叙事詩の悪に私はなる! (小森朔)
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幼少期から原典
悪役って最高では?


どうしても書いてみたくなって始めました。
歴オタでアニメが好きな主人公が、もしインド叙事詩の悪になったらという設定。
異教の異分子が悪役になったら面白そう!という出来心からできたので、書きたくなったら長めに続くかも。
マハーバーラタは読んでいる途中なので、微妙なところがあるかも。


彼女は考えていた。

 

もし、この悪役になることができたなら。

 もし、彼になって神相手に腕試しができるというのなら。

 もし、覆すことができるのなら。

 

 そんな妄想を楽しんでいた。

 たくさん積まれた課題という、その現実から逃げたいがために本を読み、妄想しながら手を動かす。

 もう少し、もう少しと叙事詩を読み切り、料理の本を読み、手芸をする。課題は少しずつは進めている。

 

 勉強は嫌いだ。でも、本を読んで空想に浸るのは好きだ。

 彼ならどう動くのだろう。

 この空白の部分でどう考えただろう。

 いっそ、体験でもできたら良いのに。

 

 それが叶えられるとも知らずに。

 

 

「あー!Fate時空のドゥルヨーダナになってみたいなー!」

 暑い暑いとクーラーが効き始めの部屋で、独りなのをいいことに大声で喚いた。

 馬鹿なことだ、ぐらいは分かっていても、どうしても気になってしまった。Fateシリーズを知るうちに気になった施し英雄。そして、それ以上に彼の側の長たる彼が。

 小悪党。でも、善政を敷いた名君になれる人。

 多少の悪など、政治には必要だろうに。彼女はそう思っていた。

 元々が歴史好き、本好き。それに最近異世界モノとか言われる小説で政治をするものも大好き。しかし宰相ポジション羨ましいな! と思っているような大学生。

 アプリゲームはあまり思うように進めていないものの、古代についても興味のある彼女はどうしてもそうした妄想をするのをやめられなかった。

 実際にやりたいとは微塵も思っていなかったが。

 

『善かろう』

 わんわんと脳内に木霊するように声が聞こえた。

「……ん?」

 おかしい、声が聞こえたような。いや、でも今日は家に誰もいないし。熱中症にでもなったのかね。

 

『善い』

『行ってくるが良い』

『私を楽しませてみよ』

 

 聞き間違いかな、と思ったが、そうではなかったようで。

 いきなり響いてきた声が、ブツブツ切れながらも意味を伝えてくる。

 女性の声だ。温かい、それに威厳が満ちた声。

 思わず傅きたくなる、声。

 

 ああ、思し召しなら従いましょう。やたらと信仰心のある自分が思う。

 

『征くが良い』

『増やせよ』

『地を満たせ』

『汝の生を供物とせよ』

 

 暑い、ああ、暑いなあ。

 ぼんやりとした頭で聞いた言葉はそれで最後だった。

 

 

 

「おめでとうございます!立派な男の子ですよ!」

「この子は厄災の子だ」

「いけません陛下!」

「殺せ、大きな惨禍を生む前に!」

「嫌です! この子は! この子は私の……!」

 

 

 

「愛していますよ、私の可愛い息子」

 

 

ああ、私は。

私は、あの神のために生きて、死なねばならない。




完結させたいとは思っていますが、FGOとアニメ版apocryphaの知識しか現状持っていないので、かなり歪な内容になるかもしれません。


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生まれいづる災厄

ドゥリーヨダナ誕生と、そのときの話。
学校とか自動車教習とかバイトの関係でものすごく亀になりました。もっと頻度上げます……


 どうも、ドゥリーヨダナさんです。人間らしいクリアな視界がやっと手に入り、しかも乳幼児期ふっ飛ばして生まれ出たところです。

 

 いきなり生まれた、というより正確には人工哺育器のような壺からオギャアしてしまったというべきかもしれない。なぜかといえば、本当に最初に私が見たのは推定人間としか言いようのないぼやけたものだけだったし、その後すぐに狭っ苦しくて動物の臭いがする温い液体の入った場所に押し込められたからだ。

 それからずっと寝こけていて、私は今ここにいる。ドロッとした液体が絡みつき、滑ってしまって地面にへたり込んでいるけれど、たしかに私は、今ここに生まれたのだ。

 

 私が生まれ落ちたのは、やはり恐らく一番最初なのだろう。父親であろう人がじっと私を見ている。そうでないような男たちが私を口々に罵っている。

 やれ忌み子だとか、不吉だとか、呪われているとか。女官たちの次が産まれ落ちるかもしれないという懸念の声、産湯の指示を出す声も遠くから聞こえてくる。その声に、ここは宮殿の中で、その時を知った人たちが集まっていたのだなと初めて分かった。

 壺の中では全くわからなかったし、夢見心地にぼんやり言葉を聞いていただけだったんだ。

 

 低かった視線が、ふいに一気に持ち上げられた。抱え上げたのは母親らしい人、上品で華美な布を纏った女性だ。その腕の中で、先程までは壁のようにしか見えなかった黒い壺の群れを見る。

 

 ああ、これが。これが私の、私と兄弟たちの産まれ直した(はら)か。

 

 

《ウオオーン、ウオオーーン》

 

 

 締め切られた部屋の中に、どこからか、遠いところから獣の叫び声がする。

 この声はよく知らないけど、多分インドで夜行性の群れの肉食獣なら、ジャッカルなんかの声なんだろう。呑気にそんなことを、女性に抱えられたままに考え続けていたが、ぎゅっと抱きかかえる力が強まっていったことで考え事が頭から振り払われた。

 

 何事だ、と思ったのと同時に野太い悲鳴のような声が上がった。

「この子は厄災の子だ!」

 髭面の男の一人が、怯えたように進言したのだ。

 

 周りの人間全員が、恐れおののいたような顔をして私を見ている。皆、私を気味悪がるような視線を投げてきている。

 獣の声は、そんなに不吉なのか。読んだときにはそんなに不吉なものとは思わなかったし、普通にあるものなのだろうと思ったのに、怯えた顔を見てすんなりと自分の出生時期のヤバさを思い知った。

 気温はあまり低くもないから、繁殖の前の番の呼びかけが行われているのかも知れない。たしかジャッカルはインドらへんだと繁殖期が決まってない。丁度今温かくて肉が取れそうな時期なんだろう。恐ろしくタイミングが悪い。

「しかし、聖仙からの恵みで生まれた子供なのだ」

「いけません陛下!」

 臣下の一人が声を荒げる。目が血走っていて、あまりに怖くてビクッとする。

「この子供は必ずや厄災を生みますぞ!」

 反対側からこちらを伺う臣下の一人はそう主張してきた。ざわざわと他の複数人がそうだそうだと同調しだす。

 父王を見ると、見えないはずのその目が、その光が揺らいでいた。目は光を失っても、ちゃんと感情に合わせて変わるものなのだと、その光のせいではっきりわかった。父親ではなく、王の光か宿りつつある。そして父親としての目は消えてきている。

「陛下!決して!決して生かしてはなりませぬ!」

 また一人、私の人生を否定した。

「陛下!」

 大合唱に、父親は完全に消えてしまった。今、ここにいるのは私の父ではない。この国の王が私を見下ろしている。

「殺せ、大きな惨禍を生む前に!」

 絶対的な命令が、その瞬間に下ってしまった。私は生まれてすぐに死んでしまうことになってしまったのだ。

 ……女神の目論見からは完全に外れたものだろうな、この決定。

 

 

「嫌です! この子は! この子は私の……!」

 またぼんやりしかけたところに、ぎゅう、と腹に通されていた腕に力が更に篭った。

 くるしい。息が苦しいほど、母が私を抱き締めている。ぼたぼたと雫が頬に落ちてきて広い部屋に嗚咽が響き渡る。目隠しから滲み出てしまうほど、私を嘆いている。腹を痛めて私を産んでくれた、今生の私の母上が。母が、苦しんているのだ。

 それは、とてもいやだ。さっきあったばかりだけど、この人が泣くのは、凄く嫌だ。

「ははうえ」

 舌っ足らずに母を呼べば、途端に母の嗚咽はぴたりと止まった。

 私の体を抱えている腕に縋れば、母はビックリして私を締め付ける力を緩めた。

「よいのです。わたしは」

「な、にを……何を言うのですか!」

 ひどいことを言い放った私に、母は少しばかり茫然としたけれど、すぐに正気に戻って捲し立てた。でも、父王は決定してしまったし、少しでもストレスケアはしてから死にたい。痛いのは嫌だし死にたくもないけど、今やるべきことと、できることはそれしかないんだ。

「ははうえ、わたしはもうよいのです。でも、おとうとたちには、ちゃんといきてほしい」

 初めて会う母に甘えるように、縋り付いて目を合わせてもらいながら。私は神ではなく人に懇願した。ここで生き死にの決定権を握っているのは父と母で、父は母の言うことを蔑ろにしてしまうことはないだろうから。だって母たる彼女は、聖仙から受けたその恩恵で父との間に私を産んでくれたのだから。

「ちちうえ。ごえいだんにかんしゃします」

 確かに周りの反応から見るに、私は生きてはならない。これはたとえ我が子であっても異を唱えてはいけないことだ。

 あまり詳しくはなかったけれど、階級社会の大半って子供は子供じゃなくて所有物だし、土地を治め始めても正式に成人して後を継ぐまでは一端の大人でもないのだ。

 

 しかし、私の言葉選びが悪かったのか。私が母うえを絶望させた後の父王の盲た目は、半分ほど人の親の目に戻りつつあった。おかしい。この人は、この程度の、お涙頂戴の劇で変わるようなお人じゃないだろう。

「ちちうえ。どうか、はやく」

 この場で切り捨てるにしろ、引きずり出して始末するにしろ、私は早いこと殺されるに限るのだ。望む言葉をかけるしか、私にはできない。苦しんで死にたくはない。

 

 苦しみたくなくて原作とは全く違うけれどとっとと人生放棄しようとして王に告げたというのに、現実はそうならなかった。

「ならぬ」

 迷った挙句に、覆されてしまった!

 どよめく臣下、茫然と聴く私、一瞬我を失ったあと復活して私を抱きすくめる母。苦しいですやめてください、中の物はないけど胃液出そう。

「ちちおうへいか」

 内心テンパりながらももう一度問いかけると、先程よりも父としての心は見えにくくなっていたが、やはりその心変わりだけはしっかりと決まってしまったらしく。穏やかに笑いながら、私を見ていた。それは、ゾッとするほど波のない、諦めの顔だった。

「貴様のように受け答えする太子を殺すのはあまりに惜しい!故に、殺してはならぬ!」

 これは、私が作った運命だろうか。それとも、女神の補正力で多少原典に近づいて生き延びられているんだろうか。

 私は神様じゃないからよくわからないけれど、まあ、少なくとも今私は生きられるし、悪いものでもないのだろう。

「滅びようとも、生きるがよい!滅ぼさせぬよう、生き延び、奸計に生きよ」

 そこで、彼は一旦力強い言葉を区切って、とんでもない事実を告げた。

「我が息子にして娘である子供よ!」

 

 

 母親も家臣も、目の見える者はよく気づいていなかったが、その発言のあと確かに確認されてわかったこと。

 どうも、私は半陰陽であるらしい。




 ドゥリーヨダナさんはのっぺりした体付きになる予定
 ここでバラしてしまったのは、あとでこの子供を引きずり出すのもできるぞっていう。例外に例外を重ねていくパターン


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今の状況と今後の予定について

ドゥリーヨダナさんさい
やることは一応決まってきたドゥリさんと初めての計略


 もともとの存在(ドゥリーヨダナ)から歪められていたのはどうも中の人入りってとこだけじゃなかったらしい。

 

 子供が生まれて良かった、ってことになればよかったんだろうが、ドゥリーヨダナである以上そんなに上手く行くわけもなし。

 それどころか私が不吉の象徴を山ほど抱えて長男として引き継げるのか! っていう非常に面倒な問題を完全に残したまま、しかも超弩級の爆弾もぶち込んで暫定嫡子にされてしまった。

 

 やめてくれー、私の胃に穴が開いてしまうではないかー……

 

 という抵抗なんぞ、もちろん言えるはずもない。弟の前ではちょっとぐらい見栄を張りたい。

 あのあと、あれこれ騒ぎがあったけど、無事に99人の弟たちと可愛らしい妹も産まれてきた。某ゲームじゃないけどブラザープリンスか、とか思ったぞ。元ネタの方はやったことないけど。そもそも一気にこんな大所帯になったから使用人も増えるわ必要なものも増えるわで結構大変だったりする。

 一応、資産はあるからいい。けど、ここまで増えると若干特需みたいになりそうで顔がチベットスナギツネになる。そんなに大規模でもないかもしれないけど、割と誕生祝いとかは盛大だから潤うのは潤うんだよな……

 

 そういえば、私達が生まれたあとブチ込まれてたあの壷、ギーとかいう液状バター入れて封しただけの人工哺育機だった。

 ギーなんて元日本人の私には溶けた虎が原料のギーのパンケーキくらいしか思いつかないから困る。読んだときに浴びるほど食べてみたいとは思ったけど、原材料にどっぷり浸かりたいとは流石に思ってないぞ。

 それはそうとして、あれで人間が生まれるなんて流石神代。これたぶんだが、月神の末裔ってことが大きいんだと思う。一応、最後に棍棒で殴り合えるだけの臀力があるだけの理由はあるのだ。

 もちろん普通の人間に適用できるわけが無いから、その辺りの医療施設を追い追い設置する。絶対にだ。

 

 この時代、出産時の母子ももちろんだけど、出生後も無事な子供が少ない。7つまではいつ死ぬかわからない。この辺はよく知らないけどマラリヤになって死ぬ可能性だって結構高いし、靴を履かないのも普通だから破傷風にかかる危険はずっと身近だ。

 マラリヤは器具が作れないし、薬品の抽出法がよくわからないから特効薬を作れない。使える植物は分かるけど肝心のところがどうにもダメだ。血清なんかは難しいが、医者をかき集めて屈せず頑張ればできなくもないかもしれない程度。種痘は、エカチェリーナ帝に倣うつもりだけど微妙だな。耐性がある人がどれぐらいいるかでやるかどうか変わってくるし、予算に合わねば切り捨てなければならない。

 でも、出産を比較的清潔な場所ですれば無事でいられる母子は多い。これだけでかなり変わる。汚れた布でなく、洗ってきちんと清潔になった布を。傷口は消毒できるようにアルコールと綿を。子供を洗うのに汚れてない産湯を。

 

 できる事からするならとりあえずは産院の設立。子供も母親も多いんだから産院を作ることをまず真っ先に考えるべきだ。やらなきゃいけないこと。そういうことをできる場所と、水、アルコールと沢山の布の確保をすることならできる。

 

 あとは栄養関係だけど、幸いにもこの辺一体、というかクル国は穀物生産に向いてる。後の世の話だけど、そうすることができるだけの土地ではあるのだ。パンシャービー州万歳。それに、ユディシュティラが不毛の地を緑豊かな地に変えている。なら、土地改良は本来なら何十年か必要になるのだとしても出来るはずだ。穀物の備蓄と配布方法を整えるよう気をつけるべきだろう。

 

 

 それはそれでいいとして、まず考えるべきは私がちゃんとパーンダヴァに向き合うことと、邪魔されずに7歳まで生き延びることだ。

 やっぱり、最初に駄目じゃないかって言われたのに生き残れたんだから、しぶとくいきたい。あと、最悪ここ(クル国)で死ななきゃいいんだよな。天国行き確定チケがあるから女神の気まぐれのあと帰れなくなってしまう。

 私はまだ飽きるほど和食を食べてないし、帰ったら目標の歴史の先生になるんだ。死ぬの割と早い段階だしね。

 

「ドゥリーヨダナ、我が愛し子よ。その言葉は真か」

「ええ、いと気高き王よ。特別施設と一般の母子の比較をしますれば、子が生まれ、母親も生きられるようになっておりました」

 

 まだパーンダヴァは来ていない。ならば、私は今のうちにできることをやって徳を積むだけだ。この徳は、あの世じゃなくてこの世にだけど。

 

 

 当然ながら単に良心、なんかではない。あと何十年かしたら絶対にくる戦争への布石でもある。

 

 もともと、神々が戦乱を起こそうとしていたのは、ここで人が増えすぎたからだ。

 人が多いのは神にとっていいことだ。信仰者が増えれば増えるほど己の存在が確固たるものになる。

 しかし、問題は別のところ、地母神が余りの重さに耐えられないところにあると話がまた別の方向に向くのだ。今回みたいに。

 主神ともあろう者が、縁の下の力持ちがギブギブ言ってんのにそれを無視するわけにも行かない。いやそこは踊りながら壊して程々に治そうよ。

 

 ともあれ、それで戦争させて減らすのだ。地母神も細腕過ぎやしないだろうか。他の地域は他の神様が頑張っているにせよ、未来は数十億人の国なのに。大丈夫か。

 現状そのことを念頭に置いて動いているから、これはある種の復讐で、こういう人間に全部押し付ける理不尽を完全に信仰に還元させてやれ、というのが目標。カースト全盛で保たれてる信仰が薄れてしまえ。

 

 護岸工事やったり産院や救急医療をある程度確立させてやりさえすれば人は増える。当然女神は悲鳴を上げるだろうし、ここに来て神の怒りが下ったらそれらすべてを引き上げるのだ。もちろんちゃんと神託を聴いて、そのとおりならだけども。神託はそのすべてを公開する。恨むなら神を恨むのだと。

 神様の力を削ぐなんてうまくできるかわからないけれど、少しだけ不信感を植え付けることができる。最悪、私が悪いと言われたら事業すべてを引き上げてしまえばいいのだ。産院も、病院も、それからやろうとしてる公共事業やら何やらも全て。泣き寝入りなんぞしないでまとめて国外に持ち出して、一財産築いて帰ってきてやる。

 

 で、その第一段階として味方につけられる人間は多い方がいい。まだ試験段階だから余り大きな事はできないし、ちゃんと成果を挙げて進言できるほどにまとめられるか少し心配だけど、今のうちにやらなきゃならないんだ。

 できることなら色々な階層の、多くの人に参加してほしくないって言うと嘘になる。けど、そのシステムを多少秘匿しておけば、あとから命が脅かされることはないだろうとも思うのだ。パーンダヴァが真似出来ないものを、少しずつ、少しずつ増やしておけば、首の皮一枚で生き残るかもしれない。

「父上、賢きお方。私はお暇致します。あの薬は、私にしか作れませぬゆえに」

「構わぬ。しかし我が息子よ、その薬は許す限り作るようにせよ。そしてカウラヴァの王子100人のみの知るところとするのだ」

「私もそのようにしとうございます」

 

 

 父と通じ合ってお互い悪い笑みを浮かべる。カウラヴァを絶やさぬ、それについては父上は一致団結できる相手だ。

 愚かしい王子であるように振る舞え。

 どいつもこいつも、腹の中を見せるような相手ではない。

 

 

 嗚呼、どうせやるなら一人こっきり、おあつらえ向きの舞台でせいぜい足掻いてやるよ。




まずは神様を相手取って生き延びる策を練るはなし。


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世界を救う戦いについて、あるいはメメント子守り

 まずは産業から始めよう。強い国造りに、問題となるのは人づくりと製鉄である。もっと平坦に言うと、硬く質の良い鉄を大量生産できる反射炉などの技術に、加工するための技術。それから屈強な戦士とバックで支える訓練された国民だ。

 鉄はあれだ、反射炉の構図なんぞ覚えてないから私には玉鋼の方しかできない。やるとなれば鉄火場が必要だし今のところ手を付けるのは無理だ。上手くできれば剣鍛冶や防具なんかも作れるのに口惜しい。

 やれる方の人づくりはまだいい、というか、とっとと始めないと恒例ながら非常にまずいことになる。

 実は、もうすぐ高温多湿の雨季になるのだ。つまり、そういう時期に大発生する風土病の繁盛する時期になるということである。特に、赤痢が有名である。

 できることから、というのもこれから始めるということなわけで。結構最初からハードだ。やらなきゃいけないものは他にもマラリヤとか腸チフスとかがある。肝炎とか脳炎とか狂犬病とか、そういうものは対処ができる気がしないから野生獣は郊外に出たら駆除の方向で行くしかない。

 で、赤痢に対処するにしろマラリヤに対処するにしろ、共通して必要なものがある。また、産院や調理場などでも積極的に使ってほしいものがある。それはアルコールだ。もっと簡単に言えば消毒液が必要なのだ。

 

 で、その大事なアルコールを大量生産するのはカウラヴァ(実質私一人)である。うん、だって知られたら楽にはなるけどパーンダヴァに使われるの凄く癪。私と、弟たちだけ知ってればいいんだけど、正直弟に教えるのも離反されるの知ってるから嫌なんだよな。大元の分だけ作らせて生成は私がやるとかにした方がいいかもしれない。

 

 ところで私はアルコールの合成方法はよく知らない。知っているのはめちゃくちゃ度数の高い酒の醸造方法だ。だからそのままその酒を使っている。

 そう、元の世界では「スピリタス」と呼ばれていた、世界一アルコールに近い酒を。

 

 私は基本的に離れになってる小屋を(と言ってもだいぶ大きい家だけど)生産地にしている。部品は必要に応じて分解、組み立てをしているし何かあれば生成に必要な器具はすぐ壊してしまおうと思ってる。けど、誰かがこのわけの分からない部品を使えたならそれはそれでいいのかもしれないとも、今のところ思っている。

「兄上、よろしいでしょうか」

「ああ、構わないぞユユツ。どうした」

 弟、ユユツが呼びに来たのは多分これを知りたかったからだろう。

 

「兄上は何をお作りになっているのですか?」

「魔法の薬。これがあれば、生まれてくる子供や産後の母親が死ぬことが減るだろうし、赤痢が流行ったときにも必要だ」

「そのために、隈を作ってまでこれを作っているのですか?」

「ああ、もちろん。」

 

 そりゃね!確保する量が量だから過労気味でもやんなきゃいけないんだよ!

 これでも筆頭王子だからやること多いんだけど、まだまだ遊びたい盛りの弟たちに分担させるわけにも行かず、かと言って弟たちをほったらかしにするわけにも行かないから昼間は精製ができない。

 だからお呼びがかかったあと、少しの間でたくさん仕込まなきゃいけないんだけど、弟を寝かしつけたあとやってるとかなり睡眠時間が削れてしまうのだ。叶う限り作業する日は減らしているとは言え、くまが出来もする。ただ、三徹ぐらいしてやっと見える血色の悪さに少しだけ救われているからまだましだ。

 

 しかし、どうもユユツは納得しなかったようだ。

「そんなこと、何故するんですか!体を削っても国民を優先するなんて、おかしいでしょう兄上!」

 俯いて拳を握り、肩を震わせる弟は心底心配してくれている。情けないけど、これだけ怒ってくれるほど私はちゃんと兄として慕ってもらえていると思っていなかったから泣いてしまいそうだ。

「いいや、優先するだけの価値はある』

 それでも私は、目の前で兄に怒りをぶつけられずにいる弟に言い切った。だって、これだけは絶対誰にも否定させられない、私の存在意義なんだと思っているからだ。私がここに放り込まれてこんなことに力を注いでいる理由がそれだから。

「これは、世界を救うための戦いなんだよ」

 私の国民と、私の弟を。

 私の友と、私の愛する妹を。

 私の父上と、私の母上を

 私の愛した"世界"を、それらを救うための私の戦いなのだ。

 決して、彼等にたやすく踏みにじられてはなるものか。あらん限り、私は"世界"を生かすための戦い。

 

 

「まあ、それはそれで、私が大事にしてるだけだから気にするな。さてと、じゃあもう寝る時間だからね、ドゥブシャーサナたちのところへ行こうか」

「……はい」

 私が世界を救う戦いだといったのが納得できないのか、ブスくれた顔になったユユツの手を握って、不得意ながら笑いかける。

 私の弟なのに元気一杯で感情がストレートすぎるくらい真っ直ぐで、この子達は本当に可愛らしい。これがなくなる運命なんて、壊してしまいたい。だから、できるだけ努力しなくてはいけないのだ。女神に放り込まれたからってだけじゃなくて、この子達が可愛いから。私は運命を変える為に頑張る。私は死ぬにしても、この子達の幾人かには生き延びてほしいし、そうじゃなかったとしても、できるだけ延命してほしい。

 

「兄上、僕は貴方が体を壊すのは嫌です」

「ユユツ、大丈夫だよ。ちゃんと寝るから」

 ぶすっと頬を膨れさせつつも心配をかけてくれる弟が可愛くて仕方ない。

 ああ、これからやることは多いけど、出来る限り弟たちを最優先にしたいなぁ……。

 

 

 その後寝室に集まっていた弟たちに囲まれてもっちゃりして団子状態になったのは至福だったし、寝物語だけじゃなくていろいろ遊びに出て一緒に楽しもうと、私は決意を新たにした。まあまずは、メメント子守りで行くしかない

 



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幕間・ある国民が見たカウラヴァの長子

ドゥリーヨダナがもう少し大きくなった頃の話。
本編ではもう少し先の話。


 この国の王子は、この国を変えている。かの方は、子供と母親をひどく優遇していらっしゃられるのだ。

 

「殿下! あの魔法の薬はいつお持ちになるのですか?」

「あと少し、そう、三日後辺りには持ってこさせよう。産湯はきちんと濾過して煮沸しているな?」

「はい、仰せのとおりに」

 

 男とも女ともつかない顔のドゥリーヨダナ様は、元気に過ごしている子供の様子や母親の様子を聞くとひどく柔らかく微笑む。そのたびに、この方が本当に忌まれているのか、男の子供であるのかわからなくなっていく。

 最初に、この妊婦用の施設を作ったのはドゥリーヨダナ様だった。実験のため、とお触れを出して複数人を集めたときは、彼女たちも子供も生きては家庭に帰れないだろうと皆思っていた。そうでなくてもお産は死ぬかもしれない大事なのだから、皆選ばれてしまってはこれ限り、と泣きながら別れを告げてこの建物に集っていた。

 しかし、結果は皆が考えていたものと真逆。それどころか、流産してしまい予定よりも早く帰っていった妊婦以外はおよそ無事に出産できたのだ。逆子も、何とか母子共に健康にここから戻っていき、似たような建物は、今他の街にも建てられようとしている。

 

「芳しくないのは、食べ物の関係もあるか。やっぱり栄養の見直しが必要なんだろうな」

 何やら見慣れない物で書き付けているらしいドゥリーヨダナ様は、そう呟くと手に持った薄茶の薄い四角いものを畳んで懐に仕舞われた。

「殿下、そろそろお時間にございます」

「ああ、すまない。何かあったら、慌てず対処するように。それと、何か起き次第使者を寄越せ」

「かしこまりました」

 御者の言葉に振り向いたときには、先程までの柔らかな雰囲気の王子はそこにはもう居なかった。冷たく鋭い視線は、真っ直ぐに宮殿の方向へと向けられている。纏っている空気も、馴染みやすいそれから王太子らしい威圧的で我々に馴染まない刺々しいものへ変わってしまっていた。

 

「殿下は、次はいついらっしゃるの?」

「さあ、わかりません。でも、3日後には薬は届くようですよ」

 同僚の産婆にそう告げれば、嬉しそうに彼女は笑った。それまで妊婦や子供が死んでいくのを多く見てきた彼女も、ここで無事にお産ができるのを喜んでいた。時折顔を見せに来る産後の女たちを見て涙していたのは決して古い記憶ではない。

 

「あの王子殿下は、きっとアシュヴィン様の化身なんだよ。だって、こんなに無事に子供が生まれて、母親も生きている」

「そうね、母親と子供が無事なのはいいことだわ」

 

 忌み子でもなんでもいい。あの王子は、たしかに私達の王になる、民の傍に立つお方だ。少なくとも、こうである限り、私たちは彼を王として掲げるだろう。




この時点で交易をしているから紙が手に入っています。
多分パーンダヴァとのあれこれの辺り。

アシュヴィンは安産を司る神でもある。パーンダヴァの双子の父親だけど。


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弟と!

