彼方、極北の海で (ラディ)
しおりを挟む

新天地へ

二作目になります。


この二人を愛でるためだけに書いた、後悔はしていない。


『今日からお前はここの所属、つまりは俺の部下ってことだ。期待してるぞ』

 

『手始めに、こいつをお前に預ける。好きに育ててみろ』

 

『君が私の司令官?分かった、よろしく』

 

『一通りはこんなものかな。………うん、それは少し苦手だ』

 

『司令官の言う通りにしたら、できるようになったよ。Спасибо(ありがとう)

 

『へえ、この短期間で!ならもう二、三人増やすか。そうすれば近海への出撃もできるからより捗るだろ』

 

『君が提督かい?………うん、これからよろしくね』

 

『提督さん?こんにちは、よろしくね!』

 

『水雷戦隊の指揮ならお任せよ!』

 

『司令官、今日の演習はどうだった?そろそろ………』

 

『あん?資源?そんなもん気にすんな、あいつらのためなんだろ?責任は全部俺がとる。だからお前は好きにやれ』

 

『最近、体が軽いんだ。司令官の的確な指導のお陰かな』

 

『聞いて聞いて!今日ね、すごいことが起きたっぽい!』

 

『そういえば僕も、なんだか前よりよく見える気がするんだ』

 

『あら、あなたもなの?奇遇ね』

 

『はっはっは!こいつはすげえや!四人同時の第二改装、それもたったの二か月でとは、たまげたなあ』

 

『この装備が欲しいって?よしよし、そのくれえ無遠慮でいいんだよ!ちょっと待ってな』

 

『対潜?いいじゃない!』

 

『ほんとに貰っていいの!?提督さん、ありがとうっぽい!』

 

『これは、電探?………分かった、やってみるよ。ありがとう』

 

『私にはこれかい?みんなとはちょっと違うみたいだけど。………なるほど、良い考えだ』

 

『なかなか仕上がってきてるじゃねえか。どうだ、大型艦、運用してみないか?お誂え向きのとっておきがいるんだ』

 

『空母機動部隊を編成するなら、私も入れてね!』

 

『どんな苦境でも戦えます!』

 

『貴様が提督というヤツか。………ふん、良い面構えだ、いいだろう!』

 

『ここんとこうちの連中もやる気があってな、お前たちとの演習を楽しみにしてんだよ』

 

『また強くなったっぽい!』

 

『そうだね、改二になっても変わらず成長し続けられるのは、ひとえに提督のお陰だよ』

 

『やつの手腕が確かだというのは、ここに来てまだ日の浅い私にも分かる』

 

『うんうん、多聞丸に負けず劣らずってとこかな』

 

『やっぱり基準は多聞丸なんだ………でも、着任して二週間でここの主力艦隊相手に戦えるようになるなんて、想像以上だったなあ』

 

『できることなら、ずっと私たちを率いてほしいわ。私の艦長は出世するんだから!』

 

『――手短に言うぞ。元帥の一人から目の敵にされてる。可能な限り守ってやるが、それでも、お前がここにいられる時間はそう長くはないかもしれん』

 

『これを渡しておく。二つでいいんだったな?………この件は上には伝えない。大淀と明石も協力してくれた。あの野郎が動く前に、あいつらを少しでも強くしてやれ』

 

『司令官、今日の報告書だ。うん、なんだい?これを私に?………こういうのは、よく、分からないな。司令官が教えてくれるのか?………そうか、私も嬉しい』

 

『練度が最大になったとはいえ、私は古い艦だ。整備はしっかりしなくては。………ん、提督にちっこいのか。手伝ってくれるのか?これは………あ………す、Спасибо』

 

『………遂に来た。四月一日付で転任だそうだ。場所は北方基地、ここより遥か北の無人島だ』

 

『司令官、わざわざ全員集めるなんて珍しいな。大事な話かい?』

 

『お祝いはこの間したばかりよね?ほかに何かあるの?』

 

『落ち着いて聞いてほしいって、どうしたの改まって………って、え?』

 

『そんな、嘘ですよね提督!?………やだやだやだぁっ!!』

 

『ちょっと大本営とお話してくるっぽい………!』

 

『………僕も行く、彼らには失望したよ』

 

『まあ待て。そんなことをして何になる。それに、まだ話は終わってないんだろ?なあ提督』

 

『………なるほどな。安心しろ、残りの連中は俺が責任をもって預かる。だから安心して行ってこい』

 

『そらお前ら全員外へ出ろ!送別代わりの大演習、盛大にやろうじゃねえか!!』

 

『その………なんだ、本当に私たちで良かったのか?』

 

『………そうか。ああ、任せておけ!』

 

『司令官の言っていたこと、今なら分かる気がする』

 

『この名前は伊達じゃない。今度こそ、司令官も仲間も、大事なもの………全部守ってみせる』

 

『おいおい、こりゃあどういうことだ………?………ふっ、まさかとは思ったが、とんでもねえことしてくれたな』

 

『四大将の一人であるこの俺が保証する。お前の船は、お前の艦隊は強い。――胸を張れ!』

 

 

 

 

 

「――ぃかん、司令官」

 大湊警備府が所有する最新鋭の高速艇。

 紺碧の海を裂いて航行する、漁船を二回り大きくしたようなサイズのその船は、甲板をもたないために軍艦よりは揚陸艇といった印象を受ける。

「司令官、ちょっと重くなってきた………起きてくれるかい?」

 左右の壁面からそれぞれ十数人は座れそうな長椅子がせりだし、床には何らかの物資が入ったチェストが二、三積まれ、それでもなお広々とした余裕のある船内には、操舵手のほかに二人の男女が座っていた。

 いや、座っていたと言うとやや語弊があるかもしれない。

 椅子に腰かけていたのは、白いセーラー服に黒っぽいスカート、白い帽子を身に着けた、儚げな銀髪の少女だけであり、もう一人、二十代半ばくらいの若い男は少女の両脚に後頭部を乗せ、椅子の上に体を投げ出してすうすうと寝息を立てていた。

 俗に言う膝枕というやつだ。

 それなりの時間同じ体勢であったために脚が痛くなったのか、少女が身じろぎしながら男に声をかける。

 すると、男はゆっくりと瞼を開け、上半身を起こして大きく伸びをした。

「………うーん………寝ちゃってたのか。ごめんね」

「いいさ。もともと誘ったのは私だからね。………ほら、これを」

 差し出された上着を寝ぼけ眼をこすりつつ受け取り、袖を通す。

 純白に金のボタンが眩しいそれは、大日本帝国海軍第二種軍装の上衣――すなわち海軍士官の証である。

 肩章を見るに、どうやら階級は大佐らしい。

「あれ、僕の帽子は………ああ、ありがとう」

 軍帽をかぶったその姿は、軍人というにはやや細身で頼りなさげではあるものの、まごうことなき一人の司令官であった。

 二人が一段落したのを見計らい、それまで沈黙を保っていた操舵手がわずかに視線を向ける。

「お二人さん、そろそろ到着だ。準備をしてくれ」

 船を駆るこの男もまた、同様の二種軍装を纏っており、その肩に大将の位を負っていた。

「了解です………っと、そういえばこれを忘れてた」

 完全に覚醒し、思い出したとばかりにポケットに手を突っ込む。

 取り出したのは何の装飾もない小さな紺色の箱。それが二つ。

 まだ開けるつもりはないらしく、箱を傍らに置くと緊張をほぐすように咳払いを一つ。

「………呼んできてくれるかい?」

「分かった、待ってて」

 主語のない依頼はしかし過不足なく伝わり、少女は立ち上がって船の後方へ。

 壁のパネルを操作してハッチを開けると、締め切っていた無機質な船内に潮風が音を立てて吹き込んできた。

 そのまま、航行中の船から海へと躊躇なく飛び出す少女。

 普通ならば瞬く間に溺れてしまうだろうが、少女は艦娘――かつての艦艇の力をその身に宿し、縦横無尽に海を駆け、暗き海の底より出づる異形と戦う存在である。

 着水寸前に艦としての装備である艤装を顕現させ、海上を滑って高速艇の右舷へと向かっていった。

「それにしても、よく戦争にならなかったな?」

「説得は大変でしたけどね………みんなしてついていくって言って聞かなかったですから」

「それだけお前が慕われてるって証拠だ、素直に喜べよ」

 しばらくして少女が戻ってくると、その隣には、先ほどまでこの船を護衛していた艦娘の一人が不遜な笑みを浮かべて立っていた。

 背中まで流れる銀の髪に黒い軍帽をかぶり、ワインレッドのシャツの胸元をはだけ、白い軍服のコートに袖を通さず肩掛けした独特のスタイルがこれ以上なく様になっている、気の強そうな女性。

「ちっこいのから話は聞いた。もう着けていいのか?」

「うん、ここまでくれば隠す必要もないからね。そうでしょう、迅さん?」

 迅と呼ばれた操舵手は、今度は振り返ることなく頷き、答えた。

「明石に見てもらって、盗聴器の類が仕込まれていないことは確認済みだが、一応本来ならそれはお前たちが持っているはずのないものだからな。本土から離れて連中の目が届かなくなるまでは外させていた、許せ」

 形だけの謝罪に苦笑しつつ立ち上がり、両手に箱を一つずつ、壊れやすいものを扱うようにそっと握ると、若い男はそれを目の前の二人の艦娘に差し出した。

「改めて、よろしくね」

 箱の中から現れたのは、銀色に輝く円環。

Хорошо(ハラショー)。………愛してる、司令官」

 内側に『Верный(ヴェールヌイ)』と彫られた方を受け取った少女は頬を染めてはにかみ、言葉と共にそれを左手の薬指に通した。

「ふふ………やはり、いいな」

 もう一方、『Гангут(ガングート)』と刻印されたものを左手薬指に嵌めると、自信にあふれた態度は何処へやら、女性は左手を胸に抱き、緩んだ顔で幸せそうに呟いた。

 その様子を満足げに眺めていた男は胸ポケットに手を入れ、取り出したネックレスを身に着けた。

 そこには、たった今渡したものと同じ銀環が二つ、眩しく煌いていた。

「………見えてきたぞ」

 迅の声ではっと我に返った三人は、前方の孤島を見据える。

 その手に互いの温もりを感じ、自分たちなら何があろうと乗り越えていける、そう確信しながら。

 

