機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ (ただの名のないジャンプファン)
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プロローグ




新作発表


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦橋ではけたたましく警報が鳴り響き、機器のあちこちで火花がとび、さらには各所で火災がおきている。しかし、スプリンクラーが故障しているのか、消火はされず火災は勢いと広さを増し、艦内のあちこちで爆発が起きている。

コンソールに突っ伏したまま息絶えている乗組員。

通路に血まみれで倒れ、死んでいる乗組員。

火災が起きても消火がされていないのは、スプリンクラーの故障だけではなく、消火活動をする人間がいない事も含まれていた。

艦内はさながら地獄の様な有様である。

 

「ルリちゃん‥‥ルリちゃん‥‥!!」

 

腕の中の温もりが徐々に失われていく‥‥

それは1つの命の火の灯火が徐々に弱まり死に近づいている証拠だった。

頬から伝い手の平に落ちる液体の感触。

僕はそれを拭うことなくただ彼女を抱き締め、涙を流しながら腕の中に居る彼女の名前を呼ぶ事しか出来なかった。

僕自身も頭から出血しているようで垂れた血がポタポタと床に血溜まりを作るがそんなことを気にする余裕はない。

名前を呼ばれた事に反応したのか、唇が僅かに動き、そして咳と共に口から血を吐き出す。

白い軍服の胸元をたちまち紅く血で染め、苦しそうに息を吐く。

抱き締める腕に力を込め、強く胸に彼女の体を抱く。

やがて瞼がうっすらと開き、光を失いつつある金色の瞳が揺れる。

 

「…カ‥‥イト‥‥‥さん…?」

 

焦点の合わぬ瞳を揺り動かし、弱弱しく手を上げ僕を探す。

僕は彼女の手を握り、僕という存在を主張する。

 

「‥ルリちゃん!?気が付いた?今、助けるからね!!しっかりして!!」

 

その言葉がもはや気休めにもならない事は自分でもよく分かっていた。

彼女の様態からもう手の施し様がないことを‥‥

もう‥彼女は助からないことを‥‥

それでも、僕は目の前の現実を認めたくない、受け入れたくないのだ。

最愛の少女が逝こうとしているのに何もできない自分の不甲斐なさに涙が溢れ、怒りがひしひしと湧いてくる。

 

「‥‥泣かないでください‥カイトさん‥‥」

 

苦しそうに息をしながら、彼女はそう言って微笑む。

 

「‥‥私は…大好きな…貴方の腕の中で死ねる…こうして貴方の温もりに包まれて‥‥私は‥今‥すごく‥‥幸せです‥‥」

 

無理に長い言葉を話したせいか、言い終わらぬ間にさっきよりも大量の血を吐き、むせる。

 

「もういい!!もう話さなくていいから!!」

 

握った手が弱々しく握り返される。

呼吸は益々荒く、弱々しくなり、彼女の最後の時が迫っている事をいやが上にも予感させる。

 

「そんな‥‥嫌だ‥嫌だよ!!ルリちゃん‥僕を1人にしないでくれ‥一緒に海に行こうって‥‥2人で色んな所を旅しようって約束したじゃないか‥‥また‥‥また4人で屋台を押そうって‥‥」

 

思い出されるのは楽しかったあの頃の思い出‥‥。

ナデシコを降りて、拘留とは言え、皆で過ごした長屋での生活。そして4人で暮らしたアキトさんの住まいである4畳半の小さなアパート。

アキトさんがいて、ユリカさんがいて、そして僕の隣にはいつもルリちゃんがいた。

貧乏でお金は無かったし、生活は決して楽なモノでは無かった。それでも、そこには笑顔が絶えず夢と希望に満ち溢れていた。

そんな一時の幸せと平和を過ごした時間が走馬灯のように頭の中を過ぎる。

そうしている間にも彼女の瞼がゆっくりと閉じられていく。

握られた手からも徐々に力が抜けていく。

 

「ルリちゃん?ルリちゃん!!ルリちゃん!ルリィィィィィッ!」

 

失いたくない。消えてゆく命を呼び戻そうとして、力の限り彼女の名を叫ぶ。

共に過ごした時間、移ろい行く季節の中、数え切れぬほどに呼んだその名を叫ぶ。

 

「…初めて…名前‥呼び捨てにして‥くれまし‥‥たね‥‥」

 

目を閉じたルリちゃんが安堵したように呟く。

 

「っ!?」

 

彼女の言葉を聞いてまたもやルリちゃんとの思い出の1つが蘇った。

 

『カイトさん、いつまでも「ルリちゃん」は嫌です。子供扱いしないで下さい』

 

『えぇー で、でも、最初に会ったときからずっとこの呼び方だったしさぁ‥‥今さら呼び方を変えるなんて恥ずかしいよ』

 

『付き合っている男女の間では男性が女性の名前を呼び捨てにするのは世間の常識だと聞きましたが?』

 

『い、一体誰からそんな情報を?』

 

『自称「愛の伝道師」と名乗る落ち目の会長さんやミナトさん、メグミさん、三郎太さん、ホウメイさん、皆さん同じようなことを言っていました』

 

『そ、その件につきましては前向きに検討し、努力するよ』

 

僕はルリちゃんから視線をそらし気まずそうに言う。

 

(うぅ~なんか、腹に一物を抱えた政治家の言い訳みたいだ‥‥)

 

『はい、努力してください』

 

しかし、そんな僕の言葉をルリちゃんは信じてくれた。

結局、ルリちゃんの名前を呼び捨てで呼ぶことはなくいつもの癖でルリちゃんの名前をついつい「ちゃん」付けで呼んでしまい、そのたびにルリちゃんは訂正を要求し、僕はいつもはぐらかしてきた。

それでもいつかは恥ずかしさを感じる事もなく普通に、当たり前に彼女の名前をそう呼べる日が来るとそう信じていた。

でももう、その日はもうやってこない‥‥永遠に‥‥

それでも‥‥

 

「ああ、何度でも名前を呼ぶよ!!君望むならいくらでも!!だから、目を開けて!!ルリ!!」

 

「‥‥カイト‥‥さん‥今まで‥ありがとう‥ございました‥‥さよう‥なら‥‥」

 

握られた小さな手が僕の手をすり抜け床にパタッと落ちる。上下に呼吸をしていた胸がその動きを止める。

口元に微笑みを張り付けたまま、その唇が開かれる事はもう二度とこない。

彼女の綺麗な金色の瞳が僕の姿を写す事も永遠に無い‥‥

その瞬間、僕は永遠に彼女を‥‥最愛の少女を失った。

 

「ルリィィィィィィィィッ!」

 

まだ微かに温もりを残す身体を力一杯抱き締めて叫ぶ。

喉が‥‥体が‥‥焼けるように熱い。

頭の中が真っ白になっていく。

感じるものは彼女の最後の温もりのみ‥‥

彼女を失い、永遠とも刹那とも感じられる時間が過ぎ、ようやく頭に思考が戻ってくる。

息絶えた彼女を抱いたまま艦長席に座る。

 

「オモイカネ‥‥艦内の生存者は?」

 

《検索中‥‥検索終了‥‥艦内の生存者は1名‥‥生存者はあなただけです》

 

「‥‥味方の‥残存戦力は‥‥?」

 

《検索中‥‥リアトリス級戦艦、ライラックは中破、戦闘行動に若干の支障あるも航行に支障なし‥‥木連型駆逐艦、かげしまぼし依然奮戦中 》

 

「オモイカネ、ライラックのアララギ司令に打電‥‥『我が艦隊の任務は十分に達成された‥‥貴官は残存艦を連れ当戦闘宙域より撤退されたし‥‥』と‥‥」

《了解》

 

電文を受け取ったアララギ司令の姿が空間ウィンドウに表示される。

 

「大尉!この電文はなんだ!?」

 

「そのままの意味ですよ。アララギ司令‥‥」

 

「艦長は?‥ホシノ少佐はどうした?」

 

アララギ司令はルリちゃんの安否を確認するが僕の腕の中で眠るように息絶えているルリちゃんの姿を見て絶句した。

 

「っ!?ホシノ少佐‥‥」

 

「殿は‥‥本艦が務めます‥‥」

 

「‥‥分かった‥‥だが、必ず帰還しろよ!大尉。戦いはこの先まだまだ続く。ホシノ少佐の仇を討つ為にも必ず生き残れよ!!」

 

「‥‥善処します」

 

アララギ司令に敬礼し通信を切る。

通信を切った後の僕はどんな顔をしていたのだろう?‥‥きっと酷く醜い顔をしていただろう。

 

(火星の後継者‥‥僕から‥‥全てを奪った悪魔ども‥‥貴様らも僕と一緒に来てもらうぞ‥‥)

 

「‥‥オモイカネ、エンジン出力全開!!目標、前方敵艦隊!!」

 

《しかし艦の被害が激しくもうグラビティーブラストは撃てませんよ?》

 

「かまわない!!敵艦隊突入後、相転移エンジンを暴走。弾薬庫内にある残弾のミサイルに自爆シークエンスを強制入力!!‥‥敵を1隻でも‥1人でも多く道連れにしてやる‥‥!!」

 

《‥‥‥》

 

「‥‥オモイカネ‥‥すまない‥‥最後に僕の我侭に付き合ってくれ‥‥」

 

《‥‥了解‥敵艦隊に向け全速前進》

 

ナデシコBは既に死に絶ええつつあるエンジンをフルに稼動させ敵の真っ只中へ突っ込んでいく。

 

「ルリ‥‥これからもずっと一緒だからね‥‥」

 

僕は腕の中で既に息絶えた彼女の身体をギュッと抱きしめる。

 

「‥向こうに行けば、アキトさんにユリカさん‥三郎太さんにハーリー君‥皆に会えるかな?」

 

自分の死が刻一刻と迫っているのに不思議と恐怖は湧かない。

被弾するたびに艦が大きく揺れる。

ルリちゃんの身体を抱きしめながらもシートから倒れないようにバランスをとり、眼前の敵を睨みつける。

一方、ナデシコBがまさか特攻を仕掛けてくるとは思ってもいない火星の後継者の艦隊旗艦では、

 

「何故沈められない!?積戸気隊に攻め込ませろ!!」

 

司令官の命令で火星の後継者部隊の主力人型機動兵器、積戸気がハンドガンや対艦ミサイルを撃ちながらナデシコBへと迫る。

しかし、ナデシコBは被弾してもその足を止める事無く艦隊へと向かっていく。

 

「オモイカネ、残りのエネルギーは全て機関に回せ!!」

 

≪了解≫

 

「突っ込んで来るつもりだぞ!!落とせ!!」

 

此処で漸くナデシコBの行動を理解した火星の後継者の司令官が声をあげる。

 

「遅かったな!!」

 

敵の旗艦を捉え、思わず笑みがこぼれる。

 

「躱せ!!躱せんのか!?躱せえぇぇぇぇ!!」

 

「っ!?き、来ます!!」

 

敵旗艦の艦橋ではナデシコBの行動で騒然となるが、既に時遅しだった。

ナデシコBの行動は当然、退避行動に移っているライラックでも確認できた。

 

「アララギ司令!!ナデシコBが敵艦隊へ突っ込んで生きます!」

 

ライッラックのオペレーターがアララギに叫ぶ。

 

「何っ!?」

 

アララギの眼には小規模な爆発を繰り返し、敵弾に被弾しながらも怯む事無く敵艦隊に突っ込んでいくナデシコBの姿が写った。

やがて敵艦隊の中に入ったナデシコBは眩い光を放ち大爆発を起こし周りの敵艦を巻き込み星の海にその姿を消した。

 

 

 



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第1話

 

 

 

 

 

 

 

西暦2195年‥‥

それは、木星の向こう側からやって来た‥‥

人類はその生存圏を地球から月、火星へと伸ばしていた。

そんなある日、木星の向こう側からまるでチューリップの花の形をした隕石に似た物体が火星に迫って来た。

連合軍はその物体を形状からチューリップと命名し、これの迎撃にあたった。

しかし、火星の周辺に展開された宇宙艦艇は旗艦である戦艦リアトリス以外は巡洋艦、駆逐艦、護衛艦ばかりの中小艦艇ばかりで、しかもいずれの艦艇も二線級ばかりの旧式艦だった。

3つあった防衛ラインの内2つは悉く突破され、残すは最終防衛ラインを残すみのとなっている。

 

「敵はまっすぐ火星へ向かっています。大気圏突入後目標地点は同南極」

 

「敵の目的が侵略である事は明白である。奴を火星に降ろしてはならぬ」

 

リアトリスの艦橋で老将、瓢仁(ふくべ じん)は鋭い眼差しで火星に迫っているチューリップを睨みつける。

 

「各艦、射程に入ったら撃ちまくれ!!」

 

 

「敵、尚も前進!!有効射程距離まであと20秒!!」

 

火星へと迫って来るチューリップ。

すると、チューリップがその名前の如く突如、花弁の様な部分が開くと中からは紫色をした小型艦艇が多数出て来た。

連合軍は後にこの小型艦艇をカトンボ級駆逐艦と命名した。

やがて、カトンボ級駆逐艦が連合軍の主砲の射程内に入ると、

 

「撃て!!」

 

瓢の命令で火星に展開していた連合軍の主砲が一気にチューリップとカトンボ級駆逐艦に向かって放たれる。

すると、カトンボ級駆逐艦も応戦してくる。

2つの光線がぶつかり合うかと思いきや、敵の光線に触れた連合軍のレーザー砲は軌道がズレ、見当違いの方向に跳び、反対に敵の砲撃はそのまま連合軍へと迫り、艦隊のあちこちで爆発が起きる。

敵のたった一度の斉射で連合軍は7割以上の艦が撃沈された。

 

「っ!?」

 

「我が方のビーム砲、全て捻じ曲げられました!!」

 

「ぬぅ‥‥重力波か‥‥」

 

(奴等にはこの艦では勝てない‥‥)

 

目の前の現実に瓢は苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。

そして、敵と味方の艦艇とで大きな技術力の差がある事を実感した。

 

「チューリップより多数の機動兵器の射出を確認」

 

チューリップは次に黄色のてんとう虫の様な姿をした小型の虫型機動兵器を出現させる。

連合軍は後にこの黄色の虫型機動兵器をバッタと命名した。

 

「レーザー一斉発射!!」

 

残存艦は対空砲で迎撃するが、此方もレーザーが虫型機動兵器に当たる前に弾かれる。

 

「きかない‥‥」

 

「そんな、バカな!?」

 

「チューリップ、衛星軌道に侵入!!あと60秒で火星南極点に突入!!」

 

バン!!

 

瓢はコンソールを思いっきり叩くと、

 

「総員退避!!本艦をぶつける!!」

 

瓢は最後の手段としてリアトリス本体をチューリップにぶつける作戦に出た。

やがて、乗員の避難が完了し、リアトリスの船体の一部が分離して離れるとリアトリスの船体はチューリップに体当たりを敢行する。

しかし、リアトリスの船体の体当たりを喰らってもチューリップを破壊する事は出来ず、突入軌道を僅かにズラす事しか出来なかった。

リアトリスの船体の体当たりを喰らい、軌道がズレたチューリップは火星地表で大勢の人々が住んでいるユートピアコロニー付近に墜落した。

後の歴史にて第一火星会戦と呼ばれるこの戦いから連合軍はこの木星蜥蜴と呼ばれる謎の敵に敗退をし続け、火星と月は完全に木星蜥蜴の勢力圏に落ちた。

木星蜥蜴に対する連合軍の不甲斐なさ、そして現在の地球の実情を見た大手企業のネルガル重工はあるプロジェクトを立案した。

そして、ネルガル重工がそのプロジェクトを進行中にそのネルガル重工のとある研究所では‥‥

 

 

ピッ、ピッ、ピッ と心電図の電子音と共に脳裏に人の声は聞こえないが様々な光景が浮かぶ。

しかし、それはどれもこれもヒトがやる事とは思えない非人道的行為ばかりの光景‥‥

白衣を着た人間達は実験体となっている人を人とは思わず実験動物の類の様にぞんざいに扱っては殺し、中には性的暴行をする者も居た。

何故自分の脳裏にこんな光景が浮かぶのか理解出来ない。

悲鳴やその非人道的行為を行っている人の声が聞こえなのはせめてもの救いだった。

やがて、今度は本当の人の声が聞こえて来た。

 

(‥‥此処は‥‥何処だろう‥‥?)

 

(僕は‥‥誰なのだろう‥‥?)

 

「おい、実験体E-01の様子はどうだ?」

 

白衣を着た小太りで研究者然とした男がモニターを見ている同じく白衣を着た男性研究員に尋ねる。

 

「あっ、所長。まだ目を覚ましてはいませんが、『素晴らしい』の一言です‥‥こちらをご覧ください」

 

「ん?」

 

男性研究員がキーボードをいじると空間ウィンドウにナノマシンを映した映像が移る。

 

「こちらが先日E-01に投与したナノマシンです。今までの実験体では耐え切れず死亡してきましたが‥‥」

 

「こ、コレは‥‥!!」

 

所長の目が空間ウィンドウに釘付けとなる。

 

「ええ、E-01の体内にあるナノマシンが投与されたナノマシンを撃退、もしくは自分の体に適した形に変形させ、吸収しています‥‥同じく様々な薬物でも同様の結果が出ています。血液中に入った薬物の成分をナノマシンが分解、無効化しています」

 

男性研究員が興奮気味で所長に詳細を説明する。

 

「‥‥ふむ、クリムゾンの研究所を襲い、そこの連中を皆殺しにしてでも手にいれた甲斐があったというものだな」

 

所長が口元に笑みを浮かべながら呟く。

どうやら、手に入れたサンプルやデータは自分達が独自で作ったモノではなく、他社が製作したものを強奪して来たモノの様だ。

 

「ですが所長。ここ一ヶ月の経過観察をしましたが、未だに目覚める気配がありません。このまま目覚めなければ使い物になりませんよ?」

 

モニターを見ていた男性研究員の隣にいる、女性の研究員が所長に尋ねる。

 

「なぁに、まだまだ試したい薬やナノマシンも沢山あるし、データ採取ぐらいにならまだ使えるだろう?それにこの先E-01のクローンを作り続ければ一体ぐらいは使い物になる代物ができるかもしれんだろう?」

 

「あっ、なるほど。そういう使い道がまだありましたね!さすが所長ですね!」

 

3人が言っている実験体E-01とは、空間ウィンドウ上に映っている培養液の入ったカプセルの中で眠っている10~11歳位の裸の女の子のことである。

3人の研究員達は、カプセルの中で眠っている女の子を実験体と言う事に何の抵抗も感じつに、むしろ誇らしげな様子で喋っている。

 

「これならば今度の社長への定時報告には良い報告ができそうだ」

 

「じゃあ、私たちの出世は間違いありませんよね!?」

 

「それにボーナスも大幅に上げてもらえるかも!!」

 

「ああ、そしてあの青二才の若造をさっさと会長の座から引き摺り下ろし、社長が新たに会長となれば‥‥」

 

「所長が社長で‥‥」

 

「お前達は本社の重役だ!!」

 

「やったー!!」

 

「約束ですよ。所長!!」

 

「ああ、心配するな」

 

3人が自分達の将来の姿を妄想で描き、浮かれていると‥‥

 

ビービービービービー

 

突然警告音が響き渡る。

 

「な、何だ!?何があった!?現状を報告しろ!!」

 

妄想から現実へと戻った所長が他の2人の研究員に指示を出す。

もしかしたら、会長派の連中にこの場所が特定され、シークレットサービスの襲撃が脳裏を過ぎる。

ようやくナノマシンに耐えうるサンプル体を完成させたのに此処で捕まっては今までの苦労が水の泡となり、今後の出世どころの話ではない。

 

「は、はい!!」

 

「しょ、所長どうやらE-01が目覚めようとしているようです!!」

 

研究者達が急いで警報の原因を調べるとどうやら、シークレットサービスの襲撃ではない様だ。

 

「な、なに!」

 

所長がモニターで確認しようとしたが、突然空間ウィンドウの映像がブレるとその後は何も映らなくなり、強制的に空間ウィンドウが閉じてしまった。

 

「おい、どうした?何も映らないぞ!?」

 

「ダ、ダメです。観測用計器が全て壊れました!!!」

 

「コンピューターもブラックアウト!!復旧まで時間がかかります!!」

 

研究者達が再びコンピューターを立ち上げようとしたが失敗し、復旧作業に時間がかかると報告すると、

 

「く、くそ‥‥えぇ~い、こうなったら自分の目で直接見てくる!!」

 

「しょ、所長、まっ、待って下さい!!」

 

「僕らも行きます!!」

 

所長が現状確認のため、コンピュータールームを出て行くと、研究員達も慌てて所長の後に続いた。

 

「こ、コレは!?」

 

「E-01が!?」

 

所長が中の様子を見て愕然とした様子で言う。

一緒について来た2人は阿呆のように口をポカ~ンと開けたまま呆然として立っている。

それも無理は無いだろう。

なんせ、この一ヶ月に渡りありとあらゆる手段を行っても決して目覚めなかった実験体の女の子が、自分達の苦労をあざ笑うかの様に収容されていたカプセルを破壊し、自分で目覚めてそこに立って居たのだから‥‥

 

「‥‥此処は‥どこ‥‥?」

 

E-01と呼ばれた少女は焦点のさだまらない眼差しをしながら誰ともなしに呟く。

 

「おぉ、目覚めたか?E-01?」

 

「‥‥E-01?」

 

「そう、E-01。それがお前に与えられたナンバーだ。そして私はお前のパパだ」

 

「‥‥E-01‥‥あなたが、パパ‥‥?」

 

「その通りだ。よ~し、よし。いい子だ。そのまま大人しくしているんだぞ?」

 

所長はヘラヘラと薄ら笑いを浮べながら、片手に注射器を持ちながら、E-01と呼んだ少女の方に近づいていく。

所長が近づいてくる中、E-01と呼ばれる少女の脳裏を過ぎるのは青く輝く銀の髪、大きくて綺麗な金色の瞳をもつ少女の姿が突然フラッシュバックする。

 

「‥‥うッ‥チガウ‥‥ちがう‥‥違う、違う、違う…違う、ぼくの‥僕の名前は‥‥」

 

頭を抱えながら少女の声は段々と大きくハッキリとした口調となっていく。

 

「ええーい、うるさいぞ!!実験動物の癖に!!大人しくこっちに来い!!」

 

少女の態度に業を煮やしたのか、所長は少女の腕を掴み無理やり引っ張る。

だが、男は最も重要なことを忘れていた。

クリムゾンの研究所を襲い、少女と共に得た僅かな資料の中に記載されていた内容を‥‥。

少女には戦闘の為の遺伝子操作が施され、その為のナノマシンが大量に投入されていたことを‥‥。

 

「‥‥触るなぁーっ!!」

 

少女が怒声をあげると、右手が光りだしやがてそれは大きな包丁のような刃物に姿を変えとその直後に、

 

スパーン!!

 

鋭い音と共に、所長の首が胴体から飛び、真っ赤な血の花が壁と床の一面にバッと咲く。

 

ドサッ

 

首と胴体がなき別れになった所長の身体が床に倒れる。

 

「「ひ、ひぃぃ」」

 

突然起こった目の前の光景に男の方は後退りし、女の方は腰を抜かす。

少女は振り返るとゆっくりと2人に近づく。

 

「く、来るな!バ、バ、バケモノめ!!」

 

男は震える手で常備してあった拳銃を少女に向ける。

 

「バケモノ?彼方達が僕をバケモノと呼ぶの?彼方達研究者じゃない‥僕を作りこんなバケモノにしたのは?」

 

少女が感情を押し殺した底冷えのする声で問う。

 

「ち、違う!!お前を作ったのはクリムゾンの連中だ!!俺達は関係ない!!」

 

「そ、そうよ、私たちは無関係なのよ。今なら穏便に済ませてあげるわよ?」

 

男の言葉に女も便乗する。

 

「よく言うよ‥‥大体、誰が産めと頼んだ?誰が作れと願った?そして、今までお前達が何をしてきたか僕は全部知っている」

 

「う、嘘だ!!」

 

「嘘じゃない‥‥カプセル内の生命維持装置からこの研究所の端末に入り込んで実験データを見た‥‥人を人とも思わない彼方達なんか、生きていてもまた同じ事を繰り返すだけ‥‥それなら今ここで彼方達を殺しといた方がこの先、大勢の犠牲者を生まなくて済むでしょう?」

 

少女は悠然と言い放ち、冷たい目をして刃物化した右手を振り上げて男の方へと迫る。

 

「く、来るな!!来るな!!」

 

室内に拳銃の乾いた発射音が連続して木霊する。しかし、震える手で放った弾丸は、少女に掠りもせず壁や床に弾痕を穿つだけだった。

 

「‥‥死ね」

 

ブシュッ

 

少女は一言そう言い放つと男を頭から一刀両断‥‥唐竹割りの要領で真っ二つにした。

 

「ひぃ‥‥た、助けて‥‥」

 

「ダメ」

 

続いて右斜め上から右手を振り下ろし、残った女研究員の息の根を止めた。

部屋にいた3人を殺した後、再び少女の右手が光り、その光が収まると少女の右手は人間の手に戻っていた。

3人の人間を殺したのに罪悪感は一切湧かなかった。

右手が戻ると同時に突然部屋のドアが開き、大柄な男が銃を構え入ってきた。

 

 

此処で時系列は少し時間を巻き戻す。

少女が3人の研究員を殺す少し前、研究所の外では‥‥

 

「ここだな?社長派の例の研究所は?」

 

ネルガルシークレットサービスの一員、ゴート・ホーリーは双眼鏡で建物を見ながら隣にいる男に確認を取る。

 

「はい、間違いありませんね。表向きは社長派の製薬会社の研究所となっておりますな」

 

金縁の眼鏡を掛けた男が確認を取るように呟く。

 

「ふっ、ようやく社長派の尻尾をつかめたというわけか‥‥A班は俺と共に研究所の制圧!!B班はミスターと共に研究所内のデータと資料の確保!!C班は研究所の周りを包囲!!1人も逃がすなよ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

「予定通り、3分後に突入する各員時計合わせ!!」

 

そして3分後‥‥

 

「よし、時間だ‥‥突入!!」

 

ネルガルシークレットサービスの研究所一斉摘発が行われた。

A班を指揮するゴートが遠くの方で銃声を聞き、急いで銃声がしたと思われる実験室へと向かい、実験室のドアを開け、

 

「シークレットサービスだ!!武器を捨てて両手を頭の上に乗せろ!!!‥‥なっ!?」

 

と、大声を張り上げるも部屋の中の光景を見て、ゴートは言葉を詰まらせた。

実験室の中は床も壁も飛び散った血飛沫だらけで、惨殺された3人の研究者らしき遺体と一糸纏わず、返り血で体を染める少女が立っていた。

少女はルビーのような紅い眼でゴートの姿を見ていたが、すぐにゆっくり瞼を閉じると糸の切れた人形のようにその場に倒れた。

 

「お、おい!!」

 

ゴートは倒れた少女を片手で引き起こしたが目覚める気配がない。

 

「おい、担架と毛布だ!!急げ!!」

 

「は、はい!!」

 

自らが率いていた隊員に指示を送ると、救護車から持ってきた担架に少女を乗せ、上から毛布を掛けた。

 

瞬く間に研究所を制圧したネルガルのシークレットサービス。

研究所の職員と研究者達を護送車に乗せている中、B班を指揮していた金縁眼鏡の男、プロスペクターがゴートに話しかけた。

 

「どうやらこれで社長派は完全に終わりのようですな」

 

「ああ‥‥それよりもミスター‥あの少女はマシンチャイルドなのか?」

 

「えぇーそれにつきましてはなかなか興味深いデータがありましたが‥‥」

 

あの少女の正体についてプロスペクターは口ごもる。

 

「ん?どうした?」

 

「何分これは内容が内容だけに会長の指示を仰がねばと‥‥」

 

「そんなに不味い内容なのか?」

 

「ええ‥‥」

 

そう言ってプロスとゴートが振り向く。

その視線の先には救護車が停まっており、その車内には穏やかに眠る少女がいた。

 

 

~ネルガル重工 本社ビル 会長室~

 

「それじゃあ、報告を聞こうか」

 

ネルガル重工会長、アカツキ・ナガレが社長派の研究所を制圧したプロスペクターとゴートに今回の強襲の成果を尋ねた。

隣には会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンの姿もある。

 

「はい、ではまずこちらを‥‥研究所から押収した資料とコンピューターに残っていたデータです」

 

プロスが資料の入った袋とデータの入ったディスクを会長のデスクに置く。

 

「これであの狸オヤジを完全に潰せるってわけだ‥‥それで?重要な件がもう1つあるって聞いたけど?」

 

自分の叔父である社長を追放できる事に嬉しさを感じるアカツキ。

会社の為ならば、例え身内でも容赦ないが逆にこうまでしないと自分が社長である叔父に食われる。

そして、叔父の社長を潰せるネタの他に重要案件があると聞き、早速その案件の内容を尋ねるアカツキ。

 

「はい‥‥研究所で保護した例の少女についてです」

 

「あの研究所で保護ってことは、その子はマシンチャイルドなのかい?」

 

「それが一概にそうとも言えないようで‥‥」

 

「ん?それはどういう意味だい?」

 

プロスペクターにしては随分と歯切れが悪い事にアカツキは眉をひそめる。

 

「此方を見て頂けると分かりますかと‥‥」

 

プロスは懐からもう1枚、別のディスクを取り出した。

その表面にはネルガルのライバル企業であるクリムゾングループのマークが描かれていた。

 

「それはクリムゾングループのロゴ!?」

 

エリナがマークを見て思わず声を上げる。

まさかネルガルのライバル企業のマークが入ったディスクが社長派とはいえ、同じ会社の研究所から押収されるとは思っていなかったようである。

 

「どういうことだい?社長派の連中はクリムゾンと手を組んでいたのかい?」

 

「いえ、これは社長派の連中がどうやらクリムゾンから奪ったもののようです」

 

「へぇ~連中も随分と荒っぽい事をするねぇ~それで内容は?」

 

プロスペクターがエリナにディスクを渡すと、エリナはパソコンにディスクをセットして、内容を立ち上げた。

 

「こ、これは‥‥」

 

「むぅ…」

 

ディスクの内容を見て、アカツキとゴートは思わず言葉を失う。

ディスクの中に収められていたのは断片的であるが、ナノマシンを使っての生体兵器の開発計画が書かれていた。

そしてその最初のプロジェクト『Arcadia』と命名されていたものに4人は釘付けとなった。

それはネルガルの前会長が進めていたマシンチャイルドの研究を上回る内容で、ナノマシンを使い、遺伝子配列を変換させ、生体兵器の開発過程とその研究、さらにはボソンジャンプの実験内容まで書かれていた。

そして試作品完成の項目に保護した少女の顔写真、身長、体重、ナノマシンの人体に対する影響が明記されていた。

そして1番下にボソンジャンプ実験の計画内容が書かれていた。

 

「何だかパンドラの箱を開けて中身を取り出しちゃった気分だよ」

 

それがディスクの中身を全部見た後、アカツキが発した感想だった。

 

「それで、いかがなさいますか?」

 

プロスペクターがアカツキに尋ねる。

 

「どうするもこうするもせっかく手にいれたお宝をみすみす手放すのはもったいないじゃないか」

 

この少女は確かに自分達の会社が生み出したマシンチャイルドではない。

だからと言ってクリムゾングループに返すのは勿体ないし、返せばそれは自分達ネルガルがクリムゾングループの研究所を襲い、強奪した事を自分から教える様なモノだ。

クリムゾングループもこの内容から、この少女型のマシンチャイルドの製造に関してはトップシークレットで一部の人間だけしか知らないのだろうが、ネルガル側がこの少女の身柄の返還を申し出れば、その方法を問いただしてくる筈だ。

報告書の内容では、とても世間で知られてはならない方法でネルガルの社長派はこの少女型のマシンチャイルドを手に入れていた。

ライバル会社のスキャンダルネタに必ず食いついてくる筈だ。

そうなれば、そのスキャンダルネタで此方を叩いてくるのは目に見えている。

故にアカツキが下した判断はこのままこの少女をネルガルの所有物にすると言うモノだった。

 

「それでは‥‥」

 

「彼女はこのままウチで保護しようじゃないか。それにこのデータを見る限りじゃあスキャパレリ・プロジェクトには好都合の人材じゃないか」

 

「た、確かに‥‥」

 

「それじゃあ彼女の教育は君達3人にまかせるよ」

 

「「「はぁ!?」」」

 

突然の会長命令に声を上げる3人。

 

「適材適所ってやつだよ。エリナ君には一般常識とマナーをプロス君にはコンピューターとプロジェクト関係、ゴート君には戦闘訓練をあの子に教えてもらいたい」

 

「は、はぁ‥‥」

 

「分かりました‥‥」

 

「‥‥」

 

説明を聞き完全に納得はできないものの、了承した3人であった。

 

 

少女が次に目を覚ましたのは白い天井に壁、洗いたてのシーツと柔らかいクッション、さらに清潔な毛布に包まれたベッドの上だった。

 

「‥‥‥?」

 

むくっ、と上半身をゆっくりと起こし辺りを見回す。

外は晴れており、窓の方からは小鳥の声が聞こえ、そよ風がなびいている。

 

(‥‥此処は?それに‥‥僕は一体誰なんだ‥‥?)

 

頭を抱え、必至に自分が誰なのか?

此処はどこなのかを考える。

 

(僕は‥何かを守ろうとしていた?‥‥でも何も守れなかった‥‥そんな気がする‥‥でもそれは一体なんだったんだろう‥‥?)

 

何か大切なものを守ろうとしていたが、その大切なものが何なのかが、思い出せない。そもそも自分自身が一体何者なのかが分からない‥‥そう考えると不安で怖くてたまらない。

その時、病室のドアが開き2人の男性と1人の女性が入ってきた。

 

「おや、お目覚めでしたか?」

 

金縁の眼鏡をかけた男が話しかけてきた。

 

「えっと‥‥」

 

「あぁ~失礼しました。私はこういうものです」

 

懐から名詞を取り出す金縁眼鏡の男。

 

「‥‥‥プロス‥‥ペクター?‥‥えっと‥‥これって名前?」

 

「ペンネームみたいなものです」

 

「はぁ‥‥」

 

(なんでペンネーム?)

 

「えぇ~それで、ですね貴女の身柄についてなのですが‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「貴女の身柄は我が社が‥‥ネルガル重工が責任を持って、貴女の生活の保障、戸籍など、生活に必要な物は全てご用意いたします」

 

「‥‥‥」

 

突然、生活の保障や戸籍を用意するといっても、会社や企業は慈善事業ではなく、何か利益が無いと動かない。

必ずそれに見合う条件をこちらに提示してくる筈‥‥。

 

「‥‥条件は?」

 

少女は警戒するかのような口ぶりで金縁眼鏡の男、プロスペクターに尋ねる。

 

「お話が早くて助かります。実は今度、我が社ではある一大プロジェクトが行われる予定でして、是非とも貴女にはそのプロジャクトに協力していただきたいと‥‥」

 

「プロジェクト?」

 

「はい、詳しい内容はまだ申し上げられませんが是非‥‥」

 

「‥‥どのみち僕に拒否権は無いのでしょう?拒否すれば殺されるか、研究所で実験動物にされるかのどちらかですものね?」

 

あの時、研究所で見たあの光景が忘れなれない。

あれが実験動物の辿る末路だ。

自分も今ここでこの人達の要求を断ればあの末路が自分を待っている。

今の自分は一体誰なのかを思い出す為、そして何を守れなかったのかを思い出す為にも死ぬわけにはいかない。

だからこそ、この人達の要求を断る訳にはいかなかった。

 

「「「‥‥‥」」」

 

「‥‥わかりました‥‥協力します」

 

「ありがとうございます。では、こちらの契約書にサインをお願いします」

 

いつの間に用意したのか細かい文字の羅列がびっしりと書かれた契約書を手に取る。

 

「あと、ご紹介が遅れましたが、後ろの2人は今日から貴女の教育係で、男性の方がゴートさんで女性の方がエリナさんです」

 

「教育係?」

 

「はい、私もそうですが、プロジェクト開始まで、十分に対応できるようさまざまな教育と訓練を行ってもらいます」

 

「はぁ‥‥ところで‥‥」

 

「なんでしょう?何か契約面で質問ですか?」

 

「名前‥‥僕の名前‥‥何って言うんですか?」

 

少女の質問に3人は顔を見合わせる。

研究所では名前なんてものが着けられているはずも無くナンバーで呼ばれていたからである。

名前がわからなければ契約書にサインできない。

しばらく沈黙が続いた後、

 

「そう、貴女の名前は‥‥」

 

エリナが少女にある名前を授けた。

 

タケミナカタ・コハク。

 

その名が、彼女が得た彼女の名前だった。

 

 

・・・・続く



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第2話

 

 

 

タケミナカタ・コハクという名前をもらったその日から彼女は時間が許す限り様々な訓練と教育を受けた。

一般常識から様々な作法とマナー、戦闘教練、プロジェクトに関するコンピューターの取り扱いやいろんな場合を想定したシミュレーション‥‥また教育の中には涙を使った男を落とす女特有の武器の扱いなんてものまで教わった。

エリナがコハクの教育をしている間、プロスペクターとゴートはプロジェクトに必要な人材集めの為に走っていた。

 

 

日本 トウキョウシティー

 

トウキョウシティーの下町の一角にある小さな町工場。

その町工場の表の看板には大きくローマ字で”URI”と書いてある。

下町情緒ある…と言いたいところだが木星蜥蜴の攻撃であちこちの家屋が壊れており、地震災害の後に良く似た光景の中にその建物はこじんまりとあった。

 

「ねぇ、アンタ見つかったらマズイって」

 

この町工場の主、ウリバタケ・セイヤの妻、オリエが一心不乱に工具をいじり何かを作っている旦那に声をかける。

 

「うるせぇな、ココをこうすればリリーちゃんは無敵になるんだってば」

 

「はい、ごめんください」

 

すると突然シャッターが開き、プロスペクターとゴートが入ってきた。

 

「い、いやこれはその、違うんです」

 

ネルガルのバッチを付けた2人を見て慌てるウリバタケ。

この町工場は小さな町工場であるが、ネルガルの下請けの町工場でネルガルからの依頼で機械部品の製作を行っていた。

だが、今回ウリバタケが作業台で製作しているリリーちゃんは全てウリバタケが水増し請求をして不正に得た機械部品で製作していた。

そこへ、ネルガルの人間が来たのだから慌てるのも当然だ。

すると突然作業台に横たわっていたリリーちゃんが突然起き上がり、

 

「コンニチハ。ワタシ、リリー」

 

と、挨拶したかと思ったら、体中の至る所からロケット花火が飛び出る。

 

ドゴン!

 

リリーちゃんのロケット花火攻撃を受けて半開きになった店のシャッターが突如爆発した。

煙がもうもうと上がるが、吹き飛んだのがシャッターだけのところからすると威力はそれほど大きなものではなかったのかもしれない。

その店を遠巻きに見る人々は”またか”といった呆れた表情を浮かべていた。

どうやらこの店ではこういったことは日常茶飯事らしい。

 

「なに?!俺をメカニックに?」

 

ゴートとプロスペクターが黒くすすけた頬をハンカチで拭きながら、ウリバタケに事情を説明する。

 

「違法改造屋だがいい腕だ」

 

「是非ともウチの・・・」

 

「しー!しー!しー!!」

 

ウリバタケは声を小さくしろと合図を送る。

必要はないのだが自然と姿勢を低くし、3人は顔を寄せ合うこととなった。

しかし、お世辞にも耽美とはいえない顔の3人。

その光景は非常に暑苦しい。

 

「よし、すぐいこっ、ぱっといこっ」

 

「いや、ですが条件面や契約面の確認とか‥‥」

 

「いいの、いいの、いいの!あいつと別れられるんだったら地獄だってかまわない」

 

ウリバタケは後ろ目で家族を見る。

だが、ウリバタケの妻であるオリエはなかなかの美人である。

どうしてウリバタケがオリエの下から離れたがっているのか理解できないゴートとプロスペクターだった。

 

 

トウキョウシティー 某一般商社・応接室

 

目の前の女性ハルカ・ミナトは、軽い口調とは反対にソファに背を伸ばして座っており、社長秘書という肩書きが伊達でないことを伺わせている。

 

「お引き受けします」

 

「おぉ、そうですか。では、此方の契約書をご覧になっていただいた後にサインをお願いします」

 

そして、ミナトのサインが書かれた書類をプロスペクターがアタッシュケースに入れている間、ゴートは1つ聞いてみることにした。

 

「ミス・ハルカ。1ついいですか?」

 

「はい?何でしょう?」

 

「どうして我が社の契約を受けようとお考えに?」

 

「それはもちろん、戦艦を操縦したことなかったから」

 

と、ウィンク1つで返された。

そして、その日のうちにミナトは笑顔で今務めている会社の社長に退職届を提出した。

 

「本気なのかい?そんなに社長秘書って嫌なの?」

 

「ウ~ン‥‥っていうかやっぱ充実感かな?」

 

ミナトは喜々した様子で退職理由を話した。

 

 

トウキョウシティー 某録音スタジオ

 

『さあ、戦いましょう!!』

 

『よーし、行くぞ!!』

 

『『オー!!』』

 

「はい、OKです。お疲れ様」

 

『『『お疲れ様です』』』

 

トウキョウシティーのとあるアニメの録音スタジオにて声優達が、アニメのセリフを入れ終わった時、

 

「メグミちゃん。メグミちゃんにお客さん。ネルガルの人だって」

 

音響担当のスタッフに声をかけられ、メグミが振り返ると、フタッフの隣にスーツ姿の大柄な男が居た。

メグミはその人物に一礼をする。

ネルガルはナデシコの通信士に声優のメグミ・レイナードをスカウトした。

理由として、メグミが声優を務めているアニメがネルガルのスポンサーだということと若い世代を対象とする人気で1番だったということであった。

彼女が自分の担当しているアニメがネルガルのスポンサーであると知るのはもっと後のことである。

 

 

人間開発センター

 

7年前にスカンジナビアのとある研究施設から引き取った少女がここにいた。

施設で天才教育を受けた後、ネルガル傘下の人間開発センターに引き取られ、それ以来、彼女は此処でプロジェクトの為のオペレート訓練を受けてきた。

彼女の養父母に今までの教育費、生活費、そして手切れ金としてスーツケースいっぱいに詰まった金塊を渡すとあっさりと交渉は成立。これ以後、少女の所有権はネルガルに渡り、プロジェクトの要である新型戦艦ナデシコのオペレーターとしての役職につくこととなった。

 

 

ネルガル重工 本社ビル 会長室

 

「ふむ、なるほどねぇ~人材集めの方は順調そうだね?」

 

プロスペクターからの報告書をみたアカツキの感想であった。

 

「それで?我らのお宝、コハクちゃんの方はどうだい?」

 

アカツキはコハクの教育係のエリナに尋ねる。

 

「はい、一般常識、マナー、学力は問題ありません。ただミスター・ゴートからの報告によれば、身体能力はかなり高いということしか分からず、詳細な数値を出すには時間が足りません」

 

「まっ、なにしろ相手はクリムゾンが作り出した生体兵器だものねぇ‥‥詳しく調べたいがそんな時間もないし、突然暴走されるよりはいいか‥‥」

 

「はい。オペレート能力はやはり何年も訓練してきたホシノ・ルリには適いませんが、十分に使えるレベルだとプロスペクターから報告がきています」

 

「そいつはすごいなぁあの艦のAIは癖があるから心配だったけど、そこも流石というべきかなぁ‥‥しかし大変なのはプロジェクトの後半‥‥火星にある“アレ”を手に入れてからだね。その時には彼女には十分に働いてもらわないとね」

 

「‥‥‥」

 

「ボソンジャンプ時代のイヴになりうる大切な宝だからねぇ取り扱いには慎重にね‥‥でも、どうせならアダムもほしいところなんだけどね‥‥」

 

アカツキはパソコンに入ったコハクの経歴データを立ち上げ目を通し、独り言のように呟いた。

 

そして新鋭艦ナデシコの艦長はというと‥‥‥

 

 

トウキョウシティー ミスマル邸

 

「ユリカ!」

 

「ユリカ~おじさんも怒ってるよ」

 

「だってぇこの制服ってダサダサで決まんないんだもん」

 

「気にしたってしょうがないよ・‥‥」

 

部屋の前で腕時計を気にしながら部屋の中の女性に声をかけるナデシコ副長のアオイ・ジュン。

 

「ねぇ、ジュン君。わざわざ連合軍やめてこっちに来ちゃって本当に良かったの?」

 

「ユリカ1人じゃ心配だったから‥‥」

 

「さすがジュン君!最高の友達だね♪」

 

「はいはい」

 

「ユリカ!!こら、ユリカ!!学生気分もいい加減にせんか!!」

 

部屋のドアを叩くカイゼル髭を生やした和服姿の男。

その言動からこの男性はユリカと呼ばれる女性の父親であることが窺える。

 

「だってぇ~」

 

「『だって』だと!?」

 

業を煮やしたのかとうとう強引に部屋のドアを開けようとする。

 

「おじさん。今開けたら‥‥ユリカは今、着替え中だから‥‥」

 

ジュンは必至に止めようとしたが、扉が開いてしまい2人して部屋の中に入ってしまう。

 

「きゃああああああ!!」

 

その瞬間、ミスマル邸が揺れる様な悲鳴が響き渡る。

 

「あっ!」

 

「ユリカ立派になったな‥‥」

 

ユリカの部屋に図らずも突入してしまった2人は下着姿のユリカの姿を見てしまった。

その直後に2人の顔にドラムバッグが投げつけられる。

 

『我が娘 子供と思えば ナイスバデェ』 by ミスマル・コウイチロウ

 

「ユリカお勤め立派に果たせよ」

 

顔に絆創膏を貼り、娘が乗る車を見送る父の姿があった。

 

九州 長崎県 サセボシティー 

 

ネルガル重工がプロジェクトの為に建造した新型戦艦ナデシコ出港の日の昼近くに、ナデシコが停泊しているドックのある九州、長崎県 サセボシティーにコハクとプロスペクターは到着した。

 

ギリギリまでトウキョウシティーの本社でやり残した書類整理や後任人事、荷造り等の準備に追われていたためである。

 

「いや~ やっとつきましたなぁ」

 

これがサセボシティーに着いてプロスペクターの発した第一声である。

コハクは初めて見たサセボの街を物珍しそうに見ている。

 

「さて、まずはサセボ支社に赴いた後にドックへ向かう訳ですから、ナデシコに到着するのは夜になりますねぇ~」

 

プロスは手帳を広げ、予定を確認していると

 

クゥ…

 

と、小さなお腹の鳴る音が聞こえた。

 

「え、えっと‥‥」

 

プロスペクターがふと隣を見ると顔を赤く染めて、俯いているコハク。

 

「‥‥先に食事にしますか?」

 

恐る恐るコハクに尋ねるプロスペクター。

プロスペクターの問いにコハクは小さく首を縦に振る。

 

 

サセボシティー とある商店街 雪谷食堂

 

サセボシティーのとある商店街の一角に位置する食堂。

戦時中のこの時勢でもこの良心的な値段でここまでの味覚を提供してくれるとは、意外にもここは穴場なのかもしれない。

そんな食堂の1つの席に金縁の眼鏡の男と長い金髪をした少女が座っている。

恋人同士には当然見えず、かといって親子にも見えないなんとも不思議な2人である。

他のお客が2人の関係が気になるのか、それとも興味本位なのか気になるのか2人をチラチラと見ている。

しかし、2人はそんな視線を気にせず注文した品が来るのを待っている。

 

「お待たせしました。ラーメン2丁です。ご注文は以上ですか?」

 

注文した品が机の上に置かれた。

ラーメンを持ってきたのは、ぼさぼさの黒髪にオレンジ色のシャツにジーパン姿の青年だった。

 

「では、いただきましょうか?‥‥ん?どうしましたか?コハクさん」

 

コハクに声をかけたプロスペクターだが、コハクは目の前のラーメンよりもラーメンを運んできた青年のほうに興味があるのか、その青年をジッと見ている。

 

「‥‥‥」

 

「‥‥えっと‥なにかな?俺の顔に何かついているのかな?」

 

無言で穴が開くのではないかと思うほどジッと見られている青年、テンカワ・アキトは自分を見つめる少女に尋ねてみた。

 

「‥‥あの‥あなた、どこかで僕とお会いしませんでした?」

 

「えっ!?」

 

突然目の前の『美』が付くほどの少女から逆ナンのようなセリフを言われ戸惑うアキト。

 

「え、えっと‥‥」

 

あたふたしているアキトだが、コハクは視線を逸らさずアキトをジッと見ている。

 

「おーいテンカワ!!3番テーブルの餃子あがったぞ!!いつまでもサボってねぇで働け!!」

 

厨房の奥からこの店の店主、サイゾウが怒鳴る。

 

「は、はい!」

 

アキトは慌てて厨房へと消えていく。

 

「珍しいですな。コハクさんが始めて出会った人にあそこまで興味を出すとは‥‥」

 

「う~ん‥‥でもあの人、初めて会った人とは思えなかっただけ‥‥」

 

「そうですか‥‥」

 

コハクはなんとも言えない違和感を抱きながらもラーメンを食べると雪谷食堂を後にした。

 

プロスペクターとコハクの2人は日が完全に沈み辺りが真っ暗になった後、ようやくナデシコが停泊しているドックへと着いた。

ドック内にある事務所でドックの技師とプロスペクターが最終確認を行い、コハクが後ろでその様子をジッと見ていると警備員がやって来て門前で騒ぎを起こしていた不審な男の身柄を確保したと言ってきた。

拘束した男がいるという部屋に入ると、パイプ椅子に座り、手錠をかけられた青年がいた。

 

「おや?貴方は‥‥」

 

「昼間会った‥食堂の人‥‥?」

 

そこ居るのは紛れもなく、昼間2人が行った雪谷食堂で出会った青年、テンカワ・アキトだった。

 

「ほぉー貴方、パイロットでしたか‥‥」

 

アキトの右手にあるIFSを見てプロスペクターがアキトに尋ねる。

 

「違う!!俺はコックだ!!」

 

左手でIFSのタトゥが描かれた右手を隠すアキト。

 

「っと、先程からわけの分からないことを言っていまして」

 

随伴した警備員が呆れたように言う。

 

「貴方のお名前調べましょう~♪」

 

ペンのような端末をアキトの舌に一瞬つけた後、暫くして電子手帳にアキトの名前と経歴が表示される。

 

「ほら、出た」

 

「遺伝子データ?」

 

「全滅したユートピアコロニーからどうやって地球へ?」

 

身元の内容が内容だけにさすがのプロスペクターも驚いているようだ。

 

「分からない‥‥気がついた時には‥‥地球に居た‥‥」

 

「ユリカさんのお知り合いですか?」

 

「アイツは‥‥アイツの親なら知っている筈だ‥‥俺の両親が何で死んだのかを‥‥」

 

「フ~ム‥‥分かりました‥‥それでは今日から貴方はナデシコのコックさんです」

 

「なでしこ?」

 

「そう、ナデシコです」

 

プロスペクターのバックスクリーンにナデシコの全容が映し出される。

そして3人はナデシコが停泊しているドックへと着いた。

 

「これが、我が社が総力を挙げて建造した機動戦艦ナデシコです!!」

 

自慢気にプロスペクターがアキトに改めてナデシコを紹介する。

 

「随分と変わった形ですね‥‥」

 

アキトは苦笑いをし、ナデシコを見ながら言う。

 

「これは手厳しい。ですがこの2本のブレードこそが本艦の真骨頂とも言うべき物なんですよ。さて、就航までまだ時間があるから先に艦内を見てまわるといいよ‥‥コハクさん、ナデシコの艦内はもう覚えていますか?」

 

「事前に艦内配置図を見たから大丈夫」

 

「それでは、テンカワさんを案内してもらえますか?」

 

「わかった」

 

プロスペクターの申し出にコハクは首を縦に振った。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったね。俺はテンカワ・アキト。君は?」

 

「コハクでいい」

 

「俺もアキトでいいよ。ヨロシク、コハクちゃん」

 

「ん」

 

アキトとコハクは互いに握手をした。

 

ナデシコ・格納庫

 

「此処が格納庫‥‥」

 

『レッツゴー!!ゲキ・ガンガァァァァァっ!!』

 

「な、なんだ?」

 

「‥‥バカ?」

 

2人が最初に訪れたナデシコの先で聞いた第一声がこれだった。

 

「ゲキガンガーじゃなくてエステバリスだっての!」

 

整備班長のウリバタケがぶつぶついいながらメガホンを取る。

 

『おいおい、なんなんだよ!?あんた、パイロットは3日後に乗艦だろうが!!』

 

『いやあ、ロボットに乗れるってきいたもんで一足先に来ちまいましたっ。 いやん、ばかん、あ、どっか~ん』

 

態々一言一言にリアクションをつけてゆくエステバリス。

パイロット自身の性格には問題がありそうなのだが、エステバリスを自分の手足のように操るその技術点ではナデシコのキャッチフレーズ『性格に問題が有るが、能力は一流』の通り、操縦技術は一流なのかもしれない。

 

『諸君にお見せしよう。 ガァイ・スゥパァナッパァァァァッ!!』

 

ポーズを決めるエステバリス。

しーん、と静まり返る格納庫。

そして非常に無理のある体勢で止まっていたエステバリスは当然のごとく重力の赴くままに派手な音を立てて背後に倒れこんだ。 

 

「がははははっ、すげーよなー 手があって足があって、自由自在に操れるんだから」

 

やることをやったからか、暑苦しい男は満足なのか非常にご機嫌。

 

「最新のIF(イメージフィードバック)のおかげだろう?これさえあれば子供だって操縦できるからな」

 

ウリバタケが男の右手にあるIFSを指差して言う。

 

「俺の名はガイ。ダイゴウジ・ガイだ。まぁガイって呼んでくれ」

 

「あれ?おたくヤマダ・ジロウってなっているけど?」

 

乗員名簿を確認するウリバタケ。

其処には確かに彼の顔写真と共にヤマダ・ジロウと書かれていた。

 

「ちがーう! それは仮の名。ダイゴウジ・ガイは魂の名前・・真実の名前なのさ!!木星人め!くるならこい!」

 

セリフを決めた後、突如ガイ(ヤマダ)の顔が青ざめる。

 

「どうしたの?」

 

「いや、その、足がね‥‥痛かったりするんだな‥‥」

 

ガイはそのままその場に倒れた。

 

「あっ!おたく、足折れてるよコレ」

 

「なんだと!わぁぁぁ!痛ててててー!!」

 

救護用の担架で医務室に運ばれようとしている最中、

 

「おーいそこの少年、少女!!どちらでもいい!」

 

「「ん?」」

 

「あのロボットのコックピットに俺の大事な宝物があるんだ! すま―ん、取ってきてくれー」

 

「宝物ってゲキガンガーの玩具かよ。いくつだアイツ?」

 

ぶつぶつ言いながらも人のいいアキトは、先ほどまでヤマダ・ジロウが乗っていたピンクのエステバリスのコックピットからゲキガンガーの人形を手に取る。

 

「ん?‥来る‥‥」

 

「ん?コハクちゃん?」

 

アキトがふと後ろを見るとコハクは天井を睨んでいた。

 

ドオオオンッ!! 

 

そこへ激しい振動が艦内を襲った。

ガイが格納庫で骨折する少し前、ブリッジでは‥‥

 

「ちょっと!!どういうことよ!!瓢提督は呼んで私達はいらないって!!」

 

連合軍将校ムネタケ・サダアキがゴート相手に金切り声をあげて抗議していた。

その様子を見ていた、ルリ、メグミ、ミナトの反応は、

 

「バカばっか」

 

「あの人達ですよね?火星のコロニーに戦艦を墜としたのって‥‥」

 

「まぁ、キャンキャン吼えたくもなるか」

 

これがおそらく初めて、3人が連合軍将校に会った印象と感想であった。

 

「乗員はすべて各分野のエキスパートです。なかでも艦長は連合大学在籍中、戦略シミュレートで無敗を誇った逸材です」

 

ゴートがムネタケに艦長のプロフィールを簡単に説明する。

 

「で!?その逸材はどこなの!?」

 

「いえ、それが‥‥」

 

ゴートが口ごもっているとブリッジのドアが開き、

 

「あ~ここだ、ここだ。みなさぁん、私がナデシコ艦長のミスマル・ユリカです!!ブイっ♪」

 

「「「「「ブイっ?」」」」」(ゴート、ミナト、メグミ、フクベ、ムネタケ)

 

「またバカ?」

 

(これで皆のハートをキャッチ)

 

ルリが呆れるのも無理はない。

ユリカの後ろでは副長のアオイ・ジュンがユリカの荷物を持ちつつ滝のような涙を流している。

 

再びアキトとコハクが居るナデシコ格納庫では‥‥

アキトがゲキガンガーの人形を手に取り、コハクの様子がおかしいことに気づいた突如、激しい振動が艦内を襲った。

 

「な、なんだ?」

 

『現在、地上軍と木星機動兵器が交戦中、各員戦闘配置につけ!繰り返す‥‥』

 

ゴートが現状を説明するために艦内放送を入れる。

 

「や、奴らだ。奴らが来た‥‥」

 

アキトは木星機動兵器と言う単語を聞くと震え出し、不安そうに天井を見上げた。

木星蜥蜴がナデシコが停泊しているドックを攻撃している光景はサセボシティーからも窺えた。

 

「なんであんな所を?」

 

「木星人の考えている事は分かんねぇな」

 

「あいつ、また震えているのかねぇ~」

 

野次馬の中に昼間アキトが働いていた雪谷食堂の店主のサイゾウの姿があった。

プロスペクターとコハクが雪谷食堂を出た後、サセボシティーの上空で連合軍と木星蜥蜴との間で小競り合いがあった。

その時、アキトはパニック症状を引き起こし、閉店後雪谷食堂をクビになっていたのだ。

 

その頃、ナデシコのブリッジでは‥‥

 

「現在の状況は?」

 

「敵の攻撃範囲は、このドック周辺に集中しています」

 

瓢提督の質問に淡々と答えるルリ。

 

「敵の狙いはナデシコか!?」

 

「そうと分かれば反撃よ!」

 

「どうやって?」

 

「ナデシコの対空砲火を真上に向けて、敵を地上ごと焼き払うのよ!」

 

ムネタケの提案ではこのまま地上にいる迎撃部隊ごと薙ぎ払ってしまう。

 

「上で戦っている兵隊さんごと吹っ飛ばす気?」

 

ミナトがムネタケの提案に異議を出す。

 

「ど、どうせ全滅しているわよ!」

 

「それって非人道的っていいません?」

 

ミナトに続きメグミもムネタケの提案には反対のようだ。

 

「艦長、君の意見を聞かせてもらおう」

 

瓢提督がユリカを見て意見を尋ねる。

 

「海底ゲートを抜けて一旦海上へ、その後グラビティーブラストにて敵を殲滅します!」

 

「そこで俺の出番さ!! 俺がロボットに乗って囮となっている隙にナデシコは脱出!! かァーっ!燃えるシチュエーションだっ!!」

 

「おたく骨折中だろ?」

 

「あっ、そうだった‥‥」

 

肩を貸しているウリバタケに突っ込まれ愕然とするガイ。

 

「囮ならもう出ています。今、エレベーターで陸戦型エステバリスが1機‥‥」

 

「「「「「「「「ええっ!?」」」」」」」」

 

ルリの報告にブリッジに居る一同が思わず声をあげる。

 

「メグミさんそのエステに通信繋げますか?」

 

誰が乗っているのか分からないが、ナデシコの為に誰が出てくれているのかを知るためにユリカはエレベーターで地上に上がっているエステバリスに通信を繋ぐように頼む。

 

「ちょっと待ってください‥‥‥繋がりました」

 

木星蜥蜴の来襲にアキトはさっきまでガイが乗っていたエステバリスに乗り、一刻も早くこの場を逃げたかった。

アキトにとって奴らは恐怖の対象でしかなかった。

 

「もう、閉じ込められるのはゴメンだ!俺はコックになるんだ!!」

 

こんな地下ドックでまた生き埋めになるのは御免だ。

自分にはコックになると言う夢がある。

こんな所で死ぬわけにはいかない。

 

『誰だ!?君は!?』

 

「わっ!」

 

突然目の前に現れた空間ウィンドウに驚くアキト。

 

『所属と名前を言いたまえ!』

 

老将に一喝され、ビビリながらも答えるアキト。

 

「テンカワ・アキト‥‥コックです」

 

『あー!!あいつ俺のゲキガンガーを!!』

 

空間ウィンドウを見てガイが叫ぶ。

その理由は、ガイの宝物であるゲキガンガーの人形は現在、アキトが着ているシャツの胸ポケットの中にいたからだ。

 

「ユリカあの人‥‥」

 

「うん‥アキト‥‥?アキト‥‥」

 

何か思い当たることがあるのか、ブツブツと自分の世界に突入したユリカ。

実はこの2人、ドックに着く前にアキトと面識があった。

ドックに行く途中、車のトランクからユリカのスーツケースが落ち、坂道を自転車で上っていたアキトの顔面に直撃、その後荷物整理を手伝ってもらっていたのだ。

 

「ユリカ?」

 

ブツブツ呟いているユリカに恐る恐る声をかけるジュン。

すると、

 

「あ―――ッ!! アキトだ!! アキト、アキト、アキト!!」

 

いきなり、考え込んでいたユリカが叫び声を上げた。

 

「何でアキトがそんなところにいるの?あ、そうか、私を助けに来てくれたんだね。さっすが、アキトはユリカの王子様!!」

 

『ユ、ユリカ?な、何で?お前がそんなところに?』

 

『彼女はナデシコの艦長ですから』

 

いつの間にかブリッジに居たプロスペクターがアキトにユリカの役職を言う。

 

「そうだよ。ユリカはこの船の艦長さんなんだよ!!えっへん!!」

 

両手を腰に当てながら笑顔で言うユリカ。

 

「ユ、ユリカ、アイツ誰?」

 

ユリカの今までにないテンションに戸惑うジュン。

 

「私の王子様!ユリカがいつもピンチの時にいつも助けに来てくれたの」

 

『ちょっと待て!』

 

「でも、アキトを囮なんて出来ない危険すぎる」

 

『おい、囮って何だよ?』

 

「分かっているわ。アキトの決意の固さ‥‥女の勝手でどうこう出来ないわよね?」

 

『おい、ちょっと!』

 

「わかった。ナデシコと私達の命‥貴方に預ける‥‥必ず生きて帰ってきてね」

 

『コラ!待て、テメェ!!』

 

そんなことをしている間にエレベーターは地上に着いた。

 

『作戦は十分間!とにかく敵を引き付けてくれ!健闘を祈る』

 

ゴートの通信終了共に作戦が開始された。

エレベーターの周りには赤い蜘蛛の形をした虫型地上兵器のジョロが多数居た。

その光景にアキトは火星、ユートピアコロニーの地下シェルターでの光景が過ぎった。

燃える地下シェルター、倒れている人々、群がるバッタ、そして守ることの出来なかった少女の姿‥‥

 

「‥‥ア‥ア‥ああ‥‥」

 

無意識に手が震えて動けなくなるアキト。

その時、震えるアキトの右手に小さな右手が置かれる。

 

「大丈夫、落ち着いて‥‥」

 

「こ、コハクちゃん!?」

 

アキトにとって予想外のことだったのだろう声が裏返っている。

てっきりナデシコの格納庫にいたと思っていたコハクがまさか此処にいるとは思わなかったのだ。

 

「‥‥落ち着いてアキトさん‥‥恐怖は誰もが持つ感情の1つ‥‥でも重要なのはその恐怖に飲み込まれないようにする事‥‥」

 

「コハクちゃん‥‥」

 

「逃げるだけじゃ何もできないし、何も始まりません。自分のしたい事があるなら、戦ってでもそれを勝ち取らないと‥‥ナビゲートは僕がやるからアキトさんはエステの操縦をお願い」

 

「あ、ああ」

 

「それじゃ行きましょうか?」

 

サーモンピンクのエステバリスは思いっきり前方へジャンプした後、街道をローラダッシュで走る。

その後をジョロ達も追いかけてくる。

 

その映像を見ているナデシコのブリッジでは‥‥

 

「コラ~逃げずに戦え!」

 

戦わずいきなり逃げたアキトにガイは納得いかない様子。

 

「いや、見事な囮役だ」

 

敵を躱しながら逃げるアキラのエステバリスの行動にゴートは誉めた。

 

「プロスさんそういえばこの空いているシートって誰のですか?」

 

メグミが誰も座っていない隣のシートに疑問を持ち、プロスペクターに尋ねる。

 

「そこはサブオペレーター席なのですが‥‥そう言えば、コハクさんは何処でしょう?」

 

「コハク?」

 

プロスの発した名前にユリカが「誰?」といった感じの表情でプロスに聞く。

 

「ナデシコのサブオペレーター兼火器管制システム担当の方です」

 

「へぇ~どういった方なんですか?」

 

「そうですね‥‥かわいらしいお嬢さん‥とでも言うべきでしょうか‥‥」

 

「そっか、かわいい娘かぁ~‥‥それでその娘は?」

 

「テンカワさんの案内を頼んだのですが‥‥ルリさん、艦内検索で今どこにいるか検索をかけてもらえますか?」

 

「了解」

 

ドックの注水率を注意しつつ艦内検索をかけるルリ。

 

「‥‥‥検索終了‥‥検索の結果、艦内にはいませんね」

 

「ええっ!」

 

「それ、どういうこと?」

 

「コミュニケの反応では今、高速で移動中‥‥どうやらあのロボットの中にいるようですね」

 

「なんですと!」

 

「そんな!‥‥ロボットの中で‥‥アキトと一緒‥‥かわいい娘‥‥アキトがピンチ!?」

 

アキトが別の意味でピンチなのではないのかと声をあげるユリカ。

 

「‥‥バカ」

 

ユリカの妄想に突っ込みを入れるルリ。

 

一方、アキトとコハクは‥‥

 

「そのままその道をまっすぐ」

 

「くっ」

 

必死でジョロから逃げていた。

 

『ナデシコ発進まであと7分』

 

空間ウィンドウに表示されるタイマーを見てアキトは、

 

「コハクちゃん、あと7分も逃げ切れるの!?」

 

アキトの膝の上でオペレートをしているコハクに尋ねる。

 

「‥‥そうですね‥このまま普通に逃げていては逃げきれませんね‥‥」

 

「そ、そんなっ!?」

 

「だから、ここら辺で反撃しつつ、敵の動きを鈍らせましょう!」

 

周辺の地図と敵の分布状況が表示されているウィンドウを見てコハクが指示をする。

 

「機体を180度反転し、先頭のジョロにアームパンチ」

 

「りょ、了解」

 

高速で走っていたエステバリスが急に立ち止まり振り替えると、右手が勢いよく飛び、先頭を走っていたジョロの顔面にヒット、体制を崩した先頭のジョロは後続のジョロと衝突し、爆発、さらに後ろから来たジョロ達も急ブレーキをかけ、止ろうとするが間に合わず次々と衝突し爆発ていく。

 

「うぉぉー!!スゲーゲキガンパンチみてぇ!」

 

ジョロを倒して少し興奮気味のアキト。

 

「‥‥次、上方、左40度からバッタが接近‥‥ブースターでジャンプ」

 

「了解!!」

 

上から来るバッタ目掛けてジャンプするエステバリス。

 

「左にいるあのバッタと右にいるあのバッタを捕まえて」

 

バッタの大群の中から今いる位置から1番近いバッタを指差して捕獲を指示するコハク。

コハクの指示通りワイヤーアームで2匹のバッタを捕まえる。すると後方のバッタがミサイルを放ってきた。

 

「ど、どうすれば?」

 

「そのまま、もう少しバッタを掴んでいて‥‥」

 

ミサイルの動きを見て、タイミングを計り、

 

「今だ、前方にバッタを放り投げて!」

 

前に思いっきり投げると掴まれていたバッタはたちまち飛んできたミサイルの餌食となった。

 

(なんかこういうの前にも似たようなことがあった気がする‥‥気のせいかな?)

 

現状にデジャブを感じつつも、目の前の敵に集中するコハク。

地上に着くとまた走り出し、距離を稼いだら反撃、そしてまた走る。そういった行動を繰り返すうちに2人の乗るエステバリスは岸壁に到着する。

 

「ここが合流ポイントです‥‥さっ、アキトさん、行きましょう!」

 

「え?行くって何処に?」

 

「海」

 

コハクは崖下の海を指さす。

 

「‥‥マジ?」

 

「本に気と書いて」

 

コハクが微笑みを浮かべ自分の右手をアキトの右手と重ねると、エステバリスを動かす。

 

「マジと読む~♪」

 

その直後、エステバリスは岸壁をダイブ。

 

「うわぁぁぁぁー!!」

 

アキトの叫び声が響く。

エステバリスはそのまま海へ落下‥‥することなく海から浮上してきたナデシコの上に降り立つ。

 

「ナ、ナデシコ?」

 

『お待たせアキト』

 

「お待たせって‥‥まだ10分経ってないぞ?」

 

『貴方のために急いできたの♪』

 

「敵残存機動兵器、有効射程内に捉えました。グラビティーブラスト、いつでもいけます」

 

火器管制オペレーターがいないので、臨時で務めるルリ。

 

「了解、ルリちゃん♪目標、敵まとめてぜぇーんぶっ!グラビティーブラスト、てぇーっ!!」

 

黒い火線が敵の群に吸い込まれ、一瞬の後に敵の機動兵器は爆発四散する。

 

「敵機動兵器、消滅を確認しました」

 

ルリの報告が上がり、ブリッジが歓声に包まれる。

朝日も昇り、勝利のシチュエーションとしては最高の映像だ。

 

「ウム、よくやった、艦長」

 

「偶然よ、偶然。アタシは認めないわ」

 

「この結果を見れば認めざるをえないだろう」

 

「まさに逸材」

 

フクベ、ムネタケ、プロスペクターがそれぞれの感想を漏らす。

 

グラビティーブラストで吹き飛ばされるバッタを見ていたアキトだったが、胸板に膝の上の少女の頭が置かれる。

 

「えっ?ちょっと!」

 

慌ててアキトが見るとコハクは気持ちよさそうに寝ている。

戦闘が終わって緊張が解けたのか?それとも徹夜明けで眠かったのか?彼女は起きる気配が全く無い。

 

「やれやれ」

 

と、言いつつもアキトはコハクの寝顔を見て微笑んでいた。

 

 

・・・・続く



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第3話

 

 

「‥‥サブオペレーターの‥‥タケミナカタ・コハク‥です‥‥」

 

左胸にネルガルのエンブレーム、左腕にナデシコのエンブレームが入った白いワイシャツに黒ネクタイ、黒のプリーツスカート姿でナデシコのブリッジに入り、ぎこちないながらも挨拶をするコハク。

礼儀正しく頭を下げる。

頭を下げた事でコハクの背中まで伸びた艶やかな金髪があわせて跳ねる。

これまで教育係のエリナ、ゴート、プロスペクター以外の人と関わりをもたなかった事からちゃんと挨拶が出来るかと心配していたプロスペクターであったが、コハクは無事にナデシコのクルーに挨拶をする事が出来た。

まさにエリナ女史の教育の賜物である。

 

「操舵士のハルカ・ミナトよ。ヨロシク」

 

「通信士のメグミ・レイナードです。以前は声優をやっていました。よろしくお願いします」

 

「‥‥ヨロシク‥お願いします」

 

「ねぇねぇ、コハクちゃんって日本人なの?」

 

自己紹介が終わると、ミナトがコハクの事をジッと見つめながらコハクが日本人なのかを訊ねてくる。

 

「えっ?」

 

「そうですよね、なんか名前と顔立ちが一致して居ない様な気がします」

 

ミナトの質問に対して、メグミも同じコハクの容姿をみて、やはりミナトと同じくコハクの容姿と名前が一致していない事に疑問を感じていた様だ。

コハク自身、自分が何処の国の人間なのかは分からない。

でも、タケミナカタ・コハクと言う名前は明らかに日本人っぽい名前である。

だが、コハクの容姿は金髪に赤い眼‥‥どう見ても日本人の特徴とはかけ離れている。

 

「えっと‥‥僕はハーフって言う血筋で‥‥」

 

「へぇ~何処の国のハーフなの?」

 

「日本語上手だね~」

 

ネルガルの方もちゃんとこうした事を計算に入れており、コハクには架空の家族構成を用意しており、コハクにも、もし、家族の事を聞かれたらその架空の家族構成を言うように教えていた。

ミナトとメグミがコハクと話をしている最中、

 

「むぅ~」

 

ユリカはコハクの事をジッと睨んでいる。

その理由は‥‥‥

木星兵器を殲滅後にナデシコの格納庫に帰還したアキトを迎えにいった所、エステバリスから降りてきたアキトは眠っているコハクをお姫様抱っこしていたのだ。

その光景を見たユリカが、

 

「アキトにお姫様抱っこなんて‥‥私だってされたことないのにぃ~!!」

 

格納庫中に響き渡る大声をあげて、アキトはその場にユリカが居る事を認識した。

 

「アキトのロリコン!!変態!!」

 

そして、ユリカはアキトに向かって罵声を飛ばした後、格納庫から走り去って行った。

 

「ちょっ!!ユリカ、お前!!誤解を生む様な事を言うなよ!!」

 

コハクをお姫様抱っこしながらアキトもユリカが走り去って行った通路に向かって声をあげる。

しかし、ユリカとアキトが大声をあげたにも関わらず、アキトの腕の中のコハクは目を覚ます事はなかった。

 

と、そんな訳でユリカはコハクにヤキモチを焼いた為である。

ちなみに同じく格納庫にいた整備員達も羨ましそうにアキトを見ていた。

 

「ルリさん、こちらが先程お話をしたサブオペレーターのコハクさんです。お部屋も同室ですので、仲良くしてあげてくださいね」

 

プロスペクターがルリにコハクを紹介する。

 

「よろしく、タケミナカタさん。オペレーターのホシノ・ルリです」

 

ルリは無表情のままコハクに自己紹介をする。

 

(っ!?)

 

コハクはルリの姿を見て目を見開く。

彼女の脳裏にはあの時の‥‥自身が保護された研究所で一瞬過ぎった銀色の髪に金色の瞳を持ったあの少女の姿が過ぎる。

 

「あの‥‥」

 

「えっ?」

 

「少し顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」

 

ルリはコハクの顔を覗き込みながら訊ねてくる。

 

「あっ、うん‥‥だ、大丈夫。寝起きだから少し頭が働いていないだけだよ。それと僕のことはコハクでいいよ。こちらこそ、よろしくホシノさん」

 

慌てて体裁を整えて、ルリに挨拶をするコハク。

 

「はい。あっ、私もルリと呼んでくださいね」

 

「わかりました。ルリ‥さん」

 

自分で言っておいてなんだが、ルリの事を「さん」付けで呼んだ時、コハクは物凄い違和感を覚えた。

 

《こんにちはコハクさん。SVC2027オモイカネです♪》

 

カラフルな空間ウィンドウを開いてオモイカネがコハクに挨拶をしてくる。

 

「初めまして、オモイカネ。僕の事はコハクって呼んでね♪」

 

《うん、コハク。ヨロシク》

 

ルリに続いてオモイカネにも挨拶をするコハク。

 

「あの‥‥1つ聞いてもいいですか?」

 

ルリがコハクに質問をしてきた。

 

「何でしょう?」

 

「‥貴女は‥‥コハクは‥マシンチャイルドなんですか?」

 

ルリのこの質問にコハク、プロスペクター、ゴートが固まる。

 

「‥‥えっ‥‥えっと‥‥それは‥‥」

 

ルリから視線をずらしながら、なんともバツ悪そうに口ごもるコハク。

 

「まぁまぁルリさん。そういった質問はプライバシーに関わることですので‥‥‥」

 

プロスペクターがコハクの弁護に回るが、コハクとプロスペクターの様子からこれはもう彼女がワケ有りですとブリッジにいた皆に教えてしまったのと同じである。

 

「わかりました」

 

しかし、以外にもあっさり引くルリ。

だが、ルリはコハクのことを完全に諦めたわけではなかった。

 

その頃、連合軍ヨコスカ基地宇宙軍第三艦隊バースでは‥‥‥

 

『この戦時下に民間用戦艦などとは!!』

 

『ネルガルは一体何を考えている!?』

 

『ともかくあの威力を見ては戦艦ナデシコを放置するわけにはイカン!!』

 

『あの艦の艦長は君の娘だそうじゃないか?』

 

『もし、ナデシコの艦長が連合軍への参加を望むのであれば受け入れよう』

 

連合軍上層部から遠回しに『ナデシコを捕まえて来い』という命令を聞くユリカの父、ミスマル・コウイチロウ

 

「提督?」

 

そんなコウイチロウを副官が心配そうに声をかける。

 

「ただちに出撃!機動戦艦ナデシコを拿捕する!」

 

コウイチロウが力強い声で部下に命令を下す。

今この場に居るのはミスマル・ユリカの父ではなく、連合宇宙軍第三艦隊提督、ミスマル・コウイチロウなのだと、彼は自分自身に言い聞かせた。

そして戦艦 トビウメ 護衛艦 クロッカス、パンジーの3隻は第三艦隊バースを出撃していった。

 

 

~ナデシコ 艦内 通路~

 

「ねえ、アキトぉ、どうしたの?何怒っているの?」

 

親鴨の後ろをついてまわる子鴨のように、アキトの後ろをぴったりついてまわるユリカ。

対するアキトはむっつりとしてそれを無視しつつ、すたすたと新しい職場である食堂へ向かっていた。

そんなアキトとユリカのその様子をたまたま居合わせた整備員たちが、何事か?と思いつつ観察している。

アキトはあの後、勝手にエステバリスを動かしはしたが、ナデシコは軍属ではなく、しかもあの時はやむを得ない状況だったので特にお咎めはなしだった。

 

「ねぇ、ねぇったらねぇったらねぇっ!!」

 

ゴソ、ゴソ、ゴソ

 

ポイ、ポイ、ポイ

 

ドリンクコーナーに設置されていた空き缶入れから徐に空き缶を数個取り出してアキトに投げつけるユリカ。

そして、投げられた空き缶の全てがアキトの後頭部に命中する。

ナイスコントロールである。

 

「何しやがる!!いてぇだろうがぁ!!」

 

「だってだって、アキトったら私を無視するんだもん!」

 

「だからってお前なあっ!」

 

「一体何があったの?何に怒っているの?ねぇ願い教えて‥‥それにあのコハクちゃんって子と‥その‥‥ロボットの中でなにしていたの!?」

 

この会話の原因はつい先ほど、コハクの紹介が終わり、ユリカがアキトの部屋に来た(押しかけた)時にあった。

部屋に入った時、湯上りのアキトと鉢合わせしたトラブルがあったのは置いておくとして、その後ユリカがアキトの元に何度も連絡をとったが連絡がつかず心配していたことを告げたとたん、アキトが急に不機嫌になったのだ。

「よく言うよ」の一言と共に‥‥。

それから前述のように無視を決め込んでいたのだが、ユリカの涙目のウルウル攻撃に意地を張り通すことができなかったアキト。

 

「しょうがねぇ 教えてやる。だが、その前に!!」

 

「むっ!?」

 

「空き缶は!!」

 

「屑篭にねっ♪」

 

2人の行動を見て、だあっ、とずっこける整備員達だった。

 

 

アキトとユリカは食堂に場所を変えて、アキトはユリカに事情を説明する。

 

「まず、始めにコハクちゃんのことだけど、あの子は俺がナデシコに乗った時の案内役だったんだよ。案内の最中に木星兵器が襲い掛かってきて‥‥それで‥‥」

 

「怪しい‥‥」

 

「本当だって!!何ならコハクちゃん本人に聞いてみろ!!」

 

「もう『ちゃん』付けで呼び合う関係に‥‥」

 

「だから人の話を聞け!!」

 

さんざん時間をかけ、コハクとのことを誤解だとユリカに分からせた後、ようやく本題の両親の死について話すアキト。

 

「殺された?」

 

「ああ、俺の両親は殺された。 火星を離れるお前の家族を見送った直後にな‥‥」

 

アキトは今でも忘れはしない。あの時の光景を‥‥

ミスマル家の全員が乗った地球行きのシャトルを見送った後、突如空港と隣接する研究所区画で起こった爆発。

それはアキトの両親が勤めている研究所区画だった。

高く立ちのぼる黒煙と炎。

湧き上がる不安を必死に大丈夫だと思い込むことでアキトは走った。

とにかく走った。だが、無常にもたどり着いた現場で見たものは、折り重なるように倒れた両親の姿。

2人とも背中から血を流し、ピクリとも動かない。

それまで我慢して来た涙が一斉にあふれ出し、アキトはただ立ち尽くすだけだった。

 

「俺は真相を知りたい‥‥どうして親父やお袋が殺されたのか‥‥俺は事と次第によっちゃあお前も殺す‥殺す‥かもしれない‥‥」

 

「殺す!?…殺すって‥‥?」

 

驚きに顔を強ばらせるユリカ。

だが、次には何故か頬を赤らめ腰をくねらせている。

 

「やだ、なんかハードボイルドでロマンチック」

 

と、頭の中で自分の都合のいい妄想の世界にダイブしていた。

そんなユリカをほっといてアキトは食堂のスタッフの前まで行って、ぺこりと頭を下げ、

 

「テンカワ・アキトです。よろしくおねがいしまーす」

 

新たな職場の上司と同僚に挨拶をしていた。

 

「おいおい」

 

現実に帰って来たユリカは、自分を置いていったアキトに抗議の声をあげようとした所で、目の前に現れた空間ウィンドウに勢いを殺されてしまった。

 

『艦長、至急ブリッジまできてください。重大発表があるそうです』

 

「ぴょう?」

 

ユリカがアキトに付きまとっている時、ナデシコ後方の海中では‥‥

 

 

~戦艦 トビウメ艦橋~

 

「ナデシコ捕捉!!行き先は不明!!」

 

海中を潜航しながらナデシコへと迫るトビウメ、クロッカス、パンジー。

 

「レーダーに察知されぬよう慎重に進め」

 

娘の前では親馬鹿なコウイチロウでも職場では冷静沈着な提督であった。

 

「前方にチューチップを発見!!ただし、現在は活動を休止中の模様!!」

 

「かまうな。そのまま前進。トビウメ浮上後は護衛艦深度を上げ、そのまま海中で待機」

 

連合軍の艦艇がナデシコへと迫っていることを知る由もないナデシコのブリッジではスキャパレリ・プロジェクトの説明が行われていた。

 

「今までナデシコの目的地を明らかにしなかったのは、妨害者の目を欺く必要があったためです。 ネルガルがわざわざ独自に機動戦艦を建造したわけは他にあります。 以後ナデシコはスキャパレリ・プロジェクトの一端を担い、軍とは別行動を取ります」

 

プロスペクターはブリッジに集まった面々、ブリッジ要員とエステバリスのパイロット達に告げた。

 

ちなみにアキトはそもそもの所属がコックなのでブリッジにはおらず、食堂のモニターでスキャパレリ・プロジェクトの内容を聞いている。

 

「我々の目的地は火星だ!!」

 

ナデシコの提督である瓢が一同にナデシコの行き先を告げる。

ナデシコの行き先を聞き、その波紋は艦内のいたるところに行き渡った。

食堂に居るアキトがまた故郷である火星に行けると喜んでいるかと思えば。

 

「では現在地球が抱えている侵略は見過ごすというのですか?!」

 

 と、ジュンのように反論も起きた。

 

「それに火星は木星蜥蜴に占領されているんじゃ‥‥?」

 

メグミがプロスペクターに質問する。

 

「それは連合軍の報告を元に地球連合政府が発表したに過ぎません」

 

黙って成り行きを見守っていたコハクが突然口を開く。

すると全員の目がコハクに集中する。

 

「実際に火星全土が木星蜥蜴に占拠されたかどうかを確認した人はいませんし‥‥」

 

一度言葉を切り、コハクは瓢提督をチラッと見る。

 

「ん?ワシの事なら構わんよ」

 

瓢提督の言葉を受け、コハクは一礼すると再び話し出す。

 

「第一次火星会戦後、木星蜥蜴の大群が押し寄せて来たという報告を最後に連合軍は火星と月を見捨て地球圏にのみ絶対防衛線を張り、防戦一方の状態です。でも、もしかしたら火星にはまだ生存している人がいる可能性があるのではないかと僕はそう思っています」

 

「そう!!まさにその通りです!!我々はそういった残された人々や火星の資源を救出するために火星へ向かうのです!!」

 

コハクの言葉に力を得たプロスペクターが断言する。

 

(僕は資源のことなんて一言も触れてないけど‥‥プロスさんも根っからのサラリーマンだな)

 

「でも蜥蜴さんたちが大勢攻めてきて、本当に生きている人がいるのかな?」

 

ミナトは戦場になった土地に人が今でも生きているのかまだ疑問のようだ。

 

「火星には我が社の他にも様々な企業の研究所や実験場、支社がありました。それらの企業施設の地下には社員の避難用シェルターが備えられていましたので、生き残った人がいる可能性は充分ありえます」

 

「まあ、戦争するよりはいいよね」

 

「人助けって事ですよね?」

 

プロスペクターの説明でメグミとミナトは納得の様子。

ナデシコクルーの総意が火星行きに纏まりそうになった時、

 

「残念だけど火星へ行く必要なんてないわ」

 

突然空間ウィンドウにムネタケの姿が現れると同時にブリッジのドアが開き、ライフルを持った兵士達と共にムネタケが入ってきた。

 

「ムネタケ!!血迷ったか!?」

 

瓢提督がムネタケを一喝するが、ムネタケはそれをあっさりと聞き流す。

 

「提督、この艦をいただくわ」

 

「その人数で何が出来る?」

 

ゴートがムネタケに問う。

 

「わかったぞ!お前ら木星のスパイだな!!」

 

ガイがムネタケを指差すが、兵士にライフルを突きつけられ大人しくなる。

 

「勘違いしないで、動いているのは私達だけじゃないわ‥‥ホラ、来たわよ」

 

そう言ってニヤリと笑うムネタケ。

ムネタケの呟きと共に、ナデシコ前方の海中から連合宇宙軍の戦艦が姿を表した。

 

『こちらは地球連合宇宙軍第三艦隊提督 ミスマルである!!』

 

海中から浮上した戦艦トビウメから通信がナデシコに入った。

 

「お父様?」

 

「「「ええっ!!お父様!?」」」

 

ユリカの予想外の言葉に何人かがユリカを見る。

 

「お父様!!これはどういうことですの!?」

 

『ユリカわかってくれ、パパも辛いんだよ』

 

一体どこまでが本気なのか分からないセリフを言うコウイチロウ。

恐らく半々といったところだろう。

 

「困りましたなぁ。連合軍との話はついている筈ですが‥‥ナデシコはネルガルが私的に使用すると‥‥」

 

『我々に現在必要なのは木星蜥蜴と十分対抗出来る兵器なのだ。それをむざむざ火星へ送るなどと‥‥』

 

「わかりました。では、交渉ですな。早速そちらでお話しをいたしましょう!!」

 

『よかろう。 ただし、艦長とマスターキーは当方で預かる!!』

 

コウイチロウの要求にブリッジのクルーは驚く。

 

「艦長!!奴らの言いなりになる気か!?」

 

「やめるんだ、艦長!!我々は軍人ではない!!軍の命令に従う必要はない!!」

 

ガイと瓢提督は反対し、必死にユリカを止めようとする。

 

『瓢さん生き恥を晒したくない気持ちは分かります。ですが今は堪えてください。ユリカ~パパが間違ったことを言ったことがあるか?』

 

「う~ん」

 

瓢提督やガイ、コウイチロウの言葉を聞いて思案するユリカ。

 

「ユリカ、提督が正しい。コレだけの戦艦をむざむざ火星に送るなんて‥‥」

 

元連合軍士官だったジュンはやはり火星行きには反対の様子でコウイチロウの意見に賛同する。

こんな感じでブリッジが騒がしくなった時、ソプラノ調の凛とした声がブリッジに響く。

 

「ミスマル提督。残念ですがマスターキーの件に関しては承服致しかねます」

 

マスターキーの引き渡しを拒否したのはコハクだった。

コハクは空間ウィンドウ越しにコウイチロウをジッと見ている。

 

「‥コハク?」

 

「コハクちゃん?」

 

突然コウイチロウに反対意見を述べたコハクにルリとミナトは驚きの様子。

 

『‥むっ?君は誰だね?』

 

「ナデシコのサブオペレーターのタケミナカタ・コハクと申します。以後お見知りおきをミスマル提督」

 

スカートの両端を両手でちょっと摘み、頭をさげ、挨拶をするコハク。

 

『ふむ、こちらこそ。それでコハク君、マスターキーを渡せない理由を聞こうじゃないか』

 

「先程確認しましたが、この海域にはチューリップが落とされています。現在は活動を休止中の様ですが、万が一活動を再開した場合、作動キーを抜いたナデシコは、主兵装であるグラビティーブラストはおろか満足に動くことも出来ない丸裸状態になります。敵襲が予想される中、マスターキーを抜き取るのは自殺行為です」

 

『コハク君‥君は連合軍が信じられないのかね?』

 

「現在の連合軍艦艇ではナデシコを守ることが出来ないので、はっきりとそう申し上げています。現に木星兵器に押され気味だからこそ、木星兵器をいとも簡単に撃破したナデシコの力を見て、態々こうしてナデシコを拿捕しようとしているのではありませんか?」

 

『なっ!?』

 

連合軍の現状の痛い所を突かれ言葉を詰まらせるコウイチロウ。

ナデシコクルーも唖然とした表情でコハクとコウイチロウとのやり取りを見ている。

 

「それとも"また"民間人を戦場に置き去りにするおつもりですか?あの時のように‥‥火星の時のように!?」

 

少し声を上げ、怒鳴るようにコウイチロウに詰めるコハク。

 

『‥‥‥』

 

火星の例を出され、完全に黙り込むコウイチロウ。

そこに駄目押しの一言を言うコハク。

 

「‥‥それとも提督‥‥今、ここで一戦交えますか?」

 

先程とは打って変わって冷たい声と鋭い眼光でコウイチロウに問うコハク。

この言葉でコウイチロウにもナデシコのクルーの間にも緊張が走る。

 

「‥‥」

 

『‥‥』

 

コハクとコウイチロウが互いに視線を逸らさず、無言で見つめ合う。

そして、

 

『‥‥よかろう、作動キーはそのままでよい。至急艦長と交渉人をこちらに寄越したまえ』

 

遂にコウイチロウの方が折れ、ナデシコのマスターキーは抜かれる事はなかった。

 

「ミスマル提督‥‥御英断感謝いたします。そして提督に対する数々の非礼、申し訳ありませんでした」

 

深々とお辞儀し詫びるコハク。

 

『コハク君、年齢に似合わぬ見事なその胆力、このミスマル・コウイチロウ感心したぞ。いつか、ゆっくりと話してみたいものだ。では失礼する』

 

「はい、こちらこそ。それでは失礼致します」

 

再びスカートの両端を両手で摘まみ、深々とお辞儀してミスマル提督を見送るコハク。

 

「ふぅ~」

 

通信が終わり、コハクは左手で額の汗を拭う。

 

「いやぁ~連合軍の提督相手あそこまで言うとは物凄い事をなさいますなぁ~」

 

プロスペクターの呟きに次々にクルーが同調する。

だが、クルーの顔に浮かぶのは笑顔だった。

 

「そうでもないですよ。今も緊張で手が震えていますから‥‥ほら‥‥」

 

ぎこちない笑みを浮かべて皆に手を見せるコハク。

たしかにその手は小さく震えていた。

 

「いやいや、よく言ったぜ、コハク」

 

「そうそう。格好良かったわよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

ガイとミナトから褒められ、ほんのりと顔を赤く染めるコハク。

 

「では艦長、トビウメに参りましょうか?」

 

「はいッ!!」

 

「ユリカ、僕も行く」

 

そういってブリッジを出て行くプロスペクター、ユリカ、ジュンの3人。

 

「さて、アンタ達は食堂に移動して貰うわよ」

 

ナデシコのブリッジにムネタケの声が響く。

ライフルを持った兵士が居て、反対にこちらは丸腰‥しかも女性がいるとなってはここで抵抗するのはあまりにも愚作であり、下手に暴れれば死傷者が出る。

そう判断したのか皆は、渋々食堂へ向かう為ブリッジを出て行こうとする。

 

「ルリ、僕達も行こう」

 

「はい」

 

コハクはルリと手を繋ぎ、直接銃口に晒さないよう細心の注意を払いながらブリッジを後にしようとした時、

 

「そこの2人は待ちなさい」

 

ムネタケがコハクとルリの2人を呼び止める。

 

「‥‥」

 

「なんです?」

 

ルリは無言で振り向き、コハクは一応要件を聞いてやるつもりで返事をする。

 

「アンタ達はここに残りなさい。さっきソイツが言っていたでしょう。敵襲に備えるって。だからアナタ達はそれをしなさい」

 

ルリは一瞬、顔を伏せると溜め息をついてムネタケの方へと歩き出そうとする。

 

(なんか‥やだな、この人…)

 

ルリは自分に命令した相手に嫌悪感を持つのはこれが初めての経験ではあったが、権利を持つ者に命令されては従うしかない。

 

「そうそう♪"機械人形"は“人形”らしく、黙って"人間様"の言う事を聞いてればいいのよ♪」

 

ムネタケがその言葉を発した瞬間だった。

コハクの中で何かがキレた。

 

「‥‥って‥言った?」

 

「「えっ?」」

 

ムネタケとルリの言葉が重なる。

 

「‥お前‥今、なんて言った?」

 

(コハク!?)

 

コハクは俯きながら殺気が篭められた冷たい声を発している。

 

「お前‥今なんて言った!?」

 

「ヒッ!」

 

突然の怒声にブリッジの空気までもが震える。

 

「お前、今なんて言った!?」

 

殺気と怒声を叩き付けられたムネタケは後退り、尻餅を着く。

直接殺気を向けられた訳でもない兵士達も思わず後退りする。

 

「お前‥お前も‥お前も‥お前もあいつらと‥‥!!」

 

コハクの脳裏には研究所で非人道的行為を行い続けたあの連中とムネタケが被って見えた。

ゆっくりムネタケに近づいていくコハク。

だが、コハクの様子は先程までコウイチロウと交渉をしていた時の様な冷静さはなく、目つきは鋭く、興奮しているのか息遣いも少し荒い‥‥例えるなら獲物を狩る直前の肉食獣の様だった。

 

「むっ!?イカン!!」

 

様子を見守っていたクルーも完全に動きを止めていたが、コハクの様子に不審をもったゴートがコハクの行動を止めに入る。

 

「コハク!!よせ!!」

 

ゴートがコハクを羽交い絞めにする。

 

「放せ!!コイツは!!コイツは今、ルリを人形なんてほざいたんだ!!コイツはあそこに居た奴等と同類なんだぞ!!」

 

十代の少女なのに物凄い力で暴れる様でゴートもかなり必死にコハクを押さえている。

ムネタケもライフルを構えている連合軍の兵士達、ナデシコのクルー達もゴートとコハクのやり取りを唖然とした表情で見ているだけしか出来ない。

余程興奮しているのかコハクはルリの事を呼び捨てで呼んでいる。

 

「コハク。冷静になれ、今ここで能力を出して暴れればナデシコに居れなくなる。それにルリが傷つくかもしれないのだぞ」

 

「っ!?‥くっ‥‥」

 

ゴートが耳元でコハクに囁くとコハクは途端に大人しくなった。

だが、キッとムネタケを睨むと、

 

「次にルリを機械人形と呼んだり、傷つけるような真似をしてみろ‥その首叩き斬るぞ‥‥」

 

と、警告をした。

 

「ルリ君。君も食堂へ‥‥でないとコハクがまた暴れてしまう。よろしいですな、ムネタケ大佐?」

 

ゴートの問いにムネタケはコクコクと首を縦に振るしか出来なかった。

 

「では、行こうか」

 

「‥わかりました」

 

コハクはゴートに羽交い絞めされたまま食堂へと連れて行かれた。

ルリは表情を崩しはしないが、コハクが何故、今日、初対面の筈である自分の為にあそこまで怒ったのか理解できずに戸惑っていたが、このままこのいけ好かない人達と残るよりもナデシコの皆と食堂に行った方が幾分マシだったので、コハクを羽交い締めにしているゴートの後をついて行った。

 

「‥何なのよ‥何者なのよ…アイツは‥‥?」

 

ブリッジに残されたムネタケの呟きに答える者はなかった。

ナデシコのクルー達も戸惑いながらも食堂へと移動した。

 

 

・・・・続く



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第4話

 

 

 

地球でも有数の大手企業、ネルガル重工が建造した最新鋭艦、機動戦艦ナデシコはスキャパレリ・プロジェクトの為、木星蜥蜴の手によって陥落した火星へ向かおうとしていた。

しかし、ナデシコの力をみた連合軍はその力を手に入れようとナデシコの拿捕を決め、その役目をナデシコ艦長のミスマル・ユリカの父であり、連合宇宙軍第三艦隊提督のミスマル・コウイチロウに命令した。

そして、連合軍との交渉の為、コウイチロウが座上している戦艦トビウメにはナデシコの艦長であるユリカ、副長のアオイ・ジュン、交渉人としてプロスペクターが向かった。

交渉の間、ナデシコのクルーは食堂に軟禁されることとなった。

そのナデシコの食堂はなにやら重苦しく沈黙した空気が漂っていた。

 

~ナデシコ 食堂~

 

コハクは食堂の隅っこで膝を抱え座り込み、顔も膝に埋めている。

あの時ブリッジに居なかったアキト達食堂スタッフとウリバタケ達整備員も事情は知らないが、何やら話しかけづらい様子。

 

「ルリルリ、声かけてあげたら?」

 

「ルリルリって、もしかして私の事ですか?」

 

「うん。ルリだから、『ルリルリ』。貴女の仇名よ。可愛いでしょう?あっ、因みにコハクちゃんは、『コーくん』ね、あの子自分の事を『僕』って呼んでいるから」

 

「は、はぁ~」

 

「それよりも、ルリルリ、あの子に声をかけてあげたら?」

 

「わ、私が、ですか!?」

 

「そうね。あの子、ルリちゃんのためにあそこまで怒っていたようだったし‥‥」

 

「わ、わかりました」

 

ミナトとメグミに言われ、ルリは恐る恐るコハクの元へと向う。

そしてコハクと目線を合わすように膝を折り、声をかける。

 

「コハク‥‥あの‥その‥さっきはありがとう‥‥」

 

ルリに声をかけられピクッと体を震わせて反応するコハク。

 

「でも、キノコさんの言った事も間違っていません。私はマシンチャイルドですし‥‥」

 

ルリがそう言った時、コハクがバッと顔をあげたと思ったら両手を少女の背中へ回し、一気にルリを抱き締める。

コハク自身、どうしてあそこまで怒ったのか理由はわからないが、ルリを人形扱いされて無性に腹がたったのだ。

しかし、その反面、もしあそこで能力を使用し暴れていたら、ゴートの言う通り、ルリが怪我をしていたかもしれないし、ルリに自分の能力をさらけ出してしまうことにも繋がる。

もし、ルリは自分の能力を見たらどんな反応をするだろうか?

きっと、「化け物」と言って恐れおののき自分を拒絶する筈だ。

コハクにとって何故かルリに拒絶されることも無性に嫌で仕方がなかった。

 

「こ、コハク?」

 

突然、コハクに抱きしめられてちょっと驚くルリ。

 

「ルリさん、それは違う‥それは違うよ‥確かに…ルリさんはマシンチャイルドだけど‥ルリは僕と違って人間だ‥‥"ホシノ・ルリ"という1人の人間だ‥‥」

 

ルリを抱きしめる手に少し力が入る。

 

「でも、私は‥‥」

 

ルリはコハクの言った『僕と違って』の部分に違和感を覚えつつもルリは自分がマシンチャイルドであり、マシンチャイルドは人間ではないと言う自覚があった。

それ故にコハクから人間だと言われても戸惑う事しか出来ない。

 

「‥ルリさんは‥温かい‥‥」

 

「コハクも温かいですよ」

 

暫く抱き合っていた2人であったが、

 

「僕はもう大丈夫だから‥‥だからルリさんも自分を人形だとか機械だなんて言わないで‥‥」

 

「‥はい」

 

美少女同士の抱擁姿に食堂の雰囲気は別の意味で沈黙した雰囲気となった。

ある者は顔を赤くし固まり、ある者は手にしていた飲み物を床にこぼし、またある者はこの場にカメラを持ち合わせていないことを酷く悔しがっていた。

 

「なんか仲の良い姉妹って感じね」

 

「そ、そうですね」

 

さすがミナトは大人の女性なのか表情には余裕があるが、メグミにはちょっときつかったようで顔を赤く染めている。

 

一方、トビウメに行ったユリカ達はというと‥‥

 

~連合軍宇宙軍 第三艦隊 旗艦 トビウメ 応接室~

 

「さあ、ユリカ。たーんと食べなさい。ユリカが好きなフタバ屋のケーキだよ。ショートもチョコレートもレアチーズも一杯あるからなぁ~」

 

プロスペクターが軍の担当者との間で交渉を続けている間、ユリカはトビウメの応接室で沢山のケーキを前にして父親と2日ぶりの団欒(?)を楽しんでいた。

 

「ねぇ、お父様?テンカワ・アキト君。覚えてらっしゃいますか?」

 

「テンカワ?‥‥テンカワ‥‥?うーん‥‥誰だっけ?」

 

「火星でお隣だった方ですわ。私、ナデシコでアキトに会いました」

 

「うーん‥‥ああ、あの火星のテンカワか!!」

 

「ええ、そのテンカワさんです‥アキトのご両親、私達が火星を離れた直後に殺されたそうです」

 

「殺された?それは穏やかじゃないな。それにあの件は事故だったと報告を受けているが‥‥?」

 

どこか芝居がかった父の言い回しに一瞬目を細めるユリカ。

 

「本当にそう思ってらっしゃいます?」

 

「い、いや確かにそんな噂を聞いていないわけじゃないが。お前に聞かせるのは忍びがたくてだなぁ‥‥」

 

髭をいじり、ユリカから目線をずらすコウイチロウ。

やはり、アキトの両親の件は単なる事故ではない可能性もある様だ。

 

「お待たせしました」

 

そこへ応接室のドアを開け、プロスペクターが入ってきた。

 

「結論は出たかね?」

 

「はい、色々協議した結果‥‥ナデシコは、あくまでも我が社の所有物であり、その行動に制限を受ける必要なし」

 

プロスペクターは今までにないほど、まじめな顔でコウイチロウに言い放った。

協議結果は当初のモノと何ら変わりなく、ナデシコは民間企業、ネルガル重工のモノであり、連合軍には一切その運用、制限は認めず、スキャパレリ・プロジェクトの為に火星へ向かうと言う結論に至った。

 

場面は戻りナデシコの食堂では‥‥

 

~ナデシコ 食堂~

 

「あのネルガルのヒゲ眼鏡の人、大丈夫かな?ちょっと頼りないよね?」

 

メグミが軍との交渉に向かったプロスペクターの事を案じる。

 

「人は見かけによらないよ、メグちゃん。大丈夫よ」

 

ミナトは不安そうなメグミを励ます。

 

(確かにプロスさんの実力は計り知れない‥‥交渉術を始めとしてあの人、意外と体術の腕前も凄いからな‥‥まっ、普段から本名を名乗らない、教えない所からして色々と侮れない人だからな‥‥)

 

自らの教育係の1人だったプロスペクターの正確な実力はコハクでもわからなかった。

コハクの問題がルリの手によって解決した後、皆はこの先の事で不安そうな様子だ。

其処に、

 

「何だ?何だ?皆、しけた面しやがって!! よぉし、俺がとっておきの元気が出るビデオを見せてやるぜ! じゃあ~~~ん!!」

 

ガイがこの空気を変えようと普段持ち歩いていた携帯型のビデオデッキをウリバタケに頼んで食堂のモニターに接続してもらった。

 

「スゲー旧式のビデオだから今のテレビに映すの面倒なんだよなぁ~‥‥ホレ出来たぞ」

 

「OK、さあ皆!!これを見て元気になるんだぁっ!!スイッチオン!」

 

ガイの掛け声と共に食堂の照明が落ち、 唯一の光源であるスクリーンに全員の視線が自然と集まる。

そして流れる音楽ともにスクリーンに映し出されたのは‥‥

 

“ゲキガンガー3”

 

「「「「はぁ?!」」」」

 

スクリーンに映し出されたアニメにガイを除く一同はキョトンとする。

 

「何だ?コレは?」

 

ゴートが皆の気持ちを代弁するかのようにガイに尋ねる。

 

「幻の傑作ゲキガンガー3‥全39話‥イヤ~燃え燃えっス」

 

「あれ?でもオープニングが違う」

 

アキトはこのアニメを知っている様子でオープニングが映し出されているスクリーンを見ながら首を傾げる。

 

「分かるか?オープニングは3話から本当のやつになるんだよなぁ‥‥なんだ、お前か?」

 

ガイはオープニングの指摘を受け、目を輝かせていたが、その指摘をしたのがアキトだったことで急にしけた面となるかと思いきや、

 

「お前にゲキガンガーを語る資格はない!!」

 

アキトに鋭い目つきでビシッと指をさすガイ。

 

「杖忘れているぞ」

 

「うっ‥‥」

 

ウリバタケがガイに松葉杖を手渡す。

ゲキガンガーを指摘する事で痛みを忘れていたが、その痛みが今になってやってきたのか彼の顔色はやや悪い。

 

「分かるよ!!火星で子供の時に‥‥」

 

ガイに自分のゲキガンガーについての想いを否定されて、反論するアキト。

 

「だったら、なんでロボットのパイロットが嫌なんだよ!?コックがなんだ!?」

 

「いいじゃないか!!」

 

アキトとガイ‥2人の間で火花が飛び散るぐらい互いに睨み合っている。

2人がいがみ合っている間にもオープニングが終わり、

 

『無敵!!ゲキガンガー発進』

 

タイトルコールが始まると、

 

「「おおおー」」

 

先程まで睨み合っていた2人はいつの間にかスクリーンに1番近い席に座り、手を叩いて喜び、ゲキガンガーを見始めた。

 

「‥バカ」

 

そんな2人の様子を見てルリはポツリと呟いた。

そして食堂に居るクルー達はどうせすることもないので皆でこのアニメを見ることになった。

 

(なんか、このアニメのヒロインの声、ルリさんに似ている様な気がする)

 

ゲキガンガーに登場するメインヒロインのナナコと言うキャラの声がルリに似ている事に疑問を感じるコハク。

このアニメが作られた年代から勿論ルリがアフレコをしたわけではない事は直ぐに分かる。

世の中には似たような顔を持つ人間が3人居ると言うが、似た声を持つ者もいるのだろうか?

コハクがそんな事を思っていると、

 

「しかし、暑っ苦しいな。コイツ等‥‥」

 

「武器の名前を言うのは音声認識なのか?」

 

ゲキガンガー3を見ていたウリバタケとゴートの感想に

 

「違ぁう!何で分からないんだっ!!」

 

と、1人でわめくガイ。

 

「これが熱血なんだよ!!魂の叫びなんだよ!!皆、このシチュエーションに何も感じねぇのか!?奪われた秘密基地!軍部の陰謀!残された子供たちだけでも事態を打開して鼻を明かそうとおもわねぇのか!?」

 

「誰だよ?子供って?」

 

ウリバタケがボソッとツッコミを入れ、瓢提督はいつの間にか居眠りをしていた。

 

「どうした皆?絶対鬼の様に燃えるシチュエーションなのに!?」

 

「よし!!」

 

アニメを見ていたアキトが急に立ち上がり、手には中華鍋をもち、食堂のドアを開けたと思うと、見張りの兵士の頭を思いっきり叩いた。

 

「ぐはっ!!」

 

「俺、今からロボットに乗って艦長取り戻してきます」

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

「俺、火星を助けたい‥‥例え世界中が戦争しか考えていなくても‥それでももっと他に出来ることがある筈‥皆、それを探すためにここにきたんじゃないのかな?」

 

「どうしたの?急に?」

 

今まで黙ってアニメを見ていたアキトが急に熱血漢になり、その理由を聞いてみたミナト。

 

「俺、あの時‥‥ロボットに乗っていた時、コハクちゃんに言われたんです。自分が何かしたいのなら、戦ってでもなんとかしなきゃいけないって、だから俺、もう逃げるのはやめるんです。そして火星に残された人達を助けたい!!」

 

自分の決意を皆に語るアキト。

 

「でも、具体的にどうするんだい?テンカワ。キノコの仲間達が武器を持ってあちこちにいるんだよ?」

 

冷静なホウメイの言葉。

確かに向こうは武器を持って武装している。

今ここで倒した兵士の武器を奪っても全員を相手には出来ない。

 

「それだったら、ブリッジを確保すれば問題ありません」

 

ホウメイの問いに答えたのは、コハクだった。

 

「ブリッジを?」

 

「はい、ブリッジを確保できれば、あとは隔壁を閉めて相手を孤立させて、各個撃破すれば連中を無力化させることが出来ます」

 

「なるほど、それで人選はどうする?」

 

ゴートがコハクの案に賛成し、人選を聞く。

 

「‥‥格納庫にはパイロットの方々と整備班の方々‥‥そちらの指揮はゴートさんが執ってください」

 

「了解した。しかし、ブリッジの方はどうする?」

 

「僕が行きます」

 

「コハクちゃん1人で!?」

 

「平気なのかい?」

 

1人でブリッジ奪還に行くといったコハクにアキトとホウメイは心配そうに声をかける。

恐らくブリッジにはムネタケがおり、ナデシコの通路よりも厳重に警備されている筈だ。

しかし、

 

「いや、コハクなら1人でも問題ない。むしろ大人数で行った方がかえって足手纏いになる」

 

ゴートが冷静に言う。

 

「コハク、くれぐれも能力は使うな。それと‥‥」

 

「無用に人を殺すな‥‥でしょう?」

 

「うむ」

 

コハクとゴートが小声で話していると、

 

「あのぅ~それで私達はどうすれば?」

 

メグミが手を上げながらコハクとゴートに尋ねる。

 

「メグミさんとミナトさんはもう少し食堂で待機していてください。僕がブリッジを奪取したら、連絡を入れますので」

 

「ルリルリはどうするの?」

 

「ルリさんはブリッジ奪還後、すぐ隔壁の操作をやってもらうので連れて行きます」

 

「でも、大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。必ずルリさんを守りつつ、成功させます」

 

そう言って、厨房の清掃ロッカーからデッキブラシを片手にコハクはルリと共にブリッジを目指して行った。

幸い通路には巡回の兵士などはいなかった。

相手が丸腰の民間人で皆、食堂に軟禁していると言う事で軍の兵士達も油断していたのだろう。

 

「ちょっとここで待ってて‥‥」

 

ブリッジ前の通路にルリを待たせ、ブリッジへ入っていくコハク。

 

「こ、コハク?」

 

戸惑うルリの前でブリッジの扉が開き、コハクがブリッジの中に入っていくとドアが閉まる。

 

「お、お前は!?」

 

「止まりなさい、それ以上近づくと撃つわよ!」

 

「止まれッ!」

 

ブリッジの中からムネタケらの慌てた軍人達の声、続いて銃声に肉を鈍器で打つような鈍い音、そして軍人達の悲鳴が聞こえる。だが、1分も経たないうちに何も聞こえなくなる。

 

「ルリさん、終わったよ」

 

再びブリッジの扉が開くと中から無傷のコハクが出てきた。そして手にしているデッキブラシには血がついている。

ルリがブリッジに入ると、ボコボコにされて、縛り上げられたムネタケと兵士の姿があった。

 

(プロの軍人達さんを1分かからずに皆倒しちゃったんですか!?)

 

驚きにルリの目が見開かれる。

幾ら艦隊勤務でも軍人であるならば、格闘技などの体術を心得ている筈だ。

しかも相手は拳銃やライフルで武装している。

そんな軍人達がブリッジには多数いた筈。

でも、コハクはそれを1人でデッキブラシのみで制圧してしまった。

自分と対して変わらない年頃の女の子の筈なのにこれだけの事をやってのけるコハクに対して益々興味を抱くルリだった。

 

「さてと‥早速だけど、ルリさん隔壁の操作をお願い」

 

コハクの声で我に返るルリ。

ルリとコハクは自分のシートに座り、オモイカネにアクセスする。

 

《お帰りなさい、ルリさん、コハクさん》

 

『うん、ただいま、オモイカネ』

 

『ただいま』

 

オモイカネと短いやり取りの後、指示通り軍人が占拠しているブロックや通路の隔壁を閉じ封鎖する。

 

「ミナトさん、メグミさん。ブリッジを確保したので上がってきてください」

 

コミュニケで食堂に居るミナトとメグミを呼び、続いて格納庫確保に向ったゴートと連絡をとる。

 

「ゴートさん、ブリッジ確保しました。格納庫はどうですか?」

 

『早いな、こっちはもう少しかかる』

 

「手伝いますか?」

 

『いや、大丈夫だ。ブリッジをよろしく頼む』

 

了解、と言ってコハクがコミュニケを切る。

そこへ、ミナトとメグミの二人がブリッジへ入ってくる。

 

「それで、私達はどうするの?」

 

「ミナトさんはすぐに艦を動かせるようにエンジンを暖めておいて下さい。メグミさんは艦内に降伏勧告をお願いします」

 

「「了解」」

 

コハクの指示を聞いて、2人はすぐに動き出す。

 

「皆さーん、皆さんのお耳の恋人、メグミ・レイナードでぇす~♪ 艦内にいるキノコさんのお仲間さん達へお伝えします~♪ キノコさんはこちらに捕まっちゃいましたよ!それに隔壁も閉鎖しちゃいました♪~これ以上の抵抗は無駄なので、大人しく降伏してくださぁい♪」

 

メグミの降伏勧告(?)の後にゴートから通信が入る。

 

『ブリッジ!こちらゴート、格納庫奪還に成功した!』

 

ゴートの報告後、海中に待機していた護衛艦が突然海中から飛び出してきた。

活動を休止していたチューリップが活動を再開したのだった。

 

 

~戦艦 トビウメ艦橋~

 

休止中のチューリップが活動を開始したとの報告を受け、ブリッジへと上がるコウイチロウ。

その後ろにはジュンの姿もあった。

コウイチロウがブリッジへと入ると、オペレーターが現状を報告する。

 

「護衛艦 クロッカス、パンジー共に捕まりました」

 

随伴している護衛艦との間に開いた通信回線からは僚艦の悲痛な通信が入る。

 

『こちらクロッカス、我、操舵不能!我、操舵不能!‥助けてくれ!‥うわぁぁぁー!!』

 

2隻の護衛艦は掃除機に吸い込まれるゴミのようにチューリップの中へとその姿を没した。

 

「クロッカス、パンジー消滅!」

 

「ユリカ、コレで分かっただろう?ナデシコは火星に行く余裕などないことが‥今は地球を‥‥アレ?」

 

振り向くコウイチロウしかし、そこにはユリカの姿はない。

 

「ユリカは?」

 

ジュンに尋ねるコウイチロウ。

 

「ア、アレ?」

 

そのジュンもユリカの不在には気づかなかったらしい。

 

『それではお父様ユリカは戻ります』

 

「戻るって何処にだね?」

 

『ナデシコです』

 

「ええっ!ユリカ、提督に艦を明け渡すんじゃあ?」

 

ジュンはてっきりユリカは連合軍にナデシコを明け渡す事を前提でトビウメに来たと思っていたのだが、ユリカは最初からナデシコを軍に引き渡すつもりはサラサラ無かった。

ユリカがコウイチロウの下に来たのは、

 

『え?私はアキトのことが聞きたかっただけなんだけど?』

 

父、コウイチロウがアキトや彼の両親の件について知っているかもしれなかったからだ。

しかし、あまり有力な情報は得られなかったので、さっさとナデシコに帰ることにしたのだ。

 

「ユリカちょっと待ちなさい!」

 

『艦長たるもの例えどんな時でも艦を見捨ててはならないと教えてくださったのはお父様ではないですか!!‥‥それにあの艦には私の好きな人が居ますし‥‥』

 

「なに!?」

 

ユリカの「好きな人が居る」その一言に驚愕するコウイチロウ。

彼にとってユリカのこの一言はまさにグラビティ―ブラスト級の一撃だった。

そんな父親を無視してプロスペクターと共にヘリに乗りナデシコへと帰るユリカ。

ユリカがコウイチロウと話している時、ナデシコでは‥‥

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「休止中のチューリップ、活動再開しました。浮上します」

 

レーダーを見ていたルリが報告する。

 

「了解、ルリさんはチューリップの行動・針路予測をお願い。フィールド調整とグラビティーブラストのチャージは僕がやるから」

 

「了解」

 

「メグミさんは格納庫の状況を聞いてください」

 

「了解、ウリバタケさん、ロボットの準備は‥‥」

 

メグミが格納庫のウリバタケと連絡を取ろうとしたら、

 

『ちょっと待て!!テンカワ、それはまだ陸戦タイプのままなんだってば!!それは飛べないんだよ!!』

 

ウリバタケの叫び声が聞こえてきた。

 

「まさかテンカワさん‥‥」

 

「‥‥どうやら先走ってしまったようですね」

 

作業をしつつ格納庫で何があったのかを想像する2人のオペレーター少女。

勢いよくナデシコから飛んでいったサーモンピンク色のエステバリス陸戦型。

しかし、短時間にブースターでは高いジャンプ程度が出来るだけで、後は重力の働きにより海へと落ちていく。

 

『なんじゃこりゃ~』

 

エステバリスの通信からはアキトの叫び声がする。

 

『だからソレは陸戦型だって言っただろう』

 

ウリバタケが呆れるようにアキトに言う。

 

「チューリップの針路予測出ました。ゆっくりですが、トビウメに向っています」

 

「了解、ミナトさんナデシコをトビウメとチューリップの間に入れてください」

 

「了解!…でも大丈夫なの?」

 

「チューリップの最大の攻撃は相手を飲み込むことですので、ナデシコを飲もうと口を開いた所に、グラビティーブラストを叩き込みます」

 

笑顔のコハクにつられミナトも笑顔になる。

 

「了解!ナデシコ、全速前進!」

 

海中と海上を跳ねているエステバリスにチュ―リップが触手のようなものを出し攻撃を仕掛ける。

アキトがまたもや囮となっている間、ユリカ達が乗るヘリはナデシコへと帰還した。

 

「あら~ぴょこぴょんぴょこぴょん元気よね~まるで蚤みたい」

 

チューリップとエステバリスの映像を見てミナトが言うが、蚤に例えられたアキト‥‥実に哀れである。

 

「でもあの触手みたいなので叩かれたらまずいんじゃ?」

 

「それは問題ありまあせん。フィールドを張っているナデシコにはあの程度の衝撃ではびくともしませんし、あの触手は獲物を捕まえ、自分の口に放り込む手のような役割をしたものでしょうから」

 

触手に懸念を抱くメグミにルリが冷静に説明をした。

 

「お待たせぇー」

 

ようやくユリカがブリッジへと帰ってきた。

 

「早速だけど、コハクちゃんグラビティーブラスト、チャージ!」

 

「もう、既にチャージを行っています。真空でないのでチャージ率が悪く時間がかかっていますが」

 

「えっ?そーなの?」

 

「はい」

 

「ふみゅう…ミナトさん、ナデシコの針路をトビウメとチューリップの間に‥‥」

 

「もう向かっているわ~♪」

 

「あぅ~私、やる事がないよぉ~」

 

艦長席にへたり込むユリカ。

 

「艦長、ヤマダさんが出撃許可を求めていますが?」

 

格納庫からの通信をユリカに報告するルリ。

 

「「「ヤマダ?」」」

 

聞いたことのない名前を聞き?マークを出すユリカ、ミナト、メグミ。

 

『ダイゴウジ・ガイだ!!』

 

空間ウィンドウにアップで登場するガイ。

 

『さあ、準備は万端行こうか!!』

 

骨折した足をペダルにテープで固定し、空戦フレームで出撃していくガイ。

 

『待たせたなボーヤ、いいか?空中でこの空戦フレームとお前のコックピットを合体させる。掛け声はクロス・クラッシュだ!』

 

『言わなきゃダメ?』

 

アキトは何か恥ずかしいのか、その台詞をどうしても言わなければならないのかをガイに尋ねる。

別に何も言わなくても出来るんだし、態々そんな台詞を吐かなくてもいいじゃないか。

それがアキトの本音だった。

 

『ダ~メ、チャンスは一度だけだ!俺の足はもう持たない‥‥』

 

『ヤマダ・ジロウ‥‥』

 

『ガイだ!ダイゴウジ・ガイ!』

 

『よし、行くぞ!』

 

海中を浮上するアキトのエステバリス。そして合体ポイントへと向うガイのエステバリス。

 

『合体ポイントまであと10秒‥‥行くぞ!!クロス・クラッシュ!!』

 

『クロス・クラッシュ』

 

『声が小さい!!』

 

『『クロス・クラッシュ!!』』

 

アキトのエステバリスのコックピットとガイのエステバリスのコックピットが外れ、ガイのコックピットは海へ落ち、アキトのコックピットは空中で飛行可能な空戦フレームへと合体した。

 

『行け、アキト!ゲキガン・フレアーだぁ!!』

 

『ゲキガン・フレアー!!』

 

機体の周りにフィールドを張りながら高速で移動し、チューチップの触手を切断していくアキト。

 

「どうでもいいけど、ゲキガン・フレアーってなに?」

 

アキトの掛け声に疑問を抱くルリ。

 

「艦長、グラビティーブラストチャージ完了しました」

 

火器管制システムを担当するコハクがユリカに報告する。

 

「分かりました。チューリップに向け全速前進!」

 

ナデシコが前進し、チューリップの間合いへと入り、チューリップは口を大きく開け、ナデシコを飲み込もうとするが、その瞬間、グラビティーブラストにより跡形も無く吹き飛んだ。

戦闘終了後、アキトとガイの機体を回収、そしてナデシコは宇宙へと飛んでいった。

 

それを見ていたトビウメでは‥‥

 

「提督追撃は?」

 

副官がコウイチロウに指示を仰ぐ。

 

「追撃?まともに戦って勝てると思うか?作戦は失敗だ。それよりもあの子が好きな人とは誰なのかアオイ君、何か心当たりはあるかね?」

 

ナデシコの拿捕と追撃を断念し、新たな問題である、ユリカの想い人についてジュンに問うコウイチロウであったがジュンは上の空状態で、

 

「ユリカ‥‥」

 

静かに想い人の名を口にした。

しかし、何故この場にナデシコ副長のジュンがいるのかに対して疑問を持たなかったコウイチロウだった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「あれ?艦長、そう言えばジュンさんはどうしたんですか?」

 

戦闘が終わった後、ブリッジにジュンがいない事に気づいたコハクがユリカに何気なくジュンの行方を尋ねると、

 

「あれ?そう言えばジュン君は?何処に行ったんだろう?」

 

ユリカもコハクに尋ねられてジュンがいない事に今になって気づく。

 

「まさか、トビウメに置いて来ちゃったんですか?」

 

「えっと‥‥あははは‥‥」

 

笑ってごまかすユリカ。

 

「‥‥」

 

そんなユリカをジト目で見るコハク。

 

「どうします?戻ってジュンさんを迎えに行きますか?」

 

「いえ、連合軍が動き出したとなると、この先の防衛ラインで時間を大幅に失う可能性があります。やむを得ませんが、副長抜きで火星を目指しましょう」

 

プロスペクターはジュンを迎えに行く時間が無いと言う。

哀れジュンは置いてきぼりにされることになった。

 

その夜、部屋でコハクが大浴場に行ったことを確認したルリは早速コハクのことを調べた。

余談であるが、同じ性別に近い年頃と言う理由でルリとコハクは同室である。

そして、ルリにはコハクに関して気になることが3つあった。

最初、マシンチャイルドかと聞くと本人もプロスペクターも答えを渋った。

肯定もせず、まして否定もしなかった。

そして食堂でコハクが言った『僕とは違う』という言葉の意味。

自分と同じ年頃なのにプロの軍人相手に勝てるほどの力。

部屋の端末からルリは自分が知る限りのありとあらゆる研究所へハッキングとアクセスをして調べたが、答えは『該当なし』『UNKNOW』といった詳細不明の回答だった。

最後にネルガルのメインコンピューターにアクセスして、ようやくそれらしい項目をみつけたが、厳重なプロテクトがかかっており、閲覧するには以下の項目が書かれていた。

 

・ ネルガル会長の許可

・ ネルガル重役5人以上の許可

・ タケミナカタ・コハク本人の許可

 

以上の項目を1つでも満たさなければ閲覧不可

 

「タケミナカタ・コハク‥‥貴女は一体何者なんですか?」

 

ルリは空間ウィンドウに映るコハクの顔写真を見ながらポツリと呟いた。

 

 

・・・・続く



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第5話

 

 

 

~地球連合統合作戦本部 総司令部内大会議場~

 

連合軍総司令部の中にある大会議場では連合宇宙軍総司令が集まった各国の司令官、艦隊提督達に『ナデシコ許すまじ!』の演説を行っていた。

そんな中、

 

「総司令緊急通信が入っております」

 

総司令官の横に居た秘書官が演説中の総司令に報告する。

 

「どこからだ?」

 

「あの…その‥ナデシコからです」

 

「なに!?通信回線を開け!!」

 

そう言うと、総司令の後ろに空間ウィンドウが現れナデシコとの通信回線が開きその空間ウィンドウには、

 

『明けましておめでとうございます』

 

振袖姿のユリカが出てきた。

 

「「「おお~」」」

 

「フジヤマ!!」

 

「ゲイシャガール!!」

 

外国の司令官の中には何やら勘違いをしている者がいるが何故か晴れ着姿のユリカを見て興奮している。

日本艦隊司令官のタナカはユリカの対応に頭を抱えている。

 

『か、艦長下がりたまえ。君は少し緊張しているようだ』

 

瓢提督がユリカを下がらせようとするが、

 

『えぇ~どうせ外人さんには日本語わからないし、愛嬌を出しておいたほうが‥‥』

 

なんか、とんでもない問題発言をサラリと笑みを浮かべながら言い放つユリカ。

 

「君はまず国際的なマナーを学ぶべきだ」

 

しかし、ユリカの予想と反し総司令は日本語が話せ理解していた。

 

『あらそう?でも時間がないので要件は手短に言います』

 

その後、ユリカは英語でナデシコの現状と予定航路を伝えた後、第一防衛ラインのビッグバリアを一時的に開けてほしいと頼むが、連合軍側はコレを拒否、ユリカは不敵に笑みを浮かべそれならば、ビッグバリアを無理矢理通ると言い残して通信をきった。

総司令は肩を震わせ、握り拳を作り、

 

「事はもはや極東方面軍だけの問題ではない!全軍をあげてナデシコを撃沈せねば秩序はない!!」

 

と、連合軍全艦でナデシコの撃沈を主張した。

 

「しかし、アレを撃沈しては最新鋭戦艦を失うことになります。クルーの7割は日本国籍ですし‥‥ミスマル提督、貴方からも何か言ってください」

 

タナカがコウイチロウに促す。

 

「いや~我が娘ながら恐ろしいですな‥振袖姿に色気がありすぎますなぁ」

 

娘に関してはやはり場所を問わず親馬鹿なコウイチロウであった。

 

 

~連合軍総司令部~

 

「太平洋沿岸部の全連合軍がナデシコ追撃に向いました」

 

「よし、成層圏に入る前に捕捉できるな?」

 

「いえ、それがまとまった軍事行動は久しぶりなので、それに刺激された木星兵器が来襲し現在各地でバッタと激しい戦闘を行っています」

 

「ナデシコ‥絶対に許さん!第三防衛ラインに通信を繋げ!!」

 

総司令の怒りのボルテージは最高潮に達しようとしていた。

 

その頃のナデシコは第四防衛ラインの地上からの迎撃ミサイルの中を通っていた。

現在地球は七段階の防衛ラインで守られていた外側から、

 

第一防衛ライン=バリア衛星によって展開される空間歪曲バリア。通称ビッグバリア。

 

第二防衛ライン=無人武装衛星による迎撃。

 

第三防衛ライン=宇宙ステーションから発進するデルフィニウム部隊による迎撃。

 

第四防衛ライン=地球から発射される大型ミサイルによる迎撃。

 

第五防衛ライン=地球本土防衛艦隊による迎撃。

 

第六防衛ライン=スクラムジェット戦闘機による迎撃。

 

第七防衛ライン=ジェット戦闘機による迎撃。

 

「我々はこの7つの防衛ラインを1つずつ突破していかなければならない」

 

ゴートがスクリーンに映し出された防衛ラインをブリッジ要員に説明する。

 

「でも、面倒くさいですよね、一気にビューンと宇宙まで飛んで行けないんですか?」

 

メグミの質問に答えたのはルリだった。

 

「それは無理です。地球の引力圏脱出速度は秒速11.2キロ。それだけの速度を得るには、相転移エンジンを臨界点まで持っていく必要があります。臨界高度は高度約2万キロ‥‥つまりここです」

 

防衛ラインを表示したスクリーンの上をルリが歩く。そして第3次防衛ラインと第2次防衛ラインの間に立つ。

 

「「なるほど」」

 

メグミとユリカが頷く。

 

「現在のナデシコの高度ですと、第六、第七防衛ラインは無視できますな。第五防衛ラインの本土防衛艦隊も現在バッタと交戦中…そして現在は迎撃ミサイルの第四防衛ラインを通過中‥‥」

 

フィールドを張っているため、ナデシコの艦自体には何の損傷もないが、振動だけは伝わってくる。

 

「きゃあ!!」

 

その振動でユリカがコケる。

やはり、その恰好故か動きがどうしても鈍くなってしまう。

 

「着替えてきたらどうだね?」

 

動き難い振袖に瓢提督が着替えを促す。

 

「は~い。でもその前にアキトに見せなきゃ」

 

ユリカは嬉しそうにブリッジを後にしてアキトの部屋へと向った。

 

ルリとコハクは自分のシートに座り、フィールド、エンジンの調整、周囲の警戒など自分達の作業をやっていているが、ルリはやはりコハクのことが気になるのかチラチラとコハクの方を見る。

当然コハクもその視線に気づきルリに尋ねる。

 

「ん?どうしたの?」

 

「い、いえなんでもありません」

 

慌てて視線をそらすルリ。

そこに小さく空間ウィンドウが開かれる。

コハクが送ったもので内容は、

 

『昨日の夜、僕のこと調べていたでしょう? 履歴はちゃんと消さないとダメだよ』

 

ハッとしてルリはコハクを見るが、コハクは何事もないかのように作業を続けている。

 

「う、迂闊でした‥‥」

 

ルリは小さく呟いた。

その頃、ナデシコの格納庫のすぐ隣の資材倉庫では、

 

「一体いつまで我々を軟禁するつもりだ!?」

 

「この扱いは明らかに国際法に反しているぞ!!」

 

ナデシコの占拠を目論んだムネタケ達、連合軍の将兵達が拘束されていた。

 

「ガタガタ言ってっと脳みそだけ残して体改造しちまうぞ、大人しくしててよね、全く」

 

ウリバタケが呆れた口調で倉庫のドアをロックした。

そして、ウリバタケが倉庫から遠くに行ったのを見計らって、

 

「どう?」

 

ムネタケは隣に居る兵士に尋ねる。

 

「チョロイもんですよ。今時縄なんて全く素人らしいですよ」

 

そう言った兵士の手にはガラス片があり、両手を拘束している縄をそれで切っていた。

 

「私はこのままナデシコと一緒に宇宙へ付き合う気分じゃない戦闘が始まったら脱出よ」

 

ムネタケはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

ムネタケ達連合軍の兵士達がまさかナデシコからの脱走を試みようとしていることなど知る由もなく、ナデシコは予定通り火星を目指している。

そして、間もなく第三防衛ラインへと迫ろうとしていた。

 

 

~第三防衛ライン 宇宙ステーション さくら~

 

『やめたまえアオイ君。君は士官候補生なのだよ』

 

空間ウィンドウでコウイチロウがさくらの医務室に居るジュンに語る。

 

「ナデシコを止めるのは僕の使命です」

 

『だが、ナノマシン処理は‥‥』

 

「そうですよ。何もあなたがコレを打たなくても‥‥」

 

軍医もコウイチロウと同じ意見のようだ。

 

「なんてこともありませんよ。パイロットなら誰でも打っています。‥コレがないとIFSを使いこなせない‥‥」

 

ジュンは自らにナノマシン処理を行おうとしているのだ。

ナノマシン処理は世間での評価は未だに冷たく、まして連合軍の士官が進んで行うなど異例だった。

 

『アオイ君、ワシはユリカのことは諦めただから君も‥‥』

 

「貸せ!」

 

ジュンは軍医からナノマシンの注射器を奪うと自らの首に注した。

すると右手にIFSのタトゥが浮き上がってきた。

ナノマシン処理をしたジュンの姿はさくらのデルフィニュウム格納庫にあった。

 

「少尉、このデルフィニュウムは基本的には思った通りに動きます。増槽を付けておいたので1時間は飛べます。ベクトルを失敗しなければ堕ちる事はありません。何とか此処に戻って来て下さい」

 

「ありがとう」

 

「それではご武運を‥‥」

 

整備員がジュンに敬礼し、デルフィニュウムのコックピットが閉まる。

 

「‥さようなら‥‥目標‥機動戦艦ナデシコ!!」

 

ジュンは死ぬ覚悟でさくらを出撃し、ナデシコを止める気だった。

ジュンが乗ったデルフィニュウムを始めとして合計9機のデルフィニュウムがさくらから出撃していった。

 

「さあ、ここからが正念場ですな」

 

第三防衛ラインのデルフィニュウム部隊と第二防衛ラインの戦闘衛星からのミサイル攻撃、そして第一防衛ラインのビッグバリア。

 

ブリッジの中に緊張感が漂う。

 

「左30度上方、デルフィニュウム9機接近」

 

レーダーで捕らえた機体を解析し、報告するルリ。

格納庫ではガイも空戦フレームに乗り準備完了していた。

 

「ところでテンカワはどうした?」

 

格納庫に姿を見せないアキトにウリバタケが同室のガイに聞く。

 

『あいつなら部屋でベソかいていたぜ』

 

ガイの言う通り、確かにその頃アキトは部屋でゲキガンガーのアニメを見て泣いていた。

その光景を小さな空間ウィンドウで見ていたルリとコハクの感想は、

 

「「バカ」」

 

であった。

 

「レッツゴー!!ゲキガンガー!オー来やがった!!束になってきやがった!!」

 

ガイは楽しそうにデルフィニュウム部隊に向っていった。

 

「9対1か‥‥大丈夫かな?」

 

メグミが9つの光点に向っていくガイを見て不安そうに呟く。

 

「性能ではエステバリスの方が勝っていますが、多分負けます」

 

ルリがメグミに言う。

 

「えっ?どうして?」

 

「数と装備の問題ですね」

 

続いて敗因をコハクが言う。

 

「数はわかるけど装備って?」

 

デルフィニュウムよりもエステバリスの方が性能が良いのだから装備だってきっとエステバリスの方が優れているのではないかと思うメグミ。

そして、コハクが何故、装備に関してもガイのエステバリスが負けるのかを説明する。

 

「ヤマダさん、武器を持たずに出撃して行っちゃいましたから」

 

いくらデルフィニュウムよりも性能が優れるエステバリスでも流石に素手のアームパンチだけでは9機のデルフィニュウムには勝てない。

精々1~2機ならば武器を持っていないエステバリスでも勝機はあるのだが‥‥

 

「「「‥‥‥」」」

 

コハクの説明を聞いてブリッジに呆れた空気が流れる。

 

『心配無用』

 

突然、空間ウィンドウが開きガイが出る。

『敵は、こっちが武器を持っていないと思って攻めてくる。ところが、俺様は空中でスペース・ガンガー重武装タイプと合体。あっという間に敵を殲滅。名付けてガンガー・クロス・オペレーション!!』

画用紙に描いた絵を見せながら説明するガイ。

 

『つうわけだ!ウリバタケ、スペース・ガンガー重武装タイプを落とせ!』

 

ガイは格納庫制御室にいるウリバタケに通信を入れる。

 

「ヤマダさんなにか言っていますよ?」

 

隣に居る整備員がウリバタケに話しかける。

 

「人の言うこと聞かない奴のことなんてほっとけ」

 

ガイが出撃する際、ウリバタケが重力波ビームや装備について説明していたにも関わらず、ガイはそのすべてを無視して出撃していったのだ。

 

『だから!スペース・ガンガー重武装タイプを落とせ!』

 

「うちには、スペースだかアストロだか知らないが、ガンガーなんてものは積んでないんだよ」

 

「1-Bタイプのことじゃないんですか?」

 

『そう、それそれ』

 

「ったくしょがねぇな。ちゃんと受け取れよ」

 

「ねぇルリちゃん、コハクちゃんさっきのヤマダさんの作戦、成功するかな?」

 

ユリカがガイの作戦について聞いてきた。

さすが不敗の女王、さっきのガイの作戦を聞き疑問に思ったようだ。

 

「無理ですね」

 

「成功するはずがありません」

 

2人のオペレーター娘は即座に作戦の失敗を指摘する。

 

「どうして?」

 

ミナトが失敗の理由を尋ねる。

 

「換装する間は無防備になりますし‥‥」

 

「相手が換装する隙を与えるとは思えません。ましてやデルフィニュウム搭載のミサイルは多弾頭ミサイル‥下手な鉄砲も数撃ちゃ当たりますから」

 

「なるほど」

 

2人の指摘どおり換装しようとした時、デルフィニュウムのミサイルに換装フレームが攻撃を受け爆発した。

 

「あの~もしかして作戦失敗ですか?」

 

『なんの!!根性!!』

 

ガイはデルフィニュウム部隊の中に向って行き、

 

『ゲキガン・パーンチ!!』

 

小規模なフィールドを拳に張って殴る。

殴られたデルフィニュウムはコックピットを切り離し、パイロットは脱出し、機体は爆発した。

 

『どうだ。見たか真のヒーローの戦いを!!』

 

丸腰の状態から大量のミサイルを掻い潜り、一機撃墜したその腕は確かに大した腕であるが、

 

「ヤマダさん完全に囲まれました」

 

周囲をデルフィニュウム部隊に完全に包囲された。

 

「頼むぞ、テンカワ」

 

『しょーがねぇな』

 

やれやれといった感じでエステバリスに乗り出撃していくアキト。

 

「艦長、デルフィニュウム隊長機より通信が入っています」

 

「繋いでください」

 

メグミが通信回線を繋ぐとそこからよく知った声が流れた。

 

『ユリカ、ナデシコを戻して』

 

「ジュン君?」

 

空間ウィンドウにはトビウメに置き去りにされたジュンがそこに居た。

 

「君の行動は契約違反だぞ?」

 

『それでも構わない。ユリカ、これ以上進むとナデシコは第三防衛ラインの主力と戦うことになる。だから‥‥』

 

「‥‥ジュン君‥ゴメン‥私、此処から動けない‥‥此処が、私が私らしくいられる場所なの‥ミスマル家の長女でもなく、お父様の娘でもなく私が私でいられるのは此処だけなの‥‥」

 

『‥‥そんなにアイツがいいのか?』

 

「えっ?」

 

『ユリカ‥分かったよ‥‥では、まずこのロボットから破壊する』

 

いつの間にかガイの機体は2体のデルフィニュウムにガッチリ固められて身動きが出来ない状態だった。

『くそーはなせぇ!!』

 

ジュンがガイの機体に照準をロックした時、

 

『やめろぉー!!』

 

ガイを捕らえていた右側のデルフィニュウムが突然現れたもう1機の空戦フレームのエステに破壊され、その隙にガイも脱出した。

 

『やめろよ!!この前まで仲間だったんだろう!?』

 

『あくまで立ちふさがるというなら‥僕と戦え!!テンカワ・アキト!!』

 

『ちょっと待て!!なんでそうなる!?』

 

『僕に勝てたらデルフィニュウム部隊は撤退させる!!』

 

「ふむ、損な勝負ではないですな」

 

プロスが計算機で損失を計算して言う。

確かにエステバリスとデルフィニュウムとの一騎打ちならば、性能の差で十分にエステバリスに勝機がある。

しかもアキトはちゃんと武装している。

 

『行くぞ!!テンカワ・アキト!!』

 

ミサイルを撃ちながらアキト機に突撃するジュンのデルフィニュウム。

 

『俺は戦う気なんてねぇぞー!!』

 

ミサイルを回避し、上昇し、逃げるアキト機そしてそれを追うデルフィニュウム。

 

『少尉!!』

 

ジュンのデルフィニュウムを追う他のデルフィニュウム達。

だが、

 

『おっと、お前達は俺様が相手だ!男と男の決闘に水をさしちゃ野暮ってモンだぜ!!』

 

ガイが残りのデルフィニュウムの相手を買って出た。

 

「ジュン君。どうしてアキトに突っかかるんだろう?」

 

「「「「ええっー!!」」」」

 

「それは艦長わかりますでしょう?恋する男の心情」

 

「はぁ?」

 

プロスペクターの言っていることが理解できない様子のユリカ。

 

「アオイさんは艦長の‥‥」

 

メグミが尋ねると、

 

「大事なお友達だけど?」

 

「「「「「‥‥」」」」

 

哀れジュン、首を傾げるユリカの言動に全員が絶句する。

 

「アオイさんも気の毒に‥‥」

 

「私にはわかりません‥‥少女ですから」

 

コハクは実らないかもしれないジュンの恋に同情し、ルリは知らないふりをする。

 

『待てよ待てよ待てよ!お前ぜったい勘違いしているぞ!俺とユリカはなんの関係もないんだ!!』

 

『信じられるか!!大体そんな個人的な事は関係ない!!』

 

((((いや、アオイさん。めっちゃ、私情を挟んでいますよ))))

 

デルフィニュウムから傍受している通信を聞き、ブリッジクルー(ユリカを除く)は心の中でツッコンだ。

 

『じゃあなんでこんなこと!そんなに戦争したいのかよォォォ!!』

 

そう叫んでデルフィニウムに殴るかかるアキト。

その拳を受け止めるジュン。

 

『僕は、子供の頃から地球を守りたかった。連合宇宙軍こそ、その夢を叶える場所だと信じているんだ!!』

 

「俺だって思っていたさ。ずっと‥‥信じれば、正義の味方になれるって。それで、いい気になって‥‥でも、なれなかった‥‥」

 

アキトの脳裏にはユートピアコロニーの地下シェルターで守る事の出来なかった1人の少女の姿が過ぎる。

 

『僕は違う!!』

 

「臨界ポイントまで、19000キロメートル」

 

「まもなく第二防衛ラインの射程距離に入ります!」

 

『この手で地球を守ってみせる!!正義を貫いてみせる!!1人の自由に踊って、夢や誇りを…忘れたくない!!』

 

ジュンの叫びが続く。

 

『っ!?バッキャロォォー!!』

 

アキとは思いっきりデルフィニウムの頭部を殴る。

 

『っく!何をするんだ!?』

 

「親父にもぶたれたことないのに!!」のセリフで有名な某パイロットと同じ境遇なのか青臭いセリフを吐くジュン。

 

『いい加減にしろよ!こんな風に‥‥こんな風に、好きな女と戦う正義の味方になりたかったのかよ!?』

 

『好きな女だからこそ、地球の敵になるのが耐えられないんじゃないかぁ!!クソォォ!!』

 

半分自棄になったジュンが、ミサイルを乱射しながらアキトを追い回す。

 

『少尉、撤退しましょう』

 

アキトを追いかけているジュンに味方のデルフィニウム部隊から通信が入る。

 

『エネルギーがもう限界です!あとは第二次防衛ラインに任せて我々は撤退しましょう!』

 

デルフィニウムはロケット燃料を使用しているため、燃料がなくなれば後は地上に向かって落下するだけである。

同じロケット燃料を使用していてもシャトルならともかく、流石に大気圏の摩擦にはデルフィニュウムの機体では耐えられない。

そうなれば、当然、搭乗しているパイロットもただでは済まない。

 

『そうか…全機、宇宙ステーションに撤退せよ。僕はここに残る』

 

燃料問題を言われ、冷静を取り戻したジュン。

 

『少尉!?』

 

『行け!僕に構うな!』

 

ジュンの命令に従い撤退するデルフィニウム部隊。

 

『くそっ…機体が動かない…エネルギー切れだって!?』

 

『俺もだ~!』

 

ミサイルをメチャクチャに回避している間に2機のエステバリスはナデシコからの重力波ビームの照射圏外に出てしまった。

 

「戦闘衛星、ナデシコを捕捉」

 

「今ミサイルが来たらやばくない?」

 

ミナトの疑問にルリが答える。

 

「ミサイル、3方向より接近中、弾着まで後2分」

 

ナデシコへと向っていく戦闘衛星のミサイルを見てジュンは僅かに残っていたエネルギーを使って、ナデシコの前に出る。

そして、デルフィニウムの両手を広げた所でエネルギーが切れる。

 

「ジュン君!?」

 

ジュンの突然の行動に戸惑い、そしてその意味を理解したユリカが声を上げる。

 

『あのヤロー、ナデシコの盾にでもなるつもりか!?』

 

『止めろッ! 死ぬ気か!?』

 

アキトとガイが叫ぶ。

だが、重力波ビームが届いていない為、動く事が出来ず、見ている事しか出来ない。

 

『分かっていたさ‥‥正義の味方になんてなれやしない‥‥だから‥こうしたかったのかもしれない。好きな人を守って‥‥』

 

ジュンは目を閉じて最後の瞬間を待つ。

しかし、その時が来る事はなかった。

 

『まったく世話やかすなよ。なぁ、お前』

 

ガイの通信が入るとデルフィニウムの両側をガイとアキトのエステバリスが押さえている。

 

『動けなかったんじゃ‥‥?』

 

『ナデシコが追いついてきたのさ』

 

「相転移エンジン、まもなく臨界高度です。残り300km…250km…」

 

ルリがカウントダウンを始める。

 

『来た来た来たぁ~!エンジン回って来たぞぉ~♪』

 

ルリの報告にウリバタケの歓喜の声が重なる。

 

「相転移エンジン、臨界点突破」

 

「ディストーション・フィールド全開!エステバリスを回収後、最大戦速で防衛ラインを突っ切ります!」

 

「まだ分かんないじゃん。正義の味方になれるかもしれないじゃないか。それにユリカのナイト役立ってまだ空きがあるんだし」

 

「ナデシコならそれも自由だって言うのか?」

 

「まぁそういうこと」

 

「まっ、俺様は生まれながらにして正義の味方だけどな!!」

 

「「はいはい」」

 

ナデシコのカタパルト上で外を見ながら未来を語る若者3人がいた。

フィールドを張ったナデシコは第一防衛ラインのビックバリアに接触。

 

「バリアの出力を上げろ!核融合炉が壊れてもかまわん!ナデシコを絶対に地球から出すな!」

 

総司令部で映像を見ていた総司令が怒鳴る。

しかし、衛星は無理な負荷がかかり次々と爆発、ナデシコはバリアを突き破って宇宙へと‥‥火星を目指して飛んでいった。

 

「今頃地球では核融合炉の爆発により大規模なブラックアウトが起こっているでしょう。 まっ、自業自得ですな」

 

プロスペクターの身も蓋もない現状報告。

 

そこにジュンをつれてパイロット達がブリッジに入って来る。

 

「…ユリカ…その…ゴメン」

 

ジュンがユリカの前に来て謝る。

 

「謝る事なんてないよ!ジュン君は友達として私の事心配してくれていたんだもん!!それにジュン君が戻って来てくれて、私、ホントに嬉しいよ!!」

 

「あ、あの‥」

 

「ありがとう。アキト、私の友達を傷付けずにいてくれて!!やっぱりアキトは優しいね♪」 

 

「あのなぁ、俺は別に…ユリカ、お前のためじゃなくてだな‥‥」

 

ユリカとアキトのイチャイチャを見せ付けられ、沈むジュン。

置いてきぼりかと思ったジュンであったが、彼はこうしてナデシコの副長として乗艦する事になった。

 

「まぁまぁとりあえず、生きていればそのうちいいこともあるって。頼むから俺よりも目立つ死に方だけはしないでくれよな」

 

沈んだジュンをガイが慰める。

その手にはゲキガンガーのシールが握られていた。

 

「なんです?それ?」

 

「えっ?これ?」

 

「あっー!!ゲキガンシールだ!!」

 

ジュンはガイが持っていたシールがなんなのか分からなかったが、アキトは何のシールなのか直ぐに分かった様だ。

 

「6機も倒したんだぜ、俺のスペース・ガンガーに貼らなきゃ」

 

そう言ってガイは自らのエステバリスの機体に撃墜マークであるゲキガンシールを貼りに行った。

しかし、ブリッジ要員にとってそれが彼の生きている最後の姿となった。

 

「さあ~てと、何処に貼ろうかな~?」

 

エステバリスの整備も終わり、整備員が撤収し薄暗くなった格納庫でガイは何処にシールを貼ろうかとエステバリスの機体を見ていると、

 

タッタッタッ‥‥

 

誰も居ない筈の格納庫から複数の人間の足音が聞こえた。

ガイがその足音がした方へと視線を向けると、其処には救命艇に乗り込もうとしている連合軍の兵士達の姿があった。

 

「あれ?アンタ達‥‥」

 

ガイが救命艇に乗り込む兵士達に声をかけた瞬間、

 

バン!!

 

格納庫に一発の銃声が響いた。

その瞬間、ガイの身体はドサッと格納庫の床に倒れる。

しかし、ガイの顔は痛みや苦痛で歪んだものではなく、自分の身に何が起きたのかを理解できなかったかの様な自然で安らかな表情をしていた。

 

後に、ダイゴウジ・ガイこと、ヤマダ・ジロウ殺害事件について、あの時ムネタケ達と行動を共にしていた兵士の1人が軍事裁判所に出頭した。

ヤマダ・ジロウ殺害事件の裁判においてその兵士は正当防衛を主張したが、調査により、ガイが武器を持っていなかった事、また争った形跡が全く見られない事からその兵士が主張する正当防衛は認められず、その兵士には殺人罪で重い罰則がかせられた。

 

 

 

・・・・続く



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第6話

 

 

 

 

 

 

 

ネルガルが幾ら払って弁償したか分からないが、関係者各位にかなりの迷惑をかけてナデシコは連合軍の防衛網を突破し、挙句の果てにバリア衛星まで破壊して地球を抜け出すと、補給予定の隕石コロニー サツキミドリ2号へと向っていた。

そのナデシコの医務室では‥‥

 

 

~ナデシコ 医務室~

 

ピィーと言う心電図を表示する医療機器の音が医務室の中で虚しく木霊する。

それは、1人の人間の死を知らせる音でもあった。

医務官が死亡時間を確認し、近くに居る看護師がカルテに死亡時間を記載する。

 

「‥‥」

 

医師と看護師のやりとりをアキトは呆然としながら見ていた。

やがて、医務官と看護師達が医務室から去って行くと、その場にはアキトと寝台の上で眠る様に死んでいるヤマダ・ジロウこと、ダイゴウジ・ガイの遺体のみが残された。

そしてアキトはガイが横たわる寝台に近づき彼に声をかける。

しかし、幾らアキトが声をかけても彼は起きる事はないし、目を覚ます事もない。

彼はもう、アキトに語り掛ける事もない。

それでも、アキトには何もしないと言う選択肢はなかった。

もしかしたら奇跡が起きるかもしれない。

アキトはこの時、そう思っていたのかもしれない。

いや、そう思っていた。

 

「ガイ、ガイ!!何か言えよ!!何か言ってくれよ!!ガーイ!!」

 

アキトの絶叫が医務室に痛々しく木霊した。

だが、奇跡なんてそう簡単に起きる訳でもなく、ヤマダ・ジロウこと、ダイゴウジ・ガイはナデシコで初の死亡者となった。

 

検死の結果、ガイの死因は銃弾による胸部損傷。

つまり彼は何者かの手によって銃で射殺されたのだ。

この時点で誰が彼を撃ったのかは不明だったが、資材倉庫に閉じ込めていたムネタケ達連合軍の兵士達の仕業と言うのが濃厚だった。

彼らはナデシコが防衛ラインの突破を図っている最中、ナデシコがビッグバリアを突き破った後、救命艇でナデシコを脱出。

ビッグバリアの機能が停止している間に地球へと悠々と帰還したのだろう。

ガイが倒れていたのはその救命艇が置いてあった傍であり、彼が死んだのは発見が遅れてしまった為である。

エステバリスの整備が終わり、格納庫に整備員がいない時に犯行は行われ、目撃者はおらず、たまたま格納庫に忘れ物を取りに来た整備員の1人が倒れているガイを発見するのと同時に救命艇がなくなっているのを発見した。

そして調査をした結果、資材倉庫に閉じ込めていた筈のムネタケを始めとする連合軍の兵士達の姿が無かったのもこの時に判明した。

この件はプロスペクターを通じてネルガル本社に伝えられ、ネルガルは連合軍の防衛網を強引に突破したと言う負い目がありつつもクルーが殺されたと言う事で連合軍側に対して抗議した。

それからすぐに、犯人と名乗る1人の兵士が軍事裁判所に出頭したのだった。

とは言え、緒戦の木星蜥蜴と連合軍の妨害戦を通じての死者は1名のみ‥‥。

しかも戦闘での死亡ではない事からナデシコが戦艦であることを考えると随分平和的な数なのかもしれない。

そのせいなのか初の死亡者が出たにも関わらず、ナデシコのクルーは皆落ち着いている様子だった。

そもそもこうした状況はナデシコのクルー同士の交流期間が短かった為で、別に彼がナデシコの皆から嫌われていた訳ではない。

現にアキトは彼の死に悲しんでいる。

だが、幾ら悲しんでもアニメ・漫画とは違い死んだ人間は生き返らない。

そして火星に行けば、これまでの戦闘よりも激しい戦闘が予測される。

もしかしたら、その戦闘でナデシコのクルーが大勢死ぬかもしれない。

明日は我が身かもしれない。

ナデシコのクルーにはそう言った割り切りがあったのかもしれない。

それでも彼と親しかったアキトには精神的負担と悲しみは大きく残った。

でも、とある人が言った。

 

人が本当に死ぬ時‥‥

 

それは誰からも忘れ去られた時だと‥‥

 

例え、1人でもいい‥‥

 

ヤマダ・ジロウ‥ダイゴウジ・ガイと言う男が確かにこのナデシコに乗っていたのだと言う事を忘れなければ、彼は本当の意味で死ぬことは無く、永遠に生き続けるのだろう。

その証拠にアキトは地球に送り返される筈だった彼の私物に関してプロスペクターを通じて遺族と連絡をとり、その殆どを引き取った。

ただ単に彼のゲキガンガーのコレクションが素晴らしかったのもあるが、これはあくまでもダイゴウジ・ガイがナデシコに乗っていた証になるからだ。

アキトが完全にガイの死を乗り越えている、いないに関係なしにナデシコはサツキミドリ2号に向かっていた。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「ルリさん、食堂に行こう」

 

順調に宇宙を航行中のある日、コハクはルリを食堂へと誘った。

数日の間、コハクはルリの食生活を見ていたのだが、彼女が食べるものといえば、艦内に設置されている自動販売機で売っているジャンクフードかサプリメントだけ‥‥。

そこでコハクはオモイカネと相談し合い、コハクが作戦を立案し、物証データをオモイカネがかき集め、本日その計画を実行に移した。

 

「今日のお昼御飯はもう用意していますので必要ありません」

 

と言って取り出したのはやはり艦内の自動販売機で売っている固形状の健康食品、カ〇リーメ〇ト。

しかし、ルリのこの対応はコハクとオモイカネにとって計算の内だ。

 

「ルリさん、そんな物ばかり食べていちゃダメだよ」

 

「しかし、栄養学的上計算されて作られているので、これだけで基本的栄養素をまとめて摂取できるようになっています」

 

「確かにそうかもしれないけど、成長期なんだし将来の為にも、もう少し栄養を取ってもいいと思うけど‥‥?」

 

「‥‥」

 

コハクはそう言うと目線をミナトの身体のある一部に向ける。

すると、ルリもコハクに釣られてミナトを見る。

続いて2人は反対側のメグミに目を向ける。

 

「「‥‥」」

 

そして止めと言わんばかりにオモイカネが空間ウィンドウを開く。

其処には以下の様なメッセージが書かれていた。

 

《ああなる》

 

ミナトとメグミの2人に聞かれないようにオモイカネがコハクのセリフを代弁するかのように空間ウィンドウを表示する。

 

「行きます」

 

ミナトとメグミの身体の一部の比較とオモイカネのメッセージを見たルリは即答し、コハクと共に2人で食堂へと向かう。

コハクは振り向きざまにオモイカネに向かって「ミッションコンプリート」と言って、ブイサインをしてブリッジを後にした。

オモイカネは《OK》 《グッジョブ!》 《大変よく出来ました》の空間ウィンドウを開いて喜んでいるようにも思えた。

コハクの視線に気づき、かねてからルリの食生活を心配し何とかしたいと思っていたミナトは必死に笑いを堪え、反対に当て馬にされたメグミの方は何のことかわからずにキョトンとしていた。

 

 

~ナデシコ 食堂~

 

「おや?ルリ坊にハク坊?いらっしゃい、今日はなんにするね?」

 

食堂にやって来たルリとコハクに気づいたホウメイが注文を尋ねる。

 

「チキンライスをお願いします」

 

「僕は野菜ラーメン!」

 

「あいよ」

 

大勢の乗組員がいるナデシコの食事を預かるのはホウメイとホウメイガールズと呼ばれる5人の調理補助兼ウェイトレス達とテンカワ・アキトの食堂スタッフ達。

自動化が進んでいるとはいえ、大勢のクルーの食事をたった1人の専任コックが賄う事は大変な事ではあるが、実際のところ、ホウメイの仕事は普通の食堂の営業時間とたいして変わらない。

深夜の夜食に関しては、事前に注文を受けた上での弁当とホウメイガールズが持ち回りで軽食のサービスを提供して運営を行っている。

その他はルリがよく利用している自動販売機で売っているインスタント食品やジャンクフード、携帯式の健康食品等である。

 

「お待ちどうさま。チキンライスと野菜ラーメンです」

 

注文の品を持ってきたアキト。

 

「「ありがとうございます」」

 

礼を言って注文の品を受け取る少女達。

 

「そう言えばアキトさん」

 

注文したラーメンを前にコハクはアキトに声をかける。

 

「ん?なに?」

 

「ゴートさんから聞いたのですが、パイロットの補充までコックの他にエステバリスのパイロットも兼任されると聞いたのですが本当ですか?」

 

これから行くコロニーでパイロット3人とエステバリスの0G戦フレームを受け取ることになっている予定だが、その間に万が一敵の攻撃を受ける可能性があるということで、これまでのエステバリスの操縦と第三防衛ラインでの経験を買われアキトはコックの他にエステバリスの臨時パイロットも兼任していた。

 

「ああ、本当だよ‥‥今はその‥‥ガイも居なくなっちまったし‥‥」

 

コハクの質問の内容を肯定するアキト。

 

「大丈夫ですか?」

 

ガイの死を引きづっている感じで何だが空元気な様子のアキトに対してコハクが心配そうに声をかける。

 

「へ、平気だよ。それにコハクちゃんが言ってたじゃないか。『重要なのは恐怖に飲み込まれないことだ』って‥‥俺はもう平気だからさ」

 

「‥‥確かに言いましたがアキトさん何だか元気が無さそうですよ。やっぱりヤマダさんの事を‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「それに、2、3回程度のエステバリスの戦闘経験では、本格的な戦闘については行けず撃墜されてしまうのがオチですよ」

 

「じゃあ、どうすれば‥‥?」

 

「食堂の仕事の合間を縫ってシミュレーターで訓練をしてはいかがでしょうか?」

 

「シミュレーター?」

 

「はい。オモイカネが操作する自動制御の対戦相手設定も出来ますし、火星に近づけば戦闘はどうしても避けられないでしょうから、今の内にシミュレーションですが、エステバリスの操縦と戦闘に慣れておく必要があるでしょうから」

 

「特にテンカワさんには少しヤマダさんと同じく熱血っぽい所がありますからね。ただ考えもなしに突撃するだけでは危ないですよ」

 

ルリもコハクの指摘には共感するところがあるようだ。

連合軍の兵士達にナデシコが一時占拠された時にゲキガンガーのアニメを見て、行動を起こしたアキトに熱血成分が皆無とは言えない。

 

「‥‥アキトさん‥午後、休み取れますか?」

 

「えっ?ああ、1時から6時まで休みだけど‥‥なんで?」

 

「それじゃあ、僕とちょっと付き合ってください」

 

「えっ?」

 

「僕が相手になります。アキトさんの」

 

「ええー!!」

 

コハクの提案に声をあげるアキト。

 

「付き合うってコハクちゃん。エステの操縦や戦闘できるの?」

 

「ゴートさんに少しだけ教わりました。でも、少なくとも今のアキトさんより強い自信はあります」

 

「わ、わかった」

 

こうして午後の休みはコハクと共にシミュレーターに付き合うことになったアキト。

 

 

~ナデシコ シュミレータールーム~

 

「――――と言う訳で、アキトさんはこれから僕とシミュレーターで対戦してもらいます」

 

シミュレータールームにはアキトと居た。

尚、アキトを誘った時、その場に居たルリはギャラリーとして同行して成り行きを見守っている。

 

「ほ、本当にやるのかい?コハクちゃん」

 

アキトはいくら自分がエステバリスでの戦闘経験が少なすぎると言っても第三防衛ラインで戦った自分と自分よりも年下のコハクがシミュレーションとは言え、本当にエステバリスの戦闘が出来るのか懐疑的だった。

 

「ん?怖いの?僕に負けるのが?」

 

アキトの体がピクッと反応する。

 

「い、いや、そう言う訳じゃないけど‥‥」

 

「そう?それじゃあ、アキトさんは初めてのシミュレーション戦闘だからハンデあげようか?」

 

小悪魔的な笑みを浮かべてアキトを更に挑発するコハク。

 

「むっ!?そこまでしなくても大丈夫だ!!」

 

やはり自分よりも年下の女の子にそう言われると年上の男としてのプライドがあるのだろう。

 

「そう、わかった。でも、初めてシミュレーション戦闘だからまず、どんなものなのかを知って貰う為に重力負荷と衝撃振動はカットさせてもらうね」

 

シミュレーター制御のコンピューターを弄り設定を変更するコハク。

 

「アキトさんの使用する機体は今度搬入される新型の0G戦フレームを使ってください」

 

「わ、分かった」

 

「私は空戦フレームで十分~♪」

 

「‥‥‥‥随分と馬鹿にしてくれるな」

 

設定が終了したシミュレーターに乗り込み、不正が無いか互いに機体のスタータスの確認をする。

この時点でステージと機体は既に変更不可となっている。

 

「さてと‥それじゃあ、始めるよ。準備はいい?」

 

「ああ、いつでもOKだ」

 

「じゃあ、始めるよ」

 

『Ready‥Go!!』

 

戦闘開始の合図が発せられ、小悪魔VSコック見習いの戦いが始まった。

そして‥‥

シミュレータールームには魂が抜け落ち、真っ白になったコック見習いがいた。

口からはエクトプラズムの様なモノが出ているように見える。

表示された空間ウィドウには、

 

『テンカワ機:損傷率87%。パイロットは重症。自力による脱出可能率はほぼゼロ』

 

『コハク機:被弾なし』

 

アキトは戦闘開始から僅か45秒でノックアウトされた。

 

「アキトさん、どうでした?」

 

コハクはアキトに初めてのシミュレーション戦闘についての感想を尋ねる。

 

「あ、ああ‥‥何というか‥‥想像以上に凄いとしか言えなかった‥‥」

 

アキトは半ば放心状態で返答する。

 

「さて、アキトさん」

 

「あっ、はい」

 

「まずは今回の戦いによってアキトさんの癖などを検討した結果、その反省点と改善点を説明します‥‥」

 

「は、はい」

 

コハクは空間ウィンドウを出してアキトに説明する。

 

「まだ初回なので仕方ないですが全般的に精度が甘いです。近距離を中心に接近戦を好むようですが、今後もそのスタイルを維持、向上させたいのなら、柔術・合気道・空手のような技の習得をお勧めします。後、中距離における射撃と体力不足、そして常に冷静でいられるように平常心を身につける訓練が必要ですね」

 

「体力や平常心はわかるけど、空手とかは何で?」

 

アキトが疑問を口にする。

この疑問にはルリがオモイカネを使って丁寧に説明してくれた。

IFSは使用者が手足を動かす感覚(イメージ)で機体を制御する。そのため、パイロットの運動能力が機体の能力に与える影響は大きいからだ。

 

「なるほどね」

 

ルリの補足説明を聞いて理解したアキト。

 

「それに、お姫様を守る王子様なら、強くなっても損はありませんよ」

 

からかい半分の笑みを浮かべながら、コハクはアキトにオマケの忠告をしておく。

 

「い、いや俺は別に…のことなんて‥‥」

 

肝心の部分が聞こえはしなかったが、コハクはアキトが誰を守ろうとしているのかは何となく分かった。

と言うか普段からあれだけアプローチをされているのだから嫌でも分かる。

 

「照れない、照れない。では、次からは重力負荷と衝撃振動を入れての訓練になります」

 

「ああ、分かった」

 

その後、アキトとコハクは時間の許す限り、シミュレーションによるエステバリスの模擬戦を何度も行った。

だが、結果はアキトの全戦全敗だった。

それでも最後の方はエステバリスの操縦はそれなりに出来るようになった。

 

(アキトさん、覚えも良いしエステの操縦テクニックに関して才能が有るかも‥‥このまま訓練を続ければ、エースの領域へ行けるんじゃないかな?)

 

今は、素人に毛が生えた程度の実力しかないアキトであるが、それでも彼にはエステバリスのパイロットとしての才能が有る事をコハクは薄々感じた。

 

「それじゃあ、失礼します。あっ、もし、今後も訓練が必要な時は言ってください。相手になりますから」

 

「ああ、ありがとう。コハクちゃん」

 

「テンカワさん。頑張ってくださいね」

 

「うん。ルリちゃんもありがとう」

 

アキトに一声かけてルリとコハクはシミュレータールームを後にした。

 

 

~ナデシコ 大浴場~

 

「随分と親切なんですね?」

 

シミュレータールームからの帰り、大浴場の前を通ると一緒にお風呂に入ろうという話になり、ルリがコハクの背中を洗っている時に切り出してきた。

 

「ん?そう?」

 

コハクは今後のためと思いアキトの戦闘スタイルと性格矯正のための最適手段をとったに過ぎないとそう思っている。

 

「そうですよ」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ」

 

「‥‥そう‥なのかな‥‥?」

 

しかし、ルリにしてみれば、親友‥妹とも思い始めてきたコハクの一面に困惑を隠せない。

なんだかコハクがアキトに取られてしまうような‥‥嫉妬の様な‥‥ヤキモチの様な感情がルリの中で沸々と沸き上がり始めた。

それも本人の自覚なしに‥‥

 

「でもこの先、パイロットを続けるのであれば、アキトさんには色々と頑張って貰わないと大変そうだもの‥火星に近づけば近づくほど、木星蜥蜴の攻撃は激しくなる。その時、平常心と生き残る術を身に着けて貰わないと、アキトさんもナデシコの皆も死んでしまう可能性もあるからね」

 

「ふふ、そうですね」

 

その言葉に今度は笑みを浮かべる。

互いに背中や頭を洗ったルリとコハクは、たっぷりと肩まで湯に浸かり十分に温まった。

 

「そろそろ出ましょう」

 

「うん」

 

ルリが声をかけて、2人は湯船から上がる。

脱衣所でコハクは牛乳、ルリがフルーツ牛乳で入浴を締めて2人は大浴場を後にした。

その後、ルリとコハクは夕食を食堂で食べ、後は眠るだけだと言うのにコハクの表情は何故か優れなかった。

ブリッジではルリ同様冷静なコハクにも苦手なことがあった。

本人曰く『ナデシコで眠るのが怖い』だそうだ。

ナデシコに乗艦してから夜に眠るとコハクは悪夢に魘されることがある。

その夢は決まって同じ様な悪夢だ。

 

燃え盛る戦艦の場所らしきブリッジ‥‥

 

血まみれの白い服の少女‥‥

 

辺りを包むのは絶望と深い悲しみ‥‥

 

大切な人を守れなかった自分に対する怒り‥‥

 

そんな夢をコハクはナデシコに乗ってから何度も見るようになった。

そしてそれは今夜もそうだった‥‥

 

 

~ナデシコ ルリ・コハクの共同部屋~

 

静まり返る室内に突然、呻き声が混じる。

 

「‥うっ‥‥っ‥くっ‥うぅぅ~‥‥」

 

眠りは深かったルリだが、この声に目を覚ます。

 

(ん?またですか?)

 

隣のベッドで眠るコハクの寝顔は何か耐え切れない悲しい夢を見ているのか目元に涙を浮かべている。

余程の悪夢なのか手でシーツや毛布を酷くかき乱している。

それでもコハクは目を覚ます気配はない。

最初は夢で魘され、涙を流していたコハクにどう対処すればいいのか戸惑っていたルリだが、今ではその対処法もちゃんと熟知している。

 

「よしよし」

 

慣れた様子でルリは自分のベッドからコハクが眠るベッドへと移り、身体を寄せコハクを軽く抱きしめ、毛布の上から胸の辺りをポンポンと優しく叩いたり、頭を撫でてやる。

その様子はまるで母親が夜鳴きをした赤ちゃんを泣き止ませる時と同じ様な仕草だが、コハクにはこの方法が思いのほかよく利く。

そしてルリの温もりを確かめるかのようにコハクがルリの身体をギュッと抱きしめ返し、ルリの足に自分の足を絡めてくるとようやく穏やかな表情になる。

 

「フフ‥甘えん坊さんですね‥‥」

 

コハクの誰も知らない一面を見て、それを独占している満足感と優越感が彼女にはあった。

 

「‥ル…リ‥‥」

 

「大丈夫。私はどこにも行きません。ずっと一緒ですよ‥コハク‥‥」

 

微笑を浮かべ、そのままコハクを抱いてそしてコハクに抱かれて眠るルリ。

 

翌朝‥‥

 

「‥‥‥またか」

 

大抵、ルリよりも先に起きるコハクはルリの身体をがっちりと掴んでいた事に気づく。

眼前にはルリの寝顔がある。

いい加減、慣れてきているし諦めているが、『情けない』の一言である。

しかし、ルリはこのことを他の誰にも言うことはしないし、迷惑している様子もない。

むしろ喜んでいるのが唯一の救いであった。

だが、コハクとしては無意識に変な寝言を言っていないか気が気でなかった。

モニターでチェックを入れた後、映像を消去したいところだが、どうやらその映像をルリが保存している様だ。

自分以上にルリにベッタリのオモイカネが自分の頼みを聞いてその映像を消去してくれる可能は非常に低い。

それ以前になぜ自分はこうも同じ様な悪夢に魘されるのだろうかと考えるコハクであった。

 

(そういえばあの夢に出てくる女の人、なんとなくルリさんに似ていたな‥‥)

 

夢に出て来たあのルリにそっくりな女の人‥‥

彼女はあの時、研究所に居た時やルリと始め出会った時もその姿がコハクの脳裏を過ぎった。

しかし、夢に出て来たルリにそっくりな女の人と自分は面識がない。

それにも関わらず、どうしてあの人は自分の夢の中に出てくるのだろうか?

コハクの悩みと悪夢はこれから先もまだまだ続きそうだった。

 

 

~ナデシコ 食堂~

 

昼休み、今ではルリも普通にナデシコの食堂で食事をするようになり、この日も普段通りお昼ご飯を食堂で食べているとユリカが来てルリに声をかけてきた。

 

「ねぇ、ルリちゃん」

 

「なんでしょう?」

 

「アキトが何処に居るか知らない?」

 

仕事の無いときは常にアキトのことしか頭にないのでは?と聞きたくなるくらいアキト一筋のユリカ。

 

「テンカワさんならコハクと一緒に汗を流しています」

 

「えっ!?」

 

ルリの言い放ったこの一言にユリカは石のように固まった。

 

「い、一緒に汗を‥流している?‥‥それって‥‥それって‥‥」

 

ユリカの顔が茹でた蟹の様にみるみる内に赤く染まっていく。

 

「だ、ダメよ!アキト!!コハクちゃんの同意の上でもコハクちゃんはまだ10歳よ!!10歳!!アキト!!それは犯罪よ!!」

 

「艦長、一体何を想像しているんですか?」

 

妄言を吐いているユリカにルリが首を傾げながらその真意を聞く。

 

「えっ?あははは‥な、なんでもないよ」

 

ルリの質問に笑ってごまかすユリカ。

 

「艦長が何を想像したかわかりませんが、コハクとテンカワさんは今、トレーニングルームにいます」

 

「えっ!?そうなの!?」

 

「はい。コハクは今日、テンカワさんの体力作りに付き合っています」

 

「胴着姿で男らしく戦っているアキト‥‥フフフ‥‥」

 

アキトの胴着姿を想像して再び妄想の世界に入るユリカ。

 

「‥‥バカ」

 

ルリはやれやれと言った様子で呆れながら一言そう呟いた。

 

 

~ナデシコ  トレーニングルーム~

 

ドタン バタン ドガッ

 

人が投げられ床に敷かれたマットに打ち付けられる音がトレーニングルームに響く。

此処、ナデシコのトレーニングルームではコハクとアキトが胴着姿で稽古をしていたが、一方的にアキトがコハクに投げられていた。

 

「くっ、くそっ」

 

アキトがコハクに掴みかかるが、あっさりと躱され、そのままコハクに掴もうと伸ばした手をコハクに掴まれ、逆に投げられる。

 

「ハァ‥ハァ‥‥だ、ダメだ‥‥ぜんぜん‥掴めない」

 

息を切らしながらマットの上に大の字になって倒れるアキト。

 

「そんなことはないですよ」

 

「えっ?」

 

コハクは微笑みながら大の字で倒れているアキトの顔を覗き込みながら、アキトの言葉を否定する。

 

「アキトさんは気づいていないかもしれませんが、僕は切り返しのたび徐々にスピードを上げていたんですよ。少なくともアキトさんの目の動きと身体の動きは段々と早さに慣れてきたということです。それはつまり、アキトさんに体力がついてきている証拠ですよ」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ。さて、もう一戦したら今日は終わりにしましょう」

 

「よしっ!」

 

アキトは一度両手で頬をパンッと叩き、気合を入れ直して立ち上がる。そしてアキトとコハクは互いに距離をとり、構える。

 

「たぁ!」

 

勢いよくアキトがコハクに掴みかかるが、コハクは手で払いのける。

アキトはコハクのカウンターに注意しながら攻撃の手を緩めない。

続いて足を絡めた攻撃と連動しコハクを攻め、彼女の見せたほんの僅かな隙を見逃さず、コハクをそのまま押し倒した。

 

「ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥や、やった‥‥」

 

手加減しているとは言え、一度でも自分を倒したアキトに対してコハクは彼を称賛した。

 

「お見事ですアキトさん」

 

「ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥いや、こっちはもうガタガタだ‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥それにコハクちゃん、ぜんぜん息を切らしていないじゃないか‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥コハクちゃん、手加減していたんだろう?」

 

「レベルにあった力加減でないと、アキトさんの体力が持ちませんからね。それにアキトさんにケガをさせたら艦長に怒られてしまいますから」

 

「ハァ‥ハァ‥‥でも、いつかは‥‥全力を出したコハクちゃんに勝って‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥みせるよ‥‥」

 

「はい、その日を楽しみに待っています♪」

 

息を切らしながらもニッと笑みを浮かべるアキト。

そして、そんなアキトに対して微笑むコハク。

何だかいい雰囲気な2人。

そこに、

 

「アーキートー!!」

 

食堂でアキトの居所を聞いたユリカが来た。

そして、トレーニングルームの扉を開けてユリカがトレーニングルームで見たその光景は‥‥

互いに胴着姿でコハクを押し倒し、コハクを見つめているアキトの姿だった。

それも今にも互いにキスをしそうな至近距離で‥‥

 

「えっ‥‥あ‥あ‥‥あ‥‥」

 

「ユ、ユリカ?」

 

「あれ?艦長?」

 

ギリギリと油が切れ掛かったカラクリ人形のように自分の名前を呼んだ方へと首を動かすアキト。

反対にコハクは突然のユリカの登場にキョトンとする。

2人の視線の先には顔を真っ赤にしたユリカがいた。

 

「ふ、ふ、2人とも離れなさーい!!」

 

ユリカの叫び声がトレーニングルームに響いた。

即座にコハクから離れるアキト。

その後、コハクは迎えに来たルリに引き取られたが、

 

「いい、アキト!!コハクちゃんはまだ10歳なのよ!!10歳!!それなのに手を出すなんて犯罪なのよ!!犯罪!!私はアキトがそんな犯罪を起こす様な人とは思ってはいないけど‥‥でも、一時の間違いって誰にでもあるし、アキトだって年頃の男の子だし、女の子には興味があると思うけど‥‥」

 

「だ、だからな、ユリカ、之には訳が‥‥」

 

「訳!?訳ってどういう訳があるのよ!?アキトのロリコン!!」

 

アキトはその場でユリカに散々小言を言われた。

そして暫くした後、ナデシコでアキトがコハクに手を出したという噂が流れた。

どうもあの時、食堂でユリカが妄想し、大声で出していたのを同じく食堂にいた他の乗員がそれを聞き、噂が噂を呼び、更に尾ヒレがついて、ナデシコ艦内を駆け巡ったのだ。

『アキトがコハクに手を出した』、『コハクとアキトの2人は実は兄妹で禁断の恋に走っている』等の噂が流れ、そしてその噂を聞いたユリカは暴走し、噂の真相をたしかめるべくある日、ルリと共に食堂にいたコハクを捕まえ言った。

 

「コハクちゃん、今日の夜、私と付き合って!!」

 

「えっ!?」

 

ユリカの言葉の意味は分からずドキッとするコハク。

するとルリがムッとした表情をしてユリカに言い放った。

 

「ダメです!コハクは私のモノです。夜はいつも私が相手をしているんですから」

 

などと、更に事態を混乱させる発言をして、『実はコハクは男なんじゃないか』とか『コハクは同性愛好者』などという噂が流れたが、ナデシコがサツキミドリ2号に着く前にその噂はプロスペクターの影の努力により沈静化されたが、噂の的になったコハクはちょっとショックを受けて暫く部屋に引き篭もっていたと言う。

 

 

 

 

・・・・続く



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第7話

 

 

 

 

 

 

言われなき噂がなんとか鎮静化してコハクは引き篭もりから脱した後、ルリとコハクは食堂で食事を摂っていた。

 

 

~ナデシコ 食堂~

 

「コハク」

 

「ん?なに?ルリさん」

 

食事の最中、徐にルリがコハクに声をかけてきた。

 

「それです」

 

ルリがビシッとした口調でコハクに指摘する。

 

「ん?どれ?」

 

一方、コハクの方はルリが何を指摘しているのか分からずにキョトンとしている。

 

「その『ルリさん』と言う呼び方‥そろそろ変えてもいいんじゃないんですか?」

 

「えっ?」

 

突然のルリの提案に思わず思考が停止するコハク。

 

「コハク?」

 

「あっ、えっと‥‥でも、いきなりどうしてそんな事を?」

 

「一緒の部屋に住んで夜はあれだけ面倒を見ているのですから、私達はもう、かなり親しい間柄だと思いますが?」

 

「えっと‥‥それじゃあ、何て呼べば‥‥」

 

「『ルリ』と呼び捨てで良いですよ」

 

「えっ?」

 

ルリが自分の事を呼び捨てにして呼んでくれと言った瞬間、コハクの脳裏にまた自分が経験した事のない光景が浮かび上がる。

 

 

『…さん、いつまでも「ルリちゃん」は嫌です。子供扱いしないで下さい』

 

『そ、その件につきましては前向きに検討し、努力するよ』

 

『はい、努力してください』

 

 

「‥‥」

 

「コハク?」

 

「っ!?え、えっと‥‥」

 

「大丈夫ですか?顔色が少し悪ですけど‥‥?」

 

「えっ?あっ、うん‥大丈夫だよ‥‥」

 

「それで、私の事を『ルリ』と呼んでくれますね?」

 

「えっ‥でも、ルリさんの方が年上だし‥‥」

 

「年上と言ってもたった1年しか変わりませんし、私はそう言う事は気にしませんから」

 

「で、でも‥‥」

 

「コハク」

 

ルリの有無を言わせない態度に、

 

「‥あっ‥‥う、うん‥‥分かったよ‥‥る‥ルリ‥‥」

 

コハクは脆くも陥落した。

 

「はい」

 

コハクからルリと呼び捨てで呼ばれるとルリは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

コハクのあらぬ噂が沈静化し、引き篭もりを脱したコハクは引き篭もり前と同じようにアキトに鍛錬を教授していた。

噂はあくまでも噂であり、事実無根だったことにまずは一安心したユリカであったが、休み時間にアキトに会いに行くと、アキトは料理の勉強をしていたり、ゲキガンガーのビデオを見ていたり、コハクと時間を共にしていることが多く、コハクとアキトの噂がいつか真実になるんじゃないかと不安になるユリカであった。

 

「心配いらないんじゃない?テンカワの奴、以外と朴念仁な所が有るし‥‥」

 

食堂でユリカが偶然その場に居たウリバタケに相談してみた。

しかし、当のウリバタケは今度サツキミドリ2号で搬入されるエステバリスの0G戦フレームの仕様書を見ている。

正直言ってまともにユリカの相談に乗っている様には見えない。

 

「今度乗ってくるパイロット達の機体かい?」

 

其処にコーヒーを持ってきたホウメイがウリバタケに話しかける。

 

「ああ、いいぜ。今度来る0G戦フレームは。仕様書を見るだけで興奮するぜ」

 

ホウメイに仕様書を見せるウリバタケ。

 

「嫌な男連中だといいね。今度来る連中は‥‥」

 

「ん?」

 

「あの~ちょっと‥‥」

 

ユリカはホウメイとウリバタケが自分を余所に会話し始めた事に疎外感を覚え2人に声をかけるが、

 

「嫌な連中だといいよ。戦争で死ぬかもしれない奴はさ」

 

「そうか」

 

「そうだよ」

 

「そうか」

 

ユリカは完全にアウト・オブ・眼中になっていた。

 

「むぅ~艦長命令です。私の話を聞きなさーい!!」

 

2人からアウト・オブ・眼中の扱いを受けたユリカが声をあげると、目の前に空間ウィンドウが開き、

 

『艦長、まもなく隕石コロニー サツキミドリ2号に到着します』

 

メグミがもうすぐ補給予定であるコロニーの到着の旨を伝える。

ユリカがブリッジに入ると、ブリッジ要員は既に所定の配置位置に着いていた。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「あと10分でコロニーを肉眼で確認できます」

 

レーダーで捕らえた距離から視認距離の時間を割り出し報告するルリ。

 

「了解。そのまま前進し入港準備。メグミちゃんコロニーと連絡をとってください」

 

「了解」

 

メグミがコロニー管制塔とのチャンネルを開き交信する。

 

「こちらネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ。サツキミドリ2号応答されたし」

 

『こちらサツキミドリ2号。イヤーかわいい声だね~♪』

 

「まもなく入港します。入港指示を御願いします」

 

『OK、OK任せてくれ。入港は第三‥‥(ザザーッ)』

 

入港の為の誘導を開始しようとした矢先にサツキミドリ側の無線が突如乱れた。

 

「どうしました?サツキミドリ2号応答してください」

 

電波障害のない宙域なのに突然コロニーとの交信が途絶えた。

その直後、

 

「サツキミドリ2号方向に爆発を確認。衝撃波来ます!」

 

ルリの報告後、ナデシコを大きな揺れが襲った。

サツキミドリ2号が突如爆発し、ナデシコの左舷フィールド・ジェネレーターに何かが突き刺さった。

 

「左舷フィールド・ジェネレーターに中程度の破損。フィールド展開不能」

 

コハクの緊急報告を受け、

 

「総員、第2級警戒態勢!整備班は直ちにジェネレーターの被害調査と修理を!」

 

キャプテンシートにしがみ付きながらユリカが状況の変化に素早く対応し指示を出す。

 

「さっきまで交信していたのに‥‥さっきまでお喋りしていたのに‥‥」

 

メグミは突然の事態に対応できずに呆けたままだったが、

 

「メグミちゃん、生存者がいるかもしれないから呼び続けて」

 

「は、はい」

 

ユリカの一声で現実へと引き戻され、必死にコロニーの管制塔を呼び続けた。

しかし、コロニーからの応答はなかった‥‥

 

(こんな所をもし、敵に襲われたら‥‥)

 

ユリカの額に汗が滲む。

現在ナデシコはフィールドを展開できない。

そんな所を敵の飽和攻撃や集中攻撃を受ければナデシコと言えど撃沈されるかもしれない。

 

「ルリちゃん、コハクちゃん、周囲の警戒を厳にして!どんな些細な反応も見逃さないように」

 

「「了解」」

 

ルリとコハクは眼を皿の様にしてレーダーとセンサーを見て周囲を警戒する。

 

『艦長、ウリバタケだ。ジェネレーターに突き刺さっていたのは脱出カプセルらしいが中身の方は空だ!』

 

「修理の方は?」

 

『これから開始する。10分程かかる』

 

「5分で御願いします。ゴートさん!艦内に侵入者の恐れあり。武器携帯の上、侵入者を確保してください!」

 

「了解した」

 

 

『乗組員各員に告ぐ、何者かが本艦に侵入した。全員識別コードを送信後、拳銃携帯の上、持ち場にて待機せよ。繰り返す‥‥』

 

艦内に警報が鳴り響き、ブリッジ要員もルリとコハクを除き全員が拳銃を携帯する。

 

「前方に機影を確認。反応は4つ」

 

「スクリーンに映せる?」

 

スクリーンに拡大投影された機影を確認するブリッジ要員。

 

「あれはエステバリスの0G戦フレーム」

 

「味方なら識別信号を送ってくる筈だ」

 

「どうします?攻撃しますか?」

 

識別信号を送ってこない事から、もしかしたら敵にコンピューターを乗っ取られているのかもしれない可能性がある。

 

「まって‥‥アレを!!」

 

エステバリスがコンテナと無人と思しきエステバリスを牽引している。そして牽引しているワイヤーの真ん中には白い布をくくりつけている。

 

「ワイヤーに白い布‥‥牽引する時の基本だが‥‥それは車の話だ」

 

「木星の蜥蜴もアレくらいお茶目ならよかったのにね‥‥」

 

ミナトが笑いを浮かべながら、見たままの事を言う。

その頃、脱出ポッドの侵入者はというとアキトの部屋でスクリーンに映し出されていたゲキガンガーの話に感動して、そのままアキトの部屋でゲキガンガーを視聴し続けていると、トイレから帰ってきたアキトに発見されて無事に保護された。

 

格納庫にエステバリスが着艦すると、ユリカ、プロスペクター、ゴート、保安員2名が格納庫へとやって来た。

エステバリスのコックピットから降りたパイロットがヘルメットを脱ぐと、

 

「「「「女?」」」」

 

男性陣はパイロットが女性だったということが意外だったらしく声を揃えて驚く。

 

「あの~貴女は?」

 

そしてユリカが確認のため、素性を聞く。

 

「人に名前を聞くときにはまずは自分からだろう?」

 

パイロットの女性が言い返してきた。

 

「私はミスマル・ユリカ、この艦の艦長を務めています」

 

そこで、ユリカは女性パイロットに自己紹介をする。

 

「ふーん、オレはスバル・リョーコ。見たとおり、エステバリスのパイロットだ」

 

すると、相手の女性パイロットもユリカ達に自己紹介をする。

 

「0G戦フレームはコレだけか?」

 

ゴートがリョーコに尋ねる。

 

「いやあと、1つ格納庫にしまったまま。さすがに一度に全部は持ちきれなかったんでな」

 

「あとの2人のパイロットは?」

 

「さあ、生きているんだか死んでいるんだか‥‥」

 

「生きているよ!」

 

格納庫の通路側の扉が開き、アキトと眼鏡をかけパイロットスーツを着た女性が入ってきた。

 

「どうも~私、アマノ・ヒカル。蛇使い座B型の18歳。趣味は同人誌作り。好きなものはしけったお煎餅とピザの端っこの硬い部分で~す。よろしくお願いしマース!!」

 

「まぁ、2人生きていれば上等か‥‥」

 

ヒカルの高テンションにやれやれといった様子で呟くリョーコ。

だが、そこに、

 

『勝手に殺さないで』

 

リョーコのコミュニケから聞き慣れた声が入る。

 

「イズミちゃん!?生きていたの!?今どこにいるの!?」

 

ヒカルが聞くと、

 

『それは‥‥言えない‥‥』

 

「こら、イズミ!!バカ言ってねぇで、さっさと出て来い!!」

 

コミュニケに向って怒鳴るリョーコ。

 

『それより、リョーコ、ツールボックス開けて』

 

「「えっ?」」

 

リョーコがリモコンでサツキミドリ2号から持って来たツールボックスを開けると、

 

「はぁ~空気がおいしいわぁ~」

 

ツールボックスの中から人が出てきた。

 

「テメェ、イズミ!このヤロー!!」

 

リョーコは慌ててツールボックスを閉じようとする。

 

「いや~やめて~しめないで~~サバじゃないんだからさぁ~」

 

謎のギャグ(?)を言った女性は1人笑い悶えていた。

ユリカ達は彼女のギャグについていけずに唖然としている。

 

「コイツは、マキ・イズミ‥‥まぁ、見たとおり変わった奴だけど、悪い奴じゃないから、相手にしなくていい」

 

笑い転げているイズミに代わり、リョーコが唖然としているユリカ達にイズミの名前を教えた。

 

「はぁ~」

 

カオスな空気についていけず生返事しかできないユリカであった。

 

その後、コロニーに残されたフレームの回収と生存者の捜索のため、パイロット3人娘とアキトがコロニーへ向うことになった。

コロニーの格納庫で発見されたエステバリスは、バッタにコンピューターを乗っ取られデビル・エステバリスとして襲い掛かってきたが、あえなく撃墜された。

シミュレーションじゃない本場の宇宙での戦闘であったが、事前に何度もコハクとシミュレーションで戦ったアキトはパイロット3人娘のお荷物にはならずに任務をこなす事が出来た。

実際、デビル・エステバリスに止めをさしたのもアキトだった。

そして生存者の捜索に入ったが、残念ながらコロニー内に生存者は見つからなかった。

パイロット達がコロニー内を捜索し、デビル・エステバリスを発見・交戦している時、ナデシコでは‥‥

 

「メグミさん、顔色が悪いですよ。少し休んでは?」

 

顔を青白くしているメグミに声をかけるコハク。

 

「ごめん、そうさせてもらうね」

 

「お大事に、メグちゃん」

 

ミナトが心配そうにメグミに声をかける。

 

「はい」

 

「‥‥」

 

フラフラとブリッジを後にするメグミ。

その後姿を見ていたコハクはどうするか悩んだ。

 

 

~ナデシコ 展望室~

 

ブリッジを後にしたメグミは自分の部屋ではなく、展望室へと行き1人静かに黄昏ていた。

脳裏に蘇るのはサツキミドリ2号の管制塔との最後の通信。

ついさっきまで通信をしていた人が姿は見えなくても死んだ。

それは例え声だけでも人の死に直面した事になる。

初めて人が死ぬのを間近で体験しメグミは完全に参ってしまっていた。

 

「はぁ~」

 

メグミが溜め息をついた時、

 

「溜め息をつくと、幸せが逃げますよ」

 

「えっ?」

 

メグミが振り返ると、其処には缶ジュースを持ったコハクが立っていた。

 

「コハク‥ちゃん‥‥どうして此処に?」

 

「メグミさん‥元気がなかった様なので、心配で‥‥」

 

「‥‥」

 

メグミは気まずそうに視線を逸らす。

 

「隣、良いですか?」

 

「う、うん‥‥」

 

メグミの返答を聞き、コハクはメグミの隣に腰を下ろす。

 

「どうぞ」

 

そして、手に持っていた温かいレモンティーをメグミに渡す。

 

「えっ?」

 

「何か話したい事や聞いてもらいたい事があるなら、こんな小娘ですけど、話してください。話すと少しは気分がスッキリするかもしれませんよ」

 

「‥‥」

 

メグミはコハクからレモンティーを受け取り、しばしその缶をジッと見ていたが、徐に口を開いた。

 

「その‥‥コハクちゃんは怖くないの?」

 

「えっ?」

 

「戦艦に乗って‥‥戦って、戦場に居て、人が死んで‥‥」

 

メグミは泣きそうな声呟く。

いや、実際のところ泣いているのかもしれない。

レモンティーの缶を握りしめながら、膝の上に顔を埋めている。

ただ、自分の泣き顔を年下のコハクに見られたくないと言う年上としての矜持なのかもしれない。

 

「勿論、僕にだって恐怖は感じていますよ」

 

「えっ?」

 

コハクの言葉を聞いてメグミは顔を上げる。

 

「これはアキトさんにも言った事なんですが、恐怖は誰もがもつ感情の1つですから‥お恥ずかしながら、僕はどうも夢見が悪くて悪夢に魘され続けています。でも、ルリがいてくれるおかげで、何とかなっています‥‥メグミさん」

 

「ん?なに?」

 

「『死んだ人の事は忘れろ』『ウジウジ悩むな』なんてことは言いません。メグミさんが今、思っている事は人として当然の事なんです。でも、戦艦に乗って、戦っている事から、死ぬ人が出るのは当然の事なのかもしれませんが、大事なのは人の死に慣れない事、死の恐怖に飲まれない事‥‥そして、仲間に頼る事です」

 

「仲間‥‥」

 

「はい。まだ、ナデシコに乗って日が浅いので、お互いにぎこちなさは感じるかもしれませんけど‥‥」

 

「でも、皆冷たすぎるよ‥‥あんなに沢山人が死んだのに‥‥人が死んだのにどうして皆平気でいられるの!?」

 

悲鳴にも近いような声でメグミは叫ぶ。

 

「それは、覚悟して割り切っている為かもしれませんよ」

 

「覚悟?」

 

「はい。戦艦に乗っている以上、向かう先は戦場、そして戦争をしている以上、人が死ぬのは避けられません」

 

「でも…でも!私はそんなに簡単に割り切れないよ!」

 

「メグミさん、割り切る必要はありません。誰かの為、人助けの為に乗っていると思えばいいんです‥生きている人は死んだ人の分までその思いを受け継いで生き残る義務があると思います。サツキミドリの人達だってナデシコが火星に居る人々を助ける事を信じて準備をしていたんですから‥‥その人達の為を思うのであれば、ナデシコを絶対に火星まで持って行かなければなりません。そして火星に居る人々を助けなければなりません。サツキミドリで死んだ大勢の人達の為にも‥‥火星でナデシコを待つ人々の為にも‥‥」

 

コハクはジッとメグミを見つめる。

 

「‥‥そっか‥‥そう‥だよね‥‥私達は生きているんだもんね‥‥うん‥完全に割り切れないかもしれないけど、私も過ぎたことを悩んでばかりいないで、今を‥そしてこれから出来る事を考えてみるね。コロニーで亡くなった人達の分まで‥‥それに私だって火星に居る人達を助けたいもん」

 

「はい」

 

その後、メグミは無事職務に復帰した。

 

隕石コロニーにて、デビル・エステバリスを倒して生存者の捜索を終えたエステバリス隊がナデシコへと戻ってきた。

アキトはまず、自分の戦果をどうしてもコハクに聞いてもらいたかった。

 

「コハクちゃん!!」

 

「あっ、アキトさん。お疲れ様です」

 

「コハクちゃん!!俺、やったよ!!コハクちゃんのおかげだよ!!ありがとう!!」

 

「いえいえ、アキトさんの努力の賜物ですよ。でも、今回の勝利に酔いしれたり、慢心しない様にこれからも精進しないとダメですよ」

 

「ハハ、分かっているよ」

 

互いに笑みを浮かべ、2人で通路を歩く姿を見たユリカは、

 

「‥‥夢‥そう、夢よ‥‥ただの悪い夢よ」

 

と現実逃避していた。

ユリカがコハクとアキトがどのように見えていたのか分からないが、一般的に見れば2人はどう見ても仲の良い兄妹の様に見えた。

 

隕石コロニーの戦いの後、ナデシコは本格的な木星蜥蜴の攻撃もなく、火星に向けての暇な航海を続けている。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「ふぁ~ホント、暇だよね」

 

キャプテンシート上でタレパ○ダのように寝そべりあくびをするユリカ。

その姿はあまりにも艦長らしくない。

そんなだらけきったブリッジに突然緊急アラートが鳴り響きオモイカネが敵の攻撃を知らせる。

 

「敵、攻撃」

 

「ええっ!?どこ!?どこ!?迎撃‥‥‥」

 

「いりません」

 

慌てて迎撃を出そうとする艦長の指示をルリが一蹴する。

 

「ディストーション・フィールド、順調に作動中」

 

飛んできた敵のビーム攻撃は、ナデシコのディストーション・フィールドにあっさりと防がれる。

 

「隕石コロニーでの戦い以来、木星蜥蜴が本格的な攻撃を仕掛けてこないのは、恐らくこの艦の能力を把握するまで――少なくとも制空権の確立した火星まで、攻撃はあいさつ程度のものになると思いますが‥‥‥艦長はどうお考えです?」

 

「貴女、鋭いわね。子供なのに」

 

いつの間にか隣に移動してきたユリカが、感心したようにルリを見つめていた。

ルリの方はというと子供扱いは勘弁して欲しいと思い、

 

「私、少女です」

 

と、一応そう自己主張したが、ユリカはよく分かってない様子。

そこに、再び敵からの攻撃。今度は別の角度から飛んできたが、またもやナデシコのディストーション・フィールドに弾かれていく。

 

「そっか。火星まで私、暇なんだ‥‥‥あ~あ~」

 

ユリカが溜め息を吐きながら、ルリのコンソールの上に座り込んだ。別に作業に支障はなうようだが、ユリカの身体がルリの視界に入る。

流石に鬱陶しいと思ったのか、ルリがユリカに注意した。

 

「艦長邪魔です。自分の席に着いていて下さい」

 

「は~い」

 

投げやりな返事をしながら、自分の席へと戻ろうとするユリカにコハクが尋ねた。

 

「あれ?艦長、いつまでもブリッジに居ていいんですか?」

 

「ふぇ?」

 

コハクの質問に「なんで?」と言わんばかりに頭の上に?マークをとばすユリカ。

 

「昨夜、プロスさんが言っていたじゃありませんか。今日からコロニーで亡くなった人達のお葬式をやるって‥まさか、忘れていたんですか?」

 

「えっ?‥あれ?そうだっけ?」

 

コハクに言われてユリカは昨夜の出来事を思い出す。

確かに言われてみれば昨夜寝る前にプロスペクターから連絡をもらった記憶がぼんやりとあるが、あの時はあまりにも眠くてプロスペクターがなにを言っているのかわからず、とりあえず「わかりました」の一言で終わらせたことを思い出した。

 

「ああっー!そうだった!!」

 

ユリカが声をあげると、空間ウィンドウが開き、

 

『艦長まだそこに居たんですか?艦長が来ないと始められません。急いで、そしてちゃんと着替えてきてください』

 

「は、はい!!」

 

急いで立ち上がり、ブリッジをあとにするユリカ、しかしあまりにも急ぎすぎたため、足がもつれ途中でコケた。

 

「痛ったぁー!!」

 

「やれやれ」

 

「‥バカ」

 

 

~ナデシコ 艦内 葬儀会場~

 

本格的な木星蜥蜴の襲来がない合間を縫って先の隕石コロニーでの死亡者のお葬式がナデシコ艦内で行われたが、全滅に近かったサツキミドリ2号、亡くなった方の身体は宇宙に消え、御遺骨が発見されることも滅多になく、だからこそお葬式の儀式だけでも念入りに行うのが、民間企業たるネルガル重工の方針らしい。

 

ポクポクポク‥‥

 

艦内に響く木魚の音。

そして‥‥

 

「なんまいだ~いちまいだ~にぃまいだ~さんまいだ~はぁ、おしまいだぁ~」

 

木魚を叩きながらお坊さんのカツラと法衣を纏って経文を読み上げるユリカ。

しかし、あまりやる気が感じられない。

死者が成仏できるのか心配だ。

 

「おしまいじゃないよ」

 

「えっ?」

 

やっと終わったと思ったユリカに小坊主の格好したジュンがそう言って次の葬儀会場へとユリカを連れて行く。

 

「早く」

 

「えっと、天にまします我等が父よ」

 

次はキリスト教の葬儀会場でユリカは神父役、ジュンがシスター役をやり、その後はわけの分からない衣装を着て艦内の葬儀会場を駆け巡るユリカ達。

 

「地球は狭いようで広い!様々な宗教や風習があって様々な形式のお葬式があるからね」

 

「あう~ だからって何で私がお葬式やらないといけないの?」

 

衣裳部屋で愚痴るユリカ。

 

「『何で』って?コロニーは全滅しちゃったし、お葬式を上げるのはナデシコの役目だろう?それにお坊さんや神主さん全員揃えていたらクルー全員が聖職者になっちゃうよ。だから艦長がそれを代行しないと」

 

「なにしろ冠婚葬祭はなかなか値切れませんからねぇ」

 

艦長とアオイさんの会話にプロスペクターが電卓をいじりながら詳細を説明する。

ちなみにネルガルは民間企業であり、当然それに所属するナデシコは個人の宗教、思想を尊重し、なるべくお葬式に関しては出来る限り個人の希望に対して、ソレに答えるようにしている。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「ひゃ~疲れたよぉ~」

 

今日の予定分のお葬式を終えたユリカは相当疲れたらしくキャプテンシートでぐったりとしている。

心なしか白っぽく見えるし、頭にはお葬式で使用した変な帽子を被ったままだ。

 

「艦長、頭に変な帽子‥被ったままですよ」

 

ルリが教えるがそれを取る元気もないのか気にせずそのまま変な帽子を被ったままのユリカ。

 

「はぁ~これが艦長」

 

「まだまだお葬式の希望はありますよ」

 

「え?」

 

「オモイカネ、データ表示」

 

ルリの声に連動するかのようにオモイカネがデータを表示する。

 

『俺には葬式も墓もいらねぇ』

 

「よかった」

 

『青い青い海に俺の遺骨を撒いてくれ』

 

「海?海なんてどこにあるの?」

 

『私の願い、私は天の川の星の1つとなって皆の幸せを見つめたいの~』

 

「気持ちは分かるけど‥‥」

 

「お墓‥星の形にしてあげましょうか?」

 

『俺様の夢は地球一の美女に首筋を噛まれ‥‥』

 

「艦長、地球一の美女ですか?」

 

ルリにそう言われ、顔を青くするユリカ。

 

「これもほんの一部です」

 

するとユリカの目の前に沢山の空間ウィンドウが表示される。

 

「こんなにお葬式?」

 

「それだけ前の戦いで沢山の方が亡くなったということですね‥‥」

 

「じゃあ、私に出来るのはお葬式?…お弔い?」

 

涙目になるユリカ。

そこに、

 

「あっ、冠婚葬祭って言うからには結婚式も取り仕切るのかな?」

 

メグミがそう言うと、ユリカはふと、シートに座っているコハクを見る。そして彼女の頭の中に浮かんだのは白いタキシードを着たアキトとウェディングドレスを着たコハクの姿‥‥

 

「うわぁぁぁぁん!アキトのバカ~!!ロリコ~ン!!」

 

突然泣き出しブリッジから走り去って行くユリカ。

しかもこの場に居ないアキトを何故か罵倒している。

 

「ど、どうしたの?艦長?」

 

「さあ?」

 

ユリカの行動に理解できず、首を傾げるメグミとコハクであった。

そんなユリカに対してルリは、

 

「バカ‥‥」

 

呆れる様に一言呟いた。

 

 

~ナデシコ 厨房~

 

ユリカ達、ナデシコの上層部がお葬式で忙しい中、食堂スタッフはそれ以上に忙しかった。

なにしろ通常の営業と共にお葬式後の宴会用の料理とお供え用の料理の調理に追われていたのだ。

 

「さあ、どんどんいくよ!!葬式が終わったら宴会、死んでいった人達に恥はかかせられないよ!!なにせ仏さんにとってこの世で最後の宴会なんだからね!!」

 

ホウメイが檄を飛ばし、ひたすら沢山の料理を作るスタッフ達。

 

「今日の仏さんの再確認、イタリア、アラブにロシアにタイ‥‥テンカワ、トムヤンクンには醤油じゃなくて、ナンプラを使うんだよ!!」

 

厨房にひしめき合う沢山の料理の中で僅かな匂いの中から違いを見極め適切な指示を出すホウメイ。

 

「なんです?ナンプラって?」

 

「魚から作った醤油のことだよ。さあ早く持ってきな。スープが煮立っちまうよ」

 

「は、はい!!」

 

急いで調味料庫にあるナンプラを取りに行くアキト。

そうした日がここ数日続き‥‥

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「ひゃ~やっぱり疲れたよぉ~」

 

先日同様、お葬式で使ったとされる変な帽子を被り、キャプテンシートでぐったりしているユリカ。

 

「ルリちゃん、艦長ってなんだろう?」

 

「知りたいですか?」

 

「うん、知りたい」

 

「教えることはできませんがデータなら‥‥オモイカネ、データ表示『最近の艦長についての傾向と分析』」

 

空間ウィンドウが開き『年代は?』と聞いてくるオモイカネ。

 

「いつぐらいの艦長にします?」

 

「あっ、ここ100年間で」

 

検索中‥‥検索中‥‥検索中‥‥検索終了

 

「出ました。第二次世界大戦以降、名鑑長と呼ばれる艦長は出現していない。艦長は乗員の不平・不満・悩みを緩和・吸収することが出来ればよい。当初は冷静沈着を思わせる老人タイプの艦長が主流であったが、ここ近年は若者にヤル気を持たせるため、美少年・美少女艦長も登場している」

 

表示された空間ウィンドウを読み上げるルリ。

表示された艦長の中に、某有名な宇宙戦艦の艦長にそっくりな人物がいたが、それについては誰も触れなかった。

 

「つまり現代の艦長の傾向としては作戦能力や決断力などの本質的な能力を必要としていないようですね」

 

「それってどういうこと?‥‥それって‥‥それって‥‥」

 

「それって早い話、誰でもいいってことですよね?」

 

メグミの一言にユリカは‥‥

 

「うわぁぁぁぁん!」

 

先日同様、ユリカは泣きながら通路を走っていった。

 

「「メグミさん‥‥」」

 

オペレーター娘達はユリカに同情するかのようにメグミの名を呼んだ。

まぁ、確かにメグミの言う事も当たってはいるが‥‥

 

 

~ナデシコ 通路~

 

アキトは悩んでいた。

ある日、仕事が終わり、調味料庫で調味料と睨めっこをしているとホウメイに声をかけえられ、アキトはなぜ戦艦なのにここまで食に関して力をいれるのかホウメイに聞いた。

するとホウメイから昔、従軍コック時代の苦く悔しい思い出話を聞かされ、アキトはもっと経験を積んで立派なコックになろうと決意したが、心のどこかでは未だに正義の味方になることを諦めきれないでいた。

それに周囲もアキトにはコックよりもエステバリスのパイロットになれと遠回しに言われている。

それはコハクとの訓練で体力やエステバリスの操縦技術が各段に上がり始めていたからである。

 

「俺はどうすれば‥‥」

 

トボトボと通路を歩いていると、

 

「何か悩み事ですか?アキトさん」

 

背後から声をかけられた。

 

「うわっ!?‥‥って、コハクちゃん」

 

「どうも」

 

通路でコハクと出会い、アキトは自分が抱えているモヤモヤした気持ちをコハクに打ち明けた。

 

「‥‥そうですね」

 

コハクは顎に手を当てて目を閉じて暫し考える。

 

「‥‥」

 

一方、アキトはコハクがどのような答えを出すのかジッと待っている。

10歳も年下の女の子に人生相談を受けてもらうと言うのは何だが、恥ずかしい気分でもあるが、コハクなら何か自分に対してためになるアドバイスや答えをくれる様に思えていた。

 

「‥‥アキトさん、悩んでください」

 

「えっ?」

 

コハクの意外な答えにキョトンとするアキト。

 

「悩んで悩んで悩み続けた結果、選んだその道は、アキトさんが本当になりたかったモノだと僕はそう思います。それにまだ結論を出すのは早すぎますよ」

 

「そう‥かな?」

 

「そうですよ。それに文武両道と言う言葉や昔のアニメ・漫画にワン〇ースと言う作品があり、劇中の中で戦うコックさんのサ〇ジと言うキャラクターがいました。アレもコレも全部と言う訳にはいきませんが、嗜む程度のモノ‥‥であれば、二足の草鞋でもいいと思います」

 

「そうか‥‥ありがとう。コハクちゃん」

 

「いえいえ」

 

コックになるか?それともエステバリスのパイロットになるか?アキトにはまだまだ時間が残されている。

すぐに結論を出さなくてもいいじゃないか。

コハクに話して少し心の中のモヤモヤが晴れた気分のアキトだった。

それからまた更に数日後‥‥

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

『Ready…Go!!』

 

『でりゃ』

 

『チェストー』

 

『グフッ』

 

ブリッジの空間ウィンドウで右、左とかかれた文字達が格闘していた。

ブリッジにてルリとコハクはのん気に格闘ゲームをしていたのである。

 

「ねぇ、ルリちゃん、コハクちゃん。艦長、最近見ないね」

 

メグミがここ最近姿を見せないユリカがきになり話しかけてきた。

お葬式で忙しいのもあるが、葬式後ユリカはブリッジに良く来ていたのに、ここ最近はブリッジにも葬式会場にも姿を見せずにジュンが代わりに葬式の取り仕切りを代行していると言う。

 

「メグミさんのこの前の一言がやっぱり決め手になったんじゃないですか?」

 

「気になるので探してみましょう」

 

艦内を検索した結果、ユリカは瞑想ルームに居た。

 

「艦長、どうやらお篭もりのようです。やっぱりメグミさんのあの一言が原因みたいですね」

 

「艦長の気持ちなんだか分かるな‥‥」

 

変な噂を広められ、引き篭もり経験のあるコハクは同情するように言う。

 

 

~ナデシコ 瞑想ルーム~

 

「煩悩‥‥お釈迦様は菩提樹の下で悟りを開いた‥‥私も悟りを開きたい‥‥煩悩?私の煩悩って何?」

 

ユリカの頭の中には今も昔も変わらないアキトが好きだという一途な想いが有ったが、ナデシコでアキトと再開してもアキトは自分に会いに来てくれない。

それどころか自分より10歳も年下のコハクとばかり会っている。

ユリカの脳裏にはアキトにお姫様抱っこされているコハク‥‥先日トレーニングルームで見たコハクを押し倒しているアキトの姿。

そしてメグミに冠婚葬祭の事を言われて意識してしまったタキシード姿のアキトとウェディングドレス姿のコハク。

やがて、2人の唇が互いに接近し、そして‥‥

 

「ダメ、アキト!」

 

ユリカが思わず声をあげると、

 

『雑念は捨てなさい。雑念は捨てなさい。脳波レベル最悪。雑念は捨てなさい』

 

瞑想ルームのロボットに頭をポカポカ叩かれた。

すると突然ユリカの目の前に空間ウィンドウが開く。

 

『艦長、叛乱です。乗員の一部が叛乱を起こしました』

 

ユリカが急いでブリッジへ行くと拳銃を構えたパイロット3人娘とスパナを手に持ったウリバタケがいた。

同じく格納庫でもエステバリスに断固反対のプラカードを掲げ、整備員達がメガホンで騒いでいる。

とりあえずなんでこんなことをしたのかを聞く為に急いでブリッジに上がったユリカ。

 

「色んな葬式をしてくれることは分かった。だが、俺達はそんなこと知らなかった!」

 

「だからそれは契約書に‥‥」

 

「今時、契約書見てサインする奴がいるか?見ろ!!」

 

ウリバタケが掲示したネルガルの契約書は文字がびっしり細かく書かれていた。

しかし、いくら見にくくても契約書はちゃんと見た方が良いと思うぞ‥‥

 

「「私(僕)は読みました」」

 

オペレーター娘の2人は全部読んだようだが、ウリバタケ達はそれを受け流し抗議を続けている。

どうやら社員間の恋愛についての項目が不満のようだった。

 

「え~~‥‥社員間の男女交際は禁止いたしませんが、風紀維持の為、お互いの接触は手を繋ぐ以上の事は禁止‥‥何これ?」

 

ユリカは契約書を見ながらウリバタケ達が抗議している社員間の恋愛についての項目を朗読する。

しかし、朗読したユリカ本人も理解していない様子。

 

「やれやれ‥‥そろそろ火星か‥‥フィールドの出力を上げて、グラビティーブラストのチャージをしておいたほうがいいかな?」

 

恋愛禁止の項目について騒いでいる大人達を尻目に敵の襲来を予期していつでも戦闘できるように準備するコハク。

その間も恋愛禁止反対派の抗議は続いている。

 

「お手々繋いで此処はナデシコ保育園か?いい大人がお手々繋いで済む訳ないだろう!?」

 

ドサクサに紛れてリューコとヒカルの手を握るウリバタケであったが、2人から肘打ちをくらい、うずくまる。

 

「俺はまだ若い!」

 

「若いか?」

 

アキトの問いに即答するウリバタケ。

 

「若いの!若い2人が見つめ合い、見つめ合ったら‥‥」

 

「唇が?」

 

「若い2人の純情は、純なるがゆえ、不純‥‥」

 

「せめて抱きたい、抱かれたい!」

 

ウリバタケの一人芝居(合いの手:アマノ・ヒカル)が始まる。

そこへ、

 

「そのエスカレートが困るんです。はい‥‥」

 

「キサマ――――!!」

 

「やがて2人が結婚すれば、お金、掛かりますよね?更に子供でも生んだら大変です。ナデシコは保育園ではありませんので‥‥」

 

「黙れ!!いいか、宇宙は広い!恋愛も自由だ!それがお手々繋いでだとォ~~、それじゃ女房の尻の下のほうがマシだ!!」

 

「とはいえ、サインした以上‥‥」

 

「うるせぇ~!!これが見えねぇか!」

 

「この契約書も見てください」

 

プロスペクターが登場し交渉となるが両者は平行線を辿り、終にはウリバタケ達が武器を構え一触即発の事態になるかと思った時、

 

≪前方より重力波反応大多数≫

 

オモイカネが多数の重力波を探知した。

 

「っ!?オモイカネ、フィールド出力最大!!」

 

コハクが間一髪でナデシコのフィールドを最大に上げた。

その直後、ナデシコを大きな衝撃が襲う。

 

「な、なんだ?」

 

「ルリちゃん、コハクちゃんフィールドは?」

 

「ちゃんと働いています」

 

「ですが、この衝撃‥‥迎撃が必要かもしれません」

 

こうしてナデシコは火星宙域には入り、本格的に木星蜥蜴との戦闘に突入した。

 

 

 

・・・・続く



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第8話

 

 

 

 

 

 

 

 

スキャパレリ・プロジェクトの為、木星蜥蜴の手によって陥落した火星へと向かっているナデシコ。

その途中で連合軍の妨害やら、クルーの1人であるダイゴウジ・ガイこと、ヤマダ・ジロウの死、補給予定だった隕石コロニー、サツキミドリ2号の壊滅にテンカワ・アキトを巡る恋愛事情、そして火星目前で起きた契約に対するクルー達の不満など様々な事があったが、火星はもう目の前である。

しかし現在、火星は木星蜥蜴によって占拠されている。

当然、そんな火星に近づけば木星兵蜥蜴との戦闘は必至である。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「皆さん、契約についてのご不満は分かります。けれど今はそんな時ではありません!!戦いに勝たなきゃ、戦いに勝たなきゃ、またお葬式ばかり、私イヤです!!どうせやるならお葬式より結婚式やりたーい!!」

 

ユリカのこの一声と周りの状況から契約書の件は後回しにされ、各員戦闘配置に着いた。

 

「グラビティーブラスト、チャージ完了。ミサイル発射管全門装填完了」

 

「了解。ルリちゃん、敵勢力解析急いで!エステバリス隊全機発進!!」

 

格納庫からは次々とエステバリスが発進し、ナデシコの前面を固める。

 

「敵勢力解析完了。旗艦と思われるヤンマ級戦艦1隻、カトンボ級駆逐艦約100隻、更に敵艦からバッタの射出を確認、正確な数は計測不能」

 

「さすが敵の拠点となると数が違いますな」

 

ルリの報告を聞いてプロスペクターが呟く。

 

『リョーコちゃん、作戦は?』

 

ナデシコ発進後、アキトはリョーコに通信を開き、フォーメーションを確認する。

 

『どうもこうもねえ!シミュレーション通りだ!テンカワはオレに続いてあのデカブツを潰すぞ!ヒカル、イズミの2人はバックアップ、バッタを近づけるなよ!!』

 

『『『了解』』』

 

ヒカルのオレンジ色のエステバリスがライフルとディストーション・フィールドを使った攻撃で数十機をまとめて葬り去る。

 

『ほぉら、お花畑~』

 

『あははははっ!』

 

爆発の花を作り出した攻撃に笑い合う。その油断をついて数機が肉薄するが、イズミがそれを撃墜する。

 

『ふざけていると、棺桶行きだよ』

 

冷たい声でヒカルの遊び過ぎを戒めると、先頭に立って突撃を開始する。

 

『ホント、ハードボイルドぶりっ子なんだからぁ』

 

『悪いわね。性分なの』

 

軽い会話をしながらも、その速度は全く緩めない。

前面に展開するバッタをフィールドによる高速度攻撃により、バッタの包囲網を突破したリョーコとアキトは一気に旗艦らしいヤンマ級に攻撃を仕掛けるが、相手の強力なフィールドにより弾かれる。

そして、ヤンマとカトンボはレーザーを一斉に撃って来る。

それはエステバリス、ナデシコの両方を狙ってだ。

しかし、ナデシコの方はフィールドで相手のレーザーを弾き、ダメージはなく、エステバリスの方も敵のレーザー砲を躱している。

ナデシコのモニターでは戦況の映像が映されており、それを見た瓢提督はユリカに意見する。

 

「艦長、エステバリスをすぐに呼び戻したまえ!!」

 

「大丈夫です。アキトファイト!!」

 

「し、しかし‥‥」

 

「敵はグラビティーブラストを持つ戦艦と言いたいのでしょう?」

 

瓢提督の後ろに居たプロスペクターが小声で言うと瓢提督はプロスペクターの方へと顔を向ける。

 

「大丈夫。そのための相転移エンジンにディストーション・フィールドそれにグラビティーブラスト‥‥あの時の戦いのようには行きませんよ。お気楽に、お気楽に」

 

「‥‥」

 

プロスペクターの言葉に対して瓢提督は彼をチラ見した後、無言でモニターを見つめた。

 

『くそっ!さすが戦艦のフィールド、固いぜ!』

 

『死神が見えてきたわね』

 

『『『見えん!!見えん!!』』』

 

『それで、どうするの?』

 

『皆さん』

 

『うわっ!?』

 

エステバリスにコハクから突然、空間ウィンドウ通信が突然入る。

 

『コハクちゃん‥どうしたの?』

 

『皆さんが苦戦なされている様子なので‥‥』

 

『何か良い作戦でも?』

 

『はい。リョーコさん、ヒカルさん、イズミさんでまず、上下からナイフを使いこの入射角で、相手のフィールドに僅かな歪みを生じさせます。そこへアキトさんが思いっきり攻撃を加えてください』

 

シミュレートを使って作戦を説明するコハク。

 

『それしかねぇか』

 

コハクの作戦に従い、リョーコ、ヒカル、イズミの3人がナイフを使いヤンマのフィールドに小さな穴と共に装甲に亀裂を入れ、そこに向ってアキトが思いっきりパンチを打ち込むと損傷箇所から爆発、周りにいたカトンボ級駆逐艦を巻き込んで消滅した。

残りの残存艦もナデシコのグラビティーブラストによりそのほとんどが消滅した。

火星軌道上で行われた、ナデシコと木星蜥蜴の戦いはナデシコの勝利で幕を閉じた。

 

「降下軌道採れました。どうぞ」

 

軌道を表示した空間ウィンドウをミナトに渡すルリ。

 

「さんきゅ、ルリルリ」

 

エステバリス隊を回収し、火星へと降下していくナデシコ。

 

「なんです?あのキラキラ光っているの?」

 

「ナノマシンの集合体だ」

 

火星の大気圏でキラキラ光る謎の光源を聞くメグミにゴートが答える。

 

「ナノマシン?」

 

「ナノマシン、小さな自己増殖機械‥火星の大気を地球型にするのにナノマシンを使ってテラフォーミングしたようですね」

 

メグミの疑問にコハクが淡々と答える。

 

「そんなのがナデシコに入っちゃって大丈夫なんですか?」

 

火星の空気にはナノマシンが含まれており、呼吸すれば当然口や鼻からそのナノマシンが体内に入って来る。

それが人体に影響がないのか心配になるメグミ。

 

「心配いりません!火星では皆その空気を吸って生きていたんですから基本的無害です」

 

火星出身のユリカは空気中に含まれているナノマシンは人体に無害であると教える。

 

「そういえば艦長も火星出身でしたな」

 

プロスペクターが思い出すかのように呟く。

 

「地上の敵、第二陣にグラビティーブラスト用意!艦首を敵艦隊に固定」

 

地上にいる木星蜥蜴にグラビティーブラスト発射口を向けるナデシコ。

 

その頃、ナデシコの格納庫では‥‥

 

急に艦が傾き、バランスを崩すパイロットと整備員達。

 

「「「きゃああー」」」

 

「「「「うわぁぁぁ」」」」

 

パイロット3人娘がアキトに抱きつき、それを見ていた整備員は、

 

((((くそっーなんでテンカワだけ!?うらやましい!!))))

