フランドールと一週間のお友達 (星影 翔)
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本編
1日目 地下で会ったのは可愛い少女でした


 この作品を見にきてくださってありがとうございます。駄文ながらも頑張りますので、よろしくお願いします。


 ……僕の名前は宮岡 俊、今年で十八歳になる。でも、そんな事どうでも良い…。僕の余命はあと僅かなんだから。

 

「じゃあね、また明日」

 

 そう言って、母が僕の病室の扉をゆっくりと閉める。死期が迫ってだんだんと閉鎖気味になっていく僕の心を少しでも和らげようと、このところ毎日のように来てくれている。来てくれているだけありがたいのだが、やっぱりもうすぐ死ぬとなると明るく振る舞うのは難しい。

 

「母さん、いつもありがとう。ごめん」

 

 静まり返った孤独の部屋の中で小さく呟いた。

いや、もうやめよう。こんな事を考えている時間が無駄だし。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…ここは?」

 

 程なくして僕は目を覚ました。

しかし、目の前に広がっていたのはいつもの病室の白い壁ではなかった。

言い表すならば………

 

 その壁は…紅かった。

 

 床も壁も天井までも僕の目が充血しそうなくらいに紅い世界、その中で天井に吊るされたシャンデリアが唯一、上下の感覚を僕に意識させてくれる。

 

「え?何だここ?」

 

 一体、僕の身に何が起きたんだ?もしかして予定よりも早く死んだのか?

 もし、そうだとしたら家族に感謝の一言も言えなかったのは辛いな。

 それにしても、仮に死んだとして何で僕はこんな薄暗い廊下のようなところに立っているのだろう。天国でも地獄でもこんなに薄暗いのは色々な意味でおかしいと思う。それとも僕のイメージ違いだろうか。

 何でも良いや、とりあえず何か行動を起こさないと、と思い、その薄暗く気味の悪い廊下を歩き始める。

 よく目を凝らすと、三つか四つくらいの部屋へと続く扉と一番奥には上へと続く螺旋状の階段が伸びていた。

 しかし、不思議なことに階段へ行こうにも、途中で壁のようなものに阻まれて先へと進めなかった。正確にいえば壁は無いのだが、透明な何かによって先は進入禁止状態だった。

 

 渋々、他の部屋を当たる。生まれた時から余り冒険はしない方なのだが、この場合は冒険せざるを得ないのは分かりきっていることだった。

 

 息を呑んで一つ目の扉のドアノブへと手を掛ける。

 鬼が出るか悪魔が出るか、とドアノブを回し、体重をかける。

 

ガチャ、ガチガチ

 

「カギがかかっているようだ」

 

 唐突に思い出したとあるRPGゲームのセリフを口にだす。よくやったなぁ、と感慨に浸ると共に孤独という寂しさが一気に込み上げてきて涙が浮かんだ。

 

 合計四つあった部屋の中で三つがそんなやりとりに終わる。恐怖と好奇心。そして、開かなかった時のがっかり感と安心感をたっぷり味わったあと、ようやく最後の部屋へと足を進めた。

 

 四つめともなると、もはや開ける前の躊躇(ちゅうちょ)がなくなっており、いつもの家の扉を開くような感覚でドアノブを回した。

 

 ガチャ、というあって当たり前の音にものすごく驚いた。べっ、別にさっきまでドアが開かなかったからとか、そういうのじゃ、決してないからな。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 中はさっきの廊下よりもずっと暗く、同じ人間なら部屋に入るのを躊躇しかねないようなくらい闇の深い空間が広がっていた。

 ここで、僕は改めて余計なことをしたことに気がついた。誰もが分かるように今更なのだか…。

 数秒くらい、部屋の前で立ち往生していた僕も、ついに意を決して中に突入する。

 さっきも言ったが、僕は余り冒険しないのである。なので、未知なものに興味を持とうとも思わないし、会ってみたいなんてかけらも思わない。けれど、状況を全然飲み込めてない今は嫌でもそうしないといけないのは分かりきっていた。

 

 中にはいると、一寸先も見えず、辺りがまるで闇そのものだった。足元がおぼつかず、足が色々な物に当たる。そして、見えないながらも何とか奥まで進むと、ベッドのようなものが足元に見えた。その瞬間、どうしたわけかベッドの存在が余りに僕の心を安堵させ、僕は思わずそのベッドへ身を投げた。ふわふわで最高の寝心地であるそのベッドは、より僕の心に安らぎを与えていく。

 

 あぁ、もういいや。とりあえずはここで寝かせてもらって、後のことは次に起きたときに考えよう。

 そうして、僕はベッドの奥の方へと這い上がっていく……。

 

 

 あれ?何か柔らかい感触が…。

 

 これは…足か…?

 

「ひゃあ…⁉︎」

 

 聞き慣れない悲鳴が聞こえたのも束の間、パッと部屋に眩いばかり光が入る。一瞬目が眩んだほどの光もだんだんと慣れてくるとそこには一人の少女がこちらを少し怯えたような目で見ていた。

 

「あなた、誰?」

 

 布団にくるまって身を隠しながらこちらを覗く少女の姿はひどく幼かった。

 まぁ、現時点では顔と髪型しか分かんないから何も言えないけど、見た目がものすごく幼いのは分かる。

 なんだかよく分かんないけど、怖がらせてしまったようだ。

 

「大丈夫?ごめん、怖がらせて」

 

 手を彼女に向けて伸ばすのだが、彼女は僕の手を握るどころかさらに離れていってしまう…。

 あれ、もしかして警戒されてる?

 僕が近づいていくにつれてどんどん彼女も離れていってしまう。

 

 僕が進む。彼女が後ずさる。

 

 進む。後ずさる。

 

 進む。後ずさる。

 

 これを数回繰り返した後、あまりに不毛なので、僕は諦めてポケットに入っていたスマホを取り出していじることにした。

 通信圏外…って本当にどこに来たんだろうか。てか、なんでスマホが入ってんだろう。

 取り敢えず、音楽アプリを開いて適当に音楽をつける。イヤホンが運良くスマホにつけたままだったので、片耳だけつけると、人のベッドながら勝手に大の字で寝かせて頂いた。さっきも言ったがこのベッドの寝心地は抜群で、ちょっとでも気を抜いてしまえば一瞬で意識が飛んでしまいそうだ。

 

 そんな素晴らしいベッドを勝手に堪能していると、さっきまで明かりのせいで赤かったはずの視界がふっと黒くなった。

 

 目を開くとさっきまで怯えていたはずの彼女が僕を興味深そうに覗き込んでいた。

 彼女としばらく見つめ合う状態になって固まっていると、彼女の指が僕の頬に触れる。

 

「ふふっ、柔らかい」

 

 一度触れたことをいいことに彼女の指がどんどんと僕の顔をいじりはじめる。ツンツンと頬をつついて。さっきまでまるでゾンビでも見るような恐怖に満ちた表情でみていたくせに…。

 

「そろそろやめてくれ、くすぐったくてしょうがない」

 

 僕がそう言うと、彼女は少し惜しそうな顔をしながら手を引っ込める。再び彼女に目を向けると、気づけばお互いに笑っていた。

 

「あなたは何ていう名前なの?」

 

「僕?僕は俊、宮岡 俊だよ。よろしく」

 

「私はフランドール、フランドール•スカーレットよ。よろしくね」

 

 彼女はベッドから降りると、こちらに振り返っていっぱいに笑ってみせた。その笑顔は初めて友達ができたような、純粋で無垢な笑顔だった。そんな笑顔を見せられた僕自身も嬉しい気持ちを顔に出さずにはいられなかった。

 

 改めて彼女の容姿を見てみる。その幼い顔に似合って体つきも幼かったところまでは良かったのだが、よく見ると、その背中に何やら歪な翼が覗いている。人間の姿をしていて背中に翼がついてるってことは、恐らく彼女は吸血鬼か何かなのだろう。取り敢えず絶対に人間ではない。しかし、そこで彼女のその翼に疑問がいった。一般的な吸血鬼の翼は蝙蝠(コウモリ)の羽なのだが、彼女の場合、翼の翼膜がなく、代わりに宝石のようなものがぶら下がるようにしてくっついている。まぁ、まず翼が覗いている時点で間違いなく人間ではないけれど…。僕が今まで絵本なんかで見てきた吸血鬼とはまた違った見た目だった。

 

「フランドール…ちゃん?その背中についてるやつって…もしかして、翼?」

 

 僕がその歪な翼を指さして問うと、彼女は後ろにひっついているその翼を見やったあと、再び僕の方を向いて気まずげに答えた。

 

「そう…よ」

「私ね、吸血鬼なの…」

 

 その瞬間、今までの笑顔もその自信なさげなその顔に流され、いつの間にか彼女の顔には新しく出会った友達を失くしてしまうのではないかという不安の様なものが見てとれる。

 不思議と彼女の告白を信じることができた。普通に考えたら吸血鬼なんている訳ないし、背中についてる翼だってコスプレで作ったと見ることだってできる。実際に翼に触れたこともない訳だし。

 でも、彼女の言うことは何故か信じられた。理論も何もないただの直感。

 だけど、だからって僕は彼女から離れようとは思わない。彼女は寂しいんだ。孤独に生きるのが嫌なんだ。さっきの階段が通れないことを考えても、恐らく彼女はここに閉じ込められているからなのだろう。

 悲しげに俯く彼女を見ているのは思った以上に悲しく、胸が痛くなった。

 だから、僕は言うんだ。

 

「それが?それを聞いたから僕が()()になったばかりの君を見捨てると?」

 

「とも…だち……?」

 

 彼女が驚いた表情で再び僕の顔を伺ってくる。そしてその数秒後、彼女の顔にもう一度笑顔が戻ってくる。

 

「ともだち…、友達。うん‼︎」

 

 彼女の頬に赤みが帯びる。

 僕もベッドから降り、彼女の前に右手を差し出した。

 

「あらためて、よろしくね、フランドールちゃん」

 

「フランでいいよ。みんなそう呼んでるから」

 

「分かった。よろしくね、フラン」

 

「こっちこそ、よろしくね、俊」

 

 彼女の方も、その小さな右手で僕の手を握ってくれた。

 あと一週間という短い人生。楽しく過ごすことを諦めていた僕だけれど、彼女という存在は僕にとって大切なものになる気がする。生涯で最期に作った友達というのも良いじゃないか。

 まだここがどこなのか、という戸惑いはあるものの、住めば都という言葉がある様に、きっと慣れてくるに違いない。それよりも、今は少しでも彼女の心のよりどころになれればいいなと思う。

 

 彼女のベッドの上でそんな事を考えていた。

 

 そして、僕はそのまま意識を暗闇の底へと落としていった…。




 どうだったでしょうか。あまりに拙い文章ですが、喜んでいただけたら幸いです。この後、彼等はどうなっていくのか。実はあまり考えていません。なので、こんな感じにして欲しいとか、こうしたらどうかな、というのがありましたら是非ご意見お願いします。
 あと、諸事情により、9月に入ってからはなかなか投稿が出来ないので、そのところはご了承下さい。


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2日目 僕と彼女の奇妙な共同生活

久しぶりの投稿になります(すいません)。できる限り早く投稿できるように尽力いたします。


 最近のニュースを聞きながら、僕はこの世界に住む人間という存在に飽き飽きしていた。僕がこうして死の時を待っている今も、何処かの国がミサイルを発射したとか、そうかと思えば、芸能人のつまらないゴシップニュースが目につく。全くもって死が間近に迫った人間にはどうでも良い話ばかりだ。

 どうせ、僕が一人世界から消えたぐらいでこの世界が変わる訳でもなければ、悼んでくれる人間が大勢いる訳でもない。いないよりかマシであろうが、この気持ちだけは中々上向きになれない。

暗く荒んでいた僕だったが、ある日、僕はとても奇妙な人に出会ったんだ。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「起きた?」

 

 目が覚めた僕は、すぐそばで覗き込んでいた彼女を見て少し驚いたものの、特に慌てることなく「おはよう」と挨拶する。驚き慌てる僕を見たかったのか、予想外に冷静な反応に彼女は少しムッとした表情を見せた。

 

「お〜は〜よーーうっ」

 

 無駄に長く、ムッとした彼女の挨拶に苦笑いで返しつつ、ベッドから起き上がった。

彼女の名前はフランドール・スカーレット。昨日知り合った吸血鬼の女の子。特徴を挙げるならば、金髪でサイドテール。白に赤い紐の巻かれたナイトキャップに服は全体的に赤を基調としたドレスで、吸血鬼の最大の特徴である深紅の瞳と翼を生やしている。

ただ、彼女の翼は僕らの世界の史料に載っているような蝙蝠の翼ではなく、翼に宝石のようなものが七つ、それぞれに赤、オレンジ、黄、黄緑、緑、青、紫の順にぶら下がっている。思わず、見入ってしまいそうな程綺麗なのだが、それが彼女の持つ翼だと思うと少し違和感を覚える。翼膜がないので飛べるのかと疑問にも思うし…。

 

「フランの(それ)って飛べるのか?」

 

 思いきって質問してみると、彼女は自分の翼を見ながら二、三回揺らすと、「うん、勿論飛べるよ」と無邪気な笑顔でそういった。僕も彼女の翼についたその綺麗な翼に触れてみる。

そんな時だった…。

 

 カッ、カッ、と誰かがこちらに近づく足音が耳に響く。

誰か来たのかと無意識に彼女を見ると、彼女は青くなって、

 

「早く、どこかに隠れて!」

 

 そう言って、辺りをキョロキョロと見回す。

 あまりに突然の出来事に僕は彼女の言っている意味を理解できぬまま、狭いベッドの下へと隠れる。そして、そこで息を殺しながら、この部屋の扉をじっと見守った。

 すると、ゆっくりと部屋の唯一の扉がギィィと軋んだ音を立てて開いていく。

 そしてそこには、華奢な足がこちらに向かってやって来ている。そして、眼前にまでやって来ると、上にいるフランに声を掛けた。

 

「妹様、ご無沙汰しております」

 

「えぇ、本当に退屈しているわ」

 

 やって来た人は女性だった。しかし、その女性に対してのフランの声には、さっきまで僕に言っていたような優しげと可愛げがまるで感じられなかった。もっと冷徹で今にも殺してしまいそうな冷たい声にはそれ以上の悲痛のようなものを感じた。

ただ、それだけしか言葉を交わしていないにも関わらず、もう既に辺りにそれ以上会話することのできないような冷たい沈黙が続いていた。

 

「お元気そうでなによりです」

 

「そうね、残念ながらまだ死ねないようだわ」

 

 何を言っているんだフラン⁉︎けれど、そんな疑問の回答は意外にも簡単に知ることができた。

 

「お姉様にとっては、私なんて邪魔なんでしょ?だからこんな暗い部屋に私を閉じ込めた。人間だったらあんなに簡単に壊れるのに…、私は残念ながら吸血鬼として生まれてしまった。お姉様としては、要らない存在だったのよね。きっと」

 

「そんなこと……」

 

「はいはい、分かっているわ。『お姉様は私を思ってそうしている』でしょ?」

 

 訳を話そうとする女性の声を遮り、フランの悲痛が声に出る。

 

「言っとくけど、今の私がお姉様に会おうものなら、お姉様を壊すことは必至よ。そして、それ以上お姉様の話を持ち出すのなら、咲夜、あなたの命も保証できないわよ?」

 

「……私は、いつか妹様とお嬢様が仲を戻して、お互いを家族として大切になさってくださる日を待ち望んでおります」

 

 女性は身体を翻し、ゆっくりと扉を開け、そして「失礼します」と残して扉を閉めた。

 

 女性の気配が完全に感じられなくなると、僕はホッと一息。

 

「お姉様、大っ嫌い…」

 

 フランも一言、そんな独り言を呟く。

その後、ベッドの下で大きく溜め息を吐いている僕の目の前に彼女は顔を覗き込む。

 

「ごめんね。あんなとこ見せたくなかったんだけど…」

 

 少し微笑を浮かべて言った彼女に僕は何も言ってやれなかった。

かける言葉が見つからない。っていうのはこういうことなんだなとつくづくそう感じた。今もこうして彼女は微笑んでいる。胸の中に計り知れないほどの闇を抱えて…。

 

「私って、必要ない存在なのかな…」

 

「そんなことないよ」

 

 ベッドの下から這い上がりながら僕は彼女にそう伝える。

 

「君は僕の落ちていく気持ちを変えてくれた。君自身は分からないかもしれないけど、僕には君がいなければ、多分、何もしないまま死んでたかもしれない」

 

 実際、本当に変わっているのか僕にも分からないところがある。でも、この不思議な出会いが僕の心持ちを変えていっているのは分かっていた。彼女のお陰で、この絶望ばかりだった日々に少しずつ希望を持てている。

 

「あなたって不思議な人間ね。今までも何人か人間がこの地下にやって来たけど、あなたみたいな人は初めてよ。皆、私を見るなり逃げちゃって話にならなかった」

 

 彼女も悲しかっただろうことは想像に難くない。見た目もそう変わらないどころか可愛いと思えるような姿なのに、ただ一つ、吸血鬼だという理由で避けられたんだから。でも、多分僕も同じことをしていただろうと思う。吸血鬼と聞いて恐れを抱くのもあるし、殺されるんじゃないかという恐怖もある。ただ、僕が周りの人間と違うのは、僕には寿命がすぐそこまで迫ってきているということだ。だから、吸血鬼に会ってもなんとも思わなかったし、むしろその先の人間性を観察できていた。

 だから、僕はこの娘が純粋で無邪気な姿を知っている。彼女が周りの環境に悩んでいるのも分かる。おそらく、彼女が出会ってきた人間という存在の中では一番彼女の心に寄り添ってあげられるんじゃないだろうか。もしも、彼女の心に寄り添えるのなら、僕はこの娘の為に死ぬ最期まで寄り添ってあげたい。それが、死があと僅かに迫った僕にできる唯一の人助けだから…。

 

「もしも、君のお姉様が君のことを嫌っていたとしても、周囲の人間が君に恐怖を抱いたとしても、僕は君から離れないからね」

 

「絶対に?」

 

「絶対だよ」

 

 そう言って僕は彼女に右手の小指を差し出した。

 

「これは、約束を守りますっていうおまじない。フランも」

 

 フランもそっと小指を差し出し、そして僕は言う。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」



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3日目 紅い館の従者との再会、そして現れたその主人

文章的におかしなところを訂正させて頂くにつきまして、全体を少し改変させて頂きました。すいません。


 目を開くと久しぶりの白い天井だった。あの紅かった景色から一変したこの場所を見た僕にはまるで世界から色が抜けたかのように感じられた。

 

「帰ってきた…のか」

 

 病室のベッドの上で自身の両手を眺め、そして再び天井を見やる。

 不思議な夢でも見ていたのだろうか?辺りが紅色で包まれた屋敷のことも、可愛くもその胸に様々な思いを秘めた彼女のことも、ただの幻想だったのか…。

いや、違う。確かに彼女はいた。

確かに僕は彼女に触れ、会話し、笑い合った。その時の実感は間違いなく本物だった。夢のような朦朧としたものではなく、その一瞬一瞬がはっきりと頭に記憶されている。間違いなくあれはもう一つの現実だった。

 しかし、実際僕はこの病室で眠り、そしてその間にあの現実へと足を踏み入れた。僕が何を言ってるのか分からない人も大勢いるだろう。当然だ、僕もまだよく分からないんだから…。

 

「無事でよかった…。本当によかった……」

 

 そんな時でも、こうしてオーバーに心配してくれているのはいつもの母さんだ。母さんいわく、僕は一日中ベッドの上で昏睡状態だったらしい。僕に何かあったんじゃないかと母さんはずっと僕の病室から離れなかったとも看護師さんから聞いた。ありがたいんだけど、親バカなんだよなぁ…。

 

「大丈夫だよ。そう簡単に死ぬつもりないし」

 

 心配する母さんにそう言うと、母さんはなぜか目を丸くして、僕をずっと凝視していた。「何?」と口を開いてみれば、母さんは一瞬ぎょっと身体を硬直させると、慌てて「いやいや」と両手を横に振った。

 

「珍しいわね。いつもは後ろ向きな事しか言わない貴方が『簡単に死ぬつもりないし』なんて言うなんて…」

 

 母さんに言われて「あっ…」と思わず声をあげた。余命を宣告され、暗い絶望の底に沈んでいた僕はいつのまにか考えそのものすら暗くし、気付けば、僕なんてもう死んでもいいやと自暴自棄になっていた。そんな僕が生きたいと口にしていたんだ。何故かは分からない。

 

…いや、もしかすると、彼女に出会ったからなのかもしれない。

今思えば、彼女と会話したあの時は、確かに楽しかった。

 そして、それは僕が生きてて楽しいと気付かないうちに意識させていたんだ。

 

「母さん、僕さっきまで不思議な夢を見てたよ…」

 

 それを聞いた母さんは「そっか…」と少し微笑んで呟いた。まぁだからって何かが起こるわけもないが…。

 

「お母さんも昔にね、不思議な夢を見たんだけど、最近になってやけにその時の夢を思い出すの」

 

「母さんも?」

 

 母さんに問いかけると、母さんは虚空を見つめて暫く固まる。そして、

 

「あの紅かった月、その下には蝙蝠の羽をつけた女の子が私に向けて満面の笑みを浮かべていたの」

 

 そう母さんは懐かしそうに呟いた。

 

「もうほとんど覚えていないんだけどね…」

 

 それから母さんは「身体には気をつけるのよ?」と僕に釘をさすと、病室を後にする。僕は「はいはい」と適当に流しながら、病室のベッドの上から母さんを見送った。

 

 沈黙が再び辺りに漂う。

 

「…………よし、行くか」

 

 僕はベッドの中に潜り込んで再び眠る。正直言ってさっきまで眠っていたからあんまり眠くないんだけど…。病室(ここ)にいたって退屈だし、彼女と少しでも長くお話したいし。

 

 そして僕は半ば無理矢理眠りについた…。

 

 

 

「………はっ‼︎」

 

 僕は目覚め、辺りを見回す。いつもの紅い壁、天井、床、シャンデリア。

 しかし、前回と全く違う部分がある。

 

……拘束されてる‼︎

 

 気付けば、両腕両足が鎖で固定されており、自由が効かない。その上、鎖はかなりキツく巻かれており、箇所においては鎖が食い込んで皮膚から血が滲んでいた。

 

「やっと起きたのね。寄生虫さん」

 

 聞き覚えのある声だった。前にフランと口論になったメイドさんと声が似ていたのですぐ彼女だと断定することができた。

 

「なんだよこれ、早く解いてくれよ」

 

 僕は鎖をジャラジャラと鳴らしながら解放するように頼むが、にも関わらず、彼女の目は冷たいままだった。

 

「貴方が妹様と親しくなろうなんて…百年早いわ」

 

 すると、彼女の手にはいつのまにか銀色に光るナイフが何本も握られており、僕がそれを認識したその直後、気付けばそのナイフは僕の首筋を沿うようにして壁に突き刺さっていた。突然の出来事に硬直し、何も口にできなくなる。首筋に伝わる冷たい刃の感触が

僕に「死」を直感づけられる。小さく震えている僕に、彼女はまたしてもナイフを構え、僕の前に悠然とたたずんでいる。

 

「最期に何か言い残すことはあるかしら?」

 

 彼女にそう諭され、僕はパニックになりながらも懸命に考える。どうせ僕の命そのものは長くはない…。

 

 でも、心残りがあるかと聞かれれば、僕にはある。あのフランドールという少女は家族の中で孤立しているらしく、その上、姉を嫌っている。そんな彼女に最期に言い残す言葉があるとすれば…それは………。

…ダメだ、彼女に相応しい言葉が見つからない。あの悲しげな瞳が映す彼女の傷だらけの心を癒してあげられる言葉が…。

 

「時間切れよ」

 

 そんな中、彼女の冷たい言葉が耳に木霊する。

 

「さようなら」

 

 そして、彼女はナイフを一本構え、身動き一つ取れない僕に少しずつ少しずつ近づいてくる。そして、目前まで接近すると同時にナイフを振り上げた。思わず目を瞑り、直後に来るであろう痛みに耐えようとした。

 

 その時だった。

 

「待ちなさい、咲夜」

 

 突然の声に戸惑う僕、しかし、メイドさんはすぐに僕の目前から姿を消し、気付けば彼女は僕から数メートル離れた地点でその場に膝をついていた。

 そして、その跪いた先の人物の姿に僕は驚愕せざるを得なかった。

 

 彼女の跪いた先にいた人物、それはいかにも幼い少女の姿だった。桃色のドレスに青い髪、頭にはドレスと同様に桃色のナイトキャップを被っている。

 彼女は跪くメイドさんの横を通過して殺される恐怖に震えていた僕の前へと立つ。

 何をされるのかと不審に思う僕。すると、彼女は壁に張り付く僕を引き出すべく鎖をその手で引きちぎり、彼女は僕を解放して僕に向かいあわせる。

 彼女は改めて僕を見つめてきたかと思うと唐突に問いただした。

 

「貴方に聞きたいことがあるの」

 

「は、はい」

 

 状況を理解できない僕はただその問いに「はい」と答えるしかなかった。

 

「まず貴方はどこから来たの?」

 

 彼女の質問は至って簡単でシンプルだった。だが、現状況の僕にとってその問いは他の何よりも難問だった。何しろ、僕ですら何故にここに来れるのか知らないのだから。

 

「……分からない」

 

 僕はそう回答せざるを得なかった。

 

「分からない?」

 

 当然彼女は首を傾げた。でも仕方ない。分からないものは分からないんだ。

 

「…ふーん、分からない…か」

 

「お嬢様、こんな意味の分からない答えを言うような奴です。第一、こうやって二度もここに来ているのですから絶対ここへの往来のしかたを知っているはずですわ。恐らくは私達に話したくない事、知られたくない事でもあるのでしょう。今なら始末できます」

 

 メイドさんは一刻も早く僕を殺してしまいたいようだった。危険分子は早く排除したいということだろうか。

僕は自らの行動でこの場をどうにかしようとすることを諦めることにした。僕は運命にすがることにしたんだ。これが報われずに死んでも本来余命が僅かしかない僕にとっては別になんとも思わない訳だから。

しかし……………

 

「いえ、この子は殺さない。いや、殺してはいけないの」

 

 彼女は僕を殺そうと進言するメイドさんを制止するばかりか、むしろ逆に僕を護ろうとしてくれている。何の為かは分からないが、ありがたいことには変わりない。

 

「フランはこの子を気に入ったのよ。その子を殺せば、またあの子(フラン)は心を閉ざしてしまう」

 

 いとも冷静にそう言い放つ少女の横でメイドさんが歯ぎしりする。

 

「貴方はフランとどれくらい関係が深いのかしら」

 

「えっと…」

 

 どれくらいって言われてもなあ、気軽にお話しする程度だし、言うほど親密でもないんだけど。

 

「そうですね…。だいたい………」

 

ドオォォォッン‼︎!

 

 その瞬間、館が揺れた。その場にいた全員がバランスを崩してよろめき、地面に倒されまいと懸命に堪える。

 

「な、なに⁉︎」

 

 動揺する彼女。それは僕も同じだ。地震かと一瞬思ったが、それにしては揺れ方がおかしい。初期微動なんてものはなかったし、揺れ方もあまりに突然だった。

 

 ふと前方の二人に視線を向けると、二人も不安を隠しきれないようで、館のあちこちに視線を向けてはお互いを見合っていた。

 

「フランが…、フランが暴れてる……」

 

 その時、僕は彼女が思わず零した一言に驚愕せざるを得なかった。この揺れが彼女によるものとは普通は考えられなかった。吸血鬼がそれくらいの力を持っていると考えるのは容易いのだが、僕が驚いたのはそこではなく、なぜ彼女はそのような行動に出たのかが納得できなかったからだった。

 

「フランが…」

 

「……………うっ⁉︎」

 

 突如として胸が痛み始めた。息切れし、冷や汗が止まらない。その上、目の焦点もあわずに僕は思わずその場に倒れる。

 

やめてくれっ!まだ覚めないでくれっ!

 

 懸命に願った。どことも分からない、言うなれば神のような者の存在に願った。もしかしたらこれが永遠の別れかもしれない。でも、せめて最期に彼女に一言言いたいんだ。

 

 しかし、僕の思いも虚しく、僕は胸の痛みとともに意識を失ってしまったのだった…。



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4日目 想いと覚悟 その壱

あけましておめでとうございます。できれば元旦のうちに出したかったのですが、叶いませんでした。すいません。今年も宜しくお願いします。


 またしても僕は病室で目を覚ました。いや、それだけではない。さっきから身体の自由が効かない。正確には自由が効かないわけではないが感覚が極端に鈍ってる。お陰で布団に触れている感覚すらもない。

 

 一体、僕はどうなって……。

 

「俊っ!」

 

 病室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは僕の母さん。それも物凄く必死な表情を浮かべている。

 

「よかった…。無事で」

 

 息切れした母さんは僕の姿を見るなり安心したようにその場に崩れ落ちる。

 

 いやいや、母さん流石にそれはオーバー過ぎやしません?

 

「何?僕なんかなってたの?」

 

 母さんのあまりに必死だった表情に思わず動揺しながらも僕は問う。すると、母さんは僕の思いもよらなかったことを告げた。

 

「あなたの容体が急に悪化して手術をうけてるって聞いたから飛んできたのよ」

 

「へっ…?手術?」

 

 聞いた直後は理解できなかった。だが後々よく考えれば納得がいった。恐らく、僕の身体の鈍さは手術に用いられた麻酔の影響なのだろう。

 

……あ、フランは⁉︎

 

 彼女に会わなくては…、僕に残された時間は僅かしかない。少しでも彼女の心の負担を軽くしてあげないと彼女自身の心はもう限界だった。あれ以上自分自身の心を締め付けたら彼女は壊れてしまう。意識を失う間際、あそこの館の主人は言った。

 

「フランが暴れている」と……。

 

 もしそうなら、彼女は精神的にまともではいられなくなっていることを意味している。

 

 

 行かなきゃ!!

 

 

 僕は固く決意する。しかし、その決意とは裏腹に身体はほとんど疲労しておらず、眠ろうにも眠れない。その上、決意したことでの焦りが少なからず僕の睡眠を邪魔しているのだった。

 

 眠らなきゃ‼︎

 

 それがまた眠れない。

 

 行かなければっ‼︎

 

 その焦りが眠らせてくれない。

 

「俊……」

 

 そんな時だった。僕の頭上から僕を呼ぶ声、見上げれば母さんがこちらを少し心配している表情で見つめていた。

 

「母さん、どうかした?」

 

「いえ、あなたを見てると懐かしいなって」

 

「懐かしい?」

 

 唐突に切り出された話に思わず聞き返した。母さんは少し考え込むと、やがて意を決したように口を開いた。

 

「私は元々はあなたが夢で見ていた世界、()()()()()()だった」

 

「えっ……」

 

 突然の母の驚愕の告白に僕は放心したようにただ母を見つめていた。

 すると、母さんは僕の手を持って、そして自身のもう片手に握られた何かを僕に渡してしっかりと僕の手で握らせた。

 

「これは…?」

 

「幻想郷で生まれた琥珀よ。これがあればいつでも幻想郷に行ける。眠るのではなく、実際にね」

 

 ただ驚くしかなかった。あの世界はただのリアリティの高い夢というわけではなかった。あの子も幻では無かったわけだ。

 そして、母さんはその世界の人間だった。

 

外の世界(こっち)に来てしばらくはこの世界の厳しい波に飲み込まれて帰りたくなった時もあったけどね」

 

 しかし、言葉とは裏腹に母さんの表情は明るく優しい。

 

「でも、そんな時あなたが生まれてくれた。私の人生で一番幸せな瞬間だったわ」

 

 母は僕の方に向き直ると、どこか優しさを残しつつも強い表情で言う。

 

「あなたが行くと言うなら、私は止めない。あなたの意思を尊重するわ。でも、幻想郷は危険な場所。人間はあっという間に妖怪に食われてしまう…。あなたが中途半端に踏み出して食い殺されるのだけは嫌、だから今一度聞くわ」

 

「幻想郷で果てる覚悟はある?食い殺されても後悔はない?」

 

 …流石は母さんだ。でもやっぱり心配性だね。

 

「大丈夫、後悔はないよ。たとえそれが幻想郷(むこう)で死ぬ結果になったとしても」

 

 そう母さんに伝えると、母さんは何も言わず、病室の扉を開ける。

 

「その琥珀を握っていきたいところを想像しなさい。きっと琥珀はそこまで連れて行ってくれるわ。あと…」

 

「元気でね……」

 

 最後に母さんはそう言って去っていく。姿を消す直前、彼女の目に雫があったように見えたのは果たして僕の思い違いだろうか……。

 ともあれ、これで彼女に会える。昨日は会えなかった。たった1日だったのにここまで長く感じるなんてこれも余命が迫って来ているせいか、それとも…

 

 よし、行こう。

 

 僕は目を瞑り、琥珀を握ってあの地下室を想像する。

 

……

 

………

 

…………

 

 30秒たったくらいだろうか。再び目を開けると、あの白かった壁はあの赤い壁へとしっかり変化し、あの無駄に長い廊下が目の前に広がっていた。

 

ドォォッッッン‼︎‼︎

 

 突如として激しい揺れが館全体を襲う。僕自身もかなり揺られたが、今度こそ堪える。しかし、断続的な揺れは続き、歩くのも楽ではない。

 どうにかフランがいるであろう揺れの発生源らしき部屋の前まで着きドアノブに手を伸ばす。

 

「待ちなさい」

 

 しかし、その行動は突然の声に呼び止められることによって止まる。振り返ればそこにいたのは昨日のあの幼いお嬢様だった。

 

「あれ、先日のお嬢様じゃないですか。あのいつものメイドさんはどこ行ったんですか?」

 

 彼女とその周囲を見て真っ先に思ったのがそれだった。僕を殺そうとした殺人鬼。真っ先に思ったけど会いたくはない…。

 

「あー、咲夜のことかしら。咲夜ならこの館の補修に回ってるわ。いくらこの館でもこんなに揺らされたらたまったものじゃないもの」

 

 皮肉そうに彼女は言う。つまりは僕の心は少しホッと安堵する。

 

「それで、あなたはなぜここに?死ににでも来たのかしら?」

 

「まぁ、そんなところです」

 

 彼女はそんな僕を嘲る(あざけ)ように言う。

 

「おめでたい奴ね。わざわざ自分の命を捨てに来るなんて」

 

「それはあなたも同じなんじゃないですか?」

 

 その時だった、彼女の眉が一瞬動いたのは。

 

「……どういうこと?」

 

「簡単じゃないですか。あなたも僕と同じようにフランの為に命を捨てに来た。…違いますか?」

 

 この吸血鬼(ひと)は妹を愛している。他の誰よりもフランを守ってやらなくてはと思っている。フランは彼女が自分を嫌っているから幽閉したと思っているようだが、そんなことはない。

 

「あなたもフランを助けたいんじゃないですか?だからこんな薄暗いジメジメした地下室にわざわざやってきた」

 

 彼女はついに俯いた。なんとも言えないようで、ただ単純な僕の問いに黙っている。

 

「あなたはフランをこの薄暗い地下に幽閉した。フランはあなたに嫌われたからと言っていたが、それは違う」

 

「あなたはフランが無意識に誰かを殺め、友達を失わせることを、そしてそれによって彼女が自分自身を嫌悪することを防ごうとしたんだ」

 

 その瞬間、彼女ははっきりと身体を震わせて動揺した。彼女の握り拳にも力が入る。

 

「……そうよ」

 

「私はフランに幸せになって欲しかった。たくさん友達を作って笑って欲しかった」

 

 震える身体、俯いた顔から流れる雫が彼女がどれほど妹を愛しているかがうかがえるものだった。

 

「でも無理なのっ‼︎あの子の能力はあらゆるものを破壊できてしまう能力。私にはあの子の為に何もしてあげられない」

 

 彼女は膝から崩れ落ち、そのまま床にその雫を垂らしていく。

 

「私は…悔しい…」

 

 彼女は涙ながらに呟く。無力な自分が悔しくて悲しいのだろう。その気持ちはよく分かる。いや、分かると言ってしまうのは浅はかで軽率なことであり、僕にできるのは察してあげることだけ…。

 

「…ここは、僕に任せてくれませんか?」

 

「まか…せる?」

 

 彼女はその涙に包まれた顔のまま僕の顔を見つめる。僕は強い気持ちで彼女に言った。

 

「えぇ、そうです。僕だってフランを助けたい」

 

 僕はしばらく彼女に視線を合わせたままに離さなかった。フランを助けたい。その気持ちは強い。その気持ちを飲み込んでくれたのか、彼女は涙を拭いながら立ち上がり、僕の方へと近づいてくる。

 

「なら、フランのことはお任せするわ」

 

 彼女は必死に手を伸ばして僕の肩を叩く。彼女なりの励ましだったのだろうか。そして、僕の顔を必死に祈るような顔で覗くと、僕に言う。

 

「フランを…お願いね」

 

 彼女なりの応援と切望を受けながら、僕は目の前に立ちはだかる扉に向き直る。さっきまで止んでいた揺れも待っていたかのように再開し、まるで僕を呼んでいるようだった。

 

 そして、僕はゆっくりと扉を開いていくのだった…。



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4日目 想いと覚悟 その弐

「……しゅ…ん、な…の?」

 

 再会を果たし、今度こそ僕はしっかりとフランの顔を認識する。フランは頭を抱えながらも絞り出すように僕の名を呼んだ。

 

「あぁ、遊びに来たよ。フラン」

 

 一刻も早くフランを落ち着かせねばと、僕は彼女に近づいていく。

 

 だが…。

 

「来ないでっ‼︎」

 

 フランは叫び、突如として僕を拒絶した。僕は思わず足を止め、目を丸くして彼女を見つめる。

 しばらくぶりの再会に喜ぶ時間は与えられなかった。フランが暴れているのは分かっていたし、だからこそ僕はやって来た。その僕がしなければならないのは今のフランに落ち着きを与えてあげること。

 

「大丈夫だ。今行くから」

 

「来ないでっっ!!」

 

 今度は頭に響くほどの声で僕に叫んだ。そして、その直後に数発の光の弾丸がフランから放たれ、僕の足元に直撃し、爆発した。

 

「ぐわぁっ……!!」

 

 空中に身を投げられ、一回転すると同時に身体全体が地面に叩きつけられる。それが肺を圧迫してしまったせいか、何度も咳き込んで苦しい。じーんと鈍い痛みも走る。

 しかし、あれはフランが意図的にしたものではない。もっとこう、身体が勝手に動いたとでもいうべきか、反射的に行ったものだった。

 まぁ、単なる僕個人の勘に過ぎないのだが。

 

「ダメって言ってるじゃん…。私にこれ以上近づいたら、俊が…、俊が死んじゃうよ……」

 

 耳を澄まさないと聞こえないくらいの小さい声。その当人の華奢な身体に目を向ければ、肩が僅かに震えているのが分かる。

 彼女はきっと怖いのだろう。誰かを失うことが、誰かから生を奪ってしまうことが恐ろしくてしょうがないのだ。

 

「私…嫌だよ。今までの子たちみたいに…、今度はあなたに死なれたら、私は……生きていられない」

 

  幼くて小さな身体、しかしそれ以上にフランが小さく感じられる。彼女の悲痛が辺りを漂いながら僕に訴えてくる。

 

「逃げて…、今すぐ…ここから…」

 

 フランはその悲痛を懸命に振り絞った声で僕に伝えると、突然何も喋らなくなった。ただでさえ静かだった空間はまるで、もとより誰もいなかったと錯覚してしまうほどの静けさへと変化していた。

 僕も最初こそ不審に思ったが、じっとしていても何も起こらないと踏ん切りをつけて、彼女へ少しずつ歩みを進めていく。一歩ずつ、一歩ずつゆっくりと…。

 やがて、彼女との距離が目と鼻の先にまで迫ると、そっと静かに彼女へと手を伸ばした。

 

 その刹那、彼女の腕が僕の腕をがっちりと握る。

 

「つっかまえーた♪」

 

 見せた笑みの不気味さに、そして今までのフランとの雰囲気のあまりの違いに全身に寒気が走る。

 そうかと思えば僕の腕に針で刺されたような鋭い痛みが走っていた。目を向けてみれば、彼女は僕の手に牙を突き立てているのだ。

 

「なっ…!?」

 

 傷口と牙との間から漏れ出す赤い液体が指を伝って下へと滴り落ちていく。必死に振り払おうとするも牙ががっちりと刺さっているせいで取れない。下手をすればこっちの腕が取れてしまいそうだ。

 

「うわぁぁあぁっ‼︎‼︎」

 

 思わず声を大にして叫んだ。

 痛い!痛い!!痛い!!!