 




こちらもしばらくは不定期更新となりますが、どうぞよしなに。


同志は是非ともご感想をお寄せください。
私のモチベが上がって更新が速くなる………かも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取り敢えずの別れ

今回は短めです。



「よし、到着だ」

 目的の島の砂浜に上陸し、改めて後部ハッチを開放。

 北海道のさらに北の海域――北方海域、と呼称される――に位置するだけあり、流れ込んできた空気は春先とはいえ二種軍装ではやや肌寒い。

 帰る際にすぐ発進できるよう島を背にして停めたため、ハッチが完全に開くとその全容が視界を一気に埋め尽くした。

 足元には、南国と見まごうほどの美しい砂浜。

 右手には、大型船の停泊を想定していたであろう大きな波止場と倉庫。

 整えられた木々の隙間から覗く、コンクリートと鉄の建造物――恐らくはあれが鎮守府か。

 予想外の景色に心躍り、船から一歩踏み出すと、死角からやってきた五つの陰が男を素早く取り囲んだ。

 船の護衛を担当していた艦娘たちだ。

「――私たちの指揮官に、敬礼!」

 ツインテールの少女の掛け声で、全員が男に向けて海軍式の敬礼を送る。

 自分たちの指揮官がようやく自分の基地を持つことになったのだ、これを祝福しない部下などいるはずもない。

 ましてやこの男は麾下の艦娘たちと確かな絆を築いている。

 なれば、この突然の行動にも納得できよう。――たとえこの門出が、一時の離別を孕んだものであったとしても。

 男が護衛の労をねぎらう意味も込めて返礼する。

 次の瞬間、白いマフラーに黒いセーラー服の少女が我慢できないとばかりに背後から飛びついた。

「ひっく…ぐすん………てーとくさん、行かないでぇ………!」

 金色の髪を振り乱し、真紅の両目に大粒の涙を溜めて。

「夕立、提督が困ってるから………」

「ほら、別に今生の別れってわけでもないんだから、ね?」

「そうそう。………早く離れないと、二人のお仕置きが飛んでくるよ~?」

 夕立と呼ばれた少女と同じ制服で黒髪の子と、緑と橙、色違いの道着を纏い矢筒を背負った姉妹が宥めにかかる。

「ヴェルちゃんのお仕置きは怖いっぽいぃ………」

 最後の脅しが効いたのか、夕立は名残惜しそうに男の背中を離れた。

「何を言ってるんだか………お前たちだって同じだろうに。隠せてないぞ、時雨、蒼龍、飛龍」

「五十鈴も、我慢しなくていいんだよ?」

 三人の目元は泣きはらしたように真っ赤で、薄く涙の滲んだ跡が見てとれた。

 五十鈴――号令をかけた少女――は泣き跡こそなかったが、下唇を噛み締め、今にも泣きだしそうな表情でじっと男の顔を見つめていた。

「五十鈴は泣かないわ。………泣かないん…だから…っ!」

 精一杯振り絞った声は、どうしようもなく震えていた。

 その頭を一撫ですると、男は彼女たちと距離をとり、改めて向かい合う。

 両隣には、いつの間にかヴェールヌイとガングートが控えていた。

「――私、白金奏汰(しろかね そうた)海軍大佐は、本日付けで大湊警備府副司令官を解任、新たに北方基地司令長官の任に就き、引き続き駆逐艦ヴェールヌイ、戦艦ガングート両名を麾下とする艦隊の指揮に入ります!」

「大湊警備府における他の艦隊員――軽巡洋艦五十鈴、駆逐艦時雨、駆逐艦夕立、航空母艦蒼龍、航空母艦飛龍、以上五名については、私、同警備府司令長官である冴渡迅(さわたり じん)海軍大将の()()()()()とし、しかるべき時に貴官へとその指揮権を返還することとする!………これでいいな?」

 互いに口上を述べ、敬礼を交換した二人の提督は、手を下ろすと同時ににやりと笑った。

「この俺の名にかけて、こいつらを沈ませるようなことには絶対にさせないと誓おう。だからお前も、あまり待たせてやるなよ?」

「分かってますって。

 五十鈴、時雨、夕立、蒼龍、飛龍。………必ず、迎えに行くから」

 そう言うと、奏汰は心からの笑みを浮かべた。

 ここまでされてなお醜態を晒すことは、彼女たちの誇り――白金奏汰(ていとく)艦娘(ふね)であるという矜持が許さなかった。

 再び敬礼し、涙を拭い、両手を握り、帯を締め、鉢巻を巻き直す。

 積み荷を降ろし艤装への燃料補給を済ませると、迅が船に乗り込んだのを合図に、船団は大湊へ向けて出港した。

 一人の提督と二人の艦娘は、その姿が彼方に消えるまで、水平線を見つめていた。

「さあ、これから忙しくなるよ。使われなくなって随分経つらしいから、ひとまずは設備の点検と整備からかな」

「その前に荷物を運ぶとしよう。提督のものは執務室でいいとしても、私たちはどうすればいいんだ?」

「鎮守府二階がもともと宿舎代わりだったみたいだから、そこでどうだい?」

「異存はない。じゃあ、荷物を置いたら私とガングートで資源倉庫と工廠を見てくるから、司令官は整理が終わり次第来てほしい」

「分かったよ、ありがとう」

 彼らとて別れが悲しくないはずはない。

 しかしそれ以上に、やらなければならないことが山積している。

 泣いている暇はないし、いつまでも名残惜しんではいられない。それに――

「――僕たちが頑張れば、それだけ早く再会できるんだから」

 『今生の別れではない』と言ったのは蒼龍だったか。 

 離れ離れにはなったが、それはあくまで大本営からの辞令に『新任地には二名の同行を許可する』という文言があったからであり、もともと奏汰は全員を連れてくる予定だったのだ。

 彼自身この辞令には納得がいかない部分も多い。

 迅の見立てでは、二十六の若さで提督となり、さらに着任からわずか一年で七名の艦娘すべてを限界練度(レベル99)に育て上げた実績が、一世代前の人間が多い軍上層部から反感を買ったのだろうということだった。

 この異動は、奏汰が保有する戦力を削いだ上で日本本土から遠ざけ、反逆を防ぐための措置であろうとも。

 ………迅も奏汰も、その程度で屈するような男ではなかったが。

 大本営には伝えていない、彼らだけが知っている事実が二つある。

 ()()()()()がどういうものであるのか、そしてヴェールヌイとガングートについて。

(これが切り札になる。そのためにここまで()()を隠し通してきたんだ)

「おーい、どうした提督、早く行くぞ!」

 気づけば二人はもう鎮守府の入り口に立っていた。

 荷物で塞がっていない方の手を挙げて呼びかけに応えると、胸元の輝きを一度、強く強く握りしめて、奏汰は歩き出した。

 

 




こっちがメインになりそう………オリジナルは難しいですね(今更)
日常とシリアスが7:3か8:2くらいを目標にしています。
次回から北方基地が本格的に稼働、三人の秘密も明らかになります。………割とバレバレな気もしますが。

同志諸兄につきましてはご感想等いただけると作者が喜びます。
モチベが上がって更新が速くなる………かも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦隊、再始動:先客

今回は終わり方がぶつ切りですがご了承を。
前半はタイトル詐欺です、本番は後半と次回以降。

それではどうぞ。



 ケッコンカッコカリ、という制度がある。

 限界練度(レベル99)に達した艦娘のリミッターを解除することでさらなる成長を可能とするシステムなのだが、誰が発案したのか、専用の指輪型補助艤装を身に着けることで練度上限が解放される、名前通りの仕組みであった。

 さらに各鎮守府を混乱させたのは、支給される指輪こそ一つであるが、提督が申請し幾ばくかの代金を支払えば何個でも手に入れることができたこと――すなわち、ジュウコンが認められていたということだ。

 極め付きは大本営からの追加通達で、『同制度を利用した者は終戦後に正式な婚姻関係を結ぶことを許可し、これを希望する場合、艦娘側の戸籍や重婚となる場合の措置については大本営が保証するものとする』ときた。

 これで黙っていなかったのが艦娘たちである。

 高い身体能力と艤装を除き、艦娘の肉体や精神の構造は人間と全く同じであり、また鎮守府という環境に置かれている以上最も身近かつ自身の命を預ける存在として、彼女たちは司令官や提督に好意を抱きやすい傾向にある。

 提督はほとんどが男性、対して艦娘は皆一様に年頃の女性である。

 一言で言うなら、多くの鎮守府で()()が勃発した。

 誰が指輪を手にするのか――艦娘同士の争いにより破綻した鎮守府もあったという。

 実装から数年が経った今でこそ沈静化してきているが、初期の荒れ具合は惨憺たるものであったそうな。

 現在のケッコンカッコカリのスタンスは大別して二種類。

 本命の艦娘にのみ指輪を渡すいわゆるコンヤク派と、戦力増強の点に目を向けて鎮守府の全艦娘とケッコンする派。

 ちなみに迅は折衷案を採っており、練度限界に達した艦娘と積極的にケッコンしているが、彼自身が本命としている――かつ観測上限練度(レベル155)に到達している――のは戦艦大和ただ一人であり、大湊の面々も承知の上とのこと。

「本当に平和なところだったなあ………」

 昨日までそこの副司令であった奏汰は、チェストから取り出した予備の軍服や部屋着をクローゼットに詰めながらしみじみと呟いた。

 北方基地の鎮守府にあたる建物、その三階に位置する執務室。

 長く放置されていたというから相当に荒廃しているものと思っていたが、少なくとも建物内は綺麗な状態だった。

 一階には、四十名ほどが入れそうな食堂と、トレーニングルーム、娯楽室があり、そのどれもがすぐに使用できるように整えられていた。

 二階の宿舎区画も大した問題はなく、生活に不自由はないだろう。

 電気や水道が止まっていないのが不思議だったが、どうも地下に発電機と濾過・浄化装置があるらしい。

「さて、それじゃあ二人のところに行こうか………ん、メールかな?」

 一通りの準備を終えて執務室を出ようとしたとき、上着から出して鞄に入れておいた携帯端末が振動した。

 ここって電波届くのかと思いつつ確認すると、差出人は迅だった。

『言い忘れていたが、書類やら物資やらについては月一でそちらに持っていく。

 幸い連絡はとれるようだから入用の物があれば言ってくれ。

 ついでに言うと、四月分のお前の書類は箱の中のファイルに入っているものだけだ。面倒な処理はこっちで終わらせておいた。

 ここ最近の北方海域は大人しいもんだ。ヴェールヌイとガングートの実力を考えれば、付近の哨戒も最低限でいいだろう。

 仕事が来るまではバカンスだと思って楽しむといい。それじゃあな』

 本当にこの人は軍人だろうかと頭を抱えずにはいられない文面だったが、奏汰は迅の言葉に従い、折角の三人水入らずの時間を大切にしようと決めた。

 そう考える程度には彼も上官の影響を受けていたし、またヴェールヌイとガングートを愛していた。

 そうでなければ()()()()()指輪を渡したり、二人を守るためにその事実を隠蔽しようとしたりなどしない。

 もっと言えば、二人が世界で初めて、観測上限練度を突破したその先の領域(レベル165)に至ったのも、深い愛がなせる業であったのかもしれない。

(ケッコンしてから時間もなかったし、ちょうどいい機会だ。………五十鈴たちも気がかりだけど、少しくらい、この幸せを享受したってバチは当たらないよね?)