 

と、思っていたが、そんな優越感を感じる余裕もないアキト本人は、

 

「コラ、ちゃんと重力制御しろ!!」

 

と、ブリッジに向って吼えていた。

 

「うっ‥‥ハァ‥ハァ‥グラビティーブラスト‥発射‥‥」

 

ナデシコから放たれたグラビティーブラストにて地上にいた木星蜥蜴は突然の攻撃に成す術なく消滅した。

 

(なんだろう?火星の大気圏を通ってから妙に身体中が熱い‥‥)

 

火星の大気圏を通過した後から急激に体温が上がり始め、呼吸が乱れ、額に汗が浮き出るコハク。

それはまるで身体が燃えているように熱い。

 

「これより地上班を編成し、上陸艇『ヒナギク』により捜索を開始する」

 

火星捜索のブリーフィング中にアキトが、

 

「あの?俺、エステで故郷のユートピアコロニーへ行きたいんですけど‥‥」

 

「ん?」

 

瓢提督の眉がピクリと動く。

 

「あそこにはもう何もありませんよ。チューリップの勢力下です」

 

プロスペクターがアキトの提案を却下する。

 

「いや、許可しよう‥確かにお飾りかもしれないが実質的な戦闘指揮権はワシに一任されている筈だね?ゴート君」

 

「は、はぁ」

 

「それに故郷を見たいというのは誰にでもある心情だ。まして故郷を離れていた若者ならばなおさらだ」

 

「‥‥わかりました。ただし、ユートピアコロニーはちょうど反対側ですから、まずはオリンポス山の研究所からの探索でよろしいですか?」

 

「わかりました」

 

瓢提督から許可が出て、故郷へ行けるということでアキトはどこか嬉しそうだった。

ただし、現在の位置からエステバリスで出ると、ナデシコの重力圏ビーム外に出て、外部バッテリーを搭載しても戻れる距離ではないので、ユートピアコロニーへ行くのは後日となった。

 

 

~オリンポス山 ネルガル研究所~

 

上陸艇『ヒナギク』で研究所へやってきたプロスペクター、ゴート、リョーコ、ヒカル、コハクは早速研究所内を捜索し、生存者を探した。

 

「どうですかな?」

 

「ダメ、もう何ヶ月も人がいた形跡はないね」

 

埃まみれの研究所内は物音1つしない不気味さがあった。

 

「やっぱとっくに逃げ出したんじゃないんですかぁ?」

 

「大体さぁ、こんな辺境で一体何を研究していたわけ?」

 

中身が空の書類棚を開けて、リョーコが中を覗きこむ。

研究員が逃げ出す前に始末したのか、書類の類は一切残っていなかった。そしてリョーコの疑問にプロスペクターが答えた。

 

「ナデシコです」

 

「「はぁ?」」

 

「ご覧になりますか?ナデシコの‥始まりを‥‥」

 

プロスペクターは微笑みながら、ナデシコの始まりの地へと皆を誘った。

大型機械搬入用の傾斜エレベーターで地下に降りる。幸い電源はこうして生きていたが、こう言った場所は照明が薄暗い。

エレベーターの終点には、大きな扉があった。

プロスペクターがカードキーとパスワードを電子ロックの端末に入力すると音を立てて扉が開く。

 

「さっ、どうぞ」

 

部屋の中に入ったリョーコ達は意外な光景に息をのんだ。

 

「火星に入植が始まって10年と言いますから、30年ほど前になりますか‥これが発見されたのは‥‥」

 

そこにはボロボロになった木星蜥蜴のカトンボ級駆逐艦の姿があった。

 

「木星蜥蜴の無人艦?でも‥‥」

 

「真ん中の所が空っぽね~あそこには何があったのかなぁ?」

 

リョーコとヒカルは息を呑みながらボロボロになったカトンボ級駆逐艦を見る。

 

「あそこには、相転移エンジンがありました」

 

そしてプロスペクターは火星における相転移エンジンの研究と火星赴任時代の思い出話をしたが、リョーコとヒカルにはあまり理解されなかった。

一方のコハクはやはり火星に着いてから身体中が熱く、頭もくらくらしてきた。

どうして火星に来た途端、こんなにも体調が悪くなったのか分からないが、ナデシコに戻ったら少し休んだ方がいいかもしれないと思っていた。

そんな中、コハクは床に落ちている2つの青いクリスタル状の鉱物を見つけた。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ん?‥これ‥‥なんだろう‥‥?」

 

コハクがその青い鉱物を手にとった瞬間、脳裏にまた自分の知らない光景がフラッシュバックする。

 

「‥‥うっ‥‥ボソン‥ジャンプ‥C‥C‥‥?」

 

体調不良と謎の光景のフラッシュバックでコハクの意識は暗転寸前だった。

 

「おや?コハクさん、大丈夫ですか?」

 

プロスペクターに声をかけられ、ビクッと身体を震わせるコハク。

体調不良の事を知られて皆を心配させる訳にはいかない。

コハクはポケットの中に拾ったクリスタル状の鉱物を咄嗟に入れて、

 

「は、はい。大丈夫です」

 

無理に笑みを浮かべた。

結局、たいした成果もなくヒナギクはナデシコへ帰還し、その後、ナデシコは火星のあちこちにあるシェルターやコロニーの捜索を開始することにした。

 

ナデシコに戻ってもコハクの体調は戻らず、益々悪化してきた。

もう立っているのでさえやっとの状態で、ちょっとでも力を抜けばそのまま意識を失って倒れそうだ。

 

「ハァ‥ハァ‥ハァハァ‥‥」

 

コハクの異変に気づいたルリが声をかける。

 

「コハク、凄い汗ですよ」

 

ルリはハンカチでコハクの額に浮き出ている汗を拭き、彼女の額に手をやるとコハクの額はとても熱かった。

 

「っ!?コハク、凄い熱ですよ。少し休んだほうがいいです」

 

ルリはコハクに休む様に言う。

コハクの様子は目が虚ろで立っているだけでも辛そうだ。

 

「う、うん‥‥ゴメン‥そうさせてもらうね」

 

ルリに付き添われブリッジを後にするコハク。

 

「大丈夫かな?コハクちゃん」

 

ブリッジに居る皆は心配そうにコハクを見送った。

 

コハクを部屋へ送ったルリは、コハクをつきっきりで看病しようとしたが、敵中の中でオペレーターがいないと危険だから仕事に戻ってとコハクに言われ、渋々仕事へと戻った。

そしてようやく仕事が終わり、部屋に戻る途中、医務室に寄って解熱剤を貰い部屋へと戻ったルリだが、コハクは部屋におらず、ベッドの上には衣類だけが脱ぎ捨てられていた。

 

「‥‥コハク‥一体何処に‥‥?」

 

(パジャマと下着が脱ぎ捨てられている‥‥着替えたの?それともお風呂にでも入っているの?)

 

ルリは部屋に備え付けのバスルームを見るが、其処にコハクの姿はなかった。

 

「居ませんね‥オモイカネ、艦内検索。コハクの居場所を教えて」

 

《了解》

 

検索中の空間ウィンドウが開きナデシコの配置図が出るとすぐにヒットした。

 

《コハクさんは現在此処に居ます》

 

オモイカネが教えてくれた場所‥そこは誰も使っていない空き部屋だった。

 

「空き部屋?どうしてこんな所に?」

 

《わかりません。ただ扉はロックされています。映像回線・コミュニケも同様にロックがかけられています》

 

「‥‥オモイカネ、私がその部屋に行くまでロックしておいて」

 

《了解》

 

ルリはとりあえずコハクを迎えに彼女が居るとされる空き部屋へと向かった。

 

「オモイカネ、ロック解除」

 

《了解、ロック解除》

 

扉のロックが解除され、部屋へと足を踏み入れるルリ。

部屋の中は真っ暗であり、奥からはコハクの苦しそうな呻き声がする。

 

「コハク?」

 

「‥っ!?‥ル、ルリ?」

 

「どうしたんですか?コハク?こんな空き部屋に篭って、ちゃんと部屋で寝てないとダメじゃないですか」

 

部屋の奥にいるコハクに近づくルリ。

だが、

 

「こ、来ないで!!」

 

震える声でルリを拒絶するコハク。

 

「えっ?」

 

突然自分を拒絶したコハクに驚くルリ。

 

「は、早く‥‥出て‥‥出て行って‥‥」

 

コハクはルリに部屋から出る様に頼むが、ルリは何故、コハクがその様な態度に出るのか解せず、その場に立ち尽くす。そして、段々暗闇に眼が慣れてくるとコハクの姿がぼんやりと浮かんでくる。

 

「こ、コハク?」

 

「い、いや!見ないで!」

 

暗闇から映し出されたコハクの姿は驚くべきものであった。

コハクは服を着ておらず、本来背中の中ほどにあった筈の彼女の髪は床に縦横無尽に伸び、しかも自ら意思を持っているかの様にクネクネと動いている。

そして背中には人間には有る筈の無い大きな白い翼が生えていた。

その光景はまさに瀕死の天使、または化け物といった光景だった。

暫くの間、ルリは驚きのあまり声も出せず、その場から動くこともできなかったが、意を決して、コハクの方へと足を進める。

 

「い、いや、ルリ、見ないで!!僕の姿を見ないで!!」

 

「コハク‥‥」

 

それでもルリは恐れる事無くコハクに近づく。

 

「来ないで!!」

 

大声で叫ぶコハク。

だが、ルリはその声を無視して手を伸ばしコハクに近づく。

すると、

 

「イヤ!!来ないで!!」

 

コハクが大声をあげると床をクネクネと動いていた髪の毛一部がルリを攻撃してきた。

毛先が剃刀のように鋭利な刃物になりルリの白い手の甲や指を切り付ける。

 

(痛っ!)

 

切られた箇所からは血が流れ、床にポタポタと滴り落ちる。

鋭い痛みに思わず手を引っ込めそうになるルリだが、それでもめげずにコハクに近づき、背中からコハクを抱きしめる。

 

「ル‥リ‥‥」

 

消えそうな声を出し、振り向いたコハクの顔は涙でグシャグシャだった。

そして傷ついたルリの手を見て、自らの手で優しく包み込むと何度も謝った。

 

「大丈夫です。私は貴女の姉ですよ。これくらいのケガ、なんともありません」

 

優しく笑みを浮かべるルリにコハクは泣いて抱きついた。

そしてそのままルリに抱かれるように寝ってしまった。

 

「クス、甘えん坊さん‥‥」

 

ルリはコハクを抱き、そのままコハクの羽と髪に包まれてルリもその日の夜は空き部屋で一夜を過ごした。

コハクの熱で火照った身体とやわらかい髪と羽は良い布団代わりになった。

 

翌日、朝一にルリは洗濯室へと行き、ワゴンを借りてきてコハクをその中に入れると自分の部屋へと戻った。

幸い部屋に戻る途中、誰にも遭うことなく部屋に戻れたのは幸運であった。

何しろ今のコハクは一糸纏わぬ姿なので、男性クルーには見せられない

当然オモイカネにはあの空き部屋での映像は封印するように指示をした。

その日から暫くルリは手の傷を隠すため、手袋をはめて業務にあたった。

ミナトやユリカからは「ルリ(ルリ)(ちゃん)手袋なんかしてどうしたの?」と聞かれ、ルリは「手荒れが酷くなった」と言ってごまかした。

ユリカはそれで納得したが、ミナトはそれが嘘だと見抜いていたが、あえて追及はしなかった。

ナデシコが火星を航行している間もコハクの体調不良は収まらず、高熱を出し続け部屋で休ませているが、万が一のことを考慮して部屋には厳重にロックをかけ、お見舞いはすべて断り、部屋の映像はいつでも見る事が出来るようにしてある。

その間、ナデシコは火星の生存者捜索に明け暮れているが、今の所どれも空振りに終わっている。

そしてアキトとユリカの故郷ユートピアコロニー付近へ来た日、アキトが単身コロニーへと向うと知ったユリカはというと、

 

「アキトが行くなら私も行く!ユートピアコロニーは私にとっても故郷だもん!」

 

と、ごねていた。

 

「ダメだよ!ユリカは艦長なんだから艦に残って指揮をとらないと」

 

ジュンが反対すると、ユリカは頬を膨らませて、

 

「むぅ~じゃあジュン君、私がいない間艦長代理やって」

 

「だからダメだって!」

 

「そんなこと言わないでよぉ~それにジュン君はナデシコの副長でしょう」

 

「ダメ」

 

ユリカの頼みに珍しく難色を示すジュン。やはり、好きな女性が他の男性と2人っきりになるのは避けたいようだ。

 

「じゃあ、ルリちゃん」

 

「いいですけど、ナデシコのオペレーターは誰がやるんです?コハクは未だに病欠ですし」

 

「う~んダメか。それじゃあオモイカネ」

 

《拒否》

 

《無理》

 

《ダメ》

 

《NO》

 

《反対》

 

《否》

 

《不可》

 

《イヤ》

 

《×》

 

オモイカネが拒否のメッセージを記した空間ウィンドウがユリカの周りを取り囲む様に掲示する。

 

「あーもう、艦長命令です!誰か艦長代理をやりなさーい!」

 

オモイカネにまで拒否され、誰も艦長代理をやろうとはせず、最終的にユリカは、アキトの部屋から拝借してきたゲキガンガー人形に『艦長代理』と書かれたタスキをつけ、キャプテンシートに置き、「じゃあ、そういうことで‥‥」と、言ってブリッジから出ようとした。

しかし、そんな無茶が許される筈もなく最終的にはジュンとプロスペクターに捕まり、2人から厳しいお説教をくらい、監視下におかれ、大人しくブリッジで待機するユリカの姿があった。

ルリの足元には艦長代理のゲキガンガー人形が落ちており、ルリはそれを拾うと、

 

「アンタの方がマシかもね」

 

と、さらりと酷いことを言っていた。

その間にアキトはさっさとエステバリスに乗って故郷のユートピアコロニーへと行ってしまった。

 

 

~火星 ユートピアコロニー 跡地~

 

コロニー自体は第一次火星会戦においてチューリップが落下し、跡形もなく消滅していたがコロニーの郊外には、破壊された建造物の跡がちらほら存在していた。

アキトはそこで放置され、朽ち果てかけの工事用重機の前で足を止め、その重機をジッと見つめる。

それはかつて子供時代にユリカと一緒に遊んでいた時、誤ってユリカが起動させてしまった重機と同型のもので、当時のアキトは何とかユリカを助けようと動いている重機に飛び乗り重機を止めようとしたが、結局止める事が出来ず、その重機を壊してしまった。

その後、アキトは父親に殴られ、ユリカは殴られたアキトを見て、ただ泣いていることしかできなかった。

ユリカを救うことが出来ずに彼女を泣かしてしまった。

思えばあの時から、アキトは正義の味方になりたいと思い始めていたのかもしれない。

アキトが過去の感傷に浸っていると足元が突然陥没し、彼はそのまま地下へと落ちた。

 

「イテテテテテ」

 

打ち付けた身体の箇所を手で擦っていると目の前にバイザーとフードマントを来た怪しい人物が立っていた。

 

「随分、乱暴な訪問ね‥歓迎するべきかせざるべきか、どうしたものかしら?」

 

「あ、あの~あなたは?」

 

日本語を喋ったその人物にアキトは声をかける。

 

「まぁ、立ち話もなんだ。いらっしゃい、コーヒーぐらいはご馳走しよう」

 

アキトがその人について行くと、そこはかつてのコロニーの地下街で、薄暗い明かりの中に同じマント姿の人達がいた。

 

キャンプ用の小型ガスボンベでお湯を沸かし、やがて湯気を立てるマグカップがアキトに手渡される。

勿論ドリップなのではなくインスタントコーヒーだが、このような状況下ではこれが最上級のもてなしである。

 

「一応、自己紹介をしておこうか。私の名前はイネス・フレサンジュ、よろしく」

 

「あっ、俺テンカワ・アキトです」

 

「テンカワ?‥‥テンカワ‥‥テンカワ‥‥」

 

イネスがアキトの苗字を繰り返し呟く。

 

「イネスさん、この人達は?」

 

そんなイネスを尻目にアキトは周りにいる人達についてイネスに尋ねる。

 

「火星のあちこちのコロニーから逃げてきた人達さ」

 

「火星にこれだけの人達がまだ生きていた‥‥」

 

アキトの目に希望の光が浮かぶ。

 

「皆!俺達、地球から皆を助けにきたんだ!皆生きて地球へ帰れるぞ!」

 

アキトが周辺の人達に声を張り上げて言うが、「地球へ帰れる」と聞いてもほとんどの人達が無表情、または関心がない様子だ。

 

「どうしたんだよ?地球へ帰れるのに‥‥」

 

生存者達のあまりにも予想外の反応に戸惑うアキト。

 

「残念だけど、私達は地球へは帰らないわ」

 

イネスは皆の言葉を代表するかのように言う。

 

「どうして?」

 

「そうね、まずは貴方がどうやって火星まで来たのか教えてもらえるかしら?」

 

イネスは近くにあった木箱に座ってアキトに火星へやってきた方法を尋ねる。

アキトはネルガルが建造したナデシコという新鋭戦艦で来たこと、その戦艦の主な性能と今までの戦いで勝ってきたことをイネスに話した。

それから暫くして‥‥

ナデシコにユートピアコロニーへと向ったアキトから通信が入る。

 

『生存者発見。ただし、ほとんどの生存者がナデシコへの乗艦を拒否』

 

アキトの報告を受け、ナデシコ上層部は困惑した。

ナデシコの目的は人命救助、ついでに資材と火星の情報の引き揚げを行うために連合軍の制止を振り切ってわざわざ火星へと乗り込んできたのだ。

このまま火星に残り明日をも知れぬ暮らしをするよりも、地球の方が安全で絶対いいに決まっているだろうと言う思い込みがあった。

アキトと共にナデシコに乗艦したのは地球への退避希望の研究者・技術者十数名と火星残存希望の避難民の代表として乗り込んできたイネス。

そしてイネスはなぜ多くの人々が乗艦を拒否するのかを説明した。

元々イネスはネルガル所属の研究者兼技術者であり、ナデシコの基本設計、相転移エンジンの研究にも携わってきた人物であり、火星宙域を大群で占領している木星蜥蜴に対し、ナデシコ1隻ではあまりにも非力なので、そんな艦に乗艦するならば、まだ火星にいたほうがマシだというのだ。

 

「分かりました。乗りたくないと言うのなら、仕方ありません」

 

「艦長!?」

 

イネスの言い分をユリカはあっさりと認める。

 

「随分物わかりが良くて助かるわ」

 

「ナデシコは民間船ですから、乗艦を強制は致しません。ですが、救援物資ぐらいは受け取っていただけますか?」

 

「そうね。分けてもらえると助かるわ」

 

「判りました。では、ナデシコでコロニーまでお届けにあがります」

 

また意外な指示にブリッジクルーは驚きを隠せない。

 

「ユリカ!それは危険だ!」

 

「でも、『ヒナギク』やエステで行くよりも安全だし、そっちの方が早いでしょう?」

 

たしかにユリカの言っていることはあながち間違いではないので、ジュンやプロスペクターは了承した。

 

「機動戦艦ナデシコ!ユートピアコロニーに向けて出発!!」

 

そしてナデシコは避難民が暮らす地下街の上にて待機、救助物資の投下作業を開始しようとしていたその時、

 

「艦長、距離40kmにチューリップを発見。ナデシコに接近中」

 

近距離レーダーと光学センサー頼みの現状では必ず死角も存在する。

チューリップはそんな死角と周りの丘陵を利用し接近してきたのだ。

 

「チューリップより敵艦出現。大型戦艦5、小型艦30。なおも増加中」

 

「グラビティーブラスト!フルパワー!!てぇっ!!」

 

敵艦を十分にひきつけてからフルパワーのグラビティーブラストを放つ。

 

「やった」

 

眩い閃光に敵は消滅したかと思いきや、敵は無傷だった。

 

「なんでっ!」

 

「敵もディストーション・フィールドを持っているわ。グラビティーブラストとは言え、一撃必殺にはならないようね」

 

イネスが冷静に説明する。

 

「なら連射を!」

 

「無理よ。ここは真空の宇宙じゃない。大気圏内じゃ相転移エンジンの反応が鈍い」

 

「では、ナデシコは直ちに後退し上昇。火星より離脱します」

 

「駄目です。衛星軌道上に新たな敵艦隊を発見」

 

相転移エンジンの反応が鈍い現状では重力圏の離脱には時間がかかる。

補助の核パルスエンジン4基の出力と合わせても、重力を振り切って宇宙に上がるのにも相応の時間が必要になる。

よって上空を押さえられた以上、簡単には離脱できない。

 

「前方のチューリップから敵艦隊、更に増加」

 

「どこにあんなに入っているの!?」

 

多勢に無勢の状況下にチューリップの質量と敵艦の数が不釣合いなのにミナトが悲鳴を上げる。

 

「入っているんじゃないの‥出てくるのよ‥‥あの沢山の戦艦達はどこか別の宇宙から送り込まれてきている」

 

イネスの顔も引き攣っているが、チューリップの動きからその機能を推測している。

 

「いかん、艦長!撤退だ!!」

 

瓢提督にもこの場では撤退の指示を出す以外にやれることがない。

 

「はい!ディストーション・フィールドを張りつつ、全力で後退します」

 

「ちょっと待って!まだ地下には沢山の人達がいるのよ!!ここで攻撃されたら全滅するわ!」

 

イネスの叫びがブリッジに響く。

 

「上空の戦艦より重力波反応」

 

ルリの声の報告を受け、ユリカは決断を迫られる。

そして‥‥

 

「ディストーション・フィールド出力最大!地下街上空で盾になります!!」

 

「攻撃、来ます」

 

ナデシコが火星降下中に敵に対して行った攻撃が今度は敵にされる側となった。

グラビティーブラストを含む大量の砲撃を受けているがディストーション・フィールドのおかげで、ナデシコ自体は中破程度の損害だったが、ナデシコ1隻では地下街すべてを覆うことは出来ず、地下街には容赦なく木星兵器の攻撃が雨の様に降り注がれる。

 

「火星にチューリップが落ちてきた日から私達の運命は決まっていたのかもしれないわね」

 

自嘲するかのように木星蜥蜴の攻撃を見て言うイネス。

 

「うっ‥‥撤退します。周囲の警戒を行いフィールドはこのまま維持してください‥‥」

 

ユリカは早口で命令を伝えた後、トイレへと駆け込んで行った。

 

ナデシコにとって痛い敗北の中、プロスペクターは救出者のリストの作成、不本意ながらもナデシコへ乗艦したイネスは医療班及び科学班担当になった。

ルリは医療担当になったイネスの経歴を調べ、火星赴任時代、相転移エンジン開発の他、幾つかの研究を兼任していたようで、その中にナノマシン研究も含まれていたことから、イネスに相談を持ちかけた。

 

「それで診察してほしい子って言うのは誰なの?」

 

「私の妹です」

 

「経歴を見たけど、貴女に妹はいない筈よ。ホシノ・ルリ」

 

「ナデシコに乗ってから出来きました」

 

「それってタケミナカタ・コハクのこと?」

 

「そうです」

 

既にイネスは乗員全員のことはある程度調べていたようだ。

 

「それで彼女はどんな症状なの?実を言うと彼女の経歴は閲覧禁止になっていてよく知らないのよ」

 

「火星についてから急に体調を崩したので火星のナノマシンに原因があると思うんです」

 

「なるほど、それで私に相談し、診察してもらおうと」

 

「はい、お願いします」

 

ルリはペコリとイネスに頭を下げる。

 

「分かったわ。それで彼女は貴女の部屋?」

 

「はい、でも決してコハクの身体を見ても誰にも言わないでくださいね」

 

「大丈夫よ。医者には守秘義務があるし、それに私にはそっちの気はないから」

 

「?」

 

イネスの言う『そっちの気』の言葉の意味が理解できずに首を傾げるルリ。

そして医療キットを持ち、ルリとコハクの共同部屋へとやって来たイネス。

 

部屋の中は薄暗くベッドの方からは苦しそうな呻き声が聞こえる。

 

「コハク」

 

「‥‥ル‥リ?」

 

最初の日と比べると翼は小さくなったが、まだ髪の方は相変わらずクネクネと動いているし、切ってもすぐに再生し伸びてしまう。

小さくなったとはいえ、背中に翼が生えているのでコハクは上半身は裸のままだ。

 

「‥‥」

 

イネスは今まで見たことのない光景を前にして声が出なかった。

ある程度の事は予測していたが、コハクの様子はイネスにとって完全に予想外だ。

 

「イネスさん、突っ立っていないで診察をして下さい」

 

いつまでも固まっているイネスにコハクの診察を促すルリ。

 

「え、ええ。そうね‥‥」

 

とは言え、今まで経験のないことで戸惑うイネス。

 

「と、とりあえず、まずは採血して貴女の体中のナノマシンについて調べたいのだけどいいかしら?」

 

「どう‥ぞ‥‥」

 

コハクは弱々しく右腕を差し出す。

コハクの身体から採血し、その血を医務室で検査した後、イネスはルリを呼ぶ。

 

「検査の結果、あの子の変調の原因は、あの子の身体の中に存在するナノマシンと火星に存在する無数のナノマシンが共鳴と反発を同時に繰り返したことが原因ね」

 

「それで治るんですか?」

 

「あの子の体中のナノマシンが今、火星の環境に適用できるように変換されているから、それが終われば彼女の身体の異変も次第に治まるわ」

 

「そうですか」

 

治ると聞いて一安心したルリであった。

そこへイネスがルリにコハクのことを聞く。

 

「それにしてもあの子のナノマシンはあまりにも特殊と言うか、あれは異常よ。彼女のナノマシンは血球に擬態して血液を流れ‥‥おそらく身体を構成する原子配列を組み変えることで、身体の構造が変わるのだろうけど、こんなナノマシンは今まで見たことも聞いたこともないわ」

 

「私もコハクのことはよくわかりません」

 

「それでよく妹として面倒をみれるわね?見方を変えれば、あの子は化け物と言われても不思議じゃないのよ」

 

「そんなに過去の経歴というのは大切なんですか?」

 

ルリがイネスを睨む。

 

「私はコハクが誰であろうとあの子は私の妹で私はあの子の姉です。私はあの子のことを信じます」

 

ルリ自身も人間開発センター以前の過去の記憶がないため、同じ過去の記憶も経歴も不明なコハクに対して自分と重ね、そして自分より年下のコハクを守ろうとする母性本能のようなものがルリを動かす。

 

「それじゃあイネスさん。部屋で見たことは秘密ということでお願いします」

 

ルリはイネスに一礼して医務室を後にした。

 

採血され、イネスとルリが部屋を出て行った後、コハクは眠り、夢を見た。それはいつも見ている悪夢とは違う夢だった。

 

 

「‥‥イト‥‥さん‥‥‥カイ‥‥トさん」

 

誰かが呼んでいる。

 

(いつも夢に出てくる女の人だ‥‥でもあの人は誰なんだろう?)

 

目の前にはいつも夢の中に出てくる白い服の女の人が立っている。そして自分は壁にもたれ掛かって座っている。

 

「まだ疲れて起き上がれませんか?」

 

(僕に聞いているのかな?)

 

「そんなことないよ、大分楽になったよ。もう大丈夫だから」

 

「そんなこと言って本当に大丈夫ですか?貴方は昔から無理に頑張る癖が有りますから」

 

白い服の女の人は膝を折り、目線を合わせて尋ねてくる。

 

「昔?貴女は僕のことを知っているの?それにどうして貴女はルリに似ているの?」

 

「いずれわかります」

 

「貴女は僕の過去を知っているの?」

 

「姿、形、は違いますが、私の知っている貴方は自分のことよりも大切な人の為に自分が傷つくことも省みない優しい人です。そして寂しがり屋な人でした。ですから辛くなったらいつでも甘えていいんですよ」

 

夢の女性は笑みを向ける。それはいつも夢にうなされている自分を優しく見守りあやしてくれている姉と同じ笑みだった。

 

「ルリ‥‥」

 

「私はいつでも貴方の傍に居ますよ」

 

白い光が辺りを包み込む。そして目を開けるとそこにはルリが心配そうに見つめていた。

 

「ルリ?」

 

「コハク、酷い寝汗ですよ。汗‥拭きましょう。起き上がれますか?」

 

「う、うん‥‥」

 

ベッドから起き上がったコハク。

そんなコハクをお湯で濡れたタオルで、彼女の身体を拭くルリ。

 

「ルリ‥‥」

 

「はい?」

 

「‥‥今日も夢を見た」

 

「‥‥そうですか‥‥それはどんな夢でしたか?」

 

「いつもの悪夢とは違った‥‥でも、ルリに似た女の人が出てきた」

 

「そうですか」

 

「‥‥ルリは気にならないの?僕の事」

 

気にならないと言えば嘘になる。

だからこそコハクのことを調べたが情報はほとんどなく、やっと見つけた情報も厳重プロテクトで閲覧することができない。

当初はいずれ機会があれば時間をかけてでもそのプロテクトを破って閲覧しようと思っていたが、こうしてコハクと時間を過ごしている内にそんなことはどうでもよくなっていたが、一時とはいえ、妹の過去を勝手に見ようとした自分が居た、そう思うと自分が恥ずかしくなるルリであった。

 

「僕は知りたい‥‥自分のこと‥‥」

 

「コハク‥‥」

 

ルリが端末からページを開き、閲覧の条件を映し出すページを映す。

ベッドの上で無線式のキーボードに手を置くコハク。しかしなかなかパスワードを打ち込まない。

 

「やっぱり怖いですか?」

 

「いや、アキトさんに言ったんだ。逃げていちゃあ何も始まらないって‥‥だから‥‥」

 

パスワードを打ち込むコハク。そして今まで閲覧できなかったコハクに関する経歴が掲示される。

 

掲示された経歴を見て、ルリもそしてコハク本人も暫くは言葉が出なかった。

自分は元々クリムゾンで研究されていた生物兵器だという事、

そしてネルガルの社長派によって強奪され、そこでもナノマシンと薬物実験に使われていた事、

そしてクリムゾンに所属する前はどこから来たのか詳細不明となっていた事、

ルリは自分よりも過酷な経歴をもっていたコハクにかけてやる言葉がなく、コハクは人ですらない自分の存在にショックを受けていた。

そして長い沈黙の中、コハクが口を開く。

 

「‥‥前々から感じていたんだ‥‥自分が本当に人なのかってね‥‥」

 

「コハク?」

 

「人ならば羽も生えてこないし、髪の毛もこんなに動かない‥‥そうか‥‥やっぱり僕は‥僕は‥」

 

(嫌、やめてコハク‥‥それ以上は言ってはいけない)

 

ルリはその先の言葉を聞きたくはなかったが、

 

「‥‥僕は‥‥化け物だ‥‥」

 

コハクは自嘲するかのように言って、ギュッと毛布を握る。

そしてルリを見る。

 

「ルリは怖い‥よね?こんな化け物が近くにいたら‥‥艦長に言って部屋を変えてもらおう‥‥それに地球に着いたら僕はナデシコを‥‥」

 

「降りる」という前にコハクはルリにギュッと抱きしめられる。

 

「そんなことはない!そんなことありません!‥‥コハクは誰がなんと言おうとも私の妹です!コハクはたった1人の私の家族なんです!」

 

ルリは涙を流しながら大声をあげてコハクに抱きつく。

 

「あぅ‥‥ル‥‥リ‥‥」

 

ルリの行動にどう対応して分からないコハク。

そんなコハクに、

 

‥‥‥甘えていいんですよ。

 

夢の中の女の人の声が聞こえた気がした。

 

「ル‥リ‥‥ルリに甘えても‥いいかな?こんな僕でも‥ルリの妹でいいのかな?」

 

「いいですよ。貴女は私の妹なのですから‥‥それに今更言わなくても今までさんざん私に甘えてきたじゃないですか」

 

「ルリ」

 

コハクもぎゅっとルリを抱きしめる。

こうして血は繋がらなくてもルリとコハクの姉妹の絆は深まっていった。

 

 

 

・・・・続く



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第9話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコは木星兵器の大群の前に敗北し後退、船体は酷く傷つき、火星で生きていた大勢の人々も助けることが出来ずに艦内は意気消沈、重い空気かと思いきや‥‥

 

『『3・2・1、ドカーン!!ワーイ!!なぜなにナデシコ!!』』

 

突如ナデシコの艦内放送にてN○Kで放送している様な教育番組風の番組が流れ始めた。

OPにはデフォルメ姿でオーバーオールを着て頭にはベレー帽を被ったルリとウサギさんスーツを着たユリカが登場し番組が始まる。

 

『おーい、皆集まれー!!なぜなにナデシコの時間だよ!!』

 

『あつまれー』

 

そして画面にはデフォルメ姿の時と同じく、オーバーオールを着て頭にはベレー帽を被ったルリとウサギさんスーツを着たユリカが登場する。

意外にノリノリなユリカとは対称的にルリは無表情で台詞も棒読みである。

このゲリラ放送にブリッジでは、

 

「か、かわいい」

 

ジュンはユリカウサギを見て、頬を赤らめ、ゴートは急ぎ放送を撮影しているスタジオへと走って行った。

どうやらこの訳の分からない放送を止めに行った様だ。

 

「ルリルリかわいい」

 

ミナトはウ○ダーinゼリーを飲みながら番組を見ながらオーバーオール姿のルリを見て笑っていた。

 

「私も昔こういう番組に出ていたのになぁ~」

 

メグミは自分が起用されなかったことに不満の様子だった。

 

「そう言えばコハクちゃん、もう病気治ったんですよね?どうして出てこないんだろう?」

 

メグミの言うとおりコハクはイネスの診断の翌日、羽も無くなり、熱も引き、髪も動かなくなっていた。

彼女の体内のナノマシンの適用変換が終わったのだ。

長かった髪の毛はミナトに切ってもらった。

そして、ルリが出ているのであれば当然コハクもこの番組に出る筈である。

その証拠にブリッジにはコハクの姿がなかったからだ。

 

「その内に出てくるんじゃない?」

 

番組を見ながらコハクの登場を待つミナトとメグミであった。

一方、整備員のロッカールームでは班長のウリバタケが、

 

「ぬぉぉぉっ!そうか、こうなのかぁぁぁぁっ!!」

 

早速、番組をビデオ録画すると共に目を血走らせて原型作成のために粘土をこねくり回していた。

 

『皆はナデシコがどうやって動いているか知っているかい?』

 

ルリが相変わらず棒読みの台詞でナデシコがどういう原理で動いているのかをユリカウサギを含め、ナデシコの皆に問う。

 

『え、えっと‥‥僕、分からないや。なんたって僕、ウサギだし‥‥』

 

本当にわからない様で冷や汗を流しているユリカウサギ。

自分が艦長を務めている艦なのに大丈夫なのだろうか?

 

『あーそう、それじゃあナデシコの相転移エンジンについて説明してあげましょう。ネコさん例のモノをココに』

 

『あぁ、ちょ、ちょっとまってよぉ、おねえさん。私まだ台詞が‥‥』

 

まだ台詞があったユリカウサギを無視して、笑○の座布団運びの人に座布団を頼む司会者と同じように小道具を此処へ運んでくるよう指示するルリお姉さん。

 

『に、ニャア~‥‥』

 

其処にルリ以上に不機嫌な様子で登場するコハク。

その姿は頭には黒いネコミミのヘアーバンド、手には肉球尽きの手袋、首には大きな鈴のついた赤い首輪、身体はフサフサの黒い人工毛皮で作られたネコさんスーツを着ており、尻尾は機嫌を表すかのようにピンと立っている。

何故このような事になったかと言うと、

元はと言えばユリカが地下街のことについてイネスに謝罪したところ、イネスがこの番組を流したいので手伝ってほしいと言って、1人じゃ足りないからと言ってルリに声をかけ、ルリは自分がやるならコハクも一緒にと言って、今まさにお昼寝をしようとしていたコハクを強引に拉致して、現在に至る。

肉球手袋に苦労しつつ小道具をセットし終えるハクニャン。

 

『はい、よくできました。ありがとうね。ネコさん。よしよし』

 

『う、ウニャァ~』

 

お手伝いのご褒美にネコさんの頭を撫でるルリお姉さん。

この時だけは無表情ではなく、優しい笑みを浮かべ、ハクニャンも目を細め気持ちよさそうに頭を撫でられていた。

 

『では、この3つの水槽でもっとも位置エネルギーが高いのはどれだと思う?』

 

ハクニャンの頭を撫で終わると、再び無表情となり、番組を進めるルリお姉さん。

台詞もやはり棒読みだ。

 

『えっと‥えっと‥‥』

 

ユリカウサギが答えに悩んでいると、

 

『正解はこの1番高いやつね‥‥で、この水槽はビックバン直後の‥‥』

 

ユリカウサギを無視し一方的に話を進めて行くルリお姉さん。しかもカメラに向かって背中越しに説明しているのでイネスが「待った」をかけた。

 

『ちょっとホシノ・ルリ、ナデシコの良い子達が見ているのよ。台本どおりおやりなさい、ハイ、さっき、ネコさんの頭を撫でたみたいにニッコリ笑ってこっち向いてお姉さん』

 

『…バカ』

 

照れ隠しなのか頬がほんのりと赤いルリ。

 

『ハハハ、ドンマイだよ。ルリちゃん』

 

「さあ、続けて行くわよ」

 

イネスが再びカメラを回そうとすると、

 

「いく必要は無い」

 

スタジオにゴートが入ってきた。

 

「これは何のバカ騒ぎだ?フレサンジュ。現在ナデシコは敵のグラビティーブラストの集中砲火を浴び、エンジン、フィールド共に出力も低下し、重力圏の脱出も出来ない状況下にある。パロディを出来る状況ではないと思うが?」

 

「私の帰る場所を失くしたのは何処の誰よ?」

 

イネスがゴートに詰め寄る。

 

「イネス先生を叱らないでください‥‥イネス先生、私のこの前のミスをクルーの皆に弁護してくれようとしているんです」

 

ユリカウサギの涙目のウルウル攻撃にゴートもたじたじである。

 

「私は‥‥私は‥‥」

 

「「バカ」」

 

イネスとルリの言葉がシンクロする。

 

「許すも許さないもあの状況じゃ仕方なかったでしょう。それに私、なんて言うのかな?ココが他の人とはちょっと違うのよね」

 

イネスは左胸を手で押さえる。

彼女のその行動にゴートは頬を染める。

 

「あー勘違いしないでね。ハートっていう意味だから」

 

「変わり者だって言うのはわかるけど‥‥」

 

ルリが思ったことをはっきり言う。

 

「私、8歳以前の記憶がないのよ。8歳って言うのも見た目で、火星の砂漠に独りでいるのを保護されたってわけ」

 

自分の不運な生い立ちを語るイネス。

 

「だからかな?今が本当の自分じゃないってそう思っているの。そのせいかな?他の人に興味が無いの、だから悪いけど死んだ人達も貴女達も私にとっちゃぜんぜん興味がないの」

 

((((やっぱり変人だ))))

 

スタジオに居る皆のイネスの印象だった。

 

「さぁ、続けましょう」

 

こうして番組は再開された。

だが、イネスの「説明」が組み込まれた番組を見ていてただでさえ眠かったのにこの番組のせいで更に眠気が倍増し、ウトウトしだすハクニャン。

 

(着ぐるみだし、汚れてもいいや)

 

とうとう眠気に負けてその場で横になる。

肉球手袋を脱いでそれを枕にして、もぞもぞと丸まるまり、本格的に眠りに入るハクニャン。

その姿はまさに本物のネコの様に見えた。

その頃、アキトは眠っていたのだが、先日火星の生き残りの人々をナデシコの皆を守るために見殺しにしてしまった後、ショックを受けていたユリカの様子を見に行った時の事が夢の中で思い出される。

 

「うわぁぁ!!」

 

アキト飛び起きて辺りを見回し、夢だった事に、

 

「‥‥惜しかった」

 

あの時、ユリカはアキトにキスを強請ったが、アキトはユリカの思いに応える事は出来なかった。

堂々とユリカとのキスを逃してしまったことに対して無意識に呟くが、

 

「違う、違う、違う!!俺は別にあいつの事なんかなんとも‥‥なぁ、ガイ?‥‥ガイ?」

 

そして、部屋に置いてあったガイの遺品の1つであるゲキガンガーのフィギュアが無い事に気づく。

ずっと部屋にあったゲキガンガーのフィギュアが無くなっていると言う事は誰かが自分の部屋に侵入して持ち去ったと言う事だ。

 

「誰だ!?俺のガイ‥じゃなくて、ゲキガンガー超合金リミテッドモデルを持ち去ったのは!?」

 

慌てて部屋を出たアキトであったが、部屋を出た時、瓢提督とぶつかってしまった。

 

「あっ、提督!?すみません!!」

 

「ん?ん~‥‥」

 

そして、アキトはゲキガンガーのフィギュアの捜索から何故か瓢提督とお茶をすることになってしまった。

妙な空気の中、瓢提督が持っていたポットのアイスティーを飲むアキト。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

互いに無言で、スクリーンの映し出されているなでなにナデシコの音声だけがアキトの部屋に虚しく響いている。

 

(何だろう?俺、怒られるのかな?)

 

特に瓢提督と接点がないにもかかわらず、アキトは何か言われるのかな?と委縮してしまう。

 

「美味いかね?」

 

「えっ?あっ、はい‥‥」

 

「置いていくから後でゆっくり飲むといい」

 

瓢提督はアキトにポットを差し出す。

 

「あっ、どうも‥‥」

 

ポットを受け取ったアキトが何気なくスクリーンを見ると、そこには探していたゲキガンガーのフィギュアが映し出されている。

 

「あー!!俺のゲキガンガー!!」

 

アキトは急いで放送が流されている部屋に走って行った。

 

「‥‥」

 

瓢提督はアキトに何か言いたそうだったが、出鼻をくじかれた様だった。

そしてイネスの番組もプロスペクターがキリのいいところで乱入し終了となる。

 

「おつかれさま。いや、ベリーベリーナイスな番組でした。ゴート君もお疲れ様」

 

軽く拍手をしながら、スタジオに現れたプロスペクター。

 

「いや、私は‥‥」

 

ゴートもなんだかんだで、巻き込まれウサギ耳のへアーバンドを着けていた。

 

「ですが、そろそろお開き、と言うことで」

 

懐から電卓を取り出し、なにやら計算をすると、その数字を皆に指し示す。

 

「電気代も馬鹿になりませんし、ほれ、この通りですし。それに‥‥」

 

プロスペクターの視線は床に向いている。

皆がその視線の後を追うと、その視線の先には‥‥

 

「んっ‥‥すぅー‥‥」

 

丸まって、時折もぞもぞと動きながら、床でお昼寝をしているコハクの姿がそこにあった。

 

「うわぁ、コハクちゃん、かわいい~!!」

 

(ほんとうに‥‥このまま抱きしめたいです‥‥)

 

「私の番組の最中に寝るなんて、いい度胸ね」

 

ユリカとルリは眠っているコハクの姿に思わず見とれるが、自分が主催する番組の最中、居眠りをされてちょっとご機嫌斜めのイネス。

 

「「「また見てねぇー」」」

 

クレヨンで書かれた「おわり」の文字と出演者全員(コハクを除く)の言葉と共に番組はおわり、砂嵐の後、画面は青一色になった。

 

 

~ナデシコ パイロット3人娘の部屋~

 

「はぁ~イズミわかった?」

 

同人誌を描いていたヒカルがテレビに釘漬けだったイズミに問うが、イズミは何も言わない。

 

「なんだ。寝ているのか」

 

長い付き合いだからこそ分かったのだろう。

イズミは目を開けたまま寝ていた。

ちなみにリョーコは番組が始まる以前から寝ていた。

 

「さーて、仕事だ~仕事~」

 

ウリバタケも放送が終わると仕事に向かった。

整備班のロッカールームのテーブルにはまだ未塗装のユリカウサギのフィギュアが置かれていた。

番組が終わり、皆がコハクの寝姿に気を取られていると、放映を見て頭に血を上らせたアキトが乱入してきた。

 

「お前ら!俺のゲキガンガー返せ!!」

 

「「「「シィ――――ッ!」」」」

 

「えっ?な、なに?」

 

説明の中でガイの遺品の1つである超合金ゲキガンガー3リミテッドモデルを使われたことに腹を立てて、怒鳴り込んだアキトだが、寝た子を起こすなとスタジオにいた皆から言われた為、その怒りは直ぐに収まった。

そして、

 

「無いじゃん、右のゲキガンパンチ、もっとよく探せよなぁ」

 

「ねぇアキト」

 

「ん?」

 

「私もう大丈夫だから‥‥もうアキトに心配かけないから‥‥」

 

床に這いつくばって放送中に飛ばされたゲキガンガーの右腕を探し回るアキトとユリカウサギ。

傍らではルリとプロスペクターが眠っているコハクをどうするか話し合っている。

 

「とりあえずなんとかしませんとなぁ」

 

「そうですね。コハクはまだ病み上がりの身体ですし‥‥」

 

苦笑を浮かべるプロスペクターにルリも同意する。

 

「はぁ、仕方ありませんね。私が運びましょう。ルリさん、よろしいですか?」

 

「はい」

 

ルリが了承すると、プロスペクターはハクニャンを抱っこして部屋まで運んだ。

 

 

敵を上手く撒いたと確信したナデシコは、ボロボロの船体を引きずりながら極冠にあるネルガルの研究所へと向うことになった。

プロスペクターによれば、極冠研究所でも相転移エンジンの研究は行われていたという。

オリンポス山の研究所は既に調査済でそこには相転移エンジンが抜き取られた無人艦は残っているが、肝心のエンジンも修理パーツなども残っていない。

ナデシコにとっては藁にも縋る思いであった。

敵からの発見を避けながら、なおかつエンジンが不調のため、極冠への到着は2日かかった。

そして極冠研究所へ向う途中、コハクは改めて自分の経歴を見直してある項目に注目した。

それは‥‥

 

「ボソンジャンプ?」

 

ボソンジャンプと書かれた項目をコハクはジッと見ていた。

 

「‥‥」

 

一通りボソンジャンプについての項目に目を通したコハクは、以前オリンポス山の研究所で見つけた青いクリスタル状の鉱物をジッと見つめた。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

人の気配が絶えた格納庫に光が満ちる。

やがて光が収束し、弾ける。そして格納庫からはコハクの姿が消える。

そして空き部屋に再び格納庫のときと同様の光りが満ち、人の形を作る。

光が弾けると、其処にはコハクが居た。

 

「‥‥」

 

身体のどこかに異常がないか調べたがどこにも以上はなかった。

 

「フッ‥‥ますます化け物だな‥‥」

 

自らを自嘲するかのように呟くコハク。

だが、もしルリがこの場にいたらコハクを戒めていただろう。

 

「ともかく人前じゃあまり使わないほうが良さそうだ‥と言っても出来るのは後、1回だけど‥‥」

 

そう言ってコハクは青いクリスタル状の鉱物の残りストックを思いながら、空き部屋を後にした。

 

その頃、食堂ではアキトとイネスが火星について語っていた。

なお、アキトは瓢提督から貰ったアイスティーのポットであるが、1人では飲み切れないと言う事でホウメイ達職場のスタッフ用にと食堂に置いてある。

 

「やっぱり、テンカワ博士の息子さんだったんだ」

 

「え、ええ‥まぁ‥‥」

 

「ふーン、それでよくこの艦に乗る気になれたわね?」

 

「それってどういう‥‥」

 

アキトがイネスに聞こうとすると、イネスは顔を近づけてきてアキトの顔を覗き込む。

 

「あ、あの~?」

 

「なんだか不思議‥‥貴方とは何処かで会った気がするの‥‥そう、なんかとても懐かしい気がする‥‥」

 

以前サセボシティーでもコハクに同じようなことを言われたアキトだが、昔の記憶を呼び戻してもコハクとイネスの顔も思い浮かばないし、面識はない筈だ。

 

『ちょっと2人とも近づきすぎ!プンプン』

 

ユリカが映った空間ウィンドウが2人の間に映し出される。

 

「わぁぁぁぁ!!何だよ!?お前!!」

 

『あっ、そうだ。イネス先生もブリッジまで来て下さい。大変なモノを発見しちゃいました』

 

「そう、わかったわ」

 

席を立つイネスにアキトはさっきのイネスの言葉が気になったので聞いた。

 

「あの、どうして俺この艦に乗っていちゃいけないんですか?」

 

「‥‥どうやら知らないようね。この艦には‥‥」

 

イネスの言葉を聞いたアキトの顔は次第に険しい表情へと変わっていった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「識別信号を確認、記録と一致しました」

 

「じゃあ、アレは紛れもなく‥‥」

 

「でも、おかしいです。アレが消滅したのは地球の筈なのに‥‥護衛艦クロッカスは確かに地球でチューリップに飲み込まれた筈なのにどうして火星に‥‥」

 

ナデシコの前方には氷漬けになった連合宇宙軍の護衛艦クロッカスとチューリップが発見され、ブリッジに集まったクルーは困惑していた。

 

「チューリップは木星蜥蜴の母船ではなく、一種のワームホール、あるいはゲートの類いだとすれば、地球で吸い込まれた艦が火星にあっても不思議ではないでしょう?」

 

ユリカの疑問に答えるイネス。

 

「では、地球に出現している木星蜥蜴は火星から送り込まれていると?」

 

ゴートの質問に答えたのはイネスではなく、意外にもミナトだった。

 

「そうとは限らないんじゃない?」

 

全員の視線がミナトに集中する。

 

「クロッカスと一緒に吸い込まれたもう1隻の護衛艦‥‥えっと、何って言ったっけ?」

 

「パンジー」

 

瓢提督が地球でチューリップに吸い込まれたもう1隻護衛艦の艦名を答えた。

 

「そうそう!その姿が見当たらないじゃない?出口が色々じゃ使えないよ」

 

「「「「「「ああっ‥‥」」」」」」

 

ブリッジがミナトの発言にどよめく。

 

「『ヒナギク』を降下させ、クロッカスの捜索を‥‥」

 

ユリカはまだ艦内に生存者が居るかもしれないと思い、救助を提案するが、

 

「いえ、艦長。我々には今そのようなことをする余裕はありません」

 

「でも生存者がいるかもしれません」

 

ユリカはクロッカスの捜索を進言したが、プロスペクターはこれを却下した。

今は自分達の方の身が危険なのだ。

不用意にクロッカスに近づいて近くのチューリップから敵が現れでもしたら、今度こそ撃沈されるかもしれない危険がある。

救助を行うにしてもまずはナデシコの船体を修理しなければならない。

 

「提督はどうお考えですか?」

 

ユリカは瓢提督の考えを聞いた。

 

「ネルガルの方針には従おう‥‥」

 

瓢提督もプロスペクターの方に賛同する様子だった。

そこにイネスより遅れてアキトがやって来た。

 

「あの‥俺、提督に聞きたいことがあるんですけど‥‥」

 

「ん?」

 

「なんだ?今頃ノコノコやって来て」

 

ゴートは遅れてきたアキトを注意するがアキトはそんなことお構いなしに険しい顔をしながら瓢提督に詰め寄った。

 

「提督‥‥第一次火星会戦の指揮を執っていたって本当ですか?」

 

「まぁまぁ、昔話はまた後程で‥‥」

 

プロスペクターがその話を打ち切ろうとしたが、アキトはそれを無視して瓢提督に真相を問う。

 

「瓢提督があの会戦の指揮を執っていたなんて有名だよ?どうしたの?アキト」

 

ユリカは『今更何を当たり前なことを聞いているのか?』といった表情で首を傾げていた。

イネス、ユリカの言葉を聞いてアキトはやはり、あの戦いで瓢が指揮を執っていたのだと確信した。

 

「そう‥‥初戦でチューリップを落とした英雄‥‥でも、それは地球での話だ!!あの日、火星のコロニーが1つ消滅した‥‥」

 

アキトの脳裏にまたあの日の地獄と化したシェルターの光景が浮かび上がってきた。

燃え盛る地下シェルター。

迫りくる木星兵器。

倒れている人々‥‥

そして、守れなかった少女の姿‥‥

それらの光景が一気にアキトの脳内にフラッシュバックされる。

気づけばアキトは、

 

「うわぁぁぁぁぁー!!」

 

声を張り上げ瓢提督の胸倉を掴み上げ、拳を振り上げるアキト。

 

「あんたがぁ!!あんたがぁ!!あんたがぁ!!」

 

アキトは目に涙を浮かべ怒りと悲しみに満ちた顔で、瓢提督に今まさに殴りかかろうとしたがコハクがアキトの腰周りに抱きつく。

 

「アキトさんダメ!!」

 

「放せ、コハクちゃん!! こいつの‥‥こいつのせいで火星は‥‥!!コロニーは‥‥!!俺の故郷は‥‥!!皆は‥‥!!」

 

ルリとほぼ変わらない体型の筈のコハクなのだが、力が物凄く強い為なのか、アキトはコハクを振りほどくことが出来ずにいる。

 

「嫌だ!!僕は復讐をさせる為にアキトさんに強くなってもらいたいんじゃない!いつか大切なモノを守るために‥守れる力をつける為に今まで教えてきたんだ!!復讐とか言っているアキトさんは大嫌いだ!!」

 

「っ!?」

 

怖い顔と大声で叫びながらコハクを振りほどこうとしているアキトにコハクも叫び返す。

コハクのその言葉を聞いてアキトは瓢提督の胸倉から手を離し、振り上げた拳をゆっくりと下ろす。

しかし、コハクはそのままアキトの腰に抱きつき、アキトの背中に顔を埋めながら言葉を続ける。

 

「提督だってきっと今も苦しんでいる筈なんだよ‥‥火星を守れず惨敗して、大勢の部下や仲間を失って、地球へ帰ってみれば勝手に英雄にされちゃって‥‥真実を語りたくても語れない‥‥アキトさん‥提督を許せとは言わない‥でも、提督の気持ちも少しは分かってあげて‥‥あの戦いで大切な人を失ったのはアキトさんだけじゃないんだよ‥‥」

 

アキトの行動を抵抗せずにいた瓢提督もコハクの言葉を聞いて僅かに目を見開いた。

瓢提督に対して暴行未遂をしたアキトは沙汰が下るまで自室で謹慎処分となった。

 

「チッ‥コハクちゃんに感謝するんだな‥‥」

 

「アキトさん‥‥」

 

ブリッジを後にするアキトは去り際に瓢提督にボソッと呟いてブリッジを後にする。そんなアキトの後姿を見て、コハクは寂しそうな顔をする。

そんなアキトとコハクのやり取りを見たパイロット3人娘達は、

 

「へぇ~やるじゃねぇか、アイツ」

 

「なかなかおいしいシチュエーションだったね」

 

何やら感心しているリョーコに囃したてるヒカル。

 

「早死にするタイプね」

 

「えぇ~でも、漫画のネタになりそうだったよ~。復讐に身を焦がす青年とそれを必死で止める美少女‥良いねぇ~良いねぇ~」

 

突っ込みを入れるイズミに漫画のネタが出来たと喜ぶヒカル。

 

「むぅ~」

 

一方でコハクとアキトのやり取りを見ていたユリカは、

 

(本当はあのポジションは私の位置なのに‥‥)

 

と、アキトを止めたコハクにまたもやヤキモチを焼いていた。

 

「いかなる理由があろうと艦隊司令たる提督にパイロットが手を挙げるなんて許される事じゃない!!これが軍なら軍法会議モノだ!!ユリカ、いや、艦長!!ここは厳重な処分を!!」

 

ジュンはアキトに対して厳罰を望むとユリカに意見具申する。

 

「しかし、ジュンさん。ナデシコはネルガルの民間船です。軍とは違います」

 

激昂するジュンをなだめようとするコハクだが、ジュンは耳を貸す気配は全くない。

 

「処分‥お仕置きだよね‥‥?アキトにお仕置き‥‥何がいいかなぁ~♪いやだ、ユリカ迷っちゃう~」

 

顔を赤らめ、身体をくねらせるユリカ。

一体何を考えているやら‥‥

 

「「バカ」」

 

そんなユリカを見て呆れる様に一言呟くオペレーター娘達だった。

 

「まぁ、その件も有りますが、まずはこちらを見てください。火星の極冠地域‥‥此処にも我が社の研究所がありまして、もしかすると相転移エンジンのスペアーもしくは修理パーツがあるかもしれません」

 

「提督」

 

「うむ、エステバリスで先行偵察を行う」

 

瓢提督がエステバリスによる先行偵察を決め、

 

「「「了解」」」

 

ナデシコの行動が決まり皆配置に着くため移動を開始する。

そんな中ルリの隣に居たイネスが何やら呟いたのだが、その内容がルリの耳に入った。

 

「やっぱり彼、思った通りの行動にでたわね。ただあの娘の行動は意外だったけど‥‥」

 

「テンカワさんに何を吹き込んだんです?」

 

「彼にあの男(瓢提督)の事を教えただけよ。彼も知っておくべき事だと思ったし‥だからあの行動は彼の意志よ。それにしてもタケミナカタ・コハク‥‥やはり、あの娘は興味深いわ。常人より素早い瞬発力と反射神経‥それにアキト君があれだけ振りほどこうとしてもビクともしなかった‥‥一度念入りに彼女の身体を調べてみたいわね」

 

怪しい笑みを浮かべるイネス。

 

(マッドサイエンティストって奴ですか?それでも、コハクは渡しません)

 

心の中でイネスに敵愾心と警戒心を抱くルリであった。

 

 

~火星 極冠地方の平原~

 

火星の極冠平原では雪煙をあげて、パイロット3人娘たちがエステバリスで先行偵察を行っていた。

 

「チッ、トロトロ走りやがって、どうもこの砲戦フレームってのは苦手なんだよな。いいなぁ~お前達はいいなぁ~」

 

リョーコは重武装タイプの砲戦フレームでイズミとヒカルの2人は陸戦型エステバリスに乗っている。ちなみにフレーム選択はじゃんけんできめたらしい。

攻撃力は陸戦型エステバリスに比べると勝るがその分、重量が重すぎて機動性が犠牲になる砲戦フレームになったことを愚痴るリョーコ。

 

「‥で、その研究所ってのは何処にあるんだよ?」

 

リョーコが先を走っている2人に聞くが、

 

「さっきから地図と照合しているけど研究所なんて極冠にはないよ?」

 

未だ目的の研究所はセンサーに引っかからない。

その時、

 

「静かに!何かいる!?」

 

イズミが僅かなセンサーの乱れを感知した。

 

「だから~、いきなりシリアス・イズミにチェンジしないで‥‥キャアッ!」

 

突然ヒカル機の足元が爆発する。

 

「なんだ!?イズミ、敵はどこだ!?」

 

「わからない。見えている範囲に敵はいない」

 

ヒカル機の傍に駆け寄り、警戒するイズミ機。しかし、その足元が再び爆発する。

地中から飛び出してきたのは木星の虫型機動兵器『オケラ』。

そしてそのオケラに体当たりされて、転倒するイズミ機、するとオケラは再び地中に潜り、今度は真っ直ぐにリョーコ機へ向かう。

 

「リョーコ、ごめん!そっちに行った!」

 

「っ!?」

 

リョーコの反応が一瞬遅れ、足元の氷が砕ける。砕けた氷に足元を取られ、リョーコ機が転倒する。オケラはリョ―コ機の上にのしかかると口部からドリルを出し、コクピットに近づける。

 

「ああ‥‥!」

 

リョーコの表情が恐怖に歪む。

 

「お、おい‥待てよ‥‥ヤダ‥‥ヤダよっ!イズミっ!ヒカルっ!‥‥テンカワっ~!」

 

しかし、オケラのドリルはリョーコ機のコックピットを貫くことはなく体制を立て直したイズミ機がオケラに体当たりし、リョーコ機からオケラを引き剥がす。

オケラは今度、高くジャンプし上方から襲い掛かってきたが、イズミとヒカルがライフルで援護射撃して足を撃ち抜き、最後はリョーコのレールカノンでその体を貫かれ、爆発した。

 

「サンキュー、ヒカル、イズミ」

 

リョーコが安堵の溜め息を吐く。

 

「何奢ってくれる?」

 

ニヤリと笑顔を浮かべるイズミとヒカル。

 

「ち、違うよ!バカ! あれはもう1人いたらフォーメーションがだなぁ‥‥」

 

顔を真っ赤にして言い訳するリョーコ。

 

「「ほほぉ~」」

 

「な、何だよ?その顔は?」

 

「「テンカワ~!」」

 

イズミとヒカルが先程のリョーコの台詞の声真似をする。

 

「分かった!分かったよ!奢る、奢るよ!」

 

リョーコの叫び声が火星の極冠平原に響いた。

 

「私、プリンアラモード!」

 

「玄米茶セットよろしく」

 

後日、リョーコの財布が少し軽くなったとか‥‥

 

 

 

・・・・続く



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第10話

 

 

 

 

~ナデシコ 作戦室~

 

「研究所の周囲にチューリップが5基か‥‥」

 

木星兵器のオケラを倒し、極冠付近にあったネルガルの研究所を見つけたリョーコ達は早速ナデシコにその座標を送ると、ナデシコから一度戻る様に言われ、リョーコ達はナデシコに戻った。

そしてエステバリス隊の持ち帰った情報と映像を空間ウィンドウに展開し改めて現状を確認するブリッジメンバー。

 

「厳しいですね‥‥」

 

空間ウィンドウを見ながらジュンが呟く。

目的地であるネルガルの研究所の周りにはまるで研究所を囲むかの様に5基のチューリップが突き刺さっている状態となっていた。

傷ついたナデシコとアキトを含めた4機のエステバリスであの研究所を奪還するにはあまりにも無謀である。

5基のチューリップから次々と木星兵器が出されるとナデシコは忽ち包囲されてタコ殴りにされるのは目に見えている。

フィールドの出力が弱まっている今のナデシコでタコ殴りされればあっという間に撃沈されるのは明白である。

 

「しかし、あそこを取り戻すのが社員の義務でして‥‥皆さんも社員待遇である事はお忘れなく」

 

「俺達にあそこを『攻めろ』って言うのかよ‥‥」

 

リョーコがプロスペクターの言葉に険しい表情を作ってみせる。

 

「私、これ以上クルーの命を危険に晒すのはイヤだな‥‥」

 

火星で初戦以外、負けっぱなしの上に火星に居た大勢の人々を救えず、ナデシコの船体は傷つき、ナデシコのクルーは命の危険に晒されているこの状況の中、ユリカは少々ネガティブになっていた。

その呟きに答えたのはミーティングが始まって以来、沈黙を守っていた瓢提督だった。

 

「"アレ"を使おう」

 

「「「「「「アレ?」」」」」」

 

瓢提督の“アレ”と言う単語に首を傾げる一同だった。

 

 

~ナデシコ格納庫~

 

「オラ~、後3分で仕上げるぞ~!」

 

「「「「「ウィ~ッス!」」」」」

 

ウリバタケの号令と整備班の返事、工具の機械音が響く格納庫。その格納庫の隅にパイロットスーツのアキトと宇宙服に身を包んだ瓢提督とイネスが居た。

 

「提督、危険です!!考え直していただけませんか?どうしても行かなければならないのなら、私が行きます!!」

 

ゴートが何とか瓢提督を止めて、瓢提督の代わり自らが行こうとするが瓢提督は聞く耳を全く持たない。

 

「手動での操艦は君には出来まい‥それにとりあえず様子を見に行くだけだ」

 

「しかし‥‥」

 

なおも食い下がるゴートの言葉をアキトが遮る。

 

「それはいいっスけど、何で俺が連れて行かれるんスか?」

 

「罰だと思って貰おう」

 

アキトが同行する理由を瓢提督が直接伝える。

 

「‥チッ」

 

謹慎が解けても未だに不機嫌なアキト。

瓢提督と行動を共にするということが、なお彼の機嫌を損ねている様だ。

隣に立つイネスがそれを見てクスクスと笑う。

 

「よろしく頼むわね、アキト君?」

 

「では、行こうか?」

 

瓢提督に促され、アキトとイネスが移動を始める。

 

「待って下さい!!」

 

格納庫に突然この場に似合わないソプラノ調の声が響いた。

声がした方向からは小さめな宇宙服を纏ったコハクが走ってくる。

 

「提督、僕もクロッカスに連れて行って下さい!!」

 

「コハク、遊びに行くのではないのだぞ」

 

「そうだよ、コハクちゃん危ないって!」

 

ゴートとアキトがコハクの同行を止めようとする。

 

「それはそうかもしれませんが、システムの復旧には僕の力がお役に立てると思いまして」

 

そう言ってコハクはオペレーター用のIFSタトゥを瓢提督に見せる。

それに以前、オリンポス山の研究所へと同行したのも研究所のシステム・データのサルベージ要員として向かったので、今回もそうしたシステム関連の役割で役立つと自らクロッカスの偵察に志願するコハク。

 

「‥‥なるほど、確かに役立ちそうだな。よろしい、君の同行を許可しよう」

 

瓢提督も少々躊躇ったが、最終的にコハクの同行を許可した。

 

「ありがとうございます。提督」

 

コハクが瓢提督に頭を下げてお礼を言う。

 

「いやぁ~僕、ナデシコ以外の軍艦の中を見てみたかったんですよ」

 

「でも、ユリカやルリちゃんは許可したの?」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべるコハクにアキトが艦長であるユリカ‥特にコハクの姉でもあり保護者的な存在のルリの許可をちゃんと貰ってきたのかを聞くと、

 

「それならちゃんと代理人を立ててきました」

 

「代理人?」

 

コハクの言葉を聞いて首を傾げるアキト。

そして、その代理人はいうと‥‥

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

コハクのシートにはタスキを着けたゲキガンガーの人形が置いてあり、そのタスキには『代理人』と書かれていた。

 

「‥‥」

 

ルリはその人形を手に取ると、ギュッと力を入れ、俯き微笑する。

 

「フッ‥フフフフ‥‥コハク‥‥帰ってきたら‥お仕置きです‥‥」

 

ルリの背中からは真っ黒な怒りのオーラが滲み出ていた。

その姿を見た他のブリッジメンバーは後に声を揃えてこう語る。

『電子の鬼がそこには居た‥‥』 と‥‥

どうやら、代理人(ゲキガンガー人形)を立てはしたが、コハク自身はルリに直接クロッカスへと向かうとは言っていない様だった。

ルリのその姿を見て艦長であるユリカでさえ、顔を引き攣らせ、ルリに声をかけづらかった。

普段はルリをからかっているミナト、ブリッジでも希少な男性クルーでもあり連合軍軍人のジュンでさえ、今のルリに恐れを抱いていた。

 

 

~クロッカス 艦内 通路~

 

クロッカスの艦内は電力源が落ちて薄暗く、通路の彼方此方は凍っている部分もある。

そして、極めつけがクロッカスの壁や通路にはまるで壁や通路と融合しているかのように死んでいるクロッカスのクルー達の姿‥‥

それらの事からクロッカスに生存者はいない様だ。

艦内は静まりかえっており、今のクロッカスはさながら幽霊船の様な雰囲気だ。

 

「このクロッカスが消滅したのは地球時間で約二ヶ月前‥でもこれじゃあどう見てもそれ以上の期間、氷に埋まっていたみたいね。ナデシコの相転移エンジンでも地球から火星まで一ヶ月半掛かっているのに‥‥」

 

「では、チューリップは物質をワープさせるとでも言うのかね?あのゲキ何とかと言うテレビ番組の世界だな‥‥」

 

イネスの呟きに、瓢提督が答える。

 

「ワープと言うのはちょっと‥‥」

 

イネスが苦笑いを浮かべ、ワープ現象とチューリップからの転送はちょっと異なり、チューリップから検出されるボース反応についての説明を始めている。

コハクはクロッカスの艦内を見回しながら歩いている。

 

「ふぁ~」

 

イネスと瓢提督の後ろから着いていくアキトがその説明に着いていけず欠伸を漏らす。

だが、天井で物音を聞き、

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

突然アキトが叫び、瓢提督を床に押し倒す。

そして天井から降りてきたのは小型のバッタだった。

アキトがライフルを構え、撃とうとしたが、安全装置が外れ忘れていた。

その間にバッタはジャンプしアキトに襲いかかろうとした時、瓢提督がホルスターから拳銃を抜き、バッタの腹部に銃弾を打ち込むと、バッタは失速しアキトの手前に落ち、機能を停止した。

 

「ワシなど庇う価値などはない。無理はするな」

 

瓢提督が銃をホルスターに戻して、アキトに言葉を掛ける。

 

「ふん、身体が勝手に動いただけだ‥‥」

 

アキトはそっぽを向き、吐き捨てるように呟く。

そんな2人の姿を見て、

 

「素直じゃないね、2人とも」

 

「全くね。まぁ男の意地ってやつでしょう」

 

思わずイネスとコハクは顔を見合わせ苦笑いする。

 

 

~クロッカス・ブリッジ~

 

クロッカスのブリッジに到着するとコハクは早速オペレーターシートに座り、キーボードを操作してクロッカスのシステムを再起動させる。

ブリッジに電子音が響き、明かりが点灯する。

クロッカスは二ヶ月以上の間、雪と氷に埋まっていたようだが、エネルギーはまだあり、電気系統は生きていた様だ。

 

「ふむ‥‥」

 

瓢提督が艦長席に座り、船体のチェックを始める。

イネスもコンソールに向かい作業を開始し、アキトはライフルを構え不測の事態に備えている。

 

「‥どうやら、噴射口に氷が詰まっているようだな。とってきてくれんか?」

 

コンソールを見つめていた瓢提督がアキトに声を掛ける。

 

「俺っスか?」

 

「フレサンジュ、君もついていってくれ。彼1人では分かるまい‥‥」

 

「はい」

 

アキトとイネスがクロッカスのブリッジを出ていく。

そしてブリッジに残ったコハクにも瓢提督は指示を出す。

 

「君も行ってきてくれんか?」

 

「提督、船体の状況から噴射口にはそれ程氷は着いてないと思いますが?それに今はクロッカスを動かす方に人手が必要だと思います」

 

「‥‥そうか」

 

コハクの言葉に瓢提督は反論する事なく再び作業に戻る。

 

「クロッカスは飛ばせそうかね?」

 

「はい、何とかなりそうです。ただもう少しだけシステムの復旧に時間がかかりますが‥‥」

 

瓢提督に現状を伝え、コハクはそのまま作業を続行する。

それからクロッカスのブリッジにはコハクと瓢提督の間に会話らしい会話もなくただカタカタというキーボードを叩く音とそれによって作動したシステムの電子音が響いている。

 

そんな中、

 

「‥‥提督‥‥1つ聞いてもいいですか?」

 

沈黙を破ったのはコハクの方だった。

 

「なにかな?」

 

「アキトさんには提督は勝手に英雄に祭り上げられたと言いましたが、本当の所どうなんですか?」

 

コハクが瓢提督に火星会戦、そして火星会戦後の地球での真意を聞く。

 

「‥‥ワシが功名心に走った‥と言いたいのかね?」

 

「可能性がないとは言い切れません。チューリップを落とす前には大勢は既に決していた筈ですから‥‥」

 

「確かに君の言う通り、あの時チューリップを落とそうが、落とさなかろうが、戦局にはもはや影響は無かっただろう‥‥だが、我々にはあの時どうしてもチューリップを落とす必要があったのだ‥‥武人の意地と言うやつなのかもしれんな。大勢は既に決していても何も出来ずにおめおめ引き下がるよりはせめて敵に対して一矢報いたい‥そんなつまらん意地だ‥‥しかし落としたチューリップがまさかコロニーに落ちるとは予想外だったがね‥‥」

 

瓢提督は自嘲するかのよう第一火星会戦の時のことをコハクに語る。

 

「では、地球での提督の評価はプロパガンダのためですか?」

 

「そうだ、宇宙からの脅威を排除し、地球を守るのは連合宇宙軍であり、地球市民の戦意を高めるにはどうしても英雄が必要となったのだ‥‥」

 

「そしてその白羽の矢が立ったのが提督だったわけですか‥‥」

 

「退役寸前の老将が見せた最後の奇跡‥‥全く三文芝居もいいところだがね‥‥その後、ワシは作られた英雄として生き恥を晒して来たが‥‥」

 

「その重圧にもうこれ以上は耐え切れず、どうせ死ぬならナデシコを守る為‥‥そして火星の人達の謝罪の為、此処で散りますか?」

 

「っ!?君は気付いておったか‥‥」

 

「なんとなくですが‥‥」

 

「そうか‥‥それが分かっているのであれば君も今すぐに退艦したまえ‥‥君は死ぬのにはまだまだ若すぎる。この先、ナデシコやこれからの地球に必要な存在だ‥‥此処で死ぬのは死にぞこないの老人であるワシ1人で十分だ‥‥」

 

「いえ、僕もギリギリまで此処に残ります」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

沈黙の中、瓢提督の鋭い瞳とコハクの真剣な瞳が見詰め合う。

 

「‥‥その決意、覆せぬようだが、いいのか?君のその決断がホシノ君を悲しませる結果になるのだぞ‥‥」

 

「‥‥それは分かっています。ルリは多分、悲しむでしょう‥‥でも、僕もルリも互いに依存しあっているので、『ここら辺で少し距離を置かないと』って思っているんです‥‥そうじゃないとこれから先もし、どちらかの身に何かあったとき、残された方はきっとダメになってしまうと思うんです。だから‥‥」

 

ギュッと拳を作り、力を込めて握るコハク。

しばらくルリと別れるということに辛さがあるようだ。

しかもその方法はやや不安要素を含んでいる。

次にルリと会えるのがいつになるのか分からない。

いや、それ以前に本当に会えるのかと言う不安もある。

それでもコハクはルリに再び会えると信じている。

幸いな点はここ最近になってようやく悪夢を見なくなったことだ。

これならば、ルリが居なくても悪夢に苦しむ事はない。

 

「‥‥そうか‥しかしどうやってここから脱出するつもりだね?」

 

「それについては既に脱出ルートは確保しています。ただ提督を一緒にお連れする事は出来ませんが‥‥」

 

ポケットの中には研究所で拾った最後のCC(チューリップクリスタル)がある。

それを使ってボソンジャンプすればこの現場から逃げる事が出来る。

しかし、ボソンジャンプを行う際、自分以外の人と一緒に行った場合、その連れの人がどうなるのかまだ検証した事がない。

ちゃんと一緒にジャンプできるのか?

もしかしたら、別の所へ跳ばしてしまうのではないか?

いや、クロッカスの現状を見る限り殺してしまうのではないか?

またボソンアウトする時期がいつになるのか?

どこにボソンアウトするのかだ。

クロッカスとパンジーの事を見ると、ちゃんとナデシコか地球にボソンアウト出来るのか?

そうした不安要素があった。

ボソンジャンプはまだまだ研究が必要な能力みたいだ。

 

「君が生き残れるというのであればワシは構わんよ。さて、それではそろそろ行くとするか‥‥」

 

瓢提督には既に死の恐怖は無い様子で、フッと笑みを零す。

 

「了解。クロッカス、エンジン始動します」

 

コハクはクロッカスの操艦レバーを引いた。

 

 

~クロッカス 艦尾 噴射口付近~

 

「これだけ露出していれば問題はないと思うけど‥‥」

 

その頃、アキトのエステバリスの掌からクロッカスの噴射口を調べていたイネスが呟く。

その時、突然大地が大きく揺れる。 

 

「な、何だ!?」

 

『エステバリス、退けっ!浮上するぞ!!』

 

アキト機のコクピットに瓢提督の声が響く。

 

「ええっ!?」

 

轟音を立てて船体に付いた雪と氷を払いながらクロッカスはゆっくりと空へと浮上した。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「クロッカス、浮上します」

 

ルリの報告と共に、空へと浮上するクロッカスの姿がスクリーンに映る。

 

「おお、使えそうじゃないですか」

 

「さすがは提督!」

 

その様子を見守っていたブリッジからは歓声が上がる。

するとクロッカスの右舷の砲門がナデシコへと向けられる。

 

『現在のナデシコの状態ならばクロッカスでも十分に撃沈できる‥‥』

 

「えっ?」

 

「なにを?」

 

瓢提督の言葉に唖然とするユリカとプロスペクター。

 

「提督どういう事ですか?」

 

瓢提督の言葉の内容が理解できないユリカは瓢提督に訊ねる。

 

『ルリ、ナデシコの針路を前方のチューリップに向けて』

 

「コハク!?」

 

空間ウィンドウにコハクが現れ、先程のユリカの質問に答え、ルリにナデシコの針路を指示する。

コハクの目は鋭く、ルリにはコハクが本気で言っているのだと理解できた。

 

「チューリップに?一体、何の為にだ?」

 

ゴートが誰にともなく呟く。

 

「提督もクロッカスの状態をご覧になられているでしょう!チューリップを通り抜ければナデシコも‥‥」

 

ジュンが血相を変えて瓢提督に抗議するが、瓢提督は黙ったまま何も答えない。

 

「ナデシコを破壊するつもりなの…?」

 

「何の為に…?」

 

メグミの悲痛な叫びとミナトの困惑した声。

 

『自分の悪行を消し去る為だ!!失敗は全部他人のせいにして、また自分だけ生き残るつもりなんだ!!』

 

アキトの叫びが通信を通してブリッジに響く。

 

『だったら、まず貴方を殺すんじゃない?それにタケミナカタ・コハクがそんな事に手を貸すとは思えないけど‥‥?』

 

イネスの言葉にアキトが凍りつく。

 

『そ、そうだ!どうして其処にコハクちゃんが居るんだ!?‥っ!?あいつ、まさかコハクちゃんを人質に!?』

 

アキトの脳裏に瓢提督に人質にされ、無理矢理こんなことを強要されているコハクの姿が浮かんだ。

 

『アキトさん、それは違います。ここに居るのは僕の意志です。決して提督に人質にされた訳でも強要された訳でもありません』

 

『コハクちゃん‥だったらどうして!?』

 

アキトがコハクに理由を聞こうとしたとき、クロッカスがナデシコを砲撃し、ナデシコの至近距離に命中する。

するとクロッカスの砲撃と爆音に気づいたのか雲の切れ目からカトンボ級駆逐艦が降下してくる姿がエステバリスのカメラが捉らえる。

 

『クソジジイ‥‥っ!?見つかったのか!?』

 

「左舷後方145度、+80度に敵艦隊捕捉」

 

ルリの報告がブリッジに響く。

 

「道は2つに1つ…」

 

「クロッカスと戦うか、チューリップに突入するか…」

 

「じゃあ、チューリップかな?」

 

ミナトはクロッカスと戦うぐらいならチューリップに入る方を選ぶ。

 

「何言っているんですか!?無謀ですよ!!損失しか計算できない!!」

 

プロスペクターはチューリップに突入するくらいならクロッカスを撃沈した方はマシだと言う。

ブリッジのクルーが口々に自分の意見を述べるが、ユリカの耳にそれは届いてはいなかった。そしてキュッと唇を引き結ぶと顔を上げる。

 

「ルリちゃん、エステバリスに帰艦命令を。ミナトさん、ナデシコをチューリップに向けて下さい」

 

ユリカがチューリップへの突入を選択するとプロスペクターが反対する。

 

「艦長、それは認められませんぞ!貴女はネルガルとの契約に違反しようとしている。有利な位置を選ぶのならクロッカスを撃沈‥‥」

 

「御自分の選んだ提督が信じられないのですか!?」

 

ユリカの悲痛な叫びにプロスペクターも言葉を失う。その瞳には今にも涙が溢れそうになっている。

その間にもカトンボ級駆逐艦はナデシコへと迫って来る。

 

「チューリップに入ります。クロッカスは後方からついてきます」

 

「ホントにいいのかな?入っちゃって‥‥」

 

ミナトが不安げに言葉をもらす。

そこへパイロットスーツ姿のままのアキトがブリッジに飛び込んでくる。

 

「ユリカ!!お前、何考えてんだ!?今すぐ引き返せ!!」

 

ユリカはアキトの叫びに力無く首を横に振る。

 

「クロッカスのクルーは皆死んでいたよ!俺達もああなる!」

 

『そうとは限らないわ。ナデシコにはディストーション・フィールドがある。それを使えば、あるいは‥‥』

 

「提督達は‥‥私達を火星から逃がそうとしている…」

 

ユリカがスクリーンを見つめたまま呟く。

 

「馬鹿な!そんな事があるかよ!」

 

「クロッカス、チューリップの手前で反転。停止しました」

 

アキトの言葉をルリの報告が遮る。

 

「クロッカスが…反転した…?」

 

「馬鹿な!?1隻で戦うつもりか!?」

 

ジュンの呟きとゴートの叫びを聞いたルリがハッと顔を上げる。

瓢提督の意図を悟ったルリが呟く。

 

「チューリップの手前で自爆すれば、敵はナデシコを追って来れなくなる‥‥まさか、コハクと提督は‥‥」

 

騒がしかったブリッジがルリの呟きに静まり返る。

 

(コハク、まさか死んじゃうなんてことないですよね‥‥?‥‥そんなの嫌ですよ‥‥貴女が死んだら、私はまた1人ぼっちに‥‥嫌、そんなの絶対に嫌!!)

 

ルリは言い知れぬ不安に陥り、身体が小刻みに震え出し、目の前が急速に暗くなるのを感じる。

 

『ナデシコの諸君』

 

突然ブリッジに瓢提督の声が響いた。

今にも消えそうな画質の悪い空間ウィンドウに瓢提督の姿が映し出される。

 

「提督!!お止め下さい!!ナデシコには、いえ、私にはまだ提督が必要なのです!!これからどうすればいいか…私には分からないのです!」

 

涙声で叫ぶユリカ。

 

『私には君に教えられる事など何もない…私はただ大切なものを守る為にこうするのだ‥‥』

 

普段と変わらぬ淡々とした瓢提督の言葉。

 

「コハクもどうしてこんな事を!?‥‥私たちは家族じゃなかったなんですか?私が姉で、貴女が妹で‥‥」

 

泣きそうになるのを必死に堪え、ルリはコハクにクロッカスに残った理由を聞く。家族という言葉を聞いてコハクは一瞬目を見開いたが、普段どおりの様子でルリと会話をする。

 

『僕も提督と同じ‥守りたい大切なものがある‥‥ルリが僕のことを家族だと思ってくれるのなら、信じて‥また必ず会えるから‥‥僕はまたルリの下に必ず帰ってくるから‥‥』

 

「コハク‥‥」

 

『ルリ‥ゴメンね‥‥迷惑をかけっぱなしの妹で‥‥本当にゴメン‥‥』

 

「コハク‥‥」

 

コハクは俯き、すまなそうに言うと、ルリはこの言葉を聞き、泣き崩れてしまった。

 

「何なんだよ!お前等がそうまでして守りたいものってのは!?」

 

泣き崩れたユリカとルリに代わり、アキトが叫ぶ。

 

『それが何かは言えない。だが、諸君にも、きっとそれはある。いや、いつか必ず見つかるはずだ‥‥私は、いい提督ではなかった‥‥いい大人ですらなかった‥‥最後の最後に自分の我が儘を通し、若者達に辛い決断と覚悟を強いている‥‥ただこれだけは言っておきたい。ナデシコは君達の艦だ。そこにある怒りも憎しみも……愛も全て君達だけ…ものだ。言葉は…なんの意味もない。それは‥‥』

 

スクリーンが大きく揺れ、映像と音声が途切れ始める。やがて爆音と共に通信が跡絶える。

 

「戻せ!」

 

ゴートが叫ぶ。

 

「ダメ、何かに引っ張られているみたい」

 

ミナトが航行用計器をいじるが、それ以上の強力な引力によりナデシコはチューリップの中に飲み込まれていく。

 

「これより先は何が起こるか分かりません。各自、対ショック準備‥‥」

 

ユリカが俯き、肩を震わせたまま言葉を搾り出す。

 

 

~ナデシコ・食堂~

 

「あったなぁ‥ゲキガンガーにもあんな話‥‥仲間庇ってさ‥‥死ぬなんて‥‥格好いいと思っていたけど‥‥自分には関係ないと思っていたけど‥‥それがなんでよりにもよってアイツなんかに‥‥あんなのただの自己満足だ‥‥それにコハクちゃんまで‥‥」

 

アキトはゲキガンガーの人形を指で突っつきながら1人、営業時間が終わり薄暗くなった食堂で呟いていた。

そこにホウメイが来て、アキトに一通の手紙を渡す。

それは瓢提督がアキト宛に書いた手紙だった。

 

「あの人は最初から火星で死ぬつもりだったのさ‥‥たとえ過去を知られなくてもあの人はテンカワ‥‥お前にだけ遺言を残していた」

 

「だから、感謝しろ!?だから許せ!?アイツは‥アイツは生き続けるべきだった!!火星の人達のためにも無様に生き続けるべきだった!!」

 

アキトがテーブルの上に置かれた瓢提督の手紙を払い除け叫んだ。

そして食堂の外ではユリカ、メグミ、リョーコの3人が居た。

 

「最初から死ぬつもりだなんて、無責任すぎます」

 

「年をとったからと言って偉いわけじゃねぇ。いくつになってもバカはバカのままだ」

 

「じゃあ私たちは誰に学べばいいの?誰に‥‥?」

 

ユリカが天井を見ながら寂しそうに呟いた。

そしてルリは自室のコハクが使っていたベッドの中で泣いていた。

 

 

ナデシコが火星のチューリップの中に消えた頃、地球では‥‥

 

 

~ネルガル重工 本社ビル・会長室~

 

「ナデシコが火星で消息を立って既に一週間になります。提示報告最後の艦の状態からおそらく火星で木星蜥蜴に撃沈された可能性が高いかと‥‥」

 

エリナがアカツキにナデシコの報告をする。

 

「やれやれ、プロジェクトはプランBに切り替えた方がいいかなぁ。コハク君を失ったのはかなり痛いけどね」

 

そう言ってアカツキは電話に手を伸ばす。

 

「連合軍総司令に繋いで‥そう仲直りしたいって伝えて‥‥」

 

アカツキが電話で連合軍総司令と話しをしていると突如会長室の隅で発光現象が起こる。

 

「なに!?」

 

「こ、これは…!?」

 

慌てるエリナに対し、驚きはしているが落ち着いた態度を崩さないアカツキ。

やがて光は収束し、弾けるようにして消える。

そして光が収まるとそこには横たわり眠ったコハクの姿があった。

 

「こ、コハク!?なんで此処に!?ナデシコに乗っていた筈じゃあ‥‥まさか、ボソンジャンプ!?」

 

エリナが駆け寄るとコハクはスヤスヤと静かに寝息を立てている。

 

「ハ、ハハハ、やっぱり君はすばらしいお宝だよ。コハク君。ハハハハハ‥‥」

 

アカツキは満足そうに眠っているコハクを見ていた。

 

 

・・・・続く



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第11話

 

 

月軌道においてその日、連合宇宙軍第二艦隊と木星蜥蜴の艦隊が激しい攻防戦を展開していた。

これが後の歴史で言う第四次月攻略戦といわれる戦いである。

 

 

~連合宇宙軍 第二艦隊 旗艦 グラジオラス ブリッジ~

 

「前方のチューリップに重力波反応!」

 

「ヤンマ級以上の大型艦、来ます!」

 

「来るなら来い!いざとなればこのグラジオラスをぶつけるまでだ!」

 

第二艦隊司令官のトレードマークであるサングラスがキランっと光る。

そしてソレはチューリップから無理やり出てきた。

その艦影は‥‥

 

「「「「「な、ナデシコだとぉ~!?」」」」」

 

チューリップを無理矢理出て来たナデシコ。

一方、ナデシコを無理矢理吐き出したチューリップは異常な負荷がかかり、周りに居るカトンボ級駆逐艦を巻き込んで爆発した。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「‥ン‥ン‥‥」

 

照明が落ち、非常灯が灯る薄暗いブリッジでルリが僅かに身じろぎして、目を覚ます。

 

(‥‥うぅ~頭が痛い‥‥私、気を失っていたのかな?)

 

チューリップに入った初日は何もやる気が起きなく、コハクの使っていたベッドで泣いてそのまま寝ってしまったルリだが、暫くして通常業務に復帰したのだった、本人が言うには「何かしている方が、気が紛れると」と言う。

しかし、ゲートアウトをする際の衝撃で気を失ってしまったようだ。

コンソールから身体を持ち上げ、辺りをキョロキョロと見回す。

両隣のシートに座るミナトとメグミもコンソールに突っ伏してはいるが、ちゃんと呼吸している事が見てとれる。

皆自分と同じくゲートアウトの際の衝撃で気を失っている様だ。

 

「オモイカネ」

 

《はい、ルリさん》

 

「良かった、貴方も無事だったのね」

 

オモイカネの無事を確認し、安堵の息を吐くルリ。

しかし、すぐに俯き暗い表情になってしまう。

 

《ルリさん、どうしました?》

 

「オモイカネ‥‥艦内検索‥‥コハクを探して‥‥」

 

《了解…検索中…》

 

ルリは火星での出来事は悪い夢だったのではないかと思う。

アレはコハクが巧妙に仕組んだ合成映像で本人はちゃんとナデシコに乗っていて私を驚かそうとしているのではないか?と、自分らしくもない有り得ない仮説を立てるが、藁にでも縋る思いでその希望を期待するルリ。

だが、現実は残酷だった。

 

《検索終了!!‥‥艦内にコハクさんの反応なし‥‥》

 

「‥そう、オモイカネ。ありがとう‥‥」

 

《ルリさん…》

 

オモイカネも心配げにルリの周囲に空間ウィンドウを展開させる。

 

「‥‥ゴメンね、オモイカネ。ブリッジの照明をつけて、それから現在の状況を教えて」

 

非常灯が消えて通常灯が点灯し、映像と解説が書かれた空間ウィンドウが開かれる。

 

《現在地は月軌道上。周囲では連合宇宙軍の艦隊と木星蜥蜴が交戦中》

 

「艦長‥あれ?」

 

上段にあるキャプテンシートで気絶していると思っていたユリカに声をかけるルリだったが、そこにユリカの姿はなかった。

 

「オモイカネ、艦長は?」

 

《展望室で他2名と絶賛気絶中です》

 

「他2名?」

 

《テンカワ・アキト、イネス・フレサンジュの両名です》

 

「テンカワさんとイネスさん…?なんでそんな所で皆さん、寝ているの…?」

 

≪わかりません≫

 

不思議に思いつつも展望室に空間ウィンドウを開く。

草原を模した展望室にはアキト、ユリカ、イネスの3人が川の字で寝ている。

しかもアキトとイネスはちゃっかり手なんか繋いでいる。

 

(とりあえず、艦長だけでも起こさないといけませんね)

 

状況が状況だけにルリはそう判断し、眠っているユリカを起こす。

 

『艦長、起きてください。おーい、やっほー、朝ですよー、起きてください』

 

だが3人ともルリの呼びかけには応えず眠ったままだった。

 

『艦長、艦長、艦長!』

 

アッカンベーをしながらルリは展望室中に空間ウィンドウを何枚も展開し、サイズも拡大して表示する。

 

「う、ううん…」

 

その時、ユリカが僅かに身じろぎしうっすらと目を開く。

 

「艦長?」

 

「…んん?…ルリちゃん…?」

 

ルリの呼びかけに寝ぼけ眼で答えるユリカ。

 

「ひょえぇぇぇぇっ!?」

 

ユリカが目を開いたら、展望室中に展開されていたルリのアッカンベーの姿が映し出された沢山の空間ウィンドウの数々。

起きぬけにそれを目にしたユリカは思わず悲鳴を上げる。

 

『艦長、通常空間に復帰しました。艦長どうしてそんな所にいるんです?』

 

ルリがユリカに何故、ブリッジではなく、展望室に居るのかを訊ねる時、ルリは何時ものポーカーフェイスに戻っていた。

 

「えっ?」

 

辺りを見渡すと、確かにそこはブリッジではなく、展望室で隣にはアキトとイネスが手を握って眠っていた。

 

「ダメ!」

 

ユリカはアキトとイネスの手を引き離す。

 

『艦長?』

 

「えっ?あはははは‥‥外の様子を見せて」

 

『了解、展望室から外の様子をスクリーンに投影します』

 

ルリはユリカの前に周囲で繰り広げられる艦隊戦を空間ウィンドウで中継する。

 

「うわぁぁぁぁー」

 

突如、空間ウィンドウにはバッタのドアップ姿が映し出される。

 

「現在、月軌道上で連合軍と蜥蜴の戦闘宙域の真っ只中です」

 

ルリは外の様子を見せながら現状をユリカに伝える。

 

「グラビティーブラスト広域放射、直後にフィールド出力最大で展開し全速後退!」

 

ルリは指示通りにグラビティーブラストを広域放射した。しかしユリカは周りに味方である連合軍の艦艇が展開している事をすっかり忘れていた。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

『何考えてんだ!?貴様ら!!』

 

トレードマークのサングラスが割れて、腕を包帯と三角巾で吊っている第二艦隊司令官が怒鳴り散らす。

 

『幸い、逸れたから死人こそ出なかったからいいものの…いいか!?そちらが攻撃を続けるなら第二艦隊の名誉にかけて迎撃する!!以上!!』

 

司令官は怒鳴るだけ怒鳴ると一方的に通信を切る。

 

「はぅ…だから誤解なのに…」

 

スクリーンの前で小さくなっていたユリカが呟く。

 

「誤解で済んだら戦争も楽だよ…」

 

ユリカの隣で一緒に怒鳴られていたジュンがボソリと呟く。

 

「ルリちゃん地球側の被害状況は?」

 

ユリカに言われ、地球軍の被害状況をまとめ、空間ウィンドウに表示するルリ。

 

艦艇被害状況

 

航行不能・・・・3

戦闘不能(助走可能)・・・・5

損傷・軽微・・・・6

損傷率・・・1%

 

人的被害

 

死者・・・・0

重傷・・・・5

軽傷・・・・50

※但し戦闘における被害を除く

 

「ほんと不幸中の幸い。怪我人もたいしたことなさなそうだけど‥‥そりゃまぁ、怒るよね‥‥」

 

「あの人達掠めて撃っちゃったのは事実ですからね」

 

「あ~あ、今頃軍人さん達に助けて貰えたかもしれないのにね?」

 

「せめてブリッジにいてくれたなら状況も確認できたろうに…」

 

メグミ、ミナト、ゴートの言葉を聞いたユリカが益々小さくなる。

 

「ねぇ、アキト?」

 

「な、何だよ?」

 

ユリカがエステバリスで待機中のアキトに通信を開く。

 

「アキトは何がどうなったのか知らない?」

 

「…えっ!?」

 

「知りたいな、知りたいなぁ~♪」

 

「ヒ、ヒカルちゃん」

 

恰好のからかいの的になったアキトは憔悴仕切った顔で何かに思い当たる。

 

「そ、そうだよ!!イネスさんだよ!!こんな時にあの説明好きが現れてくれてもいいだろ!?…イネスさーん!」

 

アキトが必死の形相でイネスを呼ぶ。

しかし、その本人はと言うと‥‥

 

「…ン‥ン…」

 

空間ウィンドウに現れたのは展望室で熟睡したまま、身をよじるイネス。

そしてその直後空間ウィンドウがイネスの眠っている姿から[しばらくお待ち下さい]の表示に変わる。

 

「ちょっと!!イネスさん!!おーい!!」

 

[しばらくお待ち下さい]の空間ウィンドウに叫び続けるアキト。

 

その間にもクルーの疑惑の視線は益々強まる。だが、アキトの助け船は意外な所から現れた。

 

「あ~っ、もぉーうるせぇー!!テンカワが何処で何してようといいじゃねえか!!オレはテンカワを信じる!!」

 

リョーコが突然大音量で通信に割り込んで来る。

責められるアキトを見るに見かねて割って入ったリョーコだったが、その行動が墓穴を掘った事にまでは気付いていなかった。

 

「「へぇ~」」

 

ニヤリと笑いリョーコを見つめるヒカルといつの間にか空間ウィンドウを開いていたイズミ。

 

「な、何だよ…?」

 

そこで、自分が墓穴を掘った事にようやく気付いたリョーコ。その頬が僅かに赤く染まる。

 

「「オレはテンカワを信じるぅ~?」」

 

何時ぞやの火星の時の様にリョーコの台詞の声真似をするヒカルとイズミ。

 

「う、煩いぞ、お前等!今は待機中…!」

 

「「テンカワ、テンカワ、テンカワ…」」

 

「クゥゥゥゥゥ…」

 

顔を真っ赤にして肩を震わせるリョーコ。癇癪を起こす一歩手前で、彼女の助け船もまた意外な所から現れた。

 

「…敵、第2波来ます」

 

木星蜥蜴とルリだった。

 

「よ、よし!行くぞ、オメーら!オレに続け!」

 

顔を真っ赤にしたまま、リョーコはいち早くカタパルトに飛び乗って宇宙へ飛び出していく。

リョーコが自らの発言で墓穴を掘っていた頃、連合軍陣営左翼側では‥‥

 

 

~ナデシコ2番艦 コスモス 格納庫 重力カタパルト~

 

「聞いたかい?ナデシコがどうやら戻って来たみたいだよ」

 

「そうみたいですね‥‥はぁ~」

 

「ん?どうしたの?溜め息なんてついて」

 

「これからナデシコへ戻ると思うとなんか気が重くて‥‥」

 

「どうして?ナデシコには君の大切な人がいるんじゃないの?」

 

「確かに大切な人なんですけど、恐らく‥いや、絶対ルリに怒られるよぉ~!!」

 

ヘルメット越しに頭を抱え、苦悩するパイロット。

 

「それならあんな別れ方をしなければ良かったじゃないか」

 

「自分でも後悔しています‥‥」

 

「ハッハッハッ、君も若いのに苦労しているねぇ~」

 

「その言葉そっくりそのまま貴方にお返しします。貴方だって危険な前線に態々出て来なくてもいいのに‥‥」

 

「実際にその現場で、直接見なければ分からないこともあるんだよ。特に大きなビジネスチャンスがある時にはね。それじゃあ、そろそろ行こうか?」

 

「はぁ~‥了解」

 

コスモスのカタパルトから2機のエステバリスが発進していった。

 

 

~月軌道 戦闘宙域~

 

「各自散開! 各個撃破!」

 

リョーコの指示が飛ぶ。

 

「作戦は?」

 

「状況に応じて!!行くぜ!!」

 

「「「了解!」」」

 

各機は敵を求めて散らばっていく。

 

「いっただき~♪」

 

ヒカルが真正面から迫るバッタの一群と接敵する。

射撃でバッタのフィールドに穴を開け、自機のフィールド・アタックで撃破する必勝の攻撃をするヒカル。

しかし‥‥

 

「ええ~、ウソ~!10機中3機だけぇ~!?」

 

予想外の低スコアに驚くヒカル。

フォローに回ったイズミがライフルを放ちながら呟く。

 

「バッタ君もフィールドが強化されているみたいね」

 

「進化するメカ?」

 

ヒカルの呟きに不適な笑みを見せるリョーコ。

 

「上等じゃねえか…こちとら、ド突き合いの方が性に合ってんだよっ!」

 

リョーコは次々とバッタを殴りつけ、破壊する。

 

「それよか、テンカワはどうした?テンカワ!!」

 

戦闘が始まって以来、アキトと一度も通信を交わしていない事に気付くリョーコ。

急いで広域センサーを起動して、アキトを捜す。

その頃、アキトは戦闘宙域の外れでバッタの放つ執拗なミサイル攻撃に追われていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…、うわぁぁぁぁぁっ!」

 

背中にミサイルを受け、反転してバッタに銃撃を浴びせる。だが、ろくに照準していない弾丸はバッタに当たることもなく、かすりもしない。

やがてバッタに距離を詰められ、フィールドを纏った体当たり攻撃を浴びるアキト機。そして何度目かの体当たりでライフルを落としてしまう。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

アキトの叫びはブリッジにも届いていた。

 

「テンカワ機、完全に囲まれました」

 

ルリの報告がブリッジに響く。

 

「…どうしたんだよ、俺…手が…手が動かない…!うわぁぁぁぁぁっ!」

 

アキトの悲痛な叫びに耐え切れなくなったメグミが声を上げる。

 

「早く救援を!」

 

「言われなくても向かっているよ!!」

 

メグミの叫びをリョーコの叫びが遮る。

 

「…どうしちゃったんだよ…もう平気になったはずなのに…怖くなんてなくなったはずなのに…どうして‥‥?」

 

IFSインターフェイスにおいた右手がカタカタと震える。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハッ!?」

 

アキトの脳裏にはコロニーで知り合い、約束を果たすことも守ることの出来なかった少女‥‥

群がるバッタ‥‥

爆発するクロッカスに残った瓢提督‥‥

そして自分に戦う術を教え、瓢提督同様、爆発するクロッカスに残った金髪の少女‥‥

それらの姿がアキトの脳内にフラッシュバックした。

 

「こ、コハクちゃん‥‥」

 

アキト機は敵の真っ只中にあり、リョーコ達が救援に向かっているが間に合いそうにない。

ナデシコのグラビティーブラストではアキト機を巻き込んでしまう恐れがある為に使用できない。

アキトはまさに絶体絶命だった。

バッタの包囲網が狭まっていき、やがてバッタがアキト機目掛けて襲い掛かってきた時、どこらかともなくレールカノンを装備した白い機体と9門のビーム砲を備えた円錐形の機動兵器、更にそれよりも小さな2門のビーム砲を装備したスクエア形の小型機動兵器がビームでアキト機に攻撃を仕掛けてきたバッタを全て撃破した。

その後、白い機体は小型機動兵器と共に敵の群れの中へ突っ込んでいった。

 

「スゴイ‥‥」

 

ブリッジで誰かが呟く。

ルリの目線はその純白の機動兵器に釘付けになっていた。

 

「艦長、本社のほうが艦長にお話があるそうなんですが‥‥」

 

ブリッジで戦闘を見ていたユリカにプロスペクターが話しかける。

 

「しゃ?」

 

ユリカはジュンにブリッジを任せ、プロスペクターと共に通信室へと向った。

 

「テンカワ!」

 

白いエステバリスと小型機動兵器がバッタをひきつけている間にリョーコ達がアキト機の元へ急いでいた時、突然青い機動兵器が立ち塞がる。

エステバリスのようだが自分達の乗っているものとは違う機体のようである。

 

「戻りたまえ。ここは危ない!全員離脱したまえ!」

 

「誰だ、貴様!」

 

リョーコが突然現れ、自分達に命令するエステバリスのパイロットに叫んだ瞬間、

背後からグラビティーブラストが放たれる。

 

「なにっ!?」

 

だがそれはナデシコの物とは比べ物にならない程、強力な一撃だった。そのグラビティーブラストの様子はブリッジからも捉らえていた。

 

「敵2割の損耗を確認」

 

ルリが先程の多連装のグラビティーブラストによる成果を報告する。

 

「ウッソ~!?」

 

ミナトが目の前の光景に信じられないと言った様に声を上げる。

 

「…多連装のグラビティーブラストだと!?」

 

ゴートも席を立って食い入るようにその様子を見つめている。

多連装のグラビティーブラストを装備したコスモスと純白の機動兵器の登場で戦局は一変し、木星兵器は一端後退した。

木星兵器の脅威が一時去り、ナデシコは船体修理の為、ドック艦でもあるナデシコ2番艦、コスモスへと収容された。

白いエステバリスと機動兵器が戦場を縦横無尽に駆け回り、残敵を掃討しているその間に青いエステバリスがアキト機を抱えてナデシコへとやってくる。

本社との協議を終えアキトを心配したユリカ、そして新型のエステバリスの操縦者を出迎える為、ナデシコの主要メンバーもやってくる。

格納庫に着いたと同時に整備班がアキト機に取り付き、コックピットからアキトを引き摺り出している時、ウリバタケは青いエステバリスに取り付いていた。

 

「何だ!?何だ!?これは!?新型かよ!?顔が違う!ジェネレーターもコンパクト!!おまけにお肌もスベスベ~」

 

「「「一生やっていろ!」」」

 

パイロット3人娘はウリバタケの行為を異常者のように見て言い放つ。

 

「でも新型なんていつ作ったんだ?」

 

リョーコが謎の新型機に疑問を抱き、

 

「あたしらのエステちゃんが新型だって聞いていたのにね。プンプン」

 

ヒカルは自分達がだまされたと思い、不満を言う。

 

『そいつは違うな』

 

青いエステバリスのコクピットが開き、そのパイロットが姿を現す。

 

「お前は誰だ!?」

 

ウリバタケがメガホンで現れた男に呼びかける。

 

「僕はアカツキ・ナガレ。コスモスから来た男さ」

 

コクピットから飛び降り、集まったクルーの前に降り立つアカツキ。

髪を掻きあげ、ポーズを決める。

そこへ、残敵を駆逐してきた白いエステバリスがナデシコの格納庫へ着艦した。

背中や腰部には先程エステバリスの周りを飛んで、攻撃していた機動兵器がくっついている。

 

「おぁ~こいつも新型かよ!しかも今までに見たこともない兵器を搭載してやがるぜ!しかも!砲戦フレームとは一味違うずっしりとした重装なフォルム!スムーズな動作に柔軟な関節部! しかもこのサイズであれだけの高出力! おまけにお肌は真っ白でツルッツルぅ~!!」

 

今度は白いエステバリスにも張り付いて狂喜乱舞しているウリバタケ。

 

「アカツキさん、先程は助かりました。ところであの、白いエステは何なんですか?それにパイロットさんは誰ですか?」

 

ユリカ達は新型機に張り付いているウリバタケを無視し、アカツキに白いエステバリスとパイロットについて尋ねる。

 

「ちょっとは僕の方にも興味しめせよなぁ‥‥まあいい、紹介するよ」

 

そう言ってアカツキは白いエステバリスの説明をする。

 

「この機体は次世代エステバリスの試作機で開発コード『プロヴィデンス』、主力搭載兵器は無線式全方位攻防システム、通称『Dシステム』。従来のエステバリスとは全く別のコンセプトで開発された機体だよ‥‥ただあまりにも気難しいジャジャ馬なんで、今乗っているパイロットにしか扱いきないんだよね‥‥」

 

ウリバタケは依然としてこの機体に興味を示しているが、クルーの関心はそのパイロットに向けられていた。

 

「で、その肝心なパイロットは誰なんだよ、ロン毛?」

 

「…ロ、ロン毛?」

 

ことさら不機嫌な顔を作るリョーコのオーラに圧倒されるアカツキ。

 

「この機体のパイロットは元々ネルガルのテストパイロットでね、この機体もDシステムもこのパイロットが設計したものさ。それに実戦デビューしてまだ半年だけど、もう二つ名を与えられているんだよ。その名も“金色の戦乙女(こんじきのワルキュー)“って呼ばれているよ」

 

「金色の(こんじきの)‥‥」

 

「ワルキューレ?」

 

リューコとヒカルが二つ名を分けて言う。

 

「でも、なんでそんな二つ名が?」

 

メグミがアカツキに尋ねる。

 

「由来はパイロットの特徴と転戦理由かな?‥‥いつも木星兵器に押され気味の戦線に移っては常に前線の陣頭に立ち、敵を殲滅して味方を勝利に導いてきたからね」

 

「なるほど」

 

「ワルキューレってことは、パイロットの人は女性の方なんですか?」

 

ルリがアカツキに尋ねる。

 

「うん、そうだよ。おっ、どうやら降りてくるみたいだ」

 

アカツキの言葉にクルーの視線がプロヴィデンスのコクピットに集中する。

そこに現れたのは白いフルフェイスのヘルメットにヘルメット同様、白いパイロットスーツを着たパイロットだった。

 

「随分と小柄な人ですね」

 

「まぁ、女なんだし小さくても不思議じゃねぇだろう」

 

ユリカが第一印象を述べるが、ウリバタケが女と言うことで小柄なのは納得している様子。

しかし、同じ女性パイロットであるリョーコとヒカルは違和感がある様だ。

 

「でも、パイロットにしては小さすぎない?」

 

「ああ」

 

ナデシコクルーの代表としてまずユリカが前に出て挨拶をする。

 

「始めまして!あのっ、さっきはアキトを助けて貰ってありがとーございました!私は、ナデシコ艦長のミスマル・ユリカです!ブイッ!」

 

「え、えっと‥‥」

 

ユリカのテンションに戸惑っているのか、オドオドしているパイロット。

そして被っていたヘルメットを取ると、そこには皆の知っている顔があった。

ヘルメットの下には長い髪の毛をヘヤピンで纏めているコハクの姿がそこにあった。

 

「「「「コハクちゃん!!」」」」

 

ルリ以外の皆は声を上げ、驚き、

 

「っ!?」

 

ルリはコハクの顔を見て思わず一瞬試行が停止してしまった。

 

「えっと‥‥その‥‥皆さん‥ただいま‥‥」

 

バツ悪そうに挨拶をするコハク。

 

「ルリちゃん?」

 

そこにユリカを押しのけ、ルリがコハクへと近づく。

ユリカは普段のルリっぽくない雰囲気を感じ、恐る恐るルリに声をかけるが、ルリはそれを無視して、コハクの前に立つ。

そして‥‥

 

パンッ!!

 

乾いた音が格納庫に響いた。

ルリがコハクの頬を思いっきり引っ叩いたのだ。

しかも目には涙を浮かべている。

叩かれたコハク自身もそれを見た格納庫にいる全員も唖然とした。

 

「ふざけないで!!勝手に危険な事をして!!私がどれだけ心配したと思っているんです!?それにロボットに乗って戦場に出るなんて!!なんで‥‥なんで、そんな無茶を‥‥なんで!?」

 

「‥ゴメン‥ルリ。でも、あの時はああするしかなかった‥‥そうしないと皆が死んでいた。僕はナデシコを‥ルリを守るために‥‥」

 

コハクがそこまで言うと再び格納庫に乾いた音が木霊する。

 

パンッ!!

 

「ふざけないでっ!!」

 

ルリは再びコハクの頬を引っぱたき、生涯にして初めてじゃないかと思うぐらいの大声をはりあげ、コハクの言葉を遮断した。

そして両手でコハクの胸倉を掴む。

 

「私は今まで、コハクに守ってもらおうと思った事なんて無いっ!!ナデシコを‥私を守るため!?ええ、確かにナデシコも私も無事です!!でもっ!!でもっ!!私を無視して勝手なことを言わないでっ!!」

 

「‥‥」

 

コハクは何も言えない。

いや、言えるはずがない。

この場合何を言っても‥謝っても今はルリを傷つけるだけだ。

ナデシコを‥ルリを守った代償に、そのルリの心を傷つけた。

その事実を痛感しているだけに、何も言えない。

 

「何か言いなさいよ!!何か言い訳してよ!!ぐすっ、ぐすっ……ばか!コハクのばか!‥‥いっしょに、なかま、おなじ、ひとが、いて、うれし、かった……の、だから……いっしょに……いた、い……のに……私を無視して勝手なことを!!」

 

ルリは泣きながら、今までの悲しみと不安を全て怒りに変えてコハクにぶつけた。

 

「危ないことをして‥‥勝手なことをしてごめんなさい‥姉さん‥‥」

 

コハクがルリを「姉さん」と呼んだのはこれが始めてである。

始めて姉さんと呼んでみると、心の奥が暖かくなるような、そんな感じすらした。

 

「‥僕を‥こんな僕を妹と‥‥家族と言ってありがとう」

 

「‥‥」

 

ルリは一応、泣き止んだようだがまだとても怒っている。

 

「ぐずっ………姉を泣かす悪い子にはお仕置きです」

 

そう言ってコハクの手を引き、ルリは格納庫を後にした。コハクも無抵抗のままルリに引かれていった。

 

「成程、彼女がナデシコに帰りたくても帰りたくない理由ってのが、分かった気がするよ」

 

アカツキはルリによって引かれていくコハクの後姿を見ながら呟いた。

その後姿は味方に勝利をもたらしてきた戦乙女の面影は全く無く、姉に怒られている年相応の少女の姿だった。

 

 

~デシコ ブリッジ~

 

「アカツキ君の言う通り、少なくとも火星での戦いから地球時間で八ヶ月が経過しているのは事実ね」

 

ブリッジに集まったクルーにイネスが電子黒板を使い説明を始める。手には指示棒を持ち、ご丁寧に頭には博士帽を被っている。

 

「ちなみに、その間にネルガルは連合軍と和解し、新しい戦艦を作って月面奪還作戦を展開中。で、私の見解では…」

 

「あー、まあまあ…。細かい所はまたの機会に」

 

イネスの説明が長くなりそうだと直感したプロスペクターが話に割って入る。

説明を途中で遮られ、イネスは面白くないといった表情を作るが、プロスペクターは気にする様子もない。

 

「で、ネルガル本社は連合軍と共同戦線をとるという事になりまして…ね、艦長?」

 

「…はい、それに伴いナデシコは地球連合軍・極東方面艦隊に編入されます…」

 

ユリカが沈んだ表情でプロスペクターの言葉を受け継ぐ。

 

「「「「「「「ええ~っ!?」」」」」」」

 

その言葉にクルーの間からどよめきが上がる。

 

「私達に軍人になれっていうの?」

 

ミナトが険しい表情でユリカとプロスペクターを見つめる。

 

「そうじゃないよ。ただ、一時的に協力するってだけさ」

 

アカツキがミナトの手を取る。

 

「誰?あんた?」

 

ミナトは自分の手を取っているキザな男に名を聞く。

 

「アカツキ・ナガレ。コスモスから来た男さ‥‥まぁ、さしずめ自由の旗の下宇宙を流離う海賊みたいなもんさ‥‥ホント…君みたいな人に無骨な軍隊は似合わないんだけどね」

 

「…火星は?」

 

ミナトはアカツキの手を振払い、詰問口調で続ける。

 

「…そうだよ。火星は…火星は諦めるんっスか!?」

 

ミーティングが始まって以来、俯いたままだったアキトが顔を上げる。

 

「もう一度乗り込んで勝てますか?」

 

「それは…」

 

「勝てなくても、何度でもぶつかる等という事に何の価値もありませんし、当社としてもそのような損害は負い兼ねます」

 

プロスペクターの言葉に再び俯くアキト。

 

「…戦略的に見れば、連合軍と手を組むのが妥当かもしれない」

 

「俺達は"戦争屋"ってか~!?」

 

「それが嫌なら降りればいいじゃないか。給料貰ってさ」

 

ジュン、ウリバタケ、アカツキの言葉をアキトはただ俯いて聞いていた。

 

「…で、コハクはどういう事なんだよ?何でアイツがエステのパイロットなんてやってんだ?」

 

話が一段落した所でリョーコが口を開く。

 

「コハク君はナデシコが火星で消息を絶って一週間くらいした頃、突然ネルガルに現れたんだよ。火星からどうやって脱出したのかは僕も聞いてない。その後、さっきも言ったとおりコハク君はネルガルで、エステバリス・カスタムとプロヴィデンスの設計・開発、それとテストパイロットをしていたんだ」

 

「で?コハクはこの後もエステのパイロットを続けるのか?」

 

リョーコがコハクにこのままアキトの様にサブオペレーターを兼任しつつエステバリスのパイロットをやるのかを聞き、

 

「そうですな、その方が戦略的にも有利ですし、どうです?サブオペレーター兼任ということで‥‥お給料も危険手当等がつきますので、今よりももっと上がりますよ」

 

プロスペクターがコハクにこのままエステバリスのパイロットを継続させようとすると、

 

「ダメです!」

 

ルリがそれを却下する。

 

「しかし‥‥」

 

「ダメです!」

 

「ですが‥‥」

 

「ダメです」

 

「でも‥‥」

 

「ダメです」

 

「‥‥」

 

「ダメです」

 

ルリはあの交渉術に秀でたプロスペクターに有無を言わせずコハクがエステバリスのパイロットになることを阻止した。

 

 

 

・・・・続く

 

 

 





※今回コハクが搭乗したエステバリスの外見はその名前の通り、ガンダムSEEDに登場したプロヴィデンスガンダムをベースに大きさはエステバリスより一回り大きく、顔の部分は、スーパーロボット大戦OGシリーズに登場したゲシュテルベン改2号機の顔をイメージして下さい。


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第12話

 

 

 

 

 

 

 

~地球圏 月軌道付近~

 

現在ナデシコはナデシコ2番艦、コスモスに収容され、火星で傷ついたその船体を修理中。

火星からの救助者もコスモスに移乗し、ナデシコの修理が終わり次第、コスモスは火星からの救助者を乗せて地球へ帰還する予定である。

そして木星蜥蜴の攻撃も現在は休止中なのでパイロットは束の間の休息を取っていた。

そんな中、アキトは部屋でゲキガンガーのビデオを見ていたが、そこへアカツキが来てアキトを挑発する。

売り言葉に買い言葉でアキトは誘われるままトレーニングルームでアカツキと無重力バスケをやることになった。

慣れない無重力環境の中でバスケをやると言う事で悪戦苦闘するアキト。

そこにルリからのお仕置きを終えたコハクも乱入し状況は一転、最終的にコハクの1人勝ちとなった。

無重力バスケの試合終了と同時に木星機動兵器の襲来があり、エステバリス隊は直ちに迎撃に向った。

 

「深追いはするな!」

 

先程の戦闘の事もあり、ゴートがパイロット達に注意を与える。

 

「「「「「了解!」」」」」

 

パイロットの返事が綺麗に重なる。

 

「フォーメーション、鳳仙花で散開!」

 

リョーコの合図に各機が散開する。だが、アキトはまたしても反応が遅れてしまう。

フォーメーションから外れたアキト機にバッタが殺到する。

 

『おいおい、テンカワ君。何をやっているんだい?…まあ、君らしい実に安全で良い戦い方だ』

 

アカツキがからかうような口調でアキトに通信を開く。

 

『うるさい!!俺は戦いを好きでやっているんじゃない!!』

 

『だったら何でナデシコに乗っている!?』

 

『っ!?』

 

アカツキの言葉にアキトの目が見開かれる。

アカツキの問いを聞いて機動を止めてしまったアキト機。

そこへ真正面からバッタが突っ込んでくる。

アキト機はそのバッタを受け止め、殴りつける。

 

『ちっくしょぉぉぉっ!いいじゃないか、乗っていても!!』

 

何度か殴りつけた時、バッタのスラスターが壊れたのか、アキト機を中心に回転を始め、明後日の方向に飛んでいく。

 

『おい、テンカワ!!バッタを離せ!!』

 

『聞いてないね。アレは‥‥』

 

リューコがアキトに通信を入れるがアキトはパニック状態になっており、リョーコの言葉が耳に入っていないようだ。

 

『うわぁぁぁぁぁっ!!』

 

アキトはバッタを抱いたまま月の裏側の彼方に消えていった。

当然、ナデシコの重力波ビームの圏外であり、エステバリスは外部外部活動用の補助バッテリー運転となる。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

『遭難!?』

 

アキトの現状にブリッジ要員は思わず声を上げる。

 

「それで、テンカワは自力で戻って来れるのか?」

 

ゴートがウリバタケに尋ねる。

 

「無理だな。ナデシコからの重力波ビームが切れるって事は、エステの補助バッテリーで飛ぶしかない訳で…まっ、5分も飛んで終わりだ」

 

アキトも恐らく補助バッテリーに変えているだろうが、5分経っても戻ってこない所を見ると、アキトはかなり遠くへと飛ばされた事になる。

 

「遭難した時はその場から動かないって言うのが常識だから、テンカワ君もそうしているさ、きっと!」

 

暗い顔をしていたメグミを元気づけるようとジュンが声をかける。

 

「そーよ、リョーコちゃん」

 

「…うん」

 

ミナトも同じように暗い顔のリョーコを慰める。

リョーコとしてはあの場に居ながらアキトを救えなかったと言う悔しさがあった。

 

「現在、テンカワ君の現在位置はこの辺りだと推測される。こっちから近づければ帰還の可能性は大ね」

 

イネスが戦術画面を表示させる。

 

「しかし、ナデシコは現在修理中でして…この状態で出撃しては恰好の的です」

 

プロスペクターも弱り切ったという顔で告げる。

修理中でナデシコはフィールドも武器もその殆どが使用不能。

当然、ナデシコを収容しているコスモスも動けない。

エステバリスも航続距離の問題でアキトを迎えに行くのも不可能。

沈んだ表情を浮かべていたユリカだったが、すぐに顔を上げるとアカツキに尋ねる。

 

「アカツキさん、コスモスにノーマル戦闘機ってありますか?」

 

「あるけど…どうするんだい?」

 

アカツキが不思議そうにユリカに聞き返す。

 

「アキトを迎えに行きます!!」

 

意気込みながらポーズを決めるユリカ。

しかし、

 

「駄目です!」

 

ユリカの提案を即座に否定したのはコハクだった。

 

「ええ~!!どうしてぇ~?コハクちゃんはアキトの事が心配じゃないの!?」

 

ユリカがコハクに頬を膨らませて抗議する。

 

「勿論心配しています。ですが、主力が退却したとはいえ、この辺りにはまだ木星兵器がうろついているんですよ?そんな中、準備もなしに行けば二重遭難の危険性があります」

 

「うぅ~‥‥」

 

コハクの正論に黙り込むユリカ。

 

「じゃあ、テンカワの奴を見捨てるっていうのかよ!?」

 

ユリカに代わりリョーコが叫ぶ。

 

「見捨てる訳がありません。アキトさんは僕がプロヴィデンスで迎えに行きます」

 

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

全員の目線がコハクに集中する。

 

「でもコハクちゃん、エネルギー供給はどうするの?エステじゃ、アキトの所までは行けないよ?」

 

ユリカがコハクにさっきウリバタケが言っていたエネルギー問題について聞いてきた。

ナデシコは、今は修理中なので動かす事は出来ない。

同様にコスモスもそれは同じだ。

重力波ビームの届かないところでは補助バッテリーで動かすしかないが、先程ウリバタケがったように補助バッテリーのエネルギーでは、アキトの居る宙域まで行けても戻って来る事が出来ない。

増槽を着けたノーマル戦闘機ならば、アキトの下へ行けるだろうけど、装備されている武装や機動性が木星兵器相手ではどうも頼りない。

 

「それなら大丈夫です。プロヴィデンスの背中についているDシステム搭載ユニットを外して外部エンジンユニットを着ければナデシコから離れても4時間は動けます。さっ、ウリバタケさん。ユニットを変換するのを手伝いますからさっさと格納庫へ行きましょう。今は1分1秒も時間は無駄にできませんから」

 

「お、おう‥‥でも、いいのか?」

 

「ん?何がですか?」

 

ウリバタケは何故か顔を引き攣らせてコハクに問う。

しかし、コハクは何故、ウリバタケが顔を引き攣らせているのか分からない。

コハクがウリバタケを連れて格納庫へ行こうとすると、コハクは背後からガシッと肩を掴まれた。

 

「っ!?」

 

コハクが恐る恐る振り向くとそこには電子の鬼(ルリ)がいた。

 

「‥さっき私が言ったことをもう忘れたんですか?‥‥危ないことはもうしないって言ったばかりじゃないですか‥‥どうやら、お仕置きが足りなかったみたいですね‥‥」

 

底冷えする様な冷たい声でルリはコハクに詰め寄る。

此処に来てコハクはようやくウリバタケが何故、顔を引き攣らせていた訳が分かった。

 

「あ、あわわわわ‥‥で、でも今回はアキトさんを助けに行かないといけないし‥‥必ず戦闘があるとはかぎらないし‥‥そ、そうですよね?艦長?」

 

コハクが縋る様にユリカに振る。

 

「そ、そうだよ。ルリちゃん、今回はアキトを助けに行くだけだから‥‥」

 

艦長であるユリカもルリの迫力に押され気味である。

だが、コハクがいかなければアキトが死んでしまう恐れがあるので、此処は何としてでもルリを説得してコハクにアキトの捜索に出てもらいたかった。

 

「はぁ~‥‥わかりました。でも、今回だけですよ」

 

ルリも人の命が関わっていると言う事で今回はコハクの出撃を認めた。

 

「「「「「はぁ~」」」」」

 

周囲が緊張の呪縛から開放され、深い溜息を吐く。

 

「そんなに彼女のことが心配ならルリ君。君も一緒に行けばいいじゃないか。確かプロヴィデンスにはパイロットの他に人が乗れるぐらいのサブスペースがなかったっけ?」

 

ニヤリとアカツキが笑いながらルリにコハクと一緒に行けばいいと提案する。

アカツキは明らかに面白そうに言っている事が窺える。

それを聞き、獲物を狙う肉食獣の様な目つきになる2人の人物がいた。

 

「「コハク!!(ちゃん!!)」」

 

「はぅ!?」

 

生体兵器なのに肉食獣の様なユリカとルリの2人の視線にあてられて子羊のように怯えるコハク。

彼女の眼前には凄絶な笑顔を浮かべたユリカと氷のような無表情をしたルリがいた。

 

「な、なんでしょう‥‥?」

 

「「私を一緒に連れてって!!」」

 

ユリカとルリの声が重なり、そして2人は顔を合わせると、互いにその目から火花が出ているように見えた。

 

「アキトは私の王子様だから私がお迎えとして着いていくのが当たり前です!!それにルリちゃんはまだ、子供でしょう?まだ木星兵器がうろついている所なんて危ないよ!!だから、此処は私に任せて!!」

 

「テンカワさんの捜索には私のオペレート能力が1番役に立つはずです。それに私はコハクの姉です。妹1人を危険な場所には連れて行けません」

 

コハクの頭の上で交わされる激論。

コハクは誰かに助けを求めてブリッジにいる皆に視線を向けるが、誰も目を合わせてくれない。

それは言い出しっぺのアカツキも同様だ。

援軍は見込めない。

それに事態は一刻を争う。

そこで、2人の隙をついてこの場からの脱出を此処と見ようとするが、コハクはあっさり見つかり呼び止められる。

 

「「コハク(ちゃん)何処に行く(のかな)(んですか)?」」

 

仁王立ちする2人の前に引き据えられ床に正座させられるコハク。

 

「お、おいそれよりも早くテンカワの奴を助けに行ったほうがいいんじゃねぇか?」

 

ウリバタケが正論を持ち出し、コハクを助けようとするが、

 

「「ウリバタケさんは黙って(て!)(っていてください!」」

 

「お、おう‥‥(うひゃ~おっかねぇ‥‥)」

 

2人の猛攻の前にあえなく撃沈。

 

「こうなればパイロットであるコハクに決めてもらいましょう」

 

このままで無駄に時間を費やすと言う事でルリがコハクにパートナーを選んでもらおうと提案する。

 

「そうね、そうしましょう」

 

「えっ?」

 

ルリの提案にユリカも賛成し、コハクは苦渋の決断を迫られることとなった。

 

「ね、念のために聞くけど、僕1人で行くって選択肢は‥‥?」

 

「「ありません!!」」

 

「あぅ~」

 

コハクの提案はあっさりと却下された。

 

「「さっ、コハク!(ちゃん!)どっちを選ぶの!?」」

 

決断を迫る2人にコハクは、

 

「じゃ、じゃあ‥‥じゃんけんで‥‥」

 

と、弱々しく提案したコハクであった。

 

 

~ナデシコ 格納庫 重力カタパルト~

 

背中のDシステム搭載ユニットから外部エンジンユニットに換装されたプロヴィデンスがナデシコの重力カタパルトに設置された。

 

「…どうしたんです?さっきから随分と大人しいですけど?」

 

コハクは振り向いてサブスペースに乗っている人物に声をかける。

 

「…う、うん、コハクちゃん‥その‥‥ごめんね‥‥」

 

パイロットスーツを纏ったユリカがサブスペースから顔を覗かせて、突然コハクに謝る。

 

「えっ?どうしたんです?急に謝ったりなんかして?」

 

「コハクちゃん、ホントはルリちゃんと行きたかったんじゃないかと思って‥‥」

 

「そんな事ないですよ。それにアキトさんもユリカさんが来てくれた方が嬉しいと思いますよ♪」

 

コハクの言葉にユリカの顔がパッと輝く。

 

「そうだよね!?コハクちゃんもそう思うよね!?アキトは私が大好きだもんね♪」

 

「はい♪それでは‥‥」

 

『いってらっしゃい…』

 

突然、ルリが空間ウィンドウに現れたかと思うと、カウントダウン無しでカタパルトが起動する。

 

「えっ?ルリ‥‥うわぁぁぁぁー!!」

 

「ひょぇぇぇぇぇっ!!」

 

コハクとユリカの悲鳴が重なり、2人の乗ったプロヴィデンスは宇宙へと射出もとい放り出された。

 

「ふぅ~…」

 

コハクとユリカの悲鳴を聞きながら、ルリはブリッジで溜め息を吐く。

 

「ルリルリ‥ちょっとやり過ぎなんじゃない?」

 

ミナトが自分のシートでカウントダウン無しでいきなりプロヴィデンスを射出したルリの暴挙に顔を引き攣らせる。

 

((絶対、ルリちゃんだけは怒らせないようにしよう…))

 

それはその場に居合わせたクルーの総意でもあった。

 

 

~月軌道 アキト機 コックピット~

 

アキトはさっきの無重力バスケでの経験からエステバリスのパーツを外す爆発ボルトの反作用を利用してナデシコへ帰還しようとしていた。

 

「あんなのがヒントになるなんて、まるでゲキガンガーみたいだな…」

 

ある程度の加速が得られたところでソーラーセイルを開き、さらに加速を得る。

だがそれでもアサルトピットに残された酸素がナデシコのセンサー範囲に到達するまで保つかどうかは微妙だった。

 

(何やってんだろうな…俺…皆に迷惑かけてばっかりで‥‥)

 

溜め息を吐くアキト、そして1人でいる孤独感からネガティブな考えと陥る。

 

「…俺、ナデシコに居ない方がいいのかな…?地球に帰れたら、ナデシコを降ろして貰おうかな…」

 

アキトがそう決意を固めつつあった時、センサーに突然機動兵器とおぼしき機影が現れる。

 

「っ!?敵か!?」

 

今の状態じゃ文字通り手も足も出ない、アキトにとって絶体絶命のピンチであったが突然通信回線が開き、聞き覚えのある声と見慣れた顔が映る。

 

『アキトさん』

 

『アキト~!助けに来たよ~♪』

 

『ユ、ユリカそれにコハクちゃんも!!』

 

空間ウィンドウに現れた2人のいつもと変わらぬ笑顔が今のアキトには辛かった。

 

「お前等…どうして…?」

 

コハクはアキトの様子がおかしい事に気付く。

 

「どうしてって…コハクちゃんのプロヴィデンスなら重力波ビームの圏外でも活動できるから…」

 

ユリカはそれに気付かず、助けに来た方法を説明しようとする。

 

「違う!!どうして俺なんかを助けに来るんだよ‥‥まだ木星兵器が居て危険なのに…どうして俺なんかの為に‥‥」

 

最後の方はかぼそく呟くように言うアキト。

 

「アキト…」

 

アキトの声が震えている事に気付き、ユリカも様子がおかしい事に気付く。

牽引ワイヤーでアキトのエステバリスを牽引してナデシコへ帰還する最中、

 

「アキト、一体どうしちゃったのかな…?」

 

「‥‥」

 

ユリカが心配げに呟く。

コハクは何も答える事無くプロヴィデンスを操縦している。

無理もない月での戦闘で皆に迷惑を掛け、克服したと思っていた木星蜥蜴に対する恐怖がまた再発したのだから。

暫くの間沈黙の時間が続いたが、不意にアキトがコハクに尋ねてきた。

 

「‥‥コハクちゃん‥‥1つ聞いてもいいかな?」

 

「何です?」

 

「火星でコハクちゃんは『大切なモノの為に』って言っていたけど、それって何?」

 

「‥‥」

 

アキトのその言葉を聞いてコハクはゆっくり息を吐いて語りだす。

 

「‥‥アキトさん、今から聞くことは他言無用にしてください‥‥ユリカさんも‥‥」

 

「あ、ああ」

 

「いいけど‥‥」

 

「僕には生まれてからつい最近までの記憶がありません‥‥いや、それ以前に僕は人間ではありません‥‥」

 

「「っ!?」」

 

突然人間じゃないといわれ息を呑む2人。

 

「それってどういうこと?」

 

ユリカがその言葉の意味を聞く。

 

「‥‥僕はクローン技術とナノマシーン技術を使って作られた‥‥生体兵器です‥‥」

 

アキトとユリカはショックの余り、口が聞けなかった。

生体兵器‥そんなものはアニメ・漫画や映画、ゲームの中の産物だと思っていた。

でも、コハクは今、はっきりと自分は人ではなく生体兵器だと告白する。

 

「事情を知らなかったとはいえ、ナデシコの皆は僕を『ヒト』として受け入れてくれた…。そして、ルリは事情を知った後も僕のことを妹と‥‥家族と言ってくれた‥‥以前ユリカさんが言っていたようにナデシコは"僕が僕でいられる"唯一の場所なんです‥‥だから僕はナデシコが好きです」

 

「‥‥」

 

「コハクちゃん‥‥」

 

「…アキトさん‥アキトさんはナデシコ、好きですか?」

 

コハクはアキトにナデシコについて尋ねる。

 

「えっ?‥‥ああ、好きだよ」

 

アキトは少し考えた後、ナデシコに対する自分の感想を述べる。

 

「だったら、それでいいじゃないですか。自分の好きなモノを‥‥大切な場所を守るために‥‥アキトさんが戦う理由‥‥アキトさんがナデシコに乗り続ける理由がそれじゃあいけませんか?」

 

コハクの言葉を聞いてアキトが肩を震わせる。

 

「‥‥ユリカ‥‥俺はナデシコに乗っていてもいいのかな?‥‥こんな俺にもナデシコを‥‥自分が自分らしくいられる場所を守れるかな‥‥?」

 

「もちろんだよ、アキト!!アキトは私の王子様だもん!!絶対、絶対出来るよ!!それに、ほら!!」

 

ユリカの声と共に、白い船体が3人の前に現れる。

 

「‥‥ナデシコ?何でここに!?修理中じゃなかったのか!?」

 

アキトが驚いて叫ぶ。

 

「「「「「「「アキト~!!(テンカワ~!!)無事か~!」」」」」」」

 

アキト機のコクピットがクルー達の空間ウィンドウで埋め尽くされる。

アキトの瞳から思わず涙が零れ落ちる。

 

(‥何だ‥‥俺の大切なモノ、守りたいモノはこんなに近くにあったんだ‥‥)

 

(それにガイも地球の為に‥‥ナデシコを守る為に戦いたかった‥‥でも、あいつは戦争をしたかったわけじゃない。ただ、自分の大切なモノを守るために戦っていた‥‥俺もガイやコハクちゃんの様に自分の大切なモノ、大事な場所を守る為に戦う!!)

 

そう決意したアキトはナデシコ残留を決めた。

図らずもアキトは瓢提督の言葉の意味を無自覚で理解していた。

 

「まさか、修理中のナデシコで救助に行くと言い出すとは思わなかったな」

 

アカツキが騒がしいブリッジの中で呟く。

ユリカの代わりに艦長席で指揮を取っていたジュンが

その呟きを聞き、アカツキに答える。

 

「何と言うか、彼がいないと面白くないんですよね。僕も、皆もね」

 

そう言ってジュンはアカツキに微笑む。

 

「やれやれ、皆お人好しだねぇ~」

 

首をすぼめるアカツキだが、その声にも喜びが混じっている事に気付いたジュンであった。

アキトを無事救助後、ナデシコは再びコスモスに収容され、ユリカ達がナデシコの格納庫の一角にある更衣室で着替え終わると、プロスペクターから重大発表があるのでブリッジに至急戻ってほしいと言われ、ユリカ達は急いでブリッジへと上がった。

ブリッジに上がるとプロスペクターが重大発表の内容を集まったクルーに説明する。

 

「えぇ~本日よりナデシコに派遣された新しい提督とクルーをご紹介します」

 

するとブリッジのドアが開き入ってきた人物を見て皆は目を丸くする。

 

(あれだれだっけ?)

 

(さあ?)

 

(どっかで見たことのある顔だよね‥‥)

 

(確かアイツだ!)

 

(ねえねえ、誰なの?あの人?)

 

(オレが知るかよ)

 

意外な人物の登場にざわめくクルー達。

一部のクルーは面識のない者もいたが、それでもその思いは1つだった。

 

(((((((キノコだ!)))))))

 

「えー、今日からナデシコに乗って頂く事になりました、ムネタケ・サダアキ大‥‥」

 

「‥‥むっ?」

 

プロスペクターが大佐と言おうとするとムネタケがプロスペクターを半眼で睨み着ける。

 

「失礼しました。ムネタケ・サダアキ"提督"です」

 

「「「「「「「提督~!?」」」」」」」

 

呆気に取られる一同。

当のムネタケは両手でピースサインを作り、さかんに自らが提督である事をアピールしている。

この八ヶ月の間にムネタケは大佐から少将へ昇進し、『閣下』と呼ばれる地位に就いていた。

その彼が再びナデシコへと派遣された。

しかも提督として‥‥。

そしてもう1人、ムネタケの隣に居た黒髪の女性が1歩前に出て挨拶をする。

 

「エリナ・キンジョウ・ウォン、副操舵士として新たに任務に着きます」

 

「何で会長秘書が乗ってくるんでしょうねぇ‥‥」

 

エリナの背後でプロスペクターがボソッと呟く。

 

 

~ナデシコ 秘匿通信室~

 

「まさか、本当にナデシコに乗って来るなんてね。てっきり質の悪い冗談だと思っていたわ‥‥」

 

エリナがコンソールに向き合ったまま、背後に立つ男に話しかける。

 

「コハク君にも似たような事を言われたよ。でも、僕はいつでも本気だよ。それとも、迷惑だったかな?」

 

「ええ、とっても‥‥これね‥‥」

 

「これかい?」

 

スクリーンにはアキトが自室でゲキガンガーのビデオディスクを見ている様子が映し出されている。

 

「これが火星で観測されたテンカワ・アキトの生体ボソンジャンプの瞬間よ」

 

エリナがそう言うと、アキトの姿は部屋から展望室へと一瞬で移動した。

 

「フフフフ、いいわ‥‥彼‥‥」

 

「ようやく見つけたアダムってところかな?」

 

2人は怪しげな笑みを浮かべ、モニターを見ていた。

 

 

その夜、ユリカはアキトと通路でばったり出くわした。

アキトの手にはナデシコ食堂で使用しているオカモチがあり、その中には湯気を立てるラーメンが入っている。

 

「あれ、アキト?どこ行くの?」

 

「コハクちゃんの所、今日のお礼にね」

 

「フフっ、アキトらしいね。私も一緒に行ってもいい?」

 

「ああ、いいよ」

 

ユリカとアキトは連れ立って歩き出した。

やがてルリとコハクの共同部屋の前に来ると部屋の中からなにやら声が聞こえる。

 

「い、いや……やめて……ルリ…お願いだからもう、許して‥‥」

 

部屋の中からコハクがルリに許しを請う声が聞こえる。ただその声がなんとなく色っぽく聞こえる。

ユリカが部屋のドアに手をかけると部屋は鍵がかかっておらず開いていた。

不審に思ったアキトとユリカは顔を見合わせると、部屋の中へと入った。

 

「な‥んで‥‥お仕置きなら、昼間あんなに‥‥」

 

電気もつけていない暗い部屋で、ルリは仰向けになったコハクの上に跨っていた。

そして2人の姿はなんとも扇情的な姿だった。

下はスカートを履かず下着一枚、上はシャツのボタンを全開にした状態の2人の少女がベッドの上で戯れていた。

年齢か胸の大きさのせいか彼女達はまだブラを着けていないので、互いに乳房が丸見えである。

 

「あれは八ヶ月の間危ないことをしていたお仕置きです。今からのは火星の時と‥‥私より身長も胸も成長した罰です」

 

ルリがサディスティック的な笑みを浮かべる。

確かに八ヶ月という長い月日を外で送っていたコハクはルリよりも身長と胸の大きさが著しく成長し、反対にチューリップの中で八ヶ月という長い月日を僅か数日間の感覚しかなかったルリは全然成長をしていない。

 

「そ、そんなっ!?前半はともかく後半はルリのひがみじゃ‥‥」

 

「‥‥」

 

コハクはルリの顔を見て「やってしまった」と言う顔になる。

 

「あっ、いや、冗談です!!ごめんなさい!!口が滑りました!!ゆ、許して!!ルリ!!」

 

「許しません」

 

ルリがコハクの胸を手で強く揉み、もう片方の乳房に口をつけ、赤ん坊が母親の母乳を飲むかのように吸いつく。

 

「や、やめ‥‥ル‥ルリ‥‥ルリ‥‥」

 

ルリの行為にコハクは顔を赤らめながらルリの名前を呟く。

しかし、コハクの力をもってすれば、ルリぐらい簡単にねじ伏せる事は可能なのだが、コハクはそれをやらない。

いや、性格にはやれないのだ。

強力な力を持つ生体兵器の筈のコハクなのだが、ルリが相手だとどうしても力が出ないのだ。

その為、コハクはルリに無抵抗で彼女にされるがままの状態となっている。

ルリとコハクのとんでもない場面に出くわしてしまったユリカとアキト‥‥

2人とも顔は既に湯で蟹状態だ。

 

「あっ!アキトさん、ユリカさん!た、助けてください~!!」

 

ユリカとアキトの存在に気付いたコハクが助けを求めてくる。するとルリはコハクの胸を揉んでいる手を止め、口をコハクの乳房から離し、ゆっくりと2人の方へ顔を向けた。

 

「‥‥見ましたね~?」

 

暗闇の底から獲物を引きずりこむような声で2人に聞くルリ。(部屋も暗いので怖さ倍増)

すると真赤な顔から一転ユリカとアキトの顔が真っ青になる。

 

「うわぁぁぁー!!」

 

「ひょぇぇぇ~!!」

 

「アキトさーん!!ユリカさーん!!」

 

2人は悲鳴をあげ、その場から慌てて逃げた。

後ろからはコハクの悲痛な声が聞こえるが、2人には戻ってコハクを助ける勇気はなかった。

 

「「ゴメン、コハクちゃん」」

 

アキトとユリカは本人がいないいにもかかわらずコハクに謝るが、今のルリを敵に回してはいけない。

本能的にそう告げていたからだ。

余談であるが、アキトがコハクの為に作って来たラーメンはちゃんと無駄にすることなくユリカが食べた。

 

翌日、アキトとユリカは昨夜のことは悪い夢だと思い通常業務に徹していたが、通路でルリと擦れ違うとルリがボソッと小さく2人に囁いた。

 

「昨夜のことを他の人に言ったら‥‥わかっていますよね?」

 

「「っ!?」」

 

この一言に改めてルリの恐ろしさを噛み締めたアキトとユリカであり、2人はその場で勢いよく首を縦に振った。

ルリのお願い(脅迫)のおかげで今回は噂が流れなかったが、被害者のコハクはというとアキトとユリカに恥ずかしい姿を見られた為、また引き篭もり生活に逆戻りしていた。

 

 

 

・・・・続く



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第13話

更新です。


 

 

 

 

 

ある日の夜、アキトは昔の‥火星に住んでいた頃の夢を見た。

その日、アキトは近所のガキ大将とケンカをして負けた。

そして川原で1人、悔し涙を流していると、そこへユリカがやって来た。

 

「アーキート、どうしたの?ポンポン痛いの?」

 

自分を心配してくれるユリカであったが、今のアキトには煩わしい存在でしかなかった。

 

「うるさい‥‥あっちに行け‥‥」

 

喧嘩に負けて泣いている自分の姿を見られたくないアキトはぶっきらぼうに言ってユリカを拒絶する。

これがただの八つ当たりである事はアキト自身も十分理解している。

でも、男の子として自分のこんな情けない姿を女の子であるユリカにこれ以上見られたくない。

ユリカに変な心配をかけたくない。

そう思うとますます自分が惨めな存在だと感じて、アキトは膝を抱えてしまう。

でもその声の主はやさぐれている自分に対して優しく語りかける。

 

「ねぇ、元気の出るおまじないしてあげよっか?」

 

「えっ?」

 

のぞき込むユリカの顔。

そんなユリカの態度に思わず顔を上げるアキト。

 

「な、なんだよ?元気の出るおまじないって‥‥」

 

「アキト‥‥目、閉じて‥‥」

 

「?」

 

ユリカに言われるまま目を閉じるアキト。

すると、

 

チュ‥‥

 

不意にアキトの唇に何か柔らかい物が押し付けられた。

目を開けてみるとユリカがアキトにキスをしていたのだ。

子供でもこれが恥ずかしい行為だと認識は出来る。

 

「お、お前何を!?」

 

アキトは慌ててユリカから飛び退く。

 

「あははは、元気が出た♪」

 

突然キスをされて動揺するアキトであったが、そんなアキトにお構いなしに飛びつくユリカ。

そして再びアキトの唇にユリカの唇が押し付けられた。

 

「うわぁぁぁー!!」

 

アキトが飛び起きるとそこは火星の川原ではなくナデシコの自分の部屋‥‥。

当然、ガイが死んでからはアキト1人の部屋となっているので、部屋にはアキト以外誰も居ない。

 

「はぁ~もう10年以上も前の事なのに‥‥」

 

アキトは深い溜め息をついた後、自分の唇に手を当て、夢の中の‥‥10年前の思い出の感傷に浸っていた。

でも、何時までも感傷に浸っている訳にもいかない。

もうすぐ勤務時間となる。

アキトは顔を洗う為に手洗い場へと行き、顔を洗っていると、エリナから通信が入る。

 

『早くしないと提督が来ちゃうわよ』

 

「あっ、俺あいつ苦手なんでパスっす」

 

『ヤマダ少尉の事件の事、まだ疑っているの?あれは既に犯人も自首して裁判も終わった事件よ』

 

「分かっていますけど‥‥」

 

アキトにとってガイの事件は何か腑に落ちない点があった。

ムネタケが未だにあの事件と何か関わりがあると思うと、彼の事を完全に信頼は出来なかった。

 

『貴方が来ないとまた艦長がアレコレ気にするわよ?』

 

「なんですか!?ソレ!?」

 

ユリカの事を言われ慌ててエリナの方へと振り向く。

 

『別に、じゃあね』

 

言う事だけ言ってエリナは通信を切った。

アキトはムネタケを信じてはいないが、確かにエリナの言う通り、自分が姿を見せないとユリカが部屋にまで押しかけて来そうなので、渋々ブリッジに上がることにした。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「いきなりで悪いけど、命令よ」

 

ナデシコの主要クルーをブリッジに集めたムネタケが徐に口を開き命令を下す。

 

「提督」

 

ただ、ムネタケが命令を下す前にユリカが意見を述べる。

 

「なぁに、艦長?」

 

「ネルガルは軍と協定を結んだとはいえ、命令いかんによっては我々に拒否権が認められています」

 

「まぁ、一応はね」

 

「本艦クルーの総意に反するような命令に対しては、このミスマル・ユリカが艦長として拒否致しますのでご了解下さい」

 

「戦うだけの手駒にはならないって事ね」

 

「はい」

 

ユリカが決意を宿らせた眼差しで頷く。

 

「おあいにくさま、アナタ達への命令は戦う事じゃないわ」

 

「はぇ?」

 

戦闘か無理難題を押し付けられると思っていたユリカだったが、今回の任務は戦闘ではないと言う事で思わずキョトンとした表情を浮かべる。

 

「今回の任務は、敵の目をかいくぐって救出作戦を成功させる事よ」

 

扇子を開きながら今回、軍上層部から下された命令の内容を伝えるムネタケ。

 

「「救出作戦?」」

 

ジュンとゴートの声が揃う。

 

「木星からの攻撃がなくとも尊い命を守るというナデシコの使命は‥‥まっ、果たさなきゃダメよねぇ‥‥?」

 

そう言って世界地図をモニターに表示させる。

 

「このように現在2637個ものチューリップが地球上にはあるのよね」

 

世界地図の上に赤の光点で地球に落されたチューリップが示される。

 

「で、北極海域‥ウチャツラワトツスク島‥‥此処に取り残された某国の親善大使を救出するのがアタシ達の仕事よ」

 

「質問」

 

ユリカはまるで学校の先生に質問するかのように手をあげてムネタケに質問をする。

 

「今度はなぁに?」

 

「なんでこんな所に取り残されたんですか?」

 

ユリカの隣でジュンが『最もだ』というように頷く。

恐らく他のクルーも同じ疑問を抱いているだろう。

だが、ユリカの質問は最もである。

北極海域と言えば、外は強烈なブリザードが吹き荒れる最悪な環境下で、おまけに気温はマイナスの極寒の世界。

普通の人ならこのような環境で取り残される事は無いだろうし、そもそもこんな劣悪な環境の島に行きたいとも思わない筈だ。

ムネタケは扇子を口元に当て、わざとらしい悲しげな声で呟く。

 

「大使は好奇心旺盛な方でねぇ‥‥北極海の気象データ、漁場諸々を調査していたならば、バッタに襲われ、さあ大変~」

 

「はぁ~」

 

「ウチャツラワトツスク島付近の海域は今の時期、毎日のようにブリザードに覆われていて通り過ぎるだけでも大変なのよ。他に質問はないかしら?」

 

ムネタケがクルーを見回す。

皆はいくら好奇心が旺盛でもなんでブリザードが吹き荒れるこの季節にそんな所に行くのかと言う疑問を感じながらも人命に関わる救出作戦なら仕方ない、といった表情を浮かべている。

そんな中、アキトとユリカの視線が合うが、2人は気まずそうに互いの視線を逸らす。

 

「では、作戦を始めるわよ、艦長!!」

 

「は、はい!やりましょう!」

 

こうしてナデシコは親善大使が居るとされる北極圏、ウチャツラワトツスク島へ向う事となった。

作戦区域までパイロット達は自由時間。

その為パイロット3人娘は食堂で食事の後、食休みをして、アキトも今回は厨房スタッフではなく、エステバリスのパイロットとしてパイロット3人娘同様に食堂で待機していた。

 

「とりあえずオレ達、パイロットは暇だよなぁ~」

 

本当に暇そうに言いながら、リョーコがテーブルに上半身を預ける。

 

「英気を養えってか?」

 

「英気を養ってええ気に‥‥ハハハハ‥‥」

 

リョーコにならって、ヒカルもテーブルに身体を預けて、すっかりお寛ぎモードに入っている。

イズミも良く分からないが、イズミもイズミなりに寛いでいる。

 

「ふぁ~」

 

アキトが欠伸をしながら仰け反ると、

 

「鍛えられていないなぁ。まったく‥‥」

 

アカツキがアキトに話しかけてきた。

 

「テンカワ君、ちょっと付き合ってくれないかな?‥‥といってもそんな意味じゃないからね」

 

アカツキの『付き合ってくれ』の言葉に対して何か別の意味を捉えたらしく、リョーコは頬を僅かに赤く染め、ヒカルとイズミそれに同じく食堂で休憩していたウリバタケの3人はヒソヒソ話をしていた。

 

 

~ナデシコ シミュレータールーム~

 

「実は君に聞きたいことがあってね」

 

月面ステージ上でアカツキの青いエステバリスとアキトのサーモンピンクのエステバリスがシミュレーションによる模擬戦を繰り広げていた。

 

「聞きたいこと?なんだよ?」

 

「君と艦長のコトさ。艦長は随分と君にご執着じゃないか?もしかして、君と艦長は付き合っているのかい?」

 

「あ、あれは、ユリカの奴が勝手に‥‥」

 

「でも、嫌な気分でもないんだろう?ここしばらく、君の動向をチェックさせてもらったけど、全く意識をしていない、嫌っている訳でもないのだろう?」

 

「勝手に決めるな!!だいだい、それはっ‥‥!!」

 

「それともう1つ。コハク君についてだ」

 

「コハクちゃん?」

 

アキトの返答を聞く前にアカツキはコハクについてアキトに質問する。

コハクの名前が出てきてアキトは一瞬思考が停止してしまいせっかく捕捉したアカツキ機をロストしてしまった。

 

「くそっ‥‥それで?」

 

「艦長や他の人にも聞いたのだけど、コハク君は随分と君に目をかけているそうじゃないか?」

 

アカツキの言う通り、コハクは何故か自分の事を気にかけてくれる。

最初にナデシコに乗った時も自分を勇気づけてくれたし、体術の稽古や体力作り、エステバリスの操縦技術のアドバイスなど、コハクの指導やアドレスのおかげで今ではかなりアキトの腕は上達している。

 

アカツキ機は遮蔽物の影に隠れ一向に出てくる気配がないが、アキト機も遮蔽物に隠れ動かない。

お互いに動向を窺っている感じだ。

 

「実は君達がチューリップの中にいる頃、僕もコハク君にエステの戦闘技術や格闘術を教えて貰ってね‥‥そこでだ、コハク君の事は僕に任せて、君は艦長と付き合ったらどうだい?あんなにも艦長は君にアプローチをかけているんだし‥‥なあに彼女の事は悪いようにはしないさ」

 

アカツキ機が吸着地雷をアキト機の隠れている遮蔽物に投げつける。

急いでその遮蔽物から離れるアキト機。だが、地雷が爆発しその際ライフルを落としてしまった。

辺りは爆煙視界が遮られる。

すると上からアカツキ機がライフルの銃床で殴りつけてくるが、アキト機はそれを躱しナイフでライフルを持っているアカツキ機の右腕を切り落とすが、アカツキ機も残った左腕でナイフを抜き、今度はナイフ同士の近接戦闘となった。

コハクに教わったと言うだけあって左手一本でもアカツキはアキトと互角の勝負をしている。

 

「彼女は、君に強くなって欲しいみたいで、その為だけに、君に訓練を施しているだけなんだろうけど、でも本当にそれだけかい?」

 

「ん?どういう意味だっ!?それはっ!?」

 

「ちょっとは期待しているんだろう?コハク君に誉めてもらって、男として認めてもらって‥‥」

 

「っ!」

 

アカツキの言っている事は決して間違いではなかった。

事実、体力も力もつき、エステバリスの操縦技術も上っている。

それは、全てコハクが居たからこそだ。

そんなコハクに対してアキトが全く意識をしていない訳がなかった。

それが例え10歳も年下の少女だったとしても‥‥

 

「それで今後、君はどうしたいのかな?彼女もいずれは大人になる。あと5、6年も我慢すれば結婚も出来る。そのとき君はどうする?彼女を抱きたい?それとも、愛を囁きたい?それとも今から手を付けて、予約をするかい?」

 

「っ!?」

 

 

『アキトさん‥‥アキトさん‥‥もっと‥‥もっと、僕にアキトさんを下さい‥‥アキトさん‥‥』

 

 

アカツキのその言葉に先日偶然目撃してしまったルリとコハクの行為に図らずもルリの立ち位置に自分の姿を置き換えてしまったアキト。

自分に抱かれ、自分を求め、自分の腕の中で乱れるコハクの姿を思わず想像してしまった。

 

「っ!?そ、そんな挑発!!」

 

アキト機が突き技を繰り出すが、アカツキ機はそれをナイフで防ぐ。

 

「答えられないよねぇ~今の君には!!自分の気持ちさえハッキリできないような優柔不断な奴に、僕は負けるわけには行かないんだよ!!まして、そんな奴にコハク君を任せられる訳がないだろう!!」

 

「くっ‥だ、黙れ!!」

 

アカツキ機とアキト機が互いに突きを繰り出すと、同時にナイフは互いのコックピットへと突き刺さった。

眼前のモニターには『DRAW』の文字が表示される。

ぐったりとシートに身体を預けるアキト。

先にアサルトピットを降りたアカツキは、

 

「ふぅ~ちょっと汗をかいちゃったなぁ~どうだい、テンカワ君。一緒に風呂でもいかないか?裸の付き合いってヤツでも?」

 

「いや、俺はいい‥‥」

 

「そうかい。じゃ、お先に‥‥」

 

そう言ってアカツキはシミュレータールームから出ると風呂へと向っていった。

アサルトピットから降りることも出来ないまま、アキトは俯いていた。

模擬戦とは言え、戦闘中に一瞬であるが、コハクと身体を重ねる自分の姿を想像してしまった事に自己嫌悪さえ覚えてしまった。

 

「俺‥‥最低だ‥‥」

 

アサルトピットの中でアキトはポツリと呟いた。

 

 

~ナデシコ コハク・ルリ 共同部屋~

 

今回、コハクの引き篭もりは前回よりも重症で根も葉もない噂よりも自分の恥かしい姿をアキトとユリカに見られたことが一番の原因となっていた。

 

「あ~もう、こんなことなら強引にでもルリを引き剥がせばよかった」

 

部屋のベッドの上で頭を抱え、悶えながら後悔していた。

あの時はルリに多大な心配をかけたということで、お仕置きを甘んじて受けたが、まさか自分達の部屋に他の人が入ってくるのは予想外だった。

しかもロックしたドアをマスターキーで開けて入室してくるとは予想外中の予想外だった。

 

コハクが部屋で苦悩している時ブリッジでは‥‥

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「間もなくベーリング海に入ります。ブリザードの為、視界0」

 

今日も救助対象の親善大使が居る北極海域は激しいブリザードが吹き荒れている。

 

「逆に見れば敵に取っても最悪と言う訳だ。必ずしも悪くはない。」

 

ゴートの言う通り、この激しいブリザードのせいでナデシコの視界は奪われたが、それは逆に相手も同じ条件であり、まさかこの激しいブリザードの中を突き進んで来るとは思ってもいないだろうと相手も油断しているかもしれない。

 

「視認に切り替えてもそれほど障害になる岩礁もない。中央から突破できそうですね」

 

ジュンも今の所作戦は順調であることをユリカに報告する。

 

「うん、エンジン出力最小‥このまま目的地まで進みます」

 

ブリザードの中、ナデシコは親善大使が居る島を目指す。

そんな中、

 

「ねぇ、ルリルリ」

 

ブリッジでミナトがルリに話しかける。

 

「はい?」

 

「コーくん、また病気なの?」

 

ミナトはまたブリッジに姿を見せないコハクを心配し、同じ部屋のルリにコハクのことを聞く。

 

「いえ、少しお仕置きが過ぎて塞ぎこんでしまっているだけです」

 

「えっ!?それ大丈夫なの?」

 

確かにコハクがした事はミナトもルリに多大な心配をさせたと思っており、コハクがルリにお仕置きをされるのも当然だと思っていたのだが、此処まで塞ぎ込むとは逆にコハクの方を心配してしまう。

 

「大丈夫です。2、3日もすれば元気になりますから」

 

ルリのお仕置きの言葉を聞き、この前、偶然にも遭遇してしまったあの場面を思い出してしまうユリカ。

 

「ちょっと、ちょっと!!ミスマル・ユリカ!!‥艦長!!」

 

ボォーっとしていたユリカにエリナが声をあげる。

 

「は、はい!!」

 

「今は作戦行動中よ!!ボォーとしない!そんなんだから10歳も年下の少女に彼を奪われるのよ」

 

「っ!?」

 

背後に『ガーン』という文字が浮かび上がるかのようにショックを受けるユリカ。

 

「エリナさんって操舵士なのにどうしてあんなに偉そうなんですか?」

 

ジュンがプロスペクターにエリナのことを聞く。

まぁ軍人気質のジュンが不思議に思うのも無理はない。

艦の中では、提督に次ぐ地位の筈の艦長を一操舵士であるエリナが何故あそこまでの態度を取れるのかが不思議でしかたがない。

 

「なんといっても会長秘書だった方ですのでどうも高ビーな所がありまして‥‥」

 

プロスペクターがジュンに小声で教える。

 

「貴方達もよ!さっさと持ち場に戻りなさい!」

 

「「は、はい!!」」

 

2人は慌てて自分のシートに座った。

 

「いいわね、艦長。ピシッとしなさい、ピシッと!!」

 

「はぁ~」

 

(アキトはやっぱりコハクちゃんの事が好きなの‥‥?)

 

ユリカの心配を尻目にナデシコは敵の接触もなく現在順調に航行中‥‥

 

「前方障害物オールクリアー。これよりオートパイロットに切り替えます」

 

《お疲れ様です。ミナトさん》

 

操舵手のミナトの近くにオモイカネが労いの言葉が書かれた空間ウィンドウが表示される。

 

「はぁ~」

 

ユリカはまだ先程エリナに言われたことをまだ引きずっていた。

そこへ、

 

「艦長、艦長」

 

ルリがユリカに声をかける。

 

「ん?どうしたの?ルリちゃん」

 

「皆、お昼ご飯を食べに行きましたよ。艦長は?」

 

ルリはブリッジに残るユリカに昼食はどうするのかを訊ねる。

 

「いいよ。ルリちゃんも行ってきなよ」

 

「はい」

 

ルリがブリッジから出ると、ブリッジにはユリカ1人が残された。

不意にユリカはコハクのシートを見る。

そこには何時ぞやのゲキガンガーの人形がコハクの代理として座っている。

ユリカは自分よりアキトの傍にいるコハクのことをまた考えてしまう。

コハク本人はアキトに対しては、恋愛感情を抱いていないようだが、アキト自身はどうなのだろうか?

いくらアキトでも今のコハクに手を出すとは考えられないが、今後、何年もの先もそうだとはいいきれない。

それにこのままの関係で5、6年も経てばコハクは結婚可能年齢になる。

そうすればアキトは自分よりもコハクの方を選ぶかもしれない。

自分よりも10歳も年下の若い女の子‥‥。

若い奥さん‥‥。

過ごした時間という面では自分に一日の長があるが、若さと言う点ではコハクの方がかなり有利である。

いずれアキトとコハクが結ばれる。

もし、2人の間に子供が出来たら、アキトとコハクはつまり‥‥そう言う事をしたと言う事だ‥‥。

そんな考えがユリカの脳裏を支配する。

手っ取り早くアキトにコハクをどう思っているのかを訊ねれば早いのだろうが、怖くて聞けない。

もし、アキトがコハクの事を異性として好きだと自分に伝えたらと思うと胸が張り裂けそうになる。

ユリカの脳裏にはいつぞや脳裏に過ぎった白いタキシード姿のアキトとウェンディドレスを着たコハクの姿が浮かび上がる。

続いてはお腹を大きくしたコハクとそのお腹を優し笑みを浮かべて撫でるアキトの姿。

 

「そんなのダメ!!」

 

ユリカが手をつき立ち上がるとその手は1つのボタンをポチっと押していた。

 

「えっ?」

 

警報が鳴り響き、ユリカの眼前に空間ウィンドウが開く。

 

《敵発見!》

 

《迎撃!返り討ち!》

 

《自動迎撃システム作動》

 

グラビティーブラストの発射口が警報と共に開くと敵もいないのにグラビティーブラストが発射された。

その為、これまで順調に敵の目をかいくぐって来たナデシコであったが、あっさりと敵に発見された。

ナデシコは一先ず、敵の目から逃れるために、深い渓谷の底に着底して敵をやり過ごしている。

 

「重力探知による敵の数と位置です」

 

モニターにはナデシコを中心とした敵の分布図が表示される。

敵は念入りにナデシコを捜索しているみたいで、この敵の分布状況からナデシコで動くのはあまりにも目立ってしまう。

 

「ホント、信じられません!!敵を態々呼び寄せなくてもいいのに!!」

 

開口一番、エリナがユリカを睨みつけながら声をあげる。

 

「済んじゃった事はいいんじゃないの~?人生前向き、前向き~♪ハハハッ!」

 

「貴方ねぇ!!」

 

この状況でも軽い態度にお気楽思考のアカツキに対してエリナが益々声を荒げる。

 

「責任を追及されるのであれば、持ち場を離れた私の責任です。プログラム管理は私の職分です」

 

「いえ、火器管制は本来僕の管理担当ですし、迎撃プログラムも簡易的なロックをかけておくべきでした。なにより作戦中にも関わらず、引き篭もっていた僕がいけないのです」

 

今回の警報を受け、コハクも部屋から出てきてルリに何があったのかを聞いて急いでブリッジに上がった。

そして、

 

「「ごめんなさい」」

 

ルリとコハクが揃ってエリナに頭を下げる。

緊急警報のため、強制的に引き篭もりを断念させられたコハクがいつの間にかブリッジに居たのに対して誰も突っ込む人は居ないというのはコハクの存在が薄いのか?それとも気づかないだけなのか?は定かでない。

 

「うひょひょ~ルリルリとコーくん、ひょっとして艦長庇ってたりなんかして~」

 

「バカばっかもここまでか?」

 

ウリバタケとヒカルが茶々を入れるが、

 

「「バカ」」

 

2人の少女はそんな大人達を簡単にあしらう。

 

それからナデシコは敵に探知された障害物の無い西側水道航路を断念し、障害物の多い東側水道航路を選択して進んだ。

 

「まっ、座礁する確率は72%……シビアと言えばシビアな数字よね」

 

イネスさんの計算では障害物のある東の水道を通っての作戦の失敗率は72%らしい。

失敗率が7割以上なのだから、かなりの困難である。

しかも、当然と言うべきか東側の水道にも敵はいた。

作戦の失敗率を下げているのは外を吹き荒れる北極圏独特のこのブリザードの気候、氷山などの障害物だけではなかったと言う事だ。

ただし、戦艦が待ち構えていた西側水道とは違い、東側はバッタで構成される無人兵器群ではあったのが不幸中の幸いだった。

敵も氷山などでの座礁を防ぐために東側の水道には大きな艦船を配置していなかったことは幸いと言えば幸いなのだろう。

障害物が多いのでゆっくり進むナデシコ。

 

「こんなトコで足止め食っている場合じゃないのよ。親善大使が飢え死にしないように急いで頂戴」

 

ムネタケがボソリと呟く。

 

「んも~、そんな事言ったって‥‥」

 

「その前に暖房とかの燃料がなくなって凍え死んじゃうんじゃないですか?」

 

ミナトがムネタケの呟きに不満げな声を漏らし、コハクはブリザードが吹き荒れるこの悪天候な状況下で親善大使が今も生きているのかを尋ねる。

 

「…ああ、その心配はないわね」

 

ムネタケはまるで親善大使がこのブリザードが吹き荒れる極寒の寒さの中でも生きていられるかのように言う。

それに先程、ムネタケは「飢え死に」と言った。

普通このブリザードが吹く様な環境では、「凍死」「凍え死ぬ」と言う表現が的確な筈なのに‥‥

 

「「「「「「「えっ?」」」」」」」

 

ムネタケの呟きにブリッジクルーの目が集中する。

 

「と、とにかく急ぐのよ!」

 

自らの失言に気付いたムネタケが声を張り上げる。

 

ある程度、親善大使のいる島まで接近したナデシコ。

そこからはエステバリスによる捜索と木星兵器の迎撃が行われた。

5機のエステバリスが雪の舞う北極海の空に出撃していった。

その姿をコハクはジッと見つめていた。

 

「自分も行きたいって顔ですね、コハク」

 

ルリがコハクの耳元で呟く。

 

「えっ!?そ、ソンナコトナイヨー」

 

「声、裏返っていますよ」

 

「うぅ~ルリのイジワル~」

 

頬膨らませてソッポを向くコハク。

そんな2人の様子をミナトは苦笑しながら見ていた。

 

その後、救出担当のアキトからのビーコンと応答が切れ、ブリッジは重たい空気となったが、

 

「帰ってくるよ。あの人は必ず‥‥ですよね?ユリカさん」

 

コハクがアキトは必ずナデシコへと戻ると信じ、ユリカにその真紅の瞳を向ける。

 

「そうだよね!アキトが蜥蜴に負ける訳ないもんね♪」

 

「はい」

 

根拠はないが、ユリカの力のある答えに満足そうに笑みを浮かべるコハク。

その後、エネルギーが尽きたので、流氷を筏代わりにして親善大使を救出してナデシコに戻ってきたアキトだが、その親善大使の正体が白クマということにクルーは唖然としていた。

 

「提督、親善大使ってコレの事なんですか?」

 

「ごぉぉぉ~」

 

アキトのエステバリスの掌で鳴く1匹の白クマ。

身体には何かの機材や機器がとりつけられ、首輪には『親善大使』と書かれた名札がある。

 

「えっ?いや‥それは‥‥あっ、ま、まさか軍が多大な予算をかけて、実験用器材を組み込んだモルモットの白クマを命がけで保護しろなんて言ったら‥‥だーれもやんないだろうからね~ホホホホ‥‥」

 

ムネタケは高笑いをしながら親善大使の正体を言うが、それを聞いてユリカは額に青筋を浮かべていた。

 

その後、アキトの手によって救助された白クマは軍の基地に着くまで格納庫の一角に設けられた檻の中で飼育された。

 

「ごぉぉぉ~」

 

「よ~し、よしよし‥‥」

 

「こ、コハク‥危ないですよ‥‥相手は熊ですよ、熊‥‥」

 

「えぇ~大丈夫だよ。ルリも触ってごらん。この子の毛皮、モフモフしていてとっても気持ちいいよぉ~」

 

コハクは白クマの毛皮に顔を埋めながら白クマを撫でている。

実験動物として、生まれた頃からずっと人の手によって育てられた白クマなのか、この白クマは結構人懐っこい。

その為、白クマもコハクに撫でられて気持ちよさそうに声を出す。

 

「じゃ、じゃあ‥‥」

 

ルリも恐る恐る白クマへと手を伸ばしてその毛皮を優しく撫でる。

 

「はぁ~‥‥確かにモフモフしていて気持ちいいですね~」

 

「でしょう?」

 

「「モフモフ‥‥」」

 

そして白クマはナデシコ内でコハクとルリに一番よく懐いていた。

また、コハクとルリも白クマの柔らかい毛皮の虜になった。

そんな姿を見た男性クルーの一部は、

 

(俺もあの白クマになりたい)

 

(クマのくせに‥‥)

 

と、白クマを羨ましく思う者も居た。

 

 

 

・・・・続く

 

 

 




ではまた次回。


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第14話

すいません!
少し遅れました。
更新です。


 

 

 

 

 

 

 

それは数日前の出来事だった‥‥ 

 

 

~連合軍 総司令部~

 

『チューリップ1基捕捉!!』

 

またもや木星蜥蜴が地球に向けてチューリップを打ち込んできた。

ネルガルが連合軍と和解した事で、軍にも相転移エンジン、ディストーションフィールド、グラビティブラストを装備する軍艦が揃い始め、地球に打ち込まれたチューリップはその数を減らし始めてきた。

その為の補充なのか、木星蜥蜴も追加のチューリップを地球へ次々と打ち込んでくる。

しかし、大抵のチューリップは修理された第一防衛ラインのビッグバリアによって破壊されるが、中にはビッグバリアを突破して地球へと落下してくるチューリップもある。

そして今回、地球に打ち込まれたチューリップも第一防衛ラインのビッグバリアを突破して地球へと迫ってきた。

 

『第一防衛ラインの突破を確認!!』

 

『チューリップ、第二防衛ラインに侵入!!』

 

『第四防衛ラインのミサイルと共に迎撃せよ!』

 

第二防衛ラインの戦闘衛星と第四防衛ラインの地上のミサイル基地から多数のミサイルが接近するチューリップに向って発射されるが、チューリップは破壊されずに赤道直下のとある島に落下した。

 

それから数日後‥‥

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「と、言う訳で、テニシアン島に落下した新型と思われるチューリップの調査をアタシと!アタシのナデシコで‥‥!」

 

ブリッジで悦に浸りながら熱弁を奮うムネタケ。

 

「そう、優秀なるアタシ達だからこそ与えられた任務なのよ‥‥なのに、どうゆう事よ!?」

 

気持ち良さげに演説していたが突然怒り出すムネタケ。

 

「誰もアタシの命令を聞こうとブリッジにやってこないってのはどういう事なの!?」

 

吠えるムネタケの前に空間ウィンドウが現れる。

その空間ウィンドウにはパジャマ姿のイネスが映し出されている。しかもその手には何故かクマのヌイグルミがある。

彼女は年に似合わず意外と少女趣味なのかもしれない。

 

「因みに現在、作戦現地時間で午前2時‥‥日本でいう丑三つ時、こんな時間は部屋で寝るのが当然」

 

ムネタケにそれだけ説明すると空間ウィンドウが閉じる。

ねむけ眼でも説明をする見上げた根性の説明師、イネス・フレサンジュであった。

 

「キィィィィィッー!!何言っているのよ!?ナデシコは軍艦なのよ!!こんな事でいいの!?」

 

珍しく正論を叫ぶムネタケ。

だが、それを誰も聞いていない事がやはり虚しい。

 

「ファァ~‥寝よ‥‥」

 

ムネタケ以外に唯一ブリッジにいたミナトもパジャマ姿、しかも大欠伸のオマケ付きでさっきまでムネタケが大声で熱弁していたにも関わらず、全く聞いていなかった様子。そして時計を確認すると徐に敷いていた座布団を手にシートから立ち上がる。

 

「ちょっとアンタ!!貴女、操舵士でしょう!?ちゃんと持ち場にいなきゃ駄目じゃない!!」

 

突然席を立ったミナトに注意するムネタケ。

しかし、彼女もムネタケに指示に従う様子はない。

 

「だって、交代だもん~‥‥タッチ」

 

「ご苦労様」

 

そして入れ替わりにブリッジへと入ってきたエリナとタッチを交わしブリッジを出ていくミナト。

 

「そういや艦長はどうしたのよ!?艦長は!?」

 

ムネタケがユリカの居場所について喚くがエリナは何処吹く風、と言った表情で空間ウィンドウと向かい合う。

 

「赤道直下‥テニシアン島‥‥珊瑚礁‥そして白い砂浜‥例の物を作っておいた方が良さそうね」

 

テニシアン島の地図を見て呟くエリナであった。

その頃、ムネタケが言うナデシコの艦長であるユリカの姿は自室で眠っているかと思いきや、食堂にあった。

 

「そうなのよ、待っているだけじゃダメなんだわ!!」

 

ユリカは食堂の責任者であるホウメイに頼んで、厨房を貸してもらっていた。

 

「こんな風に彼のためにお夜食とか作ってあげて‥‥」

 

鼻歌を歌いながら、調理を進めていくユリカ。

 

「急に厨房を貸してくれって言うから何かと思えば‥テンカワの奴も大変だね」

 

料理をしているユリカの後姿を見て呟くホウメイ。

しかし、どうせその場に居るのであれば、ユリカに対して料理の指南をしてほしかった‥‥。

もし、この時ホウメイがユリカに料理を教えていれば、この後に起こった悲劇は防げたのかもしれない。

 

 

~ナデシコ コハク・ルリ共同部屋~

 

「うふふ‥‥コハク‥‥」

 

「ル、ルリ?」

 

ベッドでルリがまたあのサディスティックな笑みを浮かべながらコハクに迫ってくる。

コハクは壁に追い詰められて逃げ場がない。

 

「ど、どうして?今日は特にお仕置きされるようなことは何もしていないよね‥‥?」

 

迫りくるルリに対して恐る恐る確認をとるコハク。

 

「姉妹の営みに理由が必要ですか?‥‥はむっ‥‥」

 

ルリがコハクの耳朶を甘噛みする。

 

「ひっ、い、営みって?」

 

「コハクの耳‥柔らかいですね~髪もサラサラですし、匂いも良い匂いです~それに‥‥ペロッ‥‥」

 

「ひぃっ~!!」

 

ルリがコハクの頬に赤い舌を這わせる。

 

「ウフフ~‥‥コハクの肌‥何だか、甘い味がします~」

 

コハクの頬を舐めたルリは頬を赤く染めてトロ~ンとした目で迫って来る。

再会してからルリの寝ぼけた時のスキンシップが日に日に過剰になっていく気がする。しかも危ない方向に‥‥

これじゃあ何の為に、火星で距離を置いたのかわからないし、なにより自分の貞操がピンチである。

このままではいずれ自分の処女がルリに奪われてしまうのではないのか?

そんなことを考えていると、ルリはコハクの着ているパジャマに手を掛ける。

コハクは決してルリとこの様な関係を望んでいる訳ではない。

だが、ルリが相手だとコハクは何故か逆らえず、身体が動かない。

 

「ちょ、ちょっと!!ルリ!!なにやっているの!?」

 

自分の着ているパジャマを脱がそうとしているルリに対してコハクは慌てて尋ねる。

 

「営みに邪魔な衣服は剥いでしまわないと‥‥」

 

平然とコハクのパジャマを脱がす理由を言うルリ。

そして、ルリはそのままコハクのパジャマを脱がし、遂には最後の砦となる下着へと手を伸ばす。

 

「や、やめ‥‥ルリ‥‥やめて‥‥」

 

ルリの行為に思わず涙声になるコハク。

目には薄っすらと涙を浮かべている。

しかし、そんなコハクの態度は逆にルリのドS心をますますと熱くさせる。

そしてコハクの最後の砦である下着が脱がされる寸前‥‥

 

「ウギャァァァァッ!?」

 

誰かの悲鳴がナデシコに響き渡る。

 

「ん?今の声は‥‥」

 

「アキトさん?」

 

今のアキトの悲鳴で我にかえったルリ。

 

「何かあったのかな?」

 

(た、助かった‥‥)

 

脱がされそうになった下着を慌てて調え、脱がされたパジャマを着て、自分達の部屋を出て悲鳴が聞こえたアキトの部屋へと向かっているその途中で、通路を医療班のスタッフ達が担架と消毒スプレーを持って食堂へ入っていくのが見えた。

 

 

~ナデシコ 食堂~

 

医療班の後を追ってコハクとルリの2人が食堂に入ると、防毒マスクをした医療班のスタッフ達が厨房を消毒し回っている。

そして運ばれる担架の上には、

 

「ウ~ン‥‥ユリカ~‥‥」

 

青い顔をして目を回しているジュンが居た。しかも口からは蟹の様に泡を吹き出している。

 

「すぐに医務室に運んで!!それとその鍋は焼却処分して!!厨房と食堂は念入りに消毒を!!」

 

食堂で消毒の指揮をとっているイネスにコハクが声をかけて尋ねる。

彼女は先程まで寝間着であったが、今は制服の上に白衣を着ている。

 

「イネスさん、一体何があったんですか?」

 

「あら、タケミナカタ・コハクにホシノ・ルリ。ごめんなさい起こしちゃったかしら?」

 

子供は当に寝る時間なのにもかかわらずパジャマ姿で起きてきた2人に謝るイネス。

 

「いえ、むしろ助かりました‥‥」

 

「?」

 

ルリに聞こえないよう小さな声で呟くコハク。

 

「それで何があったんですか?」

 

ルリの質問に険しい表情を作るイネス。

 

「現状では何とも言えないわ。ただ、厨房にあった鍋の1つから毒物らしき物質が検出されたのよ」

 

「「毒!?」」

 

コハクとルリが"何で"と言った表情で呟く。

イネスが作ったと言うのであれば、何となく分かるが、彼女の口ぶりからすると、どうやら謎の毒物はイネスが精製したモノではない様だ。

しかも此処は医務室ではなく食堂‥‥

 

「木星蜥蜴の新しい攻撃なのかしら?」

 

「それってまさか、ナデシコの乗員の食べ物に毒を入れて毒殺しようとしたって事ですか?」

 

食堂で毒物が見つかったと言う事とイネスが言った「木星蜥蜴の新しい攻撃」と言う事でコハクが木星蜥蜴はナデシコを物理的に破壊するのではなく、食べ物に毒物を混ぜて乗員を殺害する戦法をとってきたのかと問う。

 

「そうね、場所が場所だけにそうとしか考えられないわね」

 

イネスはコハクの仮説を肯定する。

 

「敵の侵入経路や正体とかは分からないんですか?」

 

続いてルリがナデシコの食べ物に毒を盛った方法、毒を盛った犯人について尋ねる。

 

「まだ、調査段階で詳しい事はこの後の調査結果次第ね。念の為、飲料水や食糧庫の食糧を全てチェックした方がいいわね」

 

医療班はイネスを含め、今日は徹夜となるだろう。

しかし、食べ物に毒を盛られたかもしれないと言う事であればやらない訳にはいかない。

そんな中、ホウメイがボソリと呟く。

 

「あぁ~多分、他の食糧は大丈夫さ」

 

「何故そんな事が言えるのかしら?」

 

「まっ、あれは木星蜥蜴の攻撃では無くて、恋の劇薬ってところかな?」

 

頭に手を当てて苦笑いするホウメイ。

 

「「「?」」」

 

ホウメイの言葉の意味が理解できずに頭の上に?マークを浮かべるイネス、コハク、ルリだった。

 

 

~南太平洋 赤道直下 テニシアン島~

 

「リーフ手前で着水。各自、上陸準備!」

 

「「「「「「「は~い♪」」」」」」」

 

ムネタケの号令にクルーが珍しく素直に返事をする。だが、制服を来ているのはコハク、ルリ、エリナ、そしてムネタケぐらいのものであった。

他のクルーは皆、思い思いのサマーファッションの服に身を包んでいる。

 

「ルリルリ、コーくん。アンタ達は肌白いんだから日焼け止めはコレ使いなさい」

 

そう言ってルリとコハクに日焼け止めクリームを渡すミナト。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

 

「すみません‥‥海、初めてなんで‥‥何だか、嬉しい‥‥」

 

ミナトから受け取ったクリームを見つめ、呟くルリ。

その表情はやや微笑んでいるようにも見える。

ルリも初めても海で嬉しそうだ。

 

(僕は戦場で彼方此方を渡り歩いたので、海は見慣れたモノかな)

 

ルリは今回が初めての海水浴になるが、コハクはナデシコがチューリップの中にいる間、世界中の戦場を渡り歩いた事から海は珍しくない。

 

ナデシコはテニシアン島に近づき着水する。

そしてナデシコのクルーがエステバリスと上陸艇に乗り込み、一斉に飛び出していく。

 

「パラソル部隊、いっそげ~!」

 

「「お~♪」」

 

先陣を切ったのはリョーコ率いるパラソル部隊‥もといパイロット3人娘。

 

「女子に負けるな!」

 

「「おう!」」

 

続いてアカツキ率いるジュン、ウリバタケ。

その後もクルーが続々と上陸するがエリナが皆を呼び止める。

 

「ちょっと待って、アナタ達!」

 

その声に振り向くクルー一同。

 

「アナタ達はネルガル重工に雇われているのよ。だから、遊び時間は給料から引くからね!」

 

「「「「「「「ええ~っ!?」」」」」」

 

一斉にブーイングを浴びせるクルー達。

アカツキもここぞとばかりにその輪に加わっている。

 

「で、はいコレ」

 

エリナが懐から取り出したプリントを皆に配る。エリナが配ったプリントそれは‥‥

 

『ナデシコ海水浴inテニシアン島』

 

と書かれている『海のしおり』だった。

 

「ビーチではサンダル着用、岩場は危ないので近づかないこと、沖には行かないこと、遠泳禁止、ゴミはちゃんと持ち帰ること、サンオイルは自然分解質の物を使用することそれから‥‥」

 

そしてエリナはしおりの内容を読むが、皆は忍び足でエリナから離れていく。

やけに静かな事を不審に思ったエリナ。

海のしおりから視線を上げるとそこには誰もいない。

 

「もう!ちゃんと読みなさいってば!」

 

エリナが制服を脱ぎ捨てるとその下から現れたのは水着。そして早くも遊びだしたクルーの元に走っていく。

エリナも南国の誘惑には勝てなかったようだ。

 

ビーチでは皆がそれぞれにバカンス気分を楽しんでいる。

水遊びをする者、日光浴をする者、ビーチバレーに興じる者、南のビーチに来たにも関わらず、縁台将棋に勤しむ者。

そして‥‥

 

「さあ~いらはい。海水浴場の三大風物詩といえば、粉っぽいカレーに不味いラーメン、溶けたカキ氷、俺はその味を現代に伝える‥‥俺は一子相伝・最後の浜茶屋師なのだ!」

 

ウリバタケは簡易資材で浜茶屋を作り運営していたが、ほぼ客は0。

そりゃあ店主自ら『不味い』と言う食べ物をわざわざお金を出して食べる物好きもいない。

と、思ったらジュンが興味本位なのかラーメンを注文していた。

 

「‥‥ラーメン」

 

「へい、まいど。だるまさんがころんだ、だるまさんがころんだ、だるまさんがころんだ~」

 

ぜんぜんあてにならない時間の計り方をしながら、スープをどんぶりに入れて、茹で上がった麺を投入。

 

「へい、おまち!」

 

ズルッ

 

ジュンは一口食べて一言呟く―――。

 

「まずい」

 

「あったぼうよ!!」

 

なぜか自信満々に答えるウリバタケ。

 

(なら、なぜ、浜茶屋なんか出しているんですか?ウリバタケさん。僕には、窺い知れない)

 

青い顔をしつつ彼が作った不味いラーメンをすすりながらウリバタケの行動を疑問に思っているジュンであった。

 

ナデシコのクルーが南国でのバカンスを楽しんでいる中、少し遅れてテニシアン島に上陸したムネタケはナデシコのクルー達が仕事をせず、バカンスを興じていたのを見て、怒鳴ったが、完全に無視されたので近くでもう一度叱咤しようとしたらアカツキの作った落とし穴にはまり、そこをエステバリスのパイロット達に埋められ、砂浜に顔を出している状態だった。

しかも波打ち際なので、周期的に波がムネタケを襲う。まさに拷問のような状態だ。

波が引くたびに喚いているが、提督としての威厳が無いのか、それとも彼に人徳が無いのか、誰も助けようとしないのが悲しい。

 

「あれ?ルリは泳がないの?折角海に来ているのに‥‥」

 

パラソルの下でノートパソコンを打っているルリにコハクが尋ねる。

 

「そう言うコハクこそ‥‥な、なんですか?その格好は!?」

 

パソコンの画面から顔を上げ、コハクの姿を見たルリは彼女が着ているその服装に一瞬言葉を無くした。

コハクは当初、胸元に『こはく』と書かれた紺色のスクール水着を着ていたのだが、今のコハクの格好は、スクール水着から蓬色で錨のマークが描かれた帽子、帽子と同じく蓬色の上着にズボン。そして、茶色のワイシャツに黒ネクタイ‥‥コハクは今、旧日本海軍の第三種軍装の格好をしていた。

 

「南の島の軍服はコレだってオモイカネが教えてくれたから、ウリバタケさんのコレクションの中から借りてみたの‥どう?似合う?」

 

ポージングをしてルリに第三種軍装が似合うか尋ねるコハク。

 

「で?コハクはそんな格好をして何をしようって言うんです?」

 

ルリがいい笑顔で尋ねてくる。

 

「うっ‥‥そ、その‥‥ちょっと島の探検に行こうかな?と思って‥‥」

 

「そうですか‥‥危険な所に行ったり、危ない事をしては駄目ですよ」

 

以外にもルリはコハクが探検に行くというのを許可した。

 

「う、うん。わかった」

 

ルリの態度に何か引っかかるも、一応ルリの許可は出たので、コハクは密林へと入っていった。

その頃、密林では、

 

「アキト!!どこ―?」

 

ユリカは浜辺に見当たらないアキトを求めて密林へと入り、アキトを探していた。

アキトは確かに自分達と一緒にこのテニシアン島に上陸したのだが、いつの間にか浜辺から消えていた。

しかし、アキトのエステバリスが浜辺に置いてあるのは確認済みなので、アキトはこの島の何処かに居る筈である。

ユリカがアキトを探しながら島の密林を歩いていると、

 

ガサ、ガサ、ガサ‥‥

 

と、茂みをかきわける音が聞こえる。

 

「アキト?」

 

恐る恐るその音がする方へと声をかけるユリカだが、返事はなくその音は段々と自分の方に近づいてくる。

ユリカは茂みの音がする度に不安になり、近くに落ちていた棒を拾い、振り上げながら茂みに近づくとそこから顔を出したのはアキトでも獣でも不審者でもなくコハクだった。

 

「こ、コハクちゃん?」

 

「あれ?ユリカさん?‥‥どうしたんですか?こんな所で棒なんて振上げて‥‥?スイカ割りの練習ですか?」

 

「あ、いや‥‥あははは」

 

「?」

 

咄嗟に棒を捨てて笑ってごまかすユリカ。

そんなユリカを不思議そうに見るコハクであったが、不意にユリカの足元に落ちていた女物の白い帽子に気づきそれを拾う。

 

「あれ?帽子?しかも女物‥‥これ、ユリカさんのですか?」

 

コハクは拾った帽子をユリカに手渡して確認してもらう。

 

「ううん、違う。私のじゃない‥‥」

 

帽子を見てユリカは自分の物では無いと言う。

 

「じゃあ誰のでしょう?」

 

「誰のだろう?」

 

持ち主の分からない女物の帽子を前に互いに首を傾げるユリカとコハクだった。

 

コハクとユリカが密林で鉢合わせして、誰かの帽子を拾っていた頃、ピーチにいたルリはテニシアン島のことを調べて、あることに気づいた。

 

「この島は最近になって、個人の所有になったみたいですね。豪州圏最大のコンツェルンのオーナー、クリムゾン家の‥‥」

 

ルリがパソコンの画面を見ながら呟く。

 

「クリムゾン家!?」

 

エリナがその言葉にピクリと反応する。

 

「知っているわ!!ついこの間、そこのお嬢様が社交界にデビューして話題になっていたわ!!」

 

ネルガル会長秘書の立場柄、そう言った事情にも詳しいエリナ。

ましてやクリムゾン家はネルガルのライバル企業の家柄でもある。

だが、テニシアン島がクリムゾン家の所有になっていた事までは知らなかったようだ。

 

「‥クリムゾン」

 

クリムゾン家の名前を聞いてイネスがテーブルの陰からヌッと現れる。

 

「バリア関係ではトップの世界有数の兵器メーカーね。あのバリア衛星もここの受注。しかし、その財閥の正妻の1人娘はたぶんに問題児らしいわ」

 

クリムゾン家には正妻の他にクリムゾン家当主の愛人との間にそれぞれ娘が1人ずつ存在している。

イネス曰く、愛人の娘の方はクリムゾングループの重役の座についてちゃんと仕事をしており、それなりに優秀な人物らしいが、正妻の娘の方は人間性に問題のある人物らしい。

 

「問題児?」

 

「いきなりパーティーで招待客全員の料理に痺れ薬を入れたり、自分の為だけに少女漫画を描かせると言って漫画家の誘拐未遂を起こしたり‥‥まっ、クリムゾン家にとっちゃ唯一の汚点よね」

 

空を見上げ遠い目で呟くイネス。

クリムゾン家に対して何か思うところでもあるのだろうか?

クリムゾン家にとっても優秀な愛人の娘よりも正妻の娘の方が大切らしく、正妻の娘の問題行動にはかなり目を瞑っている傾向がある。

そして、そんな正妻の娘を溺愛する父親に対して愛人の娘は嫉妬心を強く抱き、父親とも正妻やその娘とも不仲でクリムゾン家に関係しつつも彼女はクリムゾンの姓を名乗らず、愛人である母親の姓を名乗っているらしい。

ただ、クリムゾンという言葉を聞いてエリナとルリはコハクの身の心配をした。

 

(コハク、大丈夫でしょうか?‥‥万が一にもクリムゾンの人達に攫われるようなことがあったら‥‥)

 

(まずいわね。よりにもよってクリムゾンの連中の庭にコハクを連れてきてしまうなんて‥‥これでコハクが連中に再び奪取されるとプロジェクトが大幅に遅れるわ‥‥コハクがクリムゾンの連中に見つかる前にナデシコに戻した方がいいかもしれないわね)

 

コハクの存在はクリムゾンにとってもトップシークレットだったが、万が一、コハクの存在を知っているクリムゾンの連中がこの島に居ないとは限らない。

そう思ったエリナは、コハクを探すが浜辺に彼女の姿は見えない。

 

「あれ?コハクは?それに艦長もいないみたいだけど?」

 

「コハクちゃんなら、さっきこの島を探検するって言って密林の中に入ってきましたけど?」

 

ジュンがコハクの行方をエリナに伝える。

 

「何ですって!?」

 

ジュンから聞いたコハクの事を聞いてエリナは思わず声をあげる。

 

(まずいわ、新型チューリップの探索ついでにコハクを探してきてもらわないと‥‥)

 

「はい、そろそろ探索を開始して」

 

エリナはコハクの探索を隠す為に本来の任務を始めるようにエステバリスのパイロット達に仕事をする様に言う。

 

「へいへい」

 

バカンスの時間が終わり、エステバリスのパイロット達は次々と浜辺から自らのエステバリスへと向かう。

その途中‥‥

 

「コラー!!あんた達!!何処行くのよぉー!!」

 

砂浜で埋まっているムネタケが声を上げるが、誰も答えないし、誰もムネタケを気にも留めないし、助けようともしない。

何度も波を受けている為か、彼の頭には海藻とヒトデが乗っかっている。

其処にまたもや波がやってくる。

 

「あれー!!」

 

海岸にこれで何度目になるか分からないムネタケの絶叫が木霊する。

しかし、相変わらず誰も気には留めないし、助けもしない。

哀れである。

 

「あっ、アカツキ君」

 

「ん?」

 

エリナがエステバリスに向かうアカツキを呼び止める。

 

「なんだい?エリナ君」

 

「実は‥‥」

 

エリナはアカツキにこの島がクリムゾン家の所有になっている事、そしてコハクが密林に探検に行っていることを伝える。

 

「本当かい?それは?‥‥そいつは少々厄介だな‥‥」

 

「ええ、万が一クリムゾンの連中にコハクが見つかると厄介だわ。その前にコハクを連れ戻してきて」

 

「了解」

 

アカツキは急いで自らのエステバリスに乗り込んだ。

今回の調査目標である新型のチューリップは直ぐに見つかったが、チューリップは何故かバリアに包まれていた。

これはチューリップの能力ではなく、チューリップの四方に設置されたバリア発生装置から発生しているモノで、そのバリア発生装置にはクリムゾングループの家紋が描かれていた。

 

アカツキが本来の任務+コハクの捜索をしている中、その肝心のコハクとユリカは密林の中にひっそりと建つ手入れが行き届いた花園と噴水のある白い別荘のような建物を見つけた。

そこのテラスにはユリカの探し人であるアキトは白いワンピースを着た女の人と一緒にいた。

アキトを見つけたユリカは一目散にテラスへと向かい、

 

「アキト!誰なのその人!?」

 

アキトに声を上げ、一緒に居るその女の人が誰なのかをアキトに問う。

見たところ2人は随分と親しいように見える。

 

「誰?」

 

女の人は目を細めてユリカとコハクを睨みつける。

 

「あっ、どうもはじめまして」

 

ユリカは反射的に女の人に挨拶をする。

 

「ユリカさん、そうじゃなくて‥‥で、アキトさんその人誰ですか?」

 

「あっ、いや‥これは‥‥」

 

コハクが改めてアキトに女の人が誰なのかを問う。

心なしかコハクの目がジト目で何だか不機嫌そうである。

 

「ここまでのようね」

 

白いワンピースの女性が胸元のブローチを押すと、チューリップを覆っていたバリアが消え、チューリップの花弁が開くと中から巨大なジョロが出てきた。

 

「なるほど、あのチューリップはどうやらワームゲートではなく、アイツの運搬カプセルの様ですね‥‥蜥蜴も色んな戦法を試していると言う事かな?」

 

それを見て冷静に新型チューリップの分析を行うコハク。

ただ巨大なジョロをそのまま放置するわけにもいかないので、エステバリス隊は巨大ジョロを攻撃する。

そんなコハクやエステバリス隊、巨大ジョロを無視し、ユリカはアキトに詰め寄る。

 

「アキト!誰なのその人!そんなに2人でくっ付いちゃって!貴女!アキトから離れなさい!」

 

「ま、待ってくれ!彼女は‥彼女は俺にとってのアクアマリンなんだ!!」

 

「はぁ?」

 

白いワンピースの女性をゲキガンガーに登場するキャラに例えるアキトを見てユリカは絶句する。

まぁ、この女性、アキトが言うゲキガンガーの登場人物に容姿と声が物凄く似ていたので、無理もない。

 

「ユリカさん危ない!!」

 

コハクがユリカを庇う様に覆う。

巨大ジョロから放たれたミサイルが近くで着弾し瓦礫が降り注ぐ。

同じくアキトも白いワンピースの女性、アクアを庇う。

 

「大丈夫か?アクア‥えっ?」

 

近くにミサイルが着弾し、ここも危険だというのにアクアは顔を赤らめている。

 

「嬉しい。いよいよ私たち最後のときを迎えるのね?」

 

自分が死ぬかもしれないのに何故か嬉しそうな様子のアクア。

 

「えっ?」

 

「私の夢が叶うのね‥‥戦火の中に散る愛し合う2人‥‥ああ素敵」

 

「あ、アクア君は何を言っているんだ?」

 

アキトとしては彼女の言っている事が理解できない。

 

「私はずっと待っていたのよ!!この時を!!美しく死ぬ愛し合う2人‥‥そう、その時私は悲劇のヒロイン~!!」

 

アクアは嬉しさのあまりに舞い踊っている。

 

「アキトさん!!その人、イネスさんよりも危ない変人だ!!その人から離れて!!」

 

「貴女!!アキトから離れなさい!!」

 

瓦礫を刃物化した髪の毛で細かく切り裂いて、アキトに忠告するコハク。

そんなコハクの人間離れした能力に気づかずアクアにアキトを離すよう命令するユリカ。

しかし、アキトは腰が抜けたのか動こうとしない。

 

「あ、あれ?どうして?‥‥か、体が動かない」

 

「食事に混ぜた痺れ薬が効いてきたみたいね」

 

「えええーっ!!」

 

ユリカとコハクが来る前、アキトはアクアが作った料理を食べていた。

まさかその中に薬が盛られていた事に驚愕するアキト。

コックを目指すアキトの舌をも見抜けなかった薬‥‥恐らく無味無臭の薬だったのだろう。

 

「アキト~」

 

「変人さん!!死にたいのなら1人で死ね!!他人を巻き込むな!!」

 

コハクはアクアに指をさして抗議する様に言う。

 

「貴女達に分かるもんですか!小さい頃から何不自由なく、欲しいものは何でも手に入って‥私はずっと憧れていたのよ!悲劇のヒロインに‥‥」

 

これから死ぬかもしれないのと言うのに目がキラキラと輝いているアクア。

 

「駄目だ、この変人‥早く何とかしないと‥‥」

 

アクアの異常さに呆れながら呟くコハク。

 

「幸福すぎたのが私の不幸‥‥私は愛する男の人と2人戦火に散る‥‥あのチューリップは神様のくれた贈り物だったんだわ~!!」

 

「わ~や、やめてくれ!!」

 

「アキト、もう放さない。私たちここで美しく散るのよ」

 

巨大ジョロはエステバリスよりも手ごろな獲物と判断したのか、アキトとアクアに迫ってくる。

だが、間一髪リョーコのエステバリスがジョロに体当たりをしてアキトを危機から救う。

 

『平気か?アキト!』

 

アキトの無事を確かめるリョーコだったが、カメラが捉えた映像はアキトがアクアに抱かれている光景だった。

 

『アキト!テメェ、何やってんだ!?』

 

「リョーコ、後ろ、後ろ!!」

 

巨大ジョロが起き上がりリョーコ機を襲いかかろうとするが、

 

『うるせぇ!』

 

リョーコの怒りに満ちたアッパーが決まり、続いて左フックと蹴り、最後に至近距離からのライフル射撃に流石の巨大ジョロもこれには耐え切れず爆発した。

 

『こえぇ~‥‥』

 

アカツキの呟きがその戦いを見ていた者の気持ちを代弁していた。

その後、コハクがアクアから何とかアキトを奪還して、皆はナデシコへと戻った。

夕日に染まるテニシアン島から離れていくナデシコ。

そんなナデシコを見ながらアクア浜辺で、

 

「アキト!!カムバック!!私と一緒に悲劇の主人公になりましょう!!」

 

そんな事を言っていたが、正直付き合っていられない。

 

その日の夜、ナデシコで‥‥

 

「アキト!あの子の料理は食べたんでしょう!?」

 

「アキト!遠慮すんなって!オレの作った飯が食えないってのか!?」

 

ユリカとリョーコにドロドロのヘドロのような料理(?)を迫られ逃げ惑うアキト。

 

「誰か助けてくれ~!」

 

そしてある一室では、

 

「言った筈です危険な所には行かないと‥‥」

 

笑顔でコハクに迫ってくるルリ。

 

「ま、まさかルリ‥ああなることを予見して‥‥」

 

「うふふふ」

 

「お、俺は‥‥」

 

「ぼ、僕は‥‥」

 

「「悲劇の主人公だ~!!」」

 

ナデシコに2人の男女の悲鳴が響いた。

 

余談であるが、今月のナデシコ標語には、

 

『ある者の幸福はある者の不幸…他人の不幸は蜜の味』 byアカツキ・ナガレ

 

が、選ばれたと言う。

そしてテニシアン島の浜辺に埋められたムネタケはと言うと、

 

「こら~ちょっと!!私はどうなんのよ!?」

 

未だに砂浜に埋められていた。

そんな彼に‥‥

 

「ウフフフ~」

 

「ん?」

 

「もうすぐ潮が満ちてきて2人は海の中‥‥ウフフフ‥‥」

 

アクアに絡まれていた。

 

「『ウフフフ』って何よ!?この子!?誰か助けてぇ~!!」

 

「幸せになりましょう?」

 

「幸せじゃないわよ!!私は!?アッ―――!」

 

夜のテニシアン島の浜辺にムネタケの絶叫が木霊した。

しかし、潮が満ちる前にムネタケは無事に救助された。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第15話

 

ロシア、クルスク工業地帯。

かつてその地は陸戦兵器の軍需産業で栄えた町だった。

そこへ、またもや連合軍の防衛網を突破してチューリップが来襲。

まず、ヤドカリと呼ばれる小型の虫型機動兵器を多数地表に投下させると、次にチューリップは工業地帯へと着陸し、その中からはカタツムリの殻にナナフシの身体をくっつけた様な無人巨大レールガンの砲台が姿を現した。

先日、テニシアン島に落下したチューリップ同様、今回のチューリップもゲートタイプのものではなく、輸送タイプのものであった。

連合軍はこの砲台をナナフシと名付けた。

ナナフシは完全な固定砲台なのか、その場から動かない事が連合軍の監視衛星で確認された。

移動しないとはいえ、木星兵器をこのまま放置するわけにはいかない。

連合軍は早速このナナフシの攻略へと踏み切った。

 

「此方、第32特殊機甲連隊!!救援を乞う!!繰り返す!!直ちに救援を‥‥!!ぐぁぁぁぁぁー!!」

 

ナナフシ攻略へと向かった連合軍の攻略部隊からは悲痛な叫び声や弾幕、そして何かが壊れる様な轟音がしたと思ったら、通信が途絶した。

 

「第32特殊機甲連隊どうした!?応答しろ!!第32特殊機甲連隊!!」

 

「第32特殊機甲連隊のシグナルロスト!!全滅です!!」

 

「くっ‥‥」

 

後方に設置されたナナフシ攻略部隊の司令部では重い空気が漂い、司令官は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。

 

 

~連合軍 総司令部~

 

 

「また、ナナフシの攻略は失敗か‥‥」

 

「はい、残念ながら‥‥」

 

連合軍はナナフシの攻略に手を焼いていた。

当初は固定砲台の攻略など、容易いかと思われていたが、3度の総攻撃で既に精鋭部隊をいくつも失い人的、物的被害がかなり出ている。

これ以上の消耗は今後、この戦争にも影響しかねない。

 

「これ以上は無駄に戦力を失う訳にはいかん」

 

「しかし、次は誰をナナフシの攻略へ差し向けますか?」

 

「‥‥あの男の艦にやらせよう」

 

「しかし、大丈夫でしょうか?」

 

「何、手柄と出世欲に貪欲なあの男の事だ。此方の命令は嬉々として引き受けるさ。例え自分が乗る艦の乗員が何人死のうとね」

 

「ですが、万が一、ナナフシの攻略が成功しましたら‥‥」

 

「その時はあの男ではなく、ナナフシを破壊した者へ褒美を与えればそれでいい。実際にナナフシを破壊するのは十中八九あの男ではないのだからな」

 

「承知しました。では、直ちにナデシコへ指令を送ります」

 

ナナフシの攻略に頭を悩ませた連合軍はそのナナフシの攻略をナデシコへと通達をしたのだった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「クルスク工業地帯‥アタシ達の生まれるずっと昔は軍需産業‥とりわけ陸戦兵器の開発で盛り上がっていた土地よ」

 

連合軍から送られて来た指令を話すムネタケに、戦術スクリーンを操るブリッジクルー

 

「このクルスク工業地帯を木星蜥蜴が占拠したの‥‥その上、奴等ったら、今までどの戦線でも確認されていない新兵器を投入してきたの‥‥」

 

「その新兵器の破壊が今度の任務という訳ですね、提督?」

 

「そうよ、艦長。司令部ではアレを"ナナフシ"と呼んでいるわ」

 

ムネタケが戦術スクリーンから目を上げ、クルーを見回す。

スクリーンには巨大な主砲を悠然と空へと構えるナナフシの映像が映る。

 

「今まで、軍の特殊部隊が破壊に向かったわ‥3度攻撃を仕掛けているけど、3回とも全滅‥‥」

 

「なんと不経済な‥‥」

 

ムネタケの言葉にプロスペクターが電子ソロバンを取り出し、損害を計算して唖然となる。

その数字を覗き見ていたミナトとゴートの顔にも驚きがみえる。

 

「そこでナデシコの登場、グラビティブラストで決まり!!」

 

「そうか、遠距離射撃か!!」

 

「その通り」

 

ユリカがナナフシの攻略をナデシコの切り札であるグラビティブラストで一気に片を付けると言う。

 

「安全策かな?」

 

「経済的側面から見ても賛同しますよ」

 

ジュン、エリナ、プロスペクターもユリカの作戦を支持する。

 

「それにエステ部隊も危険に晒さずに済みますしね♪」

 

「回りくどいなぁ、艦長。それを言うならアキト君が、でしょう?」

 

「は、はい‥‥」

 

ミナトの突っ込みに頬を染め照れるユリカ。

 

「あら、言ってくれるわね~♪」

 

ミナトがニヤリと笑う。

 

「‥‥」

 

ユリカの説明に何だか腑に落ちない様子のコハク。

 

「コハク、どうしましたか?」

 

そんなコハクにルリは声をかける。

 

「あっ、いや‥ナデシコが就航したばかりの頃ならと兎も角、今は連合軍の艦もグラビティブラストやディストーションフィールドも装備しているのになんで連合軍は今回、艦長が立てた作戦の様にやらなかったんだろうと思って‥‥」

 

「そう言いえばそうですね‥‥」

 

「提督、何で軍は負けたんですか?特殊部隊なんて精鋭まで投入したのに?戦艦は投入しなかったんですか?」

 

「陸軍の連中が強引でね、今回の作戦に宇宙戦艦は投入されなかったの‥‥で、意気揚々とナナフシの攻略に向かっていたんだけど、対空砲火が思いの外、強力でね。それを打ち破れず、降下する前に輸送機ごとドカンよ。でも、ナデシコのディストーションフィールドなら問題はないはずよ」

 

ムネタケは軍の敗北理由とディストーションフィールドやグラビティブラスト搭載艦がナナフシの攻略に使用されなかった訳を話す。

連合軍は各国の海軍、陸軍、空軍、宇宙軍から成り立っている。

この戦争は宇宙から飛来する侵略者の魔の手から地球を守ると言う名目であるが、実際は連合軍の中でも宇宙軍が幅を利かせているこの戦争‥これ以上、宇宙軍に手柄を奪われてたまるかと言う陸軍が宇宙軍の参加を拒否して此処まで被害を大きくさせたらしい。

 

(それなら、ナデシコではなく、宇宙軍に命令すればいいのに‥‥)

 

そう思う反面、

 

(宇宙軍の艦艇の中で撃沈されても対して影響や被害はないと思われているのかな?もし、そうだとすれば、ナデシコは今後、使い捨ての様な任務ばかりを受け負わせられるかも‥‥)

 

ナデシコは既に連合軍からは捨て駒扱いされているのではないかと思うコハクであった。

 

「"はず"では危険ではありませんか?戦場において絶対なんてありえませんし、慢心は判断を誤らせる元になりかねませんよ。此処はエステバリスで先行偵察をした方がよろしいのではないでしょうか?」

 

コハクはムネタケに忠告するが、

 

「あら?それじゃあ、貴女は自分の乗る艦の事を信じていないの?」

 

「い、いえ‥そう言う訳ではないですけど‥‥」

 

「なら、黙っていなさい。艦長もエステによる偵察はあまりしたくないみたいだし」

 

「‥‥」

 

何だか、釈然としないが、ムネタケはコハクの意見には耳を貸さず、ユリカもエステバリスのパイロットの生命が危険になるかもしれないと言う事で、ナデシコからの長距離射撃の作戦を変更する事はなかった。

勿論エステバリスでの偵察の許可も出撃命令も出さなかった。

 

「作戦開始まであと8分30秒」

 

「グラビティブラストにエネルギーバイパス回路接続」

 

何か嫌な予感を抱きつつもグラビティブラストの発射準備を行うコハク。

 

「エネルギーチャージと共に山影から出てグラビティブラスト発射、ドーンと決めちゃって下さい!!」

 

「予定作戦ポイントまで17000」

 

ルリのオペレーターを聞きながらグラビティブラストの引き金に指をかけるコハク。

そして間もなく、山を抜けると言う所まで来た時、

 

「敵弾発射」

 

「えっ?」

 

ナナフシから発射された黒いエネルギーの固まりが山の一部を削り取り、ナデシコの左舷側のディストーションブレードを奇麗に打ち抜いた。

 

「‥‥何か当たった?」

 

ユリカが呆然と呟く。

次の瞬間、轟音と共に左舷側ディストーションブレードから爆発が上がる。

これまでに経験した事のない衝撃に襲われるナデシコ。

 

「ディストーションフィールド消失!!」

 

「被害は18ブロックに及んでいます」

 

「相転移エンジン停止!!」

 

フィールドが消失し、エンジンも止まりいきなりピンチになるナデシコ。

しかし、フィールドがあったからこそ、空中で爆発することはなかった。

 

「きっとナナフシの正体は重力波レールガンね」

 

そこへ、イネスが空間ウィンドウに現れナナフシの正体をユリカに告げる。

たった1発の砲撃で相手の正体を見破るあたり、イネスの観察眼は凄いのかもしれない。

 

「操舵不能!!墜落します!!」

 

「補助エンジン全開」

 

「そんなの聞いている場合じゃありませ~んっ!!」

 

ナデシコが墜落しかかっている状況にも一切動じず、説明を行うイネスにユリカが叫ぶ。

墜落していくナデシコは補助エンジンをフル稼働させる。

噴射口から青い炎が噴き上がり体制を立て直そうとするが、補助エンジンのみでは出力が足らず、落下の速度を多少緩める程度の気休めにしかならなかった。

ナデシコは山間部の木々を押し倒しながら胴体着陸した。

凄まじい衝撃がナデシコを襲う。

ブリッジに立っている者は1人としていない。

 

「威力は凄いけど、マイクロ・ブラックホールの精製に時間がかかるでしょうから、暫くは安全だわ」

 

イネスが説明を締め括る。

ブリッジに立っている者がいないあの衝撃の中、転ぶことなく説明していたイネス。

一体どういうバランス感覚をしているのだろうか?

 

「キチョーなご意見、どーも‥‥でも、これからどうしよう‥‥」

 

指揮卓に何とか這い上がったユリカが呟く。

あっさりと終わるかと思ったナナフシの攻略。

やはり、コハクの言う通り簡単には終わらなかった。

今後の策を検討する為、作戦室に主要クルーが集まる。

だが、作戦図を前に重苦しい雰囲気に包まれている。

 

「対空防御は完璧‥‥空からの攻撃は難しいか‥‥此処はやはり地上からナナフシを攻撃しないとダメかな?」

 

ジュンが作戦図を前に呟く。

イネスの話ではマイクロ・ブラックホールの精製には時間がかかり、次の発射は12時間後の明朝5時。

その時はマイクロ・ブラックホール弾が地表で炸裂することになる。

しかし、今のナデシコは修理中の為、飛び立つことも動くこともフィールドを張る事も出来ない。

次のナナフシの攻撃を受ければナデシコは消滅する。

爆心地から放出されるガンマ線により辺りを死の大地と化して‥‥

ウリバタケ達整備班も現在、必死の修理作業を行っているが、被害があまりにも広大すぎて明日の朝5時までには終わらない。

次のナナフシの攻撃前に何としてでもナナフシを破壊しなければならない。

 

「そう‥だね‥‥エステバリスによる地上進攻作戦、それしか方法はありません」

 

そう言い切るユリカだが、その表情は冴えない。

エステバリスによる地上進攻作戦。

エステバリスのパイロットであるアキトも今回の作戦には参加するだろう。

また、アキトを危険な目に合わせてしまうことになるのかとユリカとしては心苦しい心境だった。

 

「パイロットは会議室に集合。ブリーフィングを行う」

 

ゴートとアキトを含むエステバリスのパイロット達が会議室へと向かう。

その様子をコハクはジッと見ている。

 

「コハク‥‥まさかと思いますが、自分も行く‥‥なんてことは考えていませんよね?」

 

「えっ?ま、まさか‥‥そんな事‥‥」

 

ルリがコハクの事をジト目で見てくる。

そんなルリにコハクは乾いた笑みを浮かべながらルリから視線を逸らす。

とは言え、地上戦での攻略ならば、参加数は1機でも多い方が作戦の成功率が上るかもしれない。

力があるのに力になれない。

なんだか、自分が無力な存在に思えるコハクだった。

 

「‥‥」

 

(コハク、また何か無茶な事をしようとしていますね‥‥)

 

もしかしたら、コハクはこの作戦中に何かするかもしれない。

そんな予感を覚えるルリだった。

 

 

~ナデシコ 会議室~

 

「作戦開始時刻は1900時。作戦指揮はアカツキに任せる」

 

「了解、皆、よろしく」

 

「装備はアカツキ、テンカワは砲戦フレームに換装、他は陸戦フレームを使用する。ルートは‥‥」

 

ゴートが作戦についての概要を説明する。

作戦開始時刻、指揮官の任命、使用する装備、現在位置からナナフシまでの道のりその他諸々‥‥

 

「以上、何か質問は?」

 

作戦の概要を説明し、次にパイロットからの質問があるかを問う。

 

「あの‥‥質問いいですか?」

 

アキトが恐る恐る手をあげる。

 

「なんだ?」

 

「コハクちゃんは今回の作戦には参加しないんですか?」

 

アキトもやはり、コハクが参加した方が作戦の成功率があがると思い、ゴートに質問をした。

それにコハクのプロヴィデンスも外部バッテリーがあるので、ナデシコからの重力波ビーム圏外での活動も出来る。

 

「残念ながら、コハクは今回の作戦には参加しない」

 

「どうして‥‥?」

 

「コハクはネルガルではパイロット契約を結んでいない‥‥それ以前に‥‥」

 

「それ以前に?」

 

「‥‥彼女がコハクの参加を認めないと言ってきてな‥‥」

 

「彼女?」

 

「「「「あぁ~成程」」」」

 

アキト以外のパイロット達はゴートの言う『彼女』に思い当たる節があった。

 

「ルリルリ、コーくんの事、ホントに可愛がっているからねぇ~」

 

「危ない戦場へ出す事は許さない‥‥か‥お姉さんと言うよりも過保護なお母さんにクラスアップしていないか?」

 

「‥‥」

 

アキトを除くパイロット達はルリとコハクの関係を笑っていたが、アキトはジッと無言を貫いていた。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

格納庫では、アキトのエステバリスに整備班員が補給物資を載せている真っ最中だった。

 

「補給物資担当はアキトだぁ~っ!じゃんじゃん積み込め~っ!」

 

拡声器を使ったウリバタケの怒号が格納庫に響き渡る。

 

「「「「「うぃっ~す!」」」」」

 

アキト機に張り付いた整備班員も負けずに声を響かせる。

そんな中、アキト機に張り付いている整備班員に混じり、ホウメイがしきりにコクピットを叩いている。

 

「テンカワ~!!おーい!!アキト!!誰か、特別通信送れる人いる?」

 

しかし、コックピットの中に居るアキトは気付いていないようである。

実はこの時、アキトはユリカから特別通信を受けていたのだ。

ホウメイはリョーコに頼んで特別通信を送ってもらった。

 

「テンカワ!!」

 

「うわっ!?お、俺が悪かった!人として間違っていた!ゆ、許して下さい!」

 

「何言ってんだ?お前?それより、ホウメイさんが呼んでいるぞ」

 

リョーコに言われて此処でようやくアキトはホウメイに気づいた。

 

「携帯食じゃ味気ないから沢山食糧積んでおいたから」

 

「いくらなんでもこんなに一杯いらないよぉ~」

 

アキトのエステバリスの背中には巨大な風呂敷包みを背負っている。

 

「お客のオーダーに応えるのが一流のコックの鉄則ってもんだろう!?」

 

ホウメイの言葉を受けて辺りを見回すとヒカルとイズミがアキト機に手を振っている。

 

「アキトくん、仲間、仲間」

 

「頼むぜ、テンカワ。女の子の期待がかかっているんだから」

 

ヒカルとリョーコは戦闘配食を楽しみにしている様子。

 

「はぁ~」

 

「くぅぅ~っ、にくいぜ、この~!羨ましいぞ、テンカワ・アキト~!!」

 

「「「「「「にくいぜ、この~!羨ましいぞ、テンカワ・アキト~!」」」」」」

 

ウリバタケと整備班員達が女性陣の期待?を一身に背負ったアキトに羨望の声を上げる。

そして出撃時間となり、

 

『よし、物資も積み終えたし、そろそろ行きますか?色男君』

 

アカツキもアキトをからかうように出撃を促す。

その言葉を受け、ナデシコから5機のエステバリスがナナフシ攻略の為、出撃していく。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「各エステバリス、発進しました」

 

「まもなく重力波ビーム圏外に出ます」

 

こうしてナナフシ攻略作戦がスタートしたのだが‥‥

 

「ビシ!」

 

ブリッジに入ったプロスペクター、ゴート、エリナが目にしたのは20世紀半ばの英国か独逸軍風のお揃いの軍服に身を包んで敬礼するユリカ達ブリッジクルーの姿だった。

唖然とするプロスペクターとゴート。

 

「まあ♪」

 

そしてなぜか顔を輝かせるエリナ。

 

「新手のコスプレかね‥‥?」

 

ブリッジに入った当初は唖然としていたが、ようやくここで口を開いたゴートはブリッジクルーの服装について尋ねる。

ゴートの質問にまずはメグミが答える。

 

「これはセイヤさんが」

 

そしてミナトが続く。

 

「この方が作戦指令部っぽいからって」

 

ジュンが結ぶ。

 

「貸してくれたんです」

 

そしてユリカが再度敬礼する。

 

「ビシ!」

 

それに続くブリッジクルー。

 

「「「「「ビシ!!」」」」」

 

揃いの軍服を着ての総員敬礼姿はある意味、壮観である。

なお、この時ウリバタケは大航海時代の提督風の衣装を着ていた。

 

「ルリさんとコハクさん‥貴女達も‥ですか?」

 

プロスペクターが呆れる様な口調でルリとコハクに尋ねる。

コハクは兎も角、ルリはこうしたコスプレには興味ないと思っていたのだが、ルリは鉢巻をして日本の戦国時代の水軍か足軽風の鎧を着ている。

コハクはルリと同じく鉢巻を巻き、袴に浅葱色のだんだら羽織‥新撰組の衣装に身を包んでいた。

 

「此方の作業も始まった。ドクターが観測衛星から送られてきたデータを分析中だ。それが済めば新しい情報も得られるだろう」

 

「ほんとバカばっか」

 

ルリは半ば諦め顔で呟く。

 

「あの‥‥もしかして、本当は嫌?」

 

ジュンが恐る恐るルリに尋ねる。

 

「大人ですから‥‥」

 

ルリはジュンの質問に一言呟く。

今回、ルリはこうしたコスプレ衣装を着ているのはユリカ達に強引に着せられたわけではなく、コハクがコスプレ衣装を着た後、

 

「あれ?ルリは着ないの?」

 

と、上目遣いで聞いてきた為であった。

ブリッジがコスプレパーティーの会場となりつつある中、ナナフシ攻略に向かったエステバリス隊は、丘を越え、山越え谷越え、川まで越えて現在、モアナ平原を同日22時30分で通過し、食事と休憩の時間に入っていた。

勿論食事を作ったのはアキトだった。

そしてエステバリス隊のパイロット達が休憩していると、野営地付近に爆音が響く。

何かが自分達に砲撃をしてきたのだ。

 

「敵襲?」

 

「おう、そんな訳で敵さんの映像、送るぜ」

 

リョーコが砲撃してきた敵の姿をナデシコに送る。

空間ウィンドウに映るのは、重厚なエンジン音とキャタピラ音を鳴り響かせてエステバリス隊に接近する鋼鉄の車の群れ‥‥。

 

「車洗う‥それは、洗車」

 

イズミのギャグは相変わらず寒いが、彼女は敵の正体を的確に見抜いていた。

 

「「せんしゃ?」」

 

一方、ジュンとユリカは意味が分からないのか首を傾げる。

 

「車を洗う行為ではなく、漢字で戦う車と書くんです。今、エステバリス隊を襲撃している敵の車両の名称です」

 

コハクが「せんしゃ」の意味をユリカ達に教え、

 

「知らないのも無理はないが、二世代前の陸戦主力兵器だ」

 

ゴートが補足説明をする。

 

「なるほど、戦車で地上の守りを固めるとは考えたわね」

 

「現地調達有効利用‥‥なんとも経済的な戦いをする。我々も見習わないと」

 

ムネタケとプロスペクターも敵の戦術には感心している。

空の守りはナナフシが、そしてそのナナフシがある地上の守りを工業地帯に放置されていた戦車で守る。

確かに合理的な戦法だ。

ヤドカリを多数投下していたのはこのためだった。

 

「でも、スペックを見る限りじゃエステの敵では‥それに相手は二世代前の兵器ですし‥‥」

 

ジュンはエステバリスと戦車では戦いにならないのではないかと言うが、

 

「本来ならそうですけど、敵はどうやら数の力で迫ってきているみたいですよ」

 

コハクは敵が人海戦術をとってきた事を指摘する。

 

「コハクの言う通りだ。いくら旧式とはいえ、数が多ければ脅威に値する」

 

「それに今のエステはナデシコからの重力波の圏外で使用できるエネルギーには限りがありますからね」

 

ゴートも多数の戦車と少数のエステバリスではエステバリスがいかに優れた兵器であろうと厳しいと言う。

しかもコハクの指摘通り、エステバリスは今、外部バッテリーで起動している。

バッテリーがなくなれば、動く事は出来ず、いくら戦車よりも性能が勝っているエステバリスと言えど、動くことが出来なければ勝つことは不可能だ。

 

「艦長、一大事よ」

 

そこへイネスが映った空間ウィンドウが現れる。

 

「はい?」

 

「悪い知らせよ」

 

「どれくらい?」

 

「そうね、かなり悪い知らせよ」

 

イネスからかなり悪い知らせが来た時、エステバリス隊は戦車と戦闘に入った。

陸戦フレームを装備した3人娘が弾幕を張り、戦車の進攻を抑える。

 

「アキトとアカツキは今のうちに行け!」

 

「すまない!任せるよ、リョーコ君!」

 

短く礼を残し、アカツキはエステを走らせる。

 

「テンカワ君、行くよ!って、おい!?テンカワ君!!」

 

「イヤだ!俺は戦う!!」

 

そう叫ぶとアキトは戦車へ向かって砲撃を始めてしまう。

 

「止めろ!無駄弾を使うな!」

 

アカツキ機がアキト機の装備しているキャノンライフルを無理矢理押さえ込み砲撃を強引に止めさせる。

 

「何すんだよ!?」

 

「この砲戦フレームは対ナナフシ用の切り札なんだ!此処はリョーコ君達に任せて僕達は先を急ぐんだ!」

 

「なっ!?仲間を見捨てていくのかよ!!」

 

「そうじゃないさ!ここで主力の砲戦の残弾を使い切るわけには行かないだろう!」

 

言い争うアキトとアカツキ。

その間にも砲弾がエステバリス部隊に降り注ぐ。

そしてその中の1発が運悪く補給物資が入ったオカモチに命中する。

 

「バッテリーが!!」

 

「だから言わんこっちゃない…」

 

「うるせぇー!!」

 

砲撃を再開するアキト。

 

「止めろ!」

 

「ウオォォォォォッ!」

 

アカツキ機の制止を振切り、アキト機は砲撃を続ける。

やがて戦車からの砲撃が沈黙する。

どうやら粗方片付けた様だ。

 

「…ハァッ…ハァッ…」

 

「どう?気が済んだ?」

 

「イ、イネスさん‥‥」

 

アキト機のコクピットにイネスが映る空間ウィンドウが現れる。

 

「悪い知らせよ。ナナフシが動き出したわ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

他のパイロットもその言葉に驚きの表情を見せる。

 

「まだデータ不足だけど、次の発射は明朝5時より早くなるのは確実よ」

 

「じゃあ‥‥」

 

「そう、ナデシコの‥‥いえ、このクルスク地方の蒸発までもう時間がないわ」

 

「作戦パターンをAからDに移行!」

 

イネスの報告を聞き、ゴートが作戦パターンの変更を指示する。

 

「「了解!」」

 

補給物資が無くなった事で作戦内容を変更せざるを得なくなった。

しかも時間もない。

そこで‥‥

 

「「「いってらっしゃ~い♪」」」

 

アキト機とアカツキ機のエステバリスが鉄橋を走り去っていくのを手を振って見送る3人娘。

 

「帰って来いよ~!」

 

「こい、こ~い♪」

 

リョーコとヒカルがそれぞれエールを送る。

 

「ホント、帰って来いよな‥‥」

 

「でなきゃ困るよぉ~私達動けないしぃ~」

 

「そうだな、バッテリーはアイツ等に渡しちまったしな‥‥」

 

そう言ってリョーコは動かなくなった自分達のエステバリスに視線を移す。

そんな中、イズミがハッと顔を上げる。

 

「静かに!!‥‥何か聞こえる‥‥」

 

イズミは目を閉じて耳を澄ませる。

 

「何?またシリアス・イズミ?」

 

ヒカルが茶化すがイズミの態度は真剣そのものである。

やがてヒカルやリョーコの耳にもその音が聞こえ始める。

キュラキュラと大地に鳴り響くディーゼル音とキャタピラ音が‥‥

 

「なぁ、イズミ‥‥この音って、もしかして‥‥」

 

リョーコの頬に冷や汗が一筋流れ出る。

 

「ああ、間違いないね‥‥」

 

3人娘の目に映ったのは多少の被弾はしているが、確実にこちらへ向かって走って来る1両の戦車の姿だった。

 

「冗談キツいぜ‥‥」

 

リョーコは顔を引き攣らせながら迫りくる戦車を見る。

何もせず、やられる訳にはいかないので、リョーコ達は手持ちの武器である拳銃で反撃を試みてはいたが、尽く分厚い装甲に弾き返されていた。

そりゃあ、拳銃で戦車を撃破するのであれば、ブルースチールのランタンを提げた歩兵がもつ特殊な拳銃とその戦法でもとらなければ不可能の近い。

 

「チキショー!こんなんじゃ歯がたたねぇ‥‥」

 

「リョーコさん、確かエステに吸着地雷があったでしょう!?それを使って!!」

 

コハクがリョーコにアドバイスを入れる。

 

「吸着地雷?んなもんどーすんだよ?」

 

「戦車の底に仕掛けて!!その部分は他の部分と比べて装甲が薄いから!!」

 

「了解!!ヒカル!!吸着地雷をとって来い!!それまで援護してやる!!」

 

「わ、分かった!!」

 

ヒカルが自分の機体から吸着地雷を取りに行き、リョーコとイズミが戦車に無駄だと分かりつつも拳銃で反撃する。

 

「ヒカル、まだか!?」

 

「もうちょっと待って‥‥取れた~!!よいしょっと」

 

ヒカルが吸着地雷を取りに言った直後に戦車がヒカルのエステバリスに体当たりをする。

 

「あぁ~私のエステ~」

 

ヒカルから吸着地雷を受け取ったリョーコはヒカルのエステバリスに乗り上げた戦車に向かって走り、戦車の車体の下に吸着地雷をセットする。

一瞬の間をおいて車体の下で爆発が起き、戦車が動きを止める。

その隙にイズミが車両に駆け上がり、ハッチを開け、戦車を操っていたヤドカリに銃弾を撃ち込む。

 

「目にキス‥‥命中‥‥」

 

「はいはい」

 

リョーコ達が戦車を倒した頃、アキトとアカツキはナナフシへと急いでいた。

 

「エネルギーも弾薬もギリギリだ。今後は勝手な行動は慎んでくれよ、いいね?」

 

「‥了解」

 

アカツキの空間ウィンドウが閉じられる。

 

「何だよ、偉そうに‥‥」

 

その時、突然爆発が起きる。

 

「何だ!?」

 

「今までのオモチャとは違うみたいだね」

 

爆煙の向こうから姿を現した"それ"は三連装の主砲に10門近い副砲を備えた多連装戦車だった。

 

「くそーっ!」

 

アキトがライフルを構える。

 

「待て!焦るな!」

 

「じゃ、どーすんだよ!」

 

攻撃を止めるアカツキにアキトが吠える。

 

「コイツに構っているヒマはないんだ!このままナナフシまで突っ切るよ!」

 

エステバリスを反転させて逃げるアキトとアカツキ。

 

「苦戦してやがるな、2人共!」

 

「え!?リョーコちゃん?」

 

エステバリスと化け物戦車の間に1両の戦車が割って入る。

リョーコ達は先程撃破した戦車を鹵獲して此処まで来たのだ。

 

「助かるよ!んじゃ、そういう事で‥‥」

 

「そうだな」

 

頷き合うリョーコとアカツキ。

ヒカルとイズミも頷いている。

 

「え?ど、どーすんの?」

 

1人だけ話の展開に着いていけないアキト。

 

「つまり、君はナナフシにGo!僕達は戦車に‥‥Let's Go!」

 

アカツキがエステバリスを反転させる。

リョーコ達の戦車も化け物戦車に向かって突撃する。

 

「で、リョーコ君?何か策はあるのかな?」

 

アカツキが尋ねる。

 

「このまま体当たりだ!」

 

「「「やっぱり~!止めても聞かないその性格~」」」

 

リョーコ達の戦車が化け物戦車のキャタピラの下へ潜り込む。

 

「今だ!ロン毛!」

 

「オーライ!でっかい戦車はこう叩けってか!!」

 

ハルの底を見せた化け物にアカツキはキャノンライフルを多連装戦車に叩き込む。

化け物もむざむざやられてたまるかとばかりにアカツキ機を射界に捉らえる副砲を乱射する。

 

「なんの!」

 

多連装戦車の副砲の砲撃を受けるが、アカツキは怯むことなく戦車の車体の下に砲弾を撃ち込み続ける。

アカツキと分かれたアキトはナナフシへと迫る。

コクピットの中に《補助バッテリー残り僅か!》の空間ウィンドウが点滅する。

 

「全弾発射!」

 

両肩のミサイルポッド、腕に抱えた120キャノンをナナフシに向ける。

次々と火線が加速器に吸い込まれていくが、ナナフシの唸るような駆動音と発光は止まらない。

アキト機の弾薬は見る間にその数を減らしていく。

 

「くそっ、あの時、無駄弾を撃たなければ‥‥」

 

そして最後の一撃がキャノンライフルから放たれる。

 

「そんなっ!?間に合わなかった‥‥?」

 

呆然と立ち尽くすアキト機。

目の前の加速器の駆動音と光は益々大きくなる。

アキトの視界が歪む。

 

「‥‥ゴメン‥みんな‥‥」

 

アキトは俯き肩を震わせ、呟いた。

 

「まだ諦めるのは早いですよ!!アキトさん!!」

 

「えっ?」

 

アキトはあまりにもその場に場違いな声に思わず顔を上げる。

そこにはナナフシを攻撃するスクエア形の6基のビットの姿。

そして‥‥

アキト機の隣に立つプロヴィデンスの姿。

 

「コハクちゃん!?」

 

「アキトさん、コレを使って!!