原典の邪悪に目覚めた辺りから武術大会辺りまで。
ドゥリーヨダナの世界は弟たちが中心にいる。


私が正しいとは限らない

 

 ユユツは、私の弟の中で唯一腹違いの弟だ。割と結託していても反発することがあるとすれば真っ先にユユツがする。それは間違ってるときもあるし、正しいこともある。

「兄上、兄上は何故早く生まれたのでしょうね」

「さあなぁ、タイミング間違えて瓶割られたからな私は」

 しまった、と言いたげなユユツに早とちりがすぎるよなあと話をすれば、なんとなく先程よりは顔色が良くなったような気がした。

 

 私は特に気にしていないけど、結構この弟たちはそういうところに気を回してくれている。

「然るべき時を失敗したら、そりゃあ不吉の予兆と被りもするだろうね」

 まあ、あの後で会議を開いて、そこでも獣の鳴き声が凄かったから物凄く迷ってたみたいだけどな。この国の継承は目上のユディシュティラの方が良いって思われてるし、わざわざ私を連れてくる必要は特にないはずなんだけど、なんで筆頭王子してんだっけ……そうだ、やれること多いからだったわ。あとは大人の事情。

 

 

 投げ飛ばされて痛む肩をさすりながら、どうしようもなく恨み言が口から出て行く。そんなことをしても書類は減らないんだけどな。

「しっかしあの狼腹め、なんであの時蛇におとなしく噛まれてくれなかったんだよ……血清が取れなかったじゃないか」

「あ、やっぱり兄上の仕業だったんですね、あれって」

 やっぱり、と半笑いで告げるドゥフシャーサナに、私以外に居るわけ無いだろうと返せば、それもそうだと弟は更に笑った。

 原典では腹いせだけど、アイツが溺れ死なないの試してから簡単に死なないだろうと思って活用しようと思ったのが実際の行動だ。一応土地の蛇の血清を面倒ながら確保したくて試してみたのだ。結果は原典通りに惨敗。初めに読んだときも思ったけど、蛇の歯すら立たないってどんな皮膚してんだよアイツは。

「ああ。でもまあそれはそれでいいや。採血して分離しても人間の血液使えないってあとから気づいたから」

 ABO式にせよRh式にせよ検査のしようがないから血清打てる相手を割り出すのが大変面倒なことに、蛇をけしかけてからようやく気付いて諦めたのだ。我ながらアホとしか言いようがない。

「でも川に流した時は普通に沈んでましたよね、アレ」

「ちょっと工夫したんだ。お前は知らないでいてくれ」

 蛇をけしかける前に川に落としたときは、確か私が用意したブランデーケーキを平らげて寝こけてやがったからそのまま「女神」に祈祷して力が抜けるように仕向けた。冷静に振り返ると、結構作るの大変だったので後先考えない程度には腹が立ってたんだと思う。

 それから、あのケーキは実は彼女へのお供え用だったんだよね。だから快く酩酊時間を持続させてくれたんだ。それでわかったことだけど、あの女神様は神の介入除けだけじゃなくて、少しだけなら化身の力を削いでくれるんだと思う。お供えが出来ればの話だけど。

 でもこれは多分反則技だから使うのやめよう。人の手を借りて弟のぶんの仕返しするの、みっともないよな。できる力が私にはあるんだから、奴らは私の実力で潰すのが私なりの礼儀だ。ムカつくやつだとしても自分の流儀からは絶対外れない。私は私の決定に殉じる。

 

「でもアレの血が使えるなら血清の材料にするの結構アリじゃないかと思うんだ……」

「生かして次を取るにも量が少なすぎます。却下」

 ドゥフシャーサナには血清についての話を先にしていたから、この分野については相談できる。負担の軽減にお兄ちゃん泣きそう。

「ちぇ。じゃあ、やっぱり馬か」

「それかヤクでしょうね、兄上?」

「だろうなぁ。気は進まないけど」

「兄上のお気に入りですもんね、彼らは」

 ヤクはウシ科ウシ目の偶蹄類で、私達の瓶を満たしていたギーの原料の乳を出す、ほぼウシの生き物。

 神獣に限りなく近いせいで結構すれすれなことをすることになるから、面倒避けるためにあんまり手を出したくないんだけどな。まあ、最悪仕方ないからやるけど、呪詛も何もかも面倒なのは確かだ。仕事に支障が出そうだし、あの可愛いの相手だと気が滅入るから作業捗らないし、で、正直やりたくない。

 あ、馬といえば、

「馬の輸入と交配は難しい」

「話が唐突に変わりましたね兄上。あれほどの馬なら、あちらの商人が売りたがらないのも当然でしょう。」

「アラブの馬はいい馬が揃ってるから惜しいな……」

 できるなら軍備を整えたいけど、公益のことを考えるとこっちはまだだめだろう。

 今、私は父上の元で、後にムスリム圏になる所から来る商人と交易をしている。あちらからは珍しかった葡萄やガラスを、こちらからは絹や宝石、航海に使える保存食の提供などを行っている。技術の流入もあり、建築は少しずつ変わっているように思うからこのまましばらく続けたいところだ。

 

 

「兄上、そういえば武術大会が開かれますが」

 資料をまとめ上げたあとお茶にしていると、ふと思い出したようにドゥフシャーサナがそう言った。

 数日後は御前試合。まあ殆ど確定でドローナ先生お気に入りのアルジュナが選ばれるんだろう。でも一応参加はしなくちゃいけないのだ。

「婿選びとかもありますね」

「そういうのは観戦だけにしたいね。私は不能だよ?」

「それは難しいでしょう」

「やっぱり」

 がっくり項垂れても現実は変わらない。焼き菓子をもう一つ渡してくれる弟は天使だと思う。

 

 出たくない理由は2つある。私が嫁を貰うのを躊躇っているからということと、私が戦うのが嫌だからということの2つだ。

 一つ目は私が不吉扱いされた原因の一つで、私が両性具有であることが大きい。

 半陰陽はヒジュラと呼ばれる特異な階級に入ることになるんだけど、父王はそれを厭って私を男として育てている。これ結構カースト破りでヤバそうなやつなんだよね。

 現代で生きてた頃なら、ISと言うらしい、70種類くらいある曖昧な性ってことで自由もあったんだろうけど。ここは残念ながら古代インドだ。王族なら子を残さねばならないのに、私は男性としても女性としても子供は残せない。王族は嫁を貰うのも義務だからそのうち嫁さん貰わなきゃいけないけどな?それでも、せめてもう少し時期は引き伸ばしたい。

 二つ目としては、私が非常にひょろいせいである。いや、ビーマのやつと殴り合える程度には力はあるけど、弟の分を殴りに行く以外は正直嫌で仕方ない。私は中身がモヤシのままなんだ。バリバリ文系で運動嫌いのままで武道大会なんて行きたいと思えるはずもなかった。

「なんか面白い奴が見つかったらスカウトしたい……」

「じゃあ、それを目当てに行けばいいじゃありませんか」

 ほんの少しだけ笑みを滲ませて言う弟に、ああ、そんな楽しみ方もあるよなあと気付く。何か、何だろうかが起こりそうな気がするんだよな。原作では何があったっけ。

「そうだね。うーん、少しだけ楽しみになったかな」

 忘れてることがある気がするけど何だろう。どうしても思い出せない。ただ、ドゥフシャーサナの助言で面白そうなやつに出会える気がしてきたから、心が少しだけ軽く、踊りそうになった。




カルナのことはしっかりすっかり忘れてしまっているドゥリーヨダナ。
実はインドの神様補正だったりする。

追記、勘違いしていたので婿選び→御前試合に変更しました


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星色の髪の乙女(仮) その1

ドゥリーヨダナがはっちゃける話。
何話かに分けます。


 いい加減ストレスが溜まってきたからカツラを作った。何を言ってるかさっぱりわからないと思うが私も衝動的にやったので、正直なところ自分の行動が自分でもよくわからない。

 ただ、変身願望があったんだろうな、とは、全部やってしまってから思った。服も真新しい美しい布で作った後だったから、多分そうだったんだろうとしか思えない。

 

 鏡の前に立って自分の姿を確認すると、まだ成長期に入ってないせいか違和感は特になかった。一応いい年のはずなんだけど、未だに身長は伸びないし二次性徴らしく生殖機能が完成してもいない。やっぱりおかしい存在だと笑われそうだと思ってしまって、華やかな衣装を着た直後に感じていた高揚感はたちまち萎んでしまった。鏡の中の女の子は、結婚直前の幸せな花嫁みたいな姿なのに。

 

 ベースは花嫁装束。中々いい布を惜しみなく使って、金銀の糸も使って色とりどりの刺繍を施したそれは、どこからどう見ても男が着るものではない。あと、カツラは人毛。街で髪の長い女の子から買った。時代が時代だからか、どこの街でも長くて質の良い髪の毛は絶好の売り物なのだ。

 

 「これ明らかにアルビノの髪の毛だよな?」って感じのそれは、見事なまでの星の銀色だ。しかも、ふんわりウェーブが掛かってるみたいな愛らしい天然パーマ。着ける前に結い上げて色付き水晶のビーズの髪飾りと髪紐でまとめてある。

 

 ちなみに材料はアウトカーストの女の子から買った。ついでに、本人が虐待されてるっぽかったから、その子も買い上げてきた。色白美人で、綺麗な紫色の目をした子だ。衣装の着付けはその子に手伝ってもらってやった。丁寧な作業をする子だから個人的にはとてもありがたい。

 

 売り物にするためなのか物凄くしっかりと手入れされていたその髪の毛と対象的に、その子の肌は傷や痣だらけだった。それが精神障害になったのか、宮殿に連れてきて真新しい服を着せて事情を聞こうにも話せなかった。

 連れてくるときには怯えてるから話さないのかと思ったけど、これはどう考えてもトラウマ由来だ。相当ひどいことをされたんだろう。私にも警戒してたから、多分、男に。

 

 私がこういうことをしていることにひどく驚いたみたいだけど、他の人には言えないから秘密だよ、と告げるとにっこり笑った。そのために彼女を買ったんだと了解したらしい。特に何も考えずやった割には、いい方向に転んだから満足だ。彼女はちょうど、文字もかけないし話せないからバラされる心配はない。

 自分の体が情けなくなったけど、たまにはこういうことしても怒られないよな。ドゥフシャーサナと父上には言ってあるし。

 

ーーーー

 

 「じゃあ、ちょっとうろついてくるから。お姉さんたちとご飯を食べたあと部屋に控えていて。」

 着飾った最後に、一吹きだけ自作の香水を付けてから彼女に告げると、彼女はとてもホッとしたような笑みを浮かべだ。私が着方をよくわかってないせいで結構手間取ったし、内心ヒヤヒヤしてたのかもしれない。ごめんな、と心の中で呟く。

 こくりと頷いて召使の食堂の方へ歩いていくのを見送ってから、私は宮殿の庭に出た。竪琴を抱えてから行くので、あんまり歩みは早くないけど、やることといえば夕方のオレンジ色になってる庭で歌いながら演奏するくらいなものなんだから、別にどうということはない。外に出てもいいなら、多分もっと焦って朝から出かけてるけどね。

 

 

 こうして何がなんだかわからないままに女装して自由を謳歌することになったのは、自由な日を作るならヒジュラとして過ごすようにという父の命令をちゃんと受け入れたからだと思う。女装して化粧するだけで良かったのに、なぜベストを尽くしたのかは、やっぱりまだ自分でもわからない。

 半陰陽は、本当ならヒジュラになることになってる。それをむりやり王子にしてるんだから自由な日はヒジュラとして生きて誤魔化せと父王は言った。私はまだ庇護下にあるから逆らえない。

 

 ヒジュラは半陰陽の芸能者だ。大体がどちらでもないと自覚してからカーストから外れる存在。先天的なヒジュラも、割とすぐ引き取られてそのカーストで育つんだけど、私はそうじゃない。まぁ、それも今のところの話だから、そのうち王族から外れる可能性はあるけども。

 そのヒジュラの人々は、女装して祭礼のときに演奏したり祝いだりする役割をするカースト。だから私も一応竪琴を持って庭に降りた。形ばかり、ではないように一応練習だってしてる。日本の某有名アニメの主題歌とか好きだった歌は弾けるようになった。ちょっと音は外れてるかもしれないけど、これで稼げるくらいにはオリジナリティあるものって受け取られるし大丈夫なはずだ。一度兵士の前で演奏してみたら結構な量のお捻りを貰えた。ちゃんと自力で稼げたのはその時が初めてだったから嬉しくて泣きそうになったんだよな。

 

 庭に降りると、思ってた以上に花が咲いていて香りが凄かった。柔らかい良い匂いの花だけで作った庭園でも、降り立って香りに包まれてみると圧倒される。

しばらくフラフラしてると肩の力が抜けてきて心が楽になる。結構気を張ってたんだなとその時やっと気付くほど、神経をすり減らしてたらしい。

 最近、宮殿にあの兄弟がずっといるから正直疲れ切ってたんだろう。殺されるってわかってる相手がそばにいることほど心がすり減ることって無いんじゃないだろうか。

 

 弟たちが殺されかけるたびに威嚇して、二度目が起きないようにと何度も警告して見張って、でも防げないから終わったあとに無事に生きてるのを確認してから殴り飛ばして。早く出ていってくれないだろうか、あの男ども。神の子供ならよいことをするはずなのに、私のところには厄災しか運ばれてきてないんだけど。

 まあ、私がドゥリーヨダナで、カウラヴァである限りあいつらからは厄介事しか押しつけられないんだろうな。腹立つ。

 

 

 あ、この花の香水は作れるかな。母上が好きそうな香りだ。蒸留してエッセンシャルオイルができれば長続きするんだけど。フラワーウォーターでもいいや。

 

 香水が作れる花か確認しようとして花の枝をもっと引き寄せようとした瞬間

「そこで何をしている!」

「えっ?!」

 

 パキッ

 

 背後から声がかかったせいで、思わず枝ごと花を手折ってしまった。

 

 ……どうしよう、これ桜とかみたいな下手に切ったら枯れる花木じゃないよね?もしそうだったら、早く庭師さんに頼まないと最悪枯れてしまう。

 手に持った枝を持って呆然として居ると、声の主がこちらへ駆け寄ってくるらしい足音が聞こえた。それに合わせてふつふつと苛立ちが湧いてくる。なんてタイミングが悪いやつなんだ。庭師のおじさんめちゃめちゃ良い人だから悲しい顔させるの嫌なんだけど!

 

「これは……」

「キミのせいだよ!なん、で……」

 

 腕を掴んで覗き込んで来た相手に思わず怒鳴りかけたけど、顔を見て思わず息が止まりそうになる。

 

 声を掛けたのはアルジュナだった。

 

 ウッソだろお前さっき物凄く涼やかな美声だったじゃん!

 あんな声とか確か二、三日前まで全然してなかったはずだ。まだまだ可愛らしいボーイソプラノだったろ!?こんなに一気に声変わりとかするのかよ?!

 

「いきなり声をかけたことは謝ります。ですが、許可なくうろつくことは許されません。君は何者ですか」

 花の枝を折ってしまったのが自分のせいだと気づいて謝ってくれたものの、警告はやはり怠らなかった。いや、宮殿に入れてる時点で許可は普通にもらえてるからね。そうじゃない可能性とかほとんど無い。こんな目立つ格好をして庭に降りてる奴が盗人とでも思うのかよ。

 ……なんて言えるはずもない。ヒジュラは彼らより地位が低いから、今の私は王族のアルジュナにそんな口を聞いちゃいけない。

「……僕はヒジュラ。うろつく許可だったら陛下から貰ってます」

 枝を握りしめて、正体がバレないか不安なのを悟られないよう睨めつけて言うと、こちらを見る目が大きく見開かれる。え、そんなにびっくりすることか?まさか早速バレたんじゃないよな……声はいつもより高くなるように心がけてるんだけど。顔、これバレるほど化粧下手くそなのか?

 

「何なんですか、一体」

「あ、ええと……君はヒジュラなんですか」

「でなきゃどうしてこんな派手な格好でうろつくと?」

 

 ため息混じりに問い返すと、あぁ、とか、うぅ、とか言って言葉につっかえだした。本当に何がしたいんだ、一体。

 気まずいのかモジモジしだしたアルジュナから一旦目を逸して、木の傍に立てておいた竪琴を抱え直す。これはとっとと退散したほうがいいかもしれない。

 

「もう一度聞きます。何が言いたいんですか」

 何もないなら帰るぞ、という空気を出しながら言うと、何かを決意したようにアルジュナは私をまっすぐ見た。黒い目が、星を散らしたように輝いている。

「貴方の演奏を、私に聞かせてくれませんか」

 

 

 

……はい?

 




一旦区切ります。
次はアルジュナ視点かも


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星色の髪の乙女(仮) その2

アルジュナ視点。
ちょっと違うかもしれないのは幼少期だからと言うことで少し口調を変えた結果です。同世代相手ならもう少し口調が砕けてるんじゃないかな。


「ヒジュラの演奏を聞いたことがない、のは分かりました。けど、貴方の身分ならいつでも聴けるでしょう?」

「でも、いつになるかわかりません。

 だから今、聞いてみたいんです」

 

 四阿の椅子に腰掛け、フラフラと足をぶらつかせながらふてくされたように言う「彼女」にどうしてもと言い募る。

 実際に聞いてみたいのは彼女の歌だ。他のヒジュラの演奏と歌はいつでも聴けるだろう。でも、彼女の歌は違う。次にいつ彼女に会えるかわからない。だから、どうしても聞いてみたかったのだ。

 

 宮殿の庭で花の枝に手を伸ばしていた彼女に声をかけたのは、勝手に庭木に手を伸ばしていたから。ただそれだけだった。

 でも、話の途中に、木に立て掛けてあった不思議な形の竪琴を見た瞬間、いつぞやに練兵場で兵士たちが話していた内容を思い出したのだ。不思議な形の竪琴で聴いたこともない演奏と歌を聴かせるヒジュラの話を。

 

 その歌は、彼女が選ぶものだが、どれも異国の響きだとか。

 その声は、低いけれど母親の子守唄のような響きがあるとか。

 その演奏は、全く聞いたことがないのに郷愁にかられるのだとか。

 

 きっと王に聴かせるためだけに招かれたのだとわかってはいても、どうしても湧き上がる好奇心には勝てない。

 葛藤をしながらも、遂には図々しくも彼に演奏と歌を聴かせろと迫ってしまった。

 ここで話すのも難だからと四阿に手を引いて連れていき、どうしてもと言葉を並べ立てた。さっきの言葉を聴くに大方納得してくれたようだが、まだ押しが足りないのだろうか。

 

「私は他でもない、君の歌を聴いてみたいんです」

「……よーし、そこまで言うなら歌ってあげましょう」

「本当に?」

 はぁっ、と大きく息を吐きだしてから彼女は私の方を見た。真っ直ぐ、貫くような強い視線だった。

「ただし一曲だけ。次が聴きたければ対価をください。安売りはしませんよ」

 まだ少しだけ眉根をひそめていたのが、竪琴の弦に指をかけた瞬間にスゥッと緩められる。竪琴に向き合う彼女は、とても優しい顔をしていた。しかし、何処かで、見たことがあるような気がする。とても似ている人を知っているような、そんな面影が濃く現れた、薄い笑み。

 

 それから奏で始められた音は思っていたよりもずっと素朴で、優しい音だった。

 聞いたことのない異国の言葉で、ゆったりとした曲調で。それは確かに、穏やかに、母親が子供に歌い聞かせるような優しい曲。何を歌っているのかわからないけれど、どこか遠いところや、遠い記憶を懐かしむような響きがある。

 

 帰りたい。住み慣れぬここではなく、慣れ親しんだ故郷へ。

 

「はい、おしまい。……って、うわ、どうしたんですか!」

 ギョッとしたような声に、彼女の顔を見下ろすと輪郭が随分ぼやけて映った。

「なにがですか」

「何がって、涙ボロボロ流して言う返事がそれ?!」

 おかしいだろ、と言外に吠えながら布を目元に当ててきた彼女に、抵抗する気力は何故か無く。

 体中の気力が抜けていって、どうにか姿勢を保っているような有様だった。それすら、背もたれがあるからできているほど。

 

「帰りたいんです」

 

 どうしようもない望みを零すと、布を当てて、あーあと呆れたような声を上げていた彼の手が一瞬こわばったのを感じた。言葉に出した途端、自分の気持ちがストンと心に落ちてくるのがわかった。

「きっと、疲れてるんですよ。疲れたら、帰りたくなるでしょう?」

「君も?」

「ええ、もちろん」

 得心がいったように彼女はそう言った。私が、疲れているのだと。

 それがどこだとは言わないけれど、きっと彼女にはわかっているんじゃないだろうか、と思わせるような口ぶりだった。

 

 確かに、周りからの期待が苦しいと思っていた。

 兄たちは当然と思っていることの一つ一つが、恐らく苦しかったのだろう。

 私は彼女が言うように、そういうものに疲れていたんだろう。

 

「僕の居場所は、遠い遠い処(この国じゃない)ですから」

 帰れる貴方が羨ましいですよ、と布を退けて笑った彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

 先程までの表情をすぐに消して、彼女は竪琴を雑に抱えた。

「これにて終了!僕はそろそろ行かないと。アルジュナ様、それでは失礼!」

 

 思い切り良く言い放って、良い笑顔で颯爽と踵を返そうとしたので、慌てて彼女を引き止める。

「なんなんですか今度は」

 非常に迷惑そうに顔をしかめたのに少しだけ胸が痛む。彼女にこういう顔を向けられるのは、とても嫌な気持ちになった。他では感じなかった不快感がある。

 

 それでも、大事なことを聞きそびれていたのだ。これから彼女について知るために必要なことを。

 

「名前を」

「へ?」

 不思議そうに首を傾げる彼女に、震えを抑えられないまま、もう一度きちんと尋ねた。

 

「君の名前を教えて下さい」

 




ドゥリーヨダナが歌ったのは某アザラシの主題歌。


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星色の髪の乙女(仮) その3

これでこの話は最後。
ちょこっとモブ召使いさんの名前も出てきます。


「君の名前を教えてください」

 

 とんでもない爆弾を落とされた気がした。

 まてまて、まずヒジュラに興味を持つようなやつじゃないだろうお前は。というかこういうのに気をかけると色々面倒だから普通なら名前を問いかけるようなこともしないだろう。パーンダヴァは「正しい存在」側の男なんだから。

 

 しかし私は立場が弱いのである。どう切り返したものか。

 

「僕の名前は貴方にはあげない。王様にも。大事にしてるから」

 

 ようやく思いついた返答は相当不敬だけど、王相手でも誰にも言わないってところで一貫させてるからな。文句は言わせない。

 してやったりっと多分顔に出てると思うけど言ってやれば、分かりやすく嫌な顔をされた。ざまあみろ、簡単に教えてやるもんか。と言うかヒジュラの名前全く決めてないから教えようも何もないんだけども。

 

「じゃあ、なんと呼べばいいんですか」

 

 あ、なんか怒ってる。声色からわかるけどすごく苛立ってる。これ確か私がビーマを河に突き落としたときと同じトーンだ。

 

 また頭をフル回転させていると懐かしいアニソンが脳内で流れ始めた。某超時空シンデレラが歌う青い青い旅路のアレだ。私の名前を一つあげるってやつだ。いや、私はあげないけど。

 

 そっか、そうだ、それでいこう。

「じゃあ、貴方の言葉をひとつ頂戴。それが貴方といるときの僕の名前」

「私の言葉……」

 

 これならさっきの私の発言でささくれた自尊心をケアしつつ質問も満たせているだろう。

 噛みしめるというか、ちゃんと咀嚼して意味を飲み込もうとしてるみたいに反復するアルジュナに笑いそうになる。

 図体でかくて声変わりしたぐらいの年のくせに子供じゃないか。

 

 ……いや、この年だとまだ子供なんだ。それでも、滅ぼそうとしている側の神の力も強まってるし、子供でいられない頃になってるんだ。声変わりしたならもうそろそろ元服もするだろう。

 そう考えてようやく気付いた。こいつもだけど、コイツの兄弟のあいつらも子供でいることを許されてないんだ。子供という概念がまだ完成していない、大人と小さな大人で出来てる、そういう時代だからってのもある。けど、それでも子供に背負わす分には相当酷なことだ。

 私は敵対しているときは絶対に宿敵としてあいつらは殺そうと思うし、行動する。

 でも、それが関係ないヒジュラの私は、どちらかと言うと中の人そのままの私はこの子供に同情する。子供を育む者になりたかったから、そう思うんだろう。カウラヴァとしての私なら絶対に、考えかけた瞬間に捨てている感情だ。

 

 それなら、私はヒジュラとしての私に名前が必要だ。ドゥリーヨダナじゃない視点を持ってる役割にドゥリーヨダナと名付ける(ラベリングする)訳にはいかない。

 

「カウムディー。君は月光(カウムディー)だ」

「カウムディーか。なら貴方と居るときはそう呼んでください」

 

 髪の色から来てるんだろうと思うけど、なかなかいい愛称を貰った。あとでターラーにも伝えておこう。

 

 ターラーは、この髪の提供者のあの子だ。

 君の髪の毛をアルジュナ王子が素敵な色に例えてたって。ターラーも恋とかする年頃だからそういうことを言ってくれる人が結構いるって知ってると結構心持ちが変わるんじゃないかと思う。会ったときに髪を褒めたらブンブン頭を振って否定されたから。積極的にダシにする所存だ。

 

「カウムディー、いつか、あなたの名前を教えて下さい」

「えぇー……わかった。いつか貴方が英雄になったら教えてあげます」

 面倒なことばかり言う彼に何度目かわからなくなってきたけど、はぐらかす。

「なら、すぐにでも立派になりますから教えてくださいね、カウムディー」

 一番うまくはぐらかされてくれたらしく喜んでるけど、これ死んでからしか言わねぇよってことなんだ。悪いけど、私の英雄の基準は死んだ人物だからね。

 

 

 それから、もう一度手を振りほどいて王宮に戻って、誰にも見られないようにこっそり部屋に潜り込むように入った。

 

 その途端にどっと疲れが押し寄せてきたから、これじゃヒジュラになってた意味がないなど独りごちた。王子の生活は常に公だから、個人としては自然体でいられるヒジュラをしてるのに。全くたまったものじゃない。

 控えていたターラーに衣装を脱がせてもらって、外から見えないよう布で覆った洗濯物の籠に押し込む。装飾品とカツラは誰にも知られないように箱にしまって棚の奥深くへ。竪琴は籐の籠にしまって寝台の下に。結構、バレたらめんどくさいんだなこれが。

 

「なぁ、ターラー。キミの髪の毛をアルジュナ王子が褒めたよ。月の光のようだって。

 気障なことを言ったけど、君の髪は本当にきれいだから、それは同意できる」

 ビクッとして否定しようと首を振るターラーの髪は、やっぱり月光にも見える星色の髪の毛だ。

 

「まったく、厄介だよなぁ……おっと、こちらの話だよ。ごめんな」

 

 化粧を椿油でオフしながらブチブチ文句を言っていると、不思議そうにターラーが首を傾げて、申し訳なさそうにしたから、関係ないよと謝る。

 

 自覚したくはなかったけど、ドゥリーヨダナとして生きるのを一旦やめただけで、ドゥリーヨダナに戻ったときかなり疲れると分かってしまった。

 ドゥリーヨダナでいるときの感情は確かに私のもので、中の人を圧し殺してるわけじゃない。でも中の人の感情もまだ人格の土台の部分で生きてるからストレスが大きい。パーンダヴァのアルジュナと居ても、弟に害があるのに心の底から恨みたくても恨めない。

 でも、逆にいえば恨まなくて済むから、その分ストレスが減る。弟が可愛いのは相変わらずなのに、究極的には家族以外は害があってもどうでもいい精神(スタンス)の中の人が恨まないだけでこんなに違うとは。

 人格の切り替えってこういうふうに行うんだろうか。良くわからないけどかなり差があるように思う。

 

「しばらくラサロハになるのやめよう……」

「?」

「ヒジュラとしての名前だよ。水銀(ラサロハ)。王様の毒だ。ちょうど良いと思わないか?」

 

 銀色の液体だよ、と言えば嬉しそうにターラーは笑った。どうやら同意らしい。バレたらヤバイからってのもしっかり理解してくれてるからか凄く可笑しそうだ。

 

 私の名前を彼に告げることは、きっと死んでも無いだろう。原典通りならあの世で一度会うけどね。英雄になっても、私は彼に教えてやらない。(ドゥリーヨダナ)が死ぬとき、ラサロハも死に絶えるのだから。




名前は多分合ってるはず。
主人公の言う「どうでもいい」は等しく興味が薄いということで、たまに心は動かされるけど対して気にするほど大事なものじゃないという程度。


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邂逅と即位

カルナとのファーストコンタクト。短い。


しにたくない。

まだいきていたい。

でも、いざとなれば、私は死なねばならない。

 

 どうか、臆病者の私に叡智を授けてください。変えられることを変える勇気を、変えられないことを受け止める平静を、そしてそれらを区別する叡智を与えてください。

 

 祈る神はここには居ない。あるのは、人の都合など気にしない神々だ。私の国とはまた性質が違うけれど、そういう傍若無人な存在だ。

 もともとは一神教の国の人の言葉だ。私が尊敬していた先生に教えられた言葉。この世界にいるとき、それが常にとても必要なものだと私は思った。だから、ただ私は自分の心にそれを求めた。

 

 

 

 その偉丈夫が弓を引き、誰よりも見事に戦ってみせるのを客席から見て、この世界に来てからかつてないほど心を揺すぶられた。

 いつか、ただの学生だった頃に姉に見せられた演武の映像を見ているような感動だった。武術の師範があらん限りの実力で演じる、戦いの型のうつくしさ。涙を流して見惚れたあの演武のような、そんな見事な振る舞い。

 黄金の棕櫚のような長身に、強靭な獅子の如き肉体。月の色の髪に、薄氷を思わせる瞳。洗練された美しさは、恐らくどこぞの神の息子なのではないかと思うほど整っていた。

 

 そして何より強い。これ以上なく強い。決めてはそれだけで十分だ。というか美しさは戦い方だけで十二分に過ぎる。例え醜男だったとしても絶対取り立てる。

「決めた。あの男をクシャトリヤにしよう。他の階級のままにするなんて勿体無いことさせるか」

 

「アルジュナよ、お前がどのような業を行おうと、俺はそれより見事にやってみせよう」

 啖呵を切ったその言葉もまた清々しい。しかし何だろう、こう、ちゃんと伝わってない感じがするのは気のせいだろうか。

 

 しかし有言実行で、言葉通りの神業をさらに上手くやってのけた彼は本当に見事としか言えなかった。

 同じ師に仕えていたというが、なぜ気づかなかったのか全く分からない。彼ほどの勇士ならもっと早くに気付いて取り込もうとしていたはずなのに。

 薄らと違和感を感じながらも、それを押し殺して勇士に声を掛けた。

「勇士よ、誇りをもたらす者よ、よくぞ来た。君には私の持つ全てとクル国をほしいままにする価値がある!」

 

 いつもよりずっと饒舌なことに、それか、私がとても喜んでいることに弟たちは仰天して目を丸くしている。ごめんよ弟たち、兄ちゃん実はこういう血湧き肉踊る少年漫画系バトル見るの好きだったんだ。プロレスとかリアルファイトはイマイチだったはずなんだけどこれは別だった。

「そんなものはいらない。お前の友情、そしてあの男と一騎打ちをする権利を」

 結構スッパリ切り捨てられてるけど、一応友情は必要項目だから望むんだな。よし来た、これでこの男を登用できる。お友達枠でもなんでもいいから使える将軍が欲しい。

「それは結構! なら、友のため尽力してくれるな?」

「承知した」

 

 ああ、向こうでクンティーさん倒れた。一体どうしたのか。栴檀水で気付けされてるけど、大丈夫かな。

 目の前で王族に取り立てるとこ確認してもらわなきゃ、敵になるのはっきりわからないだろうしな。母親からの忠告はある程度聴くみたいだし、キツめに印象づけておきたいところ。

 

「ドゥリーヨダナよ、その男、よもや王族以外とは言わないだろうな?」

 

 ふいに浴びせかけられた一言に、先程までの威勢はどこへやら、青年は打ち萎れてしまった。まずい。方法なんていくらでもあるんだからそんなに正直に落ち込まないで欲しい。あ、罵声がひどくなってさらにうち萎れてってる。頼むから自己肯定感高めに生きてくれ!

