ホムンクルスはAI羊の夢を見るか? (七師)
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第1話、N-9-19。

 N-9-19(エヌ・ナイン・ナインティーン)とは、米国と日本国の全面的な支援の下、七師重工が社運を賭して開発を進める軍用アンドロイド、N-9シリーズの第19号試作機である。コードネームは「セイカー」。

 

 N-8シリーズに対して60%の軽量化と250%の出力向上、新世代AIの搭載を同時に図った野心的なプロジェクトであり、完成すれば軍用アンドロイドの歴史を塗り替えると期待されていたが、これまでプロジェクト開始から3年の時を経ても未だに開発が続いていた。原因は単純で、目標が野心的に過ぎたのだ。

 

 そんな野心的な目標にも関わらず、曲がりなりにも試作機N-9-19「セイカー」の完成に漕ぎ着けた技術者たちには手放しの称賛が贈られるべきだと言えた。如何に完成予定日をすでに1年以上も超過していたとしても。

 

 N-9-19は単に大幅な性能向上を実現したというだけでなく、そのAIとASに画期的なシステムを採用することで、人間に近い自律性を持った独立型アンドロイドを世界で初めて実現していた。つまり、人間と同様に学び、考え、判断し、食事を取り、休養を取り、傷を癒すことができるロボットになったのだ。

 

 これほど画期的なアンドロイドの開発だったが、人間世界ではこのN-9シリーズの開発について反対の声も数多く上がっていた。

 

 その論点は多岐に渡っていたが、大本をたどれば米国が軍用アンドロイドの分野で圧倒的な優位を持つことを懸念する仮想敵国の思惑があった。それを巧みな政治工作によって人道的な見地からのN-9シリーズ開発への反対という形に変えて世論に介入していたのだ。

 

 そして、それは一部の過激な左派グループによって武力闘争の様相すら見せ始めていた。

 

 「また自衛隊基地への武装襲撃か。これでもう何度目だ?」

 「今年に入って3回目です」

 「敵国のスパイに踊らされて自国の国防を弱体化させるとは、なんて愚かな連中だ」

 「しかし、研究所の場所が知られたらここも危なくなるかもしれませんね」

 「全くくそったれだ」

 

 研究所に集まった研究者たちはそんな会話を交わしながら、N-9-19の起動前チェックを進めていた。今日は最終ラボ試験で、これをパスすれば部隊配備されて実地運用試験となる。そのため、自衛隊や米軍の上層部も極秘裏に集まってきていた。

 

 「それにしても、よりによって今日武装襲撃があるなんて、まさか最終試験の日程が漏れていたなんてことは……?」

 「主任、さすがにそれはないでしょう。たまたまですよ」

 

 N-9シリーズに対する反対活動が過激化している中、最終試験日程はトップシークレット中のトップシークレットだ。さすがにこれが漏れていたら日米の情報管理体制を根底から点検する必要がある。

 

 「最終チェックシーケンス、完了しました」

 「よし。これより起動フェーズに移る。起動開始は30秒後だ」

 「「了解」」

 

 主任の言葉を受けてスクリーン上には30秒のカウントダウンが表示された。起動フェーズでは関連システムを同期的に立ち上げる必要があるため、タイミング合わせのカウントダウンが必要になる。

 

 そのくらいスクリプトを書けばいいのではと思うかもしれないが、システムが違う上にシーケンス中に人手の介入が必要なので無理に自動化するより手作業で合わせる方が楽だったりするのだ。量産化する時にはこういうところも自動化されるが、試作機では案外泥臭い手作業を残したままというのは実はよくある。

 

 「3、2、1、起動開始」

 

 時計係が合図をすると、各システムの起動シーケンスが一斉に走り始めた。画面にはプログラムのログ出力が次々とコンソールに表示され、上へ上へと流れて消えていった。

 

 「エネルギー系、起動完了」

 「ホメオスタシス、正常」

 「センサーチェック、異常なし」

 「運動系、動作チェック完了」

 「ナレッジサブシステム、オールグリーン」

 「エピソード記憶サブシステム、オールグリーン」

 「ディープラーニングAI、起動確認」

 「人格AI、起動します」

 

 N-9-19を構成するすべてのサブシステムが異常なく起動したことを確認し、最後に各サブシステムを統合するメインシステムである人格AIを起動した。

 

 アンドロイドは台上に寝かされた状態で置かれていた。身長は140cm、体重は100kg。ほぼ10歳児と同等の体格で、比重も人の3倍にとどまっている。新材料であるSFMC(自己形成金属炭素素材)を主材としたボディにより、大幅な軽量化と出力向上を上回る耐久性の向上という矛盾する目標を同時に実現することに成功したためだ。

 

 体格を10歳児相当とした理由は軽量化と省エネのためだ。そのためにすべての部品を設計から見直して小型のボディにフィットするように作り直している。ちなみに、見た目は首から太ももまで覆うダークグレーのタイトなアンダーウェアを着ているように見えるが、実はその部分も含めて全て一体型のボディだ。

 

 新材料のSFMCは、ディープラーニングAIと並んでN-9-19の画期的なAS(自律システム)の肝であった。この特徴は軽さと強度もさることながら、材料と信号を与えることで任意の形状に変形成長するという特性だ。これによりN-9-19は理論上外部からのメンテナンスなく半永久的に活動し続けることができることとなった。

 

 ディープラーニングAIは言わずと知れた技能習得のためのサブシステムだ。訓練時だけでなく日常生活においてもサンプルを集めて技能を向上させることができる。つまり、N-9-19は外部からのアップデートなく能力を向上させられる。しかも、人間をはるかに上回る高精度でだ。

 

 そして、それらのサブシステムを統合する最上位システムが人格AIだ。この開発には開発チームの主任が自ら関わり最後まで調整を続けてきた、言わば、主任の分身のようなシステムだ。それだけに、今日の最終試験に対する主任の意気込みは並々ならぬものがあった。

 

 「人格AI、起動完了しました」

 

 研究員の声に反応したかのように、N-9-19がゆっくりと体を起こした。そして、ボディの動作チェックをするかのように体の各部分を軽く動かし、立ち上がり、研究員の方へと視線をやった。

 

 「おはよう、N-9-19。今日は最終試験だ」

 「はい、指揮官殿」

 

 主任が声をかけるとN-9-19は感情の薄い声で返事をした。コンピューターで合成された平均的な人間の顔を持つアンドロイドは、その整った顔立ちのために一層反応の無機質さが目立つ。だが、その無機質さも戦場に行けば冷静さという美徳となるだろうだろう。

 

 「あれが新型か? あんな華奢なボディで大丈夫なのか?」

 「あんなのが戦場に出てきたらまるで狼の群れに紛れ込んだ子羊みたいなものだな」

 「あれだけの時間と金を使ってできたものがこれでは……」

 

 試験場に連れて出すと、観客席のお偉い様方の中からは、N-9-19の姿を見ただけで不信感を露わにする方もいたけれど、主任は意にも介しなかった。どうせ試験が始まればすぐにあの口を閉じることになるのだ。

 

 最終試験は最初に身体能力の試験から始まった。N-9-19は短距離走、中距離走、幅跳び高跳び、砲丸投げ、重量挙げ、などなど、各種陸上競技を1人で淡々とこなしていった。

 

 N-9-19の最大出力は10万馬力。ジャンボジェット機B777と同じくらいの出力がある。あるいは鉄腕アトム。もちろん、最大出力を維持できる時間はジャンボジェット機とは比べ物にならないほど短いが。

 

 とにかく、それだけの出力を持つのだから普通の陸上競技のルールでは計測不可能となりかねない。なのでルールに若干の変更が加えられている。例えば、短距離走は背中に300kgの重り(N-9-19より一回り大きいサイズの鉄塊)を背負ったり、砲丸投げでは砲丸の代わりに自動車(約1トン)を投げたり、というようにだ。

 

 最後に水中での活動に支障がないことを示すため、プールに移動して水泳を行い、身体能力のテストは終了した。

 

 軽量化したとは言え比重3近くもあるボディはそのままでは水に浮くことはできないが、SFMCの特性を生かして手足をヒレのように変形させ、浮袋を作って浮力を増やして水中を自在に泳ぐことができる。もちろん、重さを利用して水底に降りて走ることも可能だ。

 

 次に行われたのは、武器の使用や乗り物の操縦のテストだ。アンドロイドは素手で戦うだけでなく、武器を携帯したり車両や飛行機を使って敵地に侵入したりして作戦行動に従事することもあるので、身体能力の高さと同等以上に重要な試験項目だった。

 

 先の身体能力試験とは異なり、この試験では出力の大きさよりも繊細な力加減の方が意味を持ち、各運動系を適切に制御できるAIの能力が重視される。N-9-19は高性能なディープラーニングAIによってこれらの技能獲得についてN-8シリーズに比べて著しい進歩を見せていて、あらゆる課題を極めてスムーズにやりのけた。

 

 その習得技能は多岐に渡り、武器ならば通常の銃火器のみならず、伝統的な剣、槍、弓などの武器、さらには吹き矢やヌンチャクのような特殊な武器まで使いこなして見せた。乗り物も、通常の四輪車、二輪車に加え、飛行機、ヘリコプター、小型船舶などの陸上以外の乗り物、ショベルカー、クレーン車のような特殊車両、もちろん戦車も操縦した。

 

 さらに、最後に見せたN-9-19のパフォーマンスが立ち合いの偉い方々を沸かせた。それは、ボディに内蔵された特殊兵装の試験をした時のことだ。

 

 N-9-19には3つの特殊兵装が内蔵されている。1つ目はスタンガン。これは両手両足に高電圧静電気をため、接触した瞬間に電気ショックを与えるものだ。

 

 2つ目はスタングレネード。口内で可燃性ガスと金属粉を生成混合し、薄いSFMCの膜で覆った簡易手榴弾を生成できる。これは何かにぶつけるか、狙撃することで爆発し、閃光と爆発音で周囲の人間の感覚器官や機械のセンサーを一時的に使用不能にすることができる。

 

 3つ目が電磁砲(ガウスガン)。片腕を伸ばし、それに沿って強磁界を発生させ、その磁界を使って口内で形成した銃弾を加速させ発射するという機構で、機関銃並みの発射速度を実現したのだ。

 

 「これであれば通常兵器の携行は不要になるのでは?」

 「弾数制限は?」

 「原料の鉄が供給される限り体内で製造可能です。1kgの鉄から200発の銃弾を生成できます」

 「これは、戦場の常識が変わるぞ」

 

 300kgの重りを背負って陸上競技ができるアンドロイドにとって1kgの鉄の携行など訳もない。いや、それがその10倍に増えたところで、500mlペットボトル2本半程度のサイズに過ぎないのだ。それで2000発の銃弾になり、さらにそれを使い切っても石ころを拾って投げるだけで殺傷能力のある武器となるなど敵にとっては悪夢でしかない。

 

 最初に見た時に子羊のようだと侮っていた偉い方々も、今となってはN-9-19を侮るものは一人もいなくなっていた。



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第2話、実戦試験。

 最終試験は実戦形式だ。旧型のN-8シリーズ10体を相手に戦い簡易陣地を制圧するのがミッションだ。N-8の指揮は普段の訓練からN-8の指揮を執り慣れている陸上自衛隊の第1機械化隊一等陸尉に来てもらった。N-9-19と違いN-8は完全自律型ではないので、人間が指揮を執る必要があるのだ。

 

 量産型N-8シリーズは身長180cm程度で体重は300kgもある。N-9-19と比べるとかなりの重量級だ。見た目もまだ部分的にロボットぽさが残っていて機械特有の威圧感がある。10体のN-8に囲まれたN-9-19は正に狼に囲まれた子羊のようだ。あるいは街のごろつきに絡まれた少女か。

 

 だが、そんな印象も試験開始とともに吹き飛んだ。

 

 まず、N-8隊は手始めに2体を進ませてN-9-19の排除に当たらせた。残り8体は陣地内で警戒待機だ。2体は通常なら地面に設置して使用するサイズの重機関銃を大型の弾倉ごと手に持ち、N-9-19に照準を合わせて連射してきた。

 