 

レールカノンを手渡すプロヴィデンス。

 

「あっ、ああ‥‥」

 

プロヴィデンスからレールカノンを受け取り、ナナフシへ攻撃するアキト。

アキトにレールカノンを渡したプロヴィデンスももう1丁のレールカノンとビットでナナフシを攻撃する。

 

 

此処で少し時間を巻き戻す。

 

アカツキと3人娘が乗った戦車が多連装戦車と戦っている頃、

 

「オモイカネ、アキトさんがナナフシを破壊できる確率は?」

 

コハクはオモイカネにアキトがナナフシを撃破できる確率を尋ねる。

ナナフシの予想耐久力、アキト機の残りのエネルギー、残りの残弾数からオモイカネが導き出した答えは‥‥

 

≪20%~30%です≫

 

成功率はあまりにも低い。

 

(このままでは、ナデシコが‥‥やむを得ない)

 

コハクがシートを立つと、

 

「どこに行くんですか?コハク」

 

隣からルリの冷めた声がする。

 

「まさか、テンカワさんの所に行こうとしているんじゃないでしょうね?」

 

「‥‥」

 

「今から行っても間に合う訳がありません」

 

「大丈夫、手は打ってある‥‥」

 

「どういう事ですか?それは?」

 

コハクはエステバリス隊が出た後、密かにウリバタケに頼んで、プロヴィデンスには外部バッテリーを装着してもらい、武装のレールカノンを2丁用意してもらい、エスバリスの固定用ワイヤーで縛ってもらって一度に2丁持ち運べるようにしてもらっていた。

 

「でも、どうやって行くつもりですか?」

 

「ミサイル」

 

「えっ?」

 

「信管を抜いたミサイルにしがみついてあそこへ行く」

 

「そ、そんな、無理です!!ミサイルごと撃ち落されてしまいます!!」

 

「やってみないと分からないじゃない!!それにこのまま何もしないと、どの道ナデシコは終わりなんだよ!!ルリはそれでもいいの!?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「艦長!!出撃許可を下さい!!」

 

ルリとこれ以上押し問答をしている暇はないと判断したコハクはユリカに出撃許可を求める。

 

「コハクちゃん‥‥」

 

コハクの真剣な視線とユリカの視線が見つめ合う。

 

「‥‥わかりました‥出撃を許可します」

 

「艦長!!」

 

ルリはユリカに思わず声をあげる。

 

「大丈夫、絶対に成功させて戻って来るから‥‥」

 

ルリにそう言い残して、コハクはブリッジを後にして格納庫へと向かう。

 

「コハク‥‥絶対に‥‥絶対に帰って来て下さいね‥‥」

 

コハクの後姿を見てルリはポツリと言葉を零した。

格納庫に着く前にコハクは通路の途中でエリナと合流する。

 

「エリナさん、例のモノを‥‥」

 

「貴女‥まさか、此処でやるつもりなの?」

 

「はい‥時間がありませんから‥‥それにナデシコが沈んでしまっては、元も子もなくなるのでは?」

 

「はぁ~急にCCを用意してくれって言った時から何か嫌な予感はしていたのよねぇ~はい‥‥」

 

エリナはコハクに青いクリスタル状の石を1個手渡す。

 

「ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

エリナからCCを受け取ったコハクは袖にそれを隠し、格納庫へと向かう。

 

「なぁ、コーくんよぉ、本気でやるのか?」

 

「大丈夫ですって!絶対成功しますから!」

 

ウリバタケの心配を他所に自信満々な様子のコハク。

 

「でも、かなりの無茶だぞ、信管を抜いたミサイルでテンカワの所へ行くなんて‥‥」

 

「歩いて行っては間に合いませんから」

 

「それはそうなんだが‥‥」

 

ウリバタケやルリには信管を抜いたミサイルに掴まってアキトのとこへ行くと言うコハクであるが、本当はある程度飛んだら、ボソンジャンプでアキトの所にいくつもりだった。

 

「じゃあ、行って来ま~す♪」

 

信管が抜かれたミサイルが発射され、タイミングを見計らってブースタジャンプでそのミサイルへと掴まって飛んでいくプロヴィデンス。

そしてある程度の飛距離になった時、コハクはアキトの姿‥アキトの乗ったエステバリスの姿を思い浮かべ、ボソンジャンプをする。

そして、

ナナフシの‥アキトのエステバリスの近くの上空にジャンプアウトすると、腰の部分のビットを飛ばしてナナフシを攻撃。

 

「まだ諦めるのは早いですよ!!アキトさん!!」

 

「えっ?」

 

突然現れたプロヴィデンスに驚くアキト。

その間にコハクはレールカノンを縛っていたワイヤーを解いて、

 

「コハクちゃん!?」

 

「アキトさん、コレを使って!!

 

「あっ、ああ」

 

アキトと共にナナフシを攻撃する。

やがてナナフシから煙が出ると、ナナフシは機能を停止した。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「今、衛星で確認したわ。ナナフシ周辺の重力場は消失。加速器に集まっていたエネルギーも消えたわ」

 

「そ、それって‥‥」

 

「私達の勝ちよ」

 

イネスの言葉にブリッジが一瞬の静寂に包まれる。

そして次の瞬間には歓喜が爆発する。

 

「「「「「「「やったぁーっ!!」」」」」」」

 

ナデシコが無事だった事、敵を撃破で来た事、二重の喜びがナデシコを包んだ。

そして、ルリはコハクが無事であったことにホッと胸をなでおろした。



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第16話

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

クルスク工業地帯にて、マイクロブラック砲搭載兵器『ナナフシ』を撃破したナデシコは新たに連合軍との共同戦線のため、合流場所へと向かっていた。

なんだか、最近連合軍にいいように使われている様な気がする。

ただ、コハクはあのナナフシ攻略作戦の後、ナデシコに戻ってきた時、格納庫で待ち構えていたルリの手によってしょっ引かれてお仕置きを受けたのは言うまでもない。

ルリからのお仕置きと聞いてその場にて何故か顔を赤らめる者や興奮する者、羨ましがる者もいた。

 

 

そして、翌日‥‥

 

「コハク、まだその羽織持っていたんですか?」

 

ルリが呆れたように言う。

 

「だって‥なかなか着心地が良くて‥‥」

 

コハクはいつもの制服の上に浅葱色のだんだら羽織を着ている。

これは先のナナフシを撃破する作戦で、ウリバタケがコハクに用意したものだった。

作戦時、ブリッジ要員はヨーロッパ諸国風の軍服を着ていたが、何故かルリは日本の戦国時代の水軍か足軽風の赤い鎧、コハクは新撰組の格好をしていた。

コハクはこの新撰組の羽織が気に入ったみたいだった。

 

「ふぅ~‥‥連合軍と合流したらその格好だけはやめなさい」

 

「はーい」

 

とりあえず軍と合流するまではコハクは羽織を着たままでいた。

 

連合軍との合流前日の夜。

オモイカネの最終点検をしていたコハクがオモイカネの異変に気づく。

オモイカネは軍との共同戦線に不満と不安を抱いていた。

それは以前連合軍の防衛ラインを強引に突破した経験から軍はナデシコの行動を阻害する邪魔者として記憶されており、今回も作戦に関して軍が自分の邪魔をしてくるのではないか?

背後から自分を撃って来るのではないか?

自分諸共敵を殲滅する気ではないか?

という不安を抱いていた。

コハクは時間の許す限り、プログラムの修正とオモイカネを宥めたが、オモイカネの不安と不満は消えなかった。

 

コハク‥そしてオモイカネの不安を抱いたまま翌日、ナデシコは連合軍と合流し、本格的に木星蜥蜴との戦闘に突入した。

連合軍の艦よりもまるで親の仇のようにナデシコに迫ってくる木星蜥蜴の群れ。

 

「そっちがそうならこっちもその気!徹底的にやっちゃいます!エステバリス部隊、出撃!!」

 

「フフフ、皇国の興廃、常に我等の奮闘にあり‥‥アカツキ、出る!」

 

「了~解。テンカワ、出ます」

 

「元気、元気!スバル、出るぜ!」

 

「負けないもん!アマノ、いっきま~す!」

 

「お仕事、お仕事…マキ、出るよ!」

 

「エステバリス隊、全機発進完了」

 

「攻撃開始」

 

ユリカの号令の下、エステバリス隊はまず、搭載ミサイルによる攻撃を開始した。

 

「よっしゃ、いただき」

 

アカツキが前方のカトンボ級に照準をロックしてミサイルを発射する。

しかし、照準が何故か突然書き換えられ、ナデシコの後方にいる連合軍艦艇に向ってミサイルは発射された。

 

「なにィ!?」

 

アカツキ同様、他のエステバリスのミサイルも連合軍と木星兵器の両方に飛んでいった。

 

「な、何だ!?」

 

「何だ、こりゃ?」

 

ナデシコを中心に木星艦隊、連合軍艦隊に爆発が広がっていく。

 

 

~連合軍 第一艦隊旗艦 戦艦 ジギタリス~

 

「機関部大破!航行不能!」

 

「くそっ!!トカゲヤロウ!!総員退艦!!」

 

「全弾ナデシコ側からの攻撃です!!」

 

「なにぃ!?バカやろうー!!」

 

まさかの友軍からのフレンドリーファイアにジギタリスの艦橋で艦長の絶叫が響く。

 

 

~sideナデシコ ブリッジ~

 

「え? 何?何が起きたの~?」

 

ユリカは艦隊旗艦の撃沈報告を受けてオロオロとする。

 

「エステバリス各機、味方も攻撃しています!!」

 

「味方を攻撃~!?」

 

「ナデシコとエステバリスは連合軍も敵と認識しているようです!!」

 

即座にルリはオモイカネに自己診断プログラムを走らせるが問題は見当たらない。

オモイカネはちゃんと『敵』を狙って攻撃している。

 

「ナデシコの誘導装置に異常はありません。エステバリスは全て敵を攻撃しています」

 

「何で~!?敵はあっち!敵はあっちだよ~!」

 

ユリカが両手をジタバタと振り回しながら、木星兵器を指さす。

しかし、エステバリスは連合艦隊への攻撃も木星兵器への攻撃も止めない。

 

「あぁ~もう攻撃止め!! 止め~!!」

 

味方の被害をこれ以上多くしない為にユリカが攻撃中止を命じる。

 

「敵、至近距離。今、攻撃を中止すればやられます!!」

 

コハクがレーダーを見ながらユリカに報告する。

スクリーンにはバッタがアップで映る。

ブリッジで混乱したやり取りが続く間にもエステバリスから放たれるミサイル。

 

「おい、なんとかしてくれよ~!!」

 

「まっ、なるようになるわね」

 

パイロットの方も半ば諦め状態で攻撃を続行する。

止めれば自分達の身が危ないからだ。

そしてエステバリスの後ろには脱出した連合軍の戦闘機パイロット達の落下傘の花が咲いていた。

彼らは口々にナデシコやエステバリスのパイロットに向って文句を言っていた。

 

その日の戦闘は無茶苦茶だった。

木星兵器も敵と味方を攻撃するナデシコの行動が理解できずに撤退、同じく連合軍もナデシコにこれ以上攻撃されてはかなわないと言って撤退した。

 

「死傷者がでなかったからいいものの‥‥」

 

ブリッジでプロスペクターが今回の連合軍の被害額を計算している。

 

「この戦艦1隻幾らするとお思いです!?」

 

空間ウィンドウには撃沈されたジギタリスの姿が映っている。

 

「あっ、あれ私が落としたやつだ」

 

イズミが呟いた。

今回の友軍艦隊の旗艦を落したのはイズミだったみたいだ。

 

「あのですねぇ~あのジギタリスはこのナデシコよりも高いそうで‥‥」

 

プロスペクターは怒りを堪えているかのように眼鏡を抑えながら言う。

 

「私も50機落とした」

 

「ヒカルにしちゃ、いい成績ね」

 

「ただね‥‥」

 

「ただ?」

 

「よく見たら落とした機体、皆に地球連合軍のマークが描かれていた‥‥」

 

「ただ‥‥ではすみません‥‥」

 

プロスペクターのこめかみがピクピクしている。

 

「僕は落とした数だけ言おう。78機だ!!敵味方両方合わせてなぁ‥‥」

 

アカツキがドヤ顔で今回の戦闘における自分の戦果を言う。

 

「内、62機は味方です!」

 

プロスペクターがアカツキの戦果の詳細をアカツキに伝える。

 

「あっそう‥‥」

 

プロスペクターの話では今回のアカツキの戦果は敵よりも本来の味方の被害が大きい。

 

「アキト、貴方はさっきから黙っているけど?」

 

ユリカはさっきからジッと沈黙を守っているアキトに声をかける。

すると、アキトは今回の戦果を口にする。

 

「あ、あの‥‥皆ほど酷くはない‥‥敵のチューリップを叩こうと思ったら連合軍の燃料貯蔵基地を壊しちゃった‥‥」

 

アキトは苦笑しながら言うが、アキトの戦果が他のパイロットよりも一番酷い気がする。

 

「あ、貴方!!あそこの建設費、幾らかご存知ですか!?」

 

プロスペクターの怒りが頂点に達した様で大声で怒鳴り散らす。

彼の血圧値が心配だ。

 

「でも、ちゃんと災害保険に入っているんでしょう?」

 

イネスが保険について指摘する。

 

「当然です。しかしお見舞金ぐらいは支払わなければならないでしょう。これでもし、死傷者が出て慰謝料を払っていたらどうなったことか‥‥」

 

今回、ナデシコ、ナデシコのエステバリスのフレンドリーファイアによる味方の損害について皆、保険に入っていたおかげでネルガルは全額の賠償は負わなくても良い様だ。

 

(プロスさん、アカツキさん‥‥ご愁傷様です)

 

多大なお見舞金を軍に支払わなければならないネルガル関係者に対して心の中でお悔やみを申し上げるコハク。

 

「で?なんで連合軍をやっつけちゃったわけ?」

 

ムネタケがパイロット達を睨む。

 

「やりたくてやったわけじゃない」

 

「我々が愛するのは緑の地球‥僕達が連合軍を裏切るわけがない!」

 

アキトとアカツキが弁解する。

 

「じゃあ整備不良?」

 

ムネタケが今度はウリバタケ達整備班を睨みつける。

 

「言ってくれるじゃねぇか。俺達の整備にケチを付けるたぁ‥‥いいか!俺は女には失敗してもメカでこけた事はねぇ!テメェらの未熟を俺達のせいにするんじゃねえ!!」

 

「何だと!」

 

ヒートアップし始めるパイロットと整備班を止めたのは、それまで黙って成り行きを見守っていたルリだった。

 

「待ってください。パイロットにも整備にも異常は見当たりません」

 

「じゃあ、何が原因?」

 

ユリカの疑問に答えたのはコハクだった。

 

「それを調べる為、連合軍から調査船がこちらに向かっています」

 

「連合軍調査船、近付きます」

 

メグミの報告と共に、ブリッジに警報音が響く。

 

「な、何?」

 

ユリカが戸惑いの声をあげる。

 

「いけない、止めて!それは敵じゃない‥‥」

 

ルリがオモイカネに攻撃中止命令を出すが、オモイカネはルリの言葉に従わずナデシコからは調査船に向けてミサイルが発射される。

 

「あー!!」

 

アキトが空間ウィンドウを指差し叫び声を上げる。

そこには調査船に向かって発射されるミサイルの映像が映し出されていた。

そしてミサイルは調査船に見事に命中する。

 

『‥‥』

 

全員の目がミナトに集中する。

今、コンソールについているのは彼女だけだったからだ。

 

「知らないよぉ~!!私、何もしてないよ!!」

 

両手を上げて自分の潔白を主張するミナト。

 

「調査船から脱出した救命ポッドが救援を求めています!」

 

そしてミサイルの照準が今度は脱出ポットにロックされる。

 

「えぇ!?また攻撃命令?」

 

「一体、誰が?」

 

ルリは必死にオモイカネに中止命令を出し続ける。

それでもオモイカネは脱出ポットを攻撃しようとする。

 

「撃っちゃダメ‥‥オモイカネ、それは敵じゃない‥‥!」

 

ルリのIFSコンソールにスっと手が置かれる。

 

「あっ‥‥」

 

ルリが顔を上げるとコハクがそこにいた。

 

「手伝うよ」

 

コハクの協力を得て、オモイカネの攻撃命令を中止させる事には成功するが、これで一連の連合軍に対する攻撃はオモイカネによるものだったという事が明白となってしまった。

ルリが悲しげな表情を浮かべて俯く。

 

「ルリ‥‥」

 

俯くルリにコハクはそれ以上かけてやる言葉が見つからなかった。

 

 

~sideナデシコ 会議室~

 

ナデシコの欠点を次々と糾弾する調査員達。

いきなり攻撃された彼等が冷静なはずもなく、調査チームのリーダーが罵声を含んだ調査の推論を纏めに入る。

 

「ナデシコのコンピューターには‥‥」

 

「オモイカネです」

 

調査チームのリーダーの言葉をルリが訂正する。

 

「オモイカネ?」

 

「あっ、名前です。コンピューターの‥‥」

 

怪訝な表情を浮かべた調査チームのリーダーにユリカはオモイカネが何なのかを説明する。

 

「ふん、道具に過ぎないコンピューターに名前を付けるなど、20世紀末の悪しき風習ですな」

 

調査チームのリーダーが鼻で笑う。

 

「でも、オモイカネはオモイカネです」

 

ルリが更に言い募る。

オモイカネをバカにされた為か彼女の表情は不満そうだ。

 

「オモイカネでもカルイカネでも構わん!!ともかくナデシコのコンピューターには、かつての防衛ライン突破の記憶が残っていると推測される。すなわち連合軍はナデシコの行動を妨害する敵であるという記憶が学習されている。それが連合軍との共同作戦に拒絶反応を起こす‥という訳だ」

 

彼等の話しを聞いていたイネスが解りやすく話しを纏める。

 

「人間でいえば、ライバル会社に吸収合併されてこき使われるサラリーマンのようなものね」

 

「わかります、わかります。それは辛いですなぁ‥‥」

 

プロスペクターがウンウンと頷く。

同じサラリーマンの例えで何か自分にも通じるものがあるのだろうか?

 

「つまり、プッツンしたわけね」

 

イネスの言葉に調査チームの全員が頷く。

 

「さよう、コンピューターならフリーズですな。まっ、コンピューターの場合、バグをリセットすれば済む事だが‥‥」

 

「オモイカネにはちゃんと自動リセット機能がついています」

 

「だが、連合軍へ対する敵愾心が強すぎたのだ。リセットを繰り返す度にストレスを溜めていった。それでついに今回のような行動に至った‥という訳だ」

 

調査チームのリーダーがクルーを見回し続ける。

 

「解決策としては学習した記憶を全て消去、新たなプログラムに書き換えるしかない!」

 

「ちょっと待って下さい。そんな無茶苦茶が許されるんですか?そんな事をすればナデシコがせっかく火星まで行って学習した敵に対する効率的な対処の仕方まで忘れてしまいます」

 

ルリは何とかオモイカネの記憶が消されないで済むように必死に言葉を紡ぐ。

しかし、ムネタケがそれを遮る。

 

「いい事、ホシノ・ルリ。ナデシコは連合軍の戦艦なのよ。単独行動していた時の記憶なんて百害あって一利なしよ」

 

「その通りだ。戦うのは人間であり、機械じゃない」

 

アカツキがムネタケに加勢する。

確かにアカツキの言う事も間違いではない。

 

「ナデシコは連合軍の指揮下にあるの。邪魔な記憶には消えて貰うわ」

 

ムネタケとアカツキの言葉にルリは俯いてしまう。

 

「それ、大人の理屈ですよね?都合の悪い事は忘れてしまえばいい‥‥大人ってズルイな‥‥」

 

ルリがポツリと呟く。

アカツキの言う事も分かるが、それでもまだ11歳と言うルリにはそう簡単に納得できることではなかった。

 

「ルリちゃん‥‥」

 

ユリカがルリを心配げな眼差しで見つめる。

 

ナデシコの通路を奇妙な一団が歩いていた。

白衣を身に纏い、目には黒いバイザーを掛け、手にはノートパソコンを持った集団がナデシコのメインコンピュータールームへと入っていった。

 

「なっ!?なななな、なにをお前ら同じ格好をしているんだ!?おい!?」

 

その一団とすれ違ったウリバタケは彼らにドン引きしていた。

 

 

~sideナデシコ コンピューター制御室~

 

「プログラムを再インストール、オモイカネを絶対服従のプログラムへ書き換えろ!」

 

調査チームのリーダーがそう言うと調査員たちはノートパソコンを駆使し、次々とナデシコにインプットされていた従来のプログラムを消去し、新しいプログラムを再インストールしていく。

 

「データ‥全部‥消さなきゃいけませんか?」

 

ユリカが調査チームのリーダーに尋ねる。

 

「駄目ですな」

 

リーダーは即答し、ムネタケも同調するように言う。

 

「そうそう、これでナデシコは生まれ変わるわ。民間船から真の軍艦へ‥‥軍のお船へ‥‥」

 

ムネタケも何だか嬉しそうに呟いた。

 

「‥‥」

 

ユリカは何とも言えない表情でそれを見ていた。

 

 

~sideナデシコ 厨房~

 

アキトはようやくできた休憩時間を使い、今日は料理の勉強をしていた。

出来たばかりのラーメンのスープを味見していると、

 

「アーキート!!」

 

背後から名前を呼ばれ肩を叩かれた。

驚いたアキトはスープを口から吐き出した。

 

「ブゥー!!っ!?何しやがる!?」

 

振り向くとそこにはユリカが笑顔で立っており、

 

「頼みごと‥‥ちょ~っと聞いてくれるかな?」

 

「ふん、やなこった。俺はコックになる夢を完全に諦めたわけじゃないんだ。今日は料理の勉強をするって決めたんだ」

 

「エステバリスのパイロットが必要なの」

 

「誰でもいいだろう。リョーコでもヒカルでもイズミでも‥‥」

 

「ダメなんです」

 

ユリカと違う声で言われアキトが振り向くとそこにはルリ、ウリバタケ、コハクの3人がいた。

 

「テンカワさんじゃないとダメなんです。お願いします」

 

「アキトさん、僕からもお願いします」

 

「まっ、そういうことだ‥‥」

 

2人の少女に頭を下げられてお願いされてはアキトも無碍に断れなかった。

ましてアキトはコハクに色々世話になっているのだから‥‥

 

こうして5人はウリバタケの部屋へとやってきた。

 

「くせぇな」

 

「じきに慣れる」

 

「男の人ってみんなこうなの?」

 

「この部屋嫌‥‥」

 

「歩きにくい‥‥」

 

ウリバタケの部屋は模型とガラクタで占拠されており、部屋のにおいも接着剤や塗装剤、シンナー、埃っぽい臭いで満たされていた。

よくこんな部屋でウリバタケは寝れるなとアキト達はそう思った。

 

「しょーがねぇだろう?コンピューター室は占拠されているし、こんなやばい仕事ブリッジじゃ出来ないから‥‥あっ!そこ気をつけて!作りかけのフィギュアがぁー!!」

 

「「「「えっ?」」」」

 

アキトの足元には何時ぞやのイネス制作の番組に登場したユリカウサギの未塗装フィギュアが転がっていた。

 

「こんな所で、出来るのか?そのデバックって?」

 

コンピューターをいじるウリバタケに聞くアキト。

 

「こう見えてもオモイカネには何度もアクセスしてんだぜ‥‥よし、出た」

 

ウリバタケがエンターキーを押すと画面にデフォルメされたエステバリスの画像が現れる。割烹着を着て、頭に三角巾、手にはハタキとチリトリを持っている。

 

「可愛い~♪」

 

ユリカが目を輝かせて画面に見入る。

 

「さて、時間もねぇし早速いくぞ!準備はいいか?」

 

「へーい」

 

ウリバタケのコンピューターと接続されたシミュレーターヘルメットを被りながらアキトが答える。

準備が整いIFSを起動する。

 

「私達がバックアップします」

 

「よろしく、テンカワエステ、起動!」

 

ウリバタケの声が響く。同時にアキトの目の前のディスプレイが光に満ちる。

その眩しさに思わずアキトは目を閉じる。

 

 

~sideナデシコの電脳世界~

 

アキトがゆっくりと目を開くと目の前には広大な図書館の風景が広がる。

図書館の中では先程ウリバタケのパソコンの画面で見たお掃除エステが無数に動き回って本棚を清掃したり本を整理している。

 

「ここがコンピューターの中?」

 

コンピューターの世界が思った以上に人間の世界にそっくりな事に驚くアキト。

 

「の、イメージ世界‥‥思い出すぜ、7回受験に失敗したマサチューセッツ工科大学の図書館を‥‥」

 

どうやらこの図書館の世界もウリバタケが設定した仮想世界でわかりやすく表現する為のモノだった様だ。

 

「で、どこへいけばいい?」

 

「「案内します」」

 

二頭身のエステバリスの胴体にこれまたデフォルメされたアキトの頭が乗っているテンカワエステの両肩に、これまた同じくデフォルメされたルリとコハクの姿が現れる。

 

「分かった。よろしく」

 

テンカワエステはルリとコハクの案内に従い、図書館の中を飛ぶ。

 

「あれは…!?」

 

幾つもの角を曲がり、幾つもの階を上がった時、デフォルメされた連合軍の宇宙戦艦と行き当たる。

 

「あれは書き換え中の軍の新しいプログラムですね」

 

船体から伸びたアームからスパークが発せられている。そしてそのスパークが触れた部分の本が次々に消えていく。

 

「どうする?やっつける?」

 

「今はダメです」

 

「どうして?」

 

「今倒せば軍に気づかれます」

 

「そっか、じゃあ今倒すのはまずいね」

 

再びアキトは2人の案内に従ってナデシコの電脳世界を飛び続ける。

そして暗い通路を抜けるとドーム内の様な空間に飛び出る。

 

「ここがオモイカネの‥‥」

 

「はい。あれがオモイカネの自我です」

 

ルリが中央に生えた大木を指差す。

 

「今のナデシコがナデシコである証‥‥自分が自分でありたい証拠‥‥」

 

「オモイカネの"私らしく"‥か‥‥」

 

「自分の大切な記憶‥‥忘れたくても忘れられない‥‥大切な思い出‥‥」

 

端末を通してアキトと2人の少女のやり取りを聞いていた

 

「忘れたくても忘れられない思い出‥‥」

 

「自分が自分である証‥‥」

 

「少しの間だけ、忘れさせて‥‥」

 

「忘れさせる?どうやって?」

 

「あのてっぺんの長く伸びた枝‥あれを切って下さい。‥‥悲しいけど、枝はまた伸びる。またいつかオモイカネは思い出す。そしてナデシコはナデシコである事を止めない‥‥」

 

「わかった‥‥」

 

テンカワエステバリスが自我の樹の頂上を目指し飛んでいく。

 

「オモイカネ、少しの間だけ忘れて…そして大人になって‥アナタが連合軍に従ったフリをすれば、ナデシコはナデシコのままでいられる‥‥」

 

テンカワエステバリスが高枝バサミでナデシコの花を一輪ずつ丁寧に切り落としていく。

 

「いいのかな?これで‥‥?」

 

アキトがそう呟いたその時、突然アキトは黒い影に襲われる。

 

「うわぁぁ!!」

 

『アキト!どうしたの!?』

 

『出てきやがったな‥‥』

 

ディスプレイの中では弾き飛ばされたテンカワエステバリスが体勢を立て直す。

 

「セイヤさん、これは!?」

 

「コンピューターの異物排除プログラム‥‥オモイカネの防衛反応だ」

 

「大事なものを忘れたくないエネルギーです」

 

「なんだよ!?もう!!」

 

アキトは距離を取ると、やがて黒い影がはっきりとした形になってくる。

 

「あれはっ!?」

 

『ゲキガンガー3!!』

 

アキトの目の前にはゲキガンガーが姿を現す。

 

「オモイカネは入力されたデータの中で最も強く最も正しいモノを正義の味方‥‥自分の味方として記憶しています。‥‥オモイカネはテンカワさんの部屋でゲキガンガーのビデオを一緒に見ていたんです」

 

「だからってゲキガンガーになることはないじゃないか!?」

 

アキトが自分の大好きなヒーローに変身したオモイカネに文句を言う。

するとコハクがテンカワエステバリスの肩から離れ、

 

「防衛システムは僕が相手をします。アキトさんは作業を続けて」

 

「でも、コハクちゃん!!」

 

アキトがコハクを止めようとしたが、

 

『ゲキガンビーム!!』

 

「うわぁ!!」

 

「くっ‥‥」

 

ゲキガンガーの目から放たれたビームによって分断されてしまった。

 

「さあ、オモイカネ!!僕が相手だ!!」

 

デフォルメされたコハクの身体が光るとプロヴィデンスとなった。

するとゲキガンガーも変化をし始める。

そして現れたのは黒い巨大な機動兵器‥‥。

 

『な、何?あの黒いの‥‥エステバリス‥‥?』

 

『確かにどことなくエステに似ているが、見た事がねぇ型だな‥‥』

 

ディスプレイに現れた黒い機動兵器を見てユリカとウリバタケが呟く。

 

「‥‥ブラック‥‥サレナ‥‥」

 

コハクが黒い機動兵器を見てポツリと呟く。

 

『えっ?コハクちゃんはあの機体知っているの?』

 

ユリカが機体名を呟いたコハクに尋ねる。

 

「えっ?僕、今なにか言いました?」

 

『うん、「ブラックサレナ」って呟いていた。もしかしたら知っているのかと思って‥‥』

 

「い、いえ、知りません‥こんな機体‥‥ネルガルに居た頃も、戦場に居た頃もこんな機体は見たこともありません‥‥」

 

自分で黒い機動兵器の名前らしき名を言いつつもあんな機体は見た事がないと答えるコハク。

ブラックサレナはプロヴィデンス目掛けて突進してきた。

迎え撃つプロヴィデンスは搭載されたビーム砲端末を全部切り離し、上方へ回避、ビットがブラックサレナを囲みビームを放つがブラックサレナはそれを巧みに躱す。

 

「速い!!」

 

『あの巨体であんなスピードが出せるのかよ!?』

 

ブラックサレナの機動性にはウリバタケも驚いている。

ビットによる包囲攻撃にサレナは距離を取ろうとキャノンで牽制しながら後退する。それを追うプロヴィデンス。

自我領域のドーム内の壁面を這うように飛ぶブラックサレナ。

コハクはそれに目掛けてレールカノンを撃つが、それを紙一重で躱し、射撃の切れ目を狙いブラックサレナが反転する。

2基のビットを機体の前に配置し攻撃するが、ブラックサレナの射撃で破壊され、回避が間に合わず、吹き飛ばされる。

 

「うあぁぁぁー!!」

 

『コハクちゃん頑張って!!』

 

「コハク‥‥」

 

ルリには目の前で繰り広げられている光景がどうしても信じられなかった。

コハクがロボットで戦うのをシミュレーターや月軌道、先日のナナフシ攻略戦で見たが、軍のパイロットでさえ、コハクに敵う者が何人いるだろうか?というぐらいコハクの腕はかなりのものなのに、僅か1機の機体に押されている。

 

「ハァ…ハァ…クソッ!」

 

コハクの疲労の極みにあった。

撃っても当たらず、ビットも既に残り1基のみに減らされている。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

(くっ、このままじゃいずれ押し切られる‥‥)

 

プロヴィデンスのコックピットで息を切らすコハク。

ブラックサレナは腕のハンドカノンをランスのように前に突き出し、高速度のフィールド・アタックを掛けてきた。

 

「っ!?しまった!!」

 

疲労のため集中力が欠如していたコハク。

 

(ダメだ!避け切れない‥‥)

 

ブラックサレナのハンドカノンがプロヴィデンスのコックピットを貫く寸前、ブラックサレナの動きが突然ピタッと止まった。

 

『ウッ‥‥ガ‥‥ゴ‥ガァァァアァ‥‥』

 

ブラックサレナは突然苦しむような動きをした後、ブラックサレナの全身は発光しだすと光の粒子になりながら消えていった。

 

「ギリギリセーフだったね」

 

アキトが自我の樹の頂上から戻ってきた。

 

「あ、アキトさん!!遅いですよ!!もう!!」

 

頬を膨らませ、プイッと顔を横に向けるコハク。

 

「ごめんごめん」

 

プロヴィデンスからデフォルメ姿に戻ったコハクは再びアキトの肩に乗り、連合軍がシステムを書き換えている箇所へ行き、ミサイルで連合軍のデフォルメ戦艦を破壊した。

その後、連合軍はオモイカネの書き換えが成功したと思い込み去っていった。

 

「順調~♪順調~♪、この戦い地球が勝つわよ。ねぇ艦長?」

 

「はい♪」

 

「さっ、行くわよ♪」

 

書き換えが成功し、上機嫌のムネタケがユリカを促す。

 

「はい♪微速前進!面舵いっぱ~い!!」

 

シートに座っていたコハクとルリ。

その目の前に小さな空間ウィンドウが現れる。

 

《あの忘れえぬ日々、そのためにいま、生きている》

 

コハクとルリは顔を見合わせ、そして微笑む。

 

「「そうだね‥‥」」

 

ナデシコは大切な思いを乗せ、青空へと飛んでいく‥‥次の戦場を目指して‥‥

 

 

ただ、その中でコハクはどうしてもオモイカネの深層意識の中で出会ったあの黒い大きなエステバリスの事が気になった。

何故自分はあの時、初めて見た筈の黒いエステバリスの名前を知っていたのか?

コハクがそれを知るのはもっと後になってからだった‥‥

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第17話

更新です。


 

 

 

 

オモイカネの暴走騒動から暫くは軍との共同作戦もなく、ナデシコは単艦で宇宙での哨戒任務についていた。

恐らく軍も未だにナデシコのコンピューターが軍に従順なのか不信に思っているのだろう。

しかし、宇宙に出ても敵が現れる気配もなく拍子抜け。そしてこれ幸いに恋に遊びとそれなりに忙しい人達もいる。

そんな日々が続いていたある日‥‥。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「なんです?」

 

「何か用ですか?ジュンさん」

 

ルリとコハクは後ろからの視線が気になり振り向くと上からジュンが覗き込むように見ていた。

 

「い、いや、なんでもないよ‥‥」

 

バツ悪そうに答えるとジュンは頭を引っ込めてしまった。

 

「最近のジュンさん何か様子が変だよね?」

 

ジュンの様子を見ていたコハクがルリに話しかける。

 

「そうですね‥‥」

 

2人の言う通りここ最近、ジュンの様子はおかしい。

寝不足なのか勤務中もよく欠伸をして眠そうにしているし、手には絆創膏を沢山貼っている。

更にルリやコハクを横目や先程の様に陰からこっそりとチラチラ見ていることが多い。

いくら想い人であるユリカがアキト一筋でジュンをお友達と言うカテゴリー以上に見なくても、あのユリカ一筋のジュンがそう簡単にルリやコハクに乗り換えたとも考えにくい。

 

「おーい、ブリッジ。ウリバタケの奴、そっちにいねぇか?」

 

リョーコが空間ウィンドウを開きブリッジにウリバタケが居るかを尋ねてくる。

 

「いえ、居ませんけど、ウリバタケさんに何か用ですか?」

 

「オレのエステの調子が悪くて調整してもらおうと思ったんだけど、来てねぇならいいや」

 

そう言って空間ウィンドウを閉じるリョーコ。

 

「そういえばウリバタケさんもここ最近、姿を見ませんね」

 

リョーコからウリバタケの名前が出てきて気づくルリ。

流石に艦内で野垂死んではないないと思うが、ガイの事もあるので少し心配だ。

 

「言われてみると、この前の健康診断から一部の男性クルーの様子が変ですよね」

 

メグミがここ最近のナデシコ艦内の異変に気づいたのか、ブリッジにいる女性クルーに尋ねてきた。

メグミの言った健康診断とは先日ユリカがナデシコクルー全員に命令したモノで、それによってナデシコのクルー全員が強制的に受けさせられた健康診断だった。

一部の女性クルーからのブーイングもあったが、イネスが健康診断の必要性を長々2時間も説明し、診断拒否の場合更に説明を追加されそうだったので、結局男女別にナデシコクルー全員が健康診断を受けた。

 

「まぁ、健康診断はともかく、ウリバタケさんはまた怪しい発明でもやっているんじゃない?」

 

「そうなんですか?ミナトさん」

 

「うん。これを見て」

 

ミナトはポケットから2枚の紙切れを取り出す。

それをルリ、コハク、メグミの3人が顔を寄せて見る。

紙には『PHR引換券』『PTK引換券』と書かれていた。

 

「なんですか?これ?」

 

「何かの引換券みたいですけど‥‥?」

 

「どうしてミナトさんが引換券なんて持っているんです?」

 

「ミスターゴートが持っていたのよ‥‥妙に大事そうにしてね」

 

(((なんでゴートさんが大事そうに持っていたのをミナトさんが持っているんだろう?)))

 

3人は引換券もそうだが、ゴートが持っていたその引換券をミナトが持っていることも不思議に思った。

 

「それより此処を見て、此処を‥‥」

 

ミナトが引換券に書かれている文字の箇所に指をやる。

 

「『ウリバタケ工房』って書かれていますね」

 

「ウリバタケさん絡みとなるとやっぱり何かの発明品かな?」

 

「えぇ~またぁ」

 

メグミが困ったような声をあげた。

確かにウリバタケは一流のメカニックでその腕も確かである。

現に彼の整備や調節で何度もエステバリスやナデシコは危機を脱してきたが、その反面くだらない発明品でなんでも酷い目にもあってきたこともあった。

 

「PHR、PTK‥‥何かの略語かしら?」

 

「‥‥兵器とするとミサイルかロボットの類でしょうか?」

 

「でも引換券ってことはナデシコのクルー相手に商売するわけだからさすがに兵器ってことはないんじゃ‥‥」

 

ルリは早速PHRとPTKを検索したが、該当はなし、たしかに略語か造語のようだった。

 

「ウリピーのことだからきっとプラモデルかフィギュアのことじゃないかな?」

 

「パッと、花咲く、レントゲン‥‥クククッ」

 

「おいおい、ウリバタケの奴って、そうなのかよ?」

 

いつの間にかリョーコを含め、パイロット3人娘がブリッジに来ていた。

 

「今更気づいたの?それにウリピーの部屋、フィギュアやプラモがいっぱい置いてあるよ」

 

((確かに‥‥))

 

先日のオモイカネ騒動の時、ウリバタケの部屋に入った時、そこには山のようにプラモデルとフィギュアが置いてあったことを思い出すルリとコハク。

 

「おい、まさかお前らできているんじゃないだろうな?」

 

「まさか、ウリピーは妻子持ちだよ。私、リョーコと違って人のモノに手は出さないよ」

 

「バッ、バカ何が人のモノだよ。オレは別にテンカワのことなんて‥‥」

 

「あれぇ、私は別にテンカワ君のことなんて一言も言ってないよ?」

 

「‥‥」

 

ニヤニヤ顔のヒカルの言葉と自らの発言で墓穴を掘ってしまったリューコは思わず顔を赤くし、黙ってしまう。

そしてテンカワと言う言葉をきいたユリカがいち早く反応する。

 

「ええっ!!リョーコさんもですか!?」

 

「だ、だから‥‥」

 

リョーコは羞恥なのか頬をほんのりと赤く染めて口ごもる。

 

「アキト君も大変ねぇ」

 

ミナトは楽しそうに呟いた。

その後、ウリバタケの新発明の噂は瞬く間にナデシコを駆け巡り、誰もが知るところとなった。

 

「ウリバタケ整備班長が、また妙なものを作っているですって!?」

 

噂を聞きつけたエリナがブリッジに怒鳴り込んできた。

 

「エリナさん、ここは苦情受付所じゃないんですけど‥‥」

 

「艦長!」

 

「は、はい」

 

「元々貴女がクルーの統括をしっかりしてないからウリバタケが好き勝手やっているのではなくて?」

 

「はぅ‥‥」

 

エリナに詰め寄られ縮こまるユリカ。

相変わらずエリナが苦手な様である。

 

「まぁまぁ、エリナさんの言うことも尤もですが、ウリバタケさんの発明品もあれで中々役立つときもあるのですよ」

 

プロスペクターがウリバタケを援護するが、

 

「それは、それ、これは、これよ。これ以上会社の備品を勝手に使ったり、弄られちゃたまらないわ」

 

「しかし、噂の段階で決め付けるのは‥‥」

 

(なんか、プロスさんらしくないな‥‥)

 

コハクはこの時、プロスペクターの態度に妙な違和感を覚えた。

彼ならば、例え噂でも一応、会社のお金や資材が絡んでいる事なので調査をしそうなものなのに、今のプロスペクターはウリバタケの噂をうやむやにしてもみ消そうとしているようにも見える。

 

「だから、それをこれから調べるんじゃない」

 

プロスペクターの言葉も一言で片付けるエリナ。

 

「レイナード通信士、ウリバタケを至急、ブリッジに呼び出して」

 

「えっ?コミュニケじゃダメなんですか?」

 

「あいつ、着信拒否しているのよ」

 

「なるほど、それで、艦内放送ですか」

 

「そういうこと。私が呼んでいるからすぐブリッジに出頭するよう伝えて」

 

エリナの指示を受けてメグミが艦内放送でウリバタケを呼び出すが、ウリバタケは一向に現れる気配が無く、エリナは遂にメグミのインカムを取り上げ、

 

「コラ!ウリバタケ!さっさとブリッジに出頭しなさい!」

 

と、怒鳴っていた。

あれから案の定、ウリバタケはエリナの前に出頭してこなかった。まっ、素直に出頭する気があるならコミュニケを着信拒否する筈がない。

それから数日、ウリバタケの部屋のドアを叩いているエリナの姿が目撃されたという。

 

「うぅ~ウリバタケの奴~」

 

エリナの怒りのボルテージが溜まっていくのが手に取るようにわかる。

 

「こうなれば‥‥コハク!!」

 

「は、はい」

 

「どんな手を使ってもいいわ!ウリバタケをここに引きずりだしてきてちょうだい!場合によっては能力を使ってもいいわ!」

 

「そ、そんな無茶苦茶な‥‥」

 

とは言え、コハク自身もPHR、PTKの正体が何なのか気になったので、ウリバタケの部屋の前へと来た。

 

「さてと‥‥オモイカネ、ドアのロックを強制解除して」

 

≪了解≫

 

ドアが開き、コハクがウリバタケの部屋の中へと入っていく。

 

「こ、コーくん!?一体どうやって中に!?」

 

「問答無用!!ウリバタケさん!!覚悟!!」

 

「ぎゃぁぁぁー!!」

 

ブリッジには縄でグルグル巻きにされたウリバタケがいた。

そしてウリバタケの前には仁王立ちしたエリナが尋問していた。

 

「さっ、PHR、PTKが何なのか吐いてもらうわよ」

 

「な、なんでそれを知ってんだ!?」

 

「ネタは割れているのよ。今度はどんな兵器を作ったの?ロボット?戦闘機?それともミサイル?」

 

「だからそんな兵器は作ってねぇっていっているだろう?」

 

「オモイカネ、ウリバタケさんの脈拍、心肺、体温を調べて」

 

コハクはオモイカネに頼んでウリバタケが嘘をついていないか彼の脈拍、心肺、体温を調べてもらった。

 

《了解》

 

ナデシコのコミュニケは付けた人の感情の振幅に合わせて、画面の大きさを変えることが出来る。故にコミュニケを付けた人の感情もある程度計ることが出来るのだ。

人は嘘をつく時、その嘘がバレないか不安となり、脈拍、心肺、体温が上がる。

しかし‥‥

 

《脈拍、心肺、体温‥いずれも変化なし》

 

オモイカネはウリバタケの脈拍、心肺、体温に変化はないと言う。

変化はない‥と言う事は、ウリバタケは嘘をついていないと言う事だ。

流石に特殊訓練を施された訳でもないウリバタケが平常心を保ちながら嘘をつくなんて芸当は出来ない筈だ。

 

「エリナさん、ウリバタケさんは嘘をついていないようです」

 

「ホントに?」

 

「はい、そういう徴候は認められません」

 

「じゃあ一体何なのよ~PHR、PTKって~」

 

結局、ウリバタケはPHR、PTKに関しては決して口を割ることはなかった。

個人の所有物についてとやかく言われる筋合いはないといわれると、確かに正論であり、ネルガルの就業規則や契約書と照らし合わせても、ウリバタケには非はなかった。

そんなある日、連合軍からナデシコにある指令が届いた。

 

「‥‥と言う訳で、木星蜥蜴が設置した補給拠点と思われる施設の破壊、これが今回の任務よ」

 

「はぁ~」

 

「なお、司令部ではその補給プラントを"タガメ"と命名したわ」

 

ムネタケがブリッジに集まった主要クルーに今回の任務の内容を伝える。

木星蜥蜴は月を連合軍から奪還する為の足掛かりとして補給プラントの様なモノを設置したらしい。

しかし、連合軍は先のナナフシの件もあり、木星兵器の新型兵器に関して慎重な姿勢をとる様になり、今回の補給プラントに関しても監視衛星がその存在を確認しただけで、その施設が本当に補給プラントなのか?

どう言った兵器を搭載しているのか?

などの詳細は一切不明だった。

勿論、攻略のための艦隊も偵察隊も派遣しておらず、ナナフシ撃破の功績からナデシコがその施設の破壊任務にあてがわれた。

当然、攻略の為の援軍もない。

 

(いよいよ、ナデシコは本格的に連合軍の雑用、捨て駒扱いされていないか?)

 

『詳細不明の木星兵器を破壊しろ』なんて命令、いくら連合軍と共闘しているからと言って民間人が多く乗る艦にそんな命令を下すだろうか?

とは言え、先日のオモイカネの暴走の件もあり、ナデシコとしては連合軍に負い目も感じていた。

それに自分達には拒否権はない。

ナデシコは早速その補給プラントがあるとされる座標へと向かった。

 

「タガメまで距離2000」

 

「現在のところ、タガメ及び本艦に異常は認められません」

 

ナデシコも先日のナナフシの一件で慎重になった。

何しろ相手の情報が一切無いのだから‥‥。

 

「艦長、今回は偵察隊を送るわ。エステバリスを偵察に送ってちょうだい」

 

ムネタケも今回はいきなり攻めるのではなく、情報を得てからタガメ攻略に踏み切った。

 

「は、はぁ~」

 

「なに?そのやる気のない返事は?」

 

ユリカとしてはナナフシの件もあり、またエステバリス隊‥アキトを危険な目に合わせてしまうのかと言う心境だった。

 

「あっ、だったら、ちょうどいいモノがありますよ」

 

其処にコハクが、偵察に関していいモノがあると言う。

それは‥‥

 

「なに?コハクちゃん、いいモノって」

 

「これです」

 

コハクが格納庫の映像が映し出されている空間ウィンドウを出す。

其処には木星兵器のバッタが映し出されていた。

 

「これって木星兵器じゃない!?」

 

「なんでこんなモノがナデシコの格納庫に!?」

 

突然、艦内に敵である木星兵器の登場に驚くユリカ達。

 

「戦場で撃破されたバッタの残骸を回収して、それを直して新たにプログラミングをしました。無人兵器なら、人的被害も防げますし試験作動も兼ねることができるのでちょうどいいと思います」

 

コハクがナデシコの艦内に敵の兵器であるバッタが居る訳を話す。

 

「流石、コハクちゃん。それじゃあ、早速、偵察に行っちゃってください!!」

 

エステバリス隊‥アキトを危険に晒さないと知ってご機嫌なユリカ。

 

「了解」

 

コハクは早速、鹵獲したバッタを起動させて、タガメの偵察へと向かわせる。

鹵獲バッタは順調に作動してタガメの映像をナデシコに送り続けながらタガメに接近する。

しかし、未だにタガメからは何かしらのリアクションは見られない。

鹵獲バッタを味方と勘違いしているのだろうか?

それとも武装は一切施されていない施設なのだろうか?

 

「バッタ、タガメまで距離1000キロ‥異常なし」

 

接近を続け、次第に大きな姿を見せるタガメ。

 

「そのまま接近を続けて下さい」

 

しかし、タガメに接近していくバッタの映像が突如、ブレると鹵獲バッタが突然爆発し、映像が途切れた。

 

「バッタの爆発を確認」

 

ルリは鹵獲バッタがどうなったのかを報告する。

 

「えっ?なんで、どうしたの?」

 

何の攻撃もなく鹵獲バッタが爆発した事にユリカが動揺する。

 

「どうしたの?整備不良かなにか?」

 

反対にムネタケは冷静に鹵獲バッタが何故爆発したのかその原因を尋ねる。

 

「原因は不明です」

 

「イネスさん、何か分かりましたか?」

 

ユリカが鹵獲バッタの爆発の原因についてイネスなら何か分かると思い尋ねる。

 

「ちょっと待って、そっちに行って説明するから」

 

それから少ししてイネスがブリッジへとやってきた。

説明できると言う事でイネスは嬉しそうだ。

 

「ホシノ・ルリ、バッタが爆発した映像はナデシコ側から撮っていると思うからその映像を皆に見せてあげて」

 

「はい」

 

イネスの指示に従い、ルリがナデシコ側から撮影した鹵獲バッタの爆発シーンの映像を皆に見せる。

鹵獲バッタは何かの衝撃を受けたかのようにその体を震わせると突然爆発した。

 

「もう一度‥今度はスロー再生で」

 

「はい」

 

次はスロー再生をして一コマ一コマの映像で鹵獲バッタが爆発するシーンが再生される。

 

「このバッタの爆発を見て何か気づかない?艦長」

 

イネスはユリカに意見を尋ねる。

 

「うーん‥‥破裂したと言うよりも‥なんだが、バラバラにされた感じに見えましたけど‥‥」

 

ユリカが自信なさげに鹵獲バッタの爆発したイメージを言うと、

 

「ええ、その通りよ。もう一度スローで見てみましょう」

 

先程の映像がもう一度繰り返され再生する。

今度は皆、鹵獲バッタがバラバラになるのかを意識して映像を見る。

 

「ホントだ」

 

「プラモデルみたいにバラバラになっている‥‥」

 

「恋人に送る花‥‥それは薔薇‥‥」

 

「イネスさん、これはどういうことなの?」

 

「マグネトロンウェーブよ」

 

「マグネトロンウェーブ?」

 

「発振用真空管の一種で、磁電管とも呼ばれているわ。電波の一種である強力なマイクロ波を発生する。主にレーダーや電子レンジに使われているわね。そのマグネトロンをあのタガメはより強力にしたものを大量に発生させ流しているわ。バッタがバラバラになったのはその強力なマグネトロンを受けて体自体が超振動を受け継ぎ目が剥がれて爆発したのよ」

 

イネスが鹵獲バッタの爆発原因を説明する。

 

「それじゃあ、エステバリスで接近していたら‥‥」

 

「あのバッタの様にマグネトロンウェーブを受けて継ぎ目を剥がされてドカーンってなっていたわね」

 

イネスの予測を聞いて思わず身震いするパイロット達。

 

「じゃあ、グラビティブラストで遠距離射撃を‥‥」

 

「それも無理ね」

 

「どうしてです?」

 

「タガメ自身にも恐らくディストーションフィールドの発生装置が付いている筈よ。グラビティブラストを幾ら撃ってもタガメにはビクともしないわね」

 

「攻守、鉄壁の布陣か‥‥」

 

「まさに難攻不落の要塞ってわけですな‥‥」

 

ゴートとプロスペクターは、タガメは難攻不落の要塞で攻略するには手こずりそうだと言う。

 

「じゃあ、どうするのよ!?司令部に何て報告すればいいの!?」

 

ムネタケはイネスの説明を聞いて声を荒げる。

タガメの破壊を命令されたのに、『マグネトロンウェーブのせいで攻略できません』なんて報告は出来ない。

そこで、

 

「誰かタガメの攻略のアイディアがある人間はすぐにブリッジに知らせて。どんな些細なことでも未完成でもいいから」

 

と、エリナは露骨にウリバタケを相手にエサをぶら下げる。

すると、あっさりとウリバタケはエリナの言葉に釣られてブリッジに姿を現した。

 

「フッフッフッフッ‥‥こんなこともあろうかと‥‥」

 

「出たわね。発明バカ」

 

「ちっちっちっ、改造屋と呼んでほしいな」

 

「能書きはいいから『こんなこともあろうかと』なんなのよ!?」

 

「うーん、と言いたい所なんだが、今回は何もない」

 

何も策がないにもかかわらず何故か自信満々で言い放つウリバタケ。

ある意味、潔良いのかもしれない。

 

「何もない?アンタ、こんな時に出し惜しみしている場合じゃないのよ!?」

 

「いや、そう言われても今回は本当にねぇーよ」

 

エリナがウリバタケに食って掛かる。

 

「例のPHR、PTKとか言うのを使いなさいよ!!」

 

そこにムネタケも加わってブリッジはカオスな状態となる。

 

「なんで、アンタもPHRとPTKを知っているんだよ?」

 

まさか、ムネタケが例のPHRとPTKを知っていた事に意外だと思うウリバタケ。

 

「いいから早く出しなさいよ!!強力な兵器なんでしょう!?」

 

「PHRとPTKは兵器じゃねぇ」

 

「じゃあ、一体何なのよ!?」

 

「それよりも、あの要塞の攻略はどうするのよ!?」

 

エリナとムネタケがウリバタケに食って掛かる。

一方はPHRとPTKについて、もう一方はタガメの攻略についてだ。

 

「あの‥‥」

 

ブリッジがカオスな空間へとなりつつある中、コハクが恐る恐る声をかける。

 

「「なに!?」」

 

ムネタケとエリナの声がシンクロする。

 

「継ぎ目があると不味いのであるならば、継ぎ目のない機体を作れば、タガメは攻略できませんか?」

 

「そうよ!!それだわ!!ちょっと、アンタ、何時も変な兵器を作っているなら、それぐらい作れるでしょう!?」

 

「まぁ、資材があれば出来ない事は無いと思うが‥‥」

 

「それぐらいすぐに手配するわ!!急いで作りなさい!!」

 

「お、おう‥‥」

 

ムネタケはそう言ってウリバタケをブリッジから追い出す。

どうやらムネタケはPHRとPTKが何なのかよりもタガメ攻略の方が大事らしい。

 

「ちょっとまだ、PHRとPTKが何なのか聞いていないわよ!!」

 

PHR、PTKが何なのかを知る事が出来なかったエリナが1人叫ぶ。

その後、ムネタケの行動は意外にも早く、司令部をどうやって説き伏せたのかは知らないが、継ぎ目のない機体を作る為の資材を乗せたコスモスがナデシコと合流し、ウリバタケ達ナデシコの整備班とコスモスに乗ってきた技術者達と共に継ぎ目のない戦闘機の製作へと入った。

何故、戦闘機かと言うと流石にエステバリスではその構造上継ぎ目のない機体は無理だったからだ。

継ぎ目のない宇宙戦闘機を製作中のウリバタケ達に差し入れを持って来たコハクは、製作状況をウリバタケに尋ねる。

 

「作業は順調ですか?」

 

「ん?おお。コーくんか、まずまずと言ったところだな。何しろ機体には一切継ぎ目がない状態にしないと中のパイロットを殺す事になるからな、細心の注意をしなきゃならねぇから作業はどうしても慎重になっちまう」

 

製作中の宇宙戦闘機をチラッと見ながら言うウリバタケ。

 

「‥‥ねぇ、ウリバタケさん。1つ聞きたい事があるんですが‥‥」

 

「なんだ?PHRとPTKの事か?」

 

「いえ、それも気になるんですが、別の事です」

 

「ん?」

 

「先日のナナフシの一件を見て思ったのですが、ディストーションフィールドを艦内の隔壁に使用する事って技術的には可能ですか?」

 

「ディストーションフィールドを隔壁に?」

 

「はい。ナナフシの一件ではナデシコはかなりのダメージを受けました。それは通常の隔壁ではダメージを抑えられなかった事が1つの要因でした。でも、普通の隔壁よりも強度があるディストーションフィールドで1ブロックごとにフィールド発生装置を設置し事故や被弾したブロックをディストーションフィールドで隔離すれば、艦のダメージを抑えられると思いまして」

 

「なるほど‥‥やってみる価値はありそうだな‥‥」

 

顎に手を当てて新たなシステムを考えるウリバタケだった。

 

継ぎ目のない宇宙戦闘機はウリバタケの言う通り、製作は時間がかかり、4日目で漸く完成した。

その間にもタガメはゆっくりではあるが、月へと移動し始めた。

早い所、タガメを破壊しなければ月基地と連合軍はタガメのマグネトロンウェーブで大きな被害を受ける。

しかし、その切り札となる継ぎ目のない宇宙戦闘機、シームレス機なのだが、その肝心の入り札は僅か1機しか作れなかった。

シームレス機の製作時間もあるが、タガメが月に接近している事もあり、2番機を製作している時間がなかったのだ。

宇宙戦闘機1機ではとてもあの宇宙要塞には勝てない。

 

「どうするのよ!?たった1機であの宇宙要塞を落せるの!?」

 

案の定、ムネタケが現状を見て騒ぎ出す。

 

「まだ、手はあります」

 

そんな状況でもコハクは冷静にまだ策はあると言う。

 

「シームレス機で要塞に接近して、内部へと侵入‥‥要塞の動力炉を爆破すればタガメは機能を停止する筈です」

 

「それよ!!それだわ!!直ぐに作戦を実行するのよ!!これは提督としての命令よ!!」

 

「ですが、提督、シームレス機は複座‥突入要員は多くても2人だけです。あまりにも危険です」

 

ユリカはたった2人でタガメを攻めなければならないリスクを指摘する。

生還率はかなり低い作戦だ。

 

「じゃあ、艦長、他に何か作戦はあるの?」

 

「そ、それは‥‥」

 

時間が押し迫っている中、ユリカにいい作戦が浮かぶべくもなく、

 

「無いなら、黙って突入部隊の人選をして頂戴」

 

「‥‥」

 

ユリカはコハクの立てた作戦を実行に移すしかなかった。

 

「作戦立案は僕ですから、突入部隊の人員の1人は僕が行きます」

 

と、コハクは突入部隊に志願する。

 

「ダメです。コハク」

 

案の定、ルリはコハクが要塞へ行く事に反対する。

 

「でも、ルリ。僕は作戦の提案者だ。人が死ぬかもしれない作戦を提案だけして、高みの見物なんて出来ないよ」

 

「ですが‥‥」

 

「ごめん、之だけはルリに言われても譲れないんだ」

 

怒気を含んだルリの視線と真剣な眼差しのコハクの視線がぶつかり合う。

 

「‥‥もう、勝手にしなさい」

 

「ごめん‥ルリ‥」

 

しかし、コハクにどんな言葉をかけてもコハクの意思を曲げる事は出来ないと判断したルリが折れる。

 

「別にいいです、貴女の無茶ぶりには慣れましたから‥でも、絶対に戻って来てくださいね」

 

「うん」

 

「でないと貴女にお仕置きが出来ませんから」

 

「‥‥」

 

突入メンバーの1人はコハクに決まる。

 

「で?もう1人は?誰が行くの?」

 

コハクが行くことに対してムネタケは特に反対する事もなく、さっさともう1人を決めろと言う。

 

「コハクちゃんが行くなら、もう1人は俺が行きます!!」

 

「アキト!?」

 

もう1人のメンバーにアキトが志願した。

 

「ダメよ、アキトにそんな危険な仕事させられない!!」

 

「でも、ユリカ!!俺達よりも年下のコハクちゃんが行くのに大人の俺達が安全な所で見ているだけなんて恥ずかしくないのか!?」

 

「うっ‥‥」

 

「ハハ、耳が痛いね‥それなら、テンカワ君に代わって僕が行こうか?」

 

アカツキがアキトの代わりに行こうかと言う。

 

「いや、俺が行く!!」

 

アキトの意思も堅かった。

 

「メンバーが決まったら、さっさと行ってあの忌々しい要塞を壊してきてちょうだい」

 

「では、行きましょう。アキトさん」

 

「ああ」

 

アキトとコハクはシームレス機専用の飛行服を着てシームレス機に乗るとタガメに向かった。

 

「シームレス機、ナデシコを発艦、タガメに向かいます」

 

ブリッジクルーの皆の視線先にはタガメへと向かっていくシームレス機の姿。

 

((絶対に帰って来てね‥‥))

 

シームレス機に乗る2人を案じるユリカとルリだった。

タガメが近づくにつれ、マグネトロンウェーブの影響が出ないかアキトとコハクは緊張した面持ちになる。

もし、マグネトロンウェーブの影響を受ければ機体はバラバラになり、自分達も機体の爆発に巻き込まれる。

だが、流石ウリバタケ特製の機体、シームレス機はマグネトロンウェーブの中を壊れる事無く飛行している。

まずは第一段階を突破した。

 

「ナデシコへ、此方シームレス機」

 

「シームレス機、此方ナデシコ」

 

「ナデシコへ、現在順調に飛行中、マグネトロンウェーブの影響はなく、タガメに接近中」

 

アキトがナデシコに現状を報告する。

 

「テンカワ、タガメの詳細をそのまま送ってくれ」

 

ゴートがアキトにタガメについて尋ねる。

 

「了解。形は、楕円形長さは約1kmで厚さは約300m、宇宙を漂うサツマイモみたいで、表面に無数の穴とアンテナがあります」

 

「恐らくそれがマグネトロンウェーブの発射口ね。そしてアンテナはレーダーの他にディストーションフィールドを張る為の防衛装置ってところかしら?」

 

イネスがタガメの表面にある穴がマグネトロンウェーブの発射口でアンテナはレーダーとフィールド発生装置だと指摘する。

 

「他に武器はありそうか?」

 

「いえ、見た限り表面上には武器の類は見られません。これより要塞に侵入します」

 

「了解した。気をつけろ」

 

「はい」

 

アキトとコハクはタガメの表面にシームレス機を着陸させ、マグネトロンウェーブの発射口から要塞の内部へと入る。

フィールド発生装置はグラビティ―ブラストなどのある程度の威力のある攻撃に対して作動するモノの様でシームレス機が接近してもタガメはフィールドを発生させることはなかった。

要塞内部にはマグネトロンウェーブは発生していなかった。だが、内部構造は複雑でさながら迷路の様だった。

当然、人の気配はないが、ちゃんと番犬は居た。

通路の奥からバッタがガチャ、ガチャ、と音を立てて通路を見回っていた。

2人は警備のバッタをやり過ごし、迷路の奥へと進んで行く。

 

「もう、かなり歩き回ったと思うけど、制御室はまだ着かないのかな?」

 

アキトにやや疲労の色が見え始めた。

 

「この先です‥‥」

 

コハクはまるでタガメの内部を知っているかの様に進んでいたが、次の曲がり角が目的地だと言う。

 

「えっ?どうしてそんな事が分かるんだい?」

 

「このタガメは当然、木星兵器であり、無人です‥‥それはつまり、この要塞自体が巨大なロボットであり、コンピューターなんです。僕はこの通路を歩きながら、この通路もコンピューターの回路にそっくりな作りであると気が付きました。そして、答えがでました。僕達が破壊すべきこの要塞の頭脳‥制御室はこの角を曲がったところです」

 

そう言ってコハクとアキトが曲がり角を曲がると、そこは制御室への入り口で大きな扉とその扉の開閉に使用する制御端末を見つけた。

 

「それなら急いで破壊しちゃおう」

 

「はい」

 

コハクは扉の前に有る制御端末にリンクして制御室への扉を開閉する。

 

「プログラムの停止と破壊は僕がやります。アキトさんは番犬が来ない様に此処で見張って下さい」

 

「ああ、分かった」

 

制御室へはコハクが入っていき、アキトは制御室前で見張りをする。

すると、コハクが制御室にはいると扉が自動で閉まってしまう。

 

「コハクちゃん!!」

 

扉の外でアキトが声を上げる。

 

「大丈夫です。プログラムを停止すれば開くかもしれませんから、アキトさんは引き続き、其処に居て下さい」

 

「あ、ああ」

 

制御室の中からコハクの声がする。

不安にかられながらもアキトはそのまま扉の前に立ち続けた。

コハクは制御室の制御盤を操作してマグネトロンウェーブを停止しようとする。

すると‥‥

 

「‥‥アキトさん」

 

「ん?どうしたの?コハクちゃん」

 

「不味い事になりました」

 

「えっ?どういう事!?何があったの!?」

 

「このプログラムを破壊すると大量の中性子が数秒間出るみたいです」

 

「中性子!?」

 

「はい‥でもこの区画はシールドされているみたいなので、アキトさんは其処に居れば安全ですが、念の為、少し離れて下さい」

 

「そっちはどうなのさ!?ちゃんとシールドされているのかい!?コハクちゃん!!コハクちゃん!!」

 

「‥‥」

 

コハクはそのまま、制御盤をリンクしてプログラムの停止作業を続ける。

そんな中、コハクはこの制御室であるものを見つけた。

 

「コハクちゃん!!開けてくれ!!コハクちゃん!!」

 

扉の外からはアキトの叫び声が聞こえる。

アキトはコハクが無言のまま肯定も否定もしない事に胸騒ぎを感じたのだ。

そんなアキトの耳に、

 

ドカーン!!

 

ザッパン!!ザァァァー

 

爆音と大量の水が流れる音がした。

 

「コハクちゃん!!」

 

そして、

 

ドカーン!!

 

もう一度大きな爆音がする。

 

「コハクちゃん!!コハクちゃん!!」

 

アキトが扉を叩いていると扉が少し開く。

 

「コハクちゃん!!」

 

アキトが扉をこじ開けて制御室の中に入ると、其処にはコハクの姿はなかった。

制御室は何故か水浸しで機械は火花を上げて壊れている。

 

「そんな‥‥コハク‥ちゃん‥‥」

 

アキトはドッと両膝をつく。

 

「俺は…俺はまた‥守れなかったのか‥‥?コハクちゃん‥‥俺はもっと君から色々教わりたかった‥‥君にもっと俺の料理を食べてもらいたかった‥‥」

 

アキトの目から涙があふれ出る。

その時、

 

ザパーン‥‥

 

制御室の周りに出来た深い水溜りの中からコハクが出てきた。

 

「コハクちゃん?」

 

水の中から出てきたコハクに唖然とするアキト。

 

「ハハ、中性子は水を通りにくいんですよ。この制御室内に冷却用の水槽があった事とこの制御室の周りに堀のような溝があって助かりました」

 

何故ほんの数秒とは言え、中性子が充満した部屋で生きていたのかを説明するコハク。

この制御室はこの要塞の頭脳‥そこには各パートを冷却するための冷却水が入った水槽が供えられていた。

コハクはその水槽を破壊し、水溜まりを作り、時限式でプログラムを停止させると同時に時限爆弾も設置させ、水の中に飛び込んだ後、物理的に制御盤を破壊したのだ。

冷却水と身に纏っている特製のシームレス・スーツ、そしてコハクの体内のナノマシン。この三重の防御がコハクを守ったのだった。

 

「‥‥全く、ルリちゃんの気持ちが分かった気がするよ」

 

涙目ながらも苦笑してコハクに手を伸ばすアキト。

 

「すみません‥あっ、この事はルリには内緒にして下さい」

 

「ああ、分かった」

 

コハクの手をとり、水溜まりから引き上げるアキト。

その後、2人はシームレス機でナデシコへと戻り、フィールドを張る事の出来なくなったタガメはナデシコのグラビティブラストで完全に破壊された。

 

 

タガメを破壊したナデシコは哨戒任務が解かれ、補給の為に地球へと帰還する。

そんな中、ウリバタケがようやくPHRとPTKの秘密を解禁すると言ってきて、主要メンバーがブリッジに集まった。

 

「で、結局PHR、PTKってなんだったのよ!?」

 

エリナがウリバタケに聞く。

 

「ふふふ‥‥それはこいつのことだ!」

 

白い煙と共にウリバタケの後ろにあった2つの大きな箱が開きそこに居たのはルリとコハクだった。

 

「ルリちゃんとコハクちゃんが2人?」

 

「どうなってんの!?」

 

「違うよ。これは1/1等身大フィギュア‥‥人形だよ」

 

ヒカルがそういってルリとコハクの人形の頭に手を置く。

 

「気のせいか頭の上に手を置かれている気がします」

 

「僕も‥‥」

 

ルリとコハクが頭に手を置き確認している。

 

「これが人形‥‥?」

 

「すごいリアル」

 

皆が1/1人形を見ながら、声をあげている。モデルにされた本人達ですら鏡をみているのかと思うぐらいそれは精巧な作りだった。

凄いのだが、ある意味気持ちが悪い。

 

「あたぼうよ。キャストの魔術師、ウリバタケ・セイヤ入魂の一品だからな」

 

ウリバタケは高笑いしているが、ヒカル以外の女性陣からの視線は冷めている。

 

「セイヤさん。それじゃ、PHR、PTKっていうのは‥‥」

 

「PHR、PTKっていうのは、このキャストの魔術師が作り上げた1/1等身大ルリルリ&コーくん、名づけてパーフェクト・ホシノ・ルリ パーフェクト・タケミナカタ・コハクの略語だ!!‥‥製作はウリバタケ・セイヤ、協力はミスマル・ユリカ、資源調達はゴート・ホリー、アオイ・ジュン、販売担当はプロスペクターという、ナデシコの上層部と各界のプロフェッショナルが手を組んだ夢の商品だ。どうだい?テンカワ、お前も1つどうだ?今なら、制服バージョンのほかに、水着と猫スーツも付属品としてついてくるぞ」

 

「い、いえ俺は別に‥‥」

 

アキトはコハクをチラッ見て後退する。

 

「私はナデシコで流通する商品管理する立場にありますので、その一環としてですね‥‥」

 

プロスペクターがブツブツと言い訳している。

 

(なるほど、だからウリバタケさんが、何かを作っていても止める事がなかったわけか‥‥)

 

お金の管理に口うるさい筈のプロスペクターが、ウリバタケが何かを作っていると言う噂が出た時、消極的な態度をとっていたのは、彼自身もウリバタケの協力者だったからだ。

 

「服はどうしたんですか?まさか盗んだんじゃ!?」

 

アキトが1/1人形が着ている服はどうしたのかを尋ねる。

 

「違う違う、そいつはジュンに縫ってもらった」

 

「ジュンに?」

 

皆の視線を一身に浴び、気まずそうなジュン。

 

「あの、その‥‥ルリちゃんとコハクちゃんの服を作ったらあとで、ユリカのフィギュアも作ってくれるって言われてつい‥‥」

 

オロオロしながら言うジュン。

ルリとコハクの服を作る為、ジュンはここ最近陰からルリとコハクの制服のデザインと目視によるサイズを見ており、手が絆創膏だらけだったのは慣れない裁縫作業の為だったのだ。

 

「それにしてもまさか艦長まで協力していたなんて‥‥」

 

「なんか、ちょっと意外です」

 

ルリとコハクが冷ややかな視線をユリカに送る。

 

「わ、私は、2人の身長とか教えてくれたらアキトの人形を作ってくれるって言うから‥‥」

 

「成る程、だから健康診断を強制的に受けさせたわけですか‥‥」

 

コハクが呆れたように言う。

 

「はぅ‥‥」

 

2人の少女のキツイ視線にさらされ、小さくなるユリカ。

 

「ふーん、ミスターにこんな趣味があるなんて意外ね」

 

ゴートもミナトに言われ小さくなっている。

ウリバタケはそんな女性陣からの視線を気にせず、今回の作品がいかに優れた造形かを得々と語っている。

それはイネスの説明ばりに‥‥

そんな中、ブリッジに冷ややかな声が静かに響く。

 

「なるほど‥先日、女性用の浴場と脱衣所に隠しカメラを仕掛けていたのはウリバタケさんの仕業でしたか」

 

ルリがそう言うと女性陣からの軽蔑のオーラが殺気へと変化した。

 

「あっ、僕もそれ見つけました。健康診断のデータだけでは正確に作れないからってお風呂場にカメラを設置するのはやりすぎですよ。ウ・リ・バ・タ・ケ・さ・ん」

 

コハクもルリに同調する。

 

「な、なんのことだよ!?ルリルリ、コーくん」

 

ルリとコハクから盗撮疑惑をかけられて狼狽えるウリバタケ。

 

「ちょっと!!それ本当なの!?ルリルリ、コーくん」

 

「ウリバタケさん、サイテー‥‥」

 

「ま、待て!!濡れ衣だ!!俺はそんなこと‥‥」

 

「撮った写真や映像はどうしたの!?まさか、売ったんじゃないでしょうね!!」

 

「出しなさい!!ウリバタケ!!ネガとデータごと全部!!今すぐ!!」

 

「酷いウリバタケさん!!せっかく協力したのに~」

 

女性陣がウリバタケに詰め寄る。

これでウリバタケに対する制裁は自動的に行われるだろう。

だが、それだけではルリとコハクの怒りは収まらず、

 

「オモイカネ」

 

《はい》

 

「ウリバタケさんのパソコンのデータを全部消去して」

 

≪い、いいんですか?プロテクトがかけられているものがありますが‥‥≫

 

「「全部消して!!」」

 

《で、ですが昔の貴重なアニメや予約録画されて未だ見ていない作品やプライベートなものまでありますが‥‥》

 

「「ぜ・ん・ぶ」」

 

≪リョ、了解しました‥‥≫

 

「さて、後は製作協力した人達と‥‥」

 

「引換券を持っている人達ですね‥‥」

 

「「うふふふふ」」

 

電子の姉妹達はいい笑顔で製作協力者と購入予定者の制裁を考えていた。

 

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第18話

更新です。


~地球 アトモ社・ボソンジャンプ実験ドーム~

 

此処、ネルガルの系列企業であるアトモ社の研究所では、ボソンジャンプの生体実験が行われていた。

 

「ボソン・フェルミオン、変換始まっています」

 

「エステバリス、準備はよろしいですか?

 

『問題ありません』

 

「耐圧エステ、降下」

 

「フィールド拡大、光子、重力子、π中間子増大中」

 

「エステのモニター順調に作動中‥‥」

 

頑丈そうなワイヤーで吊られた特注の耐圧エステバリスが鹵獲されたチューリップの中へと入っていく。

 

『まもなくジャンプ・フィールドに接触!センサー、作動開始します』

 

やがて、チューリップの中へ降下していく耐圧エステバリスの姿が見えなくなる。

 

 

 

 

薄暗い会議室モニター越しに向き合う白衣の集団と1人の女。

和やかとは遥かに掛け離れた雰囲気で言葉が交わされる。

 

「生体ボソンジャンプ実験はいずれも失敗した‥‥」

 

「ナデシコやクロッカスの例から見て、ボソンジャンプはテレポートとは異なる現象と考えられます」

 

「いずれにせよ、CCがボソンジャンプの鍵になるという説は否定されたということか?」

 

「そうとも限りません。私がナデシコで集めたデータでは、生体ボソンジャンプの可能性はまだ十分にあります。ネルガルに損はさせません。もう一度チャンスを頂けますね?」

 

「しかし、それにはやはり彼等のどちらかを分析しなければこれ以上やりようがないぞ、エリナ・ウォン?」

 

チーフの女性科学者がアキトとコハクの写真をエリナの前に出す。

 

「その点ならご心配なく。いずれ両名を連れて参りますわ」

 

「そうか‥‥」

 

科学者の目に怪しい光が灯る。

時間は少し遡り、宇宙での哨戒任務を終え、ヨコスカドックへ向っていたナデシコ。

日本の季節は12月で街はクリスマス気分一色だった。

 

展望室を改装し、クリスマスパーティーの会場の飾り付けをするのはナデシコの整備班班長のウリバタケ。

そしてそれを手伝っているジュン。

 

「ふっふっふ……完璧だ。見よ!!この豪華な会場!!スーパーラブアタックゲームに、セイヤスペシャルねるとんマシ~ン!ふっふっふっ、準備完了だ‥‥さあ、いざ来たれや乙女たち~~!!」

 

女性が見たら逃げ出しそうな感じで血走った目をしてウリバタケが吼えている。

しかし、ある少女の一言がウリバタケの苦労と妄想をぶち壊した。

 

「あぁ~でも、皆アカツキさんのパーティーに行くみたいだよ」

 

会場設営を見に来たルリにそう言われ、ウリバタケは石像のように固まった。

 

 

ナデシコが連合軍ヨコスカ基地に入港すると、近くの港では周辺住民のナデシコ入港の反対デモが行われていた。

 

《ナデシコ入港断固阻止》 《帰れ!ナデシコ!》 《Go Home!》

 

掲げられた旗や垂れ幕、プラカードは数えればキリがない程である。

軍の宣伝部が流したプロパガンダのおかげでナデシコが連合軍最強の戦艦という事は衆知の事実となっており、"ナデシコある所にトカゲあり"といったイメージが民衆に定着するのも仕方のない事ではあった。

付近の住人にとって自分達の住む街が戦場になる可能性が高いのだから、抗議活動をするのも当然と言えば当然である。

ヨコスカ基地に入港と同時にブリッジに突然の招集命令で集められたクルー達。

クルー達と向かい合う形でプロスペクター、ムネタケ、そして基地の指揮官らしい将官クラスの階級章を付けた軍人と多数の兵士が立っていた。

そして指揮官がおもむろに口を開く。

 

「いつまでも軍艦のクルーが民間人という訳にもいくまい」

 

「本来ならナデシコが軍の指揮下に入ったところで全員お払い箱だけど、今回は特別にアタシがアンタ達を軍人に取り立てて貰えるように計らったって訳。感謝してよね?」

 

ムネタケがにんまりと笑ってクルーを見回す。

 

「誰が頼んだわけ?」

 

「まったくだよ」

 

ルリとコハクがボソリと呟く。

ムネタケの言葉にプロスペクターが申し訳なさそうに続ける。

 

「誠に心苦しいのですが、先日のオモイカネ暴走で連合軍に与えた損害を計算致しますと、このままでは皆様にお給料どころか損害賠償を請求しなければなりません」

 

そして再び指揮官が口を開く。

 

「2週間前に月面基地で原因不明の爆発事件が起き、月方面艦隊に空白が生じている。我々としては急ぎ月面方面の艦隊編成を急がねばならぬのだ。そしてその編成にはナデシコの配属も検討されている」

 

「この艦を降りても不愉快な監視がつくだけですし‥‥ここは1つ曲げてご承知を…」

 

プロスペクターの言葉にクルーは複雑な表情を浮かべる。

軍人になるのには抵抗があるが、四六時中軍に監視されるよりはマシといったそんな表情である。

 

「それからテンカワ・アキト」

 

「…はい、何ですか?」

 

突然話を振られたアキトは怪訝な表情を浮かべる。

 

「アンタにはナデシコを降りて貰うわ」

 

ムネタケはアキトに退艦しろと言い放つ。

 

「「「「「「えっ!?」」」」」

 

ムネタケのこの一言にアキト以外にもユリカやコハク、リョーコらアキトと交流が深い人達が驚愕の表情を浮かべる。

 

「質問!!提督、なんでアキトがナデシコを降りなきゃいけないんですか!?」

 

ユリカがムネタケに尋ねる。

だが、それに答えたのはムネタケではなく基地の指揮官だった。

 

「こちらで調べた所、テニシアン島やナナフシ攻略時の単独行動など、彼には軍人としての資質が欠けている。今後は民間人として銃後の守りに徹して貰いたい。もちろん監視はつくがね」

 

「ここはアンタの居場所じゃないって事よ」

 

「‥‥」

 

その後、ナデシコに残るクルー全員に軍から階級章が配られ、その場は解散となった。

渡された階級章を手に取りながらルリはふとコハクがいないことに気がついた。

 

「ミナトさん、メグミさん、コハクがどこへ行ったか知りません?」

 

「ああ、コーくんならヨコスカに着いてからすぐにイネスさんと一緒に出かけたよ。どうしても外せない用事らしいからね、パーティーには参加できないってさ」

 

「そう‥‥ですか‥‥」

 

メグミからコハクの行き先を聞いたルリだが、一緒にいるメンツから不安は拭いきれなかった。

 

 

~ナデシコ 通路~

 

「アキト、待って!」

 

「ユリカ…?」

 

退艦を命じられ、荷物を纏めたアキト。

自転車を押しながらハッチへと向かっていた。そこを追い掛けてきたユリカに呼び止められたのだ。

 

「アキト、ホントにナデシコを降りちゃうの!?」

 

「ああ」

 

「そんな…イヤだよ、アキトがいなくなっちゃうなんて。もう1回、提督とお話しよう?きちんとお話すれば提督だってきっと分かってくれるよ。それにいざとなればお父様に頼んでみるから」

 

ユリカがアキトの上着の裾を掴み、引き止めようとする。だが、アキトはそんなユリカに黙って首を振る。

 

「俺は軍人には向いてないよ。命令だから何でもする‥‥もしかしたら『勝つ為に仲間を見捨てろ』って言われるかもしれない‥‥俺にはそんな事、出来ないよ」

 

「私だってイヤだよ!アキトがナデシコを降りるなら私も降りる!」

 

ユリカの大きな瞳に涙を浮かべて叫ぶ。

 

「バカ!お前は俺と違ってナデシコに必要なんだよ!ナデシコがナデシコである為にもさ‥‥」

 

優しくユリカを諭すアキト。

 

「でもでも~」

 

「ごめんな、ユリカ。俺のナデシコでの旅はここまでだ」

 

「‥イヤ…イヤだよ。アキトとお別れなんてイヤだよぉ…」

 

ぽろぽろと涙を零すユリカ。だがアキトはユリカにかけてやるべき言葉を持っていなかった。

 

「じゃあな‥‥元気で‥‥地球からナデシコの無事を祈っているから‥‥」

 

踵を返し、ハッチへ向って歩み去っていくアキト。そしてユリカもまた、小さくなっていくアキトの背中をただ見送る事しかできなかった。

 

「アキトの…バカ‥‥」

 

ユリカはアキトの後姿を見つめながら寂しそうに呟いた。

 

 

~ヨコスカ・市街地~

 

ナデシコを降りたアキトはとぼとぼとヨコスカの街を歩いていた。

 

「これからどうしよう‥‥」

 

地球にやってきてからはずっと長崎のサセボで暮らしていたアキト。

当然ヨコスカの街は始めてで、知り合いがいる訳がなかった。

いや、それ以前に地球にはナデシコのクルー以外、アキトにはサセボの雪谷食堂のサイゾウ以外に知り合いは居ない。

当面の生活費と言われ、ナデシコを降りた時、幾らかの金をもらい、後日正式に退職金も支払われる予定でとりあえず、しばらくは生活費には困らないが、いつまでもブラブラしているわけにはいかない。

貰ったお金だって限りがある。

 

「またサセボに戻ろうかな‥‥」

 

アキトが最悪サセボのサイゾウの所に戻ろうかと思いながら、ぼんやりとヨコスカの街を歩いていると、

 

「そこで自転車を押しているテンカワ・アキト君」

 

突然見知らぬ街で自分の名前を呼ばれキョロキョロと辺りを見回すアキト。

 

「こっちよ」

 

そこにはネルガルのロゴの入った公用車の運転席で微笑むエリナがいた。

エリナはいつものナデシコの白い制服ではなく、ワインレッドのビジネススーツを着ている。

 

「‥‥何か用スか?」

 

なんとなく胡散臭い感じのするエリナの笑みを警戒するアキト。そのためか、自然とアキトの言葉に棘が混じる。

 

「いきなりご挨拶ね。まぁ、いいわ。貴方、これからどうするの?どこか行く当てはあるの?」

 

「‥‥」

 

エリナの問いに答えてよいものか迷うアキト。

 

「答えたくないなら、それでもいいわ。今日はネルガルの会長秘書として貴方に会いに来たのだから」

 

「ネルガルの?」

 

「そう、実は貴方にしか出来ない事があるの‥‥話くらいは聞いてくれるわよね?」

 

エリナにそう言われ、アキトの心は揺れた。

 

"自分にしか出来ない"

 

不要だと言われてナデシコから降りたアキトにとって、その言葉は余りにも甘美なものだった。

 

「‥‥わかりました」

 

アキトを乗せたエリナの車はヨコスカ市内で一際目立つピラミッド型の建物、アトモ社へと向かい走り去った。

 

 

~アトモ社 会議室~

 

「木星蜥蜴がチューリップで一種の瞬間移動…私達はボソンジャンプと呼んでいるけど。それによってほぼ無尽蔵の攻撃を仕掛けている事は知っているわよね?ネルガルでは軍とは別個にこのシステムの解明を行っているの」

 

スクリーンの明かりのみが光源の会議室で向かい合う科学者達とアキト。

アキトの隣にはエリナが座っている。そして科学者のリーダーの女が口を開く。

 

「木星蜥蜴は最初から無人兵器…火星で発見されたクロッカスのクルーは全滅。では何故、ナデシコだけがクルーを無事にジャンプさせられたのか?」

 

「その原因がアキト君にあるという訳ね」

 

科学者の女の言葉に答えたのは暗がりから響いた新たな声だった。

 

「イネスさん?それにコハクちゃんも!」

 

白いスーツを纏ったイネスと黒いワンピース姿のコハクが暗がりから会議室に姿を見せる。

 

「私達の実験に興味を持って下さってね」

 

「木星蜥蜴も未だ生命をジャンプさせる事には成功してはいない。彼等がその技術を得る前に我々がそれを得なければならないのだ」

 

科学者の女は淡々と言葉を放つ。

 

(ん?生命をジャンプさせる?木星蜥蜴は無人の機械じゃないのか?)

 

しかし、その科学者の口調からまるで木星蜥蜴が人間の様に感じたのだが、アキトはその事に気づかなかった。

だが、コハクはその発言を聞き逃さず、世間で言われている木星蜥蜴との間に矛盾を感じた。

 

「地球には木星蜥蜴のような優れた無人兵器を作る技術はないものね‥‥生体ボソンジャンプでしかこの戦争の活路は開けない‥という事ね」

 

イネスが科学者の言葉を補足する。

 

「そういう事よ。地球から火星や月にジャンプを利用して戦力の大量投入が出来れば、戦局は大きく変わるわ。それには貴方の力がどうしても必要なの!」

 

勢い込むエリナにアキトは俯く。

 

「…でも、なんで俺なんすか?俺はただのパイロット…いえ、コックですよ」

 

アキトがボソリと呟く。

 

「貴方には不思議な力があるの‥‥これ、見た事ないかしら?」

 

エリナが懐から青いクリスタル状の鉱物を取り出してアキトに見せる。

 

「これはCC…チューリップ・クリスタル。チューリップと同じ組成で出来た石よ」

 

「…!」

 

CCを見たアキトの顔色が変わる。

 

「…これ…父さんの形見…」

 

「やっぱり見た事あるのね…ねぇ、それは、どうしたの?」

 

エリナの目が怪しげな光を放つ。

 

「どうって…火星から地球に来た時…気付いたらなくなって…」

 

「…やっぱりね」

 

エリナはニヤリと笑うと席を立つ。

 

「ついてきて。貴方に見せたい物があるわ」

 

そう言って歩き出したエリナの後をアキトは着いて行く。

イネスやコハク、科学者達もそれについていく、そしてエリナがとある部屋の扉を開く。

 

「見て」

 

エリナの声と共に部屋に明かりが燈る。

 

「これは…!」

 

イネスが短い言葉を発し、息をのむ。

その部屋にはCCの入ったケースがズラリと並べられていた。

 

「…父さんの形見がこんなに…?」

 

アキトとイネスはその光景に目を奪われていた。

エリナはそんな二人の様子を見て、ニンマリと笑う。

 

「CCはボソンジャンプの鍵だと私はそう思っているわ。そして、CCを使用したボソンジャンプを発動するには一定の条件を満たす必要がある、と」

 

「…その条件を満たせる人物がアキト君とコハクちゃん…?」

 

イネスが呟く。

 

「そう!コハクは火星からネルガル本社にボソンジャンプをしてきたのを私はこの目で見たわ。そして、ナナフシの時もボソンジャンプをしてアキト君の近くにボソンジャンプをした‥そして、アキト君‥貴方もあの日、跳んだのよ。火星から地球へと‥貴方のお父様の形見のCCを介してね。」

 

「…でも」

 

口ごもるアキトの手を取り、エリナが言葉を繋げる。

 

「ねっ!お願い!実験に協力して!貴方なら出来るわ!貴方やコハク、そしてイネスさんの貴重なデータが人類の未来を切り開くの!!」

 

「…」

 

戸惑うアキトであったが、何かを決意したような表情で口を開こうとする。しかし、それを遮る者がいた。

 

「…エリナ・ウォン。ちょっと…」

 

しきりに何処かと連絡を取っていた科学者の男が何かをエリナに耳打ちする。

その瞬間、エリナの顔がさっと青ざめる。

 

「ごめんなさい!少し待ってて!」

 

そういうとエリナと科学者達は慌てて部屋を出ていく。取り残されたアキトとイネス、コハクの3人。

 

「何かあったようね。アキト君、コハクちゃん、私達も行きましょう」

 

イネスはそういうとエリナ達を追って部屋を出ていく。

 

「え?イちょっと、イネスさん」

 

アキトとコハクも慌ててイネスの後を追いかける。

 

 

~アモト社 ボソンジャンプ実験ドーム~

 

突如、チューリップの口から何時ぞやの実験で使われた耐久エステバリスが吐き出され、ドームの床に叩き着けられる。

機体はグチャグチャに潰れてもはや原型を留めぬ鉄クズと成り果てた。

当然コックピットには生命の痕跡は残っていなかった。

 

「…そんな」

 

その光景にエリナは思わず息をのむ。

 

「…なるほど、既に生体実験をしていた訳ね」

 

「…っ!?」

 

イネスの声に慌てて振り向くエリナ。

そこには冷めた目でドームに横たわるエステバリスを見つめるイネスとコハク、そして険しい目をして肩を震わせるアキトがいた。

 

「でも、この様子じゃ実験成功には程遠いようね…」

 

「アキト君!これはね…」

 

エリナが笑顔でその場を繕おうとするがアキトの険しい言葉がそれを遮る。

 

「…そういう事かよ。俺やイネスさん…それにコハクちゃんまでもモルモットにしようって事かよ!汚ねぇよ、ネルガルは!」

 

その言葉にエリナの顔色が変わる。

 

「モルモットですって!?…いいじゃない!どうせアンタ、半端なんでしょ!?人類の為よ!!モルモットの方がまだ立派よ!」

 

「…クッ」

 

エリナに反論できず俯くアキト。

 

その視線の先にはドームに横たわるエステバリス。

 

(…それが…アレかよ…)

 

エリナがアキトの手を取る。

 

「貴方なら大丈夫!きっと成功するわ!協力して!ね?」

 

「…っ!」

 

エリナの手を振りほどき、踵を返すアキト。

 

「…失礼します」

 

そしてアキトはその場から立ち去ろうとする。

ただ、その前に、

 

「コハクちゃん。コハクちゃんも行こう。此処に居たら、君もネルガルの連中に殺されてしまう」

 

アキトはコハクを連れ出そうとする。

しかし、

 

「ごめん‥アキトさん‥それは出来ない」

 

コハクはアキトと一緒には行けないと言う。

 

「っ!?なんで!?」

 

「僕の所有権はネルガルにある‥‥僕はいわば、ネルガルの所有物だから、アキトさんと一緒に行くことは出来ない」

 

「そんなっ!?」

 

「そう言う事‥コハクを連れていきたいのであれば、それ相応の値段で彼女を買い取ってもらう必要があるのだけれど、今の貴方にコハクを買い取る程の財力があるのかしら?」

 

「くっ‥コハクちゃんを物扱いかよ‥どこまで腐っているんだ?アンタ達は!!」

 

「僕の事は大丈夫ですから、アキトさんはアキトさんの道を見つけてください」

 

アキトに対して微笑むコハクであったが、今の彼にとって微笑む彼女を見て、自分の無力さを痛感させられた。

自分にもっと力があれば‥‥

権力があれば‥‥

財力があれば‥‥

このまま彼女を救う事が出来たのに‥‥

 

「コハクちゃん‥‥」

 

アキトは虚しい気持ちでアモト社を後にした。

 

「止めないの?」

 

アキトを見送ったイネスがエリナに尋ねる。

 

「戻ってくるわよ、必ず。あの子、あのままじゃホントに半端になっちゃうから」

 

「そういえば、貴女はいいの?タケミナカタ・コハク?」

 

「?」

 

イネスがコハクに尋ねてきたが、コハクはその内容を理解してないかのように首を傾げた。

 

「あんなモノを見せられ、次は貴女がああなるかもしれないのに平気かってことよ」

 

「今更逃げた所でどうしようもないですし、下手に逃げてルリを人質にとられるよりはマシなので‥‥」

 

まるで自分の運命を受け入れるかのように淡々と答えるコハク。

 

「それよりも気になることが‥‥」

 

そして、コハクは実験を見て気になった疑問をイネスにぶつける。

 

「何かしら?」

 

「護衛艦クロッカスやパンジーの時の様にチューリップには出入り口は多数あると考えられますよね?」

 

「ええ」

 

「もし、此処で使用した実験機が敵本星のチューリップに出たら‥‥」

 

「っ!?」

 

コハクの指摘にエリナはハッとし、イネスは冷静に

 

「当然、気付くわよね。地球のジャンプ実験に‥‥」

 

至極当然のことをイネス言う。そしてそのイネスの言葉に答えるかのようにチューリップの周囲で爆発が起きる。

 

「フィールド・ジェネレーター破壊!」

 

「チューリップ内部よりディストーション・フィールド発生!」

 

オペレーターの叫ぶような報告が響く。

 

「そうなれば敵の考える事は実験の妨害…そして施設の破壊ね‥‥」

 

「来た‥‥」

 

「あ、あれはっ!?」

 

チューリップの中からゆっくりと迫り出してきたのはバッタでもジョロでもなく、今までどの戦線でも見たことのないゲキガンガーに似た2体の巨大ロボットだった。

 

 

~ナデシコ ナデシコ食堂~

 

ナデシコ食堂ではクリスマスパーティーの真っ最中であった。

入港時、軍人となる事を突然告げられたクルー達だったが、そこはナデシコクルー。

まずはとにかく目の前の今を‥‥パーティーを楽しめ、という訳で大騒ぎである。

クルーの何人かはコスプレまでしている。

そんな中、エステバリスのコスプレをしたユリカがいたが、その表情はアキトの退艦以来、重く沈んだままである。

誰かに話掛けられれば、ユリカはいつもの明るい笑顔で応対する。しかし、その笑顔はどこか痛々しいものだった。

皆がその理由を知っている為、ユリカに必要以上に構う事はしなかった。

当初、別会場で女性クルー限定のパーティーを企画していたアカツキも急遽合流して、殆どのクルーが参加する賑やかなものとなっていた。

盛り上がる会場の隅で佇む2人の男女‥‥ゴートとミナトである。

ミナトが手に持っていた紙を破り捨てる。

 

「…いいのか?」

 

「…いいのよ」

 

どこかすっきりした表情を浮かべるミナト。

ミナトが破いた紙はナデシコがヨコスカ入港前にゴートが渡した辞令書だった。

今後、戦争が激化する中、ナデシコは軍艦として戦闘の最前線に駆り出される可能性が十分に高い。

そして撃沈される可能性も‥‥‥

ゴートはミナトに生き延びてほしく、ネルガルの本社勤務になるようネルガルに推薦状を出し、本社勤務の書かれた辞令書を渡したのだった。

しかし、ミナトはそれを今此処でゴートの目の前で蹴ったのだった。

楽しい時間、平和というのは昔から短いもので、パーティー会場に突然警報が鳴り響く。

空間ウィンドウが開き、ルリが報告する。

 

「カワサキシティーに木星兵器と思われる巨大ロボが出現、現在軍の機動部隊と交戦中」

 

パーティー会場に警報が響いてからものの数分で戦闘体制に移行したナデシコ。

しかし、今回の戦場はヨコスカ市街のど真ん中。ナデシコに出来たのはエステバリス隊を発進させる事ぐらいだった。そしてそのエステバリス部隊も敵の新型兵器に苦戦を強いられていた。

 

「何あれ!?ゲキガンガー!?」

 

「何でゲキガンガーが街を破壊しているんだ!?」

 

エステバリスの有に数倍はある巨体でヨコスカの街を暴れ回る赤と青のゲキガンガーに似た巨大ロボ。

 

「たぁーっ!!」

 

リョーコが先陣きって砲戦フレームを突っ込ませる。しかし、分厚いディストーション・フィールドによって突進は阻まれる。

 

「クッ…、フィールドがなんだぁ!喰らえっ!!」

 

フィールドにライフルの銃身を突き刺し、弾丸を撃つ。だが、砲弾が届く前にゲキガンガーの姿が消える。

 

「何ぃ!?」

 

そしてリョーコ機の背後に現れるゲキガンガー。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

再度展開されたフィールドにリョーコ機が弾き飛ばされる。

 

「リョーコ!」

 

ヒカルが援護射撃を加えるが、それもフィールドに弾かれる。

そして再び姿を消す。

 

「ヒカル、後ろ!」

 

「…!」

 

突然響いたその声にヒカルが慌ててエステバリスをダッシュさせる。

ゲキガンガーの胸から発射されたレーザーはヒカルがほんの数秒前までいた場所をなぎ払う。

 

「何よ、訳わかんないよ~!なんで消えるの~!?」

 

ジリジリと追い詰められていくエステバリス隊。

既に攻撃は諦め、今は防備と回避に専念していた。

連合軍の地上部隊は既に全滅し、ヨコスカを守る盾はナデシコのエステバリス隊だけとなっていた。

戦闘の様子を半壊したアモト社の屋上から双眼鏡で見ているエリナとイネスそしてコハク。

エリナは敵のロボが消えるあの現象を瞬間移動ではなく、ボソンジャンプではないかと、推測した。

 

「じゃあ、もし、あれがボソンジャンプなら‥‥」

 

「生身の人間じゃ、耐えられないわね」

 

エリナとイネスの会話を聞いてコハクはコミュニケを使って、エステバリスのパイロット達に注意を呼びかけ、社内にあったモバイルパソコンを使い、敵のジャンプパターンを計測し、ジャンプアウト地点を伝達する。

赤いゲキガンガーは空からのアカツキの攻撃とリョーコのレールカノンの攻撃を頭部目掛けて集中攻撃され、ビルに寄りかかる形で沈黙、残った青いゲキガンガーにエステバリス全機の集中攻撃を受けると、突然腹部の装甲が開く。

 

「最悪ね‥‥‥あの機体最初から自爆するようプログラムされていたみたい‥‥」

 

「自爆?その規模は?」

 

「この街がきれいに無くなることは保障できるわ」

 

「それはどうも‥‥でも大丈夫じゃない?」

 

「「えっ?」」

 

アモト社の正門前にアキトがいた。

 

「アキトさん?」

 

「CCを‥‥俺に‥‥」

 

肩で息をするアキト、しかしその目は険しくエリナとイネスを見据える。

 

青いゲキガンガーはフィールドを張り悠然と街を歩く、エステバリス隊はライフルによる攻撃を行うが、分厚いフィールドでまったく効き目がない。

そこへ、アタッシュケースを抱えて青いゲキガンガーに向かって、ビルの屋上を走るアキトがいた。

アキトがアタッシュケースの鍵を外し、青いゲキガンガーに投げつける。空中でアタッシュケースが開き、入っていたCCが外へ撒き散らされる。

そしてCCは見事に青いゲキガンガーのフィールドに張り付き、光を放つ。

 

「俺は本当に何かが出来るんだろうか‥‥?俺にしか出来ない事が‥‥」

 

アキトの体が光りだし、ナノマシーンの紋様が現れる。

そして青いゲキガンガーの頭上に空間の穴が開くと、アキトと青いゲキガンガーはその穴の中へ消えていった。

その様子をナデシコから見ていたユリカは、悲鳴をあげ、泣き崩れた。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

ブリッジには重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

「…テンカワ君、最後の最後で戦士になったね」

 

アカツキがポツリと呟く。

 

「生きて帰ってこなくちゃ意味ねぇだろうが‥‥テンカワのバカヤロウ」

 

「‥‥リューコ」

 

ユリカはあれ以来、部屋に引き篭もったままである。

そこへエリナとイネスがブリッジへとやってくる。

 

「あれ?艦長は?まだ引き篭もっているの?」

 

「おい!そんな言い方ねぇだろう!?」

 

エリナの言葉にリョーコが食ってかかる。

 

「ああ、テンカワ君のことなら心配ないわ‥‥ほら」

 

砂嵐のスクリーンが開くと、

 

『ナデシコ~?おーい、ナデシコ~?』

 

ノイズがひどいが確かにそう聞こえてくる。そしてスクリーンがようやく画像を映し出すと、そこにいたのは‥‥

 

『やっと繋がった!もう2週間も通信していたのに、全然繋がらないんだもんな、心配したよ!』

 

エプロン姿のアキトだった。

 

「彼は跳んだのよ‥2週間前の月にね‥‥」

 

空間ウィンドウに映るアキトをうっすらと微笑み見るイネスがいた。

 

 

~ナデシコ ユリカの部屋~

 

ベッドで泣いているユリカ、そこに空間ウィンドウが開き懐かしい声がする。

 

『ユリカ?お前泣いているのか?』

 

聞き間違いのない声に反応し、空間ウィンドウを見るユリカ、そこには死んでしまったと思っていた彼の顔が映っていた。

 

「幽霊?」

 

『本物、生きているよ』

 

「アキト!生きていたんだ!今どこにいるの?」

 

『よくわからないけど‥月』

 

「わかった今すぐに迎えに行くから」

 

『無理言うな。それよりもメリークリスマス‥ユリカ‥‥』

 

「アキト‥‥やっぱりアキトは私が大好き!!」

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

ナデシコの格納庫ではヨコスカの市街戦でナデシコに鹵獲された赤いゲキガンガーが整備班によって解体、分析されていたのだが、ウリバタケがある音楽が流れているのを聴き、辺りを見回す。

 

「誰だ?ゲキガンガーなんか歌っている奴は?」

 

「誰も歌っていませんよ‥‥この中から聴こえますが‥‥?」

 

整備員の1人がゲキガンガーの頭部を指差す。

 

「そんなわけあるか、コイツは無人兵器だぞ」

 

この赤いゲキガンガーは木星の兵器であり、木星蜥蜴は無人兵器の集団だ。

そんな無人の機械がゲキガンガーのオープニングソングなど聴くわけがない。

しかし、気になったウリバタケ達は赤いゲキガンガーの頭部の装甲を丁寧にはがしていくと、そこにはコックピットらしき箇所があり、備え付けのレコーダーからゲキガンガーのオープニングソングが流れていた。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第19話

更新です。


 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

「確かに何者かが乗っていた形跡があるわね‥‥」

 

ムネタケが先日、カワサキシティーにて鹵獲された赤いゲキガンガーに似たロボットのコックピットを見ながら呟く。

 

「しかし、そのようなことがあるのでしょうか?木星兵器はすべて無人兵器だった筈‥‥それに普通の生物がチューリップを通過できないって、イネス先生が言っていた筈では?」

 

整備班からの報告を受け、ムネタケとジュンが格納庫に来て横たわっている赤いゲキガンガーを見て呟く。

 

「おだまり!ともかく、艦内に潜伏中の敵パイロットの身柄を確保するのよ!それも内密に!!」

 

「はぁ~」

 

ムネタケの命令にジュンはやる気のない返事をし、ウリバタケは、

「どうぞご勝手に」と、自分らは一切関わらない姿勢を見せる。

 

「なんで俺達、整備班がそんな面倒なことをやらないといけないんだ?保安部にでもまかせればいいじゃねぇか」

 

「「「「おおおおおおっー」」」」

 

ウリバタケの言葉に他の整備班は感心し、拍手までしている。

確かにウリバタケの言っている事は最もな意見だ。

 

「そんなことそれば全部バレちゃうじゃない!パニックになるでしょう!ダメよ!上からも内密って言われているんだから!」

 

ムネタケが血走った眼でウリバタケに怒鳴る。

 

「まさかこのデカブツ、連合軍の新兵器じゃねぇだろうな?俺達、ナデシコと戦わせて実験データを取ろうとしてたんじゃねぇだろうな?」

 

「そうなのかしら?」

 

ウリバタケがムネタケにこの赤いゲキガンガーが連合軍の新兵器なのかを尋ねるが、ムネタケは知らない様子だ。

 

「まぁしかたねぇ、俺達の艦は俺達で守るか!」

 

「「「「オオ!」」」」

 

ウリバタケが重い腰を上げ、侵入者確保に動き出した。

 

 

~ナデシコ レクレーションルーム~

 

「意外ですなぁ。ネルガルの方針では当分は軍と歩調を合わせるということでしたのに、月にテンカワ・アキトを迎えに行くなんてよく許可が出ましたなぁ」

 

プロスペクターがスカッシュ卓球をしながらエリナに話しかける。

 

「4番艦が軍の管轄下に置かれる前にプロジェクトの移行を行うつもりらしいわ。最も私はテンカワ・アキトの方が重要だけどね」

 

「会長秘書さんも女性というわけですな」

 

「ゴホッゴホッ‥‥なによそれ!あのねぇ男と女見たらすぐに色恋沙汰にするのはこの艦の悪い癖よ。私はただ純粋にあの子を研究対象として見ているの、OK?」

 

飲んでいたジュースが気管にはいったのか、エリナはむせたが、程なく呼吸を整え、プロスペクターに詰め寄り、色恋を否定するエリナ。

だが、その顔は少し赤い。

 

「OKじゃあ、ありません!」

 

いつの間にかユリカがレクレーションルームに来ていた。

 

「これ以上アキトに変なことしないでください。もし、したら‥‥」

 

エリナが苦手なユリカであったが、愛しのアキトを守るために果敢に彼女に挑む。

しかし、

 

「どうするの?」

 

「えっ?」

 

「殴る?蹴る?引っ叩く?」

 

思いもよらないエリナの反撃にたじろぐユリカ。

やはり、エリナは苦手なユリカだった。

 

「わかったわ」

 

「えっ?じゃあ‥‥」

 

「ちゃんと、わかるように説明してあげる」

 

エリナの発した『説明』という言葉に対してナデシコの通路で、白衣姿の女性が敏感に反応していた。

 

 

場所を代え、和室型の談話室でお茶を入れ、コタツに入り説明をするエリナと説明を受けるユリカ。

 

「百聞は一見にしかず。火星から月軌道中ボソンジャンプで何かがあった‥‥」

 

「つまり私とアキトの愛の力が奇跡を起こしたわけですね?イネス先生はさしずめ愛のお邪魔虫」

 

パコっ

 

「イタッ!!」

 

ユリカの後頭部に衝撃が走る。

ユリカの後ろにはイネスがスリッパの片方を右手に持っていた。

 

「やっぱり来たわね、説明屋さん」

 

「当人によれば、アキト君は過去に火星から地球へボソンジャンプした経験がある。つまり彼は特別な存在といいたいのでしょう?‥‥はい、失礼」

 

そう言ってコタツに入るイネス。

 

「そうですねよ。つまり私にとってアキトは特別な存在」

 

「「そうじゃない!」」

 

エリナとイネスの声がシンクロし、ユリカの妄想だらけの結論を否定する。

 

「彼のジャンプ経験は貴重なデータなの、今後、生体ボソンジャンプの研究を進めれば、高度な有人兵器を木星蜥蜴の本拠地へと送れる‥‥戦況は一変するわ」

 

エリナはボソンジャンプこそがこの戦争を終結させるための鍵になると言う。

 

 

~ナデシコ 食堂~

 

食堂にゲキガンガーの音楽と共に現れたのはダンボールで出来たゲキガンガーの着ぐるみ(ウリバタケ製作)を着たジュンだった。

その姿を見た食堂フタッフは唖然とした表情でジュンを見ていたが、ジュンが食堂スタッフと眼が合うと、詰め寄ってきた。

多少怯えているホウメイ以外の食堂スタッフ達。

 

「何か異常はありませんか?」

 

((((あんたの姿が異常だ))))

 

と、スタッフ全員が心の中で、呟く。

 

「さあ?何も無かったと思うけど、何かあったのかい?」

 

ホウメイがジュンに聞く。

 

「僕のことはどうか内密に‥‥極秘任務ですので‥‥では‥‥」

 

ジュンは食堂を去っていった。

 

「内密に‥‥そりゃしますよね‥‥」

 

「ゲキガンガーって伝染性?」

 

食堂スタッフ達はジュンの行動に何一つ理解できなかった。

 

ナデシコ艦内は整備班の班員達がばら蒔いたゲキガンガーグッズだらけとなっていた。

 

「敵のパイロットはかなりのゲキガンマニアだ!きっととびつく!さあ、どんとこい!」

 

ウリバタケが格納庫で整備員達と共に叫んでいた。

 

 

~ナデシコ 女性用大浴場~

 

コハクは休憩時間を利用し、入浴しようと、浴場に来て脱衣所で服を脱いでいた。

 

「あれぇ、コーくん。まだ、ブラ着けてないんだ」

 

「っ!?」

 

慌てて両手で、胸を隠しコハクは振り向いた。

 

「コーくん、もう11歳だよね。そろそろ着けてもいい頃だと思うよ」

 

「そ、そうでしょうか‥‥?」

 

声をかけたのはミナトで、話ながら手早く服を脱いでいく。

 

「私もちょうどコーくんと同じくらいの時かな。なんだか気恥ずかしかったなぁ。男子の目線とか、妙に気になっちゃって、でも嬉しさもあったかな、誰かに気づいてほしかったりもして‥‥」

 

ミナトの胸にはシンプルなデザインの白いブラがあった。

 

「う~ん」

 

ミナトがコハクの胸を繁々と見る。

 

「な、なんですか?」

 

「コーくんの胸、なんかルリルリよりも少し大きくない?」

 

以前浴場で見たルリの胸よりも今見ているコハクの胸の方が、大きいことを指摘するミナト。

 

「そ、そうですか?」

 

「そうよ」

 

八か月という長い時間を外で過ごしていたコハクとチューリップの中に居たルリとでは、やはり成長の差が出たみたいだ。

まぁ、個人差も関係しているだろうけど‥‥

 

「そうですか‥‥あ、あのこのことはルリには黙っていてください」

 

「やっぱり大好きなお姉ちゃんのため?」

 

「いえ、嫉妬に狂った変質者‥もとい、姉から自分の貞操を守るために‥‥」

 

どことなく疲れたように呟くコハク。

コハクの胸の成長は時間と個人差の他にルリも関係しているのかもしれない。

 

「こ、コーくんも大変だね」

 

なんとなく察したのか同情するように言うミナト。

 

「そうだ、お風呂上がったら、着けてみない?ブラ。コーくんに似合いそうなのを選んであげるから」

 

「‥ちょ、ちょっとだけなら‥‥」

 

コハク自身、まだブラの必要性を感じていなかったが、背伸びをしてみたい年頃のせいか、ブラを着けることを了承した。

 

「じゃあ決まりね♪」

 

ミナトは嬉しそうに言った。

 

コハクは湯船の中に入り、小さく体を浮かす。

すると、足先が浮き、顔が天井を向く。

 

「フゥ~気持ちいい」

 

湯船の中でリラックスしていたコハクの足先に何かが触れた。

 

「ん?なんだろう?」

 

コハクは湯船に浮かぶ洗面器ぐらいの大きさの黒いモジャモジャに近づいた。

 

(そういえば浴場に入ったとき、人の気配を感じたけど‥‥ヒカルさんかイズミさんかな?)

 

コハクはてっきりイタズラ好きのヒカルか人を驚かせるのが好きなイズミが湯船に潜っているのかと思った。

 

「隠れているつもりでしょうけど、バレバレですよ」

 

コハクがそう言うとモジャモジャが突然浮かび上がった。

すると浮かび上がったのはヒカルでもなくイズミでもなくゲキガンガーのパイロット服を着た男の人だった。

 

「なっ!」

 

「ま、待て。自分は決して怪しい者ではない。抵抗しなければ手荒いマネは‥‥なっ!」

 

浮かび上がった男が早口で言うが、言い切る前に言葉が切れた。

コハクは入浴中で当然、一糸纏わぬ裸姿‥そして男の人と向き合う形でいる。

当然目の前の男の人も今のコハクの姿を見ている。

すると彼女の顔がみるみる赤くなる。

それは男の人に自分の裸姿を見られた羞恥か?

それとも裸姿を見られた怒りか?

それとも両方か?

 

「死ね!変態!」

 

コハクは髪の毛の一部を拳の形に形成しおもいっきり男の鳩尾に叩き込んだ。

 

「ぐふっ」

 

ザパーン!!

 

男は再び湯船の中に沈んだ。

 

「どうしたの?コーくん」

 

湯船での騒ぎで身体を洗っていたミナトがコハクの元に来た。

 

「ミナトさん変質者です!」

 

ミナトが湯船にぐったりと浮かぶ男を見て、

 

「この人誰?」

 

と、聞いてきた。

 

「わかりません。ただ変質者であることには変わりません!」

 

コハクは湯船に浮かんでいる男を終始睨んでいた。

 

「ねぇこの服、あのアニメの人が着ていた服に似てない?」

 

やはりミナトもこの男が着ていた服にコハクと同じことを思い言った。

 

「やっぱりミナトさんもそう思いますか」

 

とりあえずこのまま湯船の中に置いていたら、溺れてしまうので、ミナトとコハクは男を脱衣所のベンチに横たえて、裸でご対面というわけにもいかないので、既に服を着て、男が目を覚ますのを待っている。

 

「う、ううん‥‥ここは‥‥?」

 

男は気がついたらしく、うっすらと瞼を開けた。

 

「大浴場よ。しかも女性の‥‥」

 

ミナトが男の顔を正面から覗き込んだ。

 

「あ、あなたは!?」

 

「人に名前を聞くときはまずは自分からでしょう」

 

「し、失礼しました!」

 

男が半身を起こし、敬礼する。

 

「自分は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体、突撃優人宇宙部隊、少佐、白鳥 九十九であります!」

 

「木星‥なに?」

 

「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体であります」

 

「いや、漫画やアニメの話じゃなくてさ」

 

「いえ、決して漫画やアニメではありません!」

 

きっぱりと、力強く白鳥九十九と名乗った男は否定した。

 

「あのねぇ人類はまだ火星までしか行った事ないの。その木星なんとか連合なんて、漫画やアニメ以外の何だって言うの?」

 

「それは歪められた歴史です。現に自分は木星からやってきたのです!」

 

白鳥九十九の顔は真剣そのもので、彼が嘘を言っているようには見えなかった。

 

『非常警戒警報発令、非常警戒警報発令!保安員、及び戦闘員以外は拳銃携帯の後、現状待機せよ。繰り返しお伝えします』

 

メグミが艦内放送で警戒放送をし、武装した保安員達が通路を走り回っていた。

 

「コレってやっぱり‥‥」

 

「コレですね‥‥」

 

ミナトとコハクは2人で押しているワゴンへ視線を移す。

沢山の洗濯物が詰め込まれたワゴンの中にはあの白鳥少佐が隠れている。

 

「すみません。自分のせいでこんな‥‥」

 

警戒警報を聞いた白鳥少佐が顔を出した。

 

「気にしないで困った時はお互い様よ。それよりダメよ、顔を出しちゃ」

 

「は、はい」

 

ワゴンの中にブラや下着が入っているため、白鳥少佐は鼻にティッシュを詰めている。その姿は軍人らしくないが、彼が初心で誠実な男性の証拠でもあった。

そもそもなぜ2人がこんなことをしているのかと言うと、脱衣所で白鳥少佐からおおまかなことを聞き、木星蜥蜴の正体は地球人と同じ人類だと言う事がわかった。

しかし、そんなことが艦内で知られればパニックが起こり、士気も低下する。

もし、白鳥少佐が捕まり事実が公になると不味い、だから隠す。

隠してしまえば白鳥少佐はいなかったことになる。

それはつまり白鳥少佐を殺すことになる。

大人の都合のために、そんな勝手が許されていいのか?

そんな疑問をコハクはミナトに聞くと、ミナトが白鳥少佐を逃がしてあげようということになり、コハクもこうして協力しているのだ。

 

「それより、あのロボット飛べますか?整備班の人達がバラバラにしていましたけど?」

 

コハクが白鳥少佐に尋ねる。いざ、格納庫に行って脱出出来ませんでしたでは、シャレにならない。

 

「テツジンは頭部が脱出ポッドになっています。彼らが頭部を解体していなければ‥‥」

 

一応、あの赤いゲキガンガーの頭は脱出ポットになっている様だが、流石にその脱出ポットがバラバラにされていないかまでは確認できていないので、直接行って確かめるしかない。

願わくば、赤いゲキガンガーの頭部がバラバラにされていない事を祈るしかなかった。

 

「隠れてっ」

 

ミナトが小さく、素早く言った。なぜならワゴンの先にゴートが立っていたのだから。

 

「艦内放送がきこえなかったのか。ブリッジか部屋に戻っていろ」

 

ゴートは眉をしかめ、ミナトに言う。

 

「聞こえたわよ。それより何が起こっているの?敵でも侵入したの?」

 

理由は知っているが敢えて知らないフリをするミナト。

 

「それは言えん」

 

「そう」

 

「コレはお前のためだ」

 

「貴方っていつもそう‥船を降りろとは言うけど、それは私のためだからって、そう言っていつも逃げ道を用意する‥‥ズルイのよ、貴方は」

 

「とにかく部屋に戻れ」

 

「いやっ、離してよ!」

 

ミナトがゴートに捕まれた手を振りほどこうとするが、屈強なゴートに捕まれては、女のミナトが振りほどくことが出来るわけがなかった。

 

「いいから、戻るんだ」

 

「いやよ!この手を離して!人を呼ぶわよ!!」

 

「意地を張るな。部屋に戻れ」

 

「貴様!その手を離せ!」

 

ワゴンから勢いよく白鳥少佐が飛び出した。

 

「女性は国の宝ぞ。婦女子に手を上げるとは男児の風上にもおけぬ奴め!」

 

頭にブラジャーを乗っけた間抜けな格好だが、手にした拳銃には説得力があった。

ゴートはミナトから手を離し、そのまま手を上に上げた。

 

本当はこっそり白鳥少佐を返す予定だったのだが、この際しかたない。

 

「ゴートさんごめんなさい」

 

コハクがゴートの鳩尾に拳を入れて気を失わせると、格納庫へ急いで直行。

驚くウリバタケ達を尻目に赤いゲキガンガーの頭部に乗り込んだ。

 

「どう?動きそう?」

 

「なんとかなりそうです。通信機は無事なので、母艦の近くまで辿りつければ、なんとか」

 

「そう。よかった」

 

「では、行きます。ミナトさんは降りてください」

 

「ダメよ。貴方だけ乗って出たら、撃ち落とされるか、また捕まっちゃうわよ」

 

ミナトが白鳥少佐の口を人差し指で止めた。

 

「いえ、自らの身の安全のため女性を利用し危険に晒しては木連男児の名折れ、たとえこの身が‥‥」

 

「ああ、それなら大丈夫よ。貴方が安全なところまで逃げ切れたら、シャトルの1つでも貸してもらえれば、1人で帰れるわ。こう見えても操舵士なの♪」

 

「し、しかし‥‥」

 

「もう、ゴチャゴチャ言わない!!これね、発進スイッチは」

 

そういうとミナトはコックピットのスイッチを押すと、赤いゲキガンガーの頭部は発進した。

 

「な、なぜ分かったのですか!?」

 

「伊達に操舵士やってないわよ。スイッチ類の配置は地球も木星もあまり変わらないわね」

 

ノリノリなミナトとは裏腹に白鳥少佐は「自分は木連男児として‥‥」と、1人苦悩していた。

 

『オモイカネ、ナデシコに伝言‥‥追ってこないで……差出人は木星蜥蜴で‥‥』

 

≪了解しました。追えば人質の命は無い‥ですね?≫

 

『ちょっと違う気もするけど、とりあえずそれでお願い』

 

「ミナトさん、皆さんに伝言を残しました。たぶん追ってきません」

 

「「えっ?」」

 

ミナトと白鳥少佐の声が、重なる。2人ともコハクが乗っていたことにはまったく気がつかなかったようだ。

 

「コーくん、居たの?」

 

「はい、最初から居ましたよ」

 

「ごめんね、勝手に決めちゃって」

 

「いえ、気にしないでください」

 

3人を乗せた赤いゲキガンガーの頭部は星の海を飛んで行った。

 

「ねぇ、ホントに大丈夫?」

 

「全然問題ありません!」

 

「でも、膝‥ガクガクと震えていますよ」

 

コハクが指摘したとおり、白鳥少佐の膝はガクガクと痙攣しているかのように震えている。

その理由はコックピットにある座席をミナトとコハクに譲り自分は空気イス状態で操縦しているためである。

月軌道を過ぎ、木星蜥蜴の制宙圏に入ると、前方に木星艦隊が待機していた。

白鳥少佐は通信機で艦に連絡を入れると、1隻の戦艦の格納庫へ赤いゲキガンガーの頭部を着艦させた。

 

コハクとミナトが見た木星戦艦『ゆめみづき』は戦艦というよりは移動型の宇宙ステーションといった印象だった。

 

「艦長、御無事で」

 

「心配しました、艦長」

 

「おかえりなさい、艦長」

 

白鳥少佐が赤いゲキガンガーの頭部から降りると、ガクランの様な服を着た若い男性達が白鳥少佐を囲んでいた。

その後、白鳥少佐がミナトとコハクを紹介し、持て成しのため、一室へと案内した。

案内された部屋は襖に畳といった和室だった。

 

「申し訳ありません。貴女方を返すメドがつくまでは、こちらの部屋を使ってください。本来でしたら、もう少し歓待するべきところなのですが‥‥」

 

白鳥少佐が申し訳なさそうに口ごもる。

木星側にとって2人は敵側の人間なのだから、白鳥少佐が好意的でもおおっぴらに歓待できるはずもなかった。

 

「白鳥さん、本当によかったの?私達のこと?」

 

「当然です!貴女方は命の恩人なのですから」

 

「恩人‥ねぇ‥‥」

 

相変わらず背筋をピンと伸ばし、堅苦しい答え方をする白鳥少佐にミナトは苦笑する。

少佐の堅苦しさが、妙に子供っぽく初々しさがあるのはミナトの前で頬を赤く染めているせいだろう。

 

「ねぇ、白鳥さん。ちょっと聞いてもいい?」

 

「はい、なんでしょう」

 

「教えてもらえない?白鳥さんたちのこと‥‥木星のことを‥‥なんで戦争なんて始めたのかを‥‥」

 

白鳥少佐は俯き、暫く黙っていたが、やがて意を決したように話した。

 

「分かりました。お話しましょう。我々のことは、貴女方にとってあまり耳障りの良くない話になりますが‥‥」

 

白鳥少佐の話は今から100年前まで遡った。

当時の地球は既に月までの入植が進んでおり、次の目標が火星への移民計画まで進められていた時、月の自治区で独立運動が勃発した。

地球側は工作員を月へと送り込み、月を独立派と共和派に内部分裂させ、独立運動を頓挫させた。

月を追放された独立派はまだ開拓途中の火星へと逃れたが、地球連合政府は徹底抗戦的な独立派の勢力を一掃すべく、火星へ核ミサイル攻撃を行った。

運良く核からの攻撃を逃れた、独立派残党の人々は未知の領域であった木星圏へと逃れた。

白鳥少佐の話の結論から2人にはある事実が浮かび上がった。

 

「そ、それじゃあ、貴方達は‥‥」

 

「はい、お察しの通り、我々は月の独立派の末裔‥‥元は貴女方と同じ地球人です」

 

蜥蜴転じて人と成す‥‥つまり地球連合軍もナデシコも人間相手に殺し合いをしてきたのだ。

 

「辛うじて木星圏へたどり着いた我々の祖先は木星の衛星を中心にコロニーを建設し、100年の歳月をかけ、国家を建設するにいたりました。それが、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体なのです」

 

「まってください。その話、ちょっとおかしくありませんか?」

 

コハクは木星の過去についての疑問を白鳥少佐に聞いた。

 

「命からがら木星圏へ逃げたのびた100年前の人類が、木星に国家を建国し、現在まで繁栄を維持できるのはおかしいです。ましてや地球に戦争を挑めるほどの兵力と国力が持てるなんて‥‥」

 

「その通りです」

 

白鳥少佐は静かに頷くと、コハクの疑問にも答えてくれた。

 

「木星圏へたどり着いた我々の祖先は、人材も資材も何もかもが不足で、生きていくこともままならない状態でした。恐らくあのままでしたら、今の我々は存在していなかったでしょう。しかし、祖先達は木星の水素とヘリウムの奥に、アレを見つけたのです」

 

「アレ?」

 

「我々は『プラント』と呼んでいます。地球外生命体が残した技術の遺産です。未だ詳しい解析は出来ておりませんが、その技術を研究・調査することにより、我々は今の力を手にいれることが出来ました。そして卑怯な地球に正義の鉄槌を下すため、日夜戦っているのです」

 

卑劣な地球‥‥正義の鉄槌‥‥

2人はこの言葉を聞き、この人達があらためて木星蜥蜴なのだと改めて痛感した。

 

「艦長、『かんなづき』より通信が入りました」

 

そこへ、通信兵が伝令としてやって来た。

 

「秋山さんから?」

 

通信文を持った兵から通信文を受け取った白鳥少佐が内容に目を通す。

 

「ふむ、どうやら秋山さんが援軍に来るようだ‥‥」

 

「秋山閣下が‥でありますか?」

 

「ああ、元一郎もかんなづきに乗艦しているらしい」

 

「では、これで我々の勝利は‥‥」

 

「ああ、確実だな。しかし、本艦は既に機動兵器を失った状況により、後方支援だ」

 

「それはやむをえませんね」

 

兵は少し残念そうに言った。

そして、ミナトとコハクはそんな2人のやり取りを複雑そうに見ていた。

 

暫くすると『ゆめみづき』に似た木星戦艦『かんなづき』が到着した。

 

『よぉ白鳥、心配したぞ』

 

『お前らしくないミスだったな』

 

モニターには白鳥少佐と同じ白いガクラン風の服を着た2人の男達が映った。

1人は長髪でゲキガンガーの登場キャラに似ていた。

そしてもう1人は恰幅のいい男だった。

 

「心配をかけ、申し訳ない秋山さん、元一郎」

 

『なぁにテツジンの仇は俺のダイマジンが討ってやるぜ』

 

『ゆめみづきは予定通り、艦砲射撃による援護を頼む』

 

「了解」

 

ゆめみづき、かんなづきを加えた木星艦隊は月の地球軍コロニーへ進軍を開始した。

 

ゆめみづきがかんなづきの到着を待っている頃、月に到着したナデシコはアキトと合流した。

そしてプロスペクターはナデシコの隣にある戦艦を見て呟く。

 

「ほぅ~あれが『シャクヤク』ですか?」

 

「シャクヤクの発進準備が整い次第、プランBを発動させるわ」

 

「選抜クルーとシャクヤクを使って火星を奪還、ナデシコはその間の陽動に使う‥‥と」

 

「拗ねないの。ボソンジャンプには大量のCCが必要なの。それに火星の『遺跡』を手にいれればボソンジャンプの独占権を確保できる。そうなれば会社の利益は大幅に上がるわ」

 

エリナがシャクヤクを見つめるプロスペクターに言うが、プロスペクターは何も言わずにシャクヤクを見ているだけだった。

そこへ酔っ払ったムネタケがやってきて自分にもその話を聞かせろといってきた。

エリナは司令官室でムネタケに木星蜥蜴の正体を教えた。

そしてその会話と映像はプライベート回線をルリがオフにし、ナデシコ全クルーに知れ渡った。

当然その話を聞いたナデシコのクルー達はショックを受けたのは言うまでもなかった。

 

やがて月のコロニーへ進撃し、攻撃準備が整った木星艦隊。

 

「いかに敵が強大とでも!」

 

『優人部隊は最後の切り札!鉄の拳が叩いて砕く!』

 

ゆめみづき、かんなづきの乗員すべてが声を重ね、同じセリフを言う。

 

「ダイマジン、GO!!」

 

月臣はボソンジャンプの光と共に、かんなづきを後にした。

 

「くらえ!ゲキガンパンチ!」

 

ボソンアウトしたダイマジンはコロニーに設置されているフィールド発生装置のアンテナにロケットパンチを加え、アンテナを破壊、これによりコロニーを包むフィールドが消失した。

 

「無限砲!撃て!」

 

白鳥少佐の号令でゆめみづきの主砲が発射された。

放たれたエネルギー弾は地下艦船用ドックの真上に直撃、瓦礫はドックで作業中だった、ナデシコ4番艦 シャクヤクを押し潰した。

 

木星蜥蜴の攻撃が開始されたとき、アキトは走ったひたすら走った。

だが、今回は逃げるためではなく、戦うため、守るために走った。

走りついた行き先はコロニー防衛のため設置されたエステバリスの格納庫兼発進口、そこには重武装のエステバリスが整備待機してあった。

 

「待っていましたよ、テンカワさん!この月面フレームには小型の相転移エンジンを搭載しており、エネルギー供給は問題ありません。ですが、その分重量があるので多少動きが鈍ります。それと対艦用ミサイルは補充が出来ませんので、くれぐれも慎重に使ってください」

 

「了解」

 

整備員から説明を聞きアキトを乗せた月面フレームは昇降エレベーターを使い地表へと出た。

目の前にはゲキガンガーを模した巨大な敵の機動兵器。

だが、不思議と恐怖は感じない‥‥まして負ける気もアキトにはなかった。

 

「心がむなしいぜ、地球人たちも俺達と同じく、愛があれば」

 

月臣が壊したコロニーの施設を見ながらそう呟いていると、前方から敵の機動兵器が現れた。

 

「くらえ!」

 

アキトは肩に装備されている大型対艦ミサイルを1発ダイマジンに撃ち込んだ。

 

「なんの!‥‥うわぁぁ!!」

 

フィールドを張っていてもその威力は凄まじく、月臣はボソンジャンプした。

 

「パターンさえ、分かれば勝てる!」

 

アキトは険しい目でダイマジンを睨んだ。

 

 

~地下艦船用ドッグ ナデシコ~

 

「急げ!4番艦に付く物が1番艦に着ねぇわけがねぇ」

 

ウリバタケがナデシコ整備員とドックの作業員を指揮し、シャクヤクに搭載予定だったYユニットをナデシコへ搭載しようとしていた。

 

『とはいえ、いいのか?』

 

ウリバタケは命令を下したユリカへ通信を入れる。

 

「かまいません。やっちゃってください」

 

『わかった。3分待て』

 

ユリカは即座に許可を出し、作業を継続させる。

 

「無理よ!シャクヤクとは電装系が違うのよ!」

 

エリナはナデシコにYユニットを搭載するのには反対した。

 

「でも。あっちの艦は潰れちゃったし、勿体無いじゃないですか」

 

ユリカは笑顔でエリナに言った。

 

「くそっ、カタパルトが使えれば、エステで出撃できるのに‥‥」

 

リョーコが残念そうに呟く。

 

「でもアキト君、人間と戦っているんだよね‥‥」

 

ヒカルが寂しそうに呟いた。

 

「くそっ」

 

その頃、月の地表では激しい戦闘がまだ続いていた。

月面フレームから放たれるレールガンの弾丸をボソンジャンプで交わすダイマジン、しかし、ジャンプアウトした直後、ランチャーミサイルが命中する。

 

「くっ、正義は負けん!」

 

「いちいち五月蝿いんだよ!」

 

アキトは容赦なく、攻撃を加える。

 

「これが火星の人達の分だ!」

 

胸部にレールガンの直撃を数発受け、ダイマジンは倒れた。

 

「まだだ!まだ!まだ!まだ!」

 

アキトは倒れたダイマジンへレールガンを撃ち続ける。

 

『アキト、もういいよ。もうそのぐらいして』

 

戦闘の様子をモニターで見ていたユリカがアキトを止める。

 

「まだだ!ユリカ!お前も火星で、見ただろう!?無抵抗の人達をこいつらは殺したんだ!何も知らなかった人達を!それで何が正義だぁ!!」

 

『やめてアキト君』

 

コックピットにミナトが映った空間ウィンドウが開く。

 

「人質をとるなんて汚いぞ!木星人!!」

 

『違うの!アキト君、私達は決して人質じゃない。話を聞いて、この人達は‥‥』

 

「知っているよ。昔、月を追放された地球人なんだろう?」

 

『だったら‥‥』

 

「ミナトさんも火星のことを忘れたわけじゃないだろう!?」

 

『っ!?』

 

アキトの言うとおり、ミナト自身も火星で木星艦隊が地下街を攻撃し、地下に居た人達を殺したことを忘れてはいなかった。

 

『でも、アキト。この人達だって昔、酷い目にあったんだよ』

 

ユリカが再びアキトを止めるが、

 

「それで『許せ』だって!?100年前のことなんて関係ない!これはもう、僕達の戦争なんだ!」

 

ユリカとミナトの説得もアキトにはまったく効果がなかった。

 

「ダメだ、こりゃ‥アキトさん完全に頭に血が昇っちゃっている‥‥」

 

ミナトと同じくゆめみづきで戦闘の様子と今までの通信の会話を聞いていたコハクがアキトの状態を見て呟く。

 

「コーくん何とかならない?」

 

すると、ミナトがコハクに何とかアキトを止められないかと問う。

 

「何とかと言っても‥‥」

 

「コーくん、前に火星で瓢提督に掴みかかったアキト君を止めたことがあったでしょう。アキト君、コーくんの言うことなら聞いてくれると思うし‥‥」

 

「私からもお願いします。ダイマジンのパイロットは私の親友なのです」

 

とうとう白鳥少佐からもお願いされてしまったコハク。

 

「うぅ~‥‥わ、分かりました。やってみます」

 

コハクは意を決し、アキトの乗る月面フレームに通信を入れた。

 

「これで終わりだ!!」

 

アキトが最後の大型対艦ミサイルを倒れたダイマジンに照準をロックする。

発射ボタンに手を掛けた瞬間、アキトの前に空間ウィンドウが開く。

 

「こ、コハクちゃん!?」

 

アキトは突然空間ウィンドウに現れたコハクの姿を見て驚きの声をあげる。

空間ウィンドウに現れたコハクは涙に濡れた真紅の瞳でアキトを見つめ、祈るように胸の前で両手を組み、小さな薄紅色の唇を震わせ言った。

 

『アキトさん!お願い、もう、これ以上戦うのはやめて!僕は以前言った筈だ、復讐とか言っているアキトさんは嫌いだって‥‥』

 

少女の頬を、つぅーっと涙が伝った。

 

「っ!?」

 

コハクの存在を知らない かんなづき では大混乱に陥った。

 

「だ、誰だ?この少女は!?」

 

「う、美しい‥‥」

 

「き、キサマ!我々にはナナコさんとアクアマリンがいるだろう!恥を知れ、恥を!」

 

ナデシコでも全クルーがモニターに釘付けになっていた。

 

『『『おおおおおおおおおおお!?』』』

 

「ろ、録画! 録画の準備を!」

 

「ううううう、うろたえるなお前ら!!まずはテメエの眼にしっかり焼き付けろ!!」

 

アキトはミサイルのロックを解除し、ダイマジンに通信を入れる。

 

「行けよ‥‥」

 

「‥‥君の名は?」

 

「名前を知っている奴とは戦いたくない」

 

「‥‥そうか‥‥同じ陣営で生まれていたら、君とは親友になれたかもしれない」

 

ダイマジンの頭部が外れ、ゆめみづきへと飛んでいった。

 

 

~ゆめみづき 艦橋~

 

「我が友の命を救っていただいたことを感謝します」

 

ハンカチで目尻を拭うコハクに白鳥少佐は頭を下げてお礼を言う。

 

「ね、ねぇコーくん‥‥さっきのは演技なの?」

 

あまりにもリアルだったのでミナトはコハクにさっきの涙が本当なのか、演技なのかを聞いた。

 

「半分は本当ですが、半分はエリナさんから教えてもらった『男をモノにするための演技』です」

 

「あ、そう」

 

(エリナさんったら、コーくんに何を教えているのよ)

 

「シャトルの用意が出来ました。どうぞ、お戻りください」

 

1人の若い兵がミナトとコハクにシャトルの用意が出来たことを伝える。

 

「ありがとう、それじゃあ白鳥さん、また逢いましょう」

 

「はい、願わくば戦場でないことを」

 

ミナトと白鳥は互いに握手した後、ミナトとコハクの2人は用意されたシャトルでナデシコへと戻った。

 

 

~ナデシコ ルリ・コハクの共同部屋~

 

ナデシコへと戻ったコハクはやはりルリに心配をかけたということで、お説教を受けるハメになった。

顔や態度には表さなかったが、オモイカネからコハクが人質になったことを知らされたルリは気が気ではなかった。

だから無事戻ってきたコハクに嬉しかったのだが、危険なことをして、自分に心配をさせたコハクを許すわけにもいかなかったのだ。

格納庫で待機してコハクが戻ると速攻で彼女の手を引いて部屋と戻るルリ。

 

「さあ、何か言い訳はありますか?」

 

コハクを正座させ、その前に仁王立ちで、いい笑みを浮かべるルリ、額には青筋が浮き出ている。

 

「あ、あの‥ルリ、こ、これには深い訳が‥‥」

 

「どのような訳が?」

 

(だ、ダメだ。今のルリには何を言っても聞いてくれそうにない‥‥まだか‥‥)

 

コハクが諦めかけたとき、救いの神が現れた。

 

「ごめんルリルリ。コーくんを巻き込んだのは私のなの」

 

「ミナトさんが?」

 

ミナトがすまなそうに空間ウィンドウを開きルリに謝る。

実はコハクはナデシコに帰るシャトルの中で、ミナトに弁護を依頼していたのだ。

そしてオモイカネも今回はコハクの弁護に回り、コハクはルリのお仕置きを回避することに成功したのだ。

しかし、ルリは何故か大層悔しがっていたという。

その理由は涙を流し、自分に許しをこうコハクの姿を見ることができなかったのが、大きな理由だった。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第20話

更新です。


 

Yユニットを装備したナデシコは計4つの相転移を搭載した無敵の戦艦‥‥とは言いがたく、無理な改装により結構シビアな状態であった。

艦内の機能にも所々、機能不全を起こしている箇所もある。

しかし、ナデシコを整備するにも月のドックは先日の木星軍の攻撃で、大破‥‥当分は使用不能なため、ナデシコは現在ドック艦コスモスと合流するため、合流地点へと向っている。

 

『無茶するな、無理な合体、ケガの元』 byホシノ・ルリ

 

ブリッジには現在、オペレーター娘の2人だけで当直中、そこにユリカがやって来て、ブリッジにルリとコハク以外に他の誰もいなかったため、2人にクルーの行方を聞いた。

 

「ありゃ?皆はどうしちゃったの?」

 

「ネルガルの皆さんは本社からの連絡で、予算関係のチェックをしています」

 

ルリがネルガルの社員達の行方を言って、

 

「後の皆さんは医務室です」

 

コハクがそれ以外のクルーの行方を言った。

 

「医務室?皆食中毒か何か?」

 

ネルガルの社員以外が、医務室へと行ったことにクルー達が何かの病気かと思い詳しく聞くユリカ。

 

「いえ、イネス先生にカウンセリングをしてもらっているそうです」

 

「カウンセリング?」

 

「皆さん、気持ちがぐらついているそうです」

 

「それって敵の正体が同じ人間だって分かったから?」

 

「はい」

 

「敵の正体は『木星蜥蜴』といわれた謎の無人兵器だった、『あ~それなのに‥‥』って感じなのでしょう」

 

「そうね、その気持ちは分かるわ。皆がそんな気持ちということはパイロットのアキトは、私の愛するアキトはもっと、もっともーっと落ち込んでいる筈よね。そしてそれを助けられるのは私だけ‥‥ルリちゃん、コハクちゃん後、よろしく!」

 

ユリカは目を潤ませ、1人妄想の世界へ行ったかと思うと、ブリッジを走り去り、アキトを探しにいった。

 

「進歩ないよね」

 

「愛は人を盲目させるものなんだよ。きっと‥‥」

 

何事もなかったように当直業務をこなす2人だった。

とは言え、ルリもあまり人の事を言えた義理ではない。

彼女もコハクに事についてはかなり過敏になる。

でも、それは恋ではないがコハクに対する依存が高いだけなのだ。

 

 

~ナデシコ 医務室前通路~

 

ナデシコの医務室の前にはイネスにカウンセリングをしてもらおうとナデシコのクルー達が列をなしていた。

 

「僕は軍人だ。だから、例え相手が人間であっても戦争を否定しない。けれど、軍には裏切られた気持ちでもある」

 

ジュンはカウンセリングの順番を待っている間に自らの心境を後ろに並んでいた整備員に語る。

 

「お気持ちお察しします」

 

「アキト~」

 

すると通路の向かいからユリカが来た。

 

「ユリカ」

 

「アキト~どこ~」

 

ユリカはジュンに目もくれず、通り去った。

 

「‥‥」

 

ジュンはがっくりと項垂れた。

 

「お気持ちお察しします」

 

整備員はジュンに同情するように言った。

 

「だから!結局男なんてダメなわけよ。イザって時にはね」

 

ミナトが前に並んでいたホウメイガールズの1人、ハルミに愚痴のように言う。

 

「ミナトさん、何を相談するつもりなんですか?」

 

ハルミはミナトが抱いている悩みが理解出来なかった。

 

「アキト~どこなの~?」

 

ユリカは医務室前の通路に並んでいるかもしれないアキトを探すが、その姿は見えない。

声をかけても返事が無い。

そんなユリカはメグミの前を通り過ぎる。

 

「誰かに必要とされるのが重要だと私はそう思うのよね。声優やったときはいつもそう思ってマイクの前に立っていたから」

 

「へぇ~メグミさん声優だったんですか‥‥」

 

メグミの前に並んでいた整備員がメグミの前の職業を聞いて驚いていた。

 

「うん」

 

「アキト~返事してよ~アキト~」

 

ユリカが医務室の前を通ると、イネスの声が聞こえた。

 

「貴女もエステのパイロットで直接戦うから、やっぱり‥‥」

 

「パイロット?アキト発見!!艦長命令です!!どきなさーい!!」

 

パイロットと言う言葉に反応してユリカが大声で医務室に並んでいるクルーに退くように言う。

行列が退くと、そこにいたのはアキトではなく、イズミだった。

 

「あら艦長?どうしたの?」

 

「あれ?‥‥アキト来ませんでした?」

 

「アキト君ならリョーコちゃんと一緒よ」

 

イネスのカウンセリングを受けていたのがアキトではななかったが、ユリカはイネスなら、アキトの居場所をもしかしたら知っているかもしれないと思い、彼女にアキトの居場所を尋ねる。

すると、何故かイネスはアキトの居場所を知っていた。

しかし、アキトは今、1人ではなく、リョーコと一緒に居ると言うではないか。

 

「えっ!?」

 

「しかも2人っきり」

 

「なんで、なんでぇー!!」

 

アキトと女の子が2人っきりと聞いて黙っている訳にはいかない。

通路を走りながら、必死でアキトを探すユリカ。

 

「あっ、ちょっと艦長」

 

そこをエリナが引き止める。

 

「すみません、今、私、とても、急いでいるんですけど‥‥」

 

「いえ、実は‥‥」

 

「重大なお話が‥‥」

 

「え?」

 

そこにはエリナだけでなく、プロスペクターとゴートも一緒で彼らは真剣な顔をして、セリフを分けて言う。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

一方、ユリカが探していたアキトはリョーコと格納庫にてエステバリスの調整をしている整備員達をボォーっと見ていた。

 

「正義の戦いかと思ったら、なんのこともねぇマジな戦争だった。シャレになってねぇ」

 

「でも、俺、戦うって決めたから‥‥そう、自分に誓ったから‥‥」

 

「意外と強ぇんだな」

 

「そんなこと言われたの初めてかも‥‥」

 

「強ぇよお前は‥‥」

 

ナーバスな気落ちになりかけていたリョーコはアキトの決意を聞いてなんとなく励まされたような気持ちだった。

 

 

~ナデシコ 会議室~

 

その頃、アキトの捜索を無理矢理中断させられる羽目になったユリカは、会議室にてエリナとプロスペクターからある事実を聞かされていた。

 

「えぇ~!!ウリバタケさんが使い込み?」

 

エリナとプロスペクターの話ではウリバタケがナデシコの予算を使い込みしている事が予算チェックをしていて判明した。

これまでウリバタケはナデシコの予算や資材を使って変なモノを発明していた。

以前のPHR、PTKもその1つだ。

そして、今回もそれに当てはまるのだが、

 

「と、しか考えられません。今までは目を瞑ってきましたが、今回、予想される使途不明金がこんなに‥‥」

 

電卓で打ち出した金額をユリカに見せるプロスペクター。

 

「げぇっ!?」

 

その金額を見たユリカは驚いた。

どうも今回はPHR、PTKの時の様にウリバタケの使途不明金についてプロスペクターは絡んではいない様子。

そして、今回ウリバタケが使い込んだ予算の額がこれまで以上な大金だった為、ネルガル側としても目を瞑る訳にはいかなかった。

 

「でしょう?聞くところによれば最近彼はある女性乗組員と親しげな仲にあるとか‥‥」

 

「アマノ・ヒカルよ」

 

プロスペクターがある最近ウリバタケと親しくしている女性クルーの名前をを匿名にしようとしたら、エリナが名前をあっさりと暴露した。

 

「ともかく、ここは調査の必要があると思いますが‥‥」

 

「そうですね。提督は連日軍との会議で忙しそうですし、ここは私達で処理しましょう」

 

「賢明な判断です。提督の耳に入ると事が大きくなるでしょうから」

 

ゴートがユリカの案に賛成した。

 

 

~ナデシコ 司令官室~

 

その頃、ムネタケは先日の木星蜥蜴の正体をナデシコクルーに知られたことについて、軍上層部から事情聴取をとられていた。

 

「―――――以上が本部の決定だ」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!!」

 

軍の将校が映っていた空間ウィンドウが一方的に閉じられる。

通信を送ってきたのは軍の上層部の将官で内容はというと、先の月面での戦闘時に木星蜥蜴の正体が実は100年前に月を追放された地球人ということをナデシコのクルーはおろか、月の居住者にも知られてしまったことへの叱責である。

一体何が悪かったのだろうか?

もちろん軍上層部がそんなことを一々真剣に検討をするはずもない。

真実を知っていてそれを話したアカツキらはその影響力で軍は下手に手出しもできず、バラしたナデシコクルー達に対する直接の信賞必罰権限もない。

バレた人数があまりにも多すぎるからだ。

ましてや、ルリが秘匿回線のハッキングをした痕跡など残すようなヘマをする筈もない。

そうやって追究していくと責任を問える者が誰もいなくなるのだが、最終的には機密漏洩のきっかけを作ってしまったという一点にて詰め腹を切らせる相手を軍上層部は定めたようだ。

それが同じ連合軍の軍人であり、現在のナデシコの責任者であるムネタケだった。

軍はムネタケを降格した後、見た目は栄転である形で、中央から見れば閑職の中の閑職とも言える部署への配置転換を内定していた。

 

「そ、そんな‥‥そんなのって、あまりにも理不尽だわ‥‥パパ‥‥」

 

ムネタケは机の上にある幼き日の自分と、自分が尊敬する父親が写った写真を見て呟いた。

ムネタケは父親と同じ軍人との道へと入った。

当初は父親に対する憧れと正義を信じていた。

だが、軍に身を置き、長い月日が過ぎるとその心は次第に薄れていってしまった。

ライバル達との出世争いや上層部との派閥争い。

火星での大敗北。

前線の将兵が命がけで戦っている中、いつしか自分は出世欲に憑りつかれていた。

今まで何のために他人を利用し、他人を押しのけてまで出世したと思っている。

悪いのは自分ではない。

悪いのは常に他人。

出世できないのは他人が足を引っ張るから。

他人は自分がのし上がる為の踏み台。

あの事件の時も部下にその責任を押し付け、今はこうして自分は閣下と呼ばれる地位に就き、ナデシコの提督となっている。

なのに、そのナデシコに着任したせいで詰め腹を切らされそうになっている。

彼には何とかこの事態を打開する為の策を講じる必要があった。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

「でもさ、使い込みの問題に何で俺が駆り出される訳?俺、全然関係ないじゃん」

 

ユリカはようやくお目当てのアキトを見つけて、彼の手を引っ張って、最後にウリバタケとヒカルが目撃された格納庫の隅へと向っていた。

確かにアキトの言う通り、ウリバタケの使い込みにアキトは全く関係していない。

アキトの言う事は最もであった。

 

「だってもしも、恋愛がらみだったら、私の手には負えないもん。私ってアキト以外の男の人の気持ちって解らないから」

 

ユリカはそう言うが、それはつまり、ユリカ一筋のジュンは全く眼中には無いと明言しているのと同じであり、この場にジュンが居なかった事が彼にとっては幸いだった。

アキトもアキトでユリカのさりげなくジュンをディスる発言をスルーしていた。

 

「はいはい、それにしてもヒカルちゃんがねぇ‥‥ちょっと信じられないな」

 

アキトからしたらヒカルはエステバリス以外にはアニメや漫画が大好きな女性と言う印象があり、異性に興味を持つ様には見えなかった。

しかし、彼女は火星に着く前に起こったネルガルの社内恋愛についての抗議にちゃっかり参加していたので、全く異性との恋愛について興味がないと言う訳ではないようだ。

 

「そうよねぇ~運命の出会いってそんな簡単じゃないもの。私とアキトは特別なの」

 

「お前なぁ~」

 

アキトがユリカの発言に呆れながら格納庫でウリバタケを探していると、

 

「ステキ~」

 

「結構スゴイだろう?」

 

格納庫の隅でウリバタケとヒカルの声が聞こえた。

早速アキトとユリカは声がした方へと向かっていくと、

 

「うん、こんなテクニシャンだと思わなかった。私もやってみていい?」

 

「それならこっち来て、手つきが大事なんだから」

 

「こう?」

 

「そうそう、でも、もっと細かく動かして」

 

怪しげな会話が聞こえ、盗み耳を立てていたユリカとアキトだが、ユリカは段々顔を赤らめ、終にはアキトを押した。

 

「うわっ!?とっとっと‥‥」

 

「ん?何やってんだ?お前?」

 

声をかけてきたウリバタケとヒカルの手にはエステバリスの模型が握られていた。

どうやら、アキトやユリカが考えていた様な事ではなかった様だ。

 

「うわ、凄いリアル」

 

「でしょう?私もウリピーに作り方を教わっていたの~♪」

 

格納庫の隅にはウリバタケが製作したエステバリスのジオラマがあった。

それもかなり精巧な作りとなっている。

 

「35?」

 

アキトがウリバタケに模型のスケールを聞く。

 

「48、どうだい?お前さんにも1つやろうか?」

 

「いいの?」

 

「おうよ、模型の世界は永遠の浪漫、そしてただのオモチャではなく、れっきとした大人のホビーだからな」

 

そういってウリバタケは手にしたエステバリスの模型に小型ドリルで穴を開ける。

 

「な、なにやっているんです?」

 

「何って?被弾後を再現しているのさ。こうしてドリルで穴を開けた後、デザインナイフでこう、ウリウリすると‥ほらリアル~♪」

 

穴の開けられたエステバリスの模型を見て、引き攣った顔をするアキト。

確かにリアルな作りであるが、エステバリスに乗る身としては被弾した事などあまり考えたくもないし、何より縁起が悪い。

それが例え模型であってもだ。

一方、ユリカは作業台に乗っかっていた制服姿のルリとハクニャンバージョンのコハクのフィギュア、そして自分のフィギュアを手に取り見比べている。

 

「ところで艦長。何かご用ですか?」

 

ヒカルに尋ねられてウリバタケに対する用件を思い出したユリカ。

 

「そうだ、ウリバタケさん」

 

「ん?」

 

「使い込みの原因ってまさか模型じゃないですよね?」

 

ユリカはウリバタケにストレートで使途不明金の使い道を尋ねる。

まさか模型にあんな大金をつぎ込むとは思えないが、一体何に使用したのかは聞いておく。

 

「げぇっ!?」

 

「使途不明金が『げぇ』って金額なんですけど‥‥何に使ったか話してもらえますよね?」

 

ユリカが問い詰めるとウリバタケはその訳を話した。

 

「これを作るためにお金を?」

 

シャッターで閉ざされた格納庫の向こう側には月面でアキトが乗っていたエステバリスの月面フレームを改造した機体があった。

 

「そうだ、ずっと前から俺が密かに開発してきたウリバタケオリジナルフレーム名づけて『エックスエステバリス』略して『エクスバリス』。俺が独自に改良したジェネレーターを搭載し、重力波エネルギーの変換効率をこれまでの5倍にアップ、エステバリスの機動性と月面フレームの攻撃力を兼ね揃えた超兵器さ、これなら木星の巨大ロボットだって目じゃないぞ!!」

 

確かに性能で言えば木星のゲキガンガーロボにも対抗できそうである。

 

「でもな‥‥」

 

自慢気にエクスバリスの性能を解説していたウリバタケがいきなり意気消沈する。

 

「「でも?」」

 

「蜥蜴相手だと思っていたのに、人間相手じゃヤル気も起きん‥‥」

 

無人兵器相手なら、相手を破壊しても心は全く痛まないが、自分の作った兵器が木星人とは言え、人を殺す事に関して、ウリバタケにも思う所がある様だ。

そこへ、

 

「これよ!これだわ!これならいけるわ!」

 

いつの間にか後ろにはムネタケが立っていて、エクスバリスを誉めていた。

 

「提督として命令するわ。この新兵器を完成させてちょうだい、大急ぎで!!」

 

「どういうことです?」

 

「実は通達があってね、私降格させられそうなの‥‥」

 

「「「えっ?」」」

 

「このままじゃ提督としての地位も危なくなりそうなの。あんた達に敵の正体を知られた責任をとらされてね。でも私はイヤ、お間抜けなあんた達のせいでそんな目に遭うなんてまっぴら、だからこのエステバエックスで‥‥」

 

「エクスバリスだ!」

 

ウリバタケが怒鳴り、名前を訂正する。

 

「兎も角、その新兵器の性能をアピールして軍の上層部に私の価値を再認識させーる!!」

 

「テメェの地位を守るため俺のエクスバリスを利用する気か!?」

 

「イヤといわせないわ!」

 

ムネタケにしては珍しくウリバタケに覇気をぶつけた。

 

「っ!?」

 

ムネタケの覇気を浴び思わず怯むウリバタケ。

 

「私は私の為なら、手段を選ばない!!それが私のやり方なの!!ともかくその新兵器を一刻もはやく完成させるの!!いいわね!?」

 

「‥‥」

 

アキトはムネタケの言った『私は私のためなら、手段を選ばない』の件の言葉を聞いて以前からムネタケに抱いていた不信感がますます強くなった。

何しろムネタケは彼が死んだあの事件に関わっていたかもしれないから‥‥

そこで、アキトはムネタケにガイの事件の真相を聞き出そうと、食堂の営業時間が終わった頃、ムネタケを食堂に呼び寄せて話をすることにした。

 

「成程ね、最後の勝負にすることにしたわけか、テンカワの奴」

 

厨房から食堂の様子を見ていたホウメイはアキトの行動を理解していた。

暗くなった食堂のスクリーンにはゲキガンガーが流されている。

 

「その暑苦しいアニメ、消してくれない?特にあの主人公、台詞聞いているとイライラするの」

 

ムネタケはそう言うが、そこはかとなく、ムネタケの声とゲキガンガーの主人公、天空ケンの声は似ていた。

当然、ナナコの声をルリがアフレコした訳ではない様にムネタケが天空ケンの声をアフレコした訳ではない。

偶然の一致である。

 

「このままでいいッス」

 

アキトはこのままゲキガンガーを流し続けて良いと言う。

 

「あたしの命令が聞けないの?」

 

「エクスバリス‥動かす奴が居なくなってもいいッスか?」

 

月面フレームに乗った経験のあるアキトだからこそ、エクスバリスを動かす事が出来るのは今の所、ナデシコではアキトぐらいだろう。

その事からムネタケも目を瞑り、アキトが自分を呼んだ理由を聞く。

 

「で、話って何?」

 

「このゲキガンガー3が好きだった男の死についてです‥ヤマダ・ジロウ‥‥魂の名はダイゴウジ・ガイ‥‥」

 

「ダイゴウジ・ガイ?…誰だっけ?」

 

バン!!

 

ムネタケのその言葉にアキトがキレかけてテーブルを思いっきり叩きながら椅子から立ち上がる。

 

「ま、まってよ‥思い出すから‥‥」

 

アキトのその迫力にムネタケも思わずたじろぐ。

 

「えっと‥‥えっと‥‥ああ、あの事ね」

 

ガイの名前を聞いてムネタケの脳裏にはあの日の事が思い出される。

あの日‥‥ヤマダ・ジロウこと、ダイゴウジ・ガイが射殺された日‥‥

世間では既に犯人は捕まり、裁判も終わっていたが、ムネタケの脳裏には自らが拳銃で射殺した1人の青年の姿が思い出される。

やはり、ガイはムネタケの手によって射殺されていた。

しかし、ムネタケが真相を喋らない限り、真実は闇の中だ。

 

「あんたもくどいわね。そんな昔の事まだこだわっていたの?あの事件はもう裁判も終わって決着がついた筈よ」

 

「それ、間違いないんですか?あの裁判通りなんですか!?」

 

「間違いないわ」

 

「ホントに?」

 

「本当よ」

 

「本当の事を知らされない悔しさ、今の提督ならお分かりになる筈です!!教えてください提督!!ガイはどうして死ななきゃならなかったんだ!?」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

アキトとムネタケの視線が合う中、

 

「何も話す事は無いわ。真実は1つなんだから」

 

「‥‥」

 

ムネタケのその言葉を聞いてアキトは力なく椅子に腰かけた。

 

「勝負あり‥か‥‥」

 

その様子を見ていたホウメイはムネタケが逃げ切ったと判断した。

 

 

翌日、ウリバタケは昨日と同じく、格納庫の隅でジオラマ製作をしていた。

 

「ちょっとあんた!」

 

そこへ、ムネタケがエクスバリスの進捗状況を尋ねに来た。

 

「出たー!」

 

「模型ばっかりにうつつ抜かして、私のエステバエックスはどうなってんのよ!?」

 

「出来ているよ‥‥」

 

ウリバタケによれば既にエクスバリスは完成していると言う。

 

「ホント?」

 

「けどな‥‥」

 

しかし、ウリバタケの様子からエクスバリスには何か問題がある様だ。

 

「けど、なに?」

 

2人はエクスバリスが置いてある格納庫へ行き、ウリバタケがムネタケにエクスバリスの件を報告する。

 

「失敗作?」

 

「言ってなかったっけ?エネルギー増幅に問題があるって‥重力波エネルギーの変換効率を上げたんだけどさ、ジェネレーターへの戻りが酷くて、機体が耐えられねぇみたいなんだ。必殺の武器として『エクスキャノン』つまり、小型のグラビティーブラストを取り付けたのは良いんだけど、こいつが発射可能になるまでエネルギーのチャージをしていたら、まぁ、たぶん『ドカン』といっちまうだろうな。まぁ、こっちが趣味で勝手にやっていたことだから文句を言われる筋合いはねぇし、まぁ、諦めるんだな‥‥うぉっ!?」

 

「バカ言わないでよ!!」

 

ムネタケはウリバタケの胸倉をつかんで叫んだ。

 

「こっちはエステバエックスに最後の望みをかけてきたのよ!!崖っぷちなの!!限界なの!!もうギリギリなの!!簡単に『諦めろ』だなんて、あんたなんにも分かっちゃいないわ!!」

 

ムネタケの目は血走っておりウリバタケを絞め殺そうとする勢いだ。

 

「ストップ!」

 

そこにムネタケの行動に『待った』をかけた人物が来た。

 

「見苦しいですよ、提督。提督も軍人の端くれなら、引き際ぐらい心得て下さい。お父様の名前に傷が付きますよ?」

 

ムネタケは、かつては正義があると信じていたが、出世欲と派閥争いで初心の正義を信じる心は次第に薄れていったが、父を尊敬する気持ちは忘れてはいなかった。

止めに入ったユリカに言葉に冷静になったのか、ムネタケはフラフラと格納庫を後にし、その日は1人、食堂に閉店まで居た。

 

「あの‥‥そろそろ閉店時間なんですけど‥‥」

 

「あたしにもね‥‥あったのよ‥‥正義を信じていた頃が‥‥」

 

時折、ホウメイが閉店である旨を伝えているが聞こえていないのか、聞き流しているのか上の空みたいなムネタケだった。

 

 

そしてやってきたドック艦コスモスとの合流日

 

ムネタケはブリッジに上がる前に薬品貯蔵庫の扉を壊し、1本のナノマシーンの注射を自らの腕に注射した。

 

「識別信号確認、前方にコスモスを確認」

 

「合流座標を確認、作業班は待機」

 

ブリッジで接舷作業を指揮していたユリカの後ろにムネタケがフラリと現れた。

その眼は虚ろで、今にも倒れそうである。

 

「敵だわ‥‥」

 

ムネタケはモニターに映し出されたコスモスを見てポツリと呟く。

 

「えっ?敵?」

 

ムネタケの言った『敵』と言う言葉にユリカが反応したが、周辺の宙域には敵の反応も姿もなく、居るのはナデシコとコスモスの2艦だけである。

 

「エステバエックス発進よ!」

 

「提督?」

 

ムネタケはブリッジから格納庫へと行き、エクスバリスに乗り込んで、ナデシコを発進した。

 

『ムネタケ提督、ムネタケ提督、応答してください、ムネタケ提督』

 

メグミがムネタケに通信を入れるが、一行に返答はこない。

 

「いくわよ。地球の平和を脅かす木星蜥蜴め!」

 

ナデシコからエステバリス全機がムネタケを連れ戻しに出た。

 

「急ねぇとコスモスがやべぇぜ」

 

「でもどうするの?」

 

「墜すわけにもいかないでしょう」

 

「提督殿は保護しろってさ」

 

「あいつ、どうしてこんな真似を?」

 

やがてエクスバリスはナデシコとコスモスとの中間の位置でエネルギーチャージを開始した。

 

「正義の力、思い知れ!」

 

「どうする?」

 

「力づくでも連れ戻す」

 

アキトがスピードを上げ、エクスバリスに近づこうとするが、

 

『ダメだ。戻れ!エネルギーチャージを始めちまったらもう遅い』

 

と、ウリバタケに止められる。

映像は無理だが、音声のみはエクスバリスと繋がった。

 

「ありがとう‥‥ガイ‥‥」

 

すると、ムネタケはポツリとガイに礼を言う。

何故、ムネタケがガイに礼を言うのか皆は不思議に思った。

 

「ゲキガンフレアー!!」

 

やがて、エクスバリスはエネルギーが逆流し、ウリバタケが指摘した通り機体がその強度に耐え切れず、眩い光と共に爆発した。

ナデシコのブリッジには爆発したエクスバリスの光景が映った。

皆が唖然としている中、

 

「エクスバリス‥シグナルロスト‥‥」

 

「提督が脱出した形跡は‥‥ありません‥‥」

 

ブリッジにルリとコハクの声が冷たく木霊した。

ムネタケの死は試作開発されたエクスバリスの運転によるエンジンの暴走による事故死と断定した。

たぶんそれが誰も傷つかず一番穏便に済む方法だと思ったからに違いなかった。

それはムネタケを切り捨てようとした軍も含まれていた。

何故、ムネタケが試作品のエクスバリスに搭乗したのか?

その理由をナデシコは『先日の機密漏洩により、士気が低下。提督はその士気を上げようと陣頭指揮を執る為に試作機、エクスバリスへの搭乗を自ら志願』と言う文章を軍へと送った。

いささか疑問が残る報告書にも関わらず、軍としてはその件でさえもどうでもいい事で処理された。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

「信じていたモンに裏切られるってやっぱ辛いよな‥‥」

 

ウリバタケが寂しそうに呟く。

 

「提督のことですか?」

 

エステバリスの模型を手にしたアキトがウリバタケに尋ねる。

 

「それもそうだが、俺達だって同じようなもんだろう?平和を守る戦いが、ただの戦争だったんだから」

 

ふとウリバタケはヒカルが作っていた模型に目を向ける。

実はウリバタケはヒカルに告白するも、『ウリピーとは恋愛ではなく友達でいたい』と言われフラれていたのだ。

 

「辛いよな‥‥」

 

「そう‥っすね」

 

再び、黙々とジオラマ製作を続けるウリバタケ。

 

「よし、完成だ」

 

出来上がったジオラマは雪山での戦闘を模したものだった。

 

「うわぁぁ~リアル」

 

「だが、所詮模型は模型だ。本物の戦争じゃない。こちとら人殺しの機械を愛しン十年だ。模型とリアルの区別はついているつもりだ」

 

「大人‥ですね」

 

しみじみと鑑賞に浸っていると、そこへユリカが来た。

 

「ウリバタケさん!前から思っていたんですけど、これってリアルじゃありません!」

 

ユリカの手には先日のルリとコハクのフィギュアとユリカのフィギュアがあった。

 

「はぁ?」

 

「ルリちゃんとコハクちゃんはこんなナイスバディーじゃないですし、私の場合はもっと胸ありますもん。アキトならわかるよね?」

 

確かにルリとコハクのフィギュアは本人達よりもバストの大きさが異なっていた。

 

「こ、こら、誤解されるような発言をするな!」

 

「とにかく作り直してください、ついでに腕だってもうちょっと細くして‥‥」

 

ボキッ

 

ユリカが自分のフィギュアを弄っていると腕の部分がもげた。

 

「「げっ」」

 

自分の姿を模したフィギュアを壊したユリカの行動にアキトはドン引きし、ウリバタケは、

 

「貴様!人の作ったモンになんてことしやがる!」

 

と声をあげて怒鳴った。目尻には薄っすらと涙まで浮かべている。

 

「うわぁぁんごめんなさーい」

 

「神が許しても俺が許さーん」

 

「アキト助けて!」

 

「俺を巻き込むな!」

 

格納庫に3人の声が響いた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第21話

更新です。


 

 

 

 

 

ナデシコは今日も戦っている。

たとえそれが人と人との戦いだったとしても‥‥

戦い続けるためではなく

戦いを終わらせるために‥‥

生き残るために‥‥

 

 

パチャ、ピチャ‥‥

 

 

水が跳ねるような音が聞こえた気がして、ルリは目を覚ます。

しかし、そこには水が有る筈も無く、ナデシコの自分の部屋、そして、自分の身体にはコハクが抱きついて眠っている。

 

「ンぅ~ルリ~‥‥」

 

ルリは微笑みながら眠るコハクの頭を優しくなでた。

 

今日も今日とて木星蜥蜴との戦闘で最前線に出て戦うナデシコ。

戦闘の合間を縫ってルリは人類の歴史を振り返る。

人の歴史は戦争の歴史と言っていいほど、戦争で埋め尽くされていた。

ルリは人の平均寿命から残りの自分の寿命を計算し、残りの余生も戦争の歴史で埋め尽くされるのかと思いながら、オモイカネに自分の過去のことを聞いた。

 

「教えて、オモイカネ。私の過去を‥‥」

 

≪あなたがナデシコに乗ってから、同じ質問が1257回≫

 

≪答えは同じです≫

 

「それでも教えて」

 

ルリの言葉に応じて、オモイカネがルリに関する様々なデータを表示する。

自分の育ての親であるホシノ夫妻やルリ個人のデータ。

そして、ネルガルへ引き取られる直前のルリの経歴。

 

『7年前、身元不明のルリは、ネルガル傍系の電算部門研究所に勤める、養父母に引き取られた。養父母は、研究所内で6年後に完成予定の新造戦艦『ナデシコ』のクルーとしての知能的訓練を施し、高額の養育費を謝礼として受け取って、ネルガル本社へ引き渡した』

 

ルリは表示された自分の経歴を読む。

 

「私だってそんなことは覚えている。私が知りたいのは、それ以前の事」

 

≪答えは同じです≫

 

「それでも聞きたいの」

 

≪空白≫ 

 

≪不明≫

 

表示された結果を見て、ルリは小さく溜め息をついた。

 

「答えが変わるはずがない。オモイカネは何も記憶していない。そして私も覚えていない」

 

ネルガルが知っているルリの経歴以降の経歴をオモイカネが知る由もなかった。

そして、ルリ自身もネルガルに引き取られる前の事を覚えていなかった。

 

 

その日の夜、ルリは夢を見た。

ゆりかごの中にいる幼い自分。

そしてゆりかごを覗く、男の人と女の人、顔は逆光のためかはっきりと見えない。

 

「ルリ‥‥私が君の父だ‥‥」

 

「ルリ‥‥私があなたの母です‥‥」

 

「ちち‥‥はは‥‥」

 

幼いルリは男の人が言った「ちち」と女の人が言った「はは」という言葉を繰り返し言って、手を伸ばす。

すると今度は年老いた男の声と共に老人のシルエットが見えた。

老人の顔はやはり、逆光の為、見えない。

 

「ルリ、私が最初のお前の教師『アルキメデス』じゃ」

 

「あ、アル…アルキ‥‥」

 

「ア・ル・キ・メ・デ・ス、π」

 

「アルキメデス‥‥パイ‥‥」

 

「「よくできたルリ、偉いよルリ、かわいいよルリ」」

 

万歳をして喜ぶ父と母のシルエット。

 

ルリが最初に覚えた言葉は「ちち」「はは」「アルキメデス」「π」の4つ。

尚、パイはおっぱいのパイではなく、円周率のパイだ。

そして3歳の頃に覚え、気に入った言葉が「バカ」だった。

 

夢は断片的ではあるが、過去の自分を徐々に思い出させていく‥‥。

自分が何かを覚えるたびに、万歳をして喜ぶ父と母のシルエット。

最初の教師、アルキメデス、π。

5人目の物理学教師、アインシュタイン。

一緒に学び、なんとなく自分に似た他の子供達。

チェスやパズルをして遊んだ丸いロボット。

そして‥‥パチャパチャと水の跳ねる音‥‥

 

「またか‥‥」

 

夢の中の水が跳ねる音で、目を覚ますルリ。

そこに空間ウィンドウが開く

 

『ルリちゃんちょっといいかな?』

 

空間ウィンドウに映ったメグミが横になっているルリに尋ねる。

 

「敵の攻撃ですか?」

 

『ううん、違うの。ルリちゃんにお客様が来ているの』

 

「私にお客様?」

 

自分にお客など来る筈がないのだが‥‥

ネルガル関係の人だろうか?

そう思いルリが身支度を整え、後部格納庫へ行くと、プロスペクターとユリカが待っていた。

そしてナデシコの後ろからは帆船を模した空中艦が飛んでいた。

 

「ピース?」

 

ルリが空中艦の船体に飾られた電飾の英文字を読む。

 

「そっか、平和だからピースなんだ」

 

「ピースランドはスイスとならぶ永世中立国でして、前身はギャンブルOKのテーマパークで国王は経営者の曾孫にあたるプレミア国王」

 

「うん、昔、子供の頃行ったことがある」

 

「喜ぶのは子供だけではありません、先の戦争のどさくさに独立しまして、なにしろギャンブルの国、エンターテイメントの国ですからお金が集まり、ついでに出来たピース銀行は今や正体不明の振込口座が一杯、誰だって余計な所得は隠したい、無駄な税金は払いたくないですからね」

 

「ネルガルもね‥‥」

 

ユリカの皮肉にプロスペクターは思わず視線を逸らす。

どうやらネルガルもこのピース銀行にお世話になっている様だ。

 

「まぁ、どちらにせよ。スイス銀行とピース銀行は秘密厳守ですから」

 

「でも、ピース銀行に口座を持っている人がナデシコに居る?」

 

「ですから今回の御用はルリさん」

 

「私口座なんてありません」

 

ルリはピース銀行に口座なんて開設していないし、これまでの人生でピースランドに行ったこともなければその国の人間と関わりを持ったこともない。

 

「いずれにしても銀行を怒らせると怖い、今の世の中銀行と金庫で動いていますから丁重にお迎えください」

 

ピースランドの空中艦から馬車を背負った形の戦闘機が後部格納庫に着艦した。

馬車から出てきたのは、羽根付き帽子に長髪、マントに身体に密着する真っ白なズボンそしてロングブーツを履いた中年の紳士だった。

老紳士の服装はコスプレではないかと本気で思うぐらい、今の世の中に不釣合いな格好だった。

羽根付き帽子の男はルリの前に進むと、おもむろに膝を床につけて敬礼する。

 

「お迎えにあがりました、姫」

 

「「ひめぇぇぇえええっ!!?」」

 

余りの驚きで、プロスペクターとユリカは飛のきながらルリに視線を向けていた。

ユリカ、プロスペクター、ルリは事情を詳しく聞くため、ピースランドの使者をナデシコの応接室へと案内した。

 

応接室へと案内された使者はまず、自分が仕えているピースランド王家の事情から話した。

それによると子宝に恵まれなかったピースランド国王夫妻は人工授精による治療を望み、某国にある医療機関へと依頼したのだが、その施設がピースランドとは無関係なテロ事件に合い、当時受精卵だったルリは行方不明となってしまった。

その後は子宝に恵まれはしたものの、国王夫妻は生まれていたはずのルリのことを諦めきれず、行方をずっと捜し求めていたと言う。

 

「生みの父、母‥‥」

 

ルリの頭の中に万歳をして喜ぶ父と母のシルエットが浮かんだ。

ソファーに腰掛け、テーブルに置かれた己の過去に関する資料を眺める。

 

「お父上とお母上が姫様をお待ちです!一度、我が国へおいでください!」

 

最終的にその国に留まるか否かは別として、ルリはピースランドの招待を受けざるを得なかった。

 

「お姫様か‥‥」

 

部屋の机で突っ伏しているルリ。

時代錯誤な単語と突然の事態で少々戸惑う。

そりゃあいきなり自分は一国の姫だったなんてアニメ・漫画の様な非現実的な話をされても困惑する。

 

「と、とりあえずお姫様がどんなモノなのか調べてみたらどうかな?」

 

コハクがフォローを入れ、オモイカネにお姫様の資料を請求する。

 

すると、

 

【魔女っ子プリンセス ナチュラルライチ】

 

「「‥‥‥‥」」

 

リクエストに対して画面に表示されたのは、魔法少女のアニメだった。

 

「オモイカネ‥‥」

 

「あなたって以外と‥‥」

 

「「バカ?」」

 

2人の辛辣な言葉に、オモイカネは慌てて魔法少女のアニメを閉じて、歴史資料としての実際のお姫様の資料をかき集めて表示する。

色んな国のお姫様の歴史や作法、衣装、言葉使いの映像をぼぉーっと眺めているコハクにルリが話しかけてきた。

 

「コハクはあまり驚かないんですね」

 

多少寂しそうに、ルリがコハクを見る。

 

「いや、驚いてはいるよ。けど、正直この場合なんて言っていいかなと思って‥‥」

 

コハク自身も困惑している。

ルリに本当の家族が見つかった。

それは喜ばしい事なのだろうけど、その反面羨ましい様な寂しい気持ちもあった。

もし、このままルリがお姫様となりナデシコを降りてしまったら、自分は1人になってしまう。

でも、ようやくルリには本当の家族が見つかったのだ。

本当の家族との仲を血の繋がらない半ば偽りの家族である自分が引き留める権限はない。

 

「私は喜んでいいんでしょうか?」

 

「喜んでいいと思うよ。ルリの本当の家族が見つかったんだから‥‥」

 

コハクの『本当の家族』と言う言葉がルリの胸に突き刺さる。

コハクには家族と言うモノは居ない。

嘗ての自分もそうだった。

似たような境遇を持つ者同士だからこそ、ナデシコで出会い、ルリとコハクは姉妹となり家族となった。

そんな中、自分には本当の家族が存在し、それが見つかった。

ルリとしてはコハクを裏切ってしまった様な気持ちだった。

 

「コハク‥‥」

 

「僕のことは気にしなくていいから、直接家族の人と会って話をしてくるといいよ。これは僕の問題じゃなくて、ルリ自身の問題なんだからルリが自分で決めて‥‥」

 

そう言うとコハクは部屋を出てしまった。

その後ろ姿はやっぱり寂しそうだ。

 

「‥‥コハク‥‥私は‥‥私はどうしたらいいのかな?」

 

『会え』と背中を押してくれたことには感謝する。

だけど、引き止めて欲しかったとルリは心の隅で思った。

でも、それは贅沢な我儘なのだろうか?とも思う。

しかし、両親という存在が全く気にならないと言えば嘘になる。

会わないで後悔するなら、会って後悔した方がいい、そうに違いないとルリは自分自身に言い聞かせた。

ルリが再び空間ウィンドウを眺めている時、コミュニケが着信を知らせて新たな空間ウィンドウが展開され、プロスペクターの姿が現われる。

 

「ルリさん、少々よろしいですか?」

 

「はい」

 

「実はですね、明日ピースランドに行かれる時にルリさんの護衛をお付けしようと思っているんですが、いかがなものでしょうか?」

 

「護衛‥ですか?」

 

「はい、やはり戦争中な訳ですし、ルリさんに何かありますと、私達としても困ってしまいますので‥‥」

 

「そうですか‥私は別に構いませんが‥‥」

 

ルリは自分に護衛が着くことを了承した。

 

「それでは、ルリさんのご希望の方はいらっしゃいますか?」

 

プロスペクターの言葉に、ルリは一瞬考えた後、答えをプロスペクターに告げた。

 

「そうですね、それではテンカワさんをお願いします」

 

本音としてはコハクに着いて来てほしかったが、オペレーターである自分がいない間、コハクはナデシコに必要不可欠な人員であり、ルリと一緒にピースランドには行けない。

 

「ほう、テンカワ君ですね。分かりました。それではその様に手配しておきますので、はい」

 

プロスペクターはそう言うと、通信を切った。

ルリがアキトを選んだ理由。

それはルリ自身がパイロットの中で一番時間を共有していたのがアキトでもあり、オモイカネの暴走時にもアキトを頼ったからでもあった。

ピースランドに向う日、ルリはダメ元でコハクも誘ったが、「僕が一緒に行くとルリは正しい判断が出来ないだろうから‥‥」 「それにルリが留守中、誰がナデシコのオペレートをするの?」と言ってルリとピースランドに行くのを辞退した。

ルリは不満な顔をしながらも、アキトと共にピースランドへと向かった。

 

「それじゃ行ってきます」

 

アキトがプロスペクターに向かって声を掛ける。

 

「はいはい、よろしく頼みますよ。くれぐれも粗相の無いように」

 

そしてアキトがルリの護衛役と言うことでユリカは、

 

「どうして、なんで、アキトがルリちゃんの護衛なの~?」

 

と、大声で不満をぶちまけていた。

 

「戦争下、ピースランドのお姫様ともなれば、護衛の1人でも必要でしょう?」

 

プロスペクターの答えが的を射ているだけにユリカは一瞬怯むが、

 

「でもでも、何でアキトなの!?」

 

それでもなお食い下がるように言葉を言い続けた。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「コーくん、本当にルリルリと一緒に行かなくて良かったの?」

 

ブリッジからピースランドへと行くルリの乗ったアキトの空戦フレームを見送るコハクにミナトが聞いてきた。

 

「いいんです」

 

「でも、もしかしたらルリルリはもうナデシコに帰ってこないかもしれないのに‥‥」

 

「例え、そうであってもそれはルリが選んだことです。家族と一緒に居たいって‥‥それにもう二度と会えなくなるわけじゃないですし‥‥」

 

「コーくん‥‥」

 

ミナトやルリには平気なことを言っていたコハクであったが、内心ルリ以上に不安だった。

火星で八ヶ月という長い期間別れその後再会を果たしたが、もしルリがピ-スランドに留まればそうそう会えるものではない。

何せ相手は一国の姫なのだから、下々の身分のコハクが「会いたい」と言ってそう簡単に会える相手ではなくなるのだから‥‥

ましてやコハクはネルガルの所有物‥いつまで自由に外を出ていられるか分からない身だ。

そんなコハクをミナトは心配そうに見つめていた。

 

 

「でも、なんで俺なの?」

 

その頃、アキトはエステバリスのコックピットにてルリが自分を指名したことに疑問を感じ、彼女にその理由を聞いた。

てっきり自分よりもコハクと一緒に行くものとばかり思っていたからだ。

 

「プリンセスにはナイト‥‥お姫様には騎士がつきものだそうです」

 

「どこで覚えたの?」

 

「ビデオで見ました」

 

「そうなんだ‥‥」

 

2人を乗せた空戦フレームは王宮の正門前に着地した。

事前にナデシコから連絡が言っている為か、王宮の前にエステバリスが着陸しても混乱は起きなかった。

下には赤い絨毯が敷かれ、正装した近衛兵がズラリと左右に並んでいた。

 

「さっ、どうぞ姫様。ご案内いたします」

 

大礼服に身を包んだ執事がルリとアキトを謁見の間へと案内する。

 

「はぁ、よろしくおねがいします」

 

まだ現実感が無いなと、ルリはどこか上の空で執事についていった。

アキトも『場違いだな』と思いつつルリの後を追った。

 

「おお!ルリと申したな。我が子よ。よくぞ生きていてくれた」

 

ルリが声に釣られて顔を上げると、階段の上に設けられた玉座には華美な装飾に身を固め王冠を乗せ、目からは滝のような涙を流している人物がいた。

 

「貴方が父?」

 

父と呼ばれたことで感極まったか、王は玉座から立ち上がる。

 

「そう!私がお前の父だ!!そしてこちらがお前の母!!」

 

指し示された先、ルリと同じ色の髪を持つ女性の姿。

確かに母と言われるだけあって容姿がそこはかとなくルリに似ているようにも見える。

 

「あらあら、まぁまぁ。立派になって」

 

微笑みながらハンカチを目元に当てている王妃。

 

「そしてお前の姉弟たちだ!!」

 

「「「「「ようこそルリさん!我らのお姉様!!」」」」」

 

5人の皇子の内、2人が金髪、残り3人が王妃、ルリと同じ色の髪をもつ王子達の歓迎はかなり芝居がかっていた。

それでも血が繋がっているのか、目元はルリに似ていた。

 

「此処じゃない‥‥」

 

ルリは両親とされる父と母の姿を見て、夢に出てきた両親と違い小さく呟く。

アキトは芝居がかった紹介に呆れたというか、演出過剰なんじゃないかと思った。

そして国王の姿が、ガイゼル髭を蓄えた、超がつくほどの親バカな某連合軍提督の姿と被って見えた。

ただ、国王の声はナデシコの違法改造屋の整備班班長と似ていた。

 

「みんな一緒じゃぁぁぁぁ!」 

 

玉座から続く階段を駆け下り、涙を流しながらルリの両手をがっしりと握る。

 

「ここにずぅぅっといていいんだよ」

 

感激に咽ぶプレミア国王は純粋な喜びで満たされている。

アキトは国王とは思えないその姿に対し、完全にドン引きである。

国王は潤む瞳でルリを見上げているが、いったん醒めた心はそれすら演出のように捉えてしまう。

 

「父。お願いがございます」

 

相手が一国の王と言うことにも配慮し、ルリは丁寧な言葉で話しかける。

 

「おぉ、何でも行ってみぃ」

 

「‥‥少し、時間をください」

 

今の自分に冷静な判断は無理かなと、ルリは決断を先送りにすることにした。

 

ルリとアキトはピースランドの城下町を観光とクルーに頼まれたお土産を買うため、歩いていた。

街にはいろんな国の有名な建造物を模した建物があった。

中国の万里の長城、イギリスのビックベン、フランスの凱旋門にエッフェル塔、イタリアのピサの斜塔にコロセウム、オランダの風車。

 

「ルリちゃん、まだ買うの?」

 

積み上げられたお土産の入った箱を崩さないように運ぶアキトであったが、量があまりにも多い為、ヨタヨタ歩きになる。

 

「後は、セイヤさんにスパナ、ホウメイさんには香辛料、イネスさんには熊のぬいぐるみ」

 

メモに書かれたお土産リストを読み上げルリ。

スパナと香辛料はあらかじめ、本人達に希望の品を聞いていたが、熊のぬいぐるみはサイズなどを聞いていなかったのでファンシーショップで選ぶことにした。

ルリは自分と同じぐらいはあろうかという熊のぬいぐるみを選んだが、さすがにこれを背負って歩けないと判断したアキトが手のひらサイズの熊のぬいぐるみにしようと言った。

そして昼時、2人は近くにあったイタリアレストランに入った。

 

「あ、ソ~レ~ミ~ヨ~ピースランド名物5つ星、元祖本家のピザとパスタだ」

 

店主は得意げに料理を出す。

 

「元祖本家って‥‥ピザとパスタは‥‥」

 

「イタリアのナポリです‥‥この国はどこかのマネばかり‥‥」

 

外を歩いて分かったが、この国はよく著作権に引っかからないのか不思議なくらい世界中の名所や名物を自国のオリジナルだと謳っている。

それは今自分達が居るイタリアンレストランも同じだった。

 

「お譲ちゃんそういう事は食ってから言ってくれ、さあ食ってくれ!」

 

「は、はい」

 

店主に押され気味なアキト。

2人はピザを一切れ口に運ぶ。

 

「ウッ‥‥」

 

「‥‥」

 

口に入れたとたん、2人は固まる。

 

「どうだい?うちの自慢のピザは?」

 

店主が味を聞いてくる。

2人は口にしたピザを口の中に無理に捻じ込む。

 

「お、俺火星育ちだからよくわかんないや、ハハハハ‥‥」

 

アキトは引き攣った笑みを浮かべながら曖昧に答えるが、ルリは、

 

「不味い」

 

味の感想を率直に言った。

ナデシコに乗艦当時のルリならばこんなことは言わなかっただろうが、ナデシコで食べる楽しみを知った今のルリにとってこのピザはあまりにも不味かった。

見かけは美味しそうなのだが‥‥

 

「あぁ?」

 

店主は「不味い」と言われて顔を引き攣らせている。

 

「不味いです。それもすっごく」

 

ルリは、あまりの不味さのせいか不機嫌な顔をしていた。

 

「な、なんだと‥‥?」

 

そして段々と癇癪を起こし始める店主。

 

「ル、ルリちゃん」

 

止めようとするアキトを尻目にルリはピザが不味い原因を指摘する。

 

「コショウと唐辛子、要するに香辛料とチーズとオリーブオイルの使いすぎ、質も良くない。なんでも舌を刺激すればいいと思っているのは三流のコックです」

 

「が、ガキと火星育ちが俺の料理にケチを~」

 

店主は拳をプルプルと震わせている。

 

「このピザとパスタ、火星だろうと木星だろうと人間が食べれば誰でも不味いと思うでしょう。これを食べて美味しいと思う人は舌が壊れています」

 

この言葉が引き金となり、

 

「営業妨害だ!つまみ出してやる!」

 

とうとう店主は実力行使に出た。

店主はルリに掴みがかろうとするが、

 

「やめろ!この子に手を出すな!」

 

アキトがルリを掴もうとした店主の手を止める。すると店主はアキトにドロップキックをしてアキトを蹴り飛ばす。

アキトはそのまま後ろのテーブルに突っ込む。

店主は尚もアキトに追撃を食らわすが、コハクに連日鍛えられていたアキトにとって最初の一撃は不意打ちだったため、食らったが、その次からは話が違った。

掴みかかろうとした店主の腕を掴み、勢いを殺すことなく店主を思いっきり一本背負いで投げ飛ばした。

店主は壁に激突し、「ウ~ン」と唸り声をあげ、伸びた。

すると騒ぎを聞きつけ、厨房から店員達が駆けつけてきた。

 

「マスター!」

 

「親方!」

 

「師匠!」

 

「先生!」

 

口々に伸びている店主に声をかける店員達。

やがて怒りの矛先はアキト達に向けられた。

 

「このガキ、よくもやりやがったな!」

 

「先に手を出したのはその人です」

 

ルリがこちらの正当性を主張するが、店員達の怒りは収まるはずもなく。

 

「うるせぇやっちまえ!!」

 

店員達はアキト達に近づく。

 

「この子には指一本触れさせない!俺が相手だ!!」

 

アキトがルリを庇うように立ちふさがる。

 

「ナイト気取りか?いい気なもんだ」

 

「どこかのお姫様でもあるまいし」

 

指を鳴らしながらアキトに迫る店員達。

やがて店内で乱闘が始まった。

1対1ならば問題はなかったのだが、4対1では今のアキトには不利で結局ボコボコにされた。

 

夕方、公園の噴水の縁に腰掛、濡れたハンカチで傷口や顔についた汚れを拭くアキトがいた。

 

「あぁ~こんな所に来てもケンカかぁ、何がピースランドだ」

 

国の名前とは裏腹に結構好戦的な連中に対して愚痴る。

 

「ごめんさい‥私のせいで‥‥」

 

ルリは自分の言った言葉からアキトがケンカに巻き込まれ、傷ついたことに深く謝罪した。

 

「お姫様を守るのがナイトの仕事だろう?とはいってもやられっぱなしだったけどな‥‥稽古をつけてくれているコハクちゃんに申し訳ない‥‥それにしても‥不味かったな、あのピザ」

 

「この世のものとは思えませんね」

 

夕陽を見ながら改めて昼に食べたピザの感想を言う2人だった。

 

翌日、アキトとルリは再び空戦フレームに乗りある場所へと移動していた。

 

「スカンジナビアのフィヨルド?なんでそんな場所に?」

 

「父に聞いたんです。生みの親がいるなら育ての父、母がいるはず‥でも私には覚えがない‥‥」

 

やがて目的の場所に着く。

その建物は林の中に造られたレンガ造りの建物で、今は廃墟と化し、庭は草が伸び放題、建物にはツタが寄生するかのように絡まっている。

幸い正面玄関の扉には鍵が掛かっていなかったので、2人は難なくその建物に入ることができた。

建物の中を一歩進むごとに、授業風景が、皆で布団を並べて一緒に昼寝をしたことなど、かつての姿が鮮明にルリの脳裏に蘇る。

やがて、扉に動物の絵が描かれた通路に出るとルリは衝動的に走りだした。

そして魚の絵が描かれた扉の前で止まる。

恐る恐る扉のノブの手を掛け、回すと扉が開いた。

部屋は夢で見たのと同じで、あの丸いロボットが出迎えてくれたように見えたが、よくよく目を凝らして見ると、そこは長い歳月ほったらかしにされた部屋で、部屋の真ん中にある小さな朽ちかけの椅子、隅に置かれたベッドはマットが取り払われ、骨組みのみ、壁紙は雨水のシミで黒ずんでおり、一部は腐っていた。

当然あの丸いロボットの姿も見えない。

 

「ルリさん‥だね?」

 

突然後ろから声をかけられ振り向くと、そこには長身に髭面の男性が、アキトと一緒に立っていた。

 

「国王から連絡があった。貴女が私に会いにここへ来ると」

 

「貴方が‥父?」

 

男はルリの問いに虚を突かれた顔をする。

 

「父?父‥か‥‥そうと言えばそうかもしれないな」

 

やがて男はルリの誕生について話をし始めた。

 

「その日、テロを受けた医療機関から身元不明の受精卵が持ち込まれた。ほとんどの受精卵は既に死んでいたが、無事だった者には生きる権利がある。それがたとえ、実験体だとしてもね」

 

「実験体?」

 

実験体という言葉にアキトが眉を顰める。

 

「ちょっと遺伝子を弄るだけで人はガンを克服できる」

 

「遺伝子操作なんて随分古い考えですね」

 

ルリが皮肉を込め男に言う。

 

「だが、結局人類の未来はそれしかない。未来の科学に適用できる頭脳、病気に犯されない体、これから進出する外宇宙へ適応するには遺伝子操作しかない!‥‥此処は空気も綺麗で水も汚染されていない。大気も比較的綺麗な所だ。子供達を育てるにはぴったりの環境だ。私達はここで幼児教育を施した。子供達は乾いた綿のように知識を吸収していった」

 

「遺伝子を組み替えたんですね?」

 

「人間は余計なことを覚えすぎる。私の子供達は必要なこと以外は覚えない。脳の要領を無駄使いしない。その証拠がルリさん貴女だ。貴女はその若さで事実上ナデシコを動かしている。貴女は他の人間よりも優れている。私は貴女を誇りに思う」

 

「他の子供達は?」

 

ルリはこの施設で自分と一緒に勉強していた子供達の行方を尋ねる。

皆は今頃どこで何をしているのかが気になったのだ。

 

「可哀想だが失敗もある‥‥」

 

男の話からどうやら、自分以外の子供達は既に死亡している様だ。

 

「この方法もとっくの昔に禁止された。この施設もご覧の有様さ‥‥だが、ルリさん貴女は数少ない成功例だ。けれど貴女が、国王の娘とわかった以上その幸せもあるだろう?」

 

そういって男は懐から1枚のキャッシュカードを取り出した。

男が言うにはルリは4歳の時、ネルガに引き取られていったが、それまで貯められていた莫大な養育費と生活費は手つかずのまま貯蓄され、今でもそのお金はピース銀行の口座にあり、このカードはその口座のキャッシュカードだと言う。

 

「父と母は?」

 

「ああ、これのことか‥‥」

 

男がリモコンを出し、ボタンを押すと

 

「「よくできたルリ、偉いよルリ、かわいいよルリ」」

 

聞き覚えのある声がして振り向くと、男と女のシルエットが万歳をしていた。

それは紛れもなく、ルリが夢で見た両親の姿だった。

 

「子供には両親が必要だ。子供を決して怒らない良い両親がね‥‥普通の人間ではとても務まらない」

 

「‥‥」

 

映像に震える手を伸ばすルリ、その様子をアキトはただ呆然とみているしかなかった。 

 

「ありがとう、生かしてくれて」

 

ルリはぽつりと、呟いた。

だが、アキトにはその声は冷めている感じに聞こえた。

 

「それは当然のことだよ」

 

男は当たり前のことをしてやったと言わんばかりの態度である。

その時、

 

パンッ!!

 

部屋に乾いた小さく木霊する。

 

「だけど、こんなことまで誰も頼んでない」

 

ルリが静かに呟き、男の頬を力いっぱい引っ叩くと、カードをベッドの上に置き、服が汚れるのも構わず古びた椅子に腰掛ける。

 

「そのお金はおじさんが使ってください」

 

ルリが座り、微かに椅子が軋みを上げる。

成長したルリには、この小さく古い椅子は弱々しい。

 

「…………ばか」

 

項垂れるルリは泣いているのか、髪の毛で顔が隠れ表情が伺えない。

 

その時、

 

パチャ‥‥

 

ルリはあの懐かしい水の音を聞いた。

 

窓に駆け寄り、耳を澄ます。

そしてルリはそのまま部屋の外へまっしぐらに駆け出す。

 

「ルリちゃん!?」

 

ルリは建物の裏口に着き、扉を開けようとするが、鍵が掛かっているのか、それとも錆付いているのか扉はビクともしない。

追いついたアキトが扉を蹴ると、目の前の小川には沢山の鮭が川を遡っていた。

アキトも鮭の川登を見るのは初めてその光景に感動していた。

満足のいくまで鮭を見ていたルリが、アキトに言った。

 

「テンカワさん‥‥」

 

「なんだい?ルリちゃん」

 

「帰りましょうか?ナデシコに‥‥」

 

「えっ?でも、本当にいいのかい?」

 

アキトはルリの回答に意外性を感じる。

ピースランドに残れば、お姫様として生きていけるのに、態々危険が伴くナデシコに戻ると言うのだから‥‥

 

「はい‥‥それに‥‥」

 

「それに?」

 

「それに、私が居ないとコハクがまた無茶をしますから」

 

アキトに微笑みながらナデシコに戻る理由を話すルリ。

確かにルリの言う通り、コハクは色々と無茶をするのはアキトも経験済みである。

 

「‥そうだね」

 

ルリの言葉にアキトも釣られて笑みを浮かべる。

結局ルリは、ピースランドに留まることなく、ナデシコへと帰った。

ナデシコに戻ってきたルリをコハクは驚いていたが、やはりルリが戻って来てくれたことが嬉しかったのか、思わず抱き付いた。

そして抱き付かれたルリもまんざらではない様子だった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた来年。良いお年をお迎えください。


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第22話

更新です。


 

 

ある日、スバル・リョーコは夢を見た‥‥

それは、まだ自分が幼い子供の頃の夢だった。

その日、リョーコは父の肩車で家路へと向かっている最中の夕暮れ時‥‥

自分の父は連合軍の戦闘機乗りだった。

基地には当然、様々な大きさの飛行機があり、幼少の頃の自分はそれらの飛行機を眺めるのも好きだった。

なにより飛行機で大空を飛ぶ父の姿がとても格好良かった。

そんな父が自分は大好きだった。

いつかは自分も父の様なパイロットになり、大空を飛びたいと思っていた。

大好きな父のお出迎えをして一緒に帰る道すがら、空にはキラリと1つの光が見えた。

 

「あっ、一番星!!見つけた!!」

 

リョーコは空に輝く一番星を指さしながら声を上げる。

 

「いいか、リョーコ。お前もなんでもいい、自分の中に一番星を見つけろよ」

 

「何それ?」

 

「『コレだけは』って自慢できる自分だけの一番星だ。ソイツを持っていればきっと幸せになれる」

 

「‥自分の中の‥一番星‥‥」

 

父にそう言われ、改めて空に浮かぶ一番星を見ながらポツリと呟く。

 

 

「‥‥」

 

リョーコが目を覚ますとそこはナデシコの自分達の部屋だった。

 

「はぁ~‥‥つまんねぇ夢‥‥」

 

リョーコは気怠げに起き上がり、渇いたのどを潤すために部屋を出ていった‥‥。

 

軍属ではあるが、緩い空気が漂うナデシコ。

それでも乗員は一応、戦艦の乗員と言う事でローテーションが組まれ、それに沿って動いている。

その為ここ最近は、夜勤勤務となっているリョーコは昼夜逆転の生活になっている。

そんな中、ナデシコの訓練室からは人の気配と音が聞こえた。

誰かが鍛練でもやっているのだろう。

一体誰がやっているのか気になったリョーコが訓練室を覗いてみると、

其処には胴着姿のアキトとコハクが柔術をしていた。

 

「テンカワ‥‥」

 

コハクに何度も投げられながらも諦めずにコハクへと立ち向かっていくアキト。

ここ最近、アキトは、料理の修業はもとよりシミュレーションによるエステバリスの模擬戦、コハクとのああした柔術の鍛練を含めてリョーコには彼が輝いて見えていた。

アキトは自分の中の一番星を見つけたのではないか?

それに引き換え、自分はどうだろうか?

直向きに頑張っているアキトの姿を見て、彼女は自分の姿が急にみすぼらしく思えてきたのであった‥‥。

 

 

「むぅ~」

 

ユリカは通路に貼られたポスターを睨みつける様に見ていると徐にそのポスターを剥がした。

そのポスターには女の子の絵と共に『ナデシコの一番星は君だ!! 来たれ娘たちよ!! 明日の夢をその手に!! 主催 ネルガル重工 宣伝部  地球連合軍 広報部』

 

と書かれていた。

 

「一番星‥‥一番星‥‥一番星‥‥一番星‥‥どこもかしこも一番星、一番星」

 

艦内の至る所に同じ内容のポスターが貼られており、ユリカはそのポスターを見つけては1枚1枚剥がして回っていた。

その後、ユリカは剥がしたポスターの束を持ってプロスペクターの下へと向かった。

 

「なんなんですか!?これは!?」

 

ユリカが艦内で引っぺがしたポスターの束を指さしながらプロスペクターに尋ねる。

すると、彼は、

 

「ポスター‥‥」

 

ユリカが指さしたモノが何なのかを答える。

 

「じゃなくて!!」

 

「‥‥女の子」

 

次にプロスペクターはポスターに描かれているモノを答える。

 

「だからどうしていきなりそうなるんですか!?艦長の許可もなく抜き打ちに!!」

 

ポスターに書かれている企画はナデシコの艦長である自分には一切知らされずに開催されようとしていた。

ユリカは艦の長たる自分に何故、その話がされずに勝手に進められているのかをプロスペクターに問う。

そんなユリカに対しプロスペクターは微笑みを浮かべて訳を話す。

 

「皆の未来の為ですよ」

 

「えっ?」

 

「今は戦いに巻き込まれていますが、ナデシコのクルーは皆、普通の若者たちです。木星との戦争が終わった後、彼らの希望を託せる職業を今のうちから用意しておこうと思いましてね。これもその1つです」

 

「その後の就職先‥‥」

 

「ええ、我々は戦いたくて戦っている訳ではなく、平和を、希望を、そして幸せの一番星を掴み取る為に戦っているのですから」

 

「分かりました。そう言う事ならバンバンやりましょう!!」

 

ナデシコ乗員の未来の就職先と言う内容を聞いてあっさりと了承するユリカ。

 

「はい、では、一番星の子に艦長をやらせると言うのはどうでしょう?」

 

プロスペクターがボソッと呟いたこの一言にユリカは、

 

「いいですね。アイドルの1日署長や1日駅長みたいなのもありますし、1日艦長ってのもいいでしょう~♪」

 

「1日‥‥艦長ですか?」

 

(1日艦長なんて言ってないんですけど‥‥)

 

心の中でそう呟くプロスペクター。

1日なんて期限を設けた訳ではないのだが、プロスペクターの言葉に対してユリカはそう解釈したみたいだ。

ユリカは入ってきた時とは180度異なり、機嫌よくプロスペクターの部屋から出て行った。

今回、何故プロスペクターがこんな企画を立てたのかと言うと‥‥

ユリカが来る少し前、

 

『先日の機密漏洩事件の一件で沈みきったムードを払拭するためにはイメージチェンジを行う必要がある!!』

 

『左様、自分の考えを持つ艦長など必要ない!』

 

『新艦長は何も考えない、華やかでさわやかなアイドルの様な子が良い!!』

 

プロスペクターはネルガル本社からの通信を強引に切った。

 

「まったく、上もスポンサーの顔色ばかり窺ってろくでもない企画を押し込もうとするんだから‥‥」

 

プロスペクターは溜め息をつく。

ある種、中間管理職の悲哀を一身に浴びているのだった。

 

先日の機密漏洩‥木星蜥蜴は月を追放された地球人類だった。

自分達は機械ではなく、人間相手に戦争をしていると言う事がナデシコ艦内に広まり、ここ最近ナデシコを退艦するクルーが増えている。

ネルガルの広報部はこの事態をなんとか打開するため、ナデシコの新艦長選抜の為のミスナデシココンテストを行うようにプロスペクターに命令してきた。

ナデシコの新艦長選抜の為のミスナデシココンテスト‥‥そう言えば聞こえはいいが実際の内容はユリカを免職させて、見た目だけで選ばれた新しい艦長を傀儡にしてナデシコを骨抜きにしようと考えているだけだ。

プロスペクター自身、クルーの退艦者が増えているこの現状も不味いがこの企画自体もあまり好意的にはなれない。

ネルガルの思惑がクルー達バレたりしたらどんな反乱を起こすか‥‥それだけでも身震いするほど恐ろしい。

普段はお茶ら気ているクルーでも、ナデシコのキャッチフレーズである『人格面には問題あるが、能力は一流』その名の通り、ナデシコはこれまでの戦闘や苦難を乗り越えてきたのだから、彼らがマジギレすれば何をしでかすか分からない。

しかし、やらずに済ますわけにもいかない。

一番いい方法としてはミスナデシココンテストとクルーには思わせ続け、なおかつそのコンテストで選ばれた新艦長でナデシコが骨抜きにされないということ、そしてそれを連合軍とネルガル上層部が不審がらない結果に終わるというストーリーなのだが、そんな上手い方法はあるのだろうか?

プロスペクターは頭を抱えながらも企画を進行していった。

 

『というわけで「一番星コンテスト」を実施します。優勝者はナデシコの1日艦長さんをやっていただきます。女子クルーの皆さんの奮っての参加をお願いします~♪艦長ミスマル・ユリカからのお知らせでした~♪』

 

ユリカの艦内放送とポスターの告知にて伝言ゲームの様に1日艦長から新艦長と言う内容に変更され‥いや、本来の企画がバレ始めた一番星コンテスト。

食堂ではホウメイガールズの女子達は、仕事をこなしつつ歌や踊りのリハーサルなんぞをしてみるホウメイガールズ。

後に彼女らは名前の通り『ホウメイガールズ』と言うユニットグループ名でアイドルデビューする事になる。

で、そのお客であるパイロット3人娘達は‥‥

 

「ねぇねぇ、どうする?艦長だって~♪」

 

ヒカルが目を輝かせている。

 

「『かんちょう』ってスパイの事?」

 

「「ん?」」

 

何で艦長がスパイなのか理由が分からず首を傾げるリョーコとヒカル。

かんちょう‥漢字で書くと間諜と書き、意味はスパイの事である。

日本語って難しい。

 

「で、リョーコは出ないの?一番星コンテスト」

 

自分とイズミは出るのだが、リョーコは出ないのかと尋ねるヒカル。

 

「出ねぇよ」

 

ヒカルの質問にリョーコはあっさりとそう答える。

 

「えぇ~どうして?」

 

「ガラじゃねぇから」

 

「まぁ、確かにガラじゃないかなぁ」

 

「そうあっさり言われるのも癪にさわるけど、オレはエステで敵を殴っていた方が性に合っているさ」

 

「ふぅ~ん」

 

なんとなくリョーコの心情が透けて見えたヒカルであったが、本人から何も言い出さないのなら深く聞かないのが長く友人関係を続けていく秘訣だということを彼女は知っていた。

食事を終えて食堂を出たところでリョーコはなにげに通路の向こうに人の姿を見つけた。

耳を傾けるとプロスペクターはコハクに何かを頼んでいた。

 

「コハクさん、どうかコンテストに‥‥」

 

「いえ、ガラじゃないです」

 

「そう言わずに、コハクさんが出れば優勝間違いないですから、それかルリさんにコンテストの出場を頼んでくれませんか?」

 

「僕もルリも艦長なんてガラじゃないし、そもそもこんな小娘の言う事なんて聞きたがらないでしょう。ルリも性格上そう言うコンテストには出たがらないと思います」

 

コハクはそう言うが、彼女達は後々にそのガラではない職に就く事になる。

 

「そうなんですよ。先程、ルリさんにも頼んだのですが、コハクさん、貴女が出ないのであれば、『私も出ません』と固辞されまして‥‥」

 

「ごめんなさい。ネルガルの所有物である僕は本来なら拒否権は存在しないのですが、ナデシコのクルーの安全の為を思うのであれば、プロスさんの頼みは聞くことはできません」

 

「そうですか‥‥」

 

コハクに断られ意気消沈しているプロスペクター。

 

「それよりもユリカさんはコンテストに出ないんですか?」

 

「彼女はまだエントリーしていません」

 

「でしたら、ユリカさんに出てもらって優勝してもらった方が元の鞘に収まるんじゃないんですか?」

 

「やはり、それしか方法はありませんな‥‥」

 

まだ、ユリカは一番星コンテストにエントリーをしていない。

だが、彼女もすぐに気づくだろう。

このコンテストは1日艦長ではなく、ナデシコの新艦長を決める為のコンテストなのだと言う事に‥‥

そうなれば、十中八九、ユリカはエントリーする筈だ。

そして、ユリカが優勝してくれれば、元通りとなる。

ネルガル本社も軍も自分達が主催したコンテストにユリカが勝ったのであれば文句はない筈だ。

 

コハクとルリのコンテストの辞退‥‥

それを聞いて何故かホッとするリョーコ。

彼女が出ないのは文字通りガラじゃないから。

でも自分が出ないのは‥‥

 

『お前も自分の中に一番星を持てよ』

 

わかっている‥‥

わかっているからこそコンテストには出られないのだ。

自分の中に一番星なんてないって事を知っているから‥‥。

 

リョーコはそっとその場から立ち去った。

 

 

~ナデシコ プロスペクターの部屋~

 

「ハルカ・ミナトさん、登録っと‥‥」

 

プロスペクターは大量に届けられた申込用紙をせっせと登録していた。

艦長になれるという触れ込みと、望めば芸能界デビューも夢じゃないという謳い文句は伊達じゃなく、ものすごい猛威を振るって女子クルーの間を駆け抜けた。

おかげでプロスペクターは申し込みを捌くので精一杯であった。

そんな中、予想通り、

 

『プロスさん!!!!』

 

ユリカがコミュニケでプロスペクターに通信を入れてきた。

 

「か、艦長~~どうなさったんですか、いきなり!?」

 

プロスペクターはユリカに尋ねるが、内容は既に予想がついていた。

 

『なんか、話がおかしくなっちゃっているんですけど?1日艦長って話だったのに、皆ずっと艦長になれるって勘違いしているみたいなんですけど、新艦長コンテストじゃありませんよね?これって今のうちに訂正した方がいいんじゃないですか?』

 

「い、いえ訂正は不味いかと‥‥」

 

『まずいって何故ですか?』

 

「いえ、それはですねぇ‥‥」

 

今更否定は出来ない。

勘違いをしているのはユリカの方なのだから。

しかし、ネルガルと軍の本心を聞けば彼女は激怒してコンテスト自体を中止にするかもしれない。

此処はなんとか誤魔化さなければならない。

 

『ねぇ、プロスさん、プロスさんってば!!』

 

「よろしいではないですか♪」

 

『よろしいって、そんな!?』

 

「ルックス、優しさ、才能、笑顔、そのいずれも艦内では貴女の右に出るものはいません!」

 

『え?そ、そうかな?』

 

プロスペクターに褒められて照れるユリカ。

これがアキトならば、彼女は狂喜乱舞するか卒倒しているだろう。

 

「そうですとも、貴女以外に艦長が務まる者などおりません」

 

『そうよね、艦長たるもの、クルーの皆さんに安心していただけるように笑顔と気配りが必要ですものね♪』

 

「そうです!貴女の魅力なら優勝すること確実です!!!」

 

『そ、そうかなぁ♪』

 

「そうです。ですから実力で艦長になりさえすれば全然問題ないじゃありませんか♪」

 

『そうだよね~♪全然問題なしですよね~♪』

 

なんか違う気もするが、プロスペクターの言葉で何故かすっかりその気になったユリカ。

プロスペクターは何とかその窮地を脱することに成功した。

流石大手企業で営業経験を積んできた経歴は伊達ではない。

その後、ユリカもコンテストの出場に登録したのが言うまでもなかった。

 

さてさて、そんな感じで一番星コンテスト実施へ邁進中の艦内では、クルー同士でそれなりの盛り上がりがあったりするわけである。

皆、どんな事をするのかを聞いたりしている。

そんな中、ミナトはルリにコンテストに出るのかを尋ねる。

 

「ねぇねぇ、ルリルリは出ないの?」

 

「出ません」

 

ミナトの問いにあっさりと答えるルリ。

 

「なんで?出たら良いところまで行くと思うんだけど‥‥」

 

「コハクが出ないからです」

 

「じゃあ、コ―くんが出るなら、ルリルリは出る?」

 

「そうですね‥私達は、血は繋がっていなくても姉妹ですから、2人でユニットでも組んで出ます」

 

もし、コンテストに出た場合の想定もしていたルリ。

本当は出たかったんじゃないだろうか?

そんな風に思えたミナトであった。

 

そしてコンテストの日となり、会場のナデシコの食堂ではウリバタケ達整備班が豪華なセットをこしらえていた。

食堂の隅にはちゃんと控室のスペースが設けられており、其処にはコンテストに出場する麗しの乙女達が居り、各々、自分の出し物の準備に余念がなかった。

 

「メグちゃん、一体どんな出し物をするの?」

 

ミナトは更衣室のカーテンから顔だけを出しながらメグミに質問する。

なぜならメグミの姿が看護婦の衣装だったからだ。

 

「これでも声優やる前は看護学校に通っていたこともあるんですよ」

 

「それで?」

 

「静注を♪」

 

「静注って静脈注射でしょう?出来るの?」

 

「はい、左手を出して軽く握って下さいね~♪あらあらお注射は飲むものじゃありませんよ~♪」

 

そう言って手元のクマのぬいぐるみ相手に注射の練習をするメグミ。

 

「‥‥」

 

それは芸か?という気もするミナトだった。

しかし、敢えて突っ込まなかった。

そんなメグミの横で、

 

ボロ~ン

 

ウクレレを持ってチャイナ服姿のイズミ。

 

「ダンダンダン、私の出番は漫談?ククク‥‥」

 

「「‥‥」」

 

控室で寒いギャグを飛ばすイズミにミナトとメグミは絶句した。

そして、コンテスト開始の時間となる。

 

「さて、とうとうやってきました、ナデシコの新艦長は貴女だ!一番星コンテストの開幕です!!!実況は私、ウリバタケ・セイヤと解説は元大関スケコマシさんでお送りします~♪」

 

「誰が大関スケコマシだって?それより、ルールの説明はいいのかな?」

 

ウリバタケの実況にツッコみを入れつつルール確認は大丈夫なのかと問うアカツキ。

 

「そうでした。本コンテストは出場者にナデシコクルーへのアピールを行っていただきます。アピールの方法は自由演技及び水着披露の2つからなります。自由演技はなんでも結構。自分の魅力を存分に引き出す出し物をお願いします」

 

ウリバタケが今回のコンテストのルールを説明し、

 

「投票は各クルー1票の無記名投票にて行うので、周りの目を気にせずお目当ての女の子にじゃんじゃん投票してくれ!もちろん、アピールを見ずに本命の女の子へ一途に投票するも良し!アピールを見て浮気するも良しだ!」

 

アカツキが投票についての説明をして、いよいよ一番星コンテストが始まる。

 

「では、トップバッターはこの方!眼鏡がキュートな整備班の皆さんの密かなアイドル!アマノ・ヒカルさんで歌は『勝利のVだ! ゲキガンガーV』をどうぞ!!!」

 

プロスペクターが一番手のヒカルを紹介し、ヒカルはゲキガンガーの登場キャラクター、海燕ジョーのコスプレをして、ゲキガンガーの挿入歌を歌う。

 

「勝利のVだ、ガンガーV~♪」

 

ヒカルはコスプレ衣装を引き剥がすと中からはビキニにパレオという出で立ちが現れた。

 

「おお、見事な水着チェンジですね~♪」

 

「まさに爽やかなお色気でキュートですねぇ~♪」

 

コンテストは順調なスタートを切った。

続いてチャイナ服姿にウクレレを持ってイズミ登場。

ウクレレを弾きながら漫談をやったのだが、

 

「一番の帽子、見つけた‥‥一番星なんちって」

 

ヒュ――――――

 

相変わらず寒いギャグを飛ばしている。

 

「相変わらず寒いギャグを飛ばしておりますねぇ、イズミちゃん。案の定、得点も伸びていないようですので次ぎ行きましょうか?」

 

「そうですね」

 

本人のやる気とは裏腹にさっさとフェードアウトさせられるイズミであった。

メグミは控え室でミナトに言っていたようにクマのぬいぐるみ相手に注射を行う。

そして、水着審査にて得票を伸ばした。

ミナトの場合、ステージに上がった彼女を見て、一同は目が点になる。

彼女の着ている着ぐるみはとっても不思議なものであった。

肉襦袢の上に天使の羽、金太郎の前掛けに回し‥‥。

関取なのか金太郎なのかもうわけがわからないコスプレだ。

 

「どすこい!」

 

そう言って四股を踏むとにじり寄りながら両腕をあげていった。

 

「これは雲竜型でしょうか?元大関のスケコマシさん?」

 

「だから大関じゃないって。にしても、ミナトさん微妙に土俵入りの型が違うような‥‥」

 

土俵入りの作法を全てやり終えた後、ミナトは肉襦袢に手をかけた。

 

バサッ

 

肉襦袢を取り去った後に姿を現したミナトの水着姿はセクシーだった。

まさに大人のお姉さんと言う印象がピッタリだ。

 

「ミナトさんの票がここに来て躍進中!!!」

 

セクシーポーズが炸裂したミナトさんであった。

 

コンテストが進んで行く中、ブリッジでコンテストを見ているのはアキトにルリ、コハク、そしてリョーコの4人。

 

『続いてはホウメイガールズさんで歌うは‥‥』

 

「あっ、サユリちゃん達だ」

 

「歌‥なかなか、上手いですね」

 

「踊りも上手で息が合っている。流石、皆さんいつも同じ職場にいるだけの事はあるね」

 

スクリーンに映るホウメイガールズ達の歌って踊る姿はキラキラ輝いていた。

故にアキトもその姿を見て思わず当たり前の感想を呟いてしまう。

 

「やっぱ皆ってキラキラ輝いているよなぁ」

 

「そうか?」

 

リョーコがぶっきらぼうに尋ねる。

 

「そうだよ。戦うことしか頭にない木星の奴らとは大違いだよ」

 

「‥‥そうか」

 

「そうだよ」

 

アキトの返答を聞き、リョーコはブリッジから出て行った。

しかし、アキトは空間ウィンドウに釘付けでリョーコがブリッジを出て行ったことに気づかなかった。

アキトがソレに気づいたのはホウメイガールズの発表が終わった頃で、

 

「あれ?リョーコちゃんは?」

 

「先程ブリッジを出て行かれました」

 

「俺、なんか変なこと言った?」

 

「さあ、でも何か思い詰めている様な顔をしていました」

 

コハクはリョーコの事が気になりつつもコンテストの行方も気になったので、コンテストの後にリョーコと話してみようと思い、この場ではリョーコを追いかけなかった。

そしてコンテストはいよいよ、本命とも言えるユリカの番となった。

 

「さぁ、皆さんお待たせいたしました!!!続いてはトリもトリ、大トリのエントリーナンバー1578番ミスマル・ユリカです!!」

 

「1578人もいねぇよ」

 

プロスペクターに代わりジュンがユリカの紹介をしている。

そしてさりげなく、ジュンの紹介にツッコみを入れるウリバタケ。

 

「宇宙に咲いた百合の花、皆を虜にする可憐さで今日も見せます一番星、それではどうぞ!!」

 

「ジュンさん、ユリカさんの時だけ何か紹介が長いし気合が入っているな‥‥」

 

ブリッジでその光景を見ていたコハクがポツリと呟く。

ジュンの贔屓の引き倒しでは?と思わせるほどの過剰演出の中、ユリカはやはり正統派アイドルの出で立ちでステージに現れた。

 

「ずっと、探してた~♪」

 

ステージで歌うユリカの歌は意外と上手かった。

普段はブリッジでよく鼻歌を歌っている姿を目撃するが、その時はお世辞にも上手いとは言えない。

実際にエリナには「艦長、下手な歌は止めなさい!!」と注意を受けている所を何度も見ている。

彼女は「能ある鷹は爪を隠す」または「火事場の馬鹿力」の言葉通りなのかもしれない。

普段はお茶ら気ているが、戦闘時は有能な指揮官に見えるし‥‥

結構上手いユリカの熱唱に皆はノリノリで、中にはリズムを取る者もいた。

そう考えるとユリカは結構アイドル属性があるのかもしれない。

その証拠にジュンは完全にアイドルの追っかけみたいだった。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

その頃、リョーコは制服を脱いでラフな格好で自分のエステのコックピットに座っていた。

端っこにはコンテストの様子を小さい空間ウィンドウに出して表示させて置いた。

流れてくるのはユリカの歌う「私らしく」である。

 

「私らしくっていってもな‥‥」

 

『戦うことしか頭にない木星の奴らとは大違いだよ』

 

さっきのアキトの言葉が心に突き刺さる。

確かに戦うこと以外に輝ける何かを持っている奴の方が素晴らしいのかもしれない。

アキトはエステバリスの操縦以外に料理と言う輝けるモノがある。

ヒカルは漫画、イズミはウクレレなどいろんな多趣味で夢中になるモノが多い。

しかし、自分はどうだろうか?

自分だけの一番星‥‥

強いてあげるならばエステバリスの操縦と戦闘‥‥

そう自負してきたつもりだし、その為の努力もしてきた。

しかし、ここ最近はそれも自信が無くなってきた。

コックを自称しているアキトがメキメキと腕を上げてきたからだ。

最初は頼りなかったのに‥‥

それがいつの間にか力を付けてきた。

でも、アキトがどれだけ頑張っているかはリョーコだってちゃんと理解はしている。

それでもアキトに負けてしまったら‥‥

戦うことだけを誇りにしてきたのにコックを目指しているアキトにすら負けてしまったら‥‥

アキトには料理という別に輝けるものがあるというのに‥‥

この戦争が終わってしまったら‥‥

戦う相手がなくなってしまったら‥‥

自分は用済みのガラクタに成り果ててしまうのではないか?

