血塗れの狩人、神を喰らう (ソウジキマン)
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登場人物

現段階(20話)までの大体の登場人物を簡単に纏めておきました。説明文はすごい適当です


ー主人公

烏丸 イオリ/カーリー

本作の主人公。ヤーナムにて獣を狩る狩人だったが、アラガミが蔓延る現代に目覚める。長いこと血に飲まれて悪夢をさまよっていた。多くの獣と上位者を狩ったため、その血には様々な力が宿っている。

フェンリルから接触禁忌種として認定されている。

 

 

ーブラッド、フライア

桂城 キョウスケ

ブラッドの副隊長。血の力"喚起"を宿している。仲間思いだが仲間の為に自己犠牲に走ることもある。

 

ジュリウス・ヴィスコンティ

ブラッドの隊長。血の力"統制"を宿している。あらゆる能力に卓越したエリート。キョウスケと同じく仲間思いだが天然の節がある。

 

ラケル・クラウディウス

ブラッドを創り上げた科学者。ブラッドの皆を家族と呼び大切にしている。神機兵の開発にも携わっている。

 

レア・クラウディウス

ラケルの姉。同じく神機兵の開発に携わっている。

 

香月 ナナ

キョウスケと同期のブラッド隊員。おでんパンが好物。

 

ロミオ・レオーニ

キョウスケとナナの先輩。お調子者のところもあるが優しい奴。

 

シエル・アランソン

ブラッドの隊員。血の力"直覚"を宿している。バレットの開発が趣味。

 

ギルバート・マクレイン

ブラッドの隊員。血の力"鼓吹"を宿している。みんなの兄貴分。

 

フラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュ

ブラッドのオペレーター。クールな割には心配性、そして本名が長い。

 

オト・ポルヴェレ

主任が派遣したフェンリル本部技術開発局のエンジニア。変態科学者。

 

アデライン

主任が派遣した専属の医師。無茶ばかりする主人公に胃を痛めてる。

 

ーー極東支部

ー討伐班

藤木 コウタ

極東支部第一部隊の隊長。クレイドルのメンバーでもある。

 

エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ

極東支部第一部隊の隊員。ブラッドのメンバーに年相応の反骨心を抱いてる。

 

エミール・フォン=シュトラスブルク

極東支部第一部隊の隊員。貴族の出身で暑苦しい奴。

 

ー防衛、遊撃班

真壁 ハルオミ

極東支部第四部隊の隊長。ギルの先輩。とんでもないセクハラ野郎でありみんなの師匠。

 

台場 カノン

極東支部第四部隊の隊員。普段はおっとり、戦闘中はドS。

 

ヴァルトール

極東支部第五部隊の隊長。バケツ頭。極東変人カルテットその1。

 

マダラス

極東支部第五部隊の隊員。目出し帽で無口。極東変人カルテットその2。

 

山村 シンカイ

極東支部第五部隊の隊員。和装で無口。極東変人カルテットその3。

 

キグルミ

基本はフリーだが、一応の所属は極東支部第五部隊。一切の情報がトップシークレット。極東変人カルテットその4。

 

サー・グレミア

極東支部第六部隊の隊長。貴族の出身で、かなり古参の神機使い。

 

ヴィート

極東支部第六部隊の隊員。

 

オレック

極東支部第六部隊の隊員。

 

 

ペイラー・榊

極東支部の支部長であり科学者。すごいロマンチストでたぬき。

 

竹田 ヒバリ

極東支部のオペレーター

 

真壁 テルオミ

極東支部のオペレーター

 

星野 ウララ

極東支部のオペレーター

 

楠 リッカ

極東支部のエンジニア。神機の扱いならば右に出るものはいない。

 

 

ークレイドル

アリサ・イリーニチナ・アミエーラ

クレイドルのメンバーで元第一部隊。

 

ソーマ=シックザール

クレイドルのメンバーで元第一部隊、そして優秀な科学者。

 

雨宮 リンドウ

クレイドルのメンバーで元第一部隊。古参の神機使いで手練れ。

 

 

ーフェンリル本部

ローゲリウス

フェンリル本部情報監督官。フェルドマンの上司に当たる。信心深く高圧的で嫌な爺さん。

 

ヨセフカ

フェンリル本部医療衛生監督官。

 

アイザック・フェルドマン

フェンリル本部情報管理局局長。厳つい顔だが根はまとも。異様な動きを見せる上層部を警戒している。

 

アイリーン

フェンリル本部所属の神機使い。年寄り臭い喋り方。同胞殺しが仕事。

 

シモン

フェルドマンの部下。情報収集を担う。

 

ヘンリエット

フェルドマンの部下。シモンと同じく情報収集を担う。

 

エドガール

フェルドマンの部下。スパイ。

 

エドモン/主任

フェンリル本部技術開発局局長。開発室で自分の研究に没頭する技術屋、そのためみんなから主任と呼ばれている。政治的手腕もすごい。

 

キャロル

主任の秘書。できるキャリアウーマン。

 

 

ーその他

キャリー・ユー

ポルトガル支部所属の神機使い。主人公が初めて出会った人間。

 

葦原 ユノ

世界で大人気の歌姫。

 




今思えば無駄にキャラを増やしすぎた感…出番の少ないキャラは、また番外とかで活躍することでしょう。


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1話 狩人の目覚め

何かと似てるところが多いゴッドイーターとブラッドボーン。
ギルバートさんがノコギリ槍を持って出てくれば完璧だった…。

基本的に物語は2の方がメインになります。原作に沿っていくつもりですが、ちょくちょく原作改変するかもしれません。

追記
ちょくちょくどころか、改変しまくりになってしまったので、オリジナル展開が多いですがご容赦ください。


古都ヤーナムの夜、それは血に飢えた獣たちが跋扈する終わりなき悪夢。

その悪夢の中に迷い込んだ私は、獣を狩る狩人となった。死に物狂いで獣を狩り、呪いの根源である上位者を殺した。

しかし、悪夢は終わることはなかった。上位者を殺しただけでは呪いを断つことはできなかったのだ。終わることのない獣狩りの果てに……私は血に飲まれた。本来の目的を忘れ、ただ生きるものを殺し血を浴びる事だけに意義を見出す化け物になり果てたのだ。その後、私は同胞である狩人に狩られたか、他の獣に喰われたか…少なくとも死んだと思った。

だが、気が付けば私は見知らぬ街にいた。何処かヤーナムに似た雰囲気ではあるが、ヤーナムではない。煉瓦で作られた建物もあるが、見慣れぬ素材で作られた建物も多くある。それに馬車に似た鉄の乗り物もあちらこちらに転がっている。

これらは全部ヤーナムには無かったものだ。そして、これらには全てある共通点があった。まるで誰かに食べられたかのように荒れ果てていたのだ。あからさまに歯型の付いたものもあれば、綺麗にくり抜かれたものもある。

 

「ここは…一体何なんだ…?」

 

明らかに人が住んでいる様子もない。もし、ここにも獣どもがいたら……身なりはいつもの狩人のコートと帽子といった標準的な狩装束だが、常に持ち歩いていた狩道具は何処かにいってしまった。今襲われればひとたまりもない。

 

(いつまでもここにいても仕方ないか…私の身に何が起きたかを考えるのは後にしよう)

 

廃墟と化している街の中を当てもなく彷徨う。しかし、行けども行けども崩れた建物ばかりで、生きるものには何一つ出会わない。

ヤーナムにもまともな人間なんぞ殆ど残ってはいなかったが、ここには人どころか動物すら一匹もいないんではないだろうか。

しかし、歩き続けてどれくらい経ったかは分からないが、ようやく何かしらの気配を感じ取った。人が獣かは判断できないが、こちらの存在に気づかれないよう気配を消しながら近づいていく。

 

(人…では無さそうだ。血の匂いがするが獣のそれとは少し違う気がする。一体この気配は…?)

 

崩れた廃墟の中に入り、ガラスのはめられた窓から覗き見る。外はちょうど広場のようになっており、真ん中には噴水があった。そして、その噴水の前には……。

 

「あいつらは……!獣では、ないのか…⁉︎」

 

噴水の前に横たわる巨大な虎のような生物、そいつは死んでいるようだったが、それを喰らう異形の生物たちがいた。体躯としては四足歩行の生物のようだが、後ろ足が発達し前足は小さい。頭部は兜のように硬質で、大きな尻尾には鬼のような模様があった。

死骸を喰らうのに夢中でこちらには気づいてはいないようだが、辺りを漂う巨大な目玉の化け物は違った。獣というより上位者の眷属のような目玉の化け物は、廃墟から様子を伺っていた私と視線があってしまったのだ。

すぐさま身をかがめ、向こうから見えないようにするが、一瞬遅かっただろうか?

 

(いや、獣は視覚が弱く臭いで獲物を探すものも多い。この距離なら見えていない……と、考えるのはお気楽すぎるか…?)

 

大事をとってその場から離れようとした時だった…。私が覗いていた窓ガラスをぶち破って、目玉の化け物が廃墟の中に入ってきたのだ!

 

「…っ!」

 

目玉の化け物は、その大きな目玉をギョロギョロと動かしながらこちらを観察していたが、前面にある人間の女性のような部分を開き、鋭い牙の並ぶ口を露わにして襲いかかってきた。

 

「くそっ…!」

 

全速力で駆け出し、廃墟から飛び出る。廃墟に入って来たのは一体だったが、仲間を呼んだのかあちこちから同じ目玉の化け物が現れた。

それだけではない、先程の死骸を喰らっていた化け物まで騒ぎを聞きつけてやって来たのだ。

奴らがどれ程の強さかは知らないが、武器を持たぬ私では歯が立たないかもしれない。ここは逃げる、ひたすら逃げるしかない。

 

「グルアアア!」

 

化け物たちが咆哮を上げながら後を追ってくるが、細く入り組んだ路地を縫うように駆け抜けていく。時に奴らの図体では通れないような細い道を通り、少しずつだが引き離していく。

このまま行けば撒ける……と思えたのも束の間、進んでいた路地が行き止まりにぶち当たってしまったのだ。そしてそこには…先程の特徴的な尻尾の化け物が人間を喰らっているところだった。

 

「人…間……?」

 

化け物に喰らわれているのは確かに人間だ。この街にもまだ人間はいたのだ。血に塗れてはいるが、見違えではない。しかし、その横に落ちている身の丈ほどもある剣は……まさか、こいつら化け物と戦っていたのだろうか?

 

「グルルルッ!」

 

食事中だった化け物は、唸り声を上げながらこちらに振り向く。本来ならここで逃げるべきなのだが、死体の横に転がる武器が気にかかった。

武器を持ってここにいた、という事は少なからず人間はこの化け物に対抗できるということか?つまり、あの武器が扱えれば私が生き延びる可能性も伸びる。まずは目の前の化け物を何とかすれば……!

 

「ガアアアアッ!」

 

一度は獣にも劣る畜生に身を落としたとはいえ私は狩人だ。武器がなくとも一匹程度ならば…!

 

「おおおっ!」

 

私は右手を獣の爪に見立てて、咆哮を上げて襲いくる化け物の目玉を抉るように突っ込む。グチャリと目玉が潰れる音と共に、化け物が悲痛な声を上げる。しかし、私の右手にも灼けるような痛みが走る。

 

「っっ…‼︎ぐぅ…!」

 

灼けつく痛みに耐えながら、化け物の頭の中を抉っていく。そのまま指先に触れた硬いものを掴み、引き摺り出す。指先に触れたもの、黄色に光る謎の物体を引き摺り出された化け物は、ヨタヨタと数歩ほど歩いた後、うめき声をあげて地面に伏した。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

化け物はピクリとも動かない。この黄色いものを抉り出されせいなのか…。こいつらはさほど強くはない、武器があれば狩るのも容易だろう。

だから、早く武器を回収して……。

 

「…っ…はぁ…!」

 

濃い血の匂い、化け物から流れ出る血の匂いが私の中の獣を刺激する。ヤーナムでは飽きるほど嗅いだ血の匂い、それが何故か堪らなく心地よい。忘れたと思い込んでいた感覚が蘇ってくる。

 

(こんなことを…している場合ではないのだ……こいつらの血は毒かは知らないが、明らかに人体には害だ。右手が先程から灼けつくように痛む。だから……!)

 

ゴクリと唾を飲み込む。まだ薄っすらと覚えている。血に溺れた私にとって、獲物の血を浴びる事は堪らなく快感で、口に染み込んでくる血の味は堪らなく甘美だった。

こいつらの血、そこらの人間や雑魚の獣どもとは違う。それを口に含んだら…どんな味がするのか?

今は血に溺れていた時に比べれば理性的にものを考えられる。でも一度血に塗れれば……もう私は戻れないかもしれない。今一度理性が戻ったのは最後の警告なのかもしれない。ここが瀬戸際なのだと…ここで人としての理性ではなく獣のように血を求めれば、二度と引き返せはしない、と……。

しかし、既に右手の灼けつく痛みのせいか、すぐそばまで化け物の群れが迫ってるという焦りか……私はもう落ち着いて物事を考えられなくなっていた。

 

「……っっ‼︎」

 

…私は結局、欲望に勝てなかった。ただただ狩人の本能が求めるままに、獣の欲に従い、化け物の血を口に含んだ。

 

「ぐっ⁉︎あ…がああぁ…⁉︎」

 

血が喉を通った瞬間、右手がそうなったように全身に凄まじい苦痛が走る。体の細胞の一つ一つが作り変えられるような壮絶な苦痛に叫び声を上げる。だが、苦痛はすぐに治り、代わりに何とも言えぬ充足感と快楽の波が押し寄せてきた。

何という濃厚な血!ヤーナムの獣どもなど比べ物にならない!先程までの苦痛が嘘のようになくなり、体はさらなる血を求めて疼きだしていた。

 

「はっ…はは…はははハハハハハッ‼︎」

 

まるで生まれ変わったかのように、最高の気分だ。だがこんなものでは足りない。もっと、もっと血を…!

私は狂ったように笑い声を上げながら死体の横にあった大剣を拾って、化け物の死骸を引き裂いていく。強靭な筋肉が裂けて血が吹き出し、それを余す事なく全身で感じる。

ああ、この感覚だ。ヤーナムで私が血に酔っていた時の感覚。駄目だ、もう自分を抑える事は出来ない。こんな亡骸の血じゃ駄目だ。

 

「生きた獲物の……温かな血ガ欲シイ…‼︎」

 

私は大剣を引きずりながら、先程まで私を追っていた化け物たちを探し始めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「こちらαー3、今のところは対象を発見できない」

 

『了解、そのまま索敵を続行して下さい』

 

無線から流れるオペレーターの指示を聞きながら、神機のオラクル総量を調べる。……今のところ、交戦したのはザイゴートが二体。まだまだオラクルに余裕はある。しかも、ザイゴート共も、途中で何かに呼ばれかのように何処かに行ってしまった。

 

「ヘンリー、しっかり辺りを警戒しとけよ。何だか今日は変だ」

 

「分かってるさ。お前こそ、アラガミが出たらビビって無駄撃ちすんじゃねーぞ、ウィーリ」

 

俺たちはトラファルガー広場付近で消息を絶ったゴッドイーター、ジャックの捜索に出ていた。そいつはイギリス支部でもかなりの腕利きだったんだが、そんなあっさりと死ぬなんて考えられない……とはいえ、この入り組んだ路地で戦えば、何処から襲われるか分かったものではない。

本来ならこのエリアは二人一組が原則だが、あいつは一人で任務に出ていたそうだ。後ろから奇襲されてそのままアラガミに喰われた奴なんてごまんといる。

 

(だが…今日は何かアラガミの挙動がおかしい。手傷を負ったわけでもなく退いて行くなんて……畜生、嫌な予感がするぜ)

 

相棒のヘンリーと辺りを警戒しながら歩を進める。俺たちの他にもう一組捜索に出ているが、そいつらも今のところは何の発見も無し、だそうだ。

だが、オペレーターによればこの先は、小型のアラガミが複数いるそうだ。もしかすれば探し人もアラガミの群れの真ん中で横たわってるかもしれないな。

 

「いつでも動けるようにしとけ、こっから先は小物が何体かいる」

 

「小物か、任しとけ」

 

ヘンリーは自身のショートソードの神機を構えて、臨戦態勢に入る。俺もいつでも撃てるように引き金に指をかける。

 

「……ん?何だこの匂い…」

 

互いの死角を警戒しながら進むうちに、鼻をつくような匂いがしてきた。これは血の匂いか?

血の匂いが濃ゆくなる方へと進むと、次第に何か物音が聞こえてきた。もしやアラガミだろうか。

 

『…っ⁉︎な、なにこの反応⁉︎こんなオラクル反応、初めて見る…!まさか…新種⁉︎』

 

無線からオペレーターが驚きの声を上げるのが聞こえる。一体何を言ってやがる。新種?くそ、そんなもんがこの先にいるってのか⁉︎

 

「おい、驚いてねぇで状況を伝えろ!この先に何かいるのか!」

 

『は、はい…ちょうどこの先の広場の中央付近に!見たことのないオラクル反応が…!』

 

「ちっ…分かった!ヘンリー!行くぞ!」

 

「あぁっ?いきなり新種と交戦すんのか⁉︎冗談じゃねえぞ!」

 

「安心しろ、様子見だけだ!」

 

壊れた扉を蹴破って、廃墟の中に入る。階段を一気に駆け上り、屋上に飛び出る。

 

(くそっ…!ここじゃ広場は見えねぇ…)

 

屋上から屋上へと飛び移りながら、広場が見渡せる場所まで移動する。そのまま広場に面する建物の屋上まで移動し、俺の神機、スナイパーの銃身を屋上のへりに預けスコープを起動する。

 

「お、おい…あれ…!」

 

「ああ…見えてるよ…!」

 

広場にいたもの、それはオウガテイルの群れを屠る一人の人間だった。いや、あれは人間なのか?血に赤黒く染まったコートに枯れた羽のような特徴的な帽子から外に流れる、白い髪の毛も血に染まりきっている。

そいつはまるで血を浴びるのを楽しむかのように、行方不明になっていたジャックのロングソードの神機を振り回していた。

 

(いいや、あれは人間なんかじゃねえ…どう見てもあいつはジャックじゃねえし、他者の神機を使って平気でいられるはずがねえ……てことは、だ……神機に侵食されねぇ奴なんてアラガミしかいないだろ…!)

 

確かに、シユウのように人に近い容姿のアラガミはいる。だがあそこまで人に類似したアラガミはいなかった。しかも、神機を扱うだと?

規格外なのもいい加減にしろよ…!

 

『おい、αー3!聞こえるか⁉︎』

 

「…αー1か!お前らもここに?」

 

無線から聞こえる声は、俺たちとは別の一組だ。声の感じからあいつらもあの化け物を見たのか。

 

『俺たちはちょうどお前らの建物の向かい側にいる!いいか?絶対に今はその怪物には手を出すなよ!』

 

「当たり前だ!自分から死にに行くような真似はするかよ…」

 

そうだ、こんな得体の知れねえ奴と戦うなんて洒落になりゃしねぇ。前に禁忌種であるスサノオに出くわした時だって、戦うなんてことはせずに逃げに徹したから生き延びた。自分から喧嘩を売るなんて冗談じゃない。

だが、そんな俺の気持ちを無視するかのように捜索隊の隊長であるαー1は非情な命令を俺に下した。

 

『だが、何としてもあの神機だけは回収したい。本人の捜索は後で構わん。αー3、あの怪物が神機を取り落すように腕を狙撃しろ』

 

「……はぁ⁉︎」

 

そのあまりにも理不尽な命令に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。取り落としたところを回収するつもりなのだろうが、狙撃した俺は間違いなく狙われる。

神機を使ってるとはいえ、あの数のオウガテイルを一方的に殺戮するような相手だ。接近されれば俺は絶対に殺される…!

 

『オペレーターもあれからオラクル反応を感知している。あれは人型のアラガミと見て構わないだろう』

 

「そこはどーでもいいんだよ!そんなにもあの神機が必要なのか⁉︎」

 

『あの神機は他の神機よりも非常に高い性能を持っている。ここで失うには惜しい。いいか、これは命令だ。黙って従え!』

 

「…くそっ!了解!」

 

ヤケクソ気味に返答し、スコープを覗いて狙いを定める。血に塗れた化け物は、狂ったように笑いながらオウガテイルの死骸を八つ裂きにしていた。畜生、こんな奴と一戦交えるなんてごめんだっていうのによ…!

 

「くそっ!くそっ…!ヘンリー、俺が狙われた時は援護、頼むぞ…!」

 

「分かってるよ…!でもあんまり期待すんじゃねえぞ…」

 

ゆっくりとスコープで狙いを定めながら、引き金を引くタイミングを計る。オウガテイルにロングソードを突き刺し狂笑するそいつの手首に照準を合わせる。撃つなら……今しかない!

 

(ああ、畜生…!神様…どうか…‼︎)

 

荒ぶる神に滅ぼされかけてるこの世界で、神に祈りながら…俺は引き金を引いた。神機の中で収束されたオラクルのエネルギーは、スナイパーの銃身から一筋のレーザーとなり化け物に目掛けて飛翔し……手首を撃ち抜いた。

 

「当てた……!」

 

手首を撃ち抜かれた化け物は神機を取り落とし、何が起きたか理解できていない風だったが、ぐるりと顔をこちらに向けると凄まじい勢いで駆け出した。

 

「ウィーリ!後ろに下がれ!」

 

「ああ、わかっ…⁉︎」

 

しかし、俺がヘンリーの方に振り返って言い終わる前に…既に奴は俺のすぐ後ろまで来ていた。咄嗟に銃口を奴の顔面に向けるが、引き金を引く前に頭を掴まれ地面に張り倒される。

 

「ウィーリッ‼︎」

 

ヘンリーが神機を振りかざして立ち向かうが、いとも容易く神機を弾き飛ばされヘンリー自身も殴り飛ばされる。

やっぱりだ、こんな奴に戦いを挑むから……次は俺の番だ。俺はここで死ぬんだ…。

 

「クソがっ……!」

 

アラガミに喰われることは覚悟はしていた。だが、いざその時が来ると恐ろしくてたまらなかった。思わず目を瞑ってしまうが……そいつは息を荒げてるばかりで何もしてこなかった。

 

(何だよ…!くそ、やるなら一思いにやりやがれっ!)

 

意を決して目を開けてみれば、そいつの血のように紅い瞳がこちらを見据えていた。欧米人というよりは東洋の人種を思わせるその顔つきは、血に塗れていても幼さを残していた。

そして、ゆっくりと口を開くと……最初は耳を疑った。だが確かにこいつは…人の言葉を喋った。

 

「……狩人…?」

 

そいつはそれだけ呟くと、屋根から屋根へと飛び移って行き、その姿を消した。

 

「……っっはぁ!…はぁ…はぁ…!」

 

詰まっていた息を大きく吐き出す。心臓がバクバクと音を立てているが、それは俺が生きている何よりの証拠だ。俺は…生きているんだ。

そう思うと急に体から力が抜けてしまい、口から変な声が漏れる。何せあそこまで死を感じたことは無かったからな…。

 

「…おいヘンリー、生きてるか…?」

 

「ああ…何とかな……マジで死ぬかと思ったぜ」

 

ヘンリーも無事なようだ。神機に縋るように立ち上がり、広場の方を見る。隊長たちは無事に神機を回収できたようだ。後は……腕輪のビーコンを追ってジャックの生死を確認するだけだ。

しかし、どっと疲れた。まさかあんなイレギュラーとかち合うとは思っていなかった。だが、こうして生き残れたのだから良しとしよう。

 

「おら、行くぞ。まだ任務は終わっちゃいねぇんだからよ」

 

「分かってるよ…くそ……危うくちびるところだった」

 

オペレーターからあの特異なアラガミは作戦領域から出たことが伝えられる。これで本当の意味で一息つける。きっとあいつはここには戻ってこないだろう。さっさと残った仕事を片付けてしまおう。

しかし……あんな完全な人型のアラガミなんて今まで耳にしたこともなかった。でもアラガミは喰らったものを取り入れ進化していく。人間を喰らって人間のように進化したアラガミがいても何もおかしなことはない。

ああやって完全な人の姿をとるアラガミはあいつが世界で初めてかもしれない。フェンリルからすれば重大な発見かもしれないが、俺からすればどうでもいいことだ。ただ自分が生き残れたことの方が大事だ。

まあ、支部に戻れば色々と報告書を書かなければならないだろう。任務を終えてもまだしばらく一息はつけなさそうだ。俺はため息を吐きながら、ヘンリーと共に捜索任務を再開した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

イギリス支部にて確認された新種のアラガミ、完全な人型をとるアラガミは公式には初の発見だった。(実際には既にペイラー榊が極東支部にて人型アラガミを確認している)しかし、フェンリルはこのアラガミが人型である、という情報を公開せずに接触禁忌種として指定し、名称を『カーリー』とした。

 

 




イギリス支部のモブたちは一世代の神機使いでも結構優秀…という設定にしたもののこの先活躍するのやら。
ちなみにカーリーはヒンドゥー教の破壊と殺戮の神様です。生首やら切り落とした足で着飾る神様ですが、日頃から目ん玉や内臓を集めて回る狩人にはぴったしじゃあないか……。


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2話 奇矯の神喰らい

ゴッドイーターでも自身の体力をオラクルに変換する能力欲しくないですか?
どうもブラストを使ってるとオラクル貯めるのに必死になって撃つ前に目標を討伐してしまう…。


 

アラガミ、今この世界を…いや、人類を壊滅の危機までに追い込んでいる生物のことをそう呼ぶらしい。それが無機質の物質であっても文字通り全てを喰らい、その性質を取り込んで進化していく驚異的な生物。

既存の兵器では太刀打ちできないアラガミを倒すことができるのは、同じくアラガミの力を持つゴッドイーター達だけ…というのが、アラガミとゴッドイーターに対する私の見識だ。

ゴッドイーターは人々をアラガミの脅威から守る最後の砦であり、唯一の対抗手段。ヤーナムにおける獣と狩人の関係に似ている。

しかし、ヤーナムと違うことは…獣を狩る狩人だった私がアラガミになったことか。今までとは立場が逆だな。

私がこの世界で目覚めた時、オウガテイルと呼ばれるアラガミの血を啜ったことが原因なのか、私もアラガミになってしまったようだ。

あれから幾月か過ぎたが…当初は血の衝動に飲まれ、本能の赴くままにアラガミを食い荒らしていた。小物では飽き足らず、大型のアラガミにまで手を出していた。だが、多くのアラガミの血を浴びたせいか、今は衝動は落ち着いている。

こうして本当に人間をやめてしまったわけだが、血に酔った挙句獣になったり、上位者になるよりかはマシかもしれない。しかし結局のところ、私のやることはヤーナムにいた頃と変わっていない。狩りの対象が獣からアラガミになっただけなのだ。

私が最初に目覚めた場所はイギリスと呼ばれていた場所だった。あれから私はかつてシンガポールと呼ばれていた地に移動していた。別に意図して移動していたわけではないが、同じ場所で狩りを続ければゴッドイーター達に目をつけられるからだ。

一応まだ人間を手にかけてはいないため、ゴッドイーター達からどう思われているかは知らないが、危険視ぐらいはされいるだろう。下手に敵対視されるのも困るのだ。

 

(さて……今日は何か目新しい獲物はいるか…?)

 

仮の寝ぐらとしている廃ビルから、外に出て辺りの気配を探る。しかし、周りにはどうも小物しかいなさそうだ。どうせ狩るなら大物の方がいいが…準備運動がてらに狩っておくとしよう。

私は右手にノコギリ刃を持つ神機、左手には小振りの銃器の神機を手にし、狩場へと向かう。

この二つの神機は私が道中で見つけたものだ。傍らには持ち主であろう死体があったが、そちらは丁寧に供養だけしておいた。ノコギリ刃の神機は初めは私自身を喰らおうと中々にやんちゃではあったが、私の血を取り込ませたら大人しくなり、私の手に馴染むようになった。

以前、打ち捨てられた研究所で見つけた資料によれば、アラガミや神機はオラクル細胞なるもので構成されているそうだ。オラクル細胞には偏食、という性質があり、神機はその偏食を利用して生まれた兵器なのだ。偏食は、言わばオラクル細胞の嗜好だ。私の偏食は私以外のアラガミ、ということになるな。

またオラクル細胞には自身に似た性質のものは喰らわない傾向にあるという。つまり、神機に私の血を染み込ませ私のオラクル細胞の偏食因子が神機に適合すれば、私の手にも馴染むようになるわけだ。

実はこの神機は唯一成功したもので、これ以前に拾った壊れた神機に試したりしてみたが、中々上手くいかなかった。まあ、詳しい理由は分からないが私に神機が適合したのだから良いだろう。

ちなみに小振りの銃器の神機はピストル型神機と呼ばれるもので最初機の神機だそうだ。既に世間では引退したものらしいが私には扱いやすい大きさなので愛用させてもらっている。

 

「……やはりオウガテイルか」

 

狩場である大きな車道に出るが、オウガテイルが数匹歩いているだけだった。向こうもこちらに気付いているが、警戒しているようだ。まあ、向こうから来ないのならこちらから行くまでだ。

 

「グルルルッ!」

 

小細工など必要ない、正面から喰い破るだけだ。まっすぐに向かってくる私を見てオウガテイルたちも身構えるが……次なる行動に移る前に、ノコギリ刃がオウガテイルの頭を叩き割った。

鋭いノコギリの刃が、オウガテイルの強靭な筋繊維を断ち切り、すり潰していく。

 

「はっ…!」

 

飛びかかるオウガテイルに銃口を向け、オラクルを散弾状に打ち出す。1発1発は大した威力ではないが、動きを牽制するには十分だ。散弾に怯んだオウガテイルの首筋にノコギリ刃を喰い込ませ、そのまま引き千切る。

残った最後の一体は、恐れをなしたのか背を向け逃げ出すが、それを見逃す私ではない。瞬間的な加速で一気に距離を詰める古狩人たち特有の『加速』と呼ばれるステップで、逃げるオウガテイルに一瞬で追いつく。

 

「逃すか…!」

 

オウガテイルは咆哮を上げ死に物狂いでその尻尾を振るうが、そんな生温い攻撃が私に当たる訳がない。

ステップで軽々と躱すと、神機を投げ捨て右手を獣の爪に見立てて…オウガテイルの腹に突き込む。肉が裂け内臓が潰れる音が心地よい。そのまま臓物を引っ掴み、外に引き摺り出す。だが、アラガミはこの程度ではくたばらない。瀕死ではあるが確実に殺すなら、人間の脳に当たるコアを潰さねばならない。

 

(……丁度いいな、こいつにはこのまま生き餌になってもらうか)

 

血を撒き散らしながらもがくオウガテイルはそのままに近くの廃墟に身を隠す。丁度臭いも血に紛れるから、嗅覚で探知されることもない。

先日、辺りを探っていた時にある足跡を見つけたのだ。餌を蒔けばその臭いにつられてくるかもしれない。

 

(さて……引っかかってくれるかね…?)

 

腹を抉られたオウガテイルはその傷を修復することもできず、必死に逃げようと足掻いている。だが、それは無駄な努力だ。私のオラクル細胞に細胞の結合を食い破られてるのだ。そう簡単に癒える傷ではない。

しばらく、廃墟の陰から様子を伺っていたが……どうやら餌に食いついたようだ。本命かどうかは分からないが、何かがこちらに向かってきている。気配は押し殺しているが、私の感覚は誤魔化せない。

 

「…来たか!」

 

オウガテイルの血の匂いに惹かれて姿を現したものは……虎のような風貌に大きな体躯、特徴的なマント状の器官、間違いない…あいつは『ヴァジュラ』と呼ばれるアラガミだ。

ここいらに来てからは久しぶりの大物に、思わず舌舐めずりをする。強力なアラガミであるほど、その血は甘美なものだ。まだアラガミとしては未熟な私ではあるが、ヴァジュラなら私一人で狩るのも容易い。

今すぐに飛びつきたい、という衝動を抑えてタイミングを計る。下手な攻撃を仕掛ければ逃げられるかもしれない。

 

(まだだ…まだ、落ち着け。奴が警戒を緩めて食事を始めるまで待つんだ……!)

 

ヴァジュラは辺りを見回し警戒しているが、私の存在には気付かなかったのか、瀕死のオウガテイルに喰らいつた。オウガテイルは必死に抵抗していたが、ヴァジュラの前足に押さえつけられ強靭な顎に噛み砕かれてそのまま絶命した。

しかし、想定していなかったことに、ヴァジュラの周りを大きな目玉と女性がくっついた様なアラガミ、ザイゴート共が彷徨き始めたのだ。きっとヴァジュラからおこぼれを預ろうとしてるのだろう。

ザイゴートはその驚異的な視力による索敵能力が厄介だ。ここに隠れていても見つかるかもしれない。ならば……!

 

(見つかる前に…仕掛けるか…!)

 

彷徨くザイゴートは四体…。まずは周りの雑魚からだ。

廃墟の陰から飛び出し、ヴァジュラとザイゴートがこちらを認識する前に、一番手前にいたザイゴートを神機で両断する。

 

「…ッ‼︎ゴルルルッ!」

 

ヴァジュラは私を認識するとすぐさま戦闘態勢に入る。神機を持ってることからゴッドイーターと勘違いでもしたのか…。貴様の相手は後だ、先に周りの掃除をしてからだ。

 

「目障りだ…!」

 

二体目のザイゴートの目玉をノコギリ刃で切り裂く。オウガテイルに比べて柔らかいこいつらは面白いように斬れる。だが、仲間を呼ばれるのは面倒だ。

ピストル型神機にオラクルを集中させ、ザイゴートに向けて撃ち放つ。今回は散弾ではなく貫通力を重視しているため、1発ずつしか撃てない。だが、ザイゴートの目玉を撃ち抜くには十分な威力だ。

目玉を撃ち抜かれ視力を失ったザイゴートたちは、混乱してるのか滅茶苦茶に飛び回っている。ああなればもう気にかける必要もない。

 

「さて…メインディッシュだ。私を楽しませてくれ…!」

 

改めてヴァジュラに向き直り、神機を構える。ヴァジュラはマント状の器官を広げ、全身に雷を纏う。ヴァジュラはあのマント状の器官から雷を発する特殊な力を持っているが……ヤーナムにいた黒獣パールの雷光に比べれば大したものではない…!

 

「はははははっ‼︎」

 

ヴァジュラの射出する雷球を躱しながらヴァジュラに接近する。だがヴァジュラも雷を操ることだけではない。その巨体からは考えられないスピードど跳ね回り、その鋭い爪を振るう。

互いの攻撃をステップで避け致命傷にはならないが、ヴァジュラの爪を躱しきれず肩を抉られる。

しかし、狩りに興奮しきった私には痛みすら知覚の外だ。いや、寧ろ心地良くもある。己の流れ出る血ですら狩りを引き立てるスパイスになるのだ。

 

「そら、貰ったぞ!」

 

ヴァジュラの後ろ足にノコギリの刃を喰い込ませ、切り裂いていく。傷口から吹き出した血が私に降りかかり、私のオラクル細胞が活性化していく。先ほどヴァジュラに抉られた傷口も瞬く間に塞がっていった。

ヤーナムの狩人たちは、狩りに傷ついた身体も血を浴びることでその傷を癒す力を持っていた。私がアラガミになってからはその力は驚異的に増していた。神機を持たず素手で狩っていた時も、四肢を食いちぎられ臓物を潰されたこともあったが、それすらも完治できた。

 

「あははぁっ⁉︎何だ、この程度なのかっ⁉︎」

 

ヴァジュラは怒りからか全身を震わせ咆哮をあげる。オラクル細胞も活性化しているのか纏う雷も激しくなっていく。怒り狂うヴァジュラの雷に全身を灼かれるが、無視してヴァジュラの四肢を斬り刻む。

やはり狩りはこうでなくてはならない…!こちらからの一方的な虐殺など面白くもない。互いが血に塗れて死に物狂いで戦うから良いのだ。

もはや冷静な思考も失われ、狂笑をあげながら神機を振るう。ただひたすらにヴァジュラの肉を引き裂き、血の悦びに身体を震わせた。

次第にヴァジュラの攻撃は弱まっていき、遂にその巨体は地面に伏した。もう反撃する力も残されていないのか、唸り声を上げるばかりだ。

 

「はぁ…はぁ…くははっ……!なかなか楽しかったよ…‼︎」

 

ヴァジュラに引導を渡すべく、神機の形を変形させていく。機械的なノコギリ刃から、音を立てて変形していく神機は、その姿を悍ましい怪物の顎へと変えた。

ぬらりと光る牙をむき出した神機は、瀕死のヴァジュラへと喰らい付き、噛み砕いていく。私の血を吸ったせいか神機まで血に飢えている気がする。こうして最後に死にかけのアラガミを前にすると、狂喜して獲物に食いつくのだ。

持ち手から悦ぶ神機の感覚が伝わってくるようだ。私は高揚しきった頭を冷やしながら、神機による食事を続けるのだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

シンガポール支部付近の廃墟群、そこには多種多様なアラガミが弱肉強食の世界を繰り広げている。フェンリル側からすれば、希少なアラガミの生体素材の宝庫なので、シンガポール支部のゴッドイーターたちがアラガミの討伐に出るのだ。

しかし、相手はアラガミ、想定外の事態になることもある。時には作戦が破綻し多くのゴッドイーターが命を落とすこともあるんだ。現に……今の私がまさにその状況だった。

 

(あうぅ……何でこうなっちゃうかなー…)

 

旧型神機から新型神機に乗り換え、シンガポール支部の新たな戦力として任務に励んでいたのに…こんなイレギュラーに出くわすとは思わなかった。

身を隠している家屋の窓からを外を覗き見る。外では大型のアラガミ、ヴァジュラが暴れていたのだが……赤黒いコートに身を包んだゴッドイーターのような何かに捕食されているところだった。

 

(あれって……やっぱりゴッドイーターじゃないよね…。両手に神機を持って戦うなんて聞いたこともないし、オペレーターの人も異質なオラクル反応がするって言ってるし……)

 

私の元々の任務はあのヴァジュラの討伐だったのだ。自分で言うのも何だが、ヴァジュラならば単独で討伐できるくらいの実力はあると自負していた。しかも新型神機になったのだから、なんて事のない任務だと思っていた。

しかし、蓋を開けてみればヴァジュラはすでに討伐されていて、得体の知れない何かがお食事中だった。今すぐにでも作戦領域から離脱したいが、そう簡単には支部長が帰してくれなかった。

 

「だからって未確認のアラガミの調査なんて無茶苦茶だよ…」

 

ゴッドイーターもどきは右手の神機のようなものでヴァジュラを捕食している。こちらには気付いてないようだが、ここで観察し続けるのは非常に心臓に悪い。

 

『オラクル反応、パターン照合……これは…!接触禁忌種…カーリー……‼︎』

 

「え……接触禁忌種⁉︎しかもカーリー…って、あの新種の…⁉︎」

 

オペレーターの報告に思わず声が裏返る。カーリー、といえば以前、イギリス支部にて確認された新種のアラガミ。でも、全容は把握されておらず、ただ危険なアラガミという情報しかない。

まさか、人型のアラガミ…ということなんだろうか?ここからだと後姿しか見えないけど、あんな完全な人型のアラガミなんて信じられない。

でも、どこからどう見ても人の形だ。本当は新種のアラガミとかじゃなくて、アラガミ化した神機使いなんじゃ…?

 

「あの…これって撤退したらダメなんですか?」

 

『え、えっと……まだ情報も少ないアラガミですので、できる範囲で調査を続行して欲しいそうです…でも、頑張ったらそれに見合う報酬は支払う、って支部長が…』

 

「報酬……う〜ん…」

 

『支部長が、今こそニーハイ作戦の真髄を見せる時っ‼︎…だそうです』

 

「そ、その手があったか!…ってニーハイ作戦って何ですか⁉︎」

 

…いやいや、支部長の戯言に突っ込んでる場合ではない。こちらにも現場での判断はある程度任されている。任務の続行が不可能と判断されれば、撤退も許される。

でも……追加報酬、何が貰えるかは知らないけど、私の希望も聞いてくれたりしちゃうのかも?もしそうなら休暇が欲しい!たっぷり休暇が貰えれば極東に旅行に行く、というあの夢も叶うかも…⁉︎

そう考えると途端にやる気になってきた。正直、新種のアラガミの調査なんて自分から死にに行くぐらい危険なもの。それでも……ジョニー、私に力を貸してっ!

 

「よーし…!めちゃくちゃ怖いけど、遠くから見張るだけなら……あれっ?」

 

再び窓から外の様子を伺うも、例のアラガミは何処にもいなかった。体を乗り出して見回してみても、見つからない。私が悩んでいるうちに何処かに行ってしまったのか…?もしかして……こっちの存在に気づいた、とか?

 

「こんな近くまで接近されていたとはな。少し…獲物に夢中になりすぎたか」

 

「っ‼︎」

 

後ろから聞こえた声の方も振り向かず、反射的に窓ガラスを突き破り、廃墟の外に転がり出る。そのまま足は止めずに、一目散に駆け出す。

 

(ヤバイヤバイ…!やばいよーっ‼︎あっさりと見つかっちゃったー!え、これどうしよう?一戦交える?いや、冗談抜きにそれは勘弁!明らかに強そうなオーラが出てるもん!……っていうか今喋ってたよねっ⁉︎なんか古臭い訛りの英語だったけど普通に喋ってたよ⁉︎ああもうっ、やっぱりやめとけばよかったよぉーっ‼︎)

 

心の中で後悔の叫びをあげるが逃げる足は止めない。きっと足を止めたらすぐに追いつかれる。

しかし、周りをロクに見ずに走り続けたせいか、ちっとも周りを気にしてなかった……何か気配を感じて顔を上げてみれば!

 

「クアアアッ!」

 

眼球から血を流すザイゴートがその大きな口を開いて、私に噛みつかんとしていた。完全に意識の外だったせいで、声を上げることすらできない。

 

(あっ…これ、私死んだかも……)

 

装甲を展開することも忘れ、呆然と自分に迫る死を見続ける。ああ、やっぱりやめとけばよかった。

こんなザイゴートが近くまで来てたのに気付きもしなかったなんて……余りにも間抜けすぎる。

 

「…っ!」

 

アラガミに喰われるという恐怖に思わず目を瞑る。いつか死ぬかも…そういう覚悟があっても、その瞬間はやっぱり怖い。

 

「………あれっ?」

 

恐怖に目を瞑る…が、いつまでたってその瞬間は訪れない。あれだろか、死ぬ瞬間は何もかもスローに見えて今までの事が頭をよぎるという…走馬灯ってやつ?

 

「……お前はゴッドイーターなんじゃないのか。いつまでぼけっとしてる」

 

「えぇ、そんなこと言われても…いきなりアラガミに襲われたら誰だってビビる……ん?」

 

今、私誰と会話してるのかな?この任務は単独での遂行だったはずだけど……じゃあ今私が会話しているのは…?

何だか嫌な予感がして来た、目を開けるのが怖い…!でも……私、死んでないよね?まだ生きてるよね?だったら、さっきのザイゴートは……‼︎

 

「あうぅ…や、やっぱり?」

 

恐る恐る瞼を持ち上げると…先程のザイゴートは真っ二つに斬り裂かれ、血に塗れた神機を携えたあいつがいた。

 

「あ、あはははっ……」

 

口から乾いた笑いが漏れる。ザイゴートに喰われるのは免れた。でも代わりに目の前には…件の新種のアラガミさんがいるじゃないか。

こんな人間そっくりの見た目でも、他のアラガミと同じように人間も捕食対象なのだろうか?いや、きっとそうだ。あの神機で食べられちゃうに違いない。

 

「…まあ、落ち着け。別にお前なんぞ喰うつもりはない」

 

「……えっ⁉︎」

 

新種のアラガミ、カーリーの口からまさかのセリフが飛び出て、思わず聞き返してしまった。というか、地味に私、世界でも初めてじゃない?アラガミとコミュニケーションがとれるなんて…!

 

「今のところは興味ないな…。私はお前に聞きたい事があるだけだ」

 

「聞きたい事ですか……?」

 

「お前たちの組織…ふぇんりる、だったか。そっちの私への認識はどんなものだ」

 

認識…といっても少し困る。私が知っていることなんて、イギリス支部で初めて確認された新種のアラガミということくらいだ。

まさか、人型のアラガミだなんて夢にも思ってなかった。取り敢えずしどろもどろになりながらも、自分の知る情報を伝える。

 

「…なんだ、その程度の認識なのか。一応、私をアラガミと見なしているみたいだが…あまり私を危険視していないようだな」

 

「こ、こちらへの被害も殆ど報告されませんし…」

 

「まあ、そっちの方が私には都合がいい。情報、感謝するぞ」

 

そう言ってコートを翻すと、私に背を向けて立ち去ろうとする。何故、そんな事が聞きたかったのだろうか。でも正直、このまま立ち去ってくれるなら御の字だ。

この数分の間に何度死を覚悟したか分からない。しかし、それでもこれだけは聞かなければならない事があった。

 

「あ、あの!待ってください!」

 

「…何だ」

 

「貴方は……アラガミ、なんですか?私たちゴッドイーターとは違うんですか?」

 

「私か?……そうだな、私も自分のことを全て把握してるわけではない。だが、私の体がオラクル細胞で構築されている以上、私はアラガミと言うべきだろう」

 

やっぱりそうなんだ。アラガミであることには間違いはなかった。でもそれ以上に、自分をアラガミであると認識していること、つまり自分の存在を認識するほど確固たる自我があることには、驚きを隠せない。

 

「しかし、だな……私は元々、お前たちと似たような存在でもあった」

 

「私たち、と?」

 

「そうさ。お前たちは荒ぶる神を喰らうもの、私は冒涜の血と穢れた獣を狩るもの…。私もお前たちも狩人さ、そうだろう」

 

「狩人…」

 

狩人、その言葉が何故か私の胸の奥深くに突き刺さった。その単語には私の知る意味以上のものが込められているように思えた。

でもアラガミと戦うことを狩りと呼ぶなんて、そうそう言えることじゃない。アラガミとの戦いは常に命懸け、狩りと言えるような一方的な戦闘になることなんて滅多にない。アラガミに比べれば人間はひどく某弱なのだから。

 

「いや、私を狩人と呼ぶには少しおこがましいかね。些か血に塗れすぎた」

 

そう言って、両手の神機を肩に担ぎ私が呼び止める間も無く姿を消した。

目の前からあのアラガミがいなくなったことを理解した途端、緊張が解かれその場に倒れそうになる。手に持ってることも忘れていた神機を抱きしめ、再度自分の生を感じる。

 

「はあぁぁ〜……死ぬかと思ったぁ…」

 

何もかもイレギュラーなアラガミと対峙して怪我ひとつなく事が済んだなんて、もう一生分の運を使い果たしたんじゃないだろうか。

フェンリルの科学者たちが知りたがっていたような、アラガミの生態とかそんなのは全然分かんなかったけど、一つだけ明らかになったことはある。

あのアラガミは人類の敵ではない、ということだ。極限の空腹状態とかになったらパックリ食べられるかもしれないけど、現状では人間を捕食対象としていない。これだけでもすごい発見なんじゃないだろうか。

 

「まあ小難しいことは後で考えるとして……さっさと帰ろ…」

 

オペレーターに帰還することを伝え、回収ポイントに向かう。暫くは単独任務を受けるのはやめにしとこう。やっぱりこの仕事は命あってこそ、皆で支えあっていかないと生き残れない。

でもあのアラガミは…人のように知性と自我を持っている。感情もあるように思えた。どんな頑強な肉体と精神を持っていても、この弱肉強食の世界を一人で生きていくには余りにも苛酷だ。

人が一人では生きていけないのと同じように、あのアラガミも孤独であることを寂しいと感じるのだろうか?

 

(私が考えても仕方ないかなぁ……もし、もしもまた会えたら…)

 

「……はぁ…帰ったらバガラリーでも見よっかな」

 

大きく溜息を吐いて、それ以上考えることをやめる。どうせ支部に戻れば、大量の報告書を書くことになる。頭を使うのはその時だ。

でも、報告書にはなんて書こうか。正直に書いて信じてもらえるだろうか?

 

(うぅー、なんて報告しよう…)

 

私が今日体験したことはそれほど数奇な出来事だったのだ。私は報告書の内容に頭を悩ませながら、回収のヘリが来るのを待つのだった。

 

 




主人公の使う神機はバスターのノコギリがベースです。ただ振り回しやすいように刀身を切り詰めたり、装甲を取り外したり色々改造されてます。
ピストル型は特にシルエットが分からないので、狩人の単発銃ぐらいの大きさをイメージしてます。


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3話 月下の夜叉

ようやく次話からGE2のストーリーに突入できそうです。
久しぶりに本編をプレイしながら執筆してるので投稿も遅くなるかも…。


しんしんと降り積もる雪の中、ブーツの底で雪を踏みしめながら歩み続ける。かなり気温が低いが、あまり寒いとは思わない。寒さに慣れてしまったのか…それとも人として当たり前な機能も失われてしまったのか…。

雪に埋もれた廃墟の街。今私がいる場所は、ユーラシア大陸の東部。朽ちた看板を見れば、独特のキリル文字でコムソモリスク・ナ・アムーレと記されている。つまりここいらはかつてはロシア帝国…いや、もう帝国ではなかったか。まあ、ロシアと呼ばれる国の都市だ。

もともと寒冷地だったようだが、アラガミの出現のせいか、それとも人が住まなくなったからか、今はすっかり雪に埋もれてしまっている。

雪の積もる場所というのは絶好の狩場と言える。何故なら雪の上に自身の痕跡を残さない、というのは非常に難しいからだ。空中浮遊するザイゴートでも、体表の付着物が雪の上に落ちていたり、壁に擦れた跡なんかが残る。足のあるアラガミなら尚更追跡するのは容易い。単純に足跡も残る。体格の大きなアラガミであるほど痕跡は残しやすいのだ。

つまり、痕跡が残る分、圧倒的に追跡する側が有利になるのだ。だが、アラガミも馬鹿じゃない。中には巧みに自分の存在を雪の中に溶け込ませるものもいる。視覚に映る情報だけを追えば、こちらが裏をかかれる。

 

(この気温の低さ、常人ならあっという間に体力を消耗する。寒さを感じないのは、そういうところは利点だな)

 

もともとはこんな大陸の端の方を目指していたわけではない。だが、フラフラと獲物を探していたある日、私はとある事に気付かされた。

強力なアラガミ、以前出会ったゴッドイーターが言っていた”接触禁忌種”とやらは特にそうだ。何故かは知らないが、強力なアラガミほど東を目指して移動するものが多かった。そういったアラガミたちを追う内に私もこんな東の果てまでやって来たわけだ。このまま行けば世界一周も夢じゃなさそうだ。

 

(…ふむ……ここに来たはいいが、これ少し不味いかもしれんな)

 

雪に埋もれた道路を見れば、幾多もの足跡が見える。どの足跡も似たような形、そしてまるで隊列を組んでいるかのような足跡だ。雪の沈み具合から…中型のアラガミか。これだけの数が群れをなしているとは厄介極まりないな。

私の存在には気付いてないだろうが、単身で乗り込んでも多勢に無勢、流石に無理がある。さて…このアラガミの群れを潰すにはもう少し情報が必要だ。

しかし、足跡を辿って追跡したいところだが、運の悪いことに雪が吹雪いてきた。流石にこれでは足跡も消えてしまうだろう。それに進むのもやっとなほど雪がどっさり積もってきている。日も暮れてきている。一度雪が止むのを待つとしよう。

 

近くの比較的形が残されたホテルに向かう。こういった建物に入るといつも思う。私のいた時代と比べて随分と技術が進歩したものだ。馬などの家畜の力を借りずとも、大きな荷物や人を遠方まで運ぶすべを持ち、煉瓦を積まなくとも頑丈な建物を作る。ついには宇宙にも旅立つ船を作っている。

上位者や呪われた遺産に頼らなくとも、このような知識を得て技術を編み出す。それが人の素晴らしいところではないか。なのに……何故、ヤーナムの狂った学者たちはあそこまで神秘を求めたのか。身に余る叡智は人を狂わす、それは分かっているはずなのに、未知への探求を止めようとはしなかった。

いや、それはこの時代においても同じことかもしれない。未知を知りたいという欲求、人には無い力への渇望…そうやって際限なく求め続けた末路が、今のこの世ではないか?ヤーナムが終わることのない悪夢に堕ちたように、アラガミによってこの世が荒廃し果ててるように……。

私がヤーナムに求めたもの、それは朧げだが覚えている。私を蝕む病、それから逃れるすべを求めたのだ。その結果が…あの忌まわしい獣狩りの夜だ。ヤーナムの血の医療を受けた私は狩人となり、終わりなき獣狩りに身をやつした。その果てに血に酔い、遂には人ですら無くなったわけだ。病を治すために随分と高くついたものだ。

 

(ふん……感傷に浸るなどおよそ私らしくない)

 

雪がやむまで神機を整備して時間をつぶす。旧式の近接型神機を机の上にのせ、ノコギリの刃を手入れする。まあ、手入れすると言っても汚れを落としてやるだけだが。

しかし、こうして改めて見ると、初めて握ったときに比べて随分と形状が変化している。確かに邪魔っ気な装甲を取り外したり、長い刀身を切り詰めたり……色々と扱いやすいように改造はした。だがそれ以上に、長い間戦い続けたせいか、要所要所にガタが来ている。強靱なアラガミの筋繊維を力任せに叩き斬ってきたせいで、パーツの各所が歪んできている。

だが、最も大きな変化は……神機を制御するアーティフィシャルCNSが消滅したことか。神機の心臓とも言える制御機構が失われたのに特に機能に支障はないのだ。いつそんな変化が起きたか皆目見当も付かないが…寧ろ以前よりも大人しくなった気がする。

 

「…ん、雪が止んだか」

 

ふと外を見れば、吹雪はやみ星空が見える。闇夜に輝く星々の中で一際光を放つ緑の月があった。あの月は見ていると心が安らぐ。前は月を見ると、ヤーナムの秘匿が破かれたあの紅い月を思い出し、それだけで胸が苦しくなった。

月には魔物が棲んでいる。私やあの老いた狩人を悪夢に縛った、恐ろしい悪夢の魔物。だが、あの緑の月には嫌な感じはしない。あの魔物は月から去ったのだろうか……。

ヤーナムの月もこんな風であれば、ルドウイークもまともなままでいられたかもしれない。か細い月明かりの導きを、己のよすがにし続けることができたかもしれない。

……少し、考え事が過ぎたな。そろそろ動くとしよう。だが、その前にもう一度緑月を見上げる。今まではこんな風に月をじっくり見つめたことはなかったからな。

 

「月光の導きよ…ってな……」

 

狩道具である二つの神機を背負い、ホテルを後にする。月下の狩場、実に風情があるじゃないか。私は気分が高揚してきたのか、久方ぶりに…純粋に夜が心地よいと感じた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

(うーむ……さて、これはどうしたものかな)

 

月明かりに照らされる廃墟の屋上から周囲を探索していたところ、あるアラガミを見つけた。右手が特徴的な銃器になっている巨人型のアラガミ、あれは確か”ヤクシャ”といったか。

ヤクシャは群れをなして、集団で行動する。それだけなら特に問題はない。群れの頭を叩けば、自然と群れは崩壊する。しかし、このヤクシャの群れは少し異常だ。

私から見える……建物の屋上で周囲を見渡しているヤクシャの少し後ろには、もう一体のヤクシャがその死角を補うように辺りを見張っている。群れのボスはそこらで食事中なのか…つまりこいつらは、歩哨というやつだろう。しかも、歩哨はこいつらだけではない。ぐるりと囲むように三ヶ所に二体ずつのヤクシャ、そして周囲を警戒しながら巡回する二体がいた。

部下を見張りに立てて、油断なく群れの周囲を警戒させる。普通のアラガミにそんな真似はできない。高度な知能を持つヤクシャの特異個体が群れの指揮を執っていると考えるべきか。

統率の取れた群れというのは、非常に厄介だ。ヤクシャの個としての力は大したものでもないだろうが、数が集まれば…その上個々の連携まで可能とするなら?大型のアラガミでも易々と屠るだろう。私が正面から突っ込んだところで返り討ちに遭う可能性もでかい。

集団の敵を相手にする時、真っ正面から打ち破れるときと言うのは大抵は大きな力の差がある時だ。しかし、やりようによっては、質が量を凌駕する。まず、この高い索敵能力を有する群れにひとたび見つかれば、すぐさま囲まれるだろう。集団戦で囲まれることは死を意味する。攻め方は色々あるが、狙うなら……歩哨の目を掻い潜り、頭を真っ先に取りに行くか、孤立させて各個撃破していくか…。

 

(あのヤクシャども…視覚や嗅覚はさほど発達しているわけではなさそうだが、雪の上の足跡を不穏に思わないほど馬鹿じゃあるまい。一体一体相手にしていれば、気付かれて群れを集結される可能性もあるか…)

 

やはり、ここは群れの頭を先に潰すのがいいか。よし、方針が決まれば早速取り掛かろうじゃあないか。まずはあの見張りのヤクシャだが……どうやって掻い潜るか。

 

(そうだな…ここは一つ、あれを試してみるか)

 

私は意識を己の精神の奥深くへと集中させる。私の中に巡る血流、私が今まで殺し、啜ってきた多くの血が混ざり合うその中に、一つの血を見出す。

今やほとんど薄れてしまった、しかし確かにまだこの身には流れている。私がヤーナムで狩った最初の上位者”アメンドーズ”の青ざめた血だ。

アメンドーズはその存在を極限にまで希釈する力を持っていた。目の前にいても、神秘の叡智を知らぬ者には見えず触れもしない。仮に見えたとしても、常人なら発狂してしまうだろうが。

上位者の中でも下層の存在なのか、アメンドーズは単一ではなく複数の個体がいた。私が狩ったアメンドーズは小柄なものだったが、それでも恐ろしい力を持っていた。

その青ざめた血は私に上位者の力と啓蒙を与えた。アメンドーズの希釈の力により、生半可な知覚では捉えられないほど気配を断つことができるのだ。しかし、その姿までくらませようと存在を薄め過ぎれば、元に戻れない可能性もある。

”取り込んだ血を自らの力として発露させる”、もともとヤーナムの狩人にこのような力はなかった。これはアラガミとしての私の力だろう。血濡れの狩人にはうってつけの能力だ。

 

(気配さえ断てば、目視以外では見つからない……が、100%とは言えん)

 

足跡のように大々的に存在知らせるような痕跡を残せば、ヤクシャに見つかる可能性は大いにある。直接雪の上は通らぬように、街灯から街灯に飛び移り、時には廃棄された車の上に着地しながら、ヤクシャのいる建物の近くまで接近する。

まだ奴はこちらには気付いていない。そのままその建物の内部に入り込み、ヤクシャが見張る方向とは逆の方、群れの中心の方へと向かう。群れのボスがいるなら、やはり群れの中心にいるだろう。

チラリと窓から外を見る。巡回するヤクシャは先ほどこの辺りを通り過ぎていった。しばらくは戻っては来ないだろう。建物から飛び出し、また次の建物へと入り込む。見張りの目の届くところに群れの頭もいるはずだ。ヤクシャの警戒網はそんなに広いというわけではない。だから居るとすれば……。

 

(……見つけた!)

 

建物の合間にある大きな倉庫、その中で資材を喰い漁る大柄なヤクシャがいた。いや、通常のヤクシャとは違い、砲身とそれを支える左腕に加えて、大きな鉤爪を備えた二本の腕が肩から生えている。あれは”ヤクシャ・ラージャ”、群れを束ねるヤクシャの上位個体だろう。

ヤクシャ・ラージャは何処かでゴッドイーターと戦闘したのか、腹部に神機が突き刺さったままだ。大方、ゴッドイーターにやられた傷を癒すために捕食中、といったところだろう。あの厳重な包囲網はゴッドイーターの追撃を恐れた故か…。

 

(他人の獲物を横取りするようで、少し気が進まないが……まあ、あんな風に神機が突き刺さったままだと持ち主は既に戦いの中で命を落としたと考えるべきかね)

 

まあ、私がアラガミを狩るのに特に理由はいらないのだが、その名も知らぬゴッドイーターの仇を討ってやろうか。周囲を気にしながら捕食を続けるヤクシャ・ラージャに気付かれぬよう、倉庫の屋上に上がる。

薄いトタンの一枚屋根だ。ぶち抜くのは訳ない。背負っていた神機を構え、ピストル型神機にオラクルを集中させる。群れの頭さえ潰せば、後はどうにでもなる。しかも既に手負い、倒すのに大した手間もかかるまい。

 

「さあ、狩りの始まりだ…!」

 

私は神機の引き金を引き、限界まで引きしぼられたオラクルの弾丸がトタンの屋根を貫く。そのまますかさず穴の空いた屋根を蹴破り、倉庫の中に侵入する。見れば撃ち放ったオラクルの弾丸は、ヤクシャ・ラージャの肩で炸裂したようだ、右肩の装甲がバラバラに打ち砕かれている。

 

「グオオオッ⁉︎」

 

突然の強襲にヤクシャ・ラージャは困惑の声を上げる。そのまま慌てふためいていればいい、すぐに楽にしてやる…!

 

「シッ…!」

 

落下の慣性をそのまま利用し、神機のノコギリ刃をヤクシャ・ラージャの頭に叩きつける。しかし、確かに肉が裂ける感触はしたが…浅い!私の攻撃が当たる前に、僅かに上体をそらしたようだ。頭の半分が潰れているが致命傷ではない。

しかもだ、見れば右腕の砲身には既にオラクルが充電されているのか、砲身の甲殻が展開されている。致命傷を避けると同時に反撃の準備まで整えるとは…中々にクレバーな奴だ。

 

「オオオッ‼︎」

 

空中で身をよじって、咆哮と共に砲身から放たれたオラクルの弾丸を躱す。外れた弾丸は倉庫の壁に直撃し、薄っぺらい壁はバラバラに引き飛ぶ。

落下と爆破の衝撃を地面を転がるように受け流し、すぐさま体勢を立て直すが…当然、ヤクシャ・ラージャもそれを黙って見ているはずがない。二本の鉤爪の腕を振り上げて、こちらに襲いくる。

 

「速攻で終わらせるっ!」

 

ピストル型神機からオラクルの散弾をばら撒きながら、こちらもヤクシャ・ラージャに向けて駆けだす。

ヤクシャ・ラージャは鉤爪の腕と砲撃を巧みに使い分け、多彩な攻撃を繰り出す。しかし、私に躱せない動きではない。鉤爪の連撃を潜り抜けて、ヤクシャ・ラージャの右膝にノコギリ刃を喰い込ませ、引き千切る。

 

「まだまだ…!」

 

膝をついたヤクシャ・ラージャの脇腹に、続けざまにノコギリ刃を叩きつける。流石にこたえたのか、ヤクシャ・ラージャは呻き声を上げながら、鉤爪の腕を振り回す。

だが所詮は悪足掻き、そのまま半分潰れた頭に神機の銃口を押し付け、容赦なく引き金をひく。しかし……まだ、こいつはくたばっていない。見かけによらずしぶとい奴だ…!

 

「ガアアアアアアッ‼︎」

 

ヤクシャ・ラージャが死に物狂いに叫び声をあげる。だが、反撃の隙は与えない。再びノコギリ刃を振り上げ、トドメを刺すべくヤクシャ・ラージャに振るう。

 

「……っ⁉︎」

 

しかし、振りかぶったノコギリ刃がヤクシャ・ラージャを切り裂く前に……私のすぐ真横にオラクルの砲弾が爆発した。爆発の衝撃で吹き飛ばされ、倉庫内の鉄くずの山に突っ込む。

一体何処から攻撃された?奴は反撃できる状態じゃあなかった。他のヤクシャ共がもうここまで…いや、違う!天井を見上げれば、私が開けた穴以外にもう一つ穴が開いている。あれは……つまりは、外のヤクシャ共の遠距離砲撃だ!

 

(先ほどの咆哮、あれが合図か…!)

 

群れのリーダーの叫び声を聞いたヤクシャが、この倉庫に目掛けて遠距離から砲撃したのだ。しかも、ただそこから援護するだけではあるまい。確実に距離を詰め、ここに集結して来ている。

 

(くそっ…!認識が甘かった。まさかこんな連携を取ってくるとは……っ!)

 

先ほどは聞き逃していたとした風を切るような飛翔音、また砲撃が来る…!今度は4発、屋根を打ち破って倉庫の中に着弾する。

着弾したオラクルの砲弾が炸裂し、爆発の衝撃が倉庫内に荒れ狂う。咄嗟に神機を目の前に構えて身を守るが、その凄まじい爆発に耐えきれず、吹き飛ばされる。吹き飛ばされたのは私だけでなく、倉庫を支える四隅の柱も粉々に打ち砕かれて、倉庫は瞬く間に倒壊していった。

 

「ちぃっ!」

 

ピストル型神機にオラクルを集中させ、ただの弾丸ではなくヤクシャと同じように、炸裂する砲弾として撃ち出す。オラクルの爆発で降り注ぐ鉄片や建材を吹き飛ばし、生まれた空間を縫うように駆け抜け倉庫から脱する。

ヤクシャ共もすぐそこまで来ているだろう。頭をとりに行ったのは悪手だったかもしれん。それに、だ……手元の神機に目をやると、本来そこにあるはずの刀身が…根元から消えていた。先ほどの爆破の衝撃にガタがきていて刀身は耐えきれなかったのか、とてもこんな折れた刀身では戦う事なんて出来やしない。

 

(まともな整備をしてこなかったツケが回って来たな……!)

 

ヤクシャ・ラージャが崩れた倉庫の瓦礫を押しのけ、再びその姿を表す。初撃で膝の筋を断ち切り骨を砕いたはずだが、奴は平然と立ち上がった。いくらアラガミといえど、細胞の結合を破壊されればそう簡単に傷は癒えない。

 

「…っ!全く、随分と頭の回ることで…!」

 

ヤクシャ・ラージャの砕けた膝には折れた鉄骨が突き刺さっていた。あの鉄骨が砕けた骨の代わりになっているのだろう。随分と無理やりではあるが、確かに立ち上がることはできるな。ほっとけばすぐにオラクル細胞に分解されて、新たな骨として組み込んでしまうだろう。

強力無比な力を持つアラガミが高度な知能まで手にしたらどうなるのか?その脅威をありありと見せつけられる。

さあ、ヤクシャ・ラージャは未だに健在、周囲にはすぐそこまで迫るヤクシャ共、神機は破損、もう打つ手はないのか?私に勝ち目は残されていないのか?…否、断じて否である!

私は手に持つ神機を両方とも地面に投げ捨て、ヤクシャ・ラージャへと全力で駆け出す。はたから見れば武器を捨てて突っ込むなど自殺行為と取られるだろう。だが、別に武器を捨てたわけじゃない、これから武器を取りに行くのだ。

 

「ガアアッ!」

 

ヤクシャ・ラージャは鉤爪の腕で私を迎え撃つ。次々と繰り出される連撃を躱しながら距離を詰めるも、脇腹をその大きな爪に抉られる。

凄まじい激痛が走るが、そんな事で動きを止めるものか。必死に腕を伸ばし、ヤクシャ・ラージャの腹部に突き刺さる神機の柄に手をかけると…そのまま傷口から引きずり出した。

 

「っ!ぐぅ…!がアァ…ッ!」

 

その呻き声は、腕を侵食され始めた私のものか、塞がっていた傷が開いたこいつの方か。

強烈な苦痛に頭が麻痺していき、その場に膝をついてしまう。だが、神機を掴む手は決して離さない。他人の神機なんだ、勝手に使われれば怒るに決まっている。

 

(だが、今はおまえに頼るしかないんでな…今この瞬間だけ……!私に従え……!)

 

私のオラクル細胞と血の意思で、今にも私を喰らわんとする神機を無理矢理押さえつける。神機を握る手の侵食が治まるが、侵食の痛みは消えない。従えたと言うにはまだ不十分、だが振り回すには問題は無い!

片刃のショートブレードを構えながら立ち上がる。そのタイミングは奇しくもヤクシャ・ラージャが、砲身を展開するのと同時だった。砲身を構えるヤクシャ・ラージャと目が合う。その目はまだ死んでない、生への執着と轟々とした闘志が宿っている。こいつは微塵たりとも負けるとは思っていない。……初めてだ、こんなに狩りがいがあるアラガミは初めてだ!

 

「最高だ!最高だよお前!」

 

私が神機を振り上げ踏み込むのと、その砲身が私の頭に定められるのはほぼ同時だった。この距離だ、砲身が火を噴けば私とてさすがに死ぬ。でも私がそれを許すわけないだろう?

 

「はっはっはぁっ!!」

 

左手を獣の爪に見立てて、砲口に突き込む。そのまま砲身に込められたオラクルのエネルギーは私の左手で蓋をされた砲身の中で暴発し……私の左腕とヤクシャ・ラージャの砲身を吹き飛ばした。

双方から吹き出した流血が降り積もった雪を紅く染めていく。消し飛んだ左腕と侵食された右手の激痛に脳みそが灼けつくようだ。けれども…私は神機を振り上げる腕を止めない。それはこいつもだ。ダメージなど一切気にせず、その鉤爪を振りかぶる。

 

「「アアアアアアアアッッ‼︎」」

 

互いに獣のような咆哮を上げ、己の最後の一撃を振り下ろす。

しかし、ヤクシャ・ラージャの剛爪は私の頰を掠め、私の神機はヤクシャ・ラージャの首筋に喰い込むと……。

 

「殺ったぞっ……!」

 

…その首をはね落とした。頭を失ったヤクシャ・ラージャは膝から地面に崩れ落ち暫く痙攣した後、動かぬ肉塊と化した。

殺した、遂にくたばった。たかだか中型のアラガミ、そう思っていたが、蓋を開けて見ればこれだ。 アラガミの世界ではヤクシャ種の強さなんて下から数えた方が早い。しかし、こいつはその世界をずっと生き残って来たんだろう。知恵をつけ、仲間との連携を高め、ゴッドイーターを退けてきた。ああ……抱きしめてやりたいよ。

 

「……分かってるさ…お前らともすぐに遊んでやるからさ…」

 

目を横にやれば、歩哨に出てたヤクシャたちが私を囲むように集まっていた。まだ、余韻に浸る時間は無いらしい。

私は失った血を取り戻すように、ヤクシャ・ラージャの斬り落とされた首に食いつき、肉を食いちぎり血を啜る。強者の血が全身を巡り、血の感覚効果が私に力を与える。

その様子を見たヤクシャが咆哮を上げて、砲身をこちらに向ける…そのさけびはリーダーを殺された怒りか?それとも…私への恐怖か?どちらでもいいさ、食べ残しは良くないからな。

神機を地面に引きずるように、ヤクシャに向かって走り出す。まだ狩りは終わっちゃいないんだ…!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

気が付けば、周りに動くものはいなかった。ヤクシャ共は皆、血に塗れて地面に伏している。私は血に染まった雪の上で座り込んでいた。あまり、ヤクシャ・ラージャを倒してからの記憶はない。だが、これだけは覚えている。体に走る激痛と快感の中、私は心の底から狩りを楽しんでいた。

血染めの雪の上に寝転がりながら、消し飛んだはずの左手を空にかざす。アラガミの血を浴びまくったせいか、いつの間にか前と寸分違わぬ左手があった。我ながら規格外な再生力だ。

かざした手の向こうには、まだあの緑の月が輝いてた。かつては確かに金色の光を放っていた。しかし、いつしか月は今のように緑の光に包まれてしまった。

その日のことはよく覚えている。月が緑に包まれたあの日、アラガミが狂ったように、東へと向かいながら暴れまわっていた。その日からちょくちょく東を目指すアラガミを見かけるようになった。もしかしたら私もアラガミの本能的に東を目指していたのかもしれない。

だがあの日、私は確かに聞いたのだ。私の内なる…荒ぶる神の声を。声は私に囁いた、本能の赴くままに狩り殺せ、と……。

その本能はアラガミとしてか、はたまたは狩人としてか……一体どちらなのだろうな。その答えは、今の私にはまだ分からなかった。

 




ヤクシャは何気に結構好きなアラガミ。
出てきたロシアの都市名は実在するものですが、別に作者は行った事ないです。


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4話 紅雨の絶叫

GE2のストーリーに突入すると言っておきながら、字数が伸び過ぎたので一度切りました。
次話もすぐ投稿するように頑張ります。


今や灯ることのないネオンの残骸が散らばる街道に、シトシトと雨が降り注ぐ。滴る雨粒がコートを濡らす。しかし、コートは水に濡れるだけでなく、血のような赤に染まっていく。

降り注ぐ雨は真っ赤だった。頰を伝う雨粒をペロリと舌で舐めるが、やはりそれは血の味はしない。どういう原因かは知らないがこの地域では血のような雨がよく降るのだ。

雨が当たらないように、半分崩れかけの家屋に入る。半壊しているが雨風くらいはしのげるだろう。

壊れかけのソファーに腰をかけ、半壊した壁から空を見上げる。まだ空は分厚い雲に覆われ、赤い雨を地上に流し続けている。この雨、動植物や人間には何の影響もないのだろうか?いや、アラガミにも何かしら影響があるかもしれん。

 

(…まあ、存分にその身に浴びてから言うのもな)

 

何かあったとしても気にするにはもう遅い。それにただの憶測の心配ばかりしても仕方がない。背負っていた神機を壁に立てかけ、溜息をつく。

以前、ヤクシャ・ラージャとの戦いで破損した神機の刀身は、そのヤクシャ・ラージャに突き刺さっていたショートブレードの神機の刀身を代用させてもらっていた。ノコギリ刃から片刃の短めの曲剣に変わったため戦い方も変化した。

というより、前のスタイルが些か力押しすぎたかもしれない。今は軽量な刀身を生かした高速戦闘になっている。リーチの短さは否めないがな。

 

「それにしても……嫌な天気だ」

 

雨というのはどうも憂鬱な気分になる。何と言えばいいのか分からないが、とにかく雨は好きじゃない。

何もせずぼーっとしていると、無性に眠くなってきた。眠い、そういう感覚は何だか久しぶりな気がする。仮の寝ぐらをこしらえる事もあったが、別にそこで寝泊まりしていたわけじゃない。いや、そもそもアラガミとなってから寝たことはあっただろうか?そんなことすらもう覚えていない。まあ、丁度いいさ。辺りに何か潜んでいる気配もない。雨が止むまで一眠りするのも悪くない。

私はソファーの上に寝転がると、静かに瞼を閉じる。ヤーナムにいた頃は眠るどころか瞼を閉じることすら恐れていた。狩人として生きることは、初めは恐怖と絶望に塗り固められたものだった。何度これが目覚めの悪い悪夢であることを願ったか。

しかし、それはいつしか別の恐怖に変わっていった。眠りにつき目が覚めた時、全てはただの悪夢でなんてことの無い普通の人に戻っているのではないかと…ヤーナムの悪夢が終わることを恐れるようになったのだ。

理由は言うまでもないだろう。私は骨の髄まで狩人になり、狩りと血に酔いしれ、悪夢に囚われることを是としたのだから。しかしまあ、悪夢から目覚めた後も変わらず悪夢のような世界だった。全てを喰らう荒ぶる神々、ただの人間じゃ太刀打ちなんて出来やしない超常の化け物、そんな奴らが闊歩するこの世界を悪夢と言わずして何と言うのか。

 

「く……ふあぁ……」

 

ヤーナム違う点があるなら、この世界はヤーナムほど狂気に飲まれてはいないことか。

次第に意識がまどろんでいく。いつぶりかの睡眠、もしかしたら何か夢でも見られるだろうか。そうだな、どうせ夢を見るなら…………。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

生臭い血のにおいが鼻をつく。私の目の前には、見慣れた狩道具のノコギリ鉈が獣化したヤーナム市民の首筋に半ばほどまで食い込んでいた。ノコギリ鉈を引き抜き、辺りを見回す。ジットリと血に湿った空気、変に入り組んだ狭い路地、どこからか聞こえてくる教会の鐘の音……ここはヤーナムだ、間違いない、あの見慣れた景色だ。

訳が分からずその場に呆然と立ち尽くしたままになってしまう。これは……夢?現実ではなく夢なのか?いや夢と言うには…あまりにリアルだ。手に持つノコギリ鉈も目の前の転がる死体も、全てが現実味を帯びすぎている。

 

「獣だ!獣共を皆殺しにしろぉ!」

 

ヤーナム市民たちが、斧やら鎌やら獣を殺すには余りにも粗末な武器を振り回し、半狂乱に叫けぶ声が聞こえる。そいつらの声を聞いたときには、自然と体が動いていた。ノコギリ鉈を変形させ、声の方へと走り出す。路地を抜けて大きな広間に出てみれば、獣の死体に火をくべるヤーナム市民たちがいた。

口々に獣を殺せと叫ぶヤーナム市民たち、彼らは獣を焼く浄化の炎に酔っているのか。なんともその姿は滑稽だった。獣を殺せなどと…自分たちがその獣だということに気付いていないのだ。でもそれは、私だって同じなのだ。ある男に言われた言葉が脳裏に浮かぶ…。

 

”何が狩人だ!お前らの方がよっぽど血塗れだろうがっ!!”

 

そうだ、全くもってその通りだ。私もそこのヤーナム市民たちも、血に飢えた獣と何も変わりはしない。

 

「だがそれが何だというのだ」

 

無造作にヤーナム市民の後ろに歩み寄り、ノコギリ鉈で頭をかち割る。驚きの声を上げるヤーナム市民たちに容赦なく、ノコギリ鉈を振り回す。

炎の明かりに照らされた彼らは、獣のように体毛で覆われた腕や顔が露わになる。私が彼らを獣だと言ったのは比喩ではない。文字通り、彼らは獣の病に冒された罹患者だ。それを狩るのは狩人の役目なのだ。

なまじまだ理性が残ってる分、獣として狩人に殺されるのは恐怖でしかないのだろう。あるものは命乞いを、あるものは怒りの叫びを…しかし、どれだけ叫んだところで、殺すことに変わりはない。

 

「助けて……くれ…!」

 

その言葉とは裏腹に手に持つ斧を私に向かって振り下ろす。人としての理性もほとんど残っていないんだろう。たとえ理性が残っていても、獣の病に冒されているのならば…。

 

「すまんがそれは出来ないね」

 

そいつの頭を引っ掴むと、轟々と燃え盛る炎の中に放り投げる。断末魔を上げるそいつに、左手の散弾銃の銃口を向け、引き金を引く。

銃声が鳴り響くと叫び声はおさまり、肉の焼け焦げる匂いが鼻をつく。不快な匂いだが、不思議と気分は高揚してくる。幾度となく行ったヤーナムの獣狩り、何だか久しぶりな感じだ。それでも、自然と身に馴染む。

さあ次の獲物を探しに行こう。この夜が、悪夢がまた始まったのだから…存分に狩り、殺そう…!

 

「何故…何故、狩人が…!?」

 

涙混じりの悲鳴が市街の夜空に響き渡る。泣き叫ぶヤーナム市民を惨殺しながら、歩み続ける。その身は返り血に赤く染まっていき、次第に快感と興奮に頭が沸騰していく。

また一人、また一人と獣を殺していく。旧市街にいたある古狩人はこいつらは獣などではなく人だと主張していた。我々狩人が狩っているのは獣ではなく人だと…。馬鹿げた考えだと思わないか?

獣は獣、アラガミはアラガミ、そいつらを殺すのにそれ以外の理由は必要だろうか?元が人間だろうと何だろうと………アラガミ?

 

「…そうだ、私は……!」

 

一瞬で頭が冷める。私は何故、ここにいる。この悪夢から私は目覚めてしまったのではなかったのか。獣ではないアラガミという新しい獲物を見つけたのではなかったのか。

 

「…いいや、貴様は悪夢から目覚めてないない」

 

私の背後から、低い獣のような唸り声が響く。振り向けば…血に染まった鴉のような化け物がいた。血に濡れながらも黒く光る大きな翼をゆっくりと動かし、ゴロゴロと喉を鳴らす。

ヤーナムにこんな獣はいなかった、だが何故か…こいつは初めて会った気がしない。ずっと前から私と共にいた気がする…!

 

「貴様に夢も現も…何の差があると言えようか?目覚めようが目覚めまいが、そこに広がるのは暗く汚物に塗れ汚れた道。しかし、それは貴様のもはや変えようのない性……」

 

鴉の化け物は鋭い歯が並ぶ大きな嘴を開く。私はそこから動くことができなかった。今すぐにこいつを殺すべきなのに、体が言うことを聞かない。

 

「貴様は穢れた狩人、余計なことは考えなくともよい。ただその本能の赴くままに、狩り、殺し、喰らい尽くせ。狩人とはそういうものだ。案ずることはない……」

 

4本指の猛禽類の手で私の肩を掴むと、その大きな嘴が私の首筋に喰らいついた。

 

「まずは我の血も受け入れたまえよ…」

 

 

 

 

 

 

「あああぁっっ⁉︎」

 

叫び声を上げながら、ソファーからはね起きる。息を荒げながら周囲を見渡すが、自分がどこにいるのか暫く理解できなかった。

 

「ここは……ああ、そうか。ここはあの島国の…」

 

壁に立てかけてある神機を見て、ようやく自分がどこにいて何をしていたのかを思い出した。

しかし、見れば体がビショビショだ。見上げれば寝る前には確かにあった天井が半ば程まで崩れ去り、相変わらずの曇り空が見えた。そこから吹き込んだ雨に濡れたのだろう。それにしても、こんな天井が崩れているのに気付かずに寝ぼけていたとは…。

 

(しかし……さっきのは…夢、なのだろうか?)

 

生々しい狩りの記憶、突如現れた鴉の化け物、夢だったと一言で片付けることができない。本当に目の前で起きて、この身で体感したかのようだ。

あの化け物が言っていたことが脳裏に浮かぶ。”貴様は夢から覚めてなどいない”、私は悪夢から目覚めてない?だとするとここは悪夢の世界なのか?本当の私は、まだヤーナムで狩りを続けているのか。それとも、ヤーナムでの全てが悪夢でここが現実か?

ヤーナムでの私か、今の私か。どちらが本当で、何が事実なのか…もう私には判断がつかない。まあ、それでも…。

 

「やることに変わりはない、か…」

 

ソファーから立ち上がり、壁に立てかけてあった神機を背中に担ぐ。もう雨も止んでいる。そろそろ出発するとしよう。まったく久方ぶりに寝たというのに、疲労が取れるどころか逆に疲れた気がする。

廃屋の崩れた壁から外に出ようとしたその時…廃屋の棚の上にある鏡が目の端に映った。鏡に映る私の髪の毛は、血のような紅に染まっていた。

以前の私はどんな髪の色だったか、色素の抜けた白髪だったような気がする。

 

(まあ、今の私にはお似合いか?)

 

その時は、ただ髪の色が変わっただけとしか考えていなかった。私はアラガミなのだから、そのぐらいの変化はあってもおかしくないと思っていた。

しかしアラガミの形状、性質が変化すること、それは即ちオラクル細胞の変化…つまりはアラガミにおける進化なのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ユーラシア大陸の太平洋側にある島国、リーペン、ジャッポーネ、ヤーパン、ジャパン……呼び方は複数あるが内名はニホン、あるいはニッポンと呼ばれていた国だ。

度々見かける東を目指すアラガミ、恐らくはここがその目指していた場所だ。そう確信させるほど、ここは異様な場所だった。

降りしきる紅い雨、多種多様なアラガミ、そしてその数、ここはどこよりも激戦区だ。ここにもフェンリルの支部があるのかどうか知らんが、そこのゴッドイーターたちはさぞかし大変なことだろう。何しろ現在進行形で私が大変な目にあっているからだ。

 

(嫌な組み合わせだ……こいつらは!)

 

誘惑するように舞う女性のようなアラガミ ”サリエル” とそれを守るように前に立ちはだかるサソリ型のアラガミ ”ボルグ・カムラン” 、種の違う二体ではあるが、互いの弱点をカバーするように立ち回っている。

さしずめ優雅に踊るお姫様とそれをお守りする騎士と言ったところか。ならば私はお姫様を狙う悪い王様か?

いや、そんな冗談を言ってる場合ではない。こいつらの連携は非常に戦い辛い。遠間からレーザーの射撃によるサリエルの後方支援、それを近づけまいと堅固な甲殻と盾で立ちはだかるボルグ・カムラン。

 

「厄介なことこの上ないなっ…!」

 

サリエルのレーザーを躱しつつ、ボルグ・カムランの尻尾の届かぬ距離まで下がる。ボルグ・カムランのしなやかな尻尾、その先の鋭い槍に貫かれればひとたまりも無い。

しかし、先程からまるで状況がよくならない。廃墟の街をフラフラしていたところ、複数のザイゴートに出くわしたのだが私に気付いた瞬間、背を向けて逃げ出したのだ。その後を追ったところ、この二体のアラガミが待ち受けていた、という事だ。

罠を警戒していなかった私が悪いのだが、狩人として逃げる獲物を見れば追わずにはいられないのだ。その誘いに乗った結果がこの状況、大きな道路の交差点の中心でこいつらの包囲網を抜け出せずにいる。

交差点の出口、四つの道路を塞ぐように配置されたザイゴート。ニ、三体ほどのザイゴートなど突破するのは容易いが、それを許すほどサリエルとボルグ・カムランの攻撃は緩くない。

 

(これだけのザイゴートを従えてるなら物量で押し潰せばいいだろうに……こいつら、狩りを楽しんでいるな。ただ獲物を狩るのは面白くないと?)

 

上等だ、それなら存分に相手してやろうじゃないか。ただし、最後に狩られるのは私か貴様らか…どちらになるだろうな!

 

「私を…ヤーナムの狩人を舐めるなよっ‼︎」

 

ボルグ・カムランの尻尾の連撃を躱しながら、ピストル型神機でサリエルのレーザーを相殺し、ボルグ・カムランの股下に潜り込む。関節部分を狙い、神機で斬りつける…が、金属質の甲殻に弾かれ、まともなダメージにならない。

今の私の神機の刀身は小振りで軽量なもの、サリエルを相手にするならともかく、ボルグ・カムランの甲殻を砕くには重みが足りない。ピストル型神機でも火力が足りないだろう。

サリエルを攻めるにも、ボルグ・カムランに背を向けるのも危険だ。舐めるな、と粋がってみたがどうやってこの状況を覆すか。

 

(火力不足……くそ、火薬庫の武器がこんなに恋しく感じたことはない。パイルハンマーでもあればあんな甲殻なんぞ…)

 

こっちも相手の攻撃を全て躱せるわけではない。徐々にかすり傷が増えていく。消耗戦ではこっちが不利なのは明らか、どうにかしてこの状況をひっくり返さなければ…。

今の私の手札は神機の軽量さを利用した速攻、バカげた再生力、あとはピストル型神機の多彩な攻撃手段か。オラクルの性質や弾丸の形状を変化させることで、様々な……。

 

(そうか、聖歌隊の奴らみたいな使い方でもすれば……)

 

通用するかどうか分からんが、やってみる価値はある…のだが、何故かやる気がでない。何というかどうにも盛り上がらないというか……。ああ、もしかして理由はあれか?

 

(至極単純な理由だな。ただ…こうすればいいだけだろう!)

 

神機の刃で自分の脇腹を斬り裂く。傷口から溢れ出た血が刀身を伝い、手を濡らしていく。ボルグ・カムランは何度斬りつけてもまともに血を流しやしない。やる気がでなかった理由はそれだけさ。手に付いた血をペロリと舌で舐めるが、やっぱり自分の血には酔えない。しかし、気分は出てきた。

ピストル型神機をボルグ・カムランに向け、引き金を引く。銃口から放たれたのは弾丸ではなく…霧状のオラクルだ。ザイゴートやサリエルは目が発達している、それは外部からの情報を得るためには殆ど目に頼っている、ということだ。視界が悪くなればレーザーの精度も落ちる。

ゆっくりと広がるオラクルが、この広い交差点を埋め尽くす。これほどの大量のオラクルの消費はキツい。だが、視界の効かない空間での戦闘であれば私にも分がある。私には…アメンドーズの ”希釈” の力があるからだ。

 

(視界で捉えられぬのなら、アメンドーズの力も見切れんだろう)

 

精神を研ぎ澄ませ力を発動させながら、ボルグ・カムランに接近する。ボルグ・カムランもそこまで感覚は優れていないのか、私を捉えることはできていない。

その上この霧は私の放ったオラクル、霧状であっても私のオラクル細胞によるものだ。霧に巻かれれば、オラクル細胞による侵食が始まる。如何に堅固な甲殻といえども防げるものではない。

棒立ちのボルグ・カムランを足場にして、高くとびあがる。サリエルはいつまでも視界の悪い場所にいないだろう。いるとすれば…!

 

「ビンゴだ…!」

 

散布したオラクルの霧、それから逃れるように浮上したサリエルを正面に捉える。アメンドーズの力で気配を絶っていたおかげか、サリエルはこちらを認識するのが一歩遅れた。

サリエルがその瞳からレーザーを射出する前に、神機の刃がサリエルの胸を貫く。サリエルは悲鳴をあげ振り払おうと暴れるが、これだけ密着されればレーザーは撃てない。

トドメを刺すべく、ピストル型神機の銃口をサリエルの顔面に向けるが、サリエルは自分の周囲に紫の鱗粉をばら撒き始めた。当然、至近距離で放たれたため、息を止める前にその鱗粉を吸い込んでしまう。

吸い込んだ途端に、体の奥がえずくような鈍痛に襲われる。やはりこの鱗粉は毒だ。

 

「ゲホッ…!この程度でっ…」

 

毒を無視し引き金を引く。間近で放たれた散弾がサリエルの体を削り取っていくが、サリエルも死に物狂いに暴れまわる。何度も何度も引き金を引き、散弾を浴びせるが中々にしぶとい。

遂にサリエルが周囲に放った衝撃波に引き剥がされるが、サリエルは虫の息だ。衝撃波に霧状のオラクルも散り散りになってしまうが、効果は十分だった。

ボルグ・カムランも見失っていた私を再び捉え襲いかかってくるが、サリエルはもはや援護はできまい。レーザーを射出する額の目玉を重点的に散弾を叩き込んだからな。ボルグ・カムランは先ほどの霧のオラクルで多少なりとも、甲殻が柔らかくなっているはずだ。

 

(サリエルが復帰する前にボルグ・カムランを仕留める…!)

 

……しかし、ボルグ・カムランと対峙するも、周囲に散ったオラクルが異様な収束を見せていることに気付いた。まるで何かを形どるかのように集まっていくオラクル…私がやっているわけではない、他の何かが…!

 

「これは…一体?」

 

収束するオラクルはその密度を高めていき…遂にはオウガテイルにも似たアラガミの姿になった。アラガミが自然発生したとでもいうのか?いや、そんなことがあるはずがない。明らかに私のばら撒いたオラクルを、何者かが利用してアラガミを生み出したのだ。

 

(その何者かは…あいつか?)