「それが何だと?クシャトリヤは生まれながらのものと武功ある戦士、そして軍を率いる者の三者から成る階級。私はこの時を持ってこの者をアンガ国の王位に着けましょう!」

 少し動揺したのを悟られないように笑って演説をぶちかまし、あらかじめ用意した物と控えさせていたバラモンたちに聖句で寿がせて恙無く青年を王位に着けた。さっきから目を丸くしっぱなしだけど、この男おどろいた顔が猫みたいだな。昔、近所で飼ってた白猫が確かこんな感じの顔をしょっちゅうしてた。

 悪意ある観客の声は驚愕と、私への非難に。時々賞賛も聞こえる。もっと褒めていいんだぞ。

 それが酷く心地よかった。釣られて気付いて投げられる罵声程度で、この男の強さへの信頼度が揺らぐものか。あんな美しい戦闘スタイルの男の戦力が、信用できない訳がない。これほどの男をいま登用しなくていつ市井から発掘すると言うんだ。

 あまりに心地が良すぎて、笑いが止まらない。頬が緩んて仕方ない。

 

 ああ、楽しいなぁ。ドゥリーヨダナとして過ごしてきて、こんなに楽しいのはいつぶりだったか。

「これで良いのでしょう?」

「……ああ」

 

 苛立ったようにしながらも一応納得したらしい三男と、ついさっき王族になった男は、非常に殺気立ったままにぶつかりあった。

 

 

 これで良い。これから何を起こされようと、私はこの男に友情を望まれた以上は一生涯友としてあり続けよう。

 そして最後までこの男と勝ち抜き、生き抜いてやろう。この男となら、私はずいぶん長く生きていけそうな気がした。




主人公の「変えられないものを〜」の下りはニーバーの言葉から抜粋。

追記
冒頭のニーバーの内容で勇気を繰り返していたので叡智に訂正しました。


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燃えよ物件

ラック家の陰謀の話


 物件とは、つまり占有権が発生するモノである。現代日本では、多くの場合物件といえば不動産関係で使われる。

 で、その物件という所有物を作るときには出来るだけ燃えにくい、崩れにくい家にするんだが、奴らを消すためには逆にしないといけない。

 

 

 あからさまに殺しにかかるのは良くない。あの長男、原典ドゥリーヨダナが仕込んだ家をすぐ見破ってるからまずいにもほどがある。ならば、不自然がられない方法を取るべきだ。

「よし、アマニ油でワックス作って木材に塗らせよう」

「わっくす?」

「木材の艶出し剤だよ。木の床や壁なんかは美しくなるんだ」

 ギーとか混ぜ物入りの漆喰とか木材とか、絶対警戒される。それに石油や油脂の多くは匂いでわかるものばかりだ。匂いの薄いアマニ油ワックスならよいだろう。最新の建築用品の言い訳も立つ。

 計画を羊皮紙に書きつけてそう呟いたとき、側にいたカルナがそれに反応した。ワックスってこの時代まだ無いもんな。たっぷり油を染み込ませた美しい木材が燃えると思わないと信じたい。

 

「それでは、ただの善行にしかならないだろう」

「それが、この艶出し剤引火することが多いんだよ。しかもかなり燃えるんだ」

 実はアマニ油は現代の火事の原因で結構な件数を占めてるのだ。火種はタバコだったり、他の摩擦熱だったりとか色々ある。つまり、この時代なら現代よりも「うっかり」が起きて自滅する可能性が高い。こっちのタバコは紙巻きじゃないけどね。

 どうせだし石綿も疎らに仕込ませることにしよう。どこぞの交易品で石綿の布なんてものがある時代だから不自然でもない。かぐや姫に出てくる火ネズミの皮衣はアスベストだって説があるほどなのだから、彼らも不自然には思わないはずだ。数年も住めば随分吸い込むはず。

 しかし、建てるために罪の無い工事者に健康被害を出してやるのは嫌だ。建築はそうだな、更生不能なならず者への公共事業動員で出来るだけ利益出しながら。パーンダヴァに慈善の為作らせたものと思わせれば、なんとかなるだろうか。

 

 床は燃えにくい大理石に。梁や壁の芯の部分は、ワックスを塗り込めた燃えやすい木材に。漆喰は細工をするよりも、家の構造で密閉されやすくしてバックドラフトが起きやすく。石綿は言わずもがな健康被害。ここで効かずとも後々体を蝕んでいくことだろう。

 

 「吉祥」の毒の家を、私は私なりに作ってやろう。ああ、それから富貴病(メタボ)になるように、捨て駒を見繕ってから給仕や監視をさせるようにしよう。ご馳走ばかり食べて脂肪肝になってしまえ。セーブするという概念がないのだから何処までも食えるだろう。

 もし死ななかったとしても、彼らが数年越しに苦しめばいい。私は、カウラヴァとして出来るだけの策を巡らせるだけだ。

 

「ちなみに、アマニ油と合わせて、ひまし油も生成しようと思う。搾りかすの方にかなり強い毒が残るから、ソイツで矢毒とか作ろうぜ」

 実は傘の先にリシン塗った玉仕込んで暗殺するやつ、やってみたかったんだ。

 地味に気になってる実験ができるかもしれないからとカルナに告げると、きょとんとした顔でこっちを見ているだけだった。うーん、ハスキー犬が飼い主の興奮をわかってない感じの顔。知り合いのとこのハスキー、新しいオモチャにテンション上げてる飼い主をこんな目で見てたんだよな。懐かしい。

「ドゥリーヨダナ、お前が調子に乗るときは大概失敗する。調子に乗るのも程々にしておけ」

 返ってきた言葉は、結構キツめだった。いや、たしかに私が心のままにパーンダヴァを攻撃するときはだいたい失敗してるけどね?それでもここまで言われるとちょっと凹む。それに、そこまで言わなくてもいいだろうとイライラする。

 

 いかんいかん。はい休憩、大きく呼吸。1分半だけ深呼吸とだんまり。

 

「知ってる。気をつけるよ。ありがとう、カルナ」

 客観的な視点は大事だ。カルナの言葉にどれだけ苛立ったとしても、一分半呼吸をして落ち着けばちゃんと頭だって冷えるし、それが正しい言葉だとわかった。

 

 思うに、あの武術大会のときと同じ、というか常にこの青年には言葉が足りていない。よく生きてこれたもんだ。恐ろしく無私で、施しの精神に溢れすぎてるから一定の好意があるんだろうけど。

 

 カルナは非常に優秀なクシャトリヤだけど、固める侍女や召使を選別しないと大変なことになるタイプだ。下手しなくても城ごと持ち逃げされかねない。なんとなく嫌な予感がして使用人は大丈夫そうな人たちを纏めて押し付けたんだけど、それが今思うに最適解だったのが頭痛案件。これから人を雇うのにこの男がやると色々厄介なのも引き込みかねない。

 

「まあ、できるだけ削げはいいんだよ。パーンダヴァ駆逐作戦」

「駆逐なら帰ってくるかもしれないが」

 まとめて消さなくていいのか、と言いたげなのは、なんとなくわかった。カルナに命じたら多分できるんだろうけど、今やると大層よろしくない。他国との交易関係で今書類の山が多くなってるから、これ以上案件増やしたら冗談抜きに死ぬ。

「時間稼ぎできれば追撃準備ができるから、とりあえずは駆逐でいいんだよ。本当は殲滅したいけど」

「なら、それでいい」

 

 ごろん、と座椅子横のクッションマットに転がったカルナはそのまま寝こけてしまっていた。ここ数日、クシャトリヤになったばかりで慣れない儀式や慣習に振り回されていたから疲れたんだろう。

 

 頼りになる将軍にご褒美の一つや二つやらないとと思って、後でまた焼き菓子を用意させようと考えた。西方から来た干しぶどうを使うケーキを、この青年はお気に召すだろうか。珍しがって食べてくれたら、私のやってることを少しだけ理解してくれるかもしれない。交易は、食を始めとしていろいろなものが豊かになるのだ。できれば、人間が人間の力で豊かになることを肯定してほしいと思う。




カルナのことを微妙に忘れている主人公。
彼のことは単純に理想的な聖人として捉えている。

追記
一部手直ししました。


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友について

まだ「吉祥」の家着工中、仕事や交易とか価値観の話。カルナ視点。


「愛らしいよなあ、この子猫」

 もうやめた、と飼い猫の居る居間に移動してから、ドゥリーヨダナはひどく満足げに笑った。この男、楽しんで計略を企てるときよりも、犬猫などの動物と居るときのほうが微笑みが常より深い。

 

 自分を取り立てた奇特な男の様子を見て、そっとため息をついた。気付かれるとうるさい男だということは最初の数日で嫌というほど思い知っている。しかし、疲労の色の濃いまま、この後も何もなかったかのようにまた執務に戻ると考えると溜息をつかずにはいられない。

 

 実は大笑いしてても微笑みを浮かべているようにしか見えない、しかし愛想笑いだけはそれとわからないように浮かべられるこの男は、自分の知る王族からは随分離れているように思えた。ただし普段彼を悩ませている眠気が無い時は、愛想笑いも目つきが鋭く、目が笑っていないことに誰もが容易に気づく。本人も自覚しているらしく多忙な執務の合間にしか市井に視察に行くことはない。

 しかし本人が統治する人々とは反対に、鋭い目つきのドゥリーヨダナを見て、この男の弟たちや好意的な使用人はひどく喜んでいた。ドゥリーヨダナは誰よりも早く起きて仕事にとりかかり、誰よりも遅く眠る。疲れから来る眠気で柔らかくなっているだけの視線は、市井の人間は喜ばせてもドゥリーヨダナを大切にする人間には良くないものだ。

 

「幸せだぁ……」

 つややかな短い毛並みの猫をひたすら撫でながらしみじみとつぶやくこの男は、実はこうして働くことに向いていないのだと思う。

 登用されて初めて見た「紙」と言う高価なものが、山積みにされている執務室。一回一回の反故紙は少なくとも、積み上げられたそれはかなりの量だった。

 そしてそれを処理するために、この男は多くの時間を費やしている。それこそ、オレには数日街に出られるほど与えている自由な時間を、自分は削り取って機械のように生きている。

「いっそ王子をやめたら更に幸せになるだろう」

「えぇ……、それって死ぬしかないだろ。国民の生活が安定しないと私、首を刎ねられるからな?」

 ただでさえ不吉な王子で印象悪いんだからな、と不貞腐れながら文句を言うが、それはありえないと何度言っても聴かない。聴こうとしない上に、キコエナーイなどと異国人の発音を真似たように言って耳を塞ぐ始末。

 

「お前は、平凡な王だ」

「うん、だからそのうち国民に殺されかねない」

 そうだろう、と表情を変えず言うドゥリーヨダナの顔には、濃い影が落ちていた。

 この男は、強迫的な観念にどれほど囚われ続けているのだろうか。この国で誰よりも重い仕事を、ただ一人で行うのは並の心構えではできないだろう。

「凡夫であることは罪ではない」

「ああ、そうかもしれないね」

 猫をそっと床におろし、座り直すと、ドゥリーヨダナは真っ直ぐにオレを見た。黒い目はどこまでも透明で、そしてひどく暗い。

「でもな、平凡な王はそれだけで重罪なんだよ、カルナ」

 愚王ではない、されど、神のような優れた統治を行う王でもない。飛び抜けて優れていないただの人として、しかし人だからこその統治をする男だ。

 しかし、ドゥリーヨダナにはその重みが分かっていない。お前が苦労して変革しようとする今のこの国で、確かに敬われているというのに。

 

 

「お腹が空いた。おやつにしようか」

 唐突に、暗い色を消して目を輝かせながらドゥリーヨダナが立ち上がった。手には、美しい紐を通した鈴が握られている。廊下の遠くへ向かって鳴らされるそれは、侍女を呼ぶためのものだ。

 座り直してしばらくすると、一人の白い侍女が大きな銀の盆を持ってくる。チャイと、何種類かの焼き菓子の皿が数枚載っている。

 

「今回の毒味役はカルナ、お前だよ。感想を聞かせてくれ」

「お前がそう望むなら」

 毒味、という割には他の王族に饗しても全く問題がないように見えるその黄金色の菓子を口に運ぶ。ギーの香りが広がるそれは、スパイスと、形はないが木の実の味がした。

「悪くない」

「そうか、なら作った甲斐があった」

 その言葉で、隈がしっかり寝ていたはずの昨日よりも濃い原因を知って何とも言えない心持ちになる。

「スパイスで食中毒を予防できないかと思ってな、練り込んでみた。他の土地なら大丈夫な菓子も、このへんだとすぐ湿度や気温の高さで傷むから。新しい食文化で甘い焼き菓子があったら、もっと輸出品やこちらへ旅する客が増える」

 不思議なものばかり作るドゥリーヨダナは、蜂蜜の流通がしっかりできるようになると自分用の窯を作らせて新たな食物を作っていた。やはりこれも、その窯を使って焼いた菓子なのだろう。

 実は菓子づくりがこの国のどんな女より上手く来賓用のお菓子を全部用意していた。この性分のせいで弟たちも大変だろうと労しく思う。そして、真っ先に食べることができる役得が少し羨ましくも思う。今回はオレのほうが先だったようだが。

 

「交易品が増えればスパイスの需要が増す……菓子はともかく、果実の蜜漬けと、茶葉も抱き合わせで売って行きたいところだな」

「蜂蜜はまだ手が届かないほど高価だが」

「そう、だから蜜漬けは輸出限定で、数も絞る。高級なままだからいいんだよ」

 

 このあたりに多くある果実でも、他の土地では珍しいものがあると言うことを知ったのは、陸路で西方から来る商隊をこの男が引き込んでからのことだ。

 そこで抜け目なく、蜜漬けという形で日持ちする商品を握らせて高価な絨毯や布、葡萄の苗木やガラスを得た手腕は見事だった。迷い込んで来ただけの商隊がそれから定期的に立ち寄るようになったことで、街はさらに雑多な雰囲気になってきている。上下水道や道路、ごみ捨て場の整備を行って必要最低限に整えてある街は、それほど悪いものではない。

 あと少し後押しがあれば、この男が統治せずとも勝手に育つのではないかと思うほどには、ドゥリーヨダナの育てる街は成長していた。

 

「お前がいなくとも、街は育つだろう」

「そりゃ、この国は"人の国"なんだから当たり前だ。……まぁ、用無しになれば全て捨て国を去るってのもありかな」

 

 その言葉の自然さに、少なからず気を抜いていたオレは頷いてしまった。ハッとして慌てて訂正しようとドゥリーヨダナを見る。が、満足そうにしているのを見て、喉まで出かけていた否定の言葉が霧散してしまった。

「どうせ人間50年。それより先に要なくなったなら辞去するだけだ。そうだろう?」

「……ああ」

 その後は砂漠でも見に行きたいな、と呑気に宣うドゥリーヨダナには、おそらく全てを投げ捨ててしまおうとしているのではないかと思うような、一種の諦念が見えた。

 

 

 まず形だけの友となり、それからしばらく共に過ごしてみて気づいたことが一つある。ドゥリーヨダナは、何があっても生き抜くという強さをおそらく持ち合わせていない。きっと何かのきっかけがあれば生を放棄するこの男を、オレは側にいる限り恩返しとして生かさねばならないと思う。




仕事放棄してるドゥリーヨダナの表情筋の代わりにそれ以外が気持ちを伝えるお仕事をしていたりする。

追記
学校が始まるので更新が不定期になります。亀かシルバーカーくらいの遅さになるはず。


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吉祥・炎上

タイトル通りに吉祥の家が燃えたあとの話。立太子式も少し。短い。


 うまく建てて住まわせられたと一安心していた「吉祥」の家が燃えたらしい。

 案外監視とか色々後回しになってたから分担させてどうにかこうにかごまかしてたんだけど、監視が小火を起こして燃えた。流石にこれは想定外にもほどがあってしばらく絶句した。

 

「まあ、いいか。あれはあれで良かったし」

 おかげで祝いに行った長老共の大半が死んだし、それに合わせて都から逃げる反対勢力の面子が大勢居た。時期はもっとあとにしようと思っていたけど、予想外ながら都合がいい。

 

「末恐ろしい男だ」

「まあ、そういうこともあるんだろう」

 じっとりと物言いたげな視線が飛んでくるが、私ならもっと準備を整えて警告がてら他の計画と同時に実行しようとするから違うんだよ。未だにカルナの表情を読めないんだが、恨みがましい目とか何か言いたそうなのとかぐらいならわかってきた気がする。本当に友達になれる日も、思っているより遠くないかもしれない。

 

 多少の時期の差はあれど、こうなるとは思わなかったからね。行事のことを考えていたから想定した日からは数週間くらい前倒しだ。

「よし、今のうちに立太子式を執り行ってもらおう。私も早めに立場を固めておきたいからね」

 

 実は、海路での交易ルートの道路敷設が上手く行っていない。必要なことだが、これを行うには私の立場が弱い。というか今まで色々ごねて無理やり通してきたからそろそろまっとうにやりたいという気持ちがあるんだ。裏工作が面倒になってきたからとも言う。

 これがうまく行くなら、これまで以上に街が活気あふれる様相になる。これを制御できるかわからないけど、まあどうにでもなるだろ。職人と商人が豊かであれば、回り回って他のところだってどんどん潤う。もちろん、溜め込んでる富をうまく吐き出させればだけど。それでも、全ての階級が富めば税は自然と増加する。私達の軍備に回すことができる金も当然増える。いいことだ。

 そろそろ、この手の仕事は弟たちにも手伝ってもらわなければならないように思う。立太子すれば、その辺もなんとかできるから早く指揮を済ませてしまわねばならない。疲れるなぁ。

 

「お前のことだ、肝心要のところで失敗するだろう」

「は?! 絶対成功させてやるから見てろよ! その予想通りにはさせねぇからな!」

「どうだろうな」

 

 この言われようは少しひどいと思うし、ムキになったとしても仕方ないだろう。本番でコケたら本当に笑いものどころか立場が危ういんだから絶対失敗なんてできるもんか。見てろよ……。

 

 

 

 

「失敗こいたぁ……」

「だから言っただろう。お前は肝心なところでしくじる男だ」

「うぅ……そこまで言うか……」

 見事なオチというか、立太子式の途中で舌を噛むとかベタなことをやらかした。なんか、こう、影で笑われそうだし嫌だな……。間抜けに見えただろうし、こういう場で揚げ足取られることが多いから本当にこういうミスは嫌なんだ。

「傍目から見ればそうでもなかったぞ」

「でも結構盛大に噛んだぞ私」

「お前のことだ、誰も気にしない」

「……もういい寝る、おやすみ」

 

 こういうときは寝るに限る。あ、でも乳酪食べてからにしよう。それから、しばらく執務室で書類を片付けなくては。

「お前は早く寝るようにな。明日から忙しいぞ」

「お前こそ、働き過ぎて使い物にならないなどということにはなるな」

「分かってら。それじゃあ」

 

 談話室を出て、部屋からかなり離れてから、溜め息をつく。こっちの生活、あんまり便利ではないけど楽しくなってきたから困るな。

 

 

 

 

 

「天の意思なら、まあ随分こちらに都合よく動いてくれたものだ」

 天盤に下ろした駒がコト、と小さな音を立てる。人生ゲーム、とはよく言ったものだ。人生になぞらえて駒を進めるとき、わかりきった人生ならとても見やすく、わかりやすい。

「最後に笑えるように、こちらも手を尽くすけどな」

 

 見くびってくれるなよ、神様方。私はアンタらの盤上で好き勝手動いてやらない。せいぜい、勝手が悪いジョーカーとして指咥えて見てろ。




追記
誤字の報告を頂いたので訂正しました


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張り詰めた剛弓の引き難き弦よ

他国に出向いて弓引く話。もしくは少しだけ仲良くなったという話。

遅くなる詐欺みたいになってるけどそろそろ本当にかける気がしなくなってます。


「うまく行くわけないよな、うん。知ってた」

「なら、やらなければよかっただろう」

 

 ギイギイとうるさくしなる弓を眺めながらそっとため息を付く。カルナ、私が呟くのに律儀に返事してくれるのはいいけど、HP削られるからもう少しマイルドにしてほしい。

「弓、引けたけど……」

 手の内でしなり唸る弓を戻しながら、心底疲れた顔をどうにかいつも通りになるように戻す。仮面で隠してあるから一応バレないけど、これを外せと言われたらどうしようもないからな。

 だってドゥリーヨダナが引けるとか想定外でしょどう考えたって。息抜きで来たかっただけなのに、うっかりカルナより先に弓引かされただけだぞ私は。

 

 

 

 出来心で仮装して婿選びに参加したら、本来引けないはずの弓が引けてしまったのである。しかも、火傷の爛れたあとがある男だからと言い訳していたのを引っ張り出して現在進行形でかなり糾弾される。どんな地獄だよ。慣れてるけどさ。

 正直ここまで大事になるとは思いませんでした。結構な立場らしい奴らが糾弾してるのも見えてこの国大丈夫かと少し不安になる。余計な戦争なんて無駄に金を食うんだからしたくない。

 番狂わせしたかったけど、思ってたのと違う。こういうことじゃない。

 

「それこそお前の狙い通りだろう」

「カルナに引いてもらおうと思ってたんだよ」

 ドゥリーヨダナの代理扱いで来てみたはいいけど、まさかこの弓引けるとは思わなかったんだよ。本当は、無理ですーってカルナにパスするつもりだったのに。骨格が男だったから怪しい仮面の男でも参加できたんだろうな。

 

「嫌です! こんな男の元へ嫁ぎたくはない」

「それは随分なことを仰る。この男は主君の名代で、このことは伝えておきますゆえ、これにて」

 

 あらかじめ蒸留酒で酒焼けさせた声で戦争準備しとくから覚えとけよと脅しあげたが、こいつら本当にわかってるんだろうか……一応諸王の名代に喧嘩売るって相当だぞ。

 約一部青ざめてるけど、まあちゃんとわかってるならいいんだよ。どうせあとから使者よこすだろうし、詫びを巻き上げられるだけ巻き上げれば。

 

 

 馬車に戻ってから暑苦しい仮面を外すと、かなり解放感がある。

「良かったのか」

「何が」

 あ、なんか言いたげな目。これは心配してくれてると受け取っていいんだろうか。そうだと、結構嬉しいんだけど。

「あの王女はバラモンに嫁ぐようだが」

「良いんだよ」

「だが……」

 バラモンの正体のほうが問題だっただけで特に気にしてはいないし、そもそも嫁をもらえないからね。一応、人をやって参加したってポーズを取りたかっただけだ。クル国の体面があるからこればかりら避けられなかった。

 それに、お付きに世話をさせるとはいえ、カルナを一人で婿選びに放り込むわけにも行かなかった。絶対に拗れるからな。わかってるのにそのまま行かせるわけがない。

 それと、

「ぶっちゃけ彼女は好みじゃない」

「聴かれたら殺されるぞ」

 訊いたのお前だろ、と軽く仮面を投げ渡すと、私の顔が見えたのかカルナの目が少しだけ開かれる。

 バレないように火傷の特殊メイクもどきをしてたんだけど、崩れただろうか。あんまり汗をかかないから油断してた。

「……その顔なら、掌を返すだろう」

「どうせ形だけだからいいんだよ。もう終わったんだ」

 油で拭い去っていくと、相当コットンが汚れたのがわかって、思わずうへぇと声が出た。これ現代の化粧でやってうっかり寝たら粉瘤とかできるやつ……考えるのはやめよう。

「私は闊達な町娘とかの方が好きだな」

「姫君では無理だろう、それは」

「だろ?」

 この時代の、ごく普通の姫君に求めることじゃないんだよね。私は女の徳とか言われるものの遵守が気に入らない。自由に生きる人間の活き活きした美しさが好きなんだ。それを押し込めるようなものを礼賛できない。

 

 そういえば、この前見た町娘の花の飾り愛らしかったんだけど、妹はああいうのを好むだろうか。最近全然話せてないし、話したら話したで「お兄様は分かってない!」って叱られるんだよな。ごめんよ、兄様には女心がよくわからない。

「なあ、カルナ。うちの妹どんな贈り物を喜ぶか分かる?」

「知っているはずがなかろう。オレはそういったものに関心がなかったからな」

「そうだよな……だいたい施しか鍛錬かぼーっとしてるもんな」

 

「贈り物なら、女に選ばせればいい」

「それもそうだ」

 なるほどと思い、連れてきていたターラーに声をかければ、そっと贈り物用の袋をかけた品物を渡された。

 この子本当に有能で嬉しい。予想外にめちゃくちゃ成長してる。カルナとターラーがいれば本当になんでもできそうだ。

「ま、後は宮殿に戻って執務と応対だな」

 立太子してからこの方、全然やることが変わってないけれど、まあそんなものなのだろうと思いこむことにする。

 この調子でいたら、それこそ執務にかまけてるうちに報告が来て、寝耳に水、ということにでもなりそうだ。少し気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

 帰還して、竪琴をいじりながら盤上の駒をまた進める。また少し、終わりに近付いている。

「クリシュナとか、どうにか殺せないかな」

 部屋に籠もって見る覚書の、次のところには黒と一言書かれているだけだ。生まれ落ちてからもう十数年、あんまり覚えてないけどメモ書きのお陰で大方のことは分かる。薄ぼんやりしたところは、その時々で臨機応変に対処するしかないけど。

「そそのかす相手がいなけりゃ、こちらに勝機はあるんだけど」

 そろそろ、対策しとかないと本当にまずい。人減らしを阻止したくて動いてるんだ。軍の壊滅は避けたいし、弟たちを生きて逃したい。馬の買い付け、の言い訳で何人か国外に逃がせないだろうか。

