〇ゴールデンボール〇 ロックマンZAX2 (Easatoshi)
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チャプター1:ゴールデンボンバー
第1話


注意事項:

 本作品は整合性・時系列無視のメタネタ、下ネタ、不謹慎等、3点そろった壊れギャグ満載な二次創作です。
 原作『ロックマンX』とそれらマルチメディア展開による作品の数々とは一切関係ありません。 加えて版権元のカプコン様、及びに関係者様を誹謗・中傷する意図もございません。
 あくまでジョークの一環として、例によって「エックス達はそんなこと言わない」と笑い飛ばして貰えれば幸いです。



「おいエックス!! 俺やっといてくれって言ったじゃねぇか!」

「いいなんて言ってない!!」

 

「……何やってんの?」

 

 昼下がりのハンターベース。 壁面に備えられた大きな液晶テレビと、その反対側の壁一面のガラス窓に外のビル群が見える。

 青々と葉の茂る観葉植物と、大きめのライトベージュの机やソファーが設置され、普段は勤務の隙間を縫って休憩をとるハンター達が談笑をしている。

 4Fの建物の角に設けられている休憩スペースで、ゼロがエックスに何やら食って掛かっていた。

 

 面倒なデスクワークを終え、こりにこった身体の節々を癒そうと、すっかり重くなった身体を引きずってやってきたアクセルが、目の前で繰り広げられる同僚の喧嘩を見て一言呟いた。

 

 アクセルは休憩所を見渡した。 他の隊員もいるにはいる。

 体のけだるさから自分以外の誰かが注意してくれると期待し、ひとまずは様子を窺ってみたものの、皆して剣呑な空気を漂わせる2人に気圧されて、間を割って止めに入ろうとする者はいない。

 

「(……めんどくさいなぁ)」

 

 周囲の不甲斐なさにアクセルはため息をついた。 ようやく一仕事を終えたと言うのに、ここにきて仲間の仲裁をさせられるとは。

 うんざりした気分を覚えながら、至極かったるそうに一触即発のエックスとゼロに歩み寄った。

 

「やめなよこんな所で。 一体何してるのさ?」

「……アクセルか、丁度いい。 聞いてくれ」

 

 声をかけてきたアクセルに2人して振り向き、最初に声をかけたのはゼロの方だった。

 

「エックスの奴、俺がパトロールで出る前に頼んでおいた、タイムセールの商品の発注忘れてやがったんだぜ? 一応俺自身もやっといたが、抽選だからそもそも手に入るか分からねぇし、エックスのアカウントでも頼んだって言ったのにな!!」

「だから、そもそも俺はいいって言ってないだろ?」

 

 大手を振って捲し立てるゼロ。 対してエックスは困った様子で頭を押さえていた。

 

 どうやらゼロが欲しいと思った商品を買う手続きはしたものの、抽選で手に入る確率が低いとの事で、エックスにも発注を頼んだようだが、しかし彼は注文を渋って放置した為に、ゼロを憤慨させてしまったらしい。

 

 アクセルは首を傾げる。 頼まれ事を断るもそれはエックスの自由だが、別段商品の発注ぐらい仕事の合間にだってできる筈なのに。

 頑なに反対するエックスの心理を、アクセルは測りかねていた。

 

「……エックスも今日は室内勤務だったんでしょ? なんで断ったの?」

 

 アクセルの問いかけに、エックスはため息をついた。

 

「いくら安くたって……仕事用の端末で」

 

 目頭を押さえ、言葉をつづけ……エックスは腹にあらん限りの力を入れて叫ぶ。

 

「しかも俺のアカウント使って『大人のおもちゃ』なんか買えるかッ!!!!」

「ファッ!?」

 

 衝撃のカミングアウト。 ゼロが普段からおバカでエロな事に余念を欠かないのは知っていたが、まさかそれを相方にまで求めるとは。 思わずアクセルは素の反応をしてしまった。

 

「別にいいだろそれぐらい! 減るもんじゃねぇんだし!」

「「 よ く な い ッ ! ! 」」

 

 ゼロの開き直りに、エックスとアクセルは声を揃えてツッコミを入れた。

 アクセルにとって、何故エックスがゼロの要求を蹴ったのも全て合点がいった。 少なくともゼロの言い方を聞くに、要求を受け入れられなくても仕方のない話である。

 対して赤い彼の方はやはりというか、納得いかない様子で食って掛かる。

 

「仕方ねぇだろ! 1000個のみの限定生産で人気が殺到したから、少しでも手に入れる確率上げてぇんだよ!」

「えっ……。 何それ、昼間からそんなの取り合いになってんの?」

「勘弁してくれ!! 他人に『大人のおもちゃ』買わせるなんて嫌がらせか!?」

 

 第3者の介入に落ち着きを取り戻すかと思いきや、むしろ火に油を注ぐ形になってしまった。

 こんな状況でエックスとゼロは、お互いに立場を尊重するなどできる筈も無く、また喧嘩の仲裁に入ったつもりのアクセルも、理由を聞いてただ何もできずにたじろく以外になかった。

 先に休憩所に来ていた他の隊員達にしてみれば、折角の休憩時間に延々と騒がれるのはたまったものでないだろう。

 

「とにかく俺は謝らないぞ! 欲しいなら自力で頑張ってくれ!」

 

 だが、幸か不幸かエックスは一番最初に矛先を収め……というよりは、一方的に口論を打ち切った。

 自分に落ち度はないと強く主張しながら、エックスは不機嫌なまま強引に話を切り上げるように踵を返し、休憩所の出口へと足を進めた。

 取り付く島もないと言った様子を見せるエックスを、しかしゼロはそんな相方の襟首をつかむ勢いで手を伸ばす。

 

「おい待て! 話は終わってないぞ!」

「ゼロ! やっぱ『大人のおもちゃ』買わせるなんて無理があるよ!!」

 

 これ以上いけない、と言わんばかりに後を追おうとしたゼロを、アクセルが腕を差し出して制止する。

 ゼロからすれば、邪魔をするアクセルの腕を払いのけようとさえしたが、揉み合いになっている間にもにエックスは一度も振り返らず、さっさと部屋の外へと出て行ってしまった。

 

 言い争った3人を見て、周りにいたハンター達も身を寄せ合って話をしていた。

 

「……またあの3人揉めてるよ」

「折角ゼロさん凄いハンターなのに、アレがなけりゃなぁ……」

 

 どうやら『大人のおもちゃ』なる単語に起因するあまりにしょうもない喧嘩の理由に呆れかえっているようだった。 小声ではあるが、アクセルとゼロの耳にははっきりと聞き取れた。

 喧嘩のせいでただでさえ不機嫌になっている中、聞き捨てならないと感じたゼロは、こそこそ陰口を言っている連中をひとしきり睨みつける。

 すると野次馬と化した他の隊員達は、ゼロの野獣の眼光に慄いたのか、そそくさと反対方向を向いたり、あるいは自販機でE缶を買う振りをして我関せずを装った。

 

「(小声で話すぐらいなら止めに入ってくれりゃいいのに……)」

 

 事なかれ主義者達に冷ややかな視線を送りながら、一気にくたびれるアクセル。 逆に文句を言われる隊員達にしてみれば、とんだとばっちりである筈なのだが。

 一方で文句を言うべき相手がいなくなり、ゼロはすっかり冷めきった態度でアクセルの腕から身を引いてため息をついた。

 

「やってられるか、バカバカしい」

「……バカな理由で騒いどいて。 いつも言ってるけど、よく仕事中にまでエッチな話持ち込めるよね」

「それが俺のポリシーだ! ……てかアクセル、何か勘違いしてねぇか? 第一『大人のおもちゃ』ってのは」

 

 変なところで胸を張るゼロに、アクセルは「聞きたくない!」と一言、呆れながら言葉を制した。

 とにかく今は休ませてほしい。 今のアクセルにとってこれ以上、ゼロと変に熱の入った会話を続けるつもりは毛頭ない。

 何かを言いたげだったゼロは、言葉を遮られて顔をしかめるも、彼もまた口論の疲れも相まって意気消沈したのか、言葉を続けるのをやめ、すっかり怒る気力も失い大人しくなった。

 

 騒ぎの張本人ではあったが、それはさておき休息を取ろうと、壁に備え付けられた大型テレビの前にあるソファーに腰を掛ける。

 ライトベージュの本革の感触が、疲れたハンター2人の腰を柔らかく包み込む。 適度な弾力が、彼ら二人を仕事との関係ない脱力の世界へと誘う。

 仕事の時には考えられない気の抜けた表情で、テレビから流れてくる映像を文字通り機械的にただ眺めていた。

 

 そんな中、テレビにかかっていた一つの番組の内容に2人は注意を引き付けられた。

 

<それでは次のニュースです>

 

 大きなテレビ画面には、キャスターと思わしき男性が報道内容を読み上げていた。 一室に来るなり言い合いをしたので気づいてなかったが、どうやらニュース番組がかかっていたようだ。

 キャスターの背後に移っていた画面が切り替わると、そこには地球が左に映るような構図で、建造中の何かが宇宙空間に浮かび上がっている映像に切り替わった。

 

<先のレプリフォースの騒乱において破壊された防衛衛星に代わるべく、予てから建設されていた新型の人工衛星が、来月末に完成する見通しとなりました>

「うん?」

「ああ、アレか……」

 

 ニュースを見て知っている素振りを見せるゼロに、アクセルは尋ねた。 彼にとってはロックマンXシリーズに脂が乗ってた時の話であった為、懐かしむようにゼロは目を閉じ、過去の事を思い出してしみじみと語る。

 

 かつてレプリフォースがクーデターを起こした際に、本拠地として用いた「ファイナルウェポン『デスフラワー』」。

 エックスはスパイをやってた裏切りデブと、ゼロは小指を立てるコレと死闘を繰り広げ、遂にはやはり黒幕だったシグマもろとも、最終的に木っ端みじんに破壊した衛星だ。

 そんなデスフラワーだが、今のニュースを見るに後釜となる衛星が再び造られているようだ。

 

<新型衛星は軌道エレベータ―『ヤコブ』を使い、宇宙空間に資材を運んで製造され、完成まであと半年はかかると見積もられていましたが、開発協力として名乗りをあげた、新興企業『MACエンジニアリング』のバックアップもあり、大幅に着工期間を短縮する事が出来たようです>

「フン、随分景気のいい話だな」

「MACエンジニアリング? 聞いた事がないグループだね」

 

 興味なさげなゼロに、キャスターの読み上げた内容をオウム返しするアクセル。

 耳の覚えのないグループが当たり前のようにニュースに出てきた事を受け、アクセルは首を傾げた。 この手の国を挙げたプロジェクトには旨味にあやかろうと、まっとうな団体から怪しげな手合いまで、まさに玉石混交な連中が投資話を持ち掛けてくるが、自ら率先してプロジェクトをスムーズに進行できるよう手配できるとは、このMACエンジニアリングと言う会社、中々大したものではないか。

 そうアクセルが思っている間に、キャスターは続けて報道内容を読み上げる。

 

<それに伴い、一般公募の中から選ばれた名称の発表を兼ねた、新型衛星の完成披露会も来月に開催日を繰り上げる事となりました>

「ふぅん……そう言えば、以前にもダグラスやパレットがそんな事言ってた気もするなあ」

 

 衛星の名前の件を聞いて、アクセルは以前にも技術部門に勤める同僚2人が似た事を言っていた事を思い出す。 記憶とたった今ニュースから得られた情報が結ばれ、ひょっとしてこれの事だったのかも、と納得する。

 それはさておき、ニュースキャスターが完成披露会と言うワードを口にすると、スタジオの風景から何やら告知画面に切り替わる。

 内容は、新型衛星が名称の一般公募について、応募の締め切りをあと半月に短縮する旨と、応募先のアドレスが描かれていた。 入賞者には完成披露会への招待と、会場となる某5つ星ホテルの1泊2日の宿泊権が貰えるとの事。 小型端末を持っていれば、今このニュース番組に送信すればその場で名称を応募する事が出来るとも書かれている。

 ゼロは画面の応募要件を見ながら、口元に握り拳を当てて考えるような仕草をする。 いつになくニュース画面を食い入るように見るゼロを、横で見つめるアクセル。

 

「どうしたのゼロ? ニュース見て何か思う所でもあったの?」

 

 アクセルが問いかけると同時に、ゼロは側に置いてあったタブレットを手に取ると、アクセルの見ている方向からは見えないような角度で端末を持ち、無心とも思える様子で素早くタッチパネルをつつき入力する。

 怪訝な顔をするアクセル。 そんな彼をよそに、ゼロは指先で一つ一つ入力するような動作を取る度に笑みを浮かべ、今にも吹き出しそうなのをこらえるような表情のまま、遂に打ち込みを終えたタブレットをテレビ画面にかざし、最後の入力を押す。

 

 ニュース番組の画面の右上に『情報が送信されました』とテロップが表示された。

 

 ワンテンポ置き、我慢の限界を迎えたのかゼロがその場で腹を抱えて笑い始めた。ソファーに座ったままうずくまり、ひじ掛けを何度も叩く。

 まるでナイトメア現象の際に現れたニセモノのような大笑いを上げ、隣にいたアクセルをして大いに驚かせた。 恐る恐る、アクセルはゼロに問いかける。

 

「ゼ、ゼロ? 今一体何を送ったの?」

「くくく……いや、なんでもねぇ」

 

 その大笑いのどこが何でもないと言うのか。 アクセルはたった今、ゼロがタブレットをいじって送信した、情報の中身が気になって仕方がなかった。

 タイミングから察するに、さっきの衛星の名称の一般公募がらみかと思ったが、どこにゼロが面白おかしく笑う要素があると言うのか?

 何となしに嫌な予感がぬぐえなかったが、休憩しに来て気苦労の種を増やしたくないアクセルは、知らぬ存ぜぬを通す事とした。

 

「(やめとこ……僕は何も知らない)」

 

 どの道データは既に送信されているし、中身を確かめる術もない。

 本人に問い詰めた所で答えを得られるとも思えないし、万一中身を知った後の事などどうするか、そんな事を一々考えるのも面倒な事この上なかった。

 心中穏やかでない気分ではあるも、頭を振って嫌な考えを切り離し、過呼吸を起こしてソファーに寝そべるように突っ伏して悶絶するゼロを尻目に、アクセルは思考を停止した。

 

 

 

 最も、その答えは1か月後に、否応なしに知らされる羽目になるが。




ア イ ツ ら が 帰 っ て き た 。


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第2話

 

 あれから1か月後の今日……エックス達は、エイリアをはじめとするハンターベースの同僚達と、衛星の完成披露会に来ていた。

 それも日頃ハンター業務で着ているアーマーやヘルメット姿でなく、晴れ舞台にふさわしい正装をした上でこの場所に立っていた。

 夜空をまばゆいサーチライトで照らす、5つ星ホテルの敷地内にある宴会場を用いた、控えめな照明によって照らされる会場はとても広く、赤々と咲く綺麗な花の生けられた花瓶と、火の灯されたキャンドルが置かれる白いテーブル席が規則正しい間隔で置かれている。 

 辺りにはパーティーの客と思わしきスーツやドレス姿の人々が、グラスに注がれたワインを手に談笑しながらも、皆一様に何かを待ちわびるかのように、マイクの置かれたひときわ明るい檀上に気をやっていた。

 衛星製造のプロジェクトを立ち上げた、発案者と開発陣が勤める主催者側をはじめ、このパーティーの参加者は基本的に、各界の権力者や大口の出資者等、錚々たる身内で固められている。

 その中には、我らがイレギュラーハンターの総監である『シグナス』も混じって、彼らの輪に加わって楽しげに会話をしていた。

 一方でお披露目の瞬間を取材及び生中継すべく舞台の前には、多数のカメラマンやタブレットを携えた記者、およびマイクを持ったリポーターをはじめとする報道陣の姿もおり、一部は会場への来客者にインタビューを行っていた。

 エックス達とて、幾度となく活躍を重ねてきた立役者には違いないが、身も蓋も無い言い方をすれば、重役のシグナスとは違い一公務員。 周りにいるやんごとなき人々を考えれば、弁えてはいるとは言え浮いているような感はあった。

 実際、特にメディアに露出した事のある訳でない、着飾ってはいるが雰囲気や立ち振る舞いから、一般層と思わしき人々はまばらでほとんど見受けられない。

 ではどうして、そんな華やかな会場に彼らがいるか、理由は勿論警備の仕事と言う訳ではない。 

 

「しかし驚いたわ、まさかエックスが新型衛星の名称に応募していたなんて……お陰でこんな華やかなパーティーに招待されるなんて、貴方には感謝しているわよ?」

「うーん、俺には身に覚えのない事なんだけどなぁ……」

 

 エックスが世間のちょっとした話題に乗っかっていた事を、肩回りを露出させた桃色のドレス姿のエイリアが驚いた様子で口元に手を当てて、青いヘルメットをつけたままの、しかし首から下は普段のボディ色に合わせた青いタキシードを身に着けるエックスが、困った様子で頭を掻いていた。

 彼らがこのパーティにいる理由。 エイリアが言うように『エックスが』この度完成した新型衛星の、名称の一般公募に見事入選を果たしたから。

 このパーティーにおけるエックス達一般客が少ないのも、完全招待制と言う形態をとっているからで、一般人が参加するには名称に応募し、入賞を果たさなければ招待券が届かない。

 つまり、エックス達を含むここにいる彼らは、幾重の選考を突破した幸運な方々なのだ。 このホテルに1泊2日で宿泊する権利も与えられた今回の招待客、皆が皆興奮に色めき立っているようだった。

 

「まだそんな事言ってるのかエックス? あんま謙遜すると嫌味になっちまうぜ?」

「そうですよぅ。 技術職の私達を差し置いて、しっかり入賞してるんですもん。 正直ちょっと悔しいぐらいですよ」

 

 あくまで記憶にないと憚らないエックスを見て、笑顔だが窘めるような態度で接するはハンターベースが技術屋2人、緑のメットに赤いグラスのついた専門家の『ダグラス』と、時にオペレータ業務も兼任する少女型レプリロイドの『パレット』である。

 2人して役柄も相まって、以前から告知されていた新型衛星の件については、並々ならぬ興味を抱いていたらしく、建設と共に応募の締め切りも早まったと言うニュースが流れる以前から、実際に名称の一般公募にもいち早く応募していたと公言する程であった。

 それを知っている程度で特にそこまで関心がありそうに見えないエックスが、入賞をかっさらった事を羨望の目で見ており、特にパレットの方は頬を膨らませて若干むくれているようだった。

 

「……本当に知らない事なんだけどなぁ」

 

 状況を今だ把握できていないような様子で首を傾げるエックス。 そんな彼らの元に、先程からしきりに来客者へのインタビューを行っていた報道陣が一斉にやってきた。

 

「すみません、お時間をいただいてもいいですか?」

「イレギュラーハンターのエックスさんですね? 今日ここにいらっしゃったのは、件の一般公募に入選したからと――――」

 

 集まるなり、撮影用の大小さまざまなカメラを向けられ、フラッシュをたかれ、リポーターから一斉にマイクを向けられる。

 

「な、何ですか? ちょっと待ってください! 俺……いや私はそんな事実は」

「答えてやんなよエックス。 堂々としなきゃ17部隊隊長の名が廃るってもんだぜ?」

 

 有無を言わさず取材を敢行してくる彼らを前にエックスも慌てるが、ダグラスは文字通りそんなエックスの背中を前に押してやる。

 エックスは困惑を隠し切れない様子で目線を仲間たちに向けるが、彼らはそんな青いハンターの様子を生温かな目で見つめるばかり。

 

 

 一方でゼロは一歩も二歩も離れた位置から、一方的にインタビューを受けるエックスを中心に、和気藹々と話に花を咲かせる同僚達を眺めていた。

 特に視線の中央には、しきりに困ったような様子で取材を受けるエックスが映る。

 

「……まさかこんな事になるとはな」

 

 進んで着るつもりもなかった、しかしエイリアに最低限の礼儀として半ば無理矢理着せられた、エックスと同じようないで立ちの赤いメットと真紅のスーツが、今は冷たく湿っていて気持ちが悪い。

 エックスが今回完成披露会に招かれたきっかけに、全く心当たりがないと困惑している様子を見る度、ゼロは心中穏やかでいられなかった。

 当然だ、エックスの応募メールを出したのは他でもない自分なのだから。

 

「(エックスが本当に応募した記憶がねぇなら、アイツの名義で名前出したの俺ってことなんだよなぁ……必然的に!!)」

 

 1か月前のあの時……エックスと口論の後にたまたま見かけたニュースを見て、彼へのちょっとした当てつけのつもりで、つい勢いで応募してしまった事を少なからず後悔していた。

 しかもご丁寧に、青い相方の名前まで使ってロクでもない名前を送り付けると言う、完全に時間差で喧嘩を売るような行為。

 

「(やべぇよ……やべぇよ……。 もし……『あんな名前』が壇上で読み上げられたら、今度こそエックスに殺される)」

 

 ゼロは己の迂闊さを呪っていた。 まさか自分自身一般公募に受かるなど、微塵も考えていなかったからだ。

 エックスの名義で変な名前を送り付け、精々応募内容を選別する連中の笑い話になればいいと、冗談半分で特に深く考えていなかった彼に、冷や水をぶっかけるがごとく選考突破と言う事実を突き付けられ、このパーティーに招待される事態となったのが今回のいきさつであった。

 発表の後に確実に訪れるであろう惨劇に、ゼロは身が震えるような思いをした。

 

「ねぇゼロ、本当にいいの?」

「おぅふ!!」

 

 このままでは制裁待ったなしの状況を恐れる中、不意に背後から少年らしき存在に声をかけられた。 つい吹き出してしまったゼロには聞き覚えのある声だった。

 慌てて後ろを振り向いてみると、エックスとゼロとは違いヘルメットは身に着けていない、癖のある跳ねた茶髪と眉間に×文字の傷をつけた、着慣れないスーツを窮屈そうに襟を揺するアクセルがそこに立っていた。

 

「お、脅かしてくれるなアクセル」

「別にそんなつもりはないよ……しっかしいつものアーマーじゃないと落ち着かないね」

 

 アクセルもまた、エイリアに無頓着を咎められる形で正装させられたらしく、着心地の悪そうな様子を隠そうともしない。

 いつものアクセルらしい様子に、ゼロは胸を撫で下ろす。 しかし、置かれた状況に後ろめたさを覚えるゼロを見透かしたように、アクセルは冷めた視線を送りながら、しかし周りの耳に入らないように声の音量を下げて話を切り出してきた。

 

「ま、そんな事はどうでもいいや……エックスの名義で送ったのアンタでしょ?」

 

 図星である。 心臓を鷲掴みにされるような感覚に支配され、ゼロは何も答えられなかった。

 驚愕に総毛立ってからの束の間を空け、ただでさえスーツの下を水浸しにしていた冷や汗が、額を滝のように流れる程に出しながら目線を泳がせる。

 動揺を隠せないゼロの仕草を見て、無言の肯定と受け取ったアクセルはため息をついて話を続けた。

 

「誤魔化さなくったっていいよ……あの時僕も隣にいたんだし。 その慌てようを見るに、どうせロクでもない名前送ったんじゃないの?」

 

 本当に何から何までお見通しなアクセルに、ゼロは圧倒されるしかない。 いつになく弱気になりそうになるが、しかしアクセルはお構いなしに話を続けた。

 

「別に呼ばれてやってきたパーティー、皆して即追い出される訳でもないだろうし。 エックスが知らない内にさっさと運営に話付けて、取り下げてもらった方がダメージ少ないんじゃない?」

「お、俺は「ゼロさん……?」

 

 アクセルに見透かされてしどろもどろになる中、今度は落ち着きのある女性の声がゼロを呼んだ。 話の途中だが再び背後を振り向いた。

 ゼロの目にまず飛び込んできたのは、小さく揺れる横に白い帯の入った褐色の2つのメロンだった。 飛び込んできた見事なものに視線を奪われるが、声の主を確かめようと目線をゆっくりと上げる。

 

 普段は長い紫の髪の毛を頭の後ろでまとめ上げ、前髪で隠れている瞳が顕となった褐色の美女。 エイリアやパレット達のそれよりも露出の多い、胸の下と長いスカートに太ももまでスリットの入った白い煽情的なドレスを身にまとう。

 近くに寄った男性の視線を釘づけにしてやまない彼女は、普段はエイリア達と同様オペレーター業務で主にゼロのサポートを買って出る。

 

「レ、レイヤー……!!」

「と、特に用事があった訳じゃないんです……ただ、先程から気難しい顔をしていたので……」

 

 ゼロが目を見開いて呟く彼女『レイヤー』が、赤らめた頬に手を当てて気恥ずかしそうに立っていた。

 どうやら彼女はエックスにイタズラがばれて、制裁と言う名の恐ろしい報復を受けるかもしれないと言う、この上ない自業自得に身が震えるゼロを心配して声をかけてきたようだ。

 それにしても余り自己主張をしない普段の彼女と比べ、うってかわって魅惑的ないで立ちでやってきた事を受け、ゼロはレイヤーの胸元を文字通りガン見していた。

 今のゼロにとって、エックスにやましい事がばれる事よりも、目の前にぶら下がる見事な両果実の存在しか頭にない。

 

「もう、そんなに見られたら恥ずかしいです……」

 

 身をよじりながら両腕を組んで胸元を隠すレイヤー。 自己主張するドレスと裏腹に、恥じらいがあるような仕草をする彼女。

 ――――見事だ。 ゼロはレイヤーに対し、頭の中で最大級の賛辞と共に拍手喝采していた。 普段なら控室での着替えを覗きに行くぐらいの気概はあったが、必ず訪れる恐るべき結末に気を取られ、貫くべきエロをおろそかにしていた。

 それを彼女は身をもって、ゼロにあるべき下心を取り戻させてくれたのだ。 自らの身を案じ、おっきなメロンを揺らしてやってきた献身的なレイヤーにゼロは感激する。

 

「…………ありがとう、そして……ありがとう!」

 

 目頭が熱くなり、流せるはずのない涙と鼻汁がゼロの両目と鼻の穴から滝のように流れ、満面の笑顔で親指をおったてた。

 賞賛の言葉を口にしながら感涙するゼロのリアクションに、レイヤーは照れを隠しながらも、無言で両拳を握り締めガッツポーズを取る。 どうやら彼女なりに手ごたえを感じたらしい。

 

 しばし眼福の一時を堪能したゼロは、目に溜まった涙と滝のように流れ出る鼻汁をぬぐい、うって変わって真剣な表情になるとレイヤーの手を取った。

 

「レイヤー」

「……はい」

 

 彼女の名を口にする。 レイヤーも神妙な面持ちでゼロの次の言葉を待つ。

 

「チョメチョメしよう」

「喜んで!」

 

 レイヤーの服装を『お誘い』と受け止めたゼロは、彼女の求めに応える事とした。 振り絞ったであろう勇気が伝わったと確信したレイヤーは、無論2つ返事でOKをだす。 燃え上がる2人にこれから暑い夜が……。

 

「何言ってんのゼロ!? 今はそれ所じゃないでしょッ!!」

 

 始まりそうになったのを、間を割って入ってきたアクセルが強引に制止した。 身を寄せ合おうとしたゼロとレイヤーを両腕を開いて引きはがしにかかり、ゼロは野暮な乱入者に対し眉をひそめるも、すぐに気を取り直し余裕の笑みを浮かべた。

 

「男の嫉妬はみっともないぜアクセル」

「関係ないよッ!! ってかエックスはどうなんの!? アンタ『例の名前』が壇上で読み上げられたら、色々と終わるかもしんないんだよ!?」

 

 ムードをぶち壊しにした事よりも、あくまでそれ以上の危機を払うべく努力しろと訴えるアクセル。 落ち着いていられない様子のアクセルの両肩に、ゼロは手を乗せた。

 

「いいかアクセル、よく聞け」

 

 アクセルを諭す様に、ゼロは落ち着いた様子で口を開いた。

 

「今日この場で衆人環視に晒すのを覚悟で、レイヤーはそう言うドレスを着て俺の元へやってきた。 これが意味する事は一つだ」

「……それで?」

「分からんのか? レイヤーは『勝負』しに来たんだ。 ならばそれを全身全霊をもって受け止めるのが男と言うもんだ」

「受け止めなきゃいけないのは現実でしょ!? 何度も同じ事言わせないで――――」

 

 今のゼロには何を言っても無駄である。 何故なら彼の今の電子回路はエックスの逆襲より、夢がたっぷり詰まったレイヤーの両胸で満たされているのだから。

 恥じらいながらも出るとこ出てきた彼女と合体する事で頭が一杯なゼロは、全くもってアクセルの切実な訴えを意に返さない。 と、言うよりは返していられないと言った方が正しい。 

 エックスが一度怒れば、何らかの形で自らもとばっちりを食らうと心配しているのだろう。 そんな必死なアクセルの言葉を無慈悲にも叩き切る様に、控えめな明るさだった会場の照明が消え、照らされているのは壇上のみとなる。

 アクセルたちを含む会場にいる全員が壇上へ振り向くと、スーツ姿のレプリロイドの男が垂れ幕で隠れた舞台裏から姿を現し、あらかじめ舞台の中心に備え付けられていたマイクの元へ颯爽と歩いてきた。

 男性はマイクの前に立つと、数回マイクの音量テストに短く声を出し……しばしの間をおいて舞台挨拶を始めた。

 

「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。 本日は新型衛星の披露会にご来場いただぎ、誠にありがとうございます」

 

 ……どうやら遂に披露会が始まってしまったようだ。

 穏やかに、しかしマイクの力もあって強い男性の声が会場内に響き渡り、報道陣を含む全員が舞台を注視する。 説得虚しく発表差し止めと至らず唖然とするアクセルをよそに、ゼロは構わず小声でレイヤーに目線を送り、彼女の肩に手を置く。

 

「……レイヤー、今の内に抜け出そう」

 

 レイヤーは少し困惑した視線をゼロに返した。

 

「いいんですか? 仲間の披露会なのに……」

「フッ、あいつも男と女の情事に口出しするほど野暮じゃないさ」

「口じゃなくてバスターが飛び出るかもしれないけどね」

 

 レイヤーとのめくるめくひと時が大事だと憚らないゼロに、すっかり脱力したアクセルが皮肉を言うも、やはりと言うか意に介さずむしろヒねた言い回しで応酬する。

 

「あいつのより俺の自前のバスターのがご立派だぜ。 さて、行くぜレイヤー……折角入賞のプレゼントにホテルの宿泊権ついてるんだ、ありがたく使わせてもらおう」

「もう……エックスさんごめんなさいね?」

「今夜はオールナイトだ、明日まで寝かせないぜ……チョメチョメ~♪」

 

 まさに危機感ゼロ! エックスと言う迫り来る影を放置して、何も知らずただゼロの気を引きたい一心で誘惑してきた、レイヤー(据え膳)とのホットな時間を過ごす事を優先したゼロは披露会そのものをすっぽかす事に決める。

 レイヤーをエスコートしながら、力なくこちらを見つめるアクセルを置いて、皆が進行する披露会に目を向ける中を縫うように、2人して出て行ってしまう。

 

 そんな2人に、アクセルの呟きなど聞こえる筈もなかった。

 

「……明日が来るとは思えないけどね」

 

 アクセルが不安を募らせると同時に、ゼロのいたずらを断罪する欠席裁判の時は刻一刻と迫る。

 

 

 




黄金銃(意味深)を持つ男。 レイヤーを撃ち抜く為に会場から抜け出す。


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第3話

 

 

「それでは今回の新型衛星開発部が主任、『シャイニング・ホタルニクス』博士からのご挨拶となります!」

 

 ゼロが立ち去って数分後……司会の男性が舞台から身を引き、右奥の垂れ幕に引っ込むと同時に、ホタルを模した白い髭を生やした赤い初老のレプリロイドが、司会と入れ替わる形で颯爽と現れた。

 惜しみない来客者の拍手と報道陣のカメラのフラッシュが降り注ぐ中をにこやかに歩き、ホタルニクスと呼ばれた彼はにこやかにマイクの前に立った。

 

 ホタルニクス博士がマイクに数回小さな声をかけて、先程の司会と同じように感度のチェックをすると、場の空気を呼んだであろう来客者達の拍手が鳴りやんだ。

 拍手が完全に収まり、僅かな間をおいてホタルニクス博士は喋り始める。

 

「えー、本日はご来場くださいまして、誠にありがとうございますじゃ。 ここにいる皆様方のご協力あって、無事に衛星は完成となりましたじゃ」

 

 彼自身の口からスポンサーを含む来客者への謝辞が述べられ、ささやかであるが客側から再び拍手が鳴った。

 

「今回の衛星の開発にはMACエンジニアリングの優秀な人材あってこその完成となりましたが、残念ながら多忙の為スケジュールに都合がつかず、本日は欠席となりますじゃ」

 

 観客からは少々の落胆の声が漏れる。 しかしホタルニクス博士はこうなる事は分かっていたのか、動じることなくメモを懐から取り出した。

 

「その代わり、本日はMACエンジニアリングがスタッフ一同から、メッセージを預かっておりますじゃ」

 

 参加できなかったスタッフ一同からの手紙と思わしきメモを読み上げるホタルニクス博士。

 今日参加できなかった事を悔やむ内容ながら、これまでに支援してくれたスポンサーや大手ファンドへの、最大級の賛辞が込められており、当初はがっかりした様子だった一部の人々も、全てを読み終わる頃には自然と笑みが零れ、ここにいないメンバーと読み上げたホタルニクス博士にささやかな拍手を送った。

 拍手が鳴りやみ、続いて博士は軽く咳ばらいをして、次の段取りに移る。

 

「さて皆様方、今日ここに来られた理由……新型衛星ですが、今すぐにでもご覧になりたいと思われる方も居る事でしょう」

 

 ホタルニクス博士が述べると、待っていたと言わんばかりに壇上の照明が落ち、会場を照らすのはテーブルの上の蝋燭の火だけとなった。

 暗がりの中、ホタルニクスが司会の控えている方に歩いて身を寄せ、そっと右肩を上げた。

 

「我々としても同じ考えですじゃ。 早速ご覧になりましょう……これが我々が総力を挙げて完成した、新型衛星ですじゃ!!」

 

 彼の合図と共に、舞台の壁面に掛けられていたスクリーンに、映像が投影された!

 スクリーンに映し出されるや否や、観客から一斉に感嘆の声が上がる。

 

 銀色に輝く長細い胴体に、黄金色のパラボラアンテナが左右に1基ずつ、付け根の部分から延びるように枝分かれするソーラーパネル。

 数多の星々が煌く宇宙空間、青く輝く地球を見下ろす様に、垂直に悠然と佇む新型衛星がそこにあった。

 画面右下には、映像がリアルタイムの生中継である事を示す為『LIVE』の文字が表示されている。

 

「この映像は軌道エレベータ―『ヤコブ』の頂上からの映像ですじゃ。 衛星の大きさはそう……前身に当たる『デスフラワー』と同じぐらいですかな?」

 

 観客が再び声を上げた。 しばしの間をおいて、その中の1人が静かに手を上げると、司会が舞台脇の階段から降りて、手を上げた人にマイクを持って行く。

 マイクを差し出された観客の一人は、少々気恥しそうな様子で尋ねた。

 

「あのデスフラワーの後継と言う事は、場合によっては攻撃衛星にもなりえるのですよね? そうなるとセキュリティ面は……?」

 

 観客からの質問に、ホタルニクス博士は胸を張って答えた。

 

「ご安心くだされ。 セキュリティ面については完璧ですじゃ。 万が一テロリストに狙われた時の事も想定し、何重にもプロテクトがなされて……」

 

 ホタルニクス博士が喋りながら画面を指さすと、一般に開示できる範囲ではあるが、衛星の詳細な仕様がポップアップされる。

 それらをなぞる様に手を動かしながら、来客者の1人の質問に丁寧に答えていく。

 やがて回答が終わると質問者は満足し、一礼して質問を終えると、今度は我も我もと他の観客も手を上げる。 その中にはもちろんダグラスとパレットの姿もあった。 質疑応答の時間ではない筈だが、皆自分達が期待を寄せ……あるいは出資までしたと言うだけあって興味津々であった。

 ホタルニクス博士自身も質問攻めを見越して用意していたのであろう、一人一人の質問に対してウィンドウに情報を開示しつつ、はっきりと自信にあふれる声で丁寧に一つ一つ質問に答えていく。

 

 一方で、こっそり抜け出してすっぽかしたゼロに代わり、今度はアクセルは楽しげに進行する披露会を浮かない目で眺めていた。

 未だアクセルの懸念する、一般公募の名称の発表には至っておらず、時間が過ぎる程に彼の胸中は不安で満たされていった。

 自分自身が下手人と言う訳で無し、何故心配しなくてはならないのか。 エックスがブちぎれると分かっていながら、レイヤーとのひと時の為にバックレたゼロを理不尽に思いながらも、このまま何事もなく穏やかに時間が過ぎ去ってほしい。 アクセルは切に願っていた。

 

「(このまま何も起こらずに終わればいいんだけどなぁ……)」

 

 未だ腑に落ちない様子で首を傾げるエックス達を除く、ハンターベースの仲間達も含める皆が、壇上のホタルニクス博士に釘付けになっている。

 この間、アクセルはホタルニクス博士のスピーチの詳細な内容など耳に入る筈もなく、浮かない表情で皆の人陰に隠れるように塞ぎ込み、胸元で手を組みながらただひたすら無事を祈っていた。

 

 ――――そして、運命の時が訪れる。

 

 ひと段落ついた辺りでホタルニクス博士が会話を打ち切ると、観客にマイクを差し出していた司会が一礼して舞台に戻る。

 

「ホタルニクス博士、ありがとうございました」

 

 一歩身を引いたホタルニクス博士にも軽く頭を下げ、彼と入れ替わる様にマイクの前に立ち、披露会の進行を引き継いだ。

 

「……さて、それでは皆さん。 今日ここにおいでの一部の方々にとっては『これ』がお目当てでしょう……そろそろ名付けると致しましょうか」

 

 今度は司会が画面に手をかざす。 衛星の中継と公開されている資料のポップアップ画面が切り替わり、白地に黒の大きな文字が表示される。

 スクリーンに映し出された文字を見た途端、アクセルは息を呑んだ。

 

「それでは本日の目玉……幾多の応募の中から選ばれた、新型衛星の名称の発表を行います!」

 

 恐るべき時がやってきた。

 拍手喝采をもって迎えられた、衛星そのもののお披露目に次ぐもう一つの目玉……一般公募されていた名称の発表が始まった。

 

 ……司会が発表会の概要を説明する。 名称は応募されたものの中から、更に大多数の人員が投票によって特に優れた名称を選別したとの事。

 10位から1位の順番に読み上げられ、トップ10にノミネートされた応募者の名前は、1位が判明して初めて開示される。

 つまり、ギリギリになるまでここにいる誰が何を応募したのかは、応募した本人にしか分からないと言う事になる。

 期待を煽るやり方に、普通なら自分の名前が採用されるかもしれないと、否応なく胸を膨らませるニクイ演出を感じされるが……残念ながら今のアクセルにとっては、とても歓迎できるやり方には思えない。

 

「(一思いにラクにしてよもう……!!)」

 

 嫌な汗が出てきて止まらないアクセル。

 彼にしてみれば、恐らくブチ切れるであろうエックスによる、大荒れ待ったなしなゼロの死刑執行までの時間を、いたずらに引き延ばされる事に他ならない。

 いくらゼロ自身が撒いた種にしても、彼が断罪される事でパーティーが葬式会場に早変わりする事は避けられない。

 

「それではまずは10位から……『ラグナロク』!」

 

 アクセルの懸念をよそに、司会は名称の発表を開始した。

 司会はどこからともなく取り出した紙束を一枚めくり、読み上げると同時に背後のスクリーンにも名称が掲示される。

 

「ははは、我々はまだ黄昏れませんじゃ! しいて言うならあと1世紀は早いですかな?」

 

 読み上げられた名称へのホタルニクス博士のコメントに、会場が軽い笑いに包まれる。

 観客の内1人の男性が、笑顔だが少し気恥しそうに頭をかいていた。 リアクションから察するに、どうやら彼が応募したらしい。

 そんな彼を仲間らしき周囲の人々が、軽くからかったり小突いたりしながら……それでいて仲睦まじげにしていた。

 アクセルは離れた所から、生暖かい目で仲間の輪を見ていた。 背筋は冷たいが。

 

「(こんな楽し気なパーティーがお通夜になったら目も当てられないよなぁ……)」

「9位の名前は……こちら!」

 

 1人胃の疼くような思いを堪えながら、無情にも発表は進む。 

 

「『ゴールデンアイ』です!」

「ははは、映画の見過ぎですぞ! 我々の衛星はテロリストなどに奪われたりはしませんじゃ!」

 

 特にひねりの無い名前だが、場の雰囲気か再び会場に笑い声が響き渡る。

 同僚達も楽しげに笑みを浮かべながら発表を見守り……いよいよもってアクセルは居た堪れなくなる。

 採用されるされないに関わらず、10位以内にノミネートされてる以上、結局はエックスの名前が開示されるのだ。

 

「(……もういいや、僕も逃げちゃえ!!)」

 

 壇上で発表が続く度に胃が痛くなる。 傍観者の自分が割を食ってる事に我慢ならず、アクセルはゼロ同様バックレる事を選択した。

 こっそり身を引くように後ずさりし、ある程度離れた辺りで出口を振り向くと、足音を立てないように忍び足で会場の出入り口を目指し――――

 

「どこ行くのアクセル?」

 

 会場を後にしようとするアクセルの上腕を、誰かが背後から掴んだ。

 思わず軽く悲鳴を上げそうになったが、目立つ訳にもいかず喉から出かかった声を飲み込み、ゆっくりと首を後ろに向ける。

 

「ダメよ? エックスさんの大事な発表会なのに」

 

 むすっとした表情のパレットがそこにいた。 アクセルは心臓を鷲掴みにされたような思いで彼女を見る。

 どうやらこちらの胸中が何であれ、嫌気が差して会場を抜け出そうとした事を見咎めた様だった。

 これにはアクセルも内心大慌てだった。 居ても立っても居られないのには理由があるのに、それを口にしようものならエックスとゼロの一面を知るものなら、確実にただ事では済まなくなる。

 咄嗟の判断で、アクセルはしらを切ることにした。

 

「ちょ、ちょっとトイレに行きたくなっちゃったんだ……緊張して催しちゃって」

「レプリロイドがトイレに行く訳ないってば! ウソついちゃダメ!」

「(緊張してるのは本当なんだよなぁ!!)」

 

 しかし、本当にピンチを迎えているアクセルの口からは、もっともらしい言い訳など出る筈もなく、あっさりとパレットに看過されてしまった。

 良きムードに包まれる会場の空気を壊さぬよう、小声でアクセルを窘める彼女に、いよいよもって発汗が止まらなくなるアクセル。

 傍から見て体調を崩しているようにしか見えない彼を、しかしパレットが心配そうに見つめていた。

 

「でも調子自体はあんまり良く無さそう……大丈夫?」

「う……あ……うん……。 本当の所気分は確かに良くないよ? 具体的にはその、胃もたれ?」

「胃って……人間じゃないんだから……あ、でもこの間エイリアさんもストレスから胃薬飲んでたっけ」

「(飲むんだ!! ……テキトーに言ったつもりだったのに)」

 

 ……恐らくは純粋に気にかけてくれているのだろう。 不安げに尋ねるパレットに、アクセルは内心を悟られぬよう、腹を抑えて気分の良くない素振りを装おうとする。

 胃痛などレプリロイドにあるまじき言い訳だが、実際青ざめる程気分が悪いのは事実であるため、パレットに対し妙な説得力を与える事になった。

 一応は会話は成立している、アクセルはこのまま押し切る事にした。

 

「んー、心配だけど折角のエックスさんの発表会だし、私も会場から離れたくないし……」

「い、いいよ介抱とか! 歩けない訳じゃないから適当に医務室から薬でも貰って――」

「あ! そうだ!」

 

 なおも尤もらしい言い分を並べるアクセルに、パレットは何かを思い出したように両手を軽く叩いた。

 するとパレットはアクセルにしばし待つよう言って、エイリア達の元に静かに駆け寄ると、彼女に声をかけて話を始めた。

 

「(ちょっと!? 僕はただ会場離れたいだけなんだよ!)」

「続いては第6位――」

 

 今にも逃げたい衝動に駆られながらも待ったをかけられ、焦燥するアクセル。 気づけば司会の読み上げる名称の順位は第6位まで進んでいた。

 現状場を凍り付かせるような名称を読み上げられてはいないが、それでもアクセルにとっては予断を許さない状況だった。

 変わらず発表会が進行する中、パレットはエイリアから何かを受け取るとこちらに戻ってきた。

 そして受け取ったものを笑顔でこちらに突き出す。

 

「おまたせアクセル! エイリアさんから水の要らない胃薬貰ってきたよ!」

「(アカン)」

 

 アクセルは額を抑えて項垂れた。 胃痛を理由に会場から逃げ出そうとしたのに、他ならぬパレットの善意で外に出る口実を潰された。

 退路を断たれたアクセルは、しかし良かれと思って行動したパレットの気持ちを無碍にできず、苦笑いを浮かべながら取り繕う以外になかった。

 

「ははは……ありがとパレット、大事に使わせてもらうよ」

「発表が終わってまだ体調が悪かったら、医務室に付き添ってあげるから……じゃ!」

 

 茫然とするアクセルを置いて、パレットは満面の笑みで皆の元に踵を返した。 発表に聞き入る同僚たちの輪に入っていき、再びエイリアと軽く話をする。

 アクセルに軽く目線を送りながら小声で話し合う仲間達を見て、こっそりと抜け出す事は叶わなくなったと悟る。

 恐らくは自身の体調が宜しくない事を気遣って、時折でもこちらの様子を窺うように根回しをしているのだろう。 大きなお世話だ、仲間の優しさに心の中で涙した。

 こうなっては最早アクセルにできる事と言えば、貰った胃薬を大人しく服用するしかない。 薬の四角いケースの蓋を引き出し、軽く振って手の平にタブレットを2粒取り出し、口に含む。

 

「(……胃薬だけ飲んだってどうにもならないよなぁ)」

 

 気落ちしながら錠剤をかみ砕く。 口内から喉の奥へ広がる、気軽に飲み込めるよう味付けされたミントの爽やかさが、ほんの少しだけアクセルを慰めてくれるようだった。

 

 

 それから時間は流れ、第5位、4位、3位と次いで……壇上で次々と読み上げられる、新型衛星の名前の候補。

 1位のみが正式な名前として登録される中、惜しくも敗れて行った名前ではあるが、皆が皆期待を寄せて応募しただけとあって、時々悪ふざけを含みつつも、それでいて愛嬌のある名前ばかりだった。 

 

「第2位は……『はやぶさ(無言)』!」

「決して喋ったりはしませんぞ!」

 

 ホタルニクス博士の話題の拾い方もあり、やはり会場に笑い声が満ち溢れる。 ここに至るまで、ゼロが懸念した『変な名前』と言うものは……少々ありはしたが、いずれも笑って許せるレベルの物であり、少なくともゼロが命の危険を感じる程ではなかった。

 予想外のノミネートと言う事実に過敏になっているだけでは? 読み上げられる名前と会場の雰囲気に流され、正常化バイアスの働くアクセルは徐々に平常心を取り戻しつつあった。

 

 さて……ここまで2位までの名前を読み上げ、残す所第1位のみとなり、司会が気持ちを改める様に咳払いをする。

 

「それでは皆様……お待たせいたしました」

 

 スクリーンの文字が切り替わり、黒で縁取られた金色の派手なロゴであしらわれた『第1位』の一文が先に表示される。

 

「これからの人とレプリロイドの、安全でより豊かな生活が約束された未来を担う、衛星の名前を決定する時がやって参りました」

 

 会場のスピーカーを通して小刻みにドラムを叩く音が鳴り、皆が発表を固唾を呑んで見守る中、司会が最後のメモを用意する。

 この1枚をめくれば、栄えある第1位に選ばれた名称が読み上げられる。 しばしの間を置いて緊張と期待をあおる中、ついにドラムの音が止む。

 

「……栄誉ある第1位の名前は……!!」

 

 沈黙が会場を支配する中、ついに司会がメモをめくり上げ、その名を読み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               「『きんた〇』です!!」

 

 

 




とってもおおきな きんのたま 無事公開!


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第4話

 

 

 司会の掛け声と共にでかでかとスクリーンに表示される『きんた〇』の文字。

 ご丁寧に先に表示された『第1位』と同じく、黄金色に輝く破壊力抜群のご立派な名称(ゴールデンボンバー)が、会場のムードを一瞬で破壊しつくした。

 

「えっ?」

「えっ?」

「「「「「「えっ?」」」」」」」

 

 会場にいる全員が異口同音に、たった一言疑問符を浮かべ……目先で起こった出来事を正確に受け止めきれずにいた。 場の空気は瞬く間に数度は下がり、もとい凍り付く。

 

「ええ……」

「何だこれは……たまげたなぁ……」

「完成度高ぇなオイ」

「これは ひどい」

 

 VIPをはじめとする観客達のどよめきの声。 皆困惑の余り平常を保ってはいられないのか、近くにいた人間同士でスクリーンの文字に目をやりながらも耳打ちを始めたりする。 我らがイレギュラーハンター総監のシグナスもまた、極めて冷静に努めようとはしていたが、見開いた眼を閉じる事は叶わず動揺を隠し切れないでいた。

 

「な、なんじゃ……ジョークにしてはちときついんじゃあないか?」

「まずいですよ! ……ちょっ、こんな場を弁えない様な名前、冗談にしても……え、冗談じゃない?」

 

 ホタルニクス博士はおろか、名前を読み上げた司会も何が起きたかを測りかねているようで、壇上と言う人目に晒されている場所にも拘らず慌てふためいていた。

 

「(そんな……まさか……ッ!!)」

 

 油断していた。 騒然となる会場の中、アクセルもまた周囲の人々のように唖然とするも、会場内の応募者と思わしき人々に視線をやる。

 皆が皆凍り付いており、状況を全く把握できずにいた。 エックスも含めて。

 困惑する同僚の姿を目に入れた瞬間、アクセルは全てを理解した。

 

「(――そうか! 分かったぞ!)」

 

 これまでに名前が読み上げられていく中で、他の応募者達は自分達が提出した名称が読み上げられる度、自身の名前まで読み上げられていないにも拘らず、必ず何かしらのリアクションをとっていた。 気恥ずかしそうにしたり、笑ったり。

 しかし応募した記憶が無いと言い張るエックスは、場の雰囲気を壊さぬ気遣いからか終始愛想笑いに徹していた。

 そしてたった今、衝撃の第1位が読み上げられた時において『他の応募者と同じように状況を把握できずにいる』と言う事は……。

 

「(ゼ、ゼロ……アンタなんて事してくれたの!?)」

 

 何故ゼロがあれだけ焦っていたのか、アクセルもようやく把握できた。

 ……どうしてこんなのが1位はおろか、入賞を果たしたのか? 選考した人々の顔を見てみたくもなったが、今はそれどころではない。

 運営をして混乱を隠し切れずにいるも、それでもどよめく会場の雰囲気を立て直すべく、司会が引き攣った笑いを浮かべながら懸命に発表会を進行させる。

 あくまで次の予定を段取り通りに始めると言うのなら……この次は確か――――。

 

「そ、それでは気を取り直して……トップ10の名称に選ばれた人々達をご紹介いたします!」

「(やっば……この流れは)」

 

 司会の掛け声と共に10名のスタッフが会場内に散り、困惑する観客をよそに応募者10名に一声をかけ、彼らの胸に赤いバラの花を模したマイクを取り付け、全員を舞台に案内する。

 そうだ、名称の順位を決定したら……次は応募者が誰で、どの名前を投稿したかを紹介する時間だった!

 つまり、エックスが冤罪を吹っ掛けられる瞬間である事を意味する。 係員に連れられ、訳も分からぬままスクリーンの方を向く10名の応募者達。

 良かれと思い、ただひたすら場を収めようと軌道修正を図る司会者に、アクセルは力づくで止める訳もいかず、鷲掴みにされる胸中において悲痛な叫びを上げた。

 

「(もういいよ!! やめて! お願いだからやめてええええええええええ!!!!)」

「トップ10に選ばれた各応募者は……この方々です!」

 

 

 

 ――――しかし現実は無慈悲であった。 いたいけな少年の願いも空しく、更なる衝撃を伴って応募者の名がスクリーン上に開示された。

 

 

          #第1位『きんた〇』……投稿者:『ロックマンX』#

 

 

「はああああああああああああああああああああああああッ!?」

「(やっぱりィィィィィィィィッ!!)」

 

 観客がどよめくよりも先に、スクリーン上の自身の名前に面喰らったエックスの絶叫。 スイッチの入ったマイクが胸についていた事もあって、彼の叫びはハウリングを伴って会場内にこだました。 

 咄嗟に耳を塞ぎながらも、薄々気づいてはいながら嫌な予感が的中した事にショックを受けるアクセル。

 変な名前にエックスの名前。 ゼロ自身がエックスの名前で投稿していると、少なくともアクセルだけには発覚している以上、もはや彼のやらかしだと確定したも同然だった。

 それはさておき、余りの音量に会場内は文字通り衝撃に包まれ、耳を塞ぐタイミングの遅れた人々は昏倒しそうになった。 驚愕に打ち震え瞬きもせず目を見張り、青い伝説のB級ハンターはその場で膝をつく。 しばしの間、場は沈黙に包まれた。

 訪れた招待客達に立て続けに突きつけられる衝撃の事実、もといエックスにとっては無実を前に、沈黙と言う名の重々しい空気に包まれる中……口を開く事は誰一人として出来ずにいた。

 しかし、ハンターベースの親愛なる仲間、エイリアが引きつった笑顔で壇上で硬直するエックスへ辛うじて声をかける。

 

「エ、エックス……貴方疲れてるのよ……?」

「ッ!?」

 

 ……恐らく彼女としては精いっぱいのフォローだったのだろう。 しかし身に覚えのない濡れ衣に打ち震えるエックスに、それは全くの逆効果であった。

 

「ふざけるなぁ!! ……違う!! 俺は断じてこんなの書いてないッ!!」

 

 同僚にまで品性を疑われたと思ったのだろう。 人目を憚らず錯乱するエックス。 これには思わずエイリアもしまったと言った様子で咄嗟に口を塞ぐ。

 頭を抱えて膝をつき、天井を仰ぐエックスは慟哭する。 これは何かの間違いだと。 周りにいた他の応募者も取り乱すエックスにたじろき、一歩身を引いて困惑の表情を浮かべていた。

 そんな中、舞台の下からエックスを眺めていた仲間達から、ふと疑問の声が上がった。

 

「エイリア……本当にエックスがこんな名前つけるのか?」

 

 ダグラスが苦虫を噛み潰したような表情で、気まずそうにするエイリアに尋ねてみる。

 

「何か変だぜ? そもそもエックス自身、応募の事自体知らなさそうな感じだったし」

「ッ!! ……そう、ね。 やっぱりおかしいわ……だとしたら、誰かが勝手にエックスの名前使ったって事?」

「大体こんな名前つけるなんて、いっつもエッチな話してるゼロさんじゃないですし――――」

 

 パレットがゼロの名を口にした途端、会話をしていた3人の同僚と壇上で嘆くエックスの動きが瞬時に止まった。

 

「そう言えば、さっきからゼロの姿見かけないわねぇ」

「……レイヤーもいませんよ?」

「まさかこうなると分かっててフケこんだんじゃ……?」

 

 正解。 厳密には、単純に目先の見事なメロンにつられて、問題を潰さず先送りにしたいわばツケが回っただけであるが。

 エイリア達やエックスは真顔で、緊迫した空気に震える会場内を無言で見渡した。 

 変な名前が読み上げられた現場にゼロがいない、と言う状況証拠だけにもかかわらず、ゼロを犯人と断定する4人の同僚。 彼が今回の仕掛人である事を理解しているアクセルにとっては、エイリア達の一連の動きを身が震えるような思いで見ていた。

 急に冷静になる仲間達が、アクセルには怪物が獲物を探し求めているようにも見え、恐ろしい事この上ない光景にしか思えない。

 

「(いくら付き合い長いからって、何で状況証拠だけでここまで分かんの!? エスパーみたいで怖いよ!!)」

「アクセル」

 

 そんなアクセルの考えを見透かしたように、壇上にいるエックスの声が……アクセルは振り向くと、静かに怒りを湛えるエックスと目が合った。

 

「……俺の名誉を殺った赤いイレギュラーはどこだ?」

「ヒェッ……」

 

 足がすくむアクセル。 かつての上司でもあったケツアゴ隊長のような口上で、まるでやましい事がばれた様に身を縮めるアクセルを、エックスは問い詰める。

 冷え切ったはずの会場の空気が一転し、怒りのあまり蜃気楼のように揺らいでいた。 話し合っていた3人の同僚と、特にエックスは。

 あまりの恐怖に一歩後ずさりしたが、背中に誰かが当たる感触を覚える。 硬い動きで背後を振り向くと、さっきまで話し合っていたはずの3人が背後に立っていたではないか!

 

「アクセル……お前は知ってるんだな? 悪い事は言わない、ゼロの居場所を言うんだ」

「アクセルがゼロさんの味方じゃないって事、私信じてるからね?」

「ゼロをかばう理由なんてないわ? 隠すと為にならないわよ?」

 

 皆笑顔だが、目は笑っていない。 今にも爆発寸前なのは明らかだ。 特にエイリア、指を動かして関節を鳴らしているではないか。

 そして舞台から降り、真顔でにじり寄ってくるのはエックス。 彼自身は何も悪い事はしていないし、隠し事をするつもりも毛頭ない。 にも拘らず……この針の筵に立たされたような錯覚、アクセルは救いの手を求めようと、もう一人の仲間であり頼れる上官のシグナスに目線をやる。

 だがここにきてからと言うもの……彼は他の観客同様モブのような存在感、我関せずとでも言わんばかりに会場の壁の方を向き、アクセル達とは目も合わせようとしなかった。

 逃げ場を探している内にエックスは目前まで迫り、立ち止まる。 恐るべき絶対強者と対峙したアクセルは奥歯がかみ合わず、震え声で必至で抗弁する。

 

「ぼ、僕は止めようとしたんだ! こうなる事は分かってたから、皆が知る前に応募を取り下げてって――――」

「君が悪くない事ぐらいは知っているよ…… ゼ ロ は ど こ だ ?」

 

 が、極度の緊張故に聞かれてもいない弁明に走るアクセル。 もちろんエックスは一言で切り捨て、赤い下手人の居場所を問い詰めてくる。 マイクの効果で彼の声は本人の口からのみならず、会場中のスピーカーからも伝わって来る為、アクセルは背後に立つ3人の同僚の怒りのオーラにもあてられ、複数に増えたエックスに取り囲まれているような錯覚を覚える。

 正直耐え難い。 最早完全にとばっちりだが、有無を言わせぬ迫力に慄くあまり思うように言葉をひねり出す事が出来ず、しどろもどろになるアクセルに業を煮やしたのか、遂にエックスは最後通告をする。

 陰のある笑顔で、アクセルに詰め寄り一言。

 

「ゼロの居場所を言わないのなら…… 君 で も 殺 す よ ?」

「ゼロならレイヤーと一緒にチョメチョメするって客室に行ったよおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 今にも泣きだしそうな勢いだったが、すんでの所でエックスの知りたがっている情報をひねり出したアクセル。

 

「ありがとう、協力してくれると信じていたよ」

 

 間近でアクセルの叫びを聞いていたエックスは満足したのか、お面を付け替えるが如く満面の笑顔を浮かべると――――。

 

「皆さんお騒がせしました。 たった今からイレギュラーを排除しに行きますので、私達に構わずパーティーを楽しんでください」

 

 今更何を言っても手遅れな気もするが、とりあえず披露会の進行を妨げた事を謝罪する。 口出ししてはいけないと言うムードに当てられたのか、来客者とマスコミ関係者は皆一様に首を縦に振った。

 エックスはそれを見届けると猛烈な勢いで駆けだし、速度を殺す事なく会場の出入り口の扉をタックルで破壊。 両開きのドアの破片と共に文字通り飛び出し、ホテルのロビーへと続く廊下を走り去っていった。 

 呆気にとられた様子で怒れる伝説のB級ハンターを見送ったアクセルは、しばしの間を開けると大きく息を吸い込み、思い切り吸い込んだ空気を吐き出した。

 

「っはぁぁぁぁぁぁ……。 も、もう少しで僕までとばっちり受ける所だった……」

 

 深呼吸と共に全くもって心臓に……もといどうりょくろに悪い。 寿命が縮むような思いをしたが、とりあえずは緊張から解放されて脱力するアクセル。 

 エックス同様爆発寸前だった同僚3人も、波が引くように感情を引っ込めアクセルの背後に取り囲むのを止めると、何事も無かったかのように3人で会話を始めた。

 

「辛く当たってごめんなさいねアクセル。 ……さ、後はエックスに任せておきましょう?」

「全くアイツもいたずらにしちゃ度が過ぎるよなぁ」

「そうですよ。 何の恨みがあってエックスさんの名前で応募するんですか?」

「(もう……皆して調子いいんだから)」

 

 何食わぬ様子で会話を始める3人に、会場をバックれたゼロ同様理不尽な感情を覚えるアクセル。 が、素直な気持ちを口にしてもいたずらに事を蒸し返すだけだと思い、少々不服だがその件についてはひとまず後回しにする事にした。

 どうせ今から直接の原因であるゼロが、一応は空気を読んで会場から飛び出していったエックスに、お騒がせの代償を全力で支払わされるだろうから。

 事を荒立てぬよう取り計らったのを無碍にされた上、自身も結局巻き添えを食った事を考えれば、ゼロの事は少々気の毒だが自業自得だろう。 ほんの少し溜飲が下がる思いをする。

 

 さて、イレギュラーハンター組が普段通りに会話を始めるのを、何も言わずに平常に戻るべき合図だと受け取ったのか、舞台で硬直していたホタルニクス博士と司会、そして他の応募者達もそそくさと定位置に戻り、進行がストップしていた発表の段取りを再開する。

 

「えー、色々とその……ハプニングもありましたが、気を取り直して進行に移りましょう」

「んんっ、1位のエックスさん……もといゼロさん? は現在会場内におられませんので、順番を繰り上げて2位の方から表彰を行いたいと思いますじゃ」

 

 皆して先程の出来事を無かった事にしたいのか、どことなく動作がぎこちない様子である。 しかし折角のパーティーを楽しみたい願いからか、何とかして場を盛り上げようと奮闘するホタルニクス博士率いる運営。

 平常運転に戻そうとする周囲を見て、今度こそ頭を痛めるような要素はないだろうと、安堵の思いから額を拭う。 紆余曲折あったが、これからはつつがなく披露会をやっていけるとアクセルは思った。

 

 

 

 

 

 ――――そして、唐突に致命的な見落としに気付いてしまう。

 

「……エックスってマイクのスイッチ切ったっけ?」

 

 

 

 

 



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第5話

 会場となったホテルの上階にある、招待客の為に予約されていた客室の1つ。 部屋の奥にある窓には見晴らしの良い、煌く夜景の街並みが広がっており、絶え間なくヘッドライトを付けた車の走る高速道路は、さながら夜空を大きく一筋に彩るミルキーウェイをも連想させる。

 そんな夜景を楽しめる部屋は、ベージュの壁に濃色のカーペットが敷かれ、間にフロントに繋がる内線用の受話器が置かれたツインベッドと、対面の壁にテレビの設置された横長のテーブルがある。

 テレビモニターには電源が入っており、下のパーティー会場での映像が流れていた。 あの場にて取材していたメディアの生放送する番組のチャンネルなのだろう。

 すごく大きい『きんた〇』の文字と、エックスが激怒を通り越して満面の笑みを浮かべて飛び出していった瞬間をしっかりと捉えていた。

 

 この部屋でレイヤーとイチャコラしていた、今はテレビの前で大きく口を開けて茫然とするゼロを始末する為に。

 

「ゼ……ゼロさん?」

 

 片方のベッドの上で掛布団に身を包むレイヤーが、心配そうな声色でゼロの背後から呼びかける。

 近くには先ほどまで身に着けていたドレスが脱いで置かれており、胸元から下は窺う事が出来ないが、彼女は今服と言う服を身に着けていないのだろうと思われる。

 ゼロもまた、バスローブに素足にスリッパ、そして何故か変わらずヘルメットを身に着けているが……恐らくは致す事は致した後だろう。 

 そんなついさっきまで『自信』に満ち溢れていたであろう彼は、ありったけの溜め込んだエネルギーをチャージショットで放ち、使い切ったバスターさながらに放心していた。

 

「やっちまった……」

 

 後悔先に立たずとはこの事だろう。 あまりにレイヤーのメロンが魅惑的だったから、つい事を後回しにしてまでつまみ食いをやらかしたが、思っていた以上に激怒するエックスに、ゼロは頭を抱え今更になって肝を……もといどうりょくろを冷やしていた。

 同僚を脅して情報を聞き出すなり飛び出していった彼のスピードは、文字通りの意味で目にも留まらぬ勢いだった。 この部屋を見つけ出して飛び込んでくるのもそう時間のかかる事ではないだろう。

 

「エ、エックスさんと何があった……いえ、何をしたんですか?」

 

 一緒にテレビを見ていたレイヤーがゼロに尋ねてくる。 状況は何となしに察している筈だろうが、それでもゼロの口から聞かずにはいられないのだろう。

 

「アレかなり怒ってるように見えたんですが、大丈夫なんですか……!?」

「フッ……俺は最後の文字を『〇』と書いた訳であって『ま』と書くつもりだった証拠は――――」

「今更言い訳なんかできませんよ!」

「お、そうだな」

 

 至極真っ当なレイヤーの受け答えに、風前の灯火となったゼロは適当を通り越して投げやりな返事しかできない。

 そうだ、どっちにしろからかう意図で今回の投稿を行ったのだから、吐いた唾を飲み込むなんてマネはできる訳もない。 些か現実逃避が過ぎたようだ。

 

「ゼロさん、差し出がましい話かもしれませんが、こうなったら素直に謝った方がまだマシかと思いますが……」

「……本当に今更だな。 だがあんなになってるエックスに、俺のゴッド☆土下座が通じるか……?」

「そう言う事するから余計怒らせるんじゃないです――――」

 

 生みの親(ワイリー)仕込みの心のこもってなさそうな、しかし気合だけは人一倍な土下座を行おうとするゼロ。 そんな彼に変な所に気を回さぬよう諫言するレイヤー達2人の元に、何やら地響きのようなものが……。

 

 それは下階から自分たちのいる階層に迫るように登ってくる。 音が近づく度揺れを増し、だんだんと音の正体が足音であると言う事が分かる。

 高層エレベーターがある筈なのに、非常階段でも使って駆け上がっているのだろうか? 音量の増える速さを考慮すればエレベーターの上昇速度よりも圧倒的に速い。 

 悪夢のような超高速で走る何かに困惑するレイヤーをよそに、ゼロは長年の経験から誰の足音なのか想像がついていた。

 

「な、何ですかこの音は……?」

「……来た」

 

 間違いない……テレビで見たあの瞬間から、1分も経過していないと言うのに。 あまりに、あまりにも速過ぎる。

 現実を受け入れる間も無く、足音は同じ階層に到達する。 同時に、迅速かつ正確に突進するかのように自室と距離を詰めてくる。

 襲撃を予感したゼロは反射的に身構えた。 レイヤーも着るものを身に着けてない体を守る様に、ベッドに潜り込むようにしてゼロの様子を窺っていた……しかし足音は自室の扉の向こうで唐突に途切れ、予想していた扉を破っての強行突入も起こらない。

 それでも不穏な予感を拭えないゼロは、扉の……正確には扉の向こうにいるであろう『さる人物』を見据えていた。

 

 緊迫感漂うしばしの間、ゼロが沈黙と共に襲撃に備えている時だった。 ドアを数回、ノックする音が聞こえたのは。

 ゼロは訝しげな様子で見つめているが、不意に扉の向こうから声がかかってきた。

 

「お客様、ルームサービスです」

 

 ――――2人は戦慄した。

 給仕係と思わしき丁寧な言葉遣いだが、彼らにとってはよく耳にする慣れ親しんだ声であった。 同時に……今一番聞きたくない人物の声でもある。

 

「お客様? ルームサービスをお持ちしました」

「こ、この声は……まさか」

 

 毛穴から吹き出す様に冷や汗をかくレイヤーの問いかけに、ゼロは無言でうなずいた。

 自分達はこの部屋にやって来てから、一度も備え付けの内線など使っていないのに。

 獣の疾走するような揺れを伴う足音の後に、軽いノックと共に頼んでもいない筈のルームサービス。 

 そこまで考えた辺りで思考を打ち切り、ゼロは瞬時に普段身に着けている赤いアーマーを展開し、バスターに切り替えた片腕をドアに構える。

 

「すみません、いらっしゃいますか――――」

「グッバイイレギュラー!」

 

 ドアの向こうの人物など一々確認していられない、間髪入れずにバスターを発射! 瞬きする間もなく、ゼロの放ったハイパーZEROバスターがドアに叩きこまれた!

 

「『クリスタルウォール』ッ!!」

 

 扉は破壊された! しかし廊下側にいた人物の掛け声と共に、ゼロのバスターはたやすくはじき返される。 反射したバスターはゼロの頭部のすぐ側をかすめ、高層ホテルのベランダがガラス扉を突き破っていった。

 ベランダにぶちまけられる溶解したガラス片、高所に吹く風が衝撃でほどけたベランダのカーテンをたなびかせる。 完全に行動を先読みされていたようだ。

 ……しばし、場が沈黙する。 が、爆風で視界を遮られた廊下の方から、何かが砕け散る音の後に給仕係? らしき男の声が。

 

「攻撃したって事は、認めたって事だよね?」

 

 もとい、獲物(イレギュラー)を狩りにやってきた狩人(ハンター)のドスの利いた低い声が、成り行きに流されるがままのレイヤーの身を震わせた。

 煙に包まれた廊下の方から声の主と思わしき人影がゼロの目に留まる。 壊れた扉を跨ぎ、息を呑んでバスターを構えたまま硬直するゼロに歩み寄った。

 

「ゼロ……俺に対して何か言う事があるんじゃないか?」

 

 人影が煙の中から姿を現した。 身に覚えのある声と姿……その両方を目の当たりにしたゼロは神妙な態度でその男の名を口にする。

 

「……エックス」

 

 そう、ゼロがいたずらに引っ掛けたエックスその人であった。 しかしその服装はパーティー会場で身に着けていた正装ではなく、かつての初のシグマ大戦で使用した『ファーストアーマー』であった。

 白を基調にシンプルな造形だが、しかしエックスの基礎能力を引き出す事に関しては最もツボを押さえている、無駄のない造形美。 しかし今日ばかりは、会場の壇上に招かれた事もあってか、胸に赤いバラの様なものを身に着けている。

 赤いアクセントのついた戦闘用のアーマーに身を包み、バスターを突き出しながらにじり寄ってくるエックスの表情は、例によって威圧感のある笑顔であった。

 

「今日は楽しいパーティーだ……君の出方次第では、謝罪の弁で水に流してもいいと思うんだけど、どうかな?」

 

 その発言にゼロは思わず首を傾げそうになった。 普段ならキレたら最後、周りの迷惑省みずに、問答無用で攻撃を仕掛けてくる筈だが?