 

交差点に面する建物の屋上に目を向ける。そこには私たちを見下ろす一体のアラガミ、恐らくはあいつの仕業だ。

見た目は鳥と人が組み合わさったようなシユウと呼ばれるアラガミに似てる。シユウ種のアラガミは背中から生える翼手が特徴だが、見た目は比較的に金属質だ。しかし、こいつは本物の鳥獣のように柔らかな青白い羽毛だ。それに容姿もかなり女性的なもの、従来のシユウ種とは別物と考えるべきか。

 

(何にせよ第三勢力の介入だ。これが吉と出るか凶と出るか…)

 

結果的に言えば…凶だった、いや大凶だな。

青白い羽毛のシユウは、妖艶な笑みを浮かべて私を指差す。その青白い羽毛のシユウは口を開いたわけではない、だが確かに聞こえた。そいつを嬲り殺しにしろ、と。そいつとはもちろん…私のことだ。

女王のように下された命令は、アラガミたちを洗脳レベルで支配し操った。命令に支配されたアラガミたちは、盛った獣のように私に襲いかかってきたのだ。

 

「何っ…⁉︎冗談も大概にしろよ!」

 

道路を封鎖していたザイゴートまで、脇目も振らずに突っ込んでくる。傷付いたサリエルですら、破損した眼球からレーザーを射出してくる。傷口から血を流し甲高い悲鳴を上げる、しかし攻撃の手は緩めないその姿は、まさに狂気的だ。

突っ込んでくるザイゴートをショートブレードで切り刻み、散弾を浴びせてやる。神機を捕食形態に変形させ、ザイゴートを噛み砕いていく。コアを破壊されたザイゴートは、細胞の統制を失い霧散していく。

しかし、死んだザイゴートのオラクル細胞は再び集まり、オウガテイルもどきとなる。そのオウガテイルもどきが動き出す前に、ショートブレードを突き刺し真っ二つに掻っ捌く。コアを持たないのかすぐに形が崩れていくオウガテイルもどきだが、再び収束する動きを見せる。

あそこで青白いシユウがアラガミを生成することに専念している限り、オウガテイルもどきがいなくなることはない。ただでさえボルグ・カムランは今の私には相性が最悪だというのに、周りに細かいのがいれば戦闘は長引くばかりだ。

今まで幾多のアラガミと戦ってきたが、いつも私は血に酔ってまともな感覚なんぞ残っていなかった。だからどんな相手にも正面から食い破り、どんな傷を負っても怯みはしなかった。

だが今は違う。いつもと違い、比較的に頭はクリアだ。その上、鱗粉の毒が少しずつ体を蝕んでいく。だから明確に感じられた、自分に迫る死が…。それが私から冷静さを奪った。

 

(どうすればいい?どうすれば切り抜けられる?真っ向から戦って勝てるのか?こいつらは手足の一本や二本失ったところで止まりはしない。我慢比べになれば私が先に潰れる…!どう…すれば……!)

 

こいつらが私に考える時間など与えてくれるはずがない。すぐに取り囲まれ、四方から攻撃される。幾ら何でも目玉が四方についているわけではないんだ、囲まれればいつかは捌くにも限界がくる。

そしてその限界は存外早くやってきた。突如、空から冷気を帯びたオラクルが飛来してきたのだ。すんでのところで躱すもそこを狙ったかのように放たれたボルグ・カムランの槍が私を貫いた。

 

「がっ…は……」

 

槍に串刺しにされ意識が飛びかかる。しかし、それでも尚、私は足掻いた。串刺しにされた状態でピストル型神機をボルグ・カムランに向けて引き金を引く……だが、弾丸が放たれることはなかった。

弾切れ…先程まででオラクルを使い過ぎたようだ。どうやら万事休す、みたいだ。

薄れていく視界の端に、あの青白いシユウが見えた。嬲り殺しにされる私の姿を見て、口元を歪め嘲笑を浮かべている。

それを見た瞬間、私の中の血がざわつきだした。そして呆然と思った。アラガミにもやはりそういう感情はあるのだな、と。傷付けば怒り、勝ち誇れば笑う。

なればこいつらもそうなるだろう。神秘の叡智に触れた人間が、皆気が触れたようにこいつらも…!

 

「ーーーーーーーーーッッッ‼︎」

 

ざわめく血がある上位者の血を呼び出し、声なき叫びとなり轟く。人の喉から絞り出されたとは思えぬ冒涜的絶叫、それは取り残された星の娘の慟哭。上位者 ”エーブリエタース” の叫び声がアラガミたちを、その身を滅ぼす狂気へと誘った。

 

 

 




エーブリエタースの血の力は、後半戦から発動するスリップダメージみたいなイメージです。
ACのコジマ粒子みたいな物理ダメージではなく、あれはやっぱり発狂を促してダメージを与えてるんじゃないでしょうか?狩人はある程度啓蒙があるから耐えれるだけで、一般人なら一瞬で血液ブシャーッ、てなりそうですし…。
あと次話からブラッドのメンツがやっと登場します。


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5話 獣逃避行

やっとこさ登場したブラッドのメンバー。
自分で書いてて、なんだかロミオ先輩のキャラが掴みにくい…。


その日の任務は複数のザイゴートを引き連れるサリエルの討伐。結構な数みたいで、その上エリアには他のアラガミもうろついてる、って話だ。だからブラッドのメンバーを総動員しての討伐作戦になった。

言っちゃなんだけど、ブラッドの皆なら余程の相手でないと遅れをとることなんてない、そう思わせるほど皆は強い。特に隊長のジュリウスは桁外れだ。それでもいつかはジュリウスと肩を並べられるようになりたいと思ってる。副隊長として恥ずかしくないようにね。

まあ、要するに大したことのない任務だと思っていたのさ。でも作戦領域に着いてみれば、早速アクシデントが発生した。

 

「どういうことだ?作戦領域はここで間違いないはずだが…」

 

『はい…ですが、対象のアラガミの反応は探知できません』

 

オペレーターのフランさんのいう通り、討伐対象であるサリエルが見当たらないのだ。オラクル反応も探知できない。偵察として先行したロミオ先輩とナナも、対象を発見できていない。やはり、別のエリアに行ってしまったのか。

 

「…ったく…ロミオとナナは何やってんだ」

 

ギルが帽子のつばをつまみながら、そうこぼす。先行した2人が目標を見逃したのだろうか?いや、確かにロミオ先輩とナナは心配なとこもあるけど、やるべきことはきっちりとこなす。

寧ろ不安なのは、2人が予想だにしないイレギュラーに出くわすことだ。早めに呼び戻したほうがいいかもしれない。

 

「ジュリウス隊長、一旦ロミオ先輩とナナを呼び戻しましょう。予期せぬイレギュラーと鉢合わせになるかもしれない」

 

「そうだな……だが、何か嫌な予感がする。今回の作戦、討伐対象が確認できなければ、一度退く」

 

「撤退ですか?」

 

「ああ、俺がロミオとナナに合流する。君はギルとシエルと共にあちらの地区を捜索、俺の方は2人と合流した後、周囲の捜索に入る」

 

「…了解!」

 

指示を出した後、ジュリウス隊長は瞬く間に走り去って行った。2人に合流しに行ったのだろう。それにしてもジュリウス隊長がああまで焦った雰囲気を出すのは珍しい。やはり、嫌な予感がするのだろう。

 

「シエル、ギル。僕たちも行こう」

 

「はい、行きましょう」

 

「ああ、了解だ」

 

シエルとギルと共に捜索する区域へと向かう。しかし、道中に小型のアラガミとも交戦するかと思ったが、ドレッドパイクの一匹も見つからない。

コクーンメイデンも群生してないし…アラガミの数が極端に少ない。やはり、何かあるのかもしれない。もしかしたら感応種がいる可能性もある。

感応種、偏食場パルスという特殊なフィールドを作り出し、周囲のアラガミに大きな影響を与えるという特殊なアラガミの種だ。厄介なのはその能力だけでなく、偏食場の影響で普通の神機は機能すら停止する、という点だ。

現存、この感応種に対抗できるのはフェンリル極致化技術開発局、その直属である特殊部隊 ”ブラッド” 、つまり僕たちだ。

第三世代の神機と ”血の力” のおかげで機能停止には追い込まれないが、それ抜きでも感応種は手強い。戦わないで済むならその方がいい。

 

『聞こえるか、こちらは2人と合流した。そちらはどうだ』

 

無線からジュリウス隊長の声が流れる。どうやら無事に合流できたようだ。

 

「こちらは今の所、特にアラガミとは遭遇していません。ですがそこが何か引っかかります。小型すら見かけないなんて少し異常じゃないですか?」

 

『やはりそうか…。こちらもアラガミとは遭遇していない、ロミオとナナもだ。やはり何かいるかもしれない。もう少し捜索を続けてくれ』

 

「了解」

 

向こうもアラガミと遭遇してないみたいだ。アラガミが一匹残らず姿を消す、一体何が要因だろうか。

考えられるとすれば…やはり強力なアラガミの存在だろう。アラガミだって、自分が喰われると感じれば逃げる。ここいらのアラガミが皆逃げ出してしまうようなヤバい奴がいるのかもしれない。

それか……誰かがここいらのアラガミを一匹残らず喰らってしまったのか。そこまで考えて、背筋がゾクリとした。そんなおっかない奴がいたらたまったもんじゃないよ。

 

『…っ!聞こえますか!南東に強力なオラクル反応が…!それに、これは…偏食場パルスの形成を確認、感応種です!』

 

フランさんの報告に思わず頭を抱えたくなる。僕の考えてたことは完全にフラグじゃないか。でも気をとりなおしてギルとシエルにいつでも動けるように指示だけしておく。

感応種なら偏食場パルスの波形パターンからすぐに判別がつく。こっちが動くかはどうかはそれを聞いてからだ。

 

『波形パターンを照合…シユウ神属感応種 ”イェン・ツイー” です!

その付近にも大型のアラガミと中型のアラガミが一体ずつ、小型のアラガミも複数…⁉︎そんな…偏食場パルスが…塗り潰されていく⁉︎』

 

偏食場パルスが塗り潰される…?うーん、何を言っているかわかんないなー……と、惚けるほど馬鹿じゃないよ僕は。それはつまり意味は一つしかないだろう。

イェン・ツイーと共に感応種がもう一体、同じ場所にいるってことだ。信じたくないことにね…!

 

「フランさん、そのポイントをすぐに教えて」

 

『はい…確認されたポイントは……まさかそこに向かうつもりですか!』

 

「何がいるか見てくるだけだよ。シエルはフランさんの言うポイントを狙撃できる地点まで移動してくれ。ギルはそれのサポートしてやって。僕は…そのポイントに向かってみる」

 

「お前、1人で行くつもりか!」

 

「待ってください!君が行くなら私も…」

 

「大丈夫だって!心配はいらないよ!」

 

2人の制止を振り切って、ポイントに向かう。2人には悪いけどこの役目をやらせるわけにはいかない。かと言って揃って行けば見つかるリスクも大きくなる。だからここは僕1人で行かせてもらうよ。

物陰に身を隠しながら、ポイントに向かう。ポイントに近づくにつれ嫌な気配が濃くなって行く。ほんと嫌な予感か的中だよ。こんな嫌な場所に偵察行けだなんて、とても2人には言えないな。僕はヘタレだからね。

ま、僕もこんな所で死ぬつもりなんて毛頭ない。見るもの見たらさっさとおさらばさせてもらうさ。

 

「さて、そろそろポイントだけど…っ⁉︎」

 

物陰から大きな道路の交差点の中心を覗き見ると……そこには地獄絵図が広がっていた。

沢山のアラガミで溢れかえっていたが、どいつもこいつも頭がイカれたとしか思えない挙動だ。ザイゴートは周囲のものに見境なく体当たりをし、イェン・ツィーが生み出したであろうチョウワンが同族同士で殺しあっていた。

おまけにあのボルグ・カムランの大きな針にはボロボロのサリエルが串刺しにされている。何がどうしてこうなったんだ。

でも恐らくは……原因はあいつだ。根元から翼手がもぎ取られたイェン・ツィーをさらにバラバラに八つ裂きにする人の姿をした何か…。理由は分からない、でもこの狂乱の中心にいるのはあいつだ。

人間とは思えない叫び声を上げて血の雨を降らすさまは、まさに荒ぶる神だ。

 

「何だよこれ……人間が割って入れる空間じゃあないよ…」

 

血に塗れたコートを見れば胸のあたりがぽっかりと穴が空いている。まさか貫かれたけど傷は再生したとか言うんじゃないだろうね。冗談きついよ、流石にこんなとこに突っ込んで行ったら生きてられる気がしない。

アラガミと呼んでいいのか分からないけど、新種と思われる感応種は小型カメラで撮っておいた。用が済んだならすぐにおさらばしよう。

 

「ジュリウス隊長!例のポイント、見てきたけど流石にこれはやばいよ。さっさと撤退したほうがいい!」

 

『何?見てきただと…いや、そんな事よりこっちでも明らかに挙動のおかしいアラガミがいた。お前の言う通りにここは異常だ、撤退するぞ。お前も早く退避しろ、そこは危険だ!』

 

「分かってますよ…っと、やっぱ気づかれるよね……」

 

目ん玉の血走ったザイゴートがこちらに向かって突進してくる。こっちを敵と認識してるか怪しいとこだが、相手にしてたら向こうのおっかない奴らにも気づかれるかもしれないし…!

 

「逃げるが勝ち、ってね!」

 

ザイゴートには脇目も振らずに走り出す。向こうも結構なスピードで追ってくるが、そこの廃ビルの角を曲がれば奴らの視線からは外れる。

チラリと後ろを見ると、ザイゴートは口から涎を垂らし血走った眼球からは血の涙を流している。

うわぁっ……、なんて思った隙にザイゴートは更に加速して来た。

 

(まずっ…これは追いつかれるかも……!)

 

やっぱり反撃するしかない。何とか奴らにはばれないようにこいつを始末しないと…!

僕の相棒である ”クロガネ長刀型” を構えて、ザイゴートを迎え撃つ。しかし、僕が神機を振るう前に、どこからが飛来した一筋のレーザーがザイゴートの目を撃ち抜き、黒と金の彩色の神機がすっぱりと両断した。

 

「あれ、ジュリウス隊長⁉︎」

 

その黒と金の神機はジュリウス隊長の ”ヴォリーショナル” だった。ということはさっきのレーザーはシエルの狙撃か!

くるりとこちらを向いたジュリウス隊長の表情は…明らかに怒ってる表情だ。まずい、怒ったジュリウス隊長はすごい怖いんだ…。

 

「無事でよかった…さあ、撤退するぞ」

 

「ありゃ?」

 

てっきり説教されるかと思ったが、ジュリウス隊長はすぐに表情を柔らかくして走り出した。

 

「説教は後だ。とにかく今はここから離脱だ」

 

……ああ、すぐ真後ろではとんでもない修羅場になってるからな。ジュリウスの後ろをついて行きながら、後で何て言い訳をするかに頭を悩ませる。

ところが、それは難しそうだ。途中で合流したシエルとギルに物凄い怖い表情で睨まれてしまった。これはジュリウス隊長からだけでなく、2人からも説教されてしまいそうだ。

 

「おい…後で話がある……」

 

「君には色々と言いたいことがあります。後でお時間を頂きますがよろしいですね?」

 

「……拒否権はなし?」

 

「…よろしいですね?」

 

「…は、はい」

 

拒否権はないみたいだ。まあ、僕が無茶したのが悪いんだけどさ。これは何時間正座させられることになるのやら…。

 

 

その後、ジュリウス隊長の指示で撤退ルートを確保していたロミオ先輩とナナのお陰でスムーズに撤退できた。

フライアに戻ってからは、色んな人からたっぷりと説教されたが、特に負傷者も出ることなく済んだよかった。負傷者が出ない代わりに僕の精神が説教で粉砕されたけどね。うん、あそこまでビシビシ言われると流石に心が折れちゃうね。いや、自業自得ではあるんだけど。

問題はフライアに戻ってから起こった出来事だ。あれから僕たちは、ブラッドの生みの親とも言える、ラケル博士に招集された。そこで僕たちに告げた言葉は…。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「なあなあ…ほんとに成功すると思う?」

 

ニットキャップを被った青年、ロミオ先輩がそう聞いてくる。ロミオ先輩は自分よりも一年早くブラッドに入隊している。一見するとおちゃらけた外見だし何かと調子に乗る人ではあるが、優しく明るく面倒見のいい先輩だ。

 

「え〜、でもなんかすっごいアラガミなんでしょー。そう簡単にはいくのかなぁ…」

 

猫耳のような髪型の少女、ナナが当然の疑問を抱く。ナナは僕と同期で、よく一緒にトレーニングしたり任務に出たりしていた。

しかしナナはなんというか…とてもこちらが目のやり場に困る服装をしてる。最初会った時はロミオ先輩とナナに会う度にこっちが恥ずかしくなってまごついたりしてた。まあ、今は慣れてしまったが、ロミオ先輩は今でもまごついたりする。

ナナが好物であるおでんパンを頬張りながら、対象が潜む廃墟を眺める。さっきナナが言った通り、今回の相手はそう簡単に事が進む相手じゃない。

 

 

 

 

「今日、皆に集まってもらったのは…他でもありません。先日、あなた達が遭遇したアラガミ、”カーリー” の捕獲をお願いしたいのです」

 

先日の作戦が終わってから、僕たちブラッドはラケル博士に招集された。そこで告げられたラケル博士からの任務、カーリー…つまりはあの人型のアラガミだ。

何でも最初に発見されたのは3年くらい前のイギリス支部だそうだ。世界で初めて人型のアラガミが発見された、って当時は話題になったらしいけど、接触禁忌種に指定されてからは目撃情報は途端に減少し、公式でのエンカウントはシンガポール支部での遭遇が最後だ。

確かギルはグラスゴー支部だったはずだけど、当時のことは知ってるんじゃないだろうか。

 

「なあ、ギル。グラスゴー支部にいた頃に何か話は聞かなかった?」

 

「ああ…確かに発見当初は凄い騒ぎになったさ。わざわざ極東支部の支部長まで視察に来たりしていた。だが…目撃情報も殆どなく、でまかせだったんじゃないか、って噂されていたよ」

 

「…それだけ?」

 

「それだけさ。それに…イギリス支部とは犬猿の仲だった。あまり向こうから情報が流れてくることなんてないんだ」

 

イギリス支部とは犬猿の仲?同じ旧イギリス国領内にある支部なのにか…。でもギルもなんかそのせいで色々と会ったみたいだ。

…ああ、今はそれは置いとくとして。問題はそんな未知のアラガミと一戦交えなきゃならない、ってことだ。情報がないのはそれだけリスクが大きくなる。

 

「カーリーは、オラクル技術を更に上の段階へと引き上げる可能性なのです。神機兵の開発にも大きく貢献できるでしょう。みなさんには…期待してますよ」

 

ラケル博士が車椅子の上で柔らかく微笑んだ。

 

 

 

とまあ、こんな感じにラケル博士から接触禁忌種 ”カーリー” の捕獲を依頼されたということだ。

ジュリウスやシエル、ナナにロミオ先輩はラケル博士の開いていた孤児院、マグノリア=コンパスで育てられたそうだ。だから4人はラケル博士のことを強く信頼している。

でも4人には申し訳ないが…ラケル博士はいつも何か裏があるように感じる。今回の件だってそうだ。僕が撮った映像はラケル博士だって見たはずだ。僕らにあんな化け物が手に負えるのだろうか?裏があるように感じてしまうのは、僕がまだラケル博士に信頼されてないだけなのかな。

 

(ほんと、データを見れば見るほど怖くなってくるよ)

 

カーリーの遭遇報告はポルトガル支部で最後…と言われていたが、それは公式のもの。実際は極秘裏に調査が進められていた。それはフェンリルが主導してやっていたのか、ラケル博士が独自に調査したのか、どっちかは分からないけど。

それには様々な情報が載っていたけど、神機を武器として扱うだとか、人と同じように知性を持ち言葉を解する……とか、普通ならこんな情報信じられない。でも実際に目の当たりにしたのだから、この情報は間違いないと思う。

今でのアラガミを相手するのとはわけが違う。だから、作戦としては戦闘経験の豊富なジュリウス隊長とギル、純粋な対人戦闘に長けたシエルが先発として、僕たちは対象の退路を塞ぐ。

人の姿をしていてもアラガミはアラガミ、真っ向から勝負しても勝てない。それに今回は討伐じゃなくて捕獲なんだ。確実にかつ慎重にいかないと…。

 

『対象とコンタクト、作戦を開始する』

 

ジュリウスの作戦を始める宣言、ついに始まった。3人は大丈夫だろうか?ジュリウス隊長はああ見えて化け物みたいに強いから問題なさそうだけど。

 

「なーに、大丈夫だって!なんせあっちにはジュリウスがいるんだぜ?あいつがそう簡単にやられるわけないじゃん!」

 

ロミオ先輩が背中をバシバシ叩いてくる。確かにその通りだけどねぇ……やっぱり心配にはなるよ。

でも心配ばかりしていても仕方ない。こっちもそろそろ動くとしようか。

 

「ロミオ先輩、ナナ。そろそろ行こうか」

 

「よーし!」

 

「あ、ちょっと待って…まだおでんパンが」

 

残っていたおでんパンを本当に噛んで食べてるのかと疑いたくなるスピードで飲み込んでいくナナ。ナナはとんでもない健啖家で、四六時中ご飯ばかり食べてるか、ご飯のことを考えている気がする。

まあ、ゴッドイーターは食べるのが仕事だしね。今回ばかしは食べちゃダメだけど。

 

「じゃ、手筈通りに行こう!」

 

僕の合図でそれぞれ散開し、持ち場に向かう。ここも例のごとく荒廃した廃墟群だけど、戦闘を行うエリアはきちんと選ぶ必要がある。

ロミオ先輩とナナを先発から外した理由はもう一つある。ロミオ先輩の神機は破壊力を重視した大剣のバスターと大砲のブラスト。ナナもブーストハンマーにショットガンという装備だ。とても対人戦闘には向いていない(ショットガンはともかくね)。一対多数だと寧ろ仲間を巻き込む可能性すらある。

だから2人は広い路地での足止めを担当してもらう。リーチのある高火力の武器、それがきっちり振り回せる場所であれば、2人は無類の強さを発揮する。リーチがあるってのはそれだけ強みでもあるからだ。

僕は狭い路地で2人の持ち場の穴を埋める。ジュリウス隊長たちが対象をこっちに追い込んでくるはずだから、僕たちがそれを足止めして挟撃する…それが今回の作戦だ。あらかじめ周囲の掃除は済ましてあるから邪魔も入らないはずだ。

 

『ちっ…対象をロスト!恐らくそっちに向かった!』

 

ギルの焦りを含んだ声が無線から響く。見失った?うーん、ジュリウスたちを出し抜くなんてやっぱり一筋縄ではいかないみたいだ。

さて、こっちに向かってるのは確か、僕たちのどこに来るか。場所が分かれば、すぐにそこのカバーに向かう。

 

「フランさん、対象の場所は?」

 

『対象は高速で移動中、ポイントは…』

 

「いや、もう大丈夫…」

 

ジュリウスたちが交戦したポイントからゆうに800メートルは離れてる。でもこいつにはそんな距離はなんてことないみたいだ。

崩れかけた廃墟に挟まれた路地で、僕と相対するのは……。

 

「……なるほど。囲まれていたことにも気付かなかったとは、私も随分と腑抜けてたらしい」

 

血に染まったコートを翻す異端の狩人…接触禁忌種 ”カーリー”。

こうして間近で見るとどこからどう見ても人間だ。普通に喋ってるし。でも纏う気配は前に見た時より落ち着いている。というかあんな狂気は感じられない。

今の顔が素面なのか、あっちの狂った表情が本性なのか…どちらにせよ、冷静にいかないと足をすくわれる。

 

「申し訳ないけどここは通せないね」

 

「あの3人もそうだったが、君も随分と若いな」

 

「そう言うあんたも見た目は若いじゃないか」

 

実年齢は知らないけど…、とボソリと呟く。カーリーはそれが聞こえたのか少し微笑んだ。こうして話すと分かる、人間となんら変わらない知性を持っていることが…。

人をはるかに超えるアラガミの力、そして人間の高い知能、そりゃ接触禁忌種に認定されるわけだ。人間がアラガミと同じ立場に立ったら勝てるわけないじゃないか。

 

「私はフェンリルに敵対するつもりはない。今の所君たちには興味はないからな。そこを通してくれないか?」

 

「…っ!」

 

驚いた…フェンリル、そしてゴッドイーターという概念も理解している。極端に目撃情報が少ないのは、無闇にゴッドイーターに接触すれば危険視される可能性を考慮したんだろう。

ますます戦うのが嫌になってくる。僕もそんな頭は良くないからなー、腕っ節でも勝てなければ頭脳でも負けちゃいそうだよ。

でも…それでも、僕は退くわけにはいかないのさ。

 

「んー……悪いけどそれはできないよ。こっちも仕事だからさ」

 

僕の神機、クロガネ長刀型を構えて戦闘態勢に入る。そうだ、勝てないと分かっていてもやらなきゃいけないんだ。ジュリウスたちはすぐに来る、それまで踏ん張ればいいんだ。

神機を構える僕を見て、カーリーは少し溜息をつくと手に持つ二つの神機を構える。

 

「しょうがないな……丁度いい、君で試させてもらおうか。ゴッドイーターの血、それがどんなものかを…な」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

先日の交差点での死闘…気付いた時は、私はどこかの廃墟の中で横わっていた。力を酷使したせいか、身体が酷く重い。

無意識のうちに使ってしまった上位者 ”エーブリエタース” の力、確かにそれのおかげで助かったとはいえ、その力で自分も死にかけた。

上位者の啓蒙に触れて気が触れるのはよくある話だ。ヤーナムでは濃厚な人血の類で気を鎮めたりするが、私の場合はアラガミの血で正気を取り戻したみたいだ。

いつもはアラガミの血に酔うのに、こんな時には正気を取り戻すのに必要となるなんておかしな話だ。

 

(かなり消耗してる…まずは身体を休めないと)

 

既に何時間も気を失ってみたいだが、いつまでも同じ場所にいるのもまずい。少し場所を変えよう。ボルグ・カムランに貫かれた傷も、表面上の傷は治ってるようだが、完全ではない。無茶に動くとまた開くかもしれない。

 

「身体を動かすのもやっ………ふぅ、全く勘弁してほしいな」

 

廃墟から外に足を踏み出したのを見計らったかのように、現れた彼らに思わず溜息が出る。だが、あれだけ派手に暴れたら気付かれてもおかしくはないか…ゴッドイーター達にな。

 

「…突然で申し訳ないが、俺たちと同行してほしい。手荒な真似はしたくない、抵抗はしないで欲しい」

 

私の前に現れた3人のゴッドイーターの内、金髪の男がそう申し出てくる。神機を持って私の前に現れた…つまり彼らは私をアラガミと理解してそう申し出ているのだ。

ゴッドイーターがいるなら、ここいらに彼らの基地か何かあるはずだ。同行しろということは、そこに連れてくつもりなんだろう。

アラガミの私を連れて行ってどうするつもりだ……なんて事は言わないさ。私も全てのアラガミを見たわけではないがな、少なくとも私の様な完全な人の姿のアラガミは異常な存在なんだろう。さぞかし私は貴重なサンプルとして見られてるのだろうな。もしくは駆除すべき敵とみなされてるかだ。

 

「同行して欲しい、か……アラガミの前で神機を持ち出す、というのはそいつを討伐する、って言ってるようなもの。私は脅迫されてるわけだ」

 

私が喋ったのに驚いたのか、3人は少し表情を変える。だがすぐに手に持つ神機を握りしめ、その切っ先を私に向ける。どうやら実力行使するようだ。

 

「てめぇは危険なアラガミだ。ほっとくわけにはいかないんだよ…」

 

「抵抗する事はお勧めできません」

 

帽子の男が初めて見る槍の神機を構える。銀髪の少女もショートブレードの神機を構えている。

うーむ……抵抗する意思を見せたはいいが、どうするか。今の状態では、正直ゴッドイータを3人同時に相手して勝てる気がしない。

それにこの3人の構成、どこか対人を意識してる。バスターやタワーシールドのような重量武器でなく、振りや扱いやすさを重視したロングブレードや軽量のショートブレード、槍は初めて見るがリーチのある点の攻撃というのは距離感が掴みにくく躱しにくい。

最初から戦うことも想定してきたわけだ。当然といえば当然だが…。ここで彼らと戦うのはまずい。身体が重たいのもあるが、上手くオラクルが制御できないのだ。ピストル型神機も今は使い物にならないだろう。

となれば、取るべき手段は一つだ。

 

「そうだな…抵抗しても勝ち目はなさそうだ………だからここは退かせてもらおう…!」

 

全力で走り出し、路地裏へと駆け込む。最近になって私は学んだのだ。いつもはとにかく目の前の獲物を殺すことで頭がいっぱいになっていたが、時には逃げるのも大事だということだ。特に今はそうだ。

 

「逃すかよっ!」

 

帽子の男が槍にオーラを纏わせて凄まじいスピードで突進してくる。これが槍の神機の特性か、直線の突撃とはシンプルだがそれ故に強力なものだ。

 

「容赦ないなっ」

 

横に転がるように突進を躱すが、帽子の男は私が起き上がるよりも早く槍を構える。あれだけの速度の突進をしっかり制御している、大したもんだ。

…おっと、そんな呑気なことを言ってる場合じゃない。大きく槍を振りかぶり帽子の男に対して、私は両足に力を込める。

 

「…っ!」

 

帽子の男は何故か槍を引き絞ったまま、動きを止めてしまった。ほんの一瞬の躊躇い、理由は知らんがその隙を逃す私ではない。

古狩人特有の特殊な移動法 ”加速” で帽子の男の真後ろに回り込む。”加速” はあたかも消えたかと思わせるほどの高速ステップ、その距離こそ短いものだがまさに神速の踏み込みだ。その分、体力の消費も大きい。

 

「後ろにっ…⁉︎」

 

「ギル!危険です!」

 

銀髪の少女が銃身の長い神機からレーザーが放たれ、さらに4発のレーザーに分裂する。そういえば今主流の神機は遠近の切り替えが可能だったな。

レーザーは帽子の男に当たらないよう大きく湾曲して私に迫る。躱すのは簡単だが、ちょうど躱しやすい位置には金髪の男が陣取っている。

 

「ちぃっ…!」

 

連続して ”加速” を使い強引にレーザーを避けて、銀髪の少女の方へと駆ける。銀髪の少女も神機をショートブレードに変形させて迎え撃つ形だ。

こっちも同じショートブレードを構えて少女に斬りつける…なんて単調な攻撃はしない。後ろには既に金髪の男が神機を銃形態に変形させてる、立ち止まれば背中を撃ち抜かれる。前後を挟まれた形になるが逃げ場がないわけじゃない。

走る足は止めずに神機を少女の首筋に目掛けて投擲する。銀髪の少女は身をかがめてそれを避け、後ろからは銃形態の神機の発砲音が響くが…。

 

「うっ…おお!」

 

背後から飛来するオラクルの弾丸を身をよじって躱しながら、少女の上を飛び越える。

弾丸が僅かに掠るが、致命傷じゃないなら問題ない。地面を転がるように着地し、すかさず ”加速” で射線をかき乱す。

 

「そう簡単には捕まらんさ!」

 

近くの街灯を切断して、3人の方へと蹴り飛ばし、吹き飛んだ街灯が廃墟の壁を破壊し、土煙が舞う。こんな攻撃が通用するとは思わないが、足止めには十分だ。

 

(今の内に…!)

 

路地を駆け抜け、とにかく走る。あの3人は私を見失ったのか、それ以上追ってこなかった。

このまま行けば逃げられるだろうか?いや、そんなに甘い連中ではないだろう。アラガミの位置を知る何かしらの方法も持っているだろう。それに私を捕まえに来たのなら、たった3人で来たなんてことはあるまい。恐らくは後2、3人はいるか……。

 

(ああ…やっぱり予想通りだ)

 

そう思った矢先に出くわしてしまったようだ。まるで待ち受けていたかのように、ゴッドイーターの少年が私の前に立っていた。

まだ幼い容姿に似つかわぬ黒い神機……いや、この少年だけじゃない。この付近にあと2人、気配がある。つまり前後共に3人のゴッドイーターに挟まれてしまったのだ。

どうやら私は逃げられたと思っていたが、こうなるよう誘導されていたのかもしれないな。

 

「…なるほど。囲まれていたことにも気付かなかったとは、私も随分と腑抜けていたらしい」

 

これは覚悟を決めなければならない。先ほどの3人がここに来るまで1分もかからないぐらいか。それまでに勝負を決めなければならない。

私は大きく溜息をつくと、力の入らぬ手で神機を握りしめた。

 

 




今回はブラッドのメンバーがメインでした。いきなり登場人物が増えるとセリフも増える増える。
文字に起こすとメンバーの性格を表すのが難しいもんです。あとブラッド側主人公は漫画版の主人公とは別物なので予めご了承下さい。


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6話 意思と遺志

最近、無性にアーマードコアがやりたくなる……その後にブラッドボーンをプレイすると必ずパイルとガトリングを使ってしまう。
体が闘争を求めてるから仕方ないねっ


身長よりも大きな黒い神機を持つ少年と私の神機が、激しく火花を散らしながらぶつかり合う。純粋な力は私の方が上だが、少年は上手く私の攻撃を受け流し、決して力で勝負はしなかった。

これだけ真っ直ぐな太刀筋で真っ向から切り結んで来るくせに、本当に器用なものだ。私と違い、才能があるんだろうよ。

私は、自分の死すら目覚めの悪い悪夢でした、で済ませられるトチ狂った世界で数え切れない死を乗り越え、己を積み上げていった。経験と才能は似て非なるものなのさ。若き天才が熟練の老いぼれに下される、なんて話はよくあることだ。

この少年は強い、真に強い心を持ってる。それが研ぎ澄まされた刃から伝わって来るのだ。だからこそ勿体無い、まだ熟しきっていない青い果実だ。だから……。

 

「こうなるのさ…!」

 

下から跳ね上がるように繰り出した斬撃が、少年の神機を空高く弾き飛ばす。少年の神機は弧を描いて舞い上がると、私のすぐ後ろに突き刺さった。

しかし、少年は神機を失ったというのに、知ったことではないと言わんばかりに突っ込んで来た。思わず私は動きを止めてしまうが、すぐさま顔面に飛んできた少年の拳を首を晒して躱す。

素手で挑むなど愚の骨頂、神機なしで勝てるはずがない。なのに少年の目は死んでいない。会ったばかりの名も知らぬ少年、しかし茶髪を揺らしながらこちらを見据えるその真っ直ぐな瞳に、私にはないある力を感じた。

先ほどの3人もそうだったが、少年は私の会ったことのあるゴッドイーターたちとはまた違った気配を纏っている。どこか血の入り混じった気配、狩人にも似た気配だ。でもその力は狩人の穢れた業ではなく、もっと人として貴い力なのかもしれない。ただ私の目には、それがひどく眩しく見えた。

 

 

 

 

 

「……んっ…?」

 

瞼を開ければ、無骨な金属の壁。見渡せばだだっ広い円形の部屋の真ん中で、私はなにやらゴツい椅子に拘束されていた。手足には大きな拘束具が取り付けられており、身体全身が椅子に縛り付けられている。

目が覚めたらこれだ、一体何があったんだ。いや、私を捕まえに来たゴッドイーターたちと戦ったのは覚えているんだがな…。

 

『目が覚めましたか?』

 

何処からともなく女性の声が部屋に響き渡る。顔を上げて見れば、部屋の一部分だけガラスになっていて、そこから1人の女性がこちらを見ていた。

 

『このような形になってしまいごめんなさい……でも、こうして貴方に会えて私はとても嬉しいです』

 

「貴女は私を知っているのか?」

 

まるで前から知っているかのような口ぶり、フェンリルやゴッドイーターにはなるべく関わらないようにしていたのだがな。

…しかし、今思い返してみると、私がそう思っているだけで実はずっと監視されていたのかもしれない。その可能性は無きにしも非ずだ。

この拘束具のせいか身体に力はろくに入らない、今動かせるのは脳みそと口ぐらいだ。とにかく情報だ、私が置かれている状況を把握しなければ…!

 

『色々と疑問に思うことはあるでしょう。まずは一つ、私と約束してくれませんか?』

 

「…なんだ」

 

『ここの施設の人間に危害を加えないこと…それが約束できるのならその拘束具も外しましょう』

 

最初は何を言っているのか理解するのに時間がかかった。いや、別に意味が分からないわけじゃない、その真意が分からないのだ。

ただの口約束で拘束を解くなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。私が約束を本当に守ると思っているのだろうか。それともそうせざるを得ない何かがあるというのか?

ただ私もこの約束をしない限りには、他にどうしようもないのも事実だ。とりあえずはその約束を呑むしかないだろう。

 

「…危害を加えないと約束しよう」

 

『フフッ……その返事が聞けてよかった。さあ、拘束具を解きますよ』

 

その女性は嬉しそうに微笑むと手元で何かを操作すると、私の拘束具が瞬く間に解かれていった。

しかし、右腕には黒い輪っかの機械が取り付けられたままだ。完全に密着していて取り外すこともできない。

そうやって取り外そうと躍起になっていたところ、ちょうど後ろの壁が左右に開き…先ほどの女性が車椅子に乗って現れた。その姿を見た瞬間、私は…よく分からない感覚に襲われる。違和感と既視感がごちゃ混ぜになり自分でもなんて言ったらいいのか分からない、そんな感覚だ。

 

「元気そうでなによりです。あんなもので縛られるのは気持ちの良いものではないでしょう?」

 

長い金髪を揺らしながらその女性はクスクスと笑う。その車椅子のせいか何処と無く儚げな女性だ。そして何より何を考えてるのか全く分からん。

今、私がこの女性を殺そうと思えばすぐにできる。拘束されていないアラガミの前に丸腰で…しかも不自由な身体で立つなんて自殺行為だ。私が本当に危害を加えないと信じているのか?

 

「貴方はそんなことしませんよ」

 

「…っ?」

 

「いえ、なんでもありません。それよりまだ名乗っていませんでしたね。私はラケル・クラウディウス…フェンリル極致化技術開発局 、通称 “フライア” の副開発室長を務めています」

 

きょくちか……なんだって?まあ、要はフェンリルの科学者か。そうなると私をどうするのかも粗方予想がつく。ビルゲンワースの狂人たちがやったように、研究なりなんなりに利用するのだろう。

そう思うとさっさとここから脱出したいところだ。実験の材料にされるのはごめんだ、どうせロクなことにならん。

 

「フフッ…そんな顔しなくてもこちらも貴方に危害を加えるつもりはありませんよ……ああ、ごめんなさい、少し屈んでもらってよろしいですか?」

 

「…ちっ……」

 

やはりこの心を見透かしているかのような言動が気に入らん。しかし、渋々と膝をついて目線をラケルと合わせてやると……ラケルがその両手で私の頰を包み込んだ。

最初は何をしているのかと思ったが、その手から伝わる人の温もりとは違う安堵、その感覚に少し心が安らぐ。

 

「……ああ、やはりそうなのですね。貴方は…私と同じ…」

 

相変わらず声に抑揚はない、だがどことなく嬉しそうだ。私と同じ…?一体何のことを言っているんだ。

 

「分かりませんか?私と貴方に宿る…荒ぶる神の存在が……!」

 

「荒ぶる神…?いや…まさかそんなはずは…」

 

しかし、それ以外に考えられない。違和感の正体はそれに違いない。ラケルも私と同じようにアラガミでありながら人の姿を持っているのか、アラガミと人が混ざり合っているのか…ラケルのその身にはアラガミの血が流れている。

どういう経緯でそうなったのかは分からないが、ラケルが私とどこか近しい存在である事に変わりはない。そうなるとわざわざ私を捕まえに来た理由が気になる。

 

「何か聞きたいことはありますか?すぐに答えられるものであるなら…」

 

「……あの6人のゴッドイーターは貴女の部下が何かか?」

 

「ええ、私の可愛い子供達です。新たな世代のゴッドイーター、来るべき時代の担い手、”ブラッド” …」

 

「ブラッド…か。私を捕まえるように命令したのは貴女だろう。何故、ああまでして私を?」

 

ラケルはまたクスクスと笑うと、初めて薄い笑みの他に表情を見せた。口元こそ笑っているが、その執着にも似た歪な感情に少し寒気が走る。

 

「昇華…あの子の目覚めのためです」

 

その回答は全く要領を得ないものだが、とりあえず私を必要とする事には間違いはないようだ。私はどうするべきか?ラケルは間違いなく頭のネジの一本や二本は外れている。

ビルゲンワースや医療教会の連中のように、目的の達成のためには他者を平気で利用し踏みにじる、ラケルはきっとそういう人間だ。私が五体満足で無事解放されるなんてことは、まずないような気がする。

 

「あの子の為に、貴方の力が必要なのです。協力してくださるならこちらも見返りを用意します」

 

見返り、と漠然に言われても判断のしようがない。仮に金を出す、とか言われても私には何の価値もないのだ。

 

「…フフッ、貴方が欲しがってるものですよ。私が貴方に提供するものは……狩場。貴方がアラガミを狩るための場所を提供します。もちろん、フェンリルや他のゴッドイーターに邪魔されることはありません。誰にも邪魔されずアラガミと戦えるのは貴方にとっても本望ではないですか?」

 

…これは思ってもみなかった。確かにフェンリルやその他の人間たちを気にせずにアラガミを狩れるなら、それは私としても願ったりだ。もしこの申し出を断ったらどうなるか…、良くて足枷をつけられて解放されるか、悪くて実験材料だ。

そうなると私に選択肢なんてない。実験材料なんて論外だし、ゴッドイーターたちの陰でせせこましく狩りを続けるのも気に入らん。私の返答はもう決まっている。

 

「癪に触るがその申し出、受けるしかなさそうだ」

 

「…その返事を頂けて良かったです。貴方に枷を付けるのは心苦しいですから…」

 

ラケルは満足気に微笑むと、私の手をそっと握って握手をした。先ほど感じた人ならざる温もり、それはラケルの中のアラガミを感じたからなのかもしれない。

しかし、それでもやはり、この女を信用することはできなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ラケル先生、これは…どういうことですか?」

 

金髪の男、ブラッドの隊長ジュリウスが困惑した声色でそう言う。ジュリウス以外のメンバーも驚きで声を失っている しかし、それも無理はないだろう。

ラケルに呼ばれて彼女の研究室に来てみれば、そのラケルの横には私が立っていたのだから。丸腰でアラガミと檻の中に入っているようなものだ。

だが驚いているのはこっちもだ。ラケルとの交渉の後、ここに連れてこられて何をするかと思えば彼らがやって来たのだ。

 

「安心なさい、ジュリウス。彼は今日からあなた達と同じブラッドとなるのよ。あなた達に危害を加えるようなこともないわ」

 

「「「……ええぇぇっ⁉︎」」」

 

驚きの声を上げているが、こっちだって予想外すぎて声も出ない。確かにラケルは邪魔の入らない狩場を用意するとは言ったが、まさか私をフェンリルのゴッドイーターにするつもりだとは、微塵も思ってなかった。

確かにフェンリルのゴッドイーターであれば、何処でどんなアラガミと戦っても問題はないだろう。フェンリル側からすれば何もおかしなことはない。

だが、解消すべき問題は色々とあるだろう。私はそもそも人ではないのだ。フェンリルは人ですらないものをゴッドイーターとして迎え入れるわけはずがない。それに私が思うがままに狩りを続ければ、すぐに噂されて怪しまれるのではないか。

 

「僕、その人と戦って死ぬかと思ったんだけど…」

 

「そうだよラケル先生、仲間にするなんてやばいって!」

 

2人の少年が抗議の声を上げる。寧ろ私も抗議の声を上げたい。さっきの問題に加えて私を捕まえようとした彼らに、私が信用されるだろうか?私は自分が血に酔った狂人だという自覚はある、そんな狂った男が人から信頼されるはずがない。

 

「ラケル博士だって見たでしょう、僕の撮った映像。その人はいつあんな風になるか分かったもんじゃない…危険すぎます!」

 

「大丈夫ですよ、彼がつけている腕輪には彼の血の力を抑制する機能があります。これがある限り、血の力が暴走することもありません。オラクル反応を検知されることもないでしょう」

 

自分の右腕に付けられた腕輪を見る。これで本当に上位者の血の力を抑えられるというのか?少し疑わしいところだ。

 

「血の力?こいつもジュリウスやシエルみたいな血の力を持っているのか…?」

 

「ええ…でも正確には貴方たちの血の力とは異なるもの……血の意思を力とするのが貴方たちなら、彼は血の遺志を力とするのです」

 

血の遺志、確かに的を射ている。上位者の血から力を発現させるのはアラガミとしての能力だろうが、遺志を己の力とするのは狩人に元来備わる力だ。

殺した獲物から、力尽きた同胞から…時にはそれが血でなくとも遺志の宿るものならば、狩人は己が力として取り込むのだ。狩人たちが本能的に血を求めるのは、そこが起因してるのかもしれない。都合よく、血を得ることが快楽に繋がるからな。

ラケルの話からすると、この6人のゴッドイーターたちも血に由来する力を持ってるのだろう。狩人にも似た気配を感じたのは同じような力を持っていたからだろうか?

しかし、似ているとはいえ私と彼らでは全くの別物だ。意思が今を生きる縁とするなら、遺志は終わってしまったものの残存だ。未来に紡いでいくのか、失われていく過去に手を伸ばすのか…こうして見ると分かりやすいくらいに真逆である。

 

「ラケル先生、つまり彼を同じ部隊の仲間として受け入れ、共にアラガミと戦え、と?」

 

ラケルにジュリウスと呼ばれた青年が、再びラケルにそう問う。ラケルは口には出さず、ただ静かに微笑みながらゆっくりと頷いた。

それを見たジュリウスはどこか納得したような表情を浮かべ、それを了承する旨を伝えた。

正直、驚いた。私は絶対に拒絶されると思っていた、寧ろやはりここから抜け出すか、などと考えていたのだ。ジュリウス以外のメンバー、特にニットキャップの少年と茶髪の少年はまだ納得してなさそうだが…いや、銀髪の表情の乏しい少女と帽子の男は特に反論はしなかった。

2人の少年はまだ何か言い淀んでいるようだったが、それを遮るように研究室の扉が開き、赤髪の女性が入ってきた。

 

「ラケル、グレム局長が……あら、お取り込み中だったかしら?」

 

「いえ、大丈夫よ、お姉様…グレム局長がお呼びに?」

 

「ええ、極東支部での神機兵運用実験について、ね」

 

赤髪の女性は私をちらりと見ると、すぐにラケルと一緒に研究室から出て行った。だがラケルは出ていく前にこちらを振り返り、私の心を見透かすかのように一瞥した。

 

「仲良くするのですよ…あなた達はもう家族なのですから」

 

ラケルはそれだけ言い残すと研究室こら離れていった。後に残された私たちの間には沈黙と気まずい空気が流れていた。

家族、などと言われても、彼らとは先ほど刃を交えた相手なのだ。そう簡単に割り切れるものではないだろうに…。

 

「…コホン、経緯はどうあれ君は俺たち、ブラッドの仲間だ。歓迎しよう、ようこそブラッドへ」

 

ジュリウスが私に手を差し出すが、私は躊躇ってしまう。この手を握りかえせば、納得してるにしろしてないにしろ、ブラッドという一つの部隊に迎えられるということだ。

何故、そんなあっさりと受け入れられるのだ、この男は?

 

「…君も見たのではないのか?気の触れた私がアラガミと殺し合うのを…それでも、迎え入れるというのかな」

 

「ラケル先生がああ言うのであれば、君を拒絶する理由にはならない。俺には今の君は普通の人の心の持ち主に見える、俺たちと同じように人の意思を持っているように見えるんだ」

 

ジュリウスは茶髪の少年と同じように、真っ直ぐな瞳でこちらを見据えている。そしてやはり少年と同じく、私の目には眩しく映る。

それは誰かを信じようと思う心なのか。あの少年もきっと仲間を信じて疑わなかったに違いない。そしてジュリウスも今、私を信じようとしている。仲間を信じる、絆というやつなのか。

私が誰かを信用して心を許すことがあっただろうか?いや、常にそれが誰であろうと、いつそいつが私に刃を向けるのか、いつ私を裏切るのかを警戒していた。誰かを信じて背中を預けるなんてできやしなかった。

 

(だから私は少年と刃を交えた時、私にはないその意思に…血に惹かれてしまったのだろうか?)

 

私はヤーナムでもこの世界でも、自分から生きた人に手を下す事は避けてきた。私が求めたのは獣と上位者の血であり、人のものではないのだ。

どれだけ酔いと快楽に押しつぶされても私の奥底にはまだ恐怖や恐れという感情が眠っている。それは私が心のどこかでまだ人でありたいと思う一縷の望み。

私がアラガミになっても、それは表に出てこなくなっただけで心の奥底に眠っている。人の血とは狂気を鎮める、人の血を啜れば私のそういった感情が戻ってきてしまうかもしれない。獣に恐れを抱くようでは、すぐに喰い殺されるだろう。だから、自分から手を出す事はなかった。

しかし、彼らの仲間になれば、私が仲間というものを持てば……触れれば火傷してしまいそうなほど輝かしいそれを私が手にしてまったら、私は思い出してしまうかもしれない。もはや麻痺してしまった人の感覚を思い出してしまうかもしれないのだ。

己が生きる為に一度は捨てた人間性、狩りの記憶に塗り固められ狩りの中でしか自分を見出せなくなった私が…再び取り戻してしまったら!私は狩人のままであり続けられるだろうか?

 

(自分が狩人でなくなる……狩人であることを捨てる…そんなこと…!)

 

私にはできない…!私が狩人であることを私が否定したら、ヤーナムでの全てが無に帰す。ヤーナムで散っていった数多の命が、遺志が無駄になる。私が狩人であることを放棄する事は許されないのだ。

一度は引き返すチャンスは与えられた。あの時は欲望に負けただのと言い訳をしていたが、結局は狩人であることを捨てられなかった、自分自身を否定したくなかっただけなのだ……。

私が思い悩むのを察したのか、ジュリウスは一度手を引っ込めてしまう。だがその目は全く揺れていない。

 

「…俺は君がどんな人物かは知らない。だが君がアラガミと戦う理由があるなら、それは変える必要ない。ここにいる皆だって戦う理由はそれぞれだ。動機はなんだっていい、目的が共有できればいい。俺たちは共にアラガミと戦う…仲間だ」

 

(……お人好しな奴だ)

 

私を同じ部隊に迎え入れるというのは、自分のカバンに爆弾を詰めて持ち歩くようなものだ。刺激が加わればいつ爆発するのか分かったものじゃない。わざわざそんな危険物を彼らの中に放り込む必要はないだろうに…。しかし、どうしても惹かれてやまない。きっと私は彼らが羨ましいのだ。

私は少し溜息をついて、再びジュリウスが差し出した手を握り返した。

 

「ジュリウス、君たちが私を受け入れてくれるのは喜ばしいことだ。だがな、君たちはなにも私に心を許す必要はない。私は所詮アラガミ、君たちの倒すべき敵だ」

 

そうさ、今はただ利害が一致しただけ。それでも私は君たちにとって倒すべき危険なアラガミだ。

 

「君の言う通り、私の目的もアラガミと戦うこと。目的は一致してる。君たちと共通の敵であるアラガミを倒す為に私を存分に利用したまえよ。それ以上の関係は不要、そうだろう?」

 

馴れ初めはいらない、それが互いのためになる……と思いつつ、やはりそれは私は臆病者であることに他ならない。私には狩人でなくなってしまうことが、死ぬことよりも恐ろしいことなのだ。

狩人であることに拘ることが、どれだけ愚かで無価値なものだとしても、私の曲げることのできない道なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ラケル、本当に彼は大丈夫なのかしら」

 

「フフッ…心配ありませんわ」

 

赤髪の女性、レア・クラウディウスはラケル・クラウディウスの姉であり、2人はフェンリルでも有数の科学者だった。2人はこのフライアにて、”神機兵” と呼ばれるアラガミに対抗する新たな兵器、その開発と研究を行っていた。

 

「接触禁忌種 ”カーリー” 、人の姿を持つアラガミ…。その恐ろしき点は異常なまでの好戦的性格と、人と何ら変わらない知性を持つこと…。彼がもし人に対して敵対意識を抱けば、いくら偏食因子が人に向いていないとはいえ、いくらでもその力を振るうでしょうね。言ってしまえば、彼は最も効率的にアラガミの力を人に対して発揮できる…人類種の天敵よ」

 

「お姉様は心配性ね……彼には既に首輪が付いています。私達を裏切ることはありませんわ」

 

「そう…首輪付き、ね…」

 

レアはまだ納得できたいなさそうだったが、それ以上何も言うことはなかった。自分には見えないものが、ラケルには見えていることを理解していたからだ。

 

「ねえ、お姉様。私には聞こえたのよ……彼の叫びが。一人ぼっちになってしまった女の子が泣き叫ぶみたいに…一人は寂しいって叫ぶ声が聞えたのよ」

 

ただその叫びは、孤独な星の娘の声か、狩人の押し殺してきた心の声なのか…そのどちらなのかはラケルにも分からない。

どちらにせよ、ラケルにとって恐らくはこの世で最も彼女に近しい存在。手を差し伸べたいと思うには十分すぎる理由だった。それが、自身の計画のために利用するつもりだったとしても……。

 




血質技量キャラにレイテルパラッシュか銃槍を持たせれば、ゴッドイーターごっこができるぞ!もちろん左手は湖の盾だ!しかも何度床ぺろしてもへっちゃらだぜ!
あとローレンスとヨハネス支部長はなんか似てる気がする。

…ただし、ギルは獣化する。


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7話 ニュー・ジェネレーション

ある日、朝起きてハーメルンのマイページを開いたら…
( ゚д゚) なんか平均評価とUA凄い増えてる…!

読んでくださった皆様に感謝いたします。
これからも発狂しない程度に啓蒙を増やしていきたいと思います。


「それであっちの先に行くと訓練室。そこのエレベーターから同じように他の階に移動できるよ」

 

「う、うむ……フライアはとんでもなく広いな」

 

フェンリル極致化技術開発局 、通称 “フライア” …なんと驚いたことにこの基地は、街一つ分もある巨大な ”移動要塞” なのだ。最初は移動要塞というのがどんなものか理解できなかったが、デッキから外を眺めた時には荒れ果てた世界を見下ろすその景色に度肝を抜かれた。

このフライアもそうだが、この世界の人々の技術、科学は私のいた世界に比べて凄まじいほど発達している。ヤーナムのあの時代からどれほどの年月の差があるのか分からないが、信じられん進歩だ。

遠方にいる相手と瞬時に連絡をやり取りし、情報は紙ではなく全て電子の世界に管理される。馬車などはとうの昔に廃れ、鋼の翼で空を飛ぶ機械まである。改めて目にすると、人類が本当に自分で編み出した技術なのか疑いたくなる。やっぱり上位者か何かが知識を授けたんじゃ…。

 

(しかし、いくら何でも私を自由に歩き回せるのは危険じゃあないのかね)

 

このフライアの中を歩いて回るのに特に制限も掛けられなかった。この腕輪のせいか、通りすがる人も私を新人のゴッドイーターとしか見ていないようだった。いや、自由にしていいと言われるのは助かるが、私もそろそろ任務に参加したい。

このフライアに来て既に2日、しかしまだ一度もブラッドの皆とアラガミ討伐に出たことはない。まずはその獣みたいにアラガミと戦うことばかり考えるのはやめろ、と言われ仕方なく…少なくともこのフライアには馴染めるように色々と努力をしている。

それに私の神機は今は無いのだ。あの神機の刀身は何処かの誰かの神機を勝手に流用してるのだ。それがバレて持ち主の元へ送り返すと言って持ってかれてしまった。その代わりに私の望む神機を作る、と言うので、私の思う最高の仕掛け武器を所望してやった。

まあ、それが完成するまでやることがないのだ。こうしてフライアの中を手伝ってもらいながら探索している。手伝ってもらわないとエレベーターとやらの乗り方もイマイチ分からんのだ。

 

「あっ…僕そろそろ任務だから、もう行くよ」

 

「ん、分かった」

 

私をここまで案内してくれたのはブラッドの副隊長、桂城 キョウスケ。齢17だが、それよりも子供に見える。本人の目の前でそれを口にすると怒られるが…。

だがそんな見た目によらず、中々に肝が座っていて腕も立つ。ブラッドの面々が私を捉えに来た時、私が力を使った反動でかなり弱っていたとはいえ、キョウスケは仲間が集結する前に私を仕留めたのだ。しかも素手で、だ。

私自身、そこら辺の記憶は飛んでしまっているのだが、後から話を聞いた時は少しプライドが傷付いた。それぐらいでないと新世代を名乗るゴッドイーターの部隊、その副隊長は務まらんということか。

 

「僕がいない間に、変なことやらかさないでよ?」

 

「分かっている」

 

エレベーターに乗ってロビーに向かうキョウスケを見送りながら、改めて変な奴だと思う。最初はあれだけ私がブラッドに入ることを拒んでいた割には、こうやってフライアの案内をしてくれたりする。やはりよく分からん奴だ。

…さてキョウスケが任務に出たのだから、他のメンバーも任務だろう。しかし、私だけでは特にやることもない。…確か図書館という本のたくさんある場所があるそうだが、場所が分からん。

 

「適当に行ったら…たどり着くか?」

 

とりあえずエレベーターに乗り適当にボタンを押すも、当然ながら目的の場所にたどり着くことはない。色んな階を適当に行き来してる内に、一人の中年の男がエレベーターに入って来た。丁度いい、この人に聞けば図書館の場所も分かるかもしれない。

 

「すまん、少し尋ねたいことが…」

 

「お、やあやあそこの君。ちょーっと聞きたいことがあるんだけどねぇ」

 

ほぼ同時に話を切り出したにもかかわらず、男は有無を言わさぬ口調で喋り続ける。こっちの話などまるで聞いていないし、聞くつもりもないみたいだ。

仕方なく男の話を聞くと、どうやら神機格納庫に行きたいそうだ。白衣を着てるところから学者か何かかと思っていたが、どうやらその通りのようだ。

だが一つ問題がある、私は神機格納庫の場所など知らん。私が教えてもらったのは食堂やロビーといったごく一部だけなのだ。

しかし、男は私が場所を知らないことを知ると、今度はラケル博士の研究室に連れて行けと言う。確かにラケル博士の研究室は知っているが、この男は一体何のようなのだろうか?

 

「何の用、ってそりゃ仕事だよ仕事。それ以外に何かある?いや、でも今回は中々にエキサイティングな仕事だったねぇ。久々にテンション上がっちゃったよー」

 

男は実に嬉しそうにそう話す。どんな仕事だったのか気になるが、聞いても教えてはくれまい。ご機嫌に鼻歌を歌う男とともにエレベーターを登り、ラケル博士の研究室がある階に着く。

エレベーターの扉が開くと、外では二人の女性が立っていた。一人は…確かレア・クラウディウス、ラケル博士の姉だな。もう一人の青い髪の女は初めて見る。フェンリルの制服を着ているからフェンリルの人間なんだろうが。

 

「主任、予定の時間まであと僅かです」

 

「いやぁごめんよキャロリん。ちょっと道に迷っちゃってさぁ」

 

どうやら、この男の連れだったらしい。女は無表情だが、何となく怒っている気がする。しかし男はどこ吹く風だ。レア博士は二人のやり取りには慣れているのか、特に気に止める様子もない。

 

「あら、貴方も一緒にいたの。丁度よかったわ」

 

「私に何か用が?」

 

「ええ、そこの彼らがやって来たのは貴方のためよ」

 

…なんと、私に用事があったのか……ならば、エレベーターの中で気付いても良かったではないか。今は写真とか便利なものがいくらでもあるだろうに。

ということは、だ…その男の ”楽しかった仕事” というのはもしや…?

 

「あれ?彼が例の…?」

 

「そうです主任、出発する前に資料を見たのではないのですか?」

 

「そうだっけぇ⁉︎ぎゃははっ!まあ、いいんじゃないのどうでもー!」

 

主任と呼ばれる男はゲラゲラと笑いながらノックもせずにラケル博士の研究室に入っていった。わたしたちも後を追うように研究室に入るが、ラケル博士は主任の適当さにも動じず相変わらず抑揚のない声で挨拶をしている。

しかし、主任はすぐに真面目な表情になるとラケル博士に、なにやら書類を渡し始めた。

 

「お見事な手腕です。早急にとはお願いしましたが、こんなに早いとは思いませんでした」

 

「…何せ彼のような人型のアラガミをゴッドイーターに仕立てる、って言うんだ……俺が張り切らないわけないだろう?」

 

主任が渡した書類は、フェンリルの管理する戸籍や名義といった個人情報。その書類の人物はまるで知らない赤の他人だが、貼り付けられている顔写真は私のものだった。

つまり主任の仕事とは、私を法的に存在する人間にすることだったのだ。どうやったのかは知らないが、主任は私を実在する人間に仕立て上げたのだ。

しかし、主任の仕事はそれだけではなかった。もう一つの仕事、ある意味私が待ち望んでいたものだ。

 

「あとはそこの彼の専用神機、ある程度完成したよ」

 

「完成…⁉︎彼の要望を伝えたのは一昨日の晩じゃない…」

 

レア博士が驚きの声を上げる。私も驚いたが、それ以上に喜びの方が大きかった。神機が完成するまではまだしばらくはフライアで留守番させられると思っていたのだ。1日足らずで作り上げるとは嬉しい誤算だ。

自分の神機ができたかと思うと、居ても立っても居られなくなってきた。早くその神機を握りたい…!

 

「へへへっ、まあ落ち着きなよルーキー。完成っても機体だけだよ、内面のチューニングはすんじゃいない。お前に一度は握ってもらわないと調整できねーんだわ……で、どうする?」

 

「無論、今すぐにだ…!」

 

「…フフッ、こちらの書類の処理は私がやります。貴方は皆さんと訓練室に行きなさい」

 

ラケル博士の許可が出た瞬間、研究室から飛び出し訓練室に向かう。私の神機、私が望んだ神機だ!私の手に最高に馴染む仕掛け武器なら、もっといい狩りができるようになる。

エレベーターに乗り込み、ボタンを連打する。こういう時は階段で行った方が早い気がする…!エレベーターの閉まる扉の遅さに凄まじくイライラする私だった。

……あと、焦りすぎて教えてもらったばかりの訓練室の場所を忘れたのはここだけの話だ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

金属の壁に覆われた殺風景な部屋、私はいつもの狩装束をまとっていたが、その両手には主任が開発したという私の新たな神機が握られていた。さらにその神機に必要不可欠である、長い柄を折りたたんだ追加パーツを背負っている。

主任らはデータ収集の準備をしてるそうだが…やけに時間がかかっている。

 

『あーあー、えっとぉ?聞こえてるかなー』

 

突如、訓練室のスピーカーから主任の声が流れる。その喧しさに思わず耳を塞いでしまう。

 

「聞こえてる、だから声を落としてくれ」

 

『あ、聞こえてるんだ…んじゃ、始めようか!俺のプレゼント、気に入ってくれるといいんだけど…って、ちょっ!キャロリん何するのさっ………申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました』

 

ドタバタと物音をスピーカーから響かせて、落ち着いたと思ったら女性の声に変わっていた。確かこの声は主任と一緒にいた女だ。

しかし、茶番はいいから早く始めてほしい。ご飯を前に待てをくらう犬の気分だ。

 

『申し遅れました、今回オペレーターを務めさせていただきます。キャロル・ドーリーと申します。お見知り置きを…これからダミーのアラガミを数体だします。データの収集はこちらが行いますので、貴方は好きなように戦ってください』

 

「…了…解…!」

 

ダミーのアラガミが出現するのを今か今かと待ち望む。きっと今の私は愉悦に歪んだ表情をしているだろう。この神機は未調整の状態でも私の手によく馴染む。早くをこいつを振り回したくてしょうがないのだ。

 

『ダミー生成開始、それでは健闘をお祈りします』

 

散布されたオラクルが収束し、擬似的なコアを中心にオウガテイルの姿を形取っていく。しかし、形成されたダミーが動き出す前に私の神機がその頭を両断した。

大きく湾曲した片刃のショートブレード、しかしその割には刃がかなり大きく重い。刀身が大きくなれば重量も増すが、私の注文通り装甲は取り外してあるので、重量バランスに問題はない。

しかもこの刀身、内側の峰の部分にも刃が仕込まれているので、多彩な振り方が可能だ。

 

(この感じ、この感触、この手応え…!)

 

新たに生成されたダミーに向けて、ピストル型神機から生まれ変わったピストル型神機の銃口を向け、引き金を引く。前よりも大型化したが、内蔵機器が新調されその性能は大幅に向上している。

次々と吐き出される散弾がダミーを削り取っていくが、やはり段違いだ。取り回しこそ少しばかり悪くなっている、しかしそれを考慮しても有り余る威力、オラクルの消費効率、射程距離、全てが違う!

散弾の嵐の前にダミーはあえなく砕け散っていく。こんなものでは話にならない。

 

「キャロル、ダミーの生成をもっと速くできないのか…!」

 

キャロルから返答はなかったが、応えるようにダミーの生成されるスピードと数が爆発的に増していく。そうだ、これくらいはいないと試しがいがない!

 

(新たな神機、その真価…どれほどのものか…!)

 

背中に背負う追加パーツである柄を展開させ、その先端部にショートブレードの神機を接続する。金属音を立てて追加パーツと組み合わさった神機は…湾曲した内刃を剥き出しにし、その姿を大鎌へと変えた。

変形時の稼働がまだぎこちない、長モノになっただけで重量バランスが崩れたような気がする……しかし、これこそが私の求めた仕掛け武器…!

 

「はははっ‼︎」

 

ショートブレードから新たな刀身 ”ヴァリアントサイズ” に変形した神機を振りかざし、ダミーを真っ二つに斬り裂く。

もともと従来のヴァリアントサイズより柄が長めなせいか、ショートブレードよりもリーチに優れる。遠心力と刀身の重さを乗せた一撃は、容易くオラクル細胞の結合を断ち切った。

だがヴァリアントサイズの力はこんなものではない。他の刀身にはない特殊な能力を秘めている。

 

(さあ、行くぞっ…!)

 

ヴァリアントサイズを背中に背負うように構え、神機の形を変形させていく。神機の捕食口が歪な形に変形し、刀身を覆う。

ヴァリアントサイズの最大の特徴、それは ”咬刃展開形態” にある。神機は謂わば人工的なアラガミ…当然、神機内部には生体パーツが使われている。咬刃展開形態とは、神機の生体部分を伸長し咬刃という神機の牙を形成、それによりヴァリアントサイズは通常の倍以上のリーチを得るのだ。

広範囲を一度に刈り取る、それがヴァリアントサイズの真髄。一対多数に最も優れた武器とも言える。相手がダミーなら尚更だ、いくら数がいようと…。

 

「たった一振りで、なぁ…!」

 

咬刃を蠢かせ機械的な刀身から巨大な禍々しい刃へと姿を変えた大鎌で、ダミーたちを薙ぎ払い、鋭い牙と刃がバラバラに引き裂いていく。

想像以上の出来だ。私の希望する神機を作るというから、私は所望したのだ。全ての仕掛け武器の原点にてマスターピース、あの最初の狩人ゲールマンが振るった仕掛け武器、私はそれをこの神機に見立てた。

狩人として、私に多くの助言を与えてくれた彼は、あの狂気の世界で数少ない人の心を無くしていない者だった。だからあの時のことはよく覚えている。血と悪夢に囚われた私に、憐れみと哀愁の目を向け、この大鎌の神機のように ”葬送の刃” を手にする彼を……。

老いさらばえても、狩人としての力は微塵も衰えていなかったのだ。片足も失い走ることさえできない身体でも、速さを基調とした戦闘スタイルは錆び付いていなかった。

私は彼の狩りに対して羨望にも近い憧れを抱いた。獣を狩ることを「弔い」と考えた彼の狩り、決して血に飲まれることなく人であり続けた強靭な意志…彼が既に悪夢に憔悴していたとしても、最高の狩人であることに間違いない。

 

(だがな、ゲールマン。狩人とは獣を狩るもの…そう教えたの貴方だ)

 

血に飲まれようが飲まれまいが、ここが悪夢だろうがなかろうが…そこに私の獲物がいるなら一片の慈悲も持たず狩り殺す。それはこの私の身が朽ちて果てるまで続く…!

 

「そうだろ?私たちは狩人なんだ、狩人が狩りをやめてどうする。全てが長い夜の夢…結構じゃあないか。たったひと時の夜、されど永遠のように長き悪夢、存分に躍り狂って何が悪い!」

 

昂ぶる感情に呼応するように、神機の形がさらに歪なものへと変化していく。ただ目の前のダミーをバラバラに引き裂くことだけに思考が染る。咬刃の制御が効かなくなり、しかし私に付き随うようにその牙を剥き出した。

 

「…!おい、もう打ち止めか?」

 

しかし、神機を振り回すうちにダミーの生成が止まり、跡には咬刃に斬り裂かれた壁と霧散したオラクル細胞が漂うだけだ。

そこで私はようやく頭が冷えてきた、少し熱くなりすぎたみたいだ。神機も咬刃が展開されたまま蠢いており、私にも牙を剥きかねない。各種パーツにも火傷しそうなほどの熱が篭り、神機を握る手も灼けるような痛みを訴えている。明らかに異常をきたしている。

 

『お疲れ様です、必要なデータは取れました。神機はこちらでお預かりしますので、貴方はラケル博士の研究室にお戻りください』

 

「……ああ、分かった。よろしく頼む」

 

私は改めて手元の神機を見下ろす。制御を失い無造作に膨張させた神機の肉に覆われた禍々しい大鎌…ゲールマンの振るった大鎌はある種の美しさすら垣間見えた、それとは大違いだ。

まるで私と彼の狩人としての矜持の違いを見せつけられているようだ。私はどれだけ足掻いてもゲールマンにようにはなれない。

ゲールマンの大鎌を美しく思ったように、この大鎌は私の中の醜い獣性を表しているのかもしれん。

 

(ふん…人ですらない化け物にまで身を堕とした私には丁度良いじゃないか)

 

まだ暴れ足りない様子の神機を諌めるように、指先を少し咬み血を垂らす。滴る血は神機にゆっくりと少しずつ、渇きを潤すように染み込んでいった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

訓練を終えた後、私は一人ラケル博士の研究室に戻った。主任は私の神機の調整のため何処かに行ってしまった。色々と弄るところはあるそうだが、明後日には運用できるようになるそうだ。

研究室に戻った私はラケル博士から、私の身分を証明する書類をもらった。書類の人物はラケル博士の児童養護施設の子供だったらしいが、不慮の事故で死んでしまったらしい。

 

「貴方には名前もありませんから、代わりにこの子の名前を名乗るといいでしょう」

 

書類の名前を見るが、なにやら見慣れぬ文字で書いてあった。これはニホンの漢字、というやつだろうか。まだ漢字はあまり読まないのだ。

 

「フフッ…その名前は…烏丸 イオリと読むの。カラス、貴方にはぴったりだと思いませんか?」

 

「カラス…ふむ…悪くない」

 

カラス…crow、いやどちらかというとravenの方かな。カラスの意味だけでなく、死や悪病の暗示でもある。また、略奪や貪り喰らう、といった意味もある。確かに私にはぴったりだな。

 

(烏丸 イオリ…私の名前、か……元の持ち主がどんな人物かは知らぬが、しばしその名前を借りさせてもらうぞ…)

 

「神機の調整が終われば、貴方は本当の意味でブラッドの一員になるわ。訓練中にP66偏食因子の拒絶反応が出たと聞いた時は少し心配しましたよ」

 

…そうだ、この女…私が捕らえられた時に勝手にP66偏食因子を打ち込んだのだ。従来のゴッドイーターに投与される偏食因子はP53偏食因子だったか。この偏食因子に適応できるものだけが、神機を操ることができゴッドイーターとなるんだそうだ。

私はP53偏食因子は持っていなかったが、私が神機に適応したのではなく、神機を無理やり私に適応させた、と言ったほうがいいかもしれない。

そして新たにP66偏食因子というのを投与された訳だが…この偏食因子、他の偏食因子と違い「血の力」とやらを覚醒させるんだそうだ。他の偏食因子よりも適合率が低く、適合しているのはブラッドの6人だけ。故に彼らは新世代のゴッドイーターであり、”ブラッド” という名称が付けられているのだ。

まあ、私も特に問題なく身体に馴染んでくれたようだが、新しい神機を握った時に今までなかったP66偏食因子が反応したせいで、少し神機の侵食を受けていたのだ。灼けつくような痛みは火傷ではなく、それが原因だったみたいだ。

 

「やーやー、お待たせお待たせ」

 

またもやノックもせず喧しく研究室に入って来たのは…やはり主任だった。

 

「おう、カラスくん、新しい神機は良いもんだったろう?こっちも君の案を聞いた時はホント驚いたよ。神機に二種の刀身を搭載した完全なる近接特化、遠距離は零世代神機でカバー、神機の二刀流だなんてねぇ。仕事でたまたまここに来てて良かったよー。ま、カラスくんの神機はアーティフィシャルCNSがないからね、神機というよりもはや君の体の一部かな。あんなの初めて見たから興奮しちゃってねぇ、作業が進むわ進むわ…いや、弄るのは他の神機に比べて楽では……おっと、喋りすぎたかな」

 

いきなりやって来てまくし立てる主任に、少し鬱陶しく感じながらも礼だけは言っておく。興味を待ったからとはいえ、こんなにも早く作り上げてもらったのだ。

 

「いいよいいよ、礼なんて。こっちが面白そうだからやっただけさ。ああでも調整はすぐ終わるけどねぇ、俺もすぐに本部に戻らなきゃいけないのさ。どうもまたアーチボルドのバカがやらかしやがったみたいでさ、区画一つの電力を丸々潰しやがった…。なんでこれからの整備はよ、ウチの優秀な技術屋を送っておくからそいつに頼んどけ」

 

「あ、ああ…あんた本部の人間だったのか?」

 

「そうさ、本部の開発室のな」

 

もしかしたら、この人は私が思っている以上に凄い人なのかもしれない。正直、ただの喧しい奴だと思っていた。それに技術者という割には私の身分を作り上げたりと、隠蔽や政治的な手腕にも長けているのかもしれない…見かけによらぬとはこのことか。

 

「んじゃ、俺は一仕事したら帰らせてもらうよ、ラケル博士」

 

「ええ、お世話になりました」

 

「ま、すぐに戻ってくることになりそうだけどねー!」

 

主任は研究室に入って来た時と同じようにゲラゲラと笑いながら出ていった。なんだかあの人と話をしていると猛烈に疲れる気がする。しかし、神機を作ってもらったことには感謝せねばなるまい。

これでようやく、ゴッドイーターとして活動できるのだ。あとは私があの神機を確実に使いこなせるようになればいい。

 

「…そういえば、貴方が最初に目覚めたのはイギリス支部の付近だったかしら?」

 

「ああ……それがどうした?」

 

何か意味ありげに尋ねてくるラケル博士は相変わらず何を考えているか分からない。イギリス支部がどうかしたというのか?

 

「イギリス支部にて正体不明のアラガミが出現し、壊滅的な打撃を与えた…というのはご存知?」

 

「…いや、初めて聞いたが。新種のアラガミか何かか」

 

イギリス支部がどの程度の規模なのかは知らないが、そのアラガミとやらはそれなりに強大なものなのだろう。だが、それが私に何か関係あるというのか?

 

「フフッ……いえ、そのアラガミの情報は殆ど無いのだけれども…接触禁忌種 ”カーリー” の偏食場パルスに似た反応を検知したそうよ」

 

「…偏食場パルス?」

 

「数日前に貴方が発したあの絶叫…私には聞こえましたよ。フフフッ、つまりは貴方と似たような力をもつアラガミ、ということです」

 

それを聞いた途端、全身の血が凍りつくようだった。それはつまり…上位者の力、ということだ。まさか、私と同じようなものがいるとでも言うのか?確かにそれは否定できないが、未だにヤーナムにいた私がここにいる理由がよく分からないのだ。そんな簡単に同じような境遇に至るものがいるだろうか。

それよりもこう考える方が理解できる。奴らが再び姿を現したと考える方が…!

人の蒙昧な知識では声すらも理解できぬ高次元的宇宙、我々からすれば神にも等しき存在、上位者の先触れと考えるべきかもしれない。

奴らが再び現れたと思うだけで、背筋に悪寒が走る。だがそれは恐れからでは無い。あのクソ共をまたぶち殺すことができると思うと、喜びから震えが止まらなくなったのだ。あいつらは、私にとって絶対に生かしておくことのできない、怨敵なのだ。

 




今回登場した主人公の神機、当然原作には近接二種の切り替えとかできませんが、どうしてもこれがやりたかった…。
一重にブラボ主人公にヴァリアントサイズを持たせたかっただけですね。
あと主任は某硝煙臭いロボゲーのあの方が元ですが、本当はブラボの工房のキャラでも出そうかと…。でも火薬庫とか出すと主人公がパイルマンになってしまいそう。


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8話 小さな信頼

ようやく投稿できました。
これからは少し投稿頻度が落ちるかも…申し訳ないです。
ところでたまに見るやたらと高い啓蒙の持ち主からの感想にはどう返信するのがベストなんでしょう?
作者の啓蒙がまだ足りなさすぎるのか…。


”全て…長い夜の夢だったよ…”

 

それが狩人ゲールマンの最後の言葉だった。舞い散る吹雪のような白い花畑に倒れた彼は、どこか安堵した表情していた。

私をこの悪夢から解放すべく介錯の刃を向けたゲールマンと、私は自身の狩りを続けるために戦った。その激闘の末に私はついに彼を下した。

しかし、跡に残ったのはやりきれない喪失感と、狩人として彼を超えることはできないという敗北感。そして…穢れた月から舞い降りし形容し難い異形だった。

悍ましい触手をくねらせ静かに花畑に降り立つそれは、直感的に上位者だと分かった。私は上位者が嫌いだ、獣の病の根源だからとかそんな理由ではなく、ただただこいつらが嫌いだ。

いつもならこいつが視界に入っただけですぐに殺しにかかっていた。なのに何故か私の体は言うことを聞いてくれなかった。灯火に引き寄せられる夏の羽虫のように、月の魔物に引き寄せられていったのだ。

フラフラと近付いてくる私を、月の魔物は我が子を抱こうとする母のように両手を広げている。そして、私の手と月の魔物の顔が触れたとき、月の魔物はその両手と触手で私を包み込むこんだ。

その悍ましい見た目からは想像できぬような冷たい温もりがあった。矛盾しているが、そう感じるほど優しい抱擁だった。

 

(ああ……このまま目を閉じてしまおうか…)

 

赤子のように、この冷たい揺りかごの中で……しかし、私の瞳は閉じることはなかった。

 

「ーーなんて事するかよ、バカが…」

 

”獣狩りの散弾銃” そののっぺらな顔に押し付け引き金を引いた。月の魔物は悲鳴をあげて抱擁を解き、私から飛び退く。

こいつに触れてわかった。きっとこいつがゲールマンを狩人の夢に縛り続けた存在。ゲールマンが死んで今度は私を夢に縛りつけようというのか?冗談じゃない、そんな事をしたら私は私の狩りを続けられなくなる。

それにこいつの目的はそれだけじゃない。私に流れる青ざめた血が欲しいのだ。数多の獣を狩り、上位者を縊り殺した私の血が欲しいのだ。

ゲールマンも私も、他の夢を見ていた狩人たち全てを、こいつは良いように利用しようというのだ。

 

「ふざけやがって、この気色悪いナメクジが…!我々狩人をなんだと思っている、貴様らのオモチャでも人形でもない!貴様は殺す、絶対に殺す…!殺してやる‼︎」

 

咆哮をあげて敵意を露わにする月の魔物に、こちらも濃い殺意を叩きつける。ノコギリ鉈を変形させ、獣血の丸薬を飲み込む。

獣の血を固めて作ったと言われるこの丸薬が、一時の獣性へと私を導く。すぐに身体中の血液が沸騰を始め、目の前のクソ野郎を八つ裂きにすることだけが思考を支配する。

 

「死ね…!」

 

ノコギリ鉈を振り上げ、散弾銃から弾丸の嵐を吐き出す。がむしゃらに突撃を繰り返し、瞬く間に身体は傷だらけになる。傷を負っては月の魔物の返り血で傷はすぐに癒えていく。

今の私は生半可なダメージでは足を止めることはない。しかし、月の魔物のあげた金切り声が、瞬時に私の視界を真っ赤に染めた。鼓膜を通して脳を揺さぶるその金切り声に、限界を超えた痛覚は麻痺し目や耳からドロリとした血が流れ出た。

だが、何度虫の息となっても、何度死の淵に落とされても、私は武器を振るう手は止めなかった。

 

「…調子に乗りやがって……‼︎」

 

ついに私の限界が訪れる前に、ノコギリ鉈に限界が訪れた。月の魔物に食い込んだまま折れたノコギリ鉈をすぐに手放し、ゲールマンの亡骸の横に転がる ”葬送の刃” を拾い上げる。

 

(少し借りるぞ…ゲールマン!)

葬送の刃を背中に背負うように構え、勢いよく薙ぐ。触手を切断された月の魔物がさらに叫び声をあげ、血の雨を降らせた。

脳は上位者の声に当てられ、蕩け崩れる寸前だ。このままでは私の心が折れる前に肉体が保たない。懐からヤーナムにいた医者であるヨセフカの精製した輸血液を、太ももに突き刺し注入する。

この輸血液は高い感覚効果があり、狩人の体を大きく癒す…そういう代物だったはずだ。しかし、輸血しても、血を得たことによる快感も、傷が癒えることもなかった。ただ異物が体内に混入した違和感があるのみだった。

 

「うっ…!な、何故…⁉︎ゲホッ、ゲホッ…!」

 

余分に輸血された血液が喉元までせり上がり吐き出され、白い花々を汚していく。何故、血の感覚効果が得られない…何故、体が血を受け入れない!

考えられるのは月の魔物の力…狩人からそういった感覚を奪い去るのかもしれない…!

 

(血を得ることに意味を見出せないなど…!)

 

「ふざけるな…!返せ…私の生きる感覚を返せ!」

 

しかし、月の魔物は暴れる私を触手で搦め捕り動きを封じる。そしてその鋭い鉤爪で私の胸を引き裂き、心臓を抉りだした。

 

「ガハッ……!」

 

まだ生々しく鼓動を続ける心臓を優しくつまみ上げ、紅く輝く月に向かって捧げるように掲げた。心臓から滴る血が月の魔物の顔に滲んでいき、それを楽しんでいるように見えた。

 

(返せ…!返…せ……!)

 

もはや指一本動かすこともできぬ私を、最初と同じように静かに抱き上げ、そして……。

 

 

 

 

 

 

「…んっ?」

 

機械音と共に羽ばたく鋼の翼、鳥のように風に乗り空を駆けていく。開いたドアから入り込む風が頰を撫で、自分が空を飛んでいることを思い出す。どうにも居眠りしていたようで、嫌な記憶が蘇ってきたような気がするが…なんだったか?

眼下に広がる次々と移ろいゆく頽廃的な世界、もはや人の住めぬ廃墟群が広がる。徒歩だと随分と面倒そうだが、 ”ヘリコプター” とやらは実に移動が快適だ。

 

「…イオリ、話を聞いているか?」

 

「ああ……すまん」

 

先程までの居眠りのせいでジュリウスの話を全く聞いてなかった。ジュリウスが気を取り直して再び作戦の説明を始める。

流石に私も真面目に聞いといた方が良さそうだ。これは私がブラッドのゴッドイーターとしての初陣だからな。まあ、聞いたところで、だ。私の立ち位置は大体わかっている。

 

「ナナとギルはポイントB、俺とシエルはポイントC、キョウスケとロミオは両ポイントの中間地点で待機だ」

 

「ポイントAはどうする?」

 

ギルにそう聞かれたジュリウスは私をちらりと見る。そんな目で見なくとも言わんとしていることは分かっている。

先ほどのオペレーターの報告では今回の討伐対象であるコンゴウ2体はポイントB、Cにいる可能性が高い。大方ポイントAには小物が幾らか群れているのだろう。

 

「イオリ、ポイントAに向かい確保を頼む」

 

やはり、予想通りだ。つまりジュリウスは、私が一人で周りを気にしないで済むようにしてくれたのだろう。いきなり皆と連携を取れなどと言われてもできる気がしない。勝手に動き回って皆の足を引っ張るだけだ。

いつまでもそうは言ってられないだろうが、まだ新しい神機にも慣れていない。今回ばかりはお言葉に甘えさせてもらおう。まあ、小物の掃除など私には大した仕事じゃあない。

 

「了解した」

 

「…ジュリウス、本当にこいつで大丈夫か」

 

「小型程度なら、彼の相手にもならんだろう」

 

なにやら知らずの内にジュリウスに高く買われていたみたいだ。ギルは何か言いたげだったが、なにも言わずに黙ってしまった。

 

「そろそろ降下地点だ、装備の点検を忘れるな」

 

各々の仕事の確認は済んだ。あとは手筈通りに動くだけ…。

ヘリコプターが間も無く降下地点に着く。改めて自身の握る神機 ”ベエーアディーゲン” の状態を確かめる。主任の調整を受けて咬刃の制御も万全、変形時の挙動もスムーズになっている…といってもだな、今回はその性能を遺憾なく発揮できるような相手ではなさそうだが。

 

(仕事、っていうのはそういうものか…)

 

降下地点にたどり着くまでの暫しの空の旅を、眠気混じりのあくびと共に楽しむ私だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

青々と広がる空を見上げながら、柔らかな太陽の光をその身で感じる。緩やかに吹く風が心地よく、また眠ってしまいそうだ。

 

『ちっ…コンゴウが移動を開始した!』

 

『こちらもだ。ロミオ、キョウスケ!コンゴウの退路を塞ぐんだ!』

 

『了解…おわっ!ザイゴートいるよ!』

 

『ロミオ先輩!そんな雑魚はいいから早く行くよ!』

 

「…はぁ……」

 

無線から飛び交う皆の声を聞きながらため息を一つ、なんだか仲間はずれな気分だ。…私の仕事?ああ、それならとうの昔に終わってしまった。

ポイントAにいたのは”ドレッドパイク” という虫型のアラガミと、ボロボロの布切れをまとったような外見の砲台型のアラガミ ”ナイトホロウ” が数体いただけだった。

ドレッドパイクは体当たり程度の攻撃手段しか持っておらず、ナイトホロウも当たりもしないオラクルの砲弾を撃つばかりの的だ。そんな奴らを片付けるのに数分もかからない。

神機を横に置いて草の生い茂ったコンクリートの上で横たわるのは、なかなかに気持ちがいい。皆が働いてる中でこうして寛いでいるのも申し訳ない気分だが、出された命令が待機だからしょうがない。

 

「…退屈だ、何か他にアラガミが……」

 

神機をひっ掴み、すぐに跳ね起きる。ポイントAから南東に…ちょうどポイントB、Cから反対の方向だ。あちらから何か来るな…また小物か?

 

「あー…オペレーターの……」

 

『フランです。どうかされましたか?』

 

「いや、少しアラガミの気配が…南東の方だ」

 

『南東…確かに小型のアラガミの反応がいくつかあります』

 

「小型、か…」

 

少し当てが外れてしまったな。中型か大型のアラガミであれば、口実にして自由に動けたかもしれないが…いや、そういう考えが良くないか。思わず落胆してしまうが、フランの報告にすぐに気分が盛り上がる。

 

『いえ…小型のアラガミに接敵するオラクル反応…中型種、シユウです!』

 

「シユウ…種別は?」

 

『堕天種…帯電型です』

 

「分かった、助かる」

 

それを聞いたら黙ってはいられない。作戦エリア内に侵入して来る前に叩いておいた方がいいだろう。これは決して勝手な行動ではないぞ、ジュリウスらの邪魔をさせない為の必要な行動だ。別にアラガミを狩りたくて仕方ないわけじゃないぞ?

 

「というわけだ、ジュリウス」

 

『……どういうことだ?』

 

「狩ってくるぞ」

 

そのままジュリウスの返答を待たずして走り出す。ポイントAから南東、数ブロック先にある大きな駐車場にシユウ堕天種がいる。

崩れた建物の瓦礫を越え、倒壊したビルの中を駆け抜ける。割れたガラスから外に飛び出すと、廃墟が開けた大きな広場に出た。そしてそこには目標であるシユウ堕天種とそれと争うオウガテイルの群れが、その広場…駐車場にいた。

 

(見つけた……見つけた!)

 

オウガテイルの群れは既に数が減ったのか、残ったのは3匹。ほっといてもシユウ堕天種に殺られるだろうが、待つなんて煩わしいことはしない。まとめて食い破るまでだ。

 

「はっはっはっ!」

 

ベエーアディーゲンをショードブレードからヴァリアントサイズに変形させ、一番手前にいたオウガテイルを一振りで両断する。

調整が施され万全となった神機のその威力に私自身少し驚くが、よく手に馴染む…悪くないな!

突如奇襲してきた私にオウガテイルとシユウも気付くが、オウガテイルが何かする前にシユウの雷撃に焼き尽くされる。

 

(ほお…中々に強力な電撃だな)

 

本来、シユウ種に電撃を操る能力などはないのだが、こういう進化を遂げた個体もいる。劣悪な環境に適応する為だったり、特定のアラガミを食したり…原因は様々だが、こうした個体を堕天種と呼称するそうだ。

ヴァジュラにも匹敵する威力の雷撃…シユウは金属質の外皮に覆われている分、血による回復もあまり見込めないだろう。まともに喰らえば流石に不味いな。

シユウもこちらを警戒しているのか、低く唸り声を上げながらこちらを見据えているだけ、自分から仕掛けようとはしなかった。

 

「そっちから来ないならこっちから行くぞ?」

 

神機を両断したオウガテイルの片割れに突き刺し、そのままシユウに向けて放り投げる。シユウは軽やかに躱し、こちらを完全に敵と見なしたのか体を帯電させながら滑空してきた。

 

(速い…!堕天種、通常種よりも基礎的な能力も上なのか)

 

滑空するシユウの上を、ヴァリアントサイズを引っ掛けて飛び越す。すれ違いざまに幾らか斬りつけてやるが、やはり硬い金属質の外皮に斬撃は効きが悪い。

それならば戦い方を変えるまでだ。ヴァリアントサイズからショードブレードに変形し、ピストル型神機 ”エヴェリン” に特殊なパーツを取り付ける。散弾に適した口径のバレルから、貫通力と射程に優れたロングバレルに切り替える。

 

「ガアアッ!」

 

武人のような体術から雷球を射出するシユウの猛攻を捌きながらエヴェリンを硬い外皮に撃ち込む。オラクルの弾丸が外皮に食い込むが、貫通するまでには至らない。

 

「だがそれで十分だ…!」

 

外皮のひび割れた部分を抉るようにショードブレードを突き込む。ミシミシと音を立てながら食い込んだショードブレードの刃の切っ先が、僅かではあるが血に濡れた。

ボルグ・カムランと戦った時もそうだったが、斬撃が主体だとどうしてもこういった金属質の殻を持つ相手には苦戦する。だが新たにバレルの変形機構を待たせたエヴェリンと絡めれば、無闇矢鱈に斬りつけるより効率よくダメージが与えられる。

 

「…むっ」

 

自慢の防御力を僅かとはいえ突破された事に危機感を覚えたのか、シユウは距離をとってひたすらに遠距離攻撃を繰り出してきた。

ロングバレルのエヴェリンは単発の火力と射程距離は散弾よりも優れる分、発射時の反動も大きく連射には向かない。距離を取られたままではこちらが不利だ。

 

(ちっ…厄介な…!)