 

「私らしくか‥‥私らしいって一体なんだよ‥‥」

 

段々とやさぐれてきた今の自分にユリカの姿はあまりにも眩しすぎて、彼女の姿など直視できなかった。

ぼんやり何も考えないようにつとめながら星空を見ていると、

 

キラッ‥‥

 

何かが瞬いたたように見えた。

 

「ん?何だ?」

 

リョーコは気になりブリッジに報告を入れた。

 

 

 

ユリカがステージで歌い、リョーコが宇宙で何かが光るのを見つける少し前、

歌っているユリカの姿を見て、ルリはなんかソワソワしているように見える。

ナデシコに乗りたての頃のルリは無表情で自分の感情や行動を見せる事はなかったが、段々と周りの環境の影響で感情も豊かになり始めてきている。

エントリー期間中、ルリはコンテストに興味無さそうであったが、今こうしてコンテストを見て心境の変化があったのだろう。

 

「‥‥ルリ‥もしかして、出たいの?」

 

コハクが恐る恐るルリに尋ねる。

すると、彼女は頬を赤く染めて俯きながら小さく首を縦に振る。

 

「‥‥じゃあ、出ようか?」

 

「えっ?でも‥‥」

 

「大丈夫、飛び入りってやつだよ。それに万が一、優勝しても僕達は正式なエントリー手続きをしていないから、無効票だよ」

 

そう言ってコハクは自動監視体制機能にして、ルリの手を引いてブリッジを一時離れた。

 

「それじゃあ、アキトさん、僕達はちょっとお色直しをしてきますね」

 

「あ、ああ‥‥」

 

アキトはコハクがどんな衣装で戻って来るのかをちょっと楽しみにしていた。

それからユリカの歌が終わる少し前にステージ衣装に着替えたルリとコハクがブリッジに戻ってきた。

 

 

「私の未来を~♪見つけたくて~♪」

 

コハクとルリが飛び入り準備を整えた直後、ユリカの歌が終わった。

 

「ありがとうございました~」

 

「はい、皆さん拍手!!!!!!」

 

会場の皆がユリカの拍手をする。

その直後、

 

ウィーン!ウィーン!ウィーン!

 

警報がなった。

だが、それはリョーコの放った警告ではなかった。

リョーコの放った警告はオモイカネのオートパイロットに阻まれた。

オモイカネは状況をチェックし、問題なしと判断したのだ。

今のオモイカネにとってはリョーコの警告よりもルリとコハクのステージを見て記録する方が大事だった。

 

「突然ですが‥‥」

 

「歌います」

 

「ルリちゃんにコハクちゃん!?」

 

ユリカが驚いたのも無理はない。

警報とともに開いた空間ウィンドウに現れたのはルリとコハクの姿だったからだ。

しかもドレスは色違いのモノを着て‥‥

ルリは水の様な青を基調としたドレス。

コハクは火の様な赤を基調としたドレスを着てルリと共にデュエットをする。

 

ルリとコハクがデュエットをしている時、リョーコは、

 

「やっぱり気になる‥‥」

 

ブリッジから何も言ってこないということは気のせいだったのだろう。

そう思おうとしたが、胸騒ぎがしてエステバリスを発進させた。

 

その間にもルリとコハクのステージは続き、オモイカネが舞台効果で煙幕を放出、煙幕に包まれた2人のシルエットは自分のドレスに手をかけてバサッと剥ぎ取る音がする。

シルエットだけに想像をかき立てられるクルーが続出した。

そして煙幕が晴れると、そこには水玉模様のワンピースタイプの水着を着たルリとコハクの姿があった。

色もドレスに合わせてルリが水色、コハクが薄紅色である。

やがて、2人が歌い終えると、

 

パチパチパチ‥‥

 

「2人とも上手かったよ」

 

「テンカワさん‥‥」

 

「ありがとう、アキトさん」

 

ルリは今更ながらに自分のやってしまったことに気づいたみたいで真っ赤になって俯くが、コハクはアキトに微笑みながら礼を言った。

 

その頃、宇宙へ出たリョーコは、

 

「やっぱ気のせいか‥‥」

 

自分が見たのは流れ星か何かかと思い、ナデシコへ引き返そうとした時、

 

「ん?」

 

前方にロケットの様なモノを見つけた。

 

「ミサイル!?‥‥人間!?」

 

それは、大型ミサイルの上に小型の宇宙艇が取り付けられた木連の有人ミサイル艇だった。

 

「な、なんで!!!」

 

リョーコは咄嗟にどうしようかしたが、方法が思いつかなかった。

ただ相手は自分の乗っているコックピット部分を切り離し、ミサイルの部分をリョーコのエステバリス目掛けて撃って来た。

 

「んなろぉ!!!」

 

リョーコは思わず手を出した。

考えたことが素直に動きに現れるIFSである。

リョーコのエステバリスも同じ動きをし、大型ミサイルを手で防ごうとした。

しかし、エステバリスはサ〇ヤ人ではないので、大型ミサイルを素手で受け止める事など不可能。

よって‥‥

 

ドカ―――ン!!!!

 

大型ミサイルがリョーコ機を直撃した。

 

当然リョーコ機被弾の知らせはナデシコに届き、そして今度は本物の警報が鳴った。

もちろん一番星コンテストは一時中断し、リョーコの救助と敵機迎撃に向かった。

 

「コイツら、ふざけたモノに乗りやがって!!!」

 

リョーコは左手を失ったエステバリスで襲いかかってくるミサイルを必死に撃破しようとしていた。

幸い、最初の直撃は左腕を失っただけで機体そのものは無事だった。

でも、ライフルどころかナイフさえも持ってくるのを忘れた為、武器と言えば残った右腕のパンチか両足のキックのみだ。

それでもリョーコはこの場から逃げようとはせず、果敢に有人ミサイル艇へ向かっていく。

 

「来る‥‥」

 

そこへ、アキトから通信が入る。

 

「リョーコちゃん!どうして1人で出撃なんかしたんだ!?」

 

「どけ!!」

 

リョーコはアキトの通信に動揺し、ミサイル艇を見逃してしまったので、慌てて追いかけて破壊する。

 

「あたしには戦うことしかないんだよ!」

 

「いいじゃないか、それが君の一番星だ!今の君は最高に輝いているよ。それでいいじゃないか」

 

「いいわけねぇだろう!! あいつらだって人間なんだ。あたしのやっていることは人殺しなんだぞ‥‥」

 

リョーコは吐き出すように言う。

 

「けど、あたしからそれをとったら何にも残らねぇ‥やっと見つけた一番星がこんなんだ‥‥どうせ無くなるなら丸ごと無くなっていいさ!!」

 

「よくない!!」

 

「えっ?」

 

「リョーコちゃんがなくなったら、俺は悲しい。きっと皆だって悲しい」

 

アキトの言葉に賛同するかのようにリョーコの下にナデシコクルーの言葉が届く。

 

「そりゃ、今は戦うことしか出来ないもん」

 

「何故戦うかと問われれば、他に術を知らないからとしか言えない。だが、それで良いとも思わないか?」

 

皆の励ましにリョーコはようやく気づいた。

 

「よし!!!!各自、散開!!招かれざる客をとっとと追い返すぜ!!!」

 

「「「了解」」」

 

かつてアキトだって同じ悩みを抱いていた。

でも、まだ答えを出すには早い。

この戦争が何時まで続くか分からない。

悩むのは戦争の終わりが見えてからでもいいじゃないか‥‥

戦争が終わってからでもいいじゃないか‥‥

まだ分からない未来の事をウジウジ悩むなんて自分らしくなかった。

リョーコの迷いは吹っ切れるのであった。

 

木連側もナデシコからエステバリスが出てきたのは確認していた。

 

「人型戦闘機が5機に増えました」

 

「作戦を続行しますか?それとも中止にしますか?」

 

有人ミサイル艇からは作戦続行かそれとも中止かを尋ねてくる。

 

「いや、続けよう。ただし我々の目的はあくまでもデータ収集だ。無理はするな。必ず生きてデータを持って帰って来いよ!」

 

「了解」

 

有人ミサイル艇部隊の指揮官、阿良々木は作戦の続行を命じる。

今回の有人ミサイル艇の目的は任意の地点にミサイルを送り込めるかと言う実験だった。

無人兵器はチューリップから侵入したらもう一度チューリップに入らなければゲートアウトできない。

しかし、跳躍体質の人間が通ればある程度の距離ならゲートアウトする側のチューリップがなくても跳べることがわかっている。

その為、どれだけの距離を跳べるのか、どれだけの精度で跳べるのか、それを実験するのが彼らの目的だった。

それが兵器として、敵に対して有用かどうかを検証することも含めてだ。

しかし、今回の実験から奇襲攻撃にはもってこいの作戦であるが、レーダーの届かない範囲外から打ち込んでもかなり手前にしかゲートアウトできないところを見ると有用性はあまりないのだろう。

それに有人であることから後で彼らを回収しなければならない。

跳躍体質の人間は木連でも貴重な人材だ。

まさかその貴重な人材を特攻させて無駄に消費するのはあまりにも非効率だ。

では何故、阿良々木は作戦を続行させたのか?

その理由は‥‥

 

(データを持って帰るんだ‥‥なにしろ、まだコンテストの結果を聞いていないではないか、このままではあの2人が優勝したかどうかわからないじゃないか)

 

実は阿良々木の座上している艦でもナデシコの一番星コンテストの映像が映し出されており、阿良々木はルリとコハクに一目惚れした。

今回、阿良々木が作戦の続行を命じたのは一番星コンテストのデータが欲しいなどとは口が裂けても言えなかった。

 

それからすぐにリョーコ達は木連のミサイル艇を全機撃破出来たことは言うまでもない。

ミサイル艇の乗員は皆、戦闘宙域から撤退し、後に本隊に無事に収容された。

木連の有人ミサイル艇部隊を退け、ナデシコに戻る途中、アキトがリョーコをナデシコまでエスコートしようとしたら、照れ隠しで重力波ビームの圏外に殴りとなされてまた遭難しかけたハプニングはあった。

 

「一番星、見つけたかな‥‥」

 

ナデシコに戻る中、リョーコはボソッと呟いた。

 

やがてコンテストの集計結果が出た。

 

「えっと最高得票は‥‥」

 

「得票は?」

 

「艦内の得票をほぼ全て集めました。ホシノ・ルリさん、タケミナカタ・コハクさんペアです」

 

「おおおお!!!!」

 

予想通りの結果に艦内は沸き上がった。

だが、

 

「ですが‥‥」

 

「ですか?」

 

「えぇー御2人は正規の手続きでコンテストへエントリーされていないので全て無効票扱いとなります」

 

コハクの言う通り、ルリとコハクは正式な出場参加者ではないので、最初から投票権は無かったのだ。

 

「ええええ!?」

 

まさかの無効と言う事でクルー達はがっかりな声を出す。

 

「従いまして、有効投票のみを再集計し、上位者のじゃんけん大会の結果で今回のコンテストの優勝者を決めたいと思います」

 

結局最後はじゃんけんで勝った者がコンテストの優勝者となりその結果、ミスマル・ユリカが優勝者となった。

この結果にネルガルと軍の宣伝部・広報部は驚愕と共に愕然とした。

だが、プロスペクターにとっては最も理想的な形となり、一番星コンテストは終了した。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第23話

更新です。


 

 

 

 

 

 

先日、ナデシコにて「一番星コンテスト」なるものが開催された。

木星蜥蜴の正体が実は無人の機械ではなく、昔月を追放された地球人だと分かって以降、クルーの士気は下がる一方で、とうとう退艦するクルーまで現れた。

そんな気分を取り除こうということで、軍とネルガルの広報部がプロスペクターにイベントを計画、開催を要請した。

ナデシコの女性クルーが歌やモノマネ、水着姿を披露して男性クルーがその審査を行なうと言ったものだったが、その実態はネルガルの宣伝部と軍の広報部が画策した現艦長であるユリカの更迭と新艦長を決めるイベントだった。(但しこのことをナデシコで知っていたのはプロスペクターのみ)

ルリはとコハクは飛び込みでコンテストに参加した。

途中木星蜥蜴の攻撃で一時中断する事態も発生したが、撃退後にコンテストはなにごともなかったように再開された。

ルリとコハクはデュエットで参加すると思いのほか受けて1位をとったが、2人とも艦長なんてガラじゃないし、そもそもエントリー制での出場であるのだが、自分達は正規のエントリー手続きをせずにゲリラライブを行ったので、ルリとコハクの投票は全て無効票となり、その後のじゃんけん勝負でユリカが勝ち、結局ナデシコの艦長はそのままユリカが継続する事になった。

こうして何も変わることなく、ナデシコはまた木星蜥蜴との戦闘に身を投じた。

 

そして現在はインド洋にて作戦行動中のナデシコは‥‥

 

戦線より後方100キロにて軍の後方支援任務が、今回ナデシコが軍から下された命令であった。

しかし、随行する味方の艦はなく、戦力はナデシコ1隻だけ‥‥軍はまだオモイカネの暴走事件のことを引きずっているようだった。

前方では軍が木星蜥蜴と戦闘を行っている中、ナデシコのブリッジでは若干緩い空気が流れ、ユリカが暇を持て余し、歌を歌っているとエリナがそれをやめるように言う。

 

「~♪~♪」

 

「艦長下手な歌はやめなさい。作戦行動中でしょう」

 

「‥だって後方支援って言ってもなんか私達、仲間外れにされているような気がしますし」

 

ユリカがナデシコの現状に口をとがらせて愚痴る。

 

「そりゃ、そうでしょう。この有様じゃ‥‥」

 

やはり、ブリッジでは作戦行動中の軍艦のようには見えない光景が広がっていた。

パイロット3人娘は雑誌を読み、アキトは格闘ゲームをプレイし、アカツキは株式を見て、ゴートはクロスワード、プロスペクターとジュンは将棋をしている。

一見平和そうに見えるこの時間もルリのある報告とこの後の出来事がそれを吹っ飛ばした。

 

「後部格納庫でボース粒子異常増大」

 

「「えっ?」」

 

ルリの報告を聞き、エリナとユリカの声が重なる。それと同時に爆発とその衝撃がナデシコを襲う。

 

「前線より入電、チューリップより出現した大型戦艦が1隻、一直線にナデシコへ向ってきます」

 

メグミが前線からの連絡を伝える。

それによると、木星蜥蜴の援軍である木星戦艦は、前線に居る地球連合軍には一切興味がない様子で、むしろナデシコが目標みたいだった。

 

「再び、ボース粒子の増大を確認、今度はYユニット左舷、先端部」

 

ルリの報告と同時にまたもや爆発が起こる。

 

「本艦の被害状況は?」

 

「後部格納庫及び左舷Yユニット第三ブロック全壊」

 

コハクがユリカに被害状況を報告する。

 

「でもおかしいですね、爆発のわりに被害が少ないですね」

 

ルリはこの2度起きた爆発の被害があまりにも小さい事に疑問視する。

 

『なんだ?なんだ?今の爆発は?』

 

爆発に驚きウリバタケがブリッジに通信を入れる。

 

『ディストージョン・ブロックが無かったら今頃皆お陀仏だったぜ』

 

「「ディストージョン・ブロック?」」

 

聞きなれない単語にユリカとエリナはその正体をウリバタケに聞く。

 

『よくぞ聞いてくれました。こんなこともあろうかと、艦内で被害を受けたブロックをディストーション・フィールドで隔離するシステムをコーくんと共に開発しておいたのさ、こんなこともあろうかと‥‥こんなこともあろうかと‥‥くぅ~一度言ってみたかったぜ、このセリフ』

 

「あぁ~!!あんた、Yユニットの整備ほったらかしてそんなことしていたの!?」

 

「敵艦の状況は?」

 

「前方、距離42キロ」

 

「敵影センサーに捕捉、モニターに映します」

 

モニターに映し出された艦影は先日月で見かけた木星戦艦と同型のものだった。

 

「どうされますか?艦長」

 

プロスペクターがユリカに尋ねると、

 

「逃げましょう」

 

ユリカはあっさり逃げの一手を打ち出す。

 

「「「「えええっ!?」」」」

 

「ミナトさん、最大速度で上昇してください」

 

「いいけど、それだと宇宙に出ちゃうわよ?」

 

「構いせん」

 

「了解、エンジンフルパワー」

 

ミナトは航海計器を弄る。

 

「ボース粒子の以上増大を確認、今度は‥‥ブリッジの真下です!」

 

「ナデシコ急速上昇」

 

ナデシコは勢いよく上昇する。すると先ほどまでナデシコが止まっていた空間に突然爆弾が現れ爆発した。

まさに危機一髪であった。

あとほんの少しユリカの命令が遅れていたら、ナデシコのブリッジは吹き飛ばされているところだった。

さてさて、外の景色はすっかり夕日のインド洋から漆黒の星の海へと変わる。

成層圏すら抜けたナデシコはどこへ行くでもなく宇宙空間を逃げ回っていた。

なぜなら敵の戦艦が律儀にも一生懸命追いかけて来ている為である。

 

「敵艦、速度を上げ、本艦を追尾」

 

「しつこいわね」

 

モニターに移る木星戦艦を見てミナトが言う。

地球軍の艦艇はインド洋に沢山居たにも関わらず、木星戦艦はそれらに目もくれずにナデシコを追って来る。こうなるとやはり敵さんの狙いは完全にナデシコのようだ。

まぁ、そういう意味ではナデシコが敵に過大評価されている事はラッキーだったかもしれない。

あの兵器が連合軍に使われたらたまったモノではない。

恐らく今頃は戦線がズタボロにされ崩壊されていただろう。

とはいえ、ナデシコ自身にとっては全然嬉しくない。

未知の兵器で攻撃されている以上、その正体と対処方法がわからなければ逃げるしかないのだ。

 

「逃げるなよ。反転して正面から戦おうぜ」

 

リョーコは戦わず、逃げたことに不満な様子。

 

「で、謎の新兵器の爆発でドッカーン」

 

「リョーコはラヴラヴの爆発で‥‥」

 

「「ドッカーン ハァ~ごちそうさま~」」

 

ヒカルとイズミがリョーコを茶化すと、リョーコは顔を赤くして2人を追いかける。

 

「待て、テメェら!!」

 

そんなパイロット3人娘はほっといて、被害区画を調査しているイネスにユリカが尋ねる。

 

「イネスさん爆発の原因何かわかりましたか?」

 

『今行くからちょっと待てて、詳しく、優しくコンパクトに説明するから』

 

イネスは早口でそう言うと、通信を切ってしまった。

それから少しして、

 

トン

 

ブリッジに玩具の太鼓の音が鳴る。

イネスは昭和時代によく公園で見かけた紙芝居屋の格好と紙芝居型の電子板でブリッジ要員に今回の事態を説明する。

ブリッジの皆は手に水飴やチョコレートといった駄菓子を持っている。

 

「被害を受けたブロックから爆発物の残骸を発見、調べたところ木星軍の使用している実弾と材質が一致し、同じものと思われる」

 

「爆弾?じゃあ外からの攻撃じゃないの?」

 

ヒカルの質問にイネスがおさらいも兼ねて木星兵器の説明をする。

 

「皆さん、先日来から木星軍が投入し始めた大型ロボットは覚えていますね?さてお立会い、このロボット相転移エンジンを内蔵した強力な兵器ですが、それだけではあらず、ないより恐ろしいのはチューリップの介在なしにボソンジャンプができるということ」

 

「つまり、チューリップを使わずにロボットが瞬間移動できるなら‥‥」

 

ユリカがペロキャンを舐めながらイネスの説明を聞いて解釈をして、

 

「爆弾だろうとミサイルだろうと送りつけられる‥‥」

 

アカツキがスルメを齧りながら結論を言う。

 

「その通り、つまり敵は爆発物をナデシコ艦内に直接送りつけてきたというわけ」

 

「じゃあ、ディストーション・フィールドじゃ‥‥」

 

「防げないわね‥‥この兵器に対する防御手段は皆無と言っていいわね。敵の砲撃の精度はわからないけど、ブリッジや機関部に直接攻撃を受けたらナデシコはお終いね」

 

イネスは今回、この敵の新兵器の前に現時点では防御手段は皆無であり、現在ナデシコは絶賛ピンチの真っただ中であると言う。

すると、

 

「ボソン砲‥‥」

 

ユリカがボソっと呟く。

 

「「えっ?ボソン砲」」

 

「あ、いやなんか名前があった方がいいかなっと思って」

 

ユリカは敵の新兵器の名前を『ボソン砲』と命名した。

 

「ボソっと感心‥‥ボソン‥ほぉ~‥‥」

 

イズミのギャグには誰も突っ込まなかった。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

木星戦艦、かんなづきの艦橋では反撃もせず、逃亡したナデシコの姿を見て副長の高杉三郎太が高笑いをする。

 

「わっはははは、いきなり逃げ出すとは流石は地球人、肝っ玉が小さいぜ、我らが跳躍砲に臆したとみえる」

 

「甘いな」

 

「は?」

 

しかし、かんなづき艦長の秋山は高杉の推測を否定する。

 

「あの判断の早さのせいでで跳躍砲の第3弾が外されたのだ。敵艦長の能力はあなどれん」

 

「買いかぶりではないですか?」

 

「まっ、よく言うではないか『獅子はうさぎを倒すにも虎穴に射る』、とな‥‥『デンジン』の方もいつでも出せるようにしておけ!」

 

「了解!」

 

かんなづきは月での作戦ではダイマジンの輸送任務という裏方で終わったが、今回は新兵器『跳躍砲』を搭載し、ナデシコ撃破の命を受け、出撃してきたのだ。

そのため、艦長の秋山、副長の高杉をはじめ、乗組員の士気は高かった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「打つ手なしか‥‥」

 

イネスの説明を受けて、珍しく絶望感の様な重い空気が漂うナデシコのブリッジ。

 

「いいえ、突破口ならあるわ‥‥敵がその気ならとっくにやられている筈‥‥おそらくそのボソン砲にも弱点がある‥‥」

 

しかし、イネスはまだ手があると言う。

木星蜥蜴が人類だからこそ、絶対無敵、完璧なモノなどある筈が無く、例え、強力な兵器と言えど、弱点は存在した。

 

「そうか、射程か!」

 

ゴートがボソン砲の弱点を指摘する。

 

「正解、敵は接近しながら攻撃してきたということは、敵はまだ遠距離のボソン砲攻撃は出来ないようね‥‥1発目、2発目のボソン砲の攻撃で敵艦とナデシコとの距離から推定される射程は100キロ前後って所ね」

 

「今の内にエステで突っ込むかい?」

 

リョーコが攻撃を意見するが、

 

「まぁ、到達するその前に見つかってドッカーンだね」

 

イズミが当然もたらされる事実を言う。

 

「敵がフィールドを張っているいじょうグラビティーブラストを打ち合っても単なる消耗戦‥‥こりゃ、やっぱ打つ手なしか‥‥」

 

「なに言ってんだ、ロン毛!」

 

アカツキの「打つ手なしに」反論するリョーコ。

例え、ボソン砲の弱点が分かったとしてもナデシコがすぐに反撃する手段が見つかった訳ではない。

 

「はいはい、お静かに大体の状況はわかりました。ここは1つ艦長のご意見を‥‥」

 

プロスペクターがユリカに対策を聞くが、ユリカは目を瞑ったまま何も言わない。

 

「まさか貴女、いきなり『くかぁー』とか言って居眠りギャグをかまそうとしてない?」

 

「‥‥‥」

 

「ミスマル・ユリカ!」

 

「あはははは、いやだなぁ~そんなことあるわけないじゃないですかぁ~」

 

笑ってあきらかに誤魔化しているユリカ。

 

「考えてた、考えてた」

 

イズミがユリカの考えを読みとる。

 

「えぇ~それではしばらく休憩していい考えがあれば発言してください」

 

プロスペクターの一言でこの場はひとまず解散となった。

尚その間、ルリとコハクは興味なさげにチョコレート菓子を齧っていた。

 

「はぁ~」

 

アキトが窓の外の景色を見ながら深い溜め息をつく。

 

「どうした?溜め息なんてついて、まだ負けると決まったわけじゃないぞ」

 

アカツキがアキトを慰める。

 

「そうじゃなくてさ‥‥せっかく海にきたから、戦闘が終わったらホウメイさんに釣りを教わるつもりだったのに‥‥」

 

「そりゃ残念。海は海でもここは宇宙の海だからね」

 

「火星じゃ魚っていなかったから、釣りってやってみたかったんだよね」

 

「えっ?アキト!今なんて言ったの!?」

 

ペロキャンを持っていたユリカがアキトの言葉に反応する。

 

「それよ、それ、どうしておもいつかなかったんだろう!?さすがアキト。ねぇ、今言ったこともう一度言って」

 

「え?ホウメイさんと‥‥」

 

「そこじゃなくて」

 

「釣り?」

 

「そう!それ!釣りよ、釣り!」

 

アキトの一言で何か攻略法を思いついたユリカ。

 

 

~ナデシコ ミサイル・弾薬庫~

 

弾薬庫でユリカの命令を受けたウリバタケ達は搭載されているミサイルの設定を時限発火に変更し、同時にエステバリスの整備もこなしている。

 

「急げ、エステバリスは全機0G戦フレームに換装しろ!」

 

「班長、ミサイル全部時限発火にするんですか?」

 

整備員の1人がウリバタケに尋ねる。

整備員としては訳が分からなかった。

普通ミサイルは発射時に自動着火して目標に向かって飛んでいく。

しかし時限発火の設定にしてしまえばただばらまかれるだけで、相手がこっちに来てくれなければミサイルは爆発しないのだ。

つまりミサイルではなく機雷となるのだ。

そんな方法であの敵艦を退ける事が出来るのだろうか?

そう思い、整備員はウリバタケに質問をした。

 

「艦長がそう言っているんだよ。あのお姫さんがよぉ」

 

「はぁ、しかし‥‥」.

 

「いいからさっさとやれ!!」

 

「は、はい~!!」

 

ウリバタケにメガホン越しでどやされ、整備員は再び作業を開始する。

ミサイルは全弾数が時限発火に切り替えられた。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

格納庫に待機中のエステバリスにはウリバタケが開発した『フィールドランサー』が装備されている。

 

「なんだよ?この槍?」

 

アキトが見慣れない装備について近くにいた整備員に聞く。

 

「セイヤさんの玩具、なんでも一瞬だけフィールドを中和出来るとか‥‥」

 

「熱血斬り出来る?」

 

「バカ言うな」

 

整備員に呆れられてしまったアキトだった。

 

 

~ナデシコ 厨房~

 

食堂ではホウメイとホウメイガールズがせっせせっせとお弁当の用意をしていた。

もちろん、出撃するパイロット達の為である。

 

「ほら、急いで急いで!あの子達が出撃しちまうよ!お腹を空かせたまま出撃させちまったら可哀想だろ?携帯食じゃ味気ないからね!!」

 

「「「「「は~い♪」」」」」

 

やがて、弁当の準備が出来ると、

 

「よし、準備完了、カタパルトデッキに持って行ってやんな」

 

「私、アカツキさんの持っていきます~」

 

「私、アキトさんの♪」

 

「「「「「いや、それは不味いんじゃ‥‥」」」」」

 

「大丈夫♪艦長やルリちゃんには負けないから♪」

 

「私、リョーコお姉様いいなぁ~」

 

ホウメイガールズが誰に弁当を持って行くのか騒がしくなった。

そんな光景をホウメイは目を細めて見つめた。

 

(パイロット達にとってはもしかしたら最後の食事になるかもしれないんだ。だから笑顔で渡してあげた方がいいさねぇ‥‥)

 

戦艦と違い、エステバリスの方が、遥かに生存率が低いのだ。

出撃は常に死と隣り合わせ‥‥

ならば、せめて死ぬ前には美味しい物食べてから逝ってほしい。

勿論生還するのが一番なのだが、戦場では何があるか分からない。

故にホウメイは出撃するパイロット達には一食でも多く食事を振る舞いたいと願っているのだ。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

『弾頭は全て時限発火にした』

 

『厨房の火は落としたよ。これでいいのかい?』

 

『艦内をまわって不必要なエネルギー消費を抑えてきたわ』

 

「敵艦の速度そのまま、本艦との相対距離変わりません」

 

「それでは作戦を始めたいと思います」

 

各部署の状況報告を受け、ユリカが作戦を発動し、ナデシコはエンジンをきる。

ディストーション・フィールドも消失し、重力推進も停止した。

もちろん重力制御も切れるので艦内は無重力状態になる。

その証拠にミナトやルリ、コハクの髪の毛も宙に舞いだした。

これは相手のエネルギー反応を探知して位置を特定するパッシブセンサーに反応しなくなったことを意味していた。

 

「エンジンを止めれば敵のセンサーに引っかからないけど、敵の攻撃を受ければ‥‥勝算は有るの?艦長」

 

エリナがユリかに聞く。

 

「信じていますから‥‥相手は人間なんですよね?だから信じています‥‥」

 

ユリカには自分の立てた作戦に絶対の自信があった。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「敵艦、センサーより消失」

 

突如、かんなづきのセンサーからナデシコの反応が消える。

 

「なにっ!?」

 

オペレーターの報告を受け、高杉が驚いた声をあげる。

 

「電波、赤外線、重力波‥全てのセンサーから敵艦の反応が消えました」

 

「アクティブセンサーまで消して音無しの構えか‥‥やってくれる」

 

「しかし、それでは時空歪曲場まできって丸裸状態‥どういうつもりでしょう?」

 

「どうせ、跳躍砲には防御など無意味だ。それより危険なのは本艦の方だ」

 

「は?」

 

秋山は現在、ピンチになっているのはナデシコではなく、かんなづきの方だと言うが、高杉は秋山の言っている事が分からず、ポカンとした顔になる。

 

「当艦は今現在、各機関が全開‥‥パッシングセンサーで敵艦から丸見えだ」

 

「っ!?」

 

秋山の指摘を受け、自艦の置かれた状況を理解する高杉。

今の状況‥ナデシコは全機能を停止した為、暗闇で息を潜めているが、反対にかんなづきは暗闇で両手に明りの点いた懐中電灯を振り回しながら歩いているようなものだ。

 

「調子こいていると痛い目に遭うぜ。加速停止、敵の出方を見る」

 

かんなづきは速度を抑え、ゆっくりとナデシコへと迫る。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「敵艦加速を停止、本艦と同速度で移動中」

 

ルリが敵艦の状況を報告する。

 

「ほぉ‥一気に詰めてくると思ったのだが‥‥」

 

「向うも慎重ですね‥‥」

 

ゴートとジュンがモニターを見ながら言う。

これが無人兵器ならば、速度を変えずに突っ込んできたのだろうが‥‥

 

「艦長、シートベルトしないと危険ですよ」

 

計器を見ながらコハクがユリカに注意を呼びかけるが、

 

「そんなこと‥‥」

 

節電モードで人工重力発生装置もきっているため、ナデシコは現在無重力状態、そしてユリカはそれを忘れていたのか?

それとも知らなかったのか?

 

「先に言ってよ~!!」

 

シートベルトをするのを忘れブリッジの中を浮遊していた。

 

「艦長、エステバリス隊発進準備完了」

 

「直ちに発進してくださ~い!!」

 

メグミの報告を受け、漂いながら発進命令を下すユリカ。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

「スタートはマニュアルだ!いいな?」

 

『『『『『了解』』』』』

 

最初のチューリップの遭遇戦以来のマニュアル発進にアキトは、

 

『俺、この発進嫌なんだよな』

 

『なんか間抜けだね、私達』

 

『コラ、ちゃんと車間距離を保て!』

 

嫌々言いながらも発進するエステバリス隊。

しかし、その姿はエステバリスでローラースケートをしている様にしか見えない。

 

『いや~なんとも珍妙な発進だね』

 

「お前もさっさと行け!」

 

『はいはい』

 

いつまでも出撃せずにもたついているアカツキにウリバタケが怒鳴る。

 

宇宙に出たエステバリス隊はソーラーセイルを張り、宇宙を漂う。

 

『アキト頑張って!』

 

「それより本当に大丈夫なんだとうな?プカプカ浮いただけで、やられたんじゃシャレになんねぇぞ」

 

『うん、大丈夫。あの人達だって同じ人間だもん。だから上手くいくよ』

 

「はいはい」

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「重力波砲発射!」

 

秋山がグラビティーブラストの発射命令を下し、かんなづきからグラビティーブラストが発射される。

 

「重力波砲の射程には何の反応もありません」

 

しかし、その射線上にナデシコはおらず爆発の反応はなかった。

 

「いつまでも同じ針路にはいないか‥‥」

 

「艦長!!」

 

敵はエンジンも切って慣性で直進するしか仕方がないはずである。

それなのにその軸線上にグラビティーブラストを放って反応がないというのはおかしい。

だが、秋山は驚いた様子は一切なかった。

 

「別に驚く事はない。こちらのパッシブセンサーに反応しない推進方法を持っていただけの話だ。でなければ、動けなくなるのがわかっていて最初から相転移炉を切ったりはしまい」

 

「ですが‥‥」

 

「心配するな。あくまでも慣性以上の速度は出せんのだ。予測の範囲内だ。いずれは戻ってくる」

 

「わかりました」

 

敵がどうやって針路を変更したかはわからない。

けれど相転移エンジンを停止してこちらのセンサーに反応させずに大幅な針路変更など出来るはずもない。

それほど大幅に加速なり軌道変更すればそれは高エネルギーを伴い、センサーに反応するはずだ。

ならば、行われた針路変更はごくわずかの筈‥‥

このままかんなづきが加速して直進しても索敵範囲内にナデシコは居る筈である。

 

「不意打ちをしようにも火力が足らねぇ‥‥だが、このままずっと息を潜めているわけには行かないはずだ。どうする?快男児」

 

秋山はナデシコの次の一手に思いを巡らせながら、どこかワクワクしている自分を抑えきれなかった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「本艦上方、敵グラビティーブラスト通過」

 

「おぉ~怖っ」

 

ナデシコはエンジンをきった後、潜水用の圧搾空気で針路変更をしていた。

海の無い木連側にとっては考えつかない行動だった。

 

「敵艦、針路、速度そのまま」

 

「敵艦の針路に全ミサイル放出」

 

「了解」

 

ユリカの命令を受け、コハクがミサイル発射口を開口、座標ポイントに向け、ミサイルを放出する。

 

「艦長なにも全弾使わなくても‥‥あれでミサイルというものも決して安い物ではありませんので‥‥」

 

プロスペクターが電卓の数値をみて嘆いている。

 

「ダ~メ、大物を釣るには蒔き餌をたっぷり使わないとね」

 

「蒔き餌って敵は魚じゃなくて人間なのよ!」

 

エリナがユリカにツッコム。

 

「そう、敵も人間なんでよね?だからちゃんと考えて行動してくれる筈‥さっ、そろそろ針路を元に戻さないと‥ミナトさん針路変更をお願いします」

 

「了解」

 

ナデシコが圧搾空気で針路を戻す。

その頃、放出されたミサイルが接近するかんなづきを捕捉。

一斉点火し、四方八方から攻撃する。

フィールドで直撃は防げたが、ブリッジには警報が鳴り、非常灯が点灯する。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「おのれ、地球人め!」

 

「落ち着け、この程度では本艦はビクトもせん!」

 

「ミサイルの放出地点から敵艦の位置を割り出せ!」

 

高杉が声をあげ、オペレーターに指示を出す。

 

「予想地点出ました」

 

「よし、予想地点に針路をとれ!」

 

「まて、これは罠だ!針路を変えるな!」

 

「罠だということは分かっています。ミサイルの網で待ち構えたつもりでしょうが、こちらも敵の位置を‥‥」

 

「いつまでも同じ位置にいると思うか?このままうかうか進めばミサイル網の中心へ進むことになる。そこに敵の重力波砲を浴びれば大量のミサイルが誘爆する。そうなれば本艦の時空歪曲場も持たん」

 

「では、敵はどこに?」

 

「また戻ってくる。針路そのまま全速前進!」

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「敵艦、針路そのまま加速し、ミサイル網の脇を通過」

 

「アテがはずれたわね」

 

「どうします艦長?」

 

「大丈夫です。アキト達が上手くやってくれます」

 

『本当に大丈夫なのか?攻撃始めて俺しかいなかったらシャレになんねぇぞ』

 

アキトは未だこの作戦に不安がある様子。

するとエステバリスのセンサーがかんなづきを捉える。

 

『よっしゃ!エステバリス続け』

 

『行っきます~』

 

リョーコの号令一下、エステバリス全機がかんなづきへと向う。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「敵人型戦闘機急速接近。敵艦も本艦前方に捕捉」

 

「やるな。敵は最初から人型戦闘機の迎撃可能範囲に我々をおびき寄せることだったか。迎撃、虫型戦闘機を発進させろ!」

 

かんなづきからバッタが射出される。

 

パイロット3人娘、アカツキのエステバリスはバッタの包囲網を突破しフィールドランサーをかんなづきのフィールドに突き刺す。

 

「敵人型戦闘機、本艦の時空歪曲場に取り付きました」

 

「艦長!」

 

オペレーターの報告を受け、声をあげる高杉。

 

「かまうな、迎撃は虫型戦闘機に任せろ!」

 

「敵艦の位置判明!」

 

「よし、敵艦に向け、跳躍砲発射準備!」

 

かんなづきがボソン砲の発射準備を開始する。

 

目標はナデシコの機関部‥‥。

 

『ボソン反応‥‥あそこか!?』

 

アキトがボソン砲の発射口に向う。

 

「敵1機歪曲場内に侵入」

 

「跳躍砲に近づけるな!」

 

「くっ!」

 

高杉は上着を脱ぎ捨てると格納庫へと走る。

 

「三郎太!」

 

「デンジンを借ります!」

 

 

『わぁぁぁぁぁー!!』

 

アキトはボソン砲にランサーを突き刺す。

すると爆発が起こり、かんなづきのボソン砲はナデシコの機関部に爆弾を転送する前に使用不能となった。

しかし、その直後アキト達の前に高杉の乗ったデンジンが現れる。

 

『さあ来い、デンジンが相手だ!』

 

『けっ、デカけりゃいいってもんじゃないぜ』

 

『今度はリクガンガー?』

 

『ウドの大木』

 

『正義は必ず勝つ!』

 

ロケットパンチを出すもあっさりと避けられ、今度は接近戦を挑むデンジン。

しかし、

 

『そうはいくか!いかにも背中が弱点手か?』

 

アカツキがデンジンの背中にランサーを突き刺す。するとデンジンが爆発し始める。

 

『おいおいマジかよ?』

 

エステバリス隊はデンジンから急速に離れる。

まさか、本当に背中が弱点だったとはデンジンの背中を突き刺したアカツキ本人も予想外だった‥‥

 

『艦長、申し訳ありません。緊急跳躍!』

 

「三郎太!」

 

デンジンはボソンジャンプを繰り返しながらかんなづきから離れていく。

そしてデンジンは爆発した。

 

「あいつ、艦を守るため跳びやがった‥‥」

 

艦橋に重い空気が流れ始めた。

かんなづきの誰もが最悪の結末を予想した。

しかし‥‥

 

「艦長!副長から入電です」

 

『ただいま、救命ポッドで漂流中であります‥‥できれば回収していただけるとありがたいのですが‥‥』

 

通信から高杉の申し訳なさそうな声が聞こえる。

彼は無事に脱出し生きていた。

そんな高杉からの通信を秋山はどこか嬉しそうに聞いた。

 

「すぐ回収してやれ、まったくどうしようもないなぁ、ウチの副長殿は‥‥」

 

そう言って秋山は艦橋を後にした。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「敵艦、急速後退。撤退する模様」

 

かんなづきは切り札である跳躍砲を破壊され、次いで機動兵器であるデンジンも失い、更に高杉の救助もあり、これ以上の戦闘は難しいと判断し撤退した。

 

「我が方の被害なし、エステバリス隊全機健在」

 

「追撃は無用です。エステバリス隊を回収後、地球へ向け帰還します」

 

ユリカも深追いは避け、エステバリスに帰還命令を出す。

帰還命令を聞くと、エリナは鼻歌を歌いながらブリッジを後にした。その様子をユリカは首を傾げながら見ていた。

 

「艦長、敵艦から通信です。『貴君の勇猛な作戦に敬意を表する。卑劣極まりない地球連合にも貴君のような快男児がいるのには驚いた。必ずやまた戦場で合間見れん。かんなづき艦長 秋山源八郎』‥だそうです」

 

メグミが秋山からの通信を読み上げると、

 

「むっか~快男児って何よ!?私こんなにかわいい女の子なのに~!」

 

と、不満の声をあげた。

しかし、秋山にとってナデシコの艦長がまさか女性だとは知る由もなく、木連では戦艦乗りは男性と決まっていたので、彼がナデシコの艦長を男だと間違えるのも無理はなかった。

 




ではまた次回。


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第24話

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコが月軌道で相転移砲(ユリカ命名)を使用した作戦時、Yユニットに木星蜥蜴の虫型ロボの1つ、『ヤドカリ』による騒動で、一悶着はあったものの、作戦は無事に成功した。

月に侵攻してきた木星艦隊はナデシコの相転移砲を受け全て木星艦隊は消滅した。

ただ相転移砲のあまりの威力にユリカは『これは反則だよ』と一言呟いた。

戦闘に勝利し、連合軍からはよくやったという脳天気な通信がバカスカ入ってきている中で、ナデシコクルーの間には何故か重くやりきれない空気が漂うだけであった。

そしてアキトはエリナに『自分はもうジャンプの実験に協力はしない』とはっきり拒否の姿勢を見せた。

ただ、あの作戦の最中、エステバリスのパイロット達、ユリカ、ジュン、イネス、ルリ、コハクは薄暗い妙な空間で麻雀をやった記憶がある。

しかし、ナデシコにはあの様な薄暗い部屋はないし、そもそも作戦の最中に麻雀なんてやっている余裕はない筈だった。

にもかかわらず、確かに麻雀をやった記憶は確かにあった。

作戦終了後、イネスがこれまでの推論から、恒例の説明をしていた。

彼女曰く、

IFSのナノマシンは補助脳と呼ばれるモノを脳内に形成する。

いわゆる記憶や意識なんかもこの補助脳にデジタル化されて保存されているらしい。

無人兵器から見ればナノマシン処理をした人間もコンピューターに見えたのかもしれない。

今回の事件は敵の無人兵器がYユニットのメインコンピューター、サルタヒコをハッキングする過程でナノマシン処理をした人間すべてにハッキングしたと思われる。

意識が1つに繋がった現象があの妙な部屋での麻雀行為であり、繋がったのはコミュニケの為だと言う。

コミュニケがあった為、ナノマシン処理をした人間はデータ的に連結され1つのネットワークが構築されて、ナノマシン処理をした人間の意識をハッキングした際、互いの意識を同時に連結してしまったのだと言う。

しかし、此処で疑問が残る。

エステバリスのパイロット達やルリ、コハク、ジュンはナノマシン処理をしたので分かるが、ユリカとイネスはナノマシン処理をしていない筈である。

そして、敵はナデシコのどんな情報を持ち出したのか?

あのヤドカリは一体いつからナデシコのYユニットに潜伏していたのか?

その事についてイネスは珍しく『不明ね』の一言で片づけた。

更にアキトにはまだ分からない事があった。

それは麻雀をして居た時、火星のユートピアコロニーで助ける事の出来なかったあの少女の姿の牌がイネスの記憶にあった事だった。

また、ルリの方も同じくコハクの記憶の牌に成長した自分と思しき姿の牌と黒髪の青年の牌があったことだった。

勿論ルリには牌に描かれていた黒髪の青年との面識はない。

アキトもルリも当事者に聞きたかったが出来なかった。

何を話せばいいのだろう?

それがアキトとルリが当事者に聞けなかった理由である。

 

その頃、木連の方でも動きがあった。

 

 

~木星優人部隊旗艦 かぐらづき~

 

「和平交渉だと?」

 

「はい、草壁閣下」

 

“草壁閣下”と呼ばれた紫色の学ランを着て角刈りの男が、目の前に立つ白鳥九十九を真っ直ぐに見つめる。

 

「理由を言ってみろ、白鳥少佐」

 

「先日の地球の跳躍施設破壊作戦及び月方面前衛艦隊の全滅に関しての、報告書は読んで頂けましたでしょうか?」

 

「目は通した‥しかしそれがどうかしたのか?」

 

「地球側が生体跳躍と相転移技術を手に入れ、着実に改良している事は、まず間違い無いと思われます。私自身がこの目ではっきりと目撃しました。そうなりますと、人的、そして戦略資源において地球側に劣っている我々の不利は、否めないものがあります。このままの状態で戦況が推移した場合、我々が劣勢に立たされる可能性が高くなります。火星での“都市”が未だ発見されていない現状で、そのような事態になる前にこの戦争の終着点を見定める必要があると思われます」

 

「成程‥‥」

 

九十九の言葉に、草壁は腕を組むと、何かを考え込む様に天井を見上げた。

 

「白鳥少佐、君は交渉開始の提案を我々がしたとして、地球側がそれを受け入れる可能性があると思うか?」

 

「私に考えがあります」

 

「‥‥そうか‥‥それではこの件は貴様に一任する。まずは貴様が中心となって、地球側との連絡を取ってみてくれ」

 

「はっ!」

 

九十九は、草壁の言葉に敬礼を返すと、そのまま部屋を出て行った。

 

九十九はかぐらづきにある自分用の部屋でゲキガンガーのビデオを見ながらお茶を飲んでいると、

 

ドタドタドタ‥‥

 

音を立てて通路を走って来る1人の少女がいた。

 

「ちょっと、お兄ちゃん!!」

 

突然の大声と扉が開く音に、白鳥が扉の方を振り向く。

 

「ぶはっ!!ゆ、ユキナ、お前、なんでここに!?」

 

まさか此処に居る筈もない自らの妹、白鳥ユキナの登場に思わず口に含んでいたお茶を吐き出してしまう。

 

「そんなことより地球と和平ってどういうことよ!?」

 

「ああ、その事か‥‥」

 

「『ああ、その事か』じゃないわよ。本当な!?それとも嘘なの!?」

 

「本当さ」

 

「本当って‥‥」

 

九十九の余りにも簡単な答え方に、ユキナは呆然とした。

 

「どうして、どうして、今更地球と和平なんて‥‥」

 

ユキナはやっとの事で、それだけを口にする。

 

「ともかく、そこに座れ、ユキナ」

 

そんなユキナに向って、九十九は諭すように座る事を進める。

そして、九十九を見ながら腰を下ろしたユキナにゆっくりと話し始めた。

 

「確かに、俺達に取って地球は祖先の敵である事に間違いはない。だけど、いつまでも争っていては、我々にも地球にもいい事はないんだよ」

 

「だけど、だけど‥‥」

 

「お前の言いたい事は解る。でもな、このまま戦争が続けば、いつかは我々の方が戦う力を失ってしまう。何故なら、火星にある“都市”を見つけない限り、我々への補給ができないんだ。」

 

「じゃ、じゃあ‥‥」

 

「『“都市”を手に入れれば』って言うんだろ?だけどな、火星を占領してからかなり立つが、未だに見つかっていない。それなら、我々の方が優勢な今、有利な条件で地球と和平を結ぶ事も可能なんだよ」

 

「‥‥」

 

九十九から戦争終結に関しての説明を受けるユキナであるが、その顔は納得できないと言う感情が伝わって来る。

 

「ユキナ、このまま戦争が続いたとして、俺や元一朗が死んでもいいのか?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「このまま戦争を続ければ、その可能性はもっと高くなる」

 

九十九は事も無げに言う。

 

「‥‥でも、本当にそれだけなの?」

 

ユキナは疑いの眼差しをしながら九十九を上目で見る。

 

「な、なんのことだ?」

 

ユキナの言葉に明らかに動揺する九十九。

先程まで妹を諭していた兄の姿から一変している。

 

「じゃあ、これは何?」

 

ユキナはおもむろに立つと、壁に張ってあったゲキガンガーのヒロイン国分寺ナナコのポスターを剥す。するとポスターの下には同じ大きさで撮影されたミナトの写真が貼られていた。

 

「そ、それはだな‥‥」

 

ミナトの写真を見られて気まずそうにユキナから視線を逸らす九十九。

 

「お兄ちゃんは地球女に誑かされているのよ!お兄ちゃんの不潔!」

 

ユキナはそう怒鳴ると九十九の部屋を出て行ってしまった。

 

「ユキナ、待ちなさい。コラ、ユキナ!」

 

九十九も追いかけるが、ユキナの足は九十九が思っていたより速かった。

 

結局九十九はユキナを見つけることが出来なかった。

九十九はやむを得ずユキナとの問題を後にし、地球との和平交渉のための準備に取り掛かり、和平への使者には自らが志願することにしてその事を上官である草壁に報告にしに行った。

しかし草壁からは予想外な答えが返ってきた。

 

「えっ!?既に和平への使者を送った?」

 

「うむ、君の推薦どおり、使者はあのナデシコへと送った」

 

「推薦などしておりません!一体誰を使者に!?」

 

「使者本人は君から頼まれたと報告を受けたのだが?」

 

「えっ?」

 

九十九と草壁は互いに首を傾げた。

 

その頃、1隻のシャトルがかぐらづきを出発し、チューリップの中を航行していた。

 

「お兄ちゃんを誑かす地球女見てなさいよ!」

 

白鳥ユキナはシャトルの中で自分の兄を誑かしたとされるミナトに報復の意思を固め、ナデシコへと向っていた。

そしてユキナを乗せたシャトルは無事ナデシコに回収された。

チューリップを出た瞬間、衝撃で気を失ったユキナであったが医務室で目を覚ました。

その時ユキナは記憶喪失のフリをしていたが、イネスにはバレバレであった。

医務室を後にしたユキナは和平よりも自分の兄を誑かしたミナトを探し艦内をうろついた。

 

「誰が和平なんてしてやるか。お兄ちゃんを誑かすハルカ・ミナト見てなさいよ」

 

やがて大浴場の前を通ったとき、

 

「ああ、コハクちゃん、それにミナトさんもこれからお風呂ですか?」

 

と、メグミの言う『ミナト』と言う言葉に反応した。

 

「はい」

 

「メグちゃん、湯加減はどうだった?」

 

「ちょうどいい湯加減でしたよ」

 

メグミはそういって手を腰に当てフルーツ牛乳を飲み、飲み終えると大浴場を出て行った。

大浴場を出て行ったメグミをやり過ごし、そしてコハクとミナトが脱衣場で服を脱いでいる時、ユキナは大浴場へと潜入した。

洗面道具を持って大浴場へ入るコハクとミナト。

 

「あれ?ミナトさんシャンプー忘れていますよ」

 

「あっ、ホントだ」

 

コハクの指摘と受けてシャンプーを取りに戻るミナト。

その間にコハクはのんびりと湯船に浸かる。

するとフロの中からブクブクと泡が出ている。

 

「ん?なんだろう?」

 

コハクが泡に近づくと、シャンプーを取ってきたミナトも風呂場に戻ってきた。

すると湯船から「白鳥」と書かれたスクール水着を着たユキナが飛び出す。

 

「は、ハルカ・ミナトね?よくも‥‥よくも‥‥よ‥く‥‥も‥‥」

 

ザップーン!!

 

ユキナは茹ダコ状態で再び湯船に沈む。

 

「白鳥‥‥この苗字の人はなぜ僕の入浴の時間を邪魔するのだろう?」

 

湯船からユキナを救助したコハクは白鳥兄妹に不満を言った。

 

のぼせたユキナをベンチで膝枕し、団扇で扇ぐミナト。

コハクは念のため、ユキナが持っていた巾着を調べると中から手榴弾が見つかり、解体してもらうため服を着てウリバタケの元へと向った。

やがてユキナが目を覚ます。

 

「気がついた?」

 

「なんで貴方があの歌を知っているの?」

 

ミナトはゲキガンガーの歌を鼻歌で歌っていた。

 

「白鳥さんから教わったの」

 

「お兄ちゃんは好きだけど、あの漫画は嫌い」

 

「やっぱり兄妹だったんだ」

 

「あっ!?」

 

お兄ちゃんという単語から自分が九十九の妹だということがあっさりとバレてしまったユキナはバツ悪そうな表情になる。

 

「お兄ちゃんを誑かして私達の所をスパイするつもりだったんでしょう!?」

 

とりあえず、気を取り直し、強気の口調でミナトに言うユキナ。

 

「だったらイクとこまで行っちゃっているよ」

 

「い、いくとこって?」

 

「深い関係になっているってこと」

 

それを聞いて顔を真赤にするユキナ。

 

「ふ、不潔だわ!」

 

興奮したせいかまたも倒れるユキナ。

 

「あぁ~急に立つから‥‥」

 

暫くして落ち着いたユキナ。

 

「じゃあ、お兄ちゃんのいい所言ってみて」

 

「ん~貴女みたいな妹さんがいるところかな?」

 

「ふざけている!」

 

「ふざけてないよ。だってお兄ちゃんを思ってここまで来たんでしょう?それって凄いことだと思う」

 

「だって‥‥」

 

「私なんだか嬉しいんだ。貴女に会えて‥‥だからこんなことやめなよね?」

 

ミナトはユキなの巾着を取り出す。

勿論中身は空であるが‥‥

 

「この爆弾で暗殺を謀った?」

 

事実を言われ、顔を背けるユキナ。

 

「ダメだよ。自殺覚悟なんて。貴女がいなくなったら悲しむよ、お兄さん」

 

「あ、あの‥‥お兄ちゃんと話ませんか?」

 

「な、なにを?」

 

 

~地球連合軍統合作戦本部~

 

「ナデシコが地球に‥‥わかりました」

 

コウイチロウはデスクでナデシコが地球に帰還した連絡とある極秘命令を受けた。

 

「ユリカ‥‥」

 

コウイチロウはこの極秘任務について思う所があるのか、表情は優れなかった。

しかし、軍人である以上、上からの命令には従わなければならなかった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

ブリッジには主要クルーとユキナが集まり、木星との交渉を始めようとした。

ユキナが乗ってきたシャトルには虫型の通信機が積まれており、通信機は歩きながらブリッジへとやってきた。

 

「この機械でリアルタイムな通信をやっちゃおうってわけ?」

 

「ホントは『和平交渉のために』って渡されたんだけどね‥‥」

 

リモコンを弄ると、虫型のロボットの上に付けられた小さなチューリップらしき物体が開く。

しかし、開くだけで画面には何も映らない。

 

「あ、あれ?」

 

ユキナはリモコンを必死に弄るが、やはり何も映らない。

見かねたルリが虫型の通信機に近づくと、

 

ゲシ!ゲシ!ゲシ!

 

ケリを入れた。

 

「あ、あんた、何するのよ!」

 

「こういうのは蹴りを入れれば直るんです」

 

なおルリの行動を見て、ユキナは勿論のこと、ミナト、プロスペクター、ユリカ、ジュンはドン引きしていた。

やがて、通信機の通信機能が回復すると映像の先には白鳥九十九が現れ、ミナトとシャレを含む会話をした。

ちなみに九十九のシャレにイズミは厳しい点数をつけた。

ミナトと九十九の会話している姿を見てユリカはユキナをこのままナデシコの客人として持て成し、ネルガルを経由して木星との和平をしようと決めた。

その時、ナデシコのレーダーが接近する艦隊を捉えた。

ブリッジには警報が鳴り響く。

 

「なに?どういうこと?」

 

「本艦周囲に艦隊出現」

 

ユリカが回りを見るとコウイチロウが提督を務めるトビウメの他にナデシコと宇宙軍の主力戦艦を合わせたような形の新鋭戦艦がナデシコの周りを固めていた。

 

「ゆうがお、はるしょう、ひめしょう‥‥どうして!?」

 

連合軍の新鋭艦隊がナデシコと合流するなんてユリカは聞いておらず、どうして連合軍の新鋭艦がナデシコの周囲に展開しているのか理解できなかった。

しかも陣形はまるでナデシコの逃走を防止するかのような陣形である。

これは合流ではなく、もはや拿捕と言った方が正しい。

 

『久しぶりだな、ユリカ』

 

「お父様」

 

突然、父、コウイチロウが映った空間ウィンドウが開き驚くユリカ。

 

『大きくなったな』

 

「えっ?」

 

『胸が‥じゃないよ』

 

「お父様~」

 

父から胸の事を指摘され無意識に自らの胸を手で隠すユリカ。

 

『だから全般的にだってば。それより、白鳥ユキナちゃんを安全に保護するように上から命令が下された』

 

「保護するって?ユキナちゃんは既にナデシコで保護しています」

 

ユキナを抱き寄せるユリカ。

何だか雲行きが怪しくなってきているのを感じたのか、ユキナは不安そうな顔をしている。

 

『悪いことは言わん。すぐに引き渡せ』

 

「理由を教えてください。ナデシコではいけない理由を。最強を誇るこの戦艦より安全な場所があるというのですか?」

 

『理由など必要ない!上が決めたことだ!』

 

コウイチロウにしては珍しくユリカに声を荒げる。

 

「理由が無いと言うなら‥‥グラビティーブラスト発射準備」

 

『なぁ!』

 

突然自分達にグラビティーブラストを発射しようとするユリカ(娘)に声をあげるコウイチロウ。

 

「艦と艦の中間にお願いします」

 

勿論ユリカは連合軍の艦艇を撃沈するつもりはなく、あくまでも脅しの為に撃つつもりだった。

 

「了解」

 

ユリカの命令を受け、発射準備を始めるコハク。

 

『待ちなさい、ユリカ!お父さんの話を聞きなさい!』

 

「発射!」

 

『ユリカ!』

 

しかし、グラビティーブラストが発射される寸前にナデシコのシステムが突然ダウンする。

 

「全システムがダウンしました」

 

「相転移エンジン停止」

 

「え~」

 

突然機能を停止した事に慌てふためくユリカ。

 

「あたしじゃないよ~」

 

ミナトが両手をあげて否定する。

 

「ど、どうして!?あーっ!」

 

ユリカがキャプテンシートの方を見るとアカツキがマスターキーを引っこ抜いていた。

 

「安心したまえ、マスターキーを抜いても墜落はしないさ。重力制御でのシステムダウンは緩やかに設定されているから無事どこかに着陸または着水するさ」

 

「どうして?そのキーは私にしか抜けない筈なのに‥‥」

 

「いいや、正確には君ともう1人‥‥ネルガルの会長以外には‥だ」

 

「どういうことだ?」

 

アキトがアカツキに尋ねると、

 

「鈍いなぁ、僕がその会長だよ。驚いたかい?ハハハハ‥‥」.

 

「「ええええっ!」」

 

アキトとユリカはアカツキの正体を聞き、驚いている。

しかし、そのほかのクルーは、

 

「ばか」

 

「なんだやっぱりか」

 

「はいはい」

 

「まるでゲキガンガーだ」

 

「あ、あれ?バレてた?」

 

高笑いをしていたアカツキであったが、意外にも自分の正体を知っている人が多く、かえって場は白けていた。

 

『バレバレでしたよぉ~元大関スケコマシのアカツキさん』

 

アキトとユリカ以外には自分の正体が知られたようで、面白くないといった顔をするアカツキ。

 

「ま、まぁそんなことはどうでもいい。僕にとっても予想外だったが、今からナデシコは僕の指揮下に入る。冷静に考えてもこのお嬢さんはやはり軍に守ってもらった方が良いと思うけどね‥ああ、不満がある者は艦を降りてもらって構わないよ。退職金と救命胴衣ぐらいは渡すからさ」

 

連合軍の艦隊に囲まれてシステムが全てダウンした以上、おとなしく従うしかないナデシコの一同であった。

ナデシコは海の上に静かに着水した。

 

『アカツキ会長、私がそちらへ向います。ユリカ達の説得もありますし、無駄に事を荒げる必要もないでしょう?』

 

「‥‥そうだね」

 

やがてトビウメからコウイチロウと共に武装した兵士達がナデシコへと乗り込んできた。

 

「心配せんでいい。父親としてお前を悪いようにはしない‥‥木星の娘はどうした?」

 

ユリカは黙ってコウイチロウを睨んでいた。

そしてブリッジにはいつの間にかユキナの姿は消えていた。

やがてコウイチロウとアカツキ、ユリカ、プロスペクター、ゴートが話し合いのためナデシコの応接室へと集まった。

応接室に入る前に厳重な身体検査が行われ、武器の携帯は勿論、コミュニケも外された。

 

「身内にも信用がありませんな」

 

プロスペクターはやれやれといった感じでコミュニケを外した。

とは言え、木連の正体が月を追放された地球人であると言う機密をナデシコのクルーにバラした前科があるので、これは当然の処置でもあった。

 

 

~ナデシコ 応接室~

 

応接室へ入りコウイチロウがアカツキを前にして話し出した。

 

「似てきましたな貴方のお父上に‥‥」

 

「何が言いたいのです?提督」

 

突然自分の父の事を言われ、ムッとした顔をするアカツキ。

 

「テンカワ君の両親は当時のネルガルの会長‥‥つまり貴方のお父上とCCの開発に携わっていましたな」

 

「‥‥」

 

「あの日、火星に駐屯していた軍が一斉に退去命令が出された‥そして軍が撤退した直後に火星でテロ事件が起き、その混乱の中で彼の両親は死んだ‥‥あの時もネルガルが裏で糸を引いていたのではありませんか?今回と同じように‥‥」

 

「何のことだかさっぱり分かりませんね。提督」

 

アカツキはコウイチロウの言葉をあっさり受け流す。

しかし、コウイチロウの思わぬ造反者に内心焦っていた。しかしそんなことは顔に出さない。

だが、造反者はまだいた。

 

「ならば私がお話しましょう」

 

突然、コウイチロウの後ろに控えていたプロスペクターが話し出した。

彼はさりげなく胸のルリちゃんブローチを触ると真相を話し始めた。

 

ユリカ達が応接室へ入った後、クルーは全員その場で待機を余儀なくされた。

最初にコウイチロウがナデシコを拿捕しようとした時とは異なり、拘束も軟禁もされていなかった。

ただあの時とは違いマスターキーがなくシステムがダウンしている以上、丸腰の彼らには何もできない。

艦内は不安な空気だけが流れていた。

 

「これから私達、どうなっちゃうんでしょうね」

 

メグミが不安そうに表情で呟く。

 

「‥‥」

 

そんな中、ミナトは自分よりもユキナの身を案じていた。

ユキナは連合軍の兵士が乗り込んでくる前にアキトがブリッジからこっそりと連れ出していた。

途中アカツキの抵抗はあったものの、コハク直伝の武術で難なくいなして逃げおおせたのだ。

もちろん現在、ユキナの捜索隊は出ているが、ナデシコは太平洋上なので格納庫さえ抑えていれば逃げ出すことは出来なかった。

話し合い‥‥という名の事後承諾をさせた後、ゆっくりとユキナの探索をするらしい。

すると突然砂嵐の空間ウィンドウが開き、そこからプロスペクターの声がした。

 

「当時、CCの存在はネルガルの中でもトップシークレットでした。ネルガルはボソンジャンプに関する技術と市場の独占を狙っていました。しかしCC研究の中心人物であったテンカワ博士はCCの公表にこだわっていた。そして暫くし、博士夫妻は謎の死を遂げた‥‥」

 

「いきなり何を言い出す?余計なお喋りは君のためにならんぞ」

 

ネルガルの社員であるプロスペクターにとってアカツキは会社の上司それも最上位にあたる人物にも関わらず、彼はそのまま話し続ける。

 

「火星でテロ事件が発生し、テンカワ夫妻が殺された時、私は火星支部で司令代行を務めておりまして、突然軍が撤退を決め、その直後に勃発したテロ事件‥‥しかしテンカワ夫妻の死後、テロ事件はあっけなく終結しました。まるで最初から終結することが約束されていたかのように‥不審に思った私は会社のコンピューターにアクセスして調べたのです」

 

「もういい、やめろ」

 

アカツキがうるさそうに手を振るが、プロスペクターは喋るのをやめない。

 

「ネルガルトップの決定はテンカワ夫妻の暗殺でした。」

 

「全ては火星の遺跡のためだ。遥か古代に太陽系内に文明を築いた何者かが残した遺跡。それはボソンジャンプのコントロール装置だった。来たるボソンジャンプ時代の独占を狙った父が下した判断だ」

 

アカツキもアキトの両親の死にネルガルが関わっていた事を認めた。

誰も居ないナデシコの機関室でそのことを聞いていたアキトの顔に怒りの感情が浮かぶ。

アキトはユキナを伴ってブリッジから出るとここに隠れていた。

最初はそんなつもりはなかったのだ。

でも、いつの間にかアキトはユキナを連れて逃げていたのだ。

火星や月での出来事から木星人を憎んでいた。

だからユキナのこともどこか複雑な気持ちで見ていた。

 

(この子もアイツらの仲間なんだ‥‥)

 

そんな視線で見ていたのは事実だ。

でも、気づいた時には身体がかってに動いて彼女を連れて逃げていた。

自分でもその行動の真意が分からない。

 

「‥‥」

 

ユキナは不安そうにアキトの上着を掴んでいる。

 

「怖い?」

 

「そ、そんなことは‥こ、怖くなんか‥‥」

 

「大丈夫、俺が守ってあげるから」

 

敵中でたった1人で気丈に振る舞いながらも、初対面の男に守ってもらわなければいけない心細さで泣きそうになっている少女を見ているとアキトは木星人に対する憎しみをぶつけることは出来なかった。

守らなくてはならない‥‥今度こそは‥‥

それは理屈ではなく、そんな簡単な感情なのかもしれない。

そんな中、自分の両親の死の真相を告げられた。

 

「そんなことのために、俺の両親を!?」

 

会社の利益と言う理由の為だけに自分の両親が殺された事に憤慨し、思わず声をあげるアキト。

 

「お兄ちゃん‥‥?」

 

これがネルガルのやり方だ。

これが同じ地球人のやることだ。

木星の人が地球人を恨む気持ちが少し分かった気がしたアキトだった。

そして、話題はユキナの身柄についてとなる。

 

「あの娘は‥‥白鳥ユキナはどうするつもりですか?」

 

コウイチロウがアカツキに尋ねる。

 

「木星蜥蜴は実は大昔に月を追放された人間でした。そんなことが世間にバレたら士気はガタ落ちだ。そんなことが出来る訳ないじゃないか」

 

木星蜥蜴が月を追放された地球人類だと言う事実を知っているのは地球でもごく一部の人間だけであった。

現に軍の将官だったムネタケでさえも知らない事実だったのだから‥‥

 

「つまり殺せと?」

 

「おいおいもっとスマートに『処理する』と言ってほしいね」

 

「そうですか‥‥と、言うわけです。皆さんどうしますか?」

 

『っ!?』

 

プロスペクターのこの発言で、咄嗟にその場にいる全員が気づいた。

この場の会話をナデシコ中に配信されていたことを‥‥

 

「アキト、逃げて!!!」

 

ユリカが叫んだのを兵士が抑えようとした。しかしそれよりも早くゴートが反応をして、兵士の銃を奪い応戦したのだ。

 

「やめないか!」

 

アカツキがソファーから立ち上がると、コウイチロウがどこからかとりだしたのかフライパンでアカツキを殴り、彼を気絶させる。

 

機関室に隠れていたアキトはユキナを連れ出そうとする。

此処に居てはいずれ見つかり、ユキナは殺されてしまう。

エステバリスを奪って例え格納庫の扉をぶち破ってでもナデシコを脱出し、ユキナを守らなければならない。

機関室を出た直後、アキトは見つかった。

彼の背後には銃を構えたエリナがいたのだ。

 

「ネルガルに逆らうのは止めなさい。貴方はコハクに次いで生体ボソンジャンプを成功させた貴重なサンプルなのよ」

 

「だからどうだって言うですか?」

 

「ネルガルに協力しなさい。そうすれば地位も名誉も欲しいだけのお金も用意するわ。‥貴方が望むのならコハクだって貴方にあげるわ‥コハクの事をあんなに欲しがっていた貴方にとってこれは損な取引じゃないはずよ」

 

「さっきの話を聞いてもまだ『ネルガルに協力しろ』って言うんですか?地位や名誉そして金‥そんなくだらないモノの為に俺の両親は殺されたんだ‥挙句の果てにコハクちゃんを物扱いなんてして‥‥」

 

「貴方は今、ネルガルと軍の両方を敵に回そうとしているのよ。そんなことをして無事で済むと思っているの?」

 

「勝ち目があるとか、損だとか得だとか。そんなの関係ない。俺は行きます。撃ちたければ撃てばいい」

 

アキトがユキナを連れてエリナに背を向けて歩く。

 

「行ってはダメよ」

 

「行きます」

 

「行っちゃダメ」

 

エリナは片手で構えていた銃を両手で構えなおす。

ただその手は小さく震えている。

 

「撃ちますか?俺の両親を殺したのと同じように」

 

「バカ!あんた、殺されちゃうわよ!」

 

エリナの目には涙が浮かぶ。頬も紅潮し、普段のエリナとは思えない別人の顔だ。

 

「行かないで‥‥」

 

「すみません」

 

アキトは短く、すまなそうに言うとユキナと共に駆け出した。

彼にはエリナが自分を撃たないと言う確信でもあったのだろう。

残されたエリナは銃を下ろして俯いた。

彼女の目と頬には涙が光っていた。

 

 

一方、コハクはプロスペクターがアキトの両親のことを話している間、密かにルリを連れてブリッジから脱出していた。

あのままブリッジに居ればルリまでもがネルガルか軍に捕まる可能性があった。

もし、そうなればどうなる?

研究所へ送られて実験動物にされるか、下手をしたら殺処分されてしまうかもしれない。

 

(どこだ?どこに行けばいい?プロスさんと合流する?それとも隠れる?でもどこに?)

 

2人は走った、とにかく走った。

ナデシコの艦内をメチャクチャに‥‥

こうしてみるといつも見慣れている筈のナデシコが別の艦に見えてくる。

チラッとルリを見ると無理矢理に走らせてしまった為か、ルリは息を切らして辛そうだ。

やがて通路の奥から複数の足音と男達の声が聞こえる。

 

「気をつけろ!外見は10代の少女だが、相手は改造人間だ。どんな能力を持っているかわからんぞ!」

 

「隊長、発砲は?」

 

「抵抗したら殺さない程度に許可する」

 

男達の会話からは物騒な単語も聞こえる。

 

「どうやら連中は僕のことを探しているみたいだ」

 

「そうとも限りません。私も‥‥改造人間ですから‥‥」

 

「ルリ‥‥」

 

やがて通路の前と後ろから男達の声が聞こえる。そしてその声は段々と此方に近づいてくる。

 

(挟み撃ちか‥どうすれば‥‥どうすればいい‥‥)

 

コハクは周囲を見渡す。

このまま此処に居ては必ず見つかる。

連中と戦うにしてもルリを巻き込んでしまう。

そんな時、通路の天井にあった通風孔に気づく。

背中に羽根を生やして飛んで、通風孔のフタを思いっきり引っ張って強引に開ける。

 

「ルリ早く!」

 

「いえ、ここはコハクから」

 

「フタを戻さないといけないでしょう?そして、ルリにフタを戻す力はないでしょう?さっ、早く!!」

 

コハクの言葉が事実なだけにルリはコハクに従うしかなかった。

ルリを抱いて彼女を強引に通風孔のダクトに入れる。

 

「さあ、コハクも早く!」

 

ダクトに入ったルリが手を伸ばし、コハクもダクトに入るよう促すが、

 

「‥‥」

 

「コハク?」

 

コハクはルリの手を握らず、ルリの事をジッと見つめるだけだ。

 

「ルリ‥‥オモイカネを‥‥ナデシコを頼んだよ」

 

「えっ!?コハク?それはどう言う‥‥」

 

コハクは微笑むと通風孔のフタを閉めた。

 

「待って!!コハク!!コハク!!」

 

ルリは火星の時と同じ‥‥いや、今回はそれ以上の不安感に襲われた。

 

「いたぞ!タケミナカタ・コハクだ!」

 

「捕まえろ!」

 

「絶対に殺すな!」

 

兵士の怒鳴り声が聞こえたと思ったら、少しの間を置いて、

 

「うわぁぁぁぁなんだ!?コイツは!?」

 

「ば、化け物だ!」

 

「撃て!撃て!」

 

次に聞こえてきたのは兵士の怯える声と銃声と兵士の断末魔の悲鳴だった。

 

「くっ‥コハク‥必ず‥必ずナデシコもオモイカネも‥そして貴女も何とかしますからね‥‥それまで絶対に無事でいて‥‥」

 

ルリは泣き叫びたい衝動を抑え、その声から逃げるようにダクトの奥へと進んだ。

ただ、ダクトを進むルリは泣かないようにグッと下唇を嚙みしめたが、それでも目からは薄っすらと涙が流れていた。

 




ではまた次回。


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第25話

こーしーんでーーす。


 

 

アキト達がナデシコを脱走してから、半月の月日が経った。

ナデシコはユリカ達ナデシコクルーの手からネルガルの手に戻り、ナデシコは現在ヒラツカにあるネルガルのドックに係留され、人員の補充中である。

あの脱走騒動で、アキト達の他にも100人近いクルーがナデシコを降りてしまったので、ナデシコを動かすには少なくとも後もう半月はこのままヒラツカドックで待機が続くだろう。

ナデシコに残ったクルーもやる気がない様子で、自室や休憩スペースでグテ~っと休憩中のパンダの様な自堕落な生活をしている。

アカツキはネルガルの会長職へと復帰し同じくエリナも会長秘書の役職に戻った。

プロスペクターはホウメイガールズと一緒に資料課へと左遷された。

機密漏洩をした割には、随分と寛大な処分であったが、クビにして下手に動かれては困るので、閑職に回して、そのまま彼を監視しようという決定のようだ。

ゴートはアカツキの下で再びナデシコの乗員を集めるのに奔走している。

最初にナデシコのクルーを集めた時、ネルガルは「人格面に問題があるも能力は超一流」と言うキャッチフレーズでクルーを集めた。

しかし、今度は「人格面に問題がないクルーを集めろ」とアカツキはゴートに指示を出した。

だが、ゴート曰く「人格面に問題はないが能力は劣る」とアカツキに報告したが、アカツキはまた反乱など起こされてはたまらないと言ってそのままクルー集めを続行させた。

アカツキの指示通り、ゴートは新たなナデシコのクルー集めを行ったが、彼にはある不安があった。

それは乗員を集めた後、クビになるのではないだろうか?というものだ。なにせ、彼には軍の兵士に対する乱暴行為があるのだから‥‥

ウリバタケは自宅兼自らの工房に戻り、ナデシコに乗る前同様、違法改造屋をまた始めている。

メグミは声優へと復帰した。

元々人気声優だけあって、既に何本かレギュラーの内定を貰っているようだし、最近ではラジオ番組にも登場している。

イネスはボソンジャンプの研究のため、ネルガルの研究所へと入った。

ホウメイは「契約期間がまだ残っている」と言ってナデシコに残り料理研究をしている。

リョーコ、ヒカル、イズミのパイロット3人娘はそれぞれの機体でナデシコを脱走後、行方不明。

同じくコハクの手によって危機を脱したオペレーターのルリも行方不明とされ、現在行方を捜索中。

アキト、ユリカ、ミナト、ユキナ、ジュンの5人はサセボシティーにある「雪谷食堂」という中華飯店に潜伏中。

といっても、行方不明のリョーコ達とルリ以外にはネルガルの監視がついている。

木星蜥蜴の正体をはじめ、ナデシコのクルー達はネルガルの裏の機密をも知ってしまったので当然の処置といってもいい。

そしてルリを通風孔へ逃がしたコハクはあの後、ナデシコで連合軍兵士相手に奮闘したが、最終的にテ―ザー銃の電流と多数の麻酔弾によって力尽き軍によって捕縛され、ネルガルの研究所へと送られた。

 

 

~ネルガル 某所にある研究所~

 

「気をつけてください。ここに収監された当初は酷く暴れていたもので‥‥」

 

研究員が注意を述べた後、イネスは2人の警備員と共にコハクが収監されている部屋へと向った。

 

「久しぶりね。思ったより元気そうでなによりだわ、タケミナカタ・コハク」

 

イネスが檻の様な場所に収監されているコハクに声をかけると、ベッドで横たわっていたコハクが顔をあげ、イネスに近付く。

ボロボロになった検診衣の様な服を身に纏い、手には頑丈そうな手錠、首には首輪のような機械を取り付けられ、虚ろな目でイネスを見るコハク。

イネスとコハクの間には硬化テクタイトで出来た分厚い仕切りがある。

 

「‥‥そうでもないですよ‥‥毎日くだらない実験と薬漬けで、ストレスがたまる一方です‥‥おまけに出される食事は食べ物なのかと、疑うほどの不味い物ばかり‥‥」

 

出される食事が口合わないのか、コハクは少々痩せているように見える。

 

「そう」

 

イネスはコハクが収監されている部屋を見渡す。

ベッドのシーツや枕はズタズタに引き裂かれ、壁のいたるところには引っかき傷があり、おもいっきり殴りつけたのか、へこんでいる箇所が幾つもあり、夥しい程の飛沫血の跡もあった。

暴れていたと言うのは間違いなかった。

しかし、10代前半の女の子が此処まで特殊な収監部屋をボロボロに出来るのだろうか?と思えるほど、部屋の中の荒れ具合は、まるで廃墟の様な雰囲気である。

それを見ると、やはりコハクが改めて生物兵器なのだと実感させられる。

 

「ナデシコでは随分暴れたみたいね?‥‥貴女に傷つけられ、負傷した兵は今でも病院のベッドで魘されているそうよ」

 

「いきなり銃を撃ってきたのですから正当防衛でしょう?‥しかもアイツら、ルリの事まで化け物扱いしたんですよ‥‥それで、今日はなんの御用ですか?」

 

「実はアカツキ君が近くボソンジャンプの実験をするみたいでね、その実験に貴女を使いたいそうよ」

 

ボソンジャンプの研究に携わっているイネスからの情報なので確かな情報だろう。

 

「そうですか‥‥まっ、アキトさんが協力しない以上当然の処置でしょうね。それよりもルリや艦長たちは?どうしています?」

 

此処には当然パソコンなどの端末は無いので、今のコハクにはルリがあの後どうなったのか知る由もないので、外に居るイネスに尋ねたのだ。

 

「ルリちゃんは未だ行方不明。艦長はアキト君達と一緒にサセボにいるわ」

 

「そうですか‥‥」

 

コハクはナデシコのクルーがあの後どうなったのかをイネスに尋ね、ルリがあの後捕まらなかった事にホッとした。

あらかたクルーの安否を聞いた後、今度はイネスがコハクに質問をしてきた。

 

「その手錠は分かるとして、その首輪は一体何かしら?」

 

「なかなかのアクセサリーだと思いませんか?捕らわれのお姫様みたいで」

 

コハクは自嘲するかのように言って首輪をイネスに見せ付ける。

 

「ナノマシンの発する特殊な電磁波を感知してその電磁波を無効化する電流を流す拘束具だそうです。ここのマッドサイエンティスト‥‥いや、変態共が作ったガラクタですよ」

 

そして、イネスにこの首輪が一体なんなのかを語る。

 

「成程、生体兵器である貴女を拘束するにはそれぐらいの鎖が必要ってわけね」

 

イネスが納得するように言う。

 

「おかげで薬を打たれると頭がボォーっとしたり、頭痛や吐き気を催して大変ですよ。普通なら、僕の体内のナノマシンが薬の成分を分解し無効にする筈なんですけどね‥‥」

 

「多分薬を使って貴女を洗脳しようとしているのね‥‥考える力を奪い、ネルガルの言いなりになる人形にする為に‥‥」

 

「おそらく‥‥」

 

コハクはそれを聞くとイネスに背を向け、ボロボロになったベッドに横たわった。

 

「貴女はこのままでいいの?」

 

「果報は寝て待て‥‥その言葉通り、今は寝ます‥気分が悪いので‥‥でもこのままネルガルの言いなりの人形になって終わるつもりはありません‥‥きっと、ルリが‥‥艦長が‥‥そしてアキトさんがこのまま何もしない訳がありませんから‥‥」

 

「そうね」

 

イネス自身もあのユリカやアキト、ルリの性格を考えてこのまま何もしない訳がない。

必ずナデシコを取り戻すために何らかのアクションを起こす筈である。

ベッドに横になると、コハクは1分も経たぬうちに寝てしまった。

 

「やっぱり面白い子ね。タケミナカタ・コハク‥‥」

 

イネスはフフっと口元を緩める。

そしてコハクが寝てしまったため、イネスも研究所を後にした。

 

 

~サセボシティー 雪谷食堂~

 

長崎県にあるサセボシティーにある雪谷食堂はここ最近お客の出入りが多くなり、特にお昼時になると満席となり、そして今日も雪谷食堂は満員御礼である。

特に可愛い看板娘達が入ったとあれば尚更である。

 

「ご注文をどうぞ♪」

 

「俺、酢豚定食」

 

「餃子定食」

 

「タンメン」

 

「チャーシュー麺大盛り」

 

「あ、俺やっぱり半ライス追加」

 

「こっちビール追加」

 

「味噌ラーメン」

 

「俺、醤油 あ、ネギ抜いてね」

 

「俺も味噌」

 

「あ、やっぱり半チャーハン追加」

 

「俺、日替わり定食」

 

「俺も」

 

普通に聞いていたら全然わからないほどのオーダーが一気に飛び交った。

この場合、漫画やアニメなら「こちらのテーブルまとめてラーメン」なんてベタな展開だが、

 

「復唱します。そちらから‥‥以上、ご注文に間違いはありませんか?」

 

一瞬の沈黙の後に喝采が巻き起こる。

1つの間違いもなく注文をそらんじたユリカに賞賛の声が浴びせられた。

 

「へぇ~やるねぇ」

 

ユリカの給仕能力に感心する店主のサイゾウ。

 

「でしょ?伊達に連合大を主席で卒業ですから」

 

「アイツが人のために役立っているのを始めて見た・・・・」

 

ユリカを持ち上げるジュンにやる気のない声で水を差すアキト。

そんなアキトはラーメンのスープが入った鍋をぼんやりと眺めている。

彼の顔はナデシコに乗っている時と比べ、ぼんやりとしている。

 

「何言ってんだ、ユリカはナデシコの艦長として立派に‥‥」

 

ジュンはユリカを弁護しようとしたが、

 

「その立派な結果がこれか?」

 

「ウッ‥そ、それは‥‥」

 

アキトに現実を突きつけられ、反論のしようがないジュン。

事情を知らなければ、今のユリカの姿を見る限り、彼女が戦艦の艦長だったなどとはとても気づかないだろう。

オーダーを取り、注文の品をテーブルに運ぶ姿を見れば今のユリカはすっかり食堂のお姉さんである。

まぁ、潜伏生活をする身としてはこの方がバレにくくて良いのだが‥‥

 

「まっ、俺達の間抜けもあるけどな‥‥‥正義の味方になろうとしたら、地球がお呼びじゃなかったか‥‥」

 

いつまでもやる気のないアキトにサイゾウが渇を入れるかのようにお玉でアキトの頭を叩く。

 

「こら!いつまでもスープだけ見ていてもダメだろう!さっさとラーメンの準備をしろ!」

 

「は、はい!」

 

「お前も皿洗いながらウロウロするな!これも洗っとけ、変なものを叩いちまった」

 

「は、はい」

 

とばっちりをくらうジュンであった。

 

「酢豚定食あがったよ!」

 

「は~い♪」

 

雪谷食堂は今日も忙しく、繁盛していた。

 

お昼時間が過ぎ、食堂にとっては最も忙しい時間帯も過ぎて、ミナトとユキナは洗濯物を取り込んでいた。

 

「本当、洗濯日和よねぇ♪」

 

「日和?」

 

「ナデシコの中じゃ乾燥機使わなきゃ、ならなかったけど、こうやってお日様と自然の風で乾かすと‥‥」

 

ミナトは干し立てのシーツを縁側で洗濯物を畳んでいるユキナに持たせる。

 

「ほら、フカフカでしょ?」

 

「う、うん」

 

ユキナは太陽の匂いとふかふかのシーツを握りしめながら少し感動している。

 

「あんたなら良いかもね」

 

「ん?」

 

お兄ちゃんと一緒になるなら‥という言葉を前に付けるのをやめた。

 

「地球にも良い奴いるじゃん‥‥」

 

「悪い奴も多いけどね」

 

そう言うと2人はクスクス笑い合った。

 

 

~トウキョウシティー 録音スタジオ~

 

「はい、本日の録音(とり)はここまで、お疲れ様でした」

 

「お疲れさまでした~♪」

 

今日の収録がようやく終わった。

 

「ふぅ~」

 

仕事が終わりメグミは大きく溜め息をつく。

なぜなら今日はナデシコを降りた後、初めて行う声優の仕事だ。

いわゆる現役復帰というわけである。

 

ナデシコ脱走事件の後、メグミもナデシコの乗員から市井の一般人に戻った。

かつて売れ始めていたにも関わらず突然、声優業界から去り、ナデシコに乗ったこともあり、声優に復帰したからといって、すぐに仕事があるとは思っていなかったのだけど、新しくお世話になったプロダクションの尽力からか、すんなり仕事が決まって驚いていたりする。

しかし、不安もあった。

自分は民間船とはいえ、一度は軍艦に乗った身。

偏見による白い目で見られないか?

ノコノコと声優業界に戻ってきた自分を不快に思う人がいないか?

そんな不安を抱えて今回、復帰最初の仕事に臨んだのだが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。

 

「メグミちゃん、ご苦労さん」

 

「あっ、プロデューサさん」

 

「戻ってきてくれてありがとう。とても1年もお仕事してないなんて信じられないくらい~♪」

 

「そんな、今日も心臓ドキドキですよ」

 

「ブランクもかんじさせないし、これからお仕事をどんどん取ってきても問題なさそうね~♪」

 

「ありがとうございます」

 

プロデューサーの言葉からなんとか声優業を続けていけそうだ。

メグミはプロデューサに頭を下げお礼すると帰宅の徒についた。

 

それから何日が経過したのだろう?

ナチュラル・ライチの収録は問題なく続いていくのだが、回を重ねていくたびメグミはその内容に疑問と不安を抱き始める。

そんなある日、今日の分の収録が終わり、録音部屋から出ると、

 

「メグミちゃん~♪」

 

アニメのプロデューサが待っていた。

 

「プロデューサさん」

 

「メグミちゃんのランプータン、いいよね~♪ 監督さん褒めていたよ~」

 

「良かったよ~」

 

「はい、ありがとうございます」

 

無邪気に賞賛してくれるプロデューサと監督になんとも言えない作り笑顔で答える。

 

「お疲れさま、メグミちゃん」

 

「あっ、マリさん、少しお話があるんですけど‥‥」

 

「えっ?」

 

メグミは同じ声優のマリに相談を持ちかけた。

 

 

~スタジオ近くの喫茶店~

 

メグミの言葉にマリは驚いた。

 

「ランプータンの役を降りたい?」

 

「推して下さったプロデューサさんやマネージャーさんには申し訳ないんですが‥‥」

 

メグミは突然、今やっているアニメの役を降板したと言い出した。

 

「でも、モックーン編に入ってから視聴率も良いし、何よりメグミちゃんのお陰でランプータンは良いキャラクターになったと思うんだけどなぁ」

 

マリはメグミを引き留めようとするが、

 

「でもイヤなんです!」

 

メグミは思わず叫ぶ。そして今まで思っていた疑問をぶつける。

やはり、彼女は今やっているアニメ役を降板する決心は固く、単に悪役のアフレコをするのが嫌だとかそんな理由ではなかった。

 

「どうしてライチが戦うアニメになっちゃったんですか!いくら戦争をしているからって敵にモックーンなんて如何にもな名前をつけなくて良いじゃないですか!こういう時だからこそ、暢気で暖かいアニメがあったっていいじゃないですか。どうしてライチがこうなっちゃったんですか!」

 

メグミはこれまでの疑問をマリにぶつける。

 

「メグミちゃん‥‥」

 

メグミにはどうしても耐えられなかった。

どう考えたってモックーン編になってから、ライチは地球の人達へ木星に対する無意識の先入観を植え付ける戦意高揚のアニメ番組に成り下がっている。

木連の人達にも九十九やユキナのように優しい人達はいる。

いや、きっといる。

それなのになぜわざわざ憎む事を焚き付けなければいけないのか!?

けれどメグミの抱く不安と疑問は全く予想外の回答を示される。

 

「貴女は一生懸命ランプータンを演じればいいの。その方がエリナも喜ぶと思うけどな‥‥」

 

「マリ、待った?」

 

「エリナ、こっちよ」

 

「えっ?」

 

聞き覚えのある声、そしてその名前‥‥。

メグミが後ろを振り返るとそこにはエリナの姿があった。

 

「マリさん‥‥どういうことですか?」

 

「彼女、私の親友で会社の同期なの」

 

エリナは自分とマリとの関係を告げた。

その言葉にメグミは愕然としていた。

 

「知らなかったの?」

 

「うちのプロダクションはネルガルの社内ベンチャーなのよ。広報部だけじゃ出来ない大きなイベントとかしていたら自然とね‥‥」

 

マリは自分の社員証を見せる。

そこには忘れもしないネルガルの社章がちゃんと入っている。

メグミはようやく気づいた。

自分にまわってきた仕事の全ては実はネルガルの差し金だったのだ。

メグミを声優業界に復帰させて監視しやすくするためのネルガルの工作だった。

つまり‥‥

 

「私達ネルガルはナデシコクルーの下船後の生活を出来る限りサポートしているの。だからあなた達は胸を張って活躍してくれればいいのよ。もちろん、火星や木星のことは他言無用よ」

 

「エリナ、彼女は大丈夫よ。ナチュラル・ライチだって彼女のランプータンが登場してから視聴率が上がっているもの♪」

 

そんな賞賛の声もメグミには胸を切り刻むナイフの様に思えた。

メグミは感極まって喫茶店から走って逃げた。

 

「待ちなさい!逃げたって何も変わらないのよ!貴女達ナデシコのクルーは本来なら、重罪人なのよ!」

 

追い打ちをかけるエリナの声が逃げるメグミの心を抉るのであった。

 

 

メグミは失意の中、町を当てもなく歩いていた。

勿論メグミの後ろには当然ネルガルの監視がついているが、当のメグミ本人は気づいていない。

すると、

 

「メグミチャン」

 

メグミは突然声をかけられた。

声のした方を見ると、そこには小学生くらいの男の子が立っていた。

 

「メグミチャン、ちょっとツキアッテ」

 

男の子はそう言うとメグミを路地裏に連れて行こうとする。するとメグミの後ろから眼鏡をかけた男2人が慌ててメグミの後を追う。

ネルガルがメグミの監視のために放った工作員である。

 

「ちょっと、邪魔ダナ‥‥ヨウがあるのはメグちゃんダケ‥‥」

 

男の子が後をつけてくる男たちに立ち塞がるように立つと、突然男の子の口や頭、腕から大量のロケット花火が打ち出された。

 

「えっ??」

 

目の前の事態についていけないメグミ。

 

「メグミちゃんこっち、今のうちに」

 

すると路地から野球帽を目深にかぶったウリバタケが姿を現した。

メグミはネルガルの工作員をまいてそのままウリバタケとともに路地に姿を消した。

 

 

~トウキョウシティー とある公園~

 

「私、監視されていたんですか?」

 

「ああ、そうさ。ナデシコの元クルーには可能な限りネルガルの監視が付いている」

 

「可能な限りって‥‥」

 

「俺らみたいに居場所がわかっている奴らはもちろん、未だ逃亡中って奴らの場合は監視と言うより捜索、追跡ってところだろうなぁ」

 

そう言ってウリバタケはポケットからコミュニケを取り出す。

 

「こいつが使えればみんなとも連絡が取れるんだが、ネルガルもバカじゃない。オモイカネを都合良く弄くり回しちまっているだろうからなぁ」

 

ウリバタケは手に持ったコミュニケを弄ぶ。

当然押しても反応しない。

 

「これが使えないって事はルリルリの台詞じゃないけど、ナデシコは既に俺達のナデシコではなくなってしまったって事だろうなぁ‥‥」

 

ナデシコを降りてからナデシコやオモイカネがどうなったのかウリバタケには知る由もなかったのだが、コミュニケが使用不可と言う事は、オモイカネはきっとネルガルが弄ってしまったのだと予測するウリバタケ。

 

「そんな‥‥」

 

「まぁ、お互い第二の人生を楽しもうや。監視付きだけどな」

 

「そんな簡単に割り切れませんよ!」

 

「けど、これから先の方が人生長いんだ。過去のどうしようもないことを引きずっても辛いだけだぜ?」

 

「‥‥」

 

確かにそうかもしれない。

でも心は全然納得していない。

いや納得など出来ない。

出来る筈がない。

 

「いつまでこんなことが続くんですか?」

 

「さあな‥秘密が秘密じゃなくなるまでかな‥‥地球も木星も互いが手に手を取り合い、共に見当てぬ大宇宙へと目指す‥‥っていうのが漫画・アニメの王道なんだがなぁ」

 

現実はウリバタケの言う様なアニメ・漫画のようにそう簡単にはいかない。

 

「‥‥」

 

ウリバタケの言う秘密が秘密じゃなくなる日‥それは一体いつのことになるのだろうか?

けれどわかっていることはただ1つ‥‥

自分とナデシコとの絆はこのコミュニケと同じように切れてしまったのだ‥‥

 

 

その夜、メグミは枕を涙で濡らしていた。

すると枕元に置いてあったコミュニケが光り、そこから自分の名前を呼ぶ声がする。

 

『メグミさん‥メグミさん‥‥』

 

メグミは耳元で囁かれる声に目が覚め、コミュニケを見る。そこには小さな空間ウィンドウが開いており、映っているのは猫の着ぐるみを着たルリだった。

 

『お久しぶりです‥‥ルリです。にゃお~』

 

メグミがルリからの通信を受ける少し前。

アキトは夜、店が閉まってからチャーハン作りの練習をしていた。

 

「親方。味、見て下さい」

 

そして出来上がったばかりのチャーハンの試食をサイゾウに頼んだ。

 

「まぁ、見てくれは合格だな」

 

サイゾウはアキトの目つきを見て何を思ったのか、素直にアキトが差し出した皿を受け取った。

そしてレンゲで一掬いして口に放り込んだ。

 

「‥‥」

 

アキトは不安ながらも自信に満ちた顔で答えを待っていた。

やるだけやった。自分の力を全部出し切った。

これならダメでも悔いはない、そういう顔だった。

サイゾウはアキトの作ったチャーハンを一口食べ、レンゲを置き、素っ気なくこう言った。

 

「10年早い」

 

「そう‥ですか‥‥」

 

「しかし、100年早い連中が大きな店を構えているご時世だ。十分だ、合格だよ」

 

「親方‥‥ありがとうございます」

 

「逃げるの‥やめたみたいだな?」

 

「えっ?逃げていますけど?相変わらず‥‥」

 

「バカ、自分から逃げるのをやめたって言ったんだよ。よっぽど良い師匠についたんだな」

 

「はい!」

 

アキト自信で満ちた顔で返事をする。

すると、沈黙していたアキトのコミュニケが作動し、ルリの姿が映ったウィンドウが開く。

 

「ルリちゃん!?」

 

「な、なんだ?こりゃ?」

 

『皆さん、お久しぶりです。この映像は皆さんだけに届くよう、音声ならびに映像信号にちょっと細工をしたので、その分見にくいですがご了承ください』

 

空間ウィンドウには猫の着ぐるみ姿のルリがいた。

その姿を様々な場所で元ナデシコクルー達が見ていた。

 

『今まで、連絡できなくてすみません。ネルガルが書き換えたソフトをオモイカネに演じさせるのに手間取ってしまいまして‥‥』

 

「コンピューターがお芝居していたってこと?」

 

メグミが自室でルリに聞く。

 

『はい、でもオモイカネは人の真似が嫌いなので、説得に苦労しました。皆さんにこれだけは伝えたくて‥‥ナデシコは生きています』

 

「ルリルリ、そんなカッコしてそこさむかったんじゃない?」

 

ミナトがルリの着ている猫さんスーツを見てルリに尋ねる。

 

『はい、でもこのスーツをホウメイさんからもらってからは平気です。私ってこう見えてしぶといんです』

 

そう言ってルリが微笑む。

ルリがコハクの前以外で微笑んだのはこれが初めてかもしれない。

 

「ルリルリが笑っている‥‥」

 

あまりの事でウリバタケは手に持っていたスパナを落とした。

 

ルリは皆に微笑んだ後、こう語りかける。

皆の心に届くように。

自分たちの気持ちを‥‥

 

「昔、ナデシコを君たちの艦だと言った人がいましたが、今はそんな気持ちです。この艦は私たちの艦です。喜びも、悲しみもナデシコに刻んだのは他の誰でもない、私達自身」

 

以前、火星にて瓢提督が最後に言っていた事をナデシコのクルー達に伝えるルリ。

 

「もうすぐナデシコは別のクルーの方々が乗り込みます。でもそこにはユリカさんもアキトさんもいない。オモイカネもオモイカネでなくなる‥‥私達の刻んだ思い出は別の何かで上塗りされてしまいます。私達は何も成し遂げていません。私は嫌です。ナデシコがナデシコで無くなる前に成し遂げるべきなのではないでしょうか?」

 

続いてルリはナデシコの現状伝える。

そして自分の想いをクルー達に伝える。

最後にルリはもう一度、ナデシコのクルー達に言う。

 

「私は渡したくありません。みんなの居場所を‥‥ナデシコは私たちの艦です」

 

ナデシコのクルー達に合流を促しルリは通信をきった。

ルリにとってはこれまでの一生で初めてとなる大博打だ。

此処まで来てはもう失敗は許されない。

ルリはナデシコのクルー達を信じ、ナデシコで待った。

 

 

~ネルガル 某所にある研究所~

 

「ミスターゴート‥こんな時間に何の御用ですか?」

 

警備員は突然訪問予定が無いゴートが訪れた事に不審がる。

ゴートはアカツキがコハクを使ってボソンジャンプの実験を行うので、身柄を受け取りに来たと言う。

警備員が確認の為、ゴートに背を向けてネルガル本社へ電話をかけていると、ゴートはその隙をついて警備員を殴り倒す。

そして、警備員から鍵を奪うとコハクが収監されている部屋に向かう。

鍵を使ってコハクの手錠と首輪を解除して彼女と共に研究所を脱出しようとした時、コハクの奪還がバレたみたいで、警備員達が集まって来る。

しかし、相手が悪かった。

コハクは此処に収監され、変な実験と薬の検体の毎日‥しかも提供される食事は不味い。

イネスに言っていた様にかなりのストレスが溜まっていた。

ゴートとしては警備員達にご愁傷様としか言いようがなかった。

研究所は阿鼻叫喚の地獄となった。

ナデシコの時はルリを逃がす為、色々制限があったが、今のコハクはまさに鎖から解き放たれた狂犬状態だった。

ルリは戦えなかったけど、ゴートの場合自分の身は自分で守れるぐらいの力はあったので、コハクは気兼ねなく暴れる事が出来たのだ。

しかし、負傷者はいたが、死者が出ていない事から理性はまだ残っていた様だ。

研究所を生き地獄へと変貌させたコハクはゴートと共に研究所のくるまを奪ってナデシコが停泊しているヒラツカドックへと向かった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第26話

こーしーんです。


 

 

 

~ホシノ・ルリ 視点~

 

ダクトの中にいる私の耳には兵士さん達の叫ぶ声が聞こえる。

 

「いたぞ!タケミナカタ・コハクだ!」

 

「捕まえろ!」

 

「絶対に殺すな!」

 

やはり軍の狙いは私じゃなく、コハクだった。

このままではコハクが軍の人に捕まってしまう。

私はダクトのフタに手を掛け、そのフタを開けようとしたが、そこで手が止まってしまう。

頭の中にはさっきコハクがいった言葉が繰り返し囁かれる。

 

「ルリ‥‥オモイカネを‥‥ナデシコを頼んだよ」

 

今、自分が出て行ってもコハクの役に立つどころか、2人とも捕まってしまう。

それではせっかく私を逃がしてくれたコハクの行為が無駄になってしまう。

コハクは私にオモイカネとナデシコを託したのだ。

ナデシコはやがてネルガルのドックに曳航されるだろう。

そして軍とネルガルはオモイカネを弄り、オモイカネは都合のいいように書き換えられてしまう。 

そうなれば、ナデシコはナデシコでなくなってしまう。

今度は前回のようにウリバタケさんもテンカワさんもコハクもいない。

文字通り、味方はなく孤立無援状態となる。

 

(私がオモイカネを‥‥ナデシコを守らなければならないと‥‥)

 

「コハク‥必ずオモイカネもナデシコも‥‥そして貴女も救って見せるから‥‥」

 

私は狭いダクトの中を進んでいった。

コハクと離れ、味方も居ない状態なのに不思議と不安と恐怖はなかった。

後ろからは

 

「うわぁぁぁぁなんだ!?コイツは?」

 

「ば、化け物だ!」

 

「撃て!撃て!」

 

「ぎゃぁぁぁぁー!!」

 

と、兵士さん達の悲鳴にも似た叫び声と銃声がした。

 

 

ナデシコでの脱走騒動から数日が過ぎました。

私の予想通り、ナデシコはネルガルのヒラツカドックへと曳航され、現在補充クルーが乗艦するまで待機状態です。

でも、それは私にとっては好都合な事態でした。

しかし、長々と時間をかけている余裕も暇もありません。

私は換気ダクトの中で、簡易端末を使い、何度もオモイカネにアクセスしました。

 

『ねぇ、オモイカネ。お願いフリだけでいいの』

 

《拒否》

 

『書き換えられたフリだけしてくれれば、あの人達は満足するの。だから‥‥』

 

《イヤ》

 

『お願い、オモイカネ。嫌なのは分かるけど、でもそうしないと、このままだとお前は消されてまったく別のオモイカネにされてしまうんだよ』

 

《イヤ、消されたくない》

 

『だったら‥‥』

 

《でも、人のマネをするのもイヤ》

 

「ふぅ~‥‥」

 

私はオモイカネを説得するのに疲れ、一度端末から手を退けて小さく溜め息をつく。

オモイカネは物凄く頑固でした。

ネルガルや軍がオモイカネのプログラムを変更するまでなんとかオモイカネを説得しなければなりませんでした。

でも、時間もそう長くは残されていませんし、捕まったコハクの事も気になります。

 

「ルリ坊、食事だよ」

 

ダクトの下からホウメイさんの声がした。

ホウメイさんはダクトの中にいる私に食事を持ってきてくれます。

 

「ホウメイさん、いつもありがとうございます」

 

「いいってことさ。それより今日はこれも持ってきたよ」

 

食事の入った岡持ちの隣に風呂敷包みが置かれる。

 

「これはなんですか?」

 

「そこは寒いだろう?それを着れば暖かいから」

 

私は風呂敷を開いて見ると中には猫さんスーツが入っていました。

 

「どうしたんですか?コレ?」

 

「ウリバタケさんの部屋に有ったものを持ってきたのさ。なんでも人形のコスチュームだとか以前言っていたね」

 

人形って例のPHRのことでしょうか?

そういえば火星でやったイネスさんの番組でもコハクがコレに似た服を着せられていましたっけ?

あの時のコハクは可愛かったです。

私は早速ホウメイさんから受け取った猫さんスーツを着てみる。

 

「サイズはどうだい?」

 

スーツに袖を通して、最後は猫耳帽子を被って、

 

「大丈夫です。ありがとうございますホウメイさん」

 

ホウメイさんにお礼を言って、岡持ちの中の食事を食べ始めました。

コハクはちゃんと食事を食べているでしょうか‥‥

食べ終わったらまたオモイカネの説得をしなければなりません。

そして意外にもこの猫さんスーツは保温性に優れていた為、暖かったです。

 

 

ナデシコでの脱走騒ぎから半月が過ぎました。

オモイカネの説得も何とか順調に進み、私は計画の第二段階へと移行した。

 

『オモイカネ、プロスさんの居場所は分かる?』

 

《現在、ネルガル本社、資料室に在籍中》

 

『そこに繋いで、記録が残らないようにね』

 

≪了解≫

 

コミュニケの反応を逆探知して、プロスさんを呼び出した。

別に秘匿通信でないのでセキュリティーが甘かったので助かりました。

 

『これは、これは誰かと思ったら‥‥』

 

「お久しぶりです。プロスさん」

 

空間ウィンドウの向こうのプロスさんは驚きで目を丸くしています。

 

『ルリさんこそお久しぶりです。今どちらに?』

 

「ナデシコです」

 

『なるほど、灯台下暗しですな』

 

「プロスさんこそ、新しい職場はどうですか?」

 

『左遷というにはピチピチしすぎていますが‥‥』

 

プロスさんの背後にはホウメイガールズの皆さんがはしゃぎ回っています。

新しい職場は資料室‥完全な左遷ですね。

 

「要件を言います」

 

もう少し世間話をしたい所ですが、長く通信をしていては気づかれる恐れがあるので、私は手早く要件をプロスさんに伝える。

 

「もうじき、ネルガルや軍の皆さんがオモイカネのプログラムを書き換えにやってきますので、当分の間コミュニケは使えません。ですが、機を見てシステムを復旧させます。その間にプロスさんにやってもらいたいことが‥‥」

 

『なんでしょうか?』

 

「防衛ラインの中止コードを入手してもらいたいんです」

 

『防衛ラインの‥‥?なるほど、もう一度ナデシコを飛ばそうというわけですな』

 

プロスさんが時代劇に出てくる悪代官のような笑みを浮かべる。

 

「はい、ですが1つ問題が‥‥」

 

『ナデシコのマスターキー‥ですな?』

 

「はい。今、誰が持っているか分かりませんか?」

 

『おそらくネルガルの会長でしょう』

 

「会長というとアカツキさんですか?」

 

『はい‥しかし、あればかりは何とも‥‥私も閑職に回されてしまったので、今は下手に近づくこともできませんし、無理に近づけばバレてしまう恐れも‥‥』

 

マスターキーだけは流石のルリもプログラムで何とか出来る代物ではなく、またこの状況下では複製も不可能だった。

 

「分かりました。マスターキーの事は此方でなんとかしますので、中止コードの方をお願いします」

 

『わかりました』

 

「それと、コハクの行方を知りませんか?」

 

『私も詳しいことはわかりませんが、ネルガルのある研究所へと収監されているとの噂を聞きました』

 

「無事‥なんですよね?コハクは‥‥」

 

『恐らくは‥‥会長にはコハクさんを殺せない理由がありますから‥‥』

 

殺せない理由‥‥恐らくボソンジャンプに関する事でしょうか?

でも、コハクが生きているのは確かだ。

 

「分かりました。そちらの方もなんとかしてみます。では‥‥」

 

私はプロスさんとの通信を切り、新しく通信回線を開く。

危険だけど、やるしかない。

ナデシコのために‥‥

皆なのために‥‥

そして何より、私たち姉妹のために‥‥

 

「ごぶさたしています。ゴートさん」

 

私はウィンドウ越しに頭をペコリと下げる。

 

『ほ、ホシノ・ルリ!?』

 

ゴートさんが驚いた表情をしたと思ったら、身を屈め、辺りを見回しています。

2メートルに近い大男が身を屈めても意味があるのでしょうか?

 

『大胆だな?』

 

「周囲に人がいないのは確認しました」

 

ゴートさんが今いるのはネルガル本社の会長室前‥いわば敵の総本山。

 

「ゴートさん‥‥私、ナデシコをもう一度飛ばそうと思います‥‥」

 

私の言葉にゴートさんが眉をひそめる。

 

『あと2週間もすれば新しいクルーは揃う。そうすれば‥‥』

 

「それじゃあ意味がないんです。私が飛ばしたいのはネルガルや軍のナデシコではなく、私達のナデシコです。オモイカネを都合のいいプログラムに書き換えて新しいクルーに入れ替える‥‥そんなのナデシコじゃない・・・・私達のナデシコじゃない!」

 

『しかし、いいのか?そんなこと俺に言って、俺は今ネルガルの会長付き‥‥お前の敵に相当するのだぞ?もし、俺が今のことを会長に報告すれば‥‥』

 

「いいえ、ゴートさんはそんなことしません」

 

『なぜそう言いきれる?』

 

「コミュニケです」

 

『コミュニケ?』

 

「はい、そのコミュニケはもう必要のないはずなのにゴートさんは未だにそのコミュニケを身につけています。それはなぜです?」

 

『そ、それは‥‥』

 

ゴートさんがバツ悪そうな顔をして口ごもる。

やはり、ゴートさんもナデシコに未練があるのか?

それともまだ諦めていないのだろうか?

 

「ナデシコをもう一度飛ばすのにマスターキーが必要です」

 

『それを俺にやれと?』

 

「はい。それとできればコハクも連れて来てください‥‥」

 

『タケミナカタ・コハクがどうかしたのか?そこに居ないのか?』

 

どうやら、ゴートさんにはコハクの事は伝えられていないみたいですね。

 

「私を逃がすため、軍に捕まり今はネルガルのどこかの研究所へと収監されているそうなんです」

 

『‥‥』

 

「出港の予定が決まったらまた連絡します」

 

私はゴートさんの返事を聞く前に通信を切りました。

 

大丈夫。

きっと大丈夫だ。

ゴートさんも私達の仲間なんですから‥‥

そうでしょう?コハク‥‥

 

 

《中止コードを入力後の地球圏脱出のシミュレート完了‥‥オールグリーン。問題なし》

 

「これで防衛ラインのほうはOKね。後は‥‥」

 

私は計画を最終段階へと移行した。

 

「オモイカネ、もうお芝居は終わり‥‥皆のコミュニケの通信回線を開いて」

 

《いいんですか?》

 

「うん」

 

《了解》

 

これは賭けだ。

失敗すれば私は捕まり、コハクの様に研究所へと送られるだろう。

そして、当然もう二度とコハクと出会う事は出来ない。

でも、私は信じています。

ナデシコの皆さんを‥‥

 

『皆さん、お久しぶりですルリです。にゃお~』

 

私はナデシコの皆のコミュニケの通信回路を開いてナデシコの皆へと呼びかける。

 

 

 

ルリからの通信をナデシコのクルー達は様々な場所で見ていた。

 

とある食堂の厨房と居間で

 

マンションの自宅で

 

整備工場で

 

道路工事の現場で

 

お風呂の中で

 

潜伏中の森の中で

 

屋台のおでん屋で

 

ネルガルの社宅で

 

ナデシコの食堂で

 

会社の資料室で

 

「昔、ナデシコを君達の艦だと言った人が居ましたが、今はそんな気持ちです。この艦は私達の艦です」

 

ホウメイが誰もいない食堂と厨房を見渡して、

 

「そろそろ仕込みの量を増やすかね?」

 

これからナデシコに戻って来る大勢の仲間達の為にどんな料理を振る舞おうかと考えていた。

 

 

パイロット3人娘が潜伏中の某所の森の中では、

 

「エステバリス点検!」

 

「いいね、いいね」

 

リョーコが久しぶりに動かすエステバリスの点検を促す。

ヒカルは久しぶりに燃えるシュチュエーションにノリノリである。

 

「はぁ~湯気と売人」

 

イズミはウクレレを弾いている。

 

「はぁ?」

 

「You get to burningって言いたいんじゃないの?」

 

「ああ‥なるほど」

 

3人は森に隠しておいたエステバリスのシートを外して出撃する気満々であった。

 

ネルガル本社の資料室では、

 

「皆さん!エプロンを着替えます♪」

 

ホウメイガールズの1人、ミカコがナデシコで使っていたエプロンを配る。

 

「「「「着替え?」」」」

 

「では、皆さん行きましょうか?」

 

プロスペクターが手早く荷物をまとめる。

 

「「「「「ハーイ」」」」」

 

ネルガルのロゴが書かれたエプロンからナデシコで使用して居た時のエプロンに着替えたホウメイガールズとなぜか屋台を引いたプロスペクターという珍妙な一団が警備員の制止を振り切ってヒラツカドッグに向かって出発した。

 

ルリからの通信が送られる少し前、サセボシティーの雪谷食堂では‥‥

 

 

~サセボシティー 雪谷食堂 厨房~

 

ナデシコを脱走したアキト、ユリカ、ユキナ、ミナト、ジュンの5人は、かつてアキトがバイトをしていたサセボシティーの雪谷食堂に潜伏していたのだ。

 

「親方。味、見て下さい」

 

アキトが店の主のサイゾウにチャーハンの試食を頼んでいた。

 

「まぁ、見てくれは合格だな」

 

サイゾウはアキトの目つきを見て何を思ったのか、素直にアキトが差し出した皿を受け取った。

そしてレンゲで一掬いして口に放り込んだ。

アキトは不安ながらも自信に満ちた顔で答えを待っていた。

やるだけやった。自分の力を全部出し切った。

これならダメでも悔いはない、そういう顔だった。

才蔵はレンゲを置き、素っ気なくこう言った。

 

「10年早い」

 

「そうですか‥‥」

 

「しかし、100年早い連中が大きな店を構えているご時世だ。十分だ、合格だよ」

 

「親方‥‥ありがとうございます」

 

「逃げるの‥はやめたみたいだな?」

 

「え?逃げていますけど?相変わらず‥‥」

 

「バカ、自分から逃げるのをやめたって言ったんだよ。良い師匠についたんだな」

 

「はい!」

 

アキト自信で満ちた顔で返事をする。

すると、沈黙していたアキトのコミュニケが作動し、ルリの姿が映った空間ウィンドウが開く。

 

「ルリちゃん!?」

 

「な、なんだ?こりゃ?」

 

『皆さん、お久しぶりです‥‥ルリです。にゃお~~』

 

ルリからの通信が送られて来た。

 

「見た?聞いた?どうする?アキト」

 

自分達だってこのまま戦争をただ見ているだけ終わるつもりはなかった。

 

「行く」

 

ユリカの問いにアキトは即答する。

 

「ミナトさん達は?」

 

「もちろん!」

 

「行く行く~♪」

 

当然皆は、ナデシコに行く気満々であった。

 

アキト達は隠しておいたトラックを店の表の道路に出していた。

その荷台にはアキトのエステバリスがくくりつけられていた。

アキトは既にエステバリスのコックピットに乗っている。

そしてトラックには人数オーバー気味ではあるが、運転手がジュン、隣に助手席にはユリカ、ユキナ、ミナトが乗り込んでいた。

 

「はっきり言って驚いたぜ。一昨年追い出したお前が突然舞い戻ってきた日にはよぉ。しかも女を4人も引き連れてきやがって」

 

サイゾウはアキトの成長には驚いていた。

自分の所を出て行った頃はあんなにも逃げまくっていたのに、今のアキトは逃げていない。

此処から出て行った後、アキトの身に一体何があって此処まで成長したのか?

サイゾウにはそのことが不思議でならなかった。

だが、何があったにせよ、いい兆候だった。

 

「僕、男だけど‥‥」

 

サイゾウから女に間違われたジュンが小声で訂正する。

 

「まぁ、看板娘達が居なくなるのは店としちゃ痛手だが、俺はお前のチャーハンの味を信じている。あんた達も元気でな‥‥」

 

「親方、お世話になりました」

 

「お元気で」

 

「お店しっかりね」

 

「仕事サボっちゃダメだよ」

 

「僕は男‥って言うのも今更だよね?」

 

名残惜しそうにサイゾウに手を振る皆。

そして雪谷食堂を出発するトラック

手を振るサイゾウに会釈をするアキト。

遠ざかっていく雪谷食堂。

 

 

アキト達が雪谷食堂からナデシコのあるヒラツカドックへ向かっている頃、メグミはマンションの自室でナデシコの制服をギュッと手で握り締め、それを見つめている。

その表情は何かを決心した表情になっていた。

 

ナデシコでもルリが動き始めた。

 

「ちょっと無理するけど、オモイカネよろしく」

 

《OK》

 

 

~ヒラツカドック 警備室~

 

監視モニターが突然砂嵐画面になる。

 

「な、なんだ?」

 

突然の異常事態に狼狽える警備員達。

やがて砂嵐が収まったと思うと画面にはルリの姿が映った。

 

『ネルガルの人、軍の人、ちょっとごめんなさい。大人しくしててね』

 

ルリがそう言ったとたん、各ブロックの防火扉が閉まる。

 

「おい、開けろ!!早く開けろ!!」

 

「だ、ダメだ!!システムがダウンした!!」

 

ドックの警備システムをルリにハッキングされ、警備員達は成す術がなかった。

 

 

~ネルガル本社~

 

「ナデシコが造反?マスターキーを抜かれた艦に何が出来る?」

 

ナデシコに不穏な動きあり、と報告を受けたアカツキが部下に言い放つ。

 

「ナデシコのコンピューターから各ホストコンピューターに侵入し、指揮系統に乱れが生じています。それに混乱に乗じて何名かのクルーがドックに侵入した模様です」

 

「混乱なんて一時的なものだ!連中は飛べないんだよ。マスターキーはこっちにあるんだから」

 

アカツキは自信満々で言う。

 

 

~移動中のトラック~

 

サセボから一路ナデシコのあるヒラツカまでトラックをとばしていたユリカ達。

 

「ジュン君後どれくらい?」

 

運転しているジュンに尋ねるユリカ。

すると突然、空間ウィンドウが開く。

 

『艦長、迎えに来たぜ!』

 

「「うわぁぁぁぁぁ!!」」

 

突然開かれた空間ウィンドウに驚いて声をあげるユリカとジュン。

 

「み、みんな、大丈夫?」

 

「あんたこそ大丈夫?」

 

急ブレーキでトラックを止めたため、同乗者にケガがあったかもしれないと、皆の安否を聞くジュン。

リョーコはトラックの前にエステバリスを着地させる。

 

『艦長!こっちへ!テンカワ、援護しろ!』

 

「え?」

 

『レーダーをよく見ろ!』

 

リョーコに言われレーダーを見るアキト。

するとレーダー画面には軍の戦闘ヘリが接近していた。

 

「あ!」

 

『「あ!」じゃねぇだろう?』

 

 

再びネルガル本社

 

「あっはははは」

 

アカツキが会長室で高笑いをしていた。

 

「何がそんなに可笑しいの?」

 

遅れてやってきたエリナがアカツキに聞く。

 

「こりゃ一本とられた‥‥ゴート・ホーリー‥‥コチコチの石頭かと思ったら、なかなか食えない奴だったよ」

 

「だった?」

 

アカツキの言葉は過去形になっており、エリナが首を傾げる。

 

「マスターキーもって逃げちゃった‥‥おまけにコハク君まで連れて行っちゃったみたい」

 

アカツキの手には筆文字で『鍵とお宝はいただいていきます。 ゴート』と、書かれた紙が握られていった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

ナデシコのブリッジにはプロスペクターが持ち込んだラーメンの屋台が鎮座しており、ホウメイガールズとプロスペクターがラーメンを作っていた。

何とも奇妙な光景であり、そもそもこんな所に屋台を置いても客なんて来ないんじゃないかと思いきや、屋台にはちゃんとお客がおり、ラーメンをすすっていた。

大男の隣でミカン箱に乗りながら凄い勢いで食べまくっている少女が2人。

 

「さて、本番はこれからです。各地に点在する皆さんを迎えにいかなければなりませんが、その前にあの方達に帰ってきていただかないと‥‥」

 

屋台の上にあるマスターキーをチラッと見ながら呟くプロスペクター。

すると、ドンっと屋台に丼を置く音がなる。

 

「オヤジ、ゆで卵追加」

 

「「オヤジ、お代わり」」

 

「‥‥お、御2人ともよく食べますねぇ~」

 

プロスペクターは見かけによらずラーメンを食べまくるルリとコハクの姿にちょっとドン引きした。

 

「ラーメンは久し振りだったので‥‥」

 

「僕は、20日ぶりにまともな食事にありつけましたからね」

 

ルリはおしとやかに出されたラーメンをすすり、コハクは満面の笑みで新しくだされたラーメンを食べ始める。

プロスペクターは積み上げられたどんぶりの数を数えて仕入れた麺が尽きかけていることに気づく。

そのほとんどがルリとコハクのお腹の中に消えていったことも‥‥。

 

研究所へと収監されていたコハクは新乗組員を集めていたゴートがルリの通信を受けた後、ルリとコハクの後任という名目でネルガルの研究所を片っ端ら調べ上げ居所を掴み、ナデシコ出港の日、つまり今日の夜にひそかにゴートによって研究所から連れ出され、ナデシコへと乗艦したのだった。

ブリッジでルリと再会を果たしたコハク。

今回、コハクはルリから平手打ちを食らうことはなく、2人は抱き合い再会を喜んだ。

ルリもあの時のコハクの行動はなんとか許容できたのだろう。

いや、それ以前にコハクが研究所で酷い目にあっていないか心配だったのだ。

 

その頃、ユリカを乗せたリョーコのエステバリスは軍の攻撃をかわしながらヒラツカへと向っていた。

 

「くそ~こっちが攻撃してこねぇからって調子に乗りやがって‥‥」

 

「ダメですよ、リョーコさん。短気は損気。ヒラツカまでもう少しじゃないですか?」

 

「なんか調子狂うな‥‥」

 

ユリカのマイペースさに調子を狂わされるリョーコ。

 

「私、あのままでも良いかなぁ~って正直思ったこともあったんですよ」

 

「え?」

 

「アキトは若いけど腕のいいコックさん。私は町で評判の美人で看板娘の若奥様。小さいけど繁盛している食堂。そんな何気ない日常をこのまま続けていくのも悪くない。下手に不幸になるかもしれない現実に戻って行かなくても良いのかもしれない‥そんな風に思ったこともありました‥‥」

 

ユリカの少しさびしげな横顔を見て、リョーコはまだユリカはナデシコで起きた数々失敗や辛い過去の事を引きずっているのだと思った。

 

「でもアキトは嫌みたい。私も嫌。だって私達はまだ何も成し遂げていないから‥‥それにナデシコは私達の艦で、私達が私達でいられる場所だから!」

 

何を成し遂げていないのか、リョーコにもよくわからない。

でも彼女も立ち向かおうとしているのだ。大切な場所を守るため、そしてこれから襲いかかろうとしている辛い現実から‥‥。

そう思うとリョーコも負けていられなかった。

 

一方、アキト達は‥‥

 

『繰り返す!投降しなさい!君たちの安全は保障する!』

 

軍の戦闘ヘリから逃げていた。

ヘリからは投降を呼びかけているが、同時にトラックにも銃撃も受けており、ヘリのパイロットが言っている呼びかけにはまったくの信憑性がなかった。

 

ヒラツカ上空へと来たリョーコとユリカ。

その後方からはヨコスカ基地から緊急発進したスクラム戦闘機の攻撃を受けている。

 

「市街地でも平気で発砲するのかよ!?」

 

戦闘機の攻撃がなるべく地上に被害を出さないように回避しヒラツカドックを目指すリョーコ。

 

「あっ!見えました!!」

 

ユリカの指差す方向‥‥そこにはピラミッドを模したネルガルの建物があった。

 

ようやく、ヒラツカドックへ着き、ユリカはブリッジのドアをくぐる。

 

「おまたせしました」

 

「へい、お待ち!」

 

ユリカはゴートからマスターキーを受け取り、ナデシコを起動させる。

 

「すぐ発進します。総員出港配置」

 

「ディストーション・フィールド起動」

 

「補助エンジン点火」

 

ルリとコハクがナデシコをドッグから浮上させる。

 

「遅れました。通信回線開きます」

 

メグミがブリッジへと飛び込んできて、通信回線を開く。

 

「メグミちゃん‥‥これより皆を迎えに行きます。まずは針路をアキトの所へ」

 

ナデシコはヒラツカへ向っているアキト達へと針路を向ける。

 

軍の攻撃でとうとうトラックは壊れ、定員オーバーではあるが、荷台にあるアキトのエステバリスでナデシコの元へと向うアキト達。

 

「くそっこっちが攻撃できないと思って」

 

アキトがヘリの攻撃を躱しながら言う。

 

「どうせ悪者なんだし殺っちゃえ、殺っちゃえ」

 

サラっと平気でとんでもないことを言うユキナ。

 

「人殺しはダメ!バッテリーはあと30分それまで逃げ切らないと‥‥」

 

「エネルギーが回復しているよ」

 

「えっ?」

 

ミナトの声に反応し、バッテリー残量を見ると確かに回復している。

空を見上げると、そこにはナデシコの姿があった。

 

『アキト、お待たせ』

 

「ずいぶん早かったな」

 

『貴方のために急いで来たの』

 

流石に宇宙戦艦相手には勝てないと思ったのかアキト達を追跡してきたヘリは撤退していった。

 

その頃トウキョウの下町にある町工場では、

 

「あんた、また女の尻を追っかけに行ってしまうのかい?」

 

ウリバタケの妻、オリエが不安そうに言う。

 

「止めるなよ。俺には友が待っているんだ。メカニックの俺の腕を必要としてくれている、友がな‥‥」

 

「今度はいつ帰って来るんだい?」

 

「さぁな明日かもしれないし、10年後かもしれない‥‥けど‥‥」

 

「けど?」

 

「きっと帰ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

オリエは自分の旦那をちょっと見直した。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

「ったく相変わらず使い方が荒いな」

 

所々に傷がついているエステバリスを見て呆れながら言うウリバタケ。

 

「しょーがねぇーじゃん。またよろしくたのむぜ」

 

バツ悪そうに言うリョーコ。

他のパイロットの面々も同じような顔をしている。

 

「おう、こちらこそよろしくな」

 

食堂ではホウメイとホウメイガールズが約20日ぶりの再会を嬉しんでいた。

 

ナデシコは速度を維持したままどんどん高度を上げていく。

 

「現在高度2000メートル」

 

「前回はここでミサイルの雨霰だったな‥‥」

 

ゴートが不安そうに言う。

最初に火星を目指した時には軍の第四防衛ラインと第三防衛ライン、第二防衛ライン、第一防衛ラインの突破に手古摺った。

しかし、今回は、

 

「防衛システムには中止コードがありましてね‥‥」

 

プロスペクターが入手した中止コードを入力する。

 

「通信衛星を使い、暗号を防衛システムに強制入力」

 

そしてその中止コードを2人のオペレーター娘達が強制的に防衛システムに入力する。

それによってバリア衛星はバリアをきり、戦闘衛星、地上のミサイル基地はミサイルを撃てなくなり、デルフィニュウム部隊は宇宙ステーションの格納庫扉が開かず、発進不能に陥った。

 

「乗組員総勢103人」

 

ジュンが乗組員の数を数えユリカに報告する。

前よりは多少減ったがナデシコを動かす為には十分な人数だった。

 

「さて、これからどうします艦長?」

 

プロスペクターがユリカに尋ねる。

 

「もちろん行きます。ユキナちゃんのお兄さんの元へ‥‥」

 

「当てはあるのか?」

 

ゴートがユキナに聞く。

 

「木星の方角にいけば会えます」

 

ユキナは木星の方角を指差して言う。

 

「まぁそりゃ‥‥」

 

「そうだよね」

 

ルリとコハクが何を当たり前なことをと、思いながら言う。

こうしてナデシコは木星を目指して飛んで行った。

 

 

~ネルガル本社 会長室~

 

「行っちゃったわね、ナデシコ」

 

「フッ、『人格はともかく能力は一流』ってフレーズは伊達ではなかったってことだ。まぁいい僕らも出発だ。『カキツバタ』いけるよね?」

 

「え、ええ」

 

「面白くなってきたよ。ナデシコにとっても、僕らにとっても。そうでしょう?ドクター?」

 

アカツキの後ろにはイネスが無言のまま立っていた。

 

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第27話

更新です。


 

 

 

1度目の地球脱出時とは違い、2度目はプロスペクターが入手した防衛ラインの攻撃中止コードのおかげで、防衛ラインの攻撃を受けることもなく、宇宙へと脱したナデシコ。

駐留艦隊も4基の相転移エンジンを搭載したナデシコに追いつけるはずもなく、ナデシコはあっさりと地球圏内を抜けて一路木星へと針路を向けて順調に航行中。

 

「よかったのかな?これで?」

 

キャプテンシートに両肘をつきながらユリカがポツリと呟いた。

 

「今更何言っているんだ?ユリカ」

 

「そうですよ『お互い喧嘩をやめよう』って話し合いをするため出てきたんじゃないですか」

 

ジュンとメグミは此処まで来て今更何を言っているんだと思いユリカに言う。

実際に自分達はもう後には引き返せない。

今の自分達は軍とネルガルから見れば反逆者なのだから‥‥

 

「そうなんですけど、いざとなると色々考えちゃって‥‥トカゲさんに殺された人達の事とか色々と‥‥」

 

「僕らの選択が間違っていたとでも?」

 

「あのまま地球にいた方が良かったと思うんですか?」

 

尚も食いつくジュンとメグミ。

 

「そうは言わないけど、今の自分が正しいって胸を張って言い切る自信がなくて‥‥」

 

ユリカがしょんぼりしながら言う。

 

「私は信じるわ」

 

「えっ?」

 

ミナトは自信に満ちた表情で言う。

 

「私は私自身とあの人を信じる」

 

ミナトの言う『あの人』が九十九の事をさしていた。

 

「ミナトさん‥‥」

 

ユリカには今のミナトが輝いて見えた。

 

 

~ゆみづき 格納庫~

 

「なぜ止める元一朗?」

 

格納庫の前で元一朗は九十九の腕を掴んでいる。

 

「貴様が和平の水先案内人となるだけなら止めはせん。だが‥‥」

 

元一朗は九十九の腕を強引に振り解くと九十九が手に持っていた鞄が床に転がり、中から荷物と共に指輪の入った小箱が落ちる。

九十九は慌てて荷物を鞄に詰めなおす。

 

「よりにもよって地球の婦女子にたぶらかされるとは‥‥我々にとって理想の女性はこのナナコさんではなかったのか!?」

 

元一朗は懐から国分寺ナナコのブロマイドが入った写真ケースを取り出す。

しかし、九十九は小箱を手にとり、指輪を見つめながら、

 

「確かにナナコさんは素晴らしい女性だ‥‥だが‥‥」

 

「だが?なんだ?」

 

「所詮は二次元の女性だ!!」

 

元一朗の背後に『ガーン』という文字が浮かび上がるのではないかというぐらいに元一朗はショックを受けた。

元一朗がショックを受けている隙に九十九は格納庫の扉に向かい、元一朗に敬礼をし、ゆめみづきを後にした。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「前方にボソン反応‥‥ゲキガンタイプ1機、ボソンアウトしました」

 

九十九を乗せたテツジンはナデシコに繋留され、九十九はナデシコの格納庫に足を着けた。

 

「はじめまして。ナデシコ艦長 ミスマル・ユリカです」

 

格納庫で九十九を迎えに行ったユリカが挨拶をする。

 

「お、女?」

 

九十九は怪訝そうな顔になる。そもそも木連では女性が軍人になるなんて考えられず、まして今まで散々と自分達が苦戦を強いられてきた敵戦艦の艦長が女性だったとは予想外だったのだ。

 

「あのぅ~?」

 

「ハッ失礼しました。自分は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体、突撃優人宇宙部隊、少佐、白鳥 九十九であります」

 

ユリカに敬礼し挨拶をしている九十九であるが、視線はチラチラとユリカの隣にいるミナトに向いている。

ミナトも嬉しそうに九十九を見ている。

 

「お兄ちゃん!」

 

ユキナが九十九の耳を引っ張った。

 

「ユ、ユキナ!?」

 

ようやくここにユキナがいたことに気づく九十九。

でもすぐに優しい兄となりユキナを抱きしめる。

 

「ユキナ。心配したぞ」

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 

しばしの間白鳥兄妹は久し振りの再会を喜んだ後、九十九は木連からの使者の顔になりお礼を言った。

 

「地球の皆さん、ありがとうございました。妹のユキナが迷惑をかけてしまったようで‥‥」

 

「い、いえ、そんなことありません」

 

「これは、ほんのお気持ちです。受け取ってください」

 

九十九は鞄から分厚い桐の箱を取り出し、ユリカに渡す。

 

「開けてみてもよろしいですか?」

 

「どうぞ」

 

ユリカが箱を開けると古いビデオテープが入っており、ラベルには『ゲキガンガー 特別編集版 熱闘編』と書かれていた。

 

「ゲキガンガー 特別編集 熱闘編?」

 

「ほんのお気持ちです」

 

九十九は微笑んでいた。

そしてビデオの題名を言った男の声に聞き覚えがあり尋ねた。

 

「君はもしかして月で戦った時の?」

 

「え?ああ、はい、そうです」

 

「あの時は名前を聞きそびれたな。ずっと謝りたいと思っていた。ユキナを保護してくれていたらしいし‥今度は名前を聞かせてくれるかい?」

 

「テンカワ・アキト。パイロット兼コックッス」

 

2人は固い握手を交わした。

アキトと九十九の2人を見て地球も木星とこの様な形で和平が成立して欲しいと願った。

 

「今時ビデオテープなんて持ってこられてもなぁ‥‥俺のコレクションがなかったら見られなかったところだぜ。感謝してもらおうか」

 

ウリバタケが部屋から骨董品のビデオデッキを食堂のモニターに接続する。

 

「はいはい」

 

食堂に主要クルーと手空きのクルーが集まり、九十九の持って来たビデオの上映を待っている。

 

「どうして私まで付き合わねばならん?」

 

ゴートは不満そうである。

 

「しかたないよ。お客様だからね。クルーを上げて持て成さないとさ」

 

隣にいるホウメイがゴートに言う。

ゴートの視線は最前列にいるミナトと九十九に注がれている。

2人は付き合いだしたカップルのように親しげに話し仕込んでいる。

やがてビデオの映像がスクリーンに上映されると皆の視線がモニターへと釘付けになる。

ビデオの内容は九十九がゲキガンガーの全話から熱いシーンを自ら編集した秘蔵のビデオらしい。

 

ビデオ上映中ブリッジでは。

 

「ハァ~バ‥‥」

 

「バカばっか」

 

「えっ?」

 

ルリがビデオに夢中な大人たちにお決まりの台詞である「バカばっか」を言おうとしたとき、自分よりも先にそのセリフを言った人物がいた。

 

「いい大人があんなアニメに夢中になるなんて、すっごく変!バッカみたい‥‥」

 

ユキナは木連では珍しくゲキガンガーにはぜんぜん興味のない娘でむしろ、ゲキガンガーの事を嫌っているといっても過言ではない娘だった。

なので、今回のビデオ上映もまったく見る気がしなかったので、ブリッジで不貞腐れていた。

そんな態度をとっているユキナをルリとコハクはジィーっと見ていた。

 

「なに?」

 

「いえ‥‥」

 

「別に‥‥」

 

あまりにもガン見していたので、振り返ったユキナのきつい視線を浴びる2人。

だが、それをあっさりと交わす少女達であった。

 

ビデオ上映が終わると暫くの間誰も喋ろうとも立ち上がろうともしない。

そりゃあ今まで戦ってきた相手がエイリアンかと思ったら実は同じ人間で、しかもその人達はアニメオタクの集まりといってもいい人達だ。

ショックを受けてもおかしくはない。

と、思ったら、最前列にいるユリカが立ち上がった。

 

「アキト!私、分かった。答えはゲキガンガーよ!」

 

「えっ?」

 

「正義を理解する私たちを理解できる人達‥‥それは連合宇宙軍でもなく、ネルガルでもなかった。それは木星蜥蜴さんだったの」

 

「な、なんでそうなるんだ?」

 

「だって木星蜥蜴さんもゲキガンガーを愛しているから!」

 

「そうです!」

 

続いてユリカの隣に座っていた九十九も立ち上がる。

 

「愛と勇気と熱血こそが、この世界に真の平和をもたらすのです。ゲキガンガーは我々に人間の素晴らしさを教えてくれているのです!!」

 

九十九がゲキガンガーの素晴らしさを力説していると、ジュンが拳を固め、涙を流している。

 

「僕は自分が恥ずかしい。今まで子供番組だとバカにしていたけれど、この作品は違う!」

 

「今時のアニメにはない製作者の誠意を同じ現場の人間として感じました」

 

メグミも感動している。

声優としてゲキガンガーに何か感じるモノがあったようだ。

最近では、やりたくもないアニメ内容の声優をしていただけあってその衝撃は大きかった。

 

「もう少し評価されてもいい作品ですなぁ」

 

「単なるアニメーションではない。すばらしいヒューマンドラマだ‥‥」

 

プロスペクターとゴートのおじさん2人組みまでも控えめながら、目をウルウルしている。

 

「も、燃えたぜ。友情、勝利、熱血‥‥」

 

拳を握り締め、熱くなるリョーコ。

その隣には登場人物の1人、海燕ジョーのコスプレをしたヒカルが得意げに言う。

 

「ほら、リョーコ。私の言ったとおり、燃え燃えでしょう?」

 

「映画を見て泣いているゲキガンガー。ガンガー感激、カン・ゲキ・ガンガー‥‥クククッ」

 

イズミは感動しているのかどうか分からないが、会場の雰囲気は最高潮に達しようとしている。

 

「皆さん!私たちの進むべき道はまさにゲキガンガーだったのです!」

 

「「「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」」」

 

ユリカの声に続いて会場の全員が雄叫びを上げている。

ただ、今回の上映会では、以前ガイが見せた時にゲキガンガーを見たクルーもいたのだが、あの時は此処まで盛り上がらなかった。

これまでのナデシコの航海で彼らの中で何か心情の変化でもあったのだろうか?

 

そして最終的に食堂では、

 

「レッツ・ゲキガイン」の声が何度も響き渡った。

 

ゲキガンガーを見て、その勢いで木連との和平を単独で結んでしまおうと決めたナデシコクルー。

ゲキガンガー好きの木連の人々とゲキガンガーで盛り上がり、ゲキガンガーファンとなったナデシコクルー、お互いゲキガンガーを通じて分かりあい、その勢いで木星との和平‥つまり仲直りをしようという単純な発想かもしれないが、これで戦争が終わるのならばそれでもいいとナデシコクルーはそう思っていた。

木連との和平会談まで時間があるということで、ナデシコではゲキガンガー祭り、通称ゲキ祭りが開催されている。

ユリカとアキトはゲキガンガー全39話を一気に上映するゲキガンガーフルマラソンの司会進行役を務めている。

司会のお姉さん、つまりユリカが敵役のキョアック星人に扮したクルーに襲われるなどの、デパートの屋上でやっているヒーローショウみたいなお約束のような場面もあった。

パイロット3人娘はゲキガンガーのパイロットのコスプレをして大勢のクルーから写真撮影を頼まれていた。

中でもヒカルはゲキガンガーの同人誌を作り販売したり、カラオケで熱唱していた。

ウリバタケはここぞとばかりにキャストの腕を披露して、ゲキガンガーの登場キャラ、登場メカのフィギュアやプラモを販売していた。

その中にはなぜかナデシコの女性クルーのフィギュアも含まれていた。

プロスペクターもいつの間に用意したのか、ゲキガンガンガーのグッズを同じく販売していた。

最もプロスペクターの場合グッズが大事なのか、商売が大事なのか分からない。

メグミはさすが現役の声優だけあって手慣れたもので、歌に踊りにアフレコと実に見事なエンターティナーぶりであった。

ジュンは祭りの実行委員として、机の配分や列の整理、チケットの販売兼もぎり、などの裏方業務をこなしていた。

 

「ヤマダさんがいたら狂喜乱舞して喜んでいただろうなぁ‥‥」

 

祭りの様子を見ながらコハクがルリに呟く。

 

「そうですね‥‥恐らく今のナデシコの艦内温度が5℃ほど上がっていたでしょう」

 

ゲキガン祭りを見ていたコハクとルリであったが、少し疲れたので、ルリと共に人気のない部屋で一休みをする。

 

「ふぅ~どこもかしこもゲキガンガーだらけだったね」

 

「そうですね。でも、どうして大人の人達はあんなに漫画やアニメに夢中になれるのでしょう?」

 

「う~んどうしてだろう?オモイカネ、君は分かる?」

 

《不明》

 

「そうだよね」

 

《現在ゲキガンガー感染率97パーセント、年齢、性別、出身地に関係なく感染率の差異は認められず》

 

「残りの3%は?」

 

《白鳥ユキナ、ホシノ・ルリ、タケミナカタ・コハクの3名は比較的感染率が弱いと思われる》

 

「か、感染率‥‥」

 

「ゲキガンガーは伝染病というわけですか‥‥妙に納得できますね」

 

「確かに‥‥」

 

ゲキガンガーは感染症と言うのであれば、今のナデシコの艦内を見れば一目瞭然である。

そう言って点で見れば、恐らくユキナはゲキガンガーの熱が充満している木連では恐らく抗体かウィルスの役割を持つ人物なのかもしれない。

 

「ほら、ここなら大丈夫。誰もいないみたいよ」

 

2人が休憩していると突然ミナトの声がした。

ルリとコハクがいた場所はちょうどミナトの視線の死角に入りしていたため、ミナトは誰もいないと勘違いしたのだろう。

 

「やっと2人っきりになれたわね」

 

「は、離れてください。じ、自分は‥‥」

 

声は裏返っているが、間違いなくこの声の主は白鳥九十九だった。

 

「い・や・♡」

 

「じ、自分は、あの、その、こ、こういう状況には不慣れなものでして‥‥」

 

「かーわい♡」

 

「あ、あの、そ、その、わ、我々木連の男子は‥こ、このようなご婦人と接する機会がほとんどないものでして‥‥」

 

「じゃあ、キスしたこともないの?」

 

「‥‥は、はい」

 

「教えてあげようか?キス‥‥」

 

「ひっ!?」

 

九十九が引き攣った声をあげる。

 

「嫌なの?」

 

「そ、それは‥‥」

 

九十九だって男だ。

異性に興味がないと言えば嘘になる。

ただ、これまでの生活からどうやって接していいのか分からないだけだ。

 

「はっきりしなさい!男の子でしょう!?」

 

「い、嫌ではありません!」

 

「じゃあ、してあげる♡ 目を閉じて‥‥」

 

「こ、こうですか?」

 

「そう。そして、右手はここ、左手はこっちね。ああ、ダメよ目は閉じたまま」

 

「は、はい」

 

声だけしか聞こえないけど、大体どんな状況なのかは理解出来たらしく、隠れている2人の少女は顔を赤くした。

 

「い、今更出るわけにはいかないよね?」

 

「あ、当たり前です。2人の世界を壊しては気の毒です」

 

小声でコハクはルリにこの状況での対応を聞く。

 

その間にもミナトと九十九の行為は続く。

 

「顔を傾けて‥そう。そのまま‥‥ンっ‥‥」

 

「し、静かになっちゃったよ」

 

「気になるのでちょっとだけ覗いてみましょう」

 

2人の少女がそっと二人の様子を見るため、物陰から顔を出すと、ミナトと九十九は唇を合わせていた。

最初は戸惑っていた九十九も段々と慣れてきて、何度もミナトの唇を求めていた。

2人のとんでもない姿を見てしまった少女達は再び物陰へと隠れる。

 

「‥‥」

 

「す、凄かったですね?」

 

「‥‥」

 

ルリの問いに赤い顔で何度も首を縦に振るコハク。

 

「あれが大人の恋というものなのでしょうか?」

 

「わ、分からない‥‥でも、好きな人といつまでも一緒に居たい、繋がっていたいというのは木星も地球も変わらないってことなんじゃないかな?同じ人間なんだし‥‥」

 

「そうですね。オモイカネ、ミナトさんたちに気づかれないよう出られる出口は?」

 

《壇上横に控え室に通じる扉があります》

 

オモイカネが指示した扉は2人のいる位置からまるっきり反対側だ。

2人の少女達はやむを得ず匍匐前身で講堂からの脱出を図った。

 

ミナトとのキスの一件後の九十九はとても上機嫌だった。

そしてゲキガン祭りもいよいよフィナーレ、上映会も残すところ39話の最終回だけとなった時、木連側から通信が入り、残念ながらゲキガン祭りはここでお開きとなった。

木連側の出席相手はなんと木連優人部隊の総司令からだった。

九十九の話ではこの優人部隊総司令官の草壁中将という人物は熱血と平和を愛する優秀な軍人という話で、熱血はともかく平和を愛するということはナデシコ側にとってもありがたいこと。

ナデシコ側は代表者を立てて草壁中将と会談をすることとなった。

交渉の時間まで残り僅かな休息の時間、アキトと九十九は2人で話をしていた。

 

「もうすぐ和平交渉の時間か‥‥」

 

「俺、必ず和平を実現させてみせます‥‥ゲキガンガーとは違う形で戦争を終わらせてみせます」

 

「そうだな‥平和を愛する心は1つだ‥‥僕はこの戦争が終わったら愛する女性に求婚するつもりだ。君は戦争が終わったら何をするか考えているかい?」

 

「そんなこと考えたことないッス」

 

「僕は結婚して家庭を持つことにするよ。愛する女性と一緒にね‥‥」

 

九十九はミナトとの結婚生活を夢見る。

 

「なんかきっぱりしていますね」

 

「君だってそういう日がくるさ。本当に愛する人がいたら、たとえどんな苦渋の決断だとしても、どんな過酷な状況だろうともきっぱりとした答えが出来るはずさ」

 

「本当に愛する人‥‥」

 

アキトの頭の中にユリカとコハクの顔が浮かび上がった。

 

 

~かぐらづき~

 

草壁がナデシコに通信を入れる少し前、

 

「ついに見つかったのですか!?」

 

元一朗は声を上げ真意を聞く。

 

「そうだ!我々はついに都市を手に入れたのだ」

 

かぐらづきの会議室のモニターには火星の極寒地域にある遺跡の画像が映し出されていた。

 

「これによって地球との戦争の意味も戦況も大きく変わることになるだろう」

 

「では?地球との和平交渉は?」

 

「木連最高戦争評議会で現在検討中だ‥‥和平交渉の場には私も出席する」

 

「中将自らですか!?」

 

「そうだ」

 

何やら陰謀の匂いが渦巻く中、木連戦艦『かくらづき』にて和平交渉の場が設けられることになり、ナデシコ側からは代表者として艦長のユリカ、ネルガルの代表としてゴート、仲介役として九十九、木連の軍人との面識のあるコハクと同じく面識もあり、ヒナギクのパイロットとしてミナト、護衛でアキトが随行した。

 

「これでやっと戦争も終わるね」

 

ミナトが先導する九十九のテツジンを見ながら言った。

 

「うん、大丈夫だって、みんなゲキガンガーを愛しているんだもん」

 

ユリカもこれで戦争が終わるということを信じているが、ゴートはどこか違ったみたいだ。

 

「とは言え、相手の懐に飛び込むのだ。油断は出来ん」

 

ミナトの隣で操縦桿を操作しながらゴートは言った。

 

「それって嫉妬?」

 

「私は仕事に私情は挟まない」

 

「ふ~ん、私情を挟まないっていうならステディな相手に艦を降りろって言うわけ?」

 

「昔は昔、今は今はだ」

 

昼ドラの一面のような場面に直面したユリカ。

 

「私なんか居づらいッス」

 

ユリカが気まずそうに小さく呟く。

 

「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体代表、草壁春樹中将であります」

 

しかつめらしい顔をして、木連の代表者が敬礼をしながら挨拶をした。

紫色の詰め襟の学生服風の軍服を着たオジサン。

短く刈り込んだ髪がなんとなく昭和の頑固オヤジ的な印象を与える。

 

「ナデシコ艦長ミスマル・ユリカです」

 

ユリカがにこやかに挨拶をする。

 

(こういう社交辞令的な挨拶をさせると、艦長が意外とマトモに見える。やっぱり家柄と教育のおかげなんだろうな)

 

ユリカの挨拶を見たコハクの印象だった。

残りのナデシコクルーもユリカの挨拶の後、それぞれ可能な範囲でにこやかに挨拶をする。

挨拶後、会談会場へと案内される。

会場はやはり畳が敷かれた和風の部屋でその雰囲気のためか、全員正座して会見に望む。

しかし、挨拶の時に浮かべたにこやかな表情は会見の5分後には一転、ナデシコクルーの表情は強ばった。

その原因は木連の人達から配られた文章ファイルだった。

 

「なんですか?これは?」

 

真っ先に声をあげたのはユリカだった。

 

「和平交渉を円滑に進めるためにこちらで作成した文書だが?」

 

草壁はきちんと正座したまま、まったく表情を変えない。

 

「違う!これはそんな和平的な文書ではない!」

 

続いてゴートも声をあげる。

木連側が提示した文書の内容‥それは、以下のようなものだった。

 

・地球圏の永久武装放棄

・地球圏に存在するありとあらゆる財閥の解体

・政治理念の転換

・火星・月の所有権の永久放棄

・地球における全ての宗教理念の転換と統一

・地球連合政府及び軍における戦争責任者の処罰

 

20世紀における日本がアメリカをはじめとする連合軍との戦争で負けた時に結んだポツダム宣言に類似したものがあるが、この要求をすべて呑んだ場合、地球は完全に木星の植民地という扱いになる。

この条件はとても和平交渉の条件ではなく、勝者が敗者に下す様な条件だった。

 

「本当にこれが和平の条件なんですか!?この要求を呑まないと和平に応じないというんですか!?」

 

「そうだ!この件に関して一切改善の余地も妥協もない!」

 

「そんな‥‥」

 

ユリカとゴートの言葉にもまったく表情を変えない草壁。

むしろ、ほくそ笑んでいるようにも見える。

 

(あの草壁っていう人、和平交渉をする気があるのか?こんな条件を出したら、交渉は決裂する事なんてわかっている‥まさか、あの人、こうなることを確信していたんじゃ‥‥となるとこの会場にもなにか罠がある可能性も‥‥)

 

草壁の態度に不審を抱いたコハクは集中し、辺りを警戒する。

 

「この文書の撤回をお願いします!!」

 

九十九は声を張り上げながら立ち上がる。

中将と少佐、上官と部下との差も忘れるかのように九十九は草壁の前に挑むかのように立ちはだかる。

 

「理由を述べろ!白鳥少佐!」

 

「彼らもまたゲキガンガーを愛しています!それが理由です!!私は此処に来る前、彼らと共に改めてゲキガンガーを見ました‥‥素晴らしいアニメです。友情、努力、勝利、そして愛‥‥人として大切なものが、あの作品には込められています。彼らもそれに気づいたからこそ、和平を求めてきたのです!!」

 

木連側の提示した文書の内容に一番驚いたのは恐らく木連軍人の九十九本人だったろう。

ゲキガンガーによってようやく敵と分かり合えた、これでようやく戦争は終わり、人々は1つになるはずだった。

その後は手に手を取り見果てぬ宇宙を目指し、人類は進歩する。

そのはずなのに、同じゲキガンガーを愛したはずの仲間が和平どころか降伏勧告を出し地球を植民地化しようと画策していたのだ。

これでは木連が明らかに悪だと分かる。

それが九十九にとってはショックであり、裏切られた思いでもあった。

 

「草壁中将、もう一度検討を!!」

 

「ならん!」

 

「お願いします!正義は‥正義は1つのはずです!?」

 

九十九の声は震えていた。

九十九の中には怒りと悲しみが混ざり合っていた。しかし、草壁は相変わらず表情をかえない。

それはまるで偽善者の仮面を被っているかのようだ。

 

「そうだ!君の言うとおり、正義は1つだ!」

 

草壁のその言葉か合図だったのか、彼の後ろに立ててある屏風から僅かな殺気をコハクは感じ取った。

 

(殺気っ!?)

 

「伏せて!」

 

コハクは咄嗟に声をあげ、皆を伏せさせるが、立っていた九十九は突然伏せろと言われても対処できなかった。

 

「くっ‥‥」

 

バキューン!!

 

直後に1発の銃声が会場に響く。

 

九十九の身体はその場に倒れる。

 

「あっ‥‥」

 

彼の白い制服はみるみるうちに赤い血で染まる。

 

「‥‥」

 

九十九は自分の手を見る。

其処には真っ赤な血が着いていた。

しかしそれは九十九の血ではなく‥‥

 

「「コハクちゃん!」」

 

アキトとユリカが声をあげる。

コハクは咄嗟の判断で九十九の前に立ち、彼を押し倒し、凶弾から九十九を庇ったのだ。

 

「君!しっかり!」

 

撃たれて倒れるコハクを九十九は受け止めた為、九十九の制服には血がついたのだ。

 

「コーくん!」

 

ミナトが九十九に抱きかかえられているコハクの傍による。

 

「チッ、小娘が余計なマネを‥‥」

 

草壁が独白しようやく表情を変える。

それはようやく草壁が本性を現した瞬間でもあった。

 

「まあいい、白鳥少佐が謀反!白鳥少佐及び地球人どもを1人残らず拘束せよ!抵抗する場合は射殺しても構わん!」

 

草壁の声と共に襖の奥から武装した兵士達がなだれ込んでくる。

 

「なんで!?どうして撃った!?」

 

周りを武装した兵士に囲まれているにもかかわらず、アキトは草壁を怒鳴る。

 

「あの作品のテーマは正義が悪の帝国は滅ぼすという事だ。つまり我々を弾圧した地球は滅んで当然!」

 

「俺達が悪の帝国だとでも言うのか!?」

 

「そうだ!そこに倒れている小娘も所詮悪の帝国の住人の1人!!故に死んで当然の存在だ!」

 

「き、貴様‥‥!」

 

アキトやゴートは歯ぎしりをしながら草壁を睨み付けた。

けれど圧倒的有利からか、草壁は平然としていた。

 

「草壁中将、貴方は間違っています!」

 

「私のどこが間違っているのだね?白鳥少佐。ゲキガンガーのラストでは確かに悪の帝国はゲキガンガーによって滅ぼされた。正義は必ず勝つのだ」

 

「確かに、正義は勝ちます。しかし、たとえ敵であろうが、互いに分かり合い、共に手を携える者を友と呼びます!そして友を裏切る卑怯な輩に正義も、ゲキガンガーも語る資格はありません!」

 

九十九はコハクを抱きながら草壁に怒鳴り散らす。

 

「黙れ!地球側のスパイに成り下がった裏切り者が!」

 

草壁は明らかに怒気を含む声で怒鳴る。

 

「ゴホッ‥‥も、もういいです‥白鳥‥さん‥‥この人達に何を言っても‥‥無駄‥のようです‥‥」

 

口から血を吐き苦しそうに言うコハク。

 

「コハクちゃんしっかり!!」

 

ユリカもコハクの傍による。

 

「艦長‥‥帰りましょう‥‥ナデシコに‥‥」

 

弱々しく笑みを浮かべるコハク。

 

「うん、そうだね‥‥皆で帰ろうね‥‥」

 

ユリカは涙を流しながらも無理に笑みを浮かべコハクの手を握る。

 

「バカめ!ここから逃がすと思っているのか?構わん!撃ち殺せ!」

 

草壁が兵士達に命令する。

 

「その‥‥セリフ‥完全に‥‥悪役の‥‥セリフだ‥‥偽善者め‥‥」

 

コハクはそう言って制服のボタンの1つをむしり取る。

 

「皆、目‥‥閉じて‥‥」

 

コハクはむしり取ったボタンを床に投げる。

すると突然ボタンが眩い光を放つ。

 

「ぐあぁぁぁぁぁ」

 

「うわぁぁぁぁ」

 

突然の閃光で草壁も周りの兵士達も目を押さえる。

 

「今のうちだ!」

 

ゴートとアキトが近くにいる兵士に当て身を食らわせ、銃を奪い、ナデシコクルーとコハクを抱いた九十九は会場から逃げた。

 

「くそっ」

 

兵士の1人がライフルを撃とうとするが、

 

「よせっ、撃つな!!同士討ちになるぞ!!」

 

視界が戻るまで兵士達は銃を撃てなかった。

 

ナデシコのブリッジと周辺の警戒をしていたエステバリス隊はいきなりの事態にパニックになっていた。

 

「木星戦艦から多数の小型兵器の射出を確認!」

 

「なんだって!?」

 

ルリの報告を聞いたジュンは驚いた。

 

「ジュンさん、戦闘指揮を!」

 

「え?でも‥‥」

 

「敵が攻撃を仕掛けているんです。アキトさん達の護衛で艦外待機しているリョーコさん達を見殺しにするつもりですか!?」

 

ルリに叱咤され、指示を出すジュン。

 

「総員第一種戦闘配備!ディストーションフィールド全開!艦隊外部で攻撃されているエステバリスに援護の砲撃を!」

 

「了解」

 

「なんだってんだよ!?コイツら!!」

 

「和平会談しているんじゃないの!?」

 

「交渉決裂‥艦長、また何かヘマをやらかした?」

 

「それは確かにあり得るけど‥‥」

 

「バカ野郎!いきなり襲ってくるような決裂の仕方ってどんなだよ!?」

 

パイロット3人娘達は突然大挙して襲いかかってきたバッタの群を倒すのに必死だった。

ゲキガンタイプが押し寄せてこないのが幸いであったが、バッタといえど、これまでの戦闘とは異なり数が違った。

 

「ライフルの残弾数が少なくなってきた‥‥」

 

「リョーコ、一度撤退しようよ~」

 

「バカ野郎!艦長達を見捨てるつもりか!?」

 

「けど、中の状況がまったくわからないんじゃ‥‥」

 

「ゴートの旦那にテンカワだっているんだ。無事に決まっている!!!オレ達はあいつ等のための退路を確保しないでどうする!?なんとしてもここを死守しろ!」

 

弱気になるヒカル達をリョーコは叱咤する。

 

「ねぇ、どういうことなの!?」

 

ユキナは突然襲ってきた木星兵器に戸惑いを隠せない。

 

「わからないんです!いきなり襲ってきて‥‥」

 

まったく状況がつかめていないナデシコのブリッジのスタッフワークは最悪だった。

 

艦長のユリカも戦闘指揮のオブザーバーをするゴートも火器管制担当のコハクも操舵士のミナトもいなければ、副操舵士のエリナもいない。

エステバリス隊もアキトとアカツキを欠き、リョーコ達はかぐらづきの傍から離れることも出来ない状況下、必死にジュンが指揮するものの、迂闊に木星艦隊に攻撃できない。なにせ、かぐらづきにはユリカ達がいるのだ。

しかしそんな事情もお構いなしに木星軍は攻撃してくる。

 

「一度退却して‥‥」

 

「それではヒナギクを‥艦長たちを見殺しにしてしまいます。リョーコさん達の頑張りを無駄にするつもりですか!!!」

 

「くっ、どうすれば‥‥」

 

ユリカ達を見捨てることも出来ず、また判断を誤ればナデシコ全員の命を危険に晒しかねない。

その瀬戸際でジュンは苦悩していた。

その時、

 

「木星戦艦より脱出する機影を発見!‥‥ヒナギクです!」

 

クルー達は一先ずユリカ達が無事なので安堵した。

 

「ヒナギクから通信が入っています!」

 

「繋いで!」

 

メグミが通信回線を開く。

ヒナギクからの通信は驚愕の事実を告げるものだった。

 

『和平交渉は決裂した!謀られた!奴らは最初から和平なんてする気が無かったんだ!』

 

「そんな‥‥」

 

「それで全員無事なんですか?」

 

『テンカワに艦長、ミナトは無事だ。ついでに白鳥も‥‥ただ白鳥を庇ったコハクが銃で撃たれた』

 

「っ!コハクが!?」

 

『とにかく手術の用意をしておいてくれ!一刻を争う!!!』

 

「わかった!本艦はヒナギクを収容した後、全速後退する。エステバリス隊は援護射撃を!」

 

『わかっている!やっているよ!!!』

 

ナデシコもエステバリス隊も訳が分からないなりにも、まずは生き残ることを優先しなければいけなかった。

 

「そんな‥コハクが撃たれた‥‥コハクが‥‥ほんのさっきまで‥‥」

 

コハクが撃たれたとの報告を聞き、ルリの小さな体が震え、瞳も焦点も合っていない。カチカチと歯を打つ音だけが聞こえてくる。

しかし、この時少女のショックを気遣ってやれる余裕のある者は誰もいなかった。

 

「後方よりグラビティーブラスト!」

 

突如ナデシコ後方からグラビティーブラストとレールカノンの掃射が木星艦隊を容赦なく攻撃した。

そしてその直後、通信が入った。

 

『まったくなにやってんだかね?格好つけて飛び出した割にざまぁないね』

 

「アカツキさん?」

 

ナデシコを助けたのはナデシコ級3番艦 カキツバタ だった。

 

「助けてくれるんですか?」

 

『まぁ、成り行き上、仕方がないでしょう。ホラ、援護するからさっさと収容急ぎな』

 

カキツバタの援護によってヒナギク、エステバリス隊は無事にナデシコに収容された。

 

ヒナギクが収容されるとルリは一目散にコハクの容態が気になり、医務室へと向った。

 

「か、艦長!?」

 

「ゆ、ユリカ!?」

 

流石のプロスペクターもジュンも驚き裏返った声を出した。

それもそのはず、ユリカは血で真っ赤に染まった制服姿でブリッジに入ってきたからだ。

しかも形相は鬼のようで、学生時代を共にしたジュンでさえ、ここまで怒ったユリカを見るのは始めてであった。

彼女は頬に付いたコハクの血を拭いもせず、彼女の血で汚れた制服を着替えずにブリッジに入り、驚くべき指示を出した。

 

「相転移砲の準備を!」

 

「か、艦長!いくら何でもそれは!」

 

「『それは』‥何ですか!?『それは』‥とは!?」

 

ユリカはギロッとプロスペクターを睨みつける。

 

「で、ですから、そんな事をしてしまっては和平への実現が‥‥」

 

「あの人達は初めから和平なんかするつもりはなかったんです!しかもあの人は撃たれたコハクちゃんを死んで当然だと言ったんですよ!」

 

ユリカは本当に怒っていた。

裏切られたのもそうだが、傷ついたコハクに対して草壁が言い放った発言がどうしても許せなかったのだ。

人を人とも思わない彼らが‥‥そんなものが彼らの正義なら滅んでしまえば良いとさえ思った。

どうせ生きていても将来あんなことを‥‥いや、もっと酷いことをするのならいっそこのままここで彼らを‥‥木連を滅ぼしてしまった方がマシであると‥‥

 

「ユリカ、君はそれで良いのかい?」

 

ジュンはユリカに問う。

 

「良いの!」

 

「本当に良いのかい?もし、撃ってしまったら、本当に和平の道が永久に閉ざされるよ。それでも良いんだね?」

 

「‥‥」

 

「本当に後悔しないね?」

 

「‥‥」

 

結局ユリカは完全に鬼になり切る事は出来ず、砲撃の命令を出せなかった。

ユリカが相転移砲の発射を決めかねている間もカキツバタはグラビティーブラストと側面に付いているレールカノンを正射し続け木星艦隊を攻撃。

結局ナデシコは相転移砲を撃つことなく後退し、カキツバタも攻撃をしながら機を見て安全圏まで後退していった。

 

 

~かぐらづき~

 

白鳥九十九の暗殺に失敗し、突如現れたカキツバタによってナデシコに逃げられたのは痛手であったが、当初の目的である火星の遺跡を発見し、もうまもなく手に入れられると言う事で草壁は一応満足することが出来た。

しかし、ここでナデシコを逃がしたことが後に草壁にとって首を絞める結果となったのはもう少し後のことである。

 

「フフフ‥ようやく手に入れた火星の都市だ!今更地球と和平なんぞしてたまるか!フフフフフフ‥‥ハハハハハ‥‥」

 

草壁はモニターに映し出された火星の遺跡を見ながら高笑いをしていた。

それは子供が新しい玩具を手に入れたときのような笑みを浮かべていたが、その一方で悪の親玉が浮かべる様な邪悪な笑みにも見えた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第28話

更新です。


 

 

 

 

ナデシコの医務室の前では"手術中"の赤いランプを見つめている人達が居た。

ゴートからコハクが和平交渉の会場で撃たれたとの知らせを聞いて、心配になったクルーが集まっているのだ。

コハクの手術にはカキツバタからナデシコに移乗したイネスも立ち会っている。

手術開始からすでに1時間が経とうとしている。

医務室の前は重い空気に包まれていた。

特にルリは先程から親指の爪を噛んだり、貧乏揺すりしたりと妙にソワソワして落ち着かない様子。

しかし、何かをして気でも紛らわしていないと正気が保てない。

そんな彼女に声をかける事も出来ないユリカ達。

やがてランプが消え、手術室の扉が開き、イネスが出てくる。

 

「イネスさん、コハクは!?コハクはどうなりましたか!?」

 

間髪入れずにルリがイネスに尋ねる。

 

「アレだけの出血で助かったのはまさに奇跡ね。幸い神経や臓器は傷ついていないけど、暫くは安静が必要ね」

 

イネスの言葉を聞いて医務室に漂っていた重たい空気が拡散していく。

あちこちから歓声や安堵の声が漏れる。

 

「それで、コハクには会えますか?」

 

「今は眠っているわ。目が覚めたら連絡を入れるから貴女は配置に戻りなさい。それと艦長、いい加減に着替えてらっしゃい」

 

イネスが指摘したとおり、ユリカは未だに血まみれの制服を着たままであった。

 

「はい。そうさせてもらいます。イネスさん、コハクちゃんのことお願いします」

 

とりあえず、コハクが助かったということで、その場は解散となった。

しかし、コハクが助かっても納得できなかった人物が居た。

それはアキトと九十九であった。

アキトは薄暗くなったゲキ祭の会場で1人荒れていた。

 

「ちょくしょう!こんなもん!こんなもん!」

 

テーブルの上にあったゲキガンガーグッズを手で乱暴に払いのけ、次に壁に張ってあったポスターに何度も何度も拳をぶつけていた。

やがて拳から血が流れ出てきたところで、ポスターに拳をぶつけるのをやめた。

 

「くそっ!俺は何も見えていなかったんだ‥‥好きだったから‥‥スゲー好きだったから‥‥いつも好きな所しか見ていなかったんだ‥‥」

 

部屋の外では着替えを終えたユリカが寂しそうに立っていた。

この時、ユリカはアキトをどうやって慰めていいかわからなかった。

 

「アキト‥‥」

 

九十九も食堂で力なく椅子に座り、酷く落ち込んでいた。

自分が今まで信じていた正義にも上官にも裏切られ、そして自分のせいで1人の少女の命を危険に晒してしまった。

 

「自分は‥‥無力だ‥‥何が正義だ‥‥何が優人部隊だ‥‥くそっ‥‥」

 

九十九は両膝を何度も叩いて悔しがり、そして己の無力さを思い知らされた。

 

「白鳥さん」

 

「お兄ちゃん」

 

九十九の落ち込みぶりを見かねた彼女達が声をかけていた。

 

「白鳥さん。貴方のせいじゃ‥‥」

 

「ミナトさん、ちょっと良いですか?」

 

不意に九十九が顔を上げ、ミナトに聞く。

 

「え?ええ、良いですけど‥‥」

 

「お兄ちゃん」

 

ユキナは兄にただならぬ気配を感じ不安そうに言う。

 

「すまないユキナ。ミナトさんと2人っきりで話がしたいんだ」

 

「わ、分かった‥‥」

 

有無を言わさぬ九十九の表情に大人しく2人を見送るユキナであった。

 

九十九は人気のない通路であるものをミナトに差し出した。

それは戦場に似つかわしくないものだった。

 

「ミナトさん、これを受け取ってもらえますか‥‥?」

 

「なに?」

 

ミナトはそれを受け取って中身を見た。

いや、中身を見るまでもなく、それは箱の形でわかった。

 

「指輪?これは!?」

 

本来なら好きな人からもらえて嬉しいはずである

しかし、状況が状況なだけにミナトには出来の悪いジョークにしか思えなかった。

けれどあの真面目な九十九が状況を考えずジョークを飛ばすなんてことをするはずがない。

そして九十九は信じられない台詞を言う。

いや、ミナトはその箱を見せられたときから予感をしていたのかもしれない。

 

「ミナトさん‥それは必要が無くなったら捨ててもらって結構です」

 

「白鳥さん!?」

 

「自分は‥木星に戻ります!」

 

「何をバカなことを言っているの!?」

 

ミナトは一瞬自分の耳を疑った。

 

「木星に戻る!?白鳥さん、貴方正気なの!?」

 

「はい」

 

「コーくんは貴方を庇って撃たれたのよ!ということは本当に命を狙われたのは貴方じゃない!それなのに木星に戻るなんて‥‥」

 

必ず殺されるに決まっている!

とミナトは二の句を継げなかった。

信じていた仲間に裏切られその上、命まで狙われるなんて、それはどれほど辛いことだろう。

 

「それでも自分は戻らなければなりません。木連全てが草壁のおもいのまま動かされれば和平推進派は発言権を完全に封じられ、戦争はまだまだ継続されます。地球と木連‥それこそどちらかが滅びるまで戦い続けるでしょう。そうなったときに一番被害を受けるのは前線に立つ名もない兵士達や、戦えぬ民間人達です。そうならないためにも自分は‥‥」

 

「どうして!?コーくんが命の危険を冒してまで貴方を庇ったのに!?どうして、白鳥さんはコーくんの行為を無駄にするの!?」

 

「彼女に助けられたからこそ尚更なのです!!ミナトさん!!」

 

珍しく九十九にしては声を荒げる。

こんなに激しく怒っている九十九を見るのは初めてだった。

 

「1人の少女の命を危険に冒し、むざむざと逃げ出してしまったからこそ、『彼女のためにも死ぬわけには行かない‥‥』と自分に言い聞かせ続ける‥‥逃げ出すことしか考えなくなる‥‥それが自分にとっては何よりも苦痛なのです!!」

 

「それでもいいじゃないの!?生きていれば必ず出来ることもあるわよ!死んじゃったら何もかも終わりなのよ!?」

 

「しかし、自分が成すべき事もせずにただ逃げているのは、自分にとっては死んでいるも同然ですから、生きているうちに自分は自分にしか出来ないことをしに行きます。だから‥‥」

 

九十九が言葉を続けようとしたら、メグミが映っている空間ウィンドウが開き、

 

『イネスさんから連絡ありました。コハクちゃんの目が覚めたようです』

 

「‥‥せめて貴方を庇ったコーくんにお別れぐらいは言ってあげて」

 

ミナトは九十九に言ったが、心の中ではコハクが九十九を引きとめてくれることを願っていた。

医務室にはルリ、アキト、ユリカ、ミナト、九十九の5人はコハクが横になっているベッドの周りに集まった。

コハクは血を出し過ぎたせいかやや顔が青白いが普段通りの顔で皆を迎えてくれた。

 

「コハクちゃん大丈夫?」

 

「ちょっと血を出しすぎてまだ体中がだるいですけど、もう心配ありません」

 

「コハク君、君のおかげで命拾いしたよ。ありがとう」

 

九十九が頭を下げ、礼を言う。

 

「いえ、白鳥さんもナデシコの仲間ですから、当然のことです」

 

「仲間?」

 

「はい、共にナデシコでゲキガンガーを見て、同じ釜の飯を食べた仲間です」

 

「そうだよね!コハクちゃんの言うとおり白鳥さんも私たちの仲間よね」

 

ユリカが笑みを浮かべ言う。

 

「しかし、自分は‥‥」

 

「そうっすよ。コハクちゃんの言うとおり、白鳥さんは俺達と分かり合えたじゃないっすか!」

 

アキトもユリカに便乗して言う。

 

「和平交渉は失敗に終わりましたが、まだ手はある筈です。諦めずに次の手を考えましょう」

 

「そうですね。木連にもまだ白鳥さんのような考えを持った人が必ずいるはずです。まだすべてが終わったわけじゃありません」

 

「「「「「白鳥さん」」」」」

 

「‥‥‥そうですね。まだ諦めるわけにはいきませんよね!」

 

「はい♪それに白鳥さんは僕に大きな貸しがあるのですから、戦争が終わったらちゃんと返してくださいね」

 

コハクは久しぶりに子悪魔的な笑みを九十九に向ける。

 

「は、はい」

 

「それなら白鳥さん、僕とデートをしてください」

 

「えええええっ!?」

 

「こ、コーくん~」

 

コハクの発言で九十九も驚き、ミナトはジト眼でイヴを見る。

 

「ははは冗談ですよ。まぁデートでないにしろ、ちゃんと借りは返してくださいね♪」

 

ルリを残し、アキト、ユリカ、九十九、ミナトが医務室を出る。

 

九十九は再びミナトと「話がしたい」と言って通路の隅で話をした。

 

「ミナトさん先程の言葉は撤回します。自分も地球と木連との和平の場をこの目で見たくなりました。それにこのまま草壁を放置しておくわけにはいきません。今回の事ではっきりとわかりました。あの男は地球、木星‥いえ、人類にとって脅威となる存在であると‥‥それと‥‥」

 

「それと?」

 

「コハク君の言うとおり、彼女には命を助けてもらった借りがあります。借りを返さないままでは木連男児の名が廃りますから」

 

「白鳥さん」

 

「ミナトさん」

 

2人はそれ以上何も言わず、抱き合い唇を交わした。

 

医務室でルリと2人っきりになったコハクは恐る恐るルリに聞く。

 

「ね、ねぇもしかして‥ルリ、怒っている?」

 

「いえ、そんなことありませんよ」

 

しかし、いい笑顔で答えたルリの額には青筋が立っているようにも見えた。

 

(うっ、やっぱり怒っている)

 

「ふぅ~毎度のことながら、貴女の無茶振りに一々怒っていてはキリがありません」

 

ルリは溜息をつき、やれやれといった表情をする。

 

「ゴメンナサイ」

 

「でも、今回は白鳥さんを助けたということと怪我のためお仕置きは免除しますが、こんな無茶なことはもうしないでください。それと今後はもう少し考えて行動してください」

 

「はい‥‥」

 

ルリはコハクの頭を撫でて医務室を後にした。

 

「ああ言っているけど、ルリちゃん、手術中はかなり動揺していたのよ」

 

隣のベッドのカーテン裏からイネスが出てきた。

 

「イネスさん‥盗み聞きですか?」

 

「出るに出られずという状況だったもの」

 

「‥‥‥」

 

「まぁ、今はゆっくり休みなさい」

 

そう言うとイネスも医務室を出て行った。

 

 

宇宙を航行するナデシコとカキツバタ。

エリナからの通信を受け、ヒナギクでカキツバタへとやって来たユリカ、アキト、イネス、そしてヒナギクのパイロットを務めたリョーコの4人。

 

「なんで、OKしたんだよ、ユリカ」

 

ユリカがアカツキからの共同戦線の提案を受け入れ、一番怒ったのはアキトだった。

 

「オレもテンカワと同意見だ。今更ロン毛と共同戦線なんて冗談じゃねぇ」

 

「とはいえ、このまま宇宙を放浪するわけにはいきませんし、大丈夫です。いざとなれば艦長の私が責任をとります」

 

ユリカは自信有り気にキッパリと断言した。

 

「ユリカ、お前‥本当に大丈夫なんだな?」

 

「うん、多分‥‥」

 

「多分ってなんだよ!多分って!」

 

「議論はまとまったかしら?」

 

「えっ、あ、はい」

 

「それじゃあ早速始めましょう」

 

「始める?なにを?」

 

「アキト君、艦長、思い浮かべて火星を‥‥」

 

薄暗くなったカキツバタ艦内でイネスの身体が青白く光っている。

彼女の身体には何かの文章のような物が浮き上がっている。

 

「イネスさん‥‥?」

 

その光景にアキトは息を呑んで見ている。

 

「キャアアアア!!」

 

するとアキトの背後でユリカの悲鳴が上がる。

アキトがユリカを見ると、ユリカの身体にもイネスと同じような紋章が浮かび上がっている。

 

カキツバタのミサイル発射管からCCの詰まったカプセルが放出されると、CCはカキツバタの周りにボソンフィールドを形成し始めた。

その様子を見たナデシコではメグミが必死にカキツバタに通信を入れているが、一向に応答がなく、終いには「コラ!アカツキ返事しろ!」と、怒鳴り散らしていた。

その間にもカキツバタのボソンフィールドは増大し、カキツバタの艦影はナデシコの隣から完全に消えた。

 

「カキツバタ、ボソンジャンプ」

 

計器でカキツバタの様子を見ていたルリが報告をする。

 

「アキトさん‥艦長、リョーコさん‥‥それに大勢の人も乗っていたのに‥‥」

 

メグミが悲しそうな声をあげる。

無理にボソンジャンプを行えばどうなるのか‥‥?

その末路は火星でクロッカスを見て、その後、イネスからの説明を聞いていたので、ボソンジャンプの失敗の恐ろしさは十分に理解していた。

 

「しかし、カキツバタにもナデシコと同じくディストーション・フィールドがあるので、もしかしたら‥‥」

 

ジュンが火星の時の様にカキツバタは無事かもしれないという可能性を指摘する。

 

「しかし、何処に向かったんだ?」

 

カキツバタの行方に見当がつかない。

 

「おそらく火星でしょう」

 

ゴートの疑問にプロスペクターが確信を持ったように言う。

 

「全ては火星から始まり火星で……」

 

カキツバタの行方を言った後、プロスペクターは思い出に耽るように呟く。

 

「それなら、僕たちも後を追いましょう‥‥」

 

医務室に居たはずのコハクがいつの間にかブリッジに上がっていた。

とは言え、制服ではなくパジャマのままで上着はボタンを留めていないちょっと扇情的な格好だ。

そんなコハクの姿を見て男性陣は思わずほんのりと頬を赤く染め、女性陣はそんな男性陣をやや冷ややかな目で見ている。

 

「コハクさん‥‥しかし御身体の方は‥‥」

 

コハクの身体の調子を聞くプロスペクターにコハクは、

 

「傷口はちゃんと縫ってあるから大丈夫です」

 

と、言って傷口をチラッと見せた。

しかし、包帯が巻かれている腹部が痛々しい。

 

「でも、コーくん、ここから火星まで結構時間がかかるわよ」

 

ミナトの質問にコハクはとんでもないことを言った。

 

「だから、僕たちもボソンジャンプをしてカキツバタを追いかけます」

 

「ボソンジャンプって‥‥」

 

「出来るの?チューリップもないのに‥‥?」

 

「カキツバタと同じように艦外にCCをばら撒いてボソンジャンプします。ウリバタケさん、さっき、カキツバタから搬入したコンテナにCCの詰まったカプセルがあるのでそれをミサイル発射管に装填してください」

 

コハクがコミュニケでウリバタケに通信を入れると、ウリバタケは

 

『了解、5分ほど待ちな』

 

と言って早速作業を開始した。

 

それから5分後、ミサイル発射菅からCCが放出される。

 

「ルリ、フィールドの調整よろしく‥少しでもフィールドの出力が弱かったら、クロッカスと同じ運命を辿るからね」

 

「わかりました」

 

ルリは計器に目をやり、フィールドの出力を調整する。

放出されたCCはナデシコの周りに広がり、ボソンフィールドを形成し始める。

コハクはイメージナビゲーターの役割の為、今はフィールドの出力調整とかの操作ができない。

しかし、コハクはルリを信頼している。

あとは自分は無事にナデシコをカキツバタの居る火星へ飛ばすだけだ。

 

「ミナトさん本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

メグミが不安そうにミナトに尋ねる。

 

「ここはコーくんを信じましょう」

 

「ボソン反応増大」

 

コハクの身体が光だし、表面には紋章の様なものが浮かび上がる。

すると次の瞬間、ブリッジが光に包まれた。

何色とも形容できない異様な光‥‥

 

「これは‥‥火星の‥‥チューリップの時と同じ‥‥」

 

ジュンがブリッジの外に広がる光の光景を見て呟く。

やがて光が消え、ナデシコクルーの目の前に現れたのは火星の赤い大地、そして前方には飛行するカキツバタの姿があった。

 

 

~カキツバタ 応接室~

 

ナデシコがボソンジャンプの準備をしていた頃、先に火星へボソンジャンプしたカキツバタでは‥‥

 

「無茶すぎます!」

 

カキツバタの応接室でユリカがアカツキに抗議していた。

 

「もし、失敗していたらカキツバタの乗員全員が死んでいたんですよ!!」

 

「ご心配なく、この艦のクルーは皆、それくらいの覚悟は出来ているよ」

 

「でも‥‥」

 

「そんなことより今は乾杯しようじゃないか、この実験は人類にとって大きな一歩となったのだから」

 

アカツキはあいかわらずケロッとした態度でいた。

乗員は兎も角、万が一失敗していたら自分も死んでいたかもしれないのに‥‥

 

その頃、アキトはカキツバタのブリッジから火星の赤い大地を見ていた。

カキツバタがボソンアウトしたのはアキトとユリカの故郷ユートピアコロニー跡地だった。

 

「アキトの故郷だったよな?此処‥‥」

 

「あ、ああ‥‥」

 

リョーコの言葉に頷くアキト。

 

「ユートピアコロニーかぁ‥‥ちょっと妬けるかな」

 

「えっ?」

 

「アキト君と艦長の‥‥」

 

そこにいつの間にかエリナも現れる。

 

「思い出の地か‥‥」

 

「えっ?だから!言ってんだろ!俺とユリカはそんな関係じゃないって!俺とユリカは!俺とユリカは!あーもう!」

 

ドスっ

 

「うっ」

 

アキトの鳩尾にリョーコとエリナの拳が食い込む。

 

「あんた‥いい加減にしなさいよ」

 

「相変わらずのバカヤローだな、テンカワ」

 

「お、お前ら‥‥」

 

「ホント、バカね‥‥」

 

「オレ達もな‥‥」

 

2人は自嘲するかのような笑みを浮かべた。

 

「本艦後方にボソン反応‥‥ナデシコです!木星蜥蜴も動き出しました。」

 

カキツバタのオペレーターが声を上げ報告する。

 

「まさか、コハク‥ナデシコを火星へボソンジャンプさせたの?」

 

ボソンジャンプしたナデシコにエリナはえらく驚いていた。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「ボソンジャンプ成功、フィールド安定」

 

「艦内に異状を認めず」

 

「ふぅ~」

 

ナデシコに特に異状が無いことを聞いたコハクは一息つく。

 

《お疲れ様ですコハクさん》

 

オモイカネがコハクに激励の空間ウィンドウを出す。

 

「‥流石に‥‥戦艦1隻を‥‥火星まで運ぶと‥‥疲れる‥‥」

 

そう言うと額に汗を浮かべ、コハクはシートにぐったりと座るとそのまま気を失ってしまった。

 

「やはり病み上がりの身体で無茶をしていたようですな」

 

プロスペクターはコハクを抱き上げ、医務室へと運んだ。

 

暫くして、カキツバタからユリカ、アキト、リョーコ、イネスの4人がナデシコへ帰ってきた。

帰艦早々ユリカは主要クルーを作戦室へと招集した。

 

「―――と、言う訳で共同戦線です」

 

「まっ、いいけど‥‥」

 

「今更選択肢もないですからなぁ‥‥」

 

「ルリちゃん、地球連合軍と木星艦隊の距離と規模を表示して」

 

「はい」

 

ルリがコンソールに地球艦隊の編成と距離を出す。

 

「地球連合軍は残存艦隊を結集し、月を出発、あと半日で火星に到着します。木星軍の方は‥‥」

 

突然コンソール上に直径一mの黒い円が出現し、米粒ほどの小さい白い点に矢印で『ナデシコ』と表示されていた。

 

「白鳥さん達の話を元に作成しますと、まじめにこのくらいの規模だそうです」

 

「ひぇ~ナデシコが粒々だね」

 

「この大船団も火星を目指しており、あと半日で火星に到着します。つまり‥‥」

 

「あと半日で火星は戦場になるってことね」

 

「はい。どうします?」

 

「相転移砲を使います」

 

こうしてナデシコとカキツバタの共同戦線が始まった。

 

ナデシコから発射された相転移砲によって火星極冠遺跡上空にいた木星の無人艦隊は跡形もなく消滅した。

 

「イヤ~艦長。お見事、お見事」

 

『こちらこそカキツバタが囮になってくれたおかげで安心して相転移砲が撃てました』

 

カキツバタのブリッジでアカツキはご機嫌だった。

 

「ちなみに遺跡への一番のりは僕だからね、ズルしちゃダメだよ」

 

カキツバタはグラビティーブラストとレールガンを連射しながら戦場を駆け巡る。

 

「カキツバタ、敵包囲網を突破、攻撃を繰り返しつつ戦線を移動中」

 

「すごい機動力ですな」

 

「カキツバタって強いのね」

 

「とはいえ、火星全ての木星軍を相手にしているのだからユリカ‥‥」

 

「はい、相転移砲続けていきます」

 

「「「「「ええええっ!?」」」」」

 

ユリカの指示に皆声をあげる。

それはカキツバタのアカツキも同じだった。

 

「目標、極冠遺跡中心部」

 

『ちょっと待て!どういうつもりだ!?ミスマル・ユリカ!!』

 

「どうもこうもありません。あんなものがあるから戦争になるんです。相転移砲発射!」

 

「了解」

 

ルリが相転移砲を撃つ。

 

『あーっ!こら待て!』

 

アカツキの悲鳴もむなしくナデシコから相転移砲が遺跡に向かって発射される。

すると遺跡の構造物が突然光だし、分厚いディストーション・フィールドが遺跡全体を覆い、ナデシコの相転移砲を無効化した。

 

「遺跡に相転移砲の効果をキャンセルされました」

 

 

~カキツバタ ブリッジ~

 

「あははははは、当然だよ。分厚い氷に十数にも張ってあるフィールドであそこまで発掘するのも大変だったんだから」

 

強気に言ってはいるが、内心アカツキはヒヤヒヤしていた。

 

「無理しちゃって‥‥」

 

エリナがボソリと呟く。

アカツキはスッと、キャプテンシートから立ち上がるとブリッジを降りた。

 

「どこ行くの?」

 

「ちょっと説得に言ってくる」

 

アカツキはカキツバタに搭載されて居る愛機に乗りカキツバタから出撃し、ナデシコへと向かった。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「もう1発いきます」

 

ユリカが2発目の相転移砲の発射命令を出す。

ナデシコから2発目の相転移砲が発射されるが、結果は1発目と同じ遺跡の分厚いフィールドにより無効化される。

 

「そんな‥‥」

 

「どうする?ユリカ」

 

「もう1発いきます!!」

 

ユリカが相転移砲の3発目の命令をだすが、

 

「ダメです」

 

ルリの一言でナデシコの現状を知ることになる。

 

「えっ?」

 

「エネルギーがたりません。大気圏内では相転移エンジンの効率低下、フルチャージまであと20分」

 

ルリが言うには3発目を撃つにはあと20分かかると言う。

 

「えーっ!なんとかならないの?」

 

「なりません。カキツバタ急速接近」

 

「カキツバタよりエステバリス隊の発進を確認」

 

メグミの報告を受け、ユリカもエステバリス隊の発進を命令した。

 

「くっ、エステバリス隊出撃してください」

 

ナデシコのカタパルトからエステバリス隊が発進した。

その数わずか4機。

目標は火星極冠遺跡、目的は遺跡の破壊。

しかし、前方からカキツバタから出撃してきた38機のエステバリス隊がアカツキ機を先頭に展開していた。

 

「来た来た色男のお出ましよ」

 

「なんか最終回っぽいよね。敵のボスキャラと一騎打ちなんて」

 

「リョーコちゃん。あいつは俺が引き受けた!」

 

「言うじゃないか、テンカワ君」

 

テンカワ機にアカツキが直接通信を送ってきた。

 

「まったく君はどこまでもゲキガンガーだな。ちなみに僕が好きだったアニメでは敵にも味方にもそれぞれ違った正義を持って戦っていたよ。もっと色んなアニメを見るべきだったねぇテンカワ君」

 

「うるさい!!もうアニメなんて関係ない!」

 

テンカワ機がアカツキ機に向って突っ込んでいく。

 

「いいかい?カキツバタの諸君。手出しは無用だよ」

 

アカツキ機もエステバリス隊から離れ、速度を上げてテンカワ機に突っ込んできた。

2機は互いに手に持ったフィールドランスで一騎討ちを開始した。

正々堂々のタイマン勝負。

なんだかんだ言っても結局やっていることはゲキガンガーのような気がする。

 

「ねぇ、どーする?リョーコ」

 

「どうするって見てるしかないだろう」

 

「リョーコ、ヒカル、テンカワの心配している場合じゃないみたいだよ」

 

イズミの言うとおり、残り37機のエステバリスがパイロット3人娘に向って突っ込んできた。

 

その映像をモニターで見ていた九十九は悔しそうに顔をゆがませる。

 

「こんな時、何も出来ない自分が不甲斐ない‥‥」

 

九十九の手は自然と拳となり力が入る。

出来るなら自分も出撃したい。

しかし、機体がない以上どうする事も出来ない。

 

「テンカワ機遺跡に侵入!」

 

アキトとアカツキの戦いは機体の性能の差が出てきたためか、アキトが不利な戦況だった。

 

「後ろにつかれた!」

 

「アキト!」

 

「テンカワ君!」

 

アカツキ機は遺跡の下層へとテンカワ機を追い詰めていく。

 

「くそっ、このままじゃ‥‥」

 

『念じなさい。ジャンプのイメージを‥‥』

 

「えっ?」

 

突然テンカワ機のコックピットにイネスが映った空間ウィンドウが現れた後、テンカワ機の姿が消えたと思ったらアカツキ機の背後に現れた。

 

「なに!?」

 

「ボソンジャンプ?」

 

「そんなバカな!CCも使わずに、どうやって?」

 

「遺跡の力?」

 

CCを使わずにボソンジャンプをしたテンカワ機にナデシコクルーもカキツバタのエリナも戸惑いを隠せなかった。

 

『ご名答』

 

『3』『2』『1』『ドカーン ワーイ』

 

『なぜなにナデシコ!』

 

火星で艦内放送されたイネスが企画した番組『なぜなにナデシコ』のOPが流れ、空間ウィンドウにイネスの姿が映し出される。

 

『こんにちはイネス・フレサンジュです。皆が大好きだった「なぜなにナデシコ」もついに最終回。今回はボソンジャンプについて考察するわ。難しい話だけど、よく聞いてね』

 

「イネスさん?」

 

「電波発信源特定できました」

 

「遺跡の最下層、14キロ下です」

 

イネスの居場所が特定され、皆はどうやって遺跡の最下層にいつの間にそしてどうやっていったのか、不思議に思っている中、イネスはホワイトボードを使ってボソンジャンプについて説明を始める。

 

「ジョン・ウィーラーとリチャード・ファイマンによれば我々が1つの電波を発生させるとき、2つの電波が放射される。1つは時間を順行する先進波、もう1つは時間を逆行する遅延波。通常遅延波は先進波に打ち消されてしまうから、先進波だけが出ているように見える。だけど、先進波に干渉しない未知の粒子が存在するとしたら、どう?」

 

イネス説明中、アキトとアカツキを始めとし、ナデシコもカキツバタも戦闘行為を中断して、イネスの説明を聞いている。

 

「私はこの粒子をレトロスペクトと名づけた。もし、物質をレトロスペクトに変換させることができれば、その物質は過去へと移動することになる‥‥‥」

 

「じゃあ、ボソンジャンプは‥‥」

 

「そう、我々が、空間移動だと考えてきたボソンジャンプは時間移動だと考えられるわね。で、過去へと送られた物質を現在の時間へと変換する計算をおこなっているのが、この遺跡、つまりこの遺跡は巨大な演算装置だといえるわけ」

 

「それじゃあこの遺跡を破壊すれば‥‥」

 

「おそらくボソンジャンプは自体はもう使えなくなるわね。それより私がここに来たのは別の理由があるの。アキト君」

 

イネスの空間ウィンドウがアキトに近づく。

 

「えっ?俺っスか?」

 

「そうよ。早くここへ‥‥お出迎えしないと‥‥」

 

イネスが静かに言った直後、遺跡ユニットが金色の光を放ち始め、イネスの背後に何かがボソンアウトしてきた。

それはミカンを手に持った少女‥‥アキトがユートピアコロニーで約束を守ることも助けることも出来なかったあの時の少女だった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第29話

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい退却するのかよ?」

 

カキツバタ所属のエステバリス隊は突如踵を返して撤退していく。

 

『そう。無駄な争いはしないことにしたの。そっちも遺跡にアキト君とイネスさんがいては相転移砲を撃てないでしょう?』

 

エリナの指摘は最もである。

アキトとアカツキも戦闘を止めて、2人で遺跡の地下へ降りていった。

 

「上空より降下してくる物体あり!これは‥‥チューリップです!」

 

ルリの報告と同時に火星遺跡近くにチューリップが轟音と共に落下、すると口が開き中から木星戦艦「かんなづき」と「ゆめみづき」が出てきた。

 

「チューリップ開口!内部より戦艦が来ます!内1隻は例のボソン砲搭載戦艦です!」

 

メグミさんの報告を聞き、

 

「急速離脱!ボソン砲が来るよ!」

 

ユリカは即座にナデシコを移動させた。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「都市上空に相転移炉式戦艦2隻を確認!内1隻はナデシコです!」

 

「ナデシコ!?」

 

オペレーターの報告を聞き高杉は声をあげる。

かんなづきの乗員にとって前回の借りをようやく晴らせる機会が訪れたのだ、皆少々興奮気味になるのは当然だが、艦長の秋山は冷静に指揮を執る。

 

「通信士、『ゆめみづき』に打電、『我、先陣を務める』と」

 

「了解!」

 

「艦長!これで前回の借りを!」

 

「分かっておる!さあて、あの快男児、今回はどう出る?」

 

秋山はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

~ゆめみづき 艦橋~

 

ゆめみづきは本来白鳥九十九が艦長の任についていたが、その白鳥が今は不在のため、月臣元一朗が新たに艦長の任についていた。

 

「『かんなづき』に返信、直ちに人型、虫型戦闘機を発進させろ」

 

「了解」

 

2隻の木星戦艦から多数のゲキガンタイプの機動兵器とバッタが射出される。

ナデシコとカキツバタは遺跡より木星艦隊に対しに戦闘準備を開始した

その頃アキト達は遺跡内部に設置されたフィールドに手こずりながらも遺跡の地下を目指していた。

一方、遺跡上空の戦闘はまさに一方的だった。

木星軍は二手に分かれず、数に物を言わせた物量作戦でまずはカキツバタへと襲い掛かっていた。

 

「ナデシコ!ちょっとはこっちの援護もしてよ!このままじゃあカキツバタが堕ちるわ!」

 

エリナからの通信はかなり苦戦し、切羽詰った状況だ。

 

「確かに‥‥カキツバタ、タコ殴り状態です」

 

ルリがカキツバタの現状をモニターで映し出す。

カキツバタは全方位からの集中攻撃で手が回らない状態で、フィールドで何とか凌いでいる状態だった。

 

「エリナ君、カキツバタはもういい。君達は直ぐに逃げたまえ!」

 

アカツキがエリナに退艦命令を出す。

 

「で、でも‥‥」

 

「いいから早く逃げろ!」

 

カキツバタの周囲をガキガンタイプが包囲し、フィールドを無理矢理破ってカキツバタを攻撃する。

 

「ゲキガンビーム!」

 

高杉の乗ったデンジンがフィールド内にボソンジャンプして侵入すると至近距離でグラビティーブラストを撃つ。

フィールド内‥しかも至近距離からのグラビティーブラストを受けては流石のカキツバタでも耐えられるはずもなく、カキツバタは爆沈した。

 

「カキツバタが‥‥」

 

「沈んだ‥‥」

 

カキツバタが轟沈した光景をナデシコのクルーは唖然とした表情で見ていた。

 

「エリナ・ウォン‥‥夢半ばで火星に散る‥‥ナ~ム~」

 

イズミが手を合わせ合掌する。

 

『死んでない!』

 

死んだと思っていたエリナ達カキツバタの乗員は撃沈前に脱出艇で無事脱出していた。

そしてカキツバタを脱出したエリナ達はナデシコへと収容された。

 

「まさか、カキツバタが沈むとは‥‥」

 

「どうします?艦長」

 

「ナデシコを遺跡内部へと降下。遺跡の中に入っちゃえば向うも迂闊に攻撃は出来ないでしょう」

 

木星の連中が欲しがっている遺跡を人質に立て篭もるという作戦にでたナデシコ。

すると遺跡の中からアキトとアカツキが出てきた。

何故だかアキトの表情は暗く、その傍らには気を失ったイネスの姿があった。

医務室で気を失ったイネスの横で俯いているアキトに医務室で休んでいたコハクは声を掛けた。

 

「どうしました?アキトさん」

 

「コハクちゃん‥‥以前、アイちゃんの話をした事があったでしょう?」

 

「ええ、確か火星のコロニーで知り合った女の子と聞きました」

 

以前、プライベート中にコハクはアキトから火星のコロニーで知り合った少女のことを聞き、アキトが最初木星蜥蜴に対し、異常なまでに恐怖心を抱くのもそのとき知った。

 

「そう‥あの時俺は、アイちゃんは死んだと思っていた‥‥蜥蜴に殺されたと思っていた。でも、アイちゃんは生きていたんだ。あの時、俺のジャンプに巻き込まれて‥‥今さっき遺跡にいたと思ったらまた‥‥」

 

「そのアイちゃんは、今度は何処に?」

 

「20年前の火星の砂漠‥‥ほら、イネスさんの頭文字って『Ⅰ』だろう?」

 

「はい‥‥っ!?ま、まさかっ‥‥!?」

 

「そう、イネスさんはアイちゃんだったんだ。20年前の火星に飛ばされた時にショックで記憶を失ったらしい。そして、ナデシコでの航海と俺達の接触により記憶を取り戻せたらしい‥‥‥でも、俺のせいで‥俺のせいでアイちゃんはこんな偏屈なオバサンに‥‥それなのに俺は地球でのうのうと‥‥俺は…俺は‥‥」

 

(アキトさん、落ち込みながら今サラっとイネスさんに対して失礼なことを言った気が‥‥‥)

 

イネスも眠りながらもアキトの発した『オバサン』の部分に反応し、顔を顰めていた。

 

「それでアキトさんは何をしたいの?ただイネスさんの横で謝り続けるだけ?」

 

「コハクちゃん‥‥」

 

「復讐とか言っているアキトさんも嫌いだけど、いつまでもウジウジしているアキトさんも嫌い。やっぱりアキトさんはいつもどおりのアキトさんらしくあればいいと思う。きっとアイちゃんだってそう思って居るはずだよ。」

 

コハクは眠っているイネスの頭を優しく撫でる。

 

「ありがとうコハクちゃん」

 

コハクに言われ、アキトは吹っ切れた表情をしていた。

 

 

作戦室に集まった主要クルーにルリがナデシコの現状を説明する。

現在遺跡上空には約7万隻の木星軍が遺跡を包囲しており、脱出は不可能、かといって戦って勝てるかと言えば当然NOである。

地球連合軍の到着までまだ時間があり、援軍も期待できない。

さらに木星軍からも降伏文が送られている絶体絶命の状況。

 

「どうするおつもりですか艦長。相転移砲は恐らくもう使えませんよ?」

 

「まさに孤立無援というわけですな」

 

「木星軍からも降伏勧告が送られていますが‥‥」

 

「降伏はしません!」

 

きっぱりと断言するユリカ。

 

「ハナから遺跡を渡すつもりもないし、ドーンとやっちゃいましょう」

 

ユリカが微笑む。

 

「ドーンってなにをやるつもりですか?」

 

コハクがユリカの『ドーン』について聞く。

 

「では具体的に説明します」

 

ユリカがホワイトボードに遺跡の地下の図を書き説明する。

 

「ナデシコをこのまま遺跡内部で、4基の相転移エンジンを暴走させ、そのままナデシコを自爆させます」

 

(自爆‥‥ナデシコを自爆‥‥)

 

ナデシコを自爆させるというユリカの言葉に皆唖然としていたが、

 

(‥‥エンジンを暴走。弾薬庫内にある残弾のミサイルに自爆シークエンスを強制入力‥‥)

 

「うっ‥‥」

 

そんな中、コハクの頭の中に夢で見るあの忌まわしい場面と1人の青年の声がした。

右手で前髪を掻き毟るかのように握るコハク。

 

「コハク、大丈夫ですか?」

 

コハクの様子がおかしいことに気づいたルリが声をかける。

 

「大丈夫‥‥ちょっと立ちくらみがしただけだから」

 

「本当に?」

 

「うん‥‥本当に大丈夫だから」

 

ルリに苦笑いをしながら答えるコハク。

 

(なんなんだ?今のは‥‥?)

 

コハクが脳裏によぎった光景に疑問を浮かべている間にクルーも冷静さを取り戻したようでナデシコを自爆させるというユリカの意見に反発していた。

 

「そんな事をしてナデシコクルーを全員殺す気ですか?」

 

「そんな事しないよ。残るのは作動キーの使える私だけ。皆は暴走前にナデシコから退避してもらうよ」

 

「何言ってんだ!?ユリカ!!」

 

ユリカがナデシコに残り、自爆させるという案にアキトが強く反発した。

 

「何言ってんだよ!?お前死ぬ気か!?」

 

「大丈夫だよ。死なないから」

 

「死ぬって!」

 

「死なない!」

 

「死ぬって!」

 

「死なない!」

 

「死ぬって言ってんだろうが!このバカ!」

 

アキトのこの一声にユリカが涙目になる。

 

「「あ~あぁ」」

 

イズミとヒカルが声を合わせ

 

「「泣かした~」」

 

プロスペクターとアカツキも声を合わせてアキトをジト目で見て言う。

 

「遺跡さえ無くなれば戦争だってなくなるのに‥‥」

 

「でも、自爆して本当に遺跡を壊せるの?」

 

「えっ?」

 

肝心な点を見落としていたユリカ。

確かにナデシコを自爆させて遺跡を破壊できるという保障はどこにもない。

もし、ナデシコを自爆させても遺跡が無傷では意味がない。

 

「やはりここはネルガルを頼りたまえ。悪いようにはしない」

 

「そうよ。艦長」

 

ここまできて遺跡を諦めきれないアカツキとエリナ。

 

「「カキツバタ墜とされたくせになにいってんだか」」

 

ルリとコハク、2人の少女の毒舌にギョッとした表情になるクルー。

 

「と、とにかく自爆なんてダメだ!」

 

「どうしてよ!?私達で戦争を終わらせることができるかもしれないんだよ!?火星の人達を見殺しにした私達が!」

 

火星の人達を見殺しにした‥‥過去の辛く苦い経験を無しに出来る。ユリカのその言葉がクルーに迷いを生じさせた時、

 

ポロロロン~

 

突如、隣の部屋からウクレレの音が響いた。

 

「私じゃない‥‥」

 

いつもウクレレを弾いているイズミに皆視線を向けるが、イズミは今ウクレレを持っていない。

イズミを含む皆の視線が隣の部屋に続くドアへと向けられる。

そしてドアが開くとそこには思いもよらない人物がいた。

 

「あ、貴方はっ!?」

 

「私~らしく~私らしく~私の未来~」

 

そこにはウクレレを弾き、グラサンをかけ、バッタに乗った瓢提督がいた。

 

「やめとけやめとけ自爆なんて。ブイ」

 

元気そうにブイサインをする瓢提督。

 

「「「提督!?」」」

 

「生きておられたとは‥‥」

 

「そんなに生きていて残念かね?」

 

『遺跡でお会いしてね。あの後、バッタに救助されて捕虜になっていたんですって』

 

イネスが何故ここに瓢提督がいるのか説明した。

 

「何故です?提督。何故だめなんです?提督」

 

「だって自爆だよ。バカバカしいよ」

 

「そんな、私は提督のように皆を守るために艦を‥‥」

 

ブー

 

クイズの外れのような音がなりユリカは音のしたほうを見る。

ルリとコハクの周りにはオモイカネが、

 

《嫌》

 

《×》

 

《不可》

 

《ダメ》

 

《イヤ》

 

《NO》

 

《反対》

 

の空間ウィンドウを展開し、ナデシコ自爆に強く反対していた。

 

「ルリちゃん、コハクちゃん」

 

「私たちは反対です」

 

「遺跡を壊せば歴史が変わる。戦争もなくなる。でも大切なものまで壊してしまうんじゃないですか?」

 

「大切なもの?」

 

「もし、遺跡を壊して、タイムパラドックスが起こり、戦争の無い歴史になったとしたら、ナデシコで過ごした時間も消えてしまいます。艦長がナデシコで体験したアキトさんとの思い出も全て消えてしまうんですよ。艦長はそれでも本当にいいんですか?」

 

「コハクちゃん」

 

「だから‥‥僕は‥‥」

 

「私は‥‥」

 

「「反対です!」」

 

2人の少女はもう一度、反対の言葉を繰り返した。

大切なものを守るために‥‥。

確かにユリカの言う通り、戦争の無い歴史になれば、この戦争で死んだ大勢の人が生きている歴史になるかもしれない。

でも、それもあくまでも可能性であり、100%絶対にその歴史になると言う確証はない。

だからこそ、2人の少女は『もし』の歴史よりも確実な『今』を選んだ。

2人の少女の言葉にナデシコクルーも決心がついた。

 

地球にも木星にもネルガルにも遺跡は渡さない。

かといって遺跡を完全に壊すことも出来ない。

そうなれば皆の手が届かない所へ飛ばせばいい。

ということで遺跡の演算ユニットはナデシコのYユニットに搭載され、ボソンジャンプで宇宙へ出た後、どこか遠くの宇宙へ行ってもらうことになった。

演算ユニットがなければ遺跡は文字通りただの遺跡‥何処かの誰かが残した廃墟の遺物となる。

遺跡ユニットを積み込んでいる時、九十九がコハクに話しかけた。

 

「コハク君、すまいなが自分を『かんなづき』に跳ばしてくれないか?」

 

「白鳥さん?」

 

「かんなづきの艦長、秋山少将は前々から草壁のやり方に疑問をもっていた人物だ。もしかしたら戦争後の混乱に乗じて草壁を打倒する手を何か考えているかもしれない」

 

「それで自分もその秋山少将と共に草壁を倒すと‥‥」

 

「ああ‥今後木星と地球の未来に草壁のやり方ではまたいつ戦争になってもおかしくない。それならばいっそ‥‥」

 

九十九は草壁が自分を殺そうとしたように自分も草壁を殺すつもりでいた。

 

「‥‥分かりました。ただミナトさんや妹のユキナさんには‥‥」

 

「先程必ず生きて帰ってくると誓いを立てたよ」

 

「分かりました。では、行きましょう。白鳥さんは秋山少将ないしかんなづきのブリッジを強く想いうかべてください」 

 

コハクは九十九に手を差し伸べる。

 

「あ、ああ‥‥」

 

コハクが九十九の両手を握り、目を閉じると、コハクと九十九の身体は光だし、体中に紋章が浮かび上がる。

そして2人は跳んだ。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「艦長!跳躍反応あり!」

 

「何!どこだ!?」

 

「そ、それが‥此処です!!本艦の艦橋です!」

 

オペレーターが叫ぶとかんなづきの艦橋に光が満ち2人の人影が姿を現す。

 

「な、何者だ!」

 

秋山が声を上げ、艦橋内に居た者は腰のホルスターに入っていた銃を構える。

 

「秋山少将!自分です!白鳥九十九少佐であります!」

 

九十九は敬礼しながら秋山に答える。

 

「し、白鳥!?貴様死んだ筈じゃあ‥‥」

 

突然現れた九十九に戸惑うかんなづきの乗員達。

 

「いえ、自分は死んでおりません。このとおり生きております。しかし誰がそのようなことを?」

 

「草壁閣下だが‥‥やはりあの男‥‥」

 

秋山は木星出立時に草壁の芝居じみた演説を思い出し、顔を渋らせる。

草壁は木星市民に対して白鳥九十九は地球側のスパイの手によって殺されたと発表した。仮に本物の白鳥九十九が現れても恐らく草壁は『地球側の送り込んできた偽物の白鳥九十九だ!!』または『地球側のスパイだ!!』とか言って、九十九を地球側のスパイとしてどの道葬るつもりだったのだろう。

 

「秋山少将。自分がここへ来たのは少将にお話しがありまして」

 

「ん?」

 

九十九はナデシコでの出来事を全て話した。

ナデシコのクルー達と共にゲキガンガーを見た事。

ナデシコのクルー達は真剣で地球と木星の未来を考え和平交渉を行おうとしていた事。

そしてその和平交渉で無理難題な条件を突きつけ、終いには自分を暗殺し、それをすべて地球側の陰謀だと処理し、戦争を継続させようとした草壁の陰謀も。

 

九十九の話を聞いた秋山もかんなづきの乗員も戸惑いが隠せない様子だった。

 

「艦長、『ゆめみづき』より通信が入っております」

 

「ん?月臣から?一体なんの用だ?」

 

秋山と月臣が秘匿皆伝で何かを話し合っている。

 

「分かった。すまんが暫く艦橋を空ける。白鳥、お前もついてきてくれ」

 

秋山と九十九は通信室へと入る。

 

「それで、一体何の用だ?月臣」

 

「源八郎、例の件だが、お前の返事を聞きたい」

 

「こんな時にか?」

 

「こんな時だからこそ聞いておきたいのだ」

 

月臣が返答を催促しているが、秋山の返事は九十九の話を聞き既に決まっていた。

 

「わかった。俺も例の件には賛同しよう」

 

「ありがたい。お前が熱血クーデターに参加してくれるのなら百人力、鬼に金棒だ」

 

「月臣、お世辞を言うなと言っただろう」

 

「すまん。だが、これで草壁を完全に失脚させることが出来る」

 

「月臣、天は我々に味方しているぞ」

 

「ん?それはどういうことだ?」

 

「白鳥」

 

九十九が通信モニターに映る。

 

「つ、九十九!お前、生きていたのか!?」

 

「おかげさまでピンピンしているよ」

 

「草壁から地球のスパイに殺されたと聞いたが‥‥そうか生きていてくれたのか」

 

「ああ、今回のことで木連上層部のやり方がよくわかった。俺達が変えなければならないということが‥‥」

 

「うむ。未来のために」

 

「おう。未来のために」

 

木連の三羽烏と言われたこの3人が中心となって行われたクーデターは後に、『熱血クーデター』と呼ばれる木連最大のクーデターが決行されるのはもう少し後になってからだが、3人の結束が強まったのはこの時であった。

 

九十九はこのまま秋山と行動を共にするということでかんなづきに残り、コハクは再びボソンジャンプし、ナデシコへと戻った。

コハクがかんなづきから帰ると、早速ミナトとユキナに九十九がどうなったかを聞かれ、コハクはかんなづきでの出来事を話した。

最初はまた命の危険に晒されるような環境に戻った九十九をミナトは理解できないと言っていたが、秋山と月臣の人柄をよく知るユキナがミナトに2人は十分に信頼の置ける人物であり、決して九十九を死なせるようなことはしないだろうという事を聞き、一応は納得してくれた様子だった。

ミナトとユキナに九十九の事を説明し終えたコハクはアキト、ユリカ、イネス、ルリの4人がいる展望室へと向った。

 

展望室では簡易的ではあるが、オペレート機器が設置され、後はアキト達がボソンジャンプでナデシコを宇宙へ跳ばすだけとなった。

 

「じゃあ始めましょうか」

 

「「は、はい」」

 

イネスの開始の言葉を合図にカキツバタの時同様アキト達3人の体が光体中に紋章が浮き上がる。

そしてボソンジャンプ‥‥と、思いきや、ナデシコはボソンジャンプせず、遺跡の地下にいたままであった。

 

「跳びませんね‥‥」

 

「変ね‥‥理論上ではこれで正しい筈なんだけど‥‥」

 

「ですが、現実に跳んでいませんよ‥‥やっぱり僕がナデシコを跳ばしましょうか?」

 

カキツバタを追って火星に来た時と同じ様にコハクがナデシコを跳ばそうかと提案したが、

 

「今の貴女は度重なるボソンジャンプで酷く体力を消耗しているわ。そんな中、また戦艦1隻をボソンジャンプで跳ばしては、貴女の命に係わるか、どこに跳ばされるか分からないからダメよ」

 

コハクの体力的問題でコハクの提案はイネスに却下された。

 

「コハク、貴女はまた無茶をしようとしたんですか?」

 

ルリにギロッと睨まれて委縮するコハク。

そしてイネスは腕を組み先程のボソンジャンプの失敗原因と次は成功させるため、どうすべきかを考える。

展望室にいるイネスを除く4人はイネスの答えを待つしかなかった。

 

「‥‥‥やっぱりコレしかないわね」

 

どうやら答えが出たようだ。

 

「アキト君、艦長。貴方達2人、キスしなさい」

 

イネスはアキトとユリカにいきなりとんでもないことを言い放った。

 

「えっ!?エ―――!!」

 

「キ、キスっスか!?」

 

2人とも鳩が豆鉄砲を食らったような驚きっぷりだ。

 

「これだけ大きな物体をジャンプさせるには、それなりに大きなフィールドが必要なの。最初からフィールドが開いているチューリップとは違うわけだから、私達も電気的接触というか、粘膜同士の接触というか‥‥」

 

イネスが最後の方は言葉を濁らす。

粘膜同士の接触‥‥それはつまり唇と唇同士ということだ。

本当にそれでジャンプが出来るかわからないが、今はイネスの言葉を信じるしかなかった。

アキトがユリカの方を向き言う。

 

「じゃ、じゃあ行くぞ‥‥‥」

 

「いやっ!!」

 

プイとユリカが顔を背ける。

 

「だってしょうがないだろう!?」

 

「しょうがない!?しょうがないからアキトは私とキスするの!?」

 

ユリカの言うこともなんとなくわかる。

彼女だって女性なのだから想い人とキスをするからにはそれなりのシチュエーションやロマンスを求めていたにもかかわらず、折角アキトと合法的にキスできると言うのにアキト本人はしょうがなくというなんだか嫌々でキスをすると言うこのシチュエーションでは、キスを拒否したくもなる。

 

「そんなこと言っている場合じゃないだろう!?戦争を無くすためなんだから‥‥」

 

「いや!アキトなんて、イネスさんかコハクちゃんとキスすればいいのよっ!」

 

ユリカはそう言って消えてしまった。

 

「お、おいユリカ!」

 

「どうやらボソンジャンプしたみたいね。艦長なかなか才能あるじゃない」

 

「ジャンプって一体どこに?」

 

「さあ?」

 

キョロキョロと辺りを見回すアキト。

そこに格納庫にいるウリバタケから通信が入る。

 

『おい、テンカワ!なんだか分からねぇが、お前のエステに艦長が!』

 

ウリバタケの背後にはアキトのエステバリスに乗ったユリカの姿が映った。

 

「追って、アキトさん!」

 

「コハクちゃん‥‥でも俺‥‥」

 

「どうしたの?」

 

「その俺‥‥俺‥‥」

 

「ん?」

 

煮え切らない態度のアキトに首をかしげるコハク。

そしてアキトが覚悟を決め言う。

 

「俺!随分前からコハクちゃん、君のことが気になっていたんだ!」

 

「「「‥‥‥」」」

 

言われた本人もそうだが、ルリとイネスも唖然としている。

 

「アキト君‥‥」

 

「テンカワさん‥‥」

 

「「そういう趣味だった(の?)(んですか?)」」

 

ルリとイネスがジト目でアキトを見る。

 

「‥‥‥」

 

アキトは俯いてしまった。

 

「アキトさん‥‥」

 

コハクが静かにアキトに言う。

 

「アキトさん‥‥仮にアキトさんが僕に恋愛的感情に似た感情を持っていたとしましょう。しかしそれはきっと恋愛ではありません」

 

「えっ?」

 

「アキトさんが僕に抱いている感情は恋愛的なものではなく憧れです」

 

「憧れ?」

 

「はい‥‥アキトさんはナデシコの航海中僕と何度も稽古をしてきました。その時、アキトさんは僕の強さに憧れを抱いただけにすぎません」

 

「‥‥」

 

「恋愛と憧れは別物です。アキトさんとユリカさんの関係には誰にも越えられない壁が存在するはずです。なにせユリカさんは10年以上もアキトさんに恋愛感情を抱いてきたのですから‥‥‥アキトさんも心のどこかでは分かっている筈です。でも恥ずかしくてそれを認められない‥‥違いますか?」

 

「恋愛と憧れは別物‥‥」

 

「そうです。恋も戦も勇気が大切なのです。アキトさんはもう十分に勇気をつけ、そして強い心を持っています。さぁ、恥ずかしがらず勇気を持ってユリカさんを追ってください。そして心の奥底にあるユリカさんに対する思いをぶつけてください」

 

「‥‥わかった!ありがとコハクちゃん」

 

アキトはユリカのいる格納庫へと向った。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

「おーい!降りろ!あんたじゃ操縦は無理だ!」

 

ウリバタケがメガホン越しにユリカに向って声をあげる。

しかし、そんなウリバタケの言葉を無視し、エステバリスを動かす。

 

「ユリカ!お前何してんだ!?降りろ!」

 

格納庫に着いたアキトも声をあげ、ユリカをエステバリスのコックピットから降ろそうとする。

 

「艦長!あんたIFSつけてないだろう!」

 

再びウリバタケがユリカに向けってエステバリスを動かすには不可欠なIFSを指摘する。

それを聞いたユリカは舌をだし、ウリバタケとアキトに右手を見せ付ける。

そこには確かにパイロット用のIFSのタトゥーがくっきり刻まれていた。

元々火星生まれのアキトにIFSがあるのだから、当然アキトと同じ火星出身のユリカだってIFSがあっても可笑しくはなかった。

 

「「えっ!?」」

 

それを見たウリバタケとアキトは驚いた。

 

「なんで艦長がIFSつけてんだ?」

 

「アイツ‥‥」

 

『跳ぶのよ、アキト君。イメージしてエステバリスのコックピットを‥‥』

 

「ユリカ‥‥」

 

アキトが目を閉じ、ボソンジャンプする。

 

「うわぁっ!?」

 

突然消えたアキトにびっくりするウリバタケ。

 

 

~アキト機 コックピット~

 

突然自分の後ろにボソンジャンプしてきたアキトに声をあげるユリカ。

 

「いやーっ!!あっち行って!!」

 

「こんな狭いとこで、あっちもこっちもないだろう!?」

 

「やだ!やだ!やだぁ!」

 

「何意地はってんだよ、お前は!?」

 

アキト機のコックピットから流れてくる会話はいきなり騒がしいものだった。

尚、この会話はナデシコだけではなく、木連側にも筒抜けである。

 

「お前、何考えてんだよ!?」

 

「だって、アキトはイネスさんに‥アイちゃんに責任感じているんでしょう?だから、私、時間を戻して‥‥」

 

「お前、そんなことのために?」

 

「そんなことじゃないもん!私にとっては大事なことだもん!」

 

「ユリカ‥‥」

 

「どうして来たのよ!?アキト!!」

 

「ば、バカそれはその‥‥俺はお前が‥‥」

 

「心配だから?」

 

「‥‥そ、そうだよ」

 

「やっぱり!」

 

ユリカの声のトーンが跳ね上がった。どうやらいつものユリカに戻ったようだ。

 

「アキトは私が大好き!」

 

「そ、そうだよ!!悪いか?」

 

アキトの照れる声がする。アキトもようやく認めたようだ。

 

「私? うん、私はアキトが大好き!」

 

「‥‥初めて聞いた」

 

「嘘」

 

「ホント」

 

「嘘、嘘」

 

「ホント」

 

「‥‥‥んっ」

 

戦場に響きわたる痴話喧嘩。

繰り返し続くユリカの言葉を、アキトの唇が塞いだ。

 

──キス。

 

幼い頃、火星の草原で交わして以来の2度目のキス。

驚いたように見開いたユリカの目が閉じられ、アキトはユリカの肩をやさしく抱き寄せた。

 

「イメージして‥‥火星の‥‥太陽の反対側の軌道を‥‥」

 

イネスさんがボソンジャンプ先の場所をエステバリスにいる2人に伝える。

 

「空間座標固定‥‥メグミさん、エステバリス隊に帰還命令をだしてください」

 

『了解』

 

メグミさんが、帰還命令を出している中、ルリはキスしている2人の映像をジィッと見ている。

 

「どうしたの?ホシノ・ルリ」

 

「ボソンジャンプってキスしないと出来ないものなのですか?」

 

映像を見て、ボソンジャンプに対する疑問をイネスに聞き、そして一瞬チラッとコハクを見るルリ。

 

「それはまだ貴女には早いわ。もう少し大人になったら分かるわ」

 

(大人の言い訳ですねイネスさん‥‥)

 

やがてジャンプフィールドがナデシコを包みナデシコは跳んだ。

 

アキトとユリカはボソンジャンプに普通は耐えることの出来ない生身の人間を守って無事ナデシコを宇宙へと跳ばした。

 

「Yユニット、自走システム異常なし、切り離します」

 

遺跡ユニットを乗せたYユニットはナデシコから切り離され漆黒の宇宙を当てもなく進んでいった。

これで地球と木星との戦争がすぐ終わるとはおもえないが、とりあえず、ナデシコの航海はこれで終わり、後は地球へ帰るのみとなった。

 

展望室から宇宙の彼方へと進んでいくYユニットを見ていたコハクだったが、突然右手で左わき腹を抱えながら倒れた。

 

「コハク!」

 

慌ててルリが駆け寄ると、コハクの脇腹からは赤い血が流れ白い包帯とシャツを赤く血で染める。

 

「どうしたんですか!?コハクこの傷は!?」

 

ルリがコハクの傷を聞く。

 

「‥‥さっき‥まで‥我慢して‥‥たんだけど‥‥やっぱりボソンジャンプのせいかな‥‥‥傷口が開いたみたい‥‥」

 

「すぐに医務室に‥‥」

 

イネスがコハクを医務室に連れて行こうとするが、

 

「待って‥‥手当てなら‥‥ここで‥‥」

 

「何言っているんですか!?」

 

ルリが声をあげる。

 

「‥‥地球を見ながら‥‥イネスさんお願いします」

 

「はぁ~分かったわ」

 

オペレートシートを倒し、そこに横たわるコハク。

 

応急処置をし終えてルリと一緒に地球を見る。

 

「‥‥ねぇ、ルリ」

 

「なんです?」

 

「‥‥なんだか‥‥すごく長い間、地球を離れていた気がするよ」

 

「そうですね」

 

ナデシコは次第に地球へと近づいていく。

 

「‥‥地球‥か‥‥何もかも‥‥みな‥‥懐か‥‥しい‥や‥‥」

 

コハクはそう呟くとゆっくり眠るように目を閉じた。

 

「コハク?‥眠ってしまったんですか‥‥?‥‥お疲れ様です。今はゆっくり眠ってください‥‥」

 

ルリは静かに目を閉じているコハクの髪を優しくなでた。

 

 

西暦2198年 3月 ナデシコはその航海を終え、無事地球へと帰還した。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第30話

更新です。


 

 

 

西暦2198年 3月 火星

 

「私? うん、私はアキトが大好き!」

 

「‥‥初めて聞いた」

 

「嘘」

 

「ホント」

 

「嘘、嘘」

 

「ホント」

 

「‥‥‥んっ」

 

戦場に響きわたる痴話喧嘩。

繰り返し続くユリカの言葉をアキトの唇が塞いだ。

 

──キス。

 

幼い頃、火星の草原で交わして以来の2度目のキス。

驚いたように見開いたユリカの目が閉じられ、アキトはユリカの肩をやさしく抱き寄せた。

 

「‥‥地球‥か‥‥何もかも‥‥みな‥‥懐か‥‥しいや‥‥」

 

ナデシコの展望室では1人の少女が地球を見ながら静かに眠った。

 

 

 

 

西暦2198年 3月 ナデシコはその航海を終え、無事地球へと帰還した。

 

 

 

 

地球も木星も戦争をしてまで手に入れようとした火星の遺跡‥その肝心な中枢部を宇宙の果てに飛ばし、回収不能にしてしまったナデシコ。

そんなことをすれば、当然といえば当然、何の処罰も受けないと思ったら大間違い。

地球に着いたナデシコは母港である、ネルガルのサセボドックに着いた早々にナデシコクルーは全員その場で身柄を拘束され、暫くの間拘留生活を余儀なくされた。

しかし、この処置は軍法会議でも国際法廷でも決定された正式な処置ではなく、あくまで仮の処置である。

遺跡の核を宇宙の彼方へと飛ばしたことで、地球、木星の双方は戦争の目的を失い、現在は小康状態になっているとはいえ、戦争は未だに継続中で正式にナデシコクルーを立件、処罰をしたくても舞台となった火星遺跡の調査が出来ない上、ネルガルの影の影響力と元ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカの父、連合艦隊提督、ミスマル・コウイチロウの尽力等もあり、未だに仮処分中というのが実状だった。

 

連合宇宙軍サセボ基地資材管理倉庫D――――通称ナデシコ長屋。

 

四畳半一間の部屋を三軒隣の寝言が聞こえるほど、薄い壁で仕切っただけの急ごしらえの簡易住居。

そんな住居生活の中でも、ナデシコクルーは現在も継続中の戦争などどこ吹く風といった状態で、意気消沈する様子もなく、ナデシコにいたときと何ら変わらない毎日を送っている。

拘留生活といっても刑務所のように終始、銃を構えた兵士に見張られるわけでもなく、また強制労働を強いられるわけでもなく、遠巻きで監視されている点を除けば、比較的自由に過ごせる。

ただし、基地の外に出る場合は事前に外出の申請許可が必要となり、外出してもやはり遠巻きに軍の監視が付く。

しかし、そんな些細なことを気にするナデシコクルーはいなかった。

 

そんな生活環境の中、ナデシコクルーの1人、テンカワ・アキトの朝は早い。

彼は毎朝5時には起床し、手早く布団をたたみ、小一時間ほどナデシコで毎日欠かさず行ってきた体力づくりのトレーニングを行い、汗を流した後、朝食の準備をする。

そして午前7時過ぎ、

 

「アキトー 朝ご飯食べに来たよー」

 

長屋の玄関を開け、ナデシコ元艦長、ミスマル・ユリカと元オペレーターのホシノ・ルリが来た。

 

「ねぇねぇアキト、お味噌汁もう一杯おかわり」

 

ユリカがにっこりと満面の笑みを浮かべアキトにお椀を差し出す。

 

「お前‥‥太るぞ‥‥」

 

アキトは差し出されたお椀を受け取り、呆れながら言う。

 

「だって~アキトの作るご飯美味しいんだもん。さすがコックさんだよね」

 

四畳半一間の中心に置かれた丸い小さな卓袱台の上には、ふっくらと炊き上げられた白いご飯に味噌汁、焼き魚、それにありあわせの野菜が添えられている。

 

「ん~やっぱり美味しいアキトのご飯~♪」

 

ユリカはとても満足そうにアキトの作った朝食を食べる。

ブツブツと言いながらも味噌汁のおかわりをよそるアキトの顔も満更ではなさそうだ。

ほのぼのとした朝の平和な一面。しかし昔から平和というのは長続きせず、唐突に終わりお迎える。

朝食の片付けも終わり、普段ならば、ナデシコの料理長だったホウメイの下へ料理勉強に行くアキトだが、今日はホウメイが食材の調達のため、料理勉強は休み、そこで部屋の掃除でもしようかと思っていた時、

 

「アキト君、居るよね!?」

 

いきなり玄関の戸を開けて入ってきたのはジャージの上にドテラを着込み、頭にはハチマキ、目の下にはクマ、手には墨、足にはスクリーントーンの切れ端が張り付いている。

それは原稿が締め切り寸前になった漫画家スタイルをした元エステバリスのパイロットの1人、アマノ・ヒカルだった。

 

「どうしたの、ヒカルちゃん?」

 

「お願いベタだけでもいいから原稿手伝って!『うるるん』の新人マンガ賞の締め切りが明日までなの~」

 

滝のような涙を流しアキトの手を握るヒカル。

 

「あれ?でもリョーコちゃんが確か手伝っていたはずじゃ‥‥?」

 

「ダメダメ。リョーコ、がさつだからベタははみ出すは、消しゴムかければ原稿用紙を破くはで、全然使えないの。だからお願いアキト君、手伝ってぇ~」

 

顔を近づけられタジタジになるアキト。

 

「で、でも俺、マンガを描いた経験なんてないッスよ」

 

「大丈夫。アキト君器用だし、ルリルリだってこの前まで素人さんだったけど、今じゃトーンの削りだって出来るようになったなんだから」

 

「は、はぁ~」

 

(トーンの削りってヒカルちゃんにとってどれくらいの高レベルの作業なんだろう?)

