Angel Beats!×タッチ ~背番号のないエース~ (うえすぎ)
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#1 死にきれないよ
今回はAngel Beats!とタッチという大好きな作品を混ぜてみました。
誰もが知る野球漫画の名作、タッチ。
双子の兄、上杉達也と弟の上杉和也。
そして幼馴染の浅倉南。
この三人の恋愛を野球に織り交ぜて描いているわけですが、途中で和也が事故死してしまい、甲子園に行くという南の夢を兄の達也が叶えるというストーリーです。
ですが、和也が死んだ後のストーリーってなかなか見ないですよね(笑)
和也、実際相当悔やみがあると思います。
ですので、和也が死後の世界で、どのように未練を晴らしていくのか、ここに醍醐味があると思います。
駄作かもしれませんが、みなさまよろしくお願いします!
愛する人の夢を叶えたかった。
これだけを強く思ったのは覚えてる。
パッと頭が真っ白になって、意識が遠のいていって・・・。
長い夢を見ていた気がする。
ずっとずっと。
それはそれは長い夢―――。
***
目覚めは唐突だった。
目の前には青い空が広がっている。
自分の腕と地面が見え、自分は寝っ転がっているのだと分かる。
とりあえず上半身だけ起こしてみよう。
「いつつ・・・」
頭が何故かズキズキする。
どこか打ったのかな。
冷たいアスファルトが自分の体温で生ぬるくなっている。
しかし、高校生にもなるのに地面で寝ているってどういう状況だろう。
ここで寝ているまでの記憶が本当にない。
思い出せない。
「にしても、ここは何処だろう」
首を回し、自分の立ち位置を確認する。
どうしてかも分からないけど、とりあえず立ち上がってみる。
高校らしきものが目の前にある。
外観と内装を見るからにして明らかに俺の通っている"明青学園"とは違う。
すると同時にお馴染みのチャイムが鳴り、授業終了を意味するのか生徒の声が聞こえてきた。
一分もしないうちにゾロゾロと一人も見覚えのない生徒達が出てくる。
「うわっ、なんだこれ!?」
と同時に自分の服装にも驚愕する。
まさに自分が着ている制服らしきものも全く違った。
まぁ学ランなのには違いはないが、見たことないバッヂやボタンなどが取り付けられており、素材も違う。
何より自分が着ている服も、さっき見た生徒達と一緒に見えた。
俺はこの学校の生徒なのかな・・・?
というか俺は何をしてたんだっけ―――。
と同時に、今までの記憶が鮮明に蘇ってくる。
あの夏が。
「どうなってるんだ―――ッ!?決勝戦会場は!?」
そうだ、俺は野球の決勝戦に向かっていたんだ。
甲子園に出場する為の地区大会の決勝戦に。
あと一歩で甲子園の切符を手にすることが出来る―――!
なのになぜ俺はここにいるんだ・・・!?
急に焦りと、不安に襲われてくる。
いきなり見知らぬ土地で、見知らぬ人たちに囲まれて、不安にならないわけがない。
手汗を握る状況が続く。
とりあえずここは何処か聞いてみよう、それが一番だ!
目に入った見知らぬ男子生徒にに話し掛ける。
「すいません!あの、ここは何処ですか?明青学園はどっちか分かります?」
「・・・はい?」
「いや、変な話なんですけど迷子になっちゃってて・・・出口はどこですか?」
「出口?なんのことです?」
何故か返事はもらえない。
ノーコメントなのが気になる。
更に不安は積もっていくばっかであった。
「えっと・・・もう大丈夫です!ありがとうございました。」
時間の無駄であると感じた。
なら校庭の方まで向かってみよう。
絶対出口があるはず!
とりあえず目に入った大きな階段を下りていく。
隣に噴水があり、結構外観に力を入れている高校なのだと思った。
「それにしても大きいな。どこまでグランドがあるんだ?」
体育の授業の準備だろうか?
野球やサッカーなどのボール準備をしている生徒が見える。
だが、そのグランドは果てしなく広く終わりが見えない。
「どこかの強豪校なのかな・・・。ひょっとして地方の方とか?知らなかった。」
やっと階段を下りるが、そこから先はグランドの脇道が続いており、また道が果てしなく広がっていた。
そんな中でふと自分は何をやっているのだろうと感じる。
俺は何をしていたんだっけ?
