Blackest Nightmare (パン粉)
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Prologue
1


 

 凍てつく暗闇、奮えて悴む指先。吹雪の止まぬこの空間は、人が厚着をせねば活動すらままならないこの地はロシア。毛皮を着込んだ人々の中に、一人だけ黒ずくめの男がいた。ブーツのソールが雪道を踏み固め、ロングコートは強い風にはためく。次第に人気のない彷徨い込み、弱々しい灯りの電灯にもたれる。そこに、また別の男がやってくる。

 

 分厚いコートの内ポケットからタバコを取り出すのを見た黒ずくめは、少しだけ距離を取った。嫌煙家の彼は、その男に警戒心を抱く。この吹雪の中でタバコを吸えるのであろうか。火種はすぐに消えてしまうだろう。狭いこの街路樹の中で、煙が反対側から流れてくると、なるほどな、と黒ずくめは呟いた。

 

「挟み込んでフクロにしようとしたわけだ」

「気づくのが遅かったな。それに、お前は間違ってる」

「へェ。どこらへんが?8人くらいがここを張ってて、スナイパー2人、それに俺の頭にトカレフ突き付けてるバカ1人、その他アンタ含めて5人がその懐のMP5で狙ってるくらいか。当てられるか?この近距離で」

 

 煽り、余裕綽々とした態度で黒ずくめは煽った。顔をサングラスで隠しているものの、その若くて中性的な顔立ちはこの状況を看破しても尚危険ではないといった表情だ。太もものホルスターの、金と銀に光る大型拳銃はまだその時ではないと言わんばかりに沈黙している。

ぐいっとトカレフを頭に押し付けられるが、その力に逆らわずに頭を前に倒すと、そのまま背後にいる男の右腕が滑り、正面に向かって発砲してしまった。ビシッという音が鳴り響く。取り囲んでいた人間の内の一人がその脳天に弾丸を呼び込んだ。そしてその腕を取り、左右に撃ち分け更に2人を撃たせる。真っ白な雪がチークの様に紅く、しかし黒ずんで染まっていく。左足で捕まえた男の胴を巻き込み引っ張れば、スナイピングの盾として受け止めた。腹部貫通、放っておけば勝手に息絶えるであろう。

 

「このブリザードの中で当てるたァ、大したもんじゃねェか元スペツナズ」

「じ、人外がァ……」

 

 突撃してくるのは2人。そしてまだスナイパーが残っている。銃撃をしながら黒ずくめの懐に飛び込むも、屈まれて足を払われる。銃を乱射しながら転けた結果、流れ弾がスナイパーの方にまで飛んでいった。それは肩口にえぐりこみ、MP5Kを奪った男が更に追撃で頭目掛けて銃弾を飛ばしてくる。旧体勢派のテロリストか、と黒ずくめは漏らした。ボルトアクションライフルの銃声、MP5Kにトカレフ。中々潤沢した装備だ。身体検査と称して気絶した男の装備を漁れば、スペツナズナイフとサイドアームにMP443イジェメック、そして白燐手榴弾が3つ。中々物騒なモンぶら下げて、と想いながら、そのMP443で背後を確認せずに発泡した。

 

「やっぱりか。負の遺産まで使い込んでたか。バカなことしやがって」

 

 それは先程倒したはずの男。意識はしっかりしているが、頭に角が、次第に人間の皮を自ら破り、偉業の怪物へと変貌する。黒ずくめの拳をグッと握れば、ベキベキという気泡の破裂音が響き渡って、そして半身を前に出す格闘技のような構えを取った。ご自慢の牙と爪で襲い掛かってくるその怪物、まるでこの世に存在せぬ悪魔のような生物は、男に一矢報いた。

 

「トンマ。サングラスだけ食いちぎって満足か?」

 

 肘を後頭部に落とされては、地面に突っ伏す。そのまま足蹴にされて、立ち上がろうとするも力に抗えない。ぐしっ、という鈍い音が黒ずくめが力を込めると一緒にその空間に反響した。内臓が割れたのか、背骨が折れたのか、詳しいことは分からないが致命傷を負ったことは確かで、牙に引っかかっていたサングラスが落ち、足をその頭に移動させれば、思い切り踏み抜く。地面に広がる血溜まり、ボロボロのサングラスのレンズは微かにそれを映していた。亡骸の腹部を蹴り飛ばせば先程まで寄り掛かっていた街頭に当たり、地面にスルスルと落ちていく。

 

 ――これじゃあいくら数がいても結果は同じだ。

 