 ゼロはエックスの不気味さに内心青ざめた。 温情を感じさせる穏やかな物言いとは裏腹に目が笑っていないのを見るに、実質的に選択の余地は無いと詰め寄られているように思えた。

 

「ゼ……ゼロさん……」

 

 レイヤーも気圧される中、震える体と喉を抑え、何とかしてゼロに声をかけようと必死で勇気を振り絞る。

 当のゼロはエックスと対峙しながらも、彼女に時折目線を送って様子を窺う。 既に相当怒らせているのに加え、初撃をしくじってバスターまで突き付けられている今の状況は、はっきり言って最悪と言わざるを得ない。 ご丁寧に強化パーツにまで身を包んでいるともなれば、最早実質詰んでいると言っても過言ではないだろう。

 有利な要素が何もない……ゼロは目を閉じてため息をついた。

 

「……分かった、俺の負けだ」

 

 どう考えても、まともにやりあって場を丸く収める方法は見いだせなかった。 バスターを突き付け合う中、先に折れたのはゼロの方であった。 観念した様子でバスターをしまい、両手を上げて降参のポーズを取る。

 あっさりと負けを認めるゼロに対して、これにはベッドで震えていたレイヤーも目を丸くした。 エックスもまた、ゼロが武器をしまった様子を確認するとバスターを収納する。

 お互い長い付き合いと言うだけあって、互いの引き際は弁えているのだろう。 完全に参ったような態度で、ゼロは謝罪の言葉を口にした。

 

「済まないエックス……お前の名前で入賞するって分かってたら、いっそ『ブルマ』って名前にでもするんだった」

「火に油注いでどうするんですかッ!!」

 

 エックスにとって最もふさわしいと感じた、ブルマの名前を付けなかった詰めの甘さを。

 要するにゼロは全く悪びれていない訳だが、全裸にも関わらずレイヤーにとって突っ込みを禁じ得ないようで、身を包んでいた布団から飛び出すように立ち上がった。

 

「何考えてるんですかゼロさん!! エックスさんに例の言葉は禁句の筈ですよ!!」

「フッ、俺は『大人のおもちゃ』買うのに協力してくれなかったエックスに、わざわざ下げる頭は持ってないぜ!」

「まだその話引っ張ってたんですか!? 完全に逆恨みじゃないですか!!」

 

 謝罪と見せかけて余計に煽りを入れるゼロの態度。 とてもさっきまで報復を恐れていたようには見えなかった。

 言いたい事を言いきった開き直りから仁王立ちするゼロを、あられもない姿である事も頭にないレイヤーに大きく肩を揺さぶられる。 

 頭が上下に大きく振れて、軽く頭痛を覚える程であるが、ゼロは意に介さないとばかりに、謎の自信と共に不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 そしてレイヤーの揺さぶる手が止まった瞬間であった。 ゼロの目に、腰を落として腕を構えるエックスの姿が目に飛び込んできた。

 ゼロには覚えがあった。 だいばくふできたえにきたえぬいた一部の人間のみが習得できる、宇宙を……パワーを……波動そのものを感じられるあの必殺技の構え。 

 それはゼロにとって衝撃的な瞬間故であろうか、突き出されたバスターでないエックスの両腕から光の弾がこちらに飛んでくるのを、周囲の時間の流れが遅くなったように、ゆっくりに感じられる速度でゼロ目掛けて飛んできた。

 

 ――動けない。 知覚だけが先走って、体の反応がついていけないのだろう。 レイヤーに至っては反応さえしきれていないのだろう。 エックスが文字通りの必殺技を放ったことに気付いてさえいない。

 光の弾が迫りくる中、それを中心に次第にゼロの目に幻覚が浮かび上がる。 

 

 ケツアゴ隊長を袋叩きにした事、ケイン博士のBONSAIにいたづらしてソバットをお見舞いされた事、人生で何度も胴体が泣き別れした事、カメリーオに貰ったパンツを天に掲げた事……今までの人生の中で体験したハイライトシーンが、走馬燈のようにゼロの脳裏をよぎる。

 

 そして、エックスの腕から放たれたたましいの力が、堂々とした佇まいのゼロの股間に突き刺さった瞬間をもって終わりを告げた。

 時間の流れが元に戻り、遅れてやって来たエックスの声が部屋中に響く。

 

 

               「 波 動 拳 ! ! 」

 

 

 あらゆる元特A級ハンターを屠ってきた圧倒的破壊力を前に、ゼロは股間を潰されながら体をくの字に曲げ、窓の割れたベランダ目掛けてすっ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!>

<いけない! エックスさんの波動拳がゼロさんのきんた〇にッ!! ――――ブツン>

 

 ……会場のスピーカーから伝わる、ゼロとレイヤーの叫び声と共にマイクの電源が落ちたのか、何かが途切れるような音を最後に場が沈黙した。

 アクセルの嫌な予感はまたも的中した。 エックスに制裁と言う名の恐ろしい報復を受ける様子が、音を通して全てが伝わってきた。

 流石に映像までは伝わらなかったが、イレギュラーハンター組からしてみれば、現場が一体どういう状況だったかは察して余りあるものがあった。 構わずにパーティーを楽しんで欲しいとは何だったのだろうか。

 

 ――――ホタルニクス博士はずっと身を震わせていた。 マイクを握ったまま項垂れ、ただの一言も言葉を発しない。

 断罪の瞬間がスピーカーを通して伝わるまでは、場の雰囲気を和ませようと面白可笑しいトークを繰り広げていた彼の沈黙が余りに痛々しい。

 

「儂はそもそも、兵器として使われる可能性を考えて、今回の衛星の開発に関わるのは反対だったんじゃ」

 

 そんな中、更に重苦しくなった会場の沈黙を破るように、ホタルニクス博士が語り始めた。

 

「しかし必ず平和利用すると言う企画者の三顧の礼を持った説得や、スタッフの誠意と情熱あってやっと協力しようと言う気になったのじゃ……それがなんじゃッ!?」

 

 感情を堪えていたのだろうか……震え声で語るホタルニクス博士が、目を見開くと同時に言葉を荒げた。

 

「一般公募の中からわざわざふざけた名前なんぞノミネートしおってッ!! 儂が平和の為に使われる事を願って一生懸命作った衛星に『きんた〇』じゃとッ!? しかもなんじゃこの騒ぎは!! 人が必死で話を流そうとしとる所にゼロの『きんた〇』潰したじゃとぉッ!? お陰でもうこの衛星の形が『ナニ』にしか見えんようになったではないかッ!!」

 

 ……最後については作った自分で言うなよとアクセルは思ったが、しかし彼なりに信念があって取り組んだ故の成果に、このような下品なネーミングをつける……どちらかと言えば、これについては選んだスタッフが軽率だったと言わざるを得ないが、とにかくアクセルは慟哭ともとれる叫びを上げるホタルニクス博士に、同情を禁じ得ない思いであった。

 この瞬間までは。

 

 ひとしきり大声で身の周りの人物を罵倒しつくし、肩で息をするホタルニクス博士。 楽し気なムードなど欠片も残らない破綻したパーティーの空気に、悪ふざけに加担していない人物までもが申し訳なさそうな表情を取り、いたたまれない空気が会場を支配する中――――。

 

「……貴様ら、そんなに『きんた〇』が見たいか……?」

「えっ?」

 

 ――――不意に、ホタルニクス博士の口から不穏な言葉が飛び出した。 何を言い出すんだと思わず口に出しそうになったアクセルだが、次の瞬間!

 

「そんなに見たけりゃ儂のを見るのじゃああああああああああッ!!!!」

 

 なんとホタルニクス博士が腕を後頭部に組み、両足をMの字に大きく開いて股間を突き出したではないか!

 そして突き出された尾の部分が、当たり前のように格納庫のシャッターさながらに開き、中から飛び出すは黄金色に輝く何かであった!

 

「きゃああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

「ほ、ホタルニクス博士ぇッ!? しっかりして下さいッ!!」

 

 ご立派様を目の当たりにした、イレギュラーハンターがオペレーター達の悲鳴を皮切りに、たちまち会場は大混乱に陥った!

 恍惚とした表情で股間を晒す博士を、まじまじと見つめる一部の手合いを除き、大多数の人間やレプリロイドが我先に会場から一斉に逃げ出そうとする!

 一部の人間は足がもつれて転倒し、将棋倒しになった挙句に後ろから絶え間なく押し寄せる人間に踏まれたり、出口で揉み合いになって挟まれ窒息する人が出るなど大惨事になってしまった!

 パーティが始まって以来、壇上を向いていた報道陣も驚きを隠せず、突如訪れた重大な放送事故を前に、慌ててビデオカメラの電源を落とす……事も無く、加えて新聞記者のカメラからは、ホタルニクス博士の股間の輝きに負けないフラッシュの嵐が吹き荒れていた! 正に絶好のシャッターチャンス!

 

「ほ~れ、儂のきんた〇を見てくれ! こいつをどう思う!?」

「博士!! 何してるんですか!? やめて下さいよホントに!!」

 

 我に返った司会が、舞台の奥に引っ込んでいたスタッフ数名と一緒に、乱心するホタルニクス博士を取り押さえた!

 

「誰も好き好んで見ませんよ!! その物騒なのをしまって下さい!!」

「ウソつけ! ぜってぇ見てたぞ!? 儂のきんた〇見るのじゃああああッ!! 時代の波に乗り遅れるぞぃ!! ほれほれ^~」

 

 スタッフらの制止を振り切りながら、自分を解放するホタルニクス博士。

 周りが混乱する中、何とか正気を取り戻して避難誘導に取り組むイレギュラーハンター組の中でただ一人、アクセルは茫然と舞台を見つめていた。

 

 ……どうしていつもこうなるの? 同僚のたった一つのいたずらの為に、総崩れになる光景をむざむざと見せつけられ、アクセルはこの世の儚さを呪わずにはいられなかった。

 狂気に陥るホタルニクス博士がまるで、発露したい自分の本心を物語っているようで……しかし一思いに自分自身も狂えない現実に、胸と腹部の間辺りが疼くような気分を覚えた。

 ああ、そう言えばレプリロイドだって胃が痛む事があるんだっけ。 アクセルは無心にパレットを通して貰った胃薬の蓋を開け、ケースを掲げてありったけのタブレットを、上を向いて大きく開けた口の中に放り込んだ!

 口の中がミントの香りで一杯になる――――。

 

「ッ!! だめよアクセル!?」

 

 混乱のさなか、胃薬をありったけ呑み込むアクセルに気付いたエイリアが慌てて止めに入った。 が、時すでに遅し。

 

「その胃薬『発泡性』なの!!」

「!? ……ヴォエッ!」

 

 エイリアの声に気付いて振り向いた瞬間だった。 アクセルの口から胃薬の泡が噴出する! これにはエイリアもたじろいた。

 膝をつき、次々に発泡するタブレットの泡を絨毯の上にぶちまけるアクセルの様子は、さながらビールサーバーのように思えた。 さっき口に入れた時はこんな事にならなかったのに、何故?

 

「ヴォエッ!! ゴボボーッ!! な"、な"に"こ"れ"……!」

「あの、ね……一旦発泡が始まってから、立て続けに呑んじゃダメなの……よ……」

 

 たじろきながらも、アクセルが落とした胃薬のパッケージを指さすエイリア。 腹部を抑えて絨毯の上にうずくまるアクセルが、最後の力を振り絞ってすぐ側を転がるパッケージを見てみる。

 

『注意! 当薬は時間差で発泡します、飲み過ぎないでください! なお、一度発泡が始まってから立て続けに服用するのは絶対にお止めください! 口に入れた分まで一気に発泡します!』

 

 胃薬で胃を壊してりゃ世話無いと……そこまで考えた所で、アクセルは乾いた笑いを浮かべつつ意識を手放した。

 

 

 

 この後、アクセルは結局バックれる先だった医務室に、正当なる理由で運び込まれてしまい……それからしばしの後、落ち着きを取り戻した会場では、素面に戻ったホタルニクス博士の謝罪会見が始まる事になる。

 かくしてホタルニクス博士の、新しい時代への願いを込めた新型衛星は、与えられた「きんた〇」の名称と博士自身の輝ける股間のツーショットと共に、最悪のデビューを飾る事になってしまった。

 

 




きんた〇みたけりゃワシのを見ろ!! は我ながらパワーワードだと思う。


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チャプター2:妖怪タマヨコセ
第6話


注意! 今回ちょっとホラー風味です。


 

 冷たい雨がしとどに降り注ぐ、塀に囲まれた庭付きの住宅が軒を並べる深夜の街中……月明りは雲に隠れ、濡れたアスファルトを照らすは闇夜を照らす街灯の光。

 人口過密が進むこのご時世において、庭のついた一戸建ての家を持てるのはそれだけで金持ちの証なのだが、してこの高級住宅街のどの家からも部屋の電気はついておらず、人っ子一人で歩く事も無いこの寝静まった街路を、2人の男が息を切らすように走っていた。 

 

「はぁ……はぁ……」

「お、おい……もうっ撒いたか……?」

「わ、わからんっ……とにかく今は……は、走れ!」

 

 男達は時折後ろを振り返りながら、浅い水溜まりに足を突っ込ませては水しぶきを上げ、追ってくる『何か』から逃れるように駆け抜ける。

 時折やってくる轟音を伴う閃光が2人の姿を照らす。 片方は黄色い眼光に緑のアーマー、左手に鉄球と背中に盾を背負った『ホーガンマー』。 もう一人は頭部や肩、および膝に岩石のような意匠の白っぽい装甲を身に着け、実際に擬態する事もできる『クラッグマン』。 2人してレプリロイドである。

 全身が雨露に濡れる彼らは傘や雨具のような物は身に着けず、ただ一つ……クラッグマンの方は黒塗りのレザーバッグだけを後生大事にするように脇に抱えていた。

 もう、何分こうして走り続けているのだろうか。 いかな人間よりも長時間の稼働に適したレプリロイドの四肢をもってしても、全力で長時間、それも捕まれば最後破壊されるかもしれないというリスクに晒されながら走り続けるのは、彼らにしても耐え難い苦痛である。

 ……彼らは空き巣だった。 つい最近まで特別素行が良いと言う訳ではないしがない土木作業員だったが、無遅刻無欠勤を達成できる程度には真っ当に働いていたレプリロイドだったのだが、通勤ルートの途中にあるさる家の窓から覗かせる『代物』に目がくらんだ、チンケな小悪党だった。

 主犯格はカバンを抱えるクラッグマンで、同僚のホーガンマーを誘い、テープで破片が飛び散らぬよう工夫をした上で強化ガラスの戸を破ると言う、古典的な手法ながらまんまと盗みを成功させた。

 しかし敷地から逃げ出す過程で『何者』かに目撃され、暗闇の中で垣間見えたそのシルエットにえも知らぬ恐怖を覚え、口封じする事もなく夜の街を脱兎のように逃げ続けていた。

 来た道を何度も振り返るも、闇夜の中に例の姿を見受ける事は出来ない。 しかしえも知らぬ威圧感が背後に突き刺さり、おいそれと足を止める気にはなりはしない。

 

「っ! おいあそこだ!」

 

 相方のホーガンマーが指をさすような動作で、道先に左手の鉄球を突き出した。 クラッグマンもそれを目にとらえた。 

 正面に出迎えるはT字路に出入り口を設けた、この高級住宅街の例にもれず塀に囲まれた2階建ての家。 深夜と言うだけあって窓からは蛍光灯の光が漏れている様子はないが、理由はそれだけではなさそうだ。

 正門にかけられている看板らしき横長の板切れに、辛うじて見える文字は『For Sale(売家)』……どうやら空き家らしい。

 

「しめた! あそこでやり過ごそうぜ!」

 

 夜である事に加え、家主が引き払って買い手がついてないこの家ならば人は住んでいないだろう。 追っ手を撒くついでに一息つく事が出来る。

 2人は息をはずませながらも空き家に駆け寄り、塀を軽々と飛び越え、まんまと不法侵入を果たした。

 

 管理者に無断で敷地に入り込んだクラッグマンとホーガンマー。 クラッグマンは伸びっぱなしの芝生に腰を下ろして、ホーガンマーは前のめりに手をついて四つん這いに息を荒げた。

 しばし深呼吸して呼吸を整えると、今しがた飛び越えた塀から頭1つ分、両手で身を乗り出しては周囲を窺う。 相変わらず姿は見えないが、しきりに背中を突き刺さしていた鋭い視線のような感じはしなくなっている。 どうやら素早く家に逃げ込んだのが功をなしたようだ。

 2人は地面に足を下ろし、ホーガンマーは汗を拭き取る様に右腕で頭部を拭うと安心する。

 

「あぶねぇ所だった……まさか現場を見られるなんて思わなかった」

「だな……誰だかは分からなかったが、何か手を出したら返り討ちに遭いそうだった」

「……とりあえず中に入って明日を待とうぜ。 ブツも確認してぇからな」

「お、そうだな」

 

 雨風を凌いで夜を越す為、2人は平らな石が埋められた玄関までの道を行きながら、庭の奥にある家の方を目指して足を進める。

 草が伸びっぱなしと言った敷地の庭は芝生以外の雑草も生えており、すぐ側を通った岩に囲まれた池と思わしき所には水が枯れており、辛うじて降っている雨水がわずかばかりに溜まっているばかり。

 建物に近づく度に薄っすらと見えてくる外観は、雨の当たっていない部分が埃に被れたままになっており、暗闇の中であっても長らく人の手が入っていない事が窺えた。

 一応視界を暗視モードにしている為、センサーの有無を確かめるように周囲に気を使いながら歩いてはみたが、ブザーが鳴る気配もなければ、そもそもがそれらしき光の筋一つ見つからない。

 高級住宅地にあるまじき杜撰な管理、これでは地価にも悪影響を及ぼすだろう。

 

 さて、両開きの金色にあしらわれた取っ手のついた茶色い玄関扉の前に立つ2人。 先にクラッグマンが扉の取っ手に手をかけ、手を引いてみる。 ……引っ掛かりのような感じがして扉は開かない。 ご丁寧に鍵だけはかかっているようだ。

 

「……これも壊すか? どうせ誰も見てねぇなら構わねぇだろ」

 

 ホーガンマーが提案する。 クラッグマンは顎に手を当てて考えた。

 

「……なるだけ音を立てないようにな」

「よっしゃ」

 

 立ち位置を入れ替えるようにホーガンマーが扉の前に立つと、自慢の左腕の鉄球を突き出し、軽く扉に叩きつける。

 棘付きの鉄球が取っ手と鍵をいとも簡単に壊し、伸びた鉄球は付け根についたチェーンによって素早く引っ張られ、元の左手の位置に納まった。 扉を貫かず、ひしゃげる程度の衝撃だ。 この程度ならそこそこに広い敷地と雨の音でかき消されてしまうだろう。

 2人は素早く建物の中に入り、入り際にクラッグマンがあらためて庭を見渡すと、身を引っ込めて反対側から扉を閉じた。

 

 建物の中は外のそれよりも暗く、埃っぽかった。 エネルギーを消耗する暗視モードを解除し、クラッグマンは黒いカバンから懐中電灯を取り出すと、それを玄関から続く廊下の床を照らした。

 窓の外に光が漏れてしまわぬよう明かりの先を下に向け、雨露を垂らしながら建物の中を歩く。 埃被った床が2人分の足音と共に軋む。 センサーに気を使って、廊下の壁を見ながらの前進だったが、やはり見受けられない。 空き巣の自分が思うのもなんだが、かつての家主は防犯意識がなかったのだろうか?

 

「しっかし汚ねぇな……手入れも全然されてねぇ」

「雨風凌げるだけマシさ。 だが空き家とは言え、高級住宅にしちゃ管理がなってねぇな」

 

 2人ごちながら奥に進む。 廊下に備え付けてあった花瓶には枯れて茶色になった花らしき枝が刺さったまま。 手放したと言うよりは放棄されたと言うニュアンスが正しく思える。

 廊下を突き当りまで歩くと、薄汚れた白い扉が見つかった。 懐中電灯をホーガンマーの右手に渡し、一応気を使いながら扉のノブに手をかけてみるクラッグマン。 ……ノブは何の抵抗もなく回り、腕を引けばあっさりと扉は開いた。

 

 扉の開けた先に懐中電灯を当てるホーガンマー。 明かりに照らされるは埃塗れの灰色の絨毯に、古ぼけた白の……しかし汚れやシミから黄色く変色し、所々に破れが見えるソファーが左右に一脚ずつ、対面に向かい合うように置かれ、その間に埃被った傷だらけのテーブル。

 右手のソファーの後ろの壁には、横長の長方形にくりぬかれた様に気持ち綺麗な部分が見えるが、位置的に絵画でも掛けられていたのだろうと思った。

 正面に見えるガラス戸には厚手のカーテンがかけられ、懐中電灯程度の光なら外に漏れそうになさそうだ。

 

 ……部屋をざっと見渡し、安全を確認した上で部屋に入ると、扉を閉めて埃被ったボロソファーに2人して向かい合うように座った。 お世辞にも気持ちのいい座り心地とは言えないが、盗みに入った家から一目散に走ってきた彼らにしてみれば、貴重な休憩ポイントだった。

 して、クラッグマンがレザーバッグをテーブルの上に置くと、チャックを開いて中に懐中電灯の光を当てる。

 

「よしよし、中身は無事のようだな」

「精密な代物だからな。 全力で走った時はどうなるかと思ったが……」

 

 2人して中身を検めると、盗み出した一品が無事だった事を確認し、胸をなでおろす。 どうやら彼らが盗み出したのは壊れものらしい。 安心感から背伸びをして息抜きするクラッグマン。

 

 

「後はここで一晩過ごしてやり過ごすだけだな」

「ああ、今出てったらまたアイツに出くわすかもしれないからな……」

「……ひょっとしたら噂になってた例の『妖怪』だったりしてな。 これは工事現場でも噂になってたんだけどな――」

「おいおい……」

 

 ホーガンマーが困った顔をするのも構わずに、クラッグマンは語り始めた。

 

 彼らがつい最近まで働いていた工事現場……つまりこの住宅地の近くで、つい先日から奇妙な事件と共に噂が流れていた。

 何でも、重大な罪を犯したイレギュラーが、夜な夜な襲撃を受けては『急所』を一撃。 文字通り昇天させられると言った変死事件が相次いで発生していた。

 基本的に襲われるのはイレギュラーだけなので、むしろ一般市民の中には犯罪が減ると溜飲が下がる思いをしていた人もいたのだが、夜間に逢瀬を交わしていたお熱いカップルの、特に男性の方があわや『急所』を一突きされそうになったと言う事件が起きた事から、謎の襲撃者をして妖怪と称されるようになった話がある。

 

「で、そのカップルの男の方結局無事だったんだけどな……何でも彼女さんと一緒に逃げるのに必死で、姿ははっきり覚えてなかったらしいが、襲われる直前に変な声が聞こえたって言ってんだよ」

「俺そう言うの苦手なんだよ……勘弁してくれ」

 

 クラッグマンの語りに、棘付きの鉄球みたいな物騒な物を携えるホーガンマーが身震いする。

 待ったをかけようとするも、しかし元々おしゃべりなのか、それとも逃げ切った安堵から溜め込んだフラストレーションを発散させる為か、クラッグマンの怪談話は止まらない。 

 

「何だっけな……ブツブツと何かを呟くように聞こえたんだってよ。 確か――――」

「やめろって! 俺がその手の話駄目なの知ってるだろ!? たまんねぇよ!」

「たま」

 

 とうとう堪え切れなくなったのか、ソファーから立ち上がって抗議するホーガンマー。 鉄球を振りかざして抗議する様子にクラッグマンは慌てて口を止め、両手を突き出して激高しそうになる相方を制止する。

 

「わかったわかった! 落ち着けって! 悪かった!」

「……ったく。 大体変な声ってなんだよ」

 

 両手を合わせて詫びるクラッグマンの様子に、頭を押さえて軽くため息をつくホーガンマー。

 

「その変な声が聞こえたってのもどうせたまたまだろ? 事件が重なってた所に変質者にでも出くわして一緒くたにされてるだけだって」

「たま」

「……けど変死事件が相次いでるのも事実だ。 俺達も物盗りになった以上無関係じゃないからな。 精々(タマ)取られないように気を付けようぜって話で」

「たま」

「調子の良いこった……まあ、用心に越した事はねぇってのは同意だな」

「たま」

 

「……おい、さっきから何なんだこの声?」

 

 何かに気づいたように、ホーガンマーが周囲を窺い始める。 クラッグマンは相方の唐突な行動に首を傾げた。

 

「どうした? まさかさっきの話がそんなに気になるのか?」

「お前には聞こえねぇのか? さっきから『たま』って声が聞こえ――――」

「たま」

 

 ……2人しかいないこの部屋に、耳に覚えのない声が聞こえてきた。

 

「……今はっきり聞こえたぞ。 まさかお前が怪談話なんかするから寄ってきたとかじゃねぇよな?」

「ぐ、偶然だろ……お前だって変な声が聞こえたのもたまたまだって」

 

「たま」

 

 ――――今度は聞き違いなどではなかった。 言い出しっぺのクラッグマンも、これには開いた口が塞がらない思いだった。 実際に口がついている訳でないが。

 

「……今思い出したよ。 さっきの妖怪の噂話だけどな、何でか知らねぇけど会話の中に『たま』ってワードがあると同じように呟くんだってよ」

「たま」

 

 今しがたホーガンマーがやめるように要求した筈の怪談話を、続けて話し始めるクラッグマン。 しかし今度はホーガンマーは止めようとせず、黙って話を聞いていた。

 

「そんでもって呟いたイレギュラーの大半は、何か高熱のもので『急所』を潰されて死ぬ事から、妖怪の事を恐れてこう呼ぶんだ」

「お、おい……その『急所』ってのはまさか」

 

 ホーガンマーの震え声と共に、部屋の外から雷の閃光がカーテン越しに部屋の中を照らす。

 

「 妖 怪 『 タ マ ヨ コ セ 』 っ て な 」

 

 

 

 

 

 

 

 

「 た ま 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラッグマンの語りと謎の呟き、そして雷の光が重なった時、クラッグマンとホーガンマーの間を割って入る様に人影がカーテン越しに差し込んだ。

 



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第7話

 雷の光が家を照らしたほんの一瞬であったが、轟く雷鳴、眩い閃光、厚手のカーテンを通してリビングに差し込んだ人の影が、空き巣2人を戦慄させる。

 

「……今のってアイツじゃ」

 

 クラッグマンのか弱い呟きに、2人は顔を見合わせる。

 

「……目撃者か?」

 

 ホーガンマーが目撃者と言う言葉を口にすると、クラッグマンは首を縦に振った。 ……それは、この家に逃げ込むきっかけを作ったその人であった。

 記憶に新しい、現場から逃走を図ったあの時に彼らは見た。

 

 2対の角を思わせる頭部に、鋭角に縁どられた肩や足。 頭の後ろから膝の下まで伸びた長い何かが垂れ下がっていたあの姿。

 

 出先で対峙した彼らが目の当たりにしたのはシルエットだけだったが、闇の中で見えたその輪郭だけは脳裏に焼き付いていた。 それがたった今、窓越しに雷鳴と共に相まみえたのだ。

 よりによって妖怪の話なんかした時に間の悪い、しかしそんな事は些細な事に過ぎなかった。

 今見えた姿が本物なら、自分達がこの建物に逃げ込んだ事がバレた、あるいは知っていたと言う事になる。

 

 ……場が沈黙し、クラッグマンは生唾を飲み込むように喉を鳴らす。 ただ雨の降り注ぐ音だけが窓越しに聞こえてくる。

 お互いに言葉を発しない中、不意にホーガンマーが神妙な足取りでカーテンに歩み寄った。 まるで影の正体を確かめるように。

 

「お、おい!」

 

 相方に手を伸ばして止めようとするクラッグマン。 しかしホーガンマーはお構いなしにカーテンに手をかけ、音を立てて思いっきり左右に開いた。

 思わずクラッグマンは「ひっ」と情けない声を上げ、反射的に腕で身を庇った。

 

 ――――そこには誰もいなかった。 草が伸びっぱなしの庭に、枝を刈り取られる事なく乱雑に放置された人の背丈ほどの庭木が生えているだけ。

 ずぶ濡れの芝生に隠れているのか、足跡のような痕跡も見当たらなかった。

 

「……誰もいないな」

 

 呟くホーガンマー。 その声色は不安げだが、どこか安堵しているようにも聞こえる。 相方の呟きを聞いてクラッグマンも安心したのか、胸を撫で下ろす。

 気のせいだったのだろう。 不気味な話をするものだから、神経を尖らせすぎて過敏になっていただけだったのかもしれない。

 

「ま、妖怪なんてやっぱデタラメなんだろ」

「庭木に雷の光が重なって人影に見えたとか……ま、まあ偶にはそういう事もあったりもするかもな」

「たま」

 

 ……謎の呟きは消えなかった。 間を置かず、今度は背後から木と金属の軋む音が聞こえてくる。

 2人が振り返ると、そこには彼らの入ってきた廊下とリビングを繋ぐ扉がある。

 

 

 

 ――――扉は奥に小さく開いていた。

 

 

 

 クラッグマンは腰を抜かして絨毯の上に座り込んでしまった。 声を絞り出す事も叶わず、ただ足や肩が笑って力を入れる事さえできずにいる。

 今2人が聞こえた音は、長らく開け閉めの行われていない蝶番の音だったのだろう。 古ぼけてメンテも行き届いていないが、ドアの機能としての不備はなく、独りでに開くほど痛んではいないのは、つい先ほどノブを捻って扉を開けた自分自身が知っている。

 

 間違いない。 『アイツ』は家の中にいる。 しかも変な呟きをして、今しがた窓際にいた筈がもう家の中に入っている。

 一瞬で家を回り込み、加えて音一つ立てずに廊下に入り込んで扉を開けたという恐るべき事実……開かれたドアと隙間から窺える暗闇が、古ぼけた家の傷み具合も相まって、今の彼らには魔界へといざなう地獄の門に思えて仕方がない。

 もしや、もしかしたら『アイツ』は……!!

 

「……俺、ちょっと見てくるよ」

 

 ホーガンマーが口を開いた。 へたり込むクラッグマンが疑問符を浮かべながら相方を見る。

 

「俺がもし数分経っても戻らなかったら、そのカバンもってこの家から逃げろ……全速力でだ」

「お、お前正気か!? ひょっとしたら『アイツ』は――――」

「噂の『妖怪タマヨコセ』かも知れねぇってか? くだらねぇ」

 

 クラッグマンの考えを見透かしたかのように、彼の感じた不安と共にホーガンマーが一蹴する。

 

「後をつけられてたにしろ、大方俺達の話を盗み聞きしててビビらせてきてるだけだ……。 妖怪なんている訳ねぇだろ」

「だ、だけどな……」

「何。 俺には自慢のコイツがある。 いざとなったらこっちが先にぶっ倒してやるさ」

 

 ホーガンマーは自慢の得物たる棘付きの鉄球をかざし、得意気に開きかけの扉を押し込んで全開し、わざとらしく足音を立てて玄関の方に向かう。

 

「待ってくれ! 俺を一人にするなよ!」

 

 手を伸ばして制止するクラッグマン。 相方は立ち止まり、クラッグマンに振り返ると親指を立て、逆手でリビングの扉を閉じる。 

 ……取り残されてしまった。 部屋の中を静寂が支配する。 

 ピンチに陥るとかえって変なスイッチが入ってしまう、職場で彼とよくコンビを組むクラッグマンの知るホーガンマーの一面。

 普段は軽く呆れるだけでそこまでは気にしていなかった欠点が、腰を抜かす彼を1人おいて出て行ってしまう形で浮き彫りになってしまい、暗い部屋に残されたクラッグマンは心細い事この上なかった。

 

「チクショウ……妖怪の話なんかするんじゃなかった」 

 

 クラッグマンは独りごちた。 テーブルに置かれた懐中電灯だけが、この古ぼけたリビングを照らす。 自ら携えて道なき道を突き進む分には心強い光だが、誰もいない暗がりの部屋に置いて、仲間の帰りをただ待つだけにおいては余りに頼りない。

 いっそ自分も後をついて行きたいが、こんな状況でもホーガンマーの事を考えると動くに動けない。 彼は数分で戻ってくると言った。 扉を閉じて間もない今、迂闊に彼を探しに行けば入れ違いになるやもしれない。

 何よりもホーガンマーが締め切った扉が、ただ色褪せているだけの白いドアでしかなかったと言うのに、例の『アイツ』が開けたかもしれないと言う事実があるだけで、扉自体があの世とこの世の境界線のように錯覚してしまう。

 言うなればホーガンマーは、文字通り誘い込まれてしまったのではないかと……考える度に、クラッグマンの腰がより重くなる。

 

「早く戻ってこい……戻って来いよ……」

 

 絨毯にへたり込んだまま、震えながら時が過ぎるのを待つ。 

 ……1分、それとも2分は経ったか? この部屋には一応壁掛け式の時計はある。 しかし電池も抜かれ、ソファー同様放置されては電波を感知する事も無く埃をかぶっており、時刻は2時50分を指したまま秒針さえ動いていない。

 不安と焦燥に駆られる体内時計だけが、今のクラッグマンが時間を知る唯一の術であった。 尤も、気分に左右される体感的な時間など全く当てにならないが。

 ただ無情に時間だけが流れ、部屋を出て行ったホーガンマーは未だ戻ってこない。 クラッグマンとしてはこの家から出る口実が今すぐにでも欲しいのだが、極度の緊張が彼の体感時間を著しく遅らせる。

 

 

 

 ――――その時であった。

 

 

 

「 ア ッ ー ! 」

 

 

 

 

 ……この家のどこからか、あるいは外か? 位置は分からない。

 が、確実にホーガンマーと思われる悲鳴が、彼が出て行った白い扉を通して伝わってきた。

 

 尋常でない叫び声を耳にした途端、クラッグマンの頭の中の全てがはじけ飛んだような感覚に襲われた。

 謎の声と人影にビビって脱力した全身の力が、むしろ設計された限界を超えたかのように活発に動く。

 動悸が早まるような、それでいて無駄な考えのない無心とも言えるような冷たい気分。 一方で背中をなぞられ、うなじに息を吹きかけられるような不快感。

 

 ――クラッグマンは限界であった。

 

 縮こまったバネを一気に開放するように立ち上がると、ホーガンマーの言いつけ通り、テーブルの上の黒いカバンと懐中電灯を乱雑に抱え、白い扉に手をかける。

 しかし恐怖で突き動かされている為か、ノブを適切量ひねって後は『押す』だけだと言うのに、中途半端に何度も回しては途中でノブを引き、扉を何度もドア枠に叩きつけるかのように何回も引っ張った。

 

「クソッ! 開け! 開け――――」

 

 引いて開けたのは部屋に入って来た時であって、この扉はこちら側からは押し込んで開けるべきなのに、焦りから何度も何度も扉をゆするようにドアノブをこじる。

 でたらめにドアノブを動かしている内に、ノブのひねりと押し込む動作が一致し、扉は乱雑に開かれる。

 体重をかけるようにして揺すっていたクラッグマンは、ドアが開いた拍子に前のめりに倒れてしまう。

 

「っあぶね!」

 

 盗んだものを壊さぬよう、とっさにカバンを庇う様に身を包め、クラッグマンは埃塗れの床に倒れた。

 肩から床に叩きつけられ痛みを覚えるが、しかし一刻も早く家から逃げ出したいクラッグマンにそれを意に介する暇さえない。 身をよじり、地面を這いずりながらやっとこさ立ち上がる無様な姿だが、猪突猛進に玄関の扉へと突き進む。

 

「っだらぁ!」

 

 扉を開ける動作さえ惜しい、クラッグマンは岩を模した肩の装甲で、ホーガンマーが鍵を壊した玄関の扉にタックルした!

 留め具が外れ、両扉が勢いよく外に開放される。 クラッグマンの視界に映る、激しくなった雷雨に曝される庭の景色。

 

 

 

 

 そして見覚えのある人影があった。

 

 

「誰だ!?」

 

 クラッグマンは懐中電灯を相手にかざす。 緑のアーマーに黄色い眼光……ホーガンマーだった。

 

「な、なんだお前か……ビックリさせやがって――――」

 

 友人の姿に安堵し、額を拭うクラッグマンが全てを言い終わる前に、ホーガンマーの上半身が揺れ動いた。

 怪訝な顔をするクラッグマンが首を傾げそうになった時、突如ホーガンマーは横に倒れ込んだ。

 

「ッおい!?」

 

 クラッグマンは駆け寄ろうとして、止めた。

 

 

 何故なら倒れ込んだホーガンマーの足元には、いつも背中に携えているシールドが転がっており、下の方に縁が焦げた穴が開いていた。

 そして……。

 

「に……逃げろ……」

 

 今にも消え入りそうなか細い声で声を振り絞るホーガンマー自身にも、同様の穴が開いていた。

 

 

 

 

 

 

 最後の力を振り絞って、庭を指さすホーガンマーの……股間に。

 

「タ……タマヨコセ……」

 

 忌まわしい妖怪の名を呟いて、他界した。

 

 

 

 

 

「 た ま 」

 

 

 

 

 

 

 指さした相方の腕が玄関に崩れ落ちるのを、力なく眺めていたクラッグマンの聴覚に訴えかける。 彼ら2人を恐怖のどん底に叩き落とした、あの声が今再び。

 クラッグマンは門へと石畳の続く庭を見て……目を見開いた。

 

 雨の中に『アイツ』が立っていた。 鋭角に縁どられた全身、雨に濡れる髪と思わしき物、そして右手には……緑に輝くビームサーベルの光が。

 今度こそ見間違いではない……確かに『アイツ』だった。

 

 

『アイツ』こそ妖怪タマヨコセだった。 だがそれだけで驚愕は終わらなかった。

 

 

 クラッグマンの脳裏に危険信号が発令されている中、雨の中立つタマヨコセの背に雷の光が走る。

 

 ――――眩い逆光と共に、その姿がはっきりとクラッグマンの赤いアイセンサーに焼き付いた。

 

 途端にクラッグマンの力が抜け、懐中電灯が手をすり抜けて落ちると同時に、再び腰が地面についた。 

 

「はは……はははははははははは……」

 

 この目でしっかりと見たタマヨコセの正体に……思わずクラッグマンは笑いが込み上げてきた。 歓喜の笑いではない、絶望と脱力の果てにもたらされる……諦観の笑いが。

 

「な、なるほどなぁ……犠牲者が限ってイレギュラーなのはそう言う事だった訳か……」

 

 額を手に当てながら、玄関の雨除けを仰ぎ見るクラッグマン。 

 彼の中で合点がいった。 どうしてイレギュラーが狙われるのか、全て急所を一撃と言う形で始末されたのか、極めつけに急所と言うのがどうして股間なのか。

 全てはクラッグマンが見た正体にあった。 彼はその正体について知っていた、それも一般常識の範疇としてだ。

 何てことはない話だ。 守られる側だったのが、たった一度魔が差した事で狩られる側に回ってしまっただけの事だったのだ。 彼はただ『仕事』をこなそうとしているだけ。

 腹の底から笑いが込み上げて仕方がない。 その間にもタマヨコセはこちらに歩み寄ってくる。

 

 しかしクラッグマンは不思議と逃げる気力は失われていた。 相方の死を見て気がふれてしまったのか、それともそれ以上に……決して見てはいけないタマヨコセの正体を見てしまったからなのか。 最早、彼にとっては全てが些細な事に思えた。

 

 タマヨコセは倒れ伏すホーガンマーを一瞥もせず、ビームサーベルを携えてクラッグマンの前に立った。

 地面を転がる懐中電灯の光がタマヨコセの足元を照らす……いや、これだけ近ければ明かりがなくても分かる。 

 何よりついさっきの雷光で姿が焼き付いて離れないのだ。 今更相手を照らす必要などはない。

 

「ははは……殺せよ。 それも『仕事』の内なんだろ……そうだろッ!?」

 

 クラッグマンは観念し、タマヨコセを正面に見据えながら、辞世の句を述べ上げる。

 

 

 

 そう、ビームサーベルを振りかぶる……雨露滴る赤いアーマーに濡れた長い金髪、土気色をした幽鬼のような顔立ちで……股間に大きな絆創膏を張る『イレギュラーハンター』にッ!!

 

 

 

 

 

 

「ゼロオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――クラッグマンの断末魔の叫びは、しとどに降り注ぐ雨音と共に闇の中へ溶けていった……。

 

 

 




 予告通り、書き溜めがある程度済んだので連載再開します! しっかし相変わらず酷いなこりゃw


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第8話

 

 

「で、死体の状態は?」

「これです。 ……一体何件目なんでしょうかね?」

 

 照明はあるが気持ち仄暗い室内に、黒い身長大の袋が軒を並べているハンターベースが死体安置場(モルグ)において、エックスとアクセルは一般隊員の案内でレプリロイドの残骸を検めていた。

 

 彼らを一般の機械として定義するならスクラップ置き場と言うべきなのだろうが、台の上に並べられた残骸が規則正しく並べられるここは、レプリロイド間の心情も考慮した上で、やはり部屋の案内通りとするのが正しいのだろう。

 

 して、エックス達が眺める開かれた袋は2つ、姿を覗かせるレプリロイドはクラッグマンとホーガンマーの2体だった。 袋には発見場所と日付のタグが付いており、今朝方にさる高級住宅街にある空き家の玄関にて発見されたと書かれている。

 彼らが腰ほどの高さの台の上に寝かせられ、なるだけ発見当初の状態が維持されている。

 元々表情のないレプリロイドだが、死体は物語ると言った比喩がある通り、見るだけでも苦しみぬいた末に機能を停止したであろう光景が、脳裏に自然と浮かび上がってくる。

 

「あんまり気持ちのいいもんじゃないですがね、見て下さい……またなんですよ」

 

 一般隊員が顔をしかめながら、クラッグマンとホーガンマーを指さした。 ……股間に。

 

「……また出たの? 妖怪タマヨコセってのが」

 

 エックスが腕を組んで気難しそうにする中、アクセルはため息をついて呟いた。

 彼らが見下ろすクラッグマンとホーガンマーには、2人して同様に股間に穴が開いていた。 縁は焦げている。

 

 今世間を騒がせている妖怪タマヨコセ。 それはたとえ軽犯罪だろうとイレギュラーが、夜な夜な股間を狩られ無残な死体を晒すと、世間においてまことしやかに囁かれている噂話。

 ……実は彼らハンターからすれば噂でもなんでもなく、実際に股間を貫かれて昇天している事件が相次いで届けられており、厄介な事に犯人は未だに捕まっていない。

 

「頭部は無事なんだ。 メモリから直前の映像を再生できないのか?」

 

 エックスの問いかけに隊員が首を横に振る。

 

「それが出来ないんです。 物理的な損傷は見られませんが、データが全て破損してて空っぽになってるんです。 いじくった形跡も見られないのに、余程強いショックでも受けたんでしょうかね……?」

「タマを潰されただけに?」

 

 気落ちしている隊員に、乾いた笑いを浮かべてアクセルは冷やかしを入れる。 エックスはそんなアクセルを窘めた。

 

「こんな時に冗談を言うな。 大体股間を潰されて悶絶するのはゼロだけだろ?」

「そのゼロも潰れるタマはもうないんだけどね」

 

 アクセルはげんなりした表情で、ここにいない赤い『アイツ』の事を思い出す。

 

 あの後……ゼロがエックスに悪戯の報復を受け、ホタルニクス博士がきんた〇を開示した、思い返すだけでもおぞましい発表会。

 エックスの放った波動拳はゼロの股間をもぎ取り、その威力を前についには再生が利かなくなってしまったらしい。

 現にゼロは見るからに気落ちし、ふてぶてしいとさえ評される神経の図太ささえなりを潜め、全く自信を感じさせず呂律さえ回らない腑抜けた状態が続いている。

 

 言うなればゾンビと紙一重の状態になってしまうも、開発チームのダグラスとパレットはそんな彼の股間の修理を拒んでいるとの事。

 曰く、新型衛星の一件が逆鱗に触れたらしく、誠意をもって謝罪する……のは現状では望めそうにないので、最悪少し頭を冷やすまでは修理はお預けにするらしい。

 

 とは言え……。

 

「エックス、ちょっと」

 

 アクセルは悩むエックスの了承を得る事無く、肘を絡めて一緒に部屋の外に連れ出そうとする。

 一瞬抵抗しようとするエックスだったが、無言のアクセルの眼差しを前に何も言えず、渋々と部屋の外に連れ出されてしまう。

 

「どうしたアクセル、まだ話は終わってなかったんだぞ?」

 

 部屋の扉から出て、廊下を少し歩いた所で立ち止まり、アクセルに問いかけるエックス。

 不満げな顔をするエックスに、アクセルは振り返っては目を閉じ話を切り出した。

 

「もういいでしょエックス、ゼロの股間そろそろ直してあげようよ」

「駄目だ」

 

 バッサリと切り捨てる。

 

「アクセル、これはケジメなんだ。 大御所集まる中でパーティーぶち壊しにした上に、俺の事をブルマなんて言うから……!!」

 

 肩と握り拳を震わせながら歯ぎしりするエックス。 彼にしてみれば公衆の面前で辱めを受けた事に加え、一番気にしてる事を言われたのだから至極当然の怒りではあるのだが……。

 アクセルはまたもため息をつき、エックスの説得を試みる。

 

「ゼロってさ、最近『たま』って言葉を聞くと同じように呟くんだよね」

「潰されたから欲しがってるだろうしな!」

「夜な夜な出かけるんだってね」

「余計なものがなくなって仕事に精を出してるんだろうな!」

「それどころか情緒が不安定になってるみたいだけど?」

「あったものが無くなったんだから。 ま、多少はね!」

「……この間なんか何の罪も無いカップル襲撃しかけたけど? 僕必死になって止めたけど、何か言う事は!?」

「お疲れ様!!」

 

 

「っだああああああああああああああああああああッ!!!! そんなに意固地にならないでよもうッ!!」

 

 取り付く島もないエックスに、ついにアクセルの方がしびれを切らした。

 

「そりゃ散々馬鹿にされて腹立つのは分かるけど!! もうあれから何日経ったと思ってるの!? 第一ゼロが馬鹿なのはエックスが一番よく知ってるでしょ!?」

「でも嫌だ! アクセルもどうしてそこまでゼロのきん……もとい股間を直そうとするんだ!? まるで直さない事の方が困るって言ってるみたいじゃ――――」

「実際問題起きてるんだよ! まだ分かんない!?」

 

 一瞬特定のワードで言い淀みかけたエックスに、アクセルが詰め寄っては畳みかける。

 

「世間騒がせてる妖怪タマヨコセってゼロの事だよッ!! 実際止めに入ったの僕だから知ってるんだよ!?」

「むっ……それは、何の事だか分からない――」

「しらばっくれないで! わざわざネタばらしする程の事でもないでしょ!?」

 

 鼻息の荒いアクセルに問い詰められ、明らかに目を泳がせてしどろもどろになるエックス。

 

 アクセルが言う妖怪タマヨコセがゼロ……エックスはその言葉の意味が、実はしっかりと理解できていた。

 

 ゼロは気落ちの余り、ゾンビみたいになったと先程述べたが……もっと具体的に言うなら、土気色した生気のない表情でうわの空だが、文脈に『た』と『ま』が繋がればお構いなしに『たま』と返し、突発的に何らかのタガが外れると、たとえ同僚が相手でもゼットセイバーで股間を一突きにしようとする。

 加えて元々徹夜癖があったのが更に悪化しては文字通りの昼夜逆転生活を送り、イレギュラーだけならまだしも、些細な軽犯罪者や酷い場合には一般人にまで襲い掛かった事すらある。

 あまりに同じような死因が相次ぐので不審に思ったアクセルが後をつけ、夜間にいちゃついていたカップルの男性を襲撃した瞬間に出くわした時は、流石に肝を冷やしたのをアクセル自身ははっきりと記憶していた。

 あんな事を繰り返されたのでは、ゼロどころかイレギュラーハンター全体がお灸を据えられてしまう。

 

「……お願いだよ! あんなの見ちゃったからには無視する訳にもいかないんだよ!」

「う~む……」

 

 自身に落ち度はないにも拘らず、仲間の事情を知ったがばかりに振り回される事実に、アクセルはただ切実な思いをエックスにぶつけた。

 エックス自身も、タマを落としたゼロが結果的に余計問題を招いてると知っているだけに、気難しそうな顔をする。

 

「せめて本人の口から、一言でも『ごめん』と言ってくれれば――」

「お、いたいた! おーいエックス! アクセル!」

 

 そんな時であった。 廊下の向こうから聞きなれた同僚の声が2人の耳に入る。

 振り向くと、そこには緑の作業用アーマーに赤いゴーグルを身に着けたダグラスが、こちらに声をかけながら駆け寄ってきた。

 

 言い合いを止め、走ってくるダグラスを見ていると、ほんの1メートル近くまで駆けてくると、急に速度を緩めては両膝に手をついて息を荒げた。

 

「ど、どうしたのダグラス?」

 

 大慌てでやってきたであろう、開発部の主任の彼にしどろもどろに声をかけるアクセル。

 するとダグラスは呼吸を整える間もなくアクセルを見上げると、いきなりアクセルの両肩を掴んで強く揺すり始めたではないか!

 

「お前ら!? ゼロに何かしたか!? アイツがあんな事するなんて信じられねぇぞ!!」

「わぁっ! ちょ、ちょっといきなりなにすんのさ!?」

 

 早口でまくしたてながら、困惑するアクセルを押しては引き、頭を揺さぶられるアクセルが痛そうにしている。

 突然の事で呆気に取られていたエックスも、気を取り直してダグラス達の間に割って止める。

 

「落ち着いてくれダグラス! 一体何があったんだ!?」

 

 エックスの手に退けられたダグラスは、しかし興奮を抑えられないでいる。 どうやらただ事ではなさそうだ。

 

「そりゃこっちのセリフだ! 俺も何が起きてるのか分かんねぇよ!」

「もう……だから一体何が起きたっての!?」

「いきなり問い詰められても俺達には分からない、ちゃんと落ち着いて説明してくれ」

 

 主語さえ全く言わずに一方的に質問攻めに晒されたエックスとアクセルが、ダグラスにきちんとした説明を求めた。

 するとダグラスの口から、こんな話が飛び出した。

 

 

 

「ゼロにこの間のパーティーの件謝られたぞッ!?」

 

 

 

「「……は?」」

 

 エックスとアクセルは気の抜けたような声を上げ、数回瞬きする。

 そして互いに顔を見合わせるようにゆっくりと後ろを振り向き、明後日の方向をまじまじと眺めた後、同じような動きで再びダグラスを見た。

 

 ダグラスもエックス達の反応を見て黙り込んでしまい、しばし場が静まり返るも……アクセルが重い口を開く。

 

「あのさダグラス……ジョークはもうちょっと気を利かせて言うもんだと思うよ、ねぇ?」

 

 アクセルの同意を求める声に無言でうなずくエックス。 ダグラスははっとした様子で我に返ると、再び捲し立てるような態度でエックス達に言葉を投げかける。

 

「冗談で言ってねぇよ! ホントだ、ゼロの奴別人みたいになってるんだよ!」

「……にわかに信じがたいな」

 

 彼の態度から嘘を言っているようには思えない、が……エックス達はダグラスの言い分に素直に聞く気にはなれずにいた。

 特にエックスに至っては、非礼を詫びると見せかけて煽りを入れられる謝罪風挑発を受けているのだから、なおさらの事そう思わずにはいられない。

 

「っああもう!! そこまで疑うんだったら見てみろよ!!」

 

 ついにはダグラスが苛立ちまぎれに、エックス達との問答を強引に打ち切り、2人の後ろに回り込んでは両手でそれぞれの背中を強引に押し始める。

 

「お、おいダグラス!」

「いいから来い! 見れば俺の言いたい事は大体わかる!」

「なんなのもう……?」

 

 論より証拠、と言わんばかりに疑うエックスとアクセルを押して、来た道を戻るダグラス。

 廊下を半ば無理矢理歩かされては死体安置所から遠ざかる。 階段も登り、何階か階層を上がってはガラス張りで外のビル群が見える廊下を押し進められた。

 

 ――するとどうだろうか、行く道の先にあるオフィスルームの辺りから何やら喧騒が伝わってきた。

 ある程度近づいた辺りで、ダグラスは2人の背中から手を放す。

 

「よし、この辺でいいだろ……あとは自分達の目で確かめてくれ」

 

 ダグラスは身を翻し、エックス達に背を向けた。

 

「おいダグラス、どこへ行くんだ?」

「休憩してくる。 ……少し毒気にあてられた」

 

 エックス達が止める間も無く、ダグラスは振り返る事なく軽く手を上げると、来た廊下の反対側を疲れたような鈍い足取りで歩いて行った。 恐らくはこの先にある休憩スペースを目指すのだろう。

 取り残されたエックスとアクセルは少し不満げに首を傾げる。 呼びつけた本人が、自分達をおいてさっさと行ってしまうとはどういう了見かとも思ったが、近くのオフィス室から伝わって来る騒ぎのようなものも気がかりではあった。

 ダグラスはしきりにゼロの様子が変だと言っていたが、具体的にどのように変なのかは何も聞いていない。

 

「……一応確認はしておくか」

「だね」

 

 2人はオフィス室へと向かった。

 直ぐ近くと言うだけあって、歩いて1分もかからない。 扉は開かれており、中から何やら驚嘆の声が上がっているのが分かる。 ……同時に気になる点もあった。

 

「凄い、こんなにある仕事をもう終わらせちゃった!」

「やっぱりゼロさんはデスクワークも特A級なんですね! 素敵!」

「俺正直ゼロさん見くびってたかもしれねぇや!」

 

 ……聞こえてくる他の隊員達の声が、こぞって称賛の内容ばかりだと言う事だ。

 

「ゼロが、デスクワーク?」

「いつもバックレてるゼロが、しかも仕事が早い……そんなバカな」

 

 日頃の……特にここしばらくは死に体同然だったゼロが真面目にデスクワークに取り組むなど考えられない。

 本当にダグラスが言った通り、ゼロに何らかの異変が起きているのではないか? そう思わずにいられなかった2人は意を決してオフィス室に駆け込んだ。

 

 

 

 

 ――――そして驚愕する。

 

 

 

 

「その仕事まだ終わっていないんだろう? どれ、その書類を渡したまへ」

「え、ゼロさんでも……」

「いいんだ。 今まで仕事を押し付けてきたツケだ。 そのくらいの量ならわたしなら1分で片付く。 貸してくれ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 エックスとアクセルが目撃した光景、それは……爽やかな表情で優雅にキーボードを打っては書類を片付け、それどころか部下の書類まで率先して片付ける勤勉なゼロがいた。

 口調は恐ろしく丁寧で、彼らの知る普段のガサツな一面は全く見当たらない。

 

「ゼロさんカッコいい……」

「やっぱりイケメンはこうでなくっちゃ!」

「私アタックしちゃおうかしら!」 

 

 部屋の壁際でゼロに熱い眼差しを送る女性隊員達、皆一様に顔を赤らめては目を潤ませていた。

 

「……ゼロさん、コーヒーをお持ちしました」

 

 そんな彼女達をはじめ、部下からの尊敬と羨望の目線を一身に受けるゼロの元に、レイヤーが気恥ずかしそうにコーヒーを載せたトレイを持ってきた。

 おずおずと差し出だすと、ゼロははにかみながらそれを受け取った。

 

「ありがとう、君の一杯のコーヒーがわたしの励みになる」

 

 レイヤーは沸騰し、顔を真っ赤にしたままにやけ顔で、おぼつかない足取りでその場を立ち去った。

 

「フッ……さぁて、まだやり残した仕事がある。 ボクも遅れを取り返さなければ……!!」

 

 ゼロはコーヒーのマグカップを優しくに口に含み、側においては猛烈な勢いで仕事を再開した。

 

 

 

 

 エックスとアクセルはこの間、何かを言いたげにするも……ただ茫然と目の前の光景を眺めていた。

 

 2人の理解を超えた状況に、唇を震わせながら溜めに溜め込んだ感情が爆発する――――。

 

 

 

「「誰だお前(アンタ)はあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!????」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話

 一話当たりの尺は減ってるとは言え、シーズン1の話数を超えた。
 そして話自体はまだ序盤。 途中の展開やオチまで決まってるとは言え、最終的に何話まで膨れ上がるやらw


 気を取り直して本編開始です。 それではどうぞ!


 

 

「フッ、俺はもう昨日までの俺とは違うぜ」

 

 不敵に笑い、ゼロはガラスにもたれ掛かりながら、紙コップのブラックコーヒーを口に含んだ。

 ハンターベース中に響く大音量でエックス達が叫んでから数時間後、今まで溜め込んだ仕事を全て片づけて休憩スペースにやって来た頃には、ガラス越しに見えるビル群に夕日が沈み始めていた。

 今日集まったこの休憩スペースは、先刻ダグラスが休憩を取りに行った、加えてつい1か月と少し前……エックスと揉め事を起こしてあの事件の引き金を引いた場所である。

 夜勤以外の者が終業時刻を迎えるとあって、この区画にいるものはエックスとアクセル、そしてゼロの3人以外は誰もいない。

 

「……本当に別人みたいになったんだな」

「僕今でも信じられないくらいだよ」

 

 エックスとアクセルも紙コップをもって、2人してベージュのソファーに腰かける。

 エックスもコーヒーを……ミルクと砂糖入りだが、アクセルはLサイズのコーラを飲んでいる。 これまた信じがたい話だが、ゼロのおごりである……発表会での騒ぎの、ささやかな侘びも兼ねて。

 2人の知るゼロは、やるべき時こそ唯一無二の働きを見せるタイプではあるものの、それ以外はメタクソかつ行き当たりばったりで無茶をすると言う、どちらの意味でも名は体を表すような体たらくであった。

 それだけに今の彼は、普段からは到底考えられない思慮深さを感じさせる。 ひょっとしたらエックスにとってのイクスがいたように、ゼロに似てるようで似ていないロゼとかいうバッタモンかとも勘ぐったが、口に出す前に看過されてはきっぱりと否定された。

 なお、仕事中いやに丁寧だった口調については、エックスとアクセルからの要望で普段通りにしているが。

 

「まあ、アレな一面が鳴りを潜めてくれたのなら、何も言う事はないな」

「そうだよ。 何て言うかようやく真人間……もとい真レプリにでもなったっていうのかな?」

「全くだ。 俺自身、活力がみなぎってきて何もかもが生まれ変わった気分だ……まるで失われていた何かを取り戻したような」

 

 見直したようなエックスとアクセルの口ぶりに、ゼロは微笑んで窓の外をに目をやる。 赤々とした夕焼けが、彼の真紅のボディを鮮やかに照らす。

 一体このたった1日の間に何があったのか、エックスやアクセルの知る所ではないが、少なくとも好ましい変化をもたらしたのは事実だろう。

 今はただ、自信と活力に溢れ、蘇ったような仲間を祝福するかのような太陽の光が眩しく思えた。

 

 

 

 

 

 そしてビルの陰に挟まれながら沈みゆく日輪が、ゼロの股間にそびえ立つキマシタワーに重なった時――――。

 

「股間んんんんんんッ!?」

 

 アクセルは口に含んだ、残り最後の1口分のコーラを盛大にぶちまけた! 

 飛び散ったコーラの飛沫が赤い日の光に反射され、思わず身を庇ったゼロの股間に虹の輪が縁どられた。

 

「アクセル……お前な」

「ア、アクセル! 一体どうしたん――――」

 

 地面に膝をつきながら、喉を抑えてむせ返るアクセルを介抱するエックス。

 アクセルは項垂れ苦しそうに咳き込みながら、震える指先をゼロの股間に向けると、エックスもつられてそちらを振り返った。

 

「――――は?」

 

 片手に持っていた残り僅かな、飲みかけのミルクコーヒーの入った紙コップをつい反射的に握りつぶし、紙ごみと化したコップから噴出しては彼ら2人の上に降り注ぐ。

 

「2人共、何をそんなに驚いてる?」

「ゼ、ゼロ……その股間は何だ?」

 

 目を点にしながら問いかけるエックス。 視線はゼロの黄色い頂点を持つ白いテントに注がれている。

 

「ん? ……ああ、コレか」

「な、何でそんなビンビンなの……? エックスに潰されて直らなくなったんじゃなかったの?」

 

 レプリロイドに気管支があるかはさて置き、呼吸を整えて喉の疼きを押さえ込むと、アクセルがやっとの思いで疑問を口にした。

 直らなくなるほどの損傷を受けたからこそ、妖怪と化して他人のきんた〇を刈り取っていた筈だと言うのに。

 率直な疑問を投げかけられたゼロは、腰に手を当てて自慢げに答えた。

 

「新しいモノに取り換えたからだ!」

 

 胸を、もとい腰を突き出しながら鼻息を鳴らすゼロ。

 

「あ、ああ……」

「……えっと」

 

 なんのこっちゃ、と言うのが2人の率直な感情だった。

 確かに放置してて直らないなら、部品ごと交換するのが一番だ。 男の証がレプリロイドに必要かはさて置き、特におかしい答えには聞こえなかったが。

 しかし、そうなると新たな疑問が……。

 

「何を、修理に使ったんだ……?」

 

 ゼロのいきり立つバスター等間近で見る気もしないが、アレを失う前の事を考えても、いやに大きすぎるとエックスは感じる。

 第一修理に必要なパーツは全て、ダグラス達開発部に押さえておいてもらっている筈。

 腑に落ちない思いをしている中、対してゼロは得意げな顔のまま、続けて質問に答えた。

 

 

 

「勿論『大人のおもちゃ』だッ!!」

 

 

 

「「またその話かああああああああああああああああああああああああッ!!!!」」

 

 エックスとアクセル2人の叫び声が休憩スペースはおろか、ガラス張りの廊下にさえ反響した。

 どうやらゼロは失った何かを、よりによって騒動の発端となった『大人のおもちゃ』で代替していたようだ。

 

「何てもの組み込んでるの!? 信じらんないよもう!!」

「おかしな事を、あの大きさにあの形……俺のバスターの代わりを務め、いや……かつてのバスター以上のご立派様だ!」

「ご立派様って……いや、股間に仕込むような奴なんかそらそう言うモノなんだけどな……だけどな!?」

「何が悪い!」

 

「「 全 部 だ ッ ! ! 」」

 

 悪びれもせず、さも当然のように言ってのけるゼロ。 しかし2人が文句を言いたいのは、堂々といかがわしい物を修理に使ったと公言するゼロの図太さにあった。

 もちろん尋ねたのはエックス達自身ではあるが、それにしてもどうしてゼロが……ゾンビのような状態から復活を遂げたのか、これで全てが納得いった。

 

 要するに、回りに回って元の話に戻ってきただけの事だった訳だ。

 むしろ元よりも立派なものがついて自信家になっただけで、本質的には何一つ変わっていない事実に、エックスはしかめっ面で目頭を押さえた。

 

「付き合いきれんな……さてと」

 

 衝撃に打ち震えるエックスとアクセルの2人。

 ゼロは自分から見て正面の壁際にある、自販機横のゴミ箱に紙コップを軽く放り投げ、難なくホールインワンを決める。

 すると窓際から離れ、仲間達に背を向けて廊下を歩いていく。 

 

「ちょっとゼロ、どこ行くの!?」

 

 まだ話は終わっていない、と言わんばかりのアクセルの問いかけに、ゼロは右から小さく振り向くと、左腕を胸の前へ出すように拳を差し出した。

 その指の形は握り拳をかたどっていたが、なんと親指を人差し指と中指の間に通しているではないか!

 

「昼間女隊員3人にお誘いを貰ったからな、そらもうアレだ!」

「ッ!! ま、まさか……!!」

 

 どうやら、新しいバスターの威力を試そうとしているらしい。 開いた口が塞がらないアクセルをさておいて、試し撃ちに意気込むゼロ。

 

「だめだよゼロ!? いくらなんでもちょっかいだし過ぎたら――」

「フッ、英雄色を好むってやつだ」

「自分を英雄って名乗った覚えはないんじゃなかったの!? ……ああもう、エックスも何か言ってよッ!!」

 

 ご自慢のバスターに突き動かされるゼロを見かねるも、自力ではどうしようもないアクセルは隣にいるエックスに救いの手を求める。

 しかし、エックスは先程から目頭を押さえたまま、ほだされる赤いハンターに対して一言も発しない。

 

「疲れた」

「え"ッ!?」

 

 介入を求めるアクセルの願いとは裏腹に、エックスは乗り気ではなかった。 それどころか額をさするような仕草さえ見せて、どこか疲れたような顔をしている。

 

「ダグラスが参ってた理由も嫌と言うほど分かった……少し頭痛くなってきたよ」

「そ、そんな!?」

 

 どうやら彼もまた毒気にあてられた1人らしい。 突き放されてショックを受けるアクセルを尻目に、エックスはゼロの向かう方とはと反対方向の廊下に振り向いた。

 

「ゼロ……君がどう思って動こうが勝手だけど、ほどほどにね」

 

 エックスは疲れた背中をさらしながら、振り返る事なく言葉を残していった。

 本来ならばおいたが過ぎると言って『諫める』ぐらいはしたが、疲れ果てた今の彼にゼロの好色っぷりを止める意思は働かない。 しかしやり過ぎて騒ぎにはならないよう、一応は釘を刺しておく。 

 

「任せておけ、俺のハイパーZEROバスターはいつもよりビンビンだぜ!」

 

 エックスの含蓄のある言い回しが、とても伝わったように思えない言動と共に……白い歯を光らせ、加えていつものよりもグレードアップした名称にふさわしい、かつてのホタルニクスのようにご立派なバスターの先端が黄金色に輝いていた。

 

「って!! ナニそれ!? 光るギミックとかあんの!?」

「ん? うわ、マジで光ってやがるッ!! ……実にいいじゃねぇか」

 

 日輪の輝きが重なったのでなく、何とひとりでに光っているではないか!

 が、ゼロ自身はアクセルの驚愕の声に反応した直後こそ慌てて股間を凝視するも、満更でもないどころかむしろお気に召したようだった。

 どうやら本人も知らない機能があったらしいが……あまりに姿形さえ想像しがたいゼロの『大人のおもちゃ』に、アクセルも次第に反論する気力を失っていく。

 いつもより活力あふれるゼロに対し、覇気を失ったエックスとアクセル。 ひょっとしてゼロの『大人のおもちゃ』には相手の気力を吸い上げる力でもあるのだろうか?

 

 さておいて、ゼロは指と指の間に差し込んでいた親指をおったてると、すっかりご満悦なった様子で口元を吊り上げる。

 そして棒立ちになるアクセルを置いて、期待に胸躍らせるように意気揚々とこの場を去ろうとした。

 

 ……どうすりゃいいんだ。

 ショッキングな瞬間が立て続けに訪れ、辟易するアクセル。

 青と赤の仲間達が道を違え、各々が反対の廊下を歩いていく中、アクセルはただ狼狽し何もできずにいる。

 

 

 

 ――――その時であった。

 

 

 

 

 

WARNING(緊急事態発生)! WARNING(緊急事態発生)!>

 

 

 

 

 

 何の前触れも無く、ハンターベース全階に緊急警報が発令された!!

 辺り一面が、夕焼けのものとは違う無機質な赤いサイレンの光に満ち溢れ、これには3人も一斉に反応する。

 

「ッ何だ!? 何が起きた!?」

 

 3人の中で最初に言葉を発したのはエックスだった。 ついさっきまでの気疲れは見られなくなっている。

 そんな彼らの元に、無線連絡の着信音が鳴る。 3人は再び休憩スペースに戻り、アクセルを中心に集まっては通信を繋いた。

 

<エックス、ゼロ、アクセル、緊急事態よッ!>

 

 相手はエイリアだった。 エックスの腕から浮かび上がる、ホログラム映像越しに見える彼女は大慌てで……それでいて、言い淀むようなしぐさで言葉を続ける。

 

「どうしたエイリア、続けてくれ――――」

 

<きん……ああもう!! そうじゃなくって、新型衛星のレーザー兵器が突然起動したわッ!?>

 

「「「ファッ!?」」」

 

 ……流石に女の口からきんた〇と口に出すのは憚られたらしい。

 それよりも、エイリアから告げられた青天の霹靂とも言える、3人は異口同音に驚愕の声を上げた。

 束の間を置き、エックスとアクセルは未だ自己主張するゼロのテントを注視する。

 

 ……白い目で。

 

「ゼロ……まさか君が女の子を食い散らかそうとしたから……!!」

「あれはアンタが名付けた『きんた〇』だし、ひょっとしてゼロがその気になったせいじゃないの!?」

「関係ねぇだろ!! 名前つけただけで自前のバスターと連動するかッ!?」

 

 タイミングが重なっただけでこの言われよう。 ほとんど言いがかりに近い2人の物言いにゼロは憤慨する。

 この期に及んでみっともなく言い合う彼ら3人に、見かねたエイリアが苛立ちまぎれに叱咤する。

 

<いいから早く作戦指令室に来てッ!! ……えっ!? 衛星の攻撃目標はハンターベースッ!?> 

 

「「「何ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?」」」

 

 催促しながらも応対をつづける彼女の口から、更に衝撃的な内容がカミングアウトされる。

 ゼロの復活のハンターならぬバスターから、立て続けにショッキングな出来事が起きすぎている。

 休む間もなく畳みかけてくる出来事に、アクセルは乱暴に頭を掻きむしっては悪態をつく。

 

「ああもう!! 今日はなんて日なの!?」

「クソッ! 俺のホットな一時を邪魔しやがって……どこのどいつだ!?」

「とにかく今は指令室に急ごう!! あとゼロのアレも後でもいでおこうッ!」

「えっ?」

 

 通信を切ったエックスのさりげない死刑宣告に一瞬ゼロは固まりかけるが、気を取り直すと3人は休憩スペースを後にした。

 

 

 



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チャプター3:『MEGA MAC』炎上
第10話


 初の2ケタ台……完走まで頑張らねば。 第10話投稿します!


 

 3人が駆け込んだ作戦指令室は騒然としていた。

 広大な室内の中心には、レーザー兵器のエネルギーを充填している『きんた〇』の立体映像が、アラートメッセージと共に詳細な稼働状況が表示され、壁際の端末の前に座るエイリア並びに多数のオペレーターが対応に追われている。

 メンバーの中には普段は開発部にいるパレットの姿もあり、よく見れば主任のダグラスらを中心とする幾何かの開発部の面々も、指令室内をせわしなく行ったり来たりしている。

 

「状況は!?」

「エックス! ゼロ! アクセル! 終業間際に済まないが緊急事態だ!」

 

 エックス達を出迎えたのは、せわしなくキーボードの入力作業を行うエイリアと、すぐ後ろに立つ総司令官のシグナスだった。

 

「既に聞いただろうが、ホタルニクス博士の開発したきん……衛星に搭載されているレーザー兵器が突如稼働し始めた」

「しかも攻撃目標が、ここハンターベース……だな?」

「そうだ。 何の前触れもなく突然充填シーケンスに入った。 先程レイヤーに攻撃命令の出所を探ってもらったが……」

 

 コンピューターの前でキーボードを動かしながら、エイリアの右隣にいるレイヤーが言葉を継いだ。

 

「充填シーケンスに入ったというきん……もとい衛星のアクセス履歴は残っているのですが、残念ながら発信源を特定する事はできませんでした」

「まるで独りでに動き出したみたいですよぅ。 でも直前までは正常に稼働していたのに、突然誤作動を起こすなんて考えられないです」

「何てことだ……」

 

 レイヤーに次いでパレットから、彼女たちの技量をもってしても衛星のアクセス元を辿れないと言われ、エックスは額を抑えて毒づいた。

 

「じゃあこっちからアクセスして、発射命令食い止めたりとかは!?」

「不可能よ」

 

 アクセルの質問を、エイリアはバッサリと切り捨てる。

 

「多目的衛星だから通信をはじめとする通常の用途なら普通のネット回線でもアクセスできるけど、兵器みたいな防衛に関わる部分は機密性が問われるの。 だから衛星を管理する権限を持った人物の――――」

「高度なアクセス権限が必要って事?」

「そうね。 おまけに回線自体が専用の別系統になってるから、そもそも物理的にアクセスする事自体出来ないわ」

 

 お手上げともとれるエイリアの言葉に、アクセルは肩を落としたようにうなずいた。 

 

「自らの意思を持ったように暴走する『きんた〇』か、たまらねぇな」

「っ!」

「ぶっ! あ、ああ確かに。 まさか最初からきん……衛星を作ってる段階でそう言う仕込みがあったとかは?」

 

 一瞬キーボードを打つ手が止まりかけるエイリア。 エックスが吹き出しそうになるもすんでの所で堪え、気を取り直したようにエイリアに問いかける。

 

「……考えにくいわね。 ホタルニクス博士だからこそむしろ、きん……じゃなくて衛星がそう言ったトラブルで兵器が作動しないよう、何重にも安全機能を徹底していると思うの」

「だが現に『きんた〇』は動いている。 それは確かだ」

「う"ん"!? ……ま、まあゼロの言う通りだ。 とにかく今は攻撃を何とかしないと。 何か有効な手段は?」

「ある。 特にエックスとゼロにとっては、見覚えのある物だろう。 エイリア」

 

 シグナスはエイリアに声をかけると、彼女もそれに応えるようにキーボードを叩く。 宙に浮かぶ『きんた〇』の画像に被さるように、見覚えのある大砲の画像が表示される。

 

「「エニグマ!?」」

 

 エックスとゼロは映し出された大砲の画像を注視する。

『エニグマ』……かつてシグマが傭兵をけしかけて地上へと巨大コロニー『ユーラシア』を落下させてきた際、それらを迎撃し破壊する為に用いた旧型のギガ粒子砲である。

 

「先述のようにきん……衛星の発射を止める事は出来ない。 ならばこちらも兵器を用いて衛星を破壊するか、最低でも相手の攻撃を相殺する」

「相手の『きんた〇』にこっちは大砲で応戦か。 随分と面倒を強いられるな」

「!!」

 

 皆が衛星の名を口にするのを憚る中、遠慮なしに『きんた〇』と呼ぶゼロにエイリアの肩が震える。

 

「う"っ! そ、そうだ。 しかしだな――」

 

 明らかに何かをこらえるエイリアを横目で見るシグナスは焦りかけたが、極めて冷静に努めながら言葉を続ける。

 

「例によってこの兵器は旧式故に劣化が進んでいる。 はっしゃするには――」

「必要なものを急いでかき集めなければならない……か。 で、時間の猶予と必要物資は?」

 

 言わずともやるべき事を把握しているエックスに、シグナスはほくそ笑んだ。

 

「流石はエックス。 ……はっしゃまでの時間は10分弱、それまでにこれをかき集めて欲しい」

 

 シグナスは右手を掲げると、更に文字の羅列が並んだウィンドウがエニグマの画像の上に重なった。

 

「成程、確かにこれは必要だな」

「これさえあれば『きんた〇』の発射に備えられ――」

「ちょっ! ゼロ、ちょっと……!」

 

 ゼロの言葉をアクセルは慌てた様に遮った。 訝し気になるゼロにアクセルが耳打ちする。

 

「何だアクセル、どうした?」

「あんまりその……アレだよ!」

 

 アクセルは小声でエイリアに目線をやる。 端末に向かい合う後ろ姿がわずかに震えていた。

 この状況で入力作業をしないのは彼女らしからぬ有様だが、アクセル……のみならずその原因が何かは皆が知っていた。

 

「こんな真面目な時にデリカシーの無い事言っちゃダメだって! その……きん――――」

「フン。 たかだか『きんた〇』ぐらいでか?」

「ブハッ!!」

 

 ゼロ以外は。 堪え切れず、ついに唾を飛ばす勢いで吹き出してしまったアクセル。

 

「俺は『きんた〇』の〇の中が『ま』とは言ってないぜ? それを『きんた(まる)』と読むとはアクセル、お前も中々にスケベの才能があるな?」

「〇を『まる』って読んだら伏せきれてないよッ!! てかそんな名前つける方がスケベってか変態じゃないの!」

「その通り、俺はスケベだ!!」

 

 やはりいつもの下ネタに抵抗のないゼロだが、股間のアレのせいでいつもよりも変な自信がついているようだ。 周囲の呆れたような視線がゼロに注がれるも、当の本人は不敵な笑みを浮かべながら胸を張って公言するばかり。

 そんな視線の中にエイリア達オペレーター3人のものは含まれていない。

 何故ならエイリアは机に突っ伏して握り拳を震わせながらゆっくりと掲げ、嫌な兆候を見かねたレイヤーとパレットが大焦りで宥めているからだ。

 

「いいかアクセル! 男にとって『きんた〇』はシンボルだ! それを言葉を濁して隠そうとするとは、自分の大事な部分を包み隠してしまおうと言う事と同じだ! 故に俺は『きんた〇』を――――」

 

「だあああああああああッ!!」

 

 じっと堪えていたエイリアもついに堪忍袋の緒が切れ、叫びと共に掲げた拳をデスクに叩きつけ、読んで字のごとく木っ端みじんに破壊した!