 ああでも、あの子達は私の弟だから、きっと良しとしないだろうな。どうにか、父母が救われるような顛末にしたい。

 

 

 でも、私はどう死ぬんだったのだろう。もう思い出すこともできないし、覚書も無い。足掻くほかに、できることはないだろう。この時ばかりは少しだけ、自分の行動を悔やんだ。




少しずつ進んでいく話。
カルナ語がうまくかけているのかよくわかりません。
話が書きにくいから弊デアにインド兄弟来てくれ頼む……

 ちなみにドゥリーヨダナが弓を引けたのは、アルジュナを調べているときに和弓とかの引き方を調べたことがあったからという設定があったりする。


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ターラーという娘

ドゥリーヨダナについて、ターラーを通じて見る話


 薄暗い廊下は、あまり好きではない。たやすく寒さにやられてしまうこの身は、太陽のもとにおいておくのが好ましい。そうでないなら服を着込んでしまって、できるだけそのままの温度に保っておかなくては。そうでなければ、まともな動きさえできなくなってしまう。

 

「青白い髪の娘、王太子の侍女よ」

 先を急いでいるときに聴こえた声は、バラモンから発されたものだ。しかし、聞き覚えがある声だ。いつぞやに私の髪を褒めたという王子のものと、まるで同じ声。

 柱のそばに立っていたバラモンは、そのまま私に視線を投げかけ続けていた。疑る目は、よく研ぎ澄まされた鉾のようだ。そして、迷いがない。

「尋ねたいことがある。答えろ」

「なんでしょうか」

 浅黒い肌、黒い目、それに弓を常に引くものに特有の胼胝。それに彼からは薄まっているがインドラの気配がする。間違いなく、その息子で化身たる男だ。

「カウムディー、月光色の髪のヒジュラは、お前の縁者だな」

 アルジュナ王子は、随分と率直な物言いをする。ドゥリーヨダナ様が言っていた気障な物言いとは、かなりかけ離れていて違和感がある。けれど、シュードラへ掛ける言葉などそんなものなのだろう。

 

「……ええ、確かに。しかし、それがいかがなさったのです、尊きバラモン様」

 知らないふりしか、することはできない。私は今はただの侍女。身分の違いが大きすぎ、そして悟ったと知れれば面倒なことになるのは必至。主君たる彼が蛇蝎のように嫌っているあの男の耳にも、私の情報が入ってしまうだろう。提供者としても、余り知られないようにしたい。

「貴女が知っている彼のことを教えて欲しい」

 それを尋ねる男の顔は、必死さが滲むようで笑ってしまいそうになる。一度会っただけの半陰陽の子供に、それほど執着するとは。

 

「彼は、私の知らない人になりました。私達の元を去ってからは名も捨て、人生も捨てた。ヒジュラなど、そんなものでしょう」

「……それだけか」

 疑り深い王子だ。下級の、おそらく信仰深いだろう侍女がバラモンに隠し事をするとは普通なら思わないだろうに。しかし、私がドゥリーヨダナの侍女だから疑うのだろう。それは正しく、同時に間違っている。ここで引き下がるようなら愚かだ。

「ええ、それに、あの子は名を与えられなかったのです」

「なぜ」

「彼が青白く、そして不能だったから」

 私が言うことはごくありふれたこと。ラサロハとしての彼の見た目と、その機能をそのまま伝えただけのこと。しかし思惑通り、アルジュナ王子はその言い方に引っかかった。彼は神の近親者だから。

 

「ラサロハは、ヴァルナの化身なのか」

 うわ言のような呟きは脱力したからか。彼は、その言葉を吐き出してから、フラフラと私の来た方向へ歩いていった。すれ違いざまに礼を言われたけれど、頭を下げていてぎりぎり聞き取れるほどの大きさでしかなかった。それほど、大きな衝撃だったらしい。

 彼は化身ではない。しかし、無縁でもない。実際に、浅からぬ縁はあるのだから。

 

 

 

「ああ、ターラー。いい所に来てくれた。悪いんだけれど、妹への土産を選ぶのを助けてくれないかな」

 叱られてしまいそうなんだ、と眉尻を下げて頼み込んでくる彼は、本当にひどい火傷を負ったかのような化粧と、素顔とは異なる男らしい顔立ちに見せる化粧とをしていた。一瞬誰かと思うほどには化けている。

「それなら先程ご用意いたしました。お気に召してくださればよろしいのですが」

「私が選ぶより女心がわかっているものだろうから、大丈夫だよ。ありがとう」

 嬉しそうな彼は、妹が喜ぶ姿を想像したのだろう。顔をふやけさせている。

 諸悪の根源になるはずの彼は、人らしく、至極真っ直ぐに育っていて好ましい。神ではあるが、高位の神の座から引きずり降ろされ、人に組する今の私にはとても心地よく感じるものだ。

 

「ターラー、君が話せるようになってよかった」

 無邪気にそう言って笑い、子供のため、母親のため、男のため、老人のために東奔西走する。彼は、この時代では賢王の器ではないが、もしかしたら他の時代でなら賢王たりうる器なのかもしれない。

 誰かの幸せを願い、誰かの生活が上向くことを望んでいる。それは、とても好ましいことだ。それがたとえ、彼個人では彼の周囲にのみ、王としての彼では国民の隔てなくという本来ありえない範囲で望まれることであっても。

 

「海路はどうなってるか……海の神から嫌われてないといいけどなぁ」

「それなら、大丈夫でしょう」

 目を瞬かせて首を傾げる姿はまるで幼子だが、彼はそれでいい。無垢な子供のような彼だからこそ、本来は神から嫌われないのだから。

「なんで?」

「ラサロハは、ヴァルナの申し子と言われてますからね」

 青白い髪で、性的に不能な者。ヴァルナの申し子というよりは、後天的に加護を与えた存在であるのだけど。それでも、理由付けとしては問題ない。

「神様が力を貸してくれることなんてあるのかな」

「あるのではないでしょうか。少なくとも、海難事故が起きない、とかでしたら」

「だといいな」

 ドゥリーヨダナ様は、疲れたように微笑んだ。大丈夫、貴方なら。

 

 

 

 あの日、生まれ落ちてから散々な扱いを受け、人を呪おうとするほど酷い目にあわされた私を、力なき人になった私を掬い上げたのはこの人間だ。

 私は、残りの力を彼に貸してやろうと思うし、彼は末永く栄えてほしい。たとえ彼が、滅びの、カリ・ユガの化身であったとしても。神としては不適合な願いだとしても、化身の、人としての願いとして成就させたいと私は常々思う。

 

 それが、私、水の神でありナーガの王たるヴァルナの、落ちきった神の化身の願いだ。




実はすべての神からは見放されてないよって話。
これは後世に(この頃とか)ヴァルナの地位が落ちてるんじゃないかなっていう話を組み込んだ結果と、女神の「妨害を薄める」効果の結果。
ヴァルナの化身は「青白く、かつ性的に不能」という特徴があります。原作マハーバーラタにこの神の化身は居ません。
本編始めるときにドゥリーヨダナを半陰陽にしたのはこれを書きたかったがため。


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キャラ補足

ターラー

 

 水神ヴァルナの化身。化身がインフレを起こしているインド神話内、パーンダヴァに所属していない数少ない神様寄りの人。

 神の格が落ちていった影響か、化身に神格の一部が譲渡されてしまっている。

 

 もともとヴァルナは最高神だったが、時代が下るにつれ権能を他の神に移行されてしまい、弱体化している。その上で化身を作って地上に送り込んだことから神の性格と記憶をを移した娘が生まれた。しかし、不貞疑惑と色素の問題から暴行されており、人を呪ったことさえある。

 当初はトラウマから発話できなかったものの、無事に回復。ドゥリーヨダナの侍女として生きている。

 彼女は水・海の神の能力とナーガの王としての能力を引き継いでいる(データをクラウドで共有しているような形で利用)ことで、戦闘においてはその能力を利用できる。

 また、微力ながら加護を与えることも可能。ドゥリーヨダナには恩人であることから「水難、海難に遭うことがない」加護を与えている。

 化身の条件をクリアするアルビノかつ性的不能者。カルナよりは少し年下。

 

 

 

ラサロハ

 

 ドゥリーヨダナ・ヒジュラのすがた。

 まっとうな人間、というより本来の性格はこちらに近い。ストレスがげんいんで?????の陽気さが比較的押し込められている分はこちらで発散されている。一度だけアルジュナ王子に会ったことがある。

 ヒジュラであらねばならないドゥリーヨダナがカーストに縛られているときの姿。ヒジュラはアウトカーストであり、だの階級でも隔てなくカーストを出る必要がある。それだけは守る形で週末ヒジュラをしている。

 本来なら普通の、幸せな一個人であれるはずがどうしてああなった状態のドゥリーヨダナなので存外はっちゃけている。理性は蒸発していない。

 

 ヴァルナの申し子、という特徴である青白さを髪の毛として、性的不能は半陰陽の性質で持っている。使っている長い髪の毛はもともとターラー(=ヴァルナ)のものなので、そもそもは化身でも申し子でもない。

 しかし、彼女をすくい上げようとしたときに彼女から許諾(売買契約)を受けて髪を切りカツラにしているため、加護を受けるだけの条件は持っていた。発話できるようになったターラーから(告知なく)加護を与えられている。

 通常のヒジュラと同じように化粧をし、男性か女性かわからなくしている。また髪の毛は色つき水晶の飾りと組紐で結い上げ、華美な婚姻衣装を身にまとっている。

 

 この姿で居るときはドゥリーヨダナとして、王として生きることから一時的に解放されるため、親族への愛情以外の他者への感情が割増で薄い。それゆえにラサロハのときはパーンダヴァに対してほとんど憎しみを感じない。




しばらく原作を読めそうにないのでリクエストを活動報告の方で受け付けます。よろしければぜひ。


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幼馴染の王太子について

彼の正義と僕の正義の話。ユディシュティラ視点。


 正義について考えが変わったときの話をしよう。

 自分は王たるうる人間だと、僕は思っていた。僕の父は正義たるダルマだったから。

 それが打ち砕かれたのは、幼少の頃から共に育つことになったカウラヴァのドゥリーヨダナに会ったせいだ。

 

「君はさ、もう少し子供らしくすることを覚えたら?」

「その言葉はそっくりそのままお返しするよ。いつまでも子供でいられるものか」

 淡々と返事をするあたりが子供らしからないんだけど、少しぐらい反応をしたっていいと思う。彼の反応はいつも淡白で面白みがない。作業しているときなんかは特に。

 パームリーフに書きつけた何かを見ながら、ドゥリーヨダナは新たなパームリーフを使って書物をしている。覗き込んでみれば、設計図のようだった。

「そこは邪魔だからどいてくれ」

「じゃあどこならいいんだい?」

「斜め後方」

 

 振り返らずに返事だけをするドゥリーヨダナにムッとしたけど、手元が狂ってもう一度あれだけ書き込むのも大変だからと思い、一応言われた通りに斜め後ろから書き付けているものを覗き込む。

「何書いてるの」

「上下水道の作成図。……この分じゃあ、一気に工事はできないな」

 街の全体図を見ながら書いていたらしいそれは、随分簡単に、真っ直ぐ線を引いて張り巡らされていた。国土全域に広がった用水路は、出来る限り民草の生活の邪魔にならないように要所を避けて描かれていた。

「どうして」

「これがあれば汚物が溜まらないから、感染症は減る」

 そう言われて、彼が数ヶ月前まで流行病のあった地域に出向いていたのを思い出した。念のため、と離宮で一月休んでから宮殿に戻ってきたあと、その地域の感染者の治癒率が上がっていたという報告を聞いたけれど、まだ手を抜かないんだ。執念深い。それに、神の意志に反している。

「それで、何になるの。死は神の意思だよ」

「じゃあお前は今、母御が流行病で死んでも簡単に受け入れられるんだな」

「貴様ッ」

 母上が、死ぬ。想像しただけでも全身の血が沸き立つような悍気がする。流行病でなんて、特にそうだ。

 あまりに酷い物言いをしたドゥリーヨダナに掴みかかると、こいつは僕が今日ここに来てから初めて僕の目を見た。

「腹立たしいだろう。だから、やるんだよ」

 その言葉は、毒気を抜くには十分だった。そして、その程度のことに気付けないほどに自分は頭に血が上りやすいことにも愕然とした。

 

「人間なんぞ死ぬときは死ぬんだよ、ユディシュティラ。けど、それでいいと思えるような人間はいない。だから、今できることはやるんだ」

「できること……」

「私たちは変わる、常に死に向かう生き物だ。克服は出来ない。仕方がない。

でも、仕様があるのに怠惰で民草を殺してたまるか」

書き終えたパームリーフを積み直し、彼は体をこちらへ向けた。笑みに狂気が混じっているのを感じ、恐ろしいと思ってしまう。彼は、僕らのような正義ではないというのに。恐れるに足らないというのに。

「私は、その誰かが生きていける国にする。それは王としての義務だ」

「神の意思に反しても?」

「それが、民の為になるならな」

 微笑んだドゥリーヨダナの目は、割ったばかりの黒曜石のようだ。そして、彼の言葉は獅子や虎の牙の様相をしている。この男は、勇猛であり、凶暴な獣だ。

 背に冷たいものが伝うのを感じながら作業に戻った彼の横顔を見つめていると、ふと思い出したようにドゥリーヨダナが再び口を開く。

「私のこの命は、この国の民のためのものだ。ユディシュティラ、私は自分の命を自由に使ってはいけないと思ってる」

 そういうものじゃないか、王族なんて。

 目を細めたドゥリーヨダナは、確かに王の顔にそっくりだった。彼は、彼なりの正義に従って生きている。その様は確かに王だ。

 

 彼もまた、王たりうる者だと悟って、王たるのは僕らだと驕っていた自分が何だか馬鹿らしくなる。僕のように正義ではないにしろ、僕らだけじゃないなら叩き潰すしかないじゃないか。

 でも、彼のような王があっても、悪くはないのではないかと少しだけ、ほんの少しだけ頭の片隅で考えた。

 

 

 

 

 

「お前は確かに良い王だよ、スヨーダナ。だが、私も王だ。民のために神の法を守る、お前とは違う王だ」

 

 即位式の華やいだ空気の中、何も感じない、何も聞いていない、何も見ていないような姿でそこに居たスヨーダナを思い出す。礼服に使われていた美しい布は、彼が肝入りで関わった事業の成果だという。さっぱりと整えられた彼の出で立ちに反して、肝心の中身がないのだからまるで人形のようだった。

 ただ、目はあの頃と同じように鋭く、硬質な輝きを宿していた。

『此度の即位、誠に目出度く存じ上げる』

 覚え込まされたように、しかし滑らかで演技とは思えない話し方で祝われたとき、背筋が伸びる思いがした。この王太子の歩んできた道が平坦でなかったことも何もかも知っている。しかし、神の側でないにも関わらず善政を敷く彼に負けるつもりなどない。

 

 私は全てを、この別れた国のすべての土地を、神の意思が浸透した真の王国にする。それが、私の歩むべき正しい道であり、私に課せられた使命だからだ。

 

「私は神に従う。お前はこれから、一体どうやって国を動かす?」




ドゥリーヨダナはバックに民がいると対神仕様になるタイプのバーサーカー。


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ある終焉の話

覚悟を決める話。

大変遅くなりました。お待たせしてすみませんでした……
一番はじめにルート分岐する話にしました。ここで止まらなければ、エンドが変わります。
もし、宮殿に招かれたドゥリーヨダナが完全に戦意喪失したらというきっかけ。グッドエンドです。


「あああああああ!!」

 

 祝いが終わり、国へと帰ってからすぐに部屋に引きこもり、叫ぶ。

 叫んで、叫んで、噎せに噎せる。手当り次第に物を投げる、投げる、投げる、投げる、投げる。自分がどうしたいのかもわからない。ただ、己の感情をどうしても抑えきれない。垂れ流すしか、仕方がない。

 

 悲しい。寂しい。苦しい。心が痛い。ズキズキして、ギスギスして、手足が重くて、どうしようもなかった。 

 

 ひっくり返し、投げていた小物は粉々に砕けていた。どうせ、私が作ったものだ。この部屋には何一つ、ただのひとつでさえ、誰かの作ったもので壊せるものはない。全部、私が好き勝手に作り出して、壊しているだけだ。自業自得だ。

 次を、と長机の上に置いていた盃を手に取った。

 振りかぶって、粉や欠片になって散って目に入らないように目をそらして、振り上げる。

 が、結局それは投げられることなく、砕けることもなく、散ることもなかった。私の腕を掴んだ男がいたからだ。

「ドゥリーヨダナ、もういいだろう」

「か、るな……」

 部屋に寄らないと思っていた将軍。私の、懐刀。何でいるんだ。なんで、止めようとするんだ。自業自得だ。誰も損をしない。誰も得もしないけれど。

「何故、そんなに荒れている。お前は壮麗な宮殿にも、麗しい召使いにも惹かれないだろう」

 ああ、そうか。私が荒れているからだめなのだ。表面だけでも平静で、いつも通りに、王の機能だけ備えている風体ならいいのだ。ああ、情けない。そんなことにさえ気づかなかった。友に、心配をかけてしまった。負担をかけてはいけないのに。迷惑をかけてはいけないのに。いつも通りでないと、いけないのに。

「私のしたことは、全部無駄だった……!」

 そう、無駄だったという事実にだけ、揺さぶられて、どうしようもないんだ。

 涙は出てこない。呼吸が苦しくて、心臓が早鐘を打って、肺が痛くて、心底苦しい。

「生きる人々を尊重して、餓えや、恐怖から開放したかった!」

 それが人として生きるために必要だと思ったから。明日を生きようとできる、近道だと信じていたから。痩せた土地は肥やせるよう、増えた人を賄えるよう。

「富を蓄えて、みんなを豊かにしたかった!」

 この国の社会の、どの階層の人でも、満足に生きて暮らせるように、全体が豊かになるようにしたかった。そのために私は金を使ったし、富を溜め込んで国全体に流した。そのために国外の富を得る交易を増やした。人と人とが混じり合い、ここでは駄目でもどこかで生きていけるよう、力をつけて出ていく人が出てくるように。そうして、幸せになるように。

「王であるから、そうできる力はあった。あったのに、私は全部無駄にした……!」

 ぜんぶ、だめだった。だめだったんだ。

 ユディシュティラの王国では、みな豊かになっていた。飢えはない。恐怖もない。文化水準も高い。それに、あの宮殿は、外の宝石だけでも非常時に売り払えば民すべてを飢えさせない。人が多く入ることができ、何か災害が起きれば避難させることもできる。私より、ずっと王らしい王だ。立派な、王様だった。

 私では、中途半端にしか国を、民を育てることのできない王などでは、だめだった。

 国は育った。でも、きっと争いが起こるだろう。隣の芝が気のせいではなく本当に青々しているのだから。自分の芝も青いのに、必要以上に育てられた芝しか、きっと見えなくなる。これでは、戦争に突き進むしか、なくなるのだ。

 そして、その大本になるのが、私だ。厄災の王だ。そして、戦場で弟たちや兵士をクリシュナに倒され、私自身はビーマに倒される。石は、転がろうとしだした。

 

「なら、諦めるのか」

 静かな声だった。とても凪いだ、いつも通りの声だ。ただ、諦めのような声だ。そのままならそれも致し方ないと、そう言うような、低い声だ。

「お前は、半ばにしてすべて投げ捨てるのか。癇癪で物を投げるついでに、国も責務も投げ捨てるか」

 

 それもいいかもしれない、と思った。

 

 私は、結局不要なんだ。ほんとうは死んでいたはずの忌み子だ。生まれ落ちてすぐに迷いから生かされた、ただの悪者だ。異物だ。そのくせ、小賢しい言葉と行動で殺されるのを先延ばしにしてきた。それだけのもの、その程度の人間でしかないのだ。

 

 でも、投げ捨てるのは、絶対にダメだ。それでは、苦しむ人が増える。本当に助かるべき人が多く犠牲になる。だから、責務まで投げることだけはしない。

「いや、違う。私は、国の憂いも責務も、全部抱えて死ぬべきだ」

 私は王族だ。王族として、あと少しだけ生きて、死なねばならない。

 だから、全部終わらせる手筈が必要だ。不本意だが、早く終わらせてしまおうと思う。兄の首だけ持って行かせ、弟たちは生かしたい。親友には暇を出し、どこかでずっと好きに生きてほしい。

 ああ、やっと思い出した。私は私らしく、終わらせていいのだ。

 

「カルナ、ヴィカルタナ。我が親友よ。私を、早く死なせておくれ」

 彼の顔は見ることができないけれど。直視したら、揺らいでしまいそうな決意でしかないけれど。

「ドゥリーヨダナ」

「私は君の友情に報いよう。君の好意に感謝し、すべてのものを授けよう。私は死なねばならないのだから、私自身に残されたものはすべて捧げよう」

 ぎりり、と一瞬力が抜けた手が一気に骨まで掴まんばかりに締められる。カルナの手には随分と力がこもっていて、下手をしたら砕かれてしまいそうだ。神の子に勝てる人間ではないから、振りほどくことはできない。

 

 これ、すごく怒ってるな。

 

「お前は、いいのか」

「良い。揺らぎそうなほど弱いけれど、紛れもなく私自身の望みだ」

「……そうか」

 項垂れるような返事とともに、手に込められていた力が抜けた。諦めたんだろう。

「ただ、その前に願いがあるんだ。叶えてくれるね、カルナ」

「……お前が、望むのなら」

 口元が緩んで、まなじりが下がる。微笑んでいる。あの、カルナが。

 あぁ、もったいないことしたなぁ。私、これならもう少しカルナと青春しても良かったんじゃないかな。たぶん本当は、仮初の友なんかじゃなかったんだ。きっと、ちゃんと親友だった。

「何をすればいい」

「ああ、それはね、……」

 

 

 

 

 

 

 冬木の図書館。忘れ物が挟まれてないか確認するため司書が本を開くと、一枚のメモが挟まれていた。古代インドについての本の中、誰かのメモは、どうやらドゥリーヨダナ王に関するものらしい。

 

【クルの王、ドゥリーヨダナは悪王で、かつ賢王であるとされている。

 産声を上げたときから厄災をもたらす忌み子とされ、神をも恐れぬ態度で国を収めた。そして、国の滅びは彼がきっかけとなっている。

 しかし、研究では圧政はなかったとされ、見直しが進められている。彼の治世では目立った騒乱はすぐ鎮圧され、貧者には大いに庇護があった。パーンダヴァ五兄弟と敵対していたのも神からの脱却による人権の確立の為と考えられる。

 彼は交易国に留学生、行商人と称し人員を多数送り出したが、それに同行した際、風土病にかかり、亡くなったとされる。

 その死後、彼の遺言によって王国は一つに戻ったが、将軍であるヴィカルタナは行方をくらまし、民はパーンダヴァ兄弟の治世を容易くは受け入れなかったとされる。彼の弟たちであるカウラヴァ兄弟は皆散り散りに、思い思いにクシャトリヤとしての生を全うしたという。




覚悟を決めてからやっと親友だったことに気づいたという話。
前々からこの流れは一つ作ろうと思っていたのですが、書き方に悩みに悩んで書けなくなっていました。

このルートに入るのは
・ドゥリーヨダナが過労
・もう友情があったことに気づいてない
・インド神への不遜さが薄れている
の条件が揃ったときです。結構ここに落ちやすいルートかもしれない


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溶ける最期について

終焉に付き合う話。カルナ視点。


「それはね、砂漠を見たいんだ。

カルナ、どうせだから付いてきてくれよ。一緒ならもっと楽しいしな!」

 介錯をしてくれ、とでも言われるのかと身構えていたオレは、どう返事をしていいのか一瞬わからなくなった。

 憑き物が落ちたようなさっぱりした顔は、先程まで苦しみ叫んでいたそれと違う。何もかも、全部飲み込んでしまった顔だ。いつも通りらしいといえば、らしい。

 

「あちらに人を寄越して、帰ってきたら名実ともに一つの国にしてさ。私が居たらすごく面倒だし、やっぱり向こうで死ぬよ。水死、は怖いからなぁ…やっぱり毒人参か?」

 いや、全く変わっていなかった。先程同様に、前向きに後ろを向いている。

 

「あ、死体は検体させるなよ。バレるから。死体がなければ両親も納得しないだろう」

「お前は……」

 死の恐怖は、きっとあるのだろう。俯いて呟かれる声は震え、鼻をすするような音さえする。今、このにんげんは、生きることに対して執着している。

 あれだけ、透明な目をしていた奴が。生きることに意味を見出せないようだった奴が。

「そこまでして、死にに行くのか」

「まさか。生き延びに行くんだよ」

 ばっと上げられた顔は泣き濡れていたが、ひどく穏やかに、笑っていた。ただの子どものような笑い顔だ。

 親子ほども年の離れた、親友。そして、年若くも父のように思った相手は、やはり不思議な道筋で、まっすぐに考えている。

「死にたくない。死にたくは、ないんだよ」

「ならば、」

「でも、私が居たらいけない。国が崩れては、私が成したものの意味さえ無くなる。なら、落としどころまで持っていく、民に負担を与えないところまで持っていって終わらせるべきだろ」

 ああ、そうかと納得する。此奴(こいつ)は筋金入りの阿呆だ。死体など、食われたと言って髪だけ国許に残せばいいものを。それでも、本人なりには真面目に考えているのだろう。いずれ露呈してしまえば、国の混乱の原因となる。

 

「で、だ。前に砂漠見に行きたいって言ったろ。遅まきながら青春ってものをしてみたい。働き詰めだったし」

 楽しみだなー、向こうのご飯美味しいかなー、と間延びした期待の声を上げながら親友が笑った。

 思えば、親友は王としてずっと国に縛り付けられていた人生だった。それでも、それを誇っていた奴が、自分のため、と言っている。

「ターラーはどうするんだ」

「本人の意思次第だな。私に付き合わせるのも悪い」

「オレは付き合わせるのにか」

 驚いたと言わんばかりに丸くされた目に、オレが了承すると信じて疑わなかったんだろう。もちろんするが、そのままそう思わせるのもつまらないように感じた。

「嫌なら、残って好きに生きるといい。私も好き勝手にして生きるさ」

 眼差しは寂しげに、しかし声色は楽しそうに断言される。駆け引きの真似事などしなければよかったか。慌てていることを悟られないように、平成を装って言葉を返す。死に際に、看取るものがいないのはおそらく悲しむべきことだ。

「馬鹿か、お前は。主君について行かない臣下などいない」

 ほうっと小さくため息をついたのを見逃すことはなかったが、反面、表情はいたずら小僧のそれになった。調子に乗っている。いや、どちらかというと、舞い上がっているというべきか。

「居るんだな〜、これが。秦とかに」

「秦か。行かないのか」

「まあ、追々な」

 嘘だろう。口先ではそう言いつつ、既に腹は決めているのだ。最後に砂漠などとは、また奇特なものだ。

「西の土地の砂は、焼くと透明になるらしい。いつか、私もその欠片になる」

 骨を埋めるのは西方に。そう決めているのなら、もう止めることもしまい。最後に一度、親しいものに表付きのことだけ伝えて、全て抱えて死ぬのだろう。

 オレは、その終わりのあり方を決して悪いとは思わない。没するところに伴われるのなら、オレは喜んで墓守となろう。喜んで使いに走り回ろう。最後の大舞台を、拍手喝采で終わらせてやろう。

「楽しみだな」

「ああ」

 

 

 

 そうして、一人の王は故郷から離れた地で死んだ。柔らかな、楽しげな死に顔だった。




カルナは帰郷し、その折に死んだ。
英霊になり、父と同化し、分御霊になり、座に至った。これで、友に会える。そう思い、探したがそこにこのドゥリーヨダナは存在していなかった。王は笑って消えた。春の霞のような、そんな終わりだった。



追記 誤字を直させていただきました。ありがとうございました。


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後の王族の回想

足跡を少しだけ振り返る話。アルジュナ視点。


 カウラヴァの治世は良かった、と口々に言う商人たちがいる。クルから離れ、遠つ国の民となった者たちだ。ドゥリーヨダナの治めた土地から人は減った。それこそ、大地の女神が慌てて引き戻せと神託を下してしまう程度には。

 土地の民たちは、神の治世の今、ドゥリーヨダナの統治よりも秩序正しく、豊かに生きていられる。それなのに、人が流れていくことの歯止めはかけられない。人の世を求め、人は神から離れつつある。

 

 もちろん、土地に残る者たちも多い。しかし、余所者になれど「人として皆尊重されてよいのだ」と知った者たちは、この国のくびきから逃れていく。人の統治が心地よかったものは、徳治を求めて旅立ってしまうのだ。