 男は、他の遺体が同じように起き上がる事を望んだ。サングラスのレンズの下に隠されていた漆黒の瞳が地面に転がる吸い殻を睨み付ければ足で踏み潰す。それと同時に、やはり他の遺体は異形の怪物へと変化していて、男に食らいつき出した。

 

「随分と嗅ぎ回りやがって……ここで野垂れ死んでもらうぞ、創龍」

「それはこっちのセリフだ、旧体制の亡霊共。ひたすら俺の跡つけてきやがって、おかげでこっちは商売上がったりだ」

 

 創龍――そう呼ばれた男は、戯けたように言うと、ホルスターから2丁の大型拳銃を取り出した。くるくると回すガンプレイをしながら、銃口を化物たちに向ける。トリガーに指を掛ける前に獣は襲い掛かり、創龍の首元へ牙を突き立てようとした。

 

 しかし、銃底がその牙をへし折る。片手の銃は脳天に押し付けられ、躊躇なく弾丸を叩き込んだ。50口径の強装弾、その弾丸の尾は煌きを帯びた黒色をしていて、頭が割れたそれを創龍は蹴り飛ばす。その先には敵がいて、同士討ちと言わんばかり、まるでビリヤードのように弾けた。先程銃底を叩き付けた方の、銀色のデザートイーグルカスタムが、正確に玉を捉える。

 

Get off my sight!!(消え失せな!)

 

 弾丸が一発一発、ガトリングガンの如く発射されていく。50口径アクションエクスプレス、デザートイーグルのために開発されたマグナム弾。それが化物を吹き飛ばしていく。堅い外殻を発破し、中身を肉塊としていく度、血液がそこらじゅうに飛び散った。走り込んで玉として当たらなかった化物には鋭い膝でのなぎ払いをお見舞いする。首がもげ、ぶちゃあと聞いてはいけない音が静寂の中で響いた。

 

 生命をその手で消すという恐怖に普通は震えるものだ。しかし、創龍のその馴れた手つきを見るに、もう幾数も殺めてきたことが伺える。今相手にしているのは人間とは到底言えないから意味合いが違ってくるのかもしれないが、しかしこの激しいブリザードの中に血しぶきを舞わせ、スナイパーライフルを奪っては片手で相手を蹂躙していく。貫通能力に優れた弾丸の特性を使って何体もの怪物の頭を串刺しにしてしまえば、確実に殺すために近づいてから頭を踏み潰す。

 

 血の化粧は雪によく似合う。映えるこの色彩、おぞましいものを感じさせる。しかし、この降り積もるスピードでは誰も気づかないうちに消えていくだろう。

 

「スペツナズ時代に何を学んだんだか。遺産使う前にアタマ使えよ、バカ共」

 

 黒いコートを翻して創龍は消えていく。何かを探しに行くように。ホルスターに銃――花鳥風月をしまい、ゆっくりと歩き出して。

 

 

「負の遺産……?」

「ええ。5年前の陸軍首脳陣が、それを手にしているそうで。今はもう退役してますから、何かしでかすかわからないんですよ」

「その遺産の内容っていうのはわかるか?」

「それも、5年前のモノなんですよ。こう言ったらわかりますよね?」

 

 スラムの外れにある大きな建物。ネオンサインには“Black Cherry”という紫のブロック体のロゴが飾られていた。黒の桜――毒を喰らわば皿まで、そんなような意味の名を含めた便利屋。そんなところの店主として創龍は存在していて、懐かしい客人を迎えてはコーヒー一杯でもてなしていた。

 

 黒いレザーパンツに、白のアンダーウェアと紺色のシェルジャケットを着て、少しだけ古臭いソファに腰掛ける。向かい合うはブロンドの、スタイル抜群の美女。服の上からはわからないが、しなやかな筋肉をつけていて、それは戦闘に特化していた。便利屋で雇っている、大きなリボンをつけて茶色のポニーテールをした女性がトレイを社長机に置き、それに寄り掛かる。ブロンドの美女――サーシャ・グスタフ大佐は、ロシア陸軍の生え抜きで、その手腕は文武ともに比肩する存在がなかなか居ない。その昔、ロシア軍に在籍していた創龍の部下であったこともあり、そこで沢山のことを仕込まれたおかげと言っていいだろう。今はコシュマグラードという陸軍特別部隊訓練所の長を勤めている。

 

 その実力者が、昔の(えにし)で依頼を持ちかけてきたのだ。何事かと思うのはおかしくない。ポニーテールの女性――音姫はそれを聞いてはサーシャに話をする。

 