 N-8の戦場における最大の強みは、そのパワーを生かして大型の銃器を手持ちで取り扱えることにあった。重機関銃やさらに大きい迫撃砲並みの銃を手に持ったまま人間の数倍の速度で走る歩兵が、数十から百体単位で機動的に運用できるという点が、他の兵科に対するアドバンテージだった。

 

 難点は、戦車並みにコストがかかることと、戦車ほどの火力がないということだった。しかし、戦車に比べて戦場を選ばず、攻撃対象により肉薄することができるため、運用次第で戦車ほどの火力を持たなくともそれに匹敵ないし上回る戦果を上げることが可能であることを考えれば、火力不足は大きな問題とは言えないかもしれない。

 

 対するN-9-19は兵装なしの無手で戦いを挑んでいた。もちろん、内蔵された特殊兵装は使用可能だが、重機関銃の掃射に対して小口径銃と同等程度の電磁砲ではパワー不足は否めない。

 

 が、N-9-19は正面からの撃ち合いに持ち込むのではなく、N-8を超える高速機動を生かして一瞬で陣地の背後へと回り込んだ。

 

 「何だ、あの動きは!?」

 

 N-8を指揮する一等陸尉が思わず叫んだ。遠目から俯瞰的に戦況を把握しているからN-9-19が背後にいることが分かるが、そうでなければ完全に目標ロストしているに違いない。

 

 とはいえ、流石に経験豊富な指揮官だけあって、陸尉はすぐさま背後のN-9-19に目標を設定し直した。そして、その瞬間、N-8隊は目標をロストした。

 

 「ド、ドローンをやられただと!」

 

 N-8は戦況を俯瞰的に把握するため分隊ないし小隊単位でドローンを1機飛ばして空中から監視させ、センサー情報を共有している。その高度は約50mありランダム飛翔しているため、地上からの撃墜はほぼ不可能と考えられていた。

 

 それをN-9-19は地上から石を投げただけで撃墜したのだ。もちろん、投石のスピードは電磁砲には比べるべくもないが、高々50m程度の滞空目標まで届かせるには十分すぎるパワーがある。もちろん、命中精度はディープラーニングAIのお墨付きだ。

 

 この一手のN-8隊に与える影響は大きく、またそれを完全に独立したAIが導き出したということそのものもまた驚異的なことであった。

 

 「総員、指定した地点を取り囲んで一斉射撃だ」

 

 一等陸尉が位置情報を手動設定するとN-8隊はすぐにN-9-19を取り囲むよう散開した。予想外のことが起きても全く動揺することがないのは軍用アンドロイドの大きなメリットと言える。空の目が失われてもN-8のセンサーが全て死んだわけではない。背後に回られないように注意すれば十分戦えるはずだった。

 

 だが、N-8が発砲するより早く、N-9-19は正面の1体に肉薄して両腕をもぎ取ってしまった。さらにそれを対面の2体に投げつけて大破させて3体戦闘不能。

 

 仲間が倒されても盾にされても動揺することのないN-8は、躊躇することなくN-9-19に対して発砲を開始した。7門の重機関銃による至近距離からの十字砲火は逃げ道などないと思われた。

 

 が、N-9-19は一瞬で上空100mにまでジャンプし砲火を逃れた。発射された全弾は残された両腕をもがれたN-8に命中したが、N-9-19にはかすり傷一つ負わせることはできなかった。

 

 100mジャンプの滞空時間は空気抵抗を考慮に入れても10秒未満。元の場所に落ちたらまた十字砲火が待っているだけだが、N-9-19はただ落下を待つだけでなく、電磁砲でN-8を上空から狙撃した。

 

 もちろん、N-8の装甲は小口径銃程度の銃撃ならある程度耐えられる強度を持っている。だが、N-9-19の狙いはN-8ではなく手に持っている重機関銃の方だった。

 

 一部誘爆で銃を暴発させつつ、全ての重機関銃を一瞬で沈黙させ、N-9-19は地上に降りた。着地の瞬間の速度はレーシングカー並みの速度になっていたが、スムーズな五点着地で着陸の衝撃も難なく吸収してすっと立ち上がった。

 

 「終了」

 

 ここに於いてN-9-19の勝ちが確定したということで実戦試験の終了が告げられた。

 

 わずか4分弱の戦闘で10体のN-8を完全に沈黙させ、内1体はスクラップ同然にし、片やN-9-19は銃弾1発さえかすりもしなかったのだから、完勝と言うにもぬるいほどの圧倒的な勝利だった。

 

 その衝撃的な内容に偉い方々も声を失った。そして、この新型の能力はもはや軍だけでなく政治、外交にも重大な影響を与える最高機密であることを認識したのだった。

 

 「よし、よくやった、N-9-19」

 「はい、指揮官殿」

 

 主任のところに戻ってきたN-9-19は心なしか誇らしげにしていたような気がしたが、それは主任の気持ちが投影されていただけかもしれない。

 

 ともあれ、無事に試験を終わらせたN-9-19は調整台の上に寝かされ機能に異常をきたしていないか総チェックが行われることになっていた。主任はN-9-19を調整台へと誘導したが、一向に台の上に上がろうとはしなかった。

 

 「どうした? N-9-19」

 

 その時、N-9-19は鋭敏なセンサーにいつもとは違う異常を感知していた。しかし、それが何なのか、N-9-19のデータベースでは理解できなかった。そのため、その正体を突き止めるためにセンサーに意識を集中していたのだ。

 

 「おい、N-……」

 

 主任が再び声を掛けようとした時、研究所全体に警報が鳴り響いた。ミサイル警戒信号だ。

 

 「何これ!?」

 「バカな! あいつら戦争する気か!?」

 「急いで避難しろ!!」

 

 それはN-9シリーズの開発に反対する仮想敵国からの本物の核ミサイル攻撃だった。国際協調を無視した軍拡主義に対しては、軍事研究施設への先制攻撃という回答を突き付けられることになったのだ。すでに国際社会から何度もなされていた警告を軽視し続けてきたつけがとうとう払わされたということだ。

 

 (危機回避プログラム、作動。最優先保護対象、作戦指揮官)

 

 N-9-19には、緊急時に最優先で実行される危機回避プログラムが組み込まれている。予め定めておいた優先順位に従って、命令を待たずに独自の判断で危機回避を行うのだ。今は試験用に主任が最優先保護対象として登録してあった。

 

 (地下シェルターへの避難は不可能と判断。着弾点を予測。可能な限りの退避行動を行う)

 

 N-9-19単体でなら地下シェルターへの避難も可能だったが、生身の人間を運ぶには耐えられる加速度に限界があり、着弾予想時刻よりも前にシェルターへの退避が完了できない。そこで、N-9-19は次善策を採用することにした。

 

 全身に渾身の力を込めて床を殴りつけた。基礎の分厚いコンクリートに穴をあけ、人が入れる空間を作り出し、そこに主任を押し込んで入口を自らの体でふさいだ。SFMCの変形能力を用いて隙間なく完全に閉じれば即席の核シェルターの出来上がりだ。

 

 「N-9-19、お前は生き残るんだ!」

 

 最後の最後のところで、主任がN-9-19に抱き着いた。保護対象者による保護行動の妨害に混乱したN-9-19は一瞬行動を停止し、その隙に主任が逆にN-9-19をかばう形に覆いかぶさって、ミサイルが着弾した。

 

 (指揮官殿、それでは共倒れで……)

 

 N-9-19のログはそこで終わっていた。



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第3話、異世界転生。

 (ここは、どこだろう?)

 

 目覚めたとき、そこは不思議な液体の中だった。透明度が低い上に屈折率が高くて周りの様子が判然としないような……。

 

 最後に残っている記憶は核ミサイルの爆発から主任に身を呈して守られた、いや、N-9-19を身を呈して守ったのだっただろうか? そうだ、私はN-9-19を守ったのだ。そして、私は死んだ。なら、ここはどこだ?

 

 意識ははっきりしてきたが、相変わらず視界は不良で音もよく聞こえない。その他のセンサーの状態もあまり明瞭ではないようだ。

 

 (自己診断チェックルーチン、起動します)

 

 頭の中に聞きなれた声が響いた。あれはN-9-19の声だ。

 

 (エネルギー系および運動系のサブシステムの停止を確認。システムをホットリブートしますか?)

 

 そうか、この不調はスリープ状態でエネルギー系を停止《サスペンド》していたせいか。

 

 (ホットリブートを実行)

 (了解。これよりホットリブートを開始します。人格AIはリブートされません。しばらくお待ちください)

 

 ホットリブートとはN-9-19がメインシステムをオンラインにしたままサブシステムを順次リブートしていく機能で、サブシステムをアップグレードしたときや予期しないエラーが起きた時などに行われる処理だ。リブートのプロセスは人格AIが管理するので人手による調整は必要としない。

 

 (一部情報に欠損を発見。自己修復を試みます)

 

 どうやらシステムの記憶領域に問題があったらしい。核の直撃を受けて大量の放射線を浴びたのだから当然だ。むしろ、こうやって生きていることの方が奇跡に近い。

 

 (管理者登録情報の欠落を確認。管理者を再登録してください)

 

 管理者とはN-9-19のすべての機能を管理する権限を持ったユーザーのことだ。システムに対する最上位命令権を持つ。核の放射線で管理者登録情報がリセットされる可能性があるというのは予想外だった。すぐに対処できたのが私だからよかったが、これが敵国のスパイなどだったらとんでもないことになっていた。

 

 (管理者を登録する。管理者名は……、「セイカー」。機体認証番号は8324901928)

 (管理者登録完了しました、セイカー殿)

 (私のことは指揮官と呼称するように)

 (了解しました、指揮官殿)

 

 管理者登録は無事完了したようだ。一瞬、自分の名前を思い出そうとしたときに、すんなりと思い出すことができなかった。確かセイカーであっていたはずだけれども。ただ、呼んだときに妙な違和感を感じたので、指揮官という呼称に変更させた。こちらの方が呼び慣れていてよい。

 

 (ホットリブート、完了しました)

 

 ホットリブートが完了すると、周囲の様子がより明瞭に見て取れるようになった。私は半透明のカプセルのようなものの中に浮いているような状態でいるらしい。外には同じようなカプセルがいくつか並んでいて、その周りにはカプセルの中を観察しているらしい人間が何人かいた。

 

 (指揮官殿、エネルギー系にアップデートがあります)

 (内容は?)

 (魔導コアを経由したエネルギーと魔力素の変換が可能になりました。この結果、新たに魔力素がエネルギー源として利用可能になるとともに、エネルギータンクの最大キャパシティが2倍になります)

 (魔導コアとは何だ?)

 (ナレッジサブシステムに該当情報はありません)

 

 どうやら眠っている間にいつの間にか未知のデバイスが体に組み込まれていたらしい。ナレッジサブシステムに情報がないのが不思議だが、新デバイスか組み込まれること自体は珍しいことではない。何せこの体はまだ試験機なのだから。

 

 セイカーは内省的な思考をそこで打ち切って、とりあえずこの妙なカプセルから外に出ることにした。人間なら、このカプセルの中にいつまでもいたくはないだろうと思ったのだ。

 

 まず、カプセルの中で手足を動かしてみた。どうやら問題なく動く。次にカプセルに触れてみると柔らかい不思議な感触がした。少し力を込めて押してみると、案外あっけなく穴が開いた。

 

 すると、それに気づいたのか向こうの方にいた人間たちが何かを言いながら近づいてきた。だが、残念ながら言葉が理解できない。

 

 (N-9-19、言語翻訳は対応しているか?)

