IS 速星の祈り (レインスカイ)
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プロローグ fragment:a

第二作の幕開けです。
亀の歩みに追い付けず息切れするかのようなノロマな更新速度になるかもしれませんが、御容赦ください。


『約束する

私は、どんなことになってもアンタの味方だから。

私を助けてくれた時のように、私も  を守るから』

 

微睡みの中、薄ぼんやりとした姿を見せる彼女は誰だろう。

 

思い出せない。

 

それとも、俺が知らない誰かなのだろうか?

 

それすら判らなかった。

 

ただ判るのは、薄れていくかのような声。

 

ちょっとだけ尖っているけれど、優しくて、日溜まりのように暖かい。

 

その声の主、を俺は今も探しているのかもしれなかった。

 

姿すら思い出せない、未だ見ぬ彼女を。

 

 

 

 

6years ago

 

バリバリと煩い音が耳を貫く。

音の正体は…多分、ヘリのプロペラの音だと思う。

 

此処が何処なのか、判らない。

目を塞がれ、両手両足を縛られている。

口は…呼吸は出来るけど、…うぇ…匂いがキツい布みたいな何かで塞がれてる…!

 

「うぐ…」

 

気持ち悪くて声をだすと、体が大きく傾く。

 

「うぐぇ…!」

 

腹に何か強い衝撃。

そのせいで胃の中を吐き出した。

匂いがより一層強くなって気持ち悪い。

バリバリという音の中、人の声が聞こえた気がした。

 

誰か居るのなら目隠しと布と、両手両足の拘束を解いてくれよ。

 

そう思っても、布で塞がれた口では、不充分な呻き声しか出せない。

ああ、気持ち悪い…。

 

俺の状況を知ってか面白がっているのか、腹への衝撃が継続的に続く。

 

もう辞めてくれよ。

今朝の朝食のトーストは吐き出して終わったんだ。

吐き出すものは胃液ですら残ってないんだ。

 

腹への衝撃が…多分、20回を越えた辺りから、次第に口の中に鉄の味が広がってくる。

 

何だって俺がこんなめに遭わなくてはいけないんだろうか。

此処まで酷い経験は無いけど、以前から似た事があった。

出血程度なら慣れてるけど、吐血する程の暴力は無かったと思う。

 

俺は…産まれた場所が悪すぎた。

気がつけば、両親は揃って蒸発しており、年の離れた姉と、同い年の双子の兄が居た。

 

姉は、武道に優れ、国にすら認められていた。

兄は、十全に優れ、誰からも認められていた。

なら、俺は…?

 

何もかもがダメだった。

 

俺がどれだけ努力しても、二人を強調させる為のダシにされた。

二人が強調される度に、誰からも侮蔑され続けた。

俺の努力を見てくれなかった。

努力の果ての結果も無視され、比べ続けた。

 

武道についても同じだった。

姉に比べられ、兄よりも劣っていると罵られ、道場主の次女の に木刀で殴られ、腕を骨折した。

当時は失踪していたらしい長女の さんと、道場主夫妻に助けられたが、利き腕は当面使えなかった。

 

その暫く後、その家族は離散した。

 さんが開発したものが原因で、なんとかプログラムだっけか、それで居なくなった。

 

それから数ヶ月後に、彼女は現れた。

外国からの転校生で、偶々同じクラスに、同じ窓際の席で隣り合った。

彼女の名前は『    』。

 

外国から来たというだけで、周囲からはハブられていた。

ハブられ者同士だったからか、俺は彼女に声をかけた。

それが切っ掛けだったのかな。

その子の悲しむ顏を見たくなかった。

笑顔を見たかった。

 

だからだろう、俺はその子の境遇はともかくとして、状況を変えてあげたかった。

俺の状況なんかよりももっとだ。

半月程時間をかけて、状況は大きく変わった。

 

「ねぇ、なんで助けてくれたの?」

 

帰り道にそう問われ、俺は応えることが出来なかった。

ただ…

 

「同じ感じがしたから」

 

「誰と?」

 

「俺と」

 

「ふ~ん?」

 

素直に言えなかった。

それで悪友とも言える二人の男子生徒と共通の友人になれたのに。

 

兄は、状況を変えた俺を侮蔑しただけだった。

俺が に腕を折られた時にも何もしてくれなかった。

 

姉は、俺達を見ているだけだったのか何もしてない。

両親に代わって、家長として見ているようで、それだけだった。

忙しいのは判ってるけどさ。

 

 

 

そして今は…このザマだ。

 

両手両足は縛られ、目隠しに、口には胃液と血の匂いと…臭い匂いが入り交じった布だ。

 

急に目隠しを剥ぎ取られる。

ピントも合わず、眩しさに目が痛くなる。

やがてそれもおさまり、目の前が見えてくる。

 

目の前にモニターがあった。

そこには…機械のような、鎧のようなものを身に纏った姉の姿があった。

知ってる。

あれはISだ。

 

『第1回、国際IS武術闘大会モンド・グロッソ 一回戦最終試合!

日本代表!    選手の入場です!』

 

「だ、そうだ。

お前に恨みは無いが、消えてもらうぜ」

 

声の主は覆面をした人物だった。

目出し帽で顏は見えなかった。

声からして…多分、女性。

 

文句なんて言えなかった。

口を布で塞がれてんのに何をどう言えってんだ。

 

それにしても…状況が判らない。

 

朝、 達と一緒に登校するつもりで、兄よりも遅くに家を出て、それきりだ。

記憶はそこで途絶えていた。

 

そう言えば何日か前か、「その日の夜から私の試合があるから見ていてくれ」とか言ってたっけ。

 

「お前の姉に身代金要求をしていたが、無視されたか、見捨てられたか、もしくは棄てられたか」

 

さあ?激しくどうでもいいや。

  姉からすればそんなものだったんだろう。

同じ屋根の下で過ごす他人みたいな。

 

  兄からすれば、俺は他人なんだろう、そんな扱いだったし。

俺を差別していた同級生達の煽りとかしてたし。

一度も助けてくれなかった。

 

ガコン!

 

そんな音が背後から聞こえた。

蹴飛ばされ、転がされ、開いた扉が見えた。

その先には…真っ青な海が見えた。

 

あれ?夜じゃないんだ?

さっきのアレ、録画された映像?

 

そんな事を気にする余裕なんて無かった。

 

ドガァっ!!

 

背中を蹴り飛ばされ、落とされた。

真っ青な海に、真っ青な空、白い雲。

そんな中に見える、黒いヘリ。

 

こんな子供を葬るのに、縛り、口塞ぎ、あまつさえ海に蹴り落とす。

念には念を、か。

 

助かる見込みなんて無いだろうな。

不思議と恐怖感なんて無かった。

何故か、胸の内には安堵感すらあった。

 

ようやくあの場所から解放されるのだ、と。

 

同時に、不安もあった。

 

『約束する

私は、どんなことになってもアンタの味方だから。

私を助けてくれた時のように、私も  を守るから』

 

俺が助けることが出来た女の子の暖かな微笑みを思い出した。

 

チュ…と音がして頬に触れた温もり。

 

「ファーストキスだからね」

 

「ほ、頬だからノーカンだろ!?」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

そう言って戯れた日々を今になって思い出す。

 

「  が私に居場所を作ってくれたように、私も  の居場所を作るから」

 

涙混じりの笑顔を思い出す。

 

「だから、  の居場所に一緒に居させて?

『  の隣』っていう特別な居場所に…」

 

あの瞬間の笑顔が日溜まりのようで暖かかった…。

なのに…ごめんな。

世界は、俺に居場所を赦さなかったみたいだ。

 

 

 

風圧の影響か、口を塞いでいた布が剥がれ落ちる。

 

もう、海の蒼は目前だった。

 

俺を侮蔑し続けた兄。

俺を一度も助けてくれなかった傍観者の姉。

 

家族という他人の二人に言い残す事なんて無い。

あの二人に比べられ続ける生活、日々、人生には疲れたんだ。

 

そんな日々の中で、彼女と共有出来る時間は、特別だった。

 

疲弊した心への癒しだった

 

渇ききった日々の潤いだった

 

生きる絶望の中の希望だった

 

俺という存在への…救いだった

 

ただもう一度だけでいい、 と逢いたかった。

 

だから

 

「ごめんな、鈴…」

 

海の蒼に飛び込んだ。

体の拘束はほどける様子も無い。

 

こんな状態でも、彼女の事ばかりを思い出す。

彼女の笑顔に見惚れていた事も。

 

「俺と同じだから、だけじゃなかったんだ」

 

こんなギリギリになって、どうしようもないタイミングになって、初めて口から思いが零れ落ちた。

 

 

 

「好きなんだ、誰よりも」

 

 

その言葉は波に呑まれた。

 

伝えることが出来なかった言葉を走馬灯に向けた

この言葉を伝えることが出来たなら、笑顔を見せてくれたかもしれない。

満面の笑顔を、見たかったな。

 

鈴、愛してる

 

より大きい波が俺を飲み込む。

目を閉じ、覚悟は決めた。

溺死は確実。

どうせなら楽に死ねたらないいな…そして…暖かな思い出の中で(永眠)りたい。

 

だけど

 

願えるのなら

 

 来世でも、鈴と逢いたい

 

  祈れるのなら

 

   暖かな世界で生きたい

 

    叶うのなら

 

     どうか

 

      居場所を下さい

 

 

 

こうして、齢10で『織斑一夏』としての生涯は終わったんだ。



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fragment:B 終わりの刹那

夜勤明けの方はお疲れ様です。
疲れた体には角砂糖三つ入りのコーヒーを。

そうでない方は、おはようございます。
眠気覚ましに、ミルクたっぷりの紅茶を。

これから出勤の皆さん、行ってらっしゃい。
携帯電話やスマホ片手に、ヨーグルト飲料を。

胸焼け起こさぬ程度に今話をどうぞ。
なお、今話のコンセプトは
『走馬灯』『果実のような過日』です。


Q.束さんの中の人と言えば、ウサミミのキャラとして
『アブソリュート・デュオ』より、ウサミミ先生
『Kanon』より、年上ウサミミ剣士
等が思い浮かびますが、千冬さんの中の人は、ケモミミって居るのでしょうか?

A.なんというマニアックな質問…。
私が知っている範囲では
『.hack//G.U.』『.hack//Roots』『.hack//Link』より《タビー》

『.hack//SIGN』『.hack//Link』より《ミミル》
などが居ますね。
前者はネコミミ娘&ネコミミナース
後者はウサミミ剣士
となってます。
ジャンルが片寄っているのは御愛敬です。


利き腕を…右腕を骨折し、それを契機に俺は剣道を辞めた。

治るのは当面先のことになるし、それまでは利き腕が使えないというハンデを負った生活を送る事になる。

  姉は、腕の骨折が完治後、再び剣道をさせようと繰り返し言ってきた。

ペンを握るのも左手、ハサミを握るのも左手、自宅でやってた見様見真似の料理だってやりにくい事このうえ無い。

服の着替えだって面倒になって時間がかかる。

 

兄にあたる  は手伝ってくれない。

姉にあたる  姉も「お前なら出来る筈だ」の一点張りで手を貸してくれなかった。

木刀で殴って腕を骨折させてきた張本人である も「お前が軟弱だからだ、情けないぞ」と俺を罵って、そのまま居なくなった。

 

情けなくていい。

『情け』が無いより、ずっと良い。

 

日常生活にすら支障をきたしていたのに、誰も助けてくれない。

身内も、他人も。

 

生きる日々が、俺には絶望だけだった。

 

この街が嫌いだった。

 

離れたいと思う事は幾度もあった。

 

自分の家も嫌いだった。

 

出ていきたいと何度も思った。

 

でもそうするにも障害は多すぎる。

 

齢10にも満たない子供が、街や家を離れていくにも、懐事情だけでは無理だった。

それに捜索願いなんて出されたら、見つかるのが関の山、自宅に引き摺り戻されるだけだ。

仮に見つからなかったとしても、生きていくだけでも必死だ。

スリだとか物乞い程度しか出来ないだろう。

生きていく場所、収入、その他多く。

 

たかが小学生には無理な話だ。

 

だから、堪えるしか、我慢するしか無かった。

せめて、中学を卒業したら、どこかでボロくてもいいからアパートなり借りて、アルバイトをして、良ければ就職して生きていこうと、その時には考えていた。

帰り道に、だれにも秘密で書店に寄って無料の『求人情報誌』や『賃貸住宅』のパンフを持ち帰ったこともあった。

 

そんな日々の中、彼女と出逢った。

顏と名前が一致してからも、彼女は涙交じりで過ごす日々が多かった。

なんとなく、嫌だと思った。

笑顔を浮かべている所を見たいと思ったんだ。

下駄箱で泣いている所を見つけ、声をかけた。

 

「どうしたんだ?」

 

って不器用に。

 

その女の子は背中をビクリと震わせた。

俺を怖がったのか、声が怖かったのかは…よく判らない。

 

「…………」

 

小さく、細い指先が下駄箱の中を指差す。

真新しかったであろう白いスニーカーは落書きに覆われていた。

俺も似た経験が在ったなぁ。

『出来損ない』だとか『無能』だとか『織斑の面汚し』だとか日常レベルで。

その都度に洗って、乾かぬ間に登校だとか無茶を日常としてたりする。

 

「なんで、なんでこんなめに遭わなきゃいけないのよ…!?

私は…何もしてなんかないのに…!?」

 

そう言って、また涙を流した。

嗚呼、この子も同じなんだ。

居場所が無くて、周囲からは爪弾きにされて、そんな日々に疲れているんだ。

 

肩提げの鞄からビニール袋を取り出し、女の子の靴を入れる。

背を向けてから腰を落とした。

 

「家、何処だ?運んでいくよ」

 

「な、なんで…!?アンタとは碌に話もしたこと無いのに…!?」

 

自分でもよく判らないのが正直な本音だ。

でもほっとけなかった。

同じクラスだから?

席が隣り合ったから?

どう言っても信じてもらえそうにない。

 

「家族が待ってるんじゃないのか?」

 

だから、卑怯な言葉で切り上げた。

渋々と、女の子は俺の背中にのった。

それを確認して俺は立ち上がる。

 

うわ、軽いなぁ。

 

素直にそう思った。

 

痛てててて、治りかけの右腕には辛いや。

 

馬鹿にも痛みに堪えることになった。

これで完治にはまた遠くなったかも。

 

「じゃあ、行こう。

家まで案内を頼むよ」

 

「うん、ありが…と…う…」

 

また、俺の背中で泣いていた。

この子、本当に泣いてばかりだな。

でも、俺はまだこの子の笑顔を見たことが無い。

笑顔を見たい。

 

いや、違うな…『笑顔にしてあげたい』って心の底から思ったんだ。

 

彼女の家は、真新しい中華料理店だった。

到着した途端に、俺の背中で眠ってしまったけど。

流石に女の子の部屋を覗きこむわけにもいがず、親御さんに預けた。

ついでに靴も。

 

両親にも軽く挨拶をして、その日は終わった。

俺が動き始めたのは、その翌日からだった。

何かと声をかけ、彼女に害を成す人が近寄らないようにしただけ。

  兄も突っ掛かってくる時があったけど、その時には、俺が堪えるだけでいい。

彼女の笑みが絶えないようにするので精一杯だったから。

 

半月程の時間は掛かったけど、彼女に対しての迫害は無くなっていった。

本当の彼女は、感情が豊富で、コロコロと色んな表情を見せてくれた。

悲しむような顏は、もう殆ど見せなくなった。

 

「もう俺は、必要無い、かな」

 

そう考えているだけで、自己満足ってやつかもしれない。

誰からも、何一つ認めてもらえなかった自分だが、たった一人を笑顔にしてあげられた。

それだけでも俺には充実感で満たされていた。

 

俺の居ない所でも、きっと笑顔を見せているんだろう。

そう思って、俺はそっと離れた。

 

腕を骨折して以降、密かに釣りを趣味にした。

釣り竿とか、道具一式を買い揃えるほど小遣いも貯まってないから、近くの釣り堀店のレンタル品だ。

 

「よし、釣れた」

 

色んな魚を放流しているらしく、目移りする。

食用出来る魚が釣れたら、持ち帰ったり、その場で捌いてもらえたりするから、正直ありがたい。

特に俺は後者のサービスをよく利用させてもらっている。

 

「渋い趣味してるのね、釣りだなんて」

 

「凰さんか」

 

「よそよそしい呼び方はしなくていいわよ」

 

胡座をかいて座っている俺の背中に寄りかかるようにしてくる小さな温もりを感じた。

 

「じゃあ、なんて呼べばいい?」

 

「そうね…私、鈴音(リンイン)っていうのが名前なんだけど、家族…両親からは(リン)って呼ばれてるの。

アンタも私の事をそう呼んでほしいな」

 

「そ、その内にな」

 

知り合って半月程の女の子をニックネームで呼ぶのは、少し恥ずかしかった。

それに、俺が近くに居ては、この子の身にも、また危険が付きまとう。

しかもそれを扇動してるのは、俺の実兄なんだ。

俺一人だけならまだしも…だから…

 

「ダ~メ、早速今日から!…じゃなくて、今から!」

 

わぁ、ハードル高い…。

それから十分後に折れ、彼女の要望通りに名前で呼び、彼女も俺の下の名前で呼びあうことになった。

ついでに、その日はそれ以降は魚が釣れず、ボウズだった。

…捌いてもらってから、もって帰ろう。

 

帰り道は、手を繋ぎながらだった。俺の左手は鈴の右手に。

俺が釣った魚は、クーラーボックスに入れて、鈴が肩から提げてくれていた。

右腕の骨折を気遣ってくれての事だ。

 

先に鈴を自宅に送る最中、同学年で知り合った『弾』と『数馬』と出合う。

二人して近所の本屋で漫画雑誌の立ち読みをしてたとかなんとか。

 

「最近は二人して仲がいいよな」

 

弾の言葉がきっかけだったかもしれない。

後に、俺が抱えていた想いの根底を引き出したのは。

 

「なぁに?羨ましいの?

アンタには妹が居るでしょ?」

 

弾には妹が居る。

俺も偶に会話をするくらいだけど、弾と仲が悪い訳じゃなさそうだが。

 

「妹は妹、兄貴の目の内には女の範囲には入らないんだよ」

 

そういうものなのだろうか?

俺には妹は居ないが、姉が居る。

…確かに女の域に入るかは微妙だ。

世話になってるのは確かな話だけど、傍観者だし。

家長かもしれないけど、家事は壊滅的。

 

兄は、他人だ。

それこそ兄らしいことなんてしてもらった記憶が無い。

常に見下してきたり、暴力や侮蔑の言葉を投げつけてきてた。

 

…本当に、産まれた場所が悪すぎた。

だから、こうやって家族を自慢出来る人が羨ましい。

家族を自慢出来る人が、どうしようもなく眩くみえた。

 

「んじゃあ、俺等は此処までだな。

鈴、一夏、またな」

 

「また明日」

 

幾つかの通りを歩いた所で二人と別れ、鈴との二人きりの帰路になった。

弾達と一緒に居た時もそうだったけど、ずっと手を繋いだままだった。

嫌だとは思わなかった。

柔らかな微笑みを浮かべているのが、横顔でも見られたから。

 

うん、弾が言ったように、仲が良い内に入るんだろうな。

 

握られている手を握り返す。

小さな手で、細く華奢な指で握り返してくれる。

指を絡めてくる。

そのまま少しだけ強く握ってくる。

何となく、俺もそのまま握り返した。

鈴は何が嬉しいのか、笑顔を浮かべている。

その笑顔を見られただけで、俺も自然と頬が緩んだ。

 

 

 

  兄は基本、俺に対し見下す口調を使っている。

俺が兄に反論をしようものなら侮蔑の言葉と共に暴力が飛び出す。

 

「痛てて…相変わらず加減無しだな」

 

  兄は十全に優れている。

他者が出来る事は、大抵出来ていた。

運動然り、勉強然り、剣道然り。

誰もが兄を称賛し、俺を比べる。

比べる事で、  兄が優れている事が強調され、俺が劣っているのだと侮蔑された。

腕の骨折が原因で、剣道を辞めざるを得なかったのだとしても、周囲は事情も察せず、『挫折した愚弟』だと罵った。

事情を知っている筈の  兄は、それ止めるどころかを扇動し、焚き付けた。

何ヵ月か経った今になってその話を持ち出し、俺が反論したらこのザマだ。

幸い、学生服で隠れているが、体のあちこちに青アザが残っている。

病院に行くのも億劫で、小遣いを少しずつ削って市販品の湿布を貼っている。

 

鈴にも秘密にしている事だった。

 

「…骨にヒビが入ってなければいいんだけどな」

 

今回は体全体が打撲だ。

 

「出来損ないのくせにオレに歯向かうなっ!」

 

その言葉と共に殴り飛ばされ、階段から転げ落ちた。

おかげで全身が痛い。

もう剣道とは何の関係も無いだろう。

 

今日も今日とて、  兄よりも遅れて家を出て、学校に向かう。

戸締まりは全部押し付けられている、食後の食器の片付け、洗濯物を干したり、それは全般的に俺の仕事になってた。

  兄も、  姉も、その事については何も言わない。

いつの間にか、俺にそういった事が割り振られていた。

 

Prrrr

 

出発しようとした矢先、電話が鳴る。

どうやら  姉のようだった。

 

姉は、『苦手』だ。

嫌いとまでは言わない。

いつからそう思うようになったのかは覚えていない。

助けてくれた事なんて無い。

本意になってくれた事も無い。

ただ、傍観者のような存在だ。

 

「…はい」

 

  兄は既に不在だから俺が近くの受話器を取るしか無かった。

 

「一夏か、もう少し早く電話に対応してくれ」

 

「…洗濯物も干して、戸締まりしてたんだ」

 

「明日、私が試合に出場する事になっている。

日本時間でいえば、明日の夜に放送される予定だそうだ」

 

まだ言いたい事が在ったのに、それを遮るように自分の用件を伝えてくる  姉。

 

「お前にとっても見本となる試合にもなる筈だ。

必ず見るようにしろ」

 

「判ったよ、それと」

 

「それでは切るぞ。

  と仲良くしていろよ」

 

プツッ、ツーツー

 

切られた。

言いたい事が在ったのに。

いつも、こうだった。

伝えたい事が在ったのに遮られる。

弱音を吐きたくなっても、飲み込まされる。

本音を言いたい時もあしらわれる。

  兄と仲良くしていろ、と言われても、仲良く出来ていた事なんて一度も無かったのに。

俺から歩み寄っても、弾かれているのに。

  兄とも、 姉とも『家族』でいられた事なんて無いのだろう。

 

『家族』という言葉が嫌いだった。

それは俺にとって届かない幻だから。

姉と兄が居ても、ただ比べられるだけだから。

 

『家族』という存在に憧れた。

鈴達が語る話が、あまりにも眩しいから。

 

「…見ないよ、俺は…」

 

  姉が出場する試合だったとしても

 

受話器を置く。

その『カチャリ』という音が居間に冷たく響いた。

 

 

 

戸締りをしてから家を出た。

鞄を肩に提げてから見飽きた通りを歩む。

 

だけど、ここ数日だけはこの道を歩くのが少しだけ楽しかった。

鈴達と親しくなれたから、かな。

 

「い~ち~か~!」

 

俺を呼ぶ声が聞こえた。

鈴が俺の名を呼びながら大きく手を振っていた。

弾と数馬の姿も見えた。

 

「ああ、おはよう」

 

その言葉を言い出せるくらいには、元気があるように見せられた。

 

鈴が弾に鞄を投げ渡してから俺に飛び付いてくる。

左手だけで受け止め、そのまま一回転。

鈴は楽しげな微笑みを浮かべ、俺は体の痛みを隠す為に、無理矢理に作り笑いを浮かべた。

上手く作り笑いが出来ていたかは不安だった。

 

「…よう…」

 

「…ああ」

 

弾と数馬は知っている。

だから、俺から頼んだんだ。

  兄からの暴力を、鈴に黙っていてほしい、と。

 

「じゃあ、行こうか」

 

数馬の声で、俺達は歩み始めた。

 

「今日って何か小テストとか在ったっけ?」

 

「無いよ、でも英語の授業が在ったよなぁ。

将来的に使う事も無さそうなのに」

 

「明日は家庭科の授業が在るわよねぇ。

私としては、そっちが楽しみなんだけど」

 

「流石、大衆食堂の娘」

 

弾が余計な事を言って足を踏まれてた。

お前だって似たり寄ったりだろ。

 

「『中華料理店』って言いなさいよ!」

 

「変わらんねぇだろ!

痛い!痛い!足踏むな!悪ぅございました!

大衆食堂の跡継ぎなのに料理下手でスンマセンっしたぁっ!」

 

寧ろ胸を張っての謝罪にビックリだ。

しかも後半が自虐的だ。

 

「だったら胸を張って料理出せるようにしなさい!」

 

「うぅるせぃ!人に『胸を張れ』とか言うくせにお前は張る胸も無いくせに威張んじゃーーー」

 

 

俺は静かに目を閉じた。

その間に『バチィンッ!』とか生々しくも聞き慣れた音が聞こえてきたのは気のせいだ。

気のせいったら気のせいだ。

ただ風が通り過ぎていっただけなんだ。

 

 

 

 

「ごめんなさいっした、誠に申し訳ありませんでした、二度と言いません、お許しください、これ以上はどうか御容赦くださいませ」

 

弾の顔面には綺麗な紅葉が咲いていた。

『頬に』ではなく『顔面真正面に』だ、斬新だよな。

マンガやアニメでも見た経験が無い。

 

風が派手な音をたてながら通り過ぎ、弾が謝罪マシンになった状態を放置し、鈴は俺の手を引っ張るようにして前へ進んでいく。

手を繋いでいるから、俺は鈴に付いていくしかない。

都合、四人分の鞄を押し付けてるけど…良いのか、あれ?

 

鈴は怒れば手や足を出すけど、程度が知れている。

  兄は、些細な事でも本気で殴ってくるからなぁ。

昨日の痛みが今になっても残ってる、勘弁してくれよ。

 

「…一夏は、胸の大きい女の子の方が好み?」

 

「…考えた事が無いなぁ」

 

そもそも明日で齢10に至る隣席のクラスメイトに何を訊いているのやら。

気にする年頃なのか?

そういう年頃なんだろうなぁ。

背後から突き刺さる数馬の視線がなんか嫌な感じがする朝の登校風景だった。

 

学校に着くと、居場所が無い。

  兄のせいで周囲からはハブられている身の上。

今日も今日とて『織斑の恥さらし』だの『屑』だの『出来損ない』だのと誹謗中傷の言葉が飛び交う。

気にしないでおくが、ゴミを投げつけられたり、ゴミ箱を投げつけられたり、机に落書きされてたり、椅子に画鋲や剣山が敷かれてたり。

嫌がらせのレパートリーに吐き気がした。

 

本当に誰だよ、机の中にまで腐った魚やバナナを放り込んでたのは?

嘲笑っている人は教室だけでなく廊下にも居る。

 

しかも教師は注意をしたりもしない。

憤る鈴を止めるのに苦労させられた。

俺が鈴を止めようとしている現場を  兄に見られ、殊更に侮蔑の言葉で突き刺された。

…登下校をしている最中は心地好かった。

だけど…学校は嫌いだった。

 

俺が傷付くのはどうでもいい。

でも、鈴が傷付けられるのを見るのは、もっと嫌だった。

鈴が避けられるようになってしまったら、本末転倒だった。

 

だから、学校では鈴達とも距離をとろう。

親しくなれたのはいいけど、そう考えた。

 

でも、そんな事をしていたら結局は………鈴を避けていた人達と同じ事をしているだけなんだ…。

答えの出ない悩みに明け暮れる自分が、嫌で嫌で仕方なかった。

 

「ねぇ、一夏」

 

「どうした?鈴?」

 

「放課後、ちょっと時間在る?

良かったら、話しておきたい事があるの」

 

俺はその問いに、首肯して応えた。

どのみち、放課後なんて時間が余っているのだから。

 

放課後になり、俺は  兄の嫌がらせに辟易しながら鈴を目で追った。

話したい事とは何なのかは判らない。

俺の視線に気付いたのか、軽く手を振ってくる。

それが、『此処で話をしたい』という判断し、足を向けた。

オマケに鈴が俺の鞄を持っていってしまってるから回収しないとな。

行くしかないわけだ。

 

さてと、行きますか。

 

廊下に出た途端にあちこちから陰口が聞こえてくる。

言いたい事があるのなら直接に言ってほしい。

これすら日常で、気にしないでおくことにした。

 

「ッ!」

 

体を反らす。

避けきれなかった飛来してきた石がこめかみを掠める。

 

「ちっ、当たらなかったか」

 

声が聞こえ、視線を向ける。

…だが逃げられた。

だけど…後ろ姿は見えた。

 

「痛っ…当たってるよ…」

 

痛みが襲い、その部位に手をあててみる。

こめかみの辺りが裂けたらしく、血が流れていた。

 

「そんなにも俺が憎いのかよ…」

 

なあ、  兄…。

 

俺が血を流している事の何が面白いのか、周りの人が俺を指差して笑っている。

嘲笑っている。

 

俺が何をしたと言うのだろう。

物心ついた時からそうだった。

 

『アレが本当に    の弟なのか?』

 

『何故双子なのに、こうも出来が違うんだ』

 

『姉と兄が実力をあれだけ見せているのに、何故あいつだけ劣っているんだ』

 

そんな言葉がいつも飛び交っていた。

いつしか『劣等者』だの『出来損ない』だの『恥さらし』だの『死に損ないの生き損ない』だの。

そんな烙印を灼き付けられた。

 

 

 

「ったく、こんな所で寝るなよな」

 

屋上の端、フェンスに凭れるようにして眠っていた。

しかも俺の鞄を抱きしめるような形で。

耳を澄ませば、静かな寝息が聞こえてくる。

 

「場所指定してきたの、ついさっきだろ?

こんな短い時間で寝落ちとか」

 

人を呼び出しておいて、こんな所で寝落ちかよ。

何かの物語で聞いた気がする『眠り姫』?だっけ?

そんな名前の登場人物もビックリだ。

 

「おい、起きろ、鈴」

 

熟睡しているらしい鈴の頬を指でプニプニと突っついていると

 

「…にゃぁ…?」

 

寝惚けたままグシグシと手で目元を擦り

 

「……一夏!?」

 

他の誰に似てる?

ああ、  兄か。双子だから顔付きは似てるよな。

見間違える人は今は殆ど居ないけどな。

以前には『見間違えてしまったのが気に入らない』という理由で殴られたりした経験が在ったな、とか思い出した。

 

「ん?どうした?」

 

視線を過去から今に向け直すと、鈴が俺を指差しながら顏を真っ青にしていた。

 

「『どうした?』じゃないわよ!?

顏!額!血がダラダラ出てる!

何があったのよ!?」

 

ん?ああ…そうだな…なんて言って誤魔化そうか…?

 

「ちょっと転んだ」

 

「ちょっとじゃない!全然ちょっとじゃない!

嘘を言うのも雑過ぎるでしょ!?

ああ!もう!保健室に行くわよ!」

 

え?此処で話があったんじゃなかったのか?

そんな疑問を口に出すことも出来ず、保健室に引っ張って連れていかれた。

 

 

 

鈴も大慌てになっていたらしく、包帯まで巻いてた。

左目まで隠れるまで巻くなっての、巻きすぎだ。

 

落ち着かせるのにまた時間がかかり、最終的には額から左のこめかみまで消毒してからガーゼを貼り付ける形で落ち着いた。

「誰かに何かされたの?」とか訊かれたりしたけど、全力で誤魔化した。

  兄の仕業だ、なんて言ってしまえば、どうなるか判らない。

これで俺への信用が失われても、仕方がない話なのだと自己完結させた。

 

それにしても、なんで保健室の先生が不在なんだろう?

 

応急処置が済んで少しだけ気分も落ち着いた。

ベッドに座っていると、鈴も隣にペッタリとくっついてくる。

 

「で、結局…話って何なんだ?」

 

鈴の肩が震えたのを感じた。

そして繰り返される深呼吸。

いや、本当にどうした?

 

そして急に立ち上がり、向かい合った。

 

「好きなの」

 

ポツリと呟く声が聞こえた。

急激に変化する視界。

保健室の天井と視界の大半を占める、赤面する鈴。

驚いた、鈴に押し倒されている。

 

「好きなの、一夏の事が。

一人の男性として、誰よりも好きなのよ」

 

人生初の、愛の告白だった。

碌な事が無かった人生での、初めての経験だった。

 

だから、戸惑った。

迷惑に思う事なんて無い。

俺なんかで本当に良いのだろうかという自念に苛まれる。

 

「それで、返事は?」

 

だからYesともNoとも答えられなかった。

 

「想いは嬉しいよ」

 

「それじゃぁ…」

 

保留(・・)にさせてくれないか?」

 

人生初の決死の覚悟の告白に、逃げ道を作った。

卑怯だとは思う。

返事を返せなかった事ではなく、逃げた事が、だ。

 

「…そっか…」

 

「…ごめんな」

 

「謝らないで、そういう言葉を訊きたくての告白じゃないんだから」

 

それでも、笑顔を浮かべる鈴に、素直に『強い奴だな』と思った。

俺も、鈴みたいに強くなりたかった。

この暖かな笑顔に応えられるように。

想いに応えられるように。

暖かな笑顔を守れるくらいに。

 

「約束する。

私は、どんなことになってもアンタの味方だから。

私を助けてくれた時のように、私も一夏(貴方)を守るから」

 

その言葉が、胸に染み込んだ。

涙を堪えた。

チュ…と音がして頬に触れた温もり。

 

「ファーストキスだからね」

 

「ほ、頬だからノーカンだろ!?」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

夕焼け色に染まる笑顔が、本当に綺麗だと思えたんだ。

 

貴方(一夏)が私に居場所を作ってくれたように、私も貴方(一夏)の居場所を作るから」

 

涙混じりの笑顔が、本当に可愛いと思えたんだ。

 

「だから、貴方(一夏)の居場所に一緒に居させて?

貴方(一夏)の隣』っていう特別な居場所に…」

 

心から…

 

「さあ、帰りましょ、一夏?

もうそろそろ弾や数馬がバカ騒ぎを起こすかもしれないわ」

 

俺を押し倒す姿勢から起き上がり、鈴は床に足を着ける。

俺もそれに倣い、立ち上がった。

 

「ああ、そうだな」

 

鞄を肩に提げ、俺は鈴と手を繋いで歩き始めた。

 

「そうだ、言い忘れてたわ」

 

手を繋いだまま、鈴が柔らかく微笑む。

たったそれだけの仕草でも、俺は目を離せなかった。

 

「私は、私の気持ちを諦めない。

アンタを振り向かせるまで、それにその先も。

フッたら後悔する位にいい女になってやるんだから。

だから、覚悟しなさいよね!」

 

胸の奥を掴まれた気がした。

 

「私の想い、毎日叩き付けてやるんだから!」

 

それだけに虚を突かれ、言葉を返せなかった。

 

なのに彼女は頬を赤く染めながら満足そうに微笑み続ける。

 

応えよう。

彼女の微笑みと決意に。

優しさや、暖かさに。

今日はきっと言えないだろう。

だから、明日に必ず応えよう、伝えよう、鈴が本当に望む形の言葉に出来なかったとしても、自分なりの精一杯の言葉にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう…思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに…!

 

 

 

 

 

 

 

 

放り込まれた先は蒼に染まる海。

その中で昨日までの出来事を思い出しながら、幻を追い求めながら目を閉じた。

 

これはきっと俺への罰なんだろう。

大切な人の想いから逃げ出した俺への…。

 

ごめんな、鈴。

 

想いに応えられなくて…。

 

 

俺も、お前を守れる程に…強くなりたかった…。

 

弱くて…ごめんな…。



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第1話 誰かの終わり 誰かの始まり

あの人の口調、これで合ってるかな?
うまく思い出せない。
原作読み直してきます。

Q.ゲームやってて爆笑した事って在りますか?

A.久々に来たリアル側の質問ですね。

在りますよ
あんまりネタバレにもなってはいけないので抽象的に。
そして久々にプレイしたタイトルにて。

「にゃぁ」⬅揺るぎ無き置鮎ヴォイス

判る人には判る、判らない人が多数かもしれないが伝われこの気持ち。
誰が想像しようか、あの声であの担当を。


どれだけの暗闇を経験しただろう。

 

自分でもそれがわからない

 

生まれた瞬間から光などなかったのかもしれない

 

生まれた瞬間って何だろう

 

いつの事だろう?

 

誰の事だろう?

 

夕暮れに染まりながら

 

涙混じりで

 

それでも微笑もうとする彼女は誰だっただろう

 

判らない

 

それとも『知らない』のだろうか

 

伝えたい

 

伝えたかった

 

拙い言葉でもいいから、自分の思いを曝け出したかった

 

何を思っていたんだろうか

 

それすらも薄れていく

 

 

 

 

 

「…………」

 

闇の中に一筋が突き刺した。

自分の瞼が開かれたのが原因だと悟るのに十数秒経過した頃だった。

 

「………」

 

双眸が開いたのを理解してから体を起こそうとする。

 

ミシ…ミシミシ…

 

「…~ッ…!!」

 

体が思うように動かない。

起き上がろうとするだけでも節々が悲鳴をあげた。

 

何処だろうか、此処は…?

 

そして…

 

 

 

俺は誰だ?

 

 

 

ガラリと音がして誰かが部屋に入ってくる。

えっと…あれって…白衣とかいうものかな?

 

「*******!************!」

 

俺を指さして何か叫んだ後、何か叫びながら飛び出していった。

忙しない人が世の中にもいるもんだな。

でも、俺が知っている世の中ってどんな世界だ?

 

それも思い出せなかった。

えっと…何がどうして俺はこんな環境に放り込まれているんだろうか?

 

 

 

数十分が経過した頃に、白衣を羽織った白鬚のオッサンが部屋に入ってきた。

 

「*****?********、******?」

 

えっと…何を言っているのか、何を伝えようとしているのか、どこかの国の言葉かなのか、それらが全て理解ができないという事は分かった。

 

「+++++++、+++++++?」

 

次に来た銀髪の女性も同じく。

 

「~~~~~?~~~~~~~~~」

 

その次に来た初老の男性も何を言っているのか判らない。

で、最後に来た赤い髪の男性の順番になって

 

「あぁ、日本語なら理解出来るだろうかね?」

 

うん、理解ができた。

なので、俺はうなずいて返した。

良かった、やっと会話が繋がりそうな人と接触できた。

そこでようやくほっとした。

 

『言葉が通じても、話が通じない』のは嫌だけど、『言葉も話も通じない』のは更なる苦痛なのかもしれない。

 

「君は自分がどこで何をしていたか、覚えているかね?」

 

「…いいえ…」

 

「では、自分の名前(・・・・・)は言えるかね?」

 

「…いいえ…」

 

本当の事を話した。

俺は自分が誰なのか?

此処は何処なのか?

…正直、会話をするのも辛いと思えるほどの疲労感がある事も。

そういうわけで、もう一度ベッドに寝転ぶことにした。

そのまま会話の続きに入る。

それから教えてもらった、俺が今に至るまでの簡単なあらましを。

 

 

 

俺は、街の中の水路を流れていたらしい。

川の中を漂うゴミみたいな言い方に聞こえたのは黙っておこう。

 

話を戻そう。

人によって発見された際、身元を示せる物が何一つ無い状態で、鎖によって四肢を縛られた状態だったそうだ。

どこから流れ着いたのかは判らず、また、当時の海流だとかのを考慮しても、生存していたのは、ほぼほぼ『奇跡』といっても良いそうだ。

そして、流れ着いていたのを発見されたのが

 

「一年と二か月前、ですか」

 

発見されたその日にベッドに放り込まれた際には『低体温症』?

とか言われている状態だったらしい。

処置を施して終えてから病室に入れられても昏睡状態が続き、今に至るとか。

その間、俺の体は痩せ衰えていき、今のようなガリガリの状態…だけじゃなかった。

 

「…これが、俺なのか…?」

 

鏡を見せられ、そこに映っているいる男の髪の色は、白髪だった。

銀髪とかのレベルじゃなくて白髪だ。

どこからどう見ても白髪だ。誰かに似たものなのかどうかすら判らない。

なんせ冗談抜きで記憶が無い。

 

身内?何ソレ?

 

家族?何ソレ?

 

友達?何ソレ?

 

知人?だから居ないっての、思い出せないっての。

 

 

 

そんなこんなで俺は流れ着いてから今に至るまで一年と二か月間、寝て過ごしていたらしい。

で、今は発見された翌年の12月1日、冬真っ只中らしい。

 

じゃあ、目が覚めたんだから今夜にでも脱走しようか。

持ち物も何も無いんだし、入院費用だとか、施術料金だとか、設備費用なんて負担出来る訳が無い。

名前も無いし、帰る所も無いし、身元が判明して請求書がどこぞに送られるよりも前に、姿を消すのがベストだろう。

 

そう考えたが、今の骨と皮の状態でできるとは思わない。

足の裏に霜柱が張り付いただけで動けなくなりそうだ、これは確信だ。

 

名前も無く、帰る所も無い、この病院らしき場所で必要になったであろう費用が借金として(・・・・・)積みあがっているというわけだ。

目が覚めた早々に人生が詰んでるような気がした。

そして目覚めた早々に世知辛いことを考えてるなぁ、俺って。

 

「本来なら、君はリハビリをしてから施設に入ってもらうことになるのだろうけど…」

 

本当に世知辛いなぁ、リハビリ費用まで借金として入るんだろうなぁ。

 

「君を引き取りたいという一家が居るのだよ」

 

へぇ、産まれてこのかた…何年かは知らないけど、目覚めたその日に、借金積み上げて人生詰んだ子供を引き取りたいという物好きな一家が、か。

 

「だが、それは明日にしておこう。

今は君の容態、時間を考慮しなければならないだろう。

その一家にはもう連絡をしているから、安心して今日は寝なさい」

 

安心なんてできなかった。

起き上がろうにも体がいう事を聞かない。

骨と皮の状態で何ができるだろう?

脱走しようと考えてるのがバレたのか、白衣の職員がローテーシションでその夜は見張りが付きそうな気がした。

…考えてる事を察しやすい性格なのだろうか、俺は?

それとも

 

「記憶を失う以前の俺も、他者から信用されない性格だったのかもしれないな」

 

脱走も出来ず、起き上がることも出来ず、俺はその日の夜は寝て過ごした。

 

 

翌日。

茜色の髪の女性が部屋に入ってきた。

 

「えっと…」

 

 

この女性が俺を引き取ろうという物好きな人なんだろうか。

 

「ふ~ん、この少年がそうなのサね…?」

 

言葉が判る、すくなくとも対話ができそうな気がした。

その点は助かった。

 

「ああ、勘違いしてもらっちゃ困るサ。

私はアンタに就く事になった家庭教師サ」

 

…受講料も借金に積み立てられました。

本当に人生詰んだ。

 

「アンタ、名前は?」

 

「俺は…自分の名前が判らないんです」

 

「そうかい、名無しサね。

でも名無しじゃ呼びにくいね…」

 

何だろう、この人のペースに早くも引き込まれているような気がした。

 

「ふぅん、タチの悪い奴じゃないみたいサ」

 

「…?」

 

ベッドに飛び乗ってくる影が一つ。

 

「にゃぁ」

 

猫だった。

女性の髪と似た毛色をした一匹の猫だった。

ザラザラとした舌で俺の頬を舐めてくる。ちょっと痛い。

 

「その子、シャイニィは悪い奴には決してなつかない奴さ、それだけでアンタは私からすれば信用出来る。

その信用が信頼(・・)に至るかはアンタ次第だよ」

 

信用を信頼に、か。

それって難しい気がしてきた。

 

「で、家庭教師って、何を教授してくれるんですか?」

 

「決まってるサね、此処はイタリア、そこで使う言葉は当然『イタリア語』だよ」

 

一応、世界地図を用意してくれて、見せてくれた。

俺が使っている言葉は『日本語』で、今居る国はイタリア。

日本とイタリア…わぁ、遠いなぁ…。

 

「ああ、そうだ、そういえば名乗り遅れたサね。

私はアリーシャ、イタリア国家代表選手『アリーシャ・ジョセスターフ』だよ。

んで、この子はさっきも教えたように『シャイニィ』サ」

 

国家代表って何だろうか?

それを先に問うてみたら物凄い呆れたかのような視線を向けられた。

「そこまで記憶を失ってるとは重症なのサ…」とか聞こえた。

小さい声で言ってるつもりなんだろうけど、ハッキリと聞こえましたからね。

どうやら俺は現代に於いて相当重症らしい。

そして常識が相当に欠如していたんだそうだ。

 

それから長ったらしい受講が始まった。

国家代表とは何なのか。

何を手にしての代表なのか。

世界に蔓延…というか本人から言わせればパンデミック(感染爆発)ともいえる風潮だとか。

 

インフィニット・ストラトス

通称『IS』

 

もともとは宇宙進出開発技術だったそうだ。

だがそれを使用した宇宙進出開発は全世界で行われていない。

 

理由は、その汎用性と能力だそうだ。

機体周辺に自動展開される不可視のシールド、絶対防御によって搭乗者に高い防護性を与え、それぞれ単騎であろうとも搭乗者の意思一つだけで自在に飛行が出来る。

その防護性、機動性を世の中の研究者が、『宇宙進出開発技術』としてではなく、『兵器開発』に重きを置いたらしい。

 

「ISを開発した女は確かに天才サね。

そういった技術の根幹を、自分一人だけで開発したんだからサ」

 

「…それって、誰なんですか?」

 

「アンタ、本当に重症サね」

 

呆れられたとしても今更ですって。

 

「『篠ノ之 束』サね。

世界的にも天才と言われている女サね。

けどね、そんな女でも、天才でも『挫折している(・・・・・・)』のサ」

 

それは、発表当初に世界中の研究者や開発者、技術者にマトモに相手にされなかった事、らしい。

『子供の戯言』なのだと、『机上の空論』なのだと徹底的に否定されたらしい。

なぜだろうか、努力しても報われなかった、その環境に親近感が湧いた。

 

「問題はその後サね。

今でいうところの『白騎士事件』サ」

 

全世界の軍事基地のミサイルがハッキングされ、2341発のミサイルが日本に向けて降り注ぐ。

だが、たった一人の搭乗者によって、一振りの剣によって、そのミサイルは悉く斬って捨てられた。

搭乗者不明、開発者不明、所属企業不明、所属国家不明、全て謎に満たされた機械仕掛けの翼によって。

当然、世界はそれの鹵獲に挑もうとしたが、その搭乗者は「興味が無い」と言わんばかりに消えた、らしい。

 

「あの太刀筋には見覚えがある、それも…あの日に…!」

 

アリーシャ女史が何かつぶやいているのが見えた。

だけど、今度は聞こえなかった。

 

「話を戻すサね」

 

わざとらしい咳払いに続けて説明に戻ってくれた。

 

世界は、今度は媚び諂ってISを買い占めた。

白騎士が、過去に発表された『IS』と似ていたのがトドメになったのだそうだ。

世界にISが浸透した。

だけど、それは先に教えてもらったように『宇宙進出開発』ではなく、『兵器開発』としてだ。

 

更に、致命的な欠陥が存在していた。

それは『女性だけが起動可能』というまるで後付けのようなジンクスであり、致命的欠陥。

その致命的欠陥は一昼夜で世界中に広まった。

『女性』=『IS起動可能』=『強い』

という乱暴な三段論法。

それによって『女尊男卑』などという差別的、更には病的な風潮が世界中に爆発した。

 

「それって、ただの勘違いのようにも聞こえますが」

 

「それが篠ノ之束の挫折したところサ。

『世界に出た途端に見放された』後には、『誰にでも扱えるようにできなかった』、最後に『開発したISは他者を傷つける物にされ、変える事が出来なかった』、モノのついでに言うなら『宇宙へ飛び出せなかった』ってところか。

実際、坊やのいうところの『勘違い』は的を射ているサ。

今言ったばかりだけど、『ISは女性だけが起動可能』なだけでなく『誰にでも扱えるように出来なかった』。

搭乗し、扱える人間は数が限定されているのサ。

もう一つ、致命的欠陥もある」

 

それは、ISの脳でもあり、心臓でもある『ISコア』の上限量が定められており、コアの製造は元来の開発者である篠ノ之博士以外には作成、製造が出来ない。

いわば、全世界でISの数も限られており、量産が出来ない事、らしい。

 

にも拘わらず、『女だから』というだけで『区分された大半』が『限られた者』になりきっているつもりの女が世界中に履いて捨てるほどに溢れ返っているらしい。

 

んで、正反対に男性の扱いはこっ酷いらしい。

ちょっとした諍いでも、投獄だとか、『正当防衛』名義の虐殺も見逃されているのだとか。

 

「まぁ、そんなところサね。

ISに関しては、詳しい所はまた教えてあげるサね。

なんでろうかサ、アンタならそういった風潮をブッ潰せるかもしれない気がしてきたサ。

んじゃぁ、授業に入るサね!」

 

そっからアリーシャ先生によるイタリア講義が始まることになるんだが…。

 

「いつまでも名無しじゃ呼びにくいサ。

名前が無いってのなら私が勝手に名付けるよ!

そ~サね…」

 

いや、名付けるってアンタ…。

 

「うん、決めた。

今日からアンタの名前はウェイル。

引き取り先の家族の名前(ファミリーネーム)を合わせ『ウェイル・ハース』!

年齢は…そうサ、今日で11歳って事にしときな」

 

いや、しときな(・・・・)って、アンタ…。

 

「それと一つ朗報サ。

ハースには今年でアンタと同じように11歳になる娘が居るのサ。

良かったねウェイル、今日からアンタは『お兄さん』さ。

あの娘は素直でいい子サ、大切にしてやんな」

 

何故だろう、丸投げにされた気がします。

 

「んじゃ、授業に戻るサ。

言っとくけどこれからアンタはイタリアで生きていくんサ。

その為には急行でいくサね。

授業は常にリハビリと並行させていく、判ったら返事しな、ウェイル!」

 

「は、はい!」

 

そっからのリハビリ並行の授業は結構ビシバシと叩き付けられた。

起き上がりながら、イタリアでの基本的言葉遣いから、簡単な熟語の習得だった。

午前中はこれだけでも時間を潰しきった。

いや、体もそうだが、頭も辛いな、いろんな意味で。

目標としては半年でイタリア語の習得らしい。

俺を引き取りたいって人達(家族)もいるようだから、そんな中で話も言葉も通じなければ、それこそ言葉にもならない気がした。

…頑張ろう、今日の午後にも、その人たちが病院に訪れるらしいんだから。

 

 

 

 

 

 

 

病人食は顎も胃腸も衰弱しているという事から、ほぼほぼスープ状のものだった。

それも薄味の。

体調を気遣ってくれているという事は、正直ありがたい。

正直、スプーンを持ち上げるのも苦痛だが、何もかも始める前に挫折なんてしていられない。

 

「そういえば、先の話に出てきた博士ってどうしているんですか?」

 

「失踪してるのサ。

今は全世界が血眼になって捜索しているけど、手がかりも見つけられない、連絡手段も、連絡先も知られてない…筈だったのサ」

 

「『筈だった』というのは?」

 

「…こっちの話サ、あんま気にしないでいいさ」

 

俺が食事をしている間、アリーシャ先生は忙しそうに何処かに連絡を入れていた。

喋っている言語は恐らくイタリア語。

授業に入ったばかりだから何を言っているのかは一切わからない。

俺を引き取ろうとしている家族と連絡を入れているのかもしれない。

 

「んあ?食べ終えて…というか、飲み終わったようサね」

 

「ごちそうさまです」

 

スプーンを持ち上げるだけで筋肉痛になりそうでした。

 

「んじゃ、手っ取り早くリハビリと授業に再開サね!」

 

頑張ろう、挫折しないように。

 

 

 

午前8時から続くリハビリと一緒に行われるイタリア語講座を受けながら、もうそろそろお昼が過ぎようとする時間に、ガラッと音がした。

扉が開かれたらしく、そこには小さな女の子が立っていた。

 

「良かった…目を覚ましてたんですね…」

 

ものすごい涙目になってた…。

ん?あれ?ちょっと待って?

この子、日本語喋ってませんか?

イタリア語必要じゃ無いっぽいんですけど?

 

そう思ってアリーシャ先生を見ると…

 

「言ったサね『ISを使える人間は限られている』ってサ」

 

うん、それは聞いた。

 

「国の中でも数少ない『適性』を持っているかどうか、9歳の時点で受けるようにイタリアじゃ義務付けられたのサ。

そんで、そういった子供は、将来的にもそういった学府に通うようになる可能性があるから、その場で会話ができるように日本語習得も義務付けられるようになったのサ。

そこで泣いてる女の子、メルクはその適合者でね、日本語を教えられてるのサ」

 

へぇ、そうーなんスか。

 

で、メルクだっけか。

その女の子は顔を両手で覆ったまま大泣きしていた。

 

後日に聞いた話だが、1年2ヶ月前、その年の9月30日、メルクが街の中を散歩していた際に、水路を流れていた俺を偶々発見したらしい。

小さな体で俺を引きずって両親に伝え、病院に運び込む流れになったとか。

…救急車とか無かったのかな、不相応にも思ったんだけど今更だ。

この女の子、メルクは俺の命の恩人だ。

 

「にゃぁ~…」

 

メルクの泣き声が聞こえる中、シャイニィの鳴き声がそんな状況にも拘わらず、病室に響き渡った…気がした。

 

 

 

 

こうして、『何処かの誰か』の人生は終わったのかもしれない。

その代わりに『ウェイル・ハース』としての人生は始まった。

 

 

 

 

俺は何もかも、自分の名前すら失った。

 

でも、その代わりに得られたものが在るというのも本当の話だ。

 

失ったものはとても重いのだろう。

 

退院するまでの間、夢の中で、誰かが泣き叫んでいる光景を見た。

 

知らない筈の、見知っていたかもしれない小さな女の子。

 

メルクではなく、幻のような女の子。

 

そんな女の子が誰かの名前を呼びながら、それでも聞こえなくて、俺に手を伸ばしてくる。

 

…俺ではない誰かが手を延ばせ、あの手を掴めと叫ぶ。

 

でも、届かなくて…触れることも出来なくて…寂しかった。



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第2話 新しい日常

Q.ウェイル君、もとい、『元』一夏君が見せられた映像ですが、設定としては生放送ですか?それとも録画された映像ですか?
P.N.『ニャーま』さんより

A.設定としては『生放送』の扱いです。
随分前に調べましたが、日本とイタリアの時差は『-7時間』相当だそうです。
ですので、イタリア近海で真っ昼間の場合、日本は夜になってる計算になります。
さて、それでは第一回モンド・グロッソが『何処の国で』開かれた設定になるのか。
それはまた何処かの回にてチョロっと出ますので。


イタリア語講座を受けながらのリハビリは大変だった。

リハビリ初期にはスプーンを持ち上げるのも大変で、食事をするのも時間が掛かった。

ベッドから降りてもマトモに歩けず車椅子を使用。

歩行のリハビリでも歩行補助具を使い、次は杖を使い、手摺にしがみつき、最終的には自分で歩けるようになってきた。

 

 

記憶を失った状態で目覚めてから四ヶ月、アリーシャ先生からイタリア語講座を受け続け、合格印とばかりにシャイニィの肉球プニプニを頬に受け、今日で退院だった。

入院生活初期には骨と皮だけだった体も、肉付きを獲て、人並みの体になった。

人並みの食事もできるようになったのも正直に嬉しい。

 

引受先のハース家は、『ヴェネツィア市』に在り、俺もそこに移る事になった。

 

「おかえなさい、ウェイル」

 

父さんや母さん、メルクも微笑んで迎えてくれた。

 

「…ただいま…」

 

ハース家に来てから口にした言葉。

もしかしたら当たり前にする言葉かもしれないけど、本当に新鮮な気がしたんだ。

 

ハース家に養子として、長男として、家族として迎え入れられ、俺に与えられた部屋に入った時には驚かされた。

本当にそこで生活出来るようにされていたからだ。

 

 

南方向に見えた窓を開けば、潮騒の音と海の薫りもした。

今日から此処が俺の帰る場所になるんだろう。

 

それから一週間後、ほかの生徒とは遅れる形での学校への入学…というか編入だ。

中学校一年生、メルクと同じクラス、窓際の席だ。

 

「ウェイル・ハースです、趣味は…釣りと水泳、特技は家事全般、かな」

 

家の近くに釣り人が集まるスポットがあるらしく、メルクの散歩道の近くらしい。

そこで、釣り人に混じって会話したり、釣りについていろいろと教えてもらった。

 

それと、退院した三日後、アリーシャ先生に勧められ、体力を養う為に近所のトレーニングセンターで水泳を始めた。

水中でも『歩く』ところからのスタートだけど。

お陰様で体力を追う形で筋力もついてきた。

俺の白髪については誰も触れてきたりはしなかったのは素直に嬉しい。

話すこともできないし、作り話も作れる気がしなかった。

 

それと…

 

何故だろう。

 

「む~…」

 

休日、水泳を終えた後、釣りに夢中になってるとメルクがむくれる。

 

何故だろう。

それでも視線は釣り糸の先の『浮き』に突き刺さっている。

 

「う~ん…」

 

釣りをしている間、何かが背中に触れている何かがあったような気がしていたんだ。

でも、何も思い出せなかった。

それとも、思い出すことを俺自身が拒んでいるのだろうか?

 

「よし、今日も大収穫だ!」

 

大きな魚がバケツの中でピチピチと跳ねている。

釣りが趣味なのは作り話なんかじゃなかった。

とはいえ、毎週の如くこの大漁日和が続いても、母さんも父さんも嫌な顔なんてしなかった。

アリーシャ先生も、偶にフラリと現れては、父さんに仕事に関しての愚痴を吐いてたりする。

母さんが言うには、父さんは聞き上手らしい。

あの二人、酒飲み仲間として意気投合してるような気がする。

 

「ウェイル~!次のムニエルは出来たサ~?」

 

「は~い、ムニエルと一緒にアクア・パッツァもどうぞ!」

 

「はははは!ウェイルは日に日に料理の腕前が上がっていくなぁ!」

 

「父さんもお酒はほどほどにしてくれよ」

 

なお、メルクはもう先に寝てもらっている。

明日は学校で日直の仕事があるからだ。

俺も同じく日直なんだが、こうして母さん、父さん、アリーシャ先生の晩酌の相手。

それと

 

「んにゃぁ…」

 

「はいはい、シャイニィにはロイヤル猫缶な」

 

「んなぁ~…」

 

はいはい、シャイニィも缶詰じゃなくてお手製の何かを食べたいのな。

ご主人同様にグルメなこった。

 

アリーシャ先生と同じくらいに懐いてくれているシャイニィの相手もしてる。

肩に飛び乗ってきたり、メルクの頭の上で丸まったり、見ていて和む。

さぁて、次の料理の準備に入りますか。

 

次は何を作ろうかな、そうだ、ラザニアでも作ろうっと。

母さんから教わったばかりの料理で、上手く作れるか判らないけど。

 

 

 

 

学校でも友人が出来ている。

 

「ウェイル!今日の帰りに書店に寄らないか?」

 

「お、いいな、釣り具のカタログも新しいのが出てるかもしれないし」

 

「お兄さん!今日の放課後には日直の仕事が在りますから!」

 

「…わり、少し遅れる」

 

「おう、頑張ってな!…いや、俺も手伝うよ!」

 

メルクは、俺のことを『兄』と呼んでくれるようになった。

俺が入院している間にアリーシャ先生が何か言っていたらしいのを病院の中庭で幾度か見た。

悪い気はしない。

 

「おい、そこのシスコン」

 

「シスコンじゃねぇっ!断じてシスコンじゃねぇっ!」

 

家族思いと言ってくれ!頼むから!

 

「メルク、今日は講義はいいのか?」

 

「はい!今日は大丈夫です!」

 

メルクはISへの適性が高いらしく、時折に講義を受けることがある。

中学に入学したら、国家代表候補試験を受けるように国からも指示されているのだとか。

将来的にはアリーシャ先生と同じように国家代表にもなれるかもしれないのだとか。

会える機会が失われる心配は少しだけ考慮してる。

その可能性が危ぶまれるのなら、俺はメカニックになろうかと考えてる。

 

『イタリアでも数少ない適性者』、そんな理由も在って、メルクは学校じゃ人気者だ。

シスコンのつもりは無いが、メルクは容姿にも優れていると思う。

隠れファンクラブも存在しているらしいが、手出しは絶対にさせないからな。

さてと、日直の仕事をさっさと終わらせますか。

 

友人になったクライド、キースに連れられ、メルクも一緒に書店に入った。

俺は釣り具のカタログに目を奪われ、メルクはIS関連の冊子に目を奪われている。

部屋には月毎の雑誌が並んでいる。

だが…

 

「…ッ!」

 

すぐさまその冊子を棚に戻した。

何か在ったのだろうか?

様子が妙だったので、行儀が悪いがその後の様子を見てみる。

おや、今度は料理雑誌の棚へと走っていってる。

どうしたんだろうか?

 

ISの冊子には何かあったのだろうか?

まあ、気にしないでおこうか。

 

「お、今回も載ってるな、『黒の釣り人(ノクティーガー)』氏。

へぇ…いいなぁ…この釣り具…」

 

俺が使ってる釣り竿は、一般的に流通している普通の釣り竿だ。

普通のロッドに、普通のリールに、普通のラインに、普通のルアー。

毎週こいつで爆釣りだから周りの目が冷たくなる時もある。

いつかは釣り場のヌシを釣り上げてやる、とか言ったら周囲の目がなおの事冷たくなったのは記憶に新しい。

 

だが黒の釣り人(ノクティーガー)氏は、俺よりも段違いの品を使っていて、身丈を超えた魚を釣り上げている写真を見せている。

この人、聞いた話だとどうやら半年くらい前から雑誌に掲載されるようになったらしい。

初掲載のキャッチコピーは『大物釣ってやるから待ってろよ』だったか。

 

それと、俺がルアーを使っているのは、メルクが釣り餌を見たときに真っ青になって逃げだしたからだった。

あの様子は兄さんショックだぞ。

釣り餌の虫はさすがにメルクには衝撃が大きかったらしい。

気を付けよう、店でも逃げ腰になってたし。

 

「お兄さん、今日は牛乳を買って帰りましょう?」

 

「…今日も(・・・)の間違いだと思うんだがなぁ…」

 

メルクは何があったのかは知らないが、牛乳をよく飲む。

朝食、夕飯、風呂上がり、一日三回は飲んでる。

俺もそれに付き合わされていて、牛乳をよく飲んでいる。

そのせいか、同級生の中でも俺は背が高いほうに入る。

今の俺の身長は160cm。

俺よりも上回っている人もいるが、どちらかというと少ない。

 

んで、メルクはそんな俺におんぶされると非常に喜ぶ。

そのまま寝入ることも少なくない。

何故かは判らないが、夜になり、寝るときもベッドに入ってくることもある。

雷が鳴っているときは十中八九飛び込んでくる。

 

懐かれているんだなぁ、とは素直に思う。

嫌われるよりもマシ、とはポジティブすぎる考えか?

 

「『ラビオリ』『タリアテッレ』か…良し、買おうか」

 

釣り具のカタログは立ち読みで終わらせ、料理雑誌を買い、ショッピングモールで牛乳を買って帰る。

牛乳は…どうしようかな…何か料理に使うか?

う~ん、魚にミルクで作れる料理とか何かあったかな?

今回購入した料理雑誌に載っていればいいけど。

 

「お~い、リーナァ!」

 

…ふとした時に足を止める。

誰かの名前が呼ばれる度に、誰かの声を思い出す…ような気がした。

その理由は、今になっても判らない。

俺が失ったかもしれない記憶を呼び覚まそうとしているのかもしれなかった。

 

正直、過去の記憶を思い出すのは怖い。

今、俺の目に映っている世界が偽りのものだったのではないのかと疑ってしまいそうで。

 

知っているような、知らないかもしれない誰かの夢を見る日は今でも続いている。

 

 

 

 

小さな女の子が、泣き叫びながら俺に手を延ばそうとしてくる

 

でも、顔を思い浮かべることも出来なくて

 

手を伸ばしても届かなくて

 

あと少しで手が触れそうになる、そんな瞬間に目を覚ます

 

目が覚めた瞬間に、涙がこぼれている時もあった

 

思い出せなくて

 

思い出したくなくて

 

メルクが部屋の扉をノックするよりも前に涙を拭う

 

でも、街の中で、学校の中で、俺は…誰ともわからぬ誰かを探していた

 

髪の長い女子生徒を見ると視線を向け

 

誰かの名前が呼ばれるたびに振り向いて

 

そんな日を繰り返している

 

あれは…誰だったのだろう…?

 

もしも出逢う事が出来たのなら、俺はどうなってしまうのだろう…?

 

 

 

「よし、出来た!」

 

今日の夕飯は焼いた魚の身をほぐし、『インサラータ・カプレーゼ』に和えてみた。

トマトやオレガノの風味に魚のホクホク感が一緒になっている。

ほかには…『コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ』でも作ろうかな。

こうやって料理を作るのは楽しい。

勉強は苦手だけど、母さんとメルクに教えてもらって料理の分野では評価が高く、学校でも評判は上々。

将来メカニックになろうとしてるのにこんなのでもいいのだろうかと思う事も在ったり無かったり。

 

「ウェイル、ちょっとコレを見てくれないかしら?」

 

うん、家の中ではメカニックとして多少は役に立ってる。

父さんがモーターボートのメンテナンスとか教えてくれてから、機械に興味が湧いた。

今回のつい先日まで使用していた洗濯機がガタがきているらしい。

 

「う~ん、コレはどうだろうな?」

 

解体して中を見ていると、配線が少し露出して漏電しているようだ。

絶縁体のテープで巻いておけば大丈夫、かな?

これで補強にでもなるだろう。

試しに電源入れてみれば…うん、使えるな。

臨終かと思えば仮病だったようだ。

 

「お兄さ~ん!」

 

語尾にハートが付きそうな勢いでメルクが飛びついてくる。

これもまた日常風景だ。

でも包丁持ってる時に飛びついてくんな。

 

その際には全力をもって包丁を手から放すけどな。

 

そんな日を送っているから思う。

 

満たされている

 

なのに、なにか欠けている、と

 

 

 

「へへ、今日も爆釣り!」

 

釣りが出来て、父が居て、母が居て、妹が居て、姉貴分を気取るアリーシャ先生が偶に訪れて愚痴を言いつつ食っての大騒ぎ。

そんな日々が、毎日が楽しかった。

 

記憶を失う以前の俺はどうだったのだろう?

こんな日々を送っていたのだろうか?

 

判らない

 

でも、目を反らしたいと思っていた

 

卑怯な自分に吐き気がした

 

 

 

「過去の自分が知りたい?」

 

釣りの帰り道で、そんな声がした。

振り返るけど、そこには誰もいない。

 

「…気のせいか?」

 

「気のせいなんかじゃないよ」

 

背後

帰り道になるはずの通りへ視線を向ける。

でも、誰も居ない。

気のせいなんかじゃない。

 

「答えて、君は昔の自分を本当に知りたい?」

 

昔の自分、か。

記憶を取り戻したら、俺はこの場に居られなくなるのだろうか?

それは嫌だ。

 

だけど、夢に出てくる女の子を思い出せなくなるのは…?

 

時に、自分を疑うこともある。

もしも…もしも、俺の今の日々が、彼女の笑顔を奪い取る形で得ているのだとしたら…?

 

もしもこの日々が虚飾だったら?

 

そう考えるだけで怖くなる。

だから、答えなんて出せる筈がなかった。

 

「…判らない…」

 

「…そう、私は答えを強要したりなんかしない。

迫ることもしない。

答えを出すのは自分だから」

 

それきり声は聞こえなかった。

足音も…。

誰だったのだろうか…?

たぶん、知っているような…知らないような、曖昧な声だった。

あの夢に出てくる女の子か?

…まさかな…。

 

「なんだコレ?誰の落書きだ?」

 

近くの民家の壁面には、鵞鳥の落書きが書かれていた。

ただ、何かの本で見たことがある気がした。

なんだったかな…?

首を傾げた時点で理解した。

傾ける事で兎にも見えるイラストだ。

また妙な落書きをする人が居るもんだな。

 

「さてと、明日の朝食の分まで確保できてるし、何を作ろうかな…?」

 

カラっと揚げることにした。

 

その日の夜、母さんが頼んできたのは、長年使っていたらしい扇風機だった。

難しいけど修復出来たよ。

それと、メルクのベッドがほぼほぼ置物状態、物置状態になってきたのは…気のせいじゃないだろう。

毎晩俺の部屋に来てるんだもんな…。

 

俺、頼りにされてるのなら嬉しいんだけどな。

 

さてと、今日の宿題も片付けないと。

 

 

 

この家、ハース家に引き取られてから半月程経った。

 

家族は、暖かかった。

いつも、春の中にいるようで、心地のいい風が流れているようにも思える。

だから、何か礼をしたかった。

 

「メルク、この文法なんだけど」

 

「あ、はい、えっとコレは…」

 

イタリア語での会話にも慣れ、日常生活にも困ることは無い。

小遣いも定期的に出してもらえて、学校にも通わせてもらえて、兄としては情けないかもしれないけど妹に勉強も教えてもらっている。

料理もいろいろと教えてもらっていて、生活にも困る事が無い。

名前も、生きる場所も、帰る場所も、居場所も与えられて、与えてもらっているばかりで何かを返す形で、何かをしたかった。

一度父さんや母さんに相談してみたけれど、

 

「家族なのだから互いに支えあうのが当たり前だろう」

 

「ウェイルにも私達は支えててもらっているんだから、思いつめなくていいのよ」

 

そう言ってもらえて涙が出そうになった。

だから、できることは何でもやろうと思った。

 

けど、勉強とか『学ぶ』って事そのものが苦手であるらしい俺はそうそう『成功』ともいえるような結果は出せなくて。

テストの成績も下から数えた方が早い、成績はかろうじて人並み、人より優れたものなんて何も無かった。

けど、家族は俺を否定しないでいてくれた。

 

「ウェイル、アンタは思いつめすぎなのサ」

 

週末の夜、アリーシャ先生が家に遊びに来た。

俺が作った料理を、目を細めながら頬張り、ムシャムシャと。

その隣ではシャイニィもご馳走(ロイヤル猫缶)にありついている。

 

「思い詰め、ですか」

 

「そうサ。

人には『出来る事』と『出来ない事』がある。

そこにどんな形での境界線を作るかはその人次第、だけど何でもやろうとすれば人の手からはこぼれるだけ。

自分の手の内に収められるにも限界量がある。

アンタの手にはどれだけのものが掴めるか、考えてみたサね?」

 

…正直考えてない。

『家族の為に』、その言葉だけで色々とやろうとしてるけど、うまくいかない。

 

「酷な事を言うけどサ、出来る事は限られてるのサ。

志は立派かもしれないけど、同時に異常なのサね、『アレもコレも出来なきゃいけない』と思ってるのがサ。

だけど、今のウェイルはただの小学生、出来る事も、やらせてもらえる事も限られてるだろう?」

 

…なら、将来まで待てってことなのか…?

それまでずっと『何もするな』ってアリーシャ先生は言っているのだろうか?

 

「だからこそ言うよ。

『何もするな』とは言わない。

『可能性』を、より砕いて言うと、『やりたい事』を見つけな。

我武者羅にでもなっていいさ、出来る事を見つけるのは、人間として生きる醍醐味だろうからサ」

 

「それは…今と何が違うんですか?」

 

今の俺がやっている事と、アリーシャ先生が言っていることの差異が自分では理解が出来なかった。

何が違い、何が同じなのかもよく分かっていないといった方が正確だったのかもしれない。

 

「…ウェイルが努力をしているのは私も知ってる話サ。

だけど、アンタは結果を急ぎすぎてる、急ぎすぎて足元を掬われて、蹴躓いてスッ転んでるのサ。

もう少しだけ足元をしっかり確認しながらやっていきな、って事サ」

 

えっと…?

 

「そうサね、『釣り』と同じだと考えな。

ルアーを水面に放り込んでも、その瞬間に釣れるわけじゃないだろうサ。

時にはジックリと待つのも重要サ。

考えてみな、『魚がルアーに食らいつく』、『釣り上げるまでの時間』それが長いほど、大物だって判るだろうさ?」

 

ああ、そういう事か。

確かにそうかもしれない。

雑誌に載っていた『黒の釣り人(ノクティーガー)』氏も大物を釣り上げるまでかなり頑張ったのかもしれないんだし、そう考えてみよう。

俺にはまだ、あんな大物…身の丈を超えた魚を釣り上げるだなんて出来ないんだから。

 

「それに…」

 

アリーシャ先生が俺の背中に向けられる。

そこでは、メルクが俺の服にしがみ付きながら静かに寝息を立てていた。

 

「その子、メルクの笑顔も、アンタの努力の結果だろうからサ」

 

…そうか、もしもそうだったら嬉しいな。

 

「焦る必要は無いのサ。

頑張りな、ウェイル」

 

「…はい!」

 

 

 

 

 

その一週間後、近所の釣り場にて

 

「…この手応え!」

 

朝から晩まで釣り三昧。

たまたま来ていたアリーシャ先生が引いていたけど、今だけはスルーする。

釣り場の『(ヌシ)』らしきデカい魚影が釣り糸の先にかすかに姿が見えていた。

周囲の釣り人御一行も大騒ぎだった。

 

「頑張れよボウズ!」

 

「おい!取り込み準備だ!」

 

「タモ持って来い!」

 

「ウェイルの肩を支えてやれ!

ヌシに体重持ってかれてるぞ!?」

 

ヤッベェッ!(すげ)ぇ引き具合だ…!

手が震えてくる、このまま釣り場に引きずり込まれそうだ。

 

リールを巻く手も痺れてくる。

このままじゃジリ貧だ。

 

「ホラ、頑張りなウェイル!」

 

「絶対に竿を離しちゃだめですよお兄さん!」

 

「二人ともありがとな!」

 

超大物が泳ぐ方向に竿を傾けて、リールを巻く。

こんな超大物は今までに経験が無い、絶対に逃がしてやるものかよ!

今夜は御馳走だ!

 

「大物釣ってやるから待ってろよ、フッフッフッ…!」

 

「うわぁ…重症…」

 

ラインが切れるんじゃないのかと思う瞬間はそれこそ数える暇なんてない。

痺れて真っ白になりつつある手を普段より意識して何とか感覚を保たせる。

 

「こんのぉっ…!!」

 

どれだけ相手をしていたか判らなかったけど、手ごたえが少しだけ軽くなった。

超大物も体力がヘバってきたのだろう。

これ幸いとばかりに力強く竿を引き、リールを巻く。

桟橋近くにまで引き寄せる事には成功したけど、持ち上げようとしたら竿が確実に折れるだろうなぁとか考える。

それにもうヌシと思わしき超大物は…動かなかった。

 

「キース、クライド、頼む!」

 

「あいよ!」

 

「任せろ!」

 

ドボン!

キースとクライドが飛び込み、飛沫が派手に飛び散る。

 

「ウェイル、アンタも行きナ!」

 

「はい!」

 

「え!?ちょっ!待っ~!」

 

ロッドを桟橋に置き

 

ドボボン!

肩を支えてくれていたメルクも巻き込んで俺も釣り場に飛び込んだ。

俺も釣り場にとびこんだ。

メルクが気に入っていたらしい白のワンピースは、一瞬でずぶ濡れだ。

 

そこに居た魚はまごうことなく超大物だった。

雑誌に掲載されていた『黒の釣り人(ノクティーガー)』には一歩劣るけど、それでも初めての超大物だった。

 

「凄いぞウェイル!」

 

「写真撮れ写真!カメラ持ってこい!」

 

「その齢で主を釣り上げた奴は今まで居ないぞ!?」

 

「カメラマンはまだ来ないのか!?」

 

釣り上げたのは俺なのに、俺以上に釣り人達の方が大騒ぎしてるらしい。

 

本日の超大物。

超特大バス

体長 123cm

重量 68329g

 

…よくこんなもの釣り上げたな、俺。

 

「やったな、ウェイル」

 

「ヤベ、俺、夢釣っちまった」

 

写真撮影をして、俺の部屋に飾ることにした。

俺と、メルクとアリーシャ先生と、キースとクライド。

全員ずぶ濡れだけど、いい思い出ができた。

 

バスは…全員で一緒になって家まで運び、美味しく頂きました。

 

翌日、地元紙の片隅に載せられた。

 

『少年達、巨大魚を釣り上げる!』



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第3話 失われた日常

ハセヲの操作をが楽しすぎてストーリーが進まない今日この頃。
いきなりVol.4に入ってたりしません。
最初からちゃんと進めてますとも。
武器の習熟度をあげてたら、エクステンド前にPCレベルがMAXになるってどういう事?

Q.執筆するにあたり、参考にしてる書籍って在りますか?
P.N.『犬より猫派』さんより

A.いくつか在りますよ
『盾の勇者の成り上がり』
『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』
『転生したらスライムだった件』
『緋弾のアリア』

とかですね。
※宣伝ではないので悪しからず

Q.『黒の釣り人 ノクティーガー氏』にキャッチコピーに『大物釣ってやるから待ってろよ』にウェイル君もその台詞を真似てみたり…。
モデルは『究極の幻想 拾伍』の亡国王子ですか?
P.N.『パリんぬ』さんより

A.あ、バレた


寂しかった

 

だけど、アイツに逢えてそんな感情は吹き飛んだ

 

アイツと肩を並べて歩んでいきたい

 

本気で

 

心の底から思えた

 

大好きだった

 

アイツの事も

 

一緒に過ごせる日常も

 

大好き『だった』なんて言えない

 

だって、私は今だって…それに、その先も…

 

 

 

 

両親についてくる形で、私は中国から日本に移り住んだ。

 

移り住んだ街に中華料理店を構えた。

物珍しさよりも、味で勝負、

そんな心意気で始めた店は大盛況だった。

でも、私は寂しかった。

 

中国で仲の良かった友達はいた。

あの場所が恋しかった。

 

だけど両親を心配させたくなくて、店を手伝うことで、そんな感情を隠し続けた。

 

学校にも通うことになったけど、学校は嫌いだった。

 

外国人の転校生ということで最初は物珍しさに視線に晒されていたけど、それはどんどん冷たいものに変わっていった。

『好奇』から『異端』に。

 

それからは思い出したくもない嫌がらせが続く毎日(非日常)の始まりだった。

 

視線の冷たさは毎日感じたけど、嫌気がする嫌がらせが続くのもまた毎日だった。

 

視線の冷たさ、続く嫌がらせ、そんな日常に希望も見出せなくて、でも自殺するのも怖くて、両親にも伝えられなくて、

 

涙を流す日々が続いた。

 

 

「どうしてよ…どうして…」

 

母さんに買ってもらったばかり、ピカピカとピンク色に輝いてたお気に入りのスニーカーは黒いペンで落書きだらけになっていた。

 

「…う…うぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

こんな日常が続くのなら、どこかに逃げたい。

私を知る人が誰もおらず、暖かな場所に逃げたかった。

下駄箱の前で泣き叫ぶ前で、ソイツは現れた。

 

「どうしたんだ…?」

 

「…ヒィッ!?」

 

私よりも澱んだ目をしてた。

なのに、なぜか嫌な感じだけはしなかった。

『異端者』を見るような眼をしてなかったから?

獣が獲物を見つけた時のような『好奇』的な視線じゃなかったから?

 

判らない。

 

でも『冷たさ』だけは感じられなかった。

 

視線に宿ってるものが何か判断ができなくて、それだけを知りたかったから指先で下駄箱を指さした。

その人の視線が向かう。

私のスニーカーをすぐに特定出来たらしく、一人首肯して何かに納得していたみたいだった。

 

まだ、名前を聞いてない。

同じクラスで、同じ窓際の席で、席が隣り合ってる。

たったそれだけの人だと思ってた。

 

下駄箱からその人も自分のものらしい靴を取り出す。

一瞬で肌が粟立ったのを感じた。

 

私よりも酷い。

 

落書きだらけで、刃物でずたずたに裂かれている。

しかも…水で濡らされているらしく、ボタボタと水滴が落ちていた。

 

「はぁ…また(・・)か…」

 

…え。今、なんて言ったの…?

また(・・)って…。

 

嫌な考えが脳裏を過る。

だけど、それを必死に押し込んだ。

 

私のスニーカーをビニール袋に放り込み、私に背を向けて腰を下ろした。

 

「家、何処だ?運んでいくよ」

 

それだけで、その背中が大きく見えた。

だけど

 

「な、なんで…あんたとは碌に話もしたことなんて無いのに…」

 

「家族が待ってるんだろ?」

 

文句なんて言わせてくれなかった。

自分とは何もかも違いすぎてるようにも感じた。

渋々背中に乗り、そのまま背負われた。

 

「ねぇ、何で助けてくれたの?」

 

自分で自分がよくわからない。

気まぐれなのか、気掛かりなのかは判断ができないようなことを私は口走っていた。

 

「似てる気がしたんだ」

 

「誰と?」

 

「俺と」

 

「ふ~…ん…」

 

その背中がまた大きく見えて、暖かくて、でもその後ろめたさに私は泣いた。

 

 

家に着き、私は少しだけ安堵して寝てしまった。

そのまま両親に靴と一緒に預けられ、部屋に運ばれたらしい。

すぐ後になって目が覚めて、そっと一階の居間を覗いてみた。

その時には、まだアイツが居た。

 

「そうか、娘も、君も、学校でそんな事に…」

 

「…すみません」

 

「君が謝る事ではないだろう。

出来る事なら、私達が出向いて止めなければならなかったのだろうが…」

 

「クラスメイトなのに、それを俺も止めることができませんでした…」

 

「だが今日、君は娘を気遣ってくれただろう?」

 

「…それしか出来なかったんです…。

自分でも情けないと思ってます…」

 

「…情けなくてもいい、『情け』が無いよりずっといいだろう」

 

私を運んできてくれたソイツは、少しだけ微笑んだように見えた。

でも、それは一瞬だけだった。

 

 

 

第一印象

・『笑顔』が下手な人

 

 

 

それからだった。

色々と話しかけてくれるようになったのは。

でも、痛々しかった。

 

周囲から避けられているのは自分も同じ。

そう感じさせられた。

周囲の人に私を親しく触れさせるようにして、そんな影で私から距離を開く。

そんな中で一夏を仲介して知り合ったのが『弾』と『数馬』だった。

 

「え?一夏って右腕骨折してるの!?」

 

一夏が掃除当番の日、私達は図書室に集まっていた。

そんな中、弾がポロッっと口にした言葉に私は驚かされた。

 

「馬鹿弾!それは口止めされていただろう!?」

 

「ヤッベッ!?」

 

「もう遅いわよ!いつから!?そんな風にふるまってる様子なんて無かったのに!?」

 

「そ、それは…」

 

口止め…!?

フザけないでよ!?

そんな…そんな大けがしときながら私を負ぶったり…普段通りに生活してたっていうの!?

 

「アイツが弱かったからさ」

 

本棚の向こう側から声が聞こえた。

一瞬でキレそうになりながらも本棚をよじ登り、向こう側に飛び出した。

 

「…ッ!?」

 

一夏と同じような顔をした男がそこに居た。

なんとなく感じた、コイツは関与しちゃいけない。

絶対に!

 

「…フン…!」

 

「…お前…!」

 

追いついてきた弾が視線を鋭くした。

でも、掴み掛ったりはしなかった。

『喧嘩して勝てる奴じゃない』って黙っても伝わってきた。

 

「…ツマンナイ奴…」

 

そのまま何も言わずにソイツは図書室から立ち去った。

 

 

 

「弾、アイツは誰なのよ?」

 

「一夏の双子の兄貴だよ、名は『  』だ」

 

「ふ~ん…」

 

二つ隣のクラスの奴だとか。

あんなのが居たら、一夏も苦労しそう………っ!?

 

「ねぇ、ちょっと数馬…」

 

「悪いけど言えない」

 

…一夏と親しくなって一週間と二日。

垣根なんていくらでもあるのだと思い知らされた。

 

 

それから更に二日、一夏には年の離れた姉がいるのを知った。

 

「そうそう、その人は『織斑 千冬』様っていう人なの!

IS搭乗者で!国家代表選手を務めてる最強の人なの!」

 

「へぇ、そうなんだ…」

 

クラスの女子生徒が熱く語ってくる。

ISなら知ってる。

今や世界中で知られてる存在だものね。

その搭乗者っていうだけでも凄いと思うけど、ましてや国家代表選手だとか簡単になれるものじゃないのも、なんとなく知ってる。

 

「でもなんでそんな人の弟なのにアイツは『出来損ない』なんだろうな」

 

そんな声が聞こえた。

その方向を睨む。

けど人が多すぎて特定出来ない。

 

「双子の『  』は凄ぇのにな」

 

「下の弟は本当に無能だよな」

 

「ホント死ねばいいのに、あんな屑」

 

ドイツもコイツも…!

胸糞悪くなって話も途中で切り上げてその日の午後の授業はフケ(サボッ)た。

 

 

 

一夏と親しくなって半月が経った。

その頃になると、アタシに冷たくあたっていた連中も殆ど居なくなった。

学校が少しだけ楽しくなった。

 

それが少し嬉しかった。

それが一夏のおかげだって知ってるんだから。

 

「い~ち~か~!」

 

あの気に入らない『  』が自宅を出た後になってから戸締りもしてから出てくる一夏を待ち伏せて、飛びついた。

左手だけで受け止められ、そのまま一回転。

この頃には、右腕を骨折してるっていう話が確信に変わった。

鉛筆を握るのも左手、落ちた消しゴムとかを拾うのも左手。

かたくなに右手を使おうとはしなかった。

 

一夏から奪う勢いでカバンをひったくり、自分の肩に提げてみる。

…重い…。

 

その後も他愛もない話をしながら通学路を歩む。

余計な事を言う弾を引っ叩き、一夏の左手を掴んでズンズンと進む。

この間にも一夏は作り笑いしかしなかった。

私は一夏の笑顔を見たことがなかった。

 

言うなれば、一夏は常に仮面を被ってる。

何かが先んじて描かれた仮面ではなく、無地の仮面。

決してソレを外そうとはしない。

その都度その都度表情を書き換えているけど、絶対に笑顔になることが無い。

どんな表情になっていたとしても、作り物の紛い物の表情だった。

 

「ねぇ、一夏は胸の大きい女の子が好みなの?」

 

だからその作り物の表情を崩してやりたくてそんな事も言ってみた。

笑顔を見たかったからっていうのが第一であって、そういう一夏好みの女になってやるっていう下心があったわけじゃない。

 

「考えた事が無いなぁ…」

 

でも、そんなつくりものの表情を崩すのは容易な事なんかじゃ無かった。

 

学校は好きにはなれた。

でもそれは私にとっては。

一夏にとっては冷たい場所であることに変わりはなかった。

 

今になっても見慣れる事なんてできなかった。

一夏の机の中には今日は何かの死体。

椅子には剣山だの筵のような状態。

憤慨した。

 

誰かの為に怒り狂う事も在った。

だけど、その都度その都度、一夏や弾、数馬に宥められた。

一夏の兄貴だとか言われている『  』は、それを見て…。

 

嗤う

 

嘲笑う

 

哂う

 

そんなアイツを見て腹が立ち

 

アタシを救ってくれた一夏を助けられなくて、どうしようもないほどに悔しかった。

そう思う頃には、一夏は明らかに私から距離を開いていた。

 

行儀が悪いけど、休日にどこに行くのか後を追ってみた。

 

「しっぶいわね…」

 

近場で話に訊いてみた釣り堀店だった。

そんな所でオッサン達と離れた所で釣り糸を垂らしているのが特徴的だった。

魚が釣れて、針を外してバケツに放り込み、またそそくさと魚を釣るために糸を垂らす。

…明らかに慣れてる。

けど、その間に見える表情もどこか作り物めいていて…。

 

「渋い趣味してるのね、釣りだなんて」

 

コッソリと背中合わせに座り、その勢いのまま背中に凭れ掛かる。

背中の感触か、声か、背中が揺れた気がした。

見てなさいよ、そのまま絶対にその仮面を引っぺがしてやるんだから!

 

「凰さんか」

 

「よそよそしい呼び方なんてしなくていいわよ」

 

「…じゃあ、なんて呼べばいい?」

 

言われてみてから気づく。

一夏からほかの呼び方なんてされたことが無かった。

 

「家族からは『(リン)』って呼ばれてるの。

アンタにもそう呼んでほしいな」

 

「…そ、その内にな」

 

声も震えた。

後、もう少しだって思えた。

 

「ダ~メ!今日から!

じゃなくて今から!」

 

そう言いながら横顔を覗き込む。

驚いてる表情、こんなの見た事が無かったから殊更に貴重だった。

溜息をして見せられたのはなんか嫌だったけど、名前で呼び合う事が出来るようになった。

ちょっとした機会だったかもしれないけど、それでもきっと大きな一歩だと思った。

 

それ以降、その日の夕方まで魚が全ッ然釣れなかったみたいだけど、騒いでた私のせいじゃないわよね?

 

 

第二印象

『嘘は下手だけど、隠し事をする人』

 

 

「あらあら、鈴。

それは女の子特有の思想ね」

 

「…え?」

 

その日の夕飯、何か美味しいものを作りたくて、作ってあげたくて、母さんと父さんに料理を教わることにした。

メニューは、パイナップル入りの酢豚。

将来的には和風感もある中華料理とかできればいいな、なんて。

 

「それは『恋心』っていうものよ、もしくは『恋患い』」

 

一気に顔が赤くなるのを感じた。

 

「へ、変な方向で意識させないでよ!?」

 

そのまま振り下ろした包丁が割れちゃったのは私のせいじゃないからね!絶対に!

父さんのコック帽を串刺しにしちゃったのも私のせいじゃないからね!?絶対に!!

 

 

母さんが言っていた事をベッドに入ってからも思い返してみる。

それだけで顔が熱くなるのを感じた。

悶々としてのた打ち回りそうになる。

 

「ああ、もう…!

母さんのせいで意識しちゃったじゃないのよ!」

 

内心認めても構わないと思う自分が居る。

だけど恥ずかしいから、今までの友情を保ちたいと思う自分も居る。

そのシーソーゲームは…寝入る瞬間には答えが出てしまった。

 

『意識しちゃった』どころじゃ済まなかった。

 

他の女に抜け駆けされてたまるもんか、と。

 

絶対に自然な笑顔ができるようにするんだって。

 

あ~あ、認めちゃった。

私、一夏の事が好きなんだって。

 

 

意識してからの行動は速かった。

母さんには何かに悟られたらしく、妙にニコニコとしてる。

 

朝食のタイミングで聞いたけど、父さんと母さんは恋愛結婚らしい。

そのまた両親、私からすれば祖父と祖母の世代もそんな感じだったらしいとか、…凄くどうでもいい。

意識させすぎなのよ。

その日の朝食の味噌汁はなんか甘かった気がする、味噌は変えてないらしいけど。

 

放課後、一定周期で巡ってくるらしい掃除当番が、丁度一夏の番になってた。

チャンスは絶ッ!対ッ!にっ!逃さない!

 

一夏のカバンを持ち出し、話をつける。

場所は屋上が良いわよね!その場所なら人気(ひとけ)も無いし!

カバンが無ければ一夏も帰れないし!

卑怯だなんて言わせない!

脳裏にそんな事を言いそうな弾が思い浮かんだけど、引っ叩いて消し去った。

 

だけど、カバンを抱きしめながら寝てしまったのは…想定外だった。

昨晩は寝るのが遅くなったから仕方ないわよね。

 

 

 

頬に何か触れている感じがして目が覚めた。

 

「…一夏!?」

 

「おう、他の誰に見える?」

 

大ッ嫌いな『  』とは見分けがつく。

それも後姿だけでも。

そもそも大好きになりすぎた人の顔を見間違える筈なんて…。

 

でも、一気に顔が蒼褪めた。

目の前にいる一夏は、額から左のこめかみに大きな裂傷、そこからダラダラと赤い血が流れていた。

 

「顔!額!血がダラダラ出てる!

何があったのよ!?」

 

「ちょっと転んだ」

 

「ちょっとじゃない!全然ちょっとじゃない!

ああもう!保健室に行くわよ!」

 

また、私に何か隠してる。

悔しかった。

私は近づいているつもりなのに、一夏は意識してか、無意識にか、壁を一枚立てて隔てている。

その壁を取り払おうとしてもまた一枚壁で隔てる。

壁は一枚だけなのに、それを越えられないのが悔しかった。

 

慌てて左目を覆うほどの包帯を巻いてしまってたりするけど、最終的には消毒してガーゼを巻くので落ち着いた。

状況も落ち着き、私は一夏の肩に寄り添う形で落ち着いた。

そうしてるとなんだか自然と落ち着いた。

 

「で、話ってなんなんだ?」

 

一夏から切り出してきたことに驚かされながらも私は深呼吸してから答えた。

 

「好きなの」

 

気づけば押し倒し、思いの丈を全て吐き出した。

 

「好きなの、一夏の事が。

一人の男性として、誰よりも好きなのよ」

 

決死の覚悟を決めた、愛の告白だった。

当たり前だけど、私の人生で初めての事。

自然と顔が熱くなってくる。

 

「それで、返事は?」

 

一夏は数秒の沈黙を挟んで、口を開いた。

 

「想いは嬉しいよ」

 

「それじゃぁ…」

 

想いは届いたんだって信じた。

だけど

 

保留(・・)にさせてくれないか?」

 

私の人生初の決死の覚悟の告白には、ちょっとだけ『待った』が入った。

突然だったら困るわよね。

なら考える時間だって必要になるかもだし。

 

「…そっか…」

 

「…ごめんな」

 

「謝らないで、そういう言葉を訊きたくての告白じゃないんだから」

 

それでも、拒絶されなかった事が嬉しくて笑顔を浮かべられた。

だから、涙が流れたように感じたのは気のせい。

だって今の私は笑顔の筈だから。

だから私は笑顔のままで続ける。

心の底からの想いを

 

「約束する。

私は、どんなことになってもアンタの味方だから。

私を助けてくれた時のように、私も一夏(貴方)を守るから」

 

チュ…と音がした。

その音源は、私が一夏にしたキスの音。

『リップ音』とか言うんだっけ?

 

「ファーストキスだからね」

 

「ほ、頬だからノーカンだろ!?」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

女の子が『ファーストキス』だって言ったらそうなるの。

文句を言われたって譲ってやらないんだから!!

 

貴方(一夏)が私に居場所を作ってくれたように、私も貴方(一夏)の居場所を作るから。

だから、貴方(一夏)の居場所に一緒に居させて?

貴方(一夏)の隣』っていう特別な居場所に…」

 

心から…心の底からの想いは全部吐き出した。

惜しまず、悔やんだりもしない。

 

「さあ、帰りましょ、一夏?

もうそろそろ弾や数馬がバカ騒ぎを起こすかもしれないわ」

 

一夏を押し倒す姿勢から起き上がり、私は床に足を着ける。

一夏もそれに倣い、立ち上がった。

 

「ああ、そうだな」

 

また鞄を勝手に掴んで肩に提げ、私は一夏と手を繋いで歩き始めた。

 

「そうだ、言い忘れてたわ」

 

そう、これは言わばトドメの一撃。

今の私に出来る最大、精一杯の言葉。

そして、私がこれからしていく事。

 

「私は、私の思いを諦めない。

アンタを振り向かせるまで、それにその先も。

フッったら後悔するほどにいい女になってやるんだから!

だから、覚悟しなさいよね!」

 

これは宣戦布告

 

絶対に諦めない

 

絶対に夢中にさせてやる!

 

絶対に骨抜きにしてやるんだから!

 

絶対に貴方(・・)の笑顔を引き出して見せるんだから!

 

「私の想い!

毎日叩き付けてやるんだから!」

 

想いの丈だけじゃない!

それ以上の何かを求めてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、世界は私の想いを拒絶した

 

 

 

 

 

翌日、一夏は姿を消した

 

 

 

 

 

奇しくもそれは、一夏の誕生日だった

 

 

 

 

 

通学路で弾達と一緒に待っていても、一夏は姿を現さなかった。

 

 

 

 

 

妙に思って、遅刻するのを無視してでも、私達は急いで一夏の家に走った。

玄関は…開かれたまま、見慣れた鞄が土間に転がっていて、玄関のカギと思うそれはその場に落ちていた。

釣りをしたあの日、私が選んでまで購入したばかりの靴も、土間に転がったまま。

 

一夏の家から弾が自宅に電話、祖父を呼び、私も両親を呼んだ。

家族が来てから皆で家の周囲を探し回った。

でも、痕跡の一つも発見出来なかった。

 

「見つからないって…どういう事なの…?」

 

最後に家の中を探すことになった。

玄関からあがり、廊下、居間、浴室、トイレ、キッチン、どこにも姿が見えなかった。

一階は探し回り、二階に移った。

最初に目に入ったのは『千冬』と記されたプレートが吊るされた部屋。

確か、一夏の姉だった筈。

開いてみたけど、シンプルなれど散らかった部屋、でも結局誰もいない。

 

次に大嫌いな『  』の部屋。

年頃らしいけれど、片付いた部屋だった。

なんか部屋を見ているだけでも感じが悪く思え、扉を閉じた。

 

次に傷だらけの扉の前。

 

「此処が一夏の部屋か…。

俺らも入ったことが一度も無いんだよ」

 

「え?無いの?」

 

「ああ、一夏は誰かを招くことをしてないんだ。

なんか…そういうのを避けてた感じがする…家に入るのも初めてでさ」

 

弾も数馬も揃って口にすることに何か違和感を感じた。

確かに、私も一夏の家の前まで来た試しはあるけど、入ったことは無かった。

 

嫌な予感がしつつも、私はドアノブを握り

 

「……~ッ!」

 

思い切って開いた。

 

 

なんで…なんで嫌な予感というものは、いつも的中するんだろう…。

 

 

そこにあったのは、同い年の男の子の部屋とは思えない光景だった。

部屋の中にあるのは勉強机とベッドだけ(・・)

 

机の上は整理されている。

本棚に教科書や参考書もある。

だけど、それ以上に、ビッシリと中身が記されたノートが幅を占めてた。

勉強が苦手で、私よりも成績が悪かった。

それでも、努力を続けていたんだと理解がすぐに出来た。

ノートの冊数だけでも、普通の人には出来ないような努力だと信じられる程に。

罵倒されながらも、それでも報われなかったとしても努力を続ける一夏が凄い人だって思えた。

 

そして、机の引き出しに敷き詰められているのは…()()()()()賃貸住宅情報誌(・・・・・・・)だった。

 

「なによ、コレ…」

 

「…は…?」

 

「…………!?」

 

どう考えても、同い年の男の子の部屋じゃない。

視線が次に向いたのは、壁面のクローゼットだった。

開いてはならない(・・・・・・・・)

そんな予感がひしひしと感じられる。

だけど、探さないと。

 

そこにもしも居るのなら、見つけて、叱らないと。

「こんな所で何してるの?」って言ってあげるだけでこの騒ぎは終わる。

そうよ、それだけ。

 

フッたら後悔するほどに良い女になるんだ、そう決めたばかりでしょ?

 

夢中にさせる、骨抜きにするんだ、そう決意したばかり。

 

『どんな時だって味方でいるから』って約束したんだから…。

 

早速その翌日から躓いてなんかいられるわけないのよ。

 

 

 

 

 

震えが止まらない手でクローゼットの取っ手を掴み…開く。

 

「…うぐぇ…」

 

胃袋から灼熱が逆流してきた。

机の脇のゴミ箱を掴めたのは正直、奇跡だったと思う。

 

次々とあふれ出す胃液と朝食。

止められなかった、否応無く、際限無しにあふれ出し、嫌な匂いが立ち込めた。

 

「ゲホッ!ガハッ!…ハァッ!…ハァッ…!…」

 

数馬が背中を擦ってくれたのが功を奏したのか少しだけ気分が収まる。

でも、クローゼットの中身が変わるわけじゃない。

 

 

 

 

私は…一夏が抱える闇を知らなかった。

知ろうとしていたけど、踏み込み切れていなかった。

 

「何なのよ、いったい……!」

 

弾もガチガチと歯を鳴らし、数馬も瞠目してる。

 

 

 

クローゼットからあふれ出したのは、血の色に染まった大量の包帯だった。

 

 

 

 

私達三人はその日は学校を休むことにした。

 

父さん達は、一夏の両親…が居なかったので、姉の千冬って人に連絡を取ろうとしていたけど、今は国際IS武闘大会モンド・グロッソに出場しており、フランスに出張していた為、日本政府を挟んでも取り付けられなかった。

 

なら兄の『  』はというと、何も知らずに学校に来ていたらしい。

だったら二人の世話を誰が見ていたのかと思うと、ご近所の人らしい。

でも誰も一夏の足取りだとか、今日どうしていたのかなど、誰も見ていなかったとの事。

そもそも一夏は、私以上に迫害を受けていたので、近所からも評判は良くなかったとか。

でも、そんなことはどうでも良かった。

 

『出来損ない』だとか『無能』だとか『屑』だとかご近所からも言われていたらしい。

 

 

私は…知らなかった…!

 

なんで、なんで教えてくれなかったの…?

 

学校だけでなく、近場でもそんな事になっていただなんて…!?

 

「…う…ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

一週間が経った。

 

今日になっても一夏は姿を見せない。

 

弾達と一緒に家の前で待っていても帰ってこなかった。

その日、国際IS武闘大会モンド・グロッソが終了し、『織斑 千冬』が優勝した。

その本人にも知らされず、『織斑 一夏』は死亡したものとして扱われた。

手がかりの一つもなく、情報の一つも入ってこなかった。

 

更に四日経った。

 

「  !一夏!帰ったぞ!」

 

朝方、そんな声が聞こえた。

映像の中で、写真は幾度か見た、実物は初めて見る女性がそこ居た。

大きなカバンを肩に、トロフィーとメダルを掲げながら。

私の澱んだ目には、そのトロフィーもメダルも、鍍金が張られたガラクタにしか見えなかった。

 

「  姉!お帰り!優勝おめでとう!

第一回戦から優勝戦まで見てたよ!」

 

「ふふ、お前達の手本になれただろう?

これからもお前たちも精進しろよ!」

 

「勿論だよ!」

 

「ところで、一夏はどうした?」

 

「さあ、またどこかの家に泊まってるんじゃないかな」

 

フザケルナ

 

フざケるナ

 

ふザけルな

 

ふざけるな

 

 

 

 

 

また一週間が経った

 

織斑千冬に、一夏の訃報が届けられたらしい。

学校からの連絡網で、葬儀に参加するようにと私の家にも連絡が入った。

 

「私はそんなの絶対に出ないわよ!

なんでよ!?

一夏はまだ見つかってもない!

死んだとは限らないでしょ!?

なのに!なんで死んだって確定させてるのよ!?

そんな…空っぽの棺なんか…見たくもないわよ!」

 

私達はバックレた。

 

その翌日から一夏の机はクラスから無くなった。

 

ロッカーからも名前が消えた。

 

出席簿からも名前は消された。

 

一夏の訃報を聞いて笑っていた奴は殴り倒した

 

嘲笑う奴は蹴り飛ばした

 

 

 

 

一か月が経った

 

「ああ、お前か…  から名前は聞いている」

 

一夏の家の近くで待っていたとき、その女と出くわした。

一夏の姉、『織斑 千冬』張本人と。

居間に招かれ、向かい合って座った。

 

「なんの用よ」

 

自制も出来るようになり、友達には普通に接することは出来るようになったけど、この女に対しては冷たくなったのは自覚できた。

 

「一夏と親しくしてくれていたようだな」

 

その言葉だけでカチンときた。

だから

 

「初対面でいきなり上から目線?

見下ろせるからと言って、見下さないでほしいわね」

 

目上だろうが年上だろうが関係無しに、タメ口を使ってやった。

 

家族を守ろうともしなかったアンタが今更何の用?

弟一人を守れなかったアンタが優勝?

笑わせんじゃないわよ!

 

「…っ!」

 

「一夏が右腕を骨折してたのをアンタは知ってた?」

 

「ああ、知っていた。

それが治れば、また剣道をさせようと…」

 

あっそ。

 

「一夏が学校でどんな風に過ごしてるのかをアンタは知ってた!?」

 

「…いや、あまり知らないな。

一夏は学校での事を語ろうとしてくれなかった」

 

コイツは何も知らない。

踏み込んですらいなかった。

そんな奴が『家族』!?

フザけんな!

 

「私は…」

 

「一夏は…!

絶対に弱音を吐かなかった!

だけど家族を名乗ってたアンタにはどうだったのよ!?

アンタは一夏の本音を聞いたの!?

弱音を聞き留めたの!?どうなのよ!?」

 

「一夏なら、  と同じようにどんな逆境でも越えられると…信じていた(・・)んだ」

 

その時点で私はキレた。

だけど、全力で自制する。

 

一夏を過去にするな。

根拠もないままに決めつけるな。

アンタは一夏の弱音を聞かなかった。

私だって一夏の本音を聞き出せなかった。

 

同族嫌悪なのは理解した。

でも、頭で理解しても心がそれに追いつかなかった。

 

自覚しながら私は織斑千冬に背を向けた。

 

「さぞかしトロフィーとメダルが嬉しかったんでしょうねぇ。

たとえそれが、家族を代償に得たものだとしても!!」

 

まるで自らを誇示するかのようなトロフィーが棚に飾られているのを見つける。

幾つもの賞状だとか、楯だとか、トロフィーが今の私からすれば目障り。

その数と同じだけ名前が記されている。

だけど、それは目の前に居る女と、  の名前だけ。

一夏の名前は、ただの一つも記されていなかった。

近くにあった椅子を引っ掴む。

全力で振り上げ、叩き付けた。

 

ガシャアアアァァァァァァンッッッ!!!!!!

 

棚と一緒にトロフィーを砕き割った。

部屋の隅、仏壇の代わりに飾られているであろう小棚にも同様に

 

ズガァァァァァァァァァンッッッ!!!!!!

 

鉄槌よろしく振り下ろし、位牌を砕く。

 

唖然とするその人を目の端にしながら私は居間を出て行った。

 

一夏の部屋に入る。

そこにあるのは勉強机とベッドだけ。

何が楽しくて生きているのかすら判らないような小さな部屋に思えた。

写真の一枚も飾られていない。

 

「…一夏…逢いたいよ…!」

 

記憶に焼き付くのは、無理に作られた表情の彼ばかり。

 

本当の笑顔を見たかった。

 

本当の笑顔を浮かべれるように、もっと頑張りたかった。

 

違う

 

過去になんかしたりしない

 

きっと…必ず生きてる…!

 

きっとどこかで生きてる…!

 

私が信じないんで、どうするんだろう…!

 

「絶対に見つけるから…!」

 

言ったでしょう一夏?

私の想い、毎日叩き付けてやるんだって…!

 

私は…絶対に諦めない!

 

一夏の鞄を掴み、中身を引っくり返す。

残されていた中身を整理してから机の引き出しに仕舞う。

引き出しの中には、あの日から変わらず、求人情報誌に賃貸住宅情報誌が何冊も並んでいた。

この家に居るのが辛かったのかもしれない。

希望なんて無くて、灰色の世界に染まってたのかもしれない。

 

なんで私から連れ出す事も出来なかったのだろう?

 

なんで「一緒に行こう」って言ってもらえなかったんだろう?

 

なんで…

 

後悔に押し潰されそうになりながら一夏の鞄を抱き締める。

少しだけ、一夏の匂いを感じた気がした。

それから私は、簡単に断りを入れてから、一夏の肩提げ鞄を貰っていった。

形見だとか遺品のつもりじゃない。

一緒に写った写真が無いのなら、思い出を忘れないようにしたかった。

いつでも思い出せるように。

 

 

 

その日、不思議な夢を見た

 

真っ暗な場所

 

それがどこかも判らない

 

そんな中、一夏の姿を確かに見た

 

私は涙を流しながらも懸命に名前を叫びながら、一夏の手を掴もうと走った

 

でも、届かなかった

 

 

 

夢を見るのは、その日だけじゃなかった

 

数日おきに、そんな夢を見た

 

小さくなっていく背中を追って

 

不思議にも髪が白くなっていくのが見えて

 

それでも構わず、私は走って追い付こうとする

 

なのに、追い付けなくて

 

延ばした手は、届かなかった。

 

 

「夢、なの…?」

 

目覚めた時には頬に涙が流れていた



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第4話 旋嵐

「フザッ…けんじゃないサ!」

 

病院の中だという事も忘れ、私は罵声を吐き出していた。

横にはベッドで昏睡している少年。

そして目の前には、その少年の主治医となった医者が居る。

私が叫んだのは、この少年のカルテを見せられてから数十秒が経過してからだった。

 

『右の二の腕の骨折を確認』

『不充分な処置』

 

先日、モンド・グロッソが準優勝という結果で終了し、国家元首に同行させられた病院に来たばかり。

病室で眠り続けている子供を見せられた。

ヴェネツィアに住む女の子が運河で見つけ、救助した子供らしい。

その少年の体は幼さに似合わぬ生傷だらけ。

中でも、カルテに記されていた右腕の骨折が目を向けさせた。

 

この子供は、発見された時には右の二の腕に『添え木』をしていたらしい。

だけど、それは医者による処置ではなく、個人によるもの。

 

この少年、罅が入っていただけとはいえ、骨折を自分で勝手に処置し、日々を過ごしていた可能性が非常に高いのだという事だった。

骨折までして?

家族は何も言わなかったのサね?

それとも『言えなかった』?

どうあれ、この少年は『異常』だという事が理解出来た。

それと同時に寒気がした。

 

家族は何をしてた!?

 

医者にも行かせず、そのままだったのサね…!?

 

この予感が的中していた場合、この少年を元来の家族へ連れ帰すのは危険。

 

国家元首もそう予感したらしく、私に白羽の矢がたったらしい。

 

「どうするかねぇ、ねぇシャイニィ?」

 

「んなぁ?」

 

猫のシャイニィは少年の頬をペロペロと舐めている。

 

「で、ドクター、私に身元引き受け人になれってのサね?」

 

「もしも、可能であるのならば、ですが…」

 

この少年の事は、正直、ほっとけない。

何処の誰が家族なのか知らないが、帰すのは命の危険に繋がるのは私の予感。

だけど私も毎日面倒を見られる訳じゃない、そうなれば二の舞だった。

 

「可能だったら、と言ったサね?

他に可能性が在るのサね?」

 

「この子供を拾ったお嬢さんの一家が身元引き受け人になりたい、と」

 

「だったら先にそう言えばいいだろうに。

…そうなりゃ私を護衛にしようてサ?」

 

医師が頷く。

ああ、はいはい。

護衛でもやってやるサね、どうにも心配だしね。

 

「この少年、名前は?」

 

「身元を示すものが何も無いのです」

 

ナナシの少年って事サね。

本当に何処の誰サね?

持ち物に名前を書かせなかったのは?

 

「ほんっとに…フザけんじゃないサね…」

 

 

 

一ヶ月が経った。

名無しの少年は眠り続けている。

運河でずぶ濡れになりながら救助をした女の子、メルクは今日も来ている。

眠り続け、反応の一つも見せないのに、メルクは学校や、家族の事を語り続ける。

 

「毎日…とまではいかないけど、アンタも律儀だね」

 

「アリーシャ先輩…」

 

「今はプライベートタイム、『先輩』なんて堅苦しいのは無しサね」

 

ワシャワシャとメルクの頭を撫でながら名無しの少年に視線を落とす。

生きている証なのか、爪も伸び、髪も延びる。

爪は適度に切っているのは良いけど、髪の色は変色してきているのは明白だった。

いや、変色じゃないか。

髪の根元が白く…色が失われていた。

眠りに就く直前に、恐怖にでも襲われたのか?

 

せめて夢の中では安らかにいてほしい。

そう思うのは、メルクも同じだろうね。

 

アンタも罪な男だねぇ。

必死に語りかける女の子が目の前に居るのに素知らぬ顔で居るだなんて。

メルクはアンタの妹になるのに、兄のアンタがそんな様子じゃねぇ、苦労するよ?

その時には私は…そうさねぇ…。

 

 

翌朝、私は国家元首を病院に呼び出した。

目上?激しくどうでもいいサね。

 

「お望みの通り、私は名無しの少年の護衛をする事にしたサね」

 

「そうですか…」

 

「だが条件が在る」

 

テーブルの上に用意されていたお菓子を一つ摘まみ、適当な大きさに。

それをシャイニィに与える。

おや、見向きもしないか。

じゃあ私が食べよう。

 

「それで、条件とは?」

 

「そんなに難しい話じゃないサ」

 

私が要求する事は幾つか在る。

 

一つ目は、名無しの少年の家庭教師となる事。

あの少年はイタリア人ではない可能性を考慮すべき。

なら、会話が成り立たなければ、生活だって出来ない。

だからイタリア語を教える為の家庭教師が必要。

いつになるか判らないが、目覚めたその日から。

 

二つ目は『戸籍』の用意。

何処の誰とも判らぬ輩が連れ戻しに来たとしても、イタリア人なのだ、と…帰る場所が既に在るのだと言えるように。

 

三つ目は

 

「当たり前かもしれないけど、料金の負担サ」

 

救助された後、病院に放り込まれてからは『入院費用』が積み重なっている筈サね。

それを見繕う必要がある。

目覚めたその時に人生詰んだ、とかさせたくない。

 

「以上の条件を快諾してもらえるサね?」

 

「良かろう、全て手配しましょう」

 

 

二ヶ月が経った。

パチン、パチン、と音をさせながらメルクが少年の爪を切る。

まだ目覚めない。

いったいいつまで眠るのだろうか、目を醒ましてほしい。

 

「これで爪を切り終わりましたよ」

 

「世話好きだねぇ、アンタは」

 

手だけでなく、足の指の爪も切り、清潔感がある。

メルクは蛇口で手を洗い、もう一度少年に向き合って座る。

 

「これくらいしか、私には出来ませんから…」

 

「充分サね」

 

 

三ヶ月、四ヶ月と経ち、気付けば半年間も時が経った。

私は搭乗者として修行を積み重ね続けた。

 

あの日の敗北を糧にして。

あの時の借りを返す為に。

今度こそ、あの女に勝つ為に…!

 

 

メルクもISに関しての講義が始まり、奔走している。

学校の授業が終わり、講義を受け、それから病院、自宅の順番。

慌ただしい子サね。

 

「ウェイル、ですか」

 

「ああ、いつまでも『名無し』じゃ呼びにくいからね。

勝手に名付けた」

 

病室の扉のプレートに『Weil』と勝手に記した。

医師にも話を通して、カルテにもその名を記してもらう事にしてる。

 

「フルネームで『ウェイル・ハース』、悪くないだろう?」

 

「は、はい…」

 

特に由来が在るわけじゃない。

こういうのは閃きが必要、後は勘。

目が醒めたら、その名前を名乗らせよう。

そう決めた。

 

なにせ…元来の家族の所へ帰らせるわけにはいかないから……!

 

 

七ヶ月が経った。

看護師達の間でも『ウェイル』の名前が飛び交っている。

すっかり定着してるらしい。

病室を窓から覗きこんでみる。

ウェイルは今も眠っている、目覚めた所を見てみたいが、それはいつになるのだか。

 

「サッパリしたのはいいが…」

 

Mrs.ハースがウェイルを散髪したらしいが…とうとう髪の色が白一色になった。

 

「あ~、ちょっと失敗しちゃったかしら?」

 

「大丈夫だと思いますよ?

元々の髪型変わらないですから」

 

「メルク、アンタは良く見てるサねぇ」

 

髪型は以前と同じと言うが、言われてみればそうサね。

白髪だろうけど少年相応になってるよ、ウェイル。

これからは定期的に切ってもらう事にしようサね。

 

「…プシュン!」

 

シャイニィがウェイルの切られた髪の匂いを嗅いでいたのか、嚔をしてた。

 

 

その日も、メルクは日々の事を語りかける。

親父さんが企業からクルーザーをタダ同然でもらったとか、ご近所に自慢してたとか。

それにお袋さんの料理の事だとか。

当然その間にもウェイルは反応の一つも無い。

それでもメルクは語り続ける。

 

「ほら、目を醒ましな。

世界は光で満たされてるからサ」

 

知らず知らず、そんな風に呟いていた。

 

 

 

メルクを自宅に送り届け、シャイニィと一緒の帰り道。

一人と一匹の気ままな歩みだった。

 

「こんばんは、今日綺麗な満月だね」

 

壁の向こう側からそんな声が聞こえた。

 

誰に向けた言葉かもよく判らないサね。

無視していこう。

 

「待って、アリーシャ・ジョセスターフ」

 

「壁向こうの者からフルネームで呼ばれるなんて初めてサね」

 

当たり前だが姿は見えない。

 

「フウゥゥゥッ!!」

 

だけど警戒するシャイニィも体全体の毛を逆立てて威嚇してる。

尻尾も膨れて…こんな様子は普段は見せない。

 

「アンタ誰だい?

とっとと姿を見せな!」

 

テンペスタの右腕を部分展開、その手に兵装を掴みとる。

だけどそいつは壁を飛び越えてきた。

 

物語の中からそのまま飛び出してきたかのようなワンピースドレス。

頭の上にはウサギの耳を模したカチューシャ。

おいおい、モニターで見た経験は在るが、自分から接触してくるのか、この女。

 

「ハロー、篠ノ之 束さんdワヒィッ!?」

 

最初の一撃は回避される。

返す手で二閃、一気に踏み込んで懷へ左手で殴る。

 

「ぐぇぼ!」

 

拳だけが命中、まだ油断はしない。

この女は『織斑 千冬』の『親友』という事は周知の事実。

タダで済む筈が

 

「待って待って待って!

私は喧嘩する為に此処に来たわけじゃなヒイィン!?」

 

「なら何しに来たんサね?」

 

武器を突き付け、一応は動きを止める。

 

「お、お願いだから話を」

 

「フシャアァァァッ!」

 

バリイイイィィィッ

 

あ、シャイニィ…ナイスタイミング。

『篠ノ之 束』を名乗る女の左頬に5筋の水平なラインが走る。

 

「いいぃたぁいぃぃぃ!!??」

 

 

 

 

 

5分後

 

「で、話って何サね?」

 

一先ず落ち着いてから話をする事にした。

相変わらず武器は喉元に突き付けてるけど気にしない。

 

「貴女は、昏睡状態の少年を気にかけているけど、彼が誰だか知ってる?」

 

「質問に質問で返すんじゃないサね」

 

今もベッドで眠り続けているウェイルを思い出す。

日に日に痩せこけていくのを見るのは、正直辛い。

二日に一回は必ず看に行き、語りかけ続けるメルクの姿も。

 

「ああ、ゴメンね。

私は『いっくん』の話をしにきたの」

 

「…誰の事サね?」

 

「病院で眠り続けている少年の事。

貴女が『ウェイル』という名で呼ぶようになった子。

彼の名前は『織斑 一夏』」

 

僅かに手が震えた。

『オリムラ』の名、忘れるわけが無い。

私に敗北を与えた女の姓だ。

ウェイルのかつての姓が同じなのは偶然か?

それとも…

 

「偶然じゃないよ、『いっくん』は『ちーちゃん』の実弟だよ」

 

篠ノ之 束の喉元に僅かに刃が突き刺さり、赤い雫が落ちる。

それにも拘わらず、目の前の天災は言葉を止めようとしなかった。

 

「10歳の誕生日に連れ去られたんだよ。

いっくんは酷すぎる環境の中で生きててね、誹謗中傷迫害暴行の嵐の中心点。

なのにちーちゃんも  くんも素知らぬ顔。

  くんがそれを扇動してて、ちーちゃんは『知らない』ってだけでね。

ちーちゃんも酷いよねぇ、いっくんが言いたい事が在っても受け流して耳を貸さないんだから」

 

そんな抑圧を強いられた環境で生きてきたっていうサね?

子供が生きていく場所じゃないだろう。

 

なら、ウェイルにとって『日常』とは『生きる絶望』そのものだと感じたのかもしれない。

『目覚めない』のではなく『目覚めたくない』、と。

そう祈っているのが今なのかもしれない。

 

「それは…『家族』なんてものじゃないサね」

 

「そうだね、『同じ屋根の下の他人』だね」

 

ウェイルの戸籍を作る。

そう事前に考え、行動したのは正解だったのかもしれない。

いや、そうだと信じたい。

だけど、疑問が残る。

 

「織斑 千冬は何故弟を救わない?

家族思いだとか言われていたあの女が…」

 

「『私の弟だから大丈夫』、その一言で完結」

 

手の震えを抑え込む。

そんなもの根拠でもなんでもない、ただの強要であり、自己暗示であり、個への無関心だ。

悪質な洗脳だ。

 

「フザけんなぁぁっ!!」

 

手の震えの原因は…恐怖と怒りだった。

そんな考えで何が『家族思い』だ!?

そんな環境で何が『大丈夫』だ!?

挙げ句、連れ去られた弟をそのまま放置しているっていうのサね!?

 

「…まだ問い質したい事がある」

 

「良いよ」

 

「…ウェイルの右腕の骨折の理由、ウェイルが連れ去られた理由を!!

答えな、私が正気を保っていられる内に!!!」

 

武器を握っている手は白く染まっていた。

これ以上は訊きたくないのも素直な本音だった。

だけど、聞き出す必要はあった。

 

「骨折と、連れ去られたのは完全に別件だよ。

モンド・グロッソの第一回戦当日、ちーちゃんの棄権を狙う勢力が居てね。

学校に行く為に家を出たところで誘拐されたみたい。

これは私も後になってから知った情報だけど。

ちーちゃんってば護衛の一人もつけてなかったみたい。

いっくんに家の戸締りを押し付けてた  くんは早く出てたから免れたみたいだけどね。

『間に合わなかった』という点なら私も同罪。

死に物狂いで探し出して見つけたのが、つい先日。

まさか昏睡状態で新しい名前をつけられてるとは思わなかったけどね」

 

よく喋る奴。

正直にそう思った。

疑う理由はおよそ無い、だけどまだ信じるに値しない。

だから怒りと恐怖に手が震えようとも油断はしなかった。

まっすぐに目を見て、反らさない。

 

「…で、腕の骨折の理由は?」

 

「私の妹…今じゃ妹とも思えぬソイツが理由だよ。

その時も私は間に合わなかったけどね」

 

そこから先の話を訊いて、歯が割れるかと思った。

武器を掴む手は真っ白に染まって痛い程。

八つ当たりのように地面に突き刺した。

 

「…で?アンタはウェイルを連れ去りにでも来たのかい?

生憎、あの子は『オリムラ』なんかじゃない。

ウェイル・ハースだ」

 

連れ去りに来たのなら容赦はしない。

そんな絶望しか無い場所に行かせたりなんかして堪るものか…!!

 

「正直、迷ってる」

 

「こんな話をしときながら迷うってのサね?

故意に他人の腕をへし折るような輩が居る場所に返そうって?

そもそもアンタは何をやってた!?

そこまで識っていながら傍観していただけのように聞こえるが?」

 

知っていながら手を出さなかった。

なら、同罪だろう、信用なんて欠片も出来ない。

そんな奴にウェイルへの手出しなんてさせたくない。

 

「そうかもね」

 

「認めるんサね?」

 

篠ノ之 束は頷く。

認めるように、悔やむ表情を見せながら。

 

「でも、絶望の中にも『希望』が在ったから」

 

『パンドラの匣』の話を思い出す。

匣の中から災厄と絶望が世界に溢れ、匣を閉じるも既に手遅れ。

だから気付かなかった。

匣の中に『希望』が残ったままだった事を。

 

そんな話だったと思う。

『オリムラ イチカ』だった頃に希望が残っていたって言いたいのか。

だけど…

 

「此処までアンタの話を訊いてきたが、まだ確証が持てない。

そもそも『信頼』どころか『信用』にも至ってない」

 

「…だよね、話だけじゃあ信じてもらえないのは判りきってる。

だから態度で示す」

 

篠ノ之 束の左手に刀が握られる。

交戦するつもり、そう判断して私は銃を構える。

 

ザシュッ!!バシャン…!

 

「……~~ッ!!」

 

その刀が降り下ろされ、鮮血が散った。

 

「正気サね、アンタ…!?」

 

「勿論だよ、言ったでしょ、『態度で示す』って」

 

斬り落とされたのは、篠ノ之 束の右腕だった。

それも、肩の関節から斬り落とした。

 

「痛みで気を失いそうだけど、私は正気のまま…。

これで少しは信じてくれた?」

 

他人の…それも初対面の人間の信用を得る為に自ら腕を斬り落とすか。

正気を疑うが欠片程度には、ね。

運河に落ちた右腕はプカプカと浮いていてグロッキーだ。

人に見られないようにしてほしいサね。

 

「まだ問う事が在る。

『オリムラ イチカ』にとっての希望ってのは何サね?」

 

「数少ない友人と、心を開いた女の子。

それと強いて言うのなら『未来への逃げ道』。

中学校を卒業したら家を出るつもりだったらしいからね、私はそれを支援する用意をしてた」

 

家族に救いは無い、家に居場所も無い、サね。

 

「まあ、良いサね。

欠片程度には信じてやるサ。

だけどウェイルは連れて行かせない。

今も眠り続けているのは『オリムラ イチカ』じゃない。

『ウェイル・ハース』だ」

 

「うん、判った。

その答えで私も納得出来た気がする。

いっくんの友達には悪いけどね」

 

その言葉を最後に夜闇に消える天災兎。

そいつがその場に居た証拠は、運河に浮かぶ右腕と、飛び散った血痕だけだった。

 

 

あの言葉が真実だったのかはすぐに調べあげた。

私にも情報通は居る。

たった数日で情報が届いた。

メルクに教えるかは迷いに迷った。

 

「織斑 千冬、私はアンタを認めない。

家族を騙り、何も見ない傍観者のアンタを絶対に認めない!」

 

そうと決めれば行動は迅速化した。

ウェイルに対しての今後も決定させる。

ほぼほぼ決まっていたようなものだけど、それの再確認。

それにあの国家元首(オッサン)、本当の事を知ってて私に押し付けてきたな?

貸し一つサ。

 

 

 

今日も今日とてメルクはウェイルの所に来てた。

ウェイルは相変わらず昏睡状態。

目覚めるのはいつになることか。

 

「随分と…痩せたサね、ウェイル」

 

もうすぐ八ヶ月。

雨の時期が近づいていた。

アンタはどんな夢を見てるんだい?

せめて夢の中では暖かな時を過ごしていてほしい。

そう思うのは、私のエゴだろう。

だけど『生きる絶望』から『終わらない夢』に逃げているのを責める気にもなれない。

 

「ほら、早く目覚めな。

世界は光で満たされているからサ」

 

 

 

一年が経った。

夏も終わり、秋真っ盛り、私の弟分は今眠っている。

髪は相変わらず真っ白で、肌の色もどこか蒼白い。

眠りは深く、夢は暖かなものかもしれない。

 

前日見たウェイルの様子を思い出しながら、私は遠慮も無しに病室のドアを開く。

予想はしてたけど、今日もメルクが来てる。

 

「ふにゃぁ」

 

シャイニィが私の肩から飛び降り、メルクの膝に飛び乗る。

それからウェイルに視線を向け、首を傾げてる。

 

「メルク、どうしたんだい?」

 

「あ、あの…お兄さんが…」

 

ウェイルに何かあったのサね?

妙に思いながら様子を見てみる。

 

「どういう事サね…」

 

この一年、全く見ない様子を見せていた。

ウェイルの閉ざされた瞼の下から、涙が零れていた。

 

「メルク、これは…?」

 

「判らないです、私が来た頃から、もう…」

 

せめて、夢の中では穏やかであってほしいと祈っていたけど、涙を流しているのなら、その祈りすら届かないって事だろうか…?

 

 

 

「メルク、アンタに話が在る」

 

ウェイルの涙を拭い、ようやく止まったのは、その10分後だった。

あの天災兎が私に話した事を、メルクにも話そう。

その時になって決意した。

もう他人事で済ませたくない。

 

病院の会議室を借り、二人きり…おっと、シャイニィも居るから二人と一匹。

周囲に人払いの確認もして、その上でメルクの両親にも来てもらった。

これで四人と一匹。

監視カメラも停止させ、カーテンを締め、扉には鍵を施す。

念には念を入れて盗聴機の類が無いかも用心した。

此処まで徹底してから話を切り出した。

 

あの日からかき集めるだけかき集めた情報を書類にして。

ハース家夫妻は頭を抱えていた。

メルクは顔をグシャグシャにするまでに泣いていた。

最終的な判断として、『身元引受』をする事に変わりは無い。

 

『家族として迎え入れる』と言い切った。

ただ

 

『暖かな、幸せな家族にしよう』

 

その言葉で締め括った。

 

「名前は、『ウェイル・ハース』。

私達の新しい家族だ」

 

…良い親父さんじゃないか、ウェイル…。

アンタに手を差し伸べる人が居るんだ、だから早く目覚めな。

 

だけど、忘れた訳じゃない。

 

「誰かの幸せを奪った上で得た暖かな日々。

その片棒を私が担ぐ事になるだなんてね…」

 

書類に記されたメルクと同い年の少女の写真に視線を落とす。

心の中で詫びる事にした。

 

 

 

一年と二ヶ月が経つその日の夜中と早朝の間の時間、病院から電話がかかってきた。

その連絡の内容に安堵、現実の厳しさ、都合の良さに溜め息が出た。

 

一年二ヶ月も眠り続けていたウェイルが目覚めた。

ただ、全ての記憶を代償にして。

物語で見るような、記憶喪失状態での覚醒なのだったと。

 

洗面所の鏡を見ながら気を引き締める。

ようやくスタート地点だから。

ウェイルが『織斑 千冬』の事を覚えていないのは都合が良いとさえ思う。

 

「こんな事を考える私は外道かもしれないサね」

 

服を着替え、シャイニィを連れて、車を病院に急がせた。

病室のドアを開くと、蒼白い顔をした少年が一人。

本当に…本当に目覚めたんだね、ウェイル…。

 

「ふ~ん、この少年がそうなのサね…?」

 

あくまで、初対面を偽る。

事前に何もかも決まっていた、だなんて決して悟らせないように。

 

「ああ、勘違いしてもらっちゃ困るサ。

私はアンタに就く事になった家庭教師サ」

 

だから、偽りの中に事実を折り込むのを忘れない。

そうやって刷り込ませる。

 

「アンタ、名前は?」

 

この問いも意地の悪いものだった。

自分の名前も忘れ、失っているのを知っているからこそ。

 

「俺は…自分の名前が判らないんです」

 

「そうかい、名無しサね。

でも名無しじゃ呼びにくいね…」

 

だから、常にこちらがペースを握り、主導権を掴ませない。

 

「ふぅん、タチの悪い奴じゃないみたいサ」

 

「…?」

 

私の肩からシャイニィが飛び降り、ベッドに居るウェイルの頬を舐める。

アンタも芝居に付き合ってくれてるんだね。

 

「にゃぁ」

 

猫が嫌いというわけでもないらしく、なすがまま。

満足に動けないのか、シャイニィを撫でる手も覚束無いらしい。

 

「その子、シャイニィは悪い奴には決してなつかない奴さ、それだけでアンタは私からすれば信用出来る。

その信用が信頼(・・)に至るかはアンタ次第だよ」

 

この言葉は私達への戒めでもある。

これからウェイルの信頼を掴みとり続けていかなくてはいけないから。



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第5話 旋風

ストックが切れたのと、リアル多忙の為、不定期更新入ります。

Q.片方の作品ですけど、妙なタイミングでの投稿でしたね?
何かありました?
P.N.『いつも心は後ろ向き』さんより

A.予約投稿のタイミングをミスってました。
はい、それだけなんです。
気付いた時には後の祭り、コメントが幾つも来てて…。

Q.この作品でのアリーシャ姉御ですが『隻眼隻腕』になりますか?
P.N. 『万年厄年』さんより

A. う~ん、どうしようかな。
五体満足にしてあげたいしな…。
それよか『姉御』て…

Q.千冬さんの中の人って
『SAO』ロザリア
『D.Grayman』ミランダ・ロットー
とかのキャラもしてるらしいですが…
P.N.『ヤッフー』さんより

A.へー、そうなんスか。
寧ろ何故そこだけ抜粋?
マトモじゃない系のお姉さんじゃないスか…。
ビキニアーマー剣士や、猫耳格闘娘しか知らなかったので、なんだか新鮮。

Q.メルクちゃんはこの作品でも『ぺったん娘』ですか!?
P.N.『スケヴェ大魔王』さんより

A.またアンタか!?
弩ストレートに訊いてくる度胸は勇者だな!?
さて、回答ですが…はい、ぺったん娘です。
ってか現状11歳の子にそんな視線を向けるだなんて、貴方もしやロリコ…ウワナニスルヤメアッ‐!?


目が醒めたその日からしばらくは、簡単な言葉や、単語なんかを覚えさせる事にした。

初めて聞くであろう言葉、初めて見る世界に、惑い、怯えはしていたものの、少しずつ飲み込んでいくウェイルに少しだけ感心する。

 

プラスチックのスプーンを持ち上げるのに苦労しながらも、薄味のスープを口に運ぶ。

筋力は殆ど幼児並に落ちているらしいけど、弱音の一つも吐こうとしない。

骨に皮が貼り付いただけの線のような体を、必死に動かしながらも人並みになろうとするその姿勢に、どうしても『やめろ』の一言が言えなかった。

 

30分毎に休憩を挟み、様子を見るけれど、ウェイルは『辛い』とも言わない。

本音を聞きたくて、シャイニィをウェイルの膝の上に座らせたまま、席を外す。

そんな芝居をして、窓の外から様子を盗み見た。

 

「なんだ、私達の前じゃ弱音を吐けなかっただけか…」

 

ウェイルは、シャイニィを相手に小声で話していた。

 

「なぁ、シャイニィ…」

 

「にゃぁ?」

 

「俺、これからどうするべきなんだろうなぁ?

…右も左も判らない場所に放り込まれてるし…、正直、不安だ…」

 

その呟きが、私の胸に突き刺さった。

 

ああ、そうだ、それが当たり前サね。

ウェイルはまだ齢11の子供サ。

弱音を吐かない方が、よっぽど異常だ。

一人と一匹なんて状態にならないと本音を吐き出せない、そんな子供。

今になって織斑 一夏という子供がどれだけ非情な空間に居たのか実感する。

 

あの子を、私の弟分をそんなところに放り込んでたまるか!

 

 

 

 

リハビリにしても早く終われば良い。

そんな風に思ったのは、その三日後までだった。

 

「お兄さんそんな何やってるんですか!?」

 

「アンタそんな所で何やってんのサ!?」

 

朝からウェイルの様子を見に来たメルクと私は似たような絶叫をしていた。

他の病室にも迷惑だったろうけど構ってられない。

 

病院の中庭、その芝生の端に横たわる目立つ白髪。

まごうことなくウェイル本人だ。

うつ伏せの状態でも見間違いなんてするわけも無かった。

 

「お兄さん!起きてください!

こんな所で寝ちゃダメです!

死んじゃダメですぅ!」

 

「寧ろ、なんでこんな所に居るのサ…?」

 

メルクが大慌てで起き上がらせるが、シャリシャリと音が。

…霜が病院着に張り付いてるらしい。

…まさか、ね…。

 

 

数分後

 

「はい、ジャケット!」

 

「助かるよ」

 

「暖かい紅茶です!」

 

「体の内から温もる…」

 

「それに毛布!」

 

「落ち着く…」

 

「暖房の電源を入れて、と」

 

「癒される…」

 

部屋にウェイルを放り込んでからメルクが甲斐甲斐しく世話をしてるのをシャイニィと一緒に眺める事にした。

メルクって、世話好きなんだねぇ。

これに関しては新発見だった。

さて、ウェイルも落ち着いているみたいだし…

 

「ウェイル、アンタなんで病室じゃなくて中庭で寝てたんサね?

まあ、だいたい予想は出来るけど…」

 

「えっと…それは…」

 

ウェイルの体は幼児レベルにまで筋力も体力も落ちている。

まだ単独での室外出入りは禁じられている筈。

けど、そこから先の話を聞いて呆れた。

 

「早く歩けるようにしたくて、一人で練習してたんですけど…スリッパの足の裏に霜が張り付いて動けなくなって…。

そのまま倒れたら、今度は服に霜が…」

 

頭が痛い…。

許可なんて出る筈も無いから、夜になってから窓から出た、と言った所か。

そのまま声も出せず、巡回にも気付いてもらえなかったのは後に想像に易い。

窓から出るのにも苦労はしただろうけどサ、よく出られたサね。

 

「アンタねぇ…」

 

深夜に部屋を抜け出し、窓枠から降りた(・・・)のではなく落ちた(・・・)らしく、真新しい痣を作り、芝の霜に拘束され、クソ寒い室外で一晩過ごして…挙げ句このザマかい。

 

全力を以て叱り飛ばす事にした。

 

短期でのリハビリは体にも精神上にも毒と判断。

その上で時間をかけてウェイルにはリハビリを受けさせよう。

そう決めた。

 

 

 

風邪にもなってないようなので、その面に関しては安心した。

やはり、この子は異常だ。

常に比較される環境に居たのが原因なのか、無意識に結果を求め過ぎている。

努力するのは評価するが、結果が…いや、この思考もダメだ。

これは過去の別人の周囲がやらかし続けていた批評でしかない。

 

「アンタのリハビリには周囲が付き添うから無茶はしないように、判ったサねウェイル」

 

『次はこの程度じゃ済まさない』と脅すように言い聞かす。

その為にも語尾に『?』なんて付けずに言い切った。

 

「…はい」

 

言質はとったサ。

それと自覚するように。

『注意をしてもらえている間が華』だってね。

何も言ってもらえなくなったら終わりサ。

 

その日からもイタリア語講座にリハビリが施される。

歩行リハビリは最低一週間は許可が出ないらしいので、『ものを持ち上げる』ところから。

プラスチックのスプーンから、金属製スプーンへ。

次はペンへと持ち変え、コップにグラスにマグカップへと。

なお、着替えをするだけでもウェイルの体力が持たないらしく、30分毎の休憩は外せなかった。

 

平日にはメルクは夕方から、土日は朝から甲斐甲斐しく世話を診ている。

私とて毎日は無理だから、不在時は看護師に面倒を任せている。

知らない環境で、知らない人に囲まれ、その都度ウェイルは不安を感じている筈。

叶うのなら、その不安に押し潰されないでほしい。

そう祈らずにはいられなかった。

 

年末年始を病室で迎える頃には、薄味のスープからも解放されたらしく、普通の病人食。

家族に囲まれ、たどたどしいイタリア語に日本語を混ぜながらウェイルは喋っている。

その都度、メルクが間に立って、ウェイルと両親の為に通訳をしている。

シャイニィもメルクとウェイルの肩から跳び跳ねたりと愛らしい。

 

「家族で楽しそうサね、ウェイル、メルク」

 

だから私も時折に混ざる。

楽しい事には混ざりたくなるものサ。

 

だけど…ウェイルの心からの笑顔はまだ見れてない。

何とかしてあげたいね、この点は。

 

「ウェイル、アンタ、何を持ってるんサね?」

 

見ればウェイルは左手で雑誌らしいそれを持っている。

えっと…タイトルは『月間釣り人』?

 

「廊下の書棚に置かれていたのを貰ってきたんです。

何となく気になって…」

 

「ふーん…」

 

何かに興味を持つのは悪い事じゃない。

だから室外への勝手な出入りは今回に限っては見逃す事にした。

試しにパラパラとページをめくってみる。

…ウェイルにはまだ読める代物じゃないみたいサね。

センターカラーのページには…黒の釣り人(ノクティーガー)氏が…。

テレビに出てたような気がする。

 

「凄いですよね、黒の釣り人(ノクティーガー)氏。

身丈以上の魚を釣り上げてるみたいですよ」

 

「…みたいサね…」

 

この釣り人、『カジキ』を釣り上げてるサね。

 

「俺はまだ詳しい内容が読めないですけど、凄さは伝わってくる気がするんです」

 

「お兄さんってば、『いつかその人を超える釣り人になる』って言ってるんですよ」

 

「まあ、言うだけなら好き勝手に言えるサね…」

 

ああ、やらかす。

ウェイルなら、その内に大物を釣り上げるだろうサ。

だけどその前に、それが出来るように体力も筋力も取り戻させないとね。

 

 

 

それからも度々に病院に来ては、リハビリの様子を確認する。

半月経ち、ようやく敷地内の屋外への出入りの許可が出て、車椅子で廊下や中庭を散策させる。

夕方にはメルクも来て、付き添っている。

 

 

二ヶ月が経った。

体内、内臓の調子も良好になってきたらしく、細かった体が少しだけふっくらとしてくる。

骨に皮が貼り付いただけの線のような体だったけど、多少はマシになるものサ。

 

だけど、此処からが正念場だった。

 

杖を使いながらの歩行(・・)訓練だった。

正直、見ているのが苦痛。

 

「お兄さん、今日は此処までにしませんか?」

 

「冗談…!