 簡単に返信すると、今度こそ部屋を後にする。

 その足取りは、なんとも軽やかなものだった。

 

 

 

 

 

「………これは、どういうことだい?」

「さてな………だが、これを集めた誰かがいるのは間違いない。建物内も異様に綺麗だったしな」

 場所は変わって、埠頭の資源倉庫。

 部屋に荷物を置いて様子を見に来たヴェールヌイとガングートは、目の前の光景に揃って疑問を抱いていた。

 そもそもおかしいのだ。

 長年使われていなかったにも関わらず劣化の見られない港に、整えられた鎮守府、壊れるでもなく正常に作動している発電機や浄化装置。さらには倉庫に()()()()()()()()()()()()()()()()()()となれば、不審に思うのは当然だ。

 ――この島を管理している者がいる。

「ひとまずここは置いておいて、工廠に行くぞ。何か分かるかもしれん」

 移動した先で二人は顔を見合わせ頷くと、艦娘のパワーにものを言わせて鉄扉を勢いよく開け放った。

 艦娘の建造や装備開発を行うその場所は、パッと見る限りどこにもおかしなところはない。――ある一か所を除いて。

「あそこだね………どうする、ガングート?」

「我々だけでも問題はないだろうが、一応提督の到着を待つとしよう。扉を開けた時点で出てこなかったのを見るに、向こうはまだ我々に気づいていない可能性が高い」

 広い工廠の一角、開発室というプレートが貼られた扉の両脇に陣取ると、ヴェールヌイは艤装の高角砲を、ガングートはコートの内ポケットから引き抜いた愛用の拳銃――旧式のトカレフTT33を大湊の明石がカスタムした逸品――を油断なく構える。

 部屋の中からは光が漏れており、何者かの存在を物語っている。

 やがて数分が過ぎ、荷物整理を終えて資源倉庫を確認してきた奏汰が戸惑った様子で工廠にやってきた。

「なるほど、中にいるのがこの島の住人ってわけだね」

 状況を見て得心がいったように頷く。と同時にヴェールヌイが、視線はドアに固定したまま奏汰に声をかけた。

「司令官、突入許可を」

「………頼んだよ。3、2、1、突入!」

 直後、頑丈な鋼鉄製のドアは宙を舞った。

「うひゃあっ!?」

「――動くな!武器を持っているなら捨てろ!」

「なっ、なによこれ!?っていうかあなたたちは………」

「動くなと言ったはずだが?」

 銃口と砲門を突き付けられ、部屋の主は全く事態が呑み込めないままに両手を挙げて降参の意思を示す。

 奏汰は続いて部屋に入ると、ガングートの渾身の蹴りによってひしゃげ壁まで吹き飛んだ扉に顔を引き攣らせながらも、本来いるはずのない北方基地の住人に対峙した。

 その姿を見て、彼はわずかに目を見開いた。

 目の前でおろおろする緑髪の少女に見覚えがあったのだ。

「あの、もしかして提督さん………?状況を説明してもらえると、私としてはありがたいんだけど………」

 否、この少女を知っているのではなく、()()()()()()姿()()()()()()に心当たりがあった。

「二人とも、その辺で。

 さて………間違いだったら申し訳ない。君はもしかして、()()()()()()かい?」

「あ、はい!私、兵装実験軽巡、夕張です!やっぱり提督だったんですね!」

 銃が下ろされたことで落ち着きを取り戻したのか、少女――夕張は奏汰の言葉を肯定し安堵の微笑みを浮かべた。

「………執務室に行こうか。互いに情報交換をしよう」

 どうやら、簡単に再出発とはいかないようだった。

 

 

 




ほとんど進んでませんね、ほんと申し訳ない。
投稿ペースは上げられそうもないです………そろそろ厳しい時期なので。
冬までにある程度進めておきたいところですが、どうなることやら。

早くもUA300突破してて嬉しい限りです、ありがとうございます。
多いのか少ないのか、私にはいまいち分かりませんけれども、見てくれている方がいるというのはなんというかこう………こみ上げるものがありますね。
まだ未熟ですが、見守っていただければ幸いです。
ご感想・ご質問等もお待ちしております。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦隊、再始動:建造

ちょっと長めです。


「それじゃあ、ここには二年前まで先任の提督がいて、君は当時この工廠で建造された艦娘………そして提督不在の間は君がこの島を管理していた、ということかい?」

 場所は変わって執務室。窓からは斜陽が差し込んでいる。

 テーブルを挟んで対面するように配置されたソファーに、夕張と、ヴェールヌイとガングートがそれぞれ腰かけ、奏汰は執務用の椅子に座っている。

「まあ、妖精さんたちと一緒に、ですけどね。幸い島の地下には豊富な資源が眠っていたので、施設の維持をしつつそれを掘り出して備蓄、時々開発室にこもって装備やら何やらを作る気ままな毎日でした」

 二年という決して短くない期間この島から出ていないということで、さぞ寂しい思いをしただろうと奏汰は思っていたのだが、案外そういうわけでもないようだった。

 となると、気になるのは先任の提督の行方。しかしどこに姿をくらましたのかは分からないと言う。

「………多分冬頃だったかしら。突然本土からやって来た高速艇に乗って、私以外の十二人の艦娘と共に出て行ったきり音沙汰なしです。その後、あの人の言葉に従って私がここにいる間、訪ねてきた人は皆無です」

 二年前の冬――当時はまだ民間人だった奏汰でも知っている、南方での大規模戦闘があった時期であり、恐らくは増員のために駆り出されたのだろう。

 深海棲艦と呼ばれる、人類に仇なす異形の存在が突如出現してから約五年。現代兵器の一切が通用せず、同時期に確認された艦娘による攻撃でなければ傷一つ負わせることができないそれらは、海を瞬く間に支配した。

 現在でもまともに対抗できるのは日本くらいなもので、ほかには米国と欧州諸国連合が辛うじて近海を奪還している程度。それも確実ではなく、今夏には横須賀と佐世保という主力の鎮守府が手を組み欧州方面への超大規模作戦が予定されている。

 年々力を増す深海棲艦を相手に日本は幾度もの侵攻、あるいは迎撃を繰り返し、今のところはやや優勢といったところ。戦争初期に見られた無茶な進軍による艦娘の轟沈がほとんどなくなり、全体的に練度が向上したことが最も大きな要因だろう。

 このように一進一退を続けてきた五年間の中で、もっとも熾烈な迎撃戦が繰り広げられたのが、この二年前の冬なのだ。

 トラック基地が急襲され、トラック、パラオ、ラバウル、ブイン、ショートランドのほぼ全戦力を結集、本土からも増援を出すほどの一大決戦となったこの戦い以降、南方海域の深海棲艦の動きは活発化し、各泊地の増員が行われた。着任する提督も歴戦の猛者ばかりで、今では本土の五大鎮守府に匹敵する戦力を保有しているとも言われる。

 ………トラック急襲に際してなぜ北方に増援要請が来たのか、そして増援要請があったのだとしたら、なぜ大本営や迅がこの基地の提督の存在を把握していなかったのか、という疑問は残るが、とりあえずは納得しておくしかない。そう結論付け、この話についてはこれ以上掘り下げないと奏汰は密かに決めた。

「………えと、それで、提督。もしよければ、私をあなたの艦隊に加えてもらえませんか?この島のことはよく知ってるし、戦闘だけじゃなくて家事や工廠関連も任せてもらっていいから、どうか」

 考えに耽り突然黙り込んだからか、夕張が不安げに問う。

 その提案は、彼らにとって願ったり叶ったりというべきものだった。

「うん、こちらこそお願いできるかな。見ての通りこちらは諸事情で、今は僕たち三人しかいない状況でね」

「あ………ありがとうございます!精一杯頑張ります!」

 その笑みは花が咲くようで、見ていて気持ちのいいものだった。

 奏汰だけでなく、聞き役に徹していた二人も自然と口元が綻ぶ。

 軽く自己紹介を済ませると、奏汰はおもむろに立ち上がって三人に声をかけた。

「さてと。北方基地改め北方鎮守府の始動にあたって、まずは頭数を揃えようと思う。工廠で艦娘の建造を行うわけだけど………夕張、ここに妖精さんはいるんだよね?」

「はい、言った通り、どの施設もきちんと妖精さんたちが管理してくれています。出てきていないのは警戒しているだけかと。この時間は司令部にも入渠施設にもいなくて、みんな工廠に集まってますから。私が事情を説明すれば大丈夫だと思いますよ」

「ならよかった。それじゃ、改めて工廠に向かおうか。ヴェルとグートもついてきて」

 

 

 

 

 