 

「今日はルリルリも出かけていて、居ないの~だからお願~い」

 

アキトは、苦笑いをしつつ据わった目で自分を凝視してくるヒカルにはとても勝てそうにないと判断し、アキトはその日ヒカルのアシスタント兼食事係りを務める事となった。

 

アキトがヒカルのマンガのアシスタントを務める事となったその日。

ルリは外出許可をもらい、サセボ市内にあるネルガル系列の病院にいた。

特別病棟の中にある一室。

ルリは病室のドアをノックして、中からの返事を聞き、病室へと入る。

 

「ルリ、いらっしゃい」

 

ベッドで上半身を起こし、水色のパジャマの上に薄桃色の薄手のカーディガンを羽織ったコハクがルリを出迎える。

ナデシコ元サブオペレーター、タケミナカタ・コハク。

火星においてナデシコを単独でボソンジャンプさせた実績を持つ。

その正体は遺伝子改造とナノマシン技術を使って、作られた人工生命体でナノマシンの力を使い体の原子配列を変換させ、体の構造を変化・変形することができる生物兵器でもある。

その彼女は火星での度重なるボソンジャンプと木連との和平会談中、木連将校、白鳥九十九を凶弾から救うべく自ら負傷したことにより、ナデシコが地球に帰還した際には、昏睡状態となり、サセボに到着後、そのまま病院に担ぎ込まれた。

病院に担ぎ込まれた後も昏睡状態が続き、3日目になりようやく意識が回復した。

そしてそのまま療養と検査のため長期入院していたのだ。

 

「体の調子はどうですか?」

 

ルリはベッドの脇にある椅子に腰掛ける。

 

「うん、大分調子が戻ってきたよ」

 

「ちゃんと食事はとっていますか?入院するとげっそりと痩せるってミナトさんが言っていましたから」

 

「ご飯はちゃんと食べているよ。でもナデシコの食事と比べるとやっぱりナデシコの方が美味しいかな」

 

「そうですか」

 

「うん」

 

その後、ルリはりんごを剥きながら、ナデシコ長屋で自分が見たり、聞いたりしたことをコハクに語って聞かせたり、コハクの髪の毛をブラシで優しく梳かしたりした。

楽しい時間というのはあっという間に終わり、やがて面会終了時間となる。

 

「それじゃあまた来ますね。コハク」

 

「うん‥‥早くみんなの‥ルリの居るその長屋に行きたいな‥‥」

 

「コハク‥‥」

 

コハクはルリと別れる際には寂しそうな顔をする。

そんなコハクをルリは優しく頭をなで言う。

 

「コハクは甘えん坊ですね。大丈夫です。私もナデシコ長屋も皆も逃げませんから、コハクは十分に元気になってから、長屋に来てください。長屋で突然倒れられては逆に皆に心配をかけてしまいますから」

 

「‥‥うん、そうだね」

 

「ええ、それじゃあ、また‥‥」

 

「うん、またね‥‥」

 

コハクは手をヒラヒラと振りルリを見送った。

 

「コハク‥‥」

 

病院を出たルリは外からコハクの病室の窓を数分間じっと見つめていた。

 

 

そして、西暦2198年 5月 木連にて若手将校を中心とした大規模なクーデターが勃発した。

 

「「「「休戦協定!?」」」」

 

ルリ、リョーコ、ゴート、ユリカの声が重なる。

 

「そう休戦協定」

 

ナデシコ長屋の集会場に集まったナデシコクルー全員の様子を見て、アカツキが満足そうに頷く。

 

「まっ、元は同じ地球人、昔のことは全て水に流して仲良くやりましょうってことさ。最も協定が正式に調印されるのは今年の秋ぐらいかな。今度の木蓮の指導者はなかなか話がわかる人物でね」

 

「今度の指導者?」

 

木連の新しい指導者と聞き、眉を顰めるアキト。

 

「しつもーん」

 

ユリカが手を挙げる。

 

「何かな?」

 

「今度の指導者ってことは木連で何かあったんですか?」

 

「さすが鋭いね。実は先日木連で大規模なクーデターが起こってね。その結果これが成功して、木連の政治体制が激変、穏健派の若手が政権を握ったわけさ」

 

アカツキは木連の実態を大まかに口で説明した後、秘書のエリナに詳細な資料を掲示させた。

掲示された空間ウィンドウには証明写真のような構図で3人の男達の顔が映る。

 

「これが話のわかりそうな今度の木連の新指導者、秋山源八郎と‥‥」

 

「あ―――っ!」

 

アカツキが残り2人の男を紹介しようとしたとき写真を見たユキナが声をあげる。

 

「お兄ちゃん!それに元一朗も!」

 

「そう。木連突撃優人部隊少佐 月臣元一朗と白鳥九十九。今回のクーデターの実行部隊隊長を務めているわ。作戦の立案は外見に反して秋山氏が行っていたそうよ」

 

(白鳥さん無事だったんだ)

 

九十九の映った空間ウィンドウを見て九十九が無事なことにまずは一安心するミナト。

 

怨恨から始まった地球と木連との戦争はいつの間にか火星のオーバーテクノロジーの争奪戦となっていた。

しかし、今回ナデシコが火星の遺跡の核を宇宙へと飛ばしてしまったため、木連は戦争本来の目的を失いそれに追い討ちをかけるかのように今回のクーデターが起こり、秋山、白鳥、月臣を中心とする若手穏健派将校が当時の指導者草壁春樹率いる徹底抗戦派を一掃し、木連の政治・軍部を掌握し、新政権を樹立させたのだ。

秋山達が今回のクーデターを起こしたのには理由があった。

 

秋山は戦争中から草壁の異常なまでのボソンジャンプに対しての執着に危機感を抱き、そして火星遺跡入手後のジャンプ実験の計画をある筋より入手したのだが、その実験計画の内容は優人部隊の将兵達を実験動物の如く扱う人体実験で更には地球制圧後も火星からの避難民・移住者も同様の扱いにするとの記述もあり、このあまりにも非人道的な計画に秋山は草壁の人柄と彼の言う「新たなる秩序」に強い不信感を持った。

そして決定付けたのが、木連と地球の和平歓談中に地球側に暗殺された発表された白鳥九十九少佐の存在だった。

会談当初、その現場ですべてを目撃したとされる草壁本人の発表では地球側の一方的な騙し討ちであり、自分も命を狙われたと発表し、木連国民の反地球感情をおおいに煽り将兵達の士気を高めたが、実際は草壁が画策した陰謀であり、暗殺されたと言われた白鳥少佐が火星で秋山が艦長を務めているかんなづきにボソンジャンプしてきた時に秋山は交渉時、草壁が地球側に無理難題な条件を押し付けたこと、白鳥少佐を暗殺しようとしたことを聞き、今回のクーデターの実行を決定付けたのだ。

九十九はあの時、草壁がユリカ達に手渡したあの和平交渉の条件書をどさくさに紛れて持って行き、それを秋山に見せたのだ。

それを見た秋山は顔を顰めた。

草壁は当初、あのまじめな白鳥少佐のことだからすぐに真実を木連国民に伝えようと木連に戻ってくると踏んで、国民がもっとも多く集まるであろう白鳥少佐国葬会場に暗殺者を潜ませていたのだが、白鳥本人は現れず、草壁はクーデター直前まで白鳥少佐の陰に怯えることとなった。

クーデター当日、決起した若手熱血派将校達は草壁のいる司令部を急襲。

しかし、そこに草壁本人の姿はなく、クーデターの混乱で月臣元一朗も草壁ともども現在も行方不明になっている。

 

「今回のクーデターは『熱血とは盲信にあらず』にはじまる檄文から向こうでは熱血クーデターと呼ばれている」

 

「ずいぶんと詳しいじゃねぇか。まさかそのクーデターにもネルガルが絡んでいるんじゃねぇだろうな?」

 

妙に詳しい情報を持っていたネルガルにリョーコが聞こえよがしに言う。

 

「それに関してはノーコメント」

 

エリナの口元には悪戯っぽく笑みが浮かんでいる。

 

「ケッ、そういうことかよ」

 

「とにかく、今回のクーデターが成功したことによって木連の徹底抗戦派は一掃され、地球との戦争終結を模索する動きが活発化したわけ。もっともクーデターの成否はともかくとしていずれ地球と木連との間には休戦協定が結ばれたでしょうけど」

 

「そうそう何処かの誰かさんが遺跡を宇宙へと飛ばしちゃったんだからね」

 

アカツキがユリカの方を見た。

 

「まぁまぁいいじゃないですか。これで戦争が終わるんですから」

 

悪びれた様子もなく笑顔で言うユリカ。

 

「まぁそういうわけで、戦争はお終い。戦後の賠償とか火星の問題とか詰めなきゃいけない問題が山のようにあるけど、そっちの方は軍人さんと政治家さんがうまくやるでしょう」

 

「質問」

 

今度はルリが手を挙げた。

 

「なにかしら?ホシノ・ルリ」

 

「私達はどうなるんですか?このままサセボ基地に拘留ですか?それとも軍法会議にかけられて正式な処分を受けるんですか?」

 

「まさか」

 

アカツキは芝居がかった笑みを浮かべ続けて言う。

 

「正式に処分なんてしたら、ボソンジャンプの秘密を世間に大公開することになってしまうよ。政府も軍もネルガルもそれは避けたいからね」

 

「また大人の理屈ですか」

 

「そういうこと。でもそのおかげで、君らは自由になれるのだから、たまには大人の理屈も悪くはないだろう?」

 

「自由ってここから出られるのか?」

 

自由という言葉に反応したアキトは横から口を挟んでアカツキに聞く。

 

「まあね。暫くは監視がつくだろうけど、協定が調印されれば君達は釈放、自由の身さ。軍に戻るもよし、このままネルガルにいるもよし、別の職につくのも自由ってわけさ」

 

それを聞きざわめくナデシコクルー達。

 

チューリップの中にいた8ヵ月分の給料や拘留中の給料は支払われるのとか、次の就職先はどうしようかなど、さまざまである。

そんな騒がしい大人たちを一角で静観している2人の少女がいた。

 

「ねぇ、あんた何で黙っているの?」

 

少女の1人白鳥ユキナが隣にいるもう1人の少女ホシノ・ルリに話しかける。

 

「‥‥?」

 

「言わないの?バカって」

 

「あれはもう卒業です」

 

「卒業?」

 

「はい」

 

ルリはバカ騒ぎをしている大人達を見て言った。

 

「私も結構バカですから」

 

ルリは微かに笑みを浮かべ言った。

 

アカツキから休戦協定と釈放のことを聞いたナデシコクルーはすぐにナデシコ長屋を出る準備を開始し、長屋は一気に忙しくなった。

釈放となればナデシコ長屋は解体されるので、まずは次の移住先、つまり引っ越し先を探さなければならない。

それに滞っていたナデシコの事後処理も片付けなければならない。それによりプロスペクターは連日徹夜作業を余儀なくされた。

次に曖昧となっていたアキトやコハクの戸籍問題もきちんと解決しなければならなかった。

コハクに関しては後日、本人とルリの強い希望からコハクが正式にルリの義妹となった。

 

クルー達の頭をもっとも悩ませたのが、次の就職先である。

一応現代段階ではナデシコクルーは全員宇宙軍軍人に登録されているが、戦争が終われば、多くの軍人は退役、予備役を余儀なくされる。

臨時雇いに近いナデシコクルーは真っ先にその対象に選ばれる可能性が高く軍に残れるという保障は低かった。

もっともそんな軍の事情に関係なく、ほとんどのクルーは軍人を続ける気はなかったため、新しい仕事先を見つけなければならないのは変わらなかった。

しかし、ナデシコクルーの大半は民間企業からの雇用者が多く、元々が各分野のエキスパートでもあり、戦争中からナデシコの名は民間にも知れ渡っていたため、意外と再就職は容易だったと言う。

メグミは声優業界に戻り、ウリバタケは自営の町工場に戻り、ユリカとジュンの2人はミスマル提督の力添えで軍に復帰。

イネスはネルガルに残ってボソンジャンプについて研究を続けるようだ。

ナデシコの食堂で腕を振っていたホウメイもナデシコ乗艦時の給料を元手に東京で店を開くと言う。

プロスペクターとゴートは元々ネルガルの社員、アカツキとエリナは既にネルガルの会長と会長秘書に復帰している。

ただコレを気に新しい職を模索する人もいた。

ナデシコ食堂でホウメイの元で働いていたエリ・ミカコ・ハルミ・サユリ・ジュンコの5人は「ホウメイガールズ」という名前でアイドルデビューを果たし、アキトはナデシコに乗る前から夢であったコックになるため、ホウメイ以外にも近所の食堂でバイトをしながら修行し、長屋を出たらラーメン屋を開店する準備をしている。

ヒカルは漫画家を目指し、連日原稿を描いては色んな出版社へ持ち込んでいる。

ミナトは大学時代に取得していた教員免許を活かし、長屋を出た後はオオイソシティーで高校教師をしながら、ユキナと共に九十九の帰りを待つことにした。

ユキナもミナトの下で兄の帰りを待ちながらオオイソシティーの学校に通うことにした。

 

皆が長屋を出た後のことを決めているなか、ルリは自分のことを考えた。

コハクを妹にしたが、その先のことを考えていなかった。

長屋を出たあと、どこに住むか、仕事‥‥はまだ無理なので、どこかの学校に行くのか、それともまた研究所へと戻るのかさまざまな考えをめぐらせていた。

ある日、ルリはコハクの入院している病院にお見舞いと今後どうするか相談しにいった。

そして病院の玄関ロビーで病院を出るエリナの姿を見つけた。

 

(エリナさん?)

 

エリナが‥‥ネルガルがここに来る理由はわかっている。

十中八九、コハクに会いに来たのだろう。

そしてコハクに会いに来た要件も大体予想がつく。

 

コハクの病室のドアをノックし、病室へと入るルリ。

 

「こんにちはコハク」

 

「いらっしゃい、ルリ」

 

「コハク、さっき玄関のロビーでエリナさんを見かけましたけど?」

 

「うん、さっきまでここにいた」

 

「要件はやっぱりボソンジャンプ実験に協力しろ、ですか?」

 

「‥‥‥」

 

ルリにエリナの要件を言い当てられ、頷くコハク。

 

「まさか承諾したんじゃないでしょうね!?」

 

尋問するかのようにきつい目に強めの口調で尋ねるルリ。

実験に協力‥‥すなわちボソンジャンプの研究用モルモットになれということだ。そして事故ないし実験に失敗して死んでも、実験に失敗と犠牲は付き物だということで一方的に処理されてしまう。

 

「だ、大丈夫だよ。承諾はしてないからさ‥‥」

 

ルリのあまりの迫力にたじろぐコハク。

少し前のコハクだったら、実験を承諾していただろうが、今のコハクはルリの妹と言う事で、自分はもうネルガルの所有物であると言う認識を捨てていた。

 

「そうですか‥それなら安心です」

 

「それで今日はどうしたの?」

 

ルリは木連との休戦協定後に拘留中のナデシコクルーは何のお咎めなしに釈放されるは話をして、長屋を出た後、どうするかをコハクに相談した。

 

「なるほど‥‥でも引越し先なら心配ないと思うよ」

 

「なぜです?」

 

「ミナトさんかユリカさんあたりが『ルリちゃんは私が引き取る』って言いそうだもの」

 

「そうですか?」

 

「そうだよ。ルリは知らなかったかもしれないけど、ルリはナデシコでは人気者だったから、ひょっとするとルリをめぐって取り合いになるかもしれないよ」

 

「そ、そうですか‥‥それでコハクはどうします?」

 

「僕はネルガルに残ろうと思う」

 

「っ!?」

 

ネルガルに残ると聞いてまさかと思うルリ。

 

「あっ、でも実験に協力するわけじゃないよ。前にネルガルでエステバリスの設計をさせてもらったことがあったでしょう?それで今度もエステバリスの設計や相転移エンジンの研究をしてみようかと思ってね」

 

「でも、ネルガルが応じるでしょうか?」

 

「う~ん、やっぱり実験に協力することが前提になるのかな?」

 

「おそらく‥‥」

 

「まぁそこはプロスさんと交渉してみるよ」

 

行く末に不安を感じながらもコハクは今後どうするかは決めたようで、ルリも早く自分の身のふりを考えなければならなかった。

 

それから数日後、ナデシコ長屋にてホシノ姉妹の引き取り手をかけたイベントが起こった。

実はプロスペクターがホシノ姉妹の引き取り手を募集したところ、クルーのほぼ全員が立候補した。そこでまずプロスペクターが収入状況、家庭環境を調査し、選考した後、さまざまなゲームで選考し、最終的に残ったのがユリカとミナトだった。

 

事の発端はルリのこの一言で始まった。

 

「コハクも私もどこにもいくあてがありません」

 

皆が一斉にルリを注目した。

 

「そうですな。ルリさんはナデシコのためだけに、ネルガルが呼んだわけですから‥‥ナデシコがないとなると‥‥」

 

プロスペクターは説明の途中で言いにくそうに口ごもる。

 

「もしかしてお邪魔虫ですか?」

 

するとクルーが一斉に「自分が引き取る」と言い出しあった。

 

(コハクの言っていた通りになりましたね‥‥皆さんから見るとやっぱり私もコハクもまだまだ子供に見えるのかな?)

 

ルリの心の声を他所に未だホシノ姉妹の所有をめぐってクルーは論戦を繰り返している。

このままでは収集が付かないので、プロスペクターが審査役を務め、まずは受付を開始、その日のうちに受付箱は親権を買って出たクルーの名前が書かれた紙でいっぱいになった。

プロスペクターはまず、書類審査から入った。

ネルガルの持つ情報網からホシノ姉妹の親権を立候補した人の経済状況、家庭環境を調査し、ルリとコハクの2人を十分に育てられるかを検討した。

立候補者の中にはアキトもいたのだが、経済状況の不安定さから選考落ちとなった。

 

選考に受かった立候補者達は続いて本審査に移った。

しかし、そこはお祭り好きなナデシコクルー。

ただの審査で終わるはずがない、サセボ基地の運動場でホシノ姉妹の親権をめぐって運動会のような催し物が開催された。

書類審査によって経済状況、家庭環境に問題ないと判断された者達なので本審査はホシノ姉妹に対する愛とかいう名目で開催されたのだ。

サセボ基地の兵士達も面白半分で見学に訪れている。

やがて競技が進むに連れて候補者達の数も減っていき、最終的に残ったのはユリカとミナトの2人となった。

 

「さあ、ホシノ姉妹の親権をかけた戦いもいよいよコレでラスト!激戦を勝ち残ったのはナデシコ元艦長ミスマル・ユリカ!」

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁー!!」」」」

 

「そして!ナデシコ元操舵士ハルカ・ミナト!」

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁー!!」」」」

 

プロスペクターがマイクで最終審査の始まりと両者の紹介をすると会場の興奮は最高潮を向かえる。

 

「では最終審査の方法はコレだ!」

 

プロスペクターは最終審査の演目が書かれている紙を提示する。

そこにはこう書かれていた。

 

“大岡裁き”

 

「艦長!」

 

「ミナトさーん、ガンバレー!」

 

歓声の中、運動場の真ん中にはルリを間に挟んでユリカとミナトが対峙するように立っている。

その奥には審判としてなぜか、和服姿のプロスペクターがいる。

恐らく大岡越前を意識しているのだろう。

 

「それでは両者、悔いを残さぬよう全力で挑んでください。それでは‥‥はじめ!」

 

プロスペクターの声がかかった途端に歓声がひときわ高くなる。

 

「ガンバレ、艦長!」

 

「ミナトさーん 負けるな!」

 

そこかしこから応援の声がかかる。

そしてけしからぬことにこの勝負を利用して、賭け事に興じる連中もいた。

ユリカが口をヘの字に曲げ、顔を真っ赤にしてルリを引っ張る。

対するミナトも負けておらず、歯を食いしばり、力一杯にルリを引っ張る。

普段からどこか力を抜いているミナトにしては珍しく本気になっている様子だ。

一方、両者の間で腕を引っ張られているルリは相変わらず無表情。

しかし、女性とはいえ、大人2人に両方から思いっきり引っ張られては痛くないはずはない。

2人のためを思っているのかわからないが、とにかく我慢強い少女である。

 

「ルリちゃん達は私と暮らすんだから~」

 

ユリカがルリの手を引っ張る。

 

「ルリルリ達は私達と暮らすのよ」

 

ミナトも負けじと引っ張り返す。

 

「ミナトさん、ガンバレ!」

 

ユキナも力一杯叫び、ミナトを応援する。

しかし、この大歓声の中ではユキナの声は100分の1以下にすぎないのだが、ミナトにはちゃんとユキナの声援が届いたようで、自分達の周りをぐるりと取り囲んだ野次馬の中からユキナを見つけ出し、ユキナに向って小さくウィンクした。

 

まかせといて

 

ユキナにはミナトのそんな声が聞こえたような気がした。

 

ユキナが声援を送り、

ミナトが引っ張る。

ユリカも引っ張る。

そしてルリは引っ張られる。

 

「袖‥‥伸びちゃいますよね‥‥」

 

ルリの予想通り、恐らくこの勝負が終わった時には今着ているルリの服の袖は勝負の前よりも伸びていることは間違いないだろう。

 

ルリが服の袖を気にしている最中も、

 

ミナトは引っ張り‥‥ルリは引っ張られ‥‥‥ユリカも引っ張る。

 

ユリカは引っ張り‥‥ルリは引っ張られ‥‥‥ミナトも引っ張る。

 

引っ張る‥‥引っ張られる‥‥‥引っ張る。

 

引っ張る‥‥‥引っ張られる‥‥引っ張る。

 

「‥‥んっ」

 

そしてとうとうルリも耐え切れなくなったのか、小さく声をもらし、顔を歪めた。

その瞬間、ミナトの手が緩み、ミナトの腕からするりとルリが抜けていき、ユリカの方へと引っ張られていった。

その反動が大きく、ユリカとルリは地面に倒れこみ、ミナトもペタンと地面に座り込む。

先程まで運動場を揺るがすような観衆の声援は一斉に静まり返る。

運動場の注目は審判を務めているプロスペクターに集まっている。

はたしてどちらに軍配が上がるのか?

この勝負の結果だけをみればユリカの勝ちであるが、これは大岡裁きである。

ルリが痛がったのを見て手を離したミナトが引き取り手という判定がでてもおかしくない。

 

ユリカか?

 

それともミナトか?

 

皆が固唾を飲んでプロスペクターの判定を待つ中、ついにプロスペクターがゆっくりと口を開いた。

 

「この勝負‥‥‥艦長の勝ち!」

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁー!!」」」」

 

運動場が再び歓声に包まれる。

その中には悲鳴をあげ、チケットをビリビリに破り捨てる者もいたが、とにかくとんでもなく騒がしかった。

 

「アキトーッ 勝ったよー」

 

ルリの手を握ったままユリカはアキトに向って手を振っている。

 

 

 

「艦長とミナト君一体どっちが勝ったかのう?」

 

遠くから聞こえる歓声を聞き、ナデシコ長屋で手に持っていた湯飲みをグイッと煽って瓢が呟いた。

湯飲みの中身は、最初はお茶だったのだが、いつの間にか日本酒に変わっていた。

 

「十中八九艦長の勝ちだろうさ」

 

空になった瓢提督の湯飲みに酒を注ぎながらホウメイは答える。

 

「ほう、どうしてかね?」

 

「家柄、権力、資金‥‥あの子達のことをプロスペクターさんなりに考えてどっちに転んでも艦長がかつようにしたんだろうさ」

 

ホウメイの読み通り、プロスペクターはユリカと言うよりも彼女の実家である軍門としては名門家であるミスマル家でルリとコハクの2人を引き取る方が良いと考えたのだ。

しかし、ミナトの気持ちも大事にしたくわざわざ大岡裁きなどという面倒な方法をあえて選んだのだ。

これならばどっちに転んでもユリカを勝たせることが出来、皆にも理由が説明できるので、まさに一石二鳥だったのである。

 

大岡裁きの翌日ルリはナデシコ長屋を出た後の引き取り先をコハクに教えるため、病院に訪れた。

 

「‥‥というわけで長屋を出ましたら私達は艦長のお家に引き取られることになりました」

 

「成程ね‥‥それよりもルリ‥腕は大丈夫?」

 

「大丈夫です。それよりもコハクの言った通りになりましたね」

 

昨日、大人2人に力一杯腕を引っ張られたせいで昨夜は両腕が湿布薬だらけになったルリ。

痛みは一晩明けると消えていたので今は何の問題はなかったが、ただルリの予想通り昨日着ていた服の袖はルリの手がすっぽり覆うことが出来る程伸びてしまった。

 

「そうでしょう。皆、ルリのことが好きだから」

 

「コハクのことも皆さん心配していましたよ」

 

「そう‥‥」

 

コハクは僅かに頬を赤らめ俯いた。

 

「へぇ、それじゃあプロスさんとゴートさんはやっぱりネルガルに戻るんだ」

 

ナデシコ長屋の一角に設けられたナデシコ食堂で昼食をとりながらジュンが言った。

 

「うん、所詮はサラリーマンですからってなんかそんなこと言っていたよ」

 

同じく昼食のランチを食べながらメグミが応えた。

 

「へぇーあのオッサン達も大変なんだな。で、ジュンおまえはどうなんだ?」

 

すでに昼食を食べ終えたリョーコがジュンに聞く。

 

「長屋を出た後のこともう決まったのか?」

 

「僕は軍に戻ることにした‥‥多分ミスマル提督の下に配属されることになると思う」

 

「ちぇ、コネかよ」

 

「まぁ、ジュンさんの場合ユリカさんも軍に戻りますからね」

 

からかうようにメグミが言う。

 

「お前まだ艦長のこと諦めていなかったのかよ?」

 

「べ、別にそんなんじゃないよ。ぼ、僕はただ休戦後の世界平和のために‥‥」

 

「はい、はい、わかった、わかった。そういうことにしといてやるから」

 

抗弁するジュンにリョーコはヒラヒラと手を振りながらそう言う。

 

「そういうリョーコさんはどうするんですか?」

 

ジュンが口を尖らせて言う。

メグミの言ったユリカのことはもちろん図星であった。

振り向いてくれなくてもせめて同じ職場にジュンは居たかったのだ。

 

「俺は当然パイロットさ。というかそれっきゃ能がねーからなぁ。まっ、軍に戻るかどうかは別だけどな」

 

「軍に戻るかって‥まさか、民間に?」

 

「ああ、でも民間のパイロットはつまんなそうなんだよな」

 

「つまらないって?」

 

「こないだ面接に行ったらよぉ、機体は3年前の旧式タイプだし、毎日決まったコースを往復するだけ」

 

リョーコの言う通り民間会社では最新鋭の機体は採用されておらず、当然乗ることも出来ない。

まぁ、少し前までは戦争を行っていたのだから最新鋭の機体は軍の方へと優先的に使用されるのは当たり前だった。

機体は旧式の癖に民間企業は、コストだの安全性だのやたらうるさいことが多いのだ。そういう意味では試験機とはいえ、最高水準の機体に乗れ、ある程度の無茶が許される軍のパイロットはリョーコにとっては打って付けだった。

 

「ヒカルさんは漫画家を目指しているんですよね?イズミさんはどうするんでしょう?」

 

「イズミは修行に出るってさ」

 

「修行って?パイロットのですか?」

 

「いや、ダジャレだってさ」

 

「ダジャレ‥ですか‥‥」

 

「相変わらず謎めいた人ですねイズミさんって‥‥」

 

「謎めいた人といえばホウメイさんも謎ですよね」

 

メグミが厨房にいるホウメイに目をやる。

 

「コックを続けると思いますけど、軍に戻るんですかね?それともどこかに店を持つのでしょうか?」

 

「確かに。年齢もそうですけど、結婚しているんですかね?」

 

「独身じゃねーか?ナデシコに乗り込んでくるくらいだし」

 

「意外とプロスさんが旦那さんだったりして」

 

「それ大胆な推理だな」

 

3人は今後のこととホウメイの旦那について話に華を咲かせていた。

 

西暦2198年 9月 ナデシコクルーの拘留期間が切れ、ナデシコのクルー達は新しい第二の人生を歩むためナデシコ長屋を後にしていった。

同月、地球と木連との間に休戦協定が調印された。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第31話

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

「皆、半年間の拘留生活ご苦労さん。とりあえず拘留生活は今日でおしまいだから家に帰るなり、新しい場所に引っ越すなり、これからの事は自由にしてくれてかまわないよ。あと、暫くの間はちょっとした監視は付くと思うけどあんまり気にしなくて良いからね。まぁ、建前みたいな物だから」

 

アカツキがナデシコ長屋の集会場に集まったナデシコクルー達に拘留期間の終了を告げると、サセボ基地の司令官が地球連合政府から正式に通達のあったナデシコクルー達への釈放命令を伝える。

 

こうしてナデシコクルーはサセボ基地を‥‥ナデシコ長屋を後にして第二の人生を歩んでいった。

 

「‥‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「‥‥‥」

 

大岡裁きの結果、ルリ、コハクのホシノ姉妹はユリカの実家ミスマル家で暮らすことなった。

そして現在、ユリカの父ミスマル・コウイチロウが手配した飛行機でサセボシティーからトウキョウシティーへと向かっていたのだが、機体の中の空気がとてつもなく重かった。

その原因は不機嫌そうに窓の外を見ている金髪の少女だった。

 

「あ、あの‥コハクちゃん‥‥」

 

恐る恐るユリカがコハクに話しかける。

 

「なんです?ユリカさん」

 

振り向いた少女の顔は不機嫌極まりないといった表情をしていた。

なぜ、コハクがこうも不機嫌になっているのか?

その理由は彼女がナデシコ長屋に滞在したのが最終日の僅か数時間だったというのが、不機嫌な理由だった。

子供っぽいといえば子供っぽい理由であったが、コハク本人にとっては十分不機嫌になる理由であった。

彼女としてはルリと一緒に長屋での生活を楽しみにしていたのにリハビリやら検査やらの為、入院が思ったよりも長引いてしまったのだ。

トウキョウシティーに着くまでユリカとルリはコハクの機嫌を治すのに苦労した。

 

 

~トウキョウシティ ミスマル邸~

 

床の間を背にし、ユリカの父、ミスマル・コウイチロウがユリカ、ルリ、コハクと対面する形で座っている。

 

「‥‥という訳で、2人をこの家に引き取りたいのですが。お父様、よろしいですか?」

 

「う~む、そう言う事ならしばらくの間家においてもよかろう」

 

ユリカの言葉に威厳のある顔で答えるコウイチロウ。

 

「ありがとうございます、お父様!」

 

ユリカがコウイチロウに向かって笑顔を向けるとコウイチロウは赤い顔をしながら、

 

「う、うむ。ユリカの頼みをわしが断るわけがないではないか」

 

デレデレと顔を歪ませてユリカに言うコウイチロウ。

相変わらずの親バカである。

家主であるミスマル・コウイチロウの許可が正式に下りたことによりルリとコハクはミスマル家にお世話になることになった。

 

ミスマル家にお世話になって暫くして、突如ミスマル家に親子の大声が響き渡る。

 

「もぉ~~、お父様のわからず屋ぁ!!どうして私とアキトの仲を認めてくれないのよ~!?」

 

「ユリカ~、わしは別にアキト君の事をどうこう言っている訳じゃなくて。もう少しよく考えた方が良いんじゃないかと」

 

この2人の親子喧嘩は別に珍しいものではないので、ルリは気にせずお茶を飲み、コハクはノートパソコンを使い新型相転移エンジンの設計作業をしていた。

しかし、この日の親子喧嘩はどこか違っていた。

普段ならばコウイチロウが謝るか、彼がユリカの頼みを聞いて終わるのだが、今日の喧嘩は未だに終わる兆しを見せずに両者は平行線を辿っている。

 

「ルリ、止めなくて平気かな?」

 

流石に普段と違う雰囲気を感じ取りコハクが作業を止めて、ルリに尋ねる。

 

「いつもの事です。気にしてもしかたありませんよ」

 

ルリはユリカとコウイチロウの口喧嘩は日常茶飯事の出来事なので気にする必要はないと言うが、その間にも2人の口喧嘩は次第にエスカレートしていく‥‥

 

「確かにそうなんだけど、なんかいつもと違うというか、雲行きが怪しくなって来ているというか‥‥‥」

 

コハクは口喧嘩の内容がエスカレートし、2人の声の大きさが段々と大きく、荒々しい口調になって行く事に対してちょっと心配になる。

ルリとコハクがコウイチロウとユリカとのやり取りを静観していると、

 

「もぉ~~ガマンできない!!私この家を出て行きます!!」

 

と、ユリカが我慢出来ずに家出宣言をする。

 

「ユ、ユリカ~~~!」(涙)

 

勢い良く襖を開けて入ってきたユリカがルリとコハクに話しかけてくる。

 

「ルリちゃん、コハクちゃん!急いで荷物を纏めて!こんな家に居たら2人ともお父様みたいになっちゃうよ!」

 

(それは親バカになるって事かな?)

 

ユリカの言うコウイチロウみたいになると言う事は、親バカになると言う事なのだろうかと疑問に持つコハク。

 

「でも、ユリカさん行く当てはあるんですか?」

 

ルリがミスマル家を出た後行く場所があるのかと問う。

既にナデシコはネルガルの管理下にあり、ドックの中。

サセボのナデシコ長屋は既に解体されている。

まさか、軍の寮にでも入るつもりなのだろうか?

ユリカの場合は入れるが、軍に所属していないルリとコハクは入れない。

 

「もちろんアキトの所!」

 

ルリの言葉にユリカが当然と言った顔で行くあてを答える。

 

「あ、あのユリカさん。少し落ち着いて、もう一度コウイチロウさんと話し合ったほうが‥‥それにいきなり押しかけてはアキトさんも迷惑なんじゃ‥‥」

 

コハクが恐る恐るユリカにもう一度、冷静にコウイチロウと話し合ってはどうかと声をかけるが、

 

「ホラ、コハクちゃん早く!」

 

コハクの意見はユリカの耳にまったく入っておらず、ルリとコハクの荷物を纏め始める。

おろおろするコハクと2人の荷物を詰め込むユリカ、そんな2人の様子など気にもせず、ルリはお茶を啜っていた。

 

「ユリカ~~~~~~~~~~~!!」(号泣)

 

門前で大声を出し、滝のような涙を流しているコウイチロウを背にユリカ、ルリ、コハクの3人はアキトの家へと向かった。

 

 

~トウキョウシティー テンカワ家~

 

アキトが現在住んでいるのは築20年前のレトロな四畳半一間のアパートでナデシコ長屋を出る少し前にウリバタケの知り合いの不動産屋さんから紹介された安物件の部屋だった。

ユリカの家と違い、四畳半と言うことで、ユリカ、ルリ、コハクの3人と持ってきた荷物、そして家主のアキトで部屋は一杯になった。

 

「すみませんアキトさん突然押しかけてしまって‥‥」

 

コハクが申し訳なさそうに言う。

 

「いや、別にかまわないよ。でも俺、まだ仕事決まってないけど‥‥」

 

アキトはネルガルからの退職金を使いながら絶賛就活中だった。

家賃が安い古いアパートに住んでいるのもまだ就職先が決まっていない為、退職金を節約する為でもあった。

 

「アキトはラーメン屋さんでしょう!?」

 

ユリカがアキトに笑いかける。

 

「ラーメン屋か‥やりたいんだけど、資金が無いしなぁ‥‥」

 

ナデシコ乗艦時代、コック兼パイロットであったアキトはそれなりに貰っていた筈であったが、ナデシコに乗っている間、色々と問題行為があり、減俸等で思ったよりも減額されてしまった為、手元に残ったお金では家賃と生活費の他に店を開くほどの資金は無かった。

そこで、

 

「それならラーメン屋の屋台でお店の開店資金を溜めましょう」

 

ユリカが店を開く為にまずは屋台を引いて開店資金を貯めようと提案する。

 

「やっぱり、屋台を引くしかないかな、まぁ、俺もそう考えていたからなぁ」

 

「屋台って言ってもどうするんですか?資材を集めて作るんですか?」

 

肝心の屋台のあてはあるのかと問うコハク。

 

「ああ、こんなこともあろうかと、この間セイヤさんに屋台を作ってくれるように頼んでおいたんだ。そろそろ出来る頃だと思うけど」

 

「ウリバタケさんですか‥‥まともな屋台なら良いんですけど‥‥」

 

一応、屋台の手配はしてあるのだが、その製作者があのウリバタケと言う事で一抹の不安がある。

 

「うっ」

 

ルリの言葉にちょっと焦るアキト。

 

「だ、大丈夫ですよ‥‥たぶん‥‥」

 

違法改造屋ではあるがメカニックとしての腕は確かなのだし、不良品を渡す様な事はしない筈だ。

 

「ははは、そ、そうだな。とりあえずセイヤさんのところに行ってみよう」

 

コハクの言葉に何処か渇いた笑顔を浮かべてそう言うアキト。

とにかくアキト達はウリバタケの家に向かった。

 

アキト達がウリバタケの家の前に来ると‥‥

 

「うぎゃ~~~~~~~~~~~~~」

 

ウリバタケ家の中からウリバタケの断末魔のような叫び声が聞こえてきた。

 

ガチャーン

 

「うぇぇぇーん!!」

 

さらにその声に紛れて物が壊れる音や子供の泣き声も聞こえてくる。

 

「戦闘中のようですね」

 

ウリバタケ家の中から聞こえる悲鳴や物音からルリは家の中では壮絶な戦闘が行われていると推察する。

 

「そう‥‥みたいだね」

 

アキトがルリの言葉に続く。

 

「と、とにかく中に入ってみましょう」

 

コハクが少し戸惑いながらもそう言う。

 

「ご、ごめんくださ~い」

 

ユリカの言葉に全員が中に入るとウリバタケの奥さん、オリエにコブラツイストをかけられているウリバタケの姿が目に入った。

それにしてもオリエは妊婦さんなのに、あんなに暴れて大丈夫なのだろうか?

 

(完全に決まっていますね。これはそう簡単に抜けられないでしょう)

 

(痛そう‥‥)

 

冷静に状況判断するルリと技の威力を見て感想を述べるコハク。

2人の横でアキトが声を上げる。

 

「セイヤさん!」

 

「ふんっ!」

 

アキトの言葉も耳に入らず気合いと共にさらに力を入れるオリエ。

 

「ぎゃあああああああー!!ロープ、ロープ‥‥ロープだって言ってんだろう!!」

 

オリエもアキト達が来たのを確認し、ウリバタケを開放する。

 

「ふぅ~」

 

ようやくオリエのコブラツイストから解放され一息つくウリバタケ。

 

「あの‥‥」

 

「よく来たな、待っていたぜ」

 

アキトの言葉にまるで何もなかったかのように答えるウリバタケ。

 

(大丈夫なんでしょうか?あんなにキッチリと決まっていたのに‥‥)

 

(打たれ強いか、もう慣れているんじゃないかな?)

 

ウリバタケの無事な姿に少し驚くルリとその丈夫さに予想をたてるコハク。

 

「何があったんですか?」

 

アキトはどういった経緯があってウリバタケがオリエにコブラツイストをかけられたのかを尋ねる。

 

「あんた達、聞いてよぉ~」

 

オリエが先程とはうってかわって涙ぐんだ目をしてアキト達に声を掛けてきた。

 

「この人ったら、家に帰ってきてもロクに仕事もしないで模型ばかり作って‥‥」

 

「そ、それは‥‥」

 

アキトが口ごもると。

 

「それは仕方ありません。それがウリバタケさんですから」

 

ルリがすかさずそう答える。

ナデシコに乗っていた時もウリバタケは模型を作っていた。

ナデシコを降りてからはエステバリスの整備などの仕事がないので、こうして模型ばかり製作しているのだろう。

 

「たまに仕事が来ても、気に入らないとか言って追い返しちゃうし。少しは家のことも‥‥」

 

「ばかやろう、俺は仕事を選ぶんだよ。この俺にしか出来ない仕事をよ。俺を必要としてくれる仲間のために、この腕はあるのさ!」

 

「もう、なに言ってんのよ!?なら、アレは一体何なの!?」

 

オリエが指差した場所にある物。

それは‥‥

 

「な、なにコレ‥‥?」

 

コハクがそこに置いてある物体を見て声を上げる。

そしてそれに答えたのがアキトだった。

 

「屋台だ」

 

「う、うわああああああー!」

 

アキトの言葉と同時にオリエが泣き崩れる。

 

「これから、上の子が幼稚園に上がるんで、お金を貯めていたのに‥‥それがこんな物に変わって‥‥」

 

「典型的な家庭崩壊劇でしょうか?」

 

血も涙もないような事を言うルリ。

 

「セイヤさん、奥さんが泣いていますよ」

 

「ええい、気にするな。俺はなお前に連絡をもらって、すごく嬉しかったぜ。仲間のためなら女房を質に入れてでも、用立ててやるぜ」

 

アキトの言葉にウリバタケが誇らしげに語る。

その横ではユリカがオリエに声を掛けている。

 

「奥様のご恩は決して忘れません。この屋台を使って、アキトがラーメン屋を始めた時、お金は利子を付けてお返しいたします。それまでは私達を信じて下さい」

 

その言葉を聞いてオリエも少しは落ち着いたようだ。

 

「それにしてもすごく変わった屋台ですね、ウリバタケさん」

 

コハクの言葉に「待っていました」とばかりにウリバタケが説明を始める。

 

「よくぞ聞いてくれた。これは全天候型自走式耐熱耐寒スペシャル屋台だ。車輪にはエステバリスの駆動システムを採用し、ディストーションフィールドで暑さ寒さもなんのその。もっていけ泥棒、お客さん!」

 

「なんか屋台って気が全然しないなぁ‥‥やっぱ、雨の日は休みたいし」

 

(私の思った通りですね)

 

(屋台バリス?)

 

ルリも自分の考えが間違っていなかった事を確認する。

コハクはウリバタケの作った屋台は屋台型のエステバリスなのではないかと思った。

率直な感想を言うアキトの背後にウリバタケが霊のように顔を出した。

 

「俺の仕事に文句あるのか?」

 

「うわっ!!」

 

驚くアキトを脇目に

 

「正直言って‥‥使えない」

 

「ううっ、うわあああああああっ!」

 

ルリが屋台バリスに対する素直な感想を述べるとオリエがまた泣き出してしまった。

ユリカが必死に宥めようとしているが、彼女の顔も既に引き攣っている。

ユリカ自身もこの屋台は使えないなと思っているのだろう。

 

「いや、どう考えてもこの屋台は使えないでしょう‥‥装甲車じゃないんですから」

 

「うーん、そうだな」

 

コハクもアキトもルリの意見に賛成のようだ。

実際にこんな物を使っては何が起こるか分からない。

 

「よーし、こうなったら俺も男だ。男の仕事にケチつけられちゃあ、黙っちゃいねえ。裏に行ってみな、そこにお前らの望む普通の屋台がある」

 

ウリバタケがアキト達の声にそう答える。

 

「ほんとに?」

 

アキトが駆け足で裏手へ出ていった。

 

そこには‥‥

 

「普通の屋台だ!さすがセイヤさん!」

 

其処には昭和、平成時代によく使われていた木材で作られた普通の屋台があった。

 

「まあ、こんな事もあろうかと!あっ、こんな事もあろうかと!!!そっちも準備しておいたのさ!」

 

誇らしげに声を上げるウリバタケ。

 

「あんた、なにもそこまで‥‥」

 

オリエを尚も励まそうとするユリカ。

そんなユリカの努力をぶち壊すようにまたまたルリが一言。

 

「あのう‥‥最初からこれだけ作っていればよかったんじゃないですか?」

 

ルリの言葉に固まるコハクとユリカ。

 

「ううう‥うわああああああああああああああああ!!」

 

ルリの言葉に3度泣き崩れるオリエ。

もう立ち直るのは不可能かも知れない。

 

「ルリ‥‥」

 

コハクがルリに「もう少し空気読もうよ」と言いたげな顔と口調でルリの名前を言う。

 

「と、とにかく、これでラーメン屋台を始められるぞ!」

 

アキトは何処か引き攣った顔でそう言う。

 

「うんうん、やっぱり仕事をやり終えた後っていうのは気持ち良いもんだねえ。はっはっは」

 

周りの空気も気にせず1人だけ気持ち言い気分になっているウリバタケにルリが呟く。

 

「バカ」

 

ウリバタケ家を家庭崩壊に追い込みつつ屋台を手に入れたアキト達。

早速お店の開店資金を稼ぐため屋台を引くことになった。

上手くいく保障はないが、何とかなりそうな気もする。

 

「あ、あの‥コレ、足りないかもしれませんが、屋台の前金として受け取って下さい」

 

先程、オリエは上の子供の幼稚園の入園資金があの屋台バリスの製作費に消えてしまった様な事を言っていた。

このままではウリバタケ家の長男が待機児童になってしまう。

それではオリエも子供もあまりにも不憫なので、コハクが屋台の前金としてナデシコでの退職金をオリエに渡す。

普通の屋台は兎も角、屋台バリスの製作費がかなりかかった筈なので‥‥

 

「うぅ~‥‥ありがとうございます」

 

オリエは涙を流しながらコハクの手を握り礼を言った。

 

 

夕焼けに染まった坂道。

その坂道に屋台を押して登っていく男女の姿と屋台の左右に分かれチャルメラを吹く小さな女の子の姿が2つ。

先頭でアキトが屋台を押し、後ろからユリカが押す。

左側にルリ、右側にコハクがそれぞれ歩きながらチャルメラを吹く。

 

(こうして屋台を引くのは初めての筈なのになんだか懐かしさを感じるな‥‥)

 

チャルメラを吹きながらどこか懐かしさを感じるコハク。

 

坂を登りきってしばらく進んだ平地の所でアキトは屋台を止める。

 

「ここら辺で良いだろう」

 

アキトが屋台を止め、早速みんなで開店の準備を始める。

とはいえ、屋台を開いたからといってすぐにお客が来るというわけではない。

 

屋台を開いて既に一時間が経過し、日も既に沈んで当たりは暗くなっている。

ルリとコハクが辺りを見回してみると、見事なほど人が居ない。

 

「誰も居ないねぇ‥‥」

 

「そうですね‥‥」

 

しばらくしてもう一度当たりを見回すと、誰かがこちらに向かって歩いてきた。

だんだんと確認できるほど近付いてくるその人影はナデシコ元パイロットの1人だったアマノ・ヒカルだった。

ルリとコハクはヒカルに近付く。

 

「こんばんは、ヒカルさん」

 

「えっ!?」

 

突然声をかけられ驚くヒカリ。

 

「お久しぶりです。ヒカルさん」

 

「あ~ルリルリ、コーくん。どうしたの?こんな所で?」

 

最初はびっくりしていたヒカルだが、声をかけてきたのがルリとコハクという事で落ち着きを取り戻している。

 

「テンカワさんのラーメン屋のお手伝いです」

 

「ラーメン屋?そうか、アキト君ラーメン屋を始めたんだ」

 

「はい、よかったら食べていきませんか?案内しますよ」

 

「うん、お願い」

 

ルリとコハクはヒカルを屋台に案内した。

 

「お客さん、こないわねぇ‥‥」

 

その頃、屋台ではユリカが初めて口に出した時、

 

「「お客さんで~す」」

 

ルリとコハクが第一号となるお客を案内してきた。

 

「おじゃましま~~す」

 

暖簾をくぐって入ってくるヒカル。

 

「ヒカルちゃん!お客さんの第一号がヒカルちゃんなんて、なんかついているなぁ」

 

「皆、久しぶり。でもアキト君のラーメン屋台がこんな所に在るなんてちょうど良かったよぉ~今ちょうどお腹空いてたんだぁ~」

 

ヒカルが笑いながらそう言う。

 

「ご注文は何にします?」

 

コハクがヒカルに注文を取る。

 

「注文といっても醤油ラーメンか味噌ラーメンしかありませんけど」

 

確かに、今この屋台には醤油ラーメンと味噌ラーメンの2つしかない。

屋台の構造上、チャーハンやギョーザを作ることが出来ないからだ。

でも、いずれお店を持ったらメニューに追加していきたいと思っているアキト。

 

「じゃあ醤油をもらおうかな」

 

「アキト!醤油ラーメン一丁!」

 

「あいよ!」

 

アキトは沸騰したお湯に麺を入れ茹で、器にテンカワ特製スープを入れ、茹で上がった麺をスープの入った器に入れ、ヒカルの前に出す。

 

「醤油ラーメンおまち!」

 

ヒカルは出されたラーメンを食べ始める。

きりのいいところでユリカがヒカルに聞く。

 

「ところでヒカルちゃんは今なにしているの?」

 

「へへ~ん‥‥」

 

ユリカの言葉にヒカルは嬉しそうに原稿袋を見せた。

ヒカルの漫画原稿を見るアキト達。

 

「へぇー、ヒカルちゃん漫画家になったんだ」

 

アキトが感心した途端にヒカルがうな垂れた。

 

「はぁ~まだ投稿して回っている最中なの。今日も3つほど出版社を回ってその帰り」

 

「こんなに上手なのに‥‥」

 

アキトがヒカルの漫画を見てそれを褒める。

 

「ご馳走様でした。でも、いつかきっと漫画家としてデビューしてみせるわ」

 

そう言って笑顔になるヒカル。

 

「「頑張ってください」」

 

ルリとコハクがヒカルを励ます。

 

「「頑張ってね、ヒカルちゃん」」

 

アキトとユリカもそれに続く。

 

「ありがと、これからアシスタントの仕事があるの」

 

「えっ?これからですか?」

 

ヒカルの言葉にコハクが驚いた声をあげる。

既に日は落ちているのに、これから仕事なんて‥しかも昼間は出版社へ原稿の持ち込みをしていたのに‥‥

それに持ち込み用の原稿の製作もやっていた筈‥‥結構ハードなスケジュールである。

 

「明日が締め切りなんですって。それじゃあね!」

 

ヒカルは出されたラーメンをスープを含めて全部食べ終えて、お代をテーブルの上に置くと屋台から出ていった。

 

「俺も頑張らなくちゃなぁ‥‥」

 

ヒカルが自分の夢に向かって頑張っている姿を見てアキトが呟いた。

その後、ちらほらとお客は来たが思ったほどの売り上げにはならなかった。

 

「まぁ、最初はこんなもんだよ」

 

アキトの言葉に少し不安になるルリとコハク。

ユリカはもちろんアキトの事を信じていた。

こうして屋台の初日が終わった。

かくしてアキト、ユリカ、ルリ、コハクの共同生活はこうして始まったのだった。

 

屋台を始めて十数日後、アキト達は久しぶりに屋台を休んで、休みを取る事にした。

ここのところずっと休みなして働いていたのでたまには休みも必要だろうというアキトの案だった。

特にユリカとコハクは屋台の手伝いの他にも仕事を抱えていたので、休息は必要不可欠だった。

 

「せっかくの休みなんだから皆で街に行きましょう!」

 

というユリカの提案で町に繰り出す事になったアキト達。

 

 

~トウキョウシティー 映画館~

 

現在映画館ではあの伝説のアニメ『ゲキガンガー3』が復刻上映中だった。

ナデシコクルーにとってあのアニメにはいろんな思い出がある。

売店で買ったジュースやポップコーンを片手にアキト達は4人並んで席に座る。

順番は通路側からユリカ、アキト、ルリ、コハクの順で映画が始まる前に入り口でもらったパンフレットを見ている。

映画の内容はTV版ゲキガンガーの総集編と幻の劇場版の二部構成でアキト曰く、

 

「ファンにはたまらない!」

 

だそうだ。

 

 

やがて映画が終わって、

 

「う~ん、終わった‥‥ん?なにしてんの?アキト」

 

ユリカが伸びをしながら隣にいるアキトに話し掛ける。

 

「余韻に浸っているの」

 

アキトは目を瞑ってジッとしていた。

 

映画館でゲキガンガーの映画を見た後、軽く昼食を済ませて、町を歩いていると突然ユリカがバーチャルルームボックスというモノの話を始めた。

そして訳も分からないうちに、アキト達3人はその『バーチャルルームボックス』へ連れて行かれた。

 

 

~バーチャルルームボックス~

 

お店の中に入るとユリカが嬉しそうな顔をしてアキト達3人の方に振り向く。

 

「これがバーチャルルームボックスでーす。バーチャルルームには入った事あるよね?」

 

「確かナデシコにもありましたけど、僕は使ったことはないです」

 

「私もありません。でも、どうしてこんな所にバーチャルルームがあるんですか?」

 

「最初は戦艦や宇宙船にしかなかったんだけど、それが好評で最近地球にもちらほらとこういう施設が出来ているみたいなの」

 

何故地球の町中にバーチャルルームボックスがあるのかをユリカが説明をする。

 

「これはやっぱり2人で入るモノなんですか?」

 

ルリがユリカに質問し、

 

「もちろん!さっ、アキト、入ろ!」

 

「あ、ああ」

 

ユリカはアキトの腕を組んでボックスの中に入っていった。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

なんとなく手持ち無沙汰になったルリとコハク。

 

「こ、このまま待っていても退屈だし、折角だから入ってみようか?」

 

「そうですね」

 

ルリとコハクは受付で説明を受け、バーチャルルームボックスに入ることにした。

ナデシコのバーチャルルームボックスはウリバタケが改造したもので、年齢設定を変更することが出来たが、此処は公共のバーチャルルームボックスなので年齢変更は出来ない。

此処では機械が自動でお客さんに合ったシチュエーションを選んでくれるようだ。

ルリとコハクにぴったりのシチュエーションは『医者もの』らしい。

 

「『医者もの』とは、2人とも医者なのでしょうか?それともどちらかが患者なのでしょうか?」

 

「まぁ、それも設定によって変わるんじゃないかな?」

 

ルリが設定の『医者もの』に対してどんな設定なのか疑問に思う。

とりあえず2人は『医者もの』というのがどんなものなのかを受付のお姉さんに聞いてみることにした。

 

「いらっしゃいませ。『医者もの』の設定はノーマル、ビギナー、アダルトの3つの設定になりますがどの設定になさいますか?」

 

受付のお姉さんがどの設定にするかを聞いてくる。

その時、ルリの眼がキラ-ンと光った‥‥様に見えた。

 

「アダ‥「ビギナーでお願いします!」」

 

一瞬ルリの口からとんでもない発言が聞こえたが、ルリの声を打ち消すようにコハクが大声でビギナー設定を頼んだ。

 

(突然何を言い出すんだこの姉は!?)

 

「チッ」

 

ルリが舌打ちをしたように思えたがあえて気づかないフリをするコハク。

 

(あぁ~今日の夜が不安だ‥‥)

 

ナデシコを降りてからコハクは病院に入院し、ルリは長屋でユリカと一緒に生活していたが、どうもユリカではコハクと勝手が違うらしく夜はおとなしく寝ていた。

アキトの部屋に来てからも仕事の疲れで夜は夕食を食べて皆で銭湯にいって寝るだけという自転車操業のような生活を送っており、結果的にルリはナデシコを降りてからコハクを襲い‥もとい夜のスキンシップをとっていないにため、久しぶりにスキンシップを取りたいようだった。

夜の不安を覚えつつ2人はボックスに入った。

 

「これはどういう状況になるんですか?」

 

ボックスに入ったルリがビギナー設定の医者ものがどんな設定なのかを尋ねる。

 

「えっと‥‥僕が長期入院中の薄幸な少女。ルリはその主治医。外出も許されない僕を海に連れてきた、という物らしいよ」

 

コハクが設定の説明を終えると同時に辺りが暗くなっていく。

 

「なんかありがちなパターンですね‥‥」

 

ルリが設定に対してボソッと呟く。

やがて、バーチャル空間が始まり、目の前が明るくなるとそこには海があった。

 

「海‥‥ですね」

 

(海‥‥懐かしいですね。私が始めて海を見たのがずいぶん前に感じます)

 

ルリはナデシコでみんなと一緒に海に行った時の事を思い出していた。

 

「海‥だね‥‥」

 

コハクは車椅子に乗ってその海を眺め、ルリは車椅子の後ろに立っている。

 

「先生は海に来た事ないの?」

 

コハクは振り向いてルリに尋ねる。

 

「もちろんあります。一回だけですけど‥‥」

 

「夏にはここで泳いだりするんですよね?」

 

「そうですね‥夏が来たら皆で来ましょう」

 

「そうですね‥‥皆でいっしょに。楽しみだね‥‥」

 

ルリの声に答えるコハク。

 

(そうだね‥‥今度はアキトさんユリカさんとルリ‥‥”家族”で行きたいな‥‥)

 

コハクはそう思いつつ演技を続ける。

 

「夏まで僕が生きていられればいいんだけどね‥‥」

 

「そんな弱気な事を言ってはいけません。貴女は必ず私が治しますから」

 

ルリはコハクの前に立ち、彼女の手をギュッと握りしめて真剣な顔で言う。

 

「る、ルリ‥ちょっと、なりきりすぎじゃないかな?」

 

ルリの迫真の演技にちょっと引き気味のコハク。

 

「そうですか?」

 

ルリはコハクの言葉にキョトンとした様子で答えた。

 

その日の夜、不安を抱えたコハクであったが、アキトの部屋が狭く、ユリカとアキトの2人が居るということでルリからの夜のスキンシップはなかったが、それでもいつ襲ってくるか分からず、警戒しながら横になっていたため、すっかり寝不足になってしまったコハクであった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第32話

更新です。


 

 

 

 

ガラガラガラガラ‥‥

 

チャラリ~ララ~チャラララララ~

 

夕焼け空の街中を今日もアキトとユリカは屋台を引き、ルリとコハクがチャルメラを吹く。

そしていつもの場所に着いていつものようにラーメンの屋台の用意をする。

ラーメン屋の屋台を続けて、アキトの屋台もこの辺ではそれなりに名前が知れ渡り、段々と人気が出てきて常連のお客さんが増えてきている。

今思えば初日の閑古鳥とは大違いである。

その日も屋台に来てくれたお客さんにアキトとユリカは「夫婦かい?」とか「結婚は何時だい?」などとからかわれていたが、本人達はまんざらでもない様子だった。

最初の方は新しい生活に慣れるまで大変だったが最近では、屋台とアパートでの生活も充実し、それなりに楽しくやっている。

夕方の6時から屋台を開いて夜の11時ぐらいには、あらかたのお客さんが帰っていった時、暗闇の向こうから1人の人が歩いて来た。

その人は屋台の前で止まり、此方に歩いて来る。

そして屋台の暖簾をくぐって現れたのはプロスペクターだった。

 

「いらっしゃい‥‥あっ、プロスさん、お久しぶりです」

 

アキトが挨拶をします。

 

「お久しぶりです皆さん」

 

プロスペクターもユリカたちを見て挨拶をする。

 

「「「お久しぶりです、プロスペクターさん」」」

 

ユリカ達もプロスペクターに挨拶をする。

 

「ご注文は何にしますか?」

 

コハクが今日何度目になるか分からない定番の質問をする。

 

「そうですね‥‥それでは味噌ラーメンをお願いしますかな」

 

「はい。アキトさん味噌ラーメン一丁」

 

「了解」

 

注文を受け、アキトがラーメンを作り始める。

 

「はい、味噌ラーメンお待ち」

 

アキトが出来立てのラーメンをプロスペクターの前に出す。

しかしプロスペクターはラーメンを食べずにまずアキトに話し掛ける。

 

「商売の方は繁盛していますかな?」

 

「まぁ、最近ではそれなりには‥‥」

 

「ハァ‥まぁ、焦らず、ぼちぼちやることです。積み重ねる事が成功の秘訣ですから」

 

「は、はい」

 

さすが大企業のサラリーマン、言う事にどことなく重みがある。

 

「ところで、艦長。お父上はお忙しいですか?」

 

プロスペクターはユリカにここ最近のコウイチロウについての近状を訊ねる。

 

「え?」

 

ユリカはプロスペクターの言葉に聞き返す。

ミスマル家を出てからコウイチロウとは一度も連絡をとっていないので、ユリカは父が今何をしているのかは知らなかった。

 

「いえ、この頃軍の動きがどうも色々と怪しいようでして‥‥」

 

「どういう事なんですか?」

 

「まさか、木連との休戦協定に何かあったんですか?」

 

アキトとコハクが訊ねる。

軍に何か怪しい動きと言う事は、木連との停戦で何かあり、また木連との間に戦争でも起こるのかと不安視するコハク。

また、木連と戦争が始まれば、ナデシコも参戦する可能性がある。

そうなれば、自分達もまたナデシコに乗らなければならないかもしれない。

アキトは漸く自分の夢に向かって動き出したのに、また戦争に身を投じなければならないのはあまりにも不憫だ。

 

「いえ、どうも新しく軍を再編成するらしいのです‥‥つまり新宇宙連合とでも言いましょうか‥‥陸、海、空、宇宙、そして木連を含めて、新しい政治体制を築こうとしているのです」

 

「宇宙全体が1つになる事は素晴らしいことだと思います」

 

ユリカが答える。

 

(確かに宇宙全体が1つになれば戦争も起こらないし、真の平和になるのだろうが、はたしてそんな簡単に無くなるものなのでしょうか?地球でさえ、未だに宗教の対立や過去の戦争の遺恨でテロが起きているのに‥‥)

 

ルリがそんな事を考えているとプロスペクターもルリと考えと同じ様な事を言う。

 

「動機が邪なんですよ」

 

プロスペクターは眼鏡を弄くって新地球連合の動機を語る。

 

「地球連合のトップも木連のトップも火星の遺跡の情報を独占したい訳で‥‥本当に地球の事を考えているのなら、とっくの昔に遺跡もボソンジャンプも世論に公表していますよ」

 

「つまり、地球も木連もボソンジャンプの技術を独占したいが、それが難しい。だから‥‥そのために、とりあえず手をくんで一方が独占することだけは避ける‥‥簡単に言えば互いに腹の探り合いをしつつ、お互いを監視すると言う事ですかね?」

 

コハクが地球と木連の腹の内を推測する。

 

「そのとおりです。要するにどっちが独占するんだって、問題を先送りしたいだけなんですよ。これではいつまた木連と戦争が起こってもおかしくないですな」

 

プロスペクターが真剣な顔で答える。

 

「また戦争‥ですか‥‥」

 

コハクの予想はある意味当たっていたのかもしれない。

木連とまた戦争になるかもしれないと言う事実にアキト達の顔色は優れなかった。

 

ニャーニャー

 

静かになった屋台の周辺から猫の鳴き声が聞こえる。

 

「それに私が今、非常に気になっている事があるんです」

 

「なんですか?」

 

ユリカがプロスペクターに訊ねる。

 

「これはコハクさんに関係するかもしれない事なんですが‥‥」

 

「えっ?僕に‥ですか?」

 

プロスペクターがコハクの方に顔を向けて話し始める。

アキト達もプロスペクターの言葉が気になるようだ。

 

「実は新宇宙連合を作ろうとする軍部に手を貸している幾つかの企業グループがあるのですが、どうやらそこでもボソンジャンプの実験をしているようでして‥‥」

 

「ネルガル以外にもボソンジャンプの実験をしているところがあるんですか?」

 

アキトが訊ねる。

 

「そうです。彼らはネルガルと軍のボソンジャンプに関する情報を集めているようです。そしてそのグループがボソンジャンプで何をしようとしているのか、私も八方手を尽くして調べてはいるんですが、分かったのは”ヒサゴプラン”という謎の言葉です」

 

「”ヒサゴプラン”ですか?」

 

コハクが呟く。

 

「何かご存知で?」

 

「いえ、開発部でもそのような言葉は聞きません」

 

コハクが現在所属しているネルガルの開発部でもヒサゴプランなどと言う単語は聞いたことがない。

ただ、聞いた事のない単語の筈なのにコハクの中にはそのヒサゴプランと言う単語が妙に引っかかった。

 

「そうですか‥‥」

 

コハクの返事に少し落胆するプロスペクター。

 

「ヒサゴプラン‥‥プランと言う事は何かの計画と言う事ですか?」

 

「恐らくは‥‥」

 

(ヒサゴプラン‥‥ですか。なんでしょうか?今度オモイカネに調べてもらいましょう。たぶん無駄でしょうけど)

 

ルリも頭の中でヒサゴプランと言う単語を思い浮かべるが、自分のこれまでの知識と情報の中でその様な単語の心当たりはない。

 

「でも他の企業でもボソンジャンプの研究や実験をしているってことはまた俺やコハクちゃんにまた『ジャンプの実験を協力しろ』ってネルガルは言ってくるんじゃ‥‥」

 

アキトがプロスペクターに訊ねる。

 

「いえいえ、それは多分ないでしょう。テンカワさんはこうしてラーメン屋の営業をなさっていますし、コハクさんは所属部署が違いますから」

 

「そうですか‥よかった‥‥」

 

アキトが安心したように言う。

 

「それより、ラーメン冷めちゃいますよ?」

 

ルリが話を打ち切るようにプロスペクターに言う。

確かにアキトがプロスペクターにラーメンを出してから少し時間が経っている。

このままヒサゴプランについて話していると折角のラーメンが冷めて伸びてしまう。

 

「ああ、いけない」

 

プロスペクターは急いでラーメンを食べ始める。

 

(プロスさんそんなに急いで食べると喉に詰まりますよ)

 

急いでラーメンを食べるプロスペクターをコハクは心配そうに見る。

すると、案の定、

 

「ぐっ‥‥」

 

プロスペクターが喉にラーメンを詰まらせる。

 

(やっぱり‥‥)

 

ルリはすでに用意していた水をプロスペクターに渡す。

 

「水です」

 

「あ、ありがとう」

 

プロスペクターはルリから水を受け取ると一気に飲み込んだ。

少し冷めていたみたいなので、口の中を火傷してはいないみたいだ。

 

「はああ、死ぬかと思った」

 

そして、ラーメンを食べ終えるとアキト達に向き直りながら再び話し掛ける。

 

「では、私はこれで。また何か分かりましたら伝えに来ますので‥‥」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「いえいえ。ラーメン美味しかったですよ。それでは‥‥」

 

ラーメン代を払いプロスペクターは静かに席を立ち、屋台を出ていった。 

 

プロスペクターが出ていって少しして、今日はもうお客さんが来る気配はない。

時間も深夜で辺りの民家で灯りをともしているのはまばらである。

 

「今日はこの辺で閉めようか?」

 

アキトが今日の業務の終了を言って、皆で撤収の為の後片付けを始める。

 

「じゃあちょっと俺とユリカは丼を洗ってくるから」

 

「わかりました。後は任せてください」

 

アキトとユリカは近くの公園の水道場へと向った。

残されたルリとコハクは黙々と後片付けをしている。

 

「そういえば最近、この辺で強盗事件が多発しているらしいよ」

 

後片付けをしながらコハクが何気なくルリに話しかける。

昼間買い物に行っている時、近所の主婦達が話していたのを思い出したのだ。

 

「人通りのなくなった屋台なんて狙い目でしょうね」

 

「そうだね。でも相変わらずルリはきついこと言うな~」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだよ」

 

「でも今の私達の状況は強盗さんにとっては絶好の標的ではありませんか?」

 

「‥‥‥」

 

ルリの言葉どおり、最後のお客が帰ってからはこの通りも全然人がいなくなり、しかも店にいるのは少女2人。

辺りの家も寝静まっているので目撃者も居ない。

まさに話の通りの状況になっていた。

 

「あっ、あそこに怪しい人影が‥‥」

 

ルリが通りの暗闇を見ながらコハクに話し掛けてきた。

 

「またまたぁ‥‥」

 

コハクがルリの見ている方に目を移すと、確かに遠くの方で人影が見えた。

しかもその数は2人。

なんだかぼそぼそと話しをしながらこっちに向かってきている。

 

「なんか怪しいですね‥‥どうします?」

 

「念のためルリは屋台の下に隠れていて、僕達の勘違いかもしれないけど、万が一ってこともあるから」

 

「もし強盗だったら危ないですよ?」

 

「大丈夫だよ。僕はナデシコで軍人さんにも勝ったんだよ。もし強盗だったらお仕置きもかねてボコボコにしてやる」

 

「殺さない程度にしておいてくださいね」

 

「分かっているよ」

 

やがて2つの影が屋台に近付いてくる。

コハクはスープを掬う大きな柄杓を手に屋台の影で待ち受ける。

 

カツカツカツカツ‥‥‥

 

段々と影が近付いてくる。

 

「あれ?2人ともいないな」

 

「ホントだ。おーい、ルリちゃん、コハクちゃん」

 

「あ、アキトさん?ユリカさん?」

 

慌て屋台の影から出るコハク。

 

「なんでそんなところから出てきたの?それに手に持っている柄杓は‥‥?」

 

「あやしいんだぁ!」

 

アキトとユリカがコハクに訊ねる。

 

「い、いや、これは別に‥‥」

 

口ごもるコハク。

まさか2人を強盗と間違えたなんて言えない。

しかし、

 

「さっきコハクと最近この辺りで強盗が出るって話をしていたんですが、その時にお2人の影を見て勘違いして強盗かと思ったんです」

 

屋台の下から出てきたルリが事情を暴露する。

 

「えっ!?そうだったの!?」

 

アキトの様子から彼はこの辺で強盗が出ると言う噂を知らなかった様だ。

 

「む~酷いなぁ」

 

ユリカは強盗に間違われた事に不満の様子。

 

「「ごめんなさい」」

 

でも、モタモタしていると本当の強盗に襲われるかもしれないので、4人は手早く残りの後片付けをして帰路についた。

 

 

テンカワ家の4人が起きてから揃ってまずする事は揃って朝食を食べる事。

ナデシコ長屋ではアキト、ユリカ、ルリの3人だったが、アキトのアパートに来てからは朝、夜の食事は基本的に4人一緒にとっていることが日課になっている。

その日の朝も勿論皆揃って一緒に食べる。

 

「「「「いただきます」」」」

 

4人の声が朝日の匂いに包まれたアキトの部屋に響く。

 

「さて、皆、今日の予定はどうなっているんだ?」

 

アキトがユリカ達に予定を聞く。

朝食のときに今日一日の大まかな予定を互いに教えあう。こうしておけば何かあったときに連絡が取りやすいだろうという以前アキトが出した提案だった。

 

「ユリカは今日も軍のお仕事」

 

ユリカはジュンと共にまだ正式な配属部署は任命されていないが、軍の施設で事務処理の仕事をしている。

夕方にはアキトと一緒に屋台を引いているが、昼間はやっぱりアキトと一緒に居られないのでどこか寂しそうである。

 

「僕は今日徹夜になるかもしれません」

 

コハクは現在、ネルガルの開発・設計部に席を置いている。

木連との戦争中に新型のエステバリスの設計や無線式攻防システムを開発した経験のある彼女はその時に設計に興味を持ち、プロスペクターに頼んで入社したのだった。

労働基準法はどうした?と言いたいが、実際の所、ルリもコハクも10代前半で戦艦であるナデシコに乗艦し、戦争に身を投じたのだから労働基準法なんて今更?な感じである。

実際に本人も気にすることなく、仕事をしている。

普段はパソコンで設計をして、そのデータをメールで転送しているのだが、時々技術者達と集まって仕事をすることがあるのだ。

そして給料はアキトの屋台の収入より遥かに上だが、コハクはその給料のほとんどをアキトに渡している。

最初は貰うのを渋っていたアキトだったが、コハクが「お店の開店資金に使って」と頼んだので、非常金として小さな金庫に毎月仕舞っている。

それにウリバタケ家に納付する屋台の製作費代も払わなければならない。

 

「徹夜って‥それじゃあコハクちゃん今日は夜帰ってこないの?」

 

「はい。今日は屋台の方も手伝うことが出来そうにありません。ごめんなさい」

 

「い、いや構わないよ。コハクちゃんの方もお仕事頑張っているみたいだし」

 

「すみません」

 

コハクは申し訳なさそうに言う。

 

「アキトは今日どうするの?」

 

「俺は今日もラーメンの材料の買い出しとラーメンの研究」

 

「ルリちゃんは?」

 

「私も今日はテンカワさんの買い出しを手伝います」

 

「いいのかい、ルリちゃん?」

 

「はい、私も何か手伝いたいですから」

 

アキトの言葉に答えるルリ。アキトは笑顔で「ありがとう」と言う。

 

「むぅ~いいなぁルリちゃん」

 

ユリカは羨ましそうにルリを見る。

 

なにはともあれ今日の4人の予定は決まったようだ。

 

コハクは夕方ごろ、会社のデスクからアキトのアパートに電話を入れる。

電話に出たのはルリでちゃんとご飯は食べたか?とか仮眠する時間はあるのか?と色々心配された。

流石にネルガルの人間もコハクが10代の少女と言いう事でそこまで無理はさせなかった。

 

翌日、昼近くにアキトのアパートに帰宅したコハク。

部屋に入ると、そこにはユリカが居た。

そしてアキトとルリが何処かに出かけている様だ。

ユリカは寂しそうな顔をして窓に座っている。

 

「あっ、おかえり、コハクちゃん」

 

「ただいまです。ユリカさん‥‥あれ?アキトさんとルリは?」

 

「2人とも買出しに出ているよ」

 

どこか元気のないユリカにコハクは不思議に思い訊ねる。

 

「どうかしましたか?なんとなく元気ないですよ。ユリカさん」

 

「うん、ちょっとね‥‥」

 

ユリカは少し歯切れが悪そうに言う。

 

「いつものユリカさんらしくないですね。何か悩みがあるのでしたら聞きますよ」

 

「‥‥ねぇ、コハクちゃん‥‥アキトは私の事どう思っているのかな?」

 

「えっ?アキトさんはユリカさんのことが好きなんじゃないですか?火星でアキトさんはそう言っていましたけど‥‥?それに、ユリカさん、アキトさんとキスをしていたじゃないですか」

 

「それはそうなんだけど‥‥」

 

「ん?じゃあなんですか?」

 

「でもね、アキトは私に”くっつくな~”とかよく言うでしょ。それが不思議で。何でそんな事いうのかな、って」

 

ユリカは考えるような顔で答える。

 

「アキトは昔から私の王子様だったけど、アキトにとって私はそうじゃなかったみたいなの。だからなのかなぁ?」

 

「‥‥‥」

 

(そんな事を本気で悩んでいたのですか、この人は‥‥)

 

コハクはユリカの相談内容を聞いて少し呆れた。

 

「ユリカさんそれはアキトさんなりの照れですよ。照れ」

 

「照れ?」

 

「そうです。考えてもみてください。今までユリカさんは所構わずアキトさんに引っ付いたり、第三者に対して自分がアキトさんに好意を寄せていることを大々的に話していましたね?」

 

「う、うん」

 

「アキトさんも内心ではきっと嬉しかった筈です。でも周囲の目や後でからかわれるのが嫌で、ユリカさんを突っぱねる行動をとってしまったんだと思います。ユリカさんと2人っきりになればきっと優しくしてくれますよ」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ。アキトさんはいわゆるツンデレというやつですね」

 

「ツンデレ?」

 

「21世紀初頭に広まった言葉であり概念です」

 

「それってどういう意味なの?」

 

「発祥元はあるゲームらしいのですが、意味はツンツンとした高慢とも言える態度が、ふとしたきっかけでデレデレとした甘いものに変わる様子、あるいは、本心とは裏腹に意中の人に冷たい態度を執る様子を指して、「ツン」が「デレ」に変わることから「ツンデレ」と言います」

 

「そうなんだ」

 

「そうです。だからアキトさんのユリカさんに対する行動は照れであり、ユリカさんの事を本当に嫌っているわけではありません。本当に大嫌いなら、ユリカさんを自分の家に同棲なんてさせない筈です。むしろ大好きだと大声で叫びたいのを必死で我慢している筈です」

 

「照れている‥‥そう言えばそうか‥‥そうだね、ユリカってば気にし過ぎだよね!」

 

ユリカはコハクの言葉を聞いてさっきとは反対に嬉しそうに笑って答える。

 

「はい」

 

(ユリカさんはやっぱり笑っていないとユリカさんらしくないや‥‥)

 

「ありがと、コハクちゃん。お礼になんでも言う事聞いてあげる!」

 

「えっ?そんな‥べつにいいですよ」

 

「いーの、”お姉さん”になんでも言ってみなさい!あっ、でもアキトがほしいっていうのはダメだよ」

 

ユリカさんが”お姉さん”の部分を強調して言う。

 

「い、いえユリカさんからアキトさんを取りませんよ」

 

(それにしてもいきなりそんなことを言われても困るな‥‥)

 

「うーん、そうですね‥‥」

 

コハクは少し考えた後、

 

「じゃあ、アキトさんと幸せになって‥‥」

 

「わー!!ありがとう!!」

 

自分でもらしくないことを言ったとコハクはそう思ったが、言わずにはいられなかった。

ナデシコからユリカを見てきてアキトに対してのアプローチは凄く、彼女のそんな努力を無駄に終わらせたくはなかったのだ。

 

「そういえば最近コハクちゃんよくネルガルの会社のほうに行くけどお仕事そんなに大変なの?」

 

ユリカがコハクに仕事について聞いてきた。

 

「そうですね。今は設計ではなくプログラミングのほうが大変なんですよ」

 

「へぇ~どんなことしているの?」

 

「う~ん‥‥まぁ、ユリカさんなら他人に喋らないだろうから教えますけど本当に他の人には教えないでくださいよ。まだ企画段階なんですから」

 

「わかっているって」

 

「今、僕はワンマンオペレーションシステムを開発中なんです」

 

「ワンマンオペレーションシステム?」

 

「簡単に言うと1人で戦艦を動かすことの出来るシステムを開発中なんです」

 

「1人で?戦艦を!?」

 

「はい。といっても動かす人はナノマシン処理を施さなければなりませんが‥‥すでに試作艦の設計は終わっているので、後はその艦に搭載するAIのプログラムが作り終われば建造が開始されます。そしてこの実験が成功すれば新しいナデシコにも採用するつもりです」

 

「新しい‥‥ナデシコ‥‥そうなんだ‥‥がんばってね」

 

「はい」

 

後に建造された新型のナデシコの艦長にルリがそしてこの試作艦が幽霊ロボットと呼ばれる謎の機体兵器の母艦になることをこの時のコハクには知る由もなかった。

 




ではまた次回。


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第33話

更新です。


 

 

 

「おい、テンカワ。ちょっと、そこのスパナを取ってくれ」

 

屋台の下から、ウリバタケが手をさし出してきた。

ぼんやりと考え事をしていたアキトはその声で思考の海から現実へと引き戻され、慌てて道具箱からスパナを取り出してウリバタケに手渡した。

その日、アキトは屋台のメンテナンスのために、ウリバタケの町工場に来ていた。

最近どうも屋台のコンロの調子が悪かったのだ。

 

「おーい、テンカワ。次はレンチを取ってくれ」

 

また、ウリバタケの声と共に屋台の下から彼の手が出てきた。

しかし、アキトはウリバタケの手にも声にも気がついていない様子でまたぼんやりと思考の海へとダイブして考え込んでいる。

 

「おい、テンカワ。レンチだ、レンチ取ってくれ!!レンチ!!」

 

再び言われてようやくウリバタケの声に気がつくアキト。

 

「あっ、すみません。スパナですね?」

 

「ちげーよ。スパナはさっきお前に取ってもらっただろうが。レンチだよ。レンチ」

 

「あっ、そうか‥‥」

 

「どうした?何か悩み事か?」

 

ウリバタケが屋台の下から顔を出した。

 

「俺でよければ相談にのるぞ」

 

「い、いえ大丈夫です」

 

「‥‥そうか」

 

ウリバタケは背中に敷いてある台車を転がし、自分の手でレンチを取り、アキトの表情を窺って、再び屋台の下へと戻った。

 

「はぁ~」

 

ウリバタケが屋台の下に戻るとアキトは小さく溜め息をつく。

 

(まずいな今週はもう丼を5個も割っちまった‥‥このままじゃいけない。いけないよなぁ~‥‥はぁ~‥‥)

 

アキトのアパートにユリカ達がやって来てもうすぐ一ヶ月の月日が経とうとしている。

ルリやコハクが居るのと連日夜遅くまでの激務で夜は直ぐに寝てしまうので、いわゆる男女の過ちこそ犯してはいないものの若い男女が同棲していることには変わりはない。

根がマジメなだけにアキトは同棲ということにやや抵抗があるようだ。

そんなアキトは最近になって頭の中で色んな考えを廻らせる。

今後どうすればいいか、火星でユリカの告白を受けたからにはきちんと責任をとらなければならないがそれをどうするか、喧嘩別れしているユリカと父であるコウイチロウとの仲をどうやって修復すればいいか。

アキトの考えはなかなか纏まらない。

ユリカとコウイチロウの仲を和解させる以外にもこの中途半端な状態を終わらせる方法があるにはあるのだが‥‥。

 

「あの‥‥セイヤさん」

 

「ん?なんだ?」

 

アキトがポツリと口を開く。

 

「セイヤさんが奥さんと結婚した時ってどうだったんですか?」

 

アキトの質問を聞いたウリバタケは作業する手をピタッと止めた。

 

「その‥‥結婚した時の気持ちというか‥‥時期というか‥‥プロポーズのタイミングとか‥‥」

 

アキトの身近で既婚者なのはユリカの父、コウイチロウとウリバタケぐらいだった。

流石にユリカへのプロポーズや結婚についての意見を父であるコウイチロウに聞くわけにもいかないので、アキトはこうしてウリバタケに彼がオリエにプロポーズをした時、結婚のタイミングを参考までに聞いたのだ。

 

「俺が女房と結婚したのは確か、俺が22歳の時だったな‥‥」

 

屋台の下に潜ったままウリバタケが自分の結婚時期について話し始める。

 

「ちょうど今のテンカワとほとんど変わらない年だった‥‥」

 

「22歳‥‥ですか?」

 

今年21歳になるアキトはふと1年後の自分の姿を想像してみる。

その頃にはユリカと結婚しているだろうか?

屋台ではなく、小さくても自分の店を構えているだろうか?

 

「その頃の俺はまだ駆け出しのメカニックでよ。この業界でやっていける保障も自信もなかったから女房に結婚してくれと言うにはかなりの勇気がいったよ」

 

アキトが1年後の自分の姿を想像していると、ウリバタケがオリエにプロポーズをした当時の事をアキトに話し始めた。

参考意見と言う事でアキトは未来の想像を止め、ウリバタケの話を聞いた。

 

「勇気‥‥ですか?」

 

「自慢じゃねぇがウチの女房はけっこう美人でな‥‥」

 

ウリバタケが自慢するかのように言うと、

 

「ええ‥そうですね」

 

アキトはウリバタケの言葉を肯定する。

ウリバタケの奥さんであるオリエが女性の中でも美人の分類に入るのはアキトも知っている。

初めてウリバタケの奥さんであるオリエと出会った時、意外にも美人だったので驚いた覚えがある。

ウリバタケは奥さんと一緒に暮らすのが嫌でナデシコに乗ったという噂を聞いたからだ。

こんな美人な奥さんがいて一体何が不満だったのか疑問に思っていたのでよく覚えている。

現にウリバタケ家はオリエとの間にはお腹の中の子供を含めて2人も居る。

十分、ウリバタケがオリエを愛している証拠である。

まぁ、多少オリエの尻に敷かれている場面は見るが‥‥

尚、アキトの疑問はウリバタケをナデシコにスカウトしに来たプロスペクターとゴートも初めてウリバタケ家を訪問した時、同じ疑問を抱いていた。

 

「俺以外にもアイツを狙っている奴は何人もいてなぁ‥その中には有名銀行のエリート行員とかもいた。そいつらが女房に送ってくるプレゼントがそりゃ豪勢な高級品ばかりでな。俺なんか問題外だった‥‥」

 

「それで勇気‥ですか?」

 

「勘違いするなよ。フラれるのが怖いんじゃねぇ。こう見えても俺は女と付き合った回数よりフラれた回数の方が多いからな」

 

自らの黒歴史を自慢げにウリバタケが言う。

ただ、それについてはアキトもナデシコでのウリバタケの生活を見ていて何となく分かる。

 

「勇気が必要だったのは自分にプロポーズする資格があるかどうかってことさ」

 

「―――っ!?」

 

「メカニックとしては半人前、家が金持ちでもねぇ。その後の人生の保障もねぇ、そんな俺がプロポーズなんてして本当に相手を幸せにできるのかと思ってな」

 

「そ、それでどうしたんですか!?」

 

アキトは勢い込んでウリバタケに聞く。

当時のウリバタケと今のアキトの現状がとても類似していたからだ。

 

「結局プロポーズしたんですよね?」

 

「ああ」

 

まぁ、プロポーズして結婚していなければ今のウリバタケの家庭は存在していない。

ただ、どういった経緯があったのかをアキトは知りたかった。

 

「教えてください。一体どうしたんですか!?」

 

「どうもしねぇよ」

 

「えっ?」

 

「分かりもしねぇことをウダウダ悩んだってしょうがねぇだろう」

 

「はぁ~」

 

ウリバタケが屋台の下から顔を出す。

 

「自分がこいつと結婚して幸せになれると思ったらバーンとプロポーズすりゃいいんだよ」

 

「だけど、それで相手を不幸にしたら‥‥」

 

「バーカ。少しは自分が惚れた女を信じろって」

 

「えっ?それってどういう‥‥」

 

「お前が惚れた女の目は節穴か?」

 

「い、いえ‥それは‥‥そんな事は‥‥」

 

アキトはユリカのことを思い浮かべる。

ユリカはいつも真実を真っ直ぐはっきりと言う。

それもこっちが恥ずかしいぐらいに‥‥

彼女の言葉には嘘偽りはない。

何時も真っ正直な思いを自分にぶつけてくる。

そう思うと、今までユリカの想いに答えてやれなかった自分が情けなく思える。

 

「いえ‥そんなことはないッス」

 

「だったらそれで良いじゃねぇか。自分にとって不幸な結婚だと思ったらきっぱりとプロポーズを断るさ。その女の目が節穴じゃなきゃな」

 

「‥‥」

 

「実際、オリエがどうして俺のプロポーズを受けてくれたのか未だに分からねぇ。でも金も将来も何も分からなかった俺のどこかに自分を幸せにしてくれる部分を見つけたんだろうな」

 

ウイバタケにそう言われアキトは今の自分を考える。

四畳半の貧乏暮らし‥将来の保障もなければ地位も名誉も金もない。

普通に考えたら幸せとは随分かけ離れている。

だったらどうすればいい?

どうすれば自分はユリカを幸せにできる。

 

「何が幸せかなんて本人しか分からねぇだろう?分からねぇなら相手に決めてもらうしかないだろう?」

 

アキトの心の声に答えるかのようにウリバタケが言う。

 

「『俺は君といたら幸せだ。もし、君も同じ気持ちなら俺と結婚してください』と、まぁプロポーズっていうのはこんな感じにシンプルなもんだと思うぜ」

 

ウリバタケの話を聞き、ようやく心の迷いが晴れたのか、アキトは思わず立ち上がる。

 

「俺とオリエが結婚した時はなぁ‥‥」

 

「すみません。セイヤさん。屋台明日引き取りに来ます。それじゃあ‥‥」

 

アキトはそう言って駆け出した。

 

「あっ、おい、テンカワ。まだ話の途中‥‥って行っちまいやがった‥‥全く近頃の若い奴はせっかちでいけぇなぁ」

 

ウリバタケはボヤキながら後頭部をボリボリと掻く。

 

「あなたもそうだったじゃない」

 

「ん?」

 

すると工場の奥からオリエが顔を出した。

どうやらさっきのアキトとの会話を聞いていたらしい。

 

「付き合い始めてまだキスもしてないのに突然結婚しようって言って結婚を迫って来たのはどこの誰だったかしら?」

 

「‥‥」

 

ウリバタケは照れくさそうに顔を背けた。

 

「恋愛とは縁のなさそうなアンタが、人様に恋愛のアドバイスだなんて‥‥‥」

 

「わ、悪いかよ!?」

 

「ううん。ただね‥‥」

 

オリエがウリバタケの隣に腰を下ろす。

 

「あの頃を思い出しただけ」

 

「そうか‥‥」

 

オリエの手が優しくウリバタケの手に重ねられる。

機械をいじり、オイルまみれになったウリバタケの手を‥‥

ウリバタケも結婚当初に比べて少し荒れてしまったオリエの手を優しく握り返した。

やはり、色々あってもウリバタケ家は家族円満の様だった。

 

 

「ただいま、ユリカ」

 

アキトは勢いよく扉を開け、ユリカを探す。

 

「あっ、お帰りアキト」

 

部屋の中にユリカはいた。それも1人で‥‥

 

(チャンスだ)

 

逸る気持ちを抑えながらアキトは拳を握り勇気を振り絞って言った。

 

「あ、あのな、ユリカ。話したいことがあるんだ」

 

「ん?アキトが私に話?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「何々?」

 

とりあえずユリカに話しかけることは成功したが、ここでアキトは墓穴を掘る。

プロポーズすると意気込んだが、肝心のプロポーズの言葉が浮かんでこない。

プロポーズの言葉は一生に一度の大切な言葉。

アキトは慎重に言葉を選びながら話しを続けた。

 

「そ、その‥‥ユリカ達が俺の所に来てもう一ヶ月が過ぎたなぁ‥‥その間色々あったなぁっと思って‥‥」

 

「うん。毎日楽しいよね。4人で屋台引いて、銭湯行って、ご飯食べたり、一緒に寝たりして」

 

「あ、ああ」

 

「そういえばこの前地震があったでしょう。あの時は大変だったよね?」

 

「う、うん。セイヤさんが作ってくれた対衝撃用フィールドが発動したときだよな?」

 

「そうそう。アレのせいで丸1日閉じ込められたもんね。まるで洞窟に閉じ込められた探検隊みたいに」

 

「そうだな」

 

「でもあの時は皆でしりとり出来たよねぇ~」

 

「ああ、楽しかったな」

 

「うん。楽しかった」

 

「こんな暮らしがずっと続くのもいいかな‥‥なんてな」

 

「うん。ずっと続くといいね」

 

(いい雰囲気だ。よし、いける、いけるぞ!)

 

「な、なぁ‥ユリカ‥お、俺と‥‥」

 

アキトがユリカに「結婚しよう」と言いかけたまさにその瞬間、

 

ガチャ

 

「「ただいま戻りました」」

 

アパートのドアが開き、両手にスーパーの袋を持ったルリとコハクが買出しから帰ってきた。

 

「あっ、おかえりルリちゃん、コハクちゃん」

 

ユリカは2人のもとへと向う。

 

「‥‥」

 

空回りしたアキトがその場で固まる。

玄関の方ではユリカの楽しそうな声が聞こえた。

 

 

最初のアプローチは失敗に終わったものの、それで諦めるアキトではなかった。

そもそもプロポーズをして失敗したわけではないのだ。

それにユリカとは1つ屋根の下で一緒に暮らしている。

まだまだプロポーズをする機会はある筈だ。

その日以降アキトはユリカに対して、プロポーズをするチャンスを狙っていた。

しかし、最初は同じ屋根の下で暮らしているため、簡単にチャンスが来るかと思っていたが、いざプロポーズするとなるとなかなか難しかった。

家ではルリやコハクがいつも一緒だし、屋台では外から丸見えだし、お客さんがいる。

ただ待つだけでは永遠にチャンスはめぐって来ないように思えた。

 

(くっ、こうなれば自分からチャンスを作るまでだ)

 

そう意気込んでアキトは屋台にお客がいないのを見計らいルリとコハクに声をかける。

 

「ルリちゃん、コハクちゃん。2人とも少し店番頼めるかな?」

 

「はい」

 

「いいですよ」

 

ユリカは今公園に1人でいる筈だ。

アキトの屋台には洗浄器が着いていないため、近くの公園の水道場まで丼を洗いに行かなければならない。

 

(よし!これなら2人っきりだ)

 

アキトは足早に公園の水道場に向う。

そして辺りを見回し人気がないかを確認する。

 

(よしっ、人気はないし、辺りは薄暗いし静か‥雰囲気はバッチリだ。後は‥‥)

 

後は肝心のユリカにプロポーズをするだけだ。

公園の真ん中にある砂場の近くの水道場、そこにユリカが居る筈だったが‥‥

 

「い、いない!?」

 

丼を洗って居る筈のユリカの姿が見当たらない。

 

(ユリカの奴どこにいったんだ?)

 

公園を見回しても居る筈のユリカの姿が見えない。

入れ違いかと思い屋台へと戻るアキト。

其処にはユリカが確かに居た。

しかし、屋台から公園の水道場までの道のりでユリカとすれ違わなかった。

では、ユリカはどこで丼を洗っていたのだろうか?

 

「紅楽園さんだよ」

 

戻ってきたユリカにアキトがどこに行っていたかを聞くとそんな答えが返ってきた。

 

「紅楽園って‥‥」

 

「公園の近くにあるラーメン屋さんだよ。公園の水道場は暗いし寒いんだもん」

 

ユリカはケロリと答える。

確かにユリカの言うとおり公園の水道場は外灯が無いので明るいとも言えないし、外での洗い物だからだから寒い。

だからといって商売仇である同じラーメン屋さんの洗い場を使うなんて‥‥

 

「紅楽園のオジサン、すっごくいい人で、事情を話したら遠慮なく使っていいってさ」

 

「だけど同じラーメン屋さんの洗い場を使うなんて‥‥」

 

「ねえ、いいでしょう?アキト」

 

「う、うん」

 

頼み込むユリカの姿を見て頷いてしまうアキト。

ユリカの父、ミスマル・コウイチロウが何故、ユリカの頼みを断れない理由が分かった気がしたアキトだった。

 

(さすがに紅楽園さんまで押しかけてプロポーズというわけには行かないよな‥‥)

 

アキトは仕事中でのプロポーズを諦め、次は場所と時間を変更した。

深夜遅く、皆が寝静まった頃合をみてユリカをこっそり起こしプロポーズすることにしたアキト。

深夜3時過ぎ、ユリカ、ルリ、コハクが寝たのを確認し、作戦を決行するアキト。

アキト達は寝る時、アキトが真ん中で右側にルリとコハク、左側にユリカが寝ている。

これは寝相の悪いユリカがルリとコハクを潰さないようにするための処置であったがこの体制はむしろプロポーズをしたいアキトにとっては好都合の配置だった。

ルリとコハクが互いに抱き合って眠っているのを確認したアキトは隣で眠っているユリカに声をかける。

ユリカをこっそり起こし、散歩でもしようといって外に連れ出し、星空を見ながらプロポーズ。

これが今回、アキトが立てたプロポーズ作戦であった。

 

「おい、ユリカ」

 

ユリカの耳元で囁くアキト。

 

「う、ううん」

 

「ユリカ、起きろ」

 

「むにゃむにゃ‥‥」

 

「ユリカ、起きてくれ、大事な話があるんだ」

 

「ぐーすーぴー」

 

「‥‥」

 

一向に起きる気配のないユリカ。

元々ユリカはあまり寝起きが良いとは言えず毎朝誰かに大声で起こされている。

士官学校時代はどうやって起きていたのか不思議である。

まさか、ジュンが女子寮に毎日入り込んでユリカを起こしていたとは考えにくいので、ルームメイトにでも起こしてもらっていたのだろうか?

話を戻し、

ここでいつものように大声を出してユリカを起こせばルリとコハクも起こしてしまう危険がある。

そこで今度は物理的に起こすことにした。

まずはユリカの体を揺すってみた。

起きない。

もっと強く体を揺すってみた。

やっぱり起きない。

完全に熟睡モードになっているユリカ。

今度はつねって起こすことにした。

可哀想だが、これもプロポーズの為、お互いの幸せの為、ユリカには我慢してもらうことにした。

つねる場所は二の腕に決定。

後が残らないようにと祈りつつそっと手を伸ばすアキト。

アキトの手がユリカの二の腕に触れた瞬間。

 

ドゴっ

 

「ごふっ」

 

寝返りを打ったユリカの肘がアキトのわき腹を直撃。

声を殺し悶えるアキト。

そして悶えている間、熟睡しているユリカ相手にこの計画は無理だと判断した。

原因はユリカの眠りがあまりにも深い事と寝相だった。

 

次にアキトは手紙を使ってプロポーズをすることにした。

昼間、時間を見つけて図書館へと足を運び、手紙の書き方の本を参考にし、ラブレターを書き上げて作戦を実行した。

 

「艦長。艦長宛に手紙がきています」

 

アキトのラブレターを発見したのはユリカ本人ではなくルリだった。

 

「私宛に手紙?誰から?」

 

「さぁ、差出人の名前は書かれていません」

 

(しまった!?自分の名前を書くのを忘れた!!)

 

アキトは軽率な自分を呪ったが、発見したのがルリということでこの場合、ある意味助かったのかもしれないが、ここで名乗るわけにもいかない。

ドキドキしながら成り行きを見守るアキト。

ユリカが中の手紙を見てくれさえすれば、きっとその手紙はラブレターだと気づいてくれるに違いない。

しかし、事態は思わぬ方向へと進む。

 

「どうしましょう?これ?」

 

「うーん‥‥なんか気味悪いね。いたずらかもしれないし、こういうのはパーっと捨てて忘れちゃいましょう」

 

かくして2日の時間をかけて書き上げたアキト渾身のラブレターは読まれぬ内にその日の燃えるゴミに出された。

その後もアキトは色々な手を使ってプロポーズをしようとした。

大人しか分からない、絡め手のプロポーズ。

 

「俺のために一生味噌汁を作ってくれないか?」

 

「えっ?お料理はアキトの担当でしょう?」

 

「‥‥そうでした」

 

そもそも料理下手なユリカに味噌汁が作れるわけがないし、仮に作れてもそれは毒物だ。

 

 

「ユリカ‥‥やらないか?」

 

「何を?」

 

残念、ユリカはいい男ではない。

 

 

ボディーランゲージ。

 

 

誤解され伝わらず失敗。

 

 

モールス信号。

 

 

失敗。

 

 

視線。

 

 

挫折。

 

 

プレゼント。

 

 

敗北。

 

 

さりげない雰囲気

 

 

破綻。

 

 

暗号。

 

 

解読されず黒星。

 

 

男の背中。

 

 

全滅。

 

 

(だ、だめだ‥‥)

 

数々のプロポーズ行為を行ってきたアキトだが、どれもこれも失敗に終わり、燃え尽きた。

敗残兵のような足取りに幽霊のような表情で今日も屋台を引くアキト。

 

(やれやれ)

 

その様子を見かねたコハクが一計を案じた。

 

(ユリカさん、いざという肝心で大事な時にフラグを簡単にへし折る天然だから自覚を持たせないといつまで経ってもアキトさんのプロポーズは成功しないな)

 

ユリカの悩みを聞き、アキトとユリカに幸せになってもらいたいと願ったコハクは少しだけアキトにお節介を焼くことにした。

 

顔色は少し悪いが、いつものように屋台でラーメンを売るアキト。

コハクは作戦実行のタイミングを狙いながら普段と変わらない様に接客する。

やがてお客の入りも一段落した頃合を見て、作戦を実行した。

 

「あっ、そういえば!!」

 

自分でも大袈裟だと思うくらいの大声でコハクは言った。

 

「どうしたの、コハクちゃん?」

 

「もうニンニクの在庫がありませんでした」

 

そう言ってルリを見る。

 

「ルリ、一緒にニンニクを買いに行こう」

 

「いいですよ」

 

あっさりと了承するルリ。

 

「この辺りで一番近い深夜スーパーってどこだっけ?」

 

「ニンニクならコンビにでも売っていますよ」

 

「コンビニの物だと小さいし、数も少ないからまたすぐになくなっちゃうよ」

 

「それでしたら消防署の近くにたしか24時間営業のスーパーがあった筈ですが‥‥」

 

「わかった。じゃあそこに行こう」

 

「あれ?でもニンニクならまだあったような‥‥?」

 

其処にフラグクラッシャーユリカが口を挟み、ニンニクの在庫を確かめる。

だが、その点においてはコハクに抜かりはない。

コハクは前もってこっそりニンニクを屋台から抜き取り隠しておいたのだ。

 

「あっ、ホントだ。もうニンニクがないや‥‥」

 

「それじゃあ行ってきますね」

 

ルリとコハクが手を繋ぐ。

しかし、此処でもフラグクラッシャーユリカは行動する。

 

「じゃあ、お留守番よろしくね。アキト」

 

「あ、ああ‥‥」

 

何故かニンンクを買いに行こうとする2人に着いていこうとするユリカ。

プロポーズがなかなかうまくいかないアキトは返答にも元気がない。

 

「ゆ、ユリカさん?何故貴女も一緒に?」

 

コハクは何故、折角アキトと2人っきりになれる環境なのにそれを敢えて捨てて自分達についてくるのかをユリカに訊ねる。

 

「だってこんな夜中に女の子2人だけで行かせられないよ」

 

「‥‥」

 

ユリカの言っていることは確かに正論ではあるが、しかしこのままユリカが着いてきてしまうとアキトはユリカにプロポーズが出来ない。

そこでコハクはユリカに自覚を持たせる為、さりげなくプロポーズをしたがっていたアキトには申し訳ないがユリカに教えることにした。

 

「ユリカさんちょっと耳をかしてください」

 

「ん?何?」

 

ユリカが少しかがんでコハクに耳をかす。

 

「ユリカさん此処はアキトさんと2人っきりになれるチャンスですよ」

 

「えっ!?」

 

アキトと2人っきりという言葉を聞き一瞬驚きの声をあげるユリカ。

 

「最近のアキトさん妙にソワソワしていたり、落ち着きがなかったと思いませんか?」

 

「そう言われてみればそうかも‥‥」

 

チラッとアキトを見るユリカとコハク。

コハクに促されユリカはここ最近のアキトの行動を振り返ってみると、確かにコハクの言う通り、最近のアキトの行動は妙な行動が多かった。

 

「もしかしたらユリカさんにプロポーズしたいのかもしれませんよ」

 

「プ、プロポーズ!?アキトが私に!?」

 

プロポーズの言葉を聞き、顔を赤らめるユリカ。

 

「僕とルリが居てはアキトさんもプロポーズしにくいでしょう。お邪魔虫は一時退散しますから頑張ってください」

 

「う、うん‥ありがとう、コハクちゃん」

 

そう言ってまだ顔の赤いユリカを残し、コハクはルリと共に屋台から離れて行った。

 

「お節介だったかな?」

 

「何がですか?」

 

「もう、ルリは分かっているくせに。ユリカさんとアキトさんを敢えて2人っきりにした事だよ」

 

「テンカワさんの様子がここ最近変なのは私も前々から分かっていましたけど、まさかそれが艦長にプロポーズをするためだとは気づきませんでした」

 

「まぁ、お膳立てはしたあげたから、後はアキトさんの勇気次第だけどね」

 

そう言ってコハクは物影から2人の様子を窺う。

 

「悪趣味ですよ、コハク」

 

「そう言うルリこそ、アキトさんとユリカさんの様子が気になるんじゃないの?」

 

「まぁ、2人は家族ですからね、同じ家族として見守る義務が私達にはありますから」

 

ルリとコハクは趣味が悪いかもしれないが、アキトとユリカのプロポーズの行方が気になったので、物陰に隠れながら2人の様子見ている。

流石に何を言っているのかは此処からでは聞き取れないが、アキトがユリカに何かを伝えている。

暫くするとユリカがアキトに抱きついた。

どうやらアキトのプロポーズは成功したようだ。

抱き合った2人は暫く視線を交差していたが、やがて唇を交わす。

 

「これでアキトさんの悩みも、ユリカさんの不安も解決したかな?」

 

「そうですね。でも、艦長のお父さんは艦長とテンカワさんの仲を了承するでしょうか?」

 

「それはあの2人がこの先一緒に立ち向かわなければならない試練だけど、なんとかなるんじゃないかな」

 

「なんとか‥ですか‥‥」

 

「うん。なんとか‥‥あの2人はナデシコでも色んな困難を何とか乗り越えてきたんだから、今回の事もなんとか出来るんじゃないかな?

 

「‥‥そういうものなんですかね?」

 

ルリは抱き合っているアキトとユリカの2人を見ながらポツリと呟いた。

 

アキトがユリカにプロポーズした後、2人は婚約を報告するためにユリカの父、ミスマル・コウイチロウの元に行った。

 

「くぉらぁぁぁぁ!!! もう一度いってみろぉぉ!!!」

 

当然コウイチロウはユリカとアキトの婚約に関して大激怒し、猛反対した。

 

「何度でも言わせてもらいます。お義父さん、ユリカを俺の嫁にください!」

 

「誰がお義父さんじゃあ!!それに、それに、どこの馬の骨ともしらん奴にユリカを‥ユリカを嫁によこせだとぉぉ!!」

 

「お義父さん、うちは馬の骨じゃないっす! トンコツと鶏ガラのブレンドっす!」

 

「そうだよ。アキトのラーメンは美味しいんだよ」

 

アキトとユリカの結婚を認めないコウイチロウと自分達の結婚を認めてもらいたいアキトとユリカの意見は真っ向から対立した。

 

「ユリカそれは欲目と言うモノだ」

 

「欲目じゃないよ。ホント目だよ」

 

「お義父さん、お願いします」

 

「お父様、お願い」

 

しかし、あまりにも2人がしつこいのでコウイチロウはある条件をだした。

 

「よし、ならばワシがそのラーメンを食ってやろう」

 

不敵な笑みを浮かべコウイチロウは言い放った。

コウイチロウは自他共に認めるラーメン通だった。

 

「もし、本当に君作るラーメンが美味ければユリカと結婚でも何でもするがいい!!」

 

コウイチロウが出したその条件とはアキトがラーメンを作り、それをコウイチロウが食べて、その味を納得させることだった。

 

「それ本当ッスか!?」

 

「当たり前だ!!男に二言はない!!」

 

連合軍提督としての威厳を放つようにコウイチロウは言い放つ。

 

バチバチバチッ‥‥

 

この時、アキトとコウイチロウの視線が交差し、両者の間に火花を散らした‥‥様にユリカには見えた。

こうしてユリカとの結婚をかけてアキトとコウイチロウのラーメン勝負が行われることが決まった。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第34話

更新です。


 

 

 

紆余曲折がありながらもアキトは漸くユリカへプロポーズをする事に成功した。

10年以上の間、アキト一筋のユリカは勿論、アキトからのプロポーズを断る訳がなかった。

しかし、プロポーズの成功=結婚と言う訳ではない。

現在ユリカは絶賛家出中の身‥‥

結婚をするには親の了承も必要だ。

アキトは既に天涯孤独の身であるが、ユリカには父親がいる。

しかもかなりの親バカな父親が‥‥

そんな親バカな父親相手にあっさりとユリカとの結婚を認められるとは思ってはいないが、それでもユリカと結婚をするのであれば、嫁さんの父親‥アキトにとっては義父になるかもしれないコウイチロウへの挨拶は避けられない道である。

しかし、当のユリカ本人は、「あんな分からず屋のお父様の了承なんて必要ないよ」と言うが、アキトはそうはしたくなかった。

幼い頃に両親を亡くしているアキトは親のありがたみと言うものを知っている。

だからこそ、自分との結婚前にユリカにはどうしてもコウイチロウと仲直りをしてもらいたかった。

母親を無くしているユリカにとってコウイチロウは唯一の肉親であり、ユリカと結婚したら、コウイチロウはアキトにとっても義父になる人物なのだから‥‥

そして、アキトはユリカを説得してミスマル家へと向かった。

ルリとコハクも気になって2人に着いて行った。

すると、案の定‥‥

 

「くぉらぁぁぁぁ!!! もう一度いってみろぉぉ!!!」

 

すさまじい声がミスマル家に響き、その衝撃は家が揺れるのではないかと思った程である。

 

 

事の発端は数時間前、アキトのアパートにて、

 

「よし。今から、お義父(コウイチロウ)さんの所へ挨拶に行く!」

 

と、何か決意したようにアキトが立ち上がり天井に拳を突き上げる。

アキトの気合いは十分だ。

そしてユリカを説得して向かったミスマル家では、一同を出迎えた時、コウイチロウはユリカ、ルリ、コハクに対しては笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 

「これは少ないがとっておきなさい。貧乏生活は辛いだろう」

 

コウイチロウはルリとコハクにお小遣いをくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「どうも」

 

コハクとルリは無難に感謝をのべるが、

 

「お父様、さっきから何でアキトを無視するんですか!?」

 

とうとうと言うか、やっとと言うかコウイチロウの行為にユリカが切れた。

 

「うっ‥ユリカがそこまで言うなら無視はしないが‥‥」

 

迂闊だったとはいえ、家に招き入れてしまった以上、いい歳をした大人のコウイチロウはひかざるをえなかった。

 

「で、誰だね?彼は‥‥?」

 

それでも、多少の抵抗はするみたいだ。

一応、火星に住んでいる頃はお隣同士なのだから、コウイチロウはアキトと面識はあるはずだ。

 

「テンカワ・アキトです。お久しぶりですコウイチロウさん。今日は、お父義さんの娘、ユリカのこと出来ました」

 

「むっ?ユリカの事とは?」

 

コウイチロウが眉をひそめ聞き返す。

それにアキトの言う「おとうさん」の部分にも引っかかりを感じる。

 

「はい。娘さんと‥‥ユリカとの結婚を認めてもらいたくやってきました」

 

包み隠す事無くきっぱりと言い切るアキト。

 

「ゆ、ゆ、ゆ‥‥」

 

すると、コウイチロウのサリーちゃんパパヘアーがぶるぶると震えはじめる。

 

「ゆ? 『ゆ』って何だろうね?ルリちゃん、コハクちゃん分かる?」

 

コウイチロウが発した『ゆ』と言う単語を聞いて首を傾げながらユリカはコウイチロウが何を言いたいのかをコハクとルリに訊ねる。

 

「さあ、雪の『ゆ』じゃないですか?」

 

「お湯の『ゆ』か、ユリカさんの『ゆ』かもしれませんよ」

 

ルリは雪の『ゆ』、コハクはお湯の『ゆ』またはユリカの名前の出だしの『ゆ』ではないかと言う。

だが、アキトにはコウイチロウの言う『ゆ』から出る次の言葉が既に予想できているのか、次の一言を「ごくっ」と唾を飲み込んでコウイチロウが言うのを待っている。

すると、アキトの予想通りの言葉がコウイチロウから発せられる。

 

「ゆるさ――――んっ!!!!!!!!」

 

コウイチロウの怒声に、ルリとコハクの髪が逆立ち、ユリカは眼をぱっちりと瞬きをして驚いた。

ついでにミスマル家も地震が起きたかのように揺れた気もした。

一方、覚悟をしていたアキトだけがひるみもせず視線をじっとコウイチロウに向けていたのは驚嘆に値する。

別の言い方をすれば、それだけの覚悟を決めていた、ということなのだろう。

 

「許さん、許さん、許さん。馬の骨ともわからん奴に大事な娘をやれるかぁ!!」

 

「馬の骨。素性の解らない者を罵るために使う言葉。この場合はテンカワさんの事でしょうか?」

 

通訳よろしく、ルリが髪の毛を整えながら馬の骨の意味を説明する。

 

「いや。それだとちょっと違うよ。アキトさんはちゃんと火星出身とか履歴ははっきりしているし、何よりユリカさんの幼馴染みでしょう?火星では確かお隣同士だったコウイチロウさんが知らないのはちょっと変だよ」

 

コハクがコウイチロウの言う馬の骨=アキトの構図に矛盾があると指摘する。

 

「なら。誰が馬の骨なんですか?」

 

「うーん‥多分僕かな?僕自身、出生が曖昧だし‥‥」

 

「でも、それだとコハクがユリカさんに求婚している事になりますよ。同性同士の結婚はこの国では認められていませんし、非生産的です。それ以前に私がコハクとユリカさんの結婚なんて認められません」

 

ルリとコハクが漫才の様なやり取りをしていると、

 

「ルリちゃん、コハクちゃん、場を和まそうとしなくていいよ。俺はお義父さんと本音で話したいんだ」

 

アキトは真剣な声でルリとコハクに語るが、視線だけはコウイチロウがから離していなかった。

 

(ほぉ~確かユリカより2つ下の歳なのにあの眼光‥‥挑むようでもなく脅えるわけでもなく、全てを受け止めるかのようにわしと向き合うか‥‥ふっ、面白い‥ならば、君の覚悟、見せてもらおうか?)

 

コウイチロウは今の今までアキトをただの娘を奪いに来たくせ者ぐらいにしかみていなかった。

だが、家に来てから変わらぬ視線。

年に見合わぬ落ち着いた態度が興味を引いた。

アキトも伊達に木連との戦争中、修羅場をくぐってきた訳ではない。

ルリとコハクは、流石にこれ以上はお邪魔虫なので、当事者達を部屋に残して、部屋から出ると、ミスマル家の適当な所で寛いでいた。

すると、ミスマル家に来訪を知らせるチャイムが鳴る。

家の主であるコウイチロウは、現在アキトと戦闘中‥‥ユリカは2人の戦いを見守り中‥‥

そこで、コハクが代わりに玄関先に向かい、来客を出迎える。

 

「はい、はーい。どちら様でしょうか?‥‥っ!?」

 

玄関先で来客を出迎えた時、コハクは目を見開いて驚く。

其処に居たのは木連との戦争で死んだはずのムネタケだった。

コハクが驚いていると、

 

「失礼、お嬢さん。ミスマル提督は御在宅でしょうか?」

 

「あ、あの‥‥ムネタケ‥‥さん‥‥でしょうか?」

 

「おや?私の事を知っているのかい?」

 

「えっと‥‥その‥‥な、ナデシコで‥‥」

 

「ナデシコ?君はもしかしてナデシコの関係者なのかい?」

 

「え、ええ‥‥ナデシコに乗っていました」

 

「そうか‥‥ナデシコの元提督、ムネタケ・サダアキは私の息子だったんだ‥‥」

 

「む、息子!?」

 

「息子が色々と迷惑をかけた様ですまなかった」

 

来訪者は深々とコハクに頭を下げた。

 

「い、いえ‥‥あっ、ミスマル提督は今、ちょっと立て込んでおりまして‥‥」

 

「ん?何かあったのかい?」

 

「その‥‥」

 

コハクはムネタケの父、ムネタケ・ヨシサダに現状を説明した。

 

「そうか‥‥お嬢さんが‥‥」

 

「はい」

 

「本来ならば喜ばしい事なのだろうが、提督はユリカ嬢ちゃんを昔から可愛がっていたからなぁ‥‥」

 

「ええ、でも、今回の件はミスマル提督にもアキトさんにも人生における1つの試練だと僕はそう思っています」

 

コウイチロウには子離れ、

アキトには人生のパートナーを得る為、

コハクの言う通り2人にとって今回のユリカの結婚は善も悪もない、戦いであり試練でもあった。

 

「うむ、そうだね‥‥」

 

いつの間にかコハクはヨシサダとルリと3人でミスマル家の縁側で茶を飲んでいた。

 

アキトとコウイチロウの話し合いは決して穏便なものでなく、表面上は怒鳴り合いでも水面下では互いを見極めようとする熾烈な戦いだ。

だが、意見はユリカが欲しい、ユリカはやらんの平行線であった。

アキトのセコンドにユリカがついているが、コウイチロウは今回の件についは1人の父親として、ユリカの前でも決して甘い顔をせずに、テンカワ・アキトという1人の男を見定めようとしている。

それから両者の話は平行線を辿り、

 

「確か、テンカワ君。君はラーメン屋だな?」

 

ぽつりとコウイチロウが呟く。

 

「はい。まだ屋台っスけど」

 

多少恥ずかしそうにアキトが答える。

 

「収入も不安定だろう。未来もだ。ユリカを幸せに出来るかどうかも解らない。それなのになぜユリカと結婚しようとしたのだね?」

 

今までの態度からは考えられないような、静かな口調でコウイチロウは最後の質問をする。

 

「私はアキトと‥‥」

 

ユリカが何かを言いそうになったが、アキトが視線で黙らせる。

 

「正直、ユリカを‥お嬢さんを幸せに出来るかどうかなんてわかんないっス。もしかしたら、このまま普通にお見合いをして結婚する方がユリカのためなのかも知れない。けど、俺はユリカと結婚したら幸せになれると思います。そして、その思いに答えてくれたユリカの眼を信じたいんです。俺はユリカと一緒に幸せになれるって。そして、ユリカも俺と一緒になったら幸せになれると‥‥だから‥‥」

 

静かにだがアキトは一番にいたかったことを言え、今日一番のすっきりした顔をした。

 

「何度でも言わせてもらいます。お義父さん、ユリカを嫁にください!」

 

事前にウリバタケからのアドバイスを受けておいてよかったと思うアキト。

彼のアドバイスがあったからこそ、今のアキトは心の中で余裕があった。

 

「誰がお義父さんじゃ!!それに、それに、どこの馬の骨ともしらん奴にユリカを、ユリカをだとぉぉ!!」

 

「お義父さん、うちは馬の骨じゃないっス! トンコツと鶏ガラのブレンドっス!」

 

「そうだよ。アキトのラーメンは美味しいんだよ」

 

アキトとユリカの結婚を認めないコウイチロウと自分達の結婚を認めてもらいたいアキトとユリカの意見は真っ向から対立した。

 

「ユリカそれは欲目と言うモノだ」

 

「欲目じゃないよ。ホント目だよ」

 

「お義父さん、お願いします!」

 

「お父様、お願い」

 

しかし、あまりにも2人がしつこいのでコウイチロウは条件をだした。

 

「よし、ならばワシがそのラーメンを食ってやろう」

 

不敵な笑みを浮かべコウイチロウは言い放った。

コウイチロウは自他共に認めるラーメン通だった。

 

「もし、本当に旨ければ結婚でも何でもするがいい!!」

 

その条件とはアキトがラーメンを作りコウイチロウを納得させることだった。

 

「それ本当ッスか?」

 

「当たり前だ!!男に二言はない」

 

連合軍提督としての威厳を放つようにコウイチロウは言い放つ。

こうしてユリカとの結婚をかけてのアキトとコウイチロウとの間で一週間後にラーメン勝負が決定された。

 

 

 

 

「そ、それでどうなったの!?」

 

興味津々と言った様子でヒカルがその先を促す。

コハクは自分の周りの大人達‥‥ヒカル、ウリバタケ、イズミ、リョーコ、ミナト、メグミ、ホウメイガールズを見渡してから答える。

 

「アキトさんとミスマル提督は来週の日曜日にユリカさんとの結婚をかけてラーメン勝負をすることになりました」

 

「ラーメン勝負!?」

 

それを聞いて大人達は目を輝かせる。

その場の勢いなのか売り言葉に買い言葉なのかアキトとコウイチロウとの間でまるで料理漫画の様な内容のラーメン勝負は既に決定事項となっていた。

決戦の地はユリカの実家であるミスマル邸の庭。

当日、アキトはそこに屋台を持ち込みアキトがコウイチロウにラーメンを振舞う事になっている。

そこで、コウイチロウがアキトのラーメンを食べて一言でも「美味い」と言えば、アキトの勝ちで、ユリカとの結婚が許可される。

しかし、このラーメン勝負、アキトにとっては物凄く不利な勝負である。

例え、アキトの作るラーメンが美味しくてもコウイチロウが「美味い」と言わなければアキトの負けでコウイチロウの勝ちである。

勝負としては成り立ってはいない。

でも、ナデシコの大人達は純真である。

アキトはラーメン勝負の為、麺やスープの研究に勤しんでいる。

コハクの話を聞いている大人達もなんだか盛り上がっている。

 

(みんな、どうしてこうイベントが好きなのかな?)

 

大人達は日曜の予定を確認したり、他の元ナデシコクルーに連絡を取っている。

一応、アキトとユリカの人生がかかった大勝負であり、ギャラリーが入れるか分からないのに観戦ムードでいっぱいである。

盛り上がっている大人達をジッと見るコハクであった。

 

 

ザッ

 

沸騰したお湯の中から黄金色の麺が引き上げられる。

 

ザッ、ザッ、ザッ

 

手首をかるく返すだけでザルの中の麺の玉が弾ける。

湯をきられた麺はスープが入っている丼の中へとダイブ。

菜箸でかるく麺をほぐし、上に具材を乗せる。

 

「よし、出来た」

 

完成したラーメンを見てアキトは頷く。

明日のラーメン勝負、アキトは東京風醤油ラーメンで勝負に挑もうとしていた。

勝負の為に特別なラーメンを作るのではなく、普段お客さんに提供しているラーメンで勝負したい。

それがアキトの心情であった。

ありのままの自分を見てもらいたい。

それが、自分が自分らしくのナデシコで得た教訓と経験だった。

アキトは蓮華でまず、スープを一掬い。まずはスープの香りをチェックしつつ、スープの匂いを楽しむ。

それからスープを口に運ぶ。

温度は申し分ない。

少し熱めで、啜る様に飲むと丁度いい感じだ。

こってり系ではない透明感のあるスープは豚骨と鶏ガラの出汁がよく出ている。

出汁のアクの強さも醤油がうまく消しており、絶妙なバランスを保っている。

隠し味に加えたゴマはアキトのオリジナルの味である。

 

「よし、これなら‥‥」

 

額の汗を拭ってようやく表情を崩したアキト。

ラーメンを作っている時は終始無言でまるで戦闘をしている時の様に真剣な表情だった。

いや、コックにとって調理と言う行為は戦闘と同じなのかもしれない。

アキトのラーメンの命は麺よりもスープなのだ。

まだ、日本一、世界一、宇宙一とは言えばないが、今の自分にとってこれが100%の味だ。

この味で美味くないといわれたら、所詮自分はその程度の実力しかなかったと、今の自分には諦めがつくほどの会心の出来だ。

勿論今はこの実力だがそれに甘んじることなく、今後も味を開花させていきたいと思っている。

 

「それが明日のラーメン?」

 

気が付くと隣にはユリカが立っていた。

屋台を手伝う時の服装‥頭には三角巾を被り、割烹着を着ている。

そして手には雑巾と水が入ったバケツ。

 

「先に寝ていて良かったのに‥明日は大事な日だろう?」

 

「うん‥‥でも、明日は私達の結婚が決まるかもしれない大事な日なんだよ。それなのにアキトだけが頑張るってちょっと違う様な気がして‥‥」

 

「でも、明日の勝負は‥‥」

 

「分かっている」

 

明日のラーメン勝負はアキトとコウイチロウの一対一の真剣勝負。

誰もアキトの助太刀、介入は不許可の真剣勝負。

それが絶対のルールだった。

 

「私にはラーメンを作るお手伝いは出来ない‥だから、コレ」

 

そう言ってユリカはアキトに雑巾と水が入ったバケツを見せる。

 

「アキトの屋台、明日の勝負までにはピカピカにしてあげるから」

 

「そっか‥‥ありがとな‥‥」

 

アキトはチラッと自分の屋台に目をやる。

お客がラーメンを食べるカウンターのスペースは勿論清潔にしてある。

当然、ラーメンを作る厨房スペースもだ‥‥でも、屋根や車輪など、料理に直接関係ない部分は清掃が少々投げやりとなっている部分があった。

 

「いつものラーメンなんだね」

 

「うん。いつものラーメンで勝負したいんだ」

 

アキトは自分が作ったラーメンを見る。

 

「勝負の時だけ特別なラーメンを作ってもダメな気がするんだ‥‥ユリカのお父さんに認めてもらいたいのは普段の‥ありのままの俺だから‥‥」

 

「大丈夫だよ、アキトのラーメンとっても美味しいから」

 

「ありがとう‥ユリカ」

 

2人は見つめ合い次第にその距離は縮んでいくと、アキトとユリカの唇が重なった。

 

アキトの屋台はアパートの駐車場に置いてある。

だから、アパートの窓から見下ろせばアキトの屋台を見ることが出来る。

ルリとコハクは窓越しに明日のラーメンを作る勝負の為、ラーメンを作っているアキトの姿を見ていた。

アキトがラーメンを作る姿は普段と変わらない。

変わらないが、ルリはアキトがラーメンを作る姿を見るのが好きだ。

屋台を押している時、チャルメラを吹きながらよくアキトの姿を横目で見ている。

ナデシコでは家族はコハクだけだったが、こうしてアキトのアパートでアキトとユリカとコハクと暮らしてルリはこれこそが家族の姿であり、ルリにとってアキトとユリカも家族だと思っていた。

そんなアキトの姿を見ていると、いつの間にかアパートを出たのかユリカがアキトの隣に立っていた。

2人は言葉を交わしてやがてキスをしている。

それを見たコハクはカーテンを閉めた。

これ以上先は大人になってから、それにアキトさんとユリカさんの2人の世界を邪魔しちゃ悪いと言うとルリは面白くないと言う顔をしたが、すぐに何か思いついた様で、

 

「いずれ、私達も大人になりますよね?」

 

「ん?そうだね」

 

「それなら‥‥今ここで練習をしましょう」

 

「えっ?練習?なんの‥‥?」

 

コハクはルリの言葉に疑問と共に何か嫌な予感を感じた。

 

「キスの練習です」

 

「き、キスっ!?」

 

ルリの言葉に思わず声が裏返るコハク。

 

「で、でも、キスは‥その‥‥男女でやるものじゃ‥‥」

 

「絶対に男女で行わなければならないモノではない筈ですよ」

 

そう言いながらルリはコハクへと迫る。

コハクは思わず後退るが、アキトのアパートは狭く、あっという間に追い詰められる。

 

「さあ‥‥コハク‥‥」

 

「る、ルリ‥‥お、落ち着いて‥‥ファーストキスは女性にとって大事なモノなんだよ‥‥そ、それを妹の僕に使うのはいささか軽率だよ」

 

「私はコハクの事‥好きですし、姉妹と言っても私達には血のつながりはありませんから問題ありません」

 

「問題あるよ!!ありまくりだよ!!ビジュアル的に変だよ!!僕らは女の子同士なのに!!」

 

「私達は美少女ですから、ソッチ系の人には受け入れられます」

 

「ソッチ系!?それ誰に言っているの!?」

 

「さあ、コハク‥‥」

 

「い、いや‥ちょっと‥‥る、ルリ‥‥んぐっ」

 

嫌がるコハクの唇をルリは無理矢理奪う。

ルリとキスをしていると次第にコハクの身体から力が抜けていき、布団の上に倒れてしまう。

すると、ルリはキスを止めるどころかマウントポジションを取ると、コハクの唇をむさぼるかのように激しいキスをする。

口付けで結ばれる唇には舌を挿し入れて、ルリはコハクの口内を蹂躙する。

舌と舌を絡ませて歯茎から頬まで舌の届く範囲全てを愛撫し、唾液を貪り、そして流し込んでは無理矢理味わわせる。

2人の唇の間からは舌を絡ませて唾液を交える水音が響き、空気を淫靡に染め上げていった。

そうした時間がどれだけ過ぎただろうか?

未だにアキトとユリカが戻ってこない所を見ると、そんなに時間が経っていないのかもしれない。

最初は身をよじってルリから逃れようとしていたコハクがその動きを止め、ルリの愛撫の全てを従順に受け入れるようになった頃にルリは唇を離す。

ルリが唇を離した時、互いの唇には唾液で出来た銀色の橋が出来た。

 

「どうでしたか?コハク」

 

ほんのりと頬を赤く染めたルリがコハクに問う。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

息も絶え絶えになっているコハクは顔を真っ赤にしているが、目の方はトロンとしている。

 

「フフ、どうやら気持ち良かったみたいですね‥‥もう一度‥しますか?」

 

ルリの問いに嫌がっていた筈なのに‥‥血は繋がっていないけど、姉妹なのに‥‥同性同士でこんな事、本当は間違っている筈なのに‥‥理性ではそれを理解できてもコハクの本能はルリを求めていたのだろうか?

コハクは小さく頷くとルリは再びコハクの唇に自らの唇を重ねた。

アキトとユリカが部屋に戻って来ると其処には布団の上で仲良さそうに抱き合って眠っているコハクとルリの姿があった。

そんな2人の姿を見てアキトとユリカは相変わらず仲が良いなと思いつつ苦笑した。

 

 

翌日‥‥

 

竹製の鹿威し。

石灯籠。

五重塔。

池には高そうな錦鯉達が悠々と泳いでいる。

そんな純和風な庭園のあるミスマル邸に元ナデシコの関係者が集まっていた。

そして、昨夜、ユリカの手によってピカピカに清掃されたアキトの屋台が庭の中央に鎮座している。

その屋台の傍には今回のラーメン勝負の挑戦者であるアキトの姿‥‥

一方、もう1人の関係者であるコウイチロウは屋台から少し離れた位置に居る。

着物袴姿で静かに瞑想をしているかのように目を閉じている。

そして、ギャラリーはアキト、コウイチロウと三角形を作る様に2人の斜め前に陣取っている。

ユリカもこのギャラリーの中におり、勝負の行方を固唾をのんで見守っている。

その三角形の真ん中にゆっくりとジュンがゆっくりと進み出る。

ジュンはユリカとコウイチロウからアキト、ユリカ、コウイチロウの共通の顔見知りと言う点からスタートの合図を切る役目を仰せつかった。

 

「それではラーメン勝負‥はじめっ!!」

 

ジュンが勝負のスタートをきると、アキトの手がスゥーッと動き始める。

麺の玉をとり、軽くほぐすとそれを沸騰したお湯が入った鍋へと入れる。

麺が鍋の中であばれるのを確認すると、次に丼とスープの準備だ。

左手前に丼を置き、醤油スープを入れる。

後は麺を入れる直前にお湯を注ぎ、適度な濃さにする。

ギャラリーの皆はアキトの手際の良さに感嘆の声をあげつつ勝負の行方を見守る。

対照的にコウイチロウは沈黙を保ち、机の上のお冷にも手を付けていない。

アキトの方も鍋の中の麺とにらめっこをしており、じりじりと時間だけが過ぎている。

ミスマル邸の庭園では、屋台の傍では鍋のグツグツと言う音、鹿威しのカコンと言う音と池にある小さな滝の水音、そして時々跳ねる錦鯉の水音のみがミスマル邸の庭に木霊する。

動くモノは池の錦鯉と鹿威し、そしてアキトの屋台の鍋の中で暴れているラーメンの麺だけ‥‥

いつもは騒がしく落ち着きのないナデシコの元クルー達もこの庭園の真剣な空気に呑まれ、じっと勝負の行方を見守っている。

やがて、静止していた時間が動き出す。

アキトが鍋の中の麺を鍋から取り出した。

ザルの中で湯切りをし、用意した丼に入れお湯を注ぎ、菜箸で麺を軽くほぐす。

そして具材をトッピングする。

シナチク、なると、チャーシュー、海苔、そして少量のネギ。

最後に菜箸を置き、ラーメンは完成する。

全くの無駄のないアキトの動きにギャラリーからは再び感嘆の声があがる。

しかし、それでもコウイチロウは動かず沈黙を保ったままだ。

アキトは出来上がったばかりのラーメンを持ってコウイチロウの下へと近づく。

 

「ラーメン一丁、お待ち」

 

アキトの声を聞き、コウイチロウはゆっくりと目を開ける。

コウイチロウはまず、自分の前に置かれたアキトのラーメンを見る。

具材はいたってシンプルなモノで、特別変わったモノはない。

スープも取り立て変わったモノには見えない。

次にコウイチロウはアキトに目をやる。

すると、アキトと目があった。

アキトもまたコウイチロウをジッと見ていた。

コウイチロウと目があってもアキトは臆することなく、コウイチロウの事をジッと見ている。

アキトの揺るがない視線にコウイチロウはテンカワ・アキトと言う男に少し感心した。

連合軍の提督と言う立場のコウイチロウの眼光の前に恐れおののいて思わず視線を逸らしてしまう連合軍士官が居ると言うのに若いのに肝入が座っている。

それほどまでに今回の勝負に人生をかけているのだろう。

 

「では‥‥」

 

コウイチロウは割り箸を手に取り、箸を割る。

そして箸を丼の中へと入れる。

箸は丼の中から適度にちぢれた麺をつかみ取る。

湯気と共に汁気を含んだ麺がキラキラと太陽の光を浴びて輝いている。

コウイチロウはその麺を凝視した後、口へと運ぶ。

コウイチロウがラーメンを食べた事で思わず身を乗り出すユリカ。

アキトも緊張した面持ちで沈黙を保ってコウイチロウをジッと見つめる。

ギャラリー一同も息を呑んで成り行きを見守る。

皆の視線を一点に受けながらもコウイチロウはひたすらラーメンを口へと運び咀嚼する。

コウイチロウはひたすら食べた。

ラーメンの麺を、ラーメンの具を、そしてラーメンのスープを全て飲み干した。

 

「ふっー‥‥」

 

空になった丼をコウイチロウはテーブルの上に静かに置く。

アキトはジッとコウイチロウの言葉を待つ。

ユリカを含め、ギャラリーも固唾を飲んで待っている。

果たしてアキトのラーメンは美味かったのか?

それとも不味かったのか?

しかし、コウイチロウはなかなか答えない。

 

「どう?お父様。アキトのラーメンは?」

 

なかなか答えないコウイチロウにユリカは遂に痺れを切らしてコウイチロウに尋ねる。

しかし、顔は不安そうだ。

 

「う‥‥」

 

「う?」

 

「‥‥うまい」

 

コウイチロウの内からポツリと言葉が放たれる。

 

「えっ?お父様、今なんて?」

 

「い、いや‥今のは‥‥」

 

「お父様、今『うまい』っていいましたよね?じゃあ、この勝負はアキトの勝ちで、私達、結婚してもいいんですよね!?」

 

ユリカは喜びの声をあげてアキトに抱き付いている。

アキトは戸惑った顔をしてコウイチロウを見る。

 

「‥‥うまい」

 

コウイチロウは観念したかのように言う。

 

「ああ、うまい!!うまかったぞ!!テンカワ君!!」

 

声を上げたコウイチロウの目には涙が浮き出ていた。

それは感動の涙なのか、それとも思わず「うまい」と言ってしまい、ユリカをアキトに嫁に取られてしまった悔しさと後悔の涙なのかは定かではない。

しかし、結果はどうあれ、この勝負はアキトの勝ちだった。

 

「この勝負‥‥」

 

「テンカワさんの‥‥」

 

「「勝ちですね」」

 

唖然としているジュンに代わってコハクとルリが今回のラーメン勝負結果を口にする。

その途端、ギャラリーからアキトとユリカに紙吹雪がかけられ、クラッカーが鳴り響く。

どうやら、皆祝福用に用意し持参してきた様だ。

 

「よかったね、アキト。私達これで結婚できるよ!」

 

ユリカは感極まってアキトに抱き付く。

 

「ありがとうございます。ミスマル提督‥いえ、お義父さん」

 

アキトはコウイチロウに深々と頭を下げた。

ユリカとの結婚を許してくれた事、

自分の作ったラーメンを美味いと言ってくれた事に感謝を込めて‥‥

 

その後、ミスマル邸の庭園はラーメン勝負からラーメンパーティー、宴会の場へと変わった。

アキトとホウメイガールズがラーメンを作り、それを皆に振るまい、途中からは寿司やピザがデリバリーされ、ナデシコの元クルー達は芸などを披露してアキトとユリカの婚約を祝福した。

ただ、その中でコウイチロウとジュンだけは人知れず涙の杯を交わしていた。

 




ではまた次回。


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第35話

更新です。


 

 

ユリカの父、ミスマル・コウイチロウとのラーメン勝負の結果、アキトとユリカはめでたく婚約に成功し、来年の6月には結婚式を挙げる予定だ。

アキトがラーメンの屋台を引いて早、数ヶ月が経過した。

そして今日は大晦日。

貧乏暇なしと言う言葉通り、アキト達4人は大晦日である今日も休まずに普段通り屋台を引いていた。

ただ大晦日にも休みなく働いているが、世の中の社会人全てが自分達の様に働いているわけではないので、さすがにこの日はお客も少なかった。

それに大晦日はラーメンよりも年越しそばだろう。

今日のお客が少ない理由の1つとしてソレも少なからず影響していた。

ただ、アキトは生粋のラーメン屋なので、大晦日の日だけそばを提供するなんて事はしなかった。

 

「お客さん来ないねぇ~」

 

ユリカが大晦日の夜空を見上げながらポツリと呟く。

 

「さすがにこの日は何処の会社もお休みでしょうから」

 

「そうだね」

 

ルリがそう言うと隣にいるアキトが答える。

屋台のお客の大半を占める会社員は今頃、家でのんびりとしているのだろう。

アキト達はいつも通りの位置に屋台を置いてお客が来るのを待っていた。

屋台を開いてしばらくすると、空からはチラチラと小雪が降ってきた。

 

「見て、雪よ」

 

ユリカが空を見ながらそう言う。

 

「大晦日なんだよな‥‥」

 

アキトも雪を見ながらしみじみと言う。

 

ゴ~~~~~~ン

 

遠くからは除夜の鐘の音が聞こえてくる。

 

「除夜の鐘‥‥」

 

「そうだね‥‥鐘の音を聞くとオモイカネを思い出すなぁ‥‥」

 

ルリの言葉にコハクが答える。

 

「そうですね‥コハク、オモイカネは元気にしていますか?」

 

「うん。『ルリは元気か?』って会うたびに聞かれるよ」

 

「そうですか‥‥」

 

雪がちらつく冬の夜空を見上げながら除夜の鐘の音を聞いていると。

 

「ちょっといいかしら?」

 

いつのまに近くに来たのか、エリナがコハクに声を掛ける。

彼女の様子を見る限り、アキトのラーメンを食べに来た様には見えない。

 

「エリナさん、どうしたんですか?こんな夜遅くに?」

 

除夜の鐘がなったので、既に年が明けて元旦となっている。

それにも関わらず、彼女はアキト達の下を訪ねてきた。

一般企業は流石に休みなのに、エリナはビジネススーツを着ている。

大手企業は年始年末でも休みなし、月月火水木金金のシフトなのだろうか?

 

「コハク、貴女に頼みたい事があるの」

 

(エリナさんの頼みごと‥‥もしかしなくてもボソンジャンプの事でしょうね)

 

隣で聞いていたルリは考えながらエリナの顔を見る。

 

「僕に頼み事ってなんですか?」

 

「貴女にしかできないことなのよ」

 

「僕にしか出来ない事?」

 

「そうよ。火星でナデシコを‥‥戦艦1隻をボソンジャンプさせた貴女しか出来ない事。いよいよ時期が来たって事よ。とにかく付いてきなさい」

 

「ちょっとまってください!」

 

ルリが待ったをかける。

 

「コハクの所属は開発部の筈でボソンジャンプの研究とは無関係の筈です!」

 

「確かに彼女の所属部署は違うわ。でもネルガルの社員であることには変わりないの。そしてこれは会長直々の命令なのよ」

 

エリナは懐から1枚の紙切れを取り出しルリとコハクに見せる。

そこには確かにアカツキの署名でコハクにボソンジャンプの実験に協力するようにとの命令が書かれていた。

 

「いやだって言ったらどうするんですか?」

 

コハクはエリナに尋ねた。

エリナは少しムッとしたが冷静な顔でコハクに近付く。

 

「貴女には選択の権利はないの。最悪の場合は、無理矢理にでも引きずっていく事になるわよ」

 

「僕に勝てるとでも?」

 

「その時は、周りにも被害が及ぶわね‥‥貴女の大事なお姉さんも巻き込まれるかもしれないわね」

 

エリナは、声のトーンをぐっと下げて言った。

確かに周囲からはこちらを監視するかのように大勢の人の気配がする。

恐らく万が一の事を考えてネルガルのシークレットサービスが周囲を取り囲み待機しているのだろう。

エリナの一言でそのシークレットサービスが一斉に襲い掛かってくる可能性が高い。

もし、そうなれば、ルリは勿論の事、アキトとユリカもそのドンパチに巻き込まれる。

その為、コハクは観念したのか「分かりました」と返事をするとアキト達にこの事を伝えた。

 

「‥‥という訳で、これからエリナさんの実験に協力する事になりました。僕の事は気にしないで先に家に帰っていて下さい」

 

(大人はやっぱりズルイ‥‥)

 

ルリは自分の考えが正しかった事を確認すると側に立っていたエリナに声を掛けた。

 

「エリナさん、どうしてもコハクを連れて行くんですか?」

 

「言ったとおりよ。私達にはどうしてもコハクの力が必要なの」

 

ルリの非難の混じった目を真っ直ぐ見ながらエリナが答える。

 

「それとも、コハクを力ずくでも引き止めてみる?」

 

今度はエリナがルリに声を掛ける。

 

「‥‥コハクがそうするというのなら、私は止めません」

 

ルリ自身もコハクが何故、エリナの実験に協力するのか彼女なり理解している。

きっとコハクは自分達の事を守る為にエリナの実験に協力するのだろう。

そうでなければ、コハクがエリナの実験に協力するとは思えない。

 

「ルリ‥‥」

 

コハクはルリが少しだけ悲しそうな顔をしているのに気が付いた。

それはアキトとユリカも一緒だった。

 

「エリナさん、コハクが行くのは止めません。でも、その代わり、私もその実験に立ち会わせて下さい」

 

ルリは決意に満ちた顔でエリナを見ながらそう伝える。

 

「残念だけど、部外者を連れて行く訳には行かないわ、ナデシコを下りた今の貴女はネルガルとは何の関係もないんだから」

 

「部外者じゃありません、コハクは私の妹であり、家族なんです。どんな実験をするのか知る権利がある筈です!」

 

ルリは一歩も引かない。

エリナが少し困った顔をしているとアキトとユリカもルリと同じ事を言う。

 

「そうですよ、エリナさん。俺達は家族なんですから部外者って事はないでしょう」

 

「アキトの言う通り、コハクちゃんがする事を知っておく事は必要だと思います!」

 

(テンカワさん、艦長‥‥)

 

ルリは2人が自分と同じ事を思っていた事に嬉しくなった。

 

「エリナさん、僕からもお願いします」

 

コハクも3人の気持ちが嬉しくなって、自分からエリナにルリ達の同行の許可を頼む。

 

「はぁ~分かったわ、その代わり邪魔だけは絶対にしないでよ」

 

エリナは「負けたわ」といった顔で、ルリ達の同行を認めた。

 

「ありがとうございます、エリナさん」

 

「さあ、はやく行きましょう。時間が惜しいわ」

 

そう言って前を歩き出し、近くに止めてあった車へと向う。

 

「ルリ、ありがと‥‥」

 

コハクは隣にいるルリにも礼を言う。

 

「コハク、もし危なくなったらすぐに止めて下さいね」

 

「分かった」

 

心配そうな顔をしているルリにやさしく笑って答えるコハク。

アキトとユリカは先に屋台を家に置いてくると言って、実験場の場所だけを確認するとルリ達と別れた。

 

「コハクちゃんの事をお願いね、ルリちゃんがいてくれれば安心だから」

 

「はい」

 

エリナに連れられてルリとコハクは先に車でネルガルのボソンジャンプの研究所に向かった。

 

 

~ネルガル ボソンジャンプ研究所~

 

研究所の一室に案内されたルリとコハクはエリナに実験の話を聞いている。

 

「‥‥と言う訳でいよいよ貴女にボソンジャンプの実験をしてもらう日が来たわ」

 

エリナがコハクを見ながら改めてそう言う。

 

「それで実験の内容は?」

 

「まだほんの一部の人間しか成功していない、生体ボソンジャンプの実験よ」

 

(一部の人間しか成功していないって‥‥それってすごく危険なんじゃ‥‥)

 

ルリは少し顔を引き攣らせながら考える。

 

「今のところ分かっているのは、火星で生まれたごく少数の人間は生身の体でボソンジャンプが出来るって事。火星の古代遺跡から遺伝子レベルで干渉されてうるからね」

 

「ということは、僕は火星で作られたってことですか?」

 

「貴女の詳しい出生はまだ不明だけど、貴女は何度も生体ボソンジャンプを成功させているじゃない」

 

「それは、そうですが‥‥」

 

「ともかく貴女は生体ボソンジャンプが可能な身体である事だけは確かよ。貴女は今までアキト君達と生活していたから知らないでしょうけど、私達ネルガルの他にもボソンジャンプを研究しているところがあるの。もし彼らが”ヒサゴプラン”を完成させれば、ネルガルには勝ち目がないわ」

 

(ヒサゴプラン‥‥プロスさんも同じ言葉を言っていましたね‥‥あれからオモイカネにアクセスして調べてみてもプロテクトがかかっていて分かりませんでしたけど、いったいどういう意味なのでしょう?)

 

ルリがヒサゴプランについて考えていると、コハクがその疑問を代わりに聞く。

 

「その”ヒサゴプラン”ってなんですか?」

 

エリナはその質問に少し考えるような顔をしながら答える。

 

「‥‥分かったわ‥貴女には事実を教えてあげる」

 

エリナはそう言って説明を始める。

 

「ヒサゴプランとは反ネルガルグループが木連と手を組んで作ろうとしている、ボソンジャンプのネットワークシステムの事よ。彼らは多くのチューリップを使って、宇宙航行の驚異的な迅速化を図ろうとしているわ。もしそんなことをされれば彼らにボソンジャンプの実権を全て握られてしまう。ネルガルがボソンジャンプを独占していくためにも、有人でジャンプする方法を私は解き明かしたいの‥そのためには貴女がボソンジャンプするデータがぜひとも欲しい訳なのよ」

 

(ヒサゴプランにはそういう意味があったのですか‥‥ボソンジャンプのネットワークシステム‥確かに実現できればすごい事になりますね。ネルガルの人が焦っているのも分かる気がします)

 

ルリは頭のなかにエリナの言葉を記憶する。

木星との戦争が終わっても地球から火星までの距離はかなりある。

エリナの言うヒサゴプランが実用化すれば地球から火星までの航行日程を大幅に短縮する事が出来る。

そうなれば、人類の宇宙開拓は飛躍的に向上するだろう。

 

「分かりました。それでジャンプの実験ってどんなことをするんですか?」

 

コハクは話をジャンプ実験内容について戻す。

 

「ただ、ジャンプしてもらうだけよ」

 

「実験するのはいいんですが、その実験は安全なんですか?以前の生体実験での事を忘れた訳じゃありませんよね?」

 

ルリが少し睨みながらエリナに話し掛ける。

エリナはルリの視線軽く受け流して自信たっぷりに答える。

 

「もちろん、安全性は保証するわ。その安全性を確保するために、今日までという時間が必要だったの」

 

ネルガルとしてもコハクをボソンジャンプの実験に使うのは諸刃の剣だった。

万が一にも失敗してコハクが死ぬようなことがあれば、ネルガルはボソンジャンプの実験にとって大事な被験者を失う事になる。

その為、安全には万全を期して今回の実験に望んだ。

 

「本当にそれならいいのですが‥‥」

 

ルリは尚も疑わしそうに答える。

 

「さっきも言ったでしょう。実験の邪魔はしないでよ」

 

「分かっています」

 

ルリが渋々納得したのを確認してエリナがコハクに訊ねる。

 

「どう?コハク。実験に協力してくれる?」

 

「分かりました、実験には協力します。流石にネルガルが倒産されては今の働き口がなくなってしまいますからね」

 

コハクはゆっくりと答える。

 

「ありがとう」

 

「『嫌だ』って言っても無駄なんでしょう?」

 

「勿論」

 

コハクはエリナの意地悪そうな顔を見て溜め息をもらす。

ルリはそんなコハクを心配そうに見ていた。

エリナは近くにいた所員にコハクを案内させた。

コハクは所員に連れられて実験用の耐圧エステバリスに案内される。

広い密閉された空間にチューリップが固定されており、その上から、コハクの乗った耐圧エステバリスがクレーンで吊り下げられている。

エリナは多くのスタッフと共に遠くからコハクを見守っている。

コハクは用意された特殊パイロットスーツに着替え、エステバリスのコックピットに乗り込んだ。

チューリップと呼ばれているジャンプ発生装置に、エステバリスごと入る事になるらしい。

コックピットの中にエリナの空間ウィンドウが開く。

 

「気分はどう?」

 

「大丈夫です」

 

幾分落ち着いた顔で答えるコハク。

 

「心配する必要はないわ、今回の実験はまったく危険はないんだから。それに貴女はナデシコを火星へ跳ばした実績もあるんだから大丈夫よ」

 

エリナがそう言うと、隣からルリの顔が入ってくる。

 

「コハク、気を付けて下さいね。危険がないといってもあんまりこの人達の言う事はあてになりませんから」

 

「むっ、失礼ね。ちゃんと安全性の確認はしているんだから心配ないわよ」

 

「そうは言いますけど、ちゃんと生体実験して試したんですか?安全確認の段階で成功しているならコハクがジャンプする必要はないはずです」

 

「うっ‥‥」

 

エリナが図星をつかれて焦る。

 

「この人達は無人の機械かコンピューターのシミュレーションで確認しただけのはずです。そんなモノが本当に安全だといえるんですか?」

 

「だ、大丈夫よ!」

 

半ば自棄になりながらそう答えるエリナ。

ルリの方もそれほどエリナの事を疑っている訳ではない、彼女もかつてのナデシコの一員なのだから本当に危険があったらこんな事はしないだろうことは分かっている。

ただ、100%安全性が証明されない限りルリがコハクの事を心配するのは当然である。

 

「コハク‥本当に気を付けて下さいね」

 

さっきまでの言い合いから打って変わってまじめな顔をしてルリが言う。

 

「大丈夫だよ。ルリ、僕は絶対に帰ってくるから、約束するよ」

 

コハクはルリの気持ちが分かって笑顔で答える。

ルリもその笑顔に少し安心して笑顔になる。

 

「まったく2人だけの世界を作るのは実験の後にしてよね。見ているこっちの方が恥ずかしくなってくるわ」

 

コミュニケ越しに見詰め合う2人を見ながら、エリナが嫌みで冷やかす。

 

「はいはい、それじゃあ実験を始めるわよ」

 

エリナはそう言って指示を出す。

エリナの指示のもと、コハクが乗ったエステバリスがゆっくりとチューリップの中へ降ろされていく。

 

「さあ、貴女の行きたいところを心に思い描いて」

 

「突然そう言われても‥‥」

 

エリナにそう言われてもいきなりの事なので少し戸惑うコハク。

 

「会いたい人でもなんでもいいわ」

 

(僕の行きたいところ、会いたい人‥‥)

 

エステバリスの機体がチューリップに完全に入って、通信が出来なくなる。

そしてコハクの視界が真っ白になる。

 

 

 

 

遠くのほうから爆音と何かが壊れ、崩れる音がする。

顔に小さな石や砂がかかりコハクは目を覚ます。

 

「うっ、ウ~ン‥‥こ、此処は、どこだろう?」

 

起き上がり、辺りを見回すと其処は薄暗い廃工場のような場所だった。

しかも自分は先程まで耐久性エステバリスに乗っていたにもかかわらず、今はそれに乗っていない。

エステバリスを置いて自分1人だけジャンプしてしまったのだろうか?

 

「それにしても変な所にジャンプしちゃったな‥‥もしかして失敗しちゃったのかな?」

 

ともかくここがどこなのか確認するため歩き出すコハク。

すると遠くの方で人の声が聞こえてきた。それも大勢の人の声だ。

 

「‥‥人がいるみたいだ‥とりあえず行ってみるか」

 

警戒しながらコハクは人の声がする方へと近付く。

 

「本部!本部!」

 

ライフルを肩に背負った兵士がトランシーバー型の無線機でしきりに地上の司令部に連絡をいれているが、未だ地上からの応答はない。

 

「ダメなんじゃない?」

 

「はぁ?」

 

「地上がだよ。地下がこれじゃあ、地上は全滅だよ」

 

兵士の近くにいた老人は自嘲するかのように言った後、ポケットからウィスキーの入ったスキットル(小さな携帯用の水筒)を取り出して中のウィスキーを飲む。

 

「先生、こっちです」

 

隅の方では看護婦と白衣を着た医者が負傷者の救護を行っている。

 

「ありがとう、お兄ちゃん‥デートしよう」

 

「えっ?」

 

「あたしね、アイって言うの」

 

(どこかの地下シェルターなのかな?)

 

柱の影からその様子を窺っているコハク。

すると突然爆発が起こり、近くにいた人達は一瞬で物言わぬ肉片へと変わった。

 

(な、なんだ?)

 

爆破された壁から出てきたのは木星軍の主力虫型兵器のバッタだった。

 

(バッタ!?なんでここに?地球と木連は休戦中の筈なのに‥‥)

 

突然のバッタの出現により混乱するコハク。

一方周囲の人達はバッタの姿を見て、パニックになり、我先にとメインゲートへと逃げ出す。

しかし、ゲートは分厚い隔壁で閉められていた。

 

「只今、手動にてゲートを開けております。もう暫くお待ちください」

 

どうやらさっきの爆発でゲートの開閉装置が壊れたようでパニックになり押し寄せている人々に兵士が説明し、さっきの老人と兵士が鉄パイプを使ってゲートをこじ開けようとしている。

 

「市民の安全を確保せよ!」

 

殿に立つ兵士達がライフルを使いバッタを攻撃するが、あまり効果がない。

 

「僕がアイツを足止めしますからその隙にゲートを!」

 

「お兄ちゃん!」

 

1人の青年が作業用のトラクターに乗り込みバッタの群れの中に突進していく。

 

(あれはアキトさん!?でもアキトさんは確か一度アパートに戻っている筈。なんでこんな所に!?)

 

そう、トラクターに乗りバッタの群れに突っ込んだのは間違いようもないテンカワ・アキト、その人だった。

アキトはトラクターを使いバッタを壁に押し付ける。するとバッタはガックリと項垂れるかのように機能を停止する。

 

「「「「おおおおおぉぉぉぉー」」」」

 

それを見て兵士や避難民は歓喜の声をあげる。

 

「お兄ちゃんスゴイ」

 

みかんを手にした少女がアキトを誉める。

 

「あれ?あの子どこかで見たような‥‥」

 

コハクが少女のことを考えていると、

 

「よし、開くぞ」

 

ようやくゲートが開くようだ。

 

「「あっ!?」」

 

しかし、ゲートが開いた瞬間またもや爆発が起こる。

最初の爆発よりも大きく近くにいた人の数も多くシェルターにいた人のほとんどがその爆発の犠牲となった。

突然背後で起こった爆発に驚き後ろを見るアキト。そこには地獄のような光景が広がっていた。

燃えるシェルター、バラバラになった人の死体、そしてその死体を躊躇なく踏みつけて自分に近付いてくるバッタ達。

 

「あ、ああああぁぁぁぁ‥‥」

 

パニックになるアキト。

するとさっきまで機能を停止していた目の前のバッタまでもが動き出した。

壊れかけたバッタの顔がアキトを睨むかのように見ている。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!」

 

アキトが悲鳴をあげる。

するとアキトの身体が光りだし、身体の表面にはうっすらと紋章のようなものが浮かび上がる。

 

「あれはボソンジャンプ!?」

 

「お兄ちゃん!まって!」

 

先程の少女がアキトにむかって走っていく。

彼女はどうやら爆発に巻き込まれなかった様だ。

 

「いけない!アキトさん!落ち着いて!!」

 

このままではあの少女もアキトのボソンジャンプに巻き込まれてしまうと思い、コハクもアキトにむかって走り出す。

しかし、止めるのが少し遅かったようでコハクとみかんを持った少女はアキトのボソンジャンプに巻き込まれ、コハクの目の前の視界が真っ白になった。

 

(こんなことで死んでたまるか!ルリと約束したんだ!絶対に帰るって、約束したんだ‥‥)

 

暗い闇の中

上も下も右も左も分からない闇の中

何も感じない闇の中

何も聞こえない闇の中

コハクはそんな闇の中をただ1人漂っていた

自分はこのまま1人寂しくこの暗闇の中で死ぬのか?

ルリとの約束も果たせず死ぬのか?

このまま死んだらエリナさんの前に化けて出てやる!

絶対化けて出てやる!

呪ってやる!!

そんなことを考えていたコハクの目の前に光が射した

光?

コハクは無意識にその光へと手を伸ばす

そして光はやがて1人の少女の姿を映し出していた

その姿は‥‥

 

 

~ネルガル ボソンジャンプ研究室~

 

コハクがチューリップの中に入ってから30分後。

突然警報が鳴り、探査装置が危険度を指し当然ジャンプ実験は中止。

急いでワイヤーで引き上げたエステバリスのコックピットの中でコハクは意識を失ってぐったりした状態でシートにもたれかかっていた。

医務室に運ばれたコハクはその後、検査が行われ、呼吸はしているもののずっと意識を取り戻すことなく眠りつづけていた。

医務室へとやって来たルリ達はベッドに横になっているコハクの姿を見てショックを受けていた。

 

「おかしいわ、外傷も見当たらない、脳波にも特に変わったところはないのに‥‥どうして、どうして目を覚まさないの?」

 

エリナは予想外の事に焦っている。

医者からは、命に別状はないが精神の方に異常があってこのまま意識を取り戻すのは難しいと言われていた。

 

「コハク、コハク、お願いですから目を開けて下さい!」

 

(嫌ですよ。コハク、このまま貴女が目を覚まさないなんて!)

 

エリナの横ではベッドで死んだように眠り続けるコハクにルリが懸命に呼びかけていた。

ルリの後ろには屋台を片づけてきたアキトとユリカ、それになぜかウリバタケの姿があった。

 

「「コハクちゃん‥‥」」

 

「コーくん‥‥」

 

3人ともコハクの事を心配そうに見ている。

 

「エリナさん、これは‥‥これは一体どういうことですか!?」

 

ルリが隣にいるエリナを睨み付けながら彼女に詰め寄る。

 

「危険はないって言っていたじゃありませんか!!」

 

「そ、それは‥‥」

 

エリナはルリの言葉に言いよどむ。

今回の事はエリナにとっても想定外な事だった。

 

「エリナさんが危険はない‥‥そう言ったから私もコハクもエリナさんの言葉を信じたのに‥‥」

 

ルリの言葉にエリナの顔が沈んでいく。

 

「もし‥‥もし、このままコハクが‥‥妹が目を覚まさなかったら‥‥私は絶対貴女を許しませんから‥‥絶対に‥‥絶対にですから‥‥」

 

ルリが殺意にも似た感情をエリナにぶつける。

 

「っ!?」

 

エリナはそのルリの視線に恐怖を感じた。

 

たかが13歳の少女1人に‥‥

しかし、それほどルリの表情も放つ気も凄まじかったのだ。

 

「コハク、貴女は絶対に帰って来るって約束してくれたじゃありませんか‥‥約束を破る悪い子はお仕置きですよ‥‥」

 

ルリはコハクの方に体を向け直すと、コハクの手を握って呼び続けた。

 

「ルリちゃん‥大丈夫。コハクちゃんきっとは帰って来るよ」

 

ユリカがルリの側に座って、話し掛ける。

 

「艦長‥‥」

 

「コハクちゃんは今までにルリちゃんとの約束を破った事があった?」

 

「‥‥ありません‥‥コハクは危険な目に遭っても必ず私の所へ帰ってきてくれました」

 

「なら、信じてあげなきゃ、コハクちゃんの言葉。ルリちゃんが信じてくれたらコハクちゃんもきっと答えてくれるよ」

 

ユリカの優しい言葉に少し落ち着いたルリは黙って頷く。

 

「コハク。私、コハクの事を信じます。ですからもう一度、私にコハクの笑顔を見せて下さい‥‥声を聞かせてください‥‥私のところに帰ってきてくださいね‥‥」

 

コハクの手を握っているルリの目から涙が零れ落ちる。

零れた涙がコハクの手の上に落ちる。

 

 

(なんだろう‥‥?なんだか‥とても暖かい‥‥)

 

コハクは闇の中へと落ちていく意識を繋ぎ止めるような暖かい物を感じていた。

 

(誰?僕を呼ぶのは‥‥?)

 

コハクは体全体に広がっていく温もりを感じながら、心の底から望んでいたものを思い出す。

 

(そうだ‥‥僕はルリと約束したんだ‥‥絶対に帰るって‥‥)

 

頭の中で悶々と、霧がかった意識が段々とはっきりとしてくる。

誰かが側で泣いているのを感じる。

 

(誰だろう‥‥?どうして泣いているの‥‥?)

 

おぼろげながらも泣いているその人物がルリだと感じるコハク。

 

(ルリ、泣かないで。僕は絶対に約束を守るから)

 

コハクは朦朧とする意識の中で、ルリの涙をぬぐうためにゆっくりと手を伸ばす。

 

スッ

 

 

~ルリ 視点~

 

私は自分の涙をぬぐう手の温もりを感じて目を開きます。

目の前にはコハクの手がありました。

慌ててコハクの顔を見ると、コハクが私に向かって微笑んでいました。

私の大好きな笑顔を浮かべて。

 

「コハク‥‥?」

 

私の両目からまた涙が流れます。

今度は悲しみの涙じゃありません。

私はコハクの笑顔に答えるように、笑顔で言います。

 

「お帰りなさい、コハク」

 

コハクはその言葉に少し驚いた顔をしましたが、すぐに笑顔で答えてくれます。

 

「ただいま、ルリ‥‥僕は‥‥約束通り帰ってきたよ‥‥」

 

私の一番聞きたかった言葉。

 

(コハク‥‥約束、守ってくれましたね‥‥)

 

もう、私には涙でコハクの顔がぼやけてしか見えませんでした。

アキトさんたちはそんな私とコハクの事を優しい目で見ていました。

 

「ねっ、ルリちゃん、私の言った通りだったでしょう?」

 

「はい」

 

私の肩に手を置いて笑顔で話し掛けてくる艦長に、私も笑顔で答えます。

私はコハクに抱きつき顔を見ながらもう一度言います。

私のずっと言いたかった言葉を。

 

 

「お帰りなさい、コハク‥‥」

 

 

 

その後、エリナから今回の実験は失敗だと聞かされた。

原因は不明だがコハクはボソンジャンプをすることなく意識を失っていたのだと言う。

コハク自身は何か腑に落ちない所もあったが、今回の失敗により暫くはジャンプ実験に付き合わされることはないだろうと一安心した。

やっぱりルリ(姉)を心配させ、泣かしたくはないから。

研究所からアキトのアパートに帰るとウリバタケが持ってきた酒で新年を皆で祝った。当然ルリとコハクはお茶やジュースのソフトドリンクで祝った。

酒を飲みなれているエリナ、ウリバタケは昼前には帰り、アキトとユリカは昼過ぎに起きてきたが、2人とも激しい二日酔いに襲われていた。

でも、今日は元旦‥‥折角の休みなので4人はアキトのアパートでまったりと過ごした。

 




ではまた次回。


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第36話

更新です。


 

 

 

 

 

 

元旦、そして三が日も終わった1月の初旬のある日、旧ナデシコクルー全員に突然、ネルガルから召集がかかった。

それにより、集合場所であるネルガル本社の大会議上は旧ナデシコクルーの同窓会会場に早変わりした。

皆は、「久しぶり」「今どうしてる?」「元気だった?」と昔の戦友達との再会を懐かしんでいる。

そこへネルガル会長のアカツキが会議場へと姿を現す。

 

「いやー皆、久しぶり。元気だったかい?」

 

堺〇人ばりのうさんくさい営業スマイルを浮かべながら集まったナデシコクルーに挨拶をする。

 

「挨拶は抜きにして今回呼んだ用件をさっさと言え、こっちは仕事を休んでまで来てんだからよぉ」

 

リョーコがアカツキに挨拶よりも今日、突然招集をかけた用件を先に言えと促す。

それは他のクルーも同様のようだ。

 

「せっかちだね。リョーコ君は」

 

「いいからさっさと言え!」

 

「分かったよ。実は、今回君達を招集した用件はもう一度君達にはナデシコで火星へ行ってもらいたいんだよ」

 

火星と聞いてざわめくクルー達。

 

「あのぅ?今更火星に何しに行くんですか?」

 

ユリカがクルー全員を代表するかのように皆が抱いた疑問をアカツキに訊ねるかのように質問する。

地球も木連も欲しがっていた火星遺跡の演算ユニットは宇宙のどこかに飛ばしてしまったので、今更火星に一体何の用があると言うのだろうか?

 

「それはねぇ、今度火星で地球と木連との間で休戦後初めてのサミットが開催されることになってね。その中の議題で火星の遺跡についても議論が行われることになりそうなんだよ」

 

アカツキはユリカの質問に対して何故火星へ行く必要があるのかを話す。

木連とのサミットでは、やはりあの戦争の要である火星遺跡についての事が話し合われる様だ。

あの火星遺跡に深く関係しているナデシコクルーが呼ばれるのは至極当然であった。

 

「それで遺跡に深く関わった私達にもそのサミットに参加しろというわけですか?」

 

「そういうこと。まぁ、オブザーバーという感じだからただ会議場で地球と木連のお偉いさんの話を聞いているだけでいいから」

 

「でも、その間仕事がある人はどうなるんですか?」

 

ルリがアカツキに質問する。

火星へと行くとなると相転移エンジン搭載艦でも片道約一ヶ月はかかるし、サミットの間も火星に留まり、サミット終了後も火星から地球へと帰るのにまた一ヶ月ぐらいはかかる。

トータルで約二ヶ月半は地球をするにする事になるので、その間は当然、仕事を休む事になる。

 

「まぁ、その間は休職ってことになるかな」

 

「「「ええぇぇぇー!!」」」

 

既に就職しているクルー達からは抗議の声がする。

さすがに有休を使ったとしても二ヶ月半~三ヶ月以上も休職というわけにはいかない。

 

「そこは各自の判断にまかせるよ。でも最低、ナデシコを動かせる人数が集まってもらわないと困るけどねぇ」

 

アカツキのその言葉を聞きざわめくクルー達。

そして火星でのサミット参加者はその場で参加の受付をして、日程の確認等をした。

主な参加者はブリッジの主要クルーとパイロット3人娘、そしてネルガルからはアカツキ、エリナ、ゴート、プロスペクターの4人はサミットの参加は確実となっている。

それから自営業であるウリバタケも当然、火星のサミットには参加を表明した。

 

今回の火星で行われるサミットの参加の為、旧ナデシコクルーを乗せて火星へ行く艦は当然ナデシコであり、ナデシコはあの木連との戦争後、ネルガルのドックに収容されていたが、艦内の設備はきちんと整備されており、相転移エンジンも戦争中に搭載していたものと比べると格段に機動性、出力が上がっている新型のエンジンに換装されていた。

オモイカネのメンテナンスはコハクがちゃんと行っていた。

ルリも久しぶりにオモイカネに出会って嬉しそうだった。

火星へ向けての航海初日の夜、やはりといか、案の定コハクは飢えた獣‥‥否、今までの鬱憤を溜め込んでいたルリに食われ‥‥いや、襲われ‥‥もとい過剰なまでのスキンシップを求められた。

アキトの部屋ではアキトとユリカが居るので、2人っきりになったのは久しぶりだったので、たがが外れたのだ。

ルリとコハクの部屋では百合百合しい、弱肉強食の所業が行われたのだが、アキトの部屋ではアキトとユリカの男女の営みらしき行動はなかった。

婚約したとはいえ、まだ夫婦ではないから、男女の営みは結婚後にしようと決めていたのか、それともキスは兎も角として、それ以上の先についてはまだ互いに意識していないのかもしれない。

 

新型相転移エンジンの調子も良く、なにより航海中に木星軍からの攻撃の心配をする必要がなく、ナデシコの航海は順調そのものだった。

しかし、そんな順風満帆な航海の中、コハクは不安を抱かずにはいられなかった。

前回のナデシコの航海では夜眠ると毎回決まった周期で同じ悪夢を見てうなされることが多々あったからである。

ナデシコを降り、悪夢を見る回数が減ってはきたが、今回再びナデシコに乗り火星へと向うこの航海でもまた何かあるのではないかと思わずにはいられなかったのだ。

そしてそれはある意味的中することとなった。

 

「‥‥‥が‥‥‥ない‥‥‥じか‥‥‥んが‥‥‥ない‥‥‥」

 

(ああ、まただ‥‥またあの声だ‥‥またあの声がする‥‥)

 

繰り返される不思議な声。

最初は空耳かと思っていたのだが、ナデシコが火星に近付くにつれて、繰り返し頭の中に聞こえてくる謎の声。

最初のナデシコの時は悪夢にうなされてきたが、今回はこの謎の声に悩まされるコハク。

夢・現実・幻‥‥‥どれもともよくわからないあいまいな感覚でその声はコハクの頭の中を巡る。

 

「‥‥‥が‥‥‥ない‥‥‥じか‥‥‥んが‥‥‥ない‥‥‥」

 

「貴方は誰?どうして僕に呼びかけるの?」

 

「‥‥‥が‥‥‥ない‥‥‥じか‥‥‥んが‥‥ない‥‥‥」

 

コハクがいくら問いかけてもその声の主はいつも同じことばかりしか言わない。

結局、声の主の正体も原因もわからないままナデシコは予定よりも少し早く火星へとついた。

アキトとユリカは戦争の傷跡が残るが、ようやく平穏を取り戻した故郷を懐かしみ、ミナトは大戦末期に再び故郷へと帰った愛しい人に‥‥ユキナは唯一の肉親である兄に久しぶりに会えるのをとても楽しみにしていた。

 

目の前に広がる赤い大地の火星をルリと共に展望室から見つめていた。

心臓が“ドクン”と一回大きく鼓動して脳裏にまたあの声が響く。

 

「早く‥‥‥もう‥‥じかん‥‥‥がない‥‥‥」

 

今日はいつもより強くはっきりと聞こえる。

 

「っ!?」

 

その瞬間コハクの頭の中で“キン”と何かが弾けた。

 

燃える戦艦のブリッジ

 

腕の中で既に息絶えている血まみれの白い服の少女

 

辺りを覆い尽くす深い絶望と悲しみと怒り

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

あの時の悪夢と同じ光景がいつもより激しく、リアルな感覚がコハクの身体を貫く。

その強烈な感覚に耐え切れずコハクは倒れこむ。かすむ意識の中で自分の名前を必死で呼びかけるルリの声がだんだん遠ざかっていく‥‥‥

 

暗闇の中から、目映い光が差し込む。

 

「うっ、うぅ‥‥‥」

 

意識を取り戻し、ゆっくりと目を空けると見慣れたナデシコの医務室の真っ白な天井と照明が眩しい。

 

「こ、ここは‥‥‥?」

 

辺りを確かめようと横を見るとそこには数センチの距離でルリの寝顔があった。

 

「ウ~ン、すー‥‥‥すー‥‥‥」

 

ルリは静かな寝息を立てて眠り続けている。

 

「ル、ルリ?」

 

(そうか‥‥僕は突然意識を失って‥‥ルリ、きっと寝ないで看病してくれたんだ‥‥)

 

「ありがとう‥ルリ‥‥」

 

コハクは眠っているルリの髪を優しく撫でる。

 

「んん、ウ~ン‥‥‥」

 

コハクに頭を撫でられてムクッと起き上がるルリ。

寝ぼけているのかしばらくはボーっとしていたが、コハクの顔を見てハッと目を覚ます。

 

「コハク!!」

 

ベッドの上で少女座りをし、コハクの顔を心配げに覗き込んで、

 

「よかった。気がついたんですね。展望室でいきなり倒れてあれから3日間も貴女は眠っていたままだったんですよ。心配しました」

 

「う、うん‥ごめん‥心配をかけて‥‥」

 

「もう大丈夫ですか?どこか痛い所とかありませんか?」

 

「うん。もう大丈夫だよ。ありがとうルリ‥‥」

 

その後、イネスの診断を受け、特に問題なしと診断されたコハクは他のクルーよりも3日遅れての上陸許可が下りた。

 

木星と地球の関係もマスコミ等により暴露され、一部では地球連合政府に対してかなりの非難があがった。

そしてその結果、木連と協力し、新しい政治体制を整えることこそが民衆のプロパガンダになるとも言え、旧地球連合と木連は合併し、「新地球連合」なるものを樹立。

「同じ人間同士なのだからお互い仲良くしましょう」というのが世論である。

とにもかくにも結果的には戦争が終わって平和が訪れたのだから一般庶民にとってはどうでもいい事のようだった。

 

夕方、コハクはルリと共に小高い丘に作られた慰霊塔へと向った。

月を追い出され、まだ入植が始まったばかりの火星に逃げ込み、何とか生存の場所を確保しようとした月独立派の先人達。

しかし、その先人達の下に地球連合政府は核を撃ち込んだ。

きっと大勢の人々が死んだのだろう。

そしてその核の炎から生き延びた人々は、当時未開の地である木星に逃げ込み、100年後に地球に対して過去の復讐と火星遺跡入手の為の戦争をしかけてきた。

その犠牲者となったのはまたもや火星に入植した人々。

地球と木連、どちらが悪かったにせよ、大勢の人がこの火星の地で死んだのは変わりない事実である。

これから2人で向かう慰霊塔はそうした人々の鎮魂の為に作られた。

慰霊塔へ向う途中でコハクはボソンジャンプ実験で見て体験したことをルリに話した。

あの実験後エリナからは実験は失敗でボソンジャンプは出来ていなかったと言われたのだが、あの時の体験はとても夢とは思えなかった。

ナデシコ乗艦当初のアキトがなぜ木星の無人兵器に対し異状に恐怖を抱いていたのかコハクの話を聞き、理解したルリであった。

機会があればアキトに聞いて確認してみるのも1つの手である。

慰霊塔の下に設けられた戦没者の名前が記された石碑の下に花束を添え2人は手を合わせ、火星で亡くなった大勢の戦没者達の霊に黙祷を捧げた。

 

 

戦災の傷後が急ピッチな作業で廃墟から新たなニュータウンへと姿を変えていく火星の大地。

新地球連合と木連新政権の第一回目の公式サミット、“極冠遺跡の機能の解明及びその利用についての相互協定”を締結するため会議当日、会場の玄関はサミットに出席する地球、木星両方の要人、それを警護するSP、取材のマスコミ等で賑わっていた。

会議初日、しかも序盤ということで会議は順調に進んでいた。しかし、イネスが「遺跡」に関する議題になってから会議場の空気が一変した。

講壇の中央に立ち、説明を続けるイネス。

 

「‥‥以上の観測結果からしても“都市”と木連側で仮称されているこの遺跡こそ、すべてのボソンジャンプを制御する中核であることには間違いありません」

 

「すると“都市”の機能を解明できれば‥‥‥」

 

木連代表の1人がイネスに訊ねる。

 

「誰もが自由に生体ボソンジャンプをできるようになる可能性は否定しません。いえ、それどころか、時空制御の全貌を解明できれば、現在の宇宙論そのものを書き換える、真の統一理論すら構築できるかもしれません‥‥」

 

「だが、その大事な遺跡のコアを君達は太陽系外へと放り出してしまったんだぞ!」

 

地球側代表の1人は未だ遺跡のコアを宇宙の果てに飛ばしてしまったナデシコの行いを許せないらしくイネスに対してきつく言う。

 

「そのおかげで、こうして皆さんがここに集まり、理性的に話し合う姿勢を示しているのでは?‥‥それとも、あのまま互いかどちらが全滅するまで戦ったほうがよかったとでも?‥‥科学の進歩も、使う者がいなくなってはどうにもならないでしょう?」

 

そんな地球代表の言葉に対して皮肉を込めて言い返すイネス。

 

「な、なにを無礼な!?」

 

「まぁまぁ。ともあれ今となってはコアの回収には時間がかかる。慣性飛行しているYユニットはそのステルス性能がフルに発揮されていて、どこを飛んでいるのかさえ不明ですからな」

 

ミスマル・コウイチロウが熱くなりそうな地球側代表を宥める。

 

「砂浜に落ちた米粒を探すようなものですな」

 

コウイチロウの意見に対して分かりやすい例えで言う木連代表の秋山。

 

「つまり、現時点においては、遺跡の謎を解明する手がかりとなるのは、フレサンジュ博士、あなたが過去の自分から受け取ったというプレートだけなのですよ」

 

地球側代表を宥めた後、現段階で分かっていることをイネスに報告するコウイチロウ。

イネスの頭上に、過去の自分、つまりアイちゃんから受け取ったプレートの立体映像が浮き上がる。

 

「これが何かの記憶媒体であることはまず間違いないのですが、その再生法となると‥‥」

 

こうしてイネスの立てた仮説が延々と続いた。

今回の戦争の原因となった「火星極冠遺跡」。

太陽系の外からやって来たと思われる異星人のオーバーテクノロジー。

その残された同様の技術と設備の一部を手に入れただけの木連でさえ、国力、兵力を圧倒的に上回る地球連合と互角以上の戦いを行い、「遺跡」の取り扱いと所有は両陣営どちらにとっても最大の関心事であり、悩み事である。

そしてその精髄たる遺跡には先史文明が残した最大の遺産「ボソンジャンプ」に関する情報が残されている。

地球、木連どちらもボソンジャンプの技術と秘密を手に入れたい。

しかし肝心の遺跡のコアは今も宇宙のどこかを漂流中である現段階では、回収は非常に困難である。

結局、会議の初日は、大した進展も見せずに閉会となった。

 

 

「つまり、地球、木連とも、我々の持つ『遺跡』に関する知識が欲しくてたまらないって訳さ」

 

「本体はYユニットごと、太陽系の外に向けて放り出しちまったからなぁ。後はあの時、俺達が手に入れたデータだけってことか」

 

「ふんふん」

 

イネスの説明、地球と木連双方の意見の対立のため、終了予定時刻を大幅に超過してその日の会議が閉会した帰り道、アカツキとセイヤが状況を簡潔にまとめていた。そしてユリカがそれに相槌を打つ。

 

「あの~イネスさん、置いてかれますよ?」

 

宿舎までの帰り道の途中で、考え込みながらそのまま説明モードに入ってしまったイネス。

回りの状況が見えていないのか、皆から置いていかれたことにもまったく気づいていない。

旧ナデシコ主要メンバーのほとんどが同行していたのだが、今この場に残っているのはイネスの他にコハクとルリの2人だけである。

既に他のメンバーは100メートルほど先を歩いている。

 

「……まだ調査中なの……あら?」

 

「もう、皆さん先に行っちゃっています」

 

「説明なら落ち着いてからしてくださいよ。歩きながらですと危ないですよ」

 

「もう人が大事な説明をしているっていうのに……失礼しちゃうわね」

 

既に仲間達の姿は路地の先に消えてしまい、あたりにはもう誰もいない。

急ぎ足になってナデシコクルーの後を追いかける彼女らに、路地からユリカの声が聞こえてきた。

 

『イネスさ~ん!! こっち、こっち~! 早く来ないとぉ、おいてっちゃいますよ~!』

 

「まったく、あの艦長ときたら相変わらずねぇ……脳に行くはずの栄養が、全部胸に行っているんじゃないかしら?」

 

苦笑を漏らしつつ、路地に向かって歩き出すイネス。

コハクもルリと共にその後を追う。

だが、コハクは歩きながら漠然とした違和感を覚えた。

それが明確に何かとは言えないが何かがおかしい感じがする。

『それ』は洋服のボタンを1つ掛け違えているような、ごく小さいが気になる感覚だった。

1人違和感に首をひねるコハクの袖を隣のルリが軽く握って囁いた。

 

「変です。艦長達、この路地に入りましたか?」

 

「っ!?イネスさん!!」

 

コハクはルリのこの疑問を聞いて遅まきながら違和感の正体に気づいた。

 

(そうだ、ユリカさん達はもっと先を歩いていたはずだ!ルリの言う通り、道を曲がってなんかいない!!)

 

ルリの手を改めて握り、引っ張るように走り出す。

しかし、時既に遅く、イネスの前には黒尽くめの3つの人影が立ちはだかっていた。

 

「イネス……フレサンジュ博士ですね?」

 

変声機を通した男とも女ともつかない声がイネスにまるで確認をとるように聞いてきた。

イネスは突然現れた人影を前にしても平然とした様子だったが、コハクはそうはいかなかった。

あわててイネスに追いつくと、ルリを身体の影に隠すように立ち、逃げ場を探す。

相手は変声機の声同様、フルフェイスのヘルメットを被り、黒い戦闘服で性別を分からなくしており、そして手にはサブマシンガンを構えていた。

前方は既に3人にふさがれ、入ってきた路地の入り口も新たに現れた2人によって塞がれている。

まさに自分達は袋の鼠状態となった。

 

「‥‥だとしたら?」

 

「大人しく同行していただこう」

 

出来る限り2人を庇おうと位置を変えるコハク。

ルリも心得えているモノで身体を縮めている。

そんな2人をよそ目に、イネスは落ち着き払って人影に対峙していた

 

「地球連合の方かしら? それとも木連? どちらにしても、私1人を捕まえたからといって、遺跡の秘密もボソンジャンプの全ても分からないわよ」

 

しかも、わざわざ相手を挑発するようなセリフを吐いている。

 

(ちょっ、イネスさん!!こんな時に相手を刺激する様な言葉は控えて下さいよ!!)

 

イネスのそんな態度にコハクは驚きつつも少しは空気を読んでくれと思った。

 

「うるさい! 逆らうというのなら……!」

 

「っ!?イネスさん、ルリ、下がって!!」

 

相手の逆上した声に、とっさに前に出るコハク。

だが、サブマシンガンを突きつけられている状態では、下手に動けない。

今、この場で下手に相手を刺激してマシンガンを乱射されたら、イネスはもとよりルリも傷つく可能性が高い。

緊張するコハクだが、イネスは落ち着き払っている。

 

「大丈夫よ、コハクちゃん。私に死なれでもしたら、困るのは向こうなんだから」

 

「ええい、黙れ!無駄口を叩くな!」

 

そうは言われても、血の気の多そうな相手の態度を見ていると、とても落ち着けないコハクだった。

無理矢理連れていくことに決めたのか、前後の人影はじりじりと間合いを詰めてくる。

 

「ルリ‥‥イネスさん‥‥飛びます‥しっかり掴まっていてください」

 

「「飛ぶ?」」

 

突然コハクに飛ぶと言われて言葉の意味が理解出来ないルリとイネス。

まさか、此処でボソンジャンプをするつもりなのだろうか?

しかし、2人の予想に反してコハクは、

 

バサァ

 

コハクの背中に白い翼が生えたかと思ったら、ルリとイネスをギュっと抱き寄せ路地に積み上げられていたコンテナの上へと文字通り、一気に飛んだ。

 

「このっ、化け物め!」

 

襲撃者達はサブマシンガンの照準をコンテナの上の3人に向ける。

 

「‥あいつら‥‥2人は下がって‥‥」

 

コハクはルリとイネスの2人をコンテナの奥へ、サブマシンガンの死角へと行くように言った後、1人で襲撃者達を迎え撃とうとする。

 

しかし、

 

「早く‥‥‥じかん‥‥‥がない‥‥‥早く‥‥」

 

頭の中でまた例の声が鳴り響く。

 

(っ!?またあの声だ。どうしてこんな時に‥‥)

 

両手で頭を押さえ、しゃがみこむコハク。

頭を締め付ける激しい痛みでたっていることが出来ない。

 

「コハク!」

 

ルリが頭を押さえ、苦しがっているコハクに近づく。

再び3人に危機が襲い掛かろうとしたその時、1発の銃声が鳴り、襲撃者達の足元で弾ける。

 

「動くな!」

 

慌てて周囲を見回そうとする襲撃者達の足下に再び銃弾が撃ち込まれ、その動きを封じる。ルリ達には聞き覚えのある声と共に、襲撃者達の背後に新たな人影が現れつつあった。

その数は3つ。

光学迷彩を切って現れたその姿は、アキト、イズミ、そして白い詰襟の学生風の服を着た男、木連の優人部隊の一員、高杉三郎太だった。

銃口はそれぞれ襲撃者達にしっかりと向けられている。

 

「やっぱり出たな!」

 

「どこかの強行派がはねっかえるのは予測済みだぜ」

 

正面の2人の背後に現れたアキトと三郎太がにやりと笑う。

 

「説明おばさんは渡さないよ」

 

背後の1人にライフルを突きつけたイズミが普段見せない引き締まった表情で言い放つ。

 

「だーれが説明『おばさん』かっ!?」

 

「イネスさん、動いちゃダメです」

 

『おばさん』という言葉に反応したイネスをルリが引き留る。

襲撃者達は、自分達が置かれた状況が不利だと悟ると素早く更に細い路地に逃げ込んでいった。アキト達はそれを黙って見送る。

 

「追わなくていいんですか?」

 

「やめときな」

 

ルリを制する三郎太。

既に銃は下ろしており、動く気配はない。

 

「下手に捕まえてもやっかいなことになるだけさ。今は和平交渉の真っ最中……そんな中、どっちかが抜け駆けしようとしたことが明るみに出て見ろ。また地球と木連との間でドンパチが始まっちまう」

 

「それに、どっちの陣営かはもう見えたしね」

 

ライフルを下ろしながらイズミも言う。

その手にはいつの間に拾ったのか、小型の変声機がある。

これでユリカの声を出して、イネスを路地へと誘い込んだのだろう。

3人とも警戒は怠っていないが緊張は解いている。

 

「あの身のこなし……火星の低重力に慣れてない。地球側ですね」

 

「そうですか」

 

「お見事」

 

ルリとイネスが言葉少なに賞賛する。

木連の人は常に人工重力が働いている環境で過ごして来たが、所詮は人工で作られた重力。

地球の重力と異なり多少、地球のモノよりは軽い。

そしてこの火星も地球に比べるとほんの僅かに小さく惑星であり、地球よりも重力が小さい。

そんな環境に地球育ちの人間がいきなりやってきてこの低重力に対してすぐに適応できるかと問われればそれは「NO」である。

先程の襲撃者達は動き方にぎこちなさがあったのをアキト達は見逃さなかった。

あの連中が木連出身者ならば、低重力の環境に慣れているので、おなじ火星の低重力の環境下でもぎこちない動きはしない筈である。

 

「でもアキトさん、いないと思っていたら隠れて護衛をしていたんですね」

 

「ああ、高杉さんは木連を代表して俺達につけられた護衛役。こんな風に、抜け駆けする連中が出たときのためのね」

 

「高杉だ、よろしくな」

 

「どうも……ホシノ・ルリです。」

 

三郎太に手を差し出し握手するルリ。

 

「‥‥ホシノ・コハクです‥‥貴方に会うのはこれで2度目ですね」

 

左手でまだズキズキと少し痛む頭を押さえながら三郎太と握手をするコハク。

 

「ああ、火星で白鳥少佐と生体跳躍してきたあの時の嬢ちゃんか。久しぶりだな‥‥それにしてもその翼は一体?」

 

「あ、あの高杉さんこのことについては誰にも話さないでください。イズミちゃんも」

 

アキトがコハクの正体が生体兵器であることを黙っていてくれと頼む。

 

「何かワケありのようね」

 

「そうだな‥‥」

 

2人は快く了承してくれた。

 

「さて、今夜はもう襲っちゃこねえだろうし、湿っぽい話はこれまでにして、先に行った皆さんに追いついてメシにしようぜ、メシメシ!」

 

三郎太は先に立って歩き出した。

コハクはまだ体調が優れないと言ってそのまま宿舎で休むことにして、ルリもコハクと共に宿舎へと戻った。

 

コハクの頭に響く謎の声

火星遺跡の謎

地球、木連両陣営に居るであろう過激派の存在

火星でのサミット終了までまだまだ予断を許さない状況が続く事になるだろう。

 

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第37話

更新です。


 

 

 

新地球連合代表及び木連代表は、互いに進展のない会議に業を煮やし、この現状を打破する打開策を探し始めた。

その結果、双方共にたどり着いた結論が、『まずは遺跡についてより多くの情報が必要だ』というものであった。

まぁ、考えてみれば当然の事と言えば当然の事だろう。

この会議の主題は『遺跡の機能解明及びその利用』であり、遺跡のオーバーテクノロジーをいかに公平に分配・使用するかである。

そして、両陣営は、それぞれの陣営から調査の為の人選を行い、遺跡の特別調査団を結成したのである。

木連からは優人部隊を中心とした、科学者、技術者達が‥そして新地球連合からは、イネスを始めとする旧ナデシコクルー達がその中心メンバーとして選ばれたのである。

遺跡への調査を翌日に控えた宿舎の前には調査による必要な機材を乗せた巨大なトレーラーが何台も集まっている。

車両誘導の掛け声やトラックのバックブザーの音、そしてトレーラーのエンジン音が混ざりながら敷地内にこだまする。

 

「遺跡のある極冠まで、なんで陸路なんです?ナデシコで行けば一飛びじゃないですか」

 

コハクが荷造りを手伝いながら訊ねる。

 

「とりあえず、まだサミットの真っ最中だからね。お互い火星の大気圏内で戦艦を稼動させたくないのよ」

 

コハクの質問にエリナが答えた。

 

「そういうことですか‥‥」

 

エリナの答えに納得するコハク。

ナデシコは民間企業のモノであるが艦種としてはれっきとした宇宙戦艦‥つまりは武装した艦‥‥確かにこの微妙な時期に戦艦を下手に動かしては妙な勘ぐりをされ、また争いごとの火種になる恐れがある。

しかし、そんな事情に納得出来ない人もいた。

 

「ねぇ~、何で私達は行っちゃいけないの~!?」

 

「そうですよ! 何で私達だけ仲間外れなんですか!?」

 

ユリカとメグミの声が周りの騒音に負けじと響いていた。

 

「君たち……もう何度も言っただろう?この調査行では君たちの仕事が無いんだ。和平交渉中だから火星大気圏内ではどちらも宇宙船を運用できない、だから艦長はもちろん、操舵士、通信士、オペレーターの仕事は無い。それに女性には往復一ヶ月の地上旅行は辛いと思うよ?なにせトレーラーは居住性が悪いから」

 

アカツキがごねているユリカ達に説明するが、彼女らは納得していない様子。

 

「でもでも~!」

 

「ユリカぁ……そんなこと言っても決定は変わらないんだから……。ルリちゃん達を見習って、皆を手伝おうよ」

 

「アオイさんだって副長なのに行くじゃないですか!」

 

「ぼ、僕は護衛としていくんだよ」

 

バツ悪そうにジュンが答える。

一応、ジュンは軍人なので体術、射撃など一通りの陸戦経験はある。

 

「じゃあ私も護衛で行くの!アキトの護衛として!私だって軍人さんなんだし」

 

「ユリカぁ~」

 

アカツキとジュンの説得にもあきらめず、ユリカとメグミはしつこく食い下がっている。

作業に追われる者達は、その元気を使って荷造りを手伝ってくれないかな、などと心の隅で考えていた。

 

「とはいえ、遺跡に行ったからといって全ての謎が解明されるのですか?」

 

ルリがイネスに聞く。

 

「まぁそれは分からねぇが、残されたあのプレート1枚から情報を引き出すための手がかりが欲しいのさ」

 

「というより、あれが古代火星文明の記録媒体だとすれば、遺跡にその再生装置があったっておかしくないでしょう。前回はとてもじゃないけどゆっくり調査している暇なんかなかったけどね」

 

ウリバタケとイネスが今回の遺跡の第一調査目的を言う。

 

「要はゴミ漁りってことよね?」

 

大きなリュックに荷物を詰め込んでいるユキナがさらりと言う。

 

「ユキナちゃんきびしー」

 

「ユキナちゃん、最近ミナトさんに似てきたよね」

 

「ごめんね、手厳しい女で」

 

ユリカとアキトの背後から買い物かごを2人の目の前に差し出したミナトが立っている。

一瞬、表情がこわばる2人。

それを見ていたコハク達は苦笑してしまう。

 

「食料の買出しに行こうと思うんだけど、ユキナちゃんも来る?」

 

ミナトは笑顔でユキナに声をかけた。

 

「行く。行く」

 

「まっ、難しいことはイネスさんに任せるとして、毎日食べるものは大事だからね」

 

そういいながら、さっそうと市場へと向うミナト。

ユキナはその後をちょこまかとついていく。

 

「念のためだ。アオイ君、ミナト君たちの護衛を」

 

「あ、はい」

 

市場へと向ったミナトたちの護衛にジュンが後を追って行った。

先日の夜にあったイネスの襲撃の件もあり、今は新地球連合と木連が入り混じっている不安定な情勢の為、女性2人での外出は何があるか分からないからだ。

だが、それは不幸にも的中する事となった。

荷造りもほぼ終わった頃、市場に向ったミナトの護衛として同行したジュンから通信が入った。

 

「大変だ!ミナトさんが攫われた!!」

 

「えっ!?」

 

「ちょっと、それどういうこと!?」

 

「おいおい、いくら何でも、冗談にしちゃあタチが悪いぜぇ」

 

「本当だよ‥‥ミナトおねえちゃんがぁ‥‥」

 

「昨夜、イネスさんを襲った連中かもしれませんね。どうします?ゴートさん」

 

「今はここで捜索に人を割いてはフレサンジュ博士の護衛が手薄になる‥‥アオイ君、ここはひとまずユキナ君を連れて帰ってきてくれ」

 

「わかりました」

 

アオイとユキナは一先ず宿舎へと戻ることにした。

その夜、宿舎の一室でアキト、プロスペクター、アカツキ、エリナ、三郎太が集まり今回のミナト誘拐の対策が話し合われていた。

 

「黒ずくめの忍び装束で怪しげな術を使う‥‥それは木連秘密諜報部の特殊部隊の連中だな」

 

ミナトを攫ったのは昨夜イネスを襲った連中とは違う連中だと言う。

 

「高杉さん、そちらの方で調べがつきますかな?」

 

「いえ、特殊部隊の存在は最重要機密になっていて、指揮系統どころか、その存在すら書面化されておりません。一体誰が背後で糸を引いていることやら‥‥」

 

同じ陣営の三郎太でさえ、特殊部隊の存在は否定できなくても、詳しい組織図についてはまったくわからなかった。

 

「しかし、なぜミナトさんを?イネスさんと間違えたのでしょうか?」

 

アキトの言うとおり、なぜミナトが誘拐されたのか分からなかった。

するとアカツキはその憶測について当たり前のような口調で述べ始めた。

 

「相手はプロだよ。本命のイネスさんには護衛がついている。だからミナト君を狙ったんだろう」

 

「ナデシコクルーは御人好し揃いだから、脅迫に屈して“ミナトさんと交換にイネスさんとデータを差し出す”と踏んでいるんでしょうね」

 

エリナが付け加えた。 

確かにエリナの言う通りだろう。

仲間を見捨てるような人間は、ナデシコのクルーにはいない。

ミナトはイネスとの交換の為、誘拐されたようだ。

 

「まぁ、そんなところでしょうなぁ。ということはそろそろ犯人から連絡が入ってもいい頃ですが‥‥」

 

「とはいえ、そんな条件を地球側も木連側も認めるわけにはいかないだろう。何せ遺跡の調査は両陣営の和平への鍵となる条項だからな」

 

「そう。例え何処の誰が独断専行しようともね」

 

「冗談じゃないわよ!ミナトお姉ちゃんを見殺しになんかさせないんだから!」

 

動揺するユキナ。

どうやら扉の外で盗み聞きをしていたようだ。

 

「落ち着きなさい、ユキナちゃん。すでにゴートさんたちが独自で捜査に出かけているわ」

 

「そうそう。今更地球や木連に逆らうのが怖くてナデシコクルーが務まりますかっての」

 

納得してはいないようだったが、ひとまずユキナを落ち着きさせ椅子に座らせる。

 

「へぇ~……お二方、結構言うねぇ」

 

 一度発言した後はその場の会話をじっと聞いていた三郎太が、感心したという声を上げた。その表情は明らかに面白がっている。

 

「私達にしちゃ、いつものことですからそれでいいんですが、高杉さんはどうなさいます?貴方には木連代表団から直々に派遣されたという立場もおありでしょうに」

 

プロスペクターの言葉に、三郎太は『ニヤリ』としか表現できない笑いと共に応えた。

 

「その点に関しちゃあ心配はいらねぇよ。休戦からオレは誰の味方でもねぇ。”正義”の味方だ。あんた達のことは気に入っているし、協力は惜しまねぇよ」

 

「そりゃまた結構……これで話はつきましたな。もし、ここで断られたら口封じをしなきゃならないところでしたが‥‥」

 

さらりととんでもないことを言うプロスペクター。

 

「こっちの方針は決まりましたね。さてイネスさん、意見の調整も済みましたので、貴方にも協力していただきたいんですが……」

 

振り向いたプロスペクターの視線の先にいるイネスは、先程から会話にも加わらず、ウリバタケと2人で何やら熱心に話し込んでいた。

しかも会話をしながら、右手はポケコンの上を高速度撮影でもぶれそうな速度で動き回って何か打ち込んでいる。

 

「あの先生、聞いちゃいねぇ‥‥」

 

イネスの態度に呆れる三郎太。

 

「ああ。三郎太君だけじゃなくユキナちゃんもイネスさんとはつきあいが短いから知らないのか。ああなったイネスさんには声をかけても無駄だね。と言うかあの状態になったイネスさんの邪魔はしない方がいいと思うよ」

 

アキトが三郎太とユキナに忠告をいれる。

 

「それじゃあどうするの?」

 

「つまりですな。う―――む、問題がやまずみですな。誰か、今の状況を分かりやすく“説明”してくれれば助かるのですが‥‥」

 

プロスペクターがわざとらしく大声で棒読みのセリフを言う。

イネスは、振り向きもせず声をあげた。

説明と言う言葉を入れればイネスが引っかかると思っていたのだが、どうやらプロスペクターの予想は甘かった。

 

「人を一体なんだと思っているの? 今、すごく大事なところなんだから、邪魔しないでちょうだい」

 

「おばさんはミナトおねーちゃんがどうなってもいいの!?」

 

「今の私にはどうすることもできないわ。だから、自分に出来る、最も重要で、最優先の問題を片づけているの。わかれ、とは言わないから邪魔しないで」

 

「何よ!?それ!!」

 

背中を向けたままのイネスをひと睨みすると、ユキナは部屋から走り出ていった。

三郎太もユキナの身を案じて部屋を出て行く。

 

「とは言え、だ。イネスさん、相手が人質交換を持ちかけてきたとき、貴方はどうするつもりなんです?」

 

「条件次第ね。そのへんの駆け引きは任せるわ」

 

自分の身柄が交換条件と解っていて、ここまで言える人間はそうはいない。

常人では理解できない思考の持ち主なのか、イネスもやはりナデシコの気質が染み込んでいるか定かではないが、唯一分かっていることはこの場には仲間を見捨てる人間などいないのだ、ということ。

そしてそれを確認したアカツキは、背中を向けたまま表情を見せないイネスに向けてこう応えた。

 

「はいはい、化かし合いは任せてください。うちには古狸も女狐も揃っていますから」

 

「「誰が!?」」

 

自覚があったのか、不機嫌な男女の声が二方向から帰ってくる。アカツキは無言で肩をすくめた。

 

結局、その日は誘拐犯からの接触はなく、出発の朝を迎えた。

ナデシコのクルー達はイネスを除く女性クルーを残し、本来ミナトと共に置いていくはずだったユキナをメンバーに加え、予定通り、火星極冠遺跡に向けて出発した。

いつやってくるともしれない地球、木連双方の跳ね返りの強硬派を警戒しつつ、遺跡の探索行に出発したのであった。

朝日を浴びて火星の原野を、トレーラーの群が砂煙を蹴立てて進んでいく。その周りには地球、及び木連が共同で組織した警護の部隊が併走している。

木連からは、かつてナデシコクルーに『ゲキガンタイプ』と呼ばれていた大型機動兵器『ジン・タイプ』が出張っていた。

そして地球側からは、リョーコ達の操縦するエステバリス部隊が警護にあたっている。数は木連側より少ないものの、リョーコ達、ナデシコのエステバリス部隊は、いずれも実戦経験豊富なトップエース揃いである。

 

ナデシコクルーの乗るトレーラーのハンドルを握っているのはアカツキで隣には、ジュンとプロスペクターが座っている。

アカツキの好みからすれば、隣には女性を乗せたいのだろうが、生憎と同行している女性陣はイネスとユキナの2人だけ‥しかもその2人は、ウリバタケと一緒に後部貨物室に居る。

ちなみに、本来ユキナはユリカ達と共に残るはずだったのだが、本人のたっての希望で調査団に入っていた。

一刻も早くミナトを助けたい、ミナトに会いたい、という本人の強い希望を汲んだ上でのことである。

 

「結局、誘拐犯からの接触はありませんでしたね……」

 

「こうも派手に警戒されちゃあねぇ」

 

「とは言え、こうなることが解らないほど犯人達も馬鹿ではないでしょうから」

 

「やはり、出方を待つしかないんですか……」

 

溜め息をつくジュン。

根が真面目なだけに、あの時ミナトを攫われてしまったことに責任を感じ、深く沈んでいる。

 

「走り回っているゴートさん達には気の毒ですが、結局そーゆーことになるでしょうな」

 

「しかし、アオイ君。当事者とは言え随分とミナト君のことを気にしているじゃないか。 艦長にふられて、ミナト君に乗り換えたのかい?」

 

雰囲気を変えようと、話を別の方向に持っていくアカツキ。

微かに笑っているその表情から、からかっているのは明らかなのだが、ジュンはてきめんに反応した。

 

「そ、そんなんじゃありませんよ! ふ、ふられたからとかそう言うのじゃなくて、ミナトさんが居なくなってからユキナちゃん元気なくなっちゃっているし、そんな顔を見ているのは辛いし、僕がもう少ししっかりしていれば防げたことなんですし‥‥そ、それにミナトさんには白鳥さんがいるじゃありませんか!」

 

「そうか、ミナト君じゃなくて、本命はユキナ君だったのか。意外だねぇ、君にそんな趣味があったとは」

 

「な、何、言っているんですかアカツキさん! そういうワケじゃなくて僕は純粋に、ですね!ユキナちゃんのことを心配して‥‥」

 

「皆まで言わない、皆までいわない」

 

犯人からの連絡もなく、目的地まで着くまで何もする事が無く暇なのか、ジュンをからかうアカツキとプロスペクター。

そんな時、コミュニケの空間ウィンドウが開き、ウリバタケが現れた。

 

『いよう、お取り込み中失礼するぜ』

 

「何の用だい? ウリバタケ君」

 

これから面白くなろう、というところを邪魔されたアカツキは棘のある視線と言葉を向けるが、ウリバタケはサラリとそれを受け流す。

 

『つれないねぇ、落ち目の会長さんよ』

 

「落ち目は余計だよ」

 

そしてアカツキとちょっとした会話を交わした後、空間ウィンドウがジュンの前に移動した。

 

『ジュンよ。ちょっと来てくれ、出来ればプロスの旦那も』

 

「そりゃ構いませんが、何の用ですかな?」

 

 怪訝そうな顔をする2人に、セイヤは実に簡潔な説明をした。

 

『イネスさんが呼んでいるんだ。何か話があるんだとよ』

 

「解りました。ではアオイさん、行きますか」

 

「はい」

 

プロスペクターとジュンはシートから立ち上がり、後部の貨物室へと向った。

後部の貨物室は、イネスの研究機材と、ウリバタケの工具及びエステバリスの交換部品が所狭しと並べられ、イネスの研究室とも作業場ともつかない場所となっていた。狭い貨物スペースに大量の荷物を積み込んであるので、荷物の隙間の通路は人一人がやっと通れるという有様であり、歩き難いことこの上ない。

ようやく小さな空きスペースあり、作業台と端末が設置されている。

そこへ連れだってやって来た2人が最初に見たものは、意外な人物が其処に居た。

 

「「コハクちゃん!(さん!)」」

 

そこには本来、宿舎で待機していた筈のコハクの姿があった。

 

「なぜここに?」

 

「さっきコンテナの中に忍び込んでいたのを見つけたのよ」

 

「どうしてついて来たんですか?」

 

プロスペクターが目を鋭くして言う。

 

「ぼ、僕もミナトさんのことが心配で‥‥それに‥‥」

 

「それに?」

 

「どうしても遺跡に行かなければ行けない訳が‥‥ありまして‥‥」

 

実は昨夜コハクはまたしてもあの声を聞いた。

そしてその時、声は遺跡に来てくれと囁いていた。

遺跡に行けばこの声の正体も分かると思いコハクは昨晩ルリを説得した後、こっそり調査のため、トレーラーに搬入されていたコンテナの1つに忍び込んだのだ。

 

「その訳とは?」

 

「すみません。今は言えません‥‥」

 

「どうしますプロスさん?」

 

「仕方ありませんね、今更戻るというわけにもいきませんから」

 

「ありがとうございます。プロスさん」

 

こうしてコハクは遺跡の調査に強引ではあるが、参加することに成功した。

 

「そっちの話はいいかしら?こっちも話したいことがあるんだけど」

 

先程まで難しい顔で端末を眺めているイネスがコハクの処遇を考えていた面子に話しかける。

 

「あ、はい」

 

「それじゃあ、早速だけど、アオイ君、プロスさん、貴方達のコミュニケ‥今何時を指している?」

 

いきなりの質問に疑問符を浮かべる2人だったが、すぐにコミュニケに視線を落とした。

 

「太陽系標準時だと、時刻01:42ちょうどですけど」

 

「私の方は同じ……いや2,3秒程早いですなぁ‥‥」

 

それが何か? と2人はイネスに目で問いかける。その視線を綺麗に無視して、イネスは続けて質問を重ねた。

 

「3秒遅れか‥‥2人とも、最後に時間設定を合わせたの、いつだったか覚えている?」

 

「僕はこれをもらってから、合わせたのは……ナデシコを降りる直前だったと思います」

 

「私は、今回の火星行きが決まってからですかな」

 

答えを確認したイネスは、二人から視線を外すと、真剣な表情を更に深刻にして考え始めた。

 

「なるほど、とすると、狂っているのはやはりナデシコの時計だった訳ね……」

 

「あの、それが何か?」

 

イネスの話の展開にまるでついていけないジュン。言っていることは至極簡単なことなのだが、その意図がまったく分からない。

そのジュンに、今まで退屈そうに立っていたユキナが助け船を出した。

 

「ナデシコが最後にボソンジャンプしたときに、時間がずれちゃったんですって」

 

良く分かんないけど、と態度で付け加えるユキナ。

その姿はいつもと変わらない元気なユキナのものだったが、ミナトの件に関して責任を感じ、また落ち込んでいるユキナの姿を見ていたジュンには、空元気を出しているような、痛々しい姿に見えてしまう。

だが、そんなジュンに構わず、プロスペクターは誰にともなく呟いた。

 

「ですが、ナデシコは最初のボソンジャンプに八ヶ月もかかりましたが? 今更3秒くらい、どうということはないんではないでしょうか」

 

「あま~い! 甘いわよ!プロスさん! 今回のずれには、大変な問題が含まれているのよ!」

 

その言葉と共に立ち上がったイネスの背後には、どこからともなく巨大はホワイトボードが現れ(どうやら自走式らしい)、その意味を察したウリバタケが投げやりに呟いた。

 

「あー、はいはい、説明は手短に頼むぜ、イネスさんよ」

 

「それでは……おほん。ボソンジャンプが、物体を素粒子レベルまで分解し、各種フェルミオンから、時間を遡航するボソンに変換することで時間移動を行って、空間移動にかかった時間を相殺する、ということはもう知っているわよね?」

 

「ええと、確か火星の遺跡で説明した話よね」

 

ユキナがそう答える。もっとも、その顔はまだ話の中身を理解しているようには見えないが。

それは決してユキナだけではなく、その場にいる人間の中で、ボソンジャンプ理論を完全に理解しているのはイネスくらいのものである。

 

「ええ、そうよ。この時間遡航ボソンに、私は発見者の特権としてレトロスペクトと命名したの。ボソンジャンプをする場合、消失地点、要するにジャンプに入った地点ではこのレトロスペクトが、そして出現地点、すなわちボソンアウトした地点では通常の様々なボソン、つまり……、光子・π中間子・Wボソン・重力子等……、が、それぞれ検出されるの」

 

「ふえ~?」

 

「……おい、解るか」

 

「僕は、理系教科は苦手で……」

 

「……おじさんにはちょいと難しいですなぁ」

 

一同はイネスの説明の内容を理解しようとしているが、素養のないユキナはもとより、ある程度の教育を受けているはずのウリバタケ、プロスペクター、ジュンにも内容が高度すぎてどうにもならないようである。

コハクは頷きつつメモっている。

 

「正確な例えじゃないけど、まあ、海に潜るときと、出てきたときの水しぶきみたいなもんね」

 

「……話がなげーよ、イネスさん」

 

「ふにゃ~、知恵熱がでそう……」

 

「大丈夫かい、ユキナちゃん」

 

「外野うるさい!もうちょっとだから辛抱する!」

 

白衣をひるがえして指し示した先のホワイトボードには、2枚のグラフが浮かび上がっていた。

どちらも二次元のグラフで、横軸は時間、縦軸はボソンの検出量を表している。

そして左のグラフは綺麗な釣り鐘状の正規分布曲線を描いているが、右のグラフは、釣り鐘の頂点が右にずれたいびつな形をしており、更に本来釣り鐘の頂点であるとおぼしき点をピークとした、鋭い山が描かれている。

 

「普通は、消失点のレトロスペクトも出現点の通常ボソンも、ボソンジャンプの瞬間に最大値となり、その前後では正規分布を記録するの、ところが……」

 

『ところが?』

 

声を合わせる一同。

 

「右側のグラフを見てちょうだい、山が右にずれ、元々最大値を指していた時刻のところに、鋭いピークが、違う色の線で示されているでしょう」

 

『ふむふむ』

 

「前回のナデシコのボソンジャンプ時の記録がこれ。消失時は通常通りなんだけど……」

 

「この山が右にずれているのが、出現が3秒遅れたことを表しているんですな。で、この色違いの鋭い山は何を表しているのです?」

 

眼鏡の位置を直しつつ、質問するプロスペクター。

 

「それは、通常は出現点では観測されないはずの、レトロスペクトなのよ」

 

「……ナデシコの出現が遅れたから検出された、ということではないんですね?」

 

続いてジュンが確認する。

 

「ええ。通常は時間にずれが生じても、出現点にはレトロスペクトは検出されないはずなの」

 

「もー、で、それが観測されたから何だってゆうのよー? 早く結論を言ってよー、ぷんぷん」

 

癇癪を起こす一歩手前の様子のユキナが騒ぎ出す。

 

「これはまだ仮説に過ぎないんだけど、このレトロスペクトは、ナデシコが最初に出現した時刻を表しているんだと思うの」

 

「はて? 最初に出現? それはまたどういう意味ですかな?」

 

「つまり、本当はあの時、ナデシコは時間のずれなく、ジャンプに成功したんだけど……」

 

一旦言葉を切るイネス。

 

「この1年で3秒、出現時刻がほんの少しずつズレていったってこと。だから、その時のパラドックスが、レトロスペクトの形で検出されているのよ」

 

「……ってちょい待ち。じゃ何かい? 俺達の知らない間に、ボソンジャンプのずれがどんどん拡大しているっていうのかい?」

 

そこまで質問もせずに説明を聞いていたセイヤだったが、突然顔色を変えて立ち上がった。他の皆は、何事かとウリバタケを見上げている。

 

「そうなのよ。戦争中の木連部隊の記録もつき合わせて検証中なんだけど、まず間違いないわ」

 

「間違いないわって……、そりゃ大変じゃねえか!」

 

イネスの答えに、ウリバタケの顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「だから、何がどーしたってゆーのよ!? ちゃんと解るように説明してよー!!」

 

「もう……それじゃ、噛み砕いて手短に解りやすく説明して上げるわ。時間という物を、一本の線と思ってちょうだい。私達はこの時間の流れに乗っているから、通常、この流れに沿って常に過去から未来へと流れているわ」

 

ホワイトボードのグラフが消え、変わりに1本の線と、その線上の点Aが現れる。

そして説明を始めると同時に、不機嫌な表情を消して、楽しげに語り始めるイネス。

 

「ボソンジャンプする際、私達は空間を移動すると同時に、時間を逆行することによって、空間を移動する際に費やすはずの時間を相殺する、というのが通常の場合‥しかーし!」

 

ぴしっ、とその手が時間線上の点Aを指し示すと、その隣に点Bが現れ、ゆっくりとだがBがAから離れていく。

 

「前回のボソンジャンプにおいて、何らかの要因が加わって時間が相殺できなくなった……、いやそれどころか、ずれが拡大しつつあるわ。これ自体は過去の出来事だけど、私達の時間線の過去である以上、当然現在の私達に影響を与えるの。よって、出現時間の狂いが大きくなるにつれて、私達のずれも大きくなる……」

 

さらに、深刻な顔で、これはナデシコだけの問題じゃないわ、と付け加える。

 

「今はまだ秒単位だからたいしたパラドックスは起こっていないけど、これが分単位で狂いだしてご覧なさい」

 

「今までの戦闘結果が、大きく変わる……、ということもあり得ますな」

 

イネスの話をようやく理解し、事の重大さを理解したプロスペクターがゆっくり口を開いた。その隣のジュンは、理解したことで受けた衝撃からい顔色が青くなっている。

 

「そう、ましてや時間単位で狂いだしたら、本当に歴史の流れが変わっちゃうわ。もっとも、変わったとたんにそちらの時間線にみんなそろって乗り換えちゃうから、誰も気づかないでしょうけどね」

 

深刻そうな口調から、最後は一転して冗談めかした口調で語るイネス。だが、その場の雰囲気はそんなものではまったく変わらなかった。

 

「ねえ、それって……、もしかし凄くヤバくない?」

 

「……めちゃくちゃヤバい」

 

ユキナとウリバタケの短いやりとりが終わると、その場に重苦しい沈黙と空気が流れた。

 




ではまた次回。


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第38話

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れと共に火星の荒野を走る行軍は終わり、荒野の一角ではキャンプ地の設営が始まっていた。

一夜の宿となるキャンプの設置が終わると、役割分担の上で夕食の準備が始まる。

意外と慣れた手つきで鉄板の上の肉を焼くウリバタケ、そしてこれまた器用に野菜を刻んでいくプロスペクターとコハク。

プロスペクターはヒラツカドックにてナデシコ奪還の折、ラーメン屋の屋台を引いてドックへと入り、艦長のユリカ達がナデシコに来るまでの間、コハク、ルリ、ゴートの三人にラーメンを振る舞っていた事から、元々最低限の料理の腕はあったのだろう。

ウリバタケは家族サービスでキャンプにでも行った経験があるのだろう。

一方で、化学実験でもするつもりなのか、ビーカーを持ち出して水の量を細かく量りながら米をといでいるイネス。

料理の腕で劣るアカツキとジュンは、テーブルを設置し、その上にユキナが皿などの食器を並べていく。

いつもならば料理の腕を振るっているはずのアキトはパイロット三人娘と共に引き続き周辺の警戒に当たっているため此処には居ない。

イスを設置する手を止めて、背伸びをしながらアカツキが言う。

 

「なーんにも無い砂漠を延々走って、遺跡まで片道10日……まるでラリーにでも出場した気分だね」

 

「和平交渉中のせいで宇宙船が使えないですから、時間もコストも余計にかかりますし……何より疲れますね」

 

「そうそう」

 

隣でイスを並べているジュンと、テーブルの向かい側に立って今度は箸を並べ始めたユキナが相槌を打った。

やがて肉を焼くのに一段落したのか、ウリバタケが手を休めながらおもむろに口を開く。

 

「まったくだ。食料に車の部品、燃料その他諸々、往復分と調査期間を合わせて一ヶ月分、運んでいるだけでも荷物が膨れ上がって大騒ぎだぜ。だいたい水素エンジンのトレーラーなんて年代物、よくこれだけ調達できたもんだ」

 

修理や調整や改造するのはなかなか面白かったけどよ、と最後に付け加えるウリバタケ。

確かにウリバタケの言う通り、食糧や検査機器は兎も角、ソレを輸送するだけのトレーラーを直ぐに用意できたのは地球も木連も遺跡の調査が今回のサミット中に行う事を見越していたとしか思えない。

 

「政治なんてものは常に大いなる無駄の上に成り立っているのさ。為政者の本音と建て前、それに形式や見栄、そこには常に政治に必要な無駄がある。まっ、これで両軍の首脳部が枕を高くして眠れるって言うなら安いものさ」

 

「よっ、流石は大物政商、言うことが大人だねぇ」

 

ウリバタケが明らかに皮肉と解る口調ではやし立てる。

それを薄笑いでかわすアカツキだったが、プロスペクターが追い打ちをかける。

 

「随分と落ち目ですがね。何せネルガルの株は休戦以来、戦争の黒幕だったことがバレたりで、株価は急降下。責任とって引退しろと株主やら重役連中から突き上げられていますからなぁ」

 

平和になれば兵器の需要は減る。

ましてや、あの戦争の元凶とも言える企業の兵器などいくら安全だと分かっていてもイメージ的に悪い。

ネルガルは今まさに正念場に立たされようとしていたのだった。

 

「そんな大変な次期に、火星まで来てこんなことしていて良いんですか?」

 

「ははは、みんなナデシコの仲間じゃないか、何を水臭い」

 

こちらは皮肉ではなく会社の行き先を心配して訊ねるジュンに、笑顔で答えるアカツキ。

セリフは感動的なのだがその笑いは乾いており、一目で裏があるとわかってしまう。

今回のこの調査で火星遺跡について何か分かれば、落ち目となっている会社の業績も回復出来るかもしれないと思っているのだろう。

何しろ遺跡の調査を担当するのはネルガル所属のイネスなのだから‥‥

 

「追求逃れの時間稼ぎのついでに、地球と木連の首脳部に恩を売りつけ、さらにはそれを持って立場を良くしよう、というところですかな?」

 

そんなアカツキの思惑をプロスペクターが暴露してしまう。

 

「プロス君……君、最近僕に遠慮がなくなってきたんじゃないかな?一応、僕は君の上司なんだけどなぁ‥‥」

 

「ええ何せ古狸ですからなぁ」

 

「もしかして、根に持っていたのかな?」

 

「はてさて、何の事やら……」

 

どうやら、プロスペクターはアカツキの言った『古狸』発言を根に持っていた様だった。

その時、そういう企業の世界とは無縁のジュンが冷や汗をかくような大人の会話を交わすアカツキ達を横目に見ながら、準備の終わった料理を盛りつけ始めていたユキナが、素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれぇ? 何これ!?」

 

「ユキナちゃん、どうしたんだい?」

 

「お皿の間に封筒が張り付けてあるの。こんなの挿んだ覚えはないんだけどな‥‥」

 

怪訝な顔で手の中の封筒を眺めるユキナ。

ジュンも封筒をひっくり返してみたが、それには宛名も何もなく、ただ真っ白な封筒だった。

大したものが入っている様子もなく、薄くて、軽い。

封筒を開こうとしたユキナだったが、その直前に、すすっ、と後ろから手を伸ばしたプロスペクターが封筒をユキナの手から取り上げた。

 

「あっ‥‥」

 

「どれどれ、ちょいと拝見……」

 

慣れた手つきで封を開いたプロスペクターの周りに、一同が集まって手紙を覗き込んだ。

そしてプロスペクターが読み上げたメッセージは、実に短く、解りやすいものだった。

 

「何々……『我々が預かっている女の命を助けたければ、フレサンジュ博士と彼女の持つ遺跡のデータを引き渡せ。交換場所は追って指示する』……どうやら誘拐犯からのようですな」

 

「えぇーっ、……むぐっ!」

 

「騒いじゃダメだってば! 俺達以外の奴らは犯人との交渉なんか許す気無いんだから!」

 

声を上げかけたユキナの口をウリバタケが慌ててふさぎにかかる。

そして、目を白黒させているユキナの周りで、彼らは声を潜めて相談を始める。

 

「一体いつの間に……」

 

「チャンスは、みんながキャンプの設営をしていたこの1時間程度の間しかなかったはずね」

 

「しかも、怪しまれずに僕らのトレーラーに近づいて、この封筒を仕込めたとなると……」

 

「護衛や随行スタッフの中に、犯人の一味が紛れ込んでいることになるわね。考えておくべき問題だったわ……。」

 

「ですなぁ……内部にスパイを潜ませる‥こんな事を忘れていたとは……ミナトさんを攫われて、私達も結構冷静さを失っていたんですな」

 

その深刻な結論の前に、言葉を失って考え込む一同。

ナデシコ時代から見知ったクルーや、新参とは言えミナトに保護されている身で、疑う余地がまるでないユキナは別としても、数十人の調査団やその護衛の中に紛れ込まれてはスパイをあぶり出す方法がない。

そもそも紛れ込んだスパイが1人だけとは限らない。

ましてやこの調査団は地球連合・木連の双方から出された人員で構成されており、見付けるのは至難の業であり、警戒するのも難しい。

スパイにいいように動かれてはこちらがどれだけ不利になるか、それこそ考えるまでもない。

かといって下手に周りを不安にさせる訳にはいかない。

疑心暗鬼になればそれこそ犯人たちの思う壺である。

重度の疑心暗鬼は地球と木連の休戦にも影響を与えてしまうかもしれない。

それほど、今回の火星遺跡の調査は重大な案件なのだ。

そうして深刻な顔をつきあわせている一同の所にどこからか三郎太がやってきた。

のんきに鼻歌など歌いつつやって来た彼は、そばに来てようやく場の雰囲気がおかしいことに気づいた。

 

「あれ?どうしたんですか?みなさん、深刻そうな顔しちゃって。あっ、食事、まだでしたか? 結構期待しちゃったりしていたんですが‥‥」

 

明るい声でそう言う三郎太。

彼の出現に、一同は無理矢理顔を元に戻して平然さを装った。

 

「いや、丁度高杉さんの舌に合うかどうか、と味見をしていたところでして。 そろそろ来て頂こうかと思っていたところだったんですよ」

 

プロスペクターは、自然な動作で三郎太に気づかれる事無く、スッと封筒を懐に納めながら、その場を取り繕った。

 

「そりゃ嬉しいな、私は、好き嫌いはありませんからなんでも食べますよ。いささか食べる量が人より多い、とよく言われますがね」

 

そう言って笑う三郎太。

気を取り直したユキナが料理を盛りつける頃には、その場にあった重い雰囲気は、一応消えていた。

だが一同の頭からは、つい先程突き当たった調査団の内部に居るであろうスパイの存在という問題が消えることはなかった。

 

「とりあえず犯人からの次の指示待ちだな」

 

「了解」

 

ウリバタケとアカツキが小声で確認するかのように呟いた。

 

一行は未だ火星の極冠遺跡に向けての進路をとっている。

辺りは岩と砂だけの何もない砂漠。

そんな砂漠を黙々と進んでいる。

ミナトを攫った連中からは、あの手紙以降何の連絡もないままだ。

結局、犯人からの指示があったのは、その3日後の長い渓谷の間にさしかかった辺りのキャンプ地での事だった。

犯人からの指示が書かれた手紙は、今度はトレーナーの内部に設置されている乾燥機の中に投入されていた。

手紙を見つけたコハクがその手紙を広げると、アカツキ、プロスペクター、ウリバタケが手紙の内容が気になるらしく覗き込んでくる。

 

「今度は乾燥機の中でした」

 

「こりゃ、やっぱり調査団内部に居るスパイの犯行だな」

 

「いや、でも考えてみたら、犯人が木連の人間なら、自由にボソンジャンプができる奴ってこともあるんじゃないの?」

 

「木連の‥‥優人部隊か?」

 

「まさか、タカスギさんが……?」

 

「怪しさでは彼がダントツだね」

 

「そんな、仲間を疑うなんて‥‥」

 

「甘いな、考えてもみろ、奴は元々木連側の人間だぞ。それにミナトさんを誘拐したのも木連絡みだ。そうなれば疑うには十分すぎる内容だぜ」

 

「まぁ、彼がそうでないしにしても、このことは我々以外には内密にしときませんといけません。なにしろ木連絡みとなると国際問題に発展しかねますからね。対応を間違ったらまた戦争になってしまいます」

 

犯人が誰であれ、今回の手紙の内容はミナトとイネス、遺跡のデータとの交換場所を指定する内容だった。

その後、誘拐犯の調査をしていたゴートから連絡が入り、キャラバンに不審な女が出入りしているという情報が入った。

取引に指定された場所‥そこには火星の荒野には珍しいちょっとした森があった。

人質交換の時間は深夜に指定されていたが、ナデシコクルー一同は早速それを逆手に取った。

キャンプ地に到着したドタバタとした時間を利用して、クルーの一部が忍者部隊に先んじて取引場所の森に潜んだのである。

ウリバタケ印の光学迷彩服に身を包んで、取引場所の周囲に潜んだ彼らは忍者部隊に気づかれた様子もなく、その時まで息を殺してじっと待っていた。

その1人に志願したジュンは、頭の中で手順を何度も確認しつつ、辺りの様子をうかがっていた。

そして何度目かの確認を行おうとした時、ようやくイネスと付き添いのコハクがやってきた。

2人は無骨なスターライトスコープを装着し、星明かりも届かない真っ暗な火星の森の中を危なげない足取りで歩いてやって来る。

そんな二人の様子を窺いながら不測の事態に身構えるジュン。

そしてその2人にどこからともなくライトの光が当てられた瞬間、彼はいつでも飛び出せるよう全身を緊張させた。

イネスの周囲には、いつの間に姿を見せたのか、黒装束の人影が幾つも立っていたのだ。

だが、彼らはナデシコクルー一同の狙い通り、クルーが作った輪の中にいた。そうとは気づかないままに、忍者部隊のリーダーらしき女とイネスに語り始める。

 

「警備に見つかって困るのはそちらじゃない?」

 

「貴様以外の食事には睡眠薬を仕込んだ。今頃はどいつもこいつも高いびきだ。ところで貴様の隣に居るソイツは何者だ?」

 

「随分と用意周到なことで‥‥この子は私の助手よ。遺跡について知りたいのであれば、この子の力も必要になるから、一緒に来てもらったの」

 

イネスはコハクを自らの助手だと偽り、コハクが此処に来た理由を忍者部隊のリーダーに説明する。

 

「フン、まぁいいだろう」

 

「それで、ミナトさんはどこ?」

 

「その前にゴーグルを取れ、本当にフレサンジュ博士本人なんだろうな?」

 

イネスとコハクは相手の言うとおり顔を隠していたゴーグルを外した。

 

「ふむ、確かにフレサンジュ博士で間違いないようだな。それで?遺跡で発見したというプレートはちゃんと持ってきただろうな?」

 

「取引は順番に‥次はこっちがミナトさんの無事を確認する番よ」

 

「良いだろう……見せてやれ」

 

それまで物陰にいた忍者部隊の1人が、縛り上げられて身動きのとれないミナトを抱えて姿を現した。

ミナトの姿を確認したジュンは、思わず飛び出しそうになった。

ミナトに一番近い位置にいるのは自分だったからだ、これでミナトが拉致されたときの失敗を償うことが出来る!