 その思いがどんどん僕の心に恐怖と焦りを生み出していく。

 だが、どれだけ僕が苦しみ叫ぼうと、フランは一向に牙を離すつもりはないらしい。そればかりか、逆に力が強まっていっているように感じる。

 

「そうよ。もっと叫びなさい。もっともっと、も〜っと恐怖しなさい」

 

 牙を抜いたフランが不気味さに加えて満足げにそう告げると、僕の腹を思いっきり蹴る。

 僕は何の抵抗も為せないまま、壁に身体を打ちつける。一体いくつ打ち身しているだろうか、一体いくつあざができたであろうか。だが、それでも彼女は容赦なく僕を潰しにやってくる。彼女が懸命に抑えていたのはこれだったのかと、そこでようやく理解できた。

 

「まだよ、まだ死んではいけないわ。あなたは私の可愛いおもちゃ。勝手に死ぬなんて許さないんだから♪」

 

 狂気にまみれている彼女はただゆっくりと優しい笑顔で僕の方へ近づいてくる。

 対して僕は慌てて立ち上がろうにもどうしたことか身体が動かない。血まみれの手にどれだけ力を込めても、一向に立ち上がれる気配がない。

 その上、目の前にいる少女は今にも僕を抹殺しそうな勢いでいる。心が恐怖から来る焦りに支配されているような気がする。

 

「フ…ラン」

 

 どれだけ脳から指令を送っても身体はピクリとも動かない。指一本すらも動いてくれない。

 

「もうおしまい?つまんないの。せっかくもっと遊んであげようと思ったのになぁ」

 

 残念だと言わんばかりに僕を冷たい表情で見つめるフラン。

 

「フラン…、目を覚ませ」

 

 懸命にフランに語りかけてみるものの、彼女の冷笑が一層深くなるだけで、何一つとして効果はない。

 

「目を覚ます?それはあなたの方じゃないの?」

 

「あなたは勘違いしているわ。あなたは私のおもちゃ。忠実で、何も喋らずにただ私に遊ばれていればいいの」

 

 フランはハァハァと息切れを起こしてその場に動けずにいる僕に目を向けると、そこで膝をついて僕の頬をその手で優しく触れた。

 

「壊されてみない?みんなみーんな私の手の中で…。大丈夫よ。痛いのは一瞬だけ」

 

 優しい笑み。しかし、それには相手を慈しむ心など無く、代わりにこれでもかというほどのおぞましい狂気が見え隠れしている。

 心も身体も凍りつきそうになる。ただでさえ動かない身体に加え、思考まで止まってしまいそうだ。

 だが、その割に僕は彼女を本気で恐れてはいなかった。何故か、僕には彼女が僕を殺さないと確信していたからだ。理由などない。ただの一人間の勝手な直感であり、妄想に過ぎない。なのに僕はそれを信じて疑わない。一体何故なのか自分にも分からないのだが。

 

「痛いのは勘弁してほしいな…。できればもう少し穏便に……」

 

 平静を装って極めて穏便に彼女に近づく。彼女はそんな僕の願いを意外にも聞いてくれているようで、少しうーんと唸っている。いつものフランが帰ってきたのかと少し期待しながらも咳き込んで彼女を見上げていた。

 

「そうね。確かに壊すのはないわね」

 

 その瞬間、僕の胸がほっと安堵…、今まで生きてきた中で最も安堵した瞬間だった。

 だが、現実とは僕が思っていた以上に非情なものだった。

 

「ふつうに壊すだけじゃつまらないものね?」

 

「……へっ?」

 

 唖然とする僕、彼女のあの恐ろしい笑みが零れるのにまたもや背筋が凍る。

 すると、気がついた時には僕の体は彼女によって抱き上げられ、持ち上げられていた。

 

「落ちよっか♪」

 

「えっ?どこに……うわぁぁぁあぁ!!」

 

 彼女は何をしたのか、僕らのちょうど天井に大きく丸い穴を開ける。それは上に存在する館をも貫通しており、上を見上げれば、綺麗な星空が覗いていた。

 そして今、僕の体は彼女によって雲を越えている。

 

「うわぁぁあぁっっ‼︎‼︎」

 

「フフッ、ウフフッ、アハハ!」

 

 僕の叫びを聞いた彼女はそれはもう堪らないと言わんばかりに嬉しそうに笑っている。

 猛スピードでの上昇、風圧が凄まじくて上を見上げられない。息をするのも厳しい。

 そして、ある程度、言うなれば紅魔館がアリぐらいの大きさになったぐらいで上昇が止まる。

 

「ハァハァ……」

 

「そろそろねぇ…」

 

 彼女はそう言って、前から変わることのない笑みのまま僕の方を向き、僕に告げた。

 

「最期に何か言いたいことはある?」

 

 彼女の甘い吐息が鼻腔をくすぐるが、こんな状況下ではそんなことに意識を持っていくいとまもない。どうすればこの状況を打開出来るのか。いや、そもそもこの状況を打開出来るものなのか。いや無理だ。彼女が僕を連れたまま地上に帰るなんてまずない話だし、今彼女から離れれば天国ルート一直線だ。

 今、間違いなく僕は文字通り修羅場にいる。

 

「本当に落とすのか?」

 

「えぇ、もちろんよ。何?今更助けて欲しいの?」

 

「もちろん。それが叶う願いならば、僕は生きたい。君の為に…」

 

 僕の発した一言、するとフランは動きを止めた。それだけではない。彼女に先程まであったはずの狂気じみた笑みが消えていた。

 

「僕はあと一週間も無い命だ。でも…、その短い間にもしも君の心に少しでも安らぎをあげられたらと思って、僕は君の元を訪れたんだ…」

 

 僕は次々と言葉を彼女に投げかけるが、彼女は相変わらず口をあんぐりさせている。

 

「君が本気で僕を壊したいのなら壊せばいい。それで僕が君を恨むことはない。君が僕のことを必要としないのなら、おもちゃにでもなんにでもしたらいい。」

 

「でも、これだけは君に言いたい」

 

 

 

 

 

「僕は…、()()()()()……」

 

 

 静かに一言、僕は彼女に流れるように本心をぶちまけた。この気持ちに嘘はない。彼女を動揺させようとか、自分が助かりたいと思ったからとか、そんな気持ちは微塵もない。全ては僕の全力の気持ちだ。本当ならこんな事を口にするのは少し抵抗があるのだが、こんないつ死に誘われるかもわからない状況で本心を言わないのはそれこそ心残りになると思ったから、だからこそ思い切って言った。

 彼女は、その言葉が耳に届くや否や、「へっ?」と言わんばかりにパニックになっていた。突然の告白に心が耐えきれなかったのか、顔を赤らめて僕から目をそらした。そしてその時だ、彼女の瞳に一瞬の光が戻ったのは。

 

「………嘘」

 

 しかし、戻った光もまた、直後の彼女の一言でまたもや濁ってしまう。

 

「嘘嘘嘘、嘘よ‼︎あなたは…、あなたは私をたぶらかそうとしているのね。きっとそうよ!」

 

「君がそう思うならそう思えば良い。僕は本心を伝えただけだよ」

 

「うるさいうるさいうるさいっ!!嘘だ、私は騙されないわよ!」

 

 必死になって僕の言葉を否定するフラン。それはある意味、彼女があのいつもの状態に戻るのを恐れていたようにも見えた。まるで、二人のフランが中で葛藤しているような、そんな状態になっている気がする。

 

 なら……、思い切って賭けてみるか。

 

 成功すれば生、失敗すれば死。そして、その鍵となるのはフランの心。

 

「今まで…ありがとう。さようなら……」

 

 彼女は僕の言葉の意味を察したのか、一瞬表情を強張らせた。

 僕は意を決すると、彼女の腕をほどき、その意味通り……

 

 落下した…………。

 

 

「しゅぅぅっっんっ‼︎‼︎‼︎」

 

 最後、フランが僕の名を叫ぶのが聞こえた気がした…。



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5日目 二人は互いに想い合う

─死は或いは泰山より重く、或いは鴻毛より軽し─

 

 人は命を重んじて犬死にしないようにすべきであるが、時にはその命を軽んじて潔く死ななければならない時もあるという意味だ。一見矛盾しているようにも思うだろうが、ちゃんと区別がある。

 それは、その死が義にかなっているかどうかということ。義なんて人それぞれに変わるものだが、本人が自分の義、人としての筋道を通せたと思うのなら、それはきっと筋を通せているのだろうし、逆に通っていないと考えるのなら通せていないことになる。義なんて曖昧なもので、これが義のある名誉なものだと周りが囃し立てれば間違ったことでも正義になってしまう。結局、義なんて周囲の人々と自分との間にある物差しにしか過ぎないんだ…。

 

 ……だが、そういう僕は自分が筋道を通せていると言えるのだろうか…?

 

「……ここは?」

 

 視界に入ってきたのはあの館の真っ赤な天井ではない。かといって、前まで当たり前のように見てきた病室の白い壁という訳でもなかった。

 今目の前に広がっているのは…

 

……広がっていたのは青空だった。

 

「僕は…死んだのか」

 

 照りつける陽の光が眩しい。ここしばらく感じていなかった感覚だ。

 

……本当に死んだのか?一体僕は何をして…。

 

 僕は慌てて上体を起こして辺りを見回す。しかし、そこには一面に咲き誇る花々以外何もない。あの赤かった館に似たものは一つもない。

 僕はあの館から外に出たことがないので、あの館の外見がどうなのかも、その周りに何があるのかも分からない。やはり、直前の記憶を思い起こすことでしか自分の状況を把握することはできなさそうだ。

 そう、確か僕はフランによって上空へと連れていかれ、それから僕は自ら彼女の腕をほどいて落ちた。雲より少しばかり上のあの地点から落ちれば間違いなく死んでいるはずだ。それがこの世界だというなら一応納得はできる。

 死は出来ればハッタリであって欲しいが、こんなにもさまざまな花々に囲まれているこの場所で、他に建物らしき物が全くないのを見ると、やっぱり死んでしまったんじゃないかと思わざるを得ない。

 

 

「ええ、そうよ。貴方は死んだの」

 

 そしてそんな中、答えは唐突に僕の耳へと届いた。誰かも分からぬ者の突然の肯定の言葉が聞こえ、慌て気味にその声の主を探して辺りをぐるっと見回してみるが、姿は見えない。

 

「どこだ、姿を見せてくれ」

 

 しかし、返事はない。出てくる気はないということだろうか…。

 声の主はしばらく押し黙ったまま返事をしない。そのせいで僕は静寂と暖かい風に打たれながら、ひたすら誰とも分からぬ者の返事を待たなければならなくなっている。

 

「…そうね。今後の為にも、姿くらいは見せておくべきね」

 

 やがて、一人納得しているらしいその人物はゆっくりと姿を現した。目の前の空間にぽっかりと大きなを穴を開けて…。

 そして、僕はその光景の異常さに目を丸くして、そこから姿を現した彼女に見入っていた。

 

「はじめまして…ね。宮岡 俊さん?」

 

 上品にお辞儀をして見せる彼女、本来ならそこで彼女のその上品さに目を奪われたりするんだろうが、あいにくそのようなことにはならなかった。

 なんだろう…。彼女の方からとてつもない程の胡散臭さを感じるのだ。年の功とでも言うのだろうか、年季がしっかりと身体に染み付いているのが見て…、いや、全身で感じ取れる。

 

 要は胡散臭いババアということだ。

 

「これはご丁寧に…ですが、なぜ僕の名前を?」

 

「なぜって…、あれだけ恋人に自分の名前を叫ばせてたのに聞こえないと?」

 

 あっ…、あれ聞こえてたんだ。意識もほとんどない状態だったから、どんなものだったのか気にもしてなかったけど、そんなに大きかったんだ。

 

 うん?なんか引っかかるぞ…。

 

「いや、それでもフランは僕の名前を叫んだだけで名字までは呼んでなかった気が…」

 

 僕の冷静なツッコミに彼女の眉が一瞬形を変える。僕にはそれが何かわかる。しまったと言わんばかりの失敗した顔だ。

 

「ま…まぁ、なんとかして分かったのよ」

 

 あっ、はぐらかした。ってか、なんとかってなんだよ。

 僕が不審そうに睨むと、彼女は僕の方を逆に堂々と見つめる。やましいことはしていないと言いたいのだろうが、彼女の目だけが僕の顔を覗くことを拒絶しているという点から彼女は人に言えないような事をしているんだと判断することができる。

 

「とりあえず、変態ですね」

 

 それだけ真っ先に彼女に告げる。しかし、彼女は至って平静であり、なんの影響もなかった…

 

「へ、変態……」

 

訳ではなかった…。

 最初こそ平然としていたのに時間が経てば経つほどじわじわと彼女はショックを受けていき、その引きつった表情を濃くしていくと、ついには地面に足をつけて大いに落ち込んだ。

 

「しっかりして下さい紫様」

 

 と、そこでもう一人の声が先ほどの穴の方からから聞こえてくる。

 視線を向けてみれば、そこにも一人の女性が立っているのだった。しかし、彼女から狐の尻尾のようなものが垣間見えるところから、彼女もまた人間とは違った存在なんだろう。妖怪みたいなものか…。

 

「ら、藍……」

 

 藍と呼ばれたその女性は素早く辺りを見回すと僕を認識し、向き直った。

 

「貴方ですか…。死んでもなお、生へ執着しようとしている人間というのは」

 

 彼女のあまりに鋭い目付きに僕は一瞬ドキッと身体を震わせた。さっきの女性は僕に気を遣ってか、優しい雰囲気を漂わせてくれていたが、この人にはそんな生易しいものは一切ない。人情が無い…と言うわけでは無いのだろうが、相手に同情して隙を与えるということは決してないのは一目見た瞬間に判別できる。

 

「まぁ、完全に死んでるわけじゃないんだけどね」

 

 とさっきまでショックで倒れていた女性が付け足す。

 そして、彼女はよっと飛び上がって着地すると、畳んでいた日傘を開いてこちらに改めて微笑みを見せる。何もかも見透かしてしまいそうな彼女の笑みは僕はあまり好めないが…。

 

「改めて…、自己紹介させてもらうわね。私は八雲 紫(やくも ゆかり)。そして、隣にいるのが私の式神、八雲 藍(やくも らん)よ」

 

 紫さんと呼ばれる女性が隣にいる藍さんの紹介をして、藍さんがそれにお辞儀をして応える。僕もそれに対して軽く頭を下げる。

 

「突然だけど、貴方はもう一度あの幻想郷(せかい)に蘇ることができるとするのなら蘇りたいと思う?」

 

 彼女は唐突に、そして、あまりにも重すぎる質問を僕に投げた。軽い、生死をそんなに軽く扱っていいものなのか。そして、蘇りたいのかと聞く限り、彼女には僕を蘇生させる力を持っていると断定できる。彼女は化け物なのか?人を蘇らせるなんて普通は不可能なことだ。

 

「君は…君達は何なんだ…?」

 

 僕の素朴な問いに彼女は唇を吊り上げて言った。

 

「ただのしがない一人の妖怪ですわ」

 

「さて、そろそろ結論は出たかしら?行くのかそれとも死を認めて逝くのか…」

 

 自身を妖怪と称した彼女はその少し不気味ともとれる笑みのまま僕に迫る。

 そして、僕自身の出した結論は……。

 

「…やっぱり、潔く死んだ方がいいのかもしれない…」

 

 その選択はフランを見捨てて消えてしまうということ。そしてそれは僕にとっても心苦しいことでもある。だが、僕があと数日の命で蘇ったところで何が変わるというのだろう。フラン冷たく閉ざされた心を少しでも和らげてあげようとしたが、結局は自分の力不足で出来なかった。

 そんな僕が蘇って何になるんだ。

 

「どうせ蘇っても、数日中に僕は死ぬ。たかが数日ではフランに何もしてあげられない」

 

 悔しい。時間が圧倒的に足りない。フランを喜ばせてやりたくても、身体がきっということを聞かない。これでは動かぬ人形も同じこと。唯一違うところといえば自分で考えて会話することぐらいだ。

 これでは……

 

「本当にそう思う?」

 

 見上げてみると、紫さんはその手に水晶玉のようなものを持って僕のすぐ目の前までやって来ていた。

 

「これを見てみなさいな」

 

 そう彼女に言われ、僕はそっと水晶玉を覗き込んだ。

 

『いや…嫌だよ。死なないで…。壊れないでよ…。お願いだから私を置いてかないでよ…』

 

「……フラン」

 

 そこに映っていたのは溢れんばかりの涙を流し、僕の身体を必死に揺らすフランの姿だった。

 

『あなたがいなくなったらまた私はひとりぼっち…。もう…もうひとりぼっちは嫌だよっ!』

 

『私だってあなたのことが好きだよ!大好きだよ‼︎妖怪の私を恐れもせずに接してくれた、そんなあなたが大好きなんだよ』

 

 肩を震わせて泣き続ける彼女の姿に胸が苦しくなる。

 

「彼女、食事もロクに摂らずにあなたを呼んでばかりいるのよ。周りの人がどれだけ説明しても、どれだけ引き離そうとしても、彼女はあなたが今に笑って立ってくれることを信じてあなたのそばから離れようとしないでいる。自分が犯してしまったことへの懺悔の気持ちもあるでしょうけど、それ以上に───」

 

「あなたは彼女に愛されてる。それも誰よりも深くね…」

 

 そんなフランの姿を見た直後、僕は決断した。

 

「…紫さん。僕、幻想郷に帰ります」

 

 その発言を聞いた紫さんの笑みが不気味だったものから暖かく、そして優しい笑みへと変わり、そのままその優しい目で僕を見つめる。

 

「その言葉を待ってたわ。…あの子をきっと助けてあげてね」

 

 

 彼女はそう言うと、水晶玉を隣の藍さんに預けてどこからか扇を取り出す。そして、その扇をひろげた彼女がゆっくりと目を瞑ると、突如として彼女の周囲が赤紫の光に包まれ始める。やがて、その中にポツリと人一人が入れそうな穴が出現する。

 

「さあ、そこから行きなさい。あなたを待つあの子の為に…。ここからは貴方次第よ」

 

 僕はそっとその穴に足を伸ばす。まるで水面に足先を浸けたような冷たさが神経を通じて僕に訴えてくる。だが、僕は前に進む。フランの為…。そして、僕自身の為にも…。

 たとえ、短くても、最期まで一緒にいてあげよう。それが僕の決意であり、僕にとっての義だ。

 

 そうして、僕は意を決して穴の中へと飛び込むのだった。

 

 

 

 

「………紫様」

 

「なにかしら?」

 

「なぜ紅魔館の、しかも幽閉されているような者の為にあの者を蘇らせたのですか?」

 

「……なんででしょうね。私にもよく分からないわ」

 

「…でも、もし説明すると言うのなら───」

 

──昔の私と同じ境遇にたっている者に対する私なりの同情かもしれないわね。──




久しぶりの投稿です。相変わらずの拙さっぷりですが、ここまで読んでいただけることには感謝しかないです。これからも駄文ですが読んでいって頂けると嬉しいです。


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6日目 全ては彼女の笑顔の為に

今回はレミリアとの会話になりました。


「……うがぁ、っ!」

 

 ずっと水中にいた状態からようやく息ができるようになったような具合で僕はまず大きく息を吸い込んだ。そしてそれから一瞬遅れて目が開く。同時にはっきりと意識も戻った。ぼんやりとしていた視界も段々と鮮明になっていく。

 

「目は覚めた?」

 

 そして、その視界に一人の人影が映っているのが分かる。しかし、それはあのフランの姿ではなかった。確かに似ているが、青い髪に蝙蝠に似た翼がある人物を僕の脳内に浮かび上がらせる。

 

「…フランの…お姉さん?」

 

 僕が掠れた声で呼ぶと、彼女は微笑んで応えた。

 

「そうよ、お帰りなさい、フランのお友達さん」

 

 …そうか、僕は帰ってきたんだ。フランの為に、フランと最期まで一緒にいる為に。

 

「…お姉さん」

 

「私の名前はレミリアよ。覚えときなさい」

 

「……レミリアさん、僕は…幻想郷に帰ってこれたんですか?」

 

 まだこの場が幻想郷だと俄かに信じられなかった僕は思わず彼女に問いを投げた。

 彼女はクスクスと小馬鹿にするように僕を笑う。

 

「フフッ、何言ってるの、当たり前でしょ?誰のお陰でこうやって蘇ったと思ってるの」

 

「誰って…、僕は確か紫さんに生き返らせてもらって…」

 

 僕は目の前で起きたことをそのまま伝えた筈なのだが、なぜか彼女の笑顔が悪戯が成功したかのように劣悪なものになっていく。

 

「貴方を助けたのは(ババア)ではないわ。私が貴方を助けたの、運命を操ってね」

 

 少し自慢げに胸を張る彼女、対して未だによく状況を理解できていない自分、二人の間にひどく温度差があるのは誰もが見て理解できる。あと人のことババアって…。思うだけならまだしも口にするなんていないと思うな…(苦笑)。

 そんな中、彼女の方が仕切り直すように咳き込む。

 

「そうね…。まず貴方は私の能力を知らないものね。そうなるのも無理ないか」

 

「私の能力は『運命を操る程度の能力』。私にかかればどんな運命も私の思い通りになる。それがたとえ世界を滅ぼすことであっても、私には造作もないことなのよ」

 

 運命を操る。俄かには信じ難いが、確かにそうだとすれば納得はいく。僕がこうしてこの場にいること、紫さんが僕の我儘をわざわざ聞いてくれたことだって彼女が運命を操って根回ししてくれればこうなっていてもおかしくない。

 しかし、僕はあまり紫さんが彼女に操られて僕を蘇らせたとは考えられなかった。紫さんの雰囲気からなんとなくだが、同情のようなものが感じられたからだ。まぁ、僕がどれだけ思案しても意味なんて無いんだからこの際これ以上考えないでいよう。

 それよりも、もっと謎なことがある。

 

「何故です?何故僕の為にそんなことを…?」

 

 何故僕の命を助けたのか…。僕にはそれが不思議でしかなかった。僕ごとき、いえばたかが一人の人間の命なんて彼女にとってはどうでもいいはずなのに…。

 けれど、彼女の口から出てきた言葉はそんな僕の考えとは全く異なっていた。

 

「私には…いえ、私達には貴方がいなければいけないの」

 

「えっ……」

 

 彼女の言葉に思わず声が漏れる。

 

「フランは貴方を信用している。今や貴方以外にあの子に近づける人なんていないわ。貴方を失うというのはあの子とのパイプを失うことにもなるのよ。それに…」

 

「姉として、妹が悲しむ姿なんて見たくないでしょう?」

 

 どこまでも妹を想う彼女はいつもの彼女の姿とはまた違った一面を見せてくれる。普段はどこか上品で気高いところがあるが、フランのことになれば寄り添うような優しさを見せてくれる。その行動がまた妹への愛情の深さを僕に感じさせてくれる。

 そもそも愛そのものに束縛などありはしない。人を愛せばそれが愛になる。きっと友情も家族の絆もお互いを大切にし、お互いが愛した結果得られるものなのだ。

 

「心から愛してるんだね。フランの事を」

 

「えぇ、もちろんよ。大切なたった一人の私の妹ですもの」

 

 どこか誇らしげにそう言う彼女を見ていると僕もなんだか微笑ましくなる。フランは自分の知らないところでこんなに愛されているんだ。彼女に会ったらこの事を教えてあげよう。君のお姉さんは君を嫌ってなんていない、むしろ君を愛して止まない大切な人だと。

 

「…さて、行きますか」

 

「何処へ行こうというの?」

 

 すると、彼女は起き上がろうとする僕を無理やりベットに寝かせる。

 

「貴方を行かせる訳にはいかないわ」

 

「……どうして?」

 

 あまりに場違いな言葉に唖然としてしまった僕がやっとの思いで振り絞れた言葉がこれだった。

 改めて彼女の表情を伺ってみると、いつのまにか彼女の顔付きは優しげなものから僕を何かしら言及しようとする厳しいものになっていた。

 

「この私が気づかないとでも思っていたの?」

 

「貴方の身体はもう限界なのでしょう?見ていれば分かるわ」

 

「………気づいてたんですね」

 

 彼女の優れた観察力に僕は内心で感服した。気づかれまいと懸命に繕ってきたはずなのに、ましてやさほど頻繁に会っているわけでもないのに彼女は僕のこの状態を見破ってみせたのだ。

 

「なぜ僕の身体が危険だと分かったんです?」

 

「貴方と初めて出会った時、私より先に咲夜が貴方の元にいた。あの時、咲夜を止めて貴方を助けた時に貴方の首筋に触れさせてもらったの。その時に脈拍を測らせてもらったというわけよ。あの時は他の人間とほとんど変わらなかった」

 

「けれど、今の貴方は違う。今の貴方は酷く衰弱してる。貴方の全身へ血を巡らすための心臓が弱ってるのよ」

 

 そうだったのか…、もうそこまで迫ってきているのか…。

 でも、だからこそ僕は彼女の元に行かなければならない。行って彼女にさようならを言わなければならない。そして、今の僕の気持ちとレミリアへの誤解を解くこともしなければ…。きっとこれこそが僕の今の使命なのだと思う。

 

「どいて下さい、レミリアさん。僕はフランの元に行ってあげないといけないんです。たとえ、僕の命がそこで散ったとしても、僕は最後まで彼女の傍にいます」

 

「……相変わらずね。…いいわ、行ってきなさい。それが貴方の望むことなら叶えてあげようじゃない」

 

「…ありがとうございます」

 

 僕は一言彼女に礼と会釈をすると、ベッドから起き上がった。そのまま、壁にもたれながらなんとか歩き始める。他人から見ればこれほど弱々しく見えるものなんてないだろう。そんな時、なんとつい先日まで僕を殺そうとしたあのメイドさんが僕を補助しようと側まで来てくれる。しかし、有難いながらも僕はその善意を掌を見せて断った。

 

「ちょっと待ってっ!」

 

 すると、レミリアさんはこちらに近づいてきたと思えば、僕の右手をとって何かを握らせた。見てみれば、そこにはさっきまで彼女が身につけていた青い輝きを放つブローチがあった。

 

「お礼よ。ここまで私達の為にしてくれたこと、感謝するわ」

 

「本当に…『ありがとう』」

 

 僕は頷いて返すだけだったが、彼女はまるで僕をどこかの旅にでも行かせるかのような遠くも優しげな眼差しで見つめている。

 改めて彼女から貰ったブローチに目を向け、ぎゅっと力を込めると、彼女に背を向けて平衡感覚が曖昧ながらも確かな一歩を踏み出した。

 

 そして同時に1日の終わりを告げる十二時の鐘が辺りに鳴り響くのだった。




やっぱり文章力がないのが悩みですね…。もっと語彙力をあげないとなぁ…。

次でいよいよラストです。下手ながらも一つの区切り目にたどり着くことができました。本当にありがとうございます。良かったら最後まで読んでいってくださると嬉しいです。


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7日目 ありがとう

ついに完結です。


 フラフラになりながらもなんとか地下へと降りる。どうやら彼女の言うとおり、本当にもう最期が近づいてきているみたいだ。そしてしばらくして、未だ認識したことはないが、あるであろう透明なあの壁を通り抜ける。今頃になって気づいたが、どうやらあの壁は一方通行の役目を持っているらしく、入るのはごく普通に通り抜けることができたにも関わらず、改めてその壁を反対から越えようとしても阻まれてしまう。

 まぁ、もう僕にはそんなことを気にする必要なんてないのだが。そもそも僕はフランに会うために、そしてここで果てることを覚悟で来たのだから。

 

 もはや慣れたあの薄暗い廊下を歩き、彼女と最後に会ったあの場所へと向かう。そして、ドアノブに手を掛けてそこで一つ、ここに来たばかりの頃を思い出した。

 そう、あの時は扉が全然開かず、しらみつぶしに開けていたところ、ここが最後の扉だった。ついこれも開かないなと勝手にそう考えて、開いてしまった時のことなんてまるで考えずにこの扉を押した。結果開いてその時僕は自分がどれほど余計なことをしたのかを痛感させられたのと同時にそのお陰で僕はフランという大切な存在に出会い、彼女と関わっていく中でいつのまにか生きることを喜べるようになっていた。

 そんな回想に少しばかり思いを馳せた後、改めて僕は扉を開けようとドアノブを捻った。

 

 今に力を入れようとしたその時……

 

ギギィィィ……

 

 僕が力を加えるその前にその扉は開かれた。そして、中から暗い表情を浮かべた彼女が下を向いたままこちらにやってくる。

 僕が唖然としている内、彼女は今までなかった僕という壁にぶつかることでその落ち込んだ顔を上げた。

 

 そして、目が合った。

 

 時間が止まる。あくまで感覚にしか過ぎないけど、この状況を言い表すにこれほどピッタリな表現はないと思った。彼女は僕の顔を見たまま固まり、僕も目を離すことなくフランを見つめ続ける。今のフランの表情とそれによる感情はそれとなく察しがつく。

 

「……ただいま、フラン」

 

 彼女へ一言そう言ったが、彼女は固まったまま動かない。

 

「嘘…本当に?」

 

 やっと声になっていたのがこれだ。どうやら僕がこうして立っていることが信じられないらしい。気づけば、彼女の両手は酷く震えていた。

 

「あなたは…本当に俊なの?」

 

「うん、本当だよ」

 

 この言葉を彼女に放った瞬間、彼女の目から光る雫が頬を伝った。

 

「うっ…グスッ、しゅうぅぅんっ!!」

 

 彼女は流れる涙を拭いもせずに僕の身体に抱きつく。それをなだめるように僕も彼女の背中を優しくさすってやる。会えて良かった。いつ死んでもおかしくないこの状況で、今こうして彼女に会えたことはある意味奇跡といえる。

 

「会いたかったよぉ!!」

 

 彼女は僕をこれほどまでに待ち望んでくれていたんだ。待たせて本当に申し訳なかったな。たった1日と言えども僕からしたら大きなタイムロスになるし、彼女にしてもこの1日がどれだけ苦しかったか察するに余りある。

 

「ごめん、もっと早く来れば良かったのに……」

 

 僕が力なくそう言うと、彼女は顔を埋めたまま懸命に顔を横に振った。

 

「そんなことないよ…。そんなこと言ったら私の方が悪いんだもの、あなたを壊そうとしたんだから……」

 

 俯きながら彼女は僕に詫びる。そんな暗い表情を浮かべている彼女をどうしてあげれば良いのか分からない僕は今一度強く彼女を抱きしめ、頭を撫でた。そんな僕の唐突な行動に彼女は目を丸くする。

 