 瞬時に沈黙する一同。 止まないアラート音と無残な姿になったコンピューターの火花を散らす音だけが部屋の中に鳴り響く。

 

「いい加減にしなさい……あんまりしつこいと、怒るわよ?」

 

 なるだけ落ち着いて話をしようとするエイリアだが、その血走った眼つきと息を荒げるような仕草から、はらわたが煮えくり返っている事が分かる。

 が、当のゼロは飄々とした態度で堪えている様子はない。

 

「フッ……テレるなよエイリア。 たかが『きんた〇』に圧倒されているようじゃまだまだ――」

「エックス、やっちゃって頂戴」

「分かってる」

 

 エイリアのお願いに、エックスは真顔で右手の指を曲げて音を鳴らす。

 

「OK分かった。 とりあえず自重はするから落ち着いてくれ」

 

 これにはゼロも余裕を装うが、言葉を翻して小さく肘で両手を上げて降参する辺り、明らかにエイリアとエックスに気圧されているようだ。

 エロが鳴りを潜めてまともになったと期待していたものの……エイリアはぶつくさとごちながら、壊してしまった端末の前からレイヤーの反対側へと移動する。

 

「ゴホンッ……と、とにかく時間は迫っている。 急いでリストアップした物資を調達してきてほしい」

「……了解」

 

 すっかりペースを乱されたシグナスが軽く咳払いをしながら言うと、アクセルの気の抜けた返事につれられ、ハンター3人組は立体映像の浮かぶ台座へ進む。

 近づくと映像は消え、代わりに光の輪が台座から浮かび上がり、それはエックス達の身長よりも少し高い所まで昇っては、筒状のフィールドを生成する。

 彼ら3人が施設外部の……それよりも更に離れた場所へ瞬間移動する為の台座に仕組まれた転移装置、言わばワープポータルが発生する。

 

 3人は迷う事無くポータルに乗り込むと、彼らを見守る様にこちらを見るシグナスやダグラス、そしてせわしなく転送の段取りを取るオペレーター達に振り返り、敬礼する。

 

「「「転送!」」」

 

 エイリアにレイヤー、そしてパレットの声が重なると、エックス達3人は光の粒と化してこの場から消失した。

 

「……成功を祈る」

 

 腕を背中に組みながら、シグナスは一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして2分後――到着を知らせる警告音と共に、光の粒が人型をなして眩い閃光を放ったと思うと、物資を担いだエックス達3人の姿が浮かび上がった。

 彼らは台座に一番近いシグナスに駆け寄ると、真っ先に彼に物資を差し出した。

  

「シグナス! 頼まれた人数分のコーラとポップコーンを買ってきた! チリドッグも!」

「でかした!」

「きちんとポップコーンはうすしおからキャラメルまで揃えておいたぜ!」

「でかした!!」

「エイリア達はコーヒーだったね! あ、総監のチリドッグはハラペーニョのピクルス入りだよ!」

「でかしたッ!!」

 

 エックス達は持ってきた『物資』を、ご満悦のシグナスをはじめ、部屋で作業するエイリアやダグラス達にもてきぱきと配っていく。

 

「丁度いいタイミングだったな! たった今現場からの連絡でエニグマの発射準備が整った! ひとまずはいつでもはっしゃ可能だぜ!?」

 

 そしてダグラスに彼の分となる最後のドリンクとチリドッグを渡すと、エックス達をはじめとする他のメンバーはエイリア達オペレーター3人の背後に陣取り、部屋の中央の台座に再度浮かび上がらせた、エニグマと『きんた〇』の映像を見つめる。

 

「きん……衛星兵器の発射までのカウントダウンが始まりました!」

「ついにこのときがきたぞ。」

 

 レイヤーの告げる『きんた〇』の発射シーケンス。 映像に重なる衛星兵器のカウントダウンが20秒前から始まった。

 絶体絶命のピンチなれど、しかしシグナス達は動じない。 チリドッグを齧り、数回咀嚼して飲み込んでは堂々としたその佇まいは、さながらエニグマによる防衛の成功を確信しているように見える。

 

「ハンターベースのうんめいをかけ、エニグマをはっしゃする!」

「エネルギー、パワー、はっしゃかくど、すべてOK!」

 

 エニグマの最終確認を済ませたエイリアの発言と共に、シグナスはドリンクを掲げて告げた!

 

 

「よし…はっしゃ!!!」

 

 

カウントダウン0!! 恐るべき『きんた〇』の衛星兵器がハンターベースへ撃ち下ろされた!!

 

 

「はっしゃ!!!」

 

 

負けじと同時にエニグマもはっしゃされる!

 

 

「はっしゃ!!!」

 

 

立体映像上に表示される、危機的状況を知らせるアラートが最大レベルまで引き上げられる!

 

 エニグマと『きんた〇』が同時に発射された瞬間を、エックス達はドリンクのストローを吸ったりポップコーンを頬張りながら、固唾をのんで見守っていた。

 

 ――――ほんのわずかな間の後に、大きな衝突音がハンターベースを揺るがした。 立体映像上に、互いに放ったエネルギーが大気圏の境目でぶつかり合う瞬間が表示される。

 ゼロはポップコーンが零れぬようケースを器用に揺すって水平を保ち、アクセルは映し出される光と光の衝突に目を奪われる。

 

 しばしの間を置き、大きな揺れはやがてゆっくりと収束し、映像内の2つの光も激しい閃光の後にゆっくりと消えていく。

 ハンターベースへの被害はない。 今こうして買ってきたドリンクやポップコーンが、早くも無くなりかけているのが無事である何よりの証拠だろう。

 シグナスは最後のチリドッグの欠片を呑み下すと、空になったコーヒーのカップを潰すエイリアに問いかけた。

 

「やったか? 防げたか? エイリア、どうなんだ?」

「成功よ! きん……衛星兵器のエネルギーは無事エニグマで相殺できたわ!」

「代わりにエニグマは耐用限界が来てしまいましたが――」

「もう十分役目を果たしたよぅ! ……総監、衛星兵器からの防衛は成功ですぅ!」

 

 レイヤーとパレットの言う通り、エニグマの状態を表示するインジケーターは軒並みレッド、つまりは完璧に破損してしまったのだ。

 しかし旧式の兵器で、ハンターベース防衛と言う大役を果たした事の意義は大きく、パレットの言う通りエニグマは大儀であったと言う事だろう。

 

 それよりも今は、ハンターベースの無事を喜ぶ時だ。

 イレギュラーハンター一同は丸めたゴミを天井めがけて放り投げ、大いに歓声を上げた!

 

「……ねぇ、僕も飲み食いしといて言うのも何だけどさぁ」

 

 息で膨らませたチリドッグの包み紙を叩いて潰すアクセルを除き。

 

「ハンターベースの一大事にしちゃ緊張感なさすぎないッ!? 映画館に来た訳でもないのにポップコーンって何よ!?」

「そう言うな、開幕エニグマはっしゃは意外と成功するものなんだ」

 

 腑に落ちないアクセルの肩を宥めるようにエックスが叩く。

 

「そうだぞアクセル。 必要な部品無くてもまー何とかなるもんだ」

「しくじったらどうするつもりだったの!? 僕ら蒸発してたかもしれないのにッ!!」

「まあ、残機数が減るな」

「軽スギィッ!!」

 

 それを笑みを浮かべてゼロが諭すも、当然ながらアクセルは納得する様子はない。

 アクセルは腕を回して同僚への不満を爆発させ、それを皆して笑いながら受け止める中――――。

 

「あら? これは……」

 

 エイリアの受け持つ端末が、衛星にアクセスした何かを感知した。 エイリアはすかさずキーボードを入力、謎のアクセスの解析を試みる。

 

「どうしましたかエイリアさん?」

「何かありましたか?」

「……2人とも、ちょっと解析を手伝って」

 

 気に掛けるレイヤーとパレットに対し、エイリアは2人にも謎の情報を転送し、3人がかりで解析に努めるよう指示する。

 突如として再びキーボードをせわしなく叩く彼女ら3人に対し、ハンター3人組も反応する。

 

「――――ッ!! これは!?」

 

 エックスが声をかけようとした時と同じく、エイリアは驚きの声を上げたのち、再度キー入力を行う。

 

「皆見て頂戴! たった今衛星へのアクセスをキャッチしたわ! それも管理者権限でよ!」

「何だって!?」

 

 素早く動かした指先が最後の入力を終えると同時に、表示されていたエニグマの映像が消え、今度は『きんた〇』のアクセス履歴のリストが浮かび上がる。

 

 履歴に残っていた情報の発信源を見た時、エックス達は驚愕した。

 

 

 

 

「発信源は『MEGA MAC』ッ!?」

 

 

 

 




 因みに作者はX5初回プレイ時、グリズリーだけ倒した状態ではっしゃ!!! して何と無事成功しやがりました。
 てか他のステージロクにクリアしてないのに最終ステージってなんだよ……w


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第11話

『MEGA MAC』とは、つい最近では新型衛星『きんた〇』の件で名を上げた『MACエンジニアリング』が社運をかけて建造し、運営する総合アミューズメント施設である。

 

 温泉を引いた最上階の露天風呂を中心に、卓球にビリヤードから電子ゲーム、小芝居を行える小さな劇場等の各種遊戯に和洋中全てを網羅する大衆食堂、果てには大人数に対応する宿泊施設の完備など、来客者に様々な快楽でもてなす設備を整えたそれは、日本にある同様の施設に倣って作られた純和風の巨大建築物である。

 

 一方でモチーフこそ、櫓や天守閣を揃えた和風の城ないし屋敷と言った外観であるが、全体を通して鮮やかな赤で所々金に縁どられた中華風の色使い、夜間には七色に光るネオンと闇夜を照らすサーチライトがあしらわれたり、看板にでかでかと「わびさび」とポップなゴシック体で描かれているなど、いささかステレオタイプが否めないのはご愛敬。

 しかしながら、オープンから3日目の今日午後7時過ぎ時点で、来客者数が1万人を超えたなど、施設の規模を鑑みれば大盛況ぶりが窺える。

 

 今日も来客者が和気藹々と楽しむ娯楽施設に勤める、警備員が休憩室の一角にて、勤務時間のシフトを終えた2人の『ディスクボーイ8』が、いつも携える盾と棘付きのフリスビーをロッカーに立てかけ、休憩を取っていた。

 

「ぬわあぁぁぁぁぁぁん疲れたもおぉぉぉぉぉぉん!」

「お前いっつも疲れてんな」

 

 片方はパイプ椅子に腰かけて腕を伸ばし大きなあくびをする。 もう片方は相方に軽く呆れながらも笑いつつ、中の物を取り出そうと冷蔵庫に手を掛けている。

 2人して全く同じタイプのレプリロイドで、見分けるには彼らの視界を通して識別番号を見る以外にないので、便宜上前者をA、後者をBと呼ぶことにしよう。

 

「お、ビールビール!」

 

 Bが冷蔵庫を開けようとするついでに、Aが中にあるであろうビールを要求する。 Bが空返事をしながら冷蔵庫を開けるが、ビールと思わしき缶や瓶は見当たらない。

 

「今日は入ってねぇみたいだ。 ……アイスティーしかないけどいいか?」

「何だ品切れか、しょうがねぇなぁ」

 

 仕事終わりのビールが飲めずにがっかりしそうになるも、すぐに気持ちを切り替えてBが持ってきてくれた細長い300ml缶のアイスティーを受け取るA。

 

「悪いな」

「そんじゃまあ、今日もお仕事お疲れさん」

「あいよ」

 

 プルタブを開けて軽く乾杯し、口に含むと清涼感のある甘くほろ苦い味わいが体に染みわたる。 アルコール程ではないが、カフェインたっぷりの冷えた紅茶も嗜好品としては悪くない。 無論、人間とは違ってレプリロイドの体に摂取した栄養が作用する筈もないが、まあ気分的なものだ。

 

<ただいま情報が入りました>

 

 Aの腰かけるパイプ椅子の並べられた簡易デスクの向こう側、ガラス張りの引き戸のついた金属製の棚の上に置かれた液晶テレビ、チャンネルの中で男女1組のニュースキャスター、男性側が次のニュースを読み上げようとしていた。

 

<つい先程、イレギュラーハンター本部に照準を向けてレーザー兵器を発射した『きんた〇』……失礼しました。 新型衛星の件についてですが――――>

「おっ……アレか」

 

 AとBはニュース画面に注意を払った。 つい2時間ほど前の事だが、ここから数10㎞ほど離れたハンターベースに、先日お披露目したばかりの衛星が突如レーザーを発射した。

 幸い放たれたレーザーはイレギュラーハンター達の尽力あって、すんでの所で用意できたエニグマによって相殺できた。

 

「あんときゃビビったよなぁ」

「だな。 まさか衛星が発射されるだなんてな……一時はどうなるかと思ったぜ」

 

 2人はたった2時間前の出来事を思い浮かべる。

 その瞬間は勤務時間中だった彼らも、空が一瞬明るく光り離れたこの場所でもわずかな揺れとして感じ取り、一時は施設にいる客共々騒然となるも、それから間もなく報道されたニュースをもって防衛に成功した事と、慌てずに普段通りの生活を送ってほしいとハンター側から声明が出ると、騒動が嘘のように落ち着きを取り戻したのは記憶に新しかった。

 

 とはいえ、何故そのような重大なトラブルが発生したのかは、ハンター側は勿論だが衛星の管理者の1つとも言える、我らが警備会社との契約相手たるMACエンジニアリングからも、未だ一切が発表されていない。

 

<我々はシャイニング・キンタ〇ニクス……もといホタルニクス博士に状況の説明を求めようと、彼の自宅前にて博士の帰宅を待ってみましたが、家に入ってしばしの後に何やら錯乱した様子で玄関を開け放ち飛び出して行きました。 その時の映像をご覧ください>

 

 ニュースキャスターの呼びかけの後に、先日の失態から失礼極まりないあだ名で呼ばれそうになった、ホタルニクス博士の自宅と思わしき邸宅に場面が切り替わる。 これはつい先ほど取られた映像らしい。

 玄関の扉が開けられると、何やら血走った様子でホタルニクス博士が飛び出してきた。

 

<ホタルニクス博士! 新型衛星の件ですが――――>

<どこじゃ!? あれは一体どこなんじゃ!?>

<帰宅直後にすみません! 突然攻撃した新型衛星について何か分かった事は――――>

<ワシの『デスフラワー』の模型がどこにもないッ!? 何者かが盗み出しよったんじゃああああああああああああッ!!!!>

 

 ――――等と叫びながら、詰め寄る報道陣を掻き分け、ホタルニクス博士は来た道を走り去ってしまった。 ……映像が再びスタジオに戻る。

 

<デスフラワーの、模型……ですか?>

<えー、それについて一応補足ですが>

 

 女性キャスターの呟きに、ニュースを読み上げた男性キャスターが説明する。 背後の画面がホタルニクスの自宅前からデスフラワーの画像に切り替わる。

 

<デスフラワーとは、今回の『きんた〇』……失礼、衛星の前身に当たる攻撃衛星ですが、博士が言うのはスケールダウンしたその模型の事ですね>

<時価総額が50万ゼニー越え、との事ですが>

 

 女性キャスターの質問に、後ろの画面に値段の情報も添付される。 時価総額が最低で『500000』を超えているらしい。

 

<かなりの品薄でプレミアがついたガレージキットで、綺麗に組めている物は発売当時から倍の値段がついている様子です。 なお博士が走り去った後、現場のカメラマンが庭にカメラを向けた所、家のガラスにテープのついた破片がついていたのを見つたようです>

<盗られたと聞こえましたが……しかしその、今は衛星が誤作動……ですか? 突如攻撃した事の方が一大事だと思うんですけどもこれは……>

<ええ、彼には申し訳ないですが、『きんた〇』――――もとい衛星の事より、私物を盗まれた事を優先するのは不謹慎としか思えません。 やはり人前で『きんた〇』を開示するだけあって、我々凡人には理解できない精神構造なのでしょうか? ……それではコマーシャルです>

 

 最早こき下ろしともとれる辛辣な発言と共に、ニュースはアイキャッチを表示し一旦CMに入った。

 

「あらら、まずいとこ映っちまった訳か」

「しかし緊張感ねぇなあ、ショックで人前で露出するぐらい思い入れあった癖にな」

 

 Bの言葉にAは「確かに」と言って頷いた。 1週間前の発表会の日、彼ら2人もホタルニクスのきんた〇開示を見て、その時こそお茶の間もろとも大爆笑の渦に巻き込まれ、文字通り抱腹絶倒したわけだが。

 今にしてみれば中々に可哀想だったとも思える訳だが、それだけに真っ先に衛星の件について何ら行動を起こさないのは腑に落ちない思いであった。

 

 

 

 

 

「全くねぇ。 優先順位も決められずに慌てふためく男はかっこが悪いわよ」

 

 

 

 

 

 物思いにふける2人の背後から、女性口調であるにしては野太い男の声がした。 彼らには聞き覚えがあり、振り返ると休憩室の入口に『彼』が立っていた。

 

「お仕事お疲れ様。 ワタシも今上がった所よ」

 

 

「「クジャッカー主任!」」

 

 

 2人は彼を見て名前を……『サイバー・クジャッカー』の名を呼んだ。

 派手な尾で注意を引く雄の孔雀をモチーフにデザインされ、紫を基調とした色合いのボディを持つ彼は、しかし外見のモデルと裏腹にオネェな性格で、カールを巻いたまつ毛にアイシャドウを強調するようなどぎついマスカラが、内股で入口に立っている彼の内面をより一層際立たせていた。

 そんな彼を主任と言うのは、それはクジャッカーが彼ら警備員達を束ねる上司であるからである。 Aは立ち上がり、2人揃って敬礼した。

 

「ホホホッ……そんなに気を遣わなくてもいいのよ。 業務時間以外なんだから、いっそクジャッカーだけにクーちゃんとでも呼んでくれてもいいのよ?」

「そ、そう言う訳には……それはそうと! きょ、今日はボディに乗り移ってるんですね」

「ええそうよ。 折角作ってもらったカラダなのに、偶には動かさなくちゃ錆ついちゃうわ」

 

 慌てふためくAに対し、欠伸をしながら首や肩を回すクジャッカーの仕草は、やはり根が男性である為かオネェにしては些か野性的にさえ感じる。

 Aの言う『乗り移る』と言うのは、元々クジャッカーは実体のない警備システム全域を統括するプログラムなのだが、後におあつらえされた電脳世界と同一のサイズ比やデザインに設計されたボディに乗り移っては、偶にこうして外を出歩く事もあるのだ。

 Bは直属の上司と言うだけに丁寧な応対をしつつも、紅茶の缶を握ったまま特に目立った様子はないが、一方でAは委縮している……と言うよりは恐れているかのように顔色を窺っている。 何故なら、彼が外界に出歩く時と言えば限って……。 

 

「運動不足のこういう時には……もうアレをするに限るわねぇ」

「ッ!?」

「……アレ?」

 

 主語の見えないクジャッカーの言葉に首を傾げるBとは対照的に、Aは総毛だったかのように肩を強張らせる。

 

「やぁねぇ……花を摘みに行くのよ、お・は・な」

「レプリロイドが、花を? ……どういう意味ですかそれ?」

「ブッ!!」

 

 クジャッカーの意図を組みかねるB。 無論花を摘むという言葉は『比喩的なもの』であると理解はしているが……それがレプリロイドである彼が何故?

 孔雀に対してオウム返しで尋ねる相方に、Aが思わず噴き出した。 クジャッカーはため息をつく。

 

「わざわざ何度も聞くのは野暮と言うものよ……そうねぇ」

 

 クジャッカーは口元に指をあてて目線を上に泳がせながら思考を巡らせ、そして閃いた。

 

「何なら、貴方がワタシと一緒に花を摘みに行ってもいいのよ?」

「え……あ……?」

 

 身をくねらせて上目遣いに、猫撫で声でクジャッカーがBにすり寄ろうとした。 思わず言葉を失いかけるBだったが――――。

 

「あッ! しまった、そういえば忘れてた!!」

 

 何かを咄嗟に思いついたように、Aが手を叩いては2人の間に割って入った。 圧倒されるBの肩を掴んで押すようにして、クジャッカーから距離を置く。 

 

「すいません! ちょっとこいつに手伝ってもらいたい書類仕事あるんで一緒に行けないんですよ! 大変申し訳ない!」

「あらそう……つれないわねぇ」

 

 Bの肩を寄らしながら慌てて引きはがしにかかるAに、クジャッカーは残念そうに呟いた。

 

「しょうがない、お花は1人で摘みに行くわ……それじゃねぇ♪」

 

 クジャッカーは踵を返し、スキップしながら部屋から出て行った。 去り際にもう一度ドア枠から身を乗り出し、手をひらつかせて。

 物足りなさそうに、しかし期待に胸躍らせる様に去っていったクジャッカーの気配が完全に消えたのを確認すると、Aは額を拭った。

 その傍らで力強く押されたBは不満げにAの手をどかす。

 

「何なんだ? 書類仕事なんて聞いてねぇぞ?」

「バカ、あれは嘘だよ!」

 

 状況が呑み込めないBに、Aが口元に指を立てて余り声を荒げないようジェスチャーする。

 

「あの人の『花を摘む』ってのは色々まずいんだよ! 前の派遣先でも噂になってたし、ついてったらえらい目に合わされるぞ!?」

「何って、トイレに行くって事だろ? レプリロイドが出るもん出るのかは知らねぇけど」

 

 慌てて制止するAに、Bはあくまで常識の範囲内で『花を摘む』と言う言葉を解釈する。

 しかしAは彼のリアクションを見て何かを察したように呟いた。

 

「……そうか、お前が主任とまともに一緒の時間帯にシフト組んだ事あんまり無かったんだっけな」

 

 AとBの付き合いは長い。 警備会社に勤める2人はこれまでに、様々な会社の警備や防犯車両の警護に共に派遣されてきた。

 しかし、主任であるクジャッカーとまともに一緒のシフトを組んだことのあるAに対し、Bはほんの数回程度、彼の人となりを詳しく知らないのは浅い付き合い故に致し方ない事だった。

 

「じゃあ一つだけヒントをやる」

 

 そんなある意味で無垢なBに、Aはヒントと言う名の決定的な答えをカミングアウトした。

 

 

 

 

 

 

「あの人男が好きなんだ……意味は分かるな?」

 

 

 

 

 

 

<先程の放送で『きんた〇』と不適切な言葉を用いてしまいました。 公共の場で『きんた〇』と発言した事を訂正すると共に、深くお詫び申し上げます。 軽率な『きんた〇』発言、大変失礼致しました>

 

 相方の絶句で静まり返る休憩室に、テレビからの男性キャスターの度重なる不謹慎な発言だけが垂れ流しになっていた――――。

 

 




 大切な事なので3回言うニュースキャスターの鑑。
 そして個人的パワーワード第2弾『あの人男が好き』、ロクなもんがねぇやw


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第12話

勢いもあって今回は2話連続投稿!


 時を同じくして……都市のビル群の中においてそこそこの敷地に囲まれ、ネオンとサーチライトに照らされた和風にしては色鮮やかな彩色に加え、申し訳程度の日本語の看板が掛けられているなんちゃってジャパニーズの意匠を汲んだ、一際異彩を放つ不夜城『MEGA MAC』の上空に、イレギュラーハンター所属の輸送機が迫っていた。

 

「これが『MEGA MAC』か。 コマーシャルから名前だけは知っていたが、これほどとは」

 

 飾り気のない武骨な機内の格納庫に備えられたモニターから、エックスは『MEGA MAC』を見て呟いた。 本機はエックス達を運んでいた。

 

「俺達は今からあの中華風な建物の中に潜入する訳だ。 令状無しにな」

「だね。 でもその、日本の何を知ってるって訳じゃないけど……胡散臭いね。 なんとなく」

 

 ゼロとアクセルが、何やら穏やかでない話をする。

 

<貴方達、もう一度確認するわね>

 

 映し出された『MEGA MAC』の画面横に、通信のやり取りをするエイリアの映像がポップアップされた。

 

<衛星へのアクセス履歴から割り出したのは、その施設の『社長室』……最上階から2階ほど下った階層の窓際にあるわ>

 

 映像が『MEGA MAC』の最上階と下2階分までのフロアの見取り図が表示され、衛星へのアクセスがエイリアの言う窓際の『社長室』から発信されたと表示される。

 

<施設自体もオープン間もなくて情報も少ない上に、トラブル発生からおよそ3時間も経っていない。 まともに捜査令状も出せてない状態よ>

「……分かってる、その為に俺達は今回の潜入作戦を行うんだ」

 

 エイリアの心配そうな声に、エックスは目を閉じて返事をする。

 よく見れば彼の着ているアーマーに、いつもの腰のパーツは見当たらない。 黒い下地に鋭角的なデザイン、背中からはレーダーの攪乱効果のある赤いビームマフラーの出る、かつては人工島ギガンティスにおけるミッションで用いられた潜入用アーマーを装備している。

 更に転送装置でなく、回りくどくも航空機を使用しての現地への接近を試みる理由は?

 

「最新鋭の装備の割に、バンジージャンプなんて古めかしい手段使うなんてね」

 

 アクセルは機内に置いてある、頑丈だが伸縮性のある太くて黒い合成繊維のロープに、先端を固定する為のハーネスを掴みながらぼやく。

 

「転送装置は探知されたり履歴を辿られる可能性があるからな。 意外とアナログな手段の方がかえって気づかれにくいもんだ」

 

 アクセルの疑問の答えを、元第0特殊(忍び)部隊隊長たる目線でゼロが答える。

 何を隠そう、彼らは私有地を無許可で捜査する算段を立てていたのだ。 令状を出した上で堂々と捜査する為には、証拠等をもって裁判所に申請しなければならないと言う、やや手間のかかる段取りが必要となる。

 しかしあのタイミングで管理者権限でのアクセスを目撃したエックス達は、それらを証拠隠滅の可能性があるかもしれないと踏み、非公式に潜り込む決意をしたのだ。

 無論不法侵入の後ろめたさと冤罪の可能性もある為、なるだけガサ入れの証拠を残さぬよう配慮した結果が、上空から飛び降りて直接侵入する方法なのだが――。

 

<……ねぇエックス、今ならまだ引き返せるかもしれない。 正直言って私は乗り気じゃないわ>

 

 エイリアは浮かない表情でエックスに帰投を促した。 対してエックスは黙って首を横に振る。

 

「リスクが怖いのは俺も一緒さ。 言ってみればアクセス履歴だけを根拠に忍び込む訳だから」

<そうよ、本当に管理者として確認しただけかもしれない……あまりに不確定要素が多すぎるわ>

 

 彼女が及び腰になるのも無理もない。 今回の作戦はエックス達の今までの戦いで培われたカンだけで出撃した、言ってみれば完全に見切り発車なのだから。

 これでもし何も見つからないばかりか、招かれざる客である自分達が見つかれば間違いなく大問題だ。

 しかしエックスは彼女の不安を打ち払うように、何か決心めいた態度で告げる。

 

「エイリア、帰りの便は用意しなくていい。 何かあれば責任を取るつもりだ」

<エックス……>

「今回の作戦は俺が強行した。 分かってくれエイリア」

<……それが余計心配なのよ>

 

 エックスの決意に、エイリアは聞き取りにくい小さな声で呟いた。 まるで彼の言葉に何か別の解釈があると勘ぐるかのように。

 

<降下地点到着マデ、10秒>

 

 一抹の不安を抱えながら、輸送機は降下ポイントまで接近したと言うアナウンスが流れた。

 

<……一旦通信を切るわね、無事を祈るわ>

 

 エイリアの通信切断と同時にハッチ開放の警報ランプが赤く点灯する中、3人は座席から立ち上がってそれぞれ体にロープを巻き、もう片方を機内のフックへハーネスを固定する。

 

「いよいよか、降りたら後には引けないな」

「だね。 ……確か僕達は最上階のヘリポートへ着地するんだよね」

「そうだ、気流が思いのほか乱れてるから飛び降りるタイミングが重要だ」

 

 エックスとアクセルが会話をしながらも、機体は降下ポイントに到着、後部ハッチが解放され機内に強い風が吹き込んでくる。

 

「うわっ、これ結構きついね!」

「ビル群だから風の流れが不規則なんだ! 機体を空中静止させてるだけでもきついぞ!」

 

 エックス達の目前に控えるビルの夜景、風で揺さぶられる機体に思わずエックス達は崩しそうになるバランスをこらえて見下ろした。

 聳え立つ『MEGA MAC』の上空に飛んでいるだけあって、揺れる機体から降りるタイミングによっては見当違いな場所に落下してしまいそうだ。

 

「うっひゃぁ! うっかりタイミングしくじったら温泉の方にダイブしそう!」

 

 余りに安定しない機体にぼやくアクセルに、ゼロの肩がわずかに動いた。

 

「温泉……?」

「ヘリポートの反対方向にある日本式の露天風呂だよ? 見取り図にも書いてたじゃん――――」

 

 次の瞬間、我先にゼロがダイブした。

 

「ちょっちょおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 突然の出来事に思わず身を乗り出して手を差し伸べるアクセル。 それを落下を恐れたエックスが慌てて羽交い絞めにして制止する。

 

「目の前にエロがあるならルパンダイブしてでも行くと言ったッ!! 秘密の花園(女湯)があるなら俺は悩まねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 乱れる気流に翻弄されながら、なんとゼロは雄叫びを上げながら女湯めがけて真っ逆さまへと落ちていくではないか!!

 

「何してんの!? ロープの長さギリギリなのに、こんなバランス悪い時に飛び降りたら――――」

 

<警告! 機体ノ姿勢ヲ維持デキマセン!! 回避行動ニ移行シマス!!>

 

 アクセルが全てを言い終わる前に、元々気流が安定しない中ハッチまで開けた事で完全に崩れた挙動を前に、輸送機の自動操縦機能が音を上げた!

 機体の姿勢を取り戻す為に、気流の安定しない『MEGA MAC』上空から一時的に退避する。

 

「うわわわわっ!!」

「アクセルッ!?」

 

 突然の旋回にアクセル自身のバランスが崩れ、足が滑ってこけそうになった時に引っ掛けてしまった。

 

 

 そして外れてしまう。 ――――機体の移動で着地する前に伸び切ったゼロのロープのハーネスが。

 

「「ぁ……」」

 

 声を漏らすも時既に遅し。

 外れたロープを躍らせながら自由落下していくゼロを視界にとらえ――――。

 

「ぶじゃああああああああああああッ!!!!」

 

 女湯どころかすぐ近くの屋根をぶち抜いて建物の中へと吸い込まれていった。

 唖然とするエックスとアクセルの前に煙のように埃が舞い上がるが、すぐに晴れた先の落下地点に、大の字でゼロの人型の穴が開いていた。

 

「……あれ程タイミングが重要だって言ったのに」

「ゼロが落ちた所ら辺って、確か……」

 

 バレたらまずいと言った矢先に出足をくじかれ、余りにしょうもないミスを前にエックスは頭を抱え、アクセルは冷や汗をかきながら早くもゼロの落ちた場所を思い返していた。

 これだけ派手な衝撃音と叫び声を上げればすぐに人が駆けつけるだろう。 そしてアクセル達の記憶が正しければ、温泉とヘリポートの間にある屋根の下には……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛てててて……クソッタレ、やらかしちまった」

 

 破片と灰に被れながら、割れたタイルの上に横たわっていたゼロが、体の痛みをこらえながら重々しく身を起こす。 ここはどこだと思いながら周囲を見渡すと、そこには4つほどの扉が並ぶ個室に、入口と思わしき白い扉のすぐ側には鏡のついた洗面台がある。 そして個室と対面する位置の壁に、胴のあたりから下まで伸びたぐらいの長さの清潔で真っ白な小便器。

 

「男子トイレじゃねぇか、ふざけやがって……」

 

 片膝をついて起き上がりながらゼロは悪態をついた。 秘密の花園(女湯)に飛び込む筈が、男が用を足すようなむさ苦しい場所に、しかも屋根を突き破って落下してしまうとは一生の不覚だった。

 便器に突っ込んでシンクロナイズを決めずに済んだだけ不幸中の幸いと言えるが、本懐を果たせないばかりかいたずらに騒ぎの原因を作りかねない失態だ。

 とにかく早くこの場を離れよう。 ゼロは個室の扉に鍵がかかっているか目を配ったが、幸い隙間に見えるゲージは緑色……鍵はかかっていない、つまりは人がいる気配はなさそうだ。

 とは言えこれからトイレにやってくる可能性が非常に高い、身体の埃を払い窓のついた出入り口の扉に足を進めた。

 

 

 

 

 

 その時であった、覗き窓に人影が現れると同時に扉が開け放たれた。 これにはゼロも咄嗟の判断で身を翻そうとするが、ダメージが残っているのもあって反応も遅れ、隠れる間もなく入ってきた誰かと鉢合わせになった。

 

「物音がしたと思って急いでやってきたら……貴方はゼロ」

 

 ゼロは目を見開いて驚いた。 紫を基調とした細長い体に9本の派手な装飾があしらわれた尻尾、そして鳥頭の目蓋にはマスカラにカールの巻いたまつ毛が……。

 

「ク、クジャッカー……ッ!!」

 

 何とお互いにかつて対峙した事のある相手……『サイバー・クジャッカー』が目の前に立っていた。

 まずい現場を見られたと言うよりもゼロの記憶上、実体を持たない相手がどうして今目の前に? ゼロは動揺を隠せずにいた。

 

「何でお前がここに……!?」

「私はこの『MEGA MAC』の警備主任だし、カラダはおあつらえで作ってもらったのよ。 っていうかそれはこっちのセリフだわ」

 

 埃をかぶった己の全身を、舐め回すように見つめるクジャッカーの視線にゼロは不快感を催した。 彼がどう言う趣味の持ち主かは知っているだけに、ゼロは堪え切れずに一歩退いた。

 そんなクジャッカーの視線がゼロ本人でなく、後ろの地震が空けた天井の穴と割れたタイルの床を見て、彼は合点がいったようである。

 

「なるほどねぇ、天井を突き破ったから汚れてるのね? どうしてそんな所からここに来たのかは……ま、どうでもいいわ」

 

 理由はさておき、こちらを見透かすもあまり関心を見せないクジャッカーにゼロは困惑する。 するとクジャッカーは右腕を曲げてもう片手の方で弄り出すと、こう言った。

 

「こちらクジャッカー、屋上の男子トイレは異常無し……だから『来ちゃダメよ』?」

 

 一言言って、通信を切った。 自分で言うのもアレだが、目の前に不法侵入の不埒な輩がいるのに何も無いと言って、かと思えば『来るな』?

 警備担当がわざわざ侵入者を庇い立てをする理由もないし、さりとて応援を呼ばない意味も理解できない。 ちぐはぐなクジャッカーの行動にゼロは訝しげに彼を見る。

 が、疑問の答えはクジャッカー自身ががすぐに答えてくれた。

 

「ただの人払いよ。 折角のお熱い時間を今更邪魔されるのも嫌だからねぇ」

「……は?」

 

 思わずゼロの口から間抜けな声が漏れる。 今何て言った?

 ホットな時間等の言い回しは自分もアレをする時によく使う。 が、それは相手が女性だった時の場合だ。

 何だか嫌な予感がゼロの脳裏をよぎるが、クジャッカーは構わずに続けた。

 

「……この最上階のトイレはねぇ、オープンと同時に早くもワタシ達のような人種の『憩いの場』になってて、普通の男性は寄り付かないのよ……それなのにわざわざここにいるって事は、貴方……」

 

 ……正直、クジャッカーの性格や態度からある程度の察しがついていた。 もといついてしまっていたが、どうやら彼にとってゼロがこのタイミングでここにいる事を、OKサインだと受け取ったと言う訳だ。

 つまりアレだ、早い話クジャッカーはゼロとの関係を、敵同士から兄弟にハッテンさせようと考えているらしい。

 日頃おバカを自負する節さえあるゼロでも、この手の話には敏感だった。 明らかに嫌な汗をかくゼロ本人にとって望む所である筈もないが。

 

「馬鹿言うな!! 俺はたまたまその、迷い込んだんだ! アレだ、風呂場で石鹸で滑って……」

「うっかり転んだ弾みに屋根まですっ飛んだって言いたい訳? 見苦しい言い訳ね」

 

 なまじクジャッカーの考えを理解してしまっただけに焦りを隠せず、別に聞かれてもいない天井の穴の言い訳を始めてしまうゼロ。 当然軽くあしらわれる。

 これは非常にまずい、何とかして尤もらしい言い訳をするか、最悪倒してでも強引にこのトイレと言う名の発展場から脱出するか……後者ならまだクジャッカー自身が誰も寄せ付けぬよう、便宜を図ったのもあって可能性はありそうに思えた。

 苦し紛れの考えだが、相手の視線におぞましい熱がこもっていくのを感じる中、ゼロには選択の余地はなかった。

 背中のセイバーに手を伸ばそうとした時。

 

「あら嬉しいわ? まさか金色に輝くほどおっ勃てるなんて、身体は随分正直者なのね」

 

 不意にクジャッカーが口元に手を当てて驚嘆している。 視線はやや下に注がれていた。 セイバーに手を伸ばしかけた姿勢のまま下を振り向くと、何やら見慣れた白いテントが床のタイルを遮っていた。

 

 

 ――――ゼロの自前のキマシタワーだった。

 

 

 なんてことだ。 自分の意志に関係なくともビンビンになる元気な分身が、よもやこんなシチュエーションで存在感をアピールするとは。

 願うはずもない自身の『不具合』に、ゼロは慌てて弁明に入る。

 

「い、いや違う!! これは――――」

 

 が、同時にゼロの全身が硬直した。 まるで関節に至る全身を石膏で塗り固められたかのように動かなくなり、そして彼の視界に体の異常を検知する警告ウィンドウが表示される。

 そこにはゼロの股間にあるアレが誤作動を招き、首から下の機能が一時的に麻痺した為再起動に入ったとの事……どうやら原因は股間の大人のおもちゃらしかった。

 お気に召した自慢の一品が、まさか墓穴を掘る為のシャベルに早変わりするとは。 冗談じゃねぇと思わず言葉に出そうになった瞬間。

 

「でもねぇ、たかが大砲じゃ……ワタシの持ってる『エイミングレーザー』の百発百中の精度には及ばなさそうねぇ」

 

 クジャッカーの9本の尻尾も、目の色も変わった。 この目は獲物を狙う野獣の眼光――――。

 指先一本動かせずにいるゼロがその事に気づいた時、既にクジャッカーは動き出していた……!!

 

 ゼロが股間を黄金色に光らせる様に、クジャッカーもまた『自前のレーザー兵器』の照準を向ける、ゼロの尻にッ!!

 

 

 

「ワタシに勝とうなんて10年は早いわ! イクわよ♂♂」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い"え"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!!」

 

 建物の揺れと衝撃音の後に聞こえてきた、見知らぬ誰かの叫び声が施設中にこだまする。 一度は務めを果たそうと現場に向かう素振りをするも、クジャッカーによって止められ休憩室にいたままの2人のディスクボーイ8、AとBが戦慄を隠せずにいる。

 

「な、なんて激しいんだ……噂は本当だったのか」

「言ったろ! クジャッカー主任は自分が決めた場所にいた相手を構わずに食っちまうんだ!!」

 

 必死で疑おうとしていたが、叫び声を聞いて否応なく納得させられたBに対し、それ見た事かと言わんばかりにAが捲し立てる。

 

「……俺達警備員だよな、止めに行かなくてもいいのか?」

「やめとけ!! あの人一度おっぱじめたら邪魔する奴を執拗に追いかけるんだ! 最悪俺達まで巻き込まれるぞ!!」

「じゃ、じゃあ……このままほっとけって?」

 

 Aは黙って首を縦に振った。

 

「主任が対応するから来るなと言われた。 俺達は命令を果たしてるんだ……しょうがないさ」

 

 どこか気落ちしたような口調で、Aは言い残すようにしながら休憩室の扉を開け、部屋を出て行った。 これから寮に向かうのだろう、その足取りは重く背中は心なしか頼りなくも見えた。

 我々ではどうする事も出来ない。 暗にそう言われているようで、部屋に1人残されたBもまた、諦めたような素振りでに部屋を出ていく事にした。

 

 クジャッカーに狙われた、哀れな誰か(ゼロ)に黙祷をささげながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、ゼロが落下して1分足らずで気流は安定し、エックスとアクセルは何食わぬ顔で侵入に成功した模様。

 

 




 マイノリティに優しいスパ施設(意味深)


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第13話

 文字数が現時点でようやくシーズン1に並んだ。 やっぱり1話当たり6000文字にすると話数が結構かさみますな。


 まあ、話自体はまだまだ続くのでこんなもんじゃないのですがw ……13話投下します!


 先陣切って命も尻の花も散らしたであろうゼロの尊い犠牲もあって、エックスとアクセルは難なく潜入を果たした。

 一旦中に入ってしまえば、警備員や有名人としてのエックス達の顔を知る人々の目に留まりさえしなければ、後は社長室に近づく瞬間さえ気を付ければ堂々としていればよい。 遊びに来た一般客に紛れる事が出来るからだ。

 

「ってかゼロの激突の割には……」

「ああ、全然騒ぎになってる感じがしないな。 ゼロらしき叫び声は聞こえたが」

 

 エックス達は無事に着地した後、最上階の男子トイレから聞こえたゼロの絶叫について、道の真ん中を歩きつつも周囲を気配りしつつも思考を巡らせていた。

 あれだけの激しい叫び声が上がれば、普通は警備員がやってきてもおかしくはない。 にも拘らず侵入から数分……慌ただしくなるどころか警備員の一人も見かけていない。

 エックス達の目前に広がるは、和の意匠が込められた鴬張りの床に木の枠で縁取られた漆喰の壁、そして映像記録が残らぬよう気を遣うべき幾ばくかの監視カメラ。

 こちらについては潜入用アーマーのビームマフラーの効果により、近づけばジャミング機能により一時的に攪乱する事が出来た。 恐らく監視室に映る映像はエックス達が通った間だけ砂嵐に包まれただろうが、まあさっさと通り抜けてしまえばただの不調と見なされて問題にはならないだろう。

 

 してエックスは偶に人ごみに紛れつつも、堂々と社長室のあるフロアに降りてきたが……目的地に向かってある程度進んだあたりで問題に差し掛かる。

 

「……あれは?」

 

 曲がり角に差し掛かったあたりで、向こう側に何かを見つけたエックスが、後ろを歩くアクセルを制止しつつ壁際に身を引いた。

 

「どうしたの?」

「アレを見ろアクセル」

 

 身を乗り出すように再びのぞき込むと、視線の先には何やら空港で見かけるのと同じような、上部に監視カメラのついた金属探知機能のある大きなゲートがある。 その左右にはガードマンが堂々とした佇まいで立っていた。

 ゲートの奥は金の装飾があしらわれた柱に浮世絵の描かれた壁など、侵入当初より見てきた屋内の作りよりも、一際手間がかかっているだろう豪華な廊下が奥に続いていた。 

 そんなゲートの前を、たまたま通りがかった他の一般客が中を覗き込むようにゲートに近づくと、すぐに2人がかりで入口前を塞ぐようにガードマンが身を乗り出した。

 

「申し訳ありませんお客様、ここから先はVIP専用エリアとなっています」

「VIPパスをお持ちか、MACエンジニアリングの社長以下、上級社員専用のIDがなければ通す事はできません……ご了承ください」

 

 丁寧な口調だが、厳格さを漂わせるように告げると、興味本位で近づいた客は萎縮したのか、文句を言わずにそそくさと立ち去った。

 離れた所で様子を窺っていたエックスは腕を組み、アクセルは頭をかいて悩んだ。

 

「聞いてないよ……入手した見取り図には書いて無かったよね?」

 

 先に確認した見取り図において、フロア内のエリアを大きく2つに分断するように、社長室に繋がる道がたったの1本に絞り込まれている部分があったのは知っていた。

 それがまさか中に入れる存在を選別するVIPエリアの入場門になっていたとは。 情報不足故に多少のトラブルは覚悟していたが、しかし悩んだ様子のアクセルにエックスがその答えを言う。

 

「VIP御用達のエリアだからこそじゃないか? あまり外出を公にされると困る人もいるだろうし」

「あー……」

 

 アクセルは納得した。 必然的に注目を集めるやんごとなき方々は、何処に行って何をするにも人目についてしまう。

 そんな彼らのプライベートと共に、彼らの存在を快く思わない手合いから守る意図もあって、こう言った隔離された特別なエリアは、現地に赴いて見て確かめない限りは存在があやふやにされている事が多い。

 更にこのフロア、なんとなしであるがどこか殺風景で誰かの気配をあまり感じられない。 目立ったものと言えばあのゲートだけなので、他に楽しみを見出したい一般客にしてみれば、特に意識をする事なくフロア自体スルーしてしまうだろう。 他人に関心を抱かれないよう、意図的に設計されている可能性が高い。

 

「ま、とにかく社長室はこの奥なんだよね? エリアの出入り口がたった一つだけってのは困ったよ」

「ああ、何とかしてここを通り抜けなければ……」

 

 無断で中に入っている以上、騒ぎを起こして顔を見られるのはまずい。

 警備員に危害を加えるなどはもってのほか、仮に安全に警備員をどかせて中に入ろうとしても、後ろにあるゲートが必ずレプリロイドの存在を感知するだろう。

 それどころかちょっかいを出す瞬間を、ゲートに取り付けられたカメラに見られる可能性がある。 備え付けのカメラについてはエックスのビームマフラーで攪乱できるが、先述の警備員の存在でまず気づかれる事なく近づくのが難しい。

 困り果てながらも先を急ぐ2人は考えた。 警備員は気絶させるとして、その瞬間を見られる事無くゲートを通過する手段はない物かと。

 

「見られないようにゲートを……あっ!」

 

 頭の中で考えを反芻する中、アクセルがアイデアを閃いた。

 

「どうしたアクセル、何かいい案はあったか?」

「うん、いっそゲートの金属探知機は鳴らしちゃおうと思って!」

「……?」

 

 エックスはアクセルの妙案に怪訝な表情を送る。 そんなエックスにアクセルは耳打ちした。

 

「僕のコピーチップを使うんだよ。 それで……」

「……ああ、そういう事か」

 

 やるべき事を小さい声で手短に話し、納得したエックスが身を離すとアクセルは右手を上に掲げた。

 するとアクセルの体が徐々に透けて背景に同化し始め、束の間の後にエックスが目の当たりにしたのは、アクセルの体の輪郭に歪んだ空間だった。

 

『ステルスモード』と言う、コピーチップを持つアクセルのもう一つの能力である。

 チップの持つ体を構成する部品をそっくり作り変えてしまう機能を利用し、光の透過率を高めるように体の構造を変化させる事ができる。

 専用に作られた光学迷彩ほど完璧な偽装ではないが、そこに誰かが立っているという先入観がない限り見破るのは難しいだろう。

 

 アクセルは透明な姿のまま廊下に出るとエックスに振り向いて伝える。

 

「それじゃ、首尾の方はお願い」

「分かった……少ないとはいえ客の往来がある、手早くやろう」

 

 エックスはうなずくと、アクセルは音は立てない慎重な……それでいて堂々とした足取りで守衛が立つゲートの前に向かう。

 1歩2歩、確実に接近するも、門を守る警備員は全く気付かない。 アクセルは辺りを見渡した、他の客の姿が見えない事を確認する。 絶好のチャンスだ。

 アクセルは何の苦も無く2人の間をすり抜け、そしてゲートをくぐろうとした。

 

 当然のように金属探知機は作動。 姿を透明にして光を屈折させるステルスモードでも、ゲートの厳重なセキュリティをかいくぐる事は出来ない。

 しかしそれはアクセル達にとっては狙っていた事だ。

 

「「何だ!?」」

 

 警備員が一斉にアラームが鳴り響くゲートを振り返る! しかし彼らの目には何も映らない。

 

「おい、誰もいないぞ……?」

「機械の故障か? ちょっと見てみるか」

 

 彼らからしてみれば、何の予兆もなくゲートの探知機が作動したようにしか思えないだろう。 2人して突如警報を鳴らすゲートを注視する。

 

「一体なんだってこんな事――ニヒャッ!?

ヒギィ!?

 

 その瞬間であった、2人の警備員の後頭部に小さい電撃が走ったのは。

 間抜けな声を上げて僅かに震えると、全身の力が抜け落ちた様に膝から崩れ落ち、もう片方はそのまま前のめりに倒れ込んだ。

 

「済まない、少し眠っていてくれ」

 

 廊下から移動してきたであろうエックスが、いつの間にか彼らの背後に立っていた。 特殊武器『サンダーダンサー』のチップがセットされたバスターを構えながら。

 この武器は電撃を前方に散らすれっきとした攻撃用だが、出力を最小にして至近距離で放てば、レプリロイドの彼らならば故障させずに一時的に機能をマヒさせる事ができる。

 加えて「おっといけない」と一言呟き、間髪入れず頭上にある監視カメラにも……こちらは通常の出力で電撃を放ち、金属探知機もろともカメラをショートさせた。 警報は鳴り止み、火花を散らしては焦げ臭さを伴う黒い煙があがる。 

 

「へへんっ、作戦通りだね。 さ、早くこの2人を片付けよう」

 

 物言わぬただのオブジェと化したゲートをくぐる、ステルスモードを解除したアクセルの表情は得意げであった。

 

「まだだ、あともう一つ――」

<こちら監視室、応答しろ! 警報が鳴った上にカメラが回ってないぞ! 何があった!>

 

 エックスが注意を促すと同時に、倒れた警備員の胸元から声が聞こえてきた。 どうやら無線機越しにカメラの監視室から連絡が来たらしい。

 エックスが無言でアクセルに対し首を縦に振ると、それに応えるようにアクセルは声のした警備員の胸元を見る。

 そこには「KB51」と言う刻印と共に、無線機らしき機械がついていた。 アクセルは無線を拾いながら、喉仏のあたりを揺すった。

 

<こちら監視室! どうした!? 異常でもあったのか!?>

「こちらKB51、ゲートの故障だ……警報が誤作動した上に電源が急に落ちた」

 

 応答を促す無線機に口を開いたアクセルの声は、いつもの少年の声ではなく、今しがた喋っていた警備員と同じ野太い声だった。

 これもコピーチップの機能を利用した変声機もどきのようなものであろう。

 

<そんな馬鹿な、そいつは導入実績の多い一級品だぞ?>

「原因は分からないが、現に使い物にならなくなってる。 何にせよ早急に修理が必要だ」

<うーむ……さっきのエニグマはっしゃの影響か? そう言えば他のカメラも映像が乱れたりしていたな>

 

 声のみならず喋り方まで完璧に真似をされると、向こうからは本物かどうかは判別がつかないだろう。

 とは言え、状況が状況だけに相手が訝しげに応対をしているのを聞くに、あまり会話を長引かせるとボロを出してしまいそうだ。 アクセルは半ば強引に会話を打ち切る事にした。

 

「とにかく今から少しチェックしてみる。 軽微な故障なら心得はあるが、手に負えなさそうなら再度連絡する」

<……仕方ない、状況は分かった。 いつでも整備員を出せるよう手配しておく――――OVER>

 

 正体に気づかれることなく、ひとまずは向こう側のスタッフを言いくるめる事は出来たようだ。

 

「これで堂々と通れるね」

「ああ、だがその前に2人を隠しておこう」

 

 念の為、エックスとアクセルは周囲に再度注意を払ったが、やはり他の人の姿は見当たらない。 案内板には何も書かれておらず、加えて主要な施設が他のフロアに集中しているだけあって、元々人通りの少ない場所なのだろう。

 安全を確認すると2人は気絶させた警備員達の脇を抱え、ゲート付近の近くの扉を開ける……中は段ボール箱や掃除用具などが所狭しと置かれている、物置らしき部屋の中の壁を背にするように座らせて扉を閉めた。

 そして壊したゲートを何食わぬ顔でくぐると、模様の描かれた廊下を突き進み、突き当りの両開きの大きな扉の前に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 見えていた廊下からある程度の想像は出来ていたが、VIPエリアの設備は大したものであった。

 廊下の扉を開いた先にあるロビーらしき大広間に出てきたが、一般フロアで見てきたようななんちゃってジャパニーズとは違い……こちらはモダンテイストも取り入れた和風、おしゃれだがそれでいて派手すぎない落ち着いた佇まいに感じられる。

 厚手でエンジ色の絨毯引きされた床に、眩しすぎず優しげな燈色の照明、壁際に規則正しく置かれた黒塗りの椅子とテーブルは漆塗りされた艶のある黒、それらに座って談笑する人々も、どこか落ち着いて物腰の柔らかそうな雰囲気を漂わせている。

 段差のある畳の上には大きな色彩の淡い青の花瓶が置かれ、見るものをひきつけてやまない優雅な生け花からは香るほのかな甘い匂い。 これぞ正に日本の高級な温泉宿でのみ見られるような、豪華だが決して成金趣味でない上品な造りを前に、エックス達は高貴の2文字を全身の五感で感じ取っていた。

 

「……僕ら場違いだね」

 

 アクセルは息を呑みながらも素直な感想を漏らした。 やんごとなきムードに明らかに圧倒されているが、エックスは気圧される事無く堂々と足を進めた。 アクセルも慌ててエックスの後をついて行く。

 社長室はこのフロアから大きく3つに枝分かれしている廊下の1つ、真正面に見える特に幅広で……道中の中間あたりにて小さな日本庭園の見えるメインの通路を一直線、かつその一番奥に存在する事は分かっている。

 しかしなるだけ人目につかぬよう、エックス達は左回りに迂回するルートを選んだ。

 

 それでも何人かはすれ違い、こちらと目が合う人々もいたが……特に先を急ぐエックス達を呼び止める者はおらず、お互いに軽く会釈をする程度に留まった。

 自慢ではないが彼らとて有名人。 目が合えば何らかのアクションを求められるかもしれないと、アクセルは思ってはいたのだが、エックスからの「それはお互い様だ」の一言で合点がいった。

 成程、ここは多くの有名人が束の間の休息を求めてやってくるVIPエリア。 直接親交のある相手でなければ、必要以上に干渉せずそっとしておくと言う暗黙の了解があるのだろう。

 

 そうしている内に大回りを終え、ついには社長室の近くにやって来た。 大体の客は自室かロビー、あるいは今は反対方向に回り込んだ廊下中央の庭園周りに集まっているのだろう。 この社長室周りには誰かの気配は感じられない。

 さりとて警戒は怠らず、2人はひと際立派な作りで両開きの社長室の扉の前に立つ。 そしてエックスが扉に手の平を当てると、何やら目を閉じて小声で小さく呟いた。

 

「鍵は問題ない……動体反応は無し、熱源やレプリロイドのパルスも検知されない。 誰もいないな」

 

 どうやら部屋の向こうの様子を探っていたようだ。 潜入用に設計されたアーマーと言うだけあって、先読みの為に部屋の向こうでもある程度の目星をつけられるよう、精密なセンサー類をはじめとする様々な装備が施されている。

 それらを駆使して安全を確認したエックスは、他の客の視線を集めないよう手早く扉を開け、身を潜り込ませてはすぐ振り返りアクセルにも後に続くよう促した。 

 アクセルは黙って首を縦に振り、一応は背後を振り返りながら扉の隙間に入り込み、扉を閉じた。

 

 この間、エックス達の不法侵入に気付いた客や警備員はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――客や警備員『は』。 

 

 

 




 あんまりギャグの入らない繋ぎ回な話になった……やっぱトリックスターであるゼロの存在は大きいと再確認しました。


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第14話

 扉の隙間に入り込んだエックス達を出迎えるは、重厚な作りの立派なニス塗りの茶色い机と本革の椅子、そして背後のブラインドがかけられた窓があった。

 机の上には電気スタンドとノートパソコンと思わしき小型端末が、椅子の方を向けるように開かれて置かれていた。

 天井にはシャンデリアを模した照明がぶら下がり、右手の壁には『Private』と書かれた扉とその奥にガラス張りの本棚。

 左手には『Reception office(応接室)』と書かれた扉に、茶色い10号鉢に植えられたアレカヤシの観葉植物。

 一通りを取りそろえるこの区画は、絵に描いたような社長室であった。

 

「エックス、あれかな?」

 

 アクセルは机の上のパソコンを指差した。 エックスは無言で机に歩み寄り、回り込んでパソコンの液晶画面に身を乗り出した。

 

「アクセル、怪しいものがないか周囲を探ってみてくれ」

「OK」

 

 アクセルに辺りを探るよう指示すると、エックスはパソコンの隣にある無線マウスをつまみ、端末の操作を始めた。 空いた左手は耳元に当て、長らく通信を切っていた無線のスイッチを入れる。

 

「エイリア、社長室に到着した。 今社長の物と思わしきパソコンにアクセスしている」

<――OK。 それじゃあそのパソコンをこっちが指定した回線に接続して。 遠隔操作してみるわ> 

「了解」

 

 エックスはエイリアの指示通りにてきぱきとマウスカーソルを動かし、キーボード入力を行う。

 その間にもアクセルは部屋中をくまなく探し回るが、ふと何かに気づいたように足を止める。

 

「……何だろこれ?」

 

 アクセルは観葉植物の近くにしゃがみ込むと、壁際と植木鉢の隙間に手を突っ込んで何かを掴む。

 固くて程々の重量があるが、小柄で角に丸みのある長方形の何か。 それを目の前に手繰り寄せる。

 

「どうしたアクセル?」

「分かんない、時計か何かかな?」

 

 アクセルの取り出した長方形の箱。 赤一色で天辺に同色に塗られたスイッチのついたプラスチック製のケースに、正面と思わしき部分には黒字に白で『05:00』と数字が書かれている。

 自身のプログラム上でいつでも時間を確認できる今となっては、このような機械式の時計はいささか古めかしくも感じられたが、恐らくは部屋の主の趣味だろうとアクセルは思った。

 何の気なしにスイッチを押してみると、当たり前だが数字のカウントが始まる。 規則正しい小さな音と共に、数字が『04:59』『04:58』と1秒間隔で数字を減らしていく。

 

「これはストップウォッチみたいだね」

 

 現時刻を指すのでなく、設定した数字が00:00に向かって減っていく。 特に怪しい所はなさそうだ。

 

<エックス、アクセル、専用回線へのログインパスワードを発見したわ! 今から入力するから貴方達も確認して!>

「へ!? もうパスワード割り出せたの!?」

「流石はエイリアだ!」

 

 アクセルはストップウォッチを持ったまま、エックスと2人並んでパソコンのモニターを注視した。

 エイリアの遠隔操作によるものだろう。 独りでにカーソルが動いては、入力欄にパスワードらしき文字がうち込まれていく。 文字は基本『*』表記され、他者に画面を覗かれてもプライバシーを守る様になっているのだが、このPCの設定なのか特に伏せ字になる事はなかった。

 して、そのパスワードだが文字は3文字、2人の目にも『MIA(作戦行動中ゆくえふめい)』と表示されログインは無事承認される。

 

<さて、今からアクセス履歴の詳細を探ってみるわ> 

 

 エックスは息を呑んだ。 少々トラブルもあったがようやく事件の核心に迫る事が出来そうだ。

 社長のノートパソコンを通して更に専用の回線を経由、衛星『きんた〇』の稼働から1週間までのアクセス履歴全てが表示された。

 気象情報、交通情報、防衛衛星としての敵対的行為の感知、そして……謎の攻撃命令。

 

「あった。 今日の夕方……丁度俺達とゼロの3人で話し合っていた時間だ。 これの命令の出所を探ってくれ」

<任せて頂戴。 管理者権限のアカウントならすぐ調べられるわ>

 

 ついに解析が始まった。 アクセス履歴のすぐ隣にサブウィンドウが表示され、目にも留まらぬ勢いで通信内容の解析ログが下から上へと流される。

 エイリア達オペレーターの解析能力をもってすればものの数秒で特定できるだろう。 エックスは表示されるであろう内容を固唾をのんで見守った。

 

 時計の動く音だけが部屋に響く。 部屋の主が戻ってくるかもしれないと言う不安に駆られもしたが、不意にエイリアが話を切り出してきた。

 

<そう言えば貴方達、さっきからゼロの声が聞こえないのだけど……>

「うん!? え、ええっと……ゼロはアレだよ、ちょっと別行動をとっているんだよね、エックス」

「あ、ああ……」

 

 エイリアの唐突な質問にアクセルとエックスは言い淀む。

 流石に慎重に動くよう念を押されただけあって、まさか初っ端からトラブルを引き起こしたなどとは、流石に言いにくいものがあった。

 

<そう……屋上に温泉があったから、まさか女湯目掛けて我先にダイブしてないか心配だったのだけど――――>

「ブッ!!」

 

 ご名答。 正確には男子トイレに落っこちたのだが、しかしエックス達の預かり知らない所で『望ましくないもの』をおびき寄せてしまったのは確かだった。

 ……とにかく、ゼロのやらかしをわざわざ言うつもりはエックス達には毛頭なかった。 

 

<……まあいいわ、もうすぐ解析が終わるわよ――――>

 

 エイリアが怪訝な様子でいる間に、無事解析は終了する……しかし。

 

<――――そんな、これは!?>

 

 エイリアの不穏な呟きと共に、エックスは開示された情報を見て目を疑った。

 

 

「「解析不可能!?」」

 

 

 余りに意外な情報に思わずテーブルを両手で叩くエックス。 一緒に見ていたアクセルも含め、その表情は驚愕に目を見開いている。

 

「これは一体!? 管理者権限なのに、どうして何も分からないんだ!?」

<ごめんなさい、色々とアプローチしてみたのだけども……この攻撃命令の詳細については、管理者権限のアカウントでも調べる事は出来なかったわ>

「え、じゃあこの部屋からのアクセス履歴を感知したのは何だったの!?」

<やっぱりただの点検目的よ。 それと別にこのログの前後にも何回かに渡って、管理者権限でのアクセスログも残ってたのだけど、いずれも出所は衛星の管理局によるもので攻撃中止の命令だったわ……全て拒否されてたみたいたけど>

「まさか、誰一人状況を把握しきれていないのか!?」

 

 頭を強く殴られたような衝撃を受けるエックス。 思わず立ち眩みを起こしそうになるが、すんでの所で堪える。

 

<とにかく言えるのは、攻撃命令を出したのはここからじゃないって事ね>

「じゃあ僕達って勘違いで侵入しちゃった訳だよね……これってかなりまずくない?」

<……そうね。 悪い予感の方が当たってしまったみたいだわ>

 

 不安を隠せないアクセルに対し、ため息をつくエイリアの重々しい口調。 エックスは額を抑えて天井を仰ぎ見た。 不法侵入に器物破損、そして怪我を負わせた訳では無いが、警備員を襲うと言うリスクを冒してまで得たものは『何もわからない』と言う、あまりに割の合わない情報だった。

 完全な見当違いにエックス達は打ちひしがれる。 エイリアの言う通り思いとどまる機会はあったのだが、エニグマはっしゃからの衛星へのアクセスに、過敏に反応してしまった自身の判断を後悔した。

 

 

 

 

 

 

「全くもってその通りだ」

 

 動揺を禁じ得ないエックス達に追い打ちをかけるように、男の声と共に社長室の扉が開かれた。

 

「自社が関わった衛星をチェックするのは当然だ。 せめて声明を出すまでは待って欲しかったんだがな」

 

 思わず身構えるエックス達の前に、1人の男が堂々とした口調で部屋に入ってくる。

 全身を紫のアーマーに身を包み、銀色で横一線に細く穴の上に赤いセンサー付きのバイザーを被るレプリロイドが、呆れたような声で後ろ手で扉を閉めた。

 

「マック!?」

 

<えっ!? ちょっと貴方達、まさか見つかったの!?>

 

 通信の向こう側で驚愕するエイリアをよそに、エックスは目の前に現れたレプリロイドの名前を叫ぶ。 エックスにとってその男は顔見知りだったようだ。

 

「ふん、ゲートも壊れて警備員もいない。 衛星誤射の件でイレギュラーハンターの差し金かと思って社長室に来てみれば、案の定お前達だった訳だ」

 

 色々と準備が足りなかったのは確かだが、現場を見られずさっさと逃げる算段だっただけに、こちらの狙いを読まれてさっさと社長室に誰かが戻ってくるのは計算外だった。

 驚きを隠せずにいるエックスに、マックと呼ばれた彼は見るからに不機嫌そうに鼻息を荒げた。

 

「知り合いなのエックス?」

「かつてドッペルタウンに派遣されていた元ハンターだ。 ……戦った事もある」 

 

 マックから視線を移す事無くアクセルの質問に答える。 2人は顔見知りだった。

 エックスの言う通り彼もまたイレギュラーハンターだったが、かつてドップラー博士がケツアゴイレギュラーに操られて騒乱を起こした際、ドップラーぐんだんのいちいんとして寝返った事があった。

 尤も実際に戦ったのはゼロで、おまけに出合い頭で瞬殺されてしまったのだが。

 

「それよりも、何故君がここに?」

 

 当たり前のように生きているマックにエックスは尋ねてみた。 むしろそのセリフは、不法侵入者であるエックスにこそ言われるべき台詞なのだが、つい聞かずにはいられなかった。

 狼狽えるエックスに対し、マックは胸を張り余裕の笑みを浮かべて言った。

 

「いた所でおかしくはないだろう。 俺はMACエンジニアリングの社長なんだからな」

「ブッ!!」

「何だ知らなかったのか? 自慢じゃないが、この施設(MEGA MAC)とマック社長の名は有名になったと思ってたんだがな」

 

 自嘲気味に呟くマック。 しかし『MAC(マック)エンジニアリング』――――自社に自分の名前を冠するのはよくある話だが、まさか由来が彼の名前だったとは。

 会社経営と言う意外な才能があったと言う事実に、別に面白可笑しく感じた訳ではないが、不意にエックスは吹き出してしまった。

 

 

「さて……ゲートを壊して警備員を気絶させ、不法侵入の上に人のパソコンを勝手に覗き見た訳だが――」

「ッ!!」

 

 ついでに言えば、ゼロによりトイレの屋根を破壊した件もあるが。

 マックは腕を組み、指で二の腕を叩きながら重々しい声でこちらを責める様に語り掛ける。 当然の話ではあるが。

 バイザーの下の目つきを窺い知る術はない、が……明らかにこちらを睨みつけるような表情のマックにエックスは総毛立つ。 考えるまでも無く状況は非常にまずい。

 

 それだけに、彼の口から飛び出した言葉にエックス達は驚き呆れる事になる。

 

「何だったら、見逃してやる事もやぶさかじゃないが?」

「「へっ?」」

 

 温情と言うよりか、余りにこちらにとって大甘な提案にエックス達は耳を疑った。 令状もロクに取れていない強制捜査など、それだけで大問題だと言うのに何故?