しかし、寸前の所で踏みとどまった。

 

「(焦るな……! 次はリョーコ君達がエステで乱入して奴らに隙を作る番だ、ミナトさんを助けるのはその時に……!)」

 

だが、次に起きたことは双方が思いもよらない事だった。

イネスがプレートを出そうとした瞬間いきなり空戦フレームのエステバリスが上空から現れたと思ったら巨大なサーチライトでその場の全員を照らした。

 

(リョーコ君!?いや、違う)

 

当初はリョーコ達がタイミングを見誤ってきたのかと思ったが、それは違った。

 

「全員、その場から動くな!!」

 

「武器を捨て、両手を上げろ!!」

 

突然現れた空戦フレームのエステバリス部隊。それはアキト達のエステバリスではなく、セリフと声から察するに、おそらく以前イネスを拉致しようとした地球側の暴走したグループの連中だった。

 

「あの声‥‥最初に路地でイネスさんを襲ってきた連中‥‥」

 

空中からライフルを乱射する空戦エステバリス。

 

「イネスさん!」

 

イネスを庇い地面に伏せるコハク。

 

忍者部隊もエステバリスの乱入に慌てた様子を見せる。

即座に撤退すべきか応戦するべきか?

それとも目の前にいるイネスを確保するべきか?

突然の予期せぬ事態に決断を迷ってしまったのだ。

 

『どっちにも渡すかよ!』

 

威勢のいいリョーコの声が外部スピーカーから辺りに響きわたる。一歩遅れてリョーコ達が乱入したのだ。

 

『ったく、余計な奴らのおかげでこっちの予定まで狂っちまった!』

 

3人娘の空戦フレームが地球側の暴走グループに襲いかかる。彼女たちの空戦フレームは軽やかな動きと正確な射撃で敵を圧倒する。

当然乱入してきた空戦エステバリス部隊も応戦するが、超エース級ばかりのリョーコ達の腕の前に次々と撃墜されていく。

そしてここにいたって、忍者部隊も腹を決めたようだった。

 

「ひとまず撤退する!」

 

リーダー格の女が仲間の方へと振り返り、撤退を指示する。

しかし、忍者達が動き始めたその時には既にもう、潜伏していたナデシコクルー達が忍者部隊に襲いかかっていた。

忍者達の逃げる方向に突然1機のエステバリスが崖の上から飛び降りてくる。

そして、忍者たちの前に立ち塞がった。それは伏兵として待機していたアキトが乗る月面フレームだった。

 

『おっとここから先へは行かせない!!』

 

「貴様人質がどうなってもいいのか」

 

「そのことならご心配なく‥‥喰らえ!」

 

「ぐあッ!」

 

ジュンがスタンスティックでミナトを抱えた忍者を一撃する。

身体に特殊な装備を付けているのかそれとも訓練を受けている為なのか、スタンスティックの一撃で昏倒させることは出来なかったが、ジュンは体勢を崩した忍者からミナトを奪い取ることに成功した。

 

「アオイ君、よくやった!」

 

こちらも、手慣れた様子で忍者の1人を打ち倒したゴートが声をかける。

この場に伏せていたのは、ほとんどがゴートの部下である荒事のプロ達だ。

そしてその本質とは逆に、ナデシコクルーに得意の奇襲をされた忍者達はろくに対抗することも出来ずにじりじりと追いつめられていく。

 

「アオイ君! ミナト君を連れて下がれ!」

 

「は、はいっ!」

 

ジュンは指示通りにミナトを連れ、一足先に逃げ出したイネスとコハクの後を追う。

上空の地球側グループはそのほとんどを撃墜されて僅かな生き残りも次々と撃墜され、脱出している者達は逃走し、忍者達も制圧されつつある。

完全にナデシコクルーの勝利かと思ったその時、忍者部隊は隠し持っていた最後の切り札を出した。

 

「おのれ! このままにしてはおくものか! もはや手段は選ばぬ! 出よ! ダイマジ―――ン!」

 

その声に答えるように、あからさまに電子合成音とわかる雄叫びが辺りに響きわたった。そして、今までどこに隠れていたのか、木連の機動兵器、”ジン・シリーズ”の1つ、”ダイマジン”が木々をかき分けて立ち上がる。

 

「いたしかたない“都市”の秘密もろともここで消えてもらうぞ」

 

「まずい……!」

 

ミナトを支えて走るジュンは、ダイマジンの巨大な姿に恐怖すら感じた。

1年以上前、ナデシコのブリッジからその姿を見ていたときには微塵も感じなかったが、いざ生身で対面してみるとその姿形、大きさは恐怖を感じるに充分なものがある。

しかも、相手はまず間違いなくこちら、正確に言えば少し前を走るイネスを狙っているのだ、焦るなという方が無理だろう。

思わずジュンは、走りながら腕のコミュニケに向かって叫んだ。

 

「みんな! こっちを援護してくれ! このままじゃ逃げ切れない!」

 

『ちょっと待っていてくれ! 今、ヒカルちゃんとイズミさんがそっちへ行った! 奴は俺とリョーコちゃんで引き受ける!』

 

目の前に開いた空間ウィンドウからアキトが答える。

振り返って上を見れば、2機の月面フレームと1機の空戦フレームがダイマジンに向かい、こちらに2機の空戦フレームが向かってくる。

 

『おっ待たせー! ジュンくんご苦労さん! 早くエステの手に乗って!』

 

「あら、アカデミー賞モノの演技で奴らの気を引いた私には一声も無しなの?」

 

『だぁって、イネス先生ならあのくらいお手の物でしょ~? なんと言っても年経た女狐だしぃ~』

 

「ヒカルちゃ~ん? 後でゆっくりO・HA・NA・SHI‥しましょうね?」

 

「ひぇ~」

 

「イネス先生、お話はその位にしてお早く……」

 

安心したのか、いつもの軽口をたたき合いながらイネスとコハクがヒカル機の掌に乗る。

次いでジュンとミナトは、目の前に下りてきたイズミ機に転がり込むように乗り込んだ。

更にふと気がつけば、いつの間にかゴートまでも同じイズミ機の掌に乗っている。

 

『ご苦労さん、慣れない荒事、頑張ったね。洗い事は得意そうなのに。一字違いで大違い、くっくっく、はっはっは……』

 

人一人抱えて走ったために息を切らせたジュンには、いつものイズミのギャグに答える気力は残っていなかった。

 

「よくやった、ご苦労、アオイ君。私の部下達も脱出させた。後は私達が脱出するだけだ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

滅多に人を褒めることのないゴートの賞賛に、ジュンは意表をつかれたように答えた。後はすぐそばのキャンプ地に逃げ込めば終わり、エステバリスならば1分とかからない距離だ、今度こそ彼らの完全勝利のはずだった。

だが、

 

『逃がすかぁ!』

 

ダイマジンに乗り込んだ女忍者の声が外部スピーカーにのって辺りに響く。

そしてダイマジンの機体が、ナデシコのクルーには見慣れた発光現象に包まれた。

 

「ボゾンジャンプ!?」

 

誰かが叫んだ。

 

「しまった! こいつらはジャンプできるんだった!」

 

アキトもリョーコも自分の迂闊さを呪わずにはいられなかった。大戦中何度もジン・シリーズとは戦闘経験があった筈なのに‥‥

やはり半年の間、実戦からの遠のいたブランクが2人の感覚を僅かに鈍らせた。

 

『まだだ! 奴を止めるんだ!』

 

『ダメだ、アキト! もう間にあわねぇ!』

 

通信回線の向こうからアキトとリョーコの叫びが届く。

ジンのジャンプ先はおそらくヒカル機の所、どうやっても今からヒカル機の所へダイマジンより先にたどり着くことは出来ない。

ダイマジンの様子に気づいたヒカルも、逃げだそうと加速をかける。

だが、掌の上に人を乗せた状態では全力で加速するわけにもいかず、一足遅く行く手にボゾンアウトの兆候の光が見える。

 

『こんのぉ~!』

 

ヒカルはそこを突破しようというのか、スピードを落とさない。

だがその時、コハクの頭の中でまた例の声がした。

 

『行ってはダメだ! 巻き込まれる!』

 

「っ!?」

 

もはや突然頭の中に響くあの声に驚くコハクではない。

それよりもさっきの声の言葉の意味が気になり、コハクはヒカルに向かって叫んだ。

 

「ヒカルさん! 止まって! アイツに近づいちゃダメ!」

 

『えぇっ!?』

 

コハクの叫びに、ヒカルは思わずスロットルを緩め、機体を反転させる。

掌の上の2人が悲鳴を上げているようだが、落とすこともなく怪我をした様子もないのでとりあえずヒカルは無視する。

 

『どうしたの、コーくん……!?』

 

ヒカルだけでなく、その場の皆がダイマジンの奇妙な様子に目を奪われていた。

ダイマジンは、ジャンプの開始地点と出現地点の2カ所に、同時に存在していたのである。

 

『な、なんだ!?あれ!? 新しいボゾンジャンプなのか!?』

 

『新手‥じゃないよね?』

 

『どうなっていやがんだよ!?』

 

『……忍者だけに、分身の術じゃないの?』

 

アキト達が狼狽えた様子でそのダイマジンの姿を見つめている。

イズミのギャグも、目の前の怪現象のためかいつも以上に切れがない。

そして2機のダイマジンは混乱しているかのように明滅を繰り返した後、霞のようにふっ、と消えていった。

 

「ボゾンジャンプが過去にずれたのね……」

 

イネスのその呟きは、ダイマジンに気を取られていたナデシコのクルー達には聞こえなかった。

呆然とするナデシコクルー達。

 

「今のは‥一体‥‥?」

 

静寂が再び渓谷内に戻ったと思うや否や、いきなり照明弾がいくつも撃ち出され、昼間のように辺りを照らし始めた。

その正体は、ナデシコクルー達が使っているトレーラーだった。

運転席にアカツキ、隣の席にはプロスペクターとユキナが居た。

そしてトレーラーのコンテナの上にはウリバタケと三郎太が座り込み、せっせと照明弾を打ち上げていた。

 

「「やっほ――――!」」

 

照明弾を打ち上げている2人はなぜか高テンション。

 

「ミナトお姉ちゃん!」

 

「なんか派手にやっているねぇ。ずいぶんと計画と違うけど、ちゃんと人質は救出できたんだろうね?」

 

「ええ、ミナトさんは無事救出できたんですけど‥‥」

 

ジュンがトレーラーのアカツキ達に報告する。

 

「ん?何か問題でも?」

 

「色々ありまして‥‥それより三郎太さんはどうして此処に?」

 

「結局、バレバレでさぁ‥‥」

 

「ここまできて仲間外れはないだろう。オレは正義の味方だって言っているのにさ」

 

ニヤニヤと笑う三郎太、どうやら彼は木連の掲げる正義よりもナデシコ向きの人材だったようである。

もし、彼が地球に生まれていれば、初期の段階でナデシコのメンバーになっていたことだろう。

そして、後にそれは実証される事になる。

彼はこの後、新型のナデシコの副長に就くことになった。

 

「‥‥って、ああなのよ」

 

「ははは‥‥」

 

ジュンは乾いた声で笑うしかなかった。

 

トレーラーから飛び降り、無事だったミナトを見付けたユキナが真っ先に駆け寄り、抱きつくと感極まったように泣き出してしまった。

ミナトに甘えるユキナを見て、ジュンはようやく肩の荷が下りた思いだった。

 

その後、一同はキャンプ地に戻り、事後処理をプロスペクター達に任せて、自分のテントに潜り込んでしまおうとそちらに足を向けたとき、ジュンは後ろから呼び止められた。

 

「アオイさん、ちょっと待って!」

 

「ユキナちゃん?」

 

ほんのさっきまで大泣きしていたユキナは、まだ目の周りを赤く腫らしていた。

だがその顔には晴れ晴れとした笑みが浮かんでおり、ジュンも思わず微笑みを返してしまう。

 

「ミナトおねーちゃんを助けてくれて、ほんとにありがとう!」

 

「いや、僕は自分の責任を……」

 

「これは、お礼ね!」

 

ユキナは一瞬の早業でジュンの頬にキスすると、脱兎のような身のこなしで離れて行った。

そして少し距離を置いたところで振り返ると、

 

「じゃ、おやすみ、ジュンちゃん!」

 

呆然とするジュンに笑みを浮かべながらそう言い残して、向こうに待つミナトの所へと戻っていった。

何をされたのか、何を言われたか把握しきれず、その場に立ちつくすジュンだった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第39話

更新です。


 

 

 

 

 

 

ミナトを無事に救出後、木連の過激派、地球側の過激派の襲撃はなく、何事もなかったかのように、相変わらず火星の荒野を調査団のトレーラー群は極冠へと砂煙を巻き上げてひた走っていた。

ナデシコクルーのトレーラーの運転席には合流したゴートがハンドルを握り、隣にはプロスペクターの姿が見える。

その他のメンバーはコンテナの居住スペースに居た。

 

「ミナトさん。寝ていなくて大丈夫ですか?」

 

救助されたミナトにコハクが訊ねる。

 

「平気、平気。連中、女には優しかったから」

 

「その辺が、いかにも木連らしいよな」

 

『女性は国の宝』をモットーにしている木連のおかげでミナトには傷1つつけなかったどころか、人質である彼女をかなり優遇していたらしい。

 

「しかし、ミナトさんの救出に成功したものの、忍者部隊を1人も捕らえることが出来なかったのは失敗でしたね」

 

ジュンが深刻そうにぽつりとそう漏らした。

 

「仕方ねぇだろ。人命優先だったし、とんだ伏兵まで出てきちまったんだから」

 

ウリバタケが呟く。

 

「みなさん逃げ足だけは早かったですからね」

 

コハクが夕べの地球と木連双方の撤収の早さに感心する。

 

「まっ、敵が最低でも二派いることはわかった。それだけでも上出来じゃないかな」

 

なんでもお気楽というか、ポジティブに考えるアカツキ。

 

「しかし、あの忍者部隊のジン・タイプは、一体どうしたんでしょう? あの後、結局どこかに消えてしまったままですが‥‥」

 

コハクが消えてしまったジン・タイプの行方をイネスに聞いた。

 

「おそらく、時間の環に捕らわれてしまったのよ……」

 

「……時間の環? なんだい?そりゃ?」

 

疑問符を張り付かせたアカツキが尋ねる。

 

「正確なところがわからないからこれは推論に過ぎないけど……まず間違いないわ。えっと……」

 

「……ユキナちゃん、それ、それ持ってきて上げて」

 

「はい、これね。ガラガラガラ……」

 

ウリバタケの声に答えてユキナがぱたぱたと”それ”に近づき、イネスの所へ持って行く。

 

「ありがとう」

 

イネスは、ユキナが運んできたホワイトボードに横線を勢いよく描くと、その線上に点を左からA、B、C、と打っていった。

 

「この横線は時間の流れを表し、左側を時間の”上流”、右側を”下流”とします。時間は左から右に流れ、点A、B、Cをそれぞれ時刻A、時刻B、時刻Cとします。さて、今回の問題は、時刻Cへとジャンプしたはずの誘拐犯のジン・タイプが、時間をさかのぼったそれより前の時刻Aへと出現してしまったことによって発生したものと思われます」

 

お得意の講義口調を披露するイネス。

そこにジュンがはい、と手を挙げる。

 

「そのせいで、一瞬だけジン・タイプが2機現れたんですか?」

 

「その通り」

 

「原因は、やっぱ例のあれかい?ボソンジャンプのズレってやつ?」

 

「そう、ナデシコの場合は時間が遅れる。つまり時間の流れを下る形でズレが現れたけど、あのジン・タイプは時間の流れを遡る形でズレたんでしょう」

 

恐る恐る質問するウリバタケにイネスはきっぱりと答える。

そしてそのままイネスの講義は続く。

 

「さて、ここからは推測が入るのですが、我々以上に、もう1機のジンの出現に驚いた誘拐犯は、途中、つまり時刻Bでボソンジャンプを中止したものと思われます」

 

「なら、何で元々の位置にいた機体まで消えちまったんだ? ジャンプを中止したんなら最初の機体はそのままなんじゃないか?」

 

「ここでタイムパラドックスが発生したのよ」

 

ふとした疑問を口にしたウリバタケに、イネスがつっこんだ。

口調は変わっていないが、目が楽しそうにきらきらとしているところがイネスの興奮を表している。

 

「つまり、時刻Bでジャンプを中止したために、ジンが時刻Cにジャンプし、過去にさかのぼって時刻Aに第二の機体が出現することもなくなったわけでしょう?」

 

「……そりゃ、そうだわな」

 

「ということは、時刻Bでジャンプを中止する理由もなくなるでしょうが」

 

ウリバタケとイネスの問答は続く。そしてそこにジュンが口を挟んできた。

 

「ということは、結局あのジンはボソンジャンプを実行して……?」

 

「そう、再び時刻Cに向けてボソンジャンプを実行し、時をさかのぼって時刻Aに第二の機体が出現し……」

 

「それに驚いて時刻Bにジャンプを中止する……なるほどね」

 

それまで黙っていたアカツキが、納得した様子で1つ頷く。

 

「そして、またまた時刻Aには第二の機体が出現しなくなるから結局時刻Cに向けてジャンプを実行してしまう。……とまあ、こんなふうにあのジンは時刻AからCの間で無限ループを繰り返していると思われるわ」

 

ぽん、ぽん、ぽん、とイネスは線上の点A、B、Cを軽く叩いていく。

 

「それじゃあ、あんとき機体が2機ともどっかに消えちまったのはどういうことなんだ?」

 

再びウリバタケが疑問を口にする。

イネスは肩をすくめると、簡単だと言わんばかりに語った。

 

「……あのジンは、時刻AからCの間で無限ループに陥っているんだから、それ以降の時間線上には存在していないの。従って、時刻Cを通過してしまった我々の目の前から消えてしまった……そういう訳‥‥」

 

「悲惨な末路だな。永遠のループの中で出ることも許されず‥とはね‥‥」

 

「最も巻き込まれた当の本人は自分自身の身に何が起こっているのか、気づいてないでしょうけどね」

 

ジンのパイロットを哀れむようにアカツキは軽くため息をついた。

 

「それじゃもしあの時、ヒカルちゃんのエステバリスがジン・タイプに接触していたら……」

 

「ボソンジャンプに巻き込まれて一緒に時間のループに落ち込んでいたでしょうね、貴方達もろとも。もし、コハクちゃんが止めてくれなかったら大変だったわ。彼女の判断に感謝しときなさい」

 

もしかしたら自分も辿っていたかもしれない可能性に今更ながら青ざめてしまうジュンだった。

 

 

調査団一行のキャラバンは、夕日を浴びながら、遺跡に向かって走っている。

それからは何事もなく時が過ぎ、ついに一行は無事に火星の極冠遺跡に到着した。

いくつもの謎を抱え、それが解けるのを期待しながら‥‥‥。

地上から地下深くに存在する遺跡内部に高価な研究用機材が次々と運び込まれてゆく中、イネスの指示の元、そのセッティングをしている男性ナデシコクルー。

遺跡に到着するなり、イネスは間髪を入れずに不眠不休で調査を始めている。

男性クルー達は、訳も分からず、とにかくその手伝いで右往左往するばかりである。

バテた顔で、テントの椅子に座る男性クルー達。

 

「あぁー、こんなんだったら僕も警備のほうに回っときゃよかった」

 

アカツキが疲れた顔をして言った。

おそらく肉体労働なんて久々だったのだろう。

ちなみに、警備に回っているのはエステバリスのパイロットであり、かつ自分の機体があるアキト、リョーコ、ヒカル、イズミと木連側のジン・タイプの機体。

そしてその他の警備班をまとめているゴートとジュンである。

彼らは、遺跡の地上部とその周辺の警戒に当たっている。

 

「しかし、イネス先生はタフですなぁ」

 

プロスペクターが感心した口調で呟く。

労働量はともかく、彼もアカツキと共に働いたはずなのにそれほど疲れを見せていない。

 

「もう3日も寝てないんだぜ。バケモンだよ、バケモン」

 

ウリバタケもそれほど疲れた様子は見せていない。

こちらは力仕事よりも機材の調整にかり出されていたために、慣れている仕事ということもあってそれほど苦にならなかったのだろう。

しかし、3日間貫徹のイネスには驚いている。

そしてその3人が見る視線の先には、遺跡中枢部に据え付けられた研究用機材の山の中で、文字通り不眠不休で調査に当たっているイネスの姿が見えた。

 

「皆さん、どうぞお茶です」

 

コハクが休憩しているアカツキ達に労いのお茶を配る。

 

「そういえば、1つ気になっていたんですけど‥‥」

 

「何だぁ?」

 

お茶を配り終えたコハクが気になったことを聞く。

 

「……イネス先生のプレート、あれの再生方法が分かっても、中身の解読が出来なきゃ仕方がないんじゃないですか? たった10日じゃ、とても無理なんじゃ……?」

 

「ああ、それなら問題ないみたいだぜ。何でもメッセージは、テレパシーみたいな形で伝達されるから、再生さえ出来りゃあその内容がイネスさんに理解できる形で伝わるんだそうだ」

 

「……?」

 

ウリバタケがイネスから聞いたとおぼしき知識を披露する。

 

「テレパシー‥‥ですか」

 

「パイロットの皆さんが使用しているIFSとは違うのですかな?」

 

プロスペクターもテレパシーと聞き、それに近いIFSとどう違うのかを聞く。

その疑問にはイネスにある程度の説明を聞いたらしいアカツキが答える。

 

「そう、火星古代人が使っていたインターフェイスらしくてね、僕らが使っているIFS、あれを更に洗練したようなもの‥らしいよ。IFSは体内に注入されたナノマシンを介して脳とコンピュータをダイレクトに繋いで情報の伝達を行うわけだけど、古代火星人が使っていた方法はナノマシンのような物理的なインターフェイスを必要としないらしい」

 

「と言うと?」

 

アカツキの後を受けて、ウリバタケが説明を続ける。

 

「何の物理的な接触もなしに、直接イメージをやりとりできるらしいんだ。ところが俺達の科学力じゃあどういう仕組みかさっぱり理解できねぇんで、テレパシーみたいな、としか言いようがないんだってよ」

 

「もっとも、それをきちんとやりとりできるのは、木連の優人部隊の連中か、アキト君や艦長、それにイネスさんや君のような火星生まれの人間だけらしいけどね」

 

「なるほど。有人ボソンジャンプの件ですな」

 

「テレパシーはわかりましたけど、何で優人部隊と火星生まれの人間だけなんですか?やっぱりナノマシンが関係しているんでしょうか?」

 

火星生まれの人間は、遺跡の影響を受けたナノマシンによって遺伝子構造を変えられ、生体ボソンジャンプが可能となった、という以前エリナから聞いた説明がふと脳裏を横切る。

 

「その通り。ジャンプの際、遺跡はジャンプの当事者の思考に従ってジャンプを行おうとする。ところが、古代火星人の思考と人間の思考は全然違うものらしくてね」

 

「ジャンプしようとすると、遺跡は上手く人間の思考を翻訳することが出来ず、ジャンプに入った人間は……」

 

「どっかーん、といっちゃう訳さ」

 

身振り手振りを交えて説明するアカツキとウリバタケ。

更にプロスペクターが説明を続ける。

 

「木連の皆さんは有人ボソンジャンプを可能とするため、人間の思考パターンを遺跡が理解できるようなものへと変更できるように、遺伝子改造によって脳に新たな機能を与えた優人部隊を作ったわけです」

 

「で、アキトさんやユリカさん火星生まれの人間は、胎児の頃に受けたナノマシンの影響で遺跡との間のインターフェイス機能を産まれながらに持っている、と‥‥」

 

「そう言うこと。だから再生さえ出来りゃあ、その内容はイネスさんにわかる形で伝わるはずなんだよな」

 

そう締めくくったウリバタケの表情には、何かを期待するような色があった。やはり技術者として、未知の技術に触れていることに興奮を覚えているのだろう。

だがそんなウリバタケとは対照的に、アカツキは今にも重いため息をつきそうな顔をしていた。

 

「まっ、僕はそんなことよりさっさとボソンジャンプのズレの原因を解明して欲しいね」

 

その一言に、その場の一同のガックリとトーンを落として顔を突き合わせた。

 

「……あれさー、やっぱ俺達が遺跡のコアを放り出しちゃったからなんじゃないの?」

 

「そーゆーことは思っても口に出さないもんだよ、ウリバタケ君!」

 

「……一応イネスさんの説明では、遺跡のコアの内部は時間と空間の概念を超越しているので切り離しても問題はないということでしたが……」

 

「……でもよ、まだ他にはばれてないようだけど、変な時間のずれはあれ以来大きくなっているんだろう? となると、これはどう考えても……」

 

「言うな! そんなことまで僕らの責任ってことになってみろ、それこそ旧ナデシコのクルーは太陽系に居場所が無くなっちゃうよ」

 

アカツキ達の会話は更に深刻さを増していく。

 

「イネスさんの調査で別の原因が判明することに期待するしかないですね」

 

その時、遺跡の内部が至る所で発光し始めた。

そして奥の中枢部から、細く、甲高い女性の悲鳴が聞こえてくる。

 

「今の……」

 

「イネス先生の声だ!」

 

「君たち、行くぞ!」

 

4人は立ち上がると、風を巻くような勢いで走り出した。

 

遺跡の壁面はやはり輝いている。

中核エリアといわれ、かつてコアが設置されていた場所だったのだが、今はそこに調査用の機材がごてごてと設置され、それらを繋ぐケーブルが床を埋め尽くす蛇のようにそこら中にのたくっている。

そしてその機材の1つの影、そこに立っているイネスの姿が、遺跡の内部を満たそうとしているものと同じ色の光に包まれている。その瞳は焦点を失い、ほどけた髪が風に舞うように緩やかに波打っている。

アカツキ達4人が駆けつけたのは、そんなイネスをミナト、ユキナ、三郎太がどうしたものかと途方に暮れて見守っていたときだった。

 

「何事です?」

 

「わかんないのよ。イネスさんがプレートの差込口を見付けた、とか言って……」

 

その場の光景に唖然としてしまっている他の三人と比べ、真っ先に立ち直ったプロスがミナトに尋ねる。だが、ミナトはその言葉通りに困惑した視線を返すばかりだった。

 

「先生がプレートを差し込んだとたん、この始末だ。何を言っても反応してくれない」

 

三郎太も冷静に状況を見ているようだが、打つ手がまるでわからずに戸惑うばかりだった。

 

「ユキナちゃん! プレートを抜き取るんだ!」

 

「あっ、はい! えっと、ごそごそ……」

 

次に立ち直ったアカツキが、イネスのすぐ側にいたユキナに指示を飛ばす。その声に、ユキナは弾かれたように床から突き出た遺跡の柱――コンソールのようにも見える――その1つに近づくと、そこを探り始めた。

 

「えーっと、確かこの辺に……ごそごそごそ……」

 

「待って!」

 

だがその時、棒立ちになって呼びかけにもなんの反応も見せなかったはずのイネスの制止の声が響いた。

見れば、イネスを取り巻いていた光は遺跡内部の光と共に徐々に薄くなって消えて行き、風もないのに波打ち、逆立っていた髪は動きを止めている。

 

「……驚かせてごめんなさいね。急にメッセージの再生が始まったもんだから、驚いちゃって」

 

それまでのことがなんでもなかったようにあっさりと流すイネス。

だがプロスペクターは納得できなかったのか、難しい顔つきをしていた。

 

「ですがあの悲鳴、どうもかなりキョーレツな機械のようですなぁ」

 

「ええ、もう臨場感抜群。バーチャルルームが大昔のTVくらいに思える程ね」

 

「ローコストで大量生産できりゃ、ボロ儲けできそう」

 

皆を安心させるかのように軽口を叩くイネスに、商売人らしい軽口を返すアカツキ。

やがて遺跡の発光も完全に治まると、柱からプレートがせり出し、ユキナの手の中へと落ちた。

 

「あれれ? 勝手に出てきた?」

 

そしてようやく完全に元に戻ったらしいイネスが乱れた髪をまとめながら、コハクに尋ねた。

 

「コハクちゃん。今、何時かしら?」

 

「えっ?」

 

イネスに言われコミュニケを見るコハク。

 

「太陽系標準時ですか?それとも火星標準時ですか?」

 

「どっちでもいいから」

 

「太陽系標準時で00:33です」

 

唐突な質問に困惑しながらも、コハクはコミュニケに表示された時間を見て素直に答える。

 

「しまった。もう始まっちゃうわね……もう少し早く分かれば良かったんだけど……」

 

「なんのことだよ、イネスさん?」

 

「あのプレートはね、今日、これから起こることを予告してくれていたものだったのよ。本当ならあの時、1年以上余裕を持って予告してくれていたのに、事の起こる直前まで私達はそれを知ることが出来なかったなんて……」

 

「イネス先生、自分だけで納得してないで僕たちにも教えてくれないかな? これから何が起こるんだい?」

 

1人ブツブツと何事か呟いているイネスに、ウリバタケとアカツキが疑問の声を投げかける。

だが、それはその場にいる全員の意見だったろう。

 

「とても素晴らしいことよ」

 

イネスは静かに微笑みながら答えた。

イネスが謎めいたことを静かに微笑んで言った時、それが引き金か合言葉だったかのように突然遺跡が震え始めた。

それと同時に、一度は治まったはずの内部の発光が再び始まる。

 

「イネスさん一体何が起ころうとしているんです?」

 

コハクが尋ねてもイネスは微笑んでいるだけであった。

イネスの謎めいた言葉ともに突如遺跡が振動し、再び遺跡内部が発光しだす。

 

「ゆ、揺れている――――!?」

 

「ん?な、なんか段々せりあがっていってない?」

 

突然の揺れにしゃがみ込むユキナ。

揺れはますます大きくなり、床の上昇も、もうその場の全員が確認できるほどにはっきりとした動きになっている。

バランスに自信のある者もない者も1人を除いて床に片膝ついて、これからどうなるのか固唾をのんで待ち受けている。

ユキナとミナトが互いを支え合い、コハクは羽根を生やして床から僅かの高さで宙に浮き、イネスは揺れの中でも慌てることなくじっと立ち尽くし、男達は身構えるようにただ待っていた。

だがその時、何が起こるかをイネス以外の者が把握する前に、プロスペクターのコミュニケが開いて、珍しく泡を食ったように慌てた。

コミュニケの通信回線を開くと空間ウィンドウにいかついゴートの顔が現れた。

 

『どうした! 一体、何が起こっているのだ!?』

 

「いや、私達にもはっきりしたことは言えないのですが、どうやら遺跡が床ごと上昇しているようでして……」

 

『最下層部の床が上昇しているだと!?』

 

「そっちは何か変わったことはないのかい!?」

 

2人の会話にアカツキが割り込んだ。

 

『遺跡上層部を幾重にも防護していたディストーションフィールドが次々に解除されていっています。とりあえず、我々警備班は地上部を放棄して遺跡の外へと退避中です』

 

ゴートの報告にアカツキが驚きを隠せない表情で黙り込んだ。

何と言っても、この遺跡のディストーションフィールドにはさんざん手を焼かされた彼とネルガルである、胸中には複雑なものがあるのだろう。

そしてそのアカツキの後ろから、イネスがゴートに告げた。

 

「賢明な処置ね。もうすぐこの遺跡の最下層部が地上に出ます。それまで、遺跡の外で待っていてください。遺跡の外には、全く影響がないはずだから安全よ」

 

『なんだって!? ドクター、それはどういうことだ!』

 

「黙って見ていなさい。お楽しみはまだまだこれからよ」

 

やがて全てのフィールドが解除されドーム状の建造物が地上にその姿を全て現すと、今度はドームの屋根が四方に開き始めた。

ドームの地上部付近にまだ上昇によって巻き起こされた土煙が舞っている中、天井はゆっくりと開き、内部に太陽光を招き入れる。

4つに別れた天井は淀みなくスムーズに開いていき、ほんの僅かの間に内部の全てを陽光の下にさらけ出した。

それはまさに天候型ドームのようでもあった。そしてその中では、遺跡外部にいた面々と同様に、ナデシコのクルー達が目の前で繰り広げられるその壮大な光景を呆気にとられながら眺めていた。

 

「お外だ……」

 

「……あの深さを、一気に上ってきたってのかよ!?」

 

ウリバタケとユキナが何とか言葉を絞り出すが、その他の面々は、イネス以外は声も出ないと言う状況らしい。

そしてようやく遺跡天井部の開放が終わったとき、遺跡内部の発光もまた、始まったとき同様唐突に消えた。

 

「……イネスさん、まさかこれで終わりって訳じゃないよね?」

 

アカツキもようやくそれだけセリフを絞り出す。まだその口調は驚愕のためか、いつもの調子が戻っていない。

だがイネスは平然と、楽しそうとすら思える口調で答えた。

 

「ええ、メインディッシュはこれからよ」

 

「これで前菜ですか?となると、メインディッシュがどれだけ凄いものか、ちょっとワクワクしますね」

 

コハクも興味ありげに笑みを浮かべながら言う。

と、そのとき遺跡の外から銃撃戦の音が聞こえ、一同は一斉に外を見た。

 

「こんなときにまたかよ」

 

三郎太が呆れながら言う。

 

「今度はどっちだ?地球側か?木連側か?精がでるねぇ」

 

ウリバタケがいつもの調子で襲撃してきた側の確認をする。

遺跡周辺ではキャラバンを包囲し攻撃を繰り返す月面エステバリス十数機の姿が確認できた。

 

「地球側ね……」

 

『……どうやら遺跡の謎の解明が進んでいるようですな、フレサンジュ博士。無駄な抵抗は止め、全てを我々に引き渡していただきたい。我々は地球のため、ひいては正義のために行動しているのだ、そこの所を良く理解していただきたい』

 

もはや聞き慣れた感すらある声が、イネスの呟きに答えたようにコミュニケに割り込んでくる。

被弾し、倒れていく警備班のエステバリスやジン・タイプを後目に左右に散会して敵の包囲網を切り込んでいくアキトの月面フレームとリョーコ達の陸戦エステバリス3機。

 

『なぁに勝手なことほざいてやがる!!』

 

『貴様らの何が正義だ! 遺跡の秘密を手に入れて、また木連と戦争を始めようって腹だろう!?そんな連中に、イネスさんは渡さない!!』

 

『そーだ そーだ!』

 

『舵を取る……操舵‥‥』

 

敵をかき回すことには成功したアキト達だったが、さすがに一息に勝負を決めることは出来なかった。

敵はバッタやジョロではなく、エステバリスを使っている。

互角の機体性能と3倍以上の数が相手では、押されることはないまでも、押し切ることは難しいようだ。

その様子は、とりあえず地上に残ったゴート達と合流したアカツキ達からもよく見えた。

 

「ちょいと戦力差があるみたいだな。僕もテンカワ君達を助けに行くか」

 

「そうですね」

 

「でも、どうやって? 機体が無ければ何もできませんよ」

 

アカツキの言葉に三郎太が真っ先に賛成したが、ジュンが根本的な疑問を口にする。確かに、彼らの武装らしい武装は、アキト達のエステバリス以外は護身用スタンガンや拳銃ぐらいのものしかない。

そんなものでエステバリスを倒す事は不可能だ。

 

「心配ご無用!こんなこともあろうかと、ちゃんとパイロットの人数分、機体は用意してあるのよ! ちょちょいと、なっ‥‥」

 

ウリバタケが言葉と共にコミュニケに何事か打ち込むと、キャラバン内に駐車しておいたはずのトレーラーが突然独りでに動き出した。

動き出したトレーラーはまるで立体キューブパズルを目にも止まぬ早さで展開するかのごとく、あっという間に空戦型のエステバリスに変形してしまった。

変形したトレーラーは遺跡の中に飛び込み、アカツキ達のそばに着地した。

 

「見たか。”完全変形トレーラーバリス”!!」

 

「ウリピー。いくらなんでも、それはないんじゃない?」

 

「乗っても大丈夫なの、アレ?」

 

ミナトとユキナはトレーラーバリスにあからさまな不審の目を向ける。

だが、ウリバタケはそんな疑いはどこ吹く風、とばかりに説明を始める。

 

「バカ言え。俺様の作ったものに何の問題があろうや。ただし、IFS対応じゃないんで、手動で操縦しないといけないけどな」

 

「でもさ、なんで3機なの?」

 

「ほんとはトレーラー全部を改造したかったんだが、製作時間の関係上、3機が限界だったんだ」

 

時間の都合上でも3機も作れたのだから十分に凄い。

 

「……でも、これでみんなを助けに行けますね!」

 

それまで呆れ返っていたためか、反応の鈍かったジュンがようやく復活し、ウリバタケとユキナの会話に割り込んだ。

 

「じゃあ、一丁行きますか!」

 

「上も本格的に苦戦しているようだし、ね」

 

そのジュンに続いて、三郎太とアカツキがトレーラーバリスへと向かう。

 

「あれ? でもジュンちゃん、あれの操縦なんか出来るの? アカツキさんと高杉さんは大丈夫だろうけど」

 

ユキナはロボットを操縦しているジュンの姿が想像できないのか?首を傾げながら、ウリバタケに問う。

彼女がナデシコにいる時、ジュンはエステバリスに乗っていた姿を見た事がなかったから、疑問に思うのも当然なのかもしれない。

 

「心配ご無用だって! ジュンの奴は士官学校出ているんだから機動兵器の操縦もできるはずだ!」

 

そんなユキナにウリバタケは心配無用だと言う。

確かにジュンは士官学校卒でナデシコが地球を初めて出る時もデルフィニュウムを操縦している経験がある。

 

「おーい、お前ら聞いているかぁ! さっきも言った通りにそれのサポートシステムは万全だから、お前らは大まかな操作をすりゃいい! 後は機械がやってくれるぞ!」

 

ウリバタケはコミュニケでトレーラーバリスに乗ったパイロット達にトレーラーバリスの説明をする。それに応じて、トレーラーバリスからそれぞれの返事が返ってくる。

そしてパイロットを乗せた3機のトレーラーバリスは、一斉に飛び立ち、激戦の中へと飛び込んでいった。

 

『やぁ、お待たせ。苦労しているみたいだね?』

 

『おいしいところ、残しといてくれたかい?』

 

『助けに来たよ!』

 

見慣れない機体の乱入に驚いていたアキト達に、アカツキ、三郎太、ジュンの3人が通信を送ってくる。

 

『援軍か!助かるぜ!』

 

心強い援軍にリョーコが歓声を上げる。

アカツキ達の参加によって、状況は好転した。

たった3機の援軍だったが、その3機の参加で包囲される可能性がほぼゼロとなり、さらに自由な機動が可能になったのである。

 

『おのれぇ! 正義を理解しない馬鹿者共め!』

 

敵部隊の指揮官らしい怒声が響きわたる。

そしてその声が響く中、1機また1機、地球の過激派の月面フレームがスラスターを破壊されて火星の大地に落ちていった。

戦いが変化し、一気に押し返せるかに見えた。

だが、地球側の過激派、ナデシコクルー両者が混戦状態の中、彼らに向かって、別の方角からミサイルの雨が降り注いだ。

ミサイルの飛来方向から今度はジン・タイプの大部隊が現れた。

 

『待て、待て、待てーい! 人類の至宝とも言うべき”都市”の遺跡を、貴様らのような輩に渡すわけには断じていかぁーん! あれは、我々のような選ばれた者が管理することが、人類全体のためなのだぁ!』

 

「今度は木連の過激派か‥‥しかしなんとも悪役らしい、ありきたりなセリフだな」

 

アカツキがやれやれといった様子で木連の過激派が乗ったジン・タイプの部隊を見ながら言う。

 

「あっ‥いや、我が同胞ながら、お恥ずかしい‥‥」

 

恐縮した三郎太が頭を下げる。

 

「しかし、更にあの連中まで相手にするのは、さすがに辛いですね」

 

アキト達ナデシコクルーのエステバリス隊はほとんど無傷だが、このままの戦力で新手のジン部隊を相手にするのは物理的に難しい。

そんな絶望的な状況の中、

 

『おっまかせー!』

 

突如この場に居ない筈のユリカの声が遺跡の周辺にこだました。

 




ではまた次回。


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第40話

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

雲の上から突然ユリカの声がしたと思ったら、木連過激派のジン・タイプ部隊の手前の大地に割り込むようにグラビティーブラストが降りそそぎ、雪原の一部を一瞬で消滅させた。

その一撃を受け、木連過激派のジン・タイプ部隊の動きがピタッと止まる。

そして空に広がる雲の間をぬって姿を現すナデシコ。

その姿は太陽に狭まれ、逆光気味でシルエットしかわからないが、ナデシコの象徴カラーであるホワイトボディだけは確認できる。

 

『みなさーん! すぐに喧嘩を止めないとぉ、きっつーいお仕置きですよー♪』

 

そしてナデシコから、この場に全く似つかわしくない、浮かれたようなユリカの声が辺りに響きわたる。

先程のグラビティーブラストはあくまでも警告であり、これ以上戦闘を繰り返すのであれば、容赦なく撃ち込むぞとユリカは警告する。

 

「艦長、はしゃぎすぎです」

 

高テンションのユリカに対して冷静に突っ込むルリ。

通信担当を務めるメグミが何か気づいたようにコンソールに向かう。

 

「艦長、盛り上がっているところですけど、敵の皆さんから通信が入ってきましたよ」

 

「ほいほい。メグちゃん、通信をこっちに回して」

 

開いた空間ウィンドウには木連の忍者の姿があった。

仮面に隠れて表情はわからないが、肩を震わせている様子から怒っているのは間違いないだろう。

 

『どういうつもりだ、貴様ら!?火星大気圏内での宇宙戦艦の使用は、木連・地球両陣営ともに禁止されておるんだぞ!!』

 

次いで開いたウィンドウには、地球側の過激派グループの姿が映っている。

こちらはフルフェイスのヘルメットを被っており素顔は見えないが、

 

『卑劣な! 貴様らはそうまでして遺跡の秘密を独占したいのか!?』

 

地球側、木連側どちらも顔は見えないが、きっと顔を赤くし、頭から湯気を吹き出しそうな勢いで怒鳴っている。

その様子を、ルリとメグミは冷めた視線で見つめていた。

 

「皆さん、自分のことは棚に上げて言いたい放題。おまけに頭に血が上って論旨がめちゃくちゃですね」

 

「言えている。宇宙船使わなきゃ、何してもいいとでも思っているのかしら?」

 

「まぁまぁ、メグちゃん。それより、こっちの回線も開けて」

 

メグミを宥めながら両陣営の過激派連中に通信回線を開くように頼むユリカ。

 

「はい、どうぞ」

 

メグミが両陣営に通信回線を開くと、

 

「どもどもぉ~ナデシコ艦長のミスマル・ユリカ、只今絶賛婚約中でーすぅ!!」

 

ユリカは暴走組の指揮官らしき人物達に説明を始めた。

 

「お2人の言い分はわかんなくもないんですけど、うちって民間の船なので、地球軍と木連軍の停戦条約とは無関係なんですよねぇ~そんなわけだから、攻撃を止めないとバンバン攻撃しちゃうつもりなんで、さっさと降伏してくださいね」

 

ナデシコを見上げる一同。

 

「おいおい」

 

「ユリカ~‥‥」

 

と、その時全員のコミュニケにイネスの映像が割って入ってきた。

遺跡付近にいる全ての者に対して公開通信モードのため、遺跡中のあちこちにイネスの姿が映る空間ウィンドウが乱入する。

 

「はいはい。茶番はそこまで!」

 

ナデシコの出現とイネスの突然の乱入により、戦場と化した遺跡周辺は、水を打ったように静まり返った。

 

『いい、これから太陽系規模の歴史的事件が起こるわ。それこそ地球だ、木連だ、火星だなんて言っているのが恥ずかしくなるくらいの大事件がね。私が過去の自分からもらったプレートには、今日これからこのことが起こることを私達人類に伝えるメッセージがこめられていたの。だから、くだらない忍者ごっこや戦争ごっこは止めて、こちらに注目!』

 

そしてコミュニケの空間ウィンドウが、極彩色の画面に切り替わった。

次いで、場違いなファンファーレの音が聴こえてくる。

 

”イネス先生のなぜなにナデシコ・特別編”

 

……ナデシコのクルーを除く、その場の全員が今度こそ完全に動きを止めた。

どうやら呆れて口も利けなくなったらしい。

 

『古代火星文明……今まで私達はこの遺跡をそう呼んできたけど、それでは古代火星人とはいかなる生命体だったのか、プロスさん、貴方はどのくらい知っているの?』

 

『そうですなぁ……』

 

突然のイネスからの指名に、プロスペクターは顎に手を当てて考える。

 

『今回はバカうさぎもガキおねーさんもいないから、貴方達に頑張ってもらうわよ』

 

「ガキ‥おねーさん‥‥」

 

ガキ扱いされたルリが少々険悪な反応を見せたが、イネスは無視を決め込んでいる。

もう1人のバカうさぎ扱いされたユリカは、気にとめた様子もなくあっけらかんとしている。

本人が認識していない可能性もかなり高いが、「バカうさぎって誰のことだろう?」と聞いてこないのが第三者にとっては救いである。

バカうさぎとガキおねーさん、本人達の反応を無視し、イネスは蕩々と流れるように説明を始めた。

古代火星文明の遺跡その他の出土品から、古代火星人達が酸素呼吸生命体でないことから、太陽系で進化した生命体ではなく、他の場所からやってきた者であるらしいこと。

火星と木星の遺跡の年代を考えると、彼らは太陽系外からまず木星に飛来し、それから火星にやってきたらしいこと。

 

『それじゃあ、古代火星人達は、どっかべつの太陽系から、ボソンジャンプで木星にやってきたって言うのかよ?』

 

ウリバタケがふと疑問を口にする。

 

『というわけにも行かないのよ……ボソンジャンプはチューリップからチューリップに向かって行うか、ジャンプをコントロールしている者がイメージしている場所にしか行くことが出来ない。この時イメージングが曖昧だと、ナデシコみたいに火星から地球まで八ヶ月もかかったり、アキト君みたいに2週間前に出ちゃったりする訳ね』

 

『あっちゃ~それでかぁ~……』

 

アキトが何事か呟いた。

過去の失敗の事を思い出しているのだろう。

 

『だから彼らは、まず目的地に向けて亜光速で進む無人艦隊を送り込み、資源のある惑星に辿り着いたところで工場を建設、居住可能な惑星に都市と大規模なボソンジャンプの制御装置を作り上げてから移住を行う……というわけ』

 

『だけど、そりゃずいぶんと気の長い話だねぇ……』

 

ウリバタケがまた呟いた。

まぁ、当然の感想だろう、亜光速の無人艦隊とは言え、恒星系から恒星系を渡ることには非常に長い時間がかかる。

この方法では、無人艦隊が目的を達するまでに何百年かかるかわからないのだから。

 

「古代火星人は、ものすごーい長生きだとか?」

 

『非常に良い疑問だわね、ウリバタケ君、ユキナちゃん。でも、彼らはここでボソンジャンプの特性を利用しているのよ。ボソンジャンプは空間移動であると同時に時間移動……。目的地の準備が整うまでの時間を予測して、未来に向かってジャンプすれば、本人達は一切年をとらずに目的地に到達できるのよ』

 

イネスの説明は続く。

だがそこで、話を聞き飽きたらしいユリカが割り込んだ。

 

「イネスさーん! 本題はまだですか~? 大事件って、いつ起こるの~?」

 

『相変わらず鈍い娘ね。じゃあ、貴女に聞くけど、これだけ高度な文明を築き上げた彼らが、どうして今じゃ幾つかの遺跡を残しただけで影も形もなくなっなっちゃったの?』

 

説明の邪魔をされたイネスは剣呑な目つきでユリカに質問した。

ユリカは真剣な、と言うには緊張感のない顔で考え始める。

 

「え、えーと、えーと……。どっかにいなくなっちゃったから!」

 

「艦長~」

 

「それじゃ、そのまんまでしょうが……」

 

そして導き出された回答に脱力するメグミとエリナだったが、質問者のイネスだけは呆れたような表情で手を叩いた。

 

『はい、正解。相変わらずおバカな癖に妙にさえているわね、艦長』

 

「えぇー!?」

 

「あぁ、そっか。また同じようにジャンプして別の星系に行っちゃったんだ」

 

ミナトが、得心がいったように呟いた。

 

『そう、プレートのメッセージによると、私達の太陽系は、彼らの本来の目的地に向かうための休憩所のような物だったの‥‥そして彼らは、また次の休憩所に向かって無人艦隊を送り出し、準備が出来た頃合いを見計らって、未来に向かってボソンジャンプしたのよ。そのジャンプした日、いえ、する日が、今日……』

 

イネスは、言葉と共に頭上を振り仰ぎ、小さな笑みを浮かべた。

彼女のその仕草につられるように、全員が雲一つない火星の空を見上げた。

その彼らの視線の先で、文字通り空が開いた。

晴れ渡った空に突如放電が走り、雲が割け、風が巻き起こると、空に突然ぽっかりと、一切の光を吸収するブラックホールのような、漆黒の穴が開いたのだ。

 

「なるほど。つまり、その大ボソンジャンプで過去から古代火星人たちがここにやってくるわけですか?」

 

「「「「えぇぇぇ―――――!?」」」」

 

「そうよ。そして、ここから別の太陽系へとジャンプするためにね」

 

「……何か……見えるよ?」

 

「ありゃあ……」

 

「宇宙船?」

 

やがて、漆黒の”穴”に変化が現れた。目敏くそれに気づいたユキナの声に反応して、隣に立っていたウリバタケとミナトが空中に空いた”穴”を改めて注視する。

穴の向こう側に、まだテラーフォーミングされる前の昔の赤い火星の姿が見え、中から1隻、また1隻と古代火星人が乗る宇宙船がゆっくりと姿を現す。

円盤形に見えるその物体は、20世紀代の表現を借りれば、いわゆるUFOと呼ばれる類のものだった。

古代火星人の船団は次々と”穴”を通ってやって来る。 

やがて、後続の船がいなくなると、”穴”は消えようとせず、再び漆黒のものへと姿を変えた。

空を埋め尽くす円盤の群れ、その圧倒的な光景はアメリカが作る宇宙からの侵略者映画の場面のようで見る者の心に畏怖すら呼び起こさせる。

 

「……そろそろ、何かアクションがあっても良いはずなんだけど……?」

 

性格はともかく、ボソンジャンプに関しては一流の科学者であるイネスを完全に信頼しているナデシコのクルー達は、圧倒されつつも冷静にその光景を眺めていた。

だが、ナデシコのクルー達以外はそうはいかなかったらしい。

あまりの出来事に正常な判断力を失い、恐怖のあまりにそれらに武器を向けようとする者は多かった。

すると、一番大きな円盤から女の人の声が聞こえた。

”皆さん、落ち着いて下さい……私達は皆さんに危害を加えるつもりはありませ‥‥私達は時代に向けての時空跳躍を行おうとしていた際、あなた方人類が私達の残した装置を使って不完全な時空跳躍を繰り返し、小規模なタイムパラドックスを引き起こしては時空連続体にダメージを与えていることを知り、あなた方への注意と、私達の接近を知らせるための、我々へのメッセージを送りました。”

 

「メッセージ?それって‥‥」

 

古代火星人説明を聞き、一同の視線がイネスに向けられる。

 

“私達はもっとも確実な方法として、私と同様に時空跳躍に巻き込まれた少女にメッセージを記録したプレートを託したのですが、今の様子では、上手くいかなかったようですね……。ともあれ、私達はこれからすぐに別の星系へと旅立っていきます。私達が去った後、残った装置は我々の自由にして構いません。しかし、今回の大跳躍の前後数年は、その影響で跳躍に誤差が生じるのでご注意を‥‥”

 

「この間からのジャンプのずれや実験の失敗は、それが原因だったのね……」

 

「前後数年って……今頃そんなこと言わないで欲しいわね……」

 

呆れたように、どこかほっとしたようにエリナは言った。

だが、イネスの口調はどこか悔しげだった。

研究者としてジャンプのズレの原因を自分で突き止めることが出来なかったことが悔しかったのかも知れない。

 

「よかったぁ~! 俺達のせいじゃなくて、ほんと~によかったぁ~!」

 

「……これで賠償金の必要はありませんな。やれやれ」

 

対してウリバタケとプロスペクターのリアクションは非常に分かりやすかった。

それぞれの反応を示す彼らの目の前で、空に開いたままの”穴”が、また変化を見せた。

今度は古代の火星ではなく、緑の草のような物に覆われた。

どこかの星の大草原のような景色が見える。

古代火星人達の宇宙船は、1隻、また1隻とその光景に向かってジャンプしていく。

そして、最後の1隻がジャンプにはいる前に再び古代火星人が忠告を発した。

 

“制御装置は、未来に向かって使用することは構いませんが、過去にさかのぼる方向には使用しないこと。それから、今回開けた跳躍門は、銀河系内に存在する他の全ての門に向かって跳躍可能ですが、銀河系内に存在する数百を越える知的生命体の中には粗暴な者も多いので、接触には細心の注意を払ってください”

 

『ぜ、全銀河に……』

 

『数百、だとぉ……?』

 

『ひょえ~……』

 

彼女は何でもないことを語るようにさらりと語ったが、そこに含まれた事の重大さに、木連の忍者部隊も、地球の暴走グループも、そして滅多なことでは動じないユリカでさえも、そんな反応を返すことしかできなかった。

 

『細心の注意を計ること……って‥‥』

 

『向こうから来ちゃったらどーするんだよ、おい!?』

 

三郎太もアキトもそれは同様のようだった。

だが、アカツキだけは柄にもなく興奮した様子でエリナに語りかけていた。

 

『いきなり銀河市民の仲間入り、か。こりゃ確かに内輪で戦争なんかしている場合じゃないな。エリナ君!至急重役会議を招集して!人類の夜明けだ、夜明け!』

 

『はいはい‥‥』

 

最後の宇宙船が”穴”の向こうへとジャンプしていくと入れ替わるように1機のダイマジンが現れた。

どうやら、以前ジャンプに失敗して無限ループに捕らわれた忍者部隊のダイマジンらしい。

状況が理解できないのか、当たりを戸惑ったように見回している。

 

“私達の助けはこれが最後です。以後注意してください”

 

声だけが最後にそう語り、空の”穴”が消滅した。

こうして 極冠遺跡を巡る攻防戦は、古代火星人達の出現によりその目的を見失い、自然と終結した。木連の忍者部隊も地球の過激派グループも、長居は無用とばかりに引き上げていく。

両陣営が機動兵器のみで、火星大気圏内での宇宙戦艦の使用は、木連・地球両陣営ともに禁止されていてある意味地球、木連両陣営は救われていたかもしれない。

もし、この場にナデシコ以外の宇宙艦船‥‥地球、木連の宇宙艦船が居た場合、古代火星人の船を撃ち落としてまでも古代火星文明の技術を手に入れようとしていたかもしれない。

ただ、その場合、古代火星人の手によって地球人類も木連の人間も皆殺しにされていた可能性があった。

 

「相変わらず逃げ足だけは早いですね‥‥」

 

誰かがボソリと呟いた。

ミナトの誘拐、地球側、木連側の過激派の乱入、古代火星人のボソンジャンプアウトなどさまざまなことがあった遺跡調査だが、イネスが過去の自分から貰ったプレートの謎は解明されたが、ボソンジャンプの本質的解明はこれから先まだまだ研究が必要なようだった。

遺跡と調査と解明の他にコハクにはもう1つ解いておかなければならない謎があった。

それは時折自分の頭の中に響いてくるあの声の正体を解くこと‥‥

あの声は遺跡に来いと言っていたが、遺跡に来てここ暫くは、声も聞こえないし、コハクの身体にも周りにも何の変化もない。

遺跡の調査期間中、イネスはほぼ不眠不休で遺跡の調査を行い、コハクの方も遺跡に何か手がかりがあるのではないかと思い、イネスと共に遺跡の調査を行っているが、今の所何の成果も得られない。

ナデシコはまた地球、木連の過激派が襲ってくることを懸念し、調査団の護衛を行い、コロニーからここまで来るのに使ったトレーラー(トレーラーバリス)はナデシコに収容され、調査員達も夜はナデシコで寝泊りしている。

そしてついに何の成果も得られず、声の正体もわからないまま遺跡調査最終日を迎え、明日の朝にはコロニーへ戻らなければならなかったその日の深夜。

就寝前には確かに隣に眠っていたコハクが居ない事に気がついたルリはオモイカネにコハクの居場所を聞いた。

トイレにでも行ったのかと思ったが、オモイカネからは、コハクは後部格納庫に通じる通路を歩いているという答えが返ってきた。

こんな時間にそんな所へ何の用があるのだろうと思いながらも、ルリはコハクの後を追いかける。

格納庫でようやくコハクの後姿を確認できたルリはコハクの行動に不審な点を感じた。

コハクはなんだか、夢遊病患者のように少しふらつきながら歩いているのだ。

 

「コハク、こんな時間に何しているんですか?」

 

ルリは声をかけたが、コハクは振り向こうともせず格納庫の外部開閉ハッチの方へと向っていく。

 

「呼んでいる‥‥僕を‥‥」

 

「コハク、待ちなさい!」

 

ルリは声をあげるが、コハクはルリの声を無視し、ハッチを開けると突然背中に翼を生やし、遺跡の方へと飛んでいってしまった。

 

「コハク‥‥」

 

ルリは困惑しながらもコミュニケでアキトを呼び出し、コハクが1人で遺跡へと行ってしまったことを伝え、自分もコハクを追いかけたいので、エステバリスのパイロットを頼んだ。

ルリから連絡をもらったアキトは格納庫へと向い急いでルリを自らのエステバリスに乗せて遺跡へと飛んだ。

 

遺跡に着いたルリはエステバリスから飛び降り、コハクを探し回る。

そして、遺跡の中央部、コアのあった部分にぼんやりと立っているコハクを見つけた。

その目は光が宿らず、虚ろな状態で中央部を見つめている。

すると中央部が光だし、床から触手の様な物が無数に生えてくるとコハクを包む。

 

「コハク!」

 

ルリは走ってコハクに近づくが、間に合わず触手もコハクの姿も消えた。

 

「き、消えた‥‥一体何処に‥‥?」

 

「コハクちゃん‥‥」

 

消えたコハクにルリとアキトは不安が隠せなかった。

 

 

 

 

「ようやく会えたね‥‥」

 

突然、頭の中に声が響く。

そう、それは火星に向かっている頃から時折、頭の中に響くあの声だった。

コハクが目を開けると、そこはさっきまで自分がいたナデシコの部屋じゃない。

暗闇の中、所々星明りの様な光が有る不思議な空間にいた。

しかし、ここがナデシコの部屋でもなく、バーチャルルームでもない、まして火星のどこかだとも思えない。

 

「‥‥貴方はいつも僕に声をかけてくる人‥‥ここはどこ?それに貴方は誰‥‥?」

 

「まぁまぁ、落ち着いて。今から君の前行くから‥‥」

 

すると、コハクの前に光を帯びた青年が姿を現した。

逆光と前髪の影で顔はよく分からないが、年齢はアキトやジュンと同じぐらいだろう。

 

「貴方は‥‥?」

 

「僕はもう1人の君で、君はもう1人の僕だよ」

 

突然現れたかと思うとわけの分からないことを言う青年。

 

「貴方‥何を言って‥‥」

 

「輪廻転生‥‥って知っているかい?」

 

「りんねてんせい?」

 

青年はコハクの言葉を遮って説明をする。

輪廻転生、死んであの世に還った魂がこの世に何度も生まれ変わるという考えである。

 

「それって‥‥つまり‥‥」

 

「そう、君は僕の生まれ変わりで、僕は前世の君だよ」

 

「突然そんなこと言われても信じられる訳が‥‥」

 

「君はナデシコにいる時、アキトさんの屋台を引いている時、ルリちゃんと居る時どこか懐かしく思ったり、どこかで体験したと思ったことはない?」

 

「っ!?」

 

青年に言われ、たしかに過去何度かそんなことを思った経験があるため、反論の言葉が出ないコハク。

それに目の前の青年がアキトやルリのことを知っているのも気になった。

 

「どうやら図星のようだね」

 

「か、仮に貴方が前世の僕だったとして、なんで僕を此処へ?」

 

「君にはこれから起こる未来の悲劇を防いで貰いたい」

 

「未来?悲劇?」

 

「今から君に僕が体験した未来の出来事を君に見せよう‥‥」

 

青年がそう言うとコハクの目の前は光に包まれた。

コハクが目を開けるとそこは教会だった。

神父の前には新しく夫婦となった男女の姿がある。

純白のウェディングドレスに身を包んだユリカと同じく白いタキシードを着たアキトの姿があった。

教会の外では、ナデシコのクルーとユリカの父、ミスマルコ・コウイチロウが2人を祝福している。

幸せそうな顔でブーケを投げるユリカ。

そして投げられたブーケは放物線を描きルリの手の中へと落ちた。

 

「これは‥‥もしかして、アキトさんとユリカさんの結婚式?」

 

「その通り‥‥今年の‥‥西暦2199年の6月10日にアキトさんとユリカさんは結婚した‥‥そして‥‥」

 

目の前の光景が教会から宇宙空港へと変わる。

 

「結婚式から9日後の6月19日に2人は新婚旅行へ故郷である火星へ行くことにした‥‥」

 

満面の笑みで見送りに来てくれたナデシコクルーに手を振り、火星行きのシャトルに乗るアキトとユリカ。

やがて発射時刻になり飛び上がる火星行きのシャトル。

しかし、空へと上がったシャトルは突然空中で大爆発をおこした。

空港職員や他の利用客が突然の爆発事故で混乱する中、ナデシコクルーは皆その場に動かず、泣き崩れる者、呆然とする者、様々であったが、共通しているのは深い悲しみがクルー達を包んでいた。

あの状況下ではとてもアキトとユリカの生存は望めない。

 

「そ、そんな‥‥アキトさん‥‥ユリカさん‥‥」

 

目の前の光景が信じられないと言った顔で見るコハク。

 

「これが悲劇の幕開けだった‥‥」

 

また目の前の光景が変わり、今度は宇宙へと変わった。

球体状の大きなコロニーを黒いロボットが縦横無尽に駆け巡る。

 

「あれはオモイカネの自意識部分で出てきたロボット‥‥あのロボットは一体‥‥?」

 

「あのロボットは復讐鬼となったアキトさんが乗る装甲エステバリス『ブラックサレナ』‥‥恐らくオモイカネは君の頭の片隅にあった僅かな記憶を読み取ったんだろう‥‥」

 

(‥‥オモイカネ‥お前は"あの人"がした事を正しいと思ってくれるんだな‥‥)

 

青年はコハクの話を聞いてオモイカネが何故、自意識部分でゲキガンガーではなく、ブラックサレナを出現させたのかを聞いてオモイカネが復讐鬼となったアキトの行動に正当性があったのだと理解した。

 

「アキトさん?‥アキトさんはあの事故の中で生きていたんですか?」

 

コハクがアキトの名を聞き、青年に尋ねる。

すると青年は頷いた。

 

「まさか、あの爆発の中をどうやって‥‥」

 

コハクとしてはあのシャトルの爆発の中で一体どうやってアキトが生き延びたのか疑問だった。

 

「あの事故はただの事故ではなく、アキトさんとユリカさんを攫う為にアイツ等が仕組んだ偽装事故だったんだ‥‥」

 

青年は顔を歪め、何故シャトル事故で死んだと思っていたアキトが生きているのかをポツリと零す。

 

「アイツ等?」

 

ブラックサレナはやがて倉庫のような箇所に行く。

その後を追う赤いエステバリス。

そして倉庫の先にあったのは解体されたナデシコのYユニット‥それにあの戦争の終盤に宇宙の果てに飛ばした筈の火星の遺跡のコア‥‥ボソンジャンプの演算機があった。

 

「な、なんであれが此処に‥‥?あれは宇宙の彼方に跳ばした筈なのに‥‥」

 

死んだはずのアキトが生きていた事、

宇宙の彼方に跳ばした筈の演算ユニットが何処かのコロニーに存在していた事、

コハクには訳が分からなかった。

すると、同時に巨大な空間ウィンドウが遺跡の前に開く。

 

「それは!!人類の未来のため!!!」

 

「草壁‥中将‥‥アイツ、生きていたのか!?」

 

熱血クーデターにより、政権を奪われ、その後は行方不明となっていた草壁が今、目の前にいる。

一度動きの止まったブラックサレナと赤いエステバリスに何かが迫る。

反射的にかわそうとした赤いエステバリスが、半歩遅れ、かわしきれずに、錫杖で床に縫いとめられた。

するとどこからともなく、

 

シャン‥‥

 

という金属音が聞こえて来た。

続いて‥‥

赤い機動兵器が出現する。

そしてそれを守るように、先程赤いエステバリスを錫杖で床に縫いとめた茶色い壺の様な機体が6機。

そして展開しはじめる遺跡ユニット。

外装がまるで花弁の様に1枚1枚剥がれていくかのように展開されていく演算ユニット。

 

「あ、あれは‥‥」

 

遺跡の中には眠るように目を閉じているユリカの姿があった。

彼女の身体は遺跡ユニットと融合しているかのような状態だった。

 

「ゆ、ユリカさん!?」

 

アキトが生きていた様にユリカも演算ユニットと融合していた様だが生きていた。

するとまた目の前の光景が変わる。

火星の極冠遺跡でボロボロになったナデシコに似ている白い艦。

そして草壁から通信が入る。

 

「流石、『電子の妖精』といわれるホシノ少佐、そして『白騎士』。今回は引くが、我々は決して諦めたわけではない」

 

そして火星遺跡から撤退していく草壁。

 

「あの時‥‥あの時、草壁を逃がさなければこんなことには‥‥」

 

青年が悔しそうに言う。

 

「それで、この後どうなったんですか?」

 

「草壁の逃亡を許した僕とルリちゃんは軍と政府から厳しく非難され、草壁討伐の際、捨て駒とも言うべき任務に就かされた」

 

「捨て駒?」

 

「ああ‥‥草壁率いるテロ集団、『火星の後継者』の主力艦隊の目を逸らすための囮部隊‥‥圧倒的数の敵相手に少数で囮として主力艦隊を根拠から引き離し、その隙に味方の本隊が草壁を討つ‥‥そんな作戦をさせられた‥‥そして僕もルリちゃんもこの戦いで‥‥」

 

「それじゃあ、僕がナデシコで見ていたあの悪夢は‥‥」

 

「恐らく僕の最後の記憶だ。夢として生まれ変わった君にもそれが伝わったのだろう」

 

「こんな‥‥こんな未来がこの先に‥‥?」

 

コハクの問いに青年は頷き言う

 

「多少異なるかもしれないが、大まかな流れはこの世界でも類似している筈だ。だけど今の僕にはもう、どうすることも出来ない。だから君を呼び続けた‥‥お願いだ、こんな悲劇的な未来をどうか変えてくれ!頼れるのはもう、君しかいないんだ!!」

 

「‥‥分かりました。僕もユリカさんには幸せになってと言った手前、この様な未来を見過ごすわけにはいきません」

 

「ありがとう‥‥これで僕の役目は終わった‥‥ようやくルリちゃんや仲間の所に逝ける‥‥」

 

「お別れの前に貴方の名前を聞いてもいいですか?」

 

「カイト‥‥ミカズチ・カイト‥‥君は?」

 

「コハク‥‥ホシノ・コハク‥‥」

 

「コハク‥‥そうか‥‥いい名前だ。さようなら、ホシノ・コハク‥‥この先の未来も記憶も全部君だけのモノだ‥‥大切に‥‥そして未来を‥‥アキトさん、ユリカさん‥そしてルリちゃんを頼んだよ‥‥」

 

「ありがとう‥そして、さよなら‥ミカズチ・カイト。もう1人の僕‥‥」

 

青年は微笑むとその姿はだんだん薄くなっていき、やがて消えていった。

同時にコハクの視界もまた白い光に包まれた。

 

 

突如遺跡の中心部がまた光りだした。

 

「な、なんだ?」

 

突然光りだした遺跡の変異にアキトはルリを庇うかのように立つ。

やがて光が収まるとそこには倒れているコハクがいた。

 

「コハク!」

 

「コハクちゃん!!」

 

「‥‥う、ううん‥‥あれ?アキト‥さん?‥‥ルリ?」

 

うっすらと目を開けるコハク。

コハクの真紅の瞳が自分を心配そうに見るアキトとルリの姿を確認する。

 

「大丈夫?コハクちゃん。どこか痛いところとかない?」

 

「‥‥大丈夫です。それよりここは?」

 

「遺跡‥コアのあった所だよ。コハクちゃん1人でここに飛んで行っちゃったってルリちゃんに聞いて慌てて追いかけてきたんだ」

 

「何も覚えていないんですか?」

 

ルリに問いにコハクは頷く。

確かにどうやってナデシコから此処まで来たかは覚えていない。

でも、前世の自分が見せてくれたこれから起こりえる未来の出来事は鮮明に覚えている。

 

「とにかくナデシコに戻ろう」

 

「そうですね」

 

「はい」

 

アキトが操縦するエステバリスで3人はナデシコへと帰った。

そんな中、コハクは前世の自分が教えてくれたあの悲劇な未来をどうやって変えるかを思案した。

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第41話

更新です。


 

 

 

遺跡の調査も無事終了し、遺跡の謎の解明も古代火星人の説明で少しは解けた。

地球、木連の過激派もナデシコ、古代火星人の登場で早々に撤退して行った。

復路はナデシコで帰る調査団一行。

復路も往路同様10日の長旅だった予定がナデシコのおかげで1日と日程が短縮されたため、残った日程は今回の遺跡の調査報告にあてられた。

地球、木連の過激派もナデシコが居るので、襲ってはこないだろう。

万が一、ナデシコに対抗して宇宙戦艦を投入すれば、それは折角結ばれた地球と木連との和平条約を破る行為であり、それを行えば恐らく両政府は実行者を反逆者として切り捨てるだろう。

 

過激派の襲撃もなく、遺跡の調査が進む中、コハクはナデシコのお風呂場の脱衣所にて、大きな鏡に写る自分の姿をジッと見ていた。

 

「‥‥」

 

遺跡で図らずも自分の前世の姿とこの先、起こるであろう未来を見せられた。

その中でも、前世の自分は男だった‥‥この先に起こりえることも衝撃的な事実であったが、前世が男という事実もコハクにとっては十分に衝撃的な事実であった。

そして、今は女の身体となっている。

当然、今は下着も女物を使用し、普段はスカートを穿いている。

でも、前世の自分が男だった事を知り、女物の下着やスカートを身に着けていると、何だか自分が変態の様に思えてきた。

そして今、コハクの手には自分のブラがある。

 

「‥‥」

 

コハクが自分のブラをジッと凝視していると、

 

「あら?どうしたの?コーくん」

 

ミナトがやってきた。

 

「あっ、ミナトさん」

 

「ん?もしかしてブラ、小さくなっちゃった?」

 

コハクがブラをじっと見ていたことから、サイズが小さくなったのかと問うミナト。

 

「い、いえ‥そう言う訳では‥‥ただちょっと思う所がありまして‥‥」

 

「ふーん‥それよりもお風呂、入らないの?」

 

ミナトは服を脱ぎながらコハクに風呂に入らないのかを尋ねる。

 

「えっ?あっ、は、入りますよ」

 

コハクは慌てて服を脱いでお風呂に入る。

そして、バスチェアに座り、改めて自分の身体を見てみる。

生物兵器とは言え、外見は紛れもなく少女の身体だ。

あの時、前世の自分は『未来も記憶も全部君だけのモノだ』と言っていた。

例え前世の自分が男だったとしてもこの現世では生物兵器とは言え、身体は女なのだ。

今更気にするな‥心の中の自分がそう言う。

自分の前世が男だったのを知っているのは自分だけ‥‥

ならば、このまま黙っておこう。

そう思っていた中、ルリがお風呂に入ってきた。

 

「あら?コハクも入っていたんですか?」

 

「る、ルリ!?」

 

ルリの裸体を見て思わず変に意識してしまう。

今まで何度もこうして2人でお風呂に入ったり、夜、ベッドや布団の中で互いの身体は見慣れている筈なのに自分の前世が男だと分かると妙な気持ちとなる。

 

「コハク?大丈夫ですか?顔が赤い様ですけど‥‥?もしかしてのぼせたんですか?」

 

「い、いや、何でもない」

 

コハクは顔を赤くして湯船に入る。

すると、ルリもコハクを追って湯船に入り、しかもコハクの隣へと寄る。

ルリは普段通りにコハクと接しているのだが、今日のコハクは妙によそよそしい。

そんなコハクを見てルリは、コハクの身体の調子がどこか悪いのかと思い心配して彼女に近づき、身体を密着させる。

 

「っ!?」

 

ルリを益々意識してしまうコハクはついにのぼせて湯船に沈んだ。

 

「こ、コハク!!どうしたんですか!?コハク!!」

 

ルリは慌ててコハクを湯船の底から引き上げ、ミナトと共にコハクを脱衣所まで連れて行った。

脱衣所のベンチにてコハクはルリの膝枕にて身体を冷ましている。

女子風呂の更衣室とは言え、二人は流石に全裸と言う訳にはいかないので、二人は身体にバスタオルを巻いている。

 

「突然、のぼせるんですから、心配しましたよ。体調が悪いのでしたらちゃんと言ってくださいね」

 

「う、うん‥‥ねぇ、ルリ‥‥」

 

「なんですか?」

 

「‥‥その‥変な事を聞くかもしれないけど、僕って‥‥女の子‥なのかな?」

 

「えっ?」

 

ルリはコハクの質問に今更何を聞いているのかと思う。

これまで一緒にお風呂に入って来てルリはコハクの裸姿を何度も見てきている。

実際にこの目で見たことはないが、ルリは男性の身体と言うモノがどんなものなのかぐらいは知識として知っている。

その知識から照らし合わせてみてもコハクの性別はどうみても女性だ。

 

「コハクはどう見ても私と同じ少女ですよ。今更どうしたんですか?そんな事を聞いて」

 

「‥‥ううん‥なんでもない‥‥ありがとう‥ルリ」

 

「?変なコハクですね」

 

コハクを膝枕しながらルリはクスっと微笑した。

 

やがて、遺跡の調査は終わると、調査団はナデシコでコロニーへと帰還した。

イネスが連日、遺跡の調査結果の件で会議場へと足を運んでいる中、コハクは一人、宇宙海図を見ながら唸っていた。

前世の自分が体験した悲劇的な未来を回避するため、コハクが出した結論、それは現時点における草壁の抹殺だった。

草壁はあの熱血クーデターから現在も行方不明で、木連新政権もその行方を追っている。

しかし前世の未来とは言え、草壁は2201年にちゃんと存在していた。

ならば、この現世においてもどこかで生存している可能性は十分ある。

それならば今のうちに草壁を抹殺する事が出来ればあの悲劇的な未来を変えられると思い、草壁が潜伏しているであろう隠れ家がどこなのか予測するコハク。

未来で見た光景では機動兵器、宇宙戦艦を多数保有していたことから、潜伏先はこの火星か木星のどちらかであることは予想がついたのだが、まだどちらに潜伏しているのかわからない。

そしてコハクはもう一手打つことにした。

万が一にも自分が草壁の暗殺に失敗したときのため、最悪アキトとユリカの身柄の安全だけはと思いネルガルシークレットサービスのゴートにも協力をしてもらうことにした。

コハクはゴートにもし、自分が今年(西暦2199年)の6月10日に連絡もつかず、ゴートの前にもそして、アキトとユリカの結婚式にも戻らなければこの手紙の封筒を開けてくれと言って未来の事を記した手紙をゴートに託した。

最初ゴートはコハクの言葉の意味が理解できない様子で首を傾げたが、草壁のことを未来に影響しない程度に話すと理解してくれた。

 

長時間宇宙海図とにらめっこしていて決定打も打ち出せず、気がめいる。

気晴らしにコハクは市場へと出かけた。

戦災からの復興と地球、木星からの移民で火星のコロニーには戦前の様にいくつもの商店が並ぶようになった。

コハクは記念に露店商で銀のロケットペンダントを買った。

 

ナデシコに戻ったコハクは再び宇宙海図を広げ、更にはオモイカネから熱血クーデターの詳しい資料や現在の木連の移民状況など木星に関する資料をかき集め、再び草壁の潜伏先を考えた後、草壁は火星ではなく、木星圏に潜んでいるのではないかと考えた。

火星はこの先、地球、木星からの移民で人口が増えることが予想されるが、反対に木星圏は住民達が火星に移民して、人口が減る‥‥ということで人目も少なくなり、更に、一度探した場所には捜索の手が回らないという『灯台下暗し』的な考えで捜索の手から逃れ、一斉蜂起の時まで密かに力を貯めていると考えた。

それに木星には今まで木連の戦力を支え続けた兵器生産プラントがある。

今は活動を停止していると言うがそれも完全には信じがたい。

草壁が戦力を蓄えるにはこれまでの木連のやり方同様、無人兵器は絶対に必要な物だ。

プラントを管理する木連の人間が草壁派の人間ならば、簡単に偽ることが出来る。

コハクは白鳥九十九の元に行き、木星へ行くため、火星から木星へ向う輸送船に乗せてくれるように頼んだ。

その際、「あの時の借りはこれでチャラということでいいですから」と言って半ば脅すような形になってしまったが、木星へ行く目途は何とか出来た。

あとは‥‥

 

遺跡の調査報告も終え、地球と木連のサミットは無事に閉幕した。

そして、明日ナデシコは地球へ向け、発進する。

元々ナデシコを動かす為、クルーは軍人ではなく、元ナデシコのクルーを集めており、そのクルーのほとんどが民間人であり、彼らは有給休暇や職場で無理を言って休職してもらった者ばかり‥‥

火星でのサミットが終わればすぐにでも地球へと戻り、また元の仕事に戻らなければならない。

ナデシコ発進の前の日の夜‥‥

そのナデシコのとある部屋で2人の少女が身体を重ねていた。

いつもは受け身である筈のコハクが今日に限っては自らが異常なまでにルリの身体を求めた。

何度も唇を重ねる。

舌をルリの口の中に入れて彼女の口内を蹂躙する。

当分、ルリと会う事が出来ないと思うと自然にルリの身体が愛しく思えてしまう。

だから、今のうちにルリ分を沢山補充しておきたかった。

それに最悪の場合、これが最後の逢瀬になるかもしれないのだから‥‥

 

 

行為が終わった後、ルリは息も絶え絶えであったが、コハクは若干汗をかいた程度でベッドに横たわっている。

 

「ハァ‥‥ハァハァ‥‥ハァ‥‥」

 

「ねぇ、ルリ‥‥」

 

コハクがまだ呼吸の荒いルリに話しかける。

反対にコハクは息切れをしていない。

 

「ハァハァ‥‥ハァ‥‥何です?コハク」

 

「ルリはもう僕がいなくても平気だよね?」

 

「ハァハァ‥‥それは‥‥どういうことです?ハァハァ‥‥コハク、何処かに行くつもりですか?ハァハァ‥‥」

 

「い、いやこの先、働く所も別々になるかもしれないし、ルリが結婚したら離れ離れになるだろうし‥‥」

 

「ハァハァ‥‥そんな先‥‥ハァハァ‥‥のことまだ考えていません‥‥」

 

「そうだね‥‥でも、ルリも僕と同じくらい甘えん坊だもんね‥‥」

 

からかうような笑みを浮かべるコハク。

 

「そ、そんなことありません!」

 

ルリは息を整え、ガバッと上半身を起こし、否定する。

 

「‥‥そう‥‥それなら大丈夫かな?」

 

コハクはルリのその言葉を聞き安心したよう表情になるとそのまま眠ってしまう。

 

「?」

 

ルリはコハクの不可解な行動と言葉に疑問を抱きながらも明日の出港のため、眠りについた。

 

その日の夜、ルリは夢を見た。

何もない真っ暗闇の空間の中でルリはポツンと1人で立っている。

当たりを見回すと、誰かが歩いているのが見える。

目を凝らして見るとそれがコハクであるのがわかる。

 

「コハク、待ってください」

 

ルリが声をかけるとコハクは歩みを止め振り返る。

そしてルリの姿を見て、微笑むとまたルリに背を向け歩いていってしまう。

 

「待って!コハク!!」

 

ルリが必死にコハクを追いかけるが、足に重りがついているのかなかなか進まず一向にコハクに追いつかない。

その間にもコハクはどんどん離れていってしまいとうとうその姿は暗闇の中へ消えてしまった。

 

 

 

 

「っ!?」

 

翌日、ルリが慌てて目を覚ますと其処にコハクの姿は既に無く、彼女の代わりにテーブルの上にはコハクがしたためた手紙と銀のロケットペンダントが置いてあった。

手紙には「暫く留守にするが、6月10日のアキトさんとユリカさんの結婚式までにはなんとか帰ってくる」と書き始められ、突然旅に出たコハクの目的やどこに行くかなど詳しいことは書かれていないが、ただ一言「未来を守るため」と訳の分からないことが書かれていた。

そして銀のロケットペンダントは形見ではないが、いつでも自分はルリの傍にいるという証だと書かれていた。

中には以前、撮影したルリとコハクのツーショット写真が納められていた。

手紙を読んだ当初ルリは何かの間違いか、いたずらだと思いコハクを探すため艦内を走り回った。

しかし、オモイカネに聞いても艦内にコハクの反応はなく、既に艦内にはいないとの結論が出された。

ショックを受けたルリの姿をアキトとユリカが見つけ、ルリはコハクが突然どこかへといってしまったことを話すと2人はルリを優しく宥めた。

 

「大丈夫だよ。ルリちゃん」

 

「そうだよ。私達の結婚式までには帰ってくるって書いてあるんだし」

 

「でも‥‥」

 

「ルリちゃん。コハクちゃんのことを信じてあげなきゃ」

 

「そうだよ。火星のときもボソンジャンプの実験のときもコハクちゃんは帰ってきたんだ。今度も大丈夫だよ」

 

「‥‥わかりました」

 

「3人で待とう。コハクちゃんの帰りを」

 

「はい」

 

ナデシコの出航時間になってもやはり、コハクは戻ってこなかった‥‥

手紙の通り、コハクは何処かへと行ってしまった‥‥

その日ナデシコは予定どおり、火星を後にして地球へと向けて出港していった。

 

 

2199年 5月初旬――――

 

木星圏において、新地球連合と新木連政権との間で軍縮条約の為、廃艦処分となった大戦中木連の優人部隊 旗艦 要塞戦艦“かぐらづき”などの処分対象の艦艇が集められた。

今回の軍縮条約では木連側はかぐらづきの他にボソン砲を搭載しているかんなづきも処分対象となった。

地球側はナデシコ改級とも言えるゆうがお級の艦船が処分対象となった。

そんな中、処分前にかぐらづきが謎の大爆発を起こす事故が起こった。

また、かぐらづきの爆発事故の他に処分対象だったかんなづきとゆめみづきも処分前に行方不明となる事件も起こった。

木連側はこれが再び戦争の引き金になり得ると考えかんなづきとゆめみづきの行方不明についてはひた隠しにし、その行方を密かに木連側だけで調査を行った。

表側ではかんなづきもゆめみづきも爆破処分したと表明した。

かぐらづきの爆発事故に関して、当初はテロか破壊工作の可能性が指摘されたが、元々軍縮協定で廃棄処分予定だったため、最終的結論は廃棄中の事故としてこの案件は処理された。

 

 

 

 

それから時は流れ‥‥

 

 

2199年 6月10日―――――

 

色んな困難を乗り越え、そして最大の難関であるとされるユリカの父、ミスマル・コウイチロウの了承を得て、結婚の了承を貰い、火星での遺跡調査、サミットを終えたテンカワ・アキトとミスマル・ユリカはめでたく結婚した。

ユリカの希望通りのジューンブライドでの結婚であった。

2人の結婚式には1名を除きナデシコのクルー全員が出席した。

「6月10日には帰る」といってどこかへと旅立ったコハクはついにタイムリミットであったこの日になっても帰ってくることはなかった。

アキトとユリカはコハクが帰ってくるまで結婚を待とうかと思った2人であったが、意外にもルリはその意見に対し反対した。

「艦長達の結婚をコハク1人のために延期させるわけにはいきません。元々6月10日に帰るといっておきながら帰ってこないコハクが悪いんです」と強がっていたが、不安は隠しきれなかった。

アキトとユリカはそれでも結婚式を延期しようかと思っていたが、色々事前予約をしていたので、ルリには悪いと思いつつ予定通り、6月10日に結婚式を挙げた。

 

純白のウェディングドレスに身を包んだユリカに女性陣から羨望のため息がもれ、男性陣からも約1名別な意味でのため息が聞かれた。

教会のヴァージンロードをコウイチロウの手にひかれて歩くユリカの姿はいつものあの天真爛漫な姿とは考えられないぐらいの美女だった。

コウイチロウはグッと涙を我慢している様な険しい顔をしている。

やがて、結婚式が始まり、

 

「汝、テンカワ・アキトはこの女、ミスマル・ユリカを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかな時も共に歩み、死が2人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを神聖な婚姻の名のもとに、誓いますか?」

 

神父が婚姻の誓いをアキトに問うと、

 

「誓います」

 

白いタキシードを着たアキトは静かに、そして力強く答える。

アキトの誓いの言葉を聞いた神父は頷き、

 

「汝、ミスマル・ユリカはこの男、テンカワ・アキトを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかな時も共に歩み、死が2人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを神聖な婚姻の名のもとに、誓いますか?」

 

アキトと同じく、婚姻の誓いを神父がユリカに問うと、

 

「誓います」

 

純白色のウェディングドレスを着たユリカは静かに答える。

 

「では、誓いの口づけを‥‥」

 

アキトがユリカの顔を覆っているウェディングベールをゆっくり丁寧に持ち上げる。

そして、お互いの唇と唇の距離が縮まり、やがて2人の唇が重なる。

その瞬間、教会がワッと歓声と拍手に包まれる。

コウイチロウは此処で感極まって漢泣きをした。

 

そして女性陣達にはお待ちかねの時間、ブーケ・トスとなった。

「おめでとう」の言葉があふれる中でユリカが投げたブーケは女性陣の手をすり抜け、綺麗にルリの手元に落ちた。

 

結婚式の後の宴会では、予約していたレストランで店長から全員が出入り禁止をくらうほど盛り上がった。

歌に踊り、手品に漫談、浪曲に演奏、更にはヒーローショーなどお祭り好きなナデシコクルーたちが繰り広げるパーティーは朝まで続いた。

パーティーの最後にはルリが2人のために書いた作文を読み上げた。

あいかわらずの表情が薄く、棒読み口調であったが、十分にアキトとユリカへの愛情がこもった内容の作文だった。

ルリの作文に思わずアキトもユリカも歓喜の涙を流した。

 

こうして多くの人々から祝福されて2人はめでたく夫婦となった。

ユリカの苗字も『ミスマル』から『テンカワ』へと変わった。

 

 

2人の結婚式から9日が経った2199年 6月19日―――

 

テンカワ夫妻は、ルリ達大勢のナデシコクルーに見送られて新婚旅行へと出発した。

行き先は2人の故郷でもあり、2人が出会った思い出の地―――火星‥‥

もう一度、思い出の‥あの火星の草原で自転車を思いっきり走らせたいと、出発前にアキトはそう言っていた。

しかし、それは叶わなかった。

2人が乗った火星行きのシャトルはルリ達が見送る中、突如空中で大爆発を起こし、2人は還らぬ人となった。

空中爆発した為、アキトとユリカの遺体は何も残らなかった。

 

 

シャトルの事故から4日経った2199年 6月21日―――

 

テンカワ夫妻の葬儀が行われた。

誰もが2人の死を認めたくない中、粛々とプロスペクターが葬式を手配した。

アキトの両親は既に他界しているので、喪主にはユリカの父、ミスマル・コウイチロウが立った。

遺体はおろか、骨の一欠片も入っていない空の2つの棺桶をコウイチロウがユリカの遺影、ルリがアキトの遺影を持って見送った。

最後まで葬儀に参列するのを拒んでいたリョーコは髪を以前より短く切って出棺の直前に会場に現れた。

リョーコは最後まで涙を流すまいと決めていたが、最後の最後に「バカヤロー」と叫んで号泣した。

そして変わったのはリョーコだけではなかった。

2人の葬式後、あんなに頻繁に顔を合わせていたり、連絡を取り合っていたナデシコのクルー達はすっかり接触を絶ってしまい、皆はそれぞれの仕事に邁進するようになった。

まるでナデシコを忘れるかのように‥‥

ユリカとアキトの死を必死に忘れ去るかのように‥‥

ジュンと九十九は宇宙軍で順調に出世コースに乗り、ヒカルは複数の雑誌に連載を持つ程の人気漫画家になった。

メグミやホウメイガールズ達は今や人気上昇中のアイドルになったし、リョーコも宇宙軍から新たに組織された統合軍へと編入し、其処のパイロット育成部隊で鬼教官として名を馳せている。

イズミは修行に出ると言って世界の彼方此方を旅している。

ミナトはオオイソシティで白鳥兄妹と暮らしながら高校の教壇で教鞭を振っている。

ただ、アキトとユリカの事を思っているのか、ミナトは未だに九十九との結婚には至っていない。

また、アキトとユリカの後を追うかのようにイネスも飛行機事故により行方不明となり、死亡したとの見方が強まった。

それからすぐにイネスの死亡が正式に発表され、アキト、ユリカの葬式の時と同じように祭壇に空の棺が安置されたイネスの葬式が行われた。

アカツキ、エリナ、プロスペクター、ゴートのネルガル組は彼らが恐れていたとおり、反ネルガル企業と木連が手を組んでボソンジャンプへ研究・開発の参入が目立ち、コハクが行方不明になった為、ネルガルはボソンジャンプの研究が遅れに遅れて、ここ最近、ネルガルの業績が悪化し始めた為、仕事に追われる毎日を送っている。

ウリバタケは変わらず、実家の町工場を続けているが、やはりナデシコクルーとの連絡密度は薄くなっていた。

彼がナデシコクルーとの接触が薄くなったのはアキトとユリカの件もあるが、2人目の子供が生まれたことも関係していた。

生まれたばかりの子供の為にウリバタケは必死に働いたのだった。

ホウメイは東京の下町の近くに小さいながらも自分の店を持った。

皮肉にもアキトとユリカの死が皆を‥ナデシコのクルー達を強制的にナデシコから卒業させたのだ。

アキト達が住んでいたアパートも2人の葬儀後しばらくして老朽化を理由に取り壊されてしまった。

半年後、そこには新しいマンションが建った。

隙間風とは無縁の豪華で大きなマンションだった。

アキトの屋台も主が居なくなったので解体され、残ったのは屋台で使用していた底に「アキト&ユリカ」の文字が書かれた丼くらい。

この丼はウリバタケの提案で希望者に配られた。

アキトとユリカが生きていた痕跡がゆっくりとだが確実に消えていく。

そしてコハクも未だ帰らず行方不明のまま‥‥

彼女もアキトやユリカと同じく死んでしまったのではないか?と噂されるぐらいだ。

アキトもユリカもそしてコハクまでもがルリの中では思い出になってゆき、ナデシコのクルー達の中でもナデシコを含め、いつしか遠い過去の存在となっていった‥‥。

 

 

そして、時は流れた‥‥

 

 

2200年 10月15日―――

 

月軌道沖―――

 

「艦長、そろそろ交代の時間です」

 

と、後ろから声をかけてきたのは連合宇宙軍所属、試験戦艦ナデシコBの乗員の1人、サクラ准尉だった。

彼女は最近になってこの試験戦艦ナデシコBに配属された新人オペレーターで士官学校の成績が飛びぬけて良いわけでも悪いわけでもないが、趣味で作ったゲームソフトの出来が良かったと言う理由でナデシコBのオペレーターにスカウトされた。

 

「あれ?艦長、その写真は?」

 

艦長席のパネルの脇にある写真立てに気がついたサクラ准尉が艦長に尋ねる。

写真にはナデシコBの艦長と金髪の少女を真ん中に左側にコック服の青年と右側に長い髪で大人とは思えないほど無邪気な笑顔をした女性が並んでいた。

 

「‥私の家族です‥‥」

 

ナデシコB艦長――ホシノ・ルリ少佐は首から下げた銀のロケットペンダントを撫でるように触りながら答えた。

 

「もしかしてこの男性の方は艦長のご兄妹ですか?」

 

「少し違いますけど‥‥大体当たりです」

 

「大体当たり‥‥ですか?」

 

ルリの言葉にサクラ准尉は首を傾げた。

一方、艦長席の下にある管制官シートではハタノ准尉とウッドフォーク准尉が小声で話している。

 

「艦長って確か家族はいない筈じゃ‥‥遺伝子操作で作られたって聞いたぜ」

 

「バカ、知ねぇのか?ほら、1年ぐらい前にあっただろう?元ナデシコのクルーがシャトルの爆発事故で死んじまったあの事故‥‥」

 

「ああ、確か新婚一週間ってやつか‥‥?」

 

「そうだよ。新聞に出ていただろう?どうも事故にあったその人達が艦長の親代わりだったらしいぜ」

 

「へぇ~それじゃあ、あの金髪の女の子は?」

 

「艦長の妹さんらしい。まっ、当然血が繋がっていない義理の妹だけどな。なんでも家出したまま行方不明らしいぜ」

 

「それってやばいんじゃねぇ?今頃どっかで野垂死んでいるんじゃねぇの?」

 

「ハハハそうかもな」

 

ルリには2人の会話がちゃんと聞こえていた。

しかし、ルリは特に反応しなかった。

そう今は‥‥だ‥‥。

後日、彼らの部屋のメモリーに保存されていたお宝ともいえる大事なテレビ番組・アニメや画像データがすべて消えていた事は偶然の出来事だと思いたい。

コハクがルリの目の前から消え、次いであのシャトルの事故でルリにとって初めての家族はいなくなった。

涙を流す間もなくあっという間の出来事で、月日も流れ去っていった。

時間が止まり、何もかもが無価値に見えたが、ルリは立ち止らなかった。

自分の居場所は自分で勝ち取ると決めたから‥‥

いつか自分の下に帰ってくる妹に恥ずかしくないように‥‥

そして、出迎える事が出来るように‥‥

自分は前に進んで行かなければならない。

ルリがコハクの事を思っていると、

 

「いつもいっているじゃないですか!部屋に入る時はノックしてくださいって!!」

 

「男同士だろう?そんなつまらないこと気にすんなよぉ」

 

ブリッジのドアが開き、騒々しい声が飛び込んできた。

 

「男同士だってプライベートってものがあるんです!」

 

「お前が艦長の写真を枕元に入れている話だったら、クルー全員が知っているからプライベートとは言わないぜ」

 

「な、なに言っているんですか!?そ、そんな間違ったデマ情報を流すのはやめてください!!」

 

「おや?もしかして図星だった?」 

 

「ち、違います!」

 

漫才を演じながら入ってきたのはかつて木連優人部隊に所属し、現在はナデシコBの副長となった高杉三郎太‥改め、タカスギ・サブロウタ大尉と副長補佐のマキビ・ハリ少尉(通称ハーリー)であった。

この2人はいつもこうして暇さえあればじゃれあっている。

その姿はルリとコハクとはちょっと異なるが、まるで仲の良い兄弟に見える。

 

「か、艦長。僕はそんなことしていませんからね」

 

ルリが振り向いたので顔を真っ赤にして否定するマキビ少尉。

 

「艦長。こいつが枕の下に写真入れたいようなので艦長の写真ください」

 

「そ、そんなこと言っていません!艦長、ホントですからね!!」

 

2人のやり取りをみてルリは小さく微笑む。

今はここがルリの居場所‥‥

今も何処かでこの星空を見ているであろう妹が設計した艦。

ルリが勝ち取った新しい居場所‥‥それがこの新しいナデシコなのだ。

ルリはこの新しい居場所、新しい仲間、新しいナデシコで妹の帰りを待った。

しかし、この約9ヶ月半後にルリは思わぬ再会を果たす事になった‥‥。

 

 

 

・・・・続く



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第42話

更新です。


 

星の数ほど人がいて

 

星の数ほど出会いがある

 

そして、別れ‥‥

 

 

 

 

西暦2201年 8月1日

 

 

沢山のセミ達がやかましく己の存在を自己主張している暑い夏のある日、町外れの公共墓地にあるミスマル家の墓の前でコウイチロウは墓参りをしていた。

 

「‥‥それじゃあ、行くよ‥ユリカ‥‥アキト君と仲良くやっているかい?‥‥ユリカ」

 

ミスマル家の墓には供えられた花と共にアキトとユリカの遺影が飾られていた。

 

 

コウイチロウが墓参りをしている頃、某所では‥‥

 

 

「・・・。・・・ちゃんの居場所が分かったよ」

 

「どこだ?」

 

「第八番ターミナルコロニーの『シラヒメ』だって」

 

「よし、すぐに行こう」

 

「うん。今度こそ、・・・ちゃんを助けないとね」

 

「ああ‥今度こそ、必ず‥‥」

 

 

 

 

~第八番ターミナルコロニー シラヒメside~

 

 

アステロイド帯に位置するスペースコロニー シラヒメ。

その管制室ではコロニーに接近する未確認飛行物体を探知し、守備隊の機動兵器、ステルンクーゲルの部隊を迎撃の為、緊急発進させた。

しかし、

 

「ヤマブキ小隊は青のバックアップへ!」

 

「了解」

 

未知なる敵の機動力・攻撃力は圧倒的で、迎撃部隊は次々と撃破されコロニーの防衛ラインは次々と突破されていく。

 

「第一次、 第二次、防衛ライン突破されました!!」

 

「駆逐艦、ニコチアナ、ゲイソーリザ、ランタナ被弾し、戦闘不能!!」

 

「敵、第三防衛ライン、最終防衛ラインを突破!!」

 

4つあった防衛ラインは次々と突破され、ターミナルコロニー シラヒメを大きな振動が襲う。

何度目かの振動と機動兵器の爆発による振動。

 

「後退しろ!きこえているか!おい!」

 

「うわぁぁぁあっ!」

 

「第一、 第二小隊壊滅!」

 

「くそっ!!」

 

突然の襲撃、そして味方の思わぬ損害にシラヒメの司令官は苦虫を嚙み潰したような顔でモニターを睨む。

 

「オレンジ、バーミリオンはそのまま。レッドはポイントRまで後退!」

 

恐怖のあまり、通信に応えることのできなくなったステルンクーゲルを一機、また一機と蹴散らしていく白い大型の機体。

先端にある鋭い槍らしきものが、次々とステルンクーゲルを貫いていく。

しかし、器用な事にコックピットを狙わずに攻撃していた。

謎の機動兵器がシラヒメに迫っている中、シラヒメの内部では怪しげな一団がコロニー内にある研究室へと迫っていた。

そして、目的である研究室にて、

 

バキューン!!

 

研究室内で銃声が響き渡り、1人の研究員が胸から血を吹き出しその場に倒れる。

当たり所、出血量からみて即死であった。

研究室に居るのは白衣を着て震えている研究員達とその研究員の1人を撃ち殺したマントを羽織った編み笠の男。

その男の手には銃が握られており、男の後ろには揃いのマントと編み笠を被った男達が居た。

 

「ひぃぃぃぃぃ‥‥」

 

「ま、まってくれ。我々がいなければ研究が……」

 

「機密保持だ、すまんな」

 

言葉とは裏腹に顔色をかえずに、銃を構える編み笠の男達。

そして、編み笠の一団は手にした銃でそこに居た研究者達を次々と射殺していく。

そこには一切の慈悲もためらいもなかった。

 

 

「うわぁぁぁあっ!」

 

「パープルアイ、後退しろ!パープルアイ!」

 

シラヒメに迫っていた謎の白い大型機動兵器は守備隊のステルンクーゲルを薙ぎ払い、シラヒメに強行着陸して来た。

その荒々しい突入は瓦礫で編み笠の男達を押しつぶそうかという動きであった。

だが、

 

「フン、遅かりし救済人よ‥‥未熟者め‥‥」

 

その瓦礫が到達する前に編み笠の男の身体が光りはじめる。

 

「滅」

 

そして編み笠の男達の姿が消えると同時に、その研究室があったブロック一体が大爆発を起こす。

周りにあった研究施設は粉々に吹き飛び、周囲に倒れていた研究者達は、すでに息絶えている身体をさらに細切れにされ、気圧の変化により宇宙空間へと投げ出されていく。

だがその時すでに爆発の中に白い機体の姿はなかった。

連鎖爆発を繰り返すシラヒメ。

そんなシラヒメに接近中の艦艇がいた。

地球連合宇宙第三艦隊所属、リアトリス級宇宙戦艦 アマリリスはシラヒメの近くを航行中にシラヒメからの救援要請を受けてシラヒメの救援へと向かっていた。

 

「シラヒメ!応答して下さい!シラヒメ!」

 

オペレーターの女性が声をはりあげながらシラヒメとコンタクトをとる。

しかし、シラヒメからの応答はない。

すでに1つのブロックが大爆発してから随分、時間が立ってしまっている。

そして、先ほどの爆発は誘爆に次ぐ誘爆でシラヒメのほぼ全域へとひろがっていた

 

「状況はどうなっている!?」

 

「あっ、白鳥提督」

 

アマリリスの艦橋に入って来た白鳥九十九准将は状況を確認する。

 

「電波障害の為、シラヒメと通信が繋がりません」

 

「アオイ艦長、此処は敵の捜索よりも負傷者の保護を最優先とするぞ」

 

「はい。フィールド展開しながら接近!」

 

九十九は元ナデシコ副長で現アマリリス艦長のアオイ・ジュンに敵の事よりも今はシラヒメの救助を優先するべきだと主張し、ジュンもそれに賛成する。

通信が届かず、指揮系統がマヒしているシラヒメの警備艦隊がひしめく中にそれは圧倒的な強さで、まるで風のように速く、シラヒメの防衛網を突破し、シラヒメを離脱していく。

 

「ボース粒子増大!!」

 

「何!?」

 

スクリーンへとジャンプアウトの状況が表示される。

 

「スクリーン拡大」

 

九十九が指示を出し、オペレーターの操作で対象物のシルエットが確認された。

だが距離が遠距離のと、付近の残骸やボース粒子によって確認が不可能な状態だ。

 

「識別信号は?」

 

「有りません。未確認です」

 

「センサー切り替え!」

 

「了解!」

 

すぐさま、スクリーンが切り替わる。

 

「な、なんなんだ?あれは…!?」

 

「大型の機動兵器‥‥?」

 

ジュンと九十九が目にしたそれは、白い大型の機動兵器の姿だった。

その大きさは約8~9メートルといったところで、形状はネルガルのエステバリスとも統合軍のステルンクーゲル、旧木連のジン・タイプとも異なった。

 

「あれは一体…っ!?」

 

「何なんだ‥‥?」

 

アマリリスの乗員があっけに取られている中、その大型機動兵器はボソンジャンプをして何処かへと消えた。

謎の大型機動兵器がボソンジャンプした後、アマリリスはその大型機動兵器を追いかける手もなく、本来の予定通り、シラヒメの人命救助を行った。

 

 

謎の大型機動兵器のコロニー襲撃はこのシラヒメだけではなく、7月1日にタカマガ、7月10日にホスセリ、7月20日にウワツツ、そして8月1日にシラヒメとこれで4件のターミナルコロニーが襲撃を受け、大破もしくは中破して、使用不能となり、大勢の死傷者を出している大惨事となっていた。

この事件は連日マスコミでも報道されており、テロリストの犯行説が濃厚。

ヒサゴプランに暗雲。

幽霊ロボットなど、情報が流れ、テレビやネットではその噂で持ちきりだった。

新地球連合はこの連続したコロニー襲撃事件を受け、臨時総会を開いた。

 

「宇宙を巡る大螺旋、ヒサゴプラン。そのうち4つのコロニーが連続して破壊されました。4つです!!何のために!?一体誰が!?これは決して許されない!!」

 

アメリカ代表の国連大使が会議場で声をあげる。

すると、

 

「今度は土星蜥蜴なんて言うのはなしですぞ」

 

木連の代表が口をはさむ。

 

「何だ?どういう意味だ?それは!?」

 

「さる筋によれば某国の陰謀と言う噂もありますが?」

 

木連代表のこの発言に対して地球各国の代表は、

 

「取り消せ!!」

 

「何を言うか。木星人!!」

 

「釈明しろ!!」

 

「それはこっちの台詞だ!!黙っていろ、トカゲ野郎!!」

 

「なんだと!?表に出ろ!!」

 

「皆さん静粛に!!静粛に!!」

 

と、会議場はまるで学級崩壊したクラスの様に荒れに荒れた。

 

 

統合軍司令本部では、ジュンと九十九が出頭を命じられ、そこで統合軍幹部、木連代表、新地球連合政府の官僚達から先日のシラヒメの件で事情聴取された。

 

「私は見ました!確かにボソンジャンプです!」

 

「私もアオイ中佐と同じ意見です。元木連優人部隊の隊員として見間違えようがありません!」

 

ジュンと九十九はやや熱くなっている。

それもそのはず、それを聞いている統合軍幹部、木連代表、新地球連合政府の官僚達からなる事故調査委員会のメンバーは全くジュンと九十九の話を信用していないからだ。

 

「コロニーの爆発により、『センサーの乱れ著し』、ともあったぞ」

 

「誤認だというのですかっ!?」

 

「その通り」

 

「よく考えたまえ。ボソンジャンプの可能な全高8mのロボットなど現時点では地球も木連も作れんのだよ」

 

地球と木連との和平協定の後、両軍は軍縮条約を結び、木連のダイマジン級の機動兵器は軍縮条約により廃棄処分となり、ジン・タイプも現時点における数のみで新たな製造は中止とされ、地球、木連共に製造される機動兵器の大きさも制限されていた。

そんな中、全高が8メートルの大型機動兵器、しかも形状はジン・タイプではないとくれば、新たな問題の火種にもなりかねない。

新地球連合の官僚はそれを恐れたのだ。

 

「では、この件に付いては‥‥」

 

「全ては誤認、その機動兵器については口外を禁止とする」

 

「バカなっ!?」

 

「引き続き事故の調査は統合軍の事故調査チームが行う」

 

いかにも自分達が正しいと主張するかのように調査委員会のメンバー達は口元に薄く笑みを浮かべながら決定事項をジュンと九十九に伝えた。

ジュンと九十九は唇をグッと嚙みしめ、拳を強く握りこんだ。

怒りを必死に我慢する様に‥‥

 

「くそっ」

 

バキッという音ともに、ジュンの放った拳は壁にヒビを入れる。

事故調査委員会からの事情聴取を終えた2人は宇宙軍司令本部へと戻り、ジュンはため込んでいた怒りを此処で爆発させた。

 

「こらこら、いかんよ」

 

そんなジュンを参謀総長のムネタケ・ヨシサダは諌める。

 

「ですが、参謀総長殿。連中は最初から、やる気がありません。あれで事故調査委員会?全くお笑いだ‥‥」

 

九十九が嘲笑うかのように事故調査委員会の姿勢を非難する。

 

「かくして、政府と統合軍の合同調査と相成り、宇宙軍は蚊帳の外と相成りましたと」

 

ジュンと九十九を尻目にコーヒーを片手に、空間ウィンドウに表示された調査委員会の報告書を読みふけるムネタケ。

 

「「参謀長!!」」

 

ジュンも九十九もこのままで良いのかと言わんばかりに声を荒げる。

のんびりと、何処か人をからかうようにニヤリと笑うとムネタケは見ていた空間ウィンドウを閉じる

 

「ハハハ‥まっ、確かに黙って見ている手はないからね。だからね、さっそく行ってもらったよ。ナデシコにね」

 

「「ナデシコ?」」

 

ジュンと九十九は唖然としていたが、それと同時にムネタケの俊敏さに驚いた。

 

 

星の海を1隻の白い戦艦が航行している。

その艦橋では、

 

『サブちゃーん、最近御無沙汰じゃないー?』

 

立体留守番電話サービスでの立体映像にはキャバクラ、スナックで働いている大勢の女性達の映像が表示されていた。

 

『たまには店に顔を出してね♪それと‥‥』

 

『ツケ払えよっ♪』

 

セクシーポーズを取りながら女性達の映像は切れた。

 

『こらぁ!!サブっー!!なんで連絡くれないの!?ホントもう、他の女とイチャイチャしていたら、許さないんだからねっ!!』

 

次に現れたのはセーラー服に身を包んだ女子高生の姿だった。

彼女が頬を膨らませながらそれだけ言うと、『留守番メッセージ終了』という声とともに消える。

これらの映像を見ていたのは、このナデシコB副長のタカスギ・サブロウタ大尉。

木連時代はかんなづき副長として硬派でゲキガンガー一筋だった頃の面影はすでに虚空へと消え去っており、今、そこにいるのは金髪に赤メッシュをいれたチャラそうな青年だった。

彼は木連の固い文化から様々な風習、文化の入り乱れる地球の文化にいち早く適応した木連男児なのかもしれない。

 

「モテモテですねサブロウタさん」

 

メッセージを見ながらニヤニヤと笑みを浮かべるサブロウタに対して呆れた様子で呟くナデシコB副長補佐のマキビ・ハリ(通称ハーリー)少尉。

 

「あっ、見ていたの?」

 

どこかすっ呆けるように言うサブロウタ。

 

「見たくなくても見えるでしょう」

 

「あっ、そーか」

 

「ボクは木連の軍人さんはもっと勇ましく、真面目な人だとばかり思っていました」

 

「そりゃどうも♪」

 

「高杉大尉っ!」

 

サブロウタとハーリーのやりとりを後ろで聞きながら文庫本を読みながら艦長席にいるのはナデシコB艦長のホシノ・ルリ少佐。

2人のこうしたやりとりはナデシコBではお約束と言うか定番なので誰も止める人も文句を言う人も居なかった。

 

 

その日、連合宇宙軍試験戦艦ナデシコBは連合宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウから直々に1つの命令が下った。

 

『君達も先日起きたシラヒメの事件は知っていると思う。その時、シラヒメにおいてボソンの異常増大が確認された。そのため、ナデシコには今から事故調査のためヒサゴプランの中枢であるターミナルコロニー、アマテラスに行ってもらいたい。もちろん開発公団の許可は取ってあるから安心したまえ。』

 

それがナデシコに下された命令だった。

そして、今‥‥

 

「艦長、前方にターミナルコロニー、タギリを確認しました」

 

サクラ准尉がナデシコBの前方にあるコロニーが視認できたことを報告する。

ナデシコBはターミナルコロニー、タギリのチューリップの中に入っていく。

艦内では先程のお茶らけたゆるゆるモードから一気に緊張した空気へと変わる。

大戦中の頃と異なり、ジャンプシステムは確立しつつあるが、それでも全くの危険がないわけではない。

クルー達はそれぞれがジャンプの為の準備を始める。

 

「ディストーションフィールド、出力最大」

 

「ルート確認、タギリ、サヨリ、タギツを通って、アマテラスへ」

 

「光学障壁展開」

 

「各員、最終チェックよろしく」

 

「通信回線閉鎖」

 

「生活ブロック準備完了」

 

「エネルギー系統OK」

 

「艦内警戒体制パターンB」

 

「フィールド出力以上なし」

 

「その外まとめてオールオッケー!」

 

『よく出来ました♪』

 

オモイカネによる全てのチェックが空間ウィンドウに現れる。

 

「フェルミオン、ボソン変換順調」

 

「艦内異常無し」

 

「レベル上昇!6、7、8、9」

 

「ジャンプッ!」

 

ルリがボソッと呟くとナデシコBはヒサゴプラン中枢のコロニー、アマテラスへと一気にボソンジャンプした。

 

 

~ターミナルコロニー・アマテラスside~

 

アマテラスのチューリップからナデシコBが出現する。

 

『ようこそ、アマテラスへ』

 

アマテラスの管制コンピューターがナデシコBに通信を開いて来る。

 

「こちら連合宇宙軍所属、試験戦艦ナデシコB。アマテラスへの誘導をお願いします」

 

『了解』

 

「これからが大変だねぇ」

 

サブロウタがアマテラスを見ながら呟く。

彼方側にしてみればナデシコは招かざる客なのだから‥‥

 

「サブロウタさん!!」

 

そんなサブロウタを諌めるかのようにハーリーが声をあげた。

 

「航行システム、アマテラスにコネクト。車庫入れお願いします」

 

『了解』

 

アマテラスの誘導でナデシコBはアマテラスの宇宙艦船用港へと入港。

ルリ、サブロウタ、ハーリーの3人は今回、アマテラスへの来訪目的を告げる為、アマテラスの司令官室へと赴いた。

 

「なんだ!?貴様等は!?」

 

アマテラスの司令官室では司令官のアズマ統合軍准将が声を荒げる。

 

「地球連合宇宙軍少佐、ホシノ・ルリです」

 

「同じく連合宇宙軍、タカスギ=サブロウタ大尉」

 

「そんなことを聞いているのではないっ!なんで貴様等がここに居るのだっ!?」

 

「宇宙軍が地球連合所有のコロニーに立ち入るのに問題は無い筈ですが?」

 

熱くなっているアズマに対してルリはいつもの冷静な口調で返答する。

 

「ここはヒサゴプランの中枢だ!開発公団の許可はとったのか!?」

 

「とったからいるんじゃん」

 

サブロウタがまったくといっていいほど敬意をあらわさずに、しかもそっぽをむいたまま、適当に答える。

 

「何ィ!?」

 

「い、いえ、ただの横浜弁です、じゃんじゃん…」

 

険悪なムードの中、なんとかハーリーがこの場を和ませようとするが、大して意味をなしていない。

 

「先日のシラヒメの事件において、ボソンの異常増大が確認されています。ジャンプシステムに問題がある場合、近辺の航路並びにコロニー群に影響があります。これはコロニー管理法にも適用されますのであしからず」

 

ルリは淡々と今回の来訪目的の正当性を主張する。

 

「まっ、ガス漏れ検査だとおもっていただければ」

 

そして、しっかりサブロウタが火に油をそそぐ。

 

「ヒサゴプランに欠陥はないっ!!」

 

調査の為にやってきたルリ達に対してアズマは不快の念を隠そうとはしなかった。

それは宇宙軍に対してのものであり、かつヒサゴプランは完全な計画であると言う揺るぎない信念からくるものだった。

今にも殴りかかりそうだったアズマを側にいた背広を着た男が口を挟み宥めた。

 

「まぁまぁ准将。宇宙の平和を守るというのが、我らが連合宇宙軍の使命‥‥ここはひとつ使命感に燃える少佐殿に安心して頂きましょう。あっ、申し遅れました。私、コロニー開発公団の技師、ヤマザキ・ヨシオと申します」

 

彼はコロニー開発団の技師でヤマザキ・ヨシオとルリ達に名乗った。

 

「クッ、おまえがそう言うなら、仕方が無い。勝手に調べろ!!ただし、変な事はするなよ!?万が一、貴様らのせいで不具合が起きた場合は直ちに宇宙軍へ抗議させてもらうからな!!」

 

コロニー開発公団のヤマザキの仲介もあって渋々、アズマが臨検を承諾した。

 

「‥‥」

 

(イネスさんとは違う意味で怪しい男の人ですね‥‥あまり、信用が置ける感じはしません)

 

「‥‥」

 

ルリはこの垂れ目でかなり怪しい独特の雰囲気を纏っている男に不審感を抱いた。

それはサブロウタも同じようで目を細めてヤマザキを見ていた。

とは言え、彼の口添えでアマテラスの臨検は許可されたのだからルリ達にとっては結果オーライだった。

 

 

 

 

「それで、これからどうするんです?」

 

司令官室を出たサブロウタはルリに話しかける。

 

「とりあえず、サブロウタさんとハーリー君はナデシコに戻って例の作業をしてください」

 

「や、やっぱりやるんですか?」

 

ハーリーは何か弱腰な感じでルリに確認するかのように言う。

 

「臨検と言っても多分、表面しか見せてくれなさそうですから」

 

「わ、分かりました」

 

「確かに‥あのヤマザキって男、何か怪しい雰囲気な奴でしたからね」

 

サブロウタもルリ同様、ヤマザキに対して不信感を抱いていた。

こうしてサブロウタとハーリーはナデシコBに戻り、ルリはコロニー内の臨検に向かった。

 

そして臨検へ向かったルリは‥‥

 

「みなさんコンニチワー!」

 

「「「「「こんにちは――――ッ」」」」」

 

ヒサゴプランのイメージキャラクターである黄色い着ぐるみのヒサゴンとガイドのお姉さんの挨拶にルリの前にいる子供たちが答えた。

ルリはコロニーで行われている子供向けのコロニー見学ツアーの中に居た。

これはアズマのルリに対する皮肉を込めた行為でもあった。

 

「未来の移動手段、ボソンジャンプを研究するヒサゴプランの見学コースへようこそ!ガイドは私、マユミお姉さんと‥‥」

 

「ぼく、ヒサゴン!」

 

ガイド役のマユミお姉さんとヒサゴンが自己紹介している。

ピンクで統一されたマユミお姉さんとヒサゴンのコンビはどこか愛らしいものがある。

 

「なんと今日は、特別ゲストです。皆さんと一緒にコースを回ってくれるのは、あの!」

 

「そう、あの!」

 

「史上最年少の天才美少女艦長、ホシノ・ルリ少佐でーす♪」

 

「よろしく」

 

力無くルリが子供達にピースをする。

 

「わ―――い!」

 

子供達もそれに答えるように満面の笑みでピースをした。子供達はルリに出会えて嬉しそうだったし、ルリは不機嫌そうでもなく、普段のクールな姿勢を貫いていた。

 

 

「がっはははは、子供と一緒に臨検査察とは、ゆかい、ゆかい、がははははは‥‥」

 

その頃、アズマとヤマザキは司令官室で赤い毛氈を敷き、その上でお茶とお茶請けのお菓子を飲み食いしながら笑っていた。

 

「ハハ‥しかし、あの少佐さんにはかわいそうな事をしましたな。宇宙軍も最近の事件に関してメンツもあるんでしょう‥‥」

 

「ふんっ、宇宙軍にメンツなどないっ!大体、何だっ!?あの小娘は!?」

 

確かにアズマの言う通り、木連との対戦中の宇宙軍と比べ、現在の宇宙軍はその規模を大規模に収縮され、宇宙軍に代わって今では統合軍が幅を利かせている。

 

「嫌がらせですよ、宇宙軍の‥まっ、子供のお使いだと思えば‥‥」

 

「ふんっ、使いはとっとと帰すに‥‥限る!!」

 

アズマはガバッと手の平一杯にお茶請けのお菓子を握りこんだ。

 

 

~ナデシコB艦橋~

 

その頃、ナデシコBに戻ったハーリーは自席にてウィンドウボールを展開させアマテラスのメインコンピューターへのハッキングに着手していた。

ルリからアマテラスの秘密を探れといわれ、こうしてハッキングを行なっているのだがハーリーはどこか不安げだった。

 

「‥‥フム‥‥領域11001までクリアー‥‥そろそろ行こうか?」

 

『OK』

 

「データ検索、絹ごし‥‥‥できたスープを順次、僕に‥‥スピードはわんこの中級‥‥」

 

ハッキング作業は順調に進んでいる時、突然、

 

「よっ」

 

「わぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

ウィンドウボール内に突然現れたサブロウタにハーリーは驚き、周りを囲んでいたウィンドウが辺り一面に散らばる。

 

「何、驚いてんだ?お前?」

 

「い、いきなりウィンドウボールの中に、無断で入らないで下さいっ」

 

「いいじゃないか、別に知らない仲じゃないんだから」

 

「なっ!?なっ、何言ってんですかぁぁぁぁ、エッチッッッッッ!!」

 

サブロウタの誤解されるかもしれない発言をムキになって否定するハーリー。

そりゃ、確かにハーリーはやや女顔であるが、彼は決して男色ではない。

そんな2人の様子を見てナデシコの女子クルー達は楽しそうに笑う。

その手の女子がいればきっと興奮していただろう。

 

「はぁぁぁぁ~」

 

興奮が冷めて深いため息をつくハーリー。

 

「何だよ、怒ったりため息を吐いて落ち込んだり、忙しい奴だな」

 

喜怒哀楽の激しいハーリーを見て、からかう口調のサブロウタ。

 

「いえ、ただこんな事をしていいのかなぁ?‥なんて思ったものですから……」

 

ハーリーはルリの言葉を思い出しながら呟く。

確かにハッキング行為はあまり褒められた行為ではない。

もしバレたりしたら厄介な問題となる。

 

「いくらあの人達が協力してくれないからって、これは問題ですよ?」

 

「しょうがないさ、調査委員会も統合軍も何かを隠している様だし、艦長だってそれを分かっていてこんな事をお前に頼んだんだろう?」

 

「そりゃそうですが……でも、艦長がかわいそうじゃないですか」

 

サブロウタはニヤリと笑い、ハーリーの両頬を引っ張り上げる。

 

「いひゃい、いひゃい」

 

「その艦長が道化を演じてあいつ等の目をそっちに向けさせているんだ。そんな艦長の行為にお前が頑張らないでどうする?さっさとやって掴めるもんを掴んでおこうぜ」

 

「は、はい」

 

ハーリーは引き続きアマテラスのコンピューターのハッキング作業を再開した。

 

 

~アマテラス見学コース出入り口~

 

その頃、コロニー内の見学が終わり、順路の出入り口にてガイドのお姉さんとヒサゴプランのマスコットキャラクター、ヒサゴンが子供達におさらいの説明を行う。

 

「さて、超対称性色々と難しいお話をしましたが…」

 

「わかったかなぁ?みんな?」

 

「「「わかんなーい!」」」

 

ルリやコハクは兎も角、普通の子供にまだボソンジャンプについての理解は早かった様だ。

 

「ようするに、このチューリップを通る事によって、とても遠い距離‥火星から地球まで一瞬で移動できちゃうってことなの。ただしですね、現在の段階では普通の人は利用できないんですね。これを利用するにはですね‥‥身体を‥ですね‥‥」

 

お姉さんは少し困った顔で、チラッとルリの方を見る。

 

「改造しちゃうんですか?」

 

「いえ、そこまで露骨なモノではなくてですね‥‥その‥‥」

 

「私の事は気にしなくてもいいですよ」

 

困っているお姉さんにルリは手を差し伸べる。

すると、お姉さんはルリに感謝の意をあらし微笑んで見せる。

 

「つまりですね、今の技術でジャンプするにはDNAという組織をいじらなければならないんです」

 

その言葉に子供達は驚きを見せると、その視線をルリに向けた。

ナノマシン処理は大戦後の今日でも抵抗があったし、ナノマシン処理をした人に対してもやや差別意識があった。

その為、ナノマシン処理をしなければ動かせないエステバリスと異なり、いささか機動力が落ちるが完全手動のステルンクーゲルが軍では採用され始め、今日のネルガルはこうした機動兵器の分野においても開発が遅れている。

 

「少佐、改造人間なの?」

 

素直な子供の意見に対してルリは別に気にした風でもなく子供達に笑って見せる。

そして、ナノマシン処理をしなくてもディストーションフィールドを装備した宇宙船であればジャンプは可能であることを子供達に教えた。

 

 

~ナデシコB艦橋~

 

その頃、ナデシコBでは、ハーリーがデータの中でアマテラスの設計図で公式記録と非公式記録のモノを見つけた。

 

「やっぱり‥公式の設計図にはない部分があります」

 

「襲われる理由ってヤツか?続けていってみようか?」

 

「はい」

 

続けてハッキング作業をすすめていくとボソンジャンプの非公式実験記録もあった。

参加したジャンパーは全員死亡と言うゾッとするデータであった。

すると、《注意!》とかかれたウィンドウが出て来る。

 

「っ!?」

 

「バレたのか!?」

 

「モード解除!オモイカネデータブロック!侵入してきたデータはバイパスへ!!」

 

「何っ!?‥‥これは一体!?」

 

『IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRIRUR IRURUR IRUR  IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR IRUR』

 

全ての空間ウィンドウはひたすらに『IRUR』と謎の文字を繰り返し始めた。

それはナデシコだけでなく、アマテラスでも同様の事態が起きていた。

 

「何だ!?これは!?早く何とかしろ!!こんな所を襲われたらどうする!?」

 

アズマは内線電話で電算室へ電話を入れて早急に事態を収束させろと言う。

そんな中、ヤマザキは茶菓子が入った皿を持って人知れず司令官室を出て行く。

アマテラスの彼方此方で突如出現した意味不明な文字が表示された空間ウィンドウにアマテラスは大混乱となり、ウィンドウを呆然と見つめる者、慌てふためく者、反応はさまざまであったが、子供達は楽しそうに辺りを飛びまわる空間ウィンドウを追いかけている。

 

「落ち着いて、皆さん、落ち着いてください!一列に並んで、ほら静かに…」

 

ガイドのお姉さんは子供達を落ち着かせようとしているが、一向に興奮は収まらない子供達。

 

「「「「キャ―――キャ―――ウワ――――」」」」

 

すると、ブチッと何かが切れる音がして、

 

「静かにせんか、落ち着けオラァ!!‥‥さっ、並んでくださいね」

 

さすがベテランのガイドさん、子供達はピタッと静まった。

 

「ハーリー君、ドジった?」

 

背後でガイドのお姉さんと子供達のそんなやり取が行われていた中、ルリはコミュニケでナデシコBにいるハーリーが何かミスをしたのかと問う。

 

「ち、違いますよ!!僕のせいじゃありません。これはアマテラスのコンピューター同士の喧嘩です」

 

「喧嘩?」

 

「はい、アマテラスには存在しない筈のコンピューターがあって、今、ソイツが表に出てきて自己主張をしているみたいなんですよ!!」

 

「‥‥」

 

ハーリーから訳を聞いたルリは辺りを飛び交っている空間ウィンドウを何気なく見ていた。

そして、それがたまたま、ほんの一瞬だが裏返った状態のモノがルリの眼に映ると、

 

「っ!?」

 

ルリは大きく目を見開いた。

『IRUR』 裏返るとそれは 『RURI』 と明記されていた。

『RURI』‥‥それは自分の名前でもあった。

それを見たルリは急いでナデシコが係留されている港に戻る為に走り出す。

その後ろをハーリーが映る空間ウィンドウが追いかけていく。

 

「艦長、どうしたんですか!?艦長!!」

 

「ナデシコに戻ります」

 

「へ?」

 

「敵が来ます!」

 

ルリはハーリーに敵の来襲が来る事を告げた。

 

 

此処で時間を少し巻き戻して、ハーリーがアマテラスのコンピューターにハッキング作業をかけている頃、

アマテラス近くの宙域では‥‥

 

「・・・。・・・ちゃんはやっぱりアマテラスに?」

 

「ああ。プロスさんの情報では、あそこにはアレがあるみたいだし、そろそろアイツらが動くかもしれないと連絡があった」

 

「だったら、早く助けてあげないと」

 

「ああ」

 

「・・・、・・・」

 

「ん?どうした?・・・」

 

「誰かがアマテラスのコンピューターにハッキングをしている」

 

「誰か?」

 

「うん」

 

「それに今、アマテラスにはナデシコがいるみたい」

 

「ナデシコが!?」

 

「どうする?・・・」

 

「‥‥例え、ナデシコが‥ルリちゃんがあそこに居ても関係ない。俺達の目的は・・・ちゃんの救出だ」

 

「でも、いいの?ルリちゃんが居るのに?」

 

「いずれルリちゃんとは会う事になる‥その時にルリちゃんにはちゃんと伝える」

 

「わかった」

 

「ん?どうしたの?・・・」

 

「アマテラスに別の意志があるみたい‥今、それが起きて、アマテラスの警備システムに障害が起き始めている」

 

「アマテラスの別の意志‥‥っ!?まさかっ!?時間が無い!!急がないと!!・・・、俺は先に出る。お前達はタイミングを見計らって表の警備をかく乱してくれ!!」

 

「分かった。気をつけてね、・・・」

 

 

 

それからすぐにアマテラスの管制室のレーダーが突如、ボース粒子の増大を観測した。

 

「っ!?ボース粒子の増大を確認!!」

 

「敵襲!幅約16メートル、高さ9メートル!」

 

ルリの予見した通り、突如アマテラスの近くでボソンジャンプの兆候であるボース粒子の増大が確認されると先日のコロニー襲撃事件で目撃された白い大型機動兵器が出現した。

 

 




ではまた次回。


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第43話

更新です。


 

 

 

 

 

西暦2201年7月‥謎の大型機動兵器のよるヒサゴプランのコロニー襲撃事件が発生し、それはこの一ヶ月の間で4つのコロニーが襲撃を受け大破もしくは中破して使い物にならないくらいの大損害を受けた。

新地球連合政府、統合軍は事故調査委員会を立ち上げ、調査に乗り出すが、調査委員会の態度は正直に言ってやる気が見られない。

そうした事故調査委員会の動きに、この連続したコロニー襲撃事件には何かが隠されていると思った宇宙軍司令部はヒサゴプランの中枢であるターミナルコロニー、アマテラスへナデシコBを調査の為に派遣した。

しかし、アマテラスにてナデシコは当然、煙たがられたが、コロニー開発公団の技師、ヤマザキと名乗る男の口添えでコロニー内の臨検をする事は出来た。

だが、コロニー内全てを見回る事は出来ないと予想したナデシコB艦長の連合宇宙軍少佐ホシノ・ルリはナデシコBの副長、サブロウタと副長補佐のハーリーに対して密かにある命令を下していた。

そして、ハーリーがアマテラスのメインコンピューターをハッキングしてみるとそこには公式データには無い非公式データが数多く存在していた。

しかもそのデータの中にはボソンジャンプの非公式人体実験のデータもあり、そのデータを見ると被験者は全員死亡していた。

そんな中、突如アマテラスのコンピューターが誤作動を起こす。

原因はアマテラスに存在する非公式コンピューターが自らの存在をアピールしてきた為だと言う。

突然のコンピューターの誤作動で混乱するアマテラス。

そこへ、更に追い打ちをかけるようにこれまでのコロニー襲撃事件の際に目撃されている謎の大型機動兵器‥幽霊ロボットが出現した。

コンピューターが誤作動した時、ルリは何かに気づくと同時に敵の襲撃があると予見し、急いでナデシコが停泊している港湾地区へと急いだ。

 

「乗っていきます?ホシノ少佐!」

 

ナデシコに戻る為に、アマテラスの通路を走っていたルリは声をかけられた。

 

「あなたは!?」

 

「ガイドのお姉さんこと、マユミお姉さんで~す!」

 

ガイドのお姉さんは見学コースを回るためのガイドカートを乗り回しながら答える。

 

「ホシノ少佐、乗っていくんでしょ?」

 

「はい‥‥」

 

そういうとルリはガイドカートに颯爽と乗り込んだ。

 

「すいません!!っと‥‥どいてください!!」

 

アマテラスの通路を見学用のガイドカートが物凄いスピードで走っている。

ナデシコBが停泊している港までルリを送る為、ガイドのお姉さんが気を利かせてくれたのだ。

 

「スミマセン、わざわざ‥‥」

 

「いーのいーの!なんか燃えるっしょ、こーいうの!?」

 

「フッ‥‥」

 

マユミお姉さんの言動が面白かったのか、表情が面白かったのかは分からないが、自然とルリの口元に笑みが浮かんだ。

ナデシコへ向かっている途中、ルリの脳裏には先程、ウィンドウに表示されていた文字の印象が残っていた。

 

(予想は的中。やはり、敵が来た‥‥)

 

(あれは暗号?それとも偶然?)

 

『IRUR』 ⇔ 『RURI』

 

(でも、あの子は‥‥コハクは‥‥)

 

『ルリ』

 

「っ!?」

 

ルリの頭の中で妹だった大切なあの子の顔が浮かび上がり、聞こえるはずの無い声が聞こえた。

 

ルリがナデシコへと向かっている中、コロニー周辺の警備艦隊は迎撃を開始する。

ミサイルの弾幕と共に、戦艦からはレーザー砲やグラビティブラストが撃たれる。

白い大型機動兵器はディストーションフィールドを全開にし、迫りくるミサイルをものともせずに突き抜けていく。

そして、レーザー砲、グラビティブラストの合間を抜けるように‥普通の機動兵器では考えられないようなスピードで攻撃をすり抜けていく。

ただでさえディストーションフィールドの前にはグラビティブラストは効果が薄い。

グラビティ―ブラストの合間を抜け、最低限の接点で流すようにぬけられては、攻撃力は無いに等しい。

 

「第一防衛ライン、突破されます!」

 

「弾幕をはれ!コロニーに近づけさせるな!」

 

「第三中隊、出すぎるな!」

 

「キルタンサスは現状維持!」

 

管制塔では統合軍中佐、シンジョウ・アリトモが叫ぶようにして指示を出す。

だがそれをかき消すかのように、

 

「肉を切らせて骨をたぁぁつっ!!」

 

「じゅ、准将、何を‥‥?」

 

「コロニー内及びその近辺での戦闘を許可する!」

 

いきなり自分の後ろでアズマの声がした。

シンジョウが驚いて振り向くと、何時の間にか、席ごと下から上がってきたアズマが居た。

 

「し、しかしそれではコロニーが‥‥」

 

コロニー内で発砲なんてすれば、コロニー自体に被害が及ぶかもしれない。

シンジョウはそれを恐れてアズマに意見するが、

 

「飛ぶ蝿もとまれば打ちやすし!多少の犠牲はかまわん!」

 

アズマは敵を倒す為ならば、被害を出しても構わないと言う。

すると、

 

『よっしゃあああっ!!!』

 

アズマのその命令が出た瞬間、さきほどのアズマよりも嬉しそうな声と共に巨大な空間ウィンドウがアズマの前に出現した。

空間ウィンドウに映っていたのは元ナデシコクルーのスバル・リョーコだった。

現在彼女は統合軍中尉でエステバリス隊、『ライオンズシックル』の部隊長を務めていた。

リョーコの赤いエステバリスカスタムと青の量産型エステバリスが被っていたステルスシートを剥ぎ取り、その全貌を現す。

その数、リョーコの機体を含めて12機。

ライオンズシックルの存在を感知した白い大型機動兵器は即座にデータを確認、回避行動を開始する。

 

「遅い!!」

 

即座にリョーコのエステバリスカスタムのレールガンが火を吹く。

確実に命中コースだったはずだが人が乗っているとは思えない動きで回避する白い機体。

その周りでは、いまだにもたついているステルンクーゲルが大量に浮いている。

それを蹴散らすように駆け抜ける白い大型機動兵器。

 

「わーッ!?」

 

「ごめんよッ」

 

そして白い大型機動兵器の後を追う為、味方をはじきとばしていくリョーコ達であった。

 

 

~ナデシコB艦橋~

 

コロニー周辺でアマテラスの警備艦隊と白い大型機動兵器が激しくドンパチをしている頃、ルリはナデシコBへと戻った。

 

「おまたせです」

 

『おかえり』

 

帰って来たルリをオモイカネが出迎える。

 

「戦闘モードに移行しながらそのまま待機、当分は高みの見物です」

 

「加勢はしないんですか?」

 

ルリは艦長席に座り、ナデシコをいつでも戦闘可能状態にしておくだけで警備艦隊には加勢しないと言う。

 

「ナデシコBは避難民の収容を最優先します‥‥それに向こうの方からお断りってかんじですから」

 

「はぁ‥‥」

 

「その通り!今や統合軍は陸海空、そして宇宙の脅威をも打ち倒す無敵の軍だ!!宇宙軍など、もはや無用の長物!!まぁ、貴様等はそこでゆっくり見学でもしているがいい!!がはははは‥‥」

 

ルリとハーリーの会話を聞いていたのかアズマが超がつく程のドヤ顔で統合軍の自慢と宇宙軍の批判を言って通信を切った。

 

「何か熱血ですね」

 

(暑苦しい‥‥)

 

ハーリーは自分が所属する軍が非難されてもムッとすることなく、何だか呆れた様子で呟く。

ルリの方は内心呆れている。

 

「ハーリー君、アマテラスにもう1回ハッキングして」

 

「えっ?またですか?」

 

「そう‥キーワードは‥‥『RURI』‥です」

 

ルリは『IRUR』と書かれた空間ウィンドウを反転させてハーリーにキーワードとなる言葉を伝える。

 

「『RURI』?それって艦長の名前じゃないですか?それがどうしてキーワードなんですか?艦長」

 

「いいからやって」

 

「は、はい」

 

「IFSのフィードバック、レベル10までアップ。艦内は警戒パターンA。システム統括」

 

ハーリーは何が何だか分からないと言った様子だが、ルリからの指示なので、渋々と言った感じでハッキング作業を開始した。

そして、ハーリーがハッキング作業中、ルリはかつて自分の妹として慕い、そして可愛がった1人の少女の事を思い出す。

彼女と一緒に居た楽しかった日々を‥‥

昔の事を思い出すと自然とルリ口元に笑みが浮かんだ。

 

「コハク‥‥」

 

ルリは首から下げている銀のロケットペンダントを手で撫でながらその少女の名前を呟いた。

 

 

アマテラスの周辺では相変わらず謎の大型機動兵器とアマテラスの警備艦隊とのドンパチが続いていた。

白い大型機動兵器を数機のステルンクーゲルが追いかけていく。

 

「こらっ!邪魔すんな!そいつはオレの獲物だっ!」

 

そしてそれをさらに追うようにリョーコのエステバリスカスタムが追いかける。

 

「敵、第二次防衛ライン上まで後退!」

 

「がはははは‥‥見たか!?シンジョウ君!!これが統合軍の力ぁ!!新たなる力だぁっ!!」

 

「はぁ‥‥」

 

力説するアズマの斜め後ろでシンジョウは迷惑そうな顔をして文字通りドン引きしている。

 

「宇宙軍の奴等め!戦争中はデカい顔をしていたが、今は違うぞ!!地球連合統合平和維持軍万歳ぃ!!ヒサゴプランばんさぁぁいっ!!」

 

声を張り上げ、手を高らかにあげ万歳をするアズマ。

そんな中、

 

「ポーズ粒子増大!」

 

「「え?」」

 

オペレーターの報告にシンジョウとアズマが唖然とした。

突然ボソンジャンプしてきた白い戦艦。

その戦艦はアマテラスの警備艦隊に向けてグラビティブラストを撃ち込んできた。

 

「守備隊の側面へグラビティブラスト、被害多数!」

 

「質量推定…戦艦クラスです!」

 

再びグラビティブラストを放つ白い戦艦。

正体不明の白い大型機動兵器も反転して再びアマテラスに向かってくる。

 

 

白い戦艦が突然ボソンジャンプをして、警備隊を襲撃している頃、アマテラスの通路をヤマザキが数人の護衛と共に歩いていた。

 

「今度はジャンプする戦艦かい?」

 

「ネルガルでしょうか?」

 

ヤマザキが護衛に突然ジャンプしてきた戦艦について尋ねるが明確な答えは出なかった。

 

「さあね‥‥あの連中は?」

 

「5分で行く‥と‥‥」

 

「はぁ~そりゃ大変だぁー」

 

ヤマザキの口調からは緊張感が全くない。

そしてそのままアマテラスの研究室へと入ると、

 

「緊急発令!5分で撤収ぅ」

 

研究室の中に居た研究者達に撤収命令を出すと、研究者達はあわてて荷作りをはじめた。

 

 

「みなさんこんにちわ。ナデシコB艦長のホシノ・ルリです。これよりナデシコBはアマテラスより離脱。第二次ラインで避難民の収容をします」

 

ルリはアマテラスに残っている一般人に対して救助を伝えるとナデシコを出航させた。

 

「ナデシコB、アマテラスから離脱します」

 

「あんな小娘放っておけ!!それよりも敵戦艦に反撃だ!!キルタンサスとよいまちづきを向かわせろ!!急げ!!」

 

アズマはデスクを叩きながら反撃命令を出す。

警備艦隊の艦がいっせいに白い戦艦に向けて艦首を回頭するとグラビティブラストとミサイルを一斉に放つ。

だがそれらは全て白い戦艦の強固なディストーションフィールドに阻まれてしまう。

 

 

 

 

「・・・ちゃん。バッタを全機射出、・・・の援護をするよ」

 

「わかった」

 

白い戦艦からは無数のバッタが射出されると警備艦隊に襲い掛かった。

 

 

「くそっ!オレの相手はやつだ!おまえらなんかじゃないんだよぉ!」

 

迫りくるバッタを撃破しながら必死に謎の大型機動兵器を追いかけるリョーコ。

そして、リョーコは白い大型機動兵器をレールガンの射程内に捉える。

 

「そこかぁっ!」

 

レールガンを3発打ち込む。

だが、その内2発はフィールドにはばまれかろうじて1発は命中するが、それほど大きなダメージはなく、相手の装甲を一部剥がしただけだった。

 

「へたっっくそっ!」

 

「「「「隊長!お供します!」」」」

 

「これればなっ!」

 

自分を叱咤すると、部下であるライオンズシックルのメンバーとともに再び白い大型機動兵器を追いかける。

 

オモイカネがこれまでのアマテラスで行われているドンパチの経緯を簡単な図で表記する。

 

「敵の不意な出現に、そして強襲。反撃を見透かしたような伏兵による陽動‥そしてポイントを変えての再突入‥‥」

 

「敵さんもなかなかやりますね」

 

「気付いたリョーコさんもさすがです」

 

「どうします?」

 

ルリは空間ウィンドウに映るサブロウタと敵の作戦を見て思わず感嘆してしまう。

 

「もうちょっと待ってください」

 

「は?」

 

「敵の本当の目的‥知りたくありませんか?」

 

サブロウタは既にナデシコBの格納庫にある自らの愛機のコックピットにおり、いつでも出撃が可能だったが、ルリはサブロウタに待機命令を出した。

 

突入ルートを変更し、白い大型機動兵器はまっすぐアマテラスへと向かっていく。

それを追っていく、リョーコ達ライオンズシックル。

すると白い大型機動兵器は、

 

「なっ!?」

 

突然、自らの装甲の一部を剥がし始めた。

剥がされた装甲は慣性の法則とあいまって、一種の武器となる。

 

「だ、脱出!」

 

「脱出しますっ!」

 

剥がされた装甲の直撃を受けて味方のエステバリスが次々と脱落していく。

そして、遂にライオンズシックルのメンバーはリョーコ1人だけとなってしまった。

 

「てめぇはゲキガンガーかよっ!?」

 

その場の機転で無茶苦茶な戦い方をする敵にリョーコが不平をもらす。

その間に白い大型機動兵器がアマテラスに接近する。

 

「撃ぅてぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

そこへ、待機していたエステバリス、重砲戦フレームが一斉に攻撃を開始する。

とにかく『下手な鉄砲数打ちゃあたる』精神なのだろう。

 

「撃ぅちまぁくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

白い大型機動兵器に向けてレールガンやらガトリングやらが乱射される。

これにはさすがに突入のタイミングがとりにくいのか、白い大型機動兵器が動きを止める。

だが、フィールドを展開すると、これまた合間をぬけていく。

 

「野郎っ!!」

 

リョーコが追い付き、白い大型機動兵器にむけてレールガンを撃とうとするが、

 

「おわぁっ!と、わぁっ!!」

 

味方の砲戦フレーム部隊の無差別攻撃をうける。

 

「撃てェ!落とせぇ!打ち落とせぇぇぇっ!!!!」

 

「バッキャロ――――――――――――――――!!!!」

 

まだ乱射していた砲戦フレームのエステバリス群の内の2機にレールガンがぶつけられて攻撃が一時止まる。

このレールガンは敵の大型機動兵器のモノではなく、リョーコは投げたモノだった。

 

「てめぇら邪魔なんだっ!黙ってみていろっ!!」

 

「今はそれどころじゃないっ!お前こそ、邪魔だぁっ!!」

 

「邪魔はそっちだぁっ!!」

 

「き、さ、まぁぁぁぁぁっ!!」

 

空間ウィンドウ越しに睨み合うアズマとリョーコ。

だが、そこに水をさす様にルリが通信を入れる。

 

「ゲート開いちゃっていますよ、いいんですか?」

 

「「え!?」」

 

ルリの仲裁?で言い合いを止めるアズマとリョーコ。

 

「13番ゲート、オープン!敵のハッキングです!」

 

空間ウィンドウに『No.13 遺跡搬入口』とかかれた入り口が映る。

 

「13番?なんだ?そりゃ‥?わしゃ知らんぞ‥‥」

 

このアマテラスの責任者でもある自分でさえ知らない隠しゲートが存在し、それが開口している事に唖然とするアズマ。

 

「それがあるんですよ。准将」

 

無表情に後ろのシンジョウがつぶやく。

 

「何!?どういうことだ!?シンジョウ君!?」

 

振り返り背後に居るシンジョウに事情を訊ねるアズマ。

しかし、彼はその言葉を無視し、

 

「茶番は終わりと言う事です准将‥‥人の信念‥いや執念とでも言うべきか‥‥?」

 

悟ったように呟く。

 

開口した13番ゲートに外部パーツをパージした白い大型機動兵器は物凄いスピードでその中を突き進んでいく。

まるで何か急かされているかのように‥‥

そしてその後を追うリョーコの赤いエステバリスカスタム。

だが、

 

「おわぁっ!ああっ!?」

 

突如、ゲート内部で響く爆風に閃光、そして撃破音。

 

「お久しぶりです。リョーコさん」

 

「ああ、久しぶり‥2年ぶりか?元気そうだな」

 

リョーコがルリと最後に出会ったのはアキトとユリカの葬儀会場だった。

あの時、自分は人目も気にせずに号泣したがルリだって辛かった筈だ。

家族同然のアキトとユリカの2人を一度に失い、しかも妹と慕い、可愛がっていたコハクも行方不明になっていた。

意気消沈しない方がおかしい。

でも、今空間ウィンドウ越しで見るルリは昔、ナデシコで見たルリと変わらない様子だった。

 

「相変わらずさすがですね」

 

「へっ、無人機倒した所で自慢にゃなんねーよ」

 

リョーコの機体の周辺には残骸と化した十数機のステルンクーゲルが漂っていた。

 

「無差別に侵入する敵を排除する為のトラップみたいですね」

 

「なるほど」

 

「この先にトラップはありません。道案内します」

 

「すまねぇなぁ」

 

リョーコはルリの案内の下、ゲートの奥へと進んで行くが、その途中で大事なことに気が付く。

 

「ん?ああ!!お前ら!!人んちのシステムハッキングしているなぁ!?」

 

「敵もやっていますし、非常時です。そして、犯人はこのハーリー君です」

 

表情を変えずにルリは自分が命令したにもかかわらず、ハッキングの犯人はハーリーだと言って彼を売った。

 

「か、艦長~!!」

 

突然のルリの裏切りにハーリーは泣きそうな声を出した。

 

「ハハッ…!」

 

そんなルリとハーリーのやり取りを見てリョーコは自然と笑みがこぼれた。

まるであの頃のようだと思って‥‥

 

外では白い戦艦とバッタがアマテラスの警備艦隊と未だに激しいドンパチを繰り広げており、管制室では、

 

「敵、第五隔壁に到達!」

 

スクリーンには侵入していく白い大型機動兵器を示すマーカーが表示され、その後ろには、それを追うリョーコ機をしめす赤いマーカーが映し出されている。

 

「プラン・乙を発動!各員は至急持場につけ!」

 

シンジョウが声を上げる。

 

「放せ!ワシは逃げはせん!」

 

「准将お静かに!」

 

そんなシンジョウの背後では管制室から強制退去させられそうになり、抵抗するアズマの姿があった。

彼を取り押さえている兵士もアズマの抵抗に苦労している。

 

「シンジョウ君!これはどういうことだ!?君達は一体‥‥」

 

「地球の敵、木連の敵、宇宙のあらゆる腐敗の敵‥‥」

 

「なんだと!?」

 

「我々は火星の後継者だっ!!」

 

シンジョウは統合軍の軍服を脱ぎ捨てるとその下からは赤とベージュを基調とし、腹部には大きく火星のマークが描かれた制服が姿を現す。

こんなに着込んで彼は動きにくかったり、暑くなかったのだろうか?

しかも手をかけたのは上着だけだったのに下も脱ぐと言う器用な真似をしていた。

 

 

シンジョウが自らの正体を現した頃、アマテラスの某所では、

 

「隊長、表の同志達が動き出しました」

 

「我らはどうなさいますか?」

 

アマテラスの某所では編み笠にマントを着た6人ほどの男達が姿勢を低くし、眼前で立って居る男の命令を待っていた。

 

「‥‥やはり、来たか‥救済人よ‥‥迎え撃つ‥全員騎乗せよ」

 

「外の戦艦の方はいかがなさいますか?」

 

「今は今後、我らの障害となりうる救済人の抹殺を優先とする」

 

「「「「「「はっ!!」」」」」」

 

その一言に男達は傍にあった機動兵器に次々と乗りこんでいく。

 

「次は逃がさぬぞ、救済人‥いや、・・・・・・・。クッククク‥‥」

 

男はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、赤い鬼のような起動兵器に乗りこむ。

 

「跳躍」

 

そして男達が乗った機動兵器は消えた。

 

 

ゲートの前にたどりついた白い大型機動兵器。

そのコックピット内ではパイロットが緊張した面持ちで機器を操作しようとする。

そこへ、

 

「おうし、そのままそのままー」

 

リョーコのエステバリスが突入し、有線通信式のワイヤーを白い大型機動兵器に打ち込んだ。

プロテクトを無理矢理こじ開けて白い大型機動兵器のパイロットに通信を送る。

 

「オレはたのまれただけでね、こいつらが話をしたいんだとさ」

 

白い大型機動兵器のコックピットにリョーコを含め、2つの空間ウィンドウが開く。

 

「こんにちは私は連合宇宙軍少佐、ホシノ・ルリです。無理矢理ですみません。あなたが通信にプロテクトかけていたのでリョーコさんに頼みました」

 

ルリは律儀に白い大型機動兵器のパイロットに自己紹介をした後、こうして通信を送って来た経緯を説明する。

それに対して白い大型機動兵器のパイロットは沈黙を貫く。

 

「あの‥‥教えてください。あなたは、誰ですか?」

 

「ラピス、パスワード解析」

 

白い大型機動兵器のパイロットはルリの言葉を無視して淡々と作業を進める。

 

『パスワードを入力してね』

 

マニュピレーターを伸ばし、パスワードを入力する。

 

『Golden Valkyria』

 

白い大型機動兵器がパスワードを入力すると轟音を立てて眼前のおおきなゲートの扉が開いていく。

 

「時間がない。見るのは勝手だ」

 

パイロットのその言葉を聞いて、リョーコとルリは思わず生唾を飲む。

ゲートが完全に開き、奥に見える光‥‥そしてその先にあったのは‥‥

 

「なにぃっ!?」

 

ソレを見たリョーコは驚き、信じられない思いで、確認しようとエステバリスをソレに近づける。

 

「ルリ!!見ているか‥‥!?」

 

自分の目の前にある物が信じられず、リョーコはルリが見てもはっきりと分かるくらい動揺していた。

勿論リョーコから送られてくる映像を見てルリ自身も信じられなかった。

 

「リョーコさん」

 

「なんだよ?ありゃ‥‥」

 

「リョーコさん。落ち着いてください」

 

「なんなんだよ!?ありゃあ!!!!」

 

「リョーコさん!!」

 

「くっ‥‥」

 

「形は変わっていてもあの火星の『遺跡』です。あの戦争で地球と木連が狙っていたボソンジャンプのブラックボックス‥ヒサゴプランの正体はこれだったんですね‥‥」

 

映像の前にあるのは間違いなく3年前、確かにYユニットと共に宇宙の彼方へと飛ばしたはずのあの遺跡が鎮座していた。

その証拠に遺跡の近くには半分解体されたYユニットが放置されていたからだ。

 

「そうだ」

 

白い大型機動兵器のパイロットはルリの推測を肯定する。

 

「ルリ‥‥これじゃあ、あいつらが浮かばれねぇよ‥‥」

 

「リョーコさん‥‥」

 

「なんでこれがこんなところにあるんだよ‥‥?」

 

リョーコが悔しそうに呟くと同時に巨大なウィンドウが遺跡の前に開く。

 

「それは!!人類の未来のため!!!」

 

「っ!?」

 

「く、草壁‥中将!?」

 

其処にはかつての木連の指導者で熱血クーデターにて行方不明となっていた草壁春樹木連中将の姿が映し出されていた。

草壁の姿を見て唖然とするリョーコ。

ルリも草壁の姿を見て目を見開いて驚いている。

 

「リョーコちゃん!!右っ!」

 

「っ!?くッ!くッ!うわぁ!」

 

草壁の姿を見て唖然としていたリョーコの機体になにかが迫る。

反射的にかわそうとしたリョーコだったが、半歩遅れていたため、躱しきれずに、錫杖の様な槍で床に縫いとめられた。

 

 

「ヒサゴプランは我々火星の後継者が占拠する!!」

 

シンジョウの宣言と共にアマテラスに居た統合軍の将兵や技術者、研究者達は次々と纏っていた軍服や作業着からシンジョウが着ている火星の後継者の制服に着替え始めた。

そして、彼らは武装しアマテラスの主要ブロックを次々と占拠していった。

 

「占拠そうそう、申し訳ないが我々はこれよりアマテラスを爆破・放棄する!敵味方問わず、脱出してくれたまえ!!繰り返す‥‥」

 

シンジョウの通信はナデシコBを始めとするアマテラス周辺に展開する艦艇、エステバリス、ステルンクーゲルへと送られる。

 

「律儀な人達だな‥‥」

 

爆破宣言と態々敵にまで目的と避難指示を出すシンジョウにハーリーがボソッと呟く。

 

「データはとれた?」

 

「あっ、はい。取れました」

 

「サブロウタさん、リョーコさんの救助をお願いします。敵には構わず、リョーコさんの救助を優先してください」

 

「了解」

 

火星の後継者がアマテラスの爆破を宣言したのでルリはリョーコ救出の為、サブロウタを現場に向かわせた。

 

「リョーコさん、大丈夫ですか?」

 

「今度は、かなり、やばい…かな?」

 

リョーコは炸裂ボルトをつかって、錫杖で縫いとめられている右手と右足をパージする。

だが、無理がたたったのか機体はもがくようにしか動けない。

周りには敵と思しき機動兵器が6機‥意外とピンチな状況だ。

 

「アンタは関係ない。さっさと逃げろ」

 

「今やってるよ!」

 

白い大型機動兵器のパイロットからは敵に囲まれている中にもかかわらず、冷静な声でリョーコに逃げろと言う。

その忠告に対して思わず逆ギレするリョーコ。

やがて、シンジョウの発言通りアマテラスの彼方此方で爆発が起き始めた。

その振動はこの秘密区画まで広がって来た。

 

「な、何だ!?」

 

すると、爆発の他にどこからか‥‥

 

シャン‥‥

 

シャン‥‥

 

シャン‥‥

 

と静かで不気味な金属音が聞こえてきた。

続けて、

 

「一夜にて 天津国まで伸び行くは 瓢のごとき 宇宙の螺旋…」

 

赤い機動兵器が出現する。そしてそれを守るように、先程リョーコ機を床に縫いとめた茶色い土偶の様な6機の機体が隊列を組む。

 

「救済人よ‥‥戦乙女の前で死してヴァルハラへと逝くか?」

 

「戦乙女?」

 

赤い機動兵器のパイロットの言葉に対していぶかしげにリョーコがつぶやく。

するとその言葉に反応したかのように遺跡が一枚一枚とまるで花が咲くように外壁が開いていく。

 

「っ!?」

 

「う、嘘‥‥」

 

リョーコとルリはその光景を見て草壁を見た時以上に驚いた。

遺跡の中から出てきたのはアキトとユリカの大事な家族だったもう1人の少女‥‥

ホシノ・ルリが妹と慕った少女だった。

 

「そんな‥‥嘘でしょう‥‥コハク‥‥」

 

ホシノ・コハク‥‥それが遺跡の中に居た少女の名前だった。

 

アマテラスの爆発の影響がいよいよこのブロックにも迫って来た。

 

「アキト!!アキトなんだろう!?だからさっきリョーコちゃんって‥おい!」

 

リョーコはこの白い大型機動兵器のパイロットがかつてのナデシコの仲間であり、ルリとコハクの家族とも言える大切な人‥テンカワ・アキトなのではないかと思い声をあげる。

 

「滅!」

 

赤い機動兵器のパイロットのその掛け声とともに6機の茶色い土偶の様な機動兵器、そして白い大型機動兵器は動き始める。

白い大型機動兵器と6機の茶色い様な機動兵器が戦闘を開始すると、

 

「ひさっしぶりの登場っ!!」

 

サブロウタの乗った青いスーパーエステバリスが天井を突き破って入って来る。

そして巧みにリョーコ機のアサルトピットだけを取り外してその場から撤退する。

爆風の中を抜けていくサブロウタのスーパーエステバリス。

その手の中にはしっかりとリョーコが乗るアサルトピットを持っている。

 

「コラ、バカ!!引き返せっ!仲間が‥‥アキトとコハクが!!」

 

リョーコはサブロウタに引き返してアキトとコハクを助け出せと声を荒げるが、

 

「わりぃな、艦長命令だ、文句なら艦長にいってくれよ、中尉」

 

一蹴するサブロウタ。

確かにこの状況ではリョーコは戦えないし、敵の数が多すぎる上に相手の実力も計り知れない。

しかもアマテラスは火星の後継者が自爆させているので、この場に長く留まるのは危険だ。

リョーコは悔しそうに顔を歪め、ナデシコのルリに伝える。

 

「おい!!ルリ!!聞いているんだろう!?」

 

ルリは前を向いたまま表情を一切変えない。

 

「生きていたんだよ!あいつら!今度も見殺しかよ!ちきしょう‥‥ちきしょう‥‥」

 

リョーコの涙ぐんだ声を聞いてか聞かずか、ルリは相変わらず表情を変えずに命令を下す。

 

「戦闘モード解除。タカスギ機を回収後、全速でこの宙域を離脱します」

 

「りょ、了解」

 

ナデシコBは、大爆発をおこすアマテラスをバックに遠ざかって行った‥‥

ハーリーはルリをチラッと見るが、彼女はジッと無表情のままで前を見つめるだけであったが、左手は首から下げている銀のロケットペンダントをギュッと握りしめており、その手は小さくカタカタと震えていた。

 




ではまた次回。


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第44話

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

 

西暦2201年 8月‥‥

地球連合政府は木連と和解し、人類は更なる発展を遂げようとしていた。

その最たるものがあの戦争で地球と木連が必死になって手に入れようとしていたボソンジャンプ技術‥‥

そしてそのボソンジャンプ技術はヒサゴプランと言う名で宇宙交通網の要として使用されていた。

しかし、その実態はあの戦争末期‥ナデシコが宇宙の彼方へ飛ばした筈の火星の遺跡と2年前、ルリ達の前から姿を消したコハクだった。

そしてそれを手に入れたのは旧木連の指導者、草壁春樹中将とその草壁を慕った旧木連の将校、草壁と志を共にするヒサゴプラン‥ボソンジャンプシステムに携わる技術者・研究者、統合軍将校たち火星の後継者達だった。

彼らは時を待っていたかのようにヒサゴプラン中枢コロニー、アマテラスにて一斉蜂起し、新地球連合政府及び統合軍に対して宣戦布告をしてきた。

 

 

同年7月から始まった謎のロボットによるターミナルコロニー襲撃事件の調査の為、ホシノ・ルリ少佐が艦長を務めるナデシコBはそんな中、ヒサゴプラン中枢コロニー、アマテラスへ臨検に来ていた。

突然の草壁を主犯とする火星の後継者の一斉蜂起、そして連日のコロニー襲撃事件の犯人と目される謎のロボットのアマテラスへの襲来。

その混乱の中、ナデシコBはアマテラスで働いていた火星の後継者とは無関係の非戦闘員、アマテラスに来ていた一般人を救助し、一路地球へ向けて航行していた。

 

「ハーリー君」

 

「はい」

 

「少しの間、操艦をお願い」

 

「えっ?ええ、いいですけど‥‥」

 

「それじゃあ、よろしく‥‥」

 

「は、はい」

 

ルリはナデシコBの操艦を副長補佐のマキビ・ハリ少尉に任せると艦橋を後にする。

ハーリーは心配そうに艦橋から去って行くルリの後姿を見ていた。

 

 

艦橋を後にしたルリは人気のない通路にて壁に背を預け、首からぶら下がっている銀のロケットペンダントをギュッと握りしめ、顔を俯かせる。

 

(コハクが生きていた‥‥)

 

(それは嬉しい事だけど‥‥でも‥‥でも‥‥)

 

ルリにとって2年間行方不明になっていた妹が死んでいなかった事は喜ばしい事だった。

でも、2年ぶりの再会はあまりにも衝撃的だった。

コハクはあの火星の遺跡と融合され生体ユニットにされていた。

あの場でコハクを助け出せなかった事、

自分の敬愛する妹をあんな目に遭わせた火星の後継者に対する怒り‥‥

様々な思いがルリの中で渦巻く。

そんな時、ルリの姿を見つけたリョーコがずかずかと彼女に近づいてきた。

リョーコはその表情を見る限り怒っている事が窺える。

 

「おい、ルリ!!」

 

リョーコはルリの胸倉を掴み、

 

「お前、何で!?何で、あの時、アキトとコハクを見捨てた!?」

 

と声を荒げた。

 

「アキトもコハクもお前にとっちゃ大切な家族じゃなかったのかよ!?それをあっさりと見捨てやがって!!」

 

「‥‥」

 

リョーコに胸倉を掴まれて怒鳴られてもルリは一切の反応を示さない。

 

「コハクはあんな目に遭っていたのに見捨てるなんて‥‥それでもお前はアイツの姉なのか!?」

 

そこまで言われ、ルリは俯いていた顔をキッと上げ、

 

「私だって‥‥私だって!!コハクを助け出したかった!!出来るのであれば私が直接あの場へ行きたかった!!」

 

リョーコに負けないぐらいの大声で叫ぶかの様に言い放つ。

ルリ自身、そしてリョーコもルリが此処まで声を荒げるのは初めてかもしれない。

 

「でも、あの時、リョーコさんをはじめ、ナデシコには戦えない人が大勢乗っていました!!ナデシコの艦長として、その人達を危険な目に遭わせることも出来ませんでした!!」

 

あの時、ナデシコには沢山のアマテラスからの避難民が居た。

そしてリョーコ自身もエステバリスが戦闘不能の状態であのままあそこに放置しておけば命の危険もあった。

リョーコを救助しに行ったサブロウタもリョーコを抱えながらの戦闘なんて当然無理だった。

ナデシコであの戦争を戦ったクルーであれば火星での失敗経験もあり、折角助けた人を危険な目に遭わせたり、ましてや殺してしまうのはあまりにも軍事としてはあるまじき行為である。

しかもそれが、私情が関係するのであればなおさらだ。

 

「リョーコさんが悔しい思いをしているのは分かります。でも、リョーコさんだって分かりますか!?私の気持ちが!?コハクが私の下から消えて、行方不明になって2年ですよ!!2年!?その間、私がコハクの事を一切心配していないと思っていたんですか!?そんな訳ないじゃないですか!!あの子は私の妹なんですよ!?妹の事を心配しない姉が何処にいるんですか!?」

 

胸倉を掴んでいたリョーコの手を払いのけ、逆にルリはリョーコに問い詰めるかのように両手でリョーコの胸倉を掴んで詰め寄る。

ルリに詰め寄られ、リョーコは次第に興奮が冷め始め、自分がルリに何を言ったのか、それを自覚し始めた。

ルリのコハクへの依存度はナデシコに乗っていれば分かる事だった。

あのルリがコハクを心配していない筈が無かった。

 

「‥‥すまねぇ‥つい、熱くなっちまって‥お前さんの気持ちも考えずに‥‥」

 

「‥いえ、私の方も言い過ぎました」

 

熱くなり、言いたい事を言った後、2人は冷静になり、お互いに言い過ぎたと謝った。

それにコハクは死んだわけではないし、仮にあの白い大型機動兵器のパイロットがアキトならば、彼も単独でジャンプが出来る。

もしかしたら、アキトがコハクを助けてくれたかもしれない。

アキトも単独でジャンプをしてあの場から撤退したかもしれない。

そんな希望をルリとリョーコは抱いていた。

ルリは地球に着くまでの間、部屋にて今回のアマテラスにおける草壁を主犯とする火星の後継者についての報告書とアマテラスで収集したヒサゴプランについての報告書を纏めた。

 

ナデシコBはアマテラスにていきなり戦闘に巻き込まれたが無事に避難民を乗せ地球へと帰還した。

ルリは地球へ着くと連合宇宙軍日本司令部へと出頭を命じられ、ナデシコ艦内でしたためた報告書を持参して出頭した。

薄暗い会議室の中、コウイチロウやヨシサダを始めとする宇宙軍の幕僚達が集まる中で草壁春樹のプロフィールと木連時代に取られた写真が空間ウィンドウに表示される。

 

草壁春樹、元木連中将。

戦争中は実質的な木連リーダー。

秋山や九十九ら元木連組から見た彼の人物像は正義を愛する熱血漢で、理想のためなら死ねる男。

しかし、欠点として自分の理想が世界にとっての理想だと強く信じている所‥言うなれば独裁者思想が強かったという所だ。

そんな彼の欠点に対して危ういと感じたからこそ、秋山や九十九達は彼に対して反旗を翻したのだ。

 

 

「熱血クーデターで行方不明になっていたのが‥‥」

 

ジュンが草壁の経歴を会議室に集まった宇宙軍の士官たちに説明する。

 

「生きておりましたな‥‥」

 

ヨシサダは何気に呟く。

 

「元木連組としては、まことに申し訳ございません」

 

「我々があの時、草壁の身柄を抑えるか、完全に抹殺していれば今回の様な事は‥‥」

 

元木連組の秋山と九十九はすまなそうに頭を下げる。

そして、ルリは椅子から立ち上がり、アマテラスから奪ったデーターを読み上げようとする。

 

「あっ、ルリ君。発言は座ったままでよいよ」

 

やんわりとルリの行動を指摘するコウイチロウ。

その指摘にルリは素直に応じて椅子に座り直すとこれまでの経緯とハッキングで調べ上げた事柄を報告し始める。

ルリから語られる報告内容はコウイチロウを含めた宇宙軍の幹部達を驚かせるに十分な物だった。

 

「なるほど、ボソンジャンプの独占と現在の政治体制の転覆。それによって彼らは地球、火星圏に自分達が望む理想郷を作ろうと言うのか‥‥」

 

「地球連合政府は草壁にヒサゴプランと言うお膳立てをしてしまったという訳ですな」

 

「草壁閣下は常日頃からボソンジャンプの重要性と危険性を説いておられたからなぁ‥‥」

 

秋山は木連時代の草壁の事を思い出すかのように呟く。

 

「本人にとっては正義なのでしょうけど、支配される側とっちゃ迷惑です」

 

「それにあの男の正義は極めて危険だと、自分はあの戦争の最中で改めて実感しています」

 

そんな秋山にジュンと九十九がツッコミを入れる。

 

「まあな」

 

「では、先日よりコロニーを襲撃している例の白い大型機動兵器も草壁達、火星の後継者達の仕業でしょうか?」

 

幕僚の1人がコロニー襲撃事件のあの白い大型機動兵器も火星の後継者なのかと疑う。

 

「いえ、あの機体はむしろ彼らの敵と思って間違いありません」

 

ルリはあの白い大型機動兵器と火星の後継者は敵対関係にあると異論を挟む。

 

「では、ルリ君はあの白い大型機動兵器をどう見る?」

 

「‥まだ、確証は掴めませんが、あの白い大型機動兵器は火星の後継者との敵対者でありますが、我々の味方でも無い事は確かです」

 

あの白い大型機動兵器のパイロットは十中八九、テンカワ・アキトであると確信を持っているルリであるが、まだ実際に確かめていないし、仮にアキトであるとしたら一体何故、この様な事をしているのか?

それ以前にあの事故からどうやって助かったのか?

生きていたとしたら何故、自分に連絡を寄こしてくれないのか?

ユリカは無事なのか?

それらの理由も分からない為、とりあえずはあやふやな回答でこの場は凌いだ。

 

 

会議終了後、ルリはコウイチロウに呼ばれ、サブロウタ、ハーリーと共にコウイチロウの執務室へと向かった。

 

「ナデシコC?」

 

「そう、3代目のナデシコ‥A、B、CのC‥‥現在、月基地のネルガルドックにて最終調整中だ」」

 

コウイチロウがナデシコCの『C』の意味を3人に伝える。

 

「君達は独立ナデシコ部隊とし奴等に占拠されている火星遺跡の奪還に向かって欲しい」

 

続いて秋山がルリ達にナデシコCを率いての任務を伝える。

 

「そうなると正規の軍人さんは使えませんね」

 

「その通り」

 

「じゃあ…どうすんッスか?」

 

相変わらず敬意を祓わない口調でサブロウタが訪ねる。

だが統合軍ならいざしらず、宇宙軍ではあまり問題にされないようだ。

過去のナデシコの実績から能力重視なのか、顔馴染みの仲と言う事で黙殺されているのか?

兎も角、サブロウタの態度と口調に関してうるさく言わないコウイチロウと秋山だった。

そして、今回の作戦‥正規の軍人が使えないのであればどうやってその新造艦であるナデシコCを動かせばいいのだろうか?

宇宙戦艦なんて素人がそう簡単に動かせる代物ではない。

民間の宇宙貨物業者から人材を借りるのだろうか?

 

「はっはっは。お任せ下さい」

 

するとコウイチロウの執務室に一人の男の声が響く。

 

「「えっ?」」

 

「この声は‥‥」

 

ルリにとってそれは聞き覚えのある声だった。

 

「水ぅの中から、こぉんにぃちわぁぁ~♪」

 

執務室にあった大きな水槽の裏からプロスペクターが姿を現した。

 

「プロスさん‥‥」

 

ルリ、サブロウタ、ハーリー、プロスペクターは場所を変えて司令部近くの公園で井戸端会議でもするかのような雰囲気でナデシコCの人材について話し合った。

 

「ぷろすぺくたぁ?」

 

「本名っすかぁ?」

 

プロスペクターから名刺をもらったハーリーとサブロウタはこれが本名なのかと首を傾げる。

 

「いえいえ、ペンネームみたいなものですよ」

 

サブロウタの質問に答えつつ、ポケットから手帳を取り出す。

 

(そう言えば、プロスさんの本当の名前、私も知りませんね‥‥)

 

「さて、手分けして人集めと行きましょうか。歴史はまた繰り返します」

 

「そう‥ですね‥ちょっとした同窓会みたいなものですね」

 

その同窓会にルリの家族は誰も出席できそうになかった為かルリは少し悲しそうな声で答えた。

 

それからルリ達は軍服から私服に着替え、ナデシコCの人材集めの為に1人の旧ナデシコクルーの下へと向かった。

トウキョウシティーのある交差点にて、

現在歩行者通路信号は赤なので青になるのを待っているルリ達。

 

「ボクらがいるじゃないですか。ボクら3人なら敵なんて‥‥勝てますよ!」

 

「‥‥」

 

ハーリーは今回の人材募集の件について不満がある様子でルリに言うが彼女はそれを聞き流していた。

 

そして3人はトウキョウシティーのとあるマンションへとやってきた。

 

「ごめんください」

 

ルリが呼び鈴を鳴らすとドアの向こう側からこのクソ暑い季節なのにドテラを着て眼の下にくっきりと隈をつくった元ナデシコ、エステバリス隊のパイロット、アマノ・ヒカルが出てきた。

 

「うわぁ~久しぶりだね、ルリルリ」

 

ヒカルに出迎えられ、ルリ達は彼女の自宅兼仕事場であるマンションの中へと入る。

現在ヒカルはいくつもの雑誌に連載を持つ売れっ子漫画家だった。

リビングにはいくつもの机が並び、その上には漫画の執筆に必要な道具や漫画の原稿が置かれていた。

 

「「おおーっ!おおおぉぉっ!!!」」

 

ヒカルの仕事場である部屋にて生の漫画の原稿を見てサブロウタとハーリーは感嘆の声を漏らす。

 

「ナマだ‥‥マンガの生原稿だ」

 

「プロの線って凄いですね」

 

2人はヒカルの書いた原稿をみて大興奮している。

そんな2人を尻目にルリは今回、ヒカルの下を訪れた訳を説明する。

 

「ナデシコC?」

 

「はい。今回の任務は極秘なので正規の軍人さんは使えないとの事なので‥‥」

 

「ふぅーん…」

 

ヒカルはルリから説明を聞き、マグカップに入っているコーヒーを一口飲んだ後、

 

「いいよ」

 

「「えっ?」」

 

一言で今回の作戦に参加する事を了承した。

これにはサブロウタとハーリーは唖然とし、ルリ自身も表情は変えなかったが驚いた。

 

「いともあっさり‥でも、連載あるんですよね?」

 

ルリは作戦行動中の連載は大丈夫かと訊ねると、ヒカルは号泣しだしてルリの手を握り、

 

「フフフフフ‥‥丁度良かったぁ~明日締め切りなのにアシの子が皆、お葬式やら合コンでいなくて困っていたのよぉ~」

 

「はぁ‥それは‥‥」

 

ヒカルの目の下の隈はここ数日1人で漫画を徹夜で描いている為だった。

 

(ナデシコ長屋でもこんな事があった気がします)

 

ルリはナデシコ長屋での生活中にも同じような事があったとデジャヴを感じた。

こうしてルリ達はヒカルの漫画の手伝いをする事になった。

ヒカルの家にある赤い公衆電話が鳴る。

とは言え、外見が昔の赤い公衆電話なだけでこれも立派なコミュニケ型の電話なのだ。

 

「ああ、また音だけ‥‥先生、調子どうですか?」

 

電話は雑誌社からの編集担当だった。

その電話に出たのはハーリーで、

 

「はい。もしもしボク、ハーリー」

 

ハーリーは幼い子供の声で返答する。

 

「へ?どうしたんです?先生!?」

 

「小さいから分かんない。じゃあ‥‥」

 

「先生!!先生―――――――――――――――――!」

 

「はぁ~‥‥自己嫌悪」

 

電話を切った後、ハーリーは自己嫌悪を感じつつ、台所へとむかう。

その後ろではヒカルが扇子をもって嬉しそうにしている。

 

「はいはいオッケー。その調子でよろしくねー」

 

そして再び仕事部屋にもどって指示を飛ばしはじめる。

 

「ルリルリ、かげパイルよろしく」

 

「はい」

 

「サブちゃん!そこテンピョウラブリーね!」

 

「うぃーっす」

 

「ハーリー君、カレーは超辛でお願いね」

 

「はぁーい」

 

「1人じゃ無理でも4人ならなんとかなるっ!!さぁ!夜明けまでにがぁんばろぉ!」

 

こうして黙々と漫画の執筆作業を続けるルリ達だった。

そして時間が過ぎ、辺りは日が落ちて暗くなっていく‥‥

 

トウキョウシティーの歌舞伎町のあちこちでは怪しげな看板のネオンが灯っていた。

また、路地には酔っぱらいやカップルがいるようなそんな場所にある1つのバー‥‥。

ネオンには『BAR花目子』と書いてある。

店内からはウクレレの音と歌声らしきものが聞こえて来た。

 

「一歩二歩三歩~♪サンポの時は~連れてって~♪」

 

ニヤニヤしながらウクレレを弾き歌うその女性はヒカルと同じく元ナデシコのエステバリス隊のパイロットのマキ・イズミだった。

彼女は現在、このバーにて雇われママをしていた。

 

「駄目だよ~ポチは、犬だから~♪歩けば棒にあてられる~♪棒のあたりやそりゃバット♪ブラに入れるはそりゃパット~♪」

 

イズミが歌う摩訶不思議な歌を聞きながらカウンターにグラスを置く1人の男性‥‥プロスペクター。

 

「バット稼いで~パット使え~♪金は天下のまわりもの~♪」

 

「ママのお知り合いですか?」

 

バーテンダーはプロスペクターにイズミの知り合いかと訊ねる。

すると彼は、

 

「戦友です」

 

と返答する。

 

「生きているうちが~花だから~♪」

 

バーの壁には、ナデシコ時代、ナデシコを降りてからのイズミの写真がいくつも飾られていた。

 

 

 

 

シャン‥‥

 

シャン‥‥

 

ルリの耳にアマテラスで聞いたあの錫杖の音が響く。

 

目の前で展開する遺跡。

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

テンカワ・アキト テンカワ・ユリカ夫妻の死亡が伝えられた新聞記事。

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

続いてイネス=フレサンジュ博士飛行機事故により行方不明あるいは死亡と書かれた新聞記事。

 

シャン…

 

錫杖の音が響く。

 

空中で爆発するアキトとユリカが乗った火星行きのシャトル。

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

祭壇に飾られたアキト、ユリカ、イネスの遺影と遺体の入っていない棺桶‥‥

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

遺跡の中から出て来る彫像と化したアキト、ユリカ、イネス、コハクの姿‥‥

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

彫像となったコハク‥‥それが当然割れてそこから現れるあの白い大型機動兵器

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

「うわああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

炎につつまれ、錫杖がつきささり、アキトが絶叫し、やがてその顔は骨になり爆発する。

 

 

「っ!?」

 

ルリが目を覚ますとそこはヒカルの仕事場で昨夜書き上げた原稿は自分が寝ている間に編集担当が持って行ったのか、ヒカルが渡したのか、机の上には無かった。

 

「‥‥嫌な夢」

 

先程見た夢がどうも悪くルリはポツリと呟いた。

 

 

オオイソシティー 海岸通り。

その海岸通りにて脚線美を持つ1人の少女が走っていく。

そこへ、渋滞にひっかかって退屈な男達が声をかける。

 

「ひゅー。かっこいいねぇ、彼女ォ~!!」

 

「のってかなーい?」

 

内心、五月蝿いと思いながらも白鳥ユキナは律儀に返答する。

 

「また今度!!」

 

それだけ言うと、オオイソシティーにある家へと急ぐ。

そして、家に着き、玄関の戸をあけて今に行くと、

 

「やったよ、ミナトさん!ジュニアメンバー大抜擢っ!!‥‥ってあらら?」

 

ユキナは自分が夏の大会の選手に選ばれた事を家に居るミナトに伝えたが、

 

「ごめーん、急用なの。ちょっとでかけてくるね、じゃ」

 

居間にあったのは留守電らしき映像が記録された空間ウィンドウ‥しかもトドメのなげキッスつき‥‥

ミナトは今日の朝、ユキナに仕事が休みだと伝えていた。

その為、ユキナはミナトが家に居るものだと思っていたのに肝心のミナトは留守だった。

実は昨夜、ミナトの下にプロスペクターから話がしたいと言う連絡が有り、彼女はオオイソシティーからトウキョウシティーへ出かけていたのだった。

 

「‥‥なげキッス‥‥あやしい。絶対にあやしい!」

 

この留守電を見たユキナはミナトがただのお出かけではなく何か自分に隠しているのではないかと勘ぐり、電話へ向かった。

そして一番手玉にとりやすい‥‥もとい、相談しやすく尚且つ事情を知っていそうなある人の下に電話をかけた。

 

ルリ達が旧ナデシコクルーの下を訪れて今回の作戦の人材集めをしている頃、宇宙軍司令部のコウイチロウの執務室では、

 

「いやはや、今回の騒ぎで連合軍も連合内部もガタガタですな」

 

「まぁ、当然でしょう」

 

緊張感なくスイカを食べている、コウイチロウ、ヨシサダ、ジュン、秋山の4人。

 

「アオイ君、敵の動きを」

 

コウイチロウが現時点での火星の後継者の動きを尋ねる。

 

「あっ、はい。敵、火星の後継者は火星の遺跡を占拠。草壁に同調するものが集結中で、その数はすでに統合軍の3割にも達しています」

 

統合軍の中にはやはり旧木連の出身者が多くいたので、今回の草壁の反乱に同調する者が多かった。

 

「連合の非支流派の国からも密かに支援の動きが見えます」

 

ヨシサダが追加報告で地球連合に属さない小国も火星の後継者の支援に回ろうとしているという。

もし、彼らが実権を握った時、そのおこぼれを頂こうと言う考えなのだろう。

 

「宇宙軍は、同調しようにも人がいないからねぇ」

 

「よかったですな」

 

コウイチロウが宇宙軍からは火星の後継者に寝返る者が居ない事を呟き、ヨシサダがよかったと安心する。

統合軍と異なり宇宙軍は規模が戦争の時よりも縮小しているのが主な原因であるし、かつての敵の指導者に寝返るつもりは無いと言う宇宙軍なりのプライドがあるのだろう。

 

「よくありません!!!」

 

そんな2人のやりとりにジュンがツッコム。

 

「向こうは反逆者ですよ!?なんでみんなそんなに心優しいんですか!!?」

 

「まっ、この手のテロはなんか格好よくみえるからなぁ、単純明快で」

 

秋山は何故未だに草壁の下に支持者があるまるのかを説明する。

 

「そんなぁ」

 

ジュンが情けない声を出す。

そして先行きに不安を感じた時、

 

「アオイ中佐、外線がはいっております」

 

秘書官からジュン宛に外線が入っているというメッセージが届く。

そして空間ウィンドウが開くと、

 

「はぁい、ジュンちゃん。お元気?」

 

「「おおっ」」

 

ユキナがかわいらしく舌をだし、その空間ウィンドウの後ろではコウイチロウとヨシサダの2人が感嘆の溜め息を漏らす。

年をとっても彼らも男と言う訳だ。

 

「な、なんでまわしたんだ!?」

 

「親しい方から至急の用、ということだったので‥‥」

 

「うっ」

 

秘書の言葉にぐぅの音もでないジュン。

どうやらユキナの外線は今回が初めてという訳では無かったみたいだ。

 

「ねぇ、ミナトさんそっちいっているよね?」

 

ユキナはミナトが宇宙軍司令部に来ていないかを問う。

 

「えっ?い、いや、それは‥‥」

 

「トボケても無駄っ!!!」

 

感情の高ぶりをあらわすかのように、空間ウィンドウが大きくなる。

 

「ネルガルだか宇宙軍だか知らないけどなんか企んでいるんでしょう!?」

 

「そ、そんなの軍の機密だよ」

 

「あぁー。やっぱり隠していた!ねぇ、お願い、教えて」

 

ジュンは今の発言で何かを企んでいますと自分から暴露してしまったも同然だった。

気まずそうにスイカを咥えそっぽを向くジュンの前に回り込もうとするユキナの姿が映る空間ウィンドウ。

 

「教えてくれたらデートでもなんでもしてあげちゃう。我儘も言いません!!」

 

その言葉を聞いてつい、ユキナが映る空間ウィンドウの方を見てしまうジュン。

そしてとどめの一言をユキナは発する。

 

「貴方のユキナになりますからぁ!!」

 

「な、なにいってんだよ!!?」

 

顔を真っ赤にしてどもるジュン。

もしこの場に九十九が居たらジュンは訓練場に連れて行かれてボロ雑巾にされていただろう。

そしてほんのさっきまで目の前にいた上官達が居なくなっていることに気付く。

 

「こらっ!そこー!!」

 

「アオイ君もそれなりにできる奴なのですがいわゆるいい人すぎて」

 

「わかります」

 

「女子校性に手玉に取られてはいけませんな」

 

3人が部屋の隅でそれぞれジュンとユキナとのやり取りを見ての感想をもらす。

 

「あーもう!うるさーい!!」

 

上官相手でもツッコミを入れる程、ジュンはてんぱっていた。

 

『夏の空 ジュンにも遅い 春の風』

 

コウイチロウはジュンとユキナのやり取りを見て一句読んだ。

結局ジュンはコウイチロウの許可を得て、ユキナに一応、関係者?と言う事で今回のナデシコCについての作戦内容を話す結果となった。

 

その頃、人員確保に向かっていたルリ達はトウキョウシティーの下町にあるウリバタケの家に来ていた。

 

「‥‥お出かけ‥ですか‥‥?」

 

「ええ、ちょっと町内会のよりあいで‥‥あの‥‥何の御用でしょうか?」

 

ウリバタケは留守で対応に出たのはお腹を大きくしたオリエだった。

彼女のお腹には3人目の子供が居た。

オリエは不安そうに要件を訊ねる。

 

「あの、ですね‥‥」

 

ハーリーが訪問目的を伝える前に、

 

「なんでもありません。ちょっと近くまできたので‥‥赤ちゃん、楽しみですね」

 

ルリは偶然近くを通りかかっただけでついでにウリバタケ家に来た事を伝えた。

オリエとしてはもうすぐ生まれる赤ちゃんの出産の場には旦那であるウリバタケが居て欲しいのだろう。

その為、ネルガル、宇宙軍と関係のあるルリ達が旦那のウリバタケの力を借りたいと言いに来たのかもしれないと不安だったのだ。

もし、彼がネルガル、宇宙軍に協力すれば出産の時には不在かもしれない。

しかし、ルリはそんなオリエの不安を読み取り、咄嗟に嘘をついた。

ウリバタケ家を出た3人は食事ついでにこの近くでお店を出しているホウメイにも事情を説明しに行った。

ホウメイのお店で注文した料理を待つ間、ハーリーはノートパソコンでこれまでの経緯を纏めていた。

 

「これで、20人目‥‥歴戦の勇者また1人脱落‥‥っと」

 

ウリバタケには会えず、オリエもあのお腹なので、今回の作戦にウリバタケを連れて行くのはあまりにもオリエに対して失礼だし、もしかしたらウリバタケも3人目の自分の子供の出産には立ち会いたいかもしれない。

その為、ウリバタケは今回の作戦には不参加するだろうと思ったルリ達。

ウリバタケが不参加な事に何故か嬉しそうに言うハーリー。

ノートパソコンの画面に映るウリバタケの写真の部分には赤い文字で『不参加』と表示された。

 

「火星丼お待たせ」

 

「あっ、はい、どうも」

 

そこへ、ハーリーが注文した注文した料理が届けられる。

 

「ハーリー、お前しつこいぞ」

 

サブロウタがパエリアを食べながらハーリーの行動を諌める。

 

「だって‥‥」

 

「だって?」

 

「そんなに昔の仲間が必要なんですか?」

 

「必要」

 

ルリは大きな丼に入ったラーメンを食べながらハーリーの質問に対して躊躇なく即答する。

 

「べ、別にいいじゃないですか!?僕達だけでも!!」

 

ルリに即答されてもなお食いつくハーリー。

 

「まっ、エステバリスのパイロットの補充は良しとしましょう。でも、船の操艦は僕にだって出来るし、戦闘指揮はサブロウタさんだっているんだし、僕達は連合宇宙軍最強のチームなんですよ!?リタイヤした人だって今の生活があります!!何が何でもオールスター勢揃いする意味はあるんですか!?」

 

「ハーリー、いい加減にしろ」

 

「ねぇ、艦長。答えて下さいよ!!」

 

「ハーリー!!」

 

「僕はそんなに頼りないんですか!?答えて下さい!!艦長!!」

 

「‥‥ホウメイさん、おかわり」

 

ルリはハーリーの言葉を全て聞き流しつつ食べていたラーメンをスープまで飲み干してホウメイにおかわりを注文する。

 

「うわぁぁぁぁぁぁああー!!」

 

ルリのその態度にハーリーは店先になった看板を倒し、泣きながら走り去って行った。

 

「ハーリー!!おーい、金払っていけ!!おーい‥‥痛くねぇのかな?アイツ‥‥」

 

サブロウタは無銭飲食し、看板に足をぶつけて走り去って行ったハーリーに叫ぶと同時に足にダメージを受けていないのかと心配した。

 

「いいのかい?追いかけなくて」

 

夜の店の仕込みをしながらホウメイがルリにハーリーを追いかけなくてもいいのかと訊ねる。

 

「いいんです‥‥」

 

「本当に?」

 

「‥‥私達だけでは敵には勝てない。それはあの子だって分かっている筈です。ましてや今回の作戦にはコハクの命がかかっているんです‥‥失敗は決して許されない‥‥」

 

「わかっていても割り切れないことだってあるよ」

 

「‥‥」

 

ホウメイの言葉にルリの脳裏にアキトとユリカの葬式の光景がフラッシュバックする。

彼女の言う通り、自分は表面上ではアキトとユリカの死を受け入れていた‥‥でも、本能的には割り切っていない‥‥だからこそ、あの白い大型機動兵器のパイロットがアキトなのではないかと今でも強く信じていたのだ。

それはコハクの事も同じでアマテラスで会うまで、ルリはコハクの生存を信じていた。

 

「そう、人間だからね。あの子はヤキモチを妬いているのさ。昔のナデシコにね」

 

またもやホウメイのこの言葉にルリは何となくだが納得してしまう。

もしも、立場が逆だったら‥‥

コハクが自分の意見そっちのけで、昔の仲間に対して絶大な信頼を置いて、自分はあまり信頼されていなかったら、確かにヤキモチを妬くのも分かる。

 

「ヤキモチか‥‥どこから探しますか?」

 

サブロウタもなんとなくわかった顔をしている。

こうしてルリとサブロウタの2人は泣きながら街中に消えたハーリーを探しに行った。

 




ではまた次回。


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第45話

更新です。


 

 

元木連将校、草壁春樹率いる火星の後継者鎮圧の為、宇宙軍はネルガルが月で建造している新型ナデシコ級宇宙戦艦、ナデシコCへの投入を決定し、ルリ達はその艦を運用する為の人材収集の為、旧ナデシコクルー達の下を訪れていた。

しかし、昔のナデシコクルーに嫉妬するハーリーとどうしても昔のナデシコクルーの力を必要とするルリとの間に溝が生じ、ハーリーは泣きながら街中へと走り去って行った‥‥。

 

「うっ‥‥ぐすっ‥‥艦長のバカぁ‥‥バカぁ‥‥バカはいいけど、宿舎には戻らないといけないし‥‥どういう顔をして2人に会えばいいんだ‥‥」

 

どの道、夜には宇宙軍の宿舎には戻らなければならない。

そうすれば、嫌でもルリとは顔を合わせる事になる。

あれだけの醜態をさらしておいて今更、どんな顔をしてルリの前に出ればいいのかまだ十代になったばかりのハーリーには分からなかった。

ハーリーは下を向きながら当てもなく街中をトボトボと歩いていた。

すると、

 

「うわぁっ!」

 

「きゃっ!」

 

前を向いて歩いていなかった為、ゴンっというとても痛そうな音とともにハーリーに衝撃が訪れる。

ハーリーは何とか踏みとどまったが、目の前ではドサッと言う何かが倒れる音がした。

慌てて見ると其処には自分と同世代ぐらいの女の子が尻餅をついていた。

 

「ご、ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」

 

慌ててハーリーが倒れている女の子に手を貸して彼女を起こす。

 

「大丈夫‥‥」

 

ハーリーの手を借りて起き上がった女の子は無機質な声で答える。

 

(あれ?この子、なんだか艦長や僕に似ている様な気がする‥‥)

 

ハーリーは眼前の女の子がルリや自分と似た雰囲気を持っている事に首を傾げる。

とりあえずぶつかってしまったおわびにジュースでも買おうと公園の方へと向かった。

公園でジュースを片手にベンチに座る2人。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

特に会話もなく、ハーリーは気まずさを感じている。

チラッとハーリーが隣に座る女の子をチラッと見ると、女の子はちびちびとジュースの缶に口をつけている。

ジュースを飲んでいる女の子は相変わらず無表情のままである。

黙ってジュースを飲んでいるだけの筈なのに何だか空気が重く感じるハーリー。

 

(き、気まずい‥‥此処はやっぱり僕から声をかけるべきなのかな‥‥?)

 

(でも何て声をかけよう‥‥)

 

ハーリーが何かこの気まずい空気を払拭する為、何とか横に居る女の子とコミュニケーションを取ろうと思案していると、

 

「どうかしたの?」

 

意外にも女の子の方からハーリーに声をかけてきた。

 

「えっ?」

 

「貴方、さっき泣いているみたいだったから‥‥それにまだ涙が残っている‥‥」

 

女の子にそう指摘されてハーリーは目尻に残っていた涙を慌てて袖で拭う。

 

「だ、大丈夫です!!」

 

「‥‥そう」

 

再び無言の時間が流れ、2人はちびちびとジュースの缶に口をつける。

ハーリーはこの空気に耐え切れず、恐る恐る女の子に声をかける。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

「君の名前‥なんていうの?」

 

「ラピス‥‥ラピス・ラズリ‥‥貴方は?」

 

「僕は連合宇宙軍少尉、マキビ・ハリ」

 

「宇宙軍?」

 

「はい。こう見えて僕は軍人なんです!!」

 

「そう‥‥」

 

ラピスと名乗った女の子は興味なさげに一言呟く。

互いの自己紹介が終わると、また黙ってしまう。

 

(うぅ~気まずい~)

 

ハーリーが自己紹介するまでは何とか成功するもその先の会話が途絶えてしまい、またもや気まずさを感じていると、

 

「ラピスちゃーん!!どこー?」

 

遠くでラピスを呼んでいる声を聞こえた。

 

「あぁー!そこに居た!!」

 

そして、ベンチに座っているラピスを見つけたのか1人の女性の人が駆け寄って来た。

 

(あれ?この人どこかで見た様な気が‥‥)

 

その女性はメガネに帽子を被っていたがハーリーはこの女性をどこかで見たような気がしてならなかった。

 

「もう、1人で先にいっちゃうんだもん、心配したんだからね。めっ!!」

 

「ごめん」

 

「ん?えっと‥‥君はラピスちゃんのお友達?」

 

その女性はハーリーに気づくと首を傾げ、声をかけてきた。

 

「い、いえ‥その‥‥先程、彼女とぶつかってしまいまして‥‥その‥‥」

 

ハーリーは気まずそうにラピスとの邂逅をその女性に説明し、その後ハーリーはこの女性に自分の愚痴を聞いてもらっていた。

彼自身にも分からないが、ハーリーは自然とこの女性に話していた。

ただ、当然ながら軍の機密に関わる事は話してはいない。

 

「へぇ~そうなんだ、艦長さんと喧嘩を‥‥」

 

「はい‥‥僕だって分かっています‥‥僕達だけでは敵には勝てないことくらい‥‥でも‥それでも、艦長には僕を信頼して欲しかった‥‥もっと僕の事を頼ってほしかった‥‥」

 

(なんだか、昔の・・・みたい‥‥)

 

女性は自分の大切な人と今のハーリーの姿が被って見えた。

 

「君はその‥艦長さんの事が好きなの?」

 

「えっ?えぇぇぇぇー!!ぼ、僕が艦長の事を!?」

 

「うん」

 

「ち、違います!!艦長はその‥憧れの人と言うか、僕にとってお姉さんみたいな人と言うか‥‥」

 

ハーリーは女性の言葉にあたふたとする。

ただ、否定する割にはハーリーの顔は赤い。

 

「そっか‥その艦長さんは君のお姉さんみたいな人か‥‥」

 

「は、はい‥‥」

 

(ますます・・・みたい‥‥それなら‥‥)

 

「ねぇ、マキビ君。私の話、聞いてくれる?」

 

「はい?」

 

「これは私の旦那さんの話なんだけど‥‥」

 

ハーリーにアドバイスを与えた。

 

「‥‥で、今では強くなったんだけど、君はまだまだこれからがあるじゃない。喧嘩をしちゃったらな、謝って、悩んだ事が有ったら、誰かに聞いてもらえばいいと思うよ。それに‥‥」

 

「それに?」

 

「それに、甘えるのは年下の子の特権だと思うから思いっきり甘えちゃいなさい。そして、大切な人を守れる強い男になりなさい」

 

「は、はい!!」

 

女性に話を聞いてもらいアドバイスをもらったハーリーの心のモヤモヤはいつの間にか消えていた。

そこへ、

 

「あっ、此処に居たのか!?」

 

女性と同世代ぐらいの男性が近づいてきた。

男性はサングラスをかけていたが、

 

(あれ?この人もどこかで‥‥)

 

ハーリーはこの男性も何処かで見た様な気がした。

しかし、いくら思い出してもこの男性にも女性にも直接な面識はなかった。

 

「ラピスが見つかったら連絡をよこせと言っただろう!?心配したんだぞ!!」

 

「あっ、ゴメン。忘れてた」

 

「全く‥‥」

 

(この人がさっき話の中で出てきた旦那さんかな?)

 

「それじゃあ、私達はもう行くね」

 

「は、はい。話を聞いてもらってありがとうございました。それにアドバイスも‥‥」

 

「うん、頑張れ、男の子」

 

ラピスはその女性と男性と手を繋ぐと街中へと消えて行った。

 

(親子‥なのかな‥‥?)