「僕は自分から君の手を離したんだから、悪いのは僕、君は悪くなんてない。だから、そんなに自分を責めないでほしい」

 

「でも…でもっ……!!」

 

「それに…、僕は君に出会った時、君から決して離れないと約束した癖に僕は君との約束を破った。約束を破ったのだから責められるのは僕の方さ」

 

 フランはまだ何か言いたげだったが、僕にうまく言いくるめられ、口に出せずに終わる。実際、僕が落ちたこと自体、彼女に非はない。僕は彼女の腕を勝手にほどいて自ら落ちたのだ。それなのにどうして彼女を責められようか。

 僕がこう言っていても、彼女の表情は暗い。今も自分を責め続けているのだろう。

 そんな状況を察した僕は仕方ないとばかりに一つ溜め息を吐いた。

 

「そこまで思ってくれているのなら、ひとつお願いしようかな」

 

 こう言うと、フランは顔を上げ、僕を真っ直ぐに見つめてくる。その表情はどこか嬉しそうで、かつ明るかった。察するに償いたくて仕方ないんだと思う。そして、その方法を教えて貰えるなら全力でやろうと考えているのだろう。

 

「何をしたら良いの?あなたの肩でも揉んだら良いの?」

 

「確かにそれもありがたいけど、違うな。僕が君にお願いしたいのは、『君のお姉様と仲良くして欲しい』ってことかな」

 

 その瞬間、ピクッとフランが反応し、そしてその数秒後、殺意にも似た凍りつくような空気が辺りに漂い始める。

 

「あの…あのお姉様と仲良くしろと言うの?」

 

 雰囲気が一変し、辺りがピリピリし始めているのをこの肌で感じた。彼女は怒ってる。それもかなり。しかもそれだけじゃない。彼女の心の中に潜む姉への感情の中に怒りだけではなく、同時に深い憎しみも抱いているんだ。きっと自分を何の理由もなく閉じ込めたことがいまだに納得できていないのだろう。でも、僕も伊達に死にかけた訳じゃない。今更これくらいで臆したりなんてしない。

…いやぁ、僕も強くなったもんだ。

 

「僕が君にお願いしたいことはこれだけさ。無理なら無理でも構わない。君の意思を尊重する。僕は別に君を束縛したい訳じゃないから」

 

「でも、僕の意を汲んでくれると言うのなら、この気持ちをわかって欲しい」

 

 そう、あくまでこれはフランの気持ちの問題で僕が決めることではない。強制がどれほど人の心を縛り上げ、苦しめるかということを短い時を生きてきた僕でも知っている。だからこそ僕が決めるのではなく、フラン自身が決めなければならない。

 

 

「……うん、分かったわ」

 

 完全に納得した訳ではないようだが、彼女は僕の出した願いを飲み込むことにしたらしく、先程まで彼女を覆っていた冷たい殺気は霧散し、彼女は小さく頷く。取り敢えずは納得してくれたようで僕はほっと安堵した。

 

「そのかわり、あなたも約束を破った罰を受けてもらうわよ?」

 

 しかし、フランもそれだけでは済まさないとばかりに僕に話を突きつける。いつ言われても良いようにと覚悟はしていた。

 

「もちろん、何なりと」

 

 僕も肯定し、合意を得たとほぼ同じタイミングで彼女は僕に抱きついてきた。そしてその直後の一言、それこそが彼女からの罰であった。

 

「……一緒に寝よ?」

 

 彼女に言われるがまま、ベッドに転がり、そのまま彼女と向き合う形になる。

 

「えへへ、なんかちょっと恥ずかしいね」

 

 顔を赤らめるフランを見ているとなんだかこっちも微笑ましくなる。改めて見てみてもやっぱりフランは可愛い。彼女の為にこうして来てみて、そしてこうなった運命を嬉しく思う。

 そして、同時に切なくも思う。

 

(もう…君の笑顔を見ることは出来ないんだな…)

 

 思えば、彼女と出会って以来、あれだけ自分に残された人生のタイムリミットに絶望していた僕が、いつのまにか生きることに希望を持ち、残された時間を精一杯生きようとしていたことに今更ながら驚く。

 『幸せ』という文字を体現しているような彼女の笑顔が眩しく感じる。

 

「幸せかい?」

 

「えぇ、とっても幸せよ」

 

 目の前に見える赤い天井、周りにある家具も恐らく数時間後には見ることができないものになっているだろう。そして、今こうして普通に会話しているフランとも…もう会えないだろう。

 

 でも…、この一週間は本当に楽しかった。あれだけつまらなかったはずの僕の人生はフランというたった一人の少女によって救われたといっても決して過言ではない。

 

 そうだなぁ、もし生まれ変われるのなら今度はフランとずっと一緒にいてあげられたらいいな。

 

「フラン…」

 

「ん?どうかしたの?」

 

 だんだん意識が遠ざかっていく。少しずつ少しずつ確かに、僕にはそれがもう永遠に目覚めることのない眠りだということを薄々気づいてしまっている。

 でも、もう僕に後悔はない。彼女が姉と二人で仲良く生きていってくれれば僕にとってこれ以上の喜びはない。家族は仲良く助け合って生きていくものだ。

 

「今まで本当にありがとうな。フランのお陰で僕の人生はかけがえのないものになったよ」

 

「何言ってるのよ。死ぬわけでもないのに変なの…。そうでしょ?」

 

 突然の僕の放った言葉に彼女は信じがたい様子で否定気味に聞いてきた。

 

「ごめんな、もう限界みたい」

 

 僕の絞り出すような声から放たれた言葉が彼女の表情にじわじわと絶望を与えてしまっている。

 

「嘘、そんな…」

 

「お姉さんと仲良くな。フランならきっとうまくやっていけるよ。君は強い、もう僕がいなくなっても立派にやっていけるよ。」

 

「嫌よ!そんなの絶対嫌!!」

 

 フランは勢いよく布団から起き上がると、僕を夢中で揺する。

 

「ダメよ!そんなのダメ!やっとあなたに会えたのに…せっかく幸せを掴めたと思ったのに…。私だってあなたが大切なのに、あなたが必要なのに…、今死なれたら私はこれからどうやって生きていったらいいのよ?」

 

 彼女の表情にはさっきまでの明るい無邪気な笑顔はすでになく、いつのまにかその目には大量の涙が今にも流れそうなくらいに湛えられていた。だが、そんな彼女の顔をこうして見ていても悪魔は僕に猶予はくれないらしく、僕の意識はどんどん深い闇の中に引きずり込まれていく。

 

「よく聞くんだよ、フラン。君はこれから自由に生きられるんだ。こんな地下に閉じ込められなくたっていい。君は君で自由に空を飛べるようになれるんだ」

 

「……俊」

 

「けど、僕がいたら君は飛ぼうとしない。君は僕と一緒に居られることに甘えて外に行くことを諦めているんだ。だから、僕は君より先に向こうへ飛んでいることにしたよ」

 

 悲愴な表情を浮かべる彼女に僕は敢えて笑ってやる。

 

「大丈夫、僕は先にあの空を飛んでるだけだから、会いたくなったら外に出て僕を探してくれたらきっとこの空のどこかで会えるはずだから…」

 

 なんとも下手な嘘。彼女だって分かっているはずだ。意識が朦朧としているせいか、うまく思考がまとまらない。それでも懸命にまとめたのがこんな意味のわからないことなのだから。

 もう僕には時間がないのだろう。

 そして…、彼女は涙を拭う。しかし、その表情は僕の予想していたような暗いものではなく、少しバカにしたような苦笑だった。

 

「…分かんないよ。本当に……」

 

 あぁ、僕でも何言ってんのか全然わかんないよ…。意識が遠いせいでもう訳のわかんないことしか言えなくなったのかな…。

 そんな事を考えているうちにも意識はもう消えかけている。話すのもだんだん辛くなってきた。

 けど、せめて最期に彼女に言わなきゃ…。

 

「フラン、たった一週間だったけど、君と一緒に過ごせた今日までは本当に楽しかった。そんな君に最期に言いたい」

 

 そして、彼女が俯いたその顔を上げた時、僕はありのままの気持ちを伝える。この一週間を、いや…この人生を救ってくれたお礼の気持ちを…。

 

「本当に『ありがとう』。そして…『大好きだよ』。また会える日まで……元気でいて…」

 

 最期に彼女へそう感謝の言葉を伝えると、僕は満足したせいか懸命に保っていたはずの意識が急激に抵抗を弱めた。それと同時に限界にまで達していたその閉じかけていた瞳をそっと閉じ、最後に心の中で絞り出すように呟いた。

 

フラン…僕は君に会えて本当に嬉しかった。

 

ありがとう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、俊?」

 

 突然、彼は何も言わなくなった。

 

「どうしたのよ?起きなさいよ。俊?」

 

 覗き込んでみるけれど、彼の目は閉じたままだった。余程深い眠りにでもついてしまったのだろうか。

 

「…もしかして、寝ちゃったの?」

 

 突然何も言わずに眠るなんて何があったのか。取り敢えず起こさないと…。

 

「起ーきーてーよ、こんな中途半端な状態で寝ないでよ。風邪引いちゃうよ?」

 

 けれど、彼は起きない。

 

「俊?早く起きなさいったら」

 

 懸命に身体を揺らしてみるけれど、彼は起きるどころか何の反応も示してくれない。

 

「ねぇ、俊ってばっ!」

 

 つい力を込めすぎたせいで彼の頭を壁にぶつけてしまう。慌てて手を離してみるも、それでも彼が目覚めることはない。そんな彼を見て、私の脳裏に嫌なものがよぎる。

 

「…まさか、嘘よね?寝てるだけよね?」

 

 問いかけてみても答えてくれない…。

 

「起きてよっ!悪い冗談はやめて早く起きてよっ!!」

 

 彼は死んだ。そんな考えが一瞬頭に浮かんだが、すぐに理性が揉み消した。彼が死ぬ筈がない。あれだけ一緒にいてくれた彼がそんな突然死ぬ訳がない。それを認めたくない!

 

「…何で起きないの?どうしてよ?」

 

 けれど、そう考えれば考えるほど彼が目覚めない理由が分からない。

 

「目を覚ましてよ…、あの時みたいに『おはよう』って言ってよっ!」

 

 そんな錯乱しかけの私の頭に舞い降りるように想起したのは彼と一緒に過ごし始めて最初の頃の記憶。彼が笑い、私が笑い、二人して会話したあの時の記憶が今になって鮮明に蘇ってくる。

 

「まだ笑ってあげられるから、今のうちに種明かししてよ」

 

 これはきっと彼の冗談だ。そうに決まっている。と、彼の死を否定する私がいる。そして、あまりに起きない彼に対して思わず強く叫ぶ。

 

「ねぇってばっ!!!」

 

 しかし、それでも彼は目覚めない……。

 

「……ぐずっ…ひぐぅっ……」

 

 いつのまにか私の視界は歪み、頬には生温かいものが流れていた。

 

「どうしてよ?どうして起きないのよ…」

 

彼の顔に触れてみる。まだ暖かい。彼が死んだなんて信じられないくらいに…。

 

「ほら、今までみたいにわたしを見てよ」

 

 今一度、彼の顔を覗き込んでみる。今の彼の顔にはあの時に見せてくれたような笑顔はなかった。

 

「いつもみたいに笑ってよ」

 

 涙が止まらない。彼の死を認めなくない。けれど現実がそれを許してくれない。

 

「あの笑顔をわたしに見せてよ」

 

 あの明るかった笑顔ももう彼は見せてくれない。

 

「…ダメなの?そんなことも聞いてくれないの?」

 

「何がダメだったの?わたしの何がいけなかったのよ!?言ってよっ!言ってくれたらいくらでも直すからっ!!お姉様とだって仲良くするわっ!!だから!」

 

「…わたしはただあなたと一緒にいたいだけなのに…」

 

 そう、ただそれだけ…。それだけが私の願い。

 

「もう…もう一人は嫌だよ…」

 

 彼と一緒にいたい。ただそれだけなのに……。

 

「わたしはただ、もっと…あなたと……もっと……」

 

「いっしょにいたかったよぉ……」

 

 私が涙ながらに懇願してもやはり彼の目は開かなかった。

 私はただひたすらにもはや動くことのない彼の亡骸の前で延々と喘ぎ続ける。それがもはや届かないことを知っていても私は泣くのをやめなかった。




ついに本編完結です。ここまで来られたのも皆様の応援のお陰です。本当にありがとうございました。後日談的なものは投稿するかもしれませんが…、それは気まぐれなので書くかは分かりません。
取り敢えず、何か投稿した小説を完結させたくて書き始めこの度、ようやく完結に至りました。応援してくださった皆様には感謝が絶えません。本当にありがとうございました!
あと気まぐれで挿絵描きました。(下手ですが…)

【挿絵表示】


※今回を踏まえて、ハッピーエンド予定の番外編を投稿しました。読んで頂けると嬉しいです。


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番外編
1日目 綻びた糸を紡ぎ直して


 感想などでこのままじゃフランが可哀想じゃないという感想をいただいたのでついに番外編を出すことになりました。駄文なのには変わらないと思いますが、楽しんでいただけると幸いです。
 内容としては続編になるのですが、自分としては本編はあの8話で完結という形なので、あくまで番外編です。(まぁ、本編だけでも楽しめるけど、続きは欲しいな…的な感じの方は見て言ってください。)

 少し内容を変更しました。


 彼を失ってから数年後、私はお姉様の起こした異変に便乗してこの狭い地下室を出た。そして私は俊の言っていた嘘を信じ、その嘘にもしもの可能性があればと彼を探してあちこちを飛び回った。けれど、この幻想郷中を駆け回って探しても彼に会うことは叶わなかった。

 

「あなたは…どこにいるの?」

 

 彼に会いたい。けれど、どれだけ探しても彼に会うどころか姿を一目見ることすらできない。そんな状況に幾度となく置かれた私は何度も何度も咽び泣いた。

 認めたくない現実が私の耳元で囁く。

 

 もうこの世に彼はいない…、と。

 

 たしかに私は外の世界へと解放されて自由になれた。

 けれど、私にとってそんなことはなんの意味も持たなかった。私はただ外に出たかったんじゃない。

 

 私は彼と一緒に外に出たかった。

 

 今でも私は彼を探し続けている。いつか再会できるその日を、またお互いの名を呼べるその日を待ち望んで…。

 彼と出会うことを夢見ながら月日は流れた。

 

 

 

 

 

 

 季節は春の始め、桜や梅がその枝に蕾をつけ、開花させるのを今か今かと待ち望んでいる…頃だと思う。

 私がこう思ってしまうのも当然だった。辺りには未だに雪があちこちに降り積もり、一面が銀色に埋め尽くされ、草木の芽生えなどは一向に進む気配すらない。そして、それは吸血鬼にとって、いや、特に私にとってこれほど不都合なことはなかった。

 吸血鬼は流れる水が苦手だ。つまり雨の中を歩くことはできず、館にこもっていることしかできない。雪がシンシンと降り続けている今もそうだ。雨よりかは幾分かマシであろうが、結局は水に濡れることになるのであまり変わらない。

 パチェが言うには、何でも吸血鬼は雨に打たれると体を巡る魔力が水によって抜け落ちてしまうのだそうだ。だから翼で飛ぶこともできなくなるし、魔力は吸血鬼の生命の源であるのでそれがなくなるということはつまりは死を意味すると、そうお姉様に言っていた。

 

「…まだ止まないのかしら?」

 

 本来ならそれでも別に構わない。この自然の調和がなくては私達は生きていけないということはもう学んだ。しかし、これでは彼を探しに行けない…。

 

 そして、この雪の異常さの一つとして、いつまでたっても止むことがなかった点が挙げられた。雨や雪は降っては止み、晴れ間を見せる。当たり前でかつ自然な考えでいけばこうなるのだが、今はそんな摂理とはかけ離れた異常ともいえる現象が起こっている。

 

 そして、それは私の彼を探すという行為を阻害する結果になる。

 

「きゅって出来たら良いのにな…」

 

 当たり前だが、雲に目はない。気体に緊張している部分なんてないし、似たようなことが出来たとしてもそれは封印された結界を破るくらいだ。空中を破壊することはできない。

 

 今一度、窓ガラスに映った自分を見つめてみる。酷い表情だ。彼がこの顔を見たらなんて言うだろう。またあの時みたいに優しくしてくれるのだろうか。あの時みたいに背中を優しくさすってくれるのだろうか。

 

「俊…、あなたに会いたい…」

 

 そんな思いが届くはずもない。私はとぼとぼとした足取りで後ろへ振り返る。

 すると、私の前にある人物が私に同情からきたのであろう悲痛な表情を向けていた。

 

「……お姉様」

 

「…………フラン」

 

 お姉様は私がこうなることをきっと分かっていたのだろう。彼を失った私が館を飛び出してまで彼を探し、結果として彼には会えず、故に私自身が孤独による絶望を味わうことを…。だから、お姉様は私を幽閉から解き放った瞬間から私に寄り添ってくれた。私は何度もその胸に顔を埋めて泣いた。その度にお姉様は私を慰めてくれた。その時、私はようやくお姉様がどういう存在かを確信できた。幽閉されたという事実が生んだ私とお姉様との心の溝もそのお陰で埋めることができた。

 しかし、やはりそれも彼の口添えあってのものだ。彼がそれを願ってくれなかったら、きっと私は今もお姉様とまともに口も聞いていないに違いない。彼には返しきれないくらいの恩がある。

 もう一度、一度だけでいいから彼に会いたい。会いたくて胸が苦しい。もう彼は私の手の届かないところにまで行ってしまったというのに…。私自身もそれを理解しているはずなのに…、それを認めたくなくて、彼がまだいると思いたくて、それが私の身体に冷たい何かを感じさせる。

 

「……うぅっ、…お姉様…私…」

 

「…私、俊に会いたいよぅ。…ぐずっ…また俊と一緒に暮らしたいよぅ…」

 

 気づいた時には私の目から沢山の雫が頬を伝っては床へと滴り落ちていた。肩、そして両手まで震えてしまって、今にも力が抜けてその場にへたり込んでしまいそうな気がする。

 私はただ彼と一緒にいたいだけなのに、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒に寝る。ただそれだけでいいのに、それすらも運命は許してくれなかった。出来るのはこうして彼との別れを悔やんで泣いていることだけ…。

 

「フランっ!」

 

 その時、私の冷たく冷えきった身体が抱かれた。ぎゅっと力強く私を抱きしめるお姉様の温もりが冷たい私の心に少しばかりの安心を与えてくれる。

 

「彼は貴方をずっと想っていたわ。他の誰よりも、もしかしたら私よりも貴方を一途に想っていたかもしれないってくらいに」

 

 お姉様は私を力強く抱きしめながら背中をさすってくれる。

 

「私も彼には死んで欲しくなかった。きっと彼も死にたくはなかったはずよ。そんな彼が命を投げ出してまで貴方に会いに行ったということは、きっと貴方に幸せになって欲しかったってことなんじゃないかしら」

 

「けれど、その貴方がこんなに泣いていたら彼も報われないじゃない」

 

 諭すようにお姉様は言う。その優しさが余計に心に響いて涙が溢れでてくる。それでもさすってくれている手は止まらなかった。

 

「……俊か…」

 

「俊に…会ったことがあるの?」

 

 私の問いにお姉様は「もちろん」と笑顔で答えると、遠い目をしながら上を見上げた。

 

「彼には何度も助けられたわ。貴方との仲立ちを買って出たのも彼だった」

 

 知らず知らずのうちに私を抱きしめているお姉様の腕が微かに震えているのが分かった。見上げてみればお姉様はずっと上を向いたままじっと黙っている。そんなお姉様の頬には一筋の雫が伝っていた。

 

「お姉様…」

 

「バカみたいな話よね…。人ってどうして失わないとその人の本当の大切さに気づかないのかしら…。私達吸血鬼だってそう…、何百年と生きてきてもやっぱりその意識は変えられないまま…」

 

 吸血鬼も人間と同じ、ただの人間が何百年と寿命を得て、その上に少しパワーとスピードを与えられただけに過ぎない。私なんて精神の強さだったらもしかしたら俊より劣っているかもしれない。強さなんて私と俊が一緒にいる為には決して必要ない。むしろなくていい代物だ。

 

─強さなんて所詮は相手を傷つけるための道具なんだから…─

 

「…ねえ、フラン?」

 

「なに?お姉様」

 

「貴方はもし俊に会えるとしたら会いに行きたい?」

 

 そうお姉様は比較的平静に私に言った。そして、それは私の身体に再び熱をもたらす。

 

「会いたいわ。絶対に!!」

 

 私が強く頷くと、お姉様は私からそっと手を離し、踵を返してすぐそこの窓から降り続ける雪に目を向けた。

 

「この雪はね、異変なの。春が来ないという異変…。だから花は…、命は芽吹かない。そして雪は降り積もる。だから、咲夜が今、その原因の張本人を退治しに行ってるの。その場所は死んだ者の辿り着く地で『冥界』って呼ばれているわ」

 

 『冥界』、お姉様から発されたその言葉が不思議と私の胸を強く打った。

 

「めい…かい?」

 

 私は思わず聞き返した。

 

「えぇ、死んだ者がそこで転生を待つのだと聞いたことがあるわ」

 

「もしかしたら俊もそこにいるかもしれない…」

 

 その後、しばらくの間私とお姉様との間に沈黙が流れた。お姉様が言っていたことがなにを意味するのか。それを頭で理解したが故に起こった沈黙は私の心に安堵と焦燥をもたらしていた。

 

「俊に…会えるの?」

 

「多分ね…」

 

 彼に会えるのなら、それが冥界であろうと、たとえそこが地獄のような世界だろうとも、私は彼に会いに行こう。

 私はお姉様に悟られぬよう笑って

 

「ありがとう、お姉様。お陰で少し気持ちが楽になった気がする」

 

「そう?ならよかった」

 

 お姉様は少し呆気に囚われていたけど、私はそんなお姉様をそのままに部屋を後にした。彼に会うという強い決意を胸に秘めて…。



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2日目 願う者と説く者 その壱

思っていたより過程が長くなってしまいました。
◯あとちょっとだけ手直ししました


 翌日、あの長く、とても止むとは思われなかった雪が突然ピタリと止んだ。そればかりではなく、辺りの植物たちもそれをあらかじめ理解していたかのように同時に一斉に花を咲かせ、今や館周辺はまるで夢の楽園のような雰囲気を醸し出していた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえりっ、咲夜」

 

 異変を解決し、帰ってきた咲夜を笑顔で出迎える。それに対して咲夜も笑顔で「妹様、ただいま帰りました。」と返してくれる。それに続くようにお姉様が、そしてパチェがやって来る。

 

「おかえりなさい」

 

 この和やかな雰囲気と弾けるようなみんなの笑顔が私は大好きだ。495年生きてきて、今まで他人の笑顔なんてほとんど見てこなかった。いや、見られなかったんだ。私自身も今まで笑うという事はほとんどなかった。私は自分を閉じ込めたお姉様を恨み、それにひたすら我が身を委ね、壊すことばかりを考えた。その結果、それがもう一人の狂った人格を作り上げてしまった。無論、あの時に笑顔なんて文字は私の頭には一文字たりとも存在するはずがなかった。

 私に笑い方を教えてくれたのは彼…。

 彼と出会った事で私の心は救われた。どんな時だって彼は私のために一緒にいてくれた。たとえ離れてしまっても必ずやって来てくれた。それがたとえ私が狂っていた時でも…。彼には計り知れない恩がある。

 そして、私はいつのまにか彼を好いていた。友達という意味ではなく、本当に彼の事を想っていた。

 

 だからこそ彼には死んで欲しくなかった…。これからもずっと私と一緒の時間を過ごして、色んなところを二人で行きたかった。

 けれど、私達二人にはそんな時間は与えられなかった。

 彼は人間の中でも極端に寿命が短かった。それはどれだけ抗っても変わることのない運命。どれだけ彼を想っても、どれだけ彼と何気ない日々を過ごしたくても、この揺るがぬ事実が私達を引き離していく。それが苦しくて、それが寂しくてたまらなかった。「ありがとう」と遺した彼の言葉を聞いた時、私は決して「こちらこそありがとう」とは言えなかった。どちらかというのなら、私は彼の死を認めたくてただ泣くことしか出来なかった。

 

 今でもたまに彼と一緒にいる夢を見る。

 彼が笑う。私が笑う。そんななんの変哲もない夢だったけれど、私にとってはそれだけで十分だった。

 ただ、それが現実だったら…とそれだけを心残りにして…。

 

 私は彼に飢えていく。寂しさを抱えながら……。そんな時、お姉様は私にあることを教えてくれた。

 

 

 『冥界に俊がいるかもしれない』と………。

 

 

 私は決意した。彼の元へと向かうことを…。危険を冒しても彼に会いたいと願う自分の心に従うことを…。

 

 

 

 

 

 

 

 皆が寝静まる頃合いを見計らって私は屋敷を飛び出した。他のみんなに迷惑はかけたくなかったし、私自身としても、出来れば彼と二人きりで話がしたかった。

 

 とはいっても、どうも冥界がどこか分からない。お姉様から詳しいことは何一つ聞かなかったからまったくのゼロから捜索しなければならない。

 

「場所くらいちゃんと聞いておけばよかったかもね…。いや、それだとバレるか…」

 

 一人ブツブツと零しながら、お姉様の言っていた「冥界」を探す。しかし、やはり隔離されて面積が狭いとは言っても幻想郷だ。探すのは困難を極める。竹林の中や、ジメジメする森を散策してみるも、一向にそれらしいものはない。

 けれど、彼と再会したいという強い思いが私を前へと突き進める。「諦める」という選択肢は存在しなかった。

 

「絶対に会いにいくからね、俊」

 

 そうこうしているうちに気付けば、彼を探し始めてから数時間が経過し、東の空がわずかに明るくなってきていた。吸血鬼の活動限界時間が迫ってきている。太陽の光は吸血鬼にとって猛毒と一緒だ。日傘のようなものがあれば十分にカバーできるのだが、今の私はそんなものは持ち合わせていないし、昇りたての朝日の角度を考えても日傘では防御しきれない。

 

 その場で小さく溜息をつく。仕方ない、今日絶対見つけなければならない訳でもない。明日もある。そう自分に言い聞かせてみる。

 だが、そんな私の心を本能が拒んだ。今を逃せば二度と彼に会えない、そんな思考がパッと頭に浮かび上がった。どこかで彼がそう言ってくれてるみたいにそれは私の頭の中をいっぱいにする。

 無意識に顔を上げた。

 その時だった…。

 

「……あれは?」

 

 私の視界に小さな穴のようなものが映る。空に存在する見えるか見えないかくらいの小さなその穴はその遠さにも関わらず、その異質な雰囲気を私に感じさせていた。

 地面を蹴り、翼に魔力を流し込んで空を飛ぶ。

 しばらくすると私の眼前に巨大で真っ暗な闇が現れる。同時に私は確信した。

 

「きっとここね…。お姉様の言っていた冥界っていうのは…」

 

 不思議とこれが冥界への入り口だと瞬時に確信できた。ただの直感に過ぎないけど、なぜかこの先に俊がいる気がする。この先で私を待ってくれている気がする。

 その真っ暗な闇の中へと手を伸ばしてみる。中はひんやりとしていて、春なのにも関わらず、昨日までの冬の寒さを想起させるほどであった。夜目が効く吸血鬼でも見えないほどの闇を前にした時、少し恐怖を感じた。この先に広がっている世界が想像できない。それが想像以上に警戒心を刺激するんだということを理解した。

 

 俊は私と出会う時、どんな気持ちで来てくれていたのかな…?

 

 そんな思考に幾許(いくばく)(ふけ)っていると、意を決してその異質極まる穴へと飛び込んだ。

 

 目が回る。重力があっちこっちへと切り替わって感覚が掴めない上、その度ごとにやってくる浮遊感が不快で仕方ない。もはや落ちてるのか上がってるのか、回ってるのか静止してるのかも分からなくなってる。

 そんな空間にしばらく囚われていたかと思えば、気付いた時には私の身体は薄暗い世界の中、冷たい石畳の上に横たわっていた。

 

「……ここは?……うっ!?」

 

 さっきの空間のせいか、頭痛がひどい。少しばかり吐き気もする。立とうとするも平衡感覚が定まっていないのか、上手く立てない。

 しばらく四つん這いの状態を維持して感覚を取り戻したところで、改めて私は立ち上がり、辺りを見回す。どうも薄暗くて見えづらいが、明かりのついた広く長い階段は視認できた。そして、空は真夜中かと錯覚してしまうような暗黒で、その中に白くふわふわした物体が数多く浮遊している。

 

「しゅーーんっ!!いたら返事して!!」

 

 階段を上りながら彼を呼ぶ。ここまで来ればあとは彼に委ねるしかない。彼も間違いなくここで行動している訳だから、変に動いて入れ違いになるのは避けたい。だから、私はこうしてのんびり動きながら必死に彼を呼ばなければならない。

 

「俊っ!いるんでしょ!?」

 

「いるよ…、ここに」

 

 あの声が聞こえる。上だ。私はそれに従って視線を上に向け、彼を探すべく見回してみる。すると、長い長い階段の中途の踊り場に彼の姿はあった。

彼は私と目が合うのを合図に一段ずつ下りてくる。

 彼が下りてくる。ゆっくりとした足取りで、あの頃と変わらない笑顔で、私を真っ直ぐに見つめながらやって来る。

 そして、私から二段ほど上のところで立ち止まり、口を開く。

 

「来てくれたんだね、ありがとう」

 

 彼の感謝の言葉に思わず涙ぐむ。本当はこちらからも返事をしなければならないのに上手く口にできない。何を言おうにも唇が震えてしまって声が出せない。そんな私を彼は優しげに見つめ、やがて踵を返した。

 

「こっちにおいで」

 

 彼に案内されるがままついていく。長い階段を一段ずつ上っていけば、段々と目の前に大きな屋敷が見えてくる。

 彼は門構えで立ち止まると大声で叫んだ。

 

「幽々子さんっ!自分ですっ!俊です!!開けていただけますか!?」

 

 すると、目の前にそびえていた門の扉はギシギシと音を立てながらゆっくりと開いていった。

 

 そして、そこから見慣れない女性がこちらに向けてやって来る。青い和服姿に桃色の髪、そして従えているかのように彼女につきまとう白いふわふわ、その全てが私にとって見慣れないものであった。

 

「お帰りなさい、俊。そしていらっしゃい、フランドールさん?」

 

 その彼女に名を呼ばれた瞬間、何とも言えない悪寒が私の全身を巡った。両腕で身体を包み込むような姿勢をとって上目遣いで彼女に視線を送った。

 いつのまにか私は彼女に恐怖していた。私の脳裏に不意に「死」という文字が浮かび上がっていた。そしてそれは意識していなければそのまま「死」へ流されていきそうな、それだけに余計に彼女を恐ろしく思われた。

 

 そして、彼女に案内されるがまま、私はその広大な屋敷に足を踏み入れていく。

 彼女に恐怖を感じた。けれど、私は決してここで引くわけにはいかなかった。何のために彼は私をここへ呼んだのか。それはきっとこの冥界に何かしらヒントがあるからに違いない。彼を現世に蘇らせる何かが。なら何とかしてそれを見つけ出さねば…。

 

 彼は何も言わずに屋敷へと入っていく。私もついていくのだが、何だろうか、その彼の背中が私に警戒を呼びかけているように見えた。今から相手にするであろう者の恐ろしさを私に警告してくれているような気がした。たった一週間だったけど共にいた者同士の直感というのか、そんな感覚が私の脳内にこれから起こるであろう危険性を伝えてくれていた。

 

 彼は連れ帰る。絶対に。互いに触れ合えるようになって必ず帰る。そして、きっとまた一緒に暮らす。今度はお姉様や咲夜も一緒に、そのためにも……

 

 

 俊っ、絶対に助けるからねっ!!



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2日目 願う者と説く者 その壱+α

今回は+αということで俊視点で書きました。


「貴方はどうしてここに来たの?」

 

 僕は唐突にそう問われた。桃色の髪をした女性はどこか僕の返答を楽しみに、そしてなぜか威圧感をもって聞いてきた。

 

「どうしてって…そんなこと聞かれても……」

 

 僕は頭を掻きながらそう返す。けれど、彼女の聞きたいことはそうではないようで

 

「違うわ、私が聞きたいのは、なぜ貴方のような人が来たのかということよ。貴方のような人間なら大半は天国行きのはずなのに」

 

「何か心残りになるようなことでもあったの?」

 

 彼女から投げられた問いに思慮を巡らせる。

 あぁ、そうだ。僕は彼女に…

 ……あれ?

 

「…あれ?どうしてだっけ……?」

 

 上手く思い出せない。なんとなく感覚はあるのにはっきりとしない。確か彼女だった…はず、…あれ?何で思い出せない?