 

距離を詰めようにもヒラリヒラリと滑空しながら突き放すシユウに、決定打を与えられず苦戦してしまう。しかし、そんな攻めあぐねる私に助け舟を差し出すかのように、シユウの側方からオラクルの弾丸が降り注いだ。

 

「まったく…ジュリウス隊長の命令も無視して何してるのさ」

 

そのオラクルの弾丸を放ったのは…神機を銃形態に変形させたキョウスケだった。呆れた顔でこちらを見るキョウスケだったが、お前とて持ち場から随分と離れているではないか。

 

「僕はちゃんと隊長命令で来てるんだよ。あんたを手伝え、ってね」

 

「ジュリウスの…?」

 

もしかしたらジュリウスには、私がこうやって勝手な行動をするのもお見通しだったのかもしれない。だからこうやってキョウスケをいつでも寄越せるように待機要員にしていたのか…。私やキョウスケの配置は、エリア内に別のアラガミが侵入して来た時も想定していたということだ。

 

「流石は隊長…ということか」

 

思わず口角がニヤリと釣り上がる。ブラッドの皆からすれば、不確定要素でしかない私という存在。まるで ”信頼” されていない私の行動も問題なく作戦に組み込み、キッチリとカバーもする。だが最初から一人で配置したのは、単独でもアラガミに十分対処できるという実力への ”信用” だけはあるみたいだ。

ジュリウス・ヴィスコンティ、ブラッドの隊長……キョウスケもそうだがあれも面白い男だ。わざわざキョウスケを送ったというのも何かしらの意図を感じるが…。

 

「イオリ…笑ってないでさっさとそいつをやっつけるよ」

 

「ふふ…つい此間は剣をぶつけ合ったお前とこうして共に戦う事になる、というのも可笑しな話だと思ってな…」

 

「こっちはあんたと共闘は真っ平御免だよ。なんか巻き込まれそうだし…」

 

「安心しろ、咬みつく相手くらいは間違えないさ」

 

「その咬みつく相手に僕が含まれてないといいんだけどね…!」

 

キョウスケが神機を剣形態に変形させ、シユウに斬りかかる。私もそれに続くようにエヴェリンから弾丸が撃ち放ちながら、シユウとの距離を詰める。

相手が増えた事に焦りを見せるシユウは、全身のオラクル細胞を活性化させ、強力な電撃をその身に纏い、巨大な雷球を放つ。しかし、私やキョウスケにその雷撃は、良くて掠る程度で全て躱される。一度見た攻撃なら避けるのは容易い事なのだ。

 

(…キョウスケ、か。こいつは合わせて戦うのが上手いな)

 

キョウスケは私の射線を遮らないように立ち回り、シユウの攻撃がこちらに向けば銃形態でシユウの意識を引いた。キョウスケのカバーのおかげで私も随分と戦いやすくなったのだ。

シユウは私とキョウスケの猛攻の前に体力を削られていき、流石に参ったのか背を向けて逃げ始めた。

 

「逃すか!」

 

ベエーアディーゲンをヴァリアントサイズに変形させ咬刃を展開させる。倍以上の大きさに変化した大鎌を振り下ろし…禍々しい牙がシユウの翼手を咬みちぎった。ただその一撃は前の訓練の時とは違い、紅い一閃だった。

 

「砕けろっ!」

 

キョウスケが追い打ちをかけるように、剣形態から強力なオラクルを銃口から撃ち放つロングブレード特有の ”インパルスエッジ” を、シユウの足に叩き込む。

 

「これで終いだな…!」

 

片膝をついたシユウの腹に、獣の爪に見立てた左手を叩き込み内臓を抉り出す。断末魔を上げて自らの血に染まっていくシユウを見て、少し満足する。ようやく血に塗れた狩りができたのだ…。

 

「…はぁ……」

 

シユウの血を全身で味わいながら一息つく。シユウはようやくくたばったようだ。なんだか久しぶりに気持ちの良い狩りができたような気がする…そこのところはキョウスケにも感謝せねばなるまい。

 

「助かったぞキョウスケ。一応礼は言っておこう」

 

キョウスケの方に振り向きながら礼を言ってから、自分が何とも自然に礼などという言葉が出て来たのに驚く。

今更だがこんな普通の感性の人と話したりすることなど今までほとんどなかった。特にキョウスケは何だか話していて落ち着くというか…不思議な奴なのだ。

彼らとは馴れ初めは必要ないと思っている、今もそう思っている。だが早くも彼らの良心や人間性に感化され始めているのかもしれない。私としては良くない傾向だが……。

 

「うわぁ……何今の…」

 

私のトドメを刺し方にドン引きするキョウスケを見て、狩人にとっては当たり前なことも彼らには異常なやり方であると再認識させられる。やはりまだ私は普通の人間の感性からは遠く離れているみたいだ。

 

 

ちなみに任務の後のブリーフィングではシエルやギル、果てにはオペレーターのフランからも説教を喰らった。初陣から命令違反とは何事か、と……。

フランには私は新たなブラッドの一員という認識でしかない。だが、ブラッドの面々は私が何者であるかを知っているはずだ。それでもわざわざ説教をしてくるというのは、やはり彼らもお人好しなのかもしれない。

誰かに説教されるというのも新鮮で黙って聞いていたが、あまり面白いものではなかったな。だがその後にナナから貰ったおでんパン、という謎の食べ物は美味かった事をここに記しておこう。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

シユウとの戦いの後、私が乱雑に扱ったせいか神機はすぐに格納庫に持っていかれてしまった。前に調整してくれた主任は本部に帰ってしまったが今は代わりがいる。

 

「ふ〜む……また荒々しく使いましたね」

 

私の神機には直接触れぬようにしながら、隅々までチェックする片眼鏡の初老の男…彼の名前はオト・ポルヴェレ、主任が自分の代わりに寄越した技術者だ。

主任同様、腕利きのエンジニアだが……。

 

「初陣だというのにこんなに傷を付けて……点検の合間に新しい機能でも付けましょうか?例えばですねぇ…咬刃機構に発火機能でもつけるのは如何ですか?歯が食い込むと同時に熱量によるダメージを…いっそのこと爆発させてもいいかな?つまらない武器はそれだけでいい武器とは言えませんからねぇ…いや、それだと神機本体へのダメージが……おっと失礼、喋りすぎましたね」

 

…見ての通り変態である。本部の開発室にはこんな奴しかいないのだろうか?だが変態であるが、飽くなき探究心と技術力はある。

 

「貴方の”エヴェリン” の追加パーツもすぐに完成しますよ。”ベエーアディーゲン” の調整用の素材も間も無くフライアに届けられます」

 

「よくそんな簡単に揃うな」

 

「貴方の神機は研究段階にある最新型の神機、という扱いですからねぇ。本部も扱いを悪くできないんですよ」

 

私の神機は公の任務でも使用できるように、フェンリルの神機として正式に登録された。勿論、アーティフィシャルCNSがない事とか特殊な部分は伏せられているが。

正確には全く新しい型の神機として登録されている。正式名は特殊可変式近接刀身二種大鎌型壱号『ベエーアディーゲン』と特殊可変式携帯小銃型壱号『エヴェリン』と命名されている。

神機の世代的には、ピストル型が第零世代、旧式と呼ばれる刀身か銃身どちらかのみの神機が第一世代、刀身と銃身の可変式が第ニ世代、ブラッドの神機が第三世代…ベエーアディーゲンは第二と第三の中間、エヴェリンは第零と第三の性質を持つというよく分からない代物になってしまった。

色々と小難しいが、正式に登録しておけば烏丸 イオリという人物の立証に役立つのだそうだ。つまり、私は最新型神機の被験体、という位置づけになるのだ。そうしておけば色々と言い訳もしやすいのだとか…。

 

「ところで…貴方、本当にアラガミなんですねぇ」

 

「…そうだが、主任からは何も聞いていないのか?」

 

「いえ、こんな素晴らしい武器を考案したというのだから、さぞかし戦うのが好きなんでしょうなぁ」

 

「何故そう思う?」

 

「神機使いに身を守る為に必須である装甲を邪魔だからと排除し、近接戦闘に特化する為に刀身を二種も搭載させ、遠距離は片手で扱う為に既に遺物扱いのピストル型神機を改良させる……普通の人間には出来ませんよ。傷付くことを恐れない闘争心が剥き出しの獣のようです」

 

闘争心が剥き出しの獣、実に的を射た表現だ。まあ、私が一人で放浪するうちに、神機をそのまま扱うよりも良い方法を模索した結果だからな。

 

「敵を殺す、その一点に目的が集約された戦い方、だからこそあんな神機が思いつくんですな。私からすれば貴方の神機は実に弄りがいがありますよ」

 

「気に入ってくれたなら整備は万全で頼む。変な改造はいらん」

 

「ふふふっ…ご安心を、貴方が……いつでも良き狩りが出来るように整備致しますよ!」

 

気色悪い笑みを浮かべるオトは、端末を弄りながら作業を開始する。変態で変わり者だ、だからこそその腕は信頼できる。変な改造を施されそうで少し不安ではあるがな。

コードに繋がれ整備を受ける神機を見ながらふと思う。アーティフィシャルCNSがある神機に触れた時、人にも似た人格のようなものを感じ取った。無理やり私が押さえつけて従えさせたから殆ど干渉することもなかったが…。

ベエーアディーゲンにもかつてはアーティフィシャルCNSがあったのだ。であれば、その神機の人格とやらはどこに行ってしまったのだろうか?アーティフィシャルCNSが無くなったように消えてしまったのか?

もしかしたら消えたのではなく、未だにその刃に宿り続けているかもしれない。ただし、私と同じように血に飢えた獣のようになっているかもしれんが…今もたまに私すらも喰らわんと暴れることがあるのだ。

 

(ふん…やんちゃな相棒だな)

 

だがしかし、私にはぴったりの神機だ。別に私に根っこまで従えとは言わん。私と共に血に塗れてくれればそれでいいのだから…。

 




神機の名前のベエーアディーゲンはドイツ語で葬る、という意味で、エヴェリンはブラッドボーンのカインハースト製の銃ですね。
エンジニアのオトもブラッドボーンの工房が元になってます。


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9話 命を喰らうこと

ようやく書けました。しかし、ストーリーは中々進まない…。
ところでフロムの新作はまだですかね?


フライア内にある図書館、そこには今では貴重な紙の本が多く保管されている。フライアの職員は、激務に追われる毎日なため図書館を利用するものは極少ない。そんな物静かな図書館に珍しく紙をめくる音が小さく木霊していた。

一つの机に向かい合うように座る銀と紅の二人…一人は銀髪を左右で結んだ少女、シエル・アランソン。もう一人は紅い髪を無造作に伸ばした…ああ、私のことだ。

私もシエルも一つの机に座っていても互いに言葉を発することはなく、無表情に手元の本を読みふけっていた。側から見たら仲睦ましいように見えるかもしれないが、互いに自分の世界に入り込んでおり目の前の相手は眼中にないのだ。

 

「何だあの二人……一緒に座ってるのに一言も喋んない…」

 

「ねー、一緒にいるんだからお喋りでもすればいいのに」

 

その様子を同じくブラッドの隊員、ロミオとナナが本棚の陰から覗いていた。コソコソと小声で話しているが、私には丸聞こえだ。

別にシエルと読書する為に図書館に来たわけではない。たまたま図書館に案内してくれたのがシエルだっただけだ。それに私もシエルも余り喋る方ではない。

ロミオとナナは人付き合いに関しては、さほど頭を使わないタイプのようだ。ナナはおでんパンを美味しいと評した私を、凄くいい人、と言ったのだ。ロミオも特に私が目立った騒ぎを起こさなかったせいで警戒心が解けたのか、よく絡んでくるようになった。

キョウスケ…は、なんとも言えない対応だが、ギルとシエルは相変わらず私に対して疑心暗鬼といった感じだ。だからこそ、シエルに案内を頼んで承諾された時には驚いたが。

 

(しかしなぁ…こうも横から見られていると本に集中できないな)

 

少し視線を上げるとシエルも本から目を離していた。代わりにその視線は射抜くように私に向けられていたが…。

 

「一つ、貴方に聞きたいことがあります」

 

「…なんだ?」

 

不意に口を開いたシエルに、再び本に視線を落としながら答える。まさか向こうから話しかけてくるとは思わなかった。相変わらず変化の乏しい表情で、何を考えているのかはイマイチ分からない。

 

「今の貴方は……随分と落ち着いて見えます。神機を握っている時とは大違いです。あの時の狂気じみた戦い方を見せた貴方と、こうして穏やかに読書を楽しむ貴方は……どちらが本当の貴方でしょうか?」

 

「どちらが?はっ…愚問だな」

 

一体何を聞いてくるのかと思えば…いや、そう思われるのも無理はないかもしれんがな。確かに今の私と狩りの最中の私では様相が違うだろうが…。

 

「どちらも私だ。読書を楽しむ私も、アラガミを狩る私も、等しく紛れもなく寸分違わず私さ。お前とて、天使の様な慈愛に満ちた面と悪魔の様に残酷な面があるだろう?」

 

「……」

 

「人はそういうものだろう。心に色んな仮面を持っていて、それをその時その時と付け替えている…。まあ少なくともアラガミを狩る時の面はお前たちに向ける気はない」

 

私の話を黙って聞いていたシエルは、何か思うところがあったのか難しい顔をした。大方こいつは人付き合いとか誰かと親しくなる、という事が余り得意ではないんだろうよ。私も人のことは全くもって言えないんだがな。

 

「…まさか人間ではない貴方から人間について説かれるとは思いませんでした」

 

「ああ、全部この本に載っていたことを解釈しただけだからな」

 

そう言って私が読んでいる本の背表紙をシエルに見せる。本の背表紙には「子供に優しい心理学 〜ユング編〜」と書かれていた。

 

「……随分と可愛らしい本を読んでますね」

 

「まだ日本語は得意じゃないんだ」

 

「…でしたら、こちらの本の方がオススメです」

 

シエルは椅子から立ち上がり本を取りに行ってしまったが、瞬く間に一冊の本を持って戻ってきた。…表紙を見ればどうやら辞書の様だ。随分と分厚い本だが、それは言語の歴史の厚み、ということだ。

しかし、辞書を読んで単語を覚えろとは中々に無茶苦茶ではないか。

 

「言語は単語力からです」

 

「……この辞書を読めと?もう少し簡単なものはないのか」

 

仕方ありませんね…、と再び本を取りに行くシエル。案外こいつも天然かもしれん。一応手渡された辞書を開いてみるが、平仮名はともかく漢字はまだよく分からない。あの訳の分からん上位者の声を文字化したカレル文字以上に難解なんじゃないだろうか。

…未知の言語を理解するというのはとんでもなく疲れる。上位者の声を文字化したカレルも上位者の叡智に当てられて発狂したのではなく、途轍もない疲労で発狂したような気がする。

 

「…さて、ニホン語の勉強もいいが……いつまでそこで見ているつもりだ?」

 

シエルが本を取りに行っている間に本棚の陰から覗いていた二人、ロミオとナナにそう声をかける。随分と驚いたようで、その様が本棚越しにも伝わってきた。

 

「ば、バレてた?」

 

「そうだな…何か用があるなら言え」

 

「あー…まあ本当はシエルを呼びに来たんだけど、イオリもついでにだな!そろそろ昼ご飯だし、一緒に食べに行こーぜ!」

 

「イオリはアラガミなんだから沢山食べなきゃねー!私もお腹ぺこぺこだよ〜」

 

ヒルゴハン?……ああ、昼食のことか。そう言えばそんな習慣がある事を忘れていた。当たり前のこと、ではあるのだが何しろ私は昼ご飯どころか…。

 

「そう言えば食事をしたことはなかったな」

 

私の発言に二人がまるで石になったかのように動きを止める。その表情はこいつは何を言っているのだ、と言わんばかりの驚愕の表情だ。

 

「そうだな…必要はないかもしれんがそういう食事も良いかもしれないな」

 

「じゃあ決まりだ!」

 

ロミオとナナは脱兎のごとく私の腕を引っ掴むと、図書館の外へと連れ出した。

 

「何処に連れて行くんだ」

 

「そりゃ食堂に決まってるでしょ!」

 

…どうやら二人はよほど私に食事をさせたいらしい。しかし、私には人と同じような食事はもはや必要とはしていないのだ。

私の食事は、つまりは神機でアラガミを喰らうことだ。それで生命活動を維持するだけのエネルギーは得られる。だからわざわざここで食事をする必要はなかったのだ。

だがたまにはそういうのも良いかもしれん。久しく血の味以外の味覚を感じていない、私の舌がちゃんと他の味を感じるかは知らんがな。

 

(あ……シエルを置いて来てしまったが…まあ大丈夫か…)

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

フライアの食堂、多くの職員が使用できるようかなり広いものになっている。今はちょうどお昼時だからか、沢山の人で賑わっている。そんな中で一際騒がしい一団が一つ、まあ私達だが。

 

「おお、今日のランチも美味そうだな!」

 

「ねえねえ、早く食べようよ?」

 

中でもロミオとナナは一段と喧しい。それに対してシエルは何やら恨めしげな視線をこちらに向けている。置いていかれたのを根に持っているのだろうか?

 

「…キョウスケ、私はどうすればいい」

 

「知らないよ、自分で考えなよ」

 

後からシエルと合流して来たキョウスケに聞いてみるが、素っ気なく突き返されてしまう。側から見ていてキョウスケが一番シエルと仲が良さそうに見えるから聞いてみたのだかな。

そうだな、ここは素直に一言謝ってやれば良いだろうか?

 

「さっきはすまんかった。だが文句はそこのロミオとナナに言ってくれ」

 

「ええ!俺はただ一度もご飯食べてないって言うからお腹空いてるかと思って…」

 

「はっ?イオリ、一度もご飯食べてないって…僕、ちゃんと食堂の場所教えたよね?」

 

ただ謝るのも癪だからロミオとナナに押し付けてやろうとしたが、今度はキョウスケが反応してきた。

ええい、お前までそんな目で私をみるんじゃない!

 

「必要がなかったからな」

 

「ちょっ…ちゃんとご飯食べてよ!お腹すかせて僕らや他の誰かに齧りついたりしないでよ⁉︎」

 

「……さすがにそんなことはしない」

 

「説得力無いから!」

 

「もー、先に食べちゃうよー!」

 

ジト目のシエル、怒って説教でも始めかねないキョウスケ、先に箸をつけようとするナナ…ロミオは横でこの状況に慌てていたが。

ここは食堂だ、騒ぐ場所じゃなくて飯を食う場所だろうに……その状況を作り出した張本人の言うことではないか。

 

「おい、話は後で聞いてやるから早く食うぞ」

 

「……そうですね、冷めない内に食べましょう」

 

シエルは静かに手を合わせて、頂きます、と呟くと食事を始めた。当然、ナナも同じように手を合わせて元気よく頂きます、と言ってがっつき始めた。

頂きます、確かニホンで食事の前の挨拶だったか。食事後にはまた別の挨拶があるそうだが、食事の前に祈るのと同じようなものだな。

 

「…イタダキマス」

 

私も真似て手を合わせた後、スプーンを手に取りおわんのスープを一口、口に含む。

 

「…………!」

 

出汁の効いたスープが舌を潤していく。そのまま噛み応えのあるパンを噛みちぎる。素朴な小麦の味がスープの味によく合う。そのパンと一緒にベーコンと豆の炒め物を食べる。程よい塩気のベーコンが豆を引き立てていた。

周りの声が全く遮断され、目の前の料理を平らげることに夢中になってしまう。血によって獣欲を満たすわけでもなく、アラガミを喰らって飢餓感を癒すわけでもない。もっと別の何かが満たされていくようだ。

何時ぶりかの食事は私の体を駆け巡り、蓄えられた啓蒙を刺激し、ついに高次元的思考から一つの答えを導き出した!

 

「……美味いっ…!」

 

食事は…人にとって至福の時なのだ。生きるものにとっては欠かすことのできない食べるという行為、ただ食べるだけなら栄養が取れればそれで良い。だが美味いもの食うという行為が人を豊かにする。

美味いものを食うという楽しさ、嬉しさ、喜び…それこそが食事というものなのだ!

 

「キョウスケ……食べるということは…大事なんだな」

 

「えっ…そ、そうだね」

 

暫くの間、黙々と食事を続けていた私だったが、すぐにお腹がキツくなってきた。私の体内の構造も人と同じように消化器官があるが、それを使うことがなかったせいで随分と衰えていたようだ。

しかし、折角食事の素晴らしさを知ったというのに、残してしまうには余りにも勿体無い。無理して腹に詰め込むが…。

 

(ぐぅ……!お腹が痛くなってきた…!使われていなかった胃袋が食べたものを異物と勘違いしているのか……)

 

「…大丈夫?」

 

「おのれ、これが胃もたれというやつか……!」

 

「…本当に大丈夫?」

 

「すまん……私は先に行く」

 

自分の食器を纏めて席から立つが、食べるものは食べたのだから誰も引き止めはしなかった…が、シエルだけ渡すものがあると引き止めてきた。

 

「これをどうぞ」

 

シエルから薄っぺらい機械を渡される。これはいわゆるタブレットという電子機械だろう。

 

「何だこれは」

 

「中に電子書籍のデータが入ってます。読書代わりにはなりますよ」

 

「本の?それはありがたい…貰っていいのか?」

 

「元々貴方に支給されていたものですから……あと食べ終わった後の、ごちそうさま、を忘れてますよ」

 

ごちそうさま…それが食後の挨拶か。いただきます、ごちそうさま、どちらも何故か気持ちの良いフレーズだ。案外私はこの挨拶は嫌いじゃない。

 

「ゴチソウサマ……これでいいか?」

 

それでいいですよ、と頷くシエル。何だか子ども扱いされているようだ。気に入らなかったのでシエルを一瞥して食器を片付けに行くが、その行為こそが子供っぽかったかもしれん。

 

「あ、食器はそこに置いといてくださいー」

 

給仕の女性に声をかけられ、食器を乗せたトレーを棚に置く。見た所彼女はここの食堂で働いているようだ。

ごちそうさま、というのは食べ物への感謝だけでなく、作った人へも感謝の念を表すものだったはずだ。となれば、この女性にも一言告げるのが筋、というものだろう。

 

「料理、とても美味かったぞ…ゴチソウサマ」

 

給仕の女性は少し驚いた顔をしていたが、少し頰を染めながら笑顔で、お粗末様でした、と返してくれたのだ。その反応を見て、こちらも少し恥ずかしく感じてしまう私だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……ふぅ」

 

色とりどりの花が咲き誇るフライアの庭園、そこに一本だけ生える樹木に寄りかかって一息つく。シエルに渡されたタブレット、それに保存されていた書籍データを読んでいたが、私にも読みやすい本が沢山記録されていた。

やはり肩肘張って勉強、というより気ままに読書している方が身に入るというものだ。単語もその方が覚えやすい。

しかし、電子機械の画面というのはどうにも目が疲れる。それに操作も中々に慣れない。やはり私は紙の本の方が性に合っている。

調子の崩れていた体調も落ち着き、目の疲れもあるせいか…はたまたは食後だからか無性に眠くなってきた。以前ならば、こんなにも睡眠が必要となることなどなかったのにな。

 

「…随分と眠そうだな」

 

「ん……ジュリウスか」

 

声をかけられ頭を上げれば、そこにはブラッドの隊長、ジュリウスがいた。ジュリウスはここの庭園がお気に入りなのだ。私自身もこの庭園を気に入っていて良くここに来ている。だからジュリウスと鉢会うことも多いのだ。

 

「どうだ、もうフライアにも慣れたか?」

 

「そうだな…私が、というより周りが私に慣れたと言った方がいいな」

 

私自体は慣れないことばかりだ。私は興味のあることならすぐに覚えるが、そうでないものはすぐに脳みそからこぼれ落ちていってしまう。

他のブラッドの面々も、ギルには避けられているみたいだが、他の皆はなんだかんだ言って私に歩み寄って来てくれた。私がアラガミで本来なら相容れない存在であることを忘れてしまったかのようだ。

 

「ジュリウスはよく私がブラッドに入ることを承認したな。不確定な存在は部隊の命運を左右することもあるだろうに」

 

「…最初は俺も不安だったさ。初対面のお前の状態がかなり危うかったからな。だがお前のアラガミと戦う力は俺たち以上のものだ。必ずしも部隊にとってマイナスというわけじゃない。それにだ…」

 

ジュリウスは私の横に腰をかけて、静かに目を閉じる。ジュリウスはこうやって、時折外から入ってくる風を感じるのが好きなのだ。

 

「お前はとても人間臭いアラガミなんだ。一緒に過ごしているとアラガミであることを忘れるほどにな。アラガミというより、俺たちと似たような雰囲気なんだ」

 

人間臭いアラガミ…元々は私も人間であることを伝えたら、さぞかし驚くことだろう。

人の身でありながらアラガミの血を受け入れてアラガミを狩る力を手にした、と考えれば、私とブラッドの皆は似たような存在と言えるかもしれない。

 

「俺たちブラッドを一つに纏める絆、意志の力。それはきっとお前にも芽生えると俺は信じている」

 

「絆、か…」

 

誰かを信じる、誰かに背中を預ける…仲間との絆、私には全く縁のない言葉だ。それが大きな力を生むことは私にも分かる。だが信じていたものを失った時、裏切られた時…その信頼や絆が強いほど反動は大きい。

果たしてここでブラッドの皆とゴッドイーターとして戦うことは、私にとって良いことなのだろうか?

私はフライアで過ごすことを、気に入らないこともあるが居心地がいいと思ってしまっている。ただアラガミを狩るだけの私という存在が、ここにきて変わり始めているのだ。それが私が望んでいないことだとしても…。

 

(皆といるといつもこうだ。どうにも惹かれてやまない彼らへの羨望、変わりたくないという狩人への固執。この二つがいつも私の中でぶつかり合っている。そしていつだって答えは出ない)

 

もし答えが出るとすれば、それは私が彼らに歩み寄るときか、私が彼らの元から去るときだ。

 

「イオリが悩んでいることに俺が答えを出してやることはできない。せいぜいこうやって話をしてやることぐらいだ。だが焦ってすぐに答えを出す必要はない。お前が答えを出したとき、その答えに後悔がないように、な」

 

「…私は臆病者だからな、答えを出すのには時間がかかりそうだ」

 

前は血を求めて暴れまわるだけだった私が、こんなことで頭を悩ませている。まったく血に酔った狩人が聞いて呆れる。ジュリウスに言われた通り随分と人間臭くなってしまったようだ。

 

「さて…俺はそろそろ行くが、一時間後にミーティングがあるのを忘れるな」

 

「分かっている…極東支部に着いてからの部隊運用について…だろ」

 

また後で、と立ち上がり庭園を後にするジュリウスの背中を見送る。それにしても極東支部、か…。ここフライアはラケル博士やレア博士が開発しているという新たな対アラガミ兵器 ”神機兵” の試験運用のため極東支部に向かっていたそうだ。

度々進路上に現れたアラガミに足止めを食らって難航していたようだが、ようやく到着するらしい。

私がどれだけ頭を悩まさせていても、周りはそれを待ってはくれないのだ。また環境が変わると思うと余計な心労が増えそうだ。ただ極東支部には強力なアラガミが多数出現すると聞いている、それだけは楽しみだ。

 

(今しばらくは…私の化けの皮が剥がれないことを祈るしかないか)

 

考え事をしてるうちに再び込み上げてきた眠気に、そっと身を任す。小難しく頭を捻るのはやめにして、ゆっくりと瞳を閉じた私の意識は、心地よい微睡みの中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しいな血の忌み仔よ」

 

腹の底にまで響くような低い声が、生暖かい息とともに耳に触れる。すぐに跳ね起きようとしたが、体を押さえつけられているようで立ち上がれない。

 

「貴様…!」

 

まず目に入ってきたのは、あの夢の中に現れた鴉の化け物の顔だった。その姿は以前とは些か変化していて、顔は一見すると仮面のような形に変化しており、大きな羽毛に覆われた4本の翼手が私の体を抱いていた。

 

「目を覚ましたと思えば…随分と辛辣な言葉ではないか」

 

無理矢理その抱擁から抜け出して、地面に着地する。素早く辺りを見回すが…この景色はやはり、あのヤーナムだ。私は再びあのヤーナムの夢を見ている。

古めかしい煉瓦造りの建物に囲まれた小さな広場には、狩りの後なのか夥しい血痕が残されていた。すぐそばには私のノコギリ鉈も転がっている。まるで前に見たあの夢の続きみたいだ。

 

「こうして相見えるのは、貴様が我の血を受け入れて以来か」

 

「…これは…やはりあれはただの夢などではなかったのか…!」

 

以前、私がフライアに来る前に見たあの夢、夢というには余りにもリアル過ぎたあれは…やはりただの”夢”ではなかったのだ。

これは現実に近い何か、アラガミの闊歩するあの世界とは剥離された何処かだ。

ヤーナムと似た”悪夢”の世界かもしれない。

 

「未だに人であることを捨てきれぬか。こうしてお前がここでその姿でいることが何よりの証拠。貴様の求める狩りに人の身は重荷でしかなかろう。何故、人であることにこだわる?」

 

黒く染まった虚ろな瞳で私を見据える鴉の化け物は、大きな黒い翼を揺らしながら私に近づいて来る。

 

「来るな…殺すぞ…!」

 

「我を、か?それが己が喉元に刃を突きつけると同等と理解しているのか?」

 

鴉の化け物の警告を無視し、ノコギリ鉈で斬りつける。鋭いギザギザの刃が肉を斬り裂き、千切れた羽毛が宙を舞うが、それと同時に…私の身体にも真一文字の切り傷が走り、鮮血が飛び散った。

 

「がはっ⁉︎」

 

「愚かな…忠告は聞くものだ」

 

裂けた傷口を抑えながら、地面にうずくまってしまう。ノコギリ鉈のノコギリは獣に有効であるとされる武器だが、当然、人体を斬り裂くことなど容易なことだ。

しかし、何故こいつへのダメージが私にも返ってきたのだ…!そういう力、ということではない。こいつと私の間には何かしらの繋がりがあるに違いない。

 

「貴様は…いったい何者だ……!」

 

「…我は暁烏…汝の内なる獣であり、青ざめた血であり、荒ぶる神でもある。貴様が我を受け入れるとき、人の理から脱し、星々の観測者となる……貴様の知る言葉で言えば”上位者”に…だ。荒ぶる神々の血が貴様を昇華させるのだ」

 

「上位者…だと?」

 

「我の姿は貴様の血の記憶から汲み取った乳母の姿を模したもの……貴様は青き血の忌み仔、無垢なる赤子よ」

 

赤子……赤子…!ああ、こいつの言うことが正しければ私は…血に飲まれた挙句獣に成り果てるのではなく、あの気色悪いナメクジどもと同じ上位者になる、つまりはそういことだ。

ヤーナムの悪夢と呼ばれるあの世界、あの空間…実際の現実に存在していたのかも定かではない不明確で歪んだあの世界!人と獣、夢と現の境も見えぬ無明の混沌を作り出したのは、全ての上位者たちが求める赤子だと言われている。

上位者の青ざめた血を流す赤子、人の身でありながら獣の血に塗れ上位者の血を啜った私は…そして果てには上位者となると言われた私がまさにそれと言うことだ。

さしずめ、ここは私が生み出したヤーナムを模した悪夢、ということだろう。

 

「この世界に顕現した上位者たちは赤子たる貴様を求めている。だが我は貴様が上位者たちの手に渡ることを望まぬ」

 

「何…?私を上位者とすることがお前の目的ではないのか?」

 

「貴様が貴様の人の性を表すならば、我は獣の性を表す。我の望みはきさまの望み、我らは表裏一体なのだ」

 

表裏一体、だからこいつへの攻撃が私にも返ってきたのか。恐らくこいつは、私がアラガミの血を啜った時に私の内に生じたのだ。謂わばもう一人の私とでも言うべきか。

 

「荒ぶる神々は、本能的にこの星の破壊と再生を望む。だが我らは違う。我らが望むは狩りの成就、獲物を狩り殺し食い尽くすことだ。そうであろう?」

 

「……」

 

「…今の寝床は随分と居心地が良さそうだな。だがそれが貴様に迷いを与え、牙を鈍らせる。一度は手放したものに何故そこまでこだわる。奴らも貴様が真に人外の化け物である事を知れば何を思うであろうか?また同じ苦しみを味わいたいのか」

 

鴉の化け物、暁烏は前と同じように私に手を伸ばす。血を受け入れる、つまりこいつを受け入れろ、という事だろう。人並みの迷いも感情も捨てて、アラガミを狩るだけの為の怪物になれと…その果てに上位者になれというのだ。

上位者はどいつもこいつも強力だ。私も同じ立場に立てば、根絶やしにできるだろうか?だがしかし…。

 

「上位者になるなど…真っ平御免だ…!」

 

ノコギリ鉈で、私に手を伸ばす暁烏の腕を叩き斬る。当然、私の左腕も切り裂け、皮一枚で繋がった状態になる。しかしそれでもなお、私はノコギリ鉈を振るう手を止めはしなかった。

 

「イギリス支部に現れたという正体不明のアラガミ…やはり上位者か。こりもせずに…そういうところがムカつくんだ…!結局のところお前らは人間を舐めているんだろう⁉︎バカにしやがって…!覚悟しろよ…貴様ら全員!アラガミも!上位者も!一匹残らず狩り殺す!一匹残らずだっ‼︎」

 

身体中の血液が傷口から溢れ出し、ノコギリ鉈を握ることすらできなくなる。私がどれだけ命を流しても、暁烏には届かない。真にこいつを受け入れてないからか、繋がりがまだ弱いのだ。

だが私は心に決めた。人間性を捨て去り獲物を狩る猟犬となるか、縛られた枷の中でゴッドイーターとなるか…どちらが正しいことだなんて分からない。

それでもこいつを受け入れはしない。狩人はどれだけ血に酔って獣の如き畜生と成り果てても、人であることの最後の一片は捨ててはならないのだ。それが狩人と獣の最後の境目、狩るものと狩られるものの境界なのだ。

しかし、受け入れはしないが、己に憑く獣が狩人の力の根源であることもまた事実。だからそれを徹底的に利用してやる。

 

「私の内なる獣よ、貴様が私と同じ望みを抱くというのなら…私に力をよこせ!私の血が欲しければいくらでもくれてやる!」

 

「…人の身には余る理の外の力、無理に用いればどうなるか分からんわけでもあるまい。血の力を使い続ければ貴様が拒むその時が早まるだけだぞ?」

 

「はっ…それで上位者となるなら、私も殺すまでだ!お前を殺せば私も死ぬのだろう⁉︎貴様も私の獲物だ、例外無くな!…いつかは必ずお前も殺す!それが私の狩りの終着点、私の狩りが成就する時だ!」

 

狩人となる前は病に侵され、もう長くない命だった。何故、ヤーナムのような怪しげな治療に頼ったのか?それは私が”生まれるべきでなかった”と蔑まれ、手を差し伸べるものなどなかったからだ。

狩人となりほんの少し生きる力を与えられ、そしてその僅かな命の灯火は狩りの中でこそ強く輝いた。私にとって狩りこそが生を感じ取れる唯一の時であり、血を浴び獲物を喰らうことが生きるということであり…血を流すことの苦痛、血を得ることの快楽、それこそが私がただ一つ持つ命の標なのだ。

こいつが前に言ったように、それが私の生きる道なのだ。誰にも否定はさせない、誰にも奪わせはしない。

 

「それが貴様の選択か…理解に苦しむ、何故わざわざ修羅の道を選ぶ……?だが、それが貴様の望むのならば我は従う。我が貴様の牙となろう。しかし、大きな力には代償も伴う。それは分かっているだろうな?」

 

「そんなこと、百も承知だ…!」

 

「なれば我が血を啜るが良い。そして貴様が望むがままに、存分に狩り、殺したまえよ」

 

私は犬歯をむき出しに、暁烏に喰らいつく。固い肉を噛みちぎり、生暖かい血を飲み下した。皮肉な話だ、私という存在を保つために自身を喰いつぶすのだ…。

私はその体が動かなくなるまで、喰らい続けた。そしてついに意識を手放したそのとき、確かに私の耳には一羽のカラスの声が響き渡っていた。

 




今回は日常回…と見せかけてやはり血みどろになる主人公。
ちなみにブラボ主人公にヒロインができるのか、は今の所未定です。どうしても殺し愛になりそう。



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10話 ウェルカム・トゥ・ファーイースト

10話目にしてようやく極東支部に到着、このペースだと完結までに何年かかることやら…。
そういえばついにゴッドイーターの新作が発表されましたね。神機の二刀流っぽいのもあって、今から楽しみです……っていうか、なんか合体させたりしてたし完全に仕掛け武器じゃないですかっ!


極東支部、ニホンという島国に配置されたフェンリル第8ハイブの別称。堅固なアラガミ防壁に囲まれた、数少ない人の暮らせる場所でもある。

アラガミの嗜好を分析し、捕食されにくい物質で構成されたアラガミ防壁。日々、進化を遂げるアラガミに対抗するために、アラガミ防壁もまた構成物質の情報を更新する必要がある。そのために、ゴッドイーターたちが絶えずアラガミを狩り、その生体素材を集めて回っているのだ。

そんな中でも、極東支部の過酷さは指折りだそうだ。結構な頻度で新種が現れ、いつだって防壁の周りにはアラガミたちが闊歩している。

ラケルからすれば、そんな極東支部は”神機兵”の試験運用にはうってつけなんだそうだ。そのためにこの極東支部に来たのだが…。

 

「すまないね、こんな形で対面することなってしまってね」

 

極東支部のとある一室、そこで私はまたもや拘束具に身を包み、更には目隠しまでされている。周囲の状況は全く分からないが、男の声がスピーカーから流れることだけは分かる。

前にも同じことが…ラケルと初めて会った時もこうだった。ラケルはともかく、他の人間からすれば、私は異質な存在だ。当然の反応といえば当然かもしれん。

 

「自分の立場くらい弁えてる」

 

「それは助かる。まあ、こちらもまさか君みたいな人型のアラガミがやってくるなんて思っていなかったのさ。だから、こうして一度拘束させてもらったわけだけど…一度君の口から聞かせてもらいたかったんだ」

 

「何を…?」

 

「…君は本当に我々人類の敵ではないのかい?味方と考えていいのかな?」

 

その男の聞き方は、ただ私の危険性を探っているだけではなさそうだった。裏で何を考えているから知らないが、今の私にはアラガミとして人類に牙を剥くことはない。暫くはゴッドイーターとしてアラガミを狩るつもりだ。

 

「フェンリルに喧嘩を売るつもりなど毛頭ない。だが、私を研究材料にでもしようとすれば、全力で抵抗するぞ」

 

「そうか……いや、よかったよ。君の口からその言葉が聞けてよかった」

 

私の返答に安堵したのか、声色が少し柔らかくなった。私が危害を加える気がないと分ったなら、早いところこの拘束を解いてほしいものだ。アラガミ防壁と同じく、この拘束具もアラガミである私からすれば触りたくもないものだ。

 

「少し、持っててくれ」

 

カチカチと機械音を響かせて、拘束具が解かれていく。だが変わらず手足を固定されたままで動くことは許してくれないようだ。

目隠しも外され、やっと周りの状況が把握できる。周りは何やら機械が多く配置されていて、何かの実験場みたいだ。

 

「やあ、初めましてだね」

 

拘束されて動けぬ私の前に立つ和装の男。パッと見は温厚そうだが、メガネの向こうの細目が実に胡散臭い。

その奥には車椅子に座るラケルもいた。ということはこちらの事情もある程度はラケルから聞いているのだろう。

 

「私は極東支部支部長兼研究室室長のペイラー・榊。君とは何かと顔を合わせる機会が多くなると思うかから、覚えてもらえると助かるよ」

 

「……」

 

「ああ、安心してくれて構わないよ。君を邪険に扱ったりはしない、ただ事情が事情だからこうやって拘束させてもらったんだ……それにしても実に興味深い。また人型のアラガミと会うとは心にも思ってなかったからね」

 

「…なに?」

 

今、この男…ペイラー・榊が聞き捨てならないことを言った気がする。”また”だと?私以外に人型のアラガミがいたというのか。

 

「コホン……さて、フェンリル極致化技術開発局所属”ブラッド”、彼らには暫くの間、この極東支部に在籍してもらうことになっている。そこで問題となるのが君の処遇だ。書類上では君はラケル博士の養護施設出身のゴッドイーターで、フェンリル技術開発局のエドモン室長が開発した新型神機の被験体…となってるけれどね。君を受け入れるのは大きなリスクが伴うんだ」

 

それは当然の考えだろう。ただでさえ、このアラガミ防壁の内側にアラガミである私を招き入れている時点で問題ありだ。

私がどれだけ口で安全だと言っても、極東支部の者からすればいつ爆発するか分からない爆発物を抱えているのと同じだ。

 

「こちらとしても、君という存在は大変貴重だ。意思疎通を図れる上に敵意も無い、人と同等の知能を持つアラガミ。しかし、それと同時にある意味この世界で最も危険視すべきアラガミとも言えるんだ。君という存在が露見すれば、極東支部は未曾有の混乱に陥るかもしれない。さて、そんな君を受け入れるメリットを…君は提示できるかな?」

 

ペイラー・榊の問いかけに答える前に、ラケルの方を伺う。だがラケルはいつも通り薄っぺらな笑みを浮かべているだけだ。私の思うように言っていいということだろう。

 

「……アラガミの殲滅。私に出来ることはそれくらいだ。防壁に群がるアラガミでも、必要な素材の調達でも、アラガミの討伐なら何でもこなす。……それでは足りぬか」

 

「アラガミの討伐なら、既存のゴッドイーターでも可能さ」

 

「それでも人手不足だろうに。私の目的はアラガミを狩ること、その一点に尽きる。普通の隊員には任せられぬような危険な任務も押し付けてもらって一向に構わん。捨て駒のように利用すればいいさ」

 

私の答えにペイラー・榊は顎に手をやって考える素振りを見せる。しかし、私には事実これぐらいしかできることはない。それ以外のことを要求されても困るのだ。

 

「やはり…君は実に人間味があるね、本当にアラガミなのかな」

 

「……さあな。私自身、自分のことは分からないことばかりでな」

 

「そうだね…自分のことを真に理解している人間がこの世にどれほどいるだろうか……おっと、話が逸れちゃったね。取り敢えず君の意思は理解したよ。ラケル博士の言う通り、我々に敵意を持っているわけでもなさそうだし……極東支部は君を受け入れるよ」

 

…随分とあっさりと了承するのだな。もっと面倒な手順を踏むかと思っていた。それにやけに隠蔽工作にも手馴れた感じだ。まるで前にも同じことがあったと言わんばかりに…。

やはり、先の発言からも、私と同じような人型にアラガミ、もしくはそれに近しい存在がこの極東支部にいたのかもしれない。

 

「ただし、監視は付けさせてもらうよ。それだけは了承して欲しい」

 

「構わん、それぐらいは重々承知している」

 

「さて、それなら君にはメディカルチェックを受けてもらうから、医務室に行ってもらおうか。さ、拘束具も全部外すよ」

 

ペイラー・榊が手元の機械を操作すると、全ての拘束具が外され、ようやく身体が自由になった。用が済んだのならさっさとおさらばさせてもらおう。

こいつに縛り付けられるのも嫌だが、物陰から物騒なものに狙われているのも非常に気になる。そういうやり方は脅迫と何も変わらないだろうに。

 

「…もう行っていいか?」

 

「医務室の場所は分かるかい?」

 

「地図を見れば分かる………多分な」

 

生返事しながら部屋の出口へと歩みを向ける。ペイラー・榊も止めようとしないから、もう用事は済んだのだろう。ラケルも私の後をついて部屋を出る。

空気が抜ける音と共に開く自動ドアをくぐり廊下に出る。しかし、開いた自動ドアが閉じる前にペイラー・榊の口が開いた。

 

「言い忘れていたね……ようこそ、極東支部へ」

 

「……」

 

ペイラー・榊には何も答えず、部屋を後にする。やはり胡散臭い男だ。ラケルと同じで何を考えいるか分からん。こういう手合いはあまり相手にしないに限る。

 

「フフッ……貴方の在籍が認められて私も安心しました」

 

「嘘をつくな。初めからこうなると分かっていただろう」

 

取り敢えず極東支部の在籍が認められたのだ。後は適度に暴れさせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「コウタ君、君は彼をどう思う?」

 

「…やっぱり、シオとは違う。あれじゃあアラガミって言われても分かんないくらいに人間みたいだった」

 

部屋に乱雑に配置された機械類の裏側から監視していた一人のゴッドイーター。名前は藤木 コウタ、茶髪にバンダナといかにも若者といった出で立ちだが、旧式の神機でありながら極東支部の第一部隊隊長を務め、常に前線に立ち続けている。

かつて極東支部で起きたある事件の解決にも立ち会っており、そこで出会っているのだ…完全な人の形をとったアラガミの少女と。

 

「確認されたのもほぼ同時期…でも彼女とは無関係と考える方がいいかもしれないね」

 

「それで…どうします?」

 

元々、ブラッドを極東支部で運用するのは、通常の神機使いでは対抗できない感応種への対策だった。特にブラッドの副隊長、彼の血の力があれば、ブラッド以外の神機使いでも感応種との戦闘が可能なのだ。

つまり、無理に烏丸 イオリという不確定要素を受け入れる必要もないということだ。しかし…。

 

「彼が貴重な存在、というのはさっきも言ったけどね。それ以上に彼には助けてもらった恩もあるんだ」

 

「恩…?」

 

「あの娘をここに匿うには、前支部長の…ヨハンの目を一度逸らす必要があったんだ。ちょうどその時、現れたのが彼だ。イギリス支部に現れたもう一つの特異点…ヨハンを欺くには打ってつけだったんだよ、ほんの僅かでも時間稼ぎのためにね。彼がいなければ、アーク計画は止められなかったかもしれない」

 

「でもそれって…あの人が捕まえられて特異点として利用されていたら…」

 

「……終末捕食は完遂していたかもしれないね。まあ、そうならないようイギリス支部長に情報隠蔽と、接触禁忌種の認定を頼んでいたんだけどね」

 

ペイラー・榊は少し疲れたように、しかしどこか楽しげな表情を浮かべて、メガネを指先でいじる。やはり生粋の学者、未知の探求に心を躍らせずにはいられないのだ。

ただそれは道楽によるものではない。ペイラー・榊というロマンチストな学者が夢見る理想のためだ。

 

「さて、暫くは様子を見るとしようじゃないか。彼が本当に人となった神なのか、それとも神となった人なのか…実に興味深いね」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

無駄に長ったらしいメディカルチェックを終えて、漸く自由の身となった私は、気ままに極東支部を歩いて回っていた。自由といっても先ほど言われたように監視が付けられている。

私の片腕にはブラッドの神機使いの証たる黒い腕輪が付けられているが、もう片腕にも小さな腕輪を取り付けられたのだ。その腕輪から諸々の情報を読み取って監視しているらしい。直接見張り役をつけられると思っていたので、正直少しホッとしている。

 

(しかし、ここは…フライアとはまるで正反対だな)

 

他のブラッドのメンバーはロビーにいると聞いたので、そこに顔を出してみたのだが…物静かなフライアとは違い、多くの人と喧騒に包まれていた。

 

「申し訳ありません!任務の発注は今暫くお待ちください!ウララちゃん、エリア内の確認急いで!」

 

「は、はい!……複数の中型アラガミの反応を確認!パターン照合…グボロ・グボロです!」

 

『こちらヤンキー・2! 第六部隊が回収地点に到達していないぞ!どういう状況だ⁉︎』

 

「現在、第六部隊からは救援要請が出ています、回収班は一時エリア内から離脱してください!その付近は危険です!」

 

『なに……くそっ、ザイゴートに捕捉された!作戦エリアから離脱する!』

 

「ヒバリさん!作戦エリアから一番近いのはあに…じゃなくて第四部隊です、要請を出しますか?」

 

「ええ、お願い!負傷者も出てるみたいだから医療班にも……」

 

…とまあ、傍目から見ても中々に大変な状況だということが実によく分かる。作戦行動中に問題でも発生したのか、オペレーター3人が忙しくしている。

周りでも右往左往する人が沢山いる。中には腕輪をした人間も何人かいた。しかし、そんな状況の中で、床に商品を並べて商いをする人間までいる。見れば見るほど混沌としている、しかし皆どこか活気のある顔をしていた。

色々と大変そうだが、今のところ新参者である私に手伝えることはなさそうだ。そう思って横からぼんやり眺めていると…。

 

「むっ!そこの君!もしや君は……キョウスケと同じブラッドの者では?」

 

「ん?ああ…そうだが」

 

横からいかにも貴族、といった服装の青年に声をかけられた。キョウスケ、といったが彼の知り合いだろうか?

 

「やはりか!つい先ほど、キョウスケから聞いたのだ。もう一人、ブラッドには紅の髪の神機使いがいると…自己紹介をさせてくれ、僕はエミール・フォン=シュトラスブルク!」

 

いちいち大げさなポーズを取りながらそう自己紹介する貴族風の青年、エミール。こいつは周りの状況が目に入っていないのだろうか…。

ただ自己紹介されて何も反応しないのも酷かもしれん。だが面倒なので簡易拝謁で軽く会釈しておく。

 

「…烏丸 イオリだ」

 

「なぁっ…⁉︎」

 

しかし、私の簡易拝謁を見たエミールは雷が落ちたかのように顔を強張らせ、固まってしまった。

恐らく良いとこの坊ちゃんであろうエミールからすれば、私の簡易拝謁は無礼に見えたのだろうか?

 

「き、君は…!」

 

「……?」

 

「君は!私と同じ道を志していているのか⁉︎私と同じ騎士道を!」

 

「はっ…?」

 

「今の礼、完璧な所作だった!まさしく古き良き騎士の礼拝!なんということだ、ここで騎士道を行く同志に出会えるとは…!このエミール、感激の至りっ!」

 

これまた大袈裟にポーズを取りながら、歓喜の声を上げるエミール。どうやら私はとんでもなく面倒臭い奴に絡まれてしまったみたいだ。

しかもその上、よく分からん勘違いで気に入られたようだ。ええい、ますます面倒臭い奴だ!

 

「その騎士道とやらに私は興味はない。一緒にしないでもらえるか?騎士ごっこがしたければ一人でやれ」

 

「…っ!……そうか、君はおおっ広げに騎士道精神を見せびらかすことは、騎士として恥ずべき行為…そう思っているわけだな⁉︎何ということだ…僕もその慎ましき心構えを見習わなければっ!」

 

「えっ……」

 

エミールのあまりの頓珍漢ぶりに思わず変な声が出てしまった。私の前にいるのは同じ人間ではないのか?それとも言語が通じていないのか?まるで未知の生物を相手にしているようだ。

 

「エミール!何ぼさっとしてるのよ、さっさと任務に……誰よ、あんた」

 

私がエミールの相手に苦戦していると、横から年端もいかぬ少女が割って入って来た。腕輪をしてることから神機使いではあるのだろう。

この少女に限ったことではないが、神機使いは皆若い者ばかりだ。私か?私は人の年齢で歳を数えていいのか疑問だがな、周りから見ればまだ若者の範疇かもしれん。

 

「おお、エリナ!ちょうど良かった彼はイオリ、僕と同じ騎士道を志す者だ!」

 

「おい、勝手に仲間扱いするな。…お前、こいつの仲間なんだろ。さっさと連れていってくれないか」

 

「エミールは連れて行くけど……何であんたはそんなに偉そうなのよ」

 

「そういうお前も随分と偉そうだが…」

 

エミールにエリナと呼ばれた少女は、私の言動が気に入らなかったのか物凄い目つきで睨んできた。しかも、横のエミールは未だに騎士道がどうだのと、一人で語っている。

何なんだこいつらは…相手をしててこちらがとんでもなく疲れる。誰かここで助け舟でも出してはくれまいか……。

 

「エリナ、エミール。油を売るのもそれくらいにしておけ」

 

そんな私の窮地に手を差し伸べてくれる救世主の声が、私の後ろから響いて来た。意気揚々と振り向くと…そこには奇怪な四人組がいた。一人はバケツのような変なマスクを被っており、また一人は怪しい目出し帽を被っている。一番まともな格好をしている男は、随分と古めかしい和装を纏っていた。

そして最後の一人は…これはウサギ、なのだろうか?そう、ウサギのようなキグルミを着た何かがしっかりと二本足で立っていた。しかも全員きっちり腕輪をつけている。

 

(何だこいつら……いや、他の3人はともかくこのキグルミは何だ。何故こいつまで腕輪をしている。その格好で戦うというのか…)

 

「あ、ヴァルトールさん」

 

「コウタ隊長が呼んでるぞ…エミールを連れて早く行ってやれ」

 

「…分かったわよ。ほらさっさと行くよ、エミール」

 

「うむ!ではまた後で会おう、友よ!」

 

エリナは去り際に私をひと睨みしてからエミールと共に去っていった。やれやれ、やっと行ったか…。

しかし、ここには先ほどの二人が可愛く見えるほど風変わりな四人組がいる。確かにナナやロミオも服装はかなり自由だが、こいつらはそれでも群を抜いている。

 

「…一応、礼は言っておこう」

 

「なに、あいつらが騒がしいのはいつものことさ…」

 

クックックッ、と怪しげな笑いを零すバケツ頭の男。そのバケツ頭はファッションなんだろうか。

 

「ああ、この頭か?昔、アラガミにこっぴどくやられてな。それ以来、こいつは外せないということだ。兄の特製品だからな、いざという時は防具にもなる」

 

バケツ頭を指先で撫でながらそう言う。まるでアラガミにやられたことを全く気にしていないようだ。

先のエミールとエリナもそうだが、ここ極東支部はかなり士気が高いようだ。世界でも随一の激戦区だというのに逞しいものだ。

 

「さて、我らももう行く。さらばだ」

 

「…あ、ああ」

 

バケツ頭は軽く頭を下げてから、他の3人を引き連れて人混みに消えていった。このロビーにまだ数分しか経っていないが、とてつもなく濃い数分だった。

いつ命を落とすかも分からぬゴッドイーターの戦い続ける日々、彼らみたいな我の強い者でなければ生き残れないのかもしれない。

しかし、部隊運用となれば中々に大変そうだ。特にエミールとエリナを纏める隊長はさぞかし苦労することだろう。

では我々ブラッドはどうだろうか?皆隊長であるジュリウスを強く信頼している。隊員はジュリウスの指揮をよく理解し、それを副隊長のキョウスケがサポートし円滑な部隊行動を可能としている。

まあ、私はよく命令を無視して一人で突出してるな。命令違反をフランに何度注意されたことか。余りに酷いと査問会に呼ばれる、とまで言われてしまった。

 

(少しは反省したほうがいいだろうか?)

 

だが、そんなことを思いながらも、結局はなにも変わらないだろうよ。やはり自由気ままに動けるほうが圧倒的に楽なのだ。いっそのこと私だけしか所属していない専用の部隊でも用意はしてくれないだろうか…。

 

「ふっ…流石にそれは我儘が過ぎるな」

 

私は未だに喧騒の絶えないロビーを後にし、また当てもなく歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…なあ、マダラス。先ほどの青年、どこか出会ったことがないか?」

 

バケツ頭の神機使い、ヴァルトールが自身の神機の準備をしながら、目出し帽の男 マダラスにそう問いかける。

 

「……?」

 

マダラスは口では喋らず、身振り手振りで会ったことがないと伝えた。マダラスは喋れないわけではないが、ほとんどその口を開くことはないのだ。

 

「そうか…山村、お前はどうだ」

 

「……つわもの」

 

和装の男、山村 シンカイは短くそう呟く。マダラスとは違い口こそは開くが、常に単語しか話さない寡黙な男なのだ。

それに加えてこの”キグルミ”、こいつも当然言葉を話すことはなく、全て身振り手振りだ。側から見ればまともなコミュニケーションもとれぬ、とんでもない様相の四人集だ。

 

『現在、第六部隊は作戦エリアD地点にてグボロ・グボロと交戦中、第四部隊が救援に向かっていますが、まだエリア付近にはアラガミの反応が多数あります。みなさんはこちらの迎撃、及び撤退の殿をお願いします!』

 

「了解した…ところで負傷者が出たといっていたが、誰だ?ヴィートか?まさかグレミアじゃないだろうな?」

 

『いえ、オレックさんです』

 

「またあいつか…特攻癖は直らんようだ」

 

ヴァルトールは肩に担いだ神機の刃を、火花を散らせながら回転させる。

ヴァルトールの神機である”ブルートマンジェ”、最新の刀身パーツであるブーストハンマーの神機ではあるが、ハンマーとは名ばかりの”丸ノコ”と称したほうがよい凶器だった。

 

「我らが尻拭いをしてやるか…!」

 

ヴァルトール、マダラス、山村の3人は極東支部の第五部隊の神機使いである。討伐班である第一部隊とは違い、防衛から遊撃まで幅広く運用されている。その実力は折り紙付き、彼らが戦った後には肉片しか残らないと言われるほどだ。

その戦いぶりは、ここではないどこか…かつて”連盟”と呼ばれた狩人たちの戦いと酷似していた。

 




極東支部に到着したことでキャラが一気に増えました。
部隊編成については大分オリジナルが入ってますね。なおキグルミは、相変わらず所属は不明です。
それと新人オペレーターの二人は最初から登場させることのしました。絶対にヒバリさんとフランの二人だと、情報処理が大変そうだったので……。

あと今回、主人公の絵を下手くそながら描いてみました。


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11話 血飛沫舞う前線

極東支部に来たからストーリーがぐっと進む、と見せかけて全然進まない!
そろそろハルオミ師匠のエピソードに入りたいですね。


「目障り…だ!」

 

咬刃機構を展開したベエーアディーゲンで砲台型のアラガミ、”コクーンメイデン”を両断する。完全な固定砲台なため、単体だとさほど苦戦する相手ではない。

しかし、今この状況のように、中型、大型種のアラガミとセットで出てくると非常に厄介だ。

 

「下がれ!」

 

「っ…!」

 

咄嗟にその場から飛び退くと、大きなワニの顎が切断されたコクーンメイデンを噛み砕いた。

 

「危ないな…!」

 

コクーンメイデンを噛み砕いた鰐のような雷を纏うアラガミ、”ウコンバサラ”は、大きな顎を動かしてコクーンメイデンを咀嚼していく。

このウコンバサラ、その見た目通り水中での活動にも適しており、極東支部の付近にある大きな河川から現れたのだ。しかも1匹ではなく複数だ。すでに2体は討伐したが、二、三体は討ち漏らしている。

 

(やれやれ……激戦区とは名ばかりか、と正直舐めていたな…!)

 

極東支部に来てもう3日も経つ。しかし、その間に与えられた任務といえば小物の掃除か、よくて中型の討伐ぐらいだった。ブラッドのメンバーであれば大した任務ではなかったのだ。

ところが、そう思っていた矢先に極東支部の近郊にて、大量のアラガミの群れが確認されたのだ。種類もそうだが、数もかなりのものだった。

そこで極東支部は、ハイブに接近される前に大規模な迎撃戦を展開することにしたのだ。部隊総出での迎撃戦、当然戦域も拡大していきカバーしきれないところが出てくる。

そこを補うために随時隊員を派遣しているうちに、自然と部隊は混成となっていった。

現在この河川付近で迎撃ラインを構築していたのは、第一部隊からはエリナ、ブラッドからは私、そして第六部隊のヴィート、そして隊長のグレミアだった。

 

「ああもうっ!面倒ね!」

 

エリナがチャージスピアにオラクルを集中させ突進、”チャージグライド”を繰り出す。しかし、ウコンバサラも、迎撃すべく背中にあるタービンを回転させている。このまま突っ込めばどうなるかは目に見えている。

 

「ちっ…!」

 

ベエーアディーゲンを変形させ、エヴァリンを構えながらエリナの後を追う。ウコンバサラは今にも充電を終えて放電しそうだ。

 

「無闇に突っ込むな…!」

 

エヴァリンでウコンバサラの目を狙い、引き金を引く。放たれたオラクルの弾丸は見事ウコンバサラの目を穿ち、悲痛な叫び声をあげていた。

そしてそのままウコンバサラが怯んでいるうちに、エリナの首根っこを掴む。

 

「うぇっ⁉︎」

 

エリナが一瞬苦しそうな声を上げるが無視して横に放り投げる。そのコンマ数秒後に、ウコンバサラの放った雷撃が鼻先を掠めた。

後少しタイミングが遅れていたら、エリナは黒焦げになっていたかもしれんな。

 

「つぅ……何すんのよ!」

 

「先走るお前が悪い」

 

お礼の一つでも言うかと思ったが、やはりそんなことはなく噛み付いてくるばかりだ。前にも一度、任務で同行したことがあるが、その時も矢鱈と突っかかって来た。鬱陶しいことこの上ないな。

 

「喧嘩は後でしたまえよ、二人とも」

 

質素ながらもどこか貴族を思わせるコートを羽織った男、グレミアがロングブレードを構えながら私の横に立つ。

 

「ヴィート君、しばらくあいつの相手を頼む。エリナは一旦下がって後方支援を頼む。イオリ君は…まだ行けるな?」

 

「問題ない」

 

「了解した」

 

「なんで私が後方に…!」

 

「いいな…?」

 

「…うぅ、了解…!」

 

エリナは納得していないようだったが、グレミアの剣幕に押されて渋々と了承した。

グレミアは若年の多い神機使いの中では、かなりの年配の方だ。元はヨーロッパのとある軍人名門家の出身らしいが…。

 

「この混迷極まる時代でこそ、我らの貴族の務め《ノブリス・オブリージュ》を成し遂げる時」

 

そう言って周りの制止を振り切って神機使いに志願したらしい。最初期からの神機使いらしくかなり年季が入っていると聞いている。その腕は勿論、指揮官としても非常に優秀で、彼のことをよく知るものは敬意を込めて”サー・グレミア”と呼んでいるそうだ。

さて、そんなグレミアだが、確かに彼の指揮は的確だった。じゃじゃ馬なエリナを抑えつつ、きっちりとアラガミを削っていく。堅実なやり方だ。

しかし、それでも一度に多数のアラガミを相手にするのは非常に危険だ。グレミアは隊員の深追いを避けて、確実に一体ずつ仕留めていった。その結果、何体か迎撃ラインを突破されてるが、一応後続の部隊が対応してくれているはずだ。

 

(問題は他の迎撃ポイントがどういう状況か、というところか。強力なアラガミに苦戦していれば、必ず綻びが生まれる)

 

今のところ、壊滅的な打撃を受けた、という報告は上がっていない。このまま中型種を相手にする程度ならば……。

 

『ポイントBにて混成第三部隊がクアドリガ、そしてヴァジュラと戦闘を開始、周囲には別の大型種の反応も……至急、増援に向かってください!』

 

しかし、無線から先ほどの私の考えを打ち砕く報告が上がる。…いや、私としてはそれで構わんぞ?こいつの相手にも飽きていたところだ。

どうせ戦うなら骨のあるやつのほうがいい。

 

「…サー・グレミア、そいつの相手は任せていいか?」

 

目を撃ち抜かれ、怒り狂うウコンバサラを指差してそう問う。

 

「君が混成第三部隊の増援に行くのか?…ふむ、恐らくここいらにいるアラガミは大きいのでこいつが最後。いいだろう、こいつの相手は我々に任せろ」

 

「…助かる」

 

隊長の許可が出たのだ、早速向かわせてもらうとしよう。

だが、私が混成第三部隊の元に向かおうとすると、またもやエリナが抗議の声をあげた。

 

「待ってください!私も混成第三部隊の増援に行かせてください!」

 

「……君もか」

 

グレミアが少し呆れたような声を出す。私としても、エリナが付いてくるというのは、足に枷をつけられるようなものだ。出来ればここで大人しくしていてほしいが…。

 

「いいか、エリナ。ポイントBには大型種が2体もいる今、君が向かったところで…」

 

「絶対に足手纏いになんかなりません!」

 

エリナが大きな声を上げる。側から見れば子供の我儘にしか見えんが……よくよく考えてみれば、私もウコンバサラの相手は飽きたという理由でグレミアたちに押し付けようとしていたのだから、人のことは言えんな。

だが、決してエリナの肩を持つようなことは言わんぞ。付いて来られて勝手に死なれても、流石に夢見が悪い。

 

「……ああ、分かった分かった。そこまで言うなら勝手にするといい。イオリ君…悪いがエリナを頼むぞ?」

 

しかし、予想外にグレミアはエリナが私と共に増援に向かうことを許可した。まだ極東支部に来て間もない、しかも彼らからすれば私は全くもって未知の新型神機使いという認識なのだ。

それも装甲を捨てて攻撃特化など、普通の神機使いからすれば狂気の沙汰としか言えんだろう。そんな私に任せてもいいのか?

 

「そいつのお守りをするほど余裕はないぞ」

 

「馬鹿を言うな、この場で最も実力のある神機使いは君だろう。キャリアとか経験とか諸々含めても、君が一番頭抜けている。エリナもここで私とヴィートと共に戦うより、君といたほうが安全じゃないかい?」

 

「いや、そんなことは…」

 

「サー・グレミア!話はまだ終わらんのか⁉︎そろそろ手伝ってもらえると助かるのだが!」

 

肉厚なクレイモアの神機を振り回して、ウコンバサラと対峙するヴィートがそう叫ぶ。こんな長話をしている場合ではなかったな。

 

「そういうことだ、エリナは任せたぞ。君なら何とかなるさ」

 

「何とか……随分と適当だな。貴族の務めが聞いて呆れる」

 

「適当なものか、きちんと熟孝した上での判断だ。それに今の私は貴族としてではなく一部隊の隊長としてここにいるんだ」

 

「…ちっ…仕方ない、行くぞ」

 

これ以上言っても無駄だろう。エリナというお荷物がいるが、後方支援でもさせとけばいいだろう。

それにしても、何故こいつはそんなにも突っかかって来るんだ。私が何か悪いことでもしたのか?少しは大人しくしていてくれないものか。

 

「ちょっ、待ってよ!」

 

「待たん、さっさと付いてこい。そして後ろで支援でもしてろ」

 

「何であんたに指図されなきゃいけないのよ!あんた最近ゴッドイーターになったんでしょ、私の方が先輩じゃない!」

 

「お前が先輩?……ふっ…」

 

「何笑ってんのよ!」

 

ギャーギャーと喚くエリナを連れてポイントBに向かう。確か混成第三部隊にいるのは、シエルと第一部隊のエミール、それから第五部隊のマダラスと隊長のヴァルトールだったか。

よし、こいつのお守りはシエルに押し付けるとしよう。

 

「わたしだって一人で戦えるんだから…子供扱いしないでよ!」

 

「あー、分かった、俺が悪かった…だから静かにしてろ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

先ほどの河川から少し離れにある小さな市街、向かう途中で黒煙が上がっているのが見えたが、恐らくクアドリガが暴れに暴れているのだろう。

さて、要請のあったポイントはここら辺だが……何やら濃い血の匂いがする。こいつを辿っていけばいいだろうか?

 

「こっちか……ん?」

 

「ねぇ、待ってよ。本当にここでいいの?わたしの話聞いてる⁉︎」

 

エリナを無視しつつ、アラガミに荒らされた住宅街を抜けると、なんとも奇怪な光景が目に入った。

一つは前足を切断され身動きが取れなくなったヴァジュラ。もう一つは…そのヴァジュラに跨り火花を上げて回転する”丸ノコ”を押し当てて切り裂いていくバケツ頭の神機使い、ヴァルトールだった。

甲高い機械音と共に、噴水のように血を撒き散らす様は中々にショッキングだ。ヴァジュラもあまりの苦痛に叫び声すらあげられないようった。

先ほどまで喧しかったエリナも、流石にこの光景を目の当たりにして、口元を押さえて静かになっていた。

 

「クハハッ…どうした、もう終わりなのか?」

 

ヴァジュラが身じろぎひとつしなくなっても丸ノコの回転は止まらず、遂にはヴァジュラの身体は綺麗に両断された。

切断面から漏れる内臓物と血の香りが私を刺激する。ヴァルトールと共に血に塗れたいという欲求に苛まれるが、何とか我慢する。

 

「はぁ…はぁ…いかんな、やり過ぎてしまった。俺の悪い癖でね、必要以上にやり過ぎてしまうのさ」

 

ヴァルトールがバケツについた血を拭いながらこちらに振り向く。ヴァルトールもどこか古めかしい制服のような服装だが、血に染まっていて元の色が何だったのかもわからない。

 

「要請を聞いて増援に来た」

 

「感謝する、ブラッドの新型神機使い」

 

「……ヴァジュラはもう仕留めたみたいだが、クアドリガはどこだ」

 

「クアドリガはシエル、マダラス、あとエミールが向こうで相手をしている。だがもう一体、面倒な奴がいてだな」

 

するとヴァルトールのその言葉を聞きつけたかのように、近くの廃屋が爆風に吹き飛び、そこから1匹のアラガミが現れる。

手足を覆う堅牢な石の装甲、鮮烈な赤い体毛、その姿は紛うことなき狼、それは”ガルム”と呼ばれるアラガミだった。なるほど、別の大型種の反応はこいつだったか。

こいつはごく最近確認された新しいアラガミだ。私も極東支部のデータベースで見知っただけで、相手をするのは初めてだ。

 

(一人で心ゆくまで楽しめないのが残念だが……どれほどのものか見せて貰おうじゃあないか)

 

「悪そうな顔をしているな、イオリ」

 

「そうでもない…………ジュリウス…⁉︎」

 

ヴァルトールかと思って返事をしたら、私の横に立っていたのはジュリウスだった。いつの間にやって来たのか…ガルムに視線が釘付けで全く気がつかなかった。

 

「お前も増援できたのか」

 

「いや、グレミア隊長から余裕があれば手伝ってやってほしい、と連絡がきた」

 

「あの野郎……」

 

私に任せるとか言っておいて、いざという時のためにジュリウスまで引っ張ってきたのか。よく手の回る奴だ。隊長としては正しい判断なんだろうが、何だか気に食わん。

人が多ければこいつの相手も楽になるのも事実。だがしかし、私はある程度苦戦して歯応えがある方がいいんだ。

 

「お前はブラッドの…隊長のジュリウスだったか。頼もしいな、これだけ戦力があればこいつに手こずることもないだろう。ただ…」

 

ヴァルトールは未だに茫然自失としているエリナに近寄り、その頭に拳骨を落とした。

 

「いたっ!……あ、ヴァルトールさん…」

 

「いつまで呆けている。アラガミを前にしてボンヤリとしている暇などないぞ」

 

「うっ…ごめんなさい…」

 

ヴァルトールの拳骨でようやく気を取り戻したようだ。全く…いっそのことそのまま呆けたままでもよかったというのに。

ヴァルトールとジュリウス、隊長クラスの神機使いが二人もいるのだ、この二人に任せてもガルムの討伐は出来そうだが…。

 

「初めて戦うアラガミなんだ、私も楽しませてもらうぞ」

 

ベエーアディーゲンをヴァリアントサイズに変形させ、ガルムへと駆け出す。ガルムも向かってくる私を認識し、狼の咆哮を上げて石の装甲、ガントレットから炎を排出し臨戦態勢に入る。

 

「待て、イオリ!……まったく、あいつは…!」

 

「血気盛んだな…俺たちも行くぞ」

 

一歩遅れてヴァルトールたちも動き出す。しかし、それも待たずにガルムとの距離を詰め、ヴァリアントサイズを振るう。

ガルムもそのしなやかな体躯を生かした動きで撹乱しつつ、熱風を纏ったガントレットを地面に叩きつけてくる。巨体に似合わず中々の素早さ、ヴァジュラと似たタイプか!

 

「速いな…それにガントレットも中々の硬さ、そう簡単に刃は通らぬか…!」

 

だが完全に隙間が無いわけではあるまい。中世の堅固な鎧とて守りきれぬ隙間が必ず存在する。例えば、脇とか膝裏とか…関節を動かしたり、身体的機能を殺さぬよう隙間を作らざるを得ないのだ。

ガルムであれば前足の関節部分、それに加えて先ほどから炎熱を吐き出すガントレットの裏側にある排熱器官、その排出口だ。

普段はその分厚い装甲に覆われていても、口を開けねば排出はできん。熱風を纏った攻撃を繰り出すその瞬間が…!

 

「狙い目、ということだ!」

 

ガルムがガントレットを展開し前足を振り上げたのに合わせ、素早く懐に潜り込み排出口にヴァリアントサイズの切っ先をねじり込む。

ねじ込まれた隙間から鮮血が噴き出すが、すぐに吐き出された熱風に搔き消え私の肌を撫でる。

 

「…っ…!」

 

服を通り越して些か肌を焼かれるが、大したダメージでは無い。しかし、ガルムは自慢の装甲を僅かながらも突破されたことが気に障ったのか、怒りの咆哮を上げる。

隙をついたとはいえたった一撃で怒るとは、存外プライドの高いやつらしいな。

 

「ぬぅん!」

 

全身に熱気を纏うガルムに後から追いついて来たヴァルトールが、ブーストハンマーの特徴である”ブーストドライブ”で爆発的な推進力を得た神機を、ガルムのガントレットに叩きつける。

 

「む、やはり硬いな」

 

「おい、邪魔を……いや、なんでもない」

 

いかん……早速熱くなりすぎていた。今は私一人の狩りではなく、部隊で行動していることをもう忘れていた。

後方ではジュリウスとエリナが銃形態による後方支援を行なっているようだ。前衛は私とヴァルトールということか。

チラリと横目にヴァルトールの神機を見る。ヴァリアントサイズと同じ長柄のポール型の神機、ブーストハンマー。しかし、先端部は高い切断力を持つ丸ノコ、まるで何処ぞの火薬庫が作った仕掛け武器のようだ。

だが先ほどのヴァジュラを無慈悲に縊り殺した光景は強烈だった。その神機、私も欲しいかもしれん。

 

「さて……鴉の、俺たちは一つの部隊として行動しているのだ。エリナもよく一人で突っ込むが、お前も人のことは言えんな」

 

「む……そうだな、すまん。だが、自分の尻拭いくらいはできる」

 

「そういう問題じゃあないんだよ。部隊である以上、一人の単独行動が全員を危険に晒すことだってある。そこをわきまえろ、と言ってるんだ」

 

「ぬぅ……ああ、分かった!分かったからその丸ノコをこっちに向けるな…!」

 

それは人に向けるものじゃないだろう……ん?私はアラガミだから神機を向けられるのは何も間違ったことではないじゃないか…いや、そんなことを考えている場合じゃないぞ。目の前にはガルムが…。

 

「ウオオオオッ‼︎」

 

目の前にいるのに全く相手にされていなかったことがさらに火に油を注いだのか、ガルムは文字通り凄まじい炎を発し始めた。これは何処からどう見ても完全に切れているな。

 

「ジュリウス、エリナ!援護は頼むぞ。お前はもう突出しすぎるなよ」

 

「分かっている…!」

 

ガルムが纏った炎を周囲にばら撒くように放出するが、私はそれを掻い潜るように、ヴァルトールは装甲でいなしながらガルムに接近する。

ガルムの炎も強力ではあるが、どちらかといえばその機動力の方が鬱陶しい。先ずは足だ、ガントレットもついでに潰してしまえば、放熱もできなくなるだろう。

 

「シッ!」

 

硬い石の装甲を斬りつけるが、当然刃は通らない。しかし、こっちに気を向けてくれるだけでいい。ガルムが再びガントレットを展開したその時が…!

 

「ガアアアッ‼︎」

 

ガルムが雄叫びを上げ、ガントレットから熱を排出する、そこが攻め時だ!

 

「そら、チャンスだぞ!」

 

「言わずもがな…!」

 

私に向けて熱による攻撃を加える前に、展開したガントレットにヴァルトールの丸ノコが叩き込まれる。火花を上げて回転する刃と神機の質量が装甲をへしゃげ削り取っていった。

ガルムが私ではなくヴァルトールの方へと向く前に、右前足のガントレットはメチャクチャに破壊され、中の足が丸見えになっていた。ガントレットの中身は脆い排熱器官、それを切断するのは容易いこと!

 

「貰った…!」

 

咬刃機構を展開し、長大化したヴァリアントサイズを振るう。禍々しい神機の牙はあっさりとガルムの肉に食い込むと、そのまま血飛沫をあげながら咬みちぎった。

 

「グオオオッ⁉︎」

 

自慢のガントレットを破壊され、さらには前足まで斬り落とされたガルムは呻き声を上げてよろけるているが、この程度でくたばるほどやわじゃないだろう。

しかし、反撃の一つも許すまいと追い討ちをかけるように、ガルムの顔面にエリナのチャージグライドが直撃した。

 

「私だって…兄さんのように華麗に戦える!」

 

流石のガルムもこれには堪えたようで、苦痛にのたうち回る。しかし、エリナは神機を離そうとはせずにさらに深く抉っていった。

 

「一気に畳み掛ける…!行くぞ!」

 

ジュリウスも神機をロングブレードに変形させ、構える。そして、目にも留まらぬ神速の踏み込みからの一閃、そして同時に放たれたオラクルの刃がガルムを斬り裂いた。

それは”ブラッドアーツ”と呼ばれる血の力に目覚めた神機使いが持つ技…ロミオ曰く必殺技だそうだ。

ジュリウスのブラッドアーツは、”疾風ノ太刀・鉄”と呼ばれ、今見せたように素早い踏み込みから無数のオラクルの刃を浴びせるというものだ。確かにその威力は凄まじいが、血の力の真髄はその先にある。

 

「これは…!」

 

ヴァルトールが驚きの声を上げるが、それも無理はない。私も初めは驚いたものだ。

ブラッドの血の力、その真価は感応種と同じように偏食場パルスを利用して周囲のオラクルの流れを操ることだ。ジュリウスの血の力は”統制”と呼ばれ、周囲の神機使いのオラクル細胞を活性化させ神機の力を解放させることができるのだ。

神機の解放は、神機でアラガミを捕食しそのオラクル細胞を取り込むことで可能となる。ジュリウスの血の力は、そのプロセスを省いて部隊全体を強化できるのだ。

 

(しかし、ジュリウスの血の力…私にとってはある欠点がある…)

 

私にとって、オラクル細胞が活性化する時というのは血に酔う時だ。だから私は今、本能のままにガルムを八つ裂きにしてやりたい、という欲求を必死に抑えているのだ。

つまり、ジュリウスの血の力は私の狩人の本能を、ピンポイントで刺激してくるのだ。しかし今回は…。

 

「はははっ!これはいい!最高の気分だ!」

 

オラクル細胞の活性化の影響か、異様に気分がハイになったヴァルトールが、丸ノコを回転させてガルムを斬り裂いていた。

そのヴァルトールにつられたのか、最近は思ったような狩りができていなくて鬱憤が溜まっていたからか…私は我慢できず、ヴァルトールと同じように狂笑を浮かべる。そしてより禍々しく、鋭く咬刃機構を展開して、ヴァリアントサイズをガルムに振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

「はあ…はあ…」

 

濃い血の匂いが鼻をつく。辺りを見渡せば、飛び散った血で赤黒く染まっている。ガルムは見るも無残な死骸となり、血の海に横たわっていた。

ヴァリアントサイズはまだガルムに突き刺さったままで、引き抜くと随分と乱暴に扱ったからか刀身には肉片やら何やらがこびり付いていた。

 

「はぁ……どうやらお互い、やり過ぎたみたいだな…鴉の」

 

「……そうだな」

 

ヴァルトールも正気に戻ったようで、血に塗れたバケツ頭を揺らして溜息をついていた。

ジュリウスとエリナの方を見れば…ジュリウスは呆れたように、エリナはドン引きしたら様子だった。

 

「文字通り血塗れ……これがブラッド、なの?」

 

「いや……それは否定させてくれ」

 

 

なお、ガルム討伐後、一時極東支部に帰還したが、まだアラガミの群れが残存しているらしく、迎撃作戦は2日目に突入することになった。

ちなみに私とヴァルトールがガルムを一方的に嬲り殺す様をモニターしていたオペレーター、星野ウララがあまりのグロさにやられて、飯も食えないほどに怯えきってしまったらしい。

私とヴァルトールが血塗れのまま極東支部のロビーに戻ってきたのを見て、小さく悲鳴をあげる様子があまりにも痛々しかったので、取り敢えず謝る私とヴァルトールだった。

 

 




サー・グレミアさん出番こそ少ないけど聖杯ダンジョンではお世話になった人も多いはず。
女王殺しとかも出したいけど、見た目がヤバイのでギャグ要員にしかできなさそうです。

-追記-


【挿絵表示】


服装も神機もかなり適当ですが、ヴァルトールさんも書いてみました。


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12話 オペレーション・ピルグリム

やっとこさ、ハルオミ師匠らのエピソードに突入。しかし、ギルはまだ空気。


迎撃作戦2日目、初日で大半のアラガミを撃破したとはいえ、まだまだ大型のアラガミが複数存在した。遂に感応種も現れ、ブラッドはその迎撃に当たることになった。

しかし、その感応種討伐隊に私は含まれていなかった。私はブラッドの皆とは別の任務があるのだ。私は感応種のいるエリア周辺のアラガミの掃討を任されたのだ。

実はチームで動くより単独で動けるような任務はないかと、駄目元で尋ねて見たところ、この任務を貰ったというわけだ。昨日の任務で些か部隊行動には疲れた。

任務の開始は日の出とともに始めるとのことだ。他のメンバーはさすがに疲れていたのか仮眠を取っていたが、私はどうやら眠れそうにはない。

そこで私はロビーに備え付けられていた端末機のデータベースを漁って、ある情報を探していたのだが…

 

(しかし……何一つ情報が出てこない。何かしらの情報統制が行われているのか)

 

謎のアラガミによるイギリス支部への襲撃事件、イギリス支部は壊滅的な打撃を受けるも、グラスゴー支部の助けもあり現在復興中…正体不明のアラガミは目下捜査中、か…。

支部一つを丸々壊滅しかけるほどの大事件、アラガミの目撃情報がこうまで極端に少ないのはおかしい。情報が操作されているのは間違いないだろう。

 

(大々的に情報統制が出来るところなど、フェンリル本部くらいだろうが…まさか上位者の存在を知っているものなどいないだろう。単純に危険なアラガミと認識したからか…)

 

どちらにせよ、情報がないとこちらもどうしょうもない。直接私が行けばいいのだろうが、それもやすやすと出来る立場ではなくなってしまったからな。

しかし、私から行かなくとも奴らからここに来るだろう。それを迎え撃てばいいだけの話だ。私にとって、上位者を殺すことは何よりも最優先、周りがどうなろうと知ったことではない。

 

(まあ…今は目の前のアラガミを殺すことだけを考えるか)

 

端末機の電源を落としロビーの下へ降りると、オペレーターのフランとヒバリがまだ作業をしていた。作戦の情報整理でもしているのだろう。

戦場において状況の把握は生死を左右するほど大事だ。彼女らオペレーターがいなければ円滑に作戦を進めることもままならないだろう。

 

「イオリさん……作戦開始までまだ二時間ほどあります。お休みにならなくて大丈夫なのですか?」

 

「問題ない、寧ろお前たちの方が休まなくてもいいのか。一睡もしていないだろう」

 

「問題ありません、戦場にある貴方たちに比べればこの程度…」

 

フランはそう言うが疲弊しているのは目に見えて明らかだ。ヒバリの方は疲れてはいるだろうが、表に出していないだけだろう。

 

「一つ警告させていただきます……極東支部において、以前と同じような命令違反等を重ねれば、査問会に召喚される、または何かしらのペナルティを課せられるかもしれません。自粛される事をお勧めいたします」

 

「頭の片隅に置いておく」

 

フランに生返事だけして、近くの椅子に腰を下ろす。そして、以前にシエルから貰ったタブレットを取り出し、電子書籍を読み始める。

この極東支部に来てからもいくつかデータを入れて貰ったが…どうやら私は相当に読書好きみたいだ。できれば紙の本の方がいいが、まあ贅沢ばかりも言ってられない。

 

「凄いですね、イオリさんは…まだ神機使いになって日も浅いはずなのに…余裕綽々ですね。単独での任務に緊張とかしませんか?」

 

ヒバリが呆れたような口調でそう言う。確か彼女はこの極東支部でオペレーターを務めてそれなりの場数を踏んでいるのだったか。

この激戦区のことだ、沢山の神機使いの死を無線越しに看取ったに違いない。そんな経験の中では、私は余裕こいて死ぬ新兵にでも見えるのだろうか?

 

「そんなことはない。内心はかなり浮ついている」

 

「嘘ですね。昨日だってウコンバサラ二体に挟まれても、とんでもなく冷静に対処していたじゃないですか」

 

「偶然だ、偶然。新兵にそんなことできるわけないだろう」

 

「…ヒバリさんさん、彼は天邪鬼ですからまともに相手しない方がいいですよ」

 

オペレーター二人して呆れた顔をしている、どうやら私への二人の心証はよろしくないようだ。

だが、内心は浮ついているというのは決して嘘ではないのだ。実を言うとジュリウスの”統制”の影響がまだ残っているのだ。その興奮が残っているせいで、眠ろうにも眠れないのだ。

恐らくは、私は偏食場パルス、もしくは神機使い同士で起こる”感応現象”の影響を強く受けてしまうのだろう。

以前、私が発したエーブリエタースの血の力…あの時の私は偏食場パルスを形成して、周囲のアラガミを狂わしていたらしい。しかし、私自身も自身が形成した偏食場パルスのせいで、狂いに狂ったわけだが…。

そう考えると、だ。本来、対感応種としての運用を期待されているブラッドの中で、私はある意味足手まといなのだ。

今のところ戦闘経験のある感応種はシユウ親属感応種”イェン・ツィー”のみだ。ヤツは偏食場パルスにより、オラクルを操り簡易的にアラガミを生み出すだけでなく、周囲のアラガミを操って一つの標的へと攻撃を集中させることもできるのだ。

仮に奴との戦闘の中で、イェン・ツィーが他のメンバーを標的と定めた時に、私も支配を受けてしまうのではないか?これは感応種との戦闘において致命的な弱点だ。

 

(キョウスケがいれば…あるいは…)

 

キョウスケの血の力、それは”喚起”と呼ばれるものなのだが…その実態はまだ明らかではないのだ。分かっていることは、周囲の神機使いにも強く影響を与え、感情の起伏にも大きく関わっている、ということぐらいだ。

しかし、その”喚起”の力がブラッドのメンバーを血の力の覚醒へと導くと言われ、さらには感応種の偏食場パルスへの影響も、通常の神機使いが戦える程度には和らげることができるそうだ

つまり、キョウスケがいれば私も必要以上の影響を受けなくて済むということだ。だが、私自身も感応種に対する何かしらの策を用意するべきだろう。

 

「時に一つ聞きたいのですが……フライアの皆さんがここに到着されてから、ラウンジでとんでもない量を食す二人が目撃されるようになったそうですが……」

 

「ああ……それは私とナナだな。ラウンジにいるあの娘は…ムツミだったか?彼女の飯は美味い」

 

ラウンジで皆に料理を振る舞う少女、千倉 ムツミは九つという歳で調理師の資格を持っているのだ。その料理の味は極東支部の皆のお墨付き、私も思わず舌鼓を打ってしまった。

 

「彼は見かけによらず食いしん坊ですから。任務の報奨金がほぼ食費に消えるくらいに」

 

「おい…何故それを知っている」

 

「あれだけ豪快な食事をしておいて、私が知らないと思います?」

 

そういえば忘れていた……お金や譲渡されたアラガミの生体素材といった諸々の出入の管理は、めんどくさくてよくフランに押し付けたりしていたんだった。

しかしだな、私は一応、貴重な新型神機の被験体、という扱いなのだ。本部から特別に費用が下りるくらい、破格の待遇を受けているらしい…実感はないが。

つまり、必要なものがあっても勝手に向こうが用意してくれるのだ。だから金が余る。かといって何か金を費やすような趣味がある訳でもない…その結果、食事に行き着いただけだ。

正直にいって、美味いものを食っているときは、獲物を狩り殺す時の次に幸せな時なのだ。

 

「ふふっ…イオリさん、最初はなんだか怖い人、っていうイメージでしたけど、結構可愛いところあるんですね」

 

「ゴッドイーターは喰うのが仕事だろう。飯も食って何が悪い」

 

「そんなに食い意地を張るなら…今度私が料理でも作りましょうか?」

 

……なに?フランが料理をするだと?これはまた予想外の申し出だ。

 

「美味いのか?」

 

「それなりには」

 

「ならば頼む」

 

「そんな無表情に……本当に作って欲しいのですか?」

 

何を言うか、美味い飯を作ってもらえるのだぞ。本当に作って欲しいかだと…?当たり前だろうが。

 

「美味い飯を食いたい、それに理由は必要か?人にとってそれはごく自然な感情だ。不味い飯より美味い飯の方がいいに決まってるだろう」

 

それを聞いたフランは、一瞬キョトンとした顔をしていたが、口元を隠して小さく笑いだした。見ればヒバリにまで笑われているではないか。

 

「何が可笑しい」

 

「いえ……申し訳ありません、この極東支部でアラガミ殺しと言われ恐れられている貴方が、こんなにも食にうるさい人だとは……思いもしませんでした」

 

「…誰がつけた、その陳腐な渾名は」

 

「先日のヴァルトールさんとの戦闘記録を見た人が、イオリさんへの畏怖の念を込めて呼び始めました」

 

「……くだらん」

 

まったく、何がアラガミ殺しだ。別に私は何もおかしなことはしていないだろう?ただヴァルトールとともにアラガミを1匹殺しただけだ……少し派手にな。

 

「御休憩のところ申し訳ない、少しよろしいかな?」

 

後ろから声をかけられ、振り向けばくたびれた初老の男、オトが立っていた。いきなり声をかけられたから、誰かと思ったぞ。

 

「…ああ、お前か。どうした」

 

「いえ…神機の整備と換装が済みましたので報告を……エヴァリンは要望通り、本部から届けられた試作パーツを使用したB-タイプに換装しておきましたよ。それと、以前に貴方がご提案された例のものがほぼ完成しております。是非、任務に出られる前に試用していただきたいのですが、よろしいですかな?」

 

「…もうできたのか?」

 

「ええ、あれだけしっかりとした案が出されれば、形にするだけですから。大した時間はかかりませんよ」

 

オトにはあるものを作って欲しいと頼んでいたのだが、ほんの数日で作り上げてしまったのだ。主任も半日あまりで私の神機を作り上げたりしていたが……技術者(変態)の開発力には毎度驚かされる。

 

「分かった、すぐに行く……フラン、他のメンバーが来たら、私は先に出撃ゲートに向かったと言っておいてくれ」

 

「分かりました…それではご武運を…」

 

軽く会釈するフランとヒバリを尻目に、ロビーの出口に向かう。

久しぶりの単独での狩りだ。オペレーターはモニターするだろうし腕輪の監視もあるが、それでもある程度は自由に動ける。狩りを心ゆくまで楽しませてもらいたいものだ。

それに、今回は色々と試したいこともある。作戦開始まであと少し、しかし、そのあと少しがもどかしくてたまらなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

機械音と共に鋼の翼を羽ばたかせるヘリコプター、ドアから流れ込んでくる風はいつもよりも大分冷たい。

なぜなら、外は白い雪が舞い散る寒冷地なのだ。この極東には、もはや四季というものは残っていないそうだが、アラガミの影響か常に寒気が吹雪く不毛の地とかした場所があるのだ。

ここが今回の作戦エリア、いつもの廃墟群とは気色が違うが、やることに変わりはない。しかし、いつもなら5、6人で乗り込むこのヘリコプター、今日だけは私とパイロットしか乗っていない。

今回の作戦目標は、当エリア内の感応種が支部付近の迎撃ラインに接近する前に討伐すること。だが、その付近にはアラガミの反応がいくつも確認されていた。

作戦の概要は、キョウスケ、ナナ、ギルのアルファ分隊…ジュリウス、シエル、ロミオのブラボー分隊が、それぞれ別の地点で降下し感応種を挟撃して撃破する。

チャーリー分隊、つまり私の役目は降下ポイントの中間地点、つまり感応種のいるエリア付近のアラガミを、感応種から引き離すことだ。感応種の怖いところは、他種のアラガミも平気で操るような強力な偏食場パルス。取り巻きがいなければ、単体としての戦力はさほど高いものではないはずだ。

 

『現在、エリア周辺には中型種の反応が幾つか見られます。深追いはしないよう……』

 

「分かっている、全部皆殺しにすればいいだけだろう」

 

『はぁ……とにかく無茶はしないでください。予定通り、日の出と共に、作戦を開始いたします。それまでに降下、陽動の準備をお願いいします』

 

フランの忠告を聞き流し、ヘリコプターの外へと目をやる。眼下にはいつものコンクリートや鉄筋で作られた建物とは違い、古めかしい木造の家屋が広がっていた。ほとんどが崩れかけているとはいえ、どこか風情を感じる。中でも一際大きな木造の建物、ニホンで寺と呼ばれる……まあ教会のような宗教的建物だ。

荒ぶる神々が牙をむくこの時代、追い詰められた人々はなお、神に縋った。しかし、差し伸べられた手は、救いではなく破滅。この廃寺に救いを求めて集まった人々の多くが、縋ろうとした神に喰われていった。故にここは、そんな愚か者たちへの手向けと、この国に根付いていたかつての神々との決別、その意を込めて”鎮魂の廃寺”と呼ぶんだそうだ。

 

「よう、小僧。気分はどうだい」

 

ぼんやりと外を眺めているとヘリのパイロットから声をかけられた。声からして恐らくは三十はいっている落ち着いた声だった。

 

「別段、変わりはない」

 

「冷静だな…こんな任務、本来は単独でこなすようなもんじゃないぜ?」

 

確かにそうだな。中型種とはいえ、一人で複数のアラガミを相手にするのはきつい。それは今までの経験で骨身に染みている。

しかし、キョウスケがいなければ感応種相手では足手纏いになる可能性が高い私は、こちらで通常種を相手にしてる方がいいのだ。

 

「普通だの従来はだの…そんなこと、私には関係ないな」

 

「逞しいな…帰りにこのヘリに乗せるのが、小僧の亡骸じゃないことを祈ってるぜ……そろそろ降下地点だ、準備しな」

 

「…了解」

 

ヘリコプターのハッチを全開にし、いつでも降下できるよう準備する。しかし、ハッチを開けると、風と共にある匂いが鼻を掠めた。これは…。

 

『ヤンキー・2!周囲に複数のオラクル反応が…!恐らく、既に捕捉されています、すぐに退避を!』

 

「なんだと…⁉︎」

 

「パイロット!すぐに左へ回頭しろ!急げっ!」

 

私の大声にパイロットは驚いた様子だったが、反射的に機体を傾けさせながら急回頭させる。

すると、ヘリコプターの目と鼻の先に目には見えぬ空気の砲弾が飛来していった。回避行動を取っていなければ、このヘリはバラバラになっていただろう。今の攻撃はコンゴウの遠距離砲撃に違いない、ヘリコプターの駆動音に惹かれてきたのか…!