まだだ…まだ…やれる…!」

 

体中汗だくになりながら、時には壁に爪痕を刻みながら無理矢理に体を起こそうとする。

 

「ウェイル、そろそろ…」

 

「触るな!」

 

杖を立てるのも必死に、体を杖に寄りかからせるようにして立ち上がるだけでも痛々しい。

 

「俺は…まだやれる…!」

 

歩く(・・)

誰にだって当たり前に出来る事が、今のウェイルにも難題で、困難で、見ているこっちも苦痛。

でも「やめろ」の一言が言えない。

 

『苦難』

 

その言葉が最適な状況だった。

メルクも顔がグシャグャになるまで泣いている。

両親もオロオロとし、慌てふためいている。

かくいう私も…手出しが出来なかった。

 

生傷の絶えない日々。

時には、あちこち絆創膏やら包帯を巻いた状態で夜を過ごす時も。

壁にも爪痕を刻み、その爪が剥がれ、血を流す。

衰弱しきった体でウェイルは歩こうとしている。

だけどアンタは…何処に向かって歩いてるんだ…?

 

此処で察した。

ウェイルを突き動かすのは、『まだやれる』からじゃない。

『出来なければいけない』『出来なければ、認めてもらえない』という強迫観念(呪い)なのだと。

名前も記憶も失い、やっと別人となって生きていけるようになったのに、比較され続けた過去がウェイルを蝕んでいた。

 

なまじ上の二人が出来過ぎるから

 

何を以てしても比較され

 

比較されるから努力して

 

努力しても結果が出せなくて

 

結果が出せなかったから比較され

 

その終わりの無い悪循環

 

 

私は…それが赦せなかった。

 

 

 

ウェイルが普通に歩けるようになったのは、まだ先の事だった。

 

「…何を考えてるサね…?」

 

病院の屋上、まだ風が冷たい時期。

にも拘わらず、ウェイルはこんな所に来ている。

 

「歩けるようになるまで随分掛かったなぁ、って…そう思ったんです」

 

「あれだけ頑張ったんだ、来週には退院だろう?

良かったじゃないサね」

 

そう、退院。

ウェイルがメルクの手で助けられ、一年二ヶ月。

意識を取り戻し、今に至るまで四ヵ月。

合計、一年と半年、長かったサねぇ…。

いや、短いか。

 

「でも、これだけ待っても…、記憶は戻らなかった。

なんだか、薄情な気がして…」

 

知らなければ良かった

 

そんな真実は何処にでも在る。

ウェイルの場合がそれに当てはまる。

だから知られないように振る舞ってきたつもりだ。

ハース家の全員が知ってるけど、そこだけはウェイルは除け者だ。

 

「記憶より、『思い出』を大切にしな。

これからは幾らでも作れるサ」

 

「作れますかね、俺でも…?」

 

「作れるサ。

誰だって作れる。

ウェイルには家族も居る、メルクや私だって居る。

今後通う事にもなる学校とかでもサ」

 

誰にだって思い出は作れる。

そんな『当たり前』ですらウェイルは恵まれなかった。

だから思い出を心に刻んでほしい。

…こういうのは『親心』ってものかもしれない。

そんな年頃でもないのにサ。

 

 

 

翌週、ウェイルの退院だった。

朝早くからメルクが病院に来ておおはしゃぎ。

片手に杖を手にして歩くウェイルも苦笑い。

両親はニコニコとしているんだから、アンタももう少し愛想を良くしな。

 

「さてウェイル、今日で退院だけど、何かしたい事とかは在るサね?」

 

「そうですね…釣りをしてみたいです」

 

「お兄さん、なんだか渋いです」

 

これには少し頭を抱えた。

この年頃だったら、退院したら『美味しいものを食べたい』とか言い出すと思ってたんだけど…。

よりにもよって『釣り』か。

…よくよく見れば、ウェイルの手に、あの日にも持っていた雑誌が…。

まぁ、良いか。

 

両親がウェイルとメルクを車に乗せ、私も…強引に推しきられ、相乗りする結果に。

姉貴分なんだからさして問題は無いだろう。

自分の車は後で取りに来よう。

 

ハース家は、ヴェネツィアの一角にある普通の家。

ウェイルが家族として迎え入れられたのを見て帰ろう、なんて思ってたけど、そのまま奥方に家に引き摺り込まれた。

なんか今日は調子を狂わされ続きサ…。

 

「此処が俺の部屋になるらしいです」

 

「いい部屋じゃないサ」

 

早速カーテンに窓を開くと、海の薫りに、潮騒の音。

シャイニィも窓枠に飛び降り、周囲を見渡す。

部屋の中も、今日から早速生活が出来るようになっていて、至れり尽くせり。

遠慮も無しにクローゼットを開けば、新品の衣類も整っている。

 

「何処を見てるんですか…」

 

「今更遠慮なんてする仲じゃないだろうサ」

 

「酷ぇ…」

 

これが逆だったら…ウェイルをとっちめているだろうサね。

 

改めてウェイルに視線を向けてみる。

人並みには辛うじて追い付く体力、なにか気軽に鍛えられる方法、考えてみた方が良さそうサね。

 

「今日のお昼はパエリアだそうです。

先生もどうですか?」

 

無理矢理連れ込まれたようなものだけど、ご馳走になろうか。

 

 

ウェイルが退院してから数日経過した。

時折にウェイルの様子を見るつもりでいたけど、大概メルクがベッタリしている。

講習は受けているから問題は無い。

 

今日は何やら散歩ついでに近所に

挨拶してるようらしい。

 

「兄妹で仲が良さそうサね」

 

「ええ、家族のお陰で充実してます」

 

「えへへ…」

 

メルク、ベタベタし過ぎサね。

 

シャイニィも二人が気に入っているらしく、その毛並みを擦り付ける。

『何処にでもある風景』がウェイルにとっては新鮮。

街の何処に何が在るのか案内しながら巡っている。

 

「ウェイル、メルク、ちょっとこっちに来な」

 

ウェイルはまだ線が細い。

杖も手離すのはいつになるかは判らないけど、少しは鍛えた方が良いかもしれない。

そう思い、公共のプール施設に連れていく。

街の住人の要望に合わせ、ダイビングスクールにもなっている此処なら都合も良いだろう。

 

「ウェイル、アンタは泳ぐのは得意サね?」

 

「泳いだ事が無いから判らないです」

 

あ、そうだったサね。

こうやってメルクと一緒にウェイルと接して四ヶ月、ウェイルが記憶喪失だって事を忘れることがある。

私達の方が記憶喪失になってたら世話無いね。

 

「じゃあ体力だけでなく筋力をつけるのに水泳をしてみるのいいですね」

 

「水泳か…俺に出来たら良いんだけどな…」

 

「ここは運河にも接している街だからね、泳ぎが得意だとしても損は無いサ。

それにメルクを見てみな。

最近は散歩だけでなく、走り込みもしてるからね、腰周りだけでなく胸も引き締まってるだろう!」

 

「酷いですぅっ!」

 

悪いサね、ちょっとだけダシにしてもらったサ。

ウェイルはといえば、顏をひきつらせていた。

ちょっと鈍感なのかね、ウェイルは?

こうしてウェイルの趣味として『水泳』が追加された訳サ。

泳ぐ速さは人並みだけどね。

 

 

退院してからウェイルは家族からの影響を強く受けているのが察してきた。

お袋さんは、メルクとウェイルに料理を教えるのを楽しみにしている。

お陰様でウェイルもメルクも料理上手に。

親父さんは、機械を語り始めると止まらない。

お陰様でウェイルが機械に興味を持ち始めている。

メルクは散歩道を歩きながらの街の案内。

特に買い物をする商店街は念入りに。

私の授業の補完もしてくれている。

私はというと、再び訓練に明け暮れる。

 

あの女に負けた過去を払拭する為、だけじゃない。

 

お前と私とは()()()()と証明する為に。

 

数日、ウェイルとメルクの様子見をすっぽかしたのは反省してる。

その間に、ウェイルが色々な事に手を出し、結果を急ぎすぎている事を知り、説教みたいな事をしでかしたのは…まあ、お節介だったかもしれない。

それでも、ウェイルは何か吹っ切れていたのは良く覚えてる。

 

月末、またウェイルとメルクの様子を見に、街に出向いてみる。

 

「呆れた、本当に釣りにハマってるサね」

 

並べたバケツには大量の魚。

もう大漁サね。

この数からすると朝から今に至るまで…夕方になるまで釣り三昧かもしれない。

ちょっと引いた。

 

「…この手応え…!」

 

急に立ち上がるウェイル。

釣竿の先が、かなりしなっている。

それほどまでに大きな獲物らしい。

 

「おい、ウェイルの肩を支えてやれ!」

 

声のする側に視線を向ける。

オイ、そこのオッサン(国家元首)、何やってんのサ?

 

「主に体重を持ってかれてるぞ!」

 

オイ、そこのオッサン(マフィアのボス)、何やってんのサ?

 

「タモ持って来い!」

 

オイ、そこのオッサン(警察長官)、何やってんのサ?

 

メルクが不機嫌な理由が理解出来た。

構ってもらえないから、拗ねてるサね。

知らずに釣りを楽しんでいるウェイルは暢気サね。

 

「大物釣ってやるから待ってろよ、フッフッフッ」

 

「うわぁ…もう、重症…」

 

思わず溜め息と一緒に返した。

 

ウェイル、アンタのその台詞、雑誌に載っていた誰かのキャッチコピーじゃなかったかい?

そう思いながらもメルクと一緒になって、ウェイルの肩を支える。

うん、あの頃よりも逞しくなってるみたいサ。

 

腕も肩も以前に比べればゴツくなってて安心出来る。

それからどれだけ時間が経ったか、獲物は動かなくなっていた。

 

「キース、クライド、頼む!」

 

「あいよ!」

 

「任せろ!」

 

友人らしい二人が先に飛び込み、獲物を持ち上げる。

本当に大きい魚だ。

 

「ほらウェイル、アンタも行ってきな」

 

「はい!」

 

「え!?ちょ、待っ~」

 

おっと、ウェイルってばメルクを巻き込んで飛び込んだ。

頭から爪先まで、残さず余さずびしょ濡れ状態。

お気に入りだったらしいワンピースを着ていたメルクも、服が透けて非常によろしくない姿に。

 

「凄いぞ坊主!」

 

「その齢で主を釣った奴は居ないぞ!」

 

「カメラはまだ来ないのか!?」

 

ああもう、周囲のオッサン共が喧しいサね。

だけどウェイルも嬉しそうにしてるから、まあいいか。

 

「ウェイル、今はどんな気分サ?」

 

「嬉しいというか、くすぐったいですね」

 

安心した。

ようやく…少しだけ笑みを見れた気がした。

この笑顔を…守っていこう。

もっと、素の笑顔をつくれるように…

 

「やべ、俺夢釣っちまった」

 

とは言え、雑誌の影響を受けているのは考えものサね。

 

大物を運河から引き揚げ、バケツにも入れる事が出来なくて悩んでいた頃、ようやくカメラが来た。

撮影するにしてもメルクは格好が格好。

ウェイルの影に隠れる。

当のウェイルは大物を友人達と掲げ、オッサン達もその周囲に。

私も推しきられ、ウェイルの後ろに。

 

写された写真はウェイルの部屋だけでなく、私の部屋にも飾った。

ウェイルの笑顔、それを初めて見られた記念にして。

 

地元紙でも隅に載ったのは…まあ、いいか。

『少年達、巨大魚を釣り上げる!』

 

「良い笑顔になれてるみたいサ」

 

でも、どこかまだ…ぎこちない微笑みだった。

 

これから先、どれだけの笑顔が見られるのか、どんな未来が待ってるかは私にも判らない。

だけど、ウェイルの微笑みを守りたい。

 

例えそれが…誰かの笑顔を奪う形であったとしても

 

その償いが在るとすれば…『忘れない』ことだけ



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第6話 微風 姉心

不定期更新はまだまだ続く。
それはそうと、『痛みの森』軽くクリア
ミッションも全部クリア出来たぜ。
要約するとドッペルゲンガー装備はチートです。


「ウェイルの周辺に妙な連中?」

 

ウェイルがとんでもない大物を釣り上げてから半年、久々に国家元首に呼び出され、領事館に訪れてから言われたのはその一言だった。

この部屋の周囲には人払いはしている。

窓も扉も閉め、更には盗聴器の類がないかも徹底的に金属探知機まで使ってからの会談。

疑われるものがあるとしたら、私の右腕ブレスレットとなっているテンペスタくらいだろうけど、今はステルス状態にしているから、外部への情報流出はそれこそあり得ない。

これは私とこのオッサン(国家元首)の二人だけでの話し合いなのだが、妙な話が出てきたもんサね。

 

ウェイルの周囲に妙な連中。

 

釣り人御一行の事が思い浮かぶが即座に除外。

それを言ったら目の前にいるこのオッサン(国家元首)も当てはまる。

自分で自分を『不審者』なんて名乗るやつが国家元首なんてしてられるわけもない

オマケにあれ以降、芋蔓式に釣り人御一行という銘のオッサンが増えてきていて私もメルクも引いている。

 

他に考えられる奴は…まさか…あの女(織斑 千冬)が追手か何か差し向けてきたか?

いや、仮にそうだとしても、なぜイタリアを疑った?

 

あの大物を釣り上げた記事が日本にまで渡ったか?

だとしたら早急に対応を考えないといけないサね。

だがあの場にいたオッサン(国家元首)オッサン(新聞社社長)に言いくるめて写真の掲載は圧力をかけて辞めさせた。

近日中に販売された週刊誌だとか新聞にもウェイルの記事はあったが、写真は掲載されていなかった。

だとしたら、あの時には直接見られてしまっていたってことか?

だが遠目に見て、白髪の少年がウェイルと気づくか?

ウェイルが織斑 一夏(イチカ オリムラ)だと気付くものサね?

 

いや、目の前にいるオッサンは識っていた。

同一人物であることを事前に。

だから私にウェイルの護衛を頼んできていたんだ。

そして気づくことができるのは、あとは…あの天災兎か。

どちらかというと味方を気取ってはいるようだが、その内心までは図れないから厄介サね。

 

さてと、今後の事をいろいろと考えないといけないサね。

 

 

「あ、アリーシャ先生、いらっしゃい」

 

「お邪魔するよウェイル、メルク」

 

「いらっしゃいです!」

 

今日も今日とてこの兄妹は元気だ。

外で嵐がおきそうになっているのにも気づいていない。

だけど、これでもいい。

この子達には穏やかな風の中で生きていてほしい。

 

「ん?なんか焦げ臭いサね?」

 

「ちょっと失敗しちゃって…」

 

ウェイルもこういう日もあるらしい。

いや、珍しくもない、かな?

 

ウェイルが中学に途中編入してからもうしばらくで半年。

キースやクライドのような友人もできて年相応の日々を過ごしている。

成績は…やっと人並みといったところ。

はたから見れば劣等生と言われる程のもの。

 

何も知らない輩が見れば『無能』だとか言うかもしれない。

だけど、私たちはそうは思わない。

 

報われないのだと判っていても、ウェイルは努力を辞めない。

評価を得られなくても、立ち止まらない。

少しずつ、少しずつだけどウェイルは歩き続けている。

だから…ウェイルに人に負けない才能があるのだとすれば、それは『努力』と断言できる。

その努力を重ねているから、ついつい手を貸してあげたくなる。

 

「何を作ろうとしてたんサね?」

 

「ピザです」

 

窯の中には焦げた丸い生地が。

…火加減でも間違えたサね?

 

努力は積み重ねている。

だけど、時にはこんな失敗もやらかす。

 

だけど、料理とかの家庭向きの技術に関してはウェイルは人一倍力を入れている、というか成果を出してる。

それはお袋さんのジェシカのお陰。

 

機械関連に関しては親父さんのヴェルダのお陰。

 

釣りは…黒の釣り人(ノクティーガー)の影響。

それと周囲のオッサンたちのお陰だろう。

釣りにハマってるオッサンの面々が妙だけど、今のところはそれは思考しないでおく。

ウェイルはオッサン達の素性は知らないみたいだし。

 

「ピザのトッピングにはサーモンに野菜か…アンタ魚介類が好きサねぇ?」

 

「毎週末は爆釣日和ですから」

 

「それで余らせてたら元も子もないだろうに」

 

こういう計算ができないのが悲しいところというべきか、ウェイルらしいと笑うべきか。

 

「さて、それじゃあ新しく作ろうサね。

厨房へ行くよ、今度は先生が手本を見せてあげるよ」

 

「にゃぁっ!」

 

シャイニィ、アンタはテラスで待ってな。

 

 

 

 

お手本を見せ、もう一度やってみたいというウェイルをそのままに、私とメルクはシャイニィを連れてテラスにて佇むことにした。

 

 

「お兄さんの周囲に、不審人物、ですか?」

 

「そう、周囲への警戒は私も徹底的にしているし、伝手も利用することにした。

けど、それをかいくぐろうとするバカが居るのサ。

まあ、そういった方面は私に任せときな、絶対に邪魔させたりなんてしないからサ」

 

(メルク)(ウェイル)を守るのは()の仕事サ。

 

 

私は、お前(織斑 千冬)とは違う。

守ると決めたものは命がけで守る。

命で足りないのなら、身をも賭けて守る、魂さえも。

自分の周囲にあるものを代償として支払ってまで栄光の座に就いたお前とは違う。

 

だから、私に干渉するな。

私の家族に手出しをするな。

 

 

「アリーシャ先生、ピザが焼きあがりましたよ」

 

「待ってたサねウェイル、じゃあ早速頂くサね!」

 

「ピザカッター持ってきますね♪」

 

いいタイミングサねメルク。

ピザカッターで切り分けてから早速食べてみる。

うんうん、チーズのトロリとした触感にサーモンのほくほく具合がいい感じ♪

お袋さんもいい仕事するサね!

そしてそれができるようになったウェイルもいい仕事振りサ♪

うんうん、美味しい!

 

気づけば三人でピザ一枚をペロリと平らげていた。

メルクが用意してくれた紅茶を飲んでから一服。

ごちそうさま。

 

洗い物はメルクが片づけてくれるらしく、今度はウェイルと二人きり。

だから思い切って言ってみることにしてみた。

 

「なぁ、ウェイル。

イタリアでの日々には慣れたサね?」

 

「ええ、勿論」

 

ティーカップをソーサーに戻すウェイル。

カチャリと音がかすかに聞こえた。

 

「母さんも父さんも色々と教えてくれる。

メルクも俺を慕ってくれています。

キースやクライド、ほかにも友人は多少は出来ました。

それにアリーシャ先生もシャイニィも居る。

釣りの事をいろいろと教えてくれるおじさん達も居る。

正直、とても居心地がいいんです。

ここが俺の居場所だ、そう思えるように。

そう、胸を張れるほどに」

 

そうか、そんな風に思ってくれるほどになってたか。

なら、私も命がけで守らないとね、そのあたたかな居場所を。

 

「そうだ、それと…」

 

「うん?まだ何かあるのサね?」

 

「えっと…」

 

ウェイルがポツリ、ポツリと語りだしたのは、夢の話だった。

たまに見る、繰り返し見る、不思議な夢。

 

真っ暗な闇の中、女の子が一人。

メルクではなく、多分…知らない女の子。

その女の子が泣きながら、自分ではない誰かの名前を呼びながら、泣き続けている。

必死に手を差し伸べてくる。

それでもウェイルは、手を伸ばすことができなかったらしい。

 

「…ウェイルは、その女の子が誰かは知ってるかい?」

 

「…いいえ、判らないです。

でも、俺を見て、誰かの名前を呼んでいたというのが…」

 

その女の子が誰なのかは私もメルクも識っている。

識っているからこそ、話せない、話したくない。

今のこの場所から離れてほしくない、という依存もあるのは否定しない。

 

浅ましい、かもしれないサね。

 

だから、ゴメンな、ウェイル。

赦してくれ、なんて言わないよ、凰 鈴音。

 

「その女の子に逢ってみたいと思うかい?」

 

「…それも、判らないです。

そもそも、どこかで見知った人なのかどうかすらも…。

でも、その子を笑顔にしてあげたいって思うんです…」

 

夢の中に現れてまで、鈴音って子はよっぽど私の弟(ウェイル)に惚れてたんサね。

でも、悪いことをしてるのは自覚はしてるよ、アンタとは逢わせることは今はしたくない。

 

…ことさらに泣かせてるのは私たちのせいかもしれないね。

隠し事をするのって、存外にもつらい話サね。

生死にかかわってる話だと、尚の事…。

 

日本では、織斑 一夏(イチカ オリムラ)は故人として扱われている。

第一回 国際IS武闘大会モンド・グロッソ。

その第一回戦の…最終試合だったか、織斑 千冬が出場したその日、織斑 一夏(イチカ オリムラ)の誕生日だった。

その日の朝に誘拐され、モンド・グロッソがあの女の優勝で終わってからしばらくして、実弟の葬儀が身内や近親者だけで執り行われた。

その情報もすでに私は把握している。

 

そう、情報は徹底的に調べ上げた。

細かく、詳しく、より詳らかに。

どんな環境を生きてきたのか、どれだけの逆風に切り裂かれてきたか。

あの女よりも深く識った。

どれだけあの女が不干渉を貫き、どれだけ無関心なのかも識った。

 

誰よりも深く識った。

実兄こそが、迫害を巻き起こし、煽り続けていたのだと。

 

だけど、私は違う。

あの女とは違う。

 

「アリーシャ先生?

なんか、怖い顔になってますよ?」

 

「女性に向かって怖い顔とは言い過ぎサウェイル?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

言うだけ言ってウェイルはテラスから厨房へ走っていく。

どうやらご両親が仕事から帰ってきたらしい。

 

「…私はそんなに怖いサねシャイニィ…?」

 

「にゃぁ?」

 

コンパクトを開いて自分の顔を見てみる。

普段と変わらない顔が映っていた。

…今後は気を付けるとしよう。

 

 

そのまま夕飯も美味しく頂き、一緒に食器洗いもしてから私はハース家を後にした。

 

ちょっと寒くなってきたこの時期、気まぐれにいつもの釣り場に視線を向けると居るわ居るわ…。

見慣れたオッサン(国家元首)オッサン(マフィアのボス)オッサン(警察長官)に追加して、オッサン(新聞社社長)オッサン(小学校校長)オッサン(国家元首補佐)オッサン(国家元首宰相)オッサン(ヴェネツィア市長)

ウェイルに釣りについていろいろと教えたらしいオッサン衆が勢ぞろい。

飽きないんサねぇ、あのオッサン共。

 

夜釣りにワイワイ騒いでいるオッサン共を無視し、私はあの日にも気まぐれに通った通りへと足を向けた。

 

「どうせ見てたんだろう、アンタは?」

 

ポツリと一言。

風がざわめくのを確かに感じた。

それは、あの日と同じ。

 

「うん、見てたよ」

 

この声を聞くのは二度目。

私の目の前で、自らの右腕を斬り落とした女の声だった。

 

「どこの回し者サね?

鼻が効きすぎだろうサ」

 

「日本の暗部、悪気は無いらしいけど、知りたがりらしくってね。

でも情報は何も掴ませなかったから」

 

この天災兎め、仕事が早いサね。

 

「お礼は要らないよ、あの子の笑顔が見れたから」

 

「だけど、それは私たちの罪科でもあるのは自覚してるサね?」

 

「うん、識ってるよ」

 

たった一人の笑顔のために、誰かの笑顔を奪い、絶望と悲嘆を押し付け、幸福を踏みにじっている。

私たちのやっている事はエゴの塊でもある。

あの女と、その弟がやっていることそのもの。

 

だけど、迷いは無い。

 

これは、私たちがやり遂げると決めた道だから。

 

「同じじゃないよ。

少なくとも、誰かに不幸を押し付けているのは同じかもしれないけど、それをみて嘲笑ったりなんてしていないし、する気にもならないから。

罪を罪として受け入れ、自分の胸の内に刻み続ける。

もしも真実を知られようものなら、命を以て贖う覚悟もしてる」

 

「それくらいは私だって自覚はしてるよ。

だけど、『守る』ってのは、『命を差し出す』ことじゃないだろう。

『命で支払う』ってことでもない。

『共に在り続ける』ってことサ」

 

「それもそうだね。

…じゃぁ、またね」

 

一応、これで一時的には脅威は失われたと見るべきかもしれない。

あの天災兎め、行動が早いというべきか、暗部は知識欲が貪欲と言うべきか。

これからも警戒は続けておこう。

 

「さぁ、行くよシャイニィ。

せめて後始末くらいしとかないと、姉としてみっともないからサ」

 

「にゃぁん♪」

 

遠路はるばるご苦労サね。

だけど、後悔しな。

 

「行くヨ、大旋嵐(テンペスタⅡ)

 

周囲に気配を隠そうとしている奴が幾つか。

まとめて海に放り込んでやるとするサ。

 

そうだ、私はあの女とは違う。

同じになっちゃいけない。

私は弟も妹も守る。

大切だから、失いたくないから、家族だから、私が姉だから。

 

「識ってるサね、織斑 千冬?

何故、兄や姉が先に生まれてくるのか?」

 

私はその答えを見つけている。

だから、その答えを魂に刻み込んだ。

 

右手に刃を、左手に銃を。

他者を傷付け、命を奪う以外に使い道の無い兵器だ。

だけど、滅ぼす力も、盾にして使える。

アンタはそれを辞めた。

そこが私とお前の違いだ。

 

「叩き潰す!」

 

夜風を浴びながら、私は羽ばたいた。

 

 

 

 

「お、やってるやってる、関心サね」

 

市内のプール施設は、この時期には温水プールに切り替わっている。

その端でウェイルがクロールで泳いでいるのが見えた。

泳ぐペースは一応人並み。

50m泳ぎきったらしく、レーンを仕切るロープに寄りかかって荒い息を繰り返す。

メルクは…隣接するレーンを泳いでいるのが見えた。

 

「本当に…頑張ってるサね」

 

息が整ったらしく、壁を蹴ってまた泳ぎだす。

さて、私も泳いでみるか。

 

軽く準備運動をしてからプールに飛び込む。

20m程で追い付いた。

ちょっとからかってみたくなって、潜水をしてからロープをくぐる。

真下からウェイルと視線を重ねてみた。

 

「ぶぼぉっ!?」

 

あ、一気に息を吐き出した。

 

 

 

20秒後。

 

「げほっ、げほっ、ごほっ!」

 

水を飲んでしまったのか、かなり噎せてた。

メルクもすっ飛んできて、ウェイルの背をポンポンと叩いている。

 

「何やってるんですか、アリーシャ先生」

 

「ちょっとした遊び心サ…そこまで反応するとは思ってなかったサね」

 

ウェイルはまだ背を向けたまま。

反省はしてる。

真面目にしてる人をからかうのは良くないね。

 

「アンタも泳ぎが上手になったサね。

同じ学年でも、あれだけの距離を一気に泳ぎきる人はそうそう居ないサ」

 

「私もお兄さんも、まだまだアリーシャ先生には追い付けないですよ」

 

メルクも謙遜し過ぎサ。

おや?メルクの視線が少し冷たいサね。

 

「市営のプールにそんな水着を着てくるなんて…」

 

その呟きに自分の体を見下ろしてみる。

 

さて、私の姿と言えば、髪に合わせて茜色のビキニ。

自分でも比較的に気に入っているものだけど

 

「ちょっとキツくなってきたサね…?」

 

胸が。

 

「私だって…私だって、あと何年かすれば…!?」

 

メルクの呟きと、ウェイルのひきつった顔が印象的だった。

その後はと言えば、私のコーチングで二人に水泳の指導。

ウェイルは体力と筋力も付き、同級生の間でも筋肉質になってきている。

 

メルクはと言えば、体が引き締まってきている。

代表候補生に近付いてきてるだろうサ。

 

「まだまだぁっ!」

 

「私だって負けません!」

 

二人して泳ぎで競争になってきてるのは…まあ、いいか。

アンタ達、無茶はするんじゃないヨ。

 

クロールからバタフライ、背泳ぎから平泳ぎと、随分とフリーダムな競い方だね。

…海でも平然と泳げそうサ。

 

そんな無茶な事をしていたからか、夕方には二人揃ってヘロヘロだった。

水着やタオルケットを入れた鞄を肩に、ウェイルはメルクを背負って歩いていた。

 

「俺やメルクと一緒に泳いでたのに、なんでアリーシャ先生はそんなに平気でいられるんですか?」

 

「鍛え方の違いだろうサ。

ウェイルも同じようには成れると思うサね」

 

「だったら良いな…」

 

とはいえ、ウェイルにとっては水泳は趣味の範囲らしいし、本格的になれるかは努力次第だろうサ。

けど、体を壊すような事はさせたくないね。

 

うーん、それはそうとして…

 

「ウェイルは、胸の大きい女の子が好きなんサね?」

 

「な、何をいきなり訊いてくるんですか!?」

 

メルクが自分の胸に手をあてている時、ウェイルは顔がひきつっていた。

私と視線が重なると目を反らす。

これが男の子の反応ってものだろうサねぇ、シャイニィ?

 

「す、少なくとも、大小で女性の良さが決まるものじゃないかと…」

 

「ふぅん?」

 

「そ!そもそも!

俺はそんな事、考えた事が無いですから!

一般論ですよ!一般論!」

 

ふぅん、一般論ねぇ。

 

こういう事で狼狽えるとは、ウェイルはウブだねぇ。

メルクは…本当に眠っているらしく反応もしてない。

 

「俺はバカなんですから、そういうの訊かないでください」

 

「ウェイル個人の話を訊いてみたかったのサ」

 

この場で一般論を言えただけでも、男の子としては標準的なのだろうか?

露骨な反応してたら…ビンタの一発はしてたかも。

流石に子供にそれは理不尽か。

自分の事をバカなどと言ってるみたいだけど、それは辞めてほしい。

アンタは努力家なだけだろう。

 

「なら訊かせてもらうけど、…私のスタイルはどう思う?」

 

「…えっと…」

 

答えに困ってるらしい。

露骨に反応してないだけよろしい。

 

ちょっとお姉さん振り過ぎたサね。

 

「あ、アリーシャ先生らしいかと…」

 

悩みに悩んでその答えが漸く捻り出せたサね。

ふぅむ、私らしい、ね…?

曖昧な言葉だけどそういう年頃なんだろうサ。

ウェイル程の男の子には難しいかね。

でも、何年か経ったら頼り甲斐が出てくれればいいサね、期待してるよウェイル。

 

「じゃあ今日の夕飯はアリーシャ先生が作ったげるよ。

メニューは何にしようサね、テリーヌも良いし、シュー・ファルシにもしたいサね。

ウェイルは何が食べたい?」

 

「じゃあ…ミネストローネを」

 

ミネストローネ、野菜や豆類なんかを入れたスープ。

簡単に出来るけど、なんでそのメニューなんだろうサ?

私が簡単な料理しか作れない安い女、とか見られてるのなら怒るよ?

 

「入院していた頃、普通の食事が漸く出来るようになって、初めて食べたのが、アリーシャ先生が病院で作ってくれたミネストローネだったんです。

スープでも、格別に美味しく思えたから、またご馳走になりたいと思ってたんです」

 

「嬉しい事を言ってくれるサね。

なら、気合いを入れて作らないとね」

 

弟妹(きょうだい)の為なら、存分に腕によりをかけよう。

 

その日の夕飯はハース家で、鼻唄混じりに料理を作った。

お袋さんも色々と教えてくれて、あの頃よりも美味しいミネストローネを作れたと思う。

ついでにコトレッタも作ろう。

カプチーノは親父さんからも絶賛、シャイニィも御機嫌そうサね。

これからも気紛れに料理を振る舞ってみるのも悪くなさそうサ。

 

「こういうのも、やっぱり悪くないサね」

 

ウェイルとメルクは私が作ったミネストローネを夢中で食べてる。

でも、やっぱりウェイルのほほえみはどこか硬い。

どうやったら固まった表情筋をほぐせるんだろうね…。

 

 

 

その夜、私は二人のおふくろさんに推しきられて泊まることになった。

シャイニィは、ウェイルによるブラッシングを受けている。

よほど気持ちいのか、目を細めてる。

 

「ウェイルは、将来どんな仕事をしたいのか、考えたことはあるかい?」

 

「将来、ですか…。

メルクがISの搭乗者として、国家代表になったら、そのサポートをするエンジニアになりたいと思ってます」

 

うん、それは知ってる。

その先駆けの一歩としてか、この家の中では扇風機を直したり、テレビのリモコンを直したりと家電修理にいそしんでる。

釣りの腕?どうでもいいサね。

海鮮料理のレパートリーが広がって、お袋さんが大喜びしてるけど爆釣も大概にしてほしい。

 

「…ISって何のために開発されたものかは、知ってるよね?」

 

「…えっと…宇宙進出の為…でしたっけ…?」

 

うん、大雑把に言ってしまえばそんな感じ。

 

「今、ISがどんなふうに開発されているか、それも覚えてるかい?」

 

「…はい」

 

スポーツだの競技だのと名目はされてはいるが、その実態は兵器。

自分と他人を傷つける以外に能の無いものだ。

『誰かを生かす』などという選択肢を持たないような輩が跳梁跋扈しているのがこの時代だ。

世界中の人間は、生まれる時代を間違えた。

事強くいうのであれば、ウェイルはそれに輪をひっかけて生まれる場所すら間違えた。

 

「兵器はどんな風に使われるのか、考えた経験は?」

 

「…ぁ…」

 

私もその力を先日使ったばかり。

『守る』と言っても、結局は『暴力』だ。

『誰かの代わりに自分がやった』という免罪符を利用しているに過ぎない。

 

「よく考えてみな」

 

「…はい、でも、俺はバカだから答えが見つかるかは…」

 

「なら、答えを見つけることを生き甲斐にしてみればいい」

 

この言葉は、一つの生きる道をつぶしてしまうことになったりするかは不安だ。

もしも、なんて都合のいい言葉になるかもしれない。

それでも、この子たちには自由に未来を選ばせてあげたい。

 

「IS、か…一人で飛べるから、沖合に出て釣りとかできたら楽しそうだし、平和的だと思うけどな…」

 

……………ISで釣り、か。

また妙な形になりそうなことを考え付いたもんサね。

メルクの専属スタッフにでもなったら釣竿を持たせようとして不安になるのは何故だろうねぇ。



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第7話 緩風 兄妹

アリーシャ先生の飼い猫であるシャイニィだが、とても賢い。

怒ったりすることも少なく、アリーシャ先生のいうことは忠実に守るし、物言わぬ筈の猫にもかかわらず、俺からすれば良い話し相手。

俺がプールで泳いでいても、飛び込み台からじっと見てることもある。

料理を作っていれば、テラスで背を伸ばして待っている。

学校の登下校中でも、カバンや俺の肩に飛び乗ってくる。

メルクが相手でも、体を擦り付ける。

懐く相手に見境がないのかと思えばそうでもない。

あくどいことを考えている相手では、寧ろ威嚇をしたりして判別している様子すら見せる。

 

学校でもそうだった。

誰かをいじめているような奴を見かけたりすると、しっぽを太くしてまで威嚇する。

 

「ふぅ…こうしてると落ち着くな…」

 

アリーシャ先生が留守にするときには、シャイニィは我が家に来る。

ブラッシングをその都度してるけど、なぜか俺がブラッシングをするのを気に入ってくれている。

体を洗うのは嫌がるけど、ブラッシングはOKという区別をつけてるからよくわからない。

動物用のソープが気に入らないのだろうか?

 

「よし、綺麗になったぞ」

 

「にゃぁん」

 

おっとそろそろ家から出ないと遅刻になる。

今日は休日ではなく平日。

朝からシャイニィが家に来てブラッシングを要望するから少しばかり夢中になってたみたいだった。

 

「メルク、そろそろ出発するぞ」

 

「はぁい!」

 

机の下に置いていたカバンをつかみ、肩から提げる。

ドアに鍵をして、これで良し、と。

自転車にまたがるとメルクは荷台に横座りに、シャイニィは前籠に飛び込んでくる。

どうやらそこも気に入っているらしい。

俺とメルクが学校に通う時にもシャイニィは同行してくれた時が結構あったりする。

シャイニィは一緒に通う光景が今では馴染みになってきてるらしく、学校の先生も何も言わなくなってしまった。

授業中は、教室後ろのロッカーで先生の講義をBGMにして寝てたり、俺やメルクの机の上で背筋を伸ばしてたり。

猫とは思えないほどの賢さだ。

 

「ハース君、シャイニィ撫でさせて!」

 

「ああ、良いよ」

 

図書室や廊下、シャイニィ目当てで寄ってくる人もいる。

ブラッシングは欠かさないから、手触りが良い。

 

「人気者だな、シャイニィ」

 

「ナァ?」

 

首を傾げて、俺の手元からメルクの肩に飛び乗る。

俺としては人気者の気分というものはよく判らない。

 

「人気者はといえばメルクも同じか」

 

「私は…人気者なんでしょうか?」

 

学年も上がり、メルクは正式に『国家代表候補生』の候補者として名前を連ねた。

今年の夏から、合宿だの、専用の講義だのを受け続ける事になる。

家族なのに、一緒にいられない時間が増えるということだ。

それに関しては、俺も抵抗がある。

 

思い出すのは病院での入院生活。

俺が『ウェイル・ハース』の名前を貰いながらも、病院での入院生活が続き、家族といられる時間すら常に制限され続けた。

あれはかなりキツい。

それを今度はメルクがこなしていかなければならないという訳だ。

俺がメルクと同じように合宿生活を強いられたら脱走しそうだ。

シックハウス症候群って言うんだっけ?

後でメルクから「ホームシックです」と訂正された。

 

今でこそ父さんと母さん、それにメルクやアリーシャ先生にシャイニィが居るが、それこそ誰もいない家に帰るとなると、正直…心が折れる。

完全に圧し折れる。

ホームシックのついでにファミコンかな、俺は。

メルクがそうならないことを祈るばかりだ。

将来俺は、一人暮らしが出来そうにないな。

 

「なぁ、夏からの合宿だけど…合宿生活にシャイニィを連れて行ったりとか、どうだ?」

 

「えっと…ペットは同伴出来ない、とのことなので…」

 

「そう、か…」

 

ペットは、か。

俺からすればシャイニィは家族の一員だけど、世間一般から見れば『ペット』という事になるらしい。

そのシャイニィは自転車の前籠から飛び出し、俺の腕を足場にしてメルクの頭の上へと飛び移る。

ふぅむ、俺よりもメルクに懐いているのだろうか?

アリーシャ先生の話だと、今年で3歳。

性別はメスだ。

 

時折人の頭の上に飛び乗るなどの自己主張をしたりする賢い家族だ。

絶対に俺よりも賢い。

 

なんかさっきから考えてることがメルクのこととシャイニィのこととでフラフラしてるなぁ。

 

「なぁぁぁ!!」

 

今度は俺の肩に飛び乗り肉球で頬をペチペチと叩いてくる。

 

「お兄さん!前!前!」

 

「うおっと!?」

 

ハンドルを急に右に回す。

危うく運河に落ちるところだった。

再びシャイニィが俺の頬に肉球でプニプニ。

「気をつけなさい」と言わんばかり。

…絶対に俺よりも賢い。

傍から見れば肩に乗るサイズの小さな子猫だけど、頼もしい家族だよ。

 

「キース、クライド!」

 

「よう!」

 

「おはよう、ウェイル、メルク」

 

「おはようございます!」

 

通学中、親友のキースとクライドに追いつく。

二人も同じクラスになり、毎朝こうやって通学している。

四人揃って、進級祝いに、近所の釣り好きのオッサン達に釣り竿を貰ってたりする。

俺はかなり嬉しかったんだけど、なんでこの二人は微妙な顔をしてたんだろうなぁ。

 

「今週末、また釣りに行かないか?」

 

「お前また釣りかよ」

 

「ヴェネツィアの魚全部釣りあげる気なのか?」

 

「お、いいなそれ。

一都市の魚全部釣りあげるとか、大きな目標に出来そうじゃん」

 

「お兄さん、そんなことしたら、お父さんにスシバーに連れて行ってもらえなくなりますよ」

 

「ああ、それは困る、とても困るな」

 

父さんにも進級祝いという事で、街の中央部に構えたらしいスシバー、そこに連れて行ってもらった。

何か「スシ」なるものとは違う気がしたけど。

だって片っ端から、白米の上に焼き魚が乗っているものばっかりだったし。

そこは…俺が『ニホンジン』だったかもしれない頃の記憶が言ってるのだろうか?

 

 

店の隅で汗だくになりながら『マーボー』とかいうものをかっ喰らっていた人が店主らしかったけど。

あの人、居場所がなさそうだったな…。

理解者も居ないのかもしれない。

何故か親近感が沸いたけど、近寄りがたかった、特に匂いが。

 

 

閑話休題(話を戻そう)

 

「ウェイルも釣りが好きだよなぁ…」

 

「雑誌から影響されたんだっけ?」

 

「地元の新聞に載ったのは嬉しかったような、恥ずかしいような、そんな気分だけどさ。

写真掲載はされなかったけど」

 

理由は知らないけど、写真を映したUSBメモリはアリーシャ先生が持って行ってしまった。

写真をPCで現像、コピーしたのは俺たちにもくれたから文句なんてありはしないけど。

釣り場にいたオジサンたちもこぞって写真に入り込んでたっけ。

俺が写真から出ようとしてたけど、釣り人衆がこぞって押し出して俺達が写真の中央に入る形になった。

あれはあれで良い思い出だ。

 

「最近のウェイル、よく笑うようになってきたよな」

 

「なんだよキース?

俺が仏頂面しかしてないみたいじゃんか」

 

「実際そうだったぜ、学校に途中編入してきた頃とか、なんかやけに表情が硬くてさ」

 

「そうそう、何を考えてるかわからない奴だって思ってたよ。

相手をするのは専ら、メルクとシャイニィだけでさ」

 

ふぅむ、そんなに表情が硬くなってたのだろうか?

自分のことなのに、まるで自分が判らない。

 

「そうだったかな、メルク?」

 

「今では…以前よりもすっと柔らかくなってる気がしますよ」

 

「そう、なのかな…?」

 

う~ん、やっぱりよく判らない。

試しにメルクの頭の上のシャイニィに視線を向けると

 

「ふにゃぁ?」

 

肯定とも否定とも取れない返事を返すだけだった。

今この時に限っては、コイツらの連携には素晴らしいものが感じられる。

けどまあ、俺も多少は変われたのかもしれない。

入院していた頃に比べれば、ずっと…な。

 

自転車を駐輪場に停め、上履きに履き替え、廊下を歩く。

シャイニィを連れているからか、やっぱり目立つ。

メルクもいるから殊更に目立つ。

俺は…そう目立たなくていいや、あの時の写真でお腹いっぱいです。

 

俺達一年生は教室は3階にあるから上るのが結構面倒。

その間に色々と話が出来るから良いけど。

教室に入れば…わざわざ教室にまで来て寝ている生徒も居たり、授業に備えて予習復習する人も居たり。

あ、今日は小テストが在るんだった。

 

「どしたウェイル?」

 

「小テストだったよな、今日?」

 

「明日、ですけど?」

 

「あ、そう」

 

やっぱり俺って物覚えが悪いなぁ。

あ、じゃあ曜日間違えてカリキュラムの用意しちゃったってことか。

 

「悪い、忘れ物取りに帰る!」

 

あたりまえだけど遅刻した。

せっかく間に合うように家を出たはずなのに。

もののついでに放課後居残りだった。

何このコンボ。

 

忘れ物した→取りに帰った→遅刻した→放課後居残り

 

居残りにはシャイニィも付き合ってくれたからいいけど。

やっぱりシャイニィは賢いなぁ。

 

「お前は賢いよ、本当に」

 

そんな訳で、今日のシャイニィの夕飯はロイヤル猫缶なんだが…見向きもしない。

カリカリだとかは普通に食べることも在るんだが、最近は缶詰には興味がないらしい。

 

「どうしたんだ、シャイニィ」

 

「ナァ…」

 

視線が向かうのは、キッチン。

ああはいはい、焼いた魚をほぐしてくほしい、と。

焼き魚ですっかり味をしめてるらしいな、このグルメめ。

 

 

 

そんなこんなで、シャイニィ好みの焼き加減を今日も母さんに教えてもらうことになった。

アリーシャ先生がいない日に関しては、そんな毎日。

夜、眠るときにもシャイニィは俺の部屋とメルクの部屋を勝手気儘に行ったり来たり。

寝苦しく感じて目を覚ますと、胸の上で寝てることも在る。

床には、父さんに教えてもらって作ってみた、小さな揺り籠が置かれている。

時々シャイニィが気に入ったかのように使ってる時があるけど、ここ最近は人と一緒に寝るのが良いらしい。

俺が朝まで寝てると、シャイニィの肉球パンチで目を覚ますなんてのも昨今では珍しくもない。

人間の俺よりも、シャイニィのほうが健康的な生活をしているように見えなくもない。

 

「お兄さん、もう起きてますか?」

 

「ああ、起きてるよ」

 

おっと、さっさと着替えよう。

 

夏からはメルクは合宿だとかの都合もあり、普段からジョギングをしている。

俺も負けないようにジョギングには同行している。

春先の朝はまだ少しだけ寒いけど、これくらいなら、少し重ね着をした程度で良いだろう。

 

「おはよう、メルク、ウェイル」

 

「ジョギングに行ってくるの?気を付けてね」

 

「行ってきます」

 

「行ってきます!」

 

メルクは俺よりも元気がいいね。

その元気を分けてもらいたいくらいだ。

 

朝食はジョギングの後。

このタイミングには時にはアリーシャ先生も来てくれるんだけど。

 

「お、来たサね、二人とも」

 

今日はちょうどその都合のいい日だったらしく、家を出た途端に出迎えてくれた。

とは言え、その服装が目に毒だ。

マラソン選手のように、へそ出しタンクトップと丈の短すぎるズボンだもんな。

 

「私だって…私だって何年かすれば…!」

 

メルクも隣で暗雲漂わせてるし。

 

「二人共、どうしたのサ?」

 

この人、自分が原因になってるのが判ってないらしい。

先日のプールでもそうだったけど…。

身内贔屓といえばそれになるかもしれないけど、メルクもアリーシャ先生も揃って美人だと思う。

それに引き換え俺は…この年で白髪だもんな…。

この髪色はちょっとばかり気にしている。

 

「…はぁ…」

 

最近、コレが原因でお年寄りだと勘違いされて、バスの席を譲られたのは軽いトラウマだ。

髪、染めようかなぁ…母さんや父さんは似合うって言ってくれてるから、白髪のまま放置してたけどさ…。

 

「さぁ、今日もジョギングを始めるよ」

 

「「はい!」」

 

ジョギングのコースはアリーシャ先生が前もって決めてくれてる。

商店街を通り、ご近所さんに手を振り、見慣れた釣り場で見慣れた釣り人仲間に挨拶を。

五月にはいってから、そんなコースを毎朝3周走ってから、自宅に戻り、シャワーを浴びて、朝食を食べてから学校へ。

登下校中も、家での生活でも一緒に居る事の多いシャイニィだけど、ジョギングには一緒に来てくれない。

 

「なぁ…」

 

今日も窓際で手を振る代わりに尻尾をユラユラと振るっている。

「いってらっしゃい」と言ってるのかもしれない。

そのつもりでいよう、うん。

 

「さてと、今日も頑張るか」

 

少しだけ肌寒い早朝、俺は見慣れた街並みを走り抜けることになった。

最初はキツかったけど、毎朝続けていると余裕が出来るようになり、先生からいろいろと追加でメニューをもらってる。

緩急をつけながら、つまりは、途中で全速力になったり、緩やかなスピードにしたりと切り替えたり、そんな感じ。

俺も少しは体力がついてきたんだろうな。

 

「お~い!」

 

「ほら、ウェイル、手を振りな」

 

手を振ってきたのは釣り場でよく見かけるオジさんだった。

この場所を通ると、アリーシャ先生もメルクも目が白ける。

なんでだろうなぁ…。

 

「おはようございます!」

 

言われたから、というわけじゃないけど、手を振って返した。

あのオジさんからはルアーを一つもらった覚えもあり、感謝してるし。

そのルアーを使ってあの日、大きな魚を釣り上げたから、尚更かな。

 

「今週末も此処で待ってるぜ!」

 

釣りの心得も教えてもらったんだよなぁ…。

釣り竿の手入れの方法とかも。

 

「お兄さん、釣りにハマりすぎです…」

 

「あとは料理に機械いじりにも、サ」

 

母さんと父さんから教わってるっていうのもあるけどさ…。

だって楽しいから…。

 

 

朝食の時間は、アリーシャ先生も一緒に過ごし、学校に行く頃にはシャイニィと一緒に仕事に出かけて行った。

アリーシャ先生の仕事先に関しては詳しくは知らないけど、シャイニィの同伴が認められてるのだろうか?

シャイニィと一緒に過ごす時間が多くなってたからか、自転車の前籠が空なのは少しばかり寂しい。

その分、と言わんばかりに後ろからメルクが抱き着く力が強くなるのは…きっと俺の思い違いなんだろう。

家族という領分には俺は甘いのかな…?

自分で自分がよく判らない。



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第8話 淋風 姉として

隠し事をし始めて長く経ったと思う。

 

ウェイルは真実を知らず、自分が見た世界を事実として見ている。

 

隠し事をするのは正直に言うと辛い。

 

現実を嘘で塗り固め、真実を見せず、虚実を織り交ぜたこの環境で生きているウェイルにはどう見ているんだろうか…?

 

 

「にゃぁ?」

 

私のそんな気持ちを知ってか知らずしてか、ウェイルの胸の上のシャイニィは首を傾げる。

ちょっと様子を見に来てみれば、ウェイルは自室の床で寝ていた。

その傍らにはメルクがウェイルの左腕を枕にして眠っている。

 

「読書中に寝落ち、とかそんなところサね?」

 

ウェイルの顔の上には、相変わらず『月刊 釣り人』。

少し前から毎月購入するようにしたらしい。

表紙に載ってる年配の釣り人が今回は主役のようサね。

ちょっと失礼して、雑誌をどけ、ウェイルの寝顔を見てみる。

 

「………」

 

また、あの日を思い出す。

ウェイルが昏睡状態のまま眠り続けていたある日、ウェイルはその双眸から涙を流していたのを。

今の生活の中、そういったことはどこかしらで在るのかもしれない。

 

「暢気な寝顔しちゃってサ」

 

けど、今は安らかな寝顔を見せていた。

 

ワシャワシャと前髪を撫でまわしてみる。

前髪で隠れていた大きな裂傷が目に入った。

額から左のこめかみに走る、由来も判らぬ大きな裂傷。

この傷は、病院に搬送された時からずっと残っている。

傷跡についても調査したけど情報は入らなかった。

もしかしたら織斑 一夏(イチカ オリムラ)は傷を負った直後に誘拐されたのか、誘拐された後になってからこの傷を負ったのかもしれない。

この傷を負ったときは痛みに苦しんだかもしれない。

 

でも、今は…今だけは穏やかな寝顔をしていた。

メルクも安心しきってるのか、服にしがみついてる。

 

「…くかぁ…」

 

「…すぅ…すぅ…」

 

もののついでに…脈も異常なし、呼吸も同じく、体温は…たぶん問題無し。

残る問題は、見てるかもしれない夢の内容だけれど、この調子なら問題は無さそうサ。

 

兄妹(ウェイルとメルク)のこういう暢気も元気も心得ている私としては、この様子を見るとついつい顔が綻ぶ。

 

おや、行儀悪くも本を枕にしてるみたいサ。

起こさないように気を付けながらウェイルの頭の下からソレを抜き取ってみる。

こっちは…コレはウェイルにはまだ早いだろう、機械工学の本。

今からでもメルクのための専属エンジニアになろうとしているのか、プログラミングについての参考書も机の上に何冊か積み重なっている。

 

「フフ、勉強の方は…」

 

机の引き出しを開いてみてみると、ノートがぎっしり。

勉強に追いつけてはいるけど、それは「ようやく」といった具合なのかもしれない。

お、学校のテストも返ってきてるみたいサ。

こっちは…可もなく不可もなく、といった人並みの成績。

うん、頑張ってるみたいサ。

 

本棚にしても、機械だの料理だの、親父さんとお袋さんの影響が丸判り。

おっと、アルバムも入ってる。

不躾にアルバムを開いてみる。

一緒に生活をするようになってから、写真の枚数は徐々に増えてきている。

家族の写真も入っているけれど、シャイニィの写真もあちこちに挟まってる。

 

シャイニィはウェイルとメルクをいたく気に入っている。

学校に行くときも、出掛ける時もいつも一緒。

食事も、就寝も一緒の時がある。

肩や頭の上に飛び乗ったり、自転車に乗るときには前籠に飛び込んだり。

なんか私以上になついているときもあって少しだけ気分が複雑。

そこはまあ、ウェイルの人の好さということで納得しておく。

 

「アンタが浮気性じゃないのを祈ってるよ」

 

その言葉がウェイルに向けられたものか、シャイニィに向けられたものかは判らない。

もしかしたらメルクに向けられたものかも。

そんな風に考えると笑いが込み上げてきたけど、兄妹(二人)と一匹を起こしたくないから我慢我慢。

本当に元気も暢気も弁えてるサ、私は。

 

「さてと、今日は気分が良いし、なにか料理でもつくってあげようか」

 

ギュルル~…

 

ふと振り向く。

…今の、腹の音?

どっちサね?ウェイルか?メルクか?

私が料理すると言った途端に腹の虫を鳴かせるとか現金すぎるだろう…。

…まあ、いいか。

 

「今日のメニューは何にしようか」

 

今日は気まぐれで海老とアスパラを買ってきたし、アヒージョにでもしてみようかな。

ふふん、さあ寝コケてる二人、お姉さんの料理の腕をまた見せたげるサ!

 

二人のお袋さんに教えてもらってからか、私も料理は楽しみの一つになってきている。

さてと…オリーブオイルは、と。

 

料理を作っていると、両親が帰ってきたらしく、簡単に挨拶をしてから料理の続きに入る。

ウェイルの部屋を覗いてきたらしく、二人の様子を見てニコニコとしている。

この二人、なかなかの親バカになってきてるサ。

とはいえ、私も人のことをとやかく言ってられない気がする。

兄妹(ウェイルとメルク)のことをとにもかくにも気にかけてばかりだから、ブラコン、シスコンの気になってるような…、まあ、いいけどさ。

 

「なぁっ!」

 

聞きなれた声とともに、肩に重み。

振り向くでもなくシャイニィがそこにいるのを感じた。

お構いなしにそのフサフサとした毛並みを私の横顔に擦り付けてくる。

ああもう、この子は人懐っこいねぇ。

 

「いいタイミングで来たねシャイニィ、ウェイルとメルクを起こしてきてくれるかい?

夕飯が出来上がったってね」

 

「にゃぁっ!」

 

私の肩から飛び降り、椅子の背、座面、それから床へと飛び移り、ウェイルの部屋へと走っていく小さな背中を見送る。

あの子も家族の一員として大活躍サね。

 

料理を皿に盛り付けるのをお袋さんのジェシカに押し付け、好奇心半分でウェイルの部屋を見てみる。

シャイニィが二人を起こそうと頑張ってた。

頬に肉球を押し付けたり、舐めてみたり、耳元で鳴いてみたり。

…どれだけグッスリ寝てるんだい。

挙句の果てには、ベッドから

 

「フゲッ!?」

 

ウェイルの胸の上に飛び降りた。

 

「…ん?シャイニィ?

どうしたんだ?」

 

「にゃぁ~」

 

「ああ、判った、すぐに行くよ。

おおい、起きろメルク、夕飯の時間だってさ」

 

「はぁい…ふ…ぁ…」

 

………ウェイル、シャイニィの言葉を理解してんのかい?

いい話し相手みたいな雰囲気に見える時もあるけど、本当に話し相手として対話でもしてるのだろうか?

 

寝ぼけ眼のメルクの肩に飛び乗って肉球で頬をプニプニと遠慮もなしに突っついている。

そんなシャイニィ達の様子に笑いを我慢して私は台所に戻ることにした。

その日の夕飯は、私が作ったこともあって同席。

ジェシカに押し切られてお泊りになった。

 

シャワーも終え、寝るまでの少しの時間を一緒に過ごすことにした。

 

「アンタ達、今日は夕方から晩にかけてまでよく寝てたサね」

 

「アッハハハ…本を読んでたらいつの間にか…」

 

「私は…お兄さんの寝てる様子を見てたら、つい…」

 

成程ね…。

そこにシャイニィも一緒に来た、といったところかな。

相変わらずの仲の良さにちょっとだけ呆れた。

 

「で、どんな夢を見てたんだい?」

 

ウェイルに関しては『夢』というワードは半々なところだけどNGワード。

また、泣き続ける女の子の話が出てくるかもしれないからね。

だから慎重にならないといけない。

 

「えっと…俺は、機械いじりをしてた夢、だと思います」

 

起きてから暫く経ってるし、記憶も曖昧になってきてるみたいサね。

だから『思う』って言葉が出てきても不自然というわけでもない。

 

「私は…お兄さんと一緒に自転車で出かけてる夢、だったかと」

 

メルクは相変わらずのブラコンのようサ。

おっと、盛大なブーメランか。

シャイニィは気分が良いのか、ウェイルの肩に飛び乗り、大きな欠伸をしてる。

けれどそこから飛び降りて、今度はメルクの肩、今度は私の肩へと飛び移る。

 

「なぁ…」

 

「はいはい、ミルクなら用意したげるよ」

 

「じゃあ、俺が用意してきますね」

 

「にゃぁっ!」

 

またウェイルの肩へと飛び移る。

よっぽどミルクが楽しみらしいサ。

立ち上がるウェイルに揺られながらもシャイニィはその姿勢を崩さない、ずいぶんと慣れてるサね。

 

「メルクも飲むだろう?アンタはウェイルと違って背はあんまり伸びてないみたいだけど、ソコなら成長するだろう?」

 

「酷いですぅっ!」

 

今日は寝間着を持ってきてなかったから、ジェシカのを借りたけど、胸元は程良いサイズ。

都合悪くメルクのを借りるしかなかった日もあったけど、その時にはウェイルが目を合わせてくれなかったからね。

それはそれで精神的に辛かったサ。

 

「で、メルク」

 

「…はい…」

 

今の間は何?

まあ、良いサ。

 

「夕方ごろにはウェイルは寝てたけど、様子はどうだった?」

 

この言葉の意味は、メルクだって承知はしている。

私達はウェイルの過去を自ら掘り下げてまで()っている。

だからこそ、普段から異常が起きたりなどしていないかを入念にチェックしている。

もしかしたら、全ての記憶を取り戻すのは明日かもしれないのだから。

 

「特に何も無かったです」

 

「そう、か」

 

記憶を取り戻してしまうのは正直、怖い。

思い出してしまえば、今の家族に距離感が出てくるかもしれないから。

それどころか、否定されないか…それが一番怖い。

尤も、日本ですでに故人として扱われているから、帰すわけにもいかない、かな。

こういうところは『家族のつながり』と言うよりも『依存』とも言える。

…目下の脅威と言えるのは『織斑 千冬』と『凰 鈴音』の二人、か。

前者はウェイルにとっての脅威、後者は…脅威というか…精神的には私達が不安になるというか…。

 

「起きたときに涙を流してるのは、変わらず、か?」

 

メルクが肯く。

 

ウェイルは夢の中の女の子に手を伸ばそうとしている。

なのに、手が届かない、か。

その手を留めているのは…もしかしたら私達なのかもしれないね。

 

「ミルクココア、出来上がりましたよ」

 

おっと、ウェイルが戻ってきたか。

この話はさっそく切り上げ、ウェイルの持つお盆ので湯気を上げるマグカップを受け取る。

う~ん、いい香り。

 

「ほい、メルクはホットミルク。

熱いから気をつけてな」

 

「はい!

ふはぁ…暖かい…」

 

「にゃぁ~」

 

「はいはい、判ってるって」

 

シャイニィがウェイルの肩から飛び降り、しっぽをユラユラ揺らしながらソワソワと。

ホットミルクが待ち遠しいらしい。

思えばウェイルとこうやって時間を共有するようになってからだったかな、シャイニィの自己主張が大きくなってきたのは。

…誰に似たんだか。

 

「ウェイルは将来、やってみたいことは決まったかい?」

 

「俺は…やっぱり、一度決めた目標を捨てきれなくて」

 

「メルク専属のシステムエンジニアか。

だけど、判ってるんだろうね?

機械と言っても、ISは現在兵器に使われてるんだってことを」

 

相手を傷つける以外に能がない、時には自分をも傷付けかねない。

そう教えた。

なのにこの子は…。

 

「はい、判っています。

でも、家族を守れるのなら…失ってはいけないものを、俺は得ましたから。

だから…」

 

「はいはい、判ったサね。

アンタも随分と頑固に育ったサね。

でも、それなら今以上に勉強しなくちゃいけないよ」

 

この子の技術師としてのレベルはまだ素人のソレに近い。

この家ではテレビのリモコンを修理してみたり、扇風機を直してみたり。

素人じゃなくて、親父さん譲りの技術と言った方が近いか。

 

「…勉強か…苦手なんですけどね…」

 

そういいながら、その手は釣り竿の手入れをテキパキと進めてる。

そこには躊躇も無いというか、すっかり玄人というか…。

少しだけ考えてみる。

ウェイルは通っている学校での成績は人並みのもの。

けど、親父さんや、釣り人(オッサン)共から教わった技術は、確かに自分のものにしている。

何なのだろうか、このアンバランスさは…?

 

だからこそ赦せない、この子を無能呼ばわりした連中を。

 

「えっと…先生?俺の顔に何かついてます?」

 

おっと、いけないいけない。

思わずここには居ない誰かを睨んでいたみたいサ。

 

「そうサね…『眉』『目』『鼻』『口』が付いてるサ」

 

「それって誰にでもありますよね!?」

 

よし、上手く誤魔化せた。

私からすれば精一杯のギャグだったサね。

 

「おっと、もうこんな時間か。

ウェイルもそろそろ寝た方が良いサ。

メルクは…」

 

「すぅ…すぅ…」

 

シャイニィを抱きしめて寝てた。

寝つきがいい子サ、本当に…。

 

「メルクにはシャイニィが添い寝してるみたいだけど、ウェイルには私が添い寝したげようか?」

 

「…俺、居間のソファで寝るから添い寝なんて出来ませんよ」

 

おっと、私の誘惑にも耐えきった…おや?どっちかというと呆れてるみたいサね。

というか居間のソファで寝るとか、子供の言う内容じゃないサね!?

それから紆余曲折してウェイルを部屋に留めさせた。

私は普段と同じようにメルクと同室での宿泊サ。

 

「本当に…アンバランスな子だよ…」

 

ちょっとしたからかいのつもりだったけど、本気で返してくるだなんてね。

 

 

 

 

夜中に目が覚め、ウェイルが見ていた機械工学の本を見てみる。

何度も読み続けているらしく、ページの端が折れている場所もある。

特に集中的に読んでいるらしいページには、何か書き込みもしている。

 

『胸を張れる自分になるんだ』

 

そう書かれてた。

決意に関しちゃ大人顔負けサ。

隣ではメルクが静かに寝ている。

その間に私は部屋を抜け出した。

 

「ッ!」

 

途端にシャイニィが飛び起きた。

 

「ナァッ!」

 

ベッドから飛び降り、部屋のドアの向こうへと走っていく。

だけど、シャイニィにドアを開けるなんて出来ない。

嫌な予感がした。違う、コレは確信だった。

 

「ウェイル!」

 

向かい側の部屋のドアを開く。

月光に照らされたその横顔は…苦悶(・・)と言えるそれだった。

左腕で右の二の腕(・・・・・)を押さえている。

 

「…ぅ…ぁ…」

 

「しっかりしな!ウェイル!

…ジェシカ!メルク!来てくれ!」

 

右の二の腕に何があったのかも知っているから私は焦った。

過去の悪夢に苛まれているのだと。

 

「ウェイル!起きな!

起きてくれ!なぁっ!?しっかりしなよ!?」

 

「…ぁ……アリーシャ、先生…?」

 

 

 

 

念には念を入れ、家に医者を引っ張ってきた。

大事な弟の身に何が起きたのかをハッキリさせときたかったし、やっぱり心配だった。

 

「えっと…俺、何かあったんですか…?」

 

あれからは何も異常は無く、グッスリと眠っていたけれど、それでも心配で家族会議が始まった。

朝食もキッチリと終わらせてから、食事後のコーヒーを飲みながらの家族会議は少しだけ空気がピリピリとしてた。

そんな中でもメルクはウェイルにベッタリ、シャイニィはウェイルの肩に乗って頬をペロペロと舐めてる。

アンタ達、くっつき過ぎサね。

 

「ウェイル、昨晩どんな夢を見てたか覚えてるサね?」

 

「えっと…ごめんなさい、全然覚えてないです」

 

家族会議、開始20秒で終了。

ああ、ウェイルが作ってくれたカプチーノが美味しい。

 

 

このまま何もなければ良いんだけど。

片やウェイルに叫び声を聞かせ続け、片やウェイルの悪夢になり、同年代の女ってのはマトモなやつが居ないのかね…?

すっかり行き遅れになりつつある私が言うのも妙な話だけどサ。

 

「今日は、いい夢を見られると良いサね」

 

さて、今日のウェイルの寝言は…

 

「大物…釣れた…」

 

……夢の中でも釣りしてるよこの子…。

 

 

 

 

「ふぅ…今日はこれくらいにしとこうサね」

 

以前、あの女に敗北してからはトレーニングの量は3倍にまで増強した。

その合間合間にウェイル達の様子を見るのが私の生活の楽しみ。

仕事ではあるんだけどサ。

 

「ん?んん?今日は何してんのサ?」

 

ウェイルの家に遊びに来たらウェイルは居間のど真ん中で何か色々と工具を広げて何かを機械を弄っている。

 

「アリーシャ先生、いらっしゃい」

 

「ああ、出迎えありがとサねメルク。

それで、ウェイルは…」

 

「釣りをしているお仲間の方から…ビデオデッキの修理を頼まれまして…」

 

万屋の真似でもし始めた、とかサね?

気のせいか、メルクの顔が引き攣ってた。

またとんでもない御仁じゃないだろうねぇ。

 

親父さんに色々と教わって、機械いじりに精を出すようになってたけど、此処までとは。

以前にも家庭内のトラブルでテレビのリモコンだとか、扇風機だとかを直してたけど、これは難しそうサね。

 

「う~…ん…」

 

マニュアルとにらみ合いをしながら、半田ごてや、見慣れない器具を傍らに腕を組んで足を組んで悩んでる。

 

「あ、そうか…ここだな…!」

 

何か案でも思いついたのか、再びガチャガチャと。

 

「よし、コレで!」

 

配線をつなげてからボタンで操作。

するとあら不思議、映らなかったらしいビデオデッキが大活躍を始めてる。

時間はかかったらしいけど、ビデオデッキの修理はこれで終わりかな。

 

「お疲れさん、ウェイル」

 

「あれ?アリーシャ先生、いつから?」

 

「ちょっと前からサ。

ところでウェイル…アンタ、お昼ご飯も抜きでやってたサね?」

 

時計を見れば14時半、ダイニングの机の上には作られた時から放置されていたであろう昼食が…。

もちろん冷え切ってる。

 

「うわぁ…もうこんな時間…」

 

夢中になると時間を忘れる性格でもあるらしい。

まあいいや、私も昼食はまだだったし、此処で食事していこう。

キュルル~とメルクの腹の虫も音を立ててるみたいだからなおのこと、ね。

 

お昼ご飯はメルク特製のホワイトクリームソースのオムライスだった。

この兄妹、料理の腕がどんどん充実してるサね。

 

イタリアでの学府は、小学生が5学年まで、中学は3学年まで、高校が5学年。

居間の二人は次の十二月で12歳に至る計算で、現在中学二年生。

これからの将来は二人は早くも決まっているようなもの。

メルクはIS搭乗者として、ウェイルはそのサポートをするためのエンジニアだ。

 

「ご馳走様」

 

メルクは現在は代表候補生の候補者、その教官役は既に私がすることに決まっている。

システムエンジア兼メカニックになろうとしているウェイルは、工学関係の高校への進学を今から決めてしまっており、最近では機械と参考書のにらみ合いが始まっている。

今回のような実践もあるみたいだけどサ。

 

「おいしかったぞメルク」

 

「はい!」

 

「それで、午後からはアンタ達はどうするつもりサ?」

 

シャイニィは先に食事をしていたのか、ダイニングのソファでぐっすりと就寝中。

けど、私達が出かけると思ったのか、駆け寄ってくる。

 

「俺は…このビデオデッキを持っていきます。

修理がすんだら釣り場で渡すように待ち合わせしていたんです」

 

ああ、そう…またあの場所に行くのサね…。

ちょっと心配だから私も同行しよう。

普通の御仁であってほしい、そう思う。

 

どこで何をそうやったらこんなことになるのサ…。

 

そう、思ってたのに…

 

「ゼヴェルさ~ん!

ビデオデッキの修理ができましたよ」

 

「ほほう、もう直ったのかね」

 

釣り場の中から返事を返したのは初老の男性。

オッサン(ローマ法皇)、アンタそんなところで何やってんのさ…。

 

「はっはっは、ありがとうよ、ウェイル君。

これで孫が送ってきたビデオレターがまた見れるよ」

 

「結構難しかったですけどね。

朝からずっとやってこの時間ですから。

役に立てたなら嬉しいですよ」

 

それからも他愛の無い会話が少しだけ続き、解散になった。

オッサン(ローマ法皇)とは視線が重なったが、合図を出された。

『私の正体は秘密で頼む』、と。

…正体を隠してるオッサンは一人だけじゃないんだが…。

 

「どこで何を間違えたらこんな御仁どもに好かれるのサ…」

 

今日この場に来ているものはといえば…オッサン(国家主席)オッサン(マフィアのボス)オッサン(警察長官)オッサン(ヴェネツィア市長)オッサン(中学校校長)オッサン(大病院院長)オッサン(国防大臣)、最後にオッサン(ローマ法皇)

この場に襲撃でもあろうものならば、イタリアは国家情勢が一気に傾く。

このオッサン共、護衛とか一人もつけてないんだから、本人としては御忍びのつもりなんだろう。

もしかしたら、互いに互いの正体を知らないのかもしれない。

身辺警護はどうなってんだか。

 

「さてと、釣り釣り♪」

 

釣りってそんなに楽しかったっけ?

私からすれば頭痛を引き起こす要因でしか無いんだが…



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第9話 昏風 悪夢と思い出の節目

Q.体育祭編での山田先生のコスチュームって誰のコスプレだったんですか?
P.N.『変態お面』さんより

A.『テイルズオブレジェンディア』の『グリューネ』です。
彼女のドレスは『ブリオー』とか呼ばれる種類のものだと耳にしたことがありまして。
コレを山田先生が来てみればムチムチパツパツに(殺


剣道は…本当はやりたくて続けていたわけじゃなない

 

惰性で続けていたんだ

 

続けていることに本当に意味があるのだろうかと疑ってしまっていたんだ

 

『継続は力なり』

 

  姉の繰り返している言葉は信じてた

 

だけど現実は非情だった

 

どれだけ頑張っても  兄と、  姉と比較され続けていた

 

手にまめが出来ても、それが潰れて血が出ても、俺は頑張った

 

頑張ったんだ

 

だけど、結果は出なかった

 

比較され、劣っているといわれるのが結果だった

 

 

 

「……痛………!」

 

今日も(・・・)だった

 

  兄と、門下生の皆から袋叩きにされた

 

特訓だと言って、一本取られる度に交代を続け、試合を続けさせられる

 

相手は門下生の半分以上

 

しめて20人以上だった

 

インターバルも無しに試合を続けさせられ、フラフラになっても休ませてくれない

 

喉がカラカラになっても水分補給する暇も与えてくれなかった

 

防具が重石になり、竹刀を持ち上げることすら出来なくなっても、終わりはなかった

 

疲れきって声も出なくなり、大上段から振り下ろされた竹刀を受け止める事も出来なくなり、防具越しに衝撃が駆け抜け、俺は気絶した。

 

目覚めたそこは道場の片隅だった

 

疲労がひどくて体がマトモにいうことをきいてくれない

 

眩暈が酷くて、喉がカラカラで、体が重くて、意識も朦朧としてる

 

「…帰ろう…」

 

もう夕方だった

 

  姉も今日は珍しく帰ってくるって言っていた

 

普段はどこで何をしているのかは教えてもらえなかったけど、帰ってくるという事実だけは嬉しかった

 

居場所なんて無いって判ってるけど

 

フラフラとしながらも、竹刀を杖にして立ち上がる

 

立ち上がってから、苦労しながらも防具を外す

 

この防具は、道場の倉庫にいつもしまっているから、今日もコレを運ばなくてはならない

 

この体の状態で、運べるかは判らないけど、やっておかないと文句を言ってくる人もいる

 

「こんな事になるなら…剣道なんてやらなきゃ良かった…」

 

  姉の勧めで始めることになったこの剣道

 

  兄は始めてからも破竹の勢いで上達していった

 

大会にも早くに出ていて、昨年は小学二年生でありながら試合で『副将』を任されていた

 

今年の大会では『大将』を任される可能性が在る、とまで言われてた

 

道場始まって以来の最年少での『大将』の座を得るかもしれない、と称賛されていた

 

俺だって頑張った

 

なのに、そんな兄と比較されるばかりで

 

我武者羅になって頑張った

 

けど、誰も褒めてくれなかった

 

やりたくなかった剣道でも頑張った

 

頑張って…頑張って…頑張って…いつまで頑張ればいいんだろうって思ったんだ

 

 

 

 

そんな日々の帰り道、気まぐれに寄り道をしていて、その光景を見たんだ

 

近くの河川敷で野球をしている人たちを

 

野球をしていたのは、年上の人ばかり、初対面の中学生ばかりだった

 

でも、たとえミスプレイをしてもそれを蔑む人はいなかった

 

ミスをしても互いに明るい言葉を掛け合う

 

その光景に憧れた

 

相手は年上の人ばかりだったけど、俺が見ているのを見つけるなり、面白半分で俺を誘ってくれた

 

初めてグローブを左手に着けた

 

白球が飛んできて、俺のグローブに収まった

 

それを幾度も繰り返し、ぎこちなかったけど、それでも初めてバウンドもさせずにキャッチしたら周囲の中学生達は褒めてくれた

 

もしかしたら居場所を掴めるかもしれない

 

そう思ったんだ

 

だから…俺は…

 

剣道の合間だけでもいい

 

数少ない楽しみであってもいい

 

興味の範囲だとか言われても良い

 

野球をやってみたいと思ったんだ

 

 

 

 

 

 

フラフラになりながらも防具を脱ぎ、倉庫に押し込む。

 

竹刀も置き場に戻し、倉庫のドアを閉めた

 

誰も居なくなった…そう思った道場に女の子が来ていた

 

もう時間が過ぎているのに、まだ胴着を来ていた女の子が

 

それが誰なのかは知ってる

 

この道場の師範の次女だった

 

特に親しい訳じゃない

 

寧ろ、  姉と  兄に憧れていて、俺は目の敵にされていた

 

「待て  !」

 

「…何?もう帰るんだけど?」

 

もう、疲れてるんだ

 

「稽古の途中のあの情けない姿は何だ!?」

 

『情けない姿』ってどの姿?

 

思い当たることはいくつもあるから判らない

 

稽古の途中にはいろいろと考えてた

 

野球の事とか、家での事とか、夕飯の事とか、色々と

 

言ってしまえば雑念だらけ…というか、それしか頭にない状態で竹刀を振り続けていた

 

「近日中に試合を行うというのに、それにあたり  と大将を巡って試合を行うというのにその体たらくはなんだ!?」

 

「…へぇ、そんな話になってたのか…」

 

…というか、俺が  兄と大将の座を巡って試合?

 

辞退しようかなぁ

 

「聞いていなかったというのか貴様!?」

 

さっきからこの子、怒鳴ってばかり

 

いや、俺と相対しているときにそれ以外の様子を見たことは無いけどさ

 

「うん、聞いてなかった。

だから初耳だよ」

 

そう告げると、目つきがより酷くなる

 

もう関わっていられなかった

 

だから、帰ろうとした

 

「ふざけるなぁぁっ!!」

 

肩を捕まれ、引き倒される

 

目に映るのは道場の天井

 

追って感じたのは背中全体に襲ってくる激痛

 

 はそのまま続けて怒鳴ってくる

 

怒鳴り散らしてくる

 

『情けない』だの、『お情けで道場に通わせてもらっているくせに』とか『一度も試合で勝てたことが無いくせに』とか『お前は大将に相応しくない』とか

 

『勝てたことが無い』のはというのは誤りだ

 

試合では幾度か勝ったことがある

 

そのたびに『何かズルをした』と言われ罵られたけど

 

練習が終わった後、帰り道でも袋叩きにされた

 

 

 

少しだけ考えてみる

 

次の道場試合では大将戦を捨て、副将以下で勝ち星を掴ませよう、とかそんな感じなんだと思う

 

お飾りで大将にされても嬉しくもなんともない

 

「俺は今日は、もう帰るから」

 

怒鳴ってくるのを右から左へと受け流し、俺はフラつく体で起き上がり、立ち上がった

 

「待て  !話はまだ終わってないぞ!」

 

「…話っていうか、一方的に怒鳴ってるだけじゃないか」

 

実際、 とは会話が成立したこともない

 

事実、ただの一度も

 

「大将は…どうなってもいい、なれようと、なれずに終わろうと。

もう、コレでいいだろう…。

正直、剣道は続ける気になれないしさ…」

 

それで終わらせようと思った。

 

だけど、終わらなかった。

 

むしろ、やりたい事も出来ずに終わるという、すべての終わりだったかもしれない

 

「この…痴れ者があああぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

怒鳴る声が耳を劈いた。

 

続けて襲ってきたのは、右の二の腕に襲ってくる凄まじい痛みだった

 

ビキ…

 

そんな音が耳を突き抜けたのは幻だったのかもしれない

 

だけど、激痛は現実だった

 

「…が…あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」

 

立っていられない

 

思わず跪く

 

「お前なんかが!

  と同じ場所に立っていていいわけが無い!」

 

二度目の激痛が右の二の腕、肩寄りの場所を襲う

 

「誰にも勝てない出来損ないなんかが!」

 

三度目の衝撃は背中に襲ってくる

 

それでも何とか の様子を見る

 

いつの間に、どこから調達してきたのか知らないが、木刀が握られていた

 

右腕は…痛くて動かせない

 

痛みで足も動かない

 

呼吸さえできなかった

 

「~~~~~~~!」

 

四度目の激痛が襲ってきた

 

今度は肘寄りの場所

 

なんとなくだけど理解ができる

 

右の二の腕の骨を骨折したか、ヒビが入ったかしている

 

「  くん!」

 

「無事かね!  君!」

 

薄れていく意識を舌を噛んで保つ

 

師範と…長女の さんがそこに居た

 

助けてもらいながら起き上がる

 

 は、神社の宮司さん?だとかに取り押さえられていた

 

「師範…それに…… さん…」

 

肩を貸してもらい、なんとか立ち上がった

 

「お疲れ様です、じゃあ…俺はこれで…」

 

振りほどいて歩こうとしたけど、疲労と激痛で数歩歩いたのが限界だった

 

意識が、そこで途絶えた

 

 

 

気が付いた頃には、30分ほど経っていたらしかった

 

変わらず道場の天井が目に入った

 

「…痛ッ~!」

 

一瞬で朦朧としていた意識が現実に叩き戻された

 

右腕には、包帯を巻かれて固定されているだけ

 

「右腕だけど…」

 

声が聞こえた

 

視線を向けると、 さんがそこに居た

 

「二の腕の骨、上から下までヒビが入ってる。

私から見ても、全治二年。

だけど大丈夫、このまま病院に搬送してもらおうって事になってるから、お医者さんに診てもらえば、きっともっと早く回復が…」

 

「要らない」

 

話の途中なのに、俺はぶっきら棒な言葉で斬って返した

 

「だけど、診てもらったほうが、まだ…」

 

「もう、竹刀を握るつもりなんて無かったんです。

道場で門下生同士で諍いが起きてけが人が出た、なんて話になれば、師範の顔に泥を塗ることになる」

 

包帯を剥ぎ取り、右腕を見下ろしてみる

 

青い痣が三か所、クッキリと残り、痛々しく腫れ上がっていた

 

痛みのせいで、手を肩の高さにまで持ち上げることもできない

 

手を握ったり開いたりするだけでも痛みが腕を突き抜けた

 

「でも…」

 

「階段から転げ落ちて右腕を故障した、それを理由にして剣道を辞めた、それでいいです。

だから病院には行かない、  姉にも  兄にも、本当の事は言わないでください」

 

「駄目だよ…それじゃぁ、  くんが…」

 

やりたくない事は在った

 

それをようやく辞められる

 

やりたい事は見つけたばかりだった

 

それはもう出来ないのだろう

 

俺にはお似合いの話だった

 

「お願いです」

 

「………………」

 

「それと、師範にも伝えてください。

俺を『破門処分にしてくれ』って」

 

それだけ言って、俺は道場から出た

 

神社の境内を歩いている最中、痛みが酷くなって歩くのも嫌になった

 

何かの本で見たことがある『骨折時の応急処置』方法を思い出し、それを実践した

 

落ちていた太い木の枝を拾い上げ、それを二の腕に包帯で括り付ける

 

痛みを耐えるために歯を食いしばり、歯が割れた

 

『添え木』とか言うんだっけ?

 

まあ、何でも良いや

 

「…帰ろう…」

 

 

それからの生活には色々と支障が出た

 

俺の利き腕は右だったから

 

利き腕を変える必要があった

 

右から左へと

 

三日経ってから、  兄の告げ口で  姉には、俺が道場に行くのを辞めたのがバレた

 

腕を故障したのを知るや否や、回復後にはまた剣道をさせようと  姉は説得してきたけど、俺はそのことごとくを受け流した

 

受け流すその場で叱られ続けた

 

道場の次女の は…知らないけど、剣道を続けているのだろう

 

他の道場との試合では、  兄が大将をすることになり、日々それを自慢話として聞かされた

 

もう、どうでも良かった

 

 

 

日々を送るのに疲れた

 

 

 

家族といるのが苦痛だった

 

 

 

生きていることにも涸れ果てていた

 

「  、  はまだ剣道を続けているんだ。

その弟であるお前が挫折するなど、情けないと思わないのか」

 

  姉の言葉は乾いていた

 

『情けない』からって何なんだ、『情け』が無いよりずっといい

 

 

 

それからは、眠れない日々の連続だった

 

学校内での迫害は勢いを増した

 

『出来損ない』『挫折者』

 

そんな言葉はもう聞き飽きていた

 

右腕を庇っている事を知られたら、そこを狙って攻撃されることも少なくない

 

助けてくれるのは二人だけだった

 

『五反田 弾』『御手洗 数馬』の二人だった

 

だけど、焼け石に水だった

 

「挫折なんて誰だって在るだろ?

俺だってサッカーをしたかったけど、料理だってやりたい、けどどちらかだけしか選べないから片方を選ぶしかできなかったんだよ」

 

「僕も似たようなものかな。

それに勉強だって似たようなものだろ?

理系もいれば文系もいるって感じでさ」

 

俺なんて二人の言ってる部類にはどちらにも入れない

 

剣道は惰性で続けていて、つい先日破門処分…というかそうしてくれと願い出た

 

確認まではしてないけど、今頃は正式に除名されている筈だ

 

理系というわけでもなければ文系でもない

 

やりたくないことを惰性で続けて、勝手に辞めて

 

やりたいことを見つけたのに出来ない内に諦めるしか出来なかったわけで…

 

けど、それを知っても二人はあくまでも友人として接してくれるようになった

 

そのことに関しては心の底から感謝している

 

きっと、人生を使い切っても返しきれない大恩だから

 

暑苦しい男同士の友情とか言われるものかもしれないけど、それでも良いんだろう

 

 

 

 

それからも  兄からの迫害は続いた

 

それは弾や数馬にも害は及んだ

 

俺は傷つく二人を見ていられなくて、縁を切ろうとしたけど、二人は頑として聞き入れなかった

 

「当たり前だろ、ダチが傷つくのを見てほっとけるわけないだろ」

 

「やましいことがなければ堂々としていればいい。

悪いことをしていないのなら堂々と胸を張っておけばいいんだから」

 

「開き直りって言うかもしれないけどさ、ワハハ」

 

この二人の友人は希望だった

 

数少ない救いだった

 

 

 

「どうしたんだ、その傷は?」

 

二人と知り合ってから数週間程度経った頃だった

 

二人があちこち青あざだらけに傷だらけになっていた

 

保健室から出てきたけど、そのケガのひどさは何となしに判った

 

「喧嘩しちまってよ、いやぁ善戦してたんだけどなぁ」

 

「まさかあそこで負けるとはね」

 

「喧嘩の相手って……  兄とだったのか?」

 

「いんや」

 

時には二人が無理をしているようにも思えた

 

けど、隠されてると思ったんだ

 

なにかの秘密を

 

その予想は嫌なことにも的中した

 

その日の夜、自宅で

 

  兄に、階段から蹴り落された

 

「お前が悪いんだぞ。

雑魚とはいえ、あの二人を俺に喧嘩を売らせるように仕組んだお前がな」

 

  兄の口元は吊り上がっていた

 

繊月(悪魔の嘲笑)のように

 

もののついでに…腕の傷が余計にひどくなって完治まで遠のいた

 

少ない小遣いを少しずつ少しずつ削り、湿布や絆創膏、包帯を買っては身に着けるのが日常になっていた

 

でも  姉にはバレたくなくて、血の付いた包帯はクローゼットに隠し続けた

 

湿布や絆創膏は新聞紙にくるんでゴミ箱に隠し、ごみの日には出した

 

だけど、体の痛みからは解放されなかった

 

どこか、あたたかな場所なんて在るのだろうか

 

あるのなら、そんな場所を求めたかった

 

 

 

 

バキィッ!

 

「ガハッ⁉」

 

少なくとも、此処じゃない

 

「出来損ないは頭の中まで腐っているらしいな。

二人がかりで  を襲わせるなど…恥をしれぇ!」

 

こんな場所じゃない

 

俺は何もしていないのに

 

冷たい場所は嫌だ

 

なんで俺が殴られなきゃならない

 

「辞めろテメェッ!!」

 

ドガァッ⁉

 

微かに見えたのは、誰かが に飛び蹴りを炸裂させる瞬間だった

 

「一夏、大丈夫か⁉」

 

「…数馬、か?」

 

「俺も居るぜ」

 

弾もそこに居た

 

肩を貸してもらいながらなんとか立ち上がる

 

繰り返し殴られたせいか、背中が酷く傷んだ

 

「数馬、ひとまず俺の家に運んでやってくれ!」

 

「判った!」

 

「そこを退け!その卑怯者を叩き直してやらねばならんのだ!」

 

「うるっせぇっ!卑怯者はテメェだろうがぁぁぁぁっっ!!」

 

その後のことは詳しくは知らない

 

路上で大喧嘩をしていたらしいけど、どんな結果になったのかまでは

 

 

 

 

「こりゃ酷い傷だぜ坊主、病院にも行ったほうが良いぞ」

 

弾の爺さんであるらしい厳さんに看てもらったけど、そういう判断に終わった

 

だけど、これ以上世話になるのが嫌で俺はその誘いには断った

 

「だがよう…」

 

「これ以上、迷惑をかけたくないんです。

それに…  姉にだって知られたくない…」

 

「馬鹿野郎、子供なら大人を頼れ!

それは『迷惑』じゃなくて『当たり前』ってもんだろ!」

 

「…俺個人の問題なんです…。

じゃあ、学校に行きますので」

 

包帯を巻きなおし、制服を着てから俺はカバンを掴んで弾の家を後にした

 

門の前、弾が待ってくれていた

 

制服はところどころ破れているけど、軽傷なんだろうと悟る

 

「大丈夫なのか、弾?」

 

「お前そのセリフは鏡を見て言えよ。

お前のほうがよっぽど重傷だろうに、病院連れて行こうか?」

 

「病院は…いいよ。

そんなところよりも学校に行こう」

 

「病院を『そんな所』って…一夏もヤキが回ったね…」

 

病院には何故か良いイメージが湧かない

 

出来ればお近づきになりたくない場所だ

 

「ところで一夏、右腕の事だけどよ」

 

「誰にも言わないでくれよ、頼むから」

 

「…判った」

 

骨折し、右腕には添え木をしているだけで、それだけの処置だ

 

だから今は右腕は使えず、日々の生活にも苦労している

 

もう一本、右腕があれば良いんだけどな…それじゃあ人間ではなくなってるだろうけど

 

 

 

 

それから少しだけ経った

 

何とかプログラムが実施され、篠ノ之家は離散することになった

 

道場は、上段者が看板を預かることになり、形だけは維持されているらしい

 

人から聞いた話でしかないけど

 

「幼馴染が引っ越すことになるんだ。

別れの挨拶くらいしておけ」

 

神社の前まで連れていかれ、やむなく挨拶をすることになった

 

  兄と は、賽銭箱の前で何か仲良く語り合っている

 

まるで、仲のいい友人同士を超えた何かがあるかのように思えたのは、きっと俺の気のせいなんだろう

 

「私は柳韻さんに挨拶をしてくる。

お前は と挨拶してこい」

 

無理矢理に  姉に背中を押され賽銭箱の前まで連れていかれた

 

でも、何も話す事なんて何もなくて、二人の様子を少し見ただけで離れようとした

 

「お前、何も言わないのかよ?

長い間世話になってた幼馴染が引っ越すことになったんだぞ」

 

「…俺は何も世話になってないよ」

 

そんな言葉が自然と口から零れ落ちた

 

だけど、正直な話だ

 

何かあれば悪罵の吐き場所にされた

 

何かあれば暴力を振るわれ続けた

 

その結果が…コレだ

 

「辞めたいと思っていたことは辞めることができた。

でも、やりたいと思ったことは…もう出来なくなった。

たったそれだけだ。

もう、顔を合わせることも無くなると思っただけで、安心したよ」

 

それだけ吐き出すのにも時間はかかった

 

俺は を幼馴染だなんて思ったことはなかった

 

『関わりたくなかった他人』なんだ

 

関わりたくなくても、因縁を吹っかけて暴力に走る

 

そんな認識でしかなかった

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

ほら、まただ

 

背後から蹴り倒された

 

そのまま二人がかりで殴られる

 

こんな二人と何の関係も持っていたくなかったんだ

 

「続けていたことを捨てても、やりたいことを見つけたんだ。

それをやりたいと思っただけだったんだ…。

挑戦してみたいって思ったんだ…なのに…なんで…なんで…」

 

「お前が未熟だからだ!

情けないぞっ!  さんの弟のくせに!」

 

胸を蹴られ、いやな感触が続く

 

その感触を最後に意識が途絶えた

 

 

 

気づいたそこは自宅の玄関前だった

 

横目で確認すると、そこには  姉が居た

 

肩を貸してもらった状態でここまで運ばれたらしい

 

「一夏、何故最後の時だというのに喧嘩を売ったんだ?」

 

でも、最初の言葉は刃のように冷たかった

 

「…何のこと?」

 

「  からその時の状況を聞いた。

まるで を貶めるようなことを口にし続けた、とな。

何故そんなことを口にしたんだ?幼馴染だろう⁉」

 

他人だよ

 

そしてこの人も

 

それを今さらになって思い知った

 

俺には家族だなんて居なかった

 

そこに居たのは『同じ屋根の下の他人』でしかなかった事を

 

だから、改めて識ったんだ

 

俺は…『命を宿した時点で捨子だった』のだと

 

 

 

「お前、また傷だらけになってるのかよ」

 

「これくらい大丈夫だよ」

 

休日は弾の家に避難させてもらっていた

 

厳さんの厳つい顔に出迎えてもらいながらも、俺は奥の席に座っていた

 

添え木をしている右腕を使えない為、食事…というか箸も左手で扱うのが存外に難しく、この場を借りて練習していた

 

今は箸で大豆を皿から皿へと運ぶ練習中だった

 

あたり前な話だけど、途中で何個も落としてしまっている

 

「だけど、これで少しは落ち着くんじゃないのか?」

 

「どうだろうな、数馬も弾も…もう必要以上に喧嘩なんてしなくなってくれればいいんだけどな」

 

「そっちかよ」

 

当然の話だった

 

『俺』を原因として他人と親友が喧嘩なんてしないでほしい

 

これはまごうことなく正直な本音だ

 

「けどさ、あんな暴力女が居なくなっただけでも安心だろ」

 

「僕も同感だよ。

この前は返り討ちにしたけど、相手をするのも面倒だったし。

公衆の面前で一方的に暴力を振るう人がいなくなって安心だよ」

 

弾も数馬も喧嘩はそこそこ強い

 

けど、返り討ちにしていたなんてな

 

その腕前に驚きだ

 

「今度転校生が来るらしいけど、その人はマトモな人であってほしいな」

 

ぅん?転校生?

 

「転校生なんて来るのか?

その情報は俺は知らなかったけど」

 

「へっへへへ、職員室に書類届に行った際にちょろっと話を聞いたんだよ。

外国からの転校生らしいぜ」

 

へぇ…外国からの、か

 

その人とは…距離を開けた方が良いのかな…なんて、さ

 

けど、もしかしたら…なんて夢を見るくらいは良いよな…?

 

翌年、進級した先のクラスで、俺の席は、窓際の最後部

 

グラウンドを見下ろすことができる昼寝しやすい席だった

 

それと、空を見上げることができる都合のいい席だ

 

繰り返される苦痛の日々の中、彼女は唐突に現れたんだ

 

「凰 鈴音…です」

 

俺の隣の席、話に聞いた転校生の席はそこだった



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第10話 白風 目覚めたときに

今回登場する人物について

ガリガ・スタンダイン
シャッポと呼ばれる帽子を愛用し、葉巻と一緒にトレードマークにしているナイスミドル。
釣りをする際には生餌ではなく疑似餌を使用する派。
ウェイルからすれば釣り好きの気のいい近所のオジさん。
だがその正体は、イタリア随一の巨大マフィア『スパルタクス』の13代目大頭目。
表事業としても有名ではあるものの、裏仕事も色々とこなす。
配下は末端まで含めれば3000人とも5000人とも言われている。
だがウェイルはその事実も真実もを知らない。

ウェイルの家の近所に家を購入しているが、実はセカンドハウス。
釣りに於いて必要な『糸の結び方』をウェイルに教授した。
なお、釣り場では葉巻もたばこもパイプも控えている。


朝、目が覚める。

 

その時には視界が滲んでいる時があった。

 

それは普段の生活でも、授業中に居眠りしてしまった時も。

 

冷たい闇の中、知らない誰かの名前を呼びながら、俺に向かって走ってくる女の子。

 

涙を流しながら、髪を振り回しながら

 

「今日も、か…」

 

これで何度目になるのかは判らない。

 

繰り返し同じ夢を見続けているからか、今と昔とで、その女の子の様子が違っているかのように見えた。

最初の頃と比べ、その女の子は髪が伸びていたかのように思える。

なのに…どうして顔を思い出すことができないのだろう…?

なんで…手を差し伸べることができないのだろう…?

 

「なぁ…」

 

膝の上に座るシャイニィを撫でながら、頬を伝う涙を拭う。

こんな顔、メルクには見られたくない。

 

「おはよう、シャイニィ」

 

夏、メルクは合宿に出向いており、今は家に居ない。

アリーシャ先生もそれに関係しているのかは判らないけど、ここ最近は家に来てくれない。

家には、俺と両親と、シャイニィだけだ。

私服に着替え、洗面所で顔を洗う。

髪は…染めるかどうかで悩んでいたけど、両親にダメ押しされて白髪のままだ。

 

「おはよう、父さん、母さん」

 

「おはよう、ウェイル」

 

「朝食、出来てるわよ、一緒に食べましょう」

 

「その前に走り込みしてくるよ!」

 

こういう当たり前にありうる光景に、俺としては今になっても感動することがある。

もちろん、メルクやアリーシャ先生が居てくれれば、この空間も完成するんだろうけど。

 

今では見慣れたコースを緩急をつけたりして走るのに見慣れてきてる。

だから走るのは朝だけでなく夕方にもすることにした。

 

「いただきます」

 

朝食はカリカリになるまで焼いたトースト。

そこに気に入っているトマトジャムを塗ってから食べる。

コーンスープも温かみがあっていい。

母さんの料理の腕は凄い、ご近所さんの話では『国際の場でも出せる』と評判だ。

そんな腕前を家族のためにふるってくれてるから頭が下がるよ。

それにその料理の腕を俺やメルクにも仕込んでくれてるから猶更。

 

父さんはといえば、色々な企業をまたにかけてる機械関連のトップクラスだとか。

船に車に飛行機と機械関連では有名人らしい。

で、俺にも機械関連のメンテナンスを教えてくれてる。

ここ最近、DVDプレイヤーの修理もできるようになった。

難しくて徹夜しちまったけど。

 

「ウェイルは今日はどうするんだね」

 

「ううん…メルクは合宿に出向いてるくらいだし、俺はそのエンジニアになるって決めてるから、その勉強をするよ」

 

つまりは、ISのお勉強だ。

ISは女性だけが起動可能。

そんなのは世間の常識であり、俺だって知ってる。

だけど、製造過程に於いては話は別だろ?

それにエンジニアに男性が入ってるって話もよくあるらしい。

扱いがひどいのは世間の情勢らしいけどさ。

だけど、『搭乗者がエンジニアを直接指名』した場合はそれからも出られるとか何とか。

そんなわけで俺もISに関しての勉強は夏の少し前からずっと続けてる。

頭が悪いのに徹夜してまで勉強とか頭が痛くなりそうなのが最近の悩みだ。

 

「なぁ!」

 

「いけね!寝そうになってた!?」

 

勉強中の居眠りは宜しくない。

先生に放課後呼び出されたりと色々と面倒だもんなぁ…。

眠りに落ちそうになる度に起こしてくれるシャイニィに感謝感謝。

 

「えっと…イタリアでの開発主体機はテンペスタだったな…」

 

アリーシャ先生が搭乗している機体とてその機体だが、チューンナップされて、今は『テンペスタⅡ』という事になってるらしい。

俺は直接その機体を見せてもらった事は無い。

本当に必要な事態とかにならなければ無断展開は禁止されてるとか。

結構規則が厳しいらしい。

そこでメルクが定期購読している雑誌『インフィニット・ストライプス』を見せてもらった。

アリーシャ先生に関しての特集もあったらしく、その機体の写真も載せられていた。

シャイニィも一緒に載ってたな。

 

アリーシャ先生の機体は、髪の色に合わせてか茜色だった。

この色は正直好きだと思う。

夕暮れの色に近いから。

 

「夕暮れ、か…」

 

なぜこの色が好きになったのかはよく判らない。

俺自身、夕暮れに何かあったのかな?

思い出せないのなら気にしても仕方ないな。

次に行ってみよう

 

「うわ…難しいな…」

 

ISは現代機械の最高峰に近いものらしいから、課題はたんまりだ。

参考書で山になりそうだ。

勉強って…辛いな…、頑張ろう。

 

 

 

機械いじりは多少は得意な分野に向いてるけど、ISはすごく難しい。

イタリアのうりでもあるテンペスタでもかなりの困難ばっかりだ。

テンペスタの特化している機能は『機動性』。

縦横無尽に、そして他国の機体では決して追いつくことすら出来ないスピード…らしい。

それゆえに『世界最速の翼』。

 

う~ん、その機体でみられる光景、見られるものなら見てみたいなぁ。

海にも出られるし、沖合で釣りとか出来そうだよなぁ、クルーザーだとか用意する手間も省けるじゃないか。

燃料代とか気にしなくていいし。

 

それに通信機も使わずに遠方とも連絡が取りあえるらしい。

一人用クルーザーもどきとしては夢のようじゃないか。

 

「でも、兵器なんだよな…」

 

これだけの機動性と性能がありながら、その使用用途は「兵器」だ。

 

・女性のみ起動可能

・女性の中でも先天性の適性が必要

・適性次第で性能が著しく上下する

・量産不可

・コアの製造は不可

 

…こうやって考えるとISって欠陥ばっかりだよな…。

兵器じゃなくて作業補助システムだとか、宇宙進出技術とかに使えばいいのに。

それに、釣りとか釣りとか釣りとか。

 

今日も今日とていつもの釣り場に出向いて釣り糸にルアーを結び付け、それを水面に投げた。

さあて、今日はどんな魚が釣れるかな、と。

 

「なぁぁぁ…」

 

シャイニィも俺の膝の上で丸くなって視線は釣り糸を垂らした先へと向いている。

釣れるのが楽しみだよなぁ。

 

「坊主、今日も来てたのか」

 

「ガリガさんこそ、今日も釣りですか?」

 

「おうよ、あの青っ白い奴に勧められたがいいが、ここまでのんびりできるものは無いぜ」

 

この釣り場の常連でもあるこのオジサン…ガリガさんは葉巻とシャッポがトレードマーク。

時々だけど、葉巻がパイプに変わったりするけど、普段は何をしている人なのかは知らない。

釣り好きに悪い人なんていないだろうから気にしないけど。

 

「よし、さっそく一尾目が来た!」

 

「なぁっ!」

 

釣り竿を傾けながらもリールを巻き上げ、一気に引き寄せる。

手ごたえからして…少しだけ大きめの小物だな。

よし、夕飯はコイツをグリルにしよう!

 

「調子が良いじゃねぇか、ウェイル!」

 

「どうも!」

 

水面から出てきた魚は…15cmほど。

口元からルアーを外し、そそくさとバケツに放り込む。

途端にシャイニィが尻尾をユラユラと揺らしながらバケツの中に視線をくぎ付けにしている。

コラコラ、露骨すぎるだろう。

 

「嬢ちゃんは…確か、合宿だったな」

 

「メルクが居ないってだけでも、家の中が少しばかり寂しいですよ」

 

「がっはっは!すっかりシスコンだなウェイル!」

 

自覚してますって。それよりも。

 

「釣れてますよ」

 

「うお!?コイツはイカン!」

 

釣り竿がかなりしなってた。

それを見ながら俺も釣り糸を水面に垂らす。

 

「おっ!こっちも来た!釣り糸垂らして5秒も経ってないってのに!」

 

しかも今度は大物だよ間違いない!

今日はグリル!それもちょっと贅沢して塩釜焼だ!

今夜はご馳走だ!

 

「うぉいウェイル!なんでお前さんばかりいつも大物持ってってんだ!?」

 

「さ、さあ…?」

 

ってかかなりの大物だな、コレは…。

持って帰るのも苦労しそうだし、コレはご近所さんにもおすそ分けしよう。

うわ、ラインが切れる!?

持ってかれてたまるかぁっ!

お、重い…!

 

「ぜりゃぁぁぁぁっ!!」

 

「こりゃまた凄い奴を釣り上げやがったなウェイル!」

 

釣り上げるまで、気づけば15分も経過していた。

しかもどこから来たのか、周囲はまた多くの人が集まっていた。

 

「取り込み、始めるぞ!」

 

「ウェイル、岸にもっと寄せろっての!」

 

「凄ぇなオイ、コイツは何なんだ?新しいヌシか!?」

 

タモを使おうとしたけど、入りきらない。

仕方なく水面に飛び込み、エラのあたりに手を突っ込んで…持ち上げられない。

これまた仕方なく背に担いで桟橋へと乗り上げた。

 

「がっはっは!

凄ぇ獲物じゃねぇか!」

 

今までにない程の釣果だった。

メジャーで測ると…うわ、マジかよ。

192cm、重量は75956gだった。

疑う余地もない程に、今までにない最高の獲物だった。

 

「なぁ!にゃぁぁ~!」

 

「今夜は楽しみにしててくれよ、シャイニィ」

 

「だぁぁッ!?ルアーを持ってかれたぁっ!?」

 

お隣のガリガさんはラインが切れたらしい。

まあ、時にはそんな時もあるって。

 

空を見上げてみる。

今日は雲一つない快晴だ。

こうやって空を見上げていると眠たくなってくるんだよなぁ。

それと、夢の中でのことを思い出す。

 

「あれ、誰なんだろうなぁ…」

 

夢の中、俺ではない誰かの名前を呼びながら、泣き叫びながら手を突き出してくる小さな女の子。

夢の中という都合によるものか、どうしても素顔を思い出すことができない。

メルクではないのは確かな話、メルクは髪を伸ばしているが、夢の女の子はツインテールとかいう髪型だ。

それに…繰り返して見ているからか、なんとなく察してしまうものなのかもしれないが…その女の子は、成長しているようにも見えた。

…気のせいかどうかは判らないけど、それだけは察している。

 

後は…悪夢、か。

アリーシャ先生に叩き起こされた日、俺は悪夢に魘されていたのかもしれない。

その日の夜に見ていた悪夢の内容はいまだに思い出せない。

ただ…右腕を(・・・)押さえていた、という曖昧な情報くらいだった。

俺の利き腕が左腕なのと関係あったりするのだろうか?

 

「お、今日はもう帰るのか?」

 

「ええ、大物が釣れましたし、それにシャイニィが待ちきれないみたいで」

 

さっきから肩に上ってきてしきりに毛並みを擦り付けてくるからくすぐったい。

はいはい、今日の夕飯は奮発するからそれくらいにしてくれ。

今日も爆釣日和でした、と。

 

「ただいまぁ、今日も大物を釣って帰ったよ」

 

「おかえりなさいウェイル」

 

「おお、コレはまた大物だなぁ」

 

母さんも父さんも大物を見て大喜び。

こういう風景って良いよなぁ。

この感覚を大切にしていきたい。

将来一人暮らしとか悪夢に思えてくるよ。

 

「本当に大きいわね…早速だけど切り分けちゃいましょうか」

 

「ご近所さんにもお裾分けだな」

 

言いながら母さんは大きな包丁で正中線から真っ二つに。

切り身を小さく切り分けてそれはシャイニィの胃袋へ直行。

半分に切り分けたものを俺にパスし、ここからは俺の仕事。

鱗を剥がし、鰭も切り落とし、皮がついたままの魚を捌いていく。

部位ごとにブツ切りにし、そそくさと均等に切り分けていく。

切り分けたものは父さんにパスし、ビニール袋に氷と一緒に入れていく。

これにてお裾分けの準備も完了だ。

自転車の荷台と前籠に切り身を積み込んで…出発!

 

大きな魚の切り身はそれだけでもご近所さんには評判が良い。

こういうのを幾度か繰り返しているからか、俺もすっかりこのご近所には顔が知られている。

やっぱりいいよね、こういう健康的な生活ってさ。

 

太陽が傾き、茜色に染まりつつある頃になり、ようやくご近所さんへのお裾分けも終わった。

自転車でちょっとだけ寄り道をしに回り道をしてみる。

どうしてかは判らないけど、またあの鵞鳥の落書きがされた道へと来ていた。

 

「さすがに鵞鳥の落書きは消されてるか…」

 

傾けてみればウサギにもなる大きな落書きは消されて…というか、上から新しく塗り替えたのか、レンガはすっかり見えない。

…消せなかったから塗り替えたとか、そんな処かな。

それと地面…というか石畳も妙だ。

何かが突き刺さったような所があり、そこを中心にして蜘蛛の巣状に亀裂が走ってる。

なんだろ、アレ?

 

「おやぁ?また此処に来てくれるなんて、そんなに私に会いたかったのかな?嬉しいなぁ」

 

また、その声が聞こえた。

前?それとも後ろ?

判らない、声が反響を続けるような場所じゃないのは判ってるのに。

右?それとも左?

 

「ああ、ごめんね、怖がらせちゃったかな?

…コレならどうだろう?」

 

カチリ、と何か音が聞こえた気がした。

それで声が一方からだけ聞こえてくる。

あの鵞鳥の落書きがされていた場所から。

…えっと…スピーカーか何かしかけてる、とか?

 

「…帰り道のついでに寄り道しただけだよ」

 

あの声、どこで聞いたのかは判らない。

聞いたことがあるような、初めて聞くような…そんな特徴のない声とでも言えばいいだろうか…?

 

「そっかそっか。

それで、余った切り身があるみたいだね、私にもお裾分けしてくれるのかな?

嬉しいなぁ、美味しそうだなぁ、貰いたいなぁ」

 

「…あざとい…」

 

「酷いぃぃ…」

 

ついつい反射的に声に出てしまってた。

だって仕方ないだろ、俺よりも視線が魚の切り身に向かってそうだったんだから。

いや、そうに違いない、この人の視線は俺ではなく、自転車の前籠に集中していたんだろう。

どこから見てるのかはわからないけど、その程度は判るぞ!

…俺を見てくれと言ってるわけじゃないけどさ。

 

「…帰る」

 

「あ、ちょっと待ってぇ~っ」

 

サドルに跨り、立ち漕ぎまでしてすっ飛ばして帰った。

変な叫び声が聞こえてきたけど、無視だ無視。

 

それと…夢の中に出てくる女の子は、あの声の主ではなさそうだった。

声の主のことは気にしても意味は無いんだろうな、気にしないでおこう。

もしも自宅にまで来たら…よし、通報しよう。

 

 

 

「ただいまぁ」

 

「おかえりなさいウェイル、夕飯はもう出来てるわよ」

 

「今日は塩釜焼だぞ、母さんの料理は豪勢だからな」

 

家の中ではすっかりといい薫りが漂っている。

 

「メルクからつい先程電話が入ったぞ」

 

うん?合宿に行ってるメルクから?

何かあったのか!?

 

「朗報だ、第一次試験を突破出来たそうだ」

 

「おお、凄いな!」

 

だけど…合宿はまだ終わりじゃないらしい。

 

「アリーシャ先生もこの合宿に関わってるのかな?」

 

椅子に座り、切り分けられた塩釜焼を早速口に運ぶ。

うん、美味しいなぁ。

 

「ああ、この合宿では試験官の役を担っているそうだ」

 

アリーシャ先生が試験官か…厳しそうだな…メルクには頑張ってほしい。

俺もメルクの専属エンジニアになるって決めてるから勉強を頑張らないと…。

 

「アリーシャ君も大変だな…試験官の任と一緒に、自身の修行もこなさなければならないとは」

 

「そうね…来年が大会と言っていたからご自分の訓練も並行していかなくてはならないから…」

 

ふぅん、ISは競技として一応は分類しているから、そういう大会とかも存在するんだな…それが来年か…。

アリーシャ先生にはぜひとも応援してほしいなぁ…。

写真では姿を見ることがあったけど、実物も見てみたいよなぁ…。

 

「大会ってどこで開催されるのかな?」

 

「ドイツだと聞いている」

 

ドイツかぁ…遠いなぁ…。行けそうにないなぁ…。

モニターの前での応援ってことになるかな。

 

「他国の競技者も大量に来るんだよな?

強い人が多く集まる光景って迫力在るんだろうなぁ」

 

「まあ、モニターの前で応援をしようなウェイル」

 

父さんの言葉に俺は素直に頷いた。

 

 

 

後日

 

「た!」

 

扉が大きく開かれ

 

「だ!」

 

ドタドタと足音を響かせ

 

「い!」

 

ダッシュの後に跳躍し

 

「まぁぁぁぁ!」

 

メルクが俺に飛びついてきた。

俺、料理中なんだけどなぁ…。

 

「はいはいメルク、久々のウェイルがうれしいかもしれないけど、ちょっとは自重しな」

 

そんなメルクをまるで猫のように首の後ろを掴んで引っぺがすアリーシャ先生。

細い腕でよくそんなことができるなぁ、なんて思ってみれば、その右手は茜色の装甲に覆われている。

あ、もしかしてISを部分展開させてるのかな。

 

「おかえり、メルク。

もうすぐ昼飯が出来るからな。

先に手を洗ってきなよ」

 

「は~い!」

 

アリーシャ先生の手から解放され、床に降り立ったメルクは洗面所へと駆け足だ。

ん~…、なんかメルクの変わりようが凄いことになってるなぁ。

 

「安心しな、しばらく会えなかったから、そのぶり返しみたいなものさ」

 

それであの変化か。

メルクらしいといえばそれになるの…かな?

これから先も少しばかり兄さんは不安だぞ。

 

「そうそう、メルクだけど成績はトップだよ。

これからもあの調子が続けば国家代表候補生にだってなれるサ。

今のところ、その可能性は95%と言ったところサ」

 

わぁ、メルク凄いなぁ。

兄さんも勉強は頑張ってるけど、メルク程の功績は残せてないよ?

さしずめ…『賢妹愚兄』といったところかな。

 

「…ところでアリーシャ先生、いくら家の中でもその恰好は…」

 

「ふふ~ん♪私のスタイルの良さが猶の事良く判るだろうサ?」

 

この人、リラックスしすぎじゃないのかな?

家の中でISスーツだよ。

夏休みに沖合までクルージングで行った際にも、ビキニだのセパレートだのとスタイルを見せつけてきたけど、青少年には刺激が強すぎますって。

父さんだって母さんの手で目隠しされてるほどなんだから。

この人、我が家をコスプレ会場とか思ってそうだよなぁ。

 

「恥ずかしくないんですか?」

 

俺もメルクの手で目隠しされながら言ってみた

 

「私は私の体に恥じるところはないと自負してるサ」

 

…あれ?会話がかみ合ってない?

あ、やば⁉焦げ臭いががががががががが⁉

 

みごとなまでに『焼き魚』にするつもりだったのに、『焼け焦げた魚』に変わりきっていた。

食べられる部位も残ってない、全部真っ黒焦げだった。

仕方ない、作り直そう、使える切り身はまだまだ余ってるんだから。

先日の釣果で冷蔵庫の中はパンパンだ。

 

アリーシャ先生には着替えてきてもらい、食事も新しく作り直した。

着替えた先生は、まるでどこかのモデルのように感じられた。

だって着替えた後の服装は、見覚えがあるレディーススーツ。

参観日の日には必ず()てたっけ。

 

本日のお昼ご飯はシーフードをもあり合わせたグラタン。

これも母さんに教えてもらったメニューだ。

明日にはペペロンチーノを教えてもらおうっと。

 

その日の夜、メルクには合宿でのことを簡単に教えてもらった。

近隣の空軍基地での起動訓練と、座学、簡単なメンテナンスについての事を教わる感じの特訓。

だが軍隊の基地ということで、やはりというか、拳銃での射撃訓練だとか、軍刀での近接戦闘訓練、武器を用いない白兵戦等の訓練なんかがあったらしい。

子供に教えるメニューではないだろうけど、先の事を考えると妥当…なのかな?

とにもかくにも国家代表候補というのは難しいものなんだな…。

 

「代表候補に名を連ねるのは、いくつか可能性があるのサ」

 

「可能性、ですか?」

 

風呂も終わらせ、寝るだけになるのを待つ些細な時間にアリーシャ先生によるIS講義が始まった。

あの…パジャマ着てるつもりかもしれませんけど、ソレ、メルクの寝間着…。

おなかが見えてますよ、冷やしますよ?

けど、そんな非難めいた視線などどこ吹く風、アリーシャ先生の講義が始まった。

 

「候補者として選ばれるのは、適性を持つ者。

この前提は覆らない。

その中から訓練という篩にかけられ、数が絞られていく。

そうやって努力した人の中から選ばれるパターンが一つ目、サ」

 

「ふむふむ」

 

それは身近で言えばメルクだよなぁ。

 

「二つ目は、軍のなかから直接選ばれる場合サ。

これは私が当てはまる」

 

…え?アリーシャ先生って軍人?

気儘に見えるこの人が?

そういえば俺の体力づくりメニューだってアリーシャ先生が考えたものだし、そういう意味では納得かも。

 

「軍人から直接選ばれ、その後になってから機体に合わせたメニューをこなしていくというものサ。

それと同時に後輩の育成義務も発生するハードものサ」

 

「なるほどぉ…」

 

「そして最後に…企業業績を盾にして資格を『買う』とうやりかたサ」

 

…せこい。

そんな人がほかの人を…努力者に対して…言わば『財力』で蹴落とすというのは納得できない。

 

「けど、コレも結構綱渡りなのサ。

結局のところはギブアンドテイク、資格を『買い』、訓練をしていくというのは軍人と変わらない。

だけど、売りにした企業の株の大半を国に預ける形になるからね、下手すりゃ安値になるまで暴落したうえで売り払われ、企業は潰れる可能性もあるのサ」

 

「き、きついですね…」

 

正直、国家代表候補生になるのなら、地道な訓練を積み重ねたほうがまだマシなくらいだ。

付け加えられて教えられた。

代表候補生は、いわば国の顔であり、国家元首の命代だ。

その発言はそっくりそのまま国家元首の発言と同じように取られる可能性もある。

下手な発言は国を追いやるだけになるらしい、そして未来永劫恥が残る。

さらに、その国に国際IS委員会と、国連名義の国際裁判所からの制裁が施され、研究、ISコア、製造企業を奪われるとか。

ああ、うん、個人の発言が国家を一つ丸々消滅させる危険性も危惧されるということですか。

怖いなぁ。

地位と身分を得るのなら、それ相応の覚悟を持て、ということか。

更に言うと、軍人扱いということで、軍には絶対服従、と。

…俺、メカニック志望で良かったかも。

 

「さぁて、ウェイルの勉強の程を見せてもらおうかな」

 

「うへぇ…やっぱりそっちの方向でも話は進みますよねぇ」

 

「私も気になります!」

 

そこでノートを開くことになりましたとさ。

内容は勉強していたソレだけど、なぜか見られるのが恥ずかしい。

 

「…ぅん?ウェイル、このページのコレは?」

 

「ああ、それですか。

こんなのが出来たらいいなぁ、とか思って書いてみたイメージ図です」

 

できるものならば、メルクが搭乗する機体に取り付けてみたいなぁ、なんて。

不器用なくせに、考えるのは好きだからなぁ。

それに、こういうのを考えてると夢が広がるよなぁ・・・。



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第11話 涼風 歩く場所は

年も変わったころ、アリーシャ先生は次の大会の影響とかで我が家に来てくれる頻度が少なくなってきてしまった。

その間、シャイニィは我が家の預かりということになっているから、寂しさは半分で済んでいる。

けど、アリーシャ先生は寂しくないのかな。

なんて考えていたけど、時折にメールも来るようになっているから、まだ大丈夫だ。

俺もメールにはメールで返信するようになっているから、寂しさは紛れている。

 

俺からすればアリーシャ先生は恩人であり、先生であり、家族だ。

そして面倒見のいい姉なのだろう。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

「気をつけてなウェイル、メルク」

 

「朝ごはん作って待ってるからね」

 

「行ってきます!」

 

父さんと母さんに見送られながら今日も朝食前のランニングだ。

この時期になると朝はやはり寒い。

けど、走っていたらその寒さも少しは紛れる。

途中で全速力で走ったり、ゆっくりと歩く直前のペースにまで遅くしてみたり。

メルクも俺のペースについてこれるようになって来ていて、時々追い抜かれたりしてる。

それを横目に俺も再び全速力で走ったり。

その間にも、お互いの近況について話したりしている。

 

つい先日、年末には第三次合宿も終わり、メルクは最終選抜にまでとうとう残った。

努力の成果もかなりのものらしく、成績上位者として名を連ねている…というか、トップだ。

アリーシャ先生は国家代表選手で、メルクは国家代表候補生の候補者だ。

俺は…その他大勢の一般人だもんな…、まあ、いいけど。

どっちにしたって家族が自慢であることは変わりない。

俺が霞もうが影が薄かろうがどうだっていいのかもしれない。

 

ホ ン ト ウ ニ ?

 

そんな声が聞こえた気がした。

家族と同じ場所に立つというのはそういう意味か?

比べられることがないというのはそういう意味なのか?

良く判らないな…。

 

けど、どっちにしたって俺のやることは変わらないだろう。

メルクがISの搭乗者として頑張るというのなら、俺はそれを裏方から支えるメカニックになるという事だけなのだから。

 

「アリーシャ先生が出場する大会って、いつからなんだ?」

 

「えっと…今年の九月月末からです」

 

随分と先だな…。

にも拘らず、年明けしたばかりの頃からそんなことになるだなんてな…。

アリーシャ先生って本当に大変だな…。

 

「私も、次の合宿で今の成績を維持できれば、アリーシャ先生に一歩近づけます!」

 

「おう、頑張れよ!」

 

「はい!」

 

さて、ここで走り込みのコースは折り返しだ。

後は家まで全力で突っ走って帰ろう!

 

「じゃあメルク、帰り道は」

 

「はい、全速力で…」

 

「「GO!」」

 

二人の声が重なった。

土ぼこりを挙げながら俺とメルクは走り出す。

より速く走れるように姿勢としては前傾姿勢、手は手刀の形になり、足と同じペースで前後に振るわれる。

男のスタミナ任せに一気に引き離そうと思ったけど、やはりというかなんというか、生半可な訓練を積んでいなかったらしく、メルクは俺のペースに負けじと迫っている。

これでメルクは合宿で格闘技も教わっているのかもしれない。

早い話、喧嘩になったら俺はメルクに負けるという事だ。

 

 

なんてことしながらも通りがかる人たちにも挨拶は忘れない。

牛乳を配達している人に挨拶をし、新聞を配っている人にも挨拶をし、釣り人のオジさん衆にも挨拶して、と。

さあ、まだまだ走るぞ!

 

「「後、少し…!」」

 

結果は…まあ、良いよな。

兄の威厳って大切だろ、吹けば飛ぶようなものだけど。

 

シャワーを浴びて汗を洗い流し、朝食を済ませてから、シャイニィを連れて今日も登校だ。

繰り返される日常、それが何よりも勝る幸福だと思う。

 

「…テストなんて無ければ良いのに…」

 

「クライド~、大丈夫か?」

 

「ウェイルもだろ、お前は社会科は苦手みたいだしな…」

 

そうなんだよなぁ、何せ世間知らずで…ってオイィッ!

人付き合いもそこそこ広いと思ってる。

メルクと買い物に行く商店街の人達とも、値引きまでしてくれるくらいには仲が良い。

釣り場に集う釣り仲間とも。

 

「メルクは大丈夫そうだよなぁ」

 

「多分、大丈夫かと…」

 

メルクの成績は俺よりもずっと高い。

ほらね、兄の威厳なんてそれだけで吹き飛んだ、埃よりも軽いんだよ、ちょっとしたそよ風でも吹き飛ぶくらい軽いんだよ。

 

「でも、機械工学はお兄さんの方が上だと思います…よ?」

 

吹っ飛んでく、殊更に吹っ飛んでくよ。

 

「俺が出来るのなんて、扇風機だとかテレビのリモコンの修理くらいだって。

あ、ちょっと前にDVDプレイヤーも修理したっけな。

父さんからは機械の手入れ用の道具とかも色々ともらってるから、楽しくてさ」

 

「…同年代でそこまでできるやつは居ないと思うぞ…?」

 

「ほかに作ってみたいものとか在ったりするか?」

 

キースとクライドから尋ねられ、考えてみる。

エンジニア兼メカニックになろうとしているのだからそれは当然…

 

「メルクが搭乗する機体とか作ってみたいかな…」

 

「頑張れ」

 

「めちゃくちゃ頑張れ」

 

…なにこの腹立つ応援は?

 

 

 

イタリアで開発が進められている機体といえば、『テンペスタ』が有名だ。

代表候補生選抜の際にもこの機体に搭乗できる機会があったらしく、そのスナップショットを見せてもらった。

防御性は、IS独自のシールドや、絶対防御によって一任、速度を特化させることで、『守る』のではなく、『高機動戦闘』に特化させられたシステムらしい。

 

「で、こっちがアリーシャ先生の写真です」

 

「かっこいいなぁ…」

 

細い体つきなのに、その手には武骨な巨大な武器が握られている。

写真でしかないのだが、実際には、この状態で縦横無尽に飛び回っているのだろう。

こんな感じのをメルクもやるようになるのか…。

来年の社会科見学では製造過程についての説明会も在るっていうし…楽しみだなぁ・・・!

 

あ、でもその時にはメルクは合宿の真っただ中だっけか。

一緒に行けないのは残念だなぁ…。

 

もしもISを操作できるとしたらどんな感じに使うだろうか…?

…釣りだな、やっぱり。

沖合に出て、空中から釣りを楽しみたいね。

平和だよなぁ、きっと。

 

「第二回大会はドイツでの開催かぁ」

 

本音を言っていいのなら、応援席にまで行きたいが、俺達の同行はアリーシャ先生に断られた。

さすがに国境線を超えてまで、俺達のことを気にかけながら試合を運ぶのは難しいらしい。

そう納得して俺達は同行を諦めた。

俺にできることはといえば、優勝祝いの用意だとかかな。

前回は準優勝だったらしいから、今回はきっと優勝出来ると信じている。

決勝の相手に関しては誰かは知らないけど、きっとアリーシャ先生なら勝てる。

 

「だとしたら、どんな料理を作ればいいかなぁ…」

 

サンドウィッチを齧りながら釣糸を水面に垂らす。

数秒後には獲物が連れ、一気に引き上げる。

…む、小物か…、リリースだな。

 

「お、今度は大物だ!」

 

次に釣り上げた獲物は、本日もバケツに入りきらない大物を持って帰った。

これだけで何日か食べられそうだ。

煮魚、焼き魚、塩釜焼、マリネも良いなぁ。

あ、ピザに入れるのも悪くなさそうだ。

 

「アリーシャ先生は食べるもので好き嫌いが無いから作り甲斐があるんだよなぁ」

 

どんな料理でも美味しそうに食べてくれるから、もっと美味しいものを、と思って母さんにいろいろと教わるような形がエンドレスに続いている。

アリーシャ先生もまた料理上手で、しばらく前に作ってもらったアヒージョが俺としては気に入っている。

だけど一番は、ミネストローネかな。

入院中は、味気のないものしか食べられず、まともなものを食べられるようになって最初に口にしたのがアリーシャ先生が作ってくれたミネストローネだったから、かな。

そんな理由もあって、母さんに最初に教わった料理もまたミネストローネだった。

アリーシャ先生が作るミネストローネは、野菜と魚の切り身を入れていた。

母さんが作るのは鶏肉入りのミネストローネだった。

作る人が違えば、その内容も変化するみたいだな。

どちらもとても美味しかった。

 

おっと、思考回路を戻そう。

考えるべきはアリーシャ先生だ。

最近はなかなか来られなくて、メールでやり取りをさせてもらっているけど、やっぱり顔を見たいよなぁ。

今頃どうしているんだか…。

うん、母さんの作る料理は今日も美味しい。

この実力は俺も見習おう。

 

 

 

 

 

 

その日も夢を見た

 

真っ暗な闇の中ではなく、どこか知らない場所だった

 

多分、どこかの病院…なのだろうか…?

 

その光景は夕暮れの色に…茜色に染まっていた

 

茜色に染まりながら、俺は夢の中の女の子を見上げていた

 

なのに…なぜその相貌が見えないのだろうか…?

 

何かを伝えようとしてる?

 

でも何を?

 

判らない、知りたいのに、それ以上のなにもかもが届かなかった。

 

あれは…誰なのだろうか…?

 

 

 

それからも、夢は数日おきに繰り返して見る。

だから…というわけでもないけど、町の中を歩くときには無意識に誰かを探していた。

名前も、顔も知らない誰かを。

 

「お兄さん?どうしたんですか?」

 

「ん…あ、何でもない」

 

こうやって周囲の人をチラチラと見るのは俺の癖になってきてるかもしれない。

学年があがり、今もメルクとシャイニィと一緒に登下校をしているけれど、視線はアッチへフラフラ、こっちへフラフラ。

気が付けばシャイニィの視線が冷たくなってたりすることも。

 

 

機械分野の授業も少しばかり入ってきているので俺としては楽しく授業を受けている。

体育に関しては人並みよりも少し上って所らしい。

機械分野に関しても複雑な計算が必要になったりするので、数学分野でも必死になって食らいつく。

だけど、社会科だとか、国語分野に関してはからっきしだった。

 

「ウェイルはどっちかってーと理数系なんだな」

 

昼食時、屋上で弁当を食べている最中、キースからそんなことを言われた。

 

「どうだろうなぁ、必死になって食らいついてるってだけなんだけど」

 

「その分野じゃウェイルは学年トップだよ」

 

クライドも何でもないとばかりに言ってくるが、俺にとってそのセリフは驚愕レベルなんだっての。

俺がトップ⁉信じらんねぇ!

俺としてはほとんど背景、その他大勢の一般人の一人でも良いんだけどなぁ。

なによりも平穏が一番だと思う。

荒事になったら俺はメルクにも負けるだろうし…。

兄の威厳?そんなもんそよ風で世界の端にまで吹っ飛ぶさ。

平穏な生活を守っていけたら良いなって…そう思う。

けど、変化がないってことはそれこそ生きていると感じられないのかもしれない。

 

「学年トップ、か…現実感が無いな…」

 

「お~い、しっかりしろよウェイル。

その内に学年どころか学校全体を率いるようになるかもしれないんだから」

 

「よせよせ、生徒会長なんて俺には似合わないよ」

 

「じゃあ一国を率いる立場ってのはどうかな?」

 

「三日で地図からイタリアが消えるだろうなぁ」

 

ってか辞めろ!

俺が国家元首とか無理だっての!

そもそもそんな知り合いだって俺には居ないからな⁉

平穏安泰!それが一番だろ!

 

「お兄さんが国家元首だったら…私はそれでもついていきますよ。

一人だけだったら心配ですから」

 

「にゃぁ」

 

ありがとなメルク、シャイニィ…。

俺の味方はお前らだけだよ…。

キースもクライドも親友だけどさ。

 

「ふぅ、食べた食べた、ご馳走様」

 

持ってきたバスケットの中はすっかり空っぽになっていた。

今日の弁当は俺が自分で作ってみたものだ。

サンドウィッチに白身魚のフライ。

それからスープにはミネストローネだ。

今日も料理が上手くいったし、調子に乗ってたくさん作って朝食と一緒にお弁当まで作ることになったんだけどさ。

 

「んで、今は二人とも朝には走り込みをしてるのか」

 

「ああ、俺もメルクもそろって体力が必要だからな」

 

メルクは代表候補生になるために。

俺はリハビリのころにはできるだけ歩けるようにしたくて、病院の中を歩き回っていて、その延長上のようなものだ。

今でこそ杖が無くても普段から歩けるようになってるけど、体力は、あったとしても困るものではないだろう。

その為、水泳も今だって続けているんだ。

連続遊泳ではようやく60mを泳げるようになった。

いつになるか判らないけど、いつかダイビングもしてみたいな。

銛を持っていけば魚が捕り放題だ。

こういうのを、『捕らぬ狸の皮算用』って言うらしいな。

 

「へぇ、俺らも同行していいか?」

 

「ああ、良いぞ」

 

走り込みはいつもは二人きりだったけど、友人と一緒に走るのならそれもそれで楽しそうだよな。

うん、なかなか楽しそうだ。

釣り場にもこの二人は顔を出すこともあるんだし、大丈夫だろうな。

そう思いながらミネストローネの残りを一気に口の中に運んだ。

うん、美味しい。

母さんやアリーシャ先生には追いつけないけどさ。

 

 

 

二人は近所に住んでいるから翌朝、すぐに合流して走り込みを開始した。

けどまあ…

 

「お前ら…毎日こんなことしてたのかよ」 

 

「い、息が…もたない…」

 

キースはフラフラ、クライドはキラキラしたものを運河へと。

アリーシャ先生に言われて始めたこの走り込みはこの二人にはまだまだキツいらしい。

俺も最初はこんな感じだったよなぁ。

二人の様子に苦笑してしまうが、すぐに表情を引き締める。

 

「ああ、毎日だよ。

けど偶にアリーシャ先生も同行してくれてるんだ」

 

「へ、へぇ…そうなのか」

 

「アリーシャさんもこなしてるとなると、男の俺らが悲鳴を上げててもな…。

よし、続けようや」

 

お前ら、不純な動機で続けようとか言ってるんじゃないだろうな?

 

「メルク、俺達も普段通りに続けよう」

 

「はい!」

 

それからというもの、走り込みはこの四人で行うのが日常になった。

見慣れたコースを走り、見慣れた街並みを見て、見慣れた人と挨拶をして、と。

そんな日常だった。

 

 

 

「ふ~ん、そんな事になってたのかい」

 

野菜スティックをカリカリと齧りながらアリーシャ先生は柔らかく笑っていた。

週末になって、ようやく仕事だとか訓練を切り上げてきたらしい。

来られる機会が少なくなって、こういう機会は本当に貴重なものだと思う。

ただでさえ忙しいのに、我が家に来てくれるのは大変なのかもしれない。

でも、それでも来てくれるのは嬉しかった。

シャイニィも嬉しそうにその毛並みを摺り寄せてる。

 

「それで、二人は最後まで走り切ったのサね?」

 

「いえ、結局二人そろって途中でダウンして…」

 

運ぶ手段もないので、肩を担いで運ぶしかなかった。

おかげで学校は遅刻寸前だったよ。

まあ、二人は授業中居眠りしてたのは…仕方ないかな。

 

「それでもアンタ達は毎日走り込みを欠かしてなかったんだね。

関心関心」

 

今度はその野菜スティックをうすい生地に乗せ、巻いてトルティーヤにして齧りつく。

ザクザクと噛む音が聞こえる。

 

「うん、美味しいねぇ、ドレッシングには何を使ってるのサ?」

 

「玉ねぎを摩り下ろしたものと、あとは酢とかで作った母さんオリジナルのソースです」

 

気に入ったらしく、そのままザクザクと食べていく。

この料理、簡単だけど美味しいんだよな。

隣を見ればメルクもザクザクと食べている。

 

「そうだ、進級祝いってことで今度良いところへ連れて行ってあげるよ」

 

「いい所、ですか?」

 

「ああ、そうサ。

ちょっとだけ早い社会科見学だと思って、サ」

 

進級祝いと、社会科見学。

その二つの言葉で思い浮かぶ場所なんて…。

それって何処になるんだろうか?

モンド・グロッソの会場とか?

まさかな、同行を断られているのだから連れて行ってもらえたりはしないだろう。

この思考のほうが突拍子もない、か。

 

「場所はローマ」

 

その言葉にメルクの肩が震えた。

え?何?何か知ってるの?

俺って基本ヴェネツィアばかりに居るから、ほかの都市のことなんて詳しく知らないんだよなぁ。

 

「FIATを見に行くのサ」

 

「FIATって言うのは…?」

 

「元々は車の製造とかをしていた企業だけどサ。

こういう時代だし、その技術力の高さを国が買い取ったのサ。

で、今は軍と一緒になってISの開発も行っている。

そこに見学に連れて行ってあげるサ」



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第12話 染風 古街

Q.最近、ハマっているものって何か在りますか?
P.N.『グルース』さんより

A.ドラマですが『モンテ・クリスト伯 華麗なる復讐』にハマってました。
終わってしまったのが惜しい番組でした。
他に見ていた方がどれだけ居るやら



ISの製造工場への見学。

進級したお祝いと、努力へのご褒美に連れて行くという約束を交わしてから暫く経った。

待たせていた間にも二人は色々と頑張っていたらしく、私としても誇らしい。

 

さて、ヴェネツィアから遠く離れた、イタリアの首都ローマ。

場所が場所な為、ちょっとした旅行みたいな気分。

だからって…

 

「お弁当まで用意するなんてね…」

 

二人がとれだけ楽しみにしていたのかがよく判る。

道中で困る事の無いように、廃棄が出来る紙製のお弁当箱。

中身はサンドイッチが並んでいる。

本気を出しすぎだろうに。

 

飛行機の中で並んで座っているけど、二人の本気度合に少し引いたのは秘密。

シャイニィはペット同伴が無理だったから、今回は留守番。

 

「ウェイル、その鞄の中身は何が入ってるのサ?」

 

「カメラです、製造過程とか家でも見てみたいですから」

 

はい没収。

製造過程ってのは国家機密も含まれている場合もあるから撮影は禁止サ。

 

「ダメですか…」

 

「興味を持ってるのは判るけど、無理サ」

 

ウェイルが興味深くしてるのは判るけどこればかりは無理サ。

落胆してる様子に苦笑しながら慰める。

いつかは製造ラインに並べる日が来るだろうから落ち込むのはそこまでにしな。

 

「お兄さん…えっと…」

 

「今回ばかりは我慢してもらうしか無いサね」

 

落ち込んでいたのも数秒、頭の中に焼き付けるつもりになったらしく、窓から外を見て気分を晴らしていた。

切り替えが早いサね。

こういう所は、お袋さん譲りなのか、親父さんに似たのか。

それとも…私に似たのサね?

 

長い間触れあっていたからか、こんな風に思う。

ウェイルの心は、言わば真っ白なキャンバスに例える事が出来る。

今は辿々しい手付きで自分の色を探し、少しずつ塗りあげ、絵画を描こうとしている。

時にはウェイル自身だけでなく、私や、両親、メルクがその手を支えながらも、デッサンをしているのだろう。

 

だけど、『織斑 一夏』は違う。

過去、『ウェイル・ハース』ではなかった頃は、それどころじゃなかった。

支えられながら絵画を描こうとしても、他者がその眼前のキャンバスを真っ黒に塗り穢す。

挙げ句、その手に持っていた筆ですらへし折られていたのだろう。

それが織斑 千冬。

それが織斑   。

それが篠ノ之 箒。

他者のキャンバスを穢し、『それがお前の絵』なのだ、と嘯き、他の色へ染まる事を否定する。

ウェイルではなかった過去の彼が色を求めても、他者がそれを穢し続けた。

 

ウェイルのキャンバスが、まるで取り換えられたかのように真っ白になったのは…奇跡かもしれないし、悲劇なのかもしれない。

 

それでも、ウェイルは自分をどんな色へと成長していくのかは私としては楽しみサ。

 

まあ、ウェイルのペースに染まりつつある私が言っても意味は無い…かな。

 

 

 

 

ローマの空港に着き、飛行機から降りた頃には、すっかり夕方になってた。

ヴェネツィアの家を出たのはお昼過ぎだったから仕方無いかな。

 

「さて、先ずはホテルにチェックインをしてから食事にしようサね」

 

「この街、どこか釣り場は在るかな…?」

 

…釣り竿、持ってきてないよね、ウェイル?

 

ホテルの代金は今回は最近釣り場に姿を見せるようになったオッサン(ローマ市長)に押し付ける形で話がついているから、チェックインをするだけであとは部屋まで案内してもらえる。

今回予約した部屋は最上階の部屋。

メルクからの要望もあって、三人同じ部屋にしてある。

 

「いい眺めですね…」

 

「だな…ここまで街の景色が一望できるのなら、釣り場も見つかりそうだと思うんだが…う~む…見当たらないな…」

 

「ウェイル、ここまで来て釣りのことばかり考えるのは止しな」

 

本当に、この子の釣りの趣味はどこに根源が在るのやら。

出会うよりも前?まあ、それでも良いか、笑顔が見られるのならサ。

 

「明日はFIATでの見学に、簡単な講義もあるからそのつもりでいるように。

午後にはローマ付近の観光も予定にいれてあるよ、いろいろ見に行くサね」

 

観光の予定に入れているのは、ローマでも有名な『コロッセオ』、それに『ローマ街道』『パンテオン』も。

有名所だけでもローマの中に大量にあふれている。

全部見せてあげたいところだけど、時間も有限、それに次に学校に行く日に間に合わせてあげないとサ。

それでもたくさんのものを見せてあげるというのは気分も弾むサね。

 

「ほら、あそこを見てみな」

 

私が指さす先には、明後日に見せる予定のコロッセオがライトアップされている。

その隣には『フォルマ・ロマヌム』も見える。

ローマの代表的な観光スポットで、夜になっても賑わっている。

 

「明後日にはあそこも行く予定にしてあるから楽しみにしてな」

 

「「はい!」」

 

うんうん、二人とも聞き分けがよくて助かるサね。

食事に関しては、市街に出て摂る事にした。

お土産には『パネットーネ』でも買って帰ろうか。

シャイニイが食べられるものも何か買って帰らないと機嫌を悪くしそうサね。

 

 

 

 

「お邪魔するサね」

 

翌日、操業開始時間の少し後から私達は製造工場に見学に入った。

見学者用の入場ライセンスカードを首に提げ、早速見学に入る。

ウェイルの場合は、完成した機体を写真でしか見たことがない。

メルクの場合は、搭乗するために技術を習得させているけれど、実際の初搭乗はもう少しだけ先になる。

だけど、実際に製造しているラインを見るのは今回が初めての経験になる筈。

 

「うわぁ…凄いなぁ…」

 

「部品単位から作り上げてますよ…」

 

うんうん、いいリアクション。

 

「我が国の主力機は『テンペスタ』。

世界最速の機体を作り上げるためにも……」

 

二人とも、態々解説までしてくれているのに、話はちゃんと耳に入ってるサね?