足を止め考えてみる。
確か・・・。
まず最初に思い浮かぶのは、ある一人の女性の顔。
「南―――――。」
"浅倉南"。
小さい頃から一緒で仲良くしてきた幼馴染。
容姿端麗で頭脳明晰。
運動神経抜群で、クラスの憧れの的だ。
いつも明るくて、周りに気を配れて、他の女子なんて目に入らないくらい魅力的な女の子だ。
ハッキリ言おう。
俺は小さい頃から彼女が好きだ。
好き、という表現では表しきれないくらい。
愛している、という方がいいかもしれない。
「そういや、南のお父さんにも婚約宣言したんだっけ?」
遠い記憶のうちで南にそれを言った気がする。
「ん・・・待てよ?何か忘れているような・・・。」
俺はそれを地区大会決勝戦の前の日に言った気がするんだけどな。
いや、それよりも。
俺のアニキ。
双子のアニキ、"上杉達也"。
彼もまた南のことが好きで、両者ともこれからライバル宣言をした。
しかもこれも地区大会決勝戦前夜に言った気がするんけど。
アニキはやれば出来るんだけど、あえてそれをしない。
俺と南に気を遣って、それで南は―――――。
やめよう。
思わずため息が出ていた。
今はそのことを考えるのはやめよう。
だけど、俺はそこで一番重要な事実を忘れていることに気づく。
「地区予選大会決勝戦って・・・結局どうなったんだっけ?」
ふと考えるとそこの記憶がない。
相手高校は"須見工業高校"で、相手の四番バッターは"新田明夫"ってことも知っている。
キャッチャーの"幸太郎"とよく相手高校のスパイをやったものだ。
割と最近のことなのに、懐かしく感じ、ふっと笑みが零れてしまう。
恐らく勝ったのかな?
いや、勝ってないと困る。
南を甲子園に連れていくことこそが、俺の青春の全てだったのだから。
「いや、そもそもまだやってなかったり―――」
考えてみるも、それはないかと思う。
あれから随分と長い時が経過した気がするからだ。
俺の最後の記憶は決勝戦前夜と・・・その日の朝までだ。
やっと失いかけていた記憶が蘇り始めていた。
アニキとキャッチボールをして・・・それから・・・。
それから・・・・・。
それから、の先の言葉が出てこない。
それから・・・俺は・・・どうしたんだっけ―――?
***
混乱を招きながらも、とりあえずこの場所を脱しなければならない。
ここはどこか違う高校だし、俺は明青学園に帰らなくちゃ。
というか、無断に高校の制服を着て、校内に忍び込んでるんだから普通にヤバいよな。
なんで俺がここにいるのか分からないけど、早く抜け出さないと取り返しのつかないことになるな。
出口を探して約二時間近くが経過した。
未だ出口が見つかる気配はない。
「ここは校門とかないの!?」
一気に不安が募る。
早く南に会いたい、その想いが焦りと不安を増大させていく。
「こんばんは」
ふと背後から声を掛けられる。
それに応じるように俺は後ろを振り向く。
目の前には紫色の髪で緑色の瞳をしている、自分と同い年くらいの女の子が立っていた。
だが、制服はさっき見かけた制服のようなものではなく、セーラー服を羽織っている。
そして腕のところに何かのワッペンか何かがついていた。
「こ、こんばんは・・・」
「いきなりだけど、校門を探しているのかしら?」
「あ、そうなんです・・・何かの間違いでここに来てしまったみたいで、その、ここを抜け出したいなって」
「そう」
彼女は不敵に微笑んだ。
何かを知っていることは明らかだ。
彼女に色々聞こう。
「あの、明青学園ってどこか分かりますか?俺、そこの生徒で野球部なんですけど―――」
「ないわよ、出口は。」
それは唐突に、そして残酷に、容赦なく、告げられた。
俺はどこか期待していた答えと違う返答が返ってきて困惑する。
だが、先ほどの生徒が言っていたことが脳裏に焼き付いており、やはりかという焦りが再び蘇る。
こんなところで時間を潰してなどいられない・・・!