 

「ビッグプロジェクトとして参加した衛星が不具合を起こした件で、強制捜査の上に社運をかけて作り上げた『MEGA MAC』のセキュリティまで突破されたと知れたら、うちの信用に傷がつきかけないもんでね。 NASDAQ(ナスダック)への上場目前って時にケチがつくと困る。 俺としても今回の件については無かった事にしてもらいたいが、どうだ?」

「……どうするのエックス?」

 

 一応、マック側にもそれなりの理由はあっての事のようだ。 相手側からの提案にアクセルはエックスに視線をやる。

 エックスの考えを聞かれてはいるが、とは言え既に詰んでいるこの状況では選択の余地はない。

 

<言いにくいけど、ここはもう素直に従うしかないわ……現場を見られた以上言い訳のしようがないもの>

 

 元々乗り気でなかったと言うだけあって、先程から沈黙を守っていたエイリアも重々しく口を開く。

 必然的にエックスは苦渋の決断を迫られる羽目になった。

  

「……分かった、そうさせてもらう」

「話が早くて助かる。 2度と我々を疑わないでくれ」

 

 エックス達は観念すると、マックは満足したかのように不敵に笑いながら腕をかざして無線を繋ぐ。 無かった事にするとは言っているが、一代でのし上がったしたたかな男が、他人のやらかしをおいそれと見逃すとは考えられない。

 

「私だ。 客人が社長室からお帰りだ、丁重に出口までお送りしろ」

<……よろしいんですか?>

「構わん。 彼らとは今後とも長い付き合いになるかもしれないしな」

 

 エックスの考えを見透かしたように、こちらに目線を送るマック。

 

「……しまったな。 完全に勇み足だったか」

「あっちゃー……もうこの会社に対しては強く出られないよね」

<やっぱり、動くのは出方を待ってからでも良かったわね……>

 

 弱みを握られた、とエックス達も悟ったのか……げんなりとした様子で、ただ成り行きに身を任せるしかできなかった。 2人は沈黙し、アクセルのもつ時計の小さな音だけが無情に鳴り響く。

 

「む? お前の持ってるそれは俺のラーメンタイマーじゃないか」

 

 そんな中、アクセルの持つ時計に気が付いたマックが、それは自分の持ち物だと言い出した。

 

「机の上に置いていた物だ。 さっきのエニグマはっしゃで落っことしたと思ったんだが、返してもらおう」

「あ、う……うん」

 

 マックの差し出した手に、アクセルは顔色を窺うように時計を返そうとする。

 彼がラーメンタイマーと呼んだストップウォッチのカウントは未だに続いており、本来の持ち主の手に渡ろうとした時、時計の表示は丁度『02:00』を指し示した。

 

 

 

 そして更なる事件が起こる。

 

 

 

 アクセルが返そうとした時計がマックの手に渡る事は無かった。 何故なら――――。

 

「「「ッ!!」」」

 

 突如社長室を襲った謎の大揺れにより、3人は姿勢を乱してアクセルは時計を落としてしまったからだ。

 

「今度は何だ!? 監視室、どうなっている!?」

 

 揺れは収まらない中、マックまでもが狼狽えた様に監視室に指示を飛ばした。  部屋にあった本棚や観葉植物が倒れ込み、部屋の外からは客と思わしき悲鳴がドア越しに聞こえてくる。

 彼らをしてバランスを保っていられないこの揺れは、施設全体を揺らすレベルだ。

 

「監視室!? 聞こえているのか!? 返事をしろッ!!」

 

 声を荒げながら何度も監視室に連絡を取ろうとするマック。 しかし施設が振動に晒される中、相手からの通信は繋がらない。

 

<ちょっ、エックス!? 今何が起きてるの!?>

「俺にもわからない!! 急に建物全体が揺れ始めて――」

 

 現場に居ながらでも状況を把握しかねているのに対し、通信越しではなおの事。 エックスとアクセル、そして無線機の向こうのエイリアも慌てふためくその時であった。

 

 

 マックの頭上の天井が壊れ、重々しい大量の瓦礫が彼に降り注いだのは。

 

「ぐはぁッ!!」

 

「うわッ!!」

 

 悲鳴を上げ、天井のパネルにシャンデリアの照明と鉄筋コンクリートの瓦礫の下敷きになるマック。 これには思わずエックスとアクセルも仰け反り顔を腕で庇う。

 部屋中に埃が舞い上がり視界が遮られる中、エックスは腕の隙間から辛うじて見える土埃の中を伺った。

 

「はぁ……はぁ……危ねぇ所だった、もう少しでクジャッカーの奴にやられる寸前だったぜ」

 

 するとどうだろうか。 懐かしいシルエットと共に聞き覚えのある男の声が、マックの居たあたりから聞こえてくる。 鋭角的な輪郭に長い髪、腕と思わしき辺りに見えるは長細い緑の光。

 埃が地面に落ち、ゆっくりと視界が元通り見えるようになると、その男の姿が明らかになった。

 

 いや、姿がはっきりと見えずともエックス達にとってはそれが誰かはわかり切っていた。

 

 

 

「「ゼロッ!!」」

 

 

 

 




 正直我ながら強引な展開が続いたけど、ようやくゼロと合流……やっぱ話を盛り上げる為の起爆剤と言うか、今回のエピソードの主人公は間違いなくゼロだなと思ったw
 


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第15話

「ゲッ!! エ、エックス……」

 

 彼ら2人の声に気づくなり、ゼロ自身も屋根をぶち破って落下した事に思う所があったのか、さながらまずい相手と遭遇したかのように引き気味であった。

 一方でエックス達は目の前に突如降って来たゼロの事を、とにかく呆然としたように出迎えていた。

 施設が揺れる中、エックス達はしばしの間沈黙を守る。

 

「お、おいお前ら……何か言ってくれ。 黙り込まれると怖いぞ」

 

 ゼロは兎に角やらかしに対する制裁が飛んでくるのかと身構えていたが、目を丸くして何もしてこないエックス達が逆に恐ろしく感じているようだった。

 不安げになるゼロに対し、エックスはただ黙り込みながらもゼロに対して、人指し指を突き出しては下に向ける。

 足元を見ろ、そう言いたげに指を何度も下に振ってはジェスチャーを送り、ようやく気付いたゼロが恐る恐る足元に首を向けた。

 

「ぐ、ぐえぇ……」

 

 そこには変わらず下敷きになってノびたマックが、舌を出しながら苦し気にうめき声を上げていた。 

 

「マック!? 何でお前こんな所で寝そべってんだ!?」

「お、お前が……潰したんだろ……うげぇ……」

 

 辛うじて意識を失わずに済んだマックの上を、気を遣ったのかどうかはさておいて、ゼロが慌てたように飛び退いた。

 瓦礫の山に埋もれるマックにとって、レプリロイド一人分の重量が減った所で今更大した違いはないが。

 見るからに窮屈で今にも気を失いそうなか細い声で言葉を続けるマック。

 

「それよりこの揺れは……まさか……お前らの差し金……か……!?」

「……何の事だ? 俺にはさっぱり分からねぇぞ」

「しらばっくれるな……さてはお前ら……万が一見つかった時を考えて……証拠を隠滅するつもりだったのか……俺のラーメンタイマーを目安に……5分と見せかけて――――」

 

 意識が朦朧としているのもあるのだろうが、エックス達にしてみれば全く心当たりのない仮説で疑ってかかるマックだったが、当のゼロは何を言われてるのか分かってない様子で首を傾げるばかり。

 

 そんな中、ゼロが開けた穴の縁から大きな破片が零れ落ち――――

 

「ぐはっ!! ……ガクリ」

 

 ――――ダメ押しと言わんばかりに、ギリギリ下敷きになった瓦礫の隙間から出ていたマックの頭部に見事命中!

 ワザとらしい気絶のリアクションを取りながら、今度こそ失神した。

 

「訳が分からん。 俺はクジャッカー倒して逃げてきただけだぜ? っていうかさっきから何でこの建物揺れてやがる?」

「……クジャッカー?」

 

 困惑するゼロの言葉に、茫然としていたエックスがふと我に返ると、遅れてやって来たエイユウに物を言いたげに粘りつくような視線を送る。

 

「ゼロ、君が落っこちたあのトイレで何があった?」

「う!? い、いやまああれだ……どういう訳かクジャッカーの奴と出くわして、その……アレだ。 あいつは花を摘みにやって来たそうなんだが――」

「……まさか薔薇が咲くような事してたとか言わないよな? いや、菊か?」

「どっちも咲いとらんわッ!! 俺はノンケだッ!!」

 

 何やら良からぬ想像をするエックスに、ゼロが断固として異議を申し立てる。

 

<……えっ? ゼロがトイレに落っこちたってどういう事かしら?>

 

 状況について行けず黙りこくっていたエイリアが、合流したゼロに対して疑問の声を上げる。

 少なくとも先程のやり取りでは、エイリアの中ではゼロは女湯に率先して落っこちたものだと思っていたようだが。

 この状況でこれ以上隠し事をするまでも無いと判断したエックスは、遂に彼女に対して本当の事を打ち明ける決意をした。

 

「エイリアには黙ってて悪かった。 ゼロはその、先陣切って勇敢に飛びおりて、降りた先に出くわしたサイバー・クジャッカーをごまかす為に、話題にも尻にも花を咲かせてまで注意を反らしてくれたんだ」

「ある事ない事言ってんじゃねぇエックス!!」

 

 誇張表現を多分に含んではいたが。

 

<ああ、そういう話だったのね。 ごめんなさい、聞くべきじゃなかったわ>

「だから違うっつってんだろ!! いい加減にしろッ!!」

 

 事実無根の内容だが、勝手に納得するエイリアにも噛みつくゼロ。 

 早速いぢられ役にハマる彼の姿を、アクセルは生暖かい目で見ながら呟いた。

 

「やっぱりこうなるんだよなぁ……」

 

 未だ揺れが収まらない緊迫した状態と裏腹に、赤いハンターが戻って来ただけで何とも緊張感のないこの体たらく。

 ある意味で安心感のあるやり取りに、アクセルは乾いた笑いを浮かべていた。

 

 そんな時であった。 辛うじて机の上から滑り落ちずにいる内線の受話器から突然着信音が鳴り出した。

 3人は我に返った様に机を振り返ると、エックスが受話器をとりスピーカーホンのスイッチを押した。

 

<社長、最上階を見回っているKB11です!! 緊急事態ですッ!! 早くこの建物から脱出してください!!>

 

 声の主は警備員だったが、なにやら切羽詰まった声で必死に呼びかけているようだった。

 

<クジャッカー主任が見回りに行った男子トイレから出火して、隣のボイラー室に火の手が回ってたんですッ!! 主任も黒焦げで発見されました!! 火災報知機もスプリンクラーも、トイレの天井に穴が開いてたせいで――――うわあああああああッ!!!!>

 

 悲鳴の背後で爆発音のようなものが聞こえ、そこで一切の通話が聞こえなくなってしまった。

 

「トイレの火事がボイラー室に? ひょっとしてこの揺れって……!!」

 

 アクセルが不安げにエックスを見る。 意識をしだしたからか、あるいは既にこの階まで火の手が回って来たからなのか、部屋の中に熱気を感じ始める一方でエックスは至って冷静にゼロに問いかける。

 

「ゼロ。 クジャッカーを倒したって言ってたけど、どうやって倒したんだ?」

「ああ、普通に『弱点をついて倒した』んだが――――」

 

 そこまで言いかけて3人は真顔になった。 直前までトイレにいたゼロのみならず、エックスとアクセルも何か重大な事実に気付いた様に、一斉に沈黙する。

 

<ねぇ貴方達……とりあえずだけど>

 

 再度黙り込む3人に対し、エイリアが間を割る様に話を切り出した。

 

<話は後にして今は脱出しないかしら?>

 

 彼女の提案に、ハンター達は無言で首を縦に振った。

 

 

 

 

 

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……………………

 

 

 

「急げッ!!!! もうすぐ焼け落ちるぞおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

<出入口はもう避難者で殺到しているわ! 裏手の駐車場に逃げて!!>

 

「皆一列に並んで!! いっぺんに詰めかけると通路塞いじゃうよ!」

 

「クソッタレめッ!! 結局女湯行けなかったじゃねぇか!!」

 

「行かなくていいよそんなのッ!!」

 

「た、助けてくれええええええええええええ!!!!」

 

「死にたくねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「神様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

 

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「はぁ……はぁ……ひ、ひとまずは大丈夫か」

「本当にヤバかったよ……」

「もう少しでまた黒ゼロになっちまう所だったぜ」

 

 エイリアの誘導もあって、エックス達は間一髪炎に包まれる『MEGA MAC』から駐車場へと脱出できた。

 大勢の避難者と共に無残に崩落する廊下を掻い潜り、エレベーターは使えず必死で階層を駆け下りたのは流石に堪えたか、燈色の逆光を背に膝をついて呼吸を整えている。

 

<ひどい目にあったみたいだけど……とりあえず無事みたいね>

「ああ、なんとか」

「まさかトイレの隣がボイラー室だったとはな」

「とにかく僕達避難は出来たけど――――」

 

 エイリアからの無線に答えながら、額の汗をぬぐい背後を振り返るアクセル。

 

 不夜城『MEGA MAC』はこれまでにない明るさと存在感、そして熱気を放っていた。

 あれだけ異彩を放っていた建物の色彩と七色のネオンは、建物を焼き尽くす紅蓮の炎の光に霞み、全てが赤々とした光と立ち上る煙に包まれていた。 

 トイレ横のボイラーへの引火、そして通風口を逆流する爆熱によって一気に施設のほとんどを駆け巡り、和風の城を彷彿とさせる建物は瞬く間に焼け落ちていく。

 それはさながら日本にある諸行無常の言葉通り、マックの会社を盤石なものにする筈であった稼ぎ頭を、いとも簡単に無慈悲に夜の闇へと葬り去っていった。

 やがて通報を聞きつけた消防隊が、悲観に暮れる避難者たちを介抱しつつも掻き分けて、懸命に消火活動に取り組もうとするも、文字通り骨組みまで全焼しかかっている今となっては全てが遅かった。

 

<マック社長には気の毒な事をしてしまったわ……>

「だね……社運を賭けたスパ施設を全焼させるなんて、僕達もマックとか言う人も明日からどうすれ……ば……?」

 

 とばっちりから全てを失った余りに可哀想なマックに思いを馳せた時、ふとアクセルは周囲を見渡した。 自分達が招いた出来事を考えたら、まず連れ出さなければならない例の人物が見当たらない。

 

「あれ? エックス……マックは……?」

「あっ。 ゼロ、マックは連れてきたか?」

「いや、てっきりお前が連れてきたとばかり思ってたが?」

 

 灼熱の火災現場を目の当たりしながらも、3人の表情は一斉に凍り付いた。 言葉を失って固まる中エイリアが問いかける。

 

<まさか貴方達、あの『MEGA MAC』の中に置き去りに……?>

 

 彼女の言葉にエックス達は思い出す。 彼らの記憶にあるマックの最後の姿は、ゼロの崩した天井の下敷きになった姿だ。 脱出する際必死だった為我先に逃げ出し、誰もマックを引っ張り出した者はいない。

 3人ともぎこちない動きで社長室のあった階層辺りに目線をやる。

 

 ――ほぼ同時だった。 燃え盛る炎に支柱を焼かれ、屋上から中層辺りまでが火の粉を散らして一気に崩落したのは。

 

 あの辺りは社長室があったフロアだ。 炎にまかれただけでも危ういのに、更に降り注いだであろう焼け落ちる建材のフルコース。 最早彼の命運は尽きたとみて間違いないだろう。 皆が言葉を失う中、ゼロが咳払いをする。

 

「ゴホンッ。 つまりアレだ……」

 

 歯切れが悪いが、ゼロは目線を泳がせながら次の言葉をひねり出す。

 

「火遊びも限度を弁えなければ火傷をすると言う事だな! まあマックも運がなかった」

「何他人事みたいに言ってんの!? 火傷どころか火葬しちゃったじゃない!!」

 

 まるでマックの落ち度だと言わんばかりの物言いに、アクセルが食って掛かった。

 怒りを露にするアクセルの背後から、エックスが彼の肩にそっと手を置いた。

 

「落ち着いてくれアクセル。 ゼロの言う通りこれは不運な事故だ」

「ファッ!?」

 

 窘めるのかと思いきや、エックスの口から出たのはゼロの言い分を肯定する余りに意外な言葉だった。

 驚愕し一瞬硬直するも、しどろもどろになりながらもエックスに聞き返すアクセル。

 

「ゼロが落ちたトイレで暴れて出火して、全部丸焼けになったんだよ……? もう状況考えたら言い逃れできないんじゃ」

「ああ、全て焼けたよ……俺達が侵入した痕跡も」

 

 そこまでエックスが言って、アクセルは彼らの真意に気が付いてしまった。 唖然とするアクセルをよそにエックスとゼロは続ける。

 

「マッチポンプだと思うなよアクセル! なんたって文字通り火消しには参加していないからな!」

「火災に気づいたのは火の手が回って手遅れになってから……つまり、俺達は巻き込まれた側だ! 何も知らない!」

「100点満点な詭弁はいいからッ!! ……ねぇ!! エイリアも何か言ってよ!! エックス達完璧にすっとぼけるつもりだよ!?」

<え!? えー……えっと……>

 

 崩れ行く『MEGA MAC』を前に、懸命な消火活動であがき続ける消防士達を背景に、ゼロとエックスは腹立たしいぐらい胸を張って白を切っていた。

 無論納得のいかないアクセルはエイリアに助力を求めるが、しかしエイリアもまた歯切れの悪い言葉を返していた。

 言い淀むような彼女の声に、無線越しにもエイリアが返事に困っている様子がはっきりと伝わってくる。

 

 ――が、しばしの沈黙の後にエイリアは口を開き、アクセルに告げた。

 

 

<――――アクセル。 大人になるって妥協を知る事なの、分かるでしょ?>

 

 彼女もまた、妥協を知る『大人』であったと。 ありがたいエイリアの説教を聞くと、エックスとゼロは互いに顔を見合わせた。

 

「行こうゼロ、落ち込んだ人達を励まさないと!」

「ああ! こういう時は下ネタでも振って元気づけてやろうぜ!」

 

 エックス達は実に使命感に満ち溢れた凛とした表情で、焼け出されて悲観に暮れる避難者たちの元へ走っていった。

 はっきりと事故で片づけた彼ら3人に対し、1人残され唇を震わせるアクセルは焼け落ちる『MEGA MAC』を見据えると、煙立ち昇る夜空を見上げ腹の底から叫んだ。

 

 

「アンタらは汚い大人だバーローーーーッ!!!!」

 

 

 慟哭の様なアクセルの叫びは、赤に染まる闇夜さえも切り裂き……やがて溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

哀れマック……合掌――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、クジャッカーの弱点は炎を纏ったセイバーで斬り上げる龍炎刃(りゅうえんじん)である。

 

 

 

 



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チャプター4:ゆくえふめいの……
第16話


 そう言えば今日、ロックマン30周年ですってね。





 ……16話投下します!!(白目)


『MEGA MAC』全焼から3日 MACエンジニアリング上場取り止めに

 某月某日 AM7:14:22配信

 

 人工衛星『きんた〇』のレーザー兵器誤射に加え、日本風の総合娯楽施設『MEGA MAC』の全焼が立て続けに起きてから3日目の今日。

 管理会社であるMACエンジニアリング(以下MACと省略)の安全面に対する企業倫理への懸念から、NASD(全米証券業協会)は同社の上場申請を却下。

 これを受けフェイルズ・ウェーゴをはじめ、大手金融が軒並み融資の取り止めからの資金引き上げに乗り出し、高まる倒産のリスクからIPO(新規公開株)として上場される予定だった分を含む、全ての株式が紙クズと化す可能性が浮上した。

 

(中略)

 

 MACの最大株主のヨークシャー・ハイウェイ社によると、総資産中2割にあたる株式を保有している為、このままMACの経営が傾いた場合過去最大規模の特損が生じると試算しており、同社のCEO、バーレーン・ウォフェット氏は「死ね」とコメントしている。

 なお、ウォフェット氏の発言を発端に、無関係であるファーストフードチェーン、マックドメルド社の株価が3割近く下落する風評被害も発生した模様。(ジャールストレート・ウォーナル)

 

 

 

 

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 アメリカが西海岸に浮かぶ7.63ヘクタールある島の敷地を丸々使った『アブハチトラズ』なる刑務所がある。 

 古くはアルカトラズ刑務所とも呼ばれ、一時期は一般公開もされていたこの施設だが、今は増加するイレギュラーを収監する為の連邦刑務所として、見た目こそ変わらないが中身は現代風に再設計され、再び本来の目的を果たしていた。

 

 そんな刑務所内の休憩時間中、敷地の中にある広場では人とレプリロイドの入り混じった囚人達が、数少ない休み時間を満喫しようとベースボールを楽しんで体を動かしたり、または壁面にかけられた巨大なテレビモニターでニュースを見ているものもいた。

 

<この数か月間、半年前に稼働し始めた人工衛星『きんた〇』の開発に関わった科学者達が、次々と誘拐され――あるいは何度もされかける危機に遭遇しています。 これは何かの陰謀なのでしょうか? イレギュラーハンター本部はこの件について捜査を進めており――――>

 

 穏やかでない報道内容を、笑いながらかあるいは冷めた目で見るか……番組を眺める視線は様々であった。

 

 して、各々が自分なりの休憩時間を過ごす中、広場の端にある木陰の下のベンチにて、一人のレプリロイドが寝そべりながらスマートフォンをかけていた。

 安全帽を被るずんぐりとした体格からディグレイバー型である事が分かるが、首には反乱鎮圧用の電気ショックが内蔵された首輪をつけられている。

 彼は囚人であるのだが、当たり前のように刑務所内の敷地で何やら連絡を取り合っているが――――。

 

「何ィ!? また相方が捕まっただぁ!?」

 

 怒鳴り声と共に飛び上がる様に身を起こし、早口で電話の向こう側の相手を捲し立て始めた。

 

「アホッタレ! 何ドジ踏んでやがる!! パクられたの何人目になると思ってんだ!!」

 

 彼の大声に、周りで休憩時間を満喫していたならず者が動きを止めてこちらを見る。 が、そんな野次馬を一睨みするとそそくさと一斉に目線を反らし気に留めないふりをした。

 僅かに間が開いたが、気を取り直し電話に戻ると無慈悲にこう告げた。

 

「これで捕まった奴がクライアントの情報までゲロったら、俺達は裏社会の爪弾きモンだ! 洗いざらい吐かされる前に始末しろ!! 助けられるなんて思うんじゃねぇぞ! いいな!?」

 

 何やら穏やかでない無理難題を吹っ掛けながら、男は電話を一方的に切ると近くにいた適当な連中を呼び止める。

 

「とっとと持っていけ!」

 

 乱暴にスマートホンを投げつけると、キャッチし損ねそうになった一人の囚人が、端末を手の中で躍らせながら時折こちらを振り返りつつも慌てて去っていく。

 それを見た男は悪態をついて再び寝そべった。

 

「やってられるか……あのクソ忌々しい衛星が出来てからこっちは商売上がったりだぜ」

 

 男は青々とした空を見上げながら、その遥か先にある衛星を憎々しげに呟いた。

 

 そう、稼働から今日で半年を迎える『きんた〇』を。

 

 さる事件でこの刑務所に投獄されてから1年……娑婆にいた頃から多数の舎弟や人脈を抱えていた男は、檻の中に入ってからごくわずかな期間で、他の囚人や一部の看守の人心までも掌握し君臨していた。

 今となっては彼はここのルールそのものであり、看守の黙認の元で入手した連絡手段を用いて、外にいる残りの部下とこの刑務所内を操っては、いずれ迎える出所と同時に裏社会に返り咲く為の準備を着々と進めていた。 

 

 しかし逮捕の日から半年後、彼のプランを遅らせる思わぬ誤算が生じる。 人工衛星『きんた〇』の稼働である。

 変な名前を付けられて発狂した開発者が公の場で露出し、1週間後にはレーザー兵器を誤射するなど滑り出しは最悪であったが、それから更に半年の今に至るまでは目立ったエラーもなく、むしろ着々とアップデートを繰り返してはその多大なる恩恵を社会にもたらしていた。

 特に喜ばれたのはイレギュラーの監視による治安の向上。 同時に複数の犯罪者を便所に隠れても補足し続ける、その鋭い観察能力はイレギュラーハンター達の業務を大いに助け、一方で我らが犯罪者共にとっては目の上のタンコブとなっていた。

 

 現に今回も、懇意にしている『さる組織』から下請けした科学者の誘拐をまんまと見抜かれ、グループは一部を残して逮捕され、当のターゲットを奪還されるという情けない結果を残してしまった。

 こうも次から次へと部下を押さえられていたのでは、娑婆に戻る頃には彼の人脈は空中分解必須だ。

 

「チッ……ナニみてぇな形と変な名前しやがって、タンコブってかタマだな!」

 

 刑務所内のテレビで見た衛星の形を思い返しながら、我が道を阻む憎たらしい衛星への皮肉をごちる。

 とは言え日陰者の自分に、空の向こう側にいる相手に対して天に唾吐く事もできやしない。 ひとまずは気を落ち着けようと横に寝そべろうとした。

 

 そんな時、向こうの囚人達の間からどよめく声が上がる。 何事かと思って首をそちらに向けてみれば、囚人達が道を開けるようにそそくさと身を引き、出来た間を複数の看守レプリロイド達が警棒をもってこちらに歩いてきた。

 やってきた看守のグループは『こちら側』の息がかかっていない相手だった。 反抗される可能性を考慮しての対策なのかいずれも銃火器を手にしており、面倒くさい奴らだとぼやきたくなるが、逆らっても余計にややこしくなるので従順に話を聞くフリをした。

 看守の1人が目の前に立ち止まると、男を見下ろすような形で告げる。

 

「369番、尋問だ。 ついてこい」

 

 呼ばれた番号は自分の囚人番号だ。

 

「分かったよ」

 

 言う事を聞くもわざとらしく嫌そうに立ち上がるが、意に介していないのか看守達は淡々とした様子で男の前後を挟み、広場を抜けて面会場のある建物に歩かされる。

 所有する隠し口座からのワイロでここの大半の連中には美味しい思いをさせているが、今取り囲んでいる連中みたく誘いに乗らないグループも確かに存在し、自分の息のかかった手合いをけしかけても脅しには屈する様子はない。

 融通の利かない真面目君達を鬱陶しく感じながら男は思った。

 

「(俺にはキンコーソーダーって名前があるんだよ! クソッタレが!)」

 

 番号でしか呼ばれない扱いに、裏社会でのし上がる事を夢見るディグレイバーの男……キンコーソーダーはひどく不満げだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 して、看守につれられるままに狭い通路を歩かされ、やっとたどり着いた取調室の扉を守っていた守衛が開くと、促されながら中に入った。

 そしてキンコーソーダーは内心驚きの声を上げる。

 

「やあ、キンコーソーダー……さんだっけ? 1年ぶりだね」

 

 左の壁には電通によって透過率を変えられる強化ガラス……今は向こう側が見えない、部屋の中央に設置された簡素なテーブルと対面に設置されたパイプ椅子。 テーブルの上にはA4サイズの封筒が置かれている。

 向こう側に座るは、黒いアーマーに後頭部から出るオレンジの癖っ毛、眉間を中心に×文字の傷を持つ少年型レプリロイド。

 目を細めて不敵に笑う彼とキンコーソーダー、互いに面識のある相手だった。 それもその筈である、自分を拘束・逮捕されるきっかけを作ったイレギュラーハンターの1人なのだから。

 

「……お前は」

「あの時名乗ってなくてごめんね? 僕はアクセルって言うんだ。 ま、積もる話は後にして……そこに座んなよ」

 

 忌々しげにキンコーソーダーが言いかける前に少年……アクセルは名を名乗る。

 こちらが何を考えていようとも知った事でない、そんな飄々とした様子であり、アクセルはキンコーソーダーに着席を求めた。

 記憶の中で見たアクセルと言えば、キンコーソーダーにとって絶対に忘れられない光景を焼き付けたあの『青い人』の姿も隣にあったはずだが、座ろうとする前につい見える筈のない窓の向こうに目をやってしまう。

 

「何そんなにビビってるか知らないけど、別にあんたを始末しに来た訳じゃないよ。 そんな事よりこっちは聞きたい事があるんだから……早くして」

 

 目先の子供でない『アイツ』の存在につい挙動不審になる自身に対し、机に肘をついては頬に手を当てるアクセルの、心底つまらなさそうなものを見るような冷めた目線。

 何に対してかまで悟られてはいないが、しかしこちらの不安だけは見透かした視線が嫌らしく感じた。

 

「(生意気なガキだ)」

 

 キンコーソーダーは内心毒づいた。 こんな子供の言う事を素直に聞くのも、札付きで通っていた身としては脅しに屈したようで癪だが、彼もまた実力あるイレギュラーハンターだと分かっている以上、下手に抵抗もできない。

 彼にできる事と言えば精いっぱい虚勢を張り、さもふてぶてしそうな態度を装って椅子に腰かける事ぐらいだった。

 

「……じゃ、単刀直入に聞くよ」

 

 涙ぐましいキンコーソーダーの努力には目もくれず、アクセルは全く動じる事無くさっさと話を切り出した。

 

「アンタ、最近『ヤァヌス』って連中の下請けやってるんだってね」

「なっ……!?」

 

 アクセルが口にした単語を聞いて、キンコーソーダーは激しく動揺した。

 

「(あのクソッタレ共!! やっぱり喋ってやがったのか!!)」

 

 肩を震わせ、全身が沸騰するような怒りを覚えるキンコーソーダー。

 

 アクセルの口にした『ヤァヌス』と言うのは、確かに彼の言う通り連中……要は組織だった何者かの名前だった。

 ここ数か月で突如頭角を現してきたグループのようで、キンコーソーダー自身彼らの身の上の事はよく知らずにいた。

 何せ組織の構成員から規模まで全て不明、連絡手段もその辺の使い走りを動かす時もあれば、特定困難なインターネット回線を用いたりなど手段は事欠かず。

 徹底した秘密主義を貫き、分かっている事と言えば限って忌々しい『きんた〇』の開発に関わった科学者達の誘拐を依頼してくる事ぐらいのものである。

 件の衛星には仕事の恨みがあったのと、何より彼らは金払いは良く約束は守るので、優良なクライアントとして持ちつ持たれつで行こうと、正体にはあえて触れず口外もしないよう部下達にも徹底させていたのだが――――。

 

「ああ、言っとくけど以前にアンタがけしかけた部下だけじゃないよ? 中にはアンタとは関係のないグループの連中もいて、洗いざらい吐かせたら皆してその単語を口にするんだよ……何かの犯罪組織だよね? こぞって科学者の誘拐ばっかりやってるみたいじゃない」

 

 そう言いながら、アクセルはテーブルの封筒を手に取って開き、中に入っていた書類を写真共々並べていく。

 写真に写る人物の姿には見覚えがあった。 もちろん彼が『ヤァヌス』の依頼の元で部下に誘拐させた、あるいはさせようとした科学者ばかりであった。 

 表向きには最近ワイドショーを騒がせている謎の連続誘拐事件の被害者達なのだが、この場でそういった写真を出してきたと言う事は、記憶にない他の人物もよそのグループにやらせたと言うだけで、依頼者の線で遡っていけばほぼ同じ組織にたどり着くのだろう。

 無論『ほぼ』と言うのは、事態に便乗した模倣犯も紛れ込んでいるだろうと言う話なのだが。

 

「依頼を承ったのアンタだから分かるでしょ? それとこの人……」

 

 広げた科学者達の写真の数々の中から、一人の髭の生えた蛍型レプリロイドの写真を取り出して見せつけてきた。

 

「シャイニング・ホタルニクス……あの衛星の開発主任。 このじいさんも誘拐されているんだよ」

 

 赤いボディにご立派な髭を持つ老人……もとい老蛍の科学者。 衛星の完成披露会にて露出した『きんた〇』の開発主任者だ。

 しかしこの男の誘拐については自分の与り知らない範疇だ。 今しがたアクセルの言ったように、他の手合いに外注した仕事による被害者だろうとあたりをつける。

 

「……俺は何も知らねぇよ。 このじじいの事も『ヤァヌス』とか言う組織の事もな」

 

 キンコーソーダーは素直に答えた。 黙秘すると言う訳でもなく本当に何も知らないのだ……そもそもが答えられる筈もない。

 だがアクセルも、キンコーソーダーの発言を特に気にした様子もなく話を続けた。

 

「だろうね。 他の連中も知らないって言ってたし、万が一に備えて秘密主義を貫いてるのは大体わかるよ……でもアンタは相手の正体を知らなくても、向こうからはそれなりに信用されてるみたいだね。 少々の失敗があっても仕事のやり取りできるぐらいには」

 

 向こうの正体についての情報よりも、今でも少なからずやり取りがあるかと言う事を尋ねてくる。 つまり、アクセルは自分に情報を吐かせると言うよりは……。

 

「何が望みだ?」

 

 要は司法取引だ、キンコーソーダーは相手の要求は別の所にあると踏んだ。 アクセルはそれを聞いてさも満足そうに笑う。

 

「流石だね、話が早いや……あんたのコネを使って、僕達イレギュラーハンターと『ヤァヌス』とかいう連中と会う切っ掛けを作って欲しいんだ」

「……敵対する相手同士を引き合わせろってのか? 下手すりゃ重大な裏切りだぞ、分かってんだろうな?」

 

 図々しいとも感じるアクセルの要求に苛立つキンコーソーダー。 こちらにしてみれば上客に対し、宜しくない相手を紹介するように働きかけろと言われているのだから当然だ。

 苛立ちを隠せずにいるこちらに対し、アクセルの方はと言うと特に気にする様子はない。 まずますもって癇に障る相手だとキンコーソーダーは感じた。

 

「見返りの話? 勿論タダとは言わないよ――――うん?」

 

 そこまで言いかけた辺りで、アクセルが何かに気づいたように話を止め、側頭部に手を当ててここにいない誰かと会話し始めた。 無線のやり取りでもしているのだろうか。

 

 キンコーソーダーがアクセルの仕草を読み取ろうとしている時、不意にアクセルが何かに驚愕したように目を見開いた。

 何度かこちらに目線をやると、数回うなずいた後に途中で止めた話の続きをする。 たどたどしい口調で。

 

「……えっとそうだね、とりあえず大人しく満期まで刑に服せば命だけは助かるってのはどう?」

「おいガキ! 大人を舐めてんじゃねぇぞ!」

 

 懇意にしている組織への裏切りにも繋がりかねない引き合わせを求めてくる割に、リターンと言えば『命だけは助ける』と言う上から目線。

 要するにタダ働きをしろと言うアクセルの言い分に、流石にキンコーソーダーも激高する。

 怒り肩で立ち上がると同時にテーブルを横にひっくり返し、持ってきた資料を盛大にぶちまける。

 そして一気に詰め寄ってはアクセルの喉をつかみ上げ脅し文句を言う。

 

「てめぇは取引ってもんを知らねぇのか!? それじゃこっちになんのメリットもねぇだろ!! ぶっ殺すぞ!?」

 

 最早相手がハンターである事も構わず恐喝するキンコーソーダー。

 だがアクセルはこちらを冷静に見据えながら、黙って右腕をキンコーソーダーから見て左側にある強化ガラスへと差し出した。

 するとどうだろうか、無機質なコンクリートの壁と同じ模様を写していたガラスは、フェードするように何かの画面に切り替わっていく。

 電気信号によって透過率の変動や、マジックミラーの様な一方向からのみ見えるようにする事もできるが、どうやら液晶さながらに映像を表示する事もできるらしい。

 

 壁の面積の大半を占めるガラスの面一杯に映し出された光景だが……振り向いて見たその内容は、部屋の中の2人を凍り付かせるような代物だった。

 

「あ……あ……?」

 

 特にキンコーソーダーにとっては怒髪天から一転、表情を恐怖に染め上げる程に強烈な印象を与えたようだ。

 膝の笑いは全身に伝播し、アクセルの首を掴んでいた手から自然と力が抜け落ち、後ずさりする。 

 

「アクセル、キンコーソーダーから話を――――聞き出せてはなさそうだね」

「「エ……エックス……!!」」

 

 アクセルとキンコーソーダーは同時に震え声を出す。

 

 画面の中央にはにこやかな顔のエックスがいた。 腰から上の半身が映る彼の左腕の中には、デフォルメのなされた可愛らしいライオンのぬいぐるみが抱えられ、先程までキンコーソーダーのいた刑務所内の広場の中央に立っていた。

 背後にあたる画面の右側には恐怖に引き攣って青ざめる囚人達が所狭しと立っていた。

 

「どうして広場に? 待合室で待ってたんじゃ?」

「ああ、捕まった筈のキンコーソーダーの指示で犯行に及んだイレギュラーが多かったから、ひょっとしたら内通者がいるんじゃないかって探ってみたら案の定だったんだ」

 

 エックスが右手で立てた親指を背後に向けると、画面が左側にスクロールする。

 すると左端から右へと倒れた看守達が次々と現れる。 ――――いずれも首があり得ない方向に曲がった状態で。

 

「犯罪の片棒を担ぐような事してたし、俺の事をブルマ呼ばわりしたし、何より俺の事ブルマってバカにしたから……これは有罪(ギルティ)だよね?」

「ヒェッ……」

 

 朗らかな口調と裏腹に、笑っていない目線を向けるエックスに声を漏らすアクセル。 例によって彼の禁句を口にしてしまったが故に、不正に対して『断固とした対応』をされたようだが、わざわざ2度も強調する辺りエックスは相当腸が煮えくり返っているように見えた。

 一方で首をへし折られたであろう看守達の有様を見て、キンコーソーダーのトラウマが蘇りつつあった。

 そう、自分がこのアブハチトラズ刑務所に収監されるきっかけとなった、凄惨な死に様を見せた相方の最後の瞬間が。

 

「それよりもアクセル、ダメじゃないか相手を怒らせたりして……取引はもっと上手くやらなきゃ」

 

 エックスは抱えていたぬいぐるみをゆっくりと画面の前に突き出すと、空いた右手をぬいぐるみの頭の上に優しく乗せる。

 

 

「 こ ん な 風 に 」

 

 

 次の瞬間――――エックスは右手で人形の首をひねり上げた。

 

 ただでさえ冷たくなっていた部屋の空気に加え、エックスの容赦のない手つきに完全に言葉を失う2人。

 ライオンをモチーフにした人形を選ぶなど、キンコーソーダーの古傷を抉る仕草に、この時彼は頭の中が真っ白になっていた。

 彼ははっきりと思い出す。 エックスに暴言を吐き……挙句の果てには2回も首を捩じられ確実な死を与えられた相方、かつてライギャンβと呼ばれていた鬣の立派なイレギュラーの姿がフラッシュバックする。

 

 硬直するキンコーソーダーへ、エックスは今度は彼に視線を向けた。

 

「キンコーソーダー。 君は我こそがここのルールだって振舞ってるけど、何なら運命(イレギュラーハンター)にも挑戦してみるかい?」

 

 変わらず笑顔を向けるエックスだが、協力しなければ実力行使と言わんばかりの威圧感を漂わせていた。

 頭に焼き付いて離れないあの光景を繰り返され、思考停止するキンコーソーダーだったが、今ここでエックスと対立すればどうなるかだけは本能的に察知していた。

 

 そんな彼の決断は早い。 アクセルに向き合いはっきりとした足取りで一歩後ずさる。 誰かにそうしろと教えられた訳ではない、しかし何をすべきかは手に取るようにわかる。

 

 膝の埃を払い、右膝から左膝と順番に屈め……正座をすると今度は前のめりになって右腕と左腕の順番に大きく振りかぶり、指先を地面につけた。

 

 

 そして、深々と頭を下げてからの――――

 

 

「オネガイシマス☆」

 

――――片言の日本語で勘弁を願った。

 

 一連の動作を伴った見事なまでの礼式は『ゴッド☆土下座』と呼ばれ、かつては悪の天才科学者と呼ばれる男さえ用いた事のある最高位の礼節である。

 呆気なく心変わりをするキンコーソーダーにアクセルは目をひん剥いて大きく口を開け、エックスは親指を立てた。 画面からでも伝わってきた威圧感が消えた辺り、どうやらエックスの怒りを鎮める事は出来たようだ。

 

「ありがとう! 協力に感謝するよ!」

 

 エックスは感謝の念を述べると、ガラスに表示されていた画面が先程の壁面の模様に戻る。

 ……裏社会への君臨を夢見るキンコーソーダーが、頭を下げる行為を決して根性なしと思うなかれ。 だって命あっての物種だから。

 

「……エックス怖いからね、しょうがないね」

  

 言ってみれば懇意にしていた秘密結社への裏切りが確定した訳だが、そんなキンコーソーダーの行動をアクセルの小声だけが肯定していた。

 

 



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第17話

 2週間後……キンコーソーダーの『ご厚意』により、無事アポイントメントを取る事が出来たエックス達は、待ち合わせ場所にて会合に備えた準備をしていた。

 

 まことしやかに存在が囁かれる謎の組織『ヤァヌス』の幹部と。

 

 イレギュラーハンター達は一連の誘拐事件の背景に『ヤァヌス』が絡んでいる事は早い段階から掴んでいたが、居場所はおろか組織の実態さえつかんでいないと言う実情から、情報規制により秘密結社の存在は公表していない。

 しかしネット界隈のアンダーグラウンドを含む裏社会を通し、徐々に彼らの存在を示唆する噂が表社会にも浸透しつつあった。

 

 そんな得体のしれない連中に深夜の今日、ならず者が蔓延るシティ・アーベル東16番地区において、さる解体予定の廃ビル内で落ち合う事になっていた。

 

「何度確認しても、監視役は特に見当たらないね……」

<こちらも動体反応は確認できないわ。 でも油断しないで、誰かがいなくても待ち合わせ場所に細工がされている可能性もあるし……今度こそ何の成果も得られないのはまずいわ>

「わかってるよ、必ず相手の懐に潜り込んでみせるよ」

 

 待ち合わせ場所近くの別のビルの上階、浮浪者が住処にしていたのであろうゴミや空のビール瓶の散乱した埃塗れの一室から、エイリアと通信のやり取りをしつつ窓の縁に身を隠しながら、集合場所である廃ビルの辺りを監視するのはアクセルだった。

 罠や伏兵による不意打ちに備え、2時間前から現場入りした上で先んじて周囲を警戒していたが、この地点からは特に気になる所は見当たらない。

 

「それはそうと、衛星の開発に関わった科学者ばかり狙う理由って、まあしまいには衛星を奪うのが目的なんだろうけど……だったらどうして衛星の管理局を直接制圧しないんだろ」

<単純に管理局を狙うのはリスクが大きいってのもあるかもしれないけど……だからこそ代わりに科学者を狙って、衛星を掌握する別のやり方を見つけ出そうとしているのかも。 いずれにせよ嫌な予感しかしないわ> 

 

 不安げなエイリアの声に、アクセルもかすかながら背筋が凍る思いがする。

 衛星『きんた〇』は名前こそふざけているが、ハンターベースを狙ったあのレーザーの破壊力は確かなものだった。

 万一に備えてこちらも攻撃された時の対策を着々と進めているが、それ以上に『きんた〇』のアップデートの速度が著しい。 期待を背負った新世代のインフラとあって、注入される労力と国家予算の額が比較にならないからだ。

 結局誤作動の原因さえ未だに分かっていないと言うのに……もう1度攻撃態勢に移られれば、今度こそただ事では済まないかもしれない。

 

<それじゃあ一旦通信を切るわね。 集合時間になったらまた繋いで頂戴>

「OK。 また後で」

 

 アクセルは通信を切った。 指定した時間まで残す所あと30分……後は隣の部屋にいるエックスとゼロを待つのみ。

 

 キンコーソーダーの息のかかった凄腕の実行犯という形で身分を偽り、我らがイレギュラーハンター3人とヤァヌスの幹部との会合を手配してもらった。

 しかし秘密結社である彼らは他者との接触については極めて慎重らしく、集合場所の周囲で隠れて監視をしている可能性は否定できない。 ましてや彼らは名の知れたハンター、公に顔が割れている以上迂闊に近づけば、接触さえできず会合をご破綻にしてしまうかもしれない。

 ともなれば全くの別人に変装する必要がある訳だが、コピーチップを持つアクセルと違い、エックスとゼロに他人に擬態する能力はないので、2時間前から現場入りした上で付近の別のビル内の一室にて変装に取り組んでいるものの……。

 

「しっかし遅いなぁ……いくら完璧に変装するって言ったって、これだけ時間かかってまだ終わらないのかな?」

 

 アクセルはため息をつきながら時間を確認する。 ここに来てもう1時間半……エックス達だとばれないように変装するにしても時間をかけ過ぎている。 まさか変装が間に合わないと言われないか少し不安にもなってきた。

 待ちぼうけを食らうアクセルの元に、無線連絡がかかってくる。 アクセルは受信し、腕を正面にかざして映像を投影する。

 

<そろそろ待ち合わせの時間だぜ。 準備は出来たろうな?>

「……キンコーソーダー、アンタか」

 

 投影されたホログラフ映像には、首輪をつけたままのキンコーソーダーがいた。 その背後に見張りのハンター2名が立って彼に目を光らせている。

 

 アクセルは不満げにごちた。 本来なら檻の中にいる筈だったキンコーソーダーだが、裏切りのリスクを負って何もないのは流石に我慢ならなかったのか、せめて少しの間だけ外の空気を吸わせて欲しいと懇願してきた。

 無論逃げられる可能性もあってアクセル自身をして良い顔はしなかったが、見張りをつけると言う条件を付けた上でOKを出したのは意外にもエックスであった。

 尤も彼曰く「いくら凶悪犯だったからって、流石に何の見返りも無くタダ働きさせるのはかわいそうだから……信じてるよ?」と温情を見せるも、笑顔に対してその目が決して笑っていなかったのは記憶に新しい。

 

<いいか? 折角俺がリスク犯してまで取り次いだんだ。 しくじったらタダじゃおかねぇぞ>

「それはこっちのセリフだよ。 アンタこそ娑婆の空気だけは吸わせてやったんだから、逃げたり敵に告げ口しようなんて思わない事だね」

<……バカ言え、この状況で裏切れるかよ。 切るぜ>

 

 そう言い残して、キンコーソーダー側から通信を切った。 今のかすかな間が何を意味するかは分からないが、どちらにせよ今は彼を信じるしか道はなさそうだ。

 

 ――――今更ながら、あんな恐ろしい光景を見せてまで迫ったエックスが彼の要求を受け入れたのは、ひょっとして裏切りが発覚次第すぐ『けじめをつける』つもりで外に置いたのではないだろうか? 

 嫌な汗が額を流れるも、流石に勘ぐり過ぎかとアクセルが思った時……不意に背後から扉の開く音が聞こえた。

 

「待たせたなアクセル。 こっちは準備できたぜ」

 

 そしてその後に聞こえてくるはゼロの声だった。 どうやら2時間近くかかっていた変装がようやく終わったらしい。

 

「遅いよ? いくら別人に化けるからって――――」

 

 背後を振り返り、時間をかけ過ぎだと問い詰めようとするアクセルの目に飛び込んできたゼロの姿は――――

 

「ハッハッハ! 時事に合わせてミニスカサンタで決めてみたわよ!」

 

 文字通りの意味で白々しい化粧に真っ赤な口紅、そして丈の短いスカートとセットで胸元に「おめが」と書かれたワッペンのついた女物のサンタ服に身を包む、片足立ちでもう片方の膝を曲げつつ、ウインクに額にピースを決める女口調のゼロがそこにいた。

 

「ヴォエッ!!」

 

 あまりにおぞましい光景にアクセルは嘔吐した!

 気色悪い事この上ない。 申し訳程度にサンタキャップも被ってはいるが、結局はいつものヘルメットに長い金髪の上からなので、全く変装の体を成していなかった。

 

「おいアクセル、何も吐く事ないだろ。 別人に化けろって言うからわざわざ女装までしたんだぜ?」

「うげぇ……な、なんで……よりにもよって、女の服装なんかするんだよ!! マジ最悪だよ!!」

 

 両手をついて地面に項垂れながら、何とか吐き気交じりに言いたい事を必死で主張するアクセル。

 そんな嫌なモノを見せられて滅入っている哀れな少年に対し、ゼロは胸を張って大真面目に答えた。

 

「ああそうだ! まさか俺が女装なんて最悪な真似するとは思わんだろう! こんなバカの極みが俺だって分かる筈がないぜ!」

「この上なくゼロ(バカ)に相応しい恰好じゃないの!! やっぱクジャッカーに尻の花摘み取られて目覚めたんじゃないの!?」

 

 あくまで女装にも意味があると言って憚らないゼロに、アクセルはクジャッカーとのひと時を疑わずにいられなかった。

 ゼロはそんなアクセルの発言に不機嫌になって反発する。

 

「まだ言うか!? クジャッカーは関係ねぇって言ってるだろ! 第一胸のワッペンにもちゃんと「おめが」って書いてるんだ! 俺と見抜けるわけがねぇ!」

「名前書いた程度で誤魔化せるわけないでしょ!? 顔もヘルメットも丸出しなのに!! そんなんでしらを切り通そうだなんて100年早いよ!!」

 

 負けじと繰り出されるアクセルの正論。 これにはさすがにゼロも言葉に詰まり、苦虫を噛み潰した表情のまま言い負かされてしまった。

 

「ぐっ、だめか……ならせめてワッペンの名前、最後の部分だけ伏字にして「おめ○」にしておくか……」

「死んじゃえよもうッ!!」

 

 わざとかあるいは本気で理解できないのか、あくまで根本的に変装の方向性が間違っていると認めないゼロにアクセルが匙を投げた。

 ……これ以上は言っても聞く耳を持たなさそうなので、今からでもゼロの分の服を調達しようと気持ちを切り替えようとする。

 

「遅れて済まない! 変装に手間取った!」

 

 開いたままの扉から今度はエックスの声が聞こえてきた。 その声にアクセルはふと我に返る。

 容赦のない面ばかり立て続けに見せられたが、なんだかんだ言ってもエックスは基本真面目な性格だ。

 

「あっ! いい所に来た!! ちょっとゼロの女装に何か言ってよ!」

 

 扉が開いたままの入り口から駆け足でやって来たエックスに、場合によっては拳で語るのも踏まえ、まともな変装と共に赤いおバカに言って聞かせてやって欲しいと期待した。

 

 

 

 

 

 

「お待たせアクセル! 準備万端ドスコイ!!」

「――は?」

 

 ――――そして、淡い期待は意味不明なエックスの語尾と共に裏切られる。

 

「え……? えっ?」

 

 我が目を疑うあまり腕で何度も目元を擦るアクセル。 今の彼に目の前に現れたエックスの姿を受け入れる事は出来なかった。

 

 いつもの青いアーマーには違いはない。 しかしヘルメットの縦の凸部分を黒く塗り、後ろ頭の部分には何らかの方法でちょんまげと後ろ髪をくっつけていた。

 そして腰には「よこずな」とポップ体で書かれた化粧まわしを巻いていた。 正しくは「よこづな」だが、正直そんな間違いは些細な問題だった。

 

 

「俺はスモーチャンプだ! スモーで殺すドスコイ!!」

 

 ロボット相撲(スモー)横綱(チャンプ)と名高いRT-55J(スモトリロボット)を差し置いて、スモーチャンプを名乗るエックス。

 四股と思わしき腰を落とした姿勢だが、右手を突き出して寄り目のまま首を大きく回すその仕草は、さながら見得を切る歌舞伎役者のように思えた。

 気合もたっぷりのエックスに、感心するように首を縦に振るゼロとは対照的に、アクセルは愕然とした様子でエックスのいで立ちを眺めていた。

 

「ちょんまげの糊付けがうまく乾かなくて時間が掛かったし、まわしも巻いた事が無くて苦労した……でも変装は完璧だ」

「ああ! これなら誰も俺達がイレギュラーハンターだって分からねぇぜ!」

 

 こんな変人の極みの様な格好をされれば、確かにイレギュラーハンターには見えまい。 しかし頭も尻も隠していない今の姿を見れば、外見と言うよりは彼らの考えの方が分からないと誰もが口を揃えるだろう。

 

「しかしゼロ、変装だからって女の恰好するのは……流石に気持ち悪いぞ?」

「俺だってこんな格好には抵抗あるぜ。 だが気持ち悪いなりにはよく出来ているだろう?」

「うっ……まあ造詣に関しては嫌にこだわって――――「エックス」

 

 互いの変装を批評しあう中、アクセルが話に割り込んだ。

 余裕をもって会合に臨みたいとわざわざ2時間前に現地入りを果たして、かなりの時間をかけて用意した変装が……こんなコスプレにも劣るけったいな格好とは。

 

「色々と言いたい事あるんだけどさ……これだけは聞かせて? わざわざスモトリをチョイスしたその心は?」

 

 こみ上げる感情を抑えきれず、唇が微かに震えているアクセル。 見るからに何かが爆発しそうだと伝わってくる。

 するとエックスは、この状況で女装をチョイスしたゼロを彷彿とさせるような、自信満々な態度ではっきりと答えた。

 

「変装に国辱は基本ドスコイ!!」

 

「何しに行くか分かってんのかクソアホイレギュラー共があああああああああああッ!!!! 今すぐ着替えろッ!!!!」

 

 あまりに意味不明な理由に激高し、アクセルはその辺に落ちていたビール瓶を拾っては振りかぶりながら、猛然とエックスに襲い掛かる!

 

 

 

 

 

 

 

――――束の間の後に、エックスの絶叫にガラスの割れる音が満月の下に轟いた。

 

 




 結局、時間ギリギリまでドタバタする事になりました。(白目)
 それはそうと『スモーで殺す』なんて最初にこのセリフ考えた人に是非伝えたい。




 天才かと。


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第18話

 今年最後の投稿行きます……第18話です!


<貴方達……一体何があったの?>

 

 秘密結社『ヤァヌス』の幹部との集合時間。 予定通り通信を繋いだエイリアが、開口一番に出た言葉には困惑の色が混じっていた。

 エックスとゼロの変装は上手くいっている。 エックスは厚手のベージュのトレンチコートに、黒いハットとサングラスと言うオーソドックスな組み合わせ。

 ゼロに至っては普段のアーマーとは全く異なる、背丈よりも大きい太刀を背負った黄色を基調としたアーマーに、額に緑色のアクセントがなされたヘルメット、そして瞳の色を鮮血の様な赤に変えられた目つきは鋭く、確実に何人かは殺ってそうな邪悪な人相に見えるよう顔全体に特殊メイクが成されている。 彼の自前の長い金髪もヘルメットの中に隠され、いよいよもって初見では誰か分かりづらいものがあった。

 そんな初見で誰か分からない完璧に変装した彼らだが、ゼロは不機嫌そうに目を細めて、一方でエックスは口元を尖らせ漫画の様な野球ボール大のタンコブを側頭部に作っていた。

 そして最後の1人アクセルだが……引き攣った笑顔を浮かべていた。 こめかみに青筋を立てながら。

 

「何でもないよエイリア。 ちょっとトラブルがあって1時間半かけた2人の変装を最初からやり直してたんだ! 時間ギリギリまでね!!

 

 アクセルの口調は刺々しかった。 明らかに怒りを滲ませる少年の後ろでは、不満げに口を出すエックスとゼロがいた。

 

「ミニスカサンタの女装がアホな格好だったのは認めるが、何も1からやり直しにさせる事ないだろうが……」

「ビール瓶で殴られたのは流石に痛かったぞアクセル。 スモーチャンプだって立派な変装じゃないか?」

「アホすぎる上にモロバレじゃないの!? 別人に化けろって話なのに!」

 

 むくれた様子で不満を訴える2人に、アクセルが勢いよく後ろを振り向いては、唾を飛ばすように怒鳴り散らしていた。

 彼らの話の内容や態度からは、エイリアをして察して余りあるものがあった。

 

<ああ……そういう話ね>

 

 レプリロイドをして頭痛を覚えるように、エイリアは呆れた表情で頭を押さえていた。

 しかし脱力してもいられない。 これから彼ら3人は敵の懐に潜り込み、一連の誘拐事件を含む陰謀を暴かねばならないのだ。

 エイリアは気を取り直し、毅然とした態度でエックス達に告げる。

 

<とにかく変装自体は上手くいっているし、後はどれだけ相手の信用を得られるかにかかってるわ。 さあ、気を取り直して集合場所に向かって!>

「「「……了解!」」」

 

 彼ら3人も気持ちを切り替え、イレギュラーハンターとしての精鋭の顔立ちになった。 アクセルもコピーチップを使い、全く別のレプリロイドに変身する。

 エイリアはアクセルの無線機を通して投影していたホログラム映像を切断する。 そして無線の出力を、彼ら3人の視覚及び聴覚センサーにのみ作用するように切り替える。

 こうする事で彼ら3人以外からは、無線機を使ってやり取りしているようには見えないだろう。

 

 3人は踵を返し、雑居ビルの部屋の一室を後にした。

 ゆっくりと階段を降り、ビルの裏口を出て路地裏を歩いた先は、待ち合わせ場所である一際大きな廃ビル前の広場。 敷地の真ん中に立ち止まると、エックスは手元に古めかしい携帯電話を取り出した。 ハンドサイズではあるが折り畳み式ですらない、液晶のついた一体型の電話である。

 これはキンコーソーダーから『ヤァヌス』の連中とやり取りをするために用意された代物であるが、彼から説明された段取りでは集合時間のこの場所にてかかってくる電話を取って、向こうからの指示を受ける事になっている。

 

 広場で立っている3人に対し、そんな相手からの着信をキャッチしたのはエックスだった。

 通知を受けたエックスが目配りを仲間達に送ったのに対し、ゼロとアクセルも無言でうなずいた。

 

「キンコーソーダーからの使いだ」

<……ゆっくりとビルの中を歩け、最上階の会議室で落ち合おう。 非常階段なら5分もあればつくだろうが、寄り道はするなよ>

 

 電話越しの声はボイスチェンジャーが掛けられていた。 感情のない無機質めいた声で一方的に指示を出すと、こちらの返答を待たずして通信を打ち切る。

 エックス達は玄関から屋上へと視線を上げ、廃ビルの全体像を眺めた。 階層はおよそ20階程度、高さにして60m程度だろう。 別段高い訳でもなくレプリロイドなら簡単に登れる程度の高さだ。

 非常階段を使えと言ったのは、当然ながらこのビルは放棄されて随分経ち、むしろ直ぐに解体されてもおかしくない程だ。 ライフラインはとうの昔に断たれ、当然だがエレベーターなど使えない。

 

 

 して、意を決したエックス達は電話の主に導かれるままに、開きっぱなしで朽ち果てている玄関をくぐる。

 ここら一帯が放棄された街並みと言うべきか、スラム街の一部と化しているだけあってどこもかしこも埃を被っており、ガラス窓もひびが入ったり割れたりしている物ばかり。

 落ちているスナック菓子の袋などを漁っては、足元を横切る鼠の姿もあり、いよいよもってまともな衛生状態でない事が窺える。

 生気を感じられない薄暗さと余りの不潔さにエックス達は顔をしかめるが、しかし我慢して玄関の突き当りの右側にある、無機質で埃を被っていたが元は白塗りであっただろう古ぼけた廊下を通り、割れた蛍光灯とランプすらついていない消火栓を流し見ながら、さらに奥にある非常階段の扉を開け上階を目指していた。

 

「そう言えばさゼロ、その恰好だけど」

 

 3人そろって黙々と道なりに進む中、アクセルが口を開く。

 

「確かシャドウって奴の恰好だったよね? ギガンティスで戦った事のある」

「ああ、今はあいつ更生したとかで島の復興に努めてるんだったっけな?」

 

 ゼロは昔を懐かしむように、目を閉じてしんみりと語った。

 今彼が変装している姿のモチーフである『シャドウ』なる男は、かつてギガンティスなる人工島で共闘するものっけから裏切り、撃破した事のある元イレギュラーハンターであった。

 現在ではすっかり元通り修理され、力に溺れた畜生ぶりが嘘のように目元を輝かせ、ボランティア活動に勤しんでいるらしいが……。

 

「エックスの仕立て直し手伝ってて気が回らなかったけど、生きてる奴の服装フツーにパクッてバレたりしないかな?」

「フン、問題ない。 どうせあいつの事だしまた裏切ったって言い張ったら何とかなるだろ」

「……根に持ってるんだね」

 

 鼻息をつき、1度裏切った奴は2度裏切ると言わんばかりの容赦のないゼロの物言いに、アクセルは思わず苦笑いする。

 ――それにしても本当にソックリだ。 先のミニスカサンタもそうだが、この変装もディテールに関してはいやに細かくできている。 歩きながら全身をくまなく見てみるが特殊メイクもバッチリで、初見でゼロと見分けがつく奴はそうそう居るまい。

 アクセルは気になって尋ねてみた。

 

「それにしても凄く細かい作りだね。 さっきのも悪ふざけが過ぎてたけど完成度高かったし、ゼロって細かい作業得意だったりする?」

「一応サンタ姿も大真面目だったんだが……まあ、細工に自信あるのは確かだ。 日頃ガレージキットとか作ってるからな」

「意外な趣味だね? でも変装の手際までいいのはちょっと凄いかも」

 

 着替えまで早いのはさておき、変装の作り込みの良さも頷ける確かな理由はあった。 仲間の趣味が高じた事にアクセルは素直に感心していた。

 

「フッ、全部じゃないが完成度の高いアダルトフィギュア組み立てようと思ったら、いつの間にか上手くなってたからな!」 

 

 アクセルの賛辞に得意げになったゼロの一言に、ついずっこけそうになった。

 

「結局エロ目的じゃないの! ……感心して損したかも」

「ほっとけ! って言うか全てがエロ目的じゃねぇって言ってるだろ!」

「2人共、今は作戦中だぞ」

<貴方達、その辺にしておきなさい>

 

 言い合いになりそうだったが、先を歩くエックスと無線越しのエイリアから窘められる。 ゼロとアクセルは2人して「はいはい」と言わんばかりに空返事をして会話を打ち切る。

 やがて目的である最上階にたどり着き、窓から月明かりが差し込む廊下がエックス達の目前に現れる。 清潔で意匠を凝らした建物なら幻想的な雰囲気に映っただろうが、ここは放棄され今にも朽ちそうな廃ビル、むしろロケーション的には何かが出そうな雰囲気さえあった。

 だが慄いてもいられない、この廊下の真ん中あたりに目的地である会議室の扉があるのだ。 辺りを警戒しながらもエックス達は廊下をゆっくりと歩き……あっさりと目的地の扉の前にたどり着いた。

 

 両開きでベージュに着色され、縁のゴムが劣化して風化を重ね足元に散らばる扉。 頭上の辺りには辛うじて会議室であろうと読み取れるプレートが、枠が錆び今にも外れて落下しそうになっていた。

 ここでエックスの持っていた電話が再び着信音を出す。 エックスは再び電話を取り出して応対した。

 

<入ってこい、この部屋で待っていろ>

 

 再び一方的に通信を打ち切った。

 

<気を付けてね、待ち伏せの可能性もあり得るわ>

「……分かっている」

 

 エイリアからの忠告にエックス達は顔を見合わせて互いに頷くと、ドアノブを捻って扉をゆっくりと押し込み中に入っていった。

 

 

 中の会議室は広い、しかし机や椅子はおろかホワイトボードさえ撤去されたその部屋は、殺風景と言う他無かった。

 万が一を考えて自分達の入ってきた扉は開けっ放しのまま、3人は辺りを見渡しながら部屋の真ん中へと歩いていく。

 

 

 ――――その時であった。

 

 

 部屋の真ん中で指示通り待機していると、背後から何かが勢いよく閉まる音がした。 思わず振り返る3人。

 

 ――開けておいた筈の出入り口が閉まっていた。  

 

 閉じ込められた!? アクセルは焦った表情で、エックスとゼロの制止を振り切り扉に駆け寄り手にかける。 強く扉を引いてみるが開かない。

 

「何なのこれッ!? コンクリートで塗り固めたみたいにビクともしないッ!!」

 

 両手でノブを捻り、ドア枠に足をかけて踏ん張ってみるが微動だにしない。 下手をすればドアノブが外れてしまいそうな程に力をかけるが、レプリロイドの膂力をもってしても扉には何の影響も無かった。

 余りに開かない出入り口に、痺れを切らしたアクセルはつい武器を取り出してドアを壊そうとするが、流石にそれはエックスに止められた。

 

「落ち着けアクセル! いいから戻ってくるんだ!」

 

 エックスの呼びかけにアクセルは振り向くも、扉に銃を突きつけたまま未練がましく数回目線をやりながら、渋々3人の元へ戻る。

 

「何だってこんな事に……やっぱり僕達ハメられた……?」

<あるいは私達の反応を試そうとしているか……今はエックスの言……り落……いて……ザザ……>

「ッ! どうしたエイリア!?」

 

 不安を覚える中、突如エイリアとの通信にノイズが入り始めた。 慌てて声をかけるエックスだが、砂嵐に飲まれていくエイリアの方も状況を把握しきれていないようだ。

 

<ザザ……無線……子が悪……!!…………ャミン……?…………信を妨害――――ザーーーーーー……>

「エイリア! エイリア応答するんだ!」

 

 エックスは小声だが、雑音に飲まれたエイリアに何度も声掛けをする。 しかし呼び掛けている内に通信は完全にシャットアウトされ、電波状況も軒並みオフラインと表示される。

 ……どうやら通信に障害を発生させるよう、ジャミングを掛けられてしまったようだ。

 エックス達が焦る中、不意に自分達の入って来た方でない、奥の方にあった片開きの扉が開く。

 

 

「無駄だ。 そのジャミングは非常に強力だ。 何せ自分の発明品ながら我々の持つ通信機でもやり取りが出来なくなる程だからな」

 

 

 続けて開いた扉から、自分達でない何者かの男の声が部屋中に反響する。

 何者だ!? 3人が身構え扉を睨みつけると、扉を開けたまま人影がこちらにゆっくりと歩いてくる。 響き渡る足音一つ一つが近づく度、エックス達にえも知らぬ緊張感が走る。

 

「半年ぶりだなエックス……下手な変装で誤魔化せたつもりだと思ったら大間違いだ、何せ俺はお前達が来る事を知っていたのだからな」

「……!!」

 

 3人は戦慄する。 キンコーソーダーにも念を押し、正体を悟られぬよう慎重に手回しをしていた筈。 変装だって少々のトラブルはあれど完璧にこなしたにも拘らず、男の声はそれを看破していた。

 ……それに何よりもこの声、どこかで聞いた事がある。 半年ぶりだと言っていたが……。

 エックスが必死で思考を巡らしている中、歩み寄る声の主らしき男の姿が遂にはっきりと見える位置にやって来た。

 

 ――――その正体を目の当たりにした彼ら3人は驚愕し、エックスはついサングラスを取って叫んだ。

 

 

 

「きみは、ゆくえふめいに なっていた マックじゃないか。」

 

 

 

 同時に、男……ゆくえふめいだったマックからエックス達3人に目掛けバスターが発射される!

 見覚えのある、しかし死んでいたと思われていた男からの不意打ちに3人をして反応しきれず、つい攻撃を受けてしまった!

 バスターが命中すると、強い電撃が彼ら3人の動きを封じ、そのまま地面に膝をついて動けなくなってしまう。

 

「フッフッフッ、エックス、おまえは あまいな」

 

 バスターを構えたままのマックが、エックス達を見下ろしながら不敵に笑う。

 

「オレは もう MACエンジニアリングのしゃちょうではなく ヤァヌスの とうりょうだ。」

 

 その表情は以前の様な強かさではなく、邪悪な意志のようなものを感じる笑みだった。

 秘密結社『ヤァヌス』の頭領と言った彼にエックスはショックを覚え、電撃のダメージで機能不全に陥る身体を必死でこらえながら、マックへ手を伸ばそうとする。

 

「わるいが おまえを ほかくする。」

 

 マックはバスターを収納すると元の手に戻した右の指を鳴らし、開けたままの奥の扉からドローンを呼び出した。

 皆して動けずにいる中、ドローンが頭上にやってくると何かを自分達の体に放ち、手足を胴体に縛り付けていく。 黒く締め付ける力の強い太いワイヤーだった。

 

 身体が衝撃で機能を失っていく中、全身を強く縛られた事で遂にエックスは力尽き、意識を失ってしまう。

 ブラックアウトの最中エックスが見たマックの表情は、どこまでもこちらを見下した嘲笑を浮かべていた――――。

 

 




 今年最後の投稿がよりにもよってほかくエンドとは……w


 とにかく皆さん、来年度もよろしくお願いします! それではよいお年を!


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第19話

 明けましておめでとうございます! 早速ですが第19話投稿です!


 

 

「ぐ……うう……」

 

 うめき声を上げながら、電撃のショックから辛くも意識を取り戻すエックス達3人は、頑丈なワイヤーで体を拘束され埃塗れのコンクリート床にまとめて転がされていた。

 エックス達を拘束したドローンは、現在は薄暗い部屋の隅で滞空しているようだ。 ドローンの浮遊する音が耳に障る。

 

「無様だなエックス。 身動きが取れずに地面に這いつくばる気分はどうだ?」

 

 そんな覚醒したばかりの3人への、今の彼らを嘲笑うようなマックからの言葉。 目を開いてほんの3メートルほど先に立っている、腕を組んでこちらを見下ろすマックの隣には、何やら彼の背丈の半分程の大きさで、ビニールに包まれた黄色い四角の積み荷が置かれていた。

 縛られ這いつくばりながらもエックス達は気丈にマックを睨みつける。

 

「マック、よりによって貴様が『ヤァヌス』の頭領だったとはな」

 

 人攫いをするような組織のトップになっていた事を咎める様に、ゼロが眉をひそめ問いかける。 そんな彼の言葉に対しマックは真顔になって話し始めた。

 

「……あの『MEGA MAC』炎上から半年、俺は随分と辛酸を舐めさせられたよ」

 

 過去を思い返しながら、マックは朽ちそうな天井を見上げ語る。

 

「社員一丸となって一生懸命育ててきた会社の社運を賭け、ようやく築き上げた俺の城がものの3日で灰になった……。 全身を炎にまかれそうになり、すんでの所で脱出した俺に待っていたのは、身に覚えのない防災への不手際に対する非難の声と、必死で説得した筈の大手ファンドからの融資の取りやめだ!! どうしてこうなったと思うッ!?」

 

 言葉を続ける度に語気が強くなり、遂には叫んだマックに対してゼロは目を閉じ、しばしの沈黙を挟んで告げる。

 

「まあ、トイレの横にボイラー室なんてあったらそら全焼もするがな」

「ッしゃああああああああああああッ!!」

 

 建物の作りがそもそも悪いと言いたげなゼロの物言いに、マックの怒りの一撃とも言えるキックがゼロのガラスの顎を蹴り上げる!