 どうしてだ?確か僕は最期に誰かに何か言って……。それだけじゃない。確か僕はその人と決して忘れてはいけない大切な思い出があったはず…。

 

……だめだ。どうしても鮮明にならない。面影はある。楽しかったという感覚も僕の中にしっかりと刻み込まれている。そしてその人を大切に想っていたのも覚えていた。ただ、その思い出が一体いつ、どこで、誰と一緒にいた時のものだったのかが思い出せない。

 もどかしい。一体僕は誰を思い出そうとしているのか。

 

「…分からない…です」

 

「あらら、分からないの?あれだけ仲睦まじかったのに」

 

 力なく彼女の問いに答えると、そんな話に僕を彼女は小馬鹿にするようにクスクスと笑う。一体何が面白いのやら。

 

「…やめてもらえませんか?これでも結構ショックなんです……」

 

 僕が落胆の表情でそう言うも、彼女は依然として笑いをこらえきれていなかった。それが余計に腹が立つ。

 

「ごめんなさい、つい…笑いが…」

 

 やがて落ち着いてきた彼女は少し申し訳なさそうに(みえる気がしなくもない)僕に向かって謝罪した。

 

「いやー、もういいですよー。ぜーんぜん気にしてませんからー(棒)」

 

 僕がそっぽを向くと、彼女は少し困った表情であたふたしていた。拗ねてしまった僕に今更罪悪感を覚えたらしい。

 そんな時、ふと僕の目にあるものが映った。

 

「あれは…桜か?」

 

 たまたま視線を向けた先、そこにはおもわず存在を否定してしまいそうに思われるほどの巨大な大樹がそびえ立っていた。

 その圧倒されるような存在感にしばらく呆然としていると、彼女が僕の隣まで歩み寄ってくる。

 

「この桜が気になるのね?」

 

「…まあ、はい。」

 

 僕は彼女の方へ視線を送る。彼女はじっと桜を見つめている。その目はまるで何かを哀れんでいるような、そんな目をしていた。

 

「あの桜はね、呪われているの」

 

 彼女は小さく呟いた。その言葉には彼女の表情からは察しきれない悲痛が感じ取れた。

 

「呪われている?」

 

「ええ、あの桜はたくさんの死を溜め込んだ妖怪桜なの。たくさんの人々があの桜の下で自ら命を絶ち、死んでいった」

 

 僕はそんな彼女をただ見つめて黙り込んでいた。慰めてあげようにも何を口にすればいいのかわからない。そもそも慰めるなんてことを安易にしていい問題なのかもわからない。実際、この話は僕が考えているよりも到底重大なことだ。そんな話に簡単に口を挟むべきではない。

 

「元々は他の桜と変わらなかった。けれど、私の父がその桜の下で永遠の眠りにつくと、いつのまにか、あの桜は眺めた人々を死に誘うようになった。この桜の美しさに惹かれてやって来た者のほとんどは死に、桜はその死を吸い続けた」

 

「死というのは生きとし生けるもの全てが持つ権利。死んだ者はあの世へ行くというのは当然のこと。けれど、死が確定した者を蘇らせるというのは、この世に生きる全ての生物の存在を冒涜しているのと同じ。私はそれだけは許さない。私の今の立場としても、私自身の信念からしても」

 

 彼女は重く、そして淡々と話す。しかし、なぜか僕には突然死にたくなるとか、そんな衝動はなかった。すでに死んでいるからなのか…。

 しかし、次の瞬間には彼女の辺りに漂っていたあの重苦しい雰囲気は一気に霧散し、逆にこちらが唖然としてしまうほどの笑みを浮かべながら言った。

 

「まぁ、桜の話は屋敷の伝記で書いてあった話だし、私の信念もどうせ冥界まで来て蘇らせようとする人なんて現れた試しがないし、決意するだけ無駄なんだけどねぇ」

 

 のんびりとした口調のまま、彼女は僕の肩をポンポンと叩くと踵を返して屋敷の方へと戻っていった。「そろそろご飯にするから貴方も来なさいよ」とだけ残して。

 しかし、僕はそんな彼女の態度に少しばかり呆然とし、同時に身震いもしていた。彼女のあまりにも飄々として掴み所のないところが逆に僕に警戒心を抱かせた。彼女は賢い。だからこそそうには見せず、あえて何も考えていないかのように見せかけることで、それに思わず警戒を解いた人々から色々な情報を聞き出すのだ。そして、いざ怪しまれたら適当にはぐらかせばいい。結局、僕も彼女が僕のことをどこまで知っているのか分かっていないわけだ。なにしろ、今までの記憶がぼんやりとしかないから。今の僕には生前の記憶はほとんどないといってしまっていい。彼女の言うことはどこまでが真実でどこまでが虚構なのか分からないから、むやみに信用できないし。

 仕方ない、ひとまずは屋敷にお邪魔してそこからまた先のことを考えよう。そんな結論に至った僕は向こうにそびえる桜に背を向けて彼女の後を追った。

 

 その時、僕のポケットから不意に何かが零れ落ちた。それは石畳を何回か跳ねると、クルクルと回りながらやがて止まった。

 

「何だっけ…これ」

 

 それは黄金色に輝く琥珀。持ち上げて眺めていると琥珀は一段と煌びやかに光を発する。

 

「………あっ!!」

 

 途端に今まで曖昧だったはずの記憶がまるで霧が晴れるかのように鮮明に僕の脳に流れ込んでくる。

 

「母さん…」

 

 母さんの面影が僕の脳に蘇り、やがて薄らいで来る頃にもう一人の人物が想起された。

 

「……フランっ!」

 

 思い出した。僕は何故ここにいるのか。どうしてこうなったかも。誰の為にこうなったのかを…。全ては彼女に幸せになって欲しいから。

 そして、同時に本能が何かを感じ取った。

 

『今行くからね、俊っ!』

 

「フランが…来ているのか」

 

 感じたのは僕に会おうとしている彼女の強い決意だった。

 彼女に会いたい。会ってまた話をしたい。あの時みたいに…。

 僕は無意識に歩みだした。右も左も分からないこの場所でフランを探すなんてこの上なく難しい。けれど、彼女に会いたいという僕の願望が無意識に身体を前に動かした。

 

 しばらく歩いていると、やがて長い石段へと辿り着く。

 僕はそっと下へと歩みを進める。辺りを見渡しながら彼女が来ていないかを確認する。

 そんな時だった。

 

「しゅーーんっ!!いたら返事してっ!!」

 

 どこからか僕を呼ぶ声がする。その声を聞いた時、僕は胸に込み上げる何かに背中を押された気がして急いで階段を駆け下りた。

 やがて、石段が終点に近づいてきた時にその姿は見えた。

 

「…フラン」

 

 彼女は僕を探しているのか辺りを見渡しながら僕の名を叫んでいる。その姿が僕の心を強く打って気づけば少し目頭が熱くなっているのに気づいた。

 

「俊っ!いるんでしょ!?」

 

「いるよ…、ここに」

 

 僕はそっと彼女に告げると、それに気づいた彼女が僕の方を向く。

 

 そして、僕と彼女は幾年の時を経てここでまた再会した。

 

 彼女は酷く震えていた。けれど、それは恐怖や喪失感からくるものではなく、僕に会えたという喜びからきたものだった。かという僕も、フランに会えた喜びで思わず涙が一雫だけ零れた。

 僕はゆっくりと石段を下りる。少しずつ少しずつ、一段一段と確かに下りていく。そして、段にして二段、距離としては普通に会話するよりかは幾分か近いようなそんな距離で立ち止まり、最初に一言、彼女に今の気持ちを伝えた。

 

「来てくれたんだね、ありがとう」

 

 こうして僕が感謝の気持ちを伝えると、彼女はまたも震えだした。その目からは雫が少しばかり流れていた。そんな彼女を見て思わず抱き締めて落ち着かせてやりたくなったが、今はそんなことはできないと我に返り、そのまま後ろに振り向いた。

 

「こっちにおいで」

 

 僕はフランを連れて、彼女のいるあの屋敷へと向かう。道中で会話らしい会話はなかったが、僕は彼女に心の中で警告した。彼岸でもその存在を耳にするほどの亡霊、西行寺 幽々子の恐ろしさを…。記憶が戻ってようやく思い出した。僕を裁いた地獄の閻魔が天国へ行くことをやめて自ら冥界で転生を待つことを選択した僕へ警告してくれた。掴み所のない彼女の性格に振り回されないように…と。本当なら口でその事を伝えてあげたいし、詳細を知らせてやりたいが、この冥界という世界にいる以上、今の僕にはそれは叶わない。伝わってくれればありがたいが…。

 そうこうしていると、あの屋敷の門が僕らの前に現れ、そこで僕は一度大きく息を吸ってから叫ぶ。

 

「幽々子さんっ!自分ですっ!俊です!!開けていただけますか!?」

 

 すると、ギギィィという特有の軋み音を上げながら、門が開いた。そして、その門の先に彼女がいた。

 

「お帰りなさい、俊。そしていらっしゃい、フランドールさん?」

 

 やっぱりだ。彼女はフランの存在に気づいていた。知らないフリをしていたんだ。やはり、彼女の行動は読めない。どこまで知っているのかを…。警戒し続けないと、いつ魂を抜かれてもおかしくはない。僕の場合こそ、もうここの人間だが、フランまでそうはなって欲しくない。絶対に。

 今一度、警戒の意味も込めてフランを見やる。しかし、僕の心配とは裏腹にフランはまるで挑戦的な笑みを浮かべて彼女を見つめていた。まるで彼女から僕を取り戻そうとしているかのような強い目で。そんな姿に心配と同時に心強さも感じながら僕とフランはその門をくぐっていくのだった。



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2日目 願う者と説く者 その弐

アデノウイルスにかかってやられてました。申し訳ないです。


「一体こんな所になんの御用かしら?」

 

 私たちはピンク色の髪をした女性にそのまま案内され、そこで改めて向かい合った。妙な雰囲気を醸し出す彼女を相手取るのには少し緊張と恐怖を感じたが、俊を生き返らせるためだ。背に腹はかえられない。

 

「単刀直入に言うわ。俊を生き返らせて…」

 

 すると、彼女は「まあまあ」と嘲笑にも似た笑いを浮かべると、どこからか扇子を取り出して広げ、口元を隠した。洞察されないためだろうと予想するが、実際はどうなのか分からない。

 そして、しばらく沈黙が続き、ついに彼女が扇子を下ろしたかと思えば、さっきまでの優しげのある顔はどこへやら、まるで威圧するような強い表情で私を睨みつけた。

 

「死というものは、生者が等しく持つ権利よ。死にかけていた者が蘇る程度ならまだしも、この世界の生活に慣れ、この世界に存在し続けて長い者にそれは許されない。死者が蘇るなんてことはあってはならないの。絶対」

 

 最後に強く「絶対」と言ったところに彼女の強い意志が感じられる。横を見てみれば、俊は何やら俯いて仕方ないとでも言いたげな姿を私にさらしていた。彼女がなぜそう答えるのかをおそらく彼は知っている。短くもあれだけ一緒にいた仲だ。なんとなくそんな予想はできる。

 けれど、だからといって私が俊を諦める理由にはならない。

 

「だから何?」

 

 そんな私の発言に彼女は一瞬戸惑ったようだった。

 

「私は俊を生き返らせたい。その思いで、その思いだけでここまで来たの。許されない?それが何?私に引き返せとでもいうの?それこそ勝手ね。言っとくけど、私は俊を取り戻さない限りあきらめるつもりは毛頭ないわよ」

 

 私はむしろ強気に出る。睨みつけられたのだからと逆に睨み返し、強い口調でそう言い放った。しかし、彼女は堂々とした姿勢を崩さず、むしろ不敵な笑みを浮かべたかと思えば、しまいには声をあげて笑った。

 

「ふふっ、なるほどねぇ…。でも、それがどうしたのかしら?貴方が諦めようが諦めまいが、私が協力しなければ彼が蘇ることもないのよ?」

 

 勝利を確信したかのように彼女は高らかに笑う。実際彼女の言う通り、どれだけ私が(わめ)こうが何しようが彼女からの協力が得られなければ無意味だ。さすがに館の周りをうろつく(バカ)の異名を持つあの妖精のような知識のないやつではないのだからこれくらいは考えついて当然だろう。いつもの(あいつ)なら知識がないために話が通じず、なぜか(あいつ)の方が腹を立てたりで弾幕による直接の戦闘に持ち込まれるのだが、今回ばかりはそんな甘い状況ではなかった。話が通じない相手とは大概最後は力ずくでの戦闘になる。そんな場合になってしまえば当然この私が負けるはずもなく、いつも相手をボコボコにして終わる。そんなことが大半だったし、力ずくでの戦いは余計なことに頭脳を使わなくて済むし、そのおかげで戦いに集中できるから楽だった。

 けれど、今回は違う。相手もなかなかの手練れ。弾幕戦などの直接戦闘に強いのはもちろんのこと、頭脳戦だって得意に違いない。こちらから動くのは恐らく分が悪い。そして何より…

 

 彼女には()がない…。

 

 念のため説明しておくと、この世界のあらゆる物体には()と呼ばれる一番緊張している部分があり、私にはその目を自由自在に動かし破壊することができる能力が備わっている。()を破壊された人間や物体はその存在を維持できず、まるで内部で爆発が起こったかのように体を破裂させ、人間なら血肉や骨、ぬいぐるみなら中に入っている綿などを飛散させる。目を自分の手元に動かしてそれを握りしめることで破壊することから私はこのことに「きゅっとする」という表現を使う。この事実を知る者なら私の言うこの言葉は悪魔の呪文とでも言い表せるかもしれない。

 けれど、この行為が行えるのは相手に()あったときのみだ。何らかの理由で目がない相手は当然だが殺す(こわす)ことはできない。目がない奴なんてほとんどいないものだが、例外だって少なからず存在する。それは幽霊や亡霊などの()()()()()()()()だ。実態を持たない者というのは簡単に言えば直接相手に触れられない者のこと。そういう輩にはどうしてか目が存在しない。そして面倒なことに今目の前にいる相手も亡霊であり、私の能力は行使できない。全くもって不利な状況だ。

 でも、それが何だっていうんだ。私は俊のことが大好きで、俊を生き返らせるためなら何でもする覚悟でここまで来た。協力してくれないのなら…

 

 だったら、無理にでも協力させればいいだけの話だ…。

 

「何となく分かってたわよ。あなたが俊の蘇生に協力してくれないことくらい。でもね…、なら無理やりにでもいうことを聞かそうって考えることぐらいあなたにはお見通しよね」

 

 私の好戦的な笑みに対して彼女も受けて立つといわんばかりの不敵な笑みで返してくる。一触即発の事態に俊が隣でおどおどしていたが、この際関係ない。彼のためでもあるんだ。

 

「やめてくれフランっ!僕のためにわざわざそこまで危険を侵さなくても…」

 

「黙って俊。私はただあなたを救いたいだけなの。あなたと一緒にまたあの館に…今度はお姉様たちも一緒にあの館で暮らすの。そのためだったら命なんて軽いもんよ」

 

 俊はまだ何か言いたそうだったが、私が少々威圧気味に言葉を発したせいか、彼は黙り込んだ。直後、少し強く言い過ぎた気がして後悔したが、それほどまでに私が彼を大切に想っていることを理解してほしかった。けれど、今はとにかく目の前の彼女をどうにかしなければと、さっきまでの後悔を心の中で揉み消した。

 

「ふふっ、美しいわね。相思相愛っていうのかしら?少し妬けちゃうわ」

 

戯言(ざれごと)はもういいわ。おとなしく言うことを聞かないのなら力ずくで行くまでよ」

 

 私は全身に魔力を巡らせ、臨戦態勢を整える。それと同じタイミングで彼女の笑みがひときわ大きく不気味なものへと変化した。

 

「良いわ。嫌いじゃないわよ、そういうの」

 

 彼女は立ち上がると、身体を宙に浮かせて、屋敷を出る。広い空中へと身を投げた彼女を追う形で私も空を飛び、屋敷上空で対峙した。

 

「素直に従わなかったこと、後悔させてやるわ」

 

 私は魔力を凝縮させ、一本の剣を作り出す。ぼうぼうと赤い炎が剣を包み、斬るものすべてを焼き尽くす獄炎の剣が私の右手に握られた。

 

―禁忌―『レーヴァテイン』

 

 燃え盛る剣を持つ私に対して、彼女は穏やかに、そして余裕を持った笑みを浮かべるだけで何一つとして戦闘準備らしいことはしていない。チャンスだとそう考えた私は扇子で相変わらず口元を押さえる彼女に向かって全力で距離を詰めようと力一杯に一歩目を蹴りだした。

 その時だった…。

 

「そこまでよっ!!」

 

 聞き覚えのある声に制止された。しかし、この時にはすでに私は彼女の目の前まで接近していた。唐突なその声に一瞬硬直したが、即座に彼女から距離をとって安全な領域まで退避する。その声の主は私の目の前に背中を堂々とその姿を現していた。その瞬間に漂う懐かしい匂い。たなびく青い髪。それは誰であろう私のよく知るあの人だった。

 

「……お姉様」

 

 そこにはあのお姉様の姿があった。間に合ったと言わんばかりに息を切らしながらも、強く堂々とした姿で、まるで壁のように私とピンク髪の女性との間に立ちはだかった。

 

「そこをどいて、お姉様。そいつは今から私が…」

 

「黙りなさい…」

 

 お姉様は顔を捻って視線だけを私に向けると睨みつけるようにしながらそう私に言った。その言葉はいつになく真剣なもので、かつ厳しいものだった。そして、真剣なのは言葉だけではなく、その目、その雰囲気からも感じることができる。もしかしたら勝手に館を出たことを怒っているのかもしれない…。

 お姉様は威圧のこもった言葉を放って私を黙らせると、そのまま彼女の方へと向き直った。直後、お姉様は私が思ってもいない行動にでたのだった。

 

「お姉様っ!?」

 

 お姉様はその場に(ひざまず)き、土下座という形で彼女に向かって頭を下げて詫びた。その光景は私を絶句させるには十分なものであり、直後、思わずそんなお姉様から視線が逸れた。この状況を作り出したのが私だという事実に、過去に人間を壊し続けていた頃のあの喪失感が重なって余計に心が締め付けられる思いになる。

 

「私の妹が迷惑をかけて本当に申し訳ない。この通りだ、許してほしい。もし謝意が足りないというなら私の命でも貰ってくれ…。どうか妹の命だけは助けてほしい」

 

 耳に入ってくる一言一言が胸に刺さってくる気がした。お姉様が私のために自分の大切としているプライドをも投げうって頭を下げてくれている。それが申し訳なくて、それがとても苦しかった。そんな中、彼女がお姉様に言葉をかけるのも耳に届いた。

 

「…そもそも、私はフラン(その子)を殺すつもりなんてなかったわ。少し痛い目は見たかもしれないけど、最終的には貴方のお屋敷にでも送り返そうかと思っていたのよ。殺生は嫌いなほうだし…。それに……」

 

(この子)がどう思うか…、考えないわけじゃないしね」

 

 私が目を開いたのとほぼ同時に、彼女は私のほうを向いて優しげに言う。

 

「良かったわね、色んな人に好かれて…。お姉さんや、従者、果てには亡者になってしまった恋人にまでも愛されてるなんて、うらやましい限りよ」

 

 どこか慈しみのあるそんな言葉に包み込まれたような感覚を覚えた私はなんとも言えない安心感を得たような気分になる。そして、同時に頭を上げたお姉様が私に向かって静かに、そして何とも残酷な一言を告げる。

 

「……帰るわよ」

 

「え…?」

 

 それは、俊を諦めるということ。つまりは彼を諦めろ、この恋を諦めろと、そういう意味になる。けれど、そんなことは到底許容できるものではない。許容してはいけない。私は俊に救われた。壊れかけていたこの心を…彼は救ってくれた。その人に恩返しがしたくて、助けたくてここまで来て、その人が目の前にいるというのに、救うこともできない。そんなのは嫌だ。

 

「嫌よ!お姉様、それだけは絶対に嫌っ!!」

 

「分かって、フラン。いえ、分かりなさい。これは仕方のないことなの…」

 

「嫌!私は俊と一緒に帰るのっ!」

 

 涙が浮かび、頬を伝っていく。悲しみが流れ出て止まらない。理解はしている。彼女は強い。彼女の言う主張だって筋は通っている。死人を生き返らせることはできない。我儘(わがまま)を言っているのは自分だという自覚だってある。けど、けど……

 

 それでも私は俊と一緒にいたいっ!!

 

「やだやだ!俊と一緒がいいよぉ!やっと会えたと思ったのにまた離れるなんてやだよぉ!!」

 

 子供が駄々をこねるように、私はその場に座り込んでひたすら泣き叫んだ。泣いてしまえばもう理性の抑止力なんてなく、私は心の奥にしまっておいたはずの本心を何でも吐き出すように周りにぶつけていった。

 

「もう失うのは懲り懲りだよっ!これ以上私に失わせないでよ!!」

 

 しかし、私の思いもむなしく、お姉様は座り込んでいた私の腕を使って強引に持ち上げるとその手を引いて飛び始める。私は身体は持ち上がり、地面から段々と離れていく。同時に当然、彼との距離も遠いものになっていく…。

 

「俊っ!俊っっ!!しゅううぅんんっ!!」

 

 俊が段々と小さくなっていく。自由なもう片手を懸命に伸ばすも、届くはずもなく、彼の姿は豆粒のように小さくなっていき、やがて消滅した……。




ほかの作品を見させて頂いたり、旅行に行くのって自分の知識や今まで気づかなかったことを知るのに大切ですね。改めて感じました。また、ご意見や感想ございましたらぜひ教えてください。よろしくお願いいたします。


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3日目 胸に残る悲痛、新たなる決意

 俊と別れてからのお話です。


 俊を取り戻せないまま、私は紅魔館へと帰った。悔しさを目に滲ませながら、お姉様に手を取られ、私が最も愛した人と別れることになった。それが必然であったと分かっていたし、そうしなければならないのは嫌というほど理解していた。理解はしていたけれど、それでも私は彼を取り戻したかった。こんな矛盾まみれの言葉を聞いた者がいたなら、きっとそいつは「分かっていると口にするだけで分かっていない」と吐き捨てるだろう。だが、どうか分かって欲しい。私は何としても彼といたかったんだ。

 

「フラン、貴方は分かっていない。俊はもう死んだの。もうどうしようとも彼を取り戻すことなんてできないの…」

 

 帰ってすぐに告げられたお姉様の言葉が頭の中に木霊する。「取り戻せない」という言葉に私はまるで身体を引き裂かれる思いをさせられた。彼と一緒にいられないというのがどれだけ私を絶望させるのかをきっとお姉様は分かってない。私が俊に二度と会えなくなるという事実は知っていても、私が彼を好きでいるということを理解していても、それが私にどんな影響を与え、どんな表情、どんな心境になるかまで理解していないんだ。だからそんな簡単に「俊に会えなくなる」なんてことが言えるんだ。

 

「お姉様がそんな人なんて思ってなかったわ」

 

「フランっ!」

 

 私はお姉様を振り切って部屋へ走る。理解してくれない悔しさと悲しさに涙を零しながら、ひたすら部屋めがけて走り続ける。私はいつだって独り。大切な人を得てもすぐに離れてしまう。今もそう、まだ会うチャンスがあるというのにそれすらも許されない。現実という残酷なものから逃げたくて私は必死に走り続けた。

 と、そこで何者かが急に私の前に姿を現す。しかし、気づいた時にはその人物との距離はあまりにも近く、ブレーキが間に合わない。私はその人物に思いっきり激突する。

 

「うぅ…痛ったぁ…」

 

「申し訳ありません!大丈夫ですか?」

 

 そして、その相手は私をよく知る親しき人であった。

 

「……美鈴」

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんですか…。俊さんは…もう…」

 

 紅 美鈴(ホン メイリン)、私やお姉様の従者の一人で基本的には館の門番をしている。でも稀に私の部屋に来てくれて話し相手になってくれたりもしている。私の大切な人の一人。

 私は美鈴を部屋へと招き入れ、ベッドをソファー代わりにして二人並んで座り、私はどんどん苦しくなっていく胸の内を明かした。

 

「もう…俊には会えないみたいなの」

 

 美鈴には何度か俊の話をしたことがあった。彼が現実に帰っていて退屈していた時や、彼がいなくなってから後も度々私の所に来てくれていて、その度に必ず俊の話を一度はしていた。美鈴もまた、そんな話を親身になって聞いてくれて、面白かったり楽しい時には一緒に笑って、辛い時には悲しんでくれた。今もそうだ。実際には会ったことがないにも関わらず、彼女は目に涙を浮かべて私の話に耳を傾けている。

 

「…ごめんね。美鈴には関係ないのに…」

 

「そんなことないですよ。私も俊さんに会ってみたかったです」

 

 美鈴がそっと私を優しく抱き寄せてくれる。頭をそっと撫でて、少しでも私を落ち着かせてくれようとしている。

 

「やっぱり、美鈴はいい従者ね。私、美鈴が館にいてくれて良かった」

 

「そんなことないですよ。従者としてなら咲夜さんの方がよっぽど優秀ですし、私なんて足元にも及ばないですよ」

 

「私は、咲夜があんまり好きじゃないのよね…」

 

「…それはまた何故?」

 

 だって…咲夜はお姉様の従者なんだもの…。あの人はきっとお姉様しか目にないんだわ。そんな人が私の苦しみなどわかるはずない。

 

 一人口を膨らませる私に何も分かっていないはずの美鈴がなぜか苦笑を浮かべている。

 

「それにしても、フラン様は本当に俊さんを好かれているのですね」

 

 美鈴の言葉が私の心を和らげ、そして傷つける。私が俊を好いていることを察して、そして言葉をくれる美鈴の優しさ。けれど、それは同時に私が俊と会うことができないことを思い返させる。それが予想以上に私の心を傷つける。

 

「……帰って」

 

「…え?」

 

 分かってる。美鈴は決して悪意があって言ったわけじゃない。

 

「帰って!!」

 

 なのに、なんで……

 

 怒りが込み上げてくる。こんな勝手なことしていい筈ないって分かっているのにどうしてもこの気持ちが抑え切れない。それだけじゃない、この怒りと同じくらい私の中には空っぽの虚無が詰まっている。それは私の心を苦しめ、胸を痛くする。そんな時、美鈴が咄嗟に一言私に向けて言った。

 

「フラン様、涙が流れていますよ」

 

「…えっ?」

 

 自分の顔に手を伸ばす。生温かい液体が頬を流れ、次々と雫となって零れているのが感じられた。けれど、その理由は瞬時には理解出来なかった。

 

「なんで……」

 

「それくらい、もう分かってるんじゃないんですか?」

 

 分からない。この雲がかって苦しい気持ちの理由が、この怒りの意味が…。

 

「フラン様はまだ俊さんを諦めきれていないんですよ」

 

「…っ!!」

 

 その言葉は私に瞬時に反応した。頭をあげ、美鈴を瞳に捉え、淡くて小さな可能性を信じ続けていることを自覚する。

 けれど一方で、そんなことが起こりうることなどありはしないと諦観していた。何よりそれはお姉様が許さないし、冥界にいるあいつを相手にするのは危険だ。諦めるより他にない…。

 

「…無理だよ」

 

「…?どうしてです?」

 

「だって、お姉様が許すはずないし、冥界にいる敵も強い。敵にするには相手が悪すぎる相手ばかりよ?そんなところに一人で突っ込んでも無謀なだけだわ…」

 

 俯く私に、その時不意に美鈴が私の隣から姿を消す。

 そして……

 

「フランドォールッ‼︎‼︎」

 

 彼女は部屋中を震わせるほどの声で私の名を叫ぶ。あまりに突然過ぎたその声に私は肩をビクッと震わせ、パッと頭をあげた。

 彼女は仁王立ちでこちらを鋭く見つめていた。まるで、師が弟子に試練を与えようとしているかのようなその姿には慈愛と同時に妖怪としての誇りさえも感じとることが出来た。彼女は私を前に

 

「貴方は強いっ!力だけでもない。でも決して心だけが据わっているわけでもない。貴方はその両方を兼ね備えている。レミリアお嬢様にも負けないくらいの立派なものが…」

 

「……美鈴」

 

「今までの貴方なら立ち塞がるものはみんな蹴散らしてきたはずです。自分の道を信じて疑わず、真っ直ぐ突き進んでいく。それがフラン様なんです!なら……」

 

「周りのことなんて、結果なんて気にせずにただひたすらに進めばいいんですよっ!!」

 

 美鈴の言葉がこの時ほど心に響いたことはなかった。いつも温和な美鈴が形相を変えてまで私に勇気を与えようとしてくれている。美鈴は私が失いかけていた自分のアイデンティティをもう一度再確認させてくれた。

 

「ありがとう、美鈴」

 

 私の表情は明るかった。意図していたわけではない自然とでた笑みが私の心に余裕を持たせてくれる。

 

「いえ、フラン様はその顔が一番ですよ」

 

「ええ、私は行くわ」

 

 私は心に刻む。美鈴から貰ったこの言葉を…そして、己の道を突き通すという決意を…。

 なんとなく壁掛け時計に目を通す。あと三十分もあれば日付が変わる。刻一刻と迫り来る彼との本当の別れ。けれど、彼がいなくなる前に必ず取り戻す、助け出す。

 私は美鈴に「ありがとう」と残し、勢いよく部屋の扉を開けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これでいいんですね?お嬢様」

 

 私がフラン様を見送って五分もしないうちにその気配はやって来た。それは誰であろうフラン様の姉、レミリアお嬢様だ。

 

「えぇ、ありがとう。本当に助かったわ」

 

「いえ、お嬢様とフラン様にお仕えする身ならば御命令に従うのは当然のことです」

 

 壁越しの会話、けれどそれでもお嬢様がどのような表情で、どのような心情で会話に臨んでいるのかなんとなくわかる。今のお嬢様にあるのは私に感謝しているのと同時にフラン様への謝意の気持ちが含まれている。

 

「しかし、妹の身を案じるあまりに過度に保護し過ぎではありませんか?」

 

「……どういうこと?」

 

 分かっているくせに。やっぱり、フラン様を幽閉したあの時からこの方は未だ変わっておられない。

 

「フラン様ももう十分に成長しました。狂うことも少なくなりましたし、能力だって使い勝手を覚えるようになってきました。それなのにお嬢様は未だにフラン様を赤子のように世話し続ける。昔ならばそれでも仕方なかったかもしれません。けれど、今のフラン様にとってはそれはただの邪魔な鎖でしかないんですよ」

 

「…………」

 

「フラン様に聞きました。冥界まで行ってお姉様に館に帰された、と。苦しくて胸が張り裂けそうだった、と。貴方はフラン様が心に抱いていた大切な気持ちを踏みにじったんですよ。それこそ…」

 

「うるさいっ!!!」

 

 お嬢様は私の言葉を遮り、そのたった一言で私を沈黙させる。

 

「…私がフランを守らないと、フランが死んでしまう。それだけは嫌なのっ!フランまで死んだら、もう私は生きる意味を見出せなくなる…」

 

 お嬢様の方から啜り泣く声が聞こえてくる。きっと彼女も不安なんだろう、自分の大切な妹が手の届かないところにまで行ってしまうことが。私もこれまで生きてきてそれに似た体験をしたことがある。それでもやっぱり…

 

「お嬢様、人も妖怪も成長するんです。フラン様も今懸命に成長しようともがいているんです。もし、お嬢様に姉としての自覚があるのなら、フラン様を止めてやめさせるのではなく、逆にフラン様を助けてあげてください」

 

 私は扉を開けると、お嬢様に最後に伝えたかったそれだけを伝える。これ以上、説教しても意味なんて持たないし、大切なのはお嬢様の決意の問題。それにこれ以上お嬢様を泣かせたら咲夜さんに殺されかねないし…。

 

「では、私は門番の仕事がありますので…」

 

 私はお嬢様に一礼して踵を返すと、その場を後にする。その道中、私はひたすらフラン様の無事を祈り続けるのだった。そして…あえて口には出さず心の中で告げる。

 

 

 お嬢様、あとは貴方の決意したいですよ。




 ここのところばたばたしていたのですが、ようやく落ち着いてきたので最新話を投稿させていただきました。遅くなって申し訳ありません。
 さて、これでレミリアの心がどう動くか、美鈴のお陰で前向きになることができたフランの願いは届くのか…。まだまだ続きますのでどうぞよろしくお願いします。


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4日目 共に歩んだあの日々を

今回はレミリアとフラン、そして俊との関係性を裏付けるような感じに仕上げました。


 フランが俊の元へと再び向かい、美鈴に諭された私はしばらく館のテラスで紅茶を啜りながら空に浮かぶ満月を眺め、一度心を落ち着かせようとしていた。

 

「………」

 

 いつ見ても満月は美しい。妖怪は月の光なしには生きられないが、それ以前に月には魅力が沢山ある。この感性は妖怪特有というわけでもないようで、私達と同じように人間達も空に輝く月へ様々な思考を投げかけ、想像し、作り上げてきた。人間も妖怪も昔から月という存在に心を動かされてきたのだ。そして私もまた、そんな月に心動かされた者の一人だった。

 

「……咲夜」

 

「はい、なんでございましょう」

 

「あの子に出会ったのも確か今ぐらいの頃だったかしら?」

 

 咲夜は少し唸り、少し、確信半ばで答える。

 

「あの子というのは『宮岡 つぼみ』のことですか?」

 

「えぇ、正解よ」

 

 彼女に最後に会ったのはもう二十数年も前の話。私がフランへの認識を改めたきっかけでもあった。

 咲夜は彼女を知らない。私が話したことをいつまでも覚えているだけ。

 

 これは私が初めて仲を深めた人間との出会いのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月が綺麗ですね」

 

 彼女は紅く輝く月をじっと見つめながらそれを口にした。

 

「…そうね」

 

 私は人間が大嫌いだった。狡猾(こうかつ)で卑劣で、何より私の大切なお父様とお母様を傷つけ、意識そのものを失わせた元凶たる存在。それだけではない。奴らは突如として私とフランを捕らえ、そして彼らは私達に(おびただ)しいまでの暴力を与えた。

 彼らは私が妹想いなのを承知の上で妹へ過激なまでの暴力を振るった。妹への暴力をむざむざと見せつけられた私にとって人間は憎悪と怒りの対象に過ぎなかった。結局、私は隙を見て反撃に出ると、不届き者どもを木っ端微塵に壊滅させた。そして、瀕死のフランを助け出し、彼女に刻まれていた傷や滲み出る血、そして何よりも苦痛に歪んだフランの顔を目の当たりにした私はある決意を胸に刻んだ。

 

『二度とフランを離しはしない。絶対に守り抜く』と…。

 

 それから私は辺りを力の限りを尽くして暴れまわった。そして、付近の人間たちを皆殺しにした。吸血鬼の存在を世に知らしめるために…。奴らが二度と私達に近づかぬ様に…。

 だからこそ正直な話、驚いた。人間は皆、吸血鬼を見れば恐れをなし、逃げ去っていくものばかりと思っていたのに、彼女は違った。私を恐れるどころか、むしろ誰よりも落ち着いてその場に佇んでいた。その光景を見た私は長年恐れられてきた吸血鬼が人間達と分かりあえる時がきたのかもしれないという淡い希望に一瞬喜びを感じ、その直後にやってくる忌まわしき記憶を嫌悪した。

 

「逃げないのか?人間」

 

 威圧するように彼女の背を睨みつけ、尖った口調で言う。

 そんな殺気溢れる私を(たしな)めるようにさらりと優しい風が吹き抜け、彼女の髪を揺らす。そして、私の方へと向き直ると、ニコッと優しく微笑んで見せた。

 

「はい、逃げないですよ」

 

 どうにも気に食わなかった。優しくもどこか気高いその姿が、真っ直ぐ見つめてくるその純粋な瞳が汚れきってしまった私との明白な違いを生んでいた。だからこそ、私はそんな純粋な人間を憧れようとしていた。けれど汚れた私にはもう届くことのない事実だということに気づかされて余計に彼女への怒りが込み上げてくるのだ。

 

「それはつまり、私に殺されても、とって食われても構わないと…?」

 

 食い殺される。そんな言葉の恐怖に頼ってみる。流石に恐怖心を呼び起こせるだろうと踏んだものの、そんな考えは彼女の直後の言葉に完全に破られた。

 

「別に構いませんよ」

 

 一切の迷いなく、彼女は言い切ってみせた。その笑顔を何一つ崩さず、しかも躊躇なくそう言う彼女に思わずこっちが狼狽(うろた)えてしまった。

 

「本気で言ってるの?」

 

「もちろんですよ。殺すならどうぞ、私の首をはねるなり、心臓を抉るなりお好きにしてください」

 

 気でも狂ったか、もしくはこれ以上生きたくないのか…。いや違う、彼女の表情から見ても全てを諦めたようなそんな顔とは程遠い。希望に満ちている私の憧れる人間そのものだ。その優しげな目も決して錯乱しているわけではない。優しくも真っ直ぐなその瞳はしっかりと私を見つめている。

 

「どうして?どうしてそこまで言えるの?」

 

 分からない。理解が追いつかない。 死にたくないなら逃げればいい。人間らしく尻尾を巻いて吸血鬼に恐れ戦けばいい。なのに彼女はなぜ平然としていられるのか。

 

「どうして…ですか…、そうですね……」

 

「あなたは簡単に人を殺すような人じゃない。今はそんな殺気溢れる顔をしていますけど、あなたの顔から見ていれば本当はそうじゃないことぐらい分かります」

 

「……っ…」

 

 気付けば視界がぼやけていた。生ぬるい何かが目の辺りから零れて私の口元にそれが入り込む。それがまたやけにしょっぱく感じて、その正体が涙ということに気づくのにそう時間はいらなかった。

 嬉しかった。きっと今の私の感情はそういうやつなんだろう。会ったばかりなのにも関わらず、彼女は私が広めた吸血鬼(バケモノ)という先入観にとらわれることなく、私を一人の『人』として見てくれたことが嬉しかった。

 

「……なんで」

 

 嬉しいはずなのに、泣く理由なんてなかったのに涙が止まらない。私が涙を懸命に拭っていると、彼女は一つの望みを口にした。

 

「私の友達になってくれませんか?」

 

 その言葉が何よりも重く私の心に突き刺さった。「友達」になる。心の大半はそれを歓迎したが根底に潜む呪縛が私に巻きついて離さなかった。

 

(お前は吸血鬼だ。吸血鬼が卑劣な人間ごときと肩を並べるなど、あってはならない。それにお前は吸血鬼である以前に一人の殺人鬼なんだよ。人殺しの分際が自分への救いの光を欲するなどおこがましいにもほどがある)

 

 人間は私のお父様とお母様の意識を奪い、最愛の妹に耐え難い傷を負わせた。許せないのは当たり前であるし、それに復讐したのは間違っていないと今も思ってる。

 けれど、目の前の彼女は違う。彼女はまだ人を殺すことも傷つけることすらもしたことがないに違いない。彼女の目を見たらわかる。人を殺すというのはその時点で二度と這い上がることの出来ない沼に足を伸ばしてしまうということ、最初は白かった服が一度黒く染められてしまえば、もう元の白色には戻せないのと同じ。

 この子は純粋な子だ。故に私と一緒にいるというのは良くない。きっとこの子は私に染められてしまう。戻ることない濁った世界(わたし)に……。

 

「私がいたら貴方はきっと穢れてしまう。貴方は私が羨ましくなるくらい純粋で穢れていない。それに対して私は既に沢山の人間を手にかけて、殺し、蹂躙した…」

 

 何度も止まりそうになる口を心の中で必死に叱咤してそれを絞り出す。

 

「わかる?貴方が友達になりたいという吸血鬼はこんな愚かな奴なのよ?それでも貴方は友達でありたいと思う?」

 

「もちろんですよ。当然じゃないですか」

 

 目を見開いて彼女から視線が離せなかった。ここまで言ってもまだ私と友でいたいと望む。その心が正直なところ良く分からなかった。理解が出来なかった。もしかしたらただ単にからかわれているのかもしれない。騙されているのかもしれないとさえ思ってしまう。

 でももし、もし私が望んでもいいのなら…私は……

 

 

 私は彼女と友達になりたい!!

