さいながらモンスターはいる。幼い少女だけではもしもの事もありうる。

 

 

「マギーは見つかってねぇから、ひょっとしたら野垂れ死んじまってるかも……なぁんてな!」

 

 

さも可笑しそうに話すポッポは、今度こそ部屋から出ていく。最後に、首だけ回して住人達に感謝の言葉を述べて。

 

 

「ルーカスさん、皆さん。僕を受け入れてくれてありがとうございます。おかげで大儲けできそうだぜ」

 

 

忌々しい高笑いを最後にドアは閉められた。後悔と憎悪、絶望がその場を支配した。

 

◆◆◆◆

 

 

「んん? 見張りがいませんね。しょうがないな~、キミ変わりにやってください」

 

 

「わかりやした(……調子狂うな、その喋り方気に入ってるのか?)」

 

 

 勝手にいなくなった見張りへの罰を考えながら付き添いの一人に命令するポッポ。そして残りの一人を引き連れてどこかへ歩いていく。ユウとマギーはそれを物陰から眺める。目で追っていくと着いたのは核爆弾だった。

 

 

「気分はいかがですか?」

 

 

ここからでは陰になって見えないが、ポッポは誰かに話しかけていた。確認しようと見える位置に移動して眺める。そこにいたのは核爆弾の下で両手を鎖に繋がれた満身創痍の男性、ビリーだった。

 

 

「……っ!! ビ……ムグッ!?」

 

 

ビリーを見てマギーが叫びそうになったのをユウが慌てて口を塞ぐ。幸い新たな見張りには気づかれなかったようだ。しかし叫びそうになるのも無理はない、ここからでも分かるほどビリーは傷付けられている。下手をすると命に関わりかねないくらいに。

 

 

「…………」

 

 

「返事も返してくれないのですか、寂しいですねぇ」

 

 

 返さない、ではなく返せないのだ。愛用の傭兵服は所々弾痕や切り傷等でボロ雑巾のような有り様で、下着やヘッドラップは血が滲み赤黒いシミを拡げている。そんな重体の身で核爆弾の側に拘束されているのだから、話す余裕もない。その上この核爆弾、不発でこそあるが内部の放射性物質は健在であり、近づけば微量ではあるが放射線に晒されることとなる。それだけでなく、爆弾の下には長い年月を経て汚染された水溜まりができていて、ビリーはそこに半身浸かる形で拘束されていた。今この瞬間もビリーは放射能という毒に侵されているという事になるのだ。 

 

 

「マギーは見つからなかったよ。可哀想に、もしかしたら高値で売れたかもしれねぇのに。残念だよ」

 

 

 やれやれといった感じで首を竦めてみせる。言葉とは裏腹にその態度は軽い。ポッポにとっては沢山の商品のうちの一つでしかないのだから死んでしまってもそれほど苦ではないらしい。

 

 

「……それとお前さんには見せしめになってもらう。どんだけ効果があるか分からんがまっ、これもケジメってやつ?」

 

 

口では見せしめとかケジメとか言っているが、ポッポの歪んだ笑みの顔を見れば分かる。この男はただビリーを痛めつけたいだけだ。今回の出来事にしても、以前から計画を練っていたにしては杜撰な部分もあり、彼の気分に合わせて非効率な行動を取る場面が目立つ。ビリー達が逃げ出したのを察知しても直ぐに追わず、部下の内数人を放ち猟犬を連れた狩人のように獲物を追い詰めるのを楽しんだりしていた。今だってそうだ。ただ気に喰わないとか殺したいからとか、利益より気分に傾いているだけなのだ。

 

 

「じゃぁな。あっちでマギーに会ったら宜しく言っといてくれ」

 

 

そう言って腰のホルスターにある中国軍ピストルを抜きビリーに銃口をむける。ビリーは何も答えない。ポッポの引き金にかけた指に力が少しずつ込められる。

 

 

(……ビリーーーー!!)

 

 

 少女が心の中で悲鳴をあげる。トリガーが引き抜かれようとしたそのとき、爆発音とともにメガトン全体を巨大な振動が揺らした。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 メガトン解放その2

 

 突然の激しい揺れに宴を楽しんでいたレイダー達は浮き足立った。何が起きたのか、揺れの原因は何かを確かめるため皆あちらこちらへと走り回る。読みかけの本を投げ捨て宛がわれた家から外に飛び出した彼女、スプリングベール地区では副リーダーにあたるキャスもその一人だった。

 

 

「何が起きたの!?」

 

 

「わかりやせん……。しかしあの爆発音とほぼ同時に起きたデカイ揺れ…… けっこう近いですぜ」

 

 

「姉御、あれを!」

 

 

 近くにいた部下と話していると別のレイダーが何かを指差して叫んだ。指された方を見てみると壁の向こうに巨大な黒煙が立ち上っていた。煙とともに赤い火の粉が舞っているのを見るあたり、どうやらスクラップ置場の方で爆発があったようだ。

 

 

「何をボケッと突っ立ってる!? 早く火を消しに行くんだ!!」

 

 

声のした方を見ると我等がリーダーのポッポが回りの連中に怒鳴り散らしている。彼の近くには捕まってからも反抗的だった眼帯の男がいる。確か見せしめに殺すような事を言っていた気がするが、興奮して今はそれどころではないようだ。

 

 

「あそこにある部品だけでもかなりの利益になるんだぞ!? 全員で被害の拡大を防ぐんだ!!」

 

 

「待ちなよポッポ。幾ら何でも全員は不味いよ。何人かは見張りに残して――」

 

 

「リーダーはオレだっ! 決定はオレが下すからとっとと火を消すんだよ!」

 

「……了解」

 

 

 とりつく島もないポッポの態度に不満が喉から出そうになるがやめ、周りの連中を集めて現場に向かう。ポッポにはああ言われたが念のため二十人のうち四人を残しておく。このときポッポが欲を掻いて熱くならず冷静に指揮をしていれば、そしてキャスのいう通り警護に人員を割いていれば違う展開になっていたかもしれない。自分達が破滅の道を辿っていることを彼らはまだ知らない。

 

◆◆◆◆

 

 

(あ、危なかったーー!!)

 

 

 あの爆発(合図)がもう少し遅ければビリーは殺されていた。ナイスタイミングだジェームスさん。思わずマギーと一緒に胸を撫で下ろした。と、こんなことしてる場合ではない。

 

 

「マギー、作戦開始だ。街の皆を助け出してくれ」

 

 

「えっ、でもビリーが……」

 

 

「彼のことは任せてくれ。必ず助けるから」

 

 

 少しの間黙っていたが「……分かった」と言って駆け出していくマギー。本当は今すぐ助けに行きたいだろうが、今は行動の時だ。捕まった人達を解放するのはメガトンの内部に詳しいマギーが適任だ。ここは彼女にやってもらわなければならない。その代りビリーは責任を持って自分が助け出すから、と離れ行くマギーの背中を見ながら心の中で誓いを立てた。

 

 意気込みも程々に周囲を見回すと先程までいたポッポの姿が見えない。どこにいったかと探してみるとメガトンの上層、位置的には出入口の門より上にある見張り台によじ登り、手にした双眼鏡で外の様子を見ていた。他にも火の手が上がってないかと慌てふためいて外に気を配っているようだ。そのお陰で中までは気が回らないようで、比較的楽~に救出作業ができる。これぞまさしく灯台もと暗しってかな。そんなことを考えながらビリーを繋いでいる鎖を外そうと彼に近寄る。自身に近づくものを感じたのかビリーは身動ぎした。

 

 

「シッ、静かに。あなたを助けにきた者です」

 

 

返事はないが聞こえているようで、少しだけ警戒を解いてくれた。オレはポケットからヘアピンを取り出し、腕輪の鍵穴にピッキングで解除を試みた。

 

 

「……な……ぜ……?」

 

 

ビリーが呟いた言葉の意図が分からず少し考えたが、何故助けるのかと聞いているのを理解したので返答した。

 

 

「マギーに頼まれたんですよ。大切な家族を助けてって。泣きながらね」

 

 

「……マ…ギィ……が……?」

 

 

瀕死に近い重症を負って虫の息だったビリーだがマギーの名前を聞いたとき、虚ろだった目に少しだけ光が戻ったのをオレは見た。

 

◆◆◆◆

 

 

 門から出たあとキャス達は爆発の起きた場所へ駆けつけていた。火の手は思ったより拡がっていて消火するには少し時間がかかりそうだ。

 

 

「お前達は消火器で火を消せ! 他の者は消火ホースのノズルを用意、水道管に繋いで水を――」

 

 

ビシュンッ ジュウゥゥゥ

 

 

キャスが指示をしている最中、何か音がした。振り返ると初めに指示を下した部下の一人がいない。もう一人も何が起きたのかわからずただ呆然と立っていた。よく見てみると消えた部下がいた所には灰の山ができていた。煙と熱を立ち上らせるそれを見てキャスは漸く何が起こったのかを理解した。

 

 

「敵襲だー!! 隠れろ!!」

 

 

部下に呼び掛けた途端燃え盛る炎の向こうから赤い光が伸びてきた。それはレーザーの光だった。 先程消えた部下はレーザー光線に直撃して灰にされたのだ。キャスはアサルトライフルを構えてスクラップの陰から様子を窺う。炎の壁の向こうには何体かのプロテクトロンの他にもカメラアイの光源が確認できた。正確な数は分からないが、かなりの数のようだ。この辺りにはそのような大規模な敵勢力はいない筈なのだが、ならば目の前にいるあれらはいったい何者なのだろう。

 

 思案している間もレーザーが放たれる。自身が隠れているスクラップの山にも数発当たり、その内の一発が鼻先を掠めたときキャスは詮索をやめて部下に指示を出していた。

 

 

「怯むんじゃないよ! 数は多いけど射撃の精度はかなり悪いみたいだ。そうそう当たるもんじゃないよ!」

 

 

 彼女のいう通りレーザーの精度は悪く、殆どは見当違いの方向を撃っていた。そのことに気づいた部下が反撃を始める。

 

 

――とは言え、精度に関しちゃこっちも大して変わんないんだよねぇ。部下は狙って撃つなんて事しないし(撃ちまくるしか脳のない阿呆だ)、武器も碌に整備してないし。おまけに相手の物量は下手したらこっちよりも多いときてる。長い夜になりそうだねぇ。

 

 

そんな味方の現状にげんなりしつつも、キャスもライフルの狙いを定め引き金を引いた。

 

◆◆◆◆

 

 何やら外が騒がしい様子だ。恐らくさっきの爆発と関係があるのだろう。見張りに立っていた者も何処かへ行ってしまい警備は手薄となっていた。行動を起こすなら今だ、とルーカスを含めた住人達は考えていた。しかし縛られた手足がそれをさせず、仮に外に出たとしてどうするかの具体的な案も思い付かず彼らの姿は未だ監禁された家の中にあった。