 

「おだわッ!!」

 

 蹴った勢いが中々に強かったのか、頭を縦に揺さぶられ、よくわからない奇妙な叫び声をあげるゼロ。 これにはエックスは蹴られた相方の名を叫び、アクセルは彼のやらかしを見て乾いた笑いを浮かべていた。

 

「どの口でほざきやがるッ!! お前の放火が全ての原因だろうがッ!!」

「グ、グエェェェェェェェ」

 

 そしてマックは立て続けにゼロの喉笛を掴み、あらんばかりの憎悪を込めて握り潰す。

 白目を剥いて壊れたビールサーバーのごとく、口からドバーッと泡を吹くゼロ。 激高するマックに対し、エックスは身動きを取れないながらも制止を試みた。

 

「やめろマック! ゼロを離せ!」 

「誰が離すかッ!! 俺の夢をつまらん火災で灰にしてくれたツケだ! 何ならお前を代わりに痛めつけてやってもいいんだがな!」

「ごめんゼロ、運が無かったと思って諦めてくれ」

「「エックスこの野郎ッ!!」」

 

 あっさりと言葉を翻した青いイレギュラーに、ゼロは首を絞められながら掠れた声で、アクセルも一緒のタイミングで突っ込んだ。 文字通り唾をも飛ばす勢いで。

 するとマックはゼロの喉元から手を放し、むせかえるゼロの横で怒りを通り越し引きつった笑いを浮かべていた。

 手首に電動モーターでも仕組んでいるかの如く、エックスの模範的な手の平返しが腹に据えかねたのだろうか。 心なしかヘルメットの上から浮き出た血管が切れ、血しぶきを上げているようにも見えた。

 

「成程な、お前はそんな風に他人のフリをして事件を黙殺したんだな? ……そう言えば、わずかに残った証拠でなんとかイレギュラーハンターを提訴しようとしたが、法曹界の連中が軒並みビビってたせいで訴える機会さえなかったんだよなぁ……さてはお前連中を脅したな?」

「ギクッ!!」

 

 あからさまに焦ったように身を震わせるエックス。 どうやら思いっきり心当たりがありそうだが、しかし目線を少しばかり泳がせては何とか誤魔化そうと言葉を続けようとする。

 

「……マック、確かにあの事件については気の毒に思う。 だけど元を正せばクジャッカーがゼロの花を摘み取ろうとしたせいで火事になってしまったんだ、あれは不可抗力だ!」

「クジャッカーの性癖なんか関係あるかッ!! ボヤの段階で消火できなかったのだって、お前らが天井に穴を開けてくれたからだろ!!」

「ああそうだ、スプリンクラーの故障から延焼し」

「隣の部屋になぜか設置されていたボイラーに引火……構造上の欠陥が浮き彫りになったと」

 

「「なんだ、やっぱり不幸な事故だったんだ」」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおいッ!!!!」

 

 顔を見合わせてにこやかに自己完結するエックスとゼロ。

 スプリンクラーを壊したのも放火したのも全てはゼロの仕業だが、意地でも非を省みず全力でマックを煽るエックス達に、マックよりもアクセルがつい悲痛な叫び声をあげてしまう。 どんな判断だ!? と言いたげに。

 弁明と言うよりは言い逃れをする彼らの話を聞かされていたマックは、当然の如く肩を震わせていた。 アクセルを除いて一向に悪びれないエックス達の物言いが、マックの神経を逆撫でするには十分過ぎたようだ。 

 

「勘弁してよ2人共! 何でさっきから煽り入れたりなんか――――」

「クッ……ククククク……どうやらこれ以上は何を言っても無駄なようだな。 お前達の考えはよく分かった」

「あ、これダメなやつだ」

 

 アクセルが止めに入るも時既に遅し、度重なるエックス達の無神経さについにマックの怒りは頂点に達する事になる。

 

「エックス、俺は金の為に客の安全を蔑ろにしたと後ろ指をさされ、苦楽を共にした社員もろとも表社会の信用を完全に失った。 だが資産が全て燃え尽き焦げ付こうとも、お前らへの憎悪の炎だけは消えなかった……故に俺は秘密結社『ヤァヌス』を立ち上げ、貴様らイレギュラーハンターへの復讐を誓った!! ――――これが分かるか!?」

 

 マックは左の親指を、後ろにあるビニールに包まれた黄色い小箱の塊へ指し示す。

 

「タイマー付きのプラスチック爆弾だ。 今からこいつをドローンに運ばせて各フロアの脆弱な箇所に設置させる」

「何……ッ!?」

「うちのドローンは高性能でな、1分もあれば全ての爆弾を仕掛けられるんだ――行け!」

 

 エックスがはっとした表情になるのも気にせず、マックが再度指を鳴らしてドローンに命令する。

 すると部屋の端に散った複数機のドローンが集結し、積み上げていた黄色いプラスチック爆弾のパッケージを手分けして回収、全てを拾い上げると部屋の外へ退散する。

 爆弾が積み上げられていた後には、正面に『00:00』と書かれた赤一色に塗られている長方形の箱が置かれていた。

 

「エックス、ワイヤーで縛りつけて放置した程度では到底釣り合わん。 お前達も瓦礫の下敷きになる恐怖を味わいながら死んで行け!」

 

 ドローンが爆弾を設置しに行ったのを見届けると、マックは憎きエックス達を始末できる期待から高笑いする。

 

「クッ!! マック……俺達が憎ければ俺達だけを殺せば済む筈……」

 

 エックスは苦虫を噛み潰したような顔つきでマックに問いかけた。

 

「なのに何故!? 人工衛星の設計に関わった科学者を誘拐するんだ!? 俺達を始末するだけじゃ飽き足らないって言うのか――――」

 

 疑問を投げかけたと同時だった。

 

 

 

 ――――突如マックの立っている後ろ側の、かつてはホワイトボードが掛けられていたであろう壁が突如爆破されたのは。

 

「今度は何だ!?」

「おっと……もうそんな時間か」

 

 前触れなく壁を破壊され、土埃と破片が部屋中に散らされイレギュラ―ハンター3人の驚く様子とは正反対に、マックは至って冷静に笑みを浮かべていた。 まるでこうなる事を想定したようにさえ見える。

 

<社長……おっと失礼ボス、無線が使えないってのは不便ったらありゃしないわ!>

「ジャミングを使う必要があったからな。 だが概ね段取り通り動けているんだ、何も問題はない」

 

 マックは身を翻し、土埃の向こうから聞こえてきた『声』に答える。

 

「ッ!! おいこの声は……」

 

 背中に悪寒でも走ったかのように総毛立つゼロ。 女口調ながらも野太い男のこの声は耳に覚えがあった。 ゼロにとってはトラウマとも呼べるあの声。

 やがて土埃が晴れ、壁をぶち破った何かの正体が顕になる。

 

 

<あら、久しぶりねぇゼロ。 あの時は随分熱い一時だったわ……全身丸焦げになる程に!> 

 

 幾ばくかの間隔をあけ、複数枚に跨る破壊された壁。 その向こうに広がる夜空に浮かぶは、レプリフォースで用いられるタイプの無人輸送機だった。

 艶消しの濃い灰色に塗られた塗装は、夜間における飛行においては迷彩効果を発揮する。 壊れた壁越しに機体の側面が伺えるが、乗降口に描かれている筈のレプリフォースのマークは見当たらない。

 しかしそんな事よりもゼロにとっては、機体のスピーカーから聞こえてくる声の方が気になって仕方がない。

 

「お前、クジャッカーか!?」

<ええそうよ。 今はこんな飾りっ気も何もない無人機の操縦を任されてるけどねぇ>

 

 クジャッカーの言葉に一瞬疑問符が浮かびかけるが、すぐに納得した。

 無人機を『操縦』すると言ったが元々彼は電子プログラム、機体の制御系統は全て彼の意志をもって制御しているのだろう。 むしろ以前のように外で活動する為の、同一デザインの体を持っていた事の方が意外なのだ。

 

「クックック……エックス、お前達を殺すだけじゃ足りないのかと言っていたな。 ご名答だ」

 

 その傍ら、マックはクジャッカーの操る無人機に足を進め、クジャッカーもまた壊れた壁を跨ぎながら機体に近づくマックの為に、側面の乗降口を開けてやる。

 横開きに扉が開き足掛けのタラップが数段降りてくるが……開いた乗り口の中に、エックス達はさる何者かの姿を見た。

 

「マック!! いい加減に儂を放すのじゃッ!!」

 

 

 

「「「ホタルニクス博士!?」」」

 

 蛍を模した赤い身体に老人を思わせる立派な髭、イレギュラーハンターが総力をかけて捜索している科学者達の中でも特に主要な人物、シャイニング・ホタルニクスその人がエックス達のようにワイヤーで拘束されていた!!

 

「貴様らを始末したとしても、今度は残りの連中が我々を執拗につけ狙うだろう。 そこで肝になるのが例の衛星だが、これを掌握さえできてしまえば後はどうとでもなる……その為には外堀から埋めていく必要があるからな」

「まさか!」

 

 言葉に出かかった所で、3人は気づいてしまう。 マックの言う外堀を埋めると言うのは、つまり――――。

 

「衛星を気づかれずに乗っ取ろうって魂胆なの!? 攫った科学者を無理矢理働かせて!!」

「血迷ったかマック! そんな事をさせても、衛星を乗っ取る前に俺達ハンターやレプリフォースに阻止されるだけだ!!」

「フン! そもそも他の連中は知らんが、少なくともそこのじいさんが貴様に協力するとは思えんがな」

 

 アクセルとゼロがマックに疑問を投げかける。 しかしマックはタラップに足をかけ、乗降口の側にある取っ手を掴んで振り返る。

 

「ほざけ、どの道ここで死ぬんだ。 わざわざお前らに教えてやる義理などない」

 

 問い詰めるハンター達をマックは鼻にもかけず一蹴する。

 機内のホタルニクスに向き直し、余裕綽々の態度で今にも去りそうなマックを前に、ワイヤーで拘束される中で必死でもがくエックス。

 

「くそっ!! せめて拘束の甘い左手さえ抜ければバスターが使えるのに……!!」

「……左手だな?」

 

 悔しがるエックスの呟きにゼロが反応した。 するとゼロは彼から見て右側にいるエックスの方に転がると、拘束されて不自由な状態から何かを取り出そうと身をよじる。

 ――しばしの後に何かを取り出し、それをエックスの左手を縛るワイヤーにあてる。

 

「……ゼロ?」

「変装に使った工具を念の為持ってきておいた。 これくらいなら直ぐ外せるぜ」

 

 エックスが振り返って見たゼロの手元にあったのは、マイナスドライバーとワイヤーカッターだった。

 ドライバーでワイヤーをこじり、浮いた隙間をカッターで器用に切断していく。 その鮮やかで見事な手つきにより、エックスの左手の拘束が見る見るうちに解けていった。

 エックス達が拘束から逃れる内に、外の機体の周りに先程マックが放ったドローンが戻ってきた。

 

「ふむ、所要時間は52秒か。 まあ許容範囲だな」

 

 ドローンが無人機の底部にある格納スペースに飛んでは収納されていくと、次にマックは懐から頂点に赤いスイッチのついたペンライトの様なものを取り出した。

 

「このスイッチを押せば仕掛けた爆弾のタイマーが作動する。 カウンターはお前達の目の前に置いてある『例の時計』だ」

 

 脱出を悟られぬようマックを睨みつけながらも、しかしエックスとゼロは左手の拘束を解く事に夢中だ。 空いたアクセルがマックの言う、先程爆弾を設置しに行った際に取り残された時計を見る。

 ……うろ覚えではあったが、アクセルは確かにその時計に見覚えがあった。 正確にはストップウォッチだが、レトロなその造形は『MEGA MAC』においてマックの持っていたラーメンタイマーだった。

 当時のものであるとは考えにくいが、わざわざ同型の物を選ぶ辺りはマックの意趣返しなのだろう。

 

「じゃあなマヌケ面共! せいぜい残り少ない余生を楽しむがいい!!」

 

 当てつけに加え、余裕の態度で捨て台詞まで残し爆弾のスイッチに指をかける。

 恐らく拘束から逃れようとなかろうと、この機を逃せば最早マックに迫るチャンスは2度と訪れないだろう。 この上ない正に最悪の幕切れを迎えようと、アクセルが目が眩むような思いをしている中――――

 

 

「待てマック!! このままお前を行かせはしないッ!!」

 

 

 ――――ゼロの助力もあって左手の拘束を外したエックスが、既にフルチャージを終えたバスターをマックの乗る無人機に突き付けた。

 

「何ッ!?」

 

 不意を突く青白く光り輝くバスターのエネルギーに、マックも驚きを隠せなかった。

 

「マック!! せめてお前だけでも倒す!! 食らえッ!!」

 

 

――――チャージショットだ!!――――

 

 エックスバスターから放たれた渾身の一撃が、不意打ちにたじろくマックの体に迫る!!

 

「しまった――――」

 

 時間にしてほんの一瞬、マックの反応できるスピードを超える勢いで飛来するバスターは胴体に見事命中ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

べちょっ!☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ゼリーが潰れるような柔らかい……言うなればアーケード版初代ストリートファイターの、転倒した時の効果音のような音と共に、怯むマックの胴体にエックスの左手の手形が張り付いていた。

 マックの胸元に張り付いた手形は腹立たしいまでにプルプルと震え、すぐに動きを止める。

 

「「「――は?」」」

 射手であるエックスを含む3人の口から一拍子おいて出た言葉は、唖然とするその表情にふさわしい気の抜けた一声だった。

 

<……ボスぅ?>

「……む?」

 

 マックもまた呆気に取られていたが、クジャッカーの呼びかけにしばしの間を置いて正気を取り戻すと、くっついた左手の平を引っぺがそうとする。

 

「な、なんだこれは……クソッ! 全然取れんぞ……!?」

 

 しかし粘着性が強いのか、マックが力を込めて引っ張れども手形は全く剥がれる様子はない。

 この予想外な状況に一瞬意識が飛んでいたエックスだったが、やがて間を置いて状況を理解すると額から滝のように汗を流し、ここ一番で最も悲痛な叫び声を上げた!

 

 

 

「これスモーチャンプの変装用の『ハリテ・バスター』だったああああああああああああああああああああッ!!!!」

「「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」」

 

 




 新年早々武器チェンジミスってなんだよ……w



 あ、因みに来週は個人的な用事がありますので、毎週ご愛読いただいている方には恐れ入りますがしばしお休みさせていただきますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。


 でわ!


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第20話

 お待たせしました! 2週間ぶりの投稿です!


 エックスは土壇場でやらかした。 マックだけでも倒せるかもしれない最後のチャンスを、盛大な武器選択ミスでフイにしてしまった。

 

「しまったああああああああああああっ!! 俺とした事がこんな所でミスるなんてえええええええええええッ!!」

「何やってんだエックス!! 俺が折角外してやったのに!!」

「ってか前の変装に使った道具残ってたの!? さっさと処分しないからこんな事になるんじゃない!!」

「うわあああああああああああああ!!!! やらかしたあああああああああああああああ!!!!」

 

 発狂するエックス達を冷めた視線で見つめながら、マックはへばりついた手形はそのまま、先に射撃を遮る為扉を閉じるようクジャッカーに指示する。

 

「……おい、扉を閉じろ」

<……了解よ>

 

 扉は収納されるタラップと共につつがなく閉じられる。 この無人機は軍用の物を流用しているだけに、ちょっとやそっとの一撃では穴をあける事は出来ない。

 何よりこちらには人質がいる。 彼が一緒に乗っている以上、おいそれと機を撃墜する事もできないだろう。

 マックは背後にて反抗的な目つきで睨みつけるホタルニクスに、ほんの少しだけ視線をやっては直ぐに扉の方に向き直す。

 そして壁にかけてあった有線式の通信機を手に取ると、出力先を拡声器に繋ぎながら―――― 

 

 

 

――――無慈悲に爆弾のタイマーにスイッチを入れた。

 

「聞こえるかバカ共、今爆弾のスイッチを入れてやったぞ」

 

 マックは扉の窓越しに、拘束されながらも取っ組み合いが始まりそうな騒がしい3人を眺めながら、死刑宣告のボタンを押した事を告げる。

 すると3人はこちらの声と共に動きを止め、ゆっくりと残して置いた爆弾のタイマーに目線をやった。

 カウンターをまじまじと見つめている彼らに対し、マックは嗜虐的な笑みを浮かべとどめの一言を告げる。

 

「時間は『あの時と同じように5分』に設定しといたぜ! 精々あがいてみせるんだな! ……クジャッカー、出せ」

<了解。 それじゃあ3バカ達、生きてたらまた会いましょうね、 生 き て た ら 

 

 クジャッカーの高笑いと共にジェットエンジンの出力が上がり、本機はゆっくりと穴の開いた壁から離れ、エックス達を取り残した廃ビルは見る見る内に遠のいていった。 

 

 

 

 

 

 

 

 マックの心は実に晴れやかであった。 不法侵入の上に証拠の隠滅から放火され、おまけに天井に穴をあけると言う侵入方法のせいでスプリンクラーが作動せず、夢と希望とかつての仲間達の情熱が詰まった自分の城を丸焼けにされた恨みを、半年かけてようやく晴らす事が出来たのだから。

 高度を増し地上から離れていく風景をマックはただ眺めながら、胸元に張り付いた手形を引っ張っていたが――――

 

「……面倒だ、基地についてから剥離剤で剥がすか」

 

 何度か引っ張ってみたが、粘りが強く引きはがせる様子もない手形。

 どうせバスターを撃つつもりでやらかしただけの代物だ、せいぜい奴らのバカな行動の末路と見なして放っておこう。 マックはそのように思って手形から手を離した。

 

<奴らも終わりねボス。 ……で、話を持ち掛けてきたキンコーソーダーはどうするのかしら?>

「俺も分かった上で話に乗ったが、それでも奴がエックス達をけしかけた事実に変わりはない。 無論始末をつけるつもりだが、奴の持っているコネも中々のもの。 今は捨ておいて衛星を奪った後にじっくりと料理してやろう」

<フフフ、生かさず殺さずしゃぶりつくすって訳ね>

「その通りだ。 だがお前がしゃぶるなんて言葉を使うと違う意味合いに聞こえるな」

<何よ、失礼しちゃうわねぇ>

 

 陰謀をほのめかすマック達に、キンコーソーダーの裏切り行為を見逃すつもりはなかった。

 エックスに捕まった事のある彼の身の上から、件のハンター3人をけしかけてくる事に気づいた上で、あえて知らない振りをしていたが、それでも彼が嘘をついた事に変わりはない。

 この件で相手の弱みを握ったも同然であるマックは、既にキンコーソーダーからどのように搾取するか算段を立てていた。

 

「……マックよ、お前さんも堕ちたもんじゃな」

 

 不意に、後ろで縛られたままのホタルニクスが口を開く。

 

「あれだけビジネスに熱心だったお前さんが、よもや犯罪組織を率いて衛星を奪おうとするとはな……何があったかは敢えて問うまいが、誠実だった頃のお前さんを知っている身としては儂は悲しいぞ」

 

 マックは振り返った。 険しい表情と裏腹にどこか悲し気に口を開くホタルニクス博士に対し、彼もまた言葉を返す。

 

「結局は闇に身を落とした立場です。 身の上について言い訳をする気はありません」

 

 マックはゆっくりと歩を進め、ホタルニクスと目線の高さを合わせるように片膝をつく。

 

「が、ホタルニクス博士。 果たして貴方に私を非難出来る資格はありますかな?」

「……何の話じゃ?」

 

 こちらだけの落ち度でないと取れる発言に、僅かながらホタルニクスは眉をひそめた。 しかしマックは口元を吊り上げ言葉を続けた。

 

「貴方には心当たりがある筈だ。 そう、件の衛星誤射の原因を突き止めようと我々が対応に追われていた時、貴方は紛失した私物を探すのに躍起になっていたそうですな?」

「――――ッ!!」

 

 マックが当時のホタルニクスの行動を引き合いに出すと、彼の表情が凍り付いた。

 目を見開き息を詰まらせる博士であったが、少しの間を置いて口を開く。 その声色は震えていたが。

 

「わ、儂としても不謹慎じゃったと思う……危機的状況にも気づかずに、取るに足らん自分の身の周りを片付ける事ばかり考えていた」

「それはありえない」

 

 状況を無視して私事を優先した事を謝罪されるも、しかし彼の言い分に対するマックの考えは別の所にあった。

 

「博士……責任感の強い貴方が、開発に深く関わった衛星のトラブルに頓着がないとは思えない。 むしろあの状況でいの一番に動いたからこその行いでは?」

「な……あ……!?」

 

 ホタルニクスの人柄をよく知る身としては、一連の行動を不謹慎と吐き捨てる彼自身の言い訳こそが、下手な言い逃れ以外の何物でもなかった。

 目に見えて狼狽える博士の態度にマックは確信する。 彼は原因を既に突き止めているどころか、自分達の知らない何かを知っていると。

 

「ホタルニクス博士、正直にお答え願いたい」

 

 マックの頭の中で大体の答え合わせは済んでいる。 後は疑惑を確信に変える為に一気に畳みかけるだけだ。 マックは率直に自分の考えを述べた。

 

 

「博士の紛失した私物こそが、今回の事件の引き金になったのではありませんかな?」
 

 

 反論さえ許さない強い語気で、ホタルニクスに迫るマック。

 しばし輸送機のエンジン音だけが機内を支配するが、壁際の椅子に座り込んでいたホタルニクスの腰がずり落ち、蛍たる由縁のご自慢の尾が地面をつく。

 どうやら肯定と見て間違いはないようだ。 誘拐されても毅然とした姿勢を崩さなかった彼が、今更尋問に怯えたとは思えない。 どちらかと言えば問い詰めた内容、それが核心を突いていた事によるショックだろうとあたりを付けた。

 

「博士、我々の間に信頼関係はなかったようですな。 いやはや、まさかそのような隠し事をなさっていたとは残念です」

「ち、違う! 儂はそんなつもりは――――」

「悪用を恐れて我々に打ち明けなかった、とでも言いたいのですかな? まあ、今更そんな事を責めるつもりはありませんよ」

 

 抗弁と言うにはあまりに弱弱しいホタルニクスに、失望したかのようにため息をつくマック。

 尤もマックの仕草は『フリ』であり、ホタルニクスへの責任追及には全く興味がない。 今現在博士から欲しいものは、彼が話題をそらそうとしていた『私事』そのものなのだから。

 

「私が今興味があるのは貴方の無くしたと言う例の物ですから。 で、それはどこにあるのですかな?」

「ッ!! し、知らん! 儂は知らんぞ!?」

 

 マックが尋ねると、気力を失いかけていたホタルニクス博士が突如躍起になった。 これにはマックも少しばかり驚いた。

 

「ほう、この期に及んでとぼけるとは……伊達に開発主任を務めただけの事はありますな」

「違う! 本当に儂は――」

 

 そこまで博士が言いかけた辺りでマックは右手を上げた。

 

「中々に気丈な御仁ですね。 ……まあ、慌てて聞く必要もありますまい」

 

 マックは身を翻してホタルニクスに背を向けると、何やら機内の片隅にある、腰のあたり程の高さに掛けられている生地をつまむ。

 

「貴方の身柄を押さえ、奴らハンターが我々に繋がる手掛かりを失った。 当面の障害がなくなった今、基地に戻ってからじっくりと話を聞く時間はありますからな……貴方の可愛がっている『彼女達』と共に」

「何ッ!?」

 

 動揺を隠せないホタルニクスの声を背に、マックは邪悪な笑みを浮かべ一気に生地をめくり上げた。

 機内を舞う生地の中から現れたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の親玉を目の前で取り逃がし、遠のいていく姿をむざむざと見せつけられ、お通夜の様な静まり返った雰囲気の中、アクセルはただ失意の内に爆弾のタイマーを眺めていた。

 既に彼はコピーチップの機能を解除して元の姿に戻るも、依然として拘束が外れた訳ではなく、無慈悲に減っていくカウントは現在『04:32』を表示しており、既に貴重な30秒近くを無為に過ごしていた。

 

「……やってらんないよ。 折角のチャンス全てフイにしちゃうなんて……」

 

 アクセルはため息をついた。 ただでさえ出だしから訳の分からない変装で大ゴケして、気を取り直して中に入ってみたと思えば、全ての行動が筒抜けであった。

 そしてまさかのエックスの武器チェンジミス。 これで気落ちするなと言う方が無理があった。

 

「まあ気を落とすなアクセル。 おかげで上手くいった」

「そうさ、悲観している暇はない。 むしろこれからが本番だ」

「ファッ!?」

 

 一方で当のエックスとゼロの二人は先程のパニックもどこ吹く風か、あっけらかんとした様子で不貞腐れるアクセルを窘めた。 2人の態度にアクセルは不満の声を上げる。

 

「あれが上手くいっただって!? 本番どころか完璧に終わっちゃってるじゃない!!」

 

 激高するアクセルを前に、エックスとゼロは動じない様子で顔を見合わせた。

 

「落ち着けアクセル。 果報は寝て待てって言うだろ……」

「ビーコンに不備さえなければ、後はエイリアが信号を拾ってくれる筈だね」

「問題ない、俺が入念に仕込んでおいた発信機だ。 信頼性と精度は保証する。 マックもあの様子じゃ気づいていないだろう」

「――――え?」

 

 してやったりといったような余裕のある口ぶりの2人に、アクセルは呆気にとられ間抜けな声を上げた。

 発信機とは何ぞや? 2人の言っている意味を理解しかねているアクセルにエックスが告げる。

 

「さっきマックに撃ち込んだ『ハリテ・バスター』さ。 あの中にはマックの動きを追跡できるように発信機が埋め込んであるんだ」

「もし正体がバレて逃げられそうになった時を考えてな。 俺が最初のミニスカサンタとスモトリの変装をする時に用意しておいた」

「えええええええええええええええええええッ!?」

 

 突如告げられた衝撃のカミングアウトにアクセルも驚きを隠せなかった。

 ただの間抜けな変装とそれを原因とする痛恨のミスだとばかり思っていたのに、加えてこっそり発信機を用意していたと知らされていなかった事にショックを受けていた。

 

「ひ、人が悪いよ2人共!! どうして僕1人だけ大事な事教えてくれなかったのさ!!」

「悪かったなアクセル。 マックを騙そうと思ったら素の反応が必要だと思って、あえてお前1人だけ何も言わないでおいた」

「演技を見抜かれて、折角くっつけた発信機を装甲ごと強引に剥がされる可能性もあったからなんだ。 隠していて済まない」

「な、なんだよそれ……心配して損した」

 

 どうやら全て計算尽くの行動だったらしい。 たった1人余計な心配をさせられて、一気に気が抜けて首を垂れるアクセル。

 まあ落ち着いて考えれば、経験豊富なエックスならあれが仮に本当のミスだったとしても、焦らずに通常のバスターに切り替え再度射撃を試みていた筈だろうし、何より本当にマックを倒せていた所で組織そのものが無くなる訳でもない。

 脱力しながらもアクセルは頭の中で一人納得した。

 

 ……それだけに解せないのは、何故よりによってミニスカサンタとスモトリみたいなガバガバのザルな変装をチョイスしたのか。 2人して口裏を合わせ隠し事をされた事など、それに比べれば些細な事であった。

 

「……って、のんびりしてる場合じゃないや!! 爆弾のタイマーは!?」

 

 不意に気を取り直したアクセルが、変わらずに動きつつけている爆弾のタイマーに目をやった。 カウントは丁度残り3分を切った所であった。

 

「やばっ!! 早くワイヤー外さなきゃ!!」

「まあ残り時間3分なら何とか脱出できるか」

「マックの野郎、5分なんて微妙な時間設定しやがって!」

 

 刻々と減っていく残り時間に文句を言いながら、3人は各々体の拘束を解こうと身を捩った。

 

「ゼロ、ワイヤーカッターは使えるか?」

「ダメだ。 さっきお前のワイヤー切った時に刃こぼれしちまった。 細工用のニッパーみたいなモンだから軍用のワイヤー切るようにはできてねぇ」

「じゃあ仕方ない。 普通に縄抜けするしかないか」

 

 依然として体を締め付ける拘束用のワイヤーに面倒臭さを感じるエックスとゼロ。

 そんな中、アクセルもまた束縛から逃れようとワイヤーと格闘している中、ふと違和感が脳裏をよぎった。

 

 

「……残り時間『5分』?」

 

 




 エックス痛恨の武器選択ミス(ミスとは言っていない)

 そう言えばもう今回で20話目ですね……洋画のDVDよろしくチャプター毎に話分けてもいい頃かなとか考えてたり。


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第21話

 マックが去り際に残していった言葉がアクセルの心に引っかかる。 あの時と同じ……と言うのは言うまでもなく『MEGA MAC』炎上の事だろうが、それだけに5分と言う時間が気になって仕方なかった。

 変に心地の悪い、アクセルは妙な胸騒ぎを覚えながらワイヤーから抜けていくエックス達に尋ねてみた。

 

「ねえエックス、ゼロ。 アイツの言った5分って本当かな?」

 

 アクセルの問いかけに、エックスとゼロは2人して首を傾げた。

 

「どういう事だアクセル?」

「いや、何て言うか。 僕には何となく裏がある感じがして、とにかくもっと急いだほうがいいんじゃないかって思うんだけど」

「そうか? 単に俺達を焦らせる為のハッタリじゃないのか?」

 

 2人は特に気にしていない様子だったが、しかし違和感を拭えないアクセルは小さく唸るばかり。

 

「……ほら例えばさ、マックは『あの時と同じ』って言ってたし例の火災にヒントがあるとか?」

「全く分からん。 じゃあ逆に聞くがアクセル、思い当たる節はあるか?」

「! えーっと……」

「分かってるだろうが俺達が火事に気が付いたのは、クジャッカーを倒して社長室の天井ぶち抜いた後だぜ? 第一そもそも爆弾なんか仕掛けてねえ」

 

 アクセルの感じた疑問をバッサリと切る様に、てきぱきと縄抜けならぬワイヤー抜けを進めるゼロがきっぱりと言い切った。

 マックが逃げる時まるで彼は、自分達が時間の段取りをして放火に及んだような物言いをしていたのは記憶に新しい。

 しかしゼロが言うように、火事が起きたのを知ったのは実際に延焼して手遅れになってからの事で、見計らったように放火を行った訳でもなければ、ましてや証拠隠滅なんて意図もない。 思い当たる節なんてそもそもなかった。

 盛大に彼の城を焼いてしまった責任の有無はさておき。

 

「――――僕の思い込みだったのかな?」

 

 どこか腑に落ちないながらも、アクセルは思考を打ち切った。

 本当は色々と突っ込んで考えたい所であるが、気を取られて爆発に飲み込まれてしまえば本末転倒であった。

 

「そうだぞアクセル。 今はワイヤーを外す事に集中しろ。 本当に逃げ遅れるぞ?」

「フン。 爆発する前にさっさとずらかるぞ?」

「……そうだよね。 時間は実はたった3分でしたとかそんな事ないよね! わかったよ、とっととここから脱出しよう」

 

 エックス達に諭され、アクセルは気を引き締めてワイヤーの拘束からの縄抜けを試みる。

 しかし残された時間は既に半分を切っており、爆弾のタイマーは『02:00』を指し示した所であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――予定調和と言わんばかりに、爆弾は見事に爆発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはキンコーソーダーにとって絶好のチャンスであった。

 

 こちらの存在を忘れて呆気にとられるハンター2人組の視線の先、ハンター3人と『ヤァヌス』幹部の集合場所であった、廃屋が軒を並べる中一際大きいビルから轟く大揺れと崩れ行く光景。

 どうして爆発が? まさか失敗したのか? それさえも考える隙さえ無く、作戦開始まで彼をさんざん悩ませた懸念材料を、文字通り吹き飛ばす程の予想外の出来事。 土台を崩され上階が下階を押し潰していく様子はさながら、裏切りは許さないとエックスの刺した楔が抜け落ちる姿に重なって見えた。

 

 ――――今しかない!

 

 行動は自身でも驚くほど早かった。 降って湧いた好機を前に衝動的に突き動かされるまま、首輪の錠前のカギと武器を腰に持つ右側のハンターに背後からタックル!

 突然の事に対処できず地面に転ぶハンターの上にのしかかり、銃を奪っては慌てた様子で武器を抜こうとする相方の方へすかさず数発!

 右腕と脳天を撃ち抜き排除、体の下でもがいて首輪のスイッチを入れようとするハンターの後頭部にも一発。 あっという間に見張りのハンター達を片付けた。

 

 銃を腰に携え首輪のカギをひったくり、死体を転がしたままその場を後にして走るキンコーソーダーの向かう先は……崩落した廃ビルのあった場所だった。

 このまま闇に紛れて逃げ切るのが正しいと分かってはいたが、長きにわたって自信を悩ませてきたアイツの安否を確認せずにはいられない!

 ビルが崩れ去るなど予想外の出来事であったが、ひょっとしたら脱出に成功しているかもしれない。 だがもし確実に死んでいると分かったら……!!

 

 鍵を使って首輪を外しながらも無我夢中で現場に向かうキンコーソーダー。

 距離はそれほど離れてはおらず、走って数分程度の崩落現場に近づく度、巻き上がる土埃の濃さが視界を遮っていく。

 負けじと土埃を掻い潜り、迷路のような廃ビルの路地裏を通り抜け、ついに現場に近づいたその先には――――ッ!!

 

 

 

 長年持ち主になる誰かも現れないまま雨風に姿を晒し続け、ついには朽ち果てる前に爆破されたかつての廃ビルの無残な瓦礫の丘。

 隙間から窺えるは痛々しく凹んだ青と黒の2つのヘルメット。 そして丘の頂には黒の素地に白いブリーフっぽいパーツ、赤色のグリーブを身に着けたレッグパーツが逆さまに突き刺さり、ギャグ漫画よろしく足を曲げてつま先を痙攣させていた。

 言うまでもなく、エックスとゼロ、そしてアクセルとか言うガキンチョハンターのなれの果てであった。

 

「は……はは……」

 

 キンコーソーダーは薄笑いした。

 体が勝手に動いた、と言わんばかりに見張り2人を始末して、誘われるようにやってきた崩落現場で目の当たりにした、目障りなイレギュラーハンター達の無残な姿。

 目の上のタンコブであった彼らの最後に、キンコーソーダーは興奮せずにはいられない。

 

「はははははははははははッ!! ざまぁみやがれぇッ!!!!」

 

 腹の底からこみ上げる歓喜をぶちまけるように、キンコーソーダーは叫びながら瓦礫の丘を駆け登る。

 実にいい気味であった。 自らが頼み込んでアポイントを取った会合が、爆発オチで締めくくられた事など些細でしかない。

 特にエックスが埋まっている辺りで狂喜乱舞し、何度も地団駄を踏みコンクリート片に沈んでいるエックスを蹴りつける。

 特に恨みの強い青いハンターの上に立ち、マウントを取るような行動が一層キンコーソーダーの嗜虐心を煽る。

 

「散々ビビらせやがって! いい気味だ! 一生そこに埋まってやがれバーカ! テツクズ! ブルマンX!!」

 

 一発一発強く踏みつける度、実に気持ちが良く晴れやかになる。 キンコーソーダーは力の続く限り何度も踏みつけた。

 何度も、何度も!

 

「……死ねッ!! ……死んじまえッ!! ……ハァ……ハァ……」

 

 が、逃走直後からのストンピングは流石に体にも堪えたか、息切れと同時に踏みつける足の勢いも衰えていく。

 

「ッハァ……もうこの辺にしといてやるか……ククク……」

 

 遂には踏みつけるのを止め、肩で息をしてひと段落つくキンコーソーダー。 体の疲れが先に来たが、とりあえず鬱憤を晴らす事は出来たようだ。

 

 休憩と共に頭の方も少しずつ冷静さを取り戻していく中、キンコーソーダーは早速思考を巡らせていた。

 ビルごと爆破されて瓦礫の下敷きになったと言う事は、少なくとも彼らは失敗した。 それもネズミとして潜り込むと言う意図を読まれ、待ち伏せされていた可能性がある。

 向こうが最初から気付いていたかどうか、そんな事は関係ない。 問題は彼らの敵対勢力をけしかけると言う裏切りの図式が成り立っていると言う事だ。

 いずれはこの行為が後を引くか、最悪抹殺される危険性がある。 闇の住人である彼らにして、契約違反がどのような結果を招くかは痛い程に良く知っている。

 ここはほとぼりが冷めるまで暫くは身を隠す必要がありそうだが……それでもエックス達と言う最大のリスクが消えてくれた事の方が今は大きかった。

 ひとまず落ち着いたとは言ったが、それでも心の昂ぶりはまだ消えておらず、あと一回、あと一回だけは腹の底から大きく叫びたい気持ちであった。

 

 キンコーソーダーは自分の気持ちに最後の区切りをつける為、両手を握り締め腕を曲げてガッツポーズを取り、もう一度だけ廃墟の静寂を裂くような歓喜の叫び声を上げた。

 

 

「俺は自由だあああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それはキンコーソーダーにとっては一瞬の油断だった。

 興奮に燃え上がる彼の心に冷や水をぶっかけるがごとく、むしろ液体窒素を浴びせかけるような、冷たい何かが彼の足首を掴んだ。

 突然の違和感にキンコーソーダーは首を下に向けようとした。 しかしそれは叶わない。

 

「 俺 の 名 前 は ロ ッ ク マ ン X だ 」

 

 瓦礫の底から響く凍てつく程に冷たい声が、キンコーソーダーの全身を硬直させる。

 天を仰ぐようなガッツポーズのまま身動きが取れず、遅れてやってきた背筋が凍るような悪寒が彼の体を震わせた。

 

「ち、違う……俺は『ヤァヌス』に告げ口なんかしてない……アンタらが爆発に巻き込まれたのは俺のせいじゃねぇ……!!」

 

 全身の震えの中声を絞り出し、何とか必死で弁明をしようとするキンコーソーダー。 最早勝利に酔いしれていた彼の姿はそこにはなく、非情な宣告だけが無慈悲に突き付けられる。

 

「見張りを振り切り錠前まで外して一人で逃げた…… 十 分 俺 達 を 裏 切 っ て い る 

 

 マック達と口裏を合わせたかどうか、そんな事は最早関係なかった。

 ……折角逃げ出すチャンスができたのに、何故崩落現場に行こうと思ったのか。

 日頃リスク管理を徹底する彼が、何故今回に限って死体をわざわざ確認に行ったのか。 瓦礫の下敷きになった彼らを見て何故その場で満足しなかったのか。

 ひょっとしたら崩れ去るビルの姿は、少なくともキンコーソーダー自身にとっては、欲深な者を財宝で誘い込んで陥れる為の罠でしかなかったか。

 後悔は先に立たずと言う言葉があるが、それを思い出すには全てが遅すぎた。

 

 天を仰ぐガッツポーズで固まる中、今となってはキンコーソーダーに出来る事は覚悟を決める以外ない。 何故なら、これから先彼に確実に訪れる未来は――――

 

 

「『シ ョ ッ ト ガ ン ア イ ス』 ッ ! !」

 

 

――――――――絶望しかないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃあああああああああああああああッ!!!!」

 

 奇声とも取れる叫び声を上げながら、辛うじて生き永らえたアクセルは瓦礫の中から身を起こした。

 

「何がたっぷり5分だよ!! やっぱり裏があったじゃないかもおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 怒号と共に。 こちらを罠にはめる狡猾なマックが、まともに爆弾のタイマーを教えてくれる筈がない。

 残り時間5分と言う言葉を疑う自分は間違ってなかったのに、結局周りに言いくるめられてビルの爆発に巻き込まれてしまった。

 正直一歩間違えれば死んでいた――――というよりは、実際に河原の向こうで髭面の科学者が、厚着をした金髪娘と一緒にコサックダンスを踊りながら、こちらへ手招きしている光景がおぼろげに見えていた程である。

 不機嫌極まりなく体についた土埃を払っている中、アクセルの元に声がかかった。 

 

「生きていたんだねアクセル! よかった、皆仲良く爆死するかと思ったよ!」

 

 いつものアーマーやヘルメット姿だが、全身黒焦げでメットの上からアフロヘア―になっている明るい笑顔のエックスだった。

 

「全くだよッ!! やっぱり僕間違ってなかったじゃない――――」

 

 皮肉たっぷりに悪態をついてやろうと思ったが、エックスの後ろの瓦礫の丘の頂上にいる何かを目の当たりにし、不満を忘れて一気に意識を奪われた。

 逆さまに突き刺さり足をばたつかせる下半身姿のゼロと、ガッツポーズのまま氷漬けになり、冷凍庫を開けたばかりの様な冷気を漂わせる前科者(キンコーソーダー)がそこにいたのだから無理もない。

 アクセルが呆気にとられたまま丘の上を眺めていると、埋もれた上半身を何とか引き抜いたブラックゼロが綺麗に足から着地。 咳込みつつも体を横に振り、こびりついた煤を落としては元の赤いゼロに戻っていく。

 

「ああクソ、とんでもねぇ目にあっちまったぜ……マックの野郎――――うおっ!?

 

 身を起こすなりアクセルと同じように愚痴るゼロだったが、やはりというか隣で氷漬けになっているキンコーソーダーに驚かされる。

 

「な、なんでこんな所にキンコーソーダーが居やがる?」

「僕も分かんないよ……もう何が何だか」

「ああ、彼はどさくさ紛れに逃げ出して、俺の事わざわざ馬鹿にする為にやってきたんだ……意味は分かるね?」

 

 疑問符を浮かべるゼロとアクセルに、笑顔の裏に威圧感を漂わせるエックスの言葉。

 

「ああ……」

「成程ね……そういう話か」

 

 2人が状況をある程度察するにはそれで十分だった。

 

<……ザザッ……んな……皆聞こえる!? ああ、やっと繋がった!!>

 

 皆して生暖かい目を氷像に注ぐ中、長らく途絶えていたエイリアからの通信が届いた。

 もう通信を秘匿する意味もない、エックスは受信側の設定をスピーカーに切り替え、エイリアの声がゼロとアクセルにも聞こえるようにした。

 

「こちらエックス」

<一体何が起こったの!? 通信は途切れるわビルは崩れるわ……おまけにキンコーソーダーが見張りのハンター倒して逃走――――>

「キンコーソーダーなら確保した。 自分からこっちにやってきたから俺が捕まえた」

<ええッ!? 貴方『ヤァヌス』の幹部と話をしていたんじゃ――――それに廃ビルが崩落したのって、まさか!?>

「ああ、それについては――――」

 

 次々と起こったトラブルに驚愕の色を隠せない色だったが、対してエックスは淡々と状況を説明する。

 この間ゼロとアクセルは、氷漬けのキンコーソーダーに視線を戻し、呟くように話していた。

 

「わざわざ確認なんかしに来ないで、さっさと逃げてりゃいいものを……まあおかげで手間は省けたがな」

「だね。 しっかし見事に凍ってるね……これ溶けるのかな? 溶かす気なんかないけど」

 

 危険だと分かっていて何故戻ってきたのか……ガッツポーズのまま凍らされたキンコーソーダーの心中を2人は測りかねていた。

 そうしている内にエックスは、エイリアへの状況説明を簡潔に終わらせつつあった。

 

「――――まあ、ビーコンを追っていけばマックの位置を特定する事は可能だ。 十分挽回のチャンスはある」

<……色々ツッコミどころあるけど、不幸中の幸いと言う事にしておくわ。 襲われた隊員達には既に応援が向かっているから、次はキンコーソーダーを回収に――>

「いや、それには及ばない。 むしろ俺達に必要なのは……」

 

 背後を向けて応対するエックスが、キンコーソーダーの氷像へ振り返って一瞥。 

 

 

 

 

「クール便だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、冷凍庫のついたトラックにて適切に、かつしかるべき場所にキンコーソーダーは『護送』され、以後暫くはアブハチトラズ刑務所の広場の中央にて飾られることとなる。

 日の光や雨風に晒されてなお、ガッツポーズのまま中々に解凍されない彼の姿は、刑務所のルールとして君臨したかつての彼の役割に相応しく、檻の中の悪党を震え上がらせるには十分すぎる貢献を果たしたそうな。

 

 

 



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チャプター5:台湾仕込み
第22話


 ようやく再開の目途が立った……随分お待たせしましたが、連載再開と致します!


 時刻にして午前9時半、湿気た空気に肌を刺すような強い日の光。 虫の羽音に鳥の(さえず)りも相まって秘境の雰囲気を醸し出す。

 南米がアマゾン川流域のさる密林地帯、鬱蒼とした木々に囲まれた暑苦しいジャングルの中に『ヤァヌス』の秘密基地は存在する。

 元々は移転によって放棄されたレプリフォースの軍事基地だったが、資材や兵器等の引き上げのみで建物自体を解体しないと言う、機密保持の観点からは信じがたい状況に置かれていた為、そこを『ヤァヌス』を立ち上げて間もないマック達が目をつけ、衛星で姿を捉えられないよう擬装を含めた改築の後に再使用されていた。

 

 

「あっ! ボスが帰ってきた!」

 

 そんなジャングル内に擬装された秘密基地のわずかに窺える唯一のヘリポート。 そこを警備する複数名のレプリロイド達の中に、大きなキノコの胴体に顔と手足のついた姿のレプリロイドが空を見上げていた。

 彼の名は『スプリット・マシュラーム』。 見上げた目線の先からこちらに飛んでくる航空機に、マシュラームは大きく手を振って出迎えた。

 

 航空機はヘリポートの真上に停止すると、スラスターを真下に吹きながらゆっくりと降下。

 風圧を受けながら降りてくる航空機を眺めるマシュラームの前に、スムーズな動作で着地を完了させる機体。

 エンジンが切れ、下がるタラップと共に乗降口の扉が開いた先に現れたのは2人の男。

 

「お帰りなさいボス!」

「出迎えご苦労」

 

 険悪なムードを漂わせる人質のホタルニクスと、余裕の表情を浮かべるマック。 警備兵数人を引き連れマシュラームは無邪気に彼らを出迎えた。

 

「守備はどう? キッチリあいつらをやっつけた?」

「フッ、この俺を誰だと思っている。 あの3バカにはとびきりの恐怖を味わわせてやった」

「さっすがボス! ……ってあれ? 何でボス胸の所に手形なんかついてんの?」

 

 上半身を縛られるホタルニクスを押しながら降りてきたマックを見て、ふと彼の胸に張り付いている手形が気になるマシュラーム。

 

「奴らの最後の悪あがき……らしい。 まあそんな事はいい、博士を連れて他の部下に剥離剤を持ってこさせてくれ」

「了解~♪ ……さておじいちゃん。 一緒に行こうか」

 

 マックに代わって背中を押すマシュラーム。 そんな様子を眺めるマックにホタルニクスが鋭い目を向ける。

 

「マックよ……言っておくが儂はお前に協力する気はないぞ」

「いいや、貴方は協力せざるをえない。 大切な『あの子』の為にも」

 

 そう言ってマックは乗降口から見える機内……正確には機内の『積み荷』に目をやる。

 

「警備兵、機内の小箱をもってマシュラーム達についていけ。 丁重に扱えよ?」

「ハッ」

 

 警備兵の一人が敬礼すると、素早くタラップを登り機内に駆け足で入っていった。

 

<アタシもずっとヘリを操縦してたから疲れちゃったわ。 悪いけど一足先に休ませてもらうわよ>

「フッ、好きにしろ」

<それじゃあお先に失礼。 マシュラーム、後でアタシと一緒にヒーローごっこでもしようねぇ>

「やった!」

 

 機体からクジャッカーの気配が消え、中から『積み荷』を持った警備兵が出てきてはマシュラームと合流、そのまま3人で基地内に通じる出入り口へと歩いていく。

 時折ホタルニクスが振り返るが、マックを睨みつけるその眼は恨めしいまなざしを送っており、肩はわずかに震えていた。

 

「……卑怯者め」

「何とでも」

 

 連れられながら恨み節をぶつけるホタルニクスを、マックはまるで取り合わずに空を見上げた。 視線の先にあるのは遥か高くを漂う件の衛星か、それとも……。

 

「ばかばかしい……奴らはもう死んだんだ」

 

 タイマーを5分と見せかけ残り2分で施設を焼き払った憎きあいつ等。 された事と同じ目に合わせてやったのだから、今更生きている筈もない。

 マックは頭の中から奴らの存在を振り払うと、残った警備兵達に引き続き警備に当たるよう、労いも兼ねて一声をかけマシュラーム達と同じく基地内へ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 ――――エックス達の事も思い浮かべたのが、まさか虫の知らせだったとは気づきもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日正午。 マック達が着々と衛星奪取の段取りを進める秘密基地から、50km程離れた場所に新たに森を切り開いて建造された現役のレプリフォース基地がある。

 鉄条網のフェンスと検問で敷地を囲った物々しい基地周りの、すぐ側のジャングルの茂みにエックス達は潜んで様子を窺っていた。

 

「……ここがレプリフォースの新しいアマゾン基地か」

「カーネルの奴、12時過ぎに戦車の移送を行うとか言ってやがったがな」

「堂々と中に入れてくれたら楽なんだけど、そうもいかないんだよねぇ……」

 

 我らがハンター3人が、任務に取り組むレプリフォースの隊員達をフェンス越しに捉え呟いた。

 

 マックに張り付けたビーコンは、潜伏地点のおおよその位置を把握するのに確かに役に立った。 しかし『ヤァヌス』の潜んでいる場所には強力なジャミングがかかっているのか、アマゾン川の特定のポイントに南下した辺りで発信が途絶えてしまった。

 そこでオペレーター達の必死の努力で発信の途絶えた近辺を解析した所、つい最近移転の上新たに建造されたと言うレプリフォースのアマゾン基地がある事が分かった。

 アマゾン基地の責任者はゼロの旧知の仲である『カーネル』なる司令官だった為、一応怪しい動きがないかゼロを通して尋ねてみた。

 無論『ヤァヌス』の関与は否定したが、どうも彼自身の与り知らない所で軍の資材が横流しされているらしく、既に内偵を進めていると言う情報をこっそり教えてくれた。

 

「内密に処理したいだろうによく教えてくれたもんだ。 感謝するぜカーネル」

「そんな彼の目を盗んで横流しをする裏切者か……それこそ『ヤァヌス』が絡んでる可能性がありそうだ」

「何にしても、今度こそバレないようにやらなきゃね」

 

 行動前に3人は慎重を要する事を再度確認しあう。 前の『MEGA MAC』の時とは違う、内部からの情報を掴んでいるだけに精度は高いが、一企業ではなく軍が相手となれば失敗は許されない。

 カーネル大佐の後ろ盾はあれど、あくまで非公式なので何かあれば彼にまで迷惑をかけてしまう。 潜り込むからには彼の『与り知らない所』で調査をしなければならない。

 

「さて……あいつが教えてくれた警備体制じゃ、昼休みの交代でフェンス周りの巡回は一時的に手薄になる筈だが――」

 

 ゼロが基地周りをもう一度見渡した時、フェンスの内外で見回っていた警備兵が何やら無線を受け取ると、踵を返して基地内に戻っていく。

 

「おいおい、普通交代が来るまでは兵士を残しとくもんだろ」

「もしかしてカーネル大佐が隙を作ってくれたんじゃない?」

「見て見ぬフリって訳か……丁度いい、ご厚意に甘えさせてもらおう」

 

 エックスは念入りに周りを確認し安全を確保すると、3人揃って立ち上がっては見張りの手薄になったフェンスに駆け寄った。

 アスファルトの敷き詰められた道路を横切り、草の生い茂る路肩に素早く飛び込み身を隠す。 草むらを匍匐してたどり着いたフェンスには、錆びて風化しかけている箇所を見つける。

 脆くなっている部分を見つけたエックスは、兵装を特殊武器『フロストタワー』に切り替え、青から水色に変化した腕を錆びた網にかざす。

 

「こうやって出力を弱めれば……」 

 

 本来この武器は全身が氷柱に覆われる程の冷気を発するが、彼が言うように武器の出力を落としているエックスの手からは、涼しげな冷気が少しずつ漂うのみ。

 それを茶色い金網にかざし、大人一人分の腰回りより少し大きめに半円を描くようになぞる。 するとエックスの手が触れた部分から、錆びたフェンスに氷の膜が広がる様に張られていく。

 半円をなぞり終えると、頃合いと判断したエックスは武器を解除し、半円の中央を握りしめて両手を引いた。

 金網は凍結によって弾力を失った部分からもげるように、半円で囲っていた部分が大した抵抗も音もなく、拍子抜けするほどにあっさりと外れる。

 

「これでよし……さあ行こう」

 

 網を外したエックスが我先に網を潜り抜け、他の2人も続いて敷地の中に入り込んだ。

 エックス達は潜り抜けた先にある格納庫に駆け寄り、人目に付きにくい壁際を走る。 軍事基地と言うには見張りは少ないが、決して無人ではない為用心する。

 カーネルからの情報では、後数分でここから離れた空軍基地に、空輸の為軍用車両を搬送すると言う段取りになっているらしく、その過程でこちらが用意した車両よりも少なく見積もって先方に報告し、予定より『余った数』を横流しにされるとの事だ。

 マックに張り付けた追跡装置の指し示した場所がこの地域であると分かっている以上、恐らく近辺に『ヤァヌス』の基地があって、何らかの方法で運搬中の資材を横取りする段取りが出来ているのだろう。

 だとすれば、こっそりと盗まれる車両に潜り込みさえ出来れば、後は『ヤァヌス』の秘密基地に運んでもらえる可能性が高いと言う寸法だ。

 相手の秘密基地への侵入する段取りを頭の中で反芻する中、ふと通りがかった格納庫の裏側にある小窓から話し声が聞こえた。

 

「ええ、そろそろ出発する予定ですボス」

「……うん?」

 

 3人は動きを止め、頭上に位置するわずかに開いた窓に振り返った。

 

「分かっています。 資材の発注と受領数が合ってない事が何度も続いていますからね。 軍の上層部にそろそろ気付かれそうですし、この辺が引き際でしょう」

 

 身軽なアクセルがジャンプして声の聞こえる小窓に掴まり、身を持ち上げて中の様子を窺う。

 中は人気のないオフィスで、軍服の掛けられたハンガーにパソコンの置かれたパイプの机と椅子が並べられ、壁際の棚に書類の納められたバインダーが整然と入っている、特に飾りっ気のない殺風景な間取り。

 そこにたった一人の軍人タイプのレプリロイドが書類を片手に何者かと連絡を取り合っていた。

 

「今回は最新鋭の戦車です。 ローダーに乗せて第二検問を超えた辺りでルートから外れましょう。 では、後程」

 

 そう言って無線の通信を打ち切ると、書類を持ったまま部屋の入口らしき扉へと歩いていき、ドアノブを捻っては特に背後を振り返る事無く、さっさと出て行ってしまった。

 内容から察するに、どうやら彼こそが資材横流しの下手人のようだ。 と、なれば、今無線機越しに話していた相手が誰かは……最早考えるまでもない。

 アクセルは窓の縁に身を乗り出したまま、見上げるエックスとゼロを振り返る。

 

「ラッキーだね。 こんなに早く盗人を見つけるなんて」

「あんな大声で話すとは……ま、おかげで手間が省けたがな」

「戦車を積んでローダーで運搬するらしいな。 えっと、じゃあそのローダーはどこに――」

「直接中のコンピューターで調べた方が早いよ。 僕見てくる」

 

 アクセルは僅かに開いていた窓を押し開くと、中に潜り込むように室内に入っていった。

 

「おいアクセル、気付かれるぞ?」

「平気平気! アイツもそうそう戻ってこないでしょ、何とかなるって!」

「……ま、あいつなら上手くやるか」

 

 勢いで中に入っていくアクセルをエックスは心配そうに声をかけ、一方でゼロはアクセルなら上手くやるだろうと軽く流した。

 

 

 して、先程窺った通りの人気のないオフィスに忍び込んだアクセルだが、早速壁際のパイプの机に置かれているデスクトップ型の端末を見つけると、キーボードを入力して素早く見たい情報を探していく。

 ログインされたままでパスワードの入力要求もなかったので、労を要せずしてお目当ての運搬用ローダーの格納されている場所を特定できた。

 

「ここから東に2フロア先の第3格納庫……何だ、すぐ近くじゃない」

 

 特に慌てて位置を特定する必要もない近所にある事を突き止め、アクセルは拍子抜けした。

 壁の向こう側にいるエックス達にお目当てのローダーのありかを伝えた――――その時である。

 先程の汚職軍人が出て行った、通路に繋がる扉の向こうから足音が聞こえてくる。 それも足音は段々とこちらに近づいてくるように感じられた。

 

「っエックス! ちょっとごめん、先行っといて!」

「どうしたアクセル!」

「誰か来たみたい! 僕誤魔化すからその後で部屋から出るよ!」

 

 兎に角アクセルは仲間を先に目的地に行かせる事にした。

 気づいたのが少々遅かった為か、気付いた足音の位置はかなり部屋に近かった。 部屋の出入り口は振り向いた先にある通路への扉1つ。

 このまま入ってきた小窓から出ようにも、狭い窓を潜り抜けようとしているのを見られる可能性が高い。

 アクセルは何か誤魔化せる方法がないかを考えながら周囲を見渡し、そしてすぐ閃いた。

 

「――『変身』ッ!!」

 

 ハンガーにかかっている軍服が目に入るなり、アクセルは『Aトランス』によって事前に持ち込んでいた軍人レプリロイドのデータを読み込み、擬態する。

 ほぼ同時にドアノブが開き、中へ入ってきた別の軍人レプリロイドと目が合った。

 

「……ん? 何だお前、ここで何をしている?」

 

 入ってきた軍人の胸には階級章が、正方形に黄色で縦に線の入った模様……『少尉』を意味するマークが張られていた。

 対してアクセルは下側半円、上側に三角を合わせた『上等兵』を、所謂兵卒と呼ばれる下っ端の軍人の姿を借りていた。

 

「はっ、先程この部屋に居られた上官に部屋の跡片付けを命じられたであります」

 

 アクセルは敬礼し軍人に成りすましながら、畏まった口調でやってきた『上官』を言いくるめた。

 するとやってきた少尉は腕を組み、困ったような面持ちで少しごちる。

 

「あいつ……部屋の跡片付けぐらい自分でやればいいものを。 カーネル大佐に見られたらどうするつもりなん――――ん?」

 

 少尉がふとアクセル扮する上等兵の背後にある、先程までローダーの位置を探ってそのままだったパソコン画面を注視する。

 

「開いたのはお前か? 資材の管理は兵卒の仕事じゃないだろう、何故搬入の情報なんか見てるんだ?」

「ッ! いえ、自分が来た時にはこの画面のままでした」

「……ふん、まあいい。 今見た画面の事は忘れろ。 お前がこの基地で働いていきたいと思うのならな」

「きょ、恐縮です!」

 

 アクセルが震え声で敬礼すると、少尉は満足げに鼻息を鳴らし踵を返し、開きっぱなしだった出入口のドアノブに再び手をかける。

 

「もう一度言うぞ。 この事は内密にしておけよ? ただでさえ安月給でこき使われてんだ、俺達の小遣い稼ぎの邪魔したらタダじゃおかん」

 

 最後にアクセルに念押しすると、逆手で扉を閉め廊下の奥へと足音を遠のかせていった。 とりあえず一難は去ったようだ。 アクセルは軽くため息をつき、変身を解除した。

 

「やってらんないね……後でカーネル大佐にチクってやろ」

 

 兵器類を含めた資材の横流しなど到底一人でできる事ではないと分かっていたが、まさかこの場でグルと遭遇するとは思わなかった。

 組織など決して一枚岩ではないが、あそこまで仕事に対して軽薄な態度を見ると辟易せずにはいられない。

 この事はゼロを通して彼らの上司にきちんと報告してやろう。 その暁には粛清が待っているだろうが、汚職に手を染める輩にかける気遣いなどアクセルは持ち合わせていない。

 とりあえずすべき事はしたので、先に行ってもらったエックス達の元に合流しよう。 気持ちを切り替え、アクセルは再度小窓に手をかけた。

 

 



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第23話

「遅れてごめんね!」

 

 防爆構造の格納庫内にあるコンテナの陰に隠れていたエックスとゼロの背後から、少しの間をおいてやってきたアクセルの小声がかかる。

 

「首尾はどう?」

「整備に時間がかかってるようだ……だがもうすぐ終わる」

 

 物陰から様子を窺うエックスの目線の先には、目標と思わしきローダーの側で、片方はタブレットをもって点検項目を逐一確認し、もう片方が工具を片手に膝をついて作業をする整備兵2人の姿がある。

 ローダーの運転席のすぐ後ろにある荷台には最新鋭の戦車が鎮座しており、物々しい大柄な主砲や歩兵撃退用の軽機関銃がハッチ周りに備えられたモスグリーンの車両が存在感を醸し出す。

 戦車は荷台に物理的にも電子的にも固定されており、運転席に備え付けられている電子ロックのパスワード入力によって初めて解除及び荷下ろしが可能となっている。

 

「どうだ? 作業は終わりそうか?」

 

 ローダーの整備作業をする2人の元に、先程『ヤァヌス』らしき相手に電話をかけているのをアクセルが確認した兵士が、彼らに声をかけながら歩み寄ってきた。

 

「あともう少し……ここのボルトを締めれば……よしOK!」

「これで全部の点検項目が――うん、問題なし。 いつでも行けるぞ」

「よくやってくれた。 これで先方も喜んでくれるよ」

 

兵士は整備兵2人の報告に顔を綻ばせる。 責務を果たせる事に安堵しているようだが、果たして『先方』とは誰の事やら。

 

「しかし最近資材の配送が多いな。 そりゃうちの基地は軍の車両や資材の中継ポイントも兼ねてるとは言え、たった1台で輸送する案件ちょくちょく見かけるぞ?」

「衛星『きんた〇』のアップデートにゃレプリフォースも一枚噛んでるからな。 結構なリソース割いてるから大口の輸送の合間を見て少しずつでも送らないと資材が足りないんだ」

「ふーん、この最新鋭の戦車もそうなのか? ……ま、兵器の置き換えも進んでるし、車両も合間見て送らなきゃならんのかもね」

「……そういう事だ。 そんじゃまあ、無理を言って悪かったな。 これで今日の夜にでも美味い酒飲んでくれ」

「お、悪いな」

「いつもスマンな。 そんじゃ、いい結果期待してんぜ」

「あいよ」

 

 整備兵2人は車両に乗り込もうとする兵士に対し、互いに大手を振りながら上機嫌にその場を離れていった。

 

「貰っといて言うのも何だけど、アイツこんなに俺達に奢って金あんのかねぇ?」

「確かに最近羽振りがいいよな。 副業でもこっそりやってんのか?」

「まぁ知らねーけど、まさか最近噂になってる資材の横流しとか――」

「滅多な事言うな。 こんな白昼堂々と資材や車両を盗んで売りつける奴がいるかよ」

「それもそうか、悪かったな」

 

 今しがた車両に乗り込んだ同僚の財布の紐の緩さに首を傾げながらも、特に気にすることなく去っていく整備士2名。

 会話の流れから何も知らないであろう彼らの直感は実は正しく、たった今ローダーに乗り込んだ兵士は正にその横流しを堂々と行おうとしている。

 恐らくは先程アクセルがオフィスにて鉢合わせになった、少尉もとい『共犯者』の協力あって。 

 

「まじめにやった仕事が犯罪の片棒担いでたなんて……あの兵士許せないな」

 

 不満げにごちるエックス達の存在をかき消す様に、ローダーのエンジン音と格納庫のシャッターがゆっくりと開く音が格納庫内に反響する。

 

「今はいいんじゃない? 僕達を便乗させてくれることなんだし、後で身をもってお礼参りさせてもらうだけだよ」

「……ローダーが出発するぞ。 車の下に潜り込もうぜ」

 

 シャッターの開いた外にいる別の兵士の誘導を受けながら発進するローダーへと、3人は誰かの視界に映らぬよう素早く身を屈めてダッシュ! ローダーの底へと潜り込んでは速度が落ちる前に素早く身をよじって仰向けになり、車体の底に張り巡らされた配管や、アンダーパネルのわずかな出っ張りを指先で器用に掴まえた。

 背中ではローダーの全身によってアスファルトの流れる音が聞こえ、狭苦しい空間と相まって3人に得も知らぬ緊張感を与える。 

 しばし走った後に止まっては検問にて目視とセンサーによるチェックが入ったが、まさかイレギュラーハンターが潜り込んでいると思わない、運転手の兵士や詰め所の警備兵は当然のようにスルー。

 

 恙無(つつがな)く検査を終えたローダーは、アスファルトから土を固めて舗装された地道に乗り出し『別の基地』に向けての輸送が始まった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方マック達『ヤァヌス』の秘密基地においては、今現在1階に当たるフロアのさる一室にて、囚われの身となったホタルニクスに対し取り調べが行われていた。

 

「ぬわあああああああああああああああああああッ!!!! や、やめるのじゃああああああああああああッ!!!!」

「ほらほら! おじいちゃんも早く喋ってよ! 早くしなきゃ取り返しのつかない事になっちゃうよ?」

 

 椅子に縛り付けられながらも必死で抵抗を試みるホタルニクス。 苦悶の叫び声を上げる彼の目線の先には、机の上に乗せられた箱に対し、口から湯気の立ち昇るヤカンを傾けて熱湯らしき液体を一滴ずつ垂らすマシュラームの姿が!

 

「この縄を外せッ!! その子達は関係ないッ!! 熱湯をかけたければ儂にかけろぉ!!」

「ダメだよ! 悪者を懲らしめるならまず悪の戦闘員からやっつけるのが、ヒーローものの鉄則なんだからね!」

「どの面下げてそんな事をッ!! 儂の作った衛星の為に人攫いまでする貴様らに言われる筋合いはないわッ!!」

「こんなに僕がお願いしても教えてくれないおじいちゃんの方が悪者だよ! 正義の味方の悪口言う奴は……こうだよ!!」

 

 マシュラームは無慈悲に熱湯を注ぎこむと、箱の中から湯気が吹き出し何やら内側から箱を叩く小さな音が無数に聞こえ、僅かに箱そのものを揺らしていた。

 ヤカンを注ぐマシュラームの表情は無邪気な笑顔を浮かべ、それが一層幼さ故の残忍な一面を際立たせていた。

 

「おあああああああああああああああッ!! げ、外道共めえええええええええええええッ!!!!」

 

 透明なケースの『地獄絵図のような中身』に目を見開き、身を左右によじり足をばたつかせてもがくホタルニクス。 暴れる余り椅子もろとも地面に倒れるが、お構いなしに地面をのたうち回る。

 彼も護身にとレーザー兵器を尻尾と両の手に仕込んではいるが、兵装にロックをかける拘束具を腕にかけられている為、一切の抵抗は許されない。

 取り調べと言うには余りに惨たらしい仕打ちに何度も心が折れそうになるが、しかし彼の使命感が屈服を許さず、それが余計にマシュラームの嗜虐心を煽ってはホタルニクス自身を苦しめた。

 拷問が始まって既に1時間……彼にとっては永遠に等しい責め苦を味わい続ける中、不意にマシュラームの背後にある取調室の出入り口の扉が開く。

 

「マシュラーム、まだ博士は喋りそうにないか?」

「あ、ボス! 全然ダメだよ! このおじいちゃん強情でちっとも喋ってくれない!」

 

 ホタルニクスをして今となっては憎たらしいマックが姿を現した。 悪に堕ちた男の声にホタルニクスは鋭い目線をマックに向ける。

 ……が、今の彼の表情と言えば自分を基地に連れてきた時の自信に満ちた笑みではなく、口元を結び下唇を突き出して……不機嫌な様子を隠しもしていない。

 よく見れば胸元に張り付いていた手形は剥がれ、それと思わしきものを右手に握りしめていた。 マックの震える口元から、にわかに信じがたい言葉が飛び出した。

 

「そうか、意地でも口を割らないのなら実力行使だ……見せしめにハンターベースに『きんた〇』のレーザー兵器を発射する!」

「な、何じゃとぉ!?」

 

 椅子に縛り付けられたままのホタルニクスが、余りに衝撃的な一言に地面を飛び跳ねた。

 

「遂に気が狂ったかマック!!」

「ええ!? ボス! あのレーザー兵器を今使っちゃったら僕達の居場所バレたりしない!?」

 

 マシュラームも同様に驚きおののいていた様子だった。 マックの衛星兵器発射の指示はマシュラームにとっても寝耳に水のようだ、が……。

 

「同じ事だ……アイツら、腐っても特A級ハンターだったらしい。 してやられた気分だよ!!」

 

 マックは最早怒りを隠そうともせず、握りしめていた手形を机の上に叩きつけた。 粘着シールのすぐ内側で赤く点滅する『ハリテ・バスター』の手形を――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エックス、僕たち今どの辺にいるのかな?」

「基地から出た時の分を除けば、さっきの検問で2か所目だ」

「この先は確か道が2つに枝分かれしていたな」

 

 出発から約1時間、多少の道の陥没もあって大きく車体を揺らされる事もあり、ついでに水たまりの濁った飛沫を浴びたりしたが、特に振り落とされそうになることもなく順調に進んでいた。

 全身泥まみれで絶えず揺すられる実に『快適な』車の旅を満喫している中、エックスの無線機に連絡が入る。

 

<エックス、状況は?>

「今ローダーの底に潜り込んでいる。 こいつらのやり取りが正しければ、恐らく途中でルートから外れてマック達の元へ向かうはずだ」

<了解、気を付けてね。 こっちは引き続き衛星の稼働状況をチェックしておくわ……何か動きがあったら連絡するわね――――ってこれは!?>

「どうしたエイリア!?」

 

 現状ジャミングによって基地の細かい位置取りが把握できないエイリア達には、衛星『きんた〇』の動きを逐一チェックしてもらっているが、そんな彼女の声色が驚愕に染まった。

 

<きん……じゃなくって衛星に何者かが不正アクセスしているわ!!>

「何だって!?」

<ひょっとしたら『ヤァヌス』の仕業かもしれない! 発信機に気付いて報復に乗り出したのかも!>

 

 あくまで『きんた〇』と呼ばないエイリアの焦りの声と共に、エックスにも危機的な状況が伝えられ、眉をひそめる。

 

<でも以前の衛星誤射の件で、再発防止の為に私達イレギュラーハンターにも衛星へのアクセス権限が与えられているわ! 何とか命令を中断できないか試してみる!>

「了解! 俺達もできる限り急ぐ!」

 

 エックスは険しい表情のままエイリアからの通信を一旦打ち切った。 彼女の言う通り、半年前の件で一部衛星にアクセスする事は出来るようにはなっているが、相手側の『ヤァヌス』には攫われた者達を含む、開発チームだった科学者達が囲い込まれている。

 恐らくはエイリア達優秀なオペレーターの技能をもってしても、彼らの技術力には太刀打ちできず、せいぜい攻撃命令を妨害して時間稼ぎをする事しかできないだろう。

 

「くそっ! 予想以上に早く気付かれたか!」

「そんな! まだ僕達秘密基地の場所分かってないのに!」

 

 元々が潜入が上手くいかなかった時の保険ではあるのだが、ゼロ共々発信機をくっつけるアイデアをひねり出したエックスにとって、追跡がバレるリスクを考えていない訳ではなかった。

 だからすぐにでもマックの足取りを追ってここまでやってきたのだが、正確な位置を把握する前に見つかってしまったのは残念でならない。

 

 ――――追い打ちをかけるがごとく、トラブルはそれで終わらない。

 

「……はいもしもし、どうしましたかボス? え?」

 

 ローダーの上部……つまりは運転席から兵士の声が聞こえてきた。 窓を開けっぱなしにしているのだろう、煩いエンジン音だがかろうじてマックと連絡を取り合っている様子が聞こえた。

 その内容と言えば、今エックス達にとっては最も都合の悪いものであったが。

 

「何ですって? 今すぐ引き返せ!? な、何故!?」

「「ッ!!」」

「黙って言う通りにしろ!? ムチャですよ! 今ここから戻ったら、それこそ横流しが完全にバレてしまいますよ!!」

 

 エックス達は、兵士がマックらしき相手に直接引き返すよう求められたやり取りをはっきりと耳にした。 どうやらこちらの『保険』の存在に気付かれた事が確定したらしい。

 

「まずいよエックス! このままじゃこのローダー秘密基地行くまでに引き返しちゃうかも!」

「――――」

 

 焦りを隠せないアクセルに対し、エックスはこの状況で必死に頭を捻っていた。

 相手がローダーに乗ってくるのを拒んだと言う事は既にこちらの存在を悟られ、このまま気付かれずに基地に運び込んで貰い、内側から基地を制圧する奇襲作戦は成り立たない事を意味している。 やはりと言うか思い通りには簡単に上手く事が運ばないらしい。

 ローダーを運転する兵士がまともに基地まで輸送してくれないのなら、せめて基地の位置だけでも把握しておきたい。

 そう考えたエックスは逆さまに張り付いたままながらも辺りを見渡し、今現在この車両がジャングルを抜け、それほど道の広くない崖っぷちを走っている事を確認。 周囲の地形を把握した上で計画を変更する決意をした。

 

「やむを得ない。 隠密作戦は断念しよう……基地の場所を尋問してこの戦車を奪う」

「えっ!? ど、どうやってそんな事するの? 戦車って鹵獲防止にローダーに電子ロックされてるんじゃ」

 

 エックスの唐突な提案にアクセルは疑問を含んだ驚きの声を上げる。 積載されている戦車は2重で固定されている上に、ローダー自身も相当な耐久力を持っている。

 中のドライバーを引きずり下ろす事は、運転席のドアでも無理矢理引っぺがさない事には引きこもられては対処できない。 軍用故防弾性能も完璧だからだ。

 しかしアクセルの問いかけに対し、エックスの中では既にその疑問に対する答えは出ていた。

 

「昔台湾に派遣された時にやった事がある方法を使う。 合図をしたら手を放して降りてくれ」

 




 まだ割とフツーの描写……次からはようやく念願のギャグ描写入れられそう。

2018/3/18 追記
 描写ミスが発覚したので一部修正しました。


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第24話

「……何だってんだ。 ったく」

 

 これで最後になるかもしれない割のいいバイトを、向こうから一方的に打ち切られケチをつけられた兵士は悪態をつく。

 元々がちょっとした小遣い稼ぎを探していた時に『ヤァヌス』からお声がかかり、同僚共々仕事の合間を縫っては度々資材の一部を横流し、一回につき軍の月給の倍以上に当たる金額を貰っていた。

 後ろ手に回る副業ではあるものの、収入の良さに気を良くして金遣いが荒くなっていた彼らは、いつの間にか向こうの気分次第で、打ち切られても仕方がないアルバイトの金払いの良さに依存する癖がついていた。

 それだけに、いきなり戦車の輸送を中止して基地に戻れと一方的に通告されたのは寝耳に水だった。

 

「折角尤もらしい理由つけて出てきたってのに……どうやって引き返せばいいってんだ?」

 

 今ローダーを運転して戦車を運んでいるのは、こことは別のレプリフォース空軍基地に輸送すると言う建前があるからだ。

 それを途中で中止して引き返せば間違いなくその理由を求められるだろう。 軍内部で横流しの調査が進んでいる現状、目立った事をして全てがバレた日には軍法会議は避けられないだろう。

 さりとて『ヤァヌス』側も搬入の受け入れを拒否している以上、この戦車を律義に運んだ所で受け入れてくれるとは思わない。

 金づるから厄介なお荷物に成り果てた戦車に頭を悩ませながら運転していると、目の前に差し掛かるは左側の岩壁で先を見通す事の出来ない、鋭角な左カーブとなっている切り立った崖っぷち。

 ここで彼はスピードの出し過ぎに気が付いた。 大柄で重く荷台の存在で曲がり方に癖のあるローダーで、狭い崖っぷちのカーブを曲がるのは慎重を要する。

 突然の通告に気を悪くして運転が荒くなっていたようだが、幸いカーブ手前で速度超過に気づく事が出来た。

 ヒヤリ・ハットに驚きつつも、ブレーキを踏んで速度を落とし――――

 

「!? お、おいおい!?」

 

 ――――切れなかった。 と、言うよりは全く減速できていない。 ブレーキペダルは確かに踏んでいるのに、気づいてみれば踏んだ感触が余りに柔らかい。

 

「おい!! 止まれ!! ふざけんなッ!!」

 

 ブレーキが利かない――――不測の事態に兵士はパニックを起こし、シートベルトに体を固定しながらも、背筋を伸ばしてペダルを底まで踏みつける。

 必死の抵抗を試みる兵士を、しかしローダーは彼の呼びかけを顧みる事もなく、吸い寄せられるように崖に向かって一直線に突き進む。

 ここで彼がハンドルを左に切って、側面を岩肌に接触させてでも減速すれば、あるいは最悪の事態は避けられたかもしれない。

 しかし悲しきかな。 迫り来る地獄への落とし穴に怯えた兵士は、自分の身を庇おうとするあまり自ら最後のチャンスをハンドルと共に手放した。

 

「うわあああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 悲鳴を上げる中、タイヤ越しに足腰に伝わっていた地面の感触が、ジェットコースターを下り始めた直後の様な浮遊感に代わる。 フロントガラスを通して映る景色が青い空模様から崖下の森林に向き直り――――

 

 

 

 

――――そして止まった。

 

 

「ひいぃぃぃぃぃ――――って、あれ?」

 

 車体は崖下を向いている……だがそれまでだった。

 このまま奈落の底へ真っ逆さまだった筈のローダーが、突如何かに支えられるかのように静止している。

 貨物の戦車も含めて数10トンは確実にあるこの車両が崖を飛び出せば、当然真っ逆さまに崖を落ちていくだけなのに、何らかの奇跡でも起きたのか当たり前のように崖から突き出しただけの状態を保っている。

 

 ――――死に怯えていた兵士に、細かい事を考えるだけの余裕はなかった。

 

 なんにせよ、車両が真っ逆さまに落下せず姿勢を保っているのなら助かるチャンスはある。 素早くシートベルトを外し左側のドアを開け車両外板の凹凸に手をかけると――――

 

 

 

「やあ」

 

 

 ――――崖の上で太陽の光を背に、不気味なまでに自然体で右腕一本でリアフレームを掴み、ローダーそのものを持ち上げて傾けている、満面の笑顔でこちらを見下ろす青いレプリロイドと目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エックスの過ごした事のある台湾とは、果たして修羅の国だったのだろうか?