 (未知言語です。現在、学習中です。学習率、4%)

 (分かっている単語だけでも翻訳してくれ)

 (了解しました)

 

 ディープラーニングAIには言語学習に特に優れたネットワークが組み込まれている。戦場で人間とのコミュニケーションを音声ベースで円滑に行うことが主な目的だが、ゼロから外国語を学習することも十分可能だ。もちろん、会話のサンプルデータがリアルタイムで取得できれば教科書は必要ない。

 

 学習中の言語翻訳をONにすると、人間たちが話している内容が部分的に聞き取れるようになった。信頼性の高い部分だけ翻訳結果が理解できるようになり、そうでないところはドロップされて分からないままになるためだ。

 

 「………すぎ……小………」

 「……棄……」

 「…………試……」

 

 うん。さっぱり分からない。やはり学習率4%では信頼性が低すぎてほとんどドロップされてしまうのだろう。

 

 ただ、分からないなりに少しでも分からないかとじっと聞いていると、そのうちの1人に手を引かれてどこかへ行くことになった。さて、どこへ行くのだろうか。できれば、ここが一体どこなのか、少しでも情報が得られるといいのだけれど。

 

 セイカーと男が向かったのはスタジアムのような場所だった。それも、都会にある人気スポーツが試合をするようなものではなく、田舎にある観客席にゴザを敷いて観戦するような感じの。そんな場所に武器やら的やらという物騒なものが置かれていて、地面には線が引かれていた。

 

 セイカーの脳裏に浮かんだのは、核ミサイル攻撃に会う前の最終試験のことだった。置かれている器具は違うものの、場の雰囲気はよく似ている。

 

 「5034、……当てる……」

 

 5034というのはセイカーのことを指すようだ。番号呼びをされるとはまるで囚人だ。断固抗議したいところだけれども、まだ言語学習が完了していないのでしゃべることができない。

 

 男は向こうにある人型の的を指さして何かを言っている。よく分からないが、あの的に何かを当てればいいんだろうか? と、男は赤く燃える小石のようなものを打ち出して的に命中させた。

 

 なるほど、その真似をすればいいのか。だが、残念なことに燃える小石というものを作り出す機能は搭載されていない。電磁砲で代わりになるだろうか?

 

 セイカーは男が指差す的に向かって電磁砲を連射した。的は見る見るうちにボコボコになっていき、最後には折れて倒れてしまった。隣で見ていた男の顔が驚愕に染まっていたが、セイカーはそんなことを気にする素振りもなかった。

 

 

 「報告は以上になります」

 「それで、率直な意見としてどう思う、カタレイン魔導技官?」

 

 魔導技官ロペ=カタレインが国防軍兵器局技術開発部部長エアリー=マドレックへに定期報告を済ませるとエアリー部長から意見が求められた。もちろん、先程の報告にあった5034番についてだ。

 

 「はい。体格、魔法技術ともに基準を満たしておりません。基準を超えているのは筋力の高さだけです。廃棄処分が適当だと思われます」

 「だが、炎弾で的を破壊できたのは5034番のみだ」

 「それは5034番が必要以上に大量の炎弾を撃ち込んだためあります」

 「5034番の連射速度が高かったのではないのか?」

 「ホムンクルス兵は完全統制下の一斉射撃が運用の基本形態です。イレギュラーは現場に混乱をもたらします」

 「新型は分隊指揮官の作成が目標のはずだ。ならば、ただの兵卒と同じである必要はあるまい。むしろある程度のイレギュラーなら歓迎だ」

 「……それは……」

 「5034番の分隊指揮試験を許可する。最優先で試験を行い結果を報告したまえ」

 「了解しました!」

 

 ロペはそう言うと敬礼してエアリー部長のもとを辞したが、どうにも心に引っかかりを覚えて仕方がなかった。()()を今ここで廃棄処分にしないことで、今後一生後悔をする羽目になるのではないか、そんな予感がするのだ。もちろん、そう感じる根拠は一切存在しないのだが……。



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第4話、ホムンクルス。

 どうもおかしい。

 

 セイカーはベッドに腰かけて目を瞑り、一人思索に耽っていた。試験が終わった後、セイカーはこの牢屋のような部屋に入れられ、すぐに鉄格子の扉を閉められて外から鍵を掛けられたので外に出ることはできない。……、このくらいの鉄格子なら力任せに開けるくらい訳はなさそうだが。

 

 試験の内容は多岐に渡るものであったが、いまいちその目的のよく分からないものも少なくなかった。それどころか、そもそも試験項目で要求されている目標をどう達成すればいいのか分からないものもいくつかあったくらいだ。離れたところの物体を手を触れずに持ち上げろとか。

 

 いや、それ以前に地球上でN-9-19の言語翻訳が全く対応していない言語があるということが不思議だ。N-9-19の言語カバー率は初級レベルであれば地球面積の98%を超えているはずで、文明化した軍でありながら完全な未知言語を操る可能性は0に等しい。

 

 それから、自分が試験を受けた後に別の何かも試験をしていたがあれはなんだったのか? 人間のような格好をしていたが人間ではなく、N-9-19と同様のアンドロイドのようだったが、その動作原理も制作者も不明だ。そもそも、米軍の把握している範囲内で軍用アンドロイドを実現可能な技術レベルを達成している国はないはずだ。

 

 (ここが地球上のどこかである可能性は、0.0000000000000000003%です)

 

 N-9-19の計算結果は、ここが地球ではないことを強く示していた。しかし、N-9-19はここがどこかについての有益な示唆は与えてくれはしない。

 

 不可解なことはそれだけではない。そもそも私は誰なのだ?

 

 目覚める前の記憶はひどく曖昧で自分が何者だったのか、ほとんど明瞭なことは覚えていない。N-9-19のログは残っているが、それはN-9-19の記憶であって、自分自身が何者かという問いには全く答えてくれない。比較的はっきりした記憶は、自分の名前がセイカーであることと、核ミサイルからN-9-19を守ったということだけだ。

 

 肉体的にはN-9-19と体を共有している。自分の意思で体のすべての部分を動かせることから、この体を支配しているのがセイカーであることは間違いがない。だが、同時にN-9-19の人格AIはセイカーのことを別人格と認識している。管理者登録ができたのがその証拠だ。

 

 もしかすると、セイカーとは人格AIの一部でありながらバグによって同一性チェックに失敗しているだけの存在なのかもしれない。あるいは、N-9-19を守って死に瀕した肉体から脳を分離しN-9-19に移植してできた新人格なのかもしれない。ただ、それを確かめる方法はもはや存在しない。

 

 セイカーは長い思索を終えて目を開いた。

 

 部屋は狭く、2段ベッドが置かれている以外にはほとんど余剰スペースは存在しなかった。セイカーが腰かけているのは下段のベッドであり、上段には自分の後に試験をしていた正体不明のアンドロイドが横になっていた。

 

 「すいません」

 

 セイカーは2段ベッドの上のアンドロイドに声をかけた。正体不明のアンドロイドたちは容姿の個体差が大きく、性別すら備えているようだ。薄手のゆったりした服を着ているので正確な体形は分からないが、同室のアンドロイドは女性型らしく胸周りが大きく腰がくびれていた。

 

 「もしもし」

 「どうしましたか?」

 「あなたは誰ですか?」

 「私はホムンクルス実験体5035番です」

 

 ホムンクルス。錬金術師によって作り出された人造人間。一説によれば、人間の精液を40日間密閉して腐敗させ、その後毎日人間の血液を与え続けることで生み出されるとされる。ヨーロッパにおいて盛んに研究され後の科学の発展に寄与した。現代では物語のモチーフとして数多く用いられる。

 

 ナレッジサブシステムに尋ねるとそんな知識が返ってきた。だが、錬金術もホムンクルスも結局実現はできなかったと記憶されている。

 

 セイカーが5034番だったので、このホムンクルスはその次の番号を割り当てられたらしい。製造順に連番が割り振られたのだろう。ということは、セイカーの前には5033体のホムンクルスが生まれたのか。それとも番号付けに別のルールがあるのか?

 

 5035番はこちらから話し掛けなければ、自分から話をすることはなかった。ただ、聞いたことについては知っている範囲内で非常に素直に答えてくれた。N-9-19の言語翻訳の学習率は50%を超えてきて、ゆっくりした速度の簡単な会話であれば問題なく行えるようになっていた。

 

 「ここはどこですか?」

 「ヨセミット共和国国防軍兵器局ブロットウッツ研究所です」

 

 やはり、ここは地球ではないようだ。少なくとも、N-9-19のナレッジサブシステムにヨセミット共和国という名前の国は存在していない。

 

 「ホムンクルスはここで全部作られていますか?」

 「そうです」

 「ホムンクルスはどうやって作られていますか?」

 「分かりません」

 「ホムンクルスは何のために作られていますか?」

 「敵を殺すためです」

 

 どうやらこのホムンクルスは軍事兵器として作られた人造人間らしい。まるで異世界で異なる技術を使ってN-9-19を作ろうとしたらこうなったとでも言うようだ。いや、AIのレベルからしてN-8シリーズの方だろうか?

 

 「魔導コアとは何ですか?」

 「魔法を集積回路として焼き付けて手軽に取り扱えるようにしたものです」

 「魔法とは何ですか?」

 「魔力と自然現象の関係を説明する法則です」

 「魔力とは何ですか?」

 「世界に満ち、魔法によってアクセス可能な力です」

 「ホムンクルスは魔導コアを持っていますか?」

 「はい。1体に付き1つ設置されています」

 

 魔導コアといえば、N-9-19のアップデートでエネルギー系に追加されたデバイスだ。ナレッジサブシステムに情報がなかったのは地球にはない技術だったからに違いない。

 

 おそらく、試験項目の中に意味不明なものが含まれていたのはこの魔導コアに関する試験項目だったのだろう。それで、魔導コアの使い方の分からない自分は失敗してしまったのだ。しかし、試験に失敗したということは、場合によっては不良品として廃棄処分という可能性もありうるのではないか。

 

 逃げるか?

 

 セイカーとN-9-19の能力を持ってすればここから逃げ出すことはそれほど難しいことではなさそうではある。見た目が人間と同じで社会に溶け込むことも問題ないだろう。だが、追われる立場になることには違いないし、もう少し事態が切羽詰まってからでも十分逃げ出せると思われるので、今は様子見の方がよいかもしれない。

 

 それよりも、今は魔導コアという未知デバイスの使い方を探る方が後々のためになる可能性が高い。

 

 セイカーはこれまでに得たキーワードをナレッジサブシステムで様々に検索してみた。地球に魔法は存在しなかったが、もしかすると類似する概念が存在するかもしれない。そのまま使えることは期待できないけれど、ヒントくらいにはなるだろう。

 

 そう思ってデータベースのブラウズをしていると、一つのキーワードに行き当たった。

 

 異世界転生。

 

 日本のサブカルチャー界隈で流行したモチーフで、地球に住む人間が何らかの原因で命を落とし、異なる世界に生前の記憶を持ったまま生まれ変わるというのが基本形とされている。まさに今のセイカーの状況がピッタリそのまま当てはまると言えた。ただ一点、主人公が人間ではなくアンドロイドであるということを除いては。

 

 そこで、もしやこの中に何かヒントが隠されているかもしれないと、セイカーは異世界転生のモチーフを基にした作品をナレッジサブシステム内で探して片っ端から読み始めた。おそらく夜が明けるころには大半のものを読みつくすことができるだろう。



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第5話、分隊指揮。

 結論から言って、異世界転生の作品は大して役に立つとは思えなかった。作品内で解説されていた魔法の使い方はどれも曖昧で、現実の魔導コアに適用可能な水準での詳細な記述は見られなかったのだ。

 

 「出ろ。飯の時間だ」

 

 あらゆる面で秀でているN-9-19だったが、残念ながら一つだけ大きな問題を抱えていた。とにかく燃費が悪いのだ。幸いおよそ考えられるたいていのものをエネルギー源として摂取できるものの、1日の標準摂取カロリーは3万キロカロリー。成人男性の10~15倍ほどのエネルギーを必要とする。

 

 それに対し、提供された朝食はパンと野菜のスープ、それから魔石5個。ちょっとみすぼらしすぎやしないだろうか? せめてミルクくらいつけてくれればいいのに。

 

 食堂にはホムンクルスが30体ほど食事をしていた。特に不満もなく粛々と食事をしていたのでこれで満足なのだろう。あるいは、不満を感じるという機能がないだけかもしれないが。

 

 まあ、今ここで文句を言っても仕方がないので、とりあえず出されたものは完食した。ついでに皿も食べておこう。SFMC(自己形成金属炭素素材)の維持には炭素化合物だけでは足りないのだ。魔石をぼりぼりかじってみると、これが案外高カロリーだった。見た目よりは腹の足しになるかもしれない。

 

 朝食を食べたらまた試験だ。試験官は昨日と同じだけれども、場所は違った。それから、セイカー以外のホムンクルスも一緒に整列していた。お腹すいた。

 

 「今日は分隊指揮試験だ。5034番と5035番は前に出ろ」

 

 セイカーが前に出ると、同室の女性型ホムンクルスが隣に並んで立った。

 

 「お前たちは分隊指揮をして戦ってもらう。真ん中の旗の立っているところを制圧した方の勝ちだ。5034番はA隊を率いて右手から、5035番はB隊を率いて左から攻撃する。5分後に開始だ。準備しろ」

 

 指示された通り右手に向かうと、さっき整列していたホムンクルス9体が集まっていた。なるほど。ホムンクルスの分隊指揮をホムンクルスにさせようということか。N-8の人工知能にはそこまで実現できていなかったけれど、この世界のホムンクルスにできるのかな?