「調査協力ってこと?」

「ええ。出来ることなら潰しちゃってくれて構わないですけど」

「現体制の軍の対応に拠るな。今のトップって誰だ」

「親和派の人ですね。ソリティウス・ガルガンティア――前に空挺師団の団長勤めてた人で」

「そいつは信頼していい。ガルガンティアは正義に篤い、唯一俺の除隊に反対してたし」

「それ、理由になる?」

「十分だと思います。ただ、ペトロフ准将のことがあるので、警戒はするべきかと」

「アイツ、本当余計なモンしか遺してねェよな」

 

 元上司で創龍が粛清した男の名前がちょくちょく出てくる。その男の遺したデータがこんな迷惑な物件をもたらしたのだ。溜息だって出てしまう、創龍はコーヒーに口をつける。飲み干したサーシャが煎茶を頼むと、またもやポニーテールの男の子が湯呑みを持ってきた。ティーカップを下げれば、創龍とサーシャは男の子にお礼を言った。

 

 にこりと笑って、その男の子は下がる。12歳ほどといったところ、しかしそれにしては身長がやたらと大きい。172cmあるサーシャよりほんの少しだけ小さいくらいだ。それはともかくとして、創龍は自分の鼻筋を親指でなぞると、わかったという。

 

「受けた。サーシャ、コンビ復活だ」

「わかりました。久々に、あなたの片腕を務めましょう」

「頼りにしてるぜ、相棒」

 

 立ち上がっては、二人は拳を突き合わせた。ロシア軍時代は名コンビと言われた二人、その実力を知るものは今のロシアでは先程のソリティウス・ガルガンティアくらいしかいない。不滅の友情は二人を強い絆で結びつけて離さない。その光景を音姫は微笑ましく思って見届けた。



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2

 

「久々のモスクワでしょう、どうですか気分は」

「クソ寒ィ。ホント馬鹿じゃねェの、この気温」

 

 カフェで二人、コーヒーを嗜みながら話すサーシャと創龍は、暖かな店内でも警戒を解かずにいた。ロシアはテロが多く、いつどこで起こってもおかしくないからだ。花鳥風月を肌見離さず持っている創龍、大してサーシャはベレッタ・90-Twoを懐に隠していた。軍人の彼女には発砲許可も許されているが、創龍は別だ。依頼主のガルガンティアが特殊ライセンスを取り急ぎ発行しているので、それが届くまでは発砲無しでやらねばならぬ。トイガンなら良いだろ、と屁理屈を捏ねてMP443のガスガンを持ってきたブリーフケースの中に仕込ませており、後は近接用にコンバットナイフも持ち込んでいる。少しだけ臆病なくらいがちょうどいい、というのが創龍の持論で、それを引継ぐサーシャも念には念をとリボルバーも携帯している。S&W・M629は44マグナム弾を装填してあり、携帯性や信頼性は悪くない。

 

 苦々しいコーヒーは音姫が入れてくれたのと大違いだ。こういうとこに人の貧しさが表れているとボソリ呟くが、店主の地獄耳はそれを聞き逃さず怒り出したが、無視して創龍はカップを置いた。黒く澄んだ液体の表面から立ち昇る湯気、その行く先をサーシャが見れば、目出し帽を被って入ってくる男が4人。肘をテーブルに突いているが、それには創龍も気づいていた。こうでもしないと顔が凍ってしまうと分かっていた。その後からくる客の方が怪しい。

 

「マスター、うんと熱いコーヒー頼むよ」

「はいよ、2分待ってくれ」

「10分だ。美味いコーヒー淹れたきゃ、それまで待ちな」

 

 次に扉を開けてやってきた女に銃を向けた。もちろんエアガンで、扉の横に張っていたサーシャは頭にハンドガンを突き付け、女が右手のマカロフを落とす瞬間に、BB弾でそれを外に追い出す。雪の中に埋もれたマカロフに眼をやらず、サーシャは茶髪の女から目を離さない。伏せろ、と言いつつ、トレンチコートを剥ぎ取れば、それを創龍に渡した。コチコチと微かに聞こえてその音源を取り出せば、恐らくはエチレンが爆薬の時限爆弾を発見した。伏せさせた女を引きずって、サーシャにボディチェックを任せながら創龍はその爆弾を宙高く放った。そこに、女が持っていたマカロフをぶつけてケースに穴を開け、季節外れの花火を打ち出す。

 

 まだ昼の11時を回ったばかり、空は澄んでいる中、このような物騒な事件が後を絶たない。警察を呼んで引き渡せば、創龍はその女の足跡を見ては一人そちらに歩いていった。

 