右から左へと通り抜けているようじゃ話にならないからね。

 

装甲の形成に、内蔵される部位の組み立て、操縦桿の動作性の確認、出力計算と、様々な分野でのライン見学していくころには二人の目はとても輝いて見えた。

背面スラスターにもなると二人のテンションは最大値まで上昇してそう。

 

「先生の機体もここで作ったんですか?」

 

「ふぅむ…いろいろと内蔵されてる部位もここで製造されてたかもしれないサね。

兵装もここで作ってたかも」

 

じゃあ、今度はそこのところの製造ラインを見学していこうか。

ISに搭載されている兵装というのは、カテゴリー別に分けてしまえば、そんなに多くない。

ブレードやランスといった近接戦闘兵装、銃器やグレネードのような遠距離戦闘兵装、こんな感じ。

不可視のシールドや絶対防御に頼ることで甘んじてしまい、(物理シールド)に頼る搭乗者は殊更に少ない。

単一仕様能力(ワンオフアビリティ)に目覚める機体は更に少なく、それを頼りにできるかと問われてしまえば微妙だ。

私としては最大限に頼れるほどに修練を積んではいるが、それでもまだ足りないかもしれない。

 

「ブレードにしても刀身だけで俺の身の丈くらいはあるなぁ…」

 

「銃だって大きいですよ…」

 

この子たちはそういうところは理解しているのか、してないのかは判らないけど。

 

「実際に持ってみますか?」

 

「おいおい、子供の腕力じゃ持ち上げることもできないだろうに」

 

案内者の軽い発言に私も顔を顰めた。

私の気持ちを察しているのかいないのか、ウェイルとメルクはサンプルとして置かれていた武器を手に取ってみる。

ウェイルはランスを、メルクはブレードを。

けどまあ、結果は見えていたけれど…

 

「浮かせるのが限界でした…構えるのとか無理だ…」

 

「すごく重いです…」

 

まあ、こうなるサね。

二人とも息が荒くなるほどに挑戦してたらしい。

まあ、サンプルだとしても持ち去られるわけにはいかないから、中には錘になるものが詰められてるから殊更に、ね。

実際にはもう少し軽い…筈。

それでも持ち上げるとかウェイルもよく鍛えてるみたいサ。

 

「ジョセスターフ女史、このお二人は?」

 

「私の弟分と妹分サ。

(ウェイル)はシステムエンジニア志望で、(メルク)は搭乗者志望で、国家代表候補生のトップさ。

そして、私の自慢の家族サ」

 

その言葉には決して偽りなんて無い。

私からすれば、この子達は教え子である以上に…家族だと思っている。

ようやく息が整ってきたウェイルといえば、兵装開発だとか、内蔵部品だとかに関して質問をしている。

メルクはスケジュール整理などで色々と質問をしている。

本当に、いろんな事に興味を持ってくれているようで私としても頼りになると思っている。

 

「ああ、それはだね…この装甲に使用していて…」

 

「ふむ…子供の発想というのも柔軟だな…新しい何かが考案できるかもしれないな…」

 

「どうサね?私の弟、ウェイルは?」

 

「非常に興味深い、将来はここで働いてもらいたいほどですぞ」

 

おっと、12歳の子に早くも就職内定が下されるか。

はやくもヘッドハンティングされそうだけど、その話はまだ何年か待ってほしいサ。

この子達には充実した人生を歩ませてあげたいからサ。

 

「こんなのはどうですか?」

 

「ああ……こりゃまた面白そうなのを書いてみてくれたが…ちょっと難しいな…」

 

「じゃあ、こんなのはどうですか?

持ち替える手順を省略してみたんですけど」

 

「お、おう?ホントに発想が柔軟だな…コレは出来ない事はないだろうが…」

 

「やったっ!」

 

ウェイルは開発スタッフとも溶け込んでいる。

…良かったさね、早速認めてもらえてるよ、アンタは…。

 

「此処って廃材置き場ですか?

作ってみたいものがあるんですけど」

 

「おう、なんだ坊主?何を作りたいんだ?」

 

「釣り竿を!」

 

いい加減にしな。

軽くお説教しておいた。

 

 

 

お昼休憩を挟み、午後になってからは試験場への見学だった。

テスターが機体に搭乗すると二人は途端に目を輝かせる。

人が搭乗した姿を見るのは二人としては初めての経験だからかまたもやテンションが高くなりつつある。

 

「さあ、これから離陸するよ」

 

「…先生、あの人、誰ですか?

さっきは製造ラインにいなかった女性が居るんですけど」

 

「…え?」

 

嫌な…嫌な予感がした…!

 

ウェイルが指差す先にいた女、その白衣から零れ落ちるブローチ。

右手に剣、左手に銃、八枚の盾に守護された『撃滅天使』のエンブレム。

あれは…国際テロシンジケート『凛天使』の…!

 

「その女を捕らえろ!」

 

私の叫びに重なるのは銃声だった。

 

ドガガガガガガガガガガガガガガ!!!!

 

二つの銃声に、飛び散る血飛沫。

ギリギリだったけれど展開は間に合った。

それでも、技術者が数名撃たれていた。

 

ドォォン!

 

テスターが搭乗していた機体が爆発する。

チィッ!機体ではなくコアが狙いか!

 

「ウェイル!メルク!無事サね!?」

 

「は、はい、何とか…」

 

「助かりました…」

 

良かった、怪我の一つも無い様子。

コレで怪我でもされたらジェシカとヴェルダに申し訳もたたない。

 

「へぇ、そんな小さな子供を庇うのですか。

世界最強クラスの方がこの二年間で落ちぶれたものですね」

 

「挑発が随分とヘタな奴サね。

わざわざ人のホームグラウンドで喧嘩を売ってくるとは余程の過剰な自信家か、それとも只の馬鹿か」

 

目で合図を出す。

『建物まで走って逃げろ』と。

『隠れていなさい』と。

私の大切な弟妹には絶対に手出しをさせない。

 

「なら、そのガキを狙えば、貴女は受けに回るしか出来ないわけですね」

 

「貴様ぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

右手に刃を顕現し、左手に銃を握る。

それだけでなく、精神を一瞬で極限にまで集中させる。

技術者もウェイルたちを守りながら退避してくれる。

テスターは…ダメだ、もう助かりそうもない。

 

「少なくとも、私の目的は達成せしめられた。

なら、次は内通者の目的が達成できるように、時間を稼ぐことが目的とは考えませんでしたか?」

 

まさか…!

 

「ISとは、我々女性に与えられた神器。

それに男が触れようなど…虫唾が走る、たとえ、あのような子供であろうと…!

その罪、万死に値する!」

 

再び銃口がウェイル達に向けられる。

それを察し、一気に肉薄する。

 

「その勝手な理念で、どれだけの血を流すつもりだ!」

 

右手の銃を串刺しにし、左手の銃を弾く。

左手の銃を向け、一斉掃射。

SEを一気に削りまくる。

抵抗など許さない、その勢いで右腕の刃を逆手に握り直し、装甲諸共搭乗者を串刺しにした。

 

「ガハッ!?」

 

テロリストの機体、『打鉄』が待機状態に戻ったのを確認し、そのブローチを剥ぎ取るついでに私のテンペスタの拡張領域に放り込む。

それと一緒に、奪われそうになっていたコアも同じように放り込む。

一時的にだけど私が預かっておけば奪われないで済む。

 

「ウェイル!メルク!」

 

展開の解除をする暇も待っていられず、そのまま建物には飛び込む。

シャッターをブチ抜き、建物の中へ。

ハイパーセンサーで周囲を一斉に確認する。

 

「返事をしな!ウェイル!メルク!」

 

確か、緊急用の避難所はもう少し行った先に…!

頼む、無事でいてくれ!

アンタ達は…私が守ると決めたのに…!

こんなところで死なれる訳にはいかないんだ!

 

「お疲れ様、アーちゃん」

 

人を嘲る様な声が設備の陰から聞こえた。

…ウサギか。

 

「こんなところまでご苦労サね。

悪いけど今はアンタにかまってる暇は無いのサ」

 

「知ってるよ。

だから私が後を片付けておいた。

二人は避難所にまで無事にたどり着いたよ、今は職員に保護されてる」

 

そう、か。

良かった…無事だった…。

 

「アンタ、何が目的サね?

何の理由もなしに此処に来たとは…思えないサ。

もしもテロリストをここへ侵入をさせたのがアンタなら…そうサね…ウサギは皮を剥ぎ取る時には酷い匂いがするらしいサね」

 

そう、二人を怖がらせるために来たのなら…命を狙っていたのなら、相応の報いを受けてもらう!

 

「まっさか~!ウェイ君の笑顔を絶やそうとする奴なんて私が根こそぎ駆除したいくらいなのに、そのウェイ君を消してどうするのさ?

じゃあ、そんなわけで、バイビ~」

 

気配は無い。

足音も、熱感知にすら反応は無い。

いや、無かった(・・・・)と言っても良いほどだった。

なのに、気配が遠のいていくのは直感で理解した。

ウサギのことは良い!

とにかく弟妹の無事の確認を!

 

地下の避難用の緊急シェルターへと走っていく。

どうか無事でいてほしい、そう思いながら階段を下りるのも面倒になってくる。

一気に飛び降り、壁面に着地、そのまま足をバネにして階下へと跳躍していく。

 

「よし、着いた!」

 

扉をノックするようにシャッターをノックする。

 

「ウェイル!メルク!

私サ!無事なら開けとくれ!

もう外は片付いたから!」

 

「あ、はい!俺たちも無事です!

えっと…シャッター開くパネルって何処ですか?」

 

中に職員も結構な数がいるらしい。

そのお陰か中が少しばかりごった返してるみたいだ。

 

「あ、お兄さん、コッチですよ」

 

「え?あれ?聞いた説明だとこっちのボタンで…」

 

「いや、そうじゃねぇぞ坊主…確か…こっちだったような気が…?」

 

職員まで何やってんのサ。

シャッターの前で待つこと5分。

 

「だからこっちじゃないんですか?

それと廃材少しだけください、釣り竿作りたいですから」

 

「いやいや坊主、そっちのパネルは閉鎖専用なんだよ。

いいぞ、その代わりウチに就職してくれよ」

 

「えっと…同じようなパネルが何枚も並んでるんですけど。

お兄さんは私の専属エンジニア兼メカニックになってくれるんですからダメです!」

 

「いい加減にしなぁっ!

ヘッドハンティングしてんじゃないサ!」

 

結局私がテンペスタの拳で殴ってこじ開けた。

まったく、どっちがテロリストか分かったものじゃないサね。

修理費は私は請け負わないからね、テロリストを捕らえたからそいつの個人口座から無理やり引き出させるとしよう。

 

「まったく、見学しに来た日にテロリストに襲撃されるだなんて思ってもみなかったサ」

 

 

結果的に言えば、損害は少なくなかった。

研究員が10名近く、虐殺されていた。

あの天災ウサギが影から立ち回っても、間に合わなかった人も居る。

建物の中、ウェイルとメルクの前で殺された人も居たらしい。

虐殺をしていたテロリストは、嘲笑いながら銃を振り回していたそうだった。

逃げようとする人を、逃げ遅れた人を、陰に隠れた人を、負傷した人を、例外も無く、嘲笑いながら殺していたらしい。

シェルターであんな馬鹿話をしていたのは、壊れそうになっていた精神を保とうとする自己保存本能に駆られたからだった。

嗜虐心を剥き出しにする人間なんて見せたくなかったのに…!

 

 

 

夕方、工場の食堂にて私達はコーヒーブレイクに浸っていた。

あれからイタリア政府の役人だの、私の配下の兵がすっ飛んできて、襲撃者共をとっ捕まえた。

今頃は尋問だのなんだのをしているだろうが、さすがに弟妹に見せるわけにもいかないから縛って護送車に放り込むまではシェルターに居てもらった。

 

「テスターの方はどうなったんですか?」

 

「…」

 

質問には沈黙で返し、首を横に振った。

それで悟ったらしいウェイルは口を閉ざした。

メルクも顔色が少しだけ悪い。

 

「アンタ達にはこういう汚い方面のことは見せたくなかったサ。

でも、搭乗者にせよ、技術者にせよ、『ISに関わった』というだけで命を狙われる場合も世の中にはある。

一番酷いのは『男だから』というだけで命を狙われるパターンさ。

『男だから』『そこに男が居たから』それだけで面白がって殺しをする奴がISを持ったら、今回のような事態に陥ってしまうのサ。

『力』は、人を狂わせる。

『力こそが正義』と歪めてしまう場合もこの世界では珍しくも無くなっているのサ」

 

「でも、すべての人がそうではないと私は信じたいです」

 

「俺もです」

 

この二人が顔を伏せながら返すその言葉に少しだけ安堵した。

『信念無き力は暴力』なのだと今回の事件で察してくれているのだろう。

だけど。

 

「信念さえあれば、力が肯定されるものだとは俺は思えないです」

 

「なら、ウェイルは何が必要だと思う?」

 

「う…ん…うまく言えないですけど…言うなれば…『責任』と『覚悟』、でしょうか」

 

それが、ウェイルが見つけた言葉だった。

 

「『力は力でしかない』のなら、善も悪も使う人次第。

力をどのような意図で、どのような形に使ったとしても、使った後のことまでどうするかを考えるべきではないか、と。

力をふるえば、傷つく人だって居る、最悪の場合は命を奪う覚悟だって必要になるから…。

すみません、これでも精いっぱい考えたんですけど」

 

「いや、充分サ。

うまく言葉にできてるサね。

そうか、『責任』と『覚悟』、か」

 

この齢でこれだけ考えて答えを見つけ出しかけている。

それだけでも成長している。

私としては嬉しい話さ、だけど…この子にはその覚悟をしなければならない瞬間は来てほしくはない。

だけど、システムエンジニア兼メカニックを請け負おうとしているのなら、間接的にもその覚悟を背負う必要が出てくるかもしれないサね。

できることなら、平凡に生きてほしいとさえ願いたくなるが、それは傲慢な願いなのかもしれない。

この子の将来の可能性を潰す事にもなりかねない。

私にできることは…背中を押してあげること、かな。

独り立ちをする瞬間を思えばさみしくなるサね。

 

マグカップに注がれたカフェオレを少しずつ飲みながら、ウェイルが窓の外を見る。

春の夕暮れが街を染め上げていた。

 

「…すぅ…すぅ…」

 

緊張の糸が切れたのか、メルクがウェイルに寄り添って寝息をたてる。

ほんの短い時間だったけど、あの奇襲だ、力を持たない子供たちにとっては緊張の連続だったんだろうサ。

いや、見学していた時にもテンションが高かったからその影響かも知れないサ。

 

「先生は…やっぱり、人の命を奪った経験が…」

 

「ああ、あるサ…軍人だからね。

初めてソレをした時には直後に吐いた、夜も眠れなかった。

次には銃で射殺もした、その時にも相手はテロリストだった。

軍人だから、相手がテロリストだから。

その言葉を免罪符にして私は手を血で染めた。

『ミール・クラウディナ』『アレックス・フィリップ』『ルード・グランデ』。

私が殺害をしたのはその三人サ。

…軽蔑するかい?

望むのなら、今日を境に縁を切っても私は構わな…」

 

「軽蔑もしませんし、縁を切るだなんて考えません」

 

ウェイルはまっすぐに私の目を見ながら即答してきた。

迷いは…無さそうだった。

 

「命を奪ったのだとしても…きっと、それ以上の人を助けることだって出来たと思います。

俺だって…メルクに命を救われ、アリーシャ先生にいろいろ教えてもらった身だから。

今まで見せてきた姿が、嘘や偽りで固められたものだなんて思えないんです」

 

…まったく、とんだ女殺しの言葉を吐けるようになったものサね。

命を救われたのがアンタなら、アンタは心を救う人になれるかもしれないね。

たとえ、それが何らかの技術力によるものだとしても。

なら、これからの家庭教師の仕事も厳しくいかないと、ね。

ウェイルの姉として。

 

「今日は見学は全部は出来なかったから今回の旅行は少しだけ日程を伸ばすサ。

明日は今日見れなかったところを見学させてもらおうか」

 

「いいですね、ソレ!」

 

「ただし、廃材を持って帰ろうとは考えないこと!」

 

「…はい…」

 

うん、いい返事サ

 

 

改めて、魂に誓う。

弟妹だけじゃない、この子達を形作る全てを守ろう、と。



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第13話 街風 三人で

施設への見学会がご破算になりかけて、やむなく休みを延長して見学会と街並みを見ていくことにした。

見学会としては実際には大成功で、メルクもウェイルも興奮しっぱなし。

イタリアの売りでもあるテンペスタの製造工程なども見せることが出来た。

でも、今回はまだ見せるだけ。

最終選抜試験にまで残り続けたメルクは搭乗する機会はあるだろうけど、ウェイルはと言えば

 

「初めて触れる機会があるとすれば、初めて整備に参加できる瞬間にしたいんです」

 

とまで言ってしまっていた。

早い話が、餌を目前にして「待て」の状態の子犬のような状態。

あ、またあの子ってば兵装(ランス)を持ち上げようとして振り回されてる。

メルクはブレードに振り回されて…二人とも見てられない。

 

「重い…」

 

「今の私達じゃまだキツいです…」

 

「気は済んだサね、二人とも?」

 

二人の様子といえば、バーベルを持ち上げた後の疲れ切った体操選手の姿のようになっていた。

無理しすぎサ、ほほえましいのは認めるけどサ。

二人が頑張ってるのは判るけど、何と言うか…。

 

製造過程の次に見せたのは、先日亡くなったテスターの代わりに新しく派遣されてきた新しいテスターによる実演飛行だった。

 

「あれが、本格的な飛行技術なんですね…」

 

ISが飛行しているのを間近で見る機会が恵まれているわけでもないからか、そんなコメントがウェイルの口から零れ落ちた。

この世の中じゃ優れた技術を使う人間は頭のねじが外れているのが多い。

昨日のテロリスト然り、創始者(篠ノ之 束)然り、あの女(織斑 千冬)然り、国際IS委員会然り、もしかしたら私も。

 

「では次に私から基礎知識的な簡単な講座を」

 

テスターも親切なのか、弟妹達(ウェイルとメルク)に授業をしてくれている。

けど、その講義に関しても二人は首を傾げるようなことをしていた。

当然サ、あの二人が事件に巻き込まれたのは昨日の今日のことだから。

その事について質問されてしまっていたテスターも困り果てて私に視線を向けてくる。

 

「その質問には私が答えるサ」

 

そう、この子達には先ほどの講義は既に逆効果になってしまっている。

ウェイル達がした質問とは、ISコアの管理についてそのもの。

コアにはそれぞれナンバーが記され、各国に配布されたコアはナンバーがバラバラ。

ある国にはナンバー『102』の他に『374』のようにバラバラにされている。

そして各国は配布されたコア一つ一つを記録し、国際IS委員会に開示、国際IS委員会はそのナンバーを参照できるようにして、管理をしているとのこと。

そう、『管理』だ。

昨日のようなテロリストが現れたが最後、そのテロリストもまた国際IS委員会によって管理されているのではないのかという疑いが発生する。

 

「これは各国が考えている汚い部分サ。

IS一機で…もっと言えばコア一つで国家の防衛力が大きく上下するのサ。

だから、各国は他国にコアを奪われてしまうのを過剰なまでに恐れているのサ。

それと同時に、コア一つで防衛力だけでなく軍事力のバランスも大きく傾く。

コアを失えば…それが露見すれば、国際IS委員会による国家単位での制裁を受けることになる。

だからこそ、コアがどこかに流出してしまったとしても、国家全体でそれを隠蔽しようとする。

でも、隠蔽するのはそれだけじゃないのサ」

 

そう、国家といっても綺麗事ばかりじゃない。

どこの国でも同じような事を考えている。

 

他国のコアを奪った(・・・・・・・・・)ことすら隠蔽されるのサ」

 

そう、国家間の大犯罪ですら、その国家間同士で隠蔽しようと躍起になる。

 

「他国のコアをくすねとる、それは他国の管理技術の甘さを露見させる、それはどこの国家でも考えられている。

そしてそれを国家間同士で黙認して、隠蔽しているのサ」

 

「じゃあ、昨日のテロリストは…」

 

「アレはさらなる例外サ。

あちこちの国家からISコアを略奪しては殺戮を繰り広げているのサ。

けど、国際IS委員会はそれに関しては関知しない。

あの国際IS委員会は『地図上から見ているだけの傍観者』にすぎないからサ。

放置しているのに管理とは怪しい話、ハッキリ言ってしまえば『管理している』というのは建前であって、実施はされていないのサ」

 

そう、建前サ。

あいつらはただ単に、世界地図を見ているだけ。

何かが起きたとしても、事が済んでからしゃしゃり出てくるだけの傍観者サ。

地図の上からは人は見えない(・・・・・・・・・・・・・)』のをいいことにしてサ。

その犠牲者の一人がウェイルだ。

 

「何か…変な組織ですね、国際IS委員会って…」

 

現実を識ったウェイルの一言は、それだった。

けど、これが現実サ。

 

「極端な話をしてしまえば、ISに関わるってことは、その組織の端くれに入るってことにもなる。

まあ、関知されないってことで言ってしまえば『クソ喰らえ』って言ってやってもいいだろうけどサ」

 

そう、最後は明るく締めくくる。

それが私なりの教育術。

 

「メルクがそういった組織の犠牲者にならないように俺も気を付けないと」

 

うん、ウェイルも前向きになったサね。

メルクは少しだけポカンとしてるけど、この様子なら大丈夫。

 

「さあ、ここから先はテスターを交えていろいろと授業をしていくサ!」

 

私なりの授業、しっかりと受け止めてもらうからね!

 

授業とテスターを挟んだ実演を交え、その日の見学会は一日遅れの大成功になった。

今日のこの疲労感はなかなかに心地いい。

おっと、一日遅れになったけど、国家元首に昨日の襲撃の詳細を報告しとかないとね。

さあて、コアを奪われたマヌケはどこの国だったのやら。

これが前回のモンド・グロッソの会場になっていたフランスだったらマヌケにも程がある。

 

夜、ホテルの部屋では今日教わったことを忘れないようにウェイルとメルクが必死にノートに記憶を記録として刻んでいた。

あんまり頑張りすぎて徹夜にならないといいけどサ。

明日は気晴らしに街に連れて行こう。

昨日は襲撃を受け、今日は実演を見せながらの授業だから気も張りつめているだろう。

 

そんなわけで、その日は私がちょっとだけ夜更かしをすることにした。

ホテルの部屋に備え付けられているキッチンを使って、簡単なお弁当を作ることにした。

とは言っても、バスケットの中身は簡単なサンドイッチ、それから容器に詰めたスープに、あとは…何にしようか?

私も大概面倒見がよくなってきてるサね。

 

「良し、こんなものでいいかな」

 

ジェシカのおかげで私もすっかり料理上手になってきたみたいサ。

バスケットを机の上に置き、私は寝室に戻った。

ベッドが三つ並んでいるが、一つは空っぽ。

メルクがウェイルの腕を枕にして安眠状態、そのウェイルはというと穏やかな寝顔。

夢の中でまた彼女に逢っているかもしれないけど、それが現実になる日がくるのだろうか…?

やめやめ、こんなんじゃ『いつもの私』じゃなくなってくる。

さあ、明日に備えて私も寝よう。

羊が一匹、羊が二匹…

 

 

「とまあ、そんなわけで、今日は三人で街を見て回ろうかと思ってるのサ」

 

ホテルの食堂で紅茶を飲み終えてから私は視線を二人に向けた。

 

「散策、ですか?」

 

「そうサ、いいものがあればお土産として買って帰るのもいいかもね。

あとは欲しいものがあれば、なんてね」

 

トーストを齧るメルクに私は答えた。

ウェイルはオムレツを齧りながら私に視線を向けてくる。

 

「ローマを見物かぁ…」

 

うん、今日は最終日だし、物見遊山に浸ってみよう。

軽くローマといっても結構広い。

あいにく一日で全部を見て回ることも難しいから、効率よく、そして楽しめるように見ていきたい。

 

「最初に見に行くのは…」

 

食事を終えてから少し経ってからホテルを出た。

最初に出向いたのは、『バチカン美術館』。

ローマの中でも有数の観光スポット、かつては美の都ともされていたローマの中でもこの場所は譲れない。

それから次にコロッセオ。

かつては剣闘士(グラディエーター)や奴隷が戦わされていた場所ともされている。

今では地下に在った施設がむき出しになっているけど、まあこれはこれでいい場所サね。

 

「ここでいろんな人が戦っていたんですね…」

 

「人間の歴史は戦争によって作り出された歴史とも言える。

だけど、ここで戦っていたのは時に『名誉』を望んだ人物がいたのもまた確かな話サ」

 

此処にも武器の見本なんてものが置かれているけど、ウェイルはさっそく手に取ってみていた。

手にしてみたのは槍だったけど。

まあ、あれくらいなら大丈夫みたいだね。

 

さて、キリキリ歩こう。

次に来たのは大通り、『ナヴォーナ広場』。

朝市(カンポ・デイ・フィオーリ)も開いているみたいだし、ちょっと覗いていこう。

 

「この服、メルクに似合いそうだな」

 

ウェイルがのぞいてみたのは仕立て屋らしい。

その中に飾られていたのは、シンプルなワンピース。

お気に入りの服がソレだったからか、ウェイルの目にその服が目に入ったらしい。

 

「私にですか?」

 

「うん、例えばこのボレロと一緒にしてみれば…とか、こんな組み合わせはどうだろう」

 

「じゃあ私はこんな服の組み合わせにしてみるサ」

 

「「…え?」」

 

さあさあ、ウェイルとメルクの二人をオーディエンスにファッションショーの開幕さ!

 

私が最初に選んでみたのは、トップスに黒の臍出しTシャツに、ボトムはホットパンツといった動きやすい組み合わせ。

う~ん、やっぱり胸がキツい。

さて、着て見せてみたけれど、やっぱりと言うかウェイルは顔を合わせてくれない。

メルクは…妙な視線をむけるんじゃないサね。

動きやすい服が私の好みなんだけどね。

ちょっとこの子達には刺激が強すぎたのサね?

 

ところ変わって…というか、真向かいにはどういうわけか眼鏡屋が構えられていた。

朝市で出す代物なのか少しばかり悩みどころではあるが…まあ、いいか。

 

「そうサね…ウェイルはエンジニア、有り体に言えば研究者を目指してるんだから、眼鏡とか似合いそうサ」

 

「お兄さんに眼鏡、ですか…」

 

「もともと視力は問題無いし、度が入っていない伊達メガネでも良いかもね」

 

ツツーッと適当に見て最初に手に取ってみたのは、フルフレームの黒縁眼鏡。

試着させてみる。

 

「う~ん、どうですかね?」

 

どう、と言われても…この眼鏡は失敗サ。

何だか猶の事、普段よりも子供っぽく見える。

30秒ほど笑いをかみ殺すのに必死にさせられた。

 

次に手に取ったのは、銀縁のハーフフレームの眼鏡。

 

「…どうですかね?」

 

「あ、お兄さんにはそれが似合う気がします」

 

「ふむ、さっきの眼鏡よりもずっといいサ」

 

というわけで銀縁眼鏡お買い上げ!

いい買い物ができたサ!

物のついでに丸レンズのサングラスも一緒に買ってみた。

 

さてと、ジェシカたちへのお土産には何が良いかねっと。

 

それとウェイルにもなにかいい服を見繕ってあげたいサね。

 

「ウェイル、背広とか着てみないサね?」

 

「俺が、背広を、ですか…?」

 

仕立て屋もあるんだから見ていかないとね!

『背広を着ている』のではなく『着られている』とかなってしまっても、思い出になればそれでもいい。

ほらほら、メルクも背広姿のウェイルを見てみたそうにしてるし、キリッとした姿を見せてあげな!

ああ、それとメルクにもレディーススーツを着せてみてあげよう。

 

そんな訳で、二人にもスーツを着せてみた。

まだ二人は今年で14になる中学三年生だからか、やっぱりというか、『着ている』と言うよりも『着せられている』といった感じ。

でも似合ってるサ。

 

「スーツ、高いんじゃないですか?」

 

メルクが気まずそうにしていたけどお構いなし。

私としては経費で落とせるから今回のこの旅行に関しては費用は惜しまない。

はい購入決定!

 

「ウェイル、どうしたんサね?」

 

「あれ、使えそうだと思って…」

 

ウェイルが指さす先は、ポケットがたくさんついている繋ぎ服に、エプロン。

うん、メカニックをしている最中のウェイルが着こなすには調度よさそうサ、はい、購入決定。

まあ、そんな事がありはしたものの、背広よりも作業服を喜んでいるウェイルには少々気分が複雑サ。

メルクはというと、それを試着したウェイルの姿に見とれてるし。

私の弟と妹のセンスが少しわからなくなってきた。

 

「先生も何か購入されてみてはどうですか?」

 

「ん?私も?」

 

そんな訳でメルクの案に従って適当に見繕ってみて試着室に入ってみた。

メルクが持ってきたのはサマードレス。

肩と胸元が少々開いた大胆なものだった。

足元が少々不安ということで太ももから足首までを隠せるレギンス付き。

靴はウェイルが選んでくれたローヒールの花飾りが施されたサンダル。

 

「うん、ちょっと大胆だけどいい感じサ」

 

試着室のカーテンを開き、弟妹に姿を見せようと思ったら

 

「あれ?居ない?」

 

背筋に寒気が走る。

昨日あんな事が起きたばかりなのに、目をはなしたせいで何か事件に巻き込まれた…⁉

そんな事、あってたまるか!

 

「お兄さん、コレが似合うと思いませんか?」

 

「だな、コレで決まりだ」

 

アンタ達?

私を試着室に放り込んどいて何をしてんのサ?

 

二人はすぐ近くに居た。

試着室からは少し離れているだけで、近くのアクセサリーの類が飾られている戸棚の前に二人は居た。

それから二人は風のように駆け抜け、支払いをして、試着室の前へ戻ってくる。

私が着替えているのに手間取っていると思って、勝手に買い物をしていたらしい。

心配するような状況にはなってなかったから良かったけどサ、心配かけさせないどくれ。

 

「どうだい二人とも、お姉さんの着替えてみた姿は?」

 

「「凄く似合ってます!」」

 

お決まりのパターンだった。

 

けど、言葉自体は嬉しかったから、先ほどの勝手な行動は咎めないでおくことにした。

はい、購入決定!

 

さて、今日は旅行の最後の一日。

二人にはいい思い出を作ってあげよう!

さ、朝市は見たから次はどこに行こうか!

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでこの二日を観光に費やして、最後は空港に来ていた。

楽しい時間ほど経過するのが早く感じてしまうのは何故だろう。

それはきっと解き明かせない謎の一つかもしれないサ。

この数日はいろいろとあったけど本当に楽しかった。

ウェイルは工場の方からマニュアルをもらったらしく、読みふけっているし、メルクも完成された状態ではなく製造過程を見て勉強になったらしいし。

それに何より、命の重みだとか、世界の汚いところを見てしまっている。

今回のこの旅行で多くのことを学べた筈サ。

 

飛行機のシートに座った途端、二人は寝てしまっていた。

楽しむだけ楽しんで、学べるだけ学んで、お昼には私が作ったお弁当を食べて、歩き回れるだけ歩き回った。

二人の体力を考えれば眠ってしまうのも無理は無いだろう。

 

「今日はお疲れさん、ウェイル、メルク」

 

歩くのにも疲れてしまってるかもしれないけど、二人の寝顔はとても穏やかだった。

揃いも揃って、のんきな寝顔しちゃって。

 

…私は、うまくこの子達の居場所に成れているだろうか?

笑顔を浮かべられるように出来ているだろうか?

()として振る舞えているだろうか?

大丈夫な筈、私としてはうまくやってきた筈。

先手を常に握り続けてきた、嘘と偽りで塗りたくった虚飾そのものの世界だったとしても、ウェイル達に注いできた感情は本物サ。

絶対にそれは偽りじゃない。

 

「けど、『姉さん』って呼ばれた経験はいまだに一度も無いサね…」

 

そう、私はまだこの子達からすれば『先生』らしい。

あれだけ親身にしてきたのにね。

あ、それも私が原因か、初対面の時点で『家庭教師』と名乗ったのが失敗かな。

これからは『姉さん』と呼ばせてみるとかしてみようサね…?

…ガラじゃないだけ引かれそうな気がした。

けど、呼ばれたら私としては嬉しいサ。

 

「じゃあ、私も一眠りしようサね」

 

CAに頼んで毛布を貸し出してもらい、二人にそれをかぶせ、私も毛布にくるまった。

その日、不思議な夢を見た。

例の繋ぎとエプロンを身に着けたウェイルがISを作ろうとしている夢を。

ああ、うん、現実でもやらかしそうな気がした。

 

 

夢から覚め、暫く前に見せてもらった、ウェイルなりのISのデザインを思い出す。

あんな兵装、使いこなせる人なんて居るのだろうか?

どちらかというと、アレはウェイルだけの単一仕様機(ワンオフデバイス)だ。

かつて、ウェイルではなかった頃の過去の誰か。

右腕を骨折していたから、『もう一本右腕があれば』とか考えたのかもしれない。

 

それと、ウェイルの成績表を思い出してみる。

一般科目はギリギリ平均点だけど、機械工学や料理などの特殊科目はずいぶんと尖ってる。

『全てに対して十全』ではなく、『限られたことに対して万全』といった風に形容できる。

言わば、その知識や技能は『深く、狭く』といった感じなのだろう。

釣りもその内に入るのかは…評価すべきか?

まあいいや、無自覚にも人脈を広げているみたいだし。

 

「コーヒーもらえるサね?」

 

「はい、少々お待ちを」

 

CAの機内サービスを取り寄せ、眠気覚ましにコーヒーを頼む。

一口飲んでみるけど、ウェイルが淹れてくれるカプチーノの方が美味しいサね。

食事は…空港についてからラウンジでしようか。

時間はまだ9時を回ったくらい。

二人はよほど寝足りなかったのか、まだグッスリと寝ている。

昨日は勉強したことをノートに取り直したり、私に質問してきたりと家庭教師冥利に尽きる夜になったサ。

おかげで私も少々寝不足だったけどサ。

 

「ほら、二人とも、そろそろ着くよ、起きな」

 

寝ぼけ眼のほほを軽~く摘まんで起こすことにした。

メルクは柔らかいけど、ウェイルは少し硬くなってるサね、年頃の男の子ってこんな感じなんだろうサね?

おっと、よく見ればウェイルの頭に寝ぐせが。

手持ちのヘアブラシでなでつけて治しておいた。

ウェイルは何かと世話がかかるけど、こういう子は嫌いになれない。

どちらかというといい弟サ。

成績がとがってようと、性格まで尖ってるわけじゃないからサ。

オマケに温厚で喧嘩は嫌いでどこかノンビリとした所もあるからね。

うん、『いい弟』じゃなくて『自慢の弟』と言えるかもサ。

 

空港に到着し、すっかり眠気もすっ飛んだのか、二人の足取りはしっかりとしてた。

空港のラウンジに開かれていたパン屋でベーグルサンドを頬張り、これからヴェネツィアまでは電車やタクシーで帰ることになる。

久し振りのヴェネツィアも悪くないサ。

 

「工場長にも話は着けたし、研究所への繋ぎにもなった。

これからは見学はいつでも来ていいって話になったサ」

 

そう、ウェイル達へのは見学に行きながらも勉強を怠らなかった。

だからこれは私から二人へのご褒美サ。

途端に二人は大喜び。

 

「それとウェイル、見学に行った際に自分で描いてみた設計図を見せたらしいサね?」

 

「アハハ、ちょっと好奇心半分で。

でも、あんなの結構ピーキーになりそうですけど」

 

「作業用アームとしてなら使えそうだって話を後から聞いたサ」

 

そう、一人で出来そうにない作業でも、ウェイルが書いてみた設計図の中身のそれなら出来そうらしい。

兵装としてはともかくとして、作業用アームとしてなら可能。

ちょっと改造してしまえば、ISにも搭載が可能なのだとか。

 

で、後日…試作品が家に届いた。

FIATの社長は何を考えてるのサ。

よもやまさかの私の家に。

車に乗せてからウェイルの家に運び、実物を見せてみると。

 

「おおぉ…凄いなぁ…」

 

「これが、お兄さんが設計したISのパーツ…」

 

「説明書には、『任意付け外し可能(アタッチメント)』式になっているみたいサ」

 

弱冠、13歳の少年が設計した後付け武装。

けど、その実態は、ISに取り付けなくとも稼働が可能な補助作業腕。

それをウェイルときたら

 

「これを使えばもっと大物とか釣れそうだな…」

 

釣りに使う気満々だった。

アンタって子は…いや、ウェイルらしいと言うべきか…。

 

「でもこの説明書、『開発者』の名前が記されてないですよ?」

 

メルクが気にしたのはその点だった。

そう、その点は私も気にしていた。

『設計者 W・H』とまでは記されているけれど、開発者の名簿欄には『開発者 ・ 』と半分が空欄状態。

…後で問い詰めてみるとしようサね。

そしてその補助作業腕を嬉しそうに担いでいくウェイルの後を追いかけていくと、港に停泊させているクルーザーに運び込み、船の船頭に固定した。

 

「これで今度の海釣りで大物をつってやるぞ!」

 

近々海釣りに行くつもりになってるし…。

その時には私も同行しよう、ちょっと心配だし。



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第14話 荒風 そしてその日が

あの日からウェイルは何が気に入ったのか、ローマで購入した伊達眼鏡をつけるようになった。

度がはいっていないそれをプライベートの時には着けている。

当たり前なのかは判らないけど

 

「大物釣ってやるから待ってろよ、フッフッフッ」

 

「うわぁ…もう、重症…」

 

釣りをする時も眼鏡を外さない。

そして台詞も外さない。

 

これで何度目になるか判らぬあの台詞。

その都度私も同じようなことを言って返しているような気がした。

それもこれもウェイルに釣りを教えてしまった黒の釣り人(ノクティーガー)の責任って事で。

例の作業補助腕が完成してから今回は初めての海釣りに来ていた。

 

親父さんがクルーザーを出し、私も今回は乗せてもらっている。

アホ(オッサン)共がウェイルとメルクに進級祝いにいろいろとプレゼントを贈ってきているが、どこの誰サね?

魚群探知機なんぞをプレゼントしてきたのは?限度を考えな!

何処の誰サね?

海釣り用の極太ロッドを贈ってきたのは?

ウェイルが一人で海釣りに行く癖が付いたらどうするのサ!?

 

で、親父さんも嬉々として魚群探知機をクルーザーに取り付けてるし…。

メルクはメルクでクルーザーから見える景色に夢中になっていた。

 

海を見ると色々と考えさせられるのも確かな話。

その日、メルクが運河を流れる少年を必死になって助けた。

でも小さな体で出来ることは限られていて、病院へと運び込まれた。

私はその少し後に病院に駆けつける羽目になり、国家元首からその少年の護衛役に着いた。

それと一緒に家庭教師の役目も自ら買って出た。

さらには戸籍も作り、別の町に借りていたアパートを引き払ってでもヴェネツィアに引っ越し、姉を気取って過ごしていた。

それもこれも(ウェイル)の為。

付け加えて言うのなら、自分自身の自己満足の為でもある。

けどまあ、その自己満足ってのはどんどん無くなっていってたわけだけど。

 

五月に入り、気温も随分と落ち着いてきていた。

あたたかな日差しを受けながらも、海風は柔らかい。

シャイニィはといえば、ウェイルの隣でひっくり返したバケツを椅子の代わりにして釣り糸の先を見下ろしていたり、時折に翼を休める為に降りてくるカモメを目で追っていたり。

親父さんのヴェルダは魚群探知機とにらみ合いをしながら船の微調整、お袋さんのジェシカはキッチンで魚を待っている状態。

今日は海鮮料理にありつけそうサね。

 

「…あのオッサンども…」

 

港からいくつものクルーザーが出港してくるのが見える。

その船頭に居るのは見慣れたオッサン共。

あのアホ共も釣りに出向いているらしいサね。

手を振っているのが見えたのか、ウェイルも手を振って返す、シャイニィは尻尾をユラユラと。

ウェイルのこの人脈は釣りが理由で広がっている、けど繋がっている相手が問題サね。

なんでとんでもない御仁ばっかりと顔を合わせるようになったのやら。

釣りってそんなに楽しいものだったっけ?

これが理由で私は頭痛が起こりそうサ。

 

「よし、また釣れた」

 

「にゃぁ」

 

ウェイルの釣り竿は先ほどから好調な様子、小さいけれど、数だけはしっかりと確保しているのがウェイルらしい。

クルーザーの生簀に次々と放り込んでいる。

ジェシカはそれを見て満面の笑み、親父さんはというと全然釣れないらしい。

 

「メルク、アンタは釣りはしないサね?」

 

「えっと…私はお兄さんに比べると、釣りの腕はそんなにないので…」

 

ああ、うん、同年代でもあそこまで釣りにのめりこむ子はいないだろうサ。

それに今は海風に身を任せるのが心地いい、これに関しては私も同感。

 

ウェイルは相変わらず釣りにのめりこんでいる。

翼を広げてのんきに飛び回るカモメたちの様子を見てみる。

のんびり気儘に飛んでいるのは少しばかり羨ましい。

本当に、悩みが無さそうでサ。

 

「にゃぁ」

 

釣り糸を見ているのが飽きたのか、シャイニィが私の肩に飛び乗ってくる。

何か用があるのかと思えば、そのまま視線は空に向かう。

またカモメ達を目で追っているらしい。

街の中では鳩の一羽でさえ捕らえられないのに、海でカモメ達を捕まえられるわけはないだろうに。

それを悟ったのか、カモメ達が微妙なラインにまで近寄ってくる。

当然、シャイニィがジャンプしても届かない距離。

そんな距離から鳴き声を聞かせてくるから、シャイニィをからかってるのだと察しはした。

最近の鳥は頭が賢いみたいサ。

 

「ワヒャッ⁉」

 

シャイニィをからかう前提で動いているのか、一羽がメルクの頭の上で羽を休める。

…最近の海鳥は頭が賢いみたいサ。

当然シャイニィはそのカモメを狙おうと、私の肩から飛び跳ねる構えをしているわけで。

 

「ワプッ⁉」

 

飛び跳ねると同時にカモメは飛び去り、シャイニィはメルクの顔に飛びつく形で終わった。

 

「何をしてるのサ」

 

そんな様子に苦笑しながら、メルクの顔からシャイニィを引っぺがした。

ああもう、何をしてるんだか。

カモメを恨めしそうに睨むシャイニィを宥めながら近くに置いていた椅子に座った。

 

「メルク、最近のウェイルの様子はどうサね?」

 

「どう、と言われても…以前とあまり変わらないです」

 

その言葉を頼りにして考えると、眠っている間に涙を流す事は時たまにあるらしい。

そして、夢の中に現れる女の子、『凰 鈴音』の出現も。

それでも、記憶は戻らない。

 

ウェイルに聞かれるわけにはいかないけど、記憶が戻らないというのは安心はできる。

あまつさえ、「帰りたい」とか言われた日には、私としては判断に困るだろうから。

今の私は不純に満ちている。

『誰かに不幸と悲嘆を押し付けて、その代わりに誰かに幸せを与える』という、悪魔の所業。

これは『望まぬ形で願いを叶えよう』という悪魔の囁きに近い。

罪悪感はある、決して振り払えない形でまとわりついてきている。

いつの日か、それこそいつの日にかは、それは払拭される日が来るのだろうかと、思いつめる日々。

 

…今年の秋、私はあの女(織斑 千冬)と戦う日が来るのだろう。

次こそはあの女に勝つ、そして断言してやる。

「お前と私は違う」のだと。

 

「さて、堅苦しい話はコレで終わりサ。

ウェイルの様子を見るとしようサ」

 

そう、私はあの女とは違う。

 

あの女は家族を守ることをやめた。

 

私は絶対に家族を見捨てない。

 

そう、絶対に。

 

 

 

「ウェイル、釣果はどんな感じサ?」

 

「絶好調です!」

 

キッチンではお袋さんが次々に鱗をはがして、鰭を切り落として、開きにしたり、早速調理に取り掛かってたりと準備がいい。

けど今回は釣れる獲物は小さいものばかりらしい。

生簀の中にはそんな感じの魚の姿がいくつも見える。

 

離れた場所に見える別のクルーザーに乗っている人が手を振ってくるのが見えた。

おいオッサン(FIAT工場長)、アンタそんなところで何してんのサ?

よくよく見れば見慣れたオッサンどももそろいもそろって釣り糸を垂らしている。

なんでこうなるのか…。

 

「この手応え!」

 

そしてこのタイミングでウェイルの釣り竿に何か引っかかったらしい。

かなりしなっているのを見るに、かなりの大物らしい。

 

「メルク!補助腕用意!」

 

「え⁉あ、はい!」

 

すぐ傍に置いていたらしいあの(・・)補助腕がクルーザーの手すりに固定され、それが動いて釣り竿を掴む。

へえ、あんな動きするのか。

魚に合わせて釣り竿を左右に振るうと、それに合わせて自動で補助を入れてくれる…という訳でもなく、足元の操作パネルで指示を出しているらしい、しかも足で。

竿を支える力を軽減してくれているらしく、リールを巻くのも容易らしいサ。

竿を左右に振るう際にも、魚の体力を少しずつでも削っていくために、微妙に力加減を加えているらしい。

賢いものを作ったものサ。

そのまま釣り竿を振り回すこと15分。

 

「父さん!網の用意!」

 

「ようし、任せろ!」

 

「いくぞメルク!」

 

「はい!」

 

弟妹がそろって海に飛び込んでいく。

どうやら服の下にキッチリと水着を着こんでいたらしい、用意がいい二人サ。

ウェイルは眼鏡をポケットに仕舞ってから飛び込む。

私は水着の用意はしていなかったから私服のままで来てたよ。

 

「あらあら、大きい魚ね、ここら辺でもマグロ(・・・)が捕れるだなんてね」

 

「うわ、本当に大きい…」

 

ぐったりとしたマグロの頭と尻尾をガッシリと掴んだ二人はそろって笑顔。

けど、そのマグロが本当に大きい。

目測だけど、ウェイルの身長を既に越している。

親父さんがデカい網でマグロを掬い上げ、私が二人を引っ張り上げてタオルを渡す。

その間にジェシカが魚の大きさを測っていた。

 

「頭から尻尾の先までで199cm、重量は92.5Kg。記録更新ね、ウェイル」

 

「ははは…本当にとんでもない大物を釣り上げちまったサ、この子は」

 

海から出てきた弟妹達はタオルでガシガシと髪を拭きながら今回の獲物を改めて見てみる。

 

「すごい大きさですよね…」

 

「父さん、以前連れて行ってくれた店で食べたアレとか作れないかな」

 

「ちょっと待ちなさい、写真を見せてもらったけど、あんなものは料理とは認めないわよ。

スシバーで食べたらしいアレは偽物よ。

母さんが正しい『スシ』を作ってあげるわ。

アリーシャさんも食べていって?」

 

「んじゃあ、ご馳走になろうかね」

 

「にゃぁ!」

 

シャイニィも食べたそうにしてるし、私も一緒にご馳走を待つ側になった。

それからは三人がテキパキと調理を進めていく。

マグロの頭を切り落とし、鰭を落とし、尻尾も落とし、それから身を捌いていく。

おお、見事な赤身と脂身。

コレは見ている側になっているだけでも食欲を掻き立てられる。

捌き方に関してはしっかりと身についているのか、大トロ、中トロだとか言われる部位に関してはキッチリと分けている。

親父さんは…うん、見ているだけ。

 

キッチリ捌いた後は、おふくろさんが酢飯を握り、メルクが一口大に切り身を作り、その間にウェイルがワサビだとか醤油だとか呼ばれる調味料を用意していく。

アンタ達のそのコンビネーションはどこから鍛えられたものなのサ?

ちょっと見ているだけで、皿の上には大量の「スシ」が並んでいく。

うん、美味しそうサ。

 

「さあ、これでお昼ご飯は完成ね」

 

イタリアには似つかわしくもないなんとも和風な食事だった。

 

「これがスシか…父さんに連れて行ってもらったスシバーとは全然雰囲気が違うな…。

あの店では三角形に形作られた白米の上に焼き魚が乗っかっていただけだったし」

 

「ウェイル、その店の事は忘れるべきサ」

 

うちの弟に間違ったことを教えていたその店には話を付けておこう。

 

さて、次は炙りスシとかいうものを食べてみようサね

 

 

 

で、その後が大変だった。

あたり前な話、たった五人と一匹でマグロ一匹を平らげれるわけでもなし、その実を全部捌くのにも結構な時間がかかってしまう。

捌いて終わったころにはすっかり夕方。

あれから釣りに勤しむ事が出来ず、ちょっとウェイルが不機嫌そうにしていたのをよく覚えている。

港に帰る頃には他のクルーザーも一緒になって帰ってきたので、捌いたマグロをおすそ分けしたりとなぜか奉仕作業みたいになるわで…。

それでも半分以上余ってるわけで、当面はマグロを食べられることになりそうサ。

 

「いい思い出になったみたいサ」

 

私室にて、その当日の夕方に映した写真をもう一度見てみる。

私やハース一家とシャイニィを中心にして、国家元首、国家元首補佐、宰相、マフィアのボス、大病院院長、中学校校長、ヴェネツィア市長、イタリア空軍元帥、国防大臣、ローマ市長、ローマ法王、新聞社社長、FIAT代表取締役、もののついでにマグロの頭が一緒に映ったあまりにも混沌(カオス)な写真。

でも、そこではだれもが確かに笑顔をしていた。

笑顔が下手なウェイルだって柔らかく微笑んでいる。

こんな当たり前な笑顔を引き出すのにも長い時間がかかった気がする。

でも、そのあたり前な笑顔が、ウェイルにとっては難しかったんだろうサ。

そんな当たり前すら奪われていた過去を完全に払拭させたい、それが私の偽りのない気持ち。

 

Prrrr

 

「私サ」

 

『ジョセスターフ選手、試合の日程が決定しました』

 

そう、あれからずいぶんと日数が経った。

明日からは、もう九月。

私はドイツに出向き、『第二回 国際IS武闘大会 モンド・グロッソ』に出場することになる。

スケジュールでは明日のお昼には空港から発ち、ドイツのメルボルン空港にまで飛び立つことになる。

かと言って、心配要素が無いわけではない。

第一回大会のことを鑑み、ウェイルやメルク、そして家族はローマの議事堂とホテルを使って身柄を厳重に保護してもらうことになっていた。

イタリア軍、警察、民間組織、マフィアが一体となり、誘拐だの事件に巻き込まれないように徹底的に守りを固める。

その間、生活だとか、学業に不備がないようにも取り計らっておいた。

シャイニィも今回ばかりはウェイル達と一緒にお留守番だ。

 

「ああ、判っているサ。

今回のためにも訓練は半端にならないほどにした。

メンテナンスも不備が無いようにした心身機体ともに最高潮。

誰にも負ける気はしないサ」

 

そして、今回は隠し弾の用意もしている。

例え、あの女が相手でも負ける気はしなかった。

 

『明日、一家を議事堂に送り届けていただいた時に、飛行機のチケットをお渡しします』

 

「ああ、判ってる。

だけど、家族のことはくれぐれも頼むサね」

 

『承知しております』

 

心配要素は極力排除した。

それに対しての対応もした。

これで最善の筈。

 

さて、様子を確認しに行こうサね。

 

 

「なぁ」

 

ホテルに行くと、一番に出迎えてくれたのはシャイニィだった。

私の姿を見つけるや否や、メルクの肩から飛び降り、私の肩に飛び乗り、毛並みを擦り付けてくる。

相変わらずの態度と、いつもよりも柔らかく感じられる毛並みがくすぐったい。

 

「ウェイル、メルク、元気そうサね」

 

「アリーシャ先生…俺達、浮いてません…?」

 

何というか…居心地が悪いのか、ウェイルはまた表情が硬くなっていた。

ふぅむ、これはあまり良くないサね。

 

「大丈夫サ、アンタ達に手出しをしようだなんて輩は此処には居ないからサ」

 

そう、此処に居るのはウェイル達、『ハース』一家を守るために協力してくれる人ばかり。

ウェイルだけでなくメルクも表情が硬くなっているけれど…両親はというと…

 

「「………」」

 

ガチガチだった。

一家揃ってしばらくの間が不安サね。

緊張していないのはシャイニィだけらしい。

この様子に思わず苦笑してしまった。

 

「明日からモンド・グロッソなんですよね」

 

「ああ、必ず優勝して見せるサ。

ドイツにまで連れていくことは出来ないけど、このホテルからでもモニターで見られるだろう?

まあ、応援を頼むサ。

それとウェイル、一週間は釣りはお預けだからね」

 

ほっとくとこの子はホテルを抜け出してまで釣りに行きそうだから、事前に釘を刺しておく。

考えていたらしく、項垂れていた。

 

「メルク」

 

「今回は釣り道具は全部家に置いてきました!」

 

よろしい!

 

「ホテルにも釣り道具のレンタルがされてないことも確認済みです!」

 

なおのこと良し!

 

「って訳サ、悪いけどウェイル、今回は大人しくしといてほしいのサ。

早朝のジョギングは…このホテルの階段を上り下りするくらいで、サ」

 

「…はい」

 

ああもう、この子は相変わらず表情が硬いサね。

それを読み取ったのか、シャイニィがウェイルの肩に飛び移り、前足を頬に押し付ける。

 

「メルク、必ず優勝するから、それまでウェイルの家庭教師の代行は任せるサ」

 

「は、はい!」

 

「ウェイル、試合は皆と一緒にキッチリと見ておくようにね」

 

「はい、頑張ってください!」

 

そうそう、表情が和らいだところで前々から言っておきたかった事を言ってみるとしよう。

まあ、もうそのつもりではいたんだけど、なかなかこの子たちは呼んでくれないからサ。

 

「ホラホラ、アンタ達の姉さんは此処までやる気を見せてくれてるんだ。

アンタ達も、…今は学生、それも今年は受験生なんだから勉強を頑張りなよ。

アンタたちの姉としては、『よく頑張ったね』って褒めてあげたいからサ」

 

さて、二人の反応はというと…ポカンとしてる。

こういうのは流石は兄妹といったところサね。

血縁なんて無くても変な所で似るものらしいね。

だからまあ、トドメとは言わないけど、言いたいことは先に言ってしまおう。

 

「おんやぁ?それともアンタ達、私の事を『家族』とも『姉』としても見てくれてなかったのサね?」

 

「「そんなことは無いです!」」

 

声がそろってて大変よろしい。

 

「じゃあ、今後は名前で呼んでもいいけど、『先生』は無し。

『姉さん』って呼ぶように!そして極力敬語も無し!いいサね?」

 

「「は、はい!姉さん!」」

 

よし、言質はとった、そして言わせた。

 

二人にとって私は『姉』ってことで今後は通用するだろうサ。

姓名(ファミリー・ネーム)』が違うだろうけど、ソレはソレ、さしたる問題でもない。

じゃあ、自慢の姉として胸を張れるように頑張ってくるとしようサ。

飛行機のチケットを受け取り、私は最寄りの空港へと向かう。

そこから先へと飛び立てば、しばらくの間は弟妹とも顔を合わせることもできないかもしれない。

けど、今度の大会が終わりさえすればまた一緒に過ごせる時間が待っている。

 

さて、やる気も出てきたし、これがなえてしまうよりも前にパパッと片付けようサね。

 

「じゃあ、試合は来週からだから、ちゃんと見ておきな。

アリーシャ姉さんの大活躍、キッチリと見せてあげるからサ!」

 

そうそう、お姉さんとしてはカッコイイ所をバッチリと見せてあげたい。

だから頑張ろう!

 

飛行機に乗っても頬が少し緩んでいたらしく、何度も鏡を見ることになってしまったのは…まあ、余談サ。



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第15話 灼風 怒りの日

書いてたら止まらず
気づけば10000文字オーバー。
どういう事?

久しぶりに傾いた鵞鳥さんが声だけ登場します


大会が始まり、二週間が経過した。

その日その日にローマにいる弟妹(家族)達には電話でのやり取りを繰り返している。

ドイツとイタリアなんて、時差は一時間程度だから、迷惑にもならないだろう。

モニターの向こう側では、メルクもウェイルも元気そうに過ごしている。

両親も一緒にいるみたいで、楽しそうにしている。

それと、モニター越しでの会話をするのは、朝食と夕食のタイミングに絞っている。昼食は会場の控室になるからどうしても殺風景になってしまう。

それに、こうやっていると一緒に食事を楽しんでいるようにも感じられた。

何より一緒に食卓を囲むのは楽しいから。

モニター越しじゃなくて、本当の意味で同じ卓につきたいサ。

 

「姉さん、明日は決勝なんだよな?」

 

あの日以降、モニター越しだけれどウェイルもメルクも私のことを『姉さん』と呼んでくれるようになった。

これがまた嬉しくて、大会の試合でも頑張っていける。

 

「ああ、頂上戦(タイトルシップ)までもう少しのところにまで来たサ」

 

次の試合の相手に関しても情報は極力集めているから、負ける気がしない。

弟妹達の応援だけでも百人力サ。

相手は…アメリカのパイロットだったサね。

 

「見に行きたいです…」

 

「また次の機会があれば、サ。

けど、次の大会は何処で開かれるやら…」

 

第一回大会の開催国であったフランスはもう無理だろう。

第二回大会は、ここドイツ。

第三回大会は…さて、私にも予想がつかない。

 

それでも選手に同行できる人材は酷く限られている。

エンジニアやメカニックのような技術者、それと心理カウンセラーに、助手とかそんな感じ。

私としても最低限度には連れてきている。

あいにくと部屋はお隣同士だけどもサ。

 

弟妹達がついてくるともなれば、そういった枠に入ってもらわないと多少の無茶もできないだろう。

 

「今日の夕飯はメルクお得意の『ふわとろのオムライス』です」

 

あの場にいられない自分の今の窮屈さが恨めしい!

とてもおいしそうじゃないサね!

今日の私の夕飯ときたら…豪華なのは認めるけど、それでも家族が作ってくれる食事がどれほど嬉しいものかが今になってよくわかる。

やっぱり、さ…豪華な食事よりも家族と一緒に過ごせる時間って貴重だよね…。

私はソレを今回は自分から削ったようなものなんだから…なんかいまさらになって憂鬱サ…。

大会が終わったらみんなで過ごせる時間が増やせるように頑張ってみよう、軍人だから無理だけどサ…、それでも悪あがき位したっていいよね…?

 

ええい、この鬱憤は明日の試合で吹っ飛ばしてやるサ!

 

翌朝の朝食は焼いたトーストがお揃いになったけど、…やっぱりみんなで一緒に食べたかったサ…。

シャイニィが尻尾をユラユラと揺らしてモニターの向こう側から慰めてくれてたけどサ…。

 

 

 

 

 

第二回大会である今回だが、あの女、『織斑 千冬』は未だに戦いの場に姿を現していない。

前大会の優勝者であるあの女は、決勝戦の更にその先、『頂上戦(タイトルシップ)』まで常に裏で出番を待ち続けている。

各地から集った選手がその腕を競い合い、そのトーナメントを勝ち抜き、決勝戦で勝者となった者だけが、あの女への挑戦権が与えられる。

それが今回からの大会で課せられた特別ルールだった。

参加する選手からは圧倒的に不利なルール、勝ち抜くまでに、各自が持ち合わせているであろう戦術や、兵装を悉くをさらけ出してしまうというのに、あの女は裏からそれを見て、事前に対策も立てられるというものだった。

案の定、強者ばかりが集うこの大会でも、多くの選手が、隠し玉としているものを出してしまっており、選手同士で対策をも立ててはいるが、それすら見られるというわけサ。

本当に…気に入らない…!

あの女は、タイトル防衛の為だけに、たった一度の試合をするだけということサ。

 

唯一助かる点があるとすれば、あの女の姿をモニター越しにでもウェイルに見られることは無いってことサね。

 

 

 

 

『さあ!とうとう戦女神達の戦いも最高潮!

第二回モンド・グロッソ決勝戦です!』

 

大会会場に響き渡る実況の声。

もちろん競技用ステージの外に議員だのなんだのという連中は居るのだから、いたって安全。

けれど、あいつらは『それが当然』と思い込んでいる。

『女だから』という理由だけで。

 

この会場にはいくらかの旗が掲げられている。

各国の国旗だけでなく、国際IS委員会を示し、同時にある学府の校章にも使われている『守護天使』もまた。

そしてそれを模倣したうえで、両手に武器を握り、八方位を楯で包まれた『撃滅天使』の紋章もどこかにあるかもしれない。

そんなものがあれば容赦無く撃ちぬくけどサ。

 

「よう、随分と眉間に皴が寄ってるじゃねぇか」

 

誰の眉間にシワが寄ってるだって…?

 

「フン、そういうアンタは相変わらず筋肉質じゃないのサ。

鎧を身に着けたグリズリーでも出てきたかと思ったサ」

 

こめかみに青筋が浮かびそうになるのを懸命に堪え、相手をにらむ。

アメリカ代表選手、『イーリス・コーリング』。

搭乗機体は第二世代機『(ファング)』。

この大会でもかなりの猛者、相手にとって不足は無いサね!

 

『それでは、試合開始!』

 

機体を展開し、互いに腰の得物を引き抜く。

抜刀が早かったのは私だった。

 

「「おおらぁっ!!」」

 

刃が咬み合い、火花が散る。

目がつぶれそうな閃光にも耐え、左手で追撃の銃撃を浴びせる。

 

「痺れるねぇっ!流石前大会準優勝者なだけはある!」

 

「はっ!負けられない理由があるからサ!」

 

両手の武器だけでは手数が足りない。

さらには足技も含めて戦いを繰り広げる。

(ファング)は見てくれが鈍重だから吹き飛ばすには届かないが、先手を取り続けるだけなら容易い。

重量じゃ負けちゃいるかもしれないけど、舐めんじゃないサ!

そのまま機動力を武器に、翻弄を続ける。

楯で攻撃を防がれようものなら、足技でその楯を奪い、そのまま懐に踏み込み、胴を蹴り飛ばした。

 

「…やるねぇ」

 

「さあ、まだヤるサね?」

 

そこからも展開は一方的だった。

手数とスピードで翻弄を続け、両手に握る武器を振るい、一気にダメージを蓄積させ続ける。

その果てに私は勝利した。

隠し弾は使わず終いだったけれど、こんなものだろう。

本気に近いまでの力は出した。

それでも、またまだ余裕は残している。

 

 

さぁ、後は一試合だけ。

ようやく、ようやくこの時が来た。

あの女を叩き潰し、『お前と私は違うのだ』と証明する為に。

あの時の借りを返す時が来た。

 

 

さぁてと、頂上戦(タイトルシップ)は明日だから今だけはリラックスしておこう。

今日の夕飯時には弟妹と過ごそう。

モニター越しだけどサ。

おっと、機体のメンテナンスもしておこう。

足技も使った事で、装甲にも多少ダメージが残っていたかもしれない。

エンジニアにその旨を伝え、しっかりと整備をしてもらおう。

 

ステージから喝采が聞こえてきた気がした。

前座試合が始まったのだろう。

 

頂上戦(タイトルシップ)前の余興としての前座試合(エキシビションマッチ)ですね。

前大会優勝者が入場したようですよ」

 

「そうみたいサね」

 

整備室のモニターの電源を入れれば、あの女の姿が映る。

前大会主催国であるフランスの選手を相手に、刀一振りだけで捌き続けている。

縦横無尽に、絶える事の無い剣舞で対応しきっている。

その表情に陰りは無い。

それすらも私にとっては憎悪の対称にしかなり得ない。

いや、どのようにしていても私はあの女を憎んでいただろう。

それと同じように、もう一人、今ものうのうと日本で日々を謳歌しているであろうクソガキもまた…!

 

「整備、終わりましたよ」

 

「判った、確認してみるサ」

 

ハンガーに置かれていたテンペスタに搭乗する。

意識を集中し、感覚を確かめてみる。

うん、バッチリだ。

不備なんて何処にも無い、今まで以上に最高潮とも言える。

隠し弾に関しても…よし、イケる!

 

「感謝するサ。

これなら負ける気がしない!」

 

「応援してますぜ」

 

整備士に軽い感謝をしながら私は機体を待機状態に戻す。

そのまま私はベンチに腰掛け、試合を見ておく。

剣舞に続く剣戟に斬撃。

その太刀筋を観察する。

ああ、大丈夫だ、あの程度なら見切れる。

なおも加速しようとも、その剣閃も見てとれた。

そして続くのは、必殺の斬撃だった。

自分のシールドエネルギーを消費しながら、相手に大ダメージを与えるという『諸刃の剣』。

それに対しての策もある。

 

試合が終わる。

やはり、あの女の勝利だった。

それも圧倒的なまでの完封試合だった。

 

「ああ、ようやくサ。

ようやくお前を潰せる」

 

この日をどれだけ待ち望んだだろう。

 

「お前に刻んでやるサ。

あの日の借りに熨しを付けて、ね」

 

整備も終わり、控室にもなっているホテルへ帰ろうとした時だった。

大会会場の前で、あの女が居た。

それと…

 

「へぇ…わざわざ連れてきてたってのか…」

 

ウェイルとどこか似たような顔つきの少年が居た。

今この時も日本でのうのうと過ごしていると思っていたが…ああ…間違いない…!

 

それからその二人は数回の言葉を交わしてから別れた。

あのクソガキは一人で会場から出ていき、歩いていく。

凡そ、控室にあてがわれているホテルに部屋でも用意しているのだろう。

 

「ああ…久しぶりだな、アリーシャ・ジョセスターフ」

 

「…ああ、四年振りサ」

 

視界が真っ赤に染まりそうなになるほどの怒りを抑え付け、私は言葉を返す。

感情を出さないように、無機質になるように、氷よりもなおも冷たくいられるように…!

 

「世界は広いな、前大会と比べても多くの選手が育ち、腕を競い続けている。

私もうかうかしていられそうにない」

 

「それで、用心に足る選手がいくつか見つけられたってのかい?」

 

「ああ、何人も居た。

その中でも、最も警戒しているのがお前だ、アリーシャ」

 

ああ、そうかい。

裏でコソコソ見ているだけのお前が言っても説得力の欠片も無いサ。

それに、既にすべての選手は敗退している、それはアンタも知っているだろうサ。

 

「アレ、アンタの弟かい?」

 

「ああ、そうだ…前大会の時にも、連れてくるべきだったと思ってな…。

そうすれば、一夏も、  と同じように一緒に居られた筈だ…」

 

この女はまだ勘違いしている。

その少年が、どれだけ心を殺され続けてきたかを知ろうともしていない。

どれだけ傷つけられ続けてきたかを知らない。

あの子が…どれだけの地獄を歩んできたかを知らない…!

 

「で、連れてきただけで守れると思ってんのサ?」

 

「目の届く範囲に居るんだ、前回とは違う」

 

どの口が言う…!

お前は、弟を失った(・・・・)わけじゃないだろう。

お前は弟を捨てた(・・・)という事実から未だに目を背けているだけだ。

目の届く範囲に居るから守れる、だと?

お前は…その目の届く場所から傍観していただけサ!

お前も、あのクソガキも!

 

「まあ、私には関係の無い話サ」

 

この言葉を最後に、私はさっさと離れるつもりだった。

 

「おまえにも判るだろう、アリーシャ。

あの日以来、懇意にしている人物が居ると訊いている(・・・・・)

 

ああ…ああ…やはり貴様か…!

あの日の夜、ヴェネツィアの夜闇に紛れ込んでいた日本から来たという暗部。

ウェイルの周辺を調べていたと私は訊いていたが、調べていた対象は、私だったという事か!

それを派遣させたのは…お前だったのか…!

 

視界が真っ赤になるどころか、気が狂いそうになる。

それをも抑え込めたのは我ながら奇跡といっても良かったかもしれないサ。

 

その分、それこそ最後に放った言葉は今までに無い程に冷たくなったのが自覚できた。

 

「四年前の借り、必ず返す」

 

精々首を洗って待っていろ…!

 

 

 

 

 

その日の夕飯も、モニター越しに家族との食事だった。

離ればなれになっていると、やっぱりこの時間が楽しみになってくる。

互いの姿が見えると、途端に弟妹が騒ぎだす。

 

「凄いよ姉さん、圧倒的だった!」

 

「あの足技、見たことも無いです!

あんな隠し弾があっただなんて驚きました!」

 

誉められると悪い気はしないサね。

とはいえ、アレはまだまだ序の口、本当の隠し弾は使っちゃいないからサ、決勝では驚かせてあげよう。

ああ、やっぱり家族と過ごす時間は癒しそのものサ。

荒んだ心も落ち着いてくる。

 

足技

手に兵装を持って戦いを繰り広げることの多いISだけど、脚部に関しては実はそんなに用途は多くなかったりする。

武器をマウントしたり、機体姿勢制御用の補助スラスターを搭載したりと、あまり重要視されていない。

だから私はその裏をかく。

『速さは重さ』、すなわち脚部スラスター全開の速度で振るわれる蹴りは強大な威力にも繋がるってことサ。

反動はあるけどサ、それに関しては私自身耐えられないわけじゃないから問題無し。

装甲は凹むけど、そこに関しては予備パーツを用意しておけば大丈夫サ。

そして決勝戦では、それ以上の隠し弾を使う。

あの女が絶対的攻撃力を持っているけれど、私の持つ切り札は、それに対しての特化対抗策にもなる。

 

「さあ、それじゃあ夕飯にしようサね」

 

ああもう、ハース家の夕飯は今日もおいしそうサ。

なんでそんなに豪快に大きいエビを使ったドリアを作ってるのサ。

あの場にいられない私としては悔しいサ。

コッソリと手元に置いている手帳にあの料理内容をメモしておく。

イタリアに帰ったら食べたい料理がいくつもある。

それが日毎に…というか朝食と夕飯の度に増えていく。

ああ、私もあのドリアを帰ったら食べよう、そう決めた。

 

それからスープにピザにボロネーゼと書き出したら、一ページが文字で真っ黒になってる。

この年で食欲旺盛なんて先が真っ暗になりそうだけど、それでも後悔は…しないようにしとこう。

ダイエットで大変なことになる人生なんて想像したくない。

 

「それで、ウェイルは何か嬉しいことがあった、なんて顔してるけどどうしたんサね?」

 

そう、おいしい食事や、私の活躍だけでなく、それ以外で妙に表情が朗らかに見えた。

どうしようもなく気になったからさっそくで悪いけど聞き出しておこう。

 

「へへ、それは、コレ!」

 

「……!?」

 

ウェイルが考案し、FIATの技術者に見せ、参考にして作り出された副腕の特許認定だった。

ちょ、待ちな…!?

そして開発者名は『FIAT』とされている。

更には、その隣に並べられたのは、FIATから直接届いたであろう『バイト契約書』まで。

あの副腕の考案だけで特許を得られるだけでなく、イタリアのIS開発企業FIATのヴェネツィア支部から早くもヘッドハンティングされてしまっているらしい。

しかもバイト先は設計部門ときている。

その書状を見るに、高校卒業した時点での就職も約束されることになってる。

これは大変なことになってきているみたいサ、今年の大会が終わったら早々に帰国してウェイルの勉強のプランを組み立てなおさないと、就職してからも大変なことになりそうサ。

でも私としては大学まで行かせたうえで、卒業してからの就職というルートでいたからこれからウェイルが大変サ。

就職しても恥ずかしくないようにキッチリと面倒を見てあげないと、サ。

 

それにしても、あの副腕一つで特許をとれるとか凄いサね。

よくよく見たらあのオッサン(国家元首)のサインまで入ってる始末。

猫かわいがりされてるような…しっかりと様子見しないとウェイルが大変なことに…あ、もうなってるか。

特に釣りが原因で。

一先ず、特許に関しては先伸ばしにするようにウェイルを説得した。

詳しい話の確認も必要だろうからサ。

 

「あ、そうだ、釣り場にも最近になって新しく来るようになった人が居てさ」

 

「…へぇ、それって誰サ?」

 

「『ヘンリー・ブロス』って名乗ってたかな」

 

おい、オッサン(IS製造企業代表取締役)、なにやってんのサ。

なんで弟の周りにはこうもタダで済まないような御仁が集まり続けるのサ?

釣りってそんなに楽しかったっけ?

もう私からすれば頭痛を催すものに外ならなくなってしまっている。

けど、あの子の数少ない楽しみだから「辞めろ」だなんて言えないのもまた事実。

だから精一杯の努力で笑顔を作って見せる。

 

「ウェイル、これからまた勉強が大変になるから、キッチリと頑張りなよ」

 

「ああ、勿論!」

 

 

 

 

家族との食事も終え、FIATの代表取締役と、国家元首に回線を繋ぎ、精一杯に怒鳴りつけた。

気が早すぎ、手を回すのが早すぎ、先に私に話をつけろ、職務怠慢にもほどがあるだろう、etc,etc…。

とまあ、怒りとストレスとヘイトを言葉にして叩きつけ、こちらの回線も切断する。

話としては、今後に話をきっちりと着けるとの事。

 

さてと、そちらの回線も切って終わった後は、誰にも知られていないであろう情報回線を開く。

これは私が作り上げた情報ネットワーク、ウェイルを守るために、家族を守るためにもつないでいる情報網の一つだった。

 

「凰 鈴音が転校?」

 

日本に在籍し、在学していた彼女が突然に転校していったらしい。

どこへ向かったのかと思うと、中国の上海。

それと同時に中国人民解放軍に入隊している。

私の勘で考えるのならば…これは真っ正直な入隊じゃないサね。

軍に入れば、ハイリスクな仕事ではあるけれど、ハイリターンの支給が得られる。

けど、あの少女の目的はそれだけじゃない。

 

「…なるほど、民衆の中にいただけでは情報が集まらないから、軍を利用したってわけか」

 

更にはISの適性試験も行っていると見ていいだろう。

この少女が求めているのは、『力』と『情報』の二つサ。

直情的ではあるけれど、理性的でもあり、合理的。

この少女、並々ならぬ勘の鋭さをしている。

そしてこの行動力、ただの少女かと思えば、想像以上の傑物。

 

「さて、調査はここまでにしとこう」

 

あの少女、逢う日が来るとしたら楽しみサ。

PCの電源を落とし、さてと、シャワーでも浴びようサね。

 

「ちょっと待ったアーちゃぁぁん!」

 

どこぞで聞いた声。

その声に私は頭を抱えた。

振り向いてみれば、電源を落としたはずのPCに再び電源が入れられ、モニターにウサギのマーク。

…見覚えは…在るサ、あのウサギのマークは…。

容赦無く電源を落とす。

すると今度はテレビの電源が勝手に入る。

容赦なくコードから引っこ抜く。

今度は天井の映写機が勝手に稼働して壁面にウサギのマーク。

こっちもリモコン使って電源を落とす。

カーテンが勝手に開かれ窓ガラスにウサギのプリントが貼りつく。

引きちぎって破って引き裂いて風の中にポイ。

起床に使うアラームスピーカーからウサギの声。

アラームのスイッチをOFFに。

挙句の果てにはラジオから

 

「酷いよアーちゃぁん!」

 

フザけんな!こんな怪奇現象のオンパレードの部屋を私にあてがってくるんじゃないサね!

ラジオの電源よりも先に電池を引っこ抜く。

そして最後にモーニングコールや内線にも繋がる電話が悲鳴を上げだす。

 

「こんな時間に何の用サね?ウサギ?皮を剥いで塩のベッドに放り込んでやろうか?」

 

「い~や~!酷いよ~!」

 

「アンタと戯れるつもりなは無いのサ。

用があるのならさっさと言いな」

 

下手すりゃ家族との団欒を見られていた可能性だって否定はできない。

弱味を晒すような話になるよりもさっさと切り上げて話を片してしまおう。

 

「アーちゃんのいけず~」

 

「…ウサギの肉ってのはソテーにすれば美味いんだってね?

それとも煮込み料理にしあげようか?

皮を剥ぐ時には強いにおいがするっていうけど、下拵えもキッチリしとかないとね?

ソテーが良いか、それとも煮込むか…ああ、丸焼きにするのも悪くなさそうサ…。

ミンチにするって手もあったサ…」

 

「ええと、本題は…」

 

コレで良し。

んで、本題はというと、ウェイルの特許はFIAT社預かりという形ではあるけれど、既にあちこちから技術提供が申しだされているらしい。

軍や消防機関などによる技術拡大、個人レベルのクレーンの代わりだとかで、驚いたことにも、つい先日にドイツからも技術提供要請が入っているとか。

少し改造すればISにも搭載が可能なのだとか。

搭載するにしても後付兼取外し自在(アタッチメント)式にも出来るという事で。

アメリカ製第二世代機『王蜘蛛(アラクネ)』の外装腕よりも操作が簡易的でとの話も上がっているらしい。

ウェイルの柔軟な発想が、世界レベルにまで輪を広げているのだとか。

さぁて、次は何を思いつくのやら、楽しみ半分、怖さ半分といったところサね。

 

「とまあ、今日は此処まで!

明日も頑張ってねアーちゃん!」

 

この疫病神()に目をつけられてなかったらいいんだけどサ。

いや、もう手遅れか。

将来は不安の無いようにしてあげたかったけど…いや、あの子は生まれが悪すぎてたからなおのこと心配サ。

 

「さてと、気を引き締めておかないと。

明日はあの女と決着をつけるようになってるからサ」

 

生半可な気持ちで勝てる女じゃない。

例え小物であったとしても、英傑だろうと、下してやるよ。

 

「証明して見せるサ、ウェイル、メルク。

私は、あの女とは違うって事を!」

 

4年前の雪辱、必ず果たす!

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

「機体の調子は…今迄にないほどに最高潮、体の調子も申し分なし。

よし、行ける」

 

機体格納庫にて最終段階の確認をして終わった。

システムエンジニアも最終確認が終わり、ホッとしている。

 

「張り切ってますねジョセスターフさん」

 

「勿論サ、今年の大会は弟妹達も見てるからサ。

張り切ってるところを見せておかないと私としても気が済まないのサ」

 

そう、あの子たちがモニター越しとは言え見ている。

無様な姿も試合も見せられるわけがない。

そして魅せるのサ、優勝している姿を!

その為に修行も就けた、努力を続けてきた。

だから見てなよ、私の姿を!

 

機体を待機状態にし、私は格納庫を後にして、外へ出た。

頂上戦の舞台はドイツ上空5000メートル。

 

「来な、大旋嵐(テンペスタⅡ)!!」

 

両手には何も握らずに空へと羽ばたく。

背面の大出力スラスターが唸りを上げ、一気に空へとたどり着いた。

そのまま待機位置に向かい、その場で急速静止。

雲一つ見当たらぬ蒼天を見渡す。

その中にあの白は見当たらなかった。

…遅れてくるつもりか?勝者の余裕か?

随分と見下げてくる女サね。

それから待つこと15分。

 

「…遅い!」

 

試合時間はすでに過ぎている、なのになぜあの女は現れない!?

 

「オペレーター!どうなってるのサ!?」

 

通信回線を開き、地上に居る筈のオペレーターに声を荒げる。

大人気ないのは自覚している、それでもここまで待たせておいて現れる気配もない。

それどころか、レーダーにも反応が無い!

 

「そ、その…ジョセスターフ選手、それが、たった今入った話なのですが…」

 

そこから入る情報に私は頭が狂いそうになった。

怒りで視界全てが赤く染まる気がした。

憤怒、憎悪、蔑視、狂気

 

それらがないまぜになったどす黒い感情が溢れ出しそうになった。

だけど、それらを必死に抑え込む。

弟妹達が見てるんだ、無様な姿は見せられなかった。

 

「その情報、確かな話サね?」

 

「は、はい。

織斑千冬選手は、弟さんが誘拐され、それを助けるために試合を棄権しました。

よってジョセスターフ選手が繰り上げで優勝となります」

 

「ああ、そう」

 

本気で失望した。

結局その程度の俗物でしかなかったのか。

 

一人は見捨て(なんで助けなかったんだ)

 

なんで助けたんだ(もう一人は自分の手で助けた)

 

そんなに家族が大事なら(なんで守らなかったんだ)

 

魂を賭けてでも(死に物狂いで)守って見せろよ(足掻いて見せろ)!!!!

 

 

 

 

そのまま地上に降り、大会ドームへと舞い戻った。

そのままあの女が居ない表彰台に乗り、金色のメダルと、大きなトロフィーを受け取り、表面上の笑みだけを世間に見せた。

 

なんというか…何もしていなかったのに、ひどく疲れたような気分だった。

この疲れは…ヴェネツィアに帰って癒したい。

何と言うか…無作法と分かっているが、記者会見もせずに、当日中に飛行機に乗り、イタリアに帰ることにした。

 

私が今までしてきた修業は何だったのだろうかと自分で自分を疑いたくなった。

 

この疲れはきっと帰るまで癒される事は無いのだろう。

 

赦さない

 

家族に対してまで取捨選択(二者択一)をするあの女を

 

 

 

大切な人が二人、崖の淵にしがみついている。

自分の力で助けられるのは一人だけ。

もしも、そんな境遇に相見えてしまったのならどうするだろうか…?

どちらかを助ければ、もう一人は助けられない。

手を延ばせるのは、一人だけ…?

そんな法則、クソ喰らえサ。

私はあの女(織斑 千冬)とは違う。

私であれば、その双方に手を延ばす。

その差し伸べる手は、私でなかったとしても構わない。

それに、ウェイルはあの副腕も設計してくれているからサ、手が足りないなら、増やすだけ…かな?

 

 

 

夜遅くにイタリアに着き、その日は空港のホテルに泊まり、翌朝にローマへと車を走らせた。

 

「お帰り姉さん!」

 

「お帰りなさいです!姉さん!」

 

「なぁっ!」

 

「ただいま、ウェイル、メルク、それにシャイニィも」

 

ローマの市議会堂で待ち合わせをしていたハース一家に出迎えられた。

ご両親方も揃ってるみたいで何よりサ。

出来れば釣り人ご一行は遠慮してほしかったけどサ。

おい釣り人(ビッグ過ぎるオッサン)共、そこで何してんのサ?

ああもう、コイツ等は相変わらずみたいサ。

 

「アンタ達、変なことはなかったサね?」

 

「大丈夫だったよ、見慣れた人たちも試合観戦にここに来てたことくらいだけど、それ以外は何も無かったよ」

 

この期に及んで正体を隠し続けているオッサン達に、そしてこんなところにオッサン達が来ているのを不自然にも思わないウェイルに呆れそうになった。

まあ、いいか。

 

「さあ、それじゃあ見せるサね。

これが優勝メダルとトロフィーさ!」

 

やっぱり私にはこういう場が似合うのかもしれない。

記者会見も待ってるだろうけど、そういうのは二の次三の次、家族と触れ合える場所が一番心地いいのサ!

 

その数日後だった、あの女が現役引退を表明したのは



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第16話 蒼風 あの日から

IS国際武闘大会モンド・グロッソ第二大会がアリーシャ姉さんの優勝という形でおわってから数週間が経過した。

その間にゆっくりと体を休めたらしく、姉さんは以前と変わりない様子を見せていた。

だけど、どこか『釈然としていない』といったような表情をしていた。

それに関しては俺もそうだし、メルクもきっと同じなんだろう。

4年前の第一回大会で雪辱を与えられ、その借りを返すはずが、まさかの棄権敗退による繰り越しの形での優勝だった。

嬉しそうに笑顔を見せてくれていたけど、どこか『怒っている』かのように見えた。

そして、決勝戦での相手が、その大会終了数日後に『引退』宣言までしたらしい。

 

これには世間でも結構な騒ぎになったらしい。

 

良くも悪くも、だ。

いい方向では『永遠の世界最強』だとか。

 

悪い方向では『すべての選手への侮辱』だとか。

 

美化されている方向もあり『自分よりも優先すべきモノがあった』だとか。

 

その為、賛否両論ではあるけど『賛』の方が大多数派なのだとか。

 

「さてと、ウェイル、テスト結果はどうだったサ?」

 

噂の中心点近くにいるはずの姉さんは世間の目など知ったことかと言わんばかりに最近は家に姿を見せてくれてるようになっている。

俺としてはもうじき高校受験も控え、勉強が忙しくなってきている。

そんな日にもかかわらず、姉さんは様子を見に来てくれることが嬉しい。

そんなわけで、最近は釣り竿(ロッド)はクローゼットの中で休んでもらっている。

高校受験を成功し、高校に入学したらまた釣りに行く予定だ。

春になったら家族一緒にクルージングに出て釣りとか出来るのが楽しみだ。

 

「はい、コレ」

 

「えっと…どれどれ…」

 

俺が目指す工学系の高校に合わせ、必死に勉強した成果が今回の通知表だった。

姉さんの様子は…あ、表情が綻んでる。

 

「うん、この調子なら大丈夫サ。

よく頑張ったサ、ウェイル」

 

「やった!」

 

「けど、頑張ってるのはウェイルだけじゃないから、これからも頑張っていかないとサ。

サポートは私に任せな」

 

こういうところは姉さんは本当に頼りになる。

家庭教師としても勿論だけど、今では『家族』だって心の底から思える。

 

「なぁ~」

 

俺の左肩に飛び乗ってきたシャイニィも、な。

ISに関しての勉強も姉さんに見てもらっており、しばらく前に特許を推薦された副腕に関してもISに搭載できるようになってきているんだとか。

出来る事なら、メルクが乗る機体にも搭載してほしいよな…。

そうそう、あの副腕だけど、IS製造企業のほかにも技術提携をするところが増えてきていた。

介護、災害救助、工事作業、軍事関連だとか、他には医療関係にも。

だけど、そういうのが来てもイタリアのIS製造企業であるFIATが必ず仲介するようになってるから、必要以上の受注は行わない方針になっているらしい。

んで、俺も素人に近い技術者ではあるけど、もう少し改良できないかいろいろと思案をしている。

今は逐一操作が必要になっている。

最初に製造された船舶固定式の釣りを補助するものに関しても、既に両手がふさがっている状態だから片足でパネルを踏むような形で操作をしていた。

その為、釣り竿を支えるにも体の姿勢が不安定になる。

これをどうにか手足を使わない形で、最終的にはオート操作も出来るようにしていきたい。

その最初の目標としては、音声認識式操作方法にできないか案をまとめている。

つまり、『アレをやれ』『あちらに動け』と指示をしたらそれに答えて自動で動いてくれるように出来ないだろうか、といった形だ。

 

とはいえ、姉さんには特許申請を正式に提出するのは、高校受験に成功した後で、とのことなので、話は少しだけ先伸ばしになってるけども。

 

「イメージインターフェイズ?」

 

次に教わったのはソレだった。

 

「そう、まだ完成はしていないけど、そういうシステムがあちこちで発足してるのサ。

確固としたイメージによって、搭乗者のイメージをそのままトレースした動きを行わせるシステムってやつサ」

 

なんだ、もうシステムの完成は目前というわけか。

 

「でも、コレの使用ができるのはまた数が絞られてくる。

確固としたイメージが必要だから、そしてコアとの高いシンクロが必要になって来る。

そんなのに集中していたら動けなくなるって訳サ。

そしてそれができても今度は大きくエネルギーを消費する可能性も出てくる。

だから、『イメージインターフェイス』が搭載される第三世代機は長期戦闘に向かない仕様になるって事サ」

 

「成程ぉ…」

 

メルクが搭乗するかもしれない新型テンペスタは第三世代機に決定しているらしい。

その為にも急ピッチで開発が進んでいるのだとか。

ああ、俺もその場に混ざりたい!

 

姉さんが現在搭乗している大旋嵐(テンペスタⅡ)は第二世代機で、兵装を標準搭載されたもの。

映像で見た感じでは、剣と銃による攻撃を切り替えながらのスタイリッシュな戦闘方法に加え、足技をも使っていた。

…ん?足技…?

あ、いいの思いついた、忘れないうちにデッサンしとこう。

考えるだけなら大丈夫だよね。

 

「何を描き始めてるのサ、ウェイル?」

 

「ISの新しいパーツ、脚部だけど。

あの副腕がイメージインターフェイスで自動制御できるのなら、場所はどこでも構わないんだよな?」

 

「うん?そりゃ可能だろうサ」

 

よし、なら…副腕は腕ではなく、足でも良いってことだよな。

足で掴む(・・・・)感じでどうだろう?

それこそ、鳥の足のような形状にしてみるとか。

コレは面白そうだよなぁ…。

とは言ってもメモ帳に記しているのはかなり大雑把なメモとスケッチだ。

実現性はまだ低いだろう。

物のついでに言うと実用性も。

これができても蹴りには使えるが、本質が『鹵獲』になる。

それはそれで実現出来そうな気がするけどなぁ。

 

高校に入学したらすぐに見学会もあるし、その時にこのスケッチを見てもらってみよう。

半年ほど色々と構想を練ってみよう。

その時にはメルクも最終選抜も終わり、結果も出るはずだ。

最終選抜試験では、トップに立てば『国家代表候補生』になり、東洋の『IS学園』への入学も高い可能性で決まる。

次席であれば『予備候補生』として通常の受験が控えることになるらしい。

次席以下の場所に立つことになっても、一般生徒としての受験も可能ではあるらしいが、倍率がものすごく高いのだとか。

メルクがポロっと言っていたけど、倍率が『20000倍』を越えるってなにその高さ?

入れる人って同年代の人でも化け物呼ばわりしてしまいそうで怖い、だって俺って学校の成績は人並みだから。

メルクはきっと入学も出来るだろう、しかも国家代表候補生になって。

 

ISについて学ぶ学府は世界でただ一つ。

東洋の人工島に設立されている全寮制の学校らしい。

搭乗者を育成する学園で、起動できるのは女性だけだから、その仕様上、女子校なんだそうだ。

俺からすれば他人事だよな。

あ、メルクがいるから他人事じゃないか。

でも、全寮制ともなると誰もいない部屋に帰ったりするわけだろ。

俺だったら間違いなく心がへし折れるね。

だからと言って、メルクの将来を潰すようなことなんてしたくないからなぁ…シスコン呼ばわりされそうだ。

 

さてと、それからも姉さんによる勉強は結構ヒートアップしてた。

頭がオーバーヒートしそうだ。

けど、姉さんは俺にも吸収しやすい形で覚えられるようにしてくれている。

だから、何とか追いついてこれた。

 

朝には走り込みとトレーニング。

それから朝食。

食べ終わったら出勤したり、登校したりで家を空ける。

夕方に帰ってきて、成績を姉さんに見せる。

それから夕飯を作り、夕飯後には勉強を少し。

平日はこんな流れだけど、これはこれで温かい。

 

休日には母さんに料理を教えてもらったり、姉さんと一緒に料理をしたり、勉強を教わったり、あとは釣り場で釣りをしたり。

そんな日々だった。

とはいえ、釣りは高校受験に成功してからだ。

 

「へぇ、三月の頭には最終選抜試験の結果が出るのか」

 

「はい、二月の最終試験は、実際に機体を動かして、試験官相手に実践をすることになるんです」

 

うわぁ、かなり難しそうだなぁ。

試験官は言ってしまえばベテランだ、そんな人相手にルーキーが挑むなんてなぁ…。

 

「難しい…っていうか勝てないんじゃないのか?」

 

「もちろん、勝てないと思います。

でも、勝つのが目的ではなく、実力を測るわけですから」

 

あ、そういう事か。

一定以上の技量が認められれば、合宿という篩で選抜されるってことか。

成績最上位者がはれて『国家代表候補』の称号を得られるって訳か。

それからは結構な訓練が課されるようになるらしい、厳しいなぁ。

俺だったら逃げそうだ。

っていうか逃げる。

 

それから聞いた限りでもメルクが受けることになるであろう訓練には度肝を抜かれた。

すごい厳しいらしい、教官が姉さんになったとしても。

やっぱり、名乗れる称号に関しては、責務も重いって事なんだろうなぁ。

それ相応の『覚悟』と『責任』があるみたいだ。

 

なら、俺の責任と覚悟は?

エンジニアになるのは何故?

メルクが搭乗者になるからか?

それはただの自己満足かもしれないのに…?

 

俺は…

 

「ほら、また辛気臭い顔をしてるサ、ウェイル」

 

ツン、と額に指先が当てられる。

 

「これまで数年の間にも私達は察してる。

アンタの覚悟と責任、それに至る根底を」

 

まっすぐに目を覗き込まれる。

目を離せなかった。

ただそれだけのはずなのに、心の奥底まで見られている気がした。

 

「俺の…根底…?」

 

「そうサ。

ウェイル、アンタを認めてくれている人は沢山居るからサ、大丈夫サ」

 

そう…かもしれない。

必死になって頑張ってきてもそこまでさして伸びなかった。

でも、それでも周りはあたたかな風のように当たり前に俺を見てくれる人がいた。

見てくれる人がいた。

認めてくれる人がいた。

だから、俺は…

 

何かを飲み込めた気がする。

俺が今まで頑張ってきた理由も…。

 

「アンタを否定するような人は此処には居ないだろうサ?」

 

だから俺は頑張ってきてた

 

うん、そうかもしれない

メルクの為、とか

姉さんの為、とか

家族の為、とか

 

そんなのを取っ払って根底に根付いていたのはそういう想いだったのかもしれない。

 

なら、夢に出てくる女の子には何が出来るのだろうか…?

 

実在する人物かどうかすら怪しいのに、どこか心のどこかを惹きつけられ続けている。

 

相貌は見えないのに…

 

もしも、もしも逢えたら…?

 

 

 

 

その日も、夢を見た

 

どこかの建物の屋上

 

そこで、その小さな女の子は居た

 

肩から提げるタイプの鞄を抱きしめて動かない

 

眠っているのだろうか?

 

それとも…?

 

場面は変わる

 

どこかの病室の中だろうか?

 

女の子が慌ただしくしながら、たどたどしい手つきで、包帯を巻き付けてくる

 

どこか親近感を持ってしまった

 

その不器用さは、まるで俺のように思えたから

 

もしかしたら、俺と彼女は似ているのかもしれない

 

似ているのかな

 

似ていたらいいな…

 

また、場面が変わる

 

何処なのだろうか?

 

何処でも無かった

 

見渡す限りの闇そのものだった

 

「アレは…?」

 

一人の男の子がそこに居た

 

背丈は俺よりも小さい

 

髪は黒い、それでいて、背中から見ても判るほどに傷だらけだった

 

 

「居場所が欲しかった。

此処に居ても良いんだって、言ってもらえるような場所が」

 

 

「居場所になりたかった。

たった一人でもいいから受け入れることができる、そんな(居場所)になりたかった」

 

 

その彼の声は、どこか悲鳴のようにも聞こえたんだ

 

救いを求めるかのような…今にもこと切れてしまいそうなほどに、か細い声

 

なのに…どこか俺の胸の内を締め付けてくるかのようだった

 

 

 

「…妙な夢だったな…」

 

今まで見たこともない夢だった。

なのに、どこか他人事のようには感じられなかった。

まるで…どこかで俺はそれを()っていたのではないのかと思ってしまう。

…まあ、ヴェネツィアでも黒髪の男の子なんてチラホラと見たりするし、珍しいものではないのだろう。

そう自分の中で片付け、忘れることにした。

あの女の子のこと以外は。

目元から頬に流れる涙を拭い、さっさと着替えることにする。

泣いてる状態なんて妹に見せられないからな。

スポーツ着に着替え、父さんと母さんに挨拶を交わし、玄関のメルクと合流する。

飛び出していく俺達をシャイニィが窓から尻尾を振りながら見送ってくれた。

 

「お、今日も来てるんだな」

 

外には親友のキースとクライドが早くも来ていた。

 

「まあな、俺らも体力つけないと」

 

「まあ、ジョセスターフさんに会いたいのも本音の内だけど」

 

「お姉さんも忙しいみたいですから」

 

「まあな」

 

勉強を見てくれたり、料理をして見せてくれたりと、いい家族だ。

けど、基本は軍人らしいから、本当は家に来るのも難しいのかもしれない。

だから…感謝が尽きない。

 

「じゃあ。今日も走るぞ!」

 

緩急をつけながらの勢いで見慣れた街を走っていく。

秋真っ盛りということもあってか、朝の空気は冷たくなってきている。

水上都市ともなればその気温の低さは顕著だ。

けれど、火照る体にはこの冷たさは心地いい。

いつもの商店街で見慣れた人に挨拶を交わし、見慣れた釣り場では見慣れたオッサンの面々が釣り竿を掲げてくる。

今日も仲が良さそうに談笑している。

 

あまり行かない港の釣り場では、褐色の肌の男性が黒白の釣り竿を、蒼黒の髪の男性が深紅の釣り竿を掲げてくる。

今日も仲が悪そうに釣果を競っているらしい。

 

「そういやウェイル、この前クルージングに行った時にも釣りをしたのか?」

 

「ああ、勿論。

船釣りって夢だったんだよなぁ」

 

「もっとマシな夢は無いのかお前は」

 

文句に関してはそのまま聞き流す。

だって良いだろう、船釣りって。

絶景を見渡しながらの釣りってなかなかに浪漫があると思わないか?

そう言ってみたけど白けた視線を向けられるだけだった、理解できない。

 

そのランニングが終わってから朝食、それから父さんと母さんに見送られながら、俺はメルクと一緒に学校へと自転車で向かった。

 

「高校受験、なんだよなぁ…」

 

それはもうすぐ試験という形になってから訪れる。

俺とメルクは姉さんに勉強を見てもらっており、心配要素は…うん、きっと少ないのだろう。

その『少ない』という言葉の中身の大半は俺にあるわけだが…。

俺とメルクは工業関係の高校に通うように進路を決めている。

第二学年に上がるころにはメルクは東洋のIS学園に通うようになるわけだろうけど、その学園での成績は、イタリアの学校にも反映されるようになっている。

まさかの『高校中退』というわけにもいかず、二つの学校に通っている形になってしまうらしい。

これも姉さんからの入れ知恵なのだが。

万が一、IS学園をなんらかの事情で中退する形になっても、イタリアの高校に通いなおす事が出来るような救済システムが施されているそうだ。

IS学園もエリート校なのは間違いないが、全寮制らしいから少しばかり心配だ。

 

「で、ウェイルは今度は何を作ろうとしてるんだ?」

 

「この前の副腕、もうちょっと改良できないか見直しているんだ。

両手が塞がってるんだから、足で操作するようになったらバランスが取りにくい。

だから特許といってもそれはただの利便性だけの話だから、可能なら音声認識システムを搭載出来ないかと思って、さ」

 

早い話、操作性の簡易化だ。

需要があるから供給しました、では良好な供給とは言えないものになってしまう。

というか『安かろう、悪かろう』な悪い商売になる。

だから、もっと改良を施してから限られた供給を、ということだ。

ISに搭載するのなら『イメージインターフェイス』だっけか?

それを搭載すればいいわけだが。

だが俺としては軍事関連よりも、救命活動だとか、そういう慈善事業に使ってほしいのが本音だ。

ISに搭載するのなら、イメージインターフェイスシステムによって、脳波で操作が可能になるが、そのシステム搭載とインストールも難しいため、量産型第二世代機システムの終盤から、第三世代機型に…いわば中途半端な2.5世代機といえる代物になるのだとか。

う~ん、先はまだまだ遠いなぁ。

 

あの副椀が搭載された機体があるかは知らないけれど、搭載された姿、見てみたいなぁ…。

 

「はぁ…先が楽しみというか、受験が不安というか…」

 

「んでウェイル、聞いてるか?

最新の電動リールだけどな、また燃費が良くなってだな」

 

「何を言ってるんだクライド?

釣りは魚との1対1の格闘だぜ?

電動リールに頼るのは邪道だ、リールは自分の手で巻いてこそ、だろ」

 

「うわぁ、出たよ。海釣りした際に魚に引っ張られて350mもラインを巻き取りまくって、手が筋肉痛になった男のセリフとは思えないな」

 

「あの時にはなかなかに手ごたえが在ったんだよ。キースだって間近で見てただろう」

 

「手ごたえが在ったのは確かですけど、350mもラインを自分の手だけで巻き取るとか、見てるこっちとしては現実感が無かったです」

 

クライド、キース、メルクからはさんざんな言われようである。

味方は居ないのか?

そう思って前籠に入っているシャイニィに視線を向けると

 

「………なぁ…」

 

『呆れてる』と言わんばかりにそっぽを向かれた。

暫く前にもまた釣り上げたマグロの切り身を分けてあげただろシャイニィ…。

 

ちょっと前にもマグロを釣り上げたけど、これがまた大きくて、切り身にしても、ご近所さんにお裾分けしても、実は結構余っていたりする。

寿司だとかステーキだとか、マグロ限定でレパートリーが広がっていくからか、母さんは毎日大はしゃぎだ。

今夜は何になるだろうか?そろそろレパートリーの数も20を超えたんじゃなかろうか?マグロ限定で。

久々に鶏肉食べたい、唐揚げを…!

後々、マグロの肉には結構な油分が入っているのを知って、俺もメルクも姉さんも走る距離を倍に増やしたのは…どうでもいいかな?

ついでに父さんも母さんも走ることになってたけど、それはそれでいい思い出。

ご近所さんから『健康一家』とか言われてたのも、どうでもいいや…。

物のついでに、この日の放課後にも、帰ってきてからマグロの切り身のおすそ分けに行くのだった。



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第17話 双風 もう少しだけ先へ

受験戦争は辛かった。

来る日も来る日も勉強漬け、高校受験って辛いものだな。

この先、これが終われば釣りに行ける、そう考えながらなんとか乗り越えた受験日当日(地獄の一丁目)、その日の夕方には俺は真っ白に燃え尽きていたかもしれなかった。

髪が真っ白だけに、その表現はぴったりだと思うんだ。

 

「えっと…お兄さん、大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫…もう少ししたら釣りに連れて行ってやるからな」

 

近所のオッチャン達ともしっかりと約束してある。

父さんもクルーザーの整備は万端と言っていた。

母さんも静かにナイフを研いでいて、魚をさばく準備は出来ているらしい。

俺も父さんに教えてもらって、今回は魚群探知機の整備方法を教えてもらっている。

釣り竿の準備もバッチリだ!

気分としては鯨だって釣れそうだ…あ、それは無茶か。

 

帰り際、自動販売機で紅茶を購入してからそれを飲み干す。

それでようやく気分が落ち着いた。

 

「それにしても、姉さんの受験用プランは流石だよな」

 

姉さんが建てた受験対策、そして課題、それらは学校が出してくるものとは少しだけ違っていた。

今回の受験用テストそのものにかなり近かった。

無論、表記ミスだとか、ひっかけ問題だとかにも対策を用意してくれていた。

おかげ様にて俺たちは受験を無事に乗り越えられたと思う…思わせてほしい、切実にでもいいから。

その受験の帰り道、俺たちはヴェネツィアの一角で肩の荷を下ろし、一息ついていた。

こういう時くらいは、気を休めてもいいよな?

寒いのは辛いけど。

 

「お、見つけたサ、二人とも」

 

夕方になってもジョギングをしていたらしい姉さんに見つかった。

あのマグロ三昧生活の日々、ため込んでいたものを排出させるため、という事で、オフの日にはひたすら走っているのが昨今の姉さんだ。

今日もマラソン選手のような姿で走っていたらしく、あちこちに玉のような汗が浮かんでいる。

それと同時に街中の野郎連中が姉さんに視線を向けているのはいただけない。

 

「さてと、それじゃあ早速だけど…今日の受験の手ごたえはそうだったサ?」

 

俺とメルクは…親指を立てて応えた。

だってびっくりするくらいに解答用紙が黒く染まっていくのだから。

挙句に時間も余って見直しまで出来る始末だった。

もう余裕も余裕、残る時間は問題用紙まで見直していたよ。

 

「えっと…姉さん?

あの受験対策用の課題、どこから集めてきたんですか?

あんまりにも受験問題と重なっているような…というか、横流しじゃないですよね?」

 

もうメルクの疑問も仕方のない話だと思う、俺だって内心戦々恐々だ。

これで「実は横流しサ」とか言われたらほかの受験者の皆さんに申し訳ない。

 

「ん?知人とかに聞いて回ったのサ。

アンタ達二人が受験した高校は、問題をそんなに変えることが少ないらしいからね、過去卒業生35人の受験者にいろいろと教わっただけサ」

 

…うん、横流しじゃなかったらしい、安心安心。

…とうか、過去の受験者だとか卒業生の人もよくホイホイ教えてくれたよな…。

もしかしたら釣り人のオッチャン達の中にも居たかも…いやいや、そんな、まさかな…。

ひとまず、これで少しの期間だけでも安心出来るだろう、

というか安心させてほしい。

 

それから暫くして、受験発表の日もやって来た。

志望校からの通知が、通っている中学校に届くという形らしいけど、こういうのってドキドキするよな。

クラスに全員待機させられた状態から、一人一人別の教室に呼び出され、その中で発表させられるらしいんだが、クラスの皆は全員ドキドキしっぱなしだろう。

卒業後に即就職する人も、企業から通知が届くらしいから、全員緊張しっぱなしなんだよな…。

なお、呼び出された人は誰も教室に戻ってきていない。

通知を渡された人は、そのままさらに別教室に移動するようになっているから、だれが受験、就職に成功し、だれが失敗に終わったのかも判らない状態だ。

んで、

 

「残ったのは俺達だけかよ」

 

「先生、なんで呼び出す順番がランダムなんだよ」

 

「悪意を感じるよなぁ…」

 

「えっと…その、落ち着いてください…」

 

「んなぁ…」

 

俺とキースとクライドとメルクが最後の最後にまで残された始末だった。

どう考えても悪意が見え隠れしているんですが、先生。

なお、この四人は受験先が全員同じだ。

一度に発表してしまえ、とかそんな形になるのだろうか?

だったらグループで呼び出せばいいのに、なんで一人一人個別に呼び出しているのだろうか…?

どう考えても悪意が見え隠れしているんですが、先生。

 

「ははは…受験結果を言われる前に燃え尽きそうだ」

 

「落ち着けウェイル、お前はすでに髪は真っ白だろ」

 

うっさいな、気分的な問題なんだよ。

 

そんな馬鹿なやり取りをしている間に教室の扉がガラリと開き

 

「次、キース・ヴァイゼル君、来たまえ」

 

「へ、へい!」

 

キースが呼び出され、その次にメルクが呼び出され、クライドが呼び出され

 

「…俺が最後かよ…」

 

「なぁ…」

 

隣にシャイニィがいてくれるのがとても有り難かった。

けど、気分的には辛い。

教室で一人きりって…結構辛いぞ。

 

「痛い⁉」

 

机に突っ伏していたら耳に急激な痛み。

思わず飛び起きた。

 

「何するんだよシャイニィ⁉

なんで耳に噛みつくんだ⁉」

 

「ニャアァ…」

 

「いや、落ち着けって言ってもだな…こういう場合は…ああ、ごめんな、落ち着くよ」

 

シャイニィのおかげで気分も落ち着いたし、ちょっと深呼吸でも

 

「ラスト、ウェイル・ハース君、来たまえ」

 

する暇もなかった。

結果、もう良いだろ。

 

 

「ただいまぁ」

 

メルクと一緒に学校から帰ってきてから家に入る。

うん…?この香りは…鶏肉料理か?

 

「ナァン!」

 

「お帰り、ウェイル、メルク」

 

一番に出迎えてくれたのは父さんだった。

その後ろから母さんも顔を見せてくれた。

 

「それで、どうだったの?」

 

満面の笑みを見せながら母さんが受験結果を訊いてくる。

その笑みを見ながら俺とメルクはカバンに入れていた通知を二人に見せた。

そこに記されていたのは、『合格通知』の文字。

 

「よく頑張ったサ、二人とも。

ところでウェイル、その耳の傷跡はどうしたのサ?」

 

黙秘権を行使させてもらいました。

でも姉さんのことだから見抜いてそうなんだよね。

シャイニィに噛みつかれた傷跡だってことにも。

その張本人のシャイニィはといえば、素知らぬ顔で机の上でユラユラと尻尾を揺らしてるし。

この時に決めた、少しばかり髪の毛を伸ばしてみよう、と。

 

夕飯は、『チキンティッカ』だった。

どちらかというと鶏肉が好きな俺からすれば好物の一つ。

海鮮料理は嫌いじゃない、母さんが喜んでくれるから、いつも釣りに行ってるわけだし、それに趣味でもあるから。

 

「そういえばウェイル、アンタは近所の釣り場に行ってばかりだけど、波止場の釣り場には行かないのサね?」

 

「え?ああ、あそこ?実は結構騒がしいから」

 

「ですよね…」

 

俺の言葉にメルクが頷いてくれる。

もしかしたら姉さんは知らないのかもしれない。

黒の釣り人(ノクティーガー)氏のように、『色』の名を関した釣り人は存外居るらしいのだが、このヴェネツィアにも居る。

非公式ではあるけど『緋の釣り人』と『碧の釣り人』と仇名される人達が居るのだが、犬猿の仲らしいんだよね。

その二人のゴタゴタに巻き込まれた経験があるから、波止場の釣り場には行かなくなってしまったんだ。

 

思い出すのは昨年のある日のお昼前、波止場に居たのは碧の釣り人。

その怒声が響く。

 

「何で茂らせてんだよ!景観台無しだろぉっ!

丁度良い、そこの坊主と嬢ちゃん!

この植木鉢を退かすの手伝ってくれ!

駄賃やるからよぉ!」

 

報酬:『アジのなめろう』のレシピ

 

 

その翌週の朝。

今度は緋の釣り人の罵声が響く。

 

「パラソルに電飾!?

馬鹿か!気が遠くなる!

そこに居る少年少女!

このガラクタを撤去するのを手伝ってくれ!

無論、報酬は支払おう!」

 

報酬:『カジキマグロのソテーと野菜のガスパチョ』のレシピ

 

 

更に翌週のお昼前

続けて碧の釣り人の憤慨が。

 

「有り得ねぇ!飲みかけ、食いかけ捨てやがった!

そこの坊主と嬢ちゃん!

荷物広げるのを手伝ってくれ!

前より良いモンやるからよぉ!」

 

報酬:『サーモンのホイル包み焼き』のレシピ

 

 

 

更に更に翌週のお昼前

緋の釣り人の苛立ちが。

 

「空き缶に生ゴミを詰め込むとは…!

ヴェネツィアのゴミは分別収拾だ!

そこの二人、ゴミの分別と処理を手伝ってくれ!

安心したまえ、極上の報酬を支払おう!」

 

報酬:『海鮮釜揚げ御飯』のレシピ

 

 

ホント、もうあそこには行きたくないね。

確かに良いものもらったけどさぁ…。

 

名前は…『緋の釣り人(シェーロ)氏』と『碧の釣り人(クーリン)氏』だったか。

仇名というだけあって非公式扱いなわけだから俺が愛読している『月間釣り人』にも掲載はされていない。

 

「…なんか碌でもない事になってたみたいサね…」

 

「うん、まあね」

 

あの二人のゴタゴタで釣り竿を持って行って、持って帰っただけの日が数日ありまして。

そんなわけで俺はご近所の釣り場で釣りをしているんだ。

さてと、それはそれとして、今後の勉強のプランを姉さんから伝えられた。

メルクはこの数日後、『国家代表候補生』のライセンスを正式に取得し、更には専用機、通称『テンペスタⅢ』の受領も約束された。

最新鋭機の正式固有名称はこれから決めることになるらしい。

ぜひとも開発スタッフの一名として名を連ねたいな、そのためにもこれから始まるであろうFIATでのバイトを頑張ろう。

内密、簡単なスケッチは色々としているんだよな。

俺が設計した補助腕も正式採用されることになり、今は企業で試験稼働をしている。

そっちはメルクの機体に搭載はされないみたいだけど。

お恥ずかしいことにも、その補助腕にも固有名が付けられる事になったとか何とか。

ところで…開発者って誰だったんだか?

俺の名前が使われていたけど…?

そうそう、その補助腕は、フランスからも受注があったらしいけど、どういうわけか全面的にシャットアウトしたらしい。

それと少し時を同じくしてドイツからも要望があったが、サンプルを必要最低限度に提供しただけで、終わっている。

要はその補助腕『Albore』は、イタリアだけでの開発が行われているわけだ。

なぜその二か国に対してはその対応なのかは俺は知らない。

しかもフランスは、欧州全体からそんな扱いときたもんだ。

どうにも信用が全然無いのだとか。

理由は知らない。

まあ、わからないことに頭を使い続けていても無駄だよな。

さて、次のスケッチは、と…。

 

俺が設計考案した補助腕の発展形だ。

イメージインターフェイスがあるのなら、補助腕は態々手動操作をしなくても良い。

それどころか、腕に近い形状でなくても構わないという事だ。

それを教えてもらってから俺が新しくデッサンしているのは『脚部』に搭載する『クロー』だ。

コレで掴んだり、もしくはブレード型の兵装にすれば、姉さんのような戦い方をしても、脚部装甲の変形だとかの心配もまた小さくなってくれる筈だ。

 

あと…姉さんには秘密だけど、大型の魚を捕まえるのにも向いてそうだし。

いや、俺は魚を獲る時には釣り竿を使う主義だけど、つかみ取りを好む人も居るわけだろ?

マグロとかつかみ取りとか出来たら、それは一つのやりがいだと思うんだ。

 

あ、それと…こういうのは考えたくないけど…戦場では、相手の武器や機体の鹵獲、敵兵の捕獲にも役立つと思うんだ。

こうして考えてみれば、人や敵にも優しい兵器にも…いや、コレはただの綺麗事だな。

ともかく、俺はこれからは高校生になって勉強を、それとFIATのバイトの端くれとして頑張っていかないとな。

 

「ん~?へぇ、コレはまた面白いものを考えたものサ」

 

手元のスケッチに夢中になってたら、姉さんとメルクにもじっくりと見られてしまっていました。

 

「ふむ…こういう形状なら収納に関しても問題は無いだろうサ。

スラスターにも影響は出ない、コレは…今度のバイトの時にスタッフに見せてみな、良い反応をしてもらえるだろうサ」

 

姉さんからはお墨付きだった。

やったね。

 

 

四月に入り、工業高校に無事に入学。

俺はその中でも、専門のコースを選んだ。

分野は勿論『IS』関連のコースだ。

 

教科書には…昨年のFIATに於けるテロのことも新しく記されていた。

ただ、『ローマの開発企業もまた、テロの標的にされた』との一文だけで。

そのページには、亡くなった人たちのことは記されていない。

ニュースでも取り沙汰されていたのにな…。

だけど、このことは忘れてはいけないのだろう…あの日、その出来事を目にした者の一人として…。

 

さてと、FIATでのバイトも滑り出しとしては…なかなかにハードだった。

設計部門といえども、最初から設計考案に関わらせてもらえるものでもない。

そんなわけで、書類の運搬から始まっている。

五月になると、企業で行っている設計考案のラフスケッチなどを見せてもらえるようになった。

内蔵されている部品とか、一つ一つまで詳しく考えられているらしい、参考になるね。

そんな感じで忙しかったけれど、俺が考案した補助腕『Albore』の製造を行っているラインも見せてもらった。

 

「おう、バイト!

いい知らせが入ったぞ!」

 

「先輩、どうしました?」

 

「四月にお前さんが見せたスケッチだ!

あれが採用だ!『テンペスタⅢ』の開発に組み込まれることになったぞ!」

 

「………ウェイっ⁉」

 

え?俺が考案した脚部クローが開発に組み込まれることになっただと⁉

しかも『テンペスタⅢ(メルクの専用機)』に⁉

 

確か今はメルクは機体に搭乗して本格的な訓練に入っていた筈。

機体完成は秋の予定、それに対して今から導入開発決定って…やる気が出てくるじゃないですかぁ!

 

俺が考案したラフスケッチがまさかの第三世代兵装としてイタリア内部で登録されるだなんてな…。

 

「それでだ、臨時ボーナスも入ってくるだろうぜ」

 

「いや、あの、俺はバイトなんですけど⁉

にも拘わらず臨時ボーナスってそんな馬鹿な⁉」

 

「がっはっはっは!

小僧が細かいことを気にするな、ここはそういう職場だって風に考えちまえ!

良かったな!家族を誘って食事にだって行けるぜ!いい店紹介してやるから行ってこいよ!」

 

あ、ありがとうございます…。

いいのかな…?

 

なお、この報せはメルクにも姉さんにも届いたらしい。

勿論、両親にも報せは届いてた。

んで、翌週には姉さんとメルクと一緒に上層部に呼び出された。

あまりの事態に頭が追い付かない。

 

「バ、バイトのウェイル・ハースです。

召喚に応じ、参りました」

 

「お兄さん、緊張し過ぎです」

 

し、仕方ないだろ。

こんな風に呼び出されるだなんて思ってもみなかったんだから。

 

そんな言い訳をする間もなく、部屋の中に入った。

そこに居たのは、写真でも見たことのある課長本人が居た。

何と言うか…物凄い筋肉質の男性だ。

 

「よく来た、ウェイル君」

 

「待ちかねたよ、噂はかねがね」

 

そして何故か高校の校長先生も居た。

え?なんでこの人も此処に居るの?

 

疑問は浮かんだが、促されるままに席に座る。

秘書の方が紅茶を用意してくれ、その香りがとても良かったのを覚えている。

 

「君は、『欧州統合防衛計画(イグニッションプラン)』を知っているだろうか?」

 

「はい」

 

俺はその質問に対して首肯した。

聞いたことはある。

統合防衛計画とは言っても、その実は各国が開発しているISの自慢会なのだそうだ。

それが数年前から躍起になっているらしい。

俺としても興味はあるが、話だけでも腹一杯だった。

もしかしたら展覧会みたいなものかもしれないけど。

 

「それは実は、昨年にも執り行われたばかりだ」

 

昨年といえば、モンド・グロッソ第二大会が開かれた年だ。

へぇ、そんな年にも行われていたのか…。

 

「五年前にはフランスで、昨年はドイツで。

ともにISの開発が世界最先端になった企業を保有している国家で開催されたのだよ」

 

へぇ、そんな法則があったのか。

てっきり国際IS委員会が抽選みたいなもので決めているのかと思ってたよ。

 

「次回、第三回大会がここイタリアで開催される可能性が出てきたのだよ。

それは間違いなく君のおかげでもある。

ISに関わらず、災害における救助活動にも使われている補助腕『Albore』、脚部に内蔵された捕獲クロー兼、蹴撃型ブレード『OWL』、それは君の柔軟な発想のお陰だ。

すでにそのどちらもが特許として認定されており…」

 

「まだるっこしいサ、支部長。

ウェイルに言いたいことがあるのならさっさと言いな」

 

姉さん、率直すぎるぜ…。

まあ、俺としても今回呼び出された理由を手早く知りたいところでもある。

 

「う、ウム…なら率直に言おう。

ウェイル君、君のその柔軟な思考を我々は手に入れたい」

 

「…?

すんません、もう少し判りやすく言ってくれませんか?」

 

数秒、部屋の中が沈黙に包まれた。

校長先生とメルクは苦笑い、姉さんには側頭部を軽く小突かれた。

あれ?俺、何か変なことを言ったかな?

 

「そ、そうかね…。

そうだな…高校を卒業した後、君を正式雇用したいと思っている」

 

…え?マジっすか?

大学進学とか姉さんは考えていたと思うんだけど。

そう思ってみてみると、…うん、呆れていた。

でも…なんだか嫌な気がした。

だから、俺は…

 

 

 

その日の夕飯はシーフードパスタになった。

魚介と海藻類が幾つも盛られ、なかなかに豪華だ。

 

「でもお兄さんの返し、予想外でした」

 

「いや、アレは試されていただけサ。

ウェイルの反応をあの御仁方は窺っていたんだから、あれで正解サ」

 

両親の前、二人は今回の面談について語り合っていた。

どうにも呼び出されたのは、俺の人となりを知る為だったそうだ。

俺が誘いにホイホイ応じていれば、印象は最悪方面へ真っ直ぐだったそうだ。

なにせあの場で頷けば、「自分の開発品を使ってくれるなら誰でも良い」と言い出すマッドサイエンティストと何も変わらないからだ。

 

俺はあの支部長の誘いを断った。

就職への近道が出来るのは良いことかもしれないけど、その為に頑張っているのは俺だけではないんだ。

その人達への侮辱になるような誘いに乗るのは、間違いだと思ったから。

それに、俺は補助腕に関しては設計考案しただけで、開発したわけじゃない。

開発をしたのはFIATであって俺ではない。

特許というのも企業へ還元されるものだろう。

 

「ウェイルも謙虚というか、遠慮がちというか…サ…」

 

「い、いいだろ姉さん、俺は後悔してないんだから」

 

就職は、自分の手で決めたいんだ。

メルクの専属エンジニア、俺にはこの目標を決めているんだから。

 

「男の子だったら、女子にモテたいとかそんな青臭い青春を夢見てたりするかと思ってたけどサ」

 

「だ、ダメですそんなの!」

 

はれ?俺のことなのにメルクが真っ先に怒り出したぞ?

コレってどういうことなんだか?

それに、学校でも俺に近づいてくる女の子が居ないわけじゃないけど、皆そろってシャイニィを撫でたがっているだけだしなぁ。

ドラマで見るような青春物語なんて俺には経験が無いんだよな、そういう時期が来てほしいってわけじゃないけどさ。

それに、こんな白髪の男を好む女性なんて居ないだろうから。

染めてみるのは結局止めることにしたんだし、自分なりの青春ってものを探してみようかな。



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第18話 隠風 あの日に重なって

私に、兄が出来た。

妹より遅れて産まれてくる兄は居ない、それは世界レベルの認識であることは私も知っている。

でも、その人は…私と、兄には…血の繋がりなんて無い。

 

その日、その男の子は、四肢を鎖で縛られた状態でヴェネツィアの運河を漂っていた。

秋に入り、海も、運河の水温ですら低くなっているそんな時期に。

そんな時期にわざわざ運河の中に飛び込む人なんてこの街には居ませんでした

オマケに、四肢を鎖で縛られているだなんて明らかに異常そのもの。

 

「…助けないと…!」

 

思い立った瞬間に、私の体は動いた。

水温なんて気にしていられない、死んでしまっているのなら、せめて引き上げてあげないと。

もしも生きているのなら助けないといけない、そう思ったから。

 

でもその人は、私の体よりも大きくて、助けようとする私までもが溺れそうになる。

それとついでに言うと、鎖が邪魔でした。

 

「ケホッ!ケホッ!…はぁ…」

 

それでも必死に格闘して、運河に続く階段の場所にまで泳ぎ着き、近くにいた人にお願いして、両親を呼んでもらう。

国家代表候補生になるための訓練は伊達じゃありません。

それから車にずぶ濡れの二人も一緒に乗り込み、大病院へと運搬し、その容体の確認までもが完了しました。

 

「性別は、男性。

年頃はお嬢さんと同じ…9歳か10歳くらいでしょう。

海水を飲んでしまっており、低体温症に陥っていましたが、辛うじて生きています」

 

生きていた。

その言葉に私は安堵した。

でも、続く言葉に深い絶望を感じた。

 

「ですが…現在の彼は昏睡状態で意識不明に陥っています。

意識が回復する目途は…ありません。

そして…身元を特定できるものも所持していないため、名前すらも…どこの誰なのかも特定が出来ませんでした」

 

助かったのは…命だけ。

助かったその人の名前すら、私達は呼んであげることが出来ないという悲劇が待ち受けていた。

 

容体の確認をしてから、私は両親と一緒に、彼が眠る病室に来てみた。

そこには、機械に繋がれ、それによって生命を維持し続ける男の子の姿が。

 

きっと…きっと助かる。

そう思って、信じるしか私には出来ませんでした。

もしかしたら、親族の人がすぐにでも迎えに来てくれる、そんな都合のいい展開にも期待していたかもしれない。

すぐにでも目覚めて、何かを話してくれるかもしれない。

寝言か何かで、手掛かりになるような情報が手に入るかもしれない。

 

そんな…そんな根拠も何もない妄想を膨らませていたのも確かな話。

でも…現実は非情でした。

後々、教官役を担ってくれたアリーシャ先輩が独自の情報網を以ってして調べてくれたその情報を見て、私は思わず泣いてしまった。

 

それは、本名『織斑一夏』、日本の中で『織斑家の出来損ない』と言われ続けた男の子の生きる絶望の話だった。

武道に優れた姉と、十全に満ち足りた兄、そんな二人に比べられ続ける日々。

謂われも無い誹謗中傷、暴力、差別、偏見、虐待、理不尽、逆境と挫折。

理解者の不在、助けてくれる人の不在、同じ屋根の下の他人、血の繋がった比較対象(・・・・)

誰もが彼自身を見ていなかった、先に生まれたであろう二人をレンズにした状態で見たつもりになっているだけ。

あんまりにも、あんまりすぎる。

本人は、必死に頑張り続けただけなのに、その努力を根こそぎ徹底的に否定し続けた。

結果が出せなければ罵倒され、結果を出せれば否定されるという救いのない循環。

それどころか…その悪循環を作り続けているのが、実の兄だったという真実。

あまつさえ、姉である織斑千冬は、その真実どころか状況さえ知らずに放置し続けているという状況だったと。

 

もう、『織斑 一夏』は救いを求めていなかったのかもしれない。

それでも、少ない友人が居た。心を開いた女の子も居た。

だけど、自分のせいで巻き込まれるのが嫌で、関わるのも最低限にしていたという情報もそこに在った。

同時に、その女の子が助けようとしてくれていても、それを自ら遮り続けていたことも。

 

「彼は誰かを救う事が出来ても、自分が救われる事を望んでいなかったみたいサ。

とは言っても、救いとは言えないが、この情報の一部を持ってきた人物によると、逃げ道を作ろうとしていたらしいサ」

 

アリーシャ先生のその言葉に私は顔を上げた。

 

「その逃げ道というのは…?」

 

「ミドルスクールを卒業した時点で、家を出ようとしていた形跡があった。

賃貸住宅情報誌と、求人情報誌を隠し持っていたらしいサ。

それがこの写真に写っているもの、絶望の中に居ながらも、『死に場所』を求めていたわけじゃなさそうサね」

 

でも、それでも15歳になってからのミドルスクール卒業をしてからという条件を聞いて私は気が遠くなった。

書類を見た感じであれば、彼はまだ10歳になったばかり。

こんな状況に居ながらも残り五年間も耐えられたのだろうか、と。

仮に耐えられたとしても、その先に求めていたのは…

 

自分が知る人が居ない、自分を知る人も居ない場所での生存。

自分を取り巻く全てが何も無い場所を…自分の居場所を求めていたと…!?

 

「私としては、何処の誰なのかが判明はしたけれど、其処に帰すつもりは無い。

そんな所に居させたら、間違いなく壊れちまう。

それに…日本ではその『織斑一夏』の葬儀も終わっている」

 

「…え?…葬儀って…」

 

一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。

例え理解なんて出来たとしても納得なんて出来る筈も無い。

 

「…判るだろうメルク、あの少年は日本では既に『死者』として見做されているのサ。

モンド・グロッソが終わってそんなに経ってない時期に、サ」

 

…なんで?

あの人は生きているのに?

遺体が日本で発見されたわけじゃないのに?

なんで家族が真っ先に生存を諦めるんですか?

これじゃあまるで…死なせるべくして諦めたかのような…。

 

「情報は可能な限り今後も収集していくサ。

それに連れて、あの少年の今後の処置も決め…」

 

「いいえ、決めています」

 

その言葉に私は父さんの顔を見た。

大きな手が私の頭の上に乗せられ、ワシャワシャと撫でつけられる。

 

「…そうだったサ…愚問だったサ」

 

処置というわけではないけれど、私の家に引き取られるようになりました。

家族として、長男として、私の兄として、『ウェイル・ハース』として。

誕生日も、織斑千冬に感づかれないように偽装されました。

私よりも一日早い日に、…12月1日という扱いで。

 

それからも私は暇を見つけてはお兄さんのお見舞いに行くようになりました。

放課後に講義が予定されることもあり、頻度としては二日に一度といった具合で。

私が助けた日からどれだけ経っても、お兄さんは目を覚ますことはありませんでした。

髪の色は抜けていき、夜のような黒から、雲のように真っ白に。

肌の色も少しずつ悪くなっていき、痩せこけ、骨に貼り付いたかのようになっていく。

それでも私は諦めずに何度も何度も学校の後に病院に通う日常を繰り返し続けた。

いつの日か、いつの日か、きっと目覚めてくれるという奇跡を信じて。

 

例え、目が覚めていなかったとしてもきっと、夢の中では暖かに過ごせているかもしれないと信じていたから。

 

その報せが届いたのは、冬の真っただ中でした。

12月1日、雪の降る朝、お兄さんが目覚めたとの電話が病院から入ってきたのは。

偶然か皮肉か、お兄さんのために偽装されて作られた誕生日その日に。

 

両親に急いで伝え、車を用意してもらう。

そのまま病院に急行し、この一年と二か月で慣れてしまった道を駆け抜けた。

行儀悪くもノックの一つもせず、転がり込むようにして入った部屋の奥、彼が起き上がっていた。

真っ白い髪と、其処に隠れた大きな裂傷、肌が骨に貼り付いたかのように思えるほどに痩せあがった素顔。

見慣れてしまっている筈なのに、初めて見せるその表情に安堵し…大泣きしてしまった。

 

だけど、話にはまだ続きがあった。

お兄さんは、全ての記憶を失ってしまっていた。

家族も、友達も、自分すら失っていた。

本当に助かったのは、命だけ。

そして持ち合わせているのは、自分の肉体だけだった。

なにもかもが空っぽだった。

 

アリーシャ先生いわく、あまりにも都合がいいというか、悲劇的ともとれたらしい。

でも、このまま空っぽのままで居させるわけにもいかず、いろいろと教えていかなくてはならなかった。

この国で生きて行ってもらおう、と。

 

イタリアの言葉に、常識だとか。

それと世情だとかも一緒に。

さらに並行してリハビリをしていかなくてはならなかった。

痩せ衰えた体では、歩くのも不自由で、走ることなんて以ての外。

両手に杖を握り、室内を、それから室外の廊下を歩いていく。

でも、途中で倒れるのを見てしまい、手を出そうとして

 

「触るなっ!」

 

そう返された。

 

「で、でも…」

 

「大丈夫だ…まだ…やれる…」

 

私よりも細い腕で、杖を立て、それに縋りつくようにして立ち上がる。

時に、壁に爪痕を刻み、爪が剥がれて血を流してでも歩くのをやめようとせず、その痛々しさに私はまた泣くしか出来なかった。

痛々しさを見せるお兄さんを、アリーシャ先生が止めるまで、私は何も出来ずにいた。

また少し経った頃

 

「ウェイル!あんたそんな所で何してるのサ⁉」

 

「お兄さん⁉そんなところで何してるんですか⁉」

 

雪で真っ白に染まった病院の中庭にお兄さんが倒れてしまっている状況を見てしまった時には、少しだけ呆れちゃいましたけど、そんな思考はすぐに吹き飛びました。

凍え死んでいたらどうしようとか、早く病室まで運ばないと、とか、温かいものを用意しないと、とか、そんなことばかり考えることになりした。

 

リハビリをしていくうえで、並行して行っていた勉強は、結果は順調でした。

アリーシャ先生が見せてくれた『織斑一夏』氏の学業成績に関しての報告書は見せてもらいましたけど、そんなにいい方面ではなかったので、今の出来とは大きく違い、驚かされている。

そのことについても訊いてみましたが

 

「環境が悪かったのサ。

努力しても比較され、それが延々と続くだけ続いていた。

どれだけ頑張っても否定され、褒めてもらうこともマトモに無かったんだろうサ。

だから、本人としては『努力は報われない』とか考えることになってしまったんだろうサ。

だから、『報われない努力』のせいで、頭打ちになってしまい、自分の限界を早々に決めてしまったって事サ。

そんなところも綺麗サッパリ忘れてしまったのは皮肉というかなんというか…」

 

本当に生きる環境が悪かったのだろうと私も思います。

結果が出せなければ否定するのに、努力そのものまで否定できるほどに周囲の人は努力を続けていたのだろうかと。

 

目覚めてから四か月、春が来た頃に、お兄さんは病院からの退院が出来ました。

歩くのにはまだ杖が必要ですけど、あの頃から比べると体つきも少しだけふっくらとして、標準体型に近いとのこと。

身長も少しずつ伸び今は私よりも少し高いくらい、このままなら数年後には、私よりもずっと高くなるかもしれない。

その時がちょっとだけ楽しみです。

初めて家に入るときに両親に迎え入れられただけで何か感動しているようでしたけど、何となく察していました。

きっと、そんなやり取りですら新鮮だったのかもしれません。

 

部屋に案内するようになり、二階の真南の部屋へと連れていく。

そこは、運河も、海も臨める絶景の部屋で、私としては少しだけ羨ましい。

部屋の中にも家具がそろっていて、まるで昨日までこの部屋に居たかのようにも見える。

実のところを言うと、これらの家具はお父さんが自力で作り上げた自作の家具。

机も、寝具も、クローゼットも、何もかもが手作り。

日曜大工も趣味の一つで、お母さんや、私の部屋の家具の大半がお手製家具。

ちょっと頑張りすぎかなぁ、とは常々思う。

 

学校にも一緒に通うようになり、杖が要らなくなってからは、自転車での登下校を繰り返す日常になった。

その時には、私はいつも一緒に寄り添う形での登下校、荷台に横座りになり、お兄さんにしがみつくのが日常になった。

友人も出来、近くの家のクライドさんとキースさんとも親しくなった。

帰り道に近くの書店に寄ったりとか一緒に笑いあったりとかの親しい友人関係もできるようになった。

でも、どこかお兄さんの表情はいつも固かった。

なんというか、作り笑いのソレでした。

 

いつかは、心の底からの笑顔を自然に浮かべられるようにする。

それが私とアリーシャ先生の気の長くなるような目標でした。

 

一緒に生活する中で、お兄さんにはある一つの趣味が出来た。

それは…釣り。

病院に入院していたころに、廊下に置かれていた雑誌に影響されたものらしいですけど、お兄さんはそれをいまだに部屋に置いている。

黒の釣り人(ノクティーガー)』氏に憧れたとか何とかで、お父さんからもらった釣り竿を持ってご近所の釣り場に行くのも見慣れた光景になっていた。

そんなお兄さんの姿に影響されたのか、近所の人たちも集まるようになり、その釣り場はいつしか、お兄さんにとっての憩いの場になっていきました。

 

「この手応え!」

 

そういってお兄さんが急に立ち上がる。

引きずり込まれそうになる体を私たちで引っ張り、何とか耐える。

その間にもお兄さんは釣り竿を右に左にと振るい、糸を巻いていく。

それからどれだけ経ったのかは判らないですけど、私も道連れになって水面に飛び込む形に。

そして引き上げた魚は、この釣り場に住む大きな『ヌシ』だった。

 

「やべ、俺、夢釣っちまった」

 

嬉しそうな表情をしていましたけど、まだまだ上を目指しているようにも見えました。

何せあこがれている紙面の人が掲げているのは『カジキ』だったから。

いつの日か釣りあげてしまう日は来るのかなぁ…来るんだろうなぁ。

それと、私のお気に入りのワンピースがビッショリです。

この後、お兄さんに付き添ってもらってクリーニングに出しておきました。

 

それからもお兄さんは釣りによって周囲の人とも仲良くなっていき、気付けば同年代の人よりも、年配の知り合いの方々が増えていく一方。

アリーシャ先生は頭を抱えている時もありましたけど、私にはよく原因が判りません。

人との繋がりを広げていく広さと速さなのか。

それとも、繋がった人に何か問題があったのかは…正直、怖くて聞きだせません。

それでも、お兄さんが釣り上げる魚のおかげで、お母さんの料理のレパートリーも広がっていき、その調理方法を私とお兄さんも一緒に学ばせてもらう。

そんな形での家族とのやり取りもとても楽しい。

けど、実は捌ききれなくてご近所さんにお裾分けもしてましたけども。

 

お兄さんの人同士の繋がりは、釣り場だけではなく、少しずつですけど、学校の中でも広がっていくのは私にも判ってきていました。

その原因は、アリーシャ先生がいつも連れている飼い猫のシャイニィ。

お兄さんのことがとても気に入っているらしく、いつも一緒。

学校に行くときも、自転車の前籠に飛び乗ったり、私の膝の上で丸くなっていたり、

授業中も、授業を邪魔する事も無く、教室後方のロッカーの上で眠っていたり、お兄さんや私の机の上で背筋を伸ばして授業を聞いていたりと、どこか猫らしからぬ仕草。

 

「お、どうしたシャイニィ?」

 

「なぁ…」

 

「いや、授業が暇って言ったってだなぁ…」

 

時折、お兄さんはシャイニィの言葉を理解しているのではなかろうかと思うこともしばしば。

先生はそんな様子を見て苦笑していたり。

そこのところをアリーシャ先生に尋ねてみたところ

 

「ああ、やっぱりウェイルはシャイニィの言葉を理解してるって事サね…」

 

ほとんど呆れてた。

お兄さんに訊いてみたところ

 

「いや、完全に理解は無理だって。

シャイニィは俺達の言葉を完全に理解してるかもしれないけどさ。

そこのところ、どうだシャイニィ?」

 

「なぁ?」

 

…盛大にはぐらかされた気がしました。

 

 

お兄さんがハース家に迎え入れられて数年、家族の仲は良好。

それどころか、暖かな風が流れているようで、毎日が楽しかった。

お父さんと、お母さんと、お兄さんと、アリーシャ先生とシャイニィと私、五人と一匹。

ずっと、ずっとこんな日が続けばいいとさえ思えてくる。

この暖かな輪が私の生きる現実、生きる世界だと思っていた。

でも、いつの間にかその日は近づき、気づけばその年の秋を迎えていた。

アリーシャ先生…改め、お姉さんは第二回国際IS武闘大会『モンド・グロッソ』に出場することになっていた。

 

私は、あの大会にはいささか複雑な思いを抱えている。

4年前のあの日、お兄さんはヴェネツィアの運河を流れ彷徨っていた。

それも、体を鎖で縛られて、死の一歩手前に至った状態で。

体を縛られていたということは、何者かの手によって連れ去られたということを、お姉さんから指摘された。

しかも、何らかの形での人質にされた挙句に見()てられた。

国からも、家族からも。

私が一番悲しんだのは、その家族がわずか一週間程度で生存を諦め、故人として扱っているという点だった。

お兄さんは、生まれた場所があまりにも悪過ぎた。

そんな事はあの日から知っていた。

だから、暖かな家族にしようという決意を皆でした。

私だって、お兄さんの心の底からの笑顔を見たいから。

 

お姉さんが出発する少し前、私たちはローマの議事堂とホテルを使って生活を送ることに。

それもこれもお姉さんの身内だからということで、きっちりと身辺警護をしておく為なのだとか。

街の中をホテルの窓から見下ろせば、見覚えのある人が幾人かがチラホラと姿が見える。

ああ、お兄さんの釣り仲間のオジさん達でしたか。

何故ヴェネツィアではなくローマにいるのかが少し気がかりでしたけど、訊ける機会がいつになったら来るのやら。

 

「あ~…釣り場に行きたい…」

 

「なぁ…」

 

お兄さんはこんな感じになってましたけど。

お姉さんが手配してくれた家庭教師の方は苦笑い。

それでも、分かりやすく勉強を教えてくれる中、お兄さんの左手に握られたペンは止まらない。

 

「お姉さんが帰ってくるまで我慢です」

 

「なぁ」

 

「仕方ない、か」

 

私とシャイニィの二人でその点は慰めることにしました。

シャイニィまで残念そうに見えたのはどうにも不思議でしたけど。

 

「それじゃあウェイル、メルク、次の教科に入って行くわよ!

お次は二人が受験する学校でも習うことになるであろう機械工学関連!

もちろんこの授業も私が、新任テスターのヘキサ先生が二人のために直々に用意したものだから、安心安全大丈夫!

この先に就職にもバイトにも応用活用何でもござれよ!」

 

…家庭教師の方が少々ハイテンションなのも、少しばかり気がかりでしたけど。

なんでお姉さんはこんな方を手配したのでしょうか?

 

「さあさあ、授業を始めるわ!」

 

何度言葉遣いを聞いてもハイテンションでした。

 

「なあメルク、この人、なんでこんなにハイテンションなんだろ?」

 

「…さあ?」

 

「なぁ…」

 

そしてこの家庭教師の方、お姉さんが頂上戦(タイトルシップ)に出場する数分前、緊急の要件が入ったとかで退散しちゃいました。

何があったんでしょうか?