 

 ルーカスは何とか状況を変えられないものかと考えを巡らせるが、中々いい案が浮かばない。このまま丸腰で出たところで何人が無事でいられるだろう、かといってこのまま事態を静観しているわけにも行くまい。恐らく今が最大にして最後の脱出のチャンスなのだ。

 

 頭を悩ませているとガチャリとドアノブが回った。見張りが戻ってきたのだろうか? そう思い身体を強張らせたが開いたドアの先には誰もおらず、遠くに聞こえるレイダーの喚声の他は夜の暗闇と向こう側にある家屋の明かりが見えるだけだった。不審に思っているとドアがひとりでに閉まった。住人達には何が何だか分からなかったが、次に聞こえた声にその疑問は掻き消されていた。

 

 

「皆、大丈夫!?」

 

 

「その声……マギーなのか!? どこにいるんだ!?」

 

 

問いかけのあと、彼らの目の前の空間が歪曲し、それが収まるとマギーの姿が現れた。

 

 

「助けにきたよ!」

 

 

「馬鹿、何で戻ってきたんだ!? お前一人じゃ無茶だ!!」

 

 

 確かに一人で助けに戻ったなら無茶、いやそれどころか逆に捕まってしまいミイラ取りがミイラになりかねない。だが今マギーは一人ではない。

 

 

「大丈夫、一人じゃないよ。他にも助けてくれる仲間がいるから」

 

 

 危険であることを理解したその上で、共に助けに来てくれた二人の仲間がいる。この場にはいないが自身の境遇を想い、損得抜きで破格の援助を施してくれた一人の仲間がいる。

 

 ルーカスらに話したらきっと仲間はたったの三人なのか、と驚かれるだろう。だがマギーは“たったの”などと頼りないようなそんな風には思わない。自身の懇願を受け入れてくれた、危険を承知で命を掛けて家族を助けようとしてくれている彼ら。確かに人数的に言えばたったの三人だ。しかし、全てを理解した上で全力で協力してくれる彼らを、マギーはこの上無く頼りになる仲間だと思っている。

 

 マギーに拘束を解いてもらった住人達はこれからどうするかを話し合う。レイダーが消火のために出払って内部の戦力が手薄になっている事をマギーから聞き、武器庫を奪い返して奴等を撃退しようということで話が纏まった。先程まで絶望に沈んでいた住人達であったが、今は見出された一縷の希望を頼りに行動を起こす。メガトンの住人の反撃が静かに開始された。

 

◆◆◆◆

 

どうしてこうなった……。

 

 

「お、おい…何だよあの数……」

 

 

「オレに聞くなよ……。この辺にあんな数の敵がいるなんて聞いてねえんだからよ……」

 

 

 後ろで部下二人がそんなやり取りをしているが、それに答えてやることはポッポにはできない。これだけの規模の敵性存在を、メガトンに一年間住んでいたポッポですら見た事もなければ聞いた事もなかったからだ。

 

今彼らの視界には、宵闇の中小さく蠢く無数の光点が明滅している。スクラップ置き場の奥に無数の光点が、比較的近い場所にそれよりは少ないが幾つかの光点が見える。その近場である眼下では暗闇の中伸びる赤いレーザー光と発砲音とともに生まれるマズルフラッシュが各所で光っては消え光っては消える。

 

 キャス達は善戦しているようで戦闘開始から数十分経った今も敵は前衛が戦闘状態に入っているが後方の本隊と思われる集団には動きがない。

 

 

「……ど、どうしやしょう、リーダー?」

 

 

部下の一人が問いかけてくるが、答えられるわけがない。持ち前の知識や技術、そして群を抜いた残忍さでリーダーの座を勝ち取ったポッポだが、今日までこんな事態に直面したことなどなかった。

 

 

「リーダー!! た、大変だっ!!」

 

 

 完全に己の想定の範囲外の出来事に頭が沸騰しそうになっていたポッポは、慌てて駆けてきた手下の狼狽する姿に、嫌なモノを感じる。これ以上の厄介事は勘弁願いたいのだが、手下の慌て様は尋常ではなかった。

 

 

「今度は何だ、この大変なときに!!」

 

 

「閉じ込めてた連中が逃げ出しちまった! 武器庫に向かってるみてぇなんだ!」

 

 

部下の報告に思わず絶句する。

 

 

「見張りは何をしてやがった!?」

 

 

「い、いや他にも被害がないか探せとリーダーが命じられたんで……」

 

 

恐る恐るといった感じの手下の発言に、怒鳴り散らしそうになったポッポは言葉を詰まらせた。確かにその通りであった。目先の利益に固執した自分は、普通なら外せない見張りの手下まで駆り出し無防備にした。

 

 住人が拘束を解いて脱走するなどあり得ない、できるはずがないと心の何処かで思っていたのかもしれない。明らかに自らの失態、取り返しのつかない大きなミス、驕りなどと格好よく言うのも甚だしい己の間抜け加減さにハラワタが煮えくり返りそうな思いだ。

 

 リーダーの怒りの表情にどう声を掛けたものか迷うレイダー達。その彼らの後ろの町並みの間にポッポは確かに見た。ルーカスを筆頭に走る住人の中に、死んだと思っていた見馴れた少女の姿を。

 

「あ、の、ガキ……! 生きてやがった! 逃がしたのも奴に違いねぇ、テメェら行って捕まえてこい! 今度は何人か殺したって構わねぇぞ!」

 

 

ポッポの怒鳴るような命令に手下達は我先にと駆けていく。その様を見てフンと鼻で笑うと、自らも周囲の状況を確認するために走り出した。

 

(このままだとじり貧だ。何とか内側だけでも制圧しとかにゃ。外の奴等が近づいてきたら籠城決め込むしかねぇが、まぁこっちには奥の手のコイツ(・・・)があるんだ。)

 

ポッポは腕の端末を撫でる。そう、不発弾を起爆させるためのものだ。勿論押すつもりは毛頭なく、飽くまで脅しの手段に過ぎない。

 

 

「(いざとなればコイツで脅して……)ブガッ!?」

 

 

突然、横合いから何かがぶつかってきたような衝撃に襲われた。思い切り転んでしまったポッポは、慌てて取り落としそうになるのを堪えて10mmサブマシンガンを構えるが周囲には自分以外誰も居なかった。

 

 

「……なんだってんだ? 一体……」

 

 

◆◆◆◆

 

 所変わってここはメガトンの外。謎の敵勢力とレイダーの戦いは尚も続いていた。ポッポの言う通りレイダー側は確かに善戦しているが、決して無傷ではなかった。幾条もの赤い矢の雨に晒され、初めはキャスを含め十六人ほどいたのが既に半数を数えるほどに減ってしまっていた。

 

 

「……ぐぁっ!?」

 

 

 銃声とともにまた一人部下が倒される。そう、レーザーではなく銃弾でだ。戦闘開始から今までで倒れた仲間のうちその殆どは銃でやられている。レーザーは前述の通り光の雨と形容してもいいくらいの勢いで放たれていたが、やはり精度は悪く全くといっていいほど当たっていない。逆に銃の方は中々に正確で、炎上したスクラップという光源があるとはいえ夜間でここまで的確な狙いをつけられるとは相手には余程腕のいい狙撃主がいるのだろう。

 

マズイねぇ……。

 

 現状を分析していたキャスはこのままでは全滅することを悟った。味方は残り僅か。にも拘わらずその味方は良く言えばだが臆する事なく、ヒャッハーとハッスルしながら無防備に乱射している。きっとジェットでもやってて頭が回らないのだろう。ったく、これだからレイダーはアホの集まりとか馬鹿なイメージが付いて回るんだと、戦闘中半ば現実離れした思考をしていたキャスだが自身の左腕に銃弾が命中したところで現実に引き戻される。

 

 

「姉御!?」

 

 

「アタシとしたことが……! これじゃバカとか言われても言い返せないねぇ……」

 

 

「はぁ?」

 

 

痛みに顔を歪ませるキャスの台詞を、部下はさっぱり理解できなかった。何の事なのか聞こうとした部下は、弾丸が隠れていた廃材に突き刺さったのを見て慌てて首を引っ込めた。

 

 

「……っ! 不味いですぜ、姉御。このまんまじゃ先にこっちがくたばっちまう。ここは一旦出入口の門まで引き返しましょうや!」

 

 

「だぁねぇ……! 後でポッポが怖いけど、死んじまったら何にもならないし、ね」

 

 

渋々ながらキャス達は出入口まで後退を始めた。外での戦いは一先ず謎の勢力の勝利で幕を閉じた。

 

◆◆◆◆

 

 

「ちっ、あいつらもう気づきやがった」

 

 

 そう言ってルーカスが見やる方向からは四人のレイダーが此方に駆けてきていた。各々の手には中国軍ピストルや10mmサブマシンガン、金属パイプにコンバットショットガンと思い思いの武器が握られている。対するこちらは武器庫に蓄えられていた10mmピストル十数挺とコンバットナイフ数本、それとスナイパーライフルとハンティングライフルが一挺ずつだ。

 

 人数や武器ではこちらに分があるかもしれないが、個々の戦闘能力では相手の方が上手だろう。メガトンの住人は戦闘経験が豊富とも言えず、対するレイダーは略奪と虐殺の日々を過ごしているのだから戦闘経験の差は如何ともし難い。

 

 

「来るぞ。相手は四人、油断するな!」

 

 

ルーカスが皆に向かって注意を促す。皆一様に頷いて気を引き締める。ただ一人を除いてだが。

 

(へっ、自由のためとはいえドンパチなんてまっぴらゴメンだ。勝手にやってろってんだ)

 

内心で毒づきながらこっそりルーカス達から離れたのはここメガトンで酒場を開いている店主のコリン・モリアーティその人だ。離れる彼に気づいてもう一人戦列から抜け出る人物。モリアーティに雇ってもらっているグールのゴブだ。

 

 

「ボス、どちらへ行くんで?」

 

 

「ゴブか。終わったら教えろ、それまでは隠れてるからよ」

 

 

雇い主の返答に少々驚いたゴブだが、逆らったら後で厄介な事になるのを知っているので「へい、分かりやした」と素直に頷く。

 

 

「おめぇも隠れろとまでは言わねェが、無理すんじゃねぇぞ。くそったれレイダー共を追い出したら直ぐ開店だ。そのつもりでいろよ」

 

 

「へい。でも……あの、ボス? 肝心の店があの有り様じゃあ、直ぐに開店ってのはとても……」

 

 

 雇い主に意見するゴブに少しムッとしたが、彼の言った言葉にモリアティーは店に目を向ける。そこには自分の店、キャップを沢山生み出してくれる彼の城がある。しかしどうだ。今ではレイダーに好き放題されて、空いているドアから見える中の様子は酷いものだ。テーブルやイスといった家具は引っくり返ったり横倒しにされたり、中には壊れているものもある。カウンターに並べられた自慢の酒の品々も飲み干されて空き瓶が散乱していて、無事な物の方が少ない。確かにこの様子では直ぐにというのは無理そうだ。

 

 

「……気が変わった。連中から飲んだ分は……いや、内装や慰謝料も含めてたんまり徴収してやらんとなぁ! ゴブ、ついてこい!」

 

 

余計な事を言ってしまったかな、とゴブは内心で溜め息を吐いた。この雇い主は身の危険があると動こうとしないが、金勘定の話となると一気に行動的になるのだった。だがまぁ、状況が状況であるから今は寧ろこれでよかったのかもしれない。理由は少々意地汚いかもしれないが、やる気になってくれた店主の後を追い戦列に再び戻る。

 

(オレも負けちゃいられねぇ、やってやるぞ。働き口と日銭のキャップを取り返すんだ!)