「貴方の采配は正しいようですよ、スヨーダナ」

 我が従兄弟。宿敵を御していた、徳高き只人の王。民のために燃え尽きた王。

 

 彼が死んでから、彼の遺言に合わせて国は一つとなった。しかし、このような事態が始まり、神の国は少しばかり揺らいだ。ビーマ兄上とクリシュナは、何一つ彼の作り上げた「構造書き」を見つけられず、民の間に残っていた知識は不完全で、良かった部分を引き継ぐことはほとんどできなかった。特に、酒精で悪しき気を払う方法、その酒精の作り方は全くと行っていいほど残らなかったのだ。母親から恨み言のような陳情を挙げられたのも両手の指の数などでは全く足りはしない。

 

「貴方がラサロハだと知らされなかったら、きっと、私は貴方のことを探し続けました」

 凶報が届いた後、あの侍女が鬘と竪琴を持ってやってきて、すべてを明かした。そして、これから彼の復讐がある、と艶やかに微笑んで去っていった。それが、これだ。

 国の統一のために戦争は無かった。しかし、度重なる戦で疲弊するものは多いが、建て直しのために尽力してくれると思っていた人々は出ていってしまった。辟易し消えるもの、神を頼るに足りないとしたもの。理由は様々だが、ドゥリーヨダナのような統治が求められたのは確かだった。そうなると、そのつながりから更に人が流れ出していく。信仰は保たれるが、強固にはならない。神の世は、きっとこれから衰退していくのだろう。

兄上たちは困っているが、それでも、あの男なら仕方ないと笑っている。人の統治もなかなか悪くないものだと、あの男は一生涯かけて証明してみせ、兄たちを納得させた。クリシュナも、頭を抱えながらも否定だけはしなかった。

 

「ラサロハの貴方なら、私は手を取ることができた。こちらに来て欲しかった」

 竪琴の側に活けた薔薇の、花弁が散る。彼が育てたという株を分けられたものだった。

「まあ、来ないのは構いませんが、愛したものをおいていってはいけないでしょう」

 彼の弟たちはもはや一介の諸王だ。彼らは兄の言葉に従い、好きに生きている。責務は果たしながらも、それでも。

「愛していた国民を見放すとは、王失格でしょう」

 屈託ない笑顔を思い出す。打算なく、ただ指針をくれた彼は、誰からも指針を見つけてもらえなかった。墓守となった種違いの兄は、この前の病で死んだ。しかし、表向きはそうでもスーリヤ神に召し抱え上げられたのだろう。あいつなら、きっとそうだ。先にあちらで会っているかもしれない。

 

「さようなら、ラサロハ。わたしは、あなたのあり方が好ましかった」

 パーンダヴァの一人としてではなく、ただのアルジュナとして、あなたに別れを告げよう。もう二度と、ラサロハの姿は追いかけることがないように。




 パーンダヴァ兄弟も、死後、座で会えると思ったら居なくて愕然とする。
 死体はクルに埋葬されることはなく、彼は違う土地のものとなって眠り続けただけだった。その魂は、神代の跡地に残らなかった。


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ほんとうの最期

トゥルーエンドに行き着く話。
これ以上はあまり思いつかなかったので尺を巻きます。今後は何かリクエストがあれば書きます。感想から何かいただいたら、ぼちぼち書こうかと。


「ふっざけんなぁあああ!」

「うるさいぞ、ドゥリーヨダナ」

 叫ばずにはいられないのでとりあえず執務室で叫んだが、とにかく何なんだあの壮大な宮殿。あれでどれほどの民の糊口を凌げると思ってるんだ。くそう、あの根っからのクシャトリヤたちめ。

「挨拶は無事に済んでよかったな」

「あ、それはたしかに」

 絶対に何かやらかすと思ったんだけど軽い熱中症で池に落ちかけたくらいだ。それだって、顔が真っ赤で意識が半分消えてたから大騒ぎになるだけで恥ずかしくはなかったし。強いて言うならバイオハザードになりかけたのが良くなかったくらいだ。あの後に風邪引いて祝賀二日目が地獄みたいになったんだよな。

「最近なんか倒れやすい気がするんだよな」

「働き詰めだからだろう。魂を削っている様だぞ、お前は」

「やっぱりか、ちゃんと休まねば」

 一応自覚自体はあったんだけど、他人から指摘されると凹む。

 しかしまあ、ここまで来たのだ。あとはもう突っ走って終わりまで行くしかない。クシャトリヤらしく死ぬルート作らなきゃいけない。私は行くつもりは毛頭ないが、カルナは天国に行ってくれ。私は地獄だ。

「そろそろ潮時かな」

「譲位するのか?」

「うんにゃ、国盗り。まとめて分捕ってやる」

 やるぞ、と笑えば、カルナも悪戯でも考えてるような顔で頷いた。これだから親友は最高だ。打てばだいたい響いて返ってくる。返って来ないのは失敗しそうなことを止めてくれるときだ。この企みには、不味いとしても乗ってくれるらしい。嬉しい限りだ。

 いい国は、もうこれ以上は無理。色々考えたけど布石だけ打って後始末押し付けてやる。私が死んだあと国民に愛想つかされちまえ。

 

 

「やだー!!ぜっったいにあの疫病神みたいな女だけはよこしてくれるな!!

西の端の地区の統治権だけでいいから!」

「ドゥリーヨダナ?!」

 シャクニ叔父上の賭博は面白いくらい色々な利権を剥ぎ取っていったんだけど最後の方でこれが出たときは流石に駄々をこねた。あの人絶対面倒ごと起こすもんな。あの兄弟だから渋々みんな納得したのに寄越されても困る。すごい美人ってだけで厄介なんだよ。

 

 と、まあ駄々をこねた結果折衷案で12年間追い出すことになった。あいつらとは中年男になる頃にまた会うことになる。やだなー、養子にした子どもがちゃんと成人するくらいのタイミングとか。頑張って礼儀作法と知識仕込んでる最中なのに。もちろん王にはしないけどな。

 彼だけは絶対国外に逃すのだ。血が繋がらなくても我が子は我が子だ。クシャトリヤでも只人になっていいのだ。

「悪いな、シャクニ叔父上。だが、」

「お前が考えてることはわかるから気にするな。あと、悪いと思うならクシャトリヤの女を娶れ」

「それだけは絶対に断る」

 いいぞ、と笑いつつ髪をグシャグシャに撫でて提案した叔父上の言葉に、どうしても抵抗しかできない。奥さんもらっても幸せにできないんだから嫌だ。彼女たちにだって人権はあるんだ。趨勢を担う、いまの世界で主権を持ってる男たちの好き勝手な欲の対象じゃない。対等に求めて、対等に戦える人たちだ。そんな人たちを押し込めるのは、たとえエゴだと笑われても嫌だ。

「お前らしい。まぁ、好きにしろ」

「ありがとう、叔父上」

 

 

 

 それから、一つにした国を12年かけて統治した。心労と過労で死にそうだった。でも、決して無駄にならない時間だったと思う。

 1年から2年は洪水が起きないよう治水した。どうしようもない洪水で流されることは少なくなった。完全になくなることはなかったけれど、それで良かった。

 2年から3年は橋や道路を直して回った。人の行き来が多くなり、活気が出た。

 4年から6年まで、国内の畑を豊かにすることに集中した。食べ物が少しずつ増えて、人も少しばかり増えた。

 6年から12年は、すべての国民のために富と平和を求めた。恐怖も飢えもない、そういう国になるように。

 

 そして、12年して戻ってきた王たちは、開戦した。沢山の兵が居た。兵士を家で待つ妻子が居た。これだけの人々を死なせたくなかった。でも、もうこれ以外、ないのだ。ここまで来たら他の道は無かったのだ。

「思えばだいぶ遠くまで来てたんだな、私たちは。そうだろ、カルナ」

 そうっと、傷をつけないよう気をつけて親友の首を持ち上げる。矢で飛ばされた首は、きれいに刎ねられていた。それこそ、彼の胴と縫い合わせるのさえ容易いほど。

「おまえは、満足して死んだんだな」

 綺麗な、戦って死んだ者とは思えないほど穏やかな顔をしている。鎧が無い親友の体は武人らしくも、たやすく事切れる人間らしい体だ。ただの、普通の人間のようだった。

 それからしばらく彼の首を眺めて、針と糸を取る。夜明けまでにはすべて縫い合わせてしまいたい。できれば刎ねられたままでなく、綺麗な形で弔ってやりたいのだ。それが侮辱になるとしても、罪人の様な首の無い遺体のままでは、嫌だ。

 一針入れるごとに、視界がぼやける。喉の奥から、異様なまでに息が震えて出てくる。明確な音にならない声になる。それでも、縫わなければいけない。弟たちは全員縫って、皆弔ったのだ。親友も、そうしなければ。肉親と同じほど慈しんだ、無二だった大事な友なのだ。人生を振り返ってみても、これほどまでに多少の裁縫ができたことを喜んだことは無い。

 明日、私も死ぬ。お前は、許してくれるか。生き延びろといったお前は、怒るだろうか。もう二度と再会しないと知ったら、どう思うだろうか。

「やっぱり、私って卑怯者だなぁ」

 さようなら、私の親友。どうか安らかに眠ってくれ。あわよくば、私のことは忘れてしまえ。




 彼は戦士として死んだ。
 しかし、死んだ場所はクルから少しばかり、外れたところだった。戦場を引き伸ばし、引っ掻き回して、国から出て死んだのだ。
 彼は、英雄だろう。しかし、どこにも英雄の形は残らない。彼の姿を求めるなら、書物と街を見よ。過去治めた人々を見よ。そこに、彼の魂はある。


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エピローグ

すべて終わったあとの話。
一応主なエンドはあの2つで、バッドエンドは道半ばでの過労死です。バッドエンドではそのまま騒乱になる。

リクエストがあれば活動報告へのコメントにお願いします。


エピローグ

 

 気がついた頃には、部屋が暗くて、布団の薄い布がいい具合になっている時間だった。……暗くて少し寒い?

ということは、

「うっわ、今何時?!」

 がばっと起きて時計を確認すると、夜の八時。ダメだ、完全に寝てた。クーラー切れてたからどっちかというと気絶かもしれないけど、めちゃめちゃ長い時間寝てたらしい。

 これ、大丈夫かな。今夜ちゃんと寝ないと明日に響く。それは流石に辛い。明日は教育実習の挨拶に行かなきゃいけないのに。

 

「ごはんよ〜」

「はーい」

 とりあえず体を起こすと、畳にそのまま倒れていたせいか、かなり痛い。ご飯を食べて、風呂に入って、寝よう。課題はもう少しあとでもいいや。

 そういえば、すごく楽しかった記憶がある。ぼんやりしてるけど。

「なんだか不思議な夢だった気はする」

 多分、いい夢だった。とても泣きたくなるくらい、楽しくていい夢だった。

 でも、もう起きたんだから、忘れるものだ。忘れなきゃいけないものだ。

 腕時計を探して周りを探ると、何かに手が触れた。拾ってみると、見覚えのない髪飾り。綺麗な色付き水晶と飾り紐の、高価そうな。

「こんなん持ってたっけ……福袋のかな」

 まあ、ここにあるんだったらちゃんと買ったものだ。大丈夫。私のだ。でも、しばらくは使わないだろうそれは、戸棚の奥に、箱にしまって押し込めた。髪が長くなったら使おう。それまで存在を覚えてるか心配だけど。さて、ご飯食べて頑張ろう。

 ふすまを開けて繫げていた隣の部屋で、神棚の、その炎が大きく揺れた。

 

 

 

 母上、いや、父上か。どちらでもいいが、私の親は死んだ。今は、銀髪の侍女に支えられて生きている。直に、私も成人して一人で生きていくだろう。

 彼の人は、私が元服し参戦することを良しとしなかった。そして、私だけが生き延びた。本当の親ではなかったが、心から愛されていたとは思う。

 だから私はこれからも、精一杯生きていこう。彼の人が望んたように、私は私の人生を送る。そして、天国に行ったら、あの人にやり遂げたと伝えるのだ。貴方の、ドゥリーヨダナの息子は立派に生き抜いたと。

「ターラー、あなたから見て、私は彼の人の求めるように生きて行けているだろうか」

「それは、あなたが決めること。私に聞くことではないですよ、若君」

「そうか、人生は難しいな。父も、こんな気持ちだったのだろうか」

 私の呟きに、侍女は曖昧に笑っただけだった。

 

 

 地獄で炙られる弟たちを見て、ユディシュティラは激怒した。私が天国で、彼らが地獄にいることがよほど気に食わないらしい。

「あれだけ不正、不実を重ねたのによく言えるな」

「確かに、お前からしてみればそうだろう!だが私も神の法を守った!誠実に生きたのだ!」

 従兄弟殿が吼える。ああ、ちゃんと肯定できることはいいことだ。お前らのことは嫌いだったけど、そのあり方は悪くないと思う。そして、こんなことに使われる我が身がひどく惨めだ。やっぱり舞台装置からまだ外れることはできていない。じわじわと、私の足元にも火が迫る。

「弟たちが地獄で焼かれるならば、私とて焼かれなければならぬ!」

 激昂したまま、そう叫んだ瞬間に空間が歪み、緩み、変わる。やっと、やっと解放されるか。良かった。もう、暗い中でずっと待っていなくても構わないのか。

 風景が変わる。神の花園、死後の楽園に。ここはお前たちのいる場所になった。私がもう帰る時間になった。

「良かったな、お前らはここで幸せになれる」

 さて、今度こそサヨナラだ。さよならだけが人生なのだから。もともと、なんの変哲もない人間が、よく頑張ったと褒めてくれたっていいだろう。私だってもう疲れたんだから休ませてほしい。

 

 ユディシュティラがそちらへ向かったあと、足元の暗さが影になり、体を覆う。振り返ったユディシュティラたちやカルナ、アウシュヴィッターマン、ドローナ師、縁のあった人々が驚いたようにこちらを見ているのが、遠くに見えた。なんでそんなに驚くのだろうか。私以外、救われたというので十分だろうに。

 まあ、私だけいないのは大したことじゃないだろう。他のみんなで幸せに済めばいいだろう。お前たちのための大団円に、なんの問題があるだろうか。無いだろ?

「さよなら、我が人生」

 影の中は水で満たされ、意識が溶けていく。最後を任せてごめんな、ターラー。それにヴァルナ神も。ありがとう。貴方がたも、末永く幸せに。




あの子供が消えたあと、幸せなはずの楽園には暫し悲しみがあった。「彼女」は水の流れのままに、もとの場所へ戻るだろう。それを悲しむのは、的外れの行為ではないだろうか。私とて、少し寂しいと思わなくもないけれど。さようなら、我が王。私を拾った、優しい子。


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GrandOrder編
布石


取り戻したい人と幸せな人の話。


 いない、いない、いない、いない、いない。どこにも、いない。姿どころか気配も何もない。

 何故、何故だ。生き延びると笑っていたはずだ。そうでなくともこちらに来るだろう、なのに、何故……

 

 待てど暮せど、彼は来ない。あの優しい人間は、我々の従兄弟殿は、英雄には決してならないというのか。それだけの功績があれど、望まないのか。弾かれているのか。誰に、何に?

 

 思考を巡らせていると、不意に声が聞こえた。音ですらない、ただの意識を流し込まれたようなそれに、不思議と抵抗できない。ただ流されるままに思考に答える。

「彼は永遠を望まない」

 だが友情は望み、友として親しまれることを欲した。そういう者だったはずだ。

「彼はあの世界で愛することを求めない」

 それは自らの体が半端であると思ったからだ。いつだって、相手のことしか考えていなかった。

「あの子には、帰る場所があった。ここではない、もっと大事な場所があった」

 信じない。信じたくはない。それなら、オレたちがしたことは何だったのだ。繋ぎ止めんとしたことは、全て徒労だったというのか。

「あの子は、王になるために空っぽになっただけだ」

 オレたちでは満たせなかったのか。取り戻したいと思うことは間違いなのか。

 否、違うだろう。求めていいと、そう告げたのは奴だ。手を伸ばせ、掴めと唆したのは奴だ。そういう心の種を埋め込んだのは、あの親とも等しい人だ。

 

「取り戻す。嫌われようが構わない」

 自由に我欲を持っていいと言ったのだ。求める心から何かしらのものが生まれると、それだから良いのだと言った。負から、正から、どんな心からでも、何かしらのものが生まれるからいいのだと確かに彼は言った。

 本人がそう言ったのだから、良いだろう。なあ、ドゥリーヨダナ。

 

 

 

 

 

「チョコレート美味しいなぁ」

 課題をしつつアクセサリー素材を漁っていると、なかなか良いメタルパーツをみつけた。太陽のモチーフだけど、これ案外イヤリングとかにするといいかもしれない。カルナの耳飾りみたいなデザインにできる。かなり小ぶりだけど。

 ちょっと未練がましいかもしれないけど、私はまだあの夢からインスピレーションを引き出したいと躍起になっていた。

 あの夢には妙に現実味があった。後から少しずつ掘り返して考えたら、結構納得行く終わりじゃないかと思う。自分があの夢の中のドゥリーヨダナだったとは信じないけど、なんとなく。

 だって、最初から帰りたかったんだ。王様はお仕事です。帰って来て、全部いい体験だった、って血肉にしてお終い。楽しい部分もあったんだけど、私は最後にはどうあがいても彼らより先に死ぬ。仮に神様みたいに長々と、天国で生きていたら多分心が先に死ぬ。楽園って平穏だけど、つまらなさそうじゃないか。だからこれでいい。

 私は何かしていないと生きて行けない性質なんだ。だからこその小説書きのオタク。だからこその多趣味。

 あ、でも、次あったら殴られそう。いやだな、カルナ馬鹿力だから頭が凹むかすっごく大きなタンコブができそうだ。

 嫌いじゃなかったよ。心からみんな愛してたよ。でも、私の本体はこっちだからね。謝る相手は、もういないから気にすることもないんだろうけど。

 それでも、もし会えるとしたら、今度こそちゃんと友達になれると嬉しいんだけどな。二度あることかも知れないし、そうなったら三度だって起きるはず。

 あ、でもビーマとクリシュナとは嫌だ。あいつら絶対悪戯は倍返しにしてくるし。ターラーは幸せになったかな。伴侶居たんじゃなかったっけ。あのあと、良い人出来たかもしれないし、本当に幸せであってほしい。私も今、幸せだからね。先生にもなれそうだ。夢が叶うのって、夢の中でも現実でも嬉しいんだね。

 教育実習に行った先ではまあ上々、という程度のことで先生から合格はもらった。これからはもっと、本腰入れて頑張らなきゃいけない。あとちょっとで、手が届く。あとちょっとなんだ。

 

 口に入っていたチョコを飲み下して、次を摘む。齧ったチョコにオレンジピールが入っていて、ふと実習先にいた橙色の髪の女の子、藤丸さんのことを思い出した。面白い話があってな、と話したらすごく嬉しそうに聞いてくれた子だ。世界史クラスタの素質があると思う。ニーベルンゲンの歌やアーサー王伝説のあたりのことだったから、もしかしたら神代に興味があるのかもしれない。

 もっと、面白いって言われる授業したいなぁ。できれば、あの子の授業を受け持ってみたいなぁ。




ドゥリーヨダナの中の人は幸せです。
ドゥリーヨダナという役割は悲劇的でも、本人の望みは手が届きつつある状態で、いつも通りに生きていく。

そしてここからFGO編です。のんびり更新。


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はぐれ召喚と契約

止まり木になる話。
難産でした……なんだかドゥリーヨダナ主の一人称とか色々なものが揺らいでいたので、まだ暫くはうまく行かないかも。書けるだけ書きます。

主人公の名前決めました。出身のことは後々(英霊剣豪七番勝負とか)で使えるような設定にしようとしてそうなってます。


 

 燃え盛る街、というのはなかなか壮観。というか何これめちゃめちゃ暑い。

「えっと、冬木……冬木ぃ!?」

 看板で現在地を確認すると、大好きなゲームのあの土地と同じ地名。周りは相変わらず非常事態の大火事大惨事。避難することもできないか、それとももう逃げられる人間すら残っていないのか、人っ子一人いない。うそやん。こんなところでトリップとか嬉しくない。似た語感としてドリップコーヒーを所望する。徹夜にキくのだ。

 ……待てよ、あの研修先の藤丸さんって、まさか。よく似てたし、平凡なのか非凡なのかわからなかったけどまさか、主人公?もうエンカウント済?

「あっはは……マジかよぉ」

 神様、これ嘘ですよね。やめてください死ぬ。今度こそ本気で死ぬ。あと一年ちょっとで私も夢が叶うところだし、前みたいに救いのあるやり方にしてくださいよ本当に頼みますから……

 

 と、思って頭抱えていても仕方ない。生まれ育ちは備州、武士の末裔な上にガチ総大将も(異世界だけど)やったこの身の上。やばいことぐらいは分かるのだ。

「うーん、しっかし私ができるの棍棒とカバディが主だしなぁ」

 本当にここが序章のあの冬木なら、私すぐ殺されかねないしな!着ている服は現代服……じゃない。ラサロハ衣装でもなく、ドゥリーヨダナだった頃の平服だ。強いて言うならアルジュナの第三再臨衣装に近いか。あれをもっとちゃんとインド服らしくしたやつ。よく着ていたオリーブ色の生地に金の刺繍の入ったそれはあまりにも懐かしく、そして着て修練をしていたことを思い出させて少しだけスイッチが入り直す。何もなければ無いなりに仕方はあるが、しかしながら馴染んだ棍棒がないのは心もとない。

 

「……と、思ったが。こんなところにあるとはなぁ」

 無いと思ったはずなのに、さっき気が付いた所に愛用の棍棒が無造作に投げてあった。おかしい。しかし、都合はいい。徒手で生き延びるにはいささか力が足りないから仕方ない。ゲーム仕様ならステータスが物を言うんだが、私のクラスとステータスはどうなっているのやら。棍棒を拾っても前の感覚と変わらないからきっと筋力は前世基準なんだけども。早いところ知らねばならない。

 

「きゃああああ!」

「おや、面倒な」

 前方約500mのところに銀髪の女性と妙な生き物が見えた。ありゃどう考えても所長さんです。なんてこった。骸骨だけなら楽なものを。こちとら救助とか得意ではないんだ。

 しかもこの距離。遠いから瓦礫から手頃なのを拾い上げたつぶてを投げて崩すのが精一杯。でも、やるしかないね。

 スキルが上手く効きますように。

「〈智者の弾劾〉っと。そーれっ!」

 頭に思いついた言葉が多分それだと思ったから口に出し、石っころというか瓦の破片を幾つか全力投擲する。

 

 ガシャンと、どうやら崩れたらしい音がした。でも油断はならない。裸眼だと目があんまり良くないから投げたあとに近付いて確認しなきゃいけないのだ。

 駆け寄るのはつかれるから、ゆったりと歩いて彼女の方へ行く。さっきはよく見えなかったけど、近くで見ると別嬪さんだ。この人が消えちゃうのかぁ。ちょっくらカルデアまで連れて帰ってあげたいところだ。スキル的にあれがあるなら何とかできそうだけど、あるかなぁ。

 

「こんばんは。大丈夫ですか」

「ひっ、助けて……!」

 いきなり骸骨が崩れた原因だからか凄く警戒、と言うか怯えられてる。ううん、やだなぁ。寂しいものがある。私とて人間だ。前世スキルがインストールされたところで一般人でしかない。

「あの、私一応は一般人なんですが」

「嘘よ……!だって、そんな格好に膂力なんて!」

「それがいきなり火の海に立っててわけが分からんのですよ」

 何かご存知じゃないですか、と続けて話すと、え、とか、うぁ、とか混乱の極みみたいな声しか出なくなった。ごめんね、いっぱいいっぱいなのはわかるんだけど話してもらわなきゃ本当に土地勘すらなくてなんにもわからない。助けたくとも無理。

 

「所長!」

「マシュ!あと貴女は居眠りしてた一般人!」

 遠くからさっきの声を聞いてやってきたのか、やってきたのが藤丸さんとマシュちゃんである。やっぱりエンカウントしてた。マジかよ。なんであのときは気づかなかったんだろう。

「先生?!なんでここにいるの!?」

「藤丸さん、私も聞きたいくらいだよ」

「先生?どういうことよ」

 私の身元が意外なところから分かりかけたことで少しだけ警戒心が薄れたらしい。良かった、にっちもさっちも行かなくなりそうだったから助かった。

 しかし、この焼け野原のど真ん中でずっと話をしているわけにも行かないだろう。手短に、手短に。

「私は八百坂燈(やおさかあかり)。✕✕大学の学生で、彼女の中学校で研修をさせて頂いていました」

 彼女は迷ったように藤丸さんの方に視線を視線を投げかけて、頷いたのをみて、大きく息を吐き出した。

「教師の卵なの、貴女」

「ええ、この状況は、私にもよくわかりません。場所を変えてご教授いただけませんか」

 前世がインストールされるとか、普通はわかるはずもない。何が起きているのか知りたいのは本当なんだ。情報を一部カットしてるだけで嘘なんか言ってない。

 しばらく黙って、でもマシュちゃんと藤丸さんを見てからこっちを見た。強い目だ。とてもいい目。でも、苦しんでいる色のある、少しだけ悲しい目をしている。

「……いいわ。でも、信用できません。レイポイントを設置した後、私と契約しなさい」

 私の前で生徒の事を罵倒するのは憚られたのだろう。彼女は聡明だ。追い詰められていても、多少の政治的判断もできるんだと思う。とても、しっかりとしている。努力であっても、いや、むしろそうであるならば更に評価されねばならない。この年で狸になるなんてよほどのことがない限りありえないだろうから。

「え、先生いいの?」

「ええ。それで信用していただけるなら構いません」

「そう。私はオルガマリー・アニムスフィアよ」

 手を差しだして握手。ちょっとは、前進できるだろうか。

 

 レイポイント設置はつつがなく。私は初めて見る魔術に興奮してた。だって生でこういうの見れると思ってなかったからワクワクする。オカルトはだいたい読んで手順知ってるけど、マジモンのは久しぶりだ。マントラとかそこらへんのは前回のインドで見た。あれも覚えてる範囲なら、こういう魔力が濃い古代インドみたいなとこならできそう。

〈良かった、繋がった!〉

 食い入るように作業を見てたら、わりと会話が進んでた。全然集中して聞いてませんでしたごめんなさい。

「ちょっと!なんでロマニが仕切ってるのよ!レフ!レフはどこ!レフを出しなさい!」

〈うっひゃあ!しょ、所長!?生きていらしたんですか!しかも無傷!どんだけ!?〉

 このまま続けてもらってもいいんだけど、なんか長いなぁ。

「生存者に医療チームトップ以上の人材がいない……?」

「そんな、じゃあマスター候補生は?」

〈47人、全員危篤状態です。医療機器が足りず、〉

「何をしてるの!すぐ凍結保存に移行!蘇生方法は後回し!死なせないことが最優先よ!」

 うん、流れは知っているけれど、彼女の判断は正しい。

「第一、47人の生命なんて背負えるわけがないじゃない……!」

 二人が何とも言えない、失望したような顔をしているけど、大人がみんな、軽々と人の命を背負えるわけがない。

 私は総大将で何千人もの命を預かった。でも、何度やってもそんな覚悟は軽々決めきれるものじゃない。しかも、彼女はうら若き魔術師。人の上に立つことだって、きっと慣れてないんだから難しいことだ。

「ミス・アニムスフィアの判断は正しい。いくら大規模研究機関の所長とは言え、人間の命を軽々背負えるものではないよ、二人共。それが普通だ」

「え、でも」

「その前にここから帰れないことが問題。全員死んでしまっては、おそらく考えるのも恐ろしいことになる」

 人理修復のナビゲートは多い方がいい。それに、私のゲーム開始時からの推しなんだよね、オルガマリー所長とドクター・ロマン。二人ともすごく好きなの。守りたい、この笑顔。

 

 と、帰ってきたらしいアーキマン氏が映像に写って、情報交換をひとしきりしたあとでこっちを見てギョッとした。ちょっと失礼じゃありません?というか気付いてなかったんだ?