「………で、どうしてこうなったのかな?」

「あはははは!きっ、貴様………くくっ、な、なんだその姿は………ははは!」

Хорошо(ハラショー)。これは………ちょっと、耐えられない………」

「よかったですね提督。懐かれたみたいですよ」

 数分前の出来事。

 工廠に入って夕張が号令すると、手のひらサイズの小人がどこからともなくわらわらと現れ、彼女の前に整列した。

 妖精。

 艦娘と同時期に出現した彼女たちは、人智を超えた技術で艦娘やその装備を建造・開発し、時には艦載機や上陸艇を駆り自ら戦場に赴く存在。彼女たちが何なのかは未だに謎のままで、分かっていることは先述のように艦娘と深く関わりがあることと、どうやら命を落とすことはないということだけである。搭乗している艦載機が撃墜されても、忘れたころにひょっこり鎮守府に戻ってくるのだとか。

「ほーらみんな、新しい提督よ!」

「ていとくさんです?」

「あたらしいひと」

「………なかなかいいおとこ」

 妖精たちが一斉に奏汰を見て顔を見合わせ、口々に何か言っている。

「えーと、ここの提督になった白金奏汰です。よろしくね、妖精さんたち」

 膝をついて自己紹介すると彼女たちは静かになり、再び顔を見合わせて頷き、散開して奏汰を幾重にも取り囲んだ。

 一体何が始まるのかと怪訝に思っていると、リーダー格と思しき青髪の子とヘルメットの子が正面に進み出てきた。

「よろしくおねがいしますです」

「………ひめのめにくるいはない」

 言葉と共に小さな手を差し出す。

(これは握手を求められているのかな。それに『ひめ』って………夕張のこと?)

 伸ばした指先がぎゅっと握られ、互いに視線を交わした直後、

「それー」

「とつげきー」

「うたげじゃー」

 包囲していた妖精たちが一斉に駆け出し、奏汰の体をよじ登りだした。

「え、ちょ、うわ」

 突然のことに声を上げる暇さえなく、彼は妖精の大群に押しつぶされた。

 慌てて夕張が引きはがしなんとか事なきを得たが、下手をすれば窒息していたかもしれないと思うとひやりとした。………彼女たちにそんな意識は露ほどもないのだろうが。

 今は数人が頭の上に乗ったり体にぶら下がったりしている程度で、奏汰も立ち上がり、ツボに入ったようで爆笑しているガングートと必死に笑いを堪えるヴェールヌイ、どこか楽しげな夕張を引き連れて建造ドックの前に佇んでいる。

「そろそろ本題に入りたいから、降りてくれるかい?」

「わかったです」

「おしごとのじかん」

「しかたあるまい」

 名残惜しそうに飛び降りる妖精たち。

「レシピはどうするんだい、司令官?」

「そうだなあ………最初は駆逐艦と軽巡洋艦からと思っていたんだけど、あれだけの資源があるならちょっと奮発しようか」

「ほう、なら大型建造か?」

「まさか。………重巡レシピと空母レシピをそれぞれ二回ってところかな」

 艦娘の建造や装備開発に必要なのは大別して二つ。資源と開発資材だ。

 資源は燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトの四種あり、レシピと呼ばれるそれぞれの資源の投入比率によってある程度結果をコントロールすることができる。鋼材が多めなら戦艦、ボーキが多めなら航空母艦といった具合だ。

 開発資材は、一言で言うなら艦娘や装備の「核」。妖精たちはこれを基本骨子とし、「肉」となる資源を使って建造・開発を行う。 このあたりが妖精たちの謎技術の神髄の一つと言えよう。

「まあ、狙った艦や装備ができるかは運次第なんだけどね………」

 奏汰は呟きながら、四つ並んで横たわるカプセル型の建造装置の電子パネルに、投入する資材量を次々打ち込んでいく。

 運次第とは言うが、実際に作業を行うのは妖精たちであり、気まぐれで気ままな彼女たちが何をしでかすか分かったものではない。時には、戦艦のレシピで軽巡が建造されるなどということもそれなりの確率で起こりうる。

「これでよし、と。妖精さん、あとは頼んだよ」

「まかされたです」

 青髪の妖精が敬礼すると、その部下たちは工廠を飛び出し倉庫から持ってきた資源を装置に投入。

 最後に青髪妖精が開発資材を一つずつ入れると、カプセルの扉が微かに音を立てて閉まり、内容物がコポコポと泡立ち始める。

「………」

 夕張が建造妖精たちと話をする傍ら、何やら申し訳なさそうに目を伏せる奏汰。

「やっぱり、まだ慣れない?」

 彼の震える右手を優しく握り、ヴェールヌイが問う。

「………うん。本当にこれは人間がやっていいことなのかな、って、どうしても考えてしまうんだ」

 ――建造とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならない。

 戦うために生み出され、さらには()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()彼女たち。

 今は必要とされているからまだいい。しかし、もしも戦争が終わったならば、そこらの兵器より余程扱いやすい艦娘は間違いなく利用される。良い意味でも、悪い意味でも。

 来るべき時に、果たして自分は、人間は、自らの都合で安易に生み出した命の責任をとることができるのだろうか。

「僕には自信がない。この戦いが終わっても、一人の提督として艦娘たちを守り続けていく自信が………」

「――珍しく弱気だな、提督」

 気づけば奏汰は、ガングートに背後から抱きしめられていた。

 二人の確かな温もりを感じながらも、彼の表情は未だ晴れない。

「私もヴェルも()()()()()だ、貴様の気持ちは分かりようもない。だがな、これだけは言わせてもらおう。

 ――守る自信がないのに、貴様は我々と契りを交わしたのか?」

 はっと顔を上げる。

「違うだろう。あの時の貴様の目には、確かな覚悟があった。提督として、いや提督でなくなっても、貴様という一人の人間として我々と共に在るという覚悟が」

「グート………」

「それでも不安ならば、いいだろう。遠慮なく話せ。貴様の抱えるものを、私にも背負わせろ」

「私もいるよ。司令官の重荷、三人いれば三分の一だ。一人で抱え込まないで。力を合わせれば、乗り越えられないものはない」

「ヴェル………うん、ありがとう」

 胸が熱くなる。

 自分の覚悟と二人の想いを再確認する。

(そうだ………一人で考える必要なんてない。まだ先のことだけど、その未来を歩むのは僕だけじゃないんだ)

 未来を生きるのは人も艦娘も同じ――ならば、皆で築いていけばいい。

 自分たちが生み出した命を認め、対等に、肩を並べて歩くこと。それこそが「責任をとる」ということではないのか。

 その時に矢面に立ち、橋渡しをするのが、提督である自分の役目だと奏汰は決意を新たにした。

「………もう大丈夫だよ。迷うこともあるかも知れないけど、君たちがいるなら怖いものなんてない」

 右手を強く握り返し、首に回された手にそっと左手を添える。

 数秒の後に奏汰から離れた二人は、優しく微笑んでいた。

 つられてこぼす笑みは憑き物が落ちたように清々しい、二人が大好きな表情だった。

「えと、お取込み中すみません。建造時間の確認を………」

 すっかり忘れていた。

「表示された時間は左から、【02:50:00】【02:40:00】【01:00:00】【01:00:00】でした。すでにカウントは始まっています」

「ありがとう。何だか微妙な感じだね」

 建造にかかる時間から艦種を予測できるのだが、前者二つはほぼ確定としても、後者二つが怖い。【01:00:00】という数字は、軽巡も重巡も出現しうる。

 早速妖精さんの気まぐれが発動するかもしれないと、四人は苦笑いした。

「とりあえず、少し早いけど戻って夕飯にしようか。結果はその後だ」

 時刻は午後六時(ヒトハチマルマル)。赤道から遠く離れたこの島では、既に太陽が沈みかけている。

 海軍基準からすれば夕食には早すぎるくらいではあるが、まだ一般人の考え方が抜けきらない奏汰にとっては然程おかしいことでもない。

「高速建造材は使わないんですか?」

 建造時間を大幅に短縮する道具も存在はするのだが、この島で調達できるとは思っていなかったようで、奏汰が思わずといった風に呟く。

「開発資材がある以上まさかとは思ったけど………」

「高速修復材もそれなりに蓄えがあるので、損傷への備えもばっちりです!」

 戦闘で傷ついた艦娘の肉体や艤装の修復を促進する修復材まであるとなれば、艦隊運用に必要なものは全て調達できると言っていい。

「で、どうしますか?」

「いや、やめておこう。折角時間があるんだ、温かい食事をしながら改めて色々話をしよう」

 またあとでと言わんばかりに手を振る妖精たちに挨拶し工廠を出た四人は、司令部施設へ向けて歩き出す。

 一か月分の食材は大湊から持ってきてある。少し多めにしてあるから、数人増える程度なら問題ないだろう。

「どうせならボルシチにしようか。取っておけばあとの四人にも振舞える」

「おお、いいな!どれ、久しぶりに私も手伝うとするか!」

「ボルシチは食べたことないわね………美味しいのかしら」

「二人のは絶品だよ、一度食べたら忘れられない味だね」

 今が戦時中だとは信じられないような、和やかな光景。

 凪いだ水平線から覗く光の残滓が、四人の後ろ姿を微かに照らしていた。

 

 




さあ、一体誰が出てくるんでしょうか。
一応北方鎮守府の最終的な人員は四艦隊二十四人+αくらいを想定していたり。

戦闘シーンが………遠い………。
退屈かもしれませんがもうしばらくお付き合いください………。

投稿直前に確認したらUA500目前で吃驚。ありがとうございます。
今後も不定期かつ趣味と独自設定マシマシでお送りしますが、どうぞよしなに。

追記:活動報告投稿しました。全く関係ないですがよろしければ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦隊、再始動:結成、そして

待たせたなマハードッ!!(ATM並感

遅くなりました………それではどうぞ。


 時刻は午後九時(フタヒトマルマル)