 

「畜生!これじゃどうしようもないぜ…いったん退くぞ!」

 

「いや……あっちだ、あそこの崩れかけた建物。その方向に向かえ、高度は上げながらで構わん」

 

「あぁ?何言ってんだ!そんな場合じゃねーだろ!」

 

「いいからさっさと行け!」

 

「……くそっ!分かったよ!」

 

パイロットはやけくそ気味に了承し、機体を指示した方向に向かわせながら上昇させていく。あと少し…あと少し進めば…!

 

「…いた!」

 

空気の砲弾、それが飛来してきた方向からコンゴウの位置を予測したが、どんぴしゃりだ。崩れかけた建物、その影にはこちらを狙うコンゴウがいた。

コンゴウの背部にあるパイプ上の器官、コンゴウはそこに空気を圧縮して砲弾として撃ち出すのだ。弾速は決して速くはない、射線さえ見えていれば回避は容易いはずだ。

 

「作戦はこのまま続行する。お前はさっさと退避しておけ」

 

「お、お前、まさかこの高さから…!?」

 

「その…まさか、さ!」

 

機体の高さはとても降下ような高さではない。だが、私はまるっきりそれを無視して…ヘリのハッチから飛び降りた。冷たい風がコートを突き抜けて肌に突き刺さる。しかし、そんな寒さすら感じなくなるほど、私の気分は高揚してきたのだった。

 

(さあ…狩りの始まりだ…!)

 

コンゴウは真っ直ぐに落下してくる私を見て、パイプ状の器官に空気を圧縮、砲弾として撃ちはなってくる。だが先に言ったように射線が見えていればたいした攻撃じゃあないんだ。

ショートブレードのベエーアディーゲンを振りかざし、飛来する空気の砲弾を斬り裂く。そしてその落下の勢いのまま、コンゴウにショートブレードを突き出す。

 

「ゴアアアッ!?」

 

落下の加速が乗った一撃はコンゴウの表皮を突き破り、その巨体を地面に叩きつけた。コンゴウがクッションになったとはいえ、とんでもない衝撃が全身に駆け巡る。骨の一本や二本折れたかもしれんが、そんなものはダメージとは言わんのだ。

突き刺さったショートブレードを引き抜こうと躍起になるコンゴウにエヴァリンを押しつける。ただし、いつものエヴァリンとは違い、本部から届けられた追加パーツにより、大口径のガトリング銃へて姿を変えている。

その引き金を引く瞬間、山の端から太陽が顔を出し辺りを照らし出した。

 

『日の出だ…ブラッド・アルファ、行動開始!』

 

無線から流れるジュリウスの合図と共に作戦が開始される。私もジュリウスの無線を機に、引き金を引いた。こいつが私の作戦開始の合図だ。

 

「グッドモーニング…猿野郎、そして死ね」

 

唸りを上げて回転する銃身から嵐の如くオラクルの弾丸が吐き出される。一発一発が低火力でも、コンゴウの身を削るには十分すぎる。

至近距離から弾丸の嵐を浴びるコンゴウは、瞬く間にその身がボロボロになっていった。

 

「ガッ、アアァァッ…!」

 

それでも最後の力を振り絞ったのか、コンゴウは私を引っ掴むと、近くの廃屋に向けて投げつけた。最早朽ちかけの木造の家屋は、私の激突に耐えきれず、あえなく倒壊してしまった。

 

「はっ……逃すか!」

 

体にもたれかかる廃材を押し退け、態勢を立て直す。だが、先ほどのコンゴウの叫びを聞きつけたのか、さらに三体のコンゴウが現れた。死にかけのコンゴウは仲間の後ろに隠れながら下がっていく。大方、捕食で傷を癒すつもりだろう。

 

(まあ、それでもすぐに復帰するほど回復は早くないだろう。まずはこの三体……丁度いい、試すか!)

 

私はポーチからある道具を取り出す。私がオトに頼んで作らせたもの…それがこの小さなヤスリだ。だが、ただのヤスリではない。

自分の指先を少し噛みちぎり、ヤスリに血を垂らす。今や私の中には、ヤーナムで狩ってきた獣だけでなく、多くのアラガミの血も流れている。そんな中から、ヴァジュラ、シユウ堕天種、ウコンバサラ…ヤーナムからは青き雷光を纏う”黒獣 パール”……この雷を操る力をその血から見出す。

血は生物を象る最も大きな要素と言ってもいい。大きな力を持つものはその血に力の因子をもつ。つまり、ヴァジュラなどの血には、雷を操る力の因子が含まれているのだ。

そんな因子を神機に与えてやったらどうなる?

 

(さあて…上手くいくか…)

 

血を染み込ませたヤスリで、神機の刃を大きく擦る。ヤスリの血が徐々に刃に染み込んでいき……ついには青白い雷光を放ち始めた。

成功だ…!オトの作ったこのヤスリは、どうやら上手くいったみたいだ。

このヤスリは神機の銃身パーツの、オラクルを変化させるモジュール部分を流用して作られているのだ。そこに私のアラガミの力をプラスしてやれば、簡易的なエンチャントを可能とする道具になるわけだ。

もともと抜群の切れ味のベエーアディーゲンだが…そこに雷光の力が加わればどうなるか?それは言うまでもなかろう…!

 

「ふははっ…!」

 

咆哮を上げて襲いくるコンゴウに向けて、雷光を纏うその刃を振るう。それなりの硬度を持つコンゴウの表皮だったが…まるでバターを切るかのように、寒気がするほど滑らかにその表皮を斬り裂いた。

これは想像以上の効果だ。

 

「ははっ!こいつはいい!」

 

振り下ろされるコンゴウの拳を躱し、その身を斬り刻んでいく。しかし当然、こちらも全ての攻撃を躱せる訳ではない。一体のコンゴウが周囲に拡散させるように放った衝撃波に吹き飛ばされ、何本かの骨が嫌な音を立てて砕けていく。

それでも私は地に伏すことはなく、再び立ち上がりコンゴウへと斬りかかった。

 

「生温いな…!」

 

ベエーアディーゲンをヴァリアントサイズに変形させ、さらに咬刃機構を展開させる。

 

「そんなものでは私は止められんなぁ!」

 

禍々しい牙を剥き出しにし長大な大鎌へと変貌したヴァリアントサイズで、周囲を大きく薙ぐ。雷光を帯びた神機の牙は、周りの廃屋諸共、コンゴウの手足を刈り取っていった。

私かコンゴウか、どちらのものかは分からぬが、互いが流した血に降り積もった雪が赤黒く染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「これで二匹目…か…」

 

作戦開始から一時間ほど、ジュリウス達の方は順調に事が進んでいるみたいだ。

私の方は、逃げ出したコンゴウどもを追い詰めているところだった。奴ら、私には勝てないと踏んだのか、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。流石に私も同時に三体も追跡はできない。

だから、一匹ずつ確実に追い詰め、潰していき……やっと二体目を仕留めたところだ。

生き絶えたコンゴウの頭に突き刺さる神機を引き抜き、血を振り払う。残るは二体、内一体は最初に随分と痛めつけてやったから、実質残りは一体だ。

幸いにも周りには雪が降り積もっている、コンゴウが逃げた跡を探すのは容易い事だった。踏み荒らされた雪と雪上に残った血痕、そして僅かな残り香を頼りにコンゴウの跡を追う。

意識を集中させて追跡すること数十分…ついに崩れた建物で資材を喰い漁るコンゴウを見つけた。

 

(やっと見つけたぞ……!)

 

コンゴウは聴覚に優れる。下手に音を立てれば見つかってしまうだろう。静かに音を立てぬよう忍び足で、コンゴウの背後に迫る。そしてゆっくりと神機を掲げ、コンゴウの背中に突き立てた。

 

「ガアアァッ!」

 

背中のパイプ状の器官も共に、背中を裂いていく。不意をつかれたコンゴウが驚愕と苦痛に嘶く。ヴァリアントサイズを根元まで突き込み、ついにその切っ先が完全に貫いた。

しかし、コンゴウも死に物狂いで抵抗をする。破損したパイプ状の器官に無理やり空気を圧縮させて、暴発させたのだ。暴発した空気は、荒れ狂う暴風となり、私とコンゴウを吹き飛ばした。

 

「ちっ…!悪足掻きはするもんじゃないなぁ…!」

 

地を這ってでも私から逃れようとするコンゴウに、エヴァリンを向ける。オラクルを充填させ、その引き金を引こうとしたその時だった……視界の端を赤い閃きが走り、コンゴウの体が両断される。次の瞬間には、反射的にエヴァリンを前にかざして盾にしていた。へしゃげるような金属音が鳴り響き、エヴァリンの銃身が綺麗に斬り落とされていた。

 

「こいつは……⁉︎」

 

閃光のように現れたそいつは……血のような真紅の竜だった。背中に生える翼のようなブースターと、両手に仕込まれたブレード…先ほども咄嗟にエヴァリンで防いでなかったら、私の首も胴体と泣き別れになっていただろう。

 

『イオリさん!そのアラガミは危険です!今すぐに撤退を…!』

 

竜のアラガミは、その真紅の見た目とは対照的に、青白い冷気を発しながら唸り声を上げる。

見れば、竜のアラガミの左手には無残な死体となったコンゴウの一部が握られていた。もう一体のコンゴウはこいつがとどめを刺したのか…!

この竜のアラガミ、先ほどの一撃でわかった。こいつは並みのアラガミとは比較にならないほどに強い。それに長いこと戦い続けたのか、身体の各所に傷を負い、肩口には一本の神機が刺さったままだ。

 

(こいつ……強い…な…!猿どもとは大違いだ)

 

こんなにも強敵なアラガミは久しぶりだ。実に狩りがいがある。

 

「どこのどいつかは知らんが…楽しませてくれそうだな…!」

 

破損したエヴァリンを投げ捨て、ベエーアディーゲンをショートブレードに変形させる。

 

『ブラッド・アルファは感応種を討伐しました!だからもう…!』

 

「黙れっ!私の狩りを邪魔するな!」

 

フランの声を無視して、竜のアラガミへと駆け出す。竜のアラガミも、背部のブースターに閃かせて、こちらに突進してきた、

その腕に仕込まれた刃が展開し、翼のように広がる。目にも留まらぬ速度で振るわれるその刃に対抗するように神機を構え、私は竜のアラガミの一撃に、正面から立ち向かっていった。

 




ピルグリムという単語には、嫌な思い出を抱えている人も多いはず。初代のコンゴウはとんでもない強さ。


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13話 因縁の空

今回はルフス・カリギュラ戦、空気気味なギルがようやく活躍することでしょう…そしてシリアスなハルオミさんの最期でもある。


ある日、極東支部近郊にて新種のアラガミが確認された。しなやかで強靭な体躯と、強力な炎を人間のように武器として振るう竜のアラガミ……極めつけはその驚異的な生命力だ。コアを摘出されても短時間でコアを再生成し、復活するという特異な能力を持っていた。

この新種のアラガミは、"ハンニバル"と名付けられ、極東支部のゴッドイーター達を苦しめてきたのだ。

しかし、そんなハンニバルにも当然のように禁忌種が存在した。基本種とは違い冷気を纏う禁忌種は、"カリギュラ"と呼ばれていた。竜帝カリギュラは、深い蒼の鎧に身を包んでいるのだが…私の目の前にいるカリギュラは、血のように真っ赤だった。

その真紅のカリギュラは、グラスゴー支部で初めて確認された異常種、"ルフス・カリギュラ"であることを知るのは少し先の話、今の私は…。

 

「ガアアァッ‼︎」

 

「ははははっ!」

 

目の前の獲物、ルフス・カリギュラを殺すことだけに全てを集中させていた。

こいつは、すでにどこかでゴッドイーターと戦っていたのだろう。体のかしこに損傷して再生しきっていない箇所がある。極めつけは肩に突き刺さったままのロングブレードの神機だ。

過去にこいつと戦ったゴッドイーターが遺したものだろう。しかし、その強さは手負いであることを微塵も感じさせない。

お互いに一進一退の攻防、もう何時間も戦闘は続いている。場所を移動しつつ戦ってきたため、もとの作戦エリアからは大分離れている。今は、先ほどまでの寺院とは打って変わって、朽ち果てた建物と巨大な吊り橋、沢山の残骸が浮かぶ海が見える海岸線まで移動していた。

だが、極東支部の連中が私たちの場所を特定するには今暫く掛かるだろう。私がオトに頼んで作らせたヤスリ以外に、もう一つ、強力な小型のジャミング装置を作ってもらったのだ。

このジャミング装置があれば腕輪のビーコン、無線機の通信も遮断できる。私が多少アラガミの力を使ったとしてもそうバレることはない、ということだ…!

 

(暁烏…!お前との契約、その力…試させてもらうぞ…!)

 

意識を集中させ、自身に流れる血から…感応種"イェン・ツィー"と、ヤーナムの陰気で歪んだ墓場の街ヘムウィック、そこに住む名も知らぬ狂った魔女の血を見出す。

イェン・ツィーとヘムウィックの魔女の共通する力、それは従僕を生み出して操る力だ。その血を啜った私にも、確かに宿っているのだ。

周囲に霧散したオラクルを、偏食場パルスで掻き集め収束させていく。目で見えるほど収束したオラクルは、次第にはっきりとした形となっていき、遂には毛むくじゃらの怪物の姿となった。しかし、今の私では三体が限度、といったところか。

 

「さあ、逝けっ…!」

 

命令を受け取った怪物達は、細い腕を振り回しながらルフス・カリギュラに突っ込んでいく。当然、こいつらはまともなコアも持たぬただの雑魚だ。ルフス・カリギュラの一撃すら耐えられないだろう。だが、それでいいのだ。

ルフス・カリギュラが両手のブレードで私の生み出した怪物を容易く斬り裂く。両断された怪物は、また無数のオラクルの粒子となって霧散していく。

しかし、ルフス・カリギュラが一瞬でも意識をそちらに向けた隙に、懐に入り込み捕食形態の神機を首筋に喰いつかせた。

 

「…ッ‼︎オオオッ!」

 

ミシミシと音を立てて神機が硬い装甲に喰いつくが、亀裂が入るのが精一杯で噛み砕くことはできない。振りほどこうと暴れまわるルフス・カリギュラだが、こちらとてそう簡単に離すつもりは毛頭ない。

 

「血の一滴ぐらいは置いていけよなぁっ‼︎」

 

ヒビの入った装甲を砕くように、左手を突き込む。その硬さに、逆にこちらの手がイカれそうだったが、無理矢理に装甲を砕いていき、遂にその内側の肉に手が届く。

しっかりと感触を確かめるように肉を掴み、引き千切っていく。そして、吹き出した鮮血を舐めとるように味わった。

 

「…ッ‼︎」

 

強引に私を引き剥がしたルフス・カリギュラは、そのまま右腕のブレードで一閃、私の体を大きく斬り裂いた。

コンゴウも軽々と斬り裂く切れ味のブレード、私を両断するくらい訳ないだろうが、ルフス・カリギュラの血が即座に私の体を修復していく。皮一枚で繋がっているが、まだ胴体と下半身はしっかりとくっついている。

 

「がはっ…‼︎ぐ…はははっ、やってくれるな…!」

 

私から大量の血とともに命が流れ出していく。まだ意識はギリギリ保っているが、流石にこれは致命傷レベルだ。だが、退きはしない。生きたくば、前に出るしかないのだ!

 

「この程度では終わらんよ…私を殺したければ心の臓を抉り出すか、頭をシミになるまで叩き潰すしかないぞ…⁉︎」

 

ベエーアディーゲンに降りかかった私の血、血の一滴までそれは私の一部、だからそれを操るのも容易いこと…!

刀身に纏わりつく血が徐々に形を変えていき、血の真っ赤な刃となる。カインハーストの穢れた血族、その血濡れた業。それを模して象ってみたが、意外とできるものだ。

 

「おおおっ!」

 

真っ赤な大鎌と化したベエーアディーゲンと、ルフス・カリギュラのブレードが火花を上げてぶつかり合う。きっと今の私は愉悦に歪みきった顔をしているに違いない。だが、それほどまでにこいつとの戦いは刺激的だった。

しかし、何時間もの断続的な戦闘、度重なるダメージと力の酷使による疲労、それらは確実に私を蝕んでいき、その時は…限界は思ったよりも早くやってきた。

ルフス・カリギュラの強烈な斬撃に、正面からベエーアディーゲンで斬り結ぶが…今までの乱暴な扱いが響いていたのだろう。前のヤクシャ・ラージャとの戦いの時と同じように…金属音と共に神機が破損したのだ。

 

(…っ!神機が……!)

 

刀身は無事だったが、追加パーツとの接続部分が完全に破損していたのだ。接続部分の破損により、ベエーアディーゲンはヴァリアントサイズとしての機能を完全に失っていた。

その隙をルフス・カリギュラが見逃すはずもなく、ここぞとばかりに連撃を叩き込んできた。当然、壊れた神機で捌ききれるはずもなく、地面に叩きつけられ、無造作に投げ飛ばされる。

 

「ぐ……う、ああ…!」

 

投げ飛ばされた体がようやく動きを止めた頃には、体中の骨は砕かれ、内臓もグチャグチャにされていた。壊れた神機もどこかに投げ飛ばされてしまった。

しかし、私はさっきも言ったろう?私を殺したければ心の臓を抉り出すか、頭をシミになるまで叩き潰すしかない、と…。まだ、私の心臓は鼓動を刻んでいる。脳はお前を殺すためにフル回転している最中だ。

 

(前へ出ろ…前へ出ろ……足を止めるな、攻撃の手は緩めるな…生きたくば獲物の血を啜れ、自分が死ぬ前に敵を殺せ…!それが私たちの狩りだ…‼︎)

 

ルフス・カリギュラがとどめを刺すべく、ブレードを展開した腕を振り上げるが……。

 

「ウオオオオオオッ‼︎」

 

それが私の命を刈り取る前に、私の喉から絞り出された"圧"を持った獣の咆哮が、ルフスを・カリギュラを押し返した。それでも、僅かに振り上げた腕とともに動きが止まった程度…しかし、私には有り余る一瞬だ。

ボロボロで今にも崩れ落ちてしまいそうな体を無理矢理動かし、ルフス・カリギュラに突き刺さる神機へと手を伸ばす。

誰のものとも知れない、赤い波紋と白い刃が特徴のロングブレードの新型神機。前と同じように、神機による侵食のリスクも無視して、神機と腕輪を接続する。

 

「ーーーーッ⁉︎」

 

以前のような旧型神機を使った時とはまるで違う。侵食による途轍もない苦痛…そして前の持ち主の記憶が頭の中に流れ込んできた。

ここではない何処か、過ぎ去った過去の情景…今私が握る神機と同じもの手にする長髪の眼鏡の女性、そしてチャージスピアを持つ帽子の青年が、私の目の前にいる紅い竜のアラガミと対峙していた。ほんの一瞬、脳裏によぎっただけだったが、自分の目で見たかのように鮮明だった。

 

「ゴアアッ‼︎」

 

ルフス・カリギュラが私が神機を引き抜く前に叩き落とそうとするが、その拳が届く前に死に物狂いで神機を傷口から引き抜く。

あとコンマ数秒遅ければ、今度こそそれがとどめの一撃になっていたかもしれん。だが、再び私の手には神機がある、私はまだ戦える…!戦える…はずなのに…!

 

(お前は…泣いているのか……?)

 

私のベエーアディーゲンのような獰猛さは微塵も感じられず、静かに涙を流す乙女のようだった。アラガミと戦うという意思がまるで見られなかったのだ。

私もその気に当てられたのか、途端に闘志が挫けてしまった。その場に崩れ落ちるように膝をつき、呆然とブレードを構えるルフス・カリギュラを見ていた。

それまで轟々と燃え盛っていた殺意も一瞬のうちに掻き消えてしまい、私はただ一つの感情に囚われていた。自分でもそんな感情を抱くことが不思議なくらいに、だ。

戦う意思をなくした私に、ルフス・カリギュラは興味をなくしたと言わんばかりに、無造作にブレードを振るう。その凶刃は今度こそ私の命を……刈り取るはずだった。

 

「まったく…また一人で無茶をして…!」

 

しかしその紅い刃は、黒い刃に阻まれる。自分の身の丈ほどもある神機を握る少年が、ルフス・カリギュラのブレードを受け止めていたのだ。

 

「それに、そんなしおらしい雰囲気を出すなんて…イオリらしくないね」

 

「…キョウスケ……⁉︎」

 

私とルフス・カリギュラとの間に割って入ってきたのは、キョウスケだったのだ。いや、それだけではない。すぐにルフス・カリギュラに追い打ちをかけるように飛び出してきたのは…オラクルのオーラを纏ったチャージスピア、ギルだ。それともう一人…。

 

「おっとっと、こいつは随分と手痛くやられたもんだな。まあ、あとは俺たちに任せておきな」

 

どこか派手な服装の男…こいつは確か真壁 ハルオミ、といったか。記憶が正しければ第四部隊の隊長だったはずだ。

 

「……その神機、しっかり持っててくれ。俺の嫁のものだからな」

 

「…嫁?」

 

ハルオミは神機を預ける旨を伝えると、ギルの後に続いてルフス・カリギュラへと駆けてゆく。

 

「イオリはここで休んでていいよ……後は、僕たちがアイツを倒す!」

 

キョウスケも神機を銃形態へと変形させて、ギルとハルオミの援護を始める。どうやら……私はフェンリルの連中の技術力を舐めていたらしい。ジャミング装置一つでごまかしが効くものでもなかったのかもしれん。思っていたよりも早く、ここを特定されてしまったようだ。

しかし、この神機が先程見せたあの光景…あの帽子の青年は、ギルだったのだろうか?ハルオミもこの神機の持ち主について知っているようだった。

ギルとハルオミはこの紅い竜のアラガミと因縁があるのだろう。そうだとするなら、この神機が二人に向けるこの感情も理解できる。

この神機の持ち主は…すでに死んでいる。この紅い竜のアラガミと戦い、その果てに死んだのだ。直感的に、この神機が見せた情景からそれがわかった。そしてギルとハルオミは、それに深く関わっている。つまりは、二人にとってこの戦いは、この神機の持ち主の敵討ちになるのだろう。

 

(私にそんなことは関係ない……この神機の持ち主が何者だろうと、私の知ったことではないというのに…何故こうも心が引っ張られるのだ…!)

 

ギルとハルオミがルフス・カリギュラの攻撃を掻い潜りながら斬り込み、キョウスケがそれを援護する。大して言葉も交わしていないというのに、抜群の連携だ。さしものルフス・カリギュラも、確実にダメージを受けているのが目に見える。

だが、それではダメだ、それではまだ届かない。奴を殺すにはまだあと一押しが足りない。

 

「くそっ‼︎」

 

攻めあぐねたギルがチャージスピアにオラクルを溜めて、鋭い突進を繰り出す。それでも、ルフス・カリギュラの猫のような俊敏さは、未だに失われていない。ギルの突進は軽々と躱され、逆に尻尾による手痛い反撃を食らっていた。

 

「つっ…!野郎…‼」

 

「落ち着けよ、ギル!馬鹿正直に突っ込んでも勝てる相手じゃないんだぜ」

 

「ハルさん…!」

 

「深追いはするなよ、確実に追い詰めろ!」

 

再びルフス・カリギュラに斬り込んでいく二人、それを迎え撃つルフス・カリギュラ。どちらも一歩も引かず、全身全霊を込めた刃を叩きつけあっていた。そして先に勝機が訪れたのは…二人のほうだった。

 

「当たれ!」

 

キョウスケの放った弾丸がルフス・カリギュラのブレード部分に直撃し、ついにその堅固なブレードに亀裂が入ったのだ。そして、そのチャンスを逃すギルではなかった。

 

「これでっ…!折れろぉ!」

 

ギルの全力の一撃が亀裂の入ったブレードに突き刺さり、甲高い金属音と共に砕け散る。ルフス・カリギュラもこれには堪えたのか、苦痛の叫び声を上げていた。だがさすがは竜帝、転んでもただでは起きない。ブレードを破壊して僅かに油断したギルを、その豪腕で仕返しと言わんばかりに殴り飛ばしたのだ。

 

「ぐはっ⁉︎」

 

「…ギル!」

 

殴り飛ばされ瓦礫の山に突っ込んだギルは、かなりのダメージを受けてしまったのか、立ち上がれずにいる。

 

「今行くよ!」

 

「っ!止まれ、キョウスケ!」

 

ギルに駆け寄ろうとするキョウスケにハルオミの警告が飛ぶ。それを聞いて瞬時に立ち退くキョウスケだが、ルフス・カリギュラの極低温のブレスがすぐそばに着弾し、爆発する冷気の嵐に巻かれる。

 

「うああああっ⁉︎」

 

「キョウスケ‼︎…くそ、こんな時に…また、俺は…!」

 

立ち上がろうにもダメージが抜けず、地に伏したままのギルが呻いているが……ああ、やはりダメだ。このままではまた同じことが起きる。この神機の前の持ち主の時と同じようなことが…!

 

(モウアンナ事ハ……アンナ悲シミハ二度ト味ワイタクナイヨ…‼︎)

 

…ギルとハルオミへのこの感情、それがこの神機の意思ならば、持ち主の遺志ならば…!ほんの一時でもこの神機を握ったのだ。やはりそれを汲み、継ぐのが狩人というものなのだろうか。今ここで、ギルやキョウスケ、ハルオミが死ぬことは、それに背くことになってしまう。

それにだ、三人があいつに返り討ちされたら、私も後できっちりとトドメを刺されるかもしれん。私とてこのような場所を死に場所にする気などさらさらないのだ。

そうとなれば、前に進むしかなかろう。ここでじっとしていても何も変わらない。私にはまだ四肢がくっついているのだ。這ってでも前に進むのだ…!

 

「く……はははっ…そら、大した距離じゃないんだ。さっさと進むんだ、私の体…!」

 

ボロボロの体を引きずるように、ギルの元へと向かう。ルフス・カリギュラはハルオミに意識を向けている。今のうちにギルを引っ張り上げてやらなければ…!

 

「…おい、いつまでそうしている。何を諦めている」

 

「……」

 

「…この神機の持ち主の時のように、また仲間を失うぞ?それでもいいのか」

 

「…良いわけ…ないだろう!」

 

「ならば寝ている場合ではないだろう。お前はまだ五体満足だ、神機もある。…本当にあいつを殺したいなら、仲間を守りたいなら……もっとお前の命を賭けてみろ!」

 

「そんなこと……言われなくても…!分かってんだよぉぉ‼︎」

 

ギルがチャージスピアに縋るように、叫びながら立ち上がる。足元がまだフラついているところ、まだダメージは抜けきっていないだろうがな、だがそれでいいのだ。

かつてジュリウスは、仲間を束ねる絆、その意思の力こそがブラッドの真価なのだと言っていた。しかし、私たち狩人にだって意思の力はあるのだ。

人の力など足元にも及ばない凶暴な獣たち、それらと対峙した時に誰しも抱く感情。それは生への渇望、生きたいという生物の普遍的感情だ。

狩人はその身を刻まれ血反吐を吐いても、その生きたいという感情があるから、何度でも立ち上がれるのだ。返り血を浴びてその身を癒す狩人の力、それは死に物狂いの生への執着に他ならない。

だがな、別段これは狩人の特有の力というわけではないのだ。生への執着など誰しもあるもの。ここにいる誰もがそういう力を持っているはずなのだ。そしてそれは自分だけでなく、仲間や友…他者へも及ぶ。

 

「そうだよ、ギル…!同じ悲劇は繰り返しちゃいけない。だから立つんだよ、ギル!」

 

ところどころを負傷したキョウスケもギルの側に立ち、ギルを立ち上がらせる。そして私を含め、三人の意思が一つになる。ギルとハルオミを縛る過去からの因縁、それをここで断ち切るのだと…!

 

「「「おおおおおっ‼︎」」」

 

三人が同時に神機を掲げ、ルフス・カリギュラへと駆け出す。その時、ギルのチャージスピアはいつものオラクルとは違う、赤黒いオーラを纏う。その力は側にいた私とキョウスケの神機にも伝播し、神機の力が大きく向上していくのが手を取るように分かった。

 

「ゴアアアアッ!」

 

ハルオミから私たちに意識を向けるルフス・カリギュラ、その大きな顎には極低温の冷気が溢れている。先ほどのブレスを撃つつもりなんだろうが…今の私たちはその程度で足を止めたりはしないぞ。

 

「行けえええ!」

 

私と同時にキョウスケがロングブレードの神機を構え、ルフス・カリギュラとの距離を詰めるが、すでにブレスの準備は整っているようだ。しかし…。

 

「年貢の納め時だぜ?ミスター・イレギュラー…!」

 

ルフス・カリギュラの背中に巨大なオラクルの刃、ハルオミの"チャージクラッシュ"が叩き込まれる。バスターの最大火力をまともに受けたルフス・カリギュラは、その衝撃に口内に溜めていたオラクルを霧散させてしまう。恐らくはこれが最後のチャンスだ!

 

「…沈め……‼︎」

 

私とキョウスケの繰り出した斬撃が、ルフス・カリギュラの両腕を大きく切り裂く。そしてがら空きとなった胴体に…!

 

「届けえええええっっ‼︎」

 

ギルのチャージスピアがルフス・カリギュラの胴体に突き刺さった。赤黒い血のオーラを纏ったその切っ先は、確かにルフス・カリギュラのコアを貫いたのだ。

傷口から鮮血を吹き出し、最後の断末魔を上げる未曾有の紅き竜のアラガミは…ついに地に伏した。

 

「……ケイトさん…やっと…終わりました…」

 

ギルが力が抜けたかのように、その場に座り込んでしまう。しかし、その時に小さく呟いた、"ケイト"という名前が私の脳裏を刺激した。

 

"こんな風に、お互いが支えられるだけ支え合うのって、相当素敵なことだと思うんだよ……ね?ギル"

 

ああ、そうか…あの女性はケイトというのか。心に刺さっていた棘が取れたような気分だ。

 

(この神機の…長い戦いも終わったのだな…)

 

私もギルと同じように気が抜けてしまい、その場に倒れてしまう。さすがに私も限界だ、些か血を流しすぎた。

 

「イオリ…!」

 

キョウスケが私を呼ぶが、もうそれにも応えられない。私の意識は闇の中に溶け込んでいくように落ちていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

……幽霊、というものが存在するなら、今の私はまさにそれに近い雰囲気ではないだろうか。重量を感じさせない浮遊感、心なしか体も透けているような気がする。

そして視界に広がるのは閑散とした荒野、所々に散らばるアラガミの死体が戦場跡であることを物語っている。そして目の前の…この二人。今私が見ているのは夢だろうか?いや…やはり、これも夢ではないのだろうよ。これはきっと追憶なのだ。あの神機の持ち主であるケイト、その最期の時だ。

 

「ギル……分かってるよね?」

 

「ケイトさん…俺は…!」

 

岩にもたれかかる眼鏡の女性、恐らくは彼女があの白い神機の持ち主のケイトだ。そしてその前に立つ帽子の青年はやはりギルだ。

ケイトの腕輪を見れば、大きくへしゃげそこから黒いオラクルが漏れ出している。恐らく、あの紅い竜のアラガミとの戦闘で破損したのだろう。

黒いオラクル、それは自身がオラクル細胞による侵食を受けている証拠だ。このまま侵食、つまりアラガミ化が進めばケイトはそこらのアラガミとなんら変わらない存在になるだろう。通常、部隊の隊員がアラガミ化した場合、その介錯が同部隊員に義務付けられる。つまりこの場合は…。

 

「私…このままアラガミになってギルやハルを襲うのは…嫌なんだ。だから、お願い……私を…殺して、ギル」

 

「……っ‼︎」

 

ギルは今にも泣き出しそうな表情だ。それを見ればギルにとって、またはハルオミにとって、彼女がどれだけ大きな存在であったが手に取るように分かる。そしてそれを手にかける事がどれほど苦渋の選択である事も、だ。

しかし、ギルはゆっくりと神機を構えて、その切っ先をケイトに向けた。指先は震え、まだ迷いを捨てきれていなようではある。だが、ギルはケイトの意を汲むことにしたのだ。

 

「ギル、最後にこんなわがまま押し付けちゃって……ごめんね」

 

ギルはそのままチャージスピアを大きく引き絞ると…。

 

(アリガトウ、貴方ノオカゲデ私ノ闘イハヨウヤク終ワルワ…)

 

そのまま神機を突き出し、ケイトを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っっ‼︎」

 

再び、意識が暗転したと思えば…私はヘリコプターの中で横にされていた。横ではキョウスケがハルオミから応急処置を受けている。側にはギルも座っていた。どうやら私は、意識を失っている間に回収のヘリに乗せられていたようだ。

 

「よう、目が覚めたかい?まあ、まだそこで寝ときなよ。大分こっ酷くやられたみたいだしな」

 

ハルオミにそう言われ、立ち上がらずに壁に寄りかかる。というより立とうにも、まるで足に力が入らなかったのだ。

壁に寄りかかりながら、先ほどの追憶を思い出す。あれはやはり、あの神機が私に見せたものだろう。いわゆる"感応現象"の一つだ。最後に聞こえたあの声…あれもケイトの神機の声だったのかもしれない。

 

「…ギル、ハルオミ。ケイト…という女性はどんな人だった」

 

「お前…なんでその名前を…」

 

「あの神機が私に見せてくれたのだ…ケイトの最期をな」

 

ケイトの最期、それを聞いたギルが一瞬、拳を握り固めてこちらを睨むが、すぐにまた顔を下に向けてしまう。それはいつもギルが私に向ける目と同じだった。

ハルオミも最初は驚いていたが、すぐに昔を思い出すような表情を浮かべていた。

 

「ああ……そいつは羨ましいな。俺はあいつの最期には立ち会えなかったからなぁ……。ケイトがどんな奴だったかだって?そりゃあ…あいつはいつだって前向きで、そんでなんでも一人で抱え込んじまって…こっちの話なんか聞きゃしない。でも……いい女だったさ」

 

「そうか…」

 

ギルにとってもハルオミにとっても、ケイトは大切な存在だったのだろう。だがしかし…。

 

「ギル…お前が手を下さなかったら、ケイトは間違いなくアラガミになっていた。私のような都合のいい存在にはならなかったろうよ」

 

「…だとしても……俺がケイトさんを…ケイトさんを殺したことに変わりはないだろうが…!」

 

きっとギルは私という人型のアラガミの存在が、常にケイトの一件を思い出させていたのだろう。もし自分が手を下さなかったら、人の理性を持ったままアラガミになっていたかもしれない…私のような特異中の特異な存在になってたかもしれない…そんな根拠のない希望的観測が頭をよぎっていたのだろう。だからいつも、ギルは私を避けていたのだ。

 

「……すまない」

 

「何でお前が……お前、それは…」

 

「イオリ…泣いているの?」

 

「はっ…?私が…泣いて…いる…?」

 

そう言われて初めて気づいた…私の頰を確かに、目から溢れ出した熱い涙が流れていた。何故、私が泣いている…何故、涙を流す…?いや、違う。これは私の感情ではない。あの神機の残滓がまだ私の中に…!

ケイトの神機を握った時に感じた二人への感情、それは強烈な謝罪の念だった。彼らの大切な人を守れなかったという自責の念だったのだ。それが今、私の中で溢れている。

 

「…くそ…なんでこんな…!」

 

ただただ、無性に悲しかった。それが私のものではないとしても、心が張り裂けそうになるほど、悲しかった。もう枯れ果ててしまったと思っていた涙…それを拭っても拭っても次から次へと溢れてきた。私は自身の手を、血ではなく涙で濡らしていたのだ。

 




驚いたことに現時点でのミッション難易度はまだ3!ストーリー的にはGE2の内容の半分といったところでしょうか。
しかし、次回はついに聖なる探索が始まる…!
正直、この話が書きたくてウズウズしていた。



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14話 聖なる探索 ニーハイの章

ハルオミ師匠による聖なる探索がついに幕を開ける!
周りにはヤバイ女性ばかりだった主人公の命運はいかに!



異常種ルフス・カリギュラとの戦闘、奴は私の狩ってきたアラガミの中では最高クラスの強さだった。激戦のその後…私は極東支部の集中治療室に担ぎ込まれて三日も意識を失っていたそうだ。自分でも無茶をしすぎた自覚はさすがにあるが、あれだけの傷ももうすっかり塞がっているようだ。

さて、三日ぶりに目覚めた私なわけだが……起きて早々に、見舞いがやってきた。しかし、ベッドに横たわる私の元にやってきたのは、なんとペイラー・榊とフランだった。フランの手を見れば、何やら大量の書類があるではないか。どうやら私を労わってやって来たわけではなさそうだな。

 

「やあ、お目覚めみたいだね」

 

「…今はまだ面会謝絶とやらではなかったか」

 

「まあまあ、用事はすぐに終わるよ。…彼にそれを渡してやってくれないかな」

 

ペイラー・榊に促されてフランは私に書類の束を渡す。パラパラとめくってみれば、始末書やら事後報告書などの束……先日の戦闘での命令、および規律違反に関する書類だった。

なるほど、ペイラー・榊がわざわざここにきたの理由も分かった。ただこれを渡すだけならフランだけでいいのだ。ペイラー・榊までここに来たのは、表向きは違反した神機使いの処罰、本来の目的はアラガミの力を行使した私への警告、といったところか。

 

「…こちらの書類は必要事項を記入の上、提出してください」

 

「むぅ…病み上がりには中々にしんどいな」

 

「君の功績も無視はできない。だがあまり勝手が過ぎると…」

 

ペイラー・榊がにこやかな表情のまま顔を寄せてくる。確かに顔は笑っているが、目は笑っていない。

 

「君を擁護できなくなる。それだけは改めて肝に命じておいてほしいね」

 

フランには聞こえないように、ペイラー・榊は小さくそう呟く。

 

「…善処しよう」

 

「…しよう?」

 

「いや、善処する」

 

うんうん、とペイラー・榊は満足そうに頷く。一瞬、殺気を感じるくらい気迫のある表情をしたのは気のせいだろうか?やはり、その胡散臭い細目の向こうでは何を考えてるか分かったものではないな。

 

「さて、私はもう行くよ。君は暫く療養するといい」

 

そう言ってペイラー・榊は病室から出て行ったが、フランはまだ残ったままだった。まだ何か用事があるのだろうか。

 

「どうした、お前は戻らないのか」

 

「……」

 

問いかけてもフランはその口を開かず、じっと私を見ているだけだ。だがその表情、前にも見たことがある。私のゴッドイーターとしての初陣の時、命令違反した私を説教した時の表情だ。つまり怒っているのだ。

以前と違うところは、前のものとは比べ物にならないほどグツグツと煮えたぎっているということだ。

 

「…っ!」

 

反射的に顔の横に手をやる。すると丁度そこに、私の顔を叩かんとしていたフランの手が収まった。

 

「…危ないな」

 

さて、ここでフランが怒っている理由についてだが…心当たりはありすぎて困るくらいだ。

警告されたにもかかわらず命令違反をした、ジャミング装置で通信を遮断した…その他にもまだあるだろうな。私のようなじゃじゃ馬のオペレーターはさぞかし疲れることだろうよ。

 

「貴方は…死ぬのが怖くないんですか?」

 

「死ぬのが?……怖くはないが、当分は死ぬ気もないな」

 

「なら何故、あんな死にたがりのような戦い方ばかり…!」

 

フランを見れば、無表情ではあるがどこか泣きそうな表情だ。確かフランの歳はまだ16だったか……ブラッドの面々は若い奴ばかりだが、常に戦場に立つ神機使いたちに比べれば、まだ年相応の幼さというものが残っているのだろうな。

フランは、普段はどれだけクールに振舞っていても、緊急事態などではよく動揺しているところも見られる。まあ、そういうところは心根の優しさの現れなんだろうが、私にそういうものは不要だな。

 

「いいか…私には為すべきことがある。それを遂げるまで死にはせんよ。私を心配してるなら、それは全くの無意味だぞ?」

 

「…何ですか、その言い分は……!貴方の無線やビーコンが途切れた時、こちらがどれだけ不安になったか…!」

 

「それならば、私にはオペレーターとして付かなければいいだろう」

 

「…っ!」

 

しかし、私のその一言に堰を切ったように…フランは遂に大粒の涙を流して泣き出してしまった。

 

「そういう問題ではないです!私は…私がしっかりしていなかったせいで、貴方が死んでしまったのかと…ただそれが怖くて…!」

 

フランは暫く小さく嗚咽を漏らしながら泣いていたが、すぐに病室から飛び出して行ってしまった。私はそれを特に呼び止めたりすることもなく見ていただけだったが…いや、正確にはどう反応すべきかよく分からなかったのだ。

フランは扉も閉めずに出て行ったが、立ち上がるのも億劫なのでそのまま放っておいてしまう。寝起きに説教というのは結構疲れるものだ。

 

「何々、今のはどういう状況ー?」

 

しかし、どうやらまだ私を休ませてはくれないようだ。フランと入れ替わるように病室に入ってきたのは…ナナだった。その後から遅れてシエル、キョウスケ…とブラッドの面々が病室に入ってきた。

 

「ねえねえ、さっきのフランちゃん…泣いてなかった?」

 

「そうだな、泣いていた」

 

「あー!やっぱりそうだったんだ!ダメだよイオリ、女の子を泣かすなんて!」

 

男の子が女の子を泣かすのはご法度、ナナが頰を膨らませながらそう言うが、そんなこと私の知ったことではないだろうが。

それにもう男の子などと呼べるような歳では…いや、正確に自分の歳を覚えているわけではないが、少なくともそういう年頃ではないはずだ。戸籍上の烏丸 イオリは未成年だがな。

 

「ふっ…もうすっかり元気そうだな。前に病室を訪れた時は酷い有様だったが」

 

ジュリウスが少し安堵したような笑みを浮かべる。その隣にはそっぽを向いているがギルもいた。どうやらギルの方は、あの戦闘での怪我も大したことはなかったようだな。

 

「いやー、それにしても一人でとんでも化け物なアラガミと何時間も戦い続けるなんて…お前も無茶するね」

 

「ロミオ先輩の言う通りだね…でも、これだけ言っても反省する気なんてさらさらなさそうだけど…」

 

「そうだな、キョウスケ。よく分かっているじゃないか」

 

ロミオとキョウスケが呆れたように溜息を吐く。確かに今回はその予想外な強さに死にかけたが、私は心底楽しんでいたぞ。まあ、些かキレすぎだったかもしれんな。

あの…ケイトの神機がなければ、高揚したままの状態だったら…増援に来たキョウスケらを、狩りの邪魔者とみなして刃を向けていたかもしれん。そういう意味では、私はケイトの神機に感謝せねばなるまい。

 

「それで…お前たちも何か用があるんじゃないのか?ただ見舞いに来ただけじゃあるまい」

 

「…ああ、そうだな。先程、榊支部長が来たと思うが…俺も支部長と少し話して来たんだ。お前の処遇について、な」

 

「処遇、ね。除隊処分にでもするか?」

 

「まさか、そんなことはしないさ」

 

ジュリウスは新たに二枚の書類を取り出し、私に渡す。受け取った書類にざっと目を通してみれば…。

 

「フェンリル極致化技術開発局直属"ブラッド"における新たな隊務規定の申請…なんだこれは?」

 

「俺たちのような神機使いの…いわば特殊部隊にも行動におけるルールというものはある。規律正しい部隊行動を取るためにな。それはこのブラッドにのみ適応される新たなルール、すでに支部長の方に正式に書類が受理されている」

 

その新たなルールとやらを見てみれば…どれこれも私に関することばかりだ。

一定数の隊務違反が認められた場合、一定期間の謹慎処分とする。通常、任務遂行における"能力"の使用を禁止する。ただし、緊急事態にのみ、限定的な使用を許可する等々……殆どが私のアラガミの力の制限と規定違反に関するペナルティだ。

要約すれば、アラガミの力は一部を除いて使用禁止、ルールを破ればペナルティを与える、つまりはそういうことだ。

 

「…随分と厳しいな」

 

「そうせざるを得ないんだって、誰かさんのせいで」

 

…確かに、これは身から出た錆、フランの忠告まで聞き流してばかりだったツケが回って来たということか。

この隊務規定は些か窮屈だ、なんとかならないだろうか……しかし、こちらには取引の材料なんぞ持ち合わせていない。やはり我慢するしか…いや、これは断言できる!一ヶ月もしないうちに隊務違反、謹慎処分、隊務違反、謹慎処分…と負のスパイラルに陥ること間違いなしだ。

 

「…そんな絶望しきった顔をするな」

 

「ほら、おでんパンあげるから元気出して」

 

「ぬぅ…」

 

ナナからおでんパンを受け取り、それを無心に頬張る。謹慎処分が続けば当然、任務に出ることなどできない、そうすれば金ももらえない。そうなったら私の数少ない楽しみである食事ですら…!

 

「安心しろ、イオリ。こちらとて無理矢理にお前を押さえつけるのは本意ではないんだ。だから、定期的にお前には単独任務が回されるように手配してある」

 

「なに…⁉︎」

 

「今回はたまたまイレギュラーに出くわしただけだからな。大型種一頭の討伐くらいなら、お前なら難なくこなすだろう」

 

「ジュリウス…!」

 

「どうだ、これなら了承してくれるだろうか?」

 

なんてことだ、そいつはルールに縛られた窮屈な狩りの中に与えられる安らぎ…!単独任務など、私にとっては息抜きのようなものではないか。

例えそれがどんなに歯応えのない任務でも、一人で狩りができるということに大きな意味がある。文字通り、羽を伸ばすというやつだ。

 

「勿論だ。今回の私の身勝手な行動もよく反省しよう」

 

「よし…シエル!この書類に関してイオリの同意を得たことを支部長に伝えに行ってくれ。ロミオとナナは部隊マニュアルに新たな項を書き足す旨をオペレーターに、ギルとキョウスケは俺と一緒にラケル博士のところに行こう」

 

ブラッドの面々が待ってました、と言わんばかりに動き出す。まるで打ち合わせでもしていたかのような抜群のチームワークだ。

 

「では…イオリ、俺たちはもう行くが…お前は残り4日、しっかり療養してくれ」

 

「療養…?あ、ちょっと待て!」

 

ジュリウスらは私が呼び止める間も無く走り去っていった。ジュリウスが残していった書類、そのもう一枚を拾い上げて見てみれば…。

 

「これは…診断書とやらか。…骨折、内臓破裂等々、多数の負傷が見られるも驚異的な再生力により、生命に問題はなし。しかし、事後経過の安全を鑑みて一週間は安静にすべし…冗談じゃない」

 

あと4日もベッドの上で大人しくしていろというのか。これでは療養ではなく謹慎と同じだ。

いや、しかし…思い返してみれば、私の神機はベエーアディーゲンもエヴァリンもルフス・カリギュラに破壊されたのだった。少なくとも、それの修理が終わるまでは任務に出ることはできないだろう。

 

「なんということだ…」

 

思わず頭を抱えてしまう。これでは療養期間が過ぎても任務に出れる保証はない。こういう時に主任がいれば、1日ぐらいで直してくれたかもしれん。

もう少し丁重に扱えばと、今更ながらに思うが後の祭りだ。取り敢えずはこの4日間をいかに過ごすかを思案する私だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

退屈は人をダメにする、これはまぎれもない真実だ。今の私は退屈でしょうがない、読書だけでは何も満たされなくなって来たのだ。

本部から送られてきた医師にアデラインという女性がいるのだが、彼女は私の存在を認知している数少ない人物であり、私を医療面でサポートするのが仕事だそうだ。

まあ、アデラインは大人というにはあまりにも幼かったが、仕事だけはきっちりこなしていた。時々、主任への文句を垂れ流していたが。

そんな彼女に療養5日目の私は思い切って頼んでみたのだ。

 

「私の怪我は完治したと支部長を説得してくれないか?そうすれば私はすぐにゴッドイーター として復帰できる」

 

「胴体が寸断されかけるほどの重傷を、5日ほどで完治する人がいます?一週間でも大差ありませんが…あと2日はおとなしくしていて下さいね」

 

…とまあ、ばっさりと断られてしまったのだ。結局、あと2日は特に何かするわけでもなく、無為に過ごすしかなさそうだ。

 

「そういうわけで、私は死ぬほど暇なのだ」

 

「僕に言われても困るよ」

 

病室からの外出は認められたので、ラウンジで暇を潰していたところ、キョウスケに出会ったのだ。

キョウスケも今日は非番らしく、貴重な休暇をゆったりと過ごしていたそうだ。

 

「…それで、イオリが読んだらそれは何?」

 

「これか?これは…オトがくれたカタログだ。神機パーツのな」

 

私はオトから貰ったカタログを広げてキョウスケに見せる。カタログといっても普通の神機パーツではない。私の神機専用のパーツだ。

どうにも、本部に戻った主任とその他諸々の変態技術者どもが、あれやこれやと奇妙な神機パーツを開発しているんだそうだ。そしてそれらの全てが、私のベエーアディーゲンのような変形機構を持ったパーツなのだ。

 

「イオリ…この刀身パーツは?」

 

「あー…こいつは"ノコギリ"の発展型だな」

 

"ノコギリ"はバスターの刀身として最初期に開発された刀身パーツだ。このカタログのノコギリは、見た目こそ大きな違いはない。しかし、当然のように特殊な機構が組み込まれている。

ノコギリの巨大な刃、それの一つ一つが分離するように外れ、刀身の内部に仕込まれた伸縮するワイヤーにより、肉厚な刃の鞭となるのだ。バスターの特徴である重量を活かした破砕攻撃、それが従来の倍以上の間合いから叩き込めるのだ。

 

「うわぁ…よくこんなの思いつくよね」

 

「そうだな…本部の技術者どもは、頭のネジがゆるゆるみたいだ」

 

「全くだなぁ、俺はもっとスマートな見た目の方が好みなんだがな」

 

唐突に誰かが会話に割って入って来る。誰かと思えば…グラスを傾けるハルオミが隣に座っていた。

 

「あ、ハルさん!」

 

「いつのまに…」

 

「いや、何やら二人で楽しんでるみたいだったからな?俺もちょーっと混ぜてもらおうかと……あと、お前には個人的に礼が言いたくてさ」

 

「礼?」

 

「そうさ、あいつを倒せたのはお前のおかげでもあるからな。改めて礼を言わせてくれ。本当に、ありがとうな」

 

ハルオミは少し頭を下げながら、そう言う。ルフス・カリギュラは自分の妻の仇でもあったのだ、それが果たせてハルオミ自身も本望だったのだろう。

 

「まあ、これで俺もギルも…ようやく前を向いて歩ける、ってところかなぁ」

 

「ハルさんはいつも前向きじゃないですか」

 

「そんなことはないぜ?俺だって悩むことはあるさ。今もな、とあることにずっと頭を捻らせてるのさ…」

 

ハルオミはどこか憂いを含んだ表情で、グラスの氷をカランと鳴らす。何やらハルオミは未だに悩みを抱えているようだ……というより、その悩みを聞いて欲しくて仕方ない、という様子だ。

それならば、自分から話せば良いではないか。そんなにもこちらから聞いてほしいのだろうか…。

 

「……何か悩みでも?」

 

私は痺れを切らしてハルオミにそう尋ねる。すると、ハルオミは途端に嬉々として語り始めたのだ。

 

「ああ、聞いてくれるか?……世の中にはさ、いろんな人間がいるよな。お前らも色々と面白いやつだよ。でもな……これだけ沢山の人がいるのに人間には二種類しかいないんだ。俺の中にはずっとある考えが渦巻いていて…答えを求めてる」

 

「ほう……それで?」

 

ハルオミは急に真面目な表情を作ると、私とキョウスケの方は向き直る。そして、ある疑問を私たちにぶつけてきた。

 

「…単刀直入に、男として…お前らに問うぜ?…お前らは女性を見るとき……まずどこを見る?」

 

「「えっ…」」

 

最初は何を聞いているのかまるで理解できなかった。そして、いくら考えても、その問いの真意を推し量ることはできなかった。一体、ハルオミは私たちに何を問うているのか…?

 

「質問が悪かったか?……じゃあ、お前らは女性のどの部位に……魅力を感じる?」

 

「「……」」

 

じょせいのどのぶい?…ダメだ、私にはハルオミが言っていることを何一つ理解できない、これは何の話なのだ!

しかし、キョウスケの方を見てみれば…何やら顔を赤くしてモジモジしていた。

 

「おっ…キョウスケ、お前は何か思うところがあるのか?いいんだぜ、自分に正直になりな。話を聞いているのは俺たちだけだ」

 

「え、えっと……その……む、胸?」

 

キョウスケにはよほどそれが恥ずかしかったのか、最後は消え入りそうな声で呟いていた。ところで、胸…とはどういう意味だ。女性の胸がどうかしたのか?

 

「はっ……青いな。確かにそれは間違っていない…胸は素晴らしい、それはまぎれもない事実だ。俺も若い頃はそうだった」

 

「…じゃ、じゃあハルさんはどうなのさ!」

 

キョウスケにそう問われたハルオミは、ニヤリと口角を吊り上げ一言、こう言い放った。

 

「脚…だろ!」

 

ハルオミのその一言は鶴の一声にも似て、私に革命的衝撃を与え…ることはなかった。ハルオミの今までの言動から推測すると、ハルオミは女性の脚に魅力を感じる、そういうことだろうか?

それは…なんというかあれか?聖杯に聖職者の頭蓋を捧げると、墓守たちが昂ぶるのと同じような意味だろうか。

 

「今の俺のムーブメントはな…脚。それも…ニーハイだ…!」

 

「ニーハイ…!」

 

キョウスケが驚愕の声を上げる。一体そのニーハイとやらは何なのか…私も少し興味が出てきた。

 

「ニーハイ…とは何だ」

 

「本来はオーバーニーと呼ぶべきだが、日本語におけるニーハイとは ひざ上までの丈のソックスの略称だ。ニーハイの要諦はソックスの口ゴムとボトムスの間に出来る領域。その太ももの、わずかな輝き……!」

 

「ふむ…」

 

「例えるなら…朝、山の端から顔を出す曙光のような……それが今、俺が求める女性の美だ…!」

 

ハルオミは情感たっぷりにニーハイとやらの素晴らしさを説く。しかし、私にはそのニーハイとやらが、あまりイメージができん。身の回りにそれに近しい格好をしている者がいただろうか…。

……ナナの服装はどちらかといえば近しいだろうか。ナナは確か短いボトムスに片足だけ長いソックスだったか…。あれをニーハイと呼んでいいのかは分からんが、恐らくはあれに類似するものだろう。

ゴッドイーター の戦いは素早さを基調としている。それはヤーナムの狩人も同じで、身を守るために鎧など纏えば、何もできずに袋叩きにされるだろう。

だから、ナナが露出の高い服装をしているのは機動性と通気性の確保のためだと思っていたのだが…もしや、ニーハイとやらもそういった戦術的利点を持った兵装なのだろうか。

ニーハイ…最小限の防御力を確保しつつ、機動性を維持する。実に合理的な装備だ。

 

「なるほど…ニーハイとは優れたものなのだな」

 

「……⁉︎」

 

「そうだ…いいだろ?」

 

実は私の着ているこのコート…以前から着用していたものではなく、ほぼ同じようなデザインで作成されたゴッドイーター 用の戦闘服なのだ。

ある程度の頑丈さを保ちつつ、軽量に仕上がっている。しかし、私もニーハイとやらをすれば、よりハイスピードな戦闘が可能になるかのだろうか。

 

「…と思うのだが、どうだろうか」

 

「イオリ…⁉︎」

 

「お前さんが…?あー、お前さんも女子に受けそうな可愛らしい顔してるからな、案外似合うかもな」

 

「ハルさんまで…⁉︎」

 

そばであたふたしていたキョウスケだが、ついに見かねたのか私の首を引っ掴んでそばに寄せて耳打ちしてきた。

 

「イオリは分かってるの?ニーハイって女性のファッションのことだよ⁉︎」

 

「なに…?なんだ、そうだったのか」

 

「ハルさんも…!イオリに変なこと教えないでくださいよ!」

 

「またまた、そんなこと言ってな。キョウスケ、お前だって好きだろ?」

 

ハルオミにそう言い返され、声を詰まらせるキョウスケ。いい返そうにも言葉が思い当たらないのか、またもやモジモジとしていた。

 

「キョウスケ…イオリが他のゴッドイーターとは違う特別な存在だった言ってたろ?それと同時に世間に疎い子供みたいなもんだって……俺たちが導いてやらないと、イオリはいつまでたっても子供のままなんだぜ?」

 

「おい…今、さらりと聞き捨てならないことを…」

 

「どうだ、イオリ。お前はいいと思うだろ……ニーハイ…!」

 

ずいっと顔を寄せてくるハルオミは、いい笑顔を浮かべている。実に澄ました顔で少しムカつくが、ニーハイが良いということに関しては同意せざるを得ない。

 

「ああ……いいんじゃないか」

 

「よし…なら、決まりだ。今度モデルを連れてくるから、一緒にミッション行こうな!」

 

そう言ってハルオミは、ぐいっとグラスの酒を飲み干すと席を外していった。そして、ラウンジを出る前にこっちを振り返ると…。

 

「いいか、二人とも…聖なる探索の始まりだぜ…!」

 

ハルオミはそう言い残して、去っていった。キョウスケはそのハルオミのテンションに疲れたのか、長い長いため息を吐いていた。

結局のところ、あいつの悩みとやらは何だったのだ。キョウスケは理解できたのだろうか?

 

「キョウスケ、ハルオミの悩みとは端的に言うと何だったのだ?」

 

「え…っと、男のロマン?」

 

…キョウスケの返答は、やはり要領を得ないものだったが…女性に関する問題ならば、取り敢えずそこらへんの女性に聞いて回れば解決しそうな気もする。

そうだな…手始めにフランにでも聞いてみるとするか。

 

「はっ⁉︎フランさんに聞く?ばっっかじゃないの⁉︎」

 

「そうか?」

 

「女性の気持ちを分かってないにもほどがあるよ!というか、一昨日フランさんを泣かしたでしょ、まずはそれを謝ってきなよ!」

 

「うむ……女性の気持ち…ね」

 

女性の気持ち…そんなもの考えたこともなかったな。ヤーナムにも何人かの女性に出会ったが…一人は血に酔った狩人を狩る狩人狩りの女、血に酔ったなら彼女に狩られてもいいと思えるほど、いい腕をしていた。それと…血の聖女にも会ったな。錯乱して襲ってきてからは顔を合わせていないが。後は…時計塔のあの女か。穢れたカインハーストの傍系である彼女は……よく覚えてないが、半端じゃない強さだったのは覚えてる。

他にも何人か女性に会ったが、皆が皆、ロクでもない死に方をしたか、頭が狂った奴ばかりだ。

そんな中でどう女性の気持ちなどを考えろというのだ。一番、おとしやかだったのは…あの人形くらいなものだ。

 

「お前には分かるのか?」

 

「僕?僕は……いや、僕にもやっぱり分かんないや」

 

「そうか……どうすれば理解できるようになるのか」

 

「んー……ハルさんみたいになれば、分かるようになるのかも」

 

ハルオミのように?うーむ…それはつまり、ハルオミのような大人になれということだろうか。

 

「酒も分からぬ歳では、女は理解できぬ…つまりはそういうことか。私たちはまだ子供ということだ」

 

「…否定できないなぁ」

 

キョウスケが少ししょんぼりとしながらそう呟く。ひょんなことから始まった、このハルオミの聖なる探索。これはまだ、ほんの序章に過ぎないことは、今の私たちに知るべくもなかった。

 




ハルオミ師匠により、主人公の異性への意識というものを覚えさせていく予定ですが、果たして誰かとくっつくようなことになるのやら。

ちなみにアデラインさんはあの見た目ではなく、ちゃんとした人の姿なのでご安心を。


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15話 キャリー・オーバー

少し間が空いてしまいましたが、やっと投稿できました。
色々と詰め込んだら結構長くなってしまいましたが悪しからず。


乱雑に置かれた機械類、オイルの匂いが常に漂い、不規則なリズムを刻む電子音が聞こえる。

手元のコンソールに流れていく文字を、目で追いながらキーを押し、出力調整、各種パーツの制御、銃身のモジュール設定…神機を構成する要素の一つ一つを丹念にチェックしていく。

 

(しかしまあ…仕掛け武器に比べると、なんと難解なことか)

 

本来ならこのような神機の調整など、オトに任せるべきなのだが、生憎にあいつは破損したベエーアディーゲンの修理に付きっ切りだ。

なんでも損傷した生体パーツが、ルフス・カリギュラの特殊なオラクル細胞のせいで、色々と厄介なことになっているらしい。せっかく私の方は、ようやく復帰できるというのに…。

その代わり、修理中の神機に変わって本部で作られた代わりの神機が送られてきたのだ。乱暴に扱って壊したのは私だというのに、本部の対応も中々に太っ腹なものだ……と、最初は喜んだものだったのだ。しかし、届けられたその新たな神機は…。

 

(なんだ…その…いい神機ではあるのだろうが……遊び心が過ぎるのではないか)

 

そのある種のロマンが積み込まれた神機は、代償として安定性が皆無だった。そもそも正式な神機として開発しているくせに、安定性を考慮しないというのは如何なものか。

先程からそれを何とかしてやろうと躍起になっているのだが、神機の整備マニュアルを片手に作業し続けてかれこれ数時間、まるで改善の兆しは見られない。

 

「神機の調整か、イオリ」

 

コンソールからは目を離さずに、後ろから声をかけた人物に意識を向ける。知っている声…ではあるが、以前よりも柔らかい口調になっている。ハルオミの言う通り、あの一件で肩の荷が降りた、ということか。

 

「ああ、ベエーアディーゲンが直るまでの繋ぎの神機だ。こいつが中々にじゃじゃ馬でなぁ……そういうギルも、神機に用事か?」

 

「いや…まあ、そんなとこだ」

 

少し恥ずかしそうにギルは言い淀む。まあ、ギルは少し捻くれているというか、素直でないからな。言いたいことがあっても、そうそうはっきりとは言わないだろうな。特に私に対しては…。

 

「実は…お前に一つ言いたいことがあってな」

 

「……お、おお、そうか」

 

「ルフス・カリギュラの件…お前がいなかったら、俺は立ち上がれないままだったかもしれない…礼を言うよ」

 

…おお、これは思ってもみなかった。あのギルが素直に礼を言いに来るとは!照れ隠しに帽子で表情を隠してる様を見て、思わずニヤリとしてしまった。

 

「ははっ…いつもはぶっきらぼうを通り越して、もはや憎しみさえ抱かれているのでは…と思っていたのだがなぁ。変わったな、お前」

 

「確かに…そうかもしれんが、それはお前もだろう」

 

「私が?」

 

「ああ、当初に比べれば丸くなったどころじゃないな…まだ会って一ヶ月かそこらだがな」

 

ギルにそう指摘されて、今までの自分を振り返ってみる……確かに、確かに変わったかもしれん。

だが、それはあくまで人との接し方が変わっただけで内面は変わっていない。アラガミであることを隠すために必要な変化だった…と思いたい。

 

(私としてはあまり嬉しくないことだ…)

 

「それで…お前の神機は確かあの戦闘でえらく破損していたが、それは代わりの神機か?」

 

「ああ…そうだが……まあ、色々と問題があってだな」

 

そう、色々と問題あるのだ、実戦にはとても投入できそうにないほどのな。安定性の問題はもちろん、その他にもオラクルの出力が異常に高かったり、正体不明のパーツが取り付けられていたり…とにかく性能が尖りすぎなのだ。

 

「この神機がか?見た目はただのチャージスピアにしか見えないが…装甲が外されている点を除けばな」

 

ギルの言う通り見た目はチャージスピアに酷似している。しかし、その性能はチャージスピアと呼ぶにはおこがましいほどだ。

実際に訓練室で試用した時は、扱いづらすぎてとても実戦じゃ使えないことが、手に取るように分かった。

 

「ギル、お前は神機の調整は得意か?」

 

「いや…実は最近、神機の整備に興味を持っていたんだが、少し触った程度だ。そんな高度な技術をもっているわけじゃない。頼むなら…」

 

「私が必要かな?」

 

私とギルの会話に、横から割って入ってきたタンクトップの女性は…話しかけてきた割には私の神機に目が釘付けになっていた。

頰にオイルの跡を付けたその女性は、子供のように眼を輝かせてこちらを見て来る。触らせてくれ、と言わんばかりだ。

 

「…誰だ、あんたは」

 

「え?……ああ、ごめんごめん。そういえば君と会うのは初めだね。私は楠 リッカ、神機の整備士をしてるんだ。よろしくね」

 

「神機の整備士?なら……」

 

ちょうどいい、と言いかけるが、ギリギリでその言葉を飲み込む。よくよく考えれば、その神機も私の専用の神機。ベエーアディーゲンと同様にアーティフィシャルCNSを持たない特殊な神機なのだ。

神機の整備士がそれに触れれば、他とは違う異質な神機とすぐに気付くだろう。そうなれば、私の存在の露見にも繋がりかねない。

 

「君が例のアラガミの神機使いでしょ?君専用に作られた神機…興味あるなぁ」

 

「……」

 

…どうやらいらぬ心配をしていたようだ。露見するどころか、すでに知られているではないか!どこからか情報が漏れたのならば、中々に大問題だぞ。

 

「そんな顔しなくても大丈夫だよ。ちゃんと私は支部長から事情を聴いているから」

 

「支部長から?」

 

「うん、君の事情の諸々を、ね。ただ君には専属整備士のオトさんがいるから、私の手が必要な時があれば貸してやってほしい、って言われてたんだ」

 

なんと、支部長から直接話しを聞いていたのか。私のことを聞いているのだから、ラフな見た目の割には実は相当な地位にいるとか…?

いや、今はそれは置いておいてだな、折角だから神機を見てもらおうか。

 

「支部長から聞いているのなら、信用しても良さそうだな」

 

「ああ、リッカの腕は確かだぞ」

 

「そうそう!私に任してくれれば万全の状態に仕上げてあげるよっ!」

 

リッカは眼をキラキラさせながら、私の手を掴んで迫って来る。ここまで来ると断るにも断れない。

いや、断る理由はないのだが、オトや主任の例があるからな…腕の立つ技術屋にはどうにも変なイメージを持ってしまう。だが、自分ではどうしようもないのも、また事実だ。

 

「…では、任せても構わないか?」

 

「うん、私に任せて!……ふふ、まさか本部の天才たちが手掛けた神機に触れるなんて…腕がなるよ…!」

 

「「……」」

 

リッカは早速神機に取り付けられたコンソールと睨めっこしながら、各種機器を弄り始める。熱心なのはいいが、見てて本当に楽しそうである。

 

「うんうん……なるほど、ブラッドのクロガネをベースにしてるんだね。装甲の機構を排除してその代わりにこれが…ん?……いやいや、銃身のモジュールが…あれ?」

 

最初は楽しそうに機器をいじっていたリッカだったが、次第にその表情を険しくしていく。私もそうだった、最初は普通の神機と同じ構造化と思えば、部分部分が複雑な圧縮構造、つまり通常の神機にはない機構になっていてたのだ。見た目こそ似ているせいで、非常に紛らわしい。

この手の知識はまるで無い私には、欠片も理解できなかった。だが、本職のリッカならば…と思ったのだが、彼女も大分苦戦しているようだった。

 

「ねえ、稼働時のデータは?」

 

「そんなものは取ってない」

 

「取ってないの?じゃあ、今すぐ取ってきて!さすがにこれは実際に動いているところを見なきゃしんどいかも…」

 

「ぬ…今からか?」

 

もともと、最近はアラガミと戦うこともなかったものだから暇にしていたのだ。だから、ダミーとはいえ体を動かせるなら喜んで付き合うところだが…その未調整の神機をまた使え、というのなら話は別だ。

性能は非常に高い、ハイスペックな神機であることは確かだ、こいつを大型種のアラガミにぶち込むのはさぞ快感だろう。

 

「だがなぁ…未調整のこいつを握るのは一回で十分なんだが」

 

「そんなこと言っても、ベストに仕上げたいならちゃんとデータを取って調整しないと」

 

…こんなことなら、最初の試用の時にしっかりデータを取っておけば良かったな。だが、どうやらやるしかないようだ。

気乗りしないも、渋々再試用に同意する。乗りかかった船、とギルも一緒に付いてたが…いっそのことギルに試用を任せてしまうか。

 

(いや…そんなことしたら、ギルの手足の一本や二本、吹っ飛ぶかもしれん)

 

そんな尖った性能の神機を、万全の状態と送りつけてきた本部の開発局に、もはやため息しか出ないのだった。

 

 

 

ーー

 

 

『…よし、準備はいいぞ、イオリ』

 

スピーカーからギルの声が、訓練室に響き渡る。訓練室内に立つのは、槍の神機を握る私だけだ。

普段、私が使っていたベエーアディーゲンは、もうすっかり私のオラクル細胞に馴染んでいたのだが、こいつは違う。一応は、私のオラクル細胞は投与されているらしいが、持っているだけで少し違和感を感じる。

 

『オラクル散布開始…ダミーの生成が始まるよ、君は思う存分に戦っていいよ!』

 

「ああ……」

 

ギルとリッカに気の抜けた返事を返してしまう。確かに私はアラガミと戦うのは好きだ、たとえそれがダミーだろうと、扱いずらい武器だとしても、戦うのは良い。私が本当に嫌なのは、この神機の性能ではないのだ。

 

『ダミー生成!テスト開始だよ!』

 

散布されたオラクルがオウガテイルの形をかたどる。それと同時に、神機が呼吸をするかのように、蒸気を吐き出す。そして、アラガミのオラクルを取り込んだわけでもないのに、神機のオラクルが活性化していく。

 

(ああ、これだ。私の気に入らない一番の点はこれだ!)

 

この神機は…私以上に喧嘩っ早い性格をしているのだ。私が昂ぶるより、さきに出来上がっているのだ。柄から、私に速く戦えとせかしている気さえする。

神機にそういうプログラムでも組み込まれているのか、アラガミを前にした瞬間、内蔵するオラクルを燃焼して出力を底上げするのだ。だから、その威力は…!

 

「ふっ…!」

 

チャージスピアを大きく振りかぶり、ダミーへと突き出す。活性化した槍の切っ先は、ダミーの表皮をいとも容易く貫き、コアを破壊した。さらになぎ払うようにチャージスピアを振るい、次々とダミーを粉砕していく。

 

「ちっ…はしゃぎすぎだ…!」

 

神機を振るう内に、その濃い闘争心を燃やす神機にこちらの心も引っ張られそうになる。気を抜くと、意識してかけている本能の枷を外してしまいそうだ。

必要以上に引かれないよう心しながら、神機を変形させていく。ただし、それは第二世代型の変形とは気色が違う。

通常なら、神機の変形は完全に剣形態と銃形態に変形する。しかし、こいつの変形はそれには全く当てはまらないものだ。刀身が二股に分かれ、そこからショットガンの銃口が覗いていたのだ。

これがこの神機の特徴の一つだ。チャージスピアの能力を損なわず、ショットガンによる近接射撃を可能とする、特殊な変形だ。

 

「そらっ、貯めたものは全部出せ」

 

取り込まれたオラクルを消費させるため、ショットガンが弾丸の嵐を吐き出す。オラクルの弾丸かダミーを削り、怯んだ隙にチャージスピアの一撃を叩き込む。

 

「……っ!」

 

ダミーの頭を叩き割った際に、神機からミシリ、と嫌な音が響く。やはり懸念した通りだ、複雑な機構のせいで耐久性に難があるのではないかと思っていたが…まさにその通りのようだ。

しかし、そんな耐久性に問題を抱えていては、チャージスピアの最大の特徴であるあれの使用にも、大きく影響が出るのではないか。

 

(問題児とはいえ、送られてきた早々に壊すのもな。あれを使うのは避けるか)

 

『イオリ!まだあのデータが取れてないんだけど…チャージグライドの!』

 

と思ったが、リッカにわざわざご指名されてしまった。チャージスピアの特徴である"チャージグライド"それを使えと…いや、普通のチャージスピアならいいんだが、こいつのは少し変わっているとかそういうレベルではないのだ。

それもわざわざこんなダミー相手にだ、流石に少し躊躇してしまう。

 

「…本当にやらなきゃダメか?」

 

『何言ってるのさ、そこが一番調整したいところじゃないの』

 

「ぬぅ……分かったよ…!」

 

チャージスピアにオラクルを集中させ、大きく体をひねって引きしぼる。チャージスピアはオラクルの凝縮に合わせて、少しずつ刀身を縮めていく。

本来、チャージグライドは貯めたオラクルの放出と同時に強力な突進を繰り出す、というものだ。しかし…。

 

「ーーっ‼︎」

 

凄まじい爆発音とともに凝縮したオラクルが弾け、押し込まれたバネのごとく、チャージスピアが飛びかかってきたダミーに撃ち込まれた。

使用者の安全など微塵も考慮していない殺人的破壊力はダミーを粉々に破壊し、その反動に私も壁まで吹き飛ばされる。

 

『うわっ…すっごい威力』

 

『おいおい、これがチャージグライドだと…?チャージ"ブラスト"の間違いじゃないか』

 

スピーカーから驚きの声をあげるギルとリッカの声が聞こえる。私だって、やはりこの威力には驚嘆せざるを得ない。

しかし、その威力と引き換えに、チャージスピアは凄まじい熱を発して各所から蒸気を噴き出している。どう見ても、どこかに異常が生じているに違いない。

 

「リッカ、テストはここまでだ」

 

『どうしたの?何か問題が出た?』

 

「ああ、神機が…これはオーバーヒートしているのかね……あとはさっきの反動で肩が外れてしまった」

 

『えぇ……』

 

熱を発し続ける神機を手放して、力なく垂れ下がる右肩を無理矢理はめ込む。肩に鈍い痛みが走るが、神機を握っていた手も火傷に爛れている。実戦であればアラガミの血ですぐさま癒えるがダミー相手ではな…。

せっかく療養という名の謹慎も終わったというのに、また余分な怪我が増えてしまった。神機もこの有様だし、現場復帰が益々遠のいてしまう。

ダミーの生成が停止しリッカの指示に従って神機を運ぶが、それでもなお、こいつは暴れたりないといった感じだ。好戦的にもほどがあるだろう……

なに?人のことを言えないだと?そんなことはない、最近はTPOをわきまえるようにしているとも…一応な。

 

 

 

 

 

 

「それで、リッカはどう言ってた」

 

「必要なデータは取れたから、あとは最適な状態に調整する…だそうだ」

 

ふむ、それなら乗り気でないテストをやった甲斐があったというものだ。もうしばらくは時間が掛かりそうだが、それは仕方が無いだろう。

ラウンジでギルと茶を飲みながら、あの神機の運用について考える。通常の剣形態、もしくは銃形態との混合であれば、比較的使いやすくはある。汎用的で特徴がないのが特徴、といったところだ。

しかし、そこにあの神機の性質が加わると、途端にじゃじゃ馬と化す。あの神機を設計した奴は、あれだけでは特徴がないからそういう性質にしたんじゃないか。それに、あのチャージグライド、いやギル風に言えばチャージブラストかな。あれも一切のリスクを考慮せず威力だけを突き詰めたに違いない。

 

「お前、本当にあの神機を使うのか?さすがにリスキーすぎるだろ」

 

「ああ…確かにあの威力は魅力的、全力の一撃なら盾を構えたボルグ・カムランすら粉砕できそうだ。ただ、ギルの言うとおり、リスクがありすぎるな…」

 

リッカがどこまでバランス良く調整してくれるか、今のところはそこにかかってる…そんなところだ。願わくは、耐久性の向上も…今までのような使い方をしたら、また壊してしまいそうだ。

 

「あれ、ギルとイオリ?珍しい組み合わせだね」

 

「ああ、キョウスケ…とハルさん?」

 

ラウンジに入ってきた二人、キョウスケとハルオミは、俺とギルが一緒にいたことに驚いていた。ギルはギルで、キョウスケがハルオミといることに驚いていたが。

 

「ギル、いいところにいた。お前も加えようと思ってたんだよ」

 

「何すか、ハルさん…」

 

「何って…そりゃ勿論。聖なる探索に、さ」

 

ハルオミはニヤリと笑いながらそう告げる。その一言で全てを察したのか、ギルはあきれたような表情になっていた。やはり、ハルオミとは付き合いが長い分、そういうところはよく知っているのだろう。それより、聖なる探索とは……先日のニーハイとやらのことか。

 

「どうだ、ギル。これから一緒に任務行かないか?」

 

「悪いっすけど…俺は後で別の任務があります……それにハルさんのことだから、なんか企んでるんじゃないんすか」

 

「何も企んじゃいないさ。ただとびっきりの美人と楽しい任務をこなすだけさ」

 

「…セクハラは駄目ですよ」

 

HAHAHAと陽気なハルオミに対して、何故かキョウスケは驚いた顔をしていた。大方、ハルオミからはただミッションに同行してほしいとしか言われてなかったのだろう。

そのとびっきりの美人とやらは…誰を連れて行くのかは知らんが、私は参加できないしする気もない。私はリッカのところに行って、神機の状態でも見てくるとしよう。

 

「まあ…がんばれ、キョウスケ」

 

「あ、待ってよイオリー!」

 

キョウスケの助けを呼ぶ声を無視してラウンジから離れる。助けを求められたところで、私にはどうしようもできないぞ。そもそも、まだ現場復帰が出来ていないのだからな…神機の事情で。

エレベーターに乗って神機の格納庫に向かう。調整が終わったら再度、テスト行ってほしいと言われていたのだが、果たしてどんな状態に落ち着いたのやら……そんなことを考えながら、目的の階に止まったエレベーターから足を踏み出す。すると……。

 

「…ん?」

 

「…え?」

 

エレベーターを出た先には、鈍い銀色の髪の女性がいた。その女性は…どこかで見たことがある気がする、どこかで会ったことがある気がした。そして、奇遇にもその女性も同じような疑問を抱いていたのだ。

お互いに呆然と相手の顔を眺め、必死に脳裏の記憶を探る。このアナグラやフライアで出会ったわけではない気がする。しかし、それ以前となれば、私はそもそも人と接触するようなことなど………いや、本当にそうか?違う、私は一度だけ、ゴッドイーターと出会ったことがあった!そして確かその人物は…!

 

「お前は…!」

 

「君は、もしかして…!」

 

双方がその違和感を解消するのは同時だった。私達は以前に一度、出会ったことがあったのだ。今から2年以上は前の話、私がアラガミとなって間もない頃の…その時に遭遇したゴッドイーターは間違いなく彼女だ。何故、その彼女がここにいるのだ…!?

いやそれよりも、彼女は私がアラガミであることを知っているのだ。当然、私のこれまでの経緯を知っているはずもない、彼女からすれば人型のアラガミが支部内に紛れ込んでいるとしか思えないだろう。

 

(まずい…!あの時は私がゴッドイーターになるなど、思いもしなかったものだから…彼女と接触したことなど気にとめてなかった。それがこんなところで裏目に出るなど…!)

 

口封じ、そんな暗い考えが頭をよぎる。普通の考えの持ち主なら、間違いなく私の存在を上に報告する。彼女が口を割ることさえなければ…しかし彼女は、そんな私の考えとはまったく真逆の行動に出た。

 

「やっぱり、そうですよね⁉︎あの時の……まさか、また会えるなんて!」

 

「…あぁ?」

 

予想だにしなかったその言葉に、思わず変な声が漏れる。こいつは一体何を言っているのだ?まるで私の心配をしていたかのような口振りだったが。

 

「え…でもでも、何で君がここに?それにその腕輪も!一体どういうこと⁉︎」

 

「お、おい…少しは落ち着け」

 

そう言っても、矢継ぎ早に問い詰めてくる彼女を落ち着かせてやれそうにない。確かにあの時の私は容姿こそ人であれど、行動はアラガミ、いや獣のそれだった。今の私と比べればまさに雲泥の差かもしれん。

やはり、私は変わったのだろうか。初めてアラガミの血を啜ったときから、私自身は狩りこそが自分の道だと思っていたのに、ギルに言われたとおり…私は変わってしまったのだろうか。

 

「やはり、お前はあの時に会った神機使いなのだな。まだ生きてるとは思わなかった…」

 

「え、えへへ…ひどい言われようですね……あ、そうだ。まだお互い名乗ってもいなかったですよね?私、キャリー、っていうんです。君は…その、名前は…?」

 

「ああ、名前か…借り物の名前だがな、烏丸 イオリ、と名乗っている」

 

「ニホンの名前を付けてもらったんですね。確かに…顔つきとかは東洋系ですし」

 

キャリーは少し嬉しそうに微笑む、まるで自分のことのように、だ。……確か、キャリーに会ったのは、ヨーロッパのシンガポールかそこらだった気がする。ここ極東から遙か遠くだ、しかも2年以上も前の出来事…それが、運命が巡り巡って、また再びこのように交差するなど誰が想像できようか。

その時の私の中では、気にとめる必要もないほど小さな出会いだと思っていた。たまたまゴッドイーターと出くわしただけだと…キャリーからすれば違ったかもしれんが。しかしキャリーは、私がアラガミとして目覚めてから初めて会った、初めて言葉を交わした人なのだ。

もし、アラガミを完全に敵視し容赦なく刃を向けるような者だったら、今の私は無かったかもしれない。ヤーナムの時と同じようにひたすらに血を追い求めていた私に、人と接すること、それを心に繋ぎ止めていられたのは、やはり彼女の存在が大きいのかもしれん。

 

(…なんと因果のことか。それが無かったら、私は無慈悲で血に酔った狩人として、今も荒れ果てた街を彷徨っていたかもしれん。この変わりゆく自分に対して悩むことも…こいつに会わなければ…!)

 

「…あ、すみません。私、君に会えたのがちょっと嬉しくて…ずっと聞きたいと思ってたことがあったから…」

 

「…なに?」

 

「あのアラガミたちが彷徨く地獄を、人の心を持つ君がたった一人で生きるなんて…私には想像もつかないほど寂しくて苦しいことだと……でも、それは私の勝手な考えだったのかも。少なくとも、今の君はそんな感じがしないもの」

 

「……あぁ…そうか…」

 

私はようやく理解した。今まで、ブラッドの皆や極東のゴッドイーターたちと言葉を交わすうちに、いつも変わってしまう自分に怯え怒り悩んだ、そしてそれは、彼らのせいだと思った。このぬるま湯の中で己の牙が錆びついていくのが私は嫌だった、そしてそれを私は何かのせいにしたかったのだ!

そして今、それを目の前の彼女に…今の私という存在を象るきっかけとなった彼女に向けようとしたのだ。なんと浅ましい、なんと愚かな、自分自身で選んだ道も全うできないほど、私は腑抜けだったというのか⁉︎

しかし、しかしだ……それこそが人間臭い考えではないか。こんなことに頭を捻らせ苦悩する、己の精神的な幼さに自己嫌悪する。まるで思春期の子供だ。

 

(はははっ……女一人を前にしただけで、勝手に心を惑わされ動揺している。こんなにも、私は脆いものだったか?あのヤーナムの悪夢を乗り越えて来たはずなのに…)

 

「え…えっと、大丈夫ですか?もしかして嫌なこととか思い出させてしまいました?」

 

「……大丈夫だ、気にするな」

 

「そうですか…あ、言い忘れてましたけど、私はこの件に関しては口外するつもりはないんで、安心してくださいね!なんたって私は休暇でここに来てるんですから、お仕事はお休みなんです!……まあ、この後、極東の方と任務に行きますが」

 

「そうかい…」

 

「暫くはここに滞在するので、また話を聞かせてくださいよ!それじゃあまた後で!」

 

キャリーはそう言ってエレベーターに乗り込むが、また私に会いに来るつもりなのか。私には理解できない、衝撃的だったとはいえそうまでも私を案じる理由が分からない。胸糞悪い気分だ、所詮はうわべだけ取り繕っても獣は獣、人を解することなどできないとでもいうのか。

私の矮小で弱々しい掌の上は、ヤーナムに築き上げられた狩りと生への渇望、それだけで手一杯だ。一度、指の間からすり抜けていったものに、再び手を伸ばしたところで…。

 

(ゲールマン、お前もずっと狩りの中で、人と獣の間を揺れ動いていたのか?私には想像もつかない時を、"人"の狩人として生きたのだろう。それでもなお、人であることを捨てなかった。幾多の同胞を屠り、上位者にその身を縛られようとも…)

 

しかしそんなゲールマンも最後には、狩人であることに、夢に縛られることに疲れ果てていた。やはり暁烏の言う通り、人の身には余る道なのか。

 

「大丈夫ですよ、そんなに怯えなくとも…」

 

不意に後ろからそっと手を握られて、体が強張る。私の手を私よりも小さな手で包んでいたのは、柔らかな笑みを浮かべるラケルだった。

ラケルのその手は、今の私にはやけに暖かく感じた。しかし、それは人の温もりではない…初めてラケルに会った時と同じ、人ならざる温もりだ。

 

「ラケル…!貴様、何故ここに…!」

 

「フフッ…久しぶりだというのに、随分な言い草ですね。私はそこの神機格納庫に用があっただけですよ」

 

クスクスと笑うラケルは、なおも私の手を話そうとはしない。その青い瞳が、奥底まで見通すように私を射抜く。口元が笑っているのに、その目は微塵たりとも笑っていない、変わらず虚のままだ。

 

「私も最初は驚きました。自分の中に芽生えたものにひどく困惑したものです。でも、私はそれを受け入れ、今や私を導いてくれる尊い存在になったのです。貴方も、自身の変化を恐れることはありませんよ」

 

ラケルの声が、無理矢理私の心の中へと押し入って来るような感覚に囚われる。まるで悪魔の囁きだ、聞いてはいけないような気がするのに、耳を傾けることを止められない。

 

「貴方の中の獣も、貴方の中の荒ぶる神も、貴方の中の青ざめた血も、貴方の中の人間性も…!全て等しく貴方なのですよ?自分を否定してはいけません、貴方が貴方であることを受け入れないといけないのです」

 

何故、ラケルはそこまで私のことを知っているのだろうか。私の青ざめた血のこともどうしてラケルが知っているのか…。だが、そんな当然の疑問すら口からは出てこない。

 

「貴方が先ほどの女性と知り合いだったというのは少し驚きましたが…その出会いも、きっと貴方には必要なものだったのでしょう」

 

「黙れ、知ったような口を…!受け入れるも何も、私は何も変わってない!今の私は、枷をつけられ偽りの名を名乗っているだけだ、本質は何も変わっていない…!」

 

ラケルの手を振り払うが、私の声は自分でも驚くほど弱々しかった。自分の言っていることに、自分でも自信を持てないのだ。

 

「…そうですか、それもいいでしょう。しかし、時の流れには誰も逆らえないように、子供が大人になっていくように、人は変わっていくものなのですよ?」

 

人は変わる、それは何かに定められたことなのか?変わらずに今のままであることは許されないというのか。いや、許されないとしても私は私のままだ、そうだろう?