〈うわっ、初めて見る人がいる!?〉

「初めまして、ドクターロマニ……で合っていますか?」

 知っているけど、一応確認。じゃなきゃ、随分変わっていて不審がられるかもしれないし。それはそれでとても面倒だからね。

〈ああ、それで大丈夫です。ご丁寧にどうも……って、嘘だろ!?〉

「ドクター、どうしたんですか」

〈この人デミ・サーヴァントだ!〉

 バレた。というか、ちゃんとデミ鯖だった。まあ、数値とか確認したらすぐ分かるよね。作中で生身の人間か判定してたくらいだし、できないはずもない。

〈クラスはバーサーカーで、しかもこの数値レアリティ5!?〉

「ありゃ、それなら結構戦えそうですね。重畳重畳。」

 やっぱり前のスキルとか全部引き継いでるんだろうか。能力数値が高い半神、プライスレス。そしてお陰様で少しだけ余裕で賢人じみたキャラとかできそう。

〈わぁ、なんか凄く厄介そうな人だぞぅ……なんだか非人間臭がする気が〉

「ファーストコンタクトから随分酷くありませんか、ミスター」

〈ちゃんと礼儀正しいところがすごく胡散臭い〉

 なんだろう、物語後半のマーリンに似た対応な気がする。コイツが悪い感をドクターに持たない代わりにドクターから嫌われそうって、かなり心折れそうなんだけど。それとも、ドクターってもともと一部にはこういう対応の人なの?

「ドクターがそんな風に対応するなんて、初めて見ました……」

 違うらしいね、困ったね。素直にさみしいです。拗ねるぞ。

「私の何が悪いんですか……」

〈え、あ、ごめん……気のせいかな……

 キミと契約できるならオルガマリーも安全だと思うよ〉

「お墨付きがもらえるのは嬉しいですね。じゃあ、契約しましょうか、ミス?」

 とりあえずスペックは問題なしということだろうと思うことで揺らぐ自信を落ち着かせる。オルガマリーとの契約、うまく出来るかなぁ。

「え、ええ。……本当に、いいの?」

「いいですよ。私どうせ半分人間の半端者ですし、信頼できそうな、支えの必要な人と契約したいですから」

「そ、それならいいけど」

 俯きつつ、それでもしっかりと契約印を結んでくれる。やっぱりかわいいのだ、この人は。頑張る。ちゃんと、この素敵なマスターを生き延びさせてみせる。

 

「さて、契約も結んだところで、今後の行動の確認をするわよ。今この時点をもってマスター、藤丸立香とサーヴァント、マシュ・キリエライトを特別調査員に任命します。目的は、特異点・冬木の発生原因の調査・発見。いいわね」

「「はい!」」

 力強く断言したオルガマリーに、二人共特に異論はないように返事をした。オルガマリーも、私が契約できたことで背負っていた荷の幾らかが降りたのだろう、ホッとした顔で指揮官らしく振る舞えていた。デミとはいえレアリティが高いサーヴァントってこともあるんだろうけど。とにかく彼女の身はしばらく安全とわかったようなものだからだ。

 

 まあ、人間らしい扱いされなかったら反旗を翻すつもりだし、そうじゃなかったら甘やかすし、できればずっと交流したいものだと思う。

 さて、始まったばかりの序章。来てしまった以上は、私は出来る限りすべてを変える。悲しい最期よりも幸せな大団円を。止まり木として、少しばかり導く者として、ここで奮闘しようじゃないか。




・八百坂燈(やおさかあかり)
デミ鯖になった。設定見直して思ったけど、割と素が非人間じみてる。推しはロマニとオルガマリー。
本人はロマニに嫌な感じがしない代わりに、ロマニから非人間臭を感じてファーストコンタクトがちょっとアレ。ロマニに嫌な感じがしなかったのは土台の燈が外部の人間だったから。


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情報確認と援軍

すすめ具合がなかなか微妙なところ。
一応は大まかなところだけは決めています。目下、オルガマリー所長救済の方向で。


 サクサク倒せる骸骨たちを崩して、漁港や大橋を探索する。その間、一応ズレのないようにしっかりとオルガマリーから情報の聞き取りをして、持っている知識とすり合わせる。

 多少ズレがあったところは難しそうだけど、概ね把握はできた。固有スキルとかについては私の持ってる物に微妙な部分があるから、その辺が少し心配な程度だ。

「へー、聖杯に人理、それに修正機関ねぇ」

「案外驚かないのね」

「まあ、いちいち驚いていても仕方ないですしねぇ」

 もう素で行くことにして気の抜けた返事に徹することにした。前々からだけど、小説書いたり締め切り前だったり以外であんまり根を詰めたりとか精神を追い込むの好きじゃないんだよな。

「そういえば、八百坂先生は宝具の展開はできるの?」

「出来るよ。第三まであるんだけど、使えるのは今のところ第二と第三くらいだなぁ。戦闘に使えそうなのは第二宝具だけみたいだ」

 今度はさっきと違って、念じれば思う通りに子細が分かる。第一宝具は一度限り、アーラシュとはまた別方面で本当に一度限りの技。第三宝具は、生きている人間や戦うためには使えはしない。だけど、第三宝具はここではとんでもない効果を発揮できそうで重畳。いやはや頼もしい。そして一つしか大丈夫そうな宝具ないってどういうことだ。対軍宝具だからしばらく重宝しそうだけど。

「まあ、キリエライトさんは多分別の要因、ストッパーか何か掛かりっぱなしの状態なんだと思うよ。きっかけが出来ればいいんだけど」

「そ、そうなんですか……」

「まあ気負わず、それなりに打開策考えればいいと思うよ」

 無責任だけど、それしか言えない。私もデミ鯖だからうまく発破掛けられるとも思えないのだ。エキスパート捕まえてなんとかするしかない。

 周りは教会跡に近づくにつれてどんどん火力も変わっていってる。だいぶ倒壊が酷いな。「何か」を見つけるなら急いだほうがいいかもしれない。

 

 ……にしても、だ。話を聴いただけでも相当大変なのに、オルガマリーみたいな特に後継者教育を受ける前の年若い魔術師が引き継いだと思うと凄く……心が痛いです。

「オルガマリー、いや、マスターは頑張り屋さん過ぎるよ。そんな細い肩に重たすぎるもの載っけてさ」

「え、は?」

 良くできました、と頭を撫でると、えらく動揺してるみたいだった。うん、褒められ慣れてないんだろうなあ。よし、これからカルデアで目一杯甘やかしてやろ。私のほうが年下だけど、年功序列とか儒教圏だけだし。あ、日本は朱子学の影響だからね。やっぱり中韓に比べると制度の重さが軽い。向こうはかなり主たる宗教だもんなぁ。

「頑張り屋さん過ぎると壊れるよ。私の家族にも一度壊れちゃった人がいるから、マスターにも頑張りすぎてほしくないなぁ」

「?!」

 ぎょっとした目でこっちを見る二人、目があっても慌てて目を逸らさなくていいから。特に不都合とか無いから。

 実話だけどね、脳が壊れるって本当にやばい。だって、ずっと薬飲み続けても緩和しかできない。絶対に戻らないんだよ。不可遡と言うんだっけ。溢れたミルクは皿には二度と戻らない。

「あの、凄く聞いてはいけないことを聞いてしまったのでは?」

「うん?うつ病なんていつ誰がかかるか分からないからね、知っておくに越したことはないよ」

「ええ……ヘビィすぎるよ先生……」

「はは、怖くなったろ?だったらみんな無理しちゃだめってことだよ。それを教えるのも教師の役目。受験うつとかもあるから、本当に年齢なんて関係ないんだ。気をつけようね」

 うつの話から大人しくして頭を撫でられてくれたマスターから手を退ける。

 

「さて、奴さん出てきたよ」

〈四人とも、逃げるんだ!その反応はサーヴァントだ!〉

「うそ!?」

「いや、同類だな。聖杯戦争の変種だろうと思うよ」

「なんであなたはそんなに落ち着いてるよの!」

「あの速さだと逃げられない。マシュ、マスター二人を頼むぞ」

「え、あ、はい!」

 どさくさ紛れにマシュ呼びしたけど、長いからね。しかし、アタッカー一人でどうにかなるかな、なるといいな。

 

 まず適当なつぶてを投擲、っと。一匹倒せた。次は、足元と手首狙ってそぉい!

「当たった!?」

「バーサーカー舐めんな、繊細な操作もするに決まってるさ」

本命をまず行かなきゃ、生存率は高くない。さてさて、行けるかねぇ。行くしかないけどね。

 

 さぁてまずはおおきく振りかぶってー!

 

 ドゴォォォォオオっとすごい音とともに、必要以上に力んで叩きつけた棍棒がめり込んで地面まで割った。

 ……嘘でしょ。神代インドでもここまで地面凹まなかったのに。

「たお、せた……?」

「す、すごいじゃないバーサーカー!」

「うーん、名前で頼める?しっくりこない」

「あ、ごめんなさい」

 初撃で倒せた衝撃が頭をくらくらさせる。能力盛りに盛ってません?

〈まだ来る!マシュ、八百坂さん!〉

「はいよー!そっち頼むね!」

「了解です!」

 

 ボウフラかよと思うほど後続が来る。あの真っ黒サーヴァント倒したら少しは楽になるだろうし、頑張るか。二匹目仕留めりゃ後は四匹だ。

 

 

 とまあ気張ったはいいけど、疲労は溜まる。肉体ではなくて精神に。しかもさ、盗み聞きの輩がいるとなれば余計にだ。二人、いや三人ともまだ気づいてはいないみたいだけども。

 そろそろ、盗み聞きの猛犬にも出てきてもらわにゃならない。放ったままでも話は進むまい。少し合図して、マスターに告げると体がこわばった。大丈夫、絶対守る。様子が変なのに気づいて、マシュと藤丸さんも硬くなった。

「そろそろ出てきたらどうかな」

「あー、バレてたか」

「そりゃ、デミとはいえサーヴァントだからね」

 気づいたのは少し前。ドゥリーヨダナだった頃に暗殺だの何だのを一通り経験しててこれほど良かったと感じたことはない。嫌な慣れだけど、気づかないよかずっとマシだ。

 青いローブに青い髪、魔法の杖を持ったその男は、相当強い力を持つドルイドだ。私のレベルそこまで高くないし、今戦ったらぎりぎり勝てるかなぁ。バーサーカーだし、すぐ倒れたりしないだろうか。マスターの調子も心配だ。

[どうするかな、マスター]

[そのままで。どうなるか分からないから、ずっと警戒していて]

[イエス、マム。マスター、いざというときの結界の準備は頼むよ]

 怪しいことには変わりない。物語どおりとは限らないのはさっきの説明のところで実感済みだ。

「単刀直入に言おう、手を組まないか」

 怪しいよ、青キャスター。知ってるけど交渉はトップに譲らないと体裁がまずいからどうしようもないし、手短に早めに頼む。

「信頼に値する情報と証拠があれば」

「いいぜ、俺にわかる範囲で話そう」

 

 マスターに任せると精神に負荷かかり過ぎるのが心配だけど、頼むしかない。

 ドクターのサポートもあるとは知ってるけど、これから本当に大丈夫だろうか。それと、ちゃんと私も第三宝具展開できるようにしなきゃいけないな。




ちゃんと第三宝具の名前をまだ考えてないので、もうしばらくあとに出てきそう。
一応性能と使いどころだけは確定させているので、辞書を引きながら唸ってます。


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サヨナラだけが人生、ではなく

究明と救済。なんとか思いつきました。
第二、第三宝具も出ます。狂化もあります。




 青いキャスターことクー・フーリンとの情報交換はかなり有益だった。トップ役じゃなくて良かったと思ってしまうのは、私の根が変わってないからかもしれない。一時はやっていたとはいえ、情報処理が苦手だからこういうのはできる人に任せるに限る。でも、任せると言っても意見を聞かれたら言えるようにしておくのが最低条件だ。誰かひとりに責任おっ被せることになるのはいただけない。

 

 で、得た情報は原作の通り。この歪みきってるらしい聖杯戦争と、クー・フーリンと敵対しなくていいこと、それにやっぱりラスボスは洞穴にいることがわかっただけでもかなり助かる。

「ところで、そっちの嬢ちゃんは宝具が使えねぇんだな」

「は、はい……どうしてなのかは分からないのですが」

「お、じゃあ訓練してみるか?」

「え?」

 この時点で嫌な予感がしたからそっとマスターを引き寄せて藤丸さんとの間に隠す。さて、この男はどうするつもりなのか。

「厄寄せのルーンを刻んでっと」

 あ、そこは普通に電柱に刻むのか。でも、なんとなく半径どれくらい、とか決まってそうでそっちの方が怖いな。

 あ、三人とも厄寄せって聞こえなかったのか首かしげてる。これ、集まってきたらパニックになるな。

「ぎゃああああ!?」

「いっぱい来たー!?」

「せ、先輩と所長はこちらへ!」

 わらわら集ってくるのを見て思う。これはまずい。想像よりずっと数多すぎて最後にゃ私も多分へばる。殴れば済むってもんじゃない。

「まずは嬢ちゃんに精も魂も尽き果ててもらうって寸法だ!冴えてるなオレ!」

「もしかして馬鹿なんですかー!」

 考え方は良いと思うんだけど、やり方が拙すぎるね!

 というか、

 

「なんで私は分断されてるのかな!」

 

 ルーンなのか意図的な風に押されて身のこなしがちょっとは強そうな方に連れて行かれた。しかも集まってるやつも完全にヤバそうなやつばっかりこっちに流れてきてるんだけど何これ!

 

「そっちはそっちで体の動かし方思い出せよ!アンタも感が鈍ってんだろ!」

「バレてたか」

 

 実は、三人の前で宝具を出してないのは、まだ微妙に感が取り戻せてないから不安だったっていうのもあってのことなんだ。できないわけじゃないけど、対軍宝具ってのがどの程度効くのか全く分からない分余計に怖い。

 

「まあ、アンタも精魂尽き果ててくれや!」

「結構。代わりに後で一発殴らせてもらうからな!」

 一言も言わずにこんなことしたのに対しては殴らせてもらいたい。駄目だったら今度から地味な嫌がらせをしてやろう。一人分おやつがないとか。

 

 

 

 

「ああ……ああぁあああ!!」

「宝具……!」

 分断された向こう側、大きく発現して防ぎ切る盾の姿が見える。行けたんだ、一つ目の壁の向こうに。受け持ちの生徒ではないけど、やっぱりなんとなく人の成長は喜ばしい。目に見えるのは、余計に。

 

「私もやってみないとな」

 なんにもわかんないけど、発動だけは分かる。制御確認も兼ねてやらないと。

 

「人の(すべ)、神の(ごう)。全ては次なる世への足がかりに過ぎぬ。ならば全て壊し尽くせ、〈終焉の嚆矢(ブレイク・ザ・キーストーン)〉!」

 

 するりと出てきた言葉はあまりにも味気なく、私が持っていた威力への懸念は一気に吹き飛んだ。辺り一面更地にできる、というか自制か何かない限りこれはだいたい更地にできる。さっきまで敵がわんさか居たところなんてドロップの骨しかない。

 やっぱり、諸悪の根源の性質が強めなんだな。もともと中の人入りの性質じゃなくて良かった。微妙にいろんな背景が合わなくなりそう。

「バーサーカーのクラスも、これなら納得できるか」

 ドゥリーヨダナの存在からかなり逸れた宝具が出てきやしないか心配だったんだ。特定の地域と時代の破壊者としての面が強いなら、まず逸れる心配はいらないだろう。第一と第三宝具の方は私だった方のドゥリーヨダナに寄ってるものだから、バランスとしては多分トントン。というか攻撃宝具しか基本使わないからトントンよりは原典に寄るか。

 ……まあ、それはいい。合流しないと。

 

「おーい、そっち大丈夫?」

「先生さっきすごい音と破壊音しましたけど!?」

 周りに気配もないし、神経を尖らせなくて済むから、ゆったり燃え残った全員のところに歩いていく。めちゃめちゃ焦ってる藤丸さんが目を剥いた。すごく漫画チックな表情だなぁ。可愛いけどコミカル。ギャグチック。

「そりゃ宝具展開したら音もするさ!」

「そっち更地になってるじゃない!」

「気にしたら負けさ!」

 そもそも宝具って更地になる武器だよね。敵単体だと消し炭とか。なかなかにエグい。威力舐めてた。

 

「それより、そっちはどう?」

「宝具の展開はできました!所長が呪文を考案してくださったので、これなら行けるかと!」

 まじか、じゃあ貴重な所長のデレを見逃したんだ私……まあ、仕方ないよね。次だ次。

 そろそろセイバーを倒さにゃなるまい。それから、所長と藤丸さん、キリエライトさんを無事にカルデアに返す。

 ……今考えてるやり方で大丈夫だと信じたいけど、どうかなぁ。

「じゃあ、奴さんの首狙いに行くかな、マスター?」

「貴女かなり物騒になってきたわね……」

「あんまりうかうかしててもいけませんからねぇ」

「おう、それに関しちゃオレも賛成だ。こういうこたぁ早い方がいいぜ」

 先が煤まみれになった棍棒を担いでマスターに笑いかけると、盛大に顔が引きつった。ごめん、やっぱり笑顔作って明るく言おうとするの苦手なんだわ。そしてキャスニキはありがとう。流れが早くなって解決までがスムーズになる。

 

「いいかい、マスターたち二人共」

「わ、私は頭数入らないんですか?」

 ちょっとしょげてるらしいキリエライトさんには申し訳ない。

「んー、マシュは藤丸さんのサーヴァントだからね。彼女の指示如何でしょ?」

「はい……」

「変な数え方してごめんね」

「いえ!」

 理由を示すと納得してくれたけど、本音を言うと、これ慣習付けの一環なんだよね。彼女が藤丸さんのサーヴァントであり、マスターにおよそ必ず従うものっていう刷り込み。ごめんね。でも、そうでもしないと、安心できない。依存になってしまうのは目に見えてるけど、変なところで意見と行動が割れたらそれこそ死に向かう。

「じゃあ行きましょう!」

「はい!所長、なんだかすごく頼もしいです!」

「当然よ!私はフィニス・カルデアのトップなんだから!」

 士気が高めで良い。うまく行くかわからないけど、せめてこの三人だけでも生かせたら万々歳だな。

 

「天然の洞窟、に見えますが、これも元から冬木にあったものですか?」

「でしょうね。これは半分天然、半分人工よ。魔術師が長い時間をかけて拡げた地下工房です」

 うーん、削れ方とか、雰囲気とかが微妙に天然らしくない。自然地理の先生とかならもっと確実に根拠が示せるんだろうけど、私がちゃんとわかるのは地誌学と人文地理学の入門レベルの知識だけ。街の作りとか、文化とかそんな辺りだ。

 

「約束された勝利の剣。騎士の王と誉れ高い、アーサー王の持つ剣だ」

 気になるなぁと眺めていたらほとんど聴き逃してた。いかんいかん。

 と、出てきたシャドウサーヴァントを見た途端、頭がパンクしそうになった。

 

 これ、獲物だ。狩らなきゃいけない獲物だ。こいつは倒さなきゃ、喉笛食いちぎって、四肢をもいで。

 だから、

「悪霊退散ッ悪霊退散ッ!」

 ふざけたふうに振る舞ってごまかす。

「バーサーカー!こんな時にふざけたテンポで言うことないでしょ!何してるの!」

「や、だってこいつ見てたらウズウズしてね……」

 息が上がる。やばい、そろそろ理性焼ききれそう。こいつだけは早く倒さなきゃ何か介入がありそうな気がする。だから、本能が倒せって言ってる。

「じゃあ、やりなさい!」

「応!……ゔ、あ、アアアアア!」

 考えるのをやめて体を任せたら、途端に頭がガンガンする。なんだろう、何なんだろうこれ。嫌だけど爽快というか、気分がいい。

 

 

 敵に突っ込んでいくのも、殴り掛かるのも、恐ろしいくらい楽しい。楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて、痛いはずなのに痛くない。楽しい。

 

 

「バーサーカー、止まりなさい!!」

「え?」

 パッと見てみればシャドウサーヴァントは居ないし、ここどこだ。もしかして大聖杯目前か。どれだけ意識飛んでたんだ?

 場所が場所だけにちゃんと警戒し直すと、多少は状況がわかった。セイバーらしいドレスの女の子も、どうやらタコ殴りにしてたみたいだ。剣が折れて戦意が落ちてる。

 と言うか、一気にクリアな思考になったから令呪使われたのかな。狂化こわい。そして割と便利。何も考えず行けるの、戸惑わずに済んで最高に楽だった。一応、ここまでは司令が通る程度には意思疎通もできてたみたいだし。無自覚だったけど。

 ……本音を言うとマスターが雪解けしてるの見たかったし混ざりたかったけど、仕方ないよね、うん。だってバーサーク入ったら私の紙みたいなペラッペラの理性なんて一気に飛ぶし。

 

「結局、どう運命が変わろうと私ひとりでは同じ結末を迎えるということか」

 彼女の結末はよく知らないけど、運命なんぞ早々変わるものじゃないと思うよ。ただ、キーパーソンや分岐点が変更されたら、そうも言えないんだろうけど。それを見つけて、なおかつ変えるのは難しいことだ。

「あ?どういう意味だ、そりゃあ。テメェ何を知っていやがる」

「いずれ貴方も知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー―聖杯を巡る戦いは始まったばかりだということをな」

「おい待て、それはどういう―おぉお!?やべぇ、ここで強制送還かよ……!」

 食いつきつつも送還の光がキャスニキの体を溶かしていく。

「次は槍のオレを呼んでくれ!」

 言い残すだけ残してスッと消えていったキャスターに、ぞわりと嫌な感覚を覚える。背中を何か這い回ってるみたいな、ひどい感覚だ。

 このあとのために、第三宝具を確認する。体制だけは整って、いつでも使えるようになっているらしい。良かった、あとはどうにか合わせるだけ。

 そう思ったところで、ガンガン頭の中で鐘が打ち鳴らされる。

 

 ……不味いなぁ、また頭ん中が狂いそうだ。さっきの言葉がまだきいてるからいいけど、ちょっとちゃんと持つかわからない。今にも切りつけて、殺してしまいそうだ。

 必死こいて耐えながらマスターが走り出すのを止めようと待ち構えていたら、そのときは来た。でも、伸ばした手は無情にも届かない。スカっと空を切って、彼女は行ってしまった。

 それに、追いかけたくても、体がおかしい。うまく動かない。それに、さっきは大丈夫だったはずなのに対象を決めた途端宝具にもセーフティが掛かった。なんでこんな時に!

 

 とても、まずい。

 

「人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 マスター、行っちゃ駄目だ。早く助けないと。間に合わなくなる。

 動け。頼む。早く、動いて。動け!

「いやーいや、いや、助けて!

 わた、わたし、こんなところで死にたくない!」

 

 

 パキン、カシャン

 

 

「大丈夫だよ、マスター」

「え……?」

 何か割れるような音が聴こえて、宝具のセーフティが外れた。同時に、一気に第三宝具がその場に展開した。

 

 綻びかけていたオルガマリーの姿が、崩れるのをやめる。良かった。ちゃんと使えるし、彼女を救うこともできる。なれないことでも、頑張れば結構いけるね。

 

 宝具のキーになっているらしい水晶の髪飾りが、大きなモザイクランプへと代わる。モロッコランプやトルコランプみたいな、風船を軽く押し付けたような形のそれは、私がカルナたちを導くときに持っていたものとよく似ている。あのときランプを持ってたことすら今頃思い出したんだけど、多分、再現だろう。

「黄金の黄昏、神の祝福」

 すべてが終わった神代の黄昏も、そこに込められた祈りも、祝福も。

「我には必要なくも、諸人(もろひと)に与えられるべき恩寵よ」

 必要とする人には分け与えられ、そして導かれるべきすべてがそこにあるならば、それは私が導くべき場所だ。

「汝の道を、我は照らさん。〈我は御霊を導くもの(サルヴェイション)〉」

 

 宝具展開とともに、消えかけのオルガマリーが元の姿に戻っていく。それを、こちらに引き寄せて、小さくランプへと仕舞い込む。中にいる姿はミニチュアドールみたいだ。大丈夫、出られるから。これから、彼女はカルデアへ、今度こそ必要な愛のある居場所へと戻る。だって彼女は、この男に不当に梯子を外されたもの。

 

 ダ・ヴィンチちゃんあたりは通信が生きてるから見てるだろう。どうか、ちゃんと伝わりますように。

「藤丸さん、マシュ、先にカルデアに行くから、あとは頼むよ。ドクター、彼女の新しい宿は頼めますか?」

「はい!」

「え、はい……?」

〈……そういうことか!大丈夫、至急手配する!〉

 三者三様、とりあえずドクターに伝わってよかった。魂だけ連れて帰っても死んじゃうからね。器がないとまずいよね。

 そのへん、パピリオマギカとかでも『老いたら新しい肉体としてホムンクルス使えば無問題、コピー入れときゃだいたいいける』だったから何とかなるんじゃないかなとは思う。駄目ならマントラで焦げた肉体を元に戻す。でも、精度が落ちるせいで幾らか後遺症が残るだろうから、正直なところあんまりやりたくないんだよな。

 

 

 道が開ける。黒い空間の亀裂のようなところに、迷うことなく歩を進めた。

 本当は、彼女は無事に届けられても、連れて行く私はどうなるかわからないから物凄く怖い。でも彼女は帰りたがってた。死にたくないと言った。本当なら死ぬはずじゃなかったのだから、冥府に繋げない。経緯度と年代の確定しているそこへ、ぐにゃぐにゃした道を通って送り届けるだけだ。怖くない、怖くない。

「大丈夫、マスターはちゃんと頑張ったよ。だから、カルデアへ行こう。ちゃんと帰ってから、ドクター達にはお礼を言わないとでしょ?」

 ランプの一角、透明で外が見えるところから彼女が怯えた目で私を見ていて、無駄に怖がらせるのも嫌だから語りかける。大丈夫、嫌なことはしない。ただ、送り届けるだけなんだ。今、私に許されるのは戦うことと、この役目ぐらいだから。

 

 カルデアに戻ったら、ちゃんと休まないといけないよ、私のマスター。




序章が終わったら宝具も含めて詳しくプロフィール書き直します。


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GroundOrder編の主人公のスペック

宝具やらの詳細とか。本編で分かっていないところは微妙にぼかしてます。説明がいるところは一応書いてます。


???????/八百坂燈

 

保有スキル

・智者の弾劾(対人外、対悪属性の特攻・特防)B

・黄金率(富)A

・戦闘続行EX

 

クラススキル

・耐魔力A

 王だった頃の名残。女神の手心。

・狂化D

 敵として認識したら一気にかかる。(チュートリアルとしての認識が強かったから途中までは外れていた)

 人外・悪属性への特攻があるのはこれの派生。

 

宝具

・第二宝具:終焉の嚆矢(ブレイク・ザ・キーストーン)

ランクA

敵全体に超強力な攻撃+確率で即死+確率でスタン付与。

 クルクシェートラで散った故事から。原典に近い、というよりは原点の故事が変形した産物。高熱、熱線による焼却。全部終わらせるという意志と憎悪とに形をもたせたもの。半分くらい原子爆弾に近い原理。(ただし爆風が水平に来るぶん建物が残るとかは考えにくい)

 威力も加減しようと思えばできる(?)

 

・第三宝具:我は御霊を導くもの(サルヴェイション)

 対霊宝具。最後の最後に全員天国に導いて消えたことから生まれた宝具。

 その魂があるべき場所へ連れて行くための道標になる燈籠。オルガマリーに対してはカルデアという方舟へと連れて行くため使われた(オルガマリーの場合は、帰る場所が彼女の肉体のある場所であり、切り離された空間であることから)。およそ死者については浄化・成仏か地獄行きかが分かれる。

 オルガマリーの場合、導く先である肉体はホムンクルスで新しく作り直して息を吹き返した。展開したときの霊と本人の身柄の保証はされる。

 

キャラクター詳細

 紀元前5200年頃の人物。王の一人であり、国のために尽力する。王の在り方としては正しかったであろうが、国のためだけに在る王の生き方は歪んでいた。

 彼が交易した国の書物には、戦場には血を流し落とす様な天気雨の後、花が降ったという記述が残る。小さくとも香り高い、木犀の花が。

 

開放条件:絆レベル1

身長/体重:155cm/??kg

出典:マハー・バーラタ

地域:古代インド

属性:秩序・中庸

性別:女?

 

開放条件:絆レベル2

 カウラヴァ側に付きクルクシェートラの戦いで死んだ王の英霊。敵として善に対峙し、クシャトリヤらしく戦って散った。何処か違う世界に在った英雄の一人。その人生は真っ直ぐでも平坦でもなかったが、最後は生きること、国を愛することを☓☓☓☓☓☓☓は諦めなかった。

 

開放条件:絆レベル2

 疑似サーヴァント。聖杯戦争との関わりは不明。本来なら召喚されるはずのないサーヴァントのはずなのだが……?