 そうして乱闘を終えて戻ってくれば、サーシャは呆れた様子で壁に寄りかかっていた。しかし、手がかりとなるアイテムを創龍が見せれば、ほうと彼女は口に出す。軍人であった証拠と、通信用の端末。創龍がそれをクラッキングしては情報の発信源やその司令塔を探る。

 

「"ボリゾイ・エヴゲニーノフ"。陸軍元帥でスペツナズの指揮をしていた奴だな。道理で、奴らのコートにスペツナズのワッペンがあったわけだ」

「過激派ですか。何をしたいのか、全く全貌が掴めないですね。ロシア掌握?世界征服?」

「わからん。もともと好戦的なアホだ、戦士の生きるべき道とか説き出しそうで怖いな」

「つまりは、戦争世界の実現ってやつですか」

 

 恐ろしいことだ。血を既に多く流し過ぎているこの世界にはそんなモノは必要ないのだと二人は考えていた。だからこそ、そのような愚行を止めねばならないと二人は決意をする。はぁ、と溜息をつきながら。

 

 面倒くさいことになってきた。どんな相手であろうと構いはしないが、どうせ大した敵ではないのだと思えてしまう。サーシャ一人でも捻り潰せるのに、なぜガルガンティアは創龍を寄越したのか。今はSASに在籍しているのに、なぜ?軍事演習なのか、親友の顔合わせでもしてこいということなのか。イマイチ本質が見えない。思考を巡らせるのもいいが、その前にサーシャは創龍に説教をし出した。

 

「創龍、さっき何をしました?」

「あ?」

「その脚のデザートイーグル、撃ちましたよね?」

「知らねェな。空耳なんじゃねェの」

「そんな特徴の強い音を空耳するわけないでしょ。MP5KにW2000、それにマカロフですか、相手は。武器無くても勝てたでしょ、貴方は」

「流石狙撃手(スナイパー)、耳も一級品だ」

「ごまかすな。ライセンス出るまで撃つな」

 

 少し怒るサーシャを見て、創龍はひええと怯えた。彼女が本気で怒ると本当に怖い。コンビ時代からそれは知っていたし、それからなるべく怒らせないようにしていた。素直に彼女の言うことを聞こう、それが一番いい。

 

 ったく、と言いながら、大きなハードケースをサーシャは持ち上げた。陸軍の迎えの車が来てそれに乗り込み、創龍は窓際に腕を置いて頬杖を付きながら、本部へ到着するまでそうしていた。

 

 

「待たせたな、これで大丈夫だ」

「最初からそうしておいてくれ……」

 

 ガルガンティアと対面した創龍は溜息をついてそう愚痴った。ライセンスを受け取ってから現在の彼の身分についての説明をする。現在身を置いているSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)の一員としてではなく、またロシア軍も基本的には関与しないとの事らしい。サポートはするものの、即ち汚れ仕事だ。軍事用回線にて英露は連絡を取り合ってっているので、任務の内容自体は把握しているらしい。

 

 それともう一つ、付け加えられた。"アルトレア・ブラックモア"という、創龍の二つ目の名前がある。それはイギリスに戸籍があるのだが、そちらを使うなとのことだ。当然のことだろう、契約上は便利屋としてきているのだから。その契約での金額はなるべく釣り上げておきたい。まず最初に提示される金額はいくらなのか、それを聞いた。

 

「5万ドルでどうだ」

「桁が一個少ねェよ」

「むむ……」

「10万ドル。それ未満は受けねェ」

 

 強気の商談。装備を整えてきたサーシャは創龍の眼を見ては相当額の値上げを要求したのだと理解した。わかった、そうガルガンティアは折れると小切手を取り出すが創龍はそれを制した。現金を用意しな、と言って。

 

 小切手ならいくらでもごまかせる。また、現金でも偽札だったらとんでもないことになる。そこで、猶予を付けてやるのが少し甘い所だろう。成功してから報酬をよろしくな、と創龍が言った。ほっとガルガンティアは胸を撫で下ろす。裏世界NO.1の実力者を雇うにはこれでも安い方だと思いたい。生命のやり取りを自分たちの代わりにしてくれるのだから。その横で、サーシャも調子に乗り出した。

 

「私にはボーナスは出ますか?」

「え?」

「どうなんですか?出ないなら別の人が遂行しますけど」

「も、勿論出す!しかし別の人、とは……?」

「キリエ・レイソン、俺の今の仕事の相方だ」

「並々ならない面子だな。裏世界の戦乙女が相方とは」

 