 

意地汚いという点では彼はモリアーティにも負けていなかったりする。人の事言えない自覚無しのゴブであった。

 

◆◆◆◆

 

 リーダーから命令を受けて武器庫に向かっていたレイダー四人は、辿り着いた途端銃弾の嵐に見舞われた。慌てて建物の陰に身を隠しここは別れて近づこう、と年長のレイダーが指示を出し二人一組になって左右から接近を試みる。時折反撃しては銃撃の間隙を縫って徐々に距離を詰めていく。年長のレイダーはもう一人と共に左側から近づく。曲がり角を曲がったそのとき後ろから鈍い音と悲鳴が聞こえ、曲がり角を戻ってみるともう一人が倒れていた。

 

 

「どうしたんだ!? 何があった!?」

 

 

駆け寄って聞いてみるが意識が朦朧としているのかうまく答えられないようだ。

 

 

「……お、オッサンが……」

 

 

 漸く出たその言葉は理解に苦しむものだった。怪訝に思い意味を聞こうとしたとき、上に何かの気配を感じた。目を向けたときには遅かった。彼が目にしたのは、右手に持った酒瓶を自分に向けて降り下ろす中年の姿だった。瓶はレイダーの頭に直撃し、粉々になり中身のアルコールとガラス片を辺りにぶちまけた。レイダーはその場に倒れ込み、その拍子に手からコンバットショットガンが滑り落ちた。

 

 

「てめぇら家の酒大分気に入ってくれたみたいだな! 浴びるほど飲みたそうだったからマジで浴びせてやったぞ。勿論お代はもらうからな!」

 

 

何やら暴論を吐いてるオッサン……もといコリン・モリアティーはポケットから新しい酒を取り出し美味そうにラッパ飲みし始めた。

 

 

「……うぅ、こ……この野郎ォ!!」

 

 

 やっと意識がハッキリしたのか、もう一人が起き上がりモリアーティ目掛けて金属パイプを振るう。それが当たる前にモリアーティは懐からライターを取りだし火をつけ、口に含んでいた酒を吹き付けた。

 

 

「ぐああぁっ!?」

 

 

ライターの火に引火したアルコールが業火となってレイダーに襲い掛かり、一時的に視界を潰す。 すかさず顔面に鉄拳を見舞って沈める。

 

 

「お買い上げありがとうございました! またのご来店はこっちからお断りだ、クソ野郎共が!」

 

 

「ギャッ!」「グワァ!」

 

 

 右側から近づこうとした二人は弾幕で近づけずにいるところを死角から狙ったルーカスのハンティングライフルと元レイダーのジェリコ愛用のスナイパーライフルの前に倒れた。まだ息はあるようだが戦闘不能には違いなかった。一か所に集められて縛られたレイダーから文字通り身包み剥ぎ始めたモリアーティは一先ず置いておこう。

 

 

「おうゴブ! お前も金目のもん集めろ。そのうちの幾つかはお前のもんにしていいぞ!」

 

 

「ホントですかい、ボス!? いやっほぅ! 喜んで手伝わせてもらいますぜ!」

 

 

ゴブも一緒になってやり始めたがまぁどうでもいい。

 

 

「よし、これで――」

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

「!?」

 

 

片付いたな、と言おうとした瞬間マギーの悲鳴が響く。悲鳴のした方をみるとマギーを人質に取って銃をこちらに向けているポッポの姿があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 メガトン解放その3

 油断だった。中に残った敵が先の四人だけという確証がなかったにも拘わらず、その場の制圧だけで気を緩めてしまった自分にルーカスは憤りを感じた。間の抜けた少し前までの自分を恨みつつ、ルーカスは眼前の状況をどう対処したものかと悩み動けずにいる。目の前にはレイダーのリーダー、ポッポがいる。片方にマギーを、そしてもう片方に10mmサブマシンガンを持ちその銃口はマギーへと向けられていた。簡単に言うと彼女は人質だ。

 

 

「……やってくれたな。お陰で計画はグチャグチャだ。さて、どう料理してやるか」

 

 

迂闊に動けないルーカス達を見て、敢えて強気に捲し立てるポッポ。

 

 

「儲けを減らしたくない一心で仏心を出してきたがもう我慢できねぇ!! また妙な真似してみろ、このガキを殺すぞ! 言っとくが本気だからな! 分かったか!」

 

 

 怒鳴り声で武器を捨てるよう要求するポッポ。ルーカスは仕方なく皆に従うよう促し、自身もハンティングライフルを地面に投げ棄てる。ガチャガチャと次々捨てられる武器を見たポッポは、幾分か気を良くしたのかニタリと笑みを浮かべる。

 

 

「おーし、お利口だ。全員向こうに行け!」

 

 

 次にポッポは彼らを武器から遠ざけようと試みる。一見人質を取り強気で押してるポッポだが、内心では其の実かなり焦っていた。今メガトンの中にいるのは自分だけであり、もしそれがバレればどうなるか。多勢に無勢、形勢逆転、ポッポの末路は想像に難くない。

 

 外で戦っているキャス達が戻ってくればまだ望みはある。手下が戻るまで何とか時間を稼ごうと、必死な思いで有無を言わさぬキレる寸前を演じているのだ。十分に離れたところで次の指示を言おうとした瞬間、ポッポらの直ぐ近くで異変が生じた。

 

 

「……あっ、ヤベっ」

 

 

 何もない空間に揺らぎが生じたかと思うと、聞き覚えのない焦るような声が聞こえた。バチバチと小規模の電流が迸ったかと思うと誰もいなかった筈の場所に人影が浮かび上がる。電流が収まったとき、そこにはコンバットアーマーを着こんだ青年が佇んでいた。

 

◆◆◆◆

 

 

「だ、誰だテメェ!?」

 

 

 銃を向けているにも拘わらず、その青年はポリポリと頭を掻いてどうしたものかと悩んでいる様子だ。余裕を通り越して眼中にないような態度を取る青年に、ポッポは酷い苛立ちを感じた。

 

 対する青年、ユウはこれからどのように動こうかと考えを巡らせていた。マギーが人質に取られたのを見たユウは、こっそり近づいてポッポを取り押さえようとしたのだがその前にステルスボーイの内臓バッテリーが切れてしまった。

 

 

「あー……助っ人、かな。マギーに頼まれてね」

 

 

「このガキが……余計な真似しやがって! だがまぁ、今はどうだっていい。コイツらもテメェもここまでだ、大人しく捕まりやがれ。」

 

 

「ご免だね。そっちこそさっさと出ていったら?」

 

 

(何だこの野郎……銃突き付けられて屁とも思ってねぇ。オレが撃てねぇとか思ってやがんのか? 馬鹿にしやがって、何か段々腹が立ってきたぞ)

 

 見たところ武器は腰のホルスターに入っている10mmピストルのみ。手には何も持っておらず無防備な上に隙だらけだ。そんな若造に舐められていると思うとポッポは我慢ならなかった。

 

 

「この銃が見えねぇのか? あんま舐めた口聞いてるとテメェから先ず撃ち殺すぞ」

 

 

「その銃で? やってごらんよ、無理だと思うけどねっ!」

 

 

 

言うが早いか、若造はいきなり掴みかかろうとしてきた。バカが、何でこのタイミングで。ポッポはその行為を嘲笑いながら引き金を引く指にグッと力を掛けた。だが――

 

(……!? え……何で、トリガーが……引けな――)

 

 予想外の事に気を逸らされたポッポは、ユウの顔面パンチを受けて怯んだ。そして腕が緩んだ隙にマギーは離れ、ユウは続けざまに10mmサブマシンガンを掴んでポッポの腕を捻る。堪らずポッポは転げ倒される。

 

 

「クソッ、何でだ……!? セーフティーはちゃんと外してたんだ。なのに……」

 

 

離れながらくるくると銃を回しているユウを恨めしそうに見るポッポに、ユウは説明をした。

 

 

「確かに外れてたよ。それをオレがまた掛けたんだ。ここに来る途中アンタ何かにぶつかっただろ。あれオレでさ、焦ってテンパっちゃったけど咄嗟にセーフティーだけ掛けたんだ」

 

 

それで合点がいった。あの不自然な衝撃はこの若造にぶつかったときのものだったのだ。

 

 

「さて、人質も武器もなくなったしここらで降参してくれないかな?」

 

 

「はっ、もう勝った気でいるみたいだがまだ終わりじゃねぇ。暫くすれば手下が戻ってくるし、オレにはコイツがあるんだ」

 

 

 ポッポは立ち上がり、腕の端末を盾にユウらと対峙する。その端末には、メガトンの中心に鎮座する核爆弾を起爆させるボタンが備え付けられている。それを押そうとするなど正気の沙汰ではない。如何に彼がレイダーであろうとも、如何に彼が追い詰められていようとも。押すわけが、いや押せるわけがないとその場にいる誰もが思っている。

 

 それでも迂闊に動く事がユウを始め誰もできなかった。両者無言の粘り合い。数分経っただろうか、膠着状態が続いた後、メガトンのゲートが動き出した。その光景にポッポは笑みを浮かべ、対照的に住人達は表情を強張らせた。

 

 

「おう、来たか。これで形勢はまたオレ達の側が有利に――!?」

 

 

手下が戻ってきたと思ったポッポだが、予想に反して入ってきたのはメガトンの警備を担うプロテクトロン、副官ヴェルドともう一人。こちらは見覚えのない、vaultのジャンプスーツを着た壮年の男性だ。

 

 

「残念だけど幾ら待っても外のレイダーは戻ってこないぞ。連中はメガトンの中に籠ろうとしたようだが、移動したオレとこのプロテクトロンの攻撃で無理だと判断したんだろう。慌ててスプリングベールの方角に逃げていったよ」

 

 