 夕食を済ませ再び工廠にやって来た四人。目的は当然、建造結果の確認だ。

 建造ドックでは、四つのカプセルの上に一人ずつ妖精が立っていて、それぞれが誇らしげな表情。

 パネルには建造完了の文字と艦のシルエットが表示されている。

「よかった、重巡みたいだ」

 どうやら気まぐれは回避されたようだ。

「お疲れ様………開けてくれるかい?」

 妖精たちの頭を指先で撫でると、一瞬気持ちよさげな顔をしたあと、彼女たちは装置から飛び退いた。

 まずは一番ドックの扉が開く。

 表示されていた艦影は順に空母、空母、重巡、重巡だったが、果たして。

「――軽空母、龍驤や!独特なシルエットでしょ?」

 最初に現れたのは、やや小柄で()()()()()体躯に臙脂色の改造修道服を纏い、焦茶色の髪をツインテールに結った少女。

「キミが司令官?んー、ちょっちひょろくない?軍人らしくちゃんと体鍛えとる?」

 奏汰の二の腕辺りをぺたぺたと触りながら、龍驤が言った。どうも彼女は物怖じしない性格らしい。

「はは、僕は民間上がりで、正規のルートでここにいるわけじゃないからね………」

「それでも、司令官である以上貫禄っちゅーもんは大事やろ。………ま、それは置いといてよろしゅうな。空はうちに任しとき!」

 空母の艦娘にしては慎ましやかな胸――なるほど確かに独特なシルエットだ――を張る龍驤を微笑ましいものを見るような目で見つめると、彼女のサンバイザーを取り、挨拶がわりに頭を撫でる。

「………なんかうち、子供扱いされてへん?」

 じとっとした目を向けられても奏汰は微笑むだけで、意に介さず次の装置へ。

「ここも空母だったよね………」

 中から出てきたのは紅白の道着と袴に鉢巻を身に付けた、これまた小柄な艦娘。胸当てをしているところを見るに、弓を使うのだろうか。

「――航空母艦、瑞鳳です。軽空母ですが、錬度が上がれば正規空母並の活躍を………って、龍驤さん!?」

「おーおー、なんや瑞鳳もかいな。司令官、キミ、案外良い運してんとちゃう?」

 そう言ってカラカラと笑う龍驤。

 当の瑞鳳はまさか自分の先達――『龍驤』はかつて日本で二番目に作られた空母であった――が同時に建造されていたとは思わなかったようで、驚いた様子だ。

 しかし数秒で再起動を果たし、今度は喜びの笑みを浮かべた。

「気を取り直して、ここの提督の白金奏汰です。よろしくね、瑞鳳」

「あっ、ごめんなさい!………はい、よろしくお願いしますね!」

 しっかりと握手をする。

「やっぱうちのときと違うやんかぁ………ん、それそれ、待ってたんやで?」

 あまりにぼやくので根負けし、龍驤とも改めて握手する奏汰。その顔に嫌々という感じはなく、悪戯っぽい表情を浮かべている。単に龍驤の反応が面白くてからかっていただけらしい。

 残るドックは二つ。重巡は確定しているが、問題は誰が出てくるかということ。

「建造時間的に古鷹型か青葉型………同じ艦娘だけは勘弁してほしいな」

 既にその鎮守府に所属している艦娘が建造された場合、ドックから出てくるのは該当する艦娘の艤装のみとなる。それ自体は予備や他の艤装の改修素材として利用価値があるのだが、今回の建造の目的は人員補充。出来れば避けたい事態ではある。

 そんなことを考えているうちに、三番ドックの扉が解放される。

 現れたのは――

「――ども、恐縮です!重巡、青葉ですっ!一言お願いします!」

「元気がいい子だね………僕は提督の白金奏汰、よろしくね」

 半袖半ズボンのセーラー服という活発そうな服装に、可愛らしい小さなポニーテールがトレードマークの少女。

 ぴょこんと飛び出てウインクしながら敬礼、さらには着任するや否や提督にコメントを要求するなど、高校生くらいの容姿にしては茶目っ気のある艦娘だと奏汰は思った。

 そんなことは露知らず、青葉は興味深そうに周囲を見回しながら他の艦娘たちと挨拶を交わす。コミュニケーション能力も中々高い様子だ。

「色んな艦娘さんがいますねえ………っと、おやおや?」

 目線を向けたのはヴェールヌイとガングートの左手、正確にはその薬指。

 直後、青葉の笑顔がニヤニヤとしたものに変わったのを奏汰は見逃さなかった。

「青葉、見ちゃいましたっ!もしかしてお二人は司令官とごケッコンされてるので?」

「まあまあ、その話は後でね………」

 目ざとい子だと思いつつ、はぐらかそうと割って入る。

 奏汰からすればこっぱずかしい話であり誰かに話すつもりなど毛頭ない。が、流石に青葉も面白そうなネタをみすみす逃すわけにはいかないとばかりに食い下がり、交渉の末本当に馴れ初めを語って聞かせる約束を取り付けられてしまった。

「いいじゃないか。別に減るものじゃないし………その、私たちの絆の強さを知ってもらうには丁度いい」

 そう言って、照れ臭さで頬を染め俯いた妻の姿が奏汰の拒否権を奪ったことは言うまでもない。

「さあ、いよいよ最後だ」

 そんなこんなでひと悶着あって、ようやく四つ目のドッグへ。

 建造されたのが青葉なら、出てくるのは艤装のみ。そうならないよう祈りながらその時を待つ。

 そうしてゆっくりと扉が開き――

「――はーい!衣笠さんの登場よ!青葉ともども、よろしくね!」

 青葉と似た型の制服――こちらはスカート――に身を包み、同じ色の髪を左右で括った、これまた高校生然とした少女。

 重巡洋艦衣笠。青葉の姉妹艦だ。

「ふっふーん、着任早々良いネタが手に入りそうですねえ、って衣笠(ガサ)ぁ!?なんで――」

「――青葉!また会えてよかった!」

 先程のやりとりでホクホク顔の姉に飛びつく妹。

 完全に意識外だったはずなのだが、建造されたばかりとは言えやはりそこは艦娘。倒れることなく衣笠を受け止め、抱き合ったままくるくると回って再会を喜び合う。

 一方、奏汰は最初の建造を理想的な形で終えることが出来た安堵に胸を撫で下ろしていた。

 目当ての艦娘を着任させるために何十回と建造を行う提督もいる中で、この結果は僥倖と言っていいだろう。

「さて、時刻はもう午後十時(フタフタマルマル)になるわけだけど、今のうちにこれからの方針について話しておこう」

 奏汰が軍帽を整えながら口を開くと、すぐに全員が聴く態勢に入った。

 事実、ここからは真剣な話――北方基地の運営に関わることだ。

「本格的な稼働開始は明日からになるけど、ひとまずそれぞれの役割を決めたから聞いてほしい。

 まず、夕張にはしばらく僕の補佐に就いてもらおうと思う。基地についてはまだ分からないことが多いし、保有している装備なんかも確認しなきゃいけないからね。長くここにいる君が色々教えてくれるとありがたい」

「了解です!あ、でもそれってつまり、秘書艦ってことよね?それなら二人の方が………」

 了承とは裏腹な発言。彼女なりの気遣いなのだろうが、元々大湊では五十鈴たちも含め七人が持ち回りで秘書艦を務めていたため、今更自分の伴侶だからという理由でヴェールヌイやガングートを秘書に固定するというのはかえって落ち着かない。

 そのように説明し、さらに念を押すように二人が微笑みかけると、夕張は改めて承諾の意を示した。

「よろしく頼むね。じゃあ続けて、本日着任した四人についてだけど、今月いっぱいは練度向上のための基礎訓練を中心に行ってもらう。ヴェルとグートには日替わりで教官役をお願いしたい」

 頷く六人。

「………一応恰好だけつけておこうか。

 旗艦ヴェールヌイ以下、ガングート、青葉、衣笠、龍驤、瑞鳳――六名を第一艦隊として、ここに北方基地は鎮守府として稼働することを宣言する!

 皆、改めてよろしくね」

 ――自分たちの提督に格式ばった口上は似合わない。

 今日が初対面の五人はそのように感じたが、しかし想いははっきり伝わったと、引き締まった表情で――青葉だけは未だに頬が緩んでいた――敬礼した。

 それは、奏汰が自らの新たな命を預けるに値する指揮官であると、彼女たちが認めたという証拠でもある。

「さあ、今日のところは休んで、明日から頑張ろう。司令部施設の二階が宿舎になってるから、自由に使ってね」

 にこやかに言いながらも、内心ではこの期待を裏切ることのないよう励もうと提督としての決意を新たにする奏汰であった。

 

 

 

 

 

「………ん?」

 談笑しつつ工廠から司令部に戻る途中、浜辺の方に目を向けたガングートがふと立ち止まった。

 集団の最後尾で隣を歩いていた奏汰もそちらを見るが、認識できるのは真っ黒な夜の海だけ。あとは暗くてよく見えない。

 しかし、同じく肩を並べていたヴェールヌイは何かに気づいたようで、表情を険しくしてガングートと顔を見合わせた。

「………誰か、いや、()()いるね」

「どうかしたの、早く行きましょ?」

 三人の様子を不審がり、先行していた夕張が足を止めて振り向いた。

 ほとんど建物内に入りかけていた龍驤たちも、何事かと不思議そうに振り返る。

「――提督、遅れて着いて来い。ヴェルは護衛だ」

 突如駆け出すガングート。

 その速度は駆け足で様子を見に行くというような生易しいものではなく、馬力全開のそれである。

 さらには戦艦としての艤装を顕現させ装填まで終わらせており、完全に戦闘モードだ。

「夕張、ここの警報とかはどうなってるんだい」

アスファルトを蹴り砕かんばかりの勢いで埠頭を駆け抜ける背中を追って走りながら、奏汰は夕張に問うた。

 長距離砲撃をこなす関係か、基本的に戦艦の艦娘は視力に優れていたり電探で捕捉能力を強化していたりといった傾向があるのだが、その中でもガングートはいっとう()()()()。そんな彼女がいち早く捉えたと言うのなら、たとえ夜の闇の中であってもそこには必ず何かがいる。