 言われるがままに合図に合わせてローダーから降りてみたが……何の躊躇も無くブレーキの配管を故障させ、そのまま崖下に突っ込ませようとした彼の決断に、崖の凹凸の物陰に隠れて様子を窺うアクセルは下顎が震え奥歯がかみ合わない思いをしていた。

 

「(何で普通にローダー持ち上げられてんの!? どうなってんのアレ!?)」

 

 そして何10トンもあるローダーを軽々と片手で支えているエックスの姿は、汚職に手を染めた不届き者を無慈悲に断罪する処刑者に見えて仕方がなかった。

 

「ひええええええええッ!! な、何なんだよアンタ!? 何でローダー軽々と掴める――――」

「そんな事はどうでもいいんだ。 お前が横流しに手を染めている事は知っている……『ヤァヌス』の秘密基地の場所を吐くんだ」

「ッ!? お前、さてはイレギュラーハンターだな!? だ、誰がお前達にわざわざ喋るんだよ! 早く俺を解放しろ!!」

 

 ちっぽけなプライドにほだされ、今まさに風前の灯火と化している兵士のささやかな抵抗に、エックスはローダーを掴む肩を下げる。

 

「――いいんだね? お前の望み通り『解放』しても俺は一向に構わないよ?」

「う、うわぁ!! やっぱり今の無し!! そ、そうだ! あの『ヤァヌス』の秘密基地はこの道!! 一本道になっててその先に放棄された旧レプリフォース基地があるんだ!!」

 

 穏やかだが有無を言わさぬ口調で崖を見下ろすエックスと、完全に崖下に隠れてて姿を窺えない兵士の慌てて言葉を翻す態度。

 アクセルの位置からだと共にその表情を窺う事は出来ないが……エックスの背中から漂う不穏なムードから、どんな表情でやり取りしあっているかは想像に難くない。

 

「それはいい情報だ……じゃあ次はその戦車を置いていくんだ。 電子ロックを解除してもらおう」

「ば、バカ言うな!! こんな下向いてる状態でロック外したら、運転席に戦車が落ちる――――」

 

 兵士が言葉を区切る前に、ローダーの特にエックスが掴んでいる辺りから金属の軋む音が聞こえ、腕を動かしていないにも拘らず、車体全体が僅かに崖に向かって垂れ下がり始める。

 どうやら重たいローダーに関わらず、エックスの腕と崖の淵を擦るサイドレール以外支えるポイントがない為に、ローダーの車体が自重で独りでにひしゃげ始めているようだった。 

 フレームを構成するボルトやリベットは弾け、果てには溶接までもがゆっくりと剥がれ、最早『脱落』までの時間的な猶予は無いように見えた。

 

「お前に選択の余地は残されていない……早くしないと取り返しのつかない事になるぞ」

「ひぃああああああああああッ!!!! 分かったよッ!! 今解除するからッ!!」

 

 兵士が慌てて要求に応えようとするのを確認すると、エックスは持ち手を右から左に変えながら右側に移動すると、特殊武器を起動したのか体を薄紫色に変色させる。

 アクセルの記憶が正しければ、これは以前にも使った事のある『ストライクチェーン』と言う武器だった筈。 ワイヤーウインチ代わりにして引っぱり出すつもりなのだろう、エックスは右手をバスターに変えるとチェーンを射出して戦車の車体を固定し始める。

 そして電子ロックが解除されたのか、元々戦車を固定していた器具が外れる音が聞こえると、エックスはいとも簡単に戦車を引きずり、すぐ背後の狭い道に落とす。 重々しい戦車の着地音が崖に響きアクセルの足元を揺らがせる。

 着地の際に土埃を上げると、エックスは車体に巻き付けていたチェーンを解放する。 崖の岩陰に隠れていたアクセルも、戦車で向こう側が遮られるとエックス達の様子を窺おうと恐る恐る近づいた。 変わらず片手でローダーを持ち上げたまま、バスターの銃口にチェーンを格納して元の青いアーマーに戻るエックスがいた。 

 

「も、もういいだろ!? 無い袖は振れねぇ!! これ以上俺に構わないでくれ!!」

「……大人しく基地に戻って処罰を受けるのなら助けてやる」

「懲り懲りだ!! 2度とこんな真似しないから勘弁してくれ!!」

 

 文字通り必死とも言える兵士の悲鳴が伝わって来る崖っぷちに、あくまでエックスとは若干距離を置きながら彼の顔を覗き見るアクセル。 エックスは不敵に、それでいて満足げに微笑んだ。

 

「いいだろう、引き上げてやる」

「ッ!! へっへへ……アンタいい人だぁ……」

 

 藁にも縋る思いとはこの事だろう。 崖下に揺れるローダーの運転席の扉に必死でしがみつく兵士の声に安堵の色が混じっていた。

 ……確かにこれだけ恐ろしい思いをすれば、2度と不正に手を染めようとは思わないだろう。 戻った先でどのような処罰を受けるかはあずかり知らぬ所だが、今は命あっての物種と言う事にしておこう。

 ひとまずは勘弁の証としてローダーを引き上げる。 エックスは息を呑んで左手により強い力を加え、頭上に掲げる程の勢いで一気にローダーを引っ張り上げた!

 

 

 

 

 

バキリッ!☆

 

 

 

 

 

 何かが引っぺがされる音と共に振り上げられたその手に握られていた。

 

 

 

 

 

 ローダーのリアフレーム『だけ』が――――。 

 

 

 

「「「あっ――――」」」

 

 

 

 エックスとアクセル、そしてローダーに取り残されたままの兵士の声が重なった。

 自重に耐え切れず歪みに歪んだローダーのリアフレーム。 それは余りに強い勢いで引っ張り上げるエックスの膂力に音を上げ、遂にはローダー本体から引きちぎられてしまった。 まるでちょっとした印刷用紙を破るかのように、いとも簡単にあっさりと。

 辛うじて重力との均衡を保っていたエックスと言う唯一の力添えを失ったローダーは、腹を支えていた崖っぷちを支点に天秤が傾くようにして一気に真っ逆さまに。

 崖の岩肌を音と土埃を上げながら滑落するローダーを、視線を奪われるようにエックスとアクセルは呆気にとられた表情で目を丸くして見つめ、そして目があった。

 

 フレームの引きちぎれたその瞬間、悲鳴さえ上げる事さえもままならず、全てを諦めたような目線でこちらを見上げる哀れな兵士の姿と。

 

 ――束の間を置いて、吸い込まれるように崖下のジャングルに消えていくローダー。

 更に僅かなテンポを開けて地響きが鳴り響くと、青々とした茂みに膨大な熱量と凄まじき爆音が崖上のエックス達を襲った。 周囲の木々をなぎ倒しながら吹き上がる熱風に、たまらず2人して身を庇った。

 腕で顔を覆いながら辛うじて見下ろしたその先には、地獄の窯に火をくべるが如く黒い煙と赤々とした光が立ち昇る……。

 

 エックスとアクセルは真顔で互いの顔を見合わせ、しばし無言となったが……千切れたリアフレームを放り投げ、咳払いから始まるエックスの声によって沈黙はすぐ破られる事になる。

 

「ゴホンッ……まあ、彼もきっとこの一件で反省してくれるよ。 来世で

「あああああああああああああああああッ!!!! アンタ鬼かッ!? 血も涙もねぇなッ!!」

 

 肩をすくめ、両腕を開いてやっちまったぜと言わんばかりの、あっけらかんとしたエックスの態度にアクセルは金切声を上げた!

 こみ上げる激情のままに鬼呼ばわりするアクセルの強い語気に、これにはエックスもむくれ顔になる。

 

「滅多な事言うな! 俺は(イレギュラー)でもないし涙ぐらいはまあ……ちょっとは出るぞ!」

「ちょっとって何さ!? 悪びれもしないでよく言えるねッ!? てか僕達落ちてったアイツと目が合っちゃったよッ!? 暫く夢に出そうだけどどうしてくれんの!?」

 

 アイセンサーに焼き付いて離れない兵士の悲痛な最期の光景。 以後暫くの間確実に自身を悩ませるであろう、アクセルは切実な問題をエックスに臆面も無くぶつけにかかる。

 これにはエックスも言葉に詰まり、少しばかり目線を宙に泳がせて……切り返した。

 

「イレギュラーとは言え同胞(レプリロイド)を狩る嫌な仕事さ……よくある事だよアクセル」

あってたまるかッ!! ……ああもう、何か頭痛くなってきちゃった」

 

 押し問答の果てに行きついたエックスの開き直りに、遂に根負けしたアクセルは頭痛を訴えた。

 よくもまあここまで平然としていられるものだ。 青いハンターの図太すぎる神経を前に、先に彼とコンビを組んでいたゼロの事を思い出す。

 自分の信じる平和の名の下にあらゆる手段を辞さないエックスとは、ベクトルは違えど同じく破天荒なゼロだからこそ何だかんだでやっていけてるのだろう。

 エロの為なら愚直になれるあの赤きエイユウに、今だけは尊敬の念を送った――――。

 

「ってあれ? エックス、ゼロはどうしたの?」

「……そう言えばゼロの姿をさっきから見ないな?」

 

 2人は軽く辺りを見渡してみた。 戦車の周囲を周ったり、ついでにアクセルの隠れていた岩陰にも目配りしてみたが、あの目立つ赤いアーマーと長い金髪の姿は全く見当たらない。

 ローダーから降りて退避するだけで、わざわざエックス達の前から姿を隠す意味などある筈もないのに。 アクセルは嫌な予感がした。

 

「まさかローダーもろとも崖下に落っこちたんじゃ……」

「そんなバカな。 ちゃんと飛び降りるように合図も送ったぞ?」

「……合図で降りろって話からして、聞こえてなかったって事は?」

 

 不安を覚えるアクセルの言い分に、エックスも沈黙した。

 2人はローダーを落とすまでのやりとりを振り返る。 エイリアから連絡がきた辺りで、確かにゼロは一言も言葉を発していなかった事を思い出す。

 

「マックの時みたいに存在をスルーしちゃったって事は、ないよね?」

「いやそんな……流石にゼロに限ってローダーにしがみついたままって事は――――」

 

 

「ぬうおおあああああああああああッ!!!! エックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 

 悪寒に冷たい汗を流す2人の元に、崖下から怒気を孕んだ非常に聞き慣れた叫び声が聞こえてきた。

 エックスとアクセルは一瞬硬直し、お互いの顔を見合わせては無言で頷くと、神妙な面持ちで燃え盛る崖下のジャングルを覗き見ると――――

 

 

「テメェェェェェェェェッ!!!! 俺ごと落としやがってえぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 ――――何と全身を炎に包まれたゼロが憤怒の形相で黒焦げになりながら、ついでに股間を黄金色に光らせてもっこりさせたまま崖を駆け上がってくるではないか!!!!

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!! ゼ、ゼロォォォォォォォッ!!??」

 

 いきり立つ自慢のバスターを携え、文字通りの火の玉と化して崖を駆け上がるその姿は、アクセルを恐怖のどん底に叩き落とすには十分だった。




※補足説明
 台湾には日本では出版されていない、やたら血の気の多いエックスを主人公とする、ロックマンX5のコミカライズ版がありました。



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第25話

 今回の話は難産だったけど何とか間に合った……25話投下します!


 一部の特A級にしかできない三角蹴りどころか、重力を無視するがごとく崖を走っては飛び上がり、隠しカラーと化した消し炭の様なゼロが、姿を目で追って背後を振り返るエックスとアクセル2人の前に着地する。

 怒りの余り眉間に皺を寄せ、肩で息をする彼の口からは怒気と煤が入り交じった黒い煙が吹き出している。

 禍々しいオーラを放つゼロを前に、エックスはキョトンとした様子で、アクセルに至っては完全に震えあがっていた。

 

「お前らどういうつもりだ……体が動かねぇのに自分だけさっさと逃げやがって!!」

「ええ!? そんな、俺はてっきりもう飛び降りたのかと思ったぞ!?」

「まさか落とされそうなのに、その、ずっとしがみついたままなんて僕も――――」

「知るかそんなもん!! つまらねぇ言い訳するんじゃねえええええええええッ!!!!」

 

 流石に動揺を隠せず歯切れの悪い2人をゼロは睨みつけながら、最早敵を見るような目で背中のZセイバーを引き抜き、ビームサーベルを展開する。

 これにはアクセルも大慌て。 咄嗟の判断で、セイバーを振りかぶりつつダッシュの姿勢を取ろうとしたゼロに駆け寄り、彼の両腕を掴んで取り押さえた。

 

「この野郎放しやがれぇ!! 俺は絶対許さねぇぞッ!!」

「わあああああああああッ!! 落ち着いてゼロ! エックスはちゃんと合図したんだよ!! はっきり『今だ』って!!」

「だから体が動かなかったって言ってんだル"ウ"ォ"!? とっととどかねぇとお前も斬るぞッ!! コラドケコラ! 馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!! どけお前! コラ!

「とにかく落ち着いて!? ゼロの事気付かなかったの謝るから!!」

 

 怒り狂うと言う表現がしっくりくるだろう。 激情に駆られ意味をなさない言葉の羅列を口にするゼロを、必死で宥めつかせるアクセルを、エックスはただただ呆気にとられたまま静観していた。

 

「(体が動かせなかった? ゼロに何か不具合でも起きてるのか?)」

 

 一応ビルの崩落によるダメージは、アマゾン川流域への出撃前に軽くメンテを行った際に、ひとまずは問題はないと太鼓判を押されていた。

 不具合は考えにくい筈だが、しかしゼロの言い分が正しければ声さえ発する事もできず、落下していくローダーにしがみついたままだったことになる。 これではまるで金縛りだ。

 

 あの敏腕メカニックであるダグラスやパレットが手を抜くとは考えにくいが、まさかチェック漏れでもあったのかとエックスが考えていた時、 混乱する現場の空気に割って入る様に、唐突にエイリアからエックスの無線機に通信が入る。

 敵がいなくなったこともあり、エックスは暴れるゼロと動きを押さえようと試みるアクセルにも見えるよう、通信相手のエイリアと互いの状況を確認できる状態に設定した上で、立体映像の投影機能をオンにしてやり取りを2人にも確認できるようにする。

 

<3人共無事!? 衛星兵器の事だけど――――って>

 

 互いに映像がリンクされ、エックス側の慌ただしい状況を目にするなり言葉を呑み込むエイリア。 一方でかなり慌てた様子で『きんた〇』の衛星兵器を口にした彼女の言葉に、もみ合いになっていたゼロとアクセルも不意に動きを止めた。

 

<えーっと、貴方達……? 今話して大丈夫な雰囲気?>

「……いや、いい。 それより緊急の連絡なんだろ。 続けてくれ」

 

 場の空気を察して口を噤むエイリアに、気にせず言葉を続けるよう促すエックス。 気を取り直すようにエイリアは一度の咳払いの後に話を続けた。

 

<――――単刀直入に言うわ。 エネルギーの充填に入っていた衛星兵器が急に攻撃命令を中止したのよ!>

「「「へっ?」」」

 

 ハンター組を慌てさせた『きんた〇』の唐突な発射命令、それが何の前振りもなく中断された事実に、3人は口を揃えて間抜けな声を上げた。

 特にゼロとアクセルはもみ合っていた両手を放し、先程の暴れっぷりが嘘のように静まり返る。 アクセルは振り返り、ゼロを背後に立たせたままエックスの無線機に向き合った。

 

「どうしてまた? いや、俺達にとってはありがたい話なんだけど」

<私にもわからない……一応中止命令の出所を見てみたけど、例によって解読不可能。 半年前のアレと同じような状況よ>

「一体どこの誰がそんな命令出したっての? まさか『ヤァヌス』の連中が心変わりしたって訳じゃないよね?」

<それはあり得ないわ。 彼らがもしそんな出所を特定されずに命令を出す方法を知ってるなら、今の攻撃命令だって同じやり方で出していたはずよ?>

「……その言い方だと、さっきの攻撃命令についてはもう発信源を特定したみたいな言い方だね」

<ええ、その通りよ。 場所は間違いなくこの近辺から出ているわ。 それもレプリフォース所有の端末から――>

 

 そこまでエイリアが言いかけた辺りで、思う所のあったエックスが口をはさんだ。 それは彼の辞世の句となってしまった、先程ローダーを運転していた兵士から入手した情報。

 

「裏付けが取れたな。 エイリア、命令の出所は恐らく奴らの基地だろう。 さっきローダーの運転手から『尋問』して『ヤァヌス』が放棄された旧レプリフォース基地を根城にしていると言う情報を掴んだ」

<――――ドンピシャね。 隠ぺい工作の徹底した彼らのやる事よ、間違いないと見ていいかもしれないわ。 ……でも基地を解体せずにそのまま放置するなんて>

「今となっちゃ変な連中に好きに使って、どうぞ。 って言ってるようなもんだよねぇ」

 

 アクセルは皮肉を言いながら、ふと会話に参加せずに背後に立っているゼロへ何気なく目線を向ける。

 その表情はつい先程まで逆上していただけの事はあるのか、変わらず不機嫌そうで苛立ちを感じさせる程に顔をしかめているゼロがいた。

 

「(ま、話遮ったついでに怒りが収まるワケがないよね――――って、あれ?)」

 

 ゼロの表情を見る中でアクセルはふと違和感を覚える。 ローダーもろとも落とされた怒りを引きずっているなら、まず正面にいるエックスを睨みつけるのが当然。 しかしゼロの目線はずっと下を向いていた。 

 そんなゼロにつられるままにアクセルも『そこ』を注視した。 当人にとっては変に意識を引っ張られてやまないらしい、黄金色に煌き存在感を誇示するご立派様に。

 

「(うっひゃぁ、まだおったててるんだソレ――あ、やっと戻った)」

 

 真面目な空気に戻りつつある中でも一際目立つソレにアクセルも色んな意味で圧倒されるが、しかしアクセルが意識をそちらに向けて間もなくして、ゼロの腰回りのテントがようやく収まり、眩い光も消え失せると彼は一息ついた。

 

「やっと収まりやがったか。 こいつが勝手に反応する時はいっつも不具合が起きやがる」

「へ?」

「うん?」

<えっ? 不具合?>

 

 中々元のサイズに納まらない自前のバスターを、腕を組み憎々しげに呟くゼロに対しエックスとアクセル、そしてエイリアまでもが疑問の声を上げた。

 ゼロ本人としてはちょっとした呟きのつもりだったのだろう。 が、話に食いついてきた3人に対しぎょっとしたような表情を見せ、話し始めた。

 

「ッ! ああ……自前のバスターが勝手にフルチャージ状態になるとな、どう言う訳か体が勝手に止まったりしやがるんだ。 半年前だってそのせいでクジャッカーに襲われかけたりしたしな!」

ブッ!

「何だって!? どういう事なんだゼロ!」

「ちょっと待って! それってやっぱり股間のアレに問題あるんじゃないの!?」

 

 聞き捨てならないセリフをゼロから聞かされると、エックスとアクセルは語気を強め、2人して少々たじろき気味なゼロに詰め寄った。

 

「落ちそうなローダーから離れられなかったのってそれが原因だよね!? ちゃんと全身きちんとメンテした!?」

「いや、俺の大事な分身だからな。 流石にここだけはダグラス達には一度たりとも触らせてないぜ! パレットは嫌がるし、野郎に触らせる気もさらさらねぇ!」

<どう見ても不具合の原因になってるわよね!? 体がおかしくなってるなら、せめて代替品にでも換えなきゃダメじゃない!>

「フッ、今の俺の自前のバスターに代えなんて利かないんでな。 そのせいで不具合と言う名の(カルマ)を背負うなら、その覚悟はできてるぜ!」

「カッコなんかつけずに直せッ!!!! また問題が起きたらどうするんだッ!?」

 

 クジャッカーの時にも不具合を起こし、全身がマヒする原因となった例のアレだが……ここにきてゼロ自身の口から、不具合など些細な問題と切り捨てる物言いにツッコミを禁じ得ない。

 ただでさえゼロの言う『大人のおもちゃ』に対して勘ぐる所があっただけに、実際に落ちるローダーと運命を共にしかけたのを見せられては、エックス達にしてみれば見逃す訳には行かなかった。

 

「ゼロ、どう考えてもやっぱり変だ! 君の『大人のおもちゃ』が何かは知らないけど、取り付けただけで不具合が出るなんて怪しい代物に違いない! どこの業者のだソレ!?」

「フツーに大手企業の製品だ! 限定モデルだから数は限られているがな!」

「限定だからなにさ!? フツーとか言って本当はヤバイ奴じゃないの!? それこそどっかの盗品とか!」

「ギクッ!!」

 アクセルの『盗品』のワードを耳にした途端、ゼロは唐突に押し黙った。 露骨に目線を横に逸らすゼロを前に、押し問答を繰り広げていた皆が口を噤んだ。

 

「――――何でそこで黙り込むの? まさか」

 

 ゼロの沈黙に対するアクセルの問いかけと共に周囲の温度が下がり、冷たくなった雰囲気の中ゼロは目線を泳がせた。

 これ見よがしな仕草こそがこの上ない答え合わせであるが、語るに落ちると言う彼の性がそうさせるのか、続けてゼロは聞かれてもいない事まで次々と喋り始める。

 

「……先に言わせてもらうが、俺は物が手に入らないからって盗みに入るほどチンケじゃねぇ! これはただ空き巣から押収した品を大切に保管していただけだ!」

「僕勘ぐっただけでまだそこまで聞いてないよね……?」

「……それって結局盗品じゃないのか?」

「バカを言うな! これは俺が責任をもって保管している『預かり品』だ!!」

<半年も自分の物にしてたら同じよ!! もう、結局ロクでもない代物だったんじゃない!>

 

 会話の流れで発したアクセルの一言から、弁明のつもりで流れるように『大人のおもちゃ』の出所を暴露するゼロに、無線越しでも分かるほどに疲れ果てた声を出すエイリア。

 本人曰く預かり品と言い張るが、結局は彼女の言う通り自分の体の一部にして、自前のバスターと主張していたのだから同じ事であった。

 

 完璧に会話の流れが悪い方向に向かっているが、疑惑の白いまなざしを送り付けるエックスとアクセルに対し、ゼロは目を閉じ軽く咳払いをする。

 

「――それよりもだ。 衛星からの攻撃命令がキャンセルされた今がチャンスだ。 さっさと『ヤァヌス』の連中を叩き潰しちまおうぜ!」

 

 文字通り話題をぶった切る様にエックス達に背を向け、ゼロは誤魔化すような無駄に口笛を吹きながら、堂々とした足取りで我先に戦車へと足を進める。

 

「ちょっとゼロ、まだ話終わってないよ!」

「スマンが今は『ヤァヌス』が先だ。 俺ごとローダー落とした事は水に流してやるからその話はナシだ、さっさと行くぜ!」

「むっ、そんなんで筋を通したつもり――――」

<……いえ、ゼロの言う通りにしましょ。 いつまた攻撃命令が出てくるか分からないのだから、先に『ヤァヌス』の秘密基地を見つけるべきなのは正しいわ……何よりあんまりこの話引っ張りたくないし>

「……しょうがないな、後できっちり説明してもらうよ?」

 

 尤もらしい理由を引き合いに出され、エイリアも話を続けたくないからか最後の方は小声になりながら、今はとにかく『ヤァヌス』優先で割り切る事にした。

 聞きたかった事をはぐらかされ呆れた様にため息をつくエックスと、アクセルに至ってはむくれた表情で「ちぇっ」と一言ごちながらも、ほぼ話題を逸らす事が目的でもあろうゼロの正論を前に渋々追及を後回しにする事にした。

 無線連絡を終えると、車両の前方に専用のハッチがある戦車の運転席に乗り込むゼロに続き、エックスとアクセルは主砲のハッチに飛び乗り、内部へと入る。

 

 して、先に乗り込んだゼロが戦車そのものの操縦を、エックスは砲台の操作及び主砲の発射を担当し、アクセルは中に入るなり内側から閉じたハッチ近くに陣取って、いざと言う時の機銃のガンナーを担当する。

 

「全員乗ったか?」

「問題なし」

「こっちもOKだよ」

 

 3人全員が乗り込むのを車内の内線を通して確認すると、ゼロは戦車のエンジンに火をつける。 街中を走る車とは一線を画す重低音が車両を揺るがし、鉄の獣と呼ぶに相応しい咆哮を上げては、崖下で燃え盛るジャングルを尻目に先を進んだ。

 先程の兵士のやり取りから、既に『ヤァヌス』は自分達ハンター3人が攻め込んでくるのを察している事は確定している。 その上でローダーではなく直接戦車だけで乗り継げば、基地に到着するなり激しい戦闘は避けられまい。

 しかしそれこそが彼らの真骨頂とも言えるだろう。 幾度となくシグマの反乱に立ち向かってきた彼らにすれば、正面切って対峙するのは望む所であった。

 

 轟音鳴り響く戦車の中で、間もなく訪れるロックンロールタイムに対しての、ゼロの気合のこもった一言。

 

「奴ら『ヤァヌス』に俺のバスターブチ込んでやるぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、発射命令が止まっちゃった……」

 

 全館に鳴り響く攻撃のアナウンスとアラート音が何事も無く止まり、マックの発した攻撃命令が不発したと言う事をマシュラームは悟る。

 取調室内の3人は無言で、マシュラームと縛られたまま倒れているホタルニクスは目を見開いたまま硬直していた。 マシュラームだけは何が起きたのかさっぱりと分からなかったが、しかしマックとホタルニクスには攻撃命令のキャンセルの原因を知っていた。

 

「……お分かりですかな、ホタルニクス博士」

 

 マックは真顔で、それでいて不気味なまでに落ち着き払った態度で足元のホタルニクス博士に向き合い、屈み込んだ。

 

「我々は既に独自のルートで衛星を操る事が出来るのですよ。 先にこの基地にやって来た素敵な協力者達の『尽力』もあって」

 

 さながら善意による協力を得られたとでも言わんばかりのマックだが、実際それはごく一部に限られ、身内の人質は言うに及ばず、過去に行った横領や研究結果の改竄等不正を突きつけ弱みを握る、または協力無くしてはこの基地から帰さないといった至極単純な手を取るなど、ほとんどは言葉と裏腹に様々な手で脅す形で無理矢理協力させているのが実情だった。

 元々の『きんた〇』の設計段階から関わった科学者を抑えるだけでも、周囲の国々にとって十分な脅威と『きんた〇』の掌握において多大なアドバンテージをもたらすが、しかしマックにとってそれだけでは不十分であった。

 

「ですがそれさえも絶対ではなかった。 貴方が隠した例のアレのせいで、我々は先手を打って下した攻撃命令をいとも簡単にキャンセルされてしまった」

 

 マックはため息をつきながら、未だ望む答えを口にしないホタルニクスを睨みつけていた。 その視線にホタルニクスもまた、憎々しげにこちらを睨み返す。

 

「……いい加減はっきりさせてくれはしませんかね? あるんでしょう!? あらゆる命令よりも最優先で衛星にアクセスできる、独自の遠隔装置らしき何かが!! 一体どこに隠したのですかな!?」

「しつこいぞマック!! そこなキノコにも言っとるが儂は知らん!!」

「強情ですな貴方も! 今現にハンターベースへの攻撃を中断したのですぞ! 無くしたと見せかけて、本当はとっくに彼ら側に協力する何者かに譲渡しているのではないですかな!?」

「本当に知らん!! 第一知ってたとしても貴様らに話す訳がなかろうがッ!!」

「ッ!! 強情な御仁だ」

 

 何度詰め寄っても口を割らないホタルニクスに業を煮やすマック。 口元を尖らせ舌打ちをすると、マックは立ち上がっては踵を返し取調室の扉に手を掛けた。 マックは背中越しに呆気にとられるマシュラームに語りかける。

 

「マシュラーム。 もっと激しくやれ」

「! 了解だよボス!」

 

 マックは振り返る事なく扉を開け、後ろ手で開いた扉を閉じるとさっさと廊下を歩いてその場を後にした。 閉じた扉を通し、ホタルニクスの悲鳴が再び聞こえてくるが、意固地な老人の相手をしている暇も今は無い。

 何故なら攻撃に失敗した以上、あの忌々しいハンター共がこの基地を目指してやってくるのは確実だからだ。 奴らの攻撃力を考慮すれば、まともにやりあってはタダで済まない事は分かっていた。

 マックは無線を入れ、敵の基地の接近に対して備えるようしかるべき相手に連絡する。

 

「俺だ。 クジャッカー、防衛の準備を整えておけ。 奴らが来るぞ、間違いなく」

<抜かりはないわよ。 ……奴らにはカリがあるからねぇ、派手に出迎えてあげるわ>

「それは頼もしい話だ。 期待しているぞ」

 

 一言いい残し通信を打ち切るマックは、殺風景なコンクリートの壁に古めかしい電灯が間隔をあけて並ぶ、廊下の天井を仰ぎ見た。

 

 

 

「俺を甘く見るなよ、腐れハンター共め」

 

 

 



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チャプター6:強襲!
第26話


 是非お気に入り登録と感想下さい、何でもしますから!(何でもするとは言っていない)

 ……26話投稿です!


 

「(一体何が始まるって言うんだ?)」

 

『ヤァヌス』が秘密基地の一歩手前に設置された防衛ラインたる検問の前で、複数人でここの警備を務めている、オリーブカラーの体にアサルトライフルを持った、とある名もなきレプリロイドの一人が思考を巡らせていた。

 去る10分ほど前、我らがボスたるマックの指示で発令された『きんた〇』による攻撃命令が突如取りやめになり、代わりに侵入者に対する警戒を強化、何人たりとも基地内に入れるなとの通告を受けた。

 どうしてそのまま敵をレーザー兵器で焼き払わなかったのかと、詳しい事情を何も聞かされていない警備兵は一人ごちるしかない。

 

「(……ま、考えるだけムダか。 俺に与えられた役割は――)」

 

 末端の兵士にできる事と言えば、ひとまずは職務に忠実で命令をこなす事。

 ボスの考えや突然の警戒強化命令に疑問を抱いた所で、学のない自分が何かをできるとは思えない。

 黙って言われた通り警備に当たろうと、この基地に続く道に向き直した時――――

 

「(ん? 何だこのエンジン音は)」

 

 大型のトレーラーがすれ違える程度に広いこの道は、50m程度の直線の後に右カーブが続いている。 両側はジャングルの茂みで覆われ、曲がった道の先をここから目で窺う事は出来ない。

 そんな道の先から、何やら重々しいエンジンの唸り声が徐々に近づいてきた。 警戒を強化しろと言われた矢先の何者かが近づく音に、自身と他2名の同僚達も身構える。

 

 程なくして、右カーブの茂みの背後から突如戦車が姿を現した。

 

「(あれは……レプリフォースで最近開発されたばかりの新型戦車だな?)」

 

 一瞬銃口を向けかけるが現れた戦車を見るなり、警備兵はかつての自分の古巣たるレプリフォースにて作られた戦車だと判断する。

 見慣れない戦車の形状ながらも、赤い三角の上に青の「R」の文字があしらわれた、レプリフォース所属であるマークが塗装されていれば識別は容易だ。

 確か先程、衛星兵器の発射命令が出る少し前に、軍から横流しにした車両がここを通ると上から通告が来ていたが――――。

 

「おい、いいのか? あの戦車何かが変だぜ?」

 

 戦車がカーブを通り正面を向いた辺りで同僚が声をかけてくる。

 そう言えば、戦車の輸送についてはボスから直接取り止めにすると言う通告があった筈。 なのにどうしてこの戦車は道中で引き返さずにのこのことやってきたのだろう。

 

「ちょっと止めてくる。 ひょっとしたらボスの通告が行き届いてないのかも――」

「いやそうじゃねぇ!」

 

 一先ずは検問前でストップさせようと自身が戦車に駆け寄ろうとするが、同僚はそれに待ったをかける。

 自身の足を止める同僚の言葉は強い語気で、それでいて焦りを感じさせるような声色だった。

 

「ローダーに乗せて輸送するって話だったろ? だったら何で直接戦車に乗り付けて――――」

 

 叫ぶように同僚が疑問を口にするのと同時だった。 

 

 検問だと言うのにスピードを緩める気配もなく、こちらへ走ってくる戦車の主砲が前触れもなく火を噴いたのは。

 痛みとして音と衝撃を感じる事さえ許されず、すぐ背後の検問が自身や同僚達を巻き込んで文字通りはじけ飛ぶ姿。

 イヤーセンサーの故障による耳鳴りで全ての音を遮断され、空と地面が何度も上下を入れ替わる様に激しく回る。

 やがて間もなくジャングルの茂みに叩きつけられた時、煙を吹く戦車の主砲を見て初めて、自分が戦車砲の餌食になったのだと認識できた。

 

 地面に横たわる自分達を顧みる事無く横切るキャタピラ。 道路もろとも詰め所からゲートまで粉々に吹き飛ばされ、警備兵は薄れゆく意識の中、廃材と化して散った無残な検問を悠々と超えていく、なけなしの力を振り絞って腕を伸ばしながら戦車の後ろ姿を目で追っていた。

 

「(本部に連絡……しなけれ……ば――――)」

 

 ――――倒れ行くその時まで職務に忠実であろうとするも、警備兵の最後の報告は黒く塗りつぶされる意識と共に果たされる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許せ、俺達は先へ進むしかないんだ」

「相変わらず容赦ないなぁ……」

 

 見敵必殺(サーチアンドデストロイ)を地で行くような、エックスの引き金を引く指によって果たされた主砲発射。

 問答無用で検問もろともブチ抜かれ、胴体をぶっちぎれる様に空中を回りながら吹き飛んだ警備兵達に僅かながら同情し、アクセルは苦笑いを浮かべながらも心の中で祈りを捧げていた。

 とは言え彼らはこれから正面切って堂々と倒しに行く『ヤァヌス』の構成員に違いない。 同情はほどほどにしてアクセルは思考を切り替える。

 検問は突破した。 後はすぐ訪れる正門を突き破って強行突入を仕掛ける訳だが、砲撃による爆発音は間違いなくそう遠くない秘密基地の連中にも察知されただろう。

 激しい戦闘になるのは間違いないが、アクセルはむしろ武者震いしていた。 ここの所フラストレーションをため込む事が多かっただけに、戦車を取り囲もうとする敵を機銃で蹴散らしてやりたい衝動に駆られていた。

 

 敵を求めて悶々とするアクセルを抱える中暫く道なりに進んでいると、少々離れた先にひと際緑濃く生い茂る木々と、茂みに同化しかけていると錯覚しそうな濃い緑のゲートをが見えてきた。

 

「よし、連中の基地が見えてきやがったぜ」

 

 運転手を買って出たゼロが、運転席内のスコープから確認できる道先の景色を見て呟いた。

 同じ光景がエックスのガンナーシート側のモニターにも表示されるが、たった500m先に巧妙にカモフラージュされた出入口らしきゲートを確認する。

 落っこちた兵士の証言と、さっき蹴散らした警備兵の存在から『ヤァヌス』の秘密基地なのは間違いないだろうが、敵にこちらの存在を警戒されている以上、このまま中に入った途端激戦になるのは間違いないだろう。

 

「どうする? あそこのゲートにも一発叩きこんで怯ませるか?」

「やるならもう少し接近してからだ。 なるだけ砲撃直後に突入した方が攪乱できるからな」

 

 再び射撃体勢に入るエックスに対し、できるだけ引き付けて射撃を行って欲しいとゼロは待ったをかける。

 

「そうだな……それに奴らだって突入を見越して待ち伏せしているかもしれない。 単発じゃなく3点バーストに切り替えるか」

<了解。 主砲の射撃モードを切り替えます>

 

 エックスの言葉に反応するように、戦車のスピーカーから聞きなれない女性らしき高い声が聞こえてくる。

 それはこの戦車に搭載されているAIの音声ガイダンスによるものだ。 どうやら新型の戦車と言う事もあって、旧機種からの機種転換訓練の手間を極力少なくする目的なのだろう。

 機内に乗り込んでから間もなく、この戦車の仕様と音声入力に対応している旨をAIから伝えられ、エックス達は実にスムーズに乗った事のない戦車を操る事が出来ていた。

 

 して、破壊対象であるゲートに接近していくが、検問で起きた爆音に対し基地の周辺には依然何の動きもない。

 エックスの予想通りなら、恐らくは待ち伏せをしているのだろうが、どの道正面から強行突破を仕掛けるなら同じ事であった。

 ゼロはお構いなしにアクセルペダルを踏み込み戦車の速度を上げる。 エンジンの唸りと地面を踏みしめるキャタピラの振動が激しくなり、鉄の野獣と化して『ヤァヌス』の秘密基地に飛び込まんとする。

 残り300m。

 

「そろそろだエックス、さっきより近い25m以内で叩きこんでやれ」

「任せてくれ」

 

 残り200m。

 

「アクセルもそろそろ備えてくれ。 一気に仕掛けるぞ」

「OKEY」

 

 残り100m。

 

「もう少し……もう少し引き付けろ……」

 

 残り25m。

 

「今だ!」

 

 エックスは照準のど真ん中――――『ヤァヌス』の秘密の入場門めがけ戦車砲を、リロード時間と引き換えに3発速射!

 実弾ではない、高圧縮の粒子砲によるエネルギーが入場門を破壊し、間髪入れずにやってきた残り2発が破壊されたゲートを潜り抜け、ワンテンポ後に爆発音と『ヤァヌス』の戦闘員らしき誰かの悲鳴が聞こえてくる。

 

 そしてエックス達もまた壊れたゲートをキャタピラで踏みつぶし――――

 

「行くぜ!!」

「了解!!」

「よし! そろそろ僕の出番だね!」

 

――――突入!

 

 混乱を極める秘密基地の敷地の中に踏み込むと、アクセルは上部ハッチを開き身を乗り出した!

 

 破砕したゲートと土埃の仄暗いベールに包まれた辺りには、真正面には燃え盛る敵陣に熱でひしゃげた機関銃と辺り一面にぶちまけられた土嚢が見て取れ、これが戦車の放った2~3発目の砲撃によって壊れたバリケードである事が窺えた。

 そして周囲には、突入に備えて待ち伏せしていた戦闘員らしき人員が、どうやら立て続けに砲撃を速射されるとは思わなかったのだろう。 ただ爆音と衝撃に身をひるませているだけだった。

 

「悪いけどアンタ等に容赦はしないよ……そんじゃ、ボチボチ行くよ!」

 

 アクセルは獰猛な笑みを浮かべながら機関銃に手をかけ、抵抗もままならない哀れな戦闘員に対しその銃口を向けた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーんもう! 何かドンパチ始まっちゃったよぉ!」

 

 建物の外から聞こえてくる、工事現場の音に聞こえなくもない銃撃と爆発音による地響きは、取調室の中においても天井から零れる埃として伝わってきた。

 

「僕だって悪者やっつけに行きたいのになぁ……おじいちゃん喋ってくれないからまだこの部屋から出られないし……」

 

 取調室の出入り口に向き合い、地面に倒れたままのホタルニクスに背を向けたマシュラームが、激しい戦闘が繰り広げられているであろう外の様子を名残惜しそうに呟いた。

 その一方でホタルニクスは茫然とした目つきで『それ』を眺めていた。 何度もマシュラームが熱湯を注ぎ入れ、今は地面に横たわるその箱を。

 

 

 プラスチック製の透明な飼育箱の中……熱湯にまみれて横たわり、足を小刻みに動かし続けるゲンジボタル達の無残な死体を。

 

「(儂が……儂が娘同然に特にかわいがって育てていたリグルちゃん(♀)と夫のナイトくん(♂)、そして数多くのホタル達をよくも……)」

 

 箱の中身はホタルニクス博士が育てていたゲンジボタル達だった。

 ホタルの飼育……それも自分が望む季節に成虫に羽化させる無理難題を、実の家族同様の愛情と培った科学の知識を惜しみなく注ぎ続けて実現し、遂には交尾を行ってタマゴを残すであろう段階まで迫っていた筈だった。

 それを憎きマシュラーム(キノコ野郎)の一方的な断罪で、ゲンジホタル達は熱湯を浴びせられ皆殺しの憂い目にあい、ホタルニクスのささやかな夢はいとも簡単に奪われてしまった。

 

「(許さん……よくも儂の可愛い娘夫婦達を虫けら同然に殺してくれたな!?)」

 

 煮えくり返る腸、沸々とこみ上げる殺意の波動、ホタルニクス博士はただ憎悪する。

 その怒りとくれば、半年前にとある赤と青のイレギュラーに発表会の場を穢され、自身も勢い余ってきんた〇を開示してしまった時にさえ匹敵する。

 

「(絶対に許さんぞ……!! むうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!)」

 

 ホタルニクスは全ての激情を両手の拘束に注ぎ込み、仕込みの武器を封印する手錠を破壊せんとする。

 彼もレプリロイドとは言え戦闘タイプではなく、荒くれ物のイレギュラーを拘束する為の手錠を外す事は叶わない筈だった。

 

 しかし彼の胸に燃え上がる怒りの炎はホタルニクスの体の構造を上回っていた。 なんとホタルニクスの力技を前に、手錠に亀裂が入り始めたのだ!

 

「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 ホタルニクスの唸り声にひびの入る金属の音。 それはもったいなさそうに無い口で指を咥えるマシュラームに気付かれるには十分な音量だった。

 

「ちょっとおじいちゃん、さっきからうるさ――――」

「ぬうんッ!!」

 

 マシュラームに振り向かれようが知った事でない。 ホタルニクスは文字通り強引に手錠をねじ切った!!

 床に零れ落ちる手錠の破片、老体の限界を超えた力技にマシュラームもたじろいた!

 

「う、うそ!! 手錠をねじ切――――」

「これでも食らわんかクソガキめがあああああああああああああッ!!!!」

 

 怯んだマシュラームに間髪入れずにホタルニクスから放たれるは、突き出した両手からの閃光! 

 彼の得物たる『ウィルレーザー』だ! 燈色の光がマシュラームに迫り――――

 

「おっと!」

 

――――特に何事もなく、胴体を傾けてあっさりと躱された。

 

 室内と言う至近距離にならざるをえないシチュエーションにも拘らず、マシュラームは静止したままの残像が残るくらいに、高い敏捷性を見せつけて容易く回避してしまった。

 

「は? あ……?」

「ふぅ……びっくりした」

 

 胸を撫で下ろし安堵するマシュラームに対し、勇んで放ったレーザーをいとも簡単に避けられ、目を点にして硬直するホタルニクス。 ともすれば鼻水すら垂らしそうな間抜けな声を上げて。

 光学技術を極めた彼らしい武器だが欠点もあった。 ……弾速が致命的に遅いのだ。

 言うなら普通の人間がジョギングする速さと同程度で、機敏なマシュラームを相手にしては容易に見切られてしまう程であった。

 ゆっくりと飛ばせるレーザーは技術的には凄いのだが、いかんせん土壇場で命中させられないのでは全く意味がなかった。

 

 

「な、なんじゃそりゃ……当たらんのじゃ意味がないわい」

 

 千載一遇のチャンスを不意にしてしまったショックから、ホタルニクスは尻餅をついてへたり込んでしまった。

 そんな脱力するホタルニクスをマシュラームは見逃すはずもなく、未だ湯気を上げ続けるヤカンを再び握りしめ、目を輝かせて彼に歩み寄る。

 それは無邪気に弱きものをなぶり殺しにするような、無慈悲で残忍な黒い輝き――――。

 

「へへん! 正義の味方が悪者の不意打ちにやられる訳ないからね!」

「よ、よせ……やめろ! 何をする!!」

 

 迫り来るマシュラームに、ホタルニクスは制止を促す様に片手を突き出しながら、へたり込んだまま地面を蹴って後ずさりする。

 その際にホタル達の入っていたケースを蹴って部屋の隅に追いやってしまうが、マシュラームから逃れる事に精一杯で気遣う余地はない。

 必死で危機から逃れようとするホタルニクスだったが、それはあっさりと終わりを迎えた。 背中に硬いものが当たり、振り返るとそこは部屋の隅だった。

 

 ホタルニクスは自らの退路を断ってしまった。 マシュラームは追いつめたホタルニクスへ、ヤカンを突き出し注ぎ口を傾けた。

 

「ズルい手を使うような悪者はやっつけてやる!!」

「や、やめろおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 注ぎ口から未だ熱を失わぬ悪魔の液体が、身を庇うホタルニクスに容赦なく降り注ぐ。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!! アツぅ!! アツぅッ!!」

 

 人間なら大火傷は免れぬ熱量。立ち上る湯気を掻き分けるように苦痛に踊るホタルニクス。 マシュラームは『悪党を懲らしめた』悦びに笑う。

 それはとても満足気で独善に満ちた笑いだった。

 

「へっへーん! レプリロイドが熱湯ぐらいで火傷する訳ないでしょ? でもまあ、これでもう不意打ちなんて卑怯なこと考えないよね!」

 

 這いつくばり地面をのたうち回るホタルニクスを前に、マシュラームは空になったヤカンを投げ捨てて言い放つ。 ゲーム感覚で熱湯を浴びせかけるその残忍さは、楽しげに冷酷なセリフを吐く行動に現れていると言えよう。

 

 ――そんな時であった。 マシュラームの背後に位置する反対側の部屋の隅から光が差し込んだ。

 逆光に気付いたマシュラームが振り返った先にあったそれは、今しがた後ずさりした際にホタルニクスが蹴り飛ばしたホタルの飼育箱だった。

 見ると飼育箱は先程マシュラームが全滅させた時と遜色ない、淡い燈色の光を放っていた。

 

 マシュラームは怪訝な眼差しを送りながら箱に近づいた。 緑色に塗られた底面がこちらに向けられており、少し離れた所からでは中の様子を窺う事は出来ない。

 

「おっかしいな……ホタルは全部熱湯かけちゃったのに」

 

 ホタルが全滅したにも拘らず光る箱を拾い中を覗き見た。 ホタルニクスは苦しみのたうち回りながらもその瞬間を見逃さなかった。

 

「あれれ? ホタルにしてはすごく大きい――――」

 

 マシュラームが疑問の言葉を全て口にする事はなかった。

 彼が仰ぐように飼育箱を両手で掲げたその瞬間、中に入っていた燈色に輝くホタルが突如炸裂し、マシュラームの眉間を貫いたのだ。

 マシュラームは一瞬身を震わせ、弾けるように突き刺さった光は斜めに体を貫通した後床に突き刺さり、眉間と地面に風穴を開けては焦げ臭い煙が立ち上る。

 

 しばしの硬直の後に目の焦点がズレて、全身の力が消え失せたように卒倒するお化けキノコ。 ホタルニクスはしてやったりと言わんばかりにほくそ笑む。

 

 弾速が遅い『ウィルレーザー』であるが、その遅さを補うメリットがたった1つ存在する。

 このレーザーは発射した主の意思に沿って、自在に弾道を曲げる事が可能と言う事である。 ホタルニクスにしてみても、恐らくは戦闘要員であると踏んでいたマシュラームに、最初から自身の攻撃がまともに命中するとは思っていなかった。

 だから馬鹿正直な振りをしてレーザーを一直線にマシュラームを狙い、回避を見越した上で背後に回ったレーザーを滞空。 後ずさりの際に飼育箱を蹴ったその先で中にレーザーを誘導する。

 後はケースが融解しない程度に光を放ちながら、気を取られて箱を覗き見たマシュラームを回避できない至近距離から狙撃する。

 

 狙いは見事に成功。 怒りの中でも決して判断を見誤らない冷静さは、天才かつ老獪なホタルニクスならではのやり方だろう。

 

「ひ、卑怯だぞ……正義の味方を騙すなんて、やっぱり……わる……も……の……」

 

 地に伏せるマシュラームの苦しげな辞世の句。 死に瀕してもなお身勝手なヒーローごっこに拘る彼を、ホタルニクスはおぼつかない足取りで立ち上がりながらながら一言。

 

「スマンな。 儂はごっこ遊びなら悪役(ヴィラン)のが好きなんじゃよ」

 

 殺されたホタルの恨みを晴らしたような、勝ち誇った不敵な笑みを浮かべると、マシュラームは一言も言い返す事もなく機能停止した。

 ホタルニクスは弱弱しい足取りで、散らばった部屋の中から落ちていた適当なビニール袋を掴み取る。 そして死んでしまったホタル達を丁寧にしまい込む。 一生懸命に育てていたホタルの死骸をこのまま置き去りにするのは忍びなかったからだ。

 感傷に浸りそうになるが、外からは未だ激戦が繰り広げられているのだろう。 激しい銃撃と爆発の音が鳴り響く中、気持ちを切り替えるようにホタルニクスは袋を腰に下げる。

 

「(後で供養してやるから今はガマンしておくれ。 儂はやらなければならぬ事がある)」

 

 マックは言っていた、既に衛星を操る手段は手に入れていると。 ならばかつての科学者仲間達が捕らえられていると知り、悪漢と化した男に『きんた〇』を握らせたまま、開発者である自分一人だけ逃げ出す事は許されない。

 ホタルニクスは今からでも衛星から『ヤァヌス』を締め出しに行くつもりだった。 最悪の場合は自爆させることになってでも、敵の手に渡ったままにしておくつもりは毛頭ない。

 恐らくはイレギュラーハンターなのだろう、この状況下でどこまで自分で動けるかは可能かは分からないが、彼らの強襲で混乱している今がチャンスだ。 

 

 ホタルニクスは仲間を助ける為、そして共に衛星を奪還する為部屋の扉のノブに手をかけた。

 

 

 




 改めてゲーム画面見なおしたら、尻尾から出るのは極太レーザーで『ウィルレーザー』は普通に両手から出しているのを確認しました。
 なので以前の投稿分も合わせて訂正して、この場でお詫び申し上げます。


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第27話

「こちら西ブロック! 敵の進行が止まらな――――グアッ!!

 

 指令部と連絡を取り合う兵士の一人が、飛んできた弾丸に胴体を貫かれ卒倒する。

 

「仲間がやられた! 一人やられた!!」

「クソッタレ!! 好き勝手やらせてたまるか!!」

 

 仲間をやられ焦りを覚える他の兵士もアサルトライフルを発砲! 実弾とエネルギー弾を織り交ぜながら必死の抵抗を試みる。 最新式の主力戦車の性能をいかんなく発揮し、基地の制圧に乗り出した侵入者(エックス)達に。

 

 エックス達戦車の突入から程なくして、基地内の敷地は激戦区と化していた。 飛び交う銃弾と爆撃、悲鳴と怒号、そして構わず基地の建物に飛び込まんと前進する戦車の姿。

 

「イヤッホォゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 そして機銃の反動に肩を震わせ、雄叫びを上げ銃弾の雨を降らせるアクセル。 飛び散る薬莢、激しいマズルブラストの中から放たれるは、熱と回転を帯びて音よりもなお速く飛び出す鉛弾。

 侵入者を撃退せんと抵抗を試みる警備兵に突き刺さり、モグラ叩きのごとく姿が現れては即次々と薙ぎ倒す。 それは正に地獄の一丁目と呼ぶに相応しい様相を呈していた。

 

 一方的な蹂躙劇を繰り広げているようにも見えるが、しかし余裕めいた笑みと裏腹にアクセルの胸中は穏やかでなかった。

 

「(何だかんだ言ってやっぱ敵の抵抗が激しいね……結構イイの貰ってるよ)」

 

 アクセルの操る機関銃には防弾用のシールドが装備されている為、アクセル自身が攻撃を浴びた事は今の所ない。

 しかし装甲の頑丈さで攻撃からカバーする戦車本体は、敵の銃撃に織り交ぜて飛んでくるレーザー兵器やロケット弾による被弾で、装甲の一部に早くもダメージが蓄積しつつあった。

 無論アクセル自身のカバーや、場合によっては敵の陣地をエックスの戦車砲で粉砕して対応はしているも、やはり敵の本拠地においては全ての反撃を退ける事は不可能であった。

 

 そしてまた一発、どこからともなく放り投げられた手榴弾が右キャタピラの後部に巻き込まれ、炸裂する!

 

<警告! 右駆動輪後部に致命的損傷(クリティカル)発生! 出力を発揮できません!>

 

 AIのガイダンスからのアラート音声と共に、機内のモニターに赤いウィンドウが表示される。

 同時に戦車の足回りから嫌な音と不快な振動が発生し、露骨なまでに進行速度が低下した。 致命的な損傷を前にアクセルも余裕ぶる事も出来ず表情が凍り付く。 

 

「やっば! 足回りにダメージが来てる! ……ゼロ、侵入ポイントはまだなの!?」

「もう少し先だ! ……チッ、これは思ってたより激しいぜ!」

 

 運転手を買って出るゼロもたまらずに舌打ちをする。 侵入ポイントと言っても真っ当な入口からではなく、相手の建物のどてっ腹に穴を開けての突入を考えていた。

 戦車はそこで乗り捨てるつもりだったのだが、このままでは壁に穴を開けるより先に、戦車が擱座(かくざ)してしまうのは避けられない。

 

<随分派手に暴れてくれてるわねぇ>

 

 少なからずピンチにさらされている彼ら3人を追いつめるかの如く、突如機内のスピーカーから聞き覚えのある、味方でない誰かの声が聞こえてきた。

 

「っ! この声は……クジャッカーか!?」

<ご名答よエックス。 いけないわねぇ、人様の敷地でこんなおもちゃを振りかざすなんて、礼儀知らずにも程があるわよ>

 

 機内の通信機に割り込んで話しかけてくるのは、あのサイバー・クジャッカーその人であった。

 

<躾のなっていない悪い子にはお仕置きが必要よねぇ……そら、貴方達やっておしまい!>

 

 クジャッカーが無線機越しに『誰か』を呼び掛けた時、傷ついた車体を引きずる戦車の前を割り込むように現れた。

 

 

ライドアーマー『カンガルー』が。

 

 

「「「ライドアーマー!?」」」

 

 ……彼らの言うライドアーマーとは元々は重作業用に開発された、切り取られた頭部が運転席となっている胴体に、人間と同じような四肢のついた乗り物である。

 エックス達の前に立ちはだかったこの『カンガルー』は戦闘用に発展されたモデルであり、赤い強化装甲と両腕をモーターを埋め込まれ回転機能のついた3本の棘に換装された、超が付く程の攻撃的な機体である。

 そして驚くべきは本来有人式である筈のライドアーマーであるが、エックス達が目の当たりにした機体にはパイロットの姿は見当たらない。

 

「チクショウ! さては遠隔操作で操ってやがるな!?」

<ホホホホホッ! 足腰の砕けた戦車で『カンガルー』の攻撃を回避できるかしら!?>

 恐らくはクジャッカーが遠隔操作をしているのだろう。 キャタピラを破損して機動力の鈍った戦車に対し、カンガルーはエックス達自身の機動力に勝るとも劣らぬ瞬発力で一気に距離を詰める!

 両腕は高速回転し、その鋭く頑丈な棘が不気味なまでに存在感を見せつける!

 

「まずい!! あんなの直撃したら――――」

 

 エックス達が慄くよりも前に、至近距離まで迫ったカンガルーの両の手が戦車に突き出された!!

 

 ――――カンガルーの両爪が戦車の装甲を深々と抉る!

 

「うわあああああああああああああああッ!!」

 

 ライドアーマーからの重たい一撃に、ハッチから身を乗り出していたアクセルが戦車から転がり落ちた!

 地面に叩きつけられ、数回転がった後にうつ伏せになっては、危機から逃れようと苦しそうに身を起こすアクセル。

 

「ア、アクセル!」

<ほら! これでどう!?>

 

 エックスが慌てて落下したアクセルの身を案ずるも、クジャッカーは間髪入れずに突き刺した棘を再び回転させる。

 相当頑丈に作られている筈の複合装甲も、深々と棘を突き刺された上に、カンガルーの両腕の強力なモーターの前にあっさりと陥落!

 傷口を引っ掻き回すがごとく、瞬く間に装甲を抉られる戦車! 機械内部にまでダメージが及び、エックスとゼロは抵抗もままならない。

 

<警告! エネルギー循環経路に致命的損傷(クリティカル)が発生しています! 爆発の危険性あり! 直ちに脱出して下さい!>

 

 戦車のAIも運命を悟ったのだろうか、エックスとゼロに対し緊急避難を促した。

 

「クソッタレ!! ここまでされたら何も出来ねぇ! ――この戦車は捨てるぞ!」

「やむを得ない! ……だがその前に」

 

 先に運転席のハッチを開けて脱出を試みるゼロに対し、エックスは戦車に残された最後の力を振り絞る様に砲塔を回転させる!

 カンガルーに車体を引き裂かれる中、鳴り響くアラート音と共に炎上を始めた戦車の主砲を、アクセルが投げ落とされた方向に向ける。

 

 エックスが狙いを定めた先は、既に横側に見えていた基地の施設の一部であった。

 

 トリガーを引き、最後の主砲を発射! 放たれたエネルギー弾は施設の壁に突き刺さり破壊! 目指していた侵入ポイントではないが、強引に道を切り開くには辛うじて成功する。 

 軍用車両の意地を見届けたエックスは名残惜しくも戦車を脱出! 自ら地面を転がるように上部ハッチから飛び出し、アクセルに肩を貸すゼロと合流した――――。

 

<死になさぁい!!>

 

 ――――その時だった! クジャッカー操るカンガルーの一撃が遂に戦車のどうりょくろを破壊!!

 既に煙を吹いていた戦車は装甲を剥がされた部分から出火……間髪入れず運転席と主砲のハッチを吹き飛ばし、内部から破裂するように爆散した!!

 

「せ、戦車が――わああああああああああああ!!!!

 

 吹き飛ばされた戦車の破片は離れていたエックス達にも襲い掛かり、3人は爆風の衝撃で散り散りになってしまった。

 エックスとゼロはそれぞれ反対方向のコンテナの陰に転がり込み、アクセルは先程エックスが主砲で開けた壁の穴の方に吹き飛ばされる。

 

「くっ……くそっ! まさかカンガルーまで出てくるなんて……」

「やってくれるじゃねぇか……」

 

 一方で戦車を叩き壊し爆風を直に受けたカンガルーは、赤い装甲に少しの傷と凹みと、幾ばくかの焦げ目がついた程度で大したダメージを受けておらず、次なる目標をアクセルに定めた。

 

<あら? よく見ると中々カワイイ坊やね……遊んであげたくなっちゃうわ>

「んな!?」

 

 横に吹き飛んだエックスとゼロを素通りし、棘を回転させながら歩み寄るカンガルー。 地面に倒れ込み腰砕けのアクセルは迫る重機に圧倒されていた。

 戦車を一瞬でテツクズにしたあの火力と瞬発力を前にしては、襲われたら最期ひとたまりもない事は想像に難くなかった。

 カンガルーの影がアクセルの全身を覆い、今度ばかりはダメかと死を覚悟した時だった。

 

「やらせるかよ!!」

 

 ゼットセイバーを携えたゼロが背後から飛び掛かり、下向きにかつ逆手で構えたその緑の光を放つ刃をカンガルーの運転席に突き立てた!

 運転席から火花が散り、遠隔操作とは言えども機体の操作を司る箇所を攻撃されたカンガルーは狂ったように暴れ出す。

 

「ゼロ!?」

「こいつは俺がやる!! アクセル! お前は早くホタルニクスの爺さんを助けに行け!」

 

 両手を振り回して縦横無尽に駆け回ろうとするカンガルーにしがみつきながら、ゼロはアクセルに先に行くよう指示する。

 突然の事態に思わずアクセルはもがくカンガルーを眺めているが、呆然とするアクセルにゼロは檄を飛ばす。

 

「早くいけ!! 俺達も後で合流する!!」

「ッ! わかった! 先に行ってるよ!!」

 

 一瞬躊躇しかけたがここは歴戦の戦士たる仲間を信じ、ホタルニクス達科学者の救出と言う自分の役割を優先しよう。

 アクセルはゼロの与えてくれたチャンスに感謝しながら、エックスの空けた壁の穴から施設内部へと入り込もうとした。

 

「侵入者が中に入ろうとしてるぞ!!」

「この野郎!! アイツを食い止めろッ!!」

 

 そこに戦車の制圧力にただ圧倒されていた『ヤァヌス』の警備兵達も態勢を立て直したのか、暴れるカンガルーとは距離を置きながらも、施設に侵入しようとするアクセルに一斉射撃する。

 

「お前達の相手は俺だッ!!」

 

 仲間への攻撃を弾幕を張って抵抗するはエックスだった。 襲い来る雨霰(あめあられ)の様な銃撃に、勝るとも劣らぬ勢いでバスターを乱射し足止めを試みる。

 

 

 結果としてアクセルは辛くも施設内へ潜入。 しかしカンガルーと揉み合いになるゼロと、大多数の敵に対して射撃の応酬をするエックス。 基地の敷地内はいよいよもって混沌の沙汰と化してきた。

 

 

<ザザッ……ホホホ……いい具合に戦力を切り離せたわねぇザザッ後はエックスとゼロさえ孤立させたら、あの坊やと……ザザザ>

 

 施設を壊し設置されていた銃座さえ壊し、自軍の味方さえ薙ぎ倒すカンガルーの壊れかけた無線から、クジャッカーが不穏な言葉を発していた事など、誰も知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間2人の援護を受け、先んじて慌ただしい基地の施設内に潜入したアクセルの状況は芳しくなかった。

 

「クッソ! また殺られてやがる!」

「おい! 敵はいたか!?」

「こっちに逃げた! 恐らくは近くに隠れてる筈だ、探し出せ!」

 

「(ああもう! 敵が多すぎてたまんないよ!!)」

 

 足元には相手取った警備兵の死体が転がり、コンクリートの曲がり角を背に、加熱した銃身のアクセルバレットを両手に一丁ずつ構えるアクセル。 執拗に自分を追う戦闘員達の言葉を角越しに耳にしては顔をしかめていた。

 施設に侵入して程なくして、戦闘を繰り広げながらも建物の見取り図を発見したアクセルは、誘拐されて間もないホタルニクスをはじめ、協力を拒んだ科学者達が囚われているだろうと目星をつけた独房フロアへとやってきた。

 幸いエックスが開けてくれた穴の位置からそれ程遠くなく、敵の抵抗が激しい以外は比較的楽に目的地にたどり着く事が出来たのだが……。

 

「……ここかな?」

 

 アクセルは自身を追う敵の目を掻い潜っては、目についた独房の扉を開く……中はレプリロイド用の簡素なベッドが置かれているだけで、今は誰もいないようだ。

 と言うのも、ベッドに敷かれているシーツは乱れたままになっており、ついさっきまで使われていたような、言うなれば慌てて出ていったような痕跡が残されていた。

 

『ここも』!? 皆何処に行っちゃったの!?」

 

 アクセルは小声で毒づいた。 今の部屋で独房フロアにあるほとんどの部屋を調べ尽くしてしまった。

 このフロアに到着してからと言うもの、アクセルは虱潰しに独房の扉を開いているが、いずれも今見た光景のように、既に中にいた誰かが出て行ってしまったような空室ばかりであった。

 自分達が突入した混乱に乗じて逃げ出してしまったのであろうか? 探索している間にも次々とやって来る追っ手と遭遇しては倒す、を繰り返している内にアクセルは疲弊しきっていた。

 

「どこ探してもハズレなんてありえないよ! ……じゃあ、後はもうこの取調室ぐらいしかないか」

 

 うんざりする気持ちを押さえながら、壁から壁に移動して極力戦闘を回避しながらやってきた先は取調室だった。

 そこで彼は目にする。 取調室の扉が既に開きっぱなしのまま放置されているのを。 

 アクセルはドアの前で一旦立ち止まり、足音を立てぬよう開いたドアを背に恐る恐る中を覗き込むように首を傾け……銃を構えて一気に室内に入り込んだ!

 

「……! こ、これは……?」

 

 アクセルが目の当たりにした部屋の中。 そこには大きなキノコをかたどったレプリロイドが、体に焦げ目のついた風穴を開けうつ伏せで倒れていた。 側には透明のケースが開いたままに放り出されている。

 既に機能を停止していると思われるが、だまし討ちを警戒して銃を構えたまま近づき、膝をついて倒れたレプリロイドを仰向けにひっくり返す。 反応はない、どうやら見たまま完全に機能を停止しているようであった。

 

「あれ? こいつ見た事がある」

 

 倒れていたレプリロイドの姿にアクセルは見覚えがあった。 それはハンターベース内において、過去のイレギュラーとのVR訓練で相手取ったレプリロイド。

 確か名前は『スプリット・マシュラーム』だったか、素早い動きとエネルギーで形成した分身で翻弄する戦法を得意とする敵だった。

 その本人と思わしきレプリロイドがどう言う訳か、体を貫かれて絶命してこの場に倒れていた事にアクセルは首を傾げた。

 

 ゆくえふめい者のリストにも名前が無く、秘密基地のような場所にいたと言う事は彼も構成員の可能性が高い。 だとすれば一体誰が倒したのか、いきなり現れた謎のレプリロイドに対し疑問は尽きない……が。

 

「おい、取調室が開いてるぞ! 侵入者か!?」

 

 どうやらいつの間にかやって来た次の追っ手が、アクセルのいる取調室に目をつけたらしい。 アクセルは頭を横に振って思考を切り替えた。

 

「(どこの誰だろうと今はそれどころじゃないや、折角だしこいつのデータ頂いておさらばしよう!)」

 

 アクセルは間もなくやって来るであろう敵を警戒し、開きっぱなしの扉に銃を向けた。 その片手間にマシュラームの体をまさぐり、コピー能力に必要なコアをついでに回収する。

 緊迫感に表情が強張る。 複数の足音が迫り、いよいよ敵が部屋に乗り込んでくるか、そう思った時だった。

 

「え、何ですって!? ……おい、侵入者を追うのは後回しだ! クジャッカー隊長からの緊急命令だ!」

「はぁ!? 何言ってんだこんな時に!? 正気か!?」

「それどころじゃねぇよ! ホタルニクス博士が他の科学者と一緒に、第2コントロールルームを占拠したぞ!?」

「(え!?)」

「ファッ!?」

 

 追っ手の一人が周りを止めるなり口にしたその内容に、他の兵士は勿論の事、部屋越しに耳にしたアクセルも声は押し殺せても内心激しく動揺する。

 フロアのどの独房にも人っ子一人居ない理由がこれで分かった。 やはりアクセルの予想通り、突入の騒乱を利用して逃亡を図っていたのだ。 恐らくここに倒れているマシュラームは、その過程において何らかの方法で倒されたのだろう。

 

「あのじじい! 独房がもぬけのカラと思ったらそんな所に!?」

「奴ら『きんた〇』の奪還が狙いだ! 侵入者よりも最優先でそっちに行けだとさ!」

「ああクソ!! 分かったよ! もう少しだってのに面倒掛けさせやがってクソジジイ!」

 

 突入を見越していたアクセルが引き金を引くまでも無く、悪態だけを残し追っ手の足音が反対に遠ざかっていった。

 これは不幸中の幸いだったのか、一難は去ったとアクセルは銃を握ったままの腕で額を拭い一息つく。 しかし敵の追撃は一旦落ち着いたとは言え、自身を先に行かせようとその場に残って、敵を食い止めてくれたエックスとゼロの安否が気がかりだ。

 アクセルはひとまず状況を報告しようと、腕部をかざして無線を繋ごうとするが――――

 

「……あれ、電波障害!?」

 

 ――――無線機の中からノイズが走り、電波を飛ばせるような状況でなくなっている事に気が付いた。

 ……おかしい。 たった今警備兵達は施設内で連絡を取り合っていたにも関わらず、だ。 何度か無線の周波数をいじったり電波の強弱を変えてみるが、駄目だった。

 妙な胸騒ぎを覚えるが、兎に角連絡をまともに取り合えない以上、同じ部屋で待機している訳もいかない。

 成り行きだがホタルニクス博士の居場所は分かったのだ。 自身も後を追おうと一応周囲を警戒するように、開いたままの扉から顔とアクセルバレットの銃口を出し、廊下に飛び出した。

 

 手早くかつ入念に曲がり角のクリアリングを行いながら、来た道を戻るアクセル。 しかし先程の喧騒が嘘のように廊下は静まり返っており、そこに誰かの気配があるようには感じられなかった。

 それでもひたすら真っすぐフロアの出入り口を目指しているが、道の先は勿論曲がり角にさえ誰も遭遇せず、警戒に当たっているだろう人員の姿は全く見当たらない。 どうやら全員緊急命令とやらの為に引き上げてしまったらしい。

 だが幾ら優先事項があるとは言え、一切の見張りも残さず全ての人員を引き上げさせ、騒動の原因である自分を完全に放置するのは違和感しかない。

 そして何より……敵の存在を確かに確認できなかったにも関わらず、まるで全ての方向から注がれるような、睨め回すかのようなねちっこい視線。

 

 突然無線が繋がらなくなった事もあり、いよいよもって嫌な気持ちが体の奥からこみ上げてきた――――その時だった!

 

 

「一体何が起こって――――熱ッ!!」

 

 

 何の前触れも無く、アクセルの腰の後ろ……具体的には右の尻の辺りに焼き付くような熱が突き刺さった!

 これにはアクセルも思わず驚き飛び跳ね、慌てた様子で焼かれた箇所を銃を握った手で抑えながら背後を振り返った。 細く焦げ臭い黒い筋が立ち上る……奇襲を疑ってみたが後ろには誰も立っていない。

 さっきまでよく倒していた警備兵の様な一般兵クラスの敵ならば、どこから現れようが振り向かずとも、銃口だけを向けて撃ち落とすと言う事も出来なくはなかった。

 しかし今の攻撃はどのあたりから撃って来たか、判別しかねる程に気配を感じさせなかった。 故に幻覚を疑いかけたが、確かに焼かれた自身の尻の刺さるような熱い痛みと黒い煙が、アクセルに対し紛れも無くダメージを与えたのだと実感させる。

 

「フフフ、貴方絶叫(コエ)も可愛らしいのねぇ……益々燃え上がっちゃうわぁ」

 

 怪訝な眼差しで周囲を窺っていた所……今度は真正面からいやらしい男の声と、ハイヒールの様な甲高い足音が聞こえてくる。 アクセルははっと気づいた様子で声の聞こえてきた前方に向き直した――――

 

「あ、アンタは……クジャッカー!?