 因みにこのプロテクトロンは入口付近でスリープモードになっているのを見つけて、ジェームスがオンラインにして戦力としたものだ。元々メガトンの門番的な役割のヴェルドは、ポッポが計画を実行に移すのに先駆け、障害とならぬよう電源を落とされて放置されていた。それがまさかこんな場面で障害となり立ちはだかるとは、ポッポには思いも寄らなかった。

 

 ポッポは愕然とした。男の言う事が本当ならば、自分は見捨てられ孤立無援という事だ。一度は形勢が有利になったかと思ったが、それ以前の問題である。普通なら勝ち目がないと悟り降伏なりするところだが、生憎ポッポは諦めが悪かった。

 

 

「まだだ! まだコレが――ぐぁあっ!?」

 

 

 端末のスイッチを押す寸前まで指を伸ばしたポッポだったが、突如放たれた銃弾に手や足を穿たれ押す事は叶わなかった。痛みに顔を歪ませ目を向けた先では、ユウが硝煙の出ている10mmピストルを構えていた。

 

 何が起こった? 若造は銃を抜いていなかったではないか。それに撃たれたのは手足を合わせて三発。まさかそれらを一瞬でやってのけたというのか? 物理的にあり得ないだろう。理解の追い付かない目の前の現実にポッポはパニックになりそうだった。そもそもこいつらは何者なのか、外の敵の正体もはっきりしていない。仕舞いには逃げたという手下達もグルだったのではないかと思えてきてしまう。

 

 ポッポはいよいよわけが分からなかった。ただ、己の完全な負けであるという事だけは認めたくないが理解できていた。

 

◆◆◆◆

 

 始まりは数年前のスプリングベール小学校だった。少年時代に戦前の電子・機械関連の書物を読み囓って得た知識を武器に、ポッポはリーダーの座を欲しいままにしていた。あるとき、一人の男が彼の元を訪れた。入口で見つかった彼は襲い掛かるレイダーを前に逃げるでもなく、落ち着いた声で「君達のボスに会いたい」と言った。

 

 連れて行かれた先は戦前の校長室だったのだろう、比較的広いスペースの部屋には割れた壺や崩れた銅像、大小様々のトロフィー等かつての調度品がそこかしこに散乱している。その部屋の中央、状態の良いテーブルに足を載せ、椅子に深々と寄りかかり踏ん反り返っているのがポッポ。そのポッポを前にして、両脇を手下のレイダーが固めていても男は気にした風もない。荒廃したウェイストランドでは珍しい戦前の品質を高い水準で維持したスーツを着こなし、武器は何も持たない丸腰の男は臆する事なく、身動ぎ一つしない。

 

 

「アンタここが何処だか分かってるんだろうな? 馬鹿と命知らずはウェイストランドじゃ長生きできないぜ」

 

 

 それはポッポなりの最後通告だったが、男は取り合おうとせず「科学や機械工学を修めていると聞いた」と、こちらはお構い無しに話を進める。少々無礼な態度に眉根を寄せたポッポだが、そこは大目に見てやろうと肩を竦めて苦笑混じりに応対する。

 

 

「だったらなんだ? 何か旨い話でも持ってきてくれたのか?」

 

 

 レイダーに対して交渉を試みたという事例は、ポッポの知るところ前例がない。この男は自分との会合を望んだと聞いている。つまり何か話があっての事とは予想できるのだが、それがどういったものかまでは分からない。男が何を言うのか、ポッポは返答を楽しんでいたが出てきたものは彼の予想だにしない言葉だった。

 

――メガトンを手に入れたくはないか?

 

 それは今まで彼が胸の内に秘めていた思い。だが現実的ではないと何度も霧散させてきた根強い野心だった。刺激を受けたポッポは男の話を聞く事にした。話を聞き終わり、細かな指示や確認を済ませると男は何処へか去っていった。そのときに渡されたのが爆弾起爆用の装着型の端末である。

 

 初めの内は男を怪しんでいたポッポだが、定期的に送られてくる食料、キャップ等を見るにつれて話には乗ってやろうという気になった。ただもし男がこちらを罠に嵌めたり敵対した場合は、相応の代償を払ってもらおうという一方的な誓約付きで。そして決行の日、手下に段取りを説明し一芝居打った。レイダーに襲われた憐れな難民として住人に迎えられた彼は、内心で計画の成功を確信した。

――それがどうだ、この有り様は。

 

 完全な敗北だった。計画に二年、実行に一年。少なくない年月を費やし、自分を偽り周囲の人間に気取られぬよう細心の注意を払ったここでの生活。神経の磨り減る思いをしてまで耐えてきた日々は実を結ぶ事叶わず、今この瞬間無意味な物へと変わったのだ。

 

 どこで間違えたのだろう。途中までは凡そ順調に進んでいたのだ。メガトンを占領し、ユーロジーに商談を持ち掛け、それらで得られたキャップを元手に装備や拠点を強化し勢力を拡大する。漸く軌道に乗ったと思ったその矢先、計画は頓挫し完璧に打ち砕かれた。どこで間違えたか、何が狂わせたのかと考えたとき、頭に浮かんだのは一人の少女の姿。

 

 そうだ、あのガキだ。あのガキを逃がしたためにメガトンの事が外に知れ、よそ者に邪魔をされた。全ての元凶がマギーだと結論を出したポッポは、もう冷静さを欠いていた。

 

 もうキャップも、手下も、そして自分の命でさえもどうでもよく思えた彼は、懐に隠し持っていたカスタム10mmピストルをユウから死角になるよう蹲って抜き取る。

 

 今なら誰も気づいていない。皆一様に終わったと思い馬鹿みたいに喜んでいる。何が起きたか事が終わった後で知ったときの馬鹿共の顔が目に浮かび、ポッポは愉快な気分になった。向けられた銃口が狙うは喜ぶ住人に混ざりぴょんぴょんと飛び跳ねている何も知らないクソガキの背中。

 

精一杯の憎悪と共に引き金を絞り――

 

感情が最高潮に達したときそれは殺意へと変わり――

 

殺意は爆発し凶弾へと姿を変える――

 

沢山の歓声の中、一発の銃声がメガトンに響き渡った。

 

◆◆◆◆

 

 鮮血が舞い床の金網を赤く染める。上体がグラつき仰向けにゆっくりと傾く。ガシャンッ、と音を立てて崩れ落ちたとき視界に写ったのは、自分を撃ったであろう男の姿。硝煙立ち上るライフルを構えた、テンガロンハットの男。それが彼(・)ポッポの最期に見た光景であった。

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

 

 彼を撃った男ルーカスが苦渋に満ちた表情で漸く絞り出した言葉がそれだった。マギーを狙い銃口を向けたポッポにいち早く気づいたルーカスは、咄嗟に床に転がるハンティングライフルを拾いポッポに照準を定めた。一瞬の躊躇の後に引き金を引き、ポッポが撃つ前に彼を止めたのだ。

 

 マギーの命は救われ敵のリーダーを見事倒したわけだが、ルーカスを始め住人達の表情は一様に暗い。如何に演技であったとはいえ、ポッポはこの一年間違いなく彼らの仲間であったのだ。赦す事はできない、しかし仲間として接した彼との思い出を悼むくらいは良いだろう。

 

ピーーーーー!!

 

 死した嘗ての仲間への哀悼を以て幕を閉じるかに思われた今回の騒動。それは突然鳴った電子音で新たな展開を迎える事となる。音の発信源に気づいたジェームスがソレに走り寄る。彼が見たモノとは、核爆弾に取り付けられた電子端末、その画面で点滅表示する文字。“起爆信号を受信”“起爆シーケンスを開始”という文面だった。

 

「バカなっ!? ボタンは押されていないはず! 何故作動しているんだ!?」

 

 

 ジェームスが事切れたポッポを見て言うが、最早確認している余裕は無さそうだ。核爆弾は不気味な機械音を響かせて内部の核分裂を活性化させている様子。このままだと最後には臨界に達しメガトンが核爆発で跡形もなく吹き飛んでしまう。猶予はあまりない。

 

 

「核爆弾が爆発するのか!?」

 

 

「そんな、やっとレイダー共を追い出したのに!?」

 

 

「に、逃げるんだー!!」

 

 

「ともかく出来るだけ遠くに行けーー!!」

 

 

 住人達はたちまちパニックに陥った。我先にと駆け出す民衆を、ルーカス他数人が声を出して誘導する。そんな混乱の中、核爆弾に取り付く二人の人物。ジェームスとユウだ。

 

 ジェームスは自身のpip-boyを操作、構造のスキャニングを開始する。それによると起爆信号は後付けされた端末から発せられているようで、画面には内部を走る無数の配線が映し出されていた。

 

 

「爆弾を解体している暇はなさそうだ! 信号の流れているコードを切断するしか方法はない!」

 

 

「オレがやります! ジェームスさんは指示をお願いします!」

 

 

 気がつけばユウは進んで答えていた。勿論爆弾を解除・解体するような経験をユウは体験した事はない。だが、身体は覚えているとでもいうのだろうか。予備知識も無いに等しい彼の手は、流れるような動作で端末の解体にかかる。

 

 然して時間もかけずに留め具やネジを外すと、慎重に端末を引き抜く。そうして姿を現した様々な色の無数のコード。この中から信号の流れる本命を探さねばならない。

 

 

「まず左側の青! 続いて真ん中にある緑! ……違う! それより右寄りの方だ!」

 

 

 矢継ぎ早の指示に何とか追い付こうとするユウだが、一つの色をとっても何本もあるのだ。時折間違いそうになり中々スムーズには進まない。間違ったコードを切断したが最後、文字通り総てが灰塵に帰することとなるのだ。ただ一度のミスも許されない極限の状態で、焦燥だけがジワリジワリとユウの心を浸食する。

 

 

「うっ……ゴホッゴホッ!?」

 

 

 焦る気持ちを押し殺し作業スピードを上げようとしたユウを、突如吐き気や目眩が襲う。何事かと思ったとき、不意に自身の腕から聞こえる音に気が付く。チキチキという耳障りな音はpip-boyから発せられている。それだけでユウは音の正体を理解した。

 

(――RADの数値が上がってるんだ!!)

 

 ウェイストランドに生きる者達、もといこの『Fallout』をプレイしたプレイヤーならば誰もが馴染み深く、誰もが忌み嫌う放射能(RAD)。pip-boyには体内に蓄積されたソレを数値化して表示出来る機能がある。今現在その蓄積メーターは割りと早いペースでグーンと針を進めている。

 

 考えてもみれば当然の事だ。今ユウが張り付いているのは核爆弾。しかも起爆に向けて徐々に臨界に近づいているのだから、当然漏れ出る放射能も時間とともに高濃度になっていく。自身がソレに侵されている現状をpip-boyの機能の一つ、ガイガーカウンターがリアルタイムで報せているのが先の耳障りな音の正体だ。

 

(――っ!?)