 

「今の貴方はわがままな子供?それとも覚悟ある大人?どちらでも構いませんよ、私は貴方を受け入れます。人としての貴方も、狩人としての貴方も…」

 

ラケルが再び私の手を握るが、今度は振りほどくことができなかった。その時、私は自分の手が震えていることに気づいた。

ああ、そうだ…これこそが私が恐れたことではないか。狂気と快楽に押し固めた人の心を取り戻してしまうことが、何よりも恐れたことだったではないか!

ブラッドに入る時、皆には馴れ初めは要らないと言ったのに、皆は私にとって優しすぎた。望まずとも、そうなってしまったのだ。

 

「それでも貴方が狩人であることに拘るなら…青ざめた血を求めなさい。それはもう、貴方のすぐそばまで来ているわ」

 

「なん…だと…⁉︎」

 

青ざめた血だと?つまりそれは、上位者どもがここ極東にいるということか…!

それを聞いた途端、私の手の震えは止まった。忘れていた、私が私の命を使って為すべきことを、私の狩りを成就させることを忘れていた。その為に、私は暁烏の血を啜ったのではないか。

 

「どこだ…?奴らはどこにいる…⁉︎」

 

「フフフッ…そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。貴方が先ほど会ったあの女性、彼女に聞けばきっと何か分かるでしょう」

 

先ほどの女性…キャリーのことか。あいつが、上位者に関する情報を握っているというのか…!

上位者がいると、それを聞いただけで靄がかかっていた頭に光が射したようだった。しかし、また私にとってある種の分岐点に、あいつがいる。なんたる偶然か…神の悪戯にしても出来過ぎだ。

だが私が狩るべき獲物が近くにいる、それを知れただけでも僥倖というものだ。思わず口角が釣り上がる…上位者狩り、まさにヤーナムの狩りだ。

あの夜をなぞるが如く、この手を奴らの血で染め上げる、そうすれば見失いかけていた私の狩りを思い出せるはずだから…。

 




ちなみにcarry-overという英語には、結構いろんな意味があります。ゴッドイーター2のミッション名にもありますがどういう意味で使ったのやら。
中には、"子供の頃にかかった病気や後遺症の治療を大人になってからも続けること"という意味合いもあるそうです。


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16話 サテライト防衛戦 ①

モンスターハンター ワールドのβ版が楽しすぎて…悪夢に忘れた狩猟本能が呼び起こされるようです。
ブラッドボーンの続編はまだですかね?


ゴッドイーターは、基本的にはアラガミと戦うのが基本だ。しかし、最低限の対人訓練だってこなす。いざという時に、そういう技術が役に立つこともあるからだ。

とはいえ、ゴッドイーターの驚異的な戦闘力が発揮されるのは神機を握った時だ。神機がなければただ身体能力が高い人間、そんな相手を無理やり組み伏せるのは、他愛もないことなのだ。

 

「え、えっと…これはどういうことでしょうか……」

 

首元にナイフを突きつけられて組み伏せられたキャリーは、思いのほか冷静だ。普段はこんなちっぽけなナイフなど比べ物にならないほどの凶器であるアラガミを相手にしているのだから、この程度では怯まない、といったところか。

まあ、私とて本当に殺す気があるわけじゃない。殺すならこんな面倒なことなどせずに、不意打ちで頭を切り落とすか心臓を潰す。

 

「今までの経緯を話してくれるんじゃなかったんですか?あ、実は私も聞きたいことが…」

 

「……」

 

キャリーは、先日言った通り本当に私の話を聞きにやってきたのだ。だからこうやって人気のないところまで連れてナイフを突きつけるまで、こっちをまるで警戒してなかった。愚かではあるが、それはある種の美徳でもあるかもしれん。

 

「お前は、私が今までどうしていたのか…それを聞きたがっていたな。お望み通りそれを話してやろう、断片的ではあるがな」

 

「この体勢のままですか…」

 

キャリーの喉元にナイフ突きつけたまま、キャリーと出会ってからゴッドイーター となるまでの経緯を手短に話してやる。ブラッドと戦い敗れたこと、身分を偽り極東支部に来たこと……聞く人が聞けば、手の込んだ作り話としか思えないだろう。

だが、キャリーは私がアラガミであることを知っている。そしてアラガミである私が、この極東支部に溶け込んでいるという事実から、疑う余地はないはずだ。

 

「…はあ〜、色々あったんですねー…でもよかったです、もしかしたら脅されて研究材料にでもされてるかと思いました」

 

「…よくそんな事が言えるな。これから脅されるのはお前の方だぞ」

 

「いやまあ……えっ?」

 

キャリーの首元に突きつけたナイフを持つ手に力がこもる…だめだ、直情的に動いては。これは取引だ、冷静に物事を進めなくてはならないんだ。

 

「いいか?私はお前に話したことは、私がアラガミであることは、極一部の者しか知らない事実だ。私は重大な秘密をお前に握られているということだ。それではフェアではないだろう?」

 

「……」

 

「だからお前も話せ。ここに来た本当の理由を…お前はただ休暇で極東支部に訪れたわけではあるまい」

 

「…なんのことですか?私は休暇でここに来ただけですよ」

 

私はキャリーに鼻と鼻が触れそうな距離まで顔を近づける。真っ直ぐにその瞳を視線で射抜くが、動揺の色は見られない。彼女は思った以上に肝が座っているようだ。しかし…。

 

「イギリスのアラガミ襲撃事件…それが関わっているのではないか?」

 

そこで初めて、キャリーは驚いた表情を見せた、どうやら図星のようだ。

ラケルは、キャリーが上位者についての手がかりを持っていると言っていたが、恐らくはキャリー自身が直接関係しているわけでは無いだろう。もしそうなら、そういう匂いがするはずだ、私がそれを見逃すはずは無い。

直接関係していないのなら、上位者の事象について何か情報を持っているか調べているか……そして、上位者が関わっている出来事など一つだけ、イギリスのアラガミ襲撃事件、それしか無いだろう。

 

「……誰から聞いたんです?」

 

「さあ、誰からだろうな……そしてその返答は、私の問いに対しては”YES”ということだな」

 

キャリーは、少し迷うように目を閉じていたが、諦めたように大きくため息をつきながら頷いた。

 

「…はぁ、君の言うとおり、私はただ休暇でここに来たわけじゃないです。嘘をついてごめんなさい」

 

「そう思うなら、本当のことを話せ」

 

「うん……にしても、君は駆け引きが下手ですね。普通、こういうのは弱みを握っている方がするものですよ」

 

キャリーが悪戯っぽく笑うが、本当のことを話すというその言葉に偽りは無いだろう。首に押し当てていたナイフを離し、キャリーの次の言葉を待つ。

 

「君はあの事件について、どれくらい知っていますか?」

 

「一般で公開されている情報以上のことはほとんど知らん。フェンリルが徹底的な情報統制を敷いているだろう?」

 

「確かに…フェンリルは厳重な情報統制を行っているけど、それもほんの一部の情報だけなんです」

 

一部だけ…ということは、やはりデータベースの情報は真実ではなかったようだが、大部分はあっているというのか。

 

「イギリス支部は……事実上は完全に壊滅したと言っても過言ではありません。何せ神機使いの大半と多くの住民が死亡してますから」

 

「…それをなぜ隠す」

 

「隠す、というよりは分からないんですよ。一体どんなアラガミに襲われたのか…それらの経緯を目撃した人が、誰一人としていないんです」

 

それからキャリーは、彼女が知っている事件の情報を話してくれた。統括すると、突如、襲来したアラガミに神機使いの多くが殺され、破壊された防壁からなだれ込んだアラガミに、住民の多くが命を落とした。そして、何よりも注目すべきは…後から調査に向かった他支部の神機使いたちが、あるものに遭遇したという。

それは獣のような体毛に覆われたアラガミだそうだ。ただし、体躯は人のそれとほぼ同じ、理性のようなものは欠片も感じられなかったそうだが……破れた衣類を身につけていることから、アラガミ化した住民と推測されているとのことだ。

 

「後は…神機使いの遺体の多くは、外傷はなく眼や耳から血を吹き出した変死体として発見された、とのことです」

 

「眼や耳から…?」

 

「はい、住民の中にも同じような方が…恐らくはその未確認のアラガミと交戦した神機使い、或いは目撃した住民も同じように死亡したと……」

 

「そう…か…」

 

キャリーの話から、イギリス支部に現れたのは間違いなく上位者だ。啓蒙を持たぬものなら、下手をすれば上位者と相対しただけで発狂する可能性すらある。それならば、目撃者が一人残らず死亡しているのも頷ける。

そして獣のようなアラガミ、それも何らかの要因で獣化した住民に違いない。イギリス支部はそれなりの大きさのハイブだ、上位者は複数体いたと考えるべきかもしれん。

 

「それで…何故ここに?」

 

「私だって詳しいことは知りませんが…その正体不明のアラガミの一体が、この極東、もしくはその近郊に向かった、という情報があるんです」

 

「…つまりは、それを調べに来たというわけか」

 

「ああ……そうですね。支部長に休暇ついでに、と頼まれて」

 

休暇と称してヨーロッパからわざわざこんな東の果てまで来るなど、なんと粋なものかと思ったが、あちらも突如現れた上位者に戦々恐々ということか。

 

「極東には絶えず新種のアラガミが現れますからね、ざっと神機使いたちの交戦履歴を調べてみたものの、これといった手がかりは…。グラスゴー出身の神機使いがいると聞いたんですが、そっちも収穫はなしって感じでした…逆にナンパされましたしね」

 

「そうか……」

 

私が前線に出ていない間に、上位者と思わしきアラガミが出たという話も聞かない。この極東にはまだ来ていないのだろうか……いや、そもそもその情報が正しいのかも怪しいところだが、遅かれ早かれそうなるのは間違いない。

 

「あの、今度は私からも一つ聞いてもいいですか?」

 

「…なんだ」

 

「君が初めてフェンリルに認知されたのは、イギリスでしたよね?もう随分と前の話ですけど…」

 

「む、確かにそうだが」

 

そこまで聞いて、私はすぐに察した。フェンリルからすれば、私は正体不明のアラガミと同様にイギリスが発生源、なんと怪しいことか…疑われたってしょうがない。それにあながち無関係でもないのだ。

 

「もしかして、君が何か関係して…」

 

「そうだな、恐らくは関係している。お前が考えている通り、ただの偶然なんかじゃない」

 

「…!」

 

「だが…すまんがこれ以上は話せない、既に話しすぎかもしれんが」

 

そもそも、私の存在を外部の連中に知られるというのは、途轍もないリスクなのだ。考えてもみろ、人の姿をしたアラガミをゴッドイーター として支部長が認めているのだぞ?本部がそれを知ったらどうなることやら…。

そうならないために、主任やラケルが色々と隠蔽したりしたわけだが、表沙汰になればペイラー・榊が言ったように、どんな事態に陥るか分かったものではない。

上位者に関することとなれば、尚更人に話すわけにはいかん。あれはもう、人が触れてはならない禁忌の智慧。ビルゲンワースのような知的探究心に溢れる輩がいれば、再びヤーナムの悪夢を繰り返すことにもなりかねない。

 

「それは……いえ、そうですね。私は既に踏み込んではいけないところまで来てしまってるようです。ここいらにしておきすよ。でも、それなら、どうして私に話してくれたんですか?あの事件について知りたかったなら、それこそナイフを突きつけて脅すだけでいいじゃないですか」

 

「何故か?そうだな…」

 

何故…そう聞かれるとだな。昨日よりかは些か気持ちの整理はついたが、未だにこいつに対して私は感謝しているのか憎んでいるのか……。

 

「そこんところだが……私にもよく分からん」

 

「…ふふふ、そうなんですか。まあ、安心してください。このことは誰にも喋りませんから!」

 

何故か自慢げに胸を張るキャリーだが、微塵も信用していないことは心の内に留めておく。だが、他言すればどうなるかはキャリー自身が理解しているだろう。

結局のところ、上位者がここ極東にいるのかどうかは分からん。ここはイギリスの事件の概要が掴めただけでも良しとするか。少なくとも、私と同じ大地を奴らが踏みしめていることは確かだ。

互いに話すべきことはなくなり、この秘密の会談もお開き…といったタイミングを見計らったかのように、支部全体に響き渡るようにアナウンスの声が響いた。

 

『ゴッドイーター 各員に伝達します!サテライト拠点から緊急要請あり!総員、第1種戦闘配置へ、各隊隊長はブリーフィングルームに……』

 

緊迫した声で繰り返すアナウンスから、中々に厄介なことが起きたと分かる。当然、ブラッドにも出撃要請は出るだろう、恐らくはこれが私の復帰戦になりそうだ。

 

「すまんが…用事ができた」

 

「…のようですね。私は一応は部外者ですけど、いざという時はお手伝いしますから!」

 

休暇で来たという割には、何だかんだいって仕事熱心ではないか。先日も確か、誰かと任務に出たといっていたような……ん?ということはもしかすると…。

 

「…なあ、お前が昨日任務に同行したのは…ハルオミとキョウスケか?」

 

「あ、そうですよー。ハルオミさんにナンパされた流れで一緒に任務に行くことになったんですよ、二人は何だかニーハイの話で盛り上がってましたね……それにしてもあの人、うちの支部長が提案した"ニーハイ作戦"も知ってましたけど、一体何者なんでしょう?」

 

それを聞いて思わずため息が出てしまった。昨日言っていたとびきりの美人とは、キャリーの事だったのか。ナンパされた流れで同行するこいつもこいつだが、まさか本当にニーハイを楽しむためにモデルを用意して任務に行くとは…。

チラリとキャリーの服装を見てみれば、スカートと膝より上のソックス…つまりはこれがニーハイというやつか。此間はハルオミにニーハイは良いものと言ったが、改めて目の当たりにしてもその魅力は理解できなかった。

 

「あの、どうかしました?」

 

「いや……女性の魅力、というものは感じないなと思って…」

 

「えっ…」

 

その時、キャリーは酷く傷ついた顔をしていたが、私は特に気にしていなかったのだ。それが原因で、後々面倒くさいことになるとは知らずに…。

 

 

 

ーー

 

 

 

サテライト拠点、それはフェンリルが造るハイブとは違う民間的に作り上げられた人類の生存域だ。まあ、簡単に言えばもう一つのアナグラ、ということだが、常駐する神機使いの少なさやハイブに比べての防壁性能の低さから、常にアラガミの脅威にさらされている。

極東支部も独立支援部隊の設立や防衛班を派遣するなど手を尽くしているものの、自分たちのところで精一杯というのが現状。だからこうして、時折送られてくる緊急要請に応えて、大規模な部隊を出動させるんだそうだ。

 

『こちらグレミア、大型アラガミと接触!戦闘を開始する!』

 

『扱い辛いパーツとかって話だが、最新型の刀身パーツが負けるわけねぇだろぉ!行くぞおおぉ‼︎』

 

『馬鹿っ、勝手に突っ込むなと何度も…なんで出来んかね、それがぁ!それと強化するなら刀身より装甲だ!それさえ固めときゃ何となるって…』

 

『お前たち、少しは黙らないか⁉︎』

 

…無線越しに第六部隊の面々が、実に楽しそうに戦っているのが聞こえてくる。第六部隊にもまた、問題児がいるらしい。第一部隊は言わずもがな、第五部隊も全体的に色物だが…私たちブラッドも人のことは言えないかな。

 

「何だが楽しそうだねー」

 

「うむ…全くだ」

 

ナナがブーストハンマーでオウガテイルを叩き潰し、私のチャージスピアがナイトホロウの目玉を貫く。今のところは小物しかいないが、大物が出れば……。

 

「イオリ、右方からオウガテイルが3匹。こちらに来ます!」

 

「了解っ…!」

 

シエルの指示に応え神機を素早く変形させ、二俣に分かれた穂先からショットガンの銃口が顔を出す。瓦礫の山から顔を出したオウガテイルに挨拶がわりの散弾を浴びせ、そのまま頭を叩き割る。

やはり戦いやすいものだ、シエルの血の力"直覚"があるだけで、周囲の情報が筒抜けになるのだから。血の力"直覚"は…分かりすく言えば簡易的なレーダーだ。周囲のアラガミとオラクルの流れが手に取るように感知できるというわけだ。

もともとシエルが軍人的気質であることも加わり、抜群の指揮能力を発揮するのだ。特にナナは小難しく考えるのは苦手なものだから、的確な指示が与えられるのは実にやりやすいだろう。

 

(おまけに私の神機、随分と落ち着いた性能になったものだ)

 

リッカの調整により生まれ変わった私の神機、リッカから"フファールハマー"と命名されたこの神機には、とある物質が取り付けられていた。

それこそが、神機に取り付けられていた正体不明のパーツなのだが…驚いたことにそれは私由来の物質だったのだ。なんでも私とルフス・カリギュラとの戦闘跡、大量の出血痕から採取されたんだそうだ。

私の血中のある成分と 、ルフス・カリギュラのオラクル細胞、この二つが混ざり合い凝固し真っ赤な結晶を生成していた。それを解析したオトが、興味本位にパーツとして加工し、このフファールハマーに組み込んでいたのだ。

その結果があの荒々しい性質、怒れるルフス・カリギュラを彷彿とさせるあれは、これが原因だったということだ。オトに作ってもらったヤスリのように、私の血のオラクル細胞に強く影響を与える性質が、色濃く反映されているのだ。

ルフス・カリギュラの性質を宿したそれを、オトは"血晶石"と呼んでいた。使いようによっては神機に強力な能力を付与できるが、度がすぎると手には負えなくのるというもの。だから今は、リミッターをかけてある。

 

「食べちゃうぞ〜!」

 

ナナが捕食形態に変形させた神機でザイゴートを噛み砕き、それをシエルが背後からスナイパーで援護していた。私たちの方は特に問題はないが、他はどうだろうか?

今はサテライト拠点をぐるりと囲むように部隊が展開している。私とナナ、そしてシエルはサテライト拠点の南門を担当しているが、ジュリウスとギル、ロミオは反対側の北門にいる。キョウスケだけは遊撃としてあちこちを転々としているが。

キョウスケがいないと、感応種が出現した際は普通の神機使いでは手も足も出ないのだ。サテライト拠点周囲に展開した第一、第六部隊を支援しているのだが…第六の方は色々と大変みたいだ。

 

「…前方300mほど先に…大型種!まだこちらには気付いてないようですが、その内こちらに向かって来るでしょう」

 

「む…いよいよお出ましか」

 

ついに来たか、何が来るかにもよるが…久々に心が躍る。はやる気持ちを抑えつつ、迎撃準備を整える。神機の出力、オラクル残量、バイタル…いずれも問題なしだ。

 

(さあ来い…来い……!)

 

「フランから通信が…第一部隊が感応種と遭遇、周囲には複数のアラガミも…援護を求めてます」

 

「…ぁあ?」

 

なんだなんだ、向こうはキョウスケを含めて四人もいるだろう。それでも対処しきれないということは、相当の数を相手にしているということか。

ほっとくとサテライトの防壁を破られかねない、援護に向かうべきだろうが…。

 

「シエル、周囲にアラガミは?」

 

「今のところは、前方の大型種のほかに小型が数体ほど…」

 

「…なら、お前が第一部隊の援護に行ってくれないか。ここは私とナナで大丈夫だ」

 

大型種は恐らくは通常種、強力な堕天種や感応種なら話は別だがそういった反応は見られないようだし…それならば、私とナナでも十分に対応できるだろう。

 

「大丈夫なのですか…ナナは?」

 

「え、私?うーん…大丈夫だと思うよ!多分…」

 

「おい、それはどういう意味だ」

 

「それは勿論…暴走気味の貴方をナナは抑えきれるのか、という心配ですが」

 

失敬な、流石に今は自重するに決まっているだろう。神機も慣れたものではない上に、また謹慎処分を喰らうのは真っ平御免だ。今しばらくは大人しくするとも…いずれまた、盛大に命令違反する時が来るだろうが。

 

「…分かりました、私が第一部隊の援護に向かいます。ここはお二人に任せます。ご武運を…!」

 

「おお、任された」

 

第一部隊の交戦ポイントへと向かうシエル、その後を追おうとするザイゴートに目掛けてフファールハマーを投擲する。鋭い切っ先は、ザイゴートの殻を容易く貫き、そのまま瓦礫の壁に縫い付ける。

 

「大型種が来る前にここいらを掃除するとしよう」

 

「アイアイサ〜!」

 

私とナナで残った小型種を片付けるが…ものの数十秒で終わってしまった。ナナは力任せな戦闘スタイルではあるが、そのタフネスさも相まって近接戦闘では部隊でも抜きん出てるといえる。

さて、後はお相手が来るのを待つだけだが、やってきたのは何だろうか?ボルグ・カムランか、それともガルムか…ヴァジュラでもいい。何でも構わないさ、全力で狩れる相手ならな。

 

「あ、そういえばさー、さっきのフランちゃん…イオリのことをすっごい睨んでたけど、此間のことはまだ謝ってないの?」

 

「此間の?……ああ、そうだな、謝るどころか顔すら合わせてない」

 

そういえばキョウスケにも謝ってこいとか言われてたか…すっかり忘れていた。ブリーフィングの時にやたらと私に対しては口調がキツかったりしたのは、そのせいだったか。

 

「えー⁉︎まだ謝ってなかったの!じゃあ今謝りなって!ちょうど周りにアラガミもいないし」

 

「あー…今か?」

 

「今っ!」

 

「面倒だな…あ、おい…落ち着け、何故神機を構える…!分かった、今やるから落ち着け…!」

 

まったく…ヴァルトールといいナナといい、躊躇なく神機を向けるのだから、こっちは堪ったものではない。まあ、ヤーナムにも獣を狩る武器で狩人を狩りまくる狂った野郎もいたがなぁ…とにかくやればいいんだろうが、やれば。

 

「おい、フラン…聞こえるか」

 

『…どうかされましたか』

 

無線を繋ぐと、不機嫌そうなフランの声が返ってきた。やはり怒っているようだが、別に私はそんなことはどうでもいいのだ。ただ、オペレーターとしての役割をきっちり果たしてくれればそれでいいのだ。

しかし、きっちりと片を付けとかないと、後々面倒そうだしナナのブーストハンマーで叩き潰されそうだ。ただ一言、謝ればそれで…。

 

「此間はすまんかった…以上だ」

 

『……』

 

「軽っ!もっと他の言い方はなかったの⁉︎」

 

「なんだやかましい、これ以上ないストレートな謝罪だったろうが」

 

「ストレートすぎでしょ!」

 

ええい、ごちゃごちゃとなんだ…しっかりと謝罪の意を言葉にしたから文句ないだろうに。なに?私も不本意そうな顔をしていただと?当たり前だ、何故私がこんなことをせにゃならん。

 

『ふ…ふふっ……いえ、すみません。今は任務中ですから私情は後回しです。申し上げたいことがあれば、任務の後でゆっくりお話ししましょう』

 

「いや…もう説教は勘弁してくれ」

 

ナナもそのやり取りに笑みをこぼしていたが…まったく、流石に気を緩めすぎだろう。ここは戦場、そしてすぐそこまで大型種が迫ってきているのだぞ?

 

「そうだ…フラン、私たちのすぐそばに大型種のアラガミがいるはずだが、詳細は分かるか?」

 

『大型種?……いえ、付近にそのようなオラクル反応は見られません』

 

「なに?いや、そんなはずは…」

 

オラクル反応がないとは…私たちから遠ざかっていったのだろうか?またはシエルが読み違えたか…いや、そんなはずはないだろう。シエルが血の力を使って読み違えるなど、ましてや大型種なら尚更ありえない。300mという距離で、こっちに気付かずにスルーしたというのか。

 

(いや、私も確かに何かしらの気配を感じていたが、今は…どういうことだ?)

 

緩んだ雰囲気が一気に引き締まる、こいつは何かがおかしい。実際に確かめる必要がありそうだ。

 

「大型のアラガミ、どっかいっちゃったのかなー?」

 

「だといいが…私はそうじゃない気がする。フラン、少し場所を移動する、何かあれば伝えてくれ」

 

『了解しました』

 

サテライト拠点の南門から離れ、アラガミが感知された方向へと足を進める。廃墟を抜け瓦礫の山を越えるも、アラガミの気配は感じられない……が、代わりに血の匂いがしてきた。

進めば進むほど匂いは強くなる、かなり大量の血が流れたに違いない。誰の血かといえば、それは恐らく接近していた大型種か。

 

(こちらに一切気配を感じさせることなく大型種を瞬殺できる…そんなアラガミがいたら目も当てられないな。オラクル反応すら感知できないなら尚更…)

 

「ねえ、待ってよー。そんなずんずん進んで大丈夫?」

 

「知らん、だがいつ襲われてもおかしくはないぞ」

 

崩れ倒壊したビルを抜け、小さな街路に出る。周りには半壊した家屋が立ち並び、そこにひっそりと…夥しい血の海に横たわるヴァジュラの死骸があった。

 

「うわっ…これ、もう死んじゃってる?」

 

「ああ、恐らくは…」

 

こいつがきっと、シエルの"直覚"に引っ掛かった大型種。今のところ、周囲に他のアラガミがいる気配はないが、一体何にやられたというのか?

見た感じ、ヴァジュラの死体に目立った外傷はない。ただ、口や目から絶えず血を流しているだけだ。その顔は、何かに恐れ慄いているようにも見える。

 

(ん?……外傷のない変死体…いや、まさかそれは…)

 

それはありえない、とは言い切れない。つい先ほど、私はその話をしたばかりだ。だが、こうも偶然目の前に立ち現れるものだろうか?もし、今私が考えていることが正しいのならば…!

 

「……ねえ、イオリ。なんか聞こえない?なんというか…鼻唄みたいな…」

 

「……!」

 

それは確かに私の耳にも聞こえた。遠くから不快に響くその声音、自然と恐怖を掻き立てるそれは…!間違いない、やはり奴らだ…!ここに奴らが!

 

「ナナ!逃げろ!ここから逃げろっ‼︎」

 

「えっ?」

 

…しかし、すでに時は遅し。そいつは私たちの前に姿を現してしまった。街路の曲がり角から、ぬらりと姿を現したそれは…身体こそは人のそれ、だが頭部は正視できぬほど悍ましい巨大な脳みそだった。

脳みそをゆらりゆらりと揺らしながら近づいてくるそれは、脳漿を垂らしながら無数の瞳を開き、こちらを見据えてきた。

 

「らーん……らーん…」

 

「「ーーーっっ⁉︎」」

 

その瞳と目があった時、心をズタズタに引き裂かれるような苦痛が押し寄せ、精神の傷をほじくり返すように、今までの死地が蘇ってきた。

初めて獣に食い殺されたとき、骨の一片まで砕かれ殺されたとき、炎に巻かれ焼き殺されたとき、光も届かぬほどの奈落へ突き落とされたとき、仲間と思った狩人に撃ち殺されたとき…啓蒙持たぬ身で上位者と相対したとき…!

 

「あぁっ…!やめろ…やめろぉ…っ…!」

 

洪水のように押し寄せるトラウマの奔流、それは私だけでなくナナも同じ苦しみを味わっていたのだろう。ただただ、私とナナは叫び声を上げて恐怖するばかりだった。

 

「…らーん……らーん…」

 

辺りに木霊す絶叫、それに混じって奏でられる鼻唄が、私とナナを、更なる狂気に誘っていった。その脳みそは見ての通り人ではない、上位者の眷属と呼ばれる異形だった。

人が変異したのか、それとも元からそういう存在なのか…どちらにせよ、見たものを恐怖させ発狂させるそれは、悪夢の怪物というべき存在だった。




あの目玉脳みそ、慣れれば可愛い見た目をしてますが、初見はリアルで発狂しそうでした。
何処ぞの啓蒙泥棒に比べれば、断然こっちの方が可愛いですよ……え?可愛くない?なんてことだ、ワタシハケイモウヲタカメスギタヨウダ…。


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17話 サテライト防衛戦②

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

新年からフロムの新作情報が待ち遠しくて堪りませんよ、ええ。


サテライト拠点てから東に位置する廃墟になった商店街、細い路地が入り組むここは、複数のアラガミを相手するにはとても向いているとは言えない。

しかし、ここを抜けた先はすぐにサテライトのアラガミ防壁、どうしてもここで食い止める必要があるのだ。人間同士の戦いなら、狭い地形は守る側に有利といえる。要所の通路一本の守りさえ固めればいいからだ。

だが攻め手にも有利に働くことだってある。昔の大戦なんかでは、火炎放射器を用いたり、毒ガスを使ったり、塹壕のような狭い場所の敵を一掃するための工夫を凝らしていた。

狭い部屋の中で毒ガスなんて撒かれたら、堪ったもんじゃない。まさに今の状況がそうなのだから。

 

「ゲホッ…うー…なんて事するのさ、まったく…!」

 

商店街まで侵攻してきたサリエルと、その配下のザイゴートたちが手当たり次第に毒ガスやら鱗粉やらをばら撒いていたのだ。デトックス錠がなかったら、このまま毒殺されただろう。

とはいえ、完全に毒を中和出来るわけでもない。ここに留まり続ければ、いつかはやられてしまう。

 

(さーて…どうしようかなー……感応種は何とか倒せた、あとは後片付けなんだけど…こうも毒ガスが充満してちゃ満足に動けない。そうだな、なんとかガス抜きできればいいんだけど)

 

この付近に出現した感応種"ニュクス・アルヴァ"は、手こずりこそしたものの、撃破には成功した。しかし、その取り巻きのアラガミ達は、依然ここで暴れまわっている。ここでなんとか食い止めたいところだが、いかんせん状況が状況だ。

 

「コウタ隊長、聞こえますか?そちらは…」

 

『お、キョウスケ!そっちは大丈夫なのか?こっちは毒ガスに阻まれて、手をこまねいてるところ……なんだけど、心強い助っ人が来てくれたんだ』

 

「助っ人?」

 

『おー、無事かぁ、キョウスケ?』

 

無線から間延びした声が割り込んで来た。この声は…

 

「ハルオミさん!」

 

『遅くなっちまったな、色々大変そうだが…まずはその毒ガスを綺麗にしてやらないとなぁ…というわけで頼むぜ、カノンちゃ』

 

ハルオミさんが言い終わるや否や、無線から凄まじい爆音が連続して聞こえた…かと思えば、僕のすぐ近くで爆発が起こり、毒ガスが吹き散らされていく。

 

『ちょっ、カノンちゃん⁉︎』

 

『ふふふっ…お望み通り塵も残さず吹き飛ばしてあげるよぉ!』

 

無線から聞こえる爆音は、神機のブラストの射撃音だ。恐らくは、ブラストによる砲撃で、商店街ごと毒ガスを吐き散らしてしまおう、という算段なんだろう。

しかし、これはあまりにも無差別すぎる。ぼんやりとしていたら、僕まで吹き飛ばされかねない!

 

「ハルオミさん!これじゃあ僕まで巻き添えになっちゃう!」

 

『あはははっ!ねえ、これがいいんでしょ⁉︎』

 

『ダメだ…こうなったカノンちゃんは誰も止められない……だから、あとは自力でなんとかしてくれ!』

 

絶えず飛んでくるブラストの砲撃は、その爆風で毒ガスと砂埃を巻き上げ、少しずつではあるが散っていくのがわかる。すぐにも行動に支障が出ないレベルになるだろう。そうなる前にここを離れないといけないけど…!

 

「くっ…まさかハルオミさんの部隊員であるあの女性、あの人がこんな過激な人だったなんて…!」

 

ハルオミさんに初めて会った時に紹介されたのだが、その時の彼女、台場 カノンさんは、至極普通の女性に見えた。どことなく天然な雰囲気で、神機使いとしては中堅…なのだが、中堅というところは失礼ながらあまりそんな風には見えなかった。

でも実際に戦場に立ってみればどうだ、なんて容赦ない砲撃だろうか。なんでも噂ではフェンリルでトップクラスの誤射率を誇るそうだが…。

 

(それが本当なら…なんで使用神機がよりによってブラストなのさ…!)

 

こんな大火力の砲撃で誤射されたらたまったものじゃない。というかこんなことしてるから誤射率が高いんじゃないのかな…。

 

(でも…ほんと凄い威力だな)

 

爆撃に巻き込まれたであろう、息も絶え絶えにもがくドレッドパイクに、自分の神機を突き刺しトドメを刺す。ここに留まっていたら、僕もこうなりかねない。早いところ第1部隊のみんなともう一回合流したほうがいいかも。

 

「コウタさん、今どこに?僕もそちらに合流します!」

 

『悪い、そうしてもらえると助かるよ!こっちも結構手一杯だからさ!』

 

「分かりました、今すぐそちらに…」

 

『報告します!南門に展開していたナナさんとイオリさんのバイタル、危険域です!至急、救護に向かってください!』

 

しかし、焦った声色のフランの報告がそれを許さなかった。驚くべきことに、あのナナとイオリが戦闘に支障が出るレベルで追い詰められているというのだ。

 

「…っ!ナナと…イオリが⁉︎」

 

思わず耳を疑った、ナナは部隊内でもその頑強さはトップだ。イオリは言わずもがな、そこらのアラガミなど相手にならないはずなのに……二人がそんな強力なアラガミと交戦を開始した報告もなかった、出会い頭で戦闘不能まで追い込まれたというのか?

 

「フランさん、二人は何と戦っていたのさ!周囲に偏食場パルスとかは⁉︎」

 

『いえ、それほど大きなオラクル反応は見られません…が、周囲に微弱な偏食場パルスが発生しています!ですがこれは……発生源は恐らく、ナナさんです!』

 

(ナナが…⁉︎まさか、血の力が覚醒したのか!)

 

『ナナさんの発する偏食場パルスに引き寄せられるように、周囲のアラガミが集結しています!このままでは二人が…!』

 

「ナナの偏食場パルスに引き寄せられるように…⁉︎」

 

まずい、バイタル危険域まで追い込まれた上に、複数のアラガミに囲まれでもしたら…!早く救援に向かわないと、二人が危ない!

 

「ごめん、コウタさん!僕、イオリたちのところに行く!」

 

『ああ、行ってこいよ!こっちはなんとかするからさ、気を付けろよな!』

 

相変わらず飛んでくるカノンさんの砲撃に気を付けながら、まだ微かに毒気の残る商店街を駆け抜けて行く。南門まではそう距離があるわけじゃない…が、道中には引き寄せられてきたアラガミがいる。どれくらい集まってるか分からないけど、一人で切り抜けられるかどうか。

それ以前に、ナナが血の力に目覚めたとして、それを制御できているのだろうか。僕みたいに、追い詰められた末に発露したのならば、御し切れていない可能性が高い。

まだ推測の域に過ぎないけど、もしナナの血の力が”偏食場パルスによりアラガミを惹き付ける”という能力ならば、サテライト内に一時撤退するのは危険だ。壁内にアラガミを引き入れてしまうかもしれない。

 

「テルオミさん、回収用のヘリを一つこちらに回してください!それから榊博士に繋いでほしいです!」

 

『回収用のヘリと…榊博士にですね?分かりました、少々お待ちを!』

 

榊博士ならば、何か良い対策を立ててくれるかもしれない。その為にも、早く二人のところに行かないと!

 

「…っと、まあそう簡単にはいかないよねぇ……」

 

商店街を抜け、荒廃した大通りに出る…すると、その先に大きく無骨なアラガミの背中が見えた。堅固な装甲に覆われたそのアラガミは、クアドリガだ。戦車のような人間の兵器を取り込み、それを武器として振るう異質なアラガミだ。

クアドリガは強力なアラガミだ、まだ僕では単独での討伐は難しいかもしれない。かといって気づかれないように回り道をしている暇もない。

 

「余計な時間を割いてる場合じゃないんだよ…押し通る!」

 

神機を銃形態に変形し、クアドリガへ向けて駆け出す。クアドリガと戦うのは初めてではない、落ち着いていけば討伐は無理でも……!

 

(倒す必要はない、追ってこれないようにしてやればいい。クアドリガは重装甲の割には機動力がある、裏を返せば要である足をやれば、すぐにもその重たい図体を動かすのはしんどくなる…!)

 

クアドリガはまだこちらに気付いてはいない、仕掛ける前に一つだけ仕込みを入れておく。僕の神機はロングブレードとアサルト、どちらも火力というよりはバランスに優れたタイプだ。生半可な火力ではクアドリガの装甲は貫けない、頭を使って立ち回らなければならない。

狙うは脚部、どちらかといえば装甲の薄い後ろ足。細胞の結合崩壊を狙えば、その機能の多くは失われる。後ろ両足を封じれば、逆立ちしかできないようなものだ。

 

「そらっ、こっちだ!」

 

アサルトからオラクルの弾丸を撃ち出し、クアドリガの注意をひく。低いうなり声と金属の擦れる音を響かせながら、クアドリガはこちらに振り向き僕を見据える。

クアドリガは僕が攻撃してきたことをすぐに認識し、僕を敵とみなした。背中に搭載された二つの鉄塊、それがガバリと展開し、中から無数の小型ミサイルが顔を覗かせる。クアドリガが一声上げると、そのミサイルは火を吹き上げて飛び出し、僕をめがけて飛翔した。

 

「…っ!」

 

アサルトの利点は手数、連射力にものをいわせて弾幕を張り、クアドリガのミサイルを次々と撃ち落とす。アラガミが生み出したものだが、ミサイルの威力は本物だ。撃ち落とされたミサイルは、オラクルのエネルギーで爆ぜていく。

 

「ーーオオオッッ」

 

クアドリガが呻き声を上げながら、前面の装甲を大きく展開させる。装甲の内側は、生々しい筋肉が蠢いていたが、その中心には大型のミサイル"トマホーク"が発射体制に入っていた。

あの大きさのミサイルをもろに食らったら、文字通り四肢がバラバラに吹き飛ぶだろう。

 

(それは困るね…!)

 

咄嗟にオラクルの弾頭種を変更、先程まで使用していたものから"封神"という特異な性質を持った弾頭へと切り替える。しかし、狙いを定めた時には既に、トマホークは発射される瞬間だった。

火の弧を描いて飛来するトマホーク、僕はそれに大体の照準を合わせ引き金を引く。僕はそれほど精密狙撃が得意なわけじゃないけど、問題はない。

僕が撃った弾頭は、特殊な細工が施してあった。そのままの軌道だったらカスリもしなかったかもしれないオラクルの弾丸、しかしその弾丸は、トマホークと距離を詰めた瞬間炸裂し、小さな散弾となってトマホークを穿いた。

 

(命中…上出来!)

 

無数の弾痕を拵えたトマホークはそのまま僕の横を通り過ぎると…背後で小さな爆発を起こした。従来の爆発の半分以下、といったところだろうか。あの弾頭の性質である封神は、オラクル細胞の活性を著しく低下させることができるのだ。だから、あのオラクルのトマホークは威力が激減したわけだ。

とはいえ通常の弾丸だと、まずはトマホークに当てることすらできなかったかも、バレットエディットを教えてくれたシエルに感謝だ。

 

「好機…!」

 

神機を剣形態に変形させ、クアドリガとの距離を詰める。クアドリガはまだトマホークを発射した体制のままだ、脆い装甲の内側を剥き出しにしてる。

真っ直ぐ切っ先を向けて、クアドリガへと突進する。あそこはトマホークの発射口、潰せれば戦力を大きく削げる…がクアドリガもバカじゃない、僕の神機が届く寸前で大きく後ろに下がり装甲を閉じてしまったのだ。

しかし、僕はそれでも足は止めない。クアドリガと距離をとって戦うのは好ましくない、どのみち接近するつもりだったのだから。

 

「でやあぁっ!」

 

助走の勢いを乗せ、全力でロングブレードの刃を叩きつける。だが、返ってくるものは重く鈍い音と金属の硬い手応えだけだ。やはり硬い、正面から突き破るのはやはり難しい。イオリなら容赦なく食い破ってしまいそうだけど…しかし、だ。

 

「オオオーー…ッ」

 

今度は背中のミサイルポッドを展開し、骸骨のような頭を傾げてこちらに狙いを定める。愚かにも、それが僕の狙いだったとも知らずに、だ!

 

「貰った!」

 

瞬時に神機を銃形態に変形させ、顔を覗かせたミサイルにアサルトの弾丸を撃ち込む。先程のものとは別に、炎属性の高火力の弾丸。その弾丸はポッド内のミサイルに突き刺さり、そのままオラクルの爆発を促した。

 

「ーーッッ!」

 

複数のミサイルが暴発し、ミサイルポッドが内側から弾け飛ぶ。これで大きく戦力を削れた、相手の手数が減ればその分こちらの手数が増やせる。

クアドリガは怒りの咆哮を上げて、その凄まじい瞬発力から跳躍し、僕に飛びかかってくる。そりゃまともに喰らえば致命傷だろうが、そんな怒りに任せた突進が躱せないほど、僕もノロマじゃあない。

飛びかかるクアドリガの股下を潜り抜け、そのまま背後を取る。その上、クアドリガがちょうど着地した地点には、僕の仕掛けたホールドトラップがあった。アラガミですら動けなくなる即効性の麻痺毒、金属質な外殻のクアドリガでも、足の一本くらいは動かなくなるだろう。

 

(この隙に…足も一本、貰っておくよ!)

 

ホールドトラップに動きを縛られたクアドリガは、こちらに振り向くこともできないでいる。その隙に、神機を捕食形態へと変形させ、後ろ足に喰らいつかせる。神機の頑強な牙と強靭な顎が、ミシミシと音を立てながら装甲を噛み砕いていき、遂にはその牙は内側の肉まで達した。

万力のような力を込めてようやく装甲が砕けた、やはりクアドリガの防御力はとんでもないものだが、これで後ろ左足の関節は完全に破壊した。

 

「これはおまけっ!」

 

置き土産にスタングレネードを、クアドリガの顔面に投げつけてやる。目も眩むほどの閃光と爆音、クアドリガの感覚器はしばらくまともに機能しないだろう。ホールドトラップも効いているし…足を二本も獲れたなら上出来だ。

 

「ーーッッーーオオッ!」

 

怒りの呻き声を上げて僕を探すクアドリガだが、こちらを見つけることなんてできないだろうし、できても追うことはできない。もう少し時間をかけて攻撃を重ねれば、もしかしたら討伐までいけるかもしれない…けど、今はイオリとナナが最優先だ。

 

(早いとこ南門に向かわないと…余計な時間を食ってしまった)

 

呻くクアドリガを置いて、南門へと再び足を向ける…そうだ、あと榊博士にお願いしとかなきゃいけないんだ、ラケル博士もいてくれたらいいんだが。ナナが血の力を暴走させているなら、それの対策が必須だ。

それともしイオリが…あの時のように暴走した状態だったならば、僕一人じゃ抑えきれない。それに下手をすればイオリの正体の露見にも繋がりかねない。

 

(…ほんと、イオリは疫病神にでも取り憑かれてるのかな。任務に出るたびにアクシデントに見舞われるんだから…!)

 

 

あながちその考えは間違いではなかったのかもしれない。僕は知る由もなかったが、イオリはヤーナムの悪夢という、血に塗れた地獄を生きていたのだ。そこで彼は取り憑かれたのだ…疫病神ではなく、獣や上位者に、だが。

 

 

 

ーー

 

 

 

南門より数百メートル離れた地点、多くの家屋が立ち並ぶそこは、かつては多くの人々が暮らす住宅街だった。家とは家族を一つにする楔だ、そして多くの人々にとっては心の拠り所にもなる…そんな暖かい場所のはずだった。

しかし、そんな家々は、今や夥しい血に濡れた煉獄と化していた。あたりそこらに散らばるアラガミの死骸、多くは小物だが中にはシユウやコンゴウのような中型種もいた。

その惨劇を作り出したのは他でもない、イオリだった。半狂乱に叫び声をあげて神機を振り回すその姿は、とても理性が残っているとも思えない。でも、血の力で暴走していたあの時とは様相が違うように見えた。

 

「……というわけで、イオリは半ば暴走状態。ナナはまだ確認してませんが…とにかく危険な状態です」

 

『ふむ……分かった。既に他のブラッドのメンバーもそちらに向かってる。到着次第、二人を回収し撤退してくれて構わない。ナナくんが力を暴走させているのならば、その対策も考えてあるから安心してくれたまえ』

 

「僕たちが抜けても作戦に支障は?」

 

『大丈夫、防衛班である第2、第3部隊も動員して防衛に当たらせる。君たちは撤退を最優先に考えてくれ』

 

「了解!」

 

榊博士との通信を終え、再び建物の屋上からイオリの様子を見る。次々とアラガミを屠るその姿はまさに修羅、でもその表情には恐怖の色が滲み出てる。一体何があったというのか…。

 

(ナナは…ナナはどこだ?この付近にいるはずなんだ)

 

イオリがあんな状態になっているということは、ナナもそうなっている可能性もある…が、それは限りなく低いと思う。恐らく、二人は何かしらのアラガミに、外的ダメージではなく心的ダメージを負わされたのだ。その結果、精神が不安定になり血の力を暴走させてしまった。

イオリであれば、あの自身も周囲のものも全てを狂乱へと導くあの力、ナナは恐らくはアラガミを引きつける力を…!

 

「…お母さん…!お母さん……!」

 

「っ!」

 

今の声は間違いない、ナナだ!どこだ、近いぞ。建物の屋上から飛び降りて辺りを見回す。するとすぐそばにナナのブーストハンマーの神機と……異形の死骸が転がっていた。

 

(こいつはっ…⁉︎)

 

体つきは人のそれ、だが頭部は全く違うものだったことが、周囲に飛び散った肉片から想像できる。こいつはアラガミなのか?それにしてはあまりにも生々しすぎる。いや、アラガミでないはずがない、これが人であっていいはずがない。

 

「くそっ…なんなんだこれ!ナナは…ナナ!返事をしてくれ!」

 

……返事はない、代わりにか細いすすり泣く声が聞こえた。

 

「ナナ…?」

 

それからすぐにナナは見つかった。彼女は崩れた家屋の物陰で、一人泣きじゃくっていた。か細い声で母親を呼び続けるナナは、元気で力強いいつもとは正反対で、酷く不安定で弱々しかった。

目立った外傷はない、だがナナは途轍もなく消耗し弱っている。心的外傷、いわばトラウマを抉る、そういう心的ダメージは時に命すら脅かす。一刻も早く安全な場所まで退避しないとまずい。

 

「ナナ、気をしっかり!僕が分かる?」

 

「…あぅ…っ!」

 

「ナナ……っ!」

 

咄嗟に神機の装甲を展開して、後方をカバーする。後ろに構えるや否や、凄まじい衝撃が襲い、そのまま家屋の瓦礫に突っ込む。

 

(しまった…!アラガミが集まってきたか!)

 

すぐさま体勢を立て直し、襲撃者を確認する。先ほどの攻撃はこいつ、コンゴウによる殴打。周りにはオウガテイルとドレッドパイクもいる。

ナナを守りながらこの数を相手にできるか?不可能…ではないが、厳しい。少なくとも一人で相手取るには無理がある。せめてあと一人、増援が来てくれれば…。

 

「ヒーローは遅れてやってくる……その言葉に偽りなし、だな!」

 

コンゴウの後ろに控えていたオウガテイルぎ真っ二つに叩き斬られ、ドレッドパイクがオラクルの爆発で吹き飛ぶ。大ぶりの神機を携えて颯爽と現れたのは…ロミオ先輩だった!

 

「ロミオ先輩!」

 

「悪り、遅くなった!ナナは大丈夫か⁉︎」

 

「今はなんとか…でも早く安全な所に連れて行かないと!」

 

「OK、じゃあまずは…こいつの相手か!」

 

神機を構えてコンゴウと相対するロミオ先輩、いつもは少しビビりなロミオ先輩だが、今は途轍もなく頼もしい。ロミオ先輩が来てくれたお陰で、最悪の事態は避けられそうだ。

 

「猿は帰ってバナナでも食べてなぁ!」

 

ロミオ先輩が神機を振り上げてコンゴウとの距離を詰める。コンゴウもロミオ先輩に向けて拳を振り上げる……が、横から飛来した一本の槍が、コンゴウを貫いた。さらに間髪入れず赤黒い影がコンゴウに飛びつき、次の瞬間には鮮血が飛び散った。

 

「ーーッッ!」

 

引きずり出された臓物が、嫌な音ともに裂かれて散らばる。コンゴウは呻き声をあげることなく絶命し、血に塗れた…イオリは、表情を歪めたまま、今度は僕たちに視線を向ける。

ロミオ先輩も神機を振り上げたまま固まってしまい、僕も思わずナナ自分の方に抱き寄せてしまう。今のイオリは、あの時ほどでないにしろ理性を失った状態だ。剥き出しになったアラガミの本能、敵味方の区別は恐らくついていない。

 

「イオリ…!」

 

ロミオ先輩がイオリに問いかけるも返答はない、代わりに返ってきたのは濃い殺意のみ。変に刺激すれば、躊躇なく僕たちにも刃を向けるだろう。

ナナがこの状態である以上、アラガミはここに集まり続ける。一刻も早くナナを血の力を鎮めるか、周囲に影響を及ばさない場所に連れて行かなければならない。

 

「ロミオ先輩!ジュリウスたちは?」

 

「ここに来る途中で出くわしたアラガミの相手をしてる!俺は先に来たけど、ジュリウスらがこっちに来るまでもう少しかかると思う…!」

 

もう少し…それはあと5分くらいか、それとも10分くらいか。どちらにせよ、時間がかかることに変わりはない。何しろ僕たちの本来の任務は、サテライトの防衛なのだ。それをおざなりにするわけにもいかないのだ。

 

(どうする…!ジュリウスらが来る前に撤退を開始するべきか……でも、そうしたらイオリはどうしたらいい?このまま放っておくわけにいかない、かといって今の状態じゃあ…!)

 

イオリは息を荒げて唸り声を上げている、少なくともこっちから攻撃するようなことがなければ、僕たちに手を出すこともないだろうか。なんとかしてイオリを正気に戻せれば…!

 

(やるしかない、か……一か八か、イオリが正気に戻るのを…!)

 

僕はイオリを刺激せずこっちに来るよう、ロミオ先輩に手振りで合図する。しかし、ロミオ先輩が動いたのに反応したかのように、イオリも同時にコンゴウの死骸から神機を引き抜き、ロミオ先輩へと駆け出す。

 

「ーーロミオ先輩!」

 

「ぅおっ!」

 

大きく振り絞ったチャージスピアをロミオ先輩に向けて突き出すイオリ。しかし、ロミオ先輩は、装甲を最小限の動きで展開して攻撃をいなす"パリングアッパー"で、イオリの一撃を防いだのだ。

イオリは大きく体勢を崩しているが、本来のイオリならあそこから更に攻撃を重ねることだってできるはずだ。やはり、理性を失っている分、技術的な面ではいつもより弱い。だったら、チャンスはある…!

 

「ナナ、ごめん…!少し、そこで待ってて!」

 

僕も神機を構えて、ロミオ先輩の加勢に向かう。まだ周囲にアラガミがいることに変わりはない、そいつらがここに集まって来る前にイオリの目を覚ましてやらなきゃならない。

 

「お前は…少しは落ち着けってのぉ!」

 

ロミオ先輩が再度攻撃を繰り出そうとするイオリに殴りかかる…が、イオリはそれをあっさりと受け流し、そのまま片手でロミオ先輩の腕を引っ掴んで投げ飛ばす。

 

「ロミオ先輩、あとは僕がやるよ!だからナナをお願いします!」

 

「いっちち…お前、そんなこと言って……一人でどうにかなる相手かよ!」

 

「大丈夫…!」

 

ロミオ先輩から僕に標的を変えたイオリが神機を構え、僕もまた神機の切っ先をイオリに向ける。そして、イオリが獣のような俊敏さで僕に踊りかかり、チャージスピアを振るう。その一撃一撃が途轍もなく重く、そして確実に急所を狙ってきた。

しかし、やはりいつもに比べたら大したことない、初めて僕らが出会った時の方が鋭い一撃だった。本来のイオリはこんなもんじゃないはずだ、いつものイオリはもっと強い!

 

「いい加減……目を覚ましなよ!」

 

イオリの一撃をギリギリのところでロングブレードの刃で受け流す。そのままイオリの胸元を掴み、そのまま……イオリの額に盛大に頭突きをかました。それこそ頭蓋骨にヒビが入るくらいの勢いで、だ。

 

「ぐっーー…!」

 

「っ!」

 

互いに骨が軋む音が聞こえるようだ、でも感じたのは痛みではなく別のものだった。恐怖、狂気、憎悪、そんなドス黒く激しい感情と共にここではない何処かの、僕ではない誰かの記憶。いや、これはイオリの記憶に違いない。これは"感応現象"か!

見えた記憶はほんの僅かなものだった。しかし、フラッシュバックのように脳裏によぎったそれは、僕の心を大きく揺さぶった。どんな記憶だったかと言われると、それはもう形容し難いものだった。人の言語では言い表せれない未知の啓蒙、と言うべきか。

ただ一つ言えることがあった。イオリはアラガミなんかじゃない、ゴッドイーター でもない。狩人だ、イオリは狩人なのだ。イオリの記憶から理解できたことは、ただそれだけだった。

 




今回はGE2側主人公がメインでした。
シエルの出番を入れようとして、すっかり忘れてたのは内緒でござる。


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番外編 来たる福音

今回は番外編で、本編とは別のお話です。
モンスターハンターワールドが楽しみでたまらないですね。もちろん、フロムの新作の情報も待ち遠しいですけどね。


今日は何もかもがツイていなかった。通信機器は謎の不具合でぼぼ断絶、さらに予想だにしないアラガミが現れ、少しずつ俺は追い詰められていった。トラファルガー広場付近は、俺の庭と言ってもいいくらいに戦い慣れているはずなのに…。

 

(くそっ…なんでこんなことになっちまったんだ。小物を片付けるだけの簡単な仕事だったはずなのに…!)

 

ザイゴートの追跡から逃れるために逃げ込んだ裏路地の廃屋の窓から、外の様子を伺う。目に届く範囲にはいないみたいだが、付近で嗅ぎ回っていることは間違いない。暫くここに潜伏するのがいいだろう。

しかし、たまたま逃げ込んだこの廃屋だが…どうやらここの家主は骨董商か何かだったみたいだ。店内には壺やら本やらが埃をかぶっていた。

 

(随分と古いものばかりだが、物盗りに荒らされてないのは珍しいな……ーうおっ⁉︎何だこれ…!」

 

思わず驚いて神機をとり落すところだった。うず高く積まれた骨董品、その影には同じく埃をかぶり、半ば白骨化した死体があったのだ。ただの死体ならさほど驚くこともない、しかし、その死体は綺麗さっぱり頭がなくなっていたのだ。

その手には錆びたリボルバーが握られてはいたが…辺りには凄まじい量の血が飛び散ったことを示唆させる血痕が残っていた。

 

(こんな拳銃ごときで、こうまで頭が綺麗に吹き飛ぶものか?)

 

死体の側には、これまた使い古された手記が落ちていた。血に塗れているものの、中身は読めないものではなかった。中身はただのとりとめのない日記、最初はそうかと思ったが、日記の終わりに近づくにつれその様相は変わっていった。

今はこんなことをしている場合ではないのだが、俺は何故か日記を読む手を止められなかった。

 

 

ーー

 

 

……きっかけは些細な出来事だった。私は、私と同じく骨董品を扱う知人の店で、ある本を探していた。その時に、ある一つの本が目に入った。

それはイギリスの古い地図と、地理についてまとめた書物だった。今から200年も前のものだろうか?地理についてはさも珍しい記述はなかったが、当時の様子が事細かく記された地図は、私の興味を掻き立てた。

当時の街の喧騒に思い馳せながら地図を眺めていたが、一つ気になることがあった。山中深くの谷間に、見慣れぬ都市があることが記されていたのだ。そのようなところに都市があったという話は聞いたことがない。

都市の名前は、ヤー……惜しいことに文字が掠れて完全に読み取ることができなかった。しかし、そこに都市があったことは間違いない。もしかしたら、これは学会に波乱を巻き起こす大発見に繋がるかもしれない。

私はその本を購入し、早速現地に向かう準備を進めることにした。

 

 

 

地図の場所を突き詰めるのは、やや手こずったがなんとか見つけ出すことができた。この人里遠い大きな谷、随分と昔にここで大きな崩落があったのだとか…それを物語るかのように、谷の大半は崩れ落ち土砂で埋まっている。

私は近くにキャンプをたて、さっそく発掘作業に乗り出した。

 

 

 

発掘作業の開始から4日目、出てくるのは石ころばかり、目立った発見はまだない。作業の合間に周辺を調査してみたが、やはり建造物の跡を見つけることはできなかった。

しかし、私は確かにここに何かあったであろう証拠を見つけていた。ここの周囲には、何箇所か整地をした跡が見つかったのだ。レンガと思わしきかけらもあった。恐らくは道路の整備が行われていたと思われる。

大々的な道路整備など、都市周辺ぐらいでしか行われない。やはり、ここには何かあるのだ。

 

 

 

発掘作業の開始から9日目、ついに私は見つけ出した。発掘現場から小さな金属片が出てきたのだ。しかもそれは管状に加工されたもの、明らかに人が作り出したものだ。

それからもいくもの人工物が発掘された。レンガの形状や加工方法から、ヴィクトリア朝時代のものか。地図の時代と一致している、これはもう揺るぎない証拠だ、大発見だ!

私は発掘作業を中断し、一度街に帰った。今度は正式に発掘隊を結成し、本格的な発掘に乗り出すとしよう。

 

 

 

発掘に出かける前に一度家に戻ったが、そこで私はあることを思い出した。私の父や祖父も高名な考古学者だったのだが、祖父の書き残した資料に気になるものがあったのだ。

それは、かつてイギリスにあったとされる奇妙な都市についてだ。閉鎖的で栄えているとはとても言えないが、他にはない特殊な医療技術を持っていたのだとか……あとは、類稀な風土病が流行っていたという。

私はその祖父の残した研究が気になって仕方なかった、本格的な発掘に乗り出す前に、一度眼を通しておくとしよう。

 

 

 

祖父の資料は、書庫の奥深くに保管されていた。資料というには余りに量が少なかったが、それでも中身は驚くべき内容だった。

谷間に作られた都市の名はヤーナム、そこには血を用いる異質な医療が存在し、都市の人々は血の常習者。人が獣の如き風貌に変貌し気が狂うという謎の病、そしてその羅患者を狩る狩人。異常すぎる、本当にこんな都市があったというのか?

しかし、もしかすると私の見つけ出した都市跡は、このヤーナムのものかもしれないのだ。ほとんどはただの与太話だろうが、これから発掘する場所にそんな場所だと噂されていたと思うと、少しゾッとする。

まだ、半分も読み進めていないが、私は何故かこれらのことが頭から離れず、ずっと渦巻いていた。今思えば、ここで発掘をやめておけばあんなことにはならなかったのかもしれない。

 

 

 

大勢の作業員とともに結成された発掘隊、発掘は日夜行われ次々と都市の遺物が掘り出された。それらから鑑みて、この都市は祖父の記述にあったヤーナムと見て間違いない。祖父の記述と合致するものが、次々と発掘されたのだ。

その中でも特に奇怪だったものをここに記す。

一つはガラスの酒瓶、中には血と思わしきものがこびりついていた。容器自体は、どこにでもあるものだったが、まさかこの都市の住民は、本当に血の常習者だったのだろうか?

二つ目は謎の遺骨、全体的には人のそれに近いが、背骨や腕部、脚の骨格が、人のそれとは著しく変化していた。もしかすると、これが謎の風土病とやらの羅患者のものかもしれない。

三つ目は……これはなんと表したらよいのだろうか。ひどく錆び付いていて触っただけでも崩れてしまいそうだが、何とか形状は保っている。その形は、一言で言えばノコギリ、しかしただのノコギリではない。持ち手などに複雑な機構が組み込まれていて、ノコギリの内側にも刃が取り付けてある。

それにこの刃の錆は血錆、これは明らかに武器だ。しかし、一体何と戦うことを想定してこれを作ったのか……もしや、風土病の羅患者を狩る『狩人』とやらの武器なのだろうか?もしそうなら、この血はその羅患者たちの血、ということになる。

これ以外にも様々なものが発掘されたが、同じ100年以上前の年ではこんなものなど見つからない。やはりこの都市は異常だ、謎は尽きない。

 

 

 

発掘作業中にトラブルが起きた。トラブルといっても、作業員同士の些細な喧嘩と初めは聞いていた。しかし、実際には喧嘩と呼べるようなものではなく、一方的な暴行だったらしい。

暴行を受けた作業員は病院に搬送されたが、問題は暴れ出した作業員の方だ。彼はいきなり錯乱し、一番近場にいた作業員に殴りかかったらしい。その時の彼はしきりに同じ言葉を発していたらしい。その時の様子を目撃したものから聞いたところ、『アメンドーズ』という単語を連呼していたとのことだ。

 

 

 

 

アメンドーズ、恐ろしいことに私の耳には覚えのある言葉だった。祖父の記述の中でも、特に曖昧で要領を得ない箇所があり、そこでは上位者という単語がしきりに出てきた。

上位者とは神に等しき超常の存在、らしい。上位者にはいくつかの個体が存在し、その一部について記載されていた。そこで出できた名が、アメンドーズ、エーブリエタース、ゴースの三つだった。

こんなもの存在するはずがない、クトゥルフ神話と同じでただの創作に過ぎないと思っていた。しかし、そんなことは知る由もない作業員が、唐突にその名を呼んだとは…一体、何があったというのだろうか。

本人から直接話を聞けたらよかったのだが、彼は錯乱したまま気を失い、そのまま目覚めていない。ときどき悪夢にうなされるような悲鳴を上げているが。なんにせよ、せっかく始まった発掘作業に暗雲が立ち込めてきたことに変わりはない、これ以上トラブルが起きなければよいのだが……。

 

 

 

私の心配は現実のものとなった、新たなトラブルが起きたのだ。いや、今度はトラブルなどでは済ませられない、事件だ。先日、錯乱したあの作業員、彼が首を吊って自殺したのだ。

なんということだろう…発掘作業はこれからだというのに、まさかこんなことになってしまうとは。警察を呼び、発掘作業は中止、必ずそうなると私は思っていた。

 

 

 

発掘作業を開始してからすでに二週間、キャンプ内には異様な雰囲気が漂っていた。警察に連絡したにもかかわらず、彼らは一向に姿を見せない。仕事仲間が自殺したことも気にせず、作業員たちは無心に働き続けた。

あのトラブルが起きてから、何かがおかしくなったのだ。いや、おかしくなったのは、我々だけではないのかもしれない。

ラジオから奇妙なニュースが流れてきたのだ。なんでも正体不明の怪物が現れたのだとか…発見時はアメーバ状の生物だったものが、瞬く間に進化を遂げ、何もかもを喰らう怪物となったのだそうだ。

既存の兵器ではまるで太刀打ちできないらしい。ラジオからは仕切りに避難勧告や、軍隊が壊滅しただとか…とにかく絶望的なニュースばかり流れていた。

しかし、私以外のものは誰も気にかけない。いや、私自身、このニュースにさほど大きな関心を払っていない。ただひたすらに、ヤーナムの遺した未知の知識を求め続けた。

 

 

 

発掘を始めて何日経ったかはもう定かではない。発掘隊のメンバーは、また一人、また一人と姿を消していった。変死体で見つかったものもいたが、誰も気に留めていなかった。

私はこのヤーナムにあった、いくつかの神秘の啓蒙を知った。これは人が安易に触れて良いものではなかった。祖父の研究は中途半端だったのではない、公の目に触れていいようなものではないことを悟ったのだろう。

だが、私はせっかく手にしたこの智慧を、無為に手放したくはなかった。だから私は、この発掘の間にまとめた私の研究を、信頼できる知人に送った。彼なら賢明な判断が下せるはずだ。もし、あれらが必要になる時が来れば…。

 

 

 

発掘隊は遂に私一人になってしまった。今日、最後の二人が死んでいるのを見つけた。二人はキャンプのはずれで、目や耳から血を垂れ流して死んでいた。

二人の遺体の近くには、血鯖に歪んだ古い鐘が転がっていた。私は二人の血に濡れたそれを手にとって揺らしてみたが、音は鳴らなかった。だが、それは私を強く惹きつけた。その音が聞いてみたくて堪らなかった。

私は荷物をまとめ、その古鐘を手に街へ戻った。世間は謎の怪物の出現に阿鼻叫喚だ。キャンプでの惨劇など誰も見向きもしないだろう。

 

 

 

久しぶりに骨董品を扱う自分の店に戻ってきた。ここに戻ってくるまでに避難を始める大勢の人々とすれ違ったが、皆私には見向きもしない。あれだけ大々的に発掘隊を結成したのに、そのメンバーが私以外いなくなったことなど、誰も知らないのだろう。

しかし、私にも最早どうでもいいことなのだ。今の私は、あの古鐘のことが気にかかって仕方がない。これは神秘だ、科学などでは証明できない超常的な遺物だ。

祖父の研究にあった、ヤーナムの地には遥か昔、トゥメルと呼ばれる民族がいたのだそうだ。そのトゥメルについての記述はごく僅かではあったが、上位者と関係があることは分かった。

そして、ヤーナムでは、そのトゥメルの遺産から未知なる神秘を求め学び続けるビルゲンワースという学舎があったのだ。彼らは上位者との交信をも試みたという……初めはただのカルト集団かと思った。だが、違う。上位者は確かにいる、これが私がヤーナムでの発掘され遺物から得た結論だ。

ビルゲンワースはトゥメルが残したという地下墓から、様々なものを啓蒙を得たという。そして今、私はヤーナムの遺跡からそれを受け継いだというわけだ。偶然手に入れたこの鐘、これはきっとそんな智慧の一つなのだ。

 

 

 

鳴らない…いつまで経っても鐘はならない。一体何が足りないのか?私の啓蒙か?それとも資格か?一体何が足りないというのだ…!

今朝、店の前の路地を化け物が通った。きっとあれが世界を脅かす怪物、アラガミだ。ここにいれば、いつかは奴らに見つかり喰われるかもしれない。

だが、そんなことはどうでもいい…!私は知りたい、この鐘からなら、私は上位者の神秘に触れられる気がするのだ。

護身用の拳銃は念のために手に持っているが…もし、このまま鐘の音を聞くことがないまま死を迎え入れることになるならば……。

 

 

 

そうだ!分かったぞ!最後の足りなかったピース、その一つが閃いた!私は神秘に触れる!私は彼らの声を聞くことができるんだ!

だがまだ足りない…瞳だ!瞳を得なければ………

 

 

 

ーー

 

 

 

手記はそこまでだった。そこから先のページは血に塗れて読むことは出来なかった。改めて死体に目をやる…リボルバーを握る右手、そして左手には、手記通りの血鯖に歪んだ古鐘があった。

信じられなかった、手記の中で男が感じたように、全部ただの与太話かと…しかし、この男は本当に持っていた。何処か惹きつけてやまない不思議な鐘、手記の中の出来事は全部事実だというのか。

 

(マジかよ…いや、アラガミだって当時の人からすれば信じられないようなものだったかもしれないが、いくらなんでもこれは…!)

 

ガリガリ、と地面を引っ掻くような音がした。反射的にそばにあったテーブルの影に隠れる。そっと割れた窓枠の方を見てみれば、すぐ前の路地をオウガテイルが歩いていた。

獲物を探すかのように周囲を見回しているが、俺の存在に気づいたわけじゃなさそうだ。だが、いよいよここも危なくなってきた。そろそろここからおさらばした方がいいかもしれない。

俺は裏口でもあればそこから出ようと辺りを見回す。その時、また男の死体が目に入った。俺は反射的と言っていいくらいに、無意識に男の持つ鐘に手を伸ばし、それをむしり取った。自分でもこんな時に何をやってるのかと思ったが、驚くほど自然な動きだった。

その鐘を持って店を後にしようとしたが、ふと思い立って、今度は男の持っていたリボルバーに手を伸ばした。リボルバーのシリンダーを回し、装弾数を確かめる。

……リボルバーには弾丸が6発込められたままだった。

 

 

 

 

 

あの骨董商の店を後にしてからどれくらい時間が経っただろうか?もう何日も、俺は一人彷徨い歩いている気がする。見慣れたはずの景色がいつもと違って見える。今まで見えていなかったものが見えるようになった気がする。

俺は頭がおかしくなってしまったのだろうか?もしおかしくなってしまっているなら、それはあの男の手記のせいだ。あんなものを読んだから…いや、それともこの鐘のせいだろうか?そもそもどうして俺はこれを持ってきた。こんなものを持っててどうしようというのだろうか。

 

(……!)

 

何も考えずに入り組んだ路地を歩き続けたせいか、俺は袋小路にたどり着いてしまった。高い壁に囲まれてはいるが、神機使いには超えられないものではない。しかし、俺には何故か頂の見えぬ絶壁に見えた。その場に力なく膝をつき、呆然と壁を見上げるしかできなかった。

俺は改めて古鐘を手にとって見てみる。血に錆びてはいるものの、何かの力を感じる。俺は試しに鐘を振るってみた、どうせ手記にあったように何も音は鳴らないのだろうと…。

 

"カラーン…カラーン…"

 

しかし、予想に反して、鐘は小さく透き通った音を奏でた。なんと心地よい音色だろうか…俺は無心に鐘を鳴らし続けた。

 

「福音よ来たれ…福音よ来たれ……」

 

俺は鐘の音を聞いてる内に、一つの情景が頭に浮かんできた。そこは古臭い街並みで陰気臭い場所だった。そこには長い白髪をたなびかせる男とも女とも取れるような、しかし、身の毛もよだつような凶器を手に獣を狩る狩人がいた。美しくも悍ましい、そんな狩人の姿を垣間見たのだ。

もしかしたら、これは頭のおかしくなった俺が創り出した幻想なのかもしれない。ただその狩人は、なんとも恐ろしいものだった。

 




この番外編はちょうど本編が始まる前の話になります。
手記を読み解くということで、少し読みにくい書き方になってたら申し訳ない。


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18話 トリアイナの見えぬ矛

遅くなってしまいましたが、やっとできました。またしても文字数が大きく増えてしまいました。



私はある夢を見た。夢といってもひどく断片的で、要領を得ないものではあったが…それが自身の記憶からくるものではなく、他者の追憶であることは分かった。

それはある少年の記憶だった。少年と、その少年の父親と思わしき男性、しかし、二人に血の繋がりはなかった。それでも、二人は実の親子のように固い絆で結ばれていた。

男の手には、ゴッドイーター の証たる腕輪が取り付けられていた。男は神を食らう狩人だったのだ。男は常に少年にこう説いていた。

 

「仲間を大切にしろ。背中を預けられる仲間と共にならば、どんな困難だって乗り越えられる。少なくとも私はそうだった…人の力の真髄は、個ではなく和なのさ」

 

男に憧れを抱く少年にその言葉は深く突き刺さり、少年の行動理念となった。その言葉こそ、少年が後に得る力、血の力に由来していたのだろう。常に独りで狩ってきた私とは真逆、あいつと私は光と影のようなものかもしれない……。

 

 

 

 

サテライト拠点内、そこには極東支部が臨時で設営したベースキャンプが設けられていた。負傷したゴッドイーター たちの治療や、神機の修復などが行われているが…私はそこの救護キャンプで3時間ほど寝惚けていたようだ。

意識が戻った時、私の中ではまだ戦場にあると思い込んでいたものだから、思わず近場にいたジュリウスに襲いかかるところだった。いや、それ以上に奴に心を掻き乱されたことが大きいか。簡易的なベッドに腰を下ろしたまま、まだ猛っている心を鎮める。冷静に物事を考えられる程度には正気を取り戻していることを確認するのにも、随分と時間がかかった。

 

「私は……どういう状態だった?」

 

「憶えていないのか?」

 

「まあ、ぼんやりとだな…」

 

奴に…ほおずきに出くわしてからのことは殆ど覚えてはいない。だが確かに、あの上位者の眷属があそこにいた事は確かだ。キャリーの情報は確かだったのだ。上位者そのものではなかったが、それに関する存在がここに来ていた。

これで確信した、奴らはこの世界にいる。私と同じ大地の上に、奴らはいるのだ。近いうちに奴らは来る、それまでに私は自身の錆びついた牙を研いでおかなければならない。

 

(くそ……ほんのちょっと奴らの気に当てられただけで正気を失うとは…情けないにもほどがある。なんとかあいつは殺せたみたいだが…)

 

「ナナはどうした?私と共に行動していたはずだが」

 

「ナナは…先にキョウスケとアナグラに帰還した。とても戦闘を継続できる状態ではなかった」

 

「…負傷したのか?」

 

「いや…ナナの血の力が半ば覚醒した状態になっていた。その力は、恐らく周囲のアラガミを引きつけるというもの、ナナ自体も錯乱状態で制御できる様子ではなかった」

 

血の力、か。恐らくは奴の気に当てられた影響だろうな。確か、ナナもジュリウスらと同じラケルの養護施設の出身だったか。ナナも、心の内に重いトラウマを抱えていたかもしれんな。

 

(なるほど…私も正気ではなかったが、大量のアラガミを相手にしていたのは覚えている。それはナナの力に引き寄せられていたからか)

 

上位者、またその眷属たちと相対したものは、多くが発狂死する。そうでなくとも、大抵は精神がいかれる。ナナがブラッドではなく一般の神機使いならば、あのまま死んでいたかもしれない。その身に宿す血の力のおかげで一命を取り留めたというところか。

 

「ナナは錯乱し、酷く消耗していたが…お前は狂ったようにアラガミと戦い、ロミオやキョウスケにも刃を向けたと聞いている……一体何があった?」

 

「……すまん、よく覚えていない。私が覚えているのは、ナナと共に突如消失したアラガミの反応を調べに行った、というところまでだ」

 

もちろん、覚えていないというのは半分嘘だ。錯乱したきっかけは分かっているし、錯乱している間のこともぼんやりと覚えている。そのままキョウスケに叩きのめされたのも覚えているとも…。

 

「…分かった。この件についてはまた後で話そう、今はサテライト防衛についてだ」

 

ジュリウスは納得していないようだったが、すぐに頭を切り替えて当面の問題について切り出してきた。防衛作戦の開始から既に3時間以上経過しているが、現在はどんな状況なのか。私も狂いながらそれなりの数のアラガミを潰したもんだから、ある程度は戦線が落ち着いたと思いたい。

しかし、ここは激戦区と名高い極東、どうせまだ何か厄介ごとが残っているに違いない。とはいえ、今の私は非常に不安定な状態だ。ちょっとした刺激でまた発狂するかもしれん、情けないことに感応種のような厄介な相手だと足手まといにしかならんだろう。

 

「現在は付近のアラガミの数は大きく激減し、サテライトへ攻撃を仕掛ける素振りを見せるアラガミもいない。作戦はほぼ完了したと言っていいだろう」

 

「ほぼ…?」

 

「ああ…二つ、問題がある。先に撤退したキョウスケが、クアドリガ一体と交戦し、それを行動不能まで追い詰めていたんだ。討伐はせずお前とナナに合流することを優先したらしく、怒り狂うクアドリガを放置していったらしいが…」

 

「それが…?どうなった、勿体ぶるんじゃない」

 

「…進化したんだ、異常な速度でな。怒り狂ったクアドリガは動けるようになった後、ナナに引き寄せられて集まっていたアラガミ達を手当たり次第に喰い散らかし取り込み、第二種接触禁忌種"ポセイドン"に極めて近い形態に進化した」

 

第二種接触禁忌種"ポセイドン"、データベースに確かに載っていたな。クアドリガから派生進化した禁忌種、一度力を解放すれば辺り一帯は焦土と化すらしい。これはまた凄まじいアラガミに進化したものだな。

 

「なるほど、この作戦の締めはそいつか?」

 

「まあ、そうなるな。これが一つ目の問題だ、もう一つの問題は…ポセイドン討伐部隊のメンバーだ。ポセイドンは強力なアラガミ、生半可な実力では太刀打ちできない。ここは手練れの神機使いで部隊を編成したい」

 

「すればいいだろう、わざわざ私に言う必要はない。それとも…私も出て欲しいのか?」

 

「……今のお前を戦闘に出すのは好ましくはない。だが、禁忌種と渡り合えるほどの実力を持つゴッドイーター は少ない…頼めるか?」

 

ジュリウスは私を戦闘に出すのはあまり気が進まないらしい、私とて今はとても本調子とはいえない。本来ならこれ以上の戦闘は避けるべきだろうが…。

 

「ジュリウス、お前は部隊の隊長だろう。お願いじゃあなく、命令すればいいだろう?前に言ったろう、お前たちにとって私はアラガミという敵でしかない。存分に利用すれば良いとな」

 

「……命令、か」

 

ジュリウスは少し難しい顔をしていたが、何もそんなに悩むことはないだろう。一言、命令すればいいだけだろうに。ただジュリウスは、キョウスケと同じくお人好しで仲間を何よりも大切にする男だった。

 

「いいだろう、ならばお前にはポセイドン討伐作戦に加わってもらう。作戦開始は1時間後だ、それまでに準備を整えるよう……それともう一つ命令がある」

 

「ふむ…?」

 

「決して無茶はするな、必ず無事に帰還すること。以上だ、お前の戦果を期待している」

 

ジュリウスはそれだけ言い残すと、救護テントから去っていった。まったく、本当に仲間には甘いやつだな。いや、そもそも私を仲間と認識してる時点でお人好しにもほどがあるな。キョウスケといいジュリウスといい…。

こっちがああ言った手前、命令に背くわけにはいかんな。ポセイドンとやらはかなりの強敵だろうが、ここは命令通り、無事に帰還してきてやろうではないか。

私はまだ重たい体を持ち上げて、キャンプの何処かで保管されているだろう神機を取りに救護テントを後にする。クアドリガ神属であるポセイドンは、やはり硬い装甲に覆われているのだろう。であれば、今回ばかりはベエーアディーゲンでなくて正解だったかもしれん。だが、クアドリガといえば遠距離攻撃が厄介と聞く。そちらの対策は如何にするか…。

 

「あの、すいません!」

 

「…ん?」

 

考え事をしながらテントの幕を潜ると、一人の少女が息を切らせながらこちらに走ってきた。随分と急いで来たようで、何か言おうとしているようだが、呼吸を整えるのが精一杯のようだ。

 

「えっ…と、こちらにジュリウスは来てませんでしたか?」

 

「ジュリウス?…貴女はジュリウスの知り合いか」

 

「あ、いえ…ブラッドの隊員の方が怪我をされたと聞いて…」

 

どうやらこの少女はジュリウスの、というよりブラッドの私以外のメンバーと知り合いのようだ。ただ、私も何処かで見たことがあるような気がする。直接会ったのではなく…うーむ、気持ちの悪い既視感だ。

 

「ジュリウスなら先程向こうに行った。それと、負傷したブラッドの隊員だが、ナナはもうアナグラに戻された。私はこれからまた作戦に参加するところだが…」

 

「ナナさんが…!彼女は無事なんですか⁉︎」

 

「命に別状はないそうだが、色々と厄介なことにはなってるらしい」

 

「そう…なんですか…」

 

それを聞いて少しは安堵したのか、少女はホッとした表情をしていた。しかし、すぐに何か思い立ったのか、今度は私の顔をじっと見てきた。さっきからコロコロと表情を変える不思議な奴だ。

 

「…貴方はブラッドの烏丸 イオリさん、でしたよね」

 

「ああ、そうだが…何故私の名を?…いや、キョウスケから聞いたな?まったく、おしゃべりな奴め…」

 

顔を覚えていない相手に既に名を知られていたのはこれで何度目か。その内、ふと私の正体を知るものが現れるんじゃないだろうか?まあそんなことよりもだ、結局この少女は何者なのだ。ブラッドの面々とは知り合いのようではあるが、フェンリルの関係者には見えない。

 

「…あのー、私たち、初対面じゃないですよね?フライアの皆さんとの歓迎会の時にお会いしてると思うんですけど…私の名前、覚えます?」

 

カンゲイカイ…はて、カンゲイカイとはなんだったか。というか初対面ではなかったのか、会話をした記憶がまるでないぞ。そのカンゲイカイで出会ったというが……そういえば極東に来たときに何かやったような気もする。それがカンゲイカイだったか?違っただろうか…。

 

「……いや、待てよ…確かにそんな催し物があったような気がする。あの時は食事に夢中だったものだからよく覚えてなくてだな……もしかして、あの時に歌を披露してい女性がいたがそれがお前か?」

 

「はい、そうです!」

 

やっぱり覚えていてくれたんですね!、と少女は喜んでいたが、正直そんなこともあったような気がする程度の記憶でしかない。確か名前は…葦原 ユノ、だったか?どうかにも覚えてない。あの時の私はムツミの料理を平らげるのに必死だったからな。

 

「お前はジュリウスを探しにきたのだったな、だが、あちらにも探し人がいるぞ」

 

私がユノの後ろを指差すと、そこにはユノの名を呼びながら走り寄ってくるフランがいた。きっとユノを探しにきたのだろう、もしくはユノを注意しに来たか。未だに作戦は続行中だ、本来は部外者がここに入ってくることもできないはずなのだ。

 

「ユノさん!サテライト内とはいえ今は作戦中です、無断でキャンプ内に立ち入らないでください。それとサツキさんが呼んでいましたよ」

 

「あ、フランさん。ごめんなさい、でも皆さんが心配で…」

 

フランに注意されて少しションボリした様子のユノは、私にペコリと礼をした後、ジュリウスを探しに走っていった。フランの様子から、どうやらユノがフェンリルの私有地に無断で入り込んで来たのは初めてではなさそうだ。きっと作戦中に何度もキョウスケらを心配してここに来たのだろう。

 

「イオリさん…お体の方はもうよろしいのですか。一時的とはいえ、バイタルが危険域になるまでダメージを受けていたと思うのですが…」

 

「ああ、問題ない」

 

フランに生返事を返すが、そういえば先程、私は先日のことを謝っていたことを忘れていた。そのせいか少し気まずい、しかも、またもトラブルに巻き込まれて戻ってきたわけだからな。

 

「そうですか…ならよかったです。でも……一体何があったんですか?貴方は規律や命令を蔑ろにはしていますが、ゴッドイーター としての実力は隊長クラスかそれ以上だと私は思っています。そんな貴方が一瞬でああまで…」

 

「…まあ、色々あったのだ」

 

それしか言えないし、それ以上を言うつもりもない。言ったところで理解もできないだろうが…。

 

「私はこのままポセイドン討伐に参加するのでな、お前も作戦時はオペレーターに回るだろうが、余計な気遣いは不要だぞ」

 

「作戦に…参加、されるのですか……!」

 

フランは信じられないといった表情だ。確かにバイタル危険域となれば、それは命に関わるダメージということだ。ゴッドイーター は高い治癒力を有するとはいえ、すぐに戦闘を行えば支障が出るのは目に見えている。

だが私には関係ないことだ。それに今回は隊長の命令だ、ジュリウスが出ろと命じたのだからな。ポセイドン討伐には私の力が必要と判断し、命令を下したのだ。それともう一つ、お人好しな隊長の命令があるがな。

 

「……はあ、そんな顔をするな。今回はジュリウスから無茶をするなというなら命令付きだ。私も本調子ではないからな、無理はしないとも……またお前に説教されるのも面白くないからな」

 

「……」

 

フランはやはり難しい顔をして、俯いていた。無理はしない、と口では言うも、今までの行動から信用できないのは分かるがな…。

 

「私には…私には貴方が理解できません。何故、そうまで戦いの場を求めるのか……それに、貴方は他の神機使い達とはあまりにも違いすぎる。その動向も、貴方が置かれている状況も、上層部の貴方の扱いも…」

 

「……」

 

「…私がどれだけ言おうと、貴方のその在り方は変わらないんでしょうね」

 

「分かっているじゃないか。私は私がやりたいようにやる」

 

「なら…私もやりたいようにやります。貴方が何と言おうと私はブラッドのオペレーターなんですから。貴方が無茶しようとすれば私は何度でも注意しますので」

 

「…お前も物好きだな」

 

こいつはこいつでお人好しというか、懲りない奴だな。心配するのは勝手だが、それで胃に穴を開けても知らんぞ?自分で言うのもおかしな話だが、私はトラブルや厄介ごとばかり持ち込むぞ。ヤーナムで私に関わった奴の殆どがロクな死に方をしなかったからな。

 

(まあいいさ、今回は他のメンバーのお手並み拝見させてもらうつもりだしな)

 

だが、仮に上位者と相対するのであれば、その時ばかりはフランには放っておいてほしいのだがな。無線越しに上位者の声を聴いたらどうなるか知らんが…よろしくはないだろうな。フランがどうなっても知ったことではないが、流石にそれは夢見が悪いというもの。

しかし、そんなことを気にしなければならないのもなんとも面倒くさい。今更ながら、ゴッドイーター にならずそのまま独りで狩りを続けたほうがよかったかもしれない。間違いなくフェンリルからは敵視され、ゴッドイーター との戦いも避けられないだろう。ただ、人の血を啜るのは恐れた私だが、キョウスケやロミオ、ゴッドイーター と刃を交えていた時、確かに私は高揚していた。

 

 

 

ーー

 

 

 

サテライト拠点の南東、そこはいわゆる住宅街で、沢山の家屋が立ち並んでいた。つい先程、あの脳喰らいに心を掻き乱され発狂した私が暴れに暴れたせいで、血塗れで凄まじい光景になっていたそうだが。さらに追い討ちをかけるように、ポセイドン擬きに進化したあのクアドリガが暴れたせいで、ほぼ更地になったそうだ。

ポセイドンは何かを探すように辺りをうろついているそうだが、十中八九探しているものはキョウスケだろう。痛めつけられた上に見逃されたわけだからな、プライドの高い奴なら頭にくるだろうさ。

 

(そのキョウスケはここにいないし、あいつに助けられた身で文句は言えんなぁ…)

 

半ば灰となった家屋の残骸からポセイドンの様子を伺う。体型はクアドリガと殆ど変わらない硬い装甲に覆われた四肢ではあるが、前面装甲の不気味な顔の模様や頭部を守る兜など、原種との差異も見られる。もちろん、その強さも原種とは大違いだろう。

さて、今回のポセイドン討伐部隊のメンバーだが…第一部隊隊長の藤木 コウタ、第六部隊隊長のグレミア、ブラッドからは私とジュリウス、そして……。

 

「標的、中々動きませんね…」

 

「ポセイドンは音に敏感です、少尉。陽動を行い、ポイントまで移動させますか?」

 

「うーん……下手に刺激するのもまずいですし、あちらの指示を待ちましょう」

 

ジュリウスとやり取りする銀髪の女性、増援として送られてきた独立支援部隊"クレイドル"の……何という名前だったか…?

 

「すまん、貴女は何という名だったか」

 

「え、私ですか?…アリサ・イリーニチナ・アミエーラです、アリサで構いませんよ」

 

そうだ、アリサ・イリー……アリサだな、うむ。ともかく彼女は増援としてサテライトに到着して早々に、ポセイドン討伐に駆り出されたのだそうだ。なんでももう一人クレイドルの隊員がいるそうだが、サテライトの防壁修繕に当たってるらしい。

クレイドルはフェンリルの枠組みに当てはまらない広い範囲で活動しているらしいが、彼女やそのもう一人の隊員は、もともと極東の第一部隊のゴッドイーター らしい。つまり、その実力は折り紙つきということだ。

 

(神機使いとしての経験も実力も申し分ないと聞いている。他のメンバーも私以外は皆、部隊を任されるほどの手練れ。いくら接触禁忌種が相手とはいえ、些か戦力過剰ではないか……と思うのだが、やはりそれは早々に作戦を終了させたいから、か?)

 

このメンバーを提唱したのはジュリウスだ。慎重かつ冷静なあいつ曰く、このポセイドンの進化は異常すぎる、とのことだ。確かに異常だがアラガミが驚異的なスピードで進化するのは今に始まった事ではないだろう。

どうやらジュリウスは、クアドリガの異常進化には何かあると考えているようだ。偶発的なものではなく意図的なものだと…。

 

"アリサ、そっちは準備オーケー?"

 

「ええ、いつでもいけますよ、コウタ。ここで仕掛けますか?」

 

"ああ、防壁からは十分離れているし…他のアラガミがやってくる前に、やっちまおうぜ!"

 

「了解!……ジュリウス隊長、それからイオリさん、攻撃を開始します。私が先導しますので、深追いはしないでくださいねっ!」

 

「了解した…!」

 

「……了解」

 

廃屋の陰から神機を翻しながら飛び出すアリサに続き、私とジュリウスもポセイドンとの距離を詰めていく。ポセイドンの感覚器は原種よりも大きく発達しているらしく、極力音を立てないようにしている私たちをすぐさま見つけ、怒りの咆哮を上げながらこちらに駆け出した。

 

「オオオオオッッ‼︎」

 

ポセイドンは背中のミサイルポッドを展開し小型のオラクルのミサイルを乱射しながら、廃屋の残骸を踏み潰し突進してくる。アリサとジュリウスは神機を銃形態に変形させて、ミサイルを撃ち落としながらも足を止めず、私は純粋なステップだけでミサイルを躱しつつポセイドンをじっくりと観察する。

原種とは違い、ある種の神々しさすら感じる容姿、とても人の兵器を取り込み進化した果ての姿とは思えぬ。しかし、注意深く観察してみると、歪に捻じ曲がり赤黒く変色した箇所がいくつかあった。

 

(元々そういうものという感じではないな。進化の弊害でできたのか……?)