「ど、どういうことです?」
「ここに居るってことは、貴方、死んだのよ」
少女は自信満々にそう告げた。
正直、会話にならない、と思った。
俺はおふざけに付き合っている暇などない。
ここはお暇して、校庭を探そう。
「分かりました、では―――。」
「本当に分かったの?貴方、死んだ記憶ある?」
「ありません。俺は生きています。」
「頭とか痛くなかった?恐らく、死因は事故死とかね。まぁしばらくしたら記憶は蘇るわ。」
「・・・え?」
一瞬、的を突かれた気がしてドキッとする。
確かに目覚めてから頭がズキズキしていた。
でも死んだってどういうことだ?事故死?俺が?
本当に記憶がないし、何より俺は―――――。
「最初は受け入れられないかもしれないけど、徐々に落ち着いていくわ。安心なさい。」
「いや、死んでないですし・・・。俺はやるべき事があるので失礼します。」
「やるべき事?なに?」
「・・・野球です」
彼女にとってはどうでもいいことかもしれない。
でも、俺にとっては全てだ。
俺には夢がある。
南を甲子園に連れていくこと。
そしてアニキに一歩リードして・・・南をお嫁さんにすること。
今はそれ以外考えられない。
「野球?ですって、日向君」
え、日向?
ここでまた新たな名前が出てくる。
すると横にあった茂みから一人の青年が登場した。
髪は青色で、ロングヘア―で好青年という印象。
「おっす!お前、野球やってたんだな~!おっしゃ!野球仲間増えた~!」
「・・・え?」
「俺は日向ってんだ。俺も生前に野球やってて"この世界"に来た。」
「いや、あの・・・」
なんで皆もう死んだ呈で話を進めてくるんだ?
俺は生きてるっていうのに・・・。
何かこれはドッキリでも仕掛けられてるのかな?
そうなれば今までのことも説明がつく!
そうだ!そうに違いない。乗ってあげようかな?
「おし!今から野球やろうぜ!俺と!」
「いいですよ!」
「いいよ、タメ語で」
「タメ語?」
「敬語じゃなくていいってことだよ?しらなかった?」
「あぁ、うん・・・」
「随分と時代錯誤があるんだなぁ。よし!グラウンドいくぞ!」
***
こうして近くにあったグラウンドへと入る。
やはりここの高校のグラウンドは広い。
というかもう大学に近いと思う。
日向君は手慣れたように部室からボールとグローブ、そしてバッドを取り出した。
「よし、これお前のな。」
そう言って、グローブを渡される。
なるほど、キャッチボールをするつもりか。
俺と日向君は距離を取っていき、構える。
すると日向君は大きく振りかぶり、ボールを投げた。
アーチ状に進むボールはスッと俺のグローブの中に納まる。
一瞬で分かったこと、彼は結構な経験者だ。
肩が強い、と言った方がいいのか。
俺も久々に野球をする感覚がしたので、それなりにテンションがあがってくる。
俺もボールの右手で握りしめ、構えに入る。
そして大きく振りかぶり・・・投げる。
ボールは日向と同じくいい弧を描き、スッポリと日向君のグローブに収まった。
「お~!お前肩いいな!それとフォームがいい、ピッチャーだったろ?」
「あぁ、うん!」
「そうか~!ピッチャーか~!こりゃいい戦線メンバーになりそうだ!!」
「戦線・・・?」
「あぁ、それはな―――。」
日向君は投げるのをやめる。
夕暮れ時。
二人きりのグラウンド。
二人の影が長くなってるのが分かる。
「俺達は神によって理不尽な死を強いられた・・・そう思わないか?それは無作為に、そして突然と訪れた。」
「――――?話が見えないけど・・・」
「・・・まぁ細かい話はゆりっぺにしてもらおう。お前、名前なんていうの?」
「上杉。」
自分の名を名乗った瞬間、アッと俺はボールを思わず落としてしまった。
そしてそれは言葉に出来ない思いと共に、顔中が青ざめ、血の気が引いていく。
俺は暗い洞窟に火を灯したかのように、パッと思い出したんだ。
あの試合開始のサイレン音。
アニキとの約束。
高校生としての日々。
浅倉南との時間。
浅倉南を愛していたこと。
そして。
自分が地区大会の決勝戦に向かう途中で。
子供を庇って、死んでしまったこと。
世界中が停電になったかのような衝撃を覚えた。
膝の力が抜け、蹲る。
そして動悸が激しくなり、吐き気がした。
頭がガンガン痛くなり、発作に近い感覚だった。
そっと日向君は俺の背に手を置いてくれた。
彼の言っていたこと、そしてあの少女が言っていたことがようやく理解出来た。
なんだよ・・・
俺は・・・何も成し遂げずに死んだんだ―――――。
甲子園っていう夢も、あと一歩届かずに。
南に想いすら伝えきれてないままに。
夢半ばで死んだんだ―――――。
そんなのってないよ・・・ないよ・・・。
死にきれないよ―――――。
南――――――ッ。
次回、和也、死んだ世界戦線へ!?