 

「大会もこれで見納めか。

またあの蹴り技を披露してくれるのかな」

 

「私も楽しみです」

 

でも、お兄さんからすれば、義姉と実姉。

因縁を持つ二人の全力の戦いになる

 

 

………………筈だった。

 

 

 

戦いは、繰り広げられる事も無く、始まるよりも前に終わってしまいました。

それも、相手選手の棄権によるタイトル奪取という拍子抜けの形で。

 

「お兄さん、私トイレに行ってきます」

 

そう言って席を離れる。

ホテルの部屋を出ても、強面の黒服の人達が並んでいて、来る場所を間違えたのではなかろうかとさえ思う。

 

「んを?お嬢、どうした?」

 

その一角に、お兄さんの釣り仲間のガリガさんが。

何故こんな人達が並んでいる中で平然としていられるのか私には判らないです。

訊いた話だと、ボランティア団体を率いている方だったんですけど、どうしてこんな風景の中、当たり前に溶け込んでいるのやら。

…世界はまだまだ広いみたいです、私には知ることが出来ていないことがまだまだ沢山あるみたいで。

 

翌日、お姉さんが帰ってきても、どこか表情が不機嫌そうでした。

頂上戦(タイトルシップ)があんな形での決着でしたから、不完全燃焼だったのかもしれません。

 

「メルク、ちょっと話がある」

 

一緒に食事をした後、私だけ別室に呼び出される事になった。

 

「あの、お話って何ですか?」

 

「あの女、頂上戦(タイトルシップ)で棄権した理由サ」

 

その話は、あまりにも酷過ぎた。

憤りで頭がクラクラする、目の前が真っ暗になりそうだった。

 

対戦相手であった織斑千冬選手は、弟が誘拐された事を知り、ドイツ軍と共にその救助に向かった。

早い話、お兄さんは実姉の手によって二度(・・)()てられたということだった。

 

「どうして…なんなんですか、この扱いの差は…」

 

「あの女の肩を持つ気はサラサラ無いが、この件は私としてはまだ裏があると考えてるサ」

 

裏?

そんなのが在ろうと無かろうと、お兄さんとの扱いが天と地ほどに差があるのは判り切ってるのに…?

 

「フランスがどんな扱いを受けているか、知ってるサ?」

 

「知っています、お兄さんの誘拐の件にて、情報を把握しながらも常態で大会を敢行したことで世界中からバッシングを受けている、と」

 

その後、情報の把握をしていた件を隠蔽する為に躍起になっているのが露見し、全世界から非難されている。

 

同時に、日本政府が、大会参加者の身内を警護していなかった件は、フランスの一件でうやむやにされているのは私も教わっていた。

 

第二世代機でもある『ラファール・リヴァイヴ』の開発をしていながらも、各国からの扱いは一向に良い方向へと向いていない。

東洋にある、あの学府にて訓練機として導入されながらも、取り扱いの要領が良くても、それだけだという烙印を焼き付けられている。

数か月後には、お兄さんが設計考案した『補助腕(Albore)』によってさらに株価が暴落するだろう、との事も。

 

「私としてはあの女には失望したし、ほとほと呆れているサ。

いや…失望と言うよりも、『絶望』かもしれないサ」

 

「私もです」

 

「IS学園に入学しても可能な限り接触は避けるようにしなよメルク」

 

「そうします」

 

その数か月後、お兄さんが設計考案した補助腕が量産されるようになった。

それに伴い、流通も行われたけれど、ドイツからの受注には、最低限度のサンプルを発送するに至った。

フランスは、その流通が完全にシャットアウトされ、再びフランスの企業の株価が暴落したのだとか。

 

月日は流れ、冬が来て、私とお兄さんは14歳に。

冬を超えて、また春が。

進級祝いということで、クルーザーに乗って少しだけ離れた海域にまで出航しました。

挙句の果てにお兄さんってば、さっそく補助腕を使ってまで大物を釣り上げる始末。

 

「う~ん、やっぱり今のままじゃ使いにくいよな…。

両手が塞がってるのに、片足使ってたら片足立ちになって操作もし辛いし、バランス崩して転びそうだ。

まだまだ改良の余地がありそうだ」

 

そんなことを言いながら、銀色フレームの眼鏡を拭いていた。

 

「…お兄さん、何を作ろうとしてるんですか…」

 

「ああ、補助腕の今後の発展を、な」

 

でも、機械を眼前にした時にはお兄さんは楽しそうな表情をしている。

願わくば、この笑顔が続きますように…。

 

そして…織斑一夏さんの友人の皆さん…本当に…ごめんなさい…



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第19話 銀風 空へ

メルクが国家代表候補生として正式に指名を受けて暫く経った。

俺は学生として学業と一緒にFIATのバイトとして奔走を続けた。

メルクと姉さんがいない日が長らく続いていたが、シャイニィや、親友のクライド、キースがいてくれるからさみしさは少しで済んでいた。

そんな中

 

「姉さんとメルクが帰ってくる⁉」

 

FIATでパーツ組み上げをしている最中にそんな情報が舞い込んできた。

 

「違う違う、メルクさんの機体の組み上げがほとんどできたから、試験稼働してもらうんだって」

 

早い話が試乗か。

だが、それで会えるのだとしても俺としては嬉しいぞ。

俺が考案した脚部クロー『アウル』もテンペスタⅢに搭載されているから、それが稼働する瞬間を見てみたい。

 

「それで、その機体のお披露目はいつなんですか?」

 

「明日だ」

 

やばい、楽しみ過ぎる。

早くその試乗現場を見てみたい。

稼働する瞬間を見てみたい。

 

「あ、『Albore』はどうなりました?」

 

「ああ、アレな。AlboreはⅢには搭載されなかったよ。

ちょっとバランスが悪くなるってことでな。

試作機には搭載されているけど、ありゃあかなりのじゃじゃ馬だ、常識への反逆者もいいところだよ」

 

試作機、ともなると第三世代機開発に使用されていた通称『テンペスタ2.5』か。

そっちもそっちで見てみたかったな。

どんなカラーリングされていたのかも気になる。

 

「第三世代機のテンペスタⅢですけど」

 

「正式名称は決まってるぞ、新入り。

イタリア製第三世代機1号機、その名前は『嵐星(テンペスタ・ミーティオ)』だ」

 

カタログスペックが俺の担当するモニターへと転送されてくる。

両足には確かに『アウル』が搭載されているが、まるで鳳の脚部、それが稼働して『斬る』『蹴る』『掴む』の三用途が再現されている。

そして二挺のレーザーライフル『ファルコン』、連結式長射程レーザーライフル『レイヴン』が。

そしてさらにはレーザーブレード『ホーク』、杭状兵装『イーグル』。

背面には大出力スラスターが二対四機、それぞれが独立可動式になっており、マニュアル/オート操作も切り替えが可能になっている。

いくつもの兵装を搭載しながらも、姉さんの機体である『大旋嵐(テンペスタⅡ)』と同等の機動力を持ち、この一機だけで遠中近を兼ね添えた高起動万能機(オールレンジ)型。

 

「これが…メルク専用の機体…『テンペスタ・ミーティオ』…」

 

装甲のカラーは銀色、なるほど『流星』を名乗るだけはありそうだ。

 

「これが明日になれば見られるわけですか」

 

将来、俺はこんな機体の調整とかに参加が出来るんだな…!

楽しみだ…!

早く正式にスタッフとして加わりたい!

その為には勉強とバイトを頑張らないとな。

あ、そうだ、テンペスタ・ミーティオのカタログスペックを見せてもら

 

「明日まで我慢しろウェイル」

 

「…はい…」

 

ですよね。

うん、勉強を頑張ろう。

 

 

そしてその日の夜。

近所の釣り場ではなく、波止場の釣り場に居た碧の釣り人(非公式)から随分前に教えてもらったサーモンのバターホイル焼きを作っている最中だった。

 

「ウェイル!

メルクが最新鋭機の搭乗者に選ばれたらしいわよ!」

 

「あ、うん、知ってるよ、FIATのバイトしてる時に聞いたんだ。

それで、専用機所持者としても認められたんだってさ。

明日、ウチのバイト先で試乗するらしいからさ、もしかしたら見れるかもしれないよ」

 

バイト先の親方にも訊いてみたけど、親族ならパスをもらえるらしい。

ってー訳で、鞄の中にはそれが入っている。

後で渡しておこう。

 

「よし、これで後はホイルにくるんでフライパンで20分ほど蒸し焼きだ」

 

メルクや姉さんにも接触できるかもしれない。

お弁当を作っておこう。

ああ、楽しみだなぁ…!

 

とはいえ、メルクもこれから大変だ。

最新鋭機に搭乗することになったけど、その機体の搭乗にも慣れるどころか、熟練する必要がある。

 

 

 

その翌日、高校の授業が終わってから自転車に飛び乗る。

行き先は勿論、バイト先のFIATだ。

駐輪場に自転車を置き、タイムカードを読ませ、更衣室で作業着に着替え、工程に飛び込む。

親方から呼び出され、即座に演習場へと飛び出した。

 

「お、ウェイルが来たみたいサ」

 

「暫く振り、姉さん、メルク」

 

「待ってましたよ、お兄さん!」

 

隣には父さんと母さんも来ている。

大慌てで俺が飛び込んできたのを軽く注意されるも、その視線はすぐにメルクに突き刺さった。

メルクは最終選抜試験にも合格し、その後の模擬戦にも合格したとの事。

その結果が今のメルクなんだろう。

来年からはまた離ればなれになるのが寂しいが、自慢の妹だ。

 

「姉さん、メルクの専用機は何処に?」

 

「右手のブレスレットがそれサ」

 

あ、もう待機形態で所持してるのか。

ISは、展開していない状態であれば、小型のアクセサリーなどに形態変化をする。

ある搭乗者であればイヤリングに、ある搭乗者であればペンダント、と言った具合だ。

そして姉さんとメルクはブレスレットといった形状に。

これを『待機形態』と呼ぶ。

展開されたままであればかなりの重量と体積を持つため、運搬にも支障をきたすからこそ、この形態変化は重宝されている。

地球上の物質が縛られている『質量保存の法則』『自然摂理の法則』を超越した技術であり、これもまた篠ノ之博士が開発したシステムだ。

ほかの技術者には未だに真似が出来ないらしいが、その形状を整えることくらいは出来るらしい。

言わば、その根幹には誰も到達出来ていないということだ。

 

「来て、嵐星(テンペスタ・ミーティオ)!」

 

メルクの声に従い、ブレスレットが閃光を放つ。

それに伴い、メルクの体が装甲に覆われていく。

閃光が収まった先に居たのは、銀色のそれだった。

 

「おお、凄いなぁ…」

 

各装甲はスマート。

両腕には外装として杭のような形状の装備が。

アレは敵のスラスターや装備を損壊させるものだ。

 

腰にはレーザーブレード、脚部には連結仕様の2連装レーザーライフル。

背面には2対4基の大型スラスター。

そして爪先は…俺が考案した可変形式装甲『アウル』が搭載されている。

今でこそ鳥の脚のように爪先が三つに広がっているが、必要な時にはそれが一段階伸び、捕獲クローにもなるシステムだ。

勿論ブレードとしても扱える形態にもなり、姉さんのような蹴り技だって出来るだろう。

これ一つだけで『斬る』『蹴る』『掴む』の三種類が扱えるというわけだ。

腕に搭載されている装備と合わせることで、そのまま相手を機体と一緒に鹵獲してお持ち帰りもできるわけだ。

なぜかわからないけど、この装備を考案したらあれよあれよという間に採用されて、上層部の目にとまったらしく、バイトにも関わらず俺には結構な報酬が支払われることにもなったんだが…それは数週間後の話だ。

 

起動したテンペスタ・ミーティオと一緒に、姉さんの茜色のテンペスタも一緒に空へと舞い上がっていく。

そこで試験稼働が始まる。

やってることは簡単な模擬戦闘だ。

ここからさらに出力調整だとか、搭乗者に合わせたチューニングも必要になってくるので、ここからは俺たち技術者の仕事も盛りだくさんだ。

ああ、これからが楽しみだ。

 

 

再び視線を空へと戻す。

記憶中に刻まれた茜色と銀色が幾度もなく交差している幻が見えた気がする。

いや、(メルク)は本気だったのだろうけれども、姉さんはそのポーカーフェイスを崩していなかった。

選抜試験突破者でも、国家代表の熟練者にはまだまだ遠く及ばない、という事なのかな…?

 

「にゃぁ?」

 

肩に乗ってくるシャイニィが首を傾げている。

もしかしたらシャイニィも現状をハッキリと理解しているのかもしれない。

 

開始してから下降してきたのは27分が経過した頃だった。

それから放たれる燐光、展開されていた機体が待機形態に戻ったようだった。

 

「あれで完成、って訳じゃないんだよな」

 

 

 

 

 

 

一緒に家に帰った後、お使いを頼まれ、街の中を歩きながら、空に視線を向けながら呟いていた。

 

そんな呟きに反応したのは、

 

「当然だよ、技術開発に終わりは無い。

『完全』なんて存在しちゃいけないんだ」

 

鵞鳥の落書きの向こう側の誰かだった。

適当に歩いていただけだったのに、此処に来てしまっていたらしい。

この声は幾度か聞いたけど、嫌な感じはしていない。

 

「どういう意味?」

 

鵞鳥の向こう側からなぜか感じるその視線は、空ではないどこかに向いているように見えたのは…俺の気のせいかもしれない。

 

「『完全な存在』というのは、手を付ける場所がないということ。

それ以上の発展が存在しないということ。

それは私達、技術者や研究者、開発者には行き着いた先の袋小路、何もすることができないという絶望と同じ。

だから、『完全な完成』『完全な存在』というのは『何も出来ない最大の欠陥品』ということだよ、ウェイ君」

 

その視線は俺に向けられているのかもしれない。

それこそ何故だろうか、その視線は、その声は、どこかで見覚えが、聞き覚えが在る気がした。

この既視感は…いったい…?

 

「だから、覚えておいて。

私達研究者のあるべき理念を。

それは『ちっぽけな完成よりも()()()()()()()()』という言葉を」

 

その言葉は、姉さんの言葉と同じように胸の内側に自然と浸み込んでいくのが実感出来た。

 

「それって、人間も同じなのかな…?」

 

「…うん、変わらない。

十全に優れているだけで、完成された人間だと思う人間は、成長もしないし、改善されることもないし、救いようもない。

私はそんな人間を3人…いや、4人知ってる。

 

一人目()は、『完全である』ことに絶望し、そこから自ら降りた。

 

二人目(かつての親友)は、完全であることを知らず、欠点を知った。

 

三人目(その弟)は自分とその姉を『完全』という枠に入れ、それ以外の人物を無条件に見下し続ける愚物になった。

 

四人目(愚妹)は、先の三人目と一緒にいるだけの木偶の坊、自分と三人目以外の他者を傷つける以外に能の無い本物の出来損ない」

 

へえ、世の中そんな人が居るんだ…。

っていうか、他者を傷つける以外に能が無いって…。

 

「けど、きっと君のように限られた事に万全になれる君なら、それよりもずっと先に行けるのだと、私は信じてるよ。

例え…一度は全てを失っているのだとしても」

 

 

 

 

夕飯を終えてから勉強をしていたら、FIATで見た光景を思い出す。

しかし…ISスーツというのはどうにも目に毒だな。

そんな考えが脳裏をよぎり、バレないように他の技術者の影に隠れる俺だった。

っていうか、妹にあんな格好させるとか何を考えているんだ、イタリアのスタッフは。

形状がほとんど学校指定の水着なのは仕方なかったとしても腹部が露出してるじゃねぇか…。

一先ず、メルクに関しては少しばかり露出を抑えたものにしてもらいたい。

妹にあんな恥ずかしい恰好をさせられるか。

…姉さんも、な。

 

…数日後、その案は却下された。

 

「ISスーツの性能?

それに関しては以前に授業をした通りサ、ウェイル」

 

とはいえ、この二人にも自覚を持ってほしいので、多少不自然になろうとも構わず、話題を振ってみた。

こんな話の振り方をしてしまった為、以前にした授業の復習になった。

流石は姉さん色んなことを知っている。

でももう辞めて、俺の頭が限界になってきてる、もうそろそろ知恵熱起こしそう、ってかオーバーヒートしそうだよ。

その日俺は勉強漬けになりそうだった。

理由?宿題にされたからさ。

 

「姉さんは使ってるISスーツが恥ずかしいデザインしてるとか考えたことはなかった?」

 

「はは~ん、そういうことサね、ウェイル。

私たちが注目されているという事が…いや、他人に見られていることが今になって複雑になってきたってことサね」

 

もうバレた。

そして姉さんはニヤニヤと、メルクは今になって恥ずかしくなったのか、机の影に隠れてる。

けど残念、その長い髪の毛が机の影から飛び出していた。

 

「まあ私は大丈夫サ、メルクもそこの所は」

 

「だ、大丈夫です…」

 

机の影から頭を出しながらだったけど弱弱しく返答をしてくれた。

やっぱりちょっと恥ずかしいらしいな。

 

「私たちなんてまだ良い方サ、中にはビキニみたいなスーツを使っている搭乗者もいるほどだからサ」

 

「それってスーツの意味あるの?」

 

「指示をISに出す際には的確な速度で伝えてくれるメリットもあるし、スーツとしては機能しているってところだろうサ。

一応だけど自動小銃くらいなら防いでくれるから付け焼刃程度には安心できるんじゃないかと思うよ」

 

むろん、生地が皮膚を覆ってくれている部位に関しては、だよね。

弾丸は生地が防いでくれるだろうけど、弾丸が着弾した衝撃までは防げないらしいとか何とか。

だから搭乗者のファッション扱いしている企業もいくつか見受けられているとか追加で授業された。

一応、メルクと姉さんのISスーツはそういう類いのものではないらしいから安心…安心なのか、これ?

 

改めて開発スタッフの端くれとして参入し、テンペスタ・ミーティオのスペック調整に入る。

とは言っても俺がさせてもらえるのは細部のちょっとした手入れだけ。

細かい調整だけなので、そんなに出来る事は多くはない…筈だったのだが、色々と叩き込まれてます。

大学を卒業したらFIATで働くのを自分の内心で決めていたけど、それはあくまで一般応募枠として、だ。

本当にね、これってバイトの仕事としては相応なんだろうけど、資材の運搬って大変だ。

 

「計測器はどこだ⁉

おいバイト、持ってきてくれ!」

 

「は~い、ただいま!」

 

「よっしゃ始めるぞ、やる事は多そうだ、あの機材も持ってきてくれ!」

 

「判りました!」

 

そんな感じでテンペスタ・ミーティオの最終調整にも入っており、きりきり舞いだ。

それと同時に姉さんの大旋嵐(テンペスタⅡ)の調整にも入っている。

 

「シンクロ率は⁉」

 

「現在50%、60…まだ上昇してきています!」

 

姉さんの機体調整もあるが、今はメルクのそれが先だった。

何せ来年の四月には極東の学び舎に入学することになる。

そこへの受験には充分に間に合うような成績を修めているが、それでも実技試験もあり、それも想定した調整も必要になってきていた。

季節は既に秋、編入試験は年を越える直前に始まるっていうのに、それは大急ぎの日々だった。

 

そんな中、またもやテロリストがFIATに忍び込んできていたが、姉さんの手で叩き潰されていたらしい。

狙いはISコア。

調整途中だった姉さんの機体のコアを奪うだけでなく、機体にも爆薬が仕込まれており、気づかず搭乗すれば姉さんの命は無かったとのことらしい。

まあ、あっさりと捕縛されたらしいけど、姉さんの機体にほかに妙な細工をされていないかの確認、調整もされることとなったが、特にコレと言って検出されなかったのは不幸中の幸いか。

以前の事件もあり、テロリストへの警戒は強まっている。

ちなみに、犯人はメルクと同じように国家代表候補生選抜試験の受験者の一人だったそうだ。

メルクが受かり、自分が脱落したことへの腹いせ、要は逆恨みによる八つ当たりだそうだ。

そして…開発スタッフの一人にも共犯者が紛れ込んでいたので、そちらもついでに捕縛された。

こんなテロも日常的に起きうる世界が現在の現実だ。

 

しかも『女性による行動だから』というだけで正当化されることもあるらしいが、イタリアではそんな考えを持つ者がいれば「頭が遅れている」という嘲笑の対象になるそうだ。

なので、女尊社会なんてものにはなっていない。

無論、完全に男女平等というわけでもないらしいけど。

その場その場での綱渡りみたいらしい。

無意味に偉ぶったりする人はそんなに居ないし、「女だから」というだけで相手を無条件に見下す人も見かけない。

実際には安泰した社会だと思う。

 

そんな社会を「時代遅れ」と笑う国もあるらしいが、正直知ったことではない。

他人が作り出した波に乗っているだけの紛い物なのだから。

姉さんが言うには、「思考しない愚物」だっけか。

言いえて妙というか、その言葉のままだ。

自分にとって最も都合のいい思考だけをして、自分が頂点に立っていると決めつけ、自分以外の他者を無条件に見下す。

そんな人も世の中に入るそうだ。

対処方法は実に簡単だ。

 

『干渉しない』

 

この一択なんだそうだ。

その言葉には俺も驚かされた。

 

「ウェイル、メルク、アンタ達は『八つの枢要罪』ってものを知ってるサ」

 

「…八つ(・・)?七つの大罪は知ってるけど、それは知らないなぁ」

 

「その『七つの大罪』の原型ともされているものサ。

詳しく言うと『暴食』『強欲』『憂鬱』『色欲』『憤怒』『虚飾』『傲慢』『怠惰』の八つとされているのサ」

 

「そんなものがあったんですねぇ…」

 

これはメルクも初耳だったらしく、関心していた。

正直、俺も息を飲んでいた。

 

「けど、原型というだけあって、いくつか入れ替わったりしているものがある。

『虚飾』『傲慢』の辺りが別のもに、サ。

入れ替わったのは『狂信』」

 

それは、頑なすぎる信仰に似たものだ。

その先に待ち受けるものが破滅だったとしても、それを信奉することを辞めようとしない悪徳なのだとか。

 

「もう一つは『正義』サ。

行き過ぎた正義漢は、些細な悪も見逃そうとしない。

そういう些細な悪を見つけようとすれば、命を奪う形で贖わせようとする。

自分以外に正しいものは何一つ存在しないのだ、としてサ」

 

それは、とても重い話だった。

だけど、この時代に於いては符合するものは幾つも見てきた。

 

『IS』が開発され兵器という虚飾が為され

 

『女性だけがISを起動できる』という狂信が世界に広がり

 

『ISを起動できる女性が優れているのだ』と傲慢になり

 

『それに刃向かうものは悪だ』と断じて個人勝手な正義感をひけらかす。

 

尤も、その正義を見せつける形というのは『殺戮』だ。

相手の言い分も聞かず、無価値と決めつけ、反抗していると見做せば惨殺なりして見せびらかし、畏怖を向けられながらも賛美されているように感じている。

そんな人間が溢れているのが現在の現実だった。

 

「いいかい二人とも、『自分こそが正義』だと、『自分だけが正しい』『自分以外が間違いだ』と思うのは辞めるべきサ。

それは、奴らと何も変わらない悪徳的な思考サ」

 

更に、欧州そのものにもそう言った視線は向けられている。

5年前から突然始まったのだとか。

その中でも酷い事になっているのがフランスだ。

世界的にも有名なIS国営企業『デュノア社』の運営も危うくなってきている。

昨年の大会で『ラファール』に次ぐ最新鋭量産機である『ラファール・リヴァイヴ』がロールアウトされたけど、シェア率は全然伸びておらず、順位も5位以下どころか最近は7位を下回った。

しかも大会では、頂上戦前の前座にて叩き斬られたとか。

フランスの国威回復は正直、難しいものらしい。

それとは反比例するように株価を伸ばしているのがイタリアだ。

こちらも正直驚いているけど、『Albore』のお陰で急成長している。

俺が設計考案しただけのものが評価されて株価が急成長するなんて、世の中判らないよな…。

 

それと、フランスが失墜した理由も…



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第20話 秋風 逆光の向こうに

Q.第一回大会での事件で起きた一夏の誘拐事件、何もかもが手遅れの状態になってましたが、何故ですか?
P.N.『くるくる』さんより

A.
一つ目、ISの世界での蔓延している風潮
二つ目、大会優先の為
此処までは読者の皆さんも察していただけていると思います。
なお、作品の中では既にそれ以上に重要な伏線を敷いています。

強烈なヒント
fragment:Bにて彼女の電話は何処から?
第二回大会にて、アリーシャは家族とテレビ電話を繋いでいたが、その頻度は?

これ以上のヒントはネタバレに限り無く近くなるのでNGです。


夢を見る

 

それは誰だって当たり前にすることなんだろう。

例えば、未来に掲げる将来の夢。

例えば、輝かしい栄光を掴む夢。

例えば、『今』を繰り返す夢。

なら、俺が見ている夢は何なのだろう…?

 

暗闇の中、俺ではない誰かの名前を口にしながら、長い髪を乱しながら、涙する誰か。

見覚えがないどこかの医療機関のような部屋のベッドの上で覆いかぶさってくる少女。

 

粘つく闇にとらわれた、傷だらけの見知らぬ少年。

 

そして広がる蒼。

 

 

 

「………いけねっ、寝てた⁉」

 

「おう、2、3分程度だったが…船漕いでたぞ」

 

バイト先の親方がカラカラと笑って見せる。

それを視認しながら俺は慌ててズレた眼鏡を直す。

よし、設計と調整に精を出そう!

 

「んで、今度は何を書いてるんだ?」

 

「これはまだラフスケッチなんですけどね」

 

なので親方にもまだ内容は秘密だ。

 

『Albore』だけでも世間的には大ヒットしている為、ホイホイ新しいものを出すわけにはいかないと課長にも言われている。

機体やコアを狙うだけでなく、人材を付け狙う輩も出てくる可能性も在るとのことだ。

機体やコアに比べれば、人間なんて脆いもの、連れ去れば御の字だが、それが出来なければ殺してしまえばソレで片が付く。

人一人殺すだけで、その企業の、国の成長にはストップがかけられるからだ。

だから、設計考案をしても、容易に発表などは出来ないし、してはならない(・・・・・・・)

だから俺も今はここで案を練りながら、バイトに精を出しているというわけだ。

 

「う~ん…」

 

首を傾ければゴキゴキと不健康な音。

最近のメルクは軍事演習場ではなく、FIATの演習場で姉さんと一緒に訓練を繰り返している。

高機動訓練、近接戦闘訓練、射撃訓練、さらにはISを用いない白兵戦と様々だ。

俺はそれに関してデータ上での協力をしているわけだ。

『テンペスタⅢ』を改めて『テンペスタ・ミーティオ』はすでにメルクに馴染んでいるといっても過言ではない。

なら、更にその先へ、今出来得る限りの最高の状態へと持っていきたい。

けど、それで『完全』だなんて自惚れたりはしない、絶対に。

モニターの前で齧りついているだけというのも健康に良くなさそうだ。

軽くストレッチをしながらもう一度モニター前へ。

おっと、データにノイズだ、このまま放置しておけばバグに至るぞ。

えっと、これはこっちのデータを応用して、と。

 

このストレスは釣りで癒すとしよう。

 

「疲れました……」

 

今日のカリキュラムを終えた後に、このIS稼働試験だもんな。

メルクもヘロヘロだ。

そんなこんなで、機体受領以降は、俺がおぶって帰るのが日常になっていた。

 

「姉さんの手による特訓は伊達じゃないんだな」

 

「当然サ、極東に行ってもしっかりと実力を発揮できるようにしておかないと、代表候補生の資格を剥奪されちまうからね。

できる限りしっかりと鍛えておかないと」

 

俺の自転車も今は姉さんが押している。

背中にメルクが居るから、そうなるよな。

 

「けど、残り半年なんだよなぁ…」

 

メルクが一緒に居る生活が出来るのは。

俺はこのまま高校の第二学年に進級するけど、メルクは東洋の学園に編入し、そこで寮生活だ。

しかも時差の計算もしなきゃならないから、連絡し合える時間も酷く限られてくる。

例えるのなら、イタリアが真昼間でも、東洋の学園は夜になっているという計算だ。

しかも外出する際には学園側に許可を取らなければならないというオマケ付き。

そんな理由もあって、イタリアに帰ってこられる機会もそう多くはない。

だから帰ってこられるのは長期の休みに限定されるのだろう。

メルクの将来が心配だ。

 

「メルクに訊いたけど、その学園に入学する際の試験で倍率が20000倍を超えてるって本当なのか?」

 

「本当サ、その学園に在籍し、卒業したというだけでもその生徒には箔が付く。

しかも搭乗者、技術者としての技術が身についているというのも珍しくはないサ。

そういった系統のトップ卒業生を抱え込みたいという企業も少なくはないからね」

 

早い話、その学園そのものが品評会の会場みたいなものか。

ついでに言うと、『国家代表』だとか『国家代表候補生』はその広告塔(プロパガンダ)のようなものらしい。

混沌としてるなぁ、IS学園とやら。

そんな混沌にメルクが染まらぬ事を祈りたい。

 

「で、ウェイルは今度は何を開発しようとしてたのサ?」

 

「…えっと…まだ思い付いたというだけのラフスケッチなんだけど…ちょっとコレは…」

 

簡単にまとめたスケッチを見せてみた。

 

「へぇ、『アウル』とは全く違う方面での『可変形式兵装』か…」

 

ああ、やっぱり見抜かれた。

そのスケッチ自体もまだ未完成なんだけどなぁ…見抜かれるのか…。

『持ち替えるのって面倒じゃね?』とか思ったりしたのが最初、その結果がコレだ。

 

それと…姉さんには秘密だけど、廃材を使って釣り竿を作ってたりもする。

カットした際に出た余りの装甲を使っているから、鋼のように『しなり』、『折れない』。

リールに関しても、ワイヤーが捨てられていたのを見つけて頂戴している。

言っておくがコレは横領ではない、リサイクルだ、一応企業側から許可は貰ってる。

そして作りかけの釣り竿は保管庫に入れているから姉さんに見つかることもない。

ルアーは…自前のを使えばいい、リールも問題無いし、完成まで残り少しだ。

次にクルージングに行く時までに完成させよう。

 

「大物釣ってやるから待ってろよフッフッフ…」

 

帰ってからも勉強は続ける。

FIATでも色々と学んでいるが、ISは確かに奥が深い。

車の整備以上に、だ。

 

2次形態移行(セカンド・シフト)ってなんなんだ、姉さん?」

 

「ISコアに経験値を蓄積させることで起きうる現象…といえば良いだろうサ。

搭乗者が繰り返し搭乗することで、コアが応え、機体の機能を拡張させることが在る。

その際に単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)と言われる特殊能力が付加されることが在る…一部はね」

 

「…一部?」

 

なんだそりゃ?

決まって起きる現象でもないってことか?

姉さんの言い方も少しばかり歯切れが悪いな…?

 

「コアによってそこに至る為に必要な経験値の量が違うとされてるのサ。

だから、経験値を積ませることで、必ずそこに至れるわけでもないし、拡張がされるわけでもない。

単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)も発現が出来るわけでもない」

 

うわ…ややこしい。

続く話では、『単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)』発現を諦め、特殊兵装を搭載しているのが第三世代機という事なのだそうだ。

だけど、第三世代機のその特殊兵装はイメージインターフェイスを利用したものだから、コアとのシンクロも重要になってくるし、そもそもエネルギーの消費量も大きい。

だから、稼働時間は短くなってきている。

なるほど、特殊兵装に集中させる代わりに動ける時間が短くなってしまっているということか。

 

「なら、その経験値を他の機体から持ってくることは出来ないかな。

例えば………あ……!」

 

そう言えば、メルクのテンペスタ・ミーティオには、姉さんの『大旋嵐(テンペスタⅡ)』のデータも一部移植させている。

データの共有だけでなく、経験値の共有(・・・・・・)も出来るようになれば…。

そういったシステムが作れれば…。

 

「ウェイル、どうしたのサ?」

 

名付けるとすれば…

 

「『リンク・システム』」

 

出来るものなのかどうかは判らないから、ちょっと今度のバイトの時に聞いてみよう。

 

「何を思いついたのか知らないけど、授業を続けるサ」

 

「ああ、うん」

 

まあ、できるかどうかは置いといて、さ。

それよりも、ラフスケッチに起こしている可変形式兵装の実現を先に考えてみよう。

 

武器の持ち替え。

通常、ISの兵装は生身の時と同じように、刀剣なら鞘に、銃であればホルスターに納める場合もある。

それは腰であったり、脚部装甲にマウントする場合もある。

だが、槍のような大型兵装にするのなら、機体の一部に収納などできず、形状を失わせ、拡張領域(バススロット)に収納するのが常だ。

 

それは利点でもある。

まず、一つ目に、質量的にも体積を必要以上に大きくせずに済むこと。

二つ目として、拡張領域(バススロット)に収納している兵装がほかにもあるのではないのかと、相手を警戒させ、牽制にもなる。

けれど、機体やコアに登録できる質量にも、常に上限が存在する。

あまり多くのものを過剰に収納できないという法則もあるわけだ。

こと銃に関しては、弾丸だとか、それを収納している弾倉(マガジン)も多く搭載しなくてはならない。

近接兵装だとかが廃れてきている今、射撃兵装に集中している人が多いのだそうだ。

それと、先日姉さんから教わった『単一仕様能力』も、拡張領域(バススロット)を大きく占めてしまう場合もあり、それによって搭載できる兵装にも限界上限に近づいてしまうらしい。

 

「ふぅん…載せられるものにも限度があるのか。

じゃあ、やっぱり登録させる兵装は、『少ない』か『余裕を持つ』のどちらかにしたほうが良いのか」

 

あまり多くを乗せすぎると、それぞれに適したパフォーマンスも出来なくなる。

『器用貧乏』も悪くないけど、『最適な選択』も出来るようにしておくべきか。

 

姉さんの大旋嵐(テンペスタⅡ)の場合であれば、銃と剣に付け加えて脚部装甲を武器に。

メルクの嵐星(テンペスタ・ミーティオ)の場合であれば連結式長銃を2丁と、レーザーブレードを2振りに、腕部の杭状兵装、脚部のアウルと全身武器だ。

可能な限り軽量にはとどめているから、その機動性は失われていないどころか、世界最速に限りなく近い。

今後、メルクも大活躍してくれるだろう。

 

無論、俺は裏方からの活動だけど。

 

 

 

 

 

今日も今日とて、機体の性能試験をしながら、データ調整の許可が下りたため、携わらせてもらっている。

射撃性能に関しては…なかなかに上手くなってきている。

姉さんが物理シールドを構えながら縦横無尽に空中を駆け抜け、ターゲットになっているけれど、その物理シールドに直撃させる回数も非常に多くなってきている。

 

「お、凄い速さだな」

 

マニュアルを開く。

ふむふむ、どうやらあれは一気に間合いを詰める『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』と呼称される上級機動技術(・・・・・・)らしい。

んで、それとは正反対に姉さんが後方へと駆け抜けていくのは『後退瞬時加速(バック・イグニッション)』と呼ばれるこれまた上級機動技術(・・・・・・)との事。

凄ぇ…この段階ですでに上級技術を習得させるとか…。

 

「覚えとけウェイル。

あの瞬時加速なんだがな、間合いを詰めるのに使う技術だが…一度使うと、それ以降は大概の相手に通じないんだ」

 

「なんでですか、親方?

あんなに速いのなら…」

 

「速いだけだ。

懐に必要以上に潜り込もうとする技術なだけに、相手がそれに対して徹底的に警戒しちまうパターンが多い」

 

あ、なるほど。

射撃攻撃から近接戦闘に切り替えようとしているのが見え見えになるのか。

 

「それだけじゃないぞ、あの速さだからな。

一直線状にしか進めない、途中で軌道を捻じ曲げようとすれば、内臓にも傷を負う可能性があるってわけだ」

 

うわぁ、結構危険な技術だったんだな。

とはいえ、テンペスタシリーズは世界最速クラスの機体だ、そういう方面での保護機能はしっかりと搭載されている。

それ故に、他の国の機体が瞬時加速をして出せる速度を、テンペスタは標準時最高速度(・・・・・・・)としてパフォーマンスが出来る。

速度だけなら、イタリアのテンペスタに追いつける速度が存在しないわけだ。

 

でも、だとしたら不思議だ。

何故、姉さんは第一回大会の時に準優勝という結果に終わってしまったのだろう…?

 

そんな物思いにふけていたら、視界の中で野太い光線が右から左へ。

 

「…何あれ?」

 

メルクの持つ銃が連結された状態での射撃だったようだが…もはや砲撃(・・)じゃねぇの?

姉さんも呆気にとられていた。

そんなこんなのうちに、銃の連結を解除し、右手の銃を拡張領域へ収納。

続けて右手でレーザーブレードを抜刀。

ガン&ソードの戦闘形態へと移る。

姉さんも物理シールドを投げ捨て、右手で抜刀、左手に銃を握って迎え撃った。

結果?もういいだろ。

世界最強と呼ばれる人を相手にあそこまで粘れたらトップの成績を学園でも誇れるほどだと思うって。

 

今日もまた、メルクをおんぶして家に帰ると言う日常風景が出来上がる。

お陰様でFIATの門を通る時にはこの光景がお馴染みになってきているらしい。

 

「で、姉さんから見てメルクの成績はどうなんだ?」

 

「とても優秀サ。

でも常に足りないものを感じているみたいサ」

 

「足りないもの?」

 

「今のあんたと同じサ。

誰かに言われたんだろ、『ちっぽけな完成よりも、偉大なる未完全を』ってサ。

ちょっと前から口癖になってるサ」

 

うん、ISは収音機能も素晴らしいな。

あんな高いところにいながらも地上にいた俺たちの声も拾っていたらしい。

もともとは恒星単位での宇宙航行を目的にして作られたのがISなんだ。

あの程度の距離など造作もないのだろう。

 

「ったく、あのアホウサギめ」

 

「…姉さん?」

 

「いや、なんでもないサ。

メルクにしてもウェイルにしても、今後の成長が楽しみサ」

 

バチンとウインクする姉さんだった。

さて、この時期だとこの時間になれば外は真っ暗だ。

さっさと帰ろう。

 

「メルクが試験に合格したら、父さんに頼んでクルージングに行こう。

そこでまた何か大物を釣って、皆で騒いで、写真を撮って…ああ、楽しそうだな…」

 

近いであろう未来を少しだけ夢想してみる。

きっと誰もが笑顔になっているんだろう。

 

でも…夢の中の誰かは…どうやったら笑顔になってくれるのだろう…?

 

 

 

 

その日も、夢を見た。

 

見覚えの無い部屋だった

 

見覚えの無い家の中だった

 

傷だらけの少年を見た

 

それを階段の様子から見下ろす誰かの姿が見えた

 

蛍光灯が逆光になって顔は見えない

 

だけど…無性に嫌な感覚がした

 

その人物の口元が動き、言葉が紡がれる

 

 

 

≪ オ マ エ ガ ワ ル イ ン ダ ゾ ≫

 

 

 

イタリア語でもなく、英語でもない

 

俺自身が忘れかけていたニホンゴのそれだった。

 

だけど…それ以上に背中に嫌な汗があふれ出すのが判った

 

誰なんだ、お前は…!

 

 

 

 

目が覚める。

瞼を開き、目に映る場所は、見慣れた俺の部屋だった。

 

「良かった、目が覚めたみたいサ」

 

「……?…えっと…姉さん…?

何があったんだ?」

 

「ソレはコッチのセリフです!」

 

また泣き顔になっているメルクが飛びついてくる。

肩に上ってきたシャイニィが頬を舐めてくる。

 

「ウェイル、また何か夢を見たみたいサね?」

 

「…ああ、…うん…よく思い出せないけど…いい夢じゃなかったな…」

 

アレは、傷だらけの少年の自宅だったのかもしれない。

けど、あの少年は誰だ?

そして、階段の上から見下ろしていたのは…否、見下してきたのは誰だったんだ?

 

印象は良いものでは無かった。

なにせ…まるで…苦しんでいる誰かを見下ろして楽しんでいるかのようにも感じられたから。

そういった人物は知っている。

あの日、FIATを襲撃したテロリストの連中のようだったから。

 

「話は朝になってからのほうが良さそうサ。

ウェイル、まずはシャワー浴びて来な、寝汗が酷い事になってるからサ」

 

「…うわ…こりゃ酷いな…」

 

父さんも母さんも心配そうな顔で俺を見てきている。

そんな顔させたくないのになぁ。

 

「大丈夫だよ、ちょっと夢見が悪かっただけだから。

コラ、メルク、そろそろ服を離してくれって」

 

今日も今日とてハース一家は騒がしい一日を過ごしてる、静かな筈の真夜中なんだけどね。

一先ずは風呂(テルマエ)だな。

風呂から出た後には、母さんが用意してくれたミルクティーを飲むと、自然と眠気が再び催してくる。

 

んで、朝になってから

何度目かの家族会議が開かれることになった。

回数としてはもう数えるのが面倒になってきただけだから。

 

「で、ウェイル…どんな夢を見たのか正直に言ってみなさい」

 

「…ああ、うん…判った…」

 

母さんの目がかなり真剣になってるよ。

普段はホワホワとした雰囲気の人なのに。

その視線で突き刺され、0.1秒でアッサリと降伏した俺は夢の内容を話すのだった。

あの二人が誰だったのかは知らない。

知らなくても良いかもしれない、そんな風に思った。

けれど、夢の中で虐げられている彼が、どこかで実在するのなら、何らかの形であっても救いが在ればと願わずにはいられなかった。

 

話して終わった後は、すぐに朝食になった。

冬の朝には嬉しい、温かいミネストローネ。

ついでとばかりに、先程までの真剣な雰囲気はどこかに吹き飛んだかのように、穏やかな空気に代わっていた。

有り難いね、先程までのギスギスとした雰囲気はどうにも苦手だから。

さあ、今日も一日を頑張ろう。



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第21話 異風 変遷を告げる時

「へぇ…コレはまた…今までに見たこともないものサ…」

 

「へっへへ」

 

秋になってから考案していたものが完成、実装された。

その第一号は姉さんに渡され、今は試験稼働をしている。

もちろん、今度の春から国境を超えるメルクも一緒になってそれを見てくれていた。

 

「確かに、可変形式になっているから採用はされるかもしれないけど、見事なものサ」

 

新しく作った兵装はあっさりと受け入れられ、もしかしたら今後のテンペスタに標準搭載されるかもしれない。

とはいえ、俺はバイトだからAlboreにしてもアウルにしても、今回のコレにしても特許は勿論FIATに還元されている。

俺は開発者の端くれとして名前がチョロッと端っこに乗るだけだ。

 

 

 

「んで、FIATのバイトはどうなんだ、ウェイル?」

 

「結構楽しいよ、仕事も充実しているし、スタッフのみんなは受け入れてくれているからさ」

 

学校の冬休みも終わり、もうじきしたら一年生最後の試験が…進級試験が待ち構えている。

メルクは余裕でクリア出来るだろうし、俺は…学年主席には届かないだろうけど、上位には入れたら良いなぁ、と理想を思う。

本当に姉さんには足を向けて眠れないな。

その姉さんだけど、今は軍で忙しくしているらしく、あまり姿を見せてくれなくなっている。

先日の開発された兵装を見てから駐屯地で籠りっぱなしらしい。

シャイニィも今は俺達と一緒に過ごしているから寂しさはそんなに無いけれど、居ないというだけで喪失感はそれなりに在る。

家庭教師の役を代行してくれていたヘキサさんも、今は姉さんに頼まれて何かしているらしい。

 

「ンじゃぁな、全員仲良く二年生に進級しようゼ!

あっ、と…メルクだけは東洋の学び舎に向かうんだったな」

 

「ですね、でも学籍はこちらの学校に残ってますから、何か在って退学処分を受けたりしたら皆と一緒に通学できますよ」

 

いやぁ、メルクの実力だと東洋の学び舎でも学年主席を狙えると思うんだけどなぁ。

ともかく簡単に『退学』なんて言葉は口にするなよ。

 

「うわ、ウェイル、お前凄い難しい顔してるな」

 

「仕方ないだろ、メルクの将来が少し心配なんだって」

 

「このシスコンめ!」

 

うっせぇっ!

 

とは言え、メルクが東洋のIS学園に入学するというのは、イタリアの現段階での技術力を見せつけるためでもある。

可変形式脚部クローブレード『OWL(アウル)

相手の機動性を奪う杭状兵装『イーグル』

これら二つだけでも結構なお国自慢になるらしい。

補助腕(Albore)』はミーティオには搭載されていないが、欧州全土で広まってきている。

もちろん、欧州の外には出ないように配慮も徹底されてきている。

あと、どういう訳だか知らないけど、フランスには一機も流通していない、だがあの国は大丈夫なのだろうか?

 

実際、Alboreは、介護だとか、個人用クレーンだとか、災害時に於ける道具として広まっている。

けど、ISに搭載されたという話はFIATの試験機以外には全く聞いた話がない。

やっぱり扱いが難しいのかもしれない。

欧州全土に広めた際には、『音声認証システム』と『音声認識システム』も搭載されている。

その二つを搭載させたことで『使用可能な人間を登録し、他者による誤作動を防ぐ』、『その場その場で的確な指示を行わせる』という二つの設定も標準機能として出せるようになっている。

まあ、その的確な指示というのも音声での指示では間に合わないから、簡易コマンドを音声で発することで指示を出す形にしてあるけど。

例えば、アルファベットと数字を合わせてみたり、とか。

そんな感じの性能を今では誇っている。

その完成版が父さんのクルーザーにも載せられているわけだ。

FIATのエンブレムは刻まれていたけど、自宅に送ってきたのが誰なのかは判ってないけどさ。

かといって、会社の倉庫から盗まれたものでもないとか。

念には念を入れて検査もしてもらったけど、外装、内装、システム、それら全てがFIATのものと遜色も無かったため、そのまま船に取り付けてもらっている。

社内にもハッキングだとかデータ漏洩、システムへの侵入の形跡も一切無かったため、誰も彼もが首を傾げていたけど。

まるで社外の誰かが見様見真似だけで完成品を個人的に作った上で寄贈したみたいだとか言ってたっけ。

気にしていても仕方ないよな。

 

メルクは国家代表候補生の称号を手にして、今度の春からは極東の学び舎、通称『IS学園』に通う事になる。

全寮制の女子高で、全世界から、『搭乗者』『技術者』を目指し、中には『企業』に自分の存在を売り込む為に切磋琢磨するらしい。

とは言え、通えるようにするためにも、その試験も難しいらしい。

『筆記試験』『面接試験』そして模擬戦闘による『実技試験』だ。

だが実際には姉さんに鍛えられているのだから、実技試験に関してはトップに躍り出るだろう。

 

だけど油断は出来ない、今年受験をする者の中には、ほかにも国家代表候補生が潜んでいるらしい。

姉さんが持ってきた情報ではイギリス出身だったかな。

イギリスと言えば第一世代機『スプラッシュ』、第二世代機『メイルシュトローム』が有名だ。

そしてその性能は主に『射撃特化』という中遠距離戦闘に重きを置いた機体だ。

近接戦闘の性能は多くを捨て去っているのかな?

出来ない事は無いだろうけど、少しばかり興味がある。

機体性能が優れていても、搭乗者に関しては判らないのだから、今から推測を立てるのも邪推に近くなる。

 

というか、以前から思っていたのだが、受験の際の倍率がどう考えてもおかしい。

何なんだよ、倍率20000倍って。

5クラス200名に対して4000000名が受験することになる、そんな単純計算だ。

IS学園のブランドっていったい…。

 

まあいいか、これ以上は気にしていてもどうしようもないのだから。

さてと、今日の夕飯は何にしようか。

あ、その前にバイトだバイト。

今日も今日とてメルクを後ろに乗せたまま自転車を走らせる放課後だった。

 

今日のバイトの内容はと言えば、試験稼働だ。

先日開発されたばかりの兵装をテスターの人が稼働させている。

 

「取り回しに関しては問題無いわね、両手に持っているというスタイルはそんなにしないから違和感は多少はあったけど、慣れてしまえば。

それにしても誰なのかしら、こんなの思いついたのは?」

 

とはテスターの方の言。

そして周囲の視線は俺に集まる、犯人は俺ですよと自供しておいた。

そんなこんなでレポートをまとめてみる。

取り回し、問題無し

性能、問題無し

命中率は個人的な話だ。

こんなもんで良いだろう。

また、重量的にも問題無しだ。

 

あ、テスターの人が高機動に移りながら使い分けたり、併用したりとやってる。

慣れるの早いなぁ。

そして早くも近接戦闘形態に切り替えたり、と。

 

「やっぱりテンペスタは速いよなぁ」

 

父さんに連れて行ってもらったモーターレースを見ていても同じようなことを思った。

後、モーターボートレースでもだ。

なお、見るだけで賭けはしてない。

「ギャンブルは悪い意味で依存しやすいから我が家では禁止よ」というのが母さんの方針だったからだ。

 

イタリアで製造されている主力機であるテンペスタのコンセプトは『高機動特化』だ。

他の国が造りあげる機体に比べても、そのスピードは群を抜いている。

そして、その速さを以てして『防御』ではなく『回避』と『翻弄』こそがテンペスタに向いている。

その為、相手に攻撃を与えながら、一気に間合いを離すヒット&アウェイ、更にはそこからの射撃攻撃にも切り替えることで、相手にペースを掴ませない高機動による独擅場にも回れるわけだ。

姉さんの場合、更にそこに『蹴り技』を織り込んで手数を増やしているわけだから、本当に最強だよな…。

…そのうちにISで関節技(サブミッション)とかやりそうでそれはそれで怖いかも。

まあいいや、メルクの方はと言えば…。

先程のテスターの人を相手に高機動近接戦闘を繰り広げている。

かと思えば間合いを離してからの射撃攻撃。

右手にレーザーブレード、左手にレーザーライフルという遠近両用のスタイルに切り替えているようだ。

 

「お、とうとうやったぞ、アウルの出番だ」

 

親方の言ったように、メルクがとうとう脚部クローを展開した。

そして杭状武装イーグルで相手のテンペスタのスラスターを損壊させたうえで、テスターの両腕を掴む。

…チェックメイトだな。

相手のテスターは機動性の殆どを失い、武器を掴んでいた腕を掴まれてもう動けないし、姉さんのように蹴り技を使っていた例も無い。

 

「メルクの勝利、と」

 

あの状態になったら並みの搭乗者ではどうにもならないのだろう。

まあ、蹴り技を使ったとしてもあの場所には届かないだろうからな。

んで、そのテンペスタはメルクとミーティオの()でピットに運搬されていった。

さあ、あのテンペスタの修理作業がこの後に待ってるぜ。

 

まあ、それもバイトの時間だけで間に合う訳もなく、後日に持ち越しになるのだった。

 

「メルクも派手にやったなぁ…」

 

「えへへ…アウルを実際に使ってみたかったんです。

お兄さんが考案、設計したものなんですから!」

 

う~む、こう言われると何も言い返せないな。

設計して良かった…!

 

けど姉さんは不要とばかりに大旋嵐(テンペスタⅡ)の標準装備で乗り回している。

使ってほしいのもやまやまだけど、無理は言えないな。

姉さんが使いこなしたら凄まじい事にもなりそうだけど。

世界最強の銘は伊達ではないのだろう。

第一回大会優勝者、初代世界最強だって相手では無い筈だ。

名前も顔も知らないけど、まあ、良いか。

 

「……?」

 

体に違和感を感じ、自転車のハンドルを握る手を見てみる。

なぜか、その手が震えていた。

 

「お兄さん?どうかしました?」

 

「……いや、何でも無いんだ」

 

何故、手が震えていたのかは判らない。

その手の震えを隠すようにして、俺は自転車を漕ぐスピードを速めた。

 

 

 

進級試験も終わり、姉さんから言いつけられていたその見直しという名の復習も殆ど終わってしまった。

寝る前の少しだけ空いた時間、窓を開いてみる。

真冬の冷たい空気が部屋に流れ込んでくる、それに構わず星空を見上げた。

 

「一週間後には、メルクがIS学園の受験、か」

 

受験の時期は結構近い。

筆記試験は世界中の国々に於いて行われ、実技試験も各国で執り行なわれる。

イタリアの場合は試験会場はローマだ。

筆記試験が年末で、実技試験は1月になってから。

その期間が異様に長いが、受験生の数を数え上げれば当たり前なのだろう。

400万人もの解答用紙を採点して、得点順に並べなおして、とか質量的にもやってられるか。

そのため、受験の際に配布される問題用紙は各国の言語に合わせているが、解答用紙は世界共通のマークシート式になっているらしい。

そっちの方が採点は機械任せに出来るから楽だよな、問題用紙を作るのに比べれば。

だが400万枚もの解答用紙を機械で採点していくのもどれだけ時間がかかることやら。

だからこそのこの空白の時間があるのだろうな。

学園の皆さん、お疲れ様です。

 

「メルクが居なくなるのは寂しいな…」

 

振り返ればいつも隣に居てくれた、合宿の時にも同じ様な事を考えたりしたが、今度ばかりは不在期間が桁外れだ。

実技試験に持ち込めたというだけでもその殆どが入学を許可されたも同然だ。

入学前の各自の腕前を把握するだけのものであり、その実技試験に求められるのは実力ではない。

あくまで理解力だ。

そして、ただただ教師による情報整理のためだけだ。

そこで勝利したとしても自慢にもなりはしないそうだ。

なにせ、素人(アマチュア)相手に本気になって挑む者が試験官の任を受けれる筈も無いのだから。

 

だが、国家代表候補生や、企業から機体を預かった『企業所属』『企業代表』であれば話は別だ。

彼女らの場合は良くて勝利、悪くても辛勝は必然でなければならない。

更には、

『実力の全てをそこで出し尽くしてはならない』

 

『機体性能の全てを出し尽くしてはならない』

という暗黙の了解が存在している。

他の受験生、いわば他の国家から必要以上に警戒されてしまうらしい。

 

「難しい話だよなぁ、制限を施した機体で、手加減してくれている相手に必ず勝てって話なんだからなぁ」

 

メルクなら何とかしてしまうだろうという甘い考えが無いとは言わない。

でも、潜り抜けてほしい。

 

「俺も、頑張らないとな」

 

シルバーフレームの眼鏡を外し、レンズを綺麗に拭き、もう一度眼鏡をかけなおす。

課題とばかりに渡されたのは、現在の嵐星(テンペスタ・ミーティオ)の基本データ。

此処からどういう風に仕上げれば、機体性能が向上していくのか、それを考えてみる。

だけど、それは向上させれば良いというだけじゃない。

搭乗者のことも常に考慮に入れておかなくてはならないからだ。

即ち、『搭乗者とともに機体を育てる』というものだ。

これは技術屋としては至極当たり前だよな。

それに…また何か思いつくかもしれないからな…!

 

それにしても

 

「…姉さんは今頃はどうしているんだろうなぁ…」

 

「フニャァ…」

 

俺の膝の上でシャイニィが眠そうに欠伸をしていた。

…そろそろ寝るかな?

 

 

 

 

 

けど、存外早くもその日はやって来た。

俺達の進級試験の結果が貼り出され、俺とメルク、キースとクライドの四人は二年生への進級が決まった。

街角のファーストフード店で喜びを分かち合いたいところだが、その翌日にメルクがIS学園への片道切符を手に入れるための筆記試験と面接試験が執り行なわれる事になっていた。

無論、男である俺達からすれば会場に入れるわけもなく、外でメルクの学業の成果が発揮されるのを待つだけだ。

 

「ってかウェイル、寒いぞ、いつまでここで待つんだ」

 

「真昼間なのに冗談抜きで寒いっての!

自販機で買ってきた紅茶も冷めてるぞ⁉」

 

「俺達が待たずに誰がメルクを待つって言うんだよ?」

 

「「待つ場所が此処である必要性が在るのかって訊いてるんだよ!」」

 

何しろメルクが受験をする際に行う受験会場だが、なんとローマだ。

俺達一家と、キース、クライドもローマに来ていたのだが、待ち合わせ場所が何故かコロッセオだ。

言わずと知れた吹き抜けの場所だけに結構寒い。

父さんと母さんは現在仲良くショッピング中だ。

メルクの合格を祝う為のケーキを見繕っている。

けど俺はと言えば、ちょっと気が逸って待ち合わせ場所でメルクを待ち続けていた。

早ければお昼過ぎに連絡が入るらしいから気が気じゃない。

 

そして、自販機で買ってきた三本目の紅茶とコーヒーが冷め切った頃、姉さんとメルクが笑顔で戻ってきたのだった。

その笑顔を見て結果は悟っていた。

やっぱりメルクは凄い。

 

「メルクが言うには解答用紙は全て埋める事が出来たそうサ。

面接にしても返せた返答も充分、国家代表候補生としての貫禄を周囲に見せつけることが出来てるサ」

 

「貫禄って…」

 

姉さんが言うとなぜかシャレに聞こえない。

けど、実際にはメルクの成績はイタリア内ではトップなのだそうだ。

その兄貴に関して言えばあくまで平々凡々の裏方専門ときたもんだ。

このギャップはどうにもならない。

 

「後はしばらく先にある実技試験サ」

 

とはいえ、試験官も手加減してくれるだろうから、メルクでも存分に勝てるだろう、との事。

問題は、その後。

学園ではそんな常に手加減した状態を維持し続けられるわけでもない。

だから、その時に備えて徹底的に訓練をする必要がある。

んで、俺はFIATで裏方の仕事をすることになる。

ミーティオの調整にも加われるようになってから、俺もその仕事に携わっている。

最近は専ら脚部の『アウル』の調整が多い。

問題は幾つか在る。

装甲の内部に別の装甲を搭載するという新技術『内蔵装甲』は、少々だが装甲の摩耗の心配性がある。

開発当初の部品や装甲が摩耗し、耐久性が失われてきているので、別の装甲をカットし、それを新たに内蔵させる。

これにて、問題は解決する。

 

次に展開スピード。

高機動のさなかに展開させられるかの実験を何度も繰り返す。

 

次はそのアウルによる握力の測定。

これに関しては最初から問題は無い。

そうそう離れられる機体が存在しえないからだ。

シミュレーターでの計算では、重量が大きいとされている、ドイツの第二世代機『シュヴァルツ』、中国の第二世代機『龍』、日本の『打鉄』でも持ち上げて鹵獲できるのが判明している。

イタリアのテンペスタと重量がそんなに変わらないらしい、イギリスの『メイルシュトローム』、フランスの『ラファール』も問題無いらしい。

 

さて、杭状兵装のイーグルの貫通性能もかなりのもの。

ファルコンの射撃性能、ホークによる近接戦闘も問題なし。

 

最後に、背面の2対4機のスラスターだが、実技試験が終了次第新しいものに用意される予定になっている。

なお、この新型スラスターだけど、最新鋭技術というものでもない。

ただ単に、操作伝達速度を向上させ、以前よりも操作を簡易化している。

これによって、急速旋回も可能になってきている。

旧式のスラスターは、機体にセミオート操作を一任するのではなく、搭乗者が端から端までマニュアル制御を強いられるもの。

もはや、念には念を入れて作った予備パーツのような扱いだ。

だから、取り付けたとしても、その操作技術に慣れることを最優先として、普段は拡張領域に収納して置く予定でしかない。

新しいパーツを造り出す際だけど、収集したデータをベースにしたらしいが、それで此処まで造れるって言うのだから正直驚いた。

 

「ん~…だけどAlboreも搭載してほしかったな…」

 

これは未練なのだろうか…

 

 

 

それから暫く経ち、メルクの実技試験も終わり、合格通知が届いた頃だった。

そのニュースが全世界に響き渡ったのは。



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第22話 流風 その刻が来て

急遽、加筆修正しなければいけない場所が在り、投稿時間を遅くしました。
すいません。

Q.一夏君が誘拐された件ですが、もう少しヒントを貰えませんか?
P.n.『世界の中心で狂おしき愛を叫ぶ』さんより

A.…こ、これ以上のヒントですか?
これが最後ですよ?
『大会終了後、千冬が自宅に帰ってきた際の織斑兄の様子』

これ以上は流石にネタバレに近いのでご容赦を

近日中に登場人物紹介や世界設定を用意しときます。
いや、殆ど書いてはあるんですがもう少し加筆をしとかないと納得できないものでして。


ダァンッ!!!!!!!!

 

あまりの怒りに我を失いそうだった。

 

あまりの憤怒に気が狂いそうだった。

 

いっそ気が狂ってしまえばどれだけ楽だろうか。

 

そんなことすら考えた。

 

やっと…やっと忘れられると思っていたのに…!

 

それは三日前の早朝のニュースだった。

世界で初めて男性IS搭乗者発見を知らせていた。

このニュースはたった一日で全世界を巡っていた。

 

『織斑千冬の弟、男性IS搭乗者となる』

『世界初の男性IS搭乗者、日本に現れる』

『神童と呼ばれる少年が世界に激震を走らせる』

『初代ブリュンヒルデの弟、その名は【織斑 全輝(まさき)】』

 

 

 

 

振り下ろした拳の下では議事堂の執務室の机に亀裂が走っていた。

 

「…首相、あのニュースは真実なのサね?」

 

「ええ、間違いありません、真実です。

既に我々とアリーシャさんの情報網を利用して調べ上げましたが、裏付けが整っています。

間違い無く、彼はISを起動させました。

世界で最初の男性IS搭乗者として世界中に名が響いています」

 

ギリ…!

 

右手は拳のまま強く握りしめる。

それが過ぎて爪が皮膚を裂き、赤い流血が机に滴る。

 

「なんで…なんで今になって奴等が…!」

 

「国際IS委員会からイタリアにも通知が届きました。

同年代の男子学生にも適合検査を行い、二人目の男性IS搭乗者となる人物を探し出せ、と」

 

国連にも匹敵する巨大な組織が国の長にも命令口調で命じてきた、と。

普段から怠惰な組織のくせに、こんな時にも他力本願か。

 

「ってことは…」

 

「ええ、ウェイル君も適合検査を受けることになります。

場所は三日後、彼が通っている高校の体育館にて。

そこでアリーシャさんには、その場にて監察官をしてもらう予定です。

むろん、警察や空軍にも連絡を入れ、国際IS委員会が立ち入らないように警戒はするように手配はしました。

ですが、その場合でも…」

 

「結果は向こう側に漏洩する危険性が在る…いや、その危険は大前提になる、か…」

 

全世界で、あのクソガキと同年代の男子学生はISの搭乗者になれるのではないのか、という可能性が出てきた。

だが、それを統括する組織がクズにも程が在る。

各検査施設ではあの組織の構成員が検査を見ることになっている。

しかも、銃を携帯した状態か、ISを待機形態にした状態での待機という扱いで。

 

発見されようものならば、その場で即座に銃殺をも計画している危険性が見え見えというわけだ。

 

「で、どうするのサ?

最悪、ウェイルが起動させてしまう可能性が」

 

「ええ、極大です。

ですから、対策を打ちました」

 

その対策を訊いて、私も即座に動くことにした。

 

けれど、それすらも手遅れだった。

 

その日はウェイルがバイトをしているFIATのヴェネツィア支部への見学会だった。

一室に第一世代機のテンペスタを置き、説明をして終わるだけだった筈なのに、係員による勝手な判断で生徒達に触れさせたから。

大勢集っている生徒の中、バイトをしているウェイルが最前列に立たされ、触れる事になったらしい。

『らしい』と言うのは、私が間に合わなかったから。

一人が触れ、反応が無ければ次の生徒へ交代させる。

そんな形にしていたと言うのに。

見学会の都合も鑑みて、一人が触れる時間は長くて1.5秒になるだろう。

触れても反応しなかった生徒はそのまま次の部屋への見学を行うという形になる。

その瞬間には私は間に合わなかった。

ここなら、国際IS委員会も不必要に入っては来れないから、だからこそ。

事前のアポを入れておかなければ立ち入ることすらできない製造機関、兼、研究所。

無論、ウェイルには気づかれない形で周囲も動き始めている。

あろうことか、あの日と同じように、民間、警察、軍、マフィアが動いているという始末。

それでも、係員の勝手で間に合わなかった。

 

私が一室に飛び込んだのは、その瞬間だった。

ウェイルが周囲に勧められISに触れる刹那。

 

「えっと…テンペスタに触れれば良いのか…?」

 

ウェイルはいつも機械関連にも、IS関連のことにも働いている。

触れる機会なんてソレこそ幾らでも在るけれど、それはコアを取り除いた状態の機体か、もしくはバラバラにされた状態だった。

だから、今まで起動は一度もさせていなかった。

だけど、今回は違う

 

「ア、アレ…⁉」

 

目の前で、ウェイルはIS(テンペスタ)を起動させてしまっていた。

 

「…間に合わなかった…」

 

私のその呟きは、混乱状態に陥っているウェイルには聞こえていないと信じたかった。

 

ウェイルが起動させてしまった直後、その部屋を封鎖し、その隣に事前に用意しておいた通路に残りの生徒達を通らせ、形だけの検査が滞りなく進むように促した。

結果として、起動させたのはウェイル一人だけだった。

それでも、人の口に戸は立てられない。

目撃者は係員と多くの学生。

すぐにSNSで情報が拡散し、奴等の耳にも届いた。

 

だけど翌日の国際IS委員会の構成員が検査を視察しに来た日は盛大にすっぽかしてやる。

イタリアにも国際IS委員会の支部が在る。

そこに居る穏健派のメンバーに渡し、適当にデータを捏造させ、提出させるという荒業。

だけど、ウェイルの名前だけはごまかしようのない事実として送られることになる。

 

「…姉さん、なんというか…ごめんなさい…あれだけ勉強を見てもらい続けてたのに、進級も決まってたのにフイにしちまって…」

 

ISを起動させてしまい、数日後に届いた通知が机の上に広げられていた。

それはウェイルに課せられた命令だった。

『IS学園への編入命令』

しかも、ウェイルがたたき出したデータや、設計案などは例外無く徴収するというオマケ付き。

早い話、ウェイルがISを搭乗した際の起動データや、今後開発されるであろう品の設計図や、考案したものの情報を奪い取ろうとする画策の一覧だった。

けれど、イタリアは即時に抗議書を送り付けた。

それと同時に、ウェイルは『バイト』ではなく『企業所属』という肩書になっている。

 

それによって、ウェイルの考案、開発した品の所有権は、FIATに還元されるという仕組みを急遽とりなした。

ウェイルはこれでイタリアお抱えの技術者という事にもなる。

無論、一国民として国家が守ろうとするのは至極当たり前だろう。

こんな荒業がなんとか通せたのは、ウェイルがFIATでバイトをしているのと、既に偉業をなしているからだった。

 

「ウェイル君にも今後はISを使用してもらい、起動データを収集してもらわなければなりませんが…肝心の機体はどうするべきか…」

 

「機体なら問題無いサ。

メルクの『テンペスタ・ミーティオ』を製造する上で必要になった試作機が在る。

あの試験機体をウェイルに合わせて調整しようと思ってるサ」

 

そう、あの機体ならウェイルに合わせて調整をしやすいとさえ私の勘が告げていた。

兵装に関しては、まだこれからだけれど、都合がつけられる物資が存在している。

尤も、それはテンペスタとしての基本兵装だけれど。

 

「ウェイル君ですが…」

 

「ああ、私の指揮下のテスター、ヘキサが面倒見ているサ」

 

その進捗は比較的順調。

だいたいではあるけれど、機体の性能面の把握が出来ている。

バイトといえども、システムや機能を齧った程度には理解している。

その助けもあって、進行具合は悪くはなかった。

だけど、今後のことを考えれば、急がなくてはならない。

 

「そうでもしないと、ウェイルは…」

 

「ええ、彼は渦中に飲み込まれる」

 

危険性その1、織斑姉弟。

血縁である事が疑われる可能(危険)性が高い。

たとえ、日本に於いて『織斑 一夏』が故人として扱われていたとしても、だ。

日本人の誰一人として、彼の死亡を確認したわけではないのだから。

これまたオマケとばかりに、IS学園にはあの女が教師として存在し、クソガキがそのクラスに入る事になっているという情報が私の手元に来ている。

 

危険性その2、篠ノ之 箒。

こいつは人格的な問題。

ウェイルが病院に担ぎ込まれた際、既に右腕は骨折していた。

その原因となったのがソイツだ。

兎の妹だからと言うだけで、IS学園への編入が決まっているとの事だから接触は避けさせたい。

人格的にも問題が在り、非常に短絡的で暴力的。

尚且つ、怒りの沸点が低く、言葉に困れば暴力に走る傾向が在る。

更には兎の名を利用して相手を黙らせたりとかも珍しくない。

言わば、言葉の語彙力が皆無。

暴力と姉の名を利用して、理解を求めぬ圧政者か、はたまた『虎の威を借る狐』か。

いずれにしても危険なメスガキだと思っておくサ。

 

危険性その3、『日本政府』そのものサ。

あの大会の日、彼を真っ先に見捨てた存在であるが故に。

『ウェイル・ハース=織斑一夏』であることが露見しようものならば、かつての失態を更に隠蔽しようとする。

あの国は、自分たちの失態を隠蔽したうえで全てのけん責をフランスに負わせたのだから。

 

危険性その4、その日本政府が放つであろう暗部(・・)

国を支える暗躍機関(カウンターテロ)であると同時に、随一の情報機関組織。

数年前には、私の身辺調査をするためにあの女が雇ったうえで放たれてきていたが、悉くを水泡に帰してやった。

だけど、それを今後もしてこないとは残念ながら言い切れない。

少なくとも、もう動き始めているはず。

 

危険性その5、『フランス(・・・・)』。

あの国もまた、あの日に彼を見捨てた。

理由の一つとしては、世の中に蔓延る『女尊男卑』の風潮によるもの。

その風潮が当たり前になってきているフランスに於いて、男である彼の命は、あまりにも軽かった。

二つ目の理由としては、フランスという国の沽券によるもの。

国際IS武闘大会『モンド・グロッソ』の初回大会開催地に選ばれたフランスは、大会関連でスキャンダルが起きたことになっては示しがつかなかった。

だから、何も起きなかった事にした(・・・・・・・・・・・・)

それを率先して行ったのが、フランスのIS企業であるデュノア社。

そこの社長夫人は女尊利権団体の筆頭近くとコネクションを築いており、それだけでなく、過激派組織ともつながりがあるとか聞いた覚えもある。

まあ、あの企業は社長ではなく社長夫人に牛耳られているのだろう。

尤も、後に隠蔽に躍起になっているのがバレ、国の信頼は地に堕ちた。

それも国際レベルというか世界的にも、サ。

隠蔽した日本も、非難する側に回ることにより、日本は自身らの無責任さと隠蔽した事実を有耶無耶にした。

 

 

危険性その6、『女尊利権団体』とその過激派組織『凜天使』

あの連中はISを得たというだけで『自分達だけが正義』だとか『神の遣い』だとかを堂々と宣言して過激な活動を起こしている。

そして、目的のためには手段を択ばない。

最近の話でも、彼女等を非難した企業だとかを潰す為に、都市一つ(・・・・)を灰塵に帰したという話もある。

そこに住まう5000人以上もの人間を巻き添えにして。

あの連中は手段を択ばないだけでなく、自らの行動を顧みない。

大量の人間をもののついで(・・・・・・)に虐殺をしておきながら奴らの言い分とくれば

「無力であった側が悪い」「そこに居た自分を恨め」とかばっかり。

私も奴らを討伐する部隊に組み込まれ、捕縛はしたものの、気分が悪いことこの上無かったサ。

それでもソイツ等は全てが捕縛されたわけではなく、幾分かが其処に居た同じ組織の人間に見切りをつけて見捨てて逃げ去った。

今も国際指名手配をされてるけどサ。

 

危険性その7…いや、コレは危険性とは言えないか。

彼女の名は…『凰 鈴音』。

かつて、彼が心を開いた友人であり、ただ一人愛してくれた人。

報告書を見る限りでは、乾いた日々への潤い、暗闇の中の一筋の光、生きる絶望の中に現れた希望だった。

今でも生存を信じているらしく、軍に所属しながらも情報収集に余念が無い。

だけど、どこからあの女に情報が漏洩するか判らないからこそ、私は凰 鈴音に情報が渡らぬように遮断した。

正直に言えば、あと数年したら…あわよくば、成人年齢になったらウェイルに逢わせてあげようと思っていた。

夢の中にまでウェイルを追いかけてきてくれる人だから。

きっと真実を知っても、あの頃と同じように、いや…あの頃以上にウェイルを思ってくれると信じられるからこそ。

だからこそ、想定外。

彼女の側からウェイルに逢いに来る可能性が起きてしまったから。

 

「ああ、もう…本当にウェイルは前途多難になりそうサ」

 

今更だけどサ。

 

「さてと、それじゃあ私もウェイルの様子を見に行っておくとしようサ」

 

ウェイルはヘキサを相手に射撃戦闘訓練をしている。

訓練の進捗具合を確かめてみる。

最初こそ遅々としていたけれど、いまでは着実に伸びてきている。

悲しいことにも、それは『慣れ』によるもの。

幼い頃から逆風の中に居ながらも壊れずにいたのは、『辛い』といえる環境に居ながらもそれに順応してしまったから。

喪失と絶望にの渦中に居ながらも…だけど、それは『壊れなかった』というよりも、『心を擦り減らし続けた』と言った方が正確だろうサ。

『崩壊への順応化』だなんて、ある意味死よりも残酷サ、なぜあの女は気付かなかったのか。

いや、それもこれも「私の弟だから大丈夫」の愚かしいセリフで片づけたのだろうサ。

 

「へぇ…なかなかやるようになってきたみたいサ」

 

素人にしては標準の領域に近づいている、今後の課題は多いだろうけどサ。

今でこそ取り外されているけれど、ウェイルがあの試験機に搭載していたAlboreは、ウェイルが考案・設計したもの。

けれど今は基本兵装だけになっているからか動きが拙い。

だからだろうか、現状ではあの機体はウェイルと明確に相性が良いとは言い難い。

数値上あの機体はウェイル専用にチューニングされている、皮肉にも試験機は専用機に転換しているけれどその動きは『まだまだこれから』との評価かな。

あの機体はテンペスタらしい動きはまだ上手く出せていない。

テンペスタらしさと言えば、その外見だけ。

けど、それどうやって発揮出来るかは指導者である私達の仕事だろうサ。

それと、ウェイルの努力もサ。

 

「じゃあ、私も見てみるとしようサ!

ヘキサ!交代しな!ここからは私が見るサ!」

 

「了解!じゃあウェイル君、頑張ってね!」

 

「はい!姉さん、コーチング宜しくお願いします!」

 

「ああ、任せな!」

 

私も茜色に染まる大旋嵐(テンペスタⅡ)を展開し、飛翔する。

そしてヘキサとすれ違う瞬間。

 

「裏事情を調査してきました。

後でお見せします」

 

「ああ、判った」

 

その短い会話を交わす。

コレは、ウェイルの身の安全を図るためのもの。

そして、向こう側から手を出してきた際のカウンターとするためのものだった。

この日、ウェイルのコーチングを終えた後になってから報告書を見たが、再び正気を失いかけた。

 

半月が経過し、首相執務室に私は再び訪れた。

そして、テスター兼イタリア暗部であるヘキサがまとめてきた報告書を首相に見せつけた。

そこには、尋常ではない情報が記されている。

同梱されていたUSBには、その証左となる映像が日付と時刻を刻んだ状態で。

 

「では、まさか…」

 

「ああ、そういう事サ。

だからこそ、ウェイルとメルクの身の安全を確保できる可能性を高めるのなら…」

 

「ええ、方法は選んでいられない。

彼は、イタリアに居なくてはならない存在ですから」

 

私達でその書面を作成し、同日にあの学園に送信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後

東洋の学び舎に於いてその話は唐突に起きた。

 

『全教職員は、学園長室に集合してください』

 

それはその日の放課後だった。

学園の生徒が放課後に於ける訓練実習や、部活動に勤しむ時間帯。

その顧問をしていた教職員、職員室や給湯室、談話室で思うが儘の時間を過ごしていたであろう彼女たちが緊急放送によって呼び出された。

呼び出したのは、学園長である轡木十蔵。

外見こそ好々爺だが、今はその視線は鋭くなっていた。

 

「さて、全教職員の皆さんに来てもらったのは織斑先生、貴女にあります」

 

「…な…私ですか…?一体、何が…?」

 

普段は温厚な筈の好々爺の視線がより鋭く、冷たくなる。

そして放たれた言葉は

 

「貴女は、イタリアに何をしでかしたのですか?」

 

氷よりも冷たかった。

その視線は疑いに満ちている。

だが、疑いは彼女の周囲に居た教職員にも満ちていた。

 

「…質問が曖昧で理解が出来ません、具体的に言ってくれませんか?」

 

「織斑先生の弟君に続き、イタリアの地で二人目の男性IS搭乗者が発見されました。

それは貴女もご存知ですね?」

 

彼女は首肯する。

耳に入らぬ筈が無かった。

その知らせは、ある場所を通じて学園にも届いている。

 

「はい、知っています。

ですので、来期から第一学年のクラス担任、副担任を務めるもので話し合い、その男性IS搭乗者の双方を私のクラスで受け持とうかと…」

 

だが、その言葉は好々爺によって遮られた。

 

「…イタリアから、届けられた文書データです。

壁に映しましょう」

 

ノートパソコンに繋げられたプロジェクターが壁面にその文書データを映し出す。

それを見て、幾人かの教職員が驚愕する。

だが、織斑千冬はその反応も、壁面に映し出された文書データを見ても理解に至らなかった。

なにせそれは、最初から最後までイタリア語(・・・・・)で記されていたからだ。

 

「これを日本語に訳します。

そうすればあなたも理解が出来るでしょう」

 

それは、請願書だった。

 

『イタリアに於いて発見された男性IS搭乗者【ウェイル・ハース】、及びイタリア代表候補生【メルク・ハース】に関して、IS学園に以下の条項を要求する。

 

一つ

織斑千冬は、【ウェイル・ハース】、及び【メルク・ハース】の在学期間中はクラス担任、副担任を執り行わないこと

 

一つ

織斑千冬は、上記二名の在学期間中は、実習担当を執り行わないこと

 

一つ

織斑千冬は、始業前、授業中、休憩時間、放課後問わず、上記二名に一切干渉をしないこと

 

一つ

上記二名の在学期間中は、同じクラスに在籍させること

 

一つ

日本で発見された男性IS搭乗者は、【メルク・ハース】【ウェイル・ハース】と同じクラスに在籍させることを禁じる。

なお、学生寮に於いても、同室にすることを禁じる

 

一つ

篠ノ之 箒は、上記二名と同じクラスに在籍させることを禁じる。

なお、学生寮に於いても、同室にすることを禁じる

 

一つ

日本で発見された男性IS搭乗者と篠ノ之 箒は、【ウェイル・ハース】【メルク・ハース】との接触、私闘を禁じる

 

一つ

以上のいずれか一項でも違反が確認された場合、即刻報復措置を取る

 

イタリア首相

ガルス・ドミート

 

ローマ法皇

ゼヴェル・オーリア』

 

 

その文面を見て、彼女は背筋に寒気が走るのを感じた。

IS学園は、世界から治外法権によって守られている閉鎖的な場所。

国家、企業、宗教などの干渉もすら一切が通じない場所…とされており、校則にも確かに記されている。

それは世界的にも知られている事だ。

にも拘わらず、イタリアはそれに真正面からぶつかってきていたのだった。

 

「全てが織斑先生、及びその周辺人物を指名した上での干渉です。

これはあまりにも尋常ではない」

 

「こ、こんなもの…こんな条件など飲むべきでは…」

 

「いいえ。

今回、このIS学園はイタリアからの要求事項全ての条件を承諾しようと思います」

 

それは、学園が創設されて以来前代未聞の判断だった。

外部からの干渉が一切禁じられている場所にも関わらず、複数条件の承諾など前例が在る訳も無かった。

 

「な、何故…?」

 

だが好々爺は彼女の疑問には答えずに鋭い視線を再び突き刺す。

 

「これらの条項を全て見せたうえで再び問います。

織斑先生、貴女はイタリアを相手に何をしでかしたのですか?

この文面にはローマ法皇のサインも記されています。

尋常ではない事態を招いているのは貴女なのではないのかと疑わざるを得ないのですよ」

 

答えられる筈が無かった。

心当たりは無いわけでは無い。

だが、それは失敗に終わっていたのだから。

途轍もない事をしでかしてしまっているのに、剰えそれは結果的には失敗に終わっている。

 

「…いいえ、何も…」

 

だから、そう答える以外に何も無かった。

だが

 

「では更識君」

 

「はい、こちらに」

 

学園長室の扉を開き、入ってきた女子生徒が一人。

彼女のその髪は空色、双眸は紅に染まっている。

普段は余裕を見せ続けるはずだというのに、今だけはその表情はどこか堅かった。

 

「君は何かを知っていますか?」

 

「黙秘させていただきます」

 

彼女は轡木も知っている暗部の新たな長。

その彼女、更識 楯無が黙秘をした(・・・・・)点からある程度は察した。

彼女にとってイエスと答えようと、ノーと答えようとも致命的な顛末を迎えてしまうことを悟っているのだと。

 

「そうですか、貴女の弟に関しては、このまま予定通りに貴女のクラスに請け負ってもらいます。

ですが、イタリア代表候補生【メルク・ハース】さんと、イタリアで発見された男性IS搭乗者【ウェイル・ハース】君は…そうですね、1年3組で請け負ってもらいます。

学生寮でも二人の部屋は同じにしましょう。

ですが、織斑先生、貴女はこの二名と干渉はしないでください。

そしてそれを貴女の周辺人物にも言い聞かせておくように」

 

「…は、はい…」

 

「では解散です。

言い忘れていましたが、今日ここで見たこと、聞いたことに関しては緘口令を敷きます。

一切他言無用、情報漏洩の無き様に気を付けてください。

中でも山田先生、貴女には1-1副担任としてだけでなく、今後は織斑先生の監視を担ってもらいます」

 

「は、はい。判りました」

 

そして全教職員が学園長室を後にする。

出来事はあまりにも唐突、しかもピンポイントでの狙い撃ち同然の書面。

それを見せられ、周囲の教職員から疑いの目を向けられ続けるという針の筵。

心当たりが在るだけに、猶の事に負い目があった。

周囲からの信頼など、この十分間程度で大きく堕とされているだろうことは予想出来た。

 

「それで、更識君、君からはどうなのですか?

君は暗部のメンバーをイタリアに派遣などは…」

 

「…もう察しているのではありませんか、学園長?」

 

あの場では言えなかったが、それはイエスの返答同然だった。

それは再び織斑千冬に、かの大会での連覇をさせる為。

だが、それで入手できた情報は、彼女にとってさして価値のあるものではなかった。

そして、入手出来た情報は、それで終わりだった。

派遣されたメンバーは悉くがイタリアから放り出された。

国境を越えて働く密偵や間者は、捕縛された時点で極刑が常だ。

それでも生かした状態で追い返されただけ慈悲があったのかもしれないが、日本はイタリアに借りを作ってしまっている。

そしてそれに間接的に干渉しているのが、あの織斑千冬だったのだから。

 

そのイタリアが譲歩をしたうえで、例の人物の編入について妥協した。

なら、従う以外に方法がない。

例え、傘下に居る彼女に疑いの目を向ける形になったとしても。

それでも、妥協というのは建前。

あの文章には『即刻報復措置を取る』と記されていた。

この学園は、イタリアに何らかの形で見せられない刃を突き付けられている。

だが、それが多くの教職員、多国籍の学徒に露見しようとも、それにカウンターを決めるだけの切り札(ジョーカー)まで持っているとも考えるべき。

最悪の場合、その切り札(ジョーカー)は複数持っている可能性も。

更に最悪の場合が存在しうるとするのなら、相手側の手札は、全てが切り札(ジョーカー)であると言うことも。

 

「イタリアは、何を掴んでいるのかしら?」

 

暗部の長すらも知らない何かがある。

でも、それが何になるのかは現段階では予想も出来なかった。

 

 

 

 

一週間後

 

「まあ、これで良いだろうサ」

 

いい加減見慣れた執務室で、これまた飲み慣れた紅茶を飲む。

首相も些か満足したかのような表情だけに、私としても苦笑が零れる。

机の上には、IS学園から届けられた書面が広がっており、全ての条件を呑むとの旨が記されている。

 

これでウェイルとメルクの安全は計れる。

なにせこの計画、失敗したところで痛手は無い。

織斑姉弟、篠ノ之箒、それらに対し、教職員による疑いの目が必ず向かう(・・・・・・・・・・)

そして、その風潮は他の学生にも必ず広がる(・・・・・)

 

「考えましたな、私の名前とゼヴェル法皇の名を使うとは」

 

「当然サ、弟と妹を守るのは、姉の仕事だからサ。

それにアンタ達にとっては大切な国民の一人、付け加えて言うと釣り仲間だろうサ?」

 

さて、編入に伴い、二人が飛び立つまで残り半月。

ちゃんと面倒を見てあげないとサ。



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登場人物紹介と世界情勢について

YOUTUBEを気紛れで開いてみたら、『オススメ』の所にとんでもない腹筋崩壊レベルの映像がピックアップされてましたw

AEDによる掌打に続くサマーソルト
威嚇射撃による誤射
気付けの為の対戦車手榴弾
患者を安静に寝させる為のベッドを担いで突撃
大剣を降り下ろす白衣の天使

歴史上に名を残している偉人なのは知ってましたよ?
仮に『虹のFGO』に登場するのなら、『キャスター』『ルーラー』になると思ってましたが、実は『バーサーカー』だったとは…

『小説家になろう』にて愛読していた『木塚ネロ』氏による、『二度目の勇者(以下略)』が消えているだと…!?
参考にしていたんだがな…何故アカウントまで一緒に消えているのやら…?


織斑一夏

 

故人、享年十歳

織斑千冬の下の弟として生まれた双子の片割れ。

不遇な環境、不遇な家庭に閉じ込められた少年。

周囲、すなわち学校だけではなく近所一帯だけには収まらず、街全体から常に悪意に晒されながらも、微かな希望に縋り、数少ない友人を頼りに生きていた。

剣道を続けてきていたものの、(利き)腕を骨折したことにより、挫折。

学業成績は其処まで良好とは言えず、どちらかと言うと下から数えたほうが早かった。

周囲からの陰湿、悪辣な虐めに関しては、扇動していたのが実の兄であることに気付いていたが、家族を騙る比較対象には、既に何も期待していなかった為、誰にも相談しなかった。

 

将来的には、中学卒業直後に家を出て、迫害等を受けない場所で独り暮らしをするつもりでいた。

言わば『自分を知る人が誰も居ない場所』『自分が知る人が誰も居ない場所』を自分の居場所として求めていた。

勉強机の引き出しに、教科書やノートに並ぶ形で『求人情報誌』『賃貸住宅情報誌』などを所持していた。

 

第一回国際IS武闘大会モンド・グロッソ、第一回戦当日、皮肉にも彼の誕生日に誘拐され、そのまま行方不明、および数週間後に死亡扱いになっている。

誘拐された現場、自宅の玄関に放置されていた肩提げ鞄は、凰 鈴音が現在使用している。

なお、一夏の死を確認した人物は、誰一人として存在しない。

 

 

ウェイル・ハース

 

記憶喪失の少年。 誕生日:12月1日

 

その正体は、日本に於いて故人として扱われている【織斑一夏】その人。

誘拐された弊害により、一年二ヶ月もの間昏睡状態だった。

翌年の冬に意識を取り戻すも、全ての記憶を失い、髪が真っ白になった状態での覚醒だった。

その後、ハース家に養子として迎え入れられ、温かな日を暮らしている。

父がラジオの修理をしているのを見て、機械分野に興味を持った後、その分野に目覚め、その腕を日々伸ばしている。

そのためか、ご近所さんからの機械品修理を請け負ったりすることが多くある。

機械いじりの他にも、釣りを趣味としており、機械いじりの実力とともにこちらも伸びている。

アリーシャを師として、姉として尊敬しており、全幅の信頼を寄せている。

また、彼女の飼い猫のシャイニィにも非常に懐かれており、よく一緒にいる。

迎え入れられた家の一人娘のメルクとは、血筋は繋がっていないものの、確かな絆で結ばれている。

普通の学生として過ごしているものの、独創的なアイディアなどがFIATやIS企業に拍車をかけ、第二世代兵装、第三世代兵装として登録されるなどの快挙をみせ、欧州になくてはならない人物にまで至っているが、本人にその自覚は無い。

また、時折に夢の中に現れ、涙する少女が気にかかり、無意識に人混みの中で探していたりする。

 

周囲には釣りによって広がった友情が存在しているが、繋がっている相手が途方もない人物が多い。

だが本人達が自身等の身の上を徹底して誤魔化し続けているため、ウェイルとメルクは彼等の正体を一切知らない。

 

ローマの朝市で購入した伊達眼鏡を気に入っており、普段の生活の中でも着用するようになっている。

同時に、額から左のこめかみにまで走る裂傷を前髪で隠している。

 

外見は【ありふれた職業で世界最強 零】の主人公、オスカー・オルクスの髪を真っ白にした感じ。

眼鏡は、シルバーのハーフフレーム。

なお、利き手は左手

 

現在の発明品

多目的外装補助腕『アルボーレ』

可変形式脚部クロー『アウル』

可変形式銃槍剣『ウラガーノ』

取得情報共有システム『リンク・システム』

 

 

凰 鈴音

 

中国国家代表候補生

織斑一夏を愛した少女。

日本に転校してきた際に陰湿な虐めに遭ったが、一夏に救われた過去を持つ。

その後、触れ合うことで一夏に強い好意を寄せるようになった。

最終的には、幼いながらも懸命に愛の告白に至るも、その返答は返らず、また、彼が帰らぬ人として扱われる不遇に苦しんでいる。

未だに一夏の生存を強く信じており、中国に帰ってからも軍に入り、代表候補生としての修行をする傍ら、情報収集を続けている。

だが、欧州方面からは情報が徹底的に遮断されている事には気付いていない。

 

一夏の写真を一枚も持っていないので、その代わりとばかりに彼が使い続けていた肩提げ式の鞄を受け取り、彼女が使い続けている。

一夏の虐めの真相を知っており、織斑家、見て見ぬ振りどころか助長していた周囲の人間や短期間で生存を見限り、切り捨てた国を強く憎んでいる。

同時に、一夏が抱える闇に踏み込みきれておらず、救う事が出来なかった事に深い後悔をしている。

 

 

アリーシャ・ジョセスターフ

 

イタリア国家代表選手

ウェイルの家庭教師を務める姉貴分であると同時に名付け親。

織斑一夏の真相を誰よりも早くに情報を集め、彼にイタリアで自由に生きる道を用意した。

ウェイルとメルクの為に、良き姉として振る舞い、家族同然に過ごしている。

同時に国との繋がりを強め、日本国内、織斑とその周辺の情報を徹底的に収集している。

織斑姉弟を強く憎んでいるが、その様子は誰にも見せないように細心の注意を払っている。

ウェイルの周囲に広がる人物達の真の姿を知っており、親しくなっていく現状に頭痛を覚える。

ウェイル達に料理を振る舞う事もあるが、その腕の大半は、二人の母によって教えられたものだったりする。

 

 

メルク・ハース

誕生日:12月2日

ウェイルの義妹であり、イタリア国家代表候補生。

ヴェネツィアの水路を流れゆく半死半生状態の織斑一夏を救助した少女。

14ヵ月間意識不明の状態だった彼の介護を続けていた。

アリーシャに織斑一夏の真実を教えられ、ウェイルとして生きる道に強く賛同。

ウェイルを兄として慕い、公私共に支えている。

無論、血筋は全く繋がっていないものの、確かな絆で結ばれており、ウェイルからも全幅の信頼を得ている。

アリーシャを師として、姉として信頼している。

なお、ウェイルが設計、考案した第三世代兵装『アウル』を搭載した機体『テンペスタ・ミーティオ』の搭乗者にもなっており、その実力を日々伸ばしている。

織斑一夏が親しくしていた人達の存在を知っているものの、真実を抱え込んだまま話せないでいる事には強い罪悪感を感じてしまっている。

なお、今作でもぺったん娘である。

 

 

 

シャイニィ

 

アリーシャの飼猫で非常に賢い。

アリーシャが見る事の出来ない場所でも、ウェイルやメルクのメンタルヘルスも買って出ている。

人の言葉こそ発しないが、ウェイルにとっては言葉を介さぬ話し相手であり、良き家族。

ウェイルの肩や、メルクの頭の上によく乗る事も在る。

入院していた時期には、ウェイルを気遣ってか病室で一緒に夜を過ごした事も少なくない。

中学校ではアイドル扱いにも近かったが、授業を邪魔することもなく、机の上で背筋を伸ばしていたり、教室後方のロッカーの上で寝ていたりする。

だが、人を見る目は確か…なのかもしれない。

病院で意識不明に陥っているウェイルを一目で気に入ったらしいが、詳細な理由は数年経過した現在に於いても不明なままである。

 

 

 

織斑千冬

 

元日本代表選手

全輝、一夏の姉。

蒸発した両親に代わり、双子の弟達を育てていた

が、忙しさ故にその全貌を見る事が出来なくなっていた。

全輝、一夏に全幅の信頼(・・・・・)ではなく、無条件の信頼(・・・・・・)を寄せていた故に、その言葉を一切疑うこともなく全て信じていた。

一夏が行方不明になった事は大会が終わった後に知り、死亡扱いされた事で一度は心が折れそうになったが、全輝を支えにして復帰する。

なお、一夏を取り巻く環境の不遇、一夏を中心とした迫害じみた虐めには全く知らず、今も気付いていない。

 

 

 

織斑 全輝  『おりむら まさき』

織斑千冬の上の弟として生まれた双子の片割れ。

幼い頃から十全に優れ、神童のように周囲から讃えられていた。

大概の事はそつなくこなし、常に結果を出していた。

だが、一夏がそれを成せないことを知り、自分が優れているからという理由で、一夏への迫害を始めた。

その全貌としては、他人を利用し、一夏(邪魔者)を潰し、自分の手は全く汚さないというものが大半だった。

それを陰から、周囲から見下ろし、後悔や罪悪感から逃れ、平然としているもの。

特に千冬が見ていない場所に於いては、自らが一夏に暴力を振るっていた。

一夏(ウェイル)の額から左のこめかみに走る裂傷は、彼が石を投擲した事によってついたもの。

 

 

 

篠ノ之 箒

 

篠ノ之 束 の妹。

幼い頃に全輝と知り合い、強い信頼と好意を寄せている。

だが、その思慮は非常に醜く、彼に害するもの、功績に仇なす者には暴力を振るって自分勝手な粛清を続けていた。

一夏が剣道を辞めることになった右上腕骨の骨折の原因も彼女である。

言葉に困れば即座に暴力に走る傾向にあり、怒りの沸点も異様に低い為、癇癪を起こしやすい。

それと同時に束の名を利用して、相手を黙らせる事も少なくなかった。

 

 

 

篠ノ之 束

 

ISの創始者。

『完璧』『完全』を忌み嫌う研究者。

前記の二つに絶望し、『ちっぽけな完全よりも、偉大なる未完全を』という言葉をウェイルに贈った。

以前は、未来への逃げ道を模索していた一夏のバックサポートをする用意をしていたが、行方不明になった挙げ句、故人扱いされていることを知り憤慨。

その後、血眼になって世界中を探し回り、イタリアで意識不明になり、新たな名前と家族が出来ていることを知り安堵する。

過去に、一夏を助けられなかった罪科の咎として、自らの右腕を斬り落とした。

以後は、誰にも気付かれないようにこっそりサポートを続けている。

ウェイルが設計、考案した副腕『Albore』試作品一号をウェイルに与えたのは彼女だったりする。

ちなみに、ウェイルは彼女の名も姿も知らないためか、『鵞鳥の人』と内心にて呼んでいるが、気づいていない。

 

なお、織斑姉弟、箒には失望どころか絶望をも通り超えて無関心に至っている。

その為なのか、織斑家を『光り輝く牢獄』と嘲っている。

 

 

 

ヘキサ・アイリーン

 

イタリア空軍軍曹の肩書を持っているが、その正体はイタリアの暗部のトップエージェント。

アリーシャから依頼を受けて諜報活動をする事が多く、裏や影から暗躍している。

第二回大会開催時期では、アリーシャに代わりウェイル達の学業方面の世話をしていたが、実際には護衛役だった。

アリーシャにとっては、情報筋の一人でもある。

 

 

 

ウェイルの釣り友達について

 

ウェイルとメルクの自宅付近の釣り場にて、釣りが起因として親しくなった人物達。

イタリア大統領、イタリア空軍元帥、大病院院長、中学校校長、高校校長、ヴェネツィア市長、ローマ市長、ローマ法王、イタリア随一の巨大マフィア大頭目、新聞社社長、FIAT代表取締役社長、警察長官、等々の途方もない身分を持つ人物達によって構成された釣り人達。

その殆どが素性を偽って釣り場に屯している。

ウェイルもメルクもその正体を知らず、『釣り好きのご近所さん』程度の把握しかしていない。

ちなみに、昨今のアリーシャの頭痛のタネ。

 

 

 

 

世界情勢について

 

女性だけが起動できるISが世界に進出され、『女尊男卑』の風潮が世界中に蔓延っている。

その為、世の中の男性が生き辛い状態があちこちで起きており、ISを使ったテロなども起きている。

だが、国際IS委員会はそれには干渉せず、処理をその国に押し付けている。

反面、『全てのISコアはIS委員会の名のもとに、コアナンバーによって管理されている』と公表はしているものの、同委員会による管理らしい管理は何一つなされていない。

 

国際IS武闘大会モンド・グロッソに於いて、織斑一夏の誘拐事件を感知していたものの、委員会にはフランス出身のメンバーが多く居り、国の不祥事を隠蔽するために、また、第一回大会の開催地として選ばれた沽券もあり、事件を隠蔽した。

なお、その背景として、フランスの重鎮の殆どが女尊利権団体に通じていた為、猶の事に事件が隠蔽される方向に走ったとされている。

日本政府にもテロリストグループからの連絡が入っていたが、織斑千冬の功績を鑑み、不確定要素排除の為に織斑一夏の誘拐事件を完全に無視及び隠蔽、情報の遮断を行い、大会を敢行させた。

結果、第一回大会は恙なく終了したものの、フランス政府が事件を隠蔽しようとしていることが露見し、全世界からバッシングを受けることになった。

日本政府は自身等の隠蔽作業を徹底し、世界的な流れに助長されてフランスをバッシングする側に回った。

よって、後のフランスは衰退しており、国営企業であるデュノア社も倒産寸前に至っている。

無論、欧州統合防衛計画からも除名寸前。

 

第二回大会にて新型・第二世代型量産機『ラファ-ル・リヴァイヴ』を発表したが、千冬によって鎧袖一触された為かシェア率もさして伸びず、その後も『他国にない物』を作るには

『他国の技術を盗用・強奪』

『他国の技術者を誘拐・脅迫・隷属』

等の方法以外に手段が無い状態にまで至っている。

その為か『産業スパイ育成を積極的にしている』などと言う噂も立っている。

 

無論、この世界に女尊男卑の風潮が蔓延しているだけでなく、『嫌仏』などの風潮も世界中に蔓延して『フランス人だから』という理由で後ろ指を指す差別的行為も存在する。

 

その流れもあり、欧州で新開発された技術は欧州全土に広まりつつはあるものの、フランスにだけはその流れが完全にシャットアウトされる状態が何年も続いている。

実際、利権団体はフランスに拠点を置いている事も判明しているので技術の譲渡などもタブーにされている。

ウェイル達がIS学園に編入する時点で、シェア率は7位から更に下落した。

 

現在のシェア率

1位 日本

2位 イタリア

3位 中国

4位 イギリス

5位 ドイツ

6位 アメリカ

7位 ロシア

8位 ルーマニア

9位 オーストラリア

10位 フランス

 

IS学園にも『ラファール・リヴァイヴ』は支給されたが、先の風潮により使用頻度が極端に低く、イタリア製『テンペスタⅡ』が導入された際はコアを移され、『ラファール・リヴァイヴ』はお蔵入りに近い状態。殆ど予備パーツ扱いになっている。

 

よって、IS学園では訓練機は『打鉄』『テンペスタⅡ』が多用されている。

 

このフランスの失墜に関して、アリーシャは現在は第一回大会に起きた事件と関わりがあると想定し独自に表と裏と影から調査をしている。



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第23話 明風 旅立ち

俺がISを起動させてからちょっとばかり経った。

あの日からというもの、春休みという時間に都合をつけて訓練から訓練への連続だった。

ISの起動から、歩行訓練、走行訓練。

ISの腕を使って物を持ち上げたり、兵装を持ち上げてみたり。

拡張領域(バススロット)から展開させてみたり、四日経過した頃には、メルクと一緒に戦闘訓練にも移らざるを得なかった。

かなりしんどいのだが、飛行訓練も一緒に兼ねているというのだからこのカリキュラムは辛い。

 

「それじゃあ、今日の午前中のカリキュラムはこれで終わりよ」

 

テスターを兼ねているらしいヘキサさんのその言葉で俺はテンペスタの展開を解除し、床にブッ倒れる。

とはいえ、いつまでもブッ倒れているわけにもいかず、上半身だけを起き上がらせた。

無論、隣には一緒に訓練を受けていたメルクが。

 

「普段からこんなにも訓練をしていたのか、メルクは…」

 

「でも、お兄さんもついてきていたじゃないですか。初めての人なら、気絶だってしてましたよ?」

 

へぇ…気絶⁉

あのう、ヘキサさん?姉さん?

初級者コースでもこんな感じなのでしょうか?

俺が知らないだけという事も考えられるわけなのだが、もうちょっとお手柔らかに願えませんか?

しっかしこんな扱きに耐えていたとは、メルクも凄いな、もちろん姉さんも。

これくらいは耐えられないと候補生にも代表選手にも届かないのだろう。

 

「しっかし、俺がISを起動させる事になるだなんて思いもしなかったなぁ…」

 

俺が現在FIATから借り受けている機体は、テンペスタ。

イタリアが開発した高機動特化の機体だ。

で、俺の場合はテンペスタ・ミーティオを開発する際に試験機体として使われていたものだったりする。

世代で言えば『第二世代機』、けれど、第三世代機を開発するための稼働試験機体というのであれば、これは『2.5世代機』と言えるのかもしれない。

どっちつかずのフラフラな存在だ。

 

「ふぅぅむ…」

 

今はルーキーが稼働させるという事だから、アルボーレもアウルも外している。

今の所、設計・考案したものは合計三つ。

最後の三つ目、可変形式兵装『ウラガーノ』は、先にヘキサさんが使ってみていたが、大層気に入ったらしく、自身のテンペスタの拡張領域(バススロット)に登録していた。

先程の訓練でも使い続けてたよなぁ…。

俺はというと、基本的なブレード『グラディウス』を使っている。

銃に関しても使っていたな、『トゥルビネ』を。

でも、どれもこれもしっくりこないというのが本音だ。

 

「お兄さん?どうしたんですか?」

 

「ちょっと今回の訓練での情報整理」

 

ただでさえ稼働させることに関してはド素人なのだから、反省材料が在るのなら其れを素材にして向上させていきたい。

こうやって見てみると…ブレードの構え自体が俺には合っていないように見える。

そして…右側からの反応があまりにも遅い(・・・・・・・・・・・・・・・)

ハイパーセンサーを使用していれば、全天360°の確認が出来る。

その程度のことは俺だって知っている…なのに何故…?

 

「はぁ…もう一本右腕が在ればいいのにな…」

 

あ、在るか。

ルーキーが動かすからってことで、アルボーレは解除されていたわけだし。

 

「ちょっとハンガーに行ってくるよ」

 

「あ、私も行きます!」

 

今の今まで疲れ切ってしまっているのにも拘わらず、出来る事があると分かっただけで体が軽く感じられた。

姉さんに鍛えられているからか、ものの40秒でハンガーに到着する。

ハンガーに機体を展開させ、安置、固定する。

モニターを開き、早速作業に取り掛かる。

 

操作対象にするのは、テンペスタの右肩部分。

 

「よし、作業開始だ♪」

 

現段階で登録されている正式な右肩装甲を外し、稼働試験時に搭載していたアルボーレ付きの右肩装甲を新しく搭載・登録させる。

この兵装は稼働試験を行い、音声操作になっている。

 

「いや、ダメだな…見てから発声操作していたら結局のところは動くのが猶のことに遅れてしまう。

だから…」

 

そう、データだ。

搭乗者が反応したら、それを即座に情報伝達を行い、最適化された行動をできるように情報を蓄積させ続ける。

オート/マニュアル操作切り替えなんて、それこそオマケでしかない。

それこそ頭の中で思い描いていたリンクシステムの原型が此処に在る!

 

「後は…後は…そうだ、アレもだ」

 

どうにもブレードというのは俺には合わない気がしていた。

求めるとしたら、FIATの本社を見学させてもらった際に触れてみたアレを模した…

 

「『ウラガーノ』を、それと『アウル』も…いや、コレだけじゃあダメだ…」

 

Albore(アルボーレ)を搭載した事で、初期段階からの問題である機体バランスが損なわれ、機動性にも支障を来すに至っている。

なら…!

 

 

 

 

 

ぶっ通しで作業を続け、気が付けば休憩時間終了間際。

 

「あちゃ…昼ごはん食べ損ねたな…悪いなメルク…」

 

「い、いえ…大丈夫です…」

 

とか言ってる合間にメルクのおなかで腹の虫が暴威を広げて音を立てていた。

それに反応してしまったのか、俺の腹の虫も悲鳴を上げていた。

互いの顔を見て思わず笑いが零れる。

 

「休憩時間は終わったけど、食堂に行こうメルク」

 

「はい!」

 

俺達の行動を予期していたのか、姉さんが食堂で迎えてくれた。

「仕方ないサ」とか苦笑いしながら机の上に置いたのはバスケット。

開けばサンドイッチに、スープを入れた水筒も見える。

さらにデザートまでキッチリ用意してくれていた。

 

「それで、訓練はどんな感じサ?」

 

「正直、キツいかな。

けどメルクが乗り越えてきているんだから、俺もキッチリやっていかないと」

 

だから頑張ろう。

先の見えない道の中にいるとしても、歩ける場所くらいは、少しずつでも自分で模索していきたい。

 

「うん、なら頑張るといいサ。

私等はソレを応援するからサ」

 

その言葉が嬉しくて、けどそれを表に出すのが少しばかり恥ずかしくて、カップに注がれていたスープを一気に飲み干した。

じゃあ、訓練を再開しよう。

食事を終えてから訓練場に走る。

待ちぼうけをくらっていたヘキサさんからお説教された。

そりゃそうだ、遅刻だし。

物のついでに休憩時間返上で作業をぶっ通しでやってたからなぁ…。

叱責を受けている間は姉さんは、そんな俺たちを見て苦笑していた。

それからようやく訓練に移ることになる。

 

「ちょ、ウェイル君?一時間前とは機体の様子がまるで違うんだけど⁉」

 

「試したい事が在るんです。その為にも、このまま特訓お願いします!」

 

そのまま、東洋に向かう二日前まで訓練を続けに続けた。

Albore(アルボーレ)の駆動を向上させるために、多くの戦闘データを飲み込ませた。

メルク、姉さん、ヘキサさんもデータを惜しむ事無く与えてくれた。

それによって、音声制御はただのオマケになり、オート/セミオートの切り替えをするだけに限定した。

これでこの副腕の駆動は飛躍的に向上した。

俺が搭乗する機体にとりつけられたこの兵装は、この機体のためだけの単一仕様(ワン オフ デバイス)へと昇華した。

此処まで来たら『第三世代機』と言えるのかもしれないけど、生憎とそこまでの高性能というわけでもない。

だからこのテンペスタは未だに『2.5世代機』のままだ。

まあ、そこに関しては俺としてはどうでもいい。

で、訓練の最終日の夕暮れの中

 

「その機体は既にウェイルの専用機、ならその機体だけの名前が必要になるかもしれないサ」

 

「名前?」

 

「そうサ、すべての機体には名前がある。

イタリアの量産機であれば『(テンペスタ)』って具合にサ。

けど、ウェイルの機体はテンペスタⅡから色々といじって、その名残は高い機動性のみサ。

なら、ソレはテンペスタをベースにした別の機体、ミーティオと同じように、固有の名称が必要になるだろうからサ」

 

それなら、実のところは心の中で決まっていた。

コイツの名前は――――

 

 

 

 

「訓練って辛いなぁ…」

 

進級試験も終わり、終業式も終わっているからこそこんな無茶な事が出来ていたのかもしれない。

FIATで訓練漬け、それとバイト。

それらを終えてから自宅に帰ってたら日も沈んでしまっている。

母さんが作ってくれる夕食に舌鼓を打ちつつ、訓練やバイトの話をする。

家の中に居る時には皆は笑顔で居る。

そんなごく当たり前の風景が何故か嬉しい。

もしも…もしも、夢の中に現れる女の子を連れてこられたのなら、一緒に笑いあえただろうか。

夢の中ではあの女の子は泣いてばかりだったけど、笑顔にしてあげたいな。

それよりも、逢うのが最初かな…実在するかはわからないけど、どこかで逢えると信じていよう。

 

「で、ウェイル…そのジャケットは何サ?」

 

「FIATの売店で売ってたんだ、これ見た瞬間に買ってしまおうってね」

 

「衝動買い、ですか」

 

FIATの購買部もいいセンスしてるよなぁ…。

今日の帰りに売店へ寄ってみたけど、まさかのまさかで男性用ジャケットを売っているとは思わなかった。

明るめの紫色で、丈は膝に届くほど、腕の方も勿論長袖。

好都合なことにフードまでついているから俺の白髪もすっぽりと隠してくれる。

懐には眼鏡を入れられるポケットも付いているから、街中を歩く際には結構良い服だと思うんだよな。

それに着てると暖かいし!

海風受けながらたなびくコート姿っていうのも良いよな!

 

背中にはちょっと短いけれどロゴが記されている。

Attendere e sperare(待て、しかして希望せよ)ってさ。

釣りするときにはお似合いにも程があると思うんだ。

期待してたら大物だって釣れる、そんな気がしてくるからね!

よし、明日は家族総出でクルージングに行く予定だから早速着て行こう!

 

 

 

 

 

♪♪♪

 

ウェイルの訓練は私とヘキサで交代しながら見てきたけれど、よく成長してくれていた。

必要な訓練量は搭乗者として必要最低限度で納めておくべきかと思ったけれど、その考えは即座に捨てた。

これからは望む望まないの意思に関係無く、渦中に飲み込まれる可能性が高い。

だから、メルクと並び立てるくらいの腕前が必要だった。

ウェイルには悪いけれど、実は訓練のコースは最初期から中級者コースの後半部位から始めていた。

とは言ってもそれでは自分の実力では間に合わないと判断したのか、機体のメンテナンスに走るようになった。

その結果が、あの異形のテンペスタ2.5。

兵装に関しても、自分が考案・設計したもので固められている。

しかも機体にアルボーレなんて搭載したから左右バランスがとりにくいというだけで装甲とスラスターの調整にも走り、標準兵装が使いにくいからというだけで兵装調整に走り、便利だからというだけでアウルまでをも取り付けた。

それでいて最終的には、テンペスタⅡを上回る機動性に至っている。

我が弟ながら少しばかり先行きが心配サ…。

そんな状態でみっちりと訓練漬けに至り、上級者コースにまで手を付け始めていた。

訊いてみれば、さらにその先のことで何か考えが在るらしい。

う~む、我が弟ながらちょっとどころかかなり先行きが心配サ。

 

翌日、家族総出でクルージングとなった。

なんでこの家は何かあればクルージングなのだろうか。

メルクは海を見るのが好きだし、ウェイルは釣りが好きだし、親父さんのヴェルダはクルーザーを動かすのが好きらしいし、お袋さんのジェシカは海鮮料理が好きだし…あ、そういう家族か今更だけどサ。

まあ私も海風を感じるのは嫌いじゃない。

とはいえ3月の海はまだ寒いサ。

 

「ウェイルは変な服が気に入ったみたいサ」

 

明るい紫と言うかあれは…明け方の空の色のようにも見える。

髪を隠すにも都合のいいフードまでついている。

とはいえ、あの背中の模様というかメッセージというか…Attendere e Sperare(待て、しかして希望せよ)というのは驚きサ。

その言葉の出所をウェイルは知らないんだろうけど、知ってる者から見れば思わず二度見する代物サ。

 

「まあ、気に入っているのなら悪い話でもないサ」

 

弟がエドモン・ダンテスのようにならないことを祈るのみサ。

 

 

 

その日は沖合に出てからも釣りをしたけれど、どうにもウェイルの竿は反応していない。

これにはシャイニィも首を傾げ、カモメを相手にして遊んでいる。

相変わらず捕まえられてなかったけどサ。

反面、メルクの所にはカモメが多く集まってきている。

お昼にサンドイッチを食べていたら自然と集まっていたらしい。

 

「メルク、アンタ羽だらけになってるサ…」

 

「アハハ…」

 

どうやらサンドイッチは全部持っていかれてしまったらしい。

それに引き換え、ウェイルはとくると…

 

「なんで今日に限って釣れないんだよ………」

 

物凄い落ち込んでいた。

いつもは爆釣日和だってのに、初めて試す釣りのポイントでは朝から一匹も釣れてなかった。

 

「まあ、今日みたいなことは偶には在るサ」

 

普段が普段だけにこの落ち込み様…。

これは海鮮料理は明日に期待するとしようサ

 

 

 

 

その日の夜、クルーザーで初めての海の上での宿泊になった。

クルーザーの中は海の波で揺れるけど、寝るにはなかなかに寝心地のいい寝床もあって快適。

家族全員揃って静かに寝ていた。

シャイニィも今はウェイルと一緒に寝ている。

それを見越して私はクルーザーのデッキへと足を向けた。

家族には聞かれたくもない話なだけに、真夜中のデッキは静かでいい。

 

冷たい海風を感じながらノートパソコンを開き、通信回線を開く。

 

「ヘキサ、新たに集まった情報は?」

 

「フランス、デュノア社にて不穏な動きが見られます。

今回のウェイル君と、日本の織斑に反応したものと見られます」

 

デュノア社、か…。

第一回大会では例の誘拐事件の報せが入った際に、真っ先に大会の敢行を選んだ企業だったサね。

そう指示をしたのは、社長夫人。

実際には過激派にも繋がりを得ているのも確認できるけれど、フランスの政界上層部に通じる者が居て手出しが出来ない。

後にフランスが全世界からバッシングを受けるようになってからは、国外に逃亡することも出来ずに今に至っていた筈。

 

「デュノア社で何が?」

 

「暫く前からテスターを一人雇い入れたそうですが…プロフィール情報を入手したので、転送します」

 

転送されてきたデータを見ると…

 

「これは…?」

 

 

 

 

翌朝

 

物音がして目を覚ます。

情報を頭に叩き込んだ後、私も寝床に入ってからグッスリと眠っていたらしい。

 

「ニャァ」

 

物音の正体はシャイニィがベッドに飛び上がってきたかららしい。

頭を撫でてやり、時計を見てみる。

 

「ふ…ぁ…まだ夜明前サ…もう少し眠ろうサ…ん?」

 

扉の開く音に続けて足音が聞こえる。

誰なのかが気になり、残っていた眠気が一気に吹き飛んだ。

ベッドから降り、コートを羽織ってから外に出てみる。

 

その瞬間に、「ビュッ」と風切りの音。

 

「あ、姉さん…おはよう」

 

「おはようウェイル、朝早いサね」

 

「いつもはもう少し寝てただろうけど、今日は目が覚めてさ。

ジョギングにも行けないから昨日のリベンジだ」

 

海釣り用の極太ロッドを竿立てに引っ掛けて周囲を見渡してる。

その背中には昨日と同じジャケットが…。よっぽど気に入ったらしいね。

 

「ウェイル、アンタは極東の国に旅立つことをどう考えてる?」

 

ずっと気に掛かっていたことを訊いてみる。

あの国は、かつてはこの子の産まれた国。

いい思い出なんて言える事はそれこそ少ないだろう。

実の家族のせいで何もかもを失い、得られるはずのものも得られず、青春を、時間を、希望を踏みにじられてきた。

最終的には、国益の為に、国までもが見限ったという情報も私の手元には来ている。

そんな場所に、妹と弟を送るというのは途方もなく不安でならない。

ましてやあの国には、あのクソガキ共とあの女が居る。

その二人が要因となって猶の事に不安を煽ってくるから心配でならない。

 

「う~ん、やっぱり不安かな…。

けど、そこに行ったら今まで知る事の出来なかった事も知れるんじゃないのかなって思う分も在るんだ。

だから、不安半分楽しみ半分かな」

 

何も知らないのは本人のみ、か。

 

「それでも…さ、俺は姉さんやメルク、父さんや母さんと過ごしたヴェネツィアが故郷なんだって今でも思えるんだ。

だから、都合がついたら頻繁にイタリアに帰ってきたい。またみんなと一緒に過ごしたいって思ってる、これは確かな本音だ」

 

出来る事ならずっとイタリアに居てほしいと思っているのは私の我儘。

でも、その我儘で弟や妹を振り回すのは姉としてはよくない行為サ、それくらいは理解している。

だから、ここは背中を押してあげよう。

それが私のすることだろうサ。

 

「なら、私は待っておくサ。

いつでも帰ってきなよ、ちゃんと出迎えてあげるからサ」

 

「うん、頑張ってくるよ…⁉」

 

急にウェイルの視線がそれる。

何事かと思えば、釣り竿に反応が。

 

「来た!」

 

釣り竿を力強く握った瞬間だった。

 

「うおおわぁぁぁぁっっ⁉」

 

「ウェイルッ⁉」

 

あんまりにも引きが強かったのか、釣り竿ごと上半身がクルーザーの柵を乗り越えていた。

叫び声が聞こえたのか、寝ていた面々も飛び出してきた。

そして全員で引きずり込まれそうになっていたウェイルの体を引っ張る。

 

ちょっ、どんだけ引きが強いのサ⁉

 

「なんだコイツ⁉こんなに強い引きが来たのは初めてだ!

これは…100kg超えてるんじゃないのか⁉」

 

 

そんなもの釣った日には自己記録更新だろうサ…って言ってる場合じゃなくて!

 

確かに引きが強かった。

今までこんなにも引きずり込まれそうなのと言えば、近所の釣り場でヌシを釣り上げた時もこんな感じだった。

だけど、今はあの時よりも…随分前にマグロを釣り上げた時よりも更に強い。

ウェイルの手も白く染まっているほどに強く握りしめているのが理解出来た。

 

「ウェイル、頑張れよ」

 

「さあ、この魚は私が早速捌いてあげるからね」

 

「お兄さん、頑張って!」

 

「大物釣ってやるから待ってろよ、フッフッフ…」

 

「うわぁ、もう、重症…」

 

 

 

 

夜明前からのこの釣りが、成果を出したのは太陽が昇り始めた瞬間だった。

水面に現れたその釣果を見て本当に眩暈がした。

ああ…とうとうとんでもないものを釣り上げてしまったサ。

 

「う~む、コレはタモに入らないな…」

 

「かといって、糸を手繰り寄せたら切れて逃げられちゃうよなぁ…」

 

「姉さん、ISを展開しても良いかな?」

 

「はぁ・・・仕方ないサ」

 

二人がテンペスタを即座に展開し、手摺を飛び越える。

メルクがアウルを、ウェイルがアルボーレを展開し、頭と胴体を掴む。

度重なる訓練で、二人ともあの装備の扱いに関しては一級品。

さっさと船上に運び、その釣果を見せつけてきた。

 

「釣りってそんなに楽しかったっけ…?」

 

その呟きと一緒に重量を量ってみた。

今迄此処まで陸地から離れることはなかっただけに釣果は正直未知数だった。

その成果が…

 

「やりぃ、記録更新だ、それも倍以上に♪」

 

今回の釣果:マグロ

大きさ:2.58m

重量:280kg

 

カシャリ

そんな音と共に携帯で撮影する。

撮影対象は勿論、ウェイルと大物のマグロ。

背景には明るくなり始めた明るい紫色の空。

 

この写真を見ながら思う。

………どう考えても現役の漁師が釣るような代物サ。

釣竿はどうやら全て手作りらしい、廃材を利用して作ったらしいけど…良いのかFIAT…。

なお、その後は鯖、黒鯛、カワハギ等、見境無しに魚が釣れていた。

あの竿は魔法の竿か…?

 

港に戻ってからというもの、そのマグロを持ち出したら一気にとんでもない事に。

そして船から降ろす時にも一悶着が。

 

重量が重過ぎる為、私とウェイルの二人でISを使ってまで運び出そうとしていたけれど、急に息を吹き返したマグロが元気いっぱいにビッチビッチと跳ね

 

「あっ⁉」

 

船の外へ逃げ出そうと。

まあ、逃げた先は海ではなく桟橋だったけれど…

 

「ギャァァァァァァァッッ⁉」

 

その超重量に潰された人が居た。

 

「……誰サ、アレ?」

 

「えっと…暫く前に話した『碧の釣り人(クーリン)』氏だよ」

 

潰された男の背中の上でマグロがビチビチと跳ねているというシュールすぎる光景がそこに出来上がっていた。

物のついでにどこぞから「――――が―んだ⁉」だの「この――なしぃっ!」だのという声が聞こえてきた気がしたけれど、そのすべてを無視してマグロを台車に乗せる作業に取り掛かることにした。

潰された男はウェイルが言うところの『緋の釣り人(シェーロ)』氏とやらが引きずっていったからさして問題は無いだろう。

それからというもの、夜明け過ぎの港はオッサン衆が集まって大騒ぎ。

港の競りにマグロを持ち込んで大騒ぎ。

凄まじい金額にまで上り詰めてハース一家は唖然に。

当面家計簿は黒字になるとか。

 

「こんな事になるとは思わなかった…」

 

と言うのがウェイルの言だった。

ああ、私からしても全くの予想外サ。

挙句に新聞社の記者も来るわ、地元のテレビ局の報道者も来るわ、ラジオも来るわ。

ウェイルの首根っこつかんで、船の中に再び戻る羽目になった。

その後も紆余曲折があり、帰る際には釣り竿の数が増えてしまっていた。

ウェイルの顔が少々引きつっていたけど。

 

翌日、早朝のニュースを見れば予想通りに報道がなされていた。

そして同日にウェイルが購入してきた愛読の雑誌『月刊 釣り人』にも、その知らせは掲載されていた。

幸い、顔写真とか、名前は広まっていない。

だけど、人の口に戸は建てられないというのは世の常。

 

「素性が広まるのも時間の問題サ…いや、今更か…」

 

明日にはウェイルとメルクは極東に旅立つことになる。

あの学び舎に行けば、それだけで顔と名前が世界中に知れ渡ることになる。

 

「あれ、これ誰の事だろ?」

 

「どうしたんですかお兄さん?」

 

「ほら、此処」

 

ウェイルが指さした雑誌の中の一面には

『夜明け過ぎに巨大マグロを運び込んだ人物、巷ではこう呼ばれることに』

 

「…は?」

 

「…え?」

 

「えっと……」

 

こう記されていた。

(あけ)の釣り人』と。

 

ウェイルが釣りに目覚めたきっかけとなる人物『黒の釣り人(ノクティーガー)』に並ぶ日も近いかもしれない。

 

 

その日のお昼、ウェイルがお袋さんと一緒に料理をしている途中、私は外でメルクと話す事にした。

問題は色々とある。織斑姉弟に、日本政府に、フランス政府とデュノア社の蠢動とか色々と。

 

「最悪のことが起きた場合、それを暗号通信できるようにしておいたほうが良いサね…。

ああ、それとサ、例のシステムが完成したから、ウェイルともども機体にインストールしておくように」

 

「はい!」

 

まあ、こんなところで良いだろうサ。

家の中からはいい香りが溢れ出してきている。

食欲をそそる香りっていうのはこういうことを言うのかもしれないサ。

 

食事を終えた後には、荷物の最終確認に移ることになる。

極東に旅立つ、だけでなく長期滞在のような形での留学。

私としては途方もなく心配でならない、IS学園に突き出しておいてやった要求は全て呑ませる事に成功し、織斑千冬には常時監視出来る環境を作り出した。

あの学園にはイタリア出身の学生も居るのだから猶のことだ。

それでも心配は絶えない、でも私は絶対にそんな様子を弟達に見せるわけにはいかなかった。

これは私自身の誓いだから。

 

「よし、荷物の最終確認も出来た。

あとはこれの空輸の手続きを、と」

 

明日には出立の予定になっている。

見送りには私もその場にて立ち会うことになっている。

 

「極東でも頑張りなよ、ウェイル、メルク」

 

「ああ、勿論。

でもシャイニィを連れていけないっていうのが残念だよ」

 

「ニャァ…」

 

机の上でのんきに欠伸をしていたシャイニィが首を傾げる。

本当に…この数年で仲良くなったものサ。

 

 

 

 

翌日の朝、二人の機体にウェイル考案の虎の子のシステムである『リンク・システム』をインストールさせ、すべての準備が整った。

リンクシステムは、搭載した機体が得られた経験値を互いに共有しあうというもの。

言わば、ウェイルのテンペスタが得られた経験値はメルクのテンペスタ・ミーティオにも蓄積される。

そしてメルクのテンペスタ・ミーティオからウェイルのテンペスタへも蓄積・共有される。

経験値とはすなわち情報、後々にデータを移植させる手間すらリアルタイムで省いてくれるという優れもの。

面白いことを考え付くものサ。

 

で、とうとう空港にやってきた。

…やっぱりと言うか何と言うか…例によって例の如く、オッサンどもまで見送りに来ていた。

この空港の警備はどうなってんのサ…。

いや、気を引き締めよう…とは思ったものの、ウェイルはよほどのこと気に入っているのか背中に『Attendere e Sperare』と記されたジャケットを羽織っている。

いやいや、気を引き締めよう、此処でちゃんと見送りをしておかないと私自身も後悔しそうな気がするサ。

 

「今は…ジェシカが色々と言いつけているみたいサ」

 

とは言っても親父さんと一緒にニコニコとしながらだから迫力なんて碌に感じない。

あの人が笑顔になっていると周囲もつられて笑顔になっていく、それは私も変わらない。

両目にしっかりと焼き付ける、あの二人の微笑みを…いつか、いつの日にか、あの笑顔をあの娘(凰 鈴音)にも見せてあげようと…そう誓った。

 

「ウェイル、メルク、極東でも頑張ってきなよ。

それと、ちゃんと毎日連絡を入れてくるのも忘れないようにサ」

 

「ああ、わかってるよ、姉さん」

 

「学園でも頑張ってきます!」

 

元気も呑気も心得ている私としては、この笑顔が続けばいいと思ってる。

だから、今からは目の届かない場所に行ってしまうのが心苦しい。

だけど、鳥はいつかは巣から飛び出し、新しい場所を見つけて羽ばたいていく。

もしかしたらそれは今この時なのかもしれない。

だけど、この子たちが笑顔で飛び立つというのなら、私も笑顔で見送ろう。

 

「じゃあ、行ってきなよ」

 

だから、これは私の我儘。

 

「いつでも帰ってきなよ。アンタたちが帰ってくる場所には、私達が待ってるからサ」

 

こうして、私の弟と妹は極東へと旅立った。



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第24話 東風 辿り着いた場所

新しい暦に代わっての最初の投稿です。



彼女の扱いが毎度毎度ひどすぎる点についてはゴニョゴニョ…
今回のコンセプトは
『何事も程々に』
『発明に失敗は付き物』


飛行機を乗り継ぎ、俺とメルクは極東の大地に足をつけた。

 

「長かったな…飛行機の旅は…」

 

イタリアから飛び立ち、降り立った先はシンガポール。

そこからさらに飛行機を乗り継ぐ空の旅になった。

船には乗る経験は幾度もあったけど、飛行機に乗るのはローマに行った時以来だ。

ましてや国境線を超えるような経験は今まで一度もなかったけど、飛行機という巨大な密室空間に閉じ込められ続けるのは窮屈で仕方なかった。

それよりも外の風を感じられる解放された空間というのはとても心地良い。

けど、それと同時に感じてしまう。

イタリアの中で育ったけれど、それもまた小さな鳥籠だったのかもしれない、と。

 

「けど、ヴェネツィアが恋しいなぁ」

 

「到着したばかりなのにホームシックですか、お兄さんってば」

 

誰だって故郷は恋しくなるものさ。

俺の場合はそれがヴェネツィアってだけさ。

 

空港の一角のロビーで、財布の中身、イタリアユーロを日本円に両替してもらい一先ずの資金を手にする。

俺もメルクも国と企業から定期的な資金援助はうけているし、個人的な貯金もある。

けれどまずは財布の中身を潤しておかないとな。

 

「えっと…まずはコレで、と。

それからタクシーを捕まえてからだったな」

 

空港の外のタクシー乗り場にて行列に並ぶこと15分、ようやく車に乗り込めた。

行き先を告げる際には、イタリアで事前に学んでおいた日本語が役に立つ。

俺の場合は、昔に日本語を使っていたからかもしれないけれど。

それと、学園に到着するまでは俺はジャケットを羽織り、学園の制服は隠しておいた。

これは姉さんの配慮だ、世の中妙な風潮に乗せられて遊びで殺戮だの冤罪だのを巻き起こす迷惑な輩も居るのだから、ということでその事前対策だ。

このジャケットは俺としては気に入っているから別に構わないけど。

背中の『Attendere e Sperare』のロゴもいいセンスしていると思うんだ。

 

「えっと…ここだよな…?」

 

メルクと一緒に地図を見ながらたどり着いたのはモノレールの駅だった。

学園に向かうにはルートが幾つか在る。

 

・船を使って学園の港に乗り込む船舶ルート。

・車両を使って大橋を渡る車両ルート。

・モノレールを使うモノレールルート

 

以上の三つ。

俺たちは最後のモノレールを使うわけだ。

ヴェネツィアでは自転車と船がメインだったからモノレールなんて新鮮だ、是非とも分解してみたい。

 

「お兄さん、また変な目になってます」

 

「変な目とは失敬な、『技術者の目』と言ってくれ」

 

そんなしょうもない愚兄賢妹コントをやってる場合でもなく、チケットを購入してからモノレールに乗り込んだ。

ふぅむ、内部は電車とそんなに変わらないな。

言ってる間にモノレールは発進する。

向かう先は世界唯一のISの為の学府であるIS学園だ。

 

「あそこって世界レベルの女子高なんだっけ…居心地悪そうだな…」

 

「しかも世の中に出回っている風潮に乗せられている人も少なくはないらしいですから…」

 

「威勢良く飛び出してきたけど本格的にホームシックになりそうな予感が…」

 

しかも日本の学府に合わせられているから、俺としては二度目の高校一年生だ、留年するような成績ではなかったのに…進級も決まっていたのに…。

 

 

入口にて手続きを行い、編入の手続きを始める。

それから事務室に通され、最終的な手続きをもすることに。

それも済んでから俺たちはようやく学生寮へと案内された。

 

「で、部屋が4206号室か…すごいよなこの建物、さながら国営のホテルみたいだ。

どんだけ予算を使っているんだろうな」

 

「校則によると、学生の一人一人が国賓のようなものですから、不満を与えないようにしているんだと思いますよ」

 

指定された部屋に入ると、これまた豪華なホテルのような部屋になっていた。

キッチンもバスルームも完備されていて、確かにこの部屋で暮らすには不自由のない状態になっているようだ。

ただし

 

「お帰りなさ~い♡

お風呂にします?ご飯にします?それとも、わ・た・し♡?」

 

目の前に痴女が居なければ。

髪の色は珍しいスカイブルーのような優しい青、そしてその双眸は夕暮れを映したかのような紅だった。

そんな女子生徒だろうか?素足も腕の肌も晒してエプロンだけを身に着けた姿でそこに立っていた。

 

顔は動かさずに視線を動かし、ドアプレートを見てみるが、部屋番号は間違っていないらしい。

ということは、この痴女は不法侵入を果たした侵入者ということなのだろう。

後ろにいるメルクもジト目になってきている、その視線が俺に突き刺さっていないことを願っておこう。

よし、こういう場合の対処方法は…

 

「で、メルク。

俺達のクラスって何処になるんだっけ?」

 

「えっと…1年3組になるんだそうです」

 

「ああ…本格的に二度目の高校一年生か…なんて皮肉だよ…」

 

現実逃避だった。

 

「え、あの、ちょっと…?」

 

頭の中から次の話題を絞り出す、それもイタリア語で。

だから俺の視界の端に狼狽えているビキニエプロンの痴女なんて居ないんだ。

 

「この学園の地図を大雑把に見たけど、食堂も在るらしいな。

それに教育棟と学生寮の間には購買部があってショッピングも出来るみたいだぞ」

 

「それに実践授業に使うアリーナってどれだけ大きいんでしょうねぇ」

 

「俺としては格納庫の中も見てみたいな。

この学園に配備されている訓練機は、イタリアの『テンペスタ』と、日本の『打鉄』だったな。

ほかにも複数のパッケージもあるとかだったなら良いんだけどな…」

 

「無視してんじゃないわよそこの二人!」

 

無視だ、無視しろ俺。

今はメルクとの会話が重要なんだ。

 

「だから俺の視界に痴女なんて居ないんだ」

 

あ、言っちまった。

それがしっかりと聞こえていたらしく、痴女が今度は顔を赤くしていく。

 

「痴女じゃないわよ!何のためにこんな格好をしてると思ってるのよ!」

 

「えっと……そういう趣味をしてるからですか?同じ女性として軽蔑します」

 

「露出狂みたいに言わないでくれる!?

あ~も~いい加減にしなさいよ!」

 

俺達二人に向けて指をさしてくるどこの誰とも知らない痴女(露出狂)

そんな手に…というか手首に

 

ガチャリ

 

発明品を取り付けた。

外見としては手首にピッチリと固定される銅色のバングルだ。

 

「え?何コレ?」

 

なお、コイツが発()品だと思い知るのは数分後だった

 

「さてと、部屋の内装が確認できたんだし、いったん事務室に戻って荷物を受け取りに行こう」

 

「あ、そうですね。

衣服とか多めに持ってきてましたから、クローゼットに収納しておかないと」

 

そんな訳で背後の痴女をほったらかしにして俺とメルクは揃って部屋を出た。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!

私も一緒に行くから!それにまだ話は終わってな」

 

その瞬間だった。

 

()いいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ(じょ)おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!』

 

凄まじいスクリームが響き渡った。

それも間違いなく近所迷惑なレベル、ホテルでやらかすとクレームが間違いなく集中するレベルで。

 

「は、はいいぃぃっ!?」

 

()いいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ(じょ)おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!』

 

さぁてと、荷物は多いんだ。

明後日の入学式に間に合うように整理を頑張らないとな。

なお、このシャウトはまだまだ続く。

 

『痴ぃ女ぉがぁ出ぇたよぉぉぉぉぉっっ!!』

 

「何よコレぇぇぇぇっ!?」

 

『警察呼んでぇぇぇぇぇッ!!

 ムショ行くよぉぉぉぉぉぉっっ!!』

 

「嫌あああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

物は試しで作ってみたけど、効果の程は凄まじいみたいだな。

試運転出来て良かった、メルクや姉さんもヘキサ先生も試運転させるには頼みにくかったからなぁ。

 

「でも事務室って遠かったドワッ!?」

 

背を向けたばかりのドアの間から色白の細い腕が生えて俺のジャケットのロゴのあたりを掴んでいた。

当然、部屋の中からは例のシャウトが大音量で響き渡り続けている。

 

「は、離してくれ!このジャケット気に入っているんだよ!皴がつくだろ!?」

 

「止めて!この音声を止めてぇっ!止めてくれるまで離さないからぁっ!」

 

そんな訳で俺もメルクも部屋の中に引きずり込まれた。

 

そして部屋の洗面所にて。

そのビキニエプロンという痴女は洗面台に溜めた水の中に腕と一緒にバングルを突っ込んでいた。

おお、頭良いな、あれなら音があまり周囲には響かないんだろう。

だが、そんな事をしているわけだからヒップをこちらに突き出すような態勢になり、俺の目はメルクの小さな手によって目隠しされていた。

想像してみるだけでも、彼女の顔は真っ赤なのだろう。

怒りによるものか羞恥によるものかは知る由もない。

 

「で、どちら様なんですか貴女は?

出来ることなら痴女なんて部屋に入れたくないんですが。

勿論痴女とはお近づきにもなりたくないだけでなく知り合いにもなりたくないわけでして」

 

「だから痴女って言わないで!」

 

いや、だって名前知らないし。

どう呼べばいいか知らないし、だからまんま痴女呼ばわりするしかないわけで。

 

「私は『更識 楯無』、この学園の生徒会長よ。

ちなみに学年は第二学年で貴方達からしたら先輩ね」

 

へーそうなんスか。

 

「イタリアから編入してくることになったFIAT企業所属の『ウェイル・ハース』です。

こっちが妹の『メルク・ハース』。妹は国家代表候補生です」

 

「あら、兄妹なのね。

今後は良好な関係を築いていきたいんだけど、その前にこのバングルを外してくれないかしら?」

 

洗面台に溜めこんだ水の中では今もバングルがダイナミックなスクリームとシャウトを続けているのだろう。

………あ…………

 

「そのバングルなんですが、暴漢に襲われたりした場合に、相手に取り付けることによって、そのあとの追跡捜査などに非常に役立つ仕様になっています。

そんなに強い力でなくても相手に取り付ける事が出来る訳ですから、女性用の新たな防犯グッズとしてイタリアで開発が進んでいるんです。

内部には小型のバッテリーも内蔵されているだけでなく、ソーラーバッテリーも取り付ける事によって光の当たる場所であれば電池切れ知らずにもなっています」

 

「そういう性能面の説明は良いから、止め方かもしくは外し方を」

 

「もちろん今後はGPSを取り付ける事によって、音声機能を壊されたとしても国境を越えて衛星で追跡できるような仕様をという話も出ていて…」

 

「そういう性能面の説明は良いから、止め方かもしくは外し方を」

 

目隠しをされたまま顔を横に向ける。

無論、前は見えない。

 

「一部の機能を破壊されたとしても、本体の破壊を防ぐ仕様は最初期から話し合われていて…『耐水性』『耐熱性』『耐衝撃性』『耐電性』『防弾性』『防刃性』『防塵性』も付け加えられた結果、本体どころか機能破壊も防げるようになりまして」

 

「…で?」

 

声に怒りが籠ってませんか生徒会長さん?

 

「そういう風にひたすら頑丈に作っていたら、『取り外す為のギミックを搭載し忘れていた』そうで」

 

「…で?」

 

「外せないというのに、外して壊さなければ止まりません」

 

「そういうことは先に言いなさいよ!」

 

バッチ――――ン!

 

 

 

暫くお待ちください

 

 

 

 

 

俺の技術力の全てを以てしてようやく外す事が出来た。

これが試作品で良かった、完成品になっていたら夢の永久ロック式を搭載しようだなんて話も持ち上がっていたんだし。

ソーラーバッテリー内蔵だから電池切れとも縁も無いのでこれをつけられた人物は二度と太陽の下を歩めないという日陰者行きの片道切符になるわけだ。

 

んで、事態の片付けも出来たところで夕方になってしまっていた。

荷物を事務室で受け取って部屋に戻ってくると、生徒会長は制服に着替えて椅子の上で不貞腐れていた。

 

「なんであんな辱めを受けなきゃいけないのよ…」

 

そりゃアンタの自業自得だろう。

 

人の部屋に勝手に上がり込んでいるわ、痴女としか思えぬ格好で出迎えてきたり。

いや、あのバングルを取り付けたのは俺が悪かったかもしれないけどさ。

左頬につけられた手形一つで勘弁してもらえませんかねぇ?

俺も悪かったですから。

 

「お兄さんも悪かったと思いますよ?」

 

「まあ、そりゃぁな。

試運転もしていない試作品の臨床試験をここでするのは間違っていたかもしれないが、試せる相手も居なかったわけだから」

 

あのバングルを量産する際は、破壊されてしまうか、もしくは手首をちぎってでも外そうとする人も居るかもしれない。

そういうことも考慮して、次からは永久ロック式だけでなく、ICチップを肉体に埋め込むギミックも搭載してしまおうか。

 

 

 

衣服だの参考書を適所に収納していってたら程よい時間になっていた。

食堂はあるけれど…自炊にしようかな…?

 

「夕飯のメニューは『ミネストローネ』にするか?」

 

「手伝いますね」

 

母さんにしても、姉さんにしてもミネストローネに入れる具材は少しずつ違う。

俺としては好みなのは姉さんが作ってくれた時のミネストローネだ。

あの時の味が今でも忘れられなくて、自分で作っていても、自然とその味へと近づいていく。

 

「あとは中火で煮込んで、塩コショウで味を整えれば完成だな」

 

ミネストローネは良い料理だ。

トマトベースのスープの中に、しっかりとした味の野菜がたっぷりと入っていて、食べ飽きることがない。

記憶を失って目覚めて以来、ミネストローネは大好物だ!

あ、勿論、母さんやメルクが作ってくれるミネストローネも大好きだ。

 

「で、生徒会長さんはこの部屋に何の御用ですか?」

 

「君のことを知りたかったのよウェイル君」

 

…俺?