 そんな確信と、同じように何らかの存在を捉えたヴェールヌイの言葉から導かれる結論は。

「索敵系統ってこと?………まさか!」

「それしか考えられない」

 『誰か』ではなく『何か』――つまりそれはヒトの形をしていないか、あるいはヒトではないヒトか、ということ。

 夕張は苦虫を噛み潰したような表情で、どこからか取り出したタブレット型情報端末に目を落として申し訳なさそうに呟く。

「………私のミスです。ここ二年、この辺りで敵性反応はほとんどキャッチできなかったから、接近警報システムを切っていたのが仇になったわね。その証拠にほら、海岸のところ。かなり弱ってるけど反応アリ。それも二つ」

 追いついて奏汰に画面を見せる。

 そこには上から見た島と周辺の海図が映し出されており、夕張の言葉通り、昼間奏汰たちが上陸した浜辺の辺りに二つの赤い光点が瞬いていた。

下手を打てば二度と朝日は拝めまい。奏汰は気を引き締め、慎重に様子をうかがう。

 浜辺に降りると、艤装を展開したまま砂浜に片膝をついたガングートの姿と、その傍ら、波打ち際で抱き合うように倒れている大小二つの人影があった。

「これは………」

 人影といっても、その姿はおよそ尋常な人間のものではない。

 どちらも女性のようだが、肌と髪は雪の如く白い。

 背の大きい方は手首から胴体にかけてがぴっちりとした真っ白なスーツに包まれ、黒い装甲のようなもので露出部を覆っていた。そして、ぼろぼろのマントに淡く金色に発光する杖、極めつけに怪物の顎のようなおぞましい()()を頭部に装着していた。

 小柄な方は艤装こそ見当たらないが、簡素な白いワンピースを身に纏い、手首にぐるりと赤黒い装飾が施されたミトン風の手袋をしていた。

 どちらも奏汰は資料でしか見たことはないが、その名と姿は海軍の中であまりにも有名。

 空の支配者に、”北方の主”。

「深海棲艦――空母ヲ級、北方棲姫………!」

 人類にとっての脅威たる深海棲艦、その中でも輪をかけて強力な存在であり、特に北方棲姫は根城とするアレウト列島東部の泊地から滅多に動くことがないと言われていたのだが………。

「どうする、提督。ここで沈めておくか」

 立ち上がったガングートが、動かない二人に向けジャキンと音をさせて主砲を構える。

 確かに、今ならば確実に撃滅できる。そしてそれを証拠と共に大本営に報告すれば、大手柄として讃えられるに違いない。

 しかし――

「いや………こうしてここにいる以上、何か目的があってやって来たのだと思う。ひょっとしたら、僕たちに会いに来たのかも。

 それに、無抵抗の相手を問答無用でなんて、いくら戦時中でも許されない。それをしてしまったら、僕たちはもう人間でも艦娘でもない。ただの鬼だ」

 ――奏汰は、二人を助ける選択をした。

 甘いと切り捨てる者がいるかもしれない。馬鹿なことだと嗤う者がいるかもしれない。

 それでも、この優しさが、白金奏汰という男の()()()であり、魅力の一つであった。

「………貴様なら、そう言うと思っていた」

 そして、そんな男に惹かれた者が二人、ここにはいた。

 艤装を消し片頬だけでフッと愉快気に笑うと、ガングートはいたわるような、それでいて素早い手つきでヲ級を抱き上げる。

「北方棲姫は私が運ぶよ」

「よし、そうと決まれば善は急げだ。夕張、入渠ドッグを開けろ!要修復者二名だ!」

「ああもう、どうなっても知らないわよ!?」

 やけくそ気味に叫ぶ夕張。

 ぎょっとした様子の龍驤たちに事情を話すと、それが司令官の決定ならと、戸惑いながらも了承してくれた。

「ありがとう。とりあえずヲ級と北方棲姫が快復したら、一度話をしてみよう」

 一仕事増えてしまった――場合によっては大問題になるかもしれない――が、元々迅のお陰で今月の執務はないに等しいのだ、団欒の時間を差し引いても、少しくらいこういうことがあってもいいかもしれないと、騒ぎながら入渠施設へ向かう艦娘たちを見て奏汰は漠然と考えていた。

 この選択と出会いが、人類と深海棲艦の戦いにおける大きな転換点となろうとは、この時はまだ予想だにしていなかった。 

 

 

 

 ――そして、物語は動き出す。

 

 

 

 

 

 




次回より「2017春イベント()編」に突入です。
戦闘描写マシマシで頑張りたいと思います(白目


いつ投稿できるかは分からんがな!!!!


そろそろマズい時期に差し掛かっているため、場合によっては年内に投稿できるか怪しい感じです………。
読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、気長に待っていただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

北方戦力総展開!『第二次AL作戦』
作戦開始


お待たせしました。
2017春イベント改・『第二次AL作戦』編、開幕です。


「撃沈確認!残敵二――ホ級flagship、リ級eliteです!」

「いンや、あと一体だ!」

 

 異形の残骸が吹き上げる黒煙を尻目に、赤髪の艦娘が速度を上げた。

 戦域からの離脱を図っていた別の異形――深海棲艦軽巡ホ級を目がけて右手の12.7cm連装砲B型改二を斉射、一気に仕留めにかかる。

 しかし、撤退を決め込んだ敵を捉えるのは容易ではない。ましてやここは海上、波の上下や揺れで余計に照準が乱れる。

 結果、砲撃を繰り返すも、至近弾ばかりで一向に当たる気配がない。

 

「江風、深追いしちゃダメよ?」

「分かってンだけどよ……くそっ、ちょこまか動き回りやがって」

「まったくもう……村雨姉さん、お願いできますか?」

「はいはーい、お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 栗色のツインテールを揺らしながら、村雨と呼ばれた艦娘はおどけた調子で主砲を構える。

 声とは裏腹にその目は真剣そのもので、ホ級の動きをしっかり見定めていて。

 

「江風ちゃん、雷撃準備。みっつ数えて一本だけね。

 ――さん、にい、いち、撃って!」

「喰らえッ!!」

 

 右舷の発射管から放たれた酸素魚雷は一直線に目標に迫るが、ほとんど真正面。このままでは容易く回避されてしまうが……その直後、

 

「ふふ、避けられると思った?残念。……村雨をあんまり舐めないでね?」

 

 村雨の砲撃が、ホ級の機関部を貫いた。

 機関へのダメージによって航行を止めた船体に江風の魚雷が吸い込まれていき、突き刺さる。

 大きな水柱の後には炎上する装甲の破片ばかりが残され、それも間もなく海に還っていった。

 

「流石です、村雨姉さん」

「姉貴に横取りされた気分だぜ……」

「あら、決めたのは江風ちゃんでしょ?」

「あそこからピンポイントで足を潰せるなら、直撃させるのなンか朝飯前だろーが!……ったくよお」

 

 夕立の姉貴とは違う意味で恐ろしいぜ、と江風は毒づいた。

 これでも内心は、自分の手で敵を倒した達成感と姉に追いつこうとする闘志に溢れていることを、村雨は知っている。

 だからこそ彼女は何も言わず、けれどその裏で妹の目標たりえるべく努力を欠かさないのだった。

 「姉への言葉遣いがなっていない」と艦隊のブレーンである海風が江風()を窘めていると、彼女の通信機に旗艦から連絡が入った。

 

『こっちは終わったわ!合流しましょう、索敵は欠かさないでね!』

「了解です、阿武隈さん。……では行きましょう、江風、村雨姉さん」

 

 ホ級を追撃したために予定の航路を僅かに外れてしまったようだ。

 幸いほとんど目視可能範囲であり、留まってリ級の相手をしていた阿武隈たちと合流するまでそう時間はかからなかった。

 見れば、リ級は既に沈みゆく途中。揃いの制服に瓜二つの容姿の五月雨と涼風が周囲の警戒に当たっていた。

 

「お疲れ様、怪我は……うん、大丈夫みたいね!五月雨ちゃんたちも戻ってきて!」

「合点だ!」

「あ、はい!分かりました!」

 

 全員目立った損傷はなく、精々が小破未満(カスダメ)といったところ。危なげのない戦いであったことが窺える。

 陣形を組み直し、阿武隈を先頭に海風、江風、村雨、五月雨、涼風の順に単縦陣で航行を再開する。

 

「申し訳ありませんでした、阿武隈さん。……ほら、江風も」

「……勝手に突出してごめンなさい」

「今回の目的には海域の掃討も含まれてるから、そんなに気にしないで。無事に戻ってきてくれたし、あたし的にはおっけーです!」

 

 戦闘で乱れたこだわりの前髪を整えながら、阿武隈は二人の謝罪に笑顔で答えた。

 作戦行動中の独断専行、普通なら処罰は免れないところだが、そうしないのは信頼と、阿武隈の大湊第一水雷戦隊旗艦としての自負ゆえ。

 「海風たちなら大丈夫」そして「万が一の時は自分が何とかする」。

 その思いは慢心でも驕りでもなく、これまで彼女たちが積み上げてきた実力と実績に裏打ちされたものである。

 

「さーて、択捉島基地まであと僅か、気を取り直して行きましょう!」

 

 ここは大湊基地から北東におよそ500kmの海上、目指すは過去の大規模作戦時に整備した択捉島北側の補給基地。

 数度の交戦で燃料・弾薬をそれなりに消耗しており、慎重に進まなければならない。

 

 

 そもそも、何故彼女たちがこの海域に抜錨し、択捉島を目指しているのか。

 話は前日に遡る。

 

 

――――――――――

 

 

 大湊の母港、執務室。

 北方基地から帰ってきた翌朝、迅がいつものように執務の準備をしていると、部屋の扉が控えめにノックされた。

 

「大淀です。本日の業務をお持ちしました」

「ああ、入れ。……わざわざノックなんかいらねえって言ってんだろうに」

「癖みたいなものですから。それよりこちらを」

 

 入ってきたのは、ストレートの黒髪に眼鏡、穏やかな表情の秘書然とした艦娘。

 二人は迅が大湊に着任して以来の付き合いで、上官と部下という立場でありながら今ではこうして軽口を叩き合う間柄である。

 戦闘よりは事務関連の能力に秀で、その有能ぶりは迅が()()()()()正妻の大和以上に信を置いていると公言するほど。

 

「ん、手紙か?しかもご丁寧に蝋で封じてやがる……」

「ご想像通り、大本営からのようです。何か心当たりは?」

 