 

 気づいた時には私の肩は酷く震えていた。

 

 

「…いいの…?本当に友達に…なってくれるの?」

 

 ふと頬に触れるとさっきとは比較にならないくらいの涙が次々と零れだしていた。けれど、それは辛いとか悲しいとか、そんな悲観的なものではなく、純粋に嬉しいという感情からくるものだった。

 

「ええ、もちろんですよ。よろしくお願いします、レミリアさん」

 

「…そういえば名前をまだ言えてませんでしたね」

 

「私は、宮岡 つぼみです。ではまた今度会いましょうね」

 

 そう言いながら一人帰っていく彼女の笑顔が何よりも明るく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日以来、彼女とは毎日のように顔を合わせた。一緒にお茶会したり、部屋でチェスをやったり、とても時が経つのが早く感じた。からかいあったり、何気ない会話に花を咲かせ、とても幸せな時間があっという間に過ぎていった…。

 その頃にはすでにフランは私によって地下へと幽閉されていた。涙の流して必死に哀願するフランと目を合わせることも出来ないまま、私はフランと離別した。施設での一件以来、フランも時々、人間に苦しめられた忌まわしい記憶がフラッシュバックするらしく、突然暴れまわることが多くあった。当然、私やパチェがすぐさまフランを止めるのだが、彼女の暴走によって少なからず周りのメイドたちは傷を負った。下手をすると死んでしまう者さえあったくらいだ。それによって今までは良好な関係を築いていたはずのフランとメイドとの関係はすぐさま崩壊し、メイドたちはフランに恐怖して寄り付かなくなってしまった。その光景を見た私は恐怖した。従者が殺されてしまうかもしれないという恐怖があった。だが、それ以上に私が恐れたのはフランの人間関係の崩壊だった。もし仮にフランが外で親しい友達が出来たとして、その時にフランが暴走してしまえば、きっとその友達はフランに恐怖し、メイドたちと同じような道を辿ることになるに違いない。あの子の為にもそれだけは何とかしたかった。

 私の行動は間違っていないと信じていたものの、私の脳内からフランへの心配が消えることはなかった。私が彼女を幽閉したことで、少なからずあの子の心に傷を負わせてしまったのは間違いない。それを癒すことは私ではもう叶わない。もう何をしてもフランの私への怒りが消えることはないだろう。動かしようのない事実が私の頭を悩ませ続けた。

 そんな日常から一年が経った頃、私はふと彼女にフランのことを告白した。フランの能力は誰にも抗えず、危険だったから地下へと幽閉したこと。私の家族のこと、私の決意についてのことも…。

 

「確かにフランちゃんの能力は危ないのかもしれない。けど、だからってフランちゃんに外の世界を見せてあげないのはその子の成長にもならないわよ?」

 

 理解していた。自分に自信を持てない私にはそれを言ってくれる人が必要だった。そして、今こうして私に言ってくれるつぼみのお陰で決心がついた。

 けれど、その頃からフランは私を憎んでいて、とてもじゃないけど話なんて聞いてくれる状況ではなかった。つぼみも協力してくれたが、フランを取り巻く感情は私や私の友達であるつぼみでも取り除くことはできなかった。

 そして、つぼみはある提案を私に持ちかける。

 

「こうなったらフランちゃんの心を開いてくれる可能性のある人間を定期的送ってみるしかないと思うわ…。いつ心を開いてくれるかは分からないけれど……」

 

 苦肉の策を私に明かすつぼみ。けれどそれは途方もなく遠い道のりであり、身を結ぶ可能性も極めて低い。もしかすればこのまま和解できないまま、つぼみを失い、最後には私も死ぬことになるかもしれない。

 しかし、つぼみの考えはそれだけではなかった。

 

「私ね、外の世界に行ってみようと思うの…」

 

「えっ…?」

 

 私は驚愕し、同時に酷く悲しみを覚えた。あれほど親しかったつぼみと離れるのは心苦しくてたまらなかった。しかし、これもつぼみなりの可能性の模索でもあった。

 

「外の世界の人間を幻想郷に送ることができるのか分からないけど、幻想郷の中だけだったら人間も少ない。限界があると思うの…。だったら私が向こうに行って少しでもその小さな可能性に賭けてみようと思ったのよ」

 

「でも、外に行ってしまえばもう私達は会えなくなるかもしれないのよ?せっかく仲良くなれたのに離れるなんて嫌よっ!」

 

「じゃあ、レミリアはフランちゃんが苦しんでてもいいっていうの?」

 

「それは…」

 

 何も言えなかった。確かにフランには助かって欲しい。心の支えになる存在に出会って欲しかった。けれど、フランのために自分の心の支えを失うのもまた、辛く苦しいものだった。

 結局、私の制止にも関わらず、彼女は外の世界へと旅立ってしまった…。

 

 

 あれから二十年、今も彼女とは連絡を取れていない。けれど、きっと彼女は元気にしているだろう。なぜなら…

 

 こうして俊がフランの心を開いてくれているのだから…。

 

 あの子が貴方の代わりに約束を果たしに来てくれたのよね、つぼみ。

 なら、あの子を助けるのは貴方の友達である私の役目でもあるのよね。

 分かっていた。きっとこれは彼女のメッセージでもあるんだと、フランを助けてあげてという言葉を俊を通じて私に伝えてくれたのだと。でも長い時を経るに連れて私の心はどんどん小さく荒んでしまって、いつのまにかそんな事も察せないところまでになっていた。

 

 もし、俊がそのためにフランに会いに来てくれたのだとすれば…。だったら…私は彼女の友達として、フランの姉としてその役目を果たす必要がある。

 

「咲夜、ちょっと出かけるわ。ついてらっしゃい」

 

「はい、仰せのままに」

 

 私は館を発つ。翼を大きく広げ、力一杯に地を蹴ると、空中に身を投げた私は全速力でフランの後を追った。




最後の方が手抜きになってしまった…。一応説明しておきますと現時点での咲夜は十八、九歳くらいの設定です。あと、つぼみも俊の母なので、今の年齢的には大体四十一、二歳くらいに考えています。なのでつぼみとレミリアが出会っている頃には咲夜は生まれてなかったことになりますね。
まだまだご意見、ご感想お待ちしています。気軽にどうぞ。


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4日目続 手に入れたものと失ったもの

今回はかなり文字数が多くなりました。


 私は全速力で冥界への穴をくぐり、ぐるぐると回る視界の先に以前に俊と出会ったあの長い石段が見えた。

 

「おおっと…」

 

 無事に着地こそ出来たものの、散々回転したことによる感覚の麻痺で思わずに倒れそうになる。それでもなんとか耐え、その後に襲ってくる強烈な目眩も目を瞑ることでなんとか堪える。

 深呼吸を何度か繰り返し、気持ちを落ち着かせると、静かに、そして重く最初の一歩目を歩み出す。私の心のままに、周りなんて関係ない。私は私のやりたいように生きる。私が望むのは俊と一緒にいること。もう誰にも邪魔させない。お姉様がなんだ。亡霊がなんだ。

 

「私は私よ」

 

 階段をどんどん登っていく。一段一段登るごとに自分の気持ちを深く心に刻んでいく。

 長かったように思われた石段だったが、私が自分の気持ちを改めて心に刻み込んでいるうちにいつの間にか登り終えていた。そして私の視線の先、石畳の道が続くその真ん中に、その人影は立っていた。

 

「やはりやって来ましたか、悪魔の妹」

 

「あなたは?」

 

 以前に私が冥界に行った時には彼女の姿は見なかった。白いシャツの上に緑色のベスト、膝下まで伸びる同じく緑色のスカートを纏った銀髪の少女の顔は鋭く、私に殺意を向けているのは火を見るよりも明らかだった。

 

「私は魂魄妖夢、幽々子様の御命令で貴方を斬り伏せに来た」

 

「ふ〜ん、私を斬ろうなんて簡単に言ってくれるわね」

 

 彼女の見下した態度が少し腹立たしかった。恐らくは相当自分の腕に自信があるのだろう。自分に酔っていると言ってもいいかもしれない。しかし、彼女の雰囲気にはあの亡霊、彼女の言う幽々子様が持つような艶やかさはない。恐らくは私ほども生きていないに違いない。そういうやつの大半は未熟者だ。

 

「すぐに倒して俊を助ける!」

 

「貴方を倒して幽々子様をお守りする!」

 

 この会話が開戦の合図となった。私が全速力で彼女の懐に飛び込み、間髪入れずに回し蹴りを繰り出す。しかし、それはあっけなく空を切り、間合いを取った彼女が蹴りを繰り出した直後の私へ刀を振るう。横一文字切りをその場で屈むことで間一髪回避し、そこで隙をついて足払いを仕掛ける。しかし彼女はそれも見切っていたようで素早く地を蹴るとまたも後ろへと後退した。

 

「流石は吸血鬼、パワーとスピードには目を見張るものがありますね」

 

「褒めるくらいなら俊を出してくれる?」

 

「無理な話です。あなたは私に斬られる運命。再会などもってのほか」

 

「あ、そう。やっぱりそこは変わらないのね」

 

 今度は彼女が地を蹴る。その華奢な体には似合わぬほどの力強く素早い斬撃、吸血鬼の動体視力で躱すが、斬撃の後に続く風がその斬撃の恐ろしさを伝えていた。もし一撃でも受ければ私は一瞬たりとも意識を保つことなく死ぬだろう。たとえ一発であろうと受けるわけにはいかない。

 

「あなたは愚かな吸血鬼ね。死人のためにわざわざ冥界にまでやって来るとは…」

 

 無数に繰り出される斬撃を躱していると、不意に彼女が独り言のように私に語りかける。

 

「死んでしまった者に未練なんて残すもんじゃないわ。そもそも彼が死ぬことくらい貴方もわかっていたんでしょう?」

 

「………」

 

 確かにわかっていた。俊はすぐに死んで私と離れ離れになる運命だと…。けど認めたくなかった。彼が離れていってしまうことが怖くて、それが寂しくて仕方なかった。

 

「あの死人も愚かなものね。大人しく死んでおけば良かったのにわざわざ蘇りたいなどと願うなんて…」

 

 その言葉に思わず反応した。私の好いていた俊を「愚か」と口にした彼女に強い怒りを覚えたからだ。私を馬鹿にするのは好きにやってくれて構わない。今までたくさんの人を殺めてきた過去もある。今更言い訳をするつもりもないし、償わなければならないことも知っている。

 だが、私の大切な人を馬鹿にするのは違う。死んでもなお、彼は私を必要としてくれる。私にとっても彼は必要であり、大切な存在だ。その彼を冒涜することは私が許さない。

 

「俊は私の大切な友達よ!私の大好きな人間の友達。その俊をバカにするのは私が許さないっ!」

 

 私は回避から一転、彼女の攻撃を(かわ)し、下へ潜り込むと彼女の鳩尾(みぞおち)に肘打ちを打ち込み、一瞬怯んだ隙をすかさず回し蹴りで決める。

 

「ぐわぁっ!!?」

 

 彼女の身体は宙に浮き上がり、蹴りの勢いをそのまま受けて猛スピードで飛んでいくと、勢いよくすぐそこの白壁に叩きつけられる。

 

「うっぅ……、かはぁ…!?」

 

 呻き、最後には苦しそうにそこへ吐血する銀髪の少女。その目は朧げで意識があるのかも定かではなかった。吸血鬼のほぼほぼ全力の力を注ぎ込んだのだから生きているだけ奇跡に違いない。

 けれど…

 

「ま…まだ、まだやれるわ」

 

 よろよろにふらつきながらそれでも彼女は立ち上がり、私に剣を向ける。そんな彼女の幽々子への忠誠心に敬意を覚えたのと同時に、死ぬことも顧みない彼女の愚かさを酷く冷笑した。

 

「まだやるの?もうボロボロじゃない。これ以上戦っても死ぬだけよ?」

 

「構わない、私は幽々子様の従者、幽々子様のために死ねるのなら本望だわ」

 

 その精神にはどこか同情できるところはあった。私も俊のためなら命を賭けたって構わないと思っている。俊に会いたいというのだから死にたくはないけど、彼を救うためには死んでもいいと思える気持ちぐらいはある。

 

「そう…、なら仕方ないわね」

 

禁忌『レーヴァテイン』

 

 剣を構え、私は彼女の前へと立つ。トドメを刺すというのは完全な決着をつけるということを指すが、ここまでして抗うというのなら、いっそのこと苦痛に顔を歪めてまで戦わせるより殺してしまったほうが楽になれるだろう。

 可哀想という気持ちもないわけではない。助けたいと思わないわけでもない。けれど、俊を取り戻すための障害となるなら排除せざるを得ない。もともと散々人間たちを壊し続けていたんだから、今更壊した人数がたかだか一人増えようが大したものじゃない。全ては俊を蘇らせる為なのだから…。

 

「…さようなら」

 

 そうして、私は剣を振り下ろそうとした瞬間…

 

「甘いわよ?」

 

「……っ!?」

 

ドオォォオォッッンッ!!

 

 今度は私の身体が宙へと投げ出される。視界が一回転し、直後に身体がドサっと地面に叩きつけられ、舞う土埃と地面との衝撃で肺を圧迫されたことによって何度か激しく咳き込む。全身を鋭く激しい痛みが走って思わず倒れた状態のまま腹と胸を押さえた。

 何が起こったのか。妖夢のもしもの反撃に警戒して周りへの注意を怠っていた。私がトドメを刺そうとするその直前まで、彼女から反撃が来ることもなかった。この状態でありえるとすれば、彼女以外の何者かの攻撃だ。そして、この空間でもっともその可能性がある人物が一人…。

 震える腕でなんとか上半身を持ち上げると私に向けられた視線を追って上を見上げる。

 

「…あ…なたは…」

 

 絞り出した言葉を投げた先にはあの時に出会った亡霊の女性がこちらを冷ややかな目で見つめながら悠然と宙を浮いていた。

 

「あらあら、私の妖夢をまた随分と可愛がってくれたのね」

 

 扇子で口元を隠しながら、ちらりと妖夢を見やった彼女の言葉から怒り以上に恐ろしいまでの殺気を感じる。脳が、身体が明らかに危険信号を発している。しかし、動こうにも身体が言うことを聞いてくれない。

 

「くっ…」

 

 動け、動け私!俊を助けるんじゃないの?ここで負けたら、ここで死んだら俊とはもう会えなくなっちゃうのに…。

 

「誰であろうとこの死者の世界を荒らすことは許されないってことくらいわかっていて?」

 

「…えぇ、もちろん。それを承知でここに来たんだもの」

 

 意識がぼんやりとしている。目の前に立っているはずの幽々子の姿が霞む。けれども、彼女が私へトドメを刺そうとしているのは雰囲気で理解できた。

 

「そう、ならもういいわね。安心なさい、死んでも私がちゃんと面倒を見てあげるから」

 

 彼女の周りに光が現れる。恐らくは私の息の根を止めるための光弾であろう。こんな状態では回避できないのは明白だ。

 

「お疲れ様、また後で会いましょうね…」

 

 その直後、彼女の周りの光がどんどんと大きくなってくる。光弾が近づいているんだろう。あと数秒もかからない内に私は死ぬ。

 ごめんなさい、咲夜、美鈴、パチュリー、お姉様、そして俊。私はどうやら帰れなくなったみたい…。

 出来れば、もっとみんなと…一緒にいたかったな。

 私は迫る運命に覚悟を決め、ゆっくりと目を瞑った…。

 

……………。

 

…………………。

 

………………えっ?

 

 しばらくの沈黙。しかし、それは私が死んだ訳でも彼女が突然攻撃をやめた訳でもなかった。

 

「おねえ…さま?」

 

 目を開いたその先には私を守らんと立ちはだかるお姉様の姿があった。

 

「大丈夫ですか!?妹様?」

 

 ふと横からの声に振り返ると、そこには咲夜の姿もあった。

 

「さく…や」

 

「妹様、良かった…」

 

「よく頑張ったわ。ゆっくり休みなさい」

 

 お姉様は私に向けて微笑みを見せる。死を免れた安心感のせいなのか、お姉様がいつもより格好良く、輝いて見えた。

 咲夜に寝かされ、私はそこからお姉様を見守る。気高い紅魔館の主人のカリスマはしっかりと見て取れた。

 

「私の妹をどうするつもりだって?」

 

「冥界を荒らす危険分子として排除しようとしたまでよ。私達には大義名分がある」

 

「なるほどね、でも私の大切な妹を殺そうとしたのだからそのツケは当然払ってくれるのよね?」

 

 お姉様は幽々子に向かい、鋭い口調で問い詰める。幽閉されていたこともあってか、今までお姉様の本気の表情は見たことがなかったけど、その雰囲気はさながら紅魔館の当主たる者の威厳を感じさせていた。

 けれど、やはり幽々子の方もその程度で動揺するような雑魚ではない。お姉様の渾身の怒りを向けられてもなお全てを見透すかのようなその冷めた微笑みを消すことはなかった。

 

「もちろんよ、フラン(あの子)を殺した暁には記憶を失った亡霊の状態で貴方に送り返してあげようと思っていたところよ」

 

「へぇ……」

 

 口では平静を装っているつもりなのかもしれない。けれど、怒りはお姉様が思っているよりも強く心に、そして身体に表れているようだった。足元には魔法陣が紅色の輝きを放ち、その青い髪は下から吹き上がる魔力に揺られ、手にはお姉様の武器、スピア・ザ・グングニルが握られていた。

 

「死にたいのね…」

 

「いえ、もとより死んでいる身ですから?」

 

「なら、存在そのものを消してあげるわ」

 

 一度深呼吸するお姉様。すると次の瞬間、お姉様その手に持っていたグングニルを投げ、グングニルが幽々子の背後のある地点に突き刺さる。すると、落ち着いた口調で私に言った。

 

「フラン、もう十分に回復できたかしら?」

 

「へっ?あっ、うん、大体は」

 

「なら私のグングニルのあるところまで走りなさい。私の予想が正しければ、そこに俊がいるはずよ」

 

 その言葉に私だけでなく、僅かに幽々子も動揺した。まさか場所を特定されているとは思わなかったのだろう。そんなことをふと考えたりしていたが、いつのまにかそんな思考は頭の隅へと追いやっていた。俊がいる。私にとってそれは何よりも嬉しいことでこれ以上に勝るものはなかった。いちいち周りを気にしてこの喜びを半減させる必要なんてない。しかし、ここで一つ気になったことがある。たった二日前、お姉様は私と俊との接触に反対していたはずなのに、今では私の為に身体を張って戦おうとしてくれている。ありがたいのだが、どういう風の吹き回しなのかお姉様の意図がいまいち理解できなかった。

 

「なんで…なんで私の為に」

 

「妹の為なら命すら惜しくない。姉っていうのはそういう生き物なのよ」

 

 さあ、行きなさいとお姉様の言葉に背中を押され、私は駆け出した。お姉様はきっと本心からその言葉を投げてくれたに違いない。意図なんてない。ただ私のことを想って来てくれたんだ。そのお姉様の心がこれまでになく嬉しかった。翼は未だ回復しきれていないので使えないが、お姉様の応援に応えるためにも全力疾走あるのみだ。

 

「さて、全力で行くわよ、白玉楼の亡霊」

 

「自分の武器も持たず、素手で戦いに挑むなんて、いくら吸血鬼でも少し自分の力を過信しすぎではなくて?」

 

「ふん、貴方なんて素手で十分よ」

 

 お姉様の自信溢れる答えにやれやれと彼女は首を横に振る。

 そんな言葉のやりとりがあったかと思えばお姉様が動き出し、戦闘が始まった。私も必死にグングニルの方向を目指し、ひたすら走る。

 しかし、そこで私と並行して走る影が一つ。

 

「行かせはしないっ!!」

 

「あなたねぇっ!」

 

 走りながらも的確に斬りつけてくる彼女の攻撃を避けるものの、攻撃が邪魔で先へと進めない。

 

奇術『ミスディレクション』

 

 彼女の元へ扇状に広がったナイフが向かっていったかと思えば次の瞬間にはいくつかのナイフが彼女目掛けて飛んでいく。

 

「なにっ!?」

 

「妹様の邪魔をする者はこの私が許さない」

 

「咲夜…」

 

 いつのまにか咲夜がナイフを両手に妖夢と対峙していた。

 

「妹様、お急ぎを」

 

「……ありがとう」

 

 そう言い残し、私は再び走り出す。石段を駆け上がり、地面へ刺さっているはずのグングニルを目指す。

 走っていくうちに自然と俊との思い出が頭の中に蘇ってくる。彼の笑う姿、必死に私を助けようとしてくれていた時のこともしっかりと覚えていた。

 

「絶対にあなたを救い出す。決して死なせはしないっ!」

 

 微かに見える小さな人影へ向けてちょうど治癒した翼を力一杯羽ばたかせ、最大出力で突撃する。最初は小さかったその影はあっという間に大きくなっていき、私がブレーキをかけ終える頃にはその姿は私の目と鼻の先にまで近づいていた。

 

「はぁ…はぁ……俊、やっと会えた」

 

 目の前にいる俊は死装束の服装で身体は鎖に繋がれ、十字架へと縛り上げられていた。意識はとうになく、諦観を帯びたその表情に胸が締め付けられるような思いがした。

 

 …今、助けるからね。

 

 私は彼に触れようと試みる。

 しかし…

 

バヂチィィンッ!!

 

「うっ…ぐわぁ!」

 

 弾き飛ばされたものの空中で態勢を立て直す。どうやら彼を囲うように強力な結界が敷かれているらしい。念のため目を探してみるが、そのようなものはありそうにない。私の能力への対抗策というわけなのだろうか…。どちらにしてもこのままじゃ彼を助けるどころか、目の前の結界すらも越えられそうにない。

 

禁忌『レーヴァテイン』

 

「こわれろぉぉっ!!」

 

 炎の剣を握り、私は何度も結界の破壊を試みる。けれども結界は一瞬揺らいで見えるだけで破壊には至らない。

 

「どうすれば…」

 

 ふと辺りを見渡してみる。辺りには土と桜の木、所々に岩塊があり、その中の一つにグングニルが突き刺さっている。

 …グングニル?

 

 私は岩に刺さったグングニルを引き抜き、一つの案を導き出す。その案とはこの槍に私の全力の魔力を注ぎ込んでそのまま力づくで穴を開ける。一瞬結界が揺らいでいるのをみると、どうやら完全に力を逃がしきれていないらしい。それを破れるのはこの方法しかない。

 ふと、お姉様の方へ視線を向けてみる。状況は私が思っていたよりもお姉様が不利な状況だった。

 

「あらあら、さっきまでの威勢はどこにいったのかしら?」

 

「チッ、まだよっ!」

 

 そんな会話を吸血鬼である私の耳に届く。お姉様は素手なのにも関わらずなんとか互角にまで持ち込んでいるらしく、けれども長くは持たなさそうだった。お姉様に助けを求めようと思ったものの、あの状態でそれは不可能に違いない。咲夜の方も案外苦戦しているらしい。

 

 私がやらなきゃ…

 

「お願い、俊を助けたいの。力を貸して…グングニル」

 

 グングニルを両手で握りしめ、私の全身全霊の力を込める。私の魔力を食らっていくグングニルは淡い輝きを放ちはじめ、やがて込め終わると私はその槍の切っ先を結界へ向けた。

 深呼吸を一つする。一点を睨みつけて狙いを定めた瞬間…

 

「いぃっっけえぇぇっっ!!!」

 

 私は全力でそれを突き刺した。結界が必死に槍を弾き返さんと抵抗するが、こちらも負けじと力を込め続ける。

 やがて、結界に小さな穴が開いたかと思えば、その穴はみるみる広がっていき、最後は結界の霊力がバランスを失ったせいか、綺麗に全て弾けて霧散した。

 

「…やったぁ!」

 

 喜びが身体中を伝っていくが、反対に体力的には立ち上がる力すら残っていない。思わずそこに座り込み、荒い息を整える。全身全霊を込めた私に残された力はもうない。立ち上がれるかも分からない。

 ここで、お姉様の戦局を覗いてみる。不利な状況だったが、打開できたのだろうか…。

 

「吸血鬼も大した強さではないわね」

 

「黙りなさい、この程度でそんな評価されても困るのよ」

 

 そうは言うものの、実際問題お姉様が不利なのは揺るがなかった。悠然と佇む彼女に対し、お姉様は息が上がってかなり疲労している。この状況からしても勝ちにもっていくのはなかなかに辛いものがあるのはお互いにそれは分かっているはずだ。

 だが、あえてなのか彼女が動くことはない。体力消耗を極力抑えたいという魂胆か、それとも…

 

「これで決めるっ」

 

 その時、お姉様が動いた。持てる力を尽くして幽々子への突撃を敢行する。

 しかし、お姉様の身体は幽々子へと衝突することはなく、幽々子はお姉様のすぐ真横へと回避していた。それは誰もがみてわかる致命的な隙。

 

「ご苦労様でした」

 

 一発、たった一発の打撃が全てを変えた。お姉様は真下へと叩き落とされ、地面に衝突した瞬間、辺りに凄まじい土煙が舞う。

 

「うぐっ…」

 

 大きな穴の真ん中でお姉様は倒れたまま動かない。虚ろな目をしたお姉様だが、そこへトドメを刺さんと幽々子が降りてくる。

 

「終わりね、結構楽しめたわ」

 

 どうしたらお姉様を助けることが出来るのか。エネルギー不足の頭が懸命に考える。私が突撃すれば彼女の気をそらすことができるんじゃないか。いやダメだ。この距離じゃ私が全力で飛んでも間に合わない。第一今の私じゃ死ににいくようなものだ。魔力も多少は回復したが、疲労が酷い。

 ……そうだ。

 

「よく粘ったわね。褒めてあげる。けど、最終的には死ぬ運命だった」

 

「……ふふっ」

 

「何がおかしいの?」

 

「いや、それで勝った気になってるなんてなかなか甘いわね」

 

「ついに壊れてしまったのね。可哀想に…」

 

「壊れたかどうかはあと五秒もあればわかることだわ」

 

「五秒?」

 

「おねえさまぁぁっっ!!」

 

 私は回復すらそっちのけで魔力をグングニルに込めると、大きく振りかぶる姿勢をとる。あとのことはお姉様次第だけど、お姉様ならきっと幽々子を倒してくれるはず…。

 そして私は最後の力を振り絞ってそれを投げる。お姉様に全てを託す。グングニルは真っ直ぐ幽々子の方へと向かうと幽々子はそれを素早く避け、その隙にお姉様が目の前に飛んでくるグングニルを掴んだかと思えば、そのまま地を蹴り、彼女の頭上へと飛び上がる。お姉様はそのままグングニルの切っ先を幽々子に向けるとそのまま重力に従ってその槍を幽々子の胸へ深々と突き刺した。

 

「この勝負、私の勝ちよ」

 

 槍を抜いたお姉様が放った言葉が聞こえたかと思えば、幽々子は静かにその場に座り込むと、吐血し、咳き込んだ。胸からもかなりの出血であったが、亡霊である以上これより死ぬことはない。

 咲夜の方もどうやら決着がついたらしく、お姉様の方へと駆けていくのが見えた。

 全てが解決された今、私の目の前には私にとって大切な存在がいる。

 

「俊…」

 

 目を壊し、鎖を破壊すると、重力に任せて落ちてくる俊を抱き止める。

 

「…嘘」

 

 抱き止めることができた。触れられないはずの俊は今、私の腕の中で眠っている。信じられない光景に思わず涙が零れる。

 

「俊……おかえり」

 

 生き返った。上辺だけではなく、しっかりとこの温みがそれを証明していた。

 涙が止まらない。嬉しい気持ちが抑えきれなくてどうしようもできない。

 

「…うっ、あぁっ……」

 

 そんな時、俊が唸り声を上げる。彼の顔を見てみれば、その目は小さくもしっかりと開いていた。

 

「……フラン?」

 

「…っ……うんっ…そうだよ、フランだよ」

 

 今一度俊をしっかり抱きしめる。掴んだ幸せを噛みしめるように…。もう二度と手放すことのないように…。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま、フラン」

 

 いつかに交わしたその言葉が私に実感をくれる。もう一度ぎゅっと彼を抱きしめる。

 

グシャッッ!

 

 途端、鈍い音ともに私の背に鋭い痛みが走る。背中からお腹全体にまで広がっていくその冷たいものを確認してみると、私のお腹から何やら銀色に光る突起物が生えている。瞬時に私は自分のお腹に刃物が貫通していることを認識する。しかし、痛みに悶えている暇なんてなく、意識が消え去ろうとするのを懸命に耐える。

 気力を振り絞って、後ろを振り返る。そこには身体中に傷を負い、あちこちから血を垂らしながらも懸命に立ち、私を睨む銀髪の少女、妖夢の姿があった。

 

「あなた…か…」

 

「幽々子様を…お守り…す…る…」

 

 直後、妖夢は力尽き、その場に倒れ伏せる。彼女の足掻きは見事私の息の根を止めようとしている。だんだん足も震え、立っていることが難しくなってきていた。

 

「やっとここまで来れたのに…、やっと俊に会えたのに…。また、また離れなきゃいけないの…?やっと一緒にいられると思ったのに…」

 

 ふと俊へ目を向けてみる。唖然とした顔つきで私を見つめる俊を見て、意識も限界まで達していた私は絞り出すように一言だけ告げる。

 

「ごめ…ん…ね」

 

「おいっ!フランッ!!」

 

 直後、私の足はついに崩れ、そのまま座り込むと横の方へと倒れ込む。私を懸命に呼ぶ俊の声もだんだんと薄れ、ついには聞こえなくなる。視界も狭まっていき、掠れていく。

 本当にごめんね…、私はもう無理みたいだから…、……さようなら。

 最後に彼に向けて微笑みを見せると、それを合図に私から意識と呼ばれるものは微塵も残らずに消え去った…。




最初は分割しようかなと思っていたんですけど、どうにも丁度よく区切れるところがなくてこのようになりました。次からはいつも通りの文字数になると思います。

意見や感想ありましたら是非書いていただけると嬉しいです。


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5日目 生きる意味を求めて

遅くなりました。なんとか年越しまでに投稿できて良かった…。


「フラン、しっかりしろ‼死ぬんじゃない!」

 

 瞳を閉じたフランの意識は既になく、慌てた僕が必死に彼女の身体を揺すってもそれらが戻ることはない。そればかりか彼女の背からとめどなく溢れる鮮血が石畳を赤く染め上げていく。

 

「頼むよっ!目を覚ましてくれよ‼」

 

 僕の瞳から涙が止まらない。彼女を揺する手も止まらない。頭が混乱していて、何をすればいいのかの判断ができない。

 すると、横から勢いよく人影がやってくる。レミリアさんだ。

 

「咲夜っ!急いで紅魔館へ帰るわ」

 

「あなたも来なさい」

 

 レミリアさんはフランを抱き上げると、翼を力一杯に羽ばたかせる。一方、僕はレミリアさんに声を掛けられたものの、その場に座り込んだままただ目の前に起こった出来事に呆然とするしかなかった。フランが刺された?どうしてこんなことに…?ほとんど動かない脳がたったそれだけを考え続ける。

 

 …君のせいじゃないのかい?

 

 僕の理性が僕の耳元で囁く。フランを傷つけたのは僕自身だと…。理性という形を持ったもう一人の僕が僕の目の前で不気味に笑っている。

 

 そもそも、君が彼女に未練など残さず、大人しく消えてしまってさえいれば、こんな事態になることは防げたんじゃないかい?