 紫を基調とした細い身体に、孔雀鳥をモチーフとした頭部と9本の緑の尻尾。 そして何より基地への突入を妨げた忌々しいこの声。

 腰をくねらせるような歩き方で、声の主であるサイバー・クイジャッカーのその姿を、アクセルは二つの眼で捉えていた。 彼もまたマシュラーム同様、姿についてはVR訓練でのみ知っていた存在だったが、実際の姿を見るのはこれが初めてとなった。

 会ってみて抱いた印象だが、そのねちっこい視線を送る目元はドギついマスカラで彩られ、アクセルを可愛いと言って舌なめずりするそのクチバシは、紛れも無くオネエだ。

 

「初めて会った時は何の飾りっ気も無い軍用の輸送機だったわねぇ。 お初にお目にかかる……って言った所かしら?」

「……どうでもいいよ。 そんな事」

 

 ぶっきらぼうに答えるアクセル。 なるだけ冷静に努めようと努力はしているが、アクセルの全身をジロジロ見てくるクジャッカーの視線が大変心地が悪く、正直言って不気味でしかなかった。

 

「部下を全員ホタルニクスの爺さんとこに向かわせたのはアンタの差し金?」

「ええそうよ。 だって邪魔だったもの……これで二人っきりねぇ坊や」

「へぇ、何人かでも部下を残しておいた方が、アンタにとっちゃいいハンデになってたと思うけどね」

「ホホホッ……消耗してたとは言え、今の一撃も躱せなかった貴方が『いいハンデ』ですって? 随分見くびられたものねぇ」

 

 小ばかにするようなクジャッカーの言い回しに、アクセルは眉をひそめた。 確かにここに来るまでに結構な数の敵を撃退し消耗してきた。 そして何より今の一撃は全ての方向から送られてくる視線のような感覚に囚われ、直感が鈍ったと言う事も大きかった。

 そしてその目線とは……今クジャッカーから送られてくる、獲物を捉えて離さない様なその視線と全く同じものである。

 

「でもそう言う生意気な子供も可愛げがあって好きよぉ? さて、ワタシは一旦火がつくと押さえが利かないのよ……さっさと始めさせてもらうわよ」

「……こっちはアンタを相手にしている時間はないんだよ。 悪いけどとっとと終わりに――――!?」

 

 アクセルがバレットを構えようとしたその時である。 相対するクジャッカーが両手をアクセルに突き出すように前へかざすと、彼の開いた手の先からは照準と思わしきウィンドウが投影される。

 その動作には覚えがあった。 狙いをつけたターゲットをマーキングし、追跡性のあるレーザー兵器『エイミングレーザー』で執拗に攻撃する前動作であり、実際に投影された照準がアクセルの体に飛来し纏わりついた。

 

 ……主に股間と尻に。

 

「……は?」

 

 胴体や頭部でなく、当然のように腰元を狙うクジャッカーにアクセルは間抜けな声を上げた。

 

「ホホホ、ワタシの『エイミングレーザー』で突っつき回してアゲルわ。 半年前のゼロには逃げられたけど、今度は逃がさないわよ?」

 

 ……アクセルはクジャッカーの行動を理解しかねていた。 否、理解はしても受け入れられないと言った方が正しいだろう。

 アクセルはゼロに対するからかいの意味で、クジャッカーに『開発』されかけた事を度々ネタにしていた。 そのからかいの大本と言えるクジャッカー自身の口から飛び出した『ゼロと同じ目に合わせてやる』と言う言葉。

 真っ先に尻を狙った挨拶代わりのレーザーと、執拗に送られてくる目線から薄々嫌な予感はしていたが、いよいよもってその感情はクジャッカーに対する『恐怖』へと変化しつつあった。

 

 背筋が凍る程のおぞましいこの先の展開に身が震え、突きつけた銃口の狙いが定まらなくなるアクセル。

 

「銃口が震えているわよ? そんなガバガバエイムでワタシの『自慢のレーザー』の精度にかなうと思ってるのかしら?」

「アンタ……一体何考えてんの? 何で『そんな所』わざわざ狙ってるの……?」

 

 クジャッカーが何をするかはおおよその検討が『ついてしまっている』が、聞きたくもない筈なのに聞かずにはいられない。

 震え声で紡ぎ出したアクセルの質問に、クジャッカーは嗜虐的な笑みを浮かべ答えた。

 

「躾のなってない子を見るとね、ワタシは燃え上がっちゃうのよ♂」

 

 ねちっこい視線は何時しか野獣の眼光と化し、それは全てアクセルの目ではなく腰元ばかりを見つめていた。

 今にも取って食っちまいそうな視線を送られ、いよいよもってアクセルの嫌悪感がはちきれんばかりになりそうになった時――――

 

 

 

 

「人の敷地で暴れる悪い子には、お仕置きの時間よ! イクわよ♂♂

 

 

 

 

――――クジャッカーの両手から飛び出したレーザーをもって、戦闘開始のゴングが鳴り響いた。

 

 

 



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第28話

 アクセルを施設内へ見送ってから暫く経った後、未だゼロはカンガルーとの格闘を繰り広げていた。

 肩にしがみつき、光の刃を突き刺して装甲を抉るゼロに対し、カンガルーの方はゼロを振り落とそうと、周りに味方である『ヤァヌス』の警備兵が居る事さえ構わず、何度も左右に身をよじり、コンテナへの体当たりを行うなど暴れ回っていた。

 

「しつこいデカブツだ! さっさとオチやがれ!」

 

 カンガルーの勢いに何度か振り落とされそうになりながら、それでも執拗に食らいつき暴れるカンガルーにビームサーベルを叩きつけていた。

 ダメージ自体は徐々に蓄積され、少しではあるが動きの鈍化や剥がれた装甲からのスパークに、焦げ臭い煙が上がるなど目に見えた変化は表れ始めていた。

 しかし撃破には至らず、装甲も厚くエネルギー兵器に対抗する薄膜のバリアまでも内部に張られ、2重に防御策を取られているカンガルーは動きを止める様子はまだまだ見えそうになかった。

 

「とっととくたばりやがれ侵入者め!!」

 

 そんなライドアーマーのロデオを披露するゼロに対し、パニックに陥る警備兵の一部がカンガルーの左側面から発砲した。

 

「おっと!」

 

 ゼロは咄嗟に身を屈めて攻撃を回避、放たれた弾がカンガルーの装甲に当たって弾ける。

 野次と言うには荒っぽいやり口がカンガルーの関心を引いたのか、一瞬動きを止め銃弾を放った警備兵の方へ振り向いた。

 

「この馬鹿! 注意を引いてどうすんだ!」

「あっやべ――」

 

 隣にいた同僚が肩を小突くも時すでに遅し。 暴走するカンガルーはしがみつくゼロの事も構わずに、次なる標的を警備兵達に向けた。

 猛然と突進し左腕を突き出すと、モーター以外にもう一つ腕に内蔵されたチェーンが延長、棘が回転を帯びたまま発砲した警備兵に襲い掛かった!

 

「う、うわっ――ぎゃあああああああああああああああああああッ!!!!

 

 哀れ名も無き警備兵、回転力を帯びたカンガルーの渾身の一撃を直撃し、文字通り粉砕されて物言わぬスクラップに変えられてしまった!

 肩を小突いた同僚も巻き添えを食い、あわや右肩から先をもっていかれながら吹き飛ばされる。

 

「お、おいマジかよ! 味方をやりやがったぞ!」

「まずいぞ! 今度は俺達を狙って――――」

 

 彼らにしてみれば味方の陣営にも拘らず、雑魚を蹴散らすように同士討ちをしたカンガルーは、引き続き今度は明確な敵意をもったかのように周りにいた他の兵士に牙を剥いた!

 

「う、うわああああああああああああ!!!! 逃げろおおおおおおおおおお!!!!」

「こっちに来るなあああああああああああああ!!!!」

 怖気づき、蜘蛛の子を散らす様に武器を放り出して逃走を図る兵士達を、狙いを定めた様にダッシュで距離を詰め、次々と自慢の棘を叩きつけ屠っていく。

 

「クソッタレ! もう敵味方関係ねぇってか!」

 

 狂ったように味方への大虐殺を始めるライドアーマーに悪態をつくゼロ。 

 自身を狙った警備兵からの誤射(フレンドリーファイア)が原因とは言え、明らかに味方を狙って執拗に攻撃を加える様子から、既に機体はクジャッカーからの制御下には置かれていないようだった。

 咄嗟の判断だったとは言え、アクセルを逃がすために先に操作系統を攻撃したのは失敗だったかもしれない。

 ゼロにできる事は暴走するカンガルーに食らいつき、少しでも攻撃の手を引き付けておく以外になかった。

 

「(クジャッカーめ、まともに機体を制御してやがらねぇな!? ……まさかアクセルでも追いかけてやがるのか!?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの予想は当たっていた。

 

「ハッ…ハッ…アッー!

 

 所変わって独房エリア。 クジャッカーと対峙してから5分足らず、曲がり角から様子を窺っていたアクセルの尻に、またもクジャッカーのレーザーが突き刺さった!

 アクセルは尻を押さえて飛び跳ね、当たった所から立ち昇る焦げ臭い煙が鼻をつく。

 

 小さな孔雀の羽根の様な形のクジャッカーの『エイミングレーザー』は、あらかじめ対象を捉えておく必要があるものの、一度補足すれば素早く変幻自在の軌道を描きながら対象に襲い掛かる。

 とは言え本来このレーザーは一般的な成人男性の胴体とそう変わらぬサイズで、威力自体も一撃で相手を粉砕できる程にある筈だが、何故かクジャッカーは意図的に威力を下げ、こじんまりとした小指サイズの羽根状のレーザーだけを放っていた。

 

「アーツィ!! アーツ!! アーツェ!! アツゥイ!!」

 

 アクセルは防戦一方……何度も何度も死角から尻を集中的に焼かれ、その度に飛び跳ねながらただ逃げるだけに甘んじていた。

 そう、アクセルは今に至るまで全ての攻撃をチクチク♂と尻ばかりに受け続けていたのだ。 ただでさえクジャッカーに対してドン引きしていた所からの嫌らしい攻撃。

 アクセルからすれば先に捕捉された時点で不利は確定していたのに、一思いには殺さずねちっこく攻撃を加えられ、オマケにどこに隠れても正確に狙いをつけられる。 既に体力的にも限界で息切れも起こし、精神的にも追いつめられていた。

 

「ホホホッ! どこ見てるの? そんなに慌ててるようじゃワタシは倒せないわよ♂」

 

 ……なぶり殺し。 正にそれこそがクジャッカーの目的であった。

 

 クジャッカーの先制で照準を定められた時点で、どこに隠れても的確にレーザーで攻撃できる相手に戦局の主導権を握られていた。

 流石に武器の仕様上の問題なのか、常に狙いをつけられたままでなく定期的に照準は外れるものの、戦い始めてから程なくして憔悴しきっていたアクセルに、再度ロックオンをかけられぬよう立ち回る事は出来ずにいた。

 

「(ああもう!! 何で尻ばっかり狙うんだよコイツ!! マジ最悪!!)」

 

 焼かれた尻の痛みに胸糞の悪い思いを浮かべながら、それでも形勢を立て直すチャンスを伺いながらなんとか攻撃の手から逃れようとする。

 執拗に追いかける照準の立体映像を振り切ろうと走り続け、そして今『エイミングレーザー』の照準が消える。

 

「逃がさないわよ♂ このフロアにいる限りワタシの目からは逃れる事は出来ないわ♂」

「(ッ冗談じゃない!! こんな奴とまともに戦ってたらキリがないよ!!)」

 

 クジャッカーが再び自身を探し始めたのを物陰越しに見たアクセルは、最早この不利な状況でまともに戦う気は起きなかった。

 散々やられた後で尻尾を巻くのは悔しいが、今は『きんた〇』の奪還が先だ。

 アクセルはよくクジャッカーを観察する。 相手の目を盗み、逃げ切るに十分なタイミングを掴むまで物陰で様子を窺い――――

 

「(今だ!)」

 

 ――――クジャッカーが明後日の方向を向いた事を確認すると、自身が入ってきた独房フロアの出入口へ全力で駆け出した!

 

「ホホホッ! そこにいたのねボウヤ!」

 

 足音に気付いたクジャッカーが振り返り、すぐさま逃げるアクセルの尻めがけて照準を飛ばす!

 一直線に逃げるだけのアクセルは当然再度補足されるが、最早少しの攻撃に構っている暇もない。

 次のレーザーが飛んでくる前にさっさと逃げだそう。 ただ一心にひたすら走り――――出入口の通路にたどり着くなり絶望した。

 

「うっそぉ……」

 

 アクセルがやってきた時には十字路だった場所が、今はT字路に変化していた。 隔壁が降りていたのだ。

 難を逃れられるだろうと必死でやってきたはずの場所が壁に変えられ、歯を食いしばるようなアクセルの表情が一気に脱力した。

 

「無駄よ、隔壁ならワタシが先に下ろしておいたの」

 

 疲労の余り隔壁に向き合い手をついて膝から崩れ落ちるアクセルだが、そんな失意の中にある彼にクジャッカーは誇らしげに語る。

 弱弱しい動きで振り返ると、照準を自身の尻に合わせながらこちらににじり寄ってくるクジャッカーがいた。

 

「一思いにはイかせないわよ♂ ワタシは相手を弱らせてからが本番なの♂」

 

 アクセルは戦慄する。 獲物を狙う野獣の眼光をたぎらせ、嗜虐的な笑みを浮かべるクジャッカーの口元は舌なめずりをしていた。

 

「チクチク♂と攻撃を加えて弱らせて、最後にズドン♂と大きいのを一発♂ だから百発百中なのよ♂♂」

 

 一方十数mはある独房一区画分まで近づいた辺りで立ち止まると、クジャッカーは再び両手をかざす。 あの『エイミングレーザー』を放つ前動作だ。

 

「(またアレが来るの……? に、逃げなきゃ……)」

 

 焼かれた尻の痛みもあり、既に体の疲労はピークに達していたが、それでもあのねちっこい攻撃を何度も貰いたくないアクセルはやっとこさ重い腰を上げる。

 腰砕けのまま何とか横側に駆け出し危機を逃れようとするが、しかしクジャッカーにまたも補足された今となっては完全にただの悪あがきであった。

 

「さあどんどん逃げなさい♂ 抵抗されるほど燃え上がるの♂ ワタシを愉しませて頂戴よ♂」

 

 そしてまた、クジャッカーの両手から放たれたレーザーがアクセルの尻に突き刺さる!

 

「アツーェ!! ――――あああああああもうやだああああああッ!!!!

 

 逃げる事さえ叶わず腹の底から絶叫するアクセルの、カマを掘られ飛び上がるだけの追いかけっこが再び始まった。

 小さな羽根のレーザーが再び逃げ回るアクセルを追い回し、曲がり角を逃げ回るも難なく追跡される。

 

「(ダメだ!! いつまでも逃げてられない!! このままじゃ本当にヤられちゃう!! クジャッカーを倒さなきゃ!!)」

 

 体力と気力、そしてそれを上回る尻の限界。 退却も叶わない以上、最早自身が助かるにはクジャッカーを倒す以外になかった。

 

「(アツェ! ああしつこい!! 一体どうすればいいの!? アイツの隙を作る何かいい方法は!?)」

 

 もう一発羽根が突き刺さり、尻を焼かれる痛みをこらえながら文字通り必死で考えるアクセル。

 クジャッカーからすれば、相手の姿さえ一度でも補足できれば、後は勝手にレーザーが追いかけて行ってくれるだけだから楽な事この上ない。

 となれば、こちらが反撃に乗り出すにはまず、相手に補足されないようにする以外に方法はない。

 しかしアクセルは逃げ回る過程において、何度か隙を見てバレットによる不意打ちを試みた事はあったが、やはり相手の視界に入ってしまうだけでロックオンをされる以上、中々攻撃のチャンスを見出す事は出来ずにいた。

 

「(どうにかしてアイツにロックオンされずに済む方法があれば――――ん?)」

 

 何とかして厄介な『エイミングレーザー』の精密な照準から逃れられないか思考を巡らせていた時、ふとアクセルは懐の中の持ち物に気がついた。

 

「(……そういえばさっき、マシュラームとか言う奴のDNAデータ拾ったっけ)」

 

 アクセルはマシュラームのデータを回収していた事を思い出す。 恐らく『ヤァヌス』側の戦闘員だろうと当たりをつけ、拾っておけばどこかで敵の目を欺いたり、このレプリロイドの持つ『特殊技能』を生かす事が出来るのではないかと。

 

「(アツイ! ……『特殊技能』? そ、そうだ!! この手があった!)」

 

 それは先の判断の中で得たひらめきだった。 スプリット・マシュラームの持つその『特殊能力』の存在を思い出し、アクセルはようやく反撃の糸口を見出した。

 半ば相手の出方を窺う賭けになるが、現状を打開するにはそれしか方法がない。 

 とにかくそれを実行するには、今クジャッカーに向けられた照準を振り切る以外にない。 

 

「アツイ!! アツイ!! アツイ!! アツイ!! アー――――アツイッ!!」

 

 完全に真っ黒に焦がされ、反射的に「熱い」と口にするも既に感覚が無くなりかけているアクセルの尻。

 しかし今は耐える時だ。 照準が外れ再び相手がこちらを見失った時こそ、思いついた策を実行に移す時だ。

 行動のチャンスはこの攻撃が終わってからだ。 アクセルは自分に言い聞かせながら逃げ回り防御に徹し、クジャッカーの照準が外れるのを待った。

 

 

 そして相手からは直接見えない、独房のフロアの物陰に入ったと同時に照準が外れ――――

 

「(ッチャンス!!)」

 

 アクセルはマシュラームの残骸を体内のコピーチップを用いて解析、持ち前の『コピー能力』を起動させる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 策を閃くアクセルに対し、一方でクジャッカーの方は至極退屈そうに欠伸をしていた。

 

「あーあ。 まーた見失っちゃったわねぇ、あの子も中々頑張るわぁ」

 

 ただただ逃げ回っては物陰に出たり入ったりと、たまに反撃を試みようと独房の陰から銃撃を試みたりと、その全てを自身の分析力と鋭敏な知覚によって先読みしてきたクジャッカー。

 可愛い少年の必死の抵抗を微笑ましく見てきた彼だったが、そろそろ長引く戦闘にじれったさを感じるようになってきた。

 

「……焦らすのもそろそろ飽きてきたわねぇ。 いい加減一思いにヤっちゃってもいい頃合いかもしれないわ♂」

 

 弱らせてから強力な一撃を叩きこむスタイルだと彼は言ったが、そろそろあのアクセルとか言うハンターも、逃げ方が段々腰砕けになってきているのを見るに、既に尻の感覚が無くなってきた頃だろうと予想した。

 となれば、本命の一発♂を仕掛けるのはこの次だろう。 そう決断したクジャッカーは意図的に下げていた『エイミングレーザー』の出力を最大まで引き上げる。

 視界に投影されるレーザーの出力インジケーターをMAXまで振り切ると、全身にエネルギーが滾るような感覚を覚える。

 

「さあ出ていらっしゃい♂ そろそろ昇天させてあげるわよ♂♂」

 

 クジャッカーは逸る心を押さえながら、知覚センサーの高い感度を生かし、十字路の全ての方向へ気を張り巡らせる。

 最早どこに隠れようと、あらゆる方向に目がついているように感じ取れるクジャッカーの追跡を逃れる事は出来ない。

 不意打ちを仕掛けようと出て来た所で照準を合わせ、最期の一撃を叩きこんでやろうと思った――――その時である!

 

「――――そこねッ!?

 

 クジャッカーの敏感な知覚センサーに動体反応を検知! 丁度自身の背にしている方向に動きがあった!

 クジャッカーは素早く振り返り『エイミングレーザー』の照準を向け……そして驚愕する。

 

「うん!? あ、貴方は――」

 

 照準に捉えた先にいたのは黒いボディの少年ハンターではなかった。

 大きなキノコの体に手足と顔のついた、弱弱しい様子で曲がり角の壁に手をかける、自身が良く遊び相手になってあげている見慣れた顔のレプリロイドだった。

 

「ご、ごめんよクジャッカー……。 あのおじいちゃんに逃げられちゃったよぉ」

「マシュラーム!?」

 スプリット・マシュラームがそこにいた。

 

 

 

 




 ぬわああああああああああああん!! 書けば書くほどテキスト量増えるもおおおおおおおん!!

 ……もうすぐ終わりが見えてるのにゴールが遠のいていくみたいです。 ロックマンX的に言うなれば『後ろに動く女神像』さながらに!


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第29話

 アクセルがいるとばかり思い振り返った先にいたのは、眉間を片手で押さえながら、空いた方の手でもたれるように壁をつくマシュラーム。

 

「いつの間にそこにいたの? 気が付かなかったわ?」

「痛たたた……さっき目が覚めたばかりなんだよ……ずっと取調室の中で気を失ってて」

 

 マシュラームが痛む眉間からゆっくり手を放すと、そこには焦げた風穴があいていた。

 

「貴方ケガをしているじゃない! 大丈夫なの?」

「うん。 ちょっと当たり所悪かったかもって思ったけど、見た目よりはマシだったみたい」

「そ、そう……それはよかったわ」

 

 脳天に穴が空いているにも関わらず、思ったより元気に動くマシュラームに驚きを隠せない。 確かに電子頭脳にさえ深刻なダメージがなければ、レプリロイドはそうそう行動不能になる事はないが……。

 

 それにしても自身の探知能力をもってすれば、このフロア全体の動きを感知する事が出来ると思っていたのだが、まさかマシュラームが取調室から出て来る瞬間に気づけなかったとは。

 アクセルを追うのに躍起になって、見落としをしてしまったのだろうか?

 

「マシュラーム。 その、アクセルって言うんだけど、眉間に×の傷を持つ黒いアーマーのボウヤを見なかったかしら?」

「……ううん、見てないよ? 僕今部屋から出て来たばっかりだよ。 ひょっとしてさっき攻めてきた侵入者の事?」

「そうよ。 あの子は悪いボウヤだから見つけ次第お仕置きしなきゃならないの。 貴方も協力してくれるわよね?」

「っ! 勿論だよ! 僕は正義のヒーローだもん! 真っ黒なアーマー着た悪者なんてやっつけてやる!」

 

 マシュラームは傷つけられた頭の穴の事などお構いなしに、自身の協力の呼びかけに対し大喜びで答えた。

 元気一杯に動くマシュラームに、どうやら彼の受けたダメージは見た目ほど大事ではなかったらしい。

 

 気絶から立ち直ったばかりにも拘らず、この一帯の独房フロアのどこにアクセルが隠れているか、マシュラームは辺りをしきりに見渡し侵入者の姿を探し始めた。

 

「(……おかしいわね、ちゃんと動体検知は出来ているわ)」

 

 そんなマシュラームの様子をクジャッカーはどこか怪訝な様子で眺めていた。

 一見ここにいるマシュラームは姿形は勿論、仕草や言動を鑑みても紛れもなくクジャッカーの知る彼である。

 しかし取調室にいたと言う彼が出てきた瞬間に気付けなかった事を含め、どうもここにいるマシュラームに対し得も知らぬ違和感があった。

 思考を巡らせながらマシュラームを眺めていると、ふとクジャッカーはマシュラームの仕草に気が付いた。

 

「(ん? あの子……何でお尻なんか押さえているのかしら?)」

 

 開けられた風穴をしきりに押さえるのは分かる。 しかし何のダメージも負っていない尻をしきりに押さえ、何かしらその辺りを探して回る際に、僅かに眉をひそめるような仕草が見て取れるのは何故だろうか。

 まるで尻を痛めているような、それこそ先程何度も尻を焼いたアクセルと同じように――――。

 

「(……まさか)」

 

 クジャッカーは思い出す。 かつての『MEGA MAC』炎上から程なくして、復讐のターゲットである主なハンター3人の情報を調べていた時の事を。

 その時に知ったアクセルの情報だが、彼は『新生代型のレプリロイド』であった筈。

 

 自身の思いつきを確かめるべく、クジャッカーはアクセルを捜索して歩き回るマシュラームにスキャンをかけてみた。

 するとどうだろうか、彼の全身からは予想していなかったエネルギー反応が検知される。 クジャッカー自身が大嫌いな、自身のプログラムに干渉しかねない『ソウルボディ』の反応を。

 

 同時に、ふとクジャッカーの背後に当たる角度から別の動体反応を拾う。 人数にして一人分。

 このフロアで動き回っているのは目の前にいるマシュラームと、新たに検知されたもう一人を入れて『2人』と言う事になる。

 

 ――――そしてある事実に気付く。

 

「(ッ!! そう言う事ね!?)」

 

 これで合点がいった。 マシュラームが部屋から出てきた瞬間を何故感知できなかったのか。 彼が額の穴ではなく尻を押さえていた事。 そして背後に検知された何者かの動体反応を。

 気付いてしまった瞬時に胸の中が沸騰しそうになるが、しかしクジャッカーは至って冷静に努めながら、マシュラームへと声をかけた。

 

「……お待ちなさいマシュラーム」

 

 僅かに嘴(くちばし)を震えさせるクジャッカーの呼びかけにマシュラームは振り返る。 何も気づいていなさそうなマシュラームに対し、容赦なく切り出した。

 

「貴方『ソウルボディ』を使っているわね? ワタシの目の前でその能力は使わないよう何度も注意した筈よ?」

「え? な、何言ってるのクジャッカー? 僕能力なんて使って――――」

「見え透いた嘘はおやめなさい。 貴方の体からはしっかりと『ソウルボディ』のエネルギー反応が出ているわ!?」

 

 怒気を露にするクジャッカーの畳みかける物言いにマシュラームはたじろいた。 クジャッカーは隙を逃さず更に言葉を続ける。

 

「ワタシの知覚センサーの精度を舐めてもらっちゃ困るわよ。 貴方が能力を使えば動体反応は『3人』分にならなきゃいけない筈なのよ。 しかしこのフロアにいるのは『2人』だけ……意味は分かるわね?」

「えっ、ク、クジャッカーが何言ってるのか僕には分かんない――――」

「貴方が『部屋から出てくる瞬間だけ』何故感知できなかったか、これでようやく分かったわ! 白を切るのはやめなさいマシュラーム! いえ、アクセル!?》」

「ゲッ!?」

 

 明らかに動揺し、退くマシュラームを見て確信した。 目の前にいるマシュラームはアクセルの擬態(コピー)した偽物だ!

 ……姿や能力を真似る事が出来たと言う事は、既にデータを奪われた側の本物のマシュラームは事切れてしまっているのだろう。 自分が可愛がっていた相手に成り代わっていたその事実が、クジャッカーをより苛立たせた。

 

「フン、やっぱりね……どうせ隙を見てワタシに不意打ちでもするつもりだったんでしょう? ――――こんな風に!!」

 

 クジャッカーは先程から拾っていた背後の反応を確かめるべく、振り向くと同時に反応のあった方へ照準を向けた!

 

「やっば!!」

 

 先んじて気配を察知したクジャッカーの読み通り、十字路の角の陰に隙を伺っていたアクセルの驚愕する姿が見えた!

 マシュラームの姿をしたアクセルと、元の黒いアーマーに銃器を構えている姿のアクセル。 どちらが本体かについては考えるまでもなかった。

 何故なら新生代レプリロイドのコピー能力と、元々の『ソウルボディ』の仕様を考えれば、マシュラームの姿をしている方こそが虚像だとクジャッカーは確信していたから。

 クジャッカーは悩む事なく照準を『アクセル』に合わせ、自分に出しうる全ての火力をもって集中砲火した!

 

「ワタシの可愛いジャンボなキノコ♂のフリをするなんて10年早いわ!! 死になさぁい!!」

「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

「わああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 前後からの2人のアクセルの悲鳴に挟まれながら、憎たらしい本体に対する『エイミングレーザー』の弾幕を放つ!

 銃を構えて抵抗を試みるもそれは悪あがきにしかならず、クジャッカーにアクセルバレットの銃口を向けた時には既に放たれた羽根状のレーザーはアクセルを取り囲み――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――立体映像をすり抜けるかの如く、レーザーは突き刺さる所か恐怖に慄くアクセルの体を素通りした。

 

「は?」

 

 全身全霊で放ったレーザーの前に全身が吹き飛ぶだろうと思っていたクジャッカーは、予想外の事態に呆気に取られていた。

 一体何が起きたのか? 合わせた照準に向かって自動追尾する攻撃が見事にすり抜けてしまい、目の前で起きた出来事を認識できず、思考を置き去りにしてしまう。

 

 それこそがクジャッカーにとっては命取りになった。

 

 開いた口が塞がらないクジャッカーを現実に引き戻すが如く、突如火傷する程の熱量が両膝を後ろから前にかけて貫き、背中にも尾羽の一部をへし折って命中した!

 

「な!? ……あっ?」

 

 猛烈な熱さと脱力感にクジャッカーは前のめりに転倒する。 倒れ込む最中、身構えるも攻撃をすり抜けたアクセルと目が合ったが、両腕で頭を庇う隙間からほくそ笑むような表情が垣間見え、自身が地面に叩きつけられると同時に、その姿は電子データを消去されるが如く空中に消えて無くなってしまった。

 

「惜しかったね、そっちの方が『ソウルボディ』で作った分身(デコイ)なんだ」

 

 消えていくアクセルの姿を、愕然とした目で眺めているクジャッカーに背後から声がかかる。

 うつ伏せのまま身をよじり振り返った先にいたのは、銃口から煙の立ち上るアクセルバレットを片手で構えたマシュラーム、もといアクセルの姿があった。

 

「あ……あ……?」

「コピーした能力だからマシュラームの姿でしか作れないと思ってたんだけど、僕の元の姿を分身できたのは嬉しい誤算だったよ。 おかげでこんなトリック未満のチャチな作戦でアンタの裏をかけたんだからね」

「!! な、何て事なの……!?」

 

 どうやらクジャッカーの思い込みが招いた完全なミスだったようだ。 エックスの様な武器チップそのものを移植するのでなく、コピーチップを使って得た能力なのだから、作り出せる分身もマシュラームの姿のみと思い込んでしまっていた。

 迂闊、クジャッカーは歯ぎしりするも時すでに遅し。 機動力はおろか、急所は外れたものの背中を撃たれたショックで『エイミングレーザー』の照準機能にも問題が発生。 とてもこちらから攻撃を仕掛けられる状況ではなくなり、たった一度の判断ミスで形勢は完全に逆転されてしまった。

 アクセルはこちらに歩み寄りながら変身を解き、悔しさに震えるクジャッカーを見下ろしながら、したり顔を浮かべつつ元の黒いアーマー姿に戻る。

 声色はどこか震え、その目つきには怒りの色がにじみ出している。 しきりに尻を摩る動作からして、アクセルは完全にキレてしまっているようであった。

 

「さてと……アンタには人の尻しつこく焼いてくれたお返しをしなくっちゃね」

 

 手にしたアクセルバレットのスライドを引きながら、クジャッカーへ無慈悲に告げるアクセル。 今の今までアクセルにしてきた仕打ちを考えれば、最早彼が何をしようとしているのかは言うまでもない。

 両足を撃たれ身動き叶わないクジャッカーは言葉に詰まり、慌ててアクセルに『お返し』を実行しない様に訴える。

 

「な、何の事かしら? ワタシが貴方のお尻をチクチク♂したのはそういうプレイなのよ!?」

「下手な言い逃れだねぇ。 頼んでも無いのにあんな嫌な思いさせられたんだから、仕返しされたって当然でしょ? それが何か?」

「何かじゃないわよ!! ……そう、そうよ!! 貴方自身気づいていないだけで、お尻を焼かれるのも本当は悪い気はしなかった筈よ!? ワタシはむしろ貴方を愉しませてあげたのだから、むしろお礼を貰ってもいいぐらいだわ――――」

「それってお礼参りしろって事だよね、じゃあ喜んで!!

「アッー!」

 

 この上ない挑発ととられかねないクジャッカーのあまりに苦しい言い訳に、こめかみに怒りジワまで浮かべ引きつった笑顔を浮かべるアクセル。 完全に墓穴を掘ったクジャッカーは声にならない叫びを上げた。 もうこの時点でクジャッカーの運命は決まったも同然であった。

 して、そんな絶望のさなかにある自身に引導を渡さんとするアクセルは、これ以上の問答は無用とばかりにまずは銃口をこちらの頭に向けた。

 

「本当はショットガンのが良かったけど、贅沢は言ってられないよね……ニニニニニニニニニニニニニニ――――

 

 銀幕上の悪役よろしく嗜虐的な笑みと不気味な声を上げながら、アクセルは両手でしっかりと握りしめた銃を、1本持っていかれたクジャッカーの尻尾が生える尻に、アクセルバレットの銃口をゆっくりと下に向けていく。

 下された死刑宣告を前に、もうクジャッカーには命乞いすら許されない。 それほどまでに買った怒りが大きかったのである。 

 クジャッカーは動かない両足を引きずりながら、肘で埃塗れの床を這い身体が薄汚れるのも構わず、必死でアクセルの怒りの銃口から逃れようとする。

 

「こ、こんな!! こんな事って……!!」

 

 優雅を心掛ける彼をして両肘で冷たい地面を這い、形振り構わずその場から逃げ出そうとする程の圧倒的プレッシャー。 今のクジャッカーは侵略者に対する鉄壁の守護者(ガーディアン)の面影は無く、残忍と化した狩人(ハンター)に狩られる側の哀れな獲物に過ぎなかった。

 

「ひどいわああああああああああああああああッ!!!!」

 

 隔離された独房フロアにこだまするクジャッカーの断末魔の悲鳴、そこに加わるはアクセルバレットの銃撃音――――。

 

 

 

 

ZAP! ZAP! ZAP!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで――――終わりだッ!!」

 

 電刃――――高圧電流を帯びたゼットセイバーの斬り上げは、装甲が剥がれ露出していた機関部に直撃! 稲妻の刃がカンガルーの電子回路もろとも動力部を寸断し、一瞬の痙攣と飛び上がったゼロの着地をもって遂に全ての機能を停止した。

 最後の一撃を皮切りに全身が火花を放った後に炎上し、そのまま後ろに倒れ込むようにして激しく燃え上がった。 額を拭い一息つきながら辺りを見渡してみると、突如警報が鳴りだすと同時に頭上から大量の冷たい雨が降り注ぐ。

 ジャングルにしてもあまりに激しい気候の変化に驚くも、周囲を見渡してみた先はコンクリート製の壁と天井に囲われ、スプリンクラーの水が降り注ぐ『ヤァヌス』秘密基地の施設内部だった。

 

 いつの間にやらゼロはライドアーマーと共に壁を壊して屋内に飛び込み、本来彼らが目指していた侵入経路の近くにあった、中央エントランスと思わしき場所へともつれこんでいたようだった。

 カンガルーと共にゼロを倒そうと奮闘していた筈の『ヤァヌス』の兵士達は、巻き添えを恐れて皆が散り散りに尻尾を巻き、結果として見届け人不在のまま死闘の終わりを迎える事となった。

 

「やっと片付きやがったか、苦労させやがって」

 

 ゼロは冷や水を浴びせられ、消し炭と化していくライドアーマーを憎々しげに眺めていた。 排除に手間取ったがとりあえずは厄介な敵を排除できた。

 しかし先に中に入ったアクセルもそうだが、エックスやエイリア達オペレーターから未だ連絡は来ない。 結構な時間兵士達との戦闘に取られていた筈だが、そろそろ何らかの動きがあってもおかしくはないだろう。

 

<――――ザザ……ちらエイリア! ああ、良かった! やっと通信が復帰したわ!>

<――ちらエックス! 俺も復帰した!>

 

 そう思っていた矢先に、エイリアとエックスから通信が入る。 どうやらまたもジャミングを掛けられていたらしい。

 

「こちらゼロ、ようやくあのデカブツを片付けた。 これより俺も基地内部に……もう侵入しているな」

<仕方なかったとはいえ強行突破には無理があったものね。 肝心な時に毎回通信を遮断されてどうなるかと思ったわ>

<戦力を分断されたからな。 だけど俺もようやくあの兵士達を追い払えた。 これから合流するよ>

 

 二人して各々厄介者を相手にさせられ時間を食ったが、敵の動きが落ち着いている今の内に再度合流しよう。 そう思った時であった。

 

<……ザザッこちらアクセル。 皆生きてる?>

 

 先に突入したアクセルから安否の確認ともとれる通信が飛んできた。

 

<アクセル! 無事だったのね?>

<何とかね……クジャッカーのASSHOLE(ビチクソ)野郎と戦闘になったけど何とか倒したよ!>

「! あの野郎と戦っていたのか。 じゃあ通信がさっきから無かったのは、アイツがジャミングかけてやがったからか?」

<多分ね! だからあいつのケツに僕の銃ブチこんで黙らせてやったよ! ざまぁみやがれってんだ!>

<……随分キレてるみたいだな。 どんな戦いだったのかはあえて聞かないでおくよ>

<そうしといて……FUCK(畜生)!>

 

 会話の節々に暴言が混じるアクセル、どうやらクジャッカーとの戦闘の際に相当嫌な思いをしたらしい。

 毒を吐くアクセルの傍らゼロの心は晴れやかで薄ら笑みを浮かべていた。 散々自身とクジャッカーとの関係をおちょくってくれた報いを受けたからであるが、それは心の内にしまっておく事にした。

 

<とにかく、アクセルも無事だったのなら攻撃の手が引いた今の内に早く合流しないと>

<じゃあ出来たら迎えに来て欲しいよ。 僕はその……流石にボロボロになっちゃって、ちょっと動けそうにないから……>

<了解よ。 ……そう言えばアクセル、貴方通信が切れる前にホタルニクス博士達を探しに行くって聞いたけど、どうだったのかしら?>

<……あの博士ならとっくに逃げ出してたよ。 他の科学者と一緒にね>

 

 アクセルの口から、ホタルニクス達の脱走と第2コントロールルームに立てこもったと言う情報が、ゼロを含む3人に伝えられる。

 

<とにかく僕はここで待ってるよ。 あとクジャッカーの奴隔壁を下ろしてたから、現地に到着してから開けてね……通信終わり>

<分かったわ。 エックスとゼロは独房フロアに行ってアクセルと合流して>

<了解!>

「任せておけ――――」

 

 ひとまずはアクセルの元へ向かおうと、エイリアからの指示に応えようとした時であった。

 無線のやり取りをするゼロを、後ろの高い所から刺すような鋭い視線を感じ取った。

 

「エックス、アクセルとの合流はお前一人で行ってくれ」

<え?>

<……どうしたのゼロ? 何かあった?>

 

 2人が疑問の声を上げる中、ゼロは感じ取った視線の主を確かめるべくゆっくりと背後を振り返る。

 エントランスの中心から奥に続く幅広な2階への階段、登り切った先の所に男が立っていた。

 

「……ボスが自らお出迎えのようだ」

 

 ゼロと男の目線が合う。 紫のアーマーに身を包み、バイザーで覆われた目元から注がれるその眼光。

 口元を不敵に笑わせ腕を組んで堂々と立っている、今や犯罪組織のボスと化した男が、まねかれざる客を前にしても物怖じしない態度で出迎えていた。

 

<――――分かった。 アクセルの元へは俺一人で行く>

「……頼んだぞ。 エイリア、エックス達のサポートを頼む。 どうやら俺は決着をつけなきゃならないみたいだ」

<了解……彼らの事は任せて>

 

 ゼロの状況を察した二人は、この場を任せるように通信を切った。 仲間を見送ったゼロに対し2階の男は歓迎の言葉を投げかける。

 

「我が新しい城にようこそ……と言いたいが、随分派手に荒らしてくれたじゃないか」

「こっちこそ、手荒い歓迎感謝するぜ。 マック!」

 

 ゼロと男……マックは互いに笑いながら皮肉の言葉を投げかけあった。

 

「廃ビル諸共下敷きになったと思ったんだがな。 流石に復活のハンター様は丈夫でいらっしゃる」

「伊達に何年も特A級やってないもんでな……悪いが『きんた〇』を好きにされては困る、さっさとケリをつけさせてもらうぜ」

 

 会話などいらない、と言わんばかりに話を切るゼロ。 対するはマックの高笑い。

 

「ハハハハハハハ! そう言うなゼロ。 決着をつけるにもここじゃあ締まりがない。 ――――ついて来い!

「逃がすかよ!!」

 

 マックは身を翻し、階段から奥に続く廊下を走り抜けていった。 ゼロもその後を追い、階段を一気に駆け上がった!

 

 

 

 




 ……良い子の皆は、そういうプレイをする時はきちんとパートナーの同意をとってからにしようね。 無理矢理するのは、止めようね。



 と、言う訳で……次回、遂にマックと直接対決です! お楽しみに!


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第30話

 話もいよいよ大詰めですが、なんやかんやあって30話目に入りました!


 それでは投下します!


「待てマック!! 今ここでケリをつけてやる!!」

「そう焦るな! お前のいい死に場所へ案内してやってるだけだ!」

 

 施設内の廊下にて追跡劇を繰り広げるマックとゼロ。 階段を上り廊下を走り逃げ回るマックを追いつめては、天井に備え付けられた防衛用のセントリーガンからの射撃に晒される。

 更に側面の扉や横道からマックが通り過ぎた直後に飛び出し、こちらに銃撃してくる警備兵の妨害をゼットセイバーで退けながら、つかず離されずのデッドヒートを繰り広げていた。

 放たれた弾幕がゼロのすぐ側を掠め、脚と肩に焦げ目を作り、頬に軽い火傷を負う。

 

「そこをどけ!! 邪魔だ!!

 

 銃弾の嵐に怯まず行く手を塞ぐ敵兵を横薙ぎに一刀両断! 上半身と下半身が泣き別れする敵兵。

 乱戦の合間を縫って投げられた手榴弾をはじき返し、ゼロの近くで炸裂させるつもりだった兵士の一人は再度投げ返す事も出来ず目の前で爆発する。

 来る敵全てを返り討ちにしているゼロだが、しかし先程のカンガルーとのもみ合いでかなり消耗しており、付け加えて兵士の防衛を掻い潜りながらのマックの追跡に、次第に全身にダメージを蓄積させていた。

 息切れに体が重くなっていくも、衛星『きんた〇』を手中に収めんとするマックを取り逃がすつもりも更々なかった。

 

「ゼロ! 3人の中でも特にお前だけはタダでは死なさん!」

 

 ゼロのバスターの射撃を掻い潜り、同じくバスターで反撃するマックは語る。

 

「折角ベンチャー企業の社長としてやっていけたのに、お前は俺の夢を一瞬で灰にしてくれた!」

 

 それはかつて在りし日の栄光と転落。 そして悪の道へと引き込む原因となった『MEGA MAC』炎上。

 マックにとっては、終わりとある意味で新たな始まりの全てが集約されたあの事件。 

 

「そんな俺に対しお前とエックスは口を揃えて『何も知らない』と来たもんだ……わざわざタイマーまで設定して俺の城を燃やしやがって!!」

「ちょっと待て! 俺は時間を見計らったりは――――」

「フン! 謝罪より開き直りか……まあいい、聞くに堪えん貴様の言い訳もすぐ終わる!!」

 

 まるで聞く耳を持たぬマック。 実際クジャッカーから逃れる為に火を放ったのは確かだが、ゼロとしてもスパ施設の全焼は意図したものではない。

 それはさておき、しばし追走劇を繰り広げ施設内の階段を登り切った後、最上階と思わしき階層の一直線に続く廊下に差し掛かった時、いよいよゼロの脚力をもってしても中々追いつけないマックが、更にもう一段階スピードを上げ突き放しにかかる。

 

「あの扉の先が屋上だ! そこで決着をつけようじゃないか!」

 

 次第に開いていくマックとの距離感。 扉に先にマックが辿り着くと、自動扉が両側に開き外の明かりが廊下に差し込んだ。 日の光が上手く差し込む時間帯と位置取りなのか、外の眩しさで屋上の景色は窺えない。

 開いた扉を潜り抜け、屋上からの光の中にマックの姿が溶け込んでいく。 マックを迎え入れた扉はゼロをも誘い込まんと開きっ放しになっている。

 

「――上等だ! そこで白黒はっきりさせてやるぜ!」

 

 この先の屋上で決着をつける。 マックから送り付けられた挑戦状を受けんとするゼロは、誘われるがままに扉を潜り抜けた!

 

 

 

 ――――それは眩い陽の光に当てられての事か、それとも目先に広がる屋上の光景に目を奪われての事か。 ゼロはマックを追わんとした駆け足を止め、驚愕の表情でその場に立ち止まった。

 

 屋上の敷地のひと際高く頑丈に作られていた土台の上に、人の身の丈など足元にも及ばぬ大きさで佇まい、ジャングルの緑の中において異彩を放つ、丸々とした一凛の銀の花が天を向いて咲き誇っていた。

 地球の周りを取り巻く人工の星々と電波のやり取りをすべく作られたそれは、パラボラアンテナと呼ばれるものであった。

 その巨大な建造物を背にマックはしてやったりと笑ってこちらを見下ろしており、彼の足元の……ゼロが出て来た屋上の出入り口を取り囲むように、散々ゼロを手こずらせたカンガルーが5機も待ち伏せていた。

 

「地獄にようこそゼロ」

 

 屋上で待ち構えていたマックが指を鳴らす。 するとゼロが振り返る間もなく背後にあった自動扉が閉鎖され、施錠状況を知らせる緑のラップが赤に変わる。

 同時に屋上を取り囲むフェンスの上に電磁バリアが張られ、何人たりとも侵入者を寄せ付けない……もとい逃がさない様に全ての経路が完全に塞がれた!

 

「……決着をつけると聞いたが?」

「死に場所を用意してやるとも言ったぞ。 わるいがお前と正面切って戦っても勝ち目はないのでな」

 

 顔をしかめ皮肉を言うゼロに対し、一方でマックは全く悪びれぬ様子で余裕の口ぶりで物を言う。

 

「やり合ったお前なら分かっているだろうが、この基地に配備されてるカンガルーは、通常の量産機よりもかなり手を加えた特別な奴だ。 果たして今度は生き残れるかな?」

「ガチガチに塞ぎやがって、お前こそ自分の逃げ場を無くしたんじゃないのか?」

「そりゃ考える必要も無かろう、逃げる必要なんかないのだから……お前こそ強がりを言いやがって、精々惨めったらしく死に様を晒すんだな!」

「クッ、言ってくれやがるぜ!」

 

 ゼロは毒づいた。 先程叩き潰したカンガルーも中々に手を焼いたが、それでもライドアーマーに乗った敵を、これまでの任務の中で幾度となく倒してきたゼロが何故苦戦したか。 やはりと言うかあの機体は『ヤァヌス』の手が加わり、見た目こそ変わらないが装甲をはじめエンジン出力、及び全ての性能が強化されていたのだ。

 この辺は攫った科学者を働かせたのもあるのだろうが、元々は彼らもMACエンジニアリングを母体とする組織。 技術力は折り紙付きなのだろう。

 そんな厄介者が今は5機も待ち伏せしている。 マックの余裕綽々な物言いもあり、これで悪態をつくなと言うのはいささか無理があった。

 

「さあ、遊びは終わりだゼロ! 俺の恨みを思い知りながら死んで行け!! やれ!! クジャッカーッ!!

 

 勝利を確信するマックは腕をかざしながら、自分の右腕たるクジャッカー相手に無線で指示を飛ばした。

 

「……クジャッカーだと?」

 

 敵の攻撃が来ると身構えかけたが、しかしマックの呼んだその名を聞いてゼロは強張った表情から一転、はっと素面に戻ったような呆気にとられた顔になった。

 自信満々なマックの呼びかけに、遂に強化されたライドアーマーが一斉に動き出す――――

 

 

 

 

 

 

 ――――筈も無く、気合のこもったマックの叫び声だけがむなしくこだました。

 

 しばし沈黙と白けた空気が場を支配する。 完全に自身のペースに引き込めたと思ったマックは、動き出すと思っていたカンガルーの沈黙と言う、予想外の出来事に目線を泳がせていた。

 

「――――今のは発声練習だ。 今度こそお前の命が終わる時だ。 覚悟しろ!!

「お、おう」

 

 普通なら気まずいことこの上ないムードだが、めげずに仕切り直しを宣言するマックに、両者の温度差を際立たせるが如くゼロの返事はいつになく歯切れが悪かった。

 

「フハハハハッ!! 年貢の納め時だ!! やってしまえクジャッカーッ!!!!

 気を取り直し再度クジャッカーへの呼びかけを試みるマック。 口上を変え新たな意気込みでカンガルーをけしかける。

 何とも言えない微妙な雰囲気をかき消すかの如く、叫び声をあげる主人(マック)の言葉が待機するライドアーマーを――――

 

 

 

 

 

 ――――動かせる訳もなく、マックの魂の呼びかけはまたもや騒がしい基地内の銃撃音と、変わらぬ様子のジャングルの草木のざわめきと鳥の囀(さえず)りにかき消されてしまった。

 二度も無視(シカト)を決め込まれた事実に対し、マックは流石に動揺を隠しきれず、額から滝のように汗を流し始めてしまった。

 マックのやる気だけが空回りするかのように、一向に動き出す気配を見せないライドアーマー。

 それはもう、さっき以上に気まずい空気が流れる訳だが、余りのマックの痛々しさに見かねたゼロはいたたまれぬ様子で忠告する。

 

「……一応言っておくがな」

 

 ……マックと相対するまでのわずかな時間、アクセル達と情報を交換したゼロは全てを知っていた。

 気合も十分だったマックに冷や水をぶっかけかねない、彼が自信満々に用意した待ち伏せが発覚した今となっては残酷な事この上ない事実を。

 困惑するマックに対し、ゼロの声は正に腫れ物に触るかのようによそよそしく、どこか申し訳なさそうに残酷な事実を突きつける。

 

「クジャッカーならアクセルにケツの穴開けられておっ()んだぜ」

「えっ?」

 ゼロの告げた紛れもない真実に、マックは疑問符と言うにはあまりに間抜けな声を上げた。

 それはどことなく現実を受け入れられずにいると言うか、もっと具体的に言うなれば……かつて自身を看板作家に押し上げた代表作が、実写化するや否や現場のパワーで、キャラから脚本まで別の作品と化した映画を見せられたある漫画家のように。

 ……して、言った本人は嘘偽りはないものの、マックはゼロに言われた事を確かめるべく腕部の無線機を操作し、今度はクジャッカーのいる現場の映像を投影する。

 

 ――――そして後悔した。

 クジャッカーは独房フロアにいたが、地面に顔から突っ伏して倒れており、膝を曲げて突き上げられた尻には焦げた大穴が開いて昇天していたではないか!

 わざわざ尻を浮かせたようなこの姿勢は恐らくは、射撃を受けた際に飛び上がりそうになったままショック死を迎えたのだろうが、とにかく余りに受け入れがたい現実にマックは完全に放心していた。

 彼をしてまともにやり合ったら敵わないと、勝てばよかろうの精神でライドアーマーを集結させた手間が、完全に無駄になってしまったのだから。

 否、無駄になっただけならまだ良い。 そもそもが逸る心にほだされて逃げ場のない屋上まで誘い込んでしまったのだから、自分も逃げられないこの状況でゼロの様な特A級ハンターと、真っ向勝負を挑んだ所で勝ち目はない。 

 早い話が詰みであった。

 

 転じて絶体絶命のピンチとなった状況にマックは項垂れ、ぶつくさと何やら言葉の羅列を呟いていた。

 痛ましくも異様なマックの様子に近づきがたい雰囲気を感じていたゼロは、迂闊に手も出せず攻撃を躊躇っていたが……突如としてマックは呟くのを止め、ピクリと肩を震わせた。

 

「ククッククククッ……」

 

 直後からの薄ら笑い。 次々と状況に翻弄されるマックを見てきたゼロにとって、今の彼の笑い方は、体の中からこみ上げる何かを必死で堪えるような、さながら気が触れて狂気を孕んだかのような笑みに見えた。 

 

「ククククク……このライドアーマーが切り札だと思ったら大間違いだ」

「ファッ!?」

 

 噴き出す感情を抑えるような笑い声からの、舌の根も乾かぬ内に前言を撤回するマックに、今度はゼロが驚き慄いた。

 

「失望するなよゼロ! これは只の余興だ!! 俺の狙いはお前の緊張をほぐして全力を出しやすいよう、アテが外れたフリをしてやっただけだ!! 言わば『敵に塩を送る』と言う奴だ!!」

「只のヤケクソだろうが!! 物は言い様だなてめぇ!!」

 

 どうやら狂気に囚われたと言うのは間違いでは無かったらしい。 不気味なまでに乾いた笑顔で、どう贔屓目に見ても無理があるマックの強がりに、自他共に認める馬鹿であるゼロをしてトチ狂った物言いとしか思えなかった。

 ある筈も無かった切り札に固執し、逃げ場さえ自ら塞いだ背水の陣において、マックが取った次の手は――――。

 

「遊びは終わりだ!! 覚悟しろやああああああああああああああああッ!!!!」

 

突撃だった。

 高台から跳躍し、半狂乱になって飛び掛かってくるやけっぱちのマック。 動かないライドアーマーに自ら乗り込む訳でもなく、愚直なまでに一直線に飛び掛かる彼に、ゼロは非情な決断を下す。

 

「てめぇが往生しやがれぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 これ以上は問答無用! 一撃の元に終わらせる事にした。 バスターを突き付けて降下するマックに真っ向から飛び上がり、セイバーを振りかぶった!!

 無慈悲なまでに勢いよく振りぬかれた緑の光の刃がマックの胴体を薙ぎ払う!

 

「ビィィィムサァバァァァァァァァァッ!!!!」

 

 横一文字に一閃!!

 通りすがりに倒された警備兵と同じように、マックは断末魔の叫びを上げながら胴体を両断され、切り付けられた勢いで吹き飛ばされ巨大アンテナの土台に叩きつけられた!

 マックの分かたれた上下の体が頑丈なコンクリートの土台を破砕させ、その衝撃でアンテナを支える鉄骨が揺らぐ。

 

 

 ――――これにて決着。

 

 悪あがきに走ったマックに引導を渡したゼロは着地すると、セイバーの光を納め背中のサーベルラックに収納した。

 

「ご、ごがが……また俺は、お前の剣技に敗れるのか……」

 

 めり込んだ土台のコンクリート片に埋もれ、瀕死の重傷を負ったマックの消え入るような掠れ声。

 それはかつてDrドップラーの起こした反乱の際……ゼロとマックは今と同じように敵同士として相対し、ゼロの瞬殺に終わった事があるのだが、その倒され方と言えばやはりビームサーベルによる一刀両断だった。 違いと言えば斬られた方向の縦と横の違いぐらいか。

 ゼロは自らが成敗したマックの元へ足を進め、虫の息のマックと目線を合わせ膝をつく。

 

「何故だ、何故俺が負けなければならない……グフッ……会社にしろ秘密結社にしろ……一から組織を作って必死で切り盛りしてきた俺に対する仕打ちが、これなのか……」

「いやまあアレだ。 ぶっちゃけ詰めは甘いし直ぐヤケクソ起こすからこうなったんじゃね? 何か悪堕ちしたのもある意味必然だったかもな」

どの口が言うか!? そもそもが俺のスパ施設焼いた事が全ての発端だろうが……!!」

 

 口から赤いオイルをこれでもかと吐きながら、あらんばかりの恨みつらみをゼロにぶつけるマック。

 これには流石にゼロもバツが悪くなったのか、それとも隠すだけ無駄だと判断したのか、死に行くものへの手向けとして素直に白状する事にした。

 

「悪かった。 確かに俺は『MEGA MAC』炎上のきっかけを作ったかもしれん」

!? 実際に……全焼までしたんだぞ! それを他人事みたいに――――」

「だがそれは、襲い掛かってきたクジャッカーを撃退する為に、アイツの弱点である火の技を使ったからなんだ。 全焼したのも侵入の際にうっかり天井に大穴開けてしまってな、スプリンクラーが作動しなかったからで、決してお前が疑ったように見計らったようなタイミングでやらかした訳じゃない」

ファッ!? な、ならあの俺のラーメンタイマーの時間は、何だったんだ?」

「……何のことだ? 俺はタイマーなんて知らねぇぞ?」

 

 あくまでわざと焼いたと信じて疑わないマックへ、正直に全てを話すゼロ。 するとゼロの言葉にショックを受けたのだろう、マックは口を開けたまま茫然とする。

 廃ビルで拘束された時にも聞いたが、マックはしきりに自分達が証拠隠滅の為にスパ施設を燃やしたのだと思い込んでいるようだった。

 しかし実態はゼロはクジャッカーを撃退する為に『龍炎刃(りゅうえんじん)』を放ったのと、同時期に社長室を探索するアクセルが部屋にあったラーメンタイマーを、何の気なしに作動させていた時とタイミングがかぶっただけであった。

 トイレの隣が温泉用のボイラー室だったのと、天井を破ったが為にスプリンクラーが作動しなかった。 そう言った悪条件が重なったと言うのが事のあらましだった。

 崩れてきた天井に潰されたショックからの思い込みから、壮大な勘違いをしてしまった事を知ったマックの心境や如何に――――。

 

「――――って!! 結局お前らが無断で敷地に入るから起こった事じゃないか!!」

 

 まあ、結局は彼の言う通りイレギュラーハンター側の不法侵入が招いた事であるが。

 

「え、いやほら、俺クジャッカーに襲われそうになった被害者だし」

「侵入者のお前らを捕まえようとしたついでだったんだろうが!! アイツ警備隊長だったし!! やっぱお前らが悪いわ!!」

「チッ、ばれたか」

「反省の色ねぇなオイッ!! ――――ゴホッ! ゴホッ!!

 

 清々しいまでに一切悪びれず、当然のようにあっさりと受け流すゼロに、マックの正論など届くはずもなかった。

 マックはあらんばかりの力を込めて叫ぶも、しかし重傷を負った身故にその声は体の痛みと吐血に遮られてしまう。

 いよいよもって死期が迫っている彼だが、意識が薄れかかっていると言うのもある為か、ここにきて彼は怒りの波が引いていくかのように、穏やかに薄ら笑みを浮かべ語った。

 

「……だ、だが……大した奴だよお前は……土壇場でも開き直れるその図太い精神こそが、俺に足りなかったものかもしれん……な……」

 

 これでもかと恨み節をぶつけてきたマックだったが、一方で人生の全てを引っ掻き回されようとも、いかなる時も堂々としてみせたゼロのメンタルの強さだけは認めたようだった。

 

「ゼ、ゼロよ……俺はもう終わりだ……手向けとして一つだけ教えてくれ」

 

 マックは冥土の土産として、赤いハンターに最期の質問を求めてきた。

 

「何がお前を駆り立てる……お前は一体、何の為に戦っているんだ……?」

 

 

 

 

 

 ――――ゼロはマックの問いに目をつむり、しばし一言も言葉を発することなく佇んだ。

 

 その質問はかつてあの時……レプリフォースとの戦いにおいてかつての恋人を手にかけざるをえなかった時に、悲しみの中で自らに問いかけた言葉と同じものであった。

 あの辛い出来事から長きに渡り、ゼロは自らの戦う意義に悩まされながら今のこの時まで生き抜き、辛きを堪えながら数多の戦場を乗り越えてきた。

 

 ……そしてついに見つけた。 いや、答えなどとっくの昔から出ていたのだ。 今の今まで目を逸らし続けていただけなのかもしれない。

 だからこそ、今は自信をもって違うと言えるだろう。 ゼロはもう悩まない。 心の奥底に眠っていた自分の本心から決して逃げる事はしない。 それはこれから先の未来においても――――。

 

 

 束の間の沈黙を破るように、死に逝くマックへの冥土の土産……そして自らのこれからの戦う理由を素直に表すべく、目を見開き堂々と胸を張って答えた。

 

 

 

「ビンビン♂のバスターの為だッ!!!!」

 

 

 自信に満ちた大声と共に人差し指と中指の間に親指を挟んだ右手を突き出し、ゼロの白い股間に再び黄金色に輝く頂が隆起した!

 

「――――は、ははは……な、なんじゃそりゃ……」

 

 ……その傍らで、長年の戦いの中で見出した割に余りにしょっぱ過ぎる答えを聞かされたマックは、これでもかと言うぐらい乾いた笑みを浮かべていた。

 

はははははは!!!! 勝てねぇ……完敗だ……アホ過ぎて(かな)わねぇ……ゴフッ」

「おい誰がアホだ! 俺は真面目に言ってるんだぞ! ――ってかまた勝手におっ立ってやがる!」

「そんなものまでおっ立てて真面目か……俺達とは色々と次元が違うよ……全く」

 

 自分なりに真面目に答えた事をアホ呼ばわりされ、加えて意思を無視して自慢のアレが光り輝き始め、節操のないバスターにゼロは心底うんざりする。

 マックはそんなゼロに対し、言葉と裏腹にある意味でとても感心したように眺めていたが……。

 

「だが、不運(ハードラック)(ダンス)らされた俺も、悪の道で生きると言う決心をした身……俺なりの信念というものがある」

 

 突如弱弱しかったマックの声色に力が入り、ビンビンのバスターに気を取られていたゼロの動きが止まる。

 

「貴様らにばらまかれた不幸の種……そこから悪の(はな)を咲かせると言う信念がな!

 

 異様な雰囲気を感じ取ったゼロは再びマックに向き直した。 そこには口元を吊り上げ不敵な笑みを浮かべるマックの表情。

 ――――まだ終わっていない! ゼロは咄嗟に背中のセイバーに手を伸ばす。

 

 

「緊急コード発令!! UH0-E-O105ッ!!」

 

 が、ゼロの抜刀を待たずして、マックが怪しげなコードを大声で叫んだ! 直後、秘密基地の全区画に警報とアナウンスが鳴り響く――――

 

<全職員に告ぐ! 緊急コードが発令されました! 当基地は指令に基づき間も無く自爆します! 基地の全職員は直ちに避難して下さい!>

 

 



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チャプター7:仇花(デスフラワー)
第31話


「マック、この野郎!!」

 

 死の間際に観念したかと思いきや、最後の悪あがきにでたマックにゼロはセイバーの切っ先を向ける。

 

「ククク……悪党は悪党らしく盛大に散らなければな……」

「今すぐ自爆を止めさせろ!!」

「それは無理な相談だ。 このコードは一度入力した後は決して停止出来ん……しかも基地の自爆だけではないぞ」

「何!?」

 

 出された命令は1つだけではない。 驚き焦るゼロに対し、マックは言葉を続けた。

 

「『きんた〇』の発射命令だよ! 我々があの衛星の制御に成功したのは知っているだろう? 場所はもう言うまでもなかろう――――」

 

<警告! 『きんた〇』のレーザー兵器のエネルギーを感知しました! 当基地は『きんた〇』によって補足されています! 全職員は直ちに半径5キロ圏外へ脱出して下さい!!>

 

 会話に割って入るように告げられた、基地のアナウンスを通して通達された事実に、ゼロは驚愕を重ね……目を点にする。

 どれほどの規模になるかは知らないが、自爆装置を名乗るからには基地を木っ端みじんにするには十分なのだろうが、その上で衛星兵器まで使うと言うのはいささか理解に苦しんだ。

 

「お前……爆破に飽き足らず衛星兵器まで使うとは、随時手の込んだ自殺だな?」

「ば、馬鹿な!? どうしてこの基地を!?」

 

 ゼロの言葉を遮るマックの様子は非常に驚愕しているようだった。 正に予想外の出来事に遭遇した、そんな口ぶりで。

 

「あのコードはお前らのハンターベースに照準を向けるよう、命令内容を入力していた筈だ!! わざわざ2度も基地を吹き飛ばす必要があるか!!」

「じゃあ今狙ってるのは何なんだ!?」

「し、知らん! あのコードで入力される命令は優先順度が高い権限だ……もしあれよりも優先される命令があるとしたら――――」

 

 マックは何かに気付いたように、はっとした様子で黙り込んだ。

 

「ま、まさか……」

「おいなんだマック! やっぱりお前何か知ってるんじゃねぇのか!?」

「博士のアレか……アレが使われたのか!?」

「訳の分からねぇ事言ってるんじゃねぇ!」

 

 唐突に自問自答を始めるマック。 博士のアレなどと言うこちらには分からない単語で呟くマックに、彼を問い詰めようとゼロは壁に埋まるマックに近寄った。

 

 その時であった。

 

 ゼロがセイバーの一撃と共にマックを叩きつけたアンテナの土台に、マックがめり込んだ辺りからここぞとばかりに亀裂が走り始める。

 コンクリートのひび割れと軋むアンテナの鉄骨が一気に傾き、危険を感じ取ったゼロは飛び退くが、正にその直後だった。

 アンテナは足腰から崩れ去り金属のフルコースが大量に降り注ぎ、身を引いたゼロは間一髪だったが……。

 

「まくどっ!」

 

 身体を真っ二つにされていたマックは勿論逃げる事も出来ず、崩れたアンテナの下敷きになってしまった。

 

「マ、マック! ――――ぬおおッ!!」

 

 瓦礫と鉄骨に埋まるマックの名を呼んだ時、突然ゼロの体に不具合が起き、金縛りにあって身動きが取れなくなってしまった。

 それはクジャッカーに襲われ、エックスにローダーもろとも崖から落とされた時と同じ、例の『大人のおもちゃ』によるエラーだった。

 体の不自由に苦しげに呻き声をあげるゼロ。 全身が痺れて脱力し膝をつく中、ゼロは我が身に起きた事も含め、差し迫った状況を整理するだけで精一杯であった。

 

「(クソッタレ……命令した張本人が分からねぇだと!? それに博士のアレって何だってんだ?)」

 

 結局『きんた〇』が何故『ヤァヌス』の基地に狙いを定めたのか、攻撃命令を出した本人の口から何も問いただす事は出来なかった。

 それどころか気がかりなワードだけを残して謎を深めていったマックに、指先1つ動かせないゼロは心の中で悪態をつく以外なかった。

 

「(……今動けるのはエックスとアクセルぐらいか。 さて、どうするか……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「に、逃げろおおおおおおおお!!!! ボスがやられたぞおおおおおおおおッ!!!!」

「もう『ヤァヌス』もおしまいだぁ!!」

「お前ら待てよ!! ホタルニクス博士は捕まえないのか!? 逃げるなよ!!」

「お前だって一緒に逃げてるじゃねぇか!!」

「馬鹿野郎! 俺だって死にたくねぇよッ!!」

「格納庫の輸送機使って脱出するぞ!! こっちだ!!」

 

 曲がり角の壁を背に慌てて逃げていく敵兵達をやり過すアクセルと、先の独房フロアにて無事に合流を果たしたエックス。

 自爆を通告する基地内の物々しいアナウンスと警報音、緊急事態を示す赤いランプが点灯する廊下を駆け抜ける兵士達の足音と悲鳴が、組織共々この基地の終わりが近づいている様子を2人揃って感じていた。

 

「……あいつら、第2コントロールルームの方から逃げて来たね。 ホタルニクスの爺さんの事言ってたよ」

「格納庫に輸送機がある事も言ってたな。 なんてタイムリーな情報なんだ……エイリア」

<分かってる――――基地内に収められてる輸送機の数は全然問題ないわね。 残った敵兵達に先を越されても、博士達を乗せて逃げるには十分足りているわ。 急いで!>

「「了解!」」

 

 エックスがエイリアから脱出経路を確認してもらうと、2人して逃げた兵士達とは逆方向……ホタルニクス博士の占拠した第2コントロールルームに向かった。

 道中散々焼かれた尻の痛みに身をよじりそうになるが、頑として痛みを堪えるアクセルを見かねたのか、エックスが心配そうに声をかけてくる。

 

「アクセル大丈夫か? やっぱりまだ痛むんじゃ」

「へ、平気だよ! むしろ感覚戻ってきただけマシな方だって」

「そ、そうか……本当だな?」

「変に心配しないで!? 気持ちだけでも十分だから! あんまり気にされると逆につらいよ! 色々と!」

 

 ありがた迷惑だと頑なに気配りを拒むアクセルに、エックスは何も言えなくなってしまう。 身を案じるエックスの気配りを突っぱねるのは心苦しいが、しかしアクセルとしても尻を執拗に焼かれた記憶をあまり思い出したくないと言う事情もあり、むしろ心配をされたくないと言うのが本音であった。

 今は気持ちを切り替えホタルニクス博士の救出に専念しようと、逃げる敵兵の目を盗んだり、あるいは目が合っても逃げるのに必死で、こちらに構わず走り去っていく兵士を見送ったりなどしながら、2人は程なくして目的地の扉にたどり着いた。

 

 扉は両開き式の大きな自動ドアだった。 施錠中を意味する赤いチェックランプが頭上に輝いているが、閉じ切ったドアの合わせ面が黒く焦げ、特に中央部分は融解し完全に溶接されてしまっていた。

 中からはホタルニクスとその他大勢の科学者達が、扉の外からでも聞こえるぐらい大きな声で話し合っていた。 と、言うよりは言い争っている様子だった。

 

「博士、脱出しましょう!! この基地はもう危険です!」

「何を言うか! 基地の自爆だけならまだしも『きんた〇』まで発射されたらこのジャングルはどうなる!? 大規模な環境破壊に繋がりかねんぞ!」

「今は我々が助かるのが最優先です! 入力に手間取って逃げ遅れたら元も子もありません! さあ!」 

「開発者としての責務をなんじゃと思っとる! そんなに逃げたければお前達だけで逃げろ!!」

「意地を張っている場合じゃないでしょう!! 私だって発射を阻止できる見込みがあるならそうしています!」

「そもそも締め切ったドアが焼き付いて開かないんです! レーザーを持ってる博士以外にドアを破れませんよ!」

 

 どうやらホタルニクスがギリギリまで衛星の発射を食い止めようと奮闘しているが、成果は芳(かんば)しくなく諦めて逃げるかどうかを巡っているらしい。

 

「それでも嫌じゃ! 儂の作った発明でまた被害が出るなど――――」

「博士! それと皆さん聞こえますか! イレギュラーハンターのエックスです!」

 

 まるで埒のあかない言い合いを打ち切らせるべく、エックスは中にいるであろうホタルニクスに扉の外から声をかけた。

 すると中の騒がしい様子が途端に静まり返る。 中の科学者達がこちらの存在に気付いたのだろう、確認するとエックスは救助に来た旨を伝えようとする。

 

 

「貴方達を救出しに来ました! あまり時間がありません! 急いでここから離れましょう!」

「ああ、救助が来てくれた! 博士!」

「!! 行きたければさっさと行くがいい――――」

「頑固者! ……しかし助かった! 敵の侵入を防ぐ為に、電子ロックと即席のバリケードを作ったんですが、あいつらドアを破ろうとレーザーで焼いた直後に逃げ出してしまったんです!」

「おかげでドアが焼き付いて開かなくなった上に、唯一武器を持ってるホタルニクス博士も意固地になって部屋から出たがらないせいで――――」

「自分達も閉じ込められたままって訳ね? 分かった、ちょっと扉から離れてて?」

 

 全てを言い終わる前に状況を察したアクセルが会話に割り込むと、唐突にウェポンラックから武器を展開した。 取り出された武器の物々しいシルエットに、エックスが見開いた眼を向ける。

 

「おいアクセル、それは――――」

合鍵(マスターキー)にしちゃ大きいのは分かってるよ? でも一番手っ取り早い方法だから、ね!」

 

 Gランチャー……高威力のエネルギー弾を撃ち出す、アクセルバレット以外に持ち込んだランチャー系の重火器。

 トリガーとストックのついたアサルトライフルのような外観ながら、武骨な機関部(レシーバー)から物々しい砲身のついたその兵器を、アクセルは融解して開かなくなった自動扉へ向け……即発射!

 

「砕け散っちゃえッ!!」

 

 直後に科学者達の脱出を妨げていた両開きの扉は、膨大な熱量と共にいとも簡単にブチ抜かれ、溶けた扉の破片と共に爆風が舞い上がる!