 大淀が眼鏡のブリッジを押し上げつつ書類の束から抜き取った一通の手紙を受け取り、胡散臭げに観察する。

 裏には錨の蝋印が押され、宛名も大湊基地司令長官となっている以上、間違いということもないだろう。

 

「……あると言えばあるが、例の件が上層部(うえ)にばれるはずがねえ。鋼太郎の奴にまで協力させたんだ、変な言い方だが、そう簡単に尻尾は掴ませねえよ。大方、春季の大規模作戦の通達だろ」

 

 そうは言いながらも、一抹の不安と共に封を切る。

 中には指令書らしき便箋と、二枚の写真が入っていた。

 ひとまず便箋に目を通していくが、読み進めるうちに次第に迅の両目が細められ、表情も険しいものに変わっていく。

 続けて写真を手に取り、険しい顔のまま穴が開くほどに見つめる。

 

「……ちっ、厄介なことになったな」

「厄介、とは?」

「結果から言えば、案の定大規模作戦発令の打診だった。それはいい。だが、そこに至る経緯、要は作戦の切欠と目的が随分と不味いことになってやがる。端的に言うなら――

 

 

 ――『盟約』が破られた」

 

 

 信じられないとばかりに、大淀が息を呑む。

 『盟約』。

 その存在と詳細を知るのは海軍でもごく一部、大将位以上の士官とその麾下の艦娘数名のみとされる最高機密の一つ。

 突然の開戦から暫く経った三年前の夏、北方AL海域への反攻作戦を敢行した際に確認された深海棲艦上位個体――通称”北方の主”。統率能力に優れ、攻略に乗り出した艦隊を圧倒的なまでの物量差で悉く叩き潰したその存在と人類とが結んだ約定、それこそが『盟約』である。

 所謂中立条約のようなもので、元々厭戦的だった()()とその支配海域、つまりはAL海域に人類が必要以上の干渉をしない代わり、彼女が指示を出せる限りの深海棲艦をアレウト列島東部の泊地に引き上げさせた。

 これにより、一時的ではあるが北方海域の平穏は保たれてきた。はぐれの深海棲艦が現れたり、昨年冬にオホーツク海で新型の姫級が発見され大湊が独自に撃滅作戦を展開したりもしたが、精々その程度であり、南方海域(激戦区)に比べれば遥かに穏やかだった。

 

「まさか、”北方の主”が攻勢に!?」

「いや、言い方が悪かったか。正しくは、結果的に破られたと同義、ってとこだ。こいつを見れば分かる」

 

 困惑する大淀に差し出したのは、手紙に同封されていた写真。

 どちらも同じ基地を同じ角度から空撮したもののようだが、日付が異なっており、細部にも違いが見られた。

 一枚は撮影日が一か月程前になっており、埠頭に佇み上空のカメラに向けて笑顔で飛び跳ねながら両手を振る幼げな女の子が写っている。対してもう一枚、丁度一週間前に撮られた写真には少女の姿はなく、所々に砲弾の痕が見られる基地と、その中を悠々と歩く角の生えた三人の女性が確認できる。

 その正体に気づいた大淀は、震える声で驚愕をあらわにした。

 

「そんな、まさか……!」

米軍(アメさん)の偵察機が撮ったらしい。やけに静かだってんで様子を見に行ったら、この有様だったってよ。

 ……正直なとこ、俺も一瞬目を疑ったよ。まさかダッチハーバーから北方棲姫がいなくなり、泊地は荒れ放題で、そこを別の深海棲艦が占領してるなんて誰が想像できたか。ましてやそれが『姫』二人に『水鬼』とはな」

 

 深海棲艦は通常個体と上位個体の二種に大別される。

 いろは歌から一文字を取った通常個体は、十分な練度の艦隊であれば然程脅威とはならない。数こそ多いが、あくまで()()()()だ。五十や六十を超える高練度の艦娘ならば、一対多で正面切って戦おうが早々劣勢にはならないだろう。

 しかし、鬼級や姫級、水鬼(水姫)級と呼称される、より人間に近い姿の上位個体が相手ではそうはいかない。elite(エリート)flagship(フラッグシップ)といった強化された通常個体を数多く従え、それでいて単体での戦闘能力は並の艦隊を軽く凌駕する。中でも強力な個体は、たとえケッコン艦(練度百以上)であっても一対一ではほぼ勝ち目がないとまで言える程であり、上位個体を含む敵艦隊を相手取る場合は可能な限り高い練度の艦娘を揃え、役割ごとに三から四艦隊に分けて攻略にあたるのがセオリーとされている。

 

「――よし、そうと決まれば作戦準備だ。これが一週間前ということは、足の速い水雷戦隊や巡洋艦は近海まで到達していてもおかしくない……まずはこちらも水雷戦隊で偵察と露払いをすべきか。この前の作戦で北端上陸姫から奪回した基地、あそこを最初の拠点に据えるのが妥当だろう。その次はカムチャッカ半島に補給線を構築、島弧への足掛かりとする。その先は……上手くいってからだな」

「提督、幌筵泊地と単冠湾泊地へ支援要請を打電しました、応答待ちです」

「……流石だな。ではその間に我ら大湊が誇る第一水雷戦隊(一水戦)の招集を頼む。それから各員に通達を。これより『第二次AL作戦』を発動する、総員気を引き締めて臨むように、と」

「了解しました」

 

 

 

「……俺は俺のやるべきことをするか」

 

 大淀が出て行った執務室で煙草をふかしながら、迅は懐から携帯端末を取り出すと、どこかへと電話をかけ始めた。

 

「――ああ、俺だ。『あれ』は出来てるか?……そうか。いや構わん、数日中に届けてくれ。頼んだぞ」

 

 かけておきながら一方的に通話を切り、ふと背後の窓から空を見上げる。

 暁の空。

 雲一つなく、少し目線を下げれば港湾と、その先にが広がる大湊湾・陸奥湾。

 続けて部屋の外に出ると、廊下の窓から、今度はここより更に北の空へと思いを馳せる。

 

「今回の作戦、ひょっとしたらお前の力を借りることになるかもしれん。()()()()()()()()()今、この北の海で『矛』になりうるのは――」

 

 

 

 

 

 




ちょっと行間を開けてみましたが、いかがだったでしょうか。
こちらの方が読みやすいとか、あるいは以前の方がいいとか、読者目線での意見をいただければありがたいです。

ところで、前回の投稿から時間を空けてしまっているにも関わらずお気に入り件数が増えていることにようやく気付きました。感謝です。
というかどうやって拙作を見つけたんですかね……。更新日時順で随分と埋もれていたはずなんですがそれは。

もうしばらく不定期となりますが、気長に待っていただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

呉の提督(エンジニア)

どちゃくそ遅くなって誠に申し訳ございませんでしたァ!!!(土下寝)
今回は短いですがぼちぼち再開していきますので堪忍してつかあさい……。


「提督、執務を始めましょ……って、もう、()()なの?」

 

 大湊基地が大規模作戦に動き出した頃、ここ呉鎮守府でも一日の業務が始まろうとしていた。

 ……そのはずだったのだが、秘書艦の陸奥がいつものように執務室に入ると、そこに司令官の姿はなく、机の上には「工廠」とだけ書かれた書き置きが残されていた。

 陸奥はため息をつくと書類を自分の机に置き、工廠へと足を向けた。

 切り替えの早さがこの事態にどれほど慣れているかを物語っており、一方でその足取りは満更でもないと言いたげに弾んでいた。

 

 

 

 工廠に着くとその扉は開いており、中も照明がオンになっていた。開発部の艦娘や妖精たちは既に仕事に着手しているようだ。

 

「本当に頭が下がるわね。なのにあの人ときたら……」

 

 言いつつもその歩みは止めず、一角に設えられた提督専用の技術開発室へと一直線。

 ここの提督は技術畑の出身であり、艦隊の指揮を執る傍ら、工作艦娘(明石)や妖精と共同しこれまでに数々の兵装の考案・開発を行ってきた男。故に大将位を与えられ、研究開発費と称して大本営から多額の資金を援助されて(ふんだくって)いる。その金のほとんどが趣味的な研究に充てられていることを彼らが知る由はない。

 

「提督、入るわよ?時間になったから呼びに来たんだけど」

「……問題はないはずだが……ここか?いや、こっちか……」

 

 部屋に入り、作業机に向かって何やらブツブツと呟いている作業着の背中に呼びかけるも、返事はない。どうやら相当集中しているようだ。それこそ周りが見えなくなるほどに。

 

「全くもう、熱中するといつもこうなんだから。仕方ない……()()()さん!」

「……部屋以外では名前で呼ぶなと言ったはずだが。陸奥」

「無視する貴方が悪いのよ。こんなに可愛いお嫁さんが呼んでるのに」

 

 悪戯っぽく微笑む陸奥とは対照的に、鋼太郎は苦い表情。

 仕方なさそうに作業を中断し制服に着替えると、そのまま無言で歩き出した。

 

「あら、愛想がないのね」

「今更だな。それより執務だろう?行くぞ」

「勝手なんだから……」

「ああ、それから――どちらかと言えば、お前には『美しい』という言葉の方が似合うだろうな」

「……あら、あらあら。その台詞は夜に欲しかったのに。ふふ」

 

 

 

 暫く経って昼食時。

 午前の出撃や訓練を終えた艦娘たちが食堂に集まり、談笑しつつ思い思いのメニューを楽しむ。

 

「私たちもお昼にしましょうか。何か作ってくるわ」

「握り飯で構わん。手が離せそうもない」

「そんなに面倒な案件があったかしら……って、また設計図?」

 

 執務室でも同様に、先に手の空いた陸奥が昼食を作るべく調理場に向かおうとすると、鋼太郎は簡単なものでいいと言う。

 疑問に思い横からパソコンの画面を覗くと、そこには様々なデータが書き込まれた図面が表示されていた。

 

「大湊の馬鹿野郎から連絡が入ってな。至急持ってこいと」

「大湊って……冴渡提督のこと?確か同級生って言ってたわよね?