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#2 ここは地獄なのか!?
今回は入隊のお話になっています。
お楽しみに!
わが上杉家と、おとなりの浅倉家――――。
そこで同じ年に生まれた三人の子供たち――――。
仲良くいつも一緒!
そして元気であった!
上杉家に生まれた双子の男の子。
兄の名は上杉達也。
"バカ兄貴"と罵られ、出来る弟との差をいつも気にしている。
弟の名は上杉和也。
"野球の天才"と呼ばれ、若くして三人が通う明青学園のエースを担う。
努力の塊みたいな人間で、鍛錬を欠かさない。
浅倉家に生まれた一人の女の子。
その名は浅倉南。
容姿端麗で頭脳明晰。
誰よりも女子らしく、クラスでの人気も物凄く高かった。
ずっと三人は一緒に過ごしてきたが、中学三年のある日。
兄の達也は三人の中に女がいることに気が付いてしまった。
兄弟のように接してきた中で、南がどんどん女性らしくなってきたことに気が付いたのだ。
一方、弟の和也はその気持ちに昔から気付いており、南を小さい頃から好いていた。
だが和也は知っていたのだ。
南の本当の気持ちが誰に向いているか、ということを―――――。
***
"甲子園は南の夢。"
"和也…南の夢を叶えろ…!"
遠くで声がした。
それは耳にこびりつく様に離れず、機械的にリピートされている。
俺にとってはもう本当にうんざりするような内容だった。
そう、ある一つのことがキッカケで。
俺は、死んだんだ。
アニキと最愛の南とを残したまま。
高校生の若さで。
しかも夢を叶える一歩手前で。
あぁ、ダメだ…。
思い出すだけで吐き気がしてくる。
今は野球ボールやグローブさえも見たくない気分だった。野球という単語が自分の首を締めている縄のように感じる。
絡みついて俺から離れようとしない記憶。
その記憶は最愛の人を失い、最愛の人の夢を叶えきれなかった中途半端な記憶。
そんなものを背負って、俺はなんでこの世界にいるんだ?
なんで死にきれてないんだい…?
もしも神様って奴がいるなら…どうしてこんな世界で…記憶を持たせて生活させようっていうんだ…!?
"カッちゃん!南を甲子園に連れて行って!"
「うっわああぁぁあぁぁ!!!!やめろ―――――ッッ!!」
気付けば、見知らぬ天井が目の前にあった。
そして色んな方角から聞こえてくる声達。
ここは…どこだろう?