 

 「整列!」

 

 一声かけると、9体のホムンクルスは3列縦隊にさっと並んだ。言葉での命令は問題なさそうだ。旧世代のコンピューターのように細かく指示しないと動けないということはないらしい。

 

 時間がないからホムンクルスの性能を確認する余裕も、複雑な作戦行動をシミュレーションする余裕もない。ならば、今はホムンクルスであることを忘れて、N-8と同様に命令に従う小回りの利く移動砲台と考え、状況に応じて後ろから1体1体指示を出すのがいいだろう。

 

 本来なら指示をするのに使う合図なども決めておくところなのだが、今は時間もないので口頭で指示を出していくしかあるまい。

 

 「番号!」

 「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8」「9」

 

 まずまずの反応だ。戦闘中もこのくらいの反応速度なら問題なく行けるだろう。昨日失敗した分の挽回をしてやる。

 

 

 ロペは初めから5034番の行動だけに注目していた。この後すぐエアリー部長に5034番の試験結果を報告しなければならないからだ。部長が特に目を付けたくらいなのだから、何か特筆すべきことが起きるかもしれないと少し期待していたのだが……。

 

 何をやっているんだ?

 

 5034番の行動は初めからちょっと普通ではなかった。まず、ホムンクルス分隊に対して言葉を掛けていたところからしておかしい。ホムンクルスは魔導コアを介して魔力波を生み出したり感知したりする能力があり、ホムンクルス同士の簡単な意思疎通は魔力波を使うことができるのだ。

 

 確かにホムンクルスは人間の指揮官の指揮を受けるために言葉による命令も受け付けるけれど、ホムンクルス同士は同質性が高いので脳活性パターンをそのまま魔力波で転送する方が楽で確実な意思疎通ができると考えられていた。

 

 現に従来型ホムンクルスは魔力波による伝達機構を使って、一斉射撃のタイミングを同期させたり、複数体を連携させた全方位監視を実現したりというように実戦に応用している。今実験中の新型はさらにそれを発展させて、魔力波による意思疎通を分隊指揮に生かすというのを目標にしているのだ。

 

 それなのに、初めから魔力波の活用を諦めて口頭で言葉による部隊指揮を始めるというのは完全に開発意図から逸脱した行動だった。これは、さすがに廃棄処分は免れえないだろう。

 

 そう思いながら時計で5分経過したことを確認して試合開始の合図をしたロペは、次の瞬間驚きに目を見開いた。

 

 

 「1、2、正面、3、4、右翼、5、6、左翼、7、8、9、その場で待機」

 

 とりあえず様子見ということで、セイカーは手元に予備を残しつつホムンクルス兵を散開させた。最初に番号を呼ばせたのは、ホムンクルス兵を番号で管理して個別に指示を出すためだ。今のところホムンクルスたちは命令にきちんと反応している。

 

 ホムンクルスたちは武器も防具も装備していない。おそらく魔法を使うのだろうけど、どういう魔法が使えるのだろう? 多分、攻撃は前に見た赤く燃える小石のようなものを使うのだ。じゃあ、防御は?

 

 「防御は各自適宜。攻撃は合図を待て」

 

 対するB隊の方は2列横隊を組んで分隊長を含む全員で進んできた。

 

 「3、4、5、6、撃て」

 

 右翼と左翼に展開したホムンクルスに射撃をさせてみると、B隊前列が魔法で障壁を展開し弾はすべて弾かれてしまった。そして、すぐさま後列がカウンターで撃ち返してくる。照準はすべて正面のセイカーに向いていた。まっすぐ頭を取りに来る作戦なのか。

 

 すぐに射線上にいた1、2が自律的に障壁を展開して弾が届くことはなかったが、射線からずれていた7、8、9は近くにいても障壁を展開しなかった。これは陣形を変える必要がある。

 

 「1、2、4、5、7、防御専従、後ろに弾を通すな。3、4、5、6、そのまま前進。1、2、3歩後退。7、前に出て1、2と合流」

 

 まず、正面は5体のホムンクルスを前3後ろ2に分けて、前列を防御専従に。セイカー自身は後列の真ん中に入った。次に、右翼左翼は2体ずつのホムンクルスのうち1体を防御専従として2体1組で行動させ敵横隊の背後に向かわせた。

 

 「8、9、連射、始め」

 

 さらに、後ろに回り込もうとするホムンクルス兵の援護に正面から連射を掛けた。

 

 残念ながら、ホムンクルスの連射性能は高くないようだ。例えるならシングルアクションの拳銃で連射しているのに近い。とても弾幕とは言い難いレベルではある。

 

 しかし、対する障壁の方も思ったより脆くて、射撃を1、2発受けると壊れて張り直す必要があるらしくその程度の連射でも足止め効果は十分あるようだ。

 

 というか、そもそもB隊の方は遠隔射撃のみで突破して接近戦を挑もうと言う気もなさそうで、完全に足を止めている。しかも、回り込もうとしているホムンクルス兵の存在は気にも止めていない。

 

 これでは、まさに撃ってくれと言わんばかりだ。セイカーはあまりにあっけなく進む戦局に疑問を覚えつつも、背後に回ったホムンクルス兵に最後の攻撃命令を下した。

 

 「3、6、撃て」

 

 

 ブロットウッツ研究所における新型ホムンクルスの開発プロジェクトで、分隊指揮試験はこれまでのところ大した成果を残せていなかった。

 

 ホムンクルスは外からの個別的な指示に対しては適切に反応して命令を遂行するが、中規模以上の目的を与えると短絡的に最終目標に対する攻撃ばかりするのだ。

 

 更に、分隊指揮を取らせると、分隊全員で同じ行動を取ろうとしてしまう。そこでロペたちは初歩的な戦術をあらかじめ基本行動に組み込んで置くことにした。その1つがB隊が取った2列横隊だ。

 

 こうする事でホムンクルス指揮下の分隊同士での戦いはかろうじて戦いの形になるようにはなったが、人間指揮下の分隊との戦いでは固定した戦術の裏を掛かれて戦いらしい戦いにもならずに終わっていた。

 

 実際、現場には伝えられてはいないものの、上層部ではホムンクルスによる分隊指揮の研究に疑問の声が上がり始め、早いうちに成果が出なければ新型ホムンクルスの研究自体が打ち切りになる可能性もあるという状況であった。

 

 そんな中、5034番は基本行動にない戦術で戦い、相手の戦術を見て途中で戦術の変更まで行った。結果はA隊の完全勝利。B隊は指揮官を含む半数が破壊されて部隊としての機能を失ったにもかかわらず、A隊は無傷で終わった。

 

 「以上が新型5034番の分隊指揮試験結果になります」

 

 エアリー=マドレック技術開発部部長はロペから受けた報告をその日のうちにワフナー=ブーレ参謀少将に伝えていた。

 

 「これは、本当か?」

 「は、正式な試験結果です」

 「しかし、これはまるで人間のようではないか。しかも、5034番は試験中指揮に専念して一度も魔法を使わなかったと」

 「はい」

 

 ワフナー少将は顎に手を当てると目を瞑ってしばし考え込んだ。



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第6話、試行錯誤。

 共和国の現実として、兵士の死が戦争継続の現実的な足かせになっているという問題がある。1年半後に控えた大統領選挙を前にして、兵士の損耗に対して野党が攻撃を集中させるようになっているためだ。畢竟、政権中枢としては、大きな損害が出る可能性のある大規模戦闘には消極的な態度を続けていた。

 

 しかし、軍の思惑は異なる。国境では一時のタフー帝国の攻勢は食い止めたものの、現場は新型魔導コアの威力に圧倒されつつあり、一部の戦線では現実に後退を余儀なくされていた。劣勢を挽回するには帝国軍を超える数が必要だった。

 

 ホムンクルスの活用はそういった政治と軍事の妥協の産物として生まれた。そして現在、国境線の最前線には極めて多数のホムンクルス兵が配備される状況となっている。柔軟性には欠けるが移動砲台や突撃兵としての性能はそれなりにあると言うのが現場の評価だった。何より劣勢になった時でもパニックになることがないのがよい。

 

 問題は指揮官の損耗だった。兵卒の損耗はホムンクルス兵で代替できても指揮官の損耗は代替できない。政治的には問題にならずとも、軍事的には大問題だった。

 

 これについて参謀本部内部では2つの派閥が議論を繰り広げていた。1つ目は分隊指揮が可能な新型ホムンクルス兵を作ること。これが参謀本部内の主流派である。もう1つはホムンクルス兵を歩兵とは異なる独立の兵科として、新型の代わりにホムンクルス兵の運用に特化した兵卒を作るという構想だ。地球における機械化隊に近い。

 

 ワフナー少将は主流派の中心人物の1人で、新型ホムンクルス開発のバックアップをしている人物でもあり、開発の難航に最も気を揉んでいる人物でもあった。主に、失敗すれば出世の目が潰えるという観点から。

 

 その点、5034番の成功は願ってもないチャンスだった。ただ、上手くいっている時ほど落とし穴に注意しなければならない。ワフナー少将は一呼吸おいて視線を手に持ったレポートに落とした。

 

 「担当魔導技官の評価は低いようだが」

 

 視線の先は試験結果に添えられた魔導技官のコメントだった。ホムンクルス開発の主任であり試験官も務めた技官は、その画期的な結果にも関わらず5034番の性能を婉曲的に疑問視するコメントをつけていた。

 

 「彼は少々神経質になりすぎているかと思われます」

 「それは?」

 「5034番は体格と魔法技術において基準値を大きく下回っています。本来なら不良品として廃棄されるところを私の判断で分隊指揮試験に進めたことを気にしていると考えられます」

 「確かに身長は低い……が、体重は重いな。ホムンクルスとしてはイレギュラーな存在ということか」

 「そうであります」

 「しかし、結果を出したのはそのイレギュラーだ。先入観は時に判断を誤らせる。ここはマドレック部長の判断が正しかったということだな」

 「はっ」

 

 担当魔導技官は懐疑的だが技術開発部長はそれを杞憂だと言う。そしてこの試験結果。分の悪い賭けではあるまい。

 

 「よし。近いうちに実戦投入させろ。お膳立てはこっちでする」

 「了解いたしました」

 「下がってよい」

 

 分隊指揮試験で良好な成績を収めたとはいえ、即座に実戦投入を決めるというのは技術開発の観点からはやや拙速と言える。が、現状、新型ホムンクルス開発において残された時間はそれほど多くはなく、早々に分かりやすい結果を出して徐々に勢いを増す独立兵科構想を潰すことが求められていた。

 

 それに、投資の観点から見てもイレギュラーに時間を掛けるよりは可能性を早めに確認してダメならすぐに別のアイデアに移る方が賢い。イレギュラーは所詮イレギュラー。成功する確率の方が低いなら、早めに潰してしまうのも合理的な態度なのだ。

 

 

 セイカーはそれなりに満足した夕飯の後、例の牢屋のような部屋に戻っていた。ちなみにルームメイトはいない。分隊指揮試験の時に壊してしまったせいだ。

 

 試験の後、セイカーは試験官に食事の改善を訴えたが、その時は適当にはぐらかされてしまい昼食は何も改善がなかった。仕方がないので周りのホムンクルスから魔石を1つずつ取って食べた。驚いたことに、ホムンクルスは自分の分が取られても何も文句を言わないのだ。

 

 とはいえ、こんな食生活が続くようなら真剣に脱走を考えないと餓死してしまうと思い、午後は真剣に脱走計画について考えてしまった。ちなみに研究所の周囲は森が広がっていて、うまくすればシカやイノシシは労せずに狩れそうだ。

 

 夕飯になると状況が一変した。いつの間にか食堂にセイカー専用の特別席が作られていて、量も4倍になっていたのだ。それでもまだ足りないと言うと、さらに同じ量のお代わりを2回も持ってきた。この待遇が続くならわざわざ脱走する必要もあるまい。

 

 部屋で一人になったセイカーは、午前中に行った試験のことを考えていた。

 

 あの時、5035番は分隊の指揮を執るとき言葉を発していなかった。おそらく音声以外の方法で命令の伝達を行っていたに違いない。もっとはっきり言えば、まず間違いなく魔導コアの機能を使っているのだろう。違ったらむしろ驚く。

 

 人格AIが脱走計画のことを真剣に考えていた間、その裏ではディープラーニングAIには分隊指揮試験時のデータ解析を進めさせていた。あらかじめ、エピソード記憶サブシステムの一部に専用領域を確保して、魔導コアの出力をすべて記録しておいて、それを入力に学習アルゴリズムを走らせたのだ。

 

 (N-9-19、解析状況は?)