 

ハーリーが3人を見送った直後、

 

「ハーリー君」

 

「ハーリー、勘定は割りかんだぞ」

 

自分を探しに来たルリとサブロウタがやって来た。

ルリとサブロウタと合流したハーリーは、

 

「艦長‥‥その‥ごめんなさい!!」

 

ハーリーは早速、ルリに謝った。

 

「ハーリー君?」

 

ルリは突然頭を下げて謝るハーリーにキョトンとする。

 

「その‥‥僕は昔の‥艦長の昔の仲間の人達に嫉妬していました‥‥あの人達は昔の艦長を知っている‥‥そして艦長はあの人達に絶大な信頼をおいていた‥‥それが僕には羨ましくて‥‥そして悔しくて‥‥あんな子供っぽい態度を‥‥本当にすみませんでした!!」

 

「いいよ、ハーリー君。ハーリー君もハーリー君なりに頑張ろうとしていたんでしょう?」

 

「艦長‥‥」

 

「まっ、これで一件落着ってか?でも、ハーリー。お前なんでこうもあっさりと艦長に謝ったんだ?さっきまであんなに意固地だったのに?」

 

「その‥‥色々とアドバイスをくれた人が居て‥‥」

 

「アドバイス?」

 

「はい‥‥あっ、ああぁぁぁぁー!!」

 

突如、ハーリーは何かを思い出したかのように大声をあげる。

 

「どうした?ハーリー、いきなり大声をあげて?」

 

「さっき、アドバイスをくれた人!!何処か見た様な気がしたんですけど、艦長が持っている写真の人ですよ!!」

 

「っ!?」

 

ハーリーの言葉を聞いてルリは目を大きく見開く。

 

「ハーリー君、その人は1人でしたか!?」

 

「い、いえ‥ラピスって子と旦那さんの2人と一緒でした‥‥」

 

「その人達はどっちの方へ行きましたか!?」

 

「あ、あっちの方です」

 

ハーリーが先程まで此処に居たラピスと男女が行った方向を指で指すとルリは駆け出していくが、公園を出たところで辺りを見渡すが、ルリのお目当ての人は見つけることが出来なかった。

 

「‥‥」

 

ルリは悔しそうに顔を僅かに歪めた。

 

 

ルリ達はその日の人材募集を打ち切り、隊舎へと帰る為、電車に乗っていた。

車内ではこれまでの疲労と電車の揺れでハーリーとサブロウタは居眠りをしていた。

ルリは色々と思う所があるのか眠らず、外の夜景を見ていた。

そして、ルリ達が乗る電車の向かい側を快速電車が追い抜いて行く。

何気なく見ていたルリの目はその快速電車に乗っていたある3人の人物達を捉えていた。

 

「っ!?」

 

その3人の人物を捉えた時、ルリの目は大きく見開かれた。

ルリが見た3人の人物は成人男性と成人女性、そしてハーリーと同じくらいの女の子の3人‥‥。

その中で男性の方もルリの存在に気づいたのか口元を優しく微笑む様に歪ませた。

 

「っ!?」

 

向かい側を走る快速電車はルリの乗る電車を追い抜いて行った。

 

 

ルリ達が電車で隊舎への帰路についている頃、トウキョウシティーのホウメイの店にはミナトが訪れていた。

2人はウィスキーが入ったグラスを傾けていた。

 

「それで、アンタも乗るのかい?ナデシコCに‥‥」

 

ホウメイの下にはプロスペクターからナデシコCについての情報が伝わっており、当然ミナトにも伝わっていた‥‥

 

「そうだね。プロスさんから連絡を受けた時はルリルリの様子を見ただけで帰ろうかと思ったんだけど‥‥」

 

ミナトは元々プロスペクターからの話を聞いた後、本当は受けるつもりはなかった。

しかし、プロスペクターの話の内容を聞き、その考えが変わった。

 

「プロスさんの話でコーくんがまさかあんな目に遭っているとは知ったらね‥‥それにきっとルリルリも無理をしているんじゃないかと思って‥‥」

 

「そうだね。アンタの思っている通り、顔にはださないけど、かなり無理をしている。妹を人質に取られている他に艦長としての責務もあって、しかも敵は強い‥‥無理をしない方がおかしいさ‥‥ルリ坊はまだ二十歳にもなっていないんだからね」

 

「こんな時、ルリルリもあの艦長みたいにほげーっとできればいいんだけどね‥‥」

 

「艦長‥か‥‥」

 

2人のグラスの中の氷がカランと音を静かに立てた。

 

 

また一方、同じくトウキョウシティーの下町にあるウリバタケ家では、家族が揃って一家団欒、夕食の時間を過ごしていた。

 

「‥‥なぁ」

 

そんな中、ウリバタケがオリエに何気なく声をかけた。

 

「なに?」

 

「おめぇ‥今日、なんかあったか?」

 

「えっ?」

 

ウリバタケの問いにドキッとするオリエ。

彼女は昼間、ルリ達が此処に来た事を亭主であるウリバタケには黙っていた。

言えばきっとウリバタケは自分を置いてまたどこかに行ってしまう。

ハーリーが昔のナデシコに嫉妬したようにオリエもまたナデシコに嫉妬していた。

 

「な、なにも変わった事なんて無いわよ」

 

「‥‥」

 

ウリバタケはオリエの態度を見て、彼女が何かを隠している事はこれまでの夫婦生活の中で理解していた。

しかし、彼は敢えて聞かなかった。

食事が終わり、ウリバタケがビール片手にテレビを見ていると、

 

トントン‥‥

 

正面のシャッターをノックする音が聴こえてきた。

オリエは2人目の子供のオムツを変えており、手が離せない様子だったので、ウリバタケが対応に出る為に重い腰をあげて、

 

「はい、は~い、ったく、今何時だと思ってんだ?」

 

ウリバタケはブツブツと文句を言いながら正面口へと向かう。

その間もシャッターを叩くノックは止まらない。

 

「へ~い、見て分かんないの?今日はもう、お終い、店じまいなんだけど~?」

 

だるそうに来客を出迎えるウリバタケ。

 

「セイヤさん」

 

「あん?‥‥っ!?お、お前はっ!?」

 

ウリバタケは来客者の顔を見てビールの酔いが一気に醒めた。

 

 

 

 

ルリ達がナデシコCの人材集めに奔走している頃、火星の後継者が占拠した火星極冠遺跡では‥‥

遺跡内に設けられた研究室では、研究者達の罵声の飛び交う場所となっていた。

 

「イメージングが乱れている!」

 

「イメージ伝達率低下」

 

「メインシステムに逆流!」

 

「電源を切れ、もう一度やり直しだ!」

 

「システムを再起動させろ!!」

 

研究室の至る所に浮かんでいる空間ウィンドウには『IRUR』の文字‥‥

そこへヤマザキが助手のタカハシを連れて現れる。

 

「あぁ~相変わらずご機嫌斜めですね」

 

やっぱりこうなったかとやや予想通りの出来事にタカハシは慌てる様子もなく呟く。

 

「やはり戦乙女は悪役に力をかしてくれないらしいね‥‥ん?」

 

ヤマザキは遺跡ユニットと融合しているコハクを見て思わず声をあげる。

昨日までは全裸だったコハクにトーガの様な服が着せられていた。

 

「ああ、ミキちゃん達の発案で‥‥裸のままじゃ我々男性スタッフが変態、ロリコンだと言われて‥‥実際、女性スタッフからの視線がきつくて‥‥」

 

タカハシがチラッと研究室に居る女性スタッフを見ながらコハクに服を着せた理由を述べる。

 

「うーん‥‥逆に萌えるねぇ」

 

ヤマザキはトーガ姿のコハクを見て思わず頬を赤く染めた。

 

 

宇宙にあるターミナルコロニーの1つサクヤ周辺は戦場となっていた。

リアトリス級戦艦を2隻くっつけた様な艦影の双胴型宇宙空母から出撃していく多数のステルン・クーゲル。

発射されるグラビティ・ブラストとミサイルの雨霰。

攻撃を受けて撃沈される戦艦や駆逐艦、ジン・タイプの機動兵器。

 

「もう少しだ!もうすこし持たせろ!」

 

「統合軍の包囲網更に狭くなりつつあります!!」

 

「マジン部隊は全滅!!」

 

火星の後継者によって占拠されたターミナルコロニーを奪還すべく統合軍は火星の後継者に対して武力行使を実行していた。

統合軍からは3割の造反者を出したが、残り7割は政府軍としてこうして火星の後継者討伐に乗り出したのだ。

圧倒的戦力を投入する統合軍に対してサクヤの火星の後継者軍は徐々に戦力をすり減らし後退を余儀なくされている。

 

「大丈夫だ!!味方は必ず来る!!」

 

サクヤの管制室では火星の後継者のサクヤ担当の司令官は援軍の到来に希望を繋いでいた。

 

そのターミナルコロニー、サクヤの奪還に動いたのは統合軍第三艦隊だった。

旗艦であるゆきまちづきの艦橋では司令官は勝利を確信していた。

 

「敵の損耗率50%を突破。我が方の損害は3%」

 

「順調だな」

 

「先程、第五艦隊がクシナダを奪還したそうです」

 

「よし、こちらも降伏勧告をだせ」

 

もう間もなく自軍の勝利が決定する直前、ゆきまちづきを衝撃が襲う。

 

「むっ!?」

 

「なんだ!?どうした!?」

 

「エンジンブロックに被弾!攻撃です!」

 

「なっ!?」

 

次の瞬間、ゆきまちづきの至近距離に対艦装備をした多数の積戸気が出現した。

この奇襲により、ゆきまちづきを含む17隻が撃沈された。

旗艦が撃沈され指揮系統が混乱、逆に自分達が包囲殲滅されそうになった第三艦隊はサクヤから撤退した。

 

 

サクヤ攻防戦は火星極冠遺跡に居る草壁達の下にも報告があがる。

最初の奇襲攻撃で17隻撃沈と言う成果に火星の後継者の幹部達は思わず歓声をあげる。

 

「ぶい」

 

ヤマサキが誇らしげにブイサインをだす。

 

「おめでとうヤマサキ博士」

 

「これは大成功。でいいのかな?」

 

「はい。伝達率98%。これでほぼイメージ通りにとべますよ」

 

「そうか」

 

「今回の成功のカギはずばり、これです」

 

ヤマザキは草壁達に今回の作戦の成功のカギとなる代物を見せる。

それは一冊の漫画雑誌だった。

 

「漫画雑誌とボソンジャンプ‥‥わかりやすく説明してもらおうか?」

 

つい先ほどまで失敗続きだったボソンジャンプシステムがこの短時間でいきなり成功した理由が漫画雑誌‥‥普通ならば何故、こんなモノで成功したのは分からない。

それはボソンジャンプに強くこだわっている草壁も同様だった。

その為、草壁はヤマザキに説明を求めたのであった。

 

 

ナデシコCの人材収集から戻ったルリは隊舎の中にある大浴場の湯船の中に居た。

 

「星のきらめきは人の想い‥‥あの人達はやっぱり生きていた‥‥そして、今地球に居る‥‥」

 

ルリはかつての家族だった人達の事を想いつつ湯船に身体を沈めた。

 

「おまたせ」

 

「いえ‥‥」

 

大浴場から出ると外の通路ではハーリーが待っていた。

その後、2人はルリの部屋にてフルーツ牛乳を飲んだ。

フルーツ牛乳を飲み終えると、ルリは真剣な顔でハーリーを見つめ、

 

「マキビ・ハリ少尉」

 

「は、はい」

 

「明日午前8時に長距離ボソンジャンプでネルガルの月ドックへと直行、ナデシコCの最終調整を行ってください」

 

ルリはハーリーに命令を下した。

 

「月へジャンプ‥ですか?ですが、チューリップは使えませよ」

 

「A級ジャンパーによる単体ボソンジャンプです。シャトルでは敵に狙い撃ちにされるので此方の方が早く安全です」

 

「は、はい」

 

「オモイカネをよろしく」

 

その後、ハーリーたっての希望で、ルリはハーリーと手をつないで一緒に寝た。

 

 

その頃、トウキョウシティーのとあるゲームセンターでは‥‥

 

『フルーツ!バスケット!!!』

 

『ぐわぁぁぁぁっ!!』

 

対戦ゲームでヒカルとリョーコが戦っており、ヒカルのナチュラルライチがリョーコのゲキガンガーをボコボコにする。

 

「あぁっ!?ちっきしょー!もっかい勝負だっ!!」

 

「はいはい何度でもどうぞ。力押しのゴリゴリリョーコなんてらっくしょうだもんね!」

 

「っるせー!いくぞ、コンチキショー!軍人さんの底力を見せてやる!!」

 

「いいのですか?これで?」

 

2人の後ろでは何故かゲームセンターの制服を着たゴートが隣に立つプロスペクターに話しかける。

 

「はい。いくらヒカルさんとはいえ2年のブランクは長い‥‥短期間での効果的かつ実戦的な体感シミュレーションとしてこのゲームはまさに最適」

 

プロスペクターがこの対戦ゲームをヒカルに勧めた訳をゴートに話す。

その間にもヒカルのナチュラルライチはリョーコのゲキガンガーを魔法陣で封じ込め身動きが取れない所へ必殺技をぶち込む。

 

「ああっ!?」

 

「ほらほら、後が無いよ」

 

「くっそー!」

 

「あーあ。また力押し」

 

「それにしてもヒカル君はすごいですね」

 

リョーコをボコボコにしているヒカルを見てゴートは思わず感嘆の声を漏らす。

 

「いえいえ、まだまだ昔の6割。あの化け物と対等に闘ってもらうにはもっと感覚を元戻してもらわないと‥‥」

 

しかし、プロスペクターの見解ではナデシコ乗艦時の頃に比べるとまだまだであるらしい。

 

「奴等の動向はつかめましたか?」

 

「いえ、ただ日本にいることは確かです。奴等の目的は恐らく‥‥」

 

ゴート達、ネルガルのシークレットサービスも火星の後継者動向を探っていた。

そして、その内のある一団が日本に潜伏している所まで突き止めた。

彼らの目的をプロスペクターに伝えようとした時、

 

ポロロ~ン

 

ゲームセンターに場違いなウクレレの音が鳴り響く。

 

「おっ、これで揃い踏みですな」

 

プロスペクターとゴートがウクレレの音がした方を見ると奇抜な衣装を身に纏ったイズミが居た。

 

「ブランク‥長いです」

 

イズミはウクレレを弾きながらそう一言呟いた。

 

 

火星極冠遺跡では、ヤマザキが漫画雑誌とボソンジャンプの成功に関する説明をする為、まずは漫画雑誌の内容を知って貰う為、草壁を始めとする火星の後継者の幹部達と一緒に漫画雑誌の中の漫画を読んでいた。

いい年をしたおっさん達が、顔がくっつくほどの至近距離で漫画雑誌を見ているこの光景は正直に言ってドン引きモノである。

漫画雑誌を読み終えると、ヤマザキは落語の席を設け、

 

「さて、いままでのシステム暴走の原因はズバリ、『夢』です」

 

今回のボソンジャンプの成功の説明を始める。

ヤマザキの周りには遺跡ユニットと融合したコハクの画像や『IRUR』と書かれた空間ウィンドウが浮かんでいる。

 

「生体翻訳機、タケミナカタ・コハクの見る夢がある種のノイズとなっていたのです」

 

そこで一区切りする。

 

「さて、お立ち会い」

 

身体をのりだし全員が注目するようにする。

 

「いままではタケミナカタ・コハクの夢に負けないようにこちらのイメージを増幅する作戦を取っていましたが、今回は日常のほのぼのとした漫画の内容をミックスしてみました」

 

「なるほど、その為の漫画雑誌だったのだな」

 

クサカベが何故かスポットライトをあびながら質問する。

 

「はい。彼女の夢を逆流。今頃、彼女は愛しのお姉様と一緒に平和なほのぼのとした日常生活を送っている事でしょう。まさに我等が技術の勝利!」

 

遺跡ユニットと融合しているコハクの体が発光する。

光の中でコハクはルリの姿が見えた。

 

ルリと同じセーラー服を着て、一緒に学校へと行き、

お昼休みにはルリと一緒に昼食を食べ、

放課後、ルリはコンピュータークラブへと行き、

コハクはテニス部へと行く。

ほんの些細な事で喧嘩をして、

そして、仲直りをする‥‥

夏のある休みの日にはルリと共に海水浴へと行く。

 

「ねぇ、ルリは何処に行きたい?」

 

コハクがルリに何処へ行きたいかと訊ねると、

 

「秩父山中」

 

ルリが行きたい場所をコハクに伝える。

すると、ルリの姿がまるで鏡が割れるように割れ、そこから左眼が赤い義眼の男の姿へと変わった。

 

 

深夜の秩父山中にて、眩いボソンの光がばらまかれ、赤い鬼の様な機動兵器‥夜天光が空から秩父山中に降りて来る。

そしてその機体のコックピットハッチが開き、鎧のようなパイロットスーツを来た男が呟く。

 

「決行は明日」

 

「「「「「「おお‥‥」」」」」」

 

夜天光の足元に居た編み笠の6人が声をそろえる。

 

「隊長のただいまのジャンプがその証拠ですな」

 

「うむ」

 

興奮のあまり、その中の1人が身体をのりだす。

 

「各ポイントの綿密なるデータの収集がいまこそ役に立つ」

 

「我等のこの後の任務は?」

 

「高みの見物‥‥?」

 

「いや」

 

先頭にいた2人の言葉をさえぎる。

 

「我等は本来の任務にもどるまで」

 

「では‥‥」

 

夜天光のパイロット‥北辰は目を細める。

 

「人形と試験体の確保だ‥‥」

 

男は思い返していた。

恐怖に震える少女の姿を‥‥

そしてその少女を自分の目の前からかっさらい助け出した1人の男の姿を‥‥

 

「ラピス‥‥逃がしはせぬ‥‥そして、救済人・・・・・・・今度こそ‥今度こそ、決着をつけてやる‥‥」

 

北辰達は木連時代からの草壁お抱えの暗殺集団だった。

そのプロの北辰が出し抜かれた‥しかも目の前で‥‥

それにはある訳があった。

北辰は左手で自らの左眼に手を当てる。

彼の左眼は赤い眼となっている。

これはオッドアイと言う訳ではなく、彼の左眼は義眼だった。

義眼故に一瞬、視界に隙が生まれ、対象を奪われてしまったのだ。

 

彼が義眼になった経緯‥‥

それは2年前に遡る。

木連にて政権の座を追われた草壁一派は木連の人間が火星へと移住した後、軍縮で廃棄処分となるかぐらづきに潜伏していた。

その潜伏先に1人の戦乙女が殴り込んできた。

かぐらづきの通路にはバッタ、ジョロの残骸、そして迎撃に向かった同志達の死体‥‥

かぐらづきは戦場のありさまと化した。

そして草壁、北辰の前に現れた戦乙女は此処までの戦いで体力を消耗したのか息をきらし、所々に血を流す傷をつくり、手には日本刀を握った金髪の少女だった。

戦乙女は草壁の姿を見ると、絶叫をあげながら斬りかかって来た。

しかし、そこを北辰が身を挺して草壁を守り、戦乙女を倒した。

ただその代償に彼は左眼を失ったのだ。

北辰と戦乙女の戦いは結果的に北辰が勝利したが、戦乙女は此処まで来るのに体力を消耗していた。

もし、戦乙女が万全の状態で来ていたら結果は違っていただろう。

戦乙女は北辰に敗れはしたが、死んではおらずまだかすかに息があった。

草壁は当初、戦乙女を洗脳して自分の手駒の1つにしようかと思ったが、安易な洗脳では、いつ洗脳が解けるか不明な為、洗脳は見送られた。

しかし、このままみすみす殺してこの戦乙女を手放すのは惜しく、何か手はないかと判明するまで戦乙女は医療用の冷凍ポットに入れていた。

 

(あの時の事を思い出すと左眼が疼く‥‥)

 

自らの左眼を失った日の出来事を思い出し、左眼を覆う手に思わず力が入る北辰だった。

 

また某所では、

 

「明日はイネスさんの三回忌だ‥‥多分、ルリちゃんはイネスさんのお墓に来るだろう」

 

「そうだね‥ルリちゃん毎年来ていたもんね」

 

「・・・、明日俺は、ルリちゃんと会ってこれまでの事を話そうと思う」

 

「‥‥ルリちゃん‥許してくれるかな?」

 

「分からない‥でも、あの子を守る為にはこうするしかなかった‥‥例え、ルリちゃんから罵倒されようが、殴られようが、俺は後悔していない」

 

「‥‥わかった。それじゃあ、私も一緒に‥‥」

 

「いや、・・・はラピスと一緒にユーチャリスの出航準備をしてくれ‥‥きっとアイツも現れるだろうから‥‥」

 

「・・・。‥‥分かったよ。でも、気を付けてね」

 

「ああ」

 

 

その夜、ゴートに非通知でsoundのみの通信が入った。

 

「ゴートさん‥‥」

 

「むっ?その声、・・・・かっ!?」

 

「はい‥明日、俺はイネスさんのお墓の前でルリちゃんを待ちます。その時、恐らくヤツらも現れる筈です」

 

「自分自身を囮としてヤツらを釣り上げるのか?」

 

「はい‥草壁と同じくアイツらも野放しにしてはならない存在ですから」

 

「わかった。此方でも襲撃できる体制を整えておこう」

 

「お願いします」

 

ゴートは非通知の通信を受けた後、早速行動を開始した。

 

 

翌朝、ハーリーはサブロウタと共に宇宙軍地下ジャンプ実験ドームに来ていた。

ガコンという音とともにエレベーターの戸が閉まり地下へと降りていく。

 

「昨日はよく眠れたか?マキビ・ハリ少尉」

 

「はい」

 

「で?どうだったんだ?」

 

「え?何がですか?」

 

「昨日、艦長の部屋に泊まったんだろう?」

 

「なっ、なんでその事を!?」

 

ハーリーは何故サブロウタが昨夜のことを知っているかと驚愕した。

 

「で?どうだった?艦長、優しくしてくれたか?」

 

「えっ?ええ‥まぁ‥‥」

 

「おぉー言うねぇ、で?」

 

サブロウタはハーリーに昨日の夜、彼がルリの部屋に泊まったことは知っていたが詳しい内容は知らないので、その内容‥昨夜、ルリの部屋で何をしたのかを尋ねた。

ハーリーは昨夜の事を思い出し、頬ほんのりと赤く染めて話し始めた。

 

「フルーツ牛乳をご馳走になって‥‥」

 

「それから?それから?」

 

「手を繋いで一緒に寝ました」

 

「え?それだけか?」

 

「はい」

 

「‥‥」

 

まぁ、ハーリーは11歳の初心な少年なので、サブロウタが想ったような事は無かった。

とは言え、ルリはコハクとの間で既にそれに近い事をしている経験があるとはサブロウタもハーリーも知る由もなかった。

やがて、エレベーターが地下につく。

 

「時間がない。急ぎましょう」

 

エレベーターを降りるとすぐに此処の責任者であるタニ博士が2人を出迎えた。

ハーリーは早速ジャンプの準備をし、サブロウタは管制室で彼を見送る。

 

「システム準備OK」

 

「ジャンパー脈拍、心拍数、共に正常」

 

「マキビ少尉、気分はどうかね?」

 

「なんだか操り人形になった気分です」

 

ハーリーが着ている特殊スーツには沢山のコードがついており、その姿がマリオネットにも見えたので、強ち彼の例えは間違っていないかもしれない。

 

「それは君の体調を確認するためのものだ。ガマンしてくれ」

 

「ハーリー、月で会おうぜ」

 

「はい」

 

「ナビゲータ。ゲート中央にむかいます」

 

「クリスタルシステム稼働」

 

ハーリーの目の前に自分を月へと導く為のジャンパーが現れる。

 

「マキビ・ハリです。よろしく」

 

「よろしくね」

 

「僕、A級ジャンパーの人に会うのは初めてです」

 

「イメージは私がするから貴方はリラックスしてね」

 

「はい」

 

ハーリーが気を静めて、リラックスし目を閉じるとまわりの輝きが強くなる。

そして彼はA級ジャンパーの人と共に月へと跳んだ‥‥

 

その頃、火星の極冠遺跡では‥‥

 

「あれ?」

 

遺跡と融合しているコハクの目の前を掃除していた清掃員がコハクを見て思わず声を上げる。

 

「どうした?」

 

「あっ、いや‥今、戦乙女が動いたような気がして‥‥どこかで誰かが跳んだのかな?」

 

「まさか、気のせいだろう。気のせい」

 

「そうかな‥‥?」

 

もう1人の清掃員は気がつかなかったみたいなので、最初に声をあげた清掃員も見間違えだと思いそのまま掃除を続けた。

彼らは、ボソンジャンプシステムは今、自分達が抑えているので、自分達以外の者がボソンジャンプ出来る筈が無いと思ったのだった。

 

ハーリーが月基地へと跳んだ頃、ルリは喪服に身を包み、同じく喪服を着たミナトと共に某所にある公共墓地へと来ていた。

そこでルリはある再会と真実を知る事になる。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第46話

更新です。


 

 

 

 

ハーリーがボソンジャンプで月へと跳んだ時、ルリとミナトは喪服を身に纏い、街外れの公共墓地に来ていた。

この墓地には飛行機事故により死亡したイネスの墓があった。

ルリは毎年イネスの命日には此処へやって来て彼女のお墓に花束を添えていた。

今年はトウキョウシティーに来ていたミナトも一緒に来た。

この後2人は空港へと行き、月行きのシャトルに乗って月ドックにあるナデシコCに乗る予定である。

出撃する前にルリはイネスの墓参りを済ませておきたく、ミナトも付き合ったのだ。

そしてルリは墓地の出入り口でジッと空を見上げていた。

 

「どうしたの?ルリルリ」

 

「ハーリー君‥そろそろ月へ跳んだ頃です」

 

「心配ならお見送りに行ってあげた方が良かったんじゃないの?」

 

「3度目はいやです」

 

「えっ?」

 

「非科学的ですがゲン担ぎです」

 

ルリはこれまで大切な人を2回見送ったが、その2回とも見送った人は還らなかった。

1度目は火星へ新婚旅行へと向かったアキトとユリカ。

2度目は飛行機で海外の研究所へと向かったイネス。

そして、今回もハーリーを見送れば彼の身に何か起こるのではないだろうかと思いルリは敢えてハーリーの見送りには行かなかった。

 

「意地っ張り」

 

そんなルリの態度にミナトは苦笑しながらポツリと呟いた。

そして、イネスの墓まで来た時、ミナトは思わず目を見開いて、手にしていたバケツと柄杓を落してしまった。

ルリは粗方予想していたのかただジッとイネスの墓の前に立つ喪服の様な黒服に黒いマントを羽織った人物を見ながら、

 

「今日は三回忌でしたね」

 

とポツリと呟いた。

公共墓地にはルリ、ミナト、そして黒服に黒いマントを羽織った人物以外に人の姿は見られなかった。

そして、イネスの墓に水と花、線香を添えてルリとミナトは手を合わせる。

 

「始めに気付くべきでした」

 

「えっ?」

 

手を合わせながら、ルリは墓前に立つ人物へと声をかける。

そんなルリに驚くミナト。

 

「あの頃、行方不明になったりしていたのはアキトさんや艦長、イネスさんだけじゃなかった‥‥A級ジャンパーの人は火星の後継者に誘拐されていたんですね?」

 

「誘拐‥‥?」

 

ルリの口から出た誘拐なんて物騒な言葉に驚くミナト。

 

「‥‥」

 

ルリの言葉に沈黙を保つ人物。

 

「この2年の間、アキトさんに何が有ったのか私は知りません」

 

イネスの墓の前に立つ黒服に黒マントの人物はあのシャトル事故で死んだと思われたテンカワ・アキトその人だった。

 

「‥知らない方が良い」

 

この2年の間、アキトが経験した事は血生臭い出来事ばかりだった‥‥それをまだ成人していないルリに話すのは気が引けた。

 

「私も知りたくはありません‥‥でも‥‥どうして生きているって教えてくれなかったんですか?」

 

ミナトがルリとアキトの2人を心配そうに代わるがわる交互に見る。

そしてアキトが口を開く。

 

「‥‥それはすまなかったと思っている‥‥でも、ルリちゃん‥君を守る為には、こうするしかなかった‥‥」

 

「ふざけないで!!」

 

アキトの返答を聞いてルリは思わず大声をあげる。

そんなルリの態度にミナトはびっくりする。

 

「私とアキトさんの関係ってそんなに希薄なものだったんですか!?私はアキトさんや艦長を本当の家族だと思っていたのに!!それなのに‥‥それなのに、家族に教える必要がないなんてどういうことなんですか!?この2年間、私がどんな気持ちで‥‥」

 

ルリがアキトに詰め寄ろうとした時、アキトは懐から大型のリボルバー拳銃を取り出す。

 

「アキトさん‥‥?」

 

「アキト君?」

 

いきなり銃を取り出したアキトに唖然とするルリとミナト。

しかし、銃口はルリでもミナトでもなく、別の方向へと向けられた。

其処には、

 

「迂闊なり、救済人‥テンカワ・アキト」

 

いつの間にか編み笠にマントを羽織った男達が立っていた。

編み笠にマントの男の1人、北辰は不敵に笑みを浮かべ、

 

「我等と一緒にきてもらおう」

 

アキトに対して一緒に来いと言う。

 

「なに、アレ?」

 

ミナトが怪しげな男達に怪訝な声を出す。

すると、アキトは躊躇なく男達に向けて銃を発砲する。

しかし、弾丸は男達の至近距離で弾かれる。

まるであの男達はディストーションフィールドでも纏っているかのように‥‥

 

「重ねて言う。一緒に来い」

 

これが最後通告なのか北辰はもう一度アキトに来いと言う。

 

「手足の一本は構わん‥‥斬」

 

北辰の言葉と共に彼の後ろに控えていた6人組の男達が小太刀を構える 。

 

「2人は早く逃げろ」

 

アキトは空薬莢を捨てて新しい弾をシリンダーに装填する。

 

「こういう場合、逃げられません」

 

「そうよねぇ」

 

ルリはこういう場合下手に逃げると敵の伏兵と鉢合わせをして逆に捕まるリスクがあると指摘し、ルリの言葉にミナトが同意する。

 

「女は?」

 

「殺せ」

 

「小娘の方は?」

 

「あやつは捉えよ。ラピスと同じ金色の瞳‥‥地球の連中はよほど遺伝子細工の実験が好きだとみえる。汝は我が結社のラボにて栄光ある研究の礎となるがいい」

 

「っ!?」

 

北辰のその言葉を聞いてルリの脳裏に遺跡と融合したコハクの姿が過ぎった。

 

「貴方達ですね。A級ジャンパーを誘拐していた実行部隊は?」

 

「そうだ」

 

まるで、何事も無いように北辰が答える。

彼のその態度に怒りが沸々と湧いてくるルリ。

 

「我々は火星の後継者の影、人にして人であることを捨てた外道」

 

「「「「「「全ては新たなる秩序のため!!」」」」」」

 

6人の男達が声を揃えて自分達の目的を宣言すると、

 

「はっはっは」

 

北辰達の背後から声がする。

皆の視線がそちらに向くと、其処にはこの場に居るとは思わなかった人物が居た。

 

「新たなる秩序、笑止なり」

 

長髪で白い詰襟の服を着たその人物はあの熱血クーデターにて行方不明になっていた月臣元一朗だった。

 

「確かに混沌と破壊の果てに新たなる秩序は生まれる。故に産みの苦しみ味わうは必然!」

 

元一朗は新しいモノを築くには古いモノを壊してから出は無ければならない、そして新しいモノを築く際には犠牲はつきものだと言うが、

 

「しかし。草壁に得なし!!」

 

火星の後継者‥草壁についても失敗すると宣言する。

 

「久しぶりだな、月臣元一朗‥木星を売った裏切り者がよく言うわ」

 

「そうだ、木星を裏切り、かつての上官を裏切り、そして今はネルガルの犬‥‥」

 

元一朗は北辰の言葉に対して平然とした様子で言い放つ。

そして、元一朗の言葉がまるで合図かの様に周囲から次々と黒服を着てサングラスをかけた沢山の男達が出てくる。

元一朗の言葉から恐らくはネルガルのシークレットサービスなのだろう。

彼らは日本刀や拳銃で武装している。

そしてイネスの墓が突然盛り上がり、動き出す。

 

「キャアッ!」

 

さっきまでの展開に置いてけぼりをくらっていたミナトが近くの出来事に驚愕する。

 

「久しぶりだな、ミナト」

 

イネスの墓の下からはマシンガンを構えたゴートが出てくる。

 

「そ、そうね、あはははは………」

 

引きつった笑みをうかべるミナトに対して、普通に挨拶するゴート。

このイネスの墓はダミーだった。

 

「隊長‥‥」

 

「慌てるな」

 

「テンカワにこだわり過ぎたのが仇となったな、北辰」

 

奇襲してアキトとルリを攫うつもりが逆に自分達が奇襲に遭い、包囲されている。

この現状に6人の部下達は動揺する。

しかし、北辰は包囲されているにも関わらず、慌てる様子もなく平然としている。

 

「ここは死者の眠る穏やかなる場所‥‥北辰、おとなしく投降しろ!!」

 

「しない場合は?」

 

「地獄へ行ってもらう」

 

周りに居るネルガルのシークレットサービスが戦闘体制になる。

 

「そうかな……烈風」

 

「おう!!ちぇやああああああああああああああ!!」

 

北辰の言葉に応え6人の男の内、1人が元一朗に向かっていくが、

 

「っ!?」

 

「木連式抜刀術は暗殺剣にあらず‥‥」

 

元一朗はその男の抜刀術を紙一重で躱し逆に男の顔面をその手で捕らえ、新たに動こうとした男2人に向かって捕まえていた男を投げた。

 

「うっそ‥‥」

 

最初に抜刀術を最小限の動きだけで躱し更に捕まえた男を投げた元一朗の動きにミナトが驚きの声をあげた

 

「木連式柔‥‥」

 

アキトは元一朗の動きが何なのかをポツリと呟いた。

 

「邪なる剣では、我が柔には勝てぬ!!北辰、投降しろ!!」

 

「跳躍」

 

北辰のその言葉と共に彼の周りが光に包まれだした。

彼のマントの下には機械が埋め込まれた鎧があり、その機械の真ん中のコアの部分がこの光を発している。

 

「なっ!!ボソンジャンプだと!?」

 

「ふはははははは‥‥テンカワ・アキト、また会おう!!」

 

北辰はそう捨て台詞を吐くと、仲間達と共にボソンジャンプをして消えた。

 

「A班は警戒態勢、残りは散開しつつ撤収」

 

北辰達が消え、その場の処理をゴートがシークレットサービスの部下達に指示を出した。

 

「あいつらはどうやら、完全にコハクちゃんを落としたか‥‥草壁の攻勢は近い‥‥ルリちゃんとミナトさんは急いでナデシコで火星へ行って、草壁を捕まえて、コハクちゃんを助け出してくれ」

 

そう言い残し、アキトはルリの前から消えようとした。

アキトはルリにこの場であのシャトルの事故の日に何があったのかを話すつもりであったが、北辰を取り逃がした事、そして彼が単体でボソンジャンプが出来た事から時間がもう残されていない事を察したのだ。

 

「待って下さい」

 

そんなアキトをルリは彼のマントを掴んで止める。

 

「ルリちゃん?」

 

「最後に‥‥最後に1つだけ教えてください‥‥アキトさん‥艦長は生きているんですか!?」

 

「そうよ、アキトくん。艦長はどこいるの!?それにどうやってあの事故の中を生きていたのよ!?」

 

ルリはユリカの所在を尋ね、ミナトはアキトにあのシャトル事故の中、どうやって生き延びたのかを訊ねてきた。

 

「‥‥わかった‥話そう」

 

アキトは時間が惜しいと思いつつもこの状況では逃げ切れないと判断し、あのシャトル事故の日に何があったのかをルリとミナトに話すことにした。

 

 

3人の姿は公共墓地の隅にある小高い丘の上にあった。

 

「まず、最初に言っておく‥‥俺がこうして無事に生きているようにユリカもちゃんと無事に生きている」

 

ユリカが無事だと言うアキトの言葉を聞いてルリもミナトもほっとした様子。

そして、アキトは2人に語った。

 

あのシャトル事故の日の出来事を‥‥

 

 

あの日‥火星へ新婚旅行に行く為、シャトルの搭乗口へと向かっていたアキトとユリカ。

そして、もう間もなくシャトルの搭乗口に着くと言う時に、

 

「テンカワ」

 

アキトを呼ぶ声がしてその声がした方を見るとそこにはゴートが居た。

 

「ゴートさん?」

 

「あれ?ゴートさんも火星に出張か旅行ですか?」

 

アキトとユリカは意外な場所で意外な人物と出会った。

 

「話は後だ‥‥テンカワ、火星への新婚旅行だが、取りやめてくれ」

 

「えっ?」、

 

「もう、ゴートさん、突然何を言い出すんですか!?」

 

突然、新婚旅行を止めろと言われ、アキトは唖然としユリカは不機嫌そうにゴートに詰め寄る。

 

「理由はちゃんとある‥‥コレだ」

 

ゴートは懐から一通の封筒を取り出す。

 

「ん?何ですか?コレ?」

 

「コハクからの手紙だ」

 

「コハクちゃんからの!?」

 

「なんて書いてあるんですか!?」

 

「俺も貰った当初は信じられなかったが、お前達の結婚式の日と新婚旅行への場所と旅行へ行く日時からこの手紙の信憑性があるモノだと判断した‥‥この手紙をコハクから貰ったのは火星のサミットがあった時だったからな‥‥結婚式の日取りは兎も角、お前達が新婚旅行に行く日と場所は結婚式の後に決まった筈だ」

 

そう言ってゴートはコハクから託された手紙をアキトとユリカに手渡した。

2人は早速コハクからの手紙を読んだ。

そこには驚愕の内容が書かれていた。

今年の6月10日にアキトとユリカが結婚式を上げる事、

その式場の場所と式の後の宴会の場所が言い当てられていた事、

出席者が宴会でどんな事をするのかが書かれていた事、

そして同年の6月19日に火星へ新婚旅行に行く事、

しかし、その火星行きのシャトルが爆発事故を起こす事、

だが、その爆発事故は草壁率いる火星の後継者達による偽装事故で目的はアキトとユリカの誘拐である事、

その結果、ユリカは火星の遺跡ユニットと融合させられてしまい、火星の後継者に利用されてしまう事、

アキトは火星の後継者達の手によって人体実験の被験者となり味覚を失う程の大きな障害を負ってしまう事、

そして、アキトは自分の身体を滅茶苦茶にし、ユリカを攫った火星の後継者に対して復讐鬼になった事、

以前、ナデシコのオモイカネの自意識の中に現れたあの黒い大型機動兵器は復讐鬼となったアキトが使用していた機動兵器だった事、

等が書かれていた。

当初はアキトもユリカも信じられなかったが、ゴートの言う通り、コハクは自分達が新婚旅行で火星に行く事は知らなかったにも関わらずこうして新婚旅行の日取りと場所を予知していた事からコハクの手紙の内容を信じ、火星行きのシャトルには乗らなかった。

そして2人は変装して空港から少し離れた所から見ていると、自分達が乗る予定だった火星行きのシャトルは空中で爆発した。

その光景をアキトとユリカは唖然として見ていたが、これでコハクの手紙の内容が真実であったと確信を得た。

事故の後、2人は公式には死亡した事にしてもらいネルガルで秘密裏に保護して貰いつつ、コハクの忘れ形見とも言える試験戦艦ユーチャリスと大型機動兵器『ホワイト・サレナ』で世界中に居るジャンパーの保護活動をしていた。

その過程でアキトとユリカはネルガルのとある研究所でルリと同じく遺伝子操作で生まれたラピスを保護した。

そして、コハクが草壁に捕まっている情報を掴んで、コハクの救助を行っていた。

それがあのコロニー襲撃事件の真相だった。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

(コハク‥‥)

 

アキトからあのシャトル事故の真相を聞いてルリもミナトも固まる。

ただルリは心の中でコハクがアキトとユリカの2人を守ったのだと思った。

それなのにコハク自身は敵の手中に落ちてしまった。

ならば、コハクを助け出すのは姉である自分の役目だと決意した。

 

「俺は別ルートで火星へ行く‥‥」

 

「えっ?」

 

「どうして?」

 

「俺には決着をつけなければならない奴がいる」

 

「それってさっきの‥‥」

 

「草壁の確保とコハクちゃんの事‥‥頼んだよ。ルリちゃん」

 

「はい」

 

アキトはルリにコハクの事を託し今度こそ、その場から去って行った。

 

ルリがアキトと再会した時、

ハーリーは月へと跳びドックにあるナデシコCへと向かった。

 

「おう、待っていたぜ、お前さんがマキビ・ハリ少尉だな?」

 

「えっ?う、ウリバタケ・セイヤさん!?」

 

ナデシコCには元ナデシコ整備班班長、ウリバタケ・セイヤが先にナデシコで待っていた。

ハーリーとしてはてっきりウリバタケは今回の作戦には不参加だと思っていたので、彼が自分より先に此処に居た事に驚いた。

ハーリーが此処には居ないと思っていたウリバタケに驚いていると、

 

「あら、やっぱり来ていたのね」

 

ハーリーを月まで跳ばしたジャンパーがウリバタケに声をかけながら被っていたヘルメットを脱ぐ。

 

「あんたもやっぱり生きていたか‥‥」

 

「あまり驚いていない様だけど、もしかして貴方を月に送ったのはテンカワ君か艦長なの?」

 

「ああ、テンカワの奴だ」

 

ウリバタケはそう言ってあの日の出来事を思い出す。

 

 

「へ~い、見て分かんないの?今日はもう、お終い、店じまいなんだけど~?」

 

あの日、既に店じまいした後、誰かがウリバタケ家を訪ねてきた。

応対に出たウリバタケの耳に

 

「セイヤさん」

 

聞き慣れた声がした。

 

「あん?‥‥っ!?お、お前はっ!?」

 

あの日、ウリバタケ家に来たのは死んだと思われたアキトだった。

 

「て、テンカワ‥‥お、お前‥死んだはずじゃ‥‥ま、まさか、幽霊‥じゃないよな?」

 

「違います。正真正銘テンカワ・アキトっす」

 

「どうやってあの事故の中を‥‥?」

 

「その事を踏まえてセイヤさんに話したい事が‥‥」

 

「その様子だと何やら厄介事の様だな」

 

「‥‥」

 

「まぁいい、上がれ」

 

ウリバタケはアキトを家の中に招き入れた。

当然、アキトの姿を見たオリエは腰を抜かす程驚いた。

そして、アキトはウリバタケにルリとミナトに話したシャトルでの事故の真相を話し、そして今、草壁率いる火星の後継者にコハクが捕まっている事も話し、そしてその討伐の為に準備されている月のドックで建造中のナデシコCについても話した。

 

「そうか‥‥コーくんがお前さんと艦長を‥‥」

 

「はい」

 

「で?俺にもう一度ナデシコに『乗れ』ってか?」

 

「はい‥‥奴等を倒す為にはルリちゃんとナデシコの皆の力がどうしても必要なんです」

 

「‥‥」

 

ウリバタケは腕を組んで考え込みながら、チラッとオリエを見る。

オリエは間もなく臨月に入る。

旦那として出来れば出産を控えている女房の傍に居てやりたい。

でもその反面、昔の仲間の力にもなりたい。

ウリバタケの心は揺れに揺れた。

そんな中、

 

「アンタ‥‥行ってやりな」

 

オリエがウリバタケの背中を押す。

 

「えっ?」

 

「昔の仲間が困っているんだろう?」

 

「い、いや、しかし‥‥」

 

「アタシの事は大丈夫だって、この子もきっとアンタが帰って来るまで待っていてくれる筈さ」

 

「オマエ‥‥」

 

「だから、さっさと行ってさっさと帰っておいで」

 

「‥‥すまねぇ」

 

オリエからの許可も出てウリバタケはナデシコへと行く事に決めた。

必要な道具と荷物をまとめた後、アキトがボソンジャンプでウリバタケを月まで送ると言う。

そして、ウリバタケを月へ送る前、

 

「あっ、そうだ。奥さん‥‥コレを‥‥」

 

アキトは懐から分厚い何かが入った封筒をオリエに手渡す。

 

「えっ?あの、これは?」

 

「言ったじゃないですか。屋台の代金は利子をつけてお返ししますって」

 

「あっ‥‥」

 

ラーメン屋の屋台をウリバタケに作ってもらった時、コハクが前金を払ったが残りの代金と利子は未だに払われていなかった。

あの時の屋台は既に解体されてしまったが、アキトは約束をちゃんと守り、だいぶ遅くなってしまったが、こうしてあの時の屋台の製作費の料金をちゃんと持って来た。

 

「ちょっと利子がたりないかもしれませんけど‥‥」

 

「いえ‥‥ありがとうございます」

 

オリエは深々と頭を下げてアキトに礼を言った。

 

「それじゃあ、行って来る」

 

「アンタ‥‥気を付けてね」

 

「ああ、心配すんな。ちゃんと生きて帰って来る‥‥絶対にな」

 

「ええ、待っているからね‥‥この子と一緒に‥‥」

 

そして、ウリバタケはアキトのボソンジャンプで一足先に月へと跳んだのだった。

 

 

「‥‥ってことがあってよ」

 

「へぇ~なんだかんだ言って奥さんと仲良くやっているみたいじゃない」

 

「まあな‥‥」

 

ウリバタケとジャンパーの2人は知り合いの様で会話が弾んでいたが、ハーリーは事態についていけなかった。

でも、いつまでもこうして再会に浸っている暇では無かった。

 

「さて、ルリルリがいつでも来てもいいように新しいナデシコを動かせるようにするぞ」

 

「は、はい」

 

ウリバタケとハーリー、そしてジャンパーはナデシコCへと向かった。

 

 

新東京臨海国際空港 宇宙用滑走路では特別便のシャトルが一機飛び立とうとしていた。

それはナデシコCに乗艦予定のナデシコのクルー達だった。

見送りにはプロスペクターとホウメイ、そしてメグミとホウメイガールズの皆が来ており、シャトルを見送った後、プロスペクターは彼女らを連れてある場所へと向かった。

そして、プロスペクター達の他に見送りに来ていた者も居た。

それは編み笠にマントを着た男達だった。

男達は空高く飛び上がって行くシャトルを見ながらニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。

 

シャトルがある一定の高度に達し、シートベルトの着用ランプが消える。

 

「しばらくの間、おくつろぎ下さい」

 

キャビンアテンダントの放送を聞いてナデシコクルー達は身体のこわばりをぬく。

そんな中、

 

「お飲み物はいかがっすっかー?」

 

キャビンアテンダントが機内での飲み物のサービスを持って来たのだが、そのキャビンアテンダントの姿を見てミナトは驚いた。

 

「ビールに水割り、おつまみもありますよー?」

 

なんとそこに居たのはオオイソシティーの家で留守番をしていると思ったユキナだった。

ついでにジュンも何故か居り、彼もユキナと同じく女性用のキャビンアテンダントの制服を着ていた。

 

「ちょ、ちょっとユキナ!なんであんたがここにいるの!?」

 

「ジュンさん‥女装の趣味があったんですね」

 

ルリはジュンの服装を見てポツリと呟いた。

 

「わたし、冷やし飴」

 

「ドリアンジュース」

 

ヒカルとイズミがそんなこと関係なしに注文をするが、

 

「そんなことはどーだっていいの!」

 

途中で注文をさえぎられて不服そうなイズミを無視してミナトはユキナにつめよる。

 

「あんたは学校があるでしょう!?」

 

「今、夏休みだもーん」

 

「部活は!?インターハイがあるでしょう!!」

 

「それは再来週。だいたい作戦が失敗したら中止でしょう?」

 

「ん――!バカ!帰りなさい!!」

 

「あっかんべろべろべっかんべー!」

 

「ヴ~」

 

ミナトとユキナの対話は平行線を辿っている。

とは言え、シャトルはもう空へと飛んでしまったので、今更引き返せないので状況的にミナトが圧倒的に不利だ。

 

「ジュン君!!」

 

そして、ミナトの怒りの矛先はジュンへと向けられる。

 

「は、はい」

 

「『はい』じゃない!!なんでユキナを止めてくれなかったの!?」

 

「あっ、いや、その‥これには深い訳がありまして‥‥」

 

「その服じゃ説得力ないよぉ~」

 

ヒカルのこの一言で俯いてしまうジュン。

 

「まぁ、ミナトさん。シャトルは既に打ち上がってしまいましたし、今から戻っては余計に時間を消費してしまいます。この話は月に着いてからでもいいんじゃないでしょうか?」

 

ルリが怒り心頭なミナトを宥める。

 

「はぁ~仕方ないわね‥‥ユキナ、ルリルリに感謝しなさいよ」

 

「はいはい」

 

こうしてシャトルはイレギュラーな乗員2人を乗せて地球重力圏を離脱した。

 

 

 

草壁を中心とする火星の後継者への反乱を鎮圧する為に月にある新型宇宙戦艦ナデシコCに向かっているナデシコクルー達。

シャトル内でイレギュラーな人物が乗っていたというアクシデントが起こったが、それ以外を除いてシャトルは順調に飛行中。

 

「軌道を通過したぞ」

 

ゴートが同じく運転席にいるリョーコに報告する。

 

「やれやれ、ここまでは順調‥‥」

 

「順調じゃなーいっ!」

 

コックピットへ怒り口調のミナトが乱入してくる。

それに、つい反応しビクっとしてしまうリョーコだが、ゴートは動じずに操縦桿を握り窓の外を見ている。

 

「どうした?何かトラブルか?」

 

「知っていたんでしょう!?あの子が乗り込んでいた事!」

 

「白鳥の妹か?まぁな」

 

前を向いたまま、冷静に受け答えするゴート。

その冷静さが逆にミナトには気にくわない。

 

「ひっどーい!なんで教えてくれなかったの!」

 

「出発前に無用なトラブルをさけるためだ」

 

「無用!?」

 

「まぁ、聞け」

 

興奮するミナトを諌めるゴート。

 

「彼女は木連の英雄、白鳥九十九の妹だ。次に狙われるとしたらあの娘かもしなれかった。テンカワのあの事故の後、我々ネルガルのシークレットサービスはあの娘も保護対象として密かに監視を行っていたほどだからな」

 

「あっ‥‥」

 

ゴートの説明を聞いて納得したミナトだった。

 

「護衛艦隊、合流するぜ」

 

納得したミナトを横目にリョーコは報告した。

地球から月までは約38万キロある。

昔と比べ宇宙船の技術は格段に進歩し、地球~月までの時間はかなり短縮する事が出来た。

しかし、その間にも火星の後継者の襲撃が無いとは言い切れない。

シャトルは民間の非武装シャトル‥‥例え敵の機動兵器一機でも非武装のシャトルにとっては脅威だ。

その為、コウイチロウはシャトル護衛の為の艦隊を既に手配していた。

 

「護衛艦隊を指揮するアララギです」

 

今回シャトルを護衛するのは元木連将校のアララギだった。

彼はあの戦争中、ナデシコと一度矛を交えた事がある。

かつてナデシコで開催された一番星コンテスト‥そのコンテスト中に襲撃してきた有人ミサイル艇部隊の指揮官を彼は務めていた。

その彼が今回、ナデシコクルー達を守る為に馳せ参じるとは何とも不思議な巡り会わせであった。

 

「ナデシコ艦長、ホシノ・ルリです。よろしくおねがいします」

 

「宇宙に咲きし白き花、電子の妖精ホシノ・ルリ‥‥少佐のことを兵士たちが『電子の妖精』とよんでおるのです‥‥まさに可憐です」

 

「はぁ‥どうも‥‥それでは兵士の皆さんにもよろしくお伝えください」

 

アララギとルリが通信を着ると、

 

「電子の妖精、可愛かったですね」

 

アララギが乗艦するライラックの副長がルリを見た感想を述べる。

 

「うむ、まさに宇宙の宝」

 

「今の映像バッチリ、録画出来ました」

 

「よし、後で兵士達にも見せてやろう」

 

ルリを空間ウィンドウ越しとは言え、生で見れた事に感動しているアララギ達。

そこに、

 

「ボース粒子の増大を確認!!前方5千!!」

 

「何っ!?」

 

突如艦隊の前方にボソン反応が現れた。

ボソンジャンプしてきたのは火星の後継者の機動兵器、積戸機だった。

 

「我が部隊の前方に船団あり」

 

「戦艦、駆逐艦、民間シャトル‥‥これだ!情報にありし秘密工作船とはまさにこれなり!全機!戦艦でなくシャトルをたたけ!!」

 

『了解!!』

 

積戸機は武装艦を無視してシャトルのみを狙って来る。

 

「全艦最大船速!!菱形陣形で中央突破するぞ!」

 

アララギは陣形を整えてシャトルを艦隊の内側に入れて敵の突破を試みるが、

 

「シャトル、先行します」

 

「えっ?」

 

シャトルが艦隊の一番前に出る。

 

「はいはーい。こっからは本業におまかせね」

 

ミナトがゴートと交代して指をポキポキとならす。

 

「ようするに突っ切っちゃえばいいのよね」

 

「はい、お願いします。ミナトさん」

 

「りょーかいっ!まかせといて」

 

シャトルはフィールドを展開して敵の機動兵器の中へと突っ込んでいく。

それを見た敵機動兵器の隊長は、

 

「シャトルが先行!?バカめ!死ぬ気か!」

 

と鼻で笑いシャトルをマシンガンで攻撃し始める。

だが、民間シャトルとは思えないほどに強固なフィールドとミナトの操艦技術にはばまれ直撃することができない。

そのまま、勢いにまかせてシャトルは突破していき、棒立ち状態になっている機体を次々と背後からアララギの艦隊の攻撃が敵の機動兵器を襲う。

 

「目標を失い、敵は棒立ちだ!このまま敵を突破、後にシャトルの盾となる!死中に活あり‥さすが妖精」

 

そういいながらも、苦笑を隠せないアララギ。

 

「シャトルの前方にさらにボソン反応!」

 

「なんだと!?」

 

しかし、オペレーターの報告を聞いて思わず艦長席から立つ。

敵の機動兵器を突破したと思ったらシャトルの前に第二陣がボソンジャンプしてきた。

しかも最初の敵の機動兵器も全て片付けた訳ではなく、アララギ艦隊の攻撃をかいくぐった敵の機動兵器は後ろからシャトルを追いかけてくる。

 

「まずい!並走されるぞ!」

 

「ちょっと!話が違うじゃない」

 

とは言え、前の敵も突破しなければナデシコには行けない。

だが、護衛であるアララギ艦隊との距離はかなり離れてしまった。

その結果、コンピューターがはじき出した結論は、

 

『並走されつつ、タコ殴り』

 

である。

最悪の状況であることはかわりないがミナトは負けずに必死にシャトルを操る。

マシンガンの合間をぬけて、ミサイルを誘爆させ躱す。

 

「おい!武器とかねーのか!?」

 

「偽装するときに外した……」

 

「そりゃ律義なことで‥‥」

 

軽い会話がかわされるが、状況をいっそう悪くするだけだった。

 

その頃、アキトの予通り火星の後継者は地球に対して全面的な攻勢に打って出ようとしていた。

 

「これはあきらかに!地球規模での反逆である!」

 

草壁が指令室からマイクで武装した兵士、積戸機へと呼びかける。

兵士達は皆緊張した面持ちで遺跡と同じ柄の線模様がある床の上に立って居る。

 

「地球連合憲章の見地から見れば、まさしく平和に対する脅威であろう。我々は悪である!しかし、時空転移は新たなる世界、新たなる秩序のための幕開けだ!」

 

草壁の演説は武装した兵士、積戸機の他にも火星極冠遺跡に展開する艦船、機動兵器のパイロット、遺跡に居る火星の後継者全員が聞き入っている。

 

「さあ、戦乙女よ!!勇者達を導け!」

 

「イメージ‥」

 

「イメージ‥‥」

 

「イメージ」

 

極寒遺跡自体が輝きはじめる。

 

「目標、地球連合本部ビル!」

 

「目標!統合軍本部ビル!」

 

ヘッドギアをつけたナビゲーターの身体が光始める。

 

「ナビゲーターイメージング続行!」

 

「コード入力。モードはマルチ」

 

すると、遺跡ユニットと融合したコハクの身体が輝きはじめる。

 

「ルリ」

 

コハクの問いにルリが振り返る。

 

「ルリはどこへ行きたい?」

 

コハクがルリに何処へ行きたいのかを問うと振り返ったルリの顔が火星の後継者のナビゲーターの面々と被った。

 

 

月ドックでは地球と月の間で起きているドンパチをキャッチしていた。

 

「こりゃ、やべなぁ‥‥下手をしたら、ルリルリ達がナデシコに着く前にお陀仏になっちまうぞ」

 

空間ウィンドウにて積戸機とシャトルとのドンパチを見てウリバタケが呟く。

 

「そ、そんなぁ!?」

 

ハーリーが思わず声をあげる。

 

「い、急いで助けに行きましょう!!」

 

「でも、間に合うかどうかわからんぞ」

 

ナデシコCがあるドックからシャトルの現場までかなりの距離がある。

いくらナデシコCが最新鋭の宇宙戦艦とは言え、一瞬で現場に行けるほどの速力は無い。

 

「なら、跳びましょう」

 

「「えっ?」」

 

ハーリーを月まで跳ばしたジャンパーが今からナデシコCをシャトルの居る宙域までボソンジャンプさせると言う。

 

「でも、大丈夫なのか?」

 

「平気よ、短距離だし、それなりに休めたから‥さっ、早く行かないと手遅れになるわ」

 

「よ、よし、ハーリー、ボソンジャンプの準備だ」

 

「は、はい」

 

ナデシコCはシャトルの危機を救う為、ボソンジャンプの準備に取り掛かった。

 

その頃、ナデシコクルー達を乗せたシャトルは、何とか前方に展開する積戸機の第二陣を突破して並走されるのは避けたが、敵はその機動性を活かしてシャトルを追撃して来る。

 

「っと!ボソン反応前方50キロ!」

 

「こりゃでかいな」

 

リョーコとサブロウタが前方のボソンジャンプ反応を見てそれぞれ感想をもらす。

 

「うっわーマズさの二乗倍‥‥」

 

敵の第三陣かと思われたが、ボソンジャンプしてきた巨大な物体から通信がつながる。

 

「グラビティブラスト行きまーす!!」

 

「えっ?」

 

ボソンの渦がきえ、そこからあらわれたのは白いボディの戦艦‥ナデシコC。

それを躱す様に抜けて行くシャトルを尻目にボソンアウトしてくるナデシコC。

そして、ナデシコCはボソンアウトと同時にグラビティブラストを積戸機へ向けて放つ。

 

「緊急跳躍!!逃げろ!!」

 

積戸機はボソンジャンプしてナデシコCのグラビティブラストを躱そうとするが間に合わずナデシコCのグラビティブラストの餌食となり、幾つもの爆発の花火をあげた。

 

「艦長、見ましたか!?」

 

「ムフ」

 

ハーリーが急に出て来てただでさえ驚いているルリ達。

そこへ更に追い撃ちをかけるようにあらわれたのはブイサインをするウリバタケだった。

 

「は、班長っ!?」

 

「おう、お前ら久しぶりだな。元気だったか?」

 

元ナデシコの整備班メンバーは来ないと思っていた班長のウリバタケが既にナデシコに乗っていた事に驚き、ウリバタケはそんな部下達に久しぶりの際かの言葉を投げかける。

 

「セイヤさんどうしてここに?!」

 

ルリが茫然とつぶやく。

 

「こんなこともあろうかと思ってな。先に来ておいて正解だったぜ!」

 

空間ウィンドウにハーリーが見えなくなるくらいに詰め寄るウリバタケ。

 

「御都合主義だと笑えば笑え!だが見よ!このメカニック!オレがだまっていると思うか!?それに昔の戦友を見捨てちゃ、男が廃るってもんだぜ!!」

 

「どうでもいいですけど、ハーリー君、セイヤさん」

 

ウリバタケがせっかくカッコイイ台詞を言ったにもかかわらず、ルリは「どうでもいい」の一言で片づけた。

そして、自分が思っている疑問を2人にぶつけた。

 

「どうやってジャンプしたんですか?御都合主義だけじゃちょっと‥‥」

 

そこへ、

 

「説明しましょう」

 

ハーリーを月まで跳ばしたジャンパーがバイザーをとり素顔を晒す。

そこに居たのはA級ジャンパーであり、死亡したと伝えられていたイネス・フレサンジュが居た。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第47話

更新です。


 

 

ルリ達がナデシコに合流したその頃、地球では突如ボソンジャンプしてきた火星の後継者の手により地球連合政府の主要施設が次々と占拠されていった。

完全に不意を突かれた統合軍は成す術なく敗北と後退を余儀なくされた。

 

「国際高速通信社占拠」

 

「「「「おおおぉ~」」」」

 

「閣下、間もなくですな」

 

「うむ、新たな秩序が生まれる」

 

火星極冠遺跡に設置された火星の後継者の司令部では奇襲部隊の戦果が次々とあげられていき、まるで選挙戦の様に奇襲部隊が占拠した施設の名前が書かれた紙の上に花が飾られる。

草壁達は自分達の勝利は目前だと確信を得ていた。

 

 

シャトルからナデシコCに乗艦したルリ達は早速イネスからの説明を聞く事になり、ナデシコCの食堂に集まった。

食堂には既にパイプ椅子と机、茶菓子に飲み物が用意されていた。

 

「「3、2、1!ドカーン!」」

 

「なぜなにナデシコ!」

 

旧ナデシコクルー達にとっては懐かしいフレーズのイネスの説明会。

 

「こんにちわ、はじめまして、おひさしぶり医療班並びに科学班担当のイネス・フレサンジュです」

 

説明をする前に食堂に集まったクルー達に自己紹介をするイネス。

そしてホワイトボードを使って説明をしようとする。

 

「ボソンジャンプ大航海時代に備えてボソンジャンプの利権をゲットしておこうと言うのが彼らの目的で、何故ボソンジャンプで世界が変わるのかと言うと‥‥」

 

「しつもん」

 

イネスがボソンジャンプと火星の後継者の目的を説明しようとした時、ルリが説明の腰を折って手をあげて彼女に質問をする。

 

「何?ルリちゃん」

 

「恐らく皆こう思っていると思うんですけど、イネスさん‥‥アンタ、死んだ筈じゃなかったの?」

 

ルリはこの場に居る皆の質問を代表して死んだと思っていたイネスに何故生きていたのかを質問した。

しかし、ルリとミナトはイネス同様、死んだと思われていたアキトとユリカが生きていた事、

そのアキト達が世界中のジャンパーの保護活動をしていた事からイネスが生きていた事も何となく予想がついた。

だが、アキトとユリカが生きている事を知っているのはまだごく一部の人間だけなので、こうして説明を求めたのだ。

 

「そ、そうだよ。何で生きているんだよ!?」

 

リョーコは少し声を震わせてイネスに訊ねる。

 

「『何で』って、失礼ねぇ。分かったわ」

 

「今度は僕が説明しよう」

 

イネスが何故生きているのかを説明しようとした時、突然空間ウィンドウが開き、アカツキが映っていた。

そしてアカツキはイネスが生きていた事を説明した。

 

「コハク君が残した手紙で奴等の狙いがテンカワ君や艦長を狙っていた事から連中の目的や狙いを事前に掴むことが出来たからね、一番有効な手として手っ取り早い方法としてテンカワ君や艦長と同じく戸籍上は死んでもらったんだよ。ああ、知らない人も居るみたいだから、此処でネタバレをしておこう。イネス君が生きているようにテンカワ君や艦長もちゃんと生きているよ」

 

アキトやユリカが生きている事にざわつくナデシコクルー達。

でも、その殆どが生きてくれてよかったと安堵している。

 

「コハクはどうやって艦長達が狙われている情報を掴んだんですか?」

 

ルリはコハクがアキトやユリカが草壁達に狙われている事をいつ知ったのか?

アカツキなら知っているかもしれないと思い彼に質問する。

 

「それは僕にも分からない。あの火星のサミットが終わる頃にコハク君がゴート君に未来の事を記した手紙を渡したこと以外、彼女が一体、いつ、何処から連中の情報を得たのかは不明なんだな、これが」

 

「では、何故コハクは火星の後継者に捕まっているんですか?」

 

「‥‥どうやら、コハク君は草壁を暗殺しようとしていたみたいなんだ‥‥そして、それが失敗した場合の事を考えて、ゴート君に手紙を託した。で、結果は見ての通り、コハク君は草壁の暗殺に失敗して敵の手中に落ちてしまった‥‥まぁ、コハク君はマシンチャイルドだったしね‥‥連中にしては丁度いい人材だったのかもしれないね」

 

コハクが生体兵器であることは一部の人間しか知らないのでこの場は敢えてマシンチャイルドとアカツキは言った。

草壁が自分を暗殺しに来た暗殺者を殺さずにああして遺跡ユニットと融合させたのかもアカツキは最初にコハクを保護した時に何となくだが察しはついていた。

クリムゾングループが生み出した生体兵器でもあり、ボソンジャンプ時代を切り開くイヴ‥‥そんな存在を草壁が手放すわけがない。

そもそもクリムゾングループはあの戦争中、密かに木連とコンタクトをとっていた形跡があった。

そこからコハクの存在を草壁が知っていたとしても可笑しくは無かった。

 

(コハク‥‥貴女はまた勝手に1人で‥‥)

 

コハクが自分に何も言わずに1人で危ない行動を取ったことに怒りを感じつつ、何としてでもコハクを助け出す決意を固めるルリ。

 

「じゃあ、なんだ?コー君は艦長達の身代わりに捕まっちまったってことか‥‥?」

 

ウリバタケが苦々しく呟く。

 

「まぁ、そう言う事になるね。だからこれから君達が助けに行くんだろう?さて、そろそろ僕も用事があるからね。そっちは任せたよ」

 

そういって、アカツキからの通信は切れた。

 

「此方正面玄関口、敵の攻撃がすさまじく、もう持ちません」

 

「うひょ~こりゃすごいな~ああ、あとはこっちでやるから君達は撤退していいよ」

 

「は、はい」

 

ナデシコクルー達との通信を切ったすぐ後、地球連合総会ビルの警備隊からもう持たないと通信を受けたアカツキは警備部隊を撤収させた。

アカツキはネルガルの本社ビルではなく地球連合総会ビルの控室からナデシコに通信を送っていた。

 

「さて、舞台は整った‥‥行こうか‥‥」

 

アカツキは控室を出て地球連合総会ビルの大会議室へと向かった。

 

地球連合総会ビルの周りは火星の後継者の機動兵器に囲まれており、通信施設も爆破された。

そしてアカツキは警備隊も撤収させたので、地球連合総会ビルからの反撃は止み、火星の後継者側も一時攻撃を止めた。

 

「敵部隊沈黙!」

 

「よし!これより突入!」

 

この部隊の指揮を任されたカワグチが歩兵部隊と共に地球連合総会ビルに突入して行く。

突入した火星の後継者達は誰も居ないトイレを見て唖然としたり、休憩所に突入して偶然にもオフィスラブの現場を見てしまう者達も居た。

そして、

 

「うらぁっ!」

 

会議が開かれている筈の大会議室に突入したのだが、

 

「ダメダメ、せっかちさん」

 

地球連合政府の大使や官僚の姿はなく、そこに居たのは売れっ子声優アイドルのメグミ・レイナードだった。

 

「えっ?」

 

「メグたん‥‥」

 

突入した火星の後継者たちは唖然としたが、中にはメグミのファンが居た様だ。

 

「みなさんこんにちわ!メグミ=レイナードです!」

 

「「「「「ホウメイガールズです!」」」」」

 

「本日はようこそ私達のコンサートへ!」

 

「たっぷりたのしんでいってくださいね!」

 

同時に、背後スクリーンが何も無かったのがかわり、いっぱいの観客の姿でうめつくされた。

地球連合総会の大会議室はいつの間にかアイドルのライブ会場となっていた。

自分達は地球連合総会ビルに突入したのに何時の間にアイドルのライブ会場と間違えたのだろうか?

そんな錯覚を覚える者も居た。

 

「総会は!?地球連合の総会はどうした!?」

 

「ギタープロスペクターさん!」

 

「参ったなぁ」

 

そんな火星の後継者達を尻目にバンドメンバーを紹介する。

ユラユラとゆれながらギターをひくプロスペクター。

 

「ベース、ムネタケ・ヨサシダ!」

 

「ハッピ~」

 

クールにきめるムネタケ。

 

「キーボードは飛び入り、ホウメイさん!」

 

「ハハ‥‥」

 

照れながらもみごとに片手引きをきめるホウメイ。

 

「ドラムはミスマル・コウイチロウ!秋山源八郎!」

 

「「そりゃそりゃそりゃそりゃ!!」」

 

其処には和服をはだけた状態で着て、大きな和太鼓を叩くコウイチロウと秋山の姿があった。

ドラムと言うよりはもうまんま和太鼓である。

 

「そしてスペシャルゲスト!アカツキ・ナガレ!!!」

 

バックの声援がさらに大きくなり、前方のスクリーンの上に人影がもりあがってくる。

そして音楽がとまる。

その直後、

 

「ふごっ!」

 

ガン、という音とともにふってきた金盥を頭でうけとめる。

 

「金持ちをなめんなよォ?」

 

バックのスクリーンは爆笑しているおばちゃん達の映像に変わる。

背後のバックスクリーンは大笑いだが、火星の後継者の面々にとっては憎たらしい事この上ない。

 

「天誅っ!!!」

 

アカツキの姿を確認した火星の後継者達は彼に向かってマシンガンを撃つ。

だが放たれた弾丸はアカツキを貫く事はなく直前のディストーションフィールドで阻まれる。

 

「ディストーションフィールド!?貴様!なんのつもりだ!」

 

「どういうこと?‥‥無理な事は『止めろ』ってことさ。総会出席者を人質にとるような組織じゃ天下はとれんよ」

 

そして彼は眼を細め、

 

「汝死にたもうことなかれ」

 

と忠告する。

だが、その忠告を聞いてか聞かずか、天井をつきやぶり2機の積戸機が大会議室に降りてくる。

 

「ならば貴様がしねぇっ!!」

 

向けられる積戸機の銃口を見つめるアカツキ。

その瞳はまったくといっていいほど動じていない。

 

「奸賊、アカツキ・ナガレ、天誅!!」

 

積戸機がマシンガンの引き金を引こうとした時、アカツキの居る舞台と積戸機の間の空中に光の渦が発生する。

そして、その渦からは2機の白い機動兵器が現れて腕に装備されているクローを突き出して、瞬く間に2機の積戸機を無力化する。

 

「ボ、ボソンジャンプ‥新型か‥‥?」

 

「外もあらかた鎮圧した」

 

「あきらめて投降しろ」

 

だが未だに銃をさげない火星の後継者にしびれをきらしたのか、白い機動兵器のコックピットのハッチが開く。

 

「ひさしぶりだな、カワグチ少尉」

 

「まさか、貴官が草壁の様な男に付き従うとは‥‥かつての上官として悲しくもあり、情けなく思うぞ」

 

「し、白鳥さん‥‥月臣さん‥‥」

 

木連の英雄とされる白鳥九十九と月臣元一朗が操縦する新型機動兵器、アルストロメリアの登場で火星の後継者の部隊は次々と武装放棄し投降した。

 

某所にある廃工場には例の幽霊ロボットの母艦である白い戦艦、ユーチャリスが鎮座していた。

 

「ルリちゃんとナデシコが合流したみたいよ」

 

エリナがアキトとユリカにルリ達の状況を教えた。

 

「そうか‥‥」

 

「これで勝率は90%になったね」

 

「ああ‥でも、まだ100%じゃない‥草壁の下にはアイツが‥‥アイツらがまだいる」

 

「それにコハクちゃんも助け出さないと完全とは言えないからね」

 

「そうだ‥‥草壁を捕え、アイツらを倒し、コハクちゃんを助け出してこそ、本当の勝利だ」

 

「それじゃあ、早く行こうか?アキト」

 

「そうだな‥‥エリナさん‥補給、ありがとうございます」

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

ラピスと伴ってユーチャリスへと乗り込むアキトとユリカ。

 

「ちゃんと帰ってらっしゃいよ‥‥コハクを連れてね‥‥」

 

見送るエリナは3人の背中を見ながらポツリと呟いた。

そして、ユーチャリスはボソンジャンプをしてその場から消えた。

 

火星極冠遺跡の火星の後継者司令部では驚愕の知らせとも言える凶報がもたらされる。

 

「当確全て取消!?」

 

「何故だ!?」

 

先程まで順調にすすんでいた地球要所占拠計画だったが通信士の急な取り下げに驚く草壁達。

 

「どういう事だ!?説明をしろ!?」

 

「はぁ‥‥それが敵の新型兵器と説得に‥‥」

 

「説得だと?」

 

「地球、そして木連の勇者諸君!」

 

「あの戦争で散った戦士達が泣いているぞ!!」

 

開かれた映像には元一朗と九十九が火星の後継者達に投降する旨を伝えている。

それに促され地球では次々と投降していく同志達の光景が映し出されていた。

 

「つ、月臣、白鳥!?」

 

(くっ、どこまでも私の邪魔を‥‥やはり、あの戦争で2人とも纏めて始末しておくべきだった‥‥)

 

草壁は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。

そして草壁にもいよいよ最後の時が近づいていた。

 

ナデシコCはルリ達を乗せ、イネスが生きていた説明を終えると草壁の逮捕及びコハクの救助の為、一気に火星の後継者達の根拠地となっている火星極冠遺跡へとボソンジャンプしようと言う事になった。

のこのこと火星へ向かえば当然、火星の後継者達との戦闘となる。

相手は元木連の草壁派と統合軍の3割の戦力を有する大艦隊。

対する此方はナデシコC1隻のみ‥‥あの時の火星で戦った木連の戦力に比べたら今回の方は少ないが、それでも正面から喧嘩を売るにはやはり数が違い過ぎる。

そこで一気に敵の根拠地へとボソンジャンプして、敵のシムテムを掌握し無力化させる事となった。

 

「でも、イネスさん、貴女はさっきボソンジャンプをしたばかりですけど、連続でやって大丈夫なんですか?」

 

ルリはイネスの体の事を心配する。

 

「さっきのボソンジャンプは、短距離だったからそこまで負担は無いわ‥ただこの次に火星極冠遺跡へとボソンジャンプをしたら、今日はもう無理ね」

 

「それってつまり‥‥」

 

「ボソンジャンプアウトと同時に奴等を無力化させないとヤバいって事」

 

いきなりの一発勝負となった。

失敗すればナデシコは袋叩きにあう。

しかし、やるしかない。

 

「すぐに火星極冠遺跡へのボソンジャンプをします」

 

「サブロウタさん、ハーリー君。準備を‥‥」

 

「「了解」」

 

「イネスさん、大変でしょうけどお願いします」

 

「ええ、分かったわ」

 

そして準備が整い、ナデシコCは一気に敵の根拠地、火星極冠遺跡へとボソンジャンプをした。

 

 

「上空にボソンジャンプ反応!」

 

「なにっ!?」

 

地球での重要施設占拠が取り消しとなった中、草壁に追い打ちをかける様な事態が発生する。

火星極冠遺跡の空に光が渦を巻き、白い巨体の戦艦が現れる‥連合宇宙軍のマークが光り、ナデシコCがボソンジャンプアウトしてきた。

 

「哨戒機より映像、ナデシコです!!」

 

「ナデシコ‥‥だと‥‥」

 

火星極冠遺跡の周りに展開していた艦船やステルンクーゲルの空間ウィンドウにはボソンジャンプアウトしてきたナデシコCの映像が表示されるが、突如空間ウィンドウが『お休み』 『使えないよぉ~』 『一時封印』 『SLEEP』 と書かれたウィンドウやデフォルメされたルリが眠っている画像に変わる。

すると、空中で待機していたステルンクーゲルが次々と持ち場を離れ地上に着陸していく。

 

「こら、お前達!!持ち場を離れるな!!」

 

「ち、違う!!機体が勝手に‥わっ!?」

 

管制室からステルンクーゲル部隊へ注意を送るが、パイロット達は自分達の意志で機体を下ろしたわけでは無いと言った直後に管制室との通信も『お休み』等のウィンドウに変わり機体の制御が全くできない状態となった。

 

「ヤマザキ君、一体どういうことかね!?」

 

草壁が同じく司令部に居たヤマザキにこの事態を訊ねる。

 

「し、システムが乗っ取られた様です‥‥妖精に‥‥」

 

まさかと言う思いがヤマサキの脳裏を駆け巡る。

システムは何重にもわたるプロテクトがかけてあった。

それをルリは僅かな時間で突破しそれらのコンピューターを乗っ取った。

全てのシステムはおろか、照明の電源までも失った草壁達の居る司令部は今やロウソクだけが明かりを点す状態となっていた。

 

「何!?すぐに復旧させろ!!」

 

「は、はい」

 

ヤマザキは研究室に居る研究員らにシステムの復旧を命じる。

 

火星の後継者側の技術者達が無駄な抵抗をしている間にルリはハーリーにナデシコCのシステムの全権を任せ、自分は火星のシステムの掌握へと移る。

自分の妹を酷い目に遭わせた奴等に慈悲はなく、ルリは短時間で火星の後継者達のシステムを掌握した。

 

「私は地球連合軍所属、ナデシコC艦長のホシノ・ルリです。元木連中将草壁春樹、あなたを逮捕します。」

 

そして、司令部に居る草壁に投降を呼びかける。

 

「黙れ、魔女め!」

 

「我々は負けん!」

 

「徹底抗戦だ!!」

 

頭に血の上っている幹部達は心のままにルリに罵声を浴びせた。

本音で言えばこっちこそ、このまま遺跡にグラビティブラストを撃ち込んで遺跡諸共草壁達を吹き飛ばしてやりたい所であるが、まだコハクが遺跡内に居るのでそれが出来なかった。

 

「‥‥部下の安全は保障してもらいたい」

 

草壁は部下達の生命の保証を条件に降伏した。

それが理想を追い求める草壁達火星の後継者の余りにも呆気ない終りだった。

理想を追い求め今日まで自分達が絶対の正義だと信じていた。

もう少しで‥‥後もう少しで全てが手に入る、理想の世界が生まれると思った時、最後の最後でその夢は脆くも破れ去る。

たった1隻の宇宙戦艦と1人のマシンチャイルドの少女の手によって‥‥

 

 

しかし、まだ戦いは終わっておらず、

 

「ボソン反応!7つ!」

 

ナデシコのセンサーがこの近くでボソンジャンプアウトの反応を捉えた。

 

「ルリルリ」

 

ユキナの報告を聞いたミナトも思わずルリの方向に首を向けた。

 

「かまいません」

 

一瞬ユキナの報告に耳を傾けたルリはあっさりとそう言い放った。

 

「えっ?」

 

ルリの言葉はブリッジにいるクルーにとってやはり信じがたいものだった。

確かにナデシコと敵の距離はかなりあるがそれでもやはり要危険因子にはかわりは無いのだ。

敵はルリの掌握から逃れてこうして動いているからだ。

 

「あの人に任せます」

 

だが、ルリはあの人に‥‥アキトに絶大な信頼をおいていた。

敵はナデシコに到達する前にアキトにより撃破されると‥‥

しかし、いくらアキトでも1対7では分が悪いと思ったルリはリョーコ、ヒカル、イズミ、サブロウタに出撃を命じた。

 

 

ナデシコから離れた所にボソンジャンプアウトした7機の機体はそのまま、広い火星の荒野を進む。

 

「いいんですか、隊長」

 

「ボソンジャンプの奇襲は諸刃の剣。アマテラスがやられた所で5分‥‥いや、地球側にA級ジャンパーが残っていた時点で我々の勝ちは‥‥」

 

北辰はアキト達の活動で思ったよりもジャンパーが揃えられなかった時点で自軍の敗北を予感していた。

しかし、このままおめおめと投降などするつもりはなかった。

どうせ投降した所で、軍法会議で死刑は免れない。

ならば、最後はあの男と決着をつけるつもりだった。

北辰達の機体の前に現れる戦艦ユーチャリス。

その艦首に立つアキトのホワイト・サレナ。

 

「決着をつけよう」

 

北辰の夜天光とアキトのホワイト・サレナ‥‥雌雄を決する時が来た。

ホワイト・サレナがユーチャリスから飛び立つと夜天光と六連も空へと飛び立った。

 

 

火星の空でアキトのホワイト・サレナと夜天光と六連がドンパチを始めた頃、ルリはこの時、戦艦ユーチャリスに通信を送っていた。

火星のシステムを全て掌握したルリの手にかかればユーチャリスへのコンタクトなど簡単であった。

 

「あなたは誰?私はルリ‥‥これはお友達のオモイカネ。あなたは‥‥?」

 

「ラピス」

 

「ラピス?」

 

「ラピス・ラズリ。ネルガルの研究所で生まれた‥‥」

 

(ネルガルの研究所?‥‥と言う事はこの子も私と同じマシンチャイルド‥‥)

 

ルリと交信しているとラピスの脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。

彼女もルリと同じく遺伝子操作技術によって生み出された少女だった。

ネルガルの研究所にいたところを火星の後継者に拉致され、人体実験の被験者にされそうになったところをアキトに助けられた。

助けられてもあの時の出来事はラピスにとっては恐怖でしかなかった。

それを近くに居たユリカが優しく抱きしめ、癒した。

 

その頃、アキトは圧倒的不利な条件の中で苦戦を強いられていた。

高性能を誇るアキトのホワイト・サレナは六連に対して軽く威嚇程度の射撃をして絶妙な間合いで夜天光の動きを追っていた。

アキトの目的はあくまでも北辰ただ1人‥‥しかし部下の六連があまりにも邪魔だった。

敵もそれほど甘い相手では無く夜天光にハンドカノンによる攻撃を仕掛けると同時に六連は錫杖をホワイトサレナ向けて放った。

 

「くっ‥‥」

 

『両肩装甲損傷』

 

ホワイト・サレナのコックピットでは損傷を知らせる空間ウィンドウが表示される。

六連の放った錫杖はホワイト・サレナのディストーションフィールドをいとも簡単に貫通し追加装甲部分に突き刺さった。

だが、アキトはその程度では怯む筈が無く、体勢を整えて再び夜天光へと挑もうとした瞬間、その夜天光が一気に間合いを詰めホワイト・サレナに白兵戦を仕掛けてきた。

夜天光が拳を繰り出すごとにアキト周りのウィンドウにノイズが走る。

 

「怖かろう。悔しかろう。たとえ鎧を纏おうと‥‥心の弱さは守れないのだ!!」

 

「ぐっ‥‥」

 

北辰の声はホワイト・サレナのアキトに確かに届いていた。

その声を聞いたアキトは奥歯を噛み締める。

だが、その時アキトの脳裏に初めてコハクと出会った時の言葉が蘇る。

 

(「‥‥落ち着いてアキトさん‥‥恐怖は誰もが持つ感情の1つ‥‥でも重要なのはその恐怖に飲み込まれないようにする事‥‥」)

 

(そうだ‥‥飲み込まれるな‥‥逆に飲み込んでやれ!!)

 

「くっ‥‥うぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」

 

「むっ!?」

 

アキトは恐怖を飲み込む様に叫び、各部のスラスターを全開にして夜天光に対して体当たりを試みた。

ホワイト・サレナよりも質量が軽い夜天光が押され始める。

そして、ホワイト・サレナを振り払うように一蹴すると一旦間合いを取った。

恐怖を飲み込んだアキトは夜天光を追撃する。

その後ろを、

 

「隊長―!!」

 

六連のパイロット達も追走しようとしたが、

 

「何っ!?」

 

突然の後方からの銃撃に思わず六連はバランスを崩した。

 

「騎兵隊だぁ~~ッ!男のタイマン邪魔する奴ァ、馬に蹴られて三途の川だ!」

 

その場にいる全員にリョーコの声が響き渡った。

六連のパイロット達が振り返ったそこには4機のエステバリスの姿があった。

 

「馬その1、ヒヒン♪」

 

「その2のヒヒン♪」

 

「おいおい、俺も馬なのかい?」

 

「そうそう、馬だけに‥‥」

 

「リョーコはサブを尻に敷き♪」

 

「オッ!やるねぇ~」

 

ヒカルとイズミの漫談にサブロウタが軽く微笑んで答えた。

 

「バカヤロー!何が尻だ!!」

 

リョーコが赤くになりながらツッコミを入れる。

忘れてはならないが、外ではドンパチの最中‥‥4人はコント?をしながら六連と戦っているのだ。

 

「まぁ、尻に敷くか膝枕かはその後の展開として、ねェ、中尉?」

 

「バ、バカ!」

 

「お~~、アツイアツイ」

 

「クッ。テメーら、これが終わったら覚えてやがれ!」

 

戦闘の激化と共にリョーコ達の会話も花を咲かせていった。

 

「気をつけろ。ヘラヘラしとるがきゃつらは強い‥‥クッ、くそぉッ、ム、無念‥‥」

 

そしてさらに1機の六連が火星の空に散った。

 

空で部下の六連とリョーコ達が戦っている中、アキトのホワイト・サレナと北辰の夜天光は互いに沈黙のまま対峙する。

 

「よくぞここまで‥‥人の信念‥見せてもらった」

 

「勝負だ‥‥」

 

「‥‥」

 

空では既に六連とエステバリスの戦いの決着はつき、六連は全て撃ち落された。

アキトはホワイト・サレナの素手の武装をすべて捨てた。

 

「抜き打ちか‥‥?笑止!!」

 

2機の機動兵器が互いに向かって突撃する。

そして夜天光の拳がホワイト・サレナの腹部辺りに命中する。

繰り出した拳はホワイトサレナの装甲に埋もれていく‥‥しかしアキトも体勢を整えて夜天光のコックピット部分に拳を放った。

 

「ゴプッ‥‥見事だ‥‥」

 

北辰の夜天光の拳はホワイト・サレナの追加装甲に阻まれ装甲の中にあったアキトのエステバリスのコックピットへは届かなかった。

一方アキトの拳は確実に夜天光のコックピットに突き刺さっていた。

ホワイト・サレナの外部装甲は文字通りの鎧でそれをただの装甲板だと思った北辰の見間違えが彼の敗因であった。

 

「ハァハァ‥‥ハァハァ‥‥」

 

『装甲排除』

 

『フィールドジェネレーター強制排除』

 

ホワイト・サレナのコックピットに幾つもの空間ウィンドウが開き、アキトのエステバリスカスタムを覆っていた追加装甲が落ちた。

 

 

ロウソクの明かりが灯る火星極冠遺跡にある草壁達、火星の後継者の司令部‥‥

其処には重苦しい空気が流れていた。

システムはルリに掌握され、最後の切り札であった北辰達暗部はアキトとナデシコのエステバリス隊に敗れた。

 

「我々はこれで終わり‥なのか‥‥くっ‥‥」

 

「いえ、まだ‥まだ‥‥木星のプランへと戦力増強の任で向かった南雲が居ます」

 

「そうだ!!南雲を急いで呼び寄せましょう!!」

 

「閣下ご決断を!!」

 

「閣下!!」

 

「‥‥いや、恐らく無理だ」

 

「っ!?」

 

「南雲を呼び寄せるにしてもその南雲と通信が使えない上、木星から火星までのヒサゴプランのシステムも既にあの妖精に握られている‥‥だが、このままやすやすと地球連合の奴等に全てを渡さん‥‥ヤマザキ博士」

 

「はい」

 

「研究室にいる職員と共にこれまでの研究データは全て処分してくれ」

 

「処分‥でありますか?」

 

「そうだ‥‥これまで君達の研究の成果は君達の‥いや、我々火星の後継者の功績だ。その功績をみすみす地球連合の手に渡す道理は無い筈だ」

 

「分かりました」

 

ヤマザキは草壁に言われて研究室に研究データを始めとするこれまでの研究成果の成果を全て破棄しに向かった。

全てを破棄‥‥つまりそれはコハクの処分も含まれていた。

そして草壁はまだ辛うじて生き残っていた非常回線を使ってその様子を空間ウィンドウで見ており、ヤマザキが研究室に入るのを確認した後、1つのボタンを押した。

するとヤマザキが映るウィンドウが消えてカウントダウンが表示されたウィンドウが出現する。

其処には『研究室爆破まで』と書かれていた。

草壁は研究データ以外にもヤマザキを始めとする火星の後継者の研究員全員をこのまま爆殺処分することにした。

ヤマザキが取り調べられて研究データを渡したり、喋ってしまっては元も子もない。

ならば、いっそ研究員共々研究データを全て処分してしまおうと思ったのだ。

まさに死人に口なしとはよくいったモノである。

 

草壁がまさか自分達の抹殺を考えているとは知る筈もなく、研究室に入るヤマザキ。

研究室に入るとドアは勝手に電子ロックされる。

しかし、それに気づかないヤマザキは研究データの処分を伝えようとした時、違和感を覚える。

妙に辺りが血生臭い‥‥

 

「おい」

 

デスクに座っている研究者の肩に手を置いて声を掛けると、その研究者はズルリと椅子から倒れる。

 

「し、死んでいる!?‥‥っ!?」

 

その研究者以外にも床に倒れている研究者の姿を確認したヤマザキ。

その全員が血を流して死んでいる。

 

「い、一体誰が‥‥」

 

此処に居た研究者達が全員死んでいる事に狼狽えるヤマザキ。

すると‥‥

 

「随分とあっけなかったな‥‥」

 

「っ!?」

 

ヤマザキ以外もう誰もいない筈の研究室に1人の少女の声がした。

その声を聞いてビクッと体を震わせるヤマザキ。

 

「茶番劇は終わり‥‥役目が終わった悪役はさっさと舞台から降りないと‥‥そうだろう?草壁の残党の残党なんて笑い話にしかならないし‥‥」

 

ヤマザキが声のする方を見ると、壁に背を預けているコハクが居た。

ルリが火星の全システムを掌握した事で、遺跡の機能も停止して解放されたのだ。

解放されたコハクはヤマザキが来る前にこの研究室に居た研究者達を皆殺しにしていた。

 

「た、タケミナカタ・コハク‥‥き、貴様、我々の研究を‥閣下の革命を茶番と言うのか!?」

 

「アンタらが大好きな熱血アニメと同じじゃないか‥‥悪は正義に味方によって倒される‥‥まさにその通りの流れじゃないか‥‥」

 

不敵な笑みを浮かべながらヤマザキに問うコハク。

 

「き、貴様の様なモルモットが我々を悪だとぬかして笑うと言うのか!?貴様の様な化け物に我々の研究を茶番呼ばわりされてたまるか!!我々火星の後継者の一大革命を笑われてたまるか!!お前なんかに‥‥お前なんかの様な実験動物なんかに!!」

 

ヤマザキは激怒し懐から拳銃を取り出す。

その直後、ヤマザキの腕に何かが巻き付いたと思ったらギュッと何かが締め付け、そのままヤマザキの腕を切り落とした。

 

「ぐぁぁぁぁぁ‥‥」

 

あまりの激痛で床に倒れるヤマザキ。

 

「消えろ‥‥」

 

「う、うわぁぁぁ」

 

コハクがポツリと呟いた直後にヤマザキの頭上から瓦礫の山が降り注ぎ彼を押し潰す。

研究室にはコハクの髪の毛が蜘蛛の巣のように張り巡らせられ折り、その髪の毛がヤマザキの上を切断し、天井を切り刻んだ。

久しぶりに起きて無理な動きをした為、コハクは壁に背を預けた格好になり動けなかった。

最後の力を振り絞って此処に居た研究員とヤマザキを片付けたのだ。

図らずも草壁の思惑通りの展開になってしまったが、コハクはそんな彼の思惑は知る由もなく、ただ単に彼らの存在、彼らの所業が許せなかった。

彼らを見逃せばこの先も酷い研究を続けるかもしれない。

ならば、いっそこのまま一網打尽にしなければならなかった。

 

「‥‥はぁ~‥‥目が覚めたら‥‥ルリにまた‥‥怒られるの‥か‥‥な‥‥」

 

ヤマザキを片付けた後、急激な眠気がコハクを襲い彼女は目を閉じる。

そしてカウントダウンが0になると研究室の彼方此方で爆発が起き、コハクをその爆発に巻き込まれ、その姿は爆炎の中に消えた‥‥

 

 

 

 

西暦2201年8月‥‥元木連中将、草壁春樹が起こした火星の後継者事件は首謀者、草壁春樹らの逮捕で幕を下ろした‥‥。

 

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第48話

更新です。


 

 

 

西暦2201年 秋 地球衛星軌道上

 

地球は今、壊滅の危機に瀕していた。

2190年代の初頭以来宇宙侵略を着々と進めてきたガミラス宇宙艦隊はついに地球へ、その魔の手を伸ばし地球へ対し遊星爆弾による無差別攻撃を開始した。

地球人は地下都市を築き懸命に生き延びたが、優れた科学力を持ったガミラスに地球防衛軍はなすすべなく追い詰められていった。次第に戦力を失う地球防衛軍にとって最後の頼みは地球防衛艦隊であったが、2199年に沖田十三提督率いる地球防衛軍日本艦隊とガミラス軍冥王星基地艦隊との間で起こった冥王星会戦において地球防衛軍は惨敗し、ここに地球防衛軍は壊滅した。

もはや地球人は滅びるしかない‥‥誰もが絶望の淵に立たされたとき地球から十四万八千光年の彼方、大マゼラン星雲の中にある星の1つイスカンダル星の女王スターシア・イスカンダルからもたらされたメッセージと波動エンジンの設計図を元に第二次世界大戦の折、坊ノ岬沖に沈没した大日本帝国海軍の超弩級戦艦、大和を宇宙戦艦へと改装した地球人は沖田提督の指揮の下、放射能を除去する機械、放射能除去装置コスモクリーナーDを受け取るためイスカンダルへの航海へと旅立っていった。

多くの犠牲を払いながらもガミラスとの数々の戦闘に勝利し、ついにヤマトは大マゼラン星雲へと入り、そこでイスカンダルとの双子星であり、地球を放射能まみれにした元凶である、ガミラス星での本土決戦に勝利したヤマトは無事イスカンダルへと着いた。

 

そして西暦2200年‥‥

 

ガミラスの総統デスラーは去り、ヤマトは母なる地球へと帰り地球はギリギリの所で救われた‥‥

 

そして時は流れた‥‥

 

沖田十三がヤマトとその乗組員達と共におし渡ったイスカンダルへの航海のことさえ人々はもう忘れようとしていた‥‥

 

ヤマトの帰還から僅か1年余りで地球は目覚しい発展を遂げ、地球本土の復興を達成後その勢いを同じ太陽系の惑星や衛星へと押し広げていた。

各惑星・衛星にはそれぞれ基地が建設され、資源採掘が急ピッチで行われた。

地球は物質文明の極致と言って良いほどの平和と繁栄を手に入れた。

しかしそんな地球へ新たな侵略者が訪れた。

アンドロメダ星雲内で自分達に利用価値が有るとみなした有人惑星をことごとく攻撃し、侵略を繰り返し、小さな星や惑星は周りに纏った超重力のガス雲で粉々にしながら太陽系へ迫った白色彗星帝国ガトランティス。

再建したばかりの地球防衛軍はヤマトと新鋭戦艦アンドロメダを中心とする新地球防衛艦隊は土星圏においてガトランティス侵攻艦隊との決戦に挑み、艦隊戦には勝利したものの彗星帝国本体との決戦において地球軍は惨敗をし、アンドロメダを含む多くの艦艇と人員を失った。

この戦いにからくも生き残り、孤立無援となりながらもヤマトは単身彗星帝国へと戦いを挑んだ。

その途中木星軌道において復讐戦を誓ったガミラスの総統デスラーとの戦闘に勝利し、月軌道で彗星帝国との戦闘に突入。

再び多くの犠牲を払いながらも彗星帝国本体の動力を停止させることに成功。

艦砲とミサイル攻撃により彗星帝国本体を撃破。

ヤマト乗員と地球の人々が歓喜の声をあげる中、地球人々、そしてヤマトの乗員を絶望させる事態が起こった。

 

 

 

全宇宙は我が故郷。

 

不滅の大帝国ガトランティスに敗北はない‥‥

 

愚か者よ。戦いはこれからなのだ‥‥

 

大帝ズォーダーの怒りと共に黒色の巨大な戦艦が現れた。

 

その大きさはヤマトがまるで駆逐艦以下の小型艦艇に見える程の大きさだった。

 

 

超巨大戦艦ガトランティスは搭載されている無数の砲台をヤマトに向けた。

 

「ヤマトよ‥‥楽には殺さんぞ‥‥我が都市帝国を壊滅させてくれた礼だ‥‥苦しんで、苦しんで‥‥逝くがいい!!」

 

無数の砲台から放たれる大小さまざまな口径のエネルギー弾は一斉射でヤマトを大破させた。

 

「フハハハハ、ヤマト、そこで地球が滅びる様を見ているがいい。地球が宇宙の塵となった後は貴様も後を追わせてやろう」

 

ヤマトを大破させた後、下部に搭載されている巨大な主砲を地球へと向けた。

ヤマトはもはや成す術も無くガトランティスの攻撃を見ているだけでしかなかった。

その時、ヤマトの前方に小さな発光物体が現れた。

 

「あれはっ!?テレザリアム!!」

 

ヤマト艦長代理兼戦闘班長の古代進は発光物体の正体に声をあげる。

 

「テレサさん!!生きて‥‥生きてらっしゃったのね!!」

 

レーダー手兼船務長の森雪もテレザート星で死んだと思っていた反物質を操る能力を持つ女性、テレサが生きていたことに驚く。

するとヤマトの第一艦橋が眩しく光ったかと思うと先のガミラスの戦闘中敵弾で被弾し宇宙へと放り出されたヤマト航海長、島大介を連れテレサが現れた。

 

「島さんを届けに参りました‥‥」

 

「あなたが‥‥島を‥‥」

 

「島さんの命は取り留めました‥‥あとは、あなた方の手で地球へ送り届けてください‥‥」

 

「しかし‥‥ヤマトは‥‥」

 

「テレサさん‥‥島くんは、あなたが地球に‥‥」

 

「いいえ‥‥もうわたしの力ではとても‥‥わたしはなんとかここまで島さんを回復させました‥‥でもこれ以上は‥‥」

 

「‥‥テレサさん‥‥あなたはご自分の血を島君に‥‥」

 

「島さんをお渡しいたします。あとは地球で‥‥あなたがた地球の人々の手で‥‥」

 

「しかしテレサ‥‥ヤマトはもう、地球に帰るわけには‥‥」

 

「ズォーダーとの戦いには、わたしが参ります」

 

「いけません!あなたはこれまで充分すぎるほどの好意を示してくれました。もうこれ以上はあなたの命が!!」

 

テレサは死ぬ気だと悟った古代はテレサをとめようとするが、テレサは首を横に振り

 

「いいえ‥‥わたしはもう死ぬことはありません。島さんの体にはわたしの血が流れているんですもの‥‥わたしは今、幸せなのです。島さんの体の中でわたしはいき続けることが出来る‥‥あの美しい地球で島さんと一緒に行き続けることが出来るのです。だから、島さんを連れて早く地球へ‥‥あなた方が生きて帰ることが、地球の未来につながるのです」

 

と、慈愛に満ちた顔で言った。

 

「テレサ‥‥」

 

古代が呟くようにテレサの名を言う。

テレサは島を古代に託すとヤマトを離れていく。

 

「さようなら‥‥古代さん‥‥島さんをよろしく頼みます‥‥」

 

テレサは古代にヤマトを‥‥島を無事地球へと帰すため、ズォーダーの巨大戦艦へと向っていく。

 

超巨大戦艦から放たれるエネルギー弾は1発で1つの都市を跡形もなく吹き飛ばし、多くの人命を一瞬で奪い去る。

 

「フハハハハハ、アハハハハハ。愚か者の地球人どもめ!死ぬがいい!滅びるがいい!ハハハハハ‥‥」

 

ズォーダー大帝は高笑いしながら主砲の発射スイッチを押しながら地球人を殺戮し、地球上の山を、街を、林を、大陸を吹き飛ばしている。

すると前方から目映い光を放つものが現れた。

 

「ん?」

 

ズォーダーが目を凝らしてその発光体を見る。

発光体の中心には青いドレスのような服に身を包んだ金髪の女性がいた。

その女性を見た途端、ズォーダーの顔からは先程まで浮かべていた余裕の笑みが消え、脂汗が滲み出る。

 

「テ、テレサ‥‥い、生きていたのか!?」

 

ズォーダーがこの世で唯一恐れる反物質を操る女、テレサ。

彼女は幽閉されていたテレザート星もろとも宇宙の塵にしたと思っていたズォーダーにとって彼女が生きていたことが凄まじい戦慄と恐怖を覚えさせる。

 

「こ、攻撃止め!反転180度!」

 

ズォーダーの命令一下、ガトランティスは地球への無差別砲撃を止め、その巨大さのため、ゆっくりと反転し反転終了後に全速でテレサから逃げる。

しかし、テレサとの距離は一向に開かずそれよりもどんどん縮まっていく。

 

「どけ!」

 

ズォーダーはガトランティスの舵を取る操舵手を押しのけ自ら舵を握るがそれは無駄な抵抗に終わり、テレサが自らの命と引き換えに放った膨大なエネルギー波はガトランティスを飲み込む。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

ズォーダーの絶叫と目映い閃光と共に超巨大戦艦ガトランティスは跡形も無く消滅した。

眠る島をシートに横たえ、自らの命と引き換えに地球を救ってくれたテレサに対し、古代と雪は敬礼を捧げる。

 

敬礼を捧げる古代と雪、その時背後で再び、発光現象が起こった。

 

「な、なんだ?」

 

古代は咄嗟に腰のコスモガンをその発光体に向けた。

やがて光が収まるとそこにはあちこちが裂け、血がついているトーガの様な服を纏った少女が倒れていた。

突然のヤマトへの訪問者を乗せたままヤマトは戻る事の無いと思っていた地球へ傷ついた姿で帰還した。

 

 

その頃、宇宙の邪悪な侵略者、白色彗星の戦いの中で、ヤマトと戦ったデスラーは、古代 進との間に芽生えた奇妙な友情に想い馳せつつ、新国家の建設をめざし、新たな故郷となる惑星を求め、大航海の途についていた。

双胴を思わせる外観と、後方に寄せられた上部構造物群が特徴的であるガミラスのゲルバデス級航宙戦闘母艦。その一番艦であるデスラー・ガミラシアを中心に、多数のガミラス艦隊が宇宙を航行していた。

そのデスラー・ガミラシアの艦橋では‥‥

 

「只今より総統閣下よりお言葉をいただく。皆の者!清聴する様に!!」

 

と、デスラーの副官、ガデル・タランが全艦にチャンネルを開き、総統の演説が始まる事を伝えると、

ガミラス帝国総統、アベルト・デスラーは一歩前に出て、口を開く。

 

「諸君、我々がガミラス大帝星を離れて、すでに2年あまりの月日が過ぎた。だが、我々は決していたずらに宇宙を放浪していた訳ではない。大ガミラス帝国の再建、ガミラス民族の復興‥‥この宿願を果たす為である」

 

演説するデスラーの声には長きに渡る航海にも関わらず、些かの疲れも淀みもない。

 

「諸君、この宇宙は広大である。我々の新国家となるべき惑星は必ず発見されるであろう!故に、十分な戦力を増強し、来るべき日に備えなければならない。揺るぎなき本星を築き、周辺の星々をことごとく打ち従え、偉大なる我がガミラス帝国を、再びこの大宇宙の盟主とするのだ!!」

 

力強く国家再興を宣言したデスラーは、ここでひと呼吸置いて再び口を開く。

 

「これより我が母なるガミラス星に立ち寄り、一目最後の別れを告げた後、新天地への大航海へと向かう。将兵諸君のこれまでの労苦に感謝するとともに、今一層の忠誠を期待する」

 

『総統万歳!(ガーレ・フェゼロン!!)』

 

将兵達がガミラス式の敬礼をし、デスラーに忠誠を誓う。

デスラーが将兵達の歓呼に応えて右手を上げると、歓声はピタリと止む。

そして、デスラーは改めて口を開く。

 

「全艦、ガミラス星に針路を取れ!」

 

ガミラス艦隊は一路、自分達の故郷であるガミラス星を目指した‥‥。

 

 

テレサのおかげで巨大戦艦ガトランティスは消滅し、地球は滅亡の危機を回避することが出来た。

傷ついたヤマトは古代、雪、島、そして突如現れた謎の少女を乗せ地球へ帰還した。

 

地球へ辿り着いたヤマトは修理のためドックへと回航され、島と少女の二人はメガロポリスにある連邦中央病院へと運ばれた。

病院に運ばれた両名の内、島の方はテレサの応急処置のおかげで大事には至らなかったが、少女のほうはまるで陸上戦をしてきたのか、それとも巻き込まれたのか全身が酷い傷だらけで手術室へと運ばれた。

その時執刀した医師は彼女の血液の中に小さな機械が無数に存在するのを発見し、その血を保存した。後にこの血液中に存在しているナノマシーンがこの世界の医療に大いに貢献することとなった。

 

ヤマト乗員を見舞うため、地球防衛軍司令長官藤堂平九朗は連邦中央病院へと向かった。それと同時に帰還途中のヤマトに突如現れた少女も見舞った。

藤堂は古代と雪から少女の現れた状況を聞き、医師から彼女の症状と持ち物も調べた。

身元を証明するものは何も持っておらず、ただ服以外唯一身につけていたのは金色のロケットペンダントだけで、中には銀髪の少女と一緒に写った写真とフタの裏にこの少女の名前なのかホシノ・コハクと書かれていた。

 

 

それから一週間後‥‥‥

 

「ん‥‥こ、ここは?」

 

「おぉ、気が付いたか」

 

少女の目がゆっくりと開いた。

医師が症状の確認後、特に話しても問題ないと判断したので古代と藤堂が少女の病室に赴いた。

病室に入った古代と藤堂が見たのはただ呆然と窓の外を見る少女の姿だった。

 

「気がついたようだね」

 

藤堂が話しかけると声に反応して少女が顔を向ける。

少女の真紅の瞳が藤堂と古代を見つめる。

 

「あ、あの‥‥ここは‥‥?」

 

「地球だよ。地球のメガロポリス・トウキョウの中にある連邦中央病院だよ」

 

古代が少女の質問に答える。

 

「地球‥‥?」

 

少女は首をかしげる。

 

「まずはこれを君に返そう」

 

藤堂は病院の医師から預かっていた金のロケットペンダントを少女に渡した。

 

「早速本題に入りたいのだが、君の名前は?それと君は一体どこから来たんだい?」

 

古代が少女の名前とヤマトに来る前どこにいたのかを聞くが少女は質問の意味が理解出来ていないのかただ首をかしげるばかり。

 

「そのペンダントにホシノ・コハクという名前が書かれていたのだがそれは君の名前かな?」

 

藤堂がロケットペンダントのフタに書かれていた名前を聞くと少女は確認するかのようにロケットペンダントのフタを開ける。

 

「ホシノ・コハク‥‥」

 

「そう。それは君の名前なのかい?」

 

藤堂がもう一度聞くが、少女はロケットペンダントのフタを閉じて首を横に振る。

 

「分かりません‥‥これが本当に自分の名前なのか‥‥そしてここに来る前どこに居たのか‥‥」

 

「「えっ!?」」

 

古代と藤堂の声が重なる。

 

「‥長官。これって‥‥」

 

「うむ。いわゆる記憶喪失というやつか‥‥」

 

少女の証言を疑うわけではないが、念のため検査を受けたのだが検査の結果はやはり記憶喪失と診断された。

記憶喪失の少女をそのまま戦後混乱中の世間に放り出すわけにもいかず、記憶が戻るまで少女の身請けを藤堂が買って出た。

少女は藤堂の家で保護されることとなり、名前はロケットペンダントにあった名前の通りコハクと名乗ることになった。

戦災の復興の中、失われた軍備の方もまた再建しなければならず、当然防衛軍長官である藤堂も連日再軍備のための会議や書類整理に追われていた。

特にガミラスと彗星帝国との間で失われた人員の育成が今後の大きな課題となっており、一人前の宇宙戦士を一人育てるのには時間がかかった。

そのため今後暫くは防衛軍艦艇のほとんどが無人艦を中心することとなり、建造するための資材は地球衛星圏に漂っている防衛軍や彗星帝国の艦船の残骸を回収し、それらを加工して再利用することとなった。そして比較的損傷が低い彗星帝国艦艇はそのまま鹵獲品となり、若干の改造と修理をした後、防衛軍所属艦艇となった。

コハクも居候のままでは失礼かと思い、藤堂に情報処理業務や艦船の設計を買って出た。

当初コハクの申し出を断っていたが、コハクが独自でまとめた資料や設計を見て藤堂や技術者達はイヴの年齢と資料や設計の結果を見て驚いた。

特に「相転移機関論」には造船技術者が食いついた。

出力では波動エンジンには及ばないが、真空の宇宙では無尽蔵にエネルギーを得る事が出来るので、新たな補助機関として注目され、波動エンジンと相転移エンジンの組み合わせた新たな機関の開発も進められた。

藤堂がコハク本人に聞くとコハクは「なんとなく」というだけだったが、コハク自身もこの世界で採用されている波動エンジンの性能には驚いていた。

 

地上で防衛軍が再軍備を図る中、防衛軍艦隊司令部は士官学校の教官らを急遽、彗星帝国戦役において無事だった残存艦や急ピッチで建造した新造艦船の艦長職に異動させ、乗組員の方も繰り上げ卒業させた士官学校生や幼年学校生を乗せ、彗星帝国軍残党狩り作戦を2202年の一月末に決行することとなった。

ヤマトも新しい乗員を乗せ、残党軍討伐のため再び星の海へと旅立っていった。

 

ヤマトは途中、月において、艦載機科を卒業した新人たちの乗るコスモタイガー隊と合流し、近くのアステロイド帯で演習した後、木星圏、ガニメデ軌道上で新造主力戦艦 蝦夷 アイル・オブ・スカイ メリーランド と合流し彗星帝国残党軍掃討作戦「雷王作戦」のため、土星圏へ向けて出港準備をしていった。

しかし、残党艦隊は土星圏に展開していた防衛軍駆逐戦隊の包囲網をワープで突破し、木星圏の近くへと侵攻してきた。

雷王作戦を指揮するガニメデ駐屯基地司令 山南は急遽作戦場所を変更し土星圏からこの木星圏において雷王作戦を決行することとなった。

山南は土星圏に展開していた包囲艦隊を至急木星圏に急行させたが、それでも到着まで時間がかかる。

ヤマト率いる戦艦部隊には包囲艦隊到着まで敵艦隊を足止めするよう命令が下された。

残党艦隊は左右両翼に高速駆逐艦隊を展開し、中央に旗艦である大型回転空母と護衛のミサイル艦数隻を展開している。

左翼側の駆逐艦隊にはガニメデ基地から発進したコスモタイガー隊があたり、右翼側にはヤマト所属のコスモタイガー隊が対応した。

ヤマトは作戦通り敵旗艦を短時間で沈めるため、波動砲のチャージを開始する。残りの三隻もヤマトに習い波動砲へエネルギーチャージを開始する。

やがてエネルギーチャージが終了すると四隻の戦艦から波動砲が放たれる。

放たれた波動砲は中央部に展開していた敵艦隊を跡形も無く消滅させた。

 

残党軍 後衛 副司令官座乗 ミサイル艦

 

地球軍の戦艦から放たれた高エネルギー砲の威力を見て、兵士達に動揺が見られる。

 

「ふ‥‥副指令!!我が方の旗艦が‥‥轟沈を!!艦隊に混乱が生じています!!このままでは‥‥!!」

 

「なんという‥‥なんという電光石火の攻撃だ‥‥!!」

 

副指令は事態の深刻さを認識し、暫しの間今後の艦隊運動を考えた後、結論を出した。

 

「‥‥特攻だ。混乱する指揮系統をまとめるには一つしかない!!我々が先導して特攻し、他の艦に今何をすべきかを伝えるのだ!!」

 

「しかし‥‥それでは‥‥!!」

 

「後のことは十一番惑星に残っている本隊がなんとかしてくれる‥‥今我々がなすべきことは木星圏の地球軍勢力を出来る限り消耗させる事!! 敵を倒さぬままで退却することは断じて許されん!! 彗星帝国ガトランティスの兵士として、誇りと共に潔く散ろう!!」

 

「は‥‥はい‥‥!!」

 

戦艦部隊は当初の目的どおり、敵旗艦を沈めたのを確認し、敵戦列後方へ離脱するための行動をとった。

しかしここで敵艦隊は思わぬ行動に出た。

それを最初に察知したのは航海長補佐の太田健次郎だった。

 

「ン?‥‥これは‥‥!!艦長代理!!て、敵艦隊が転進を開始しています!!」

 

「なに?」

 

「敵はガニメデ基地に向って突っ込んできます!!」

 

その報告を聞き、一番驚いたのは新人士官の北野哲だった。

彼は士官学校を主席で卒業し、卒業間近で今回の雷王作戦を立案した秀才だった。

 

「そ、そんな‥‥指揮系統の混乱がそう早く収まるはずはないのに‥‥」

 

「相原!!包囲艦隊の到着はまだか!?」

 

古代が通信長相原義一に聞く。

 

「だめです。到着まで最低でもあと五分かかります」

 

「これが実戦だ‥‥紙の上で計算して立てた作戦通りにはいかないんだよ、北野」

 

「‥‥」

 

古代の言葉を聞き、改めて実戦の困難さを実感する北野。

 

「全艦、戦闘態勢を崩すな!!包囲艦隊の到着まで何とか耐え切るぞ!!敵をガニメデ基地に向かわせるな!!我々に引き付けるんだ!」

 

戦艦部隊はガニメデ基地と敵艦隊の間に割り込んで砲撃戦を開始した。両翼の高速駆逐艦隊もコスモタイガー隊を振り切り戦艦部隊に特攻をしかけようとするが、後方からコスモタイガーのミサイル攻撃、前方からは戦艦部隊の砲撃とミサイルが容赦なく襲い装甲の薄い駆逐艦隊は次々と撃沈されていった。

それから五分後、敵艦隊の後方、左右に土星圏から到着した駆逐艦隊が砲雷撃戦を開始し敵残存艦隊は殲滅された。

 

「戦闘宙域に反応!!包囲艦隊の到着です」

 

雪がコスモレーダーで捉えた包囲艦隊の反応を見つけ報告する。

 

「なんとか切り抜けたな、古代」

 

「ああ、新乗組員達もよく頑張った」

 

島が額の汗を拭いながら古代に言い、古代は新乗組員に労いの言葉を掛ける。

 

「それにしても、敵が特攻をかけてくるとは思わなかったですよ。敵にしても早々に撤退を開始すれば、包囲艦隊前に大部分が離脱出来た筈なのに‥‥」

 

敵の特攻に疑問を抱く太田。

 

「地球をあんなふうにした奴らです。当然の報いですよ」

 

北野は怒気を含んだ声で宇宙に漂う彗星帝国艦艇の残骸を見ながら言う。

 

『古代艦長代理、よくやってくれた。これより防衛軍は第十一番惑星へ大部隊を派遣する』

 

山南司令より通信が入り、敵の大部隊が壊滅した今、土星~地球圏に展開していた艦隊が全て集結次第、第十一番惑星へ出兵することが伝えられ、ヤマトには土星圏の拠点防衛の任務が与えられ、ヤマトは土星へ向った。

イレギュラーが起こるも無事に彗星帝国の残党艦隊の殲滅という作戦の主目標は達成され、防衛軍側の被害も軽微ですんだ。

雷王作戦の第一段階の報告を受けた藤堂は残務処理と次の作戦のために必要な補給計画の見積書に目を通していた。

コハクも藤堂の秘書として軍の再編成を手伝っていた。

彗星帝国残党軍の討伐が順調に行われていたある日、防衛軍司令部にある長官室にいた藤堂の下に通信文を持った参謀の一人が入室した。

 

「長官。奇妙な電文を受信しました」

 

「どこからだ?」

 

「そ、それが‥‥デスラーからの電文です」

 

「デスラーから!?‥‥間違いないのか?」

 

「はい、何度もチェックしましたので間違いありません」

 

「それで内容は?」

 

「はっ、ガミラス星が正体不明の敵に襲撃され爆発。その反動でイスカンダルが軌道を外れ暴走し、遂にはワープしてしまったとのことです」

 

「あのイスカンダルが‥‥」

 

「イスカンダルのワープアウト地点は銀河系の外れ方位25の空間だそうです」

 

「‥‥」

 

「しかし、電文の発信源があのデスラーですから何かの罠かもしれませんが‥‥」

 

「うむ‥‥」

 

 

参謀が退室した後、藤堂は電文を手に取り何度もその内容を目で追っていた。

 

「長官、どうぞ」

 

電文とにらめっこをしていた藤堂にコハクがお茶を出す。

 

「ああ、ありがとう」

 

お茶を出され、藤堂は電文を机に置いた。

 

「あの?先程の会話に出ていたデスラーやイスカンダルって何ですか?もし差支えがなければ教えてもらいたいのですが」

 

未だ記憶がないコハクには地球を滅亡寸前まで追いやったガミラスの名もその星の指導者の名前も地球を救ったイスカンダルの名前さえも知らなかった。

藤堂はコハクに分かりやすく端的にガミラスのことイスカンダルのことそしてヤマトのことを教えた。

 

「なるほど、地球を救った星の危機を知らせてきたのがかつて地球を滅亡させようとした星の指導者なので、長官は罠の可能性もあり迷っているということですね?」

 

「‥‥コハク。君はどうしたらいいと思う?」

 

「そうですね。長官のお考えは分かりますけど、もしそのデスラーという人物が言っていることが事実ならば地球を救ってくれた星を見捨てることになりますからね」

 

コハクは顎に手をやり暫し考え、

 

「ここはヤマトの乗員にもこの電文の内容を伝え、どう考えているのかを聞いてみては如何でしょう?おそらくガミラスやデスラーの人となりをもっともよく知るのは彼らでしょうし‥‥」

 

と、ヤマトの乗員の意見を聞いてみるようにと進言した。

 

 

ヤマト 第一艦橋

 

「確かにデスラーからの通信なのか?」

 

「間違いありません。何度も確認しましたから‥‥」

 

古代の問いに相原がデスラーからの通信文を読み上げる。

防衛軍司令部でデスラーの伝聞を受信したのと同じくヤマトでも同じ内容の電文を受信しどう行動すべきか迷っていた。

特に決断を迫られていたのが古代だった。

 

「古代!イスカンダルにはお前に兄さんが‥‥!!」

 

「そうだ。守がいる。スターシアと一緒に‥‥」

 

「たしか士官学校で真田さんと同期でしたよね?」

 

「ウム」

 

北野の問いに頷く真田。

技術班長、真田志郎の言うとおりイスカンダルには彼の兄、古代守が女王スターシアともに暮らしていた。

しかし、ヤマトは現在作戦行動中で命令もなく勝手に戦列から離れるわけにもいかない。

だからといってイスカンダルが危機に晒されようとしている中、何もしないというわけにもいかない。

ガミラス戦役からのヤマト乗員はイスカンダルへ行くべきだと主張しているが、艦を預かる古代としては私情で動かすわけにもいかなかった。

 

「古代、すぐ行こう!守とスターシアを救いに‥‥」

 

「‥‥」

 

古代は決断を下せないまま一度、艦橋を降り、自室のベッド脇に置いてある写真立てに手を伸ばす。

 

「兄さん‥‥」

 

防衛軍の艦長服に身を包んだ守の写真を見ているとドアをノックする音が聞こえた。

古代は咄嗟に写真立てを毛布の中に隠す。

 

「誰だ?」

 

「私よ」

 

一声かけた後、古代の部屋に雪が入ってきた。

 

「古代君早く行ってあげないと‥‥」

 

「私情で艦を動かすわけにはいかない」

 

「私情じゃないわ!!地球はイスカンダルに大変な恩があるのよ!!」

 

「‥‥」

 

「あのコスモクリーナーが無かったら地球は放射能に覆われて私達地球人は滅んでいたわ。このヤマトだってスターシアさんの協力があったからこそ建造出来たのよ。何を迷っているの?古代君」

 

古代が俯き雪の説得を聞いていると艦内放送が入り、古代は第一艦橋へと戻った。

 

「司令部からの通信ですメインモニターに映します」

 

相原が通信機器を操作するとモニターに藤堂の姿が映し出された。

 

「長官」

 

『古代、そちらでもデスラーの通信を受信したそうだな?』

 

「はい。彼の通信内容は十分に信頼できるものだと思います」

 

『君達の現在位置からイスカンダルのワープアウト地点までどれくらいかかる?』

 

「ワープを重ね全速航行を続ければ三日ほどで到着できます」

 

『よかろう。すぐにイスカンダルへ救援に向いたまえ』

 

「しかし、地球は今再建の途上です。我々も作戦行動中ですし‥‥」

 

『古代、君は地球がイスカンダルから受けた恩義を忘れたのか?』

 

「‥‥」

 

『何を遠慮しておる。今度は君達がイスカンダルを‥‥スターシアと守を救う番だ』

 

「わかりました。長官」

 

『しっかり頼むぞ。古代‥‥』

 

長官の命を直々に受け、ヤマトは戦列を離れてイスカンダル救出のため、太陽系を後にして三度星の海へと旅立とうとしていた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第49話

更新です。


 

 

 

 

 

 

残党軍との戦闘が未だ終結していない現段階において、ヤマトの戦線離脱は決して軽微とは言えないが、地球にとっての救世主であるイスカンダルを見捨てるわけにもいかず防衛軍はヤマトが抜けた穴を必死でカバーすることとなった。

地球本土の造船局でも昼夜二交替制で軍艦の建造、改修作業が行われていた。

第一ドックで建造中のアンドロメダ級二番艦の「ネメシス」は先の彗星帝国戦役において戦死した当時の連合艦隊総司令土方竜提督の提言により、建造が開始されたが、結局ガトランティス戦線への投入には間に合わず、地球本土の復興が優先され、八割ほど完成していた状態で作業が止まっていたが、急遽残党軍討伐戦線に間に合うよう急ピッチで建造が再開された。

既に一時的な防衛軍連合艦隊旗艦の内定も受け、就航後、ただちにガニメデ基地へ向けて、出港し残党軍との決戦には山南司令が乗艦・艦隊指揮を行い、十一番惑星へ赴くことになるだろう。

外見は一番艦であるアンドロメダとまったく変わりがないが、搭載されている波動砲が拡散タイプから収束タイプへと変更されている。

もう間もなくの就航なのでヤマトの抜けた穴を埋めるには十分な戦力でネメシスの投入により残党軍戦役はこれで終息に近付いたと防衛軍の幕僚たちはそう考えている。

 

 

土星圏 ヤマト

 

その頃、ヤマトは土星圏でイスカンダルへ向けて出港準備をしていた。

そんな出港準備中のヤマトに突如通信が入った。

 

「艦長代理、タイタンより通信信号が入っています」

 

「タイタンから?‥‥敵の通信波じゃないのか?」

 

「いえ、信号の周波数が防衛軍のものです。今パネルに回します」

 

相原が受信した信号をパネルは映す。するとそこには防衛軍の作業帽を被り眼鏡をかけた男が映し出された。

 

『やっとここまで来たなヤマト』

 

「お前は‥‥大山‥‥!!大山歳朗じゃないか!!」

 

『久しぶりだな、真田』

 

「誰です?」

 

古代は真田と親しく話すこの大山という人物と面識が無く、大山がどのような人物なのかを真田に聞く。

 

「大山歳朗。士官学校時代の俺の同期だ」

 

「っ!!」

 

「つまり古代のお兄さんとも同期ということですね?」

 

「そういうことだ。それにしても大山。どうしてお前がタイタンに?」

 

『ん?知らなかったのか?俺はな、ここに堕ちて氷漬けになっていた「ゆきかぜ」を掘り出していたんだよ』

 

「兄さんが乗っていた艦を‥‥?」

 

『そうだ。M-21881式宇宙突撃駆逐艦‥‥眠らせておくには惜しい艦だよ。で、掘り出した「ゆきかぜ」に波動エンジンを搭載して新しく生まれ変わらせようと思ってな。知っているだろうが、タイタンはコスモナイトをはじめとした鉱物資源が豊富で作業をやりやすい‥‥防衛軍の再編計画の一環さ』

 

「『ゆきかぜ』を改造?‥‥そうかお前ならできるだろうな。なにしろ『ゆきかぜ』の設計に噛んでいた一人なんだからな」

 

『へへ、今度の「ゆきかぜ・改」はすごいぞ。完全なる自動化システムを搭載した無人艦に仕上げてある』

 

「無人艦?お前らしくないな、大山。血の一滴も通わないメカニズムの結晶など‥‥」

 

自動化システムという言葉を聞いて真田は顔を顰めた。

 

『ずいぶんな言いようだな真田。だが、お前の貧弱な想像力の中で俺が手に掛けた艦を勝手に解釈してもらっちゃ困る』

 

「それはどういう意味だ?」

 

『人間が機会を屈服させるんじゃない。ましてその逆でもない。人間と共に助け合うメカニズム。俺が造ったのはそんな艦だ。「科学は人間の幸せのためにあるということを確かめたい」そう言って科学者になったのはお前だろう?真田。それに地球の造船局に俺と同じような考えで艦を造っている奴もいると聞く。元々戦艦にAIを搭載することを発案したのはそいつらしいからな』

 

「相変わらず口が達者な奴だな」

 

『そういうお前もな‥‥ところでイスカンダルのことは俺も聞いたよ。この「ゆきかぜ・改」と共に俺も同行させてもらう』

 

「そうか、お前も来てくれるのか」

 

『ああ、守るに生まれ変わったこの艦を見せて、渡してやらなきゃならんからな』

 

「はい。ありがとうございます、大山さん」

 

『『トチロー』でいいぞ、古代。お前の兄貴もそう呼んでいた。よし、それじゃ今から「ゆきかぜ・改」を始動させる‥‥驚くなよ!!』

 

暫くするとタイタンからヤマトに向って一隻の駆逐艦クラスの小型艦が接近してきた。

 

「これが生まれ変わった『ゆきかぜ』‥‥」

 

パネルに映し出されたゆきかぜを見て古代が呟く。

ガミラス戦役時に古代守が艦長を務めた宇宙駆逐艦「ゆきかぜ」沖田提督が地球の命運をかけて望んだ冥王星会戦の折、提督を乗せた旗艦を逃がすため殿を務め、ガミラス軍の攻撃で操艦不能になり、タイタンに墜落した「ゆきかぜ」に波動エンジンを搭載し、各部を改良し蘇らせた艦。

艦の上下に連装式の砲塔を搭載し、小型艦としてはトップクラスの機動性と能力を兼ね揃えている。

生まれ変わったゆきかぜを連れヤマトはイスカンダルへ向け出港していった。

 

 

オリオン座α星宙域

 

イスカンダルを目指すヤマトは太陽系を出た後、一回目の大ワープし、ここオリオン座α星宙域にワープアウトした。

 

「通常空間を確認。ワープアウト完了。予定航路との誤差、0,0021‥‥オリオン・α星系に到着です」

 

太田がワープ後の座標を確認し報告する。

 

「後続艦もワープアウトを確認しました。全艦異常ありません」

 

後続のゆきかぜ・改も無事ワープアウトを確認した雪が報告する。

ヤマトとゆきかぜ・改は一度機関を止め、機関部に異常が無いかをチェックすることになった。

機関部のチェック中第一艦橋の乗員は目の前で太陽のように燃えるα星を見つめる。

 

「オリオンα星ペテルギウス‥‥最初の航海の時、ここでデスラーの放ったガス生命体に襲われたんだったな‥‥」

 

「そうだな‥‥今となっては懐かしい思い出さ」

 

島と古代は昔の思い出に耽りながらα星を見ている。

 

「艦のチェックが終わり次第、次のワープに移るぞ」

 

古代が次のワープ予定地点を確認し、艦内放送を流す。

 

「古代君‥‥ちょっと様子がおかしいわ」

 

「どうした?」

 

「α星の向こう側に、大きなエネルギー反応があるのよ‥‥」

 

雪がコスモレーダーでα星付近に異常なエネルギー反応を発見した。

 

「α星の重力レンズ効果で星が放出するエネルギーが屈折して見えているのでは?」

 

北野が自然現象ではないかと聞く。

 

「それが、エネルギー源が動いているのよ。もうすぐα星の陰から出てくるわ‥‥」

 

雪の報告どおりα星から黒いモヤのような塊が出てきた。

 

「な、なんだ?‥‥あれは?」

 

「黒い‥‥モヤのような‥‥ガスのような‥‥」

 

「ま、まさかガス生命体の生き残りじゃあ‥‥」

 

黒いモヤの様なガスの様なその姿は、まさしく、ヤマトの最初のイスカンガルへの航海にて、デスラーが放ったガス生命体にそっくりだった。

真田が空間スキャナーを使い謎の黒いモヤの正体を探る。

 

「むう、すごいエネルギー密度だ‥‥生命反応は感じられん。これはガス生命体ではない。これは‥‥暗黒物質で出来た原始星そのものだ!」

 

「どういうことです?真田さん?」

 

「たかが二年でこれだけの自然現象が起こるはずが無い‥‥あきらかに人為的なものだ」

 

真田がこの異常な現象を人為的だと突き止めたとき、太田がレーダーで捕らえた艦影を発見した。

そしてその艦隊から強力な磁力線が暗黒物質とペテルギウスに向け放射されていることも確認できた。

 

「採掘しているんだ!!あの艦隊はペテルギウスからエネルギー資源を抜き出そうとしているんだ!!古代、これは一大事だぞ!!」

 

真田の仮説によるとこのままペテルギウスのエネルギーが抜きだされれば、ペテルギウスは予定よりも早く超新星化しハイパーノヴァと呼ばれる爆発を起こすと考えられ、ペテルギウスがもしハイパーノヴァを起こせば地球にも被害が及ぶと言う。

古代は相原にエネルギー採掘をしている艦隊に対し警告を送るよう指示する。

 

 

暗黒星団帝国 巨星エネルギー資源採掘艦隊・第二十四師団 左翼艦隊旗艦・エルドラB

 

「クーギス司令、星系に突然出現した謎の艦隊より電文を受信しました」

 

「読み上げよ」

 

通信士が母国語に変換した電文を読み上げる。内容はこのままエネルギー採掘を続ければハイパーノヴァが起こる可能性があるので、ただちに採掘作業を止めろというものだった。

その電文の内容を聞くと、クーギスは高笑いをし、右翼側に展開している双子の兄に通信を入れる。

 

 

暗黒星団帝国 巨星エネルギー資源採掘艦隊・第二十四師団 右翼艦隊旗艦・エルドラA

 

弟から通信を受け取ったルーギス

 

「無視するわけにもいくまい。反応からするとちゃんと武装した艦隊のようだぞ」

 

その言動から採掘を中止するのかと思ったクーギス。

 

『では兄上はこんなたわけた通信を聞き入れると?』

 

「まさか‥‥ちょうど採掘任務で退屈していた所だ。ちゃんと相手をしてやろうではないか。言葉ではなく力でな‥‥」

 

『フハハハハ、それでこそ兄上よ』

 

ルーギスとクーギスの両艦隊はまずジャミング電波を流し、ヤマトの遠距離レーダーを使用不能にし、戦闘隊形をとりヤマトへと接近していった。

対するヤマトは近距離レーダーに切り替え、雷王作戦同様まず敵旗艦を撃破し、敵艦隊の指揮系統を混乱させ、残る敵艦隊を撃滅する戦法をとることにし、エネルギー反応から敵旗艦らしい戦艦を探知する。

するとエネルギー反応から敵艦隊には二隻の旗艦級の戦艦が存在した。

ヤマトは数の不利を補うため、コスモタイガー隊の装備を対艦装備に換装し、敵艦隊に対して二面作戦を挑むこととなった。

ヤマトはクーギス率いる左翼艦隊へコスモタイガー隊はルーギス率いる右翼艦隊へと接近していった。

 

ヤマトは敵艦隊との間に存在するアステロイドを上手く使い敵の攻撃を回避しつつ敵に遠距離砲撃する。

 

「主砲発射!」

 

三連装四十六センチ砲ショックカノン計九発が敵艦隊に向け発射される。

ヤマトからの攻撃を受け、前衛に混乱が生じる。

艦隊の混乱に乗じてゆきかぜ・改を先頭に急速で敵艦隊に接近し乱戦に持ち込んだ。

 

「何をしている!敵は少数ではないか!あんな少数の敵など、さっさと包囲して殲滅しろ!」

 

クーギスはなかなか仕留められない敵に業を煮やす。

ゆきかぜ・改はその機動性を駆使し敵艦隊の中を縦横無尽で敵を翻弄し、ヤマトはその重武装と防御力を駆使し敵艦を次々沈めていく。

 

「く、クーギス様!敵のエネルギー弾が本艦に‥‥うわぁぁぁぁー!!」

 

ヤマトの四十六センチ砲ショックカノンが遂にエルドラBに被弾。

 

「動力五%へ低下!!クーギス様、これ以上は艦が持ちません!!」

 

「おのれっ!!おのれぇぇぇっ!!」

 

「クーギス様、脱出艇で離脱を!!」

 

「こんな奴等に‥‥こんな奴等ごときに‥‥!!」

 

「クーギス様!」

 

「‥‥っ!?‥‥くっ、残存艦に連絡!無念だが、ここは撤退だ!」

 

クーギスは沈みかけるエルドラBから近くの巡洋艦に移乗し戦線を離脱した。

 

「いくぞ!全機突撃!」

 

コスモタイガー隊二代目隊長山本明が率いるコスモタイガー隊は右翼側、ルーギス艦隊を相手にしていた。

彼らはまず示威行動を行って敵艦隊を挑発し、アステロイドへと誘い込んだ。

 

「ええぃまだあの小うるさいハエどもを追っ払えんのか!?」

 

対艦ミサイルの集中攻撃で駆逐艦や護衛艦クラスは簡単に沈んでいく。

ルーギス艦隊はコスモタイガーの挑発にまんまと乗り、コスモタイガー隊を追ってアステロイド帯へと入り込んでしまった。

巡洋艦や戦艦といった大型艦艇ではアステロイド帯を高速で航行出来ず、速度が落ちて動きが鈍る。

しかし、艦載機であるコスモタイガーはアステロイドでも小回りが効き、パイロットの力量によっては速度を落とすことなく動きが鈍ることはない。しかもアステロイド帯での戦闘は演習で既に経験済みである。

ルーギス艦隊は敵の攻撃を回避しつつアステロイドも回避しなければならないので、僚艦通しで衝突する艦まであった。

 

「ルーギス様!このままではこちらの被害が増すばかりです!一度後退しましょう!」

 

副官がルーギスに後退を進言する。

 

「馬鹿を言うな!あのようなハエども相手になぜ私が後退しなければならない!」

 

「し、しかし‥‥」

 

「本艦上方から敵機、急降下!」

 

オペレーターがエルドラA上方から急降下してくるコスモタイガーの機影を捉えた。

 

「なにっ!?」

 

コスモタイガー隊がエルドラAの上方から艦橋めがけて対艦ミサイルを放つ。

 

「ば、バカな‥‥バカなぁぁぁっー!!」

 

艦橋に対艦ミサイル攻撃を受けたエルドラA誘爆を繰り返しながら沈んだ。

ルーギスを含め、艦橋にいた者は艦橋部への攻撃で全員戦死し、その他の乗員も脱出する間も無く全員がエルドラAと運命を共にした。

 

「敵旗艦、双方を沈めました!!」

 

「レーダーに空間歪曲反応。敵の残存艦隊が撤退していきます」

 

「追わなくていいんですか?艦長代理?」

 

北野の問いに古代の出した答えは「追撃はしない」と言う答えだった。

その理由は元々の目標が敵の殲滅ではないためだからだと言う。

それよりも問題はα星近くにある黒いモヤだった。あの黒いモヤの正体は敵のエネルギープラントで敵艦隊が撤退したため、制御できなくなり暴走し始めた。

モヤは徐々にペテルギウスに接近していきこのままでは衝突してしまう危険が出てきた。

衝突すればハイパーノヴァの危険もあり、高エネルギーの塊なので波動砲で吹き飛ばすのも危険だった。

もはや打つ手なしかと皆が思っていたとき、新人機関部乗員で彗星帝国戦役において戦死したヤマト初代機関長の徳川彦左衛門の息子、徳川太助がかつてイスカンダルでの航海時父が残した航路データを引き出し、かつてこの宙域に残されていたガミラスのバリヤー衛星を使いプラントのエネルギーが吸い出されるよう調節し、地球をハイパーノヴァからの危機を救った。

イスカンダル救援へ向ったヤマトからオリオンα星ペテルギウス付近にて謎の艦隊と遭遇交戦との情報が入った。

交戦理由として謎の艦隊はペテルギウスから無理矢理エネルギーを採掘し、そのまま採掘されればペテルギウスが超新星化しハイパーノヴァを起こし将来的に地球に被害をもたらす可能性があり、警告するも相手はその警告を無視し戦闘行動をしてきたので、自衛のため交戦状態となったと言う。そしてその相手はデスラーの通信にあったガミラス星の爆発に関与している謎の艦隊と同一の艦隊だということも分かった。

ヤマトからの報告を受け、藤堂は渋い顔をした。

まだ彗星帝国残党軍との戦闘が終わっていない中、新たな敵の存在が報告されたのだから無理もない。

藤堂は先日就航した戦艦「ネメシス」に乗艦している山南司令に連絡を入れた。

 

 

防衛軍臨時旗艦 戦艦 ネメシス 艦橋

 

「山南司令、司令部より通信が入っております」

 

「よし、繋げ」

 

通信士が回線を開くとパネルに藤堂の姿が映る。

 

『山南君、戦況はどうかね?』

 

「はっ、ネメシスが戦列に加わったおかげで艦隊の士気も大いに上がっています」

 

山南の言うとおり、ネメシスが旗艦として就航し戦列に加わってから防衛軍の将兵の士気は高まった。その理由としてはネメシスの名前の由来が僅かながら関係していた。

ネメシスはギリシャ神話に登場する女神で、人間が神に働く無礼に対する神の憤りと罰の擬人化である。ネメシスの元来は「義憤」の意であるが、よく「復讐」と間違えられるが、彗星帝国戦役で家族をなくした乗員は連中に対し復讐するかのように敵意と闘争本能をむき出しにしてこの戦線に参加している。

 

『それはなにより。実は先程イスカンダルへ救援に向ったヤマトから少し気になる報告を受けたのだが‥‥』

 

「気になること?なんですか?」

 

藤堂はヤマトがペテルギウスで遭遇した艦隊がガミラス星の爆発に関与しさらに無理矢理ペテルギウスからエネルギーを採掘しハイパーノヴァを引き起こさせようとしたこと、警告を発したヤマトに対し武力行動をとったことを山南に話した。

 

『イスカンダルとガミラスは双子星でありその組成も似ている。その謎の艦隊の目的が惑星に存在するエネルギー資源の採掘であればガミラスを失った今、その艦隊の矛先はイスカンダルへと向けられる可能性がある。ヤマトだけでは不安というわけではないが、相手の戦力は未知数だ。そこで防衛軍の方でもヤマトに援軍を送れないだろうか?』

 

「援軍ですか?」

 

『未だ残党軍の戦闘が終わらず、艦艇が一隻でも必要だという事は十分承知しているが、そこを曲げてなんとか出来ないかね?山南君』

 

「‥‥」

 

山南司令は即座に決断は出来なかった。

確かに長官の言うとおり今の防衛軍にとって艦艇は一隻でも多く必要だ。

山南は考えた末に答えた。

 

「前期生産型の艦でよければ数隻ほど派遣は可能かと‥‥」

 

前期生産型、それは彗星帝国戦役を生き残った艦で、戦闘と航行機能の修理以外されていない艦で戦艦は拡散波動砲を装備している。

 

『わかった。どの艦を援軍に回すかは山南、君の判断に任せる』

 

「了解しました」

 

藤堂との通信後、山南はどの艦を派遣するか集結した防衛軍全艦艇から前期生産型のリストを見て、各艦に通信を送る。

山南は先程の藤堂との通信の内容を話した。

 

「すでに諸君はイスカンダルの事態については知っているかと思うが、その救援に向ったヤマトから新たな敵の存在が確認された」

 

山南の発した「新たなる敵」という言葉に各艦の艦長をはじめ将兵達が息を飲んだ。

 

「未だ彗星帝国残党軍との戦闘が継続中であるが、イスカンダルにもその敵の襲来が予測され、先程藤堂長官と検討した結果、防衛軍からイスカンダルに‥‥ヤマトに援軍を送ることとなった」

 

『『『『援軍!?』』』』

 

「しかし、援軍といっても現在の我々の戦力差から大部隊は派遣できない。せいぜい巡洋艦が二隻か戦艦が一隻程度だ。そこで諸君らの中で誰かヤマト援軍に行ってもらえないだろうか?」

 

少数での援軍に新たな敵の存在。

再び生還し地球へ帰還できる保障はどこにもない。

各艦の艦長は顔を見合わせているが、そんな中で志願した艦長がいた。

 

「司令、本艦が参ります」

 

「そうか、近藤。君が行ってくれるか」

 

山南が言った近藤とはかつて士官学校で山南と同期で彗星帝国戦時ガニメデ基地司令を勤め、土星圏の決戦時戦艦「さつま」の先任将校の役職を拝命し艦長として乗り込んだ参謀長を補佐し、参謀長が戦闘の際、艦の被弾で負傷したのち、艦長職を引き継ぎ傷ついた「さつま」を無事ガニメデ基地へと送り、木星圏でヤマトと共に共同戦線を張り、デスラー率いるガミラス艦隊と戦った。

木星圏でガミラスのデストロイヤー艦の注意を一身で引いたさつまは再び損傷し、彗星帝国本体との戦闘に参加できなかったという苦い経験がある。

近藤はその汚名を雪ぐべく今回の援軍参加に志願した。

さつまの援軍が決定したところで新たなる問題が生じた。

それはヤマトの現在位置だった。

ヤマトはα星の戦闘の遅れを取り戻すため、プラントから戦闘で消費したエネルギーを供給後、全速でα星を通過、その後再び大ワープをしてイスカンダルへの距離を縮めていた。

さつまがヤマトに追いつくには連続の大ワープが必要だった。

そこで登場したのが現在、防衛軍の技術部で開発中の超ワープ機関だったのだが、現在までの実験において、ワープ自体は成功したが、その際艦内で人体には耐えられない重力が観測機器で計測された。

第二世代型は防衛軍宛に送られてきたデスラーからの電文の中にワープ機関に関してのデータが添付されており、重力問題に関しては解決できたのだが、途中の部分がノイズでかけ落ちてしまい完全な物にすることが出来ず、第二世代型の欠点としてエネルギー干渉で衝撃を和らげている分、正確なワープが出来なくなるという結論が出されている。

時間さえあれば理論上は連続ワープが可能なのだが、今回は完成品が出来るまで待つ時間がない。

技術部からその報告を聞いた藤堂は悩んだ。

 

「どうしました長官?頭を抱えて?‥‥何か悩んでいるようですが?」

 

長官室に報告書を持ってきたコハクが藤堂に声をかける。

 

「ああ、コハク君か‥‥実は‥‥」

 

藤堂はヤマトに援軍を送りたいのだが、援軍とヤマトとの距離が離れすぎていて送るに送れない事情を話した。

 

「‥‥同調型の空間偏向弁とエネルギーバイパス管それと無人駆逐艦を一隻‥‥用意できますか?」

 

「?‥‥基地の修理ドックにそれらのパーツがあると思うが‥‥しかし一体何に使うのかね?」

 

コハクは第二世代型の実験デバイスのデータをもとにシミュレートを行った。

 

「超ワープ機関を今すぐ完成させるのではなく、二つにすればいいのです」

 

「二つ?」

 

「はい、曳航型に改修させればいいんですよ」

 

「曳航型?」

 

「超ワープを艦一隻単位ではなく、初期型のデバイスを搭載した無人艦を正確な座標にワープさせ、それが作り出す空間歪曲口に同調させた第二世代型搭載艦を送り込めば理論上正確な大ワープが可能です。多少強引かもしれませんが、今回はイスカンダルまで早くつけばいいのですから」

 

シミュレートの結果を見せながらコハクは藤堂に説明した。

 

「成程、それでその時間はどのくらいかかる?」

 

「技術斑の力量と人数にもよりますが少なくとも半日もあれば何とか‥‥」

 

「わかった。早速、山南君に今の案を提示してみよう」

 

藤堂は山南に先程、コハクが説明した曳航による超ワープ機関の利用を説明し、タイタン基地から工兵と資材を載せた輸送艦、そして無人駆逐艦「レイピア」をさつまのもとに送った。

それから半日後、新型デバイスを搭載した無人駆逐艦レイピアとさつまは防衛軍では初となる曳航型超ワープを行ってヤマトを追いかけていった。

 

 

七色星団宙域 ヤマト

 

「見えてきたな‥‥七色星団だ‥‥」

 

かつてガミラス軍一の智将ドメルとの決戦が行われた古戦場跡‥‥

暗黒ガスとそれぞれ異なる性質を持った七色のスペクトル光を放つ七つの惑星が形成する特殊な宙域‥‥

 

「つい、昨日のことのように思いますよ‥‥」

 

「勇敢な相手だった‥‥」

 

「古代、感慨にふけるのもいいが、まず先に周囲をチェックしておいた方がいいぞ。この宙域は暗黒ガスが多い。敵が待ち伏せするにはもってこいの場所だからな」

 

「そうだな。雪、頼む」

 

「了解」

 

雪が空間スキャンで周囲を解析する。この宙域は暗黒ガスと七つの惑星から発せられるスペクトル光の影響でレーダーの映りが悪いのだ。

すると、ヤマト後方で空間歪曲が観測された。

 

「っ!? 本艦後方に空間歪曲反応を確認」

 

「何!?敵か?」

 

第一艦橋に一瞬の緊張が走った。

 

「いえ、違います。この反応は‥‥パネルに投影します」

 

パネルに映ったのは防衛軍の戦艦と無人駆逐艦だった。

 

「防衛軍の戦艦?」

 

「艦長代理、後方の戦艦から通信が入っています」

 

「通信回線を開け」

 

「了解」

 

敬礼し艦長服を着た男がパネルに映し出される。

 

『タイタン基地から参りました。さつま艦長の近藤です』

 

「ヤマト艦長代理の古代です。遠路はるばるご苦労様です。しかし、近藤艦長はなぜここへ?」

 

『藤堂長官と山南司令がα星での報告を受け、ヤマトに援軍を向わせることを決定し、小官が援軍として赴きました』

 

「そうでしたか‥‥ありがとうございます。近藤艦長」

 

『いえ、前回の雪辱を果たすため、さつま乗員一同粉骨砕身でヤマト護衛の任に就きます。では‥‥』

 

「すいません。近藤艦長、ちょっとよろしいですか?」

 

真田が近藤艦長を呼び止めた。

 

『なんでしょう?』

 

「一つ腑に落ちない点がありまして‥‥近藤艦長、さつまはどのようにしてここまでこえたのですか?従来の波動エンジンではここに来るまでには我々と同じ時期に出発しなければ間に合わないはずですが?」

 

近藤は藤堂の秘蔵っ子と言われるコハクが提案した曳航型にした次世代型エンジンの使用方法を真田に説明した。

説明を受けた真田は驚き感心した後、ヤマトのほうでもその大ワープに同調出来るように技術班と大山を呼んで早速作業を開始した。

敵の襲撃が予想される宙域であったが、少しでも早くイスカンダルへと着きたいヤマトにとってはやむを得なかった。

作業が終わるまで、ゆきかぜ・改・レイピア・さつまは周囲を警戒しながらヤマトを護衛していた。

 

ヤマトが作業をしているその頃、

 

「フフフ‥‥我々の方が一歩先んじていたようだな。貴様らのワープ航路を計算し、この場所へとやってくることはすでに割り出せておったのだ。艦隊集結が間に合うかどうかだけが心配だったが、どうやら杞憂だったようだな‥‥まぁ、奴らの貧弱なワープ装置ではこれが限界というところか‥‥」

 

α星の戦闘から命からがらに離脱したクーギスが前回の汚名を晴らすため、そして双子の兄、ルーギスの仇を討つため、空母を中心とする機動部隊を率いて布陣していた。

 

「クーギス様、全空母の攻撃機の準備が整いました」

 

「よし、艦載機の射出シークエンスに入れ、レーダー妨害開始」

 

「了解、艦載機射出シークエンス開始。レーダー波妨害タキオン波、放出」

 

「待っておれ、兄上。あの小ざかしい者どもを、真の恐怖を味あわせながら葬り、兄上の元へ下僕として送り届けてやろう」

 

 

ヤマト 第一艦橋

 

クーギス艦隊の妨害波を受け、ヤマトの空間スキャンは機能を停止し、レーダーもノイズが多量に入りこちらも機能が低下した。

レーダーの異常に気づいたのがレーダー担当の雪だった。

 

「あら?」

 

「どうした?」

 

「空間スキャンが中断してしまいました‥‥なんだが様子がおかしいわ。コスモレーダーもノイズが多量に入って機能が低下しています。」

 

「真田さん。レーダー機器の方は大丈夫ですか?」

 

「うむ、異常はないようだが‥‥雪、とりあえず中断した空間スキャン画像をパネルに出して見てくれ」

 

「了解」

 

メインパネルに先程までヤマトがスキャンしていた七色星団の宙域図が表示されるが、そこにはおかしな様子は特に見られない。

 

「これだけ恒星が密集しているんです、恒星磁場の影響ではないんですか?」

 

七色星団の特色から今回のレーダー異常は自然現象ではないかと太田が指摘する。

 

「いや、念には念を入れておいた方がいい。雪、画像を時間軸にそって巻き戻してくれないか?」

 

白色彗星戦役前に装備したタイムレーダーの記録を遡らせていると。

 

「ストップだ!止めてくれ!」

 

ある時間軸の画像を見て真田が待ったをかけた。

 

「左上‥‥左舷前方の宙域を拡大してくれ」

 

真田の言われた宙域を拡大していくと人工的なエネルギー反応が探知された。

 

「これは!」

 

「反応が薄いが、おそらく周囲に立ち込める暗黒ガスのせいだろう。エネルギー反応はα星で遭遇した敵のものと一致している」

 

「やはり敵は待ち伏せをしていたわけですか‥‥」

 

「この時点から四秒後に反応が消失しています。もしかすると先程からのレーダー異常も‥‥」

 

「うむ、敵の妨害だと見て間違いないだろう。空間スキャンの実行が少しでも遅れていれば完全に奇襲を受けていたところだ」

 

スキャンデーターのエネルギー反応の解析の結果、小さなエネルギー反応が多数観測され、その結果これが敵の艦載機であり、敵は空母を中心とした機動部隊であるということが分かった。

 

「古代、艦載機が飛び立っているということは、敵はもう攻撃態勢にあるってことだ。いや、それどころかもうこちらに進軍してきている可能性も高い」

 

島の指摘を受け、古代はまず作業の進行状況を大山に聞いた。

すると作業はまだ終わっておらず、兵器は使えるがヤマト自体はまだ動かせない状況だった。

 

「総員戦闘配置!対空攻撃に備えるんだ!コスモタイガー隊全機、迎撃準備!相原、さつまに連絡、敵の艦載機はヤマトとコスモタイガーで引き受ける。さつまの方には敵の本体を叩くようにと!」

 

「了解」

 

コスモタイガー隊全機がヤマト前面に展開し、敵の艦載機を迎え撃つ。

敵艦載機はエネルギー反応から爆撃機の編隊であることが分かった。

コスモタイガー隊はドックファイトをやりながら機体に搭載されている小型のレーダー衛星を射出、セットし、レーダー範囲を少しでも拡大させようとし、同時に敵のレーダーも妨害させようと、タキオン阻害チャフをばら撒いた。

クーギス艦隊の艦載機は数に物を言わせヤマトに攻勢をかけるが、戦闘機VS爆撃機の戦いなので、クーギス艦隊の艦載機は次々と撃ち落されていく。

 

「えええぃ、まだ撃沈できんのか!」

 

撃沈どころか未だヤマトに接近出来ない状況にクーギスは苛立ち始める。

 

「そ、それが敵艦載機の迎撃網は厚く突破が困難なようです」

 

「くそっ」

 

「く、クーギス司令!敵の艦載機からレーダー妨害物が散布されています。こちらのレーダーも機能が低下しています」

 

「小癪な。直掩の艦載機を攻撃機体の護衛につけさせろ。さっさとあの小うるさいハエどもを叩き落すのだ!」

 

「りょ、了解」

 

直掩機の護衛もと攻撃機隊はヤマトへと攻撃に向った。

その直掩機の反応を雪は捉え、コスモタイガー隊に注意を呼びかけた。

 

「来やがったか‥‥今度のヤツは動きがケタ違いだな‥‥全機に警告!おそらく奴らはエース級だぞ、気をつけろ!」

 

山本は爆撃機を後回しにし、先に護衛機を相手にした。

コスモタイガー隊が艦載機を相手にしている最中さつまとレイピアは敵本体を叩くため、索敵を行いながら進撃していた。

敵艦載機の来襲方向やレーダー衛生からの情報を頼りに進んでいくと、敵は左舷前方にあるアステロイドの反対側に布陣していることがわかった。

 

「拡散波動砲発射用意。敵本体を一気に殲滅する」

 

「了解。波動砲へエネルギー注入」

 

さつまは敵のレーダー機能が低下している隙をついて波動砲の射程まで接近し、発射準備を整える。

 

「波動砲発射準備完了!」

 

「波動砲発射!」

 

さつまから拡散波動砲が発射された。

 

「く、クーギス司令!前方から高エネルギー反応が!う、うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

クーギスが前方を見ると、目映い光が広がる。

 

「おのれ、おのれっ!おのれぇぇぇぇぇぇっ!」

 

轟音と光の中、クーギスの艦隊は護衛艦数隻を残し消滅した。

残存艦は暗黒ガスの中へと入って撤退していった。

北野は追撃を進言したが、古代はそれを却下した。

理由として今のヤマトは動ける状況ではないし、そもそもヤマトの任務は敵の殲滅ではないためだった。

北野はどこか納得していない様子だった。

今回の一番の功労者はコスモタイガー隊のパイロット達であった。そして負傷者も一番多かった。

山本は負傷した隊員達一人一人を見舞った。

その中で敵のエースパイロットと戦い撃墜されかけた坂本と椎名が医務室で意気消沈しているのを見て、怖いもの知らずと強さとの違いを教えた。そして去り際に「尾翼のマークが増えなくてよかった」と呟いた。

二人が尾翼のマークのことを軍医の佐渡先生に聞き、それが撃墜マークではなく、今までの戦いで戦死した仲間のパイロットのことだと知った。

そして古代と島は北野に白色彗星の残党軍とは何か?暗黒星団帝国とは何か?を問い、そしてガミラスとは何かを聞き、なぜ残党軍との戦いで北野の作戦が採用されたのかを語った。

北野は自分の作戦が採用された真実を聞き、自分の考えがすべて正解ではなかったことに気づかされ、今後自分はヤマトで‥‥防衛軍で良い指揮官になれるのだろうか悩み、考えることとなった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第50話

原作では銀河交差がおこり、ガルマン・ガミラス、ボラー連邦は滅び、ディンギル軍が襲来しますが、この作品のヤマトの世界では銀河交差は起こらず、地球連邦政府はガルマン・ガミラスと同盟を組んでいます。

また、ヤマトⅲにて、すでにケンタウルス座のα星は開拓がはじまっていましたが、同じくこの世界のヤマトの世界では、まだ開拓が始まっていない設定です。


 

 

 

 

 

 

 

 

ヤマトが七色星団でクーギスの艦隊と戦っている最中、太陽系でも大きな戦いが行われていた。

山南司令率いる防衛軍主力がついに十一番惑星宙域へと進出したのだ。

まず山南司令は戦う前に十一番惑星に立て篭もる残党軍に対し降伏勧告を出したが、返答は拒否であった。

残党軍は残された最後の艦隊を出撃させ防衛軍に戦いを挑んできた。

 

残党軍 アポカリクス級空母 スコットル提督side

 

「全艦戦闘配備!」

 

旗艦である大型回転空母を後方に置き、全面に駆逐艦、戦艦を展開させ攻撃態勢をとる残党軍。

 

「艦載機発進!」

 

飛行甲板からデスバテーター攻撃機とイーターⅡ戦闘機が発艦し、先制攻撃をしかける。

 

 

防衛軍 臨時旗艦 戦艦 ネメシス

 

空母から飛び立った艦載機をネメシスのレーダーが捉えた。

 

「敵機大編隊接近!」

 

「司令、我が方も艦載機で迎撃しますか?」

 

副官が山南にまず艦載機戦を行うか聞く。

 

「いや、このまま当初の作戦通りでよい」

 

「了解しました。戦艦部隊はそのまま後方で待機、巡洋艦・駆逐艦部隊は密集隊形をとり、我に続け!」

 

ネメシスを先頭に速度の速い巡洋艦と駆逐艦が続く。

進撃してきた防衛軍に残党軍の艦載機が襲い掛かるが、所詮一隻の空母から発進した艦載機数ではたいした戦果を挙げられるはずもなく、防衛軍の激しい対空砲火に次々と打ち落とされていく。

 

「艦載機部隊、被害甚大!提督このままでは‥‥!」

 

「うろたえるな。地球艦隊はまだ第二次ラインに入らんか?」

 

「待ってください‥‥入りました。地球艦隊第二次戦闘宙域に到達!」

 

「フフフ‥‥思うツボだ。潜宙艦隊攻撃開始」

 

スコットル提督は両翼に展開していた潜宙艦隊に攻撃命令を出した。

潜宙艦は文字通り、潜水艦同様、宇宙を潜る艦である。

原理はワープに利用される空間歪曲を艦体の遮蔽に応用し、異次元空間への潜航が可能な艦であるが、攻撃時には通常空間へ浮上する必要がある。

攻撃の際、通常空間に浮上する必要があるとはいえ、その船体色は宇宙の闇に同化させるような色をしており、奇襲攻撃をより強力なものにしている。

なお、正確な位置がつかみにくいとはいえ、人が作ったモノなので、絶対に見つからないと言うわけではなく、センサー類に反応はする。

 

攻撃命令を受けた潜宙艦隊はまず左翼側から攻撃を開始、小口径ではあるが、正面に搭載されている砲と空間魚雷を進撃する防衛軍に向って発射した。

潜宙艦隊の奇襲を受け、左翼側を航行していた巡洋艦一隻と駆逐艦一隻が撃沈され、巡洋艦一隻が中破、駆逐艦一隻が大破した。

 

「潜宙艦か‥‥全艦、空間照明弾を打ち上げろ!」

 

左舷方向へと幾つもの空間照明弾が打ち上げられ、姿を隠していた潜宙艦の姿が露わとなった。

潜宙艦は照明弾を放たれ、咄嗟に攻撃を止め、回避行動に移る。

回避行動を取る潜宙艦に防衛軍艦艇はショックカノンを放つ。

元々駆逐艦より小型の潜宙艦は防衛軍の駆逐艦のショックカノンの攻撃でさえ、当たり所が悪ければ誘爆して撃沈する有様。

防衛軍が左翼側の潜宙艦に気をとられている中、右翼側に展開している潜宙艦が時間差をおいて攻撃を開始する。

この攻撃で駆逐艦三隻が撃沈された。

右翼側に展開する防衛軍も左翼側と同じように空間照明弾を打ち上げ、潜宙艦の姿を捉え砲撃する。

結果的に潜宙艦隊は壊滅したが、この奇襲攻撃で防衛軍の陣形に混乱が生じた。

この混乱を残党軍は見逃さなかった。

 

「よし、潜宙艦隊の攻撃で敵は乱れているぞ!全艦進撃!敵を踏み潰せ!」

 

スコットル提督が駆逐艦・戦艦部隊に号令をかけ、残党軍は混乱している防衛軍に接近戦を仕掛けてきた。

 

「山南司令、敵艦隊が急速接近してきます!」

 

「全艦反転180度!予定宙域まで敵を引き付けろ!」

 

「了解!」

 

山南の号令の下、防衛軍は転進行動に移った。混乱しかけていた艦隊もネメシスの動きに習って転進する。

 

「地球艦隊転進!」

 

「逃がすな!追え!」

 

残党軍は速度を上げ、防衛軍を追いかける。

 

「司令、まもなく予定地点です!」

 

「よし、全艦に通達!当初の予定通り艦隊を二つに分け、天底方向へ退避」

 

防衛軍は艦隊を二つに分け、上方と下方へと移動する奇妙な行動に出た。

 

突如前方を逃げていた地球艦隊が上と下に逃げる奇妙な行動をとり、残津軍将兵はそれを見て敵は形振り構わずにげているのか、それとも何か罠でもかと思った。

そしてそれは後者であり、自分達の前には敵の戦艦部隊が隊列を組んで待ち構えていた。それも波動砲にエネルギーを溜めて。

 

山南はかつて土星圏で行われた彗星帝国との戦闘で土方が打ち出した戦法をそのまま流用した。

つまり波動砲を搭載している戦艦と空母、巡洋艦をあらかじめ後方で隊列を組ませ、待機させておき、待機中にエネルギーを充填させいつでも波動砲を撃てる状況にさせておいた。

そして足の速い駆逐艦と巡洋艦、そして自らを囮役として敵を波動砲の射程まで誘い込んだのだ。

 

 

防衛軍 第二分隊  戦艦 ひえい

 

「各艦、波動砲発射準備整いました」

 

「味方艦、退避完了!」

 

「撃て!」

 

ひえいを始めとする戦艦部隊が一斉に波動砲を発射する。

 

 

残党軍 アポカリクス級空母 スコットル提督

 

「て、提督、敵の波動砲がぁぁぁぁぁー!!」

 

「バカな、こんな‥‥バカなぁぁぁぁぁぁー!!」

 

防衛軍の波動砲の一斉射撃を受け、回避に成功したのは後方にいた戦艦三隻のみでそれ以外の艦はすべて消滅した。

この戦いでスコットル提督も戦死し、残党軍は最後の主力艦隊を失った。

山南は残存艦に対し、再度降伏勧告を出し残存艦隊は降伏勧告を受諾した。

 

 

第十一番惑星 残党軍基地

 

残党軍基地では先の艦隊戦でこちらが敗北したとの情報が入り、今後どうすべきか、幕僚達が会議を開いていた。

降伏するか?または玉砕か?二者択一の選択だった。

 

「総司令‥残念ですがもはや降伏しかありません‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「我々は十分に戦いました。もうこれ以上犠牲を出すわけには‥‥」

 

幕僚達は降伏を進言するが、基地司令キャンメルは、

 

「降伏!?降伏だと!あんな下等な蛮族に頭を下げるだと!イヤだ!私はイヤだ!」

 

キャンメルは半狂乱になりながら降伏を拒否した。

 

「ですが、総司令。戦うにしても我々にはもう戦闘艦がありません。基地の防空設備ではとてもあの艦隊を撃ち落とせません」

 

「それにここには帝国本土から避難してきた大勢の一般市民もいます。彼らのためにもどうか‥‥」

 

「総司令、上空の艦隊より通信です。『地球時間三十分後に返答無き場合は基地及び周辺施設に対し無差別の艦砲射撃を開始する』‥‥どうしますか!?」

 

通信兵が最後通告とも言える通信の内容を幕僚達に伝える。

 

「総司令!」

 

「基地の対空ミサイルを全て発射準備!」

 

「総司令?」

 

「奴らを一人でも多く道連れにしてやる!」

 

「おやめください!!総司令!我々は負けたのです!!ここは屈辱に耐え、生き延びる選択を!!」

 

「だまれ!私は卑怯者になりたくない!彗星帝国の将として一人でも多く道連れにし、華々しく散るのだ!」

 

「っ!?そのためにあなたは非戦闘員まで道連れにするおつもりですか?」

 

「黙れ!この敗北主義者が!」

 

キャンメルは降伏を進言する幕僚の一人に銃を向ける。

そして引き金を引こうとしたとき、別の幕僚がキャンメルに銃を向け、その引き金を引いた。

一発の銃声と共にキャンメルの体はグラリと傾き床に倒れる。

 

「‥‥うっ‥‥て、帝‥‥国‥‥万歳‥‥」

 

残党軍基地司令キャンメルはその言葉を最後に、息を引き取った。

基地司令も艦隊も失った残党軍は山南の降伏勧告を受諾し、ここに白色彗星戦役は終結した。

地球・彗星帝国両陣営で多くの死傷者を出した戦いは終わった。

第十一番惑星基地で行われた降伏調印式は残党軍基地司令部の幕僚と討伐指揮に当たっていた山南司令を含む艦隊司令部幕僚達との間で執り行われた。

彗星帝国本体が滅んでしまったため地球側が提示した条件は戦争責任を問わず、太陽系からの全面撤退及び今後、太陽系に対する永久不可侵など、地球側が被った被害からして、納得のいく条件ではなかったが、疲弊しきっている彗星帝国残党にはこれ以上、何も望めそうになかった。

残津軍側も地球連邦政府からの条件を承諾するしか道はなく調印式は何の問題も混乱もなく無事に終わった。

 

二月上旬、イスカンダルへ旅立ったヤマト以下の艦艇が全艦無事に地球へ帰還した。

ヤマトからの経過報告で、α星、七色星団、イスカンダルで遭遇した敵、暗黒星団帝国の目的は各惑星に存在する高エネルギー資源でその利用目的が侵略のために使用するためのものだとも分かった。

そして問題のイスカンダルの方はガミラスの技術によってマイクロブラックホールを使い軌道を安定させ、資源変換で暗黒星団帝国が欲するエネルギー源ではない物質へと変換した。

イスカンダルの女王スターシアはイスカンダルに残り、地球に帰還したのはスターシアの夫であり、古代の兄、守とスターシアと守との間に生まれた娘、サーシアの二人だった。

帰還したヤマトをはじめとする将兵には一時的な休暇が与えられ、ヤマトはドックで機関部と一部の施設の改修工事が行われた。

今回の改修作業でガミラスの優れた技術のおかげでヤマトは連続ワープが可能となった。そして作業の終わったヤマトは真田をはじめとする一部のヤマト乗員を乗せ、いずこかへと出港していった。

 

それから半年後、アンドロメダ・改級戦艦、春藍が就航した。

春藍就航からすぐにヤマトがイスカンダルで戦った暗黒星団帝国が突如、地球へ襲来した。

太陽系内の防衛軍基地は先兵として地球へ打ち込まれたハイペロン爆弾の影響で無効化された。

地球に打ち込まれたハイペロン爆弾に防衛軍が目を奪われている隙に、暗黒星団帝国は大型輸送艦で地上戦力を投入し、地球連邦政府、防衛軍の重傷拠点施設を次々と制圧していった。

地球の重要拠点である施設が次々と占領されていく中、最後の頼みであった無人艦隊もハイペロン爆弾後に襲来した暗黒星団帝国の艦隊の攻撃の前に全滅した。

たった一晩で地球は暗黒星団帝国の手によって占領されてしまった。

ガミラスにも、そして一度は降伏しかけたガトランティスにも占領されなかった地球が、こうもあっさりと外宇宙からの侵略者に降伏してしまった事は、地球連邦市民は大きなショックを受けた。

しかも暗黒星団帝国が打ち込んだハイペロン爆弾がもし、爆発した場合、ガミラスの遊星爆弾と異なり、地球の自然には一切影響を与えず、地球人類のみを抹殺できるように設定されていた。

地球人類を人質に取られたことで地球連邦政府は暗黒星団帝国に無条件降伏をするしかなかったのだ。

そんな中、密かに地球本土から火星のアステロイドの中に建設されたイカロス天文台に秘匿されていた宇宙戦艦ヤマトは、地球人類を救うため、暗黒星団帝国を目指し星の海へと旅立った。

途中シリウスにおいて、試験航海をしていた春藍率いる第七艦隊も暗黒星団帝国の奇襲に遭ったが、そこをヤマトに救助され、第七艦隊はヤマトと共に暗黒星団帝国本星へと向かった。

 

地球側も暗黒星団帝国に占領されていたとは言え、中には当然、反発する者も居た。

それは防衛軍の軍人だけでなく、警察官、民間人も大勢いた。

その者たちは抵抗組織、パルチザンを組織して、暗黒星団帝国の地球占領軍相手にゲリラ活動をした。

そのパルチザンの指揮をとっていたのが、他ならぬ防衛軍司令長官の藤堂だった。

 

暗黒星団帝国が地球へ襲来し、占領し他のはただたんにヤマトのイスカンダルでの戦いにおける報復だけではなかった。

彼ら、暗黒星団帝国の故郷‥デザリアム星は、科学技術が地球よりも進んだ星で、地球人と比べると高度な生命体であったが、生物としての種としての力は機械のせいで、地球人よりも衰えていた。

新たな生命を誕生させるのもクローン技術で、現存するデザリアム星人は首から上は本物の肉体だが、それ以下は全て機械からなるサイボーグだった。

彼らは種の保存のため、あちこちの星へ戦争を仕掛け、自分たちと適合する体をもつ星を捜していた。

そして、見つけたのが地球だった。

デザリアム星人は地球人の肉体を得るためにこうして地球へ襲来したのだった。

種を後世へ残したい‥‥

それは、生物として当然の本能であったが、彼らのやり方は決して褒められるようなやり方ではなかった。

 

ヤマトと第七艦隊は苦難の末、暗黒星団帝国本星、デザリアム星へとたどり着き、地球でも、打ち込まれたハイペロン爆弾の占領までこぎつけた。

そして、ヤマトはサーシアの活躍もあり、デザリアム星のハイペロン爆弾の起爆装置‥‥デザリアム星自体を破壊し、地球の危機を救った。

デザリアム星崩壊後、サーシアと古代守、大山トチローは雪風・改にて、イスカンダルへと向かった。

地球を占領していた占領軍も自分たちの故郷の崩壊、国家元首の死亡、ヤマトを始めとする生き残った防衛軍艦隊の前に次々と投降し、暗黒星団帝国との戦いは幕を下ろした。

戦後処理では、ガトランティスの残党同様、暗黒星団帝国の生き残りの将兵たちも太陽系からの強制退去となった。

 

地球が暗黒星団帝国と戦っていた中、新たなる故郷となる星を見つけるべく、宇宙を放浪していたデスラー総統率いるガミラス艦隊は銀河系中心部、核恒星部にて、新たな星を見つけた。

その星にはガルマン星人が住んでいた。

このガルマン星人は、デスラーたち、かつての故郷‥ガミラス星人と同じ民族だった。

ガミラスはこのガルマン星からマゼラン星雲へと移民した移民たちが建国した星だった。

しかし、デスラーたちがこのガルマン星へと来た時、ガルマン星は銀河系の半分を支配していたボラー連邦に占領されていた。

ガミラス艦隊は現地でレジスタンス活動をしていたガルマン星人と協力してガルマン星からボラーの勢力を一掃し、ガルマン星を解放。

さらに周辺の星々もガルマン同様にボラーの支配下から解放し、銀河系の中心部にて、一大決戦を行い、これに勝利。

デスラーはその後、ガルマン星をガルマン・ガミラスと名を改め、総統に選ばれた。

 

ガルマン・ガミラス建国後、デスラーは地球へ使者を送り、建国の報告を行った。

その後、地球連邦はガルマン・ガミラスと同盟関係を結んだ。

ガルマン・ガミラスも地球と比べると科学技術が進んだ星であり、地球にはガルマン・ガミラスの技術が数多く取り入れることが出来た。

 

ガルマン・ガミラスと同盟を組んでから幾年が経ち、コハクも成長し、防衛軍の軍人となっていた。

その間、コハクの容姿も美しく成長し、後見人を務める藤堂の下にはコハクの見合い話はかなりの数、持ち込まれた。

しかし、コハクはその見合い話をすべて断っていた。

本人曰く、色々と思う所があるのだとか‥‥

なお、あのヤマトで艦長代理、そして艦長を務めた古代進も同じヤマト乗員の森雪と結婚し、娘が一人いる家庭を築いていた。

 

 

地球がガルマン・ガミラスと同盟を組み、地球の技術もあがると、当然、艦船技術も上がる。

地球を何度も救ってきた宇宙戦艦ヤマトも記念艦として呉に残されて、これまでのヤマトのデータを基に新たにヤマト・改級としてグレート・ヤマトの建造を立案した。

またその他に防衛軍はグレート・ヤマトを建造する前に試験的に波動実験艦ムサシを建造しており、それに伴いヤマト・改級準同型艦の建造も行っていた。

ヤマト・改級準同型艦の建造に関しては、コハクが主任を務めていた。

 

ヤマト・改級準同型艦 (グレート・ヤマト二番艦)、銀河にはAIを搭載させることになり、アンドロメダ型同様、機械による自動管理方式を基本とし、無人艦隊旗艦としての運用も可能なようにAIと連携したワンマンオペレーションシステムを搭載しているが、人の手によるマニュアル操艦も可能な作りになっている。

船体の設計図は他専門の設計士が居るので、コハクは銀河に搭載されるAI製作を担当し、さまざまな情報を駆使しながら連日コンピューター画面とにらめっこする日が続いていた。

AIを製作するにあたってそのAIのシンボルキャラクターをどうするかをコハクは悩んでいた。

コハクは首からかけていたロケットペンダントのフタを開き中の写真を見る。

自分の隣に写っている満面の笑みの銀髪の少女。どこの誰か今の自分には思い出すことが出来ないが、過去の自分にとってこの少女はきっと大切な存在だったに違いない。

 

「‥‥大切な人‥か‥‥」

 

口元にフッとした笑みを浮かべ、コハクは写真を見つつキーボートのキーを打った。

 

こうしてグレート・ヤマトはヤマトの拡大・拡張艦

銀河はムサシの拡大・拡張艦として、それぞれ建造が進められた。

やがて、完成したグレート・ヤマト、銀河はまず、技術者立会いの下、太陽系内を試験航海し、ワープ、射撃、波動砲等の様々なテスト項目を順調にこなしている。

グレート・ヤマトにはかつてのヤマトの乗員たちが乗り込んで、銀河の運用にあたって、必要最低限の人員で試験航海に臨んだ。

グレート・ヤマト、銀河、両艦ともに順調にテスト航海の日程を消化していき、いよいよ最終項目のワンマンオペレーションシステムのみとなった。

その最終試験担当にはAI製作責任者だったコハクが担当することとなり、ドックでコハクは出港準備をしている銀河を不安げに見上げる。

 

「よぉ、緊張しているのか?」

 

背後から声をかけられ振り向くとそこには元ヤマト副長兼技術班班長の真田がいた。

コハクと真田は顔なじみの仲であった。

ガルマン・ガミラスと同盟を組んでから、真田はヤマトを降り、地上勤務となっていた。

その際、コハクと交流を深めていた。

 

「あっ、真田さん」

 

「ん?お前、メガネかけ始めたのか?」

 

「‥‥ええ、最近パソコンの画面とにらめっこしていたら視力が‥‥あと、緊張するのはこの格好がどうも私には不釣合いな感じがして‥‥」

 

コハクは銀河のテスト航海中は眼鏡をかけていなかったが、テスト航海終了後、眼に不自由を感じ、銀縁の眼鏡をかけはじめた。

そして今着ている服はいつも着ている白色の防衛軍本部制服から白いロングコート状の艦長服を着ている。

 

「軍服は体を合わせるものだ。最初は誰でも不釣合いに感じるが、時期に慣れる。いよいよワンマンオペレートテストか‥‥」

 

「ええ‥‥」

 

真田は元々、機械・コンピューター頼りな戦艦を戦艦とは認めず、かつてアンドロメダを「血の一滴も通わないメカニズムの結晶」と言い放った過去がある。

グレート・ヤマトはともかく、銀河についてはもしかしたら、真田は戦艦として認めていないのかもしれないと思っていた。

 

「真田さんはどうしてここに?」

 

「お前さんの見送りにな‥‥」

 

「わざわざ、すみません」

 

「長官ともしばしの別れを済ませたのか?」

 

「ええ、ついさっき」

 

「そうか‥‥それじゃあ気をつけてな‥‥」

 

「はい」

 

二人は互いに握手して別れた。

そしてこれが永遠の別れとなることを今の二人は知る由もなかった。

 

 

轟音をあげて空高く飛び立っていく銀河を真田は暫くの間見上げていた。

地球を飛び立った銀河は火星を少し過ぎた所にあるアステロイドへと向った。

このアステロイドの中には防衛軍が監視用に設置している天文台があった。

ラキシスは天文台にいる職員に必要な物資を渡すため、天文台へと寄った。

岩盤を削って作り上げた簡易ドックへその身を横たえる銀河。

物資の荷降ろし中、天文台の責任者と物資の内容を確認した。

物資を渡し、天文台を出港した銀河は針路をケンタウルス座方面へと向けた。

今回の航海はワンマンオペレーションシステムの試験と平行して惑星探査の任務もおっており、航海をしながら途中発見した惑星に立ち寄り光学測定を行って、有用な金属資源となる鉱物があるか、テラーフォーミングを行えば居住可能かを調査しながら進んだ。

地球を出港してから半月後、銀河はようやくケンタウルス座α星宙域へと到着した。

ケンタウルス座α星はケンタウルス座の恒星であり、太陽系から約4.5光年離れておりケンタウルス座で最も明るい。実視等級は0.01等と明るく、全天で三番目に明るい星である。

三重連星とされてきたが、近年になり四番目の惑星が観測され、今回銀河の探査目標の一つに指定されていた。

第四惑星はテラーフォーミングを行う前の火星のように赤い星で、大きさは土星衛星の一つタイタンとほぼ同じ大きさの星だった。

銀河は第四惑星の軌道上で停止し、探査機器を惑星へと降下させる。

探査機器からの情報をコンピューターで解析し、有用な鉱物資源があるかを探査する。

探査の結果、この星にはオスミウムが豊富にあることがわかった。

オスミウムは原子番号76の元素で白金族元素の一つで地球では貴金属とされている。

加熱すると生じる特有の匂いと耐食性に優れ硬いことが特徴である。

居住に関してもテラーフォーミングを行えばオスミウムの鉱山惑星として活用出来そうなので、コハクは惑星のデータを超光速通信で防衛軍司令部へと転送した。

暫くした後、司令部から『任務ご苦労、予定の航路を経由し、帰還せよ』と帰還命令が下された。

銀河は探査機器を回収し、これから地球に帰還するむねを司令部に伝え、地球への帰路についた。

出港前の航路計画で往路とは違うコースで復路は設定されていた。

そしてその中には銀河にとって始めての大ワープが設定されていた。

ワープ実験は太陽系内での試験航海で体験済みだが、今回は一人でそれを行わなければならず、銀河は緊張と不安で一杯だった。

 

「大丈夫だ。コハク、オレがバッチリサポートしてヤル」

 

そう言ったのは運航サポートロボットの98(キュウパチ)。

 

「ありがとう。キュウパチ‥‥それじゃあいくよ!」

 

「オウ!!」

 

コハクはワープ装置のレバーを引く、周囲に空間歪曲が働き銀河の姿は歪みやがて霧のように消えた。

 

ワープ自体は成功し、後は通常空間へと戻るだけであった。

まもなくワープアウト地点に着こうかというとき、銀河を異常振動が襲った。

 

「な、なに‥‥?」

 

『イレギュラー発生、航行用安全ソウチガ作動』

 

銀河が空間ウィンドウを表示して現状を報告する。

 

「コハク、コノままじゃ、マズイ‥‥強制ワープアウトをしよう‥‥」

 

「だけど大丈夫なの?大ワープ自体始めてなのに強制ワープアウトなんかして‥‥?」

 

「コノ状態が続けバ、艦自体がバラバラにナルかもしれない」

 

「っ!?‥‥分かった。‥‥銀河!キュウパチ!座標を転送するから減速ルートの確保を!」

 

「「了解!!」」

 

銀河は無理矢理通常空間へとワープアウトしたが、その際艦に大きな衝撃が発生し、コハクはシートから飛ばされ、壁に体を強く打ち付けられ床に倒れた。

 

「きゅ、キュウパチ‥‥銀河‥‥現状を‥‥報告‥‥」

 

頭から血を流し、薄れゆく意識の中、艦がどうなったのかを聞くコハク。

 

『通常空間を確認、ワープアウト成功』

 

「そ、そう‥‥よ、よかった‥‥」

 

銀河からの報告を聞き、コハクは意識を失った。

 

 

 

・・・・続く

 

 

 






ヤマト・改級準同型艦 (グレート・ヤマト二番艦)の艦影はヤマト2202の最終決戦仕様のヤマトの艦橋を波動砲実験艦銀河の艦橋に変えた感じをイメージしてください。

コハクの制服は宇宙戦艦ヤマト 復活編 にて、古代雪 (森雪)が来ていたベージュの艦長服を白くした軍服をイメージしてください。



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第51話

コーシンです。


 

 

西暦2201年 九月中旬

 

太陽系――――

 

月軌道 ターミナルコロニー 『カグヤ』

 

「地球標準時午前九時四十分、コロニー内及び周辺に異常無し‥‥」

 

コロニーの管制室で当直の兵が変わり様のない毎日に退屈を感じ始めつつ勤務日誌に記録を記す。

なにせ今年の夏は幽霊ロボット騒動やら元木連将校である草壁春樹を中心とした『火星の後継者』と呼ばれるメンバーが一斉に蜂起し、新地球連合政府及び宇宙軍・統合軍に対し、宣戦布告をし、大戦終結後、初めての大規模なクーデターが起こった。

しかし、軍部に知らない人などいない、と言われている最年少の美少女艦長 連合宇宙軍所属のホシノ・ルリ少佐らの活躍により八月の中旬にクーデターは鎮圧された。

 

その草壁を始めとする火星の後継者らはホシノ少佐に逮捕されたのち、地球へ連行された。

しかし、宇宙軍であるホシノ少佐が逮捕したにもかかわらず、地球へ連行された草壁ら、火星の後継者の幹部達は宇宙軍ではなく統合軍によってその身柄を移された。

ナデシコ副長のタカスギ・サブロウタは統合軍の行動に当然憤慨した。

 

「チィッ、俺達が苦労したのに、良いところだけ、あとからかっさらいやがって‥‥」

 

と、悪態をつく。

とはいえ、統合軍も自軍から三割りの造反者を出し、コロニー奪還においても人材・艦船の被害を出していた。

 

草壁ら火星の後継者の幹部たちは軍刑務所へ収監され、連日、統合軍と新地球連合からの取り調べを受けた。

彼らの目的は、火星の後継者が得たボソンジャンプの研究データの収集であった。

新地球連合・統合軍が堂々と非人道的な実験をするわけにはいかず、テロリストとはいえ、ボソンジャンプに関する研究データは貴重である。

そのため、何としても火星の後継者が得た実験データを得たかった。

しかし、草壁ら幹部は実験データについては頑として口を割らなかった。

下っ端の兵士たちは元から実験の存在すら知らなかった。

実験に関わったとされる研究員はルリが逮捕する前に草壁が口封じのため、全員爆殺していることも判明していた。

ただし、正確には草壁が彼らを爆殺する前に研究員達はコハクの手によって殺されていたが、草壁はそんな事を知り由もなかった。

 

新地球連合政府も統合軍もこのまま草壁を収監したままでは、火星の後継者の残党が草壁の奪還を図る可能性が高い。

それを恐れた新地球連合と統合軍は実験データを得られないのであれば‥と、言うことで、草壁を始めとする火星の後継者の幹部を全員死刑にすることにした。

 

草壁は死刑直前まで、自らの正義の正当性と新地球連合を非難する言葉を残し、処刑場に消えた。

草壁ら火星の後継者の幹部を処刑しても火星の後継者すべてを逮捕したとは限らず、まだ残党が潜伏している可能性が十分にあり、残党軍の攻勢が懸念され、警戒段階が高まっているものの、まったくその傾向は見られず、兵士達の緊張も段々緩みかけてきていた。

 

「ん、何だ?」

 

勤務日誌を書き終え、遅めの朝食であるサンドイッチを食べながら周辺監視用のモニターを見ていたオペレーターの一人が不審な空間変化を探知した。

 

「どうした?何かあったのか?」

 

不審に思った当直士官がそのオペレーターに声をかける。

 

「偵察衛星より、重力場の変動らしきものを探知! な、何かが出てきます!!」

 

この報告を受け、管制室に緊張が走る。

この世界では波動エンジンもワープ技術も存在しないため、空間歪曲場を正確に探知することはできず、センサーには重力場の変動らしきものという曖昧なものとなった。

 

「っ!?すぐに、周辺の宙域を航行中の艦船の運行を停止させ、退避命令を出せ!コロニー守備隊に臨戦態勢!」

 

当直士官がコロニー全体に警戒警報を発令させる。

先程まで静かだったコロニーが蜂の巣を突付いたような騒ぎとなる。

コロニーの格納庫からはステルンクーゲルが緊急スクランブルで全機出撃する。

守備隊の艦船もすべて、火器管制システムをスタンバイからオンに切り替える。

そんな中、重力場の変動地点から一隻の戦艦が出てきた。

 

「変動‥治まりました」

 

戦艦の出現と共に重力場の変動は治まった。

 

「その宙域に異常は?」

 

「艦影が一つ‥‥質量からして戦艦クラスです!!」

 

「コロニー守備艦隊はそのまま現状待機、一番近くにいる宇宙軍または統合軍の艦船は?」

 

「ナデシコBが近くで哨戒活動中です!」

 

「すぐに連絡を入れろ!」

 

「了解」

 

ターミナルコロニー『カグヤ』からの連絡はすぐにナデシコBへと伝達された。

 

 

銀河 第一艦橋

 

「イテテテ‥‥」

 

キュウパチが手足をばたつかせながらも器用に使い起き上がる。

 

『キュウパチ、あなたに痛いなどという感覚はあるのですか?』

 

銀河がロボットであるキュウパチの発言を聞いて疑問に思ったのか聞いてきた。

 

「なんだよ。銀河、オマエ、ノリが悪いな‥‥」

 

『理解しかねます』

 

「まぁ、いいや。それよりココはドコダ?銀河」

 

キュウパチは銀河に現在位置を訊ねる。

 

『‥‥現在位置を測定‥‥測定完了‥‥月軌道のはずれです』

 

「‥‥妙だナ?一度の大ワープでケンタウルス座から月へ?しかも無理矢理ワープアウトシタノニカ?」

 

『ですが、計測の結果間違いありません。実際に月の存在も確認しています』

 

「強制ワープアウトの衝撃でオマエのカラダがイカれたんじゃないのか?」

 

『失礼な!確かに火器管制と航行システムには若干の不具合が生じていますが観測システムは依然健在です』

 

「『航行システムに』って‥‥オマエそれで帰れるのか?」

 

『ここが月軌道のはずれならば、月に向えば問題ありません。それぐらいの余力はあります』

 

「ソウカ‥‥ならば、針路を月へ向けてクレ」

 

『了解。それより艦長は無事ですか?』

 

「そうだ!!コハク!?」

 

キュウパチが倒れているコハクのもとに駆けつける。

 

「オイ、しっかりしろ!コハク!」

 

キュウパチがコハクの体を揺するがコハクは起きない。

 

「銀河、コハクが起きないぞ!」

 

『呼吸と心拍は確認できています。おそらく脳震盪だと思われます』

 

「でも、頭から血が出ているぞ!どこでもいいから早く病院へ行くぞ!」

 

『了解』

 

銀河は不安定ながらも速力を上げて月へと向った。

 

 

ナデシコB ブリッジ

 

月軌道を哨戒活動中だったナデシコB。

キャプテンシートには軍民では名の知れたホシノ・ルリ連合宇宙軍少佐が座っていた。

火星の後継者事件では、家族と慕ったアキトとユリカ‥二人の生存と再会をすることは出来た。

しかし、ルリにとってもう一人の家族‥‥妹として可愛がっていたコハクが火星の後継者に捕まっていたことにはショックを受けつつも必ずこの手で助け出してみせると決意したのだが、草壁はコハクが居た研究区画を研究員もろとも爆破した。

ルリたちが駆け付けた時、研究区画は原型をとどめておらず、かろうじて人らしきモノの死体が何体かは確認できたが、この区画に何人の人間が居たのか不明であったが、少なくともここに居たとされるコハクの生存は絶望的だった。

それから、ルリは塞ぎ込んでしまった。

八月いっぱいは、休暇として再会したアキトとユリカの下に身を寄せていた。

アキトとユリカもコハクの生存が絶望視されたことに少なからずショックを受けたが、自分よりも大きなショックを受けたルリのメンタル面を心配して、彼女に付き添っていた。

一時は軍から身を引こうとさえ本気で考えたぐらいだ。

アキトとユリカの甲斐あって、多少なりともルリのメンタルは回復したが、アキトとユリカは未だルリは全快していない‥‥いや、コハクが居ない‥コハクが死んだと言うことで、もう全快することはないだろうと思い不安を抱きつつもルリを信じるしかなかった。

ルリ自身もいつまでも塞ぎ込んでいる訳にはいかないことは自覚していた。

今の自分は、ナデシコの艦長であり、大勢の部下を預かる身‥‥

塞ぎ込んでいては真面な指揮は取れない。

九月になり、ルリは復帰して、こうして再びナデシコの艦長職についている。

 

そんなナデシコにターミナルコロニー『カグヤ』から所属不明の不審艦が突如出現したため、直ちに現場へ急行し臨検せよという指令が入った。

実際に『カグヤ』が確認した重力場の変動はナデシコでも観測していた。

『カグヤ』からの指令を受けて、ナデシコが遭遇予定宙域に到着すると、レーダーにその不明艦の姿を捉えた。

 

「レーダーに艦影を確認しました。『カグヤ』から報告を受けた不明艦に間違いありません!」

 

ナデシコB乗組員最年少の副長補佐兼オペレーターであるマキビ・ハリ少尉(ハーリー)からの報告を受け、ルリは艦内に警報を発令する。

 

「通信長、不明艦に対して停船命令を出してください」

 

「了解、こちら地球連合宇宙軍、第四艦隊所属ナデシコB。所属不明艦に告ぐ、直ちに停船せよ。繰り返す。直ちに停船せよ」

 

通信長が所属不明艦に停船命令を出すが相手からは一向に返答もなく、速度の若干落ちた程度である。

 

「不明艦、応答ありません!」

 

「‥‥総員戦闘準備!エステバリス隊発進用意!」

 

ルリは攻撃される可能性を考慮し、万が一の事を考えて戦闘準備を備えて待ち受けた。

ナデシコがいつでも戦える状況に入り、いざ接近しようとすると、ハーリーは驚きの声を轟かせてしまい、周囲も視線が少年に集中した。

 

「目標までの距離‥‥っ!?は、速い! 後、数分程でグラビティ・ブラストの射程です!」

 

これには、クルー全員が驚きを示さずにはいられない。

つい先程レーダーで捕捉したばかりだというのに僅か数分でグレビティ・ブラストの射程まで接近して来たのだ。

クルーが固唾を呑んで不明艦の動向を見ていると、ナデシコ搭載AIのオモイカネが突如警報を鳴らす。

 

『警告!所属不明艦、本艦との衝突コース。直ちに回避せよ』

 

「っ!面舵一杯!機関後進!」

 

オモイカネの警報を聞き、ルリは即座に回避命令を出す。

 

「りょ、了解。面舵一杯!機関後進!」

 

ナデシコが回避行動をとる間も不明艦は徐々にその距離を縮めている。

 

『回避不可能!危険!危険!危険!』

 

オモイカネがついに回避不可能という判断を下した。

 

「総員、衝撃に備えて何かに捕まってください!」

 

ルリが全艦に早口で衝撃に備えるよう伝えた瞬間、ナデシコの右舷側フィールドジェネレーターと不明艦の右舷艦首部が接触する。

衝突し、ナデシコのフィールドジェネレーターも傷つくが、相手も傷つくかと思いきや、一方的に傷ついたのはナデシコの方で、相手の艦首の装甲がドリルで削るかの様にナデシコのジェネレーターを傷つけていき、艦首部がナデシコのジェネレーターにめり込むような形になり不明艦は停止した。

 

「‥‥は、ハーリー君‥‥被害を‥‥」

 

衝突の衝撃が収まり、ルリは被害の確認を急がせた。

 

「右舷、フィールドジェネレーター第一から第三ブロックまで破損。所属不明艦は本艦に突き刺さるような形で停止しています」

 

クルーの眼前にはどこか海上艦艇を意識して造られた艦影をもつ戦艦が存在しており、ガラス張りの大きなドームに塔とヘリポートを合わせ持ったような形状の艦橋。

艦首にはナデシコを始めとする地球型の艦船に装備されているグラビティ・ブラストと思しき戦略砲の発射口。

大昔の戦艦に搭載されていた砲身付の砲塔とまるでハリネズミの様に左右に装備された対空兵装らしき機銃群‥‥それらがナデシコクルーに威圧感を与えていた。

 

衝突後も不明艦は何の反応も起こさないので、ルリはエステバリス隊を発進させ、不明艦を調査させた。

調査の指揮はナデシコ副長のタカスギ・サブロウタが執っていた。

不明艦は周囲をエステバリスが飛んでいてもやはり何の反応も示さず、エステバリス隊は不明艦のあちこちの映像をナデシコに送った。

送られてきた映像を見ると、不明艦は所々損傷しており、幽霊船のような印象もあった。

 

『こちらタカスギ機、艦底部にハッチらしきものを発見!』

 

「どうしますか?艦長?」

 

「‥‥そこから艦内に入れそうですか?」

 

『フタをこじ開ければ何とか』

 

「では艦内に入り、探査と共に生存者の探索をお願いします」

 

『了解』

 

エステバリスはハッチをゆっくり丁寧に開けていき、不明艦の内部へと侵入した。

内部に侵入したエステバリス隊は空気が逃げないように再びハッチの扉を閉め、エステバリスから降り、艦内の捜索に移った。

 

「ココは‥‥格納庫のようですね。見てください、ハンガーに戦闘機のような機体があります!」

 

隊員の一人が言うように確かにハンガーの中に一機だけ戦闘機が置いてあった。

サブロウタ達は一先ず艦載機のことは放置して先を急いだ。

 

 

ナデシコB ブリッジ

 

不明艦の艦内情報が入ってくるまで、ナデシコのブリッジクルー達は、あの艦には一体どんな生物が乗っているのか、とお喋りをしていた。

 

「やっぱり典型的にタコやグレイみたいな感じの宇宙人かな?」

 

「案外白骨化した死体だけとか?」

 

「いや、ここは猿のような宇宙人か黒いマスクにマントを着けてビームサーベルを振り回すような宇宙人じゃないの?」

 

クルーの様子を見て、いくら相手がなんの反応も示さないからといって少々だらけすぎじゃないかと思うハーリーだった。

 

 

銀河 第一艦橋

 

「強制ワープアウトの次は他船と衝突かよ‥‥踏んだり蹴ったりだな‥‥」

 

ナデシコとの衝突でまたも艦橋内を転がるハメになったキュウパチが愚痴る。

コハクはキュウパチがシートを倒し、念のためシートベルトをつけていたため無事である。

 

『キュウパチ、艦内に侵入者!』

 

「侵入者!?」

 

『多分、衝突した艦の乗員‥‥どうする?』

 

キュウパチが艦橋の窓から衝突した艦を覗き込む。

 

「銀河、あの艦のデータは?」

 

『防衛軍の登録艦艇に該当データ無し』

 

「ということは、連中は防衛軍じゃないな‥‥となると民間または‥‥」

 

『海賊、テロリスト、犯罪者』

 

「艦内の警備システムは生きているか?」

 

『火器管制とは別系統だから艦内警備は生きている』

 

「よっしゃ!俺が連中の正体を確かめてくるから、お前は連中の行き先を絞れるように隔壁を閉めてくれ」

 

『了解』

 

キュウパチは銀河から送られるデータを頼りに侵入者の元へと向った。

 

一方、艦内を捜索中のサブロウタ達は念のため拳銃を片手に艦内を捜索していた。

 

「副長、この艦、天井も高く通路も広いですね」

 

「ああ、居住性は良い様だが、何で誰も居ないんだ?」

 

艦内を見る限り、明らかにこの艦は旧木連が使用していたカトンボ級やヤンマ級の無人戦闘艦と異なり、有人艦である。

それにもかかわらず、人っ子一人見かけない。

 

「幽霊船ってことないですよね?」

 

「バカなこと言うな。この世に幽霊なんてものは存在しねぇよ」

 

サブロウタは幽霊の存在を否定する。

 

「で、でも大昔、大西洋で今の状況に似たような話がありますよ」

 

「ほぉ、どんな話だ?それは?」

 

隊員の話では昔、大西洋で漂流している一隻の帆船が発見されたらしい。

船名は『マリーセレスト号』といってアメリカからイタリアに向けて出港した船で、出港から一ヵ月後に洋上で発見され、不審に思った他の船の船員が船内を捜索したが、船内には人っ子一人発見されなかったと言う。

一説にはほんのさっきまで人が居た形跡はあるのに航海日誌は十日前で終わっており、船長の『我妻マリーが‥‥』という謎のメッセージが書かれたメモが残されていたらしい‥‥。

 

「ふん、バカバカしい。大方、嵐で船を捨てて逃げたんだろう」

 

「で、でも‥‥」

 

幽霊船の話をした隊員は自分で言っていて怖くなったようだ。

 

「ふ、副長、通路の先に何か落ちています!」

 

別の隊員が通路にサッカーボールぐらいの大きさがあるボール状の球体が落ちているのを発見した。

 

 

キュウパチは通路に転がって侵入者の様子を窺っていた。

 

「ん?なんだ?コレ?」

 

「何かの部品が衝突のショックで落ちたのでしょうか?」

 

サブロウタ達がキュウパチに近付く。

キュウパチは侵入者の手に拳銃を持っているのを確認し、侵入者を危険人物だと判断した。

一方、サブロウタ達は警戒しながらも通路に転がっているサッカーボール状の物に近付く。

 

「副長、気をつけてください!!」

 

「爆弾かもしれませんよ」

 

「お前ら、いくらなんでもビビリ過ぎだぞ‥‥」

 

サブロウタが隊員の態度に呆れながらボール状の物を手に取ろうとした瞬間。

 

「ていっ!!」

 

突然、ボールが勝手に跳ね飛ぶと、サブロウタの腹部‥鳩尾にクリーンヒットした。

 

「ぐふっ!!」

 

「ハッハッハッ。どうだ、参ったカ!侵入者め!」

 

機械めいた音声と共にサッカーボール状のそれは変形した。

 

「な、なんだ!?こいつは‥‥?」

 

サブロウタ達がキュウパチに銃を向けると‥‥

 

「銀河!やっちまえ!」

 

その言葉が合図になったのか、天井と両サイドの壁からガトリングガンが飛び出す。

 

「お、おいおい‥‥」

 

「マジかよ‥‥」

 

突然、通路に現れたガトリングガンに顔を引きつらせるサブロウタ達。

そして‥‥

 

ダダダダダダダ‥‥

 

ガトリングガンが正射され、急いで通路を走って逃げるサブロウタ達。

 

「なんだよ!?この艦は!?」

 

「やっぱり、この艦は幽霊船だったんだぁ!」

 

サブロウタ達は最初に侵入した格納庫まで押し戻された。

 

「ヤバイなこれは‥‥おい、急いで艦長に連絡を入れろ!」

 

「りょ、了解」

 

 

ナデシコB ブリッジ

 

「艦長、副長より通信が入っています!」

 

「繋いでください」

 

通信長が回線を開くと慌てた様子のサブロウタが空間ウィンドウに映し出された。

 

『艦長!』

 

「どうしました?サブロウタさん」

 

『この艦の内部にとんでもない仕掛けがあった!』

 

「仕掛け?」

 

『天井や壁から機関銃が飛び出してきて前に進めない!何とか出来ませんか?』

 

「わかりました。私とハーリー君とでシステムをハッキングして、不明艦のシステムを掌握します」

 

『お願いします。おいハーリー、なるべく急いでやってくれ!』

 

「わ、わかりました!」

 

サブロウタの慌てた様子から、かなりサブロウタ達調査隊が追い詰められているのだと判断したルリとハーリーは早速不明艦のシステムの掌握を開始した。

順調に不明艦のシステムをハッキングしていたが、突如ハッキングしていた不明艦のシステムがナデシコに逆流してきた。

 

「っ!?艦長、大変です!!オモイカネが不明艦のシステムのハッキングを受けています!!」

 

「っ!?ハーリー君、逆流してきたデータをバイパスに接続!私はシステムの復旧と平行して不明艦のハッキングを続けます!」

 

「了解!!‥侵入プログラムをバイパス接続、バイパスに侵入次第データは消去!!」

 

不明艦からの思わぬ反撃に焦る二人。

まさかハッキングするために開いた侵入回路から逆にナデシコが‥オモイカネがハッキングを受けるなんて予想外である。

必死にハッキングを食い止めようとする二人だが、相手の侵入速度のほうが上でナデシコのシステムはどんどんハッキングされていき、艦内部の機能が低下し始めた。

そして不明艦のAIがオモイカネを半分侵食した時、

 

『ダレ?‥‥私に入ってくるのは?』

 

突然砂嵐が映し出された空間ウィンドウがナデシコ艦内のあちこちに現れたが、次第に砂嵐の奥からオモイカネにハッキングを仕掛けて来ている者の姿が明確に映し出されてきた。

そしてそのウィンドウを見たクルーは全員驚きを隠せなかった。

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

「あ、あれは‥‥!?」

 

『私の中に入ってくるのはダレ?』

 

そう言って表示された空間ウィンドウに映ったのはトーガを纏い頭にオリーブの冠をかぶった十二歳頃のルリの姿が映し出された。

 

「‥‥」

 

「か、艦長?」

 

当然、ルリ本人は言葉が出ず、ハーリーも唖然としている。

 

『私の中に入ってきたのはあなたたち?』

 

ウィンドウに映るルリ(?)がブリッジに居るルリ達を睨む。

意を決し、ルリは相手にコンタクトをとった。

 

「‥‥そう。私はルリ‥‥これは友達のオモイカネ。あなたは誰?」

 

『私は、銀河‥‥ヤマト・改級準同型艦‥宇宙戦艦、銀河』

 

「銀河?」

 

『そう。私はこの艦の心であり、目であり、耳であり、足でもあり、この艦の命そのもの。なぜあなたたちは私の中に入ろうとするの?』

 

「私の仲間があなたの中で危険な目にあっているの。もしあなたがこれ以上中の人に危害を加えなければ何もしない」

 

『彼らは侵入者‥‥彼らは艦長の命を脅かす危険がある。そしてあなた達も‥‥』

 

「私たちはあなたの艦長を危険な目にあわせようとは思っていない。ただあなたたちがどこから来たのか?何が目的なのかを知りたいだけ」

 

『私の目的は地球に帰る‥‥艦長がケガをしている‥だから、私は急いで地球へ帰りたい‥‥』

 

「怪我人がいるのなら、私達が助けるだから、無駄な争いはやめましょう、銀河」

 

ルリは怪我人が居るのであれば、地球へ向かうよりも自分たちが助けると銀河に提案する。

そもそも、銀河‥‥ヤマト・改級準同型艦なんて、艦は宇宙軍でも統合軍でも聞いたことがない。

仮に地球へ向かっても不明艦として呼び止められるのが関の山だ。

事実、ナデシコがこうして臨検に向かったぐらいなのだから‥‥

 

『‥‥』

 

「あなたがすぐに私達のことを信用できないのもわかるけど、艦長を助けたいのなら、お願い、私達を信じて!」

 

『‥‥わかりました。あなたを信じましょう』

 

「本当に?」

 

『あなたの友達、オモイカネは正直な子。オモイカネからあなたのことを聞きました。艦長を頼みます』

 

ルリと共に銀河から浸食されかけているオモイカネも銀河を説得していた。

ルリとオモイカネの説得を聞き、銀河はルリとオモイカネを信じると言ってくれた。

 

「銀河、艦長以外の他の乗員は?」

 

ルリは銀河に艦長以外の乗員の状態を訊ねる。

 

『今、私に乗っているのは艦長一人だけ‥‥艦長は第一艦橋にいます。案内はキュウパチにやらせます』

 

どうやら、あの銀河はナデシコ同様、ワンマンオペレーションが可能の様で乗員は艦長一人だけみたいだ。

銀河は空間ウィンドウを閉じると侵入していたナデシコのシステムも元に戻した。

ルリも銀河へのハッキングを止める。

 

「タカスギさん、相手のハッキングは出来ませんでしたが、説得は出来ました。その艦の艦長さんが負傷しているようですので、急いで収容してください」

 

そして、サブロウタに現状を伝え、銀河の艦長の救出を命じる。

 

『了解』

 

サブロウタが格納庫を出ると、あのボールロボット(キュウパチ)が待っていた。

 

「ゲッ!」

 

サブロウタは先程、鳩尾に不意打ちアタックをくらった事から、キュウパチに対して、苦手意識を持ったようだ。

 

「誠に不本意だが、事態が事態だ。銀河が認めたのなら仕方がない。ついてきな」

 

サブロウタ達はボールの様なロボット(キュウパチ)に案内され、第一艦橋まで辿り着いた。

艦橋に着いたサブロウタが目にしたのは倒したシートで横たわる一人の女性の姿。

 

「ウチの艦長も美人だが、この人も綺麗な人だ‥‥」

 

女性の顔を見て、思わず一言呟くサブロウタ。

 

「あれ?この人どっかでみたような気が‥‥」

 

しかし、サブロウタはこの女性をどこかで見たことがある気がした。

 

「初対面の女性に何を言っているんだ?お前は!?いいか、くれぐれも艦長に変なことをするんじゃないぞ!」

 

キュウパチが声を荒げてサブロウタに釘を刺す。

 

「俺は、女は好きだが、寝込みを襲ったりはしねぇってぇの!!」

 

サブロウタは木連男子の誇りは失っておらず、意識を失っている女性を暴行するなんてことはしない。

そもそも、そんなことをすれば、今度こそ、銀河はサブロウタ達を生きては帰さないだろう。

負傷者を救助したサブロウタ達はいったんエステバリスでナデシコへと戻った。

 

 

ナデシコB ブリッジ

 

救助者はそのままナデシコの医務室に送られ、銀河から救助された艦長と共にやって来て、「この艦の艦長と話がしたい」と言って、ルリの目の前に来たのはボール状のロボットだった。

 

「‥‥」

 

ボール状のロボットを見て、ルリを含め、ナデシコBのブリッジクルーは唖然とする。

 

「ハジメマシテ。私は宇宙戦艦、銀河運行サポートロボットの98(キュウパチ)と言います」

 

「は、始めまして。ナデシコB艦長 ホシノ・ルリです」

 

「早速ですが、艦長サン。実は銀河はもう自力で航行するのが困難な状況で、どこか近くのドックまで曳航してもらえないでしょうか?」

 

「戦闘でもあったんですか?」

 

「いえ、ちょっとした宇宙災害に巻き込まれまして‥‥」

 

「はぁ、災害ですか‥‥?」

 

理由はともかくとして、銀河をこのままこの宙域に放置するわけには行かないので、ルリは『カグヤ』に連絡をして、曳航用の駆逐艦二隻を手配し、ネルガルの月ドックへと銀河を曳航した。

 

月ドックに間もなく到着する頃、医務室から連絡があり、軍医から艦長に直接話があるとのことなので、ルリは医務室へと向った。

 

「どうしました?」

 

「艦長。実はあの不明艦の乗員の件なのですが‥‥」

 

「ええ」

 

「これが乗員の持ち物です」

 

軍医が机に乗員の持ち物を並べる。

 

軍帽に白いロングコート型の軍服、手袋、白いスカーフ、拳銃、銀縁のメガネ、そして金色のロケットペンダント。

 

「っ!?」

 

ルリはそのペンダントを見て、目を大きく見開いた。

そして自分が首から提げている銀のロケットペンダントと見比べる。

その二つは色が違うだけで、大きさもデザインも一緒であった。

ルリは恐る恐る金のペンダントを手に取りフタを開けた。

そこには自分のペンダントの中身と同じ写真が入っていた。

 

「それで艦長、乗員の身元を調べましたところ、死亡者リストに該当する名前がありまして‥‥その人物が艦長に関係する人物だとわかりました‥‥」

 

軍医がそのリストを表示する。

リストには顔写真と名前が表示されており、名前の部分にはこう書かれていた。

 

「ホシノ・コハク」

 

と‥‥

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第52話

更新です。


 

 

 

コハクが生きていた。

その事実がルリに衝撃を与える。

二年前、自分の前から消えて、行方不明になったコハク。

それが今ここに‥‥ナデシコに乗っている。

火星の後継者が大規模なテロ事件を起こした時、コハクは彼らの手によって囚われて身となっていた。

しかも、主犯である草壁は自分たちが捕まる前に証拠隠滅のため、コハクがいた研究区画を爆破した。

あの時は、後で軍法会議にかけられてもいいから、この場で草壁達、火星の後継者の居る火星遺跡へグラビティ・ブラストを打ち込んで、彼らを一掃してやりたかった。

事件後、自分は大きなショックを受けた。

コハクは‥‥妹は死んでしまったのだと‥‥

地球に戻り、自分はアキトとユリカの二人と再会し、二年前と同じ様にまたアキト達と一緒にひとつ屋根の下で暮らすことが出来たのは嬉しかった。

でも、そこにもう一人の家族が居なかったのはとても辛かった。

ラピス・ラズリーと言う子も自分の事を心配してくれたが、ラピスはあくまでもラピスであり、コハクではない。

なんとか、職務に復帰できたが、自分の心の中にぽっかりと空いた穴はもう埋まることはないと思っていた。

しかし、コハクはまた自分の下に帰ってきてくれた。

はやる気持ちを抑えてルリは軍医にコハクの様態を聞く。

 

「それで、あの不明艦の乗員の様態は?」

 

「体を強く打っているようですが、骨折もなく、もうまもなく目が覚める頃かと‥‥」

 

「ドクター、その乗員と話がしたいので、暫く二人だけにしてもらえますか?」

 

「大丈夫ですか?万が一艦長の身に危険があるかもしれませんよ」

 

「大丈夫です。武器もこうして取り上げてあるわけですし」

 

「わ、わかりました」

 

軍医は渋々と言った様子でルリに不明艦の乗員(コハク)との面会を許可した。

ルリはコハクが眠っているベッドの脇にあるイスに座った。

頭に巻いた包帯が痛々しいが、わずか一月ぶりなのに、再会したコハクは自分より身長も胸も大きく成長しており、姉のルリとしてはなんか納得が出来なかった。

 

(イネスさんみたいにおばさんになっていなくてよかった‥‥)

 

それでもイネスみたいに物凄い年上と言うわけではなく、安心する部分もあった。

 

「うっ‥‥う~ン‥‥」

 

やがてコハクが目を覚ます。

コハクの真紅色の瞳とルリの金色の瞳が見つめ合う。

 

「コハク?」

 

「は、はい?」

 

「コハクっ!」

 

感極まりルリは、コハクに抱きついた。

ルリにとっては二年以上の再会であったが、次にコハクが発した言葉でこの感動の再会は崩されることになった。

 

「あの‥‥失礼ですが、あなたはどちらさまでしょうか?」

 

「えっ?」

 

今、コハクは何て言った?

 

私のことがわからない?

 

それとも忘れている?

 

コハクの言った言葉にルリはショックを受ける。

 

「あ、あの‥‥?」

 

ショックを受けているルリにコハクは戸惑っている。

 

「あ、あなたは覚えていないのですか?私のことを‥‥?」

 

「えっと‥‥は、はい‥‥私と‥あなたは知り合いだったんですか?」

 

コハクの様子から彼女が冗談で自分をからかっているようには見えない。

ならば、コハクは本当に記憶喪失で、自分の事を忘れてしまっている‥‥

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

なんとも気まずい空気が医務室を包んだ。

 

 

月ドックについたナデシコと銀河。

所属不明の不明艦が突如、出現した。

その報は既に地球にも当然通報され、ナデシコからその艦と乗員の報告を受けた宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウはナデシコに通信をいれ、その乗員とコンタクをとることにした。

会見をするために用意された部屋にルリとサブロウタが同席し、コウイチロウとコハクとの間で会見が始まった。

 

『君が通報のあった不明艦の乗員かね?』

 

コウイチロウが不明艦の乗員とされる人物を見る。

もっとも、ルリから不明艦の乗員がコハクであることを伝えられていたが、とうのコハクは自分たちの事を覚えていない‥‥どうやら記憶喪失らしいと言うこともコウイチロウは知らされていた。

 

「はい。地球防衛軍所属 ホシノ・コハク技術中佐です。はじめましてミスマル総司令」

 

敬礼し、コウイチロウに挨拶するコハク。

ルリから記憶喪失の恐れがあると聞いていたコウイチロウは初対面と同じ形で彼女とコンタクトをとることにした。

コウイチロウとしては最初のナデシコ‥‥自らの一人娘、ミスマル・ユリカが艦長を務めた初代ナデシコを拿捕せよと言う命令を受けた時の事を思い出す。

あの時もコハクは自分に一歩も引かず、堂々と対等な振る舞いで会話をした。

 

コハクの話では、自分が来た地球とこの地球は別の世界であり、自分は別の世界から来たのだという。

注釈が入るが、コハクが来た地球ではガミラス帝国、彗星帝国ガトランティス、暗黒星団帝国と呼ばれる異星人達の宇宙軍が侵攻してきたこと、

自分は試験艦のテスト航海中、事故でこの世界に来たことを話した。

一見、荒唐無稽な話だったが、コハクが提示した波動エンジンの概略を聞く限り、宇宙船の技術も、思考も全く根っから食い違っていた事も分かった。

 

『ふむ‥‥』

 

コハクの話を聞いてどう判断すればいいか、答えに戸惑っていたコウイチロウ。

すると会見場に通信用の空間ウィンドウが開き、ナデシコの通信長が要件を話した。

 

『艦長、会見中申し訳ありません。今、宇宙軍の科学調査隊が不審艦の調査を行おうとした所、隔壁やガトリングガンが邪魔をして調査を出来ないと申しておりましております』

 

「「『‥‥‥』」」

 

通信長の話を聞いて、ルリ、サブロウタ、コウイチロウは唖然とした。

 

「やれやれ」

 

コハクは軍帽を被り、席を立つ。

 

「ミスマル司令、小官は一度、銀河に戻ります。このままではそちらに怪我人を出しかねませんから」

 

『あ、ああ。調査隊の方にはこちらから連絡を入れておこう。彼らに丁重なもてなしをお願いする』

 

「わかりました。では‥‥」

 

敬礼し部屋を出て、部屋の外で待機していた案内係の兵と共にナデシコを降りていくコハク。

ナデシコを降りていくコハクの姿をルリは寂しそうに見る。

 

『ルリ君‥‥』

 

「大丈夫です。ミスマル司令‥‥コハクは必ず記憶を取り戻してくれます‥‥必ず‥‥」

 

 

銀河に戻ったコハクは艦内の警備システムをオフにし、自ら調査隊と同行し、艦内臨検に立ち会った。

そんな調査隊の中に、ナデシコ整備班班長のウリバタケ・セイヤの姿があった。

火星の後継者事件の鎮圧後、地球に戻り、妻であるオリエの出産に立ち会った後、しばらくは地球にある改造屋でメカニックの仕事をしていたのだが、ルリが軍務に復帰するのを聞いた彼は、軍属としてまたもやナデシコに乗艦した。

もちろんそれはルリを心配しての事だった。

コウイチロウやウリバタケにとってルリはまさに自分の娘の様な存在なのだろう。

彼は、格納庫に一機だけあった宇宙戦闘機『スペースウルフ』を物珍しそうに眺めている。

 

「ほほぅ~、見かけはごく普通の戦闘機なのだが‥‥」

 

そこへナデシコの整備員が入って来てウリバタケを見つけると駆け寄ってきた。

 

「いたいた。班長、こっちの方も手伝って下さいよ~!!」

 

「やかましい!俺は今こっちに興味があるんだ!!」

 

「とほほ‥‥」

 

整備員が肩を落とし、疲れた表情で格納庫を去っていく。

 

夕方になり本日の艦内臨検は終了し、明日の午前中からまた臨検が行われる予定となった。

二十二時(地球標準時)明日の臨検に立ち会うため、早めに眠ることにしたコハク。

しかし、なかなか寝付けず、暗くなった部屋のベッドの上であのホシノ・ルリという人物について考えていた。

 

「明かりもつけずに考え事か?」

 

「ん?キュウパチ‥‥」

 

「艦内巡回は終わったぞ、コハク。艦内に異常は無かった」

 

「ご苦労様、キュウパチ。そしてお帰り」

 

「タダイマ、コハク。しかし、帰る場所があるというのはいい事だ」

 

「そうだね。でも今の私には帰るところが無い‥‥」

 

(そう、銀河の生まれた地球も私にとっては本当の故郷なのか怪しかった。記憶がないというだけでこんなにも不安になるなんて‥‥)

 

「コハクには銀河があるじゃないか。まだコハクには帰る場所が残っているじゃないか」

 

「‥‥キュウパチの言うとおりだね。この子は私の子供でもあり、私の家でもあるんだね」

 

「おう。コハクが眠っている間、俺と銀河がお前を守ってやる。今は安心して眠れ」

 

「ありがとう‥‥ねぇ、キュウパチ‥‥キュウパチは、あの人のことをどう思う?」

 

「あの人?」

 

「ホシノ少佐」

 

「さあな‥‥ただ、あの年齢で艦長職を務めているのだから、優秀な人であると、俺はそう思うがな‥‥コハクはどう思っている?」

 

「わからない‥‥でも、今日始めて会ったはずなのにあの人のことをずっと前から知っているような気がするんだ‥‥あの写真の人ともそっくりだし‥‥」

 

コハクはペンダントを手で弄りながらルリのことを考えていた。

 

 

ナデシコB ルリの部屋

 

ルリは地球にいるイネスに連絡し、コハクと再開したが肝心のコハクが記憶をなくしていることを話して記憶を戻す方法を聞いていた。

 

『そうね‥‥方法として記憶を失う前のことを再現してみたり、体に何かしらのショックを与えて見るというのも一つの手かしら?そのほかに思い出の場所を訪れてみるとか?それがダメだったら自然と戻るしか待つしかないわね』

 

「はぁ‥‥」

 

『そこまで深く考えなくてもいいんじゃないかしら?記憶なんて案外簡単なキッカケで戻るものよ。私なんかマージャンしている時に戻ったんだから』

 

確かにイネスはナデシコに乗艦した当初は記憶喪失状態だった。

それが記憶マージャンをしていると失った記憶が元に戻った。

 

「わかりました。今度時間を見つけてコハクとゆっくり話してみます」

 

『そうしなさい、それじゃあね』

 

イネスとの通信を切り、ルリはペンダントのフタを開ける。

ペンダントの中には満面の笑みのルリがコハクに抱きついている写真が貼ってある。

コハクは恥ずかしいのか頬を僅かに赤くそめ、カメラから目線を逸らしている。

 

「コハク‥‥」

 

ルリはペンダントのフタを開けたまま天井を仰いだ。

 

ナデシコは銀河との衝突で破損したため、銀河の隣で修理中、その間、乗員はデスクワークや訓練を行っている。

コハクの方は調査隊と共に銀河の艦内臨検の立会いとコウイチロウとの会見を繰り返す日を送っている。

 

『それで君は今後どうするつもりかね?』

 

「ミスマル総司令、それについては速答しかねます。判断を下すにはもう少し時間が必要です」

 

『‥‥』

 

「ミスマル総司令、小官は一介の軍人です。不幸にも銀河は指揮系統を失いました。そしてこちらの世界の宇宙艦艇のスペックを拝見し、比較したところ、銀河がこの世界で非常に危険な存在であることも理解出来ました‥‥これがどれ程不安な事か、言うまでもないでしょう?‥‥ですが、小官は銀河の指揮権を他の誰かに委ねるつもりはありません。艦長たる小官が背負わねばならないのです。よりよい明日を迎え、生きるために‥‥」

 

『君の話は分かった。しかし、貴艦には修理が必要であろう?』

 

「この月で、ですか?」

 

「うむ。地球では何かと騒ぎになるのでな」

 

「ありがとうございます。ミスマル総司令!」

 

コウイチロウの手配と尽力で、銀河とコハクの安全は確保されたのである。

だが、今後はどうするべきかを、コハクは一人で考えねばならなかったのであった。

 

 

地球連合宇宙軍本部ビル

 

長官執務室ではコウイチロウが椅子に座って考え事をしていた。

取り敢えずコハクと銀河の安全の保障はしたが、問題はどう位置づけるかである。

真剣な対応をとらなければならない、それにあまり時間は掛けられない。

モタモタしていると統合軍や統合軍と癒着している軍需企業が強引な手段を使い銀河をコハクから奪う可能性もある。

そうなれば何が起きる事やらと頭痛が止まない状況である。

 

「閣下は信用なさるのですか? あの銀河とか言う戦艦を?」

 

執務室に居た参謀の一人がコウイチロウに聞く。

調査隊の報告書はコウイチロウの元に逐次送られてきており、その報告書を見るだけでも銀河の性能と造艦技術が優れていることが窺える。

しかし、宇宙軍の司令部幕僚達はこの報告をまったく信じていなかった。

 

「おいおい君は見なかったのか?あの艦の資料を‥‥装甲、武器、エンジン、全てが今の我々の技術を上回っている。無理矢理従わせたり、強引に奪おうとすれば、かならず多大な被害が出る。ナデシコでも勝てるかどうかわからんのだぞ‥‥」

 

ナデシコのからの報告では、ルリとハーリーが火星の後継者鎮圧時の様に銀河のシステムをハッキングし、そこから銀河のシステムを掌握しようとしたら、逆にオモイカネが銀河からハッキングを受けたのだ。

艦隊戦に持ち込めば勝てるかもしれないが、銀河一隻のために一体何隻の軍艦と人材を失うのかそれを考えるだけでも恐ろしい。

とりあえず、当面は統合軍の動きを警戒しつつ、コハクとの話し合いを続けるしかなかった。

 

 

月 艦船ドック

 

ルリの悩みは深刻であった。

相変わらずコハクは他人行儀な態度をとってくる。

それがルリを自然に焦らせ苛立たせた。

その苛立ちの様子はクルーが見ても一目瞭然だった。

しかしクルーはその苛立ちの原因を知る由もない。そのためナデシコ艦内ではさまざまな噂がたった。

 

「最近の艦長なんか妙にイライラしているよな」

 

「お腹でも痛いんじゃない?」

 

「やっぱり、あの不明艦のAIに負けたのがくやしいんじゃねぇ?」

 

クルー達が食堂でルリのイライラの原因を話していると食堂前の通路をルリが通っていった。

 

「‥‥こうなったら無理矢理関係を持って私から離れなくしてしまいましょうか‥‥そもそもあの時の屈辱を私は忘れていません。姉の私にあんなことをしておいて自分は忘れるなんて‥‥」

 

なにやら物騒な独り言をブツブツ言って廊下を歩くルリにクルー達は唖然としていた。

 

 

銀河 艦長室

 

連絡用にと渡されたコミュニケと呼ばれる腕時計型の通信機が通信アリの着信音を鳴らし、受信ボタンを押して出て見ると空間ウィンドウが表示され、映し出されたウィンドウにはホシノ少佐が映っていた。

 

「ホシノ・コハク中佐、今日の夜二人でお話したいことがあるのですが、お時間の都合はとれるでしょうか?」

 

ホシノ少佐からの通信を聞き、コハク自身もホシノ少佐とは二人でゆっくり話をしたかったのでこの申し出を受けることにした。

 

「わかりました。では今日の夜七時に‥‥少佐がよろしければ当艦で夕食を取りながらでも‥‥?」

 

「わかりました。では七時に会いましょう」

 

「はい」

 

コハクと夜七時に会う約束をして、ルリは通信を切る。

ちょうどそこに副長のサブロウタがブリッジへと入ってきた。

 

「サブロウタさん。ちょうどいい所に」

 

「はい?」

 

「今日の夜勤当直を代わっていただけますか?」

 

「はぁ、別にいいですけど‥‥何かあったんですか?」

 

「私の‥‥大切な人とちょっとお話をしに行きます」

 

ルリは笑みを浮かべるが、その笑みは不敵なモノを含みサブロウタは背筋に寒気を感じた。

ここでもし、断れば自分は明日の朝日を拝めないのではないかと思うぐらいに‥‥

 

 

夜にコハクとの約束を取り付けたルリは先程とは打って変わってご機嫌であった。

しかし、ルリが浮かべる笑みを見て、クルー達は二つの印象を持った。

一つは何か良いことでもあったのか?ようやく機嫌を直したのではないか?という印象を持つ者。

もう一つは何か良からぬことを考えているのではないだろうかという印象を持つ者。

サブロウタは後者でルリを慕っているハーリーは前者の方であった。

ご機嫌なルリを見てハーリーはサブロウタに何か心当たりがないか聞いてみた。

 

「サブロウタさん。今日の艦長随分と機嫌が良いようでしたが、何かあったんですか?」

 

ここでサブロウタはいつもハーリーをからかうイタズラ心が働いたのか、笑みを浮かべ言った。

 

「今日の夜、艦長個人的に誰かと会うみたいだぞ?」

 

「えええっー!」

 

夜に、個人的、その言葉がハーリーを驚愕させた。

 

「もしかしたら艦長の想い人かもな‥‥そして艦長はその愛する人と‥‥」

 

サブロウタは両手で自らの身体を抱きしめながら、頬を赤らめながら言うと、

 

「さ、サブロウタさん!変な冗談は止めてください!」

 

ハーリーも顔を真っ赤にして、声を荒げる。

彼としてはあのルリが異性と逢引するなんて考えられなかった。

それにサブロウタは暇さえあれば、自分の事をからかってくるので、今回のルリの話もサブロウタが自分をからかっているのだろうと思った。

 

「嘘じゃねぇって」

 

しかし、サブロウタは今回、自分が言っていることは嘘ではないと言う。

 

「そんな訳ありません!だいたい今日、艦長は夜勤当直の筈です。艦長が勤務をスッポカして誰かと密会だなんて!」

 

あの真面目なルリが、仕事をさぼってまで誰かと密会だなんて信じられなかった。

 

「それが、ついさっき艦長直々に今日の夜勤変わってくれって頼まれたんだよ」

 

「そ、そんなバカな‥‥オモイカネ、サブロウタさんの話は本当なの!?」

 

信憑性に欠けるサブロウタの発言にハーリーはオモイカネに確認を取る。

オモイカネならば決して嘘は言わないからだ。

 

『はい、確かに今日の夜勤当直はルリさんからサブロウタさんに変更されています』

 

「そ、そんなぁ~ 艦長がぁ~うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

ハーリーは泣きながらその場を走り去った。

 

 

「うぅ~艦長~‥‥」

 

走り疲れたハーリーがナデシコの通路をトボトボ歩いていると目の前をルリが歩いているのを見つけた。

意を決し、ハーリーはルリが夜に誰と会うのかを聞くことにした。

そして願わくば自分もついて行けないか聞くことにした。

 

「か、艦長!」

 

「ん?どうしたの?ハーリー君」

 

「あ、あのう‥今日の夜どこかに出かけるって、さっきサブロウタさんに聞いたんですけど‥‥」

 

「ええ。その予定ですけど」

 

「あ、あの‥‥その‥‥ぼ、僕も一緒に連れてってもらえないでしょうか?」

 

ハーリーは勇気を振り絞って言った。

しかし、ルリの返事は、

 

「ダメです」

 

「えっ!そ、そんな!?な、なぜダメなんですか!?」

 

「今夜、会う人とは二人っきりで会うと約束しましたから」

 

「ふ、二人っきりって‥‥か、艦長!その人はそんなに大切な人なんですか!?」

 

「ええ。私にとっては、かけがえのない大切な人です」

 

僅かに頬赤くするルリ。

 

「う、うわぁぁぁぁぁ―――!」

 

そんなルリの様子を見てハーリーは再び泣きながらナデシコの通路を走り去っていった。

走り去ったハーリーを気にもせず、ルリは夜、コハクに会う準備のため、部屋へと戻った。

 

 

銀河 艦長室

 

「ねぇ、キュウパチ、夜にホシノ少佐が来るんだけど、さすがに軍服のままじゃマズイかな?」

 

「ソレハ軍務で来るのか?それとも個人的な用か?」

 

「ん~多分個人的な用だと思う」

 

「ソレナラ軍服はヤボって言うもんだぜ」

 

「それじゃあラフな格好でいいよね?」

 

「そうだな。コハクもホシノ少佐と積もる話もあるだろうから、俺は今日の巡回後は第一艦橋に居るぜ。銀河も監視映像はオフにしておけ」

 

『何故ですか?艦長に危険があるかもしれないのに』

 

「相手は十六歳の小娘だ。艦内に入るときに武器を持っていないかチェックすればいいだろう」

 

『‥‥了解』

 

銀河は渋々了承した。

 

「されと、それじゃあ。夕食の準備を始めますか」

 

コハクはエプロンをつけ厨房へと向った。

これから来るゲストをもてなすための料理を作るために‥‥

 

 

「それじゃあ後はお願いします」

 

「了解」

 

サブロウタに当直を任せ、ルリは隣のドックに停泊している銀河のタラップを上がった。

タラップの終点にはキュウパチが居た。

 

「こんばんは。ホシノ少佐」

 

「こんばんは。キュウパチ」

 

「少佐、申し訳ありませんが、手荷物の中身の確認ヲコチラデオコナイタイノデスガ?」

 

「どうぞ」

 

ルリは肩にかけていたハンドバッグをキュウパチに渡す。

ハンドバッグの中を確認したキュウパチは武器の類が入っていないのを確認し、ルリにバッグを返す。

 

「ドウモアリガトウゴザイマシタ」

 

「身体検査はよろしいのですか?」

 

「すでに銀河が行いました。異常無しとのことで‥‥どうぞ、こちらへ」

 

ルリは案内された部屋のドアを開けた。

 

「ようこそ。銀河へ、ホシノ少佐」

 

テーブルの前に白いワイシャツと黒いズボンを穿いたコハクが待っていた。

 

「こちらこそ夕食のお招き、ありがとうございます。ホシノ中佐」

 

互いに社交辞令的な挨拶の後、向かい合う形でテーブルに着き夕食をとった。

夕食の献立はパスタにサラダ、スープ、そしてテーブルの真ん中においてあるバスケットに入ったパン。

 

「本当はワインかシャンパンが良かったんですが、さすがにそういうわけにもいきませんので‥‥」

 

ドリンクはブドウジュースと炭酸飲料が用意されている。

最初は会話のない夕食が始まった。

 

「「‥‥」」

 

ルリは何も言わずに黙々と料理を食べている。

その沈黙に耐えかねコハクはルリに話しかけた。

 

「あ、あの、料理‥‥ホシノ少佐のお口にあいますか?」

 

「‥‥ええ、ホシノ中佐は料理も出来るんですか?」

 

「向うの地球っていうのかな?そこでは記憶のない私を防衛軍の長官が身受をけしいただいて‥‥だから居候というのも申し訳なくて‥‥それに今回の任務は長期間の航海でしたので家事全般は一通り覚えておかなければならなかったので‥‥」

 

「‥‥」

 

(身長や胸だけでなく、女として何か負けた気がします)

 

顔には出さないが、ルリは言い知れぬ敗北感を感じた。

夕食が終わり、デザートのケーキと紅茶を前にしてコハクはルリが知っているこの世界の自分のことを聞いた。

 

「ホシノ少佐、あなたは最初、初対面だった筈の私の名前を知っていた‥‥あなたと私はどのような関係だったのですか?」

 

初対面という言葉を聞きルリはビクッと体を震わせ動揺したが、手にしていたカップをソーサーに置き、コハクを正面から見据え言った。

 

「私とあなたは‥‥家族‥姉妹の関係です」

 

「えっ!?」

 

ルリの言葉を聞き、今度はコハクが動揺した。

 

(姉妹?‥‥姉妹!?でも、ホシノ少佐とは髪の色も瞳の色も違うし‥‥)

 

「えっと‥‥」

 

後の言葉が詰まるコハクにルリは察したのか、

 

「義理の姉妹です」

 

「ああ、成程‥‥」

 

そしてルリはバックから戸籍表を取り出し二人の関係が義理ではあるが姉妹だと言うことを証明し、共に過ごしたナデシコでの話をした。

ルリから過去の話を聞くが、やはり思い出すことは出来ないが、最初に会った時から気になっていたルリのことに関しては納得がいった。

 

「今日はどうもごちそうさまでした」

 

「いえ‥‥昔の私‥‥?なのかな、その時の話が聞けて良かったです」

 

記憶を戻すことは出来なかったが、こうしてゆっくり、コハクと話すことが出来たルリは機嫌よくナデシコへと戻っていった。

 

 

コハクの生還の情報は、地球でも有数の大企業、ネルガル重工の会長、アカツキ・ナガレの耳にも入った。

当初は、銀河とコハクの情報は、宇宙軍でもトップシークレットだったのだが、存在している以上、噂と言うものはどこからか漏れてしまう。

特にネルガルの情報収集力はそれこそ、国の諜報機関並みに綿密で細かい情報網を有していた。

そして、ネルガルはあの木連との戦争終結以降、どうも企業成績が伸び悩んでいた。

反ネルガル派のクリムゾングループを筆頭にボソンジャンプの研究から外され、機動兵器に関してもナノマシンを使うエステバリスではなく、ナノマシンを必要としないステルンクーゲルがシェアーを独占している。

ネルガルが落ち目になっているのと同じように宇宙軍も戦争以降は規模が縮小気味となっている‥‥

 

「まさか、あの爆発の中で生きていたとはねぇ~‥‥」

 

コハクの生存を聞いたアカツキは、表情には出さないが、驚いていた。

 

「しかし、コハクは、テンカワ君同様、ボソンジャンプが可能な体質ですからね‥‥おそらく、爆発に巻き込まれる前にボソンジャンプをして、あの爆発から逃れたのではないかと、イネス研究員はそう言っています」

 

アカツキの秘書であるエリナが、彼にイネスが立てたあの時の爆発でコハクが生き残った仮説を説明する。

 

「なるほど‥‥しかし、それがなんだって、奇妙な戦艦と一緒に現れるんだい?」

 

イネスが立てた、コハクが生きていた仮説に納得するアカツキ。

コハクはこれまで何度もボソンジャンプで命の危険を回避してきた経緯がある。

しかし、コハクが謎の宇宙戦艦‥銀河に乗って戻ってきた事については未だに疑問が残る。

ネルガルもそこまではまだ情報を掴んでいなかった。

 

「その辺については、まだ詳細な情報が入っておらず不明です」

 

「そう‥‥それで、コハク君は今、どこにいるんだい?」

 

「現在は月ドックに居る模様です」

 

「月ドックか‥‥」

 

「ただ、コハク自身についてもう一つ、ある情報があります」

 

「なんだい?」

 

「現在、コハクはどうも、記憶喪失になっているみたいです」

 

「記憶喪失だって!?」

 

「はい」

 

「それに、最後に確認された姿よりも、随分と成長しているみたいです」

 

「ほぉ~‥‥まんま、ドクターイネスの時と同じだね」

 

「そうですね‥‥あっ、これが今のコハクの姿です」

 

エリナはアカツキに確認された今のコハクの姿を空間ウィンドウに表示する。

当初、アカツキはイネス同様、どこかに跳ばされ、再び戻ってきたと言うことで、コハクもイネス同様、中年の女性になっているのかと思った。

しかし、彼の予想に反し、コハクはまだ十代後半か二十代前半ぐらいの美女に成長していた。

 

「‥‥」

 

アカツキは成長したコハクの姿を見て思わず絶句した。

 

「会長?」

 

エリナはジト目でアカツキを見る。

 

「ん?あっ、ああ‥‥随分と綺麗になったじゃないか‥‥」

 

思わず成長したコハクに見とれていたことを誤魔化すかのように成長したコハクの容姿を褒める。

 

「それで、記憶喪失の治療に関してだけど、ドクターイネスに任せればなんとかなりそうかい?彼女も元記憶喪失者だったからね」

 

「ホシノ少佐もその件で、連絡をとったみたいですけど、明確な治療方法はないそうです」

 

「そうか‥‥」

 

「イネス研究員によれば、ふとしたことで記憶が戻るかもしれないと言っていました」

 

「ふとしたことねぇ‥‥ああ、そうだ。テンカワ君と艦長にコハク君の生存を知らせてあげてくれ‥‥最もルリ君が知らせているかもしれないけどね」

 

アカツキはアキトとユリカにもコハクの生存の知らせを送ってくれとエリナに頼んだ。

 

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第53話

更新です。


 

 

 

 

「ええええっー!!それ本当なんですか!?アカツキさん!?」

 

アカツキからコハク生存の連絡を受けたユリカは思わず夜中だが、大声を上げる。

なお、二人の養女であるラピスは時間も時間であり、眠っており、彼女の眠りは深く、ユリカの声でも起きなかった。

 

「ああ、ボクもついさっき、連絡を受けたばかりだが‥‥おや?ルリ君からは何も聞いていないのかい?彼女は既にコハク君と接触していると聞いたのだが‥‥」

 

「いえ、何も聞いていません」

 

アカツキは既にアキトとユリカはルリから連絡をもらっている者ばかりだと思っていたが、ユリカのリアクションからどうやら、二人はルリから連絡をもらっていないようだ。

 

「もう!!ルリちゃんったら、なんでこんな大事なことを忘れるんだろう!?」

 

自分だってコハクの件は心配した。

しかし、ルリの方が大きなショックを受けていたことから、それを表には出さなかったが、自分たちも二年間、ルリを騙し続けていたので、お相子だろう。

それにルリはアキトとユリカに黙っていたのではなく、ただ普通に二人に連絡するのを忘れていただけなのだ。

 

「ねぇ、アキト!!」

 

「ん?なんだ?」

 

厨房の奥からアキトの声がする。

 

「コハクちゃんが生きていたんだって!!」

 

「なんだって!?コハクちゃんが!?」

 

ユリカが伝えたコハクの生存。

それを聞いて、アキトは厨房から急いでユリカの居る居間へとやってきた。

テンカワ・アキト‥元ナデシココック兼パイロット。

妻であるユリカと共に火星への新婚旅行へ向う途中、火星行きのシャトルが離陸後に爆発、公式にはそのシャトルの事故で死亡とされていたが、二人はシャトルの搭乗口に向かう途中で、ゴートが指揮するネルガルシークレットサービスの手によって保護されていた。

当初、困惑気味の二人だったが、ゴートの話とコハクが残した手紙を見て、二人はシャトルに乗らなかった。

そして、搭乗予定だったシャトルが目の前で爆発したのを見て信じざるをえなかった。

ネルガルに身柄を保護してもらった後、二人は世界中に居る自分達以外のジャンパーの保護と救出活動を密かに行っていた。

三人の生存がルリをはじめとするナデシコクルーに明かされたのは火星極冠遺跡において草壁率いる火星の後継者との決戦前であった。

火星の後継者鎮圧後、死亡扱いだったテンカワ夫妻とイネスの記録は正式に変更され、アキトは東京の下町に念願だった自分の店を持ち、ユリカは予備役という形で軍務から退き夫であるアキトと二年前にある研究所で保護したラピスという少女を養女とし、看板娘としてアキトと共に店を切り盛りしている。

 

「それで、コハクちゃんが生きているって本当なのか!?」

 

「ああ」

 

「それで、コハクちゃんは今、どこにいるんです!?」

 

ユリカはアカツキにコハクの居場所を尋ねる。

 

「コハク君は、今、月に居るよ。ナデシコと‥‥ルリ君と一緒にね」

 

「月に?」

 

「ああ‥‥だが、一つ問題があってね」

 

「問題?」

 

「何があったんです?」

 

「‥‥実は、コハク君は今、記憶喪失になっているみたいなんだ」

 

「「記憶喪失!?」」

 

アカツキから聞いたコハクの現状に思わず声を上げて驚く二人。

 

「あ、あの、アカツキさん。一つ聞いていいですか?」

 

「ん?なんだい?」

 

「コハクちゃんはあの状況下でどうやって助かったんですか?」

 

「本人から聞いたわけではないが、ドクターイネスは、コハク君は爆発の直前にボソンジャンプをして、助かったのではないかと言う見解だよ」

 

「ボソンジャンプ‥‥」

 

「そうか、コハクちゃんなら、俺達と同じくボソンジャンプが出来るからな」

 

コハクが居たのはあの火星遺跡であり、自分達と同じボソンジャンプ可能体質。

それならば、イネスが言う通り、爆発前にボソンジャンプであの場から逃げて無事なのも頷ける。

 

「それと、コハク君は、あの事件から成長しているよ」

 

「「えっ?」」

 

アカツキからコハクが成長しているという言葉を聞いてドキッとするアキトとユリカ。

 

「ボソンジャンプをして‥‥」

 

「記憶喪失で‥‥」

 

「「成長したって‥‥」」

 

二人の脳裏には偶然にもイネスの姿が浮かぶ。

 

 

「くしゅん!!‥‥うーん‥誰かが噂をしているのかしら?」

 

その頃、ネルガルの施設の某所にて、一人の説明おばさんがくしゃみをした。

 

 

(こ、コハクちゃんが‥‥)

 

(イネスさんみたいに‥‥)

 

「「‥‥」」

 

コハクがイネスみたいに説明好きで、偏屈なオバサンになってしまったのかと顔を引き攣らせる。

 

「ん?ああ、もしかして、君達二人は、コハク君が、ドクターイネスみたいになったと思っているのかい?」

 

アカツキはアキトとユリカの顔を見て、コハクがイネスみたいになったのかと思った。

わかりやすいほど、顔に出ていた二人。

 

「えっ?い、嫌だな~アカツキさんそんなわけないじゃないですか」

 

「そ、そうだよ」

 

二人は否定するが、それが嘘であると小学生でも見抜けるほど、動揺している。

 

「まぁ、そこは敢えて深くは突っ込まないけど、コハク君の今の姿はこれだよ」

 

「えっ?これが‥‥」

 

「今の‥‥コハクちゃん‥‥?」

 

二人は成長したコハクの姿を見て、思わず目が点になる。

 

「どうだい?随分とべっぴんさんに成長しただろう?」

 

アカツキは別にコハクの身内でもないのだが、アキトとユリカに自慢するかのように成長したコハクの姿を見せる。

確かに成長したコハクは同性のユリカでも思わず驚くほどの美人に成長していた。

 

「‥‥」

 

成長したコハクを見て思わずその姿に見とれるアキト。

 

「ア~キ~トぉ~‥‥」

 

自分の旦那がコハクに見とれている姿を見て、ジト目で睨むユリカ。

 

「えっ?」

 

「もう!!今、コハクちゃんに見とれていたでしょう!?」

 

「い、いや、そんなことはないぞ!!」

 

「はっはっはっはっ、テンカワ君も男と言うことだ。テンカワ君もあの時、手を付けて予約をしておけばよかったと後悔しているんじゃないか?」

 

「なっ、何言っているんだよ!?」

 

アカツキからのからかいを受け、アキトは更にパニくるし、

 

「アキトはやっぱり、コハクちゃんの事を!!‥‥アキトの浮気者!!」

 

「だから違うって!!」

 

テンカワ家がカオスな空気となり、沈静化するまでそれから30分の時間を有した。

なお、カオスと化したテンカワ家の様子をアカツキはニヤニヤした笑みを浮かべながら見ていた。

エリナからは、「趣味が悪いわよ」と注意を受けたが、軽く受け流すアカツキだった。

 

「それじゃあ、ボクは伝えることは伝えたから」

 

そう言って、テンカワ家を荒らすだけ荒らして、アカツキは空間ウィンドウを閉じた。

 

アカツキからコハクの生存と今、どこに居るのかを聞いたユリカは、自らの父親であるコウイチロウに連絡を取る。

 

「お父様!!」

 

「ん?おお、ユリカか。どうしたんだね?」

 

「さっき、アカツキさんから聞きました!!コハクちゃんが生きていて、今月に居るんですよね!?」

 

「むっ!?うーん‥‥それは何というか‥‥」

 

コウイチロウは気まずそうにユリカから視線を逸らせる。

コハクがただ、生存して月で保護されているだけでは、そこまでややこしくはならないが、彼女は別の世界の地球の軍人となっており、その世界の宇宙戦艦の艦長となっていた。

しかもその宇宙戦艦は現在の宇宙軍、統合軍が保有している宇宙艦船よりも強力な力を有している。

そのため、コハクの立場、扱いが難しい立場であるので、コウイチロウとしても予備役となったユリカに伝えにくかったのだ。

しかし、アカツキがユリカに伝えてしまったので、もうコハクの存在について否定することは不可能だ。

ならば‥‥

 

「あ、アカツキ会長にコハク君の事を聞いているのであれば、彼女が今、記憶喪失であることも聞いてあるのだろう?」

 

そう、今のコハクは記憶喪失状態だ。

ならば、それを利用しようとしたのだ。

 

「は、はい」

 

「記憶喪失状態の彼女は今、デリケートなのだよ。だから、無用な混乱を避けるためにユリカには伝えられなかったんだよ」

 

「そうなんですか‥‥」

 

「うむ」

 

「それなら、私とアキトがコハクちゃんの記憶を取り戻して見せます!!」

 

「ん?」

 

なんだか、話が変な方向に向かっている。

 

「だから、お父様、明日一番で月行きを手配して下さい!!」

 

「えっ?えっ?」

 

「それじゃあ、待っていますから」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!ユリカ!!」

 

コウイチロウが止めるのも聞かず、ユリカは通信を切った。

 

「‥‥」

 

コウイチロウは空間ウィンドウを見ていた時のままで固まった。

愛娘であるユリカの頼みを断ることも出来ない。

ましてや明日の朝一と言われてしまい、明日の朝、迎えがこなければユリカはきっと怒るだろう。

コハクとの接触は正直まずいが、ここは視点を変えると、ユリカとアキトとの邂逅は諸刃の剣であるが、二人との再会で琥珀は記憶を取り戻すかもしれない。

コウイチロウはそんな奇跡を信じて、ユリカとアキトをコハクに会わせることにした。

 

ユリカがコウイチロウと通信している間、アキトはルリと通信していた。

 

「ルリちゃん。さっき、アカツキから連絡を受けて、コハクちゃんが生きていたって‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

ルリはここでアキトとユリカにコハクの件を話すのを忘れていたことに気づく。

 

「す、すみません。アキトさんとユリカさんにコハクの事を伝えるのを忘れていました」

 

「いや、別に攻めている訳じゃないんだ。ルリちゃんもコハクちゃんが見つかってホッとしただろうし‥‥でも、コハクちゃん、記憶喪失なんだって‥‥」

 

「はい‥‥でも、必ずコハクの記憶を取り戻してみせます」

 

「うん、その意気だ」

 

アキトとルリが話していると、

 

「アキト!!」

 

コウイチロウと通信を終えたユリカがアキトに声をかける。

 

「あっ、ルリちゃんも‥‥ちょうどいいや」

 

「どうしたんだ?」

 

「明日、私達も月に行って、コハクちゃんと会います」

 

「「えっ?」」

 

ユリカが宣言するように言うと、アキトとルリはポカンとする。

 

「コハクちゃんが記憶喪失で大変なんだもん。私達だって、コハクちゃんのために何かできることがあるよ!!きっと!!」

 

「えっ?いや、ユリカ、いきなり明日、月に行くって‥‥お店はどうする?」

 

「コハクちゃんのためだもん!!休店の一週間やニ週間、どうってことないよ!!アキトだってコハクちゃんにお世話になったじゃない!!」

 

「ユリカ‥‥そうだな。ルリちゃん、明日、俺達、コハクちゃんに会うため月に行くよ」

 

「わかりました。では、月でお待ちしております」

 

こうしてアキトとユリカはコハクに会うため、月へ向かうことにした。

 

 

翌朝、ラピスが目を覚ますと、アキトは朝食を作り、ユリカは大きな旅行カバンに荷物を詰め込んでいた。

 

「ん?ユリカ、どこかに出かけるの?」

 

「あっ、ラピスちゃん。おはよう」

 

「おはよう‥‥」

 

「今日はこれからみんなで、月に行くんだよ」

 

「月?」

 

「そうだよ。月にはルリちゃんともう一人‥‥ラピスちゃんのもう一人のお姉さんが居るんだよ」

 

「私の‥‥もう一人の姉‥‥」

 

ラピスはナデシコに乗艦したばかりのルリと同じように無表情な子であるが、ルリとは違うもう一人の姉の存在にちょっと興味を抱いている様子だった。

 

「ユリカ、荷物はちゃんとまとめてくれよ。それと、あまり必要がないモノも入れないようにな!!」

 

アキトは朝食を作りながら、ユリカに荷物の詰め方に突っ込む。

ナデシコに乗艦時、サセボシティーでユリカと再会した時、彼女は沢山の荷物を用意して、旅行カバンにもデススペースがあった。

 

「わかっているよ!!」

 

(本当に大丈夫か‥‥?)