 ずっぷりとガルガンティアも裏に脚を突っ込んでいるのかもしれない。ここまで詳しいのは少し怪しいと思ったが、軍の統制を受け持っている以上は知っていないといけないのだろう。シギントの重要性を踏まえて行動していることは評価できる。そして、創龍には及び腰となっているものの外交戦略はかなり強者の彼だ、裏を利用する価値を見出しては口説き落とすテクニックを創龍は在軍時から買っていた。

 

 それなのに、部下のサーシャからも昇給をお願いされて断れないとは、それなりに可愛いところもあるようだ。創龍はふっと立場の弱い彼を笑った。まだ30そこそこのガルガンティアは、創龍が入隊した頃はまだ彼の部下であった。そこから地道な努力を続けていつの間にかトップの座に君臨している。才能もあるのだろう、しかし努力を続けた結果がこうなのだから、彼を褒める他ない。実力もきちんと創龍は認めているのだ。

 

 

「当分はここで寝泊まりしてもらいます」

「ーー予想はしてたが。コシュマじゃねェか」

「当然でしょ、貴方に稽古を付けてもらうつもりでもいるんですから」

 

 充分な実力を持っているはず、少なくとも人間より圧倒的に強いはずのサーシャの一言。何をこいつは寝言を言っているのか、と思うが、すぐにホールに来いと言われ、渋々そこに向かう。19歳の終わり頃にここを離れた創龍は懐かしさを感じる側面で哀しみも抱いていた。

 

 あの出来事を忘れてはいない。犠牲を大量に出し、数多の死体を作り出したことを。怨念が彼を縛り付けるようで、だから彼はそこにいたくはなかった。しかし、同じ事件をサーシャも体験し、それでここのトップに立っている。新兵だった彼女がここまで成長するとは思っていなかったし、メンタルならあちらの方が上ではと創龍は思っていた。

 

 彼女は私服のままでいた。白いジャケットに黒のレギンスとホットパンツを穿き、そのとても大きな胸を見せるようなオフショルダーのレザーインナーを着る。何をするのかはもう決まっていて、二人は組み合えば互いにCQCを掛け合う。

 

 既に二人共達人のレベルにあるが、創龍は圧倒的であった。全くスキがないと思われる左ストレートを見切りつつ、締めていた右脇に肘を当てて、踏み込んだ左足の膝裏とかかとを蹴り、体勢を崩したサーシャの顔すれすれに地面を殴る。

 

 寝技でも諦めないサーシャはその腕を取って地面に転がした。そのまま腕ひしぎを取ろうとしても創龍の関節は柔らかく、また馬鹿力がサーシャを腕ごと持ち上げ、叩き付けた。受け身を取った彼女だが、次の攻撃に供えてすぐさま体勢を直す。

 

「まだまだだな」

「でしょうね、あなたからしたら」

 

 成長はしている。しかし追いつけはしていない。なら訓練してやろう、と創龍は気持ちを改めた。




主人公紹介

名前:神威 創龍(かむい そうりゅう)
偽名:Altorea Blackmore(アルトレア・ブラックモア)
性別:男
年齢:23
国籍:なし(イングランド)
所属:便利屋"Black Cherry"オーナー、イギリス陸軍特殊空挺部隊第6隊隊長
階級:大佐
身長:196cm
体重:95kg
髪型:黒、デビルメイクライのダンテと同じ髪型
アイカラー:漆黒
趣味:音楽鑑賞、物理や化学・数学などの書物を読む、
散歩
好きなもの:酒(特にウィスキー)、家族(特に音姫や悠李など)、家事全般、お祭り
嫌いなもの:タバコ、宗教や神などといったもの
特技:格闘術、射撃、乗り物の操縦、多国語、ギター、ピアノ、プログラミング、子育て等、スポーツ全般、空間把握

[詳細]
悪魔と退魔師の血を引く魔剣士。伝説の魔剣士スパーダの兄・クラウスの息子(兄弟自体が伝説)。そして、便利屋「Black Cherry」を経営する悪魔狩り。武器の扱いに長けており、持ち前のセンスと身体能力で、初見のものでも自在に操る。
生き物とは到底思えないパワーとタフネス、メンタルを持つ。

6歳の時に両親を無くし、人を殺めた。その後孤児院を経てイギリスのインペリアルカレッジに入学、物理学(専門は量子力学、統計力学)を学ぶ。飛び級で物理のPh.Dを取った後、便利屋"Devil May Cry"を立ち上げるが、従兄弟のダンテに名前を上げて"Black Cherry"に改名する。