途端にメルクの目が細くなった。

何か警戒しているらしい、ああうん兄さんも理解できるぞ、この人は警戒しておかないとこっちの身が持たない。

なにせ初対面からキャラが濃いと思うほどの人物だ。

 

「イタリアの工業高校出身、メルクの兄。

趣味は釣りと機械いじり、家族は父母と妹と義姉と飼い猫が一匹。

それくらいで充分じゃないんですか?」

 

「お姉さんとしてはそれだけじゃ満足できないんだけどなぁ?」

 

「FIATの企業所属、言い忘れたのはそれくらいだと思いますよ」

 

「ま~だ足りないなぁ?」

 

やけに食い下がるなぁ。

何を考えているのかよく判らない。

おっと、食器の用意をしないとな。

ありがたいことにも、食器も、コメも完備しているから入寮初日からそこまで困る事が無いようだ。

すでにライスも炊き上がり、パンも焼きあがっている。

 

カチャカチャと食器を用意し、その間に出来上がったであろうスープをスープ皿に注ぐ。

ううん、いい薫りがするなぁ。

 

「じゃあ、食べるか」

 

「いただきます」

 

「ちょっと待ったぁっ!」

 

またかよこの生徒会長さんは。

今度は何なんだ?

 

「ねぇ、食事の用意をするのは良いけど…なんでお姉さんのは用意してくれないのかしら?」

 

え゛…この人食事の時間も居座るのかと思えば、食事の要求までしてきたぞ。

ここまでくると流石に厚かましいだろう。

だがここでメルクが

 

「日本には『働かざるもの食うべからず』という言葉があるそうですね。

食事を作っている間、座って不貞腐れていただけの人に用意する食事なんて有りませんが?」

 

「ず、随分と知ってるのね、そういう言葉も…」

 

「イタリアを出る前に日本語を色々と学びましたから。

一応ですけど、企業では必要だからということで英語も多少は学んでます」

 

これも本当だ。

普段から使い慣れているイタリア語とで頭の中がパンクしそうだったのは苦い思い出だ。

 

「それはウェイル君も同じなのかしら?」

 

「ええ、そうですよ。

英語って難しいですよね」

 

「…日本語()そうでもなかったのかしら?」

 

先程から人の事ばかり探ってきている様子なのは俺も察している。

何と言うか…酷く気に障る。

 

「人の事ばっかり聞き出そうとしてないで自分の自己紹介くらいしたらどうだ?」

 

不機嫌なのを隠しもせずに言ってやることにした。

このまま居座られても折角の食事が不味くなるどころか味が感じられなくなってしまいそうだ。

 

「あら?してなかったかしら?」

 

「名前と自称生徒会長、それだけしか聞いてない。

ほかに自己紹介できることがあるなら言ってみてくれ」

 

「ふむ…そうね…」

 

とは言っても、メルクがまだ警戒を解いていないのが気がかりだ。

この人物は情報を聞き出そうとしているのはもう判りきっている。

実際、イタリアにもこういう人物は少なからず居た。

産業スパイ(・・・・・)とかがその例だろう。

この人物も疑ってしかるべきかもしれない。

そもそも、何のために(・・・・・)情報を聞き出そうとしているのかが今一つはっきりとしていない。

 

それからその人物の自己紹介が続く。

ロシア代表と、学園最強だとか、生徒会勧誘だとか。

 

「とまあこんな感じかしら」

 

「ご馳走様。さてと、後片付けを始めようか」

 

「そうですね、それに母さん達にも連絡を入れたいですし」

 

「ちょっとぉっ!結局私は夕飯抜きにするって魂胆だったのぉっ!?」

 

ああもう、五月蠅いなぁ。

 

「はいはい、マタタビあげますからそろそろ帰ってくれませんか?」

 

「猫扱い!?そんなんじゃ私は喜ばないわよ!」

 

「こっちは家族に連絡を入れるのを日課にしようって話になっているんですから」

 

「あら♡家族にさっそく紹介してもらえるってことかしら♡」

 

「寝言は寝てから言ってください」

 

「辛辣!?おまけに真顔で言うの!?」

 

当たり前だろ。

 

 

 

 

 

嵐が過ぎ去ってから回線を繋ぎ、連絡を取ろうとした矢先だった。

 

コンコンコン

 

ドアをノックされた。

先ほどの生徒会長さんだろうか?

嫌だなぁ、相手したくないなぁ、両親の顔を知られたくないなぁ。

頭を抱えながらドアを開くと、そこには眼鏡をかけた女子生徒が一人居た。

胸元のリボンから察するに上級生なのだろう、キリッとした目つきに思わずに背筋を伸ばした。

 

「ウェイル・ハース君、ですよね」

 

「ええ、そうですけど。どちら様でしょうか?」

 

「第三学年、生徒会所属『布仏 虚』と申します」

 

また生徒会かよぉ…。

先程の生徒会長の事もあってか、『IS学園の生徒会は変人』という偏見が俺の中では出来上がってしまっている。

その為、このタイミングで訪れたこの人も変人なのだろうなという思いがあるわけだ。

部屋先でも悪いので、軽く痛み始めた頭を抱えながら部屋に招き入れることになった。

非常に不本意だけど。

 

「で、こんな時間に何か用ですか?」

 

俺のストレスは今が正にバブル世代なのですが。

 

「いえ…先程はお嬢様が大変失礼なことをしでかしてしまったと聞きまして、そのお詫びに来た次第です」

 

「…な…!?」

 

変人奇人じゃないだと…!?

しかもあの生徒会長が『お嬢様』だと…!?

 

続く話としては彼女の人となりに関してだった。

実力は折り紙付きで『学園最強』を自称。

国にも認められており、現ロシアの国家代表であり、専用機所持者。

更には学業も非常に優秀で、物のついでに言うとこの国、日本お抱えの暗部の長でもあると。

 

「どこの完璧超人だよ…平々凡々の俺からしたら真逆もいいところだな…」

 

いや本当に、羨ましいとは口には出さないでおくが、あまりにも眩しい人だと思う。

 

「で、そんな人がなぜ俺達の部屋に来たんですか?」

 

「興味を持ったから、だと思います。

ハースさんに関してもそうですが…ハース君は情報のエキスパートでもある更識家のネットワークでも感知できなかった人物です。

今回を機に、いろいろと調査をしてきましたが、至って普通の家庭で育ってきた男子学生だという事しか…」

 

ふぅん…ある程度は俺に関して調べたのか。

 

「ですが、経歴調査をしてはいたのですが…ある事情があって調査は中止になりました。

公的には調べられないのと、本人の興味から突撃しに行ったのだと思われます」

 

とうとう調査(・・)とは言わずに突撃(・・)とまで言ってるよこの人。

 

「まったく、その興味からくる行動力を別の方向に回してほしいもんだな」

 

「ええ、まったくです。

だから今になっても膠着状態が…あ、すみません…私的な愚痴まで言いそうになって…」

 

一応判った事が在る。

生徒会長は奇人変人だが、この人は苦労人らしい。



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第25話 西風 兄として

生徒会長の人となりは理解した。

そしてそれによるこの人の気苦労も多少は理解した。

一番割に合わないことになっているのは布仏女史ではなかろうか。

振り回されているのかもしれないなぁ、日常茶飯事のレベルで。

 

「それで、他に何かお話はありますか?先輩?」

 

このタイミングで隣に座っていたメルクが口を開く。

何故かは知らないけど、生徒会長の時と同じく何かに警戒している様子だった。

ここまで話をして俺も多少は気を許してしまっていたけど、まだ警戒しておくべきことは…あ、在った。

 

「生徒会長はどうやってこの部屋に忍び込んだんですか?」

 

メルクが聞き出そうとしていたのはそれだった。

あ、確かにそうだ。

この部屋は俺たちに宛がわれていたけれど、鍵を開く前からあの御仁は中で待ち構えていたのだから、不法侵入の経路と方法は調べておかないと対策の立てようもない。

問い詰めようとすると先輩の視線は天井に。

 

「それは…」

 

…あ、通風孔か…。

 

「スパイ映画やってるんじゃないんだぞ…」

 

後で溶接しておくことにした。

そのあとも多少の世間話をするだけして帰ってもらうことになった。

 

 

 

 

「生徒会か…あの会長さんのせいで妙な偏見が出来てしまったな…」

 

両親や、姉さんへの連絡も終わり、天井の通風孔を溶接して人が出入りできないようにして終わり一息つくと、一緒にため息を吐き出した。

そもそもはといえばあの生徒会長が悪い。

あの人の妙な行動力のせいでメルクも気が立ってしまっている。

布仏先輩が相手でもどうにも警戒してしまっている。

その張本人はといえば、今は優雅に入浴中だ。

 

「うん、コレで良し」

 

ピッチリと溶接出来ていて、これで開く事も出来ない。

こういう技術も父さんから学んだものだ。

あの生徒会長の件は謝罪が入った為、姉さんへの報告には加えていない。

コレでロシア政府だとか日本政府への糾弾とかシャレで済まない話には至らないだろう、あくまで内密な話になるだけだ。

今日の件について話をして終わったけど、残念な事があるとすれば、シャイニィに触れなかったのが非常に残念であるというものだろう。

あのフワフワとした毛並みに触れないのがこんなに残念に感じるとは…。

 

「次に会えるのは5月の連休とかになるんだよなぁ…。

長いなぁ…。」

 

いつも一緒に居たのはメルクと同じ。

姉さんが居ない日には家に滞在していた。

毛並みに触れられなかったのは、ほんの数日だったな…。

思い返してみれば、初対面の時からどうにも気に入られていたんだよなぁ。

 

「お兄さん?もう工事は終わったんですか?」

 

おっと、メルクがお風呂から出てきたみたいだ。

今日も今日とて猫柄プリントのパジャマだ、勿論そのプリントはシャイニィなんだろうな。

メルクの合格祝いとして、家族一緒になって選んだものだ。

恥ずかしいことにも俺にもパジャマが買い与えられており、背中にはカモメがプリントされている。

 

「おう、キッチリ溶接したからネズミ一匹入れないぞ」

 

あ、でもシャイニィくらいは出入りできるようにしたほうが良いかな?

この場に居ないんだからそんな事をしても意味無いか。

これで通風孔からの侵入は防げるだろう。

あんのスパイ生徒会長の行動力は並大抵のものでは無いだろうと思い、メルクが風呂に入っている間に部屋の隅から隅まで調査をしておいたが、他に侵入経路になりそうな場所は無かった。

他に入ってくるとしたら、ドアを壊すか、テラスに通じている窓ガラスを割るくらいだろう。

そんな事をすれば間違いなく器物損壊で生徒指導室行きになるだろうから、そういった真似はしないだろう。

だから

 

「ハァイ♡」

 

テラスに彼女がいるように見えたのはただの幻覚だろう。

登場した際の格好があまりにも刺激的だったんだ、瞼に焼き付いてしまっているだけで、開いた強化防弾ガラスの向こうには誰も居ない。

開いた所で入ってくるのは陽射しと風だけだった。

星を見られないのも残念かもしれないが、さっさと防音カーテンを閉じるのであった。

 

…俺の偏見はあながち間違いではないのかもしれない。

だが、少しは訂正しよう。

『生徒会に所属する人間は変人』なのではない。

『生徒会長こそが奇人変人である』と。

…一応、布仏先輩に通報をして処理してもらうことにした。

今日はゆっくり眠れたら良いな…。

 

一応眠る前にメルクに見てもらいながらも教材を見ながら予習をしておく。

それが終わったら、自分の預かったテンペスタを確認してみる。

搭載されている兵装の3つを振り返ってみよう。

後付式副腕『アルボーレ』

可変形式銃槍剣『ウラガーノ』

可変形式脚部展開クロー『アウル』

一通り上手く使えるように訓練はしている。

明日の朝からもメルクと一緒に訓練をする予定だ。

代表候補生のメルクには正直勝てる気もしない、そもそも喧嘩になっても俺はメルクに勝てないのだから。

腕力で勝っていても、技術面はメルクが数段上だ。

 

「で、結局こうなるのな」

 

部屋にベッドが二つ在るにもかかわらず、メルクは俺と同じベッドに入ってきて、俺の左腕を枕にして眠っている。

長い合宿期間を終えた後も数日間はこんな日が続くこともあった。

俺としては別に構わないが、それでも少々恥ずかしい。

視線を滑らせてみると、落ち着いた様子で妹は眠っている。

こうやって落ち着いて眠れるというのなら、俺としては文句は言ってはいけないだろう。

さてと、俺も寝ようかな。

 

目を閉じて頭の中でスケジュールを思い返す。

今日だけでも新入生幾人とは顔を見合わせ、簡単な自己紹介をするくらいの余裕もあった。

明日になれば、また多くの生徒とかが姿を見せるようになるのだろう。

そして明後日には始業式、もしかしたら噂のもう一人の男子生徒と顔を合わせる事になるのかもしれない。

名前は…確か…

 

「オリ…ムラ…」

 

額の傷跡がジクジクと疼く気がした。

それに…何か触れてはならない何かに触れてしまっているような、そんな錯覚すら在った。

胸の奥、心臓を掴まれているようなそんな幻さえ感じてしまっていた。

 

「バカか俺は…どこの誰だろうと関係無いってのに…」

 

その人物に関しては全く知らない。

FIATで訓練を受け、名前をちょろっと耳にしたくらいだ。

興味はあるけど、特に調べる事なんてしなかった。

同じような境遇でこの学園に通うことになってしまったんだ、いずれは顔を合わせる事も在るだろう。

なら、その人物のことに関しては学園に通っている間に分かるものだと思っている。

友情関係の構築が出来れば良いなとは思っている。

だけど同時に…嫌な予感を感じさせる人物だろうという何かを感じ取っていたのも確かだ。

 

 

夢を見た

粘つく闇に囚われた傷だらけの少年の夢を

傷ついた背中を向けながら彼は細い声で叫ぶ

 

「居場所が欲しかった…」

「…居場所になりたかった」

 

その叫びは、いつも悲嘆と絶望に染まっていた

 

 

 

 

夢を見た

涙する少女の夢を

 

「一緒に居たい…」

「一緒に居られなかった自分が赦せない」

「もっと…踏み込んでいれば…」

 

その叫びはいつも後悔と自責の念に潰されそうだった

 

 

 

 

夢を見た

逆光に隠れる誰かを

 

「オマエガワルインダゾ」

 

その声は、いつも悪意と優越感に満ちていた

 

 

 

冷たい夢はそこで終わる

何もかもが裏返り、視界に広がるのは家族との夢だった。

イタリアで過ごした暖かな日々

 

満ち足りているのに、何かが欠けていると感じていた。

けど、その欠けたピースを埋めてくれていたのは紛れもなく家族だった。

料理を教えてくれた母さん。

機械について教えてくれた父さん。

学業関係で色んな事を教えてくれたメルク。

世界を教えてくれた姉さん。

俺の中の失われた何かを与えてくれたのだと思ってる。

だから俺は…

 

 

 

目が覚めた。

一番最初に目に入ってきたのは、見慣れない天井だった。

一瞬混乱しそうになったけれど、現状に至るまでの経緯を思い出す。

 

「ああ、そうだ。

ここはイタリアじゃない、極東に在るIS学園の学生寮だ」

 

ああ…俺、本格的に女子高に通うことになったんだな…イタリアの工業高校に通える筈だったのにな…。

早くもホームシックになりそうだったけれど、深呼吸してから上体を起こす。

メルクももうすぐ起きるだろう、それに備えて準備をしておこう。

脱衣場に入り、動きやすい服装に着替え、寝間着を洗濯機に放り込む。

それからコーンスープを作る。

早朝からジョギングと訓練に行くんだ、これくらいの量は胃袋に入れ、体を温めておきたい。

 

「ん…ん~…お兄さん、おはよう…」

 

「ああ、おはよう。

スープを作ったけど、飲むより前に顔を洗って来いよ」

 

「そうします…ふ…ぁ…」

 

どうやら普段と違うベッドでも熟睡していたらしく、まだまだ眠気が残っているらしい。

あのベッド、すごいフワフワだもんな、我が家で使っていたものよりも品が良い物なのだろう。

こんなところにまで金を惜しみなく使っているのか、IS学園。

 

メルクも着替え、スープを一緒に飲む。

生クリームも入れてあるから喉越しもいい。

これも母さんから教えてもらったレシピの一つだ。

 

「さて、じゃあ行くか」

 

「はい!」

 

授業でISを使う事にもなるし、放課後や早朝にもISを使用して訓練することも在り、学生服の下にISスーツを着込むようにしている。

全身タイツを着用しているようなもので、どうにも違和感がある。

それを悟られないように、俺の制服は長袖と長ズボンのセットだ。

物のついでに、白髪を隠すためのフードを上着に勝手に縫い付けている。

おっと、眼鏡も忘れずに、と。

 

学園には9つのアリーナが存在し、各生徒は気まぐれで使用するアリーナを選んでいるらしい。

陸上関係に費やす体育会系でガス抜きをする人も居れば、ISを使用して本格的に訓練する人も居る。

この学園に配備されている機体は三種類。

だが概ね使用されているのは、日本製第二世代量産機『打鉄(うちがね)』と、イタリア製第二世代量産機『旋嵐(テンペスタⅡ)』。

 

フランス製第二世代機『疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)』は、導入されているものの、倉庫の奥で埃を被っている予備パーツ扱いらしい。

コアもテンペスタや打鉄に載せ替えられているのだとか。

 

んで、今日俺達が使うことにしたのは第3アリーナ。

まだ早朝の五時半なので、誰も居ない。

二人でトレーニングするには過剰なまでに広い訓練場所だ。

準備運動をしてからグラウンドを一周。

それから俺達二人の専用機を展開してからの基本訓練に移る、そんな流れだ。

始業式はまだ明日だから、それぞれの割り振られることになる教室にも入れない。

なので今日は特訓三昧だ。

 

けれどまあ、ある程度時間が過ぎると興味を持ったのか、訓練をしに来たのか知らないが女子生徒が集まるわ集まるわ。

別段見ているだけで声をかけてくるわけでもない。

 

「ここから先はアルボーレは使わないほうが良いな、アウルもウラガーノも」

 

なので、一応は搭載しているデフォルトの装備を展開しておいた。

メルクもそれを察したのか、ブレード一振りだけにしていた。

そこから先の訓練の内容は至って平凡な接近戦に限らせる。

射撃も、独自の兵装も収納したままにしておく。

 

よそ見をするつもりは無いけど、視線が気になって周囲に視線を向けてみる。

ISに標準搭載されているハイパーセンサーは便利なもので、全方位が一度に、そして同時に見える。

あ、生徒会長も来たみたいだ、見てるだけのようだが。

 

「…人目が集まり過ぎてるな、ここまでにしよう」

 

「そうですね」

 

着陸してから機体の展開を解除して収納する。

機体に収納しておいた緊急用の制服を身に纏い、フードをすっぽり被る。

そのままさっさと退散させてもらうことにした。

 

で、更衣室のロッカーに入れておいた制服を機体に再インストールしてからアリーナから出た。

そのまま地図を見ながらやってきたのは図書室だった。

ここなら静かに勉強なり予習なり出来そうと思ったのだが…先客が結構居るなぁ。

ならば食堂はと思ったのだが、生徒達の憩いの場らしいのでとっとと退散。

結局の所は、学生寮に戻ってくる羽目になったのだった。

 

「落ち着かないからって部屋に戻って引き籠るとか、本格的にホームシックだよなぁ」

 

口をついて出てきたのは負け惜しみだった。

感じた視線は様々だ。

似て非なるものかもしれないが『興味』と『好意』。

それとは真逆の『侮蔑』と『敵視』。

誰かはわからないけど『嫉妬』も在るみたいだ。

それから最後に、あくまで傍観者を気取ろうとする『観察』。

など様々だ。

視線を向けられるのとか未だに慣れない。

こういうストレスは釣りで癒すのが一番だね。

だが残念なことにもこの学園近隣の釣りスポットをを俺はまだ知らない。

 

「…釣りが出来そうな場所を探してみようかな」

 

あの大橋は却下だ。

海面との距離がありすぎて吊り上げるまでに糸が切れそうだし、高低差があるという事は風も発生する。

つまり、釣り糸を思った場所に下ろす事が出来ない。

そうだ、裏には港が在ったような気がする、そこで釣りに挑戦してみよう。

とは言え、明日は入学式という形になっていた筈、釣りに挑戦できる時間なんて無さそうだ。

早朝はランニングの訓練が在り、放課後にしたってこれまた訓練だとかメンテナンスが待ち受けている。

釣りが出来そうなのは週末程度しか無さそうだ、ここに関してはイタリアに居た時とそんなに大差は無いのかな。

 

「えっと…ウラガーノは、と…」

 

今回少しばかり弾丸を使用した為、その分を補充させておく。

アウルは稼働そのものをさせていないから問題はないが、駆動確認をしておく。

これを怠れば、使うべき時に使用できなくなるというシャレにならない展開が待ち受けているかもしれない。

続けてイーグルは…良し、問題は無さそうだ。

アルボーレは…

 

「良し、こっちも問題無いな…」

 

続けて背面メインスラスターの確認、脚部サブスラスターの確認。

反重力制御ユニットの確認、マニピュレータの駆動、各関節部分の駆動。

それらを全てを緻密に確認しておく。

これで「試合に必ず勝てる」という訳でもない。

だがそれでも『確認を怠っていたから敗北した』などと言う負け惜しみは言わなくて済むようになる。

それに俺が求めているのは試合での勝利ではなく、試合で得られるであろうデータそのものだ。

 

「後は…『リンク・システム』だな」

 

より多くの経験値をコアに与えるために、このシステムをインストールし、登録している機体同士で経験値を共有経験させている。

つまり、インストール、登録した機体2機で模擬戦をすれば自分の経験値を相手に植え付け、相手の経験値は自分にも与えられる。

自分と相手の経験値を同時に得られるからそれだけで二倍の経験値を取得出来る事になる。

3機でバトルロワイヤルをすれば三倍習得といった具合にだ。

自分の手で完成させたかったけど、ここはまだ俺には手が出せなかった、悔しいけど。

 

「これも問題無しかな」

 

それから全システムを確認するのにお昼まで要した。

ああ…腹減った…。

 

「お兄さん、お昼ご飯出来ましたよ」

 

「助かったよ、もう空腹でさ」

 

お、この薫りはミネストローネか、大好物なんだよな。

メルクが作る場合は豆が多く入っている。

それとシャキシャキとしたキャベツもたっぷりだ、姉さんがメルクにも仕込んだのかもしれないな。

うん美味しい。

 

 

食事が終わってからはこれまた勉強だ。

メルクがいろいろと教えてくれているが、そのスピードは俺に合わせてくれている。

システム関連ではいろいろと理解していたつもりだが、まだ甘い部分も残っていたらしい。

一時間の勉強につき10分の休憩を挟むという学校のカリキュラムのような状態で勉強をしていく。

 

「もう無理だ…」

 

頭がパンクしそうになった。

ペンを握る左手も気のせいか痛むようになってきた。



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第26話 逆風 その場所で

テイルズシリーズの最新作が発表されましたね。
無論、私は購入を既に決めてます。


何故だ、iPadにインストールした虹が…先週から『ゲームサーバーとの接続に失敗しました』とばかり出て、インストールした翌々日から繋がらない…。
そもそもゲーム内でもロードに時間がかかり過ぎだろう!?

あれ?MFから発売予定だった『二度目の勇者(以下略)』の最新刊が六月の発売一覧から消えてる!?
何故だ!?
しかも未だに情報が何一つ発表されてないとか!!

Q.今までのヒントから察するに、一夏君の件がなにもかも手遅れになった真相はピーーーーー(文字数も含めて自主規制)ーーーーーだからですね!?
P.N.『キノコが!キノコが!』さんより

A.あれだけヒントをばら蒔いていたら真相を先読みしてしまう方も居ますよね。
なので、前書きでは一切のヒントは出しません。

今回の章は中途半端なので、近日中に追加投稿します。


勉強をみっちりと頭に入れて軽い頭痛を抱えながら早朝訓練を終えてから、俺達二人は初めてその場所に入った。

それは、俺達がこれから一年間使うことになる教室だった。

 

「……あ~…来る場所間違えたかな…?」

 

教室に入った途端に教室に居るクラスメイトと思われる人物達全員からの容赦のない視線に、容赦なく串刺しにされている俺だった。

だって女子限定だぞ?クラスの中は右から左まで全員女子。

生まれも育ちも何から何まで違う女子高生が並んでいるんだ、俺のような男子生徒が異質なんだろう。

なんで俺こんな所に居るんだろうか…。

ごめん姉さん、俺はすでにホームシックだ。

 

「えっと…クラスは間違えて…ないか…」

 

せめてもの現実逃避にクラス前のプレートに視線を向けてみるが、どうやら本当に1-3だ。

俺が在籍することになるクラスのようだ。

 

「お兄さん…?」

 

「ああ、本格的に二度目の高校一年生なんだな…」

 

ちょっとだけ胃が痛かった。

適当に座ったのは窓際最後部の席だった。

なんとなくだけど、そこの席なら落ち着ける気がした。

あ、フードを被っておこう、猶のこと落ち着く。

だけど、空はあいにくと曇天だった。

 

「えっと…ハース君、だよね?」

 

「ん?ああ、そうだよ」

 

「どうも♪イタリア出身の一般生徒のミリーナって言うんだ、同じクラスの者同士仲良くしようよ」

 

あ、同じ場所出身の人もいるのか、助かったな…。

 

「あ、ああ、宜しく…」

 

なぜか隣にいるメルクはホッとしている様子。

その後もすぐに談笑へと移った。

ミリーナをはじめとして他のクラスメイトも話に食いついてきた。

俺も極力話には加わっていた。

FIATでバイトしていたのに、先々月にISを起動してしまってすぐに『バイト』から『企業所属』へと肩書が書き換えられたことも。

ヴェネツィアでの暮らし、メルクや学校の級友達の事も。

勿論、家族やシャイニィの事も。

姉さんの話は…伏せた。

それは姉さんからの指示だった。

俺やメルクからしたら自慢の姉なのだが、その名前を伏せるように姉さんから指示が出ていた。

二代目ブリュンヒルデだから有名なのは判るけどさぁ…。

けど、これで無用なクラス内トラブルは避けるべきなのだろう。

それと自分の生い立ちに関しても姉さんから口止めをされていたから適当にごまかす。

それから

 

「ねえメルクちゃん、お兄さんには彼女さんとか婚約者って居るのかなぁ?」

 

そんなぶっ飛んだ質問まですっ飛んできてしまっていた。

 

「い、居ないですよ…」

 

そしてメルクもなぜ正直に答えているのやら。

実際に居ないけどさ。

だけどメルクにだって恋人は…居たら自転車で轢き飛ばす!

そのままクルーザーに鎖でつないで海面を引きずり回してやる!

 

「じゃあウェイル君、好みの女の子ってどんな人?」

 

またとんでもない質問が飛んできましたよ、と。

女の子ってこういう話が好きなんだろうか…。

しかし…好みの女の子、か…考えた事が無いよな…中学や高校にも女の子のクラスメイトは居たには居た。

だけどそれはあくまでクラスメイトとしての付き合いであって、それ以上は何一つなかった。

進展どころか進退ともに無かった。

だけど…

 

「探している人が居るんだ…」

 

俺に答えられる答えなんてそれこそそれだけしか無かった。

夢の中、いつも涙している女の子が居たのを思い出す。

いや、思い出すなんてレベルじゃない。

彼女はたとえ夢の中であろうとも、俺の精神に確かに刻み込まれている。

 

夢の中に現れる彼女は、笑顔になった事は今までに一度たりとも無い。

笑顔にしてあげたくて、彼女が伸ばしてくる手を取りたくて、でも彼女が何処の誰なのかも全く分からなくて、今に至るまで気づけば街の中を探していた。

 

「ほへ~…複雑だねハース君って」

 

「まあそんなに気負わなくていいって、出来るのなら『ただのクラスメイト』って扱いで良いから。

俺なんて(メルク)のオマケでこの学園に来たような形なんだから。

勉強だってそこまで出来る方じゃないんだ、どのみち俺は裏方専門だよ」

 

んで、裏方専門のメカニック兼エンジニア志望であることも暴露しておいた。

物のついでに釣りが趣味なことも。

そんな話をしていると早速先生が来てSHRも始まった。

みんな急いで席に座り始める、こういう風景見ていると同年代の学生なんだなぁ、としみじみする。

無論、これが俺以外全員女子生徒だという点を除けばの話だけど。

再度自覚してしまうと極端に居心地が悪いなぁ。

 

「今日から一年間、皆さんの担任になる『レナ・ティエル』よ。

出身はポーランド、これから全員宜しく。

なお、一年生である皆も知っての通り、今年から早速実習授業もあるのでそのつもりでいるように。

というのが今後の方針よ。

じゃあ皆、一年間一緒に頑張っていきましょう!」

 

ふぅん、担任はポーランド出身なのか…。

そういえばその国の料理は母さんも作ってくれていた事が有ったな…。

せいぜい三日なのに懐かしく感じてしまった。

先生も親しみやすい人で助かるよ。

おっと、俺の自己紹介の順番が巡ってきた。

 

「えっと…イタリア企業FIAT所属、『ウェイル・ハース』だ。

どういう訳か、ISを稼働させてしまいこの学園に通うことになった。

志望としては、メカニック兼エンジニアで、妹の専用機の担当になれたらと思っている。

趣味は機械いじりと釣りだな。

そこまで気が張ったのは苦手なんで、気軽に話しかけてもらえると助かる、一年間よろしく。

それと、猫が好きだって人が居たらそちらの方面でも宜しく」

 

入れるべき所は入れたし大丈夫だろう。

さて、次はメルクの順番だな。

 

「『メルク・ハース』です。

出身はイタリアで、代表候補生を務めています。

目標は実力を付けて国家代表選手になることです。

えっと…趣味は料理と、水泳です。

お兄さんともども宜しくお願いします」

 

人の事を言えた口ではないけれど、無難な自己紹介だよな。

けど、言うべきことはきっちりと言ってるから大丈夫だろ。

それから俺達は体育館に連れていかれ、入学式を受ける事になった。

ってーか物凄い簡素な入学式だったよな、簡単な挨拶とかその程度しか無かったし。

その点について先生に訊いてみるとIS委員会からの毎度のお達しで「ISに関しての授業をより多く詰め込め」との事だそうだ。

『君臨すれども統治せず』というのこういう事を指しているのかもしれないな。

 

「…きっつい…」

 

初日のお昼には早くもグロッキーになってしまっていた。

お昼に選んだ洋食プレートを眼前にしながらも胃袋が受け付けてくれない。

コンソメスープで無理やりに流し込んでから窓ガラスの向こう側に広がる海洋を見渡してみる。

ストレス解消に釣りに出向きたいのだが、それも出来ない。

学園外に外出するのなら、前日から外出申請を提出し、許可をもらわなければならない。

オマケに日本出身の学生に多少話をきいてみたのだが、この学園には釣りスポットは存在していないらしい。

どうにも、この場所に学園を建設するにあたり、海洋漁業組合からも苦情が山のごとく殺到していたらしいのだが、IS委員会がそれを全て一蹴したらしい。

無理やり建設した結果、魚も行き場を無くし、この付近は漁業も出来ず、魚もごっそりと姿を消してしまったらしいのだそうだ。

 

「明らかなまでに環境破壊してるだろこの学園…」

 

その上での時代遅れの治外法権主張だもんな。

しかも建設費用から運営費用、果ては学費や修繕費用、資材費なども全額日本政府負担なのだそうだ。

そこまで日本政府に押し付けている世界って何なのだろうか、世界の汚い一面を見てしまったな。

 

「にしても…釣りスポットが無いのが悔やまれるだろ…」

 

そう、俺からすればこれが一番残念だ、許すまじ国際IS委員会!

そしてその委員会の要求をホイホイ呑んだ日本政府め…!

シャイニィは連れてこれなかったし、釣りはできないし、どうやって俺はストレス解消をすればいいのだろうか。

あ~…イタリアが恋しい…!

シャイニィも居ないのだから癒しが無い!

ストレスが溜まる一方になる予感が…。

 

「お兄さん、我慢してください」

 

「ああ、努力するよ。

えっと…放課後にも機体を使った搭乗訓練をやる予定だったしな」

 

食事をコンソメスープで流し込むという不健康不摂生なことをしでかしてから午後の授業に向かった。

さてと、授業を頑張らないとな、何せ午後からは俺の好きなシステムや開発面をメインとした授業なのだから。

この学園ではそういった方面での授業はどんな感じでやっているのだろうか。

 

結果

 

「FIATでやってたことと全く同じだったんだが…?」

 

初日の午後の授業を終えた時点で肩透かしを食らってました。

んで、放課後直前のSHRの少し前。

 

「ねえねえ知ってる!?

ウェイル君、メルちゃん!」

 

すっ飛んできたのはミリーナだった。

何故か手には手帳が…あ、なんか嫌な感じが。

 

「何をですか?」

 

「1組に男子生徒が編入してきてるけど、そのお姉さん、織斑先生がそのクラス担任してるんだよ。

で、その織斑先生なんだけど、学園の教師陣全員から監視対象みたいになってるんだよ!」

 

みたい(・・・)って、確定情報を口にしているわけじゃなさそうだ。

それにしても教師にも生徒にも()()の名前が。

しかも姉弟だったのか…クラスも違うし関わる事も無いだろう。

授業で一緒になる事が在るかもしれないけれど、その程度で済めばいいかな。

 

「で、監視対象扱いみたいって何なんだ?」

 

「詳しい理由は知らないよ?

私、お昼休みにレナ先生に頼まれて職員室に入ったんだけど、殆どの先生が織斑先生に白い目を向けてたんだよ」

 

これでも確定には至らない。

白い目を向けていたのだとしても、蔑視によるものかはたまた教職員の怒りを買っているのかは判らない。

そういうタイミングに運悪く入っていっただけというのも強ち否定は出来ない気がするが…。

織斑先生だっけか…ほとんどの教職員に睨まれていたとは穏やかじゃないな…何かやらかしていたのだろうか?

 

「ミリーナさんは何があったのかは…?」

 

「さっきも言った通り、詳しい理由は知らないの、ゴメ~ンね♡」

 

テヘペロされた。

そんな事をする人は今までに見た事が無い、よく喋るし、情報収集に余念がないし、妙な形ではあるが、頼りになりそうな気がする。

もしかしたら情報通になるのかも…だとしたら結構頼りになりそうな気も…

 

「あ、そうだ私新聞部に所属するつもりなの。今後は二人の専属パパラッチしていく予定だからそこは宜しくね♡」

 

前言撤回!

コイツだけは敵にしたくはない!

ってかパパラッチしてんじゃねぇっ!

 

「それと、もう一つのニュース!

中国から国家代表候補生も来てるんだってさ、今日は本国の都合でドタバタしていて姿が見れなかったけど、明日か明後日には来るんじゃないかな?」

 

中国。

正式名称は『中華人民共和国』。

カタログはFIATでバイトしている時に見せてもらった事が在る。

カスタマイズされエネルギー消耗性を極力抑えることにより長期戦が可能。

なおかつ、他国のISに勝る出力が自慢とされている中国製第二世代量産機、『(ロン)』。

それがブランドの名前だったな。

だけど、俺が意識を持ったのはそちらではなく、『中国』そのものだ。

行った事も無い、写真も見た経験はそこまで無い、なのになぜか内心惹かれていた。

理由は…判らない。

 

「その人の名前は何て言うんですか?」

 

「ん?名前?えっと…」

 

そのタイミングでチャイムが鳴り響く。

SHRだ、再びテヘペロしてミリーナは席に座ったのだった。

 

「どうしたんだメルク?」

 

「い、いえ、…何でもないです…」

 

…?

ハテ、何があったのだろうかな?

気にはなったのだがSHRをするために先生が入ってきたのでさっさと思考回路を切り替えることにした。

そこでティエル先生が話し始めたのは、クラス代表のことだった。

 

「再来週にはクラス対抗戦があります。

それに参加ができるのは、各クラスにて決定したクラス代表のみ。

クラス代表というのは、簡単に言ってしまえば、クラスの生徒達のまとめ役よ。

後はクラスのみんなに先生からの伝令をしてもらったりとかの仕事もあるの。

苦労するかもしれないから、その補佐も一緒に決めるわ。

立候補、推薦、どちらでも構わないわよ」

 

「はいは~い!ウェイル君を推薦しま~す!」

 

来ると思った、なんで俺なんだよ!?

 

「却下だ!俺は搭乗者としては実力が全然無いんだ!

付け加えて言うと、俺はエンジニア、メカニック志望!

完全に裏方専門なんだ、クラス代表なんて出来ないからな!

推薦が可能だというのなら、相応の高い実力を持っているメルクを推薦する!」

 

「わ、私ですか⁉」

 

なんで驚いてんの⁉

クラス対抗戦とか、メルクにとっては華々しいデビュー戦になるじゃないか。

他のクラス代表がどんな人かは知らないけど、イタリアのテスター以外でどこまで稼働させられるか実に楽しみじゃないか。

ともなれば俺もさらなる研究のし甲斐があるというものだ。

 

「ハース君は専用機持ってないの?」

 

コレは先生からの質問だ。

しかし何だ?専用機持ってる人は強制的にクラス代表にさせられるのだろうか?

専用機所持者が居ないクラスとかどうなるんだろう?

 

「いや、一応預かってますけど俺の場合は試験機体であって、一応程度の汎用性しかないんですよ」

 

いや、コレ本当の話なんだけどな。

ともなれば俺も質問をしてみたい。

 

「ほかのクラスにも専用機所持者って居るんですか?」

 

「ええ、居るわよ。

1組には入学前の稼働試験成績で言うと…ハースさんに次ぐ次席だったイギリス出身の代表候補生だったわね」

 

イギリスというと、求められているスペックは『射撃特化』だ。

第一世代機『スプラッシュ』

第二世代機『メイルシュトローム』

噂の第三世代機は…確か…思い出した、噂の『ブルー・ティアーズ』だったな。

 

「今日は居ないけど、2組の中国代表候補生もそうよ」

 

ミリーナが言ってた生徒か。

そちらも気になるな。

 

「更に4組に居る日本代表候補生もね」

 

日本製の機体に求められているのは『防御特化』だ

他の国の機体と比べて防御性能が秀でているんだったな。

 

第一世代機『黑鉄(くろがね)

第二世代機『打鉄(うちがね)

第三世代機は…残念ながら話には聞いていない。

だけど、打鉄の汎用性と、搭載可能なパッケージが多く、シェア率を大きく稼いでいる。

 

「それと、これは余談だけれど、1組の男子生徒にも専用機が用意されるかもしれないわね」

 

「「「「「え~~~~~~‼‼‼‼」」」」」

 

この台詞でクラスのみんなが驚いて…いや、それともブーイング?

まあ言いたい内容は理解出来る。

 

専用機所持は国の華であり、搭乗者の夢だ。

それをポッと出の男子が無償で持たされるというのも納得できないのだろう。

だが俺の場合はあくまで試験機体、イタリアからパッケージを送られてくることもあるだろうから、その試験稼働によるデータ集積も仕事に入っているわけだ。

俺のデータが集積、解析までできれば、男性でもISを稼働させられるかもしれないという願望もあったりするわけだ。

 

「1組の男子って織斑君ですよね⁉

どこかの企業に所属してたりするんですか⁉」

 

「いいえ、彼は軍にも企業にも組織にも所属していない、ただの一般人よ。

ISを稼働可能というだけのね。

まったく、周囲からどう見られているのか、ちゃんと理解しているのかしらあの人…?」

 

なるほど、だとしたら日本から見たらデータ集積のための搭乗者という扱いに…。

いや、ちょっと待てそれもおかしいぞ、そのデータ集積も本人の合意無しには出来ない筈。

そもそもデータ集積だけなら学園の訓練機を使えば充分じゃないのか?

使用優先度の問題もあるかもしれないが…だけじゃないな。

機体を預かるには、軍、企業、組織、国家に所属していないと出来ない。

そもそもISは国家の所有物でもあるのだから。

それら全てに1組の男子生徒は所属していないというのなら…

 

「って、事は…何らかのコネでも拾ったのか?もしくはコネでも持っていたとか…?」

 

男性搭乗者のニュースが広まったのは、2月だ。

それから機体開発って急ピッチにも程があるだろう。

 

「で、3組のクラス代表の話は何処に行ったのかしら?」

 

おっと、そうだった。

 

「ウェイル君を推薦!」

 

「だから却下だっての!」

 

「じゃあメルクちゃんを推薦!」

 

じゃあ(・・・)ってなんだよ⁉投げやりだなぁオイ⁉

俺は辞退を望んでいたのだが、済崩し的にクラス代表補佐に任命されてしまったのだった、憂鬱だ…。

だから…俺は裏方専門なんだっての!

 

「憂鬱だ…」

 

食堂での夕食風景は俺が漂わせている暗雲のせいで今にも雨模様になりそうだった。

けどまあ、メルクの補佐だとか機体調整にも携われるのは数少ない救済措置だろうかな。

 

「ほかのクラス代表は誰になるんだろうな…?」

 

「5組は、ブラジル出身の一般生徒の方。

4組は、日本代表候補生の方ですが、機体が未完成、との話が入ってきています」

 

機体が未完成?

おかしな話だな、普通は機体を預ける相手のために、学園入学に間に合わせるのが請け負った開発研究所の仕事だろうに?

なのになぜ今になっても未完成なんだろうか…。

 

「あ、そういう事か…。

多分、日本で見つかった最初の男性搭乗者の機体開発計画が優先されて、日本代表候補生の機体開発計画が後回しにされたとか、だろうな」

 

「その答え、殆ど正解だけど、ちょ~っと違うわよ♡」

 

耳元で囁かれる声で

 

「席ならそちらが空いてますよ」

 

俺とメルクが使用しているボックス席の隣、一人用の席を指差す。

 

「私からも話が在るのよ」

 

「…………」

 

なら、仕方無いか。

トレイの中はまだまだ残っているけど話を聞くくらいなら。

メルクがややふてくされているが宥める役は俺になるだろう。

とっとと面倒事は済ませてしまおう。

 

うん、ナポリタンって美味しいんだな。

パスタ料理は母さんのお得意のメニューの一つだったけど、これはこれで味わい深い。

タバスコを少しだけ振りかけてみる。う~む、ピリリとした味で癖になりそうだ。

だけどメルクは辛いのが苦手なので、粉チーズを振りかけている。

 

「で、2組のクラス代表はどうなんだ?」

 

フォークに麺を巻き付けながら話の続きをメルクに促してみる。

早速スルーされている事に気付いたらしいが、奇人変人はそのまま放置在るのみだ。



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第27話 夜風 その時が

「それが、2組と1組はまだ未決定らしいですよ」

 

「ふぅむ、そうなのか…」

 

メルクの返答はそれだった。

 

どうにも今年は波乱万丈なようだ。

5組は一般生徒がクラス代表に就任。

4組の代表候補は機体が未完成。

3組では俺が編入。

2組は、クラス代表が未決定で、中国代表候補が国のゴタゴタにて、まだ学園に到着していない。

1組はクラス代表が未決定、と。

 

「ミリーナさんからの情報だと…」

 

情報通ミリーナ恐るべし、一日経っていないのに他クラスの事情を丸裸かよ。

 

「2組はアメリカ出身の一般生徒の方が推薦されていたらしいですが、その方が中国代表候補の方に役目を渡そうとしているそうです。

その本人も不在で交渉が出来ていないそうですから、クラス代表が決定できなかったそうですよ」

 

確かにクラス代表の役目は、クラスメイト全員が揃っている状態で決めた方が良いだろうな。

不在者に押し付ける形になってしまっていたら、押し付けられた側は納得できないだろうし。

その中国代表候補の人、そんな大ごとになってるのを知ったら何と言うのだろうな、ご愁傷様、と。

 

「で、最後に1組だけど」

 

楯無さんがサーモンサンドを食べるのを中断し、口を挟んできた。

 

「…イギリス代表候補生と、男子生徒との間で諍いが起きたのよ。

それで試合をして、勝者がクラス代表に就任する事になったわ」

 

「そりゃまた無謀なことをするもんだな…ポッと出の一般人が代表候補生に勝てるとは思えないんだが…。

俺だって喧嘩になったらメルクに負けるというのに」

 

兄の威厳?

そんなものとっくの昔に跡形残さず消し飛んでいるさ。

最低限の沽券を保っていられればそれで良いだろう。

 

代表候補生というのであれば、軍属であり、多くの修練を積んでいる搭乗者というのも同時に指し示す。

そんな相手に、ポッと出の一般人が、ISという慣れないものを使って戦うとか…なんで1組の担任や副担任は止めなかったんだ?

こういう場合は経験者に任せればいいのに…。

 

「そこで私やお兄さんを引き合いに出すのは如何なものかと…」

 

いや、実際に喧嘩になったら俺は姉さんにもメルクにも勝てないぞ。

腕力だけなら勝てるかもしれないけど、技術面では二人が圧倒的に上だ。

俺がISへの搭乗が可能だとわかってからは結構鍛えられているけど、それでも結局は技術で負ける。

ブレード(グラディアス)では俺自身しっくり来ていなかったからだ。

だから別の武装、『ウラガーノ』や、イタリアを出立する、その直前に急遽届けられたパッケージ『クラン』に切り替えたりしていた訳だからな。

 

そのうえで色々と試した、自分なりに努力はしたし、研鑽も積んだつもりだ。

メルクや姉さんには、それでも遥かに届かない。

それは今日の放課後でも実感したことだ、ISを用いずに白兵戦闘訓練をしたけど黒星がいまだに続いているからな。

もう一人の男性搭乗者…『オリムラ』だったか、そいつはどうなのだろうな。

 

「にしてもミリーナは凄いよな、一日経ってもないのに他のクラスの情報を根こそぎ集めてくるとか」

 

「パパラッチを自称していたのは伊達じゃないみたいですね」

 

取材される側になったら逃げられる自信がまるで無いんだが。

今後も彼女とはいい方向で友人として付き合っておこう。

追われる側になって堪るか、専属パパラッチになるとかほざいてたけど!

 

「クラス対抗戦か…クラス代表同士を対戦させてその勝率で競うんだったな」

 

「で、一番勝率が高いクラスの全員に、スイーツの無料券が半年分支給されるんだそうです!

絶対に負けられないですよ!」

 

辛いのが苦手だからか、俺の妹は甘いものが好みになってしまっている。

姉さんの手により、不摂生になったりしないように注意はされているから、食べすぎたりとかはしないと思うけど。

 

「ジェラートも美味しかったですけど、外国のスイーツも気になってて…」

 

「ああ…この学食って世界中の料理が出せるみたいだからな…」

 

世界中から学徒が集まっているからその好みにも合わせる必要があったからだろう、この学園の食堂のスタッフはどんな料理の腕をしているんだか。

現にイタリア出身の俺たちだって納得できるような腕前だからな。

食べていたナポリタンは日本で出来たパスタ料理らしいけども。

 

「話を戻そう。

クラス対抗戦で戦う相手のことを事前に可能な限り集めた方が良いかもしれないな。

それを想定してクラスのみんなにも手伝ってもらおう」

 

「はい!」

 

情報に関してだけど、またミリーナに集めてもらえばいいだろう。

…高くつかなければいいんだが…。

俺とメルクの話はそれで着いた。

当然、視線が向かうのは、同じボックス席に相席している生徒会長に突き刺さる。

この人、何かしら話を抱えてきたらしいのだが…伺うとしようか。

 

「で、生徒会長直々のお話って何ですか?」

 

「ああ、それなんだけど…二人を生徒会へ勧誘しに来たのよ」

 

「「生徒会?」」

 

おいおい、クラス代表で忙しくなるメルクに、座学で平均的な成績をやっとの事で維持している俺をか?

人選基準がおかしくありませんか?

 

「メリットは在るわよ。

他の生徒もあまり出入りしないから、静かに過ごせるもの。

先生も、来る人は限られるわ。

どうかしら?」

 

静かに過ごせる場所らしいけど、どうするかな…?

そもそも俺は人の上に立つ器でもないしな…

 

「勿論、無理強いをするつもりは無いわ。

虚ちゃんも説得し、納得させているもの。

それに…困った事が在れば真っ先に相談にも乗れるから。

どうかしら?」

 

悪い話じゃなさそうだけど…保留かな?

書類仕事とか苦手だし。

 

 

 

 

さて、食事も終わったし、部屋に戻ろうか。

それからする事はといえば…勉強だけだったりする。

 

「歴史の授業も導入されているんだな…この学園…しかも世界史とか…」

 

自分の過去すら知らない記憶喪失の人間が、過去の歴史の勉強とはこれ如何に。

皮肉にも程があるぜ。

俺はやっぱり文学系統には向いていないのかもしれないな、どっちかというと理数系かもしれない。

いや、座学方面に関しては全般的にからっきしだからな…肉体労働専門か?

機体のメンテナンスには数値計算のこともあったりするわけで。

成績表は両親や姉さんにも見せたことあるけど、「随分と尖っているみたいサ」と苦笑されたこともあった。

けど直ぐに言い換えて「狭く、深く」とか言ってたっけか。

俺の成績表がそれだったけど、メルクはどちらかというと苦手分野が少ないみたいだった。

そういう意味では俺とは正反対かな。

 

「ちょっとだけ手を休めるかな…」

 

メルクが淹れてくれたアップルティーを飲み、夜空を見上げる。

夜空を見上げると…ふと思う…

 

「本当に…遠くへ来たんだな…」

 

…と。

そんな中、夜空を渡る飛行機が目に入る。

あの中にも大勢の人がいるのだろう、数日前に自分も乗っていたのだと思うとやはり気持ちが複雑になる。

 

「あ、良いものを思いついた」

 

発想としては荒唐無稽にも程があるけど、忘れてしまわない内にさっさとスケッチに起こしてしまおう。

ホント、勉強の合間に何を考えているんだろうな、俺は。

こんな事をしているから成績が悪いのだろう、集中力の維持させる方向を間違えているのは自覚してたりするのにな…。

 

予習復習を先に…ああ、でも早くスケッチしておかないと…でも勉強が…

 

そんな事をしているうちに消灯時間が来てしまう。

仕方ないから俺もメルクも寝ることにした。

デッサンの続きは夢の中で、だ。

 

 

 

 

 

不思議な夢を見た。

今までに見たことのない夢を。

 

髪の長い女の子

 

闇の中で涙するばかりで、必死の手を伸ばしてくるのに、その手を俺は掴めなかった

 

そんな夢であれば今までに幾度も見てきた

 

なのに…今日に限ってはその女の子は泣いていないのだとわかった

 

その女の子は立ち上がっていた

 

事もあろうか、その女の子はIS(・・)学園の制服(・・・・・)を着ている。

 

そして突き出してきたのは…手ではなく…()だった。

 

その表情は相変わらず見えないけれど、泣いてなんかいないのだろう、何故かは分からないけれど、そこには今まで以上に強い意志を感じたんだ。

 

 

 

 

「…何だったんだろう、あの夢は…?」

 

夜明けと同時に目を覚ましてから考えてみても、その答えは出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は『裏切り』に満ちている。

10歳になるよりも前にアタシはそれを悟った。

かつて、あれほど裏切りにあった人を私は知らなかった。

 

「一夏…」

 

10歳の誕生日に行方が分からなくなった。

 

数週間後には死亡判定が下された。

 

何があったのかは、今になっても判らないまま。

当時から必死に情報を集めようと頑張ったのに、収穫は何一つなかった。

 

悔しかった

 

惨めだった

 

悲しかった

 

絶望しそうになった

 

心が…圧し折れそうになった…

 

だけど、諦める訳にはいかなかった。

私が、一夏の居場所になるって決めたんだから…。

だから、見つけると決めた私自身の意思を裏切るわけにはいかなかった。

 

あの日以降、不思議な夢を見るようになった。

 

何処までも続く暗闇の中。

 

一夏の姿を確かに見た

 

日を重ねるごとに痩せ衰えていき、髪の色も真っ白になっていく

 

必死にその姿に手を延ばしても届かない

 

走っても走っても追いつけなくて、悔しくて…夢の中でも涙してしまっていた

 

いつの頃からか、夢の中で姿が変わってしまった彼も手を延ばしてくれるようになった

 

それでも…私達の手は届かなかった。

 

 

 

「悪いな鈴、結局何一つ情報を渡せなくて」

 

「それは私だって同じよ、何一つ情報は集まらなかったわ。

出来る事は何だってしたのにね…どうしてかしら…?」

 

出来る事は何だってした。

 

あの4年間、張り紙だってした。

近所の人にも訊いて回った。

恥を承知で小中学校で予定されていた修学旅行の際にも人に訊いたりした。

でも、収穫は完全にゼロ。

 

全輝は、一夏の生存を信じて動き続ける私達を指差して嘲っていた。

その態度に違和感を感じないわけじゃなかったけど、話が通じる相手ではないと知っているから完全に無視し続けた。

 

あの女(織斑 千冬)は完全に諦めているのか、私達の行動に何の関心も持っていなかった。

 

一夏は…家族(同居者)にまで裏切られているのだと私でも理解した。

 

「私…ね、考えがあるの」

 

中学の卒業を待たず、両親の都合で中国に帰国することになった。

別に離婚だとかそういう話じゃない、母方の祖父母の都合による帰国だった。

だけど、ここで一つ、私は一計を講じることにした。

 

「中国で近く、ISの代表候補選抜が在るって聞いたのよ。

私はそれを受験するつもりなの」

 

「「「…はぁっ⁉」」」

 

「あ、でも勘違いしないでよね。

目的は別にあるのよ…私の本当の目的は、軍が持ち合わせている情報網よ。

それを利用して、私は日本国外から調査をしてみたいと思っているのよ」

 

それが私の目的だった。

使えるものは何だって使う、たとえ国だろうと、軍だろうと関係無い。

合理性を取る事で、効率も上がるかもしれないから。

 

両親の都合もあるけれど、日本国内からの調査は、弾、蘭、数馬の三人に託す事になる。

その代わり、国外からの調査へと移る。

 

「安心しなさいよ、弾、数馬、蘭。

私はあの女(織斑 千冬)のようにはならないわ。

目的に目が眩んで、家族をないがしろにするような人間に見える?」

 

「「「いや、見えない」」」

 

でしょ?

私は、家族を蔑ろにするような奴なんて人間だなんて認めない。

家族を切り捨て、裏切るような奴を自分と同じ人間だなんて絶対に認めない。

 

「やっぱり、それは一夏さんを見つけるために…?」

 

「当たり前でしょ、私は絶対に諦めないってーの!

アンタはどうなのよ蘭?」

 

「私だって諦めたりなんてしません!」

 

そうそう、その元気さが無いと蘭っぽくないのよね。

本当は知ってるのよ、蘭だって一夏が好きだってことを、その思いを告げられなかった事も。

 

「あら残念、素直に諦めてくれてたりしてたら、一夏と一緒にゴールインしてる姿を見せびらかしてあげようと思ってたのに~」

 

「ふ、ふん!こここここ国外に居るだなんて限りませんからね!

日本の中で私が先に見つけてブライダル会場の写真でもエアメールしてあげますよ!」

 

言ったわねぇっ!

なんて、ね。

蘭の決意をしっかりと受け止めるにはこれくらい発破かけとかないと。

 

「弾、数馬、アンタ達にも、そのうちにエアメール出すから、それで情報交換しときましょ」

 

「いいぜ」

 

「了解だよ」

 

それが私が日本に居た最後の日に交わした、最後の会話だった。

 

 

 

それから私は中国にて国家代表候補生選抜試験に転がり込んだ。

それでも、支給金の殆どは家族に贈り、連絡だって毎日した。

そんな中でも、必死に訓練して、必死に修行して、必死に研鑽を積んで、結果を半年で叩き出した。

結果、中国製第三世代機であり最新鋭機『甲龍(シェンロン)』を受領した。

たった一人の情報を得るために積んだ修行の成果は、あの女(織斑 千冬)と同じ『専用機所有者』という地位だった。

これで、情報を集めるための布石は少しは整った。

だから即座に行動を開始した。

日々の修行を終えた後に情報部に通い詰める毎日。

情報を集めてもらうために、頭を何度も下げた。

そこまでやってやっと情報を集める事が出来た。

でも、手元に渡された最初の資料はあまりにも残酷なものだった。

 

第一回国際IS武闘大会『モンド・グロッソ』に於いて、大会を利用して賭けを行い、金を荒稼ぎしようとしていた集団が居た、と。

その際に一回戦に出場する選手の家族を誘拐し、棄権させようとしていたのだと。

 

「間違い無い、一夏だわ…」

 

だとしたら、あの女(織斑 千冬)も被害者のようなものだと察した。

あの女(織斑 千冬)は嫌いで嫌いで仕方ないけど、犯罪者のように扱いたいわけじゃない。

それでも、この胸の内に広がる違和感は消えてくれなかった。

 

書類を見た感じ、フランスはその情報を把握しておきながらも、一切の対処を行わずに大会を敢行。

後々に情報隠蔽が発覚し、全世界からバッシングされる事になった。

そのバッシングを行う側には当然日本政府も存在していた。

結果、フランスは零落し、差別対象にもなった。

フランスから亡命する人も後を絶たず、華の都も廃れているのかもしれない。

 

「大会関係者の身内に、護衛の一つも無かったって言うの…?」

 

あの女(織斑 千冬)は一夏と全輝にとっては唯一の身内であり保護者。

それはこの年になった私にも理解は出来ていた、ならその人本人が護衛をつけなかったのは何故?

それに昨年の大会ではタイトルマッチで棄権したのは…

 

「それはドイツ政府からの通告があったとされているわ」

 

「ドイツ政府が?」

 

「第一回大会での二の轍を踏むわけにはいかなかったんでしょうね。

二連覇を狙って情報を隠蔽した(・・・・・・・)日本政府に代わりドイツ政府があっさりと通告したらしいのよ。

だからイタリア出身のアリーシャ・ジョセスターフ選手は雪辱を晴らせぬまま称号を授与されというわけね。

あの選手がインタビューも受けずに即日イタリアに帰ろうとしていた理由は判らないけれど」

 

イタリア…。

そういえばここ数年で業績が右肩上がりになっているとか聞いたけど、何一つ情報が集まらないから除外していいわね。

 

そのまま私は修行を続け、情報も集め続けたけれど、収集できる情報は極端に少なくなってきていた。

そして真冬に…全輝がISを稼働させたというニュースが全世界に広がった。

女性のみが稼働可能なソレを動かした理由は判らないけれど、IS学園への編入が決まったらしい。

私も代表候補生になった以上は受験もしたし、余裕でパスしている。

けど、全輝がいるのなら行きたくなかった。

長いこと説得を受け、話を先延ばしにし続けていた結果、今度はイタリアで男性搭乗者が発見されたというニュースが。

名前は判明しているけれど、風貌はヴェールに包まれたままで不明の一言に尽きる。

 

「…もしかして…」

 

全輝がISを稼働可能なのだとしたら、イタリアに現れた人物は一夏なのかもしれないと思った。

だけど、名前が違うにもほどがある。

それに『ハース』の名前は私だって聞いたことがある。

イタリアの代表候補生のファミリー・ネームなのは知っている、受験者の中では主席だったという話は有名だし。

他にも最新式のテンペスタの搭乗者という事でも知っている。

 

その人と家族なのだとしたら…でももしかしたら…。

 

そんな希望は捨てる事が出来なかった。

顧問官の説得に応じ、私は学園への入学を決意した。

 

『可能性』、『奇跡』

そんなまるで幻のような糸だとしても…掴むよりも前に触れてみたかった。

 

「もしかしたら…」

 

希望は捨てなかっただけ価値が在る

 

掴めるかはこれから

 

「って、なんでこんな事になってるのよ!」

 

いざ空港から発とうと思ったその日、甲龍のメンテナンスで待ったがかかってしまっていた。

理由としては…私の過度の修行だった。

より多くの研鑽を積もうと思って、…その…修理とかメンテナンスが面倒だったから、予備パーツへの交換しては使いまわしてごまかし続けていた。

その結果がこのメンテナンスでの出発の遅延だった。

思い立った矢先に出鼻を挫かれるだなんて思ってもみなかったわよ!

とはいえ原因が私だからあまり強くは言えない、だから待つ他に無かった。

 

その日の夜、またあの夢を見た。

 

真っ白な髪の男の人。

かつては痩せ衰え、骨に皮が張り付いたような姿の彼。

でも…なんで寝間着姿なのかしらね…?

だけど、時折に見る夢だから、もう動揺なんてしなかった。

だから私は、手を延ばすのではなく、拳を向けた。

 

「必ず直ぐに逢いに行くんだからね!」

 

そう宣言して見せた。

 

これが、私の想い

 

これが、私の願い

 

私はもう…絶対に諦めないんだって誓った。

絶対に貴方を裏切らないんだって。

 

「言ったでしょう、『私の想い、毎日叩きつけてやる』って!」

 

例え世界が裏切りに満ちていようと

 

貴方が悪意の掃き溜めにされていたのだとしても

 

私の想いは、その全てに勝るんだって見せつけてやる!

 

貴方の…心からの笑顔を引き出して見せるんだから!

 

「だから…覚悟しなさいよね!」

 

メンテナンスも終わり、基地から出る。

私の肩には、今も一夏の肩提げ鞄がぶら下がっている。

『織斑 一夏』と記された名前は今もはっきりと見える。

この鞄は、遺品としてもらい受けた、とかじゃない。

 

『今は私が預かってる、だから必ず受け取りに来なさい』

 

そういう意味を込めて、私が持っている。

 

空を見上げれば、雲一つない快晴。

飛行機に乗るにも丁度いい天気だった。

空港に入り、手続きを終わらせ、鞄を持ったまま飛行機に乗り込んだ。

余計な荷物は持たないのが私の主義、必要なものはこの鞄一つだけで事足りた。

それでも飛行機で半日近くかかり、お昼過ぎに眠気に襲われて、鞄を抱きしめて目を閉じる。

 

飛行機が到着したのは夕方だった。

久し振りに踏む日本の大地、感動とかではなく、また来たんだな、と少しだけ郷愁を感じた。

 

「えっと…IS学園はあっちなのよね…」

 

行先は世界を股に掛けた女子高。

どんな日常が待ち受けているのかは判らないけれど、それでも私の目的はただ一つだけだった。

 

「先ずは、アンタを探すのが一番の近道かしらね、『ウェイル・ハース』。

…どんな人なのかは知らないけど」

 

待ってなさいよ、一夏…。

絶対に見つけるんだから…!

アンタが私を救ってくれたように、今度は私がアンタの希望になってみせる…!

私の想い、毎日叩きつけてやるんだから!



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第28話 悪風 最悪の出遭い

タイトルは誤字に非ず
『出逢い』ではなく『出遭い』です。

FGOにてシャルルマーニュ(剣)とカール大帝(裁)って実装されてるのかな…ガチャやって当たれば良いんだけどな…。
目当てにしていたサーヴァントで入手出来たのは未だに
弓 緋の釣り人
殺 巌流
だけだし…。
ヘラクレス(狂)が欲しかったけどまさかのダレイオスⅢ世(狂)がヒット。
ダレイオスを育ててみるかなぁ?
(狂)のクラスは存外強いみたいな事を聞いたけど、リスクが高いし…。
集中砲火を受けたら大惨事…。

『影の国の女王(槍)』か、『真の英雄は目で殺す!(槍)』が欲しかったがこちらもこちらで碧の釣り人(槍)も入手。
目当てのものこそなかなかに手に入らないですよね…。
さてライダー(F)はアキレウスを目指しているけれど、ライダー(M)は未定だった。
けど、折角引き当てたブーディカ女史に頼んでみるかな…?
というか(剣)のクラスが螺旋剣を引き当てた以降に一人も出ない!

Q.ウェイル君のIS学園制服ってどんな感じですか?フードが着いているらしいですけど…。
P.N.『あぶとら』さんより

A.『漆黒の雷龍』での一夏君はロングコート式でしたが、今作のウェイル君の制服は研究者じみた『白衣』です。
それに勝手にフードを取り付けています。
更に、これまた勝手に取り付けたポケットの数も沢山で、機械いじりをする際の工具とかを突っ込んでいます。
なので、軽量だった白衣が結構な重量に…本人はまるで気にしていませんが…。
ちなみに、背中に例のロゴを入れようとしたらしいですが、メルクちゃんとアリーシャ姐さんに止められたそうです。


クラス対抗戦に向け、俺はメルクの訓練相手になっている。

クラスの皆も俺と交代しながらも訓練の相手になってくれていたりするから非常に助かる。

現段階ではそんな中でもメルクは近接戦闘、対近接戦闘を研究している。

姉さんやテスターのヘキサさんも近接戦闘に長けていたけど、今のメルクはその時よりも大きくハードルの高さを上げているような気がした。

何というか、俺からは文句なんてないんだけどメルクが想定している今回の相手というのは…

 

「近接戦闘のみ(・・)の誰かを見てるみたいだな…」

 

勿論、射撃も織り交ぜている。

だけど、左手にファルコン()、右手にホーク(刀剣)と、遠近両用のスタイルで積み重ねている。

だが、気のせいだろうか…いつも以上に真剣になり過ぎているような…?

 

「…さて、俺も訓練に戻ろうか。

お~い、相手を代わってくれ」

 

「はいよ~!…あ~しんどい…」

 

メルクの相手を今の今までしていたのは情報通のミリーナだ。

結構息が荒くなっているのを見るに、国家代表候補生の実力をその身で覚えたといったところか。

 

「じゃあメルク、今度は俺が行くぜ」

 

「ええ、判りました…では、参ります!」

 

メルクは…いきなりファルコンを連結し、レイヴン(長射程形態)に。

野太い砲撃をギリギリで避け、俺はウラガーノを構える。

悔しいけれど、実力はメルクが遥かに上だ、模擬戦闘はイタリアにいたころから何度も繰り返しているが、俺が勝てたのは15回に1回程度。

兄の威厳なんて吹っ飛んで久しい、最低限度の沽券だけは死守しないとな。

でなければ、俺の株の暴落は目の前だ。

 

 

 

 

 

「だーっくそっ!…今回も負けた…」

 

俺とメルクの模擬戦は35分にも及んだ。

射撃戦闘も可能だったかもしれないが、生憎と今回のメルクが望んだ訓練は対近接戦闘だ。

だから俺はその要望に応え、近接戦闘のみに準じた。

その結果が35分という模擬戦闘の時間だ。

 

メルクは射撃をメインにしてきたが、俺はその射線をある程度は予測し、回避しながらの接近を試みる。

だがメルクとて俺の手の内は知っている、俺が武器を振るう軌道を逆算してパリング(弾き返し)をしては隙を突いてくる。

姉さん達の指導の賜物が現在のメルクなのだが、ここまで身に着けさせる姉と、ガンガン吸収していく妹相手に寒気がしてくる。

けどまあ、そこまでなっているメルクの相手にもならなきゃ俺としても話にならないから、これで試行錯誤を繰り返してきている。

この試合時間もその賜物といったところか。

 

「ウェイル君、頑張ったねぇ…ほかの皆と比べても試合時間が物凄く長かったよ?」

 

「は、ははは…けど、本当にしんどいぜ…」

 

視線を向ければ、メルクも息が上がっている。

 

「お兄さん、相手してくれてありがとうございます」

 

「おう、これでクラス対抗戦に自信は着いたか?」

 

「ええ、勿論!…でも…」

 

キュルル~…と情けない音がメルクのお腹から…。

どうやらスタミナのほとんどを使い切ったらしい。

テンペスタ・ミーティオの展開を解除したのを確認し、俺もテンペスタの展開を解除する。

リンク・システムにより、互いの経験情報が互いに共有されている筈。

これで今後の研究も大きく進むだろうと思いたい。

 

「食堂に行くか?」

 

「そうします、今日は料理は人任せで…」

 

俺もだ、スタミナは残っていないわけじゃないけど、料理に割くほど余裕があるわけでも無し。

クラスメイト数人に囲まれながらも、更衣室へと向かった。

けどまあ、ここで問題が一つ。

この学園は二人という例外を排除してしまえば基本は女子高だ。

着替えなんてとてもじゃないが同室で出来る筈も無い、なので、俺が使うのは別の不使用状態のアリーナの更衣室だ。

もしくは寮の部屋に戻るか、だ。

今回は後者だ、放課後にアリーナを使用する人は実際には多く居る。

不使用状態のアリーナが無い場合、疲れ切った体に鞭打ち寮に戻るのだが、一応抜け道はある。

グラウンドの隅に置いていた鞄、その中に制服を入れておいたので、それをスーツの上から着るだけだ。

スーツの上からこれを着るだけなら更衣室など不要だ、なので今後は授業があろうとなかろうと、スーツはインナーのごとく着ておかなくてはならないだろう、予備が何着かあるから構わないけど。

 

「さてと、行こうか」

 

鞄に入れておいたタオルで額に流れる汗を雑に拭う。

汗臭いのはこの際だから多少は我慢しよう、食事の後にはすぐにシャワーを浴びたい。

そのままアリーナの前に向かい、待つこと10分。

メルクを先頭に3組のクラスメイトの半分が出てきた。

今回メルクの訓練に付き合ってくれたのは、このクラスメイトの中でもこのメンツだけだ。

残り半分は、部活への見学や自習を優先させていた。借り受けられる機体の数にも都合があるのだから文句は言えない。

けど、俺に敵意を含ませた視線を向けてくるのには納得しがたいものがあるけど、こういう時代だし、こういう学園だしなぁ…。

 

メルクは手をつないでくるから、それに応えるように、握り返す。

後ろの女子、キャーキャー五月蠅いよ。

 

 

 

♪♪♪♪♪

 

今日の訓練は結構苛烈になったと自分でも思う。

この学園に入学してから数日経過し、一組で起きた諍いに関しての事情はミリーナさんから聞きました。

なんでも、クラス代表を決めるのにISを使った試合を執り行うというデタラメな企画。

ポッと出の新人が、軍事訓練を潜り抜けた代表候補生に勝てるわけが無い。

そう思っていましたけど、その予想は裏切られた。

男性搭乗者が、イギリス代表候補生に勝利した。

 

「どうなってるんだ?」

 

お兄さんは話を聞いただけ、私はそこからさらに映像を用意してもらってから解析に挑んだ。

さらに過去に戻り、イギリス、ロンドンに於ける受験の際の実技試験の映像も。

けど、それで疑問が氷解した。

イギリス代表候補生、セシリア・オルコットさんには致命的な欠点が存在していたのだと。

それは慢心と稼働率の低さ。

 

「この人、実技試験の時から何も変わってない…⁉」

 

実技試験の結果は、勝利。

でも、専用機所持者がその結果で終わるのは当たり前の話ではあるけれど、それは決して自慢になんてなりえない。

にも拘わらず、彼女は学園に編入してからもそれを自慢しているらしい。

 

「で、メルクはこの人に勝てそうか?」

 

「もちろんです!」

 

お兄さんから投げかけられた疑問には即答して見せた。

頼りになる妹として在りたかったのも確かな話。

でも、自慢をするだけして無差別に他者を見下す人になんて負けたくなかった。

今日の訓練は自分に対して厳しくした。

訓練機(テンペスタ)3機を予約してもらい、搭乗者を変えながらのローテーションを組んでもらって、全周射撃からの対応をみっちりと身に着ける。

お兄さんも途中で自身の専用機に搭乗し、対近接戦闘訓練にも備える。

だから、1組の専用機所持者、イギリスのオルコットさんと、もう一人の男性搭乗者、『織斑』になんて負けるつもりは無かった。

 

「今日の夕飯はどうする?」

 

「できるのなら消化しやすいものが良いです」

 

「判ったよ、じゃあ席の確保頼むよ」

 

「はい!」

 

それから私は席の確保のために食堂全体に視線を走らせる。

ちょうどいいと思った場所は、窓から海が一望できる席だった。

 

早速席を確保し、ミリーナと一緒に座ってお兄さんを待つことにした。

 

「お、いい席確保してくれてたな」

 

少しだけ待っていると、お兄さんもやってきた。

両手にプレートを持っているのに、まるで重くなさそうに見せられる。

そのプレートには日替わり洋食定食が、シーフードサラダも入っているから間違いなくお兄さんの好みだと理解した。

 

「お兄さんは今日の訓練どうでした?」

 

「正直、凄く疲れたよ。

けどまあ、こういうのを幾度もメルクは乗り越えてきてるんだろ」

 

確かに。

代表候補になるのが第一の目標だったから、それに向けての訓練は誰よりも頑張ってきたという自負がある。

努力だってしたし、時にはケガも多少はした。

それに釣り合う地位にいるかというと…自分ではまだ少し判っていないのが事実。

お姉さんはどうだったのだろうか…?

 

「なら、俺も負け事なんて言ってられないさ、訓練だったら幾らでも付き合うよ」

 

「おお、ウェイル君ってば頑張る気満々だねぇ。

私なんて5分でギブアップしたっていうのに…男の子は違うなぁ、メモしとこ」

 

「おいそこ、何をメモしているんだ」

 

「やだなぁ、変なことはメモしてないって、それに事前に言ったでしょ、『二人の専属パパラッチになる』ってさ」

 

「本気だったんですか…」

 

パパラッチしないでもらいたいなぁ…。

とは言っても聞いてくれないんだろうなぁ…。

 

「で、話は変わるけど、他のクラスの事情はどうなってる?

対抗戦までに情報を仕入れて欲しいのだが…」

 

「そこはバッチリ!

5組はブラジル出身の一般生徒で『コロナ・ビークス』さん。

訓練機の貸し出しを予定しているってさ。

使用するのは日本製第二世代機『打鉄』だよ。

4組のクラス代表は、日本代表候補生で、打鉄をベースにして改造された純日本製第三世代機1号機になり損ねた2号機『打鉄弐式』。

仕入れた話だと結構な火力と、高機動を兼ね添えた機体なんだってさ。

んで、第三世代兵装だけど、個人で開発してるらしいのよ。

だけど製造機開発企業に何らかの圧力が発生していて機体開発計画は無期限凍結処理、並びに機体開発はその代表候補生の個人開発になっているってわけ♡

2組はまだ不透明だから以下省略!」

 

よくもまあここまで調べてますよね。

お兄さんが頼んだにしても妙な情報も入ってましたけども。

 

「最後に肝心なんだけど、1組について!

他薦によって男性搭乗者の織斑君に決定しそうになった所で、イギリス代表候補生のオルコットさんが不服申し立て。

んで、日本への侮辱と男性差別発言でクソミソに罵倒したところで織斑君も激昂してね、織斑先生の判断で試合が執り行われたのよ。

それが先日の話、第3アリーナで試合が執り行われた結果が…織斑君の勝利って訳」

 

専用機を貸与されている代表候補生が、訓練をまともに受けていない一般生徒に敗北。

その意味は誰しも理解は出来ている筈。

 

「さらに新情報!

その織斑君だけど、なんと国家から専用機の使用が認められたらしいのよ!」

 

「ちょっ…それって…映像に写っていた白い機体ですか⁉」

 

映像で見た白い機体は記憶に新しい。

お兄さんも腕を組んで何かを考えている。

 

「それってデータ集積の為って考えられないか?

量産機を多少いじって素人にも稼働させやすいようにしてデータを収集させる為…とか?」

 

「でもね、それだと説明がつかない点も存在してるんだよ」

 

お兄さんもそうですけど、男性IS搭乗者というのはISが世間に発表、生産、研究が始まってからというもの例の無い存在。

その存在が今になって現れたものだから、その稼働データは全世界が欲しがるもの。

でも、純粋にデータ集積というのであれば解析の行いやすいとされている量産機のほうが都合が良い筈。

それを理解したうえで専用機の貸与というのは私にも理解が出来なかった。

 

「なんとその織斑君に貸与された専用機、『単一仕様能力(ワンオフアビリティ)』が搭載されていたのよ」

 

 

 

♪♪♪♪

 

単一仕様能力(ワンオフアビリティ)

その話は姉さんから聞いた事が在る。

機体が第二形態移行(セカンドシフト)に至った場合、発生する可能性のある未知の技能だ。

それが稼働時間が極端に短い男性IS搭乗者の使う機体に搭載されていただと…?

 

「君の言っているそれが『単一仕様能力(ワンオフアビリティ)』だと断言できる要素は?」

 

「誰もが知ってる初代世界最強(ブリュンヒルデ)が搭乗していた伝説の機体『暮桜』と同じ仕様能力だからよ」

 

…は?

 

続く話だと1組の男子とその担任は姉弟らしい。

何それ?単一仕様能力(ワンオフアビリティ)をお下がりでもらってるような感じなのか。

 

「で、その能力の内容は、なんと織斑選手と完全に同じなのよ。

『自分のSE(シールドエネルギー)を消費して相手に大ダメージを相手に与える』と言うものらしいのよ。

より詳しく言えば、SE(シールドエネルギー)を消費しながら特殊なレーザー刃をブレードに展開付与、それで切りつけた相手の絶対防御を無理やり発動させてSE(シールドエネルギー)を一気に削る、こういうものらしいわよ」

 

何それ?

競技云々に於いては完全に自爆武器に近いじゃん。

しかも相手をも危険に巻き込むのを目的としているわけだから、ISに於ける安全性を覆すような仕様の能力だな。

 

それ以前に専用機という点も問題だらけだ。

男性搭乗者のデータの集積も目的にあるのだろうけど、それこそ素人に固有の能力を搭載した機体に搭乗させようとしたら基本的なデータも解析が難しくなってくる。

ということは、オリムラと呼ばれる男性搭乗者はデータ集積を免除されているという事だろうか?

…何のためのこの学園への編入だよ…?

あ、もしかして担任教諭らしい姉の庇護なのか?

しかも自身の機体の能力をお下がりで与える程…。

そりゃぁ周囲の教師陣から白い目を向けられるってものだろう!

 

「そんな危険な機体をよく国が開発、貸与なんてしたもんだな…?

あ、もしかして4組の代表候補生の専用機開発計画が無期限凍結処理されたのってそれが理由なんじゃないのか?」

 

「あ、そうかも」

 

同情するわけでもないが、日本代表候補生も可哀相なもんだな。

そんな危険な機体開発の為に、自身の機体開発計画を無期限凍結処理されるとは。

あ、今は個人で機体開発を進めているらしいな、大変そうだな…。

 

「ウェイル君の機体はどんな感じなの?」

 

「俺のは、FIATで兵装稼働試験に使用されていた試験機体を多少俺好みに調整してるだけだよ」

 

FIATでは常に『試験機』だの『テンペスタ試験機』と愛想も情緒も無い呼ばれ方をされていたから、俺が勝手に固有名称を着けて呼んでいたら浸透してしまっていたわけだ。

 

「話を戻すけど、1組の男子の機体だけど、高機動で近接格闘戦仕様みたいなのよ。

試合の途中で換装もしていなかったのも確認済み、搭載されている兵装は先程言った仕様能力を搭載させた刀剣型のブレード一振りのみよ!」

 

…ブレードに付与展開するのなら、接近してからの攻撃が必要になるんじゃないだろうか?

単一仕様能力なんて発動させようものなら相手が警戒して距離をとるだろうし、当てにくいぞ。

それに合わせて瞬時加速なんて使おうものなら、単一仕様能力を使いながらだから搭乗者を風圧から守るために絶対防御が発動してシールドエネルギーが消費するわけだから、二重消費という燃費のバカ食いになるだろう。

…考えれば燃費の悪いピーキーな機体になりそうだ。

どちらかというと、個人戦闘ではなく、味方にサポートをしてもらう方が良さげだな。

 

この情報通の情報収集能力の高さ…今後も頼った方が良いだろうな。

にしても、もう一人の男子生徒だが…姓名は『織斑』だったか…何となくだが厭な感覚がした。

関わらないでおこうか。

 

「んで、1組はその織斑君がクラス代表としてクラス対抗戦に出場するみたいだよ」

 

射撃戦闘に重きが置かれている昨今のIS開発、そのさなかに近接戦闘しか出来ない機体に、更には危険な単一仕様能力を搭載させた状態で作成するとか日本政府は何を思っての事だろうか

しかも代表候補性の機体開発計画を無期限凍結処理までさせて、バリバリの素人にそんな機体を貸与するとはな…?

 

「そういえば、その男子生徒…オルコットさんとの試合までにどんな訓練を積んだんですか?」

 

おっと、メルクのその質問にも俺としては興味が在るな。

バリバリの素人に見せかけながらもキッチリと訓練を積んだのだろうか?

だとしたら代表候補に勝利できるであろう要素も

 

「な~んにもしてなかったよ、クラスメイトの女子の一人と…なんて言ったっけ…?

え~っと、あ、思い出した『ケィンドゥジョウ』ていう場所で『ケィンドゥ』っていう競技の練習してたっけ」

 

なんでそんなのやってんの?

いや、ブレードを取り扱うのなら多少は助けになってるのかもしれないが…。

 

「ちなみに、専用機が貸与され始めたのは試合と同時だってさ」

 

…突貫工事で作成した疑いのある機体か…俺としてはそんな機体は嫌だな…。

 

「メルク、そんな感じの機体と対戦することになって勝てる自信はあるか?」

 

「勿論在ります!」

 

よ~し、俺もメルクの訓練相手になって頑張っていこう。

シーフードサラダの残りを味わいながらも完食し、夜色に染まる海を見ていると

 

「へぇ、君が二人目の男性搭乗者か。

白髪だからテッキリ爺さんかと思ったよ」

 

俺の軽いトラウマを遠慮も無しに突っついてくる声が背後から聞こえてきた。

この学園に来てから初めて聞く男性の声だった。

 

「何とか言ったらどうだ?」

 

交友関係を築けたらいい、だなんて考えていた過去の自分を殴ってやりたい。

 

「その必要性を感じなくてね、悪いけどこっちも忙しい身だ。

別の機会にしてく」

 

れ、とまでは言えなかった。

机上に伏す形で顔を伏せる。

 

ガシャガシャガチャァンッ‼

 

危ねぇっ!

後頭部を何かがかすめていったぞ⁉

 

「誰が言葉をかけてやったと思っているんだ!」

 

今度は起き上がる形で振り下ろされた何かを躱す。

 

ドガァンッ!ガチャァンッ!

 

おいおい正気かよ。

声の主らしい女子生徒がどこから持ち出したのか知らないが振り下ろされたそれは木製の剣だった。

 

「『誰か』だって?顔すら見ず、名も聞いてないのに判るわけないだろう?」

 

あ~あ、食器がいくつも割られて、料理も派手に飛び散ってる。

飲み物も零れて服がビショビショだ。

 

「いきなり何をするんですか⁉」

 

剣を振り回してくる女子生徒にメルクが対応するために飛び出す。

その時点で声をかけてきたらしい男の顔を確認した。

 

「…ッ…!」

 

不意に額の傷が疼き出す。

どうやら彼が1組の男子生徒、『織斑』らしい。

 

第一印象としては『最悪』の一言に尽きた。

 

「折角の食事を楽しんでいたんだけど、何の用だったんだ?」

 

「なぁに、同じ男子生徒同士として仲良くしてあげておこうと思っていたんだが」

 

肌が粟立つのが実感出来た。

こいつとは相互理解なんてしあえない。

相入れることなんて絶対に出来ない。

脅威…どころじゃない。

姿を見ただけで…奴は…俺にとって………『究極の敵』だと頭のどこかで認識していた。

 

「仲良く?背後から不意打ちと言わんばかりに木剣を全力で振り下ろそうとする人を放置しておきながら、どの口が言うんだ?」

 

今もメルクが対処しているが、周囲の生徒は慌てて逃げ出している。

それが見えているのかは知らないが、あの女子生徒はすでにいくつもの机や椅子を粉砕している。

見ればミリーナも逃げ出した後らしい、それに関しては少しだけ安心する。

 

「ああ、箒かい。

普段は温厚なんだけどあそこまで暴れるのは珍しいな。

悪いとは思うけど発散させてあげといてよ、学園に来る前に何か色々と在ったらしくてさ。

なあに、手加減してるだろうから大丈夫だよ」

 

サンドバッグになれと言っているのと同じだぞ。

それと、何処をどう見れば手加減している様子に見えるってんだ。

料理は生ゴミに、机も椅子も粗大ゴミ、観葉植物もズタズタ、鉢植えの中の土も広がり、投影ディスプレイはスクラップに。

華やかだった食堂は惨状そのものだ。

 

傷の疼きが強くなってくる…手が震えそうになってくるが、必死に隠す。

その分、睨むのに集中する。

こんなところで乱闘騒ぎを起こす気は…いや、既に起きているか。

メルクは周囲の人が被害を受けないように立ち回ってくれているが、それでも食堂の損壊までは防ぎきれていない。

だけどそれを止めようとする人がこの場には居ないというのが……

 

「そこまで!」

 

ドガァンッ!

 

木剣を振り回していた女子生徒が取り押さえられるのが目に入った。

それを確認すれば、先日部屋に来た虚さん…とか言ったっけ…?

それと生徒会長もそこに居た。

 

「何の騒ぎかしら、コレは?

ウェイル君、教えてくれる?」

 

「ああ、はい」

 

ざっと事の経緯を説明する。

その間、織斑は気に入らないと言わんばかりに俺を睨んでくるけど、極力無視する。

あまり良い対応をしていなかったのは自覚はしているけれど、それでも先に暴力を振るってきたのは、向こう側の女子生徒…えっと…ホウキとか言ったっけ?

その人だった。

 

「なるほどね、外に居た生徒の皆にも確認は出来ているけど間違いは無さそうね」

 

興味は無かったけど、例の女子生徒は腕を捻りあげられ、組み伏された状態で首筋にナイフを押し当てられている。

うっわ、虚さんってああいうの得意なんだ…。

初対面の瞬間には奇人変人とみなしていたことに関しては一生黙っておこう!

 

「織斑君、織斑先生や山田先生から言われていなかったのかしら?

極力接触しないように、と」

 

「だけどそんなの納得がいかな」

 

「君達の納得云々なんてそれこそ必要無いわ!

これは学園長が織斑先生と、織斑君と、篠ノ之さんの三人に下した命令(・・)よ!

余計な手間をかけないで!」

 

「…く…!」

 

それでその場はお開きになった。

あの二人は俺達を睨んでそのまま去った。

だけど立ち去る瞬間に

 

「今回のケリはクラス対抗戦で付けてやるよ」

 

そう吐き捨てていった。

…出場するのはメルクなんだけどなぁ…。

それに関しては教えるつもりも無かったので頗るどうでもいいけど。

 

「あらら、料理も飲み物もグチャグチャ、食堂も机や椅子も壊されてるわね。

更に言えばウェイル君も服が大変な事になってるわね、特に…ズボンが…」

 

厭な感覚はしていたが…改めて見下ろしてみる。

ああ、うん…股間の部位にコーンス-プが零れてるから…その…。

良し、カバンの中に入っていた予備のズボンと着替えておこう。

 

「で、楯無さん」

 

数分後、ズボンを履き替えてから一応の確認をする事にした。

 

「何かしら?」

 

それも単刀直入に。

それを察したのか、楯無さんも珍しく真面目な顔つきになるのが判った。

 

「さっきの二人、誰?」

 

「…一人目の男性搭乗者、『織斑全輝』君と、その幼馴染みの『篠ノ之箒』さんよ」

 

……これが、奴との最悪の出遭いだった。

 

 

 

その後、部屋に戻り家族とのテレビ電話を繋げた。

二年前の事も在り、回線を繋ぐだなんてものの1分もかからない。

でも、場所的に時差が発生してしまっているから、それだけには注意しておかないといけないのが痛い所。

けど、今日も問題無く繋がった。

 

「うぉ…⁉」

 

最初に映ったのは…超弩アップのシャイニィの顔だった。

 

「はいはいシャイニィ、アンタはこっち」

 

聞きなれた姉さんの声といっしょにシャイニィが避けられ、見慣れた家族全員がそろっているのが見えた。

 

「ちょっと今日は遅かったな、何かあったのかな?」

 

父さんの問いに話が早くも一段階進むことになった。

今日の出来事とか授業内容も教えたかったけど、まあいいか。

 

「?」

 

ニコニコとしてくれている母さんには悪いとは思うけれど、先ほどの食堂での一部始終を教えることにした。

アイツとの会話の中で感じた奇妙な感覚についても。

父さんも、母さんも、姉さんも、言葉を何も返さずに全てを聞いてくれた。

俺が…奴とは絶対に理解しあえないという直感も…それどころか…俺の内の何かが、『究極の敵』だと認識している事も、だ。

 

「そう、そんな危険な生徒が居るのね。

何というか…酷い人間も居るものね」

 

「しかも大勢の人を巻き込むとは…」

 

母さんも父さんも、慄いているのか呆れているのか微妙だが、確かに反応に困るとは思う。

で、姉さんはといえば

 

「…ウェイル、アンタはその二人とは一切の関わりを持たないほうにした方がいいと思うサ」

 

うん、それは俺も同感。

こちらから関係を持ちたくない、それどころか避けるようにしておいたほうがいいだろう。

けど、あっちから絡んできたらどうすればいいんだろうか…?

そういうのは無いほうがいいんだけどな…。

 

「一先ず、学園への苦情はこちらからも出しておくサ」

 

「お願いします、お姉さん」

 

それからは気分を切り替えてから談笑に移った。

やっぱり、殺伐とした空気は苦手だし、明るく笑いあえる時間が本当に楽しかった。



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第29話 厭風 二つの出逢い

筆が止まらず…というか打鍵が止まらず凡そ10000文字…

現在のレギュラーのサーヴァントの状況
剣:JKセイバー LV60    
弓:贋作者 LV60
槍:猛犬 LV51
術:誰かの為の物語 LV24
騎:蛇妹 LV57
狂:征服に挑んだ嵐 LV50
殺:門番巌流 LV60
裁:空席
讐:空席
月:空席
別:空席
う~ん、バラつきが激しいな…。
種火集めはともかくとして、モニュメントが手に入らなくて体力の無駄遣いで終わってしまうことが幾度も有るし…。
まさかロンドンでこうも歯車がホイホイ手に入るとは思わなかったぜ…。
『FGO wiki』にはお世話になってます。
あ、因みにユーザー名は『雨空』ですのでチラッと見かけた人が居たら嬉しいです。


クラス対抗戦に向けての訓練の日々の最中、それは唐突に起きました。

 

「今日も朝から疲れた…」

 

早朝からのトレーニングと模擬戦をこなし、お兄さんはホームルーム前から少しばかりウトウトしている。

朝食の時にも疲れきっていてカフェオレを飲む際にも幾度か零しかけていた。

 

「ふ…ぁ…」

 

「徹夜で新しい設計していたからですよ…」

 

「いやぁ、先日のビンタのこと思い出してさ…『欠陥品』呼ばわりもされていたからな…」

 

先日、生徒会長の手首に装着させたバングルですけど、碌でもない性能を発揮してしまっていたので、それの改良にこぎつけようとして、その結果が今日のお兄さんの様子だった。

でも、姉さんたちへのテレビ電話の後にそれに夢中になっていたからすっかり徹夜に…。

なお、昨晩の夕食の際の出来事をお姉さんに話すと、目を見張らせていた。

一瞬、モニター越しにも拘らず途方もない怒気を私たちは感じ取っていた。

 

「求めるスペックとしては、まず着脱は容易にしておきたいな。

被装着者側から外せなくても、外部から鍵で外せるようにしておくべきかな。

他には、被装着者が無理に壊してしまったという可能性も考慮するとなると、肉体にマイクロチップを埋め込むギミックも取り込むべきだよなぁ。

何かいい方法は無いかな…?」

 

そんなことを考えながらイメージをスケッチすること早朝の4時まで。

早朝の訓練のことを考慮すると、本当に一睡もしてないです。

なのに、早朝のトレーニングや訓練には力を抜かずに頑張っているからこの状態。

髪が少しボサボサになっているのに本人はまるで気にしてないのはちょっと…。

 

「おはよう、メルクちゃん、ウェイル君」

 

「お、ハース兄妹の出勤だ~」

 

「うわ、ウェイル君眠そう、何があったの?」

 

クラスの皆とも一応は仲良くなれている状態。

皆もお兄さんに興味があったらしく、中には機械分野に興味を持っている人も居るから、話が弾んでいたりする。

他にも機械品の修理を依頼してくる人も居たりするからお兄さんの株は確実に上がってきていた。

だけど…

 

「あ~…釣りがしたい…」

 

学園付近に釣りのスポットになるような場所が無い為か、鬱憤が溜まってきていました。

そのストレス解消にトレーニングに力を入れている次第だったり…。

 

「少し寝たい…ホームルームまで寝させてくれ…」

 

椅子に座った途端にフードを被り、机に突っ伏す形で寝てしまった。

隣の席の私が後で起こしてあげないと先生に叱られるだろうなぁ…。

それまでは静かにしておいてあげよう。

 

「で、メルクちゃん。

今度のクラス対抗戦だけど何か策とか在ったりするの?」

 

「えっと…一応はそれなりに…」

 

クラス対抗戦に向け、クラス内での稼働訓練はしていたりする。

けど、対抗戦まではすべての手の内を見せないように最大限気を遣っているから、私もお兄さんも実力のほどは周囲には見破られてはいない筈。

それでも、多少は警戒されてるかもしれませんけど。

 

「何か聞こえませんか?」

 

お兄さんが眠っているから今以上に騒がしくしないでほしいんですけど…いえ、クラスの外側にいる人は気づかないから仕方ないかもしれませんけども…。

 

「ん?あっちって2組と1組の方向だよね?」

 

クラスメイトのフルールさんが教室の外に首を出す。

私も真似をしてそっと外を覗いてみた。

声が聞こえてくるのは2組から…ではなく1組の方向からだった。

 

「なにか言い合い喧嘩でもしてるのかな~?

パパラッチとして興味が沸いてきたわね…フッフッフ…」

 

「ミリーナさん、悪い顔になってますよ」

 

この人はブレないな…関心するというか呆れるというか…。

 

「放課後までには完璧に情報収集するから待っといてね」

 

「えっと…一応期待しておきますね」

 

だけど、返答を間違ったかもしれなかった、なにせ

 

「ロイヤルイチゴパフェで承ったわ!」

 

キッチリと見返りを求めてきてるのだから。

うう…お小遣いが…

 

「事前に言っておくけどキャンセル料はジャンボパフェだからね」

 

後に引けなかった。

情報屋とはボッタクリなのだと私はこの日に学んだ。

 

「…くかぁ…」

 

暢気に寝ているのが羨ましいと憧れる日が来るだなんて思わなかった。

嫌味のつもりは全く無いですけど。

 

 

 

そろそろ教室の中に戻ろうとした瞬間、私は目を疑った。

 

「…嘘…どうして、あの人が…」

 

「おりょ?声の主はあの人かしらん?

ニュッフッフ、情報源見ぃ~つけた♪」

 

その人の姿を実際に見るのは初めての経験だった。

写真では見たことがある。

お兄さんが昏睡状態に陥っている最中、お姉さんが持ってきてくれた書類にその人の人物は実名とともに写真も添付されていたのだから…。

長い髪をオレンジ色のリボンでツインテールにし、好戦的な双眸。

それに…『織斑 一夏』と記された肩提げカバンを持っている人物。

 

…『凰 鈴音(ファン リンイン)』…さん…

 

思わず口から零れ落ちそうになったその言葉をなんとか我慢した。

 

でも、それだけじゃない。

その後ろに居た人物は…初代ブリュンヒルデ『織斑 千冬』だった。

 

「あの二人、知り合いっぽいね。

でもあのツインテッ娘はいい感情を持ってないっぽいけども」

 

「…かもしれませんね…」

 

「どしたのメルクちゃん?顔色が悪いよ?」

 

「な、何でもないです…!」

 

どうして…どうしてあの人が…この学園に…⁉

お姉さんから提供された情報には記されてなかった筈なのに…⁉

 

どうしようもないほどに混乱し、私は教室に戻った。

そのせいでお兄さんを起こすのを忘れてしまっていた。

けれど、何故かは判らないけれど、その日の朝のホームルームの時間帯に先生が来ることは結局無かった。

 

「先生、来ないですけど何かあったんでしょうか?」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

その日のホームルームの時間、私と、3組担当教諭であるティエルは職員室に残るように指示が下されていた。

指示を下してきたのは、学園長その人だった。

温厚な顔つきには見えるが、その相貌の下ではすさまじい怒りが見え隠れしていた。

 

「…………」

 

ティエルの目は冷たい、何があったのかは私も朧気にではあるが把握はしている。

 

「昨晩、消灯時間後にイタリア政府から抗議文が送られてきました。

昨晩の夕食の時間に起きた騒動は…把握していますね、織斑先生?」

 

「…はい、何となく、ですが?」

 

「何となく?弟君たちから何があったのか詳細な話を聞き出していなかったって言うの?

あれだけ大惨事を起こしておきながら、まともに情報を集められないの?」

 

ティエルは、視線だけでなく言葉すら冷たかった。

その視線は殺気すら感じさせられていた。

 

「では、ティエル先生、昨晩の食堂での惨事を説明してあげてください」

 

「承知しました」

 

そこから聞く話は、昨晩に全輝と箒から聞いた話よりも濃密な内容だった。

接触を図ったのは全輝であり、騒動を巻き起こしたのは全輝であり、それに箒も加担していたのだと。

 

その惨状は、生徒の誰かが撮影したであろう写真によって証明されていた。

被害は…食堂の中、あまりにも広い範囲で起きていたようだった。

 

「篠ノ之さんは、素手の相手に木刀を振り回していたわ。

そしてそこには見境は無い、結果的には多くの生徒が集まる食堂で不特定多数の生徒達を巻き込み、食事を台無しにしたそうよ。

さらには設備や家具も破壊していたわね。

…これで貴女のクラスの生徒が騒ぎを起こすのは何度目だったかしら?

接触禁止、干渉禁止を命じられていた筈なのに、この体たらくは何?」

 

「織斑先生、貴女はあの二名に対し、3組のハース兄妹への接触禁止、干渉禁止は本当に伝えたのですかな?」

 

「はい、伝えました」

 

この問いにだけは自信をもって返す事が出来た。

あの時、私はあの二人に確かに話したのだと今でも記憶にしっかりと残っている。

 

「では、何故それを伝えなくてはならないか、それは教えたのですかな?」

 

「そ、それは……!」

 

言える筈も無かった、

イタリアからの報復措置が構えられているなど…!

 

「呆れたわ、表沙汰には出来ない話を隠しているんだろうけど、家族にも言えない事をイタリア相手にしでかしたのね」

 

正確な話はティエルにもしていなかった。

それこそ教職員にも話せる事でも無い、ひた隠しにし続けなくてはいけない。

なのに、イタリアはこの学園にそのカードをチラつかせてきている…!

 

「今回イタリアは即刻報復措置をとるような姿勢はまだ見せてはいません」

 

その言葉に安堵し、肺腑から息が抜ける。

まだ何とかこの場を凌げるらしい。

 

「ですが、確固とした処置をするようにと通達をしてきています。

幸い負傷者こそ居ませんでしたが、設備の損壊があまりにも著しい。

織斑君と篠ノ之さんに損害賠償と反省文提出を命じます。

正確な金額としては食堂に於ける机や椅子、投影機に観賞植物に無駄になった料理の代金、食器、それらの損壊賠償、しめて86万6000円、きっちりと織斑君と篠ノ之さんに言い聞かせ支払わせるように。

無論、ハース兄妹への接触、干渉を禁じるという旨を再度言い聞かせておくことも忘れないようにしてください。

そして織斑先生にも損害賠償は支払っていただきます。給与からの天引き、すなわち事実上の減俸処分です」

 

拒否など出来る筈も無かった。

だが…何故、私がこんな事に遭わなくてはならないんだ…!

 

「先のクラス代表を争奪の件も含め、貴女のクラスは何かと騒ぎに絶えないわね。

あの二人の問題児だけでなく、クラス全員に騒ぎを起こさないように一緒に言い聞かせておくことね。

当たり前な話だけど、ほかのクラスをも巻き込むような騒動はこれっきりにしてほしいわ」

 

自クラスの生徒が巻き込まれるような騒動は誰だって御免だろう、私とてそうだ。

だから

 

「ああ、判っている…」

 

 

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

その日、驚くような出来事はそれだけでは済まなかった。

 

1限目の授業を終えた直後、次の出来事が起きた。

 

「し、失礼します!」

 

3組の教室にてクラスの皆と談笑をしていた最中、誰かが教室に入ってきた。

見覚えのない人達だった。

 

「ん?君らは?」

 

「ど、どうも!

1年5組のクラス代表補佐をしているポーランド出身『ルーハ・シーム』と言います!

今回は3組のウェイル・ハース君にお願いがあって参りました!」

 

何というか…堅苦しい喋り方する人ですね…。

 

「えっと…俺?に用なのか?いったい何の用なんだ?

あ、できれば堅苦しい喋り方は無しで、どうにもむず痒い」

 

「えっと…それじゃあ…コホン!

ウェイル君に、今度のクラス対抗戦で5組のクラス代表代理を頼みたいんです!」

 

その言葉にクラスの全員が凍り付いた。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

えっと…クラス対抗戦に於けるクラス代表の代理をしろって?

なんか話が無茶苦茶になってきたな。

 

「シームさんだっけ?

クラス代表の代理って他のクラスの生徒に頼めるもんなのか?」

 

「その…5組は全員が一般生徒で…」

 

ふむふむ

 

「他のクラスの大半が専用機所持者でクラス代表ということで…」

 

なるほどなるほど

 

「更に2組にも専用機所持者が入ってきて、クラス代表に就任したとの話も来て…」

 

ほうほう

 

「オマケにクラス代表のコロナが風邪引いて寝込んでしまって」

 

そりゃぁ辛そうだ、お大事に。

季節外れの風邪だなんて治すのも難しいだろうな…

 

「クラス代表の代理を誰もしたがらないんです」

 

それは君自身も含まれるという事にはなったりしないのかな?

 

「えっと…藪蛇になりそうだから、下手なことを聞くつもりはないんだけども…。

そこでなんで俺なんだ?」

 

2組の事情については…アメリカ出身の一般生徒がクラス代表に仮決めされていたとかミリーナから聞いたっけな。

それで話が発展し、専用機所持者が入ってきてクラス代表に据えた…と理解しておこうかな。

 

「クラスの皆も全員一致してウェイル・ハース君に頼もうという話になって…こうやってお願いに来まして…」

 

その…何というか…3組の皆も視線が非常に宜しくない方向になってきているんだよね。

やだなぁ、これで俺が了承したら『裏切者!』とか言われたりしないだろうか、すごく怖い。

 

「専用機所持者ならもう一人1組に居なかったっけ?

そっちには頼んでみた?」

 

「あ、オルコットさんだね。

そっちには頼んでないんだ、なんせプライドが高すぎて嫌~な流れになるだろうから。

それにポッと出の男性搭乗者に惨敗したっていう話もあるから」

 

なるほどなるほど。

 

「なるほど、事情は理解した。

そういう事情で俺にご指名が入ったと」

 

どうするかな…。

俺が返すべき返答は

 

「ルーハ・シームさんだったな。

クラス対抗選に於けるクラス代表代理の件だけど、少し考えさせてくれないかな?」

 

保留だった。

俺も3組の端くれなわけだし、独断で即断即決する訳にはいかないよな。

 

 

「断られなかっただけでも有り難いよ!

今回のことはクラスの皆にも相談をしてからもう一度放課後に来るから、前向きに検討をお願いします!

それじゃっ!」

 

ルーハさんだっけか。

風のごとく廊下を飛び出してしまった。

陸上部か何かに所属しているのかな?見事な健脚だ。

 

「さてと、もうそろそろ授業が始まるし、準備を始めようか」

 

ようやく濃密な10分間は終わりを告げた。

先生も来たし、授業に集中しないとな。

 

で、2限目と3限目の授業も終わっても俺の手は止まらなかった。

さっきの休憩時間でもそうだったけど、勉強が苦手な俺は授業が終わっても復習とかしておかないと授業内容に追いつけそうにない。

クラスのみんなもそれを判ってくれているからか、邪魔に入ったりはしない。

時々には、メルクと一緒に勉強を教えてくれる場合もあるけど。

 

高校受験も、昇級試験もそんな感じだったな…。

メルクと姉さんに勉強を教えてもらっていたっけ。

そうやって参考書とノートを開いてメルクに教授してもらいながらの勉強タイム中に

 

バシィィィンッッ!!

 

「⁉」

 

いきなり左頬をブッ叩かれた。

 

「痛っ…!?」

 

メガネの上から人を張り倒すとか何処の非常識人⁉

 

そう思いながら視線を手の主に向けてみる。

えっと…誰?

 

理由は知らないが怒りで顔を赤くした…完全に初対面の人だった。

え?誰この人?

 

長い金髪の先端はものの見事にロールパンのごとく巻いている。

そういうタイプの髪型からしたら…偏見かもしれないが、どこかの良家のご令嬢なのかな?

 

「よくも私に…このセシリア・オルコットに恥をかかせてくれましたわね!!」

 

あ、名前を聞く暇も無かったな、まあその面倒も省けたから良いけど。

けど何だろうか、凄ぇ上から目線。

俺、この人と接触だとか衝突だとかする機会なんて何もなかった筈なんだけどな。

そもそも完全に初対面だよ、因縁も因果も何もないだろう?

その上で『恥をかかせた』?

え、ちょっと待って、突飛すぎて話に追いつけない!

 

「あのさ」

 

一応注意くらいはした方が良いと思ったが

 

「誰が口を開いて良いと言いましたの⁉」

 

ひっでぇっ!

 

「ねぇ、オルコットさんってさ…」

 

「ハース君まだなにも言ってないのにね…」

 

「凄く失礼じゃない…?」

 

「そうだよね…」

 

クラスの皆も視線がすごく冷たくなってきている。

 

いきなり胸倉を掴まれて

 

「何故貴方みたいなみたいな人が5組のクラス代表代理に選ばれたというんですの⁉

この私ではなく!!!!貴方みたいなポッと出の男なんかが!!」

 

…は?これ、俺のせいじゃないよな…?

 

言葉をそろそろ返そうかと思えばこの女子生徒、再び手を振り上げていた。

もう一発張り倒そうという算段ですか、そうですか。

この際、俺も殴り返してもいいよな?

 

昨晩の件と言い、1組の生徒って脳味噌が筋肉で出来てるのだろうか?

初対面の人にも、まずは暴力から入る人ばかりなのかよ?

 

 

俺はクラス代表代理を『受ける』とは一言も言っていない。

あくまでも『考える時間が欲しい』という意味合いで保留したわけだ。

 

「待ってください」

 

振り下ろされる直前に至っていた手を掴んで止めたのはメルクだった。

その目は…今まで一緒に過ごしていた俺でも見た事が無いほどに冷たかった。

 

「お兄さんはクラス代表代理を正式に承服したわけではありません。

ただ、5組のクラス代表補佐の方が依頼に来ただけに過ぎませんよ」

 

「私ではなく!こんなポッと出の男なんかが指名されたと言う事が間違いだと言っているんですわよ!」

 

…完全に八つ当たりじゃねぇか?

そんな事で授業内容の復習を阻害されたというのか?

 

「だったら5組の人に相談しに行けばいいじゃないか。

クラス代表代理をやらせてもらえないかって、さ」

 

まあ、それをあちらさんが承服するかどうかは別問題なのは俺も理解している。

姉さんが言うには、こういう人に対しての扱い方は一つ、『関係性を持たないこと』だ。

 

「……ッ‼」

 

オルコット女史に物凄い睨まれた。

けどまあ、そんな状態でも無情にもチャイムが鳴り響いた。

 

「クラス代表代理の件、まだ話は終わってませんわよ。

また後で来ますわ、逃げるんじゃなくってよ!」

 

そう言って立ち去って行った。

いや、だから…それは5組に相談しに行ってくれって。

 

そんなことを考えていたら担任のティエル先生がやって来た。

 

「さて、じゃあ次の授業を…あら?

ウェイル君、その頬はどうしたの?見事なまでに手形がついてるわよ?」

 

「ああ、コレは…」

 

一応、正直に言っておいた。

俺としてはこの事象に深くは関与したくないんだけどな。

で、洗い浚い正直に申したところ、他のクラスメイトもそれを証明してくれた。

事のあらましを説明しきって終わった後、ティエル先生は頭を抱えていた。

 

「またあのクラスが騒ぎを起こしたってことね…!

しかも私たちのクラスまで巻き込む騒動を起こすなんて、朝にあれだけ言われておきながらあの女(織斑先生)は何を考えているのよ…⁉」

 

何やら愚痴を零していらっしゃった。

 

 

 

 

 

でも、こういう風に溜まりに溜まるストレスは釣りで発散したいな…。

できないんだよなぁ、この学園で釣りって…。

そこに関してはこの学園に来て後悔してるかも…。

 

で、4限目の授業が終わった直後というと昼休みだった。

食堂はごった返すみたいなので、メルクが作ってくれたお弁当を生徒会室に持ち込んで、それを広げていた。

 

「寛いでるわねぇ、二人とも」

 

「食堂はごった返しているみたいですし、教室では妙な視線が集まって仕方ないからここへ来たんですよ。

事前に呼んでもらって助かりましたよ」

 

ドリンクはこれまたメルクが作ってくれたレモネードだ。

疲れた体にはコレが良いんだよな、食事にも合う!

今日のお昼のメインは母さん直伝、トマトソース煮込みのハンバーグだ。

トマトは結構好きだったりする。

日常的にも食べていたし、レシピによってはシーフードにもピッタリだもんな…。

ああ、懐かしいなぁ…イタリアに帰りたくなってきたかも。

 

いかん、編入して一か月も経ってないのにホームシックになってきてるよ。

 

まあ、ここに来たのも理由が在る訳だが。

 

「呼んでもらったついでに、訊きたいことがあるんですよ」

 

「あらぁ、何かしら?」

 

「クラス対抗戦に於けるクラス代表の代理を他クラスの生徒に依頼するというのは可能なんですか、虚さん?」

 

「ちょっ⁉」

 

そう、生徒会長から聞き出そうとしたのではなく、まさかの虚さんへの質問である。

だって生徒会長に訊いてみたら、はぐらかされて変な方向での話になってしまいそうだからさ。

それよか虚さんに伺ってみればストレートに返してくれそうだと思った次第だ。

 

「あ、あははは…私でしたか…。

厳密に言えば、数は少ないですが前例は在ります。

私も昨年はクラス対抗戦に於いて、他クラスから代理を受けましたので」

 

へぇ…そうなのか…。

 

「ですが、アメリカ代表候補の『ダリル・ケイシー』さんには敵いませんでしたが。

まあ、私の話はともかくとして、代理は可能です。

依頼者と受領者の了承、それぞれのクラスの担当教諭の了承が在れば代理参加が可能になります。

依頼してきた生徒の人は、今頃それに向けて担当教諭に話を通しているかもしれませんね」

 

「はっきり言えば、お兄さんはまだ了承していないんです。

判断を先延ばしにしているので」

 

「あらあら、ウェイル君ってば優柔不断なのね」

 

「失敬な、クラスの皆とも相談する必要が在るからですよ。

昼休みにもなると全員あちこちに動いているでしょう、最悪の場合は授業時間を浪費してでも皆に話を聞いてもらわないと」

 

何というか…やることが山積みだな。

どうしようかな…でもここで俺が断ったら…オルコットさんだっけか、あの人がクラス対抗戦に代理出場することになるんだよな…。

だけど、それは5組の人が避けようとしていたし、困るんだろうな…。

 

「俺は…どうするべきだろうな…?」

 

俺のその呟きに返してくれたのは

 

「悩んでいるっていう事は、ほとんど答えが出てるんじゃないかしら?」

 

生徒会長だった。

殆ど答えが出ている…?俺の中では…?

どうなんだろうな…?

 

「どうするんですか、お兄さん?」

 

「俺、試合じゃとことんメルクに負けてきてるんだぜ?

5組のクラスの人たちには悪いけど優勝は無理だな。

それでも、後悔の無い形にしておきたい、どんな形になったとしても」

 

別にこのクラス対抗戦の勝敗次第で自分の行く先が何もかも決まるというわけではないのだから。

 

「一応言っておくけど、このイベントの後にもまだ試合をするイベントが在るのよ。

『学年別個人トーナメント』って言うものがね。

ここまで言えばどうするべきかは判るんじゃないかしら?」

 

この早い段階で手の内のすべてを見せるのはあまり良くない、という事らしい。

切り札はあくまで切り札、隠し玉はいざという時まで使わないからこそ隠し玉というものなのだろう。

 

さて、今後の方針は決まった。

弁当箱の中身のチキンピラフを掻っ込み、食事は終了。

それからレモネードをゆっくりと楽しむ。

 

「依頼してきた人のところには行かないのですか?」

 

「放課後に教室に来ると言ってくれていましたから、それまでは待っておこうかと。

それに、今の段階でクラスに戻ったら面倒な事になりそうな気がするんですよね。

更に付け加えて言うと、午後からは稼働訓練が待っていますから、時間が来たら授業に使う第5アリーナに行きますよ。

それに何より、このレモネードを楽しみたいんで」

 

隣ではその言葉に頬を赤くしているメルクが居た。

本当に、頼りになる妹だよ。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

本当の事を言えば、お兄さんにはクラス代表代理を受けてほしくなかった。

だって、あの人とまた衝突してしまうかもしれないから…。

 

昼休み終了直前、やっぱりというか教室にはオルコットさんがやってきていたらしく、クラスの皆は迷惑そうな顔をしていた。

皆には悪いですけど、そのまま気づかれないようにお兄さんと一緒に素通りしていく事にしました。

本当にゴメンナサイ。

 

アリーナの更衣室でお互い着替えて終わった後、グラウンドにて訓練機『テンペスタⅡ』を用意している最中。

 

「あのオルコットさんだっけか。

なんで5組のクラス代表代理をそこまでやりたがるんだろうな」

 

「理由はいくつか考えられますけど…」

 

一つ

自己顕示欲を満たすため

 

コレは自己中心的すぎるから代表候補生としての観点からみると却下ですかね

 

一つ

クラス代表の座を得た『織斑』への雪辱を果たす

 

これも自己満足の為だろうから却下です

 

一つ

男性が出場するのが気に入らない

 

これも視野が狭すぎるから却下です

 

…あれ?本当に動機って何なんでしょうか?

 

「メルク?」

 

「すみません、やっぱり判らないです。

それで、お兄さんはクラス代表代理はどうするんですか?」

 

「授業時間中も悩んだけど、受領することにしたよ。

後悔の無い形として、な。

勝率はとことん低いけど、全力で試合をしようぜ、メルク」

 

本当は、参加してほしくない。

お兄さんも頑張るのなら、私も全力で応えよう、そう決めた。

 

「だけどまあ、先にこの授業を頑張っていかないとな」

 

専用機所持者が二人いるという事で、1クラスの生徒への簡単な取り扱い説明も出来たりします。

訓練機にテンペスタを選んでいるのは、私たち兄妹にとっては馴染みのある機体だから。

今日の授業の内容は、近接戦闘訓練だった。

 

私はレーザーブレード『ホーク』を、お兄さんは無銘のランスを取り回し、クラスの皆の相手をしていく。

そうやっている間にも、リンク・システムが作動を続け、互いの経験と経験値が互いの機体に蓄積されていく。

もしかしたらお姉さんにもこの情報が自動転送されているのかもしれない。

そう思えば、こういった授業も、確かに自分自身への経験値が実感できた。

 

そして授業終了後、アリーナから出てから、ホームルームの為に教室に戻ると。

 

「逃げるなと言ったでしょう!そこの無礼な男!」

 

あの人がまた居た。

 

「だって昼休みだったし、昼食を摂りに行ってたんだよ。

それに先約も有ったしな」

 

「そんなものの為に私への要件をすっぽかした言うんですの⁉

これだから男は!」

 

「『そんなもの』って何だよ!?

わざわざお弁当を作ってくれた(メルク)に失礼だろう!」

 

あの…お兄さん…その…恥ずかしいんですけど…!

周囲の皆も

 

「うわぁ、ウェイルくんってばシスコン全開」

 

「でもまあ、身内の人が作ってくれたお弁当を『そんなもの』って言われたら腹立つよねぇ」

 

「それも知らずにあの人何様なの?」

 

とか言ってたりするので尚更恥ずかしいんですけど…!

 

「それに、お昼には別件が先約で入っていたんだよ。

だからそっちを優先したんだよ、だから断じて『逃げた』わけじゃないさ」

 

「男の分際で口答えするんじゃありませんわよ!」

 

何というか、本質が見えた気がします…。

根底からの『女尊男卑主義』の思考の持ち主の人ですか…。

 

「貴女も貴女ですわよ!」

 

「わ、私ですか?」

 

今度は怒りの矛先が私に…。

 

「コレが身内と言うのなら何故引き留めませんでしたの⁉

飼い犬の手綱を握っておく程度当たり前でしょう!」

 

瞬間、クラスの視線が絶対零度へと変わった。

 

「出ていきなよ!」

 

「サイッテー!」

 

「とっととこのクラスから出ていけ!」

 

「人の事を悪く言う前に自分の態度を改めなさいよ!」

 

クラスの皆が一斉にキレた。

かくいう私も怒りそうになったけれど、みんなが先にキレたから冷静さを取り戻せた。

 

「あ、貴女達!わたくしを誰だと思って…」

 

「知ったことか!」

 

「人の事ばっかり一方的に悪く言って、アンタはハース君達に何の恨みが在るってのよ⁉」

 

そこまで言われてもオルコットさんはその目を辞めようとしなかった。

その視線をお兄さんに突き刺してくる。

 

「そこの男!貴方は誇りも何も無いんですの⁉」

 

「まさか、企業所属を名乗ってるから、それなりには在るつもりだよ。

だけど、それは誇り(・・)であっても権威(・・)のつもりは無いよ。

それに、俺だって戸惑ってるくらいだよ、みんなのキレ具合に。

だからこうやって冷静さを取り戻しているといった具合か」

 

「群れていないと何も出来ない男のくせに…!」

 

「何を言っているんだ?

俺を犬呼ばわりしたのは君だろう、犬は大抵群れるものさ。

だが生憎、俺は犬は嫌いなんだ。

特に見境無しに噛みつく狂犬は、さ」

 

私もお兄さんも、それにお姉さんも猫派ですからね。



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第30話 悪風 矜持と

第6特異点クリアァッ!
いったい何個の星晶石を放り捨てることになっただろうか…。
あ、つい先日ですがFPガチャをしてみたら、『エウリュアレ』と『ステンノ』が一緒に召喚出来ました。
我がカルデア家にはメドゥーサも居るから一気に居心地が悪くなるね!
だがメドゥーサの方がレギュラーをしていて圧倒的にレベルが高いし『怪力』のスキルも習得しているからゴリ押しでもなんとかなるかもしれないサ。
けれど彼女たち姉妹を育てるための種火も実はたっぷりと死蔵しているから力関係は元通りになるのもそう遠くはないのかもしれない…。

それはそうと、各ガチャの引きの悪さとボーナス召喚のサービスの悪さ…。
水着サーヴァントを期待してなけなしの石を投入しても、すでに持っている概念礼装だったり、イベントガチャのボーナス召喚で取得済のサーヴァント(佐々木小次郎&メドゥーサ)が出てきたりとか…。
宝具レベル向上のために使用したけど、イベントに関係してるのを出してよ…orz

それはそれとして、黒のZEROと輝剣のエクステラ・リンクの時代の彼しか知らなかったからか、第6特異点に平行して、今回のイベントを進めると、湖の騎士の実態を知ったら色々と彼のイメージが、ね…。

さて、種火を大量入荷して育成をしっかりしてから第7特異点に挑むとしようか。
現在の目標としては、各サーヴァントを最終再臨後育成完了レベルに至るくらいにまで!

現在の状況


鈴鹿御前 LV80(完)


エミヤ LV80(完)


クー・フーリン LV70(完)


メドゥーサ LV60(未)
アキレウス LV71


ナーサリー・ライム LV71


ダレイオス3世 LV70(完)


佐々木小次郎 LV60(完)
新宿のアサシン LV50(未)

(完)=最終再臨後最大レベルまで育成済
(未)=再臨可能なレベルに至りながらも素材不足につき再臨未達成


夢を見る。

それは私にとっては日常的な話でしかなかった。

でも、夢の中で思い出すのは、後悔と悲嘆ばかりだった。

初恋の人が忽然と居なくなり、何が起きたのかもわからぬ内に、その人は死んだ事にされてしまった。

 

私は、一夏のことを深くは知らなかった。

知ったつもりになっていただけだったのだと、後に思い知らされた。

 

住んでいる場所に居場所なんてなかった

 

求めた場所は…

 

自分()知る人が誰も居ない場所

 

自分()知る人が誰も居ない場所

 

自分()示すものが何もない場所を求めていた。

 

もしかしたら、偽名を使い続けることも考えていたのかもしれない

 

そんな…そんな未来も見えない場所に自分の未来と居場所を求めていた。

 

それはどんな絶望の末の判断だったのだろう

 

どんな闇を抱えていたのだろう

 

それを知る事が出来なくて

知ろうとせず、今が続けばいいとばかり思っていた。

でも、そんな後悔はもうしないと決めた。

 

クヨクヨするのをやめた

 

 涙を流すのをやめた

 

  絶望するのをやめた

 

きっと、一夏だってそうしたと信じられるから。

居場所を求めるなんて行為は、『絶望』を抱えているからではなく、『希望』を抱いているからこそ出来る行為なんだって思えるから。

 

だから私は…此処に居る

 

 

 

「その情報、遅いわよ」

 

それは只の気まぐれだったのかもしれない。

今度のクラス対抗戦に向けての簡単な予想している声が聞こえ、ちょっとだけ盛り上げようと思ったから。

国内のゴタゴタで正式な入学が遅れた私は、学園に到着したその日に、クラスメイト兼ルームメイトの必死の懇願に負けて、クラス代表の任を承った。

どのみち、国家から貸与された第三世代型専用機『甲龍(シェンロン)』の性能を見せつけるという広告塔の役目も引き受けているから。

活躍しないといけなかった。

多少目立つのはリスクはあるけれど、メリットには充分だった。

 

「2組にも専用機所持者が入ったことを知らないみたいね。

勝つのは、私だから…⁉」

 

視線を向けた先には、あの嫌な顔が見えた。

 

最ッ悪…コイツにはもう二度と関わるものかと決めていたのに…。

 

「やぁ鈴、久しぶりじゃないか」

 

織斑 全輝(まさき)

 

織斑 千冬(初代ブリュンヒルデ)のもう一人の弟であり、一夏の兄。

でも、その醜い本性をあの女(織斑千冬)は知らない。

だけど、私は知っている。

コイツの残酷さを、醜悪さを…!

 

「がっかりだわ…興味無くした」

 

そのまま立ち去ろうとした。

 

「それと、気安く私のファーストネーム呼んでるんじゃないわよ。

アンタにそう呼ぶのを許した覚えは無いわよ」

 

「そうカリカリするなよ、幼馴染同士じゃないか」

 

相変わらず気持ちの悪い笑みに見えた。

尚更ムカつく、コイツは心底嫌いだった。

 

「私はそんな風に思ったことは一度たりとも無いわね」

 

「2組は鈴がクラス代表なのか。

1組は俺がクラス代表をしているんだ、クラス対抗戦では負けないぜ」

 

「アンタ、勝負する気じゃなくて勝てる気でいるの?

軍事訓練を欠片もしてないアンタが?」

 

「これでもイギリスの国家代表候補に勝利してるんだ。

それだけ考えれば専用機所持者の鈴と対等だと思うだろう?」

 

「思わない。

訓練もしてないアンタに代表候補が実力のすべてを出し切ると思うの?

そんな対等な相手と見てもらってると思った?

わざわざ手加減してくれてる相手に勝利したというだけで自慢できると?

頭の中お花畑もいい加減にしときなさいよ」

 

「貴様!」

 

寒気がして一歩下がる。

僅かに風切りの音が聞こえる。

飛び退ってから視線を向けると、日本人なのだろうか、ポニーテールの女子生徒が木刀(・・)を振り下ろした姿勢で居た。

 

「…ッ!」

 

木刀が直撃したらしい机は、半ば破壊されていた。

冗談じゃない、避けなければ首の骨が折られている。

何を考えてるのよ、あの女は…⁉

幸い私は傷一つなく済んでいるけど、周囲の女子生徒は騒ぎ出す。

 

「全輝を侮辱するな!」

 

「ハッ!事実を言っただけよ!」

 

マトモに相手をしてやる気なんてなかった。

とはいえ、周囲の女子生徒を巻き込まないように立ち回る必要があるのが少々難しい。

けど、それもものの5秒も経たずに終わった。

 

「やかましい!貴様等!何を騒いでいる!」

 

また一つ、大嫌いな声が響いた。

あの女(織斑 千冬)の声が…!

 

「凰、お前だったのか…」

 

「…フンッ…!」

 

この女も大嫌いだった。

助けるべき人を助けず、そのまま栄座を掴み取った。

もう一方の家族が誘拐されたと知るや否や、今度は(・・・)助けに行った。

 

そこにどんな葛藤があったのかは私は知らない、知りたくもない。

一夏を見捨てた、という言い方はもしかしたら間違っているのかもしれない。

ただ知らなかっただけなのかもしれない。

だとしても…人から言われたからというだけで(・・・・・・・・・・・・・・・)一夏の生存を諦めた事が赦せなかった。

 

「アンタ()あの頃と変わらないのね」

 

そう吐き捨てて私は1組から立ち去った。

廊下の向こう側、3組の辺りだろうか、誰かに視線を向けられた様な気がした。

まあ、アレだけ騒いだのなら無理もないだろうけど。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

放課後、態々図書室に呼び出され、クラス代表代理の書類を受け取り、その場でサインして一緒に提出しに行った。

これで俺は正式に5組のクラス代表代理を執り行うことが決まった。

夕食時には姉さんに報告することが増えそうだった。

 

「これでヨシ、と。

どうしたんだメルク?浮かない顔をしてるみたいだけど」

 

「お兄さんと一時的にであれ敵対する事になるんだと思うと、寂しくて…」

 

「あくまで当日だけだろ、そう気に病むことはないさ」

 

今回のこのクラス対抗戦だけど、トーナメント式ではなく、勝率を競う形になる。

一番良ければ勝率100%、悪けりゃ0%だ。

最も優秀な勝率をたたき出したクラスには、景品としてデザート半年間無料パスが渡されることになる。

俺の場合は、代理として立つことになるわけだから3組が優勝しようとも5組が優勝しようとも景品を受領できる形になっている。

こんな形で優勝賞品がもらえるのも、代理というのも悪いものではないのかもしれない。

 

「とは言っても、俺はメルクに勝てないからな…。

5組のみんなには悪いけど、優勝は望み薄かな」

 

そんな事を言う自分自身に苦笑するしか出来なかった。

自分に出来る事は限られている。

なら、それをするだけだ。

おっと、6月には学年別個人トーナメントも予定されているから、全てを出し切るわけにはいかないんだったな。

 

手続きも正式に完了したのを確認し、3組の名義で貸し切っている第4アリーナでの訓練を開始することにした。

先の件もあり、数名だが5組の生徒も数名混じっている。

 

「ほへぇ、ウェイル君の機体って試作機なんだ…」

 

メルクの専用機でもある『テンペスタ・ミーティオ』を開発するうえで必要になった試作機が俺の機体として貸与されている。

多少、俺の好みにスペックを調整したうえで、兵装も変更しているが、俺はまだそれを見せていない。

いきなり全てをひけらかしたりしない様に、とは姉さんの言だ。

そんなわけで、早速ではあるが基本兵装の無銘のランスを掴み取り、メルクと切り結ぶ。

姉さんとヘキサさんに鍛えてもらっているけど、まだまだメルクには届かないらしい。

メルクが取りまわしているのはレーザーブレード『ホーク』だ。

本人の好みで刀身の形状を変化させられるらしい、そんなものを搭載しているからミーティオは第三世代機として登録されている。

 

そして俺のテンペスタはそのための試作機というわけで2.5世代機だ。

無論、本来のスタイルはまだ非公開だ。

 

「お兄さん、下がって!」

 

切り結ぶ最中、メルクの声がして俺は5m後方に跳躍後退した。

瞬間、先程まで居た場所に閃光が走る。

 

光学(レーザー)射撃⁉いったい誰が⁉」

 

「お兄さん!あそこです!」

 

メルクが指さす先は、アリーナの両端にあるピットの出入り口だった。

そこに、カタログで見た覚えのある青い機体が存在していた。

その搭乗者にも見覚えがある、あれはイギリス代表候補の…えっと…

 

「誰だっけ?」

 

「セシリア・オルコットさんですよ、お兄さん…」

 

同じ学年でもただの数日で他のクラスの生徒の顔と名前を一致させろというのは難しいもんだよ。

有名人だったとしても、俺としてはその本人よりも機体の方に興味が在るってだけでさ。

で、あの人なんで俺のことをあんなに睨んできているんだ?

 

「…………ッ!」

 

本人は黙して銃を構えるだけ。

言いたいことが何もないのならもう良いや、訓練に戻ろうか。

さてと、手の内をホイホイ見せるわけにもいかないから、引き続き基本兵装のランスを

 

「無視するんじゃありませんわよ!そこの男!」

 

そんな言葉が背後から。

はて?何を無視したと?

何一つ言葉を聞いていないのだから、対象となる言葉など存在しない筈だが?

 

首を傾げる最中に再び撃ち込まれてくる光学(レーザー)射撃。

それをメルクがレーザーブレード『ホーク』で斬り払う、凄ぇ技術だな。

あれも姉さんが仕込んだのかもしれないなぁ。

だけど気になるのはあの視線だ。

俺、あの人に何かしたっけか?

 

「よくも…よくもわたくしに!

このセシリア・オルコットに!また恥をかかせてくれましたわね!」

 

「…俺が君に何かしたか?」

 

思わず口から飛び出した心の声。

いや本当に心当たりなんて一つたりとも無いんだって、本当だよ?

 

「こ、心当たりがないって言い張りますの⁉この期に及んで!」

 

「ああ、何一つ」

 

本音だ、何一つ偽りも嘘も紛れていない本音だ。

 

「そんな訳で、八つ当たりされる要素が皆目見当たらないんだ。

教えてくれないか?」

 

「クラス代表代理の件ですわよ!

よくも…よくもわたくしを除け者にして話を勝手に決めましたわね!」

 

「またそれかよ…相互理解って難しいなぁ…」

 

しかし、それに関してはそれこそ八つ当たりだと思うのだが。

5組からは、クラス対抗戦に出場するクラス代表の代理を俺に依頼してきたというもの。

しかも名指しでの指名依頼だ。

この時点で彼女にどうこうする隙間なんて無きに等しい。

 

付け加えるなら、5組から依頼を持ってきた彼女は、オルコット女史への依頼斡旋を嫌がっていた。

その理由としては、人格的なものだったらしい。

こっちは俺が口を挟む隙間が無い。

この時点でその人の内面も外面も全く知らないから。

 

「それに関しては依頼者に言ってくれよ。

そもそも、だ。クラス代表代理の件は、依頼者と受注者、それぞれのクラス担任の了承があって成立している話だ。

君が介入できる余地は無いだろう」

 

「それを!除け者にしていると言っているんですわよ!

貴方が断って!

わたくしを推薦すれば良かったと言ってるのがまだ判りませんの!?

これだから男はぁっ!」

 

あくまで、何をせずとも自身が推薦されるのが当然と見ているらしい。

 

そしてヒステリックに叫びながらも額に青筋を立てながら滅茶苦茶に撃ってくるオルコット女史。

にも拘わらず先ほどからの射撃の照準は俺一人だ。

これを八つ当たりと言わずになんという?

とは言え、俺が口上している余裕があるのは、ひとえにメルクの御蔭である。

今夜の夕食は豪勢なものを作ってあげよう。

ここに来るまでの道中にあった購買でムール貝とか売っていたな、ペスカトーレでも作ってみようかな。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

お姉さん仕込みの射撃対応で、何とかお兄さんやクラスメイトに被害を出さずに済んでいますけど、いい加減この人しつこいです!

 

「前に出てきなさい!この汚らわしい男の分際で!」

 

謂れの無い誹謗中傷をしてくる様子に、お兄さんも顔を顰めている。

なら、ここは私が

 

「そこまでにしたらどうですか、次席(・・)さん」

 

ピタリ、と射撃攻撃が止んだ。

こういうのは私としては嫌いだった、相手を言葉で貶める精神攻撃の類は。

まるで、あの人と同じだから。

 

「たった数日で、他クラスの人を把握するのは難しい話ですよ。

貴女は、自分のクラスに於けるクラス代表を決める際にも同じようなことを仕出かしていたそうですね。

それと同じことが、他のクラスなら通じると思いました?」

 

「だ、黙りなさい!」

 

「いいえ!黙りませんよ!

貴女が!他人を見境なしに見下すと言うのなら!

私は!主席の立場から!次席の貴女を見下します!」

 

このタイミングでこの放課後実習になってから初めての飛翔。

彼女の銃はお兄さんには向かず、私に向けられる。

 

「わ、わたくしがイギリス代表候補と知っていての発言ですの⁉」

 

「代表候補に言ってるんじゃありませんよ!

『貴女自身』に言っているんです!」

 

「ぶ、無礼者がぁっ!」

 

彼女もまたピットから飛び出してくる。

背面のフィンが分離し、その先端を私に向けてくる。

地上に居るお兄さんたちの姿を確認、どうやらお兄さんがクラスのみんなを観客席へと避難させてくれている。

 

「その言葉、自分が該当しないか、考えたりとかしてみないんですか?」

 

とうとう顔を真っ赤に染めて射撃攻撃をしてくる。

けれど、直線射撃ばかり。

そしてその動きは…実技試験の映像と、クラス代表争奪戦の時と何一つ変わらない。

その癖をすでに幾度も見た私からすれば致命的にも程があった。

 

『そこまで!』

 

私が攻撃に移ろうとしたタイミングでその制止の声がアリーナに響いた。

どうやら騒ぎを聞きつけたらしい先生がやってきたらしいです。

声から察するに、私達の担任であるレナ・ティエル先生…だと思う。

 

『双方、戦闘行動を直ちに中止し、所属クラスを言いなさい!』

 

「1年3組所属、クラス代表、イタリア国家代表候補、メルク・ハースです」

 

兵装を収納し、即座に名乗る。

私がしていたのは、防御と回避だけ、ログを参照にも出来るだろうけど、どうということはなかった。

けれど、彼女に関しては話は別。

生身の状態のクラスメイトも居るのも把握しながらの連続集中射撃攻撃、それはみんなも把握しているし、言い逃れなんて出来ない筈だった。

 

「1年1組、イギリス国家代表候補、セシリア・オルコットです…」

 

相手もおとなしく名乗った。

それでも、お兄さんに向けて憎悪の視線を向けるのを止めようとしなかった。

それから数分後、先生がグラウンドに訪れ、私に状況の説明を求めた。

その最中に皆を避難させていたお兄さんも合流し、情報の裏付けも行う。

勿論、お兄さんだけでなくグラウンドから観客席に避難させられていた皆も口添えをしてくれた。

 

「成る程ね、今回の事は1組担当教諭である織斑先生に抗議をしておくわ、処罰を覚悟しておきなさい」

 

「そ、そんな!わ、わたくしは…!

5組にのクラス代表代理を決める為に対戦を…!」

 

「黙りなさい!

貴女がやっているのは交渉もせずに背後から発砲して恐喝行為をするという言語道断の行い!

しかも生身の生徒が居るのを把握しながらなど以ての外!

繰り返して言うようにはなるけれど、処罰を覚悟しておきなさい!」

 

そしてこの期に及んで私やお兄さんを睨んでくるオルコットさん。

当然

 

「目を反らすな!」

 

猶のこと叱られていた。

 

 

 

オルコットさんはティエル先生にアリーナ外へ連行されていったのを見ながらも私達は訓練に戻ることになった。

とは言っても、奥の手は極力見せないようにしながらの訓練は多少難しかったですけども。

お兄さんは基本兵装のランスを取り回し、私のブレードと切り結ぶ。

それから空中へと飛翔し、上空での近接戦闘訓練にも熱が入る。

更に私は銃へと換装し、お兄さんも基本兵装の銃を展開。

円を描く軌道を作りながらの射撃への迎撃、サークルロンドへと移っていく。

最後はアリーナの外周沿いに高速で駆け抜ける高機動訓練をして、そこで切り上げた。

 

「ウェイル君って、近接戦闘が得意なの?」

 

「う…む…どちらかというとそうなるのかな」

 

「あれだけの技量があるのなら、搭乗者としても優秀な成績になれるんじゃないのかなぁ?」

 

「いや、俺はエンジニア兼メカニック志望だから、搭乗技術はただのオマケだって」

 

こんな感じでお兄さんはクラスメイトの中でもなんだか人気者になってきていた。

周囲の人に拒絶されないのは安心できますけど、ちょっとだけ気分が複雑です。

 

それからも訓練が終わってからは

 

「じゃあ、5組クラス代表代理の件、よろしくお願いします!」

 

ルーハさんの深いお辞儀で締めくくられた。

 

「ああ、判ったよ。

素人に毛が生えた程度の実力だろうけど、出来る限りやってみるよ」

 

「お兄さん、自分を過小評価し過ぎです」

 

「そうか?自惚れるよりかは遥かにマシだと思うけどな」

 

それは…そうなんですけども…。

 

それから更衣室で着替えてから食堂へ向かう道中、渡り廊下にて

 

『セシリア・オルコット

危険行為につき上記の者を1週間の自室謹慎処分とする』

 

という張り紙を見つけた。

代表候補としても、こんな早期での謹慎処分は手痛い扱いになるのは明白。

あまり関係が無いですけど。

それから一週間、私たちはみっちりと訓練を積むことになりました。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

今日も今日とて訓練をミッチリと詰め込み、程よい疲労感を抱えながら俺達は整備室へと向かっていた。

クラス対抗戦も近いし、もうちょっと機体の調整もしておきたいからでもある。

イタリアを出る前にも細かに調整していたけれど、やはりそれ以降は詳しく調整していなかったなんて事はしたくない。

少なくとも、データ整理をするにも都合が良いしな。

リンク・システムを使えば姉さんに自動的に飛ばされているかもしれないけど、こういうのは自分の手でやっておきたい。

 

「今日はどんな調整をするんですか?」

 

「う~ん、そうだな…スラスターの出力調整をもう少しばかりやっておくか。

後は、駆動部の摩耗具合も確認しておかないと」

 

そう言いながらも目的の格納庫の前にやってくる。

到着した場所に背中から入り、ハンガーへと視線を向け…

 

「なんだ、あの機体は…?」

 

スカイブルーの機体がそこに鎮座していた。

 

「あれって…量産機じゃないみたいですよ…?」

 

メルクが言う言葉には確かに納得できる。

俺も量産機のカタログは見たことがある。

中国第二世代機『(ロン)

イギリス製第二世代機『渦潮(メイルシュトローム)

ドイツ製第二世代機『漆黒(シュヴァルツ)

日本製第二世代機『打鉄(うちがね)

そしてフランス製第二世代機『疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)

などがその代表格だ。

 

この機体はその中でも近いものがあるとすれば…『打鉄』だろうか…?

だが、あの機体にはこんなパッケージは無かったと思う。

そもそも、非固定浮遊部位(アンロックユニット)などは…。

 

「第三世代機ってことか…?」

 

それだったら見覚えの無い機体が在ったとしても納得…

 

「だ、誰か居るの…⁉」

 

背後から声が聞こえた。



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第31話 羨風 離れ別れて

今回はサクッと筆が進んだので早めの投稿です。
次回も早めに投稿の予定です。


Q.ウェイルのテンペスタの固有名称って決めてるのでしょうか?
そろそろ教えて下さいよ。
P.N.『バウワウ』さんより。

A.名称は決めています。
その名称が登場するのは次回になりますのでお楽しみに!

ガチャやってみたら、上から下まで真っ黒いの『復讐者』が出てきたのだが…あれ?
星『0』ランク⁉
そんなの在るんですねぇ…というか宝具使いにくいなぁ…。

それはそれとして、ギル祭りでホイホイ箱を開けているわけですが、雨空の狙いは『マナプリズム』と『種火』のカードです。
狙いは、ね…。
欲を言えば『鳳凰の羽』が欲しかった…。

それでも狙うものが全然出ず、QPが使い切れないほどに貯まっているわけですよ。
前回のベガス祭りでもアホみたいにガッポガッポの雨空ですが、ここまでQPを貯めさせるくらいなら、QPでガチャを回させてほしいと思っています。
もしくはリアルマネーではなく、QPと星晶石との交換システム実装を…!
いや、ホント。
伝わらない人も居るかもしれないが伝われこの思い。


一人の少年が、自室でほくそ笑んでいた。

彼の脳裏には先日廊下に貼り出された、セシリア・オルコットの処分が思い起こされていた。

それは彼にとって予想通りの展開だった。

彼女から身に覚えの無い誹謗中傷を受けたのは確かな話だ。

その挑戦を受け、尚且つ返り討ちにした。

それでも忌々しげな視線を突き刺してくるのが気に入らなかった、ひどく不愉快だった。

だから、八つ当たりが出来る対象を求めるその復讐心の矛先を変えさせ、その心を暴走させた。

 

 

とは言え、彼女がやった事は重大な話にもなってくるだろう。

そうなれば最悪の場合も想定出来た。

だが、それが彼の狙いでもあった。

 

「まあ、アイツの自業自得だ。

精々あの野郎に重傷でも負わせる程度には役に立ってくれてたら良かったけど…役立たずな奴め」

 

セシリア・オルコットが処分を受けるのは確実。

それで済むのならそれでも良かった。

居なくなれば尚更良し。

その際、3組の彼に大なり小なり被害を与えていれば更に。

重傷を与えていれば、二人まとめて居なくなるだろうから、そうなればそれがこれ以上と無い結果だ。

そうなったとしても、その二人に対しては悪びれる気など微塵も無かった。

 

なにしろ、()()()()()()()()()()()()()のだから。

そして、自分は何もしていない(・・・・・・・・・・)のだから。

 

そう、あくまでも想像通りの展開の一つだった。

だが、そこから先は何一つ予想していなかった。

 

今回の件により、国際情勢が著しく変動していく事も。

 

ある人物の首を締め上げる事に繋がるとも。

 

そして…窓の外からその様子を見ている小さな影が居る事も。

 

 

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

「誰か…居るの…⁉」

 

声が聞こえた。

脅えながらも、警戒に満ちた声が。

多分聞き覚えは無いと思う。

 

「ああ、今日ここを使うことになっていた…」

 

「ま、待って、ここを使うように私も予約をしておいたんだけど」

 

おや?予約が重なってしまっていたのだろうか?