もう"機械的な声"は聞こえてこない。
良かった…。
「ようやくお目覚めかしら?」
「え?」
俺に話し掛ける一人の少女。
この子には見覚えがある。
日向君と一緒にいた彼女だ。
「こんばんは」
「こ、こんばんは…」
「へ~。コイツが新人か!ケッ、なんか昔風なイケメンって感じだな!」
「そういう事言わないの、藤巻くん。イケメンには変わりないんだからいいじゃない?」
「ゆりっぺ!!コイツの事が好きだとでも!!??」
「野田、死んでくれ。死んでるけど」
「おっと、話がズレちまったな。さっきぶりだな!上杉!」
「日向くん…」
「名前覚えてくれてるとは嬉しいな~。こいつは上杉!野球のピッチャーやってたんだってさ!」
「へ~。球技大会はいい戦力になりそうだね!」
「えっと…?」
「はい、雑談はそこまで!上杉くん、いい?ここは死後の世界。辛いかもしれないけど、貴方は死んだのよ。」
「死ん、だ」
一気に記憶が脳裏に蘇ってくる。
冷や汗と震えが止まらなくなる。
「安心なさい、ここに居る全員そうよ。生前の事、思い出した?」
「…うん」
とてもだけど、前を見ることが出来ない。
俯いていることが精いっぱいだった。
「そう。無理には聞かないわ。話したくなったら話せばいい。」
「―――――。」
「でもね、死後の世界は甘くない。"天使"という神の使いがいて、何もしなければこの世界から消されるわ!」
「え?」
何か希望の光が少し見えた気がした。
「この世界から…消えられる?」
「ええ。まさか、消えたい訳じゃないわよね?」
「ごめん、今すぐ消え去りたい…」
「相当思いつめられてるわね。いい?貴方は理不尽に神に死を強いられた、違う?」
「そんなこと言われても…」
「この世界ならずっと生き続けることが出来るし、死なない。つまり天使に対抗し続ければ、生き残れる、抗えるのよ!」
「抗う…?」
「神に。私はこんな理不尽な死を強いた神を絶対許したくない。そのメンバーの集いが此処―――。」
ゆりと呼ばれる少女は机を軽く叩いた。
「"死んだ世界戦線"よ!」
「死んだ世界戦線―――。」
「貴方もここに来たってことは、何かしら辛い想いを背負っているはず。それを皆で支え合いましょう。」
「そんなことできない…」
「どうして?」
常に俺の頭の中には、彼女がいた。
たったそれだけで。
俺はもう…立ち直れない…。
「屋上に行きましょう、上杉くん」
***
無数の星達が見下ろす空。
死後の世界と呼ばれる場所にも星空はあるんだ…。
夜風が頬に当たり、少し肌寒い。
そんな中で、この少女は俺に缶コーヒーを渡してくれた。
「これ飲んだら少しは落ち着くわ。はい。」
「ありがとう…」
一口そのコーヒーを啜ってみる。
口いっぱいに広がるコーヒーの風味は、少し苦く大人な味だった。
…と共に浅倉南の実家で営んでいた喫茶店の味も思い出す。
「話は色々あるけども、きっとこの世界に来たばかりの貴方には信じられないような事ばかりだわ。だから順応性を高めなさい、あるがままを受け止めて話を聞いてね。」
「うん、分かった。」
「さっきも言ったけど、此処は死後の世界。生前に大きな悔いを残した者が沢山いる。だけど全員じゃないわ。」
「全員じゃない?」
「ええ。此処はマンモス校だけど、人間なのはその中の一握り。他はNPCよ。」
「NPC?」
「そ、ノンプレイキャクター。ゲームとかでよくいるでしょ?」
「ごめん、あまりゲームはしたことないんだ…」
「野球少年だったんだっけ?」
「うん…」
「要はこの世界の住人って感じね。予め用意されているキャストみたいな感じかしら?人間のように見えるけど機械のようなものよ。」
「そんな―――」
いきなり信じられない話が飛び出てきた。
順応性を高める必要があるのは本当のようだな…。
「でも会話は成立するし、女子にセクハラすればビンタを喰らうわ。人間と見比べるのは最初は難しいわよ」
「へぇ」
「はい。それで、死後の世界では勿論私達は死んでいる、だからこの世界では誰も死なないし年もとらない。ずっとここで生活することになるわ。」
「そんな…じゃあずっと此処に居続けなきゃいけないの!?」
「いえ、規則正しい生活を送るか、天使の言う通りにすればこの世界から消える事は出来るわ。」
「消える…?その消えるっていうのが分からないんだけど…」
「文字通りよ。目の前からパッ!と居なくなるわ。それは前触れもないし、本当に唐突に。」
「そうなんだ…」
「でも私達には目的がある。こんな世界があるってことは、確かに神が存在するということ。私達はそいつを見つけ出すのよ。」
「見つけて…どうするの?」