 

ジュリウスの言う通りだった、こいつは何かがおかしい。遠目で見ているだけでは分からなかったが、何処と無く違和感がある。ちぐはぐしているというか…なんといえばよいか分からんが。ポセイドンと戦うのは初めてだが、本来のポセイドンとは違うというのが、直感的に分かる。

 

「指定ポイントに誘導するまでは牽制だけで充分…だけど、やっぱり硬い…!」

 

二人ともロングブレードとアサルトという似通った武装ゆえ、比較的連携は取りやすそうだったが、やはりポセイドンの装甲の硬さに手をこまねいている。私のチャージブラストならば、奴の装甲を砕くこともできるだろう…その隙があればな。

ポセイドンは動きを止めることなく暴れまわっているため、中々でかい一撃を叩き込むのは難しそうだ。捨て身でかかれば行けるかもしれんが、それをすると周りから口うるさく文句を言われるだろうからな。まあ、コウタ隊長とグレミアの作戦がうまくいけば、何とかなるだろう。

 

(しかしだな…散弾ではやはり大したダメージにはならんな。スラッグ弾なら……いや、どちらにせよ近づかない分には有効打にはならん)

 

飛び交うミサイルをステップで、時に廃屋を盾にして躱しながら遠巻きに観察を続ける。散弾を浴びせるも大して効きもしない上に味方を誤射する危険もある、やはり私も距離を詰めて近接攻撃に移る方が良いだろうか?

ただ、所詮これも勘でしかないが……いや、そういう勘が時に大いに役立つこともある。私の勘が言っているのだ、今しばらくこいつをよく観ろと。

 

(……これは…匂い、か?ただのアラガミとは違う匂いが僅かにまじっている…ような気がする。ふむ、そうともいえるし、気のせいともいえるほどの小さな違和感。しかし、それは確かにある)

 

ポセイドンは変わらず咆哮を上げながら暴れまわっているが、力任せな攻撃に当たる二人ではない。ジュリウスとアリサは少しずつとはいえ、地道にポセイドンの装甲を削っていた。それによりますます怒りを募らせるポセイドンだったが…。

 

"イオリ、聞こえていますか?"

 

「…シエルか?ああ、聞こえてるぞ」

 

私たちのいる交戦ポイントとは別に、周囲の索敵を行なっていたシエルからの無線だった。シエルの血の力"直覚"は索敵にもってこいな能力ゆえ、シエルは直接の戦闘ではなく索敵に回されたわけだ。しかし、直接私に無線を繋ぐとは、何かあったのか?

 

「どうした、こちらは今戦闘中だが…!」

 

無線を繋ぎながらも決して足は止めない。つい先ほどまで私がいた場所は、ミサイルによって爆散されてしまったのだ。再び瓦礫の陰に身を隠しながら無線に耳を傾ける。

 

"今、私はそちらの交戦ポイント付近まで来ていますが…何か感じませんか?私たちよりも貴方はそういった感覚に優れていると思うのですが"

 

「何かを感じる…漠然としているな。それに血の力を持つお前の方がそういうのは得意ではないか」

 

"そうなんですが…何と表現すればいいでしょうか。……戦場一帯に靄がかかっていて、そこにいるはずの何かを見つけられない…という感じでしょうか?"

 

「ふむ…実を言えば私も何か違和感は感じていたのだが……」

 

シエルの直覚の力、その精度と信頼性は確かだ。私の根拠のない勘よりもずっと信頼できる。そのシエルが言うのだから恐らくは間違いない、この戦場にはこのおかしなポセイドン以外にも…何かがある。もしも……もしも、それがつい先ほど現れたあの眷属と関係があるとしたら…!

 

(普通の人にはその姿を見ることすら叶わない…が、シエルの直覚のような感覚でなものでは知覚できる。その可能性は否定できない、奴らなら…上位者たちならあり得ない話じゃあない)

 

ポセイドンを少しずつ例のポイントまで誘導しながら、周囲をつぶさに探る。今のところ目立った異変は感じられないが粘りつくような違和感は徐々に大きくなっていく。この焦燥感を煽るような感じは、何とも嫌な気分になる。

 

「…っ!アリサ少尉、イオリ!避けろ!」

 

前面の装甲を展開しトマホークの発射体制に入ったポセイドンを前に、ジュリウスが警告の声をあげる。私とアリサは咄嗟に回避行動に移るも、ポセイドンは前面の装甲を展開したまま動かない。トマホークを発射するのではなかったのか…?

 

「…いや、あれは……⁉︎」

 

ちょうど私たちの真上、そこにはいつのまにかオラクルが暗く渦巻いていた。あれは何かと思った次の瞬間には、その渦巻くオラクルの中からずるりとトマホークが現れ、私たちに目掛けて飛来してきたのだ。

ジュリウスの警告のお陰で既に回避に移っていたこともあり、トマホークが地面に着弾する前に大きく距離を取り爆破範囲の外には出れた。だが、ポセイドンの攻撃はそれで終わりではなかった。

 

「まだです!気を抜かないで!」

 

「…っ!」

 

トマホークが地面に着弾し凄まじい爆炎を噴きあげるが、その爆発の煙を切り裂くように、無数の小型のミサイルが拡散するようにトマホークから放たれたのだ。アリサとジュリウスはギリギリのところで装甲で防いでいたが、生憎に私の神機に装甲はない…!

 

「ちぃっ…!」

 

咄嗟の判断で、足元の瓦礫をミサイルに目掛けて蹴り上げる。瓦礫と接触したミサイルはそのまま爆発し、その爆破の衝撃が私に襲いかかるが、吹き飛ばされただけでダメージはない。受け身を取り体勢を整えつつ、ポセイドンを見据える…が、先ほどまでポセイドンがいた場所には、何もいなかった。

 

(上…!)

 

目では見ていなくとも、ポセイドンがその重量には見合わぬ跳躍で飛び上がっていたのは分かった。ステップで躱すには無理があった、そのまま何もしなければ私はぐちゃぐちゃに潰されていただろう。だから、つい…私は力を使ってしまった。

神秘"エーブリエタースの先触れ"、本来は精霊を媒介にエーブリエタースの一部を召喚するという秘術。私の場合は、瞬時にオラクル細胞で形を再現するだけだが、遠くのものに絡ませて自身を引き寄せるには十分である。ただ問題が一つあった、それはその力をアリサの目の前で使ってしまったことだ。

 

(しまった…!やむなしとはいえ、こいつの前で……!)

 

ボディプレスを躱してから、すぐさま作り出したエーブリエタースの触手をオラクル細胞の粒子に戻して霧散させる。爆炎と煙に紛れていたとはいえ、目の前で力を使ったのだ。もしかしたら、見られていたかも…。

 

「イオリさん、一度距離を取って!ダメージがないのなら、引き続き陽動を。ポイントまであと少しですから!」

 

「…!」

 

しかし、アリサは全くそれを気にする様子はなかった。見えていなかったのか…敵を目の前にしている今、気にする余裕がなかったのか?いや、こいつはもしや、既に私の正体に知っているのか?アリサは少尉という神機使いの中でも階級は高い方だ。その上元第一部隊隊員、ペイラー・榊と繋がりがあってもおかしくはない。そう考えれば、彼女は増援としてここに来たのと同時に、私の監視役としてここにいるとも考えられる。

私はついさっきまで、正気を失って暴れまわっていたのだから、そのような対応を取られても何もおかしくはない……それに忘れてはいけない、私は彼ら神機使いにとってはアラガミは敵なのだから。

 

(ちっ…この違和感の正体も気になるが、そればかりに集中してポセイドンへの意識が散漫になっているようではな……まずはこいつを片付ける事だけに集中するか…!)

 

アリサにバレてしまっているのならば、その時はその時だ。対応は後で考えるとしよう。

 

"こちらグレミア、目標を視認。奴が罠にかかったら、一斉に仕掛けるぞ"

 

無線からポイントの近くまで来たことをグレミアが伝える。あの更地になった住宅街から少し離れたまだいくつかのビルが残る市街地に、先行していたコウタ隊長とグレミアが罠を仕掛けているのだ。ポセイドンがその最大火力を振るう前に、罠を利用して一気に撃破するという目論見らしい。

仮にも相手は禁忌種、そう簡単に作戦がうまくいくかとも思えないが、彼らなら不測の事態にも対応できるよう対策しているだろう。いずれにせよ、ここまで来たのだから後は手筈通りに事を進めるだけだ。

 

(そろそろか…!)

 

神機の血晶石のリミッターを緩和し、その機能を解放する。ルフス・カリギュラの獰猛さを取り戻した神機は、やがて私にも牙を剥き始め僅かではあるが侵食が始まった。それほどの苦痛ではないにしろ、神機の攻撃性能の底上げ、その代償に身を削るというのも困った話だ。

指定ポイントはもう目と鼻の先、後は罠の発動のタイミングだが、邪魔が入ることはないだろうか?まだ先程から感じている違和感の正体は掴めていない、どうにも嫌な予感がするのだ。

 

"起爆準備…"

 

グレミアが起爆のタイミングを計る、私たちはきっちりとポセイドンが罠にかかるように適切な位置に誘導、そこから動かさないようにしてやる必要がある。ジュリウスとアリサのアサルトによる弾幕でミサイルを無力化し、その合間に私が足を狙ってスラッグ弾を撃ち込んでやった。

 

(ダメージはなくとも、大口径の弾丸による衝撃で多少は怯むだろう…!)

 

私たちの断続的な攻撃に業を煮やしたのか、ポセイドンは周囲に強力な衝撃波を発生させながら前面装甲を展開、先程のようにトマホークを瞬間移動させようとしたが、そのために動きを止めたことが命取りとなった。

 

"総員退避!起爆させるぞ!"

 

グレミアの合図と同時に、私たちはポセイドンから大きく距離を取る。次の瞬間、凄まじい爆音とともにポセイドンの周りの地面が炸裂し、爆炎を噴き上げた。道路のアスファルトはいとも簡単に砕け散り、その下にあった地下道の姿が露わになっていた。

 

「ーーッ!」

 

突如足場を失ったポセイドンはそのまま下半身部分が地下道に沈み込み、実質身動きが取れない状態となった。必死に抜け出そうとするポセイドンは背中のミサイルポッドを展開するも、周りの廃墟に潜んでいたコウタ隊長とグレミアが現れ、ミサイルが発射される前にポッドを破壊したのだ。

 

「イオリ、今だ!」

 

「分かっている…!」

 

神機にオラクルを集中させながら前面装甲を開けたままのポセイドンへと距離を詰める。ポセイドンは開きっぱなしの前面装甲から内部を狙われることを察知したのか、急いで前面装甲を閉じていたが…全くそれは無意味だということをすぐに悟るだろう。

大きく体をひねり、限界まで神機を引きしぼる。神機内に溜められたオラクルを燃焼し、許容限界までエネルギーを溜め込んだ神機をなんとか制御しながらポセイドンの前に立つ。

 

「オオオッ!」

 

「ふっ…!」

 

前足を振り上げ、私を叩き潰さんとするポセイドンだったが、その前足が私に届く前に引きしぼられた神機が解き放たれた。凄まじい爆音とともに撃ち出された神機は、杭打ち機の如く全てのエネルギーを一点へと集中させた一撃となり、ポセイドンの前面装甲に突き刺さった。

神機の切っ先と装甲は一瞬拮抗するも、その切っ先は容易く装甲を貫き、着弾の衝撃で装甲は内側から粉砕された。当然、その反動はそっくりそのまま私に帰ってきたが、前回のように全て体で受け止めるのではなく、自分から後ろに飛ぶように受け流し緩和してやる。

 

「っっ‼︎」

 

受け流したにも関わらず、全身の骨が軋むような凄まじい衝撃が体を貫き、思わず歯を食いしばってしまう。地面を転がりながら何とか立ち上がり、ポセイドンの方を見据える。

 

「…ゴッ…グ…ーーッッ!」

 

前面装甲を粉砕され、内部器官までぐちゃぐちゃに破壊されたポセイドンは、血を撒き散らしながら呻き声を上げていた。流石は問題児、少し本性を露わにしてやればこの威力である。ただ、これ以上気持ちが高ぶってくると、今度は私が我慢がきかなくなってくる。私の仕事は果たした、さっさとリミッターをかけておくとしよう。

 

「よし…!一気に畳み掛けるぞ!」

 

(ぬ…血の力を使うのか…)

 

ジュリウスが神機を構えて血の力"統制"を発動する。周囲にいる神機使いたちを捕食行為を省いて解放状態へと導くジュリウスの血の力、元々が手練ればかりのメンバーなものだから、その戦力増強の効果は絶大だ。

しかし、以前もそうだったが、私はジュリウスの血の力が苦手だ。私がいわゆる解放状態になれば、それは血に酔って興奮しているということなのだからな。ジュリウスの血の力に当てられれば、軽くそうなる。

 

(いかん……今回はあまり無理をしないと決めたのだが…やる事はやったのだ、後はここで見物させてもらうとしよう。あの状態なら、すぐに討伐できるだろう…)

 

猛る心を何とか鎮めながら、その場で腰を下ろしポセイドンへと畳み掛ける様を眺める。もはやそれは戦いというにはあまりに一方的な展開ではあったが、禁忌種という危険な相手にはなりふり構っていられないというものか。

……しかし、私の嫌な予感は杞憂だったのだろうか?ずっと感じている違和感はそのままだが、私の考えすぎなのか。どちらにせよ、ポセイドン討伐作戦はもう終わるが…。

 

「これで終わりだっ!」

 

ジュリウスの繰り出したブラッドアーツ、"疾風ノ太刀・鉄"が叩き込まれその無数の斬撃を浴びたポセイドンは、なおも足掻こうとしていたがやがて地に伏し動かなくなった。

 

「よーし……やったか?」

 

「…目標の沈黙を確認、作戦終了だ」

 

「ふー、何とかなりましたね。クアドリガ神属の禁忌種は久し振りに相手するのでどうなるかと思いましたが…」

 

「いやいや…そんなこと言っちゃって、アリサ。よくリーダーに連れ回されて討伐してたじゃん?」

 

ポセイドンの沈黙を確認するやいなや、急に気の抜けた雰囲気になるコウタ隊長、アリサやグレミアもやれやれといった風だが、こいつらは禁忌種相手にまるで緊張というもの抱いていなかったらしいな。これではこんな罠を使わなくてもあっさりと狩ってしまいそうじゃないか、変に気を張っていたのがバカらしくなってしまった。

 

「ケガはないか、イオリ?」

 

「ん?ああ……命令通りは無茶してないからな」

 

私の代わりに無茶をした神機は、やはり異常なほどの熱を発しながら急速に冷却されていっていたが。ジュリウスの方も大したケガもないところ、余裕綽々というところか。

作戦は無事に終了した、あとは他の索敵隊と合流して帰還するだけだが…ジュリウスは他のものには聞かれたくなかったのか、少し私に顔を近づけてこう尋ねてきた。

 

「…お前、力を使ったろう」

 

「……見えていたのか?」

 

「いや…直接見えたわけではない。ただ、少しそんな感じがしただけだ。それに…ポセイドンのあの攻撃の後からアリサ少尉がずっと険しい表情でお前を警戒しているようだった。アリサ少尉にも見えていたわけではないだろうが、何かを感じ取ったのは間違いないだろう」

 

やはりか…懸念した通り、アリサには感づかれていたようだが、実際に目で見られたわけではないだろう。ただそれはあくまでこちらの正体を知らないならばの話だ。

 

「ジュリウス、アリサは元第一部隊だろう?そこのコウタ隊長と同じく極東の第一線で戦い続けている。支部長からの信任も厚いだろう」

 

「…つまり、どういう事だ?」

 

「私の正体を知らされていても何もおかしくないという事だ。お前がこのメンバーを推薦したのかもしれんが、アリサも…いや、コウタ隊長もかな、私の監視を含めた意味での人選じゃないだろうか?まあ、リアルタイムで私は支部長の監視下にはあるが」

 

ジュリウスは少し考え込むように顎に手をやる。確かに推測の話でしかないが、確証がないわけではない。初めて私が支部長と対面した時、裏で私を見張っていたのは恐らく…コウタ隊長だ。何かあれば私を取り押さえるつもりだったんだろうな。

あの男、ペイラー・榊は、私の正体が露見することはなんとしても避けたいことであるとは言っていたが、そのためにも最小限の情報共有は必要だったんだろう。

 

(監視されているのは今に始まった事ではないが…何か裏はあるんだろうな)

 

上位者の存在を確認した今、すぐにも行動を起こしたいがそういうわけにもいかない。今動けば、確実に榊は私を取り押さえに掛かる。私がアラガミの力を存分に振るえば、どうなるかをもう知っているだろうからな。

いや、もしかしたら、それ以上に厄介な駆け引きが交差しているのかもしれん。主任の手助けがあっととはいえ、周囲の目から私を欺き続けるのも至難だと思うのだ。

 

「…だが一つ言えることはある。榊支部長は約束を蔑ろにする人でもない。お前が騒ぎを起こさなければ向こうから手を出すこともない、そうだろう?」

 

「そうだな…」

 

「さあ、帰還するぞ……そのあとで、お前とナナに何があったかを詳しく聞かせてくれ。もしかしたら、ナナの血の力の安定に繋がるかもしれない」

 

「……」

 

「元々、この作戦にはずっと疑問を感じていた。大量のアラガミ、異常な進化を遂げたクアドリガ、俺にはまた何かが起きているような気がしてならない。お前絡みの問題もありそうだが、まずはナナが優先だ、いいな?」

 

「ああ、分かってる」

 

しまった…すっかりそのことを忘れていた。しかし、どう説明したものか。眷属のことを話すわけにもいかない、かといって下手な嘘もつけない。どうすればいいかな…。

撤収準備に移るジュリウスを尻目に、内心頭を抱えていた私だったが、ふと視線を上げた先にあるポセイドンが目についた。今一度その姿を見ると、作戦前にデータベースで見たポセイドンの画像とは、やはり少し違う。見れば見るほどそのちぐはぐ感が際立つ、こいつは一体なんだったのか…。

 

"青ざめた血、纏いし月の香りは血の芳香…"

 

「ーーーっ!」

 

背筋にゾクゾクと悪寒が走る。心臓の鼓動が耳に響き渡り、呼吸が荒くなる。人の声ではない何かの声が頭の芯に鳴り響き、先程まで感じていた違和感が明確な気配となって立ち現れたのだ。

 

"再び見えるまで……"

 

しかし、気配が現れたのはほんの一瞬だけで、すぐに一吹きした風と共に気配は掻き消えた。ずっと感じていた違和感も消え、ポセイドンの死骸もオラクル細胞の粒子となり霧散した。

 

「イオリ?大丈夫か」

 

「ーーっはぁ……!」

 

ジュリウスに声をかけられて初めて無意識のうちに呼吸を止めていたことに気づく。その後もジュリウスは私に何か言っていたが何も頭に入ってこなかった。あの感じ、間違えるはずもない、奴らがここにいたのだ。上位者がここにいたのだ。しかも、上位者の中でも特に強い力を持っている存在だ。

その姿は目に見えず、明確な姿を持っているのかも分からない。声だけの存在であるそれは滲む血こそが本質であり、故に血の結びつきが赤子へと至ると知っていた。その上位者は、姿なきオドンと呼ばれていた。

オドンは人の意識に干渉し、無意識の内に操るという。もし今の声がオドン、ないしはそれに関する存在だったならば……もはや、ここにいる全員が知らぬ間にオドンの影響を受けているとも分からない。もしかしたら私も自覚がないだけで、そうなっているのかもしれない。

 

(いや、私は正気だ…!奴の影響など受けていない……私は私だ…!)

 

そう思ったところで、それを立証できるものは何もない。ただそうであってほしいと思うことしかできない。他の者に比べれば上位者の叡智と血を持つ私はまだ対抗できるかもしれないが……しかし、あのほおずきが現れたその時から奴はここにいたのだとすれば、最も強く影響を受けるのは私と…ナナということになる。

 

(暁烏が言っていたように、上位者の目的が私なら……奴らはナナを利用するかもしれない)

 

しかもナナはアラガミを引き寄せるという血の力に目覚めている。ナナがどうなっても知ったことではないが、それを利用されればとんでもないことになる。もしそのようなことになるのならば…私はナナを殺さねばならない。

短い間とはいえ、共にアラガミと戦った仲間だと、ナナはそう言うかもしれない。最悪の事態になれば、私は心を鬼にする。きっと躊躇なく私はナナの命を奪い取る、それは間違いない。ただ一方で、私はそうなることを望んではいなかった。先程夢に見た男の言葉が脳裏によぎったのだ。

オドンの全貌は誰にも掴めない、私の牙が奴に届くかも分からない。もしナナを踏み台に私の牙が届いたとしても、私はその中で歓喜に酔うことはできない、何故かそう思ったのだ。

 




今月はPS4のフリープレイにブラッドボーンが来てますね。新規さんがいるのか侵入で確かめたところ、丸ノコの二人組に出会いました。
新規さん…? nice joke


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19話 水面下のプロット

最近、色んなキャラを出しすぎて混乱してきたこの頃、でも懲りずにまた新しいキャラが何人も出てくる。キャラの使い分けが結構大変でござる。


極東支部のとある会議室、監視カメラの類は一切取り付けられておらず、支部長の許可なしには入室もできないシークレットなそこでは…極東支部を纏めるペイラー・榊と白い士官服の四人の神機使い、クレイドルの神機使いが集っていた。

照明の落とされた暗い部屋を照らす一つのディスプレイ、画面では目を覆いたくなるような惨劇が繰り広げられていた。荒れ狂うアラガミたちの中で、ただ一人狂笑をあげてアラガミを屠る赤髪の狩人。それはブラッドのキョウスケが記録した首輪をつけられる前のイオリだった。

映像はイェン・ツィーが惨殺されたところで途切れていたが、狩人の持つ力が如何に凄まじく恐ろしいものかを理解するには十分だった。

 

「……さて、映像はここまでだけど、これだけでも彼がとんでもなくイレギュラーだということが分かるかな?」

 

「…んー、確かに。こいつはアラガミと呼ぶには余りに異質だなぁ」

 

右腕を金色のガントレットで覆った神機使い、雨宮 リンドウは軽い口調でそう言うも、目は決して笑ってなかった。

 

「なるほどな…あいつとはまるで別物と言っていた意味が分かったぜ……」

 

白髪の青年、神機使いであり同時に科学者でもあるソーマ・シックザールは、何かを思い出すように眉をひそめながらそう零した。共に記録を見ていたアリサ・アリーニチナ・アミエーラと藤木 コウタもそれに同意するように頷く。

彼らは皆、クレイドルに所属する神機使いではあるが、元は極東第一部隊の神機使いである。烏丸 イオリという一人のイレギュラーの存在、自分だけでは対処しきれないと踏んだペイラー・榊は、共にあの事件に立ち向かった第一部隊のメンバーを呼び寄せていたのだ。

 

「リーダーがいたら…どんな反応したでしょうか」

 

「そうだな……ま、十中八九俺たちと同じ反応をするだろうが。今は、あいつはいつで厄介事を抱え込んでるらしいしな。ここに来れなかったのは仕方がない」

 

「彼にはまた後日、極東に来てもらおうとは思うんだけど…それを待ってもいられない。次にこれを見てほしい」

 

ペイラー・榊が手元の機械をいじるとディスプレイの画像が変わり、人の手に似た何かが映し出された。

 

「これって…?」

 

「先日のサテライト防衛作戦、その時にブラッドの隊員、イオリ君とナナ君がバイタル危険域にまで追い詰められたんだ。その後、イオリ君とナナ君は錯乱状態になり、イオリ君は周囲のアラガミを見境なく虐殺して周り、ナナ君は…半ば血の力が覚醒した状態になった。これは二人がそうなった場所で見つかったものだよ」

 

「人の腕…でしょうか?」

 

側から見れば、人の腕にしか見えない。だが、人の腕ならば、一体誰のものだというのか。今回の作戦では、そんな重傷がでたという話も聞いていない。人のものではないというのなら、一体なんだというのだろうか。

 

「一番最初に現場に駆けつけたのはキョウスケ君だ。彼の証言では…そこには人と類似した死体があったそうだ。回収に再びそこへ向かった時にはもうその死体は無かったが…これが回収できた。そして色々分析してみたら!これがまた興味深いのさ」

 

ペイラー・榊は再びディスプレイの画像を切り替え、今度は三つの画像が映し出された。いずれも顕微鏡で拡大された細胞のような画像だったが、それが何を意味するかがクレイドルのメンバーにはすぐに理解できなかった。

見て分かることといえば、どの細胞の形状もどこか似ている、ということぐらい。しかし、そこにこそ、榊がこの画像を見せた意味があった。

 

「一つ目の画像は、回収した腕の細胞。二つ目は…一体なんだと思う?」

 

「おい、勿体ぶんじゃねぇぞ、榊のおっさん…」

 

「ふっふっふっ…なんとこの二つ目の画像は!……あのイオリ君のオラクル細胞さ!」

 

「何…⁉︎」

 

「おいおい…どういうこったそりゃ?」

 

「じゃあ、あの腕はイオリの…いや、あれ?どうなってんの?」

 

「まあまあ、落ち着きたまえよ…驚くのはこれからさ。三つ目の画像は…さあ、これは何の細胞かな?」

 

驚くクレイドルのメンバーをよそにワクワクして堪らないと言わんばかりの笑みを浮かべる榊。楽しげな榊は、皆が答える前に、三つ目の細胞の持ち主を打ち明けた。

 

「なんと驚くことなかれ…三つ目の細胞はね、あのイギリス支部襲撃事件の現場から回収されたものなのさ。この三つの細胞は非常によく似てる。元々、イオリ君は似たような感応波を出してたから疑ってはいたんだけどね…」

 

「……っ‼︎」

 

榊以外、誰も言葉を発することはなかった。クレイドルのメンバーの中には、実際に現場にも行ったものがいた。彼らはあの支部に起きた惨劇を実際に目の当たりにしていたのだ。

何もかもが謎のアラガミに襲撃され壊滅したイギリス支部、その謎のアラガミと似たオラクル細胞を、烏丸 イオリは有しているのだ。それは…彼が人に対してアラガミの力を振るえば、極東支部もイギリス支部と同じ結末を迎える可能性がある、ということだ。

 

「いやぁ、実に興味深いよ……他のオラクル細胞とは異質な形をとるこの細胞、実はあの異常進化したポセイドンからも採取されたんだ。極一部だけどね」

 

「あのポセイドンからも…!」

 

「そう、これらから推測できることは……あのイギリス支部を襲撃した正体不明のアラガミ、そして烏丸 イオリ君、この二つの間にはなんらかの関係がある。それはもう、切っても切れないような関係なんだろうね。そしてもう一つ…!あのサテライト防衛作戦のきっかけは、恐らくはサテライト付近に一度だけ目撃された感応種"マルドゥーク"、でもそれだけじゃない。何かがいたはずなんだ」

 

「何か…って、一体何ですかね。アラガミ以外の何かがいたっていうのか…?」

 

「そうだね…アリサ君、君は彼と共に戦ってどう思った?」

 

「え…っと、そうですね。普通に話しているとまるで本当に人間のような円滑なコミュニケーションが取れました。でも、戦闘中に…直接まで見たわけではありませんが、恐らく彼は何かしらの力を使ったと思います。でも、彼は最初は発覚するのを気にしていたようでしたが、途中からは…いや、ジュリウスさんもでしたが、別の何かを警戒しているようでした。それこそ、目には見えない何かを…」

 

ふむふむ…と、榊はまたも楽しそうに顎に手をやりながら考え込む。

 

「やはり、何かがいたという推測は間違ってなさそうだ。あの時、あそこには、クアドリガを異常進化させ、アラガミを操る何かがいたはず、そしてそれはイギリス支部を襲撃した謎のアラガミとも繋がる……まったく、これはとんでもないことだよ。我々は、新たに未知なる存在に脅かされている。そして、その謎を解明する鍵は…」

 

「烏丸 イオリ…!」

 

そこで初めて、クレイドルのメンバーは榊博士の意図を理解した。何故、彼というとんでもない爆弾をこの極東支部に招き入れたのか。それはやはり、彼が窮地を脱する鍵になることを分かっていたのだ。それこそ、イオリと同じ人型のアラガミだったあの娘のように。

 

「…そういうことです。まだあなた達に彼を引き渡すわけにはいかない、お分りいただけたかな?」

 

榊がクレイドルのメンバー以外の誰かに問いかけるように、言葉を放つ。それと同時に、会議室のドアが開き、一人の男が入ってきた。緑のフェンリルの紋章が刻まれたコートを纏うその男は、驚くクレイドルのメンバーに見向きもせず、榊の前に立った。

 

「おい、あんた!まだ会議は終わって…」

 

「いち神機使いが口を挟まないでくれたまえ。私はこの男に用がある」

 

「…!」

 

「まあ、待ちなさい」

 

榊は、尊大な態度の男に怒るコウタをなだめながら、突如部屋に入ってきた男に視線を向ける。

 

「ご無沙汰ですね、ローゲリウス情報監督官。遠路はるばるようこそ、極東支部へ。しかし、連絡もなしに突然の詰問とはいかがなものかと…」

 

「ふざけたことを抜かすな。貴様は自分が何をしているのか分かっているのか?私の権限で今すぐ貴様を逮捕することもできるのだぞ」

 

高圧的に榊に迫るその男は、ローゲリウス情報監督官といういわゆるフェンリル上層部の人間だった。主に情報管理を統括する彼は、フェンリル内でもかなりの権力者であった。

 

「フェンリルは人類の守護者。善悪と賢愚は何の関係もない、我々だけはただ善くあるべきなのだ。人類の仇たるアラガミに肩入れすることなどあってはならん…!今ならまだ軽い処罰で済むよう取り計らってやる、奴を引き渡せ」

 

ローゲリウスは信心深い男としても有名だった。信じる神が死んだ今、フェンリルこそが人々の心の拠り所となり、守らねばならぬ、ローゲリウスはそう信じてやまない。しかし、時に過剰な信仰心は人を盲目にする。彼からすれば、この世界を脅かすアラガミは一般の慈悲もなく殲滅すべし、そう考えているのだ。

 

「ローゲリウス情報監督官、彼は諸刃の剣です。あの猛々しい牙が人類に向くかアラガミに向くか、それは我々の対応次第。安易な行動には出て後から後悔しても遅いのですよ」

 

「ふむ……では、断固として引き渡すつもりはないと、そういうことだな?いいだろう、それならばこちらもそれ相応の行動を取らせてもらう……行くぞ」

 

コートを翻して榊に背を向けるローゲリウス、すると照明を落としていた会議室の暗がりから一人の黒ずくめの女が現れた。扉を開けて入ってきたのは確かにローゲリウス一人だった、しかし、いつ入ってきたのかは分からないが、その女は誰にも気付かれることなくこの部屋に入ってきていたのだ。

 

「あいつ…!いつの間に…」

 

女は驚きの声を上げるコウタの方を振り向くと、怪しげな含み笑いを零してローゲリウスと共に部屋から去っていった。

ローゲリウスたちが部屋を去った後には、何とも言えない沈黙が漂っていた。そんな空気を入れ替えるように榊が咳払いをするが、次にはため息を吐いていた。

 

「さて…今見た通りに、彼の情報は既にフェンリル本部に知られている。でもまだほんの一部の者だけだ。彼をフェンリル本部に掌握されれば…どうなるかは分かったものじゃない。どうか君達クレイドルの力を貸してくれないか」

 

「…こりゃあ大事になる。確かに、あいつの力が必要になるな」

 

「そうですね…早くリーダーにもこのことを伝えないと」

 

暗澹とした雰囲気に誰もが不安を感じていた。敵はアラガミだけではない、得体の知れぬ未知の敵とフェンリル本部、二つの脅威に晒されることになった極東支部だが、彼らは不思議と何とかなるような気がしていたのだ。

それは過去に世界の破滅に直面し、それを乗り越えたこと。そして、彼らには何よりも頼れる最高のリーダーが付いていたからだ。

 

 

 

ーー

 

 

 

「何度言わせたら気が済むんですか?貴方はまだ安静にしていなければいけないんですよ?さあ、病室に戻ってください」

 

「やかましい、私はどこにも問題はない。ここに拘束される理由はない」

 

「問題はあります!貴方のその物の考え方が問題大有りですよ!」

 

「おい…ここは病室だぞ、医師であるお前がそんなに騒いでどうする…!」

 

アナグラのとある病室の一角、私はそこで専属医師であるアデラインと謎の闘いを繰り広げていた。一度はバイタル危険域にまでダメージを食らったのだから少しは安静にしていろ、とアデラインはしつこいのだ。

私は今すぐにやらなければならないことがあるのだ。しかし、いくら放っておいてくれと言っても、こいつはまるで聞かぬのだ。

 

「…喧嘩なら他所でやってくれない?」

 

ベッドに寝転がるキョウスケが不機嫌そうな声を出す。何を隠そう、この病室はキョウスケが寝ている病室なのだ。何でもあのサテライト防衛作戦でナナを連れ帰った後、キョウスケも体調を崩し寝込んでいたんだそうだ。

あの時、あそこに上位者がいたのなら、キョウスケやナナがその影響を受けた可能性は決してゼロじゃない。ナナはペイラー・榊に隔離されているが、キョウスケは普通の病室にいる、確かめない手はなかった。

 

(少し確認したいことがあるだけなのだ、頼むから邪魔しないでくれ…!)

 

しかし、アデラインも医師としての立場があるのか一歩も退こうとはしない。こうなったら苦肉の策を打つしかない。

 

「キョウスケに少し聞きたいことがあるのだ。ほんの少しでいい、時間をくれ。用が済んだら貴様の指示にはいくらでも従ってやる」

 

それを聞いたアデラインは意外そうな表情をしたが、すぐに澄ました表情に戻る。

 

「……ふー、本当に世話がやける人ですねぇ……分かりましたよ、ほんの少しだけですよ?帰ってこなかったらジュリウスさんに報告しますからね」

 

アデラインはわざとらしく大きく溜息を吐きながら病室を後にし、私とキョウスケだけが病室に残された。さて、確認するといっても、やることは至極単純、私がキョウスケに触れる、それだけでいい。上位者の影響を受けているのなら、なんとなく分かるものだ。

ナナ以外のブラッドの面々は勿論、グレミアにも試したが、影響を受けた様子はなかった。やはりあるとすれば、ナナが一番疑わしいのだが…。

 

「ねぇ、イオリ」

 

「…なんだ」

 

「あの記憶は…狩人って何?」

 

「お前、私の記憶を……覗いたのか…!」

 

何故、私の記憶を…いや、やはりあの時、私が見た夢はキョウスケの記憶。私とキョウスケは、感応現象を引き起こしていたのか!

 

「…本当に断片的だけど、確かにあれは……」

 

「待て…!」

 

キョウスケの言葉を遮り、キョウスケの前に手をかざす…掌に僅かにオラクルを集中させながら。

 

「それ以上は言うな。私もお前の記憶を見た…だが、これは互いに他言無用だ。お前が見たものは誰にも喋ってはならない、いいな?喋ったならば…私はお前を殺さなければならない」

 

「…っ!」

 

私の本気の殺意に言葉を詰まらせるキョウスケ、だが私の要求には同意してくれたようで静かに頷いた。それでいい、私の記憶は…特に上位者の叡智にだけは触れてはならない。キョウスケが発狂していないところ、覗いた記憶は禁忌の啓蒙ではなかったのか、それとも…。

 

(いや、ありえない話ではないか。こいつらの血は特別だ、上位者の叡智にも順応するのかもしれん)

 

私はキョウスケの頭に手を置き、意識を集中させる…が、ブラッド独特の血の気を感じるだけで、違和感は感じられない…どうやらキョウスケは上位者の影響を受けてはいないようだ。

 

「…何してるの。軽々しく人の頭に手を置かないでほしいな」

 

「あー……すまん」

 

しかし、こいつはあれだけ本気で殺意をぶつけてやった割には、意外にケロッとしているな。確かに、初めてあった時やこないだのサテライト防衛作戦のように、キョウスケと刃を交える機会は多かったが。普段からアラガミという野生の殺意に晒さられている分、もう慣れてしまったのかね。

 

「邪魔したな、私はもう行く」

 

「待って…!一つだけ、一つだけ教えて…!」

 

「…なんだ?」

 

「イオリは…人、だったの?」

 

人、か。何をもって人と定義するかにもよるがな。ヤーナムにいた頃の私を指すのならば、人と呼ぶにはおこがましい。狩人であることに縋る獣だ。

 

「ふん、あんなものは人とは呼べんよ…」

 

キョウスケにそう吐き捨て、病室を後にする。これ以上私の記憶について掘り返されるのも面倒だ。キョウスケが自分だけの秘密にしておいてくれるのならそれでいい。私の過去など知る必要ない、そもそも私自身が多くの血に埋もれて忘れかけていることが多いのだからな。

しかしだな…今日は私の記憶だけでなく、他にも探りを入れてくる奴がいるようだ。正直鬱陶しくてかなわん。

 

「はぁ……さて、さっきからそこで盗み見している奴、私に何の用だ」

 

「……なんだ、バレてたのかい」

 

私がキョウスケの病室に行く前からずっと後をつけいる奴に声をかけてやると、意外そうな声と共に二人の男女が物陰からゆらりと現れた。二人共フェンリルの紋章が刻まれた黒いコートとフードを纏っており、素顔はよく見えない。

 

「何者だ、貴様ら…」

 

「…あんたが烏丸 イオリ、だな?俺たちはあんたを探してたのさ、少し時間を貰えるか」

 

「素直にはい、と言うと思ったのか?あからさまに怪しい奴について行くわけないだろう」

 

まあそうだよな、と男は頭をかきながらぼやく。女の方は一言も喋ることはないが、明らかな敵意を私に向けていた。

 

「じゃあ、言葉を変えよう……俺たちは情報管理局のものだ。局長がお前を呼んでる、ついて来い」

 

今度ははっきりと命令口調でついて来るよう男は言ったが…情報管理局だと?こいつらは本部の人間だということか…!何故、この極東支部に本部の人間が…私の存在に気付いたということか……⁉︎いや、遅かれ早かれこうなる時が来るのは分かっていた。

 

「まあ、そう身構えるなよ。今日はただ話があるだけだ…こっちの部屋だ」

 

一瞬、こいつらの口封じ…という暗い考えがよぎるが、すぐにそれを頭の片隅に追いやる。そんなことをすれば、それはフェンリルへの明確な反逆行為になる。

…いや、最悪の場合は覚悟を決めるしかない、もしもこいつら本部が私を拘束し、実験体なり何なりと更なる首輪を私に課すというのなら、フェンリル全体を敵に回す覚悟を…!

 

「いいだろう…話を聞こう」

 

男に連れられ、アナグラの殆ど使われていない小さな応接室の戸をくぐる。そこにはやはりフェンリルの紋章が刻まれたコートを羽織った男がいた。こいつが恐らくフェンリル情報管理局の局長だろう。

 

「ご苦労、二人は下がっていたまえ……まずは自己紹介といこう。私はフェンリル本部情報管理局局長、アイザック・フェルドマンだ。君にはいくつかの質問に答えてもらいたい、御協力願おうか」

 

「…分かった」

 

フェルドマンと名乗った厳つい男は、椅子に腰を下ろしながら私にも座るように指示する。私も腰を下ろすもどうにも後ろに控える二人の視線が気になる、特に女の方は敵意どころかもはや殺意が入り混じっているような気がする。まったくもって落ち着かない。

しかし、本当に私に用というのは、ただ話を聞きに来ただけなのか。だが油断はできない、こいつらにどういう意図があるのかはまだ検討もつかないのだから。

 

「それで、聞きたいことというのは?」

 

「……接触禁忌種"カーリー"、よもやアラガミが神機使いとして身分を得ているとはな。その事実を知った時は驚いたものだ」

 

「ーーっ!」

 

反射的に体が動いた…こいつは私の正体を知っている!やはりこいつらは私を…!

 

「…落ち着け、我々は貴様を捕らえに来たわけではない」

 

フェルドマンの襟首を掴んだ状態のまま、冷静なフェルドマンにそう諭される。なお、私の首筋には後ろに控えていた二人のナイフが突きつけられていた。

 

「下がれ、シモン、ヘンリエット…貴様も席につけ、カーリー」

 

二人がナイフを引いてふたたび後ろに下がる。私も猛る心を押さえつけて椅子に座る。何故…こいつは私の正体を知っている。情報が漏れたのか?それとも偽装がバレたのか?主任は完璧に偽装したからバレることはないと言っていたが…。

だがそもそも、主任も本部の人間。主任が裏切ったという可能性もある。いや、主任ではなくペイラー・榊か、それとも…ラケルか?くそ…いつかは露見するとは思っていたが、こうも早いとは思わなかった。

 

「さて、話を戻そう。まずは貴様に尋ねるとしよう、何故貴様はゴッドイーターとなった?我々フェンリルに組みすれば身を守れると考えたからか、それとも他に意図があるのか?」

 

「そんなことを聞いてどうする…」

 

「我々には至極重要なことだからだ。さあ、答えろ」

 

「……アラガミも生物だ、本能に従って生きている。私も同じだ、私にとってアラガミを狩り殺すことは人間の食事と同じようなものだからさ。フェンリルに狙われながら狩りを続けるより、首輪を付けられてもお前たちの庇護のもとで狩りを続けるほうがいいと判断した、それだけだ」

 

「……」

 

私の返答を聞いたフェルドマンは少し考えるそぶりを見せるが、すぐに厳つい表情に戻る。今の質問に何の意味があったというのか。

 

「いいだろう、では次の質問だ……貴様は人類の敵か、それとも味方か?」

 

「…お前たちが私に危害を加えない限り、一応は人類の味方ではある。人の血を啜る趣味はないんだ」

 

「…フッ、そうか。なら良い……」

 

僅かに笑みを見せたフェルドマン、この質問にもどんな意図が隠されていたのか理解できない。私の危険性を測るにしろ、こんな数回ほどの会話で分かるわけがないだろう。

 

「シモン、ヘンリエット。本部に帰還するぞ、監督官も用を終えたところだろう」

 

「…了解」

 

「お、おい、話はもう終わりなのか?一体私に何を聞きたかったかんだ、私を拘束しないのか…!」

 

部屋を出ようとするフェルドマンにそう問いかける、今私を拘束しないということは、情報管理局か私の存在を黙認するということになる。それとも、後から改めて拘束しに来るのか。

 

「お前は正式なフェンリルのゴッドイーターだ、まだ貴様を捕らえるつもりはない。ローゲリウス情報監督官がどう動くかにもよるがな。だが、私としては…貴様がそのまま人類側に立っていることを望んでいる。次に会う時が貴様を捕縛する時ではないといいんだがな…」

 

フェルドマンはそう言い残し、部下とともに部屋から去っていった。今は…見逃されたということだろうか。分からないことだらけだ、情報管理局の考えは。それにローゲリウス情報監督官だと?何処かで聞き覚えのある名前だ、だがどこで聞いたのか…。

 

「動揺してるねぇ、あんた.クックックッ…足取りに迷いが見て取れるよ」

 

「む……」

 

部屋を出た先には、先ほどのフェルドマンの部下と同じように黒いコートとフードに身を包んだ女がいた。怪しげな笑みをこぼしているが、フードでその表情は見えない。それに腕輪をしているということは神機使いか…だが、こいつは何やら異様な気配を感じる。

 

「今回はあたしの出番はなかったようだけど…」

 

女はフードを脱ぎ、その整った素顔を露わにし、私と鼻と鼻がくっつきそうなぐらいまでに顔を近づけてきた。

 

「あんた、あたしと何処かであったことがないかい?」

 

「……いや、初対面だと思うが」

 

その話し方からそれなりに歳を重ねているのかと思いきや、小娘といっても差し支えないそいつは、また奇妙なことを聞いてきた。私はこんな奴、あった記憶などない。キャリーのような例もあるが、こいつはかけらも記憶にない。

 

「そうかい…なんだかすごく既視感を感じるんだけどねぇ。運命の出会いってやつかい?」

 

「知るかっ…」

 

「フフフッ、あたしはね、もっと男らしい方が好みなのさ。あんたはちとナヨナヨしすぎだね、残念残念…」

 

「…だが、私は嫌いではないぞ?貴様のような…血の匂いのする女はな」

 

「……へぇ」

 

そう、こいつから感じる異様な気配は、血の匂いだ。それもべっとりと粘りつくような血の匂い、これは人の血だ。こいつは腕輪をしている、神機使いでありながらこうまで人血を匂わせるとは…一人二人どころの話ではない、それなりの数を手にかけているはずだ。

 

「貴様、情報管理局の人間だろう。アラガミではなく人間の相手でもしていたのか」

 

「…あんた、いい勘してるね。人間の相手、っていうのは間違いじゃないけど、あたしが狩るのは人じゃなくなる哀れな神喰らいだけさね」

 

「……!」

 

人じゃなくなる…そうか、そういうことか。こいつが狩るのは、アラガミ化する神機使い、ということか。通常、隊内で神機使いがアラガミ化した場合、同隊員に介錯が義務付けられているが…専門に狩る神機使いがいるとはな。つまり、こいつから血の匂いがするということは、多くの仲間を狩り殺したということか。

しかし、そんなこいつがここにいる意味は、場合によっては私も狩りの対象になっていたかもしれないということだ。まあ、私は人間なんぞとうの昔にやめてしまっているが。

 

「おっと、あたしもそろそろ行かなくちゃね。あんた、あたしと同僚の標的にならないよう気をつけることだね…クックックッ…」

 

女は私にそう警告しながら背を向けるが、思い立ったように顔だけをこちらに向けて、やはり怪しい笑みを見せた。

 

「あたしはアイリーン、っていうんだ。あたしの名前はシークレットだからね、秘密は他言無用で頼むよ。お互いにね…」

 

黒ずくめの女、アイリーンはまるで最初からそこにはいなかったかのように気配を消し、瞬く間に立ち去っていった。それにしても、意向の読めぬ情報管理局に同胞狩りのアイリーン、今回はこれですんでも次はどうなるか分からない。

このままブラッドの神機使いとしてアラガミを狩り続けるわけにもいかないか。上位者の存在が確認できた今、私も次なる一手に動く必要があるかもしれない。

 

(くそ、ややこしいことになってきたな)

 

フェルドマンの口調からして、本部もどうやら一枚岩ではないようだ。その内、ローゲリウス情報監督官とやらは何かしらの動きを見せるか、本部の連中と正面切ってやり合うのはこちらも望むところではない。

それに本部が動きを見せたのなら、ペイラー・榊やラケルも手を打たないはずがない。それが私の方か、それとも本部の方に転がるか…しかし、それについて頭を悩ませるのはどうやら後回しになりそうだ。神機使いが常に携帯する無線機、いつものコールとは違い、緊急時のコールが私に掛かってきたのだ。

 

「……なんだ」

 

"イオリさんですか?今、大変なことが…"

 

「フランか、落ち着け、何があったのか簡潔に話せ」

 

"ナナさんが!ナナさんがアナグラからいなくなったんです!"

 

「ナナが…?」

 

…どうやら嫌な予感は的中したようだ。一番疑わしかったナナがいなくなったということは…つまりはそういうことだ。ほおずきに心を揺さぶられたところを付け込まれたのか。最悪の事態は想定しておくべきかもしれん、ナナを殺すという最悪の事態を。

 

 

 

ーー

 

 

 

「局長、エドガールから連絡が…上層部の他のメンバーにも動きがあったそうです」

 

「…誰が動いた」

 

「ヨセフカ衛生医療監督官です。B型オラクル細胞に汚染されたイギリス支部の浄化計画を実行する、とのこと」

 

「ほぉ…それはまた思い切った行動に出ようとするもんだね」

 

アイリーンが面白そうに笑いをこぼすが、フェルドマンは笑えないと言わんばかりに天を仰ぐ。

 

「あの女は…不浄を取り除くことしか考えていないのか。いや、それとも証拠隠滅か……人に感染し獣の如き怪物へとアラガミ化させるB型オラクル細胞、あれの対応策を練るのは衛生管理局の仕事だろうに……計画の内容は…?」

 

「至って単純…旧人類の兵器、つまりは核です」

 

フェルドマンは渋い表情で溜息をつく。衛生管理局が更なる汚染を招くような行動に出ることが心底信じられないようだった。

 

「ユリエに連絡を取れ。可能であれば計画の中止、もしくは先延ばしにさせろ。まだイギリス支部を潰すわけにはいかない、あそこには例の場所があるはずだからな。それに旧ロシア地区の二の舞にもなりかねない」

 

「…ラケル・クラウディウスの作った孤児院、マグノリア・コンパス。リヴィもあそこの出身だったねぇ…シモン、孤児院てのはただの隠れ蓑なんだって…?」

 

「そうさ、あそこは孤児院とは名ばかりのブラックさ…なんせあそこは孤児を利用した人体実験場だ」

 

フェルドマンは情報管理局の長として、ラケル・クラウディウスの作り上げたマグノリア・コンパスの実態を追っていた。それがイギリス支部、もしくはその付近にある情報を掴んだ時には、既にあのイギリス支部襲撃事件が起きてしまっていたのだ。故に、衛生管理局の計画は絶対に阻止しなければならなかった。

しかも、マグノリア・コンパス設立には、フェンリル本部が関わっている可能性すらある、とフェルドマンは考えていた。ブラッドのような新世代のゴッドイーター を生み出すという一大プロジェクト、ただ個人でそれを成し遂げるのは難しい。しかも人体実験など…それを公から覆い隠すバックが必ず必要になる。そしてそれができるのは、あるとしてもフェンリルだけだ。

 

「イギリス支部襲撃事件もラケルのマグノリア・コンパスの実態も…フェンリル本部との関係性もまだ掴めていない。有耶無耶に終わらせるなどあってはならない…!」

 

イギリス支部襲撃事件とラケルのマグノリア・コンパス、フェルドマンはこの二つが全くの無関係ではないと踏んでいた。下手をすれば、襲撃したのは実験の末に生まれた人為的なアラガミの可能性すらある。それに人に感染するB型オラクル細胞、まさに人類にとっては致命的なウィルスだ。

フェンリル本部がああまで徹底的に情報操作を行なったのは、やはり自分たちの汚点を隠すために違いない。衛生医療管理局の行動がそれを示している。

上層部が信用できない今、自分で動くしかない。神機使いとは別の戦場に、フェルドマン達は立っていたのだ。

 




原作とは早めにリンドウやフェルドマンを出しましたが、しばらく出番はないでしょう。基本的にフェンリル本部は医療教会関係のキャラで固めてます。
あと主人公を描いてみました。雑ですが色付きです。


【挿絵表示】


今度、鴉羽の婆ちゃん(若)も頑張ってみます。

追記
ところで鴉羽の婆ちゃんにはどんな髪型が似合うでしょうか。何かこれだっ!というのが是非ご意見を下さいな
あとこっそり挿絵の更新を……


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20話 血涙の思い出

更新が遅くなってしまい、申し訳ないです。
代わりと言ってはなんですが、今回は結構長めです。


ナナがいなくなった…それを聞いた時、私は彼女を殺す覚悟を決めた。上位者オドンに縛られた状態から解放してやる方法など、それ以外知らない。しかし、今私は、別の覚悟を決めなければならないようだった。

 

「さぁ、イオリさん。この薬を飲みましょうね、体にすっごく良いんですから」

 

「ふざけるなっ…!そんな紫の瘴気を放つ液体が体にいいはずないだろう!あとこの拘束を解け!」

 

ベットに手足を錠で繋がれた私は、アデラインに何とも言えぬ異臭放つ薬のような何かを飲まされそうになっていたのだ。無論、本来ならこの程度の拘束など大したことないのだが、あろうことかこの女は私に筋肉弛緩剤を打ち込んだのだ。しかもそれなりの量を。

通常、筋肉弛緩剤は用途を誤ればあっさりと人を死に至らしめるそうだが、サリエルの鱗粉などに比べればかわいいものだ。それでも動きを封じられるぐらいには効果を発揮している、こんな小さな手錠すら引きちぎられないほどにな。

 

「……なんだ、この状況」

 

「イオリ、これは新しい療治か何かでしょうか?」

 

必死に足掻く私に救いの神が舞い降りた!扉を開けて病室に入ってきたのはギルとシエルだった。二人ともこの謎の状況に困惑していたが、これは助けてもらうチャンスだ。

 

「そこのヤブ医者を何とかしてくれ。このままでは私が得体の知れない薬物の臨床実験体にされてしまう」

 

「何をいけしゃあしゃあと言いますか。あ・な・た、が私にこう言ったんですよ?」

 

アデラインはおほん、と重々しく咳払いをすると、無駄に真面目な表情でこう言い放った。

 

「"用が済んだら貴様の指示にはいくらでも従ってやる"って言いましたよね?それで少しは安静にして下さい、と言ったそばから病室から抜け出そうとしてましたよね?あれは嘘だったんですか?」

 

「…すまん、あれは嘘だ」

 

「へー…ふーん…ほー……じゃあ、そんな悪い子はこのお薬を飲みましょうねー」

 

「おい待て、落ち着け…!」

 

ギルとシエルに助けを求めようと視線を向けるも、何ともくだらないものを見るような目で見られてしまった。まずい…!こんなところで死にたくなっ…

 

「ゴボッ!……っ…⁉︎」

 

無理矢理薬品を口に流し込まれ、その異臭ととんでもない苦さに咳き込んでしまう。なんてことをするのだこのヤブ医者は、こんな明らかに体に毒という見た目をした薬が……いや、これは?

 

「ゲホッゲホッ…………意外と大したことない…?いや、それどころか…本当に体に良い薬だったのか?」

 

「そりゃそうですよ、私が調合した薬ですよ?ハーブにモーリュ、貴重なヤドリギもふんだんに使って……あと貴方の体には良さそうだったのでアラガミエキスもちょっぴり、すり潰した力身丹も少し…完璧な配合ですよ」

 

「後半二つは体に良くなさそうだが…」

 

苦々しい薬を飲み込んだ後には、あの見た目からは想像できないほどの効果があった。なんと言えばいいか…まあ、とにかく元気が出る薬をとはこういうものを言うらしい。

 

「…一段落したか?」

 

「ああ、すまん…だが話は分かっている、ナナのことだろう」

 

「はい、隔離室から逃げ出したナナを早く探し出さなければなりません。ですが、問題があります。ナナの腕輪のビーコンが鎮魂の廃寺付近で確認されてから、反応がごく微弱になっているんです。そのせいで明確な場所が割り出せません」

 

「シエルの"直覚"だけでなく私の鼻も必要、ということか……まあ、言われなくとも、もとより私も行くつもりだ」

 

「助かる…あとは…」

 

「僕も行くよ…!」

 

「…!」

 

息も絶え絶えに病室に入ってきたのは…苦しそうに壁に寄りかかるキョウスケだった。先程病室を訪れた時はそうでもなかったようだが、今は随分としんどそうだ。

 

「キョウスケ、お前は無理しなくとも……って言っても、聞かないんだろうな、お前は」

 

「よく分かってるね、ギル」

 

やれやれと肩をすくめるギル、絶対に無理はするなと釘を刺すシエル、そして……

 

「うふふふふ……次はどんな薬を試してみましょうか……うふふふふ…」

 

完全におかしなテンションで薬品棚を漁るアデライン。その怪しげな笑みは誰が見ても引いてしまうに違いない。

 

「私はこいつをなんとかしてから行く、先に行け」

 

「あ、ああ……一人で大丈夫か?」

 

「………大丈夫だ、問題ない」

 

何故か静かに合掌した3人はそのまま病室から出て行く。さて、実はこいつにも聞かなければならない事があるのだ。私の正体がフェンリル本部に漏洩していたこと、そのことについて…

 

「イオリさん、次にこのお薬はどうですか?とってもいい気分になれるんですよ…?」

 

「アデライン、私の話を聞いてくれ。実はな…」

 

「さっきできたばかりの新作なんですよ。試しに少し飲んでみたら……うふふふふっ……」

 

「フェンリル本部に私のことが……おい、人の話を聞いているのか?いや、聞いてないだろう。というか自分で作った薬を自分で飲むのか…」

 

怪しげな笑みから今度は恍惚とした表情で、これまた怪しげな薬品を片手に迫ってくるアデライン。主任は何故こいつを派遣したのだ…オトもそうだが主任の人選はおかしくないか?どう見ても医師がしていいことじゃないだろう…!

 

「うふふ…頭の中にですね、海の音が聞こえるんですよ。ピチョリ…ピチョリ……あなたにも聞こえます?海の滴る音…」

 

(こいつ…完全に危ない薬をキメてやがる……あと久々の出番だからってキャラ変わりすぎだろう。いや、元ネタ的にはこっちの方が正しいのか?)

 

「さあ、イオリさんも一緒に気持ちよくなりましょうよ!それとメタい考え方はNGですよぉ…!」

 

「付き合いきれんな…」

 

先程飲まされた薬によってすっかり身体を縛っていた麻酔は抜けている。私は素早く拘束を引きちぎり、迫り来るアデラインをかわす。

 

「あぁ…待ってください……せめて新しい薬の為に貴方の体の一部を…そうだ!脳液下さい!」

 

「やらん!アホか貴様は!」

 

ふざけたことをぬかすアデライン、もうこいつはまともな会話も通じなくなってきた。本当に危ない薬でも飲んだんじゃないのか……ふと思ったが、血に酔った時の私もこんな感じなのか?もしそうなら、タチが悪いこと極まりないな。なんだか同族嫌悪まで感じてきた、もうこいつの相手はしてられん。

 

「もういい、あとはオトに聞く。貴様はそこで一人悶えてろ」

 

ピシャリと病室のドアを閉め、念入りに扉を蹴飛ばし歪めておく。さすがに完全に壊すのはまずいので、力を込めれば開く程度に歪めただけだが。まあ、アデラインの力で開くかどうかは知らん。

 

「ふふふっ、待って下さい、イオリさん…!」

 

「…っ⁉︎」

 

…と思いきや、アデラインがミシミシと音を立てながら扉をこじ開けようとしてきたのだ。しかも徐々に歪んだ扉が開いてきている。もしまた捕まったら本当に何をされるか分からない、アデラインに対してある種の恐怖すらも感じながら、全力で病室を後にするのだった。

 

 

ーー

 

 

トチ狂ったアデラインから何とか逃げおおせた私は、オトを探して神機格納庫に来ていた。オトはオトで頭のネジが数本は取れているが、今のアデラインよりは数倍もまともな人間に思える。

いつも通り漂うオイルの匂いと絶え間ない機械音、私の神機が格納されているのは向こうのブロックだったか。オトもそこにいるかもしれない。

 

「おや、もしや私に何か用がありますかな?」

 

急に後ろから声をかけられ振り向けば、やはり声をかけて来たのはオトだった。人の後ろから声をかけて来るのはこいつの癖らしい。

 

「ああ…少しお前に話があって探していた」

 

「そうですか、それならこちらへどうぞ」

 

オトに案内されてれて来られたのは、格納庫内にある小さな個室だった。中には沢山の部品やら機材が散乱していて、手狭ではあるが人目につかないという意味では密談にもってこいだ。

 

「さて、ここなら誰かに盗み聞きされる心配もありませんよ……イオリさん、貴方の用というのはフェンリル本部に関することでしょう?そして、情報は我々の開発室から漏れたのではないか、と」

 

「……話が早いな、主任から聞いたのか」

 

「ええ、我々の開発室にも本部のガサ入れがありましたから。しかし、先に言っておきましょう、我々が貴方の情報を漏洩させたなどということは、決してありえません」

 

決してありえない、オトはそう言い切った。一体何を根拠にそんなことを言っているのか、理由を問いただしてみれば…。

 

「私もそうですがね、貴方と仕事をさせてもらえるのは……なんとも楽しいものなのですよ、貴方ほどインスピレーションを刺激してくれる方はいない。貴方の神機を造るときは今までの定説なんて使い物にならない試行錯誤の繰り返し、我々にとってはそれが最高の甘露なのですよ。そんな貴方をわざわざ切り捨てるなど余りにも勿体ない」

 

「……私を庇ったことが本部に知れれば、お前たちとてただではすまないのではないのか?」

 

オトはそれがどうしたと言わんばかりにしゃがれた笑い声を上げた。彼らは本当に根っからの技術屋のようだ、フェンリル内の権力闘争などまるで眼中にないのだろう。

 

「我々と貴方との関係は持ちつ持たれつつ、貴方が我々を一方的にないがしろにするようなことがない限り、我々も貴方を裏切ることはしません。それに、我らが主任はああ見えて非常に強い影響力がある。彼が貴方の肩を持っている間は、フェンリル本部もそう簡単には手を出せませんよ」

 

「そうか……」

 

「そう悲観的になることはないです。ただ…貴方が少しでも貴方が我々に負い目を感じるのなら……?」

 

オトは悪戯っぽく含み笑いをこぼしながら、私を手招きして神機格納庫の一画に連れていく。そこには大きなコンテナが3つ、開けてくれる人を待つように鎮座していた。

オトが近くのコンソールを操作すると、空気の抜ける音とともにコンテナが開く。開かれたコンテナの中には…作られたばかりで傷一つない新しい神機があった。

 

「我々の造ったこの子達を存分に可愛がってください。貴方と共にこの子達がアラガミの血に塗れるのなら、我々も造ったかいがあるというものですから…!」

 

つまり、このコンテナの神機三つは、オトらが造り上げた新たな私の神機だ。ベエーアディーゲンとフファールハマーを含めて計五つの神機を、私個人のために造ったということになる。

 

「やりすぎだな…オト」

 

「ふふふ、褒め言葉ですよ」

 

コンテナに収められた三つの神機、私の専用ということはまた通常の神機にはない仕掛けが施されているに違いない。

 

「さあ、では一つ一つ解説していきましょうか!まずはこの"ノコギリ・飛刃"から!」

 

「おい待て、今はそんな余裕ないんだが…」

 

「これはバスターの刀身であるノコギリの発展形、装甲機構を排除し新たな機能を搭載致しました。ノコギリの刃一つ一つが分離、刀身内部に仕込まれた伸縮自在のワイヤーにより、通常の三倍以上の間合いを生み出すのです…!まさに飛ぶ刃!どうです?素晴らしいでしょう?」

 

「ほお……………まてまて、だから今はそんな暇はないと言っているだろうが。残りは後で聞いてやる、取り敢えずは私の神機を準備してくれ」

 

「……仕方がないですね」

 

渋々と私の神機の準備をしに行くオト、目に見えてテンションの下がったその様に、子供か貴様は、と心の内で突っ込んでおく。私とて新しい神機には触ってみたいのはやまやまだが、一旦はお預けだ。

さて、果たしてナナを見つけた時に、あいつがどんな状態になっているのやら…一応は手遅れでないことを祈っておくとしよう。

 

 

ーー

 

 

大きな駆動音と共に空を駆けていくヘリコプター、ドアの外は雪が荒れ狂い吹雪いている。"鎮魂の廃寺"、以前カリギュラに遭遇したのもこのエリアだった。ナナの腕輪のビーコンが最後に確認されたのはこの付近、しかし、今ここいら一帯には原因不明の電波障害が起きていた。

 

「クソ…吹雪が酷いな…!」

 

「これじゃ見えるもんも見えないじゃん……ジュリウス、どうやって探す?」

 

「…電波障害で通信が使い物にならない以上、しらみつぶしに探していくしかない。キョウスケ、今から指示するポイントにギル、シエル、ロミオを連れて降下、最後にビーコンが確認された地点まで捜索を開始してくれ」

 

「…ジュリウスとイオリは?」

 

私の方に話を振られるも、決定権は隊長であるジュリウスにある。ジュリウスの方を見ると、ジュリウスは一瞬考える素振りを見せるもすぐに判断を下した。

 

「俺とイオリは直接ビーコンの位置に降下する。周囲にはアラガミがいるとも限らない、油断はするな」

 

「……了解」

 

キョウスケは引っかかるところもあったようだが、深く追求することもなく了承した。きっとジュリウスにはジュリウスなりの考えがあるのだろう、私としても相方がジュリウスだけなのは助かる。

 

「一度降下したら通信による連絡はできないと思え、ナナを見つけたなら信号弾を撃って回収地点に向かうんだ。アラガミとの戦闘は極力避けるように…いいな?」

 

ジュリウスは降下準備を進めながら、再度釘をさす。あくまで目的はナナを見つけ出し連れ戻すこと、余計な戦闘は避けるべき…その考えは間違いではない。だが、恐らくそれは叶わない。

先程からこの吹雪の中でも匂うのだ。他でもない奴らの匂いだ、吹雪に混じって奴ら上位者の匂いがするのだ。きっと電波障害を引き起こしているのも奴らの仕業に違いない。

 

「そろそろビーコンの最終確認位置だ、準備はいいか?」

 

「問題ない」

 

徐々に高度を落としていくヘリコプター、周囲の気配を探るがアラガミがいる気配はない。降下するなら今のうちだろう。

 

「キョウスケ、指定ポイントで降下したらそこから先の指揮はお前に任せる……さあ行くぞ、イオリ…!」

 

ジュリウスの合図でヘリコプターから飛び降り、雪の降り積もった道路の上に着地する。やっと修理の完了した私の神機、ベエーアディーゲンとエヴァリンを構えて、周囲を警戒する…が、やはり、アラガミの気配はない。一先ずは安全なようだ。

 

「…ジュリウス、一つ聞いていいか?」

 

「なんだ」

 

「隊長であるお前が指揮をキョウスケに押し付けてまでも、最初に私と降下したのは何故だ?………それとも、他のメンバーには言えないようなことでもあるのか?」

 

ジュリウスは私の問いには答えようとはせず、吹雪に晒される廃屋の向こうを眺めているだけだ。しかし、小さな声でこう呟いた。

 

「……違和感だ」

 

「何…?」

 

「あの時と、サテライト防衛作戦の時と同じだ。ずっと見えない靄がかかっているような違和感、ここでも同じものを感じる。イオリ、お前にも分かるだろう?」

 

「……」

 

「ナナがここに来るのが分かっていたかのような電波障害、そして吹き荒れる磁気と雪の嵐……この中からナナを探し出すにはお前の力が必要だ…頼む、ナナを助け出してやってくれ。いや…必ず助け出せ、これは隊長命令だ」

 

「…それが言いたくて、わざわざ私と降下したのか?」

 

「そうだ…俺は仲間を、家族を見殺しになんてできない。お前は俺に言った、お前の力を頼るなら隊長らしく命令すればいいと……それと、お前は一人の方が動きやすいだろう?ここからは別行動だ、ナナを見つけたら信号弾を撃つんだ、いいな?」

 

冷静な表情を装っているが、ジュリウスは内心ナナが心配で仕方がないんだろうな。しかし、命令などといいながら、私が動きやすいように部隊を動かしたりと…やはりお節介でお人好しだよ、お前は…。

 

「分かった、私に出来る限りの事をしよう」

 

「…頼んだ」

 

ジュリウスは私に背を向けて走り出し、あっという間に吹雪の中に紛れ込んでいった。しかし…ジュリウスには悪いが、実はナナの居場所にはおおよそ目処が立っているのだ。私の鼻はナナの居場所を既に捉えている。

あえてジュリウスに伝えなかった理由は他でもない、場合によっては私が手を下さなければならないからだ。

 

(すまないな、ジュリウス)

 

吹雪と上位者どもの匂いに混じって感じるナナの気配を辿って、私も歩き出す。しかし、ナナの気配に近づくにつれ、次第にアラガミ匂いも漂ってきた。

ナナは死んではいないだろうが、血の力がまだ制御できていないことに変わりはない。できることなら、他のアラガミどもが寄って来る前に事を終わらせたい。

 

「……む…?」

 

……と思ってたのだが、ナナの気配を辿るのに意識が向き過ぎていたのか、いつの間にか周囲に何体かアラガミが近寄ってきていたようだ。

この感じは恐らく小型種だろうが…なんだろうな、いつもとは雰囲気が違う。辺り一面に上位者の匂いが満ちているとはいえ、アラガミの気配を読み違えたりはしない。もしや新種か何かか?

 

「グルアアァッ!」

 

吹雪に紛れて後ろから襲いかかる影、当然それに気付いていない私ではない。振り向きざまに神機を振るい、襲撃者を切り裂く。

 

「ーーッ!」

 

呻き声を上げながら血を撒き散らすそいつはオウガテイル…に似た何かだった。姿形はオウガテイルに極近いもの、しかし、野生の獣のように一部は毛むくじゃらな毛皮に覆われ、右手が異様に肥大化している。

いつもと雰囲気が違ったのはこれか、恐らくこいつらは元々はオウガテイルだったんだろうが、上位者の影響でかこんな風に変異したんだろう。

 

(まだ大物の匂いはしない、集まってきているのは小型種だけか。面倒な…)

 

深傷を負ったオウガテイルもどきの頭部にオラクルの弾丸を数発撃ち込んでトドメをさしつつ、再びナナの気配を辿り始める。とはいえ、もうそう遠くはないはずだ。

周りの木造の家屋は次第に廃寺や石畳の道へと変わって行った。このまま辿っていくと、確かかなり大きな寺院があったはず。ナナがいるのはそこかもしれない。

石畳の坂を駆け上がり、アラガミに荒らされた大きな寺院にたどり着く。仏像の類は半ばアラガミに喰われたものや、盗人によるものか装飾品だけ抜け落ちたものもあった。そんな廃れた寺院の本殿…力無く座り込むナナがそこにいた。

 

「……!ナナ…か?」

 

問いかけるも返事はない、顔を上げることもなく座り込んでいるだけだ。近付いて様子を見ようと、そう思った時だった。

 

「ウオオオッッーー!!」

 

「…っ⁉︎」

 

吹雪の中に響くは狼の咆哮、だが、それは当然本物の狼のものなどではなく、アラガミのもの。そして、その咆哮が引き金となったのか、大量のアラガミの気配が突如として周囲に沸き起こったのだ。しかもそれに加えて、上位者の気配もまた、より強く感じられるようになったのだ。

 

(今の感じ…ただの咆哮じゃあない、感応波、だな…!危うく意識を持っていかれるところだった…)

 

ナナの暴走する血の力、それも影響しているに違いない。もたもたしていればここに大量のアラガミが押し寄せてくる、その前に信号弾を打ち上げて皆を呼ぶか、それとも…?

 

(ここにアラガミを呼び寄せる因は二つ、一つはナナでもう一つは先ほどの雄叫び…だが後者の方はある程度離れているのか、気配が散漫としていてイマイチ場所が掴めん。やはり、対処するのは目の前の方からか…)

 

私はうずくまるナナに近寄り首を引っ掴み、気の柱に縋らせるように無理矢理立たせる。虚ろだが怯える眼を私に向けるナナの額に、エヴァリンの銃口を押し付けて引き金に指をかける。

 

「……悪く思うな…」

 

私はそのまま引き金を……。

 

 

 

ーー

 

 

 

頭を苛む鈍い痛みと麻酔のような浮遊感、自分がどこにいるのかも、何をしているのかも分からない。でも、それでいいのかも。私がいると、皆んなに迷惑をかけちゃうから。

 

「ナナ!逃げて!」

 

不意に懐かしい声が聞こえた。気付けば、辺りは真っ白な雪景色になっていて、私の前には抜いた神機を握る一人の女性がいた。見間違うはずもない、今私の目の前にいるのは…

 

「お母さん…?」

 

一体、また一体と立ち現れるヤクシャの群れに一人立ち向かうその神機使いは、私のお母さんだった。そして、私の陰に隠れるように縮こまっているのは、まだ幼かったころの自分。これはあの時の記憶なんだ、私が二度と思い出したくないと思っていた、忘れることが出来ない記憶。

ヤクシャの物量の前に少しずつ傷ついていくお母さんを前に、やっぱり私はあの時と同じで何もできずに見ていることしかできない。

 

(私…もう二度と同じ思いをしたくないから…だから強くなろうって、そう思ってったのに……!何も変わってないよ、私…!)

 

「お母さん!お母さん…!」

 

幼いころの私が泣きじゃくりながら、傷つき倒れるお母さんに駆け寄る。

 

「…ナナ……!」

 

泣き叫ぶ私に砲身を構えるヤクシャ、でもこの後のことも覚えている。ここで私が死ぬだけだったらどれだけよかっただろう。

 

「やめろぉっ!」

 

砲身を構えるヤクシャの首筋に神機の刃が突き立てられ、悲鳴を上げるヤクシャ。そして、立て続けに浴びせられたオラクルの弾丸、現れたのはお母さんと同じ神機使いたち。きっとお母さんを助けに来てくれたんだと思う。

 

「嫌だよぉ…!お母さん、死なないで…!」

 

「ナナ、お母さんと約束…したでしょ?泣かない…怒らない…寂しくなったら……?」

 

「…!おでんパン、食べる…!」

 

「そう…いい子ね……」

 

私の手を握るお母さんの手が力なく垂れる。幾度も名を呼んでも声は返っててこない、幼い私は泣き叫びお母さんに縋っていた。目を背けたくても私の脳裏に焼き付いて離れないその情景が、私の胸を締め付ける。私も同じように泣き叫びたかった。

 

「香月さん⁉くっ…まずはヤクシャどもをなんとかしねぇと…!」

 

「私の…!私のせいでお母さんがぁ…!」

 

咆哮を上げるヤクシャに立ち向かう神機使いたち、でもヤクシャだけでなくオウガテイルにザイゴートと次々にアラガミが現れる。全部私のせいだ、このアラガミたちは全部私に引き寄せられてきたのだから。

 

「くそっ!どうなってんだ!なんでこんなにアラガミが⁉」

 

「駄目だ…!このままじゃあ…!」

 

一人、また一人と倒れる助けに来てくれたはずの神機使いたち。その傷つき倒れていく姿が、ブラッドのみんなと重なって見えた。私がいたら、こんな風に倒れていくのは、ブラッドのみんなかもしれない。

 

「嫌だよ…私のせいで皆んなが傷つくのは…!それなら、いっそのこと私が…!」

 

『そうよ、全部貴女のせいよ』

 

「えっ……⁉︎」

 

顔を上げれば…目の前には血塗れの母が立っていた。 フラフラと私に近づくと、両手で私の顔を包んで虚ろな目で私を射抜く。

 

『でも仕方ないじゃない、生まれ持ってきてしまったのだから。貴女に何ができたっていうの?』

 

「わ、私は…」

 

『貴女のせいで貴女の大切なお友達が傷つくのは嫌?なら答えは簡単よ、貴女がお友達の前からいなくなってしまえばいいのよ。貴女がいなければ誰も傷つかない、傷つかなかった。私も、助けに来てくれた彼らも…そうでしょ?』

 

「…っ……!」

 

いろんな感情で頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいそう、そもそも今私が見ているのは幻覚?それとも頭の中の妄想?これは私が心の奥底で思っていたことなの?

でも、お母さんの言う通り、私がいなければこんなことにはならなかった。そう、私がいなければいい、私がいなければ誰も傷つかない。私がいなくなれば…みんなを守ることができる…!

 

『もう貴女は、そこで泣きじゃくっていた頃の貴女とは違うんでしょ?お友達を、大切なものを守りたいんでしょ?』

 

血塗れのお母さんが私をそっと抱きしめる。お母さんは背筋が凍るような気持ちの悪い暖かさを持っていた、それもそうかな…もう、お母さんは死んじゃったんだもの…私のせいで!私が何もできなかったから、私がこんな力を持って生まれてしまったから!

 

「でも、こんな私でもみんなを守ること、できるかな…?」

 

『大丈夫よ、貴方ならできるわ。私の自慢の娘なんだもの…』

 

優しくそう語りかけるお母さんの抱擁に、気持ちの悪い暖かさも気にならなくなって来た。私も、お母さんと同じように手を回して、お母さんをギュッと抱きしめた。

 

『いい子ね…それでいいのよ。お友達ヲ守りタイのなラ…』

 

不意に抱きしめていたお母さんが不自然に形が崩れ…

 

「…お、母さん…?」

 

『我々ノ血ヲ受ケ入レタマエヨ…』

 

血と肉が混ざり合い溶け合ったお母さんが、濁った瞳で私を見下ろしていた。私は叫び声を上げることすらもできず、蕩けた手を私の顔に翳すのを見ていることしかできなかった。そして直感的に、私はここで死ぬのだと悟った。

 

「ーーーっ‼︎」

 

蕩けた手が私の額に触れ、崩れた指先から血が垂れる。そして、そのまま……

 

 

 

 

 

 

 

「他人の記憶を荒らすのも大概にしておけ、ナメクジ野郎が…!」

 

凄まじい銃声が響き、ドロドロに崩れたお母さんの頭が弾け飛ぶ。続いて風のように横を通り過ぎた暗い影がお母さんに飛びつくと、ノコギリのような歪な刃物でお母さんを引き裂いた。

 

『アアアァァァッ!』

 

人の声とは思えない絶叫、飛び散る血と肉。舞い散る紅は血だけでなく、現れた暗い影から伸びる長い髪もまた、血のような紅だった。

 

「イ、イオリ…?」

 

「…しけたツラをしているな、ナナ」

 

現れた暗い影は、あのイオリだった!アラガミでありながら人の姿を持ち、私たちと同じブラッドとしてアラガミと戦うゴッドイーター 。でも、コートはいつも通りでも手には神機ではなく大きな銃と歪なノコギリが握られていた。

なんでここにイオリが?ここが現実だなんてことはありえない、私の頭の中の出来事でもなかったの?

 

「随分と深くまで篭っていたな、それだけ精神を侵されていたということか……まあいい、先に言っておくが、私はお前を助けに来たわけではない。お前が生きるか死ぬかは、お前自身が決めることだからだ」

 

「私自身が…?」

 

「周りを見ろ」

 

イオリが言われて周りを見渡せば、倒れた神機使いたちやヤクシャたちもまた、お母さんと同じように崩れて赤黒い血を撒き散らしながらこちらに這ってきていた。

 

「うわっ…!」

 

「こいつらはお前の心を食い潰そうと必死だ。お前が死を望めば、こいつらが骨一つ残さずお前を喰らうだろうな……その前に、だ…!」

 

突如、イオリが私の首を掴んで持ち上げる。急に首を掴まれたので咳き込むが、イオリは容赦なく私を締め上げ、銃口を私の額に押し付ける。

 

「お前は本当に死ぬことを望んでいるのか?それで皆が本当に救えると?……それとも本当はまだ生きたいと願っているのか?」

 

「……っ!」

 

「選べ、死にたいのなら、私が今ここで殺してやる……!どちらだ?さあ…選べ!」

 

締め上げる力を強めながら、生きるか死ぬかを迫るイオリ。私は…死を選ぼうとした。でも、それを言葉にしようとした時、ブラッドの皆んなと過ごした時間が、ラケル博士や他の孤児たちと過ごし思い出がよぎった。

私にとってはどれも大切な思い出、皆んなと一緒にいるのは本当に楽しくて…暖かかった。でも、でもでも…!私は皆んなと一緒ないちゃいけないのに…!

 

(なんで…なんでこんなに怖いんだろ…!皆んなに二度と会えなくなるのが…怖いよ…!)

 

「ーーっ…いよ…!」

 

「何…?」

 

「死にたく…ないよ…‼︎私、死にたくない…!まだ皆んなとおしゃべりしたいことも、食べてみたいものも…いっぱいあるのに…家族と呼んでくれる人たちがいるのに…!まだ…死にたくないよぉ…っ…」

 

「……」

 

「でも私がいたらいけないんだもん!私のせいで皆んなが傷つくのはもっとイヤ!だったら…しょうがないじゃん…!私がいたら……!」

 

「…生きたいと、そう思っているのだな?」

 

イオリは語気を荒げるも、私の首から手を離す。

 

「なら自分で確かめてみるといい、お前を呼ぶ声が聞こえるだろう」

 

「ゲホッ、ゲホッ……声…?」

 

「そうだ、耳を澄ませ。お前なら聞こえるだろう?その声を辿れ、こいつらは…私に任せておけ」

 

重い金属音を立ててノコギリが変形し、大きな鉈になる。イオリはそれを振り上げて、迫り来る異形へと駆けていく。

 

(声…?私を呼ぶ声…そんなの、全然聞こえないよ…!)

 

でも、ここにいたら、イオリの言う通りこいつらに殺される。声なんて聞こえないけど行くしかない。一人戦うイオリに背を向け、勢い増す吹雪の中へと走り出した。

 

「はぁ…はぁ……!」

 

とにかく走り続けた、声なんて聞こえないけどとにかく走り続ける。けれども、走れども走れども何も聞こえない。耳に響くのは雪と共に荒ぶ風の音だけ。

 

「…誰か……誰か私の名前を呼んでよ……!」

 

吹雪の中、叫んでみても帰ってくるものは何もない…はずだった。

 

『……ナ…ナナッ!起きろよ!お前がいなくちゃブラッドの雰囲気が暗いんだよ!』

 

「…ロミオ先輩…?」

 

『アラガミを引き寄せる力?結構じゃねえか、探す手間が省ける』

 

『ナナを一人になんてさせません、絶対に…!』

 

『誰か一人でも欠けたら意味がないんだ、決して死なせはしない…!』

 

「ギル…シエル…ジュリウスも…!」

 

吹雪の中でも確かにその声は聞こえた、私を呼ぶみんなの声、私の大切な人たちの声が聞こえたんだ。

 

『ナナ…僕らは同じ部隊として戦う仲間であると同時に、家族のように固い絆で結ばれてる、そうでしょ…?だからお願いだよ、黙って一人でいなくなるなんてしないで!』

 

「キョウスケ…みんなぁ……!」

 

涙が溢れて仕方ない、みんなの声がまた聞けたのが嬉しかった。みんなの声は絶えず私の心に響いてきた、私はまた走り出し、声の方へと駆けていく。

 

「みんなのところへ……うわっ!」

 

声の方へと進めば進むほど、吹雪が強くなっていく。まるで私をそっちには行かせないようにしているみたいだ。負けじと進み続けても、いつしか立っていることもできないほどの嵐になった。

飛ばされないように屈んでいることしかできない、このままじゃ前に進めない、そう思った時だった。

 

「娘よ、足を止めるな。悪夢に巣食う魍魎どもに追いつかれるぞ?」

 

鳥の足のような何かが私の体を掴んだかと思うと、凄まじい勢いで自分の体が地面から離れていったのだ!吹き付ける風の強さに声も出なかったが、自分を攫うように掴んで飛ぶそれが何なのかは目に収めることはできた。

大きく黒い四枚の羽を羽ばたかせ、仮面のようにのっぺりとした顔でこちらを覗き込むそれは、まさに鴉の化け物。でも、私に対して敵意を抱いているように見えなかった。

 

「貴様のいる場所はここではないだろう。さあ、帰るんだ、貴様があるべき場所へ、貴様を待つものがいる場所へ」

 

増していく風の勢いと同調するように、私を呼ぶみんなの声も大きくなっていく。それでも、鴉の化け物は風に押されることなく飛び続けた。

次第に自分の意識を保つのも難しくなってきて、吹き付ける雪と風のせいで息もできない。でも、最後に意識が途切れそうになった時、気のせいだったかもしれないけど…私を呼ぶお母さんの、本当のお母さんの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

「……通信障害の回復を確認!フランさん、聞こえますか?周囲の状況を!」

 

『…通信感度、良好。周囲のオラクル反応をスキャン…偏食場パルスを確認!パターン照合……感応種、マルドゥークです!』

 

「マルドゥーク…!必要以上に相手をする必要はない!ナナとイオリを回収してすぐに撤退するぞ!」

 

「ナナ、ナナ!大丈夫か?しっかりしろ!」

 

「……ロミオ、先輩?」

 

気が付くと私はボロボロの廃寺にいて、目の前には心配そうにこちらをのぞき込むロミオ先輩、起き上がった周りを見渡せば、迫りくるアラガミと戦うブラッドのみんながいた。

 

「よかった…やっと目覚ましてくれたよ…!よっし、あとはみんなで帰るだけだな!ナナはそこで待ってろよ!」

 

ロミオ先輩も神機を担いでアラガミ向かって突っ込んでいく。廃寺を取り壊す勢いで押し寄せてくるアラガミたちが、一心不乱に突っ込んでくるこの感じは先程見たあの記憶と同じ。

あの時たま同じようになってしまうじゃないか、そんな不安が胸をよぎる。死ぬのが怖くて私は戻ってきてしまったけど、本当にそれで良かったの?

 

「大丈夫だよ、ナナ。僕たちは絶対に生きて帰る。ナナがどんな力を持ってたって、僕たちは見捨てたりしないよ、するわけがない!だからナナも…僕たちを信じて!」

 

息を荒げてふらつくキョウスケが絞り出すようにそう叫ぶ。ギルもシエルもジュリウスもロミオ先輩も、ブラッドのみんながキョウスケの叫びに大きく頷く。

 

「あのイオリまでもがナナを助けようとしたんだ、アイツの気持ちも汲んでやれよ」

 

「イオリ…そうだ、イオリは……」

 

イオリはすぐ横の木の柱にもたれかかるよう座っていたが、ピクリとも動く気配はない。もしかしたら、まだあの夢とも現とも取れない記憶の中で、あの異形と戦っているのかもしれない。でも、イオリがいなかったら、きっと私はあのまま死んでいた。

 

「みんな…ごめんね、私のせいで…」

 

「そこは謝るところじゃないでしょ…うわっ、危ねっ!」

 

「ナナ、ほら…」

 

キョウスケが私に手渡してくれたものは…いつも私が食べているおでんパンだった。

 

(泣かない、怒らない。寂しくなったら、おでんパン食べる…でも…)

 

「我慢しなくていいよ…ナナが泣きたいと思った時に、おもいっきり泣けばいいんだ」

 

「…うん……」

 

キョウスケが渡してくれたおでんパンを齧る、でも、おでんパンは雪のせいですっかり冷めていた。その代わりに溢れて来る涙が、私の頬を熱く濡らしていた。

 

「えへへ……おでんパン、冷めちゃってるね…でも、美味しいよ、おでんパン…すごく美味しい……!」

 

そのおでんパンは、いつも私が食べるおでんパンよりもずっと、ずっと美味しく感じた。お母さんが作ってくれたおでんパンと同じ味がした。

 

「ありがとう、みんな…」

 

 

 

ーー

 

 

 

「はぁ…はぁ…ようやく打ち止めか…」

 

止まることなく押し寄せてきていた異形どもをひたすらに狩り尽くして、ついにその一匹までもが血肉になって飛び散った。途中から勢いが明らかに弱まったのは、やはりナナが死ではなく生きることを望み始めたからだろう。

しかし、ここまで足を運んだというのに私の目的は達成されず、ただナナを助けただけで終わってしまった。もともとはナナを殺してそれで終わりにするつもりだったのだ。

 

(ちっ…とんだ無駄骨だ)

 

いつしか吹雪は止み、辺りは血で真っ赤に染まった雪が広がっていた。この血は全て上位者の眷属どもの血だが。

 

(やはり、ナナに取り憑いていたのはただの枝先にしか過ぎなかったか。ここなら実体を持たぬ奴を潰せるかと思ったのだが、根っこを叩かなければ意味はない)

 

肉の体を持たず無意識を操り人を嗾すオドン、私がいくら神機を振り回したところで永遠に届くことはない。だが、誰かを依り代にしているのなら、器を殺せばオドンも殺せると考えたのだ。

しかし、それも甘い考えだったようだ。ここはナナの記憶を元に作られた…ヤーナムの悪夢にも似た世界。夢と現を行き来する狩人だからこそここまで入り込めたが、オドンを殺すのならこの悪夢の世界でなければならないようだ。

 

「浮かぬ顔をしているな、血の忌み仔よ」

 

「……!貴様…何故ここにいる」

 

雪を舞い上げて私の目の前に現れたのは、もう一人の私とも言うべき存在、暁烏だった。

 

「ここは貴様が考えていた通り、夢も現も区別がつかぬ記憶の坩堝。あの娘と貴様は魂を強く共鳴させていた…お前たちは感応現象と呼んでいたな。我は貴様と同体、故にこうして顕現できたのだ」

 

「何の用だ…」

 

「貴様が余りにも腑抜けてしまったようでな……あの娘にオドンそのものが取り憑いていないことぐらい、貴様は分かっていただろう。躊躇せず殺しておけばよかったものの…」

 

「……!」

 

暁烏にそう指摘され反論しようとしたが、確かにその通りだった。私は人の血を啜るのが嫌なだけで、必要とあれば人に手をかけるのに躊躇はしない。だが、私はナナに銃を向けても引き金を引かなかった。

 

「……そうだな、やはり私はナナに対して情を抱いてしまったんだろう…貴様の言う通り、情けない話だ……だが、なにも考えてなかったわけではない。直接オドンを殺してその血を啜れば、奴の力を手にすることができると思ったのだ。奴の支配の力は強大だからな…」

 

「なんと……いや、さすがと言うべきか。更なる人外の力を欲するか…!」

 

暁烏は面白そうに低いうめき声をあげる。そして、私に互いの息が触れそうになる程大きく顔を寄せた。

 

「奴は恐らく、あの紅き狼を宿主としている。青ざめた血を欲するのなら、奴を狩れ」

 

「紅き狼…マルドゥークか…」

 

マルドゥーク、ブラッドの交戦記録にもあった。ガルム神属感応種、他のアラガミを操り使役する力を持つアラガミ。先ほどの雄叫びも奴のものだったということか。アラガミを操る力は確かにオドンの力にも類似している、あのサテライト防衛作戦でも付近で確認されていたはず。

あの時、眷属を送り込み私やナナに揺さぶりをかけたのは、通常の感応波では、第三世代の神機使いであるブラッドには通用しないからか。何故、ナナを狙ったのか…たまたま私と共にいたからということはあるまい、やはりあの血の力に目をつけたのだろうな。使いようによっては、支部一つ潰すのにさほど手間もかからんだろう。

 

「当面の獲物は奴だな…奴はブラッドの皆とも因縁があると聞く、恐らく向こうからまた姿を現わす」

 

「果たして今の貴様に奴は殺せるのか……?人が人ならざるものと闘うには、それ相応の力と代償が必要になる。時には人ですらなくなるほどのな。だが、貴様は人の身でありながら、獣の如き道を進むことを選んだ。今更引き返すなどできぬぞ」

 

「分かっているとも…奴らと闘う時は、私は一匹の獣になる。そうでなければ、奴らを狩り殺すなど到底無理な話だからな…」

 

マルドゥークは今まさに近くにはいるのだが、今回はお預けだ…確実に奴を殺せる時までな。そして私は、ブラッドの皆に心を引きずられないよう、狩人であることを忘れないように強く心に留めておかなければならない。

今のままの私では駄目なのだ、私は人の身でありながら獣にならなければならない。ヤーナムにいた頃の、血に酔いしれていた私を取り戻さなければならないのだ。

 

「ではな…貴様の目覚めが有意義なものであらんことを…」

 

「やめろ…あいつの真似事なぞするな」

 

暁烏に悪態を吐きながら、私は私の世界へと目覚めるために、血濡れた雪の中を歩き出すのだった。

 




最近、どんどん目移りしてしまって、ネタばかり溜まっていく…色んな二次創作を書きたくなってしまうこの頃。


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21話 ダンシング・オウガ

今回は息抜き回です。やんわりと血に塗れます


リンリンと鳴る時計のアラーム、ボタンを押してアラームを止めるも、実のところアラームが鳴る前からもう目は覚めていた。 ここ最近、僕はまともな睡眠が取れない。決まって必ず、あの夢を見るからだ。

血の匂いが立ち込めた街と得体の知れない怪物たち、ひどく断片的で要領を得ないものだ。でも、その夢が僕はたまらなく恐ろしい。この夢を見るようになったのは、きっとイオリとの感応現象を起こしてからだ。

 

(あのイオリの記憶…イオリはいったい何者なんだろう)

 

イオリは人の姿と知性を持つアラガミとされるが、僕にはそれだけだとは思えない。ただのアラガミなら、あんな記憶を持っているはずがない。

 

(僕が考えても仕方ないかな。本人に聞いたところで、きっと答えてもくれないだろうし…)

 

ベッドから起き上がり、いつものフェンリルの制服に着替えながら、今日の予定を確認しておく。今日はサテライト拠点付近の哨戒任務がある…それともう一つ、黒蛛病の患者たちの移送だ。

度々、この地を襲う紅い雨、赤乱雲によって発生する黒蛛病。発症した場合の死亡率は100パーセントという恐ろしい病だ。しかし、そんな黒蛛病の治療法を研究するために、ジュリウスがラケル博士に掛け合ったところ、患者たちをフライアにて出来は限りの処方、治療法の確立のための研究を開始することになったのだ。

今回はその患者たちを、安全にフライアに移送するための任務、ということだ。絶対に失敗は許されない、とても大事な任務だ。

 

(今はイオリの記憶のことは忘れるんだ、そんな事に気を取られてる場合じゃない)

 

眠気でしょぼしょぼする目を擦りながら部屋を出て、ブリーフィングルームへと向かう。この寝不足にも頭を悩ませてはいるが、実は他にも頭を悩ませる種はある。

 

「おい、ロミオ。今回の任務はヘラヘラしてられる余裕なんてねぇんだぞ、分かってるのか?」

 

「なんだよ、俺はいつだって真面目だって!こないだの任務だって大活躍だったろ?」

 

ブリーフィングルームに入ると、案の定、ギルとロミオ先輩が口論になってた…最近はいつもこうなのだ。ギルの言う通り、近頃のロミオ先輩は凄いやる気に満ち溢れているんだけど、どこか空回りしている感じなのだ。ギルはそれが気になるようで、ロミオ先輩に突っかかってしまうのだろう。

そしてもう一つ、頭を悩ませる種は…言わずもがな、ブリーフィングルームの隅で一人、静かにかつ鋭い殺気を放っているイオリだった。イオリはナナの一件が済んでからずっとあんな感じなのだ、前以上に近寄りがたい雰囲気を醸し出してる。

 

(お陰でオペレーターのウララちゃんが泣いてたもんな……あの時、ナナを助けるための一役を担ったイオリだけど、その時に何か心境の変化でもあったのかな…?)