だけど、それなら何か知らせが在ってもいいんだろうけども…。

 

「メルクは何か聞いてるか?」

 

「いえ、何も」

 

あれ?じゃあいったいどういう事なんだろうか?

 

疑問に思いながらも俺は通路に出た。

そこに居た少女の姿を改めて見てみる。

 

背丈はメルクよりも少し高い。

珍しいスカイブルーの髪がセミロングになっており、その双眸は紅だった。

そして俺と同じく眼鏡をしている。

尤も、俺の眼鏡はハーフフレームで、彼女はフレームレスだ。

眼鏡というだけで何故か親近感が

 

「………………」

 

湧いて来なかった。

俺の姿を確認出来た時点で訝しげだった視線は、侮蔑を込めた視線へと切り替わる。

あれ?俺、何かしたっけか?

 

「えっと…何かな?」

 

「私は、更識簪、日本代表候補。

それとこの格納庫の中を見て察することは何も無いの?」

 

自己紹介どうも。

そして有無を言わさぬ問いに俺もメルクも首を傾げる。

改めて格納庫の内部を見て…作成途上の機体が鎮座しているだけで、あとは比較的整っているようだが…。

ふ~む、そう言われてもよく判らないな…。

 

「すまない、君が何を言いたいのかが判らない」

 

「私もです、えっと…更識さんは何を伝えたいのか…」

 

すると彼女の眉尻が吊り上がる。

目に現れたのは苛立ちと憤怒だった。

だけど、その瞳に映っているのは本当に俺なのだろうか…?

 

「あの子…あの機体は、作成機関から開発計画を凍結されて今に至るの!

開発費用も!開発スタッフも!資材も何もかも!

貴方がISを稼働させた事で、貴方の専用機開発の為に!」

 

何故だろうか。

この態度に何か懐かしさを感じた。

拒絶をするためになけなしの勇気を奮っているように見受けられるこの瞬間に…。

 

とはいえ事情は察した。

彼女は日本代表候補生であり、専用機を受領する予定だったのだと。

けど、男性搭乗者が登場したことで、その人物の機体の開発を優先したことで、彼女の機体開発計画は遅延どころか凍結処理された、と。

 

「その開発機関って何処ですか?」

 

「…『倉持技研』」

 

…ん?なんか話が噛み合わないぞ?

俺の機体にしてもメルクの機体にしても、開発元はFIATだ。

少なくとも日本に開発を任せたなんて報せは無かった筈だが。

 

「言い分は判りました。

ですが更識さんは何か勘違いしていると思います」

 

そう言ってのけたのはメルクだった。

あのぅ、メルク?

そのセリフは俺の言うべきところだと思うんだけども…。

 

「勘違い?何を?」

 

俺もこの勘違いに関しては粗方察しはついた。

あいつ(・・・)と俺と見分けがついていないのかもしれない、と。

 

「その為にも一応自己紹介しとく。

俺はウェイル・ハース。

イタリア出身の二人目の男性搭乗者と呼ばれている者だ」

 

この瞬間に紅の双眸が大きく見開かれた。

ああ、判るぞ、驚愕しているんだろう。

そして視線がメルクに向かい

 

「…本当なの?」

 

「ああ、本当だよ。

信じられないなら、担任の先生に伺ってみてもらって構わない」

 

それで納得したらしい。

その双眸と同じくらいに顔を真っ赤にして

 

「ご、ごめんなさい、てっきりあの人なのかと思って…」

 

「まあ、なんだ、その…勘違いは誰にでもあるだろうし、そうだよな、メルク?」

 

「え⁉あ、は、はい、そ、そうですね」

 

挙句の果てには三人揃ってしどろもどろになっていた。

この空気、どうしようか…?

 

「じゃあ、引き続き、この第4格納庫を使わせてもらうよ」

 

「此処、第4じゃなくて第5()格納庫だよ」

 

気まずい空気はなおも続くのだった。

一番最初に勘違いしていたのは俺だったようだ。

穴があったら入りたい!

 

 

 

それから5分後、メルクがカフェオレを淹れてくれたのでそれを飲みながらの話になった。

最初に出たのは、今もハンガーにて鎮座しているあの機体についてだった。

機体の固有銘は『打鉄 弐式』。

日本製初の第三世代機になれなかった機体だ。

この機体の開発計画は冗談抜きでの凍結処理だそうだ。

最初の男性搭乗者である『織斑』の機体開発計画が最優先となり、資材、費用、職員のことごとくを奪われ、携わる事が出来なくなったそうだ。

 

「ああ、なるほど、道理で機体開発がこんなにも早かったんですね」

 

「どういう事だメルク?」

 

メルクは何か納得したらしい。

 

「えっと…機体開発には長期の日数を要します。

これは知ってますよね」

 

俺は首肯して返す。

実際にメルクの専用機でもある『テンペスタ・ミーティオ』の開発も教えてもらっているからその程度は承知している。

あれだって半年程度はかかっていた。

開発計画が発生したのを含めればもっとかかっていただろう。

 

「あ、そういう事か」

 

織斑がISを稼働させたのは2月だった。

たった二か月やそこらであいつの機体は完成している。

その資材は?

費用は?

職員は?

それらすべてをどこから持ってくる?

個人で補填できる要素でないのは当たり前だ。

なら、何処か別の所から持ってくる必要がある。

そこで目をつけられたのが更識さんの機体開発計画だという事か。

この話、以前は予想でしかなかったのだが、これにて確信と裏付けまで出来てしまったというわけだ。

しかも物的証拠、それによる被害者本人というオマケ付きで。

 

「で、その機体を学園に持ち込んで組み立て途中、と言った所かな?」

 

「正解。

そこに貴方が来たからてっきり噂の男性搭乗者が来たのかと思ったの」

 

あんな奴と同一視されるのは嫌なんだけどなぁ。

更識さんの場合は、織斑の容姿とか興味の外だったんだろうな。

あ、それは俺に対しても同じか。

俺は目立つつもりが無いからどうでもいいんだけども。

 

「で、開発の目処は…」

 

「えっと…その…」

 

あまり進んでいないのが見て取れた。

 

「代表候補生もしてるけど…、クラス代表も兼ねていて…このままじゃ…クラス対抗戦にも間に合わない…」

 

手伝いたいのはやまやまなんだけども…

視線をメルクに視線を送ると…首を横に振る。

ダメらしい。

 

「事情を知っても、私達には手出しが出来ません。

機体も機密情報が何処に在るのか判らぬ以上、間者(スパイ)と扱われかねません」

 

「国際規約っていうのは面倒だな、肝心のタイミングで行動を制限してくるんだから」

 

微微たる調整程度なら大目に見てくれるものではあるけれど、組み立ての段階からとなると完全に待ったがかかる。

日本の機体は日本人が完成させろというロジックだ。

 

「間に合わないかもしれないけど、私はこの機体を一人で完成させたいの」

 

心意気は見事としか言えないんだけど、間に合わないと思う。

しかも

 

「なんで一人での完成を拘るんだ?

ああ、開発スタッフを総取りされたのは承知しているけども」

 

「それは…」

 

そこから先の理由を聞いて、どう反応すればいいのか心底困らされることになった。

 

 

 

その日の夕飯時、今日も自炊にするつもりで居た為、部屋に戻ってきていた。

家族とのテレビ電話を終えた直後、どこで聞きつけたのか知らないが、楯無さんもこの場に来ていた。

今日の夕飯の当番は俺だったから、厨房で食材の用意をしている。

今日の夕飯はペスカトーレ、パスタ料理だ。

母さんには、未婚の男性がよく作る料理の筆頭が『カレー』と『パスタ』なのだとか教えられた事が在ったな…。

 

「そう、ウェイル君は簪ちゃんと知り合ったのね…。

ああ、うん、その…簪ちゃんのことは把握していたのよ。

だけど、あの子は私に苦手意識を持ってしまっているから…」

 

その経緯に関しては一通り聞いてしまっていた。

 

「お兄さん、判決は」

 

「有罪確定、晩飯抜きの刑だ」

 

「二人して酷い!」

 

人に言えないような稼業をしているのは薄々と察している。

そこから遠ざけ、危険から切り離そうとしたらしいが、更識さんは楯無さんの影の中の存在にされてしまったという事らしい。

 

俺が姉さんからそんなことを言われようものならどうするだろうか…?

多分、絶望していただろうな。

家族に希望として見られるのならまだしも、切り離されたということにもなるのだろうから。

俺としては家族の居る場所が、自分の居場所なのだろうから猶更だ。

 

「よし、ペスカトーレの完成だ」

 

「お皿持ってきました。お兄さんと、私の分を」

 

「また私はお預けなわけね…」

 

何を今更、先に宣告しておいたんだから当たり前だろう。

そう思いながら、フライパンの中身を皿に盛り付ける。

オムール貝を始めとしたシーフードが色鮮やかに見え、食欲を加速させてくれる。

 

「同情っていえばソレになるんだが、どうやってか更識さんの機体の組み上げを手伝ってあげたいなぁ。

メルクは何か案は在るか?」

 

「うぅん…一人で完成させるということに拘らなければ…」

 

「そうなんだよなぁ…誰かさんが一人で機体を組み上げたっていうから対抗意識まで持ってるのがなぁ…」

 

その誰かさんに視線を向けてみると…目を見開いていらっしゃった。

オイ、なんだその反応は、アンタの事だよ。

だが

 

「私はそんなことを吹聴した覚えは無いわよ?」

 

…は?

いやちょっと待て、更識さんは姉が専用機を一人で完成させたと聞いたから対抗意識を持ってしまっているんだぞ?

なのにこの返答は予想外だ。

見ろ、メルクも絶句してるじゃねぇか。

 

「きっと誰かが誇張したんでしょうね、それが簪ちゃんに伝わったんだと思うわ」

 

ああ、成程ね。

噂は得てして尾鰭背鰭がつくもの、という事か。

 

「じゃあ、なんでそれを教えてあげなかったんですか?」

 

「その頃には簪ちゃんとの関係が険悪なものになってしまってたから…」

 

不器用な姉妹だな…。

妹が姉に苦手意識を持っているのではなく、姉が妹相手に苦手意識を持ってしまっているんだ。

そして妹は、姉から遠ざけられ、切り離されたと思っている。

けど、更識さんと会話をしていて思ったことがある。

彼女は、姉である楯無さんを嫌っているんじゃない、これは絶対だ。

態度の奥底にあるのは、羨望なんだろう。

 

その感覚は理解できるものがある。

俺も、メルクや姉さんにうらやんでいる節がある。

あの高みに追いつきたい、横に並べるように、と。

その手段がメカニック兼エンジニアという手段だ。

なら、俺は今回は更識さんの手伝いをしてみよう。

 

「楯無さん、組み立て作業やシステムに詳しい人に伝手はありませんか?」

 

「ええ、勿論有るわよ!」

 

「なら、その人を紹介してほしいんです、勿論日本人限定で」

 

それから名簿を出力してもらう。

候補として挙がったのは合計8人。

ここから先は俺が交渉して回ってみなければなるまい。

良い結果を出せればいいんだけど。

 

「此処まで用意してあげたのよ、タダ働きだなんて事は無いわよね?」

 

「じゃあ、報酬に…」

 

楯無さんの視線が皿の上のペスカトーレに向かう。

食いしん坊め、だがやってもらう事はまだあるのを忘れていないだろうな。

 

「ウェイル君の手料理を…」

 

「その香りだけを報酬に」

 

「酷過ぎる!

こんなにもおいしそうな香りだけを感じさせておきながら夕飯抜きとか!

美味しそうに食べている様子を見せるだけとか!」

 

だったら早く仲直りしろってんだ。

 

その間、メルクはペスカトーレの味を満喫しているようだった。

上手く出来ているようで何よりだった。

さてと、名簿書類の中の人達は、と。

ああ…やっぱり上級生も含まれてるな、明日からも忙しくなりそうだ。

 

 

 

翌日、俺は早朝訓練を中止にし、上級生の寮へと出向き、頭を下げて回った。

メルクからしたらクラス対抗戦に於ける強敵の増加ではあるが、腕を磨ける機会になると言って承知してくれた。

兄の威厳も沽券も吹き飛びそうではあるが至極今更なので、俺のプライドなんて安いものだ。

そしてその日の放課後

 

「えっと…ハース君?その人達は?」

 

「情報通が居てさ、組み上げ作業の助っ人を集めたんだ」

 

「だけど…」

 

「本人に確認してみたけど、一人で組み上げたっていう情報はデマだったよ」

 

最低限度の情報は提供しておこう。

それが彼女の為にもなるかもしれないから。

だけど、仲直りを求めているという情報は提供しない。

そこは本人達の問題であり、俺の出る幕ではないのだから。

 

「そんじゃ先輩方、組み立て作業の方、サポートをお願いしますね。

じゃあ俺はこれで」

 

立ち去ろうとしたとき、肩と腕と手をつかまれた。

 

「ハース君?私達に頭を下げてまで頼んできたのは正直、高評価だったよ~?」

 

「で~も~、私達だけに働かせて後は他人面って事は無いよねぇ?」

 

「そうそう、エンジニア兼メカニック志望者なら見て学べることもあるんだしぃ、か弱い乙女に肉体労働を押し付けるなんて事は無いよねぇ?」

 

ははは…その日の放課後は扱き使われることになるのだった。

無論、データや情報の類は見ることが禁じられているので、機材運搬に限定されていたけど。

 

 

 

 

「えっと…お兄さん、大丈夫ですか?」

 

「疲れた…」

 

ホームルーム前、お昼休憩、放課後の時間を全て費やし、機体製造時間に割り当てた。

もともと設計図が用意され、材料も充分に揃っていた。

なおかつこんな学園だ、機体調整用、及び製造用の機材はそれこそ軒並みに揃っている。

後は整備科の上級生にもヘルプを請い、徹底的に調整も施してもらっていた。

そんなわけで、クラス対抗戦の3日前になってしまっている。

残りの時間は、クラス対抗戦の為の訓練に使う必要があるため、俺はシャットアウトだ。

その直前まで走り抜けた後は、機材の片付けに奔走し、今に至っている。

 

メルクが用意してくれたスポーツドリンクを一口飲み、深呼吸を二度。

 

「更識さんの機体が完成したよ。

これで4組の人達も士気が上がるんじゃないかな」

 

「それだけ私達の勝率も下がるかと思いますけど…。

でも、更識さんからすれば慣れてない機体で挑む事になるかもしれませんから、そこを穿てば…」

 

メルクはさっそく脳内でシミュレートをしているらしい。

これは俺の勝率も稼げるかどうかは怪しくなってきたぞ。

実は敵に塩を贈っただけだったりして、な…。

 

とはいえ、俺も休んでしまった分は遅れを取り戻さないといけない。

貸し切っているアリーナにて射撃訓練に、近接戦闘訓練に型稽古を繰り返す。

固有兵装である、『アウル』『ウラガーノ』『アルボーレ』はまだ使わない。

そんな早くから使い始めていては、今後の勝率も悪くなってしまうとの事。

早くても6月くらいまでは隠すべきなのだそうだ。

 

そしてその日のお昼休み。

 

「で、俺たちに何の用ですか、生徒会長」

 

またもこの人達に呼び出されてしまっていた。

なんというか、この人達にペースを呑まれてしまっている気がする。

 

「大切なお話があるの」

 

虚さんが紅茶を用意してくれたので、一応一口。

 

「…美味しい…」

 

メルクもそう呟いていた。

 

「話すべきことは二つ。

まずはその一つ目から話しておくわね」

 

そう言うと生徒会長の表情は柔らかくなる。

警戒は…しないで良いのかな…。

 

「簪ちゃんの事よ。

機体開発に尽力してくれたのを訊いたわ、本当にありがとう」

 

それは本人が言うべき言葉だと思うんだけどなぁ。

生憎、タイミングが悪かったせいで更識さんからは感謝の言葉は受け取れていない。

昨日は後片付けに奔走して、疲れ果て、部屋でブッ倒れるようにして寝てしまっていたからなぁ。

けど、力になれたというのであればそれで良いけど、そこから先の件、すなわち姉妹の仲直りは俺からすれば管轄外、この二人の問題だ。

 

「で、二つ目の要件は?」

 

さらなる面倒を吹っ掛けられるのは嫌だったから、次の話へと飛びつく。

途端に生徒会長の顔が引き締まる。

結構真面目な話になるのだろうか?嫌だなぁ、堅苦しいのは苦手だっていうのに…。

 

「私達からすれば後ろめたい話になるの。

メルクちゃん、そんなに警戒しないで、捕って食おうってわけじゃないんだから。

それとウェイル君は嫌そうな顔をしない。

なんで二人ともそんなあからさまな反応をするのよ…」

 

兄妹ですから。

けどその言葉は喉元に留めておく。

真面目な話がブチ壊しになりそうだ。

 

「まあ良いわ。

先に言っておきます、私達『更識』は日本の暗部、いわば諜報機関組織みたいなもんだと思ってくれてい良いわ」

 

…はい?

なんかこの人凄い事を言ってる!…気がするような…?

反応に困るのでメルクに視線を向けると…

 

「…………!」

 

ものすごい警戒していた。

という…、視線で威嚇してるよ妹が。

これがシャイニィだったら物凄く尻尾を膨らませていただろうな…。

メルクがここまで警戒しているのなら『物凄い話』というよりも『ヤバイ話』だったりするのかもしれない。

 

「だからそんなに警戒しないで、先にも言った通り捕って食おうってわけじゃないんだから」

 

「そんな話をいきなりしてくるのなら誰だって警戒しますよ」

 

そうか、やっぱり警戒するような話なのか。

もう正直ついていけそうにないからメルクに任せて寝てしまおうかな…?

などと不届きなことを考えていたらメルクに手を掴まれたので、それも出来そうになかった。

 

「日本の暗部、もっと言ってしまえば日本政府お抱えの組織なの。

今回、我々はウェイル君の身辺調査を行うように指示を下されたわ。

産まれや育ちといった素性、家族構成、所属しているらしい企業、通学していた学校や、友人のような身辺を含めて何もかもを」

 

「なんで俺の事をそんなに調べたがるんですか。

しかも友人に至るまで!

俺に用があるのなら直接言ってくればいいでしょう!」

 

一瞬にして頭に血が昇った。

何のいわれがあって俺の身辺を調べようってんだ!

俺が日本に何かしたか?

日本の恨みを買った覚えも無ければ、喧嘩を売った覚えも無い!

なのに何で!

 

「安心して、日本政府からの指示に関しては断ったわ。

割が悪いにもほどがあるもの、前例も在る事だし」

 

断った…本当なのだろうか…?

八つ当たり気味に紅茶を一気に飲み干す。

この程度では気が収まらなかったけど。

 

「ご安心を、断ったというのは本当ですよ」

 

虚さんが紅茶のお替りを淹れながら言葉を囁いてくる。

生徒会長が言うよりも今人が言ってくれた言葉に、なぜか信用してもいいのではないだろうかと思えてくるから不思議だ。

 

「我々更識家、布仏家はイタリアに関する話に関しては一切の例外も無く断るというのがここ数年の間にできている暗黙の了解です。

ですが、それを理解していない人物がまだ居るようでして」

 

…暗黙の了解とやらがあるのは理解したけど、本当なのだろうかと疑ってしまう。

だけど、まだ納得出来ない。

そしてメルクの警戒している様子とくれば…。

 

「で、何で俺の身辺調査をしたがっているんですか?」

 

「織斑君がISを稼働させた直後から、全世界で国際IS委員会に名を連ねている国家の全てで男性を対象とした適性者を探してみたけれど、適正が判明したのはウェイル君の他には誰一人として居なかった。

だから君に興味を持ったのだと思うわ。

あわよくば、日本に連れ込み人体実験をしようとしてたというのもこちらで裏付け調査までしたわ。

無論、きっちりとこちらで処分したから安心していいわ」

 

…日本に来るのって、本当は危険だったんじゃ…。

今さらになってこの国にやって来たのが不安に思えてきた。

というか見ず知らずの他国の人間をモルモットとして徴収しようとか狂ってるなぁ。

 

「だけど一応念の為、学園外に外出する時には、メルクちゃんか私の同行を求めるべきよ。

メルクちゃんも私も同行が出来ない場合は、教師か、ほかの専用機所持者を護衛に雇う必要があるでしょうけどね」

 

「面倒だけど…仕方ないか。

いや、ちょっと待った」

 

「何かしら?」

 

うわぁ胡散臭い反応辞めてほしい。

 

「メルク、ほかの専用機所持者、教師の同行はいいとして、何故楯無さんが別枠で候補に挙がってるんですか?」

 

「せ、生徒会長たるもの、学徒の安全を守る義務が在るからよ!」

 

…可能であるのならメルクに同行を求めるとしようか。

うん、そうしよう。



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第32話 寒風 その日に

ウェイルの機体銘の公表を宣言したけど、それをも無理矢理詰め込んだ結果、内容量が普段の約1.8倍に…。
多すぎて…すまない…。

Q. ウェイルの持っている兵装『クラン』の開発は『アイルランド』と表現が在りましたが、何故、隣国のイギリスではなく、イタリアのウェイルの所に回ってきたのですか?
いくら支部とはいえ、なにやら違和感が…。
P.N.『バウワウ』さんより

A.おっと、鋭い質問。
それに関しては、今回にて暴露されます。
というか、イギリスの代表候補生のスタイルも、ね…。


念の為にハース兄妹に軽い警告をしておくために呼び出し、その話が終わってから二人はそのまま部屋へと戻っていく。

それを確認し終えてから私は再び椅子に座ってから紅茶を一口飲んでみた。

 

「虚ちゃん、あの二人の様子はどう思う?」

 

「そう、ですね…。

ウェイル君ですが、直に話を聞いてくれていたようですが、メルクさんに関しては警戒どころか威嚇していたのが気になりますね」

 

それは私も同じだった。

ウェイルくんはこちらの話をそのまま聞き入れていたような感じだけど、メルクちゃんはあからさまだった。

なおかつ、こちらが日本政府お抱えの諜報機関の身であると話した途端にその警戒の度合が跳ね上がった。

あの様子は警戒というよりも威嚇に近い。

 

「でも私としても判った事が有るわ。

あの二人、イタリア政府とバチカンが名を連ねて、日本政府やIS学園に送り付けてきた文書の存在を知らないのよ」

 

織斑先生と、その周辺人物を名指ししてまで送ってきた最後通牒とでも言える書状、明らかなまでに異常な代物ではあるけれど、今になってそれを送り付けてきた理由が今になっても判らない。

日本政府お抱えの諜報機関でもある更識としては条件は呑まなくてはならないだろうということは察している。

国際IS武闘大会モンド・グロッソ第一回大会。

織斑先生は破竹の勢いで勝利を続けてきていたが、最後の決勝戦でその勢いはストップさせられた。

決勝戦の相手はイタリア代表選手である『アリーシャ・ジョセスターフ』選手だった。

第二回大会で特例のルールによって、織斑先生は決勝戦後のタイトルマッチまでは観戦をし、すべての選手の状態を確認していた。

戦術、癖、兵装も含めて。

けれど、それでも不安だからという理由で日本政府はアリーシャ・ジョセスターフ選手の調査をするように更識に命じてきた。

スポーツマンシップに反するとは思うけれど、第一回大会で優勝した織斑千冬選手の体裁を整えるためでもあったのだろう。

 

優勝した国家には世界からの多大な期待と、開発優先などの予算管理も含まれる。

仕方ないから受理し、調査を始めたけれど、一週間程度で頓挫した。

調査対象に発見され、摘発されてしまった。

調査員合計15名がただの一人の例外もなく、ただの一夜でイタリアから追い出された。

けれど、イタリアはそれによる見返りを何一つ求めなかった。

まさか、それを今更…?

 

「確か、アリーシャ・ジョセスターフ選手には懇意にしているであろう人物が居る…という話が在ったわよね…?」

 

「はい。

ですが、それが誰なのかまでは特定が出来なかったそうですが…」

 

まさかとは思うけれど、その人物が、あの兄妹だったりして、ね…。

考えすぎかしら…?

 

「それとお嬢様、我々が暗部である事を彼らに教えて良かったのですか?

いくらウェイル君やメルクさんから信用を得るためといえども、ここまで赤裸々にするのは…」

 

「良し悪しはこれから先に考えれば良いわ。

正直、日本政府に対しては我々更識も信用が出来なくなってしまってきているのだから…。

最悪の状況に転じれば、更識と布仏を日本国外に転居させる可能性も出てくるでしょうね」

 

その受け皿になってくれるであろう国家はどこに在るかしら…?

私が国籍を得ているロシア?

それとも大きな借りを作ってしまっているイタリア?

はぁ、…考えることはあまりにも大きいわね。

 

「織斑先生は学園内部では一気に信用が失われてしまっているし、これからが大変ね…」

 

それに弟君とその幼馴染がさっそく問題行動を起こし、学園長から監督不行届の厳重注意を受けている。

あの二人は反省してくれていればいいんだけど。

 

「…ん?弟…?」

 

そうだ、確か織斑先生には弟がもう一人居た(・・・・・・)という話を聞いたことがある。

生憎接触もした事も無いし、調査もした事が無かったわね…。

名前は『織斑 全輝』…じゃなくて…?

 

「確か…そうだ、思い出したわ、『織斑一夏』君だったわね…」

 

「お嬢様?どうされました?」

 

「ちょっと思い出した事が有ってね…」

 

織斑 一夏という人物はこの学園に在籍していないのは把握している。

織斑 全輝がISに適性を持っていたというのなら、その兄?弟?であろうその人物も同じように適性が発覚していたかもしれないけれど、そんな話は全く聞かない。

むしろウェイル君の報せだけだった。

なら、その人物はどうしているのかしら…?

 

「虚ちゃん、面倒ついでにもう一つ調査をお願いできるかしら?」

 

「何でしょうか?」

 

「織斑先生のもう一人の弟君、『織斑 一夏』君に関してよ。

私も簡単に調べてみるけれど、その人物のことを調べてみてほしいの」

 

「…?承知しました」

 

今この界隈で起きているであろうことは、あまりにも複雑になってしまってきている。

はぁ、肩が凝りそう…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

小難しい話は終わったけど、まだメルクは少し不機嫌だった。

虚さんが立ち去り際に「今後も何かとお呼び出しするかもしれませんので」と、生徒会室のコピーキーを俺とメルクの生徒手帳にインストールさせてくれた。

いいのか、生徒会…?

 

「いい加減に機嫌を直せって」

 

ワシャワシャと頭を撫でてみれば少しは気分が落ち着いたらしく、雰囲気が柔らかくなってきたようだ。

 

「それでも、部屋に不法侵入してきたことについては触れてませんでしたよね?」

 

「言われてみればそうだな」

 

とはいえ通風孔は溶接して固めているから不法侵入はされる心配は今後はしなくてもいいと思う。

…合鍵を作ってこない限りは。

 

さてと、お昼休みは殆ど使ってしまっているし、そろそろ教室に戻ろうか。

4組のクラス代表である更識さんの機体も完成に至り、俺も時間に余裕が出来ている。

放課後は訓練に勉強に課題に…ああ…やることが多いなぁ…釣りに行きたい、シャイニィに触れたい…!

 

そのまま放課後まで何とか意識を保ちながら耐え、放課後になったら予約していたアリーナに行き、テンペスタを展開し、兵装を取り出す。

更に高機動訓練、近接戦闘訓練、射撃訓練に移る。

それらを交互に入れ替えながらメルクを相手にし続ける。

腕力では確かに俺はメルクを上回っているけど、技術ではやはり遠く及ばない。

それを埋めるためにも姉さんやヘキサさんに技術を教わり続けたけど、世界は広いのだろう。

自分の技術などどれだけ通じるのやら…通じないのが当たり前かもしれないけれども。

 

ましてやその世界の一端でもあるクラス対抗戦が3日後には控えているのだから、自分の実力を試すには調度良いだろう。

世界の広さを知ってみたいものだ。

 

「よし、続けて頼むぞメルク!」

 

「ええ、行きますよ!」

 

それから時間ギリギリまで切り結ぶ。

そんな日々をそれからも続けていた。

…やっぱり『アウル』『ウラガーノ』『アルボーレ』の使用は無しで。

釈然としない…理解はしてるけども…!

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

クラス対抗戦の前日の昼休み、私は再び学園長室に呼び出されていた。

今回は3組のティエルだけでなく、5組のフロワまで怒りの形相を浮かべていた。

 

「先日の件について、3組、5組の生徒からそれぞれの所属国家に報告した事で、既に日本、イタリア政府だけでなく、ギリシャ、ブラジル、中国、ロシア、オーストラリア、ルーマニア、以上の国々の政府から膨大な抗議文が来ています。

セシリア・オルコットさんによる一方的な射撃攻撃により、一般生徒、しかもISを纏っていない生身の状態でいるのを承知の上での命の危険に晒したとの事ですが、相違は無いですね、織斑先生?」

 

「それは…本人に訊いてみないことには…」

 

「アンタね…あれだけ日数が在ったというのにまだ事情聴取をしてなかったって言うの…⁉」

 

ティエルの言葉が突き刺さる。

だが、今の私にはそれ以上の言葉は用意できる訳も無かった。

何故…何故、こうなってしまうのかがまるで理解ができなかった。

 

「では、まず問いますが…他クラスを巻き込んで騒動を起こすな、と…織斑先生には厳命しましたが、それは1組の生徒に通告しているですかな?」

 

「ええ、それは当然…」

 

「その結果が…、コレ?

負傷者が出なかっただけマシだなんて言い逃れはさせないわよ、それはハース兄妹が居たからという偶然の上で成立していたからに過ぎないわ。

いえ、仮に居たとしても、彼らが機体を展開していたからという二重の偶然が成り立っていたからこその産物。

その偶然も成立していなければ、皆殺しになっていた未来も容易に想像できるわ」

 

判っている。

 

「それについては何か言い訳は在りますか、織斑先生?」

 

「…いいえ、何も…」

 

「では、本人を召還するとしましょう」

 

背後の扉が開き、手錠をかけられたオルコットが入ってくる。

その横顔を盗み見るが、今にも死んでしまいそうなほどに青白くなっていた。

オルコットの隣には怒り心頭といった具合のサラ・ウェルキンも同行していた。

確か…イギリスの予備候補生だったかと記憶している。

 

「召還に応じました、イギリス予備候補生サラ・ウェルキンです。

候補生、オルコットの事情聴取をしましたが…」

 

そこから先は私としても耳を疑った。

5組のクラス代表が季節外れの風邪で寝込み、代理を3組のハースに依頼。

それを不服とし、オルコットは独断で抗議という名義でハースに暴行を働いただけでなく、侮蔑の言葉を浴びせた。

後日、ウェイル・ハースが正式に代理を受理した事を耳にし、それを不服に感じてアリーナへ吶喊。

クラス代表代理をかけての決闘を申し込もうとした、と。

 

「ですが、その実は…ピットから無言のまま先制射撃攻撃を。

ハース兄妹が提出してくれたログを解析しましたが、狙い撃たれた場所は胴体のど真ん中。

人体の急所と見て相違ありません。

ハース君が無視をしたと言っていましたが、その場に居合わせた生徒にも話を聞きましたが、通信回線も開かずに無言のまま銃を構えていたそうで、『無視をした』という言葉も成立しないかと思われます。

その状況下で一般生徒が付近に居る状況を把握しながらもハース君に向けての連続射撃攻撃をしていた、と。

その際にも多くの侮蔑の言葉を浴びせていたそうです。

内容としても、差別的な言葉だというのもこちらは把握しております」

 

「成程、それは非常に宜しくない」

 

私には今となっては発言権は無かった。

この現状を見ているしかできない。

 

「ではオルコットさん、今までの話に相違は無いですかな?」

 

「…は、はい…で、ですが…」

 

「校則違反は無論の事、続けて代表候補生規約違反、国際IS委員会が定めたアラスカ条約違反。

この事はすでにイギリス政府にも通告済み、その果ての処分内容をウェルキンさんが預かっています」

 

視線がウェルキンに向けられ、頷く。

その口から吐き出された処分はあまりにも過酷なものだった。

 

「イギリス王家、女王陛下、並びに首相からの宣告です。

セシリア・オルコットから代表候補ライセンス、専用機所持権限、並びに資産、企業、爵位の剥奪、国家資金援助打切り処分を命じます。

並びに、これは最終的かつ永久的に不可逆な決定とする、以上です」

 

イギリスが、オルコットを完全に見限ったという結末だった。

強制送還命令が出ていないという事は、今のオルコットはただの一般生徒に成り下がったという事になる。

仮にイギリスに帰ることが叶ったとしても、帰る場所がもう無いという話になってしまっている。

 

「同時に、イギリス代表候補生は繰り上げという事で私、サラ・ウェルキンが就任することになりました。

ブルー・ティアーズの所持権限も私に移され、現在は整備課に依頼してコア情報の初期化(フォーマット)処理を進めています。

この会議が終わり次第、最適化(フィッティング)をする事になっています」

 

オルコットが私に目を向けてくる。

減刑、もしくは援助を期待しているのだろうが私は首を横に振る。

手助けなど出来ないのだと無言で伝えた。

それを見て察したのか、オルコットは顔を伏せた。

 

「では、学園からの(・・・・・)処分内容を伝えます」

 

それこそが本当の意味での最終宣告だった。

 

「そ、そんな…国家からここまでの処分が在ったというのに…まだわたくしに処分を課すと言うんですの⁉」

 

先程までの国家からの処分内容は、いわばオルコットを見限ったが故の判断だったのだろう。

それ以上は関心がないからこそ、何も言わなかったのかもしれない。

 

「当然よ、オルコット。

貴女の今までの起こした騒動は、全て言い掛かり(・・・・・)で巻き起こされたもの。

クラス代表を決める際には、自薦、他薦でも構わないという状況だったのに、それをせずに他者に決定されかかってからの異議申し立てに罵詈雑言。

その上で素人相手に試合を挑んで惨敗。

二度目は…5組のクラス代表代理の任を3組の生徒に推薦されたからという理由で、その初対面の相手に暴行を働き謂れの無い誹謗中傷。

三度目は、その相手の都合も知らず、知ろうともせずに誹謗中傷を浴びせた。

今回、四回目は彼が任を受理したからという理由で問答無用の恐喝に、第三者を巻き込んでの射撃攻撃。

いえ、背後から無言で、尚且つ急所を狙っての射撃ともなれば、『恐喝』ではなく『殺害』を目的としたものと判断出来るわ。

その全てがどう見ても自分本位で自分勝手な言い掛かり(・・・・・)によるものだわ。

そんな人を、これ以上学園に居させるわけにはいかないのよ」

 

「その言葉には賛同します。

私やティエル先生のクラスの生徒が無事だったという偶然が成立しましたが、それは先程申しましたように二つの偶然が成り立っていたからです。

ですが、次もそうなるとは思えません。

いえ…『次』などという機会があれば、確実にハース君だけでなく、周囲の生徒の死に繋がる。

それを未然に防ぐためにも、そして禍根も断たねばならないかと」

 

そうか、つまりは最終的な学園側からの処分内容とは

 

「では、通告します。

本日付でセシリア・オルコットを退学処分とします。

本日中に荷物をまとめ、学園から退去するように。

以上です」

 

隣でオルコットが放心したかのように膝を折る。

その顔は今まで以上に蒼褪めている、だが私には助けようもない。

何しろ…

 

「無論、織斑先生にも相応の処罰を下します。

先の通告にも応えられないというのであらば、貴女には担任としての素質が著しく欠けていると判断せざるを得ません。

よって、織斑先生には、来月からは副担任に降格、繰り上げによって山田先生に担任になってもらう事にしました」

 

処分の内容は、前もって用意されていた。

そして、私には今この場で初めて告げられていた。

その為の段取りは周囲で終わらせられているのだろう。

 

「…判りました…」

 

「ですが、努々驕らぬように。

限度が過ぎれば、貴女も学園に在籍させるわけにはいかなくなりますのでね」

 

私が何かをしでかしたというわけではない。

なのに、常に悪い方面へと事態が転がって行ってしまう。

何故、なぜこうなってしまうのだろうか…?

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

会議が終わり、彼女はサラ・ウェルキンに連れられ、空き教室に来ていた。

セシリアの顔は真っ青に染まっているがサラはそれに気付きながらも見ぬ振りをして口を開く。

 

「イギリスの製造機関、『BBC』の活動縮小が決定されたわ。

アラスカ条約違反によるペナルティでね。

最終的にはアイルランドが援助してくれたけれど」

 

「そ、そうですか…企業が存続出来るのなら…」

 

その言葉に彼女の眉尻が吊り上がる。

怒りのボルテージが一気に跳ね上がったのを察する事が出来たが、セシリアはその理由を理解出来ていなかった。

 

「活動縮小と言ったのよ。

つまり、何人もの社員が理不尽に前触れも無く解雇されると言っているのよ。

その原因はアンタよ、オルコット」

 

そして、頭を抱えながらも淡々と告げていく。

彼女の過去の振る舞いを。

 

「パッケージ『クラン』。

長槍を模したIS兵装、ブルー・ティアーズに搭載し、操作テストを頼まれたのは覚えてるかしら?」

 

「…え…あ…そんな話が在ったような…」

 

「近接戦闘向きと知った途端にアンタが一蹴した話よ。

あれはイギリスとアイルランドによって共同開発されたもの。

それをアンタは碌に確認せずに断ったのよ。

『カラーリングが気に入らない』、『近接戦闘なんて野蛮な事をしたくない』と言って、ね。

アイルランドは企業本社に送り返し、操作テストを別の搭乗者に任せでもしたんでしょうね。

これでイギリスはアイルランドとFIATに多大な借りを作ってしまったわ。

これを契機にBBCはFIATの傀儡企業にされるか、もしくはFIATによって買収される危惧も生じる。

社員も多くが路頭に迷う事にも成りかねない。

それについて、アンタはどう責任をとるつもりなの?」

 

とれる筈が無かった。

 

「………ぁ………」

 

両親が遺してくれた財産も、企業も、爵位も、自身の努力で得たライセンスも、何もかも自身の勝手な主張だけで失った今、自身が補填出来るものなど何も無かった。

 

「それと、アイルランドのFIATはあくまでも『支部』よ。

本社はイタリアのお抱えの大企業。

並びに、ハース君はそこの企業所属の技術者の一人でも在るらしいわ。

その大企業に『気に入らない』からと恥をかかせ、社員を殺害しようとして…アンタ、どれだけ国際問題を起こすつもり?」

 

「…そんな、つもりは…」

 

言い訳にもならない言葉は続かなかった。

そのか細い声に被せるように、叱責は続く。

 

「私もアンタの都合は知っているし、その努力も認めているわ。

でもね、自分が努力したからと言って、他者の努力を否定したり、知りもしない人を相手に侮蔑の言葉を叩きつけても良いと思ってるの?」

 

「…………」

 

その問いには答えられなかった。

居なくなった両親に代わり、大人相手でも侮られないように振舞ってきた彼女も、今頃になって悟る。

彼は、その言葉を向けるべき相手ではなかったのでは、と。

それを今になって思い出す。

 

彼は、自分のことを知らなかった。

 

そして自分も彼の事を知らなかった。

 

見た事も無く、誰なのかも知らず、名前も知らず、声も知らず、会話をしたことも無い、そんな欠片も因縁すら無い相手に、溜めに溜めた憎しみを、暴力と言葉にして叩きつけた。

ふと脳裏に疑問が浮かぶ。

自分が悪罵の掃き溜めにし、銃撃の的にまでした彼の事を。

自分の事を何一つ知らなかった彼を、彼について何一つ知ろうともしなかった自分は、なぜあんなにも憎む事が出来るようになったのかすら判らなかった。

 

「……学園長の言った通り、アンタは今日付で退学処分よ。

さっさと荷物をまとめて出ていきなさい」

 

サラ・ウェルキンも興味を失ったとばかりに背を向けて立ち去った。

 

「さよなら、セシリア・オルコット。

アンタの事は…まあ、出来るだけ早く忘れることにするわ」

 

もう、彼女には何も無かった。

何も考えられなかった。

 

だから、知る由も無かった。

『セシリア・オルコットの退学処分』が、誰かが組み上げたシナリオの一つだったと言う事を。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

そして、その日がやって来た。

会場となったのは第5アリーナ。

その観客席は1年生で埋まっている。

女子生徒ばかりだからな…景品になっているデザートの無料パスが喉から手が出るくらいに欲しいのだろう。

俺なら工具セットや釣り具のセットが欲しいくらいなのだが。

女子には判らないのだろうか、こういう方向での拘りは。

昨日姉さんに言ってみたのだが、頭を抱えていたのは何故だったのだろうか…?

 

「景品を別のものに変えるって事は出来ないんですか生徒会長さん?」

 

「無理よ、これは毎年恒例なんだから。

というか釣り具や工具のセットに変更してほしいなんて今まで一度も聞いたこのない話だったわよ」

 

なぜか控室に来ていた生徒会長さんに尋ねてみたが、返答はやはり決まりきったものでしかなかった。

俺の言った意見が特異なものだったのか、顔が引きつっていた。

この学園には釣りのスポットが無い、学園外にも近隣には無いそうだ。

 

「それで、ウェイル君の戦術ってどんなの?」

 

「黙秘します。

それよか妹さんとの関係の修復は出来たんですか?」

 

「……」

 

黙秘された。

顔を見れば何となく理解が出来た。

まだなのだそうだ。

俺はメルクや姉さんと喧嘩なんてそんなにした経験も無いけど、機嫌を損ねてしまったら、その日の夕飯は各自の大好物を作ることで何とか修復できていたけど、この二人はそうはいかないのかもしれない。

数年にも渡る関係の悪化だからな、難しいのかもしれない。

俺が預かり知る話ではないのだから、これ以上は干渉する気は無い。

 

「メルクちゃんは今回の試合についてはどんな感じかしら?」

 

そこで楯無さんの視線はちょっとだけ不機嫌になってしまっていたメルクに向かう。

 

「私だって負ける気なんてありません!

デザートの無料パスは必ず手に入れます!」

 

食堂にジェラートがあったのを見つけてしまったからだろうな。

家でもジェラートを作ったら夢中になっていた頃があったし、懐かしい。

 

「先ずは相手の動きを確認しないことにはな…1組のクラス代表の映像は手に入っているけども…」

 

他のクラスに関しては映像が手に入らなかったから、出たとこ勝負になるだろう。

 

「それで、楯無さんは何故此処に?

妹さんが所属するのは4組であって3組ではないんですけども」

 

「…ちょっと気になる事が有ってね」

 

なんだそりゃ?

 

 

最初の試合の取り決めが発表される。

最初はメルクの試合だった。

対戦相手は…4組の更識さんだ。

 

「へぇ、早速か…日本製第三世代型2号機、『打鉄 弐式』の出番は…」

 

「メルクちゃんの機体は?」

 

「同じく第三世代機ですよ、イタリア製第三世代機1号機、『テンペスタⅢ』こと『嵐星(テンペスタ・ミーティオ)』ですよ」

 

俺の横に居たメルクが機体を展開する。

銀色の装甲が俺達の目を奪う。

 

「じゃあお兄さん、行ってきます!」

 

「ああ、頑張れよ!」

 

脚部には現在は折りたたまれているが、『アウル』が、背面には個別可動式大出力スラスター。

世界の目に触れることのなかった最新鋭式のテンペスタが飛翔した。

 

「美しい機体ね、でもなんで銀色に?」

 

「夜空を流れる『流星(ミーティオ)』に見立てたのだと思います」

 

「なるほどね…」

 

俺はこのピットから見下ろす形で試合を見ることになる。

さてと、どんな試合になるのかがとても楽しみだ。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「えっと…4組のクラス代表、更識 簪です。

この機体(打鉄 弐式)の初陣、絶対に負けないよ」

 

「3組クラス代表、メルク・ハースです。

全力で行きます!」

 

試合開始のブザーが鳴る。

私は両手にレーザーブレードを握り、一気にクロスレンジへと持ち込む。

簪さんの両腰に備えられた砲門がこちらを向くのを確認し、速度をそのままに真上へと方向を変える。

 

「凄い機動力だね」

 

更識さんの手に近接戦闘兵装が現れ、握られる。

あれは、長物(ポールアーム)

槍…のようにも見受けられますけど、その穂先の部位はレーザーで構築されているような…。

 

「面白い兵装ですね!」

 

左手にもブレードを握り、一気に距離を詰める!

あのタイプの兵装はクロスレンジに持ち込めば…!

 

「『薙刀』っていうんだよ、知ってる?」

 

「『槍剣(ブージ)』に似たようなものだということは察して取れますよ!」

 

接近を試みていたのに、両腰の砲門からの射撃で必要以上に距離が詰められない。

その最中に在りながらも、更識さんは薙刀を振るってくる。

 

「凄い腕前ですね、もしかして薙刀の経験は代表候補試験の時から?」

 

「ううん、それよりもずっと前からだよ!」

 

代表候補に成れてよかったと思えます。

こうやって、自分の知らない何かを得られるというのなら!

 

「絶対に負けません!」

 

お兄さんが時折口にする言葉、『ちっぽけな完成よりも、偉大なる未完全を』その言葉の意味を今になって実感出来る。

左手のブレードを収納し、今度は銃を握る。

近接戦闘と射撃を交えた戦術に切り替える!

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「メルクちゃん、凄いわね…。

まだ1年生なのに、あの実力…二年生の生徒相手にでもタメを張れそうだわ」

 

メルクちゃんの腕前はそれほどまでだった。

右手にブレードを、左手に銃を持ち、遠近両用の戦術に切り替えている。

流石に度肝を抜かれる、あの腕前はそう簡単に身につくものじゃない。

まさかとは思うけれど…。

 

「ねえ、メルクちゃんは誰に師事してもらっていたの?」

 

「FIATのテスターの方ですよ。

俺も、メルクも、その人に教えてもらっているんです」

 

「その人の名前は?」

 

「…?『ヘキサ・アイリーン』さんです」

 

聞いたことの無い名前、専属のテスターの方かもしれないから可能性からは除外しておこうかしら。

でも、代表候補の子に教えるほどでもあるのだから、教える側としても優秀なのでしょうね。

そう思いながら横にいるウェイル君の顔を盗み見る。

メルクちゃんの腕前を見ながらも目をキラキラさせている。

出てくる言葉といえば「凄い」「良いぞ」だとか語彙力がちょっと低い称賛の言葉ばかり。

どうやらウェイル君には裏の顔は無いらしい。

私はメルクちゃんから警戒されちゃってんるんだけどなぁ…。

まあ、最初の印象が良くなかったのかもしれないけれど。

 

「ん?俺の顔に何かついてますか?」

 

「え⁉あ、ああ、何でもないのよ、気にしないで!」

 

思わず眺めちゃってたらしい、何やってるのやら、私は…。

 

モニターに視線を向ける。

二人のSE(シールドエネルギー)は…随分と差がついている。

簪ちゃん(打鉄弐式)は30%、メルクちゃん(テンペスタ・ミーティオ)はまだ81%といった結果。

ここまで差をつけながらも、メルクちゃんは、全力の本気を出していない。

それに、兵装も全部を使っているわけじゃない。

まだ何か隠し持っていると思われる。

なのに、この結果。

 

「教える側も半端じゃないってことね…」

 

簪ちゃんの機体のデータは一通りは揃っている。

だからこそ、簪ちゃんも例のアレを使用していないことは察して取れた。

まあ、アレは派手過ぎるし、メルクちゃんだったら回避までやってのけそうな気もするから賢明、かしらね…。

 

「ふぅ、仲直りできれば良いんだけどなぁ」

 

妹を守りたくて、裏関係の存在に手を出されなくて、口から零れ落ちた遠ざけるためだけの言葉は、越えられないような壁を作る拒絶の言葉になってしまっていた。

今となってもそれに後悔する、もう少し言い方がなかったのかな、なんて。

 

そんな悩みのうちに試合が終わる、結果としてはメルクちゃんの勝利という形で。

やっぱり強いわ、メルクちゃんは…。

 

試合終了のブザーが鳴り響いた後、二人は反対側のピットに並んで飛んで行った。

…おねえさん、ちょっと寂しいなぁ…。

そして気づけば隣に居た筈のウェイル君の姿も消えてしまっていた。

 

「…なんだかなぁ…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

試合が終了してから、二人が反対側のピットに向かったのを見て、俺も走って迎えに行った。

何か楽しそうに話し合ってるのを見かけたけど、まあいいか。

 

「よう、お疲れさん」

 

ピットに到着したころには二人の機体はすでに収納された後のようだった。

 

「お兄さん!私、勝てました!」

 

メルクは満面の笑みだった。

さて、更識さんはといえば、悔しそうだったけれど

 

「次は必ず勝つから!」

 

諦念など全く無く、次の機会に向けての宣戦布告をしてきていた。

こういう空気は嫌いじゃない。

 

「で、ウェイル君」

 

「なんだ更識さん?」

 

途端にブスッとした表情に。

この寒暖差は何なのだろうか。

 

「…できれば名前で呼んでほしい…名字で呼ばれるのは好きじゃないから。

その代わりに、私も名前で呼ぶから」

 

そういう事か。

それに、生徒会長とは今も確執があるようだし、仕方ないかな。

 

「判ったよ、えっと…コホン、簪…で、良いかな?」

 

「じゃあ、私も…簪さん、で」

 

何というか、クラス外で友人が出来たのは初めての経験かもしれないな。

それはメルクも簪もそうだったのか、嬉しそうにしていた。

もう少しばかりこのやり取りをしていたかったのだが、モニターからアナウンスが。

 

「あ、次の組み合わせが発表されるみたい」

 

試合が執り行われるのは今から30分後。

インターバルの間に整備のし直しや、準備なども含めてやらなきゃならないらしい。

テンペスタ・ミーティオのメンテナンスに入りますか。

 

この後はハンガーに持っていって、そこでエネルギーを充填させながらの調整に追われることになる。

だがしかし、その前に組み合わせを確認しておかないとな。

モニターに目をやり、そこに現れたのは…。

 

「…へぇ…」

 

俺の出番はまだまだ後…と思っていたのが、俺の出番が早速やってきていた。

で、相手は誰なのだろうかと思って続報を見ると

 

「1組、クラス代表…織斑 全輝(まさき)…!」

 

ズキン、と額の傷跡が疼いた気がした。

あの日もそうだった…食堂で相対した瞬間、傷跡が疼いた…!

 

「あの、お兄さん?」

 

「…大丈夫だ…」

 

メルクに返す声もどこか冷たくなってしまっていた。

言葉だけじゃない、周囲の空気が冷たく感じた。

テンペスタのモニターを展開する、気温、気圧に変化は無い。

寒く感じてしまっているのは、きっと気のせいなんだろう。

 

「ウェイル君、顔色が悪いよ?」

 

「大丈夫、大丈夫…すぐに良くなるよ…」

 

深呼吸を一度、二度、三度……よし、落ち着いた。

おっと、眼鏡も拭いておこう…。

 

「よし、なら俺は最終調整に入るか。

メルク、一緒に来てくれミーティオの調整もしておかないといけないだろう」

 

「あ、はい!」

 

必死の強がり、というのはバレているんだろうな…俺のことに関してはメルクは人一倍早くに気が付く。

そのおかげで助かった経験なんてそれこそ両手両足を使っても数えきれないだろう。

 

「手、震えてますよ」

 

今もこんな調子だもんな。

傷跡が疼き、寒気がする、おまけに手が震えるときたもんだ。

食堂で一度顔を合わせただけだったのに、なんであんなにも俺はアイツを恐れてしまっているんだろうか…?

 

「大丈夫だ、大丈夫だから…落ち着け、俺…!」

 

ハンガーでメルクのミーティオを調整するのと一緒に俺のテンペスタの最終調整に奔走した。

少ない時間をギリギリまで使い、ようやく納得のできる結果を出せた。

後は…試合だけだった。

 

「さてと…行こうか…!」

 

気遣ってか、同行してくれるメルクを傍らに格納庫から出たところで、彼女がそこに待ち構えていた。

 

「最終調整に余念が無いわね、ウェイル君」

 

「…何の用ですか?」

 

俺よか先にメルクが訝しげな視線を突き刺す。

うん、俺もちょっと疑うかな、このタイミングで遭遇するとか。

 

「う~ん、その視線は辞めてほしいんだけどなぁ。

二人が機体の整備をしている間に邪魔が入ったりしないように見張っておいてあげたんだから」

 

頼んでないんだけどなぁ…。

確かに調整している間は無防備なことこの上ないから狙いやすいだろうけど、調整中に妨害してくる人がこの学園に居たりするのだろうか?

…あ、居るか。

この前の食堂で不意打ちしてくる人とか居たりするわけだし。

 

「邪魔、入りそうになってました?」

 

「お姉さんが居たから大丈夫だったわよ」

 

あ、居たのかよ。

他人を妨害してまで勝ち取る勝利に何の価値があるのだろうかと疑わずにいられない。

調整に邪魔が入らなかったのはありがたいけども…。

 

「それに、私は個人的にもウェイル君に興味があるからね♡」

 

どこまで本気なのかと思わずにいられない。

はぁ、だけどこの人とは腐れ縁になりそうな気もするし…。

それとメルク、頬を膨らませるな、そんなことしなくてもメルクは可愛いから。

 

思わず脱力しそうになったけれど、良い感じにリラックスはできたかもしれない。

この気分のまま試合に臨みたいと思う。

ピットに到着し、時間を見ると、規定時間の1分前だった。

危ない危ない、このままだったら棄権扱いになるところだったよ。

けど、相手選手の姿もまだ見えない。

 

「…いや、見えた…!」

 

向かい側のピットに居た。

その傍らには、先日の木剣を振り回してきた女子生徒と…黒スーツの女性が居た。

 

「…!」

 

再び悪寒が走る

 

息が詰まりそうになる

 

アレが誰なのかはわからない

 

だけど…

 

「お兄さん」

 

()手を握ってくれる小さな手を感じる。

メルクがまた気を遣ってくれたらしい。

本当に頭が下がるよ。

 

「大丈夫だ、じゃあ行ってくる」

 

息を整えてから二人から離れる。

そして…

 

「来てくれ、嵐影(テンペスタ・アンブラ)!」




セシリア、君の事は嫌いじゃなかったよ。
今作では、彼の悪性を引き立てる為に礎になってもらったのは否定はしない。
だが、原作でもそうだが、君はやり過ぎていたのだと私見では思う。
その分、箔を付けた上での退場をしてもらう事に。
再度言うよ、君の事は嫌いじゃなかったよ。


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第33話 影風 相対

メルクちゃんとウェイル君の仲の良さに少しだけ辟易しながらも、ピットにまで同行させてもらう。

向かい側のピットの人影を見た途端にウェイル君の様子がおかしくなる。

彼の視線の先には、向かい側のピット。

そこに私からも判別出来る人物達が居た。

織斑 全輝。

篠ノ之 箒。

織斑 千冬。

その三名だった。

接触すら拒まれている三人だけれど、この『公式戦』は、イタリアが要求してきた事案からは例外になる。

だから目につく場所に居たとしても彼等からすれば不都合にもならないのだろう。

けど、どうやらウェイル君からすればそうでもないみたいだった。

一度は乗り越えた筈の精神の平静が崩れていた。

声をかけようとしたけれど、メルクちゃんの行動のほうが早かった。

何とか持ち堪えたらしい。

兄妹らしいけど、その仲の良さが眩しい。

私も簪ちゃんと仲直りが出来たのなら、あんな風になれるのかな…?

 

「大丈夫だ、じゃあ行ってくる」

 

織班先生達二人が立ち去ったのが確認出来たのか、柔らかな笑みを零しながら、眼鏡を直す。

そして

 

「来てくれ、風影(テンペスタ・アンブラ)!」

 

燐光が周囲を照らす。

でもそれはコンマ1秒にも満たない時間だった。

 

「これって…!」

 

外見としてはイタリアらしいテンペスタ。

でも、その姿は異形に思えた。

メルクちゃんのテンペスタ・ミーティオには二対4基のスラスターが鵬の翼のように非固定浮遊部位として取り付けられていた。

けれど、ウェイル君の機体である風影(テンペスタ・アンブラ)は…その背面翼が左右()対称だった。

右翼3基、左翼2基という前代未聞の搭載だった。

 

「…機体バランスとか操作が難しそうね…」

 

そんな私の呟きにウェイル君は目元だけが隠されたバイザーの向こう側から視線を向けてくる。

その口元は、楽しんでいるかのような年相応の屈託のない笑みになっていた。

そして返す答えはというと…

 

「ええ、まあ確かに最初はそう言われてましたけどね、今ではすっかり慣れてしまっています。

慣れると結構簡単になってきますよ、全行程のマニュアル操作(・・・・・・・)も」

 

…はい?

マニュアル操作?

しかも全行程が?

物は試しにメルクちゃんに真偽を問おうと振り向いてみるけれど…苦笑していた。

どうやら真実らしい、ウェイル君はすべての操作を逐一マニュアル操作しているのだと。

 

「セミオート操作での操縦ができないわけじゃないんですけど、どうしてもしっくり来なくて」

 

「そ、そうなの…」

 

「ただし、そのセミオート操作は別の方面にリソースを回しているんですよ」

 

「…?」

 

別方面に?

それはいったいどこなのかが皆目見当がつかない。

全行程マニュアル操作をしているといった手前、スラスターなどの操作でないことは明白。

だとしたら機動性だとか?

それとも…腕の外側についているシールドピアースに似た形状の兵装とか?

 

「今回はまだ見せるつもりは在りませんので悪しからず」

 

「あら、残念♡」

 

やや暗めの紫に染まる機体の背を向け、彼は僅かに床から浮遊する。

左手に(ランス)を握り、

 

「…よし、行こう!」

 

そう呟き、アリーナのグラウンドへと飛翔する。

マニュアル操作をしているらしいのに、その動作には淀みが欠片も見当たらない。

自然にそういう動きができるように訓練を繰り返したのかもしれないわね。

二人には内緒だけれど、学生寮も二人の隣室に捩じ込んでいる。

二人の事を調べるため、という名目はあるけれど、本質は別の方向に在る。

 

「ねぇ、メルクちゃん」

 

「何ですか?」

 

「ウェイル君、勝てると思う?」

 

「勝てます、絶対に!」

 

兄への信頼は絶大らしい。

ちょっと羨ましいな…、それに比べて私達はといえば…いえ、原因は私にあることを自覚してるから猶の事…。

 

「二人は、イタリアのどこの出身だったかしら?」

 

「ヴェネツィアです、私もお兄さんもそこの工業高校に通ってましたけど、それが何か?」

 

「こそこそ調べるつもりはないのよ、ちょっとした興味よ。

どんな風な日々を送っていたのかな、なんて」

 

最初の出逢いは衝撃的なものになっちゃったけれど、せめて『頼りになる先輩』とか『友人』とかの印象を持ってもらえるようにしたい。

 

「ほぉら、そんな警戒するような眼をしないの♡」

 

「し、してません!」

 

さてと、ウェイル君の初陣はどうなるのかしらね。

視線をグラウンドに向けた瞬間と、試合開始を告げるブザーが鳴り響くのは完全に同時だった。

 

「さあ、見せてもらうわよ、君の実力を」

 

そして…光と影を象徴するかのような機体同士がぶつかりあった…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ピットから飛翔し、グラウンドに飛び出す。

強い陽光が目に飛び込んでくるが、センサーが光量処理をしてくれるお陰で直ぐに目が慣れる。

反対側からも同時に一機の機体が飛び出してきた。

 

全体的に白い機体だった。

エッジや、手、脚部に青の配色が施されたツートンカラーのようだった。

そして、兵装は解析に利用した映像と同じく、ブレードが一振りのみ、それが既に抜刀されていた。

 

「へぇ、恐れもせずにのこのこ来たのかよ」

 

駆動系、良し。

マニピュレーター動作問題無し。

スラスター出力問題無し。

ハイパーセンサー、エネルギー出力問題無し。

PIC、各種センサーも異常無し。

システム、オールグリーン。

 

「ん?なんか言った?」

 

「てめぇ…!」

 

えっと…?

俺、何か気に障るようなことを言っただろうか?

何も喋らずにいたはずなんだが、あいつはなぜ額に青筋を立てているんだろう?

 

「それにしてもなんだよその機体、張りぼてをくっつけてるのか?」

 

「失敬な、自分にとって扱いやすいように色々と手を施したんだよ。

多少テンペスタの予備パーツを回してもらったりしたけど、そこまで逸脱したものじゃないんだっての」

 

「へぇ、テンペスタかよ。

第一回大会で千冬姉に惨敗したっていう踏み台(・・・)の機体かよ。

こりゃ好都合だ、お前も踏み台にしてやる、もののついでにスクラップにしてやろうか」

 

イラッとした。

 

「その人がテンペスタの搭乗者に勝利したんだろうけど、お前が(・・・)勝ったわけじゃないだろう。

そもそも出来るのか、そのお下がり(・・・・)の機体でさ」

 

だから、挑発には挑発で返した。

こいつは嫌いだった。

いや、過去形で語るものじゃない。

こいつは嫌いだ、初対面の瞬間から。

今も嫌いだ。

 

お下がり(・・・・)

違うね、これは特権さ。

偉人を身内に持つ者にだけ与えられた特権だよ」

 

「なるほど、身内の脛に嚙り付いて甘い汁だけ啜っている羽虫の類か」

 

もう一つ額に青筋が浮かんだ。

なんだ、その年で高血圧か?食生活を改めるべきだと思わないか?

 

「お前がその甘い汁を啜るためだけに、その予算、人員、資材に機材を掠め取られた挙句に、それらを用いた機体開発計画が無期限凍結処理されたのを知ってるのか?」

 

「だから?

そんなもの(・・・・・)よりもオレを優先するのは当たり前だろ」

 

開発側がどれだけ苦労しているのかを知らないからそういうことを言えるのか。

やはり…コイツと俺とは相容れないようだ。

語るべきはもう尽きた、もうこれ以上こいつと言葉を交わすのは精神力の無駄だと理解した。

 

「っと、もう試合時間かよ。

さっさとスクラップにしてやるか」

 

「そういうお前こそスクラップにされないように気を付けるんだな」

 

テンペスタ・アンブラに今回許された兵装は、標準兵装のランスと、アイルランド支部謹製『クラン』に、スラスターピアース(イーグル)、そして射撃兵装の三点バースト式アサルトライフル『改良型トゥルビネ』だけだ。

アウル、アルボーレ、ウラガーノの出番は暫く先にお預けだった。

けど、これでもかなり鍛えてきたんだ。

 

「始めよう、嵐影(アンブラ)!」

 

左手に握ったランスの穂先を前方に突き出しやや下方向に、体勢もそれに合わせて前かがみになる。

空いている右手は槍に添える。

ヘキサ先生に教わったランスの構えだ。

 

構えてから深呼吸を一度

 

ヴィ―――――!

 

「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」」

 

俺と奴の声が重なる。

とった手段は瞬時加速(イグニッション・ブースト)

これも解析した映像と同じ。

あいつの白い機体は、高機動近接格闘型。

というよりも、それしか無い。

あのブレードが無ければ徒手格闘にまで手段が絞られてしまうという一種の欠陥機だ。

 

そしてバリアー無効化攻撃。

それもあのブレードを媒体にして発動するという機能限定が発生している。

さらにはその能力は、エネルギー無効化という驚異的な能力ではあるが、自身のエネルギーすら消費し続けているというもの。

そんな厄介な機能を搭載しているからこそ、使うタイミングは、試合開始直後が最も効果的。

そして、二度目は無い(・・・・・・)

直撃させようと、回避されようと、バリアー無効化攻撃を発動させ続けている間は、自身のエネルギーも消費し続けていくから。

なら、後は容易だ。

 

こういう情報はみっちりとメルクに叩き込んでもらったからな!

 

刀と槍

その二つの武器の違いは何といっても間合いにある。

槍の穂先は、刀よりも短いが、それでも長柄(ポールアーム)は刀よりも先に相手の懐に入り込める。

 

背面のスラスターの出力を微調整。

体を捩じり、その倍以上の速度で半身とともに槍を突き出す!

 

「フッ!!」

 

それでも、まだ槍の間合いの外側だ。

奴の口が歪む

 

 

どこかで見たような繊月(悪魔の笑み)に…!

 

 

やめろ…!

その笑みを…俺に見せるな!

 

 

 

 

 

 

ドゴォォンッ!!

 

「ガハァッ!?」

 

 

槍と刀では間合いが違う。

それは言葉通りの形で現された。

だけど、俺が刺突を繰り出したのは、その間合いの更に外だった。

なら、何故?

その答えは至極単純だった。

 

「やっぱりISで振るうのならこれ位の長さがないとしっくりとこないんだよな」

 

ウラガーノであれば標準兵装のランスと変わりはなかったんだけども、それ以外のランスだと軽すぎるように感じてしまい、しっくりとこなかった。

現在使用している『クラン』は、通常のランスではなく長槍(ジャベリン)だ。

そしてそれを隠すためにも、長さを調整していた。

とっさの時にはシングルアクションで長槍(ジャベリン)に切り替えられるように。

体を捩じってから突き出したのはそのためのプロセスだ。

織斑から見れば、急激に槍が伸びたかのようにも見えただろう。

 

「なん、だよ、それは…」

 

衝撃が身体に貫通したのか、腹を抑えている。

スピードとそれによる衝撃を考慮すれば仕方のない話だろうけどさ。

 

「ただの長槍(ジャベリン)だよ

取り回しやすいように、伸び縮みさせられるように改良されている物だ」

 

参考にしたのは『銛』…だと思う。

俺は魚を捕まえるのには釣り竿一択であって、銛は使わない主義だ。

これをFIATの皆にしたら大笑いしていた。

「そうか、槍じゃなくて銛か!」だとか言って笑ってたっけ。

 

「けど良いのか織斑、今は試合中だ。

おしゃべりしてる暇は…無いっての!」

 

「くそッ!雑魚の分際でイキがってんじゃねぇっ!」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「凄いわね、ウェイル君…。

ランスの扱いもそうだけど、あれだけの動きをしながら全てマニュアル制御だなんて…」

 

背面に搭載されている右翼3基左翼2基という非常識な出力調整をもマニュアル制御で行い、その間にも戦闘行動や、周囲の把握も忘れない。

ウェイル君は確かに何かに特化しているようには見えない。

けど、周囲への情報の把握に長けている。

そう、ただそれだけ。

 

「槍捌きは、テスターの方に教わったのよね…?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「なら…あの周囲への視線の向け方も?」

 

「ええ、そうですね」

 

ここでメルクちゃんが言葉を濁した。

やっぱり何か隠しているのだろうかと思ったけれど、これ以上の詮索はしないでおこう。

 

こうしている間にも、ウェイル君は織斑君の間合いにまで近づかせないように牽制を続けている。

ウェイル君の戦法はだいぶ把握できて来た。

初手の伸びる槍で相手に必要以上に警戒させ、牽制し、その間に右手に握る銃での射撃攻撃、隙あらば槍での刺突攻撃を繰り出すというもの。

牽制、射撃、必殺を繰り返し、相手に攻撃のタイミングを与えないという動作をひたすらに繰り返すというもの。

更にはテンペスタという最速クラスの機体の為、ほかの機体では逃げ切れない。

中でも、近接戦闘以外何もできない織斑君にとっては天敵もいいところ。

 

「これは…将来は有意義な搭乗者になれそうね」

 

「いえ、お兄さんは技術者志望ですよ」

 

「…はぃ!?」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

左手の長槍(ジャベリン)に、右手のアサルトライフル、これを両手で使い分けながらの戦闘はなかなかに最初は辛かった。

それでも何度も何度も何度もしつこく練習を繰り返し、ようやく形になった。

もともとは修得に長時間を要する戦法だと姉さんからは教わった。

だけど、右側からの反応が遅いということを見抜かれ、アルボーレの情報処理が完成するまでにこの訓練を費やし続けた。

常に周囲の変わりゆく状況を把握し、対処し、牽制し、その上で切り抜けていくという時間稼ぎの戦術だ。

世界最速の異名を持つテンペスタに求められているのは『回避』と『翻弄』だ。

考えようによっては、多人数から少人数を守るための『時間稼ぎ』の為の専守防衛戦、と言ってしまえば美談かもしれないが俺にはそんな事など出来る筈も無いわけだ。

だけど、俺にはこれが何とか出来た。

何故こんなのが自分に向いていたのかがよく分からない。

それでも、出来る事があるのだと分かった時には嬉しかった。

だから、それにばかり費やし続けた。

 

「まだまだぁっ!」

 

「調子に…乗ってんじゃねぇっ!」

 

奴のブレードがスライドし、そこからレーザー刃が展開される。

そしてその刀身が金色に染まる。

それどころか奴の機体全体が金色の光が…!

 

「『零落白夜』ぁっ!」

 

来る…!エネルギー無効化攻撃が…!

 

「その情報も…把握しているっての!」

 

それが展開されたなら、後方への後退が最善解(セオリー)だ。

だけど、俺は敢えて突っ込む。

 

一気に加速し、肉薄する。

 

「此処で…!」

 

左翼スラスターを緊急停止、その分のエネルギーを右翼に回す。

上段翼、中段翼を真横に向け、下段翼を真後ろへ向け、その状態で最大出力!

瞬時加速(イグニッション・ブースト)と同速での緊急旋回!

あまりの機動力に内臓が悲鳴を上げるけど構っていられない!

 

負けたくない

 

 

 

 

 

負けたくない

 

 

 

 

 

負けたくないんだ

 

 

 

 

 

 

コイツにだけは!

 

右手のアサルトライフルを収納し、左手と同じランスを握り、構える。

 

「は?何処に!?」

 

もう…遅い!

 

「ブチ貫けぇっ!」

 

握りを順手から逆手に握り直し、右手の長槍(ジャベリン)で左翼を、左手の長槍(ジャベリン)で右翼を貫き、そのまま腕部パワーアシストを最大出力!

長槍(ジャベリン)を力任せに、引き裂くように左右に振るう。

 

ドガガァンッ!!

 

両翼の中破を確認。

槍に続けて、両腕をまっすぐに突き出す。

次に使用するのは

 

「もう一発!」

 

腕の外側に搭載されている杭状兵装『イーグル』。

火薬が燃焼し、その爆発力を貫通する力へと変換される。

そのまま鋼の杭はかろうじて残っているその両翼を貫通し、内部を食い荒らし、挙句の果てにはさらなる小さな爆発が起きる。

 

両翼の大破を確認。

 

「お前、何を!?」

 

振り向いてきた(・・・・・・・)

え?コイツもしかしてハイパーセンサー使いこなせてない?

 

けどまあ、もう関係ない。

ここは空中で、さらに機動力の大半を失った機体がどうなるかというと…

 

「まあ、墜ちていくだけだよな」

 

振り向いている最中とて、奴は落ちていく。

けどまあ、姿勢制御ができているけど、推進力の大半を失っているからそれだけでも精いっぱいらしい。

そして試合終了を告げるブザーが鳴っていないのならさらなる追撃を。

 

「行くぞ、嵐影(アンブラ)!」

 

右手の長槍(ジャベリン)を通常の長さに戻し、下降していく白い機体を追いかける。

 

「俺を見下ろすなぁっ!」

 

「お前が下に居るんだ、それを見下ろして何が悪い?」

 

下降しながらでもその太刀筋には曇りが無い。

けど、その一刀を振るうだけで、姿勢制御途中の機体が更に不安定になる。

それだけで刀が大きく反れ、左手の長槍(ジャベリン)を振るう。

どうやらその柄が手と刀の間に入ったようなので、これ幸いとばかりに力任せに振るう。

刀が手から離れ、グラウンドの端に転がる。

これで織斑は兵装が無い。

そしてそのまま右手の長槍(ジャベリン)の穂先を織斑の機体の右脚部に向け

 

ガスゥッ!!

 

貫通させ、引き抜き、

 

「せ~のっ!」

 

左右の長槍(ジャベリン)の柄から穂先までぴったりと合わせてからのフルスィングッ!

 

ゴシャァッ!

 

あんまり宜しくない音を響かせながらカッ飛んだ。

…野球も面白いかもしれないな…!

ピッチングの自信は無いけど!

 

「お、まだ気絶してないみたいだな。

それにSEも尽きてなかったか」

 

兵装が無いのは把握しているけど、試合中は最後まで気を抜くな、と姉さんやヘキサ先生からは言われている。

無論、メルクも同じように教えを受けているから、油断はしないだろう。

 

「くそ…嘘だ…俺が、俺がこんなポッと出の雑魚にやられるなんて…!」

 

何かボヤいているようだが、構っていられない。

これ以上手の内を見せるのも癪に障るし、あいつの顔を見るのも癇に障る。

あいつの笑みなんて以ての外だ!

 

「この…雑魚がぁぁぁぁぁっっ!!」

 

右の拳を突き出してくる。

フェイントも何も無い

だけど

 

「チィッ!」

 

左手で土を握っていたのか、それを即席の土煙にしてくる。

だけど、それがどうした

 

その程度で俺は止められない。

勢いそのままに土埃すら突き抜ける。

その速度のままバレルロール。

拳がスラスターを僅かに掠め、一瞬だけ金属音が耳を突き抜ける。

だけどその瞬間には俺の長槍(ジャベリン)が白い機体の左肩を貫通していた。

地面に向いていた右スラスターを最大出力。

盛大な土埃を挙げながらアンブラの軌道を真上方向に捩じ上げる。

急激な進路変更に骨や筋肉が悲鳴を上げる。

それでも俺は…

 

「お前にだけは負けない!」

 

穂先に貫いたままの織斑をも持ち上げ、更に体を捻り

 

「墜ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!!!!!!」

 

鉄槌の如く、グラウンドへと叩き付けた。

 

まだだ、まだ足りない!

 

白い機体が距離を離そうとする。

その瞬間に、三重瞬時加速で一気に詰め寄る!

両腕への指示伝達を加速させる!

瞬間、両手に握る長槍(ジャベリン)にもエネルギーを叩き込む。

 

「刺し穿つ!」

 

さっき地面に叩きつけられた際に拾ったであろう防御に構えられたブレードに強力な刺突を叩き込む!

更に背面翼の出力を増大させる!

 

「突き穿つ!!」

 

右手の長槍(ジャベリン)をこれまた勢い任せに叩き込む!

速さは重さとなって、力となってブレードを襲い、とうとう奴の防御と姿勢を崩す。

 

その瞬間に両手の長槍(ジャベリン)を連結させ、長大な丈になる。

 

ここで初めてセミオート操作を起動させる。

今まで使わなかったそれを急に使用したが、それを回すのは命中補正の為。

長槍(ジャベリン)の石突に仕込まれた内蔵スラスターが展開して熱風と炎を吹き出し、発射を今か今かと待ち受ける。

槍は重さと射程を活かした武器ではあるが、他にも使用用途が存在する。

それは『投擲』だ。

 

この長大な丈に至った長槍(ジャベリン)の形態はそれをするための機構だった。

『ウラガーノ』を開発した際の別のコンセプトで開発された試作品でもあり、遠中近兼用槍型パッケージ『クラン』。

FIATのアイルランド支部が開発したものが送ってきてくれたものだった。

その射程距離は1000m。

このまま放てばクランは真紅の軌跡を魅せながら音速に限りなく近い速度で流星の如く空を駆け抜けるだろう。

 

扱いやすいから重宝しているよ。

 

視界に十字のターゲットマーカーが浮かび上がる。

それが奴の機体に重なる

 

「牙を剥け!」

 

たった一度だけも構わない。

自分の力でコイツに勝利できたという現実が欲しい!

 

ロックオン。

クランを逆手に構え、そして…

 

「『Cardinale Meetior(茜の流星)』!!」

 

パワーアシスト全開で投げ放つ。

貫徹弾となった槍が一瞬にして駆け抜け、白い機体を食い破ると言わんばかりに絶対防御を発動させる。

 

「げはぁっ!」

 

絶対防御が発動していたとしても、その衝撃は逃せなかったらしい。

アイルランド支部もいい仕事をしている。

この槍はそれをコンセプトにして開発されたということか。

 

「まだだぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

駆け抜けた長槍(ジャベリン)を追い、全翼を稼働させる。

姉さんから必死に教わった技術の一つ、連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)

新たに展開したランスの柄を両手に握り、全力の刺突。

その穂先で残る左足装甲を串刺しにする。

そして…背面翼の稼働は未だに止まらない。

背後で幾重にも重なるエネルギーの噴出音、それを聞きながら織斑を地面にめり込ませながら加速を辞めない。

 

「て、テメッ、や、や、辞め…!」

 

ドガァァァァァァァァァァンッッ!!!!!!!!

 

アリーナの壁面へ衝突させた。

槍を引き抜き、モニターを展開させる。

織斑の機体のSEは完全に0を指していた。

 

ヴィ―――――!

 

『試合終了!

勝者!ウェイル・ハース!』

 

「ふぅ…ふぅ…ふぅ…!」

 

途中からは姉さん達に教わった戦術からは完全に外れてしまっていた。

でも、あんまり後悔は無い。

姉さんにいろんな事を教わっていた頃も、鍛えてもらっていた頃も、訓練をしてもらっていた頃も、いつだって泥臭くやっていたんだ。

外面を取り繕うのは俺の在り方じゃないしな。

 

アイルランド支部が開発した連結槍『クラン』に再度視線を落とす。

連結することで音速並の速度での投擲が出来るようになり、投擲してしまえばその速度故に、ほぼほぼ回避不能。

相手機のシールドに衝突した場合、それでも勢いが止まらず、推進力が続く限りシールドエネルギーを食い荒らし続ける。

むろん、槍に込められるエネルギー量にも上限があるけど、それでもあの勢いがあれば、一度投擲すれば相手のシールドエネルギーの大半は削れるだろう。

大袈裟に言えば、『回避不可』『防御不可』の投擲槍ということだろう。

流石に競技用リミッターが施されているから、途中で相手の機体SEが枯渇したら、展開が解除され、拡張領域に収納されるようにシステムが組み込まれているらしいけど。

 

見れば織斑は気絶していた。

それを見下ろしてはいたが、気分が悪くなってくるのを感じた。

 

「お前は特権なんて持ってなかったんだろ。

持ってる者のすぐ傍に居ただけで、同じものを持った気になっていたのか?

そんなもの、何も持っていないのと同じだ。

そんな奴が他者を見下す権利なんてあるわけが無いだろう」

 

依然、額の傷跡はジクジクと痛み続けている。

それでも少し前に比べれば、痛みはマシになっているような気がした。

 

「そもそも『ブリュンヒルデ』は称号であって、権威じゃないんだ。

それを理解しておけ。

少なくとも、俺はそう姉さんから学んだんだ」

 

兎も角、これにてこの試合は終わりだ。

俺は織斑に背を向け、飛翔した。

メルクも退屈そうにしているかもしれないからな。

 

初めて見た瞬間から恐れ続けていた相手への勝利、俺は確かにそれを掴んでいた。

もう、恐れなくていい…そう信じていたい。




パッケージ『クラン』
三つの形態を状況に合わせて使い分ける槍型後付兵装。

第一形態
『短槍』型
クランの最初の形態。
二槍をそれぞれ左右の手に持ち振るう、基本形態

第二形態
『長槍』型
クランの本来の形態。
近接戦闘だけでなく、牽制にも使える状態でウェイルにとっては使いやすいフォルムでもある。
二槍を伸ばしたり、縮めたりを切り替える事でリーチを読まれにくくする意味合いも込められている。

第三形態
『投擲槍』形態
二槍を連結させる事で見せる最後のフォルム。
エネルギーを込める事でそれに比例した射程と威力を発揮する。
その速度も在り、放たれれば回避はかなり難しい。
シールドに直撃しても尚、推進力を発揮し続け、相手のSE喰い荒らす。

今回は競技用リミッターが施されている為、相手のSE枯渇を察知すると、自動的に収納されるようになっている。

なお、これら全てのスペックデータをセシリア・オルコットは把握しなかった。


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第34話 逢風 終わり?始まり?

執筆した内容がやや中途半端になったので、続きは近日公開します。
ウェイル君の前回の戦歴ですが、ウェイルとメルクの機体に搭載されたシステム越しにリアルタイムで姐さんの所に届いています。

おや?姐さんのPCのディスプレイの片隅にデフォルメされた鵞鳥のマークが…?


それは、一つの出逢いだったのか、それとも何かが終わるものだったのか、アタシにはまだ判らなかった。

 

東側のピットからは白い機体が飛び出す。

その搭乗者は知っている。

 

織斑全輝

 

私からすればこの世で最も嫌いな人間。

それと同じだけ嫌いな女もいるけど、私としてはもう二度と干渉すらしたくない相手だった。

クラス対抗戦二日前に、男性搭乗者というものに興味を惹かれ、面白半分で入ってみたクラスがアイツのクラスだったことには心底後悔した。

でも、興味を引く存在はそれだけじゃなかった。

 

「ぅん?もう一人の男性搭乗者?

ああ、3組のハース君ね」

 

ルームメイトのティナに教えてもらったもう一人の男性搭乗者の情報だった。

3組に所属しており、白い髪が特徴の男子生徒らしかった。

ホームルームが始まる前、興味本位で3組のクラスに来てみたことがあった。

けど…肝心の男性搭乗者とやらは…

 

「…くー…くー…」

 

寝てた。

腕を枕にして。

しかも頭の上に眼鏡を乗せて…。

 

やっぱり、違ったのかな…

 

そんな切ない思いを抱えたまま、アタシは3組から立ち去った。

だけど…顔も見ず、何一つ言葉を交わす事も無く立ち去ったのは惜しい判断だったかもしれない。

そう思っているのも確かだった。

 

それからはティナに半ば押し付けられたかのように任せられたクラス代表の仕事をしていく必要があり、言葉を交わす暇すら失われてしまっていた。

仕事…というよりも、クラス対抗戦に向けた訓練だった。

クラスメイトのみんなも訓練に付き合ってくれていた。

3機の打鉄と3機のテンペスタ。

それを交代してもらいながら相手にしていく。

クラスメイトの皆の実力を測れ、そしてみんなの実力も向上させていく。

そういうギブアンドテイクで訓練は成り立っていた。

 

「はぁ…はぁ…次、始めるわよ!」

 

貸し出せた機体の数には限りはあるけど、訓練に付き合ってくれているクラスメイトはもっと居た。

それこそクラスの大半。

望む人には戦術を限定した状態で。

望む人には私が出せうる本気で。

そういう形で訓練を幾日も繰り返す。

 

力が欲しかった

 

一夏の悲しみを…絶望を…理解できるほどに…

 

闇の深さを知り、そこから掬い上げるあげることができる力が

 

(希望)になりたかった

 

もう二度と、絶望の闇に侵されなくて済むように

 

私がアンタの居場所になるって…そう決めたんだから!

 

 

 

クラス対抗戦の日、私は駆け抜ける流星を見た。

暗い紫に染まる機体、同じような色に染まるバイザーの向こう側の素顔は見えなかったけど、それが誰なのかは理解できた。

 

「『ウェイル・ハース』…」

 

二振りの長い槍を自在に振るい、全輝を相手に切り結ぶ。

それどころか凌駕していく。

あの女譲りの単一仕様能力『零落白夜』のセオリーでもある、中遠距離への離脱も行わず、その脅威の圏内へと飛び込み、突き抜けた。

 

「お前にだけは負けない!」

 

その言葉が耳に届いた。

そしてその声は…一夏に似ている気がした…。

 

歯を食いしばりながらも…諦めなかった彼の声に…

 

その突風を纏う槍が止まることは決してなかった。

白い両翼を貫き、青と白に染まる左足を貫通し、そのまま砕くといわんばかりに地に這わせたままの疾走にとうとう両手の装甲をも砕く。

電磁シールドごと粉砕すると言わんばかりにアリーナの壁面へと衝突させた。

響く轟音と衝撃が広がる。

偶然か、それとも狙っていたのかはわからないけれど、それは私のすぐ近くだった。

ティナや皆は悲鳴を挙げながら逃げ出していたのに、私は目を奪われて離れられなかった。

 

「…ぁ…」

 

轟音に麻痺した聴覚が回復し、最初に目にしたのは…紫に染まる左右非対称の翼だった。

 

「少なくとも…姉さんはそれを俺達に教えてくれたよ…」

 

暗紫のバイザーから零れ落ちる白い髪の彼がそう呟くのを、私は確かに聞いていた。

槍を携え、彼は飛翔する。

 

ウェイルが言うところの『姉』とは誰の事なのだろう…?

国家代表候補生の『メルク・ハース』は『妹』であることは私も情報から把握している。

それ以外に姉と呼べる人が居るのかもしれない。

 

今になって『もしかしたら』という願望が胸の内に駆け抜ける。

それを確かめたい、知りたい、言葉を交わしたかった…。

 

「…く…そ…オレが…負けた…!?

あんな…あんな凡人如きに…!?」

 

全輝が気絶でもしていたのか、ようやく動き出す。

でも、その声は怨嗟に満ちていた。

コイツにこんな一面があるだなんて知らなかったけど、どうでも良かった。

 

「認めない…あの野郎…絶対に許さねぇ…!

オレをコケにしやがって…!」

 

「アンタの負けよ、全輝」

 

コイツのこんな表情に興味も何もなかった。

だから、言うべきことを言ったらさっさと立ち去ると決めていた。

 

「フザけんな!俺は負けてなんて」

 

「負けたのよ、技術や機体性能云々の話じゃないわ。

もっと、別の方面でね。

寧ろ、アンタは誰にも勝利なんて出来ないわ、それが理解できてない限りは何一つ覆す事なんて出来ないわよ」

 

今のアタシが言うべき事なんてそれだけに過ぎない。

さっさと駆け出す。

目指すべきは西側のピットだった。

 

視界の端に、あの日、木刀で斬りかかってきた女の姿が見えた。

どうやら全輝のもとに駆け付けたらしい。

あの女にも私としては関わりたくはない。

こうやって考えてみれば、アタシって嫌いな奴が多いかもしれないわね。

 

 

 

ひたすら走って西側のピットに到着した。

ドアの隙間から中の様子を伺ってみる。

声が聞こえた、それも二人分。

見えたのは、桜色の長い髪の女の子。

知ってる、あの娘がイタリア代表候補生『メルク・ハース』。

もう一人の、白に染まったやや長めの髪の人が『ウェイル・ハース』なんだろう。

 

「あ、眼鏡をしていたからバイザー付きの機体だったのかな…」

 

そんなどうでもいい事が口から零れ落ちた。

でも、髪の隙間から眼鏡の向こう側が垣間見えた。

その瞳は、『妹』らしいメルクとは似ても似つかぬ『黒』に染まっていた。

イタリア人でも黒い瞳は珍しくもないかもしれないけど、髪の色も瞳の色もここまで違うなんてことはあるのだろうかと違ってしまう自分が居た。

もしかしてあの二人は血縁関係なんか無くて、どちらかが養子だとか…?

 

「…詮索のし過ぎ、かな…」

 

今は二人の邪魔をする気なんて起きなかった。

それに、垣間見えた笑顔は偽りのないものだったと信じられた。

もしも…もしも一夏が微笑んだのなら、あんな笑顔だったのかもしれない。

ウェイルが夢に現れる男の子だったとしても、それを訊いてみようかな、なんて。

 

でも、会話をする機会が無いわけじゃない。

もうすぐ私の試合も近いから…その試合の最中に尋ねてみよう。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

試合終了後は、やはり格納庫に戻ってからの整備だった。

こういうところは小まめにしないといけないよな。

尤も、整備をしたからと言って勝てるわけではない。

だけど『整備を怠ったから負けた』という敗因は消え去るわけだ。

つまり、『勝利出来るとは言えないが、敗因が一つ無くなる』、という事だ。

 

「スラスターに砂が入り込んでいるなぁ、急いで整備しておきたいところだけど、今は時間が無いから予備パーツに交換して整備は後回しだ。

えっと、それに合わせてエネルギー配分の調整をしておかないとな。

長槍(クラン)は…この摩耗具合だったらまだ使えるな、けど対抗戦が終了したら解体して整備が必要だな…。

ウラガーノのお披露目はまだ早いから…次は脚部の装甲内も確認しておかないと…」

 

一試合を終えたとしてもやることは沢山あるわけだ。

その整備にはメルクにも手伝ってもらっている。

それでも今は現状の情報処理だけで手が一杯だ。

 

「お兄さんのアンブラからの戦闘データがリンク・システムで受信完了しました。

ミーティオにインストールさせます」

 

「ああ、そっちの情報処理は任せるぞ。

これで織斑があの機体で挑んできたとしてもメルクも勝利ができるのが確実になるだろうな」

 

「でも、滅茶苦茶なデータもありますよ。

このスピードで急速旋回とか軌道変更とか、危険ですって…」

 

ああ、思い出すのは一つの黒歴史だろうか。

骨や筋肉も軋みを挙げていたような気がする。

それに内臓も体の一方に圧迫されてから元に戻る際の痛みで気絶しそうになったよな…。

 

「なんでだろうな…そういう無茶な事をしでかしても、アイツにだけは負けたくなかったんだ…」

 

何が俺をそこまで駆り立てたのかは、正直に言うとよく判っていない。

試合が終わった後になってからは尚更なまでに。

俺とアイツの因縁なんてものが存在していたとするなら、食堂での一件だけだろう。

それ以外には皆目見当がつかない。

というか、それ以上の因縁なんて存在してたまるか!

作って堪るか!

精神の平穏は金じゃ買えないんだぞ!

 

「で、楯無さんはいつまでそこに居るんですか?」

 

試合開始前から試合終了後に、果てはこの整備用に借りた整備室にまで、当然と言わんばかりに同行してきている人がそこに居るわけだ。

 

「気にしなくていいわよ」

 

そして微笑む生徒会長。

ここで無理を言って追い出そうとしても、軽~くあしらわれるのが関の山だろうから2秒で諦めた。

まあ、気にするのも時間の無駄だわな。

 

そんな折り、壁面に埋め込まれたモニターが点灯し、標示が出てくる。

どうやら次の対戦カードの発表らしい。

 

『3組クラス代表 メルク・ハース

       VS

 1組クラス代表 織斑 全輝

 

織斑 全輝の機体損壊状況により試合不可

よって、メルク・ハース 不戦勝』

 

ありゃりゃ、メルクがこのまま不戦勝で終わったそうだ。

そして引き続き

 

『4組クラス代表 更識 簪

       VS

 1組クラス代表 織斑 全輝

 

織斑 全輝の機体損壊状況により試合不可

よって、更識 簪 不戦勝』

 

とのお達しが。

 

更に更に

 

『2組クラス代表 凰 鈴音

       VS

 1組クラス代表 織斑 全輝

 

織斑 全輝の機体損壊状況により試合不可

よって、凰 鈴音 不戦勝』

 

とのお達しが。

早くも1組は勝率0%の結果が出たらしい。

というか連戦の予定だったのかよアイツ。

誰が対戦カードを用意していたのだろうか…?

楯無さんに視線を向けるけれど、首を傾げて

 

「何かしら?」

 

俺が何を問いたいのか察してくれていないということはどうやら違う…の、だろうか?

 

「どうしましたお兄さん?」

 

「いや、なんでもない。

整備を急ごう」

 

処置が間に合わない部位に関しては予備パーツに交換し、最適化させ、エネルギー配分を調整し、出力調整もさせておく。

んで、次の試合に間に合うように簡単な部位の整備だけでもしておかないとな。

 

だけど、俺の手のスピードは格段に落ちていた。

『凰 鈴音』、その名前を見た瞬間に何か胸の内で揺らぎが生じていた。

初めて聞く名前にしては…そのような気がしない。

懐かしいような…それでいてどこか寂しいような…この揺らぎは何なのだろうか…?

 

苦しい…?

 

違う

 

淋しい…?

 

それも違う

 

それでいて…どこか切なかった…。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

初陣を終えてからウェイル君が戻ってきてからメルクちゃんは大はしゃぎだった。

ウェイル君のことなのに、まるで自分の事のように。

飛び跳ねて、抱き着く。そんなメルクちゃんをウェイル君も受け止めて抱き返す。

羨ましい光景だと思いながらも、そんな二人をそっとしておくことにした。

 

そんな二人を覗き見る誰かさんが居ることも感じ取っていたけど、害意のあるソレではないと理解したからこそそっとしておいた。

 

「嬉しい気持ちはさておいといて、早速整備に移らないとな」

 

メリハリをつけるのがウェイル君のペースなのかもしれないけど、もうちょっと喜んでもいいんじゃないかしら?

そう思う頃には視線の主は立ち去ったらしい。

気分を一新させたらしい二人に同行しながら、整備室へと来たけれど、二人はとにかく忙しそうにしている。

けど、私はそれを手伝えない。

もとより私は別の役割があって此処に来ていた。

日本政府は二人の監視と、必要があれば身柄拘束を命じてきているけれど、私達更識はその指示を受けながらも別の意図を以って二人に接触するようにしていた。

その目的は『護衛』。

無論、これはイタリア政府に話は通じてはいない。

更識が独自に動いているというだけの話。

 

先の一件もあり、イタリア政府にこの話をしたところで信用などされるはずもないと理解している。

だからこその更識独自の独断行動。

それに、イタリアが送り付けてきた文書に関してはこの二人は何も知らないから尚更好都合だった

日本政府には「監視をしている」と言ってのけ、イタリアには「警戒している」と察しをつけてもらう。

どっちつかずの蝙蝠みたいな行動をしているけれど、これが私達に出来る最善の行動だった。

 

「にしても、ウェイル君も無茶をしたわね」

 

「何がですか?」

 

整備をする手を休めずに私に返答をしてくれる。

うんうん関心関心!

 

「あの動きよ、あんな速度で急速旋回だなんて身体への負担は大きいわよ。

内臓が体の一方に寄せられ、圧迫される。

下手をしたら内臓の破裂の危険性だって在ったのよ。

あの動きもイタリアで学んだものだとするのなら、貴方達の教官は…」

 

「先生から教わった技術じゃないですよ」

 

ともなると…どこから…?

 

「自分でも多少の無茶をしたのは自覚しています。

それでも、織斑には負けたくなかったんです…」

 

「何故?今回の対戦は成績にまで反映されるものではないのよ?」

 

「…多分、理屈とかの話じゃないんだと思います。

あの時、自分が何故あそこまで『アイツにだけは絶対に負けたくない』と思ったのか…自分でも全然判らないんです」

 

そんな言葉を紡いだウェイル君は…どこか寂しそうな笑みを浮かべていた。

…自分で自分がわからない、か…。

思い返してみれば私もそんな感じだったかもしれないわね…。

早く仲直りしないと…簪ちゃんと…。

 

「あ、次の対戦表が発表されましたよ」

 

メルクちゃんの声に意識を現実に戻す。

モニターに表示された対戦カードは

 

『2組クラス代表 凰 鈴音

       VS

 5組クラス代表代理 ウェイル・ハース』

 

「あれ?また俺か?()()()()()な。

本来のパーツじゃ間に合わないし、やっぱり予備パーツでやるか」

 

そのウェイル君のつぶやきに、この対抗戦の違和感に気づく。

冒頭のメルクちゃんの試合に、先程の織斑君の連戦予定に続き、再びウェイル君の出番。

この対戦カード、操作されている!

それこそ誰に?

決まってる(・・・・・)

 

「そう、ただでさえ抜け穴になる公式戦で時間の穴を作ろうってわけだったのね…!」

 

懐から暗器を取り出す。

取り出すのは苦無。

 

影踊(かげろう)流…陽刺舞(ひしまい)!」

 

両手に握られた苦無を手首のスナップだけで整備室の八方に向けて投擲。

天井の四隅、床近くの四隅、そこに施された監視カメラのレンズを全て貫通する。

 

ガシャガシャガシャバリィ!

 

迂闊だった。

直接見る事は出来なくても、監視カメラを経由すれば、管制室とピットを行き来している彼女には丸見えだっただろう。

その監視カメラを通じて何を企てていたのかは知らないけれど、止める他に今の私達に選択肢は無い。

 

「楯無さん?何をしているんですか?」

 

「驚かせてごめんなさいね、どうやら覗きをしている人が居たみたいだから」

 

「「?」」

 

はいはい、二人揃って首を傾げない。

仲が良いのは理解しているから。

 

学園長に釘を刺されていたにも拘らずこの体たらく。

正直、あの時には更識の組織維持の為に完全黙秘という、言質を取られないためだけの無能の対応をした。

……正直、織斑先生とは関係を断つべきかもしれない、そう思うようになってきてしまっていた。

 

「…後手に回ったわね、これは悪手になるかもしれないわ…」

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

予想はしていたけど、本来のパーツは間に合わないと判断し、予備パーツで間に合わせることにした。

出力調整はすでに終わっているから、この試合の間だけでも不備は出ないものだと祈っておこう。

 

「エネルギー配分、出力、駆動系統、各種センサー問題無し。

よし、全システムオールグリーンだ、行くぞメルク!」

 

整備出を飛び出した途端に、通路の右側には

 

「あれ、虚さん、どうしました?」

 

そう、その人が居た。

 

「えっと…私も整備課に所属していまして、よろしければ整備の手伝いをしようかと思っていたのですが…」

 

目を泳がせながらの返答だった。

あれ?この人に何があったのだろうか?

こんな返答の仕方をする人じゃなかった筈なんだが…まさか偽物?

いや、それこそまさかね。

 

「お気持ちはありがたいです、じゃあ今回の対抗戦が終わったら整備のお手伝いをお願いします」

 

人手が増えるのは悪い事ではない、寧ろ有り難い。

気持ちを受け取ることにした。

 

「では、整備課の精鋭に声をかけておきますので」

 

「その時は妹ともどもお世話になります!」

 

シュタッと手を挙げて軽い挨拶を交わし、俺は一気に足を加速させる。

ピットにたどり着けば、試合開始時間2分前だった。

調度東側のピットからも対戦相手が飛び出してきていた。

 

「来てくれ、嵐影(テンペスタ・アンブラ)

 

俺も機体を展開させて飛び出す。

規定位置にまで到着し、相手を観察する。

機体を、ではなく、搭乗者を。

その素顔は晒されている。

 

…似ている、素直にそう思う。

似ているどころじゃない…むしろ、夢の中に幾度も現れ続けていた彼女が目の前に居るかのようだった。

 

「…5組クラス代表代理、3組クラス代表補佐、イタリア企業FIAT所属『ウェイル・ハース』だ」

 

「2組クラス代表、中国国家代表候補生、『凰 鈴音』よ、宜しく」

 

ハイパーセンサーに命じ、顔の上半分を覆うバイザーを開く。

これで俺の素顔も見えるだろう。

 

「…君に訊きたいことがあるんだ…」

 

「奇遇ね、私も貴方に訊いておきたいことがあるの」

 

 

 

 

 

夢の中に現れ続けていたのは君だったのか?

 

 

 

 

何処かで逢ったことはありませんか?

 

 

 

 

君は、俺を知っているのか…?

 

 

 

 

俺の知らない俺を、知っているのか…?

 

 

 

 

訊きたいことは濁流のように押し寄せてくる。

だけど、何から口にすればいいのかが判らない。

迷っている間に、試合開始のブザーが鳴り響く。

…悔しいけど、話は後回しにしよう…それでも、言いたい事が沢山在るんだ…!



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第35話 夢風 いつかの君と

早期投稿を宣言しましたが、ずいぶんと遅くなってしまいました。
インフルエンザになり、まともに動けませんでした。
熱が39.9℃とか何それ、そんな状態でよく自力で車を走らせて病院まで言ったな、私…。
予防接種とかしておけば良かったと思いながらも後悔してもすでに手遅れでしたね。
おのれぇぃ…!

それに付け加えて現在スランプ中なんですよね…。
なのでもう一方の作品も半ば凍結しているような状態なわけでして…。


私の頭痛は、あの日以降から酷いものに成り果てていた。

 

「さて、織斑先生、あなたをこの朝早くから呼び出したのは他でもありません。

昨晩、食堂で起きた件についてです。

早速ですが、先のイタリアから抗議文を見てから、貴女がどうするつもりでいるのかを伺いたい」

 

クラス対抗戦の当日に、私は朝のSHR前に学園長室に呼び出された。

その要件は、食堂に於いて発生した事案の顛末以降についてだった。

あの日、全輝と幼馴染でもある篠ノ之が、3組に在籍しているハース兄妹に干渉したからだった。

しかも、無関係の他人をも巻き込みかねない惨事にも発展していたそうだった。

被害としては、他の生徒の食事が生ゴミに変わり、観葉植物は食堂に散乱、投影ディスプレイは幾つも修理が出来ずに廃棄処分、机や椅子は幾つもが粗大ゴミに成り果てていたそうだった。

流石に何かの間違いと思いたかったが、目撃者が非常に多数居た。

初日に警告は二人にしておいたにも拘わらず、この事態だ。

反抗期だろうかと思ってしまうが、それでも学園長は監督不行届きとして、私に叱責を下し、損害賠償を私達が支払う事になった。

当日の夜間にはイタリアからの苦情が来たとのことだから、話があまりにも早いとは思うが、既に起きてしまったことに関しては、どうしようもない。

早くも報復行為が下されるのかと思ったが、その類の方面には話は広がることは無かった。

不幸中の幸いだろうかと思ったが、叱責を下されて終わってから時間を見ればSHRが終わっている時間だった。

学園長から二人への処罰も預かり、1限目が始まる際に、私は全輝と箒に処罰内容を告げた。

二人ともに、三日間に渡り反省文50枚、合計150枚提出を、と。

そろって不服そうだが、器物損壊賠償86万6000円もあるので無理に黙らせた。

 

無論、この話は他の教師にも見られていた為、私に対しての風当たりは一層に酷いものになり果てていた。

それだけでなく、その数日後には凰 鈴音への殺害未遂ということで学園長に呼び出され、二人には重々なる処罰が下された。

追加してクラスで使用していた生徒用の机と椅子の損害賠償33万4000円も追加されていた。

それも含め、学園長の視線は、今まで以上に冷たくなっていた。

 

「どうにも貴女の身内は騒ぎを起こして目立たねば気が済まないようですな」

 

もはや、私に対して、信頼どころか信用すら失われていることなど判り切っていた。

 

 

 

「…くそ…っ!」

 

アリーナの屋内を撮影しているカメラのいくつかが急に破損した。

それら全てがある一室の室内を映したものではあったが、急な破損の理由が皆目見当もつかなかった。

控えさせていた収音用のアンテナまで機能停止に陥っている。

とは言え、学園長から私の監視を仰せつかっている真耶には気づかれていないようだからまだしも、これでもかなりのスレスレの干渉だ。

接触そのものを避けるというのであれば、その理由は私からしても過剰だとは思う。

対戦カードを気づかれない範囲で調整し、少しでもピットにいるのを視認して確認したいことがあったが…再調整がなされ、思うように行動も出来ない。

 

「織斑先生、どうされました?」

 

「…いや、何でもない」

 

私が副担任に降格され、繰り上げで担任となった真耶の視線が突き刺さる。

かつては敬意が込められていた視線も、今では冷たさしか感じられなかった。

私達が現在居るこの管制室に居る、もう一人の人物、篠ノ之 箒が原因だろう。

先のハース妹の試合直後に整備室に殴り込みをしようとし、更識に取り押さえられ、此処に連行されてきて以降はここで騒いでいる。

 

「本当でしょうか?」

 

管制室の扉が開き、冷たい声が響いた。

 

 

 

 

真耶の他にも、監視をするような視線は増えていた。

それどころか、学生の間でも私に妙な視線を向けてはヒソヒソと何かを話している様子がこの半月で増えていた。

仕事場が息苦しい、居場所が無い、何処に居ても妙な視線を向けられる。

実害こそ存在していないが、心労はたまる一方だった。

 

こういった事をされるような事をしでかした覚えは…無いわけでは無い。

6年前の国際IS舞踏大会モンド・グロッソを優勝して帰国した後に私を待っていたのは家族の喪失という絶望だった。

 

織斑 一夏(いちか)

 

私の大切な家族であり、弟だった。

私が留守にしている間にパタリと姿を消した。

頼み込んでまで捜索してもらったものの、何が起きたのか、何処に行ったのかも判らず終い。

一週間後には、死亡判定が下された。

 

一夏が見つかってほしいと願いながらも、宣告されたのは非情な報告だった。

捜索活動も完全に終結し、私も諦める他に無いのかと立ち尽くした。

そんな中、一夏の友人だという話を聞いていた『凰 鈴音』が訪れる。

胸の内が痛くなるような罵声を私に浴びせ、居間に置いていたガラスケースの中身を、トロフィーや盾を粉砕し、賞状も引き裂く。

事も在ろうに位牌すら真っ二つに割られた。

それから一夏が使っていたという肩提げ鞄を持って立ち去った。

あの日以降、彼女は私と決して目を合わせようとしなかった。

 

絶望の泥濘はあまりにも深かったが、私は何とか持ち直した。

それは、もう一人の弟である全輝(まさき)のお陰だった。

それからは私も以前通りに振舞えるように努力した。

気持ちが回復したのは、それでも年を越えてからだった。

 

それから私は再び仕事に勤しむ様になった。

それでも、次の大会の話が持ち上がってきていた。

そして同時に出てきていたのは、他の選手の状態の把握だった。

 

多くの選手と戦い、それを制してきたが、容易くに勝てない相手が一人だけ居た。

イタリア国家代表『アリーシャ・ジョセスターフ』。

その動向の情報収集に移る、と。

その訓練内容を把握することで、こちらはそれに応じて戦局を覆す事が可能になる、と。

全輝に、私の雄姿を見せたかった事も在り、その諜報活動は私も賛同した。

そしてその諜報活動は極秘裏に進められる事になった。

その諜報活動には、日本政府とも繋がりのある『更識』家も協力する形として。

 

だが、その計画も僅か1週間で失敗に終わった。

イタリアに更識のエージェントが送り込まれたが、その悉くが…只の一人の例外もなく、日本へと強制送還された。

それをやってのけたのが、アリーシャ自身だったという。

それでも、手に入ったのは極僅かな情報だけだった。

懇意にしている人物が居る、という事だけ。

けれど、それが誰なのかは判らなかった。

 

かつての大会ではまるで一匹狼のようだったアイツにも、懇意にする人物が居るのだと知り、親近感が沸いた。

そう思い、第二回大会では全輝を連れ、機会があれば紹介しようと思っていた。

だが、アリーシャの態度はあまりにも冷たかった。

最後に口にしていたのは

 

「4年前の借り、必ず返す」

 

寒気がするほどの究極の拒絶から来る宣戦布告だった。

不要な言葉を口にしてしまったと、後になって思い知った。

だが、口から出した言葉を無かったことになど出来なかった。

そして翌日の大会のタイトルマッチで、悲劇が起きた。

 

全輝が誘拐された。

狙いは私の棄権。

迷ってなどいられなかった。

日本政府の発言等、悉くを無視し、報せをくれたドイツ軍と合流し、捜索活動に加わった。

幸い、全輝は郊外の工場跡で発見し、保護に至った。

今度は間に合ったのだと心の底から安堵出来た。

 

それでも、ドイツ軍には借りが出来てしまった。

その借りを返すために一年という長い時間をドイツで費やすことになった。

長期間会えなくなるが、日本に居る全輝はご近所に世話を頼んだ。

それからも頻繁に連絡を入れ、無事が確認できていた。

 

あれから何年も経過し、全輝がISを稼働させた。

それだけではなかった。

日本国外からもISを稼働させた男子が居たという話を聞いた。

 

もしかしたら…もしかしたら…

 

そんな願望を今になっても捨てきれなかった。

だから、その男子生徒を私のクラスで受け持つように周囲に話を通し、準備を整えた。

その折りだった、イタリアから私や全輝、その幼馴染である箒による接触、干渉を徹底的に拒絶するようにという指示が下されたのは。

しかも、その書状は私にではなく、学園長に届いていた。

そして私に対し比較的協力をしてくれていた更識も、決して私の肩を持つことは無くなっていた。

その日の内に私への信頼は一気に叩き落されていた。

全教職員に続き、その視線に気づいたのか学生からも。

針の筵で日々を過ごすようになり、今に至る。

 

後輩でもあり、副担任をしている真耶ですら、私の監視をしている始末。

今のコンソール作業にしても、気づかれてはいない…と信じていたい。

 

モニターに映るのは、あの日、私に怒りの罵声を浴びせた少女、凰 鈴音。

そしてもう一方からのピットから飛び出してきた暗い紫色の機体。

その搭乗者の素顔はバイザーに隠され見えない。

それどころか表情もよく判らなかった。

 

 

 

 

 

「覗き見は楽しかったですか、織斑先生?」

 

モニターに視線を釘付けにされている瞬間だった。

その冷たい声が聞こえたのは…。

 

「布仏?覗き見とは何のことだ?」

 

毅然とした態度のまま、彼女は管制室に入ってくる。

だが、私とて今になって更識や布仏を責める気は無いし、それが出来るとは思っていない。

かつては共犯だったが、完全に見切りをつけられているのは理解していた。

 

「ウェイル・ハース君が使用していた整備室の監視カメラを調べさせてもらいました。

この部屋で監視をしていたそうですね。

我々の方で処理しておきました。

イタリアからの文書に従えば、これにて何らかのペナルティが施されることはありませんが、不用意な行動は慎んでください。

一度目は寛容に済ませてくれましたが、次も同じとは限りませんので」

 

「………」

 

そうか、お前がやったのか…。

 

「ああ、判っている…」

 

一目会い、言葉を交わすこともできない、か…。

これは私のわがままであり、先の見えない願望でもあることは…私自身が一番理解しているんだ…。

 

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

お兄さんが飛び立ったピットで、私はその様子を背面から眺めていた。

次の対戦では、私が凰さんと試合をする形となっていた。

 

「お兄さん…」

 

凰さんとお兄さんは本当は見知り合った仲の人同士だった。

けれど、お兄さんは全ての記憶を失い、今に至るまでその記憶が甦る事が無かった。

それでも、夢を見る事は在ったらしいです。

その中でも、二人の子供が姿を現す夢を特徴的に覚えていた。

闇の中で涙する女の子と、粘つく闇に囚われた男の子。

それは、凰さんと、…昔のお兄さん自身だったのだと思う。

 

そして今…その闇に囚われていた者同士が相見えていた。

 

「どうしたの、暗い表情しちゃって?」

 

「生徒会長さん…?」

 

私の頬に指でツンツンとつついてくるこの人もよく判らない。

日本政府に関係を持っている人物であることを自ら暴露までして見せたのだから猶更。

そのうえでお兄さんとやたらと執拗に接触してきていたから、そんなにいい気はしないです。

 

「はいはい、そんなに警戒しないの」

 

また頬を突いてくる…。

 

「そんなに辛気臭い顔してたら応援なんてできないでしょ?」

 

「わ、判ってます!」

 

お兄さんは既に両手に長槍(ジャベリン)を握っていた。

相手の観察は初めからする気が無いらしい。

本気…とまではいかないまでもいきなり近接戦闘を仕掛けるのは危険だと思いますけど…。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

両手に長槍(ジャベリン)を握り、一気に詰め寄る。

凰さんが握っているのは肉厚で重量のありそうなブレードのようだった。

あれを受けたら吹き飛ばされる。

そう判断し、瞬時加速をしながら体を捩じる。

そして背面翼を最大出力、この瞬間に!

 

「甘い!」

 

ギャギィンッ!

 

長槍(ジャベリン)が伸びきるまでの途中、その軌道が捻じ曲げられた。

右手に握られた肉厚のブレードの軌道そのものに干渉されたのだと気づく。

だけど、瞬時加速を活かせるものは

 

「お互いさまにな!」

 

左手の獲物の動きを見切られても、俺にはまだ右手で握られている長槍(ジャベリン)が存在する!

 

バシィッ!

 

その筈だったのに、右手に大きな衝撃が襲い、こちらもまた防がれる。

何も無かった、何も見えない、ただ、砲撃を受けたかのように…!?

 

「隙だらけよ!」

 

ドンッ!!

 

彼女の左手に握られたブレードが直撃し、アンブラ共々吹き飛ばされる。

しかも…ただの一撃で…いや…

 

2撃(・・)でSEが16%も削られている。

流石は(ロン)シリーズの最新鋭機かな?

噂にたがわぬ大出力だ」

 

「驚いたわ、今のを2撃と見抜いた(・・・・)なんて。

大抵は何が起きたのか判らなくなる人が多かったから」

 

しかも1撃目は防御に使ったという型破りだ。

尚且つ不可視の砲撃…か?

厄介だな、仮に不可視ともなると止めるのも難しいぞ。

 

「ねぇ、アンタって姉が居るのよね?」

 

考えに耽ろうとした直後だった、彼女が語り掛けてきたのは。

 

「…教えたっけ?」

 

むしろ姉さんからは『私の名は極力伏せるように』と言われているから、姉さんの存在自体悟られないようにしていた筈なんだけど…。

いや、生徒会長相手にポロっと口にしてしまっていたけどさ…。

 

「さっきの試合、全輝を泥まみれにした際に、アイツを見下ろしながら言ってるのが聞こえたのよ」

 

…恥ずかしいな、独り言が聞こえてしまっていたらしい。

 

「アンタには妹が居るのは知ってるけど、姉の存在は知らなかったのよね。

詳しく教えてほしいんだけども、良いかしら?」

 

さぁて、どうしようかな。

 

「じゃあ、試合の結果次第ってことで」

 

「言ったわね、絶対に聞き出してやるんだから!」

 

よし、猪口才な考えだけど上手くいった!

勝敗がどうなろうと有耶無耶に…

 

「有耶無耶にしたら怒るからね?」

 

笑顔で言い切られた。

休むに似たりの考えだったみたいだな。

けど…思わずその笑顔にまで見惚れる自分のバカさ加減には呆れ果てる他に無かった。

そのせいで最初の一刀への対処が遅れてしまったのだから。

 

長槍(ジャベリン)を両手に握り直し、気合を入れなおす。

中国のあのシリーズは恐らく最新鋭機、第三世代機なのだろう。

龍シリーズの特徴である、高出力、管理されたエネルギー消費性能を両方とも組み込まれていると考えてみよう。

まあ、そんなものが実現しているとするのなら、第三世代機の共通した欠点でもある長時間稼働不可という欠点が克服されていることになる。

 

それにしても、テンペスタ自慢の高機動力を利用し、地面スレスレをジグザグに低空飛行しているが、その後方で連続で土ぼこりが柱上に立ち上っている。

見えない砲撃によるものだろうとは推測が立つが、結構な連射力だ。

しかも彼女、凰さんはこちらに常に目を向け…うん?まさかとは思うが…よし、実験してみよう。

 

進路を急速変更。

また内臓に嫌な負担がかかるが、構っていられない。

 

「腹を決めたってわけ!?」

 

「まぁな!」

 

視線が動く。

視線の先は無論、俺の胸の真ん中。

そこからさらに軌道を傾ける。

頭上を何かが通り過ぎていくのを感じた。

 

「ッ!」

 

視線が動く。

その視線から避けるように動けば、また後方で土埃が立ち上がる。

なるほど、不可視の砲撃だから着弾する場所を視線で決めているということか。

 

「アンタッ!」

 

「実験成功、かな!」

 

両手の長槍(ジャベリン)を突き出す。

弾かれる、それが如何した!

 

そこから先は刺突のラッシュだった。

フェイントを組み込ませながら、左右の穂先はもう彼女を逃がさない。

燃費が制御されていたとしても、その制御に高い集中力が必要なのは変わらないらしい。

 

「やるわね、アンタ!

ここまでクロスレンジでやりあおうとする人は久々だわ!」

 

「槍の扱いに関しては教官役から仕込まれているからな!」

 

「へぇ、それでさっきは全輝をボコボコにしたってわけね!」

 

「ちょっとやりすぎたかなとは思ってる、もしかして凰さんはそれについて怒ってるとか?」

 

「冗ッ談ッ!

アタシはあの男が世界で一番大ッ嫌いなのよ!

憎んでいる、恨んでいると言い換えても別に構わないわ!」

 

うわぁ、凄い事を聞いたような気がする。

まぁ、気分は理解出来る。

俺もアイツが嫌いだからな。

 

「それは俺も同感だ、俺もオリムラが嫌いなんだよ!

数日前は食堂で女子生徒と徒党を組んで襲ってくるわ、食事を台無しにされるわで、災難だったんだからな!」

 

「へぇ、そうなんだ…。

とはいえアンタが全輝をボコボコにしたのを見てスカッとしたわよ!

本当のことを言えば自分の手でやってやりたかったけどね!」

 

事実、ブレードはどうにもしっくりこなかったけど、長物であればそうでもなかった。

姉さんやヘキサ先生からも「槍が向いている」とまで言ってくれたわけだし。

それで必死になって教わった。

それが今の型、それも二槍だ。

本来のスタイルとでもいうわけではないのだが、それでも最初に習得出来たのがこれだった。

 

「ったく!やり辛いわね!」

 

「そりゃお互い様だ、君の機体のパワーアシストはどうなっているんだか!」

 

中国謹製の龍シリーズは世間でも出力が高いということで有名だ。その最新鋭機ともなれば噂以上ということになっていた。

テンペスタはその速度による回避と翻弄がスペック上求められている。

二槍によるラッシュ等で手数こそ増やせるようにしたが、欠点としてどうしても一撃が軽くなる。

半面彼女の機体はパワー重視だから、下手に受けるか殴られるかしたら吹っ飛ばされる。

かといって接近ばかりしていたら先ほど撃ち込まれた不可視の射撃…砲撃?を受けることになる。

だから、彼女に対抗するためには…

 

「戦術を変えるか」

 

『クラン』を収納、続けて普段の訓練に使っている無銘の槍を左手に、右手には3点バースト式アサルトライフル『トゥルビネ』を展開する。

『アルボーレ』や『ウラガーノ』に『アウル』を展開して本来のスタイルに戻りたいが、まだ秘蔵しておく。

まだ出すには早いのだからな…ああ、でも使いたい。

なんて優柔不断なことを考えていたら、肉厚のブレードが襲ってきていた。

後退瞬時加速で緊急回避。

即座に銃口を彼女に向けて射撃を行う。

装甲内部操縦桿にまでその振動が伝わってくる。

だが、射撃攻撃を行いつつも、奇妙な現象がいくつか見えた。

弾丸のいくつかが空中で弾き飛ばされている。

あの肉厚のブレードで弾丸を防ぎ、防ぎきれないものは空中ではじかれる。

 

「こんなもので、アタシは止められないわよ!」

 

「…強い…!」

 

オリムラ以上の強さだ。

そしてダメージを恐れずに突っ込んでくるその剛毅さ。

こちらの戦術よりも常に上手を取ってくる。

 

「これが…代表候補生の強み、か…」

 

まったく、素人には考えられないことをするよな…。

だけどな、俺だってそれなりに負けず嫌いなんだよ!

このタイミングで通信回線を開く、繋げる先は…メルクだ。

 

「どうしましたお兄さん?」

 

「悪いな、やっぱり使うよ。

本当ならもう少し先にまで隠しておきたかったけど…!」

 

装備を再び変えようとしたら、ブレードが飛んできた(・・・・・)

ギリギリで回避してから視線を前方に戻せば、驚いたことにもそのブレードは連結されたらしい彼女の物だった。

辛うじて回避できたが、追い打ちとばかりに見えない衝撃が襲ってくる。

ああもう、装備の換装させる暇も与えないっていうのかよ!

 

「何を考えてるのか知らないけど、これ以上はそっちのペースに持ち込ませたりしないわよ!」

 

そりゃぁ酷い考え方だ、寧ろ俺が君のペースに飲み込まれているだけなんだが。

距離を離そうとすれば見えない衝撃が襲ってくるわ、接近戦に持ち込めばパワーで負けるわ、こうなったら右手の銃だけでどうにかしたほうがいいな。

 

「ああ、そうかよ!」

 

売り言葉に買い言葉で言い返すもどうにか突破口を見つけたい。

舌戦でどうこうなる相手ではないだろう。

オリムラの場合は言葉が通じても話が通じないけど、凰さんとはコミュニケーションがハッキリと出来るようだし。

 

換装はすでに諦めている。

なので、槍と銃だけでどうにかこうにかしていこう。

 

「とにかく、だ」

 

どう対処すればいいのか、それは今までと何も変わらない。

姉さんからも繰り返し言われてきたけど、まずは…観察に徹するところからだ。



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第36話 紫風 いつかも君と

例のイベントまで少しだけ駆け足です。
なお、ストック尽きたので悪しからず。
また、前回表現を抑えていたところも少しだけ描写しました。


ウェイル・ハース

その人物と接触した回数はそこまで多くない。

それこそ本人は知らないだろうけど、私は傍から見ていただけになってた。

まあ、最初に接触した際には彼は教室で寝ていたというわけもわからぬ状態だったし、あとの日数に関しては訓練に費やし続けたから自分から接触する機会はなくなってしまっていた。

もしかしたら…という可能性は捨てなかったわけじゃない。

出来る事なら話をしてみたかったけど、どうにも周囲の生徒から慕われているらしく、多くの人が集まっていた。

聞いた話では家電製品の修理をよく請け負っているとか。

ほかにも聞いた話では生徒会室に出入りしているとか。

更には訓練に明け暮れているとか。

忙しいというべきなのか、やりたいことをやってるだけなのかは判断に迷うところだった。

 

それと、彼の隣には常に妹に当たるらしいメルク・ハースが一緒にいる姿が確認できた。

 

だから…というか、ちょっと話しかけにくい。

結局この日まで会話をする機会が伸びてしまっていた。

 

よりにもよって全輝との対戦で真紅の二槍を振るい、切り結び、そして勝利した彼の姿を追ったけれど、結局あの二人の間には入れなかった。

けど、幸運なのか対戦相手になった。

その間なら話ができると思っていた。

けれど何から言えばいいのか判らなかった。

そんな自分が嫌になってしまってた。

 

 

あなたは私を覚えているの?

 

あなたは私が探し続けた人なの…?

 

あなたは…一夏なの…?

 

けれど、言葉もそう交わす事も出来ず、試合開始のブザーが鳴った。

仕方なく両手に握った双天牙月を構える。

彼の両手に握られたのは先ほどの試合でも使われていた真紅の二槍だった。

何度も打ち合い、理解できたことがある。

彼の槍捌きは我流の物ではなく、誰かに師事してもらったもの。

もしかしたら先の試合でポツリと呟いていた『姉』によるものかもしれない。

この予想が当たっていたとしたらその人物が何者なのかも判らなくなってくる。

 

「戦術を変える気…?」

 

左手に槍、右手に銃を握り、ジッとこちらを見てきている。

その間、攻撃に転じることもない。

 

「何を考えてるか知らないけど!」

 

妙なことをされるよりも前に倒す!

 

ブレードを振り下ろす。

回避される、だけどそちらの方向にいるのを確認して衝撃砲をブッ放す。

 

ボンッ!!

 

土柱が立つだけで直撃しなかった。

そこから更に滑るようにして私の背後に回ってくる。

 

「チッ!」

 

簡単に背後を取らせてやる気は無い。

方向転換をしてみればウェイルは銃を収納して槍を一振り構えているだけだった。

何を考えているのかまるで判らない。

 

「だったら、近接戦闘で!」

 

「………!」

 

左右の双天牙月を連続で振るう。

右の剣を横薙ぎに振るい、左手のソレを大上段から。

更に逆袈裟、刺突、払い、薙ぎ、それを幾度も幾度も繰り返すけれど、それがだんだんと槍で捌かれるようになってくる。

衝撃砲を撃つけれど、それも着弾回数が減ってくる。

 

「まだまだぁっ!」

 

ブレードを連結して投擲し

 

「その瞬間を…待ってたんだ!」

 

一気に懐に潜り込んでくる紫の影が連結したブレードを握る右腕に槍が添えられる。

そのまま右腕が弾かれ、石突が鳩尾のあたりに突き刺さる。

絶対防御が弾いてくれたけど、それでも衝撃はかすかに伝わってくる。

 

「…強い…!」

 

変則的な動きを可能にしているのは、個別に自在に動く左右非対称の背面翼によるものだろう。

それにしても本当にいびつに思える。

右翼3機、左翼2機だなんて今まで見たこともない。

 

衝撃砲を構える。

その瞬間にはその弾道スレスレになりながらも再び突っ込んでくる。

ブレードの連結を解除して右手の剣で受け止める。

同時に左手の剣で刺突を

 

「グッ!?」

 

その一瞬前に左肩に衝撃が襲う。

真紅の槍が、私が剣を振るおうとした瞬間を見据えて肩を撃ってきた。

 

「アンタ、まさか…!」

 

間違いない…私の動きを見切っている…!

 

「やるわね…!」

 

「そっちこそ…!」

 

先ほどまでのシンプルな槍と銃ではなく、真紅の二槍によるラッシュが襲ってくる。

中にはフェイントも込められ、対処すべき刺突も見えなくなってくる。

その双眸は相変わらずバイザーに隠されて見えない。

 

「一番恐れるべきは、槍の実力よりも、その観察眼って事か…!」

 

「機械の相手をし続けていたら、どう手出しをすればいいのか分かるようになることがあってさ。

それを人に言ったら、対人でもそれを向けられるようにってことで鍛えてきたんだ。

自慢じゃないけど、俺は万能なんて言葉とは程遠いところにいるんだ、せいぜいが凡人だ」

 

「その腕前からすれば凡人なんて言葉の方が信じられないけどね!」

 

言葉を交わしながらも私たちは決して両手に握る武器を止めない。

そのたびに火花が散り、視界を焼く。

それでも、互いに笑みが自然と零れていた。

 

「嘘じゃないさ。

機械の相手をするか、体を動かす程度にしか能が無い。

勉強方面でも、多くの科目が苦手分野。得意科目なんてそれこそ、そういった分野なんだよ」

 

突如として自慢だか自虐だか判らないことを言い出すウェイル。

だけど、何故かは判らないけれど、私はその言葉に聞き入ってしまっていた。

 

「出来る事なんて限りが在る、だからこそその分野を突出させた。

俺にできるのはその程度だからな!」

 

右手の槍が突き出される。

左手の剣で受け止める、だけど、思った以上に衝撃が手に伝わってこない。

まさか、フェイク…!?

 

「もう一発!」

 

左手の槍が襲ってくる、こっちが本命だったらしく先ほどの倍の衝撃が襲ってくる。

距離を開けてもあの機動性で確実に追いつかれる。

衝撃砲はどういうわけか発射しようとすればその射線から確実に避けてくる。

不可視の砲弾をこうも早く見切れるってどんな観察眼してるのよ…!?

 

「強いわね、アンタ…。

本当に動かしてから3か月も経ってないの?」

 

「動かしたのは2月だから、まだ3か月経ってないな」

 

「訓練を着けたのって、アンタの姉さんなのかしら?」

 

「………テスターの人とメルクだよ」

 

今の言葉は嘘ね。

理由は知らないけれど、ウェイルは『姉』を大きな存在として認めてはいても、それを周囲にひた隠しにしようとしている。

思えばその人の…

 

「『姉さん』の名前は何ていうの?」

 

「……………」

 

間違いない、意図的に姉の存在を隠してる。

誇りに思いながらも、意図的に口を閉ざす。

考えられる可能性は幾つかある。

 

一つ目には、その姉自身から口を閉ざすように言われているから。

表沙汰には出来ない人物という事かしら…?

 

二つ目には、ウェイル自身が口に出したくない思っているような人物である可能性。

これから来るのは二面性が激しい人物であるという事。

 

三つ目には…『姉』という『偶像』をウェイル自身が思い描いているという可能性。

姉という存在は実在せず、彼の想像の中だけの存在…?

 

どれになるかはわからない。

深く考えるのなんて私には向いてないのは判り切ってる。

だったら…!

 

「さぁ、仕切り直しと行こうか…!」

 

「上等!」

 

私は両手に剣を、ウェイルは両手に槍を握る。

それから幾合も四つの刃がぶつかり合う。

だけど、私だって生半可な修行をしてきたつもりは無い。

たった一人の情報を知りたくて、諦めたくなくて、ここまで来たんだから!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

鳳 鈴音

 

その名前を耳にしてから胸にざわつくものを感じ取っていた。

夢の中に出てくる女の子に似ていた。

いや、似ているなんて言葉じゃ収まらない。

本人ではないのかと疑うほどだった。

 

言葉を交わし続けたかったが、それを遮る形で鳴り響いたブザーが恨めしい。

 

仕方なく試合に突入したけれど、彼女の実力はあまりにも自分からかけ離れていた。

 

強い

 

姉さんやメルクやヘキサ先生とはまた違った形での実力者だと実感できた。

勝てないと思えるほどに。

 

「やっぱり、世界って広いなぁ…」

 

イタリアの中に居ただけじゃ知ることが出来ないことがある。

モンド・グロッソに出場していた姉さんも同じ気持ちになったんだろうな。

だけど、まったくの未知が目の前に存在することに技術者の端くれとしては嬉しく思えてくる。

 

聞きたい事は沢山有る。

だけど、それは試合の後にするというの口惜しい。

 

思わず姉さんの存在を彼女にまで知られてしまったけれど、これ以上は口を閉ざすことに気を払わないとな。

 

「ああ…本当に強い…」

 

これが国外の国家代表候補生…!

 

「さあ、仕切り直しと行こうか!」

 

「上等!」

 

両手の紅槍を握る。

俺の本来のスタイルではないのだが、訓練ではこの槍を振るい続けた。

アルボーレやウラガーノとは違った意味で感慨深くなってくる。

 

「行くぜ、『クラン』!」

 

両手に握る槍を縦横無尽に振るう。

その悉くを受け止められ、時には切り返されてくる。

オリムラ相手には絶対に負けたくないと思えていたのに、彼女に対しては別の思いがあふれてくる。

 

コレが俺だ

 

今の俺だ

 

だから負けたくない

 

諦めたくないんだ!

 

 

 

 

夢の中で長い間、彼女を見続けた。

彼女は、いつだって涙を流していた。

粘つく闇に囚われ続け、涙を流し続けた。

 

俺を追うように走り続ける

 

その長い髪を振り乱しながら

 

俺に手を延ばしてくる

 

なのに、俺の手はいつも届かなかった

 

もしも…もしも、その彼女が目の前にいる彼女だというのであれば…

 

「まだだ!」

 

「私だって!」

 

槍と剣が幾度も咬み合う。

その都度に火花が散り、視界を焼く。

だけど、イタリアのテンペスタと、中国の(ロン)ではどうしても覆せぬものがある。

それは龍シリーズの途方もないパワー出力。

それをテンペスタで上回るには、その出力を出す暇を与えぬ程の連撃が必要不可欠だ。

何度も練習して、何度も何度も鍛えてもらった。

 

「おぁっ!?」

 

だけど、その手数は彼女に既に見せている。

対処されない筈が無いんだ。

 

「さぁ、もう一回吹き飛べ!」

 

彼女の双剣が連結される。

だったら!

 

「牙を剥け!」

 

俺も二槍を連結させる。

セミオート操作を起動、照準補正!

 

「吹っ飛べぇっ!」

 

恐らく最大出力での投擲。

なら、俺も最大出力で応える!

 

「駆け抜けろぉっ!」

 

エネルギーを最大上限にまで叩き込み、不安定な姿勢から背面の五翼を調整し投擲の姿勢をとる。

石突から颶風と炎があふれ出したのを確認した瞬間に投げつけた。

 

 

ギャギィィィン!!

 

耳障りな金属音とともに赤い火花が空中に飛び散る。

その結果は、相殺。

互いの獲物は互いの手に戻ってくる。

これで二度目の仕切り直し。

 

侮っていたわけじゃないけど、強い…。

それに比べて俺は相変わらずの凡人止まりだ。

でも、それでも良い。

俺はメルクの為に技術者になろうとしているんだ。

なら俺は…(アンブラ)でいい。

俺が目立ちすぎていたらメルク()の立つ瀬を奪ってしまう。

 

「だけど…今だけは…」

 

装甲内部にて再び加速操作。

クランを両手に再び彼女にめがけて突っ込んだ。

微かに彼女の両肩のスパイク装甲が光るのを視覚で捉える。

それと同時に彼女の視線を(・・・)確認し、その視線上から離れる。

 

「…ッ!」

 

「…やるわね、アンタは!」

 

八重歯を見せながら微笑む彼女に俺も微笑み返す。

バイザー越しでは目元が見えないだろうけど、それでも構わなかった。

 

再度、刃が咬みあう。

鋼の牙と、真紅の牙の間に幾度も幾度も火花と悲鳴染みた金属音。

もう試合だなんて関係無かった、むしろ私闘だ。

どちらの腕が上をいくのかを競うためのものじゃない。

男の意地など二の次三の次、腕前なんて劣っているのは俺であることなど明白。

ただ、見せつけるためだ。

 

本来のスタイルではないにしても、今の俺のすべてを見せるための!

 

弾き飛ばされる、即座に姿勢制御をしながらの一薙ぎ。

回避される、右手にトゥルビネ(アサルトライフル)を展開し、引き金を引く。

鉛弾はすべて彼女の剣の側面で防がれる。

 

「一筋縄でも、二筋縄でも突破出来ないか…」

 

トゥルビネ(アサルトライフル)は収納してからもう一度槍を握る。

俺の持ち合わせている手札はもう殆ど尽きている。

その中で彼女に対抗出来たものといえば…。

 

「まあ、凡人らしく泥臭くいくしかないよな!」

 

体力の浪費?

そんなものどうだっていい。

 

「やるっきゃないのなら、やるだけだ!」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

その試合には、私も見惚れていた。

凰と、ウェイル・ハースの試合に、目を奪われ続けた。

 

「あの槍捌き、一体…誰が教え込んだんだ…?」

 

刀しか満足に振るえない私から見ても、あの槍捌きには驚嘆するしかなかった。

二刀流というのであればともかく、両手に槍を握るなど難しいだろう。

真紅の二槍は長さの為もあって、互いに邪魔になる可能性だって私からすれば想像に難くない。

 

イタリアと言うと、あの茜髪の女が思い浮かぶ。

アイツが私に見せた感情は間違っても良好なものではなかった。

憤怒、蔑視、拒絶の類だ。

何気ない言葉が人の琴線に触れることもある、私がその実例だった。

親近感が湧いたからというだけで気軽にその言葉を放ってしまったからこそ…。

 

「そんなの、ただの卑怯者に決まっています!」

 

先の私の呟きに叫び返したのは篠ノ之だった。

 

「全輝が刀で戦い続けていたのに、ソレを奴は槍ばかり!

そんなの卑怯以外の何物でもありません!」

 

全輝とハースの試合の後、整備室に向かったハースを追って手出しをしようとした為、布仏姉妹に取り押さえられこの管制室に放り込まれていた。

頭の痛い話だが、これもまた私の監督不行き届きとして通告しておくとのオマケつきだ。

ハース兄妹に関わるなと、あれからも通告をしたのだがまるで聞き入れていないかのようだった。

布仏姉妹が此処に篠ノ之を放り込んだのは、コイツを監視しろという意思表示以外の何物でもないだろう。

 

「あんな奴が全輝に勝つだなんて!

それこそ卑怯な手段を用いたに決まってます!

奴の勝利なんて取り消して、全輝の勝利にするべきです!千冬さん!」

 

「織斑先生、だ。

結果は結果だ、それを私情で決定を覆す事など出来ん」

 

「ですが!奴は全輝の機体を壊しています!

その責任を負わせるくらいしないと!」

 

「試合中の機体の損壊は珍しい事ではない。

それに整備課にも話は通っているし、開発元にもオーバーホールの要請は出し終えている。

今後の授業には間に合わないとしても訓練だけなら各アリーナの訓練機でも間に合う」

 

「それでは全輝に機体の貸し出しが優先されないじゃないですか!」

 

当たり前だ、規則は規則だ。

特定個人に機体貸出優先など出来る訳が無い。

ましてや専用機所持者ともなると、貸出優先度は低くなる。

 

「それに試合をしたハースとて機体の損傷が無かったわけではない。

自分の手で点検やメンテナンスをする為にハンガーの貸し出し申請は提出され、学園側も許可を出しているんだ」

 

「不公平です!

だったら奴に全輝の機体の修復をさせて、その費用を払わせて、奴の機体も同じように粉々にしないと…」

 

「馬鹿者。

全輝の機体、白式は第三世代機、言わば国家機密の塊だ。

それを他国の者に整備させるなど条約上出来る話ではない。

奴の機体を粉々にしてみろ、それこそ国際問題どころでは済まない」

 

まったく、相手をするのも面倒になってくる。

これも私が篠ノ之を相手にさせ続けることで監視をさせろという事か…。

 

「ですが!それでは奴に何の責も無い事になってしまいます!」

 

ああ…頭が痛い…。

私と同じように管制室に居る真耶もウンザリとした表情だ。

尤も、真耶も決して私の味方ではない。

第三者として、私を監視している監視者だ。

 

「では私からも問おう。

お前は食堂における器物損壊に関しては賠償する気はあるのか?」

 

「あ、あれは私が悪いわけでは…」

 

「たわけ、大多数の者が目撃し、証言も取れている。

厨房のシェフからもだ。

並びに監視カメラからもお前が先に暴行をしたのも証拠、記録として残っている。

お前が賠償命令に従わないというのなら、お前の両親の所に120万円分の請求書を飛ばすだけだ」

 

「りょ、両親は関係な…」

 

「事前に『ハース兄妹に干渉するな』と警告をした筈だ」

 

「あ、あんな指示到底納得出来る筈が」

 

「お前たちが納得しようと出来まいと関係ない!

これは学園上層部から下された命令だ!私に余計な仕事を増やすな!」

 

ここまで言っても篠ノ之は納得できていないようだった。

コイツは昔からこうだっただろうか…?

もう少し聞き分けが良かったと思っていたが…。

全輝も、聞き分けは良かったと思う。

一夏はどうだっただろうか…?

 

口数はそこまで多くはなかったと思う…。

それどころか、いつ以来からだったかは覚えていないが、あまり視線を合わせる事も少なくなってしまっていた。

 

二人の顔を見る機会が少なくなってしまっていたが、三人分の生活の面倒を見るには仕方なかった。

自分自身の欲求を優先など出来る訳も無く、それでも二人の為に働いているのだと信じられたのは私なりの誇り…だと信じていた。

 

そう、信じていた(・・)

 

「いい加減にしなさい篠ノ之さん。

いつまでも終わった話を蒸し返さないでください」

 

「や、山田先生まで奴の…あの卑怯者の肩を持つっていうんですか!?」

 

今度は真耶に噛みついたか…。

尤も、真耶は篠ノ之に目を向ける事もしない。

あくまでモニターに映されている私の言動を監視している。

 

「貴女の納得は必要無いんですよ。

そもそも、卑怯というのなら貴女はどうです?

ハース君に殴りかかる際も、凰さんに木刀で背後から斬りかかる際も、どちらとも後方から…死角からの襲撃でしたね。

それを卑怯と言わずに何と言うのですか?」

 

「そ、それは…」

 

「更に言うのなら、ハース君達に何もかも責任を負わせようとしていますが、それは貴女の都合(・・)ではなく、ただの感情論(・・・)に過ぎません。

そんなもので周囲に余計な手間を与えないでください。

教師陣も生徒の皆にも多大な迷惑が及んでいる事を自覚しなさい」

 

「……私は…間違ったことをしているわけでは…」

 

「食堂に於ける机や椅子、投影機に観賞植物に無駄になった料理の代金、それらの損壊賠償、しめて83万6000円。

1年1組での授業用の椅子と机の損壊賠償、こちらは36万4000円。

合計金額120万円の支払いは早期にしてください。

賠償責任の放棄や、命令無視をする場合は織斑君と篠ノ之さんの私物を強制差し押さえして、賠償請求に回すこともできますので、自覚しておいてください。

無論、それでも足りない場合は織斑先生と篠ノ之さんのご両親に請求書を飛ばします。

更には中国国家代表候補生である凰さんへの殺害未遂に関しても、反省文800枚提出はさっさとしてください。

すでに中国政府も騒いでいるんですから。

いい加減に自分のやったことは自分で責任を持ちなさい」

 

この言い様…早くも真耶も篠ノ之に愛想を尽かしているのだろう。

 

「繰り返し言っておきますが、全て貴女()が原因であり、元凶であることを自覚してください」

 

「な、なんで私が…」

 

まあ、私の監督不行き届きなのだろうがな…私にも二人を見れないタイミングというものがある。

その隙に二人が騒ぎを起こすというのだからな…そしてその責が私にも回される。

それによって周囲の目が猶一層冷たくなり、真耶のみならず監視の目が多くなってきている気がした…。

事実、私が受け持つクラスの生徒が騒ぎを起こしたのはこれで5度目だ。

一度目は、全輝とオルコットがクラス代表を決める際に諍いを。

二度目は、5組のクラス代表代理が3組のハースに指名された事にオルコットが騒ぎ、他クラスの生徒を巻き込んでの騒動に。

三度目は、食堂に於いて全輝と篠ノ之が忠告を無視してハース兄妹に接触した挙句に他の学年、クラスの生徒を巻き込んで大騒動に。

四度目は、篠ノ之の身勝手で中国代表候補生である鳳への殺害未遂。

そして今回のハースへの八つ当たりをしようと篠ノ之が画策したものの、布仏姉妹による制圧で五度目。

これらがこの半月程の間に起きている。

そのせいで、私が受け持つクラスは騒動を巻き起こすクラスだとレッテルを貼られ、他クラスの担当教諭から避けられ、クラス同士の合同授業を避けられている。

無論、周囲からの私に向けられる視線の冷たさに関しては言うまでもない。

 

何をしても…裏目になり、周囲の温度が冷え、救いの手など一つも無い…。

 

何故、私ばかりがこんな目に遭うのだろうか…。

 

「所属不明機の反応を探知しました!」

 

「なに!?距離は!?」

 

「学園から南方1500m!数は…8機!?