 というか、そもそも何なの、これ?」

「……お前になら話してもいいか」

 

 一拍置いて机に埋め込まれたパネルを操作すると、天井から大型スクリーンが下りてくる。

 続けてパソコンと同期させ、設計図がスクリーンにも映し出されると、ようやく全貌が明らかになった。

 

「実は今朝作業していたのもこれだ。資材の余りと大本営から毟り取った金を注ぎ込んでようやく形になった。

 まだ半分は試作段階だが、上手くいけば戦局を一気に傾ける切り札になり得る」

 

 それは、三つの歯車(ギア)だった。

 正確には、歯車の形をした拡張兵装――艤装に組み込む強化パーツ。

 この手の話は門外漢な陸奥には、書かれていることのほとんどは理解できなかったが、自分の発明をあまり評価したがらない鋼太郎がここまで言う以上、相応にとんでもない代物だということは感じられた。

 

艦娘(私たち)の新しい装備みたいね?」

「……最早これを装備と言っていいものか……。

 これはな、陸奥……搭載した艦娘の艤装を強制的にオーバークロック、すなわち限界以上の駆動をさせ一時的に艦娘の全性能を引き上げる物だ。

 そしてこのパーツ、仮称『オーラユニット』は、お前たちが幾度となく目にしてきたあるものの研究の成果だ」

 

 オーラという言葉に引っ掛かりを覚え、陸奥は僅かな間考えを巡らせた。

 記憶の中に、思い当たるものはすぐ見つかった。

 確かにそれは、五大鎮守府の一角たる呉の艦娘であればこそ、毎日のように見るもので。

 

「……提督、貴方、()()()()()()()()の研究なんてどうやって……!」

 

 深海棲艦強化個体――elite、flagship、そして改fragship。

 それぞれ赤、金、青のオーラを纏うそれらは、眼前のスクリーンに映し出された歯車の色とも合致する。

 

「倫理に反するようなことはしていない。お前たちとの戦闘データと、撃破後に回収した深海艤装を解析して作り上げた」

「……そう言うなら信じるわ。嘘は嫌いだものね。

 つまり、これを艤装に組み込めば、深海棲艦と同じ原理で強くなれる、と」

「平たく言えばそういうことだ。……練度が百未満だと反動で艤装が吹き飛ぶというシミュレーション結果が出たがな」

「……欠陥品じゃない。私たちを殺す気なの?」

 

 途端に呆れ顔になった陸奥に、だから半分未完成と言っただろう、と涼しい顔で返す。

 話は終わりだと言わんばかりにスクリーンを仕舞うと、データを手早く携帯端末に送り、時間を確認すると立ち上がった。

 

「時間がかかってしまったな。折角だ、昼は間宮にでも行くか」

「仕方ないわね」

「夜には大湊に向けて出港する、準備しておけ」

「ええ。……って、今日なの?」

 

 急な話に驚きつつ、そもそも何故迅はオーラユニットを、しかもまだ試作段階のそれを欲しているのか訝る陸奥。

 しかし、ひとまず考えることを止め、遅めの昼食を楽しもうと、鋼太郎と並んで歩き出すのだった。

 

 

 

 




次回は北方基地に戻ります。
目を覚ましたほっぽとヲ級、果たして何を語るのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深海からのSOS

どうにも筆が遅い、体感と実際の文章量にあまりにも大きなずれがある……。
字数的にはもうちょっと書きたいんですけどね……。

ひとまず、第8話、どうぞ。


 奏汰の着任から一夜明け、極北基地は艦隊運用を開始、ヴェールヌイの指導と奏汰の監督の下で衣笠たちの訓練が始まった。

 一方、ガングートは入渠施設にテーブルと椅子を持ち込み、優雅に読書に勤しんでいた。

 

「ふむ、やはり我が祖国の文学は良いものだな。……登場人物は多いが」

 

 ここだけ切り取ればサボタージュに見えるが、これもれっきとした任務である。

 栞を挟んで本を置くと、四基ある入渠ドッグの内使用中の二基に目を向ける。タイマーはとうに役目を終え蓋も開いているのだが、真っ白な少女たちは未だ眠っている。

 彼女は今、昨夜保護した深海棲艦たちの監視の任に就いているのだ。

 

『……無駄だね』

『ちょっとお!?ヴェールヌイさん、動き速すぎですよー!』

『練度に差があるからって、四対一でもこれって……!』

『もー!当たらないよー!』

『うちの零距離爆撃を全弾回避って……どんな反射神経してんねん!?』

 

 通信機からは、島の北側の海で演習中の面々の声が聞こえてくる。監視中手持無沙汰だろうと、奏汰に持たされたものだ。

 聞く限り、新人たちが見事に翻弄されている様子。

 

「はは、まあそうだろうな。戦艦の私でもヴェールヌイに直撃させるのは難しいからな……おや?」

 

 物音を感じたガングートは立ち上がる。どうやら、二人が目を覚ましたようだ。

 携帯端末で奏汰にメッセージを送ると、懐から取り出した愛用のパイプを咥え、右手に拳銃を持つ。万が一抵抗されて屋内戦闘になった場合、小回りの利かない艤装では逆に自分の首を絞めかねないと考えての判断だった。

 

「――ヲ……体、痛イ……」

「――ンン……ネーチャン、ドコ……?」

「さて、お目覚めのところ悪いが、大人しくついてこい。お前たちが抵抗しない限り、こちらに戦闘の意思はない」

 

 

―――――――――――――

 

 

「やあ二人とも、とりあえず座って。ガングートもご苦労様。今お茶を淹れるよ」

 

 場所は変わって執務室。

 連絡を受けた時点でヴェールヌイに訓練を任せ、先にやってきていた奏汰は、向かいのソファにヲ級たちを座らせるとお茶汲みに立つ。

 

「さて、北方基地へようこそ。僕は白金奏汰、ここの提督を任されている者だ。

 まずは自己紹介をお願いしてもいいかな」

 

 ガングートと隣り合って腰を下ろし、二人の深海棲艦に向かい合うと、こう切り出した。

 

「……ほっぽタチニ名前ハナイ。人間ヤ艦娘ハ『北方棲姫』ッテ呼ブ。ダカラ、ほっぽ」

「同ジク、空母ヲ級。改、フラッグシップ?ラシイ。……テイトク、助ケテクレテ、アリガトウ」

(……ちょっと聞き取りづらいけど、意思疎通は出来そうだ)

 

 少なくとも、初対面で敵対する最悪の事態は避けられたことで、奏汰は内心で安堵した。

 北方棲姫(ほっぽ)は両手で湯飲みを持ち、一口飲んで「……ニガイ」と呟くと、再び口を開く。

 

「テイトクハ、ほっぽタチガ怖クナイノカ?ソモソモ、ドウシテ助ケタ?」

 

 その瞳には好奇の色。

 自身は目の前の男にとって倒すべき敵であり、本来であればこうして相対し茶など飲んでいる場合ではないのだ。当然の反応と言えよう。

 

「うーん、怖くないと言えば嘘になるけど、万一の時はガングート(彼女)がいるからね。それから助けた理由だけど――」

 

 続く奏汰の意外な言葉に、北方棲姫とヲ級は揃って目を丸くすることになる。

 

「――あんなにボロボロの姿は見ていられなかったし、こんなところにやってくる事情を訊きたいと思ったし、一番は、助けたかったから、かな」

「ヲ……タダノヲ人好シ」

「フッ、貴様を表現するのに最も的確な言葉じゃないか、なあ?」

「あはは、そうかい?」

「……褒メテナイゾ」

 

 そんな気の抜けたやり取りにヲ級は微笑み、つられて北方棲姫も見た目相応の笑顔を見せる。

 二人は目配せして頷くと、警戒を解いた北方棲姫が切り出した。

 

「テイトク、ほっぽタチニ協力シテクレ。

 ――アイツラカラ、ほっぽタチノ家ト()()()()()ヲ取リ返ス」

「立場ハ分カッテル。デモ、私タチダケデハ勝テナイカラ……」

「……事情を詳しく聞かせてくれるかな」

 

―――――――――――――

 

「にわかには信じがたいけど……」

「ヲ……ダケド、本当ニアッタコト」

 

 北方棲姫たちが話した内容は、奏汰たちの常識からすれば思いもよらないことだった。

 しかし、否定できる材料は現状どこにもない。昨夜の二人の損傷の酷さから考えれば、むしろ納得できる説明である。

 

「仲間に泊地を襲撃されたなんて……しかも、率いていたのは戦艦水鬼に二人の戦艦棲姫だって?これじゃまるで――」

 

 ――ほっぽたちを切り捨てたみたいじゃないか。

 口をついて出そうになった言葉を、奏汰は必死に押しとどめた。

 

「ネーチャンハほっぽトヲーチャンヲ逃ガスタメニ残ッタ。キットアイツラニ捕マッテル」

「コーワンサン……『港湾棲姫』ハ、戦ウコトニ疲レテ、南方カラコッチニ来タノ」

「AL海域の泊地は、深海の中でも厭戦的な者の集まりだったということか」

 

 三人の会話を尻目に、奏汰は一人悩んでいた――このことを迅に報告するか否か。

 伝えれば助力は得られるかもしれない。だが、ほっぽたちを受け入れてくれる確証はない。

 一方で、大将である迅のことだ、既に情報を掴み北方海域へ向かっている可能性もある。その場合は報告せずとも共闘しうるが、ほっぽたちの存在を隠し通した上で港湾棲姫の救出を単独で行わなければならない。

 奏汰は、逡巡の末、取り出した携帯端末を操作することなく胸ポケットに戻した。

 

「……よし、協力するよ。ただ、タイミングを待ちたい。心配かもしれないけど、作戦決行までどうかこらえて欲しい」

「ヲ……分カッタ。確実ニ成功サセルタメニ、準備ハ必要」

「いつでも行けるよう、心構えだけはしておいてね。

 ……じゃあ、うちの艦隊に会いに行こうか」

 

 

 




全然話進んでねえじゃねえか馬鹿野郎!!!!(自虐)

自分としてはこれくらいが書く上で丁度いい、というかスタミナが程よく続くんですよね。
もし、もっと長い方がいいという意見があれば頑張りたいと思います……。

感想・意見・質問等は大歓迎です。作者の励みにもなります。

今回もお付き合いいただき感謝です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。