 契約者であるオルガマリーを輸送し、なおかつ彼女か蘇生したためそのままカルデアに居付くことになる。

 

 

マスター:オルガマリー・アニムスフィア



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帰還と指令

カルデア帰還後の話。
次々回から2章に入ります。


 パッと目が覚めた。背中がふかふかしてる。いいベッドだ。それから、

「知らない天井だ」

「ベタだねぇ。そしておはよう、八百坂ちゃん」

 傍らからかかった声にギョッとする。気配がわからないのは寝ぼけてたからだけど、これはいけない。何かあったときにすぐ起きれなきゃ死ぬ。

「あ、どうも……モナ・リザさん?」

 敵意がない彼女?に言えば、ちょっとびっくりしたのか目が点になる。いや、なんか地雷踏んだわけでもないよね?確か、名乗られたことはなかったはず。知ってはいるけども

「うん、半分正解。私は大天才のレオナルド・ダ・ヴィンチさ!覚えてないってことは、ここにたどり着いた記憶も曖昧だったりする?」

「お恥ずかしながら、何も」

 そう言われるということは何かあったんだろうけど、でもなんにも覚えてない。宝具は元の髪飾りに戻って頭にあるから、多分所長も生きてると思うんだけど、どうなんだろう。

「そっかぁ、それはそれは……じゃあ所長たちのところに行って話すのが早いね」

 良かった、生きてた。でも、大丈夫かな。気になるな。

「なら、準備を……」

 服がそのまま、オリーブ色の平服のままだから、これの皺をなんとかしていきたい。

「ああ、着替えはそこにおいてあるからね。職員の制服で悪いけど、その衣装のままよりは良いだろう。とりあえず、実際に着てサイズを確認してみてくれるかい?」

「はい。ご厚意に感謝します」

 言われて見てみると、スタッフの制服らしい、ドクターの服と似たデザインの制服がおいてあった。色はグリーンじゃなくて紺色だけど。10号くらいの、だいたい体に合うサイズのそれを広げてみる。うん、おおよそは合う。

 外にいるよ、と気を利かせて出ていってくれたから着てみると、やっぱりだいたい合ってた。でも、部分的にちょっときつい。

「すみません、もう一つ大きなサイズってありますか?」

「ん?どうして?胴回りとか袖の長さとかは大丈夫だったと思うけど?」

「それは平気なんですけど……胸周りが、ちょっと……」

 厳しい。押しつぶす感じになってちょっと苦しいし、できればどうにかしたい。

「おや、それはごめんね。うーん、でも実は今一つ大きなサイズはないんだよねぇ。2つだとぶかぶかすぎるし、あとで調整しようか」

「二回りくらい大きくても袖捲りすれば大丈夫ですけど……」

「仕様が仕様だからだめだよー。ここ相当寒いからね」

 無いものは仕方ない。却下されたのも仕方ない。諦める他ないか。

 とりあえず、シワシワの服で動き回る訳にはいかないし、少しきつくてもそのまま着ることにする。下はスカートに厚手のタイツだからいいけど、パンツルックに出来ないかあとで聞いてみよう。次にレイシフトするときとかは平服の方だからね。直してもらうのに合わせて変えたいところだ。

 

 

 

 ついて行った先は医務室だった。白ではない、オフホワイトとブラウンの壁は目に優しくて、クラクラしなくていい色合いだ。

「お待たせしました」

「うん、おはよう八百坂さん。」

 医務室、ベッドに居るオルガマリーと、その横でカルテを書いていたドクターに近寄る。本当に無事みたいだ。良かった。彼女が死んだら、私はここに居なかった。手を握ると、温かい。ちゃんと血の通った人間だ。

「バーサーカー、貴女その、大丈夫なの……?」

「もちろん。ピンピンしてるけど、なんで?」

 死にかけた彼女のほうが大丈夫かわからないだろうに、私の心配をしてる。何か口走ったんだろうか、記憶がない次点の私は。

「だって貴女、ここに着いたとき、真っ青になってもう縫いたくないって言ってたらしいじゃない」

「……そうですか」

 

 完全にトラウマだったみたいだな。あの頃の記憶はドラマで見たような感覚でしかないんだけど。……ああやだ、思い出したくない。試しただけで吐き気がしそうだ。

 遠い記憶で思い出すだけでも、地獄のような戦場だったと感じるんだ。だからこそ、思い出すとき他人事のように感じるように脳が動いているんじゃないかと思う。こんなのをずっと、普通に持ってたら私という自我が崩壊しそうだ。いや、"前"はほとんど崩壊して別人格だったから、実際そうなるはずだ。

 

「君を呼んだのは他でもなく、君の真名を知りたいからなんだ。教えてくれるかな」

「それは、うーん、どうなんだろう」

 私がこの世界のドゥリーヨダナだという確証はないし、そもそも半英霊なのか前世の力だけ移譲されてるのかも微妙なところだし。多分デミ鯖であってるんだけども、ちゃんと実感できるまでは口に出してそうだというわけにも行かない。

 

 本気で唸ったせいか、私の言い方をいい感じにマシュみたいなものだと思いこんでくれたようで、張り詰めていたドクターの空気が緩んだ。ゆるふわだ。なんというか、直で見るとかなり愛嬌があるな、この人。

「君の英霊の記憶で、何かわかることはあるかい」

 うーん、記憶から答えを出す方に切り替えてきたか。でも、さっきのつながりで思い出すことといえば。

「死体」

「え?」

「ひたすら死体を縫い合わせて弔った記憶がある。弟も、友も、部下も皆、毎晩縫い合わせたよ」

 そう、どう考えてもその辺りなんだ。そもそもドゥリーヨダナらしく居たのって最後にカルナに倣ってクシャトリヤらしく戦って死んだことくらいだろうし。うーん、ますます原典というものから存在が揺らいでいくな。ちゃんと後で読ませてもらったほうがいいかもしれない。 

「なっ、」

「それは……随分ハードな記憶だね……」

 絶句しているけど、確かにまともな体験ではない。そもそも王が縫い物なんてするかよってところには突っ込まない当たり、何も私という半英霊について情報がわかってないってことなんだよね。下手に口出しすると墓穴掘りそう。

「あんまり思い出したくないような記憶が多くてね、もう少し待ってくれるかな」

「あ、ああ。ごめんね、無理に思い出させて」

「いや、これはちゃんとわかってない私にも責任があるから。信用されなくて当然だろう」

 しゅんとしたドクター・ロマンに慌ててフォローを入れる。この人、なんかほっといたらどこまでもドジっ子属性でいろんなミラクルミス連鎖させそうだな。

「良かった……八百坂ちゃんが話のわかるバーサーカーで良かった……!」

「それは私以外のバーサーカーに対する風評被害……」

「とりあえず、時代とかがわかる単語とか覚えてない?」

「クルクシェートラ、クル、パーンダヴァ。カウラヴァに付いてたみたいだってのは分かる」

「マハー・バーラタか!でも死体を縫ったなんて記録はないぞ!?」

 すぐにわかるドクターは博識だなぁ。というか、王族が縫い物してる記録なんて残ってたらかなり問題なんだけどね?

「ロマン、そこまでにしなよ。八百坂ちゃん、その辺りはまあ、追々ね。とりあえず今後のオルガマリーについてなんだけど」

 やんわり諌めたダ・ヴィンチちゃんが私の方を見据えた。コバルトブルーの大きな目に捉えられると、口を開くのが億劫になる。

「彼女はしばらく休養する。それで、君にはオルガマリーの司令で立香くんたちとレイシフトしてほしいんだ。サポーターとして、これから戦ってほしい」

 まだちゃんと本調子になってないマスター、しかも今度もレイシフト適性があるかわからないマスターを前線に出すのはまずい。そもそも後方においておくべき司令塔だ。

「まあ、それが妥当でしょうねぇ。オルガから命令してもらえれば、私はそれに従いますよ」

 オルガマリーは私の言葉に少し動揺したように目を泳がせたけど、それからちゃんとこちらに顔を向けて言った。

「わかりました。バーサーカー、これは命令よ。藤丸立香たちを手助けしなさい」

「ご随意に、マスター」

 命令があるなら、私は従うまでのこと。ちゃんと遠隔でも指示は出されるだろうから、まず心配はない。まあでも、単独行動スキルがあれば良かったんだけどね。……あるのかな。それかスキル生えてきたりするかな。してほしいけど、十中八九は無理だな。

「では、八百坂燈くん。これから、よろしく頼むよ」

「ええ、もちろん。こちらこそ」

 手袋を外して手を差し伸べてきたドクターに、こちらも手を出して思い切り力を込めて握手する。ドクター握力結構強いね、成人男性の握力痛い。

「力弱っ!?」

「まあ、私自身の握力はそこまで強くないですから」

 面と向かって手弱女とか言われたらバーサーカーモードに切り替えて棍棒で一発お見舞するけどね。びっくりするくらいならノーカウントだ。握力は()()()()だけど、これでも腕力はそこそこあるんだぞ。

 

 少しぐだぐだと締りのない感じの終わりになったけど、これが私に下されたオーダーだった。これからは、少し厳しい戦いだけど生き延びなきゃいけない。

はてさて、ちゃんといろんなもの壊しながら生きていけるだろうか。意地でも生きて帰らなきゃね。私の世界はもう、この世界なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ、もう、彼女まで縫いたくない。皆縫った、手も、足も、(はらわた)も、首も、全部縫ったんだ。もう、無くすのは嫌だよ。だから生きて」

 ねぇ、オルガマリー。お願い。




 記憶がないのは、対霊宝具が相当魔力を食ってかなりフラフラしていたのが遠因。オルガマリーを蘇生させたあと、いきなり欠乏したところに魔力供給が来てぶっ倒れたせいで記憶が飛んでます。飢餓状態で食事をさせたら死ぬとか悪影響が出るアレ。


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帰還のその直後

蘇生の話と藤丸立香の困惑の話。

クリスマスイベントもあと5日か……
エレシュキガル様来ません。


 通信が途切れ、藤丸立香とマシュが帰ってきたあと、しばらく彼女は現れなかった。それでも、必ず送り届けてくるだろうという前提でスタッフ全員が活動していた。

 

「ホムンクルスの調整が終了しました!」

「神経系、血管系、リンパ系、臓器、その他器官は全て正常です」

「よし、医務室へ運ぶんだ!」

 

 そうして、すべての準備が整ったあと、彼女は現れた。

 オリーブ色のシェルワニを着て、大きなランプを掲げている彼女は、こちらをじっと見つめて唇を震わせた。

 

「あなたがた、は?」

「僕はロマニ・アーキマン、こっちは」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ。オルガマリーの器はこっちだ」

 

 初対面で半分亡霊なのではないかと疑うほど、彼女は血の気が引いていた。しかし、震えるでもなく、しっかりと一歩一歩踏みしめるように歩き、手に持つランプを血が滲むのではないかと思うほど、手が白くなるほど強く握りしめてこちらへと歩み寄って来る。呼吸は乱れている。恐らく、物理的に長距離を運んできたのだろう。早く案内しなければ彼女の身も保たないかと危惧し、そのまま医務室へと先導した。

 

 用意された新しい器は、彼女のマスターである所長の正確なコピーだ。定期検診を行い、生体データを残していたのが幸いした。遺伝子情報は、採血して処理する予定だったものを用いて本人の肉体を再現した。

 魔術刻印はどうにもならなかったが、それも、全て終わったあとに移植するしか方法はなく、その時点でできる最高の再現体だ。彼女がきちんとその中に入るかどうかは、やってみなければ決して分からない。

 

「もう、縫いたくない」

 ぽつり、と彼女が小さく漏らした言葉を、ロマニ・アーキマンは聞き逃さなかった。縫いたくない、というのは一体どういうことか。何かの比喩なのか、それとも。

 

「皆縫った。手も、足も、腸も、首も、全部縫ったんだ」

 

 今度は、こちらが青くなる番だった。彼女自身の体験なのか、それとも、彼女に力を貸す英霊のものなのかわからない。いや、彼女自身の体験というよりは彼女が追体験ないし記憶を共有している事柄というべきか。それにしても、普通の人間であれば耐えられないことであるには違いなかった。

「もう、無くすのは嫌だよ」

 絞り出すような、嗚咽混じりのような掠れた声。どちらだったとしても、彼女に相当のストレスがかかっていることは明白だった。本来ただの人間である八百坂という女性は、想像さえできないような状況に置かれているのだ。追体験のような記憶の共有なんてしてしまえば、それこそ心が壊れてしまいかねない。

 

 だから生きて。お願い、オルガマリー。

 

 静かに歩み寄り、寝台の前に跪いて、そっとランプをオルガマリーの新たな器に近付け、光を降り注ぐ。中に蹲っていたオルガマリーは、溶けるように粒子になり、姿を消した。

 

 

ばたり、からん。

 

 

 光が収まった途端、彼女は崩れ落ちた。杖のように支えにしていたランプを手放してしまったからだ。手から離れた宝具のランプもまた粒子になって解け、髪飾りに戻り頭に収まる。彼女は、もうとっくの昔にもう限界だったのだ。

「ロマン、急いで手当を!」

「ああ!」

 急いで抱え上げた体は酷く冷たかった。まるで何時間も冬空の下を歩いていたかのように、布地まで冷気を纏っている。

 背筋に嫌なものが走る。彼女は、一体ここに来るまで何時間、寒い空間を歩き続けたのか。そもそも、そんな冷えた空間とは一体何なのか。

 

「あ……ここは……?」

 うめき声のあとの呟きが医務室に響く。見れば、全く変わらない姿で、何事もなかったかのようにオルガマリーが上体を起こして頭を抑えていた。

「やった!本当に成功したんだ!」

「言ってる場合か、ロマン!」

 かろうじて呼吸はしていている。だが、サーヴァントとは言え本体は普通の人間なのだから一刻も早く対処しなければならないことには変わりなかった。功労者であり、これからの貴重な戦力を失うわけには行かない。

 

 

 

 

 

「先生は、一体どういう人なんだろう」

「先輩?」

 わからない。あのとき、どうして八百坂先生は笑顔で戦えたのか、全然わからない。それがバーサーカーだからだとしても、かんたんに納得なんてできない。

「裏の顔を見ちゃったというか、先生あんな人だったんだ、って……」

 なんとなく穏やかで面白いことを知ってる先生だと思ってたから、あんな姿見たらどうしたらいいかわからなくなる。

「それは違います、マスター。どのサーヴァントであれ、狂化する可能性はあるんです。方法次第で強制的に狂化を付与することだってできます」

「え、じゃああれは」

「先生の裏の顔じゃないんだと思います」

 それは、ある意味救いかもしれない。でもやっぱり無理。納得するまで時間掛かりそう。だって、まだグランドオーダーのことだって全部飲み込めてない。

 

 でも、それでもマシュがそう教えてくれたことは嬉しかった。

「……うん。ありがとう、マシュ」

「いえ。私も、第一印象は穏やかそうな人だと思っていたので非常に驚きました。彼女が起きたら、色々と聞かなければいけませんね」

「うん、洗いざらい教えてもらわないと!」

 マシュに手を引かれ、医務室へ行く。オルガマリー所長に魔術について聞きたいことがまだたくさんあるから、色々教えてもらわなきゃ。休養のついでに、教えてくれるって言ったのはオルガマリー所長だから、聞かなきゃ損だし。

 早く、早く目が覚めないかな、先生。



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亜種特異点ネタ

You書いちゃいなyo的なコメントを頂いたので書きたい前フリだけ先に書きました。多分5章前のイベント特異点。


幻想錯乱領域ハースティナプラ

 

 亜種特異点への人理定礎値 A

B.C.????

 

平行世界線で英雄になることを拒み消えた者と、取り戻さんとする英雄たちの物語。

 

――それはあり得ないはずだった神代の可能性。

それは、諸悪の根源として生まれ落ち、生き抜いた王の死後の戦場で起きた。

王の死を受け入れられないものが引き起こす惨禍。戦場は一瞬にして形勢逆転し、阿鼻叫喚地獄と化す。

死者であるはずの将軍の復活、水神の参戦に、世界は破滅の兆しを見せたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ……」

 彼はすべてを見、崩折れた。それは、些細なきっかけ。献上され、手にした瞬間起動したそれは、彼の漠然と思い描くそれとは、大きく異なっていた。

「なぜ!なぜ救われないんだ!どうして、一人だけ救われない!皆が救われるのだろう!そのために、それに向けて皆戦うのだろう!?」

 血涙を流し、ふらりふらりと揺れつつその手を伸ばす。作り変えるはかの王の生きる道。たとえ死んでいても、生きるように。

「許さない!許してなるものか!神でも、人でも、そうでないものであっても!」

 曖昧な笑顔が浮かぶ。ああ、もう二度と会うことができないなど、考えたくもない。救われるのだろう。そうでないならば、

「それでも生きたいはずだ!私は、それを肯定するだけだ!」

 慟哭が響く。

 

 そうして、世界は変容する。

 

 

 

「あーかーりー!どこなのー!」

「所長、どうかされましたか?」

 八百坂を呼ぶオルガマリーと鉢合わせして、立香とマシュは尋ねた。何か異変があったことを察したからだ。

「燈がどこにも居ないの。もしかしたら、新しい特異点行ったのかもしれないわ」

 どれほど呼んでも居ない。そのことがあらわしている可能性が濃厚になってきていたのだ。

 それまでに特異点に召喚されたサーヴァントの例があったため、オルガマリーはその可能性に行き着いていた。そうでもなければ、どこかしらで見当たるはずである。

「そうかもしれません」

「管制室へ行こう、所長。ドクターが何か観測してるかも」

「ええ、そうね」

 立香の意見にオルガマリーも賛成し、三人は管制室へ向かう。その特異点が一体どのようなものであるか知らずに。

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋は、だからといってひどい環境でない。とても恵まれている。でも、日の光から遠ざけられてしまえば、人間は弱るものだ。自由もないここは、ひどく虚しい。

「姉上、姉上。婚礼衣装はいかがですか」

 どこに嫁ぐというのだ。私は男でも女でもないのに。ましてや、両性でも無性でもないのに。

「素敵ですよ。きっと、あの王子も文句はつけられないでしょう」

 そんなことがあるわけがない。誰が、鎖の跡や枷の痣だらけの者を欲しがるというのだ。

「あなたはここにいればいいのです、姉上」

 嘘だ。私は異物でしかない。もう死んだ。そうでなくとも、居るだけで世界をおかしな事にしてしまった。

「それから、ずっと幸せに暮せばいいのです」

 そんなことできるはずがない。私は、私の心のままに生きたかった。それが私の幸せだったのだから。ここでは、私は幸せになれない。この国での私はただの機構に過ぎない。

「ねえ、そうでしょう?」

 弟たちは皆、幸せそうに笑っている。

 

 もう、やめてくれ。私が、私で無くなってしまう。




悪役、というか元凶は二、三人いるつもりでいます。


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八百坂燈は思い出せない

フランスに人理修復に行って、夢を見る話。

 非常に長いこと書けなくなりまして、あとドゥリさんが全く動いてくれないので、フランスから行くか亜種特異点にするか悩みました。フランスから行きます


  遠くに白い煙が立ち上っているのが見える。細い細いそれは、ただの一本ではない。

 

 すぐそこに黒い煙が見える。地面にまとわりつくように、何かを焼いている。ああ、なんとなく頭がぼんやりする。

 

 きっと戦争なのだろう。これでまた、人が死ぬ。守ろうとした男たちはたくさん死ぬ。守られるはずだった女や子供からは奪われる。でも、これが世界の理なのだ。私が変えることのできないもの。これは過去のことで、変えてはいけないもの。

 

「いいのか」

 

 

「良くなくても、どうしようもないよ」

 誰かが、私の隣でポツリと、つぶやくように言った。背の高い、明らかに戦士であろう逞しい上腕の男だ。きっと、私の首程度なら簡単にへし折れるだろう。

 私にどうこうできるものではないことは、すぐにわかるだろうに、なぜそんなことを聞くんだろう。

 

「お前は、望まないのか」

 

「ああ。もう、私は何者でもないからね」

 もはや私は王ではない。たしかに力はそのまま持ち合わせているかもしれない。でも、それは私が英霊召喚機構の一部だから。私は過去世のような夢を定義できない。それに、それができてしまったら、私は人ではないものになる。ましてや神の器になんて、もっての外だろう。

 

 その男は、顔はよく見えなかったが、泣いているようだった。ぽたりぽたりと肩に雫が落ちる。

 私の返答を、彼はお気に召さなかったらしい。だからどうということはないけれど。彼の涙を拭う理由を私には持ち合わせていないのだから、わざわざ拭う必要はないだろう。

 

 それでもうっかり、気まぐれを起こして拭ってやろうとその顔に手を伸ばしかける。直ぐにはっと我に返って手を引っ込めると、ぐにゃりと視界が歪んだ。ああ、やめろ、そんな恨みがましい目で私を見るな、×××!

 

 

 

 

「…んせ……先生!」

「うん?」

「やっと起きた!」

 意識が急にクリアになって、先程までの煙も、背の高い男もいなくなった。あれは、一体何だったんだろう。

「立ったまま寝てましたよ、先生!」

「え、我ながら器用……ここが百年戦争あたりのフランスか」

 なんという器用さ。立って寝たのは初めてだから英霊になった影響か。いや、どんな影響だ。ないない。

 

 周囲の景色を確認するために可能な限りぐるっと首を回すと、のどかな欧州の田舎。まだ眠くて、そのへんの牧草の上ででも寝こけてしまいそうだ。アンサモン慣れしてなくて、眠たくて仕方ない。早くコフィン酔いにも慣れないといけないな。

 

 でも、なにかおかしい。あんまりにも普通なのだ、このあたりの土地。

「これが、特異点?」

「ええ、そのはず……あれは?」

 違和を感じたらしい藤丸さんが、なにか見つけたらしい。向こうの道の黒い何か……

「逃走兵?」

「逃走兵だね。三割切ったか指揮官亡くしたものと見た」

 やってくる重装備の男たちは、ボロボロな上に統率がうまく取れてない。これはあれだ、壊滅状態に陥って逃げたやつだ。三割切ると壊滅です。うーん、面倒。道の途中でカチ合って死にたくないな。

「先生、あの人たちとコンタクト取れる?」

「道に迷った巡礼者ってことで、なんとか?」

 

 そうこういっているうちに、彼らはどんどん近づいている。マシュは護衛に雇ったということで話を通すことになったけど、果たして大丈夫だろうか。フランス語なんてほとんど分からない。一応話せるように魔術翻訳機器があるものの、これが本当に通じてくれるかは謎だ。

 

 ちょっとした細工、というより安全のために翻訳を多少設定し直し、気を取り直して3人で道を歩き出した。

 

 

「止まれ! お前達、何者だ?」

「わわっ、お助けください!巡礼のために来たものです!」

「バレンシア訛り……イギリス兵ではないな」

「はい、出身はバレンシアにございます……一体何があったのですか」

 

 そう、スペイン方面からの巡礼者ということにしたのだ。ちなみにイタリアではないのはイタリアとフランスの仲が微妙なのと、ローマ関連である。ローマ巡礼ということにしておいたほうが、まだなんとなく分かりやすい。ジャンヌ・ダルクの母もローマ巡礼してロメと名乗ったらしいし。

 まあ、そんなことはどうでもいいか。とりあえず、ごまかせればそれで!

 

「魔女が暴れまわっている。どこもかしこも火の海だ」

「……なんて?」

 

 魔女が、大勢の人間に見える場所で暴れている? そもそも、この時代の魔女というのは宗教絡みのであって、魔術師ではないはずなのに、火の海にできる?

 

 負傷した兵をよく見れば、確かに裂傷以外にも火傷をした者が多い。しかし、手当の仕方がかなり雑だ。

「でしたら一刻も早く退きましょう!」

「燈先生!?」

 立香ちゃんが叫ぶけど、時間に余裕はなさそうだ。ごめん、大人しく従ってほしい。

「リツカちゃん、それどころじゃないよ!

 兵隊さん、あなた方が逃げていたなら魔女は追いかけてくるはずです!」

「あっちに町がある! 悪いが手伝ってくれ!」

 焦ったような彼らの声に、マシュも立香ちゃんも物凄く慌てだした。活動できるようになるならそれでいい。とりあえず、ここから逃げてある程度情報を得られるようにしないとな。

 

 しかし、その町も焼き討ちに遭ったらどうするべきだろうか。早めにカルデアから地図をもらうべきかな。



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逃亡先と情報収集

要塞にて救護活動と情報収集をする一行。
ちょっとグロい内容もあります。


「うわぁ、ここも焼き討ちにあってたか」

「これは、ひどい……」

 辿り着いた先は、当然ながらというべきか多少焼け焦げて、そして廃墟かと見紛うほどにボロボロになっていた。それなりの人数がいるということは、命からがら逃がれたというところだろう。

 しかし、この分だと先に焼きに来た奴らを防いだものがいたということか。

 立香ちゃんは疲弊している。少し休憩を挟まなければいけないだろうことは分かっていた。ちょうどいい、一度襲ったらクールタイムくらいはあってしかるべきだろう、少し休める。

 

「なあ、おい、そいつらは何者だ?」

 要塞に入れてもらった直後に訝しがられたが、魔術による隠蔽の効果もあって多分ただの町娘にしか見えないのだろう。兵士に混じって兵士を支えて逃げる町娘は、当然ながらおかしく見える。鎧は重たいし、農家の娘でも男一人運ぶのは難しいだろう。デミ・サーヴァントだからこそ運べるが、本来なら不自然でしかない。

 

「ボンジュー、ムッシュ。巡礼の途中に助けていただいたのです。私と、こっちのマシュ嬢は立香お嬢さんの付き添いでして……魔女のことを知らないままなら、この先で大怪我をしていたかもしれません。ありがとうございます、フランスの誇り高き方々」

 二人共傭兵、あるいは用心棒であるかのようにも受け取れる答えをすると、得心が行ったというかのように、その兵士は安心した表情を浮かべた。

「ああ……スペインからか?」

「はい。ですから、道中迷いに迷ってしまって、街で起きていることをあまりよく知らなかったのです」

 スペイン訛りを継続して話すと、納得したように頷かれた。よし、ごまかせた。口蓋垂のR音習ってて良かった。第二外語の授業は苦手で授業中は地獄だったけど、ここで役に立つとは思わなかった。ありがとうスパルタ授業、ありがとうスペイン語の先生……。

 

 ちなみに、言ったことは嘘八百というわけでもない。実際に問題の原因にたどり着けたのは幸先が良かったし、迷っていたのも、街に近づいていなかったのも事実だ。偽りは出身地くらいだろうか。今後はその魔女について調べれば良い。

「負傷者の方も多いようですし、私に手当をさせていただけませんか。多少の心得がありますので」

 インドにいた頃は病院や野戦病院に縁があったし、授業以外でも多少手当の方法について習っていた。それに、カルデアでも出立前に中〜軽度の止血などについてはみっちりレクチャーしてもらった。今後の活動内で現地民との会話の糸口になりそうだし、救護活動も必要になると思ったんだ。

「本当か? それはありがたい……だが、薬品も包帯も足りないんだ」

「でしたら、できる範囲のことを」

「助かる。案内するから、ついてきてくれ」

「ええ。同行者にも伝えてきます。少々お待ちを」

 マシュと相談しあっている立香ちゃんを示すと頷いてくれたので、すぐにそちらに駆け出す。

「立香ちゃん」

 ここは二手に別れたほうがいいなと考えて声をかけると、一応こちらを伺っていたらしい立香ちゃんはすぐに反応してくれた。

「先生、どうしよう?」

「暫く一緒にいて情報収集、のち合流」

 情報は多いほうがいい。途中で何かあったら合流するようにして、簡易の連絡機器を持つことにした。ドクターの使っているアレではなくて、音や振動で伝えるモールス信号機のようなものだ。あまりにあからさまだと警戒されるから、とダ・ヴィンチちゃんが作ってくれたらしい。マシュが胸を張っていたのでめちゃくちゃ褒めた。一緒に立香ちゃんも褒めた。本当は頭撫でたいけど、他人に頭を撫でられるのって不快だろうし、なにより教師としての私が全力で止めるから駄目だ。生徒に安易に触れちゃいけません。これ大事。

「うん。ありがとう、先生」

「了解。立香ちゃんも無理しないようにね。怪我をしたら先生に相談してよ?」

 

「分かってます。先生、あのね」

「なに?」

「……ううん、やっぱり何でもない」

 

「そんな心細そうな顔しないで。マシュもいるし、私は無理しないようにするから」

 

 

 

「……二人を連れてこなくてよかった」

 案内された先は、重症者を纏めて収容している部屋だった。鼻を直撃する匂いからして、いくらか隔離する必要がある患者もいるだろう。場所を取るのも承知で間隔をとって寝かせなきゃいけないのに、そのままギチギチに詰め込まれているような状態だ。感染症もひどいことになっているかもしれない。

 ああ、前に治療行為をしていて良かった。多少なりとも心構えができるのは、ありがたい。

 