 

 冷静に、そして、冷徹に僕へ言葉を投げかけるもう一人の僕。その言葉は僕にとって研ぎ澄まされた刃のように鋭くて、冷たくて、痛くて、苦しかった。僕のせいでフランが死んだ。考えたくない可能性を彼が示してくる。

 

 君さえいなければ、彼女は傷つかずに済んだんだ。君の存在が彼女の身体と心を傷つけたんだ。

 

「何やってるのよ!?早くついて来なさい!」

 

「…僕の、僕のせいでフランが……」

 

「馬鹿なこと言わないの!咲夜、急いでこいつを連れて来なさい」

 

 そんな言葉の直後、僕の身体がふわりとした浮遊感を認識する。だが、今の僕にはそれすら意識を向けていられなかった。僕の精神はどんどん追い詰められていた。

 結局僕は君を傷つけてしまうのか…。会いたいと望んでしまったがために君を傷つけてしまうのか…。

 冥界がどんどん小さくなっていき、月の優しい光が辺りを照らし始めた。

 やがて、僕の目の前にあの懐かしい紅い館が姿を現す。

 

「パチェ!早く出てきてちょうだい!!」

 

 帰ったレミリアさんがすぐさま向かった先にあったのは広大な広さを持つ図書館であった。レミリアさんが叫ぶと向こうから紫色の髪をした女性がやってくる。

 

「どうしたのよ」

 

「フランが怪我をしたの。重傷よ、早く手当てしてちょうだい」

 

 パチェと呼ばれているその女性はその言葉を聞くや否や、慌ててフランに駆け寄り、即その足元に魔法陣を形成する。僕は近くのソファに寝かされ、状況を少し遠くから静観していた。何にしても今の僕がフランにしてあげられることはない。僕は医療の知識を持っているわけではないから、この陥ってしまった状況も素直に他人に頼らざるを得ない。

 

「フラン…ごめんな」

 

 僕は絞り出すように小さくそう呟いた…。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして僕は目覚めた。すると、僕のすぐ横であのメイドさんが付き添うように座ってくれていた。

 

「お目覚めですか?」

 

 彼女の言葉で鈍かった頭がようやく回り始める。そしてその瞬間僕は瞬時に身体を起こした。

 

「フランは!?フランは無事だったんですか!?」

 

 メイドさんに問うものの、彼女の表情は暗い。

 

「妹様の所へご案内します」

 

 僕は彼女に案内についていく。恐らくは緊急時の対応をするためなのだろう。フランのいる部屋へはすぐに辿り着いた。

 

「こちらです」

 

 すると、彼女は他の業務があるからと言ってそのままその場を去っていった。

 締め付けられるような苦しみを抱えながらも、僕はゆっくりと扉を開いた。

 

「…フラン」

 

 そこには死んだように眠るフランと、その手を握り締めて離さないレミリアさんの姿があった。

 

「俊か、目が覚めたのね…」

 

「はい…」

 

 彼女に手招きされ、僕は彼女の座るソファの隣に座り、共に眠るフランに視線を送った。

 

「パチェが言うにはかなりの重傷らしいわ。治療の手は尽くしたけれど、意識ももう戻らないだろうって…。持って…三日だろうって…」

 

 彼女の声は徐々に震えて、最後には溢れた涙が堪らず自身の膝にかかる。妹を助けてあげられなかった無念さが彼女自身の心を蝕んでいるのだろう。

 しかし、本当に責められなければならないのは僕なんだ。僕がさっさと消えてしまっていれば、フランがこんなことになることもなかった。レミリアさんがこうして苦しまなければならないこともなかったはずなのに…。僕がこんな未練さえ残さなければ、もっとフランは幸せになれたのに…。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。僕のせいでフランが幸せになり損ねてしまった。

 

「レミリアさん、ごめんなさい。僕のせいでフランがこんな目に…」

 

 僕はレミリアさんに向かって頭を下げたが、彼女は僕と目を合わせようとはしなかった。怒っているのか、それとも心に溢れる悲しみが僕と視線を合わせることすらも拒絶しているのか。どちらでもいい。悪いのは全て僕だ。言い訳をするつもりもないし、する資格がないことも分かってる。

 フランを置いて、僕が生きるわけにはいかない…。

 

「レミリアさん。本当にすみませんでした。謝って許されることではないことぐらい分かっています。責められるべきは僕です。では…」

 

 僕はソファを立つとレミリアさんに一礼して、扉へと向かう。

 

「Give a fool rope enough and he will hang himself.何か分かるかしら?」

 

「…いえ」

 

「直訳すると『愚か者に十分な紐を与えると必ず首を吊る』っていう意味。もっと噛み砕くなら『愚か者を好き勝手にしておくと必ず身を滅ぼす』ということ。私が言いたいこと、分かるわよね?」

 

 やはり彼女は気づいていた。僕が自ら命を断とうとしていることに。

 

「今の貴方は本当に愚か者よ、どうせ私が止めなければこのまま命を絶とうなんて思っていたんでしょう?」

 

「だから何なんですか?フランはもう長くないなら、せめて僕も一緒に死んで…」

 

「いい加減にしなさいっ!」

 

 レミリアさんは僕の胸倉を掴むと、勢いよく壁に叩きつけた。その目には涙が浮かんでいて、僕を掴んだ腕も酷く震えていた。

 

「確かにフランは貴方を探した、結果としてこういう状況にもなった。けど、貴方が死ぬのとは意味が違う」

 

「あの子は危険を冒すことを承知で貴方の元に行ったの。少しでも可能性があるのなら死んででも貴方に会いに行きたいって…」

 

「でも、僕さえいなければフランは来なかった。僕がいなかったらフランがこうなることもなかったじゃないですか…」

 

「こうなるのも覚悟の上よ。だからこうして貴方はここに立ってる。貴方はフランに助けられた。あの子は命を懸けて貴方を助けたのに、貴方はその命を捨てようって言うのよ?」

 

 フラン、君に幸せになって欲しかったのに、僕は結果として君を苦しませる結果になってしまった。

 フラン、君ともう一度会いたい。形だけの再会じゃなくて、もっとじっくり君と話がしたい。もっと君と触れ合っていたい。

 

「レミリアさん。もうフランの意識は戻らないんでしょうか…。もう二度とフランと話をすることはできないんでしょうか…」

 

 返事はない。分かってはいたけれど、その残酷な答えが余計に辛く苦しい。

 僕の視界がぼやけ始めた。そしてその直後、生温いものが僕の頬を伝った。それに呼応するように肩が震えてきた。

 絶望に(まみ)れていた僕の心を救い出してくれた彼女。しかし、それ以上に僕にとって彼女は大切な存在で、何をしてでも守ってあげたいと思うほどの存在だった。

 

「そろそろ部屋に戻るわ。貴方も早く寝たほうがいい」

 

 レミリアさんはそう言い残すと、部屋を後にする。その背中はやけに小さくて、今にも押しつぶされてしまいそうに見えた。

 

「……フラン」

 

 レミリアさんの悲愴で小さな呟きが辺りに鈍く響いた。

 

 

 

 

 

 

 レミリアさんがいなくなってしばらく、僕はフランの手を握ったまま離さなかった。この温もりが離れていってほしくなくて、ずっと生きていてほしくて、離してしまったら最後、もうこの温もりを感じることが出来なくなりそうで苦しかった。

 

「心からその子を愛してるのね。もう死ぬ運命にあっても…」

 

 そんな声がどことも知らない空間から聞こえてくる。その直後、僕の目の前に裂け目が出来、その中から懐かしい人物が顔を出す。

 

「紫さんじゃないですか」

 

「幽々子から聞いたわ。重傷らしいわね」

 

「はい…」

 

 僕の声は小さかった。詳細も話す気にはなれなかった。今更話したところで、フランが死ぬという事実が変わることはない。そう思っていたからだ。

 しかし、次の紫さんの言葉が僕の心を心底から動揺させた。

 

「この子、まだ助かる余地がありそうよ」

 

「えっ…?」

 

 すると、紫さんは彼女の額を触り、直後に僕の目の前に裂け目を作る。前に蘇らせてもらった時以来、また見ることになろうとは。

 

「今この子が危ないのは傷だけじゃないの。傷だけならこの子の治癒能力でどうにかなるわ。問題はこの子の中にいる存在よ」

 

「フランの中にいる存在…」

 

 なんとなくだが、僕にも分かった。フランはたまにまるで人格が変わったかのように豹変してしまうことがあった。何故かは未だに分かっていないが、一回だけ出会ったことがある。僕が紫さんに救われるきっかけになったあの時だ。

 

「貴方に彼女を救ってあげられるほどの勇気があるかしら?」

 

 無論だった。愚問とだって言えるほどだった。フランを救えるなら僕は何だってする。そのチャンスがあるなら僕は喜んでやろう。それが、彼女に対する態度だと思うから。

 

「もちろんです」

 

 紫さんの表情は穏やかで優しかった。

 

「けど、その代わりに約束して欲しいことがあるの」

 

「どんな危険が待っていても絶対に死なないこと。生きて必ず彼女を救ってあげなさい、いいわね?」

 

「はい」

 

 僕は目を瞑り、大きく深呼吸する。今までのフランとの記憶が頭を掠めていく。彼女の笑顔を思い出す度に胸を締め付けるような苦しみと、必ず助け出すという強い意志をより確固なものにしていく。きっと彼女は心の中で必死に足掻いているに違いない。

 深呼吸を三回行うと、意を決した僕は、思い切って裂け目の中へと飛び込んでいったのだった。

 




どうでしょうか。次回からはフランの精神の中に俊が飛び込んだ話になります。頑張りますのでどうぞご期待ください。


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6日目 血に塗れた彼女の世界

ここからはフランの精神世界内の話です。自分の想像がかなりありますのでそこはご了承ください。


 しばらく白く濃い霧が続き、一寸先も見えない中を歩き続けていると、やがて僕の前に一つの建物が見え始める。

 

「あれは…?」

 

 僕の目の前に現れたのはあのいつもの紅い館であった。それも今よりずっと新しい。

 しばらく呆然としていた僕だったが、覚悟を決めて門の方へと歩み始める。

 門には誰もいなかったが、大きなその扉は僕が近づくとともに自然と軋んだ音を立てながら開いた。不自然な現象ほど、人間として恐怖を感じないものはない。紫さんにも絶対死ぬなという言葉をもらっているからして、この先は余程の危険が待っているのだろう。その中に人間が単体で飛び込むんだ。それは銃弾が飛び交う中に一人で飛び込むのと同じで、生きて帰って来られる可能性の方が低い。

 でも、僕は行く。フランの為に。必ず生きて帰ってくるんだ。

 固い決意を胸に僕はついにこの足で館の中へと踏み入った。

 

 

 

 

 玄関扉を開けて館内に入る。広く不気味さすら感じるエントランスをそそくさと立ち去ってフランのいるであろう地下へと続く階段を探す。食事場、玉座の間であろう空間、メイドさん達の自室や、レミリアさんの自室と思われる部屋も階段を探す過程で見ることが出来た。そして、最後にやってきたのは地下に出来ているあの広大な図書館だった。

 と、ここで僕は疑問に思った。

 

 さっきから館中を歩き回っているというのに人というものを全く見ていないのだ。現実世界(むこう)では沢山見ることのできた背の小さいメイドさん達、確か妖精メイドって言うんだっけか…。ここではその妖精メイドどころか、レミリアさんも、パチュリーさんも、咲夜と呼ばれていたあのメイドさんもいない。この館はもぬけの殻だった。

 図書館内も静まり返っており、ズラリと並びそびえる本棚がなんとも威圧的で不気味な空気を醸し出していた。

 

 かーごめかーごめ…

 

 と、ここでどこからともなく歌のようなものが聞こえてくる。

 僕は思わずぐるっと辺りを見回した。

 

 かーごのなーかのとーりーは…

 

 だが、やはりその姿を見ることはできない。一瞬気のせいかと思っていたが、

 

 いついつ出ーやる…

 

 不気味なその歌はまだまだ続く。

 

 よ明けのばんに…

 

 そびえる本棚が視界を遮っているせいで今の僕が視認できる距離は長いところで十メートル程しかない。非常に危険だ。だがしかし、この状況下で無理に動いて相手と鉢合わせするのはもっとよろしくない。僕は非力なただの人間なのだから。

 

 つーるとかーめがすーべった…

 

 うしろのしょうめん……

 

「だ・あ・れ?」

 

 身体が硬直し、脳が一瞬で危険信号を発する。耳元で囁かれた声に…、その声から滲み出る『狂気』に…。

 ゆっくりと後ろへ振り返る。視界はだんだんと彼女を映し出し、その異様な姿をしっかりと認識する。

 

 狂気の姫君、フランドールはそこでニヤリと口元を吊り上げていた。

 

「待ってたわ、俊」

 

 赤いドレスを血でさらに紅く染め上げて、その白い顔も、綺麗な金の髪にも返り血であろうそれがこびりついている。

 その瞬間に視界が今まで見えなかったものを映し出す。あちこちには千切られた腕や足、果てには首が転がり、それらからとめどなく溢れている血液がこの図書館の床の上に層を作っていた。そして同時に意識が飛びそうになるほどの腐臭が鼻を刺激する。

 

「うっ!?」

 

 流石の僕も血の気が引いた。以前のあの時でさえまだ甘かったということだ。思わずびちゃびちゃと音を立てながら数歩小さく後ずさりした。

 

「ここに来てくれたってことは、遊んでくれるんでしょ?」

 

「「「私達と」」」

 

 そこに、まるで出口を封じるように私の両斜め後ろからも狂気混じりのその声が響く。振り向いてみれば、いつの間にやらフランがあと二人ばかり増えていた。

 これこそが本当の絶体絶命というやつなのだろう。今度こそ誰の救いも望めない。ここはフランの世界、現実から干渉できる人はそう多くない。

 

「君達は一体なんなんだ?」

 

 恐怖からくる震えを必死に抑えながら僕は聞いた。彼女らはフランのようでフランではない。逆にフランではないようでフランでもある。この微妙な空気の違いは恐らく初対面の人間には感じ取れないだろう。だからこそ余計に彼女達の存在というものが気にかかった。

 

「私達はあの子の心の分身、もしあの子の心が壊れそうになったら、私達が紛らわせてあげてるの」

 

「それがフランが狂ってしまう原因か」

 

 フラン達はそうだと言わんばかりに笑う。彼女達へ向けて睨んでも、非力な人間一人の表情ごときで彼女達が変わるはずもなかった。

 

禁忌『レーヴァテイン』

 

 僕の皮膚をとてつもない熱気が襲う。三人の手を見てみれば真っ赤に燃え盛る剣が握られていた。その光景に僕はもう手遅れなんだと悟った。ここからどう逃げようと、彼女の剣は間違いなく僕を焼き尽くすだろう。飛ぶことすらできない非力な人間と、パワーもスピードも段違いの吸血鬼、ただでさえ勝負にならないのに、こうして完全に準備を整えられてしまえばもうどうしようもない。

 

「また会えて嬉しかったわ。でも今度こそお別れになりそうだけどね」

 

 彼女達が一斉に剣を振り上げる。そして、剣は一段と大きな炎を纏ったかとおもうと、僕の方へと振り下ろされた。

 思わず目を瞑ったその刹那に僕の身体は浮遊した。それと同時にとてつもないスピードと風が僕を襲う。それに遅れる形で爆発音が響いたが、その音はあっという間に小さくなっていった。かといって、スピードが速すぎて容易に目も開けられない。前も見られないほどの速度の中で唯一、誰かに抱かれている感覚だけが僕の中に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、僕はとある部屋へと行き着いた。あのフラン達は追っては来ておらず、そこで僕はそっと降ろされると、ほぼ同時に後ろへ振り向き、その正体を知った。

 

「レミリアさんっ」

 

 レミリアさんは微笑んだが、その身体は無事とは到底言いがたいものであった。顔からはかなりの血が流れ、服も所々破けてしまっている上に血が染み込んでいるところが何箇所もある。血の色合いなどからしてどうやら僕を助ける以前に既に怪我を負ってしまっていたようだった。そして直後、彼女は力が抜けたようにその場に座り込んだ。

 

「怪我してるじゃないですか!」

 

「まあね…」

 

 青い髪は所々血によって黒く染まり、腕からもかなりの出血が確認できた。全体を見たらより分かるが、かなり衰弱している。

 

「レミリアさんも来たんですか?」

 

「いいえ、私自身は外の世界から来たのではないわ。私はフランの記憶の中のレミリアよ」

 

 レミリアさんの言葉に一瞬混乱したが、飲み込みにさほど時間はいらなかった。このレミリアさんはフランが形作った想像の姿。恐らくはフランの記憶から形成されている者だろう。しかし、そんなことよりもこの痛々しい姿の方が気にかかって仕方なかった。

 

「どうしてそんなに血塗(ちまみ)れなんですか。何があったんですか!?」

 

 レミリアさんは俯いてしばらく黙っていたが、やがて意を決したようで、頭を上げた。

 

「現実のフランが意識を失った時、この子の精神世界のバランスも崩壊してしまった。狂気の化身である三人のフランを懸命に抑え込んでいたフランが意識を失ったことで、狂気を支配する三人のフラン達が完全に解放されてしまった。彼女等は本来のフランを幽閉してそのまま衰弱死させようとしているのよ」

 

「そんな…、でも、なぜそんなことを」

 

「簡単よ、たとえ現実に存在したあのフランを殺しても肉体はそのまま残るもの。そうすれば、自分達は晴れてこの世界の頂点に君臨できる。それだけじゃない。それによって彼女等は現実世界に永続的に、そして自由に干渉できるようになる…」

 

「あの子達は破壊衝動の塊と言って存在よ。そんな彼女等がもし現実世界で意識を取り戻せば…最悪、幻想郷が滅ぶ」

 

 事態の深刻さに頭がついていけない。幻想郷が滅ぶ?想像もつかない。

 

「私達はあくまでフランの記憶から出来た存在。けれど、一定の自我を持てる上、自律行動だってできる。そして、状況を知った私や他の者たちは事態をどうにか終息させようと試みたのだけれど、狂気の性質をもつ彼女達の前には誰も敵わなかった」

 

 傷が疼いたのか、レミリアさんは右手で出血している左腕を押さえる。僕は慌てて寄り添って

 

「これ以上喋らないでください。このままじゃレミリアさん自身が危ないじゃないですか。早く安全なところに…」

 

 僕がそう言って彼女の腕を掴もうとするが、彼女はそれを振り払った。

 

「ダメよ。この館はフランの記憶から出来ているんだから、安全なところなんてない。おまけに私は負傷しているわ。吸血鬼は血の臭いに敏感だから、どちらにせよあの子達に知れる」

 

「じゃあ、どうしたら…」

 

ドンドンドンドンッ!!

 

 タイミング悪く、扉が音を上げた。もう彼女達が来たのだ。

 

「ここにいるんでしょ?早く出てきなさいよ。はーやーく」

 

 僕の額から冷や汗が流れる。しかし、こんな状況でもレミリアさんは冷静だった。

 

「俊、よく聞きなさい。ここは私が時間を稼ぐから早く本物のフランを見つけなさい」

 

「本物の…フラン?」

 

「ええ、私の予想が合っていれば、あの子は今もどこかに囚われているはずよ。あの子さえ復活すれば、もう一度あのフラン達を抑え込めるはず…」

 

「さあっ、早く行って!一応結界は張っているけれど、こんなの慰めにもならないわ」

 

 背中を押されてフラン達がいるであろう扉とは真逆の方の扉へ連れて行かれる。しかし、そこで嫌な思考がレミリアさんの未来を予想した。

 

「待ってください!さっき言っていた時間を稼ぐってまさか…」

 

 しかし、答えを聞く前に部屋を追い出されてしまい、内側から鍵を掛けられてしまう。それは同時に彼女の答えでもあった。

 

「早く行きなさい!貴方ならきっと出来る。自分に自信を持ちなさい!」

 

「さあっ!走って!!」

 

 その瞬間、扉の向こうから強烈な破壊音が聞こえた。恐らくは扉が破られたのだろう。鍵を閉められてしまった以上、もう助けに行くこともできない。

 

…死なないでくださいね。

 

 僕は胸を締め付けられる思いをしつつも意を決して走り出した。目的地への道も分かっていないが、今はただひたすら走るしかない。僕を助けてくれたレミリアさんのためだ。そこに記憶の存在云々は関係ない。ただ僕を助けてくれたという事実だけを認識すればいい。それだけではない。僕を救おうと必死に動いてくれたフランのため。フランのあの笑顔をもう一度見るために。今度こそ一緒にいるために…。

 絶対、君を救い出すからな。待っていてくれ、フラン!

 その決意を胸に秘めて、僕は地下室を目指して走り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、お姉様だったの。もう死んだものだとばかり思ってたわ」

 

 扉を破ってやって来たフラン達の中の一人がそう言った。

 

「貴方の姉ですもの。そう簡単に死んでたまるものですか」

 

 あくまで私は姉として強気に答える。記憶の世界で作られた存在とはいえ、私だってフランの姉だ。妹を(しつ)けるのは姉の責務だ。

 

「でも、今度こそ死ねるね♪」

 

 相変わらず、彼女達の狂気は凄まじい。表情を見ても、一刻も早く私を破壊したいって顔をしている。けれど、だからって負けるつもりなんてさらさらない。

 

「負けるのは貴方の方よ」

 

 どうせ戦うなら勝つ!勝負になる時はこの気持ちが大事だったりする。

 

「ふふっ、その強気なお姉様が好きよ」

 

 あの子達もやる気満々だ。

 

「さあ!!」

 

「ゲームを始めましょうかっ!!」




なんで紫は俊について行ってあげなかったんだとか言われそうなので一応説明しておきます。
フランの記憶から作られたこの世界では基本的な概念は全てフランの記憶や経験をもとにできており、フランからすれば自分の世界なので自由に世界の法則を変えることができます。(フランの夢の世界だと思ってもらっても結構です)例えば、俊に強靭な肉体を与えるということもできますし、紫の能力をなかったことにすることも出来ます。もしそうなると、俊を現実に戻す手段が失われてしまうのでそれを防ぐために敢えて行かなかったということになります。
とりあえず、これだけは説明しておきます。他に何かありましたらぜひご質問ください。


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7日目 再会と終結 その壱

遅くなり申し訳ないです…。この一話で完結させようと思ったら全然終わりが見えない。恐らく二分割か三分割くらいになると思います。ご了承ください。


 そこから僕は延々と走り続けた。フランとの再会、ただそれだけを求めて…。地下室にいると推測してはいるが、実際彼女がどこにいるのかも分からない。

 床も壁も天井すらも紅く、そして果てしなく長い廊下、途中にはいくつもの人間の死体が打ち捨てられていた。死体は何にも喋らない。けれど、僕にはフランが彼らを通して悲痛を訴えているように感じた。

 延々と廊下を駆け続けていたものの、さすがに息が限界に達し、その場に立ち止まってハァハァと荒い息遣いを繰り返した。

 

「フラン…どこにいるんだ…」

 

 近くの壁に体重を預け、そのままズルズルと尻を床につける。脇腹が痛い。走り過ぎた。もともと余命を宣告され、ずっと病院生活だった僕にとって、これだけでも十分過度な運動と言える。だがしかし、これではせっかくレミリアさんが命を懸けて僕を逃がしてくれたというのに面目が立たない。それに、フラン自身だってこの時もきっとどこかで苦しんでいるに違いない。一刻も早く助けてあげなければ…。フランは自身の命を投げてまで僕を助けてくれた。受けた恩はそれ以上で返す。きっと助け出して、今度こそ僕とフランの二人で一緒に幻想郷をめぐるんだ。

 だからこそ、僕は死ねない。こんなところで果てるわけにいかない。ようやく息が安定したのを確認、両手に握りこぶしを作り、改めて一歩を踏んだ。

 

「そんなところにいたのね」

 

 後ろから放たれたいかにも落ち着いた声、そして心臓が止まったと錯覚するに足りうる驚きとそこからくる恐怖に僕の身体が硬直した。死を覚悟した。もう追われていたのか…。恐怖でいっぱいの脳が必死にこの状況を打破する方策を模索する。全速力で駆けて撒けるか。いや、曲がり角までざっと三十メートルはある。その間に追いつかれておしまいだ。仮にぎりぎり曲がることができたとして、その後はどうなるか。おそらく捕まってジ・エンドだろう。この場合は彼女と向かい合って、話し合ったほうが得策かもしれない。といっても、取り合ってもらえるとは思えないが……。これはおそらく()()だ。あの時のように……。

 しかたない、と小さく肩をすくめ、僕はそっと後ろへと振り返った。

 しかし、目に映ったそのシルエットはあの恐怖の塊ではなかった。

 

「レミリアさんっ!!」

 

 僕は思わず目を見開いて驚愕した。そこには青い髪をかきあげて、静かに、そしてどこか優しげに佇むレミリアさんの姿があった。

 

「どうしたの、そんな驚いた顔をして」

 

「いやだって、あの時レミリアさんはフランに…」

 

「フラン?どういうこと?」

 

 レミリアさんが戸惑った表情のままこちらに視線を送っていたが、僕が言いたいのは一つだけ。

 …え?いや僕が聞きたい。

 

「私はただ紫に事情を聞いて、ここまで送ってもらっただけよ。貴方がフランを助けに行ったって言うもんだから慌てて追いかけてきたの」

 

 …あぁ、なるほど。ようやく理解した。

 つまり、今僕の目の前にいるレミリアさんは本物、フランの記憶から出来上がった存在ではないということになる。ということは、あのレミリアさんは…。

 

「あー、紫?聞こえるかしら。俊と合流したわ。これから二人でフランを捜索する」

 

 レミリアさんは紫さんと会話しているらしいが、人間であるためか一切僕にはそういうのは聞こえてこない。今のうちにと深呼吸をして荒い息遣いと爆速で脈打つ心臓を落ち着かせる。

 数分の会話を終え、やがて僕の方へレミリアさんは向き直る。

 

「さて、行きましょうか」

 

 レミリアさんの言葉に僕も頷いて肯定する。

 

 

 

 

 

「へぇ、どんな迷宮が待ってるのかと思っていたけれど、外見だけじゃなく、中の造りも紅魔館とほとんど変わらないのね」

 

 レミリアさんが歩き、辺りを見回しながら呟いたものの、未だ紅魔館の全容を知らない僕は薄暗く紅い廊下の中をただ黙ってレミリアさんに付いて行くしかなかった。僕が気まずい心境であることを察したのか、レミリアさんは小さく溜め息を吐くと、今度は独り言のように僕に語りかける。

 

「もし貴方がいずれかを選択しなければならないという状況に陥ったらどうする?」

 

「選択、ですか…?」

 

「そう、例えば…自分の命か家族の命…とかね」

 

 そう口にするレミリアさんの瞳は酷く暗かった。まるで彼女自身が何かしらの罪の意識に苛まれているように見える。彼女は立ち止まるや振り返り、僕の戸惑った表情を見ると、自嘲気味に笑った。

 

「私の親は、二人とも人間のせいで意識を失った…」

 

「人間も妖怪も、神でさえもその時その時に様々な選択をする。思い返すにも及ばない小さな選択から人生を左右する大きな選択まで…。当然だが私もまた…そんな存在の一人」

 

「選択はその者の運命を決める。選択次第で人は死に、またある時には数多の幸福に包まれる。それら全てはその時に行った選択によって決められる」

 

「だからこそ、私は運命を決めるとされる存在を、神と呼ばれる存在を信じない。神など人間が作り上げた妄想の結晶。彼等の妄想によって命を得たある種の人間」

 

「…仮にも私が否定するような神が実在していたとするなら、神はなぜ私達をここまで苦しめた!吸血鬼として生を受け、妹を得て、その先に両親の死という結末を突きつけた挙句、私に愛おしい妹を幽閉させるように仕向けた神なんてものが本当に存在しているというなら、私はきっとそいつを殺す」

 

 口を開くたびにどんどん曇っていく彼女の表情。僕はただただその姿を横目に見ていることしかできなかった。その表情、言葉からも怒り、苦しみが嫌というほどよくわかった。

 

「私は選択を迫られた。両親の命を守るか、最愛の妹を殺すか…と」

 

「私には…フランを殺すことは出来なかった……。結果、人間が攻め込んで来た為に意識を失った両親は、フランの破壊の能力によって完全に死に絶え、館の従者達もほとんどが死んでしまった…。私がフランを大切にしたためにもっと多くの命が失われてしまった」

 

 彼女はただ妹を大切にしただけ。それなのに運命は彼女を欺き、苦しめ続けた。自分のせいで両親が死んだ。自分のせいで従者が息絶えた。そんな状況に置かれた彼女が今日まで狂わずに生きてこられたのは、恐らく彼女自身が持つ芯の強さなのだろう。普通の者なら理性を保っていられなくなるに違いない。

 

「……つくづく哀れよね、私って…。結局は大切に思っていた妹でさえ距離をとったんだもの」

 

 自嘲するレミリアさん。それから口を開くことはなかった。しばらく足音だけが辺りに木霊するような沈黙状態のまま、僕等はついに地下室へと辿り着く。

 

 フランが自身の寝室としていた部屋の前に辿り着く。ジメジメとした地下室はフランの記憶の中であっても相変わらず薄暗く居心地悪い。

 

 その時だ。

 

(私はいつも…独りぼっち…)

 

 聞こえた。フランの声が確かに…。けれど、それは耳が音を聞き取った訳じゃない。まるでフランが僕の心そのものに訴えている。そのように感じた。

 フランから零れたその小さな言葉はどこか冷たさを持っていた。それは針のように鋭く、なおかつ何よりも痛かった。僕は胸が突如としてそれらの鋭利な針に刺された気がして思わず手を当てた。同時に、鋭い痛みが僕を襲う。

 

(寂しい…さびしいよ…)

 

(ひとりぼっちは…いやだよ…)

 

 彼女の悲鳴は彼女の心そのものの苦しみ、痛みを表していた。それは必然として僕の心、果てには身体にも痛みをもたらし始める。フランの精神世界にいるせいだからだろうか…。身体を蝕み始めた痛みに思わず歯を食いしばった時……

 

「いやぁああぁぁぁ っ!!」

 

「レミリアさん!?」

 

 突如として僕の後ろにいたはずのレミリアさんが大きな悲鳴をあげてその場に座り込んだ。振り返ると、レミリアさんは両手で頭を抱え、肩を震わせてまるで何かに怯えているかのようにその場にうずくまっていた。

 

「レミリアさん!?大丈夫ですか?」

 

「ごめんなさい…。私のせいで貴方が…ごめんなさい…」

 

「しっかりして下さい!レミリアさん」

 

 何かに向かって必死に許しを請うレミリアさんだが、当然周りには誰もいない。ただうずくまって泣きそうな声で誰かに許しを請い続けていた。しかし、やはり僕には何が起こったのかまるで見当がつかない。とりあえず彼女の意識を戻そうと、肩に触れた。

 突然、視界が歪んだ。目眩程度ではあったが、僕はその場に座り込んで、瞼を閉じた。

 

 

 一瞬の浮遊感、直後に再び瞼を開いた。

 優しい風が、僕の周りを吹き抜ける。そして……

 

『待ってー、お姉様っ!』

 

『ふふっ、早くおいで、フラン』

 

 二人の幼い姉妹。彼女等の表情は眩しかった。花畑の上を舞を舞うように元気に走り回る二人の姿には見覚えがあった。

 青い髪と金色の髪はそれぞれに風を受けてなびき、その笑顔は僕を含め、見ている者の心を癒してくれる。レミリアさんとフランの楽しげなその表情は夜空に輝く望月にも負けないくらいに眩しく、美しかった。

 しばらく目の前の光景に見惚れていると、ふと僕の横に歩みを進める人の気配を感じた。誰かなど今更言うまでもない。

 

「あの頃の私達は無邪気だった。目の前に起こっていた物事などに気づくこともなく、二人で楽しく過ごしていた。けれど……」

 

 そして、目の前の情景が霧散し、新たに僕が立っていたのは紅魔館の中、それもあの玉座の間であった。目の前にはレミリアさんと見知らぬ男性が向かい合っており、レミリアさんは彼に向けて必死に何かを訴えていた。耳を澄ましてみると、段々とその声が鮮明になってくる。

 

『なぜフランを殺そうと考えるのですか!大切な家族じゃありませんか』

 

「ダメだ、()()を放っておけば、我々が滅亡してしまう日が来るに違いない。あいつの力は恐ろしいまでに強大、そして、何よりあいつ自身がそれを制御できていない。そんな者に…」

 

『フランはきっと制御できるようになりますっ!いえ、私がして見せます。だから…、だから…お願いですから…フランを殺さないで…』

 

『うむぅ……』

 

 彼女の父親であろう彼は、彼女の懸命な願いを簡単に無下にすることができなかったらしく、口ごもっていたまま何も答えなかった。

 

「思えば、この時にもっと冷静な判断を下していれば、こういうことにはならなかったのかもしれない」

 

「それは…フランを殺すということですか?」

 

 彼女もまた答えなかった。ただ静かに、そしてどこか怒りにも似たものを含んだその瞳はただまっすぐにもう一人の自分を映しこんでいた。

 そこからまたもや情景が霧散する。同時に視界が紅色に包まれた。その理由はおびただしいまでに壁に飛び散った…血。あまりにも惨い数々の死体を目撃してしまったために僕は思わずその場に崩れ、胃から逆流してきた汚物をその場にぶちまけた。この世界に来て最初に見た人間の死体などまだマシな方だった。ここらにいる死体の中には四肢がもげたまま転がっている死体もあれば、目をほじくられてしまっている者もいる。骨が露出しているものなど当たり前のように存在するし、酷いものはミンチのように細かくされてしまっているものもあった。なんとも痛々しい、おぞましい光景が広がっていた。

 そして、その光景の中で、レミリアさんはただ一人、その場に膝をついてすすり泣いていた。

 

「それ以降、私は壊れた。果てしない絶望に打ちひしがれて、あれだけ擁護していたフランを地下に幽閉した」

 

「私の選択がお父様とお母様、そして多くの従者の命を奪った。人殺しはフランではなくこの私」

 

 向こうでは俯いたフランが地下室へと入っていき、そのままその鍵が掛けられたのを確認した。同時にフランの声が辺りに響いた。

 

(嫌だよ!独りはいやぁ!!)

 

 彼女の叫び声に胸が痛くなってきたところで、僕たちの意識が元の場所へと戻った。目の前にはさきほどまでの扉が存在した。先ほどまでの直接的な痛みはまるで幻覚かと言わんばかりに皆無であったが、精神的な痛みは未だにギスギスと心を締め付けていた。彼女達の過去を垣間見て、そしてその壮絶さを知るや、レミリアさんが言っていたことが理解できた。これがもし神が起こした必然であったならば、僕であっても怒り狂うであろう。レミリアさんはあくまでこれを自分の犯した過ちだと無理にでも捉えることで、崩壊レベルの精神的苦痛と引き換えに理性を保った。しかし、その心はどれほどズタズタに壊されたであろうかと考えると背筋がゾッとした。そして、その過去を、むざむざと見せつけられた彼女にとってこの状況はこれほどまでにないほどの苦痛であろう。

 

「私が…私ごときがフランを助けに行くなんて…おこがましいにもほどがあるわね」

 

「そんなことないです!」

 

 僕が声を上げ、彼女が頭を上げるタイミングで僕は彼女を抱きしめた。それも強く、少し苦しいかなと思われるほど強く抱きしめた。

 

「あなたは立派に頑張ってきました。あなたは誰よりも、この世界の誰よりも強い。誰よりも妹のことを想い、愛し続けた。レミリアさん、これ以上苦しむ必要なんてないんです。一人で抱え込む必要なんてないんですよ。レミリアさんがフランを愛しているように、僕もフランのことが大好きなんです。それこそレミリアさんを超えるほどに。なら、僕だって彼女の運命を背負う義務があるはずです。レミリアさんだけじゃないです。僕もフランの運命を…背負います!」

 

 僕は立ち上がり、そしてレミリアさんに向けて手を差し出す。実際に体感したことすらない上、断片的にしか見ていない僕がレミリアさんの気持ちを真に理解しているかと聞かれれば難しいのかもしれない。けれど、少しでも彼女の支えになれたら、これ以上の喜びはない。レミリアさん自身の気持ちが少しでも軽くなれば、それは必然的にフランにも波及するし、これがきっかけでフランとレミリアさんがもっと仲良くなれればそれに勝るものはない。

 

「今はとにかく前に進みましょう。それがフランのためにもなるはずです」

 

 レミリアさんは頷くと僕の手を掴み、ずっと立ち上がる。そして、今まで以上に安堵の表情を浮かべて

 

「ありがとう」

 

 そう優しく告げた。




次でようやくラストスパートです。俊、フラン、レミリアの思いが交わります!乞うご期待!!