 

「ヒエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」

「な、なんじゃあああああああ!?」

 

 これには中にいた科学者達も大慌てであった。 作業に没頭していたらしいホタルニクスも驚愕を隠せないようだ。 

 

「こら!! 中の科学者が巻き添えを食ったらどうする!?」

<ちょっと! アクセル今何したの!? 爆音が聞こえたわよ!!>

 

 全身を巻き込んだ黒い熱風から身を守りながら、強引極まりない方法で扉を破ったアクセルを叱るエックス。

 そして当然と言えば当然だが、無線機越しにもしっかり爆破音が聞こえたのだろう。 平行作業の中様子を伺うだけだったエイリアまでもが食いついてきた。

 

「ああエイリア! 扉が焼き付いて開きそうにも無かったから、吹っ飛ばしちゃった!」

<乱暴な真似はやめなさい! ……中の科学者達に怪我は無いわよね?>

「大丈夫だって! ちゃんと扉から離れる様には言ったから!」

<もう、今すぐに安否を確認して頂戴! 一旦切るわよ!>

「りょーかい! ――あースッキリした!」

「……全く」

 

 エイリアが声を荒げるも、アクセル本人は全く気にするようなそぶりを見せなかった。 

 それどころか本人にとってはちょっとしたストレス解消に繋がり、少しは気が晴れたような飄々とした態度を見せつけ、エックスとエイリアを大いに呆れさせた。

 

 して、やり方はさておき科学者を困らせていた扉を読んで字の如く粉砕したエックス達は、中にいる科学者達の安否を確認すべくコントロールルーム内に足を踏み入れる。

 そこには頭を抱えたまま地面に伏せたり、壁際で震えている十数名の科学者達と、椅子に座ってコンピューターと向かい合っていたが――――扉の破壊に驚きこちらを向いて硬直するホタルニクスがいた。

 扉だった場所の周りには焦げた跡と破砕したドアの破片が散らばるのみで、幸い巻き添えを食った人はいなかったようだ。

 人的な被害を出さずに済んだ事にエックスは安堵すると、怯えて地面に屈み込んでいる科学者に声をかけた。

 

「大丈夫でしたか皆さん! でももう安心です! 脱出用の輸送機には余裕がありますから、早くこの場を離れましょう!」

「な、何が大丈夫なんだ……爆破するならそれも言ってくれぇ!」

 

 介抱された科学者の震え声で不満を口にする様子に、エックスは呆れ顔でアクセルに目線を送る。

 まるでそれ見た事かと言わんばかりの白い眼差しだったが、アクセル本人は口笛を吹いて白を切った。 一応は科学者に離れるように指示したのだ、身の安全には気を遣ったのだから咎められる謂れはない。

 こちらの悪びれない態度に、エックスもこれ以上は叱るだけ無駄だと判断したのだろう、深くため息をついた。

 ひどい救出劇だが、エックスは改めて真正面を向き直し、目を丸くしてこちらを眺めているホタルニクスと対面した。

 

「お騒がせしてすみません博士。 さあ、急いでこの基地を脱出しましょう! 敵兵は逃げていくばかりで道中はほぼ安全です!」

「――――そうか」

 

 何やかんやあってもここから逃げ出す事が出来る。 拉致からの恐怖と圧迫感から解放されると他の科学者達は、両腕と共に歓声を上げたり、互いに手を叩き近くの誰かと抱擁したりと大喜びであった。

 歓喜に包まれるムードであっても、ホタルニクス博士その人だけは無関心であり、エックス達の言葉も聞かずに再びコンピューターの画面とにらみ合った。

 これにはエックスも困惑するが、今しがた身を起こした科学者の一人が状況を説明する。

 

「ずっときん……じゃなかった、衛星の発射命令を阻止するのに躍起になっているんです。 そりゃ、貴重な熱帯雨林にレーザー兵器を撃ち込まれれば大変な事になりますが、だからと言ってこのままここに留まり続けるのも――――」

「え? 開発グループのメンバーなんでしょ? 科学の何かを知ってるって訳じゃないけど、手こずる要素なんて思いつかないけど?」

 

 さりげなく『きんた〇』呼びを拒否した科学者からの、衛星の制御が困難であると言う情報にアクセルは首を傾げた。

 開発者に関わった存在ならかつてマックがそうだったように、管理者として直接衛星を操作できる権限をもってアクセス可能である筈だが――――

 そこまで考えた辺りでアクセルはふとある事を思い出した。

 

「……まさか、例の謎のアクセス履歴――」

「その『まさか』です。 ホタルニクス博士はそれを承知で、せめてレーザーの着弾点だけでも変えようと、偏光鏡の操作を試みていますが……」

 

 エックスとアクセルは、遠目からホタルニクスの向き合うモニターに目をやった。 説明によると『きんた〇』に搭載されているレーザー兵器は、衛星の位置と目標が離れていようとも、地球の反対側までなら軌道上に浮かべている鏡を使い、レーザーを屈折させて着弾させる事が可能である。

 が、科学者の言葉が途切れたのと、ホタルニクスのキーボードを乱雑に叩く音が、それら偏光鏡の向きを変え、直撃を避ける試みが上手くいっていない状況を物語っていた。

 食らいつくように懸命にキーボードと格闘を繰り広げていたホタルニクスであったが、やがてその動作もゆっくりと鈍くなり、しまいには握りしめた両手をデスクに叩きつけて終わりを迎えた。

 

「クソッ!! あのポンコツ衛星め!! 屈折鏡の制御からも締め出しおったッ!!」

 

 ホタルニクスは頭を抱えて項垂れた。 どうやら『きんた〇』のAIは実に素晴らしい性能を持ち合わせているらしい。

 開発を主導したホタルニクスをもってしても手の打ちようがなかった事実に、部屋にいる誰もが彼に対してかける言葉を見出す事は出来ない。

 解放の喜びから一転、室内には重々しい雰囲気が立ち込める……が、そんな中でホタルニクスは意味ありげな事を小声で呟いた。

 

「こんな時にアレさえ手元にあれば、こんな事態一発で解決できたと言うのに……」

「――え?」

 

 今、彼は何と言っただろうか。 沈黙が場を支配する中で呟かれたホタルニクスの言葉に、皆が一斉に反応する。

 

「……それは、どういう意味ですか?」

「直ぐに解決できるって、他に方法でもあるの?」

 

 衛星の発射を食い止めたいと言うのはここにいる誰もが同じ気持であった。 その中で事態を一気に引っくり返せるといったホタルニクスの発言には、皆して食いつかずにはいられなかった。

 ここにいる全員分の視線を一斉に注がれるホタルニクスだが、エックスとアクセルの問いかけに対しゆっくり振り返る。

 

「……エックスと、そしてアクセルじゃったかな? それと皆……これはもしもの話ではない、れっきとした事実じゃ」

 

 神妙な面持ちのまま、皆の知りたがっている『アレ』についてゆっくりと語り掛ける。 前置きから始まる彼の告白に、ここにいる誰もが固唾を呑んで耳を傾けた。

 

「アクセス履歴にも残らず、かつ全ての命令よりも優先的に衛星を制御できる手段があると言ったらどうする?」




 次回32話ですが、諸事情により明日日曜日の同時刻に投稿させていただきます。


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第32話

 唐突にホタルニクスから告げられた内容に、ここにいる彼以外の誰もが目を点にした。 余りに突拍子のない話に皆が皆言葉を失うも、ホタルニクスは構わずに話を続ける。

 

「儂はな、この衛星を単なる兵器として利用される事も勿論じゃが、何より悪党共が乗っ取りを仕掛けてくる事を最も恐れていた。 その懸念がどうしても拭えなかった儂は、独断で衛星にある細工を施す事にした。 既存のネットワークのいずれにも該当しない独自回線を用いて逆探知を防ぎ、直接制御系統にアクセスが可能となる……不埒な輩がいくらクラッキングを試みようと、即座に衛星の主導権を奪還できる手段を用意したのじゃ」

 

 話に呑まれるエックス達を前にホタルニクスは目を見開き……遂に一番言いたかったであろう部分をキッパリと告げた。

 

「そうじゃ、儂は作ったんじゃよ。 衛星『きんた〇』の緊急制御装置をな!」

 

 語気を強めたホタルニクスから明示された、見た事も聞いた事も無い制御装置の存在。 それはエックスとアクセル、そして何故か科学者達までもどよめかせた。

 彼らも一緒になって驚いているのを見るに、どうやらホタルニクスは独断の文字通り本当に一切打ち明けていなかったのだろう。 彼らにしてみれば同じ部署で開発に携わっていたに関わらず、全くそのような装置の存在に気が付いてなかった事もあって、色々な意味でショックを受けているようだった。

 そんな彼らの様子を察したホタルニクスは、何かを言われる前に科学者達に深々と頭を下げる。

 

「黙っていて済まない、だがお前達を信じていなかった訳ではなかったんじゃ。 衛星が出来て間もない頃に制御装置の存在を明るみにしては、ゴタゴタの内に宜しくない連中に狙われる危険性があったからでな……ほとぼりが冷めた頃に、お前達や信頼のできる管理者達にだけは打ち明けるつもりだったのじゃ」

「! せ、せめて一言でも言っていただければ……いえ、捕まって協力させられてた今となっては、かえって良かったのかもしれませんね――――」

「それよりもだよ! 制御装置なんてこっそり作ってたんなら、今からでもそいつ引っ張り出せば何とかなるんじゃないの!? 場所はどこ!? 言ってくれれば他のハンターに――――」

 

 会話に割って入るなり捲し立てるアクセルだったが、不意に何かに気付いたように口を止めた。 

 発信源を悟られず、あらゆる指示よりも優先的に命令する事が出来る……それは半年前にハンターベースへの誤射の原因となった、謎のアクセス履歴と非常によく似ていないか?

 つまりそうだとすれば、あの命令が出された原因は……。

 

「半年前、衛星兵器がハンターベースに誤射されてすぐ後じゃったかの……出所の分からない命令だと突き止めた儂は、当然例の制御装置の故障を疑った。 ともかく別荘に保管してあったそれを確認しに行こうと、研究所に籠りきりで疲れた体を引きずって戻ったのを覚えておる」

 

 その答えは、重々しい口調のホタルニクスが教えてくれた。 どうやらアクセルの考えは当たっていたようだが……陰のかかったホタルニクスの表情を読み取る事はできない。 うつむき気味に話す声は重く、所々震えていた。

 そんな彼から続けて出てきた情報は、エックス達を更なる驚愕に追い込んだ。

 

「儂の目の前に広がっていたのは……テープの張られた上から無残に割られ、閉めきっていた筈のカーテンごと開けっ放しにされたガラスの引き戸。 中に見えるリビングの絨毯は2人分の土足で踏みにじられ、こじ開けられた形跡のある戸棚の上にあったショーケース。 ……探偵じゃない儂にも瞬時に分かったわい、空き巣に入られたとな!!」

 

 先程手元にあれば解決できると彼は言ったが、それを行わない理由はとても単純だった。

 ホタルニクス自身が悪用を恐れて念入りに秘匿していたという制御装置。 敵の手に渡れば恐るべき事態を引き起こしかねず、現にハンターベースへの誤射までも引き起こしたその代物が、何と未だホタルニクスの手元に戻ってはきていないとの事。

 余りに簡単で、しかし極めて重大な問題にエックス達は絶句する。

 

「当然儂は慌ててのう……衛星の誤射の件で儂の後を追い、既に家を取り囲んでいたマスコミ連中を半狂乱のまま掻き分けてすっ飛んでいったのじゃ」

「ちょ、ちょっと待って……そんな大事な機械をケースに飾ってた!? ってか空き巣に狙われるような大層なガワだったのソレ!?」

 

 あまりに衝撃的な内容に、たどたどしい口ぶりで言葉をひねり出したアクセルが尋ねると、俯いたままのホタルニクスの肩がわずかに震える。

 

「……取り扱いに注意を要する精密機械じゃからの。 粗雑な扱いを必然的に避けられるようにするのと、何よりそれが制御装置であると初見で分からんようにする為、儂はこの機械をある模型の中に組み込む形で完成させた……それがまさか裏目に出てしまうとは思わなんだが」

 

 話を続ける度に肩の震えと語気が強くなっていくが、よく見ればレプリロイドである筈のホタルニクスの頭部には、血管の様なものが浮かび上がっており、目に見えて怒りを覚えている様子が切実に伝わって来る。

 込み上げる鬱憤で身が震えるホタルニクスだが、遂にその感情が爆発する時が来た。

 

「世界でたった1000個の限定生産……No.000~999までの内、儂に割り振られたシリアルナンバーは『007』! そうじゃ、この『きんた〇』の前身と言える『デスフラワー』の模型じゃよッ!!

「「ええええええええええええええええええええええええッ!?」」

 

 俯いた姿勢から顔を上げるホタルニクス。 同時に見開かれたその血走った目つきは、睨みつけた相手を射殺しかねない鋭い眼差し!

 ここにいる全ての人物が、博士のカミングアウトに今までで一番衝撃を受ける事となった。

 

「どうしてそんな大事なものイレギュラーハンターに届け出なかったの!? 僕達今の今まで模型の盗難届の存在すら知らなかったんだよ!?」

「盗難届なんぞ真っ先に出しとるわい!! じゃが直後に起こった『MEGA MAC』の火災のゴタゴタが、儂の届け出をうやむやにしてしまったようじゃがな!」

「「はあッ!?」」

「儂にも落ち度がないとは言わん! 後回しにされるリスクを分かっていながら、制御装置である事を伏せてただの模型として提出したんじゃからな! じゃが儂としても、1週間前に『あんな事』やらかした連中に迂闊に打ち明ける訳にもいかんと思ってな!」

「「あ……」」

 

 盗難から1週間前と言えば、勿論衛星に『きんた〇』と名付ける事となった忌々しい完成披露会の件である。 ゼロの悪戯と、制裁に向かったエックスの全玉全摘波動拳、極めつけに狂気の沙汰と化したホタルニクスのきんた〇が生中継されたおぞましい記憶。

 制御装置の存在を前に考えが回らないでいたが、そもそもホタルニクスにしてみれば、全てをぶち壊しにしたイレギュラーハンターを疑うのも当然であった。

 それでも正直に話さなかったホタルニクスも大人気ないと言えるが、問題はその後訪れた『MEGA MAC』全焼事件。 表向きは事故であるが、実際はこれもイレギュラーハンター絡みの案件である。 

 ホタルニクスに不信を抱かせた上、エックス達の与り知らない所で届け出をうやむやにしてしまった2つの原因において、正に当事者であったエックスとアクセルに反論など出来る訳がなく、これには思わぬ所でツケが回って来たと痛感させられる羽目になった。

 ここにいるハンター2人にしてみれば眩暈がする思いであるが、しかしその制御装置が盗まれたせいでこうした危機が起きているのだとしたら、見つからなかったで済まされる問題ではない。

 

「マックに捕まるこの半年間、所有者を尋ねる事はおろか闇市(ブラックマーケット)にまで足を踏み入れて行方を追ったわい! 盗品はいずれもシリアルナンバーが刻印されたネームプレートを剥がされておったが、それでも儂だけが知っている見分け方を行使して虱潰しに探し回った」

「そ、それは……?」

「音声での識別機能じゃよ! 緊急制御装置として用いるには安全装置を外さなならんでな! 儂が声をかけてロックを解除すれば、送信用のアンテナに該当する主砲部分が伸び、砲身の先端が金色に輝く事で初めて使用可能になる! ……結局現物は見つからず仕舞いじゃから、知った所で意味はないがな!」

 

 期待を込めたエックスからの質問を、結果と共にバッサリと切り捨てるホタルニクス。 アクセルはげんなりし、エックスは額を抑え天を仰ぎ見た。

 イレギュラーハンターの手を借りるまでも無く、独自で調査に乗り出していたホタルニクスをして見つけ出せなかった、むしろ足を引っ張る要因と化した緊急制御装置の存在が恨めしい。

 万事休す。 そう思った時……ホタルニクスは突如つい先ほどまで腰かけていた椅子を掴み、高々と頭上に振り上げたではないか!

 

「ふざけるな……どいつもこいつも儂の発明に汚い手垢をつけおってッ!!

 

 ――――からの地面に叩きつけ、椅子は背もたれと座面をつなぐシャフトが捻じ曲がる! 科学者達の間に悲鳴が上がるが、ホタルニクスは激情に駆られ曲がった椅子をやたらめったらに振り回す!

 

「何が写真映えじゃ!! マニアしか知らんような品薄の模型が、どうして一般層にまで注目されるんじゃあッ!! 価値の分からんにわか連中までもが欲しがるから、値段吊り上がって盗難まで起きるんじゃろうがッ!!」

「は、博士!! 落ち着いて下さい!!」

「爺さん気持ちはわかるけど! 今更暴れたってしょうがないじゃない!! とにかく落ち着いて!」

 

 盗難の遠因となった価格の高騰への怒りに、何度も何度も椅子を叩きつけるホタルニクス。

 飛び散る破片に巻き添えを恐れて慄く科学者達。 エックスは暴れ始めたホタルニクスの背後に回り、彼を羽交い絞めにする。 動きを封じる一方でアクセルが宥めつかせるように声掛けを試みるも、対してホタルニクスは手足をばたつかせ抵抗する。

 基地の自爆が迫っているのもあって最早泥沼の状況であるが、鼻息を荒げるホタルニクスの興奮はここに来て危険な領域へと突入する。

 

「価値も分からんと写真を撮りたがる連中はな――――儂のきんた〇でも写してりゃいいんじゃあああああああああッ!!!!

 

 羽交い絞めにされた姿勢のまま、ホタルニクスは股の間から突き出した尾の部分を展開! モザイクがかった男のシンボルを部屋一杯に輝かせた!

 

「うおっまぶし!」

 

 間近で向かい合っていたアクセルも、凄まじい眩しさに目を腕で庇う。 怯えていた科学者達の悲鳴も、ここに来て絶叫に変わった。

 

「やめて下さいホタルニクス博士! お気を確かに!」

「どうじゃ! あんな模型なんぞよりよっぽど写し甲斐があるじゃろ! ホタルじゃが写真バエー! ほれほれ^~」

 

 激怒を通り越して発狂したホタルニクス、彼は既に精神的にも限界だったのだろう。 あの時と同じように、恍惚とした笑顔でヤケクソ同然に股間を露出する! エックスが一生懸命取り押さえようと努力はしているが、予想以上に活発に動き回るホタルニクスの小柄な体に手こずっていた。

 エックスがホタルニクスを必死で落ち着かせる傍ら、眩い閃光に身動きできずにいたアクセルの元にエイリアから通信が入る。

 

「うう……こ、こちらアクセル――――」

<貴方達何してるの!? さっきからコントロールルームで立ち往生して! 早く脱出しなきゃ自爆までのカウントダウンが始まるわ!?>

 

 無線を切っていたが故に事情を知らないエイリアが、一向に脱出を行わない事に痺れを切らしたようだった。 しかし事態は時間切れが迫っているだけに留まらないのはここにいる誰もが知っている。 アクセルは起きている状況を端的に説明した。

 

「ま、まずい事になったよエイリア! ホタルニクスの爺さんが股間を露出してる!」

<――は?>

 

 アクセルは戻りかけた視力を頼りに無線の映像入力モードをONにすると、エックスの抑え込みももろともせず乱痴気騒ぎを起こすホタルニクスの現状を送りつける。

 直後、無線越しに何かを噴き出すエイリアの声が伝わった。

 

<な、何て映像送り付けるのよ!! 貴方も見てないで早く博士を落ち着かせて!!>

「あの爺さんも大概厄介ごと起こすなぁ! 露出狂の気でもあるんじゃないの――――」

「クカカカカカカカッ!! あないな『大人のおもちゃ』のせいで『きんた〇』がいつ暴発するか怯えて暮らさにゃならんのじゃ!! 狂わなやってられるかい!!」

 

 そして彼はデスフラワーの模型をして『大人のおもちゃ』呼ばわりをする。 その言い回しはひどくアクセルの耳に引っかかった。

 

「ああもう!! いい加減にしてよ爺さん! アンタまでゼロみたいな事言ってちゃ笑い話にもなんないよ!」

 

 散々ゼロの口から聞かされた、股間に埋め込んだと言う『大人のおもちゃ』の存在がチラついて仕方がない。

 耳障りなまでに卑猥な発言と行動を起こす彼を、これ以上発狂させたままにしてはおけなかった。 脱出の妨げになるのは避けられそうにないし、最悪気絶させて引きずっていく羽目になっても落ち着かせようと考えた――――その時である。

 

「(……ん? ゼロみたい?)」

 

 突如飛び出した『大人のおもちゃ』なるワードからゼロを連想したアクセルの脳裏に突如、ある閃きが浮かび上がる。 

 

「――ねえエイリア、ゼロはどうしたの?」

<! ゼロの事!? 無線にはかすれ声で応じるけど、屋上から身動きが取れないって言ってたわ! また例の不具合が出たらしいのよ!!>

 

 思いつきに誘われるようにゼロの事を聞いてみると、秘密基地突入前に打ち明けた悩ましいトラブルが発生したと、エイリアは不機嫌そうに言い放った。

 エイリアからゼロの置かれた状況を確認するや否や、アクセルはコントロールルーム内の騒ぎをよそに再び思考を巡らせた。

 

「(大人のおもちゃ……大人の……おもちゃ……)」

 

 ヤケっぱちのホタルニクスが発したその言葉を、何度も脳裏で繰り返すアクセル。 それは頭の中で点と点を結びつけるような思考の連続だった。

 

「(ホタルニクスの爺さんの言ったアレって間違いなく模型だよね。 ま、子供の買える代物じゃないからあながち間違いじゃないけど……)」

 

 一体何がこうもアクセルの感情に訴えかけるのだろう。 アクセルはホタルニクスのみならず、ゼロの言う『大人のおもちゃ』なる単語も改めて反芻する。

 くどい程に同じ単語を思考の中で繰り返し連呼するあまり、一瞬ゲシュタルト崩壊を起こしそうにもなるが、めげずにゼロの過去の発言から『大人のおもちゃ』にまつわる話を思い返していた。

 

 

 

「(――――あっ)」

 

 

 

 そして見つけた。 ホタルニクスとゼロが口にした同じ言葉、それが何故アクセルの関心を引いたのか。

 

「(あれれぇ……)」

 

 アクセルは気づいてしまった。 この事件の裏側と言うべき嫌な真相が見えた時、全身が悪寒に包まれ嫌な汗が滝のように噴き出した。 

 勿論現時点では想像の範疇でしかなく、ただの思い付きで根拠などある訳もないのだが、それでも自身が立てた仮説が正しければ全て辻褄が合う。

 そんな自分自身で導き出した発想を前に、余程思いついた本人をして外れていて欲しいのか、何度も否定して粗を探したり子供っぽいわざとらしい声で誤魔化そうとするが、一度成立させてしまったロジックを突き崩すには至らなかった。

 

<じっとしていないでアクセル!! もう時間がないわ! こうなったら無理矢理にでも博士を連れて脱出して!>

「クッ……やむを得ない、アクセル! 少々乱暴でも連れて行くしかない、手を貸してくれ!」

 

 頭の中で結論が出たその瞬間、脱出を促すエイリアと暴れるホタルニクスに対して助力を求めるエックスの声が、アクセルを現実に引き戻す。

 見るに騒然となっているエックス達だが、込み上げる嫌悪感と恐ろしさが、皮肉にもアクセルに冷静さを保たせる要因となった。

 

「何をしてるんだ! 早く博士を抑えてくれ!!」

「嫌じゃああああああああああ!!!! おめおめと帰って生き恥を晒したくはないんじゃ!! 放してくれェッ!!」

「――――落ち着いて爺さん」

 

 自分でも驚くほどにドスの効いた声をひねり出し、暴れるホタルニクスを一瞬で硬直させた。

 エックスの制止を振り払いかねない程にもがいていた彼の動きを止めたその声は、エックスのみならず同じ部屋の科学者達や、無線機越しのエイリアでさえも沈黙した。

 

「やっぱりさ、ヤケを起こしたまま死ぬ方がカッコ悪いって僕思うんだ」 

 

 有無を言わせぬ謎の迫力を醸し出し、皆が静まり返るのを確認してからアクセルはあらためて言葉を続けた。

 

「とりあえずさ、脱出しながらでも僕の話を聞いてよ」

 

 

 

 

 

――――僕、分かっちゃったかもしれないから。

 

 

 

 




 ここでカミングアウト、と言うほどではないですが……アクセルが立てた推理ですが、そのヒントは過去に投稿した話の中で既に大部分が開示されています。

 勘の良い読者ならとっくに気付いているかもしれませんが、もしそうでしたら……次の投稿まで知らんぷりでもしていただければ助かりますw

 さて今シーズンですが、来週ゴールデンウィーク期間中に最終回を迎えたいと思います。 どうか終幕を見届けていただけるよう、よろしくお願い申し上げます。


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第33話

 アクセルの一言によって落ち着きを取り戻したエックス一同。

 今彼らはもぬけのがらとなった秘密基地の廊下を駆け抜け、難なく移動できた格納庫の中に残された輸送機を二機拝借し、今まさに飛び立とうとしていた。

 エックス達ハンター組が直接操る手動操縦の一機と、もう一つの輸送機は自動操縦に設定され、そちらにはその他科学者達が乗機していた。

 エンジンは既に起動しており、飛び立つにあたって上部ハッチは開かれたままになっている。 2つの輸送機は垂直離陸を行い、飛び立った先の格納庫を見下ろす様に飛び上がっていく。

 科学者達の乗った方の輸送機は、エックス達を置いて先に受け入れ先である近くのレプリフォース基地に飛び去って行った。 彼らを先に避難させる為であるが、対してエックス達の乗る輸送機は彼らを見送り、爆発前にゼロを回収しに行く段取りとなっていた。

 思いの外時間が経っていたのだろう。 既に日は傾き始めており、青かった空は夕焼け色に染まりつつあった。

 

 激戦を繰り広げた基地の周りを飛んでゼロの居る屋上に向かう。 開けっ放しの乗降ハッチから見下ろす敷地には人っ子一人見当たらない。

 マック達幹部の死と基地の自爆に恐れをなし、皆が皆我先に逃げて行った結果、自爆までのカウントダウンと衛星兵器の照準に補足された警告のアナウンスだけが鳴り響いていた。

 一度放棄された基地が新興勢力『ヤァヌス』の元でその役目を取り戻すも、今度はたった数か月で組織共々跡形さえなくなろうとしている。 正に、(つわもの)どもが夢の跡と言う他ない。

 

 操縦を買って出たのはアクセルだが、遠のく科学者達の乗った輸送機の姿を見届けたと同時に、エイリアに対し状況を報告した。

 

「エイリア、科学者の皆は先にレプリフォース基地に向かったよ……一応先に逃げた敵機と遭遇しないかだけ見張っておいて」

<了解したわ……受け入れ先には無事到着させてあげる。 貴方達は……うん、また後でね>

 

 レプリフォース基地と言うのは、南米に来て一番最初に潜り込んだアマゾン基地の事である。 受け入れについては既にエイリア達が先方に連絡済みである。 アクセルは無事に脱出を果たした科学者達の引き渡しを行うと、一旦無線を打ち切った。

 ひとまずは安心……とはいかず、その表情はとても険しかった。 それはハッチの側の取っ手を握って風景を見下ろすエックスも、そして機内壁際の椅子に腕を組んで腰かけるホタルニクスも同様であった。

 

 科学者であるホタルニクスが何故、帰路につく向こう側の輸送機に乗っていないのか。 それは脱出の最中に耳にしたアクセルの推理の為であった。

 彼の口から聞かされた突飛な内容を最初は鼻で(わら)いそうになるも、しばし間を挟んだ後で否定しきれない気持ちがこみ上げたホタルニクスは、一度自分の目で確かめてみたい気持ちになった。

 その為エックスと同じ側の輸送機に乗り込み、他の科学者達の反対にあうも、開発主任としての責務を理由にこれを突っぱねた。

 同じく話を聞いていたエックスはと言えば……アイツならば可能性はあるとむしろ最初からアクセルの考えに対し、確信めいたものを感じていた。

 

 アクセルの推理を反芻する3人は、形容しがたい心地の悪さに支配されている。 

 

「……もしこれで推理が外れてたら、いよいよもって衛星の発射は食い止められんのう」

「ダメで元々だよ。 ……当たっている事を祈るしかないよ、外れてて欲しくもあるけど」

 

 ホタルニクスの呟きに、アクセルが複雑な気持ちを露にする。

 推理から垣間見えたあんまりな真実に、本音を言えばここにいる誰もが間違いであって欲しいと願っている。

 しかし衛星の発射を食い止める為には、導き出された答えが確かだとむしろ証明しなければならない。 そんな居心地の悪さをこらえながら、遂に本機のレーダーに仲間の反応を見出した。

 

「っ! あそこだ、何か光ってるよ!」

 

 同時にバリアに包まれた屋上の敷地を確認する。 崩落したアンテナの瓦礫の山とその土台だったと思わしき段差、潰れた反射器とライドアーマーと思わしき残骸、そして突き刺さった鉄骨のすぐ側に僅かに輝く金色の光。

 その光の出所は、身を屈めながらこちらを見上げる赤い同僚……ゼロの下腹部のあたりから放たれている事が見て取れた。

 

 機体のセンサーには電磁バリアの発生装置の反応を検知していた。 幸い機体に装備された武器の火力なら簡単に壊せそうなので、アクセルは武器の中から光子バルカンを選択、それをバリアの発生源であるフェンスめがけて発射しこれを破壊! 立ち昇るコンクリートの粉塵と共にバリアはあっさりと解除された。

 して、露になった地面は荒れているが特に着地に当たって差支えがあるほどではない。 アクセルは瓦礫の山でない比較的平坦な部分に機体を軟着陸させる。

 エンジンの出力は弱めるが、しかしいつでも飛び立てるようにかけっぱなしにした後、エックスとホタルニクスと揃って機体から降り立った。

 ゼロは基地の自爆の間際にやってきた3人を見るなり、特に一緒に降り立ったホタルニクスの姿に驚きの表情を見せる。

 が、すぐに平然を装うように振舞いながら、エックスに目線を向け話し始めた。

 

「お、遅かったな。 マックの奴は下敷きになったぜ……」

 

 ゼロは苦し気ながらも不敵に笑いながら、マックが潰されたと言う背後の瓦礫の山に親指を立てる。

 ……しかし3人の目はゼロが指差すマックの墓標ではなく、片膝を立ててうずくまりながらもしっかり自己主張をする股間の輝きにあった。

 アクセルは隣のホタルニクスに目をやった。 息を呑むような表情に、大きな目は何かを確信したように見開かれており……一言も言葉を発する事無くゼロに歩み寄る。

 一緒に並ぶだけでなく、一歩も二歩も前に出てゼロのすぐ側に立つホタルニクスに対し、ゼロは目に見えて動揺した。

 

「ホタルニクス博士……その、例の『きんた〇』の命名の件は流石にやり過ぎちまった……」

 

 本人なりに思う所はあったのだろう、やはりと言うか騒動の渦中にある『きんた〇』について話を切り出してきた。

 しかし衛星の名前で自分のきんた〇で開示したホタルニクスは……意に介していない、と言うよりはゼロの股間に意識が向けられていた。

 この間ゼロ以外は誰一人として言葉を発せずにいたが……ついにホタルニクスがその重い口を開き、沈黙を破る。

 

「のうゼロよ……」

  

 ただならぬ雰囲気を漂わせながら問いかけるホタルニクスに、ゼロは顔を強張らせる。

 

「 パ ン ツ を 脱 げ 」

 

「――――は?

 

 が、ホタルニクスから飛び出した突飛な指示に、言ってる意味を理解しかねたのか、一転して気の抜けた表情をとるゼロ。

 

「……爺さん、ゼロは不具合のせいで今は体が不自由なんだよ?」

「おおそうか。 じゃあアクセル手伝ってくれんかのう」

「OK」

「ちょっとまて、誰のパーツがパンツだ……えっ、えっ?」

 

 ホタルニクスのお手伝いとして、アクセルはゼロの背後に回って彼の両脇に腕を通し、力の抜けきったゼロの体を立たせてやる。

 腕を回してゼロの胴体を背後から担ぐアクセルからは、普段の飄々とした雰囲気は全く感じられず、神妙な面持ちであった。

 その間、いきなり脱げと言われ無理矢理仲間に起立させられるゼロは、情報の整理が出来ていないらしく酷く困惑していた。

 

「さてと――――」

「お、おいおいおい! 何のつもりだお前ら!」

「済まないゼロ、君の『大人のおもちゃ』に用があるんだ」

「ファッ!?」

 

 聞かれた質問に素直に答えるエックスに、ゼロは噴き出した。

 その間にホタルニクスは立たされたゼロの前で屈み、未だ輝きを失わぬ黄金の頂が主張する腰の白いパーツに手を掛けた。

 脱がしてもいいと一言も了承を出して無いに関わらず、唐突に着る物をずらそうとするホタルニクスにゼロは慌てふためいた。

 

「放せアクセル! ホタルニクス博士、俺にそんな趣味はねぇぞ!!

 

 首を動かして抵抗を試みるゼロだが、肝心のそこから下は全く動かせていない。

 いきなり有無を言わさず腰に手を掛けるホタルニクスに青ざめるが、この場にいる誰もが博士の行動を止めないばかりか、後押ししようとしている。

 ホタルニクスは嫌がるゼロに構わず、情け容赦なしに腰の白いパーツをずり下げた!

 

 

 

 

 ――――白いベールに包まれようとも自己主張してやまぬ黄金の光、それがホタルニクスの手によって視界を覆わんばかりの眩い輝きを解き放つ!

 

 

 

 

 ここにいる誰もが目元を庇い、眩むほどの強い輝きから目線を逸らす。 しかしその光は露になるや否やたちどころに弱まっていき、先程の被せ物があった時とほぼ変わらぬ弱さまでに落ち着いた。

 直視できる程に光が落ち着いたのを感じ取ると、3人はこぞってゼロの股間を確認した。

 

 黒い下地の上に生けられる、燃え上がるように赤々と開かれた8枚の花弁、中央から突き出したその頂を黄金色に輝かせる、長々と伸びる砲身。

 

 ……まごう事無くデスフラワーの模型だった。

 

 ゼロの股座の間から自己主張する立派な作りの模型に、ゼロはバツの悪そうな顔を、エックス達3人は唖然としたような表情を向ける。

 特にホタルニクスに至っては、模型の主砲の横側に張り付けられた、銀色に光るヘアライン仕上げのネームプレートを凝視しては肩を震わせている。

 

「――――シリアルナンバー『007』……」

 

 ネームプレートに刻まれるはシリアルナンバー、その番号を読み上げるホタルニクスに、エックスとアクセルは互いに顔を見合わせてはっとしたように口を開ける。

 それはもう「やっぱりか!」とでも言いたげな、疑惑が確信に変わったような反応であった。 ……最早答えは出たようなものだが、それでもエックスとアクセルはあえてゼロに聞いてみた。

 

「まだ聞いていなかったな……ゼロ、これ誰から押収したんだ? まさか二人組の空き巣とかじゃないよな?」

「あ、ああ……ホーガンマーとクラッグマンだ。 誰かの家の破ったガラス戸から出てきて空き家に逃げ込んだから、そこで取り上げた」

「僕『大人のおもちゃ』なんて勿体ぶった言い方するから、てっきりいかがわしいものとばかり思ってたよ?」

「人の話を最後まで聞かねぇからだろ! ガキに買える値段じゃねぇから嘘は言ってねぇぜ!」

「んな事はどうでもええわいッ!! 何故よりにもよって『これ』なんじゃッ!!!!」

 

 エックスらの問答に耳を傾ける内にこみ上げるものがあったのだろう、ホタルニクスが顔を上げて会話をぶった切る。

 眉間に皺を寄せて激怒するホタルニクスに、ゼロは彼の怒りを理解できずにいた……が、理由は直ぐにホタルニクス自身の口によって告げられた。 

 

「これは儂のデスフラワー模型じゃあああああああああああああああああああ!!!!」

「――――は?」

「あったぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 緊急制御装置ィィィィィィィッ!!!!

「やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「チクショウ!! 嫌な予感はしてたんだよッ!!!!」 

 

 この場にいるゼロを除く全てのレプリロイドが、色々な感情の元で大いに叫び合った。 何の事はない、最初から衛星を止める手段はゼロ自身が持っていたのだ。

 クラッグマンとホーガンマーの2人組が盗みに入ったのはホタルニクスの別荘だった。 それを股間を潰されて妖怪と化したゼロが『押収』し、失われし自前のバスターの代わりとしていたのだ! ……まさか衛星の制御に関わる大事な機械だとは知らずに。

 ホタルニクスから特徴を聞き、そしてアクセルが断片的な情報から推理して前後の流れを組み上げた事で、彼ら3人はこの嫌な真相に薄々気付いていた。 そして今、それが正しかったとこの目で確かめた事になる。

 

「お前ら、俺の自慢のバスター目の前にして何言ってやがる!?」

 

 ……盗品を『預かって』いたゼロだけが状況を把握しかねているが。

 

「どうしたもこうしたもあるかッ!! 貴様が股間に取り付けた模型は、儂が作った『きんた〇』の緊急制御装置なんじゃッ!!」

何ぃッ!? ……そうだったのか、道理で取り付けた途端に自信が湧いてくると思ったら、まさか衛星兵器(ファイナルウェポン)の制御装置だったとはな……礼を言うぜ博士!」

「お前のモノじゃないわタマしゃぶり野郎がッ!!」

 

 事態を揺るがす真相を知ってもなお、自分のナニと結び付けて呑気に褒めちぎるゼロに、ホタルニクスは品性も何もかもを投げ捨てる様に暴言を吐きまくる!

 

「しっかも何じゃあ!! こんなにビンビンにおっ立ておってからに!! これ儂の音声を入力せねばアンテナが伸びん仕組みなんじゃぞ!?」

「フッ、俺は何時だって体力だけが取り柄だからな! これだけ立派な主砲だったら簡単におっ立てられるぜ!!」

立てんでええわ!! これは精密機械なんじゃ!! もしお前が体の一部なんぞにした事の不具合じゃったらどうする!? この上で命令の誤発信なんてやらかそうもんなら――――」

 

 捲し立てる程にヒートアップを続ける博士が、制御装置への悪影響について口にした時、不意に会話がストップした。

 その瞬間、怒りの熱気に包まれていた周辺の空気が、一気に絶対零度にまで落ちる。 気づきたくない真相に触れてしまったが為に、もう一歩深淵へと足を進めてしまったかのように。

 ホタルニクスは勿論の事、話を聞いていたエックスとアクセルも冷めるを通り越して表情が凍り付いてしまった。

 

「……つまりその、博士……やっぱりそう言う事なんですね?」

「ゼロが不具合起きて身動き取れなくなる時って、大体あの衛星に異変が起きてたりする時なんだよね……これって偶然かなぁ?」

 

 2人は思い出していた。 衛星がハンターベースへ誤射された時、あるいは基地への突入前に攻撃命令が中断された時、制御装置を抱えていたゼロはどうであったろうか。

 大体の場合には自前のバスターもとい模型をビンビンにしたまま、同時に体の不具合と言う理由で全身が不自由になっていなかっただろうか。

 唯一の例外は最初のハンターベースへの誤射が起きた時であろうが、あの時も股間にテントを作って黄金色に輝かせていたであろうし、何よりも彼が誇らしげに言い放った言葉は――――。

 

「……まあ、詳しい話は全てが終わった後にでも調べるとしよう。 今はこれ以上の兵器の発射を食い止める事が先決じゃ」 

「……おっしゃる通りです」

 

 先にやるべき事があるとホタルニクスが股間の模型の話を打ち切ると、エックスは唐突に腕をかざし、全身が光に包まれる。 これはエックスが強化パーツであるアーマーの類を展開する際の合図だ。

 衛星の発射と言う差し迫った状況なのは分かるも、ホタルニクスの言葉を受けて唐突に強化パーツを展開するエックスにゼロは怪訝な眼差しを送る。

 

「ねえホタルニクスの爺さん。 輸送機乗る前に言ってた、手っ取り早く衛星止める方法って何だっけ?」

 

 その間にアクセルが、輸送機に乗ってやってくるまでにホタルニクスから教えられた方法について言及する。

 それは忘れたからと言うよりは、まるで確認作業のようなアクセルの問いかけに対し、ホタルニクスは目を細めてゼロに視線を送る。

 今にもレーザーが発射されそうなだけに、傍らで話を聞くゼロは興味津々であったが、何も知らないのは彼一人。

 

 衛星を止める方法について期待を寄せるゼロに突き付けられたのは、彼にとっては余りにえげつない残酷な手段であった。

 

「 ぶ っ 壊 せ 」

 

 ――――たった一言、壊せと言われ一瞬ゼロは首を傾げそうになった。

 しかし一言告げたホタルニクスの視線はゼロの顔ではなく、特に股間のデスフラワー模型に注がれているようだった。

 同時にエックスの全身を包んでいた光が収まると、中から姿を現すは鋭角的な造形で歴代のアーマー中最も攻撃に特化した『セカンドアーマー』に身を包むエックスの姿だった。

 彼もまた、黙々と両手を組んで指を鳴らし、首を左右に傾けて音を立てながらゼロの股間を注視した。 さながら獲物を狙う野獣の眼光を宿しながら。

 

 この瞬間、ゼロは全てを理解した。

 

 何を壊せとホタルニクスが告げたのか、どうしてエックスがアーマーに身を包んだか……そのチョイスも含めて、今からどうやって叩き壊すと言うのか。

 周囲に漂う剣呑な空気の意味合いにゼロが気付いた時、彼は青ざめて冷や汗を流しながら、引き攣った笑顔を浮かべた。

 

「なにせ非常時にだけ用いるつもりで作った物じゃからな。 壊れたら即座に衛星が感知して、全ての命令を打ち切った上で自爆を決行するよう設計しておいた。 悪党共の手に渡った時の最後の手段じゃが、まさかバカタレな味方のせいで使う事になるとはのう……」

「爺さん。 本当にいいんだね? 一応アンタが願いを込めて作った衛星なんでしょ?」

 

 衛星を止める為の最後の手段を述べるホタルニクスに対し、一応アクセルが最後の確認をする。 しかしゼロを目の前にわざわざ物騒な方法を口にするホタルニクスの答えなど、当の昔に決まっていたも同然であった。

 ホタルニクスは目を見開いて、エックスに手段を行使するよう求めた。

 

「もうイカ臭い手垢に塗れた衛星なんぞに未練はない!! 儂が許可する……やってしまえエックスッ!!

「 了 解 」

 

 叫ぶホタルニクスに対し、エックスは不気味なまでに淡々と返事をした。

 ……ゼロのよく知る青いハンターは、本気で怒っている時ほど静まり返る。 わざわざセカンドアーマーを着込んで実力行使に出るあたりに、エックスの容赦のなさが窺える。

 身の危険をひしひしと感じ、無駄だと分かっていても身をよじって逃れようとするが、やはり不具合からの体の不自由と背後から脇に腕を回すアクセルのせいで、ゼロは最早まな板の上の鯉に過ぎなかった。

 

「アクセル……一応配慮はするが、君も巻き込まれないように注意するんだぞ」

「分かってるよ。 ……さてゼロ。 覚悟を決めなよ、まさかアンタに限って命乞いなんてみっともない真似しないよね?」

 

 腰を落とし、体をねじり左腕を引いて身構えるエックスと、何をするか分かった上でゼロを離さないアクセルの呟き。

 完全に逃げ場を塞がれたゼロはしばし目線を泳がせるが……その後青ざめていた顔の血色が元に戻り、滝のように流れていた汗も止むと、うって変わって驚くほどに平常心を取り戻した。

 

「……俺を見損なうなよアクセル。 長年のハンターやってきた身として、物事の引き際は弁えているつもりだ」

 

 そして何かを悟ったかのように目を閉じて微笑むゼロ。 どうやら置かれた状況に対し彼なりに吹っ切れたようだ。

 引き際を悟ったゼロの次の行動は……!

 

ぬうおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!! 

「え、ちょ……ちょっと何!? うわっ!」

 

 不具合が起きて微動だにしなかった筈の首から下が、息を吹き返したかのように動き出し、背後から拘束していたアクセルを弾き飛ばした。

 これにはアクセルも尻餅をつき、火傷の痛みにこれでもかと顔をしかめ、動けないと聞いていたホタルニクスも驚愕する。

 潔さを見せつけたと思えば急に抵抗を試みたゼロに、一方でエックスは腰を落とした姿勢のまま、動ずる事無くゼロの行動を眺めていた。

 長い付き合いのエックスには分かっていた。 状況が詰んだ時、ゼロは生き意地の汚い真似を見せるようなダメ男ではないと。

 

「安心しろ、俺は逃げも隠れもしない。 ただ、自分の納得いく形で幕を引きたいだけだ……おおおおおおおおおお!!!!

 

 最後の力を振り絞り、体を震わせるようにしてゆっくりとだが確実に、鉛のように重い体を動かしていく。

 

「お前達……最後まで見届けろ……!!」

 

 膝を曲げて足を開き……親指を立てた両腕を開いた股座に突き立てる――――ッ!!!!

 

「これが(おとこ)の生き様だああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 燃えるような紅の華をこれ見よがしに突き出した! それは魂のこもったゼロの覚悟完了の合図であり、どこまでもホタルニクスの古傷を抉る見事なM字開脚だった!

 ゼロの漢気(おとこぎ)と言う名の芸人魂をしかと見届けたエックスは、彼が望む介錯の一手――身を屈めゼロの股間に飛び込み、炎を纏いし蒼き拳から解き放つは昇り竜!!

 

 

 

 

「 昇 竜 拳(しょうりゅうけん) ッ ! ! 」

 

 

 

 ――――エックスの拳がゼロを散華させた。

 腰下から飛び上がるエックス共々、遥か上空に体を曲げて突き上げられるゼロの表情は、ほんの僅かな瞬間苦悶に顔をゆがめるも、直ぐに為すべき事を成し遂げたような誇らしげな笑みを浮かべた。

 それはエックスの手から放たれた竜が、ゼロの煩悩の源を食いちぎったからなのか、半年越しに大事な部分を2度も摘み取られたにしては不思議なほどに清々しい表情であった。

 

 やがてエックスの熱い拳に全てが燃え尽きたゼロは地面に大の字で叩きつけられ、エックスもまた一歩遅れて着地を果たす。 華を散らしたその左拳には、輝きを失ったデスフラワーの主砲が握られていた。

 エックスは倒れるゼロに踵を返し、無言のまま倒れている赤いハンターの長い金髪を引っ掴んでは、その体を輸送機のハッチに乱雑に放り投げる。 雑な扱いを受けながらもゼロは腹立たしいまでに満足げな笑みを一切崩さない。

 命を脅かすデスフラワーは散った、今頃は『きんた〇』にも攻撃命令の中断と自爆命令の決行が行われようとしているだろう。

 ……為すべきことは成した。 エックス達3人は互いに頷き合うと輸送機に乗り込み、自爆まで10秒のカウントダウンを告知した基地から飛び去った。

 

 

 

 

 

 遠のいていく秘密基地を背に、振り返る事なく帰路につく輸送機。 バックモニターに映る基地の大きさが、ジャングルの茂みの中に紛れて分からなくなったその時、敷地の辺りから大自然を引き裂くようにキノコ雲が生え上がる。

 去り行くエックス達への送り火であろうか、流し目ではあるが基地の最後を見届けた時、エイリアから無線の連絡が入る。

 

「こちらアクセル、連中の基地からキノコ雲が上がったよ。 例のアレもエックスがきっちりカタをつけてくれたよ」

<……たった今衛星の自爆を確認したわ。 間も無く衛星の破片が降り注ぐけど、大気圏突入時に全て燃え尽きるわ……任務完了よ>

「科学者達は無事についた?」

<ええ、近くのレプリフォース基地で保護されたわ。 お疲れ様……そこは日の入りも早いから、丁度燃え尽きた衛星が流れ星のように見えるかもしれないわ>

「……あ、今見えた」

 

 赤道に近いアマゾン川流域における日没は早く、エックス達を乗せた輸送機は早くも夜の闇に包まれようとしていた。 そんな中で、エックス達の頭上を横切る数多の流れ星。

 エイリアの告げた通り、全て爆砕した『きんた〇』の破片であり、ともすれば多くの命を奪いかねなかった凶星は、今や星々の輝きが姿を現し始めた空を彩る光のシャワーとなったのだ。

 エックス達はただ黙々と、それでいて戦いを終えた戦士達への労いを感じながら、仲間達の待つハンターベースへと帰っていくのであった。

 

 

 

 

 かくしてゼロの華は種をつけずとも、世界の平和と引き換えに散りゆく仇花(デスフラワー)として役目を全うしたのであった。 美しき流星群として消え去った『きんた〇』の輝きと共に……。

 

 





ゼ ロ の ○ ○(ダブルオー) は 二 度 死 ぬ




 と、言う訳で……約8か月近くかけてようやく書きたかったオチに持っていけました(白目)

 次はお待ちかねのエピローグ(事後処理)……明日同時刻の投稿をもってシーズン2は終わりを迎えます! ぜひお楽しみに!


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エピローグ

 帰投後、すぐさまハンターベース内の開発室に、ゼロと壊れた装置を抱えて駆け込んだエックス達。

 夜を徹して解析に取り組んだホタルニクスの協力もあって、もぎとった分を含む緊急制御装置の破片からデータを解析する事が出来たが、その内容はやはり彼らの想像通りであった。

 ゼロの体の一部に取り込まれていた事で動作不安定に陥っていたのもそうだが、本来音声を登録しておいたホタルニクスにしか解除できない安全装置。 それがゼロの音声でも時折反応するように設定が書き換えられていた上、彼の感情の起伏によって本人の自覚無しに、勝手に命令が入力されると言う致命的なエラーも確認された。

 実際本体から読み取った衛星へのアクセス履歴にも、しっかりとゼロが衛星に命令を無自覚に出していた事が明らかになった。

 自慢のバスターをビンビンだと言った直後にハンターベースや『ヤァヌス』の秘密基地への攻撃、そして制御装置に起因する体の不具合で身動きが取れないときに、ローダーもろとも崖下へ落されそうになった時に、エックスを制止しようと心の中で求めた際に、マック達によって入力された攻撃命令を強制終了させるなど。

 その全ての『謎のアクセス履歴』の出所が、この機械を読み取る事で明らかになったのだ。

 

 かつてエックスとアクセルは衛星の誤射についてゼロに対し、衛星にいかがわしい名前を付けたせいでゼロの股間に反応したと口にしたが……煽りどころか当たらずとも遠からずだったのだ。

 全てが明らかとなった時……エックスとアクセル、そしてホタルニクスやダグラス達開発チームは、この目も当てられない真実に閉口してしまった。

 

 

 そして数日後、エックスは足取りの重いアクセルとホタルニクスの3人で、ハンターベース内の会議室へ続く廊下を歩いていた。

 彼なりに心の整理はついたのか、後ろを歩く2人とは違いエックスの足取りは整然としていた。 右脇には事件のあらましをつづった書類の封筒が抱えられている。 彼らはこれから、事件の説明についてマスコミ達に対し記者会見を行う段取りとなっている。

 事件の中心人物のゼロは無駄に安らかで誇り高い笑顔のまま、開発室のカプセルで股間に絆創膏を張られ未だ眠りの中にいる。 起き次第今度こそ何らかの懲罰を加えてやると、怒り心頭のダグラス達に厳しく……かつ『先例』もあって慎重に監視されている最中だ。

 

「エックス……一体この件どう説明つける気なの?」

 

 会議室へと足を進める中、不意にアクセルが重い口を開く。

 

「今回の事件って、要するに壮大なマッチポンプだった訳でしょ……本当に全てを明らかにしちゃって大丈夫なのかな?」

「……どうしたもこうしたもないわい。 言うしかないじゃろう、いずれはバレる話じゃ……儂もとっくに覚悟はできてるわい」

 

 エックスの返事を待たずに割って入るホタルニクス。 ため息交じりで心底嫌気が差したような口調だが、そんな諦めムードを醸し出す博士の目つきは憔悴しきっていた。

 余程今回の件でストレスを溜めたのだろうが、それも当然の話であった。 自分が作った制御装置のせいで騒動が起きた以上、仕様にない機械を組み込んだ彼の独断専行と管理責任、開発主任として2つの責任を問われるのは避けられないだろうから。

 ……最も、責任感の強い彼にとってそんな事は覚悟の上であろう。 彼にとっての懸念材料とは――――

 

「きんた〇に始まりきんた〇に終わった……こんな事世間にどう説明しろって言うんじゃ」

「確かにね……」

 

 ホタルニクスは額に手を当てて悩み抜いていた。 アクセルもしかめっ面で同意する。

 彼自身、披露会での露出の件もあって『キンタ〇ニクス』等とメディアからも仇名をつけられているのを知っていた。

 今回の件もひたすらに『きんた〇』に終始した事件である以上、最早彼の本名すらキンタ〇ニクスにされてしまう事は避けられない。

 下品でサイテーな事件の釈明をしなければならない責務が、重くのしかかって仕方がなかった。

 

「ホタルニクス博士、貴方は事件解決の為に尽力した。 それは紛れもない事実です」

 

 話し合う2人にエックスは足を止め、背を向けたままようやく口を開いた。

 

「開発者としての責務は全うした、そんな貴方を一体誰が責めるんですか? 誠実にありのまま起こった事を話せば、皆分かってくれる筈ですよ」

「……何を根拠にそう言えるのじゃ?」

 

 心配は無いと言いたげなエックスの物言いに、ホタルニクスは怪訝な態度を投げかける。

 アクセルが口にしたように、この事件は全てゼロによって始まり、全てがゼロとなっただけである。

 起こった事を忠実に話せば最期、自分達の身の進退を考えなくてはならない重大な案件を、一体どうして理解を示してもらえると言うのだろうか?

 

 ――――ゆっくりとエックスが振り返る。 その顔は穏やかな笑みを浮かべ、ホタルニクスの疑問に一言答えた。

 

 

「俺達がイレギュラーハンター(法律)だからです」

 

 

 不穏な含みのある言い回しだけ伝えると、エックスは再び行くべき道へ向き直し、報道陣が待っていると告げ歩きだした。

 エックスの自信に対しホタルニクスは硬直し、見開かれたままの目をゆっくりと隣のアクセルへ移してみるが、乾いた笑いを浮かべる少年がいるだけであった。

 

「……大人になるって、ウチじゃそういう解釈なんだってさ!」

 

 そして不貞腐れた態度のまま、もうどうにでもなれと言わんばかりにヤケクソ気味に足音を立て、エックスの後を追う。

 ホタルニクスにとっては先行き不安でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 長いようで短い廊下を歩き、遂に3人がたどり着くは運命の会議室。 閉じられた横開きの自動ドアの中からは、人々のざわめきが聞こえてくる。

 恐らくは飯の種でもあるエックス達の説明を心待ちにする、報道陣がごった返しになっているのであろう。 アクセルとホタルニクスには死刑執行の見物人がひしめき合ってるようにも感じられるが、エックスは臆する事無く我先に扉の前に立ち、開かれた死刑台への入口へ堂々と入っていく。

 もうここまで来たら後には引けない、アクセルとホタルニクスは互いに視線だけを送ると、意を決したようにうなずきエックスの後へと続いた。

 

 ドアの敷居を跨いだ先に待ち構えるは、すし詰めになった報道陣達の絶え間ないフラッシュと言う集中攻撃。

 先に入ったエックスは、記者達と向かい合うように設置されたマイク付きの横長の机と3つのパイプ椅子、手に持った封筒を机の上に立てて中央に陣取っていた。

 執拗なフラッシュに動じない振りをしつつも、内心ではしかめっ面の2人がエックスを挟むように椅子を引き着席する。

 

 一句一句を聞き漏らすまいと、マイクやカメラを向けるマスコミたちを前に、自分達は今から懺悔の時を迎えようとしている。 

 パイプ椅子の背もたれが冷たく湿気ったように感じ、ともすれば電気椅子と錯覚しそうな座り心地の悪さに戦慄する。

 

 ……実際には束の間であるが、アクセルとホタルニクスの2人にとっては永遠に等しい時間を挟み、エックスの咳払いの後のマイクテストの一言二言に、報道陣のフラッシュがようやく収まった。

 落ち着きを取り戻す記者達を見届けると、エックスは封筒を開いて書類を取り出し、話を切り出した。

 

「本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます」

 

 挨拶と言うありきたりなエックスの前口上から、遂に始まる記者会見……ここからが正念場だ。 アクセルとホタルニクスは表向きは平常心を装いながらそう思った。

 

「今日ここへ皆さんをお呼びしたのは他でもありません。 科学者達の誘拐から始まり、ホタルニクス博士の平和への願いを込めた衛星を悪用し、無残にも破壊した今回の事件」

 

 ここにいるホタルニクスにとって踏んだり蹴ったりな事件の概要、ホタルニクスは記者に気付かれぬ程度に小さく歯ぎしりする。

 

「巷では『ヤァヌス』と言った秘密結社が暗躍していたと噂されていますが……紛れも無い事実でした」

 

 予てから存在が仄めかされていた秘密結社の存在を、明確に存在したと言ってのけるエックスの発言を、マスコミ連中は驚きをもって迎え入れた。

 

「……しかしその更に裏には、彼らが動き出す前よりも衛星を操る手段を既に握っていた、恐るべき一人の男の影があったのです!」

 

 更なるどよめきを隠せない記者達を前に、淡々とここまではアクセル達も知る紛れも無い真実を話していく。

 エックスの言う恐るべき一人の男とは、もったいぶった言い回しをしているが、アクセルとホタルニクスの記憶に思い浮かぶは例の『復活のハンター』ただ一人。

 彼の股間にこそ、事件の全てが集約されていた……このまま全てを全国ネットに洗いざらい生中継してしまうのか、これから起こりえるであろう惨事に、アクセルは発泡性の胃薬を用意していなかったことを後悔した。

 

 ……しかしここに来て、イレギュラーハンターであるエックス自身の口から、壮絶なイレギュラーとなりうる情報が飛び出る事になるとは、報道陣はおろかアクセル達も想定しえなかった。

 

「我々は数か月に渡って捜査を続けた結果、遂にその誰かを特定する事が出来たのです! 今ここに断言します――――」

 

 報道陣達の期待とアクセル達の胃痛を煽る中、エックスの口から告げられた恐るべき情報とは!

 

 

 

「こ れ は シ グ マ の 仕 業 で す !」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身に覚えのない事件の黒幕にされたシグマにとって、記者会見でのエックスの爆弾発言は寝耳に水であった。

 シティアーベル東16番地区、ほんの数日前に廃ビルの倒壊が起きた物騒なスラム街の一画。 放棄されたとある廃工場内、電灯が時折点滅する薄暗い生産ラインの端の方に、アサルトライフルを立てかける椅子と向かい合うように置かれたテレビの画面を、シグマは口を大きく開けて放送されていたニュース番組を見ていた。

 机の真ん中で書類を手に『黒幕』の名を告げるエックスを中心に、その左右を鳩が豆鉄砲食らったような顔でエックスをガン見するアクセルとホタルニクスの姿。 どよめく記者達の声が場を支配し、予想しえない名前が出た事に大荒れになった会見の様子が伝わってきた。

 

<ど、どうして『シグマ』の名前が……?>

<それはあの男が、何度も大戦を引き起こしているイレギュラーだからです!>

 

 何の根拠もなく、しかし自信満々に記者の質問に回答するエックス。 ここにいる当の本人は、尻と見間違わん程に縦割れした顎を震わせながら画面を注視していた。

 さる計画の為に部下達がサボっていないかを抜き打ちでチェックしにやってきて、実際に見回り担当が無断でテレビを持ち込んで怠けていた故に、粛清でもしてやろうかと思っていた矢先の話だった。

 画面内のニュースにイレギュラーハンターの会見が放送され、全く無関係な筈の『ヤァヌス』と『きんた〇』の案件に、まさかの自分が名指しで黒幕呼ばわりされるなど予想外であった。

 

「ま、まさか……我々の計画が露呈して、別件逮捕から引っ張る算段じゃ……!!」

 

 シグマは後ろにいる部下へ振り返った。 先程までサボりの件で叱責されていた彼だが、一緒に見ていたニュース番組の内容にシグマ共々身を震わせていた。

 部下の口にした我々の計画と言うのは、彼以外の他の部下が作業に従事する、稼働中の生産ラインによって作られる物……シャンプーと書かれた真っ白な容器に詰められる品物にあった。

 一見よく店売りされている有名どころの商品の……類似品に見えるが、その中身はシャンプーとは名ばかりの脱毛剤入りの溶液が詰められている。

 これを用いた人間やレプリロイドが皆ハゲ落ち、つるつるになった頭を互いに罵ったり光の反射で目を眩ませていがみ合わせ、最終的に内紛まで引き起こそうとするのがシグマの計画だった。

 万が一計画途中に存在がばれても、この中に一本だけ用意した、脱毛剤の入ってないシャンプーを作る生産ラインを検査させ、監視の目を逃れると言うアリバイ工作も抜かりはなかった。 筈だったのだが……。

 

「ど、どうしますかシグマ様!? アイツら乗り込んでくるかもしれません!」

「う、狼狽えるでない! まだ考える時間はある!」

 

 部下の言う通り、シグマとしてもいきなり公の場で別件逮捕に踏み切る事を告げるとは思ってもおらず、狼狽する部下を宥めつかせながらも内心はかなり混乱していた。

 ……尤も、エックスは別にシグマの計画を察知した訳でなく、この場で名前を出したのは全くの偶然なのだが、勿論シグマ自身は知る由もない。

 

「ぬうぅぅぅぅ……エックスの事だ、確かに会見中にも既に別動隊を動かしている可能性は否定できん」

「!! で、では……」

「……止むを得ん、この廃工場を直ちに放棄するしか――――」

 

 折角秘密裏に稼働させた表向き廃工場を放棄するのも口惜しいが、今ここでイレギュラーハンターに乗り込まれるのはまずい。 シグマがそう思った時、番組内の会見にて何やら動きがあった。

 記者会見の真っ最中にエックス達が入ってきた扉を開け、緑のアーマーに赤の眼鏡をかけたレプリロイドが大慌てで駆け寄ってきた。 シグマも知る、イレギュラーハンター開発部のダグラスと言う男だった。

 彼は急な乱入に驚くマスコミ達に構わず、エックスの側によって耳打ちする。 するとエックスは血相を変えて椅子から立ち上がり、一言。

 

<皆様大変申し訳ありませんが、已むに已まれぬ事情の為ここで会見を終わりにさせて頂きます!>

 

 と、強引に会見を打ち切り、驚愕するマスコミを置いてダグラス共々大慌てで部屋を出て行ってしまった。 アクセルやホタルニクスも突然の中止に面くらい、椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がりエックスの後を追った。

 起こった出来事を何一つ把握しきれぬまま、ここで場面は記者会見の行われているハンターベース会議室から、ニュース番組のスタジオへと切り替わった。

 

「一体何が起きたんでしょうか……シグマ様……シグマ様?」

 

 心配そうに声をかけるも、返事のないシグマに何度も名前を呼びかける部下。

 この時シグマは見ていた。 エックスが退室の瞬間に何かを呟いていたのを。 報道陣のマイクはおろか、そこにいる誰の耳にも小さな呟きを聞き取る事は叶わなかったが、しかしシグマにはエックスの唇のわずかな動きから、何を口走ったのか一句一句はっきりと識別する事が出来ていた。

 

 彼は言っていた……「ゼロが脱走するなんて」と。

 

「……ゼロだと?」

 

 シグマは会見の場にいなかった赤いハンターの名を呟いた。 脱走したとはどういう意味なのだろうか、何か重大なトラブルを起こして拘束されていたとでもいうのだろうか? あの場に一緒に並んでいなかった事と何か関係が?

 新たに舞い込んだ疑問の種に、いよいよもって情報の整理がつかなくなった時――――事件は起きた。

 

 

 

 

 ――――廃工場中の電気設備が、突如停電を起こしたのだ。

 

「な、何だ!?」

 

 照明や切れかけの電灯から光が失われ、工場の生産ラインが一斉に沈黙する。 働いていた他の部下達も、突然電源が途絶えた事に狼狽する。 慌ただしい現場を放送していたテレビ画面も真っ黒に染まった。

 工場は古い設備だが、万一の停電対策に予備の電気系統が用意されている。 しかしそれすら作動する様子を見せず、一斉に電気の供給が途絶えたと言う事は……。

 

「奴らが来たか……?」

「……古い設備ですし、予備も含めてたまたま停電が起きたとかでは?」

「たま」

 

 暗闇の中、楽観的な事を抜かす部下にシグマが檄を飛ばす。

 

「つまらん事をのたまうでないわ! これは奴ら別動隊がブレーカーを落としたのだ! 直ちに戦闘の準備をしろ!」

「たま」

「りょ、了解しました!」

 

 部下は怒鳴り声のシグマに恐れを感じながら、大慌てでテレビの前に置いてあった椅子のあたりに向かい、もたれかけさせておいたアサルトライフルに手を伸ばす。

 その間に、シグマは先程まで連絡を取り合い今はこの場から離れている、自分の右腕ともいえる男の名を無線越しに呼びつける。

 

「ダブルよ! イレギュラーハンターの連中が来た! 今すぐにお前も用意しろ!」

 

 シグマは腹心である『ダブル』の名を呼んだ。 黄色のアーマーに身を包み、普段は小太りの鈍臭い人柄を装う彼だが、一度シグマの命を受ければ変身能力を用いて筋骨隆々とした粗暴で好戦的な、それでいて忠実な兵士と化す。 ……そんな彼からの返事はなかった。

 

「どうしたダブルよ! 聞こえているのか!?」

 

 2度も呼び掛けてみるが、無線機から通して聞こえてくるのは砂嵐の音だけであった……頼れる右腕からの応答がないまま、背後にいた部下がアサルトライフルの射撃準備を終えたその時である!

 

「ギャッ!!」

 

 突然何か重たい落下音が聞こえると、いよいよ突入に備えて銃を用意した部下がヒキガエルの様な声を上げた。

 

「何だこの音は!」

 

 シグマが落下音の出所に対し、たまたま持っていた懐中電灯を悲鳴を上げた部下の方に向ける。

 明かりを向けた先には黄色のアーマーをつけた背の高い誰かが、銃を持っていた部下に覆いかぶさるようにして地に伏せていた。 

 それを見た途端シグマは絶句し、慌てて駆け寄って潰された部下からどかす様に、黄色いアーマーの誰かを横に転がした。

 

「何故だ……何が起きた!?」

「ま、まさかそんな……!!」

「たま」

 

 シグマと下敷きになった部下はその姿に見覚えがあった。 今まさにシグマが呼び出そうとしていた、腕っぷしの立つ頼れる右腕の変わり果てた姿……。

 

「ダ、ダブルッ!!」 

 

 物言わぬ死体と化した『ダブル』の姿であった。 普段相手の目を欺くために使う小太りの姿ではなく、長身でガタイのいいその姿は先程まで誰かと戦っていた事を想像させる。

 しかし彼は開かれた口元からだらしなく舌を出し、何よりもシグマを驚愕させたその死因……股間が焦げ目のついた風穴を開けられていた事であった。

 

「さっきまで連絡を取り合っていたのだぞ……いつの間にダブルがやられていた? ――――まさか連中に始末されたのか!?

「たま」

「始末された!? 待って下さい! 互角以上に戦えるであろうエックス達はまだ記者会見に――――」

「たま」

 

 ……イレギュラーハンターの記者会見に停電、そしてダブルの死に気が動転している2人でも流石に気が付いた。 口を噤み辺りを見渡すシグマ、一体さっきから聞こえる「たま」と言う声は何なのだろう。

 しきりに会話に割り込む呟きが気になって仕方がない。 特に文脈に「た」と「ま」が連なった時ほど呟きが重なる気がしなくも無い。

 

「さっきから一体何なのだこの呟きは……」

「しきりに会話に割り込んできますね……一々「たま」って」

「たま」

 

 呟きと同時だった。 シグマ達のいる上の方から、天井周りに張り巡らされた鉄骨から土埃が降ってきたのは。 そして何やら嫌な雰囲気を漂わせるようになった。 

 それはよく自身も憎き人間共を相手に恐怖へ陥れる為に放つ、身の毛のよだつような恐るべき絶対強者のオーラ……ではなく、どちらかと言えば底冷えするような得体のしれない闇を体現するような、余りに不気味な視線であった。

 

「お、おい!! お前ら準備はできたのか!? 奴ら上からくるかもしれないぞ! 気を付けろ!」

 

 やっとこさ身を起こした部下が、緊張をごまかすかのように生産ラインにて準備を進めていた他の人員に声をかけた。 ――――返事は無い。

 

「おい! 聞こえてるのか!? 何故返事をしない――――」

「待て!」

 

 一切返事をよこさない連中に部下が怒鳴るように何度も呼びかけるが、シグマが前に出て後ろ手に制止する。 ……何かがおかしかった。

 生産ラインが止まっているのは停電の為だ。 しかしそれ以外にも戦闘準備を進めていた人員の立てる物音があった筈だが……よく耳を凝らすまでもなく、人っ子一人居ない様な静寂が空間を支配していた、完全に静まり返っているのだ。

 話し合っている間に準備を終えたと言うのか、だとしても誰かが呼び掛けても返事をしないのは変であった。 更に嫌な予感がする――――シグマは明かりを今度は生産ラインへと向けた。

 

 

 

 ――――そして驚愕する。

 

「なっ……!!」

「う、うわあああああああああああああっ!!」

 

 そこには変わり果てた部下達の姿があった。 今しがたイレギュラーハンターとの戦闘に備えていた人員が、あるものは地に伏せ、またある者は生産ラインに突っ伏していたりなど様々であった。

 しかし皆して一つだけ共通している事があった。 ……股間を貫かれて全て急所を一撃、であった。 今ここに転がっているダブルと同じように!

 

「一体いつの間に!? 皆してなぜタマを貫かれて死んでいる!?」

「たま」

 

 物言わぬ死体の山に対する部下の発言に、またしても奇妙な呟きがこだまする。 何度も「たま」と呟く度に嫌な存在感を増す声の主は一体誰なのか。 まさかダブルを初めとする部下達を血祭り……もとい『た(まつ)り』にしたのは――――

 

 嫌な汗が両者の間に流れる。 本当はさっさとここから逃げ出すべきなのだが、しかししきりに注がれるねちっこい目線が彼らの体の自由を奪う。

 振り向いてはいけない、上から注がれる目線とは決して目を合わせてはいけない。 長年イレギュラーとして名を馳せたシグマだからこそわかる。 この目線の主は危険だ。

 分かっているのに……シグマは闇からの誘いに打ち勝つ事はできなかった。 ゆっくりと懐中電灯の光と共に、天井を見上げてみると――――

 

 

 

 

 

 

 鮮血のように赤いアーマー。 垂れ下がる怪しい輝きを保つ長い金髪。 そして何より、腰元の白いパーツの股間の辺りに張り付けられた絆創膏。

 そのような恐ろしい姿をしたレプリロイドの男が、天井に張り巡らされた鉄骨に張り付いて、土気色に染まった顔と白い眼光を輝かせていた。 その姿、西洋ないで立ちにあって醸し出す妖気は、東洋に伝えられる『妖怪』と言う他ない。

 

 シグマは蛇に睨まれた蛙のように、その場を動く事が出来なくなった。 部下も起き上がった矢先に倒れていたダブルの上に再びへたり込んでしまう。 

 見なければよかった。 しかし後悔しても時既に遅し、部下達を屠ったであろう飛び掛かる赤い妖怪を前にしては、自分達など次なる獲物に過ぎなかったのだ――――

 

 

 

 

 

「 た ま 」

 

 

 

 

 

 

……それが、シグマの耳にした最後の言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くの後、居場所を突き止めた『黒幕』の元へ多くの隊員を引き連れ、強襲を仕掛けたエックス達を出迎えたのはこと切れたシグマとその部下達の姿であった。

 全て『急所』を打ち抜かれて即死と言う、かつての妖怪騒動を彷彿とさせる死に様は多くの憶測を呼び、結局世の人々は真相にたどり着けぬまま『ヤァヌス』事件はうやむやとなり、世間に大きな謎を残す事となった。

 

 

――――同時期に姿を消した、赤いハンターの行方は誰も知らない。

 

 

 

TO BE CONTINUED

 

 




 きんた〇に始まりきんた〇に終わる……今回をもって『下品』をテーマに8か月続いたシーズン2『ゴールデンボール』を終幕といたします。
 ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました!
 皆様のおかげで初の長期連載、無事完結いたしました! ……まさかのホラーエンドですがw

 これから筆者はまた次のネタ作りに暫く籠る事になりますが、感想欄は日頃チェックしていますので、返信を欠かす事はありません。 その上で、執筆を終えた記念と言う事で、ちょっとした質問も受け付けたいと思いますので、感想ついでにもし気になった点がおありでしたら、本シリーズについてでしたら答えられる範囲でお答え致します。 是非遠慮なく感想と質問を下さいな!
 そして頃合いを見て、次回作を引っ提げてカムバックしたいと思いますので、その時はまたよろしくお願いします!


 最後にもう一度……本作品のご愛読、誠にありがとうございました! 重ねてお礼を申し上げます! でわ!
















 ちなみに、本シーズンの『本文中』において『きんた〇』と書いた回数は、鍵括弧抜きとカタカナ表記合わせて実に94回書きました。 ……思ったより少ないな。


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