 

 更にユウはここで、もう一つの緊急事態を目視することとなる。始めに取り外した端末の画面に、数字の羅列が表示されているのに気が付いたのだ。数字は時間が経つとともに目まぐるしく変わってゆく。

 

(これって……まさか!!)

 

 間違いなかった。それは核爆発までのカウントダウンだ。ディスプレイには04:08:16と表示されており、残り時間が少ない事を十二分にアピールしている。

(もう残り四分ちょいしかない!?)

 

 それまでに作業を終えなければならないが、果たして残りあと何本あるのだろう。明確な終わりの見えぬまま、ユウは不安や恐怖と闘いながら只管に指示されたコードをハサミで切断していく。焦りからか、我知らず震え始める手を見て内心で言い聞かせるように叱咤する。

 

 今その手に握られているのはユウ自身の命だけではない。メガトンにいる全ての住人のソレも彼の手にかかっていると言っても過言ではない。その事がユウ一層の焦りを感じさていた。

 

残り時間が減っていく。

 

それに伴い体内のRADは蓄積されていく。

 

 果たして、カウントダウンのタイムアップが先か。放射能汚染による死が先か。ユウとメガトンの運命は風前の灯火であった。

 

◆◆◆◆

 

 

「残っている者はいないかー!! いたら直ぐにここを離れるんだー!!」

 

 

 ルーカスは大声で呼び掛けながらメガトンの通路を走る。殆どの住人は既に逃げ出したのか、響くのは彼の声と足音の他には吹き荒ぶ風の音だけだ。だが応答がないのは今の状況では良い事だ。残っている者がいないか最終確認をした後は彼も直ぐに離れるつもりだったからだ。

 

 しかし、ふと彼は建物の一つから声が聞こえるのに気が付いた。その建物の名はチルドレン・アトム協会。メガトンで小規模ながら教義を広めている宗教団体の家屋だ。ドアを開け中に入ると、やはりというか数人からなる教徒が祈りの言葉を唱えている。その中の一人がルーカスに気づきこちらに歩いてくる。アトム教徒の中心的人物だ。

 

 

「おぉ、ルーカスさん。まだ残っていたんですか」

 

 

「それはこっちの台詞だ。あんたらは避難しないのか?」

 

 

「……ワシらの教義は知っとるでしょう。『アトムに浄化され我々の魂は解放される』。もしかしたら今がそのときなのかもしれない。運命だというならワシらは素直にこれを受け入れる次第ですじゃ」

 

 

 信者の数は決して多くはないアトム協会だが、彼ら一人一人の信仰心は驚くほどに篤い。彼らの信仰心は紛れもなく本物であり、故にルーカスは説得するのが叶わない事だと悟る。ふぅ、と諦めの嘆息を吐いていると、「それに……」と言葉を続けた老人の声に再び耳を傾けた。

 

 

「ワシらにとってこのメガトンは故郷じゃ。嬉しいことも、悲しいことも、この場所と共にあったんじゃ。いつかこの魂が肉体という軛から解き放たれるその日まで、ワシらはここにいたいのじゃよ」

 

 

 老人の言葉に、ルーカスは思わず頬を綻ばせた。自分の住む街が、自称保安官として守る街がそのように言われて堪らなく嬉しくなったのだ。すると突然、ルーカスはどっかとその場に胡座をかき始めた。その行為に今度は老人の方が狼狽した。

 

 

「ルーカスさん!? 何もあんたまで残ることは――」

 

 

「住人が残るというのにオレがさっさと逃げてどうするんだ。これでもオレはこのメガトンの保安官だ。自称だと笑いたい奴は笑えばいいさ。だが、さっきの言葉を聞いちまったからにはオレも逃げ出すわけには行かねぇんだ。オレも……ここが好きだからな」

 

 

 ルーカスは残ることに決めた。他の住人達が逃げてくれたことを信じて。しかし、彼の心情とは裏腹にメガトン内にはまだ何人かの住人が残っていた。

 

~酒場~

 

 

「ボス~! 早いとこ逃げやしょうよ~!」

 

 

「うるせぃ! 逃げるにしたって無一文で出ていけるかっての! 貯まったキャップに無事な酒、家財道具諸々。端末の中の情報だって金になる。大事なもんは山程あんだよ! てめえも見てねぇで運ぶの手伝え! 給料抜きにすんぞ!?」

 

 

「わ、分かりやしたから勘弁してくだせぇボスゥ! ……はぁ、もう少しで核爆発が起こるってのに何やってんだろ。お袋、アンダーランドにはもう帰れないかもしれねぇよ」

 

 

~水処理場~

 

 

「ウォルターさん! いい加減にしろよ、このまま残ったらあんたも死んじまうんだぞ!?」

 

 

「ワシはガキの頃から親父や爺さんと一緒にこの水処理場を整備してきたんじゃ! 謂わば家族や息子同然のコイツを残して逃げ出せるものか! ワシに構ってないでお前さんもさっさと行かんか!」

 

 

~診療所~

 

 

「……酷い状態だが、やれるだけの事はした」

 

 

「ビリーは大丈夫なの? チャーチ先生」

 

 

「大丈夫、とは言えないな。でも心配することはないよ、マギー。こいつは頼りなく見えるが中々タフな男だ。きっと数日寝ればピンピンしてるだろうさ」

 

 

「うん……」

 

 

「それよか問題は核の方だ。オレも医者の端くれ、患者を放っぽって逃げ出すわけにもいかねぇから残ったが、あれが爆発したら助かるもんも助からねぇ。お前さんが連れてきたって外の連中が命懸けで解除しようとしてるらしいが、果たして間に合うものか。……まぁそもそも、今はあいつらに賭けることしか出来んがな」

 

 

「……ユウ、……ジェームスさん」

 

 

~核爆弾のある広場~

 

 

「……よし! 残りはあと一本だ。だが……」

 

 

 ジェームスの言葉は途中で途切れる。彼の見る画面には信号を送信している最後のコードが表示されていたのだが、その場所が問題だった。無数にあるコードの奥、腕を伸ばしただけでは届かない所にそれはあった。

 

 

「一番奥のコードだ! 届くか!?」

 

 

 やってみます!と返事を返し手を奥へと押し込むが、あと少しのところで届かない。何か他の道具を使うにしても、目当てのモノはコードとコードの間にあるのだ。下手に突っ込むと他のコードも切断しかねない。

 

 

「……ぐっ、うぅぅぅっ!!」

 

 

届け!! 届け!!

 

 肩が外れそうになるくらい腕を伸ばすが、やはり届きそうにはない。ディスプレイの時間は一分を切り、RADの数値は800を回っている。上限が1000といえばどれほど深刻な事態かが理解頂けるだろう。目眩や吐き気どころではない。意識すらも朦朧としている始末だ。

 

――残り時間が十秒を切る。

 

残った住人達が静かに見守る。

 

――六秒、五秒、四秒。

 

ジェームスが血色の悪い顔で固唾を呑んで見守る。

 

――三秒、二秒、一秒。

 

ハサミを持ったユウの手が淡い光に包まれた。

 

カチッ――

 

瞬間、全ての時間が停止した。

 

◆◆◆◆

 

 

「……ねぇ、姉御」

 

 

「……姉御ぉ」

 

 

「……何だい?」

 

 

 姉御と呼ばれたキャスは疲労と怪我の痛みから返事をするのも億劫になっていたが、部下の一人がしつこく呼び掛けてくるため鬱陶しいが話を聞くことにした。

 

 

「やっぱリーダーを見捨てるのはちょっと……今からでも助けに――」

 

 

「下手な心配はよしな。それともアンタ、一人でも助けに行ってみるかい?」

 

 

「……へへっ」

 

 

 姉御の言葉にその部下は 特に反論するでもなく苦笑して離れていった。大方もしリーダーが生き延びた場合必ずするであろう復讐を恐れて言い出したことだろうが、あの状況で無事に生還できるとはキャスには到底思えなかった。

 

 そんなことよりもキャスは次に取り掛かる計画の方が気になっていた。ポッポがメガトンに潜んでから独自に進めていたプランBともいうべき計画。

 見てなよポッポ。アンタはメガトンを手に入れようとして失敗した。アタシはそれより良いものを、vaultを必ずこの手に掴んでやる……!

 

 

「しかし姉御。リーダーがあんな事になって、核のスイッチは大丈夫ですかねぇ」

 

 

「大丈夫だろうさ。どうせあれはハッタリ、押したら元も子もないのはポッポだって分かってる筈さ。間違っても作動させるような真似は――」

 

 

 キャスの言葉は、メガトンの方向から駆けてくる住人達を捉えた事で途切れた。何かから逃れるように必死に走る彼らを見たキャスは、脳裏に嫌な想像が駆け巡った。

 

 

「……」

 

 

 

「姉御……あれって」

 

 

「逃げるよ!!」

 

 

 全速力でダッシュを始めたキャスを、部下達は慌てて追いかける。結果的に言えば彼女達が逃げる必要はなかったのだが、それを知るのは暫く後の話。

 

◆◆◆◆

 

 再びメガトン、核爆弾のある広場。ディスプレイの表示は00:00:37で停止し明滅していた。スキャンしていたジェームスのpip-boyには、『完了(complete)』という文字が出ており、ジェームスは胸を撫で下ろす。解除作業をしていたユウの手にはいつの間にかハサミではなくコンバットナイフが握られていて、その切っ先が最後のコードを切断していた。両脇のコードも表面を薄く切り口が走っているのを見るに、かなり際どい状況だったようだ。危険な賭けだったと言わざるをえないだろう。ともあれ、最悪の事態は回避することができた。

 

 

「……ぃ…ぃやったぁ……」

 

 

カウントダウンが停止したのを見て見事解除できたことを確認したユウは、安堵の表情で朦朧としながらも必死に繋ぎ止めていた意識を手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 取り戻せたモノ

 

チュンチュン、チチチチ――

 

 

「う……ん……」

 

 

 静かだが空気中に甲高く響く鳥の囀ずりにユウは起こされた。うっすらと目を開けると窓から差す陽光が目に入った。

 

 

「ユウ、気がついた?」

 

 

 声のする方へ目を向けるとマギーが微笑んでいた。その手には濡れたタオルが握られており、どうやら自分を看病してくれていたようだ。

 

 

「ここは? オレは一体……」

 

 

 眠っていたためか記憶がハッキリしなかったが、時間が経つにつれて徐々に思い出してきた。

 

 

「そうだ核爆弾は!? メガトンはどうなっグァ……!? ァァア……!?」

 

 

 言葉の途中で声がおかしくなる。無意識に喉元に手を当てながら声を出してみるが、治るどころか声はどんどん人間離れしていく。

 

 

「……声が、言葉が出ないの?」

 

 

 そういう彼女の顔は何故か悲しげだ。怪訝に思ったユウにマギーはぽつりぽつりと語った。

 

 

「……メガトンはユウとジェームスさんのお陰で救われたよ。みんな無事だったの」

 

 

 その割には彼女の表情は冴えない。メガトンは無事、住人も全員無事。では何がマギーを悲愴にさせるのだろうか? ユウには見当が着かなかった。

 

 

「……ありがとう。貴方達のお陰であたしはまた家族と一緒になれた。感謝してる。本当に……ほ、ほん、とうにっ……!」

 

 

 涙を流し始めたマギーだが、その様子を見るに嬉し涙というわけではないようだ。最後の方は嗚咽すら混じっており、やはり何かを悲しんでいる。会話の初めから蟠っている疑問をぶつけようとするが、先程以上に声がおかしくなり最早会話によるコミュニケーションは出来なさそうだった。困惑の色を深めるユウから一旦視線を外し、マギーは机の引き出しから何かを取り出す。

 

 

「……言葉が出ないのはしょうがないよ。だって――」

 

 

 その後ろ手にした物をゆっくりとこちらに向けようとする。その時ユウはふと喉に当てていた自身の手を見た。その手は人間の物ではなくなっていた。

 

 

「――ユウはもう……人間じゃないんだから」

 

 

 彼女が取り出した物――小さいサイズの丸い手鏡だった――に映った顔は、皮膚が赤黒く変色し醜く爛れ、眼球は白濁色に濁った正に人外の顔。フェラルグールの顔がそこには映っていた。

 

◆◆◆◆

 

 体に掛かっていた破れた室内服を縫い合わせた継ぎ接ぎの毛布を押し退けて、ガバッとベッドから飛び起きる。いきなり体を動かしたせいか痛みが走り、小さく苦悶の声を上げてしまう。

 

 

「ぐっ……つぅ……!」

 

 

「おう、起きたか」

 

 

 痛みに胸を押さえていると横から声を掛けられた。声の主はどうやら医者のようで、白衣を着ているその人物は机でクリップボードに載せた書類(カルテだろうか)を書いていた。

 

「オレはチャーチ。このメガトンで診療所を開いてる。で、気分はどうだ? 大分魘されていたようだが」

 

 

「少し嫌な夢を見ましてね……てか見てたんなら起こしてくれてもいいんじゃないですか?」

 

 

「王子様の目覚めのキスでも欲しかったか?」

 

 

「いえ、結構です」

 

 

 王子様の熱いキスは要りません。オジン様の暑苦しいキスはもっと要りません。だからこっちに向かってん~とか言って唇出さないでください気色悪い。可愛い女の子とかならバッチコイ!ってなるけどこんな髭面のむさいオヤジにやられても嬉しくはない。

 

 

「……今何か蔑まれた気がしたが気のせいか。まぁ冗談はこのくらいにして、お前さん危なかったぞ。後少し治療が遅れていれば死ぬか変異していたかもしれん」

 

 

 急に真顔になったドクター・チャーチの言葉に我知らず身震いした。下手をすればあの夢の通りになっていたかもしれないと思うと、考えただけでゾッとする。

 

 

「幸いメガトン中のRAD系掻き集めてどうにか出来たから良かったけどな」

 

 

 どうやら自分の治療でありったけのRAD-XやRADアウェイを使い果たしてしまったらしい。そこまでして貰えて嬉しい反面、申し訳なくもある。

 

 

「ったく、幾らオレ達の命の恩人だからってこれは破格の待遇だぞ。薬は有限でも、これを必要としている人間はごまんといるんだ。なのにお前さん一人にありったけ使っちまって、この先患者が来たらどう治療しろってんだ。頭の痛い話だぜ全く」

 

 

「すみません……」

 

 

「謝るなバカ。どんだけ頭下げられたって使っちまったもんは戻らねぇんだ」

 

 

「……」

 

 

 重苦しい沈黙が続く。気不味さから顔を俯け何も言えないユウと、備蓄のあまりない医薬品を全て消費され仏頂面のチャーチ。何時までも続くと思われた不穏な雰囲気を破ったのは、意外にもチャーチの方だった。

 

 

「……とまぁさっきまでのが医者としてのオレの意見だ。こっからはここの住人の一人として言うぞ」

 

 

 チャーチはそこで一区切りすると、先程とは打って変わってニカッと笑って続きを言う。

 

 

「お前さん達には感謝してる。お陰でオレ達はこうして今を生きている」

 

 

 急に出てきた感謝の言葉に戸惑いつつ、ユウは感謝には及ばないと手で遮る。

 

 

「いえ、そんな……オレは別に……。それに、薬も全部使っちゃったみたいですし……」

 

 

「なぁに、薬だろうが食い物だろうが物ってのは探せば結構あるもんだ。だが、人間の命となるとそうはいかない。お前もオレも、誰だって命は一つ限りだ。それをお前は街一つ分救ったんだ。誇ってもいいと思うぞ」

 

 

 そこまで言われるとむず痒くなってくるが、代わりに気不味さは薄れていた。そういった点で言えばユウとしてはありがたかった。

 

 

「ありがとうよ。オレ達を救ってくれて」

 

 

 その言葉にユウは嬉しくなった。自分はやれたんだ、やり遂げたんだという達成感のようなものを感じた。感慨に耽っていると何気無い感謝の言葉の後にチャーチは、「ただ……」と続ける。

 

 

「使った分を返してくれたら文句の一つもないんだがな~」

 

 

 意地の悪い笑みでそんなことを言われた。折角気不味さが薄れていたのに再び混ぜ返すのか。一瞬不快に思ったユウだがどうやらからかわれているらしいと理解し、ムッとしていたのを抑えた。

 

 

「ははっ、悪い悪い。ちょっと意地悪が過ぎたな。まぁ回復してから暇を見てでも集めてくれると助かるよ。そうだな、一つにつき20キャップくらいでどうだ?」

 

 

一つ20キャップ、ウェイストランドの相場でいえば少々安い気もしなくもないがタダよりはましか。自分がありったけの医薬品を使い尽くしたという後ろめたさも手伝い、了承の返事を返そうとしたところでユウは些細な仕返しを閃いた。

 

 

「いいですよ。はい、支払いお願いしまーす♪」

 

 

「……は?」

 

 

 pip-boyを操作したユウの前に山が出現する。それはRAD系アイテムの山で、正確な数は分からないがかなりの量だった。恐らくユウに使った備蓄分は上回っているだろう。

 

 それを見たチャーチの顔はみるみる内に青ざめていった。

 

 

「うぅ……」

 

 

 肩を落としているチャーチの背中をしたり顔で眺めていると何処からか呻き声が聞こえた。声は部屋の隅のカーテンで遮られたベッドから聞こえるようだ。

 

 誰かいるのかと視線を向けていると、不意にカーテンが動いた。ゆっくりと静かに音を立てて開かれたカーテンの先には男が一人横になっている。気だるそうな目を周囲に向けて何かを探っている風だが、その目が此方を捉えた。

 

 目があった。途端に目に力が入り、注視というよりは警戒する眼差しでユウを見据える。

 

 

「……お前は?」

 

 

「あ、あぁ。あんたを助けたユウ・カジマってモンだ。ビリー・クリールだろ? マギーからあんたの事は聞いてるよ」

 

 

「マギーから……?」

 

 

 ビリーはユウをまじまじと見る。もし言っている事が本当ならばマギーが気を許したのだ、信用できる人物なのだろう。マギーが信用したかもしれない一見頼りなく気の良さそうなこの少年は自分を助けたと言った。事実自分はこうして診療所のベッドの上にいる。嘘を吐いてるようには思えないがしかし、今のビリーには圧倒的に情報が足りない。容易に警戒を解くわけにもいかなかった。

 

 気を許してもいいものか決めかねるビリーはジッとユウを見つめ、対するユウもそれに応えるように正面から視線を見返す。暫くそうしていたビリーだったが、段々と視線を横にずらしていく。無理もない、診療所にはもっと気になるモノが一画にいたからだ。

 

 

「……なあ、何でチャーチのオッサンは落ち込んでるんだ?」

 

 

「まぁちょっとね」

 

 

 ケタケタと笑う少年の向こうには対照的に「望みが絶たれたーー!!」とでも言わんばかりの絶望顔で泣きじゃくるチャーチの姿があった。

◆◆◆◆

 

 ユウは目覚めたばかりの(彼も目覚めたばかりだが)ビリーに今までの経緯を説明した。マギーが助けを求めてきたこと、密かにメガトンに侵入したこと、レイダーを撃退して核爆弾をギリギリのところで解除したこと等。

 

 

「なるほど。しかし分からないんだが、レイダーは十数人いたはずだ。対してこっちはあんたとジェームスって人の二人だけ。一体どんな魔法を使ってレイダーを撃退したんだ?」

 

 

「ああ、それはね……」

 

 

 ユウの話を聞いたビリーは驚いた。話によれば彼らにはもう一人スカベンジャーの仲間がいるのだが、今回は彼女の働きが大きかったらしい。要約すると、メガトンの外で予め用意していた爆薬を起爆させたスカベンジャーは、次にスクラップ置き場各地にある廃棄されたロボットの起動を開始した。今回の解放作戦を決行する前、彼女は秘密裏にこのスクラップ置き場を訪れ、使えそうなロボットを簡易的にだが整備していた。そう、飽くまで簡易的にだ。その殆どは移動は出来ず、精々が出力の衰えたレーザーを放てる程度。酷い物だとカメラを点灯させるくらいしか出来ない物も多々見受けられた。

 

 だが今回に限って言えばそれだけで十分役に立った。夜間という視界の利かない状況下、無数の光点がランダムに動く様は、レイダーに相手の戦力を誤認させていた。敵の戦力を大勢と見誤ったレイダー達は今いる人員のほぼ全員で迎撃に出て来た。ここまでくれば陽動は成功したと見ていいだろう。リーダーのポッポが利益に固執し判断を誤った事もその一因となっているが、それはユウ達の与り知らぬところだ。

 

 その後は知っての通り。ユウとマギーが潜入して住人を解放し、ジェームスが陽動とバレないようにレーザーの合間合間にライフルで狙撃を行う。最後は少々予定が狂い核爆弾の解除などという危険な作業をする羽目になってしまったが、どうにか被害は免れた。

 

 

 話を聞き終えたビリーは、助けてくれた事に対して礼を言う。だがその後で直ぐにユウに非難の目を向けた。

 

 

「……一つ教えてほしい。何でマギーをメガトンに連れてきた?」

 

 

 その質問を聞いたユウは何故ビリーが非難の目を向けて来たのかを理解した。危険だと分かり切っている場所に幼い少女を連れて来た事が納得できないのだ。

 

 

「……オレはあの子の本当の家族じゃない。あの子の家族は……レイダーに殺されたんだ」

 

 

 その事をユウはゲームの知識として知っていた。レイダーが去った後でその場所を訪れたビリーが、ベッドの下で隠れて怯えていたマギーを保護したのだ。

 

 

「今回も襲ったのはレイダーだ。あの子にとっては思い出したくもない過去のトラウマだ。オレはあの子を再び不幸にさせまいと身を呈して逃がした。なのに……!」

 

 

「……確かにその方がよかったのかもしれない。オレやジェームスさん達もそうするよう勧めたんだ。でもさ、他ならないマギーがそれを望まなかったんだよ」

 

 

そう、それは彼女が望んだこと。自身の身の安全よりも仲間……家族の救出をあの子は願い、優先した。

 

 

「付き合いの殆どないオレが言うのもどうかとは思うけど……、あんたさ、あの子の気持ちを考えたことあるかい?」

 

 

「マギーの……気持ち?」

 

 

「ん? なんだ、戻ってきてたのか?」

 

 

 ユウの問いにビリーが茫然としていると、さっきまで落ち込んでいたチャーチの声が聞こえた。彼の話す方には入口と診療室の間を仕切るカーテンがあり、察するに誰かがそこにいるようだ。ジャッと音を立てて開かれたカーテンの先には普段からは考えられないくらいキツい顔をしたマギーが立っていた。そしてビリーを一点に見据えてズンズンと力強い足取りで彼に近づいていく。 ベッドの横まで来た所でその歩みは止まったが彼女の表情は変わらない。相変わらずキツい顔でビリーに冷ややかな視線を送っており、何に対してかは分からないが酷く怒っているのは嫌なくらいに感じ取れた。

 

 重苦しい沈黙が暫く続く。無言で睨んでくる子供の視線とは中々に迫力があるものだ。特に普段明るく活発な性格の子供のそれは群を抜いていると思う。その無言のプレッシャーにチャーチとユウは身動きすら出来ない。ビリーに至ってはその突き刺さるのを通り越して貫通してしまいそうな視線を諸に受けて冷や汗をダラダラと滝のように流している。

 

 

「……あ、あの……マギー……?」

 

 

 意を決してビリーは口を開く。すると無言で佇んでいたマギーに動きがあった。

 

ダラリと下げられていた右腕をスッと振り上げ――

 

 

「ふごっ!?」

 

 

——一気に降り下ろした。ビリーの腹部に。

 

 全力で降り下ろされただろうその一撃は、まぁ言っても十歳の少女のそれだ。大人相手には大した威力はないだろうが、それは通常の場合。今のビリーは命に別状はないがその体は重症を負い絶対安静にしていなければならない状態なのだ。

 

 そんな体には先の一撃も脅威となりうる。現に喰らった当人はビクンビクンと体を痙攣させて激しく悶絶している。そんなビリーには構わずマギーの連続攻撃は続く。右腕だけだった攻撃はいつの間にか両腕で繰り出されており、単純計算でも手数が二倍に増えて物凄く痛々しい。

 

 突然の出来事にユウとチャーチは止めに入ることができず、ただただそれを冷や冷やとしながら見るばかりだ。仕舞いには「——オラオラオラオラオラァ!!」とか連続ラッシュで敵をボコるスタンドが後ろに見えてしまいそうな光景に心の中で必死に嘆願するが、勿論心の中でなので「テメェはオレを怒らせた」状態のマギーに届くことはない。

 

 

(やめてあげて!? ビリーのライフはもうゼロよ!!)

 

 

 傍観者と化した二人の心情がシンクロするが、一方的なタコ殴りSHOWは終焉の兆しを見せない。するとここで、ふとマギーの動きが止まった。ビリーはそれを訝しく思い痛みに悶えながらも上体を起こし彼女を見た。ビリーの腹部に顔を埋めているため表情は読み取れないが、彼女の肩が震えているのは分かった。

 

 

「ビリーの……ばかぁ……」

 

 

 嗚咽混じりのその一言に困惑するビリー。そんな彼に構わず尚もマギーは言葉を続ける。

 

 

「……不幸にしないため? だから一人で逃げろって言ったの? ビリーだけは残って? そんなの……やだよぉ。……今のあたしにとって、ビリーは、一番大切な人、なんだよ? 独りぼっちに、しないでよぉ……」

 

 

 そこまで聞いてビリーはやっと自分が間違いを犯していたことを悟った。彼女だけは守らなければと逃がしたが、その実それは彼女に孤独を強いるということだ。一度天涯孤独の身となった少女に図らずも再びそれを味わわせるとは、自分は何と残酷なことをしてしまったのだろう。目の前の青年の言う通りだった。自分はマギーの気持ちを何一つ分かってはいなかった。そんなかつての自身を振り返り、心中である誓いを立て彼女の小さな体を抱き寄せた。

 

 

「……ごめんな、マギー。もう独りにはしないよ」

 

 

背中に回した腕に力を込め、心中の誓いを声に出す。それは彼女に伝えると共に自身に向けて言う事でもある。

 

 

「……一生お前の傍にいてやる。お前は——オレが守る……!」

 

 

——もうこの子を悲しませはしない。

 

——この小さくか弱い少女を独りになんてしない。

 

 

 静かに、それでいて小さくも力強い言葉でそう固く胸に誓う。

 

 

「……ん?」

 

 

 そこでビリーはユウとチャーチの二人が何やらニヤニヤしてこちらを見ているのに気がついた。

 

 

「聞きました先生~? 『一生お前の傍にいてやる』ですって~。これって告白かプロポーズじゃないですかね~?」

 

 

「んなっ!?」

 

 

「マギーも『一番大切な人』って言ってるからな~。相思相愛なら歳の差なんてねぇ~」

 

 

社会人(?)としても医者としてもどうなんだそれは……。異論を唱えようとしたビリーだが、若干悪ノリしている目の前の二人には何を言っても無駄な気がしてきた。

 

 

「グスッ……不束者(ふつつかもの)ですが……」

 

 

「マギーものらなくていいから……ってかどこでそんな言葉覚えてきたの!?」

 

 

 第一候補として酒場のオッサンが考えられるが……次点で同じく酒場の売女か……或いはその両方か。ウチの子に何教えてくれてんだ!!

 

 十歳の子供にはまだ要らない事を吹き込んだであろう二人の人物に憤慨しつつ、ビリーは今このときを楽しんでいた。自分がからかわれているのは少々癪だが、お陰で暗い陰湿な雰囲気は無くなっている。目の前でおどけている少年を見る。彼のお陰で自分は大事な事に気づくことが出来た。彼のお陰でこの子はまた笑顔になれた。感謝してもしきれない。

 

一つの街の小さな診療所。その場所には笑顔が溢れていた――

 

荒廃してしまったこの世界からすれば雀の涙ほど小さなものだが――

 

戦前の時代はごく当たり前に世界中にあっただろうそれを――

 

現代では決して容易には手に入れることはできないだろうそれを――

 

――“平和”をビリーは感じ取っていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 ただいま療養中です

第14話 只今療養中です。

 

 ビリーとマギーの再開を見届けた後、オレことユウはメガトンの町を散策していた。元々重度の汚染と絶対安静レベルの重症を負ったビリーと違い、オレは汚染だけ(それでも致死量寸前だが)であるため、比較的早く(それでも三日ほど寝込んでいたらしい)ベッドから離れることが出来たのだ。

 

 さて、街中を“一人”で散策しているわけだが、これには訳がある。診療所を後にし一番最初に足を運んだのは“自称”保安官のルーカスさん宅。一応リーダー的な位置付けの彼に治療のお礼と今後についてお話しに行ったのだが、そこで意外な話を聞いたのだ。

 

 

「えっ……じゃあ、ジェームスさんもスカベンジャーさんももうここにはいないんですか?」

 

 

 ルーカスから聞かされた話によると、協力者である二人は何日か前にメガトンを発ったそうだ。

 

 修復できそうなパーツを探してはそれを稼働できるようにしランダムに操作をして後方から援護・陽動をしてくれていたスカベンジャーさんは、騒ぎが収まると死んだレイダーから装備を剥ぎ剥ぎしたり住人とちょっとした商談を済ませた後、自分の拠点に帰っていったらしい。

 

 特にポッポの持っていたハンドメイド10mmピストルは気に入ったらしく、それを含めた戦利品を抱えてホクホク顔で出ていくのを多くの住民が見送っている。

 

 一方ジェームスさんは、ユウほどではないが彼自身重度の汚染に侵されており治療のためこのメガトンに一日滞在した。ある程度回復すると直ぐにルーカスの下を訪れ軽い挨拶を済ませた後、ユウ君を頼みますと頭を下げてから静かに旅立っていったそうだ。

 

 

「せめてお前さんが目覚めるまでこの町にいたらどうだって言ったんだが、『やるべき事がある』って言って行っちまったよ」

 

 

 やるべき事、恐らくは『浄化プロジェクト』の事だろう。元々そのために安全なvaultから抜け出してきた人だ。普通なら見ず知らずの青年や地上の町よりもそちらを優先するだろうに、ジェームスさんは何から何まで手を貸してくれた。ひょっとしたら一人で発ったのも自分を巻き込まないための配慮なのかもしれない。人のいいあの人のことだ、あながち見当違いでもないと思う。もし道中再び会う事があったらできるだけ彼の手助けをしようと、ユウは胸の内に密かに誓った。

 

 

「ああ、そうだ。ジェームスから伝言を預かってたんだ、忘れる所だった」

 

 

ジェームスさんから? 一体何だろうか。

 

 

「ゆっくり休めってよ。それと娘がいるらしくてな、もし会ったら助けてやってくれとさ」

 

 

 娘か……そういえば子供がいるとか道中で話してたっけ。詳しくは聞けなかったけど原作みたいに父親を追ってvaultから出てきてたりするんだろうか? もしそうなら会うこともあるだろうし、協力は惜しまないつもりだ。

 

 そう遠くない日にそのときは訪れるのだが、今のユウには知る由もない。

 

◆◆◆◆

 

 ゲームでは主人公の家が手に入る場所なので、飽きるほど訪れているメガトンだがこうして歩いてみると所々違う部分がある。まず町自体が広いのだ。原作だとそれほど時間をかけずに踏破できるメガトンだが、一日掛けても全体を見て廻れるか疑問だった。

 

 酒場や食堂、その他主要な施設に変わりはないが家屋が多く居住スペースが広くなっているようだ。当然それに比例して住民の数も(ゲーム中に比べて)多くなっている。そして嬉しいことに、広い通りには市場のような露店が立ち並んでいた。原作と違いメガトンの周囲にはスクラップの山が点在しており、貴重な部品類が多く調達できるため金回りがよく、それで行商が賑わっているらしい。

 

 それらを眺めながらぶらぶらしていると、見馴れた文字がペイントされている建物の前に着く。『クレーターサイド雑貨店』と書かれたその店は日中にも係わらずあまり人の入りがなかった。何となく気になったのでユウは店内に足を踏み入れた。

 

——思えばそれが面倒事の始まりだった。

 

 

「いらっしゃ~い♪」

 

 

 間延びした挨拶と爽やかスマイルで出迎えてくれたのはこの店の女主人であるモイラ・ブラウンその人だ。掃除でもしてたのか手にはモップを持っている。店内には他の客はおらず、いるのは彼女に雇われた傭兵の兄さん一人……それなりに広い店内と相まって閑散とした雰囲気を訪れた者に感じさせる。

 

 

「あ! あなた爆弾を解除してくれた人よね!?」

 

 

確かにその通りだが、何故彼女はキラキラした目でそんなことを聞くのだろう。

 

 

「そ、そうだけど……」

 

 

「その節は助かったわ~! お礼を言わせて貰うわね。それと頼れる貴方にお願いがあるんだけど~」

 

 

 ここでユウは記憶にある彼女関連のクエストを思い浮かべた。サバイバルガイド作成のために9種類だったかのメンドイ依頼を頼まれた筈だ。できれば丁重にお断りしたいが話だけでも聞いてみることにした。

 

 

「私達が生きているこのウェイストランドには沢山の危険が満ちているわ。私はそれで命を落とす人間をどうにかして減らせないかと常々考えているの」

 

 

 モイラの独白に頷いて相槌をうつ。それはこの世界の誰もが考えることだろう。人々は無数の脅威に晒されながらも何とか対策を講じて日々を生きている。希望を奪い絶望を与えるウェイストランドでは今日明日どころか一瞬先の命すら危うい。

 

 

「そのために色々な危険への対処法を学べるサバイバルブックを作成したいと思ってるの! 貴方にはその手伝いをしてほしいのよ」

 

 

 彼女が言うには三章から構成される内容の一章分の依頼を手始めにこなしてほしいそうだ。まず一つ、食糧の探索、二つ、放射能の影響、三つ、地雷原の調査。これらが一章の内容らしい。

 

 

「それで貴方には地雷原の調査をお願いしたいんだけど」

 

 

「え? 他の二つは?」

 

 

 彼女が口を開こうとしたとき店のドアが開き、四人ほどの男が入ってきた。ユウは彼らを見たことがあった。それもごく最近見た顔触れだが、何故ここにいる?

 

 

「只今戻りましたぜ、モイラさん!」

 

 

 元気な感じで挨拶をしたのは数日前に衝突したレイダー勢の一人、下剤入りの即席ポテトを食べて降伏を余儀無くされた見張りだった。彼は全てが終わった後で、襲いくる腹痛に身を悶えさせているのを住民に見つかり一先ず捕縛されていた。他の面々も住人によりメガトン内にて無力化された連中である。

 

 

「ご苦労様。それでどうだった?」

 

 

「スーパーウルトラマーケットには確かに食糧等様々な物資がまだ残ってましたよ。ただ既に他のレイダーどもが根城にしてたんで隅々まで調べることはできませんでした」

 

 

「そう……。でもこれでそういった場所には食糧が残ってることが確認できて、一つサバイバルガイド作成に近づいたわ」

 

 

 ありがとう、と言ってモイラは資料を作りに奥へと引っ込んでいった。それを見送ってからユウはレイダー勢に話しかける。

 

 

「……なあ、何であんたらがここにいるんだ?」

 

 

「それがな、一度捕まってもうお終いだと思ってたんだが、そんなオレ達にルーカスはチャンスをくれたんだ」

 

 

「そうそう、心を入れ替えてメガトンのために働くんなら命は助けてやるってな」

 

 

「初めはこいつだけやる気まんまんでよ。オレ達は隙をついて密かに逃げ出してやろうとか考えてたんだが、ジェリコがお目付け役に着いたせいで逃げたくても逃げられなくなっちまったんだな」

 

 

 三人目のレイダーがげんなりしながら指を指したのは先程元気に報告をした彼だ。指された当人はフッと哀愁漂う感じで語り出した。

 

 

「人間大切な何かを失うと色々と寛容になれるんだぞ。もうレイダーだった頃は忘れて人様のためになることをしたいんだ」

 

 

 もしかして間に合わなかったのか? ふとした疑問が浮かんだが、聞くまでもなかった。後ろにいたレイダーの一人がユウの肩に手を掛け、フルフルと顔を横に振るったからだ。触れてやるなというように、不幸な仲間を憐れんでいるように。当の本人はかなりのショックだったのだろう。それこそ非道なレイダーをである彼を改心させるほどには。

 

 

「あんたにも迷惑かけたな、すまなかった。紹介がまだだったな、オレの名はジョニーだ。オレの家系は代々男子にはジョニーと名前がつけられる」

 

 

 そして代々お腹が弱いのですね、分かります。どっか別の世界で聞いたような話に、内心だけで相槌を打った。

他の三人は名乗ろうとしなかったのでレイダーA、B、Cと認識しておく。オイ! とかレイダー三人が言っているが気にしないでおく。各々の自己紹介が済んだところでモイラが戻ってきた。

 

 

「さて、後は貴方にお願いした地雷原調査だけね~」

 

 

「ん、だけ? あのさ、食糧に関してはこの連中が調べてきたのは分かったけどさ。もう一つの放射能は?」

 

 

「ああ、それならもう調べてあるわ」

 

 

既に調べたらしい。他人ばかりに危険な作業を押しつけやがってとか思ってたけど、自ら調べる事もあるんだなーと意外な一面に感心した。

 

 

「貴方のお陰で楽に調査できたわ~。あれだけ重度の汚染に侵された患者ってそうそう見つからないのよね~」

 

 

 前言撤回。このヒトとんでもない外道だ。「大抵の患者は調べる前に理性を失ってフェラルになるか死ぬかのどっちかだからね~」とかのほほんとお話してるけどそれってつまりオレは体のいい被験体ってことじゃないですか。ユウは今更ながらにここに誰も近寄らない理由を理解した。因みに結果から言えば依頼は受けることにした。だって断ったら泣きつかれたんだもん、断るに断れず根負けしてしまった。

 

 

……なんで関わったんだろ、と今更ながらに後悔の念が過るが時既に遅し。本当に今更だ。

 

 

 その光景を横目で見ていた傭兵はユウが店を後にするとき「……ドンマイ」とか呟いてくれたが、彼も似たような境遇なのだろうか? すれ違い様に目があった彼の顔には疲れの色が見てとれた。

 

 

——あんたも大変だな。

 

 

——なに、もう慣れたさ……そっちも厄介なのに目をつけられたもんだな。

 

 

——全くだ。まぁ依頼は受けちまったからな、適度にこなすさ。

 

 

——ああ、頑張れよ。

 

 

——お互いにな。

 

 

 一瞬の間にそんなやり取りがあったかもしれないが、彼ら以外には特に関係ない話だろう。

 

◆◆◆◆

 

 

「よし、こんなもんかな」

 

 

 ユウはモイラの店を出た後、自分に宛がわれた家(爆弾を無力化してくれた礼らしい)に向かい室内の整理や装飾をしていた。モイラの雑貨店には“テーマ”という物が売ってある。これは言うなれば部屋の内装のことであり、“vault”“レイダー”“ウェイストランドの探求者”“科学”“戦前”“ラブマシーン”等々複数が存在する。ユウはその中から“戦前”をチョイスし、内装を変えていたのだ。

 

 

 まぁ、何ということでしょう。所々錆び付いていた内壁は見違えるような純白の壁に、閑散としていた室内には1950年代風のテレビやカップ、イスなどが置かれどこか懐かしい雰囲気を醸し出しています。最初はどこか淋しさすら感じさせた室内が、テーマを与えられて暖かな空間に、これこそ正に匠の技。

 

 

「……と、劇的ビフォーア○ター風に言うとこんな感じか」

 

 

 しょうもない事を考えながら装飾の済んだ室内を見渡す。うん、やはり“戦前”が一番落ち着くな。ゲームでもこれを好んで使っていたしな。

 

 後はこれに色々な設備を取り入れたいと考えている。ここメガトンではテーマとはまた別に設備を購入することができる。これもテーマと同じく幾つかあり、そのどれもがこの世界では重宝する物ばかりだ。自動販売機欲しいな~とかジュークボックスってレトロでかっこいいな~とか考えてみるが、流石に一気に購入したりすると周囲からの視線(主に物乞い的なのと獲物を見るようなのと)が痛いのでやらないが。

 

 作業を終えたユウは「ふぅ」と一息ついた後、手近にあったイスにドカッと座り込みpip-boyを操作しだした。その手が動くにつれて画面には様々な情報が表示されていく。ジェームスとの講習の間にユウはpip-boyのデータが閲覧可能になっているのを発見し、そのときから偶にこうして閲覧していたのだが最近になってその内容に見覚えがあるのに気づいた。表示されるアイテム欄にはとんでもない数の道具の名称が明記され、この端末が既製品とは比べ物にならないほどに大容量なデータ量であると同時に、この中には膨大な量のアイテムが貯蔵されていることを如実に物語っている。

 

 

「これって……オレのゲームデータじゃんか……」

 

 

 そう、所持していた道具の数々はユウがプレイしていたデータで入手した物とほぼ合致していたのだ。流石にG.E.C.Kなどのようなクエストに関係するキーアイテムは無くなっていたが、それでもこの事実は大きい。 ここでユウは講習の間に感じていた違和感について考える。初めは出来なかった作業も二度繰り返せば簡単にこなせるという奇妙な違和感。まるで記憶はないのに身体は覚えているようなと言った自身の言葉。そこにこのデータ内容である。

 

 

「ゲームデータと連動している……?」

 

 

 どういった仕組みかは分からないが、どうやら自身のステータスはゲームで使っていたプレイヤーの影響を受けているようだ。

 

 

「いや、あり得ないだろ……」

 

 

そう呟きつつも一方ではその考えを肯定していた。この仮説で考えれば奇妙な違和感の辻褄が合うのだ。

 

 

「訳が分からないな……」

 

 

何故この世界に紛れ込んだのか——

 

どうすれば元の世界に帰ることが出来るのか——

 

そもそもこれは現実なのか——

 

何か悪い夢でも見ているのではないか——

 

考えても考えても答えが出ることのない難問の数々にユウは心に不安が募るのを感じた。

 

 

「オレ、どうなっちゃうんだろ……」

 

 

見上げた天井に向かって一人疑問を投げかける。勿論口を突いて出たその言葉を聞くものはいない。その問いに答えてくれる者もまた、いない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。