「殺さない。死なせない。絶対、死なせるものか……」

 あの頃の、子を失った母親たちの顔が浮かぶ。苦しみもがく兵士の顔が重なる。うっかりすれば、狂化に身を委ねて意識が飛びそうだ。怒りと、悲しみと、苦しみが理性をかき消さないように、気合を込めて手袋をはめる。

 ここにいるのは、私の私の庇護下にある者(わたしの民)だ。何者であろうと、ここにいる人間の命を奪わせはしない。

 

 トリアージを施して、患者を比較的清潔な布に寝かせる。ウジの湧いた、患部の侵食しつつある足を切り落とす。未だに深く、血の流れ出る傷口を火で熱した鏝で焼く。矢傷を消毒し、清潔な布を持ち込んで傷口を固める。現代人が見たら、きっと過剰だと言うだろう。私だってそう思うし、他の方法を知っていたら、そうはしない。でも、重傷者は多く、薬の在庫は少ないのだ。洗いざらしだ布だって、微々たるもの。悔しくて仕方がない。クリミアの天使も、こんな気持ちだったんだろうか。

「嫌だ、嫌だ嫌だ!」

「やめてくれ、死にたくない!」

「痛い、痛いよぉ! 殺してくれぇ!」

「おかあさん、おかあさぁん!!」

 患者の絶叫が響く。耳を塞ぎたくなるけれど、そんなことをしている暇はない。一刻も早くしなければならないから、手を動かすしかない。

 暴れる患者を麻酔なしに治療する。動ける兵士に声をかけて全力で抑え込ませて、あとは私が引き受けて手当をする。心苦しいが仕方がない。これ以上放置するのはまずいから、死んでしまうかもしれないから。

 

 本当に、ここに立香ちゃんがここにいなくてよかった。私もしんどくて、いっそ気絶したほうが楽かもしれないと思いながら手を動かしているのに、彼女が平静でいられるとは思わない。経験がある人間でも、こんなに臭いも、傷も、叫び声も耐え難いんだから、余計に。

 戦場ではこれが普通だった。総大将に分かるわけない、ということはないんだ。私だって、兵士とともに戦ったし、野戦病院ではお世話になった。傷だらけで、ボロボロで、今にも死にそうな兵士も見てきた。それでも、これだ。

 

 無我夢中で治療をしていると、ふいにポケットの中の連絡機器が震えた。信号色は赤。振動も、何度か繰り返される。

【会敵、応援求ム】

 ああ、行かなくては。私の兵に、無理をさせてはいけない。殺させない、傷つけさせない。敵軍などには、絶対に。

 

 思考がブレる。狂化が掛かってきたのか、じわじわと意識しないうちの行動が増える。敵意をちらしている気配は、(パーンダヴァ)は、どこだ。



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ifとか小話とか
小話 英霊召喚されてしまった場合


原典寄りの死亡ルートを辿ったif.
『諸悪の世界の可能性』のものをこちらに載せることにしました。向こうは消します。


 眠っているときに暗い空間を見るなんて今までなかったが、実際に放り込まれてみれば随分と懐かしい空間にいるような気がした。私が昔体験した、母胎の中や暗い壺の中のような、温くて安心感がある場所。

 ああ、でもなんとなく呼ばれているような気がする。光が来る方向に行かなければいけない気がしてしまう。

 最初の人生の途中に、三度目の人生を体験するなんて不可解だ。でも、二度あることの三度目だから、もう何も考えず言ってしまってもいいと思った。

 

 

 どう見ても召喚用の魔法陣を見るに、転生というか普通に呼び出されただけのようだった。まあ、ゼロから始めるよりは幾分マシか。

 呼び出したのは、赤毛の可愛らしい少女だった。うん、アプリでよく見た「ぐだ子」だ。高校生くらいだろうか。筋肉のつき方を見るにかなり活発そう。マシュちゃんも隣にいるけど見るからに強そう。この子がマスターになってくれるなら安泰かもしれない。

 口上ってなんだっけなぁと思っていれば、勝手に口が動いてスルスル唱えていく。これは楽だな。戦い方は覚えてないけど、大丈夫なんだろうか。

「サーヴァント・バーサーカー。真名はまだ明かせませんが、そうですね、クル国のバーサーカーとでもい」

「ドゥリーヨダナ!?」

 マスターに気を取られていて気付かなかったけど、サーヴァントが一人いた。遮るように大声を上げた人間が誰かを知りたくてそちらを向けば、相当昔に見た顔がそこにあった。

「アルジュナ王子も来てたのか。そりゃ結構」

 中年になる頃に見たきりだから物凄く懐かしいけど、確かに彼は私が敵対していたパーンダヴァの三男だった。

 

 その後呆然としているアルジュナがもとに戻るまでにマスターに自己紹介してもらった。藤丸立花。とても愛らしい名前だ。デフォ名じゃなくて、この世界の親御さんがつけたものだ。良い名前だと思う。

「貴様と共に戦うことになるとはな」

「まあ、世界の為だからな。どうしようもないわけだから堪えてくれよ」

 剣呑なのは生前の若い頃に引きずられているからだろう。いやぁ、感性と感情が若いってすごいな。最後の方落ち着き払った半狸だったのに。あれ、でもクリシュナの野郎の入れ知恵だったっけか。まあ、なんでもいいよね。

 正直アルジュナの剣呑さはどうでもいいんだけど、はわわ、とでも吹き出しがついてそうな様子のマスターが少し可哀想だ。

「け、喧嘩はご法度です!」

「もちろん分かってる。これだけサーヴァントがいるのに、きちんとまとめようとできるなんてマスターは偉いね」

 カルデアが半壊するからかもしれないけど、きちんと伝達できるってのは案外すごいことだ。体張ってる。凄く大変なことだ。それに、

「そもそも、私には何故そんなに剣呑になれるかが分からないんだが。私、彼の兄に殺されて一度死んでるんだよ?」

 へいきへいき、と笑えば、三人共サァっと血の気を引かせて青い顔になった。地雷だったかな、この話題。

「あの、だから余計に剣呑になるんじゃ……」

「ああ、そういうことか」

 おずおずと小さく挙手して言うマシュちゃんに、やっと理解する。ここでの人間関係って割と継続してんのもあるんだっけ。

「敵対してたとは言え、私は転生した別の人間だ。今の自分に関係のない人間に強い怒りなんて抱かない、というか抱けないよ」

 憑依状態だけど、実質ただの人間だからね、と返すと、限界だったのかアルジュナが倒れた。

 

 倒れたアルジュナを救護室に連れて行ったついでにドクターへの顔合わせもした。やっぱり三十路には見えない。若いな彼は。

 そのドクター・ロマンが言うところによれば、今のところ5つ目の聖杯が回収できたのだとか。カルナもいるらしいが、正直会いたくはない。あの頃は物凄く忙しかったけどその分楽しかったし、カルナに会ったら帰るのが惜しくなってしまいそうだ。

 

 それから気になっていることについて衝撃的な事実を聞かされた。

「まさかヒジュラだった話もひっくるめてカウラヴァ側の残ってるとは……」

「消えるどころか、むしろマハー・バーラタくらい重要な書物で残ってるよ」

 君の貿易相手国の方に残ってたんだ、とドクター言われて、その頃に懇意にしていた国を思い出す。インド国外だとカシミールとかイラン、イラクあたりにあるらしい国とも交易してたから、あちらなら確かに残した資料が保存しやすかっただろう。羊皮紙はインドだとカビやすいから残ってないだろうし。

「結構評価されてたんだな」

 残った資料の一部をまとめたものを見せてもらったけど、それなりに評価されているらしい。時々とんでもないことしでかしてたりするんだけど、それもまあまあ。ああ、でも最後の方はあんまりだな。やっぱり私の首一つで済ませば良かったか。それでも動乱は避けられなかっただろうけど、そのほうが考察としては平和だったらしい。

「ああ。君が作った施設は簡素だったけど、それがモエンジョダーロ遺跡の頃には随分円熟した技術になったみたいだよ」

 そう言われると、とても感慨深い。それに、それらを一応ユディシュティラやその後の代の統治者が残して、継続して使ったり技術的に伸ばしたりしたんだと思うと、それで良かったと思える。

 

「でも本当にヒジュラだったんだね、ドゥリーヨダナさん。私、その辺り創作だとばっかり思ってた」

「一応、私の立場は王子だったから誤魔化してたんだ。王子として記録が残ってるのも当然だろう」

 他国に行った資料の方だと一応ヒジュラの話は残ってるらしい。やはり人の噂に戸口は建てられないか。それかユディシュティラか兵士が話を流したか。

「そっか。じゃあ、バーサーカーなのは?マハー・バーラタが出典だとアヴェンジャーっぽいけど」

「どうだろう。あの頃からパーンダヴァは国づくりに邪魔で弟たちにも害悪だから殺したかっただけなんだが」

 そんなことで、とベッドに転がされて煤けているアルジュナにムッとして、お前の兄にうちの弟殆ど全員ほど殺されかけたんだがと言えば暗い顔になった。ええい面倒臭い男だな、一回死んでるし、全員お前等に殺されてるんだから開き直ればいいものを。

「国づくり?」

「母親が生きて我が子を抱けて、その子どもが無事に生きて親を看取れる、民が飢えない国にしたかったんだ。そのためなら何だってやったさ」

 結局、私が居なくなれば元の木阿弥だったけどなと最終章の差を読み比べながら呟くと、何とも言えない苦い顔をされた。

 私も、あのときは流石に苦い思いをしたよ。もう随分前に終わった話だけどね。

 

 

「パーンダヴァ、というかほとんどビーマが弟殺しかけたことだけど」

「それは、ビーマ兄上に直接言ってください。貴方の日記を読んでかなり苦悩してました。ユディシュティラ兄上は貴方の手腕は評価してましたよ」

 まあ、あれだけ改革だの何だのやって、いくらか残ってないほうがおかしいからね。まあ、地ならししようとしても1つ2つ取りこぼしていくから、それで何か残るのを狙ってたんだけど。コンクリートで舗装した道だって、種は確かに埋まったままだし、それから草は生えてくる。上手くやり仰せて良かった。

「その割には私が君らを殺したかった理由は知らなかったんだね」

「読む前に焼き捨てられましたからね、聞いても答えてくれませんでした」

 それは、まあ、考えられなくもない。今あるものを読んだ限りでは、アルジュナは原典通りに自分から追放されて旅に出てる。少なくともこの優等生君への悪影響を考えて言わなかったんだろう。いい判断だ。まあ、それはともかくとして。

「……あれには資料編纂のことも書き付けてたから残してほしかったんだけど」

 年代記とかの書き方とか書物を残す意義とは何かについても書き残してたんだけど、焼かれたのか。せっかく残るように高い紙を使ったのに。羊皮紙だからよく燃えただろうな……。

 

 

 

 とりあえずこれから過ごす部屋に案内するね、と言われたんだけど、これはどっちに行っているのかわからなくなる作りだ。少し歩けば慣れるだろうけど、それまで多分迷うな。

 居住区、というか部屋割はどうするべきなんだろうか。元の体に合わせて今は女性なんだけど、まさか男性扱いだったりするのだろうか。聞いてみないととは思うけれど面倒だ。なんとなく、どちらだとしてもショックを受ける気がする。

 

ドスッ

 

 後ろからいきなり衝撃を受けて、一瞬息ができなくなる。が、大きく息を吸い込んだら今度は肢体がガッチリ固定される。

 視界にチラチラ見える銀糸の髪と、長い手足から大体の察しは付いた。

「ヴィカルタナ、久しぶりだね」

「ああ、久しいな」

 うん、聴こえる声もかなり懐かしい。

 あとね、カルナよ。ぎゅうぎゅう、というよりミシミシ言ってそうな締め方は心から止めてほしい。

「なぜ、座に居なかった」

「転生してたからね。そこに居ないんだからそりゃ会わないだろう?」

 力が余計にこもる。首元から腕が外れたのはいいけど今度は肩と肋のあたりの筋肉が悲鳴を上げる。無言の訴えで力を入れるのは良くないと思うんだ。これ以上言ったら死にそうだけど。

「マスター、ドゥリーヨダナと同室にしてくれないか」

 カルナが言い出したことは予想外なのか、マスターが狼狽え始めた。そこはきっぱり断ってほしかった。しかし、私は一人部屋だったのからそれとも相部屋でもう申し入れもしてあったのか。

「え、でもドゥリーヨダナさんは……」

 迷っているマスターに、ヒジュラだと思われてたんだなと理解する。残念だが今のところ女だ。ショックは少ない。あと今生でどうこうなるはずもないから別に同室でも構わないんだけど、カルデアの風紀的には不味いだろう。

「……今は完全な女性体なんだが、同室でいいのかい」

「女子部屋ね」

 今度こそミシ、と骨が悲鳴を上げたので、流石に私死ぬかもしれない。二度目の死亡要因が前世の親友なんてどんな状況なんだ。




このドゥリーヨダナは多分婦長と副局長を足して2で割ったみたいなタイプのバーサーカー


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小話 バレンタイン

前回の英霊ヨダナのバレンタイン


 日本における甘い祭典、お菓子の飛び交う女性たちの合戦場。甘酸っぱさも苦さもしょっぱさも混じり合う一大イベント。

 ここカルデアでも、それが行われるのは変わらないようである。

「バレンタインかぁ、おいしいものが増えるのはいいことだね」

 マスター準拠なだけに、ホワイトデーも分けて考えられて設けられているようなので、私は多分どちらも参加するべきなんだろうな……。

 

「ドゥリさんは作らないの?」

 マイルームで一緒にゴロゴロしていたマスターに問われてふと考える。私には渡す相手居ないな?

「いやぁ、私は食べる専門がいいな。チョコ菓子ならエミヤ氏のものがあるから、わざわざ贈答する必要もないだろうし」

 何より、かったるい。製菓はきっちり計量しておけばどうにかなるが、それが面倒だ。だったら、手間を厭わない誰かが作ったものの相伴にあずかるのが一番だと思う。

 

 柔らかく洗い上げられたシーツの上でダラダラしながら、マスターを見る。なんか納得行かなさそうな顔。こんなに柔らかくていい寝床に、恵まれた菓子供給。なんでそんな顔するんだろう。

「でも、外交で食品扱う程度にはお菓子も作ってたんだよね?」

「……まあ、一応ね。でもあれは別だ。必要なければしないさ」

 マスターに報酬か返礼として、ならまだしも、だ。結構甘党で健啖家のマスターでさえ、バレンタインは少し苦しそうな訳だし、あまり無理に食べさせるようなことをするわけには……

「そんなぁ……ドゥリさんからも貰えると思ってたのに」

「……そう」

 そんなに言うなら、作ってあげようじゃないか。チョコレートである必要はないわけだし、まあ、インドでよく食べているようなものがいいんだろう。いつか彼女がインドに行ったとしたら、思い出してもらえるように。

 

 

 

「ハッピーバレンタイン、だよ。マスター。なに、単なるサプライズだ」

 用意したグラスを前に置くと、歯磨きの前だったらしいマスターは歯ブラシをすぐ置いた。

 食いしん坊さんめ。だが気分はとても良い。

「え! いいの?」

「もちろん。ま、これ一つだけしか作らなかったから、味の保証まではできないけどね」

 やる気はないよ、もちろん。だって砕いたナッツとか、エバミルクとかは厨房で料理していた娘たちが使っていた残りだ。レシピと分量は見たが、砂糖の量も減らして結構適当にやったから多分本場よりは甘さひかえめだ。

「そんな、いいよ! 嬉しいな。で、なんていうお菓子?」

「クルフィだよ。焼き菓子を作った気化熱でアイスを作るらしい。私の時代にはなかったけど、まあ、チョコ以外でこういうのも悪くないだろう」

「そうなんだ。これシャーベットみたいだね」

「アイスクリン、だったかな、そういうのに似ているみたいだ」

「へ〜」

 

「生前は奸計を立てていたとはいえ、食べ物を粗末にはしない。毒なんて入れてないから安心するといい」

「そんなこと気にしないってば!

 ……そういえば、これ、一つしか作ってないの? カルナとアルジュナの分は?」

「勿論、作ってないね」

「なんで!?」

 いや、当然じゃないか。

「だって面倒だし、これは女の子達の祭典なんだよ? 私は今世は女だが、元の姿はどちらでもあり、どちらでもないんだ。出張って、君にチョコを渡したい彼女たちを邪魔したくはない。馬に蹴られてしまうよ」

 私がこれを作ったのは、実はレイシフト先だったりする。厨房は絶賛大戦争。ある意味抜け駆けとも言える。材料だけはどうしようもないから、お菓子を作り終わった人から貰ったけれど。ありがとうエミヤ氏。

「ええええぇ……」

「何、その顔と声……まさか、あの二人だって私が菓子を作るとは思ってもいないだろうし、アルジュナに至っては嫌がりそうだ」

 思い出すと、だいたい私が絡むと凄く嫌そうだからアルジュナにはかかわらないのが良いと思うんだが。カルナについては、やはり美形だからよくモテるし沢山もらっている。本人はのほほんとしているのでホワイトデーはそれなりの品の選び方を誰かにレクチャーしてもらったほうが良さげだな。

「いーや! あの二人、ラサロハからもチョコ貰いたいだろうと思うんだけどなぁ」

「だとしたら、既製品で手抜きになってしまうな」

「そこは意地でも作らないんだ」

「もちろん。毒を疑われたくないからね」

 ビーマのやつが勝手にブランデーケーキ食ったのとかな。子供に酒だ、実質毒。まあ、あいつらに毒なんぞ効かないんだが。

 

「作っといたほうがいいと思うけどなぁ」

「嫌だよ。絶対に嫌だ」

「まだ引かない……何かトラウマでもあるの?」

 じっ、と見てくるマスターは私が本気でそう言っているのではない気がしているらしい。見透かすような目は、こういう子供がするもんじゃないだろうが、マスターはある意味仕方がないのだろう。ここまで、生き延びるために人を見る目を酷使してきた。本能的にわかるのかもしれないが、積み重ねで見分けているのだろう。実際、まだ少しだけ隠していた。

「……女性じみた真似は、あんまり好きじゃないんだよ。男として、王として必要なこと以外求められなかったし」

 それは元々女性だったときから感じていたことでもあるし、その後の人生の結果でもある。現代は、いささか縛りが多すぎる。男として生きていたほうが、そう振る舞ったほうがよほど楽で楽しいのだ。

「怖いことじゃないよ」

「知ってるよ、でも、私にとってはあまり好ましくない。聞き分けてくれないか、マスター」

 これは私の問題であって、彼女が嘴を挟む領分ではない。流石にこれだけは踏み込まれたくないし、誰かに言われて改めることはない。改めるとしたら、私がそうしたいと思ったときだ。

「……ごめん」

「謝らなくていい。問題なのは私の方だからね。

 ……ただ、これに関しては、私も我を通す。納得できなくても、とりあえずはそういうものだと知っていてほしい」

 ごめんね、本当に。インド関係は私を含めてだいたい過去が面倒くさいのしかいないから本当に迷惑をかけるけど、許してほしい。

 

 

 で、カルナに捕まって横の壁が抉れたんだが、なぜこうも加減できないのか。これ、修理する役は私に回ってくるんだぞ。

「カルナ、」

「お前は王に向かなかった。戦場で剣を振るうより、料理人として包丁を研ぐ方がよほど向いていただろう」

 遮って言う言葉と顔が合っていない。パッと聞いたときどう考えても貶されてると思うぞ、それ。悲痛そうな顔をしてるけども。

 前々からそうだったけど、一層ズレでわかりにくくなってないか。あちらで何があったんだ。

「だからといって、もう菓子を作ったりはしないさ。ここは戦場と直に結びついているんだぞ」

「お前は、戦士らしく生きるべきではない」

 もう無理するな、いい加減休めということなんだろう、多分。今はもうクル王ではないから。

「それでも、だろう」

 ここにいる私は王の器だったもの。だったら、王たる存在で有り続けなければならない。本来なら切り捨てるべきである生活要素は、求められたってなかなか差し出せないものだろう。政治や弟たちの絡まないそれらは、生前の私の在り方とはかけ離れているから。

 ……まだバレンタインに参加しているだけマシなんだけどなぁ。

 

「……ドゥリーヨダナ、お前」

 背後から声が降ってきたので振り向くと、ずいぶん近くにアルジュナがいた。……キミ、アーチャーであってアサシンじゃないよな? さっき気配遮断して近寄らなかったか?

「ああ、安心しろ。別に誰かに食物を渡して毒物混入なんてことにはならない」

「は……?」

「じゃあ、カルナ。私はこの後レイシフトで居ないから、あまり暴れたり、もらった相手を忘れたりしないようにな」

「待て、ドゥリーヨダナ!」

「……なんだ?」

 低い声になってしまったのは、相性の悪い相手で仕方のないことだと思ってほしい。まあ、今更どうこう変わるものでもないが。

「私に、いや、私達に渡すものはないのか」

「あるわけないだろう」

 何を言っているんだ君は、と思ったものの、口に出す前に二人共ものすごく悲しそうな顔をするから驚いた。

「君らはいつも曲解するんだからな。当然大人しくしているし、誰かからの愛を受け取るだけだよ、私は」

 こればかりは自衛のためだから本当にやめてほしいし、勘弁してほしい。他からは貰えるんだからそちらで十分だろうに。あと、マスターもくれるだろうし。

 まあ、私の方はお義理とはいえ友愛に満ち溢れた誰かは確実にくれるらしいので、私はだらりと脱力しながら待つ。その前に仕事があるけども。……ああでも、恋い慕ってくれる誰かがいるなら、別かもしれない。その時は相手に合わせて誠実に答えなきゃ、まずいよね。いつかのあいつのように。

 

 どうしてもレイシフト中までチョコレートに惹かれてその人のことを口に出してしまいそうで、まぶたの裏の誰かさんは、思い出さないようにした。



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小話 氷の女王と悪辣王

人理修復以前に来たスカディ様と生前成分がマシマシになっているドゥリーヨダナの閑話。
※弊デアにスカディ様いません。


 よくわからないがカルデアにスカサハと同じ容姿の女神が来た。目の前でクルフィを嬉しそうに食んでいるが、彼女は一体何者なんだろうか。

「クルフィとやらはもう無いのか?」

 実に美味そうに食べていたのに、気がつけば不機嫌そうな声がした。近寄って見てみると、もう無くなっている。

 これはもともと幼いサーヴァントたちのために作ったものだから、さほど量があるわけでもないものだ。女王がなんと言おうと、余りが無いものは無い。

「氷の君、残念ながら私は貴君の接待のためにこれを作ったわけではない。あとはもう幼い彼らに作ったものしか残っていないので、堪えてくれないか」

「氷の君……しかし、貴様の国の菓子は一食が随分少ないのではないか。すぐになくなってしまったのだが」

 あまり華美な言葉遣いは好かれないのは分かっているので控えめにしたが、それでも微妙に思われたようだった。ドゥリーヨダナの感覚が強いらしいときにはこんな口調になるが、どうしたものか。マスターには訝しがられることはないのがいいが、バレるのも時間の問題か。

「しかし、異聞帯の女王よ、あれは作るのに時間がかかる。それに、もう少しで夕餉の時間だろう? ならば、簡易なものを作るにしてもそれより後になる」

「むぅ、それならよい。簡易でも、また持ってきてくれ。……それより其方、水に縁があるのか?」

 ふと気づいたというよりは、前からモヤモヤしていた、という風情で聞いてきた。懐かしいといえば懐かしい。ターラーはあの後元気だっただろうかと疑問が首をもたげてくる。今更とはいえ、やはり気にはなる。ドゥリーヨダナは既に終わった存在で、今は別の人間として引き継がれている形を取っているのだから気にすることもないのかもしれないが。

「慈しみ深い王よ。異教の神にもやはりわかるものなのか、この縁は」

「うむ、縁というよりは直接の加護であろう。効果はあまり高くないが、とても優しく、強い加護だ」

「そう、なのか」

 直接的にヴァルナ神と関わった覚えはないが、お守り的な加護をもらえるということはターラーが取りなしてくれるか何かしたのだろう。私、末世の化身で好かれてないはずだったんだが、案外場外から見てる神は別だったのかもしれない。うん、やっぱりターラーには会いたいな。どこかで会える機会があってほしいものだ。

 教えてもらったのだから、相応な対価が必要だろう。夕飯前にもう一度クルフィを仕込んでおくことにしよう。

「まあ、近いもので夕餉の後ならば供せるくらいの量は作れるだろう」

「そうか。楽しみにしているぞ、水の王」

 

……は?

 

 

 呼ばれ方になんとなくゾワッとしたのですぐに退出したが、もしかして礼を失しただろうか。まあ、今更だから考えても無駄だ。

「加護をくれるほど結びつきがあったとはおもわなかったな……それならあの二人はやはり婚姻させるべきだっただろうか」

 食堂に向かいながら思ったが、あの二人は案外似合いだったかもしれない。どちらも自分の近くにいたし、それで結びつきが強まるなら良かっただろう。

 カルナは嫁さん居なかったし、ターラーも逃がす前まで独身だったしな。然るべき、というかうちの養女に取って見合いをさせるべきだったかもしれない。あれほど気の利く彼女なら、カルナもやたら不運に見舞われても誤解されることなくやっていけただろう。……いや、こういう考え方が嫌われる上司への一歩か。いけないな。

 あ、そういえば私室に戻っていない。どうせなら前に確保したカルダモンをそのまま置きっぱなしだった。取りに行かねば。

 

 

 

「あ、水の王だ」

「水の王さま〜、さっきのアイス美味しかった!」

「……やっぱり広まったか」

 私室に戻ってから食堂に辿り着いたとき、子どもたちの口から飛び出た言葉に思わず天を仰いで目元を覆う。嫌な予感はしていた。どこから洩れたんだ。というか誰が聞いていたんだ。緑のアーチャーか?

「ねぇ、王さま。わたしたち、どうやってあのお菓子を作るか知りたい! あの機械解体していい?」

「プレゼントを配るのを頑張るサンタさんにはもっとたくさんあってもいいと思うんです! もっと食べたい!」

「……あれと同じものだと、作るのに時間がかかるぞ。それと、形は違うが実際相当原始的な冷凍庫のようなものだから、解体するより作ってみたほうが分かりやすい。今度してみるなら、マスターに伝えておこう」

 あの女王と同じことを言っている小さなサンタさんはいいとして、機材をバラされては流石に困る。私には修理できない。

「なんで時間がかかるの?」

「ミルクと砂糖とをすごく煮詰めてから冷やすからだ。柔らかいキャラメルを包み紙に入れたまま、雪に埋めてみたことはあるか?」

 尋ねてみると不思議そうな顔をしてお互いを見合う。そういえば、柔らかいキャラメル食べたことがあるんだろうか、この子達。

 エミヤのおやつ表を思い浮かべてみるが、全く思い出せない。そもそも、あの男は凝った料理というか趣味としての料理のような手が込んだものが多い。それと、食べさせるおやつにちょっとした物よりはしっかりしたものが多かった。キャラメルソースは見た気がするが、キャラメルは出ていない筈だ。あと、食べ物で遊ぶのを許さない奴が出来立ての柔いキャラメルを雪に埋めさせるとも思えない。うん、無いな。

「ううん、ないわ!」

「そうするとどうなるんですか?」

「そうやってキャラメルを冷やそうとすると、カチカチになるのには時間がかかるんだ。私が作ったのは、似たようなものだから固めるためには時間が掛かる」

 液体を固めるわけじゃないからな。女王に追加で作るのは簡易のものだ。趣向を変えてみたといえばそれもまた楽しんでくれるだろうが、もう一度同じものとなると就寝間際までかかる。なんとか誤魔化すが、何か言われたらそこまでだな……。

「そうだな、明日スカディ女王に伝えて、一緒に作ってみるといい」

 愛すか殺すかの2択の女王だ。なら、愛すると決めた幼子の頼みを無下にはしまい。今後の手間も省ける。

「じゃあ、ご飯を食べたら行ってみましょう!」

「機械を解体できないの、残念」

「でも、今度はあのアイスをもっとたくさん食べられますよ!」

 きゃいきゃい笑って話し合う子どもたちは愛らしい。こんなふうに笑い合う国民を守りたかったのが、遥か遠い記憶のように思えて来たので、そっと考えるのをやめた。私の国は、もうどこにもない。ここはクルではない。クルのためにと鬼になる必要はないのだから、享受しなくてはならないのだ。

 

 だから、今日はただの親切なお兄さんとしてアイスクリームを作らなくてはならないな。




いい加減オルレアン進めたいんですが、うまく噛み合わなくなってきたのでカルデアに入ったあとの全話書き直しになりそうで頭を抱えています。もしかしたらその範囲全部消すかもしれません。


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