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7日目 再会と終結 その弐

お待たせしました。完結させたかったんですが、まだあと1話残りそうです。申し訳ないです…。どうか最後まで見ていただけると幸いです…。


 思えば、この短い間に色んなことがあった。ふとした偶然からフランに出会い、一緒に時を過ごして、彼女を好きになった。いつまでも一緒にいたいと思って、でも僕は死んだ。フランと離れるのは嫌で、寂しくて、胸が痛くなった。

 けれど、彼女は僕を助けにきてくれた。遥か先の死の世界まで…。僕の為に命を張り、懸命に救おうとしてくれた。お陰で僕は今、しっかりと地を踏みしめて歩くことができている。そしてまた、そのせいで彼女が命を落とした。

 

 僕は行く。この扉の向こうに何がいようとも、それが命を張ってまで助けてくれたフランへの恩返しになる。いや、そんなものは小さなものに過ぎない。

 僕は彼女が好きだ!大好きだ!!だから助ける。それ以外に理由なんて必要だろうか…。僕はただ彼女と一緒に時を過ごすだけで良い。それ以上は望まない。ただただ彼女がそばにいて、顔を見ることができて、話ができて、笑いあうことができる。それだけでいいんだ。

 

「今行くよ、フラン」

 

 軋んだ音が静寂に木霊する。扉は徐々に開かれて、目の前には懐かしの部屋の光景が広がる。大きいベッド、食事用に使っていたテーブルセット。その全てが懐かしい。

 

 …ただ一点を除いては。

 

「…フラン?」

 

 最初に声をあげたのはレミリアさんだった。いつも通りのベッド、掛け時計、机、フローリング…その真ん中にそびえる巨大な十字架…。そこには傷まみれのフランが鎖に繋がれて磔にされていた。

 

「なんだよ…これ」

 

 僕もレミリアさんもこの光景に唖然とするしかなかった。

 所々血が滲む程度の傷ならばまだマシであろう。今のフランの身体には数えるほどだが血が溢れ出るような深い傷が刻まれていた。

 

「フランッ!!フランッ!!しっかりしてっ!!」

 

 青ざめながら必死に駆け寄るレミリアさん。けれど、フランを縛る鎖は頑強で吸血鬼の力をもってしてもビクともしない。

 

「来ちゃったんだぁ」

 

 恐ろしいその声と共に背筋にゾワっと悪寒が走る。恐ろしさ故かパッと反射的に振り向けば、先程出会った三人のフラン達がこちらへ不気味な笑みを向けていた。

 

「フラン…なの?」

 

「レミリアさん、騙されちゃダメだ。あの子らはフランじゃない」

 

「…フォーオブアカインドなのね」

 

 僕が睨みつけて威嚇していると、三人のうち、右にいたフランがやれやれといった表情で僕らを見やる。

 

「『フランじゃない』なんて心外だなぁ。その子も私達も同じフランドールじゃない」

 

「そのフランドール三人組が本当のフランを殺そうとしてるんだろうがっ!」

 

「まあまあ、そうかっかしないの」

 

 先程とは反対側にいたフランがそう言って宥めるには程遠い挑発じみた言葉を僕にかける。

 僕は込み上げる怒りを抑え込んで歯ぎしりし、握り拳を作って必死に理性を保った。ここはフランの精神世界の中で、ここではどんなに屈強な妖怪であろうと弱小と化す。そもそも人間である僕なんて以ての外だ。下手に手を出しても僕にメリットはない。

 

「そうそう、いい子いい子」

 

 怒りに満ちた視線をフラン達へぶつける。けれど、相変わらずも彼女たちの表情は不気味な笑みが続いていた。

 

「なんでいつも私達の邪魔をするのかな?しゅんくぅん?」

 

「僕はフランと一緒にいたいだけだ。これからもずっと…!」

 

「ふーん、貴方がそう言うのならずっと一緒にいてあげるけど?」

 

 フォーオブアカインドの一人が悪びれる様子もなくそう言い放つ。僕が好きなフランが自分ではないと分かっている癖にその言葉を平然と放つ彼女にさっきよりも怒りが湧いてくる。

 

「お前らなんかと一緒にいてたまるか!僕は彼女と、フランと一緒にいるんだ!」

 

「…ふーん、そう」

 

 だが、僕の言葉を聞くや、途端に彼女の目が変わった…。空気が変わったというべきか、三人のフランドールは僕をその場に釘付けにするほどの冷たい視線をこちらへと向ける。その視線の中にはこれでもかと言わんばかりの殺気が含まれている。この感覚は覚えがある。僕が一度死ぬことになった直前に出会ったあのフランの殺気と酷似している。いや、一致していると言っていいな。

 つまり、彼女達は本格的に僕に向けて牙を開いた訳だ。

 

「そこまで私達に殺されたいなら…殺してあげる!!」

 

 溢れる殺気に僕が思わず後ろに一歩引いた時だった。彼女達が一斉に地を蹴る。三人は目にも留まらぬ速さで僕との距離を詰めると、それぞれに力一杯の蹴りを繰り出してくる。音が後から聞こえてくるレベルの蹴りを食らったりすれば、普通ならば身体を保つこともできない。そして、こうやって分離している以上、彼女達が手加減することも本来のフランに邪魔されることもない。

 

「地獄に堕ちろ!」

 

 直後、とてつもない衝撃音が部屋中を轟かす。辺りに粉塵が舞い上がり、視界が灰色に濁った。

 

「……!?」

 

 だが、その足は爆発にも似た大音量を発したかと思えば、僕の僅か数センチのところで静止する。

 何が起こったのか今ひとつ理解していなかった彼女達だったが、すぐさま正気を取り戻すと、僕から距離をとった。

 

「何が起こったの!?」

 

 突然起こった不可解な事象に動揺している彼女達を前に僕はニヤリと笑みを浮かべた。

 そう、僕の味方はレミリアさんだけではない。この外にだっているんだ。

 ちょうどその時、僕の目の前の空間に大きな亀裂が走る。その亀裂はみるみる開いていったかと思えば、中からあの妖怪が姿を現した。

 

「まったく…、間に合ったから良かったものの、手遅れだったらどうするつもりだったのよ」

 

「その時はまたあの時みたいにお世話になろうかなって…。すいません、だしに使ったりして…」

 

 目の前に呆れ顔して現れた妖怪、紫さんに苦笑いで返す。紫さん自体も呆れ顔を浮かべながらも仕方なさげに微笑を浮かべていた。

 本来、恐らくここに来ては帰る手段が奪われかねないという危惧があったのだろうが、三人に囲まれてしまった以上は仕方ないと姿を現してくれたようだ。

 

「さて、問題の子達っていうのはあの子達のことなのかしら?」

 

「はい」

 

 二人で改めて三人を見やる。そこに慌てて駆けつけたレミリアさんも合流した。

 

「ふふっ、あははっ!何、それで勝ったつもり?言っとくけど、ここは私達の世界なのよ?どれだけ増えようが関係ない。全て壊してやるわ!」

 

 フォーオブアカインドの一人が不敵に笑った。確かにどれだけ増えようとも彼女達にとっては踏み潰さなければならない虫けらが一匹増えた程度だろう。能力を持てない人間、もしくはそれ以下の貧弱者がやって来ただけなのだから…。

 そして、彼女がこちらに手を伸ばした。

 

「きゅっとして…」

 

 だが、その刹那、彼女の周囲を数多のナイフが埋め尽くした。

 

「はっ!」

 

 余裕な表情を浮かべていただけあって油断していたのだろう。突然の出来事に驚きを隠せない。さらに、確実に反応が遅れた。急いで回避に移るが、降り注ぐナイフに彼女は徐々に傷を増やしていく。たった数秒前まで余裕の笑みを浮かべていた彼女は今や、身体中から血を流してこちらを睨みつけていた。

 それを見たもう二人のフランが慌てて、そのフランを下がらせ、明らかに警戒した顔つきでこちらを凝視していた。

 と、言ったものの、僕も少なからずその突然の攻撃に驚いていた。紫さんにこんなスキルがあったのかと…。

 

 いや、まさか…

 

「マジックの味はいかがかしら?」

 

 頭上からの声に上を仰げば、暗がりの中に三人の影が確認できた。

 

「お嬢様、お待たせしてしまい申し訳ありません」

 

「そうよ、もうちょっと早くきて欲しかったわ。まあ、問題ないわ」

 

「…咲夜ぁ、また邪魔しに来たの!?」

 

 傷を受けたフランが恨めしげにそう言い放ったが、それに対する咲夜さんの声は酷く冷徹だった。

 

「貴様ごときに気安く名前を呼ばれる義理はない」

 

 言葉からも感じるとてつもない殺気と冷酷。そして僕からも心の中で一言…。

 

 あーあ、来やがったよ…。

 

 あの冷酷な表情と声だけでどれだけ死を連想したか…まったく。

 

「俊、なんか来て欲しくなかったみたいなこと思いませんでしたか?」

 

 嘘だろ?なんで分かるんだよ。

 

「いーえいえ、そんなことは決してごぜーませんよ?」

 

「…妹様の偽物を排除した暁には貴方も亡き者にして彼女達の墓前に添えてやりましょうか」

 

「大変申し訳ありませんでした。どうか命だけはお助けください…」

 

 そんなどうでもいいやり取りの中、一番動揺していたのは当然フォーオブアカインドの三人だった。

 

「そんな…この世界じゃ私達以外が能力を行使することなんてできないはずなのに…咲夜が時を止めた?」

 

「答えてあげましょうか?」

 

 戸惑う三人へ得意げに口を開くのは紫さん。

 

「私の能力を持ってして貴方達の世界に無理矢理私達の世界の概念を捻じ込みました。残念ながらこの部屋までしか行使できなかったけど」

 

 概念を捻じ込んだ。簡単に言えば、僕等と彼女達との立場が同じになったということだ。この部屋の中にいる限り、僕等は彼女達と同じ土俵で戦えるし、能力も使える。まあ、それでも僕は足手まといなんだけど…。

 

「レミィ、一人で突っ走らないでちょうだい」

 

「パ…パチェ」

 

 咲夜に続いて降りてきたパチュリーさんに叱責されるレミリアさん。そして時を同じくして美鈴さんも上空からやってくる。

 

「妹様を必ず取り戻しましょう!お嬢様、俊さん!」

 

「美鈴さん…ありがとうございます」

 

 僕の感謝の言葉に美鈴さんは凛々しく笑って応える。

 

「なんで…なんでみんな邪魔するのよっ!!みんなして……みんな壊れろ!ミンナ死ンジャエッ!!」

 

 まるで錯乱したかのように喚いた直後、フラン達は散開した。それに合わせるように三人も飛び立つ。

 

「さあっ、私は結界を維持しつつ三人のサポートに回るから、二人はあの子を助けに行ってあげて」

 

 紫さんに促され、僕とレミリアさんはそれぞれに頷いて応えると、フランの元へと駆ける。

 

「フランッ!」

 

 改めて叫んでみるものの、やはり返事はない。目は閉じたままだ。今のところ残念なことに僕の力はおろか、レミリアさんの力をもってしてもこの鎖を破壊することができていない。

 しばしの沈黙の後、レミリアさんが躊躇い混じりに口を開いた。

 

「フランの鎖をピンポイントに狙ってグングニルを突き刺す。これしかない…」

 

「本気ですか!?」

 

 僕は思わず叫んだ。唐突に大声をあげたせいか、彼女は驚いたようにこちらへ振り向いたが、それどころではなかった。

 

「それをするにはリスクがあまりに大き過ぎるということを承知で言ってるんですか!?下手をすればフランの命がないかもしれないんですよ!?」

 

 どうにもならないと言いたげな顔を浮かべたレミリアさんはそのまま俯いてしまった。しかし、僕は彼女の肩を揺らしてまたも口を開く。

 

「万に一つ、万に一つフランが死んでしまったらどうするんですか!?ここまで来て…フラン一人救えないなんて…そんなの……」

 

 視界が滲む。もし、フランを殺すようなことがあればきっと僕自身が負いきれないであろうほど傷を背負うことになるだろう。どれだけ経っても癒えることのない後悔の傷を…。それはレミリアさんも同じことだ。

 その時、反対にレミリアさんが僕の肩をむんずと掴んだ。レミリアさんの表情は苦しげだったが、涙に濡らした僕とは違ってその目はしっかりと僕を見据えていた。

 

「でも…、やるしかないのよ!今はこれに賭けないと、皆もいつまで持つか分からないのよ!?」

 

 僕の感情論とは違う。レミリアさんはフランを助けたい一方で周囲の状況を把握しながら物事を分析している。その上で一番的確な判断を下しているんだ。

 

「…分かりました」

 

 やむなく彼女の判断を受け入れることにした。そこで、改めて振り返って咲夜さん達へ視線を向けてみる。しかし、戦況は思ったよりも苦しいものだった。三人とも善戦してはいるもののフォーオブアカインド達の圧倒的パワーに徐々に押されている。すると、後ろの方からほんのりと紅い光が辺りを照らしているのを視認した。振り返ってみると、彼女を囲うように魔法陣が何重にも形成されており、それら全てが紅くも淡い光を放っていた。

 

「グングニルッ!!」

 

 彼女の叫びに応じて魔法陣より真紅色に輝く槍が姿を現す。

 

「運命よ、愛を求める者に…どうかもう一度力を…」

 

 彼女は祈る。一方の魔法陣も一際紅い光を放ち、祈る少女に呼応する。

 彼女の目がパッと開かれた。同時にとてつもない程の魔力が槍の先端へと込められる。

 

「いけえぇぇっっ!!」

 

『スピア・ザ・グングニル』!!

 

その瞬間、真紅の槍がフランを縛り付ける鋼色の鎖に接触する。その瞬間、魔力と結界との干渉が赤い火花を生み、辺りへ飛び散ると、耳が痛くなるほどの金切り音とともに凄まじい爆風のようなものが僕らの辺りを吹き付ける。重心を下げないと飛ばされてしまいそうなレベルの風をなんとか堪えつつ、ふとレミリアさんに目を向ける。

 

「レミリアさん!」

 

「ぐっ、うぅっ!」

 

 頑張ってはいるものの、レミリアさんも苦戦しているようだった。吸血鬼の力をも退けてしまうような鎖なのだから無理もない。

 …足手まといになるかもしれないけど、いないよりはマシだ。

 僕はレミリアさんとは反対側の位置で槍を握る。その様子に彼女は慌てて

 

「貴方!何やって…」

 

「前を見て下さい!行きますよっ!!」

 

 僕の言葉にレミリアさんは少しの間戸惑っていたが、仕方ないかと再び前へ視線を送った。

 

「全魔力を送り込んでみるわ。最後の賭けよ!一緒にお願い!」

 

「了解です!」

 

 そして、火花が何倍も飛び散り始め、レミリアさんの目つきがこれまでよりも険しくなった。

 

「いっけぇえぇぇ!!」

 

「うおぉぉぉおぉ!!」

 

 結界を纏った頑強な鎖と全てを貫く紅い魔槍、グングニル。それらの激しい攻防は辺りにも影響を及ぼしていた。付近の床は崩壊して僕らを中心としたクレーターが出来上がっていたが、そんなものには意にも介さず、懸命に僕らは槍に力を込め続けた。

 

 そしてその直後…

 

 グングニルが崩壊し、霧散する。同時に爆音が轟き、辺りを砂埃が包み込んだ。僕とレミリアさんは勢いのまま前に倒れ、そのまま沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくらばかり意識を失っていたのか、僕はすぐさま起き上がり、砂煙が辺りを視界を奪う中、目を凝らしてフランを探した。

 

「フラーン!!」

 

 未だ爆発音や刃物のぶつかり合う音は鳴り響いており、戦闘は決着しているわけではなかった。

 必死に捜索を続けているうちに、やがて、視界の中にフランが磔にされていた十字架を発見する。十字架は大きく二つに割れていて、肝心のフランの姿は無かった。

 

「くそっ…、フラン!フラーン!!」

 

 そして、僕はついに小さな黒い影が床に倒れているのを発見する。

 

「フラン!!」

 

 一目散に駆け寄った。赤いドレスに黄金色の髪、ところどころ赤黒くなった傷を持ったその白い肌。彼女こそ間違いなくフランドールだった。彼女の意識こそまだ回復していなかったものの、息はまだあった。幸いなことに僕らの攻撃による外傷にも目立ったものはなかった。

 

「しっかりしろ、フラン!フラン!!」

 

 必死に肩をゆすり、フランを目覚めさせようと試みる。

 

「……っ…ぁ……うっ…し…俊…?」

 

「あぁ!そうだよ!僕は……」

 

 朧げな返事、そして…

 

ドオォォォオォン!!

 

 突然の衝撃音、激しい痛み、そして気づけば僕の身体は宙を舞っていた…。直後、身体全体を床に叩きつけられる。

 先頭を切って接触した胸を中心とした激しい痛みが身体中を襲う。そして、十分に働くこともままならない頭が必死になって起こった事象を整理しようとしている。

 だが、やっとの思いで上半身を持ち上げ、目の前に視線を向けた瞬間、答えは既にそこにあった。

 全身が凍りついた。ようやく砂埃が消えたのと同時に僕はその場に唖然としていた。

 

「はぁ、余計なことしてくれちゃって、お陰で始末するのが早くなっちゃったじゃない」

 

 咲夜さんによってさっきまで傷を負っていたフォーオブアカインドがフランの首元を鷲掴みにし、そのまま持ち上げていた。それだけじゃない。もう片方の手には真っ赤に燃え盛るレーヴァテインが握られている。明らかに彼女はフランを殺すつもりだった。

 

「褒めてあげる。まさかここまでやるとは思っても見なかったわ。でもこれで終わり…」

 

「させないっ!!」

 

 僕の横を目にも留まらぬ速さで抜いていくレミリアさんは真っ先に本物のフランを目指して接近する。しかし……

 

「残念ねぇ…」

 

 フランまであと一メートルといったところでレミリアさんの身体が何かに弾き飛ばされ、壁に強く打ち付けられると、彼女は吐血し、徐々にその場に倒れ伏してぐったりとしまった。

 

「そろそろ終わりにしてあげる…」

 

 そう言って、剣を構えるフォーオブアカインド。止めようとするも、身体に力が入らない…。

 

「やめろ!やめてくれ!!」

 

「さようなら…」

 

「やめろぉぉおぉ!!!」

 

 直後、赤い飛沫が辺りに飛び散り、彼女の身体を赤い剣が貫いた…。




今まで応援してくださった方々へ、本当にありがとうございました!こうやって最後を迎えられるのも皆さまの応援があったからです!言葉だけでは言い尽くせませんが、本当にありがとうございます!
次こそは確実に終わりますのでどうぞよろしくお願いします!


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7日目 再会と終結 その参

ついに番外編も完結しました!拙い作品にも関わらず、今日まで応援してくださって本当にありがとうございました!作者自身、感謝が絶えません。

それでは…どうぞ!


「やめろぉぉおぉぉ!」

 

 そんな叫びに呼応するかのように血飛沫は辺りに赤黒い痕を残す。腹を貫かれた彼女はその(おぼろ)げな瞳を僕に向け、力無い笑みを浮かべると、重力に従って視線を落とした。そして、剣を抜かれたフランの身体はそのまま赤黒く染まった床へと倒れ伏した。

 

「…あ…、あっ、あぁ…」

 

 言葉にならない嗚咽(おえつ)が無意識に零れる。もはや動くことのない彼女の身体を眺めながら、僕は膝をついた。これ以上ない絶望と喪失感が僕の身体を縛り上げ、身体がそれ以上動かなかった。

 

「……どうして…」

 

 怒りなど湧き上がることすらできないほどの空虚、実感のない痛みが僕の身体のあちこちを刺激する。

 もはや、フォーオブアカインドがどうかなどと考えているだけの心の余裕など微塵もなかった。フランを助けられなかったという悲愴感だけが僕の心をどこまでも痛みつける。

 

「やったね!これでこの子の身体は私達のものよっ!」

 

 一見無邪気にも見える笑顔を浮かべながら、フォーオブアカインドは天井を見上げて絶望の宣言を叫ぶ。

 

「ウフフフッ!アハハハハッ!!」

 

 悪魔の笑い声が辺りに響く。ふと(うつ)ろな目を横に向ければ、咲夜さん達が戦いの中、徐々に押されているのが分かる。レミリアさんなんて倒れたままピクリとも動かない。気絶してしまったのか、それともあまりの絶望に身体がうごかなくなったのか…。

 そういう僕もこの状態からまるで身体が動かせない。いや動かせるだけの気力もないのだろうな。そんな中、彼女が僕に向けてニヤリとあの悪魔の笑みを浮かべた。

 

「そろそろあなたも始末してあげるわ」

 

 コツコツと音を立てて、徐々に彼女は僕に近づく。しかしながら、今の僕にはそれを恐怖するだけの心の余裕すらも持ち合わせてはいない。フランがいなくなってしまった今、僕はこれ以上何のために生きていけばいいのか。この仮初めの彼女を愛せばいいのか…。

 そもそも、なんで彼女達はフランを殺そうと考えたんだ…。彼女を殺してまで一体何がしたかったというんだ。

 

 彼女達は何が欲しくてこんなことをしたんだ?

 

…………

 

………

 

 

「そろそろお別れね。楽しかったわよ」

 

 顔を上げてみれば、爪を伸ばし、僕を殺さんと構えを取る彼女がいた。

 

……そうか、そうなんだな…

 

……君は…それが欲しかったんだな…

 

フランドール…

 

 小さな微笑を浮かべて、僕は両手を目一杯広げた。

 

「分かったよ。そこまで殺したいなら、僕を殺したらいい。なぜ君が、君達がこんなことをしたのか、何のためだったのか、そして、僕は君達が何が欲しかったのかが分かったよ」

 

 彼女の表情が少しばかり強張った。僕は優しげな表情のまま催促する。

 

「さあ、僕を殺して、望みを叶えたらいい」

 

 表情が強張っていた彼女だが、しばらくしないうちに口の端が吊り上げる。

 

「あははっ!まさか自分から死を受け入れるとは思わなかったわ。実に愉快ね」

 

「君は本当は、僕の、いや皆の死なんて望んでない。むしろ皆と一緒に生きていきたいって」

 

「ふん、破壊の化身などと呼ばれた私達がそんな戯言に惑わされると思ってるわけ?」

 

 そういうと、彼女は腰を落として重心を下げた。だが、彼女に浮かぶ笑みはそこまで悪に塗れてはいない。心なしか、どこか戸惑いがあるように見える。

 

「終わりにしてあげる」

 

 彼女の肩に力が入る。僕はそっと目を瞑り、直後にくるであろう激痛を覚悟した。

 

「さよなら」

 

グシャァアァァッッ!!

 

 僕の(はらわた)に何かが詰まる感覚とともに背後に何かが貫通したのが分かる。そして、激しい痛みと共に何かが胃の方から口元へと込み上げてくる。

 

「かはぁっ!」

 

 ドロドロした錆びた鉄の味、そして身体中が痺れるような感覚に陥る。朧げな意識の中、懸命に開いた目は狭いながらも僕に視界を認識させてくれる。

 そしてそこには、僕の腹目掛けて手を伸ばし、僕の吐血の為に紅く染まった彼女がいた。

 

「…フ…ラン」

 

 直後、彼女が勢いよく腕を引き、僕の身体から手を引っこ抜いた。

 

「終わり…ね」

 

 何もかもが朧げな中、彼女の声が僕の耳に小さく響く。

 

 

 そうは…させないよ。

 

 僕は、最後の力を振り絞って彼女の腕を掴んだ。そして、彼女がそれを認識した刹那、僕は彼女を引っ張り、さらには最後の足掻きとばかりに彼女をそのまま抱きしめた。

 

「……へっ…?」

 

 呆気に取られたようにその場に立ち尽くす彼女。僕のあまりに唐突な行為に動揺を隠せず、そして、周りで戦闘していたはずのフォーオブアカインドや咲夜さん達までがこちらの状況を食い入るように見ていた。

 

「……ごめんな」

 

 絞り出すように一言、彼女に耳もとに向けてそう口にした。彼女は依然として固まったまま動かない。

 

「どうして…?」

 

 その場に呆然と立ち尽くす彼女と瀕死の僕。痛みは決して和らいできているわけではない。少しでも気を抜けば、それこそ完全に逝くだろうな。

 でも、せめて彼女のために何かしてあげられないかと考えれば、今の僕にはこれくらいしかできない。

 

「…どうして、どうしてそんなことを言うの?私はあなたにとって大切な人を奪ったのよ?それだけじゃない…。私はあなた自身も壊そうとしている…。なのに…なんで…」

 

「はぁはぁ……君が…何故こんな行為をするのか…。理由は簡単だった」

 

「君は…愛されたかったんだろう?」

 

 明らかに反応が違った。そしてそれは僕に確信をくれた。今こうして抱きとめた彼女も1人のフランなんだ。

 

「辛かったんだよな。一人が愛されてるのに、君達はまるで忌み嫌われて…、破壊するのが自分達の役目だと(だま)しながら、でも騙しきれなくてこんな行動に出た…」

 

 フォーオブアカインドなんかじゃない。偽物なんかじゃない。彼女も他の彼女達も純粋なフランドールなんだ!

 

「怖かったんだよな、存在を否定されそうで…。辛かったんだよな、意識の奥に閉じ込められそうで…、自分という存在が忘れ去られて消えてしまいそうで…」

 

 この時、僕は初めて彼女の背をさすり、そっと宥めた。「ごめんな」と彼女に謝ることができた。ようやく気づけた。ただあまりに理解するのが遅すぎたのが少しばかり恨めしくも思う。

 

「本当にごめん、僕がもっと君を見てあげられていたら、君を受け止めることができていれば…こんなことにはならなかったのに…」

 

 そして、気がつくと、彼女の肩が震えてきたのが僕の手を通じて感じることができる。

 

「…うぅ…グズっ………」

 

「無理しなくていいよ、泣きたい時に泣いた方が良い。今ならまだ受け止めてあげられるから…」

 

「…うぁぁあぁん!!」

 

 彼女は声を上げて泣いた。僕の胸の中で込み上げてきたものを一気に放ったようだった。

 

「寂しかったよぉ…!怖かったよぉ!!辛かったよぉぉ!!」

 

 そこにはさっきまでの冷酷な彼女はいなかった。僕の目の前で泣いている彼女は人間味に(あふ)れ、温かな心を持った1人の可愛げな吸血鬼だった。その温かく無邪気な気持ちはなんとなくだけど僕にも伝わってくる。今の彼女は必死に押し殺していた心を僕にぶつけてくれている。精神的にも肉体的にも余裕はないが、せめて最期くらいは彼女のために、『新しいフランドール』の為に心を傾けてあげよう。

 

「よしよし…」

 

「うゔっ!ごめんなさぁいっ!私のせいで…ごめんなさぁいぃ!!」

 

 僕の服の袖を力一杯引っ張り、僕の胸に顔を埋めて必死に許しを乞うフラン。彼女だって不幸な吸血鬼だったのに、僕は彼女の思いを()むばかりか敵対して憎しみの目を向けることしかしていなかった。僕は彼女の本当の心を見極められていなかったのだ。余命があった頃なら確実にできていたのに…。今の自分の状況を恨むというよりかは、フォーオブアカインドのフランたちの気持ちを察しきれなかったことの方がとても悔しかった。

 

 そうこうしているうちに、徐々に視界がぼやけてきた。頭もボーッとする。おそらく、僕の身体も限界を迎えてしまっているのだろうな。出血が酷いからもしかしたら血が巡りきれていないのかもしれない。

 

「いいかい…フラン。これからはもっと皆と仲良くなるんだ…。それが今の君に…いち…ばん……大切なことだ…から……」

 

 意識ももう限界だった。視界は完全に闇の中に消え、朧げに聞こえた声も、もはや聞こえない。彼女に言いたいことが伝わったか反応を見たかったが、意識という名の灯火も、もう間も無く消えてしまおうとしている。

 

 あぁ…フラン、今から君の元に行くよ。また一緒にいよう。またあの時みたいにお話ししよう。

 

 そうして、曖昧だった僕の意識は完全に闇の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……て、起きて!起きなさい!!」

 

 視界が開ける。目の前には心配げに僕を見つめるレミリアさんの姿があった。

 

「レ…レミリア…さん?」

 

 僕が小さくそう言うと、途端に彼女は安堵からか大きなため息をついた。

 

「良かったぁ…」

 

 …なんだろう、胸をなでおろすレミリアさんを見ているとどこか母さんに似ている気がする…。

 

 ……そうだ、フランは!?

 

「レミリアさん!フランは一体…?」

 

 飛び起きた拍子に身体の傷が少しばかり疼く。そしてそれが僕に以前に起こっていたはずの記憶を呼び覚ました。そうだ、確か僕は彼女のレーヴァテインにやられて死んだはずだ。僕は今更ながらに自分の両手、両足が健全に存在していることに驚いた。そして、それを悟ったのか、レミリアさんが僕に起こった事実を告げる。

 

「フォーオブアカインドが…、あの子達が貴方を救ったのよ」

 

「彼女達が…僕を……」

 

「ええ、貴方が命を落とした直後、自分の存在のあり方を知った彼女達は、貴方を助けるために自分の命を生贄にした」

 

 信じられない。彼女達が僕のためにここまで…。

 

「じゃあ結局、フランは!フランはどうなったんですか!?」

 

 食い入るように詰め寄る僕を余所に、彼女は俯き、しばらくして、ある箇所へ視線を向けることでそれを示した。

 

 そして、その姿を見た僕はやはり絶句した。目の前にはベッドで眠るように横になる彼女の姿があったが、慌てて駆け寄って彼女に触れてみるものの、やはり生者としての気色がない。

 

「フラン……ごめん…。助けてあげられなくて…ごめんなぁ!」

 

 フランの亡骸を前に思わず目から小さな雫が零れ落ちた。その場に膝をつき、フランの手を取って、止まることのない涙を払うこともせず、僕は声を上げて泣いた。

 

「ゔぁぁあぁぁああぁ!!」

 

「…俊」

 

 背後からレミリアさんが僕の肩を抱いてくれる。それに安心してしまったのか、涙がこれまで以上に止まらない。愛しい人を亡くしたという意味では彼女も同じだ。いや、それ以上に彼女の方が辛いだろうに、決して僕に弱さは見せず、懸命に強く振舞っている。本当なら僕がしなければならないのに…。

 

 そう思っていた矢先、僕のこの肩にも何やら生温かい液体が落ちたのがわかった。

 

「泣いちゃダメよ、俊。泣いちゃ…フランが悲しむでしょ?」

 

 そんな彼女も身体も震えてしまっている。必死に僕が泣いたことで堪えてきたものも堪え切れなくなってしまったのだろう。

 

 僕と彼女は泣いた。もうこの世にはいない愛しい人を(しの)んで…。届くことのないこの気持ちを胸にしまい込んで、僕等はただ涙を流し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぇ?」

 

 僕は小さく呟いた。ふと手元を見てみると、いつの間にか、以前レミリアさんから貰ってポケットに入れているはずのあの蒼いブローチが一際強い光を放った状態で握られていた。

 

「これは、私のブローチ?」

 

 横からのレミリアさんも驚きの声を上げる。しばらくすると、ブローチは思わず目を細めるほどに明るい輝きを放つ。

 

「うわっ!」

 

 直後、大きな亀裂が走り、ブローチは粉々に砕け散った。その破片が僕の指の間をすり抜けて、パラパラと床に零れていく。そんな光景をしばらく呆然と眺めた僕等は二人、顔を見合わせて、起こったあまりにも不可解な現象に首を傾げた。

 

「何が起こったの?」

 

「僕にも分からないです……」

 

 どうにか論理的に理由をつけたくて、しばらく考えを巡らせる。俯き、考え込む僕の目の前から小さく何かが聞こえてきた。

 

「ぅ…ん……」

 

 その正体は呻き声だった。だが、僕はその光景に目を見開いて驚いた。

 

「フラン…?」

 

「うぅ……ぁ…しゅん…俊…なの?」

 

 それは死んだはずのフランの呻き声であり、同時に瞳も開き、今やその幼い手がそっと僕の顔を撫でている。信じられなかった。彼女から目が離せず、瞬きもせずにずっと彼女を凝視していた。

 

「私…確か、冥界で…それから………」

 

「フランッッ!!」

 

 「ひゃあっ」と思わず驚きの声を上げる彼女を気にも留めずに僕は力強く彼女を抱きしめた。奇跡が起こったと、そう心から感じた。抱きしめた彼女の奥からあの温もりが伝わってくる。本当に嬉しかった。この世界の誰よりも、何よりも大好きな彼女とまたこうして一緒に生きることが出来るのだと思うと、嬉しくて涙さえ溢れてくる。

 

「良がっだぁ…本当に良かっだよぉ…」

 

 身体の奥から込み上げてきたものが溢れて肩が震える。その瞬間、彼女が僕の背中をそっと(さす)るのを感じた。

 

「本当に…嬉しかったよ。助けてくれてありがとう…俊」

 

 優しい笑みを浮かべるフラン。そこにレミリアさんが穏やかな、けれども心からそれを喜んでいる表情のまま、僕ら二人の頭を撫でてくれる。

 

 今まで色んなことがあった。でも、僕等はどこまでもお互いを愛して想いあった。そして、ようやくまた再会することができた。もし願うのならこの光景、この時間、そしてこの幸せが今度こそいつまでも続きますように…。

 

 フランとレミリアさん、二人の温もりを感じながら、僕は心からそう願うのだった…。




今日まで本当に沢山のお気に入り、評価、感想をありがとうございました!こうしてこの物語を完結させることができましたのも、多くの読者の皆様の応援のおかげです!!最後にあたり、この作品を読んでくださった皆様に心から感謝いたします。本当にありがとうございました!!


なお、不定期に簡単な後日談を書くかもしれませんので、その際はのんびりと読んでいただけると有難いです。


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後日談
宮岡 俊の救済論


番外編も終わり、まったり後日談の運びとなりました。今回はレミリアさんの心の呪縛を俊に解き放ってもらおうと思います。後日談と軽い雰囲気を漂わせておきながら実際はかなり重々しい話になっておりますのでどうぞご了承ください。


 あの騒動からはや数年が経ち、俊を含んだ新しい日常が徐々に経過していった。以前までは外来人として見慣れなかった俊であったが、今ではすっかり家族のような扱いである。フランはすっかり俊に甘え、そんなフランを優しく包み込むように接する俊との関係は見ていて微笑ましい。時には嫉妬さえしてしまいそうになる。私だってフランの為にもっと色々なことを教えてあげたい。フランとの年齢差は僅か五歳差ではあるが、幽閉してしまった分、必然的に人生経験において私の方が豊かであるのは間違いない。

 けれど、それは決して許されない行為である。私はフランを幽閉した。何百年もの間、孤独な檻の中に閉じ込め、彼女の心を破壊した。純粋な尊敬の念も、憧れの目も、人から手から伝わる温もりも、何もかもを私が破壊した。彼女の気が触れたのは彼女自身のせいではない。全て私が悪いのだ。そんな私が今更彼女の心の拠り所になろうなどとはあまりに烏滸(おこ)がましい。

 

「お前はフランの人生を奪った」

 

「だれ?」

 

 暗い暗い闇の中、二人の声が響きあう。やがて、スッと姿を現した彼女の目は明らかに私への侮蔑の念を抱いていた。

 

「お前は私だよ。レミリア」

 

「どういうこと?」

 

「ふふっ、『どういうこと』か…。まあ、お前が理解しているかなんて、そんなことはどうでもいい」

 

 今ひとつ理解が及ばない私であったものの、彼女にとってそんなことは気に留めることでもないらしい。

 

「私が言いたいのはただ一つ、『何を甘えたことを言っているのか』ということだけだ」

 

 私は彼女を睨んだ。本来であれば、何を言っているのか、気でも違ったのかと言ってやりたいところだが、その言葉は今の私には木の杭で心臓を貫かれたかのように痛烈だった。

 

「私が…自分自身に甘えていると、そう言いたいわけ?」

 

「本当は気づいているのだろう?気づいていないように見せたくて、それを認めたくなくて。そしてお前は今も懸命に自分を偽り続けている」

 

「お前は()()()()()()()()で幽閉したんだ。この事実は変わらない。そしてお前のその行為がフランを心を壊し、殺した。お前は吸血鬼として、いや、一人の心を持つ者としてやってはならない大罪を犯したわけだ」

 

「そんなこと…」

 

「ほぉ?まだ弁解しようというのか。はっ、愚かだな。とても私とは思えん」

 

 彼女から言い放たれる言葉の数々に、そしてその重みに私は潰されるような思いがした。

 そうだ、私は間違いなくフランの人生を奪った張本人だ。私はフランを幽閉し、傷つけ、精神を蝕んだ。俊やつぼみと仲良くなったのも私の逃げ口が欲しかったから…。本来であれば、これは私の問題であり、彼等を介入させるという行為は実に無責任で危険なことであった。それを彼等の善意に擦り寄ってどこまでも他人事のように目を伏せ続けた。結局私一人では何もできない無力な姉だ。妹一人も救えない実に滑稽な姉。

 

「お前はもはや人間でも吸血鬼でもない。お前は人の形をした単なる悪魔だ。温かい心を捨て切った冷酷な悪魔、それがお前だ。それがレミリア・スカーレットだ」

 

 私は目を見開いて呆然としていた。直後、瞬きが異様に増えて視界が歪む。同時に激しい動悸が私を襲い、思わずその場に膝をついた。

 

「自分の手を見ろ」

 

 そんな彼女の言葉に従って、自身の手に目を向けると、気づけばそこにはドロドロとした感触とともに紅い液体が指の間を伝ってポタポタと滴っていた。その瞬間、辺りをとてつもない腐臭が覆う。

 

「うっ!?」

 

「これが現実だ」

 

 周囲に改めて目を配れば、そこには夥しいほどの死体の数々が存在した。どれも腕が千切れていたり、頭がねじ切れていたり、肉体の全容を保てていないものが多く、痛々しいものばかりであった。

 

「…オネエサマ、ユルサナイ!」

 

 突然耳に届いたそんな声とともに、背後から私の首が激しく締め付けられた。

 

「その声は…フランなの?」

 

 弱々しく零した言葉の返答はない。ただ、私の首を握るその腕の力だけが徐々に強まっていく。必死に抵抗しようともがく私。しかし、朧げな瞳の中に嘲笑する私の姿が映る。

 

「何を抵抗しているんだ?お前は妹を殺したんだ。抵抗する権利なんてあると思っているのか?」

 

 私の瞳から雫が垂れた。息が出来ない。苦しい、痛い。けれど、私はフランを殺した張本人。冷静に考えればフランが私を恨んで殺しにくるのは至極当然のこと。そして、何より私にはそれを拒む権利はない。苦しめた報いを受けなければならない。

 

「オネエサマ…死ネ!死ネ!!」

 

 腕の力がどんどん強まっていく。ついに意識が朦朧としてきた。頭に酸素が回っていないらしい。

 

「ごめんなさい…私は貴方を……」

 

 懸命に抵抗するべく首元にあった私の腕は、次の瞬間ぶらりと滑り落ちた。

 

(ごめんなさい…ごめんなさい……)

 

 心の中で懺悔を繰り返す。これが私が受けなければならない報い。仕方のないことなんだ。

 

『…さん!レミ…アさん!』

 

 大罪を犯した私には当たり前のように生きることさえ許されない。当たり前だ。今更人として生きようなんて誰も許すはずがない。

 

『し………して…ださい!レミ……さん!』

 

 いつまでも苦しむ。それだけが私に許された唯一の懺悔。私には幸せを享受する資格などない。

 

『起きろっ!!レミリアァ!!!』

 

 えっ……?