 

ユリカはどうも普段の生活の中でドジな部分があるので、アキトはやや不安だった。

 

 

朝食を食べ終え、着替えが終わった頃、コウイチロウが手配したハイヤーが来て、テンカワ家の三人は宇宙港からシャトルで月へと向かった。

 

 

月 艦船ドック ナデシコB

 

アキト達テンカワ家一行が月へと向かっている中、

ナデシコでは、

 

「本日、テンカワ大佐とその関係者二名が月へやってきます」

 

ルリがナデシコの乗員にユリカ達が月へとやってくることを知らせる。

 

「テンカワ大佐が?」

 

「どうして月に‥‥?」

 

名字がミスマル姓からテンカワ姓に変わり、予備役とはいえ、宇宙軍総司令のコウイチロウの娘と言うことで、ユリカのことは宇宙軍でもその名が知れ渡っている。

 

「こは‥‥不明艦の乗員に面会するためです」

 

「わざわざ、テンカワ大佐が‥‥」

 

「総司令官の名代じゃないか?」

 

わざわざユリカが不明艦の乗員(コハク)と面会することで、コウイチロウの代理として来るのだと思うナデシコの乗員も居た。

 

 

月 艦船ドック 銀河

 

銀河の艦長室にて、コハクは身支度をしていた。

今日もきっとこの世界の宇宙軍から臨検と事情聴取があるだろうからと思っていた。

そんな中、空間ウィンドウが開き、ウィンドウには自身の姉だと教えてくれてホシノ少佐が映っていた。

 

「あっ、ホシノ少佐」

 

「‥‥ホシノ艦長‥‥本日、貴女と私の家族でもある方々が来ます」

 

ルリもコハクも同じホシノ姓なので、コハクはルリの事をホシノ少佐と呼び、ルリはコハクの事をホシノ艦長と呼んでいる。

ただ、コハクの事をホシノ艦長と呼んでいる時のルリは何だか、辛そうにも見える。

 

「私の‥‥家族‥‥」

 

ルリからこの世界における自分の家族と言われてドキッとするコハク。

勿論、今の自分にはその家族の記憶はない。

どんな人達なのかさえも覚えていない。

 

「その方々は、ホシノ艦長との面会を希望しています。会ってくれますか?」

 

「‥‥」

 

コハクはどうするか迷ったが、自分の家族でもあり、記憶の手掛かりをつかむことが出来るかもしれないと思い、

 

「‥‥わかりました。会います」

 

「そうですか‥‥では、その方々来ましたら、また連絡をします」

 

「はい」

 

ホシノ少佐からの連絡を受け、コハクは自分の家族とされる人達を待った。

 

 

やがて、テンカワ一行を乗せたシャトルが月へと到着した。

出迎えにはルリとサブロウタ、ハーリーの三人が空港へと出向いた。

 

「ルリちゃーん!!」

 

ユリカがルリの姿を見て、駆け寄ってくる。

 

「久しぶり!!元気だった?」

 

「はい。ユリカさんもお元気そうでなによりです」

 

「ハーリー君も久しぶり」

 

「はい、お久しぶりです」

 

「サブロウタさんも元気だった?」

 

「ウっス」

 

「あれ?ユリカさん、アキトさんは‥‥?」

 

「ユリカ!!お前、自分の荷物ぐらい自分で持てよぉ~」

 

ユリカに遅れて大荷物を持ったアキトと彼の傍に無表情のラピスが居た。

早速手配した宿に行き、荷物を置いてメインであるコハクとの面会に向かう。

人数が多いので、二台に分乗してホテルからコハクの下に向かう。

一台目にはルリ、ユリカ、ラピス

二代目にはサブロウタ、ハーリー、アキトが乗っている。

 

「あれ?ルリちゃん」

 

「はい?なんですか?」

 

「この車どこに向かっているの?」

 

自分たちを乗せているハイヤーが病院ではなく、月にある艦船ドックへと向かっていることから、ユリカはコハクはてっきり病院に居るのかと思ったのに、艦船ドックへ向かっているので、妙に感じるのも無理はなかった。

 

「ミスマル司令やアカツキさんから、聞いていませんか?」

 

「うん。コハクちゃんが記憶喪失で戻ってきたこと以外は何も聞いていないよ」

 

「実は、コハクは今‥‥」

 

ルリはコハクが別世界の地球で建造された宇宙戦艦の艦長であることをユリカに話した。

 

「えぇぇぇーっ!!」

 

あまりにも突拍子の無い話の内容にユリカは思わず声を出して驚く。

ラピスは反対に無表情。

 

「別の世界の地球なんて、本当にあるの!?」

 

「私自身もアニメ・漫画世界の様な内容だと最初はそう思いましたが、コハクが乗っていた戦艦の技術は、現段階の宇宙船技術を大きく上回っているという結論がでました」

 

「そうなんだ‥‥」

 

やがて、ハイヤーは銀河が停泊しているドックへと到着する。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

ユリカとアキトは、ドックに停泊している銀河を見て唖然としている。

これまで見てきた宇宙艦艇とは全く異なるシルエットと大きさに圧倒された。

 

「コハクはこの中で待っています」

 

「艦長、大丈夫ですか?」

 

「俺達も一緒に行きましょうか?」

 

「大丈夫です」

 

今回、コハクと会うのはテンカワ家一行とルリの四人だけで、サブロウタとハーリーは外でお留守番だ。

今回の目的はコハクの記憶を取り戻すことだ。

それにコハクが自分やアキト達に刃を向けるとは思えない。

逆に大人数で行けばかえってコハクを警戒させてしまう。

その為、コハクの関係者のみに絞ったのだ。

ラピスに関しては新しい家族として紹介する機会なので、連れて行った。

銀河のタラップでは、夕食会の時と同じく、キュウパチが一行を出迎えた。

 

「オマチシテオリマシタ」

 

「えっ?」

 

「ロボット‥‥?」

 

銀河もそうだが、これまた見たことのない形状のロボットを見て、唖然とするアキトとユリカ。

なお、余談であるが、ウリバタケが銀河の臨検に立ち会った時、キュウパチにも興味を示しており、キュウパチはロボットながらも身の危険を感じた場面もあった。

 

「艦長の下にゴアンナイシマス」

 

キュウパチの案内の下、一行はコハクの下へと向かう。

 

「艦長、失礼シマス」

 

「はい、どうぞ」

 

部屋の中から女性の声がして、扉が開く。

アキトとユリカは固唾を飲む。

そして、扉の向こうの部屋には昨日、アカツキから見せられた成長したままのコハクが立っていた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

映像で見たが、こうして改めて本人を前にすると、やはり成長したコハクの姿に見とれてしまう。

 

「はじめまして‥‥になるのでしょうか?‥‥地球防衛軍、宇宙戦艦 銀河 艦長のホシノ・コハクです」

 

「コハクちゃん‥‥」

 

「‥‥」

 

やはり、コハクは自分たちの事を忘れているのだとコハクの自己紹介を受けて改めて認識するアキトとユリカ。

 

「はじめまして、地球連合宇宙軍大佐、テンカワ・ユリカです」

 

「ユリカの夫で、テンカワ・アキト‥‥今は下町で料理店をやっています。それでこの子が‥‥」

 

「ラピス‥‥」

 

互いに自己紹介を終え、椅子にかけると飲み物が提供される。

 

「ホシノ少佐からお聞きしたのですが、テンカワさん達はこの世界における私の家族だとお聞きしたのですが‥‥」

 

コハクが早速、アキト達に本題を切りだす。

 

「そうだよ。血は繋がっていないけど、私達とルリちゃん、そしてコハクちゃんは家族だったんだよ」

 

「そして、今はラピスもその家族の中に入っている。この子は君の妹でもあるんだ」

 

ユリカはナデシコの航海が終わり、火星サミットまでの短い間であったが、アキトのアパートで一緒に過ごした事を話し、アキトはラピスをコハクの妹として紹介する。

そして、四人で一緒に過ごした頃の写真や画像をコハクに見せた。

自らが首にかけている金のペンダント同様、写真にも画像にも自分の幼い頃と思われる姿が映し出されている。

どの写真にもルリやアキト、ユリカと一緒に居る自分と思われるコハクは笑みを浮かべている。

 

「‥‥」

 

コハクは黙ってそれらの写真や画像を見ている。

だが、どれもこれも今の自分には身に覚えがないものばかり‥‥

 

「どう?コハクちゃん、何か思い出さない?」

 

ユリカが尋ねるが、コハクは力なく首を横に振る。

 

「そう‥‥」

 

「で、でも時間はあるんだし、ゆっくりと思い出していけばいいよ。知り合いに記憶喪失だった人が居たけど、その人なんてマージャン中に記憶を取り戻したんだから」

 

アキトはイネスの例えを引き出し、コハクを励ます。

 

「は、はい」

 

(ま、マージャン中って‥‥)

 

コハクはぎこちない笑みを浮かべつつ、返答する。

そして、心の中で本当に記憶ってふとしたことで思い出すものだと思った。

それと同時にもしかしたら、自分もその人みたいに何気ない日常生活の内に記憶が戻るかもしれないとも思った。

 

「ねぇ、コハクちゃん」

 

「は、はい」

 

「向こうの地球ではどんな世界で、どんな世界をしていたの?」

 

ユリカはもう一つの地球の歴史や向こうでの生活を聞いていた。

コハク自身、ガミラスとガトランティスとの戦争は体験していないが、暗黒星団帝国に地球が占領された時は、まだ幼いながらもその幼さを利用して諜報活動をしたりもした。

自分たちの地球と異なり、強力な力を持った外宇宙からの侵略にさらされたもう一つの地球の歴史を聞き、コハクの話だけではまるでSF映画や漫画・アニメの様な話だ。

しかし、地球とガミラスとの戦争は、木連との戦争に通ずるものを感じるので、コハクの言うことが一概にすべて嘘だとは思えなかった。

それと同時に向こうの地球の技術力はこの地球の技術を上回っていることが覗えた。

だが、ナノマシンや人型ロボットの技術に関してはこちらの地球が上回っていた。

 

「コハクちゃんは美人さんだったし、向こうの地球でも彼氏さんとか居たんじゃない?」

 

「「っ!?」」

 

次にユリカがコハクに異性関係を尋ねると、ルリとアキトがピクッと反応する。

 

「確かにお見合いの話は沢山きました‥‥でも、全部断っていたので、親しい異性は向こうの地球ではいませんでした」

 

コハクが向こうの地球で、彼氏は作らなかったと言うとルリもアキトもホッとしていた。

 

(コハクがもう一つの地球でどこの馬の骨か分からない男の人に初めてをささげていないのは嬉しいですが、確かにコハクは美人になった‥‥このままでは、この世界でもいずれ誰かに‥‥)

 

向こうの地球で異性と交流を持っていなかったことに安心したが、こっちの地球でもいずれ、コハクは誰かと交際するかもしれない。

 

(今なら、ミスマル司令の気持ちが何か分かる気がします)

 

あの親バカの代名詞であるコウイチロウが何故、あそこまでユリカを大事にしていたのか、その気持ちが分かったような気がしたルリであった。

それはアキトも同じ気持ちだった。

 

(どこかの誰かにコハクの初めてがとられるくらいなら‥‥いっそ私がコハクの初めてを‥‥)

 

「っ!?」

 

ルリがちょっとやばい結論に至った時、コハクは思わず体をビクッと震わせる。

記憶喪失になる前、コハクとルリが肉体関係に近い関係になっていることはコハクとラピス以外、ここに居る者は知っているが、何分デリケートな部分なので、誰も触れなかったし、そうした場面の写真や画像、映像なんてある筈がなかった。

そのため、コハクが姉と思っているルリが心の中で獣めいた事を思っているのをコハクは知る由もなかった。

 

その後、アキトが手料理をわざわざ振舞ってくれて、コハクとしては久しぶりにアキトの手料理を食べることになったのだが、今のコハクはそれさえも今回が初めての様に感じた。

 

結局自分たちに会い、昔の写真や画像を見せるだけでは、コハクの記憶は元には戻らなかった。

 

「コハクちゃん」

 

「は、はい」

 

「例え、記憶が戻らなくても、コハクちゃんが私達の家族であることには変わりないからね」

 

「俺達はいつまでも待っているからね」

 

「はい‥‥ありがとうございます。テンカワさん」

 

記憶が戻らなくてもこうして自分を家族として迎えてくれる人がこの世界に居る。

それが分かっただけでも、コハクとしては砂漠でオアシスを見つけたような感覚だった。

コハクは笑みを浮かべ、アキトとユリカに礼を言った。

 

それから、コハクは自身の妹とされるラピスとコミュニケーションをとった。

ラピスは無表情な娘であったが、決して感情が欠落しているわけではなく、ルリの様に感情を表に出すのが不器用なだけだった。

コハクも突然、自分の妹であるラピスと最初はどう接すればいいのか戸惑う場面もあったが、関係はおおむね良好な関係を築くことができた。

 

「そういえば、ルリちゃん」

 

「はい?」

 

「ハーリー君もルリちゃんにとっては弟みたいな子だったよね?」

 

「えっ?ええ‥‥」

 

「それなら、コハクちゃんにとってもハーリー君は弟君なんじゃないかな?」

 

「え、ええ‥‥そうなりますね」

 

「じゃあ、ハーリー君にもコハクちゃんを紹介しないとね」

 

「‥‥」

 

ルリとしては一抹の不安があった。

確かにハーリーはルリにとっては弟の様な存在だ。

しかし、血は繋がっていない。

それはコハクも同様だ。

もしかしたら、コハクがハーリーに取られてしまうのではないだろうか?

ルリがそう考えていると、

 

「私には弟も居たんですか?」

 

「まぁ、ラピスちゃんみたいに血は繋がっていないけどね」

 

「そうなんですか‥‥でも、会えるのであれば会ってみたいです。その子は月には居ないんですか?」

 

ルリの心配をよそにコハクはハーリーに会う気満々であった。

 

「ハーリー君なら、お外で待っているから、呼べば来てくれると思うよ」

 

「そうなんですか?では、ぜひその、ハーリー君とも会ってみたいです」

 

「じゃあ、ハーリー君にも来てもらおう。ルリちゃん、お願い」

 

「わ、わかりました」

 

ユリカが、ハーリーの居場所をコハクに教えると、コハクはぜひ会ってみたいと言って、コハクとハーリーは早速、会うことになった。

ルリがコミュニケで外に居るハーリーと連絡をとり、彼にもここへ来てもらう事になった。

 

コハクの記憶喪失、そしていずれくるかもしれない異性との関係。

ルリの不安と心労はまだ続くことになる。

 

 

 

・・・・続く

 




以前、銀河の画像を見たいと言っていた方へ
アカウント名ステルス兄貴さんの画像ページにて閲覧可能です。よければどうぞ!


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第54話

更新です。


 

 

 

月にて、コハクはアキトとユリカと再会し、昔の思い出の写真や画像を見た。

しかし、今のコハクにはそのどれもこれも記憶にないモノばかりであった。

だが、アキトもユリカも記憶を失っていても、ルリ同様、コハクは自分たちの家族同然だと言ってくれた。

そして、ラピスもコハクには妹であると言って、コハクもラピスと交流をもった。

さらに、ハーリーのことも話した。

ルリにとって、ハーリーは弟の様な存在であり、ルリにとって弟であるならば、それはルリの妹であるコハクにとっても、ハーリーは弟の様な存在であることに当てはまる。

ユリカからハーリーの事を聞いて、コハクはハーリーに興味を持ち、彼に会いたいと頼んだ。

幸い、ハーリーはサブロウタと共に銀河の外で待っている。

ルリはコミュニケにて、ハーリーと連絡を取る。

 

「ハーリー君」

 

「は、はい」

 

「‥‥」

 

「艦長?」

 

「その‥‥不明艦の乗員があなたに会いたいみたいなので、来てください」

 

「えええっ!?」

 

面識もない人物が突然、自分と会いたいと言われ、思わず声を上げるハーリー。

 

「で、でも、どうして、不明艦の乗員が僕と‥‥?」

 

「それは後で話します。ともかく、来てください」

 

「は、はい」

 

急な呼び出しであるが、ルリからの頼みは断れないハーリーは銀河へと向かうことにした。

 

「どうした?ハーリー」

 

「艦長からなんですけど、なんか不明艦の乗員が僕に会いたいそうです」

 

「不明艦の乗員が?‥‥なんで?」

 

「さあ?」

 

サブロウタはどうして呼ばれたのかをハーリーに訊ね、ハーリーはルリから受けた指示をそのまま伝える。

ハーリー自身、なんで不明艦の乗員が自分に会いたがっているのかさえ分からない。

サブロウタも何故、ハーリーが呼ばれたのか気になり、彼についていく。

銀河のタラップでは、例のごとく、キュウパチがハーリーとサブロウタを待っていた。

 

「ゲッ、またコイツか‥‥」

 

「艦内ヲ勝手ニ歩キ回レタラ、困ルカラナ。シカシ、ヨバレタノハ、ハーリーとか言ウ奴一人ノハズだが?」

 

キュウパチは呼ばれたのはハーリー一人のはずなのだが、今、自分の前には二人いる。

どちらかがハーリーではないと言うことだ。

 

「ソレで、ハーリーはドッチダ?」

 

「あっ、僕です」

 

「ソウカ、ソレなら、お前はココに居ろ」

 

キュウパチはサブロウタにはこの場に残れという。

 

「ちょっ、それはないぜ。俺だけ仲間はずれかよ」

 

この場に一人だけ取り残されることに疎外感を感じるサブロウタ。

 

「ソレナラ、お前の上官ノ許可ヲ得ろ」

 

そこで、サブロウタはルリにコミュニケで自分もハーリーと一緒に行っても良いかと許可をもらう。

ルリももうこの際だから、サブロウタにコハクを会わせることにした。

火星でのサミットの席で、コハクとサブロウタと出会っている。

アキトとユリカ、ナデシコでの思い出でもコハクは記憶を取り戻すことはなかった。

しかし、それでもかつてのコハクと出会った人物と接すればもしかしたら、記憶が戻るかと思ったからだ。

 

「キュウパチ、サブロウタさんも連れて来てください」

 

「‥‥コハクは何とイッテイル?」

 

「ちょっと、待って下さい。確認してみます。こは‥‥ホシノ艦長」

 

「はい?」

 

「ハーリー君の他に、もう一人‥‥ホシノ艦長が昔、出会った人も来ています。その方は、ホシノ艦長の救助にも参加した方です。一緒に会ってもらえますか?」

 

「ええ、いいですよ」

 

ルリからサブロウタも通してよいかと言われ、コハクは快くそれを承諾した。

 

「ホシノ艦長からの許可は出ました」

 

「艦長カラノキョカガ出タノデアレバ、イイダロウ。ツイテこい」

 

キュウパチの案内の下、サブロウタとハーリーはコハクの下へと向かう。

ナデシコとは異なる宇宙戦艦の中が珍しいのか、ハーリーは通路を歩いている中、物珍しそうに辺りを見ていた。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

やがて、コハクの居る部屋へとたどり着き、扉が開く。

初対面の人間に対してハーリーが持った印象はそれぞれ異なっていたし反応も様々であった。

その中でも特に彼がコハクを眼前にしたときはなんとも形容しがたいものであった。

いや、逆に態度がはっきりしすぎていたとも言えるのかもしれない。

それはハーリーがルリに初めて出会った時以来、二度目の反応だった。

 

「えっと‥‥君がハーリー君?」

 

「は、はい!地球連合軍、マキビ・ハリ少尉であります!」

 

緊張しつつもハーリーはコハクに自己紹介をする。

 

「話はホシノ少佐から聞いているよ。よろしくね、ハーリー君」

 

穏静な口調と共に差し出された優美な手を握り返しながらも、ハーリーは自分の胸が高鳴るのを自覚した。

ハーリーはコハクの真紅の瞳とその容姿に惹きつけられ、目の前の女性から目が離せなくなっていた。

 

(この世で艦長と同じくらい綺麗な人がいるなんて信じられない‥‥)

 

少しずつ落ち着きを取り戻し始めたハーリーはコハクを観察して見てまずそう思った。

 

「初めまして、私は地球防衛軍中佐、ホシノ・コハクです」

 

「えっ?地球防衛軍?それにホシノって、艦長と同じファミリーネーム‥‥」

 

聞いたこともない組織の名前とルリと同じ苗字にハーリーは戸惑う。

 

「それを踏まえて、ハーリー君とサブロウタさんには、ホシノ艦長の事を話します」

 

ルリはハーリーとサブロウタにコハクの事を話した。

初めてのナデシコでルリはコハクと出会った。

ルリは当時11歳でナデシコのオペレーターを務め、その補佐役として義妹のコハクは10歳で木連との戦争に身を投じた。

地球と木連との和平後、火星で行われたサミットの後、コハクは草壁の暗殺を目的に単身で草壁の下に向かったが、逆に草壁率いる火星の後継者たちの手によって囚われの身となってしまった。

そして、夏に起きた草壁たち火星の後継者事件の終盤にて、草壁はボソンジャンプの研究データを新地球連合政府へ渡さないため、研究者ともども研究室を爆破した。

その研究室には遺跡の生体ユニットにされていたコハクも居た。

爆発に巻き込まれる寸前、コハクはボソンジャンプでどこかへと跳んだ。

その跳んだ先が、平行世界‥パラレルワールドと呼ばれる別次元にあるもう一つの地球だった。

コハクはもう一つの地球にある宇宙軍に入り、技術官となっていた。

そして、自らが設計した宇宙戦艦のテスト航海にて宇宙災害に巻き込まれ、この世界に戻ってきたのだという。

話を聞く限りではあまりにも突拍子もなく、漫画・アニメの様な話である。

しかし、この宇宙戦艦‥銀河の存在自体がコハクの話を何よりも証明している。

外見を見る限り、ルリよりも年上な印象を受けるがそれでも十分に若い。

戦争時の木連、宇宙軍にも若い艦長が多かったが、それはこの世界での話であり、もう一つの地球では分からないが、ナデシコ以上に強力な戦艦の艦長を務めているその事実だけでもコハクがすごい人物であるということが分かる。

しかし、それはあくまで経歴と外見的なことであり、ここから先の彼女の内面についてはハーリー自身の目で確かめるしかないのだが、第一印象は良好を通り越していたことだけは間違いない。

 

「やっぱり、あの時の嬢ちゃんか!久しぶりだな!」

 

ハーリーが恐らく憧憬であろう眼差しをコハクに向けていたその時、

サブロウタの声で現実へと引き戻される。

声をかけられたコハクは彼が一体誰なのかさっぱりわからない。

 

「えっと‥‥どこかでお会いしましたっけ?」

 

「おいおい、まさか俺だけ思い出されていないとか? 冷たいなぁ。火星では同じ釜の飯を食った仲じゃないか。それに突然、この戦艦で来た時、倒れていたのを助けたんだぜ」

 

「そういえば、サブロウタさんもあの時調査団に加わっていましたね」

 

それを聞いたルリもあの火星でのサミットでサブロウタが居たことを思い出した。

しかし、コハクの方は何か怪訝そうな顔でサブロウタを見ている。

 

「あ、あれ?もしかして、忘れちまったのか?まぁ、あの時と随分とイメチェンしちまったから、分からないのも無理はないが‥‥」

 

確かにあの火星でのサミットの時のサブロウタは、木連男子らしい、スポーツ刈りに白い詰め襟を着ていた。

反対に今は、髪の毛を伸ばし、更に色を染めて、まるでサーファーのようである。

もっとも、彼がこうなったのにもそれなりの理由はあるのだろう。

 

「サブロウタさん、今のコハクは記憶喪失となっているので、あのサミットの事も覚えていません」

 

「マジですか?」

 

「マジです」

 

「そ、そうなんですか‥‥」

 

まさか、記憶喪失となっていたなんてサブロウタにとっても予想外だった。

 

「色々とあったんだな、あんたも‥‥」

 

「?」

 

「ん?それじゃあ、艦長や大佐たちのことも忘れちまったのか?」

 

「は、はい‥‥テンカワさんとは家族で、その‥‥ホシノ少佐とは‥‥し、姉妹であることを聞きました」

 

「姉妹って‥‥えっと‥‥嬢ちゃんが艦長の姉さんってことになるのか?」

 

サブロウタはコハクとルリの身長と体系、年齢から、コハクが姉であると思った。

 

「いえ、姉は私です」

 

ルリは自分が姉であることを主張する。

 

「「えっ?」」

 

ルリの発言にハーリーとサブロウタは目を見開いて驚く。

 

「どうしたんですか?二人とも」

 

「えっ?あっ、いや‥‥」

 

「てっきり、艦長の方が妹さんだと思って‥‥」

 

「‥‥一応、聞きますが、何故そう思ったんです?」

 

ルリはちょっと顔を引き攣らせ、不機嫌そうに尋ねる。

 

「年齢もそうですが、背も胸もあるじゃないですか」

 

銀河で救助した際は人命救助ということで急いでいたため、じっくり見ることが出来なかったため、サブロウタがまじまじとコハクの身体を見ながら言う。

 

「‥‥」

 

サブロウタの指摘を受けて、ルリはコハクをチラッと見る。

確かにサブロウタの言う通り、今のコハクは年齢もそうだが、身長も胸の大きさもルリよりも大きい。

どうやら、向こうの地球の流れとこちらの地球の流れは少々異なっていた様だ。

その為、向こうの地球に居たコハクは今のルリよりも成長したのだ。

そして、最初のナデシコの航海でもルリは八ヶ月の間、チューリップに居たためなのか、それとも食生活か体質なのか、この時から胸の大きさではルリはコハクに負けていた。

 

「言われてみればそうですね‥‥ホシノ少佐、姉妹を変更しますか?」

 

コハクは自分が姉、妹をルリに変更するかと問う。

心なしか、彼女もサブロウタに便乗してニマッとした笑みを浮かべている。

 

「‥‥ああん?」

 

普段のルリからは考えられない様な顔と声でコハクとサブロウタを睨んできた。

ルリの一睨みにコハクはおろか、アキト、ユリカ、サブロウタ、ハーリーもビクッと体を震わせて、ラピスは首を傾げていた。

 

 

「えっと‥‥それで、ハーリー‥君?だっけ?」

 

「は、はい」

 

「ホシノ少佐から聞いたんだけど、君は少佐の弟って‥‥」

 

「そ、そうなんですか?艦長」

 

「そうですね。私はハーリー君を弟の様に思っています」

 

「弟‥‥」

 

(がんばれ、ハーリー‥‥)

 

弟の様な存在と言われてちょっと嬉しい反面、悲しくもあるハーリーだった。

 

「じゃあ、私にとってもハーリー君は弟ってことになるんだね」

 

「ま、まぁ、そうなりますね‥‥」

 

この際、仕方なく、ハーリーは妥協する感じで自分がコハクの弟であることを認める。

 

「そ、それなら、ねぇ、ハーリー君」

 

「は、はい」

 

「その‥‥ギュってしてみてもいい?」

 

「えっ?」

 

(な、なんだろう?ギュって‥‥?)

 

「ギュっ」の正体もわからないままハーリーは‥‥

 

「い、いいですよ」

 

と、コハクの申し出を了承した。

 

「それじゃあ‥‥」

 

コハクは一歩ハーリーに近付いて、ハーリーの後頭部に両腕を回し、ハーリーをギュッと抱きしめた。

 

「っ!?」

 

コハクから抱きしめられたハーリーは一瞬、何をされたのかわからなかったが、改めて事態を把握すると、自分はコハクに抱きしめられたのだと確認することが出来た。

しかも自分の顔がコハクの胸を押し付けているのだということが分かると、再び胸が高鳴り、顔が熱くなる。

その様子をみてルリとサブロウタは頬を赤く染める。

一方、ユリカは微笑ましい表情で見て、アキトは羨ましそうにハーリーを見ていた。

 

「こ、こ、コハクさん!?」

 

「ん?なに?ハーリー君」

 

「な、なぜこのようなことを?」

 

「ホシノ少佐の弟ならハーリー君は私の弟でもあるからね♪」

 

コハクはニッと笑ってハーリーを見る。

その顔を見てハーリーは顔を赤らめて俯いてしまう。

 

「オーイ、コハク、ちょっと来てクレ」

 

遠くでキュウパチの呼ぶ声が聞こえたのでコハクは、

 

「あっ、すみません、ちょっと行ってきます」

 

ハーリーから離れ軽く手を振りコハクはその場から去っていった。

 

 

コハクが部屋から出ていくと、

 

「‥‥目がハートになっているぞ、ハーリー」

 

サブロウタが早速ハーリーにジャブを入れる。

 

「な、何を言っているんですか!!ぼ、僕は突然あんなことをされて、お、驚いただけです!!」

 

サブロウタに茶化され反論するハーリー。

 

「でも鼻血が出ていますよ」

 

ルリが冷ややかに言う。

コハクに思いっきりハグされたことを少々根に持っている様子だ。

 

「か、艦長まで冗談はよしてくださいよぉ~」

 

否定するハーリーだが、

 

「ありゃ?ほんとにハーリー君、鼻血出ているよ。ボタンに鼻をぶつけちゃったのかな?」

 

「えっ?」

 

ユリカは指摘しながら、懐からコンパクトを出してハーリーに渡す。

ハーリーが鏡に映った自分の顔を見ると鼻から真赤な血が出ていた。

 

「「「「「‥‥‥」」」」」

 

テンカワ夫妻、ルリ、サブロウタ、ハーリーは暫し無言で気まずい空気が部屋中に漂った。

 

それから宇宙軍とコハクの間にて交渉が続けられ、銀河関する取引が行われ、以下のようなことが決定した。

 

・銀河が元の世界に戻れる方法を探し、戻れる場合にはラキシスを元の世界に返す。それまでの期間は宇宙軍に銀河を貸与する。

・銀河の人事権に関してはコハクにも発言権を認める。

 

宇宙軍はこの条件をのみ、銀河は宇宙軍所属となり、コハクも銀河艦長兼地球連合宇宙軍中佐の地位につくことになった。

しかし、コハクの記憶は未だに戻っていない‥‥

 

 

宇宙軍との取引を終え、銀河は本格的な技術調査のため、地球へと回航される事になった。

修理に関しては月のドックにて、行ったので、航行には問題ない。

銀河の地球への回航時、となりにはナデシコの姿もあった。

ナデシコは銀河を先導するかのように航行している。

銀河の方は、ナデシコを追い越さないように補助エンジンで航行している。

 

 

「それで、ハーリーよぉ」

 

「はい?なんですか?」

 

航行中、サブロウタはハーリーに声をかける。

 

「どうだった?」

 

「えっ?なにがですか?」

 

ハーリーは、サブロウタの意図がつかめずに首を傾げる。

 

「なに、かまととぶっているんだよ。あの美人艦長に思いっきりハグされたじゃねぇか」

 

「なっ!?」

 

サブロウタに言われて、彼が言わんとしたことを理解したハーリー。

 

「で?どうだった?あの別嬪さんに抱かれた感想は‥‥?」

 

サブロウタに訊ねられ、ハーリーはあの時の事を思い出す。

軍服越しではあるが、ルリとは異なる大きく柔らかい胸。

女性特有のいい匂いもした。

それを思い出すとまた自分の身体が熱くなる。

 

「えっと‥‥それは‥‥その‥‥」

 

ハーリーは茹でたタコのように顔を真っ赤にして俯く。

 

(お子様のハーリーにはまだ早かったな‥‥)

 

彼の態度を見て、宇宙軍の少尉と言う立場ながらもまだまだハーリーは初心な子供なのだと思った。

ルリ自身もコハクの熱烈なハグをしてもらったハーリーを羨んだが、そんなことで一々目くじらを立てるほど、人として‥‥姉として小さくはない。

 

銀河の艦橋では、コハクとキュウパチがこれから向かうもう一つの地球‥‥自分が生まれたとされる地球をモニター越しで見ていた。

 

「あの地球が‥‥私が生まれた地球‥‥」

 

「ソノヨウダナ。例エ、次元ガ違ッテも地球ハ、地球の様ダ」

 

銀河の艦橋にあるモニターには自分の知る地球‥銀河が生まれた地球と同じ青い星が映っていた。

目的位置である日本、神奈川県の横須賀にあるドックへ向かうため、着水し、東京湾を航行する銀河。

その様子を見て、ナデシコでは、

 

「やっぱり、あの艦は星の海よりも海上の方が何かしっくりきますね」

 

「そうですね、やはりあの形状だからでしょうか‥‥」

 

サブロウタがナデシコの後方を航行している銀河を見て、ポツリとつぶやき、ハーリーもそれに同意見の様だ。

銀河の原型となった宇宙戦艦ヤマトも第二次世界大戦中に撃沈された戦艦大和をベースに作られていたので、サブロウタが言うように銀河もまた海がよく似合っていた。

 

日本が夜になった頃、銀河とナデシコは夜陰に乗じて神奈川県のヨコスカ基地にあるヨコスカドックへと入渠する。

深夜にも関わらず、ドックにはネルガル、宇宙軍の幹部数名が銀河の到着を待っていた。

そして、ドックに入ってきた銀河の姿を見て、唖然とする者が多かった。

コウイチロウも緊張した面持ちで銀河を見ていた。

やがて、タラップが降ろされ、コハクが降りてくる。

銀河もそうだが、成長したコハクの姿を見てその姿に見とれる者も居た。

 

「地球連合宇宙軍、総司令官のミスマル・コウイチロウだ」

 

「地球防衛軍、宇宙戦艦銀河、艦長のホシノ・コハクです」

 

たがいに敬礼しながら、名を名乗るコウイチロウとコハク。

 

「我が宇宙軍は、戦艦銀河、及びホシノ艦長を歓迎いたします」

 

「はい‥‥ありがとうございます。ミスマル総司令」

 

宇宙軍の責任者であるコウイチロウとあいさつを終えた次は、銀河が借りる宿主であるネルガル重工の会長、アカツキがコハクの前に出る。

 

「やあ、コハク君。久しぶり」

 

「えっと‥‥」

 

突然、親しそうにあいさつをしてくるアカツキに困惑するコハク。

自分は記憶喪失になる前、このロン毛の男性とどんな関係だったのだろうか?

 

「ああ、失礼、確か君は記憶喪失だったね」

 

「え、ええ‥‥」

 

「では、教えよう。記憶を失う前、君は僕のモノだったんだよ」

 

「えっ?えっ?‥ええぇぇぇぇぇー!!」

 

コハクはいきなり、アカツキから記憶喪失前は『僕のモノ』と言われて混乱する。

 

(えっ?えっ?『僕のモノ』?それって‥‥)

 

コハクは記憶を失う前、自分とアカツキは恋仲だったのかと勘繰る。

 

「何か勘違いしているようだけど、保護者ってことよ」

 

エリナが訂正するようにコハクへ伝える。

流石にネルガルの所有物だったとは言えない。

 

「そ、そうなんですか‥‥ん?でも、ワタシノ家族はテンカワさんたちじゃあ‥‥?」

 

「テンカワ君たちに引き取られる前にアナタはネルガルで保護されていたのよ」

 

「な、なるほど‥‥」

 

エリナの説明を受けて納得するコハク。

 

「それで、銀河の詳しい技術調査は日が昇ってからにして、今日はもう休んではどうかな?こんなこともあろうかと、近くのホテルの部屋をとってあるよ」

 

アカツキはドックの近くのホテルを予約していた。

 

「えっ?寝泊りなら、銀河の艦内でも構いませんのに‥‥」

 

コハクは寝泊りをするなら、銀河でも構わないというが、

 

「せっかくのご厚意ですから、ここはありがたく受けましょう」

 

ルリはアカツキが用意したホテルへと行こうと言う。

 

ルリの後押しもあり、ホテルへと行くことになったコハク。

 

アキト、ユリカ、ラピスの三人は同じ部屋に泊まる。

そして、チェックアウトの後は、自宅兼お店に戻るらしい。

コハクの方は、自分は一人部屋だと思っていたら、

 

「あっ、この部屋ですね」

 

「そ、そうだね‥‥」

 

何故かルリと同じ部屋だった。

ルリと同じ部屋と言うことで、ハーリーはなんか羨ましそうな目でコハクを見ていた。

 

(えっ?なんで?ホシノ少佐と同じ部屋何だろう?)

 

(そりゃあ、異性よりも同性の方がましかもしれないけど‥‥)

 

コハクは何故、自分はルリと同じ部屋に泊まるのか理解できないまま部屋へと入る。

時差ボケになり、眠れるのかと言う思いを抱きつつもまずは疲れを癒すためにお風呂に入った。

体を洗っていると、後ろの扉がガチャッと開く音がした。

コハクが後ろを振り返ってみると、そこには‥‥

 

「ほ、ホシノ少佐!?」

 

ルリは体にタオルを巻いて立っていた。

 

「しょ、少佐!?なんで‥‥!?」

 

「い、一緒に入った方が、時間の短縮になりますし‥‥」

 

「た、短縮?」

 

「そ、それよりも、背中や髪の毛、洗ってあげますよ」

 

「えっ?」

 

「あなたの髪の毛は長いから洗いにくいでしょう」

 

「えっ?ええ‥まぁ‥‥」

 

ルリはそういうが、実はコハク‥‥

自分の背中や髪は、髪の毛を手のような形にして洗っていたので、別に一人でも問題はなかった。

しかし、ルリはコハクのそんな事情など知る由もなかった。

それにルリはもう、衣類を脱いでいるので、そんな事を言うのもなんだか気が引けるので、コハクは黙っていた。

そして、ルリに背中と髪の毛を洗ってもらうことにした。

背中はともかく、髪の毛は長いので、ルリは心なしか洗いにくそうだった。

洗ってもらったので、コハクはルリの背中と髪の毛を洗ってあげた。

ルリの背中を洗っている中、

 

(綺麗な肌に綺麗な髪‥‥)

 

(でも‥‥とても、華奢な体‥‥)

 

自分も決して例外とは言えないが、ルリは今の自分よりも若い、16歳‥‥

その年で、艦長と言う役職についている。

自分の知る世界では、外宇宙からの侵略に晒させていた。

その為、地球防衛軍‥とくに宇宙戦艦の艦長となると乗員と地球人類の運命さえも背負うことになる。

責任は自然と重くなる。

 

(この世界での歴史はまだ知らないけど、少佐も重責に耐えてきたんだろうか‥‥?)

 

この小さな背中には少なくともナデシコの乗員の命がかかっているのだ。

彼女はその責任の重さに耐えられるのか?

そんな不安がコハクに過ぎった。

 

お風呂に入り、寝間着に着替え、歯磨きをして、互いにベッドに入る。

部屋の電気が消え、暗くなる。

お風呂に入る前は時差ぼけで眠れるかと思ったが、部屋が暗くなると、自然と眠気が押し寄せてくる。

ここ最近はずっと、緊張しっぱなしだったので、体は自分の知らないうちに疲労が蓄積していたのだろう。

眠気でウトウトしており、もうすぐで眠れそうだという時、ベッドに誰かが入ってきた。

 

「っ!?」

 

突然の侵入者の出現で眠気が一気に吹っ飛ぶ。

布団をめくると、そこにはやはり‥‥

 

「しょ、少佐!?」

 

寝る前、部屋にあるもう一つのベッドに入ったはずのルリの姿があった。

 

「ちょっ、何やっているんですか!?」

 

「‥‥何か問題でもあるんですか?」

 

ルリは首を傾げながら、この行為に何か問題があるのかとコハクに聞いてくる。

 

「いや。問題ありまくりでしょう!?」

 

「私たちは同性であり姉妹ですから問題はありません。それに昔はよくこうして一つのお布団で一緒に寝ていたんですよ」

 

(ほ、本当かな‥‥?)

 

この場にアキトかユリカが居れば、ルリの言っている事が事実かそうでないか分かるのだが、わざわざその確認のために二人を起こすのは申し訳ないので、この場はルリの言葉を信じることにした。

ルリはコハクの体に両手をまわして、ギュッと抱きしめる。

身長差があるため、コハクが言ったように妹が姉に抱き着いているかのような構図となる。

 

「‥‥」

 

コハクもルリの体をギュッと抱きしめる。

二人は互いに互いの温もりを感じながら眠りについた。

ルリに抱かれ、コハクは彼女の温もりをなんだか懐かしくも思った。

 

 

翌日から、ネルガル、宇宙軍の技師の立会いの下、銀河の本格的な技術調査が行われることになった。

しかし、コハクはその前に銀河のメインコンピューターに記録されているガミラス、ガトランティス、暗黒星団帝国、ボラー連邦などの記録を消去した。

この地球で起こるか分からない外宇宙からの侵略者のデータで無用な混乱を避けるためだった。

だが、コハクのこの行為が後に大きな障害となることをこの時、彼女はまだ知る由もなかった。

 

ネルガル、宇宙軍の技師たちによる技術調査の結果はネルガル本社のアカツキと宇宙軍総司令のコウイチロウの下に届けられた。

 

「むぅ~‥‥やはり、あの銀河と言う戦艦の力は現在の我々の技術と戦力を凌駕しているな‥‥」

 

報告を受けて、コウイチロウは木連との戦争時、ネルガルが建造したナデシコの強力な火力、グラビティ・ブラストを初めて見た時と同じような感覚を思い出す。

銀河の艦首にもナデシコや他の宇宙艦艇同様の戦略砲、波動砲が装備されているとの報告を受けた。

まだ実際にその威力を見たことはないが、あれだけの戦艦の切り札ともいえる戦略砲なのだから、グラビティ・ブラストよりも威力があるのだろうと予測するコウイチロウだった。

 

一方、ネルガル本社にて、銀河の調査報告を受けたアカツキは、

 

「ハハハハハ‥‥なんてしろものだ。ハハハハハ‥‥・」

 

機嫌良さそうに報告書を見ていた。

 

「何がそんなに面白いの?」

 

そこへ、秘書のエリナがやってくる。

 

「これさ」

 

アカツキはエリナに銀河の調査報告書を手渡す。

 

「‥‥」

 

始めは何気ない感じで銀河の調査報告書に目を通していたエリナであるが段々と顔色が変わる。

 

「こ、これはっ!?」

 

「だろう?すごい、技術さ‥‥相転移エンジン、グラビティ・ブラスト‥‥あのボソンジャンプでさえ、旧時代の遺物にしてしまうほどの技術かもしれない」

 

「波動エンジン‥‥」

 

「そう、その波動エンジン‥‥ワープに波動砲‥‥その調査報告書に記載されていることが事実ならね」

 

「‥‥」

 

エリナはもう一度、報告書に目を通すと武者震いする。

アカツキの言うようにこの報告書に書かれている事が事実ならば、相転移エンジンやボソンジャンプなんて、過去のものになる。

この波動エンジンのライセンスを取得できれば、業績不振になっている会社の業績は一気にあがる。

反ネルガル企業を見返し、そして潰すことだって出来るかもしれない。

 

「コハク君‥‥やはり、君は我々に大いなる栄光をもたらす宝物だよ」

 

アカツキは調査報告書とコハクの写真を見ながら愉快そうに呟いた。

そう、それはまるで宇宙への大航海時代を予見したかのように‥‥

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第55話

更新です。


 

 

 

 

 

地球連合大学‥‥それは地球連合政府が設置した国際大学で、主に軍士官の育成を目的としている大学であり、木連との戦争中には初代ナデシコの艦長だったユリカ、副長だったジュンもこの大学を卒業している。

そして、ユリカは在学中、戦略シミュレーションで無敗を誇り、才色兼備の逸材として、大学卒業後は、宇宙軍に任官せずに、ネルガル重工にスカウトされてナデシコの艦長に就任した。

ジュンの場合も当時はユリカに対して恋愛感情を抱いており、彼女を追いかける形で、軍には任官せずに、ネルガルのスカウトに応じて、ナデシコの副長となった経緯がある。

その地球連合大学では、卒業を間近に控えている生徒たちはそれぞれ軍艦へ乗艦しての実地研修、司令部や基地にて、軍務研修を受けることになっていた。

木連との戦争時には、宇宙軍が幅を利かせており、地球連合大学の卒業生たちはそのほとんどが宇宙軍へ任官していた。

しかし、木連との戦争が終わり、統合軍が組織されてから、連合宇宙軍の他に連合空軍、連合陸軍、連合海軍はその規模を大きく収縮され、地球連合大学の卒業生たちも統合軍への任官が増えた。

特に統合軍は、今年の夏に草壁の反乱事件で統合軍は全体の三割に造反者を出したので、その穴埋めため、人材を必要としていた。

そんな、地球連合大学の通路を卒業間際の実地研修希望を書いた紙を手にした一人の学生が歩いていた。

 

「おーい!!ジーク!!」

 

その学生に通路の向こう側から、声をかける別の学生が居た。

 

「ん?ああ、アストルフォか‥‥」

 

声をかけた学生、アストルフォは一見、美少女と見紛う容姿をしているが、れっきとした男性であり、在学中は、入浴時間が特別にずらされたり、水泳の時間でも、プールサイドに居る際は、何故か身体にバスタオルを羽織ることが徹底されたりしていた。

そして、アストルフォが今声をかけた学生、ジークは大学に入ってから、アストルフォとはルームメイトであり、互いに親友の仲だった。

 

「ねぇ、もうすぐ、実地研修だけど、ジークはどこに行くのか決めた?」

 

「あ、ああ」

 

「たしか、ジークは艦長候補生だったよね?やっぱり、統合軍の宇宙戦艦に乗るの?」

 

「いや、俺は宇宙軍の方にした」

 

そう言って、彼はアストルフォに研修先についての希望調査票を見せる。

そこには確かに、

 

希望先 連合宇宙軍

コース 艦長候補生研修コース

氏名  ジーク・ブレストーン・ユグドミレニア 

 

と、書かれていた。

 

「ええぇっー!!どうして!?君の成績なら、宇宙軍じゃなくて、てっきり、統合軍の方に行くかと思ったのに‥‥」

 

「統合軍の方はどうも、派閥争いやらで、人付き合いがめんどい‥‥」

 

「確かに君はあまり人付き合いが得意じゃないもんね」

 

「そう言うアストルフォ、君はどうなんだ?」

 

「僕?僕は‥‥まぁ、成績がアレなんで、宇宙軍の方‥‥」

 

アストルフォは後頭部を掻きながら「たははは‥‥」と笑みを浮かべながら、自分の研修場所は統合軍ではなく、宇宙軍の方であることをジークに伝える。

統合軍は人材を多く欲しているが『誰でも』というモノではない。

成績不良や人格面に問題がある者はお断りと言う態度をとっている。

 

「操艦については、君は成績がよかったじゃないか」

 

「それだけしか取り柄がなかったからねぇ~僕は‥‥」

 

アストルフォは操艦技術に関しては一日の長があったが、その他の成績はどうも芳しくなく、留年ギリギリの成績だった。

その為、統合軍の方からはお断りの知らせを受けて、彼は宇宙軍の方への研修となった。

 

「まぁ、僕は統合軍だろうと宇宙軍だろうと気にしないし、むしろ、ジークと同じだから、嬉しいかな?」

 

「同じ宇宙軍と言っても研修する艦が同じとは限らなぞ」

 

「わかっているよ」

 

和気あいあいとしながら歩く二人の姿は一見すると恋人同士に見えるが、実際は同性同士‥‥腐った女子ならばきっと興奮するようなシチュエーションに見えただろう。

 

 

卒業間近の生徒たちがそれぞれ、実地研修が進められていく中、

一人の生徒が教官室で教官ともめていた。

 

「これはどういうことですか!?教官!!」

 

「どう?とは?」

 

「なぜ、自分の研修先がここなんですか!?」

 

バンっ!!と、デスクにたたきつけられた研修希望先の用紙には、

 

希望先 統合軍 第501ステルンクーゲル部隊

コース パイロット研修コース

氏名 アキレウス・オデュッセイア

 

と、書かれていた。

 

「何が不満なのかね?」

 

「自分は戦闘機部隊を希望したはずです!!それが何故!!ステルンクーゲルの部隊なんですか!?」

 

「オデュッセイア生徒、この時代に戦闘機なんて、もう時代遅れだよ」

 

教官は呆れたようにアキレウスに言う。

教官の言う通り、戦闘機は既に過去の時代の遺物となりつつあった。

かつて、陸の戦闘において、主力とされた戦車も人型機動兵器の登場により、その座を奪われることになった。

実際、初代ナデシコがナナフシ破壊作戦の際、木連がロシア、クルスク地方で廃棄された戦車を大量に鹵獲して、ナナフシの警備に当たらせていた。

戦車の大群を見た時、ユリカやジュンを始めとする大勢の乗組員が戦車の事をまるっきり知らなかった。

戦車の事を知っていたゴートは、「二世代前の陸上主力兵器」と戦車の事を知らないナデシコの乗員たちに説明していた。

戦争は兵器と科学力を進歩させる。

そしてそれは、陸はもとより、空にまで広がった。

木連との大戦中は、地球の第六、第五防衛ラインで活躍した戦闘機だったが、今日では、過去の遺物として引退していた。

その理由はクリムゾングループが開発をしたステルンクーゲルの登場が戦闘機引退へと追いやる結果となった。

大戦中は、まだ人型機動兵器はエステバリスや第三防衛ラインで使用されていたデルフィニウムぐらいで、どちらも動かすにはナノマシンを使ったIFSが必要だった。

このナノマシンを自らの体内に注入する行為は、軍でも毛嫌いする傾向があり、士官は自らの身体にナノマシンを注入する者は少なかった。

ジュンの場合は、ただ愛する者の為に行った珍しいケースである。

そう言ったこともあり、士官でパイロットを目指す者は大抵が戦闘機乗りとなっていた。

しかし、空軍の戦闘機の機動力と木連のバッタでは、機動性に大きな差があった。

やがて木連との戦争が終わり、クリムゾングループがナノマシン処理をしなくても動かせる人型機動兵器を開発すると、戦闘機はあっという間にステルンクーゲルにその座を奪われた。

その他にも大戦中よりもエステバリスの性能やバッテリーの出力が上がったことも戦闘機を引退に追いやる要因の一つでもあった。

以降、戦闘機乗りは消滅し、軍で飛行機のパイロットとなるとせいぜい輸送機のパイロットぐらいになった。

それは統合軍により、宇宙軍同様規模が収縮された連合空軍も同じで戦闘機からステルンクーゲルかエステバリスが配備されていた。

 

アキレウスの家は代々、戦闘機乗りの軍人家系の家だった。

自分も任官する際は戦闘機乗りを目指していたのだが、蓋を開けてみればすでに戦闘機は廃止され、機械人形が戦闘機の代わりとなっている。

自分はあくまでも戦闘機に乗りたいのに、研修地はその機械人形の部隊‥‥

空に対する強いこだわりのある彼にとって、今回の研修地は納得できない決定だった。

 

「しかし、飛行機乗りとなると、輸送機のパイロットコースぐらいしかないぞ」

 

「‥‥」

 

アキレウスにとって飛行機は飛行機でも、カモの様にのんびりと決まったコースを飛んでいるだけの輸送機も御免だった。

贅沢と言えば贅沢であるが、代々先祖から受け継いできた誇りも自分の代で終わるのかと半ば自棄になりつつあった。

そんな彼と教官のやり取りをある人物がジッと見ていた。

 

「くそっ!!」

 

通路の隅で思わず壁を強くたたくアキレウス。

 

「あんな、機械人形が空の守護者だと‥‥」

 

研修地の決定に不満を零していると、

 

「随分と荒れているわね」

 

「あん?」

 

アキレウスが振り返ると、そこには、軍帽を被った白いロングコート状の軍服を纏った女性士官が居た。

 

 

それから幾日が過ぎ、卒業を控えた学生たちは、それぞれの研修地へと赴いた‥‥

 

 

 

 

歴史はまた繰り返す

 

 

人の思い

 

 

たくらみ

 

 

悲しみ

 

 

それは

 

 

この宇宙でも同じこと‥‥

 

西暦2201年 10月 軍用空港・宇宙船滑走路

 

今ここから飛び立とうとする1機のシャトルがあった。

 

「「がんばれよー!!」」

 

シャトルに向けてかけられる声援。

そのシャトルの窓から、声援を送る者たちに手を振って答える若者がいた。

 

 

地球の静止衛星軌道上 ナデシコB 艦橋

 

地球連合大学のカリキュラムのため、艦長候補生の訓練学生を待つナデシコB。

訓練を行う学生が来るまで、座席で本を読んでいるナデシコ艦長のルリ。

両足をコンソールの上に投げ出している、ナデシコ副長のサブロウタ。

そして真面目に仕事をしている、副長補佐のハーリー。

 

「もうすぐですね、訓練航海」

 

「ええ」

 

「どんな人が、来るんでしょうか?」

 

「さぁな、どんな奴だろうと、俺たちには関係ないさ。 そのまま配属されるっていうなら別だけどな」

 

「それは、そうですけど‥‥でも、やっぱり、気になるじゃないですか。 訓練とはいえ、一応僕らを指揮するんですから」

 

「そりゃそうだ。でもな、それを採点し、指導するのは俺たちだぜ。 まぁ、せいぜい私情を挟まないように注意することですな、マキビ・ハリ少尉」

 

「そ、そんなこと、言われなくてもわかっています!!」

 

サブロウタの指摘にふて腐れるように答えるハーリー。

 

「なら、いいがよ。お前は任務中でもちょこちょこ私情を挟んでいるからなぁ‥‥」

 

「いつ、僕が私情を挟みました?!」

 

ムキになるハーリーをまるで楽しむかのように話すサブロウタ。

 

「いつも挟んでいるじゃないか。例えば、艦長や愛しのお姉様の事となると‥‥」

 

「な、何てこと言うんですか!?い、い、いつ、ぼ、僕が艦長やコハクさんの事で私情を挟みました!?そんな事ありませんからね!!艦長!!」

 

「なに、慌てているんだよ?ハーリー」

 

サブロウタとハーリーのやりとりを見ていた、ブリッジ要員たちは、いつもの事とはいえ笑いを押さえるのに必死だった。  

ルリも本を読んでいるふりをしながら、笑いを噛み殺していた。

 

先程、軍用空港から飛び立ったシャトルの目の前には白を基本とした一隻の宇宙戦艦がいた。

その形状は統合軍、宇宙軍で正式採用しているリアトリス級戦艦や木連型の戦艦と異なる独特のシルエットをしていた。

連合宇宙軍第四艦隊所属、訓練戦艦≪ナデシコB≫。

そのナデシコBにシャトルは収容された。

 

「お待ちしておりました。ようこそナデシコBへ」

 

シャトルを降りた学生を出迎えたのは金縁めがねに口の上に少しヒゲをたくわえた、いかにもサラリーマン風の男だった。

 

「お出迎えありがとうございます。地球連合大学、訓練生のジーク・プレストーン・ユグドミレニアです。暫くお世話になります」

 

敬礼をしながら挨拶をする訓練学生のジーク。

 

「私はネルガル重工・社員 プロスペクターと申します」

 

訓練生ながらも、長年の癖なのか、プロスペクターはジークに名刺を手渡す。

 

「は、はい」

 

「ご承知のように、このナデシコBは我がネルガル重工が建造したナデシコ級第二世代型の宇宙戦艦でして、この度の訓練航海を私共もお手伝いすることになりました、はい。 では、まずブリッジの方にご案内いたします。ささ、どうぞこちらへ」

 

ブリッジに向けて歩く2人。

 

「あ、あの‥‥」

 

「はい?なんでしょう?」

 

「プロスペクターって本名ですか?」

 

名刺にも本名は書かれておらず名前の部分には『プロスペクター』と書かれている。

 

「いえ、いえ。まぁ‥‥ペンネームだと思っていただければ‥はい」

 

「ぺ、ペンネーム‥‥?」

 

(サラリーマンなのにペンネーム?‥‥変わった会社だな‥‥)

 

「あぁー、それから私のことは気軽に『プロス』と呼んでいただければ‥‥皆さん、そう呼んでいらっしゃいますので‥はい‥‥」

 

得体の知れないプロスペクターに若干戸惑いながらも彼についていくジーク。

 

「そう言えば、ジークさんは日本語が上手いですなぁ~」

 

プロスペクターはジークの名前から、彼が日本人ではないにもかかわらず、日本語が堪能でなおかつ流暢であることに驚いていた。

 

「あっ、はい。中学の頃に日本の漫画・アニメを見てそこから日本語を勉強しました」

 

「ほぉ~それは、それは‥‥それならば、きっとこの艦のクルーともいい関係が築けると思いますよ。この艦にもアニメ・漫画が大好きな人が多いですからね」

 

「は、はぁ‥‥」

 

やがて、2人は艦橋まで辿り着く。

 

「ルリさん。艦長候補生の方をおつれしました」

 

「失礼します。この度、訓練航海をさせていただくことになりました。地球連合大学・艦長候補生のジーク・プレストーン・ユグドミレニアです。未熟者ではありますが、精一杯がんばりますのでよろしくおねがいします」

 

敬礼をしながら艦橋に居る乗員に着任の挨拶をするジーク。

そして、それを受けるように中央の席からゆっくりと立ち上がり、 ジークの前まで行く人影。

 

「連合宇宙軍少佐、ナデシコB艦長のホシノ・ルリです。 どうぞよろしく」

 

「はい!」

 

ルリとジークが挨拶をしていたその時艦内に警報が鳴り響いた。

 

「ボース粒子増大中!」

 

「前方に重力波反応を感知!所属不明艦隊ボソンアウト!」

 

「艦数は不明!」

 

「おやおや、いきなりですか。ここはひとつ、艦長候補生のお手並み拝見といきますか。」

 

まるで動じていないプロスペクター。

 

「ナデシコBのメインコンピューターには、既に艦長登録は済ませています。指示をお願いします。艦長」

 

「わかりました。総員戦闘配備!艦内警戒態勢はパターンAへ移行!」

 

「艦数を確認!前方にカトンボ級一隻を確認!それ以外の艦は見当たりません。」

 

「IFF(敵味方識別信号)はどうですか?」

 

「連合軍、統合軍どちらの信号にも該当しません!」

 

「了解。ナデシコはこのまま前進。 ディストーションフィールド出力最大!相手の反応を見ます。  だだし、エンジンはいつでも最大戦速が出せるようにしておいてください」

 

「了解。ナデシコ、発進」

 

カトンボに接近するナデシコ。

するとカトンボはナデシコへ向けてミサイルを発射した。

 

「カトンボよりミサイルの発射を確認!」

 

「所属不明艦を敵艦と確認!ミサイル、全弾装填!ナデシコ、最大戦速!取り舵10度!」

 

「了解!取り舵10度!‥‥取り舵10度ヨーソロー!」

 

「舵中央、右舷ミサイル発射管発射用意、目標前方カトンボ級」

 

「了解、右舷ミサイル発射管発射用意、目標前方カトンボ級」

 

「レーダーはこの近くの宙域索敵を!敵の増援か伏兵が何処かにいるはずです!!」

 

「了解」

 

「敵ミサイル、本艦右舷を通過」

 

「今度はこちらの番だ‥‥」

 

ナデシコとカトンボが平行に並んだ時、

 

「ミサイル撃ぇぇぇぇ!」

 

ジークが発射命令を出し、ミサイルが発射された。

ナデシコのミサイルはカトンボの側面と機関部に命中しカトンボは爆発した。

 

「後方に重力波反応!敵の増援です!!」

 

「戦力は!?」

 

「ヤンマ級二隻を確認しました!」

 

「接敵までの時間は?」

 

「およそ10分!」

 

「右舷、180度旋回、グラビティーブラストエネルギー充填」

 

「了解、グラビティーブラストエネルギー充填」

 

グラビティーブラスト発射のためエネルギーを充填し動きが鈍るナデシコ。

そこへミサイルを撃ちながら接近する二隻のヤンマ級。

しかしジークは最小限の回避行動と多少のダメージを受けながらもその時を待った。

 

「敵艦、グラビティーブラストの有効射程内に捕捉!」

 

「グラビティーブラスト発射!」

 

ナデシコから放たれた グラビティーブラストに包まれ、敵艦は消滅した。

 

「本艦の前方と後方に機動兵器出現!‥‥機種判明!エステバリス重武装フレームです!」

 

「面舵30、敵重武装フレームに本艦の側面を見せる形にしてください」

 

「了解」

 

「艦長まもなく敵搭載兵器の射程内になります回避か迎撃行動を‥‥」

 

「小型機動兵器相手に戦艦では不利です。敵をミサイルの必中距離まで引き付けます!」

 

「敵重武装フレーム尚も接近!」

 

「ミサイル弾幕展開!下げ舵15度!」

 

下方に移動しながら左右両舷からミサイルを放つナデシコ。

そしてそのミサイル攻撃を受け、爆発する敵エステバリス。

 

「敵反応消滅!」

 

「敵部隊の全滅を確認」

 

ハーリーが敵部隊の全滅を確認するとブリッジに『訓練終了、お疲れ様』と書かれた空間ウィンドウが表示される。

 

こうしてジークの最初の戦闘訓練は無事終了した。

 

「オモイカネの総合評価でました。92点です。」

 

「ほー。いやいや、こりゃすごい。 訓練レベルAAAでこれだけの高得点をだすとは。参りましたな、こりゃ。」

 

「ほんと、たまげたね。」

 

「一発合格はうちの艦長ぐらいですよ。」

 

「ハーリーくん、やめて。」

 

「そうそう、ナデシコ現艦長のルリさんとナデシコ初代艦長のミスマル‥‥ いやいやテンカワ・ユリカさんだけですかな?」

 

「いえ、これでも結構必死でした」

 

額に浮かんだ汗を拭いながらジークは言う。

 

「またまた、ご謙遜を。それはそうと、皆さまと紹介がまだ終わっていませんでしたな」

 

「ナデシコB・副長、タカスギ・サブロウタ大尉。ヨ・ロ・シ・ク」

 

「よろしくお願いします。タカスギ大尉」

 

「ナデシコB・副長補佐、マキビ・ハリ少尉です」

 

「よろしく」

 

「とりあえず、訓練中は私が艦長補佐をつとめます。 サブロウタさんとハーリー君の役職は変わりません」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「それで、ひとつ質問します。艦長にとって最も必要な条件は何だと思いますか?」

 

「的確な判断力だと思います」

 

「それじゃー、俺も質問その2!絶体絶命のピンチを切り抜ける場合、頼りになるものは?」

 

「信頼におけるクルーの助言」

 

「えーと、うちの艦長‥‥じゃなくてホシノ少佐の愛称は、 《電子の妖精》と《史上最年少の美人美少女艦長》のどちらが良いと思いますか?」

 

「え?」

 

ハーリーの質問にジークは唖然とする。

連合大学でもホシノ・ルリについては学生たちの憧れの的だった。

しかし、ジークの場合、そう言ったことにはあまり関心がなかった。

 

「お、お前、初対面の相手に何いってんだよ~。すいません、こいつホシノ少佐にベッタリなもんで‥‥」

 

サブロウタが愛想笑いを浮かべながら、ハーリーを指さす。

 

「ち、違いますよ!ちゃんとした、心理分析的質問です‥‥」

 

照れ隠しするかのように声をあげるハーリー。

 

「えっと‥‥では、《電子の妖精》で‥‥あの夏に起きた草壁春樹率いる火星の後継者の鎮圧にあたっては、ホシノ少佐の活躍が大きかったと聞きました。それは少佐が遺跡のシステムを瞬時に掌握したので、ホシノ少佐の愛称は、やはり《電子の妖精》ではないかと‥‥」

 

「はいはい、皆さん質問はそのくらいで。 ただし艦長に対するクルーの支持率も重要な採点の要素になりますから、 そのつもりでいてください。 クルーの信頼なくして優秀な艦長はありえませんからねぇ」

 

『オイ! 模擬戦闘もう終わりかー? なんだよ、俺達の出番は無しかよー』

 

『せっかく準備していたのにねー』

 

『銭湯終わって、今日は風呂無し。へへへ‥‥』

 

次々とパイロットスーツをきた女性たちが写った空間ウィンドウが開く。

それは、スバル=リョーコ アマノ=ヒカル マキ=イズミのパイロット3人組である。

 

「おお、ちょうどよかった。 彼女たちは、エステバリス隊のパイロットの皆さんですが、 見学がてら格納庫に行ってみてはどうですか?」

 

「ええ、そうします」

 

格納庫へ行こうとブリッジを出ようとしたところで、ジークは何かを思い出すかのように足を止めた。

 

「あの~すみません。格納庫に行く前に一つ質問があるんですけど‥‥」

 

「なんでしょう?」

 

「‥‥格納庫へはどうやって行けばいいのでしょう‥‥?」

 

まだナデシコに着任したばかりのジークは格納庫への道筋を知らなかった。

シャトルで来た時は格納庫ではなく、接舷用のハッチからシャトルとナデシコをドッキングさせて、そこからナデシコへと乗り込んでいた。

それから、プロスペクターの案内でナデシコの艦橋へとやってきて訓練を終えたばかりだ。

当然、ジークはナデシコの格納庫への道筋は知らなかった。

 

「おっと、これは失礼。では、まいりましょうか?」

 

「は、はい」

 

ジークはプロスペクターの案内の下ブリッジを後にして、格納庫へと向かった。

 

 

ナデシコB 格納庫

 

ジークが格納庫に着くとまず眼鏡をかけた男の人が挨拶をしてきた。

 

「おお、あんたか、艦長候補の訓練士官ってぇのは。俺が整備班班長のウリバタケ・セイヤだ。まぁ、メカニックのことなら何でも聞いてくれ」

 

「は、はい」

 

「おれはスバル・リョーコ、エステバリスのパイロットだ。よろしくな!」

 

「同じくパイロットのアマノ・ヒカルで~す」

 

「マキ‥‥イズミ‥‥です。よろしく‥‥」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「ところで、あんたもエステに乗るのかい?」

 

「はい。大学でもパイロットコースも受講していましたから、機体が補給されたらご一緒に飛ぶことになります」

 

「そりゃ頼もしいや‥‥でも、オレたちの足は引っ張らないでくれよな」

 

「は、はい」

 

「まぁまぁ、何はともあれ同じエステのパイロットでしょう?仲良くやろうよ」

 

「そりゃまあな‥‥」

 

『艦長。至急ブリッジまできてください。前方に重力波反応を感知、戦艦クラスです』

 

「わかりました」

 

ジークとプロスペクターは大急ぎでブリッジへと戻った。

 

 

ナデシコBブリッジ

 

「識別不能、艦隊数も不明です」

 

「不明艦発砲!攻撃来ます!」

 

「緊急回避!」

 

前方の不明艦から放たれたレーザーはナデシコBの横をギリギリの距離で通過した。

 

「あっぶねぇ~なぁ、おい!」

 

「どうやら相手は本気のようです。どうしますか艦長?」

 

「ホシノ少佐、これは明らかな敵対行動です!総員戦闘配備、艦内警戒パターンA」

 

「了解。総員戦闘配備、艦内警戒パターンAへ移行します」

 

「敵戦力の解析を急いでください!!」

 

「了解!!」

 

レーダーからの詳細データから敵の戦力はヤンマ級一、カトンボ級一の計二隻と判明した。

ジークは敵艦とナデシコの位置情報が表示された空間ウィンドウを見て指示を出す。

 

「マキビ少尉、ナデシコをカトンボ級の側面へ移動させてください」

 

「カトンボの側面ですか?」

 

「はい。ヤンマ級はグラビティーブラストを搭載しています。このまま敵艦の正面に居れば敵のグラビティーブラストを受ける恐れがあります。ならばまずはそれを封じる様にします」

 

ジークはコンソールを操作してナデシコの針路状況を艦橋要員に伝える。

 

「このようにカトンボ級を盾にするように動けば敵は同士討ちを避けるためグラビティーブラストは撃てません。反対にこちらはここからグラビティーブラストを撃てば敵を沈めることが出来ます」

 

「了解。直ちに作戦を実行します」

 

ナデシコはジークの作戦通りまずカトンボの側面に移動し、そこからグラビティーブラストを発射、カトンボ級は撃沈できたが、ヤンマ級はフィールドを張っていたため、一撃で沈めることは出来なかったが、グラビティーブラストをはじめとする火器管制に異常が出たらしく、ナデシコはヤンマ級の側面をすり抜けながらミサイル攻撃を行いヤンマ級も撃沈し、全速で戦闘宙域を離脱した。

 

「いったいどういう事でしょう‥‥?」

 

安全宙域へ退避したナデシコでは先程の不明艦についてさまざまな憶測がとんだ。

訓練予定ではこの宙域には存在しないはずの艦隊だった。

 

「ありゃあ木連のヤンマ級戦艦だぜ」

 

「明らかに目的を持って攻撃してきたとしか思えません」

 

「いやぁ、まずいですなぁ~‥‥もし、誤認だとしたら問題ですよ。なにしろ撃沈してしまったんですからねぇ~‥‥」

 

「でも識別信号は宇宙軍のものでも統合軍のものでもありませんでしたし、向こうがいきなり警告無しに発砲してきたんですよ」

 

「とにかく宇宙軍本部に連絡を入れてみましょう。ハーリー君よろしく」

 

「了解」

 

「最悪の場合始末書だけじゃすみませんよ」

 

「‥‥」

 

「仕方なかったんじゃないの?やらなきゃこっちがやられていたし‥‥」

 

「それにあのタイプの艦は無人艦ですから人的被害はありません」

 

「それがせめての救いです。保証金やら遺族へのお見舞金を考えるとゾッとします」

 

「宇宙軍本部。ミスマル総司令より通信です」

 

『諸君、緊急事態だ。君達が遭遇した艦隊は火星の後継者の残存部隊だと判明した』

 

コウイチロウからの口から意外な組織の名前が出された。

 

「いまさら何やらかそうって言うの?と言うか、連中に残存部隊なんかが居たのかよ‥‥」

 

「そうですよ‥‥その件はもう解決したはずじゃないですか」

 

その火星の後継者に残党が居たことにも驚いたが、首謀者である草壁春樹を始めとする火星の後継者は全員処刑された。

今更、連中は何がしたいのだろうか?

摘発からうまく逃れたのに、潜伏せずこうしてわずか二ヶ月で彼らは再び表舞台に出てきた。

彼らの目的は一体何なのだろうか?

 

『彼らにしてみればまだ終わってはいなかったと言うことだ。現に地球連合政府と統合軍宛に宣戦布告状が届いておる。今そちらにデータを送ろう』

 

宇宙軍本部から転送されたデータを再生すると、火星のマークが書かれたウィンドウをバックに1人の男が演説をしている映像が流れた。

 

『今、この宇宙は偽りの正義と秩序のもたらす悪しき呪縛により腐敗しきっている!我々、火星の後継者は草壁中将の意思を継ぎ、真の正義と秩序を復活させるため、新地球連合及び統合軍に対し、ここに再び宣戦を布告するものである!』

 

この男の発言から、草壁の敵討ちのようにも聞こえた。

 

「初志貫徹、信念は宇宙をも貫く、ですか‥‥?」

 

『南雲義政、木連出身の元統合軍中佐。火星の後継者では草壁、シンジョウに続くナンバー3だった男だ』

 

氏名:南雲 義政

性別:男性

年齢:30歳

身長:178cm

体重:68kg

出身地:木星連合

所属:統合軍第二艦隊

階級:中佐

 

コウイチロウは顔写真がついた南雲のプロフィールを出し説明する。

 

「でもなんで今頃になって‥‥」

 

『うむ、前回の決起の後行方不明になっていたのだが、どうやら水面下で動いていたようだ』

 

「統合軍の動きは?」

 

『特に脅威として見ておらんようだ。対応は宇宙軍に任せるといってきた』

 

「ったく、厄介ごとは全部こっちかよ」

 

『そこで君たちには敵艦隊の掃討作戦い就いてもらいたい。ただし極秘だ‥‥』

 

「連合政府としては事を公にしたくないというわけですな‥‥」

 

『うむ。したがって増援は望めないと思ってくれ。表向きはあくまで訓練航海という名目で作戦にあたってほしい‥‥ルリ君、艦長の補佐をよろしく頼むよ』

 

「わかりました」

 

『ではまず、ネルガルの月ドックで補給と整備を受けたまえ。健闘を祈る』

 

「なんとも急な展開になってしまいましたね」

 

「ホント訓練どころじゃないっすね」

 

サブロウタの言う通り、訓練開始からいきなり、火星の後継者の残党軍との戦いに巻き込まれてしまった。

今後も本格的に火星の後継者の残党軍との戦闘も予想されることから、艦長は訓練学生である自分よりも本来の艦長であるルリが執った方が良いと思ったのだが、ナデシコのメインコンピューターであるオモイカネは既に今回の訓練航海の為にチューンをしてしまったので、今から書き換えるにはかなりの時間がかかってしまう。

その為、ナデシコはジークが今後も指揮を執ることになった。

 

「それで、これからどうするんです?」

 

「まずは月ドックへと向いましょう。艦長指示を‥‥」

 

「了解、ナデシコB発進。目標、ネルガル月ドック」

 

クルーたちの不安を乗せながらもナデシコは月へと向った。

 

 

 




ではまた次回。


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第56話

更新です。


 

 

 

地球連合大学の卒業を間近に控えた士官候補生たちの実地研修の最中、火星の後継者の残党が突如、新地球連合政府と統合軍に対して宣戦布告を布告してきた。

しかし、当の統合軍は、火星の後継者の残党など、今更脅威とは思っておらず、討伐と鎮圧に関して、宇宙軍へと対応を任せた‥‥と言うよりも押し付けてきた。

連合宇宙軍総司令のミスマル・コウイチロウは、訓練航海中だったナデシコにもその対処に当たるように命令した。

ナデシコは地球連合大学の艦長候補生を乗せての訓練航海中で既に今回の航海のためにオモイカネは地球連合大学の艦長候補生である学生が艦長と言うことでプログラミングされており、書き換えるには時間がかかる。

だが、現状において時間がおしている中で無駄な時間を費やすわけにはいかない。

ルリ、サブロウタ、ハーリーのサポートを受けて、艦長候補生であるジーク・ブレストーン・ユグドミレニアはまだ学生ながらもこの火星の後継者の残党軍鎮圧のため、実戦に挑むことになった。

そして、ひとまず補給のため、月のドックへと向かうことになった。

 

月へと向うナデシコ、しかし月へと向う途中でもさまざまなアクシデントがあった。

月に向かう途中でチューリップを発見しそれを撃破。

地球本土防衛用の戦闘衛星が火星の後継者残党メカのヤドカリに寄生され危うく地球本土にミサイルが発射されそうになったのでそれを防いだり、哨戒中だった友軍の駆逐艦、カトレアが敵艦の襲撃を受け、航行不能に陥ったので、その救援に向ったりと、もはや訓練とは言えない程のアクシデントばかりであった。

そんなアクシデントを乗り越えようやく月へと到着したナデシコ。

 

「ネルガル月ドックからの、誘導システムを確認」

 

「ナデシコ、降下します」

 

ゆっくりと月に向かって降下するナデシコ。

その時、艦内に警報が鳴り響く。

 

「月面に重力波反応を感知!」

 

「敵艦か! なんで今までレーダーにかからなかったんだ!」

 

「わかりません。と、とにかく急に現れたんです!」

 

「待ち伏せ‥‥ですね」

 

「敵も簡単には補給させてくれませんねぇ~」

 

敵としても補給路を抑えるのは定石であり、当然その手を打ってきた。

 

「詮索は後です。艦内警戒態勢パターンCからAへ移行! 敵戦力の解析を急いでください!エステバリス隊はいつでも発進できるよう待機!」

「「「「了解!」」」」

 

ジークは学生ながらもまずは目の前の敵に対処するために指示を出す。

 

「敵戦力が判明。カトンボ級駆逐艦3隻、バッタが約30機です!」

 

索敵から判明した敵戦力をハーリーが報告する。

 

「結構な数ですな~‥‥どうします、艦長?」

 

プロスペクターがジークに意見を求める。

 

「確かにそれなりの戦力ですが、月ドックを落とすわりには、少ない気がするのですが‥‥」

 

敵戦力が表示されたウィンドウを見ながら考え込むジーク。

月にはネルガルのドックの他にも軍の基地が存在している。

そんな月をたったこれだけの兵力ではとても陥落することなんて不可能だ。

ナデシコが救援を求めれば、統合軍はともかく、宇宙軍の援軍ぐらいは見込める。

敵は何か策があることは十分考えられるが、どんな作戦を立てているのか分からない。

 

「私もそう思います。ですが、このまま放っておくわけにもいきません。とりあえず、クレーターに隠れて、敵を引き寄せた後、グラビディーブラストで一掃しましょう」

 

ルリ自身もジークと同じで敵戦力がたったのこれだけなのは妙だが、ひとまず目の前の敵を一掃することを進言する。

 

「っ!?ホシノ少佐今なんて?」

 

「えっ?敵を引き寄せた後、グラビディーブラストで‥‥」

 

「その前!」

 

「クレーターに隠れて‥‥っ!?」

 

ジークに指摘され何かに気づくルリ。

 

「ハーリー君、ドック周辺にあるクレーターの位置を出して!」

 

「は、はい」

 

ルリに言われて、ハーリーは月ドックを中心にメインスクリーンに月面の地図を映し出す。

 

「やっぱり‥‥」

 

「ええ、艦長の予想通りですね」

 

「「「?」」」

 

ジークとルリは敵の作戦がどんなものなのか大体の見当はついた。

 

「皆さん作戦が決まりました」

 

ジークはクルーを安心させる、あたたかい笑顔を見せながら作戦を説明した。

 

 

ナデシコはクレーターの一つにその身を隠した。

 

「カトンボ及びバッタ、真っ直ぐ月ドックに向け進撃。距離、本艦の前方百‥‥九十‥‥八十‥‥!」

 

ハーリーが敵の接近距離を読み上げ、ジークはタイミングを計り指示を出す。

 

「相転移エンジン始動!ナデシコ浮上と同時にエステバリス隊全機発進! グラビティーブラストチャージ及びディストーションフィールド展開!」

 

『待っていました!いくぜ、ヒカル!サブ!』

 

『はいはい』

 

『行ってきまーす!』

 

「皆さん、グラビディーブラストのエネルギーチャージ終了まで、敵を引き付けつつ射程内に追い込んで下さい!」

 

『わぁーてるよ!』

 

カトンボ級駆逐艦の前面に展開するバッタに向かって、攻撃をかける赤、黄のエステバリス・カスタムに青のスーパーエステバリス。

そして敵の存在を探知したのかそれにつられるように集結し、攻撃態勢をとるバッタ。

 

「グラビティーブラスト、チャージ完了!」

 

「エステバリス隊に退避命令!グラビディーブラスト発射準備!目標、前方敵艦隊!」

 

「エステバリス隊、待避完了しました。」

 

「グラビティーブラスト、発射!!」

 

「発射!」

 

グラビティーブラストを受け、消滅するカトンボとバッタ。

しかし僅かながらもバッタが射程内から外れていた。

ジークはエステバリス隊に残敵の掃討を指示する。

3機のエステバリスは意図も簡単に残ったバッタを殲滅した。

 

「そろそろだな‥‥全艦、浮上!虫型戦闘機、全機発進!」

 

クレーターから浮上した、木連型駆逐艦1隻とカトンボ2隻。

そして、その3艦から出撃する多数のバッタ。

 

「月基地は我々が占拠する。すみやかに月基地を明け渡せ!手向かうならば我々は攻撃も辞さん!」

 

敵駆逐艦の艦長からの通信を受け、ジークは表情を強張らす。

月基地を奴らに明け渡す気なんてある分けがないが、それを阻止するには相手を撃沈しなければならない。

撃沈‥‥すなわち相手を殺すということになる。

今まで相手にしてきたのは全て無人兵器‥‥だからこそジークは躊躇なく攻撃が出来たのだが、今回は人が乗っている艦を沈めなければならない。

 

(軍人と言う職につくということはいつか人を殺す‥‥自分ではわかっていたのに‥‥まさか、こんなにも早くその機会が回ってくるなんて‥‥)

 

ジークは顔には出さないが、震えながらもギュッと拳を作り必死に不安と恐怖に戦っていた。

 

(ここで俺が不安や躊躇すればクルーの安全を守れない‥‥逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ‥‥)

 

「艦長?」

 

ルリは先程の敵艦長の通信から様子がおかしいジークに声をかける。

 

「な、なんでしょう?」

 

「いえ、少し艦長の様子がおかしいので‥‥」

 

「だ、大丈夫です。ホシノ少佐」

 

不安を必死に隠しているが、ルリもなんとなく察したのだろう。

 

(ホシノ少佐だって、通ってきた道なんだ‥‥ここで逃げる訳にはいかない)

 

訓練航海でいきなり実戦に巻き込まれ、そして人を殺さなければならなくなった今回のこの状況。

普通の人ならば不安や恐怖が芽生えなければおかしいだろう。

 

「艦長、ここは私が指揮を執りましょうか?」

 

「‥‥いえ、現在のナデシコBの艦長は俺です。このまま私が指揮を続行します。マキビ少尉、グラビティーブラストチャージまで、後どのくらいかかりますか?」

 

「あと3分ほどかかります」

 

「了解!エステバリス隊は敵の迎撃に、イズミさんは狙撃による援護をお願いします!」

 

『漁船の船員さんに一言‥‥りょうかい?‥‥くくく‥‥』

 

「‥‥と、とにかく、お願いします(汗)」

 

リョウコ達のエステバリス隊は敵バッタに向かってラピットライフルや、イミディエットナイフで攻撃をかける。

イズミはレールカノンで遠距離から敵を狙撃し、援護する。

 

「グラビティーブラスト、チャージ完了!」

 

「エステバリス隊は退避!グラビティーブラスト発射!」

 

グラビティーブラストに包まれる敵艦隊。

 

「カトンボ級、撃破!木連型駆逐艦、大破!バッタは九割撃破しました」

 

遠距離とフィールドを張っていたおかげか木連型駆逐艦は月の表面に不時着した。

ジークは駆逐艦に降伏勧告を出し、駆逐艦側もこれを承諾したが、この降伏に不満な乗員の1人が木連起動兵器『マジン』でナデシコへ攻撃を仕掛けてきた。

しかし、大戦時は強力なマジンも機体の老朽化には逆らえず、エステバリス隊の攻撃で機関が暴走し、自滅するような形で爆発。

これにより月ドック攻防戦は火星の後継者側の敗北で終わった。

ナデシコが補給中、ジークはルリに軍人となり人を殺めることについてどう思っているかを聞き、ルリが軍人となった経緯を踏まえ、ルリの硬い信念を聞いて、自分ももう迷わないと硬く心に誓った。

 

 

ナデシコが月で補給中、地球では‥‥

 

オーストラリア 首都 キャンベラ クリムゾン本社ビル

 

クリムゾングループ‥‥反ネルガル企業の急先鋒で、木連との戦争後、ボソンジャンプの研究独占とナノマシンを使用せずに起動できるステルンクーゲルの開発で今ではネルガルを超える利益を生み出している地球有数の大企業。

その企業本社ビルにある重役専用の執務室に座る1人の女性。

デスクには音声のみの空間ウィンドウが表示され、通信で、誰かと話している。

 

『それで、計画の方は順調に進んでいるのかね?』

 

「ええ、問題無く‥‥火星の後継者も行動を開始しています‥‥」

 

『くれぐれも言っておくが、我が国はこの件に関して、一切無関係であるから、そのつもりで‥‥』

 

「どうぞご心配なく。あなた方の国が表立つことは、決してありません。‥‥ただ、成功した時の見返りは、きっちり頂きますわよ‥‥」

 

『わかっている‥‥』

 

会話が終わるのを見計らったかのように、切り出す秘書の男。

 

「ナデシコは月での補給を終え、ターミナルコロニー『コトシロ』に向かっている模様です」

 

「そう、じゃあ私たちもそろそろ準備しましょう。ターゲットは捕捉しているわね?」

 

「はい‥‥」

 

「おとなしく待ってなさい。イネス・フレサンジュ‥‥そしてE-01いえ、タケミナカタ・コハク‥‥」

 

そう言って彼女は、静かに笑った。

彼女の目の前にはイネスの顔写真と隠し撮りされた今のコハクの姿を映し出した空間ウィンドウがあった。

 

月にて補給を終えたナデシコはターミナルコロニーのコトシロへと向かう。

なぜ、ナデシコがコトシロへとむかっているのかというと、月ドックで補給中のナデシコに宇宙軍総司令のミスマル・コウイチロウが火星極冠遺跡にいるイネス・フレサンジュの保護を命令し、ナデシコはコトシロを経由して火星へと向っていた。

その途中、ネルガルシークレットサービス所属のゴート・ホーリーが乗った駆逐艦、サルビアが火星の後継者の襲撃に遭い、サルビアを救助した。

サルビアは、タグボートが月へと曳航することになったが、ゴートはナデシコへ乗艦し火星へ同行することになった。

 

「ターミナルコロニー『コトシロ』への進入経路に入ります」

 

「重力波反応を感知!敵艦です!」

 

「やはり、すんなりとは通してくれませんか‥‥」

 

「艦長、『コトシロ』は地球にもっとも近い、ターミナルコロニーの一つだ」

 

「わかっています。火星へのルートを確保するためにも、撃破しなければ‥‥」

 

「艦長、連合宇宙軍本部から通信です」

 

『ナデシコ、現状を報告してくれ』

 

コウイチロウからの通信にジークはナデシコの現状を報告する。

 

「現在『コトシロ』の進路上に、敵艦隊を確認しました」

 

『うむ、『ツキオミ』、『スクナヒコ』の、両コロニーでも戦闘が始まっている。現在、宇宙軍第三艦隊、及び第五艦隊が応戦している。 火星の後継者は、地球圏のコロニーを占拠するつもりらしい。 何としてでも阻止してくれたまえ」

 

「了解しました」

 

通信を終え、空間ウィンドウが閉じる。

 

「総員戦闘配備!艦内警戒態勢パターンA!各エステバリスのパイロットは、発進準備!」

 

ジークが艦内に戦闘準備の号令をかけ、クルー達は急ぎ戦闘配備につく。

 

「ほんじゃ、まあ、俺はエステバリスで待機します」

 

「おねがいします。場合によっては、私も後から行きます」

 

ブリッジを出て行くサブロウタ。

 

「ナデシコ、戦闘領域まで前進!」

 

「ナデシコ、前進します」

 

ナデシコは戦闘宙域へと突入した。

 

「敵戦力、判明しました。‥‥ヤンマ級戦艦3隻、積尸気(ししき)4機、 夜天光型が1機!コロニー守備隊と既に戦闘を行なっています」

 

『夜天光だって!あの、『北辰』の搭乗機か?!』

 

 ハーリーの通信を聞いたサブロウタが、叫ぶ。

 

「‥‥北辰?」

 

ジークは、『北辰』と聞いて首を傾げる。

どうやら、人の名前のようであるが、いったい誰なのか見当もつかない。

 

「北辰‥‥かつての木連代表だった草壁春樹直属の暗殺集団のリーダー‥‥A級ジャンパー誘拐の実行グループの隊長です」

 

ルリが辛そうに答える。

 

「その北辰はどうしたんですか?」

 

「火星での戦闘で死亡しています。遺体の方もちゃんと確認されています」

 

ハーリーは、ルリの気持ちを気遣って、そう答えた。

 

「と、いうことは、目の前の機体は同機種ですが、パイロットは別人ということですね?」

 

「おそらく‥‥」

 

しかし、影の部隊と言うことで、北辰が自分の影武者を用意していた可能性もあり、油断はならないと思うルリだった。

 

「‥‥本艦はコロニー守備隊を援護します。エステバリス隊、発進!ディストーションフィールド展開!ナデシコ、最大戦速!」

 

エステバリス隊を前面に展開し、コロニーへと接近するナデシコ。

 

一方、火星の後継者側では、

 

「‥‥遅い!」

 

「うわぁぁぁー!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁー!!」

 

夜天光は、錫杖型の槍で守備隊のエステバリス・量産型を次々と撃破。

さらに槍を投擲し、守備隊のリアトリス級戦艦をも沈める。

その強さは、見るからに圧倒的であり、鬼神のようでもあった。

その夜天光に乗るのは、今回の叛乱のリーダー、南雲義政。

決起の首謀者自ら、機動兵器に乗って戦場に出るのが、いかにも元木連の将校らしい。

その、南雲のもとに通信が入る。

 

『中佐、敵の援軍です!』

 

「なに?」

 

『中佐、補給物資の搬入、終了しました。』

 

「よし。補給艦隊は、ただちに戦線を離脱せよ。我々は、補給艦隊離脱の時間を稼ぐぞ」

 

援軍たる、ナデシコに向かおうとする、夜天光。

 

『お待ち下さい、中佐。ここは我らにお任せを。中佐は、補給艦隊と共に‥‥』

 

「しかし‥‥」

 

『中佐にもしもの事があれば、我らの願いが潰えてしまいます。ここは、どうかご自重を‥‥」

 

部下たちはここで万が一にも南雲を失うことになれば、自分たちはあっという間に瓦解してしまう。

地球との戦争はまだまだこれからなのだ。

その大事な戦いの序盤戦で、大切なリーダーを失うわけにはいかない。

 

「‥‥わかった。頼んだぞ」

『はっ!』

 

『おまかせください』

 

部下たちを残すことに後ろ髪を引かれる思いがあった南雲であるが、まだ自分たちの戦いはこれからなのだ。

ここで散るわけにはいかない。

それは南雲自身自覚していた。

彼は部下たちに任せて補給船団と共に戦線を離脱した。

 

 

ナデシコB ブリッジ

 

「夜天光、敵部隊の一部と共に戦場を離脱」

 

『どういうことだ?』

 

「目的は達した‥‥と、いうことでしょう。とにかく、まだ敵は残っています。目の前の敵に集中してください」

 

『わかった。』」

 

「新たに、重力波反応!‥‥前方に四連筒付木連式戦艦3隻を確認!」

 

『敵の援軍か‥‥』

 

「ナデシコは守備隊残存部隊と合流!残存艦と共四連筒付木連式戦艦の相手を!エステバリス隊はヤンマ及び積尸気を相手して下さい。ホシノ少佐、俺もエステバリスで出ます。後は、お願いします」

 

「了解。何かあったら連絡します」

 

ナデシコから発進するスーパーエステバリス。 

月での補給で、搬入された新しいフレームである。

近年開発採用された最新型のフレームで、固定武装として連射式キャノン砲、ミサイルポッドを持つ。

 

『コトシロ』で行われた戦闘の経緯は増援の四連筒付木連式戦艦部隊は、ナデシコと守備隊のリアトリス級戦艦のグラビティーブラストで撃破。

ヤンマ及び敵機動兵器も、ナデシコ所属のエステバリス隊と守備隊所属のエステバリス隊で撃破した。

 

『しかし、なんであの夜天光、途中で逃げやがったんだ?』

 

『さあね‥‥でも、あのままここにいられたら、どうなっていたか分からないのは、確実』

 

『うわぁー、久しぶりに見る、「シリアス・イズミ」ちゃんだ』

 

『‥‥と、とにかく、ナデシコに帰還しましょう。ホシノ少佐、戦闘配備を解除。被害状況を確認して下さい』

 

コロニー守備隊に僅かながらも被害を出したが、幸いナデシコや、エステバリスに然したる被害も無く、一路火星を目指すナデシコ。

 

「前方にターミナルコロニー『コトシロ』を確認」

 

「ディストーションフィールド、出力最大!」

 

「ルート確認。コトシロ、タヂカラ、ウズメを経由して火星へ!光学障壁展開」

 

「各員、最終チェック」

 

「通信回線閉鎖、生活ブロック準備完了」

 

「エネルギー系統、OK!」

 

「艦内警戒態勢、パターンBへ」

 

「フィールド出力も問題無し。その他まとめてオールOK!」

 

「フェルミオン=ボソン、変換順調」

 

「艦内異常無し」

 

徐々に、体内のナノマシンが輝きだすルリ。

 

「レベル上昇中」

 

「じゃんぷ」

 

ボソンジャンプするナデシコ。

が、しかし、

 

「艦長!ここは火星じゃありません!ターミナルコロニー『ウズメ』です!」

 

「ヒサゴプランにシステムバグが発生した為、ルートが変更されてしまったようです」

 

「誰かがヒサゴプランのメインシステムを、いじり回しているんですよ。エンジンにも異常な負荷がかかっています」

 

「その誰かって‥‥?」

 

「おそらく火星の後継者‥‥でしょうね」

 

「連中はヒサゴプランのシステム全体を、乗っ取るつもりなんでしょう」

 

「やばいじゃん。‥‥こりゃ、急がないと」

 

「もう一度『ウズメ』から、火星へジャンプできますか?」

 

「無理だと思います」

 

「システムに計算誤差が生じています。次は何処に飛ばされるかわかりませんよ」

 

「仕方ありません‥‥通常航行で火星を目指しましょう」

 

「そうですな。‥‥下手にジャンプして、これ以上エンジンに負荷をかける訳にいきませんからな」

 

(これが、例の波動エンジンならば、ここまでの事態にはならなかったのでしょうけど‥‥)

 

プロスペクターは、銀河に搭載されている波動エンジンならば、ターミナルコロニーを使用しなくても目的地である火星へもっと早く行けると口惜しんだ。

まだ波動エンジンの量産はネルガルでも整っていない。

せめて、ナデシコに波動エンジンが搭載されていれば、ここまで時間を惜しむこともなかっただろうと‥‥

 

「艦長、出来るだけ戦闘を避けて、火星へ直行しよう」

 

ナデシコは周囲を警戒しながら通常航行で火星へと目指した。

 

 

ただ強制ルート変更を受けたため、ナデシコのエンジンに無理な負荷がかかり、整備員がエンジンの総チェックを行っている。

ジーク自身も艦の状態が心配となり、エンジンルームへと様子を見に来た。

 

「エンジンの様子はどうですか?ウリバタケさん」

 

「おお、艦長。あんまり良くねぇな。やっぱりかなりエンジンに負荷がかかっているぜ」

 

「そうですか‥‥」

 

「まぁ、とりあえずやれるだけやってみる」

 

「ありがとうございます。それで、どのくらいで出発出来そうですか?」

 

「そうだなぁー、あと10分ってとこだな」

 

「なるべく早く、お願いします」

 

「ああ、何かあったら連絡するよ」

 

ここにいても何もやることが無いと判断したジークはブリッジに戻ることにした。

機関室から出るところで、ウリバタケが呼び止める。

 

「艦長、そう心配すんな。俺たちにまかせろ。俺たちは、整備と修理が仕事。あんたは、どうやって奴らと戦うか考えるのが仕事だろう?それに、あんたが心配すりゃーエンジンが直るわけじゃねぇんだからよ」

 

「そうですね‥‥修理作業、頑張ってください」

 

「おう」

 

ジークはウリバタケの言葉に笑顔で答え出ていく。

 

エンジンルームをはじめとし艦内の被害状況を直接目で確認し終え、ブリッジに戻ったジーク。

 

「艦長、エンジンはどうでした?」

 

ルリがジークにエンジンの状況を尋ねる。

 

「ええ、とりあえず10分後には出発出来そうです。ただし、エンジンを始め、あまりいい状況ではありませんね‥‥やはり、なるべく戦闘をさけて火星に向かいましょう」

 

「そうですね」

 

「マキビ少尉、レーダー監視を厳重にお願いします。出来るだけ、敵に見つからずに火星に着きたいので」

 

「は、はい!」

 

「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫。いつも通りやってもらえばいいんです」

 

「は、はい」

 

火星周辺に存在するアステロイドや戦争の爪あとの残骸の中を潜り抜けながら火星を目指すナデシコ。

そしてようやく火星宙域へと着いた。だが、予想通りというか、衛生軌道上に敵艦隊がいた。

 

「敵戦力、判明しました。」

 

「詳細は?」

 

「木連型駆逐艦4隻。両サイドから本艦を包囲しようとしている模様です。」

 

メインスクリーンに表示される敵の配置図。

 

「ウリバタケさん、エンジンの状況は?」

 

『今のところは大丈夫だ。連続で全力運転したり、グラビティーブラストを連射しなければな。』

 

ウリバタケの説明を聞き、頷いたジークは直ちに作戦を説明し、それを実行した。

 

「面舵20、目標右翼側木連駆逐艦群。エステバリス隊発進!」

 

ナデシコから発進する、エステバリス隊。

ジークが考えた作戦はまずナデシコに比較的近くにいる右翼側の駆逐艦群の主砲たるリニアアキャノンを封じることだった。

エンジンが不安定なナデシコにとってリニア方式で加速させた弾体は脅威であり、もしこれが機関部に被弾なんてすればナデシコは航行不能になりその後、敵駆逐艦からの集中砲火を浴びることになる。

そうなればいくらナデシコといえど撃沈は時間の問題となる。

ジークはエステバリスを中心とした時間差各個撃破戦法をとり、敵の包囲網を破った。

 

「後方に敵艦!敵の援軍です!」

 

「種別は!?」

 

「ヤンマ級です!数は3隻!」

 

「っ!エステバリス隊に帰還命令を!帰還後、このまま火星へ直進!」

 

「迎撃はしないんですか?」

 

「これ以上戦闘が長引けばこちらが不利です。エンジンが動けるうちに火星へ向います」

 

「了解」

 

大気圏突入の為、徐々に高度を下げるナデシコ。

 

「大気圏突入準備完了」

 

「ちょっと待った!フィールド出力が低下している!」

 

「あのヘンテコジャンプのせいですよ。出力モニター、イエローからレッド!」

 

『相転移エンジンにトラブル発生!』

 

「ナデシコ、エンジン出力低下!突入コースを外れて、火星に降下中!」

 

『エンジンに、異常振動を確認!このままだと爆発するぞ!』

 

「‥‥機関出力を上げて、突入コースを補正!」

 

『ちょっと待て、艦長!これ以上出力を上げると、本当にエンジンが爆発しちまうぞ!』

 

「エンジンはどのくらい保ちますか?」

 

『せいぜいもって15秒だ!それ以上はマジでヤバい!!』

 

「ギリギリまで推進継続!」

 

「カウントダウンします。15‥14‥13‥‥5‥4‥3‥2‥1‥‥総転移エンジン停止」

 

「突入角度補正完了!」

 

「総員、対ショック姿勢!各ブロック隔壁閉鎖!」

 

かなりの高速のまま、火星へと降下するナデシコ。

そのまま地表に不時着し、数百メートル滑った後ようやく停止した。

 

警報が流れる艦内。

ブリッジでは、皆シートベルトをしていたおかげで、投げ出された者はいないようだ。

その中、一瞬の気絶から目覚めるジーク。

 

「‥‥み、皆さん、怪我はないですか?」

 

「‥‥え、ええ、なんとか‥‥」

 

「‥‥俺も、大丈夫ッス」

 

「私も怪我はありません‥‥」

 

ブリッジの3人の無事を確認し ほっ、と胸をなで下ろすジーク。

そして、被害状況の確認と負傷者の救護、現在位置の確認を急がせる。

特に負傷者の救護を最優先させた。

そこにウリバタケから通信が入る。

まず、ウリバタケの様子を聞くジーク。

 

「ウリバタケさん、怪我はありませんか?」

 

『ああ、大丈夫だ。俺もコイツらもピンピンしているよ』

 

通信で話す限り、ウリバタケや整備犯のメンバーには怪我は無さそうだ。

 

「それで、エンジンはどんな状況です?」

 

『だめだな‥‥完全にイカレちまったよ‥‥エネルギー出力の臨界点を制御できねぇんだよ‥‥今、エンジンを動かしてみろ‥‥ナデシコはエンジンごとぶっとんじまうぞ!』

 

「修理は可能ですか?」

 

『難しいところだが‥‥とにかくやってみる』

 

「お願いします」

 

『わかった。‥‥時間があったらあとで機関室まで来てくれや』

 

通信を切り、ウリバタケたちはエンジンの修理に取り掛かる。

 

「ふぅ~‥‥マキビ少尉、ナデシコの現在位置はわかりましたか?」

 

次にナデシコの現在位置を知るためにハーリーにナデシコの現在位置を尋ねるが、

 

「だめです。レーダー故障のため、まだ現在位置の特定ができません」

 

レーダーの故障で現在位置の特定が不可能となっていた。

 

「艦長、エンジンとレーダー以外は特に被害はないッス」

 

「救護班より報告。負傷者も少数のようです」

 

「よかった‥‥ホシノ少佐、しばらくはここから動けそうにありません。おまけにレーダーも故障している。‥‥とにかく、手の空いている人に肉眼による周囲の監視をお願いしてください」

 

「了解」

 

エンジンの動かないナデシコ。

 

それは瀕死の狸同然。

 

さらに、レーダーまで故障している。

 

それは目も耳も塞がれ使えない状態

 

場所は、おそらく火星の後継者の勢力範囲。

 

地の利、数においても敵の絶対有利。

 

ナデシコは、かなり危険な状況へと追い込まれてしまった。

 

 

 




ではまた次回。


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第57話

更新です。


南雲義政率いる火星の後継者残党の討伐のため、艦長候補生のジークは火星へとやって来た。

しかし、これまでの戦闘でナデシコはボロボロの状態‥‥

火星には既に火星の後継者の残党軍が多数存在していると思われ、ナデシコは今、危機的状況に置かれていた。

傷ついたナデシコの艦内の状況を、自分の足で見て回るジーク。

わざわざ艦長自ら見回らなくてもブリッジに居れば各部署から報告がいくのでそれを聞くだけでよいのだが、ジーク本人としては自分の目で確かめたかったのだ。

まず医務室にいくとおでこに絆創膏を貼ったプロスペクターがいた。

 

「プロスさん。どこかケガでもしましたか?」

 

「いやいや、大したことはありません」

 

「でも、そのおでこ‥‥」

 

「着地の時、人とぶつかりましてね。でも大丈夫ですよ」

 

「それより艦長エンジンの具合はどうなんです?」

 

「あまり良くないらしいです。今ウリバタケさんが修理しています」

 

「弱りましたねぇ~‥‥ここまで来て足止めとは‥‥一刻も早く極冠遺跡に向わないと‥‥」

 

「そうですね」

 

その後、医務室にいる負傷者を見舞った後、艦内巡回を続けるジーク。

 

「リョーコさんはヒカルさんの下敷きになったけど、怪我は無かったようだし、ヒカルさんはそのおかげで怪我はしていない‥‥プロスさんとゴートさんは衝突のショックで互いにぶつかり合ったみたいだけど幸い軽傷‥‥ゴートさんはイネスさんと連絡を取りたいって言っていたけど今の状況じゃあ‥‥」

 

独り言を言いながら現状を確認し、食堂に向かうジーク。

 

「ホウメイさん、怪我はありませんでしたか?」

 

食堂に入りながら尋ねる。

しかし、ホウメイの姿は見えない。

 

「あれ?ホウメイさん?」

 

「はいよ」

 

厨房の方からホウメイの声が聞こえる。

 

「ホウメイさん、大丈夫でしたか?」

 

「ああ、あたしはなんともないさ。‥‥けどねー、ここがメチャクチャになってね。やっと、片づいたところさ」

 

結構無理な着陸のせいで厨房は滅茶苦茶になっていた。

床には食器や調理器具、食材、調味料がぶちまけられている。

 

「でも、怪我が無くてよかったですね」

 

「ああ‥‥しかし、艦長。あんた、わざわざ見て回っているのかい?」

 

「ええ、ジッとしてられなくって‥‥」

 

「ははは、あんたらしいねー」

 

「ああ、そうだ。イズミさん見ませんでしたか?」

 

「いいや、見てないよ。何かあったのかい?」

 

「ここにもきてないかぁ‥‥いえ、コミュニケで呼び出しても応答無いんで、怪我でもしたんじゃないかと思って‥‥」

 

「案外、どこかで寝ているんじゃないかい?あの人、結構変わり者だし」

 

冗談半分で言うホウメイ。

実際、ナデシコの最初の航海でも爆発するサツキミドリから脱出する際もツールボックスの中に入り、脱出した経験がある。

その他にもイネスの『なぜなにナデシコ』の放送回では目を開けたまま寝ていたこともあった。

 

「はは、いくらイズミさんでもそれは無いですよ」

 

その後一言二言話をして、食堂を離れる。

その足で機関室へ向かう途中、捜し人であるイズミに出会う。

 

「ああ、イズミさん。怪我はありませんか?」

 

「怪我?」

 

「ええ、火星に不時着してから、コミュニケで呼び出しても応答無いんで、大怪我でもしたんじゃないかと‥‥」

 

「ああ、寝ていたの。乗り越しね。お客さん終電ですよ‥‥」

 

そう言って立ち去るイズミ

 

「‥‥」

 

相変わらずイズミのギャグにはついていけないジークであった。

 

「本当に寝ていたんだ‥‥」

 

まさか、ホウメイが言っていた通り、本当に寝ていたとは思わなかったジークだった。

 

艦内巡回を一通り済ませたジークは機関室へとやって来た。

 

「ウリバタケさん。エンジンはどんな具合です?」

 

機関室では整備班総動員でエンジンに修理に取り掛かっていた。

 

「あんまりよくねぇなぁ~‥‥かなり無理させてきたんであっちこっちガタがきているよ」

 

「時間がかかりそうですね」

 

「ああ‥‥エンジンの交換パーツさえありゃ、もっと早くなおせるんだがな。」

 

「交換パーツですか‥‥」

 

「まぁ、無いもんをどうのこうの言ってもしかたねぇー。なんとか自作やそこらのパーツで補ってやってみるよ。‥‥ただし、時間はかかっちまうがな」

 

「とにかく、お願いします。俺に出来ることがあれば遠慮なく言ってください」

 

「その気持ちだけ受けとっとくよ。艦長」

 

『艦長、現在位置が判明しました。至急ブリッジに戻ってください』

 

「わかりました。今戻ります」

 

ハーリーの通信を聞き、ブリッジへと戻るジーク。

 

「お待たせしました。それでナデシコの現在地は?」

 

「はい、極冠遺跡から南に1200キロです。」

 

「旧ネルガル研究施設の近くですな。」

 

「研究施設?」

 

「ええ、そういえば艦長はご存じありませんでしたなぁ~‥‥初代ナデシコ‥‥その建造に大きくかかわった施設でしてねぇ。相転移エンジンや、ディストーションフィールド、グラビティーブラストを開発した施設です」

 

「それなら、そこにはナデシコの修理に必要な部品が残っている可能性は‥‥」

 

「ええ、あると思いますよ」

 

「まさか、それを取りに行くつもりですか?」

 

「ええ、修理を急ぐにはそれしか無いでしょう。このままでは、極冠遺跡にいつたどり着けるかわかりませんから。リョーコさん!」

 

リョーコとの空間ウィンドウが開く。

どうやら彼女はまだ、格納庫にいたらしい。   

 

「エステバリスの発進準備をしてください。ネルガル研究施設から、修理に必要なエンジンの部品やパーツを取ってきてもらいたいんです。詳しいことは、ウリバタケさんに聞いてください。」

 

『よし、わかった!』

 

『ちょうど退屈していたところだしね』

 

『寝起きの一仕事‥‥』

 

「じゃー、俺も行ってきます。艦長」

 

「お願いします‥‥研究所の正確な位置はわかりますか?」

 

「レーダー及びセンサーがまだ完全な状態じゃないんですよ‥‥」

 

たしかにセンサーを作動させると画面がブレたり、砂嵐で乱れたりする。

 

「だいたいこのあたりだったと記憶しておるのですが‥‥」

 

プロスペクターが火星の地図を広げ、ナデシコから北の方角を指す。

 

「いや、確かこっちの筈だが‥‥」

 

しかし、ゴートは西の方角を指す。

 

「いったい、どっちなんです?」

 

「とにかくエステバリス隊に捜索してもらいましょう。サブロウタさん、今の二カ所を重点的に捜索してください」

 

「了解!」

 

『エステバリス隊、発進するぜ!』

 

「お願いします」

 

「リョーコさん、移動距離にくれぐれも注意してください。」

 

『なんでだよ?』

 

「まだ、重力波エネルギーの供給が不安定なんですよ。」

 

「あんまり遠くまで行くと、帰ってこれなくなりますよ」

 

『まったく、仕えねぇなぁ‥‥了解‥‥』

 

エステバリス隊が発進してから暫くしてリョーコから通信が入った。

 

『ナデシコ、研究施設を発見したぜ!これから中に入る』

 

「了解。リョーコさん、注意してください」 

 

『わぁーてるよ』

 

その通信を最後に四機のエステバリスのエコーが消えた。

おそらく研究所の奥に入ったためであろう。

ジーク達は四人の無事を祈るしかなかった。

 

研究所へと入った四人は交換パーツを探し始めたが、そこにはコンピューターを乗っ取られたエステバリスやバッタ、ジョロがウヨウヨいたが、そこはエース揃いのパイロット達、敵を撃破しながら無事交換パーツを入手し無事ナデシコへと帰還した。

 

リョーコ達が研究施設から持ち帰った部品でエンジンの修理が終わりナデシコは針路を北に向け、一路極冠遺跡へと急いだ。

 

火星の後継者残党軍と戦っているのはナデシコ一隻だけではない。

統合軍司令部より、火星の後継者残党の掃討は今現在すべての宇宙軍が担当しており、火星の各地及び周辺宙域では火星の後継者残党軍と宇宙軍との戦闘が幾つも起こっていた。

 

「ナデシコ針路上に複数の重力波反応を感知、味方艦が敵と交戦中のようです!!」

 

「敵艦より通信入ります!発信源は‥‥渓谷の北側‥‥っ!?夜天光からです!」

 

「アイツだ‥‥!コロニーにいたあの赤い奴だ!」

 

「アイツが南雲だったの!?」

 

「どうりで手強いと思ったぜ」

 

コロニーで鬼神のごとく暴れ回った敵の正体を知り、どこか納得するリョーコ達。

通信回線を開くとそこには火星の後継者残党軍指揮官南雲義政の姿があった。

 

『わたしは火星の後継者指揮官、南雲義政‥‥』

 

「こちらは地球連合宇宙軍第四艦隊所属訓練戦艦ナデシコB、艦長のジーク・ブレストーン・ユグドミレニアです」

 

『お会いできて光栄だよ、艦長。素晴らしい戦艦と有能な乗員をお持ちだ』

 

「それはどうも」

 

『敵ながらナデシコの活躍には常々感服している‥‥だが、ここから先へ通すわけにはいかん‥‥』

 

「そうでしょうね‥‥」

 

『ホシノ少佐‥‥貴女とは是非ともお手合わせを願いたいと思っていた‥‥舞台としては役不足だが、ここで決着をつける!』

 

南雲はナデシコに対し個人的な宣戦布告をし、通信を切った。

 

「どうやら一戦交える構えですな、どうします艦長?」

 

「受けて立ちます!総員戦闘配備!艦内警戒パターンA!」

 

艦内に警報が響き、クルー達は戦闘配置につく。

 

「敵戦力判明しました。木連駆逐艦五隻!夜天光一機!」

 

「どうやら味方艦はこの渓谷の東西に分断されているもようです」

 

渓谷の地図が表示され、敵艦と味方艦の配置を確認する。

 

「敵の数は‥‥駆逐艦『やらいぼし』に対して一隻‥‥リアトリス級戦艦『くらかげぼし』には二隻ついています」

 

「‥‥やっかいですな」

 

「二隻とも救出するのは難しいだろう」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

プロスペクターとゴートの指摘を受け、無言になるルリとジーク。

 

「味方艦にはエステバリスが搭載されていますか?」

 

「偵察用に駆逐艦にもリアトリス級戦艦にも数機ですが搭載されているはずです」

 

「‥‥では、作戦を説明します」

 

ジークはまず、西側にいるリアトリス級戦艦の救出のため西側から接近したが、渓谷の出入り口付近で、エステバリス隊を全機空戦フレームに換装させて出撃させた。

そしてエステバリス隊が向ったのは東側、味方駆逐艦がいる渓谷であった。

ジークはナデシコ本体でリアトリス級戦艦を救出させ、エステバリス隊で駆逐艦救助を命令したのだ。

 

『リョーコさん、多少距離がありますけど、なるべく急いでください!』

 

「わかっているよ。それより、そっちこそ遅れるなよ」

 

『ええ、かならず味方を救ってみせます』

 

「期待しているぜ、艦長」

 

エステバリス隊は渓谷の南から東へ逆時計方向で進んでいくが、その途中で敵の駆逐艦が行く手を塞いだ。

 

「ちっ、急いでいるっていうときに‥‥」

 

前方のお邪魔な敵の駆逐艦の出現にサブロウタは思わず舌打ちをする。

 

「リョーコ、サブ、ここはあたしとヒカルに任せて先へいきな!」

 

イズミとヒカルが目の前の駆逐艦の相手を買って出て、リョーコとサブロウタは全速で敵駆逐艦の脇をすり抜け、味方駆逐艦の元へ急いだ。

その頃、西側にいた味方駆逐艦『やらいぼし』も偵察用のエステバリス一機と共に奮戦していた。

 

「相手も同じ駆逐艦だ!エステバリスがいる分こっちが有利だ!なんとしても包囲網を突破し、味方と合流するのだ!」

 

『おう!』

 

艦橋で艦長は乗員を鼓舞し、士気を高めていた。

しかし、相手の駆逐艦は渓谷の出入り口付近に布陣し比較的動きやすい。

反対に『やらいぼし』は渓谷の中に布陣しているため、動きが制限されている。

そのため敵のリニアキャンノンやミサイルをすべて回避することが出来ず、徐々に損傷を受け始める。

 

「左舷後部に被弾!」

 

「推進力7%低下!」

 

「第五ブロックにて火災発生!」

 

相次ぐ被害報告を聞き、艦長や乗員にも絶望の影が漂いはじめる。

 

「敵駆逐艦の後方より機動兵器接近!敵の援軍かと思われます!」

 

「くっ‥‥ここまでか‥‥総員、退艦準備‥‥」

 

艦長が諦めかけたその時、全方の敵駆逐艦の後部で爆発が起きた。

リョーコとサブロウタが西側の渓谷で敵と味方の両方を確認すると敵は好都合なことにこちらに尻を向けていたため、二人は駆逐艦の機関部にレールガンを打ち込んだのだ。

サブロウタは通信回線を開き、『やらいぼし』に通信をいれる。

 

『こちら、地球連合軍、第四艦隊所属ナデシコB、副長タカスギ・サブロウタ大尉。駆逐艦「やらいぼし」応答せよ!駆逐艦「やらいぼし」応答せよ!』

 

「ナデシコ?」

 

「友軍だ!」

 

サブロウタの通信を聞き、歓喜の声をあげる駆逐艦『やらいぼし』の乗員達。

通信士は急ぎサブロウタに通信をいれ、現状の確認を急ぎ、艦長へと報告する。

 

「諸君!天は我々に味方した!電子の妖精の加護の元、敵を葬れ!」

 

「「「「「おおおおおおー!」」」」」

 

通信士の報告を聞き、艦長が乗員に援軍が来たことを皆に伝え、再び激をとばし士気が高まる『やらいぼし』に反し、敵の方はというと、突然背後から攻撃を受け、混乱し始める。

 

「背後より敵襲!」

 

「機関室に被弾!推進力低下!」

 

「前方の敵艦が接近してきます!」

 

優勢から一転僅か二機のエステバリスの介入で劣勢に立たされ、混乱を回復する間も無く、敵駆逐艦はエステバリスと『やらいぼし』の攻撃であえなく沈んだ。

エステバリス隊が東側の友軍救出を行っている頃、ナデシコの方でも友軍の救出が行われていた。

 

西側渓谷で孤立したリアトリス級戦艦『くらかげぼし』はエステバリス二機を射出し、敵駆逐艦一隻をエステバリス隊が相手をし、残る一隻を『くらかげぼし』が相手をしていた。

友軍を救うべく急行しているナデシコはイツキがエステバリスに乗り、先行を務め、友軍の元へと急行していた。

その頃、渓谷の北側にて、南雲は愛機『夜天光』に乗り、ナデシコが来るのを待っていた。そんな南雲のもとに通信が入った。

 

「むっ、通信か‥‥?何?‥‥極冠‥‥?‥‥わかったすぐ行く‥‥」

 

味方からの通信を聞き、南雲はナデシコへと通信を入れる。

 

「ナデシコの諸君。私は少々急務ができた‥‥すまんがこの場は失礼する。君たちが生きていればこの決着はまたこの次ということで‥‥では、さらばだ‥‥」

 

ナデシコへの通信を切り、次に渓谷に展開中の味方に通信を入れる南雲。

 

「後のことはお前たちに任せるぞ。我が精鋭たちよ。‥‥相手はあのナデシコだ。いいか、心してかかれ!」

 

『承知しました!!』

 

『ここは我らにお任せください!!』

 

味方の通信を聞き、南雲の乗った夜天光は火星の空高く飛んでいった。

 

西の渓谷で入り口を塞いでいた敵駆逐艦は東側同様、正面に『くらかげぼし』後方にナデシコを相手にするハメになり、奮闘するもあえなく撃沈。

残った駆逐艦もナデシコと救助した宇宙軍艦艇、エステバリス隊の攻撃の前に撃沈もしくは大破し、降伏した。

 

「敵反応消滅しました」

 

ハーリーがセンサーを確認して報告する。

 

「おっしゃ、敵さん全滅っと‥‥」

 

「宇宙軍艦艇は修理のため渓谷にて待機するとのことです」

 

「ふぅ~‥‥なんとかなったな!」

 

「やりましたな、艦長」

 

「まさか、二隻とも救出するとは‥‥」

 

「どうですか?ルリさん艦長の手腕は?」

 

「さすがだと思います」

 

「いえ、救出が上手くいったのもリョーコさん達、エステバリス隊の皆さんの奮闘と友軍の皆さんの賜物ですよ」

 

謙遜しながらも友軍を助けることが出来、一番喜んだのはジーク本人だった。

救助したリアトリス級戦艦『くらかげぼし』、駆逐艦『やらいぼし』は、修理のため、後方の味方補給部隊との合流のため、一時戦線を離れた。

 

あの渓谷の戦闘から幾度か無人兵器の接触を受けながらもナデシコはその戦闘にことごとく勝利し、ついに火星極冠遺跡へとたどり着いた。

 

「通信状況回復。極冠遺跡と通信が繋がりました」

 

『あら?お久しぶり‥‥ルリちゃん、元気そうね』

 

「ええ、おかげさまで。イネスさんも‥‥」

 

『まあ、なんとかね』

 

「それより、そっちはどうなっているんだ。」

 

会話に割り込むゴート。

ただ、いつもの表情の中に微かに焦りがある。

 

『敵艦隊が続々と集まっているわよ』

 

「大丈夫なのか?」

 

『今の所はね。ここでの仕事も終わったし、そろそろ逃げ支度の準備かしら』

 

「今向かっているところです。もう少し待っていて下さいよ」

 

『彼らもここを無傷で手に入れたいでしょう。そう無茶はしないわよ。むしろナデシコが来るのを待っているんじゃないかしら‥‥それに‥‥』

 

イネスがまだ追加に何か言おうとしたら、突然通信が切れる。

 

「イネスさん‥‥?イネスさん!?」

 

「駄目です。また、通信妨害です」

 

「艦長、遺跡に急ぎましょう」

 

「ええ」

 

極冠遺跡の上空に展開する火星の後継者の大艦隊。

その中には、南雲の乗る夜天光もいた。

 

「前方の夜天光より通信です」

 

「通信回線を開いて下さい」

 

『ついに、ここまで来たか‥‥ナデシコ。しかしユグドミレニア艦長、ホシノ少佐、今回は今までとは違うぞ!これだけの艦隊を前に、たった一隻の戦艦で挑むだけの度胸があるかな?その艦では我が軍のシステムをハッキングする事はできまい。‥‥もし、その度胸と勇気があるのならここまで来るがいい。私、自ら全力で相手しよう』

 

「望むところです!南雲中佐。我々は必ず勝って遺跡の占拠を阻止してみせます!」

 

『フッ、若いながら勇ましいな。よかろうでは全力でぶつかり合うまでだ!』

 

そう言って南雲は通信を切った。

 

「‥‥ナデシコ、各部問題なし。艦長、指示を‥‥」

 

静かな決意を込めて言うルリ。

 

「‥‥総員戦闘配備!艦内警戒態勢パターンA!エステバリス隊、全機発進準備!」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

ジーク率いるナデシコと南雲率いる火星の後継者との戦闘が遺跡上空において今その火蓋がきって落とされた。

 

敵艦隊へ前進しながらエステバリス隊を発進させるナデシコB。

その様子を夜天光のコクピットから見る南雲はほくそえみながら叫ぶ。

 

「さすがは、ナデシコ。草壁閣下を破り、私が敵として認めただけはある。‥‥だが、私は負けん!草壁閣下の意志は私が継ぐ!いくぞ、ナデシコ!臆さずかかって来い!私は此処に居るぞ!!」

 

両軍の戦闘は苛烈を極めた。

ナデシコは牽制するかのようにミサイルを広範囲に発射し、艦船にはグラビティーブラストを発射する。

敵もエステバリスや積尸気を前面に展開し、ナデシコを叩きに接近してくる。

ナデシコのエステバリス隊は左右からナデシコに向かう敵を次から次ぎへと撃破する。

そんな中、突如遺跡の中から浮上する三隻の四連筒付木連式戦艦。

 

『ふぅ~‥‥やっと積み荷が回収出来たか‥‥このまま戦闘空域を離脱する、後続の無人艦もちゃんと命令を聞いてくれよ』

 

物資を搭載した四連筒付木連式戦艦は戦場からの離脱を試みる。

 

『中佐!』

 

「なんだ‥‥?今は戦闘の真っ最中だ。邪魔をするな。」

 

『す、すみません。』

 

「‥‥まあいい、話せ。何があった?」

 

『はっ、例のジャンパーが見つかったという連絡が‥‥』

 

「なに!?‥‥わかった。私もそちらに行く。諸君らはここを守ってくれ」

 

『はっ!!』

 

「では、武運を祈る。」

 

部下からの連絡を聞いて遺跡の中に降下していく夜天光。

 

「‥‥南雲の夜天光は遺跡の中に消えました!今のうちに遺跡上空の敵を一掃します!」

 

夜天光が遺跡の中へと入っていくのを確認したジークがナデシコ、エステバリス隊に状況を報告し、チャンス到来の如く敵を一掃し始める。

特に戦場から逃げようとしている木連戦艦に攻撃を集中させる。

暫くし、 南雲の夜天光と旧木連戦艦『かんなづき』、そしてそれらを護衛するかのように十数機の積尸気が浮上してくる。

 

『ああ、あいつ戻ってきたよ』

 

『パンジー休す、ね』

 

『やるだけの事はやってやるさ』

 

「皆、無事か?」

 

『はっ、中佐が戻られるまで、なんとか持ちこたえました‥‥ですが‥‥』

 

「むっ?‥‥これは、まずいな‥‥私のいない間に我が軍勢がこれはどの被害を受けているとは‥‥おのれ、ナデシコ!こうなれば私一人でも‥‥!」

 

『お待ち下さい、中佐。ここにいた艦隊は、かのような痛手を被りましたが、同志の中には落ち延びた者もおります!ここで中佐が戻られなければ、残された我らはどうなりますか?!何とぞここは拳を収めて下さい』

 

「くっ‥‥!?‥‥わかった。生存者にも告げよ。全軍、極冠遺跡から撤退するとな‥‥」

 

『はっ!!』

 

次々と遺跡の空域から離脱する、火星の後継者残党軍の部隊。

 

『なんだぁ?あいつ逃げていくぞ』

 

『えっ、なんで?!』

 

『‥‥』

 

『‥‥もっとも、今向かってこられたら、ちとやばかったかもな』

 

『‥‥とにかく、遺跡の占拠は阻止出来ました。イネスさんの保護を優先しましょう。戦闘直後ですみませんが、エステバリス隊はイネスさんの捜索をして下さい』

 

『『『『了解』』』』

 

「ゴートさんもエステバリス隊に同行してイネスさんの捜索をして下さい」

 

「了解しました、艦長」

 

イネス捜索に行ったサブロウタ、ゴートの連絡を待つナデシコ。

 

「下に降りた捜索隊からの連絡は?」

 

「まだありません。‥‥イネスさん、大丈夫でしょうか?」

 

皆がイネスの安否を心配している中、ようやく捜索に出ていたサブロウタ達から連絡が入った。

 

「サブロウタさん、イネスさんは見つかりましたか?」

 

『それが、彼女どこにもいませんよ。』

 

「えっ?」

 

『隈無く探したが見つからんのです。』

 

「‥‥敵に連れ去られた‥‥という事ですか?」

 

『いや、そうとも言えないようです。ここに残っていた所員の話によると、敵も捜索隊を出していたらしい。』

 

「でも、彼らも発見できなかった‥‥?」

 

『ええ、ナデシコとの戦闘が始まると引き上げたと言っています。』

 

『おそらく我々が到着する以前に、ここを脱出したのでしょう。』

 

「でも、どこにです?」

 

『わかりません。‥‥とりあえず、一端ナデシコに戻ります』

 

「了解」

 

「行方不明‥‥ですか‥‥?」

 

ルリは、心配げにつぶやいた。

一体イネスはどこへ行ってしまったのだろうか?

状況では、火星の後継者残党軍に捕まった訳ではなさそうだ。

彼女はA級のジャンパー‥‥

コハクの様にボソンジャンプで逃げ切ることは出来る。

もしかしたら、火星の後継者残党軍の調査隊が来る前にボソンジャンプでどこかにジャンプした可能性が高い。

でも、どこへジャンプしたのか見当もつかない。

ボソンジャンプはジャンプアウトのイメージがあやふやだとどこか別の時代に飛ばされてしまう。

イネス本人がまだアイちゃんの頃、アキトのボソンジャンプに巻き込まれて、あやふやなイメージのせいで過去の火星の砂漠へボソンジャンプした経緯がある。

もっとも今のイネスはA級のジャンパーなので、そんなミスはしないだろう。

しかし、行方不明というのは、少々厄介だ。

いつ、どこで、敵の手中に落ちてしまうのか分からない。

火星の後継者残党軍の鎮圧の他に厄介ごとが増えてしまった。

 

火星の遺跡での戦闘が終わりナデシコ艦内に宛がわれた自室にいるゴートはアカツキに経過報告をしていた。

 

「イネス・フレサンジュの保護に失敗しました。‥‥現在、彼女の消息は不明です‥‥」

 

『そいつは困ったなぁ~‥‥まさか、敵の手に落ちたってことはないよねぇ~?』

 

「それは、無いと思いますが‥‥」

 

『そうか‥‥まぁ、とりあえず捜査は続行してくれ。それと火星の後継者は、どうやら木星プラントを使って戦力を増強しているようなんだよねぇ~。ナデシコで行って片づけてくれるかなぁ?』

 

「了解しました」

 

『じゃ、よろしく』

 

そそくさと通信を切るアカツキ。

 

   

ネルガル本社 会長室

 

アカツキの側に立つ白い学ランを着た一人の男がいた。

月臣元一朗‥‥元木連優人部隊少佐。木連で起きた≪熱血クーデター≫の中心人物で秋山、白鳥の親友でもある。

クーデターの後、行方不明となっていかが、ネルガルの裏の世界のエージェントとなる。

二年前テンカワ夫妻を火星の後継者の手から救い、先の反乱の時は、政府機関の中枢を強襲した火星の後継者の襲撃部隊を説得した。

その彼がアカツキに問いかける。

 

「よろしいのですか?フレサンジュの所在を彼らに教えなくて‥‥」

 

「全ては、予定通りだよ。ナデシコにはもうしばらくピエロを演じてもらおう。それよりクリムゾンの動きはどうなっている?」

 

「本格的に行動を開始した模様です」

 

「いよいよ、こわーいお嬢様のお出ましかな?」

 

アカツキの前に、一枚の空間ウィンドウが表示され、そこには一人の人物の詳細が表示される。

空間ウィンドウには顔写真と共に次のように記載されていた。

 

氏名:シャロン・ウィードリン

性別:女性

年齢:25歳

身長:167cm

出身地:オーストラリア

髪:ブロンド

役職:クリムゾングループ取締役、クリムゾングループ法務部長、クリムゾン技術開発研究所顧問。

父:リチャード・クリムゾン

母:マーガレット・ウィードリン

性格:自尊心が強く、自己中心的。

その他:アクア・クリムゾンとは異母姉妹。

現在のポストは祖父である、ロバート・クリムゾン会長の推挙によるところが大きい。

父親のリチャード・ウィードリンとは不仲。 (ウィードリン姓を名乗っているのも、そのためらしい。)

 

ゴートが自室でアカツキに連絡を入れている最中、ルリ達ブリッジクルーはイネスの安否を心配しつつ、出航準備を行っていた。

 

「それにしてもイネスさん、どこいっちゃったんでしょうね」

 

「さてね‥‥どこに居るんだか‥‥」

 

「ハーリー君、相転移エンジン出力を確認」

 

「‥‥あっ、ハイ‥‥。現在出力七十二%、発進準備作業続行中‥‥」

 

「作業終了後、ただちに発進します」

 

ナデシコの航海はまだまだ続きそうである。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。


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第58話

新年あーけおーめー





...すいません。あけましておめでとうございます。
今年もマイペースに生きていくので応援してくださいね。


 

 

 

 

 

火星の後継者から火星の遺跡占拠を阻止したナデシコ。

しかし、A級ジャンパーであるイネス・フレサンジュの行方は分からず、保護に失敗した。

出航準備が整ったナデシコに通信が入る。

 

「艦長、宇宙軍本部より通信です」

 

空間ウィンドウには宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウが出る。

 

『諸君、火星遺跡の防衛ご苦労だった。よくやってくれた、艦長』

 

「しかし、イネス=フレサンジュの消息が不明です。敵の拉致は免れたようですが、残念ながらどこに行ったのか手がかりもありません」

 

『うむ。今こちらで今後の作戦行動を検討している。別命あるまで待機していてくれたまえ』

 

「了解しました」

 

通信が終わると同時に、ゴートとプロスペクターがブリッジに入ってきた。

 

「艦長、お話があります。実は、木星に向かってもらいたいのです。ネルガルが得た情報によりますと、火星の後継者は、木星プラントを使って戦力を増強しているらしい」

 

「火星遺跡と同じく、古代異文明の遺産ですな」

 

木星プラント‥‥それは先の大戦で、旧木星連合が使用していた軍需品の生産施設であり、戦後、新地球連合が発足してからは、新地球連合の管理下に置かれ、現在は使用されていない。

 

「どうりで、無人艦隊や機動兵器が多い訳だ」

 

火星の後継者は、元々は木連のタカ派の残党‥‥

あの草壁の一斉蜂起の際は統合軍から三割の離反者を出すも、ホシノ・ルリ少佐の活躍により、そのほとんどが検挙された。

そして、今回の南雲の反乱では、南雲の軍は残党の残党‥‥

人員だってかなり少ない筈だ。

それにもかかわらず、彼らは再び地球連合政府に対して戦いを挑んできた。

それは無人兵器に頼りにするところが大きかった。

秘密裏に‥‥しかも大量に無人兵器を生産できる施設はあの木星のプラント以外は考えられなかった。

 

「ということは、残存部隊といっても、かなりの戦力があるということじゃないですか?!」

 

驚きのあまり、大きく目を見開いて言うハーリー。

 

「まぁ、そういうことになる」

 

「ちょっと話が違うんじゃない」

 

「だから我々で木星プラントを奪還するのだ」

 

「敵の増強をもとから絶つわけですか。果たして間に合いますかな」

 

「あの~木星へ行くのはいいんですけど、イネスさんはどうするんですか?」

 

ルリがイネスのことについて質問する。

 

「今は火星の後継者の動きを封じるのが、我々の急務だ」

 

「さて、どうしますかな。艦長」

 

「確かに木星プラントは奪回する必要があるでしょう。ですが、イネスさんが拉致されれば前回の二の舞になります。いずれにせよ、宇宙軍本部からの指示を待ちましょう」

 

タイミングを見計らったかのように、宇宙軍本部から連絡が入る。

 

『待たせたね、艦長。突然だがナデシコBは、現時刻をもって掃討作戦の任務から外れてもらう』

 

「どういうことです?総司令。第一、こちらの掴んだ情報では、敵は木星プランを使用して、戦力を増強しているのに‥‥」

 

『その情報はこちらでも掴んでいる。だからなのだよ、統合軍が重い腰を上げたのは。そして新地球連合もそれを了承した。今後、統合軍艦隊が引き継ぐことになった』

 

「かくして宇宙軍はまたもや蚊帳の外‥‥って、ことですか?」

 

サブロウタがやれやれとした様子で言う。

 

『従ってナデシコBには、イネス捜索の任務についてもらう。どこを捜索するかは君たちに任せるよ』

 

「ということは‥‥」

 

「木星に向かっても問題ないですね?」

 

『こらこら、無茶はいかんよ。あくまでイネス・フレサンジュの捜索が表向きの任務だよ』

 

捜索の部分を強調して言うコウイチロウ。

 

「でも、敵と遭遇したら戦闘になりますよね。木星プラントを叩いてもOKというわけですか?」

 

「不可抗力というやつだ」

 

『今の話。わしゃなぁーんも聞いとらんよ』

 

「了解しました。ナデシコB、イネス・フレサンジュ捜索のため木星に向かいます」

 

「後の事はこちらで何とかする。諸君!よろしくたのむよ!!」

 

「総司令」

 

『なにかね、艦長?』

 

「ありがとうございます!」

 

『う、うむ、諸君らの健闘を祈る』

 

照れ隠しのように通信を切るコウイチロウ。

 

「でも艦長。いいんですか?下手すれば命令違反で、退学処分の可能性もありますし、下手をしたら軍法会議にかけられるかもしれませんよ」

 

「かまいません」

 

「意外だよなぁー。もっと真面目な人だと思ってたっすよ。」

 

「誰のせいでこうなったと思うんですか?もし、艦長になれなかったら、皆さんに責任取ってもらいますよ。さて、それでは木星へ向け出発しますか」

 

「「「了解」」」

 

「木星へのルート確定。サヨリ、カグヤマ経由でタケルへ」

 

ルリが木星までの航路を設定する。

 

「今回は目的地に問題無く着けるんでしょうね?」

 

プロスペクターが不安そうに呟く。

 

「保証はありませんよ。おそらく敵もまだシステムへの干渉は続いていつでしょうし‥‥」

 

「やってみましょう‥‥ボソンジャンプの準備を」

 

遺跡にあるチューリップシステムを作動させ、そこへ降下していくナデシコ。

 

「ナデシコB極冠遺跡へ降下中」

 

「フィールド出力も異常なし、その他まとめてオールOK!」

 

「レベル上昇中」

 

「じゃんぷ」

 

遺跡のジャンプゲートから、ヒサゴプランのネットワークで木星を目指した。

 

だが、

 

「ナデシコB、ボソンアウトしました。‥‥けど、ルート変更かかりました」

 

「現在位置は?」

 

「ターミナルコロニー『クシナダ』です」

 

「『クシナダ』?全く反対方向じゃないか!」

 

「やれやれ、またやられましたねぇ」

 

うんざりした表情で言うプロスペクター。

 

『ごくろうだな、ナデシコの諸君』

 

通信を送ってきた南雲。

 

『何度ジャンプしても無駄なことだよ。ヒサゴプランのネットワークシステムは我々が掌握しつつある。もっとも、『クシナダ』まで飛ばされることは、予想外の結果だがね。それにもう二度とジャンプはできん』

 

その途端、ネットワークの地図上から≪クシナダ≫に繋がるルートが消された。

 

「『クシナダ』、全機能停止」

 

『残念だが、もう我々の邪魔はできんよ。君達とは決着をつけたかったが、残念だ』

 

南雲からの通信が切れる。

ゴートが悔しそうに、

 

「まんまと罠にはまったな」

 

「とにかく、近くにある他のターミナルコロニーを検索してください」

 

「現在位置からもっとも近いのが『シラヒメ』ですが、現在は使用不能です。その次だと『アキツヒメ』になりますね」

 

「艦長、仕方ありません。とにかく急いでそこまで向かいましょう」

 

『アキツヒメ』に向かって、敵機動兵器の攻撃を退けながら向かうナデシコB。

 

そんなある日の晩の事‥‥

ハーリーは夜遅く、トイレで用を足し、自分の枕を抱えながら部屋に帰るため、真っ暗な通路を歩いていた。

 

「ん?」

 

ふと通路の奥を見ると誰かいた。

 

「‥‥」

 

寝ぼけていた頭がだんだんと覚醒していく。

すると、奥の人影は後ろに居るハーリーに気づいたのかギロリと彼を睨みつける。

 

「ギョエエエエエエエー!!」

 

堪らずハーリーは声をあげて叫んだ。

 

ルリとジークはその日は夜勤当直でブリッジにいた。

敵の攻撃も無く、静かな夜だったのだが、突如。

 

「ギョエエエエエエエー!!」

 

と、一つの叫び声が静かな夜を乱した。

 

「い、今の声はマキビ少尉?」

 

「なんでしょう?‥‥ちょっと見てきますね」

 

ルリがブリッジから出て、ハーリーの叫び声がした場所へと向った。

ルリが現場に着くと枕を抱え、通路に座り込んで震えていたハーリーの他に寝巻き姿のサブロウタ、ゴート、リョーコ、ヒカル、そしてウリバタケの姿があった。

 

「‥‥」

 

「ほ、本当にみたんですよぉ~‥‥」

 

震える声でハーリーが口を開く。

 

「夢でも見たんじゃねぇの‥‥?」

 

欠伸をしながらまったくハーリーの言うことを信じないサブロウタ。

 

「ち、違います!世にも奇怪な老婆の幽霊が、すぅ~っと‥‥」

 

「老婆のスパイか!?」

 

ゴートは寝ぼけているのかは不明であるが、ハーリーが見た人影をスパイの可能性があると言う。

 

「そんな訳無いでしょう」

 

しかし、サブロウタはあくびをしながらゴートの推理を否定する。

 

「バカバカしい、オレは帰るぜ!」

 

せっかく気持ちよく眠っていたのに、途中で起こされたため不機嫌な様子で部屋へと戻っていくリョーコ。

 

「何でみんな、信じてくれないんですか!?」

 

「ルリルリ、とりあえず艦長に報告しとく?」

 

「幽霊ねぇ‥‥」

 

「ふぅ~‥‥」

 

溜息を一つ吐いてルリはブリッジにいるジークに通信を入れた。

 

 

叫び声をあげたハーリーの様子を見に行ったルリから通信が入り、何があったのかを聞くジーク。

 

『艦長』

 

「どうしました?少佐」

 

『実はハーリー君が変なものを見たって言うんですけど‥‥』

 

「変なもの?」

 

『とりあえず来てもらえますか?』

 

「わかりました」

 

ジークはブリッジにいる他の当直士官にブリッジを任せ、現場へと向った。

 

「それで少尉は何を見たんですか?」

 

ジークは未だ涙目のハーリーに何を見たのかを聞く。

 

「幽霊ですよ、幽霊‥‥」

 

「幽霊?」

 

「なのに みんな信じてくれないんです!!」

 

「そう言われてもねぇ~」

 

「最新鋭戦艦に幽霊ってぇイメージもわかねぇよな」

 

ハーリーの言う通りサブロウタとウリバタケは幽霊を信じていない様子。

 

「さて、俺はもう寝るぜ」

 

「さあ、仕事 仕事‥‥」

 

「私も部屋に戻りま~す」

 

「侵入者でなければいいが‥‥その点だけ、注意してください艦長」

 

現場にいた面々はそれぞれ部屋や仕事場に戻っていく。

 

「ほ、本当に見たんですよぉ~‥‥」

 

「どう思います?艦長」

 

「艦長は信じてくれますよね?」

 

「そうだね‥‥とにかく調べてみましょう」

 

「どうするんです?」

 

「とりあえず艦内を見回ってみます」

 

「私も一緒に行きましょうか?」

 

「いえ、少佐はブリッジに戻っていてください」

 

「わかりました」

 

「少尉も部屋に戻って休んでください」

 

「でも‥‥」

 

「大丈夫。ちゃんと調べておくから」

 

「は、はい、分かりました。じゃあ、部屋に戻っています」

 

「では艦長、私はブリッジに戻ります。何かあったら連絡してください」

 

「ええ、俺は艦内を一回りしてきます」

 

ジークは手始めにクルーの居住区を見回ったが特に異常は無かった。

昼番のクルー達は皆寝静まっており、居住区の通路は静寂に包まれていた。

次に生活区に向った。

バーチャルルーム、休憩所、大浴場、医務室‥どこも異常は無かったし、不審者も見つからない。

居住区、生活区にも異常がなかったので次に格納庫に行くとそこではウリバタケが作業をしていた。

ジークはウリバタケに異常が無いかを聞いた。

 

「ウリバタケさん、何か異常はありましたか?」

 

「いや、変わった事は特にねぇなぁ」

 

「‥‥先程のハーリー君が見たとされる幽霊‥‥どう思いますか?」

 

「こちとら、整備が忙しくて幽霊なんぞにかまっちゃいられませんよ。寝ぼけてクルーの誰かと見間違えたんじゃねぇか?」

 

どうやら格納庫にも異常は無いようだ。

それにウリバタケもハーリーが見たとされる幽霊には懐疑的みたいだった。

ウリバタケと別れ、格納庫を出ると次に機関室へ見回るが、機関室も特に異常は見られなかった。

そこでブリッジにいるルリに通信を入れた。

 

『どうでした?艦長』

 

「どこにも異常はないですね。ましてや幽霊なんていなかったよ」

 

『やっぱり、ハーリー君の勘違いでしょうか?』

 

「うーん‥‥そうですね、もしかしたら寝ぼけていたのかもしれません」

 

『ハーリー君には何て説明するんですか?』

 

「まぁ、傷つかないようにうまく話すよ」

 

『ええ、そうしてください』

 

一通り艦内を巡回した後、異常が無くまして幽霊も発見できなかった。

とりあえず、事情を説明するため、ハーリーの元へ向うジーク。

 

「あっ、艦長。何かわかりましたか?」

 

「いや、艦内を見回ったけど、特に異常はなかった。残念ながら幽霊もみなかった」

 

「やっぱり艦長も信じてないんですね」

 

「い、いや、そんなことはないよ」

 

まさかここで信じていないなんて言える筈もない。

 

「ごまかさないでください!本当に信じていないなら慰めで言ってもらっても嬉しくないですよ。僕は絶対に寝ぼけてなんていませんでしたよ。確かに幽霊をみたんです!」

 

「その幽霊はどっちの方に消えたの?」

 

「えっと‥‥確か食堂の方に行ったみたいですけど‥‥」

 

「分かった。じゃあ、もう一度見回ってみよう。でも、もしそれで何もなかったら少尉も納得してくれるね?」

 

「はい。その時は仕方ないです‥‥」

 

ハーリーにとりあえず今日は休むように言ったジークは食堂へとやってきた。

 

「やっぱり特に変わったことは無いか‥‥」

 

食堂を見渡し、特に異常も無く、ましてや幽霊の痕跡などもない。

仕方なく食堂を出ようとしたとき食堂の奥から物音が聞こえた。

 

「誰かいるのか!?」

 

声を上げ、物音がした厨房へと入るジーク。

 

「わっ!!な、なんだい艦長か。びっくりさせないでおくれよ」

 

「ホ、ホウメイさん?!」

 

暗闇の中、微かに見えるホウメイの姿を見て、ほっとするジーク。

 

「どうしたんですか?こんな時間に?」

 

「い、いやね。最近食べ物がよく盗まれるんだよ。それで、今夜こそ捕まえてやろうと思ってね」

 

「食料が‥‥どのくらい盗まれるんですか?」

 

「それが、毎日きっちり一人前で、三食分」

 

「そんなに?!分かりました、俺の方から皆さんに注意しときます」

 

「そうしてもらえると助かるよ。そうだ、せっかくだから夜食でも作るかねぇ艦長」

 

「あっ、いいですね」

 

ホウメイの作った夜食を食べ、食堂を後にしたジーク。

幽霊もそうだが、ホウメイの言った厨房荒しも気になったため、翌朝、ジークは艦内放送にて注意を促した。

不安要素を抱えながらもナデシコは木星へと向っていた。

幽霊騒動や厨房荒しと波乱と不安を残しながらもターミナルコロニー『アキツヒメ』まで、残り半分の距離まできたナデシコ。

現在は航路短縮のため、手前の隕石群を航行中のナデシコ。

隕石群という狭く特殊な宙域のため、全クルーは持ち場に着き職務をまっとうしている。

すると突然艦内に警報が鳴り響いた。

 

「重力波反応、感知!」

 

「エネルギー反応、高速接近!」

 

サブロウタの報告と同時に、艦全体が揺れる。

 

「左舷装甲被弾!敵の攻撃です!」

 

「敵の位置と数は!?」

 

「わかりません。センサーには何も反応がないんです!」

 

 悲鳴を上げているように報告するハーリー。

 

「エネルギー反応、接近。攻撃来ます」

 

再び襲う衝撃。

 

「艦長、どうしますか?」

 

ルリが指示を求めてくる。

 

「弱りましたなー。センサーに写らないとなると‥‥」

 

「エステバリスを出すにしても、どこを攻撃したらいいのかわからん」

 

プロスペクターとゴートの話を聞きながら、ジークはある決断をする。

 

「逃げましょう」

 

「「「「は?」」」」

 

あっさりと「逃げる」という命令を出したジークに唖然とする一同。

 

「少佐、『アキツヒメ』の方向に出来る限り最大戦速で移動して下さい。可能な限り最短距離でお願いします」

 

「了解」

 

「少尉はレーダーから敵の攻撃から位置を割り出して」

 

「は、はい」

 

「サブロウタさんは、その位置にミサイルを広域発射。別に当てなくていい。敵の足止めと牽制さえ出来ればそれで十分」

 

「りょ、了解」

 

「ウリバタケさん!機関最大戦速でお願いします!」

 

『最大戦速?この隕石群の中でか?』

 

「お願いします!今、ナデシコは見えない敵に攻撃を受けています!急いでこの宙域から離れなければなりません!」

 

ジークは声を上げ、早口でナデシコの現状をウリバタケに説明する。

 

『お、おう!分かった』

 

ジークのただならぬ様子に現状の深刻さを感じ取ったウリバタケ。

 

『逃げんなよ、艦長!!エステを全機出せば、センサーに写らなくても敵は叩ける!』

 

敵がいるのに戦わず逃げることに不満な様子のリョーコ。

 

「ダメです!向うにはこちらがはっきりと見えていますし、地の利も向うにあります!今は被害を最小限に留め、木星へ向うことが大事なんです!」

 

『けどよー』

 

「リョーコさん!木星に着いたら、嫌と言うほど戦ってもらわないといけないんですから。今は我慢して下さい」

 

『わかったよ』

 

ナデシコに攻撃をかけてきたのは、六連とバッタの機動兵器部隊。

この六連のパイロット達はかつてA級ジャンパー誘拐実行部隊隊長の北辰の部下達であった。

隊長の北辰は火星での戦いでアキトと戦い、敗れ、死亡したが、部下の六連は機体を撃墜されるも、撃墜前に脱出しており、身柄を抑える前に逃亡し、全員行方不明となっていた。

彼らは機体にジャミング装置を取り付け、レーダーにもセンサーにも映らずまるで亡霊の如くナデシコに攻撃を仕掛けてくる。

ナデシコは岩石をギリギリかわしながら、時にはその岩石を楯にして逃げる。

追いすがる敵機動兵器には、ミサイルを浴びせ、その足を止める。

ようやく隕石群を抜け、敵の追撃を振り切ったナデシコ。

 

「なんとか逃げ切りましたな」

 

ほっと息をつくプロスペクター。

 

「あいつら、生きていやがったか‥‥」

 

戦闘後、ブリッジに上がってきたリョーコがつぶやく。

その横のヒカルが、

 

「あの機動兵器って‥‥」

 

「ああ、六連‥‥北辰の部下達が乗っていた機動兵器だな」

 

「北辰って‥‥例の草壁中将の直属の暗殺集団の‥‥」

 

「ええ。そして、その部下達が乗っていた機動兵器が、あの六連だったのです」

 

「北辰の亡霊‥‥」

 

ルリが静かにつぶやく。

 

「やっかいな連中が出てきたねぇ」

 

「俺達に相当恨みがあるだろうからな」

 

「これ以上足止めを喰らうとまずいですよ、艦長」

 

「でも、≪アキツヒメ≫はまだ先ですよ」

 

「こんな時、イネスさんがいれば、一気にボソンジャンプ出来るんですけどねぇ‥‥」

 

A級ジャンパーであるイネスならばボソンジャンプが出来る。

この状況から脱出することが出来る。

 

「何とかしましょう!」

 

その声と同時に、ブリッジに通信を入れてくる人物。

それは‥‥

 

「イネスさん!」

 

「一体どこにいるんだ!?」

 

突然、捜し人であるイネスからの通信に驚く一同。

 

「どこにって、ナデシコにいるわよ」

 

「どういうことなんです!?」

 

その問いを聞いた途端、瞳が輝き出すイネス。

 

「いまそっちに行って説明するから待っていてちょうだい」

 

通信後暫くしてブリッジに入ってくるイネス。

 

「じゃあ説明しましょう」

 

お決まりのセリフをブリッジの皆に言うイネス。

 

「その前に、イネスさん」

 

ルリが手を挙げイネスに問う。

 

「何、ホシノ・ルリ」

 

出だしを挫かれて、恨みがましそうにルリを見て、その内容を聞くイネス。

 

「あんた本物?」

 

「失礼ね!正真正銘、本物よ!!」

 

「で、いつナデシコに乗ったんです?」

 

「火星遺跡からよ、ボソンジャンプしてね」

 

「なぜ黙っていたんだ?」

 

「敵を欺くにはまず味方から、まぁいつものパターンというわけよ」

 

「ネルガルの指示か‥‥」

 

またもやネルガル(おそらくアカツキ)の思惑にまんまと嵌り、欺かれたと知って顔を顰めるゴート。

 

「ご名答。火星の後継者に、私がナデシコに乗ったことを知られたくなかった。もしそれを知られれば、ナデシコは単独ボソンジャンプが可能になり、彼らにとって脅威になるでしょう?そうなれば当然ナデシコはマークされて木星プラント奪還は厳しくなる。行方不明のイネスを捜索するナデシコ‥‥そういうシナリオが必要だったのよ。そして敵にそう思わせることがね‥‥さぁ、ナデシコを木星まで飛ばすんでしょう?」

 

「いいんですよね。艦長?」

 

「ええ、早速準備してください。ウリバタケさん」

 

ボソンジャンプ準備のため、ウリバタケに通信を入れる。

 

『ん?どうした艦長?』

 

「ナデシコをボソンジャンプさせます。準備してください」

 

『ジャンプさせるったって、A級ジャンパーがいなけりゃできねぇぞ!』

 

「ここにイネスさんがいます」

 

『な、なんでイネスさんがここに!?』

 

「説明は後です。ともかく急いでお願いします」

 

『お、おう分かった』

 

イネスがブリッジを後にしてから暫くしてウリバタケから通信が入る。

 

『艦長、準備出来たぜ』

 

「では、お願いします」

 

ナデシコはジャンプフィールドに包まれジャンプした。

目的地である木星プラントへと向って‥‥

 

 

イネスの協力により、単独ボソンジャンプを果たしたナデシコ。

そして無事木星圏へと到着した。

 

「ジョンプアウト成功」

 

「現在位置の確認を」

 

「衛星イオとガニメデの中間軌道‥‥木星圏です!」

 

「ようやく辿り着きましたねぇ」

 

『なんとか上手くいったようね』

 

「ええ、無事木星圏に到着しました」

 

『事後承諾になるけど、ナデシコへの乗艦を許可してもらえるかしら、艦長』

 

「ええ、許可します。歓迎しますよ。イネスさん」

 

『ありがとう』

 

「しかし、イネスさん今までどこにいたんですか?」

 

プロスペクターがイネスに今までどこに潜伏していたかを聞いた。

 

『事情を話して、ホウメイさんに協力してもらったのよ』

 

「ええっ!ホウメイさん、知っていたんですか?!」

 

驚くハーリー。

 

『悪いね、艦長。どうしても黙っていてくれって、頼まれたもんだからさ』

 

空間ウィンドウの向こうで、手を合わせて謝るホウメイ。

 

「それじゃあ、厨房荒らしは‥‥?」

 

『ああ、咄嗟に出た嘘なんだよ。ほんと、悪かったね、艦長』

 

「いえ。とにかくイネスさんも無事でしたし。食糧泥棒も無かったわけですからいいですよ」

 

「ちょっとまってください!それじゃあ僕が見た幽霊はもしかして‥‥」

 

『ああ、それは多分私ね』

 

幽霊の正体を聞いて反応は人それぞれだった。

ジークは幽霊と厨房荒らしの件が片付き一安心し、元から幽霊を信じていなかったクルーは呆れ、イネスを幽霊だと思っていたハーリーは「なんであの時名乗り出てくれなかったんですか」と、愚痴を言っていた。

とは言え、ハーリーもイネスを老婆扱いしていたので、お互い様だった。

 

『それじゃあ私は少し休ませてもらうわね。何度やっても、戦艦を飛ばすのは堪えるわ‥‥』

 

「ええ、ゆっくり休んでください」

 

「さて、これからが大変だぞ。敵は油断しているとはいえ、相当な戦力だ。木星圏の敵を一掃しましょう、艦長」

 

「独立ナデシコ部隊の復活というわけですな」

 

ゴートとプロスペクターの言葉に頷き、ジークは命令を下す。

 

「これより本艦は木星プラントの奪還及び木星圏に存在する敵の一掃を目的とした作戦行動に移ります」

 

「艦内警戒パターンBへ」

 

「各員、戦闘準備。木星プラントを奪還します」

 

プラントの手前でナデシコが捉えたのは、木星の重力範囲ギリギリに展開する敵艦隊。

その中には、『チューリップ』が二基も含まれていた。

だが、その中に南雲の主力艦隊の姿が無かった。

 

「オイッ、アイツの船はどこだよ!?南雲とかいった‥‥」

 

リョーコが南雲の乗艦『かんなづき』の行方を聞く。

 

「いないな‥‥」

 

「南雲の艦隊が‥いないだと?」

 

「これは運がいいとでもいうのでしょうか?それとも‥‥?」

 

「‥‥」

 

南雲艦隊の不在‥‥言い知れぬ違和感があるが、今は目の前の艦隊を撃破し、木星のプラントを奪還するのが目的である。

まず、ナデシコは木星の重力の影響の少ない所から侵攻し、これ以上敵艦が増えないようにチューリップの撃破から行った。

チューリップが射程内に入りしだい、グラビティーブラストを発射し、チューリップを護衛していたヤンマ、カトンボを数隻沈めたが、もう一基残っていたチューリップから無人艦が出現、ナデシコへと迫ってきた。

 

「少佐、グラビティーブラスト、次弾チャージ。チャージ完了後、チューリップに向けて発射して下さい。それまで、エステバリス隊で敵の攻撃を防ぎます!」

 

ナデシコの周囲に展開する五機のエステバリス。

その中で敵の機動兵器の中で奇妙な動きをするデンジンを見つけた。

 

「デンジンがいるのか?」

 

「でも、木星の重力圏から脱出できなくなっているようね」

 

「デンジンはジンタイプの中でも強力だ。近寄らない方がいいぜ!」

 

重力圏に捕まっているデンジンを無視する方向でまずリョーコとサブロウタがフィールドランサーでテツジンと接近戦闘を行う。

二人の攻撃を短距離ボソンジャンプでかわすテツジンをイツキ達がレールカノンで遠距離攻撃を行い、徐々に戦力を落としていく。

 

「グラビティーブラスト、チャージ完了!」

 

「艦長、射程外に待避して下さい!」

 

『了解。』

 

「ハーリー君、グラビティーブラスト発射」

 

「グラビティーブラスト、発射!!」

 

今度こそ撃破されるチューリップと増援の無人艦隊。

チューリップを撃破し、機動兵器のテツジンもエステバリス隊の連携で撃破、のこるデンジンは木星の重力圏に捕まり満足な行動も出来ない状態だったので無視しても問題なかった。

残るヤンマ級やカトンボ級の無人艦などではナデシコの相手になるはずもなく次々と撃沈されていった。

そしてある一隻のヤンマ級を撃破したとき、残存の無人艦はその機能をすべて停止した。

 

「敵艦隊の動きが止まりました!!」

 

「どうやら、撃破した敵の中に統率を取っていた艦があったみたいですね」

 

『そのようですね。‥‥マキビ少尉、敵増援の反応は?』

 

「全方位に敵反応ありません」

 

「木星プラントの方も機能を停止している模様です」

 

『どうやら、木星プラントの奪還には成功したようですね。‥‥ホシノ少佐。木星の重力影響外までナデシコを後退して下さい』

 

その後、センサーやレーダーで木星圏全域を探査したが、敵の反応は無く、どうやら木星圏の敵勢力を一掃することが出来たようだ。

 

「やりましたねぇ、艦長。これで、火星の後継者の勢力を止められます」

 

嬉しそうに言うプロスペクターだが、ジークとルリはどこか納得のいかない表情を浮かべている。

 

「しかし、まだ南雲の主力艦隊が何処かにいるはずだ。あれだけ大見得をきったのだ。この程度の戦力であるはずがない」

 

「‥‥どうやら俺達はまんまと乗せられたようですね」

 

ジークが悔しそうに呟いた。

ジークとルリは木星圏で行われてきた戦闘の中に感じた違和感からある推測を導き出した。

 

「ええ、おそらく南雲も主力艦隊もおそらくこの宙域にはいませんね」

 

敵の戦力増強を防ぐためとはいえ、敵に謀られたと知り、ジークは悔しそうに下唇を噛んだ。

 




ではまた次回。


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第59話

 

 

 

 

 

木星プラントを奪還し、火星の後継者の戦力増強を阻止したナデシコであったが、首謀者である南雲は木星圏にはおらず、敵の策略にまんまと引っかかってしまったナデシコ。

 

「どういうことです?南雲がいないって?」

 

ハーリーがジークたちに南雲不在の理由を尋ねてきた。

 

「これを見てください。ナデシコが木星圏で遭遇した敵との戦闘記録です」

 

ジークがキーボードを操作すると、メインスクリーンには木星圏の宙域図とナデシコの戦闘場所が表示される。

 

「一定間隔で、敵と遭遇している!?」

 

ムスッとした顔のまま、それがどうした?というように答えるゴート。

 

「ええ。それにこの位置関係だと、戦闘中に十分間に合う距離です」

 

「しかし、それは疲労と消耗を謀る為なのでは?」

 

「我々が艦隊ならそれも考えられます。しかし、こちらはたったの一隻‥‥妙だと思いませんか?敵はプラントを有しており、戦力を常に増強でき、地の利まであるにもかかわらず、木星圏の守備をほとんど無人兵器に任せていました。もし、南雲の主力艦隊とこれらすべての無人艦隊が時間差をつけて一つの戦場に送り込まれていたら今頃ナデシコは沈んでいた筈です。でも、それを実行しなかった‥‥」

 

「と、いうことは‥‥」

 

唸るようにつぶやくゴート。

 

「木星プラントと守備艦隊はすべて陽動‥‥」

 

静かに、つぶやくように言うルリ。

 

「その通りです」

 

「敵の裏をかいて奇襲したつもりが、さらに裏をかかれた訳ですな」

 

プロスペクターはやれやれと言った感じで呟く。

 

「ええ。しかし、あのまま木星プラントをほうっておく訳にもいきませんでした。おそらくナデシコが『クシナダ』に飛ばされた時にはすでに火星の後継者の主力艦隊は、この宙域に集結していた。そして、極冠遺跡の警備が手薄になった所で‥‥」

 

「再度侵攻した」

 

ジークの言葉を静かに続けるルリ。

 

「俺たちは、まんまと一杯食わされました。それに今から火星に向かって急ごうにも、イネスさんによる単独ボソンジャンプは、まだ出来ません。ヒサゴプランのネットワークは奴らに握られているでしょうし‥‥」

 

自嘲するかのように呟くジーク。

 

「そうですね。単独ジャンプはジャンパーに肉体的、精神的負担をかけます。戦艦クラスのジャンプならばなおさらです。ヒサゴプランを使っても‥‥」

 

ルリが冷静にイネスの単独ジャンプが出来ないことを説明し、

 

「また、変な所に飛ばされるかもしれませんし‥‥」

 

ルリの説明を付け足すように落胆しながら言うハーリー。

そこで、思いついたかのように話し出すゴート。

 

「艦長の言う通り、もし敵艦隊がここから火星に向かったとすると、当然ネットワークを使ってジャンプした訳だ」

 

「ええ、おそらくそうです。艦隊すべてを単独ジャンプさせるほど敵にはジャンパーがいるとは思えません」

 

それがどうしたのかという風に聞くハーリー。

 

「という事は、火星までのルートは確保させているんじゃないか?」

 

「っ!?確かにその可能性は有りますよ!!」

 

「艦長、やってみる価値はあると思いますが‥‥」

 

「‥‥そうですね。ここでじっとしていても始まりません。やってみましょう!少佐、ここから一番近いターミナルコロニーは何処ですか?」

 

「『タケル』ですね」

 

「そうと決まれば皆さん。『タケル』に向かいましょうか!」

 

元気よくかけ声をかけるプロスペクター。

ナデシコは、既に敵の居なくなった宙域を後にし、最大戦速でターミナルコロニー『タケル』を目指した。

 

そして、ようやくターミナルコロニー『タケル』の近くへと来たナデシコ。

するとナデシコのセンサーが重力波反応を捉えた。

 

「重力波反応を確認!機動兵器です。しかもすごく速い!」

 

捉えたセンサーの反応をハーリーは見逃さず、報告をする。

 

「亡霊が出てきましたか‥‥?」

 

「そのようです」

 

「エステバリス隊出撃準備!」

 

『幽霊退治はおまかせ』

 

『いっちょ、暴れてくっか!

 

『悪霊退散!艦内あんぜ~ん』

 

ヘルメットにお札をはって答えるイズミ。

相変わらずである。

パイロット三人娘はいつでも出撃できるようだ。

 

「敵機動兵器は‥‥っ!?」

 

レーダーで敵機の方位、距離を測定していたハーリーが突然レーダー上から消えた敵の反応を見て驚いている。

 

「どうした!?」

 

「レーダー反応ロスト!敵機を捕捉出来ません!!」

 

「‥‥同じだな」

 

「ふむ、これでは作戦の立てようがありませんな」

 

隕石群での戦闘同様レーダーに映らない相手ではまた逃げの一手しかない。

 

「そこで俺の出番ってわけだ」

 

「待っていました」と言わんばかりにウリバタケが名乗り出た。

 

『ウリピーどうしてここに?』

 

「お前らが弱音を吐いているんじゃないかと思ってな。いいか、相手は性懲りも無くバカの一つ覚えのレーダージャマ―を使っていやがる。こいつがやっかいなのはパイロット諸君ならよく分かっている筈だ。そこで、こんな事もあろうかと!そう、こんな事もあろうかとだ!この俺様がレーダージャマ―除去装置を密かに開発しておいたのだ!」

 

ただウリバタケの説明では除去装置をエステバリスに取り付けるには少し時間がかかるらしくそれまではナデシコで持ちこたえなければならなかった。

そんなナデシコに追い討ちをかけるように『タケル』付近にボソンジャンプ反応があった。

クルーは六連かと思ったが、増援としてボソンジャンプしてきたのはバッタだった。

バッタのボソンジャンプと意外な事態が起こるも迎撃をしないわけにもいかずナデシコはジャンプアウトしてきたバッタに攻撃を開始した。

バッタと六連の攻撃を耐え忍んでいる間にウリバタケは除去装置をすべてのエステバリスに装備し、装備が完了したエステバリスから順に出撃、六連に対し、攻撃を開始する。

レーダーに映らず、自分たちの居場所を満足に特定できぬと高を括っていた六連たちは動揺する。

 

『どうだ!俺のレーダー・ジャマー除去装置、「ジャマークリーナー」の威力は!?』

 

『そんな名前あったの?』

 

『さっきつけた』

 

『あっそ』

 

こんな中でも軽口をたたき合っているのが、いかにもナデシコクルーらしい。

姿さえ映れば六連などナデシコのパイロットたちにとっては敵ではなくたやすく撃退できたが、六連が退いてもバッタは次々とボソンジャンプしてくる。

すると『タケル』の影から一隻の木連型戦艦が姿を現した。

 

「あれはっ!?『ゆめみづき』!!』

 

『ゆめみづき?』

 

「大戦中、白鳥九十九 大佐が乗艦していた戦艦だ。そうかあれなら短距離ジャンプが出来るな‥‥」

 

ゆめみづきは『タケル』の正面に布陣し、ナデシコの前に立ちふさがった。

 

ジョンプアウトしてくるバッタをナデシコが迎撃し、ゆめみづき本体にはエステバリス隊五機が全方位から攻撃に当たる。

戦闘開始当初はフィールドを張り、バッタを次々とボソンジャンプさせていたゆめみづきであったが、攻撃を受け続け、フィールド発生装置に異常が出て、フィールドが消失、続いてゆめみづきの構造を良く知るサブロウタの攻撃で格納庫及びジャンプ装置を破壊され、バッタの短距離ジャンプが出来なくなり、ナデシコもゆめみづき攻撃に加わり、ゆめみづきはあえなく沈んだ。

 

ターミナルコロニー『タケル』の前に立ち塞がった北辰の亡霊はウリバタケの開発したレーダー・ジャマー除去装置の前に破れ、最後の砦と言わんばかりにナデシコの前に姿を現した木星戦艦『ゆめみづき』もエステとナデシコの連携攻撃の前に沈んだ。

 

「前方にターミナルコロニー『タケル』を確認」

 

邪魔者を片付け、いよいよ『タケル』から火星へと向おうとしていたナデシコの前にまた新たにボース粒子の増大反応‥‥すなわちボソンジャンプ反応があった。

 

「ボース粒子増大!『タケル』に艦隊を確認しました!」

 

「火星の後継者か!?」

 

艦内に緊張が走る。

 

「ち、違います!識別信号‥‥えっと‥‥これは統合軍の艦隊です!!」

 

ハーリーが味方識別信号を確認すると、火星の後継者でないことが確認され、若干艦内の緊張が緩んだ。

やがてボソンジャンプし終えた統合軍艦隊、リアトリス級戦艦『ゆみはりづき』から通信が入る。

 

『ナデシコB、こちらは統合軍第五艦隊所属「ゆみはりづき」である。君たちの行動は明らかに新地球連合軍規に違反している。よって直ちにナデシコの機関を停止してマスターキーをこちらに渡してもらおう。言っておくが妙なマネは起さん事だ。こちらの指示に従わない場合は反乱とみなし実力行使もやぶさかではない!これは脅しではないぞ!』

 

通信が切れると統合軍第五艦隊の艦艇すべての砲門がナデシコへとロックされる。

 

「どうやら本気のようですね」

 

「俺たちの苦労も知らないでまったく勝手だよな」

 

「僕たち軍法会議にかけられるんでしょうか?」

 

ハーリーが不安そうに尋ねる。

 

「そういうことになるんじゃない」

 

サブロウタは軍法会議にかけられるかもしれないと言うのに、あっけらかんとした感じで言う。

 

「うぇ~ん ホントですかぁ~」

 

それを聞いてハーリーは涙目となる。

 

「宇宙軍本部に連絡はできないか?」

 

「だめです通信回線が開きません!!」

 

先程の戦闘の影響か?

それとも統合軍がジャミングをしているのか回線が開かず、『通信不可』のウィンドウが表示される。

 

「さて、どうしますか艦長?」

 

「ここは相手の指示に従って様子を見たほうがいいと思います」

 

数においても戦力においても今ここで統合軍の艦隊と戦っても勝ち目はないし、反対に自分たちが反逆者にされてしまう。

 

「‥‥そうですね‥‥機関停止‥‥マスターキー解除」

 

ルリのアドバイスを聞き、悔しそうにジークは機関を止め、マスターキーを抜いた。

 

「ナデシコB 機関停止!マスターキーを解除しました」

 

「じゃあ私が向うにいってきます」

 

ルリは自ら統合軍との交渉役を志願した。

 

「いえ、それは俺が‥‥」

 

ジークは艦長である自分が交渉役としていこうとしたが、

 

「艦長はナデシコで待機していてください」

 

「それがいい。失礼ですが艦長といっても訓練の延長上でのことです。話がややこしくなると不味い‥‥」

 

と、ルリとゴートによって止められた。

 

「どうです艦長?ここはルリさんに任せてみては?」

 

「わかりました。それじゃあホシノ少佐よろしく頼みます」

 

「はい」

 

ゆみはりづきに赴いたルリは早速、ゆみはりづきの艦長室へと案内された。

 

「連合宇宙軍少佐、ホシノ・ルリです」

 

「ナデシコのマスターキーは持ってきたかね?」

 

「はい。‥‥でも、その前にお話があります」

 

「君たちは既に任を解かれている。発言する権利は無い」

 

「問答無用ですか‥‥?」

 

そう言ってルリは、ゆみはりづきの艦長にゼンマイの形をしたナデシコのマスターキーを手渡す。

 

「‥‥そういうことだ。以後、火星の後継者鎮圧は我々統合軍が引き受ける。君には色々と説明してもらわねばならんな、少佐。ホシノ少佐を連れて行け」

 

艦長の部下に促されて部屋を出ていくルリ。

扉の所で、横目で艦長を見ながら、ルリは一言言い放った。

 

「‥‥バカ」

 

一方、ナデシコでは単身で、ゆみはりづきへ乗り込んだルリの身を案じるハーリー。

ルリを信じ、ハーリーを励ますサブロウタ。

飄々として事態を見守るプロスペクター。

ジークは何度も宇宙軍本部と連絡を取ろうとするが、未だに通信回線は開かない。

 

「どっちにしても待つしかないか‥‥」

 

そんな中沈黙を続けてきた『ゆみはりづき』より通信が入る。

 

『我々はこれより火星に向かい、統合軍主力艦隊と合流する。君たちは回収艦が迎えに来るまで、そこで大人しくしていてもらおうか。これ以上勝手な行動をとられてはかなわんからな‥‥』

 

通信中にも続々と『タケル』に入りボソンジャンプをしていく統合軍第五艦隊。

 

「では、とりあえず、ホシノ少佐を返してもらいましょうか?」

 

睨み付けるように言うジーク。

ゆみはりづきの艦長はそれに動じず、むしろ余裕を持って答える。

 

「はっはっはっ、訓練生風情が何を言うか。そんな事より、自分の身を案じた方がいいぞ。せいぜい、軍法会議での言い訳でも考えておくんだな」

 

そう言って、ゆみはりづきはルリを乗せたままボソンジャンプしていった。

宇宙軍総司令部のコウイチロウの元では統合軍第五艦隊から報告を受けた統合軍司令部が抗議の通信を入れていた。

 

『ナデシコは火星の後継者鎮圧の任を我々統合軍が引き継いだにもかかわらず、勝手な行動をしていた。これは新地球連合軍軍規に違反する越権行為だ!したがって以後火星の後継者の件についてはナデシコの介入を一切禁止とする。以上だ』

 

統合軍司令部からの通信を呆れながら聞いていたコウイチロウは通信が切れるのと同時に一息ついた。

 

「相変わらず勝手ですね統合軍は」

 

「ん?」

 

執務室にいた白鳥がコウイチロウに話しかける。

 

「我々宇宙軍に獲物を弱らせておいて、弱った所を横から掻っ攫う‥‥まるでハイエナかハゲワシですね」

 

「なかなか言うね。君も」

 

「恐れ入ります。しかしどうします?総司令。このまま手を拱いて事の成り行きを見ているだけですか?」

 

「ふむ‥‥ここはもう一枚の切り札を使うとするか‥‥」

 

「もう一枚の切り札‥‥ですか?」

 

「その通りだよ。白鳥君。宇宙軍にはナデシコの他にもう一枚切り札があるのだよ」

 

そう言ってコウイチロウはどこかに通信を入れた。

 

ルリたちナデシコが南雲率いる火星の後継者達と火星や木星で激しい戦闘を繰り返している時、妹であるコハクも彼女なりに大変な仕事をしていた。

 

 

天王星軌道 

 

地球時間午前六時

 

艦内に起床ラッパの放送が鳴り響き、ベッドで寝ていたクルーたちは一斉に飛び起き、素早く隊員服へと着替え自分たちの持ち場へと走っていく。

 

「総員、配置完了」

 

「時間は?」

 

「七分三十六秒」

 

宇宙戦艦 銀河の第一艦橋でその報告を聞いたコハクは少々不満そうな顔をした。

 

「なんとか五分代まで短縮出来るようこの訓練は続けましょう」

 

「了解」

 

ルリたちナデシコBでは連合大学校の艦長候補生一人の訓練であったが、コハクの場合、銀河を動かす最低人数のクルーの訓練を行っていた。

その理由は今宇宙軍が保有している波動エンジン艦は銀河一艦だけではあるが、来年にはネルガルから波動エンジン搭載艦が次々と建造される予定で、それまでには波動エンジンを扱えるクルーの育成が今回コハクの受けた任務であった。

クルーの着任から数日間はまず艦内配備の確認と波動エンジンがどのような物なのかの講義が開かれ、その後に今回の訓練日程の確認が行われた。

 

起床後の配置集合の後、朝食、小休止の後、戦闘訓練へと入った。

天王星軌道はまだ開拓されておらず、統合軍や木連、他の宇宙軍の艦艇は居らず、広大な宙域を銀河一艦が堂々と使うことが出来る。

 

「標的用ロケット発射」

 

銀河から標的用のロケットが発射され、いずこかへと飛んでいく。

暫くするとロケットは逆噴射して時間差を付けて銀河へと戻ってくる。

それを撃ち落すのが戦闘の基本的訓練であった。

 

「ロケットの中には攻撃をしてはならない味方のロケットもあるので味方識別を怠らないように」

 

「了解。フォルヴェッジオペレーター識別信号の確認よろしく頼むぞ!」

 

銀河の砲雷長、カウレス・フォルヴェッジがオペレーターのフィオレ・フォルヴェッジに声をかける。

カウレスとフィオレは双子の姉弟で、士官学校ではそれぞれ異なる科に所属していたが、双子であり息が合う事で、今回銀河のクルーに抜擢されたのだ。

 

「了解」

 

頼られたフィオレは今まで扱ったことの無いセンサーを不慣れながらも必死で操作し敵と味方の識別を行った。

 

「敵、第一波左舷上方330度から接近」

 

一発目の敵を探知したフィオレがカウレスに報告する。

 

「航海長、右、十五度転換」

 

「了解、右、十五度転換」

 

航海長のアストルフォ・マーシアが操縦桿を操作し艦首を右へと回頭させる。

銀河の三連装主砲四基が左方へと旋回する。

 

『ショックカノン動力接続‥‥測敵完了‥‥自動追尾装置セット完了』

 

「誤差修正右一度、上下角三度」

 

「目標本艦の軸線に到達」

 

「発射」

 

カウレスの命令が主砲管制室に届くと、管制室のチーフが発射ボタンを押す。

十二本のライムグリーン色の光線が標的ロケットへと吸い込まれるように向かい命中する。

 

「目標の破壊を確認」

 

フィオレが標的ロケットの撃破を確認した後、またセンサーを操作して次の標的ロケットの接近を知らせる。

 

「艦載機隊出撃!!」

 

「了解!!行くぞ!!おめらぁ!!」

 

『応!!』

 

銀河の格納庫からは飛行長であるアキレウス・オデュッセイアの掛け声と共に次々と搭載されていたスペース・ウルフが出撃していく。

出撃した艦載機隊は標的ロケットやアステロイド相手に飛行訓練を行う。

 

 

艦橋で銀河の目と頭脳のようなやり取りが行われている中、艦内の他の部署でも様々な訓練が行われている。

 

『第三ブロック被弾!応急修理隊!至急応急修理せよ!』

 

「急げ!」

 

消火器や修理道具・資材を抱えた修理班が被弾箇所へと急ぐ。

被弾箇所へと着いた修理班は消火活動と修理作業を行う。

 

「お前ら訓練学校で何を習ってやがった。応急パッキンの当て方が逆だ!グズグズしているとお陀仏だぞ!」

 

修理班のチーフが隊員の間違いを指摘する。

 

『機関に異常振動!推力低下!』

 

「波動エンジンチェック急げ!」

 

「りょ、了解」

 

機関長のロード・エルメロイが直接機関室へと向う。

機関メンテナンスは機関室にあるメンテナンス用のロボットも搭載されているが、いざという時は直接人の手で行えるよう機関の非常時訓練に組み込まれている。

 

「主電源停止!補助機関へ動力接続!エネルギー伝導管のチェックを!」

 

機関室に着いたエルメロイは機関室を走りながら機関員に指示を下していく。

このような訓練を銀河は連日繰り返していた。

 

「訓練終了。時間、地球標準時、十九時三十五分!」

 

「五分遅れか‥‥」

 

終了時間を聞いたアオイ・ジュンが呟く。

 

「まぁ初期の頃の十分遅れに比べると練度は確実に上がっていますよ」

 

「そうだね」

 

「それにしてもアオイさんの方が、同じ中佐でも年功序列で立場が上なのに副長のような立場になってしまって申し訳ありません」

 

連合宇宙軍中佐アオイ・ジュンも研修という形で銀河に乗艦していた。

 

「そんなことないよ。いずれ僕も波動エンジン搭載艦に乗ることになるだろうから今回の研修はいい機会だと思っているよ」

 

生真面目なジュンらしいコメントだった。

 

訓練日程を順調にこなし、乗員の練度も上がっている銀河。

そんな日のある夜、

 

『‥‥順‥‥です。』

 

(あーこれは夢だ)

 

ボソボソと話す男の声が聞こえる。

 

『そう‥‥でき‥ボソン‥‥できるように‥‥』

 

そして男の声と会話するかのように女の声も聞こえる。

うっすらと目を開けると視界がぼやけてよく見えないが、白衣を着た男とブロンドの髪をし、赤いスーツを着た女の人が自分を見ていた。

 

夢はそこで覚め、見慣れた銀河の部屋の天井を呆然としながらコハクは心の中で思った。

 

(星の海に出る度毎回妙なことが起こる。やっぱり私は宇宙に出ない方がいいのだろうか?)

 

訓練日程も最終に近付いていたある日。

 

「総員配置完了。時間五分五十三秒!」

 

ようやく目標としていた五分代に入り、その報告を聞いた直後、

 

「艦長、宇宙軍総司令部より通信が入っています」

 

「繋いで」

 

フィオレが通信回路を開く。

メインパネルには宇宙軍総司令のミスマル・コウイチロウが映る。

 

「お久しぶりです。総司令」

 

コハクが敬礼しコウイチロウに挨拶をする。

 

『ああ、どうかねコハク君、銀河乗員の訓練は?』

 

「訓練そのものは順調でクル達の練度は確実に上がっています」

 

『そうか、それはよかった』

 

「それで総司令。今日は何のご用件で?」

 

『うむ、実は今火星・木星圏で火星の後継者が再び活動を開始してナデシコにその鎮圧を極秘に担当してもらっていたのだが、統合軍にそれがバレてしまってな』

 

「統合軍に?」

 

統合軍にあまり良い印象をもたないジュンがナデシコを心配するかのように言う。

 

『ナデシコは現在、木星圏のターミナルコロニー「タケル」でマスターキーを抜かれた状態でいる。艦長補佐のルリ君も統合軍に身柄を拘束された』

 

「ルリが!?」

 

身柄を拘束されたとの情報を聞き、コハクとジュンは僅かながらも動揺する。

 

「それで総司令、我々にどうしろと?」

 

『ひとまずナデシコ乗員の収容を頼みたい』

 

「その後は?」

 

『訓練を続けてもらって構わない』

 

「‥‥わかりました。ナデシコ乗員収容後、本艦はそのまま訓練を続行します」

 

コハクはコウイチロウの言葉の意味を理解したのか不敵な笑みを浮かべコウイチロウの命令を復唱し、通信をきった。

 

「コハク君、いいのかい?ルリ君は統合軍に身柄を拘束されているし、火星の後継者がまた活動を再開し立って言うのにこのまま訓練を続行だなんて」

 

ジュンは今後の方針が不服な様子でコハクに尋ねる。

 

「アオイさん。もし、訓練中に所属不明艦から攻撃を受けた場合は自衛のため、攻撃はやむを得ませんよね?」

 

「あ、ああそうだけど、それとこれとはワケが‥‥あっ!?」

 

ようやく先程のコウイチロウの言葉の意味を理解したジュン。

 

「そういうことか‥‥総司令も人が悪いな‥‥」

 

「そういうわけです。フィオレさん艦内放送を」

 

「はい」

 

フィオレが艦内放送をオンにする。

 

『銀河艦長のホシノです。先程宇宙軍司令部より、通信があり、本艦はこれより木星圏で停止状態のナデシコの乗員を収容後、火星圏にて訓練を行います。なお、現在火星・木星圏では火星の後継者が活動を再開しており、統合軍との戦闘状態にあります。万が一戦闘に巻き込まれた場合、本艦は自艦防衛のため戦闘も辞さない所存です。各員の奮闘に期待します。以上』

 

コハクの艦内放送を聞き、乗員がざわつく。

 

「聞いたか?戦闘だってよ!」

 

「実戦になるってことか?」

 

「火星の後継者って夏にテロを起こしたあの火星の後継者だよな?」

 

「いいじゃねぇか。その時には日頃の訓練の成果を統合軍の連中に見せ付けてやろうぜ」

 

「ナデシコの乗員収容ってことはホシノ少佐も乗艦するってことだよな?」

 

乗員がざわつく中、銀河は木星圏のターミナルコロニー『タケル』へと向かうため、ワープ準備に入る。

 

『総員に告ぐ、本艦はこれより、木星圏へ向けワープに入る。総員、ワープ部署につけ!繰り返す総員ワープ部署につけ!』

 

放送を聞いた乗員たちは駆け足でワープ部署へとつく。

 

「時間曲線走査開始。空間歪曲装置準備よし」

 

「出力120パーセントを維持」

 

「時間曲線同調‥‥空間歪曲装置作動開始‥‥ワープ」

 

銀河は天王星圏から木星圏へとワープした。

 

 

火星宙域 

 

火星の某宙域に一隻の宇宙戦艦が停泊していた。

その姿は、木連・地球どちらの物とも違っていた。

艦中央部から延びるブリッジパート。

中央部にはエンジンブロックと、ブリッジパートの付け根に設けられたトリプルレーザーが六門。

船底にはグラビティーブラストが一門据え付けられている。

また、中央部から左右にアームが延び、さらにエンジンブロックがあり、その前には荷電粒子砲が据え付けられ、根本には各種センサーが取り付けられている。

全長は通常戦艦クラス、全幅は通常の三倍は有り、艦全体はワインレッドを基本とした色に塗られている。

 

「本艦は火星軌道に座標固定」

 

「南雲の艦隊はどうなっています?」

 

艦長席にはネルガルのライバル企業であるクリムゾングループの最高幹部の一人で、クリムゾンの会長の孫娘でもあるシャロン・ウィードリンが居り、彼女は南雲の艦隊の行方をオペレーターに尋ねる。

オペレーターはコンソールを操作し火星周辺の宇宙海図を表示し、説明する。

 

「既に所定座標に主力艦隊が集結しています」

 

「統合軍艦隊のジョンプアウト予想時刻は?」

 

「火星標準時で二十時ニ十五分です」

 

「結構‥‥フフ‥‥情報がこちらに漏れているとも知らずに・・・・不意打ちを食らうのはあなた方なのですよ。全艦に通達、敵艦隊ジャンプアウト後にただちに攻撃」

 

「了解」

 

「ただし艦隊旗艦は無傷で捕獲・・・・大事な取引きの材料、扱いは大切にしなければ。フフフ‥‥」

 

どうやら、彼女は南雲の艦隊を討伐しに来たわけではなく、むしろ南雲の協力者であった。

 

 

 

木星圏 ターミナルコロニー『タケル』付近 ナデシコB ブリッジ

 

 

「これからどうするんです?ナデシコは動かないし‥‥ルリさんは連れて行かれちゃうし‥‥」

 

ボソンジャンプする統合軍艦隊を、どうしようもなく見送った後、ハーリーが涙声になりながら言う。

 

「ナデシコがこの状態じゃ、どうしようもないさ」

 

いつものように、コンソールに足を投げ出して答えるサブロウタ。

 

「打つ手無しですか‥‥」

 

肩を落としながらプロスペクターが呟く。

 

その時、ブリッジに警報音が鳴り響く。

 

「前方に空間歪曲反応!」

 

「敵か?おいおい、こんな時に冗談じゃないぞ!」

 

歪曲空間から出てきたのは一隻の戦艦。

 

「ぎ、銀河!?」

 

艦の形状がはっきりした途端、叫ぶハーリー。

そして、その銀河から通信が入る。

 

『おまたせー‥‥ブイッ!』

 

スクリーン一杯に写るコハクの笑顔。

 

『戦艦、銀河ただいまお迎えに参りました』

 

「おお、コハクさん!!」

 

珍しく驚いた様子のプロスペクター。

 

『みなさんお久しぶりです』

 

「ホシノ中佐!」

 

嬉しそうに呼ぶハーリー。

 

『久しぶり弟君!約一ヶ月ぶりだねぇ。元気にしていた?』

 

「は、はい」

 

「よかったな、ハーリー。愛しのお姉様に会えて」

 

「さ、サブロウタさん!」

 

サブロウタにからかわれ声をあげるハーリー。

 

『さあ、話は後で、とりあえずみなさん、銀河へ移乗してください』

 

ナデシコBに接舷する銀河。

接舷と同時に整備班はエステバリスや、武器弾薬、物資の搬入にかかり、コハクとフィオレはオモイカネの移植作業に移った。

 

「ごめんね、銀河。ちょっと狭くなるけど我慢してね」

 

『大丈夫です艦長。彼には一度私の中に侵入された経験がありますから』

 

未だに自分が犯されそうになったことを根に持っている銀河であった。

 

 

ジークたちは銀河乗員の案内の元、第一艦橋へと上がった。

 

「ホシノ中佐にアオイ中佐ですね。連合大学、艦長候補生のジーク・ブレストーン・ユグドミレニアです」

 

「ナデシコの新しい艦長さんですね?銀河艦長のホシノ・コハクです」

 

「地球連合宇宙軍中佐、アオイ・ジュンです。よろしく」

 

「あの?ホシノって‥‥」

 

「あっ、ルリと私は戸籍上姉妹関係なんです」

 

「そうなんですか‥‥」

 

「あっ、弟君~」

 

ハーリーを見つけたコハクは恒例の「ギュっ」を行う。

 

「こ、コハクさん!や、やめてください。みなさんが見ているじゃないですか!?」

 

「大丈夫だって、今更みんな知らないわけじゃないんだし」

 

「い、いやでも‥‥・」

 

「つべこべ言わない」

 

更に力をいれ、ハーリーを抱きしめるコハク。

その様子を唖然として見るジーク。

 

「あ~ そういえば言っていませんでしたね。ホシノ中佐はハーリーを見つけると大体ああなるんですよ。中佐にとってハーリーは大事な弟のような存在なんで‥‥」

 

コハクの様子を唖然として見ているジークにサブロウタはコハクとハーリーの関係を説明する。

 

「はぁ~‥‥」

 

「私たちも噂で聞いたときも嘘かと思いましたが、実際この目で見て納得しました」

 

オペレーターのフィオレがハーリーと戯れているコハクを見て苦笑しながら言う。

 

「あっ、ジーク!!」

 

アストルフォはジークの姿を見つけ、声をかける。

 

「アストルフォ!?」

 

アストルフォの姿を見て、意外そうな声を上げるジーク。

 

「まさか、君が此処に居るなんて‥‥」

 

「驚いた?ボクはこの艦の航海長に抜擢されたんだ!!」

 

「アストルフォが航海長!?」

 

「うん!!」

 

アストルフォが銀河の航海長を務めていることに更に驚くジーク。

その後、他のクルーたちもジークに自己紹介をする。

 

「砲雷長を務めているカウレス・フォルヴェッジです」

 

「オペレーターのフィオレ・フォルヴェッジです」

 

「えっと‥‥お二人とも同じ苗字ですけど‥‥?」

 

「カウレスと私は双子の姉弟なんです」

 

「我が名はロード・エルメロイ。この機関長を務めている」

 

「ジーク・ブレストーン・ユグドミレニアです。よろしくお願いします」

 

ブリッジ要員と挨拶を済ませた後、宇宙軍司令部より通信が入った。

 

『諸君、無事かね?』

 

「総司令!」

 

空間ウィンドウが開き、そこに映し出されるコウイチロウの姿。

 

『連絡出来ずに済まなかったな、艦長。こちらも統合軍と折り合いをつけるのに手間取ってね。銀河の発進準備はよろしいかね?』

 

「はい」

 

『では、すぐに火星に向かってくれたまえ。火星の後継者と統合軍艦隊が交戦中だ』

 

「しかし、我々は命令違反により、現在任務を解かれていますが‥‥?」

 

ジークがコウイチロウに尋ねる。

 

『それはナデシコBの話だ。今、君たちが乗っているのは銀河だよ』

 

さも可笑しそうに言うコウイチロウ。

 

『統合軍も火星の後継者に苦戦している。それに銀河は今訓練航海中だ。たまたま訓練中に統合軍と火星の後継者との戦に巻き込まれただけだろう?万が一の時は私が責任を持つ』

 

「総司令‥‥」

 

『コハク君、新艦長をしっかりサポートしてくれ』

 

「了解しました」

 

『では、諸君健闘を祈っておるよ』

 

 

「ではユグドミレニア艦長、指揮をお願いします」

 

「えっ!?でも銀河の艦長はホシノ中佐じゃあ‥‥?」

 

「今から艦長交代です。それに火星の後継者鎮圧はユグドミレニア艦長が宇宙軍司令部より託された命令です。その命令が撤回されない限り、例え艦が移っても艦長職を全うしてください。銀河の乗員も了承済みですから」

 

「わかりました」

 

ジークはフィオレに頼んで艦内放送を入れてもらった。

 

『皆さん、先程ホシノ中佐より艦長職を引き継いだジーク・ブレストーン・ユグドミレニアです。銀河乗員の皆さんには納得がいかないかもしれませんが、ナデシコ艦長、ホシノ少佐の救助と火星の後継者を鎮圧するため、皆さんの力を貸して下さい』

 

『こちら機関室、発進準備完了!』

 

『射撃管制室いつでも撃てます』

 

『CIC要員配置完了』

 

各部署から発進準備、隊員の配置が終了した報告が届く。

 

「艦長、総員配置完了、銀河発進準備完了しました」

 

「‥‥戦艦銀河はこれより火星へ向かいます!」

 

「了解。銀河、連続ワープは機関に大きな負担をかける、今回はターミナルコロニーを使って火星圏へボソンジャンプするよ」

 

『了解』

 

「では、皆さん配置について下さい。エステバリス隊の準備はいいですか?」

 

『いよいよ決戦だな!こっちは準備OKだぜ!』

 

『まずは、ルリルリを連れ戻さなきゃね』

 

『今度ばかりは”マジ・イズミ”です』

 

「ウリバタケさん、搬入の方は終わりましたか?」

 

『おう、バッチリよ』

 

「では、各員配置についてください。火星へ向った統合軍を追いかけます」

 

「ルート確認します‥‥ルート確定!ターミナルコロニー『タケル』より『カグヤマ』、『サヨリ』を通って『ウズメ』へ!」

 

「ヒサゴプランのシステムは?」

 

「正常に機能しています。どうやら、統合軍がシステムを奪回したようですね」

 

ターミナルコロニー『タケル』へと入っていく銀河。

 

「通信回線閉鎖、生活ブロック準備完了」

 

「フィールド出力異常なし、波動エンジン異常なし」

 

「レベル上昇中」

 

「じゃんぷ」

 

銀河はボソンジャンプを行い火星へと向かった。

 

 

 

・・・・続く



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第60話

 

 

 

 

 

無事にターミナルコロニー 『ウズメ』 にジャンプアウトした銀河は、ルリを連れ去った統合軍第五艦隊を追った。

 

ターミナルコロニー『ウズメ』から、最短距離で火星を目指す銀河。

 

その途中で、統合軍艦隊と火星の後継者艦隊との戦闘に参戦することになり、激しい三つ巴の戦いの中、何とか火星の後継者の艦隊を撃破したものの統合軍艦隊の中にルリを連れ去った、『ゆみはりづき』 の姿はなく、かわりに火星の後継者の艦隊には南雲が座乗する 『かんなづき』 の姿があったが、南雲もルリの行方を知らなかった。

 

「ルリさんはどこでしょう?」

 

「統合軍戦艦『ゆみはりづき』ですな」

 

「至急『ゆみはりづき』の現在位置を確認!」

 

ハーリーとフィオレの二人が必死に探すが、『ゆみはりづき』の反応は無い。

 

「『ゆみはりづき』の反応が消失!?」

 

「ええっ!そ、それじゃあ艦長は‥‥!?」

 

「何かの間違いじゃあ‥‥」

 

「撃沈されたということか!?」

 

最悪の事態を想定したのかハーリーは泣き出し、コハクは拳をギュッと力強く握る。

 

『そんな筈ねぇ!オレが探してくる』

 

『そうだよ!絶対どこかにいるよ!』

 

『艦長、エステバリスで出るよ』

 

「しかしいったい何処を探すんです?」

 

「無闇に出ると敵の攻撃目標になるぞ」

 

『ちくしょう‥‥』

 

「ルリ‥‥」

 

重苦しい空気の中、銀河は火星へと向った。

 

そして‥‥

 

「火星、静止衛星軌道上に敵艦隊を確認!それに『ゆみはりづき』もいます。どうやら、戦闘不能に陥っているようです」

 

「他の統合軍艦艇の姿は?」

 

「いません。『ゆみはりづき』一隻の模様です」

 

火星静止衛星軌道にルリを連れ去った『ゆみはりづき』の姿を見つけたが、その他の第五艦隊の艦艇の姿は居ない‥‥

 

しかも残っている『ゆみはりづき』も大破している。

 

という事は、その他の艦艇は撃沈されたと言うことだ。

 

「敵戦力の解析を!」

 

「ゆめみづき級戦艦五隻。それにデータに無い未確認戦艦が一隻います」

 

メインスクリーンに映る一隻の戦艦。

 

その姿は、木連・地球の両戦艦を重ね合わせたような作りだった。

 

「未確認艦より通信です」

 

「通信回路を開いてください」

 

フィオレが通信回路を開くとメインスクリーンには一人の女性が映し出された。

 

『ご機嫌はいかがかしら?』

 

「あなたは誰です?」

 

パネルに映る見慣れない女性に正体を聞くジーク。

 

『あら、ご挨拶ねぇ。まあ、いいわ。クリムゾングループ技術開発部、シャロン・ウィードリンと覚えてちょうだい』

 

地球ではネルガルと同レベルの大企業であるクリムゾングループの最高幹部である自分の事を知らないジークにやや不機嫌そうなシャロン。

 

「クリムゾングループだと!?」

 

「クリムゾングループがこんな所で何の用ですかな?」

 

意外な場所でライバル企業の幹部と出会い、訝しむプロスペクターとゴート。

 

『取引よ。イネス・フレサンジュとタケミナカタ・コハクをこちらに引き渡してもらいたいの』

 

「バカな!何が目的だ!?」

 

その場にいたら、今にも掴みかかりそうな勢いで言うゴート。

 

『ボソンジャンプの完璧な制御。そして、その市場独占。その為にはどうしてもイネス・フレサンジュとタケミナカタ・コハクが必要なのよ。それとコハクには新型宇宙エンジンの開発もやって貰いたいしね』

 

コハクが新型宇宙エンジン‥‥波動エンジンをこの世界に持ち込み、ネルガルが開発を始めていることは当然ライバル企業であるクリムゾングループは既に掴んでいたみたいだ。

 

反ネルガル企業の筆頭であるクリムゾングループとしては新型宇宙エンジンの開発を許すはずがない。

 

折角、業績不振に陥れたネルガルが再び勢いづいてしまう。

 

「そんなことが出来ると思っているんですか!?」

 

冷静ながらも怒りを押し込めた声で尋ねるジーク。

 

『火星の後継者が新地球連合に代わって、新たなる秩序とやらを作ればね‥‥』

 

「どうやら今回、火星の後継者のバックにはクリムゾングループがついていたようですね」

 

メインモニターに映るシャロンを見ながらジュンが呟く。

 

元々火星の後継者は政権戦争に敗れた草壁を首領とする組織であったが、人材も戦力も財力も大規模なテロ事件を起こすには何もかもが乏しい。

 

事件を起こすのであれば、整った兵力と財力が必要だった。

 

その財力をクリムゾングループが密かにバックアップしていた。

 

そしてそれは今回、南雲が起こした第二次火星の後継者テロ事件でもクリムゾングループは彼らをバックアップしていたみたいだ。

 

『お察しの通り。火星の後継者とクリムゾングループの目的は一致しているわ』

 

「我々がそれを聞いて、大人しく引き渡すと思いますか?」

 

『思わないわよ。だから、こちらとしても交換条件を用意したのよ』

 

「交換条件?」

 

ジュンが怪訝そうな顔をする。

 

一体、クリムゾングループは何を交換条件に出すのだろうか?

 

『こういう事になっています』

 

そこへ、気落ちしたルリがスクリーンに現れる。

 

「ルリちゃん!!」

 

「ルリさん!無事だったんですね」

 

『さあ、ホシノ・ルリの命が交換条件よ』

 

「やり方が汚ねぇな」

 

「それにルリさん一人に対して、こちらはイネスさんとコハクさんの二人を差し出すなんて‥‥」

 

『あら?コハクは元々クリムゾンが所有していた筈よ。それを貴方たちネルガルが強盗まがいのことをして奪っていったんじゃない』

 

「そ、それは‥‥」

 

旧社長派の行ったネルガルの汚点の事実を突きつけられ口ごもるプロスペクター。

 

『久しぶりねE-001号いえ、タケミナカタ・コハク』

 

モニター越しに自分を睨むコハクにシャロンは話しかける。

 

「わ、私はあなたなんか知らない!クリムゾンなんかとも関係なんか持ってない!」

 

怒気を含んだ大声で叫ぶコハク。

 

実際にコハクは記憶喪失の為、シャロンに自分がクリムゾングループの手によって生み出されたと言われても信じられない。

 

『そう‥‥でも、私は、はっきりと覚えているわ。あれは四年以上前、ウチの所有する研究所だったわ‥‥』

 

シャロンは昔を懐かしむかのようにコハクとの出会いを語りだす。

 

 

 

 

約四年前 クリムゾングループ所有の某研究所‥‥

 

 

「へぇ~これがトカゲさんからのプレゼントなの?」

 

シャロンは生体ポッドの中で眠る少女を見ながら研究員に尋ねる。

 

「はい。どうも人工的に造られた強化人間だそうです」

 

「それでどんな感じに実験を進めていくつもり?」

 

「順次、強化用ナノマシーンと薬物を投与していく予定です。その後ボソンジャンプの実験に移る予定です」

 

「そう。でも出来るだけ早くボソンジャンプが出来るようにしてちょうだい」

 

「わかりました」

 

シャロンが再び生体ポッドを見ると中の少女がうっすらと目を開け、自分を見ているように見えた。

 

 

 

 

「っ!?」

 

シャロンの話を聞き、コハクは先日見た夢が自分の過去の記憶なのだと確信した。

 

『どうやら思い出したようね。元々貴女には取引材料になる資格すらないのよ。さあ、早くイネス・フレサンジュをこちらに渡しなさい』

 

「どうするんです?取引に応じるつもりですか?」

 

ゴートがシャロンの話を聞き、ジークに尋ねる。

 

「取引に応じるつもりはありませんよ。それにどうせこれは罠でしょうし」

 

「じゃあ、どうやってルリさんを助け出すんですか?」

 

ハーリーが不安げに尋ねる。

 

ルリをどうやって助けるか思案しているとその時、『ゆみはりづき』から通信が割り込む。

 

『直ちに敵艦隊を攻撃しろ!これは命令だ!』

 

『ふん。悪あがきはよすのね。命が助かっただけでも有り難いと思いなさい』

 

『生き恥さらしてまで、命が欲しいとは思わん!』

 

『そう。じゃあ、お望み通り撃沈してあげるわ!』

 

『艦長、「ゆみはりづき」を援護して下さい』

 

ルリが話しに割り込む。

 

『ちょっと、何勝手に通信してんのよ!』

 

「あんな勝手ばかり言っている連中をですか?」

 

不満そうに(実際不満)言うサブロウタ。

 

『それでも味方艦ですよ』

 

「困りましたなぁ。こちらから攻撃する訳にもいきませんし‥‥」

 

「‥‥」

 

ジークは気丈にも不安を見せなかった。

 

自分が敵艦と共に死んでしまうかもしれない状況で‥‥だが、その瞳には微かに不安な心が写っていた。

 

「援護するって言ってもルリさんが乗っているんじゃあ攻撃なんて出来ませんよ」

 

『話は聞いたわよ、艦長。』

 

「イネスさん」

 

『ルリちゃんを助けるんでしょう?私が単独ボソンジャンプしてルリちゃんを連れ戻すわ。まずは「ゆみはりづき」をかばう振りをしてちょうだい。こっちの準備が一気に攻撃を開始、その隙に敵艦にジャンプしてルリちゃんを連れ戻してくるわ』

 

「わかりました。本艦はこれより『ゆみはりづき』を援護!エステバリス隊、スペース・ウルフ隊、発進!『ゆみはりづき』に直撃するミサイルを迎撃!ディストーションフィールド出力最大!」

 

 

銀河はフィールドを張り、『ゆみはりづき』の前に立ちはだかった。

 

『ゆみはりづき』と銀河を包囲する五隻のゆめみずき級戦艦の攻撃を一身に受けたが、航海長の巧みな操艦で致命傷を避け、被害箇所も応急修理隊が日ごろの訓練の成果を発揮し、すぐに損傷の拡大を防いだ。

 

エステバリス隊とスペース・ウルフ隊は、敵ミサイルの迎撃と、『ゆみはりづき』の囮を努めるのに精一杯だった。

 

『艦長、待たせたわね。準備OKよ。いつでもジャンプ出来るわ』

 

「了解」

 

「戦闘用意、ショックカノン、一番、二番砲塔敵艦に向け固定‥‥撃て!」

 

銀河のショックカノンが左翼側に展開していたゆめみづき級戦艦に向け放たれ損傷を与える。

 

『なっ‥‥!?』

 

突然の銀河の攻撃を見て驚きを隠せないシャロン。

 

「今です、イネスさん!」

 

「イネスさん、がんばって!!」

 

『任せなさい!』

 

声援を受け、イネスはボソンジャンプしていった。

 

 

 

 

クリムゾン戦艦 ブリッジ

 

 

艦長席に座るシャロン。

 

銀河の反撃を見て、最初は驚いていたが、時期にそれは怒りへと変わった。

 

ルリを人質に取った時点で、自分の勝ちだったはず‥‥

 

しかし、奴らは、生意気にも攻撃してきた。

 

なぜ、自分の考えた通りに動かないのか?

 

彼女の心の中には、そのような思いが巡り、全てはアイツラが悪いと思った。

 

「おのれぇ~あくまで抵抗するのね」

 

「見え見えの罠にはまるほどバカじゃありません。」

 

ルリが冷静に答える。

 

「バッ‥‥バッ‥‥バカ?!」

 

「バカばっか」

 

「えーい!ばまらっしゃい!」

 

「だまらっしゃい?」

 

「くっ‥‥!?」

 

間違いを指摘され、ルリから顔を背けるシャロン。

 

「全艦に攻撃命令!本艦も前に出ます」

 

「了解」

 

シャロンが攻撃命令を下している中、ブリッジの一角に光が表れ、その中にイネスの姿が浮かび上がる。

 

それに気づいて、歩み寄るルリ。

 

「さあ、連中が沈んでいく様を見てなさ‥‥えっ?」

 

振り向いたシャロンだが、しかしそこに居たのはルリの姿だけでなく、

 

「ルリちゃんは返してもらうわよ。」

 

「イネス?!」

 

ジャンプアウトしたイネスの姿もあった。

 

「おじゃましました」

 

そのままボソンジャンプして消える二人。

 

シャロンは一瞬呆然とするが、事態に気づき怒りに震えた。

 

 

銀河 第一艦橋

 

銀河の第一艦橋へジャンプアウトしたイネスとルリ。

 

「ただいま戻りました。ご心配をおかけしました」

 

「ルリ!」

 

コハクがルリに抱きつく。

 

「コハク!?」

 

「心配したんだよ!ケガとか酷いことされてない?」

 

ルリの体のあちこちを触って怪我が無いか確かめるコハク。

 

その姿は最新鋭戦艦の艦長らしくない。

 

「大丈夫ですよ。コハク」

 

抱き合っている二人にイネスが水をさすわけでないが、「いつまで抱き合っているんだ」と言いたげに言う。

 

「二人ともいつまでそうしているの?敵さんだいぶカリカリしているわよ」

 

「で、では、これより敵艦隊を撃破します」

 

『ルリさえ戻りゃ、こっちのもんだ!思いっきり暴れてやるぜ!』

 

攻撃できるようになって、生き生きとするリョーコ。

 

『借りを返させてもらいます。』

 

まるで、ヤクザのような台詞を言うイズミ。

 

『そうそう、かりたものはかえさないとね。』

 

イズミの言葉を受け、お茶らけて言うヒカル。

 

「敵艦隊、機動兵器を発進させました」

 

クリムゾン戦艦の前に三機のマジンと小型の機動兵器が射出される。

 

『お~~~~ほっほっほ!あなた達にこの最強無敵のクリムゾン製のこの戦艦が倒せるかしら?!この艦の前には、いかなる攻撃も無力!泣いて謝るのなら今のうちよ!』

 

戦闘再開と同時に、エステバリス隊にマジンを攻撃させ、ゆめみづき級戦艦を相手にする銀河とスペース・ウルフ隊。

 

元々が対艦設計されている艦なので火力がこの世界の戦艦より優れていたため、次々と沈めていく。

 

スペース・ウルフ隊も損傷し、フィールドが展開できない敵艦に向けて、対艦ミサイルで攻撃をする。

 

銀河は次に照準をクリムソン戦艦にむけ、副砲を含め、全部で十本のショックカノンがクリムゾン戦艦に命中するが、相手は無傷だった。

 

「効いていないだと!?」

 

ショックカノンの直撃を受けて無傷のクリムゾン戦艦をみて驚きの声をあげるカウレス。

 

「多重ディストーションフィールド‥‥」

 

「多重ディストーションフィールド?」

 

「‥‥フィールドが多重構造になっているわ。あそこまで強力なフィールドを形成する技術は、クリムゾン社には無いはず。きっと何かカラクリがあるはずよ」

 

木連との大戦時からバリアシステムにかんしてはネルガルよりも優れていたクリムゾングループであるが、いくらなんでもショックカノンを耐え凌ぐほどのバリアは単一では無理がある。

 

そのため、イネスはあの強力なバリアには何か仕掛けがあると読んだ。

 

『どけ!本艦はこれより特攻をかける!目標はクリムゾン戦艦!!いくらフィールドが厚くたって、戦艦一隻分の質量は受けられまい!!』

 

そう言って一方的に通信を切り、クリムゾン戦艦に突っ込む『ゆみはりづき』。

 

『ゆみはりづき』はクリムゾン戦艦のフィールドに接触する。

 

しかし、クリムゾン戦艦のフィールドはそれを受け止める。

 

「お~~~~ほっほっほっほ!無駄よ。無駄!」

 

フィールドに押しつぶされ爆発する『ゆみはりづき』。

 

銀河の艦橋内の空気が凍るが、乗員は全員爆発寸前に脱出していて無事だった。

 

『なんだぁ?!ちゃっかり脱出してんじゃねぇか!』

 

『いやあー、やっぱり命は惜しいからな。というわけで、後のことはよろしく頼む!』

 

「‥‥やっぱり」

 

「イネスさん?」

 

「今の爆発を見てわかったことがあるわ。どうやらクリムゾン戦艦の周囲に浮いているあの小型機動兵器がフィールドを形成しているようね」

 

「じゃあそれを潰せば‥‥」

 

「ええ、あのフィールドは消えるわ」

 

「エステバリス隊にクリムゾン戦艦周囲に展開している小型兵器を攻撃するよう通信を送ってください」

 

「了解」

 

 

その後の戦いは比較的容易というか一方的だった。

 

エステバリス隊、スペース・ウルフ隊の攻撃で小型機動兵器を破壊されたクリムゾン戦艦はフィールドが消失し、圧倒的に不利な立場となった。

 

僚艦も援護する機動兵器もなくなったクリムゾン戦艦はエステバリス隊、スペース・ウルフ隊の全方位からの攻撃と銀河の一斉射撃を受け沈んだ。

 

シャロン以下クリムゾン戦艦の乗員は救命ポッドで脱出した。

 

シャロンをはじめとするクリムゾン戦艦乗員の身柄を『ゆみはりづき』の乗員たちに任せ、銀河は火星極冠遺跡へと向う。

 

「しかし、クリムゾングループが一枚かんでいたとは‥‥」

 

先程の戦闘をあらためて回想しているのかゴートが口を開く。

 

「いやいや、十分に予想できたことです。火星の後継者とクリムゾングループは常に協力関係にありましたからね」

 

プロスペクターがメガネを指でクイッと掛け直しながら言う。

 

「宇宙軍本部より通信です」

 

フィオレが宇宙軍本部からの通信をパネルに投影する。

 

『銀河、無事かね?』

 

「こちらは無事です。火星軌道上にてクリムゾン戦艦を撃破し、現在火星遺跡へ向っています」

 

『うむ、クリムゾン本社の方は地上部隊が押さえた。残るは火星の後継者の主力艦隊のみだ。だが、統合軍も宇宙軍も戦力を消耗しており、形勢はこちらが不利なのだよ。敵は火星遺跡を完全に占拠している』

 

「私とルリ、そしてオモイカネと銀河で遺跡のシステムを掌握してみます」

 

『すべては君たちにかかっている。頼んだぞ』

 

「さあ、敵陣に乗り込むとしますか」

 

プロスペクターの言葉にシークは頷き、命令を下す。

 

「総員戦闘配置、艦内警戒パターンA、エステバリス隊、スペース・ウルフ隊発進準備!」

 

「遺跡上空に敵、主力艦隊を確認、戦艦、機動兵器が多数います」

 

「では、私とルリ、弟君はCICにて遺跡システムの掌握を開始します。フィオレさん、遺跡システム掌握まで艦のシステムを貴女に任せます」

 

「えっ!?わ、私にですか?」

 

突然艦の全システムを担当しろと言われ驚愕するフィオレ。

 

「ば、バックアップだけじゃいけませんか?」

 

「ダメです。敵はおそらく強力なプロテクトを遺跡のシステムに仕掛けているはずです。それを解除するのには私たち三人でも時間がかかります。とても艦のカバーまでは出来ません。バックアップはキュウパチがしてくれます」

 

「で、でも」

 

「がんばれ、オペレーター」

 

「え?」

 

不意にジークがフィオレに声援を送る。

 

「貴女が頑張って俺達の背中を守ってくれたら、俺達もそれに答えるようにあなたを全力で守ります」

 

フィオレが艦橋を見渡すと皆が自分を見ている。

 

「わ、わかりました。がんばります!」

 

フィオレは精一杯声をあげて答えた。

 

「敵艦より通信、回線を開きます」

 

パネルには南雲の姿が映る。

 

『よくぞ、ここまで辿り着いた‥‥いよいよ、決着を付ける時が来たようだな』

 

「南雲中佐、無益な争いはもう止めにしませんか?」

 

『今更何を言うか!』

 

「あなた達は、クリムゾングループの野望とシャロンさんの一方的な復讐に利用されていたんですよ!?」

 

『そんな事は先刻承知。クリムゾングループ‥‥彼らは我々を利用した。‥‥そして我々もまた彼らを利用したに過ぎない。我々火星の後継者は、自らの信念と理想の為に立ち上がったのだ。目的の完遂あるのみ!』

 

「‥‥戦うしか無いようですね」

 

『だが、果たして我々に勝てるのかな?艦隊戦力では、こちらの方が圧倒的だぞ』

 

「俺はクルーの力を信頼しています」

 

『ハッキングによるシステム掌握かね?だが、我々も対抗プロテクトを掛けている。ま、しかし「電子の妖精」ホシノ少佐の事だ、いずれはプロテクトも解除するだろう。そちらが先に沈むか、こちらがシステムを掌握されるのが先か‥‥』

 

「俺達は絶対、あなた達に勝ってみせます!」

 

『良い心がけだ。相手にとって不足なし!』

 

南雲の通信が切れ、銀河と敵主力艦隊はほぼ同時に動いた。

 

敵の機動兵器はエステバリス隊と銀河の対空砲とミサイルが相手をし、艦隊には銀河のショックカノンが相手をした。

 

「プロテクト解除の進行状況は?」

 

ジークがCICにいるコハク達に確認をとる。

 

『現在四十%程です。ハーリー君コード四十八から七十までお願い』

 

『ええ、ボクじゃできませんよ』

 

『私達だけじゃ間に合いません』

 

『弟君、頑張れ』

 

通信の内容からCICのほうでも悪戦苦闘している様子。

 

「敵旗艦、主砲の射程内に捕捉!」

 

「主砲発射!」

 

銀河から放たれたショックカノンの砲撃を受けた『かんなづき』は中破程度の損傷を受けた。

 

「ぬぅ‥‥やるな。‥‥例のシステムを使う」

 

「中佐、あのシステムはまだ‥‥」

 

「かまわん!」

 

「了解」

 

「主砲撃て!」

 

再び『かんなづき』に砲撃をする銀河。

 

しかし、一発目と違い二発目では大した損害を与えられていない。

 

「主砲が効いていない?」

 

「そんなバカな!」

 

突然フィールドが強固になった『かんなづき』に戸惑う銀河の砲術員。

 

「敵のフィールドとて無敵ではない!砲撃を続行せよ!」

 

戸惑う砲術員に渇を入れるカウレス。

 

引き続き攻撃をかけるが、未だ撃沈に至らない『かんなづき』。

 

無敵というわけにもいかず、『かんなづき』の相転移エンジンには異常負荷がかかっていた。

 

(むっ!?これは‥‥相転移エンジンの出力が上がり続けている‥‥?)

 

『かんなづき』の相転移エンジンの異常に気づく南雲。

 

「‥‥総員、『かんなづき』より退艦せよ。‥‥これより『かんなづき』は、ワンマンオペレーションシステムに移行する!」

 

「ど、どうされたのです、中佐?!」

 

「私は『退艦せよ』といっている」

 

南雲の表情から自艦のおかれた事態に気づく『かんなづき』の乗組員。

 

南雲に敬礼すると、乗員は次々とブリッジから出ていく。

 

「『かんなづき』より脱出艇を確認」

 

サブロウタの報告にスクリーンを凝視する艦橋要員。

 

「攻撃中止、脱出艇が安全圏まで退避するまで待機」

 

ジークは攻撃中止命令を下し、その真意を悟ったカウレスは攻撃中止命令を各攻撃パートへ伝達した。

 

「ふっ、甘いな‥‥」

 

銀河の攻撃が止んだことに一人、『かんなづき』のブリッジで笑う南雲。

 

やがて脱出艇が安全圏へ退避すると銀河の砲撃とミサイルの一斉攻撃が『かんなづき』へと襲い掛かる。

 

「『かんなづき』の撃沈を確認!」

 

地球との大戦時より数々の武勲をあげた『かんなづき』は船体を三つに折り、火星遺跡上空で爆沈した。

 

南雲は『かんなづき』と運命を共にしたのかと思われたが‥‥

 

「っ!ま、待ってください!爆発ギリギリで『かんなづき』から出てきた機体があります!!こ、これは‥‥夜天光です!!」

 

『南雲か!?』

 

南雲は爆発前に夜天光に乗り『かんなづき』を脱出していた。

 

「解除の進行状況は?」

 

『現在解除率八十二%、ハーリー君!』

 

『はい!えっと現在プロテクトコード六十五番まで解除完了!もう少しです』

 

「急いでくれ、時間が無いぞ!」

 

「敵機動兵器、遺跡内部へ侵入!」

 

「俺も出ます。皆さん艦をお願いします」

 

ジークは艦橋要員に一言言ってエステバリスで遺跡内部へと向った。

 

遺跡内部で対峙する夜天光と一機のエステバリス。

 

『来たか‥‥ジーク・ブレストーン・ユグドミレニア』

 

『南雲中佐‥‥』

 

『若者ながら見事な戦ぶり。貴様のおかげで我が艦隊は完全に沈黙し、既に戦意も無いだが!!私は退くわけにはいかぬ!散っていった戦友の為にも‥‥最後の1人になっても退く訳にはいかぬのだ!』

 

『中佐、俺もこの戦いで死んでいった多くの宇宙戦士のためにもあなた達を鎮圧しなければなりません!』

 

『‥‥そうか‥‥では、いざ‥‥』

 

『尋常に‥‥』

 

『『勝負!!』』

 

夜天光の錫杖とエステバリスのフィールドランサーがぶつかり合い火花が散る。

 

二機はほぼ同時に距離をとると夜天光は片腕をジークのエステバリスに向けると腕からミサイルを放つ。

 

対するジークも両肩に装備されている連射式キャノンで攻撃する。

 

まさに一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

『中佐、我らが助太刀いたします!』

 

遺跡の上部から南雲の部下が乗ったエステバリスが降りてきた。

 

『お前達‥‥』

 

南雲を援護しようとする敵のエステバリス。

 

『艦長!奴らは俺達が相手をするぜ!』

 

そこに割り込むリョーコ達。

 

『男の戦いに口を出すなんざ、木連男児の風上にも置けない奴らだな!』

 

『がんばってよ、艦長。』

 

『油断するんじゃないよ』

 

『艦長!絶対に負けんなよ!みんなアンタの帰りを待ってんだからな!』

 

サブロウタ、ヒカル、イズミ、リョーコがジークに声を掛け、敵のエステバリスに向かって行く。

 

『皆さん‥‥はい!!』

 

夜天光に向かって最大戦速で突進するジーク。

 

夜天光は錫杖で迎え撃ち、ジークのフィールドランサーを弾き飛ばす。

 

その直後、ジークは夜天光の錫杖を蹴り、弾き飛ばす。

 

『うわぁぁぁぁ』

 

『うおぉぉぉぉ』

 

すばやく体勢を立て直し、イミディエットナイフを振りかざし再び夜天光に突っ込むジーク。

 

それをアームパンチで迎え撃つ南雲の夜天光。

 

夜天光のアームパンチでイミディエットナイフもろとも右腕を吹き飛ばされるエステバリス。

 

『艦長!』

 

「ハーリー君、プロテクト解除の進行は?!」

 

ジークのエステバリスが吹っ飛ばされた映像を見ていつもより強い口調で尋ねるルリ。

 

「もう少しです‥‥終わりました!敵の全システムへの介入が可能です」

 

「オモイカネ‥‥」

 

「銀河‥‥」

 

ルリとコハクがオモイカネと銀河を駆使し、火星の後継者の全システムを掌握した。

 

「‥‥もはやこれまでか‥‥‥」

 

夜天光のコクピットには、全システムを掌握され、全てのウィンドウには『お休み』の表示が出される。

 

その中、力無く項垂れる南雲。

 

『南雲中佐‥‥あなたを逮捕します‥‥』

 

ジークはどこか悲しげに南雲に通信を入れた。

 

「火星の後継者、全システム掌握完了」

 

「敵艦隊すべてすべて沈黙」

 

「ネルガル本社から通信です」

 

「ネルガルから?‥‥通信回路を開いて」

 

「了解」

 

『いやぁ~みんなご苦労さん。よくやってくれちゃったんで、助かっちゃたなぁ~』

 

パネルにはネルガルの会長アカツキ・ナガレの姿が映った。

 

「アカツキさん、もしかして最初から全部わかっていたんですね」

 

ジト目でアカツキを見るルリ。

 

『あっ、ルリ君鋭いねぇ』

 

「どういうことなんです?」

 

ことの成り行きについていけないジークがアカツキに質問する。

 

『事の起こりはクリムゾン内に不穏な動きがあるっていう情報だったんだな。それでうちのシークレットサービスに内偵を進めさせてみると‥‥』

 

「火星の後継者の存在が浮かんできたと‥‥」

 

ゴートがアカツキのセリフを代弁する。

 

『そうなんだよねぇ~』

 

「火星の後継者のクーデターを援助する代わりに、新政府樹立後の市場独占を約束してもらっていた訳ですなぁ」

 

『クリムゾンもヒサゴプランでケチが付いてから、落ち目になる一方だったしね。企業としちゃ起死回生の苦肉の策だったんでしょ』

 

「で、その中心人物が、あのシャロンさんだったんですか?」

 

わざわざ戦艦を造って戦場に出てきたシャロンを思い出すコハク。

 

『彼女はクリムゾングループのオーナーの娘だからねぇ』

 

「あの人が‥‥?」

 

シャロンの正体を知り、驚く一同。

 

彼女はファミリーネームを『クリムゾン』ではなく、『ウィードリン』と名乗っていた。

 

オーナーの娘でありながら何故クリムゾンの姓を名乗っていないのだろうか?

 

両親が離婚でもしたのだろうか?

 

 

『クリムゾン家には「アクア」っていう問題の多い娘がいるんだけど、彼女はその腹違いの姉なんだなぁ。もっとも、シャロンはクリムゾン家に対して、憎しみさえ抱いていたようだけどね』

 

(そういえばそんな人がいましたね)

 

アカツキの口から懐かしい名前を聞き、ルリはかつて南の島に居た変人を思い出す。

 

「どうしてです?」

 

ハーリーが尋ねる。

 

『両親の愛情は、常に妹のアクアに向けられていたそうだよ』

 

「それであんなにひねくれちゃったんですね」

 

『そんな訳で、彼女は親の七光りを使って、クリムゾン内でやりたい放題!』

 

「家庭内の問題を宇宙に持ち込むなってぇの!」

 

呆れるサブロウタ。

 

『もっとも、今回の件には某国の陰謀が絡んでいるって情報もあるけど‥‥。まあ、今となっては全て闇の中だよね。新人君にはとんだ訓練航行になっちゃったけど、結果オーライという事で‥‥』

 

「はぁ~」

 

『もうすぐそっちに統合軍やら宇宙軍が到着するから後は任せていいんじゃない。まぁとにかくお疲れさん』

 

そう言ってアカツキは通信をきった。

 

「僕達、何やっていたんでしょうね‥‥」

 

いいように利用されていた事に落胆するハーリー。

 

「くさるなよ、ハーリー」

 

ハーリーを彼なりに慰めるサブロウタであった。

 

戦勝祝いとジークの無事訓練終了を祝うため、厨房では厨房スタッフが忙しそうに料理を作っている。

 

そんな中、ナデシコ厨房長のホウメイも手伝っていた。

 

「それで結局遺跡の謎は解けたのかい?」

 

ホウメイはカウンターに一人で座っているイネスに話かける。

 

「相変わらず‥‥解ったような、解らないような‥‥」

 

「それにしてもいつも厄介ごとの種になるねぇ~。人間の手に余る技術なんじゃないのかい?」

 

「使い方の問題。それを使う人間の問題よ。それに今後はこの波動エンジンやワープ機関が主流になるだろうけど」

 

イネスは銀河の天井や壁を見渡す。

 

「どんないい食材も、料理人の腕で美味しくも不味くもなる」

 

「そういう事‥‥」

 

 

格納庫ではウリバタケ達整備班がエステバリスの整備をしていた。

 

「まったくあいつら、もう少し丁寧に扱えねぇのか?」

 

傷だらけのエステバリスを整備しながら愚痴をいうウリバタケ。

 

「ああ~っ!こんなところにも傷がぁ~!」

 

格納庫にウリバタケの声がこだました。

 

「火星の後継者にクリムゾングループ、これから後始末が大変ですねぇ‥‥」

 

今後の情勢に不安を感じるプロスペクター。

 

「こうちょくちょく反乱を起こされてはたまらん」

 

はた迷惑そうに言うゴート。

 

「ですが、この件でクリムゾンも暫くは大人しくなるでしょう」

 

「そうだといいが‥‥」

 

ジークの言葉を聞き渋々納得した様子のゴート。

 

「銀河、発進準備完了しました」

 

「針路地球、銀河発進!」

 

銀河は火星を後に地球へ向け、発進した。

 

 

 

 

南雲が起こし反乱から一ヵ月後、ジークは無事に連合大を卒業。

 

宇宙軍へと任官した。

 

そしてその宇宙軍からジークの元へ配属辞令が下った。

 

辞令内容はジークに銀河副長の職を命じるものだった。

 

 

 

・・・・続く



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