16歳の時にロシア陸軍特殊基地コシュマグラードのセキュリティシステムを構築、その時に嵌められたカタチで入隊。18歳の時にサーシャを部下に迎え入れ、コシュマグラード事件を解決。人員の大幅な欠如の為、軍曹から大尉に昇進、その後コシュマグラードのトップに立ち、復興作業と基礎作りをした後、スペツナズに左遷(軍部は創龍を殺すつもりで左遷した)されたが生き残り、除名処分を下されたあとSASからスカウトをもらい、そこで大佐となる。

どんな依頼でも必ず成功させてしまうこと、裏世界で最強クラスということから、"不可能を可能にする男"、"アルトレア・ザ・リッパー"、"風雲児"などと呼ばれる。

知能も高く、多言語を操れる模様。英語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語、タガログ語、日本語など様々。

性格は冷静沈着ながらも楽天家のように振る舞う。皮肉や軽口を時折叩くものの音は真面目。

義理の息子に悠李、従業員兼妻としてD.C.2の朝倉音姫、現在の相棒としてV.C.のキリエ・レイソンがいる。またサーシャ・グスタフとは未だに交流がある。


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3

 

 

「いたたたた……」

「あれ、グスタフ大佐。お怪我ですか?」

「ちょっとね。訓練でハッスルしすぎたみたい。心配しないでください」

 

 組合後にシャワーを浴びてから、サーシャは事務仕事をするために所長室へと向かった。骨のズレや打ち身を久々に経験し、中々新鮮な一日ともなったが、身体が少しだけ泣いている。そんな中で目的地に辿り着けば、創龍がコーヒーを飲みながら日報などを読んでいた。

 

 ふむふむ、とノートをめくる。腐っても機密情報であるし、彼はイギリス軍人だ。あまり見せていい情報ではない。しかし、それをイギリスに持ち帰る気は彼にはないだろうし、元々ここの所属なのだから、大した問題もない。一時期、大尉でここの所長になっていたのは彼だ。

 

「文書で下書きしてからメールで送ってンの?」

「はい。PCばかりに頼っていると文字が書けない、とかなりそうなので」

「今時の子供か」

「失礼な。慎重派といってください。それに、あなたとは2つしか歳が違わないじゃないですか」

「モノは言いようだな」

 

 机にそれを置く。柔和な性格が出ている文字のインクが、照明の光を反射した。コーヒーサーバーにおかわりを求めて足を運べば、サーシャの分も淹れて彼女に渡す。ホカホカとした部屋の中で部下がドアをノックし入ってきては、創龍を見て敬礼をする。

 

 今は別の軍にいるということも承知、そして彼はロシアの英雄として顔も中々知られていた。サーシャのことは言うまでもないが、彼は尊敬に値する人物で、カリスマ性も人一倍ある創龍を見ては握手を求めた。嫌な顔一つせずに彼はそれに答えてやり、しっかりと手を握った。

 

「ところでブラックモア大佐は、今日はどうしてお越しになられているので?」

「しばらくオフなんだ。古巣に顔出すついでに、コイツに少し稽古を付けてやろうと思って」

「こうやってデスクワークばかりだと身体が鈍ってしまいますからね。私の相手が出来るのはアルトレアくらいですよ」

「確かに……」

 

 コートを着ていながらもわかる、その身体の出来上がり方は一朝一夕で作られるはずがない。これに柔軟性とスピードまで兼ね備えているのだから、戦闘としては何一つ不自由がないのだろう。それはサーシャも同じであった。女性が羨むスタイルの彼女の肉体も、しなやかで強い筋肉がしっかりとついていた。現に腕相撲などの力比べは、ここの隊員で彼女に勝てるものなどいない。それがデスクワークばかりの鈍りかけの身体でもだ。

 

 今日の夜間哨戒の面子を確認して、サーシャは食堂へと向かう。部下が訪ねてきた理由はその報告だ。彼女に創龍と部下はついていき、サーシャとしてはもう見飽きて、創龍から見れば懐かしい部屋へと入る。暖房の効いた暖かな食堂にサーシャが入れば、そこの部下達が一斉に立ち上がって敬礼をした。サーシャも返すが、すぐに楽にしていいですよという。その隣の創龍にも敬礼をしてから、ガヤガヤと食事に戻った。

 

 二人並んでトレイを持ち、バイキング形式で食事を取る。創龍が食べてもいいのかという疑問は誰も持たない。この基地の英雄であるのだから、というのもあろう。

 