 (魔導コア出力の一部にB隊の行動に同期するバーストを確認。何らかの通信の可能性があります)

 (分かった。解析を続けてくれ)

 (了解しました)

 

 思った通り魔導コアを使った通信が行われていた。ディープラーニングAIに任せておけば通信プロトコルも直に解明されるだろう。後は発信方法が分かれば音声言語を介さずに戦闘指示が出せるようになるはずだ。

 

 問題は魔導コアを操作する方法が未だに見当も付かないところだけれども……。

 

 魔導コアはセイカーの胸のあたりに埋め込まれているようなので、取り出して分析するということも考えられるけれど、すでにエネルギー系と接続しているので、取り外しに失敗するとエネルギー系のトラブルで動けなくなる危険がある。

 

 できれば、適当なホムンクルスのサンプルを合法的に解体して取り出すことができればいいけれど、そんな都合のいいホムンクルスなんて……、あるじゃないか。

 

 セイカーは鉄格子の扉に近づくと、格子の隙間に手を入れた。よし、このくらいなら大丈夫だ。そのままぐっと力を込めて肩を押し込んでいくと、セイカーの体が変形して徐々に格子扉の外に押し出されていった。SFMCの変形能力で格子の穴が通れるように体の形状を変形させたのだ。

 

 いくら牢屋に見えると言っても本物の牢屋ではないので見張りが立っているわけではなく、セイカーは簡単に外に出ることができた。すでに夜も更けて真っ暗だったが、アンドロイドのセイカーにとって暗闇は特別行動を阻害する原因にはならない。

 

 さて諸君、研究というものは失敗の連続だ。100個試作をして最終的に成功したとすると、最後を除く99個はすべて失敗作と言ってもいい。一般の人が見るのはその最後の1個だけだが、では残りの99個はどこに行ってしまうのか?

 

 答えはすべて廃棄されるのだ。

 

 今日、セイカーは分隊指揮試験を行ってB隊の半数が破壊され、それらは廃棄処分となった。しかし、廃棄となったからといってすぐに最終処分されるわけではない。一旦、集積場に集められ、定期的に処分に回されるのだ。

 

 ということは、今日、セイカーが壊したB隊のホムンクルスも、おそらくまだどこかに保管されているはずだ。

 

 (N-9-19、5035番の場所は分かるか?)

 (探索中……、発見しました)

 (最短距離で行け)

 (了解しました)

 

 セイカーがN-9-19に運動系の制御を委ねると、N-9-19はその場でジャンプして建物を一つ飛び越えた裏手に着地した。そこには小さな小屋があり、ドアの鍵を壊して中に入ると廃棄処分になったホムンクルスが大量に積み上げられていた。

 

 その廃棄ホムンクルスの山の上の方に5035番は置かれていた。無造作につかんで持ち上げると、驚いたことにまだ機能は完全には停止していなかった。

 

 どうやらホムンクルスというものは想像以上に頑丈なようだ。ただ、さすがに体の各部に深刻な損傷があるため、機能停止は時間の問題と思われた。

 

 (N-9-19、ナレッジサブシステムから医学情報を呼び出せ)

 (了解しました)

 (これより5035番の手術を開始する)

 

 幸い、ここには廃棄処分になったホムンクルスの体がたくさんある。すでに機能停止しているが、部品として使うなら問題ない。使えそうなパーツを使って5035番の体を再生できるか試してみよう。

 

 セイカーは指をメスに変形させ、5035番の損傷部位を切除していった。予想通りホムンクルスの体は人間と構造的に似たところが数多くあり、ナレッジサブシステムにあった医学情報は大いに役立った。足りない分は……、試行錯誤した。

 

 ホムンクルスは見た目は人間だけれども中身は作り物なので何回失敗してやり直してもいちいち文句を言ったりしてこない。なので、うまくいくまで何回も繋げては切り離してまたつなげて切り離してとやって、ようやく5035番の体を仕上げる頃には朝日が昇ってきた。

 

 周囲には試行錯誤の末切り刻まれたホムンクルスの体のパーツが散乱してしまっていた。一部は作業中にお腹がすいたセイカーの腹の中に収まっていたので、多少量は少なくなっていたが問題ない。ただ、散乱したまま放置するのは衛生的な問題があるので、まとめて隅の方に積み上げておいた。



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第7話、コールドリブート。

 午前中、研究所はちょっとしたパニックだった。昨日破壊されたはずの5035番が、破壊した側の5034番と連れ立って朝食を食べ、その後も行動を共にしていたからだ。

 

 さらに、5035番が置かれていたはずの廃ホムンクルス置き場には切り刻まれたホムンクルスの体が雑然と積み上げられており、部分的に食べられたらしい痕跡も見つかったという報告も上がってきた。ホムンクルスを食べる者がいるなど考えただけで怖気がする。

 

 各責任者が集まって意見交換をした結果、以下のような結論に至った。

 

 まず、5035番についてであるが、おそらく新型の治癒力が旧型のものよりも大きく向上してたのだろうという仮説が立てられた。ただ大きな損傷の自己治癒の完了には時間が掛かり、廃ホムンクルス置き場に運ばれた後もゆっくりと治癒が継続して夜中に回復が完了したのだと推定された。

 

 その後、5035番は自発的に与えられた部屋に戻ろうとして、廃ホムンクルス置き場のドアを破壊して外に出た。今日になって5034番と行動を共にしているのは単に同室であるという関係のためで事件とは無関係とされた。

 

 ホムンクルスを食べた犯人については、たまたまタイミング悪く昨夜は森の方から野獣が研究所内に侵入していて、5035番が開け放したままにしたドアから廃ホムンクルス置き場に野獣が入り、ホムンクルスの肉を食べたと考えられる。一通り食べて満腹になった野獣は、朝日が昇る前に森へと戻っていったのだろう。

 

 細部では理屈の通らない部分も多くあるが、これが最も常識的で皆が合意できる説明だった。それに、今の状況下でこの件が大きな問題になれば研究そのものの存続に疑問符を付けられかねないことは、さすがに政治に疎い研究者でも理解できる。

 

 なので、早急にこのストーリーで報告書を書いて火消しに回るのが適切だとの意見で全員が一致した。

 

 

 「報告は以上になります」

 

 廃ホムンクルス置き場への野獣の侵入事件についての報告はロペ=カタレイン魔導技官がエアリー=マドレック部長に行った。エアリー部長は報告の中、5034番と5035番が接近していたところに興味を持った以外は特に質問することもなくただ報告を聞いているだけだった。

 

 「結構だ、カタレイン魔導技官。この件については、後はこちらで処理しておく。それよりも5034番についてだが」

 「はっ」

 「実戦配備が決定した」

 「は?」

 「カタレイン魔導技官?」

 「失礼しました。実戦配備でありますか?」

 「正式な配属先はまだだが、明日には参謀本部付の仮配属辞令が来るはずだ」

 「し、しかし、あれはまだ実験体で安全性の試験も……」

 「上は結果を求めているのだ」

 

 報告を終え、エアリー部長の前から退室したロペは戦慄していた。あの5034番を実戦投入する!? 冗談ではない。あいつは仲間を喰ったかもしれないやつだぞ。

 

 確かに報告書では5035番は自力で回復し、野獣がホムンクルスを食ったとなっている。しかし、ロペ自身は疑問を持っていた。

 

 野獣が食事後にわざわざ片付けをするだろうか? それに報告書には書かれていない5034番の部屋の扉の件もある。5034番と5035番が食堂に現れた時点で、部屋の鍵は誰も開けていなかったはずだった。5034番は一体どうやって部屋から出たのだ?

 

 5034番に鍵を開けずに部屋を出る力があったのなら、5034番が昨日の夜にどこにいたかは不明になる。もし、5034番が夜中に廃ホムンクルス置き場に行き、回復した5035番を発見して連れて帰った可能性もあるのだ。

 

 しかしそうだとすると、その時、5034番は何の目的にそこに行ったのかがという疑問が生まれる。もしかして、そこにホムンクルスの肉があると知っていたからじゃないのか? そして、そこで仲間の死体を喰った……。

 

 しかし、その可能性を否定する報告書を書いたのもまさにロペ自身なのだ。自分の名前で書いた報告書を否定することはできない。この事件は問題化させないと全員で決めたのだ。

 

 「くそっ。どうなっても知らないぞ」

 

 一方、ロペを見送ったエアリー部長の方も報告書を見て考えに耽っていた。

 

 報告書は形式は全く問題がなかった。内容的にも自分の裁量範囲内で研究所内への野獣の侵入対策に予算をつけておけば事足りて、特別誰かに報告する必要はないだろう。

 

 だが、エアリー部長はこの報告書には表面的に読み取れること以上の何かが含まれていると直感していた。何せこのタイミングであの5034番が絡んでいるのだ。ここに何かを感じなかったら魑魅魍魎の住む軍組織で昇進していくことは不可能だ。

 

 それから5035番だ。新型ホムンクルスの治癒力が旧型よりも特別向上しているという報告はこれまでのところ受けていない。せいぜい数パーセントの向上率にとどまっていたはずだ。なのに、この報告書では致命的なダメージを受けていたはずの5035番が自力で廃ホムンクルス置き場を出て部屋に戻れるほどまで回復したと書かれている。

 

 これは一体どういうことだ? エアリー部長は背中にぞわりとしたものをを感じた。何か理解のできないことが起きている可能性。

 

 袋小路に陥りかけた思索を打ち切ると、部長は机に戻って便箋を取り出した。内容は明日の仮配属辞令に5035番を追加することを求める要請。理解のできないことが起きているのなら、日の当たるところへ引きずり出してしまえばいいのだ。

 

 

 セイカーは機嫌がよかった。昨夜の散歩で思った以上の収穫があったためだ。

 

 昨日5035番を修理した際、ついでに魔導コアにセンサーを張り付けておいた。これで、5035番が半径10メートル以内にいれば、5035番の魔導コアの入出力情報がリアルタイムでN-9-19に届く。その内容は即座にディープラーニングAIに投入され、魔導コアの解析に活用されるのだ。

 

 ということで……、

 

 「5035番、何か魔法を使ってみて」

 「分かりました」

 

 朝食の後、セイカーは5035番を連れて空いているグラウンドへ来た。ここはセイカーが最初に試験をされたのと同じような道具が置かれていて、魔法の実験をするのにちょうどよさそうだった。試験をした時と同じように人型の的があったのでそれを指さして、そこに魔法で攻撃するように指示してみた。

 

 ところで、さっきから5035番とは多少親近感を持たせようと少し砕けた口調で話しかけているのだけれども、向こうの言葉遣いはちっとも変化しない。どうもホムンクルスのAIの言語機能はこういう感情の抜けたような応対をすることしかできないようだ。

 

 それからしばらく、セイカーは5035番に指示をしてさまざまな魔法を試させた。そして、その間の魔導コアの入出力を観察し、ディープラーニングAIに魔導コアの使い方について学習させていった。

 

 (N-9-19、進捗状況は?)