映像を出します!」

 

大モニターに南方を捉えるカメラからの映像が回される。

そこに映っていたのは、見覚えのある機体だった。

 

「『ラファール・リヴァイヴ』だと…!?」

 

そのうちの一機には大型の砲撃兵装らしきものが搭載されているのが見えた。

そして、その側面には…見覚えのあるシルエットが刻み込まれていた。

 

「両手に剣と銃、それを取り囲む八枚の楯…だと…」

 

「国際テロシンジケート…『凜天使』…!?

敵機から高エネルギー反応!砲撃と思われます!」

 

そして画面を貫く野太い閃光。

カメラを巻き込み、そして…

 

「電磁シールドに直撃!ダメです!

耐えられません!」

 

電磁シールドが破られた…。

閃光はシールドを突き破り、グラウンドの中央に突き刺さり、莫大な噴煙を撒き散らす。

 

「緊急警報を鳴らせ!

シャッターを降ろし、生徒の避難を急がせろ!

避難が完了し次第隔壁閉鎖!教師部隊を突入させろ!」



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第37話 叛風 相容れぬ思想

エレシュキガル、引き当てられなかったよ…。
必死になって石をため込んだのに…。
そのために、育てていたキャラ達の強化クエストを温存させておいて一気に攻略までしたというのに、なんだこの引き運の悪さは…。
なお、粘りに粘って55連まで行きました…。

現状

ジークフリート
鈴鹿御前
ラクシュミー・バーイー


エミヤ
アタランテ
アシュヴァッターマン
エウリュアレ
婦長サンタ
ロビンフッド
アルテミス New!


クー・フーリン
秦良玉
カルナ
フィン・マックール New!


メドゥーサ
アキレウス
マルタ
オジマンディアス New!


ナーサリー・ライム
エレナ・ブラヴァッキー
エジソン
アナスタシア


ダレイオス3世
ランスロット


佐々木小次郎
不夜城のアサシン
青燕


アストライア


Sイシュタル


何度、何度、悲鳴のような金属音が響き渡っただろう。

俺の槍と彼女の刃が交錯し、火花が散り、その都度操縦悍を握る手に振動と衝撃がビリビリと伝わってくる。

だが、決して不愉快なものじゃない。

 

「アンタ、まだ何か隠してるでしょ?

悪いけど隠し玉が在っても出させないわよ」

 

八重歯を見せながら不敵に見せるその笑み思わず惹かれ…って何やってんだ俺は⁉

 

「そうかよ、予定前倒しで使おうかと思っていたけど残念だ!」

 

やはりと言うか、何と言うか、アウル、ウラガーノ、アルボーレのお披露目はまだしばらく先になりそうだ。

今はまだトゥルビネとクランだけで何とかしておかないとな。

 

だけど、流石に手札が尽きそうだ。

唯一の勝機に近いものがあるとすれば、武器の重量だ。

まともにぶつけ合おうとすれば吹き飛ばされる。

それだけ彼女の剣は重い。

それに比べて俺が現在振るっている兵装、真紅の二槍、『クラン』はやや軽量方面の兵装に分類される。

だけど、軽量ならば、それを利用したラッシュを狙えるというわけだ。

だが、彼女も馬鹿じゃない。

それを見越して剣を楯にされたらその守りを貫くことも難しくなってしまう。

 

そうなれば投擲に絞られるが、そうなれば俺の手元には銃だけだ。

俺の機体に搭載されている銃は実弾だ、弾数もある程度は把握しておかないとうっかり弾切れになれば笑うに笑えない。

念には念を入れて弾丸はたっぷりと用意しているが、弾丸だってタダじゃないからな…。

とっておきの特製の弾丸にもなると製作コストも高いし、試射もしていないから使い時を考えないと。

 

「とはいえ、今はクランだけでなんとかしないと…」

 

他国の代表候補生を馬鹿にしているつもりは無い。

そこまでに上り詰めた努力だって半端じゃないし、ポッと出の俺に比べれば遥かに格上なのは理解している

 

俺はメルク専属の技師になるつもりなのだから、俺が機体に搭乗してデータを集積しているのは今後のためのものだ。

だから、勝敗なんてどうだって良かったというのも在るし、代表候補に勝てるわけもないだろうと思っていたのも確かにある。

それを自覚していたのに…俺もどこか負けず嫌いの節があったらしい!

 

「「まだまだぁぁっ‼」」

 

だけど、その瞬間だった。

嵐影(アンブラ)が警告を飛ばしてきたのは。

 

「鈴!離れろっ!」

 

「キャァッ⁉」

 

悪いとは思うけど蹴り飛ばし、その反動と背面翼による急制動で後方への後退瞬時加速を行う。

刹那、野太い閃光が上空から落ちてきた。

 

ズドオォォォォォンッ‼

 

アリーナの上方に常時展開されていると授業で聞いた覚えのある電磁シールドに閃光がぶつかり、拮抗は…ただの一瞬だった。

そのまま閃光は…大出力レーザー砲撃はアリーナの地面に突き刺さった。

そこから周囲に衝撃と土ぼこりが走る。

 

「嘘でしょっ⁉

アリーナの電磁シールドが破られた⁉」

 

一応授業でも出てたけど、このアリーナを囲う電磁シールドというのは結構な出力で、かなり頑丈なのだそうだ。

それを破れるものはそうそう無いと聞いている、超音速の隕石をも防げるとか噂で聞いたような気がしないでもない。

なのに…それが破られてしまっている。

 

「アレは…?」

 

破られた電磁シールドの向こう側には、見覚えのあるような機体が存在していた。

思い出した、フランス製第二世代型量産機『ラファール・リヴァイヴ』だ。

この学園にも訓練機として導入されたが、世の中の風潮によって、使用頻度が極端に低くなり、倉庫の中で埃を被っている予備パーツ扱いされているものだった筈。

それが同型が合計5機。

そのうちの一機がやたらとでかい大型砲のような兵装を構えている。

どうやらあれによる砲撃が先程の閃光の正体だったらしい。

というか、ロックオン警報が聞こえたわけだから俺を狙っていたという形になるぞ…。

 

「あのエンブレム…両手に剣と銃、それに八枚の楯…。

国際テロシンジケート、『凛天使』みたいね…!」

 

俺も数年前は奴らに迷惑かけられたよな…。

あの時にはテスターの人が、FIATの社員も何人も亡くなった。

姉さんが討滅してくれたらしいけど、組織全体から見ればまだまだ末端だったんだろう。

 

「ウェイル、アンタは下がってって聞いてくれないわよね…?」

 

「アリーナにはまだ観客席に生徒が沢山居るんだ。

俺が引いたら凰さん一人だけで対処を強いられることになる。

それはキツイんだろ?」

 

「だったら作戦提案、あんな砲撃してくるような奴がいるとなると観客席の生徒が危険に晒されるわ。

だから、奴ら全員の視線を絶対に下に向けさせないこと!」

 

了解、と返す。

 

両手の槍を握りなおす。

それと同時にマニュアル操作で一気に加速させる。

これ以上電磁シールドを破られるのは危険。

そして視線を下に向けさせるわけにはいかない。

だから俺たちは電磁シールドから飛び出す。

 

「私たちの理念のために!

世界の正義のために!あの男を殺せ!」

 

正義、か。

姉さんに『正義』という銘の罪を教わってからその言葉が嫌いになった。

正義なんて、そんなものは言った者勝ちでしかない。

口にすれば大義名分にも出来る。

『正義が勝つ』?

反吐が出る、『勝った奴が正義を名乗れる』の間違いだ。

そしてその勝者が正義の定義を勝手に書き換える事が出来るだけだ。

 

銃弾が降り注いでくるのを予期し、俺と凰さんはその射線上から離れる。

高度を奴らと同じ視線に合わせた。

 

「一応確認。

第一に時間稼ぎ、生徒達の避難が完了して、教師部隊が突入してくるまでコイツ等の視線を私たちに集約させる!

無理に撃破までは考えなくても良いから!」

 

「判った」

 

「それと、あの大型砲の破壊も忘れないで!

あんなものがある限り、学園全土が危険に晒され続ける!」

 

「じゃあ…作戦開始!」

 

そこからは難航な作業の始まりだった。

射撃兵装を構えようとする者に、こちらも射撃で牽制して、中断させる。

というのは簡単かもしれないがコイツら、近接戦闘を避け、射撃兵装ばかり使ってくる。

 

『お兄さん!加勢します!』

 

突如として開かれるプライベートチャンネル。

交戦を始めて遅れて5秒後には楯無さんをひきつれたメルクも合流してくる。

これで数は5機対4機、少しは楽になってくれればいいんだがな!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

またテロリスト。

 

私達兄妹は、かつてイタリアはローマに存在するFIATでも彼女達に襲われた。

その時の目的は、ISコアだったのかもしれなけれど、その過程に於いて何人もの人が虐殺された。

私たちはシャッターを下ろせるスペースに作業員の人と一緒に隠れることで何とか難を逃れることが出来た。

お姉さんも奮闘し、沈静化出来たとは聞いても現場は私たちは目にする事は出来なかった。

それはそれで仕方なかったのかもしれない。

それでも…笑いながら銃を乱射して殺人が目の前で行われる瞬間は…最近になっても悪夢となって見ることはあった…。

願わくば、もうあんな人達と出会わないでいられたらと思っていたのに…!

 

「お兄さん!加勢します!」

 

「頼むぞ!」

 

同行を申し出てくれた楯無さんの手を放し、両手に武器を構えた。

 

『気を付けて!

あの人達のターゲットは恐らく君よ!』

 

『判ってますよ!』

 

プライベートチャネルで交わされた通信に、そこに秘匿された意味を悟る。

これに秘められているのは、『以降の連携は通信を行いながら』、という意味。

そしてもう一つの意味は、お兄さんの名前をテロリスト達に知られないように秘匿するように、という意味合いだった。

オリムラの方面に関しては、世界中に知られてしまっているため今更。

けど、お兄さんの場合はイタリアの国家の思索によって、顔も名前も極力公にならないように秘匿しようとしている。

最悪、名前と素顔のどちらかは情報が漏洩しているかもしれないけれど、それ以上は情報が繋がらないようにはしていた。

実際には学園の内部では顔も名前も知られているから不安は拭えないですけど。

 

お兄さんが両手に握るのは(アサルトライフル)だった。

かつては自分にどうにも合わないと言っていたものが後々改良され、3点バースト式になり命中性と牽制にも優れるようになり、お兄さんの訓練にも導入された。

最初こそ銃の取り扱いには慣れていなかったけれど、時間を重ねれば、素人とは思えぬほどに成長している。

 

「メルク、アレを使うぞ!注意してくれ!」

 

トゥルビネに装填したのは普段から使う鈍色の弾倉ではなく、お兄さんのセンスで暗い紫色にカラーリングされた弾倉だった。

アレって確か…!

 

「ちょっ⁉」

 

「何⁉何をする気なの⁉」

 

一番の狙いは何なのかは理解している。

それは最も危険な大型砲の破壊。

あれがある限り生徒が危険にさらされる。

 

『楯無さん、テロリストはどうなっても仕方ないよな?』

 

『出来るの?』

 

『それの検証も含めて』

 

『いいわ、殺しに来ているんだものね。

負傷程度の覚悟はあるでしょうからね!

他は私が受け持ちます!

あの大型砲を破壊できる目途があるのなら頼むわよ!』

 

『了解!』

 

『メルクちゃんはウェイル君のサポートを!』

 

プライベートチャネルで交わされた通信越しに返答を返し、私も両手に二連装レーザーライフルを握り、競技用リミッターを解除させる。

それでも、長時間かけると互いに周囲にどんな被害が出てくるかわかったものじゃない。

ここは可能な限り早々に!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイル・ハースの実力は本当に凄いものだと思った。

何よりも恐れるべきものは、その集中力と観察眼。

私の甲龍の第三世代兵装である衝撃砲を早い段階で見切ってしまっていた。

更には互いの武器の重量差を欠点にしない為の二振りの槍を用いての途方もないラッシュ。

テンペスタ特有の高い機動性を損なわせる危険性のある攻撃方法だというのに、それを理解しながらも飛び込んでくるというとんでもない度胸。

そして、そのラッシュに終わり無いと言わんばかりの高いスタミナと、こちらの隙を常に探し続ける洞察力。

それら全てを誰が与えたのかは今になっても判らない。

ウェイルが言う『姉』なのかもしれない。

流石に妹があそこまでに実力を兄に叩き込む様子は想像できないし。

 

「私だって戦わないと…!」

 

訊きたいことは山ほどある。

でも私情の優先は出来ない。

こういう場合は多くの人を守るために体を張らないといけない。

 

「さぁ、始めるわよ!」

 

一機のラファール・リヴァイヴへと攻勢に撃って出る。

左右両肩の衝撃砲を起動させ、一気に距離を縮める。

 

相手が銃を構えてくるけど気にしていられない。

右後方からの発砲音が聞こえる。

ハイパーセンサー頼りに広がった視界の一点でウェイルが右手の銃を連射してきていた。

 

「援護射撃をしてくれてるっての?

借りができたかな…なんて言ってる場合でもないか!」

 

衝撃砲の最大出力を撃ち込み、怯んだ隙に。

 

「なっ⁉」

 

ラファールのテロリストの顔が驚嘆に歪む。

それを視認しながらも一切の加減なく両手の剣を振り下ろした。

更に続けて衝撃砲を左右交互に撃ち込みながらも左右の剣を叩き付ける。

 

「な!なんで攻撃してくるのよ⁉

私たちは!世界の絶対的正義の為に…!」

 

「うるっさい!アンタらはただのテロリストだろうがぁっ!」

 

最後の一撃、剣ではなく、拳を撃ち込む。

甲龍のパワーアシスト全開での鉄拳は絶対防御を否が応でも発動させ、SEを完全に削り切った。

そのままそのラファールは搭乗者最終防護機能を発動、搭乗者を強制的に気絶させ、墜落していった。

しばらくは放置しておいても大丈夫だろう。

 

「まずは一機…!」

 

見れば生徒会長らしき人が2機のラファールを相手に平然と立ちまわっている。

メルクも既に1機を撃墜し、残るのは大型砲を構えた1機と、それに追従する2機になっていた。

その追従する2機は先程からメルクとウェイルに牽制され、攻撃が不充分に見受けられる。

それは絶対的な好機だった。

 

「二人とも!加勢するわよ!」

 

そう言った直後に通信ではなくプライベートチャネルを開く。

少しばかり距離が離れているため、少しでも正確に情報を把握しておきたかった。

 

『メルク!あれを使うぞ!』

 

『ちょっ⁉』

 

見ればウェイルは牽制するための高速旋回をしながら銃に弾倉を再装填している。

何か切り札めいたものを使うつもりらしい。

 

『メルクちゃん!ウェイル君のサポートを!』

 

『了解!』

 

『鈴ちゃんも頼むわよ!』

 

初対面の人にいきなりファーストネームで呼ばれた…。

ちょっとショックだけど、それはこの学園では二回目だった。

ルームメイトでもあり、クラス代表補佐をしてくれているティナには、そう呼んでも構わないと伝えた。

それ以降はクラスメイトでも同じような呼称で呼んでくる。

けど、クラス外にもなると話は別だった。

クラスの垣根を越えた交流と言えば、合同訓練授業程度だけど、結局あたしは同じクラスの生徒の面倒を見るばかりだったから。

中でも1組との合同授業は年間を通して避けられるようになっていた。

何回も騒ぎを起こし続ける生徒とか、国際問題寸前のことをする人がいたら仕方ないのかもしれなけど。

 

その筋については私も話は聞いた。

イギリス代表候補生が国際問題発言を堂々とした、とか。

全輝とその追従する生徒が食堂で他の生徒を巻き込んで大騒動、とか。

その追従する生徒ってのが、日本刀で私に斬りかかってきた女子生徒、とか。

イギリス代表候補生がイタリアで発見された男性搭乗者に暴行を働いた、とか。

同じくイギリス代表候補がISを纏ってすらいない一般生徒がいる現場で射撃攻撃をした、とか。

『話題に尽きない』というよりも『騒ぎが尽きない』といえるレベルだと私でも分別はついた。

 

まあ、それは別の話として。

ニックネームで呼ぶ生徒は今日此処にも現れた。

イタリア出身男性搭乗者、ウェイル・ハース。

試合の最中は私のことをファミリーネームで呼んできていたけれど、あの強力な砲撃が襲ってくる瞬間、私を蹴り飛ばしたその刹那、確かに『(リン)』と呼んでいた。

 

『鳳さん!頼むぜ!』

 

なのに、試合のあの瞬間とは打って変わってまた苗字で呼んでくる!

後でその件に関してもキッチリと話を着けるからね!

 

深呼吸して見渡す。

 

「ああ…そういう事ね…!」

 

よく見ればあのラファールは初期の位置からあまり動いていない。

それに砲撃も連続しているわけでもない。

あれだけデカい砲塔を両肩に担いでいるから機動性の殆どが失われている、更には連続射撃ができないほどエネルギーをバカ食いしているって事か。

だから追従している機体は動けない機体の代わりに周囲の攻勢守備をしている、と…。

ソレを見抜いて切り札まで用意するだなんて本当に…恐ろしいほどの観察力だわ…!

 

「さあ、行くわよ!」

 

両手に剣を握るだけでなく、予備の双天牙月を連結状態のまま展開して投擲。

周囲を衛星のごとく旋回させ続ける。

 

その瞬間には生徒会長は相手取っていた2機の内1機を撃墜させていた。

 

「ブッ潰す!」

 

「どけ邪魔だぁぁっ!」

 

突っ込もうとする私の眼前に鈍色の機体が飛び出してきた。

見覚えのある機体、それも授業毎に。

それは、日本製第二世代量産機『打鉄(うちがね)』だった。

しかも高機動パッケージ『羽鉄(はがね)』を搭載している。

その搭乗者は…声からすれば考えるまでもない…!

 

「お前ら雑魚共はすっこんでろ!」

 

全輝だった。

 

こともあろうにウェイルに向けてブレードを振り回してくる。

恐れる必要なんて無い。

私も剣を振るい、それを受け止める。

 

「何を考えてんのよアンタは⁉

どういう事態なのか理解してんの⁉」

 

「当たり前だろ、あの連中を堕とせばいいだけだろ。

オレ一人だけで充分だって言ってるだろう!」

 

このバカ…!

 

アンタは以前から潰してやりたいって思ってたけど…!

 

「だからって何で味方側に攻撃してんのよ!?」

 

ハイパーセンサー頼りにあの兄妹を探す。

兄妹ならではと言えばいいのか、乱されはしたものの再び上手いこと連携しては翻弄をしている。

でも、ウェイルは後方からの援護射撃の場面が多い。

誰かに鍛えられているらしいけれど、元々は一般人だったらしいから、命がかけられた『実戦』は未経験というのは察してとれる。

そしてそれを理解しているのか、メルクもサポートを決して忘れていない。

銃と剣と槍の乱舞で、決して視線を下に向けさせないように気遣い続けている。

それでも、先ほど言っていた決め手の何かを使える状況になかったのは、二機のラファール・リヴァイヴが防衛にあたっているからか。

 

「俺が誰にも勝てないだと⁉

馬鹿にしてんじゃねぇよ!

俺はお前らのような凡人共とは違うんだよ!

ここで証明してやるよぉっ!」

 

「この状況でアンタはっ!」

 

ああ、そんな事も言ったかしらね…!

だからって、こんな状況で私闘をやろうだなんて何を考えてんのよ!

 

全輝と刃を咬み合わせながらも下を見てみる。

生徒の避難状況は然程良好とは言えそうにない光景が見て取れた。

パニック状態が続いているらしいわね…!

男子生徒二人ともが出場するというのがこの状況を悪化させてしまったのは頭の片隅で予想してしまっているけど、今はそれを考えている場合じゃない。

目の前のバカをどうにかして、ウェイル達のサポートを…!

 

その瞬間だった。

 

「全輝ぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!!」

 

下からの大声が響き渡る。

聞き覚えがあった。

あの時、切りかかってきた女の声…!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「溺れてなさい!」

 

ナノマシンを操り絶対防御内部の待機…水に干渉させる。

ミステリアス・レイディお得意の水の操作で作り出したのは…

 

「「!!??」」

 

水で作ったボールだった。

ただし、出現させる場所は当然露出している頭部。

急に現れた水、しかもそれに頭を包まれたのなら判断能力は著しく落ちる。

寧ろ何も判断出来ないみたいだった。

これで出来上がるのは、空中での溺者二名だった。

 

「えっと…ラファール・リヴァイヴのコア収納箇所は、と…」

 

さっさと装甲を剥いでコアを回収する。

どこの国のコアなのか調べておく必要性がありそうだわ。

 

「さて、ウェイル君はと…」

 

メルクちゃんとコンビを組んでいるけれど、些か決め手に欠ける。

先程言っていたとっておきの弾丸は…射線状に誰か割り込まれているから撃てないらしいわね。

ここは私も加勢に加わって…

 

「全輝ぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!!」

 

その声が聞こえた。

それも、アリーナから。

 

「ちょっ⁉何、今の声は⁉」

 

私は驚きながらも視線を下に向ける。

その間にも声は響き渡った。

 

「その程度の敵!お前なら倒せて当然だぁぁっっ!

貴様等はそれを邪魔するなぁっっっっ!!」

 

篠ノ之 箒だった。

 

「そこの卑怯者は引っ込んでいろ!

聞いているのかぁ!ウェイル・ハース!」

 

あろう事か、ウェイル君の名前をフルネームで知られる事にまでなった。

その瞬間、レーダーが機体反応を告げる。

探知可能な範囲の端の端、それこそ探知可能範囲ギリギリだった。

望遠システムをすぐさま起動させる。

 

「収音用アンテナ…!?」

とたん、1機のラファール・リヴァイヴが戦域を離脱しようと踵を返す。

 

「行かせない!」

 

槍に仕込まれたガトリング・ガンを掃射する。

それでも、射程距離の遥か外、牽制射撃にもならず、追跡をするにも追いつけるわけもなかった。

追加のスラスターでも搭載していたのか、一気に距離を引き離され、完全に離脱していくその背中を眺めるほかになかった。

 

頭が痛い。

これで、テロリストたちに、ウェイル君のフルネームを知られることになった。

急いで一般回線を開く。

繋げる先は

 

「虚ちゃん、彼女は何処に居るの?」

 

「あちこちの拡声器から彼女の声が聞こえます。

恐らく…いえ、十中八九実況室です」

 

最悪の場所だった。

放送室は、生徒たちが避難しているのに使用している出入り口のすぐ上。

 

「何あのガキ?」

 

「耳障りだから殺せば?」

 

「フルチャージ出来てないけど、まあ良いか」

 

そんな囁き声をセンサーが拾う。

テロリストの連中の声だと判断するまでに一瞬逡巡した。

 

「まずい!」

 

大型砲がウェイル君や織斑君でもなく、下に向けられる。

あのまま撃たれたら生徒達が大勢死ぬ(・・・・・・・・)

 

「そのタイミングを待っていたんだ!」

 

砲口の眼前に紫色のテンペスタが飛び出す。

そして…例の弾倉が装填された銃の銃口を向け、引鉄を…

 

ドガァァァァンンッッッッ!!!!!

 

空に、紅蓮の大輪が出現した。




色々と詰め込んだら中途半端な事になってしまった…。
続きは近日公開予定です。


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第38話 夜風 逆巻いて

悲報
劇場番フェイト最終章
公演延期に

有給休暇取得した後に発表された真実


「では、事後処理の会議を始めるとしましょうか」

 

あれからは本当にすぐに事態がサクサクと進んだ。

空中に出現した紅蓮の爆炎はウェイル君が発生させたものだった。

とっておきの弾丸とやらがどんなものかと思えば、尋常じゃなかった。

あれは断じて『射撃』じゃない、『砲撃』をも飛び越えて『爆撃』だったのだと思う。

誰が想像しようか、『アサルトライフル』でミサイルだの榴弾砲顔負けの弾丸をブッ放すとか。

爆炎に続けて発生してしまった濛々と立ち込める煙の中から見えたのは深い紫色の装甲の機体だった。

 

「こんなにも強い弾丸だなんて聞いてないぞ、臨床試験をイタリア内部で出来なかったから俺にさせようと考えてたりするんじゃないだろうなFIATは…」

 

なんてボヤいていた。

煙の中から平然と出てくる姿に恐怖したのか、防衛にあたっていたラファール・リヴァイヴの搭乗者も慄いたらしく、隙だらけになってるウェイル君の代わりに、メルクちゃんと鈴ちゃんの二人に撃墜された。

あの大型砲を搭載していた機体の搭乗者は爆発に零距離で巻き込まれて既に撃墜されていたから良いけども。

ともかくとして、大型砲による砲撃という一番の脅威は取り払われたのだった。

 

「あのねぇ、相手が構える大型砲の真ん前に飛び出すだなんて正気なの?

あの砲撃に巻き込まれたら機体も、君自身も危うかったのよ!

もうちょっと後先を考えなさい!」

 

「すみません、あの砲を破壊するのに一番の機会だったので」

 

確かに、大型砲を破壊しようとアサルトライフルを構えていたけれど、あの防衛にあたっていた機体が邪魔になっていたからそれが出来なかったのかもしれない。

 

「まあ、尤も…猶のこと後先を考えるべきは君達よ」

 

蒼流旋の穂先を下に居た織斑君に向ける。

無論、テロリストとの戦いをしていたのだから競技用リミッターなど解除している。

引き金一つだけで4連装ガトリングガンが火を噴く。

 

「まさか緊急事態の最中に格納庫を勝手に開いて訓練機とパッケージを無断使用、さらには敵の眼前で私闘をしようとするだなんてね…相応の処罰を覚悟をしておきなさい!」

 

「……ッ!」

 

怒りからか、悔しさからか、織斑君の顔が歪んでいく。

その怒りが込められた視線の先は…私ではなくウェイル君に向かっているのは…もう呆れる他に無かった。

 

で、ウェイル君はと言えば…

 

「反動も大き過ぎたな…あちゃ、トゥルビネも内部が破損してるな、オーバーホールしておかないと…」

 

実に暢気だった。

 

 

 

 

そして本校舎の会議室。

そこに私達は集合していた。

集まっているのは、私と簪ちゃん、ウェイル君とメルクちゃん、鈴ちゃんに1年3組担当教諭のレナ・ティエル先生に学園長ね。

織斑君、篠ノ之 箒ちゃん、織斑先生に山田先生は別室で待機中、この部屋をモニタリングしているはずだった。

尤も、音声込みのモニタリングだから、話の流れは向こうでも子細漏らさずに把握が出来ているはず。

それでも、向こう側には発言権は無い。

ただただ話を一方的に聞かされているだけ。

どんな展開になろうと、彼等の理解も納得も合意も必用無い。

粛々と決定されるだけ。

その部屋に関しては虚ちゃんと本音ちゃんが監視しているから大丈夫な筈。

 

そして話は冒頭に戻る。

好々爺とした外見の学園長が重い声を出し、会議が始められた。

 

「私を初めて見るという人も居ますから、念のために自己紹介しておきましょう。

私は轡木 十蔵、IS学園の学園長です。

では、会議を始めましょう」

 

「あの~…織斑と篠ノ之の二人はどうしたんですか?」

 

その発言をしたのは鈴ちゃんだった。

まあ、確かにあの二人…というか三人は別室に待機中だし、それを知らない人からすれば仕方ないわよね。

 

「あの二人なら別室に待機中よ、織斑先生も一緒にね。

理由としては『話が拗れる』から、それで納得してもらえるかしら?」

 

「ふ~ん、そうなんだ…なら良いか」

 

そこからは今回の事態の確認だった。

アリーナの電磁シールドの破壊、試合中のテロリストの乱入、そこから先は混沌とし過ぎていた。

ウェイル君と鈴ちゃんとメルクちゃんと私とでテロリスト討伐に出向き…というか生徒達が避難し、教師部隊突入までの時間稼ぎをする中で、織斑君と篠ノ之の二名がそれに対しての妨害行動。

それから大型砲の破壊に成功し残るメンバーも撃墜、拘束に成功した。

 

これが全貌だった。

 

「成程、ではウェイル・ハース君に質問です。

大型砲を吹き飛ばしたという大爆発は何だったのですか?」

 

「イタリア企業、FIATで開発された試作段階の弾丸です。

国では試射もしていなかったのですが、それを俺に試してみてほしいとの通達でした。

あんな規模の弾丸だとは思ってもみませんでしたよ」

 

「『砲弾』ではなく『銃弾』でしたか。

ですがあれはあまりにも破壊力が大き過ぎます、学園では使用禁止にしますが異論は在りますか?」

 

「いいえ、何も。

弾丸もアレ一発分しかなかったので、大丈夫ですよ。

一発撃つだけで銃が壊れる弾丸なんて俺も使いたくないですから」

 

けど、「次に送ってもらう弾丸は威力を抑えてもらわないと」とか呟いているのが聞こえてしまった。

何なのかしら?爆発にロマンでも感じてるの?この子?

 

「それから更識 簪さん」

 

「は、はい!」

 

ここで学園長の矛先が簪ちゃんに急に向けられた。

 

「避難誘導の件、実に良くやってくれました。

貴女の誘導のお陰で多くの生徒が安全確保が出来ていました」

 

まあ、それもごく一部…というか一人の例外が有ったりするわけで…ね…流れに逆らい、周囲の生徒を殴り倒して気絶させて避難誘導を妨害する人が居るわけで…。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

あら、簪ちゃんが照れてる。

やっぱり簪ちゃん可愛いなぁ。

この後でしっかりと話をしておかなくちゃ、せっかくウェイル君が機会を設けてくれたんだもの。

だけど、今回話すべきことはそれだけじゃない。

そこからは、試合の途中からの話が続いた。

5人も居た敵勢力の中に、二人だけで突っ込んでいった事、メルクちゃんと私も一緒に合流した事、観客席に居た生徒達の避難をする為の時間を確保する為の時間稼ぎに徹しようとした事も。

 

「今回は皆さんがご無事でよかったです。

では…」

 

けれど、話すべき事は、それで終りではないのは当然だった。

 

「待ってください!」

 

声を張り上げたのはメルクちゃんだった。

私が見ている前ではここまで大きな声を出す事なんて無かったけれど、だけど今はそれが正解よね。

 

「まだ話すべきことが有ると思います!」

 

「俺もメルクに賛成です」

 

「私もです、学園長」

 

とうとうティエル先生も出てきた。

学年副主任も務めているから、今回の事は頭を抱える事態なのは私だって理解できる。

首肯している鈴ちゃんや簪ちゃんも。

 

「伺いましょう」

 

「織斑と篠ノ之の処罰に関して、ですよ。

俺も、あくまでも聞いた話に過ぎませんが…篠ノ之の場合は避難誘導の際に生徒の流れに逆らい、数人を殴り倒して気絶させた挙句に放送室を占拠して拡声器でテロリスト連中の視線を集めた。

織斑の場合は格納庫を勝手に開き、訓練機とパッケージを無断使用、さらにはテロリストに対応している最中に俺の背後から奇襲をしかけた。

…で、合ってたっけメルク?」

 

「はい、合ってますよ」

 

罪状を読み上げるだけでも酷過ぎるわよね。

 

「中身は…俺には上手く説明できないかもしれないから頼むよ」

 

「はい!

えっと…篠ノ之さんの振る舞いは緊急事態における生命確保のための避難誘導への故意的な妨害行動です。

さらにはテロリストへ対応していた私達だけではなく、学園全土を危険に巻き込む行動です。

相手はアリーナの電磁シールドを貫通する兵器を持ち出しているんです、観客席を覆うシールドだって容易に貫通することは考えれば直ぐに判る事だと思いませんか?」

 

「そうね、アリーナにいた教職員も人数が限られていたから、避難誘導をするにも限界があったわ。

その分、教職員部隊の突入も遅れてしまっていたわ」

 

ティエル先生まで出てきた。

あの人、遠慮なんて欠片も無さそうだし、この先はどうなっても知らないわ。

 

「だから、ハース君たちのあの状態での仕事は、テロリストの視線を下に向けさせない為の時間稼ぎだったわ。

大型砲の脅威を取り払う事が出来なかったとしても、それを生徒に向けられるのを避けるべきだった。

けれど、篠ノ之の行いはそれら全てに対しての妨害行動です。

さらには織斑の行いは、テロリストに対応している学園生徒を危険に晒す『利敵行為』です。

学園長、まさかとは思いますが、これ以上あの二人を野放しにしておくと仰られるのですか?」

 

避難誘導妨害、その最中の暴行、敵の視線をアリーナ出入口真上の放送室に向けさせる放送設備の無断使用、訓練機、パッケージの無断使用、学園生徒を背後から襲うという行い。

何一つ容認出来るものではない。

廊下側に耳を澄ましてみると、幾つか向こう側の部屋から騒ぎでも起きているかのような騒音も聞こえてくる。

 

「虚ちゃん、何が起きているの?」

 

「二人が暴れ出した為取り押さえました、結果に至る過程の段階に不服なようです」

 

「モニタリングさせるべきじゃなかったかもしれないわね…」

 

とはいえ、既に後の祭り。

後は学園長が裁定を口にするだけ。

 

「では1年1組の織斑君と篠ノ之さんに処罰を言い渡します。

二人には先の一件によって損壊賠償が言い渡されていますが、それに更に懲罰追加します

織斑君には、反省文800枚提出と懲罰房謹慎2週間。

篠ノ之さんにも反省文提出800枚提出に加え、懲罰房2週間謹慎、1学期間の部活動参加禁止。

そして二人揃って5月の長期休暇期間の全日に奉仕活動をしてもらいます」

 

あ、廊下の向こう側からの騒音が猶更大きくなってきた。

 

「更に、…織斑先生、聞こえていますね。

貴女の監督不行届もあまりにも顕著になってきています。

どうにも貴方のクラスは騒ぎが後を絶たないようだ。

貴女にも懲罰として減俸の期間を延長とします」

 

あ~あ…ご愁傷様…。

 

「では、本日はこれにて会議は終了とします、解散してください。

無論、今回のことに関しては、日本政府からは緘口令を敷くとの事ですので、ご理解のほどを」

 

これで会議は終了…する筈だった。

 

「お断りします!」

 

冷たく返したのはメルクちゃんだった。

その視線は、普段の柔らかさを忘れさせるほどに鋭く、冷たい。

それでも、彼女には緘口令には抗う理由が確かにそこにはあった。

 

「緘口令には従わない…、と。

…理由をお聞きしておきましょう」

 

すかさず学園長の視線が鋭く変わる。

でも、私としても納得はできる。

あの二人は、この兄妹に接触禁止、干渉禁止の命令を受け、違反をしながらも更に重々に言い渡されている。

それでも勝手を働きこの始末だもの。

 

「あの生徒、シノノノさんとか言いましたか。

生徒会長さんから凶報を教えてもらいました。

あの人のせいで、お兄さんのフルネームと、この学園への在籍を知られた(・・・・)、それが理由です」

 

そう、それが理由だった。

イタリアでも男性搭乗者が発見された事はすでに周知の事実だけれど、世間に流れている情報の大半は、フェイクの方が多い。

それは、イタリアで発見されたウェイル君の身柄を守るためにイタリアが発した情報。

だから日本を始め、多くの国々でも正確な情報は掴む事が出来なかった。

彼が編入した際に私が彼の部屋に忍び込んでいたのも、それが理由だったりする。

テロリストも、正確な情報をつかめずに右往左往していたのだろう。

でもそれも…これまでは(・・・・・)、の話

 

「この学園への在籍だけでなく、お兄さんのフルネームが知られた以上、今後はお兄さんの命が狙われ続けることになる。

それが判った以上、私は今回の件をイタリア本国に報告する義務が在ります。

よって、(イタリア)は今回の事態への緘口令(黙認)へ断固として抗議します」

 

ウェイル君よりも小さな背丈に込めた精一杯の迫力。

それに誰もが気圧されていた。

鈴ちゃんも、ウェイル君も、そして私も。

 

「学園長、私もイタリアからのその言葉には賛同します」

 

だから、私からも緘口令へ抗うことにした。

これは決して気迫に押されたからではなく、正当な意見の主張だと思ったから。

そして、そうする理由も更識として(・・・・・)の判断。

ふとウェイル君に視線を向けてみる。

…観察してみたけれど、彼は少しだけポカンとしている。

う~ん…あまり自覚は無さそうだし言っておきましょうか。

 

「男性搭乗者はこの学園に2名在籍していますが、どちらとも貴重な人物達です。

織斑君の場合は…織斑先生の身内ということで狙われる危険性は多少は低いです。

ですが、ハース君ともなれば話は別。

搭乗者ではありますが、その技量もまだ浅い。

国家代表候補生の身内というものはありますが、それだけです。

彼は一般家庭の出身者というだけで、テロリストからすれば『消しやすい存在』です」

 

そう、テロリストに道理など通用しない。

ましてや彼女たち凛天使は特に悪質で、自分たちを『絶対的正義』と言ってそれを狂信している。

すでに過去に、無差別の殺戮という事件も起こしている。

今後、ウェイル君は『生きているから』という理由にならない動機と『狂信』によって命を狙われ続けることになる。

 

「学園長、私からも緘口令には反対します」

 

そして、鈴ちゃんもまた名乗り出た。

 

「私もすでに経験していますが、彼女は故意に他者へ害する行動をとり続けています。

このまま放置しては、ここにいる我々だけでなく、多くの生徒に、多くの国家に害することになると思われます。

そうなる前に、見切りをつけて良いのではありませんか?

国家代表候補としては、テロリスト集団に利する行いにまで緘口令を敷くという点、生徒が狙われ続け、多くの人や国家に害する行いを黙認する2点に対しても抗議したい所ですけど」

 

そう、今回は国家代表候補生としては流石に黙認できる行いではない。

このまま緘口令を実行してしまえば、学園は他国に対し、多くの生徒が巻き込まれる事件が続くことを黙認し続けることになる。

それを国家に知られてしまえば、日本本国も危険視されることになる。

無論、篠ノ之箒一人に責任を負わせて済むような話ではない。

『緘口令を敷く』という言葉そのものも危険要因そのものだった。

 

「それに、狙われる危険性が発生しているのは、お兄さん一人だけじゃありません」

 

「…だな、メルクが言ってるのは俺達の家族(・・・・・)もテロリストから狙われる危険性が出来たって事だからな。

それに親戚縁類とか…それに企業もまた狙われる事にもなり兼ねないのか」

 

ウェイル君の名前が判明させられただけでも、危険性はどこまでも広がっていく。

黙認すれば、事前に消せるであろう炎に、水をかけるどころか爆発的に広げてしまうのと同じだ。

 

「………確かに、今回は緘口令を敷くのはあまりにも不公平ですな。

良いでしょう、今回のことは皆さんを経由して本国に伝えなければならないでしょう。

今後は今回のような事が起きぬよう、彼女にも相応の処罰を下しましょう」

 

それで今回の話し合いは本当の意味合いで終わった。

 

 

「ウェイル君、ちょっといいかしら。

簪ちゃんもよ!」

 

「えっ⁉ちょっと姉さん⁉」

 

部屋から退出するウェイル君を引き留める。

これももちろん仕事の内。

別室にて騒いでいるであろう彼らから引き離すのが目的だった。

簪ちゃんとも話がしたいから、その際に手を繋いで引っ張り出す。

これはもちろん私の我儘。

さてと、話したい事が沢山在るんだからね!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

生徒会長さんにお兄さんが連れていかれ、私は思わず呆然としてしまった。

部屋を退出するタイミングでの急な誘いだったみたいでお兄さんが返答するタイミングすら失われ、私も声をかけるタイミングも失ってしまっていた。

 

「なんか…すごい勢いの人ね…」

 

「ですよね…」

 

呆然としてしまったのは私だけではなかった様子。

私のすぐ後ろに居る凰 鈴音さんもでした。

 

ズキン、と胸の奥が痛む。

お兄さんにとって…凰さんにとっては互いが互いに気になる相手同士だったのかもしれない。

でも、真実をここで話すわけにはいかなかった。

 

「そういえば、自己紹介も出来てなかったわね。

私は『凰 鈴音(ファン リンイン)』。

1年2組でクラス代表をしてる中国国家代表候補よ、よろしくね」

 

「私は…メルク・ハースと言います。

1年3組でクラス代表をしているイタリア国家代表候補生です」

 

気を付けないと…思わずボロを出したりしないように…でも真実を教えられないのが…辛い…!

 

「何をそんなに身構えてるのよ別に取って食おうって訳じゃないんだから。

ちょっと話したい事があるってだけだから」

 

そして、話し合いの場所は食堂に移る事になった。

テーブルを挟んで向かい合う。

私はカルボナーラ、鈴さんは焼き魚定食を眼前にして。

食堂の中に視界を向ければ、壊れたテーブルや椅子が幾つも撤去されてしまい、少々寂れてしまっているかのようにも見えた。

 

「で、お話って何ですか?」

 

「先に食べちゃいましょ、冷えちゃうから」

 

取り付く島もないというか何と言うか…。

でも、その眼だけは何かに狙いを澄ましているかのようにも見受けられた。

そのせいか、料理の味が全然感じられなかった…。

 

食事も終わり、紅茶を飲み干してから再び私と凰さんは向かい合う。

 

「さてと、じゃあ本題に入りましょうか」

 

「…は、はい…」

 

「5組のクラス代表をしていたって言うあんたの兄貴だけど、随分と似てないなぁって思うんだけど?」

 

「お兄さんの前でそれ言わないでくださいね、気にしてますから」

 

白髪のせいでお年寄りに勘違いされた経験、それは両手の指で数えるほど。

一時は髪の色を染めようとしていたけれど、私とお母さんの二人掛かりで止めた。

お母さん曰く『空に浮かぶ雲の色の様だから』と言われて諦めたみたいでしたけど、実はベッドの下に染髪料を隠し持っていることは家族も確認済みだったりします。

見つけたのはシャイニィでしたけど。

 

そもそも顔つきだとかも言われだしたらキリが無いので、どうにかどこかで切り上げたかった。

それも、ボロを出さないように細心の注意を払いながら。

 

「あっと…そうだったんだ…言わないように気を付けるわ」

 

咎めるような視線を向けると、すぐに理解してくれたのか、納得してくれていた。

寧ろ、私のほうこそ脱色しようかと考えたことはあったけれど、お母さんとお揃いの色だったしそれも諦めた。

 

「それで、訊きたい事というのはそれでだったんですか?」

 

「そんな訳ないでしょ」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

最初に訊き出した点については悪手だったなと思う。

それどころか、触れちゃならない点だったのかもしれないと直感が告げてくる。

本人を前にしたら絶対に言ってはならない内容だということは即座に理解出来た。

これは多分、本人も気にしている点なのだろう。

 

でも、そのうえでも私の直感が告げる。

彼女は何かを隠している。

多分、ここから先にするであろう話に関しても、必ず超えられない壁をどこかに作ってくる。

今はそれでも良い。

それも取り払える自信は…そんなに無い。

 

「ウェイルって言ったわね、本当に2月にISに触れたばっかりの人なの?

全輝をあそこまで襤褸雑巾のように出来るなんて実はもっと長く訓練していたとか」

 

「いえ、本当に触れてからそんなに経ってないですよ。

きっとコーチングが良かったんだと思いますから」

 

「コーチって?」

 

「企業でテストパイロットをしている方ですよ」

 

嘘は言ってない。

でも、事実であっても真実ではないと察した。

なら、もう一歩踏み込んで…。

 

「じゃあ…」

 

「もしかして、お兄さんに興味があるんですか?」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

…………ッ!!!!????

 

「な…な…ななななななななななな何を言ってるのよっ⁉」

 

いきなり何を言い出すのよこの子は⁉

 

「最初の事と言い、次の事と言い、お兄さんの事ばかりでしたから」

 

「そ、それは興味本位っていうか、触りの事だけでも知っておこうかと思ってて…」

 

完全にペースを乱されたのだと察したのは後になっての事だった。

この子、かなり手強い…!

 

「あ、食堂の営業時間もうすぐ終わっちゃいますね、じゃあ私はこれで!」

 

そのまま走り去っていくのを止める事も出来ずに話は終わりになったのだった。

完ッ全にやり込められた…!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「…ふぅ…」

 

部屋に戻ってからズルズルと崩れ落ちるように体から力が抜けていく。

何とか情報を抜かれずに済んだ。

何年も前に見た書類の情報を咄嗟に思い出せてよかった。

『感情が顔に出やすく、同時に素直』だったと思う。

それが今になっても変わっていなかったのは、それが彼女の素の一面だからと察する事が出来る。

だから、藪をつつかれないように煙に巻いたのは、正解だったのかもしれない。

だけど…

 

「人命の秘密を握り続けるのってこんなにも重いなんて…」

 

トントンと音が聞こえてくる。

急いで意識を戻すとノックしてくる音が聞こえてきていた。

 

「お~い、メルク、居るか?」

 

「あ、はい!居ます!」

 

扉を開くとお兄さんが居た。

でも、なんだか少し疲れてるような…?

 

「何かあったんですか?」

 

「楯無さんと簪の和解に駆り出されて時間取られてさ…。

けど、これであの二人も大丈夫だろうさ。

だけど、食事時間全部使うとはな…あんな壮絶な姉妹喧嘩の立会人にされるこっちの身にもなってくれっての…」

 

そう言いながらも脳裏ではそんな二人のやり取りを思い出しながらもクスクスと笑っている。

本当にどんなやり取りがあったのか気になるけど…踏み入ってはいけないんだろうなと思う。

 

「あの後も試合を続けていたらどうなってたんだろうなぁ。

2組の凰さん、かなり強かったし俺が負けていたかな…。

なぁメルク、今度訓練にでも誘ってみようか」

 

「そ、それも良いかもしれないですね…」

 

胸の奥の痛みはまだ続いている。

どうすれば良いんだろう。

たとえ…私の言葉が無かったとしても…お兄さんの心は、あの人に傾いていた…。

 

「あ、そうだ、母さんたちに今日の連絡しておこうぜ」

 

「じゃあ、さっそく準備しましょう!」

 

それからお父さんやお母さん、お姉さんとの対話は弾んだ。

其れこそ日常的な会話ばかりだけども。

お父さんはお兄さんと機械いじりの話をしたり、今日の訓練内容だとか、お母さんは市内の料理コンテストで周囲を圧倒的に引き離して優勝したとか、そんな話が出てきた。

家族との対話は本当に楽しい、お兄さんも緊張していた表情が柔らかくなっている程だったから。

 

「ああ、そうだ。

中国からも国家代表候補生が学園に来たみたいなんだ」

 

『へえ、中国から?

もう知合ったみたいサね、名前は何て言うのサ?』

 

凰 鈴音(ファン リンイン)さんです」

 

一瞬、両親とお姉さんの顔が凍った。

お兄さん以外の全員があの人の名前を知っている。

昔、御兄さんととても親しくしていた人だということを。

当時は小学生だったということはわかっているけれど、親友を超えた思いも秘めていたのではないだろうかという事も。

 

「以前にも連絡していたクラス対抗戦があって、凰さんと対戦したんだ」

 

『へぇ、それで戦果はどうだったのさ?』

 

「引き分けだったよ、ちょっと事情があって…。

それで、今度から訓練に誘ってみようと思うんだ。

勿論、アレは出すつもりは無いけど」

 

御兄さんが言っているアレとは、本来の『アルボーレ』『ウラガーノ』『アウル』の三つの兵装の事だった。

あまりにも早期にアレを出してしまえば、必要以上に警戒されてしまうから、との言いつけでもある。

だからお兄さんは今日の試合でも『クラン』と『トゥルビネ』だけで対応していた。

私も似たようなものだったし、今はまだ大丈夫だと思う。

 

『それで、その子は信用は出来そうだと思うのサ?』

 

「ああ、勿論。

初対面だったけどさ…なんでだろう、信用しても大丈夫だって思えたんだ。」

 

これは自信というよりも、お兄さんの過去が言わせているかもしれない言葉にも思えた。

だけど…信用できるという点は私も同じだった。

でもボロを出さないように気を付けなければならないというのは今後の方針だと思う。

 

『そう、サね…。

信用できるのなら稼動訓練も一緒にやってみるのも面白いかもしれないサ…

だけど、メルクも一緒にするようにしなよ』

 

「は、はい!

勿論そのつもりです!」

 

お姉さんは鳳さんを信用しているのだろうか…?

今だけは姉さんの考えがよく判らなかった。

 

「けど、なんでかな…。

夢で見ていた女の子と…よく似てる…どころじゃない。

そのままの人物に思えるんだ…もしかしたら…俺の知らない俺のことを知ってるのかな…?」

 

ゾッとする…。

御兄さんと一緒に過ごすようになって…それこそ一緒にいるのが日常だった。

なのに…終わりがこうも簡単に来るだなんて嫌だった…。

それそ、ずっと家族のままで居たいのに…。

 

『ウェイル、アンタは記憶が戻ったら、元の場所に帰りたいって…そう考えたことは…?』

 

「どうだろう…?

病院に入院していたころは在ったかもしれないけど、今は…無いと思う。

もしかしたら、記憶を失ったのは、忘れてしまいたい何かを内包してるのかもしれないとも思ったことがあるから…かもしれない」

 

胸の奥の痛みが強くなってくる。

私達は…お兄さんに笑顔になってほしくて…でも、その代わりとばかりに過去を知っていることにも罪悪感を持っている。

過去を知っている人達にも、真実を言えない罪だって自覚している。

たった一人の笑顔のために…多くの人の幸福を踏み躙っていることも…。



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第39話 離風 予兆

「……ふぁ…もう朝か…」

 

陽光がカーテンの隙間から零れ、その眩さに目が覚める。

ベッドではなく、机に突っ伏したままの状態で寝てしまっていたらしい。

家でこんなことをしていたらシャイニィがペチペチと叩いてくるのだが、極東の学び舎には彼女は居ない。

 

「5時半か…普段通りだな…」

 

背後のベッドのほうからも物音が聞こえてくる。

どうやらメルクも起きたようだ。

 

「お兄さん、またベッドに入らずに寝てたんですね…」

 

起き抜け早々に苦笑された。

まあ仕方ない、パッと思いついたものが在れば、さっさとスケッチしておかないと翌朝には忘れてしまうからな。

 

「ちょっと書類をまとめてみたんだ。

例の弾丸の威力が高すぎて使用禁止になったからさ、威力をもう少しばかり控えておいてもらわないといけないし、トゥルビネもオーバーホールの必要性が出てきて本国に送り返さないといけない。

そういった関連の報告書さ」

 

一週間前のクラス対抗戦の結果は最終的には無効になった。

更に言うと、デザート半年間無料のパスもお預けだ。

 

テロリスト襲撃という緊急事態の中、アリーナに集まっていた生徒は一部を除けば無事だった。

この際の『一部』とは、ある女学生に殴り倒され気絶したまま放置されたり、場所が悪くて気絶したまま他生徒に踏みつけられた生徒のことだ。

それをやらかした女子生徒は現在は懲罰房にて謹慎処分を受けている。

それとアリーナ内の格納庫に収容されている機体とパッケージを無断で取り出して、緊急事態にも関わらず私闘をおっ始めようとした織斑も懲罰房にて謹慎処分を受けているらしい。

 

敵勢力による襲撃の最中、民間人の避難を妨害、対応に追われている戦闘班への執拗な妨害、その全てが何と言ったっけ…思い出した、『利敵行為』だとティエル先生が教えてくれた。

メルクからは軍内では除隊だとか軍法会議ものだとかになるらしい。

もしくは会議をすっぽかして営倉入りとか。

『営倉入り』というのがよく判らなかったが、これにもメルクから『禁錮』とそう変わらない扱いのことだとも教えてくれた。

俺も技術者の端くれとしても、機体を無断で持ち出されるということに関してはそんなにいい気分はしない。

 

そうそう、クラス対抗戦のさなかに起きたことは家族には軍事関連の話にもなり、直接には話せないので、報告書に記して国に転送した。

姉さんを始め、本国は今頃どうなっているだろうか…?

 

そうだ、『アルボーレ』は市井でも便利な道具として扱われているのはヴェネツィアでもちょくちょく見かけた。

車椅子の人でも、これを使えば歩行訓練に近いことが一般家庭でもできるようになる可能性も見いだされ、開発に追い風が出来ているそうだ。

現在目標としては、持ち運びが容易な、折り畳み式…?もしくは手持ち鞄サイズにするとか。

ルーマニアという国家からも注文が来た以上、このまま加速していくんだろう。

ちょろっと訊いた話だが注文してきたのは、ルーマニアのユグ…何とかの凄い姓名の大貴族様だとからしい。

 

『アウル』は機体脚部の兵装としてメルクが使ってくれている、ヘキサ先生もだ。

『ウラガーノ』はヘキサ先生が大層気に入りテンペスタⅡに搭載、俺もテンペスタ・アンブラの兵装として搭載しているが、学園のスケジュールのおかげで今はまだ出番がない。

次回の大型対戦でもある『学年別個人トーナメント』で漸くお披露目になるだろう。

むろん、それまでの間にも授業とかがあるから個人訓練の時だけ使用するように使用頻度も控えておく必要性があると姉さんからも言われている。

 

「メルク、早朝訓練に行く前に寝癖を直しておけよ」

 

「ふぇぇぇ!?」

 

頭の天辺に一筋、髪がチョロリと重力に反抗していた。

クローゼットからヘアスプレーやらヘアブラシをもって洗面所へ走っていく妹の様子を見ながら俺も動きやすい服に着替えるのだった。

 

普段通りの髪形にまとめた妹が洗面所から出て来たのは、その数分後だった。

俺もその後に洗面所に入り、洗顔をして眠気を吹き飛ばす。

部屋ではメルクも動きやすい服装に着替えているだろう、こういうのはタイミングを計っておくべきだろうなというのは俺も熟知している。

病院に入院していたころに着替えを行うタイミングで、メルクが病室に入ってきたこともあるから、悪いが反面教師にさせてもらっている。

 

「お兄さん、もう良いですよ」

 

「ああ、判った」

 

洗面所から出ると、メルクも動きやすい服装…というかトレーニング用の服装になっている。

もちろん、この服の下にはISスーツも着用している。

基礎運動をした後には、ISを用いた戦闘訓練も予定されているからだ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

鞄と着替えを放り込んでいる手提げをもったまま第7アリーナに向かう。

早朝から訓練をする人はそう多いほうではないが、極力人の居ないところで訓練をしたい俺達は普段から人気の少ないアリーナを選んでいる。

 

「えっと…トゥルビネはオーバーホールで本国送り返し…クランは…まあ、俺の手でメンテナンスは出来るかな。

こっちも無理なら、普通のランスを使うっきゃないけども、耐久性は比較的良かった筈、後は…」

 

そんな事をボヤきながら扉を開く。

 

「…あ…」

 

そこに彼女が居た。

いや、シャイニィではなく、勿論人だ。

けども何故か姉さんやシャイニィを彷彿とさせた。

 

「凰さん、か。

これから早朝訓練かな?」

 

相手は、2組クラス代表にして、中国国家代表候補生である凰 鈴音さんだった。

 

「ええ、そうよ。

毎日これくらいの時間に起きては訓練をしてるのよ」

 

一瞬、切なさそうな表情をしたように見えたが、すぐに表情が引き締まる。

思えば先日の試合に関しては引き分けという形だった。

邪魔が入ったからそれはそれで仕方ないかな、と考える。

メルクもそうだが、代表候補生というのは早朝訓練を日課にしているのは共通なのだろうか?

 

「ねぇ、この前の勝負のケリ、キッチリと着けたいんだけど良いかしら?」

 

「驚く程に好戦的だな…でもパスだ、兵装の幾つかを本国に送り返すことになってるから万全の状態にどうしても届かないんだ」

 

これはブラフだ。

熱くなりかけてる彼女には悪いが水を差す。

クランもトゥルビネも俺の本来のスタイルには使用しない兵装ではあるけど、手札を晒すわけにはいかないだろう。

 

「ありゃ、そうなの…う~ん…フェアじゃない勝負は好きじゃないし…あ、なら基本訓練を一緒にやらせてくれる?

イタリア式の訓練内容にも興味があるのよね」

 

「って事らしいけど、どうするメルク?」

 

「それなら大丈夫…だと思いますけど…」

 

「決まりね!

先に第7アリーナに行って貸し切っておくから!」

 

活発的な性分でもあるらしく、風のように駆け抜けていった。

で、メルクは何があったのか知らなけれど、少しばかり歯切れが悪いな…?

 

 

 

基礎訓練にグラウンドでのランニングを始める。

ストレッチをこなしたら、それから生身で兵装を持っての戦闘訓練になる。

メルクはレイピア、俺は槍だ。

で、凰さんはというと…反りの入った肉厚の剣…かな、あれは…?

 

「青龍刀っていう名称よ、生身で扱うサイズのものも登録させているの」

 

試合で使っていた機体の兵装にも近い印象だな、とか思う。

 

「そうなんですか…なんだか綺麗な剣ですね…」

 

「そうかな…?まあ青龍刀なんて半分芸術品みたいなものだからね」

 

そしてそれを両手に…二刀流か…。

なら俺は二刀流ならぬ二()流なんて事になるのだろうか。

そう思いながらも俺も両手に槍を握る。

そのまま白兵戦に持ち込む事になった。

とはいえ俺から凰さんに喧嘩を売ったわけじゃない。

 

「軽く手合わせしてくれるかしら?」

 

その一言で試合が始まったわけだった。

先日も思っていたけれど、凰さんはどうにも強い。

二刀流という手数に、あの剣そのものも存外重い。

俺の槍の間合いにも怯むことなく突っ込んでくるから、すぐにクロスレンジに持ち込まれる。

その為に、俺は後退しながら間合いを調整して、同時に防衛線を繰り広げることになった。

 

「獲った!」

 

俺の撤退戦は15分にも及んだ。

まったく…研究一筋の技術者相手に代表候補生が大人気無いにも程が有るぜ。

なんて言おうものなら怒るだろうから胸の内側だけに留めておく。

 

「驚いたよ、メルク以外の国家代表候補生とは初めての試合経験だったけど、完敗だ。

やっぱり世界は広いな…ヴェネツィアだけが俺の世界の限りだったからか猶更そんな風に思えるよ…」

 

「もしかしたら私の実力は既にメルクも超えてるかもしれないわよ」

 

「お言葉ですけど、私は筆記試験も実技試験も主席合格してますからね!?」

 

「じゃあ、早速試してみる?

参考書の中身だけじゃない過激なやり方だって存在するって教えてあげるわよ?」

 

ああ、このままじゃあ俺の頭上で言い合い喧嘩ではなくガチの戦いが始まりそうだ。

 

「はいはいストップストップ!」

 

まあ、メルクと凰さんもどちらが強いかなんて現状計れないだろう、そもそも戦い方も違うし兵装も違う。

舌戦では何一つ決着は着かないだろうし、そもそもデンジャラスな内容とか勘弁してくれ!

 

「荒っぽいのは無しで頼む、戦闘能力じゃなくて、せめて運動能力程度にしといてくれ。

あんまり派手なことになったら騒ぎになりそうだ」

 

ただでさえ、巻き込まれる形でトラブルに見舞われているんだ。

オマケにテロリストからも命を狙われ続けることが確定した身だ。

これ以上は堪忍してほしい。

今更になってヴェネツィアの平穏な雰囲気が懐かしい。

 

両親や姉さん達と一緒に居る光景を思い浮かべる。

平和的な光景だ。

 

御近所さんから頼まれる機械修理をしていた頃を思い浮かべる。

平穏な光景だ。

 

シャイニィと遊ぶ瞬間を思い浮かべる。

楽しい光景だ。

 

釣りが好きな近所のオッサン達と肩を並べて釣りをする光景を思い返してみる。

う~ん、本当に平和的な光景だ。

 

「はぁ…故郷が懐かしい…」

 

五月の連休には、ヴェネツィアへ帰ろう。

以前から決めていた事だけれど、再度心の中で強く念じるように考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝からの訓練を終え、シャワーを浴びて汗を洗い落とす。

食堂で朝食を摂る事になったのだが…。

 

「やっぱり、直ってないな…」

 

食堂の中心部付近から一角に向けて、壊された机や椅子、投影機も撤去され、不自然にポッカリと空いている。

あの日の出来事を思い出すなぁ…。

何故、奴が絡んできたのか。

あの女子生徒は初対面の人間相手に『言葉よりも先に暴力』なんて物騒な事をしたのか…。

オルコットとか名乗っていた女子生徒も同じだけど。

 

「さてと、朝食は何にしようか…」

 

モーニングセットにしようか。

 

食事としての内容は、カリカリになるまで焼かれたトーストに、ホットミルク、それからフレッシュサラダとハムエッグと軽めのメニューだ。

ホットミルクはメルクの要望で紅茶と取り換えたものだ。

何を思ってのことかは知らないけれど、よく注文している。

それのおかげでガリガリだった俺も多少は骨太に慣れているんだろうけどさ、たとえそうだとしてもオリムラみたいに神経図太い方面にはなりたくないな。

 

「…いや、アイツの事を考えるのは辞めておこう」

 

右手にはメルクが俺と同じモーニングセットを、左手側にはオムライスを頬張る凰さんが居る。

 

おっと、二人に見とれてないで俺も朝食にありつこう。

トーストに塗るのは、トマトジャム。

メルクはイチゴジャムがお気に入りで、母さんの場合はブルーベリージャム、父さんであればマーガリンだった。

姉さんは自作しているらしいリンゴのジャムをよく使っていた。

マーマレードは、柑橘類の匂いを嫌うシャイニイに配慮して使わなくなっていた。

 

そのまま食事の最中は沈黙が続いていた。

喋りながら食事をするのも行儀が悪いだろうし、ここはファーストフード店でもないから仕方ないだろう。

んで、食事が終わってからは、ホームルームの時間の少し前まで談笑をすることになった。

それでも、メルクの表情が硬いのがどうにも気になったけど、それについては聞き出す事は出来なかった。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

朝食もかなり早めに切り上げ、私たちは生徒会室に来ていた。

私達二人にはそれだけ重要視している件があった。

 

「…ねぇ…虚ちゃん…どう思う…?」

 

私が口にしたのは、しばらく前に互いに調査をしていた人物に関してのことだった。

調査対象は『織斑 一夏』君。

織斑先生のもう一人(・・・・)の弟である人物だった。

 

「ネット上での彼の評判は…いえ…悪意を以ての貶めにしか見えません…。

多くの人が、無作為に…そして…」

 

「明らかなまでに害意を持っている…」

 

虚ちゃんが持ってきてくれた資料に載っているのは、どこかのホームページのBBS板をそのまま印刷したものだった。

けれど、そこに記されている投稿は明らかなまでに『織斑 一夏』を対象にしてどれだけの悪意をぶつけたか、どれほどの暴力を振るったか、どれだけ死の目前に放り出したかなど…純粋な悪意の掃き溜めにされている場所だった。

これほど酷いものは見たことがなかった。

最初に見た時には、洗面所に胃袋の中身をそのままブチ撒けた、吐く物が無くなっても、それでも吐き気が止まらなかった。

落ち着きを取り戻してからの二度目の目通しでも、寒気が止まらなかった。

 

「でも、『悪意』『害意』を持ちながらも『殺意』には至っていないんです」

 

「傷つけ続け、それでも殺さず、それを繰り返そうとしていた、という訳ね…」

 

そんなの、人間がする事じゃない。

『イジメ』だとかはそれこそ子供達が集う学校という環境では、必ずどこかで発生しているものだと私は認識している。

動機は様々だけれど、意見の特色から目立つのは『自分達と違うから』というもの。

相手の個性を認めず、自分達こそが標準で、それから外れたものを除外したがるという極端なまでの視野狭窄。

『仲間外れ』という行為はいつしか差別や偏見に繋がり、いつしかそこに暴力までもが起きることもある。

それがやがて当たり前になる(・・・・・・・)

 

けれど、その対象になってしまった側からしたら堪ったものじゃないだろうというのも察する事が出来る。

 

そう、出来る筈(・・・・)

でも誰もそれを理解しながらも、辞めようとしない。

今度は自分がその対象になってしまうという保身の為に。

己が身の可愛さに、他者を犠牲にする事を良しとする人も居る。

己が身の可愛さに、他者が虐げられているのを見て見ぬ振りをする人も同じだと思う。

 

けど、出来る筈のことを知りながら、辞めようともしない人も居る。

他者を虐げることを『娯楽』とする人も、人の中には…居るのだと。

その類の人は、他者を傷つけることを厭わない。

何かと理由を付けては自己正当化し、虐げられている側だけが悪いのだと言い張り続ける。

自分が他者を否定しているのに、自分が他者から否定されるのを極端に嫌がるタイプがその類なのだろうとも思う。

このBBSに記されている物も、その類なのだろうと思うことがある。

 

でも、もっと並外れた人間も居る。

それは、他人を利用するタイプ。

人の気持ちを利用し、邪魔者を虐げさせ、自分から手を下さず、そのうえで目的を達成し、自分は罪悪感も後悔も感じず、平然としているタイプ。

これが最も悪質だと思う。

なにせ特定がし難いだけでなく、害を与える人間を先導し、周囲から見ている人間の目を反らさせる。

時には、周囲に良い顔をしながらも、本心は何処に在るのかが全く判らない。

 

暗部に所属しているからこそ、自分はこれでも多くの人間を見てきたつもりだった。

だけど、今回のこれは極端なまでに悪質だった。

『害意を持っていながらも殺意が無い』とはよく言ったものだと思う。

この連中は織斑一夏と呼ばれている人間を、どれだけ虐げたのかを娯楽にして、自慢しあっているというものだった。

死の直前に放り込んだ人間はこれを大層自慢をしているかのように書き出し、周囲はそれを面白がる。

『迫害』や『暴行』を『娯楽』にしている類のタイプなのだとすぐに理解できた。

 

そして、それを繰り返し続けることを楽しんでいる。

 

「許せないわね…ここまで人間は醜くなれるものなのかしら…?」

 

「よく耳にしますよね…虐げられた子が自殺をしたのを知っても『そんなつもりじゃなかった』と言って言い逃れしようとする人は…」

 

「でも、此処の連中は悪質醜悪極まるわ。

此処の連中、織斑一夏君を娯楽の題材にし続けるつもりのようだものね」

 

「それで、お嬢様のほうは調査の程は?」

 

おっと、そうだったわね。

虚ちゃんの調査内容があまりにもショッキングだから出端をくじかれたわね。

 

「私も織斑一夏君のことを調査したけれどね、『故人』だという事は判っている」

 

無論、これは虚ちゃんも知っているし、周知の事実。

6年前の秋頃から消息がパタリと消えている。

それから数週間後に、死亡判定が下され、故人として扱われた。

 

「でもね、少し興味深いことがあったのよ。

織斑一夏君の死亡判定が下されるよりも前から、そして今もまだ彼の捜索を続けている人が居るのよ」

 

「それはその人物の家族、織斑先生や、あの問題児ですか?」

 

「不思議な事にも、その二人は一切の捜索活動をしていないわ。

捜索活動を自主的にやっているのは極僅かな人数だけよ。

捜索活動の内容としては、訊き回り、張り紙だとか、自分の足で行ける範囲なら何処まででも。

でもね、その活動をしているのは、私たちと同年代の男の子なのよ」

 

それから察する事は少ないけれど在る。

その子達は、一夏君の数少ない友人なのだろうという事。

迫害の嵐の中でも、その子にはすがれる希望はわずかにでも存在しているという事。

そして…今に至っても手掛かりに至れていないという事だった。

 

「…お嬢様、その方々に会ってみませんか?

私達では知りえていない情報も…身近に居たからこそ知っている情報も何かあるかもしれません」

 

「そう、ね…。

私も気になる事が在るから、それも良いかもしれないわね…」

 

ウェイル君のことに関しての調査はしてみようと思ったけれど、ほんの僅かな必要最低限の情報しか引き出せなかった。

なにせイタリアという国そのものが私たちに睨みを利かせてきたから。

その時点で危険性が高いと判断して調査は急遽取りやめさせた。

たとえ、国の政府の命令だったとしても。

諜報員という名目ではあるけれど、多くの人間を雇っている以上は彼等の生活をも守る義務が私達にはあるのだから。

 

それを理解したうえで、今度は織斑一夏君の調査に回ってみれば、今度は頭打ちになった。

それは、国家機密を含めた情報として扱われ、十重二十重にプロテクトが厳重に施されていたから。

『織斑 一夏』と呼ばれる子供の死亡扱いに関して、国が必死になってまで何かを隠しているのは明白だった。

 

「…折角のGWだもの、行ってみましょうか、えっと場所だけど…」

 

懐に入れていたメモ帳を取り出す。

それと同時に虚ちゃんはスケジュール帳を取り出してきた。

 

「あ、在ったわ、お店の名前は『五反田食堂』よ」

 

「お店、ですか…?」

 

そう、個人営業だけど地元では結構な有名なお店らしいのよね。

お薦めメニューとして野菜炒め定食とか出しているとかなんとか。



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第40話 空風 いつかの日へ

「まだまだぁっ!」

 

ウェイルのランスを受け止める。

衝撃砲を放とうとすれば、それを直感で悟ったのか、姿勢を変えて砲撃を回避しようとする。

 

「残念、ブラフよ!」

 

左手の剣を振り下ろす。

槍の長柄で受け止められるけど、その程度で受け止めきれるわけもない。

伊達で『龍』を名乗っている機体じゃない、その剛腕でウェイルを吹っ飛ばす。

それだけで紫の装甲の機体が吹き飛んでいく。

でも、アイツの目はまだ諦めていないのがなんとなく判った。

バイザーに隠されているからハッキリと見えていたわけじゃないけど。

 

「手ごたえが弱い…?」

 

見れば紫のテンペスタは姿勢制御を終え、槍を両手に突っ込んでくる。

 

「受けた瞬間に逆制動をかけてたってわけか!」

 

聞いた話だと、機体操縦のすべてをマニュアル制御しているらしい。

あの瞬間に衝撃緩和のために逆制動を仕掛けてくるあたり、とっさの判断でも簡単に出来るものではないのは私でも理解している。

こんな判断能力は、代表候補性選抜試験受験者の中には居なかった。

どうにもアンバランスだと思うけど、ここはイタリアの教官が鬼レベルの厳しさだったのかもしれない。

それでも、マニュアル制御だけというのは難し過ぎると思うんだけどなぁ…。

 

「そこまで!時間切れよ!」

 

2組担任のフラウ・ファンナ先生からストップが申し渡され、私は両手の剣を収納する。

ウェイルも、あと一歩で届きそうになっていた槍を収納した。

今日は2組と3組の合同授業で、何故か私とウェイルの試合が組まれることになった。

そう、クラス代表のメルクじゃなくて、ウェイルが何故か指名されて。

それから試合が始まって優に20分、結局決着は着かなかった。

 

ちなみに、先生が言うには、1組との合同授業は今後は予定されないとの事。

問題行動を起こし続ける生徒の居るクラスと合同で授業をするのは、あまりにも危険に過ぎるとか言ってたっけ。

 

 

まあ、それ兎も角として。

ハッキリ言って、ウェイルがここまでの実力者だとは思わなかった。

私だって手加減は…その…しなかったわけじゃないけど、一応は本気だった。

でも、それでもウェイルは食いついてきた。

試合時間が経過するたびに、次にどんな手を使ってくるのかが、どんな戦い方をしてくるのか、それを見ていくのが楽しくなってきたから、ひたすら試合時間を有効活用させてもらった。

結果は…『未知数』と結論付けた。

 

まだまだ伸びる、ウェイルの実力は。

今はまだその欠片が見え隠れしてる程度だと思う。

 

見ればウェイルは機体の展開を解除し、地面に大文字に倒れていた。

随分と息が荒くなっていて、胸板が上下して…って私は何処を見てるのよ!?

 

「お疲れ、次にやる時には必ず勝つからね」

 

「おぅ、俺ももっと強くなれたらいいな…研究だけじゃ足りないものあるかもな…」

 

左手を差し出せば、遠慮無くつかんできたからそのまま引っ張るようにして起こす。

頭一つ分大きいからか、どうしても見上げる形になる。

 

「だけど、凰さんのデータも採らせてもらったからな、次は勝てなくても善戦出来るように頑張るよ」

 

「言ったわね、一時のデータばかりじゃ目を閉じてるのと同じだって思い知らせてやるわよ」

 

つかまれたままの状態の手を強く握り返す。

だけど、これが男の耐久性というべきか、ただ単なる握手になっているだけだったりする。

その証拠に

 

「?」

 

何の痛痒も感じていないみたいだった。

ちょっと腹立つ!

 

「はいはい、そこ!

青春だかラブコメやってないで授業に戻るわよ」

 

「ラ…!?ちょ、そういうんじゃないわよティナ!」

 

クラス対抗戦の一件以来、私は放課後の時間や早朝の時間を使ってウェイルとの訓練を増やしている。

時には訓練じゃなくてウェイルの研究の手伝いみたいなものあったりするわけだけど。

結局、一夏への手掛かりには何一つ繋がっていないみたいに感じた。

ウェイル・ハースに近づけば一夏に近付けるかもしれないと思ったのは杞憂だったのかもしれない。

だから私が近付くべきは…ウェイルの妹であるメルクだ。

 

ウェイルが訓練する時も、プライベートでも常に一緒に居る。

ブラコンも大概にしときなさいっての。

けどまあ、私に対してはどうにも何かに警戒している素振りもある。

それが何になるのかはまだよく判っていない。

まあ暴力振るってくるあの女だとか、問答無用で他者を見下す全輝よりかは遥かにマシだけどね。

 

「メルク、アンタの兄貴はマジで強くなるわよ。

私もアンタもうかうかしてられないかもね」

 

冗談抜きの称賛の言葉にメルクは頷いて返す。

うん、私も頑張ろう、それと…

 

「私ばっかりファーストネームで呼び続けるのもなんかフェアじゃないわね。

だから、アンタ達は今後、私の事を『(リン)』って呼びなさい、いいわね?」

 

「え?あ…はい…」

 

「ああ、判ったよ」

 

アッサリ承諾してくれたのはいいんだけど…頭の上に置かれた大きな手が左右に動くこの感触は…って何やってんのよ!?

私は子供じゃないってぇの!

 

「あの…お兄さん、何してるんですか…?」

 

「こうやってたらシャイニィの場合は喜んでくれてたから、つい、さ。

それに最近触れられてないからどうにもな…」

 

常習犯かアンタは!

 

「シャイニィって誰よ!?アンタ女の子に常習的にセクハラめいた事してるんじゃないでしょうね!?」

 

「シャイニィは…家で飼ってる猫の名前だよ」

 

「あらぁ鈴?もしかしてよそ様の猫相手に嫉妬?」

 

「何を言ってるのよそこの乳牛女(カウガール)!」

 

「はいはい、其処のアンタ達、授業続けるから騒ぎはそこまでにしなさい。

さもないと明日からのGWにたっぷりと宿題を追加するし、特別補習を組んであげるからね」

 

流石に学生にとっての休日は貴重であり、宿題追加は恐ろしい敵なのだった。

 

 

夕食も終わり、入浴を終わらせてから、私はベッドの横たわって天井をポケーッと眺めていた。

ウェイルとファーストネームで呼び合うようになってからは、多少は打ち解けれたかなぁなんて思う。

とは言え、ウェイルはかつて一度は私を『鈴』と呼んでくれている。

クラス対抗戦の折、真上からの砲撃に巻き込まれそうになった瞬間に、だった。

その時には彼も無意識だったかもしれないけれど、懐かしさをも覚えた。

 

「どうしたのよ鈴?」

 

「…ん~…ちょっと気にかかる事が有ってさ…」

 

「ま~たハース君の事?

最近口を開けば二言目にはハース君の事ばっかりだよね~」

 

か、揶揄うのは辞めなさいっての!

けどまあ、ウェイルの事が気になるのは確かな話。

 

「ハース君にかかれば大概の機械製品も目を覚ますからね~。

先生たちも頼りにしてたよ、廃棄しようかと思っていた家電製品がまた動くようになって廃棄するための費用を0に出来たとかなんとか。

えっと、テレビにブルーレイレコーダーにオーブントースター、果ては投影機も。

先の件で1組の女子生徒に壊されたっていう食堂の投影機は無理だって言って諦めてたけど」

 

随分と頼りにされてるんだなぁ…。

搭乗技術も機械技術も持ち合わせてるのかぁ…。

 

「他に何か知ってる事って有るの?」

 

「他に?そうねぇ…勉強で苦手科目が有るとか言ってたし、後は…お昼休みにはフラリと居なくなってる事が多いとか、行先は生徒会室みたいだけど」

 

その情報は両方知ってる。

そこで生徒会の人から勉強を教えてもらってたりするのかもしれない。

そこに私が入ろうとするのは邪魔になるだけよね…。

 

「ウェイル君は劣等生だって自負してるらしいけど、その才能は別方面に突出しているわね。

半面メルクちゃんは優等生かしらね、実技試験も筆記試験もほぼ満点の首席入学。

でも、驕らず飾らず、それでいて他人にも柔らかく接しているけどウェイル君を愚弄する人にはとことん冷たくなる傾向ありって所かな」

 

とんだブラコンとシスコンよね…。

まあ、明日からはGWに入るんだし、接する機会も増えてくるだろうと皮算用を始める。

叶うのならメルクとももう少し打ち解けたいと思ってるし、時間を有効活用させてもらおう

全輝と篠ノ之はGWの間は奉仕活動で休みなしの労働地獄が待っているだろうから、茶々を入れてくることもないだろうし。

 

「頼りにされてる男子生徒と、頼りにされてるクラス代表か…それに比べて私はどうなんだろう…?」

 

ウェイルは機械品修理作業を無差別に行い、地道に、そして着実に信頼を得ている。

メルクは、周囲の人と隔たり無く接し、クラスの人に操縦技術を教えたりしてクラスの顔になっており、その信頼も多大なものになってきてる。

一方の私はといえば、クラスメイトに慕われているだけであり、対外的にはまだまだだと思う。

編入してから日が浅いから、なんていうのはただの言い訳だと自分に幾度か言い聞かせている。

私ももう少しばかり周囲の人から信頼を得られるようにしないとね。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「そう、準備はもうできてるみたいサね」

 

私はパソコンから送られてくる情報に目を通して内容を一気に頭に入れていく。

極東の学び舎、IS学園での出来事は、ウェイル達に聞かずとも事細かに送られてきていた。

毎日顔を見ての通信はあの子達の両親からの要望で開いているものであり、絶対的に必要不可欠的なものではなかった。

まあ私もその時の会話に入り込んでいるから、不要だなんて容易に切り捨てられるものなんかじゃないけど。

 

モニターに映っているのは、IS学園での出来事などに関しての一覧。

 

「おおむね想定通りサ。

あの女の動きは完全に抑制が成されている、しかも頼りにしていたらしい後輩は味方に付かずにあくまで監視者に。

そのうえで更にクソガキ共を制御しきれずに勝手に自分の首を締めあげていく始末」

 

そう、全ては想定通りだった。

想定の外の点が在るとすれば、それはクソガキ共があまりにも暴力と野蛮な力に頼りすぎている点サ。

そのクソガキ共が、ウェイルとメルクを巻き込んでいるのも想定外でもあった。

 

「言葉の二つや三つでキレて暴力で黙らせるとはサ…どんだけ怒りの沸点が低いってのサ…?」

 

しかもその怒りの感情に任せ、制御が出来ていない。

その果てが、テロリストに、ウェイルのフルネームを明かし、ウェイルが学園に在籍しているという確証を握らせ、裏付けをさせるというもの。

 

過去の経歴を調べてみたが…

 

「そう、あの愚妹は自分で自分を制御する術を知らないし、知ろうともしてないんだよ。

昔、自分を馬鹿にしてくる人を叩きのめして黙らせることに成功したことがあったんだよね。

だからかな、言葉で抗うよりも暴力で黙らせる事の容易さに気付いたのかもしれないね。

それ以降だね、『言葉より先に暴力を』。

しかも私という存在が居たからね、だから『言葉に困れば姉の名を』という短絡思考に辿り着いた」

 

「…それで何故アンタ達の両親は何も言わなかったのサ?」

 

そう、それが疑問だった。

子供の性格の矯正は親の仕事だというのは傲慢かもしれないけれど、それでも何もしなかったのかと疑いたくもなってくる。

 

「したよ、それこそ何度でも。

父さんも母さんも苦労させられてたよ、親御さん越しに頭を下げる事は幾度もあったよ。

そのうえで何度も言い聞かせてきたけど効果無し、そのまま今に至る、と」

 

「…もはや癌同然サね」

 

それでも父親、…確か『柳韻(リュウイン)』という名前だったと調査は出来ている。

剣道の道場を維持できたのはその人物の偉業とも言えるかもしれない。

けれど、それも織斑 一夏のフォローが在ったからだろう。

クソガキの手によって右腕を骨折させられた件も、織斑 一夏の手によって隠蔽された。

 

「『柳韻』…アンタの親父さんはその後は何をしていたのサ?」

 

「道場に姿を現さなくなったよ…罪悪感が酷かったんだろうね…。

いっくんはね…他にやりたいと思ってた事を見付けてたんだよ。

なのに…始めるよりも前に出来なくされたから…」

 

本当に…夢も希望も無かった絶望の日々ってわけか…。

それでも…絶望の日々の中でも希望を探していたんだろう…。

 

「…明後日には弟妹達が帰ってくる、私も準備をしないとサ…。」

 

そして希望を見つけた。

『鳳鈴音』と言う少女の姿で。

絶望の中の希望、一縷の望み、渇きの中に現れた一滴、それはどれほど大きな存在になったのかは今でも理解が出来るだろう。

そして、その少女が再びあの子の前に姿を現した。

狙いは判っている。

『ウェイル・ハース』=『織斑 一夏』だと考えているのだろう。

もしも、もしもそれが彼女に悟られたらどうなるのかは判らない。

だからメルクには言い聞かせ警戒をしている。

それでも、彼女は勘が鋭いのも知っている。

だから、メルクが隠し事をしているのも悟られている。

 

あの女(織斑 千冬)とは違ってやりにくい事この上ないサ…まあ、仕方ないけどサ…」

 

時が来れば彼女に伝える事にもなるだろう、でもそれは今である必要性は無い。

あの女(織斑 千冬)にどこから情報が洩れるか判らないから。

奴の耳が絶対にないと言い切れる場所でなければならないが、学園内にそんな場所を確保させるほうがよっぽど悟られてしまうだろうから。

 

「…今は警戒する以外に動ける手がない、か…。

あの女(織斑 千冬)の動きは抑制できているけど、こっちも動きが制限されてるとは、サ…。

どうしたものかねぇ、シャイニィ…?」

 

「ンナァ…?」

 

アンタはアンタでウェイルとメルクの帰りが待ち遠しいみたいサね。

悪いね、凰 鈴音、アンタには…まだ教えるわけにはいかないから、サ…。

 

「人の命の秘密を握るってのは…本当に重いものサ…」

 

ヴェネツィアに住んでいるハース夫妻には、本人たちには知られる事も無く護衛がついている。

すでにこの数日の間にもハース夫妻のことまでもがテロリストに知られ、イタリア政府が日本政府相手に本気でキレていた。

他国の人間を危険に晒す対応の杜撰さ、そしてそれを故意に行うものをいつまでのさばらせておくのか、と。

即ち、『篠ノ之 箒』の退学処分と身柄の引き渡し、そして杜撰な対応を続けている『織斑 千冬』の懲戒解雇の請求だった。

だが、日本政府が選んだのは、篠ノ之 箒への懲罰軟化と、織斑 千冬への減俸処分の延長化だった。

 

「アンタはこの対応についてはどう思ってるのサ?」

 

「不充分、の一言。

別に徹底的に処分してくれてもかまわないんだよ。

束さんとしては不干渉のつもりでいるからね。

それに…罪悪感で潰されそうな人がいるから…もう解放してあげたいって人が私には要るんだ…」

 

目の前のバカ兎は一枚の用紙を取り出しピラピラとちらつかせてくる。

それに記しているのは日本語、私でもそれに記している内容は読めていた。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「さてと…準備完了、と」

 

大きな旅行鞄には旅に必要な荷物を詰め込んでいる。

とは言っても、長期休暇の後にはこの学園にとんぼ返りだから中に入っている荷物はそう多くはない。

故郷に帰って、またこの学園に来るのだから荷物は本当に最低限度だ。

 

「でもお兄さん、設計図を詰め込みすぎです…」

 

「仕方ないだろ、設計っていうのはそういうものだ」

 

「書き損じだって入れてるじゃないですか…」

 

こういう紙媒体は燃やせばいいのかもしれないが、焼却処分するまでに掠め取られてしまう場合だって少なからずあるかもしれない。

だから、書き損じも含めて処理をするのなら信頼の出来る場所でなければいけないだろう。

俺の場合は自宅かFIATがソレになる。

それに、飛行機を見て思いついたというものもあるから猶更だ。

一つはIS用兵装、もう一つは便利そうな物のといった具合だ。

実用されるかどうかは別問題だけど。

 

「それじゃあ最後に…」

 

部屋の奥にウミネコ型のカメラを置いておく。

簪に教えてもらって造ったものだ、長期の防犯用映像録画に使えるらしい。

早い話がアクティブ式の監視カメラだ。

バッテリーは充電式のソーラー電池となかなかにエコ。

ウミネコ型の筐体は俺と整備課の趣味によるものだ。

学園内で開発されたものということにはなるのだが、あくまでもコレは試作段階であり、学園外に公表する義務は無い。

有用だと分かればFIATに持ち込んで検討してもらうようになっている。

 

「部屋の監視、頼んだぞ」

 

あいにくとだが返事は無い。

あくまで部屋を見ているだけなのがコイツである。

 

背を向けて扉の外へ、それから扉に施錠をした。

忘れ物の類がないかは事前に確認しているから特に問題は無い。

空港までの経路と混雑状況の想定に関してはメルクがしてくれている、充分に間に合う。

 

「チケットも持ってるし、あとは出立…いや、帰郷するだけ、と…」

 

帰ったら何を使しよう?

初日は家族との団らんで使い切る事にもなるだろう。

二日目からはFIATに出向するようになってる。

そこで設計図の取捨と、発表。

さらには姉さんや、ヘキサ先生との訓練も待っているだろう。

 

「…ああ…釣りが出来るか怪しいなぁ…」

 

「重要視するのはそこですか…」

 

当然だろう、この二か月間ストレスが溜まりっぱなしだったんだ。

箇条書きにしてみよう

 

・編入早々食事を台無しにされるわ

・初対面の人から言葉も無しに暴行…というには足りないかもしれないが張り倒される

・その初対面の人からよりにもよって犬扱いされるわ

・メルクの作ってくれたランチを馬鹿にされるわ

・クラス代表代理を受理したことを完全に無関係の人から文句を言われ続けられる

 

この一か月でストレスが限界を超えそうなんだよな…。

本当に…本ッ当に!1組の生徒は頭の中身が筋肉でできてる人しか居ないのかよ!

 

そんな荒れた日々の中、自宅から送ってもらったシャイニィの写真集には癒された…。

それと、凰さん…改めて鈴とのやり取りは正直心地よかった。

訓練も幾度も繰り返してきたが、学べるものは多い。

…そういえば鈴はこの長期休暇の間はどうするんだろうな…?

 

学生寮をの入り口でスニーカーに履き替え、外に出た頃には日差しが少しばかり強くなっていた。

 

「あれ、ウェイルにメルク。

何処かに出かけるの?」

 

体育の授業で使うであろう体操服に着替えた鈴も、俺達の後を追うように学生寮から飛び出てきた。

というかこの学園の体操服は男の俺からすれば目に毒だ、確か『ブルマ』とか呼ぶんだっけか?

目にも精神にも悪くて目を合わせられない。

 

「あ、ああ…折角の長期の休暇だからさ、故郷に帰るつもりなんだ。

久々に家族の顔も見たいからさ…それに釣りもしたいし」

 

全部が本音だ、ダダ漏れだ。

けど何故だろう、彼女が相手なら本音で語り合ってもいい気がしている。

けど、それを続けていたらメルクがむくれる、今みたいに。

基本、仲は良いみたいなんだがな、女心はよく判らない。

 

「釣りって…そういえば食堂で一緒に食事する際にはシーフードが多かった気がするけど…確かヴェネツィア出身って言ってたけど、メルクもそうなの?」

 

「家では毎週末、食卓に魚料理が沢山でしたよ」

 

「…ああ…釣った魚をそのまま捌いてるわけね。

で、そのジャケットは何なのよ?」

 

おお、コイツに目が向かうとは目敏いな!

 

「購買でそんなの売ってたの?」

 

「いいや、コレはイタリアで買ったものさ!

FIATの売店で売ってたんだけど、この背中のロゴを見た瞬間にコレだ!って思って衝動買いしたんだよ!

それ以降、釣りをしに行く時には必ずコイツを着るようにしてるんだよ!

それにフードもついてるから髪を隠すのにも都合がよくてさ」

 

「あ、もういいわ」

 

なんか冷たい目で見られていた。

そしてメルクも呆れたような視線を向けてくる。

何故こうなった?兄さんには理解が出来ません…。

 

「鈴さんはこの休暇はどうされるんですか?」

 

「私?私は日本に残るわ。

私もそろそろ母さん達に顔を見せておかないと悪いとは思うけど…。

まあ、私は私の用で明日に学園外に出かける予定よ。

行く所が有るの。

中学生まで一緒につるんでいた悪友が本土側にいるのよ、ソイツらのところに行く予定よ。

朝から運動してたのは…まあ、眠気覚ましみたいなものかな」

 

眠気覚ましにしては、その様子はどうなんだろうか?

すでに首筋には汗が朝露のごとく輝いていた。

実は結構な早朝から運動をしていたんじゃないだろうか?

 

「まあ、ほどほどにな」

 

ほどほど(・・・・)の量なんて中途半端も良い所よ、国家代表候補っていうのは広告塔(プロパガンダ)も兼ねてるんだから!

メルクだってそうじゃないの?」

 

「ふふふ、そうですね」

 

確かにメルクの訓練量だって半端なものじゃない。

そうでありながら俺のような後進をも育てるのにも時間を費やしているのだから兄としても技術者としても頭が下がるよ。

 

「イタリアからこの学園に来たらまた実力をあげてそうね」

 

「ああ、切り札の正式な使用許可ももらってくるつもりだからな、簡単には負けないよ」

 

実力差を承知しているから「勝って見せる」と言えないのが悲しい所だ。

それほどまでに彼女は強い、俺には理解できないほどの努力をその身に刻んできたんだろう、強い想いがあるのだろう。

それに比べれば、俺は自ら望んで技術者として姉さんやメルクの(アンブラ)になろうとしている。

志そのもので、すでにレベルも次元が違う。

 

「ねぇ、織斑と篠ノ之がどうなったか知ってる?」

 

「確か…懲罰房への謹慎処分と休暇中の強制労働、だったか…。

あ、今日にも懲罰房から出て来るって事か…」

 

「ちょっと心配ですね…また何かやらかしたりしないか、とか…」

 

「私も同感よ、だからさっさと今日のお昼までにはこの学園から出立するわ」

 

確かに心配だ、俺もあの二人には関わりたくないし、関わらないように、と姉さんから言われている。

俺からすればあの二人は…敵だ。

それもどういうわけかは自分でもよくわからないが、『究極の敵』だ。

このまま何も起きないなんて有り得ないだろう。

残念な事にも、在学期間中はこの敵対視を続けなければならないということになる。

ああ、この学園にいる間はストレス溜まりっぱなしって事かよ…。

 

「担任の教師はアイツの実姉だって聞いた事が有るんだが、どうしてお目付け役にもなってないんだ?」

 

「さあね、アッチもあっちでのっぴきならない状況なんじゃない?」

 

まあ、お目付け役もできてないのなら、それ相応の理由も何かあるのかもしれないな。

興味は無いけど。

 

時間を見てみると…おっと、そろそろ出立しておかないとな。

 

「じゃあ、俺たちはこれで行くよ」

 

「休暇が終わったら、また会いましょうね!」

 

「元気でね!お土産期待してるから!」

 

「任せろぉ!新鮮な魚を釣って持ってくるからな!」

 

これは、生きのいい魚を釣り上げておかないとな。

彼女の目なら市販品の魚なんて一発で見抜かれるだろうからな。

 

こうして俺達は故郷に帰ることになった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

釣りが好きらしいのは…個人の趣味なのだからとやかく言うつもりは無いけど、妹が呆れているのには、私も思わず呆れそうになった。

 

「そう言えば、一夏も釣りをしてる事が在ったわね…」

 

釣り堀で竿などの道具をレンタルをして時間を潰している光景を思い出した。

共通の趣味を持ってる人って、やっぱり居るものね…。

でも、一夏の場合は、自宅に居場所が無くて、逃げる場所としても使っていた。

それは苦痛だったのかもしれない。

だから安らぎになってあげたかった。

居場所になりたかった。

 

でも、その理想を決して過去になんてしない。

 

「絶対に見つけるんだ…!そして…」

 

最初に…謝るんだ…。

その上で、新しい未来を創りたい…!

 

『やり直す』のでもなく、『作り直す』のでもなく、()()()()()()()を私は求める。

 

「さてと、その為にもまずは情報収集よね…」

 

ポケットから携帯電話を取り出し、見慣れた番号をコールする。

 

「暫く振りね、弾。

これからそっちに行くわ」



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第41話 鈴風 懐かしい人達

「よし、準備完了っと」

 

肩から提げるのは、いつもの一夏の鞄だ。

そこに数日分の着替えだとか、自分にとって必要となる書類を詰め込んである。

ウェイルに言った通り、この長期休暇で中国に帰るつもりは無かった。

データは既に充分すぎるほどに本国に送っている。

両親へのメールも送信済み、このまま日本に滞在する件についても了承をもらっておいてある。

ウェイルと接する機会が増えるかも、だなんて皮算用は即日崩壊した。

なら、別方面にて力を入れようと計画を変更した。

 

「さてと、行こうかしら」

 

お昼前にIS学園を後にして、向かう場所はかつての親友達の場所だった。

一夏を探すためにも拠点が必要となり、その場所を私達の拠点にした。

 

「じゃあティナ、行ってくるわね」

 

「はいはい、お土産期待してるわよ~、ふあぁ…」

 

お昼前になってるっていうのに、ティナは眠そうにしてる。

それに関しては私が原因だった。

今日からの時間を少しでも多く確保しておくために、長期休暇期間の課題を昨晩の内に全て処理するのに苦労を掛けたと思ってる。

歴史分野に関してはティナの方が得意だったし。

その分、私たちは徹夜だった。

消灯時間を過ぎても、勉強方面のことをしてれば叱責とか免れることだってできるんだし。

そも寮監はあの女(織斑 千冬)、以前の事が在り、私には強く出られないらしい。

別に私は増長しているつもりは無い、毛嫌いしているだけ。

 

「お土産だったらウェイルが持ってきてくれるってさ、楽しみにしてなさいよ」

 

「ウェイル君が…?何か役に立つ機械でも作ってくれるのかしらぁ?

例えば…掃除用のロボット(ル〇バ)とか?」

 

アタシがゴミをまき散らす性分の女だと思ってるのかしらこの乳牛女(カウガール)は…!?

 

「残念、シーフードの盛り合わせだってさ。

じゃあ休暇の最終日にね!」

 

バタンと扉を閉じて走り出す。

学生寮の入り口でお気に入りのスニーカーに履き替える。

一夏と出会った際に使っていたのと同じブランドのスニーカーだけど、コレは私のお気に入りだった。

 

「そういえば、初めて会話をしたのも下駄箱の所だったわね…」

 

懐かしい思い出に耽りそうになったけれど、今はそれを頭の奥底に仕舞い込む。

 

「あら、鈴ちゃん、奇遇ね」

 

「…ん?」

 

ファーストネームを呼ばれ、その声の主の方向に視線を向ける。

そこに居たのは…?

 

「…誰?」

 

胸元のネクタイを見れば上級生と判断が出来る。

でも、見た事はあるけど、名前までは知らなかった。

 

「クラス対抗戦の後の会議以来ね。

私は更識 楯無、この学園の生徒会長よ。

今はその会長職務が終わって、気分転換に外出する予定だったのよ。

でかけるのなら一緒に行かない?」

 

な~んか、嫌な予感がするような…?

 

その後、眼鏡をかけた上級生も合流してきた。

 

「生徒会会計、『布仏 虚』と言います。

休暇中に無理にご一緒させてもらって申し訳ありません」

 

「いえ、別に大丈夫です。

どうせモノレールを降りれば各自散開すると思いますから」

 

多分、それでこの関係は終わりになると思う。

どのみちモノレールは一定時間毎に往復している。

一本乗り逃したところで弾の家に到着する際の誤差なんて30分も掛からないだろうから。

 

モノレール駅で、モノレールを待つ少しの間に、自動販売機で量が少なめのスポーツドリンクを購入しておく。

私と弾、数馬に蘭のも買っておく。

今日の話は長引くかもしれないし、最悪どこかのホテルに泊まりさえすれば数日に渡って再び調査と情報交換も叶うだろうと見越している。

 

…絶対に…見つける…私を置いていった事に文句なんて言わない…。

私から連れ出せなかった事の方がよっぽど後悔してるくらいだもの…

 

だけど、後悔はしても絶対に絶望なんてしない…!

 

だけど…もしも、もしも私の手の届かない所で笑顔で居るのなら…私はどうすればいいんだろう…?

もしも今の一夏の隣に私ではない誰かが居たら…?

 

頭を振り、嫌な考えを無理矢理にでも追い出す。

そんなことを考えてしまう私自身が許せなかった。

絶対に絶望なんてしないと決めてるんだから、心からの笑顔を引き出すんだと誓ったんだから…!

 

「そうそう、鈴ちゃんはこれから何処に行くの?」

 

この人には結局ファーストネームで呼ぶことを許可した。

なんでも生徒会室でウェイルに勉強を教えていた時に話を聞いただとかなんとか。

ちょっと恥ずかしい…。

 

「以前、日本に居た頃の知り合いの家です。

そっちは?」

 

「う~ん…学園とは関係在るような…無いような…そんな微妙な話なんだけどね、それについて調べようと思っているのよ。

一応その情報を持っているであろう人には事前にアポイントメントを入れてはいるけれど、その人が口を開いてくれるかどうかは賭けね」

 

だから、何処の誰よ、それは?

 

それでも、誰かの事を調べようとしているのは察した。

でも、誰を調べようとしているのかがどうしても判らなかった。

 

「…誰のことを調べようとしてるんですか?」

 

こういう場合はストレートに聞いた方が良い。

そう思いついたけれど

 

「すみません、何分機密事項にも触れてしまいかねませんので…」

 

柳に風だった。

 

機密事項…?この人達、一体何者なの…?

 

それきり、モノレールの中では沈黙でやり通した。

 

モノレールを降りてから駅のロータリーでタクシーを呼び止める。

住所を運転手に告げると

 

「奇遇ね、私達も目的地はそこなのよ、ご一緒してもいいかしら?」

 

生徒会長も乗り込んできた。

 

「……ッ!」

 

流石に此処まで行く場所が同じだなんて『奇遇』だなんて思わない。

そのタイミングでこの人達が誰の事を調べようとしているのかが察しが着いた…!

乗り込もうとしたタクシーをそのまま逃がし、その二人を引き連れ、駅のロータリーへと戻る。

奇遇だなんて言葉はもう使わせない!

何を思ってコソコソとしているんだか知らないけど、見逃すつもりなんて無かった。

 

「アンタ達が調べようとしているのは…一夏の事ね?

誰の差し金よ?あの女(織斑 千冬)?それとも全輝の方?」

 

「…そのどちらでもないわ、依頼人(クライアント)は誰も居ない」

 

「私達は今回、独自に動いています。

学園や、所属国家、国際IS委員会、その何処にも今回は関与しておりません」

 

国家に委員会…そんな名前が平然と出てくるともなると…この人達、私が思っていた以上にヤバイ方面の人間だと察して取れた。

これは…私が中国の情報部を利用していたこともバレているんじゃないだろうか…?

そう察しも取れてしまう。

 

「千冬さん…いえ、織斑先生がウェイル君にご執心の理由は何だろうなって、そう思ったのよ」

 

あの女(織斑 千冬)がウェイルにご執心?

何らかの興味を持っていると…?

 

弟君(織斑 全輝)と同い年の男の子、それで興味を持っているのは何故だろうなってね…。

そこでふと思い出したのよ、弟君はもう一人居る…いえ、居た(・・)

表向きにはその人物は死んだ事になっているけれど、今になっても彼の生存を信じて疑わずに捜索している人達が居ると知ってね、私達では調べきれなかった何かを知っているんじゃないだろうかと思った次第よ」

 

どうする?

ここでこの人達を撒いたとしても、どの道にも行き先が同じで住所も控えられている。

ともなれば行き先でまたもしつこく『奇遇』なんて言葉を使ってくる。

しかもアポまでとってるだなんて…!

 

「そんなに警戒しなくていいわ、取って食おうってわけじゃないんだから。

正直、織斑 一夏君の死亡の公表は私達も怪しんでいるのよ、何せこちらから情報収集しようとしたら日本政府が幾重にも情報プロテクトを施しているから探れもしないし、それを察してきたのか『調査をするな』の一点張り。

そこで偶々、捜索を独自にしている人達と接触出来たってわけよ」

 

ちょっと待て、何よ今の言葉。

日本政府が一夏についての情報に厳重なプロテクト、更にはそれを察して調査中断の命令…?

 

「そう…つまり一夏は…日本政府に見殺しにされたって訳…!?

そしてアンタたちはその政府に与している情報組織って事か…!」

 

「嫌な言い方をすると、ね。

確かに私達は日本政府に雇われている組織よ。

けど、それはあくまで国内における不穏の芽を摘むカウンターテロを目的とした組織。

そして、一夏君の事を知ったのはつい先日の事になるの。

私が当主に就いた頃には彼の話なんて聞いた事も無かったし、先代当主である父さんも把握していない。

更識家は、当時は日本政府に完全に蚊帳の外に追いやられていたのよ」

 

つまり、一夏を見殺しにしたのも、その情報を徹底的に隠ぺいして回っているのも日本政府。

その確証と裏付けがこの場で出来た。

…確かに、この人が欲しそうな情報を持っているのは私達だというのは間違いない。

だけど、この人達は…。

 

「…情報を手にして、今更何をするつもり?

今もどこかで生きているかもしれない一夏を今度こそ始末しようとしているんだったら…アンタ達を見過ごすわけにはいかない。

アイツ等(織斑 千冬と全輝)の所に返そうだなんて思っているのだとしても、私がそれを許さない!」

 

「返すわけにはいかない、か。

なるほど、私達が接触しようと思っている人達同様に、鈴ちゃんも同等の情報を持っているみたいね。

…正直に言うとね、今回情報を調査をしてからどうするのか…まだ決めていないのよ。

だから、情報を手に入れることができたとしても静観するしかないというのが正直な答えよ」

 

この人達の事は今は信用するしか無い、だけど…。

 

「私達は、一夏が行方をくらませてからも毎日情報収集を続けてきたわ。

それを何処の誰とも知らない輩から『調査を辞めろ』だとか言われた事は多少はあったけど、それも日本政府の差し金?」

 

「そう…そんな事があったのね…。

悪いけれど、その話も詳しく聞かせて、私達が知らなかった何かを貴方達は持っていると確信できたわ」

 

な…!

この人達…本当に一夏の身に何が在ったのかを知らなかったって言うの…!?

だというのに国外、中国からは容易く情報が手に入ったのは何故…!?

軍の情報部に敢えて情報を流し込んだ第三者が居るとでも…!?

 

気に入らない。

誰かの掌の上で踊らされているこの状況が…!

 

「…良いわ、私たちが集めた情報をあんたに提供する。

その代わりに」

 

「ええ、私達も貴方達に情報提供をすると約束します」

 

互いに情報を持っているけれど、自分が持っていない情報を相手だけが握っている。

だったら、この際にはちっぽけな意地なんて捨てても構わない。

近付くためだというのなら…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

鈴ちゃんが持っていない情報を私が、私が持っていない情報を鈴ちゃんが。

それぞれ欲するものを互いに持ち合わせているという奇妙な状態に、少しだけ違和感を感じながらも落としどころを見つけられたことに胸を撫で下ろした。

この状況を作り出したのは私達が察することもできない第三者なのかもしれない。

それでも構わない、この違和感を払拭するためにも、彼女との情報交換は必要不可欠であると私は察していた。

 

「ここが、『五反田食堂』ですか?」

 

虚ちゃんと一緒に鈴ちゃんに案内された先は、個人営業をしているらしい大衆食堂だった。

 

「此処に私の元クラスメイトが住んでてね、ソイツの部屋を情報収集とかをする拠点にしていたのよ」

 

そう言うや否や、振り返る事もせずに扉を開く。

まるで勝手知ったる何とやら。

 

「おう、嬢ちゃんじゃねぇか、久しぶりだな。

弾達は上に居るぞ」

 

「サンキュー厳さん、それとそこの二人にもお茶を出してもらえる?

今までに無い情報源を見つけてきたのよ」

 

「ほほう、そりゃぁ…弾にアポイントメントを入れたってのは、その嬢ちゃん達か、なら……もてなしてやんないとなぁ…」

 

二人して目が虎のようになっているように見えたのは…錯覚だと思いたかった。

や、やぁねぇ…獲って食おうって気なんて無かったのに、食われるのは私達になっちゃったりとか…しないわよね…?ねぇ…?

 

遠慮の欠片もしない鈴ちゃんについていくような形で、内心ビクビクしながら階段を上り、二階の部屋に案内された。

 

「弾、数馬、入るわよ」

 

そして開かれた扉の先に居たのは二人の男の子だった。

 

「よう鈴、久し振りだな」

 

「やあ、ご無沙汰。

で、そっちの二人が…」

 

「アンタ達にアポを入れた相手で、私が都合良く見付けた情報源よ。

どうやら私達でも知り得なかった情報を持ってるらしくてね、全員で絞り上げるわよ」

 

「言い方をもう少し考えてくれないかしら!?」

 

もう逃げたい!

なんでウェイル君といい鈴ちゃんといい、くせ者ばっかりなのよ今年の一年生は!?

 

 

 

20分後

 

何故かお見合い状態になってしまっている弾君と虚ちゃんの二人は放置し、私と鈴ちゃんと数馬君とで情報共有を始めた。

とはいっても、この三人が集めた情報は簡単な紙媒体のメモ用紙の集まりばかり。

ちょっとは順番くらいは整理しておいてほしかったかな。

けれど、数はあるけれど中身がスッカスカね。

だとしても、それ以上に熱意を感じ取れた、この尋常ではない量のメモ用紙を見れば見て察せれるというもの。

 

「…よくこれだけの量の情報を集めたわね」

 

「そりゃぁね、恥を承知で修学旅行とかの自由時間も使いまくってたし」

 

とは言っても、情報の中身はそんなに多くない。

個人的な予想や、推測とかが多いわね。

 

「鈴の場合は放課後もそうだったろう。

ちょっとの時間でも足を延ばしてたくらいだし…一時は寝る時間も極限に削って学校で貧血起こしてたじゃないか」

 

「よく覚えてるわね、そんな事…。

まあ、そんな事もあったかもしれないけど、今となっては些細なことよ」

 

呆れるような話ではあるけれど、それと同時に驚く。

つまり鈴ちゃんは…一人の人を探す為だけに、自分の時間を全て費やしてきたということらしい。

私たちが学園で見てきていた彼女の様子は、その中の一端でしかなかったということになる。

 

「それに比べて…」

 

血縁者ではなく、友人、親友というだけでこの6年もの自分の全ての時間を費やしてきた人達が居る。

けれど、織斑先生と、織斑全輝君の二人はといえば…。

あの二人の動向は更識家でも把握はしている。

あの二人は捜索活動を全くしていない。

 

「まあ、仕方ないか…」

 

千冬さんはと言えば、有名人ということも加味しても、表に出るのは難しかっただろうことは察しが付く。

あの弟君は…うん、以下省略ってことで。

 

「にしても鈴には驚いたよ。

有言実行、本当に国家代表候補になって来るだなんてさ」

 

「その分、努力はしてきたわよ。

情報を取り扱う情報部に出入り出来る様にする為にも、最低でもこのライセンスは必要になったから。

それに…近付くためなら迷う必要も無かったから」

 

「男顔負けの肝には恐れ入るよ…」

 

時間だけでなく、自分すら捨てていた、と。

この自己犠牲精神はちょっと疑うけれど、鈴ちゃんにとっては一夏君はそれだけ大きな人なんでしょうね…。

 

とは言え、中国の軍内の情報部のお陰で色々と分かったことがある。

織斑一夏君は、金儲けのために誘拐されたということ。

そしてそれが起きたのは、6年前の彼の誕生日である9月26日であるということ。

それは…モンド・グロッソ一回戦が行われている期間…千冬さんの試合が予定されていた日の前日という事だった。

現場に残されていたのは…靴が片方と…鈴ちゃんが使っている鞄だけ、との事。

 

「そう、その鞄は遺品という事なのね…」

 

「…『遺品』って言うな…勝手に殺すな…!」

 

私の呟きが耳に入ったらしく、すさまじい怒気をが肌を刺してくる。

何と言うか、彼を過去にして扱うのは絶対的にNGのようだった。

 

「これは『遺品』なんかじゃない、ただ預かってるだけ」

 

「…そう…ごめんなさい…」

 

その鞄は、彼女が預かっているもの。

いつかは必ずに受け取りに来いという、一つのメッセージであり、必ず見つけるという彼女なりの覚悟の現れらしい。

その言葉からでも、彼女の思いは本物なのだと思い知った。

彼女は、今になっても彼の生存を本気で信じているのだと。

 

それから店主をしているらしい祖父の方が食事を提供しくれた。

お店で人気のメニューである業火野菜炒め定食とかいう名前らしい。

はい、美味しくいただきました。

 

昼食を食べ終えてからその日は解散することになった。

その際にお見合い状態になってた二人を三人がかりで引き離すのには苦労させられたわ。

 

鈴ちゃんは今日は五反田家に泊まるみたいだし、今日は私達は実家に帰ることになった。

そこで、共有しあった情報を整理してみることにした。

 

「酷過ぎる経歴だわ、こんなの、子供が育っていける環境じゃないわね…」

 

彼にとって、日常とは地獄

 

彼にとって、環境とは暗闇

 

彼にとって、生活とは絶望

 

彼にとって、家族とは比較対象だった。

 

そして

 

彼にとって、未来とは希望だったのかもしれない。

 

「中学を卒業した時点で、家を出る為の事前準備もしていたそうですね…賃貸住宅情報誌だとか、求人情報誌だなんて、小学三年生が求めるような代物じゃありませんよ…」

 

迫害の嵐の中心点にいた少年。

助けてくれるであろう友人は確かに居る、それも判る。

だけど織斑一夏という少年は…彼らに被害が届かぬように意図的に距離を空けていた事も話から理解出来てしまった…。

そして何かが起きたであろう日…その『何か』とは『誘拐』の可能性が極大。

それは確かに起きたのだろう事は納得している。

実際に、それが原因で現在に至るまでフランスは『軽命国家』の蔑称が着けられているわけだったりする。

日本側もフランスを糾弾する理由を得ているわけで、この国家バランスは崩れる事はそうそう無いだろう。

 

「だけど…」

 

日本政府は、それを隠蔽し、フランスをバッシングする側へと成り果てた。

 

それでも………なんだろう、この違和感は…?

何か…何かがおかしいのを私は察していた…。




あ、蘭ちゃん出してあげるの忘れてた。


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第42話 鏡風 家族と

すみません、リアルが多忙なものでコメント返しも出来ませんでした。


ローマの空港にたどり着いてから、バスを乗り継ぎ、ようやくヴェネツィアに帰ってきた。

懐かしい…とは言えないが、潮騒の音が聞こえてくる。

それとウミネコの声も聞こえてくる。

 

「やっと帰ってきたな…!」

 

見慣れた街並み、そこから出てくる両親と姉さん、そして一匹の姿。

 

「ニャアァァッ!」

 

その小さな影が飛び出し、疾走してくる。

ひたすら走り、その先にてジャンプ。

その小さな影を両手で受け止める。

 

「ただいま、シャイニィ」

 

飛びついてきたのは我が家の小さなアイドル、シャイニィだ。

うれしそうにしているのはわかるけど、そんなに顔を擦り付けるなっての。

メルクが喉元を撫でれば、心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らしてくる。

 

「一か月振りサ、二人とも」

 

「お帰り、ウェイル」

 

「メルクも、お疲れ様」

 

よくよく見ると、後ろにはいつもの釣り好きのおっちゃん達が居た。

今日も釣り三昧らしい、羨ましい。

俺も釣りにいきたいのだが、そんなことを言っていられないのが今回の休みだ。

今日はすでに夕方になってしまっている。

家でゆっくりと休んだ翌日にFIAT本社に出向することになっているからだ。

 

「積もる話は夕食の時に、仕事の話はまた明日からサ」

 

その姉さんの言葉に同意し、俺もメルクも自宅への帰路に足を向けた。

夕飯は、ご近所さんが届けてくれたというサーモンをムニエルにしたものだった

その際、姉さんが本気で頭を抱えていたのは…うん、スルーしておこう。

 

メニューはムニエル。

バターの香りと、レモンのアクセントが効いてて、食欲を刺激してくれる。

 

「うん、美味しい…」

 

学園だと色々とあったけど、こうやってゆっくりと家族と一緒に過ごせる時間はとても貴重だと思える。

本当に…学園では色々とあったなぁ…。

 

それからは家族で他愛の無い話が続いた。

母さんが地元の料理大会で優勝を掻っ攫っていったとか、その際に緋の釣り人(シェーロ)の鼻っ柱を遠慮も自覚も無しにへし折っていたとか。

父さんも、漁業組合の多くの人に慕われるようになっているとか。

姉さんは、ヘキサ先生による後輩教育も上手くなってきているとか。

そんな、俺達が居ない間に起きた話がとても楽しかった。

 

「あ~…この部屋も懐かしいなぁ…」

 

学園の学生寮は高級ホテルと遜色のないデザインだったけど、やっぱり俺はこういうシンプルな部屋のほうがとても落ち着く。

カーテンを開けば月光と星の光が入ってくるし、見下ろせば海が広がっている。

 

「たった一か月と少しだけだったのになぁ…」

 

本当に…懐かしいことこの上ない、そんな風に感じた。

夜空を見上げながら思うのは、彼女の事だった。

夢の中に出てくる少女と生き写しのような外見をした…いや、もしかしたら張本人なのかもしれない…

 

「……鈴………今頃何をしているんだろうなぁ…」

 

日本語を流暢に話していたし、あの様子なら友人も多いだろうなと思う。

もしかしたら学園外にも。

なら、今頃は何処かで楽しく過ごしているだろう。

きっと、俺の居ない場所でも笑顔でいるんだろう。

…それはなんだか複雑だった。

 

「もうちょっと…話をしたかったな…」

 

訓練だという理由でアリーナでは向かい合った。

世界の広さを知りたくて、槍を握った。

自分の技量を知りたくて、立ち向かった。

 

だけど、本当は訊きたかった

 

「君は…夢の中に現れ続けていた人なのか…?」

 

涙を流し、髪を振り乱しながらも駆け寄ろうとする彼女の姿は今も瞼に焼き付いている。

黄昏に染まる医務室らしき場所で見下ろしてくる姿は、脳裏に残っている。

 

「次に逢える日は…話せればいいな…」

 

彼女は…俺の知らない俺を知っているのかもしれないから…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「で、鈴…IS学園に通ってるってのは驚いたんだが、情報的にはどうなんだよ?」

 

「それが…正直に言うと、収穫は殆ど無い、と言っていいレベルよ…」

 

夕方になると、楯無さんも帰った。

私はというと、弾の家で夕食を食べ、そのまま五反田家に宿泊という形で、寝床に着く頃合いになってから、互いの近況報告をすることになった。

私は情報を求めるために中国に帰り、国家代表候補生選抜試験を受験し、有言実行した。

中国国家代表候補生のライセンスを得てから情報部に通いつめ、一夏に関しての情報を搔き集めようとした。

それで手に入った情報はそんなに多くはない。

それも触り程度で、弾達も把握している。

 

六年前、一夏は陰謀に巻き込まれて姿を消した。

その目的は、フランス政府の沽券と、闇で蠢いていた金。

第一回大会、開催前から織斑千冬は優勝候補筆頭だった。

その優勝を食い止めるために、自分たちが狙う選手の優勝のために人質にされたのだと。

フランス政府は、その誘拐犯の存在を知っていたにもかかわらず、大会開催地に選ばれたという沽券を維持するために、その事件を把握しながらも無視した。

予定通り、第一回大会はつつがなく進行し、織斑千冬の優勝で幕が閉じられた。

あの女が事件を把握したのはそれから後だったんだろう。

 

そこからフランス政府の陰謀がどこかから漏洩し、世界中から非難を受けた。

『軽命国家』と誹りを受け、全世界からの信用を失い、零落しきっている。

にも拘わらず、IS関連の開発ができるのは、第一世代機『ラファール』の開発があってこそだったとか。

それで、そのフランスの国営企業である…なんて言ったっけ…?

 

「デュノア社、ですよね」

 

そうそう、蘭が言っていたその企業も何とか首が皮一枚で繋がっているらしい。

 

「けど、そのデュノアってのも最近の業績が良くないんだろ?」

 

「まあね、欧州に関しては私もそんなに調べてなかったし、興味も無かったけど、イタリアが開発力をメキメキと上げてるらしいのよね。

その副次効果でデュノアはますます追い詰められているのよ」

 

「それが原因なんですよね、フランスが他国の技術を奪うために産業スパイ育成に力を入れているだなんて噂が立っているのって」

 

正直、眉唾だけど。

話の方向を元に戻そう。

 

「で、イタリアで見つかったっていう男性搭乗者、だよな。

名前が、『ウェイル・ハース』…。

国家代表候補生の『メルク・ハース』の兄なのか…妹を持つ兄ってだけで親近感が沸くな…で、どうなんだ鈴的には?」

 

「決定打が無いわ。

それに、妹のメルクによるガードが堅いのよ」

 

そして本人は口が軽いんだか、硬いんだかよくわからない。

それに、私がウェイルと話をしようとしたら、必ずそこにメルクが割り込んでくる。

 

「まあ、鈴が収集した情報と、生徒会長さんが持ってきた情報も加味しておくと、だ」

 

ウェイル・ハース

年齢 15歳

・誕生日 12月1日

出身国 イタリア

ヴェネツィア市にて家族と一緒に在住。

家族構成

母 父 妹の三人に、猫が一匹。

不確定情報として、姉…らしき人物が存在する可能性あり。

ただし、名前も含めて素性は一切不明。

予想としては、その姉らしき人物に口止めをさせられている。

 

イタリア国営企業でもあるFIATに所属している技術者の端くれ、と本人は自供。

それでも元々はアルバイトとして入っていたらしい。

織斑 全輝のIS適性発覚の際に、全世界で捜索された二人目の男性適性者として発掘された。

趣味は釣りと機械いじり。

生粋のシスコン。

 

「って所かしらね…」

 

「…最後の情報、必要ですか…?」

 

まあ、確かにね。

 

「けど、写真で見た感じとしてはな…やっぱり似てる感じもするが…」

 

私たちは誰一人として一夏の写真を持っていない。

一夏自身、写真に写るのを嫌っていたらしい。

だから記憶に頼るしかない。

そうは言っても、似ている気がする、と言うのは私も同感。

 

「でも、メガネは…?」

 

「伊達眼鏡よ、『研究者っぽくみえるから』ってことで本人が気に入って着用していると自供してたわ」

 

「研究者っぽく見えるって…裏方専門って事か…」

 

「そうでもないわ。

搭乗技術に関しては、全輝よりも上。

技術は拙いところはあるけど、それでも突出している部分もあるわ」

 

そこは言い切っておく。

そうでもなければ、代表候補にまでたどり着いた私相手に30分以上も試合を続けられるわけもない。

 

「あの観察眼が何より怖いのよね…」

 

こちらの一挙手一投足を緻密に観察し、それに対して無意識に対抗策を編み出す。

それを積み重ね、強者相手にでも咬みついていく。

そのうえで、絶対に諦めない。

勝てないと判っても…負けるまでの時間をひたすらに延ばそうとする。

集中力を極限にまで維持し続ける、ウェイルの戦法の大半は、長期戦闘だ。

しかも搭乗技術の大半をマニュアル操作でやっているというのだから…。

 

「私もなおのこと詳しい情報が知りたくて、生徒会長に頼んでみたんだけど断られたのよね…」

 

どうにもイタリアに関しての情報収集は絶対にやらないとの事。

何か弱みでも握られているのかしら?

その点については諦めておこう。

 

「そういえば、フランスに続けてイギリスも零落したみたいだけど、お兄は知ってる?」

 

「んあ?そういえば、何かで見たことがあるような気がするな」

 

「それについては私も知ってるわ。

中国本土からも情報をもらってるし」

 

ここ数日で、イギリスは一気に零落した。

IS関連の国営企業、『BBC』の活動縮小の後々に信頼の失墜からの多額の負債により経営破綻し企業は軒並み倒産し、そこをアイルランドにタダ同然に買い叩かれた。

国家レベルで信用を失い、アラスカ条約違反により、IS関連の技術は剥奪、コアも失ったらしい。

総合運営はアイルランドのFIATに移り、代表候補は国籍取得によって『イギリス代表候補生』から『アイルランド企業所属』の肩書に移り、専用機所持者ですらなくなっていたとか。

その企業所属者は2年生のサラ・ウェルキン先輩だった筈。

尚、イギリスが国際IS委員会による連盟から除名され、他のイギリス出身の生徒はこのGWを境に、全員が退学処分になったのは後に聞かされる事になった。

 

「グラビアに載ってたこともあるんだっけ、名前は確かセシリア・オルコットだったっけか?

いや、俺は見た事は無いんだけどさ、チョロッと話に聞いたことがあるくらいで」

 

「その人なら既に候補生から除名済みよ、並びに学園から退学させられてるわ。

イギリス本国に帰国した後の足取りまでは知らないけど、ね」

 

そう、これは学園でも有名な話。

『校則違反』だけでなく『代表候補生規約違反』に続き『アラスカ条約違反』という型破りと言うか何と言うか…。

人の口に戸が立てられないように、話は学園全体に詳しく流れてしまっている。

同情はしないし、出来る余地も無い。

もとより高飛車だったらしいし、プライドも必要以上に高かったとの話も裏付けが出来ている。

 

「退学かよ・・・それで、その本人はどうしたんだ?」

 

「だから知らないわよ、退学したって知ったのは、その決定が下されて本人が退去した後だったんだから。

言っておくけど、私は面識も無いから。

ウェイルもその人の起こした騒動に巻き込まれたらしくてね、周囲の人に聞いたら幾らでも話が出てきたわよ」

 

話としては実に型破り。

セシリア・オルコットは代表候補生に至り、すでに人の頂点に立っている気分でいたらしい。

クラス代表というまとめ役を決めるにあたり自薦、他薦を問わぬ中で全輝が面白半分で推薦された。

決定直前でオルコットが異議申し立て、日本、日本人に対して侮辱的な言葉を吐き続けたのだという。

それを全輝に指摘され逆切れ、イギリスに対しての侮辱だと吐いたらしい。

そこからISを用いた決闘によりクラス代表を決める、との話になった。

 

「ちょっと待て、いやかなり待て」

 

「お兄、語彙力が喪失してる」

 

「うっせぇよ!

いや、俺の事はともかくとしてだな、それって結構やばいんじゃないのか?」

 

「まあ、そうよね。

代用候補生というのは国の顔、いわば国家元首と同等とも言われているわ。

それがそんな言葉を吐けば、日本に対して戦争の為に宣戦布告をしているのと変わらない、代表候補生規約違反なのよ。

結果はオルコットの惨敗、試合映像を見たけど、敗因は本人の技量の未熟さと稼働率の低さに慢心ね。

癖を見抜かれてからは完全にワンサイドゲームになっていたわ」

 

まあ、全輝が単一仕様能力(ワン オフ アビリティ)を使用したのは驚かされた。

しかも織斑千冬と同じ能力だなんてね。

 

それから続きを話す。

結果は全輝の圧勝で終わった。

オルコットはそのまま処分もなしに在学し続けたらしいけど、これはたぶん放置されていただけなんだろう。

それからもオルコットは全輝に憎悪を込めた視線を向けていたからか、クラスでは完全に孤立し、ハブられていたそうだった。

 

その数日後、5組のクラス代表が季節外れの風邪で寝込み、クラス対抗戦に出場することになるクラス代表の代理のお鉢が3組のウェイルに回ってきてからが顛末への急行だった。

オルコットが暴行を働き、男性に対しての差別的発言を繰り返した。

その同日の昼休み後の授業が終わってからも騒動を巻き起こしたらしい。

極めつけは翌日の放課後の事件だった。

ウェイルとメルクがアリーナで3組、5組の生徒と一緒に訓練をしている際に、オルコットが背後から無言のまま発砲。

その後もウェイルを狙い、ISをまとっていない生徒を巻き込みかねない状態で銃を乱射したのだと。

そこに先生が間に合い、静止させた。

その際に、ウェイルに対して憎悪を込めた視線を向け続けていたのも話に聞き、裏付けが出来ている。

 

「ウェイルって奴だけど、オルコットに恨まれるような事でもしていたのか?」

 

「それが完全に無いのよ、暴行を受けた段階でウェイルはオルコットの存在自体、話にチョロッと聞いただけで名前も顔も知らなかったらしいわ」

 

「なんですか、それ…完全に言いがかりじゃないですか…」

 

そう、その言いがかりも次第に暴走して挙句の果てに事件を起こし退学処分。

正直、同情はしない。

 

「でも、なんでそんな暴走にまで行ったんだ?

クラス代表って言っても面倒な役回りなんだろう?

代表候補生だから多少は目立つ必要もあるだろうけど、面倒な役回りを受けながらも仕事してって、無理があると思うしな。

それでほかのクラスの顔も名前も碌に知らないやつに暴行を働くとか…どんな暴走だよ…?」

 

そう、私もそこが多少気になった。

 

「女尊男卑だなんてくだらない風潮に浸っている人物だっていうのも把握してるけどね。

それで顔も名前も知らないウェイルに対しての扱いっていうのも無茶があるかも。

まあ、これ以上は考えても仕方ないし、多分、噂話とかその類じゃないかと思うわ」

 

そこで、弾が神妙な顔つきになった。

 

「噂話か…全輝がよく使ってやがった方法だな…。

それで一夏への扱いがどんどん酷くなってたのを思い出しちまった…」

 

「オルコットの暴走が全輝の仕業だって言いたいの?」

 

「可能性としてはあるんじゃないか?」

 

他人の精神を利用し、他者を卑下する話を流し、人の増長を促し、自分は決して手を出さずに、目的を達成する。

洗脳による行いではなく『扇動による迫害(・・・・・・・)

確かにアイツが一夏に対してやってた事ではあるけど、今回それが成されたのかは判らない。

 

「まあいいや。

で、ウェイルってのは学園じゃどんな感じなんだ?」

 

「劣等生らしいわ、お昼休みは食事しながら勉強を教えてもらってるんだってさ。

けどまあ学園の中では評判は良いわよ、生徒からも、教師からも、ね」

 

私のルームメイトのティナも、入学早々目覚まし時計を壊したとか何とかで世話になった事があったらしい。

 

「学業方面はともかくとして、技師としては先生たちから信頼が大きいわね、来年からは整備課にでも入るんじゃないかしら」

 

「期待されてる劣等生かぁ…」

 

弾、言い方。

 

まあ、そんな形で本人は特に意識もせずに多くの人から頼られるほどの人脈を作り上げてしまっている。

もしかしたらイタリア(プライベート)でもとんでもない人脈を作ってたりして…?

まさかね、無いない。

こんなことを考えてるだなんて私も何やってんだかね…。

 

また、今日も夢を見るのかな…あの…真っ暗な夢を…?

 

あの日以降、あの真っ暗な夢を見る。

それはもう、何年も繰り返している。

今でも思い出せる、あの粘つく闇の感触を…!

 

「いっそこっちからウェイルって奴に直接会ってみるのも手、かもな。

どうだ鈴?このGW中にでも…」

 

「無理、ウェイルは今はイタリアに帰省中よ」

 

そう、すでに先手は打たれてるようなもの。

そのうえでイタリアに関しての調査はストップが施されている。

完全に打つ手無し。

 

「…自分達から会いに行くってのは出来るのか?」

 

「無理、部外者はお断りだから」

 

「打つ手、途絶えましたね…」

 

一から十まで軒並み潰された程度で万策尽きたってことになるのかしらね…。

いや、そんなに策があったわけじゃないけれども…。

 

「はぁ…また明日、あの生徒会長さんと相談かしらね…」

 

どうにもあの人もあの人で油断できないわけだけど…

 

「学園のことは俺達には何一つ手出しが出来ないからな…ここは結局鈴に任せる事になりそうだ…」

 

「まあ、やれるだけやってみるわよ」




セシリアについての情報捕捉
セシリア・オルコットの暴走はアラスカ条約に違反し、当の本人は国家代表候補生のライセンスを剥奪。
学園退学後、イギリスに強制送還。
多大なる損害賠償の為に、全てが剥奪され、オルコット家は事実上の取り潰し。
仕えていた使用人は突如として解雇扱いになり、退職金すら支払われず、転職のサポートも無かった。
企業、株、財源、領地の全てを国家が押収する。
尚且つ、国際司法にも照らされ、賠償責任を負わされたが、一切の財を失ってもまだ足りず、国外追放処分も案じられたが、国家代表候補生になった経歴も踏まえ、危険因子となる可能性が危惧される。
なお、賠償能力が無いと断じられており、また、世界各国からもブラックリストに載せられ、国外渡航自体も不可能になり、最終的には無期懲役処分になり、極秘裏に監獄へ収監されている。

イギリス国家についての捕捉。
国際IS委員会の連盟、及び、欧州統合防衛計画から完全に除名され、全世界レベルで信頼を失い、一気に零落した。
だがフランスとは違い、条約違反の規模が段違いだった為、IS関連の企業、媒体、技術開発、国防の全ての権限を喪失。
技術、機体、コアは全てイギリスから剥奪されている。
同時に国家代表候補生制度も廃止され、軍内部でも大混乱が広がり、選抜者達は全員免職。
無論、研究者達もデータ全てを差し押さえられ、解雇。
繰り上がりで代表候補生に就任したサラ・ウェルキンもライセンスを剥奪されている。
中心企業だったBBCが莫大な負債を抱えて倒産した事により、企業所属にもなれなかった。
その代わりとばかりに、FIATが彼女を採用。
搭乗者としてではなく、技術者として雇用した。
また、学園のイギリス出身生徒は、『危険思想』の疑いで、強制的に退学処分になっている。
BBCや、軍が所持していた技術を、FIATアイルランド支部がタダ同然で買い叩き、技術を取り入れていく方針に。
イギリス国家は、周辺諸国の傀儡になる事で、辛うじて国家という形を保っているが、外貨獲得手段の殆どを失っているのが現状。
頼みの綱は、旅行客が落とすチップだが、その旅行客も一気に減少を始めている。
旅行企業も次々と契約を打ち切っている。

なお、これらは織斑全輝の教唆によってセシリアが暴走した末路と結果であるが、彼はその点に関して一切認知していない。
また、気にも留めていない。


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第43話 翠風 思いもよらぬ

ニラ・ビーバット
イタリアにて突如として現れた技術者であり、FIAT専属として契約を結んだ異才の外部技術者。
自らの技術力をFIATに売り込み、企業専属技術者としての地位を数日で築き上げたとされる人物。
無理矢理に事業拡大を狙うことも無く、企業方針にのっとって活動しているらしいが、彼(彼女?)の姿を知る人は殆ど居ない。
チラリと姿を見たという噂が独り歩きしているが真偽の程は性別含めて定かではない。
ただ、『隻腕の人物』と言う話だけが、いくつもある噂話の中で共通している。


イタリアに帰省した翌日からは、新しいテストパッケージがアイルランド支部から届けられ、メルクや姉さんと一緒に訓練をする事に。

俺の得意な得物が槍だと判ったからか、アイルランドはまたもや槍という形にして送ってきた。

 

「ヤケクソになってないか、アイルランドは?」

 

メルクも姉さんも、新しいパッケージを見て苦笑していた。

とは言え、だ。

俺に合わせて槍の形状にしてくれたのは正直嬉しい。

クランとはまた違うそれに、俺だって目を奪われていたからだ。

このパッケージは、来月にあると言う学園内でのトーナメント戦までに使えるようになりたい。

 

「こういう新しい装備を優先的に使わせてもらえるのは、テストパイロットの特権サ。

使い勝手や、微調整とか、そう言った類のデータは開発側も求めているから、その意味ではギブアンドテイクになってるって事サ」

 

姉さんの説明では、そんな感じらしい。

前回のクランでのデータ集積もあって、アイルランド側では、俺はテストパイロット同等の扱いをしてくれているらしい。

俺としては、いずれメルクが使う物を先んじて使わせてもらっているだけなような気がしていたけど、そこは気にしなくても良かったようだ。

 

その日の訓練も全て終え、FIATの開発品の性能試験会場にて、俺はその真ん中に立っていた。

手には靴のような形状をした試験開発品。

企業の中ではいつも履いている作業靴の上からそいつを履いてみる。

靴の上に靴を履くという奇妙な感覚を覚えながらも外部の留め具を固定してみる。

 

「まさか、飛行機を見てパッと思いついたものがこうも早くに実装されるとはな…」

 

俺達が不在にしていた一か月間にて、FIATに自信の腕を売り込んできた技術者、『ニラ・ビーバット』という人物が興味を持ったらしく、ものの数日で作成してくれたらしい。

 

「ヒャッホ~!」

 

視界の端では普段ならあげない絶叫をしているヘキサ先生がいるが無視だ無視。

あの人のイメージが壊れてしまう。

 

「えっと…説明書は端から端まで読んだけど、スイッチを、と」

 

腕に巻つけてる端末のボタンを操作してみる。

靴底の車輪が回転を始め、徐々に加速していく。

体感的には、ジョギングするようなペース。

それから徐々に加速させ、自転車並みのスピードに。

 

「よし…、行くぞ!」

 

次第に加速させ、スピードは一気に時速20km程に。

これでもヘキサ先生には追い付けていない。

なんか悔しい感じがするから更に25kmまで加速させてみる。

 

「…はははッ!こりゃ凄い!」

 

更に加速していき、時速30kmに。

これでヘキサ先生との距離が変化しなくなった。

生身で車並みのスピードになっているという前代未聞の性能の靴というわけだ。

その名称もそのまんま『プロイエット(弾丸)』だ。

 

FIAT内部だけであるが、わずか3日でブームになっているのか、休憩時間に遊んでいる人もいるらしい。

このまま量産体制に移ったりしたらどうなるのだろうか。

従業員の皆さんには申し訳ないが残業過労死覚悟とかなったりして…いや、まさかな…。

 

「けど、これって本当に凄いよな…」

 

既にプロイエットを試して試験会場を5周している。

社員も娯楽にしているのだが、数が足りていないのか、悔しそうにしている人もちらほらと…。

けど、この数日で15機も開発しているらしいビーバットと呼ばれる技術者は何者なのだろうか…?

聞いた話だと、工場の一角に自身の専用工房を作って籠りっきりだとか何とか。

普段から物凄く忙しいらしく、俺はまだコンタクト出来ていない。

人手が足りないからと、廃材でアルボーレを作ってそれで人手を賄っているらしい。

そんなに忙しいのに、これだけの数のプロイエットを作るとか、技術の天才は何を考えているのか全然判らない。

 

「まあ、いいや。

俺もそろそろ終わろうか」

 

腕に巻き付けたパネルに指示を下し、ローラーの回転を低下させていく。

あとはここまでくれば容易だ、普通のローラーブレードと同様の感覚で出入り口の方向へと走っていけばいい。

 

「まあ、こんなものかな」

 

貸し出させてもらったブーツを脱ぎ、所定の位置に置けば、充電が開始される。

そこに一緒に右腕の端末を置いてしまえばこれで片づけは終わりだ。

純粋にこれを開発してくれた開発者は尊敬する。

 

「けど、自分で作ってみたかったなぁ…。

まあ、ストレス解消には調度良いかもしれないけどさ…」

 

技術者の端くれとしては、さ。

それと、飛行機を見て思いついた品のもう一つは現在どこかのドックで建造中(・・・)との事だ。

こっちもこっちでテスターはヘキサ先生がしてくれるのかもしれない。

 

「お、メルクも試してるみたいだ」

 

ヘルメットからこぼれる桜色の髪からメルクだと察した。

その隣には姉さんの姿も見えた。

二人とも俺よりも早くに慣れてしまったのか、ものの数秒で最大速度まで出している。

 

「凄いな、あの二人は…」

 

視界の端には

 

「ひゃっほ~!」

 

うん、あの人も実はスピード狂だったんだな…。

先日のプレゼンの後に即日作るビーバット氏…いや、女史か?その人も凄いと思う。

 

その日、自宅に帰ってからも

 

「貰ってきてよかったのかな…?」

 

「そ、そうですね…でも折角の贈呈品ですし…」

 

夕方、企業からの帰り道、俺とメルクと姉さんの手にはトランクケースが提げられている。

中身は企業から贈呈されたプロイエットが入っている訳なのだが…。

いいのか、本当に…?