 料理人でさえも創龍のことは知っていた。創龍はサーシャの前にここの長をしていたのだ、知られていて当たり前なのだ。常人より少し多いくらいの量を取って一緒のテーブルに二人は向かい合って座り、各々のメニューを食べ始めた。

 

「……俺の時より味いいじゃねェか」

「あー、2年くらい前にすごく腕の立つ人を雇ったんですよ。その人が教育してくれたおかげですかね」

「そんな人材まで登用出来るほど余裕あるのか。羨ましいなぁ」

 

 創龍時代のコシュマは毎日復興作業と訓練で中々他の事に手が回らなかった。大暴れした責任はとれよ、と陸軍本部からは何も手助けは来なかったのだ。上層部からいたく嫌われていた創龍なので、仕方なく黙々と直し、重機まで動かしてやっとこさ運営にこぎつけたかと思いきや、1年足らずで左遷。スペツナズからイギリスに飛ばされ今に至るというわけだ。

 

 ブルーベリーのスムージーを飲み干したサーシャはそれだけをおかわりしに行った。まだ彼女のビーフシチューとシーザーサラダは残っている。創龍は自分のボルシチを平らげ、デザートに取っておいたヨーグルトのフルーツ乗せを食べだした。

 

 

 

 夜間哨戒の時間中に創龍は基地の外に出た。サーシャは基地長室にてストレッチをして、日頃の疲れを取っている。持参のBIZONカスタムを片手に基地の外周を回りだした。

 

 一見、何もなさそうな気配。平和が一番いいのだが、頭の中には常にイレギュラーを想定している。すれ違う兵士にもそれがわかっているようで良く洗練された兵たちだ、と創龍はサーシャの育成方法に賛辞を送った。

 

 自分がサーシャの教官であったとき、戦闘の事以外はあまり教えなかった覚えがある。しかし自分で勉強してあのように立派な人物になったのだ、誰もが認めているに違いない。コシュマグラードのクーデター事件に於いて、兵から一気に少尉へと進級した時は驚いたが。

 

 あの事件で、基地の人間殆どが死に絶えた。軍事基地としてかなり大掛かりで要塞とまで言われたここが。人材も無くなり、そしてその事件の大きさ故に普通では有り得ない昇級をさせたのだ。創龍だって軍曹からいきなり大尉になってしまったのだから。

 

「ブラックモア大佐、お務めですか?」

「いや、暇だったもんでな。お前らの手伝いでもしようかなと」

「とてもありがたいです。"コシュマの黒龍"ともあろうお方にお手伝いしていただけるとは……」

「今は嫁さんの尻に敷かれたオジサンだけどな」

「え?ブラックモア大佐、23でしょ。おじさんってほどではないでしょ」

「子供いるとオジサン扱いされるのが一般的らしいぜ?」

「じゃあ大佐、ここの基地長時代からおじさんじゃないですかぁ」

「19でおじさん……ま、そういうことになるか」

 

 話している相手は子持ちのようだ。子供の世話も大変ですよね、だとか、嫁さんと愛息に会いたいなだとかの愚痴を創龍が聞いてやる。相槌を打ち、それに応答したりと充実した夜間哨戒になりそうで、この要塞に攻めてくるバカはいないだろうと誰もが信じていた。

 

 そこから彼は離れて、また別のポジションに移動する。基地の敷地内ギリギリ、フェンスに背中を預けていた時に向こうから懐中電灯で照らされる。なんだ、と待っていれば、長く綺麗な青い髪をした女性が、黒塗りの日本刀を持ってやってきた。どうやって入った、と創龍は彼女に聞く。どうやら知り合いのようだ。

 

「守衛に話したら。私はアルトレア・ブラックモアとサーシャ・グスタフの友人だと。サーシャさんとビデオ通話で入れてもらいました」

「警備激甘なのか何なのか……。キリエ、死魂なんか持ってきてどうしたよ」

 

 キリエ・レイソン――異世界にて、創龍と共に生命を削って戦った戦乙女。現在の仕事の相棒であるが、キリエは創龍とサーシャこそが最強の二人だと考えている。今回その場にいなかったのもあるが、話を聞けば適役だとしてその行く末を見届ける事にしたらしい。

 

 今回は便利屋と軍部からの支援物資を届ける運び屋として動くらしい。黒塗りの日本刀、死魂は創龍やサーシャにとって曰く付きの刀。そして敵であり友人であった男の遺品でもある。その男は、この地で、この手で始末した。

 