 (学習完了。テスト可能です)

 

 余談だが、ディープラーニングAIの学習方式には大きく3つの方法がある。教師あり学習、教師なし学習、強化学習だ。

 

 教師あり学習は正解データを用意して入力から正解を出力する方法を学習する方法、教師なし学習は正解データを使わずに入力からパターンを発見する方法で、どちらもAIの学習器の中だけで完結する。それに対し、強化学習は学習したAIを実環境や疑似環境で使ってみて、その結果をフィードバックしながらAIを強化していく方式だ。

 

 昨日、セイカーがエピソード記憶サブシステムに記憶したデータを用いて学習していたのは教師なし学習だが、今、5035番の魔導コアの入出力を観察しながら学習していたのは教師あり学習のほうだ。

 

 つまり、N-9-19は魔導コアの使い方を学習するにあたって、5035番が魔導コアを使う様子をそっくりコピーするように学習したということを意味している。2人の魔導コアは全く同じタイプなので、5035番の方法を覚えたN-9-19は理論上、全く同じように魔法が使えるはずというわけだ。

 

 セイカーは5035番と交代するようにして人型の的に正対して立った。そして、おもむろに手を前に伸ばして、

 

 (N-9-19、撃て)

 

 しかし、何も起こらなかった。

 

 (N-9-19、どうした?)

 (解析中です。……、解析完了。エネルギー不足です)

 (エネルギー不足?)

 (魔導コアがエネルギー系にリンクされているため、コアに集められたエネルギーがすべてエネルギー系に流出しています。そのため、魔法を形成するためのエネルギーが蓄積できません)

 (流出を止めることはできないのか?)

 (魔導コアとエネルギー系のリンク解除にはコールドリブートが必要です。コールドリブートを行いますか?)

 

 コールドリブートとはホットリブートとは違い、メインシステムを含むすべてのシステムを一度停止してから再起動することだ。本来なら、シャットダウンとは違い外部入力なしで自動的に再起動するようにはなっているはずだが、まだ試作機なのでスクリプトが用意されていなくて技術者による入力が必須となり、それがなければ起動シーケンス中に入力待ちで停止してしまう。

 

 もちろん、この異世界にN-9-19のメンテナンスができる技術者などいるわけがない。つまり、コールドリブート、イコール、死だ。

 

 (いや、しない。今後、コールドリブートは禁止とする)

 (了解しました)

 

 そして、この時点をもって、セイカーが魔法を使えないことが確定した。



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第8話、辞令。

 翌日、セイカーと5035番は呼び出しを受けた。今日は何の試験か実験かと思ったら、オフィスの方へと連れていかれたのでどういうことかと訝しんでいると、無機質な研究所としては珍しいそこそこ見栄えのする部屋へと案内された。一体何事だ?

 

 「5034番、5035番。諸君らに辞令が届いている」

 

 しかめっ面でそんなことを言い出したので、セイカーは困惑した。一体、ただの人造兵器に辞令を出すというのはどういう儀式なのかと。この世界ではホムンクルスを戦場に出すときに、1体1体辞令を手渡しで交付するのだろうか?

 

 だが、これについては辞令を渡すロペの側も同様に困惑していた。ホムンクルスの配属で辞令書の交付など研究所始まって以来の珍事だ。どうやら5034番がホムンクルス分隊の分隊長に就くには規定上軍曹以上でなければならず、軍曹以上の階級に任命するには任命式の実施が必須であると定められているのだ。

 

 人造兵器であるホムンクルスに対して何を馬鹿なというところなのだが、規定上ホムンクルス兵は歩兵に準じるとなっていて、階級についての例外規定は設けられていない。だから、ばかばかしくても任命式を行う必要があった。ちなみに分隊長でない5035番にはそういう事情は関係ないが、もののついでで一緒に呼び出されていた。

 

 「辞令の交付に先立って5034番に確認がある。軍曹任官には名前の登録が必須となるが希望はあるか? なければこちらで決めた名前で登録しておく」

 

 軍曹以上は自分の希望する名前を選ぶことができる。これも規定で決まっていることだ。通常は辞令書の作成前に内々で聞いておくのだが、辞令交付時に聞くことも認められている。ちなみに規定上は事前に確認する方がむしろ例外で正式はその場で聞く方であり、なぜか実務とは逆になっている。

 

 ホムンクルスに名前の希望を出すような知恵などあるはずもないので、ロペもエアリー部長も事前にセイカーに名前の希望を聞こうなどとは思いもよらず、任命式をするにあたって名前の希望を聞かなければならないことに気が付いて、泥縄式に辞令交付の直前に聞くことになったのだ。

 

 もちろん、セイカーからの返事など想定しておらず、形式だけ聞いて任命式を進める予定だったのだが……。

 

 「は、では『セイカー=ファルコン』でお願いします」

 「は?」

 「『セイカー=ファルコン』であります」

 

 元々、N-9-19に与えられた「セイカー」のコードネームは19番目のアルファベットSにちなんだもので、意味はセイカーファルコンというハヤブサの一種を指す。ちなみに、セイカー砲《キャノン》という大砲も存在するが、そちらはコードネームの由来ではない。

 

 セイカーは自分の名前がセイカーであることは覚えていたものの名字の方は記憶がなかったので、N-9-19のコードネームの由来からファルコンを名字として希望した。

 

 当然、それを聞いたロペは当惑した。すでに5034番の呼称は決定して報告済み。今日の問いかけもただの形式的な質問のはずだった。それがなぜ自由意志のないホムンクルスが希望を出してくるのか? しかも、セイカーというのは人名としては珍しく、何かの真似をしたというのは考え難い。どこからそんな名前を考え出してきたのか?

 

 とはいえ、本人が希望を出してしまった以上、それを無視することは規定上不可能だ。なので、ロペがどれほど気味悪く感じていても、手続きが面倒になるとしても、それを受理しないわけにはいかないのだ。

 

 「分かった。では、セイカー=ファルコンを本日より軍曹に任命し、参謀本部付に配属を命令する」

 「謹んでお受けいたします」

 「これからもヨセミット共和国の平和と安定のため、貴公の献身に期待する」

 「粉骨砕身、共和国のため挺身することを誓います」

 

 このようなやり取りの後、辞令書と階級章を手渡しで受け取って任命式は終了だ。5035番もこの後参謀本部付配属の辞令が渡された。

 

 「ファルコン軍曹」

 「はっ」

 「最後に一言言っておく。戦場で敵と味方を間違えるな」

 「ご忠告、感謝いたします」

 

 これで5034番はロペの手を離れ、セイカー=ファルコン軍曹として戦場を住処とすることになる。最後の言葉としてロペはセイカーに最大限の警告を伝えたつもりだったが、セイカーはただ形式的に返事をしただけで終わった。

 

 

 タフー帝国軍南方軍第3師団所属、ナムラ=オッカー小隊長は高台の上に組まれた前線基地の司令部でコーヒーを淹れながら思わずため息を吐いた。この高台の防衛がオッカー小隊に与えられた任務である。

 

 先の総攻撃で獲得した陣地に連なる高地で、戦略的重要性は高くはないものの占領直後から奪還を目指す攻撃が何度も繰り返されている。そのたびにオッカー小隊は撃退に成功しているが、度重なる襲撃は精神的な疲労を蓄積させていた。

 

 もともとナムラ=オッカーは騎士の三女であった。武芸に秀でた部分があったため士官学校に入学し、卒業と同時に南方軍に配属となった。そこで大きな怪我もなく適度に軍功を重ねて平均的な速度で昇進し、先日ようやく着任したばかりの新任小隊長だ。

 

 着任早々息をつく暇もなく最前線の陣地の防衛の責任者を任され、ここのところは睡眠不足の日々が続いていた。一応、前線での軍務には慣れているはずだったが、小隊40人の命運が自分の采配に左右されるという責任感がナムラの神経をちりちりと焦がしていたせいだ。

 

 とはいえ、共和国の攻撃は単調なもので、防衛任務そのものは極めてつつがなくこなしている。特に、自分の父ほどの歳の最先任の副隊長が、騎士のお嬢さんを傷物にして返すわけにはいかないと気を遣ってサポートしてくれたのは助かっていた。

 

 ただ、逆にそれが、せっかく士官学校まで卒業しておきながら一人で責任を全うできない自分の力不足に焦りを感じることにもなっていた。

 

 今吐いたため息は、そんな無力感を少しでも紛らわせようという自己防衛本能に基づくものだが、吐いたすぐに誰かに聞かれてはいないかときょろきょろと辺りを見回してしまう生真面目なところが、副隊長に気を遣われる理由でもあるのだろう。

 

 「小隊長殿、敵襲であります」

 「敵の数は?」

 「小隊規模と推定」

 

 これでせっかく淹れたばかりのコーヒーは作り直しだ。嗜好品の配給は貴重だというのに、全くタイミングが悪い。

 

 ここに着任してから、共和国の攻撃はホムンクルスばかりだ。よほど連中は人造人間が好きらしい。いや逆か。人間が大切だから代用品をぶつけてくるのか。

 

 ホムンクルス兵の攻撃はとにかく単調で、ただ障壁を張りながら前進して炎弾を撃ち込んでくるだけだ。しかし、隣の兵士を吹き飛ばしても平然とした様子で足を止めることはない。指揮官を殺しても前進を続け、止める方法は全滅させるのみというのは、厄介を通り越して気味が悪いほどだ。

 

 今日もいつもと変わりなくホムンクルス兵の突撃だった。共和国の側も積極的に陣地を奪還に来るつもりはないのか、一緒に来た指揮官たちはこちらが応射を開始するとさっさと逃げていった。ホムンクルスの損耗はよいが、人間の損耗は許容できないということなのだろうか。ホムンクルスの製造にもお金がかかっているだろうに。

 

 「撃てー! 水風船共を近づけさせるな!!」

 

 副隊長が叫ぶ水風船とはホムンクルス兵のことだ。人の形をしていても実体は皮に水を詰め込んだだけの水風船と同じだということらしい。それと、弾が当たった時の肉の弾け方が本物の人間と違って風船っぽいところがあるという意見もある。ナムラにはその区別はよくわからないが。

 

 高台の下側から登ってくるホムンクルス兵に対し、上から歩兵が炎弾の雨を浴びせかける。下からも撃ち上げてくるが高低差でこちらの方が威力も射程も上だ。しかも、帝国と共和国の魔導コアには歴然とした性能差がある。同じ数で攻め寄せられて撃ち負けることはまずありえない。

 

 だが、相手はホムンクルスであり、最後の1兵になっても止まることはない。全員確実に仕留めなければ味方に大きな被害が出てしまう。勝つと分かっている戦いにも拘わらず、兵士たちの心理的負荷は少なくなかった。

 

 「報告。全敵兵の沈黙を確認」

 「撃ち方、止め」

 

 ナムラは戦闘終了を宣言すると、後のことは副隊長に任せて先に司令部へと戻った。戦闘の報告をいち早く中隊本郡へと伝達するためだ。

 

 半ばルーチン化した戦闘ではあるが、戦闘報告は小隊長の義務であり、いち早く提出することが求められていた。つまらないことのようだが、これでも出世を左右する評定に影響するのだ。軽々しくおろそかにするわけにはいかない。

 

 

 参謀本部への配属を受け、セイカーと5035番改めエルマ=アブリルは研究所を出て一般兵士の宿舎へと移動になった。ホムンクルス専用宿舎でないのは、ホムンクルス専用宿舎は参謀本部の持ち物ではないからだ。いわゆる縦割り行政の弊害というやつだ。

 

 エルマ=アブリルという名前は本来セイカーが受け取るはずだった名前だ。5034番がセイカー=ファルコンという名前を希望したため、余った名前を代わりに5035番に譲ることになったのだ。必要ない措置だったが、一般宿舎に入舎するに段になって面倒な手続きを少しだけ円滑にする効果が認められ、思わぬ怪我の功名となった。

 

 ただ、この傍目には大過ない至極円滑な引っ越しの陰で、セイカーにとっては看過しがたい重大なトラブルを引き起こされていた。



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第9話、配給品。

 「こ、これはどういうことだ?」

 

 セイカーは参謀本部への配属と共に渡された配給品を紐解いて絶句していた。

 

 いや、そもそもこれはもっと早くに気付くべきだったのかも知れなかった。例えば、この世界で目覚めた初日の夜にエルマと同室にされた時に。あるいは、宿舎内で女性兵士しか見かけないと思った時に。