 

「まさか私までもらえるだなんて…」

 

「まあまあ、学園じゃ釣りの一つも出来ないって聞いてるしサ、多少はこれでストレス解消も出来るだろうサ」

 

そういう姉さんの手元にも同じトランクケースがぶら下がっている。

俺達三人は揃いも揃って企業からプレゼントを貰ってきたというわけだ。

とはいえ、イタリアで過ごせるのも今日が最後、明日には再び飛行機で飛び立たないといけないわけだ。

まあ、釣りができないのならコイツでストレス解消も出来るのなら悪くないのかもしれない。

だけど、考えようによってはストレスを発散できるのなら最上だろう。

 

「にゃぁん」

 

「ただいま、シャイニィ」

 

家に帰れば、こうやってシャイニィが待ってくれている。

胸元に飛び込んでくるのを受けとめ、頭を撫で、耳元、背中と手を滑らせる。

今日も毛並みはツヤツヤだ。

そうやっていると、今度はメルクの肩へと飛び乗る。

シャイニィと居ると癒されるよなぁ…。

 

「よし、ブーツも荷物に加えるかな」

 

もしかしたら俺もスピード狂になったりして…いや、まさかな。

けど、気分転換やストレス解消にはよさそうだ。

ああ…今になって思いだした。

鈴に土産としてシーフードを用意するって話だったんだけどなぁ…。

この後、メルクに付き添ってもらって商店街に行くことにした

引きつっていた苦笑に、心の内側には吹雪が吹きすさんでいた。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

日がまた昇り、その日のお昼前には私達は鈴ちゃんの居る五反田食堂に出向いた。

来た途端にお見合いモードの虚ちゃんと弾君は放置し、数馬君と鈴ちゃんと情報を交換をしていく。

昨日もすり合わせた情報も綿密に読み解き、今までに見えていなかった箇所が無いか、今まで見てきた情報に誤りが無いかを精査していく。

緘口令が敷かれているイタリアとバチカンの名が記された書面については無論秘匿しておかなくてはいけない。

けれど、それもイタリアの計算通りの状況なのだと思う。

今年の四月から、織斑先生と織斑全輝君の内情も今まで以上に把握出来てしまっていた。

更識内部での結論からすれば、『織斑千冬からの訣別』だった。

多分、それもイタリアの読み通りなのかもしれない。

 

「そう、一夏君への迫害の諸悪の根源は全輝君だったと…」

 

本人を知っている人達だからこそ見えてくる点もある。

いい加減にこちらも腹を割らないといけないのかもしれない。

だけど、すべてを見せるにはまだ足りない。

 

「そう、よく判ったわ…」

 

「それで、日本政府の飼い犬さんは何を教えてくれるの?」

 

彼女は私達に対しての蔑視を持っている。

それは仕方のない話、かつてはと言っても織斑先生の懐刀として在り続けていたのも確かな話なのだから。

 

「…多分、貴方達の心を根元から裏切る言葉になると思うわ…」

 

彼女達は、私たちに有益なことをいくつも教えてくれた。

なら、私達の非を見せる。

 

「6年前、第1回モンド・グロッソ終了後に於ける、織斑一夏君の捜索活動は…実施されていなかった(・・・・・・・・・・)のよ…」

 

「……は…?」

 

そう、捜索活動実施だなんて、真っ赤な嘘。

その実態は、情報の隠蔽に徹していた期間と符合している。

犯人グループによる織斑一夏君の誘拐事件は、大会開催期間には日本政府の中で情報として浸透していた。

そして下された決断は…放置したうえでの利益の確約。

世界中のISの中で最初に単一仕様能力の覚醒に至ったとされる伝説の機体『暮桜』。

その力であれば搭乗者である織斑千冬の優勝が確実であると判断され、不安要素となりうる誘拐事件の情報は握りつぶされた。

目的としては織斑先生は優勝と、『世界最強(ブリュンヒルデ)』の称号を手にした。

その後、事件の内容を知ってからの落胆ぶりは酷いものであったと聞き及んでいる。

けど、日本政府は狡猾だった。

自分たちと同じタイミングで、同じ情報を把握している国家を見つけたからだ。

それが『フランス』、世界中を見渡しても零落の激しかった国はそんなに無いだろう。

 

フランスが情報隠蔽に躍起になっていると暴露したのは何処からの情報だったのかは今になってからは調べる事も出来ない。

あれからのフランスの失墜と零落は酷いものだった。

全世界から一方的に非難された。

そして非難する側には日本も居たからだった。

自分達は利益の為に国民を平然と見殺しにしたうえで、そのすべての責任を他国に放り投げた。

その時点で捜索活動というものの期間は終わりを告げた。

無論、日本政府が情報を把握していたという真相は徹底的に隠蔽され、情報にはセキュリティが施されて。

それが、6年前の真相だった。

 

「…つまり、何…?

一夏の行方不明には…アンタ達も一枚噛んでるっての…!?」

 

「当時は私は情報関係には関わってないのよ。

あの時には私の父が関与していたわ。

けど、父は彼を見殺しにすることに関しては極度に反対していたけれど、政府はその意見を完全に無視。

最終的には父は引退を決意して、当主の代を引退。

それから数年間は更識は政府に人事を好き勝手にされてね。

その間にあった出来事の一つによってイタリアに弱みを握られたのよ。

その辺りだったかしらね、これ以上好き勝手にされないようにってことで私が党首の代を継承したのは」

 

けど、すべては手遅れだった。

更識は牙の多くを失ってしまっている。

その上でイタリアは今回の機を狙って、織斑先生と我々を分断させた。

更には日本政府とも関係を絶たせようとしている。

 

「けど、関与をしていた、というのであれば否定はしないわ」

 

「それを告白した本当の理由は?」

 

「少なくとも、貴女たちから信頼をしてほしいから。

蔑視されていることは把握しているし、それは甘んじて受けなくてはならないのは理解しているわ」

 

卑怯なことは理解している。

それでも、そうまでしてでも情報が私達には必要だった。

 

「……もう良い。

それがアンタなりの誠意だってのは理解した。

アンタが、他者を踏み台にするような奴じゃないってのは理解した、今はそれで良い」

 

そのタイミングで店主がまたもやお昼ご飯を持ってきてくれた。

はい、美味しくいただきました。

 

 

 

「で、情報整理ね。

一夏くんの行方不明後に鈴ちゃんは独自に情報を集めようとしていたけれど、その進捗は?」

 

「日本に居る間はまるで集まらなかったわ。

まともに情報が集まったのは中国に帰ってからね、当時のことについて触り程度には知れたって感じ。

その内密の情報は今ここで、そんな感じね」

 

つまり…何一つ進歩してないってこと…!?

 

譲歩的利益があったのは私達だけということ。

こちらからは鈴ちゃんに与えられる情報は何一つなかったということになるらしい。

ギブ&テイクもあったもんじゃないわね…。

 

「で、ウェイルについては何か調べたの?」

 

「イタリア出身の二人目の男性IS搭乗者という事と…残る情報は鈴ちゃんが知っている情報と大差は無いわ。

私達更識は、イタリアに目をつけられているから余計な事が出来ないのよ」

 

「アンタ達何をやらかしたのよ…」

 

それに関しては当然黙秘。

 

「プライベート方面でも何か引き出せないかなぁ、なんて思ってたけど思った以上に口が堅いし、メルクちゃんのガードも堅いし。

仕方ないから余計な事をされないように近くで目を光らせているだけなのよ」

 

「余計な事って…あぁ…」

 

そう、織斑先生だとか全輝君だとかが居るんだもの、それと箒ちゃんね。

本当に…余計な事をしでかさないでほしいわ…。

 

「じゃあ織斑全輝君の情報について教えてくれないかしら?

はいはい、そんな嫌な顔をしないで、蘭ちゃんも!」

 

耳に届いたのか弾君もいやそうな顔をしていた。

そんなに嫌ってるだなんてね…この人は一体何をしたっていうのかしら?

ああ、彼らの幼馴染である一夏君を迫害し続けていた連中の親玉だったわね。

そこからさらに情報をもらうことになった。

それから割り出せた人物像は…まあ、割愛しておきましょうか。

 

「それで、鈴ちゃんがウェイル君とよく一緒に居るというのは…やっぱり…?」

 

「ウェイルが一夏じゃないのかって思ってる。

それで時間があれば訓練だとか一緒にやってるのよ。

まあ、今のところは収穫はゼロ、疑い続けるも辞めるも難しいくらいかしらね」

 

簡単な話は昨日も聞いている。

そして、それに対しての覚悟も、信念も。

『やり直す』のではなく、『新しく始める』為に。

…織斑先生は何を思っているのかは知らないけれど、離別したのは正しい判断だったのかもしれない。

 

「ウェイル君はイタリアに帰省中なのよね…もうちょっと彼本人にも話を聞いてみたいわね…流石に無理かな…。

まあ、そこは鈴ちゃんの方が訊き出せそうではあるわね…期待してるわよ」

 

「…善処はしてみるわよ」

 

これで私達なりの情報交換は終わった。

有益な情報はそんなに多くはない、けれど私たちなりの収穫は確かにこの手にある。

 

午後の3時を過ぎたあたりで解散することになった。

五反田食堂を後にして、今後の方針を決定することになる。

 

「今更だけど今後の方針は決まったわ。

一つは、ウェイル君の護衛を続けること。

イタリア政府に弱みを握られているから、というのもあるけれど、国が傾いてしまうのは防がないと。

国内の過激派も抑え込む必要性が出てきたわね。

もう一つは織斑先生への監視体制の続行ね、あの人の勝手な行動次第では私たちの行動に支障が出かねないわ。

そして全輝君や箒ちゃんの動向の監視体制も続行よ」

 

「承知しました、では各員に通告をしておきます」

 

もののついでに監視対象にされている二人の情報も入手が出来た。

 

織斑 全輝は悪質な扇動者。

人を扇動し、相手の気持ちを利用し、自分は動くこともないまま目的を果たす。

しかも姉である織斑千冬からは信頼されており、欠片たりとも疑われていないらしい。

彼の見えざる手によって、織斑一夏君は学校全体から虐めを受け、同時に街からは迫害を受けていた。

 

篠ノ之 箒は知能も責任能力も無い子供。

暴力以外に何も持っていないだけの木偶の坊。

幼いころに全輝君に助けられた事があったらしいけれど、それは暴力を介しての事だったらしい。

そこからね、暴力を用いれば事の解決に当たれると思うようになったのは。

暴力が通じない論争になれば、姉の名前を持ち出し、都合が悪くなれば『姉は関係ない』と宣う。

姉妹の仲は…良好なのか険悪なのかは判らない。

 

どっちにしても厄介すぎる人物が背後にいるというのだから面倒なことこの上ない。

 

そう言えばウェイル君にも姉がいるらしいけれど、その人がどんな人物なのかは今になっても判らない。

交友関係を調べた、なんて口にしてみたけれど、あれは実際にはハッタリだったわけだし。

『メルクちゃんの兄』、それ以外の情報は今になっても一切不明。

本人が自供してくれたプロフィール以外に参考になるものが無いのよねぇ…。

気になるのは本心だけれど、そこから先はこれからの護衛業の中で手に入ればいいんだけど。

 

「…けど、そんなに悪い人には見えないわね、ウェイル君は…」

 

学園ではメルクちゃんに勉強を教えてもらっている他には、訓練に一生懸命になっている光景を思い出す。

それだけでなく、機械いじりが好きらしく、故障したと思われて諦めかけていた機械設備なんかの修復作業や、メンテナンスにも手を出してくれているお陰で、評判はとても良かった。

それに何より、初対面同然だった簪ちゃんのために、上級生に躊躇せずに頭を下げて回っていたことも私の手元に情報が来ている。

セシリア・オルコットの件に関してもウェイル君は一方的な被害者だったわけだし。

物のついでに言えば、彼には裏が無いのが私にはわかっている。

()品の臨床試験に私を利用したという点に関しては異議を唱えたいけれど。

 

「今頃は何をしているのかしらね、彼は…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「さてと、私は散歩に行くとする、か…」

 

二人の勉強を見て終わった後、私は気分転換のためにヴェネツィアの街並みの中を散策していた。

思い返してみればこの街に引っ越してきてから随分と時間が経ったと思うサ。

この街の街並みもすっかり見慣れ、夜間の散歩も偶には気分が良い。

今日は相棒のシャイニィはウェイルとメルク達にべったりで少しばかり寂しい

 

ただし

 

「おしっ!いいぞ!そこだ坊主!」

 

「あの槍凄ぇなっ!まるで流星だぜ!」

 

「いけいけいけ!白いのをたたんじまえ!」

 

「油断するなよウェイル君!もう少しだ!」

 

…あのオッサン共が居なければ…。

夜釣りの筈が、ここ数日は競馬でも見ているかのような熱狂振り。

実際に見ているのは、IS学園で執り行われたというクラス対抗戦でのウェイルと織斑のクソガキの試合の映像。

そしてそれを見ている…えっと…マフィアの大頭目、新聞社社長、警察長官、ローマ法王、FIATの代表取締役社長、ローマ市長、イタリア首相、ヴェネツィア市長、漁業組合長、空軍元帥、陸軍元帥、海軍元帥、国際裁判所裁判長。

更に追加して『緋の釣り人(シェーロ)』と『碧の釣り人(クーリン)』も居る。

 

「フハハハハハハッッ!!!!」

 

更に更にあそこで高笑いしているのがウェイルが言うところの新参である『黄金の釣り人(ギース)』とかいう人物だろうと思うサ。

あの光景を見ると頭と胃が痛くなってくる。

あの連中が集まっているのは間違いなく、ウェイルを介して…と言うよりも釣りを介して集った仲サ。

私の所に届いた映像をあのアホウサギがポロッとどこかから出したらしい。

今度会ったら皮を剥いで海に叩き落してやる。

 

「なんでウェイルの周囲にはあんな変な釣り人共が集まるのか、まるで理解出来ないサ…」

 

今回は企業での報告やISを用いた訓練の追加、地元の連中との顔合わせもあり、ウェイルは釣りが出来てない。

とはいえ、あんな連中と顔を合わせたくないという点もあったりする。

その代わりに娯楽の一環として企業がウェイル考案の試作製品であるプロイエットを提供したわけだし、今回ばかりは我慢をしてほしいと思うサ。



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第44話 讐風 臆しているのは

「楽しい時間程、早く過ぎていくのは何故なんだろうなぁ」

 

空港から飛び立った飛行機の中でそんな風にボヤいていた。

FIATのヴェネツィア支部でも、イギリス企業BBCを統合吸収したという話が持ちきりだった。

なんでも、アイルランド支部からそんな話が来たとかなんとか。

とはいえ、統合吸収とは言えども、BBC本社は先日事実上倒産し、イギリスは欧州統合防衛計画(イグニッションプラン)から正式に除名された。

彼の大企業が唐突に倒産したのは世間を騒がせたニュースになったものだが、その技術や情報に関しては、FIATがタダ同然で叩き買いをしたそうだ。

う~む、我らが大企業にも黒い一面は有ったんだなぁ。

イギリスは株価が大暴落、BBCと提携していた企業も次々と倒産し、国家レベルでの零落が始まっている。

冗談抜きでのフランスの二の舞どころか、それ以上の悪化は見えていると姉さんも言っていたな…。

 

技術はFIATに流れたが、これで俺やメルクの機体にも新しい兵装が取り付けられたりするのだろうか?

そこはまだまだ先の話になるだろうから、楽しみにしておこう。

 

「国家間情勢とかは俺がどうこう出来る様な領域じゃないから、どうしようもないよな」

 

イギリスと言えば、クラス対抗戦の前に因縁をふっかけてきたセシリア・オルコットはどうなったのだろうか…?

後に、退学処分になったとかミリーナから聞いたが…?

まあ、それも俺がどうこう出来る問題でもない。

今気にする所は…

 

「釣り…出来なかったな…」

 

その一点だった。

通学予定だった高校からは課題が山盛り、企業からは設計部にて大忙し。

さらには姉さんやヘキサ先生による特訓や、講義なんかがあって…充実してるな我が人生。

そんな訳で、俺の釣り竿は今回は出番が無かったので、俺の腕が鈍っていないかどうかが心配だった。

自宅で食べる母さん特製の料理や、会社で食べるお弁当が本当に楽しみだったなぁ。

それに汗臭かったらシャイニィにも嫌われるし…。

 

「鈴へのお土産も買ったしな」

 

ヴェネツィア特産『シーフード詰め合わせ』が今回のお土産だ。

グリルにするも良し、ムニエル、使い方は沢山ある。

 

「鈴、今頃どうしてるかな…」

 

姉さんとの髪と同じ茜色のに染まる空と雲に視線を向けながら呟いてみる。

隣席で早速寝息を立て始めているメルクの頭を撫でながらも、俺は日本にいるであろう彼女に思いを馳せた。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「ダメダメね。

結局ウェイルに関しての調査はプロフィール以上の過去の他には何も判らないし、一夏の事に関しても私達だけじゃ限界が近くなってる…」

 

「そうですね…私たちも時間を片っ端から使ってるのに、なんでこうなるんだか…」

 

判ったのは、第一回モンド・グロッソの際に織斑千冬の棄権を狙った勢力によって誘拐され、フランス政府と日本政府の利害が一時的に符合したため、事件を無かった事にして大会開催を敢行。

大会終了後、関与を隠蔽しきれなかったフランス政府に、世界各国が徹底的に非難。

そこに日本政府も加わり、フランスはそこから零落を始めた。

フランスは、早期に第一世代機『ラファール』の開発を成功させた実績もあり、その高い汎用性をウリにしていたからかろうじて国家と国営企業を存続させられている。

けど、一歩でも誤れば、そのラファールを開発させた企業諸共どこかの傀儡国家になる可能性も危ぶまれて今に至っている。

 

一夏の足取りは…それ以降、全く掴めていない。

誘拐を企てた勢力の目的は、織斑千冬の大会棄権、その代償が一夏の命だったという事。

それを考えれば、織斑千冬は棄権しなかった為、一夏の命は失われたことになる。

 

でも、私たちはそれを信じなかった。

生きている証こそ掴めていないけれど、それでも、誰一人として一夏の絶命を確認したわけじゃない。

死んだ証だって、誰も見ていないのだから。

 

だから私たちは可能性をつかみ取ろうと必死になった。

絶対に諦めなかった。

例え、独自の捜索に妨害が入っても。

 

「で、ここまでの情報は鈴ちゃんが軍に入ってから入手した情報も交じっているのよね」

 

「ええ、そうですけど」

 

「成程ね、中国軍の情報部もなかなかやるものだわ。

日本政府の黒い一面も見抜いてきてる…それに情報もそれなりに正確だわ…。

これももしかしてイタリアの狙い…?

だとするのなら、イタリアは我々更識を織斑先生や日本政府から引き剥がそうとしていると予想はしていたけれど、その予想は合っていた…?

確かに、昨今の千冬さんを見ていたらとてもじゃないけれど協力なんて正直出来なくなってくるものね…。」

 

私たちには理解できない何かをブツブツと呟いている。

 

「それで、鈴ちゃんは別の可能性も見ているのよね?」

 

「ええ、ウェイルが以前にも言ったけど、一夏本人だって疑ってます」

 

可能性は捨てなかっただけ価値がある。

そう信じてきた価値があると思った。

もしかしたら、もしかしたらと思ってきていた。

でも、本人からすれば完全に初対面のような対応だった。

 

だから、もしかしたら別人なのかもしれない。

でも、本人なのかもしれない。

詳しく調べようと思っても、妹を名乗るメルクが必ず間に入ってくる。

ブラコンも大概にしなさいってーの!

 

まあ、そんなわけでウェイルに関しての調査はプロフィール以上のことは家族構成くらいしかわかってない。

ただその中でも疑問に思うのは正体不明の『姉』らしき人物の存在。

半ば存在は認めたような感じだったけれど、その名前も容姿も年齢も決して口を開かない。

これは口止めされているのだと判断した。

以前口にしたのは思わずポロッと口に出してしまったとかそんな感じのレベルだったんだろう。

だから本人もそれ以降は口を固く閉ざすことにしたのだと思う。

 

けど、その正体が誰なのかは私の中では想像が出来ている。

あの時、ウェイルは『ブリュンヒルデ』の称号の重さについて口にしていた。

推察してしまえば、イタリア在住のブリュンヒルデでの肩書を持つ人物なんて、たった一人に絞られる。

『アリーシャ・ジョセスターフ』

 

厄介だと思う。

その人が居るのだとしたら、最悪は国家丸ごとがウェイルのバックに居る事になる。

でも、それをウェイルが知っているのかは判らない。

いや、ウェイルの口振りからすると、そういった事も知らないのかもしれない。

そう考えていくと思い返す…。

私たちは何かヤバ過ぎるものに手を出そうとしているのではないのか。と

 

「な、夏休みになったら、一緒にどこかに出かけてみませんか?」

 

「は、はい!是非とも!」

 

「かずや~ん、おかわり~」

 

「はいはい、待ってなよ」

 

弾も、数馬も蘭も私にとっては親友で、絶対に失いたくない存在だと思ってる。

あいつらを危険に晒したくない気持ちもある、だけど一夏を探そうとするのも辞めさせたくなかった。

 

「…どうすれば…良いのかな…。」

 

知りたいのはたった一人の事。

けれど、私達が相対する事になるのは、国家と言う巨大な相手であるかもしれないのだから。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

鈴ちゃん達の熱意は私達でも理解は出来ていた。

弾君、数馬君にとっては大切な親友。

鈴ちゃん、蘭ちゃんにとっては…どうやら初恋の人らしい。

後者に関しては、はっきりと訊いた訳ではないけど、女の勘で察した。

大切な人だからこそ取り戻したい。

それは理解している。

でも、大切な事を考えているのか疑問が浮かぶ。

 

「鈴ちゃん、それに弾君達も。

重要な話が在るわ」

 

私の一声に、全員が姿勢を正し静かになった。

鈴ちゃん、蘭ちゃん、弾君、数馬君の視線が私に突き刺さる。

それを確認し、私は口を開く。

 

「君達が一夏君を探しだそうとしている事、『ウェイル・ハース君=一夏君』ではないかと考えていることをも理解しているわ。

でも、その上で問うわ」

 

でも、その先が重要。

 

見つけた後(・・・・・)は、どうしたいの?

連れ戻す(・・・・)』のかしら?

君達と言う救いが存在していたとしても、かつて地獄を経験したこの街に…?」

 

「一夏は、俺の家で身請けする予定にしてある。

これに関しては、俺と数馬で話し合っているし、蘭や爺ちゃん、婆ちゃんと決めてるよ」

 

「問題はまだまだ在るの、それだけではないわ」

 

弾君と数馬君は思わず閉口。

ふむ、この二人は『探す』事を目的としていたけど、その後の事もちゃんと考慮はしてる。

それでもまだ問題が全て解決する訳じゃない。

だから、冷たい言葉になるかもしれないけど、そこにメスを入れる。

 

「仮に連れ戻すにしても問題が在るわ。

かつて、全輝君が一夏君を虐げるのに利用していた人が居るのなら…」

 

そう、再び一夏君を地獄に突き落とす事になる。

もしも、そんな事になろうものなら……

 

「一夏を虐げていた連中なんだが…それだけは大丈夫だと思うぜ」

 

「「「………へ?」」」

 

私と虚ちゃんと鈴ちゃんの声が重なった。

え?どういう事?予想外の返答が返ってきたんだけど?

 

「ちょっと待ちなさいよ弾、私はそれについては訊いてないわよ!?」

 

「俺達もつい最近知ったばかりだよ。

俺と数馬だけで一夏の事を調べていたのと並行して情報が入ってきたが、あいつら碌でもない事になってるぞ」

 

弾君が立ち上がり、勉強机の引き出しを開き、緑色のファイルを取り出してきた。

それを開くと、そこには一夏君を虐げていたらしい人達の名簿が記されている。

 

「逮捕、交通事故、中には通り魔に襲われた奴も居る、過去の経歴を晒され、住所を特定されての社会的制裁を受けた奴も居る」

 

「お兄、これって…いつから?」

 

「四月に入ってからだな。

あの連中、芋づる式に、な。

偶然かどうかは判らないし、全輝の野郎が知ってるかも定かじゃないが、な」

 

間違いない、何かが動き始めている。

日付も丁寧に記されており、確認すれば…食堂で騒ぎを起こしたその翌日の夜。

まさか……報復は……もう始まっている(・・・・・・・・)!?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

GWに入ってからすぐ、ハース兄妹がイタリアへ帰国したその日の夜に、教職員全員が会議室に集合することになった。

緊急会議、といえば聞こえはいいかもしれないが、実質的には弾劾のそれに近しいものとなった。

 

「全員が集合したようですので議会を始めたいと思います」

 

その言葉を口にしたのは、3年の学年主任、『メリクル・ゼイン』だった。

 

「議会内容は、男子生徒が編入して以降の事です」

 

現状、男子生徒はこの学園に二人編入している。

一人は私の弟である『織斑 全輝』

もう一人は欧州、イタリアで発見された『ウェイル・ハース』。

 

前者は私の実弟という事ですぐに顔も名前も知られる事になった。

それは剣道の方面でもそこそこ名前も知られていたのも助長してのことだった。

 

だが、後者に関しては全くの無名だった。

イタリア政府も本当のギリギリになるまで日本政府に名前を明かさず、素顔もプロフィールも知られていなかった。

まあ、それはあながち間違った手法でもなかったのだろう。

情報を機密にし続けていたのは、何処に誰が居て、何処に情報漏洩をするのかが全く分からなかったからだろう。

だから、学園教職員全員に、外部への情報を流出させないようにと、暗黙の了解が広まっていた。

 

「今回、生徒一人の感情任せの暴走によって、無名でもあったウェイル・ハース君のフルネームが知られた。

これに関し、イタリアから多大な抗議文が届けられました」

 

・生徒の暴走を放置していた件

 

・ウェイル・ハースのフルネームの情報がテロリストに漏洩した件

 

・ウェイル・ハースの名前が知られたことにより、国民が危険に晒され続けるようになった件

 

・その上で、緘口令を敷き、事態の黙認及び隠蔽を図ろうとした件

 

それら全てに対しての抗議だった。

全輝は、そのバックとして私が居る事になる為、狙われる確率は僅かに低いだろう。

だが、ウェイル・ハースにもなると完全に無名の一般人だった。

バックとして控えている防壁となるような存在が誰も居ない。

テロリストからすれば狩猟の対象にするのは安易な選択肢だった。

そう、凛天使を始めとした利権団体からすれば、『男性だから』という理由で嘲笑いながら殺す。

それこそ狩猟(・・)のように。

そして、殺害対象に近しいものも殺した、という前歴も確かに存在している。

そこに見境はなく、多くの人間が巻き込まれた、との記述もまた存在していた。

 

ウェイル・ハースの名前を知られたという事は、彼の命だけでなく、国境を越えた先に居るであろう家族すら危険に晒され続けることになる。

そうなるにも関わらず、学園長を通じて下された日本政府からの命令は緘口令だった。

『口にするな』

『黙秘し続けろ』

『何もするな』

『何も見なかったことにしろ』

『何も聞かなかったことにしろ』

『何も起きなかったことにしろ』

 

それらを安易に告げていた。

それが一番簡単な対処だからだ。

何も起きなかったのなら、政府も動かずに済むからだ。

危険に晒され続けるのは自分たちではないからだ。

人一人の命が狙われる事で、多くの命が巻き込まれる事態へ繋がりかねなくとも、動こうとしないのは国境を大きく超えた先であるという事もある。

更には、男性搭乗者を気に入らないという派閥が国の上層部に多く蔓延っているからだ。

 

「さて、ここで皆さん全員に考えてもらいたい点があります。

この学園は日本政府によって運営されています。

この学園の設備の大半はその資金によって整えられ、学費免除のシステム、国家予算の幾分かから発生しているもの。

ですが、それを理由に学園生徒の意思を軽んじ、命を軽んじていいものなのか、と」

 

学園長のその宣言は、法の上に胡坐をかいている日本政府に対し、現場の意思の優先を訴えるものだった。

 

「山田先生、今回のテロリスト襲撃に対し、日本政府の動きは?」

 

「何も有りませんでした。

襲撃によって生徒が危険に晒されている時も、その後の事後処理の際にも。

自衛隊のIS機動部隊には連絡は届いていましたが、それは身柄の引き渡しが可能になった段階で、です」

 

事実上、日本政府は一切動かなかったという事だ。

 

「また、今回拿捕されたメンバーの半分が移送後に行方を晦ましています。

これにより、日本政府の一部分が国際テロリスト集団、凛天使と繋がりがあるものと推測が可能かと」

 

実質、利権団体の一部は国家の一部に食い込んできている。

それは、私とて否めなかった。

 

「では次に、襲撃に使われた機体とコアの出どころは掴めましたか?」

 

「回収された機体は、全てフランス製第二世代機『ラファール・リヴァイブ』。

そして、コアはコアナンバーを照合してみたところ、『日本』から一つ、他は『フランス』からでした。

フランスには、凛天使を始めとしたテロリストなどがはびこっているという噂は有名な話ですが…」

 

これはまた議会が荒れそうだった。

 

「では続けて、例の二人、『織斑 全輝』君と『篠ノ之 箒』さんについてです。

ティエル先生、報告を」

 

「はい」

 

そこから読み上げられたのは、私としても頭の痛くなるような話だった。

 

編入前からハース兄妹への接触禁止・干渉禁止の命令を下したがそれらを無視。

ハース兄妹に接触し、食堂を荒らす事件へと勃発。

多大な金額の賠償請求される事になったが、本人達は今になっても支払いを拒否。

 

その後、接触することになった凰 鈴音への殺害未遂。

その際に生徒用のディスプレイ搭載型の学生机を粉砕。

これに関しても支払い命令を下されたが、無視を決め込んでいる。

 

クラス対抗戦時も、整備室を使用しているハースに襲撃をしようとしたが、布仏姉妹に取り押さえられ、事が起きる前に沈静化。

 

テロリスト襲撃時もまた問題だった。

全輝は貸し出し用訓練機を無断で持ち出し、ウェイル・ハースに背後から奇襲を仕掛けようとするが凰によって事なきを得る。

箒は、避難する生徒の流れに逆らい、止めようとする生徒を殴り倒してまで放送室に乗り込み、テロリストたちの視線を下方向、生徒たちに銃口と砲口を向けさせる。

剰え、ウェイル・ハースのフルネームをテロリスト達に情報漏洩させ、国際問題を引き起こした。

 

「現在二人には、GW期間をすべて、謹慎処分、監視下における奉仕活動、課題追加などの処置を下していますが…当の本人たちは非常に不服そうにしています」

 

「反省は無し、ですか」

 

なぜあの二人がここまで問題を起こし続けるのかは判らなかった。

全輝は今までそんなに問題を起こすような弟ではなかったから猶更だ。

 

「はい、このままではGWが終わっても問題行動を起こし続けるものかと」

 

そう、二人ともすでに問題児扱いされていた。

 

「織斑先生、貴女が居るからこそ増長をし続けているのかもしれませんな」

 

「…そう、かもしれません…」

 

「『救いと依存はよく似ているが異なるもの』、ですが『甘えと依存は同じようなもの』。

已むをえませんが、貴女にはGW後からは副担任を増やし監視を強化。

その上で、再度二人には徹底的に話を着けてもらう必要があります」

 

この話に対し、私は頷く以外の選択肢など存在していなかった。

こうして私と全輝と箒には監視が強化された。

 

 

「そして1年1組の監視、兼、副担任として、非常勤講師のバーメナ先生に就いていただきたい」

 

「承知しました」

 

バーメナといえば、体育の授業の時に補助として入っている講師だった。

存外厳しい視線を送ることもあったか。

 

「ティエル先生、ハース兄妹はどうしていますか?」

 

「現在はイタリアに帰国しています。

企業や家族にも顔を合わせているものかと。

メールが送られてきましたが、幸いにも何事も起きていないそうです」

 

その言葉にホッとする。

もしかしたら、ウェイル・ハースこそ6年前に行方を晦ませ、死亡したものだと断じられた弟である一夏ではないのかという疑念が拭えなかった私としては、彼が無事だという話を聞けただけでも安堵できた。

 

「では、議題を続けましょう。

この先に起こるであろう学園内での問題について、です」

 

そこで持ち上がった話は、篠ノ之箒の扱いに対してだった。

今まで起きたであろう問題には、すべて箒が例外なく関与していた。

食堂での件、教室での件、整備室での件、テロリスト襲撃時の件。

ここまで問題を起こしていたとしたら、この先も問題行動を続けていく事になるだろう、とも教師陣は考えていた。

 

「彼女の退学処分を日本政府に要請しましたが、日本政府は頑として聞き入れませんでした。

篠ノ之博士による報復が発生する、その言葉による一点張りにより未だ彼女は在籍しています。

フラウ先生、依頼していた彼女の過去の件に関してはどのような情報が?」

 

「はい」

 

1年2組の担任であるフラウがプロジェクターを起動させる。

壁面に映し出されたのは、むろん篠ノ之本人だった。

そして、その過去の経歴が一緒に映し出され多くの者が息を呑んだ。

 

小学校(リトルジュニアスクール)4年生の段階で地元から引っ越し。

これは篠ノ之博士の身内だからという事で日本政府によって発令された、重要人保護プログラムによるものです。

家族と引き離され、政府保護下に居ることを条件に、日本のあちこちを転居を続けていましたが…」

 

そこまでは私も把握していた。

だが、そこから先(・・・・・)は把握していなかった。

 

「転校をした先の学校で傷害事件を幾件も発生させています。

理由としては生徒同士での諍い、それにより多くの子供が傷を負うことになりました。

…中には、これにより目標、夢を失った子供もいれば、一生残る傷を負うことになった子供も居ました。

転居、転校は、それらの揉み消しのためとも言えるものかと」

 

「…まるでケダモノね」

 

「学園内での話は聞いたけど怒りの沸点が低いみたいだものね」

 

「お陰であれでしょ、国際問題をすでに何度も起こしてるっての?

後先考えてないの?」

 

「有り得そうね、考えなんて無くて感情だけで動いているんでしょ」

 

「…ケダモノだわ…」

 

ここで学園長が咳ばらいを一つ。

空気が再び張り詰めた。

 

「日本政府からの命令はもう一つ。

篠ノ之博士からの報復の危険性がある為、今後は今回以上の処罰を与えぬように、と」

 

それは報復という幻想を恐れた政府が下す篠ノ之に対しての懲罰軽減の命令だった。

 

「これを違反した場合は、我々に処分を下すとのことです」

 

再び、一気にざわつくこととなった。

生徒が起こした問題で、処罰を与えようとすればその教師が日本政府の名のもとに処罰が下されることになるという理不尽だった。

 

「学園長、よろしいでしょうか?」

 

「なんでしょう、山田先生」

 

「日本政府の命令に対してはそのまま頷くのですか?

彼女の振る舞いはすでに幾度もの国際問題にも発展しました。

幾度言っても聞かない相手に、軽度の懲罰で済ませては、これまで同様に反省を促せるとは思えません。

それに、日本政府の動きは…言い方は悪いですが、責任の放棄を続けているようにも思えます」

 

真耶の言葉もまた、日本政府の方針に異を唱えるものだった。

彼女は、既に私の肩を持つ身ではなく、『監視者』という第三者の視点で物事を見ている。

むろん、篠ノ之の起こす問題にも駆り出されることも少なくなく、其の頻度に頭を抱えていた。

だからこそ、この意見なのだろう。

 

「確かに、彼女は反省が在りません。

過去の経歴を見れば、言葉に困れば暴力を、時には篠ノ之博士の名を使って無理やり相手を黙らせることも少なくない。

それが原因での転校も相次いでいました、各地で起こした問題を一切解決する事も無いままに」

 

確かに、各地で禍根と怨恨、爪痕を遺し、問題はその地に置き去りに。

どれだけ問題を起こしてきたのかなど考えたくもない。

 

届けられた経歴を見てみる。

部活動での諍い、学業方面での諍い、学生と教諭間での諍い、学外での諍い。

そのたびに負傷者、入院者などが出ていたようだ。

…正直、箒が少年院に収監されなかったのが不思議なレベルだが、日本政府はそれほどまでに、いつか起きるかもしれないという束の報復に恐怖しているのだろうか。

いや、それとも…束に媚を売るためか…?

 

「彼女が破損させた施設、設備の損壊状況は?」

 

「食堂の設備、食器、生徒達の料理、鑑賞植物、机や椅子などの家具、投影機、1年2組の学生机と椅子、占めて120万円です。

その請求こそしましたが、支払い拒否の一点張り。

今日が期日でしたが、最後まで支払い拒否をしたため重要人保護プログラムで離散している両親達に請求書をメールで飛ばしました」

 

もう、事態は動いているということか。



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第45話 零風 求める方針

ペラリ、ペラリとページをめくる。

弾君が用意した書類に目を通しながら、その隣で虚ちゃんが端末を使い、その詳細の確認と裏付けをしてくれている。

 

「最初の一件目は、交通事故。

起きたのは、食堂の件があったその翌日の夜。

周囲に監視カメラも無く、人通りの少ない場所。

部活動の帰り道で轢き逃げ、目撃者も居らず、犯人の目星もついていない。

その翌日には市街地で不審車輌が発見されるも、盗難車だった。

元々の所有者は車輌強盗犯、か」

 

盗っ人の車が盗難され、犯行の道具にされるとか、なかなかに理不尽よね。

まあ、それはそれとして、被害者側は両足を粉砕骨折し、所属していたサッカー部での続行は出来なくなった様子。

 

「二人目は、通学時、…日時は……」

 

セシリアちゃんがウェイル君に暴行と罵倒を行った。

その件の後には……何故か三日間の空白の後に野球部に所属する男子生徒が、通学路で通り魔に襲われた。

 

「利き腕の肩の腱をナイフで切られ、野球人生を終える、か。

けど、セシリアちゃんはその後日にもウェイル君を連日罵倒していたわね…」

 

それにも対応していると言わんばかりに連日の襲撃によりあちこちで怪我人が出ていた。

 

その後の事件も、傷を負えども、死者だけは出ていない。

社会的抹殺をされた人も居るには居るけれど。

例え、セシリアちゃんの最後の暴走の後も。

 

でも、それもあの日に終わった。

篠ノ之箒によって、ウェイル君の名前がテロリストに知られてしまった。

その翌日にも被害者が出ている。

情報を漁ってみれば、その人物は全身粉砕骨折のうえ、意識不明の昏睡状態に陥っている。

 

「この女性はどういう関係なの?」

 

「それは、昔の担任の教師だった人だよ。

一夏への仕打ちを知りながら、それでも一切何もしなかった無能教師だよ」

 

資料を見た限りでは、歩道橋の階段からの転落と記されていた。

けれど目撃者も居らず、単独事故として処理されているらしい。

ここ迄の案件全てに目撃者が誰一人として居らず、ただの偶発案件として警察は処理している。

人同士での繋がりはあるけれど、彼等全員が『加害者』であると言う事実が、確かにそこには存在していた。

 

「判っているのはここ迄だ。

事件に遭遇しているのは、一夏に対して迫害をしていた連中、そしてそれを知りながら何もせずにいた傍観者だ…だから…」

 

そこで弾君の言葉を区切る。

再び紡がれる言葉に、私は戦慄する事になった。

 

「『何もしなかった』のと、『助けられなかった』のを同じように見ているのなら…近い内に、俺と数馬も、こいつらと同じようになる。

そう、思っているんだ…」

 

私も、虚ちゃんも、そして鈴ちゃんも押し黙るしか出来なかった。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

これまで起きた騒動の、賠償金額を思い返してみる。

莫大な金額ではあるが、その一部は私も負担する事になっており、給与を差し押さえられてしまっている。

それでも、100万を決して下回る事は無いであろう唐突な金額の請求、それを篠ノ之の両親方はどう思っているのだろうか。

一夏が階段から落ちて骨折してからだっただろうか、それから間もなくして柳韻さんは、道場に姿を現さなくなったと聞く。

後に、剣を捨てたのだと教えられた。

離散してからは、私は一度も顔も見ておらず、姿を見ていない。

別れ際とて、顔すら見せてくれなかった。

 

もしかしたら、箒が各地で引き起こしたという問題についても話は届いていたかもしれないが…。

 

 

「話を移しましょう。

次に議題にするのは、ウェイル・ハース君です。

彼の学園内での態度はどうでしたか、ティエル先生?」

 

「至って真面目です。

また、周囲の生徒達との繋がりは出来ておりますが、特に悪い話はただの一つも届いていませんね。

座学に関しては一般教科はやや危ういですが、専門分野、工学関係ですと他の生徒達よりも頭一つ飛びだしています。

機械分野が得意なようで、学園内での機械品の修理をしてくれたりで、評判は高いですね」

 

実質、その話は私にも伝わって来ていた。

今まで修理などを諦めていた機械設備などの修復をしてくれたりなどの話が届いている。

尤も、篠ノ之が破壊した設備に関しては、修理ができないほどの損壊だったので、廃棄処分に至っていたが。

 

「ほかにも4組で受け持っている日本国家代表候補生の機体組み上げが間に合っていないとのことで、多くの生徒達に依頼して組み上げ作業に貢献したという話もありますね」

 

「ああ、そういう話も出てましたね」

 

有名になっていた話だった。

専用機所持者が居ながら、その専用機が完成していないというのは大きなハンデになっていただろう。

尤も

 

「その原因となったのが別の搭乗者の機体組み上げの為に、予算、設備、人員を奪われた、との事でしたが…」

 

その瞬間に、殆どの視線が私に突き刺さる。

それは周知の事実だった、全輝の機体である『白式』の完成の為に、話が調整をされたからだった。

結果、更識の専用機開発計画は無期限で凍結され、更識がコアと機体をそのままで受領し、個人での開発に移ったからだ。

悪い事をしてしまったと思っている、謝辞は未だに出来ていない。

 

「妹のメルクさんが常時一緒に居るのは?」

 

「妹さんの方が座学では成績優秀者だからということで、苦手科目を教えているそうです」

 

「兄妹で仲が良いのねぇ、似てないけど」

 

「でも、トラブルに巻き込まれやすいみたいね、ハース君は」

 

「そのトラブルを起こしている生徒って…」

 

再び冷たい視線が私を襲ってくる。

全輝、箒、そして既に退学処分を受けて学園を去ったオルコット、その全員が私が受け持っている生徒だ。

 

「えっと…ウェイル君ですが、座学方面では危うい面は見受けられますが、妹さんがフォローしています。

個人的にも見ても、特に問題はなく、性格や生活態度からすればどちらかというと模範的な生徒と言えると思います。

進路も、2年生になったら整備課へ進むと決めているそうです。

また、将来的なことも既に決めているらしく、現在はイタリアの所属企業への就職を考えている、と」

 

「将来設計もしっかりとしているわね」

 

「ええ、国家代表を目指す妹さん専属の技師になる、とも言っていました」

 

明確な目標を持ち、前進しているということか…。

 

「そんな彼を失うことはイタリアにとっても、そして我々にも痛手になりうる。

…いえ、イタリアから抗議文が来た時点で黙っていられるわけにはいかないでしょう。

織斑君、篠ノ之さんの両名にはこれまで以上に、目を光らせてもらいたい」

 

今後の方針はとりあえず決まった。

全輝と箒への監視の強化、その前提として全輝と箒への監視増加だった。

私は…二人への見せしめという事か…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイル=一夏ではないのかという予想は私の中で組みあがっていたけれど、それを証明する手立ても手掛かりは結局なに一つも見つからなかった。

五反田食堂の一階で業火野菜炒め定食を食べながら天井を見上げてみる。

ウェイルはメルクと一緒にイタリアに帰国している。

休みの期間を考えれば、明後日くらいにはまた学園に姿を現すものだと思われる。

 

「結局は手掛かりも前進も無し、かぁ…」

 

私が中国本土側で得られた情報だけが前進と言えるかもしれないというのもなんだか空回りのそれにすら思える。

一度、気の迷いに近かったかもしれないが、イタリア側に更識先輩の伝手でもあるという人に情報収集に行かせられないかと提案してみたけれど…。

 

「絶対、ダメ。

その提案は決して受け入れられないわ」

 

とダメ押しまでされたうえで拒否された。

何か後ろめたい事でもあったのかな…?

まさか、ね。

 

そして、弾と数馬を通して判明した事が一つ。

かつて、一夏を虐げ、一夏が居なくなった後には私達を虐げてきた連中の事。

全輝の取り巻きだった奴等は、先月から次々と何らかの被害に遭っている。

でも、被害を受けたのは、全員じゃない。

もしかしたら、全輝の取り巻きが今後も狙われ続けるかもしれないという件だった。

私としては、あの連中がどうなろうと、あまり思う所は無かった。

薄情かもしれないけど、そんなものだった。

 

 

 

 

「ご馳走様、やっぱりこの定食美味しいわね」

 

「おう、今日も今日とてご苦労さん。

明日には学園?ってのにまた戻るんだろう、あんまり無茶をしない程度にな」

 

厳さんの言葉に笑って返す。

 

「何言ってるのよ、一夏を探すために情報収集をするのには多少の無茶も必要よ。

邪魔が入ってきたりしてるのは確かな話だけど、それを振り切ってでも見つけたいって思ってるし、押し通したい我が儘だって持ってるんだから!」

 

「がっはっは!蘭も手ごわすぎるライバルを持っちまったもんだ!」

 

今更よ、だって私は何年掛かってでも絶対に諦めないって決めているんだから!

 

「じゃあ、お皿洗い手伝うわ、明日の仕込みもね。

それからシャワーを使うから」

 

「ここ毎日言ってるが、そこまでしなくても良いんだぜ?」

 

「何言ってるのよ、これくらいしなきゃ無銭飲食の食い逃げでもやってる気分になって嫌なのよ!

それに泊まらせてもらってるんだからこれは当たり前の手伝いよ!」

 

やるべき事はキッチリとやっておく。

それは自分なりの主義だと思う。

飽きっぽい自分を断つにも、一夏を探すのにもそれは必要な事だと思っている。

もちろん、学園の外に出ているから訓練なんて碌に出来ない、その分は、学園に戻ってから倍以上に訓練をすることに決めていた。

これくらい自分にスパルタでないと、国家代表候補生なんてやってられない。

その称号に至る目では並大抵ならぬ努力だってしてきた自覚がある。

むろん、『国家代表候補生』の称号は多くの人にとっては目標ではあるけれど、通過点でしかない。

その上の『国家代表選手』に至るための通過点。

だけど、私にとって『国家代表候補生』の称号は通過点であるのは確かだけれど、ただの『手段』でしかない。

一夏の情報を探すための手段として称号を利用していた。

もしも、もしも見つけることができて、一緒に居られるようになったのなら、その肩書きはサッサと捨てる覚悟だってしている。

後輩だろうと後進だろうと、称号と専用機を譲る程度は、ね。

 

「あ、鈴さんお疲れ様」

 

「アンタもね。

通ってる学校では早くも生徒会長らしいじゃない。

結構苦労するんじゃないの?」

 

『長』なんてものが名のつく肩書というのは得てして苦労するものだと思っている。

アタシだったらさっさとおっぽり出してる。

 

「確かに苦労は多いですよ。

こんな世の中で、あんな風潮が出回ってますから。

面白半分で男性にカツアゲしようとしてたり、ISを理由にして脅しをするって人が多いんですから」

 

お嬢様学校じゃなかったっけ、アンタの通ってる学校って…?

 

「こんな事になるならお兄が通ってるような共学の学校が羨ましいですよ。

でもエスカレーター式の学校だし、生徒会長なんてやってると逃げられなくて…。

IS適性試験は受けて、高ランク判定も出してるから今から勉強して逃げようかなぁ、なんて考えたりしてますけど…」

 

またアンタは難しい進路を…。

 

「まぁ、高ランク判定を出してるんだったら万が一程度の確率は発生しないわけでもない、か」

 

IS適性はその殆どが先天性によって決まるとされている。

ランクが上昇する人も中に入るけれど、そちらの方が稀有な例。

私は一応Bランク判定だったけど、あんまり興味が無い。

才能とやらが在ったとしてもそれを活かせるのは本人の努力によるものだと思っているから。

一夏は…決して努力を怠ることをしなかった。

勉強は下手だったけれど、それでもあの日に部屋で見つけたノートにビッシリと記された文字の羅列は脳裏に焼き付いている。

あれだけのノートを埋めるためであれば、どれだけの期間、どれだけの時間を費やしたのかは私にも察する程度は出来た。

寝る時間だって削っていたんだと思う。

だから、決して努力を惜しまなかった一夏を愚弄する連中は絶対に許さない。

 

「女尊男卑の風潮のど真ん中に近いわよ、あの学園は」

 

「えぇぇ…」

 

「それよりかは、普通の共学の学校を探す方が無難かもしれないわよ」

 

ウェイルもそれによる被害を受けているかもしれないし。

実際にはあちこちで機械品の修理作業とかやってるかもしれない。

 

「ついでに、あの全輝だって居るのよ」

 

「うっわ、最悪…」

 

一気に表情が渋いものに変化した。

まあ、アイツを嫌っているのは私も同じ。

一夏を虐げていた張本人だから当たり前だけど。

 

ってー訳で、蘭が考えていたらしいIS学園への入学の進路は即座に取り潰された。

これからは普通の進学校を探すことになるらしい、まあ頑張ってほしい。

 

翌日、私は朝食を食べた後、学園へ向かうことになった。

場所的にもお昼過ぎには着くと考えていた。

電車をのりつぎ、モノレールに乗り、それでようやく学園に到着した。

 

「お、来た来た鈴。

みんな待ちわびてるわよ」

 

「待ってたって何をよ?」

 

ルームメイト兼クラスメイトのティナ・ハミルトンがいきなり私の手をつかんで走り出す。

抗うこともできずに私もそこから走るしかなかった。

向かう先には第4アリーナ、そこにはクラスメイトのほとんどが姿を見せていた。

 

「鈴と一緒に機動訓練をしたいって人が殆どでね。

慕われてるわねぇ鈴は」

 

言葉になぜか棘を感じた。

気のせいだと割り切ることにした。

 

「仕方ないわね、私も訓練をしておきたかったからまとめて面倒を見てあげるわよ!」

 

仕方なしに返答を返すとどいつもこいつも大はしゃぎ。

さぁてと、暴れるとしますか。

 

アリーナの更衣室でISスーツに着替え、グラウンドに出る。

全員制服の中に着込んでいたのか、私よりも断然早かった。

私が承諾してなかったらどうするつもりだったんだか。

 

「で、訓練機の貸し出し状況はどうなってるの?」

 

「打鉄が1機、テンペスタⅡが3機よ。

兵装はそれぞれの基本スペック通りになってるから」

 

どちらとも基本スペック通りなら、剣と銃だったわね。

ああ…そうだ…それとだけど…

 

「アイツ、居ないわよね?」

 

「ああ、織斑君の事。

彼なら重大規則違反でね、朝から夜まで無償奉仕活動と課題の追加と、懲罰房への収監だってさ。

心配しなくても大丈夫よ、乱入してくる事は無いから」

 

「そう、そっちはそっちで安心だわ。

じゃあウェイルたちは?」

 

「ウェイル君?彼だったらまだイタリアから到着してないんじゃないかしら?

学園内で姿を見た人はまだいないらしいから」

 

そっか、まだイタリアに居るのか…。

思わず空を見上げる。

日本から見れば、勿論中国から見ても、イタリアはあまりにも遠い場所。

どこかの空の下、ウェイルは何をしているんだろうと考えてみる。

 

「元気にしてるのかな…」

 

そんな呟きは、5月の風に揉まれて流れた。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「…ちっ!…あのクソガキ共…やはり目障りサね…!」

 

首相、ガルス・ドミートと一緒に報告書を確認し、その内容に私は舌打ちをする。

IS学園で開かれたクラス対抗戦の最中の出来事がそれに記されていた。

国際犯罪シンジケート『凛天使』による急襲、ウェイルとメルク、そして中国国家代表候補とロシア国家代表によって迎撃。

学生達の避難と、その後の教師部隊の突入までの時間稼ぎのために迎撃していたが、織斑全輝がそこに汎用機である打鉄で乱入。

事もあろうに、ウェイルを背後から狙って攻撃、凰鈴音がそれの対処に追われる。

そして続けざまに、篠ノ之箒が避難通路の真上にある放送室を占拠して施設を無断使用。

ウェイルを名指しで(・・・・)弾劾したのだと言う…。

 

「何と言うか…後先のことを考えないように見えますな…」

 

「織斑のクソガキは、今までは本性を隠していたつもりだったんだろうけどサ、私たちには通用しないサ。

だが、問題なのは…」

 

もう一方のクソガキの方だ。

こっちは猶の事にタチが悪い。

後先も考えず、理屈も通じず、感情だけで動くケダモノだ。

しかも暴力を振るうことに躊躇いも無い。

あのアホ兎の言っていた通りだった。

他者に害する以外に何もしない、もしくはそれ以外に何も出来ないといった本当の木偶の坊、人間としての出来損ないだ。

 

「これでウェイル君はテロリスト達の標的にされてしまった…。

イタリアの外には名前が広まらぬように、細心の注意をしてはいた…。

それでもどこかから漏洩する危険もありましたが…よりにもよってテロリストに名前を明かすなど何を考えているんだ!」

 

名前が知られてしまえば、顔が知られるのも、時間の問題。

そうなれば家族構成も調べてくるだろう、所属企業も知られてしまう。

そうなってしまえば、もう時間の問題だ。

付け加えて、奴らは手段を選ばない。

ターゲットを殺害するのに、その際に嘲笑いながら、故意に、無作為に、無差別に犠牲者を作り出す。

結果が出せれば、過程がどのようになっていようとも構わないというのが奴らの考え。

その果てに、たった一人の人間を殺すのに、一つの街を消し去った事例が存在している。

それをウェイルとメルクも知っている。

なら、あのクソガキ共は知っているのか?

知っていてもやることは何も変わらないだろう。

 

「それで、日本政府とIS学園の対応はどうなっているのサ?」

 

「『緘口令を敷く』、との事でしたが、お嬢さんが断固として拒否。

ロシア代表、中国代表候補もそれに同調し箝口令に反対しているそうです」

 

「成程、ならこの話はロシアと中国にも出回ったということサね」

 

IS学園の学園長には悪いが、今後も胃痛に悩み続けてもらうことになるだろうサ。

 

「で、早速捕縛はしている、とサ」

 

イタリア北部の国境線でテロリストの一部が侵入を試みようとして、捕縛の知らせも書類には記されていた。

…動きが速い、情報は既に海を越えてきている。

その上で、テロリストはもう動きを見せ始めている。

 

「…チッ!」

 

ウェイルとメルクには見せられない顔をしているであろう事は自分でも自覚できてしまっていた。

だが、そこまでさせるほどの不愉快さが私の内に走っていた。

 

「自分の成長を止めてまで、他者の足を引っ張ろうとする、そんな輩ですな…」

 

「ああ、そうサね…生粋のケダモノさ…。

あの女、織斑千冬も鎖を握れなくなっているだろうサ…」

 

一旦、私たちの計画を見直してみる。

 

第一段階として、織斑千冬へ向けられていたであろう信頼を根こそぎ削ぎ落とす。

これは成功している、更に監視体制までついているというオマケ付きで。

 

第二段階として、織斑千冬の懐刀でもある暗部、更識を離反させる。

これも半ばまでは計画通り。

 

第三段階として、その更識をウェイル達の護衛に利用する。

これも既に計画通り。

 

そのプロセスとして、織斑全輝と篠ノ之箒の行動を制限し、接触を避けさせる。

だが、奴らは理屈も通じず、感情だけで動くケダモノだった。

織斑千冬も、鎖を握れていないのだろう。

 

その結果が、コレだ。

 

「…計画を第四段階に移行させることにはなったが、こうまで早いとは、サ…」

 

私が右手に握る書類には、二人の人物の写真が載っていた。

国外に潜ませている密偵より届けられた。

事前に、そして今後に織斑姉弟に関わってくるであろう人物達。

片やドイツ、織斑千冬に依存する小娘。

片やフランス…とうとう動き始めたデュノア社。

 

「またウェイルには波乱が待っていそうサ…」

 

フランスは産業スパイ育成が盛んという噂が出回っているうえに、実際に女権団体だのが潜伏しているという確定情報まで存在している。

これでウェイルの所に産業スパイが現れようものなら、フランスが国際問題を起こしたということにもなるが、ウェイルがトラブルに巻き込まれるという形で関与したということにもなりかねない。

この一か月でもトラブルに関わっているというのに、これ以上はこちらで何とかしてやりたいという気持ちが出てくる。

 

「ドイツ側は対象が彼女に依存しているというのは理解できますが、フランスの思惑が判らない。

何故デュノア社は、フランスが世界の鼻摘み者にされているのを理解しながら、今更産業スパイを?」

 

「懐柔するのにウェイルが相手なら出来そうだと思っているんだろうサ。

確かにあの子は優しすぎるきらいが在るからね…けど、FIATの社員だということを自覚はしているから大丈夫とは信じてあげたい所サ」

 

甘い面があれば、そこを埋めてくれるのはメルクの利点。

誰に似たのか…?

 

「ですが、フランスの産業スパイが失敗する危険性を考慮していないのでしょうか」

 

「……確かにそうサ、失敗すればフランスからはトカゲの尻尾切り、アラスカ条約違反の露見。

成功して得られる利益よりも、そこに至るまでの成功率の低さと、失敗した後のデメリットの方が大き過ぎる」

 

これじゃあ、まるでフランスは失敗を大前提にしているかのような…。

まさか、ね…。



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第46話 新風 それからの

イタリアから飛行機を使って空の旅。

シンガポールで乗り換えてからの日本への渡航の旅。

やはりと言うかなんと言うか…

 

「堅苦しいよな…」

 

飛行機の中では座ってばかりでエコノミー症候群になりそうだし、他に何もできるわけでもない。

 

「体がバキバキだ」

 

ちょっと体を捻れば不健康な音が聞こえてくる。

こら、メルクは女の子なんだからマネしない。

オマケに、だ。

 

「フードを目深に被っていたら猶のことにな…」

 

篠ノ之が俺のフルネームをテロリスト集団に明かしてしまった以上、俺はおいそれと公で顔を出す事が難しくなった。

名が露見してしまっている以上、顔が割れるのも時間の問題。

だから大っぴらに顔を出して歩く事も出来ない。

 

「なんで俺がこんな日陰者みたいな真似をしなきゃならないんだか…」

 

「本当に、理不尽ですよね…」

 

姉さんは政府を通じて日本政府に抗議を入れると言っていたが、それでどれほどの効果が出てくるのかは俺には判らない。

それに男性搭乗者というイレギュラーを排斥しようと手段を選ばない連中はどこに居るのかも判らない。

何も悪い事をしていないにも拘らず、俺は顔を隠す日陰者に追いやられ、テロリスト連中は日の下を堂々と闊歩している。

釈然としないし、理解も納得も出来ない。

篠ノ之とかいう女子生徒、これが狙いでやったんじゃないだろうな…?

無意識でやったというのなら猶の事タチが悪いと思う。

無意識で他人に迷惑かけるような病気なら医者に行って診てもらって来いってんだ。

ついでにその無責任な性格もどうにかしてこいっての。

思い返してみると、出会い頭の段階で背後から殴りかかってくるわ、整備室で機体調整をしている際にも襲撃しようとしていたらしいし、挙句の果てにはテロリストに俺の情報を開示する始末。

どう考えてみても『積極的に他人に害を成す』をやらかしている。

まさかとは思うが、日常的に繰り返しているんじゃないだろうな………?

二度と関わりたくない。

 

あれ以降、俺は服装にも気を使わないといけない。

あの日、FIATの購買部で見つけたお気に入りのジャケットも「目立つから」という理由で屋外での着用を姉さんに禁止されてしまっている。

極力人ごみに紛れても目立たぬ服装をしないといけない。

更には、目立つ傾向にも繋がる白髪を隠す為にも、茶髪のウィッグを着けている始末だ。

いっその事、髪を染めようと思ったけど、両親とメルクと姉さんに猛反対されて諦めた。

挙げ句の果てにはメルクが「だったら私がお兄さんに合わせて髪を脱色します!」とヤケクソになり家庭内が混沌と化したのは我が家の黒歴史だ。

ウィッグの着用を父さんが折衷案として提案。

俺は腰にまで届く茶髪のウィッグを着用した。

姉さんと母さんがそこにヘアメイクというか改造し、前髪は長めに調整され、目元に届いている。

そしてメルクもウィッグを着用し、髪の色だけなら兄妹に見えるだろう。

同じ品だが、身長差もありメルクのウィッグは膝にまで届いている。

今後、学園外へ外出する際にはこれを着用するようになるだろう。

 

ウィッグの着用には納得しているのだが、腰にまで届く長さの髪と言うのは少しばかり邪魔になる。

 

「…ああ、本当に…理不尽だ…」

 

まあ、日本政府が抗議を受け入れたのなら、この日本から利権団体だとかを一掃してくれるんじゃないかとも思うのだが、そんな動きは全く見受けられないと姉さんから教えてもらった。

クラス対抗戦の際に捕縛された構成員も、半数が行方を眩ましているらしく、何処から襲われるか判ったものじゃない。

これだけの情報でも日本中枢の重要な情報らしいが、姉さんはどうやってそれだけの情報を仕入れているのだろうか?

今更ながら姉さんの情報網と人脈には驚くしかない。

 

なんにしても、俺がこうやって顔を隠し続ける日はいつまで続くのだろうか…?

 

そう思いながら、俺とメルクと一緒にモノレールに乗り込んだ。

モノレールは飛行機ほどに窮屈には感じられない、見渡せば車窓からは見渡す限り海が見える。

だが、ここで問題点が一つ。

 

「この近隣に釣りができる場所が何処にも無いんだよなぁ…」

 

「それ、また考えていたんですねぇ…」

 

「俺にとっては丁度いい息抜きだからなぁ…」

 

それに釣り場のオッちゃん達とも今回は全然顔を合わせられなかったからな。

元気にしてるかなぁ…。

姉さんの話では、例の釣りスポットには、珍しくギース氏も訪れていたらしいし。

 

そう思いながら揺れないモノレールに乗る時間もわずかに俺達二人は車体から出た。

到着した先は少しだけ懐かしくも、マトモな思い出が碌に無いIS学園だ。

校門をくぐり、ウィッグを外した俺を出迎えてくれたのは

 

「あら、元気そうでなによりだわ、ウェイル君、メルクちゃん」

 

「どうも、ご無沙汰してますティエル先生」

 

「お久しぶりです」

 

「二人とも元気そうで何よりだわ、イタリアでは何も起きてなさそうで先生も安心したわ。

それで…、その大きなトランクは何かしら?」

 

ティエル先生の視線が俺とメルクの手元に向かう。

入っているのは、イタリアの新製品でもあるプロイエットだ。

 

「まあ、ちょっとした娯楽品ですよ。

早速ですけどどこか空いているアリーナって何処か在りますか?」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

その言葉で案内してもらったのは第7アリーナ。

お兄さんも地味なフード付きコートを脱ぎ、ISスーツに着替え、足にはプロイエットを履き、ベルトで足に固定する。

 

「それ、ローラーブレードよね?」

 

「う~ん、形状は似てますが別物ですよ。

企業からもらったものなんです」

 

体の各所にプロテクターを取り付け、腕にコントロールパネルを装着し、これにて準備完了。

 

「さてと……じゃあ、始めるか」

 

滑り出しはそれこそローラーブレードと同じように。

そっから手元のパネルで指示を出すことで、ブーツが加速を始める。

少しずつ加速の度合いが増していき。

 

「さあ、最高速度だ!」

 

時速60キロにまで到達。

その速度のままグラウンドのカーブを曲がる。

ちらりと横を見てみれば、お兄さんも気分が良さそうにも見えた。

釣りの代わりのストレス解消にもなりそうで少し安心です。

 

「何周くらいしますか?」

 

「そうだな…10周位で良いかな。

…やっぱり、こうやって風を感じられるのは気持ちが良いな…」

 

よかった、本当に気分が良さそうです。

 

先の宣言通り、きっちり10周を走り終えた後、グラウンドの入り口にまで戻るとティエル先生が…。

 

「そのブーツ何なの!?

ローラーブレードじゃなかったの!?」

 

いえ、だから、先に言った通り見たまんまのローラーブレードじゃありませんってば。

気づけばアリーナには多くの生徒が押しかけてきていて、私もお兄さんも揉みくちゃにされたりと予想外のトラブルが…。

 

「ははは…とんでもない事になったな…」

 

私もお兄さんも髪がボサボサに状態になって、ようやくアリーナを後に出来た。

それほどまでにプロイエットが多くの人の目にとって魅力のある代物になったのかもしれませんね。

まだ量産体制にも移っていない製品を受け取って持ってきているわけですから…多くの人には気になるものなんでしょうねぇ…。

いろいろと根掘り葉掘り聞かれ、すっかり夕方です。

学園についたのはお昼前だったのに…。

 

「飛行機を見て思いついただけだったのにな…」

 

ああ、飛行機の脚部だったんですか、モデルは…。

それに関しては私も聞いてなかったんですけど…、飛行機を見て、離陸時のことを思い出したんでしょうか?

 

「そういえば、あれだけの人込みだったのに、居なかったな…鈴……」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「そういえば、あれだけの人込みだったのに、居なかったな…鈴……」

 

周囲は見渡しているつもりだった。

それでも、こんな言葉を口にするくらいだ、それほどまでに無意識にでも探してしまっていたんだろうか…?

 

まあ、いいか。

それにこれ以上言ったらメルクが拗ねる。

そうなるよりも前に

 

「アリーナじゃ訓練できなかったし、ここで一度手合わせしてくれないか?」

 

「はい、良いですよ!」

 

コールするのは槍、ではなく打撃用の棍だ。

長さでいえば俺の身長よりも少しだけ長い190cm程。

メルクが抜刀したのもあくまで模造刀だ。

生身の時にはこっちのでやることのほうが多い、最悪でも打撲程度で済むし。

 

「じゃあ…始め!」

 

こうして俺とメルクの丸一日振りの特訓が始まった。

俺は長棍、メルクは双剣だ。

俺は間合いを詰められないように注意を払いながら、その分メルクは手数で押してくる。

だがまあ、今の俺が使っているのはどちらかというと『槍術』というよりも『棒術』だよな。

結果は、まあいつもの通りってことで。

国家代表候補生を侮ってるわけでもなく、その努力だって知ってるけどさぁ…。

あ、もう威厳なんて気にもしてないから今更なんだけどね。

終わったころには俺だけ汗びっしょりだったりする。

メルクの苦笑が荒んだ心に涼しく感じるよチクショー…。

 

「さてと、今日は食堂を使うか…料理をするのが面倒だ…」

 

母さんには及ばないが、ここの食堂は色々と美味しい料理を食べられるからな。

 

夕食の為に食堂にまで来たみたものの、やはり鈴の姿は見当たらなかった。

何と言うか…少し残念かな。

 

選んだメニューとしては、俺はアクアパッツァ、メルクは洋風定食だ。

やっぱり俺は肉や野菜よりもシーフードが好みになってるんだろうなぁ。

一番好きなメニューは『ミネストローネ』だけどさ。

 

「えっと…空いている席は、と…」

 

トレイを受け取ってから見回してみるが殆どの席が埋まっている。

 

「あんまり空いてないですね…」

 

「そうだな…窓側の席なんて言うまでもなく全部埋まってるし…」

 

食堂の席は事前予約制度ではなく、その都度その都度自分たちの手で確保しなければならない。

大人数であれば、誰かに席を確保させておくのが賢い判断かもしれないが、今の俺たちは二人だけ。

席を確保するのも難しかったな…。

ともなれば、同じく少数人数の誰かに相席させてもらうのがいいだろう。

 

「…げ…」

 

食堂の隅の席で食事をしているであろう織斑と篠ノ之と目が合った。

俺としては絡みたくない相手だ。

というか懲罰房に謹慎を受けていたとか聞いたが、食事時は話が別なのかよ。

物のついでに、理由はわからないが、憎悪だの殺意だのを込めた視線を向けてくる。

しかし、だ…ふと思い出す。

即ち『俺、アイツ等に何かしたっけ?』という思いだ。

 

さらに思い返してみれば、あちらから一方的に絡んできたのであって、俺からは特に何もしてないよな?

機体の破損?

それは試合に於ける出来事の一つでしかない。

 

「あ、ウェイル君、それにメルクちゃんも。

此処空いてるよ、相席してく?」

 

有難い声をかけてくる人物が居た。

視線をそちらに向けてくると…金髪の女子生徒。

確か、ティナ・ハミルトンさんだっけか。

 

「じゃあ遠慮なく相席させてもらうよ。

良いよなメルク?」

 

「はい、そうしましょう!」

 

トレイ片手にずっと突っ立ってるわけにもいかず、誘いに乗らせてもらうことにした。

流石に立ち食いで過ごそうとは思わない、座れるのならこの誘いに乗らせてもらうとしよう。

 

「ただの数日だったけど、どんな風にイタリアで過ごしてたの?」

 

「そうだな、訓練だとか開発とかがメインだったな。

それから、今までは調整不十分だった部位も調整が出来た、それに関しても今後は訓練に付け加えていかないとな」

 

アルボーレ、ウラガーノ、アウルの三つの事だ。

今まで使わなかったのは、簡単に見せる気がなかったから。

勝率低下を防ぐためというのもあるが、それに関しての建前というか言い訳が『調整不充分』というものだ。

さて、初めて試合で使うとしても対戦相手は誰になるのだろうか。

 

なお、同様にメルクにも秘密兵器がある。

アウルはもちろんだが、二挺のレーザーライフルを連結した際の砲撃モード。

射程距離もそうだが、その威力も莫大だ。

アウルで捕まれるなり、スラスターを損壊させた状態なら回避は出来ないだろうからな、使うタイミングを見るのが秘かに楽しみでもある。

 

「そういった部位で多くの時間を費やしていたからな…釣りが出来なかったんだよ…」

 

「お兄さん、その内に出来ますから…」

 

「変な所で難儀してるわねぇ…」

 

そう言いながらも優雅にコーヒーを飲むハミルトン女史。

ついでに後頭部に突き刺さる妙な視線、こっち睨むな織斑、俺は何もしてないだろう。

 

「そうだ、来月には学年別個人トーナメントが開催される予定なんだけど、二人は参加するつもりは在るの?」

 

「毎年恒例行事だっけか。

クラス代表だけでなく、各個人の技量を競い合うための行事…で、合ってるか?」

 

「それと」

 

メルクが付け加えた情報によると、この行事の際には国の重鎮や技術者なんかも訪れるらしい。

そこで、自分の腕前を見せ、自分自身を売り込む、という算段もあるらしい。

そこから、次期国家代表候補生の候補者なんかも稀に発掘されるらしい。

そして企業代表も同様に、だ。

今の俺は『企業所属』だが、何らかの要因によて『企業代表』に推薦される可能性も無きにしも非ずらしい。

 

「まあ、俺としては将来はメルク専属技師になる予定だからなぁ。

今の企業所属だけでも大丈夫だとは思うが」

 

「うん、まあそうね。

専属のメカニックやエンジニアなら、その地位でも大丈夫だとは思うわよ。

でも、代表になったらもうちょっとばかり権限を持たせてもらえると思うよ」

 

それはそれで魅力的な提案ではあるな。

目指してみるべきか?『企業代表』。

いやいや、欲張らないでおこう。

 

「まあ、織斑君は絶対無理だろうけどね」

 

「ん?どういう意味だ?」

 

「話せば長くなるんだけどね」

 

そこから、ティナによる解説が始まった。

次のイベントである学年別個人トーナメントの制度が変わったらしい。

以前であれば、各国の軍のお偉いさんや、企業の人物が来賓として見物に訪れ、気に入った人材をスカウトしていたらしいが、その制度を一新。

トーナメントに参加する生徒、裏方で技師として活動した生徒は、自分でデータを集積し、それを自ら企業や国家に提出する自己推薦のような形になったとの事。

 

「他薦式ではなく、自薦式の形態に変わったのか」

 

「自分を売り込むのは変わらないらしいけど、クラス対抗戦での事が有ったからね、生徒の顔を必要以上に露見させないようにする形式に変化させたらしいのよ」

 

俺の名前がテロリストに露見してしまったから、似たような案件が起きないようにする為の是正処置、か。

 

「でも、1組の織斑君といえば、織斑先生の弟っていうだけでそれ以外何も無いもの。

軍、企業にも所属していないただの民間人。

仮に次のトーナメントで目を付けた人がいたとしても、学園内での素行だって調べられるものなのよ、だから…」

 

「ああ、生粋の問題児だから、何処も採用しないというパターンですか。

なら日常的につるんでいるあの女子生徒も」

 

ああ、駄目だろうなぁ。

けどまあ、大声で話すことかよ。

さっきから感じる視線が強くなってきているんだが。

食堂における二度目の騒動とか勘弁してほしいのだが。

 

「まあ、織斑の話はもういいわね。

あんまり話をしてると気分が悪くなるし」

 

話し始めたのは君だからな。

ティナは何も気にせずコーヒーを飲んでいるが、その姿が妙に様になっている。

 

「で、この学園に来月転入生が来るらしいのよ、しかも私達と同じ学年でね」

 

「また中途半端な時期に来るもんだな…なんだ、トーナメント戦に合わせてくるってのは品評会めいたことをするつもりなのか?」

 

「強ち間違いじゃないかもしれません。

第三世代機というのは現在でも製造が急がれていますから、それがロールアウトが出来たから、というのも肯ける話です」

 

なるほどな、要はその転入生は広告塔の代わりにさせられているってことか。

 

「ティナは、何処でそんな話を仕入れたんだ?」

 

「3組のミリーナって子から聞いたのよ。

あの子なかなかの情報通よね…お題は高くついたけど…」

 

そこで目の前の人物に影が入った。

おいミリーナ、一体全体何を要求したんだアンタは!?

駄目だ、怖くて訊けない…。

 

「で、編入生って何処から来るのかは判ってるのか?」

 

「あ、ですね。私も気になります」

 

「その編入生だけど、『フランス』と『ドイツ』よ」

 

ほほう…。

フランスと言えば、取り扱いが容易で応用性にも優れた機体『ラファール・リヴァイヴ』が有名だな。

学園にも訓練機として導入されていたが、イタリア製第二世代機テンペスタⅡに知名度と人気を奪われて、埃を被って予備パーツ扱いだ。

 

ドイツは重厚な装甲が特徴的な『シュバルツ』が名前で出るよな。

使う人を選ぶものではあるが、こちらは訓練機としては出回っていない。

ドイツが独占している技術で、名前が独り歩きしている機体だ。

その為、俺としてもあまり詳しくはない。

 

さて、機体の事は置いておくとして…問題はフランスにある。

人曰く『人命軽視国家』

人曰く『世界の鼻摘み者』

人曰く『過去の栄華にすがる国』

などと侮蔑の言葉などが飛び交う国だ。

産業スパイ育成の噂が絶えず、利権団体だとかテロリスト潜伏先の話がよく飛び交う零落国家だ。

『デュノア社』という国家お抱えの企業が『ラファール・リヴァイヴ』を組み上げた企業だが、経営も危ういレベルだとかも聞いた試しがある。

そんな国が編入生を今になって送り込んでくるという事は…。

 

「フランスは新しい機体の開発に成功した、とか?」

 

だが生憎とそんな話はイタリアでは聞かなかったな。

 

「いえ、その話は無いわね…ってどうしたのメルクちゃん?」

 

考え事に夢中で気づかなかったが、メルクが少しばかり怖い顔になっていた。

何か考えがあるんだろうけど、言ってくれないとお兄さんも困るからな?

 

「お兄さん」

 

「お、おう、どうした?」

 

「その二人には関与しない方が良いと思います」

 

「お、おう…」

 

これって一つのフラグではないのだろうか…?

かかわる気がないのだとしても、向こうから(一方的に)関与してきた場合もあるんだからな…。

 

「平穏な生活はまだまだ先になりそうだな…」

 

「まあまあ、そんなに気を落とさずに頑張りなよ」

 

その翌朝だった、鈴と交わした約束、ヴェネツィアで購入したシーフード盛り合わせを渡せたのは。

なんか……物凄い呆れられたのは……なんでだろう?



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第47話 厳風 想いは何処に

Q.マヤやんが、チッフーに対して何やら冷たいですが、何か経緯があったのでしょうか?
P.N.『ペルルティア』さんより

A.勿論、監視役を仰せつかっただけではありませんとも。
それに関しては次回以降にて


GW期間中、五反田食堂で情報交換を続けたけれど、最終的に結局何も進展はなかった。

鈴ちゃんもお手上げだったのか、私としても食堂で食事をしてから立ち去った。

 

「それで、何か判った事はあるかしら?」

 

「はい、やはりウェイル君のフルネームが露見した以降はあちこちで不穏分子が動き始めているようです。

この事に関しては、織斑先生も既に把握していますが、今は特に動く様子はないようです」

 

あの人は何か在ってから動くという事か。

それとも、事前に動く私達を信頼してくれているのかは判らない。

やはり、訣別しておいたのは間違いでは無かった。

 

「…で、あの二人は?」

 

「相変わらずです。

それが判っているのか、本音曰く、クラスメイトからも敬遠されている、と」

 

謹慎処分を受けている間に事情聴取はしたけれど、反省の色は殆ど無かった。

 

「あいつらがやるよりも、俺が出ていた方が確実に倒せたんだ!」

 

「そうだ!悪いのはそれを邪魔した奴らだ!」

 

彼らにとっては、『人命』よりも『功績』こそ優先されるものなのだと判った。

 

「私達はその言葉を信じるわけにはいかないのよ。

あの時に優先されるべきは、観客席にいた生徒たちの安全確保。

それと同時に大型砲の無力化か破壊よ」

 

「だからそれを俺が!」

 

「黙りなさい。

相手は複数、先んじて制空権を奪われていた。

その状態で後から飛び出し、尚且つ学園に在籍している生徒を背後から斬りつけようとする理由は何かあるのかしら?」

 

「それはあの男が邪魔だったからです!

いつまでもいつまでも相手を打倒しないような輩!

対処をする中でも邪魔でしかない!

だから全輝は奴をあの場から退かせるために!」

 

「見当違いも甚だしいわ。

生徒達が避難をするために時間を確保してくれていたのよ。

私が2機を請け負い、メルクちゃんと鈴ちゃんのペアで1機。

そしてウェイル君は、残る1機と大型砲を持つ1機を同時に相手にしていたわ。

膠着状態に持ち込んでいたのはそれこそ時間稼ぎの為。

大型砲の射撃方向が変えられるのを悟ったら、その直線上に敵機をおびき寄せ、砲撃が出来ないようにしていたのよ。

相手からしても味方諸共に撃ってこないと判断したうえでね。

相手に過剰に自身を警戒させたうえで」

 

それを指示したのはメルクちゃんだった。

きつい役回りではあったけれど、生徒たちが避難する時間を少しでも多く稼ぐ為の作戦だった。

 

「そんな面倒な事をせずとも、さっさと敵を倒せば勝っていた筈です!

それをあの男は悠長に…」

 

「まだ勘違いしているようね。

あの場でウェイル君は勝つことを目的にしていたんじゃないわ。

繰り返し言うけれど、生徒の避難する時間を稼ぎ、教師部隊が突入するまでで良かったのよ」

 

「…は?あいつ、勝つつもりも無かったのかよ…?」

 

後々に来るであろう教師部隊による増援を待っていた。

それは後に彼から聞いた話だった。

 

「そんな奴が戦場に居るだなんてそれこそ邪魔です!

さっさと引っ込ませておくべきだったんだ!

だから私は…」

 

その先は言わせなかった

 

バシィィィィィィィンンッッッ!!

 

私が全力で頬を引っ叩いたからだった。

手が痛むけれど、そんなことは言っていられない。

 

「その愚考の果てがあの愚行?

貴女は避難を促そうとする生徒、避難途中の生徒を幾人も殴り倒したまま放置。

あまつさえ、放送設備を勝手に使用し、ウェイル君と交戦途中だった相手の注意を生徒達に引き付けた。

それどころか、イタリアが秘匿しようとしていたウェイル君の情報をテロリストに露見させた。

それで今後がどうなるか判っているのかしら?

いえ、感情だけで動くケダモノ同然の貴女には判らないでしょうね。

すでに各地でテロリスト集団が動き始めているわ。

彼の命を狙ってね、そのテロにこの学園に在籍している世界中から集った学生達も巻き添えにされる危険性が高いと言っているのよ、理解出来る?」

 

「は、ははははは!

アイツがいるから危険になるというのならアイツをこの学園から追い出せば万事解決…」

 

織斑君の言葉、その先は言わせない。

蒼流旋の穂先を彼の喉元に突きつける。

 

「テロリストに常識は通じないわ。

ウェイル君が学園に居ても居なくても、この学園が巻き込まれるのは既に見えているのよ。

仮にウェイル君が学園を去るとしても、極秘事項として部外秘となり、テロリストはその事情の有無に拘らず学園を狙ってくる。

そして、イタリアに居るであろうウェイル君の家族ですら既に危険に晒されている可能性が高いわ。

イタリア政府、企業、軍、民間からも日本に莫大な量の抗議文が届いているわ。

勿論、イタリアだけでなく世界中の多くの国家からもね。

これは君達が招いた事態、どうやって解決するつもりなのかしら?

意見が在るのなら言ってみなさい?」

 

我ながら意地の悪いことを言っている自覚がある。

これは既に国際的な問題、そこに個人が解決できるような場面なんて在りはしない。

 

「奴さえ居なければ…!」

 

箒ちゃんがお門違いなことを言い出している。

だから

 

「違うわね。

判らないのなら言ってあげるわ。

今回の事態は…何もかも(・・・・)君達が悪い(・・・・・)のよ。

責任を他人に吹っ掛けるような事はしないで。

そして、今後は何もしないで。

君達が動く度に周囲に迷惑が掛かっている事を忘れないで」

 

「違う!私たちは何も悪くない!

悪いのアイツだ!」

 

言っても無駄と断じた。

いえ、これは以前から判っていたことかもしれない。

 

「今後、貴方達には相応の処罰が待っているわ。

懲戒処分は下されるけれど反抗しないように、常に監視の目があることを忘れないように」

 

 

 

 

これがGW前の出来事だった。

二人は懲戒処分というか、処罰は受けているけれど、基本的に、そこに自由は無い。

精々が食事をする時間と、懲罰房の中だけ。

入浴だとかは、懲罰房の中に簡易シャワーがあるだけ。

外界との接触は禁止されているから情報のやり取りはほぼ無い。

懲罰内容にしても、織斑先生には関与させないようにしているから緩和は無い。

 

GWがもうすぐ終わるけれど、あの二人には…反省の色は無かった。

 

GW前だって、昼休み中にはウェイル君とメルクちゃん、それにくっつく形で鈴ちゃんも一緒に来て、お弁当を食べたり、ウェイル君の勉強を見てあげていたりする。

食堂で食事を一緒にする時もあるけれど、織斑君達とは干渉しないようにしているけれど、視線を向けられるのを感じ取っているらしい。

実際、憎悪を込めた視線を向けているのを私も確認していた。

 

織斑先生は副担任に降格してから久しいけれど、監視員が増加しているためか、大っぴらに動くこともない。

山田先生だけでは手が足りなくなった時には手を貸しているけれど、それだけね。

そして、千冬さんのクラスは、他のクラスとの合同授業の機会が完全に失われている。

原因はあの二人にあるのと、織斑先生の信頼どころか信用までもが地に堕ちたからだ。

私達暗部としても手を切ったのは間違いではなかっただろう。

 

実際、山田先生も織斑先生には既に敬意を向けていないらしい。

あの二人が破損したものの損害賠償を山田先生も一部分とはいえ担保させられたのだから理不尽に思っているのかもしれない。

 

さてと、1組での話はここまでにしておこう。

ウェイル君に関しては、常にメルクちゃんが傍らに居続けているから、一応は護衛が可能らしい。

今後は私にも声をかけるようには言っているけれど、鈴ちゃんもいれば大丈夫かしらね…?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

岐阜県のある山の麓、そこにある住宅。

私はそこに来ていた。

事前に連絡を入れておいた事もあり、その二人は私を出迎えてくれていた。

 

「久し振り、父さん、母さん」

 

数年振りに見た2人は、少しだけ痩せて見えていた。

篠ノ之 柳韻、篠ノ之 (かなえ)

私達姉妹の両親だった。

 

「束、お前は…その腕は…どうした…!?」

 

両親が揃って私の風貌に両目を大きく開く。

まあ、確かに仕方無いよね。

あの日、私は利き()腕を斬り落とした。

それ以降は義手の一つも着けようとはしなかった。

でも、それはお互い様だった。

 

「父さんだって私の事は言えないよね、もう二度と剣を握らないようにする為に自分で小指を(・・・)切り落としたんだから」

 

小指は剣を持つ際に重量を支える重要な部位。

それを失った以上、剣士としては死んだも同然だった。

永久に(・・・)

 

「これは私の罪科だ」

 

いっくんが利き()腕を折られたあの日、父さんは自分の小指を斬り落とした。

それも両手とも、だ。

そして、道場からも姿を現さなかった。

 

「一夏君の事は今でも残念に思っているわ。

それも、あんなニュースまで……」

 

モンド・グロッソが終わってから、いっくんの死が報道で流されている。

全ての責をフランスに負わせる形で。

でも、真実は違う。

あの子はまだ生きている。

『ウェイル・ハース』として。

その真実を知っている人は世界中で見渡しても数少ない人だけ。

でも…それで良い。

知らない方が良い真実だって、この世には掃いて捨てる程に存在しているのだから。

だから、この二人にも、あの子の生存を教えなかった。

 

「二人がいっくんの事に今も苛まれているのは判ったよ。

私だって同じだから……」

 

腕を切り落とした場所を…肩の断面に触れてみる。

あの日の痛みは今だって忘れない。

それでも…答えは得た。

後悔は在る、やり直しなんて、何度望んだか判らない。

(ウェイ君)の幸福の為に手段は選ばない。

ウェイ君には私と同じ道を歩ませない。

血でまみれた道を歩むのは、影に生きるものだけで良い。

ウェイ君が学園で害を受ける度に、報復としてあのクソガキの取り巻きになっていた人物に制裁を下し続けた。

無論、これは私が独自に動いていることでもあるが、私の代わりに刃を握った人がいるのも心苦しいと思っている。

クロエ・クロニクル。

ある経緯から私が養子として引き取った子。

あの子は私の事を知り、ウェイ君の事も知り、影で生きるようになり、今回は私の代行者として刃を振るい続けている。

かつては、いっ君に害を与え続けた者から夢と可能性を奪うという形で…。

 

 

次の話題に移らせてもらう事にした。

 

「でも、互いの後悔の話はここ迄にしよう。

此処からは、これからの話をしよっか」

 

ホロモニターを幾つも起動させる。

空中に幾つもの情報が浮かび上がる。

そこに映し出されているのは……全て愚妹の情報だった。

 

各地で刻み続けた怨恨、禍根という爪痕。

 

足を失った子供が居た。

 

指を失った子供が居た。

 

夢を失った子供が居た。

 

光を失った子供が居た。

 

声を失った子供が居た。

 

多くの子が、夢と可能性を失った。

今となっても、希望を見出だせない子だって居る。

 

こんな案件が…呆れる程に発生していた。

それらの全てを放置し、今に至っている。

ただの一つも解決もしないままに。

 

そして…

 

「…いつまで放置する気?」

 

禍根を、ではなく、あの愚妹を。

 

「私達もほとほと困っているわ、先日だって…」

 

そう、爪痕は今も刻まれ続けている。

でも、今度は規模が違う。

今度の件は国家存亡に繋がり兼ねない、そして欧州を揺るがす国際的大問題だ。

それをあの愚妹は引き起こし、開き直っている。

 

「何故、あんな風になってしまったのか………」

 

両親揃って憔悴している。

当然だろう、あの愚妹は他者を傷付ける事に躊躇いが無い。

その上で、悪びれる事が無い。

『間違っているのは自分だ』と考える事が一切無い。

『暴力』と『正しさ』が頭の中で同じになっているから。

『相手を黙らせた』と『自分の主張が正しい』がイコールで結ばれてしまっている。

だからあれは、他者を傷付ける事以外に脳の無い本物の木偶の坊。

正真正銘の人間としての出来損ない(・・・・・・・・・・・)

 

いっくんもその犠牲になった。

あの頃、いっくんは剣道から離れようとしていた。

野球に魅力を感じていた、強く惹かれていた。

だけど、始めるよりも前にその道を絶たれた。

(利き)腕を折られて。

 

「このまま放置すれば、これからも被害を広げるばかり。

それこそ際限も見境も無しに暴力行為を続けるばかりだろうね、あの馬鹿は。

やってる事はテロリストと同じ(・・・・・・・・)なんだから」

 

その言葉に二人は表情は曇っていく。

もう、限界だ。間違いなく。

その表情は数秒続き、その双眸が閉じられた。

 

「………一夏君は、義務教育を終えた後の将来を決めていたのだったな……」

 

この二人は、いっくんの将来の予定を知っている。

当然だった、私から事前に伝えておいたから。

それを知り、成せなかった事を、支えられなかった事を今もずっと悔やんでいる。

そして、愚妹だけでなく、織斑 千冬、織斑 全輝をも軽蔑していた。

後者の二人に姿を見せないように振る舞っていたのも、それが理由だった。

 

「この決断をするのはあまりにも遅かったかもしれん、だがそれでも…」

 

昏い焔が、そして冷徹な決意が、父さんの目には宿っていた。

母さんに視線を移せば、静かに頷いている。

その決意の程を私も理解していた。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「どんな料理に使ったものか…」

 

GW最終日の朝、部屋にやってきたウェイルが渡してきたこのシーフード詰め合わせを見て、私は頭を抱えていた。

GWに入り、あの二人がイタリアに発ったあの日にしていた発言を本当に現実にしてきた様子にさすがに頭痛がしてしまっていた。

 

「律儀で、約束を守ってくれて、その上に優しいときたもんだ。

更に更に企業所属だから将来は大物に至る線も濃厚。

ふふ~ん♪鈴にとってはウェイル君は優良物件なんじゃないの~?」

 

うっさいわよ!そこのルームメイト(ホルスタイン)

 

「こんな形で約束を守られても対処に困るってのよ!」

 

鱗は取ってくれてるけど、魚本体はそのまま!

しかも貝も入ってるけど、殻の処理だって困るのよ!

 

「え?でもでも~♪笑顔で頭撫でてくれてたじゃん?

鈴だって満更でもなかったんじゃないの?」

 

「どーせ飼い猫のことでも思い出してたのよアイツは!」

 

以前だってそうだったから、それくらい理解してるのよ!

まったく!律儀な点でも!人を猫同等に扱う点でも!いろんな意味で!困るのよ!

 

1時間半かけて捌いて捌いてウンザリしかけた頃…

 

「切り身だけで冷凍庫がいっぱいになった…限度を考えなさいよウェイル…」

 

これ、全部消化するのに一か月以上はかかりそうな気がした。

お弁当を作るにしてもバリエーションを広げないといけない。

学食使わなくて済むのはいいかもしれないけど…処理に困るわね…。

それと、アムール貝って何に使えば良いの?

 

「あ、鈴。

近い内に編入生が来るのは教えたわよね?」

 

「え?うん、訊いたわよ。

なんでもドイツとフランスから来るらしいわね、それがどうしたの?」

 

ドイツと言えば、あの女(織斑 千冬)が第二回大会の後で一年間教官役を担っていた国だってことは理解してる。

そこからくる編入生が居るのだとすれば、その関係者かもしれない。

 

フランスはといえば、第一回大会での事件を把握しながらも放置した結果、全世界から『人命軽視国家』と後ろ指を指され続けている国。

そこから編入生を送り込んでくるとか正気の沙汰じゃない。

それが罷り通っているということは、学園上層部や国際IS委員会に潜入工作員が居るのかもしれない。

 

「3組の情報通(ミリーナ)から知らせが来たのよ。

で、フランスの編入生は2組に、ドイツからの編入生は5組に入るそうよ」

 

「……は?」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

夕食時、お兄さんがシーフードリゾットを作っている間に私はイタリアに繋ぐための回線を用意する。

どちらかが夕飯を用意する場合は、手が空いている側がこの役割を分担するようになっていた。

食事をしている風景だけであったとしても、家族との会話を楽しみたかったから。

ただ、

 

「う~ん、いい香りね♪」

 

この人が居たら話は別ですけど。

今日は家族との連絡は食事の後にした方が良さそうです。

 

「それで、今日は何の用なんですか、生徒会長さん?」

 

どこかお兄さんの声が冷たかった。

 

「イタリアでの土産話を訊いてみたいと思っていたのよ。

これじゃ理由にならないかしら?」

 

「プライベートを詮索されるのは嫌ですし、企業機密も抱えている身ですからお断りです」

 

「あら冷たい」

 

正直、私はまだこの人を信用しきれていなかった。

初対面の事も含め、風のように常にフラフラとした態度を崩そうともしないこの人を。

 

「お姉さんからもいい知らせを届けに来たんだけどなぁ☆」

 

そう言って…制服の胸元を緩め、下に着用していたらしい水着と素肌を露わにさせながら胸の谷間に覗くUSBを見せつけてくる。

その格好でお兄さんに近づこうとして…

 

「あ、もしもし虚さん。

はい、俺たちの部屋にまたもや痴女が出まして…はい、防犯ブザーを鳴らしておけばいいですね」

 

「ちょっとやめてウェイル君!そんな事されたらとんでもない事になっちゃうからぁっ!

判りました!今この場で口頭で言うから堪忍してぇっ!」

 

…私達は今後、この人にどれだけ振り回される羽目になるんでしょうか…。

 

その1分後、服装を改めさせ、床に正座させてから話を伺うことにしました。

勿論、この人にお兄さんの手料理をご馳走させる気はありません。

回収に出向いてくれた虚さんにはキッチリと用意させてもらいましたけど。

 

「へぇ、織斑と篠ノ之の二人は更に監視強化、織斑先生は給与差し押さえ、ですか…。

世知辛い世の中ですね…」

 

「この判断に関しては弁明の余地すらありません。

あの二人の問題児は自身が起こした問題を放置、賠償請求を無視していましたので私物の押収によって弁済請求を行っています。

請求金額には届いていないので、今後も押収を続行します。

本人達は不服そうにしていましたが、これは既に本人達の意思など関与できるレベルではありませんから。

剰え、個人情報をテロリストに開示するなど、この学園始まって以来の大惨事です。

これに関しても、政府に猛抗議が入ってきており、学園長も頭を抱えています」

 

虚先輩も頭を抱えており、憔悴しているようにも見受けられた。

実際、イタリアがいの一番に抗議を入れていたでしょうけど、それは当然の話。

後先考えない愚行で、国民が、ましてや国内唯一の存在が永続的にテロリストの危険に晒され、その家族すら命を狙われ続ける日々に陥ってしまったのだから。

 

「それで、日本政府は俺達の為、イタリアの為、どう動くつもりなんですか?」

 

「政府上層部の一部は、ウェイル君を日本政府で身柄を保護すべきだという意見も出ています」

 

「けど、その案は却下されたわ。

その上層部の一部というのが、利権団体と密接に繋がっていたのが判明したから」

 

「早い話が、『保護』とは名目でモルモットにでもしようとしていた、と?」

 

メルクの冷たい返しに、床に正座している生徒会長さんが頷く。

もうこの国もテロに加担してると考えた方が良いんじゃないだろうか?

極一部かもしれないけども。

……日本に来なければ良かったかもしれない。

こちら側に来て良かったと思える事なんて、友人が出来た程度かもしれない。

鈴は……この国に来たことをどう思っているのだろうか?

いつか話を訊かせてほしいと思う。

 

「この国の上層部って本当に人間なんですか?」

 

メルクの言葉が凄い冷たい。

そして人間扱いしてないとか尋常じゃないな、普段の様子から比べても驚愕だ。

とは言え同情出来ないのも確かだ。

 

「で、お兄さんの情報をテロリストに開示したのは日本本国ではどのように扱われるのですか?

法律に触れるなどはしないのですか?」

 

「勿論、法に触れます。

情報を開示し、テロリストの行動を故意に誘導し、多くの人を、国家を危険に晒そうとしていますので、『外患誘致』と言う重罪に値します。

問題として、日本政府はここまでを把握しながら一切のアクションをしていません。

上層部には例の組織と癒着している人物が潜んでいると考えて間違い無いかと思います」

 

「でも、問題はそれだけじゃないのよ」

 

そこで床で正座させられている楯無さんが口を開いた。

 

「箒ちゃんだけど、過去にも大量の暴行事件を起こしているのよ。

更に頭が痛いのは、その事件に関して彼女は一切の謝罪もせず、責任も負わず、解決しないまま今に至るのよ」

 

「うわ、完全に危険人物じゃねぇか。

なんでそんな危険人物がこの学園を態々受験してまで在籍してるんだよ…」

 

なんなんだ、その『暴力』という言葉が人の姿をして服を着て歩き回っているような人物像は。

今更だが、あの女子生徒の危険性、それを見て見ぬ振りをしている織斑と、織斑教諭に嫌な予感を感じさせられた。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「残念ながら、その子は受験なんてしていないわ。

IS開発者の身内だからということで、特別入学をしているのよ」

 

「それって…裏口入学とか呼ばれるものじゃありませんか?」

 

メルクちゃんが冷たい視線が私に突き刺してくる。

確かに、昨今そういうのは問題にはなるものね…。

ウェイル君は…あ、同じような視線を私に突き刺してきてる。

あれ?私って何か悪いことは…あ、相応にしてるわね。

 

言い訳にはならないとは思うけど、さっさと両手を挙げて降参の意思を示しておく。

私が悪いわけじゃないのに…。

 

「篠ノ之 箒さんですが、確かに裏口入学ともいえるかもしれません。

先にも説明した通り、彼女はIS開発者である人物の身内だからという事でこの学園に受験無しに入学しています。

ですが、それ以前にも日本全国各地で傷害事件を起こしており、被害届が出されていますが、国家がそれを黙殺しています」

 

そうなのよね…。

数え上げるのも嫌になるくらいの被害が出てきているというのに、なんでこの学園に入れたのやら。

 

「…危険過ぎます。

この学園はISを通じて、兵器や武力がものを言うような場所でもあるんですよ。

力を持つ者には、それ以上に責任が問われます。

なのに、他者に向けて暴力を振るうことを厭わない人をこの学園に入れるだなんて何を考えているんですか!」

 

メルクちゃんの怒りも御尤も。

その人物のせいでウェイル君は国際犯罪シンジケートに命を狙われ、二人の家族までテロリストに狙われる危険性が発生してしまっている。

文句なんて言いたいだけ言っても、なお言い足りないのは当然ね。

 

「俺もメルクと同意見です。

外患誘致、しかもイタリア、そして世界各地から生徒が集っている学園にテロリストを差し向けるような事を平然と行い、反省もしないような奴はこういう学園に在籍させとくべきではないと思うんですけど。

生徒枠を一人分食いつぶしてる時点でもったいないでしょう」

 

それに関しては私も同感なのよねぇ。

これには国家上層部が動くかと思ったけど、対応としては『静観』だけ。

日本政府が各国の生徒に対して『緘口令』を命じたけど、あっさりと一蹴されたのが気に入らなかったのか、それ以降の対応をしないどころか、拿捕したメンバーの半数を行方知れずにする始末。

その構成メンバーは今もどこかに潜伏しているのだろうけれど、未だに見つかっていない。

ああ、頭が痛いなぁ…。



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第48話 塞風 憎悪と後悔と

今回は話が進展…………しません!


「なんでだ……!なんで何もかも上手くいかない…!」

 

学生寮の自室で、その声の主は憎悪を込めた声を漏らしていた。

思い返すのは、今年の春からの事だった。

思いもよらぬ形でこの学園に編入する事になった。

そこで、6年前に離別した幼馴染みと再会し、嘗てのように親しくなった。

そう、そこまでは良かった。

だが、この学園に編入した男子生徒は自分一人だけではなかった(・・・・・・・・・・・・)

イタリアで発見されたという特別な存在(二人目の男子生徒)が出現した。

その人物よりも、自分こそが優れている。

その人物は、自分よりも遥かに劣っている。

自分こそが特別な存在だと知らしめる。

そう周囲に認めさせる為、尊厳ごと踏みにじり、陥れる為に画策をしようとした矢先、『接触・干渉禁止』の命令を下された。

それも、幼馴染みだけでなく、姉である千冬も一緒に、だ。

自身達よりも優遇されているのが気に入らず、食堂で見掛けた彼を挑発したが、呆気なくあしらわれた。

『自分に向ける憎悪の視線が目障りだから』と言う理由だけで、セシリア・オルコットの憎悪を煽り、ウェイルに差し向けた。

だが、それでも踏みにじるには至らなかった。

 

ならば、実力で捩じ伏せようと思った。

クラス対抗戦で刃を交えた。

力ずくで、砕いてやろうと思った。

だが、それすら空振りに終わった。

真っ向からぶつかり合い、その上で敗北した。

自身が搭乗する機体である『白式』は第三世代機の機体。

 

スペックであれば、上回っていた筈だ。

更には姉である千冬譲りの単一仕様能力(ワンオフアビリティ)『零落白夜』も持っていた。

それを使ってでも、尚も敗北している。

 

第二世代機(・・・・・)のテンペスタに。

 

「あいつが現れてからだ、何もかも上手くいかなくなったのは…!」

 

だが、思わぬ結果を得られたのも確かだ。

幼馴染みである箒が、テロリストにウェイルの名を告げた点に関しては。

ただそれだけで、彼は今後は『生きているから』という身勝手極まる理由だけでテロリストに命を狙われ続ける事になったのだから。

だが、彼…織斑 全輝は悪びれる事は無かった。

自分は何もしていないのだから(・・・・・・・・・・・・・・)

振り返る事もしなかった。

悪いのは自分ではないのだから(・・・・・・・・・・)

それが当然の事であると、そう確信していた。

 

学生寮のベッドに横たわり、天井見上げる。

 

「奴さえ、居なければ……!」

 

考えるのは、自身を見下ろす白い髪の少年を、どのように貶めるかの謀略だった。

他者を見下す事は幾度も経験したが、見下ろされる(・・・・・・)のは赦せなかったから、見下される(・・・・・)など、もっての他だ。

そのような存在など、プライドが看過出来なかった。

だから、これまでと同じように、自分の手だけは決して汚さず、他者を利用して貶める。

かつて、自身の弟にも(・・・・・・)そうしたように。

 

「この借りは倍以上にして返してやる、ウェイル・ハース。

何もかも、お前が悪いんだぞ」

 

口元が歪む。

繊月のように……。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

その者は、教室の窓から外を見下ろしていた。

いや、憎悪を燃やした双眸で、そこに居る人物を睥睨していた。

イタリアからやってきたとされる少年に、敵意を込めた視線を突き刺している。

 

「奴の…せいで……!」

 

一学期が始まると同時に、千冬から口頭ではあるが、イタリアから来た二人に対し、接触・干渉禁止を命じられた。

気に入らなかったのもあるが、幼馴染みである全輝に対し馴れ馴れしい口調で乱雑な言葉を返していたのが気に入らず攻撃をした。

だが、問題なのはそれを、悪い事(・・・)であると認識すら出来ていない点だった。

そして、自身が咎められる側になった事を、理解出来ない(・・・・・・)

 

今まで、暴力という手段を使ってでも、相手を黙らせてきた。

力ずくで相手を黙らせる事で、自分の主張が正しいものであると考え、それを疑う事もしなかった。

例え、それが要因で相手の身体に負傷や障害を残そうが、相手の自業自得であると結論を出し続けた。

その度に日本各地を転々とし続ける事にはなったが、それすら誰かのせいにし続けた。

 

だが、その今までの自分の中での常識が、今になって通じなくなってきていた。

あの少年、『ウェイル・ハース』の登場によって。

 

自身が慕う幼馴染みの全輝に不相応な態度をとった為に制裁を下そうとしたが、逆に自分が咎められた。

クラス対抗戦で全輝を下した彼に『不正行為をした』と決めつけ、制裁を下そうとしたが、未遂の段階で取り抑えられ、自分が咎められた。

 

テロ組織による襲撃の際に、放送室に向かう際に邪魔をしてきた見ず知らずの相手を殴り倒した事を咎められた。

全輝の活躍の場を奪おうとしたウェイルを引っ込ませようとフルネームで怒鳴った。

結果、自身に重罰が課せられ、懲罰房に押し込まれた。

自身に押し付けられる責任全てを理不尽と考え、納得など到底出来なかった。

それを課せられた事すら、ウェイル達のせいだと、彼等の仕業だと考え、疑いもしなかった。

だから、自分が悪いなどとは欠片も思わなかった。

自分の行いによって、ウェイルがテロリストに狙われようと、彼の家族や故郷、所属企業をも巻き込んでいるとしても、「だからどうした」と言う考えしか沸いてこない。

『自業自得』であると本気で思い込んでいた。

 

「私達は何も悪くない。

何もかも全て、私達を貶めたあの男が…奴が何もかも全て悪いんだ…!」

 

篠ノ之 箒は当たり前のように自己正当化と責任転嫁を繰り返す。

言葉に困れば暴力を振るう悪癖は幼少の頃から何も変わらない。

責任転嫁を繰り返し、自分の振る舞いを顧みない。

彼女の中では『他者を力ずくで黙らせる=自分が正しい』という野蛮な図式が刻まれているのだから。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

あれからどれだけ経っただろう。

彼女は、全てを失った。

けれど、それは自業自得と言える結末。

でも、それだけでは終わらなかった。

裁かれたのは、自身だけでは済まなかった。

 

世界から、イギリス国家が裁かれた。

その補填の為に自身の全てを国に奪われた。

富、名声、爵位、その他にも数え上げれば切りが無い。

思い付く物の全てと言ってしまえば、もっと早いかもしれない。

 

「……どうして……?」

 

彼は彼女を知らなかった。

彼女は、彼の事を知ろうとすらしなかった。

顔も知らず、声も知らず、どんな人かも知らなかった。

当然だった、知ろうとすらしていなかったから。

 

5組のクラス代表代理として依頼された人物。

最初はそれだけだったのに……。

初対面の段階で、怒りを込めて頬を叩いた。

罵倒を、罵詈雑言を浴びせた。

それでどこか胸の内の鬱憤が僅かに晴れた。

けど、その一瞬後に更に怒りが込み上げるのが感じられた。

 

自分よりも弱い。

なのに、自分ではなく、こんな男が頼られている。

 

その現実を許せなかった。

 

それが何処かから、耳にする話が変化していたのかもしれなかった。

自分の存在を知っていながら、クラス代表代理の依頼を受諾した、と。

そこから彼女の暴走に至るまでは長くはなかった。

いや、既に暴走していた。

だから彼の事情も構わず罵倒を繰り返した。

自身が彼よりも優れている事を証明する為に、その瞬間に迷いもなく引鉄を引いた。

その結果と、結末が、今………。

 

窓も扉も無い石の部屋、そんな狭い部屋に、天井の穴から放り込まれた。

壁の隅に細いスリットから、最低限の食事が入れられて来るが、それが定期的なものかも、今はもう判らない。

部屋の中には外からの光も差し込まず、風の音すら聞こえない。

だから、時間の感覚は失っている。

 

半月と言われれば、そうかもそれない。

一ヶ月と言われれば、それでも納得してしまう。

それほどまでに、精神も疲弊してしまっていた。

 

「此処から……出して……謝りますから、だから……助けて…」

 

誰に謝れば良いのか、今となっては判らない。

何から詫びれば良いのかかも判らない。

だが、既に哭いて謝って済む話ではないのは理解出来ていた。

 

身にまとっているのは些末な囚人服。

プラチナブロンドの長い髪も、今では枝毛が目立ち、肌もシミが増えていた。

嘗ては豪奢な衣装を着飾り、メイクを施していた頃の自分の姿など見る影もない。

 

形だけのボロボロのベッドに横たわり見上げても、蛍光灯の灯りが無機質に光を放つだけ。

あれが壊れてしまえば、この部屋は真の暗闇に覆われてまう。

その瞬間を考えただけで恐怖する。

そう成り果てるよりも前にこの部屋を出してもらえるかは判らない。

なら、いっそ……

 

「考えるなら、後でも出来ますわ……」

 

何かを考えていれば、理性を失わずに済む。

そう信じ、再び過去の記憶を掘り返す事にした。

 

そもそもの始まりを。

彼を一方的に憎むようになったのは何故なのかを。

 

彼、ウェイル・ハースが5組のクラス代表代理に推薦されたから?

だが、それは人から訊いたと言うだけ。

では、誰がそれを……?

 

クラスの誰かがそう言っていたような………?

 

それは、誰?

今となっては古くなった記憶を思い返す…。

あの時はまだ、クラスメイトの顔と名前も一致させていなかった。

クラス代表を決める際に、あの男と闘い、敗北してから疎外されていた事も…。

仲良くしてくれた人なんて居なかった…。

 

なら、引鉄を引いた、最後の過ちの日は……?

 

「………あ………」

 

ウェイルが五組のクラス代表代理を正式に受理をしたと人伝に耳にした。

あの、時………

 

微かに記憶が呼び起こされる。

その話を訊いた時、あの男(・・・)嗤っていた(・・・・・)のを。

 

「わ、私は………まさか………………利用された……………?」

 

思い出す

自分の行いを

繰り返した暴言と、傲慢。

感情の爆発と暴走による振る舞いを。

あのまま続いていたら、周囲の教員の言っていた通りに死者とて出ていたのは否定出来なかった。

でも、自分はそんな当たり前の事も考えられなかった。

もしも、それすらもあの男の企みだったとしたら……?

 

「そんな……そんな邪悪な人間が…居るだなんて……」

 

今更ながらに後悔が濁流のように押し寄せる。

だが、もう全てが手遅れだった。

出る事の叶わぬ無間の独房に閉じ込められたのだから。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

学園の自室で彼女は暖かな紅茶を淹れたマグカップを持ち、窓から外の光景を眺めていた。

普段は子供舌を隠す為にも、カフェオレを嗜んでいたが、プライベートでは粉末タイプの甘めの紅茶を好んで飲んでいた。

 

「…はぁ…」

 

溜め息が思わず零れる。

尊敬していた人物の、見たくなかった姿。

それがこの半年にも満たぬ時間の中で次々に露呈していっていた。

そしてその弟でもある少年の内面すら露になった。

 

「まさか、本当だったなんて……」

 

信じたくなかった。

だから、監視役を担わされた際には即断して了承した。

思い出すのは、教職員に箝口令が敷かれる前、本土側で衣服を買いに行った際、たまたま入った店で、今のように甘い紅茶を飲んでいた際の出来事だった。

 

「相席させてもらっていいかな?」

 

唐突にかけられた声に視線を向ける。

そこに居たのは見知らぬ女性だった。

肩口で切り揃えられた夜明色の髪も印象的だったが、それ以上に目を惹いたのは…レディーススーツの右腕部分だった。

袖口から右手が見えておらず、そもそも袖全体が空調に合わせてユラユラと揺れている。

数秒かけて、その人物が隻腕だと理解した。

 

「あ、はい、どうぞ」

 

店の中は人が居ないわけではなく、席は多少空いている。

それでも自分が使っている席に相席を求めてくる理由が判らなかったが、断る理由も無い為、受け入れる。

 

シートに座り、片手で紅茶を飲む姿は、例え片手だけの姿でもどこか優美さを感じられた。

 

「ミス・真耶」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

 

唐突に名を呼ばれ、声が裏返る。

目の前の女性は紅茶を飲みながら、片目を開き、眼差しを突き刺してくる。

敵意こそ感じられないが、好意が宿っているようにも見えない。

だが、そもそも真意も計れない。

 

「あ、あの…私、名乗ってませんよ!?

それとも何処かでお会いしましたっけ?」

 

「まさか、一方的に知ってるってだけだよ。

生憎と、私は本名を名乗る事が出来ないけど…都合が有って色々と使い分けていてね。

そうだね…今回は…『Coniglio lunare(コニッリョ・ルナーレ)』とでも名乗っておこうかな?」

 

ティーカップを置き、胸元から万年筆を取り出し、テーブルに置かれているナプキンに、流暢に筆記体で記していく。

記し終わったそれを真耶に渡し、彼女は再び紅茶に手を伸ばす。

まるで何事も無かったかのように振る舞う彼女の様子に辟易しながらも名が記されたそれを受けとるしかなかった。

 

「えっと……」

 

見知らぬ人物が相席してきて、更には堂々と偽名を名乗って、偽名を記したナプキンを渡してくる。

考えた事も無ければ、想像した事も無い状況に頭が追い付かない。

 

「今回、貴女に相席をしたのは偶然じゃなくてね、しっかりとした目的を持って接触させてもらったの。

何処かで腰を落ち着かせて、話しておきたかったから」

 

「私に、ですか?」

 

その時点で嫌な予感は確かにしていた。

人知れず自分の名前を調べられた挙げ句に、接触をしてきたのだから、その目的などマトモなものではないと、そんな予感が。

 

「ある人物を見極めてほしい。

本当に信頼に足るのか、はたまたそんな価値すら無いのかを、ね」

 

「何故、そんな話を?」

 

「その人物に対し、貴女が最も近しい人だから。

尊敬はしているようだけど、それと『理解している』かは別の話。

第三者視点で見てほしいって事」

 

『最も近しい』

その言葉で見極めてほしいという対象は凡そ察していた。

『織斑 千冬』その人であると。

だが、相変わらず理解が追い付かない。

自分の知る彼女は、厳しい面が目立つが、IS学園講師としては優秀な人物であり、かつては誰よりも優れた搭乗者だったから。

だからこそ理解が追い付かない。

 

「私としては信用がそんなに出来なくてね。

でも私が動けば面倒な事にもなる、だからミス真耶に頼みたいの」

 

「見極めたとして、それで私にどうしろと言うのですか?」

 

「見ているだけで構わない、何も報告をしてほしいわけじゃないから。

でも……そうだね、私がその人物を信用出来ない要素はいくつかあるから、それをメールでミス真耶の端末に送っておくよ」

 

ティーカップを置き、ホットサンドをにかぶりつく。

味わいながら楽しんでいるコニッリョの様子に完全に毒気を抜かれ、真耶も紅茶を飲むのを再開する。

だが、会話をしている最中ですっかり冷めてしまっていた。

学園の私室に戻り、ノートパソコンを開けば一通のメール。

まるで見覚えの無いアドレスから届けられたメールを開けば、今日会ったばかりのコニッリョからの文書だった。

アドレスを教えた覚えも無いのに届けられたメール、そこに記された内容は、自分が尊敬していた人物について記されたものだった。

だが、それは…自分が知らない誰かのようにも感じられた。

 

 

その数日後だった。

ウェイルのプロフィールと共にイタリア政府からの文書がIS学園に届けられたのは。

そこから真耶が彼女に向ける視線は一気に変わった。

あの日、喫茶店で出会った女性に感化されたからではなかった。

いや、多少なりとも影響が在ったかもしれない。

だが、それ以上に信頼どころではなく、信用すら出来なくなってしまった。

理想と現実は違う。

それと同時に、憧れと現実の差をそこに見てしまっていた。

 

自分の見ていない所で何かをしていた。

それも、遠く離れた国が『報復』という物騒な言葉を使う程に。

国家が個人に対して、敵視されるかのような何かを。

時に、国家間の信頼を失いかねない何かを。

 

そして彼女はそれを自覚し、黙秘を続ける。

 

新学期が始まり、件の少年達が学園に来訪した直後に事が起きた。

起き続けた。

イタリアにて発見された少年が一方的に被害を受け続ける形で。

その都度、彼女は黙秘を続け、対処にも動かなかった。

接触禁止、干渉禁止の命令が下されているのは理解しているが、対処にも動かないのは不自然に思えて仕方無かった。

だから、内心では訣別すべきではないかとすら考えてしまう。

 

「千冬さん、貴女は何を考えて傍観しているんですか…?」

 

食堂での騒動。

セシリア・オルコットの暴走。

中国国家代表候補生への暴行と器物損壊。

機体整備中の生徒への奇襲。

そして、イタリアで発見された少年の情報をテロリストに開示。

 

度重なる問題と、とうとう起きてしまった国際テロ問題。

その全てに対し、消極的な彼女には溜め息しか出てこない。

これ以上の問題が生じなければいい。

そう考えても現実は常に非情。

何事も起きない未来など、最早想像が出来なかった。

想像出来る未来など、それこそ問題ばかり起きる日常に頭を悩まされる自分の姿だった。

 

溜め息を一つこぼしながら、紅茶を一口飲んでみる。

マグカップの中の紅茶は、すっかり冷めきってしまっていた。

 

「……もう、悩んでなんていられない」

 

かつての憧れに背を向け、一歩目を踏み出した。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

鈴ちゃんとの情報を交換を終え、私は学園に戻り、部屋で天井を見上げていた。

箱をひっくり返してみれば、過ぎ去った切れ端のような情報ばかり。

 

「虚ちゃん、どう思う?」

 

「何もかも先手を打たれてしまっている、その言葉に尽きます。

ですが……何一つ証拠が在りません……」

 

「こっちもよ、どうなってるのよ…もう…」

 

ウェイル君が何らかの被害を受ける度に、何処かで誰かが何者かに襲われている。

襲われているのは、千冬さんのもう一人の弟だった『織斑 一夏』君を虐げ続けていた悪童達。

そして現状最後の被害者は小学校の教諭。

歩道橋の階段から突き落とされ、全身粉砕骨折。

そして今は病院で意識不明の昏睡状態。

でも、その女性は………かつて、自分が受け持っていたクラスで発生していたイジメを隠蔽していた過去を持っている。

そのイジメの対象は、一夏君と鈴ちゃん達だということは判ってる。

でも、その犯行の瞬間が何処にも残っていない。

周囲に監視カメラすら無い場所ばかりだった。

 

「弾君は、自身も何者かによって粛清されると予想していましたが…」

 

「それでも、弾君達は一夏君との再会を目指しているのよね…」

 

そうなる未来が見えていても、それでもと親友の為に歩みを止めず、目標に向けて歩み続ける彼等は…正直眩しい。

背中を押してあげたいけど、それはまた別の話。

 

今はウェイル君の身の安全を考えなくてはいけない。

もしも……もしも、本当にウェイル君の状況に呼応して事件が起き続けると言うのなら、ウェイル君を守る必要がある。

これは以前から決めていた事だというのに、いつも後手に回ってしまう。

自分達よりも先に行動をしている者が居るのは確かな事であると把握している。

なのに、その影を掴む事さえ出来ない。

 

「悔しいわね、私達でさえ後から動くしか出来ない。

先んじるには、事が起きないように守るしかないなんてね……」

 

でも、それで何も起きずに済むと言うのなら、それでも良い。

それでも、絶対にそんな平穏な結末なんて望めないだろうとも思う。

織斑 全輝が狡猾な人物であると言うことを、私達は把握してしまっている。

他者の気持ちや心を掌握し、利用して、自分は動かずとも目的を達成する。

更に、その明確な証拠を残さない。

神童と言われていた過去も在ったようだけど、影では暗躍をしながら、他者を踏み躙っていたようね。

 

「何が神童よ…!本当に凄いのはそれでも耐え続けながらも未来を夢見て歩き続けていた一夏君のほうじゃない…!」

 

弾君から教えてもらった情報を見て思わず呟く。

一夏君は、ズタボロにされ、同学年の女子生徒『篠ノ之 箒』ちゃんに右腕を折られた。

その時点で通っていた剣道を挫折。

でも、残酷なのは彼は剣道を挫折するよりも前に、野球に興味を惹かれていたということ。

……希望は、未然に砕かれたという残酷な真実だった。

 

それでも、彼は未来への道筋を考えていたらしい。

でも、それは10歳にも満たない子供が考えるような案件じゃない。

 

「一夏君の案件も正気とは思えないわ、中学卒業の時点で蒸発しようとしていたなんて…それも、家族はおろか友人にも一切相談もするつもりが無かったなんて…」

 

「鈴さん達の予想では、名前も偽名を名乗り続けるつもりだったのではないか、とも言っていましたし…」

 

小学生が考える話じゃない。

でも、その裏付けに彼の勉強机には、『求人情報誌』『賃貸住宅情報誌』が確かに置かれていたと、彼らの証言もある。

今となっては過ぎ去ってしまった過去の話であり、当然、人は過去へ遡ることも、無かったことにも出来ない。

でも、悲劇は更に続いた。

第一回国際IS武闘大会モンド・グロッソで、千冬さんの棄権を望む何者かによって一夏君は連れ去られて行方不明に。

在ろう事か、フランスと日本はその情報を仔細に把握しながらも、自身等の利益の為、事件そのものが黙殺され、結果的に一夏君は見捨てられた。

大会終了後に情報がリークされたが、日本は全ての責をフランスに押し付け、フランスは全世界から一方的に非難される事に。

そしてフランスは零落し、今に至る。

 

一夏君は…犯行グループの声明通りと考えるのならば、千冬さんの出場が中継された時点で生きていないことが判る。

でも、誰も彼の死を確認していない。

生きているという証拠こそ存在していないけど、同時に、彼の死も証明されていない。

それを理由に鈴ちゃんたちは今に至るまで捜索している。

そして今年、唐突に欧州イタリアに現れたのがウェイル君だった。

『希望は捨てなかっただけ価値がある』とあの子たちは言っていたけれど、その希望が可能性として現れたようなものだろう。

私達更識は国からは『監視』を仰せつかったけど、内密に調査し、国が彼を拘束したがっていることも把握できた。

国の上層部は間違いなく不穏分子とも繋がっている。

クラス対抗戦の折りに拘束した凛天使のメンバーの半数が姿を消していることからもその程度は勘づく事は出来る。

 

「…私たちも、日本政府に従い続けるのは辞め時かもしれないわね」

 

「反対こそしませんが、それはまだ数年先に引き延ばすべきかと。

簪お嬢様は当然ですが、ウェイル君も卒業するまでは待ったほうがよろしいかと…」

 

そこなのよね…。

この先もまだまだ波乱が発生するのが見えてしまっている以上、私達だけが姿を消したりするわけにはいかない。

『監視』の名目はあるかもしれないけど、私達はすでに国の意思から離れ、ウェイル君の『護衛』をしている。

なら、彼を今後も守り続けないとね。

 

「GWが終わってからは…ウェイル君は妙に頑張ってるみたいね…」

 

そう、休暇の間は故国イタリアに帰郷し、何かを掴んできたのか、学園では訓練を続けている。

通常の訓練であればまだ理解できるけど、夜間もアリーナを予約して夜間訓練に勤しんでいる。

妹のメルクちゃんも一緒に訓練をしているからそんなに危険な事はしていないと思うけれど、態々貸し切りにしてまで何の訓練をしているんだろうかと思う。

気になるのは、アリーナ内外を問わずに監視カメラまで停止要求しているとの事。

今日の夜間訓練に行く前にちょっと聞いてみたけど、ウェイル君曰く「試作品の稼働もあるので知られたくない」との事。

そんなのイタリアで済ませてからにしなさいっての!

 

とはいえ、所属企業の都合もあるのなら強くは言えない。

そんなわけで、監視カメラ停止要求には了承するしかなかった。

 

「早朝訓練に、夜間訓練、疲れがたまる一方でしょうに…」

 

「ええ、それに…来週からは更に過酷さが増すでしょうね…」

 

明日、フランスとドイツからの転入生が学園に所属し、それぞれクラスに配分される。

それに伴ってウェイル君の身辺はますます荒れることになるだろうと予想が出来る。

 

「早く、出来るだけ早く対策手段を用意しないと…」



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第49話 巻風 新たな芽

GWを終えてからは至って平和的なものだった。

織斑と篠ノ之からは特になんのちょっかいもかけてこないため、視界に入っても無視出来る。

それでも憎悪を込めた視線を向けてくるのはウンザリしているが、手出ししてこないのなら無視を続けられた。

 

早朝からの訓練も終え、部屋でシャワーを浴びてから、軽い食事。

GWを終えてからのローテーション生活にも慣れてきた5月の終わり頃の朝だった。

それはSHR前にメルクと一緒に予習をしている最中に教室に飛び込んできたミリーナの大声からだった。

 

「みんなぁっ!ニュースだよぉっ!

欧州から届いたフレッシュなニュースをお届けぇ!」

 

相変わらず朝から元気な声だなとは思う。

そんな事を思いながら参考書に集中していた視線をミリーナに向けた。

予習復習に付き合ってくれているメルクも気になったのか、双眸を持ち上げているようだった。

 

「ミリーナ、朝からテンション高いけど、何のニュースなんだ?」

 

「歴史的大事件!

なんと!イギリスが賠償請求に応じる為に国土の90%以上を放棄したって!」

 

ミリーナは新聞部に所属してるらしいが、すでに情報通になってきている気がする。

クラスのみんなはそのニュースに騒いでいるが、どうにも俺にはピンと来ない。

 

「イギリスって、アラスカ条約違反とかで多額の賠償請求がされていたのは知ってるけど、それ以降に何かあったのか?」

 

「うんうん、判りやすく言うとだね…」

 

バッサリ言うと、イギリス行政府の中で多額の横領着服事件が発覚したそうだ。

それだけでなく、さらなるアラスカ条約違反行為が露見し報道されているらしい。

どうにもそれだけでは俺には判りにくい。

 

ミリーナが言うには今朝届いたばかりのニュースなので、それ以上のことはまだ判っていないらしい。

 

「でも、情報が必要なら、専門の人に伺ってみるのが良いかもしれませんね」

 

メルクの助言が入って数秒…情報専門の人、と言えば…その日の昼休みは、勝手知ったる生徒会室に行くことが確定した。

 

「あら?アンタ達は今日も生徒会室に行って食事?」

 

昼休憩時間、生徒会室に用事があるのは俺達二人だけではなかったらしい。

三組の教室を出たタイミングで鈴と出くわした。

 

「鈴も、なのか?」

 

そして彼女の手にはランチバスケットが。

中には何が入っているのか気になるところだが、今は後回しにしておこう。

 

「そうよ、楯無さんに尋ねたい事が在るから」

 

こっちもこっちで別件が在るらしい。

 

 

 

 

「あら、いらっしゃいウェイル君、来ると思ってたわよ」

 

昼休憩時間には、必ずこの人はこの場所に居るらしく、お茶をのんびりと飲んでいた。

そしてその傍らには、やはり虚さんも居た。

歓迎はされているが、この人はいつも柔らかな微笑を浮かべているので、楯無さん以上に内心を察する事が出来ないでいる。

 

いつもの場所に座ると、さっそくお茶を出してくれる。

仕事が早いなぁ、この人。

 

「それで、ウェイル君にメルクちゃんに鈴ちゃんは何の用事かしら?

それとも勉強を見てほしい、とか?」

 

勉強を見てもらえるのはありがたいけど、早速脱線しそうな気がするし、今回はとっとと要件に入る事にした。

 

「えっと…俺とメルクはイギリスの現状を訊きに来たんですが」

 

今朝、ミリーナが言っていたニュースの内容が気にかかっていた。

正直、国が国土を手放すというのはとんでもない話だと思うがあんまり反応が出来ない。

というか、うまく想像が出来ないと言ったほうが俺としては正確な話だ。

 

「そう、ね。

鈴ちゃんもその話から入っても良いかしら?」

 

「ええ、私の要件は後回しにしてもらってもいいです」

 

そういいながらバスケットを開いているのはマイペースとでも言えばいいだろうか。

苦笑しているとサンドウィッチを手渡される。

具材は魚の切り身を使った揚げ物を挟んでいる。

 

「頭を使う前に、少しは食事をしておいたほうが良いし、食べながらでも話は訊けるわよ」

 

メルクや虚さんにも手渡されたのを確認してから、さっそく口にしてみる。

うん、美味い。

魚の身と揚げ物の衣との食感を同時に楽しんで味わえる。

 

「アンタ達が大量に渡してきたシーフードを使ってるのよ。

量が多すぎるんだから、少しは消化に手を貸しなさいよ」

 

「お兄さん、やっぱりあの時に買い過ぎたんじゃありませんか?」

 

「それを言われると参るなぁ」

 

「はいはい、君たちは話を聞きに来たんでしょう、教えてあげるから清聴しなさいな」

 

苦笑をしている虚さんと楯無さんに視線を戻しながら話を聞くことにした。

無論、サンドウィッチを齧りながら。

 

話をまとめてみると、それはイギリス内でのとんでもない話だった。

どうやらイギリスのIS製造研究機関である『BBC』からBTシリーズの後継機がコアもろとも奪われているのが発覚。

コアを奪われながらもそれ国際IS委員会に届けを出さず、隠蔽をした事が発覚した為、委員会から更なる懲罰が課せられる事になったとの事。

 

「それと国土を手放したのには、どんな繋がりが?」

 

「話にはまだ続きがあるのよ、ここからが重要になるわ。

おそらく、間接的にもウェイル君自身にもね」

 

はて?俺と間接的にも繋がりが生じるとは?

鈴とメルクに視線を投げてみると揃って首を傾げる。

二人は今日も仲がいいようで何よりだ。

 

で、話の続きだが。

 

賠償請求が山のように積もり、国家予算の多くがそれに奪われる形となった。

王家も家財の多くや、私的費用の多くから捻出。

最終的には国民の生活を守るためにも、イギリス行政府とイギリス王家が緊急用国庫を開放した。

そこまでの決断を強いられたのも問題だが、開放したまでは良かったのだろう。

だが

 

「イギリス行政府と王家の緊急用国庫の中身が全て消失していたのよ」

 

「…は?」

 

そう反応したのは鈴だった。

 

「ちょっと待って、緊急時に備えてって事は、それって今までの税金から成り立っているようなものよ。

それが消えたってどういうこと?」

 

「厄介なことにも、その緊急用国庫とはいえ銀行に預けられていたのよ。

時代に合わせて、電子化もされていたんでしょうね。

そのセキュリティに穴をあけられたのだと思うわ」

 

「それって、誰がやったか判るんですか?」

 

「俺も気になります、しかも俺に間接的に繋がりがあるとか言われたら嫌疑が向けられているとか?」

 

「待ちなさい、順番に話していくから一度に訊かないで」

 

で、話はさらに続く。

行政府の女性議員の数名が女性利権団体との癒着が発覚。

家宅捜査の結果、更には過激派組織でもある『凛天使』の協力者でもある事が露見した。

だが、その女性議員達だがイギリス国内には居らず、国外へと脱出した可能性が高いが、国際便の飛行機や船の搭乗記録もないため、密航した可能性で捜査中。

 

イギリス本国も、国家予算も緊急用国庫も奪われ尽くし、国家立て直しは完全に途絶。

国民の生活を守るための計画が根こそぎ踏みにじられ、露見するわで、行政府や王家への信頼は完全に失われ回復不可能なレベルで財政崩壊。

国外との取引の多くが失われている以上、外貨獲得の可能性も無い。

イギリスによる国民救済の道が完全に途絶し、支払うべきものも支払えなくなり、最終手段として国土の切り売りをする事になったようだった。

これによりイギリスは国土の大半を失うこととなり

 

「現状、イギリスは王族の居住地の中心点であるバッキンガム宮殿が存在している首都『ロンドン』以外のすべての領地と領海を失ったわ。

王族のファミリーが住んでいた各地の居住地も手放して、ね。

今はそれぞれの州をどこの国が手に入れるかのパイの切り分けが進んでいくことでしょうね。

尤も、それでも賠償請求金額の満額支払いが出来たというわけでもないから、今後もイギリスは様々な利権を搾取される傀儡国家になることは確定したわ」

 

サンドウィッチを飲み込み、お茶を飲む。

これだけでも既に情報量の暴力で頭が痛くなってきている。

 

「ウェイル君にも間接的に繋がるという件だけれど、イギリスから持ち出された多額の金がテロ組織に渡った可能性が高いのよ」

 

「…イギリスの金を使ってまた俺を殺しにかかってくる、と?」

 

首肯された。

ああ、嫌だ嫌だ。

なんでガキ一人殺すために1国家を食い尽くしてまで全力を出そうとするんだか。

その熱意を別の方向に向けてくれってんだ。

 

「…放課後、企業に話をつけておきます…」

 

もう頭が話に追いつかなくて本格的に頭痛がしてきた。

俺が何かをしたわけじゃないのになんで俺が命を狙われ続けなくちゃいけないんだ。

横目でメルクを見てみると、…ああ、やっぱり怒ってるよ…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

セシリア・オルコットだっけ?

結局会話をする事もなかったけど、個人一人の暴走でとうとう国家存亡にまで繋がった。

それどころか、過激派組織の活動を後押しするにまで至ってしまっている。

これで世界的な大問題にまでつながった。

 

もしかしたらだけど、ソイツの暴走は全輝の暗躍があったのではないのかとも私は思っていた。

そうでもなければ、面識すらない相手に暴行だとか、見境なしの暴走は起きないのではないかとも考えていたから。

アイツは他人を動かすのがうまい。

それこそ、嘯いて他人の心に付け入り、他人を思うように動かし自分は動かずとも自分の目的を果たす。

それがあの男のやり方。

私はそれが心底気に入らなかった。

 

「それで、鈴ちゃんの要件は何なのかしら?」

 

おっと今度は私の順番に回ってきた。

ウェイルの件も気にかかるけど、こっちはこっちで気を保っておかないとね。

 

「今日、私のクラスと、5組に編入してきた生徒について何か知っているんじゃないかと思って尋ねに来ました」

 

私の要件はまさにこれだった。

こんな中途半端な時期に、二人もこの学園に編入生が組み込まれた。

内一人は、国家代表候補生として。

でも、問題はもう一人。

その生徒はモニター生で、しかも『男子』生徒だった。

 

 

それは今朝の出来事だった。

2組でSHRをしている際に

 

「え~、今日からこのクラスに新しく仲間が増えることになります。

入ってきなさい!」

 

扉が開かれ、入ってきたのは金髪の中性的な容姿の男子生徒(・・・・)だった。

 

「フランスからモニター生としてやってきました、シャルル・デュノアです、よろしく」

 

中性的な容姿に騒いでいた生徒が二つの言葉を聞いて瞬間に凍り付いた。

 

一つは、フランス出身であること。

第1回国際IS武闘大会モンド・グロッソ以来零落した国家であるのは世界的な常識。

 

二つ目として、『デュノア』の名前が原因だった。

フランスが人命軽視国家として後ろ指を指され続けているのは、そのデュノア社が一枚嚙んでいるからだった。

一夏が犠牲にされた事件で、真っ先に大会敢行を優先させた企業としても悪名高い。

 

「ねぇ、フランスって…」

 

「しかもデュノアって、まさか企業の御曹司…?」

 

「人命軽視の看板を見せつけようとしてるようなものよね…」

 

早くもクラス全体で陰口が広まってる感じだった。

 

「席は…そうね、凰さんの隣が良いわね」

 

「……ええ……」

 

怪しげな人をわざわざ私の隣に投げ込まなくても…。

頭を抱えたくなったけど、それを見越してか相手もないのか編入生は私の隣の席に座ってきていた。

 

「これからよろしく」

 

「ええ、そうね…」

 

正直、怪しかった。

 

そんなこんなで、学園内の案内はティナに投げつけ、私は逃げるような勢いでこの生徒会室に来ていたわけだった。

 

「フランスで発見された男性搭乗者、ですか…。

イタリアからはそういった報せはありませんでしたが…隠す必要があったんでしょうか?」

 

「そっか…欧州じゃ俺が発見されたから態々存在を今の今まで隠す理由が無いよな…。

それに男性搭乗者は貴重だから、公表すれば、それだけでもその国には視線が向かうはずだよな…」

 

「でも、フランスは今の今まで隠し続けていた。

それを今になってIS学園に送り込んできているとすれば…使い捨ての駒にでもする気かしらね。

デュノア社社長夫人は女尊主義者だけでなく、ひどく自己中心的という意味でも悪名高いわ。

既得権益の保持の為なら他人を使い捨てるような事も容易くやってのけるでしょうね」

 

この近年、人間性の黒い一面ばっかり見てるような気がしてならないわね…。

 

「で、もう一人は5組に編入されたドイツ国家代表候補生、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』ちゃんね。

こっちもこっちで困りものよ。

織斑先生から直々に搭乗技術を叩き込まれた根っからの軍人だから、協調性は到底期待できないわ。

こっちも問題行動を起こさないでくれると助かるんだけど…」

 

ふ~ん、あの女の直弟子、ね。

それだけで関わる気も失せるというもの。

 

「な~んか…いやな話ばっかりになってきたな…」

 

「持ち込んだのは君たちだから、それを忘れないようにしなさいね…」

 

そんな感じで昼休みの生徒会室での時間は流れていった。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

放課後、私とお兄さんはアリーナで訓練に勤しんでいた。

今回は鈴さんだけでなく、4組の簪さんも訓練に合流している。

 

「で、なんで今日は機体を使わない白兵戦なの?」

 

お兄さんは槍を構え、簪さんは薙刀を構えた状態での疑問だった。

ISを使わないので、お兄さんはジャージ、簪さんは日本独特の胴着を着た状態。

そんな現状になってから浮かぶ質問に、お兄さんは苦笑して…

 

「実は…機体を今は調整中なんだ…だからメンテナンスは後回しにしたくてな…」

 

「…何か嫌な事でもあったの?」

 

簪さん、鋭い…。

 

「まあ、そんなところだ…始めようか!」

 

槍と薙刀、互いに時としている獲物は長柄の武装。

そういったものを使う相手がこの学園では数が少ないので、訓練相手としてはとても貴重なため時間は有意義に使わせてもらっていた。

早くもお兄さんは二つ目の槍を手に握っているようですし、集中させてあげましょう。

 

「変な意味でやる気になってるみたいだけど、良いの?」

 

「はい、お兄さんも楽しそうにしてますから」

 

「筋金入りのブラコンね、アンタは…」

 

私もここで言葉を区切り、双剣を構えた。

鈴さんもそれに倣ってか剣を構えてくる。

 

「では…参ります!」

 

「いくわよ!」

 

お互いの鋼同士が食らいつく悲鳴のような金属音、それが幾つも繰り返される。

視界の端では、お兄さんが時折間合いを調整しながらも簪さんに挑む姿が見え、それを確認しながらも鈴さんに集中していく。

でも、あそこまで全力で挑んで、この後の機体調整は大丈夫なんでしょうか…?

とはいえ、鈴さんに集中を!

彼女の場合、機体に搭乗していない場合は私と同じ二振りの剣を振るっている。

速さと手数は私が上回っているけれど、重さを利用しての力強さであれば鈴さんが上回る。

今回はお兄さんの提案で訓練を一緒にしてますけど、今後は…ちょっと控えさせてもらいたいですね…。

 

 

訓練は門限の都合もあって切り上げる。

そのあとは各自散開して、放課後の時間を過ごす事に。

私とお兄さんは機体整備をするために整備室を一室借り、機体整備を。

お兄さんの嵐影(テンペスタ・アンブラ)も、しばらく先に控えているとされるトーナメントに強制的に参加することが決まっているため、整備を慎重に繰り返していた。

無論、イギリスから多額の金が動き、テロリストにわたった可能性を伝えると、企業側がすぐに国の上層部に伝える形となった。

だとしたら

 

「今度のトーナメント戦、かなり荒れそうですね…」

 

前回のクラス対抗戦でお兄さんの名前がテロリストに知られてしまった以上、今回のトーナメント戦では外来者をシャットアウトすることになってしまっている。

学園に侵入者が入ってこれないとは言えますけど、逆に言い返してしまえば、外部からの戦力追加が望めない。

日本政府が頼りにならないのは判っている以上、仮に襲撃が起きたとしても、学園内部の戦力だけで処理するしかない。

 

でも不安要素(・・・・)がある。

 

フランスからの編入生の目的がそれこそ内部からの刺客だとしたら…?

可能性は充分に在り得るから、下手に接触しないほうが良さそうな気がする。

 

「よし、調整完了。

昨日までのメルクとの訓練をここまで活かせれば最上だ。

ウラガーノ、アウルも問題は無いな、次のトーナメント戦までは隠しておくが、そこまで調整はしっかりしておかないとな。

さて、帰ろうぜメルク」

 

「…はい!」

 

調整を終え、機体を収納。

学生服を羽織り、髪を隠すためにフードも被る。

お兄さんのその姿を追い、手をつないで歩く。

何かあれば私が対処をしよう、これまでと同じように。

そう決めた矢先のことだった。

 

「フードを取り付けた白衣…貴様がウェイル・ハースか」

 

学生寮前に、その人物が居た。

ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒさんが。



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第50話 銀風 遭遇

「貴様が、ウェイル・ハースか」

 

学生寮の前で待ち構えていたのは、銀髪の少女だった。

面識は無い、完全に初対面だった。

左目を黒い眼帯で覆っている人物だなんてことになれば、いやでも記憶に刻まれるだろうが、俺としてはそんな人物は記憶に無い。

尤も、俺が失っているであろう記憶の中の人物ともなれば話は別だが。

横目で確認すれば、メルクが警戒しているのが微かに見て取れた。

なら、俺も警戒しておこう。

 

「ああ、そうだ。

俺の隣にいるのは、妹のメルクだ。

そちらは俺のことを知っているらしいが、俺は君に対して面識が無い。

名前を教えてもらえるか?」

 

 

途端に顔を顰める銀髪の少女。

俺、何か悪いことを言っただろうか?

何一つ心当たりが無い。

彼女の両手は強く握られ、何かを堪えているかのようにも見える。

視線は鋭いままで、いまいち何を考えているのかが判らない。

 

「…ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

貴様に話がある」

 

「…でしたら、寮の中に入ってからにしてもらえませんか?

こちらは訓練を続けていて疲れてますので」

 

メルクのその一言で話とやらをする場所を変えることにした。

割り当てられている部屋を使うわけにもいかず、今回の話をする場所は学園生が誰しも使っている談話室を利用することにした。

ここなら他の学生たちの目もあり、乱暴事を起こせないだろうというのがメルクの考えらしい。

俺としてもそのほうが有難かった、公の場で乱暴を起こす人物の心当たりが記憶に焼き付いているが、ここなら目撃者も多数となり、事が悪い方向には傾かないような気がする。

 

「で、なんで鈴も来ているんだ?」

 

そう、この場には鈴も来ていた。

事前に作り置きしていたらしい食事をバスケットに入れ、俺たちについてきていた。

 

「いいでしょ、わざわざドイツの代表候補生がアンタたちを待ち構えてまで何か話をしようとしてたって聞いて気になったんだもの。

それに、アンタ達、夕飯も食べずに夜間訓練してたんでしょ?消灯時間までそんなに無いけど、少しはお腹に入れときなさいよ」

 

GW以降、見慣れたバスケットの中身が開かれると、そこにはサンドウィッチが並んでいた。

就寝前での軽い食事としては充分だ。

一番最初に手を伸ばしたのは鈴、その次にメルク、続けて俺が一切れ頂くことにした。

 

「…む…」

 

ボーデヴィッヒも遠慮しがちにではあるが、サンドウィッチに手を伸ばす。

一口咀嚼すると、右目が少しだけだけ大きく見開かれ、サンドウィッチが瞬く間に口の中へと消えていく。

食事の前では人は正直になれるということか。

 

バスケットの中身が消えて