 刀を受け取り、腰に差す。冷えた吐息が宙で交錯し、キリエはロリポップを咥えだした。

 

「どうですか、久々のコシュマは」

「外はなーんも変わってねェ。だが中身はガラリと違うな。兵の練度、指揮官の有能さ……。サーシャにしか出来ねェだろうな」

「一介の電気屋の娘さんが、大出世したものですねぇ」

「本人も思ってなかっただろうさ。アイツ、入隊志望は"大事な人を守る為の力が欲しい"。なら武道でもいいだろ、と思うが、更に金が入れば家族の為にもなるってさ」

「良い娘じゃないですか。21にしては立派ですよ。士官学校は出てないのに、独学で昇級試験まで突破して、貴方を師として崇め……」

「そこだ、惜しむべき所は。俺が師なのがちょっとな」

「何言ってんですか、創龍だから成長したんでしょう」

「本当……自虐するのは得意ですね」

 

 呆れた様にその当人はやってくる。腰に手を当て、軍服の上に白いジャケットを羽織り、片手にはM500リボルバーを持っている。そうだ、とキリエは創龍とサーシャに話し出す。今回死魂を持ってきた経緯を。

 

 

「私が……日本刀ねぇ」

「使い慣れてないだろ」

「まあ……。でも、ペトロフさんのを見たし、感覚で使えればいいでしょう」

 

 基地の広い所でサーシャが死魂を試している所を創龍は見守る。戦車に腰掛けては、そのセンスを褒めた。使うのははじめてなのに、どうしてこうも使い慣れてしまうのか。最初に手に入れた魔具だってそうだ、生まれながらにしてのセンスというものがずば抜けているのだ。

 

 腰に鞘を置いて、一呼吸置く。眼を閉じて、そのまま柄に手を掛ければ、一閃。一気に鞘から剣を抜いた。

 

 降る雪すら真っ二つの斬れ味。氷よりも冷たい鋭さに、サーシャと創龍の口笛がハモって鳴る。そしてちょうど、"お客さん"が姿を現してくれた。

 

「どうする、サーシャ。いい実戦テストだぜ」

「みたいですね。では、私がやりましょう」

「わかった。楽しめ」

 

 鉄槌を携え、黒い袋を被ったような、馬の顔をした二足歩行の動物。それはどう見てもこちらに敵対心しかなかった。それをサーシャは見てニヤリと笑い、これからのパーティーに大暴れしようと企んだ。




主人公紹介.2

名前:サーシャ・グスタフ
性別:女
年齢:21
国籍:ロシア
所属:ロシア陸軍特別強化訓練基地コシュマグラード司令官長兼基地長
階級:大佐
身長:175cm
体重:60kg
スリーサイズ:B93,W58,H75
髪型:ブロンドのロング
アイカラー:サファイア
趣味:機械いじりや工作、子供と遊ぶこと、生き物と戯れる、料理、様々な勉強
好きなもの:日本全般、麻雀、コシュマグラードで一般市民との交流、家族、便利屋"Black Cherry"
嫌いなもの:宗教や神といったモノ、レイシスト
特技:射撃(特に狙撃)、空間把握、乗り物の操縦、スポーツ全般

[詳細]
ロシア陸軍生え抜きの精鋭。16歳で入隊し、創龍に教えを受けた、諜報・戦闘・潜入などを難なく熟すエキスパート。射撃センス、特に狙撃に関しては人間離れしており、4km以上の敵の頭部にすら命中させる怪物。なお、格闘術でも抜きん出ていて、世界で最強と噂される美人兵士。

その実力から"ロシアの魔王"と尊敬される。

5年前のコシュマグラード事件を創龍と共に解決した。その時に創龍の血を身体に取り込み、悪魔の力を手に入れるものの、その力を無闇矢鱈に使おうとしない。また力にもあまり興味はない。

他人への思いやりは人一倍強く、指導に当たるときはうまく飴と鞭を使い分ける。そのことから創龍の後任としてコシュマグラードの基地長に就任。

また努力家であり、士官学校を出ていないながらも試験を通る事によって佐官クラスまで登り詰めた。その為信頼やカリスマ性も高い。また男性から見下される事も多いが実力によって完膚なきままに叩きのめして憧れとされることがほとんど。

実家は電機屋で、幼い頃から機械いじりを趣味としている。また自身の給料は家族や募金などに回している。

陸軍ながら様々な乗り物を操縦することが可能。

性格は普段は優しく朗らかで差別をすることはない。しかし怒らせると怖く、師として崇める創龍すら震え上がらせるほど。


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