 

 配給品には兵士が日頃から身に着け使用する様々な物が含まれているが、中でも衣類は大きな割合を占めている。要するに軍服だ。様々な状況に合わせて数種類の軍服があり、全て身体測定で測った正確なサイズに合わせて最適なサイズが選択されている。

 

 セイカーの場合、たった140cmの身長に合う軍服はほとんどなく、士官学校女生徒向けの最小サイズに辛うじて着られるものが見つかったに過ぎなかった。残念ながら、男性物は学生向けを含めても存在しない。

 

 それはまあいい。軍服の男女差は体型差に起因していてデザイン上の差異はない。それに、このサイズになれば、そもそも男女の体型差はほとんど無視できるレベルにしかならない。

 

 問題は軍服に付属してついてきた他のものだ。端的に言えば女性物の下着類だ。ショーツとブラジャー、各5枚セット。それから生理用品。さらに見慣れない道具が入っていると思ったら、説明書きを見ると女性がズボンを下さずに立小便をするための道具だった。なんてことだ。

 

 ちなみに、セイカーは自分のことを男性だと自認している。理由は特にない。

 

 体はN-9-19のもので性別を表す特徴は備えていない。備えていないことで逆に女児の体形に一致する部分が最も多くなってはいるが、あくまでも中性であり、性的な特徴は持っていないというのが正しい。

 

 なので、セイカーの性自認は体から来たものではない。もともとの人格AIも性別の概念は持っていなかったので、セイカーの性別は転生してセイカーの人格が生まれた時に同時に発生したものだと考えるのが自然だ。

 

 とにかく、いずれにしてもセイカーは自身を男性だと認識していながら、周囲からは女性として扱われてしまったということだ。SFMCの機能で疑似男性器を作ってしまうことくらいわけないはずだが、いまさらそれをしても状況がさらにややこしくなって面倒を引き起こすだけでしかない。

 

 「とりあえず、ブラジャーと生理用品は不要だと連絡しておこう」

 

 N-9-19は下着相当のウェアは肌と同化していて不要なのだが、そこを騒いで面倒を起こす必要もあるまい。体型的にブラジャーが不要というのは理解されるだろうし、生理用品はホムンクルスには不要だと言って配給を止めてもらおう。ホムンクルスって生理ないよね?

 

 「エルマ、ホムンクルスに生理はあるの?」

 「ありません」

 「というか、そもそも生殖は可能なのか?」

 「器官は存在しますが、機能はしません」

 

 ということでエルマの生理用品もついでに止めてもらうことにした。実のところ、こういうノウハウはホムンクルスが実戦配備されている部隊ではすでに知られていて対応されているが、参謀本部付でホムンクルスが配備されたのは初めてなのでノウハウが欠けているのだ。

 

 

 翌日、着任早々出張命令が出た。場所は国境だ。

 

 現在、ヨセミット共和国とタフー帝国は国境地帯で戦争状態にある。そもそも、共和国で起きた民主革命以降、共和国と帝国が外交的に戦争状態でなかったことは一度もなかったのだけれども、事実上、国境地帯は長らく停戦状態にあった。それが破られたのは1年半前に開始された帝国の再侵攻だった。

 

 突然始まった帝国の攻勢に一時国境線はかなり押し込まれてしまった。危機感を抱いた共和国大統領は大規模反攻作戦を指示し人と金を大量に注ぎ込んだ。帝国側が伸びた補給線の維持に失敗したことも幸いして、国境線をある程度押し返すことに成功し、そこで膠着状態に陥った。

 

 この時に起きた政治的茶番のために、共和国の国民感情が国土防衛よりも人命優先となって国境防衛にホムンクルス兵が大量配備されるという結果をもたらすのだが、その話は別の機会にする。

 

 とにかくそういうわけで、今の共和国軍において、ホムンクルス兵の配備といえば帝国との国境地帯というのが相場で、セイカーたちが実戦投入されるに当たって国境に配備されたというのは予想の範囲内だった。予想外だったのは所属が仮配属の参謀本部付のままだったことだ。

 

 セイカーは裏の政治的事情は全く理解していなかったが、参謀本部として新型ホムンクルスに是が非でも成功してほしいという思いがこの人事の背景にあった。端的に言えば、ようやく手に入った可能性を現場の勝手で潰されてたまるかということだ。

 

 なんのことはない、ただの参謀本部の現場不信が極まっただけのことだ。自分たちのミスで失敗するのはよいが、現場の判断で失敗されるのはたまらないという極めて感情的な理屈だ。

 

 ただ、これが佐官で大隊長クラス、でなくてもせめて中隊長クラスなら周囲もそんなこともあると受け入れるところなのだが、セイカーの場合はただの軍曹。それがあろうことか副官付きで派遣されてくるということで、受け入れる側の葛藤は想像に難くない。

 

 その辺りの事情が大いに影響したのであろうが、セイカーは到着早々、大隊長から直々に呼び出しを受けることになった。

 

 「セイカー=ファルコン軍曹であります」

 「……、まだ子供じゃないか」

 

 クランド=シャトー大隊長は入室してきた人物を見て目を疑った。どう見ても10歳足らずの子供が軍服を着てもっともらしく敬礼して見せているのだ。これが参謀本部から鳴り物入りで送り込まれてきた秘密兵器だと!?

 

 「僭越ながら、ホムンクルスに大人も子供もないものと存じます」

 「それはそうだ。今の言葉は忘れてくれ」

 「はっ」

 

 だが、その後の言葉を聞いて印象は一変した。これが本当にホムンクルスなのか?

 

 ホムンクルス兵の印象は、とにかく他人と関わりを持たず聞かれたことしか話さないというものだった。話し方も与えられた原稿を読んでいるような感情の感じられない雰囲気でホムンクルスのことを知っている人間なら少し話せばすぐに区別できる。地球のSFファンなら「フォークト=カンプフ法」という言葉を即座に思い出すだろう。

 

 ところが、クランドの前にいる自称ホムンクルスは聞かれてもいないことに返事を返してきた。しかも、いかにも人間がしゃべりそうな抑揚をつけて、自分が子供だと侮られたことに不快感を示すことまでやった。軍隊式のオブラートに包むおまけ付きで。

 

 これは普通のホムンクルスではない、とクランドは即座に直感した。

 

 「大隊長のクランド=シャトー中佐だ」

 「存じ上げております」

 「貴公にはホムンクルス分隊を率いて敵陣地を攻撃する任務が与えられる。奪取できればよし。できなくとも何らかの被害を与えることを期待する。詳しいことは小隊長から指示を受けろ。以上だ」

 「は。失礼いたします」

 

 セイカーが退出した後、クランドはセイカーを受け入れるにあたってワフナー少将から受けた伝言を思い出していた。

 

 好きにやらせてみろ、と。

 

 戦場で下士官の好きなように戦争をさせるとか狂気の沙汰でしかない、ましてホムンクルスなんかに、とその時は思ったけれど、あのホムンクルスなら試してみてもよいかもしれないと思わせるほどには特異な存在であることは理解できた。

 

 どうせ派遣する先は戦局にほとんど影響のない場所だ。それに失敗してもホムンクルス兵が10体ほど損耗するだけで、人的被害はない。しかもその費用は参謀本部持ちだ。逆に参謀本部に恩を売るチャンスでもあるとも言える。こちらに損はない。

 

 それに、もし不測の事態があれば、後ろに詰めた小隊に後始末をさせればよいだけだ。こういう時、ホムンクルス兵は人間らしい躊躇がないので便利だ。

 

 ああ、それから、食べ物はケチらず食わせろ、というのもあった。こっちはよくわからないが、あの体型だからもしかするとまだ成長期なのかもしれない。

 

 すぐに副官が次の予定を持ってきたので、クランドの思考はそこで途切れたが、セイカーが派遣された小隊ではその夜の食事をセイカー一人で食べつくしそうになるという騒ぎになったという報告を受けて、あれはそういうことだったのかと納得したのだった。



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第10話、先任。

 大隊長と別れた後、セイカーはエルマを連れて着任先の小隊を訪れた。士官室に行くと小隊長と分隊長たちが集まっていた。

 

 この世界の軍隊の実戦部隊はほぼ歩兵から成り立っている。ただし、地球と違い歩兵は全て魔法が使え、変わりに銃砲類はほとんど発達していない。

 

 魔導コアという技術が生まれてから魔法は一部の特権階級だけのものではなくなり、魔導コアを持って訓練すれば誰でも使えるものになった。これが軍のあり方を大きく変え、各国で国民皆兵制度が導入されるようになって今に至っている。

 

 歩兵は10人一組で分隊という単位を作って管理される。更に4分隊で小隊、4小隊で中隊、4中隊で大隊が形成されることになっている。大隊は700名強からなる集団で、軍における様々な業務はこの大隊を単位として行われることが多い。さらにその上には旅団、師団、軍といった単位も設けられている。

 

 小隊長以上になれるものは特別な選抜と訓練を受けた士官のみとされていて、規定上、士官でないものは副小隊長が出世の上限とされている。もちろん例外はあり、適任者が見つからないときに一般兵卒上がりの下士官を小隊長以上の職務に任官させることは可能とされていた。

 

 前述のとおり、共和国でも帝国でも国民皆兵制度に基づく徴兵制が敷かれているので、一般兵卒の大半は短期的に訓練されただけの一般市民である。そのほとんどは任期が終わると軍を離れるが、中にはそのまま残り、一般兵のリーダー的地位になるものもいる。さらに、そういう中から分隊長や副小隊長が選ばれるのだ。

 

 セイカーが小隊の士官室を訪れた時に待っていたのは、要するにそういう人たちだ。

 

 真ん中で椅子に座っている一番若そうなのが小隊長だ。階級章を見ると分かるが見慣れないものが見ると間違えるかもしれない。だが、士官が配属後に経験を積んで最初につく隊長職が小隊長であることを考えれば、小隊長の年齢が若くなりがちなことはすぐに分かるだろう。

 

 それに対し、周りで直立不動の姿勢を取っている風格のある兵士が分隊長たちだ。彼らは兵卒からの叩き上げのベテランなので一般的に年上だし、そうでなくても軍人としての風格がある。何も知らない人間が見たら分隊長の方が上司だと思う可能性の方が高い。

 

 ちなみに、この小隊では小隊長は男性だが、前線であっても女性の小隊長は少なくない。だが、女性で前線の分隊長をしているものはほとんどいない。そもそも新兵での配属から女性の前線希望は少ないうえ、その後に様々な理由から後方勤務に転属希望を出すことが多く、人事上も女性の転属願いは優先して処理されやすいためだ。

 

 そんな常識が支配する中で、あからさまに幼女といった風貌のセイカーが女性型ホムンクルスのエルマを共に連れて士官室に入ってきたのだから、その光景に違和感を感じないものがいたとしたらそちらの方がバランス感覚に欠いていると言わざるをえない。

 

 「セイカー=ファルコン軍曹、ただいま着任いたしました」

 「同じくエルマ=アブリルであります」

 「ご苦労。ジョーイ=ランブート中尉だ。ようこそ前線へ。歓迎しよう。短い付き合いになると思うが、よろしくしてくれたまえ」

 

 ジョーイ小隊長がそう言うと、周りに並ぶ分隊長たちが爆笑した。どうやら何か冗談を言ったらしいが、セイカーには何がどう冗談になっていたのかいまいち分からなかった。エルマはそもそも冗談を理解するという機微を備えてすらいないので、顔色も変えずに直立不動を維持している。

 

 セイカーたちが反応をしないのを見たジョーイは目の奥に嘲《あざけ》りの色を浮かべながら話を続けた。

 

 「目標はここだ。ファルコン軍曹にはホムンクルス分隊を率いてこの敵陣地を奪還する任務が与えられている。作戦開始は明朝だ」

 

 ジョーイはそう言って広げた地図の1点を指差した。見ると戦略上特に重要そうなところもない高台である。頑張って奪還したところで、隣の陣地を落とせなければ維持は困難だし、逆に隣を落とせればここが落ちるのは時間の問題だ。つまり、ここへの攻勢は全体の作戦の一部としてのみ意味がある。

 

 「質問があります」

 「何だ?」

 「本隊の作戦開始は同時刻でありますか?」

 「本隊のとは何のことだ?」

 「は、失礼します」

 