 

眉をひそめて何かを思案しているイオリは、ロミオ先輩とギルのやりとりにも我関せずだ。その赤い瞳の向こうで何を考えているかは、まるで検討もつかない。

 

「またやっているのか、お前たち…そろそろブリーフィングを始めるぞ」

 

ブリーフィングルームに入ってきたジュリウスとシエルに仲裁され、互いにむすっとした表情でそっぽを向く二人。まあ、二人は別に仲が悪いわけでもないし、むしろギルもロミオを心配するからこそ、ああやって口が出てしまうのだろう。

 

「さて、ブリーフィングを始めるが……その前にだ」

 

ジュリウスがブリーフィングルームの扉を開けて手招きをすると……

 

「…香月 ナナ、本日付で局地化技術開発局所属"ブラッド"に原隊復帰しました!」

 

入って来たのは、元気いっぱいに原隊復帰を告げるナナだった!さっきまで言い争いをしていたギルとロミオ先輩もビックリした表情を見せるも、すぐに顔を綻ばせた。

 

「ナナ、もう体はいいのか?ちゃんと元気になったのか?」

 

「うん!みんなには…その、凄く心配かけさせちゃって、ごめんなさい…」

 

「全くだ…だがまあ、元気になったようでよかった」

 

えへへ、と照れ臭そうに笑うナナ。どうやらもう大丈夫みたいだ、ナナは自分の血の力を受け入れ、きっと大きく成長したに違いない。

 

「あ、そうだ!ねぇ、イオリ!あの時の…」

 

「…待て」

 

イオリはナナの言葉を遮ると、何も言わずに首を横に振った。それを見たナナも何か察したのか、その言葉の先を続けることはなかった。その代わり、ナナはいつも担いでいる大きな袋からおでんパンを取り出してイオリに渡し、イオリはイオリでそれを黙って受け取って齧ると、少し満足そうな表情を見せるのだった。

 

「……では、今回の作戦について確認を行う。今回の作戦は、サテライト付近の索敵、及び安全の確保。そして、黒蛛病患者たちを無事にフライアまで護送することだ。本作戦では、我々ブラッドは感応種への対策の為、第一、第五部隊との混成部隊を組み行動する。感応種が現れた際は、我々ブラッドが尖兵となる」

 

「既に周囲には感応種がいると?」

 

「いや、まだ確認はされていない…前回の防衛作戦時ほどのアラガミは確認されていないが、感応種がいる可能性はゼロとは言い難い。それに今回はあくまで患者たちの護送が主任務、感応種が現れた際は討伐よりサテライト拠点から引き離すことが最優先になる」

 

「じゃあ、感応種が現れたら私の出番だね」

 

「おいおい、出番ってそりゃ血の力を使うってことか?」

 

ロミオ先輩が驚くようにそう言うも、ナナの目には強い意志が宿っていた。きっと危ないからやめておけと言っても、ナナはその身を盾に、力を使うだろう。

 

「私の血の力ならアラガミを誘引できるんでしょ?大丈夫、私はもう自分を犠牲に、なんてことは考えてないよ。でも、それで誰かを助けられるなら、私はこの力を使う」

 

「……はぁ、分かったよ。じゃあ、一つだけ約束…一人で無茶はしないで、いい?」

 

「うん!……ってそれはキョウスケもだよ!」

 

「うっ……うん、僕も約束するよ」

 

えへへ、と照れ臭そうに笑うナナ。ナナは以前よりもずっと落ち着いた雰囲気になった気がする、きっと血の力を受け入れたことで大きく成長したに違いない。

 

「ふっ…では、作戦開始は2時間後だ。各自、それまでに準備を整えておくように」

 

「了ー解!」

 

「うっし、気合い入れてくぜー!」

 

「おいロミオ、俺の話を聞いてたか…?」

 

「さて、と……ん?」

 

ジュリウスがブリーフィングを締めくくり、皆んなが準備のためにブリーフィングルームを後にしていく中、イオリはまた難しい顔をしてぼんやりとしていた。ただ、片手にはナナから貰ったおでんパンがあったけど。

 

「…どうしたの、イオリ?さっきから…というか、ここのところずっと難しい顔してるよ」

 

「…そういうお前も酷い顔だな、寝不足なのが見て取れる」

 

「む……誰のせいだと…」

 

イオリは暫くじっと僕の顔を見ていたけど、すぐに僕から目を離してまたおでんパンを齧りはじめた。

 

「なに、私はこのおでんパンの具について思案していただけだとも」

 

「…あっそ、どんな深刻なことを考えてるのかと思えば…僕ももう行くけど、イオリも時間には遅れないようにね」

 

「分かっている」

 

なんだかはぐらかされただけなような気もするけど、僕も作戦の準備をしなくちゃならない。僕は先にブリーフィングルームを後にして、神機格納庫へと向かう。

本当はイオリの記憶、あの夢についても、あの記憶が何なのかも聞きたかったけど…やはり、それ以上知ってはならない何かであるような気がする。そう、知らぬが仏、世の中には知らなくていいもの、知らない方がいいものがある。イオリのあれはきっとそういうものなのだ。僕はそう心に言い聞かせて、神機格納庫へと足を進めた。

 

 

 

ーー

 

 

 

……作戦開始から既に2時間、今日は比較的に穏やかで、特に大きなアクシデントも起きていない。作戦は順調に進んでいた。もう暫くすれば、患者たちの護送が始まるだろう。しかし…

 

「……〜〜っくあぁ…」

 

青く高く広がる空を眺めていると、自然とあくびが出てくる。今日は気持ちのいい風も吹いている、日向で風を感じながら昼寝でもしたらきっと気持ちいいだろう。

私は崩れた廃墟の屋上で悠々と寝転んでいた。何故そんなことをしているのかといえば、まあ理由はきちんとあるが。とにかく、私は今とてつもなく退屈だった。

 

「おい…何をしている、鴉の」

 

「んぁ…?………ああ、ヴァルトールか」

 

ふと日差しが遮られ、顔に影がさす。寝転がる私を見下ろしていたのは、バケツのようなへんてこな被り物をした神機使い、ヴァルトールだった。

 

「もう、ドレッドパイクどもは仕留めたのか」

 

「あのような雑魚には数分もかからん。それより、お前たちはシユウの討伐が担当だろう。そっちはどうした……ああ、あそこにいるのか」

 

私が寝転がっていた廃墟の屋上、そのふもとの大きな駐車場には大きな翼手を振りかざすシユウと…

 

「今こそ!我が騎士道を示す時っ!」

 

「もう…!私の邪魔しないでよ!」

 

まったくもって連携のとれていないエリナとエミールが、シユウと激戦を繰り広げていた。エミールは馬鹿正直に正面から突っ込むだけ、対してエリナはエリナで、エミールを気にもかけようとせず、やはり突っ込むばかりだ。

 

「まったく、あの二人は……それで?再度聞くが、お前はここで何をしている?」

 

「…あの二人にだな、『君はそこで見ていてくれ!我が名において、彼奴に制裁を下してみせよう!』とか『あんなの私一人で十分なのよ!あんたは引っ込んでて!』…とか言われたのさ」

 

「……」

 

ヴァルトールは呆れて何も言えないといった感じだ、しかし、私自身、何故かまったくもってやる気が出ないのだ。いつもなら、嬉々としてアラガミに飛びつくのだが…今はマルドゥーク以外のアラガミなどどうでもいいと感じているのだ。

 

「しかしなぁ、鴉の。素直に従うお前もどうかと思うだがな…」

 

「あの二人がやると言ったのだ。別に敵わん相手でもないだろう…任せておけばいいさ」

 

遠目に戦う二人をぼんやりと眺めながら、私はまたごろりと横になる。ヴァルトールも来たことだ、後は3人に任せておけば作戦はすぐにも終わるだろう。

 

「…なあ、鴉の。ここは一つ、賭けでもしないか」

 

「賭け…?」

 

「ああ、エミールとエリナ、どちらがあのシユウを仕留めるか。どうだ、少しは興がのってきたか?」

 

「ほぅ…」

 

確かに、あの二人の実力は拮抗しているといえるだろう。しかも連携などとらず、競うように戦っている。どちらが先に仕留めるか、賭けてみるのも面白いかもしれない。

 

「負けた方は…そうだな、今夜の晩飯を奢るというのはどうだ」

 

「…なるほど、退屈しのぎにくらいはなりそうだな。いいだろう、その賭け、乗ったぞ」

 

「クハハッ…そうこなくてはな。私はエミールに賭けようじゃないか」

 

「私はエリナにだな」

 

これで賭け成立、後はあの二人の行く末に期待しようじゃないか。いつもなら見ているくらいなら自分でやる、と言いたいところだが、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。

あの二人も、まだまだ荒削りで未熟な点も目立つが、実力は確かだ。既にシユウはかなりの手傷を負っている。勝負が決するまで、そう時間はかかるまい。

 

「うおおぉっ!」

 

「このおおっ!」

 

逃走しようと背を向けたシユウの右足をエミールのブーストハンマーが砕き、翼手をエリナのチャージスピアが貫いた。シユウも堪らず叫び声をあげながら周囲に熱風を振りまくが、二人はきっちり躱し、装甲で防ぐ。

右足を潰され逃げることも叶わず、翼手の負傷により反撃もままならない。もはやシユウに抗う術は絶たれたと言っていい。そんなシユウにとどめを刺すべく、エミールはブーストを起動し、エリナはオラクルのチャージを始める。

 

「これでっ!」

 

「終わりよ!」

 

「ーーッ!」

 

エミールとエリナの放つ全力の一撃、ブーストにより加速したエミールの鉄槌とオラクルを纏うエリナのチャージグライド、手負いのシユウを仕留めるには十分過ぎた。

しかし、一つ問題があったとすれば…その一撃は、双方ともに同時に直撃したことか。二人の全力の一撃にシユウは断末魔をあげながら地に伏した、シユウは仕留められたが、これではどちらが仕留めのか分からないではないか。

 

「なんだ、あの二人…その気になればきっちり連携も取れるじゃないか……だが、これではどちらが仕留めたか判断が付かん」

 

「ちっ…折角の賭けだというのに、勝敗がつかねば意味がない…気に入らんな」

 

なんだか物凄くモヤモヤした気分だ、こんな終わり方では納得いかん。何か別の方法でヴァルトールとの賭けの決着をつけねば…

 

『ヴァルトールさん、報告です』

 

「む、テルオミか。どうした?」

 

『実は付近にかなりの数の小型アラガミが確認されたんです。反応パターンから恐らくはオウガテイル、推定でも30匹はいるそうですが…周辺の部隊と協力して、これを排除してほしいとのことです』

 

「ほぉ…それは面白い」

 

オペレーターのテルオミからの連絡に、バケツのせいで見えないが、ヴァルトールはニヤリと笑っていたに違いない。待ってましたと言わんばかりの声色だ。

 

「鴉の、ここはもうひと勝負といこうじゃあないか。勝敗がつかないままというのもつまらんだろう」

 

「いいだろう、望むところだ。そして、勝負の内容はこうだろう?どちらがより多くのオウガテイルを狩れるか……違うか?」

 

「クックックッ……察しがいいな、全くもってその通りだ。テルオミ、オウガテイルは私たちで始末する。他部隊に知らせる必要はない」

 

『え、いいんですか?』

 

「ああ、私とイオリで掃除する。その代わりにだな、テルオミには私たちが何体オウガテイルを討伐するかをカウントしてほしい、構わんだろ?」

 

『何体倒すか?……ああ、つまりイオリさんと競争ってことですね!それは面白そうです!じゃあ、ちょっと待っててください…』

 

無線越しのテルオミの声が遠ざかっていき、無線の向こうで何やら話している声が微かに聞こえてきた。しかし、ふたたび無線から声が聞こえた時、その声はテルオミのものではなかった。

 

『え、えと……私が、その、イオリさんの討伐数をカウントします……よ、よろしくお願いします!』

 

『僕たちがしっかりモニタリングしておきますので、思う存分戦ってください!』

 

無線から聞こえてきたのは少女の声、確か名前は星野 ウララだったか。彼女もオペレーターだが、何故か私は彼女にかなり怖がられている。一体何故だろうか?まあ、別にそれはどうでもいい。とにかく、私の討伐数をきっちり数えてくれればいいさ。

 

「よし、これで準備は整ったな…今度は細々とした賭けなんぞではなく、自身の実力で勝負だ。言っておくが加減はせんぞ?」

 

「当然だ、手抜きなどされてもつまらん」

 

「フッ…面白くなってきたな。ではこのコインを合図がわりにしよう。コインが地面に落ちるのと同時にスタートだ」

 

ヴァルトールはポケットから取り出したコインを指の上に乗せ、弾きあげる。あのコインが地面に落ちると同時に、勝負開始だ。弧を描いて宙を舞うコイン、それが地面に落ちて行く……

 

「どう?私だってあれぐらい余裕なのよ!」

 

「友よ!我が騎士道、その目に刻んでくれたか⁉︎」

 

シユウを討伐し終えた二人が私の元に駆け寄ってきたその瞬間、コインが小さく音を立てて地面に落ちた。その音が耳に入るやいなや、私とヴァルトールは同時に駆け出した。

 

「えっ…ちょ、どこ行くのよ⁉︎」

 

狼狽するエリナの声はまるっきり無視して、オウガテイルの匂いがする方向へと全力疾走する。報告にあった通り、かなりの数がいるようだ。これならこいつの肩慣らしにもちょうどいい。

 

「…!あれがオウガテイルの群れか!」

 

廃墟の合間を縫って走り抜けて行き、遂に道路を闊歩するオウガテイルどもを見つけた。報告通り、かなりの数だ。しかし、中には堕天種や、見慣れぬ形態のオウガテイルがいる。どうやらただのオウガテイルの群れではなさそうだ。

しかし、所詮は雑魚の集まり。一匹一匹は大したことはない、私のこの新たな神機の練習台になってもらおうではないか。

 

「さあ、行くぞ…!狩りの始まりだ!」

 

「一匹残らず丁寧に潰してやろうじゃないかっ!」

 

『頑張ってくださいね、ヴァルトールさん!』

 

『わぁっ…!すごい数です…だ、大丈夫なんですか?』

 

ヴァルトールはオペレーターの声も無視して、ブーストハンマーのブーストを起動し、一気に加速してオウガテイルの群れへと突っ込む。私も、新たな神機の……ブーストハンマーのブーストを起動する。

私の新たな神機、それはブーストハンマーをベースに造られた神機だった。いつも通り、装甲を排除して新たな機構を取り入れてある。だが、それがなくとも、ブーストの加速による重打の威力は凄まじい。

 

「ーーゴッ…!」

 

ブーストの加速を乗せたハンマーの一撃が、群れの最も端にいたオウガテイルの脳天に直撃し、そのままぐしゃりとトマトのように潰れる。ヴァルトールもその丸ノコでオウガテイルをすり潰し、オウガテイルたちは強襲してきた私たちに警戒と怒りの雄叫びをあげた。

 

(さて、数もいることだ。早速使わせてもらおう…!)

 

通常、ブーストハンマーの後部には、ブーストの噴出機が取り付けられているが、この"ガンハンマ MK.2"には大きな撃鉄が取り付けられているのだ。これこそ、ガンハンマ MK2の真価だ。

撃鉄を肩に押し当て、金属音とともに撃鉄を起こす。それと同時に、神機内にある熔炉に火が灯もり、オラクルの燃焼が始まる。神機の各所から火の粉を舞わす様は点火された爆弾だ。

 

「はははっ!そら、行くぞ…!」

 

ブーストの加速も乗せ、更に宙返りの要領で質量を乗せた鉄塊の一撃を、一匹のオウガテイルへと振りおろす。当然、オウガテイルはなすすべなく鉄塊に叩き潰されるが、そのインパクトの瞬間に熔炉内のオラクルが一気に爆発し、強烈な熱を吐き出す。

 

「ーーっ…!くそ、凄まじい火力だな…!」

 

周囲を焼き尽くす勢いで吐き出された灼炎は、当然神機の持ち手である私にも牙を剥く。お陰で指先が少し炭化している気がする。直撃を受けたオウガテイルは黒焦げのミンチになっていた。

 

(相変わらず使用者の安全はかけらも考慮していないな…だが、それでも有り余る破壊力、フファールハマーに比べればまだ使いやすい方か…!)

 

「おお、素晴らしい火力だな、鴉の!これは俺も負けてられん…!」

 

ヴァルトールもブーストの加速を上手く制御しながら、丸ノコでオウガテイルをバラバラに引き裂いていく。やはり、安定性はあちらの方が断然上だ。こちらはこの火力で押し通すしかない。

再び撃鉄を起こし、今度は周囲を薙ぎ払うようにハンマーを振るい、爆風を撒き散らす。これほどの数を相手にするなら、ベエーアディーゲンの方がいいかもしれんが…。

 

(ふむ…悪くないな、この感じ…!)

 

私は案外、この神機は性に合っているかもしれん。本当は初めて手にするブーストハンマーの使い方をヴァルトールやエミールから教授してもらおうと思ってもいたのだが、今回ばかりはこのまま力任せに振り回すだけだ。それでも、十分過ぎるパワーだ。多少の自傷ダメージはリゲインでどうとでもなる。

 

「ははっ…いいぞ、乗ってきた!」

 

とにかくハンマーを振り回し、オウガテイルを叩き潰し焼き尽くす。自分ではもう何体倒したか分からないが、神機を構えて振り向いたその時だった。

 

「キュウゥ…?」

 

「あ?」

 

目の前には、奇妙な物体が浮遊していた。見た目はちょうど捕食形態の神機にも似ているが、随分と小さい。それも何やら怯えるように震えている。

 

『あぁっ!アバドンっこですよ!めんこいなぁ……』

 

「アバドン……ああ、あの幸運を呼ぶアラガミだとか言われてる…」

 

聞いたことがある、滅多に姿を現さない謎の多いアラガミで、希少な素材が手に入ることがあることから、幸運を呼ぶアラガミと呼ばれているんだそうだ。だが、今の私には至極どうでもいいことだ。

 

「キュウッ!」

 

『アバドンっこは普通なら見づげんのおどけねぇなや!あいづ一匹欲しいなぁ…!』

 

「?……悪いが興味ないな」

 

私はバッターがホームランを狙う要領で大きくブーストハンマーを振り上げると、アバドンへめがけて勢いよくスイングした。

 

「キュッ⁉︎」

 

『あぁ⁉︎』

 

私のフルスイングをもろに受けたアバドンは、情けない声と共に…空の彼方へと飛んで行った。最後にキラリと光る星も見えた気がする、なんとテンプレなやられ方だろうか。

 

『ア、アバドンっこがぁ……』

 

空の彼方へと吹き飛ばされたアバドンに意気消沈するウララ、こちらとしてはアバドンに夢中になる前に、しっかり討伐数のカウントをして欲しいのだがな。

 

「おい、アバドンはもういいだろう。それよりちゃんとカウントはしているんだろうな?」

 

『は、はい!え、えと…さっきの討伐数が9体で、それから………』

 

「……」

 

『た、多分…11体くらいです……多分…』

 

「……おい」

 

『ひぇっ…!す、すみません!今からちゃんともう一度カウントします!今倒したのが一匹目で、次が…』

 

「一から数え直してどうする⁉︎」

 

『あわわっ!……ふ、ふえぇ、ごめんなさい〜!』

 

神機を振るう手は止めずに、ついウララに声を荒げてしまう。私の剣幕に怯えるウララの声は、今にも泣き出しそうなくらいだ。こんなことをしている間にヴァルトールは更に討伐数を重ねていく。このままでは私は負けてしまう!

 

「ちっ…今からカウントでも構わん!次はきちんと…」

 

『一体何をされているのですか、あなたは…?』

 

無線から聞こえてくる声、それは先ほどまでのウララの声とは違った。怒気を含んだその声、私はその声を何度も聞いたことがあった。

 

「その声…フランか?」

 

『ウララちゃんがべそをかいているから何をしているかと思えば…!』

 

通信回線を切り替えて割り込んできたのは、同じくオペレーターであるフランだった。そして予想通り、怒髪天を衝く状態である。

 

「待て、今私はヴァルトールと勝負を…」

 

『ヴァルトールさん、凄いですね!まさか一人で14匹ものオウガテイルを倒してしまうなんて!オウガテイルの数も残り少ないです、この調子で頑張ってください…え、勝負?何のことでしょうか…』

 

「ふむ、このまま行けば何とかなりそうだな……勝負?はて、何のことだったか…」

 

「貴様ら…!」

 

突如として素知らぬふりをするヴァルトールとテルオミ、こいつらフランに任務中にふざけていたのがバレるのがそんなに嫌か!しかもちゃっかり討伐数のカウントだけはしていやがる…。

 

『無駄にウララちゃんを怖がらせるのはやめてください。また説教されたいんですか?』

 

「いや、それは誤解が…」

 

『説教、されたいんですか?』

 

「いや……」

 

今度は私がフランの剣幕に押される番だった。流石にウララのようにべそなどはかかないが、その無線越しから伝わる凄まじい気迫に、少し肝を冷やした私だった。

 

 

 

それから、オウガテイルの群れは数分もしないうちに全滅した。ヴァルトールとの勝負は、私が途中までのカウントで11体、ヴァルトールが19体…もちろん、私はウララが数え間違えたから勝負は無効だと主張しはした。しかし、自分でカウントしていなかったのが悪いというヴァルトールの反論にぐうの音も出なかった…。

結果として、私はヴァルトールとの勝負に負けた。負けた側は、今夜の晩飯を奢る、それが最初の賭けで取り決めたことだったが、それよりも恐ろしい罰ゲームを受けることになるとは、この時は微塵も思っていなかった。

 




ウララちゃんの方言は表現が難しいので、たまに訛る程度に。
自分は東北に行ったことすらないので、訛りの表現があってるか分かりません。間違えてたら方言を交えて罵倒しておいてください


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22話 聖なる探索 女心の章

今回は若干キャラ崩壊してるかも?
シリアスなノリばかりも疲れるので、たまにはギャグ調に

アマゾンからダークソウルのリマスターが届かないのでむしゃくしゃして書いてやった、後悔はしていない。


先日の黒蛛病患者の護送作戦、特に大きなアクシデントが起きることもなく、作戦は滞りなく進んだ。問題があったとすれば…そう、私がヴァルトールとの勝負に負けたことだ。

どんなに言い訳をしたところで、結局のところ負けは負けだ。しかし、私は負けた側の罰、つまり夕食を奢ってやろうとしたのだが……。

 

「クハハッ…騙して悪いが、貴様が奢る飯などここにありはしない」

 

「ヴァルトール、貴様っ…!」

 

両手をヴァルトールの部下である山村とマダラスに拘束され、地面に押さえつけられたままの私は、ただヴァルトールを睨むことしかできない。

ラウンジに来い、ヴァルトールにそう言われて奢る準備をしてきた私は、何故かラウンジに入ったところをこの二人に拘束されてしまったのだ。そして今、目の前には悪役のごとき高笑いをするヴァルトールがいた。

 

「何の真似だ、私は昨日の賭けの負け分を清算しにきただけだぞ…!」

 

「クックックッ…その件についてだがな、お前の奢りはなしだ。元より、こうするつもりだったがな…」

 

「…なら何が目的だ」

 

「そんなことは決まっているだろう、お前に罰ゲームを受けてもらう、それだけさ」

 

…まさか、最初から私を拘束することが目的だったというのか?となれば、こいつらは!実は本部から送られてきた刺客だったというのか…!

 

(何ということだ…完全に油断しきっていた…!くそ、どうすればいい…⁉︎)

 

「さて、鴉の。そろそろ観念してもらおうか、暴れたところでどうにもならんぞ?」

 

「貴様ら、本部の人間だったのか…!」

 

「…?ああ、確かに、俺たちは元々は本部所属のゴッドイーター だが…今はそんなことどうでもいい。さあ、出番だぞ……ハルオミ!」

 

元…?いやいやいや……それよりも今ハルオミ、と言ったのか?何故そこでハルオミが出てくる?何が起こってるのかまるで分からんぞ!

 

「…フッ……ようやく、俺の出番か」

 

「ハ、ハルオミ…?」

 

ヴァルトールがその名を呼ぶと同時に、本当にあのハルオミがラウンジの奥から姿を現したのだ。まさか、ハルオミも本部絡みの…いや、もしかしてこいつらは……本当に私に罰ゲームを与えたいだけなのか?

 

「鴉の、今回の罰ゲームはこのハルオミに任せることになった。まあ、十中八九ロクなことにならんが…頑張れ」

 

「おいおい、まるで人を悪い奴みたいに言うのは良くないぜ。俺はな…イオリを導いてやらなきゃいけないのさ」

 

「…まあ、何でもいいさ。これでこの間のカードの負け分はチャラだ」

 

「おう、お釣りが出るぐらいだな」

 

ハルオミに罰ゲームを…カードの負け分……そうか、そういうことか。こいつら、本部の刺客とかそんなお上品なものなんかじゃない。凄まじくアホくさいことに私は巻き込まれてしまったようだ。

恐らく、ヴァルトールはハルオミに何かしら貸しがあった、それなりに大きな貸しが、だ。それをチャラにする代わり、私の罰ゲームをハルオミに委ねた、つまりはそういうことだ。私に賭けを持ちかけた時点で、こうするつもりだったのか…!

 

「さーてと…イオリ、先に言っておくが、お前に拒否権はないぜ?お前はヴァルトールとの賭けに負けたんだからな。すっとぼけようとしても、通信記録に会話が残ってるから言い逃れもできないぜ……まあ、それだと可哀想だから選択肢ぐらいはやる」

 

「…分かったよ。抵抗はしない、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

「よぉし、それでこそだぜ。じゃあ……今から示す三つの選択肢から、お前自身が受ける罰ゲームを選ぶんだ」

 

そう言ってハルオミはどこから持ち出したのか、小さなボードを取り出し私に見せた。そこにはハルオミが言った通り、三つの選択肢があった。その選択肢は……

 

「なっ……何だこの選択肢は……⁉︎」

 

 

選択肢、①

フランと姉弟プレイ!一話の間、フランのことは"お姉ちゃん"と呼ばなければならない。

 

選択肢 、②

可愛く女装プレイ!ハルオミが指定した衣服で一話過ごさなければならない。

 

選択肢、③

リッカとオトのドキドキ☆人体実験コース!

 

 

「さあ、どれがいい!どれか一つ、選ぶんだ!」

 

「全部嫌に決まってるだろう⁉︎」

 

何だこの選択肢は!どれもこれもまともなものが無いではないか!①と②の選択肢を考えた奴は誰だ⁉︎こんな屈辱的なことを私にやれというのか!それに一話とは何だ?何故一日ではなく一話なのだ⁉︎

……選択肢、③?誰が選ぶか!論外だ、論外!

 

「全部嫌なのか?じゃあ、しょうがないなぁ……お前は協調性に欠け、任務中に勝手な行動ばかり取って困る。部隊での行動には支障が出る、と支部長に報告しておこう。実はもう報告書は作成済みだ、キョウスケとブラッドの隊長さんのサイン入りのな。それでもいいのか?もう、任務にも出れなくなるかもよ?」

 

「…っ!貴様ぁ…!」

 

ニヤニヤとムカつく笑みを浮かべるハルオミ、今すぐにぶん殴ってやりたいぐらいだ。ジュリウスは分からんが、もしかしたらキョウスケもこの悪巧みに加担しているのかもしれん。わざわざそんな報告書まで作りおって…!

 

「くそっ…どうしても、どれが選ばせる気か…!」

 

「そりゃ当然、でもな…これはお前の為でもあるんだぜ。選択肢の③はエンジニア二人の希望だけど」

 

「私の為、だと?」

 

「お前さ、シンガポール支部から来てたキャリーちゃん、って覚えてるか?」

 

「ああ、覚えてるが…」

 

忘れるはずがない、あいつはこの世界で初めて言葉を交わした人間なのだから。しかし、あいつがどうかしたのか。

 

「お前、あの娘に別れ際にこんなことを言ったそうじゃないか。コホン…『女性としての魅力は感じないな』ってな?」

 

「……そう、だったか…?」

 

「馬鹿野郎っ!お前は本っっ当に女心ってもんが分かっちゃいないな!いいか、女、ってのはな…」

 

拳を握りしめて暑苦しく女性の素晴らしさを説くハルオミ。ヴァルトールや、はては山村やマダラスまで、ハルオミの力説に頷いて同意していた。本当になんなんだこいつらは…

 

「つまりな、これはお前への罰ゲームでもあり、お前が女を理解できる"大人"になるために必要なプロセスでもあるんだよ。分かったか?」

 

「分かるか、バカ」

 

「よし!じゃあ理解できたのなら、この選択肢から選ぶんだ」

 

「人の話を聞いているのか⁉︎」

 

「そろそろ観念したまえよ、鴉の」

 

…くそ、駄目だ。こいつら、まるで人の話を聞いちゃいない。もはや諦めて、どれか一つ、罰ゲームを許容するしかないというのか…。

選択肢、③は論外として、選択肢、①、②だが…①は嫌だ、絶対にフランを……お、お姉ちゃんなどと呼べるわけがないだろうっ!となると、だ。残された選択肢は…これも嫌だが、死ぬほど嫌なんだが……!

 

「畜生……もうあの選択肢しかないじゃないか…」

 

「お、どの選択肢だ?」

 

「……選択肢の…②で頼む…」

 

「…よおし、決まりだな」

 

これ以上ないほどの笑顔を浮かべるハルオミ、もう楽しみで仕方ないといった感じだ。私はただ、これから起こるであろう屈辱に耐えられるよう、覚悟を決めておくことしかできなかった。

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

「なあ、何故ラウンジに皆を集めた?そうまでして今の私を晒したいのか」

 

「そりゃあ、決まってるだろ……みんなお前が恥ずかしがってる所を見てニヤニヤしたいんだよ。ほら、お前って生意気だろ?特に先輩方は楽しみにしてたぞ」

 

「ふざけやがって…」

 

「おー、怖い怖い」

 

ヘラヘラした態度でいくら殺気をぶつけてやって動じないハルオミ、もうラウンジの扉はすぐ目の前だ。既に、私は恥ずかしさと屈辱で死にそうだ。今まで悪夢の中で多くの死を経験したが、これはそのどれにも当てはまらないほどにエグい…。

しかも、こいつはわざわざ皆をラウンジに集めてお披露目しようなどとぬかしたのだ。ただでさえ、この道中で奇異の目で見られていたというのに。

 

「ほらほら、恥ずかしがってないで行くぞ?」

 

「待て…!やっぱりまだ覚悟が……」

 

しかし、無慈悲にラウンジの扉は開けられ、ハルオミに無理矢理中に押し入れられる。ラウンジの中には、ブラッドや各部隊のゴッドイータたち、オペレーターたちにオトやリッカ、そうそうたるメンツが私に視線を向けていた。

 

「…っ……!」

 

一瞬、誰も声を発することがない沈黙が訪れる。しかし、次の瞬間には笑い声やら歓声やら多種多様な反応が飛び交った。

 

「イオリ…なんだよね?ビックリしたー!本当に誰かと思ったよ!」

 

「ははははっ!お前、笑えるほど似合ってんなー!」

 

そう、いまの私は、例の罰ゲームにより……女物の服を着せられている。しかも、どこから連れてきたのか、ハルオミが連れてきたとある女性二人に化粧やら髪型まで整えられる始末だ。

もう駄目だ…このような辱めを一日も耐えられる気がしない。しかも期間は一話だろう?なんなんだ一話って…この話が三日や四日も続いたら、私はその間ずっとこの格好なのか…。

 

「クックックッ…いい気味だな、鴉の」

 

「貴様ぁ…誰のせいでこんなことになったと思ってる…!」

 

「おいおい!イオリ、お前は今"女の子"なんだぜ。そんな乱暴な口調はよろしくないな。ペナルティは食らいたくないだろう?」

 

ヴァルトールに掴み掛かる勢いで突っかかったところでハルオミにそう指摘され、寸前で思い留まる。そう、この罰ゲームにはいくつかのルールがあるのだ。

一つ目は、私はハルオミが指定した衣服で過ごさなければならない。二つ目は、女性らしいおとしやかな態度を取らねばならない。そして三つ目に、これらのルールを破った際は新たなペナルティを課す、だ。

 

(くそっ…これ以上、酷い目に遭わされてたまるか。ここは我慢だ、我慢するのだ…!)

 

「はっはっはっ!お前がこんな格好をするとはな!これは愉快愉快、まったくいいものが見れた!」

 

「ふっ…これを機に少しは目上を敬う態度も身につけるんだな」

 

「…くっ……!」

 

実に楽しそうに笑うグレミアとここぞとばかりに威張るヴィート、だが、ここは耐え忍ぶしかない。何を言われようと、黙って耐えるしかない。

 

「これは驚きました、初めはイオリとは分かりませんでしたよ」

 

「あははっ!イオリがスカート履いてる〜!」

 

「ぐぬっ……!」

 

「イオリさん……ふふっ…いえ、失礼しました。中々似合っていましたので」

 

「……っ!」

 

ギリギリと歯軋りをしながら、この公開処刑をただ耐える。シエルやナナ、フランは私の髪の毛を弄ったり、別の服なら何が似合うかだとか好き放題してくれるが…人は飽きやすく、そして慣れる生物だ。じっと我慢していれば、すぐに興味が薄れる…はずだ。

 

「男なのに女装とか…キモッ………でも似合ってるかも」

 

(エリナ、今回ばかりはキモいだけでいい。後ろの一言はいらん…)

 

「…楽しそうだな、イオリ」

 

(何処が⁉︎ジュリウスよ、いったい何処をどう見たらそんな感想が出てくる…⁉︎)

 

「ほほう、これはこれは……主任に報告せねばなりませんね。彼専用の特殊衣装の開発を是非…」

 

(おい⁉︎オト、貴様は何てことを考えているのだ!そんなことをしたら……もはや口で形容するのも憚れるほど恐ろしいことになのは明白だろう⁉︎)

 

頓珍漢ななことをぬかすジュリウスやオト。私に味方はいないのか?誰も私を労ってはくれないのか?

 

「あら?ウフフッ、中々楽しそうなことをしていますね」

 

「あ、ラケル博士!」

 

ちょうどアナグラに用事でもあったのか、ラウンジの外にはラケル博士とレア博士がいた。二人ともラウンジの騒ぎに何が起きてるのか不思議に思ったのか、足を止めてこちらを見ていた。

 

「ねーねー博士!これ見て!」

 

「あ、おい…!やめろ、引っ張るな!」

 

ナナに手を引っ張られ、無理矢理ラケル博士とレア博士の前に立たされる。私を見たレア博士は言わずもがな、いつも薄っぺらな笑みを浮かべているあのラケルですら少し驚いた表情をしていた。

 

「貴方…いえ、貴女、かしら?ビックリしたわ、そんな趣味があったのね」

 

「あらあら…随分と可愛らしい格好ですね、イオリ」

 

「ゴフッ…!」

 

レア博士とラケルのダブルパンチに、遂に立ってることすらできず膝をついてしまう。ラケルは、本当に楽しそうな表情をしたまま過ぎ去っていったが私はもう駄目だ…心が折れそうだ。

 

「よかったね、可愛いだって!」

 

「もう…やめてくれ……ぐすっ…」

 

度重なる心のダメージに私は心が揺さぶられたのか、純粋にこの極限の辱めに精神が擦り切れたのか……次第に目頭が熱くなってきた。自分のこの情けない姿に、心底絶望しそうだ。ゲールマン、それと偉大なる狩人の先人達よ、あの世から私のこの滑稽な様を見て笑ってくれ…。

 

「…っ!大変です、イオリが…泣きそうです!」

 

「何⁉︎イオリが⁉︎やべ、イジメ過ぎた!」

 

「ハルさん、ここは一旦お開き!イオリがあまりに不安定になると少しマズイかも!」

 

「お、おお…しょうがないな。よぉし、みんな!イオリはしばらくの間はこの格好だ、また好きに弄ってやってくれ」

 

わざわざ私を弄りに来た面々は、去り際にやれ似合ってるだの何だのと余計な一言を浴びせていった。その一言一言が、やはり私の精神を抉った。悪夢のヤーナムを乗り越えた私ですら耐えきれない恥辱、上位者の啓蒙がなかったら発狂していたかもしれない。

 

「うぅっ…このようなことで…私が涙するなど…!」

 

「ごめんごめん、あまりにイオリを弄るのが面白かったもので…ぷぷっ…!」

 

「ロミオ……死にたいなら後で殺してやる…」

 

「殺す、ってそんな格好で言われても……ぶはっ!やっぱ面白いわ、お前!」

 

「ロミオ、そこまでにしておけ。ほら、これでも飲んで落ち着け」

 

私に水の入ったコップを差し出す、ギル。そういえば、あの騒ぎの中でも、ギル一人だけは私に対して何も言っていなかった気がする。

 

「すまないな、またハルさんのせいでこんなことになっちまって……俺からきつくあの人に言っておくよ」

 

「ギル…!お前は……本当にいい兄貴分だな…!」

 

どうやら、ギルは私の味方らしい!私のこの格好についてとやかく言うこともなく、それどころかハルオミの暴走も止めてくれるかもしれない。

 

「ただその…なんだ…お前のその格好は少し目に毒だな…」

 

「あぁ?」

 

「もしかしてギルって…こんな感じの娘が好みだったり?」

 

「ばっ…違っ、そんなわけないだろっ!」

 

「……」

 

…神は死んだ、私に味方はいないようだ。まさに四面楚歌、もう私に抗う術はないのか…。

 

{ああ…一話っていつまで続くんだろうな…)

 

ヤーナムの悪夢にいた頃も、私は決して絶望し死を望もうとしたことはなかった。いや、親に見捨てられたあの日から、常に生に執着し続けた。しかし、今、私は生まれて初めて死にたいと心から願った。

 

 

 

ーー

 

 

 

神機使いには、アナグラ内居住区にて個人の部屋が割り当てられる。部屋の中身はベットやコンソール、冷蔵庫と最低限のものは用意されてるが、ある程度なら模様替えは許可されてる。

私の部屋ももちろん用意されてるが、中はひどく殺風景だ。特に誰かを招き入れることもないので、完全に寝る時と読書の時以外は、基本使っていない。しかし、そんな部屋には珍しく来客が来ていた。

 

「んー…髪質はさらさらだけど寝癖が酷いわね」

 

「なあ…もうわざわざ手伝いになんか来なくともいいだろう?自分で何とかする」

 

「ダメよ、ハルに頼まれたんだから。どうせなら私がもっと綺麗にコーディネートしてあげたいんだけどね?」

 

「…余計なお世話だ」

 

櫛で私の長い髪の毛をすきながらクスクスと笑うこの女性は、ハルオミが連れてきた、もといナンパした女性だった。名前はイネス、リオ・デ・ジャネイロ支部所属の神機使いらしい。

そして、もう一人。机に座ってタブレットを操作するクールな女性、彼女もまた、ハルオミがナンパしてきた。名前はカミーユ、マルセイユ支部所属の神機使いだ。

 

「ねえ、本当にこんなもの貰ってもいいのかしら?普通なら機密漏洩だと思うんだけど」

 

「構わん、どうせデータに入っているのは私にしか扱えん神機のデータだ。漏洩したところでどうにもならん」

 

「そう、ならありがたく参考にさせてもらうわ」

 

私がカミーユに渡したもの、それは私の戦闘記録のほんの一部だ。勿論、人に見られても構わないごく一般的な部分のみだ。ハルオミが彼女を連れてきた時、マルセイユ支部からの視察として来ていた彼女は、精鋭部隊たるブラッドとの共同任務を申し出て来たのだが…私はそれの参加を断った。

理由?決まっている、こんな格好でアラガミと戦えるものか。代わりに記録を渡したのだから問題はないだろう。

 

「はい、もういいわよ。貴方、綺麗な髪をしてるんだからちゃんと大事にしなさい。勿体無いじゃない」

 

「だから…余計なお世話だ」

 

「ふふふっ…それにしてもハルに弄られて、女装までさせられちゃうなんて、貴方も大変ね」

 

「そう思うならますます放っておいて欲しいんだが…」

 

「嫌よ。私、貴方みたいな可愛らしい子は結構好みだもの…うふふ」

 

「……」

 

それじゃあまた後で、と意気揚々と部屋を出て行くイネスと、丁寧に礼をしていくカミーユ。二人が出ていくのと同時に深くため息が出る。あの二人が、というか主に動いていたのはイネスだが、彼女らが何をしに来たかというと…わざわざ!私が決められた衣服を身につけられるようにとハルオミが寄越したのだ。

 

「おいおい、せっかくあんな美人二人に相手してもらえたんだからもう少し嬉しそうな顔しようぜ?」

 

「喧しい、お前はもう喋るな」

 

部屋の外で待ち構えていたハルオミを取り敢えず罵倒する。毎度毎度、こいつは実はすごい暇人なんじゃないのか。

 

「その格好で過ごすのも、もう二日目だな。そろそろ慣れたんじゃないのか?」

 

「慣れるものか、ふざけてるのか?」

 

ハルオミが提示したあの選択肢、三つ目のは例外だが、二つはハルオミやブラッドの皆、その他の人々と考えて作ったのだとか。ハルオミ曰く、全て私が女性との接し方をマスターするため!らしい。

ならなぜ女装なんか選択肢に入れたのかと聞けば、女心を知るにはまず自分が女の立場に立ってみることだ、と言われた。さも当然のように言っていたが、絶対ただの詭弁に違いない。

 

「さて、お前にはそろそろ次のステップに進んでもらおうじゃないか」

 

「何?まだ何かやらせる気か…」

 

「お前は昨日一日を女装して過ごした、そこで何か得られるものがあったはずだ。それをな…女の子とのデートで活かすのさ」

 

「はぁ?」

 

「次なるステップ、それは俺が連れてきた今回の探索のモデルであるイネスとカミーユ、二人を連れてのデートだ!」

 

目の前が一瞬暗くなる、こいつは…一体何を言っているのだ。でぇと…でぇとだと?でぇとといえば男女が二人で出掛けたりするあれだろう。この間シエルから借りた本にそんなことが書いてあった。

 

「無理だ…私にそんな女性をエスコートする度量などない……」

 

「安心しろって、俺やキョウスケも連いていくからさ。それに…誰にだって初めてはあるもんだぜ?でもな、その初めてを経験しない限り、人はいつまでたっても前に進めないんだよ。お前はいつまでもそこに立ち止まったままでいいのか?」

 

「それで構わないからもう勘弁してくれ」

 

「いいや、それでいいはずがない。人が死ぬ時ってのは成長をやめた時なんだ。さあ、行こうぜ…共に高みへ、な」

 

「頼む…私の話を聞いてくれないか…?」

 

「これが完遂できたら、罰ゲームも終わりにしてやってもいいぜ?」

 

「何…それなら……いや、やっぱり嫌だ…!」

 

ハルオミは嫌がる私の襟首を掴んで無理矢理引きずっていく。初めは抵抗した私だが、ペナルティという恐ろしい言葉が聞こえたので、大人しくついていくことにした。

 

 

 

ハルオミに連れられてきたのは、昨日と同じラウンジ。中では先ほどのイネスとカミーユ、そして戸惑うキョウスケがいた。

 

「あ、ハルさん。急に呼び出すもんだから…えと、この方たちは?しかもイオリもいるし………ふっ…」

 

「貴様……」

 

「あ、いや、ごめん!ちょっと昨日のことを思い出しちゃって…」

 

私を見て笑うキョウスケを睨みつけてやるが、その様すら面白かったようで、キョウスケはずっと含み笑いを零していた。

 

「よし、これで揃ったな。カミーユ、イネス、この若いの二人がアナグラを案内してくれる。俺の故郷である極東をこの二人と共に堪能してくれ」

 

「えっ…⁉︎ハルさん、案内って僕もするの?」

 

「そうさ、ダブルデートってやつだな」

 

「あのね、ハル…私もカミーユも一応は仕事でこの極東に来てるのよ。デートだなんて……いや、その子となら悪くないかも…」

 

「…………は?私か?」

 

私の頰を指先で弄りながらそう言うイネスは、実に怪しい笑みを浮かべていた。こういうやつに世の男は弄ばれるんだろう、シエルから借りた本に書いてあった。

 

「おっとっと、イネスからのご指名だな、イオリ。じゃあ、カミーユはキョウスケとだな」

 

「ブラッドの副隊長さんと?そう、分かったわ。それじゃ、案内よろしく頼むわ」

 

「はい、任せてください」

 

カミーユに対してビシッと背筋を伸ばして受け答えするキョウスケ、あれは緊張しているとかではなく、完全に仕事モードだ。むしろ、仕事と同じと割り切る方がやりやすいのかもしれん…が、こんな格好でそんな風にも割り切れんよ…。

早く案内してちょうだい、と急かすイネスを連れて、最近になってようやく覚えることができたアナグラ内を連れて回る。キョウスケとカミーユは完全に事務的な会話になっているが、イネスはやたらと私に絡んできた。

 

「ねえ、貴方、付き合ってたりしないの?彼女とかは?」

 

「そんなものはいない。黙ってついて来い」

 

「もう、本当にいけずね。デートなんだからお喋りも楽しみましょ?」

 

「楽しむつもりもない。ここが食堂だ、腹が減ったらここに来い」

 

ラウンジとは別にある大きな食堂、職員や一般の人まで沢山の人で賑わっている。食事を取るつもりはなかったのだが、ついここに来てしまった。

 

「…あれ、イオリさん……?」

 

沢山の皿を運んでいた一人の給仕が、私の前で足を止めた。その女性の給仕は、実は元々フライアで働いていて、私たちがこの極東に来ると同時に、彼女もこちらに異動したそうだ。私はよくこの食堂に顔を出すこともあり、彼女には顔を覚えられていたのだ。

そんな彼女も、私のこの格好のせいで、すぐに私とは気づかなかったようだった。ただ、飯を食いに来たわけではないことを伝えると、私だと気づいたのか顔を赤くして走り去っていった。

 

「え、なになに?今の娘はなに?」

 

「…ただの給仕だろ」

 

「でも貴方を見て顔を赤くしてたじゃない。あれって脈ありじゃないかしら」

 

「知るか、私には関係ない」

 

「男の子ならそういうのは嬉しいもんでしょ、捻くれてるわね」

 

「私はちっとも嬉しくないな。さあ次に行くぞ」

 

イネスを連れてさっさと次の場所に行こう、と思ったのだが、何やらカミーユは自販機のドリンクに夢中になっているようだった。表情には出していないが、視線だけは冷やしカレードリンクに釘付けになっていた。

 

「さて、キョウスケ…お前はあの二人、どう見る?」

 

「ハルさん…僕は断然カミーユさんですよ。あのクールで大人な感じ、いいじゃないですか」

 

「確かに…あの絶妙にボディラインを隠すドレープ、チラリと見える素肌、想像力を掻き立てられる。だがな…やはり、イネスの生足だろ。あの脚線美、飾らない美しさというのはまさにあれだ」

 

「……確かに」

 

…そんなカミーユとイネスを後ろから眺めながらしょうもない話をする二人。キョウスケの奴までハルオミと同じようなことを言っている、完全に毒されてしまっているようだ。

そんな馬鹿二人はとりあえず置いておいてだ、ハルオミはこのでぇとという名のミッションをクリアすれば、私をこの地獄から解放すると言った。ここは…ひとつ覚悟を決めるしかあるまい。

私は何も言わずにカミーユの横に立ち、自分のクレジットが登録されたカードを自販機に差し込む。少し驚いた様子のカミーユも無視して、そのまま冷やしカレードリンクを購入しカミーユに渡す。

 

「礼はいらん、何も言わずに受け取っておけ」

 

「……強引ね、でもありがと」

 

「ちっ……」

 

柔らか笑みを浮かべてカミーユは冷やしカレードリンクを受け取るが、私はなんだかむず痒い気持ちになって顔を背けてしまう。そんな様を見て、ハルオミらは実に楽しそうに笑っているのだった。

 

「いやぁ…中々やるな。少しはイオリも成長した、ってことかな」

 

「ハル、あんまりからかうのも可哀想よ」

 

「んもう、恥ずかしがっちゃって!狙ってやってるの?狙ってやってるのかしら?」

 

私をからかうハルオミをカミーユはたしなめていたが、イネスはここぞとばかりに絡んでくる。イネスは私の頰を弄るのが気に入ったそうで、随分と好き放題してきた。こういうのを、"SAN値が削れる"と言うのだろうか、シエルから借りた本に書いてあった。

それからもハルオミとキョウスケは案内しつつ、二人で女性の美について語り合っていた。私はイネスからのある意味精神的拷問を耐えつつ、アナグラの案内を続けるのだった…。

 

 

 

ーー

 

 

 

「ふぅ、流石に少し歩き疲れたわね」

 

アナグラ中を歩いて周りイネスたちも疲れてきたのか、一旦ラウンジに戻ってきた。カミーユは、ちょうどラウンジにいたナナやシエルと、ラウンジの隅で飼育されているカピバラと戯れていた…が、イネスは相変わらず私の頰を弄っている。よほど気に入られてしまったらしい。

 

「ならもうこのでぇとは終わりだ、さっさと帰ってくれ」

 

「結局、貴方は最後までその調子ね。私と過ごすのは楽しくなかったかしら?」

 

「少なくとも、心躍るものではなかった。あと馴れ馴れしく触るのをやめろ。いい加減にしないと私とて我慢の限界がある」

 

「ああ、ごめんなさい。ついつい、ね」

 

悪戯っぽく笑いながら手を引っ込めるイネスは、どう見ても反省はしていない。

 

「それにしても…ハルは本当に相変わらずよねぇ…」

 

「…?ハルオミとは初対面では?」

 

「ううん、ハルと会ったのは2年ほど前だったかしら…私とハルがロシア支部にいた頃よ。私がナンパされたのはその時、ってわけ」

 

そういえば、ハルオミは世界中の支部を転々としていたらしい。最終的には故郷である極東に戻ってきたらしいが…転々としていたその目的、恐らくは敵討ち。あの紅いカリギュラ、自分の恋人の仇である奴を追って、世界中を駆けずり回ったのだろう。

しかし、そんな仇打ちを志す中で、ナンパをしていたのはどうだろうか。あの世で恋人に呆れられていないか?

 

「でもハルは変わったわ。ロシア支部にいた頃に比べて、憑き物が落ちたと言えばいいかしら…ハルはちゃんと仇を取れたのね」

 

「…知っていたのか?」

 

「つい先日にね。貴方たちブラッドの隊員、ギルバート・マクレインは通称"フラッギング・ギル"、上官殺しのギルと呼ばれていたのよ。極東に行く片手間に少し調べたら、ハルとの関連、そしてとある任務でハルと同部隊の女性がなくなっていることも分かったわ。ハルがロシア支部に来た理由も、なんとなく想像がついたもの」

 

どうやらイネスはハルオミが仇打ちのために戦っていたことを知っていたようだ。そして改めてハルオミと再開して、ついに仇を討つことができたのを、雰囲気から察したようだ。

 

「でも……相変わらずあのスタンスは変わらないのねぇ。ハルが私と会った時になんて口説いて来たか教えてあげようか?」

 

「興味はないが…」

 

「『俺は後で後悔しないように生きている、自分の心に正直に生きているのさ。だから…俺は未だに青春の風を感じている……お前はどうだ?俺と一緒に…この風を感じてみないか?"…って口説いてきたのよ。まあ、悔いのないよう、ってところは同意できるけど、30近くになってまでも青春を語るのはねぇ…」

 

「……とりあえず、あのノリは変わっていないことは分かった」

 

「でもね、ハルは自分が楽しければそれでいいなんて思う人でもないわ。相手のことだってきっちり考えてる、貴方の罰ゲームだってそうよ?」

 

何…?この罰ゲームが私のとって本当に意味のあるものだと?本気でそんなことを思っているのか。私はただ、昨日今日と恥ずかしい目にあっただけではないか。

 

「昨日、ハルが言ってたわ。貴方、かなり無茶な戦い方ばっかりするそうね?いつか死ぬんじゃないかって、心配してたわ。自分の恋人と姿を重ねてしまうのかしらね」

 

「……」

 

「貴方も副隊長さんも、私たち"大人"からすればまだ"子供"よ。身体も心も成長する、そんな多感な時期。でも、その時を命がけの戦場で使い潰すなんてあまりにも勿体ない、少しでも普通の青春というものを教えてやりたい…ハルはそんなことを言ってたわ。ふふふっ、流石に女装までさせるのは悪ノリが過ぎるとは思うけどね」

 

「…はぁ…お前もお節介な奴だな、ハルオミ…」

 

ハルオミの有難い心遣いに感謝……などするか、バカが!こんなものは思い出ではなく、黒歴史、或いはトラウマと呼ぶものになるのではないか⁉︎私はなぁ、女心を理解するどころではなかったぞ?いや、自身の性が男だったことを一瞬呪いもしたが…。

 

「そしてもう一つ、この罰ゲームには意味がある」

 

「何…?…ハルオミ?」

 

私とイネスとの間に突如割って入ってきたハルオミが、ニヤリと笑いながら私に問いかけてきた。

 

「お前さ…アラガミと戦う時以外はそんな感情を表に出さないだろう?特に笑ってるところとかさ。今回はそこんところも引き出してやろうと思ったんだが…ま、結果は重畳といったところかな」

 

ハルオミにそう指摘され、確かに自分はアラガミの血を浴びてハイになってる時以外は、それほど感情を表には出していなかったかもしれない。だが今回はどうだ……恥ずかしいやら屈辱的だとか…そんな感情ばかり出てきていた。

 

(そういえば…私はそんな感情も抱いていたのか……いや、以前から少しづつ芽生えていたのを自覚していなかっただけだろうか?)

 

「へへっ、イオリも今回の罰ゲームは楽しんでくれたか?」

 

私の方にポンと手を置きながら満足げな表情のハルオミ、私はそれを見たときには、既に右拳を握りしめていた。

 

「………楽しいわけが…」

 

ハルオミの考えはイネスの話から良く分かった、だがそれを差し引いてもだ……一発殴ってやらねば腹の虫が治まらん!

 

「あるわけないだろうがぁっ!」

 

「べはっ!」

 

私の渾身の右スレートはハルオミの頰に突き刺さり、ハルオミは無様にすっ飛んでいった。ハルオミはそのまま気を失ったのか、ピクピクとしていたが、私は今、非常にスッキリとした気分だった。

 

「はははっ…私が受けた屈辱、思い知ったか…!」

 

本当はもっと拳を叩き込んでやりたいところだが、これ以上は流石にまずいので我慢しておこう……しかし、スカッとした。これまでに溜まっていた鬱憤を全部を叩きつけやったからな。

 

「あら…普通に笑ってるじゃない」

 

「何?貴様も殴られたいか?」

 

「もう、レディに乱暴するのはご法度よ?」

 

なんだか分からんが、スッキリしたせいか腹が減ってきた。まだこんな格好だが、飯でも食いに行くか。いや、どうせラウンジにいるならムツミに何か作ってもらうか。何故か今のこの格好だと普段よりは怖がられないのだ。

 

「貴様も何か食うか?今なら私が奢ってやろう」

 

「…そうさせてもらおうかしら」

 

でもやっぱりレディの扱い方はなってないわ、と零しながらラウンジの席に着くイネス。私もムツミに料理を頼もうとしたのだが……どうやらハルオミを殴り飛ばすところを見ていたのか、やはり彼女には怯えられてしまった私だった。

 




もともと主人公は性別不詳か女性にしようと思ってました。


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23話 綻び①

J( 'ー`)し タカシ…

今回はタカシが活躍します、ちょっとだけ


フェンリル極東第8ハイブ、大きく分けて内部居住区と外部居住区の二つで構成されており、さらにその外部をアラガミ防壁で覆われている。

外部居住区は"運良く"フェンリルの保護を受けられた一般市民が生活している。しかし、彼らの暮らしも、外壁に近付くほど貧しいものに変わっていく。理由は単純、頻繁に外壁はアラガミに突破されてしまうからだ。当然、外壁に近いものほど、アラガミに喰い殺される可能性も高いということだ。

そして今、まさに外壁周辺の一部は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

「技術班はまだか⁉︎早く穴を塞がなければ…!」

 

「グレミア!まだまだ来るぞ!」

 

「くっ…頭数が足らん…イオリ、ギル、ブラッドの他のメンバーはまだか?」

 

「まだ感応種と戦闘中だ、しかもかなり苦戦していると聞いている…!」

 

「はっ…これ以上引くことはできない、まさに背水の陣だな」

 

突如として現れたアラガミたち、感応種を含むアラガミの大規模な群れは、在中の防衛部隊では防げず容易く外壁の一部を破壊され、外部居住区に雪崩れ込んだ。たまたま私たちブラッドと第六部隊が付近で作戦行動中だったため、すぐに駆けつけることはできた。

しかし、破壊された外壁周辺には、既に手遅れだったのか…逃げ遅れた人々が食い荒らされた跡が残っていた。その上、新たな感応種、"スパルタカス"の出現により、ブラッドの戦力をそちらに傾けざるを得なかった。今は私とギル、そして第六部隊のメンバーで、アラガミの進行を食い止めるのが精一杯だった。

 

『新たに中型種グボロ・グボロが壁内に侵入!迎撃を…いえ、この反応は…感応種!壁外周辺に偏食場パルスを確認、パターン照合…"ニュクス・アルバ"です!』

 

「…っ…これはマズイな…!」

 

サリエル神属感応種"ニュクス・アルバ"、周囲のアラガミを癒す力を持つ特殊なアラガミ。群れの中で行動することで、その力を最大限に発揮することができる。このタイミングは確かにマズい。誰かが食い止めねば…それは私かギルの二択なのだが。

 

「ギル、感応種含む多数のアラガミを一人で相手する自身は?」

 

「いや、流石に無理だろ……お前まさか、一人で感応種を食い止めるとか言うつもりか?」

 

「まあな…安心しろ、誘導と足止めだけだ。深追いはしない。お前は来なくていいぞ、邪魔だからな……ジュリウス、聞こえるか?」

 

『ああ…!こちらは今…少し手が離せない状況だが…!』

 

「新たな感応種か出現した、このままだと居住区の被害の拡大は免れないだろう。だから…私が止めに行く…少し、本気でな」

 

『イオリ、お前…使う気なのか?』

 

ジュリウスが察した通りだ、私は一人で止めに行くと言ったが、何も死にに行くわけではない。正面からぶつかれば私に勝ち目はないが……私が力を使えばまた変わって来る。当然、周りにバレないよう工夫する必要もあるがな。

 

『…露見しない算段は?』

 

「ある。偏食場パルスの中で使えば、レーダーでも検知できない方法がな。だから私に命令しろ、そうすれば私も動ける。これ以上の犠牲者は出したくあるまい?」

 

『…いいだろう。深追いはするな、すぐに第一部隊も来る。感応種を群れから引き離すだけでいい…頼むぞ』

 

「…了解……というわけだ、ギル、ここは任せたぞ。グレミア、私は感応種の相手をしてくる」

 

「……無理するなよ?」

 

「感応種相手では我らは役に立たん…一人行かせるのも危険だが、仕方あるまい…任せたぞ!」

 

迫り来るアラガミと対峙するグレミアらの援護を受けながら、破壊された外壁へと向かう。穴に近付くほど小物のアラガミがウヨウヨとしているが、こいつらを相手にしている暇はない。ニュクス・アルヴァが壁内に入る前に抑えなければならないのだ。

ベエーアディーゲンで集ってくるザイゴートどもを始末しながら、漸く穴に辿り着くが、やはり付近は侵入してきたアラガミで溢れかえっていた。ニュクス・アルヴァの元へ向かうのなら、あの穴を超えていくのが一番手っ取り早いのだが…。

 

("希釈"の力を使えばある程度は誤魔化せるだろうが…目視されれば流石にバレるな。とはいえ、ここでもたもたしてもいられない。行くしかあるまい…!)

 

アメンドーズの血の力"希釈"を使い、極限まで気配を断つ。その姿まで薄めることはできないが、これだけでも気取られにくくなる。あとは他のアラガミがやってくる前に穴を通り抜けて外に出るだけだ。

獲物を探してうろつくオウガテイルの横をすり抜け、破壊された外壁の穴へと足を踏み入れる。外壁自体はそれほど分厚いわけでもない、外に出るまではそう距離があるわけではない。

 

「これで外に……ん?」

 

穴を抜け、外壁の外へと足を踏み出したその瞬間、同じく外壁の穴へと足を踏みいれようとしていたアラガミと目が合った。そいつは、強固なガントレットを身に付けた真紅の狼、ガルムだった!しかも1匹ではなく2匹のガルムが私を見ていた。

 

「……!ーーオオオッ‼︎」

 

「ちぃっ!面倒な!」

 

私を認識するのが一瞬遅れたガルムも、すぐに臨戦態勢に入り2匹同時に狼の雄叫びをあげる。悪いが今は相手をしている暇ではないのだ、私の今の獲物はニュクス・アルヴァなのだから。

 

「どけっ!道を開けろ…!」

 

ポーチからスタングレネードを取り出し、ガルムどもの目の前で炸裂させる。辺りをほんの一瞬閃光が包み、ガルムどもは突如視界を奪われたことに混乱していた。その隙に脇をすり抜け、ニュクス・アルヴァが確認されたポイントへと向かう。

とにかく全速力で崩れた廃墟の街を駆け抜けて行くが、後ろからは破壊音とともにぴったりと私についてくる気配がある。やはり、スタングレネード一つで撒くのは無理があったらしい。

 

「…っ!この感じ、近いな…!」

 

空気中に漂う違和感、感応種どもの偏食場パルスが展開されている証拠だ。ニュクス・アルヴァは近い、しかし、ガルム2匹を引き連れての接敵はマズイか?一々ガルムの相手をしている暇こそないが、ニュクス・アルヴァと連携を取られると厄介だ。

 

(待てよ……そもそもアラガミは種が違えば、基本的には相入れることはない。サリエルがザイゴートを従えるような上下関係ならともかく、対等に協力し合うことがアラガミにあり得るのか?所詮は、同じ獲物を求めて集っただけに過ぎないのでは…)

 

もしそうなら、私の力を使えば大きくかき乱すことが出来るかもしれない。アラガミが人類を喰らうことだけを考える怪物ではなく、野生に生きる獣と同じロジックなら、勝機は十分だ。

 

「試してみる価値はある、失敗したらその時はその時だ…!」

 

ベエーアディーゲンをヴァリアントサイズへと変形させ、その刃で少し自分の手を傷付ける。傷口から血が流れ出すが、その血も私の体を構成するオラクル細胞、今やそれを制御するのは容易いことだ。以前も勢いでやっていたが、流れ出る血のオラクルを操り、硬く凝固させナイフのような形状へと変化させる。

紅い血の刃、ただそれにはとある力が込められている。星の娘エーブリエタース、その"狂乱"の血が込められているのだ。ヤーナムの地下遺跡の怪しげな祭祀者たちは、人を狂わす奇妙な骨の刃を儀式に用いると聞いていた。これはまさにそれを模したものと言っていい。

 

(…!よおし、見つけたぞ…!)

 

廃墟の向こう側にちらりと映る漆黒の羽、今のがニュクス・アルヴァに違いない。"希釈"の力をより強め、気配をニュクス・アルヴァの発する偏食場パルスの中に紛れ込ませる。自身を薄めすぎて見失わないよう気をつけながら、廃墟の中へと飛び込み、今にも崩れそうな廊下を駆け抜けて行く。

偏食場パルスが最も強く感じられる方向、ニュクス・アルヴァの位置を感覚で捉え、階段を駆け上がり、時にはヒビの入った壁を蹴破り、最短距離を進む。そして、紅い刃を強く握りしめて、薄汚れたガラスを突き破って外に飛び出る。ちょうど私の目の前には…

 

「……ッ⁉︎」

 

「ビンゴだ…!」

 

金色の衣と漆黒の羽、神々しさすら感じられるサリエル神属感応種、ニュクス・アルヴァがいた。なんの気配も感じさせずに目の前に現れたことに驚いているようだったが、反撃の隙など与えることもなく私は紅い刃をニュクス・アルヴァに突き立てた。

 

「ーーーッ‼︎」

 

ニュクス・アルヴァはあらゆる物理的ダメージを無効化する特殊な外皮を有している。その摩訶不思議な結界を抜けるには、オラクルによる超現象を利用した…まあ、つまりは銃形態のオラクル弾頭などだ。だが、私のこの刃も純正のオラクル、その切っ先は容易くニュクス・アルヴァを貫いた。

 

(よし…あとは効果のほどを……って、うおっ⁉︎」

 

ニュクス・アルヴァから離れて様子を見ようと、そう思って足を地面へと伸ばしたのだが…視線を下にやれば、地面は遥かに下の方にあった。しまった…ニュクス・アルヴァにこれを刺す事ばかり考えていて、私がつい先ほどそれなりの高さの廃墟に入ったことを忘れていた…。体制を整えながらうまく着地しようとするが…

 

「づっ…‼︎」

 

ゴキリ、と嫌な音が右足から響く。ドジな事に、右足の骨が随分と派手に砕けたようだ。その痛みに思わず呻き声を上げてしまう、しかし、そんな私と同じように、私のすぐ目の前にザイゴートが血を撒き散らしながら落ちてきたのだ。

 

「……!ふむ、中々効いているようだな…?」

 

落ちてきたザイゴートは眼球部分を撃ち抜かれたのか、閉じたまぶたの隙間から血が流れ出ていた。撃ち抜いたのはもちろん、ニュクス・アルヴァだ。見上げれば、ニュクス・アルヴァが狂ったように、周囲のものを手当たり次第に破壊していた。

私は神機を捕食形態へと変形させ、目の前のザイゴートを噛み砕きその血を浴びる。ザイゴートの血が全身のオラクル細胞に行き渡り活性化、砕けた骨を急速に再生させていった。

 

(ニュクス・アルヴァは暫く放っておいても構わんだろう、問題はこっちか!)

 

廃墟の陰から突如飛来する炎の塊、私は大きく横に跳躍して躱すも、完治していない右足が悲鳴をあげるのが聞こえる。まだ無茶な動きはできなさそうだ。

 

「ゴルルルッ!」

 

「元気なワンコだな…まったく…」

 

私を睨みつけ唸る2匹のガルム、どうやら追いつかれてしまったようだ。しかし、私はもとよりまともにこいつらを相手する気などさらさらない。私は手元に転がる石ころを一掴み手にすると、それを上空のニュクス・アルヴァへ目掛けて思い切り投擲した。

 

「ーーーッ⁉︎ッ‼︎」

 

石ころはニュクス・アルヴァのちょうど後頭部に当たったが、ニュクス・アルヴァは張り裂けんばかりの金切り声と共に、オラクルのレーザーを撒き散らしながらこちらに突っ込んできた。

 

「おっと、危ない危ない」

 

私は暴れるニュクス・アルヴァに巻き込まれないよう、"希釈"の力を使いながら瓦礫の陰に隠れ、右足の回復を図る。ガルムどもはそんな私を追おうと駆けてくるが…1匹は全身にニュクス・アルヴァのレーザーを受け、もう1匹はそのままニュクス・アルヴァの体当たりを喰らい共に廃墟の中へ突っ込んでいった。

 

「ガアウッ‼︎」

 

「ッ!ーーッ⁉︎」

 

(よし、狙い通り、ニュクス・アルヴァとかち合ってくれたな)

 

突然の襲撃に怒り狂うガルム、自慢のガットレットをニュクス・アルヴァに叩きつけるが、奴に物理ダメージは通用しない。しかし、もう1匹のガルムが放った灼熱がニュクス・アルヴァを襲い、そこで初めてニュクス・アルヴァは苦痛による悲鳴をあげた。

ただ、ニュクス・アルヴァにはオラクルを利用した治癒能力がある。ガルムから多少ダメージを受けてもすぐに治ってしまうが、今はその能力が敵味方構わず発動している。あれではお互い傷つき治りの繰り返しか。

それでも、単一としての力はガルムが上、上手くいけばガルムがニュクス・アルヴァを仕留めてくれるかもしれない。そうなれば、残った方を私が狩ればいい。私は"希釈"の力は解除せずに瓦礫の陰を進みながら、強襲しやすい位置へと移動する…が、突如周囲を覆う異質な気配に足を止めてしまう。

 

(……っ⁉︎この感じ…偏食場パルス!ニュクス・アルヴァ…のではない、これは…?)

 

その正体はすぐに分かった。目の前のガルムが次なる攻撃をニュクス・アルヴァに加えようとしたその瞬間、新たに現れた襲撃者がガルムの頭を叩き潰したのだ!

 

「オオオオッ…!」

 

金色の鱗と背中から生えるオラクルの翼、髑髏を彷彿とされる頭殻、そして圧倒的な威圧感。私の目の前に現れたのは、ジュリウスらが交戦していたはずのスパルタカスだったのだ。しかも、だ。希釈の力で気配を薄めているにも関わらず、スパルタカスはしっかりこちらを見ている。

 

(スパルタカスの感応能力…周囲のアラガミからオラクルを吸収し、自身を強化する…私のオラクルを嗅ぎつけたのか?いや、それにしては近づいてくる気配が全くなかった…!)

 

ともあれなかなかにデンジャラスな状況になった事に変わりはない。ニュクス・アルヴァ、ガルム、スパルタカス、そして私を含めた四つ巴ではあるが、スパルタカスは完全に私に狙いを定めている。スパルタカスのオラクル吸収能力、あれを発動されたらまずい。

 

『イオリさん、聞こえますか?そちらの状況の報告をお願いします!』

 

「ああ、フランか。こっちは少しまずい状況だ。ニュクス・アルヴァとスパルタカスが合流してしまったんだが…そもそも、スパルタカスはあちらで交戦中だったはずでは?」

 

仲間を殺された怒りからか、スパルタカスに食らいつくガルムと、相変わらず錯乱したままのニュクス・アルヴァ。アラガミどもの争いに巻き込まれないよう、距離を取りながらフランと通信を続ける。

 

『それが…突然姿が消え、捕捉できなくなったそうです。次に確認した時には、ニュクス・アルヴァの元へ……今、そちらにはブラッドの皆さんが向かっています。みなさんが到着するまでイオリさんは無理をせず、撤退をしてください』

 

「ふむ、無理をせずに、ね……私がそうするとでも?」

 

『……まあ、そういうとは思っていました。なので私の言うことをよく聞いてください。スパルタカスのオラクル吸収能力は非常に強力ですが、吸収の際は大きな隙が生じるとのことです。なので、スパルタカスが吸収を始めたら、すかさず攻撃を加えるかスタングレネード等で怯ませてください。上手くいけば吸収したオラクルを霧散させることができるはずです』

 

「……頭に入れておく」

 

思わぬフランからの助言に生返事をしながら、ベエーアディーゲンをショートブレードへと変形させ、エヴァリンをショートバレルへと切り替える。

さて、ここからどう攻めるかだが、一番厄介なスパルタカスから殺りにいくか、強化されないよう周りから掃除していくか。ニュクス・アルヴァは暫く放っておいてもいいだろうが、スパルタカスがガルムと戯れている以上、あちらは手出しがしにくい。

 

(またニュクス・アルヴァの感応能力が働くのも厄介だ、錯乱しているうちに仕留めておくか…!)

 

私は再び、近くの廃墟に飛び込み、屋上を目指して駆け上がる。上空を飛び回るニュクス・アルヴァを落とすのは手間だが、方法はいくらでもある。思いつく限りで一番楽な方法を取らせてもらおう。

屋上へ出ると吹き荒れる風が私の頰を撫でるが、その廃墟の真下ではガルムとスパルタカスが争っているからか、振動と共に熱風が吹き上がっていた。少々風が強いが、問題はなかろう…!

 

(さっきのような間抜けな醜態は晒さんよ、この一手で終わらせてくれる!)

 

廃墟の屋上に飛び出すと、エヴァリンにオラクルを充填し、それを廃墟の屋根に撃ち込む。通常の弾丸ではなく、爆発性のオラクルへと変化させているため、着弾と同時に炸裂し、廃墟の屋根を次々と破壊していく。

吹き飛んだ破片が土埃と共に飛散していくが、丁度その方向にはニュクス・アルヴァがいた。ニュクス・アルヴァは錯乱しているとはいえ、その機動性は健在だ。落ちてくる瓦礫を器用に躱していくが…土煙の中から伸びてきた無数の触手は躱せず、その身体を絡め取られる。

勿論、その触手は私が創り出したものだ。神秘"エーブリエタースの先触れ"、自身のオラクルで形を再現しているだけだが、ニュクス・アルヴァの動きを拘束する分には十分だ。

 

「貴様の血は、私の狩りに大いに役立ててやろう…!」

 

拘束したニュクス・アルヴァに飛びかかり、エヴァリンの銃口をニュクス・アルヴァに押し付け、そのまま引き金を引く。銃口からはき出された散弾がニュクス・アルヴァの外皮を貫き、瞬く間に破壊していく。私は何度も、何度も、ニュクス・アルヴァが飛んでいられなくなるまで引き金を引いた。

ニュクス・アルヴァ…というより、サリエル神属自体が、密着してしまえば仕留めるのはそう難しくはない。後はこのままコアを破壊すればいい。

 

「むっ…!」

 

神機を捕食形態へと移行しようとしたところで、すぐ脇を迸る雷球が通り過ぎていく。見れば、スパルタカスが新たな雷球を創り出し、投擲の構えを見せていた。

 

「まあ待て、と言っても聞かないだろうが…!」

 

無慈悲に投擲される雷球、私は触手で拘束したニュクス・アルヴァを盾にスパルタカスの攻撃を凌ぐが、飛散した雷に少しばかり身体を灼かれる。スパルタカスの攻撃がとどめの一撃になったのか、ニュクス・アルヴァは悲痛な断末魔を上げながら、私と共に地面に落ちていった。

 

「ーー……っと…」

 

先程は無様に着地に失敗したが、今度はちゃっかりニュクス・アルヴァを足場にさせてもらった。とはいえ、スパルタカスによるダメージもある、ここは先にこいつを喰らっておくとしよう。

神機を捕食形態へと移行させ、事切れたニュクス・アルヴァへと喰らい付かせる。鋭い牙が人間の女にも似た姿であるニュクス・アルヴァを噛み砕き、その血で渇きを潤していく。私もまた、その温かな血を舐めるように感じていた。

 

「さて、次はお前と…ああ、ガルムはもう死にかけか?」

 

スパルタカスの横には、雷に身を灼かれ剛腕で叩き潰されたガルムがいた。まだ生きてはいるようだが、そう長くはもたないだろう。そんなガルムにとどめを刺すように、スパルタカスは鋭い爪を持つ人のような手でガルムの頭を地面に叩きつけると…劈く咆哮と偏食場パルスを周囲に放ったのだ。

 

(これは…感応能力を使う気か!)

 

私がエヴァリンを構えてスパルタカスへと駆け出した時には、既にスパルタカスの力は発動していた。生き絶えたニュクス・アルヴァや死にかけのガルム、そして私を含めた、ありとあらゆるオラクルのエネルギーをスパルタカスは吸収し始めたのだ。

 

「ーーっ!ぬぅ…!」

 

私もオラクル細胞で構成されたアラガミ、スパルタカスの能力の対象になってしまうのだ。急速に体から力が抜けていき、立っていることもままならないほどに体力を奪われていく。このまま力を吸い取られ続ければ、まず私が戦闘不能になるかもしれん。

 

「そいつは困るなっ!」

 

エヴァリンになけなしのオラクルを集中させ、スパルタカスへと撃ち込む。ただし、それはただの弾頭ではなく、シエルやキョウスケから教えてもらった"封神"という特殊な弾頭だった。込められたオラクルのが僅かなものだったが、着弾した封神弾はスパルタカスの感応能力をほんの一瞬だけ封じた。

ほんの一瞬とはいえ、私がスパルタカスまでの距離を詰めるには十分すぎるほどだ。神機は捕食形態のままスパルタカスへと突進し、その強靭なアゴをスパルタカスへと喰らい付かせる。

 

「オオオォォッ‼︎」

 

「ぐっ…!」

 

神機を喰らい付かせるのと同時に、スパルタカスのしなやかな尻尾に弾き飛ばされてしまう。その上、神機はスパルタカスの体の一部を喰い千切っただけで大したダメージにはならなかった…が、私がしばらく体を動かす分には十分なオラクルを取り込めた。

それに今の私は血を啜って最高にハイな気分だ、ちょっとやそっとのダメージでは止まることはない。やはり、この食うか食われるかの闘争はいい、心が震える。中でも、こいつら感応種の血は特別だ、私にとっては最高の美酒なのだ。

 

「はっはっはっ!いいじゃないか、もっと私を愉しませてくれ!」

 

神機を握りしめる手に力が込もり、先程取り込んだニュクス・アルヴァとスパルタカスの血が私に力を与える。スパルタカスは雷を束ねた槍を振り上げ、私も神機をヴァリアントサイズへと変形させる。そして、互いが振り上げた牙がぶつかり合う……その瞬間に、私のの背後から無数のオラクルの弾丸がスパルタカスに降り注いだ。

 

「…ほら、イオリもやっぱり無茶してるよ。僕がいった通りでしょ?」

 

「ふむ…だが、ニュクス・アルヴァを既に仕留めているのは流石と言うべきか」

 

「貴様ら…!余計な真似を………いや、遅かったじゃないか。残るは奴だけだぞ?」

 

現れたのはブラッドの皆、元々スパルタカスと交戦していたジュリウスらにギルまでいた…のだが、ロミオの姿だけが見えない。まあ、何があったかは知らんが、ついに来てしまった横槍に少し萎えてしまった。さっきまでの興奮は途端に何処かに行ってしまった。

 

(なんだ…これから面白くなるところだったというのに…)

 

当のスパルタカスも、現れた増援を警戒してこちらには踏み込んで来ない。暫くはじっとこちらを見ていたスパルタカスだったが、この状況は不利と感じたのか、私たちに関心がなくなったのか、スパルタカスは私たちに背を向けて何処かへと去っていった。

 

「逃すかっ…!」

 

「ダメだよ、イオリ!これ以上の深追いは必要ない、逃げる相手を追うより外壁に群がるアラガミの方をなんとかしなくちゃ!」

 

「知らん、私には……む…?」

 

つい先ほどまで目の前にいたはずのスパルタカス、廃墟の陰へと姿を消したかと思えば、あの荒々しい気配までさっぱりとなくなってしまったのだ。いくら感覚を研ぎ澄ませたところで、スパルタカスの気配は全く感じられなくなってしまった。

 

(どういうことだ……スパルタカスがここに現れた時もそうだった、突然私の目の前に…)

 

『スパルタカス、反応がロストしました……作戦区域外に出てしまったのでしょうか?』

 

「…反応が消えた?ついさっきまで目の前にいたのに……いや、今はそんなことよりも、アナグラに戻らなきゃ!まだアラガミが残ってるって…!」

 

「ちっ…!」

 

獲物の姿を見失った以上、仕方がない。外壁内に雪崩れ込んだ小物どもの後片付けに加担しなくてはならないようだ。

 

(くそっ…なんだこの違和感は……サテライト防衛作戦の時と同じだ、これはただのアラガミの襲撃じゃない。あの時と同じだとするなら…!)

 

色々と解せない点はあるが、それも全部後回しだ。まずは外壁内の安全を確保しなくちゃならないらしい。私とブラッドの皆はアナグラへと足を向けるが……私がスパルタカスが逃走した方に背を向けた時だった。私のすぐ後ろを何かが通り過ぎるような、そんなえも言えぬ感覚に襲われたのだ。

しかし、振り返っても私の後ろには何もいない。見れば、キョウスケとジュリウス、そしてナナも何か感じ取ったように振り向いていた。ジュリウスはすぐに思い直してまた走り出したが、ナナとキョウスケだけは何か怯えるように私と同じ方向を見つめていた。

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

「この…馬鹿が…!一人突出したらどうなるかぐらい分かるだろうが!まだヘラヘラしてんのか…!」

 

「…なんだよ、その言い方…!俺だって真面目にやってるに決まってんだろ!」

 

外壁内に侵入したアラガミも排除し、破壊された箇所の応急修理も完了した。ようやく一息つける、そう思っていたのだが、そうもいかなかった。先ほどの戦闘で、ロミオが負傷していたのだ。

どうにもロミオが焦って突出したところを手痛い反撃を喰らってこの様、ということらしい。それを聞いたギルとロミオが口喧嘩の真っ最中、ということだ。

 

「二人とも、ここは病室です。あまり大きな声を出してはいけません」

 

「そうだよ、喧嘩はやめようよ〜…」

 

シエルとナナが止めに入るが、二人の喧嘩は止まる気配がない。生憎に、一番喧嘩を止められそうなキョウスケとジュリウスは戦闘の経過報告に行っている。私か?悪いが二人の喧嘩に興味などない、ただ、さっさと黙ってくれないか、とは考えているが。

 

「俺や後輩に後から抜かされまくってやる気がなくなったのか?だったらいっそやめちまえよ!」

 

「……取り消せよ、その言葉…!」

 

「何…?」

 

「お前なんかに…分かるわけないだろ!」

 

ベッドから起き上がってギルに摑みかかるロミオ、ギルも滅多に見せないだろうロミオの剣幕に少し驚いた表情をしていた。

 

「後輩に抜かれまくってるなんて…そんなこと俺が一番分かってんだよ!でも俺はお前やシエルみたいに経験があるわけでもない、ナナみたいに前向きにもなれない……!」

 

はじめこそ怒りの混じった独白だったが、それは次第に力ないものに変わっていった。ロミオがどれだけ苦悩していたかが伝わってくるかのようだ。

 

「ましてやこいつやキョウスケみたいに!あの怪物みたいなジュリウスと肩を並べるなんて……でも、俺だってみんなの役に立ちたい、胸を張って仲間だって言いたいんだ…!」

 

最後の方は消え入りそうな弱々しい声だった。その様子を見たギルも流石にこれ以上は何も言えなかったのか、黙っているだけだったが…つい、私が口出ししてしまった。

 

「はぁ…実に下らんな…」

 

「…なんだと…?」

 

「その考えが下らんと言ったのだ。結局のところ、お前はただ力不足、それだけのことだろう?戦場では生きるか死ぬか、役に立たんやつから死ぬ、力のない弱いやつから死ぬ」

 

「…っ…!」

 

「死にたくないなら今のうちに逃げ出してしまえ……引き際も肝心だ、私は咎めはせんよ」

 

ロミオは肩を震わせて何か言おうとしていたが、結局何も言わず、シエルやナナの制止も聞かずに病室を飛び出ていった。

 

「ちょっとイオリ!なんてこと言うのさ!」

 

「ふん…軟弱な奴め。逃げ出したということは、そういう自覚があったということだ」

 

「まったく、ナナ君の言う通りだ。君はもう少し怪我人を労わりたまえよ」

 

「…ん?」

 

ベッドとベッドを区切るカーテン、ちょうどその向こうから私を諌める声が聞こえてきた。カーテンを開けてみれば…そこには第六部隊の面々がいた。隊長のグレミアにヴィート、それとベッドに横たわってるのは、確かオレックとかいったか。

 

「なんだ、貴様らもいたのか。またそいつが負傷したのか?」

 

「…相変わらず生意気な奴だな。まあ、貴様の言う通りだが」

 

「イオリ君の物言いは如何なものかとは思うが、決して間違いではない。オレック、君もちょっとはそれを自覚したまえ」

 

「おいおい!それじゃ俺がまるで命知らずのバカみたいじゃねえか!そんなことねえよ!」

 

「どの口が言うか…」

 

第六部隊にはグレミアという優秀な隊長がいるものの、いつも何も考えずに特攻するオレックに頭を悩ませているのだとか。今回の戦闘でもまたもや特攻して負傷したということか。

まあ、確かに怖気付かずにアラガミに突っ込めるというのは確かに勇ましくはあるが、人はそれを蛮勇という。考えなしではまったく意味がないのだ。

 

「それにな、今回はしっかり装甲をタワーシールドにして固めていったんだぜ。ヴィートがそんな装甲じゃこの先生きのこれない、って言うから…」

 

「は?そんなことは言っていない、むしろ逆だ。神機の本質はスピード、バックラーのような身軽さを利用してだな…」

 

「あ?てめえ、前に装甲固めとけって言ってただろうが!それに神機の本質はパワーだ!ていうかお前の刀身もバスターだろ、身軽さ関係ないじゃん!」

 

「お前と違ってバスターでも小回りを効かせられるんだ。格が違うんだよ、格が」

 

「お前たち…ここは病室だ、少し黙らないか」

 

怪我をしているわりには元気なオレックと喧しく言い合いをするヴィート。こんな様子でも、なんだかんだ言ってこいつらは仲はいいのが不思議だ。

……さてそれはさておき、こちらは一つ仕事が増えたな。どこかへと飛び出して行ってしまったロミオ、早い所連れ戻してやらないといけない。未だにアナグラはアラガミの襲撃を警戒している状況にある。いつ出撃がかかるか分からない。

 

「…ったく、世話の焼ける奴だな……ナナ、シエル、イオリ、お前らはロミオを探しに行ってやってくれ。俺は…少し準備するものがある」

 

「うん、分かった。すぐに見つけてくるよ!」

 

「ちっ…面倒な…」

 

ロミオを見つけるのは容易いことだ。アラガミに比べて人間の匂いというのは独特だ、ブラッドは特に、な。まあ、見つけ出したとしてもきちんと連れ戻せるかはまた別の話だが。

ロミオを探しに行くためにナナとシエルと共に病室を出る…と、ちょうどこの病室に入ろうとしていたのか、報告から戻ってきたキョウスケとジュリウスにばったり出くわした。

 

「ああ、みんなここにいたんだ!よかった、早くみんなに伝えなきゃいけないことがあったんだ」

 

「…まて、ロミオはどうした?ここで安静にしていたはずだが」

 

「え…っと、実は…」

 

ナナが手短にロミオが飛び出して行った経緯を話してやると、キョウスケは早く探しに行かなきゃ、と焦っていたが、驚いたことにジュリウスは特に動じた様子はなかった。

 

「…そうか、ロミオが……大丈夫だ、あいつはすぐに戻ってくる」

 

「何故、そう言い切れる?」

 

「あいつがそういう奴だからさ。俺は知っている、あいつが誰よりも仲間思いな奴だということをな。心配しなくとも心の整理がついたら、自分の足で立ち上がれる。おちゃらけていても、あいつは強い心を持っているんだ」

 

「…ですが、やはり心配です。私とナナだけでも探しに行ってきます」

 

シエルとナナはそう言って、ロミオを探しに行ってしまった。私も探しに行くべきか?あいつが飛び出していった要因を作ったのも私だが…まあ、面倒だしジュリウスもああ言っているので大丈夫か。

 

「それで?何か重要な話でもあったんじゃないのか?」

 

「あ、ああ…それがさ、さっきラケル博士から聞いたんだけど……神機兵の実戦投入、それを近日に行うんだって!」

 

「神機兵?ああ、あれか…」

 

神機兵といえば、ラケルとレア博士が開発していた新型の対アラガミ兵器。神機の適応がない人でも使用可能な兵器として注目される一方、AIという自動制御も可能だと言っていたな。確か、今はAI制御の方を主軸に開発していたのだったか。

それにしても、このタイミングで投入するのか。キョウスケから聞いたが、以前の試験運用では、AIの制御ミスが目立ったというが……それからどれだけ改善されたのか知らないがな。今は外壁を破壊され、大量アラガミが押し寄せた後だ、そんな確実性の低いことをしてもいいのか?

 

(あのスパルタカスもそうだが…加えて神機兵か、不確定な要素が多いな。ラケルの奴め、何を考えている…)

 

異様なタイミングでの神機兵の投入、私はラケルが裏で何か企んでいるのではないかと考えてしまう。しかも、神機兵は世界的にも注目されているプロジェクトだ。フェンリル本部の目もこちらに向くに違いない。私は拭いきれない不安を抱えたまま、万が一の状況を今から想定しておくのだった。




ヴィートとオレックの会話はACネタモリモリ


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24話 綻び ②

フロムの新作が発表されましたよぉぉ…!
楽しみで仕方ないけどACはまだかよぉぉ…!