少女の目は、一切の迷いのない、俺には持っていない目だった。
「復讐。こんな人生を、そして理不尽な死を強いた神への。」
「復讐…」
「私達はその為に何十年とこの世界に居続けてるわ。中には百年以上の人もいるわね。」
「百年!?」
「貴方も自分の過去を思い出したのなら、戦線に入ることをお勧めするわ。」
「どうして?」
「このままで終わっていいの!?貴方、せっかくやり直すチャンスがあるのよ!?」
「やり直す…」
「貴方の過去がどんなのかは知らないけど、せっかくまた生を持ち、運命に抗うチャンスがあるんだから!!」
「……」
思わず俯いてしまう。
これで本当に正しいのだろうか。
神を見つけ出したところで…俺が現世に帰れるなんてことはないだろう…。
南の顔が脳裏に蘇る。
たったそれだけなのに、今にも胸が張り裂けそうだった。
自分が夢半ばで死に、何も成し遂げられぬことに。
そしてアニキとの勝負に…俺は不戦負けしていることに。
「貴方、何があったの?生前。」
少女は真っすぐこちらを見て、述べてきた。
これを誰かに共有したとて、何も変わらない。
でも心の中の何かが拭える気がして…
俺はいつの間にか話し出していた。
「俺は…野球をやってた…」
「全ては浅倉南、俺の愛していた人の為だった」
「彼女が言ったんだ、"南を甲子園に連れて行って"、って。俺はその為だけに幼少期から努力を続けた。」
「野球の花形って言ったらピッチャーだろ?俺はピッチャーになって、ただ試合に勝ち続けたよ。彼女の笑顔だけが、俺にとって全てだったんだ。」
「加えて、俺には双子のアニキがいてさ。三人で仲が良かったんだ…家も隣でさ、小さい頃からよく三人で遊んでたよ」
「高校に入ってからかな?いや、ずっと前には気付いてた。南が本当は誰を想っているか―――――。」
「俺は焦ってたんだと思う、アニキに南を取られるのが怖くて。だからアニキに負けたくなかった…」
「南を甲子園に連れていくことで…俺は南の心を射止められるって…勝手に思ってたんだ…」
「そして高校一年の夏…地区大会決勝戦…」
「甲子園目の前にして俺は………そこからはもう…記憶がないんだ…」
屋上の照明の中で見えた、俺の話を聞く少女の瞳は少し潤んで見えた。
あまりハッキリとは見えなかったけど、黙って聞いていてくれた。
「どうしてなのかな…?試合はどうなったのかな…?南とアニキはどうなったのかな…?」
「今も夢の中で…"南の夢を叶えろ!"ってアニキの声が聞こえてくるんだ…」
「俺はただ最愛の人に喜んでほしかっただけなんだッ…笑顔が見たかっただけなんだ…本当にただ…それだけなんだよ…」
俺の心の中のダムが崩壊した。
溢れる涙が俺の頬を伝う。
「あぁくそ…!!!南に会いたいよ―――、アニキと南に会いたい―――――…。」
「なんで俺は夢半ばで死んで…!南とも引き裂かれて…!死んでも尚…生前の記憶に苛まれ続けられるんだ…ッ!!!此処は地獄なのか!?俺は生前大量殺人でも犯したっていうのかよ!?」
いつの間にか俺は少女に貰った缶を握り潰してしまっていた。
中身がドッと零れ、冷たいコーヒーが俺の手を伝う。
そんなこともお構いなしに少女は俺の事を抱き締めた―――。
「落ち着いて、此処は地獄なんかじゃないわ。そんな人間はこの世界に来れない。だから安心なさい―――。」
強く抱きしめられる。
あぁ、人ってこんなに温かいんだ。
確かにこんなことを味わえるのなら、此処は地獄なんかじゃないな。
「貴方は戦線に入るべき人よ。一緒に運命と戦いましょう。そんな人生だなんて認めたくないじゃない、許せないじゃない?」
確かにその通りだな、って思った。
これがこれが行くはずの運命のレールなら、ぶち壊したい。
抗いたい。
「分かった、戦線に入るよ。」
「良かった。私はゆり、戦線のリーダーよ。貴方にはまだ色々話すことがあるけど、今日は夜遅いからまた明日ね。」
「うん…分かった」
「今日は寝れないでしょうから、校長室にいていいわよ。」
「一人なのか…?」
「なっ、何よ…そんな顔で見ないでよ…。分かったって!私が今日は一緒に居てあげるから!」
「ありがとう…」
とてもじゃないけど、到底一人で寝れる気分ではなかった。
結局俺はゆりに言われるがままに入隊したわけだけど。
これでいいんだよな…?
死んでからまさかこうなるだなんて、夢にも思わなかったけど…。
もう一度チャンスくらい貰ったっていいよな…。
せめてもう一度―――――。
和也の決意―――。
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