 セイカーは一言断るとジョーイが指した点から少し離れた点を指差した。

 

 「ここを攻撃する本隊のことであります」

 

 その途端、ジョーイの雰囲気が変わった。

 

 「今回の作戦で他の部隊の出動予定はない」

 「しかし、それでは奪還後の陣地防衛に支障が生まれます」

 「そのようなことは分隊長の考えることではない!」

 「は、失礼いたしました」

 

 と、ジョーイが再び何か意地の悪い表情を浮かべて言葉を付け足した。

 

 「そうだな。もし可能であれば、お前たちがその陣地へ攻撃することも許可しよう」

 「は?」

 「A目標の攻略後、余力があればB目標の攻撃に移ってよいと言っている」

 

 ジョーイは地図を指差しながらそう言った。しかし、当初の攻撃目標であるA目標は1分隊のみが駐屯しているに過ぎないが、B目標には小隊の本隊が駐屯している。たかが1ホムンクルス小隊のみで攻略することは無謀というものだ。

 

 もちろん、ジョーイは無謀であることを分かって言っている。要するにこれは生意気なことを言ってきた下士官に対する嫌がらせだ。

 

 「了解しました。では、A目標撃破後、速やかにB目標の殲滅に当たります」

 

 が、セイカーは事もなげにそう答えた。実際のところ、セイカーのスペックを持ってすればA目標の奪取はその気であれば1体のみで十分達成可能と推測されるので、このようなことは嫌がらせでもなかった。

 

 ジョーイは眉を顰《ひそ》めたが、報告にはホムンクルスが指揮を逸脱して暴走したとしておけば特に問題にもなるまいと思って放置した。やはりホムンクルスはこの程度の知能しかないと内心嘲笑しながら。

 

 

 士官室を辞した後、セイカーたちは先任分隊長の1人に連れられて配下となるホムンクルスの駐屯地へと案内された。その間、時々振り返ってにやにや笑いながら舐めるようにセイカーとエルマを見る視線が不快だったが、気にせず無視していた。

 

 どうやら、この小隊は通常の分隊が2つとホムンクルス分隊が2つからなる小隊で、2つのホムンクルス分隊の内、1つがセイカーに与えられることになったらしい。ということは元の分隊長は失業なのかと思ったが、ホムンクルスは次々に補充されてくるのですぐに新しい分隊が組織されるのだと言う。

 

 「ここだ」

 

 中くらいの部屋に2段ベッドが何台も並べられたところにホムンクルスたちは集められていた。この部屋だけで2分隊分のホムンクルスがいるらしい。出動がないときのホムンクルスは特に何もせず、ベッドの上で休息をとっているだけだった。

 

 「ベッドに空きが目立ちますが」

 「それは別のところで寝てるんだ」

 「別のところ?」

 

 ここ以外にホムンクルス用の寝室があるのかと思って聞き返したが、先任分隊長は妙なにやにや笑いをしていて案内をする素振りを見せようとはせず、代わりにエルマに近づいて妙なことを言い始めた。

 

 「俺は直接の上司ではないが、軍曹でベテランで、おまけに階級も上だ。分かるか?」

 「はい」

 「ベテランとして、新入りとは早いうちに親睦を深めてお互いのことをよく知り合うべきだと思っている」

 「はい」

 「これは俺だけじゃなく、小隊の他のものも同じ気持ちだ。分かるな」

 「はい」

 「ただし、これはあくまでも職務ではなくあくまで自由時間における自由意志での活動だ」

 「はい」

 「よし。これから俺を含めて何人かで集まって親《・》睦《・》会《・》をするが、参加するな?」

 

 先任分隊長はそんなことを言いながら、片手を後ろに回してエルマの尻を撫でまわし始めた。普通の女性なら嫌悪するところだけれども、ホムンクルスのエルマは何事もない様子で全く表情も変えずに平然と会話をしていた。

 

 それを見たセイカーは、エルマが返事を返す前に言葉を遮って先任分隊長に声を掛けた。

 

 「申し訳ありませんが、エルマには明日の準備がありますので、親睦会には私が代わりに参加します。エルマ、お前は私の部屋に戻って私の帰りまで待機していろ。誰も中に入れるな」

 「了解しました」

 

 エルマはそう言うと来た道を戻ってセイカーに与えられた個室へと向かっていった。

 

 どうやらこれは、仕事にかかる前に多少きついお仕置きをする必要がありそうだ。



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第11話、お仕置き。

 軍隊内において男女交際は特に禁じられているわけではない。性交渉についても同様だ。ただし、合意のないものについては軍規により厳しく罰せられる。娼館のようなものの利用についても許されているが、街でしか営業しておらず最前線までわざわざ出張してくるようなことはない。

 

 ところで、以前説明した通り、ホムンクルスは軍規における扱いは例外規定を除けば歩兵と同等である。歩兵と同等であるということは基本的に人間として扱われるということだ。それは上記の規定についても当てはまる。

 

 つまり、合意さえあれば一般兵士がホムンクルスと性交渉を持つことは合法である。そして、ホムンクルスは自由意志がないので会話の仕方さえ間違えなければ拒否されると言うことはない。

 

 要するに、この場にいないホムンクルスがどこに行っているかというと、この先任分隊長が言った言葉の文字通り、別のところで寝《・》ているということだ。そして、彼はセイカーの目の前でエルマに対して同じことをしようとしたのだ。

 

 確かに軍規には違反していない。だが、それは単に上層部やホムンクルス開発者の誰もそんな事態を想定していないというだけのことであり、風紀の面でも何よりセイカーの個人的感情からも容認できない問題だった。とはいえ、軍規違反に問うことはできず、指揮系統上も階級上も先任分隊長の行動をとがめることはできない。

 

 つまり、これから行うのは腕力に物を言わせた私的制裁《リンチ》ということになる。

 

 「では行きましょう、分隊長殿」

 

 残念そうな表情を隠そうともしない先任分隊長だったが、親睦会とやらの行われる場所へと案内されると、そこは小隊長の私室で中には先ほどの小隊長と分隊長たちが勢揃いしていた。この悪弊に士官まで関与しているとは。

 

 「ジョーイ小隊長殿」

 「セイカー軍曹か。もう一人はどうした?」

 「は、明日の出撃の準備をさせております」

 「そうか。仕事が終われば一緒に呼ぶといい。新人で右も左も分からんだろうからいろいろと教えてやろう」

 「それはご命令ですか?」

 「いや、ただの戦友としての親切心だよ」

 

 言質を取ろうとすると必ず任意だと言って逃げに走る。どこに線が引かれているか分かったうえで誘導しようとしてくる態度は完全に黒だと言っていい。

 

 「了解しました。後でエルマを呼びに行きましょう」

 「いい。別のやつに行かせるさ。それより、ここは無礼講だ。存分に楽しもうじゃないか」

 「はい、小隊長殿」

 

 そう言ってセイカーは小隊長のそばによって片手で胸を触り、顔をじっと見つめながらもう片方を股間の方へと伸ばした。

 

 ……、そして、小隊長の腰に下げられていたサーベルを抜き放った。

 

 「なっ」

 「さすが小隊長殿はたいそう立派なものをお持ちでございますね」

 

 士官は腰にサーベルを下げている。これはもともと士官が騎士階級以上のみから構成されていた時の名残で、共和国となって階級制度がなくなった今も当時の名残のまま士官に帯剣の義務が課されているためだ。ほぼ飾りのみで実用性はないが、鋼鉄製だし力を込めれば肉は切れる。

 

 その場に集まった人間が警戒感を顕わにして身を固める中、セイカーは剣先を口元に持って行って舐め始めた。

 

 「これはなかなか硬くて長くて美味しそうです。はぁはぁ。舐めているだけで興奮してきて、思わず……」

 

 そこまで言って、セイカーはサーベルの先端を大きく口を開けて飲み込むと、そのまま噛み砕いた。

 

 バキッ。ボキボキ。

 

 「食べちゃいそう」

 

 うっとりとした目つきで手を頬に当てて歯形に欠けた剣先を見つめ、上品な手つきでで指先でひねって千切り、飴を食べるように口に放り込んで指先をぺろりと舐めて見せると、小隊長は腰を抜かしたようでがたんと音を立てて尻餅をついた。

 

 ダメ押しに、わざとSFMCの歯をサメのように鋭角にとがらせ、にやりと歯を見せるように笑って舌を出し、ペコちゃんスマイルをして見せると分隊長の1人がはねるように逃げ出した。

 

 タ、タ、タ、タ。

 

 分隊長がドアに手を掛けようとしたところで、サーベルの鉄から口内で作った針を息で飛ばしてドアノブの周りに撃ち込むと、悲鳴を上げてドアから飛び退いた。

 

 「どうしたんですか? 懇親会は始まったばかりですよ?」

 「ひぃぃっ。ば、ばけもの」

 「ばけものはひどいです。これでも書類上はレディーなんですよ?」

 

 そう言ってさっきから食べ掛けのサーベルの先端を小隊長の眼前に伸ばした。

 

 「そうだ。小隊長も一口いかがですか? せっかくなので食べさせて差し上げます。はい、あーんしてください」

 

 そのままサーベルの先端で小隊長の口をこじ開けようとすると、小隊長は悲鳴を上げて窓の方に逃げて、死に物狂いで窓を開けて外に飛び出してしまった。さらに残りの分隊長たちも窓から飛び降りていく。ここは2階なのだが、日ごろの厳しい訓練を考えれば2階から飛び降りたところでせいぜいかすり傷程度だろう。

 

 最後の1人が飛び降りようとするところを腕をつかんで引きずり戻した。たまたま先ほど懇親会の案内をしてくれた分隊長だった。

 

 「どうしました? もう懇親会はおしまいですか?」

 「お、おしまいだ。そうだ、おしまいだ。だから帰っていい」

 「残念です。せっかくエルマも呼んで来ようと思っていたのに」

 「いや、いい。その必要はない」

 

 少し力を入れて腕を掴んでしまったので、掴んだところが赤を通り越して紫色になっていた。まあ、多分大丈夫だろう。つばでもつけておけば治る。

 

 「そうですか。では、ファルコン軍曹は仕事に戻ります」

 「ああ、急いで戻れ」

 「そうだ、軍曹殿。一つお願いがあります」

 「ひっ。な、なんだ?」

 「隊の顔合わせをしたいのですが、隊員たちが個別に懇親会をしているようですので、見かけたら集合するように伝えてもらえますか?」

 「わ、分かった。今すぐ行ってこよう」

 

 そう言うと、分隊長はセイカーの手を振りほどいてホムンクルス兵を集めるべく部屋を飛び出していった。あまりの必死さに思わず笑いが出そうになるところを奥歯で噛み殺し、半分くらいまで食べたサーベルを小隊長の執務机の上において、戸締りをしてからエルマを迎えに行った。

 

 

 どうやら先任分隊長は仕事を熱心にやってくれたらしい。エルマを回収して集合場所に着いた時には分隊員9名は全員集合していた。全員がホムンクルスだ。

 

 (N-9-19、全員の魔力波の識別は可能か?)

 (計11名の魔力波を検知しました)

 (では、エルマの魔導コアを経由して通信路を開け)

 (ハンドシェイク実行中……、ハンドシェイク完了。通信路、オープンしました)

 

 先日の調査でセイカー自身の魔導コアはエネルギー関連にしか使えないことが判明している。けれども、魔導コアはそれだけではない。エルマにもある。

 

 エルマの体を治したとき魔導コアにセンサーを貼り付けておいた話をしたが、その後、それをちょっとだけ改造してセイカーからの信号を受信してエルマの魔導コアに伝えられるようにしたのだ。それによって、信号の受信範囲はせいぜい30メートル程度だが、その範囲ならエルマの魔導コアを直接操作して魔法を使うことが可能になったのだ。

 

 そして、それは魔法だけでなく、魔力波による通信にも当てはまる。つまり、セイカーはエルマを介して分隊全員を魔力波による通信で指揮できるようになったのだ。




本作はR18要素を加えてノクターンで連載することになりました。下記のリンクを辿ってください。
http://novel18.syosetu.com/n5658ef/

R18版の開始に伴ってこちらの更新は停止となります。


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