シトシトと降る雨、どんよりとした天気は外部居住区の人々の心情を表しているかのようだ。雨に混じって聞こえる嗚咽や泣き声、先程までそこは食い荒らされた人々の血で真っ赤に染まっていたのだ。雨に洗い流されても、その死臭はこびりついている。

泣き崩れる女を、アラガミに破壊された家屋で雨宿りしながら眺める。他の部隊の増援が間に合えば、もしかしたら犠牲はもう少し抑えられたかもしれんが、まあ運がなかったというやつだ。

 

『イオリさん、そちらに問題はありませんか?』

 

「今のところは…強いて言うなら私が退屈ということか」

 

破壊されたアラガミ防壁の修繕作業の現場へと目を向けながら、フランに適当な返事を返す。今、私は破壊された外壁付近の歩哨に立っていたのだ。現在は付近にアラガミが確認されてはいないものの、あのような襲撃の後では要警戒らしい。

私や第六部隊、ブラッドの面々も一応の迎撃任務は終了したものの、ブラッドの皆はロミオを探しに行ってしまった。暇をしていた私はこうして歩哨を任されてしまったわけだ。

 

「嫌な雨だな……ん?」

 

泣き崩れる女の横を通り過ぎる一人の男、別段おかしな点はないように見えるが、実のところそうではない。不規則な呼吸、しきりに動く瞳、僅かに覚束ない足取り、緊張している人間の特徴だ。それも、嘘や後ろめたいことをしている人間のな。

 

「おい、そこのお前、止まれ」

 

「な、なんだよ……あんた、ゴッドイーター なのか。俺に何の用だよ」

 

狼狽を見せる男に静かに近づくと、おもむろに上着の懐に手をやる。すると、中からはコンピュータの記憶媒体や、クレジットのカードがいくつか出てきた。

 

「火事場泥棒は感心しないな」

 

「ひいっ!」

 

盗みがバレた男は一目散に逃げ出したが、私はそれを追うことはせずに、足元に転がっていた石ころを拾って軽く投げつけてやる。

 

「ぐぇっ…!」

 

投げつけた石ころは、見事男の後頭部に命中し、男は顔面から地面に突っ伏すと、そのまま動かなくなった。まあ、ただ気絶しているだけだろう、後は治安維持の者たちに任せておけばいいだろう。

盗みに関しては、ヤーナムを駆けずり回る過程で、殺した羅患者や獣に食い殺された人々から色々拝借していた私がどうこう言えることではない。しかし、ここにはまだ人のルールというものがある、郷に入っては郷に従え、というやつだ。

 

「フラン、やはり問題があった。盗みを働く輩が……おい、フラン、聞いているか?」

 

無線に問いかけても、フランの返事は返ってこない。無線からはザラザラとしたノイズが返ってくるばかりだ。

 

(無線の故障か?)

 

『…わ……が……るかい…?』

 

「…!その声……!」

 

ノイズ混じりに聞こえてくる声、私には聞き覚えのある声だった。しかし、ここで堂々と会話するのもまずい、少し場所を変える必要がある。私は作業を続ける技術者の一人に近づき、後ろから声をかける。

 

「おい」

 

「ひぇっ……な、何ですかい?」

 

「少し外すが…構わんな?」

 

「え、ええ、構いませんよ!誰も止めませんとも…」

 

妙に狼狽てはいるが、許可はもらった。取り敢えずは人目のつきにくい場所へ移動しなければ…アラガミに破壊された家屋の近く、特に家主のいなくなった家なら、目立ちにくいだろう。

 

「さて…ノイズが酷いが、私の声が聞こえるか?」

 

『……っと…くれ……』

 

相変わらず無線から流れてくる声はノイズ混じりで要領を得ない、しかし、すぐに解決するだろう。何故なら、今私にコンタクトを取ってきたのは…

 

『……よし、これで安定したかな?』

 

「ああ、よく聞こえるぞ」

 

飄々とした男の声、わざわざ直接私に無線を繋いできたのだから、それなりに大事な話なしでもあるのだろう。なにせ相手はこの極東の長、ペイラー・榊支部長なのだから。

 

『どうやら上手くいったようだね。ああ、この回線は君に取り付けさせてもらった腕輪を中継とした独立回線だから、盗聴の心配はないよ』

 

「前置きはいい、用件は何だ」

 

『そうだね、こちらとしても急を要する事態なものでね……神機兵が近日、実戦配備される話は聞いたかな』

 

「ああ、こんなタイミングで投入するのか不思議に思っていた」

 

その話はつい先程キョウスケから聞いたが、このタイミングで投入する意味はよく分からん。仮に防衛として配備するにも、外壁の一部が破壊されているという現状、何かしらのトラブルが起きれば、またもや外壁が突破される可能性があるのだ。そのようなリスクも吟味した上での判断なのだろうか?

 

『実は…神機兵の配備を取り決めたのは私たちでもラケル博士でもない、フェンリル本部さ』

 

「…なに?」

 

『平たく言えば、フェンリル本部からそろそろ神機兵の成果を提示しろという圧力がかかった、と言うべきかな。もともと実戦配備の準備は進めてはいたが、こんな状況になるとは思ってなかったね。わざわざ、実戦配備に合わせて、本部からお偉方が視察に来るそうだよ。珍しくラケル博士も渋い顔をしていたよ』

 

「ふむ……しかし、本題はそれではないのだろう?」

 

『…そうだね、問題は本部が神機兵配備に介入してきたことじゃない。恐らく、本命は君だ』

 

「やはり、か…」

 

奴らの狙いはやはり私か…神機兵への言及はただの口実に過ぎず、極東へのアプローチのきっかけを作るため。私を捕獲するのが真の目的ということか。

 

『私はね、君をみすみす奴らに手渡すつもりはない。しかし、私にはこの極東の人々を守る義務もある』

 

「…つまり?」

 

『私から出せる提案は二つ、首輪を外して自由となるか、このまま極東に留まるか…前者なら、大した手間はかからない…かもしれない。適当なミッションで、烏丸 イオリはMIAもしくはAWOLとなった、そんな筋書きを用意するればいいんだけど…ラケル博士が賛同するかはまた話が別だね。私も口添えはするけれど』

 

「後者は?私がここに留まり続ければ、本部との衝突は避けられんぞ」

 

『そうだね…だから、こちらの出す条件を了承してくれれば、私も出来る限りのサポートをする……私としては、後者を選んでくれることを期待しているよ。まだ、私たちには君が必要だ』

 

「……」

 

前者の提案、つまり首輪を外して自由になる、こちらは確かに簡単ではある。私は今までの制約から解放され、力を自由に振るうことができる。しかし、本部だけでなく、全てのゴッドイーター からはアラガミという敵として認識されるようになってしまうが。

後者ならば…私はこのまま表向きはゴッドイーター として活動を続けられるが、やはり本部の連中との衝突は避けられない。代わりに、私一人では成し得ない、政治的側面のサポートを得られる。私はどちらを選ぶべきか…。

 

「…先に聞いておこう、その条件とは?」

 

『……君は知っていたかい?最近の大規模なアラガミの群れは、いずれもあの感応種"マルドゥーク"が率いてきたものらしいね。でもその陰にも不可解な出来事が多くあった。君やナナ君を錯乱させた何か、クアドリガをポセイドンへと異常進化させた何か…君はその何かに関係している、それは間違いない」

 

「……!」

 

『それはもしかしたら人には見えない、君たちアラガミにしか見えない何かなのかもしれない、でもそれはきっとアラガミとは違う何か…が、今はその究明は置いとくとして。我々は全く未知の脅威にさらされているということさ。そしてその脅威とは、あのイギリス支部襲撃事件と同じものと私は考えている。同じくイギリスで生まれたであろう君は、その何かに対抗、或いは謎を解明する鍵になる、私はそう考えているわけだよ。私の出す条件、それは…この極東に迫る脅威を打ち払うのに、君の力を貸して欲しい』

 

「……」

 

私はペイラー・榊という男を少し見くびっていたのかもしれん。胡散臭いやつだと思っていたのだが、存外芯の通った男だったようだ。それに…恐らくはこの腕輪から私を観察していたのだろうが、私が無茶なことをしても、こいつは殆どそれを咎めはしなかった。全ては、その答えを導き出すためだったということだ。

そして、こいつは辿り着いた。上位者の存在、そして私が奴らと関わりを持つことに…にしても、普通なら私も同類と見なして危険視しそうなものが、私に力を貸して欲しいと言う。それはそれで大きなリスクが伴うのは百も承知だろうが、イギリス支部の二の舞になるのはどうしても避けたいのだろう。

 

(…こいつがアラガミ以外の存在について示唆しているのならば、フェンリル本部の方にも、感づいている奴がいるやもしれん。私を捕獲しようとするのは、単に貴重なサンプルだからではなく、そちらが目的か…?私から奴らの智慧を引き出すのが……)

 

私を狙うフェンリル本部、そしてやはり、私が目的である上位者。フェンリル本部との衝突を避けつつ、榊の要望に応えるのは実に簡単なことだ。私がここを去ればいい、ただそれだけのことだ。

 

(潮時…か。しかし、この首輪を外すとなれば、ラケルがそれを許すかどうか…)

 

全てはあの子のため…私とラケルが初めて相対した時、奴はそう言っていた。その"あの子"とは一体なんなのか、私は何度か血が必要といくらか抜き取られたことはあったが、それ以外特に私に何か求めることはなかった。上位者やフェンリル本部よりもラケルの目的の方が謎なのだ。兎にも角にも、ラケルの対応によりけりだ。

 

「ペイラー・榊、一つ教えておこう。貴様の言う"何か"、それらは私が目的だ。この極東を守りたいと考えるなら、やることは簡単だ。私がここを去ればいいだけの話だからな。そうすれば、奴らもフェンリル本部も、その矛先は私に向く」

 

『……!やはり、存在していたのだね、"何か"が…しかし、それは前者の案でいくということかい?』

 

「そうだな…ただ、貴様の言う通り、ラケルがそれを了承するかは分からん。奴とて、神機兵の初実戦配備は変に邪魔されたくはないだろうが…」

 

『なるほど、そこは私からも口添えしておこう。君はほとぼりが冷めるまで、暫しの家出になってしまうが、そこは我慢しておくれよ』

 

「家出?貴様…出て行った後に、また帰って来いと言うのか」

 

『そうだよ?表向きといえど、君は極東にて運用される特殊部隊"ブラッド"に所属する試作型神機の被験体なんだ。他の神機使いたちと同じくこのアナグラやフライアは君の家で、帰るべき場所…そんなふうに思ってもらえると嬉しいんだけどね』

 

帰るべき場所だのと…こいつは私がアラガミであることを忘れているのか。いや、分かった上で言っているのだろうか?本来ならアラガミでえる私がここにいることですら、大衆に公になれば大事だというのに。

 

『私から見れば、君は中々にこのアナグラでの日々を満喫しているように見えたよ。それこそ本当の人間のように…違うかい?』

 

「私は…」

 

違う、と否定ができない。ゴッドイーター として首輪を付けられることは、ままならぬことも歯痒いこともあった。しかし、それ以上に、キョウスケらブラッドのメンバーや、アナグラのゴッドイーター たち、彼らと背中を合わせて戦うのは、自分でも驚くほど安心した。一人ではないということが、私を安堵させた。

美味い飯を食って腹を満たすことも、一心に本を読み耽るのも、安らかに眠りにつけるのも、全てヤーナムにはなかった。もしまたここに帰って来られるなら…

 

(……否、もはや私には不要なもの。私が狩るべき獲物マルドゥーク、いや、きっと他の上位者どももずっと近くまで来ているに違いない。こうなった以上、ここで"狩りごっこ"に興じてもいられない。一分一秒でも早く、あのクソどもを殺さなければならん)

 

最悪、この首輪は力づくで外す、つまりはラケルとの契約を一方的に破棄することになる。そうすれば、本格的に私はフェンリルと敵対的な立場となるが、それも辞さない。

 

「ペイラー・榊、やはり、これはいい機会のようだ。お前の言う通り、私はこのぬるま湯に浸かっているのを、心地よく感じていた。だが、それでは駄目だ、これ以上牙を鈍らせるわけにはいかない」

 

『そうかい…なら、引き止めはしないよ』

 

ペイラー・榊とて、分かってはいるのだろう。このアナグラを上位者の脅威とフェンリル本部との対立を避けるには、私がここを去るのが最も簡単かつ合理的な判断だということを。ただ、それを前面に押し出さなかったのは、やはりこいつも何か私を利用する企みがあったからか…。

 

『フェンリル本部の幹部たちが視察に来るのは、神機兵の実戦配備の予定日である、5日後。私は君がどちらの案を取ってもいいよう、ある程度の準備は進めてある。あとはラケル博士の対応次第かな』

 

「……そちらは私の方から掛け合う。ラケルの問題が片付けば、私は早々にここを出る」

 

『…分かった。しかし、君は支部の外に出てからの何か手筈はあるのかい?』

 

「はっ…愚問だな。私は首輪を付けられるまでは、一人でこの世界を生きていたのだぞ?」

 

それは失敬、と含み笑いを零すペイラー・榊。私がここを去るための算段を説明する榊の話を聞きながら、私はぼんやりと降りしきる雨の空を眺めているのだった。

 

 

 

ーー

 

 

 

「ふぅ…」

 

先ほどまで無線に使用していた機器の電源を落とし、一息つく。厳重に対策を施したから、盗聴の危険性はないだろうが、やはり絶対とは言い切れない。

 

「榊博士、どうでした?」

 

「いやぁ……まあ予想通りではあったかな、彼がここを出ていくというのは」

 

分かってはいたことだが、やはり残念だ。私の前でお茶を啜りながら椅子に座る青年、彼もまた少しガッカリしたようだった。

 

「やっぱり問題はラケル博士だね……彼女は何を考えているのかはさっぱり分からない。ヨハン以上の謀略を企てていそうだよ」

 

思わず溜息が出てしまう。ヨハンの時は、まさに世界の危機というべき大事件になったが、今回もそれと同じくらいに大事になっていく気がする。

あの時は、今私の前にいる彼や、イオリくんと同じくアラガミであるあの娘のおかげでなんとかなったが…今回はどうだろうか?

アラガミなのかどうかも分からない謎の脅威、それはイオリくんを狙っているという。その謎の脅威が力を振るえば、ここ極東はイギリス支部のようになるかもしれない。しかも、イオリくんがここにいれば、本部からも目をつけられる始末だ。

 

「まったく、ままならないものだね…私はただ一科学者として彼を観測し続けたかったんだよ。それをこんな風に邪魔して来るとは、なんとも無粋な輩だよ」

 

「…やっぱり、まだあの時の理想を追い求めてるんですか?博士の理想……アラガミとヒトの共存、という理想を」

 

「オラクル細胞の性質を制御、または抑制できれば、全くの絵空事ではないと思うんだけどねぇ…」

 

「変わりませんね、博士は」

 

そう言ってクスクスと笑う青年の笑顔だって、2年前から変わらない。いや、少し大人っぽくはなったかもしれない。

 

「それで…フェンリル本部のお偉方が来るまであと五日。彼がここを出ていくにしても、その後のサポートは?」

 

「生きていく、という意味では、あまり心配はいらないんだけどね。問題は、彼が一人になってから、彼が複数の敵の標的にされること。私たちにできることがあるとすれば、その敵の数をできる限り減らすことかな」

 

「敵…アラガミにフェンリル本部、それと例の未確認の"何か"ですね。いくらなんでも実態も何も掴めてない相手はキツいなぁ…」

 

そう、結局のところ、分かったのは存在しているということだけ。どんな姿なのか、どんな力を持っているのか、何一つ分かっていない。それを確かに認識しているのは彼一人、イオリくんだけだ。

しかし、シエルくんやジュリウスくん、ブラッド隊員の一部のメンバーは、違和感のようなものを感じていたらしい。だから、彼らならば或いは…と考えたが、確証もない上に試すのは危険すぎる。

 

「相手にできないなら仕方がない、我々は我々で対処できる相手と戦おうじゃないか。アラガミには牙を、フェンリル本部には目を、ってね」

 

「…情報戦、ですか。それがつまり、僕の役目ですね」

 

わざわざ彼をこの極東に呼び寄せたのは、なにも昔話をするためではない。かつてはリンドウくんが本部の命を受けて、内偵をしていたそうだが、今度はこちらが潜り込ませる番だ。

 

「君にはあのアラガミを追う仕事もあるだろうが、こっちの方にも手を貸してくれると助かるよ」

 

「勿論です、俺はこの極東を守るのに理由なんていりませんよ。それに、本部の連中は前からキナ臭いと思っていましたから」

 

多忙な身であるにも関わらず快諾してくれる彼には、まったくもって頭が上がらない。どんな危機が訪れても彼ならなんとかしてくれる、そう思わせてくれるほどに、彼は強い男だった。いや、強い男に成長したのだ。

 

「しかし、榊博士。烏丸 イオリがシオと同じ特異点であることは分かりましたが…フェンリル本部は彼を捕獲してどうするつもりなんでしょうか?そりゃ貴重なサンプルではあるんでしょうけど…」

 

「……仮に彼のコアを摘出しその構造や機能を徹底的に解明できたら、それはもうオラクル技術は躍進的に進歩するだろう。例えば…クローンさ」

 

「オラクル技術でクローン…?」

 

「そうさ。我々はアラガミのコアをアーティフィシャルCNSという形で模倣し、それを神機の制御に利用している。イオリくんはかなり特殊ではあるが、彼のコアはいわゆるヒトの脳だ。そんなイオリくんのコアをアーティフィシャルCNSで模倣できたらどうなるかな?」

 

とんでもない技術が確立する。適当なアラガミから抽出したオラクル細胞でヒトの形を型取り、そこに模倣したアーティフィシャルCNSを搭載させる。そして、アーティフィシャルCNSには、任意の命令を送れるようにすれば、どんな命令も聞く自動人形の完成だ。

その気になれば、アーティフィシャルCNSに完全な自我を持たせることもできるだろう。現に、イオリくんは確固たる自我、個としての自分を認識している。

 

「…とまあ、絵空事のように聞こえるかもしれないが、全く不可能な話ではないと思うよ。君は確か、神機にも人格のようなものが存在すると言っていたね?それがまさに実現できるのさ」

 

「オラクル細胞のクローン…それはまた危険な技術ですね。扱いを間違えれば、それこそSF小説みたいに大変なことになるかもしれない。えーっと……『Do Androids Dream of Electric Sheep?』でしたっけ」

 

「よく知ってるね。まあ、今の話は私の推測に過ぎない。実現できるかもしれないしできないかもしれない……ただアンドロイドもいいけど、イオリくんがどんな夢を見るかは興味深いね」

 

結局のところ、どんな便利な道具も、扱い方を違えれば凶器に変わる。どんな崇高な思想も、道を違えれば狂気に変わる。行き過ぎた科学は無意味な争いを生み出すだけなのかもしれない。

人はアラガミに食い潰され滅びるのか。飽くなき欲望の果てに共喰いの中で果てるのか。それとも、人でもアラガミでもない何かに…いや、やめておこう。下向きな考えはよろしくない。

終末捕食が起きる寸前だった時も、諦めかけた私の前で彼は決して諦めなかった。私もそんな彼にあやかって、精一杯足掻かせてもらおうじゃないか。

 

「さあ、やることは山積もりだよ。手遅れになる前に、できることはなんでもやっていこうか」

 

「了解です……じゃ、僕は早速ヨーロッパに向かいます。コウタやアリサ、それにソーマにもよろしく伝えておいてください」

 

「ああ、君も気をつけたまえよ……神薙 ユウくん」

 

極東初の第2世代型神機使いであり、極東最高戦力だった彼は、再びこの極東を起点に始まるであろう異変を食い止めるべく、単身でヨーロッパに向かう。いや、後からリンドウくんも向かわせるつもりだけど。

ともかく、彼にばかり任せてもいられない。私は来たるフェンリル本部のお偉方を出迎える準備を整えておくとしよう。もちろん、表も裏も…万全にね。

 




ブレードランナーはいい映画です

Two two four


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25話 綻び ③

最近、展開がグダっている気がします。申し訳ない…
あと自分でキャラを増やし過ぎたと言った手前、またキャラが増える…本当に申し訳ない


「…ここらへんか」

 

手元にあるカードに書かれた住所の場所を探しながら、私は居住区を歩いていた。私が先ほど捉えた盗人、そいつの盗んだものの中に、フェンリルが配布するキャッシュカードがあったのだ。ただ御丁寧に名前と住所まで書いてある。

榊博士の話を聞きここを出て行くことを決めた今、ここアナグラの人間と仲良くする意味もなくなった。きっとここを出て行ったが最後、私はもうここには帰ってこない。

 

(…なのに、私はここの人々のために足を動かしている。矛盾しているな…)

 

こいつを返したらそこまでだ。別に私は恩を売りたいからこんなことをしているわけでもない、放っておいても目覚めが悪いだけだからやっているのだ。

 

「ん…ここか」

 

カードの住所はここだ、居住区の端の端、防壁も間近の貧困街。仕事にもありつけず、暮らしぶりは浮浪者のそれとなんら変わらない。フェンリルの庇護のもと、アラガミに喰われる可能性が少しは低くなるのと、屋根の下で眠れる分、壁の外で生きるよりはマシだろうか。

そんな中の今にも崩れそうな荒屋、ここにカードの持ち主がいるはずだ。戸を叩き、家主を呼んでみるが…

 

「おやおや…こんなボロ小屋にまたお客さんが来るとは。お若いの、儂らに何用かな」

 

家から出てきたのは大分歳のいった爺さんだった。柔らかな声色は、いかにも好々翁といった感じだ。恐らくは、つい先ほど避難所からここに戻ってきたのだろう。カードが無くなったことも気づいてなかっただろうか。

 

「爺さん、これはあんたのだろう」

 

「おお、それは…儂の息子の……何故、それを…?」

 

爺さんにカードを見せてやれば、驚いた表情を見せた。どうやら持ち主はこの爺さんらしいが、どうやら爺さん本人の持ち物でもないらしい。

息子、と言っていたな。あのキャッシュカードはフェンリルが扱うクレジットのデータが収められている。まず、一般人には手に入らない。あれを持っているのはフェンリルの職員かゴッドイーター だけだ。

 

「爺さん、あんたの息子はゴッドイーター だったのか」

 

「そうじゃよ、随分と前に逝ってしまったがの。それはその息子が置いていったものじゃよ。これは息子が生きた証の一つなんじゃよ。家に帰ってきたら無くなってたもんじゃから焦ってたんじゃが…お前さんが見つけてくれたのか?」

 

「ああ…火事場泥棒には気をつけるんだな」

 

「ありがとう、お若いの。本当にありがとう…」

 

涙を流しながら礼を言う爺さん、カードにはかなりの額が貯まっていたの見るところ、この爺さんたちは息子が貯めた金には手をつけないでいたのだろう。息子をそれだけ想っていたのか。

 

「婆さんや、このお若いのが息子の形見を見つけてくれぞ!」

 

…どうやらこの家に住んでいるのは爺さんだけではないらしい。他にも誰か…しかし、気のせいだろうか、何処かで嗅いだことがある匂いがするんだが。

 

「おやまあ、見つかったのですか?ああ、どうもご親切にありがとうございます…」

 

「あったのか⁉︎良かったじゃん!」

 

爺さんに呼ばれて奥から出てきたのは、やはり年老いた婆さん。それともう一人、少しおちゃらけた服装で金髪の……ん?

 

「ああ、誰かと思えば…ロミオか。こんなところで何してる」

 

「あ…イ、イオリ…⁉︎なんでここに…!」

 

婆さんと共に家から出てきたのは、なんとロミオだったのだ。ばったり出くわしたのには驚いたが、一体何をしていたのだこいつは。

 

「ごめん、爺ちゃん、婆ちゃん、俺もう行くよ!また顔見せに来るから!……行くぞイオリ…!」

 

「あ、おい…まて、引っ張るんじゃないっ」

 

ロミオに無理やり引っ張られながら、手を振ってさよならを告げる爺さんたちに会釈だけしておく。ロミオは私を人目がつかないところまで連れて行くと、大きく溜息を吐いて座り込んでしまった。

 

「…はぁ、よりによって一番最初に出くわすのがお前なんて、ツイてないよ」

 

「知るか。そういうお前は何をしている、私はてっきり逃げ出したのかと思ったが」

 

「そんなはっきりと…言わないでくれよ」

 

ギルや他のメンバーとも仲違いのような形で逃げ出し、もうそのまま戻ってこない。そんな風になるのではと思っていたが、こいつはどうやら呑気にあの爺さんたちとお茶をしていたようだ。

まあ、ロミオがどうしようと私の知ったことではないし、どちらを選んでも私には関係ない。

 

「最初は…このまま逃げてしまおうかと思ったよ。でもそれじゃやっぱり…ダメだろ…!」

 

「…言っておくが、私は逃げる事を恥とは考えていないぞ?剣を抜く勇気はあっても、剣を収める覚悟というのはなかなかに持てないものだ。お前が神機使いには向いてなくとも、戦う方法などいくらでもある」

 

「…!」

 

そう言われて俯くロミオ…今の私の言葉に偽りはない、時には退くことも、逃げることも大事なこともある。基本的に命は一つ、そして人の命というのは存外脆いものだ。死ねばそこで終わり、生きていればいくらでも機会を与えられる。

 

「違うんだよ…俺はさ、皆の仲間だって胸を張って言えるようになりたいんだ。俺が経験もないし才能もない事は分かってる。ギルの言うことも正しいよ…でも、それでも!俺は…」

 

「ならば、己に何が足りないのか、今一度自分と向き合えばいいだろう。そうすれば自ずと見えてくるものだ…自分のなすべき事がな」

 

「…すごいな、お前。俺よりもずっとよくできた人間だよ……でも、サンキュな。不器用だけど励ましてくれたんだろ?」

 

「む…」

 

励まし…とは少し違う気もするが、まあこいつがそう感じたならそれでいいだろ。今のはただの私の体験談だからな。強力な獣に食い殺されるたびに私はそうやって強くなっていったのだから。

 

「足りないもの、か…やっぱりそうだよなぁ…」

 

「なんだ、心当たりがあるのか」

 

「……お前さ、死ぬのは怖いか?」

 

「死ぬことか…いや、私は死ぬこと自体は恐ろしくはないが、それによって私の目的が果たせない方が恐ろしいな」

 

これも偽りのない言葉だ。疑似的とはいえ、私は何度も死を体験している。死ぬのに慣れるというのもおかしな話だが、やはり数を重ねれば感覚も薄くなっていくものだ。

むしろ、死ぬことによってせっかく手に入れたものを失ってしまうことの方がショックだったりする。獣を殺しまくって貯めた血の遺志が、どこの馬の骨ともしれぬ狩人に根こそぎ奪われた時は…それはもう、心が折れかけたものだ。

 

「キョウスケもジュリウスも…シエルもナナもギルも…みんな、大なり小なり覚悟を決めてた。俺は…口ばっかりでやっぱりビビってたんだよな…まずそもそも俺は、スタートラインにすら立ててないんだよ」

 

「…その覚悟を決めれば同じ立場になれると?ふむ、そういうものかね」

 

「これは俺の気持ちの問題だからな。でもそうじゃないとフェアじゃないだろ?……よっし、やっぱそうだよな…!」

 

ロミオは何か納得したのか、顔を上げると一人で頷いていた。まあ、自分の中で問題が解決したのなら、私から何かとやかくいうこともない。

あとはあいつらが解決してくれる。さっきこっそり無線のコールだけを送ったから、そろそろここに着く頃……いや、ちょうどいいタイミングだ。思ったよりも早い到着だが。

 

「ロミオ、横から口出ししといて言うのもなんだが…あとはそいつらと話しをつけるんだな」

 

「へっ?なんの話し…あ……」

 

ロミオはなんのことか理解できていないようだったが、自分の後ろに誰かいるのに気づいたのか後ろを振り向くと、そのまま表情が固まってしまった。

 

「…ったく、こんなとこにいたのか」

 

「探しましたよ、ロミオ」

 

「もう、ロミオ先輩フラフラしすぎだよぉ〜」

 

「み、みんな…⁉︎なんでここに……あ、お前、こっそり俺を見つけたことをみんなに報告してたのか!」

 

ロミオの後ろにいたのは言うまでもない、ギルにシエル、そしてナナのロミオを探しに行っていたブラッドのメンバーだ。私がロミオを見つけた時に、無線のコールだけ送っておいたのだ。

直接口で言わなくても意図は伝わるかと思ったのだが、私が思った以上に早く来てくれたものだ。さて、後の対応はこいつらに任せておくとしよう。

 

「みんな…俺…」

 

「ロミオ…まずはこの指示書を読め」

 

「へっ?…指示書?えっと……ブラッド所属ロミオ・レオーニ上等兵、先の防衛作戦での戦闘にて負傷。行動に支障はないが、完治まで一切の任務行動を禁ずる……なんだこれ?」

 

ギルに押し付けられた書類に目を通して、困惑した表情を見せるロミオ。つまりは怪我が治るまで大人しくしてろ、という意味だろうが、ロミオの怪我はそんな大したものじゃあるまいに。

隊長と副隊長のサインもあり正式に受理された指令のようだが…恐らくはギルやキョウスケ、あとジュリウスらの画策だろうな。ようはしばらくベッドの上で頭を冷やせ、ということだ。

 

「…さっきは悪かったな。だが、半端な気持ちじゃ戦場に立つの危険だということに変わりはない。だから…」

 

「休んどけって?」

 

「…まあそういうことだ」

 

なるほど、勝手に病室を抜け出してそのままだと脱走兵として扱われてもおかしくはない。そこでロミオは任務に参加できない状態、つまりは戦力外通告しておけばいなくなったところでお咎めもないと…まあ、理には適っているな。

 

「…悪いけどこの指示は聞けないね」

 

「なに…?」

 

受け取った指示書をその場で破り捨てるロミオ。ギルは甘んじて指示に従うと思っていたのか、驚いた顔をしていた。

 

「俺は…俺は今は全然ダメダメでも…!いつか絶対に血の力にも目覚めて、もっと強くなる!みんなと肩を並べて戦えるようになる!だからさ、情けない話だけど…それまでみんなの力を貸してくれ。俺はもう、絶対に逃げないから…!」

 

病室でギルと衝突した時とは違い確かな決意を感じさせるロミオを見たギルは、帽子で少し顔を隠しながらも口元は笑みを浮かべていた。

 

「…分かったよ、お前がそういうなら幾らでも手を貸してやる。ただもう余計な心配かけんじゃねぇぞ?」

 

「ロミオならきっとやれます。共に頑張りましょう」

 

「ロミオ先輩がいないとブラッドが静かになっちゃうもんね!もう帰っこないかと思っちゃったもん…」

 

「あ、いや…それは悪かったって…」

 

病室での一件が嘘のように、いつもの朗らかな雰囲気に戻るブラッドのメンバー。私はその様を、ぼんやりと眺めているだけだった。

私は今の偽りの自分を捨てるために、彼らのその情景を心に刻んだ。獣と人との間で揺れていた私を、ほんの少しでも人たらしめてくれた彼らとの日々、それともさよならだ。

 

「…フラン、聞こえるか?」

 

『…はい、どうかいたしましたか?』

 

「ラケル…博士は今どこにいる。できれば回線を繋いでほしい、話したいことがある、と……」

 

『はい、分かりました……大丈夫ですか?やけに声のトーンが低いですが…』

 

「…大丈夫だ、気にするな」

 

ラケルはどう反応するだろうか。私が首輪を外し自由になることを拒むだろうか。それに、私が無理やりこの枷を外してフェンリルに牙をむいた時、ブラッドの皆と敵対した時…皆はどのように反応するだろうか。

いや、そんなことは分かりきっている。仲間のために、平気で自身の命を張る奴らだ。さんなあいつらがどんな行動に出るか…容易に想像できる。だがその時、私は…

 

『…回線繋がりました、どうぞ』

 

「ああ…」

 

フランからラケルと回線が繋がった旨を聞き、少し深く息を吸う。あの女と話をする時は、心を落ち着かせておかなければ。

 

『イオリですか?私に話があると…』

 

「ああ、重要なことだ。私にもお前にも、な」

 

『…分かりました、任務の後でアナグラの開発室201号においでなさい。待っていますよ』

 

「……」

 

取り敢えずラケルとの話をつけた私は、それ以上は何も言わずに回線を切る。そして、任務のためにアナグラへ戻る皆の後をついていくが、私はその間、一言も口を開くことはなかった。

 

 

ーー

 

 

薄暗い部屋の中、コンソールの光だけが闇を照らしている。聞こえるのは、作動する機器の音のみ。私も…今目の前にいるこの女も一言も発しない。

お互いの心を探るように、光のない瞳が互いを射とめていた。どれくらいそうしていたかは分からない、しかし、先に口を開いたのは…車椅子の女、ラケルだった。

 

「榊博士からお聞きしましたよ…本部の手から逃れるため、一時の間、このアナグラを出ると……そのために、貴方の首輪を外してほしいと…」

 

いつもと変わらぬ薄っぺらな笑みを浮かべるラケル、私はラケルの次の言葉を黙って待つ…

 

「貴方がそれを望むなら…私は構いませんよ。貴方のアラガミとしての力を縛るその腕輪は外してさしあげます」

 

「……!…本気で…言っているのか?」

 

「ええ、まぎれもない本心ですよ」

 

…おかしい、あまりにもあっさりとしすぎている。なぜそうも簡単に了承できる。こいつにも何か目的があるから、私をブラッドに引き入れたのではないのか。

本部に目をつけられる可能性と、私という不確かな存在を引き入れるというリスクを負ってでも、成し遂げたい目的がこいつにはあったのではないのか…?

 

「お前は…私をゴッドイーター として首輪をつけた時、全てはあの子のため、と言っていた。お前のその目的は果たされたというのか、私は何もしちゃいない」

 

「そんなことはありませんわ、貴方がここにいることそのものに意味があるのですから。それに…貴方を観察するのはとても興味深かったわ。ブラッドの皆と心を重ね合わせ、変わっていく貴方を見るのは…ウフフッ」

 

クスクスと笑みを浮かべるラケルは、やはり何を考えているのか分からない。一体、こいつの目的はなんだったというのだろうか。

 

「貴方が首輪を外して自由になりたいと望むのも、私の計画のうちです。本部が介入して来たのは、少し想定外ではありましたが…」

 

「…お前は何を見ている。私に何を見出したというのだ。私には…お前の考えていることが理解できない…」

 

「強いていうならば…あの子と共にに、この極東にやって来た。それが全てです。かつて、この地は特異点による終末捕食が引き起こされようとしていた…この極東に貴方とあの子がいる、それに意味があるのですよ」

 

終末捕食、特異点…聞き覚えのない単語だ。だが、この極東という激戦区に私がいることが、ラケルにとっては大きな意味があるようだ。

しかし、ラケルのいうあの子とは、一体誰のことを指しているのか。私と共にあることで、一体どうなるというのか。まだラケルの言うことには要領を得ない。

 

「…貴方が首輪を外したいと思うのは……貴方が本来の貴方に戻るため、偽りの今を捨てるため…やはり、貴方は人には戻れないのですね。あの子とは真逆です」

 

「…どういうことだ」

 

「以前、貴方にP66偏食因子を投与したのを覚えいますか?貴方は難なく適応しましたが…未だに血の力には目覚めない。どうしてでしょうか…?」

 

「……」

 

「貴方は…心が歪み欠けているのです。だからブラッドの皆のように、強き意志の顕れである血の力が宿らない。どれだけ人と心を通わせ、情を感じようと…所詮それは模倣にすぎないのです。一度手放したものに再び手を伸ばしても…元には戻りません」

 

「…だまれ」

 

「貴方は少なからず、皆と同じような普通の人に戻りたいと、そう願ったことはありませんでしたか?それが叶わぬ願いと知りながらも…彼らの心の暖かさに惹かれたのではありませんか?」

 

「黙れっ!」

 

握りしめた手のひらに、爪が食い込み血が滲み出す。この女の言っていることは…正しい。私は確かに、今の自分にはないものを持つ皆に、羨望を抱くことがあった。

その度、私は己に言い聞かせた。自分は狩人、いみじく血を求める穢れた狩人、或いはただの獣だ。私は奴らを殺すため、本来の自分に戻る必要があるのだ。

 

「本当は…奴らが私のすぐ近くに来ていることを知った時点でこうするべきだった…お前の言う通り、私は確かにゴッドイーター として過ごすうちに、そのような思いを抱いた。だが、それが私の牙を鈍らせる。私には不要なものなのだ!人としての矜持までは捨てぬ、だが獣にならねば奴らは殺せぬ…!」

 

「ええ、分かっていますよ。人のみでありながら人ならざる怪物となる、それが貴方の道ですもの。だから私は引き止めませんわ、貴方が思う道を思うように行けばいいのです」

 

そう言ってラケルは手元のコンソールを操作すると、右腕の腕輪から幾度か機械音が聞こえた。それと同時に、もはや慣れて何も感じていなかった圧迫感が消えたような気がした。

恐らく、この腕輪にあった私のアラガミとしての力を抑制する機能が解除されたのだろう。私はこれで、自由に力を振るえるようになったわけだ。

 

「さあ、これで貴方はもう自由ですよ。腕輪を壊してしまえばビーコンによる追跡もできません……どこに行こうと貴方は自由です」

 

「……」

 

「しかし、ここを出ていくのはもう少し待つのをお勧めしましょう。きっと近いうちに…貴方の探し人がやって来ますよ。貴方が追い求めるものが…」

 

「なに…?探し人だと……貴様、まさか…奴らを、上位者のことを言っているのか⁉︎」

 

私はラケルの胸ぐらを掴み上げ、動かない足で無理やり立たせる。ラケルは表情を変えずに落ち着くように諭してくるが、ぎゃくにますます頭が沸騰してくる。

 

「彼らはやって来ますわ…数多のアラガミを引き連れて、必ずここにやって来ます」

 

「だから…!なぜそんなことが分かる!」

 

「ウフフッ……でも、今の貴方では彼らに打ち勝つことはできませんわ、錆びた貴方では……血に固まった錆びなら、同じ血で洗い流すといいでしょう…どうせなら、とびっきりの血で…」

 

「なんだと…?」

 

「ブラッド…血を冠するあの子達は、貴方にとっては至極の贄になるでしょうね」

 

私は思わず目の前が真っ暗になり、ラケルを掴み上げていた手を離してしまう。こいつは…こいつは私にとんでもない提案をしている。上位者を殺すために、皆を…犠牲にしろと言っている…!

 

「感応種の力にすら屈する貴方では、到底かなわないのも道理でしょう?ブラッドの血は感応種にも影響されない特別なもの。貴方なら、偏食因子を投与するよりずっと楽に力を得られるでしょう…彼らの血を求めれば…フフフッ」

 

「私に…私にあいつらを殺して血を啜れというのか…!」

 

できるわけがない…とは言えなかった。現に私は、一度ナナを殺そうとした。あわよくば、そのまま上位者の血を得ようとした。一度彼らを利用しようとした手前、ラケルの言葉を否定などできようか。

 

「あの子達は、そのためにあるのです。全ては、貴方と……そして私のかわいいジュリウスが…!新たな世界を切り拓くため!」

 

普段なら見せない恍惚とした表情で、己が目的を吐露するラケル。私はラケルが企てる謀略と、ジュリウスが特別な存在であることを示唆させるその言葉よりも、私の目的とあいつらの命、どちらが重いかを天秤にかけていた。

しかし、その答えは存外早く出た。やはり、ラケルの言う通り、私の心は捻じ曲がり欠けている。

 

「貴方が踏み切れないのなら、これを使うと良いでしょう」

 

呆然自失としていた私にラケルが手渡したもの、それは……

 

 

 

 

 

 

ーー

 

 

 

五日後 Day 1

 

強く風が吹き荒れるヘリポート、どんよりとした夜空を眺めながめる。アラガミに四季という自然体系を破壊された今、風に吹かれながら待ち続けるのは少し肌寒い。

 

「あの…同席するのが私なんかでよろしいんでしょうか」

 

「ただ日程の確認をしてもらうだけだよ、ヒバリくん。そんなに緊張することはないさ」

 

「そんなこと言われましても……」

 

「まあまあ…おっと、噂をすればなんとやら。ついに来たようだね」

 

吹き荒れる風に紛れて聞こえてくる駆動音、夜空の星にしては明るい光…いや、ライトかな。

夜空を駆けてきたのはヘリコプターだ、しかもフェンリル本部のVIP御用達の大型軍用ヘリ。それをたくさんの整備員がライトを手に、安全にヘリが着陸できるように誘導していた。

 

「緊張するなとは言ったけど…ヒバリくん、相手が相手だ、粗相のないように頼むよ」

 

「は、はい…」

 

緊張した顔つきのヒバリくんの緊張を和らげてあげようと思ったけど、どうやら逆効果だったみたいだ。それも無理はない、なにせ今このヘリに乗ってきたのは、ここ極東にて行われる神機兵の初実戦配備を視察に来たフェンリル最高幹部たちなのだから。

ようやく着陸を終えたヘリのドアが開き、たくさんの制服の護衛が先に出てくる。そしてきっちりと整列した護衛たちの間を歩く、堂々たる威圧感をもつ二人の男と一人の女性。

 

「おや、こうも早く再会するとは思いませんでしたよ…ローゲリウス情報監督官」

 

「ふん…」

 

コートの初老の男、ローゲリウス情報監督官は私をひと睨みしただけで、それ以上は何も言わなかった。

 

「ヨセフカ医療衛生監督官、それにデュラ特別軍事顧問、遠路はるばるようこそ。フェンリル第8ハイブ、通称アナグラへ…」

 

「相変わらずのようですね、貴方は…」

 

「久しぶりじゃないか、ペイラー・榊。噂は聞いているぞ、あとでゆっくり話をしよう」

 

白衣のような制服の金髪の女性、ヨセフカ医療衛生監督官。そして、灰色の帽子を被る男、デュラ特別軍事顧問。いずれもフェンリルにおける重鎮の中の重鎮、彼らがひとかたまりに行動することも珍しい。

 

「今回の視察は中々に豪勢なメンバーですね…?」

 

「それだけ神機兵には期待が大きいということだ」

 

「…!」

 

三人とは一歩遅れてヘリから降り立った白髪の年老いた男、フェンリルの制服であるコートと金のペンダントを首にかけたその男は…私がよく知る人物だった。

私や前支部長のヨハンにオラクル技術について師事してくれた恩師でもある彼が、わざわざこの極東にまで足を運んだことに驚きを隠せなかった。

 

「お久しぶりです…ウィレーム技術開発監督官」

 

「ああ…お前も元気そうでなにより。この場にヨハネスがいないことが残念だ…」

 

今は亡き前支部長のヨハンを悼むウィレーム、しかし、彼はヨハンのやろうとしていたことを知っている。限られた人類だけを救済し、人類の種として絶滅を防ごうとしたヨハンの計画、アーク計画を。

終末捕食、アラガミによる地球のリセット。全ての生態系は終末捕食によって絶え、また新たな地球を生み出す。終末捕食とはそういうものだ。

ヨハンは、一部の人類を地球外に脱させ、人為的に終末捕食を引き起こそうとした。そして、リセットされた地球に、再び人類が降り立ち支配する。それがアーク計画だ。大多数の人々を犠牲に人類という種を守る計画。幾人かのゴッドイーター によって防がれたものの、私はあの計画を実行すべきではなかったと思っている。

 

「さあ、ヒバリくん。みなを部屋に案内してくれたまえ」

 

「は、はい!皆さま、こちらへどうぞ!」

 

ヒバリくんの誘導に従う幹部たちに私も同行しながら、後をついてくる護衛たちに目を向ける。フェンリルの制服に帽子で身を固めた彼らは、ごく普通の護衛に見える。けど、その内の幾人かは違う。

護衛の内の何人かは、腕に腕章を付けていた。金色の三角形と車輪の紋章、やはり私が予想した通りだ。

 

(…やっぱりか。彼らが滞在するのは三日間、その間に武力を行使する気満々ということかな、ローゲリウス情報監督官。間違いなく、幹部たちが滞在中に仕掛けてくるよイオリくん。君は一体…どうするつもりなんだい?)

 

イオリくんはもともと、幹部たちが来る前にここ極東支部から離れるつもりだった。だが、ラケル博士と話をしてから、すっかり様子が変わってしまった。

ラケル博士と何を話したのかは知らない、ここ極東支部から出て行くことにも変わりはない。ただラケル博士からの提案もあり、そのタイミングは神機兵の実戦配備が行われる日、つまり明日だ。

間違いなくローゲリウス情報監督官を筆頭に、彼らが滞在する三日間でこちらへ何かしらの干渉を行って来る。一番考えられるのは、イオリくんの強奪。或いはアラガミを支部内に引き入れたことによる極東支部への処罰。

もともと極東支部は本部にとって目の上のたんこぶ、ヨハンの騒動も含めて、快くは思われていない。イオリくんの一件で、たんこぶを切除しにきてもおかしくはない。

 

(イオリくんが捕まってしまうのが、もっとも最悪なパターン。イオリくんがここから逃げ出してしまえば、表向きの言い訳はいくらでもできる。ただ裏での…交渉の材料がまだ足りない)

 

神機兵はフェンリルにとっても一大事業、失敗させたくはないはずだ。だから少なくとも神機兵の実戦配備が行われるこの三日間では、大々的に動きはしないだろう。例えば、イオリくんの正体がアラガミであることを公表する、とかね。

イオリくんが、脱走する日を明日と定めたのならば仕方がない。ラケル博士からの提案というのが引っかかるが、もうそう時間は残されていない。

 

(本部を相手に大立ち回り…ヨハン、やっぱり君は大した奴だよ。あんな壮大な計画を本部の目を盗んで実行していたんだから)

 

最後は互いに反目し合ったものの、大切な友人であった彼への賞賛を送りながら、再び計画を頭の中で練り始める。何しろ、一番の山場ここではない。いつか我々の前に現れるであろう脅威、それこそが本命。

 

(ローレンス、君はしくじってしまったようだが…私はそうはいかない。イギリス支部の二の舞はごめんだよ…)

 

 




次話あたりから、原作ゴッドイーター 2でもかなり重要なネタバレとなるシナリオですので、ご注意ください
改変しまくりですが、基本的にはストーリーは原作沿いでいきます。


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26話 ブラッド・エコー ①

間が空いてしまいすみません
またぼちぼち投稿していきます


day 1… p.m 9:00

 

書類をめくる音、隣の人と歓談する声、しかし、どこか緊張感のある雰囲気。アナグラのとある一室、大きな会議室であるその部屋には、フェンリル内でも滅多に見られない重役たちが多数出席していた。

 

(いやぁ圧巻だね、これだけ大物が集うのは。まさかここ極東にこれだけの人物が一堂に会するとはねぇ…)

 

よほどの大事でなければ、フェンリル内での会議でも最高クラスの幹部が四人もいるのは珍しい。それに加えて、各方面の技術者やフェンリルへの投資者なども参加している。今回の神機兵プロジェクトは、それだけ注目されていたということだ。

 

「おい、神機兵のAI制御は完璧なんだろうな?前回みたいな失敗は許されないぞ、俺がこのプロジェクトにどれだけ費やしていると思っている」

 

「え、ええ、それはもう万全のチェックを重ねました。問題はないはず…です……」

 

「はず?ふざけるなよ、極致化技術開発局の評価が関わってるんだぞ!」

 

「は、はい…」

 

小太りの高圧的な男、グレゴリー・ド・グレムスロワ、通称グレム局長は、フェンリル極致化技術開発局フライアの局長を務めると同時にフェンリル本部特別顧問、また重工業の社長として神機兵プロジェクトに投資しているそうだ。

そして、そのグレム局長に怒鳴られていたのは九条ソウヘイ博士。神機兵のAI制御に携わっており、有人制御を提案するレア博士とは立場的に対立することが多い。

 

「あれれー?九条ちゃん、俺がさっき見てあげたときはあれだけ自信満々だったじゃない?ギャハハッ!」

 

「主任、少しお静かに…」

 

怒られる九条博士を笑い飛ばす、フェンリル本部技術開発局局長のエドモン博士…博士と呼ぶには余りに適当な方だが、その技術者としての腕は尊敬している。

皆には主任の愛称で親しまれている喧しい彼だが、横の秘書の女性は対照的にクールだ。

 

「ふむ…神機兵、大したスペックだ。しかし、無人で制御するにはまだいくつか懸念があるな……本格的な運用にはまだ検討すべき点がある」

 

「ええ、ですから有人での運用も考慮すべきかと……たしかに、いきなり有人での運用は人命軽視も甚だしいですが、後々は…」

 

デュラ特別軍事顧問と書類を片手に、神機兵の運用について話し合うレア博士。その隣では、ローゲリウス情報監督官とヨセフカ医療衛生監督官が何か話し合っていた。

 

「榊、君は支部長になってどれくらいかね」

 

「私ですか?まだ二年ほど、人の上に立つにはまだ未熟者ですよ」

 

私の隣に座るウィレーム先生が、静かに語りかけてくる。喧騒に包まれるこの部屋の中で、先生の周りだけやけに静かに感じた。

 

「そんなことはないとも……君は優秀だ。私は沢山の技術者を育ててきたが、ヨハネス、ローレンス、そして君は特に優秀だった。だが、内二人には私の警句は伝わらなかったようだ…君はどうかね」

 

「…もちろん、心に刻んでいます」

 

「しかと恐れたまえよ、榊」

 

ウィレーム先生は目を瞑りながら、そっとそうこぼしていた。道を誤った彼らへの憂いか、それとも私も同じ道を辿るのではないかという危惧か、先生の胸中を図ることはできなかった。

 

「皆さま、お待たせしましたわ」

 

会議室に響く柔らかな声、皆がその声の方を向けば、そこには車椅子に乗る女性、ラケル博士がいた。ラケル博士が手元のコンソールを操作し、会議室の真ん中にホログラムの像が現れる。

人間よりは二回りほど大きい体格と全身を覆う黒い鋼の装甲。そして背中に刻まれた”人類最後の砦”たるフェンリルの紋章。

Deus Ex Machina Artificial Soldier、通称DEMAS”神機兵”だ。

 

「さあ、始めましょうか…」

 

ラケル博士を口火に開始される会議、しかし、神機兵の解説を始める彼女とそれを聞くフェンリルの幹部たち…彼らがその裏で何を考えているのか…

 

 

 

 

day 1… p.m 8:30

 

道具やタブレットを片手に走り回る整備員、様々な機械が奏でる騒音響く格納庫の中、私はぼんやりとその様を眺めていた。

格納庫にいくつも鎮座する巨人、たくさんのコードに繋がれ戦いの時を待ちわびるそれこそが、今回の目玉である神機兵。その黒鋼の巨人からは重たい圧力を感じる。

私は今、ちょうど格納庫に面した小さな倉庫で、私を呼び出したある者を待っていた。今朝、この部屋に来るように指示だけ書かれた、差出人の不明なメール。しかし、その相手はおおよそ目処がついている。

 

(時間通りなら…そろそろか)

 

椅子に背中を預けながら、タブレットをスワイプして電子書籍のページをめくる。シエルから借りた本のデータも、そろそろ底を尽きる。また新しいデータが欲しいが…もうその機会もないだろう。

 

「優雅に読書ですか、羨ましい限りですね」

 

「…ただの暇つぶしだ」

 

戸を開ける音も立てずに部屋に入って来たその男は、僅かな殺気を含ませながら後ろから声をかけて来る。不意打ちにも反応できるよう気を付けていたが、声をかけてくるまで殆ど気配を感じさせてはいなかった。

タブレットを置いて椅子から立ち上がれば、後ろにいたのはフェンリル制服の金髪の男。柔和な笑みを浮かべているが、どこか胡散臭い。

 

「俺をここに呼んだのはお前か」

 

「ええ、私はフェンリル情報管理局所属のアルフレート、どうぞお見知り置きを」

 

「前置きはいらん、私のことは知っているんだろう?さっさと要件を言え」

 

「…そうですか、では単刀直入にいきましょう」

 

そう言ってアルフレートは一枚の書類を取り出し、私に渡す。受け取った書類に目を通すと…その書類は本部への異動を明記した書類だった。

 

「我々の目的はこうです…完全な人型のアラガミである貴方に、本部に来て頂きたいのです。貴方が来てくだされば、オラクル技術は大きく飛躍し、人類はアラガミに対抗する新たな力を得る。もちろん、貴方の身分も保証しますよ」

 

「素直に頷くとでも…?」

 

「ええ、分かっていますよ。ここ極東支部への対応も気兼ねでしょう。貴方が大人しくついて来てくだされば、アラガミを内部に引き入れた極東支部への処罰は不問にいたします。どうですか?」

 

そう言ってニコリと笑うアルフレートは、まるで私を試しているかのようだ。私が極東支部の立場を守るか、自身の身を守るか、どちらを選ぶか試しているのだ。

ここで断れば、彼らは待ってましたと言わんばかりに、実力行使に出るだろう。黙って従う気もさらさらないが、形だけでも姿勢を示さなければなるまい。

 

「私もあまり事は荒げたくはない、ここ極東には何かと恩もあるのだ…」

 

「返答はYES、と捉えてよろしいのですか?」

 

「好きに解釈しろ」

 

「…ふむ、そうですか。ではこういたしましょう。明日、あなたは神機兵の投入に合わせて、支部周辺の偵察任務を任されていますね?あなたが我々と来る意思があるのなら、次に指定するポイントまで来てください。回収する手段を用意してあります」

 

そう言ってアルフレートが指定したのは、支部近郊の廃墟群の一角だった。丁度私が偵察を任された区画、とある廃ビルの屋上。そこならアラガミの攻撃も受けにくいだろうし、安全に回収できるのだろう。

偵察任務は二人一組、俺はキョウスケと組むことになっている。だが、ここまでは予定通りだ。

 

「任務の開始は10:00ちょうど…我々は2時間だけ待ちます。それまでに貴方がいらっしゃなければ…取引には応じないと判断させていただきます。では、貴方が良き選択をしてくださるよう…」

 

アルフレートはそう言って、俺に軽く仇を下げてから倉庫を出て行った。残された俺は、小さくため息をついて、再びタブレットを起動して読みかけだったページを開く。しかし、タブレットの電池が切れそうだった。

ちょうど私が読んでいたのは、ごく普通の少年少女が奮闘するファンタジーな小説。見れば、あと数ページで読み終わりそうだ。バッテリーが切れる前に、読み終わるか?しかし…

 

(正義のヒーローが悪者を倒してハッピーエンド…そんな勧善懲悪、現実はもっと複雑だ)

 

俺はタブレットの電源も落とさずに、倉庫の机の上にタブレットを放り投げる…結末を知る必要はない。なんとなく想像もできる。

世界にとって、どちらかといえばアラガミである俺は悪で、アラガミを倒すキョウスケたちはこの世界の正義だ。彼らにとってのハッピーエンドは、悪であるアラガミを駆逐し、世界の平和を取り戻すこと。ならば私にとってのハッピーエンドとは?

 

「無論、この身果てるまで狩り続けること…狩の成就、それ以外は望まん」

 

俺はタブレットはそのままに、倉庫を後にする。灯りの消えた暗い倉庫の中で、俺が置いていったタブレットは、しばらく光を放ち続けていた。

しかし、画面に映し出す物語の結末を持ち主に伝えることなく、タブレットの灯りは消え、倉庫の中には静かな暗闇が漂うだけだった。

 

 

 

ーー

day 2…a.m 8:26

 

フェンリルの医務室、そこで私はアデラインに検診を受けていた。定期的に、私のオラクル細胞が安定しているかとか、体調に異変がないかなどをアデラインに調べてもらっていたのだが、今日は無理を言って急遽調べてもらった。

朝早くから面倒な業務を押し付けられてアデラインはやや不機嫌そうだったが、私が自分から検診を頼んだのが珍しかったのか、少し不思議そうな顔をしていた。

 

「…特に異常はありませんよ。検診はこれで終わりですが…」

 

「そうか…体調は万全というわけだ。無理を言って悪かったな」

 

「えっ…イオリさんがお礼を言うなんて……体調悪いんですか?」

 

気味が悪そうに顔をしかめるアデラインに、私は思わず苦笑してしまう。そう思われても仕方はないが、露骨に表情に出るのは失礼ではないか?

 

「…失礼、部屋に入っても?」

 

医務室のドアがノックされ、外から初老の男の声が聞こえる。オトだ、私を呼びに来たのだろう。

 

「構わん、用はすんだ」

 

「では…」

 

ドアを開けて医務室に入ってくるオト、アデラインはオトを見るとより一層、気味が悪そうに顔をしかめるのだった。ちなみにアデラインはオトを一方的に嫌っている。

 

「神機の準備は済みましたよ。それとジャミング装置と特製ヤスリ、アラガミの血を合成した輸血液、古めかしい録音機も…要望通り、ベエーアディーゲンには、フファールハマーの血晶石を取り付けておきました。他に何か要望は?」

 

「要望はそれで全てだ、礼を言う」

 

「ほお…?珍しいですね、貴方が面向かって謝礼とは」

 

「くっ…貴方と意見が一致するのは気に食わないですが、全くその通りです。イオリさん、何かあったのですか?」

 

二人して私が礼を言ったことを珍しがる。確かに、そういうのは私らしくないかもしれないが…恐らくは、これが最後になるであろうから…。

 

「…今までの分を全てひっくるめた礼だからな」

 

二人にも聞こえないくらい小さくそう呟くと、私はいつものコートを羽織って、医務室を後にする。未練はないが、何度も世話になった場所なので、少し名残惜しくはある。

オトやアデラインにも、色々と助けてもらったが…私からは何も返してやれない。せめて、これから私が為すことに巻き込まれないよう祈ってやるぐらいだ。

 

(…まあ、そこは主任がなんとかするだろうよ。私は自分の心配をしなくては、な…)

 

私はそのまま神機格納庫へと足を向ける…が途中でターミナルに寄る。そこで私はアデラインには治療費を、オトには整備費を、倍近い額のFCで払っておくのだった。

 

 

 

 

day 2…a.m 10:32

 

風に乗って舞う砂塵、強風に煽られて軋む錆びついた街灯…廃墟と化した街の中で、俺とキョウスケは互いに死角をカバーしながら、周囲の警戒を続けていた。

任務が始まってから、俺とキョウスケは殆ど会話を交わしていない。任務に集中しているというわけでもなく、お互いにどこか上の空、といった感じだ。

 

「周囲に異常はなし…イオリ、数ブロック先まで移動するよ」

 

「……」

 

キョウスケの指示に黙って従い、警戒は緩めずに歩みを進める。神機兵の実戦投下は午後の1:00、アルフレートが指定した時間は12:00まで。今の時間から…あと一時間半ほど。

ここから指定されたポイントに向かうのには、1時間もかからないが…

 

「そんなに時間が気になる…?」

 

「…なに?」

 

足を止めて、しかし、私の方へは振り向かないで、私に語りかけるキョウスケ。見れば、神機を握る手には見て取れるほど力がこもっているのが分かる。

それに、先ほどとはうって変わって、殺気立った雰囲気。周囲にアラガミがいる気配はない。ならば、その殺気の矛先は私か?

 

「昨日、いや、ロミオ先輩の件から、イオリはずっと様子が変だよ。寡黙でどこか近寄りがたい雰囲気…初めて会った頃のイオリみたいだ。それに…」

 

銃形態だった神機が剣形態に変形し、キョウスケのクロガネ長刀型の切っ先が地面に突き刺さる。

 

「イオリが昨日倉庫で会ってた人って…本部の人でしょ?」

 

「…つけてたのか」

 

「たまたま見かけただけ…本部の制服を着た人が入っていった部屋から、イオリが出てきた。あれは偶然?それともあの人はイオリの知り合い?…ラケル博士だってそうだ!僕たちに黙って、一体何を企んでるのさ!答えてよ……イオリ!」

 

珍しく怒気を含ませて声を荒げるキョウスケ。キョウスケとギルを除き、ブラッドの隊員の多くはマグノリア・コンパスの出身だ。故に、育て親でもあるラケルのことを信頼している。

だが、キョウスケは違う。だからこそ、ラケルのことを信頼しきれていなかったのだろうか。そうでなければ、ラケルを疑う言葉が出るはずもない。

 

「…ジュリウスやラケル博士は僕たちブラッドを家族と呼ぶ。僕も、同じように皆を大切に思ってる…!でも、イオリやラケル博士が考えてることが、皆を傷つけるような…イオリが自身を蔑ろにするような考えなら!ブラッドの副隊長として、それは認可できない!」

 

キョウスケは地面に突き刺していた神機を引き抜き、私にその切っ先を突きつける。その表情は鬼気迫るものだった。

 

「いい、イオリ?これはお願いじゃない、命令だ。イオリはフェンリルの所属するゴッドイーター、アラガミなんかじゃないんだ。僕の言ってること…分かるよね」

 

確かにブラッドの隊員の中では、私が一番階級は下だし、一隊員としては副隊長には従わなきゃいけない。しかし、こいつの心配していることが仲間のことだけでなく、私のことまで気にかけているのだから…

 

「ふっ……ふふ…ふはははっ!」

 

「……」

 

「まったく、お前というやつは…羨ましいよ、お前のように純粋に人を想える"心"がな。それこそが、お前の"喚起"の血の力そのものなのかもしれないな」

 

私は手に持っていた神機を地面に放り投げる。だが、それは決して降参の意ではない。私は自身の右手に取り付けられた神機使いたる証の腕輪、それに左手を添える。

 

「お前はやはり、私には眩し過ぎる。黒く血に染まり歪んだ私の心の中にまで照らし出す…だからかな、今までの私ならまず選ばなかったであろう選択をしたのだ。私なりに"仲間を想った"が故の行動、分かってくれとは言わない、だが止めてくれるな……すまないな、キョウスケ…!」

 

腕輪に添えた左手に力がこもり、腕輪に亀裂が入る。私が何をしようとしているのか、それを察したイオリは静止の声を上げようとするが、その前に…私が人の狩人たるゴッドイーターの証が砕け散った。

通信機も取り外して、踏み潰して二度と使えなくする。今この瞬間、私を縛り付けていた首輪、それが完全に取り除かれたのだ。

 

「今、私はゴッドイーターから、一匹のアラガミに成り下がった。お前と私は敵同士、もうお前の指図を受ける筋合いもない…」

 

「イオリ…!なんで…」

 

「…私の存在は既に本部に知られている、一部にだがな。いつかはお前たちや極東の人々にも、本部の手は及ぶ。そうさせないためには…これが一番だと、私は判断した」

 

私は神機を拾い上げ、背負っていた追加パーツと連結させて、ヴァリアントサイズへと変形させる。そして、それを大きく振りかぶると…呆然としているキョウスケへと向けて振り下ろす。

咄嗟に横に飛びのいて私の斬撃を躱すキョウスケ、しかし、微かに掠めたようで、肩口から血を流していた。

 

「私はお前に危害を加えた。私を危険なアラガミだと判断するには十分だろう?」

 

「そんな屁理屈…!」

 

「屁理屈かどうかは…この後の私の行動で判断しろ!」

 

私は自分の右手を少し噛みちぎると、その血の滴る右手を地面にかざす。私から流れ出た血が地面に血溜まりを作り出し、そしてそかなから…強力な感応波が発せられる。

ヘムウィックの魔女とイェン・ツィーの血がもたらす力。私が"従僕"と呼ぶこの血の力は、偏食場パルスで周囲のオラクルを掻き集め、擬似的なコアを持つアラガミを生み出す。

イェン・ツィーはチョウワンと呼ばれるオウガテイルの亜種を生み出す。私の場合は、人の形はしているが、全身を悍ましい体毛で覆われた怪物を生み出すのだ。制約がかかっていた時は二、三体が限界だったが、今なら存分に力をふるえる。

 

(もう私の正体が露見しようと関係ない…私が今まで得た感応種どもの力、それを解き放つ時だ…!)

 

私の血と周囲のオラクルを利用して生み出される毛むくじゃらの怪物。手始めに八体ほど生み出し、感応波で命令を送る。『キョウスケをここで足止めしろ』と。

 

「アラガミを…生み出した…⁉︎」

 

「グロロッ…!」

 

鎌のような鉤爪を振り回してキョウスケに飛びかかる怪物たち。所詮は劣悪な模造品、キョウスケなら難なく仕留められる程度の雑魚だ。だが、足止めには丁度いい。

 

「私を追いたければ、そいつらを片付けてからにしろ」

 

「くっ…待って!イオリ!」

 

キョウスケの叫びは無視して、私はアルフレートの示したポイントへと駆け出す。その途中で、私は懐からオトに貰ったジャミング装置を取り出しそれを起動させる。これでここら一帯の通信、レーダーは妨害された。

それでも、キョウスケだけは私の元にやってくるだろう。これから起こることに、あいつの有無は至極重要なことなのだ。

 

 

 

day 2 a.m 11:46

 

「あの建物か…」

 

この周辺では一番大きく、かつ形がよく残されたビル。あれがアルフレートの指定したポイントだ。ガラス張りの入り口はめちゃくちゃになっているが、中に入れないことはない。

壊れたドアを蹴破り建物の中へと入ると、カビ臭い匂いが立ち込めた。指定された時間までは後わずかだが、何とか間に合うだろう。

 

(さて…ここまで来たはいいが、ここからどうするか)

 

アルフレートはここに来いとしか言っていなかった。回収する手段があるとは言っていたが、そうだとしたら屋上だろうか。そこならヘリでもなんでも航空機で回収もできる。

ならば、とりあえずは上を目指すとしよう。幸いにも、このビルは吹き抜けのような構造になっている。中央の階段を登っていけば、上まで行けるだろう。

吹き抜けの天井から差し込む明かりが薄暗いビルの中を照らしているが、それでも廊下の奥は暗闇が広がっている。今のところ、アラガミが居る気配はないが…

 

(いる…何人だ?散漫としてしていまいち分からないが、複数人いる)

 

微かに漂う人の気配、恐らくはアルフレートら本部の連中だろう。周囲を警戒しながら階段を登り続け、大分上の方まで来たその時だった。

 

「お待ちしていましたよ。接触禁忌種"カーリー"」

 

「む…」

 

どこからかこだますアルフレートの声、それと同時に周囲に殺伐とした雰囲気が立ち込める。思わず神機を握る手に力がこもる。

 

「時間通りです、このまま貴方を本部までご招待したいところですが…腕輪はどうしたのですか?」

 

「腕輪?ああ…つい先程取り外した。私はもうゴッドイーターではない、ただのアラガミだ。その方が貴様らには都合が良いのでは?」

 

「そうなのですか…貴方はその人の皮を脱ぎ捨てたのですね。確かに、その方が……我々には都合が良い」

 

アルフレートのその言葉のすぐ後、ビルに大きな銃声が響き渡る。反射的にその場から立退こうとする…が、右足に鈍い衝撃と痛みが走る。

階段を踏み外し階段から転げ落ちる私に向けて、再度響き渡る銃声。今度は一発ではなく、何発も。その弾丸は何発か私の体を貫き、地面を血で濡らした。

 

「…っ!」

 

私は無事な方の左足に万力のように力を込め、次の弾丸が私を貫く前に奥の廊下へと飛び退く。近くにあった扉を神機で破壊し中に転がり込むと銃声は鳴り止み、代わりにこちらへ近づいてくる無数の足音が聞こえてきた。

しかも、私が飛び込んだ部屋は会議室か何かだったらしく、入ってきた扉を以外に出口はない。どうやら袋小路に追い詰められてしまったようだ。

 

(今の銃声は神機ではない、旧世代の古い銃器の類…しかし、弾丸にオラクル細胞を塗布してるな、傷口の血が止まらない…)

 

体に三箇所、そして右足、不意打ちは警戒していたものの、いきなり銃で撃たれるとはな。だが、これで奴らが穏便に事を済ませる気など、カケラもないことがよく分かった。

私を半殺しにしてでも連れ去るつもりなのだろう。コアさえ無傷なら、恐らくは四肢をもがれても私は死なない。

 

(オトに頼んでおいて正解だったな…)

 

ポーチから取り出してのは、オトからもらった輸血液のパックだった。中身は当然、ただの血液ではない。アラガミエキスと私の血を混ぜ合わせたものだ。

私はそのパックの先端部を自分の右足に突き刺すと、無理矢理な輸血を開始する。だがそれでも、体内に血を取り入れたことに変わりはなく、私のオラクル細胞が活性化していき傷はすぐさま塞がっていった。

しかし、向こうがこちらの完治を待ってくれるはずもなく、何か金属がぶつかる音がしたと思えば、部屋に筒のようなものが投げ込まれてきたのだ。そして、その地面を転がる筒は、大量の煙を吐き出し部屋の中を包み込んでいった。

 

「煙幕…!」

 

煙に紛れて突入してくる人影、数は三人。そして、その三人が私に向けて何かを構えるのが見えた。

 

「……っ!」

 

煙越しに見えるマズルフラッシュと再び響き渡る銃声、しかし、放たれた弾丸は私には届かない。私の目の前に生成されたオラクルの"従僕"、毛むくじゃらの怪物が私の盾となったのだ。

立て続けに銃弾を撃ち込む三つの影。鉛玉とはいえオラクルが塗布されている、この程度のアラガミなら難なく屠れるようだ。しかし、"希釈"の血の力で煙の中に完全に気配を紛れ込ませた私に、この襲撃者たちは気付いていないはず。私は盾となっている怪物の陰から飛び出すと、襲撃者たちに襲いかかる。

完全に気付かれていない、そう思っていた…のだが、予想外に襲撃者たちは私の存在にいち早く気付いたのだ。

 

「なに…!」

 

すかさず私へと手に持つ銃を向ける襲撃者、それは私が神機を振り上げるのとほぼ同時だった。そして、部屋の中に響く銃声とうめき声、うめき声は襲撃者のものだった。

私が振り下ろしたヴァリアントサイズは襲撃者の片腕を切り落とし、代わりにまたも無数の弾丸が私を貫いた。

 

「…っ!貴様っ!」

 

他二人が私へと銃口を向けるが、その前に私がオラクルで作り出した"エーブリエタースの先触れ"が1人を拘束し締め上げる。そして素早く背中に背負っていたエヴァリンを引き抜き、もう一人へと銃口を向ける。

 

「アラガミのくせしてっ…!」

 

「アラガミで悪かったな」

 

最後の一人の銃口が火を噴く前に、私のエヴァリンの引き金が引かれる。エヴァリンから放たれたオラクルの弾丸は襲撃者を貫き、襲撃者は体をビクつかせるとそのまま地面に倒れた。

今撃ち込んだのは対アラガミ用の麻痺弾だ。人間ならばその効き目は抜群だろう。

 

「かっ…ぐ…!」

 

エーブリエタースの触手で締め上げられる襲撃者は暫くもがいていたが、やがて動かなくなった。初めに腕を切り落としたものも、失血か痛みによるショックか、気を失って倒れていた。

 

「ちっ…やはり銃というのは厄介だ」

 

襲撃者たち…彼らは灰色のコートと奇妙なマスクをしていた。そしてその手にはアサルトライフル、だったか?私の時代にあった銃器とは違い、何発も連射できる旧世代の武器があった。そして恐らく、そのマスクには煙を見透かす特殊な機能でもあるのだろう。

全員、右腕にはゴッドイーターの証たる腕輪がある。しかし、この装備はアラガミと戦うものではない。この旧世代の武器は、対人用だ。

やはり、榊の言う通りだったようだ。フェンリル情報管理局にはいくつかの非合法の部隊が存在するという。今回の視察にも来ている情報監督官ローゲリウス、彼も私設の懲罰部隊を有しているらしい。

"処刑隊"と称されるその懲罰部隊は、退役した神機使いなどで構成されていて、アラガミではなく対人を目的としている、とのことだ。眉唾物の噂でしかなかったらしいが、今こうして、その存在が明らかになったわけだ。

 

(元ゴッドイーターなら、腕を切り落とされた程度では死なんだろう…さて、ここからどうするか)

 

スモークはまだ部屋の中に立ち込めている。しかし、廊下にはまだ何人かいるのが分かる。出口は一つしかない…が、何も律儀にそこから出る必要もないな。

私はエヴァリンのオラクル弾頭を切り替え、追加のロングバレルを取り付ける。そして、部屋の壁へと銃口を向け、引き金を引いた。

エヴァリンから放たれた弾丸は、壁に命中すると大きな爆発を引き起こし、壁を粉砕し隣の部屋へと道を作り出したのだ。

 

「今の音は…こっちだ!急げ!」

 

「奴を逃がすな!」

 

立て続けに壁を打ち壊し、さらに隣の部屋へと進む。廊下からは処刑隊の連中が私を追ってくる声が聞こえる。私は今いる部屋の扉を蹴破り廊下に躍り出ると、エヴァリンを構えた。

 

「大当たりだ…!」

 

エヴァリンを構えた先には、またしても三人の処刑隊の隊員。向こうがこちらへ銃を向ける前に、私のエヴァリンから放たれた麻痺弾が二人を射抜く。

残った一人は銃を連射して応戦してくるが、私は古狩人の"加速"で強引に弾丸を躱し一気に距離を詰め、首筋を掴み上げて壁に叩きつける。

 

「…アルフレートはどこだ」

 

「ぐぅ…クソがっ…!」

 

首を掴む手に力がこもり、骨が悲鳴を上げているのが手のひらに伝わってくる。しかし、こいつは中々に強情だ、情報を吐こうとはしない。

 

「なら、仕方ないな…貴様らのせいで私を怪我をしてしまった、お前を喰らって傷を癒すとしよう」

 

「ひっ…⁉︎」

 

ベエーアディーゲンが生体部分を膨張させながら、捕食形態へと移行していく。フファールハマーからベエーアディーゲンに移植したルフス・カリギュラの血晶石、それがより一層禍々しい顎を作り出した。

神機に喰われるところを想像したのか、処刑隊の隊員は小さく悲鳴を上げ震え上がっていた。以前なら自分も振るっていた武器に、今度は自分が喰われる、随分な皮肉じゃないか。

 

「ま、待て!アルフレート隊長なら…このビルの屋上に…!」

 

「…屋上か。礼を言おう」

 

私は首を掴み上げていた手を離し、処刑隊の隊員を解放してやる。そして、ベエーアディーゲンを元の状態に戻すと…思い切り処刑隊の隊員を殴り飛ばした。

屋上か…ならば、非常階段でも探すとしよう。あれなら一気に屋上まで上がれるはず。

 

(キョウスケに放った"従僕"は…一体だけ残ってるな。ならば予定通りだ)

 

私が自身のオラクル細胞を利用して作り出したのだから、ある程度はその感覚を共有している。キョウスケに放った"従僕"たちは、今や一匹のみ。そしてそれは今、キョウスケを…

 

「…ちっ、また何人かこちらに近づいてきているな…急ぐか…!」

 

私はこのフロアのどこかにある非常階段を探して走り出す。ラケルの言葉を信じるなら、そう時間がかからないうちに、奴らが現れるかもしれない。その前に…ことを済ませてしまわなければならないのだ。

 

 

 

 

day 2…12:13

 

錆びて軋む階段を登り続け、ようやくその終点である扉に辿り着いた。その扉を押し開けると、一気に風が私に吹き付け外の光が差し込む。先程まで電気など通らぬ暗闇のビルを駆け回っていたのだから、光に慣れるのに少し時間がかかる。

…ようやく慣れてきた視界、ビルの屋上に出たことをようやく認識する。そして、その屋上で私を待ち伏せていたものが目に入る。

 

「早かったですね。さすがは、禁忌種と認定されるだけの力、というべきでしょうか?」

 

そこで待ち伏せていたのは、幾人もの処刑隊の隊員と、同じく灰色のコートとブーストハンマーの神機を担ぐアルフレートだった。そして、その後ろには大型の輸送ヘリが見える。

 

「私を捉えるのではなかったのか?途中で逃げ出してもよかったのだが…」

 

「それでも構いませんよ。逃げ出したところで、貴方がアラガミであることに変わりはないのですから。寧ろ、その方が大々的に捕獲作戦に移れます」

 

「だろうな…」

 

取引に応じずに極東支部から逃げ出せば、それはそれで最悪の状況になる。アルフレートはそれが分かっているから、初めから手荒な行動に出たのだろう。

 

「…我々は貴方の身柄さえ確保できれば、どんな状態でも構わないと言われています。このまま銃弾の雨に晒されるのは辛いでしょう?我々と来てくだされば、そのような苦痛は味わわずに済みますよ」

 

甘い誘いで私を惑わすアルフレート、確かにこの開けた場所で一方的に撃たれれば堪ったものではない。しかし、今更その誘いに乗る私ではない。

元より、私はアルフレートの取引に応じる気はなかった。ならば、何故ここまで来たかといえば、それは…

 

「悪いが…私は貴様の申し出を受けるつもりはない」

 

「では極東支部はもちろん、フライアにも然るべき処分が下ることになりますが?」

 

「それもさせないさ…お前たちは私だけを追いかけ回していればいい。そうせざるをえないようにしてやる…こうやってな!」

 

私が先ほど登って来た非常階段、その扉が押し開かれ何かが飛び出してくる。その飛び出してきた何かに処刑隊の隊員たちは銃口を向け、アルフレートも手に持つ神機を構える。

その飛び出してきた何かは…私の側まで唸り声を上げながら近寄ってくる。そう、現れたのは、私が先ほど作り出した"従僕"、けむくじゃらの怪物だった。

 

「それは…」

 

「私が作り出したアラガミの模造品だ。しかし、たった今役目を終えた」

 

私が下した命令をそれを完遂した怪物は、私の横でオラクルの粒子となって霧散していく。こいつは、私がキョウスケに向けて放った"従僕"の最後の一体だった。こいつにだけは他とは違う命令を与えていた、それは…

 

「…はぁ…はぁ…これは一体……どういう状況なのさ…!」

 

息を切らして非常階段から姿を現したのは…キョウスケだった。私が"従僕"に下した命令、それはキョウスケを私の元まで誘導する事だった。

屋上で私が対峙する処刑隊の面々に、状況が飲み込めず狼狽するキョウスケ。だがそれでいい、お前がここに来たという事実があればいい。

 

「イオリ、あの人たちは…本部の人たちなの?明らかに仲良くしようって雰囲気じゃないし、イオリだって傷だらけで…!」

 

「貴方はブラッドの副隊長の…カーリー、貴方は彼をも巻き込むつもりですか」

 

「それは違うな…キョウスケ、これを持っておけ」

 

私は懐から…作戦前にオトに貰っておいた録音機を取り出し、キョウスケに投げ渡す。キョウスケは慌てながらもきっちりとそれをキャッチする。

 

「あれには私とお前の会話の一部分が録音されている。そして、キョウスケという目撃者もできた。お前たちは非公式の裏の部隊、それが今、公然に晒されようとしている」

 

「随分と悪知恵が働くようですね…ですが、我々は情報管理局、この世界のあらゆる情報を操っているのです。イギリス支部の事件とて、我々は完璧に隠蔽した、あなた方が何をしようと…」

 

「そうかい…それはフェンリルのお偉方の目の前で全てを暴露させられても、何とかなると?」

 

「…!」

 

「全てだ、私の存在も、ラケルが私をフェンリルに引き入れたことも、主任が私の身分を捏造したことも、全てをフェンリル幹部たちの前で暴露させる」

 

今、極東支部には複数の最高幹部が来ている。そして、彼らは必ずしも一枚岩ではないらしい。であれば、ラケルや榊の独断で私を引き入れたことだけでなく、神機兵の初実戦という重要な作戦中に非合法な部隊を動員した情報管理局にもまた、非難の矛先は向く。

 

「何も幹部連中が全員、貴様ら情報管理局の味方というわけではないのだろう。お前たちとて、他の幹部から圧力をかけられるのは本意ではないのでは?」

 

「…なるほど、つまり痛み分け。互いの不祥事に目をつぶれというわけですか。しかし、それを聞いて、我々が貴方とそこの彼を黙って逃すと思いますか?」

 

「逃してくれるさ…貴様らは私を舐めすぎだ。その処刑隊とやらが使う旧世代の武器、確かに有効だが…その程度で私を止められると思ったか?」

 

銃を構えてジリジリと私たちを包囲する処刑隊。いくらそんな鉛玉を撃ち込もうと、私は止められぬ。今や私は、何にも縛られない狩人であり、世界を喰らうアラガミなのだからな!

 

「キョウスケ!耳を塞げ、意思を強く持て!私の"叫び"に引きずられるなよ…!」

 

「えっ⁉︎ちょっ…待ってよ、全然状況についてこれてないんだから…⁉︎」

 

慌てふためくキョウスケをよそに、私は大きく息を吸い込む。そして、私の血の中からある上位者の血を見出す。星の娘、エーブリエタース、彼女の嘆きを慟哭として、私は上位者の雄叫びを上げた。

私の喉から絞り出された冒涜的絶叫は、啓蒙を持たぬ処刑隊たちの脳を揺さぶる。だが、全力で力を使ったわけではない。ブラッドの血を持つキョウスケなら、一度は私の記憶を覗いたキョウスケなら耐えられるはずだ。

 

「あ、あああっ…⁉︎」

 

「うあっ…⁉︎」

 

呻き声を上げてのたうちまわる処刑隊の隊員たち、しかし一人だけ、アルフレートだけは膝をつくだけで、意識を保っているようだった。

 

「ぐっ…なんてことを…」

 

「ほお、意識があるのか」

 

「おのれ…!」

 

アルフレートは歯を食いしばり神機を担ぎ上げると、それを持って私へと突進してくる。そして、ブーストハンマーのブーストを起動させて、豪快にそれを振るう。

 

「この汚らしい獣がっ!貴様はこの鉄槌で肉片とされるのが丁度いいわ!」

 

私の叫びで正気を失ってしまったのか、激昂してブーストハンマーを振り回すアルフレート。しかし、その動きは卓越したゴッドイーターのもの。

もうこいつの相手をしている暇はない、グズグズしていれば奴らが姿を現してしまうかもしれない。

 

(キョウスケを連れてここから…む?)

 

キョウスケもまた私の叫びにあてられて、頭を抱えてうずくまっていた。そんなキョウスケを担ぎ上げ非常階段へと向かおうとしたのだが…階段の下から何人も登ってくる音がする。私が無力化していた処刑隊が復帰したのか…!

 

「穢れたゴミが!ゴミがあぁ!」

 

「くそっ…仕方ない、このビルは何階建てだったかね…!」

 

なおブーストハンマーを振り上げて私へと襲いかかるアルフレート、私はキョウスケを抱えたまま屋上の端へと走り寄ると…

 

(20階くらいはあるのか?まあ…両足だけで済むか…!)

 

屋上のへりに足を置き下の様子を確かめる、特に問題はなさそうだ。私は足に力を込めると…屋上からはるか下の地面へめがけて飛び出したのだった。

 

 




フロムは遂に新作を発表しましたね。ゴッドイーターも新作が出るし、もうウハウハです

そして気がつけば、投稿から一年経ってました。時間の流れは早いもんです


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27話 ブラッド・エコー②

久しぶりの更新です


day2 am 12:35

 

「…キョウ……」

 

誰かが僕の名前を呼んでいる。でも、目を開けたくても、頭の中が鉛のように重たくて、自分がどうなってるのかも分からない。

あの時イオリの叫び声を聞いてから、急に目の前が真っ暗になって…そうだ、イオリだ。この声はイオリ、僕を呼んでいるんだ。

 

「キョウスケ…目を覚ませ…!」

 

「……っ…!」

 

自分の手、自分の足、自分の体…ようやく意識がはっきりしてきた。まだ、ぼんやりとしているけど、僕はイオリと一緒にいることは確からしい。

でも、さっきまで僕は…イオリが創り出したアラガミを追って、ある廃墟の屋上に向かったんだ。そして、それから…

 

「イオリ……?」

 

「意識は…あるようだな……すまなかったな、手荒な真似をした」

 

「手荒な真似って…イオリ⁉︎その傷は…⁉︎」

 

はっきりとしてきた視界に飛び込んでくる真っ赤な血溜まり、イオリを見れば両足があらぬ方向に折れ曲り、皮膚が裂け折れた骨が見えていた。

 

「流石に…あの高さを飛び降りるのは無理があったようだ」

 

「もしかして…僕を抱えたまま、このビルから飛び降りたの…?」

 

今僕たちは、大きな廃ビルのたもとにいた。先ほどまでは、ここの屋上にいたことになるが、イオリはこの高さを飛び降りたらしい。

いかにゴッドイーターだろうがアラガミだろうが、ただではすまない高さだ。

 

「早く治療しなきゃ!」

 

「ああ、大丈夫だ。なにも心配はいらない」

 

イオリはそう言ってポーチから真っ赤な液体が詰められたパックを取り出すと、それを自身の太ももに突き刺して、液体を注入していく。

どうやらあの液体は血液のようだ、そして、その輸血によってイオリの怪我は、みるみるうちに治癒していった。

 

「いいか、キョウスケ…先ほどお前に渡した録音機、あれは必ず榊に渡せ。それとお前の証言があれば、少なくとも情報管理局は極東支部とフライアに手を出さない」

 

「ま、待ってよイオリ。僕、全然状況が飲み込めてなくて…」

 

「それで構わん。とにかく、私の言うことを聞け…お前はブラッドの、極東の皆を誰一人として傷つけたくはないだろう?」

 

「そりゃ…そうだけど……」

 

「ここら一帯は私が通信をジャミングしてあるが、それもじきに解除される。そうなったら、お前は他のブラッドの隊員を連れて、外壁内に撤退しろ…」

 

「…分かんないよ……イオリは一体何をしようとしてるの⁉︎はっきりと教えてよ!」

 

「そうしなければ…!私はお前たちを殺してしまう!」

 

「…っ⁉︎」

 

僕たちを、殺す…?どうして、なんでイオリがそんなことを?イオリだって、さっきのよく分からない本部の人たちに狙われて大変なことになってるのに…ああもう、全く状況が理解できない…!

 

「……恐らく、今回の神機兵の投入作戦は…失敗する。奴らがやってくるのだ。血を求めて、奴らがここにやってくる」

 

奴ら、奴らって何のことを言ってるのだろうか。それに神機兵の投入作戦が失敗するって…また、前みたいな神機兵の不具合が起きるということなんだろうか。

 

「私だけでは奴らに対抗できない、とラケルは言った。そしてそれは…事実だ。私だけでは奴らを殺すことはできない。だからラケルは、私に言ったのだ。お前たちブラッドを殺しその血を啜れ、と」

 

「僕たちを…殺して…?」

 

「そして私は…それをいとも容易く納得してしまった。私は私の目的を果たすために、きっと躊躇なくお前たちを殺してしまう…!」

 

…なんとなく、イオリの言わんとすることが分かった気がする。きっとイオリは、ラケル博士に僕たちを殺してその血の力を奪えと、そう言ったのだろう。

そんなことができるのかなんて分からないけど、イオリならそれができるのかもしれない。

 

「だから…だから言ったのだ。馴れ初めは不要だと……そうであれば、こんなことにならなかった。だから私は、ゴッドイーターであることを捨てる。私はまた、一匹のアラガミに戻る」

 

「だから腕輪を?でもイオリは、本部の人たちや、その…よく分かんない"奴ら"に狙われてるんでしょ?そんなことしたからって、イオリを見捨てることなんてできないよ!」

 

「それが要らぬ心配だというのだっ!」

 

イオリは自分の持つピストル型神機を僕に向けて、怒ってるような焦ってるような、そんな不思議な様相を見せるのだった。

 

「いいか、お前たちとの初めに出会った時に言ったように、私はアラガミでお前たちはゴッドイーターだ。私とお前たちは敵同士、本来なら相入れぬ存在なのだ。私はお前を傷つけた、危険なアラガミと判断するには十分だろう…!」

 

「……」

 

「頼む…私にお前たちを殺させないでくれ……」

 

その時のイオリの表情は、今まで見たことのないものだった。いつもの無表情でもなく、アラガミと戦う時の狂気じみたものでもなく…。

それでも、僕に向ける銃口に、その目に迷いは見えない。きっとイオリは、本気で僕を殺そうとも思ってるのだろう。

 

「さあ、もう行け……私の傷はじきに完治する。そうなれば、私は私の役目を果たしに行く。お前はお前の役目を果たせ」

 

「僕の役目…」

 

自分の役目、それが何なのか。それを改めて認識しようとした…その時だった。

突如、響く耳鳴り。頭の中で鐘の音が鳴っているかのように何度も反響し、僕の頭を揺さぶる。

 

「…っ!これはっ…⁉︎」

 

イオリも同じものを感じたようで、銃口を下げて緊迫した表情を浮かべる。この感覚は…感応波、なのだろうか?

でも、普通の感応種の放つ感応波とは違う。もっと異質で、粘りつくような嫌な感じだ。

 

"憐れな血の忌み仔に慈悲を……"

 

僕とイオリがいるこのビルの麓は、大きな道路が広がっていて見通しも良かった。だから、アラガミが接近してくれば、すぐに分かるはずだった。

でも、気付いた時には、既にそいつが目の前にいた。金色の甲殻と、ドクロのような仮面、竜を思わせるその体躯は…

 

「ウオオオッ…!」

 

突如、目の前に現れたアラガミ、それはあのスパルタカスだった。つい先日、極東支部周辺に現れ、そして忽然と姿を消してしまったアラガミ。

それが今、再び僕たちの前に姿を現した。いや、以前も僕やジュリウスの前から消えて、イオリの前に現れていた。

 

(こいつ、まさかイオリを狙って…⁉︎だとしたらまずい、イオリはまだ戦える状態じゃない!)

 

僕の神機、クロガネ長刀型を構えて、イオリを庇うように前に出る。それをスパルタカスは、まるで観察するようにこちらを見ているのだった。

 

「何をしている…!早く行けと言っただろう!」

 

「そんなことできるわけないでしょ!イオリは黙って回復に専念しててよ!」

 

そうだ、僕の役目は…極東の人々を、共に戦う仲間たちを、僕にとって大切な人たちを守るために戦うこと!

イオリが何を言おうと、背中を預けた仲間だってことに変わりはないじゃないか。

 

(そうだ、僕はブラッドの副隊長。隊の皆を生きて帰還させる義務がある!だから…!)

 

僕は神機を携えて、スパルタカスへと駆け出す。咆哮をあげるスパルタカス、その迫力に思わずすくんでしまう。

単身で感応種を相手にするのは危険だ、そんなことは分かってる。でも…僕は決して引き下がるわけにはいかないのだ。

 

 

ーー

 

 

day2 pm 13:15

 

『神機兵d、神機兵e、システムに異常なし…全機、配備完了しました!』

 

『は、はい…では神機兵を戦闘モードへ移行します。さ、作戦を開始しましょうっ…!』

 

オドオドしながら手元のコンソールを操作するクジョウ博士、迅速に情報整理を行うオペレーターたち。

そんな慌ただしいロビーの様子を、私を含む幹部ら視察メンバーは、会議室でその様子をモニタリングしていた。

 

『ブラッドa-1、a-2、共に通信が途絶えたままです。付近の部隊はポイントGに急行し、安否の確認を』

 

『第5部隊がポイントGに最も近いです。現場に向かうよう…いえ、第5部隊、大型アラガミと接触!戦闘を開始しています!』

 

ブラッドa-1、ブラッドa-2。アナグラ近辺の偵察に出たブラッドのキョウスケくんと、イオリくんだ。

 

「ふむ…アクシデント、か?」