 

 

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

「ハァ…ハァ……」

 

 レミリアさんを起こし始めて十数分。精一杯に彼女の名を叫んだところでようやく彼女は目を覚ました。普段ならせっかく眠っている彼女をそこまでして起こそうとは思わないのだが、悪夢でも見ていたのか、彼女はかなりうなされていた上、涙まで流していた。懸命にフランの名を叫び、同時に「ごめんなさい」といつまでも懺悔を続けていた彼女の表情は悲痛に歪んでおり、とても見ていられなかった。だから起こした。

 

「うっ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

 頭を抱えながらどうにか起き上がったレミリアさんの肩は僅かに震えていた。僕は彼女を落ち着かせるべく背をさすっていたが、彼女は俯いたまましばらく沈黙を守っていた。

 

「………………」

「………………」

 

 しばらくの静寂、あたかも誰もいないかのような冷たい空間が辺りを包んでいた。

 

「……もうすぐ食事ですし、良かったら一緒に行きませんか?」

 

「…ありがとう。でも私は行けない」

 

「えっ?」

 

 なんとか見繕った言葉に対して絞り出すように零した彼女の言葉。直後、彼女は両手で顔を覆い、またもや肩を震わせ、小さく声を漏らした。

 

「私はフランに悪いことをしたわ。それこそ償いきれないくらいに…。そんな私が周りと一緒に幸せになろうなんて烏滸がましいにも程があるわ」

 

 彼女が追い込まれている。誰によってそうなったかまでは分からないが、この姿を見れば確実にそれだけは理解できた。今の彼女はすっかり心が折れかかってしまっている。今の俺に分かることは確実にフランの存在が関係しているということだけだ。

 妖怪は細菌などによる病気には強いものの、精神的なものに関してはめっぽう弱い。そもそも人間の信心によって確立する存在故にこればかりは対応しようがないのだと以前にレミリアさんは言っていた。そして、誰の差し金かは知らないが、今のレミリアさんはフランの幽閉というトラウマを呼び起こされ、現状況にまで弱ってしまったのだろうと推定する。

 ならば、僕がしてあげられることは少しでも彼女の心理的な傷を癒してあげる事だけだ。

 

「フランにとって幽閉は確かに辛かったかもしれない…。けど今のフランは決してレミリアさんを責めたりしていませんよ。むしろ自らのお姉様として、紅魔館の当主として尊敬すらしています」

 

「フランがどう思ってるとか…そういうことじゃないわ。問題なのはフランを閉じ込めた愚かな私のこと」

 

「幽閉したことはやり過ぎだと僕自身思うところはあります」

 

「けど、同時にそれをありがたく思ったこともあるんですよ」

 

 彼女が僅かに反応した。まさか幽閉したことを肯定する言葉がくるとは夢にも思っていなかったに違いない。

 

「だってレミリアさんがフランを幽閉していなければ、きっと僕は彼女に会えていなかったんですから」

 

 レミリアさんの表情に少しばかり変化があった。その証拠に冷たく淀んでいた瞳にほんのり光が宿っているのが確認できた。

 そして、僕はそっと目を瞑り、これまでの思い出を振り返った。なんだかんだで口にしてこなかった恥ずかしくも懐かしい思い出、今のレミリアさんにはこの話をしてあげるのが一番最善だと僕は考えた。

 

「僕はあと一週間の命と宣告されて、絶望と孤独に打ちひしがれていました。どう生きようと僕は長くない。もう終わりだ…。そう捉えてばかりでした…」

 

「けど、そんな時僕は彼女に出会ったんです。彼女も僕と似てて、孤独に苛まれていました。友達になろうと言ったあの日、最初は僕が死ぬまでの短い間、少しでも彼女の心の支えになろうと決意しました」

 

「彼女が落ち込んだ時には励まして、寂しい時はいつまでもそばにいてあげる。たとえ彼女が狂気に駆られても、いつまでも一緒にいてあげよう。そんなことを考えていたある日、僕は気づいたんです」

 

「僕は彼女を好いていました。そしていつのまにか、一緒に居てあげようから一緒に居たいと思うようになりました。そして、彼女もまた、僕を好いてくれた」

 

「僕が最期を迎え、この世から姿を消しても彼女は諦めなかった。死の世界を漂う僕を追いかけ、現世に引き戻してくれた。世界の禁忌を犯してまで彼女は僕を救ってくれた」

 

「僕は幸せ者です。僕には自分の存在を求めてくれる大切な人がいる。そして、その彼女を引き合わせてくれたのは他ならぬレミリアさんなんですよ」

 

 確かに幽閉したことによってフランが辛い思いをしたというのは事実だ。出会った当初のフランはレミリアさんを恨んでいたし、メイドである咲夜さんと出会った時の反応も冷たかった。

 だが、フランは知った。自分の姉が一体どういう存在であるかを、自分自身がいかに姉の存在について誤解していたかを。

 

「…でも、私は……」

 

「そこまで自分を追い詰めるくらいならいっそのことフラン本人に謝ってみたらどうです?」

 

「フラン、そこに隠れてるのは分かってるから早くおいで」

 

 僕の声にゴンッと何かに打ちつける音が返ってきたかと思えば、小さな「痛ったぁ…」という声がそこの柱の裏から零れてきた。そしてそれから数秒後、少女は柱の陰からひょこっと顔を出した。

 

「気づいてたの…?」

 

「あぁ、そりゃもうバッチリと」

 

 勝負に勝ったかのような不敵な笑みを浮かべながらそう言い放つと、彼女は「なぁんだ」と少し悔しげな表情を浮かべた。

 

「もう…いきなり呼ぶもんだから頭打っちゃったじゃない…。俊のバカ」

 

「打ったのは自業自得だろ?ここのドアの開閉音は聞こえやすいからな。どうせ僕等を驚かせようって魂胆だったんだろ。違うか?」

 

「…………うー☆」

 

「『うー☆』をてへぺろみたいに使うんじゃない。それにその技はレミリアさんの専売特許だろ」

 

「これがセオリーを破壊する程度の能力っ♪」

 

「何でもかんでも破壊すりゃ良いってもんじゃないって」

 

 そんな至極どうでもいいやり取りの中、レミリアさんだけは目を丸くしてその場に硬直していた。明るい表情をしているフランに驚いたのか、はたまた人と接していることを嬉々としていることに今更ながら驚いているのか…。

 僕はフランとの会話を切り上げると、レミリアさんに再び視線を合わせる。言葉はない。あなた自身の行動で示せ。そう言いたかった。そして彼女もまたそのアイコンタクトの意味を察したらしく、もっともらしく姿勢を正して唾を飲み込んでいた。

 

「……フ…フラン…」

 

「ん?どうしたの、お姉様」

 

 直後、レミリアさんは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 お姉様は私に対して深々と頭を下げて謝罪した。

 

「ごめんなさい!私は…今まで貴方に酷いことをしたわ…」

 

 お姉様の心情はそれとなく察しがついた。きっと今日まで私への罪責感に苛まれていたに違いない。私のお姉様には人に与えた苦痛を簡単に忘れ去ることができるほど強い精神はない。誰かが助けてあげなければあっという間に絶望の沼に沈んで帰ってこられなくなる。お姉様はそういう人だ。

 

「お姉様…お姉様は私を閉じ込めた犯人。当然私は辛かったし、苦しかった。お姉様を恨んだよ。『どうしてこんなことするの?』って…」

 

 お姉様は沈黙を続けていた。きっと今も心を痛めているのだろう。でも違う。私が伝えたいことはこんなことじゃない。

 

「でもね、お姉様が私を守ろうとしていたのを知った時、私は救われた気がしたの。今まで嫌われてたとばっかり思ってたから、お姉様の本心を知れた時は本当に嬉しかった」

 

「今の私はお姉様を恨んでなんかないよ。むしろ大好きだよ。優しくて、常にカリスマを求めてて、でもここぞって時はいつも不器用な、そんなお姉様が大好きだよ」

 

 そっとお姉様の手を握る。表情を伺ってみれば、お姉様は顔を赤くして、同時に肩をぶるぶると震わせていた。恐らく必死に泣くのを堪えているのだと思う。と冷静に口にしている私も、実のところ結構込み上げているものがあった。禁忌の能力を持ち、疎まれて当然の私のために泣いてくれる人がいるということだけで私は嬉しかった。

 

「お姉様…」

 

 私はそっとお姉様に手を伸ばし、そっと、しかし力を込めて抱きしめた。

 

「お姉様、もうこれ以上自分を責めないで…」

 

「………うぅ……ごめんなさい!!フランッ!!」

 

 お姉様は緊張の糸が切れてしまったらしく、私の懐に顔を埋めて、そのまま泣き出してしまった。その姿に少しばかり驚いた私であったが、私は落ち着かせるという意味を込めてそっとお姉様の背中をさすってあげることにした。以前、私が俊にしてもらった時のように…今度は私がお姉様の心を癒してあげたいと、そう思った。

 きっと俊は気づいてたんだ。お姉様が今まで苦しんでいたことに…。別にお姉様を助けようって示し合わせて向かったわけじゃないのに、俊は私の行動まで見切ってこんな行動に出た。流石数年一緒に居ただけのことはあると思う。

 と、その時私の瞳から雫が垂れた。でも私は拭わない。そのままお姉様をぎゅっと抱きしめ、私達は静かに泣いた。

 気がつけば、俊はもうそこにはいなかった。私達のことを尊重して去ってくれたんだろう。いかにも優しい俊らしい行動だ。

 俊も、お姉様も、私のためにありがとう。私はきっと誰よりも幸せね…。

 

 温かい私達の体温を窓辺からひんやりとした風が優しく吹きつける。それに僅かに心地よさを感じながら、私達二人は共に眠るのだった…。




何か後日談でこんな感じのやつやってみて欲しいというのがありましたら、どうぞ気軽に教えていただければ幸いです。


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プリンを食べたのは誰だ!?

今回は前回と打って変わってコミカルにしてみました。あまりやったことなかったのでいつも以上に拙い可能性があります。予めご了承くださいm(._.)m
あと、いつもより文字数も少なめです。


「………ない…」

 

 そんな声がすぐそこから聞こえてくる。目を向けてみれば、そこには冷蔵庫に頭を突っ込んだまま首を傾げるフランの姿があった。

 

「ないって、何が無いんだ?」

 

 フランは仕方ないと顔を引っ込めると、僕に向けて不満げな表情を浮かべていた。

 

「昨日、俊が作ってくれたプリンがなくなってるのよ…」

 

「あらら…」と相槌を打つ反面、僕自身も同じように首を傾げた。フランの言う通り、実際昨日、僕はフランとレミリアさんの為にプリンを作った。フランがどうしても「俊の作ったプリンが食べてみたいの!」と言うものだから、咲夜さんに助言を貰いつつ、なんとか完成させたのだ。

 しかし、その時には既にフランは眠気に襲われていて、意識も朧げだったものだから「なら、明日にでも食べたらいいよ」と言い聞かせて部屋に連れて行ったというわけだ。元々、紅魔館に外の世界の技術の結晶である冷蔵庫は存在しなかったのだが、過去に友人に聞いた記憶を頼りに冷蔵庫の簡単な仕組みなどをパチュリーさんに伝えたら、数日後には金属の箱などを改造して、魔力を用いた冷蔵庫を完成させてしまった。パチュリーさんの他にも助力した人物がいたようだが、僕はその姿は見ていない。

 すまない、話が脱線した。つまりはそのプリンは次の日にフランの口に運ばれる為に冷蔵庫に大切に保管されていたのだが、フランが確認した時には既にその姿はなかった。上機嫌で起きてきたことから、彼女もかなり期待していたのだろうと察することができた。それだけに無かった時のショックも大きかったようで、今も彼女はそこでしょんぼりとしている…。僕も彼女に食べてもらえなかったのは辛いところがある。

 

「楽しみにしてたのに…」

 

 しゅん…としているフランの背中をさすってやりつつ、僕の脳は全力で犯人を導き出そうとしていた。消えたのはフランのプリンだが、恐らく部外者がわざわざ侵入して食べたわけではなさそうだ。その他に部屋を荒らされた形跡や食料が奪われたという報告は聞いていないし、仮に部外者の侵入によるものなら、僕やフランがプリンの不在に気付く前に殺人鬼たるメイド長がそのナイフで犯人を串刺しに向かっていることだろう。でも、あのメイド長はいつも通りに業務をこなしているところをみると、どうやらそうではないらしい。気づいていないという可能性も考えてみたものの、フランが幽閉されていた際にもベッドの下に隠れていた僕を見つけていたくらいだ。そんな人間が大切なお嬢様の妹君のプリンがなくなっていることに気づかない可能性はゼロに近い。

 仕方ない。ここは周りに聞き込んでみるか…。

 

「フラン、ここで落ち込んでいてもなにも始まらない。とにかく犯人を探してみよう。聞き込みだ」

 

「ききこみ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美鈴さーん!」

 

 門を隔てて美鈴さんを呼んでみるが、反応がない。仕方なしに門扉を開け、隙間から美鈴さんの様子を窺う。

 

「美鈴さーん…めいり……」

 

「クー……クークー…」

 

 静かで同時に安らかな寝息を立てながら、美鈴さんは眠っていた。実に気持ちよさそうな顔に気まずいように感じた僕はそっと後ろのフランの方に振り向いてそっと首を横に振った。

 

「美鈴は…寝てるの?」

 

「うん、ぐっすりだよ」

 

 その瞬間、フランは諦めるどころか、むしろ嬉々として扉を開け美鈴さんの目の前に立つと、その場に魔法陣を展開する。この時点で嫌な予感はしたものの、どうせ正攻法で起こそうとしてもどうせ彼女は起きないだろうから、彼女には悪いがこうしてしまった方が効率がいい。

 

「めーりん!!起きなさい!」

 

「んむ…むにゃ……ふぇ…?えぇ!!?」

 

 魔法陣から大量に放たれる魔力による特有の空気とフランの声でようやく目を覚ました門番は、目の前の光景に驚くと同時に目元に涙すら浮かべていた。

 

「ちょ…ちょっと妹様!?どういうおつもりなんですかぁ!!?」

 

「どういうつもりも何も、起きなかっためーりんが悪いんだからね。悪い子には私がお仕置きしてあげる♪」

 

「それはお仕置きってレベルじゃないんですけどぉ!!」

 

禁断『スターボウブレイク』!!

 

「ぎぃやぁぉぁ!!」

 

 迫り来る弾幕を必死に回避する美鈴、そしてそれを見て喜ぶフラン。そしてその様子をそっと見守る僕。日が照っているせいで、日傘をさしているフランはあまり動けないが、その分弾幕の密度は凄まじく、美鈴さんもこれまた必死な様子だった。そんな中、美鈴さんはようやく僕の存在の気づいたらしい。

 

「ってか、俊さん!いらっしゃったんですか!?」

 

「うん」

 

「『うん』じゃないですよ!お願いですから早く妹様を止めてください!このままじゃ間違いなくやられますって!!」

 

「そーなのかー」

 

「どこの宵闇妖怪の真似ですかっ!ってか俊さん会ったことないでしょう!?」

 

「うん、でもフランから聞いたことあるよ?」

 

「そうなんですね!って、いやいやそんな話してませんって、早く妹様を止めてくださいよぉ!」

 

「はいはい、おーいフラン!美鈴さんが『一番良いのを頼む』だってさっ!」

 

「オッケー!任せてよ!!」

 

「あぁもう!!この人は余計なことしか言わない!!誰でもいいから助けてぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分にも渡るフランの猛攻を逃げ切った美鈴さんだったが、もはや動くエネルギーすら残っていないらしく、壁にもたれたまま、まるで燃え尽きたあしたのジョー状態だった。

 

「あれ?めーりん動かなくなっちゃった。死んだの?」

 

「いや、流石にそれはないと思うよ。ところどころ危ない場面はあったけど、直撃はしてなかったから」

 

「じゃ、もっかい同じことしたらまた起きてくれるかな?」

 

「やめて差し上げなさい。美鈴さんのライフはもうゼロよ」

 

 無邪気にきゃはっと笑うフランを見るだけなら可愛げな少女に違いないが、言動と行動は情け容赦ない。流石はレミリアさんの妹だ。美鈴さんも気の毒になぁ…。

 あれ、そういえば僕等は何の為にここに来たんだっけ…。…そうだそうだ。美鈴さんに聞き込みしようとしたんだった。

 

「美鈴さん、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

………………

 

「……美鈴さーん?」

 

………………………

 

「お願いですから起きてくださいよ〜!」

 

…………………………………

 

「まぁた私の弾幕を受けたいのかしら?」

 

「いえいえいえ!!!滅相もありません!!」

 

 フランの一声が美鈴さんの魂を地上に呼び戻したようだ。どうやら、さっきの一方的な弾幕ごっこが相当彼女の脳内に恐怖を植え付けたらしい。

 

「で、お話とは?」

 

「あっ、そうなんです。実は昨日僕がフランの為に作ったプリンを誰かが勝手に食べちゃったみたいなんです」

 

 だが、美鈴さんの表情はいまいちパッとしたものではなかった。

 

「へぇー、プリンですか…。とはいっても昨日は来客はありませんでしたし、私自身もずっと門番として外にいたので少なくとも外部の人間の可能性は低いんじゃないですかね?」

 

 やっぱりそうか…。まあそもそもプリンだけを食べに来る泥棒なんて考えられないしな…。

 

「じゃあ、誰か心当たりありませんか?プリンを食べそうな人」

 

「そんなのお嬢様に決まっ……ゲフンゲフン!いや、ちょっと分からないです…」

 

「ん、何か言いませんでした?」

 

「いえいえ、そんなことはないですよ」

 

「やけに外が騒がしいと思ったら貴方達だったのね」

 

 どこか慌てていて怪しげな動きを見せる美鈴さんを追求しようとしたものの、背後からやってきたその声に止められてしまう。振り向いてみれば、そこにはいつものように優雅に佇むレミリアさんの姿があった。

 

「どうかしたの?」

 

 そうだ、彼女にも聞いておこう。何か手がかりを知っているかもしれない。

 

「実は、先日フランに作ってあげたプリンを誰かに食べられてしまって…」

 

「…………………」

 

「………レミリアさん?」

 

「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をね。プリンねぇ…。私にもちょっと分からないわ。私は貴方が作ってくれた時に食べちゃったから、その後のことは何も知らないの」

 

「そうですか…」

 

「役に立てなくてごめんなさいね」

 

 「いえいえ、ありがとうございます」と、彼女に返したものの、今のところ一向に犯人に関する手がかりは掴めていない。犯人の尻尾くらいは掴めると思ったのだが…。犯行は誰にも気づかれないくらい完璧だったのか?でも、完璧な犯行だったとしてもなぜプリンだけを狙ったんだ?僕が作った時には別に特殊な風味付けなどは何一つとしてしていないぞ?

 

「咲夜さんは何も言ってませんでしたか?」

 

「ええ、特に変わったことは言ってなかったわ。今は里に買い出しに行ってもらってるところよ」

 

 今は咲夜さんに助力を求めるのは難しいか…。仕方ない、違うところを当たってみるか…。次当たる場所といえば、『図書館』だな。

 

「フラン、『図書館』に行こう。パチュリーさんや小悪魔さんならもしかしたら何か知ってるかも…」

 

「そうね。場合によっては力づくでも喋ってもらうことにしよっか♪」

 

「お願いだからパチェを殺さないでね…」

 

 冷汗を垂らしながらそう口にするレミリアさんを背にフランと僕、特にフランは意気揚々としながら図書館に向かうのだった…。




どうだったでしょうか…。次回で犯人の正体が…?犯人の察しはつきましてかね?
え?結局誰なのかって?そりゃあどう見たっておぜ(殴

ちなみに次回はこの話を踏まえながらいつも通りのシリアス満載の方向に戻ります。どうやってそうなるかはお察し下さいませ。


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再会と戦い

 結局、俊とフランはプリンを見つけることのないまま一日を過ごしていたようだ。けれど、二人は必死になって行方を探していたし、このまま素直に諦めるつもりもないのだろうけど…。しかし真実、あのプリンは私の口にも入っていなければ、この館の住人の口に入ったわけでもない。だからといって不法侵入者に食べられたわけでもない。二人が必死に探し求めているプリンは今、私の目の前に座る一人の女性の口へと運ばれていた。

 

「どうかしら?自分の息子が作ったプリンの味は」

 

「えぇ…最高よ。あの子もこんなものまで作れるようになったのね…」

 

 彼女は感慨深そうに言うと、その右手のスプーンで眼前のプリンをまた一口頬張っていく。まさか自分達が探しているプリンがこうして彼女の口に運ばれているとは誰が想像しただろうか…。私でも未だにこの光景に慣れていないのに。

 そう、それは突然だった。彼女は唐突に私の館を訪ね、しばらくの間泊めてくれと言ってきたのだ。私はもちろん了承したが、この時の私の頭には彼女に出会えた驚愕しかなかった。

 

 そう、彼女は帰ってきたのだ…。

 

 幻想郷に…。

 

「外の世界はどうだったの?」

 

 机に頬杖をつきながらも弾むような口調で彼女に問うと、彼女もまたそれに笑顔で応えてくれる。

 

「そうね、やっぱりすごい世界だったわ。レミリアが見てきた世界よりずっと進化しているんだもの」

 

 彼女こそは俊の母、宮岡 つぼみ。もともと幻想郷の人間で、幽閉されていたフランの心を少しでも和らげてあげられる方法を求めて単身で外の世界に旅立っていった私の親友の一人。その彼女が先日突然やってきたのだ。なんの約束も交わしていない中の訪問ではあったが、私はすぐさま彼女を丁重に迎え入れることにした。だが、なぜか彼女は自身の大切な息子であるはずの俊と会うことを断った。彼女曰く「一度会えば、離れられなくなる」のだそうだ。私から見れば、久しぶりの息子との再会ぐらい喜んで受け入れればいいと思うのだが、子供を儲けたことのない者が口を挟むべきことでもないだろう。つぼみにはつぼみなりの考えがあるのかもしれないし…。

 そのために、私や咲夜はどうにか俊とつぼみを会わせないように配慮しながら生活してきた。実のことを言えば今日で三日目である。

 察しのいいつぼみの遺伝子を受け継いだのだろう。俊は決まってタイミングの悪い時に私の元を訪れたりする。彼はつぼみと似て人の心を読むのが得意だ。彼の放つ言葉は的確に私の気持ちを当てているし、きっとフランも自分を分かってくれる俊だからこそ好きになったのだろう。その理由は私には理解できた。なんせ私もまたそんな彼の母を好きになって、友達になったのだから…。

 

「ねぇ…レミリア」

 

「ん?」

 

 空となった皿にスプーンを置き、布巾で口元を拭った彼女は澄ました顔で私に言う。

 

「ちょっと、散歩にでも行かない…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とつぼみは二人で館を離れた。つぼみは行き先に関しては何も言わなかったが、私達が向かうところは既にお互いが理解していた。

 紅魔館を取り囲むこの湖には唯一標高が高く、崖のような作りになっている箇所が存在する。風通しが良く、木々など遮蔽物が存在しないその場所は、どこよりも星が、そして月が美しく空に輝いているのを見ることが出来る絶好のスポットだった。私とつぼみはお互い何も口にすることなく、ただ静かにその場所に辿り着いた。

 

「…ここね」

 

「ええ…」

 

 つぼみの言葉に相槌を打ち、私達は同じようにして空を見上げた。そこには目一杯に散りばめられた星の光がそれぞれに美しい光を発し、私達を出迎えていた。

 

「こんな夜だったわよね。私達がここで初めて出会った時も…」

 

「……そうね」

 

 久しぶりにじっくりと見た星空は本当に綺麗で、まるで吸い込まれそうだと感じられるほどであった。そんな満点に煌めく星々の輝きの中、そのどれよりも大きく輝く光がある。

 

…月だ。

 

「……………………」

 

 

 

『月が綺麗ですね』

 

『そうね……』

 

 

 あの時の会話が鮮明に蘇る。彼女の優しげな顔、声、優しく吹き抜ける風に、それになびく彼女の長い髪。一つ一つが懐かしく、けれどもこの長い年月の間一度たりとも忘れたことのない感覚ばかりだった。

 

「懐かしいわね…」

 

 しばらくの静寂、そしてふと横を向けば、つぼみと目があった。彼女の温かい眼差し、そしてその手がそっと私の頬に触れる。

 

「………どうして泣いてるの?」

 

 彼女の一言で初めて私は自分が涙を流しているという事実に気がついた。私はゆっくりとその雫を拭うと、彼女に気を遣わせぬよう微笑んでみせる。けれど、彼女にとって私の行動はまるで意味を成さなかった。

 

「不安なのかしら?これからもフランちゃんと一緒に過ごせるかどうかが…」

 

「………うん…」

 

 またも当てられてしまった…。途端に自信のない表情を浮かべているであろう私に対して、つぼみの表情はその優しさを帯びた表情から何一つ変わることはなかった。

 

「大丈夫よ、あなたはフランと仲良くなれた。もうあなた達姉妹の関係が崩れることはないわ」

 

「どうしてそんなこと言えるのよ?」

 

 私には彼女の自信に満ち溢れた回答が理解できなかった…。私は過去に彼女を、フランを幽閉し、四百年以上も長い間、冷たい冷たい地下に閉じ込めたのだ。俊と出会い、こうして地上へ上がってくるようになってからはお互いに笑い合えるような仲になれたと思う。…でも、それはあくまで私が勝手にそう思い込んでいるだけ…、もしかしたらフランはまだ心の何処かで私を恨んでいるじゃないか…そう思ってしまって仕方がなかった…。

 しかし、つぼみはその笑みを崩すこともなく、私にそっと笑いかけて言った。

 

「決まってるじゃない。あなたはフランを愛してる。フランもあなたを愛してる。フランちゃんの姿や話し方を見れば分かるわ」

 

「フランに…会ってたの?」

 

 彼女は何も言わずにそっと頷く。その瞬間、思わず私は顔を爛々と輝く星空に向けた。

 あぁ…そうなんだ…。この子は、つぼみはまたしても私を救おうとしてくれている。未だ私がフランの心境を気にしていることをこの子は既に知っていたんだ。だから、フランの元を訪ねた…。

 

 

 私は…本当に大き過ぎるくらいの宝物を持っていたのね…。彼女はいつも私の為に動いてくれた。相談にも乗ってくれていたし、我儘に付き合ってくれたりもした。ただでさえ迷惑をかけたのに、今になってもなお私の為に動いてくれている…。

 

 

 感傷のあまりまたもや流れた涙を頬にあった彼女の手がそっと拭った。

 

「涙なんて流してたらせっかくの可愛い顔が台無しよ?」

 

 そんなことを口にした瞬間、彼女は私を優しく包み込むように抱きしめてくれた。懸命にこれ以上涙を流すまいと堪えていた私だったが、これには流石に限界を迎え、彼女の胸に顔を埋めてすすり泣いてしまった。

 

「…怖かった…寂しかった……。つぼみが…いなくなって…わたし……どうしたらいいかわからなくて…」

 

「けっきょく、フランがこうなれたのも俊のおかげで…、わたしは……なにも…なにもフランにしてあげられてないまま…」

 

 堪えていたものが溢れ出して止まらなかった…。誰にも見せないように生きてきたせいか、一度流れてしまったら止まらない…。どれだけ止めようと試みても何もかもが無駄に終わる。そんな私を見たつぼみは少しそっと私を抱いたまま、背中をポンポンと叩いてくれる。

 

「そんなことないわ。貴方は十分頑張った。貴方ほど妹想いな人はいないわよ」

 

「あなたの姿が見られて、会うことができて本当に良かったわ」

 

 つぼみはそれ以上何も言わなかった。でも、抱きしめてくれているその腕にはさっきよりも力が入っていた。きっと外の世界へ行ってもなお私の身を案じてくれていたのだろう。そんなつぼみの心と身体の温もりを感じながら、私はそっと言葉を零した。

 

「………大好きだよ。つぼみ」

 

「…ありがとう」

 

 しばらく二人の間には優しい静寂が訪れていた。以前は私と似たような姿だった彼女はいつのまにか成長し、私を包み込めるようなまでになっていた…。

 

 そして、何よりも…彼女の熱が温かく、その温もりにふんわりと包まれた私は何年もの時を経て凍りついた心が溶かされていくような気がした。

 彼女の腕のなかで私はゆっくりと深呼吸する。しかしそれは決して私が意図しているわけではなく、不意と本能が安心を得ることができた故だと思う。

 

 だが、間もなくしてつぼみはなぜか私への抱擁をやめ、急に下手な作り笑いを浮かべてながら、私へ向け口を開いた。

 

「私、そろそろ行かなきゃ…」

 

 お互いの身体が離れ、温もりが喪失していく。そして突然放たれたその言葉に私は戸惑いを隠せなかった。

 

「え?」

 

 お互いが口をつぐみ、静寂が辺りを支配する中、つぼみのまた向こうにある暗闇の中から一つの影がゆっくりと足音を立てて姿を現した。

 

「そろそろ時間だよ」

 

 ロングスカートに着物のような服、赤いツインテールの髪、そして特徴的な鎌。

 

「小野塚小町…何故お前がここに…」

 

「これはこれは、紅魔館の当主様じゃありませんか」

 

「つぼみ、どういうこと?」

 

 彼女に問いかけても、彼女は何も口にはしなかった。だが、その瞬間にある程度の察しはついた。ついてしまった…。

 

「まさか…貴方は」

 

「ええ、貴方の思ってることが恐らく正解よ」

 

 

 

 

「私は…もう向こう側の人間なの…」

 

 

 

 放たれた言葉に私は脱力した首をゆっくり横に振った。否定したい気持ちよりも信じられない思いの方が強かった。

 

「…そんな」

 

 だが、よくよく考えればそれは至って当然だった。そもそも外の世界の人間が幻想郷に侵入するのは難しいを通り越して奇跡に近い。外の世界の常識をこちら側に持ってくることは幻想郷の内部崩壊を引き起こす可能性もあり、あの幻想郷の賢者がそれを許すはずもない。

 

「私は閻魔様にお願いして、最後に貴方と過ごす時間を貰った。だから貴方に会いに行くことができた。でも、今度こそお別れになりそうね…」

 

「嫌…イヤよ、つぼみ。行っちゃ嫌っ!」

 

 私は彼女の胸に飛び込んだ。彼女の服を握り、離さなかった…。しかし、彼女は懸命に服を握る私の腕を振り払い、背を向けると、震える身体を懸命に両手で抑えながら微かに聞こえるほどの小さな声で彼女は呟いた。

 

「私は…貴方が好きよ。レミリア」

 

「えっ…?」

 

 彼女は振り返り、涙を一杯に湛えたまま、それでも表情は笑顔を保ちつつ私に言った。

 

「ありがとう。…さようなら」

 

 悲しみに打ちひしがれる暇もなく、彼女は私に背を向ける。私の意思と反する形で彼女が私から離れていく。一歩一歩と彼女の足音が小さくなっていく。

 このままでいいのか?この現実を許容するのか?許容していいのか?あれほど自分を救ってくれた彼女をこのまま見送っていいのか?

 

……良いわけない!!

 

 

「…待って」

 

 小さな一言、だけれどつぼみの耳にはしっかりと届いたようで、彼女は歩みを止めゆっくりとこちらへ振り返った。

 

「レミリ…ア?」

 

 私は彼女に全速力で接近、素早く抱き上げると小町の元から急いで離れる。そして直後、小町がゆっくりと威圧するようにこちらを見やる。

 

「どういうつもりだ?」

 

「どういうもなにも、返してもらうのよ。つぼみをね」

 

 私が言葉を発し、途端に小町の雰囲気が変わる。凍てつくような、今にも殺してしまいそうな表情。その中でも特にその冷たい瞳が私への殺気を十分に感じさせていた。だが、たかがその程度の話だ。

 

「あたいは死神ではあるけど、あまり他人に血を流して欲しくない寛容なタイプでね。なるべく穏便に済ませたいのだが?」

 

「それは無理な話ね」

 

 なぜ私が従う必要がある?そこからが間違いだ。嫌なら拒否すればいい。従うのが世界の理なら、世界そのものを変えてやればいい。つぼみを離したくないなら、離さなければいい。

 

「戦争行為も辞さないってか…?全く…あんたみたいな命知らずの相手は骨が折れる」

 

「結構。むしろこちらとしては骨より私の意見に折れて欲しいのだけど?」

 

「力づくは嫌いじゃないが、たかが五百歳程度のひよっこが私に勝てると思うなよ」

 

「それはこっちの台詞ね。貴方こそ死神如きが夜を統べる吸血鬼に勝てると思って…?」

 

 彼女がやれやれと肩をすくめながらもその肩に掛けていた鎌を構え、姿勢を低くしていつでも飛び込めるような状況を作り出す。対して私もグングニルを具現化させ、応戦できるように構えた。

 

「売り言葉に買い言葉か…。仕方ない、こうなったらとことんやってやろうじゃないかっ!!」

 

「今日は力が最も高まる満月。さぁ…かかってきなさい!」

 

 吸血鬼(わたし)死神(かのじょ)は踊る。満点に輝く星空の下で…。




次回で決着させる予定です。のんびりとお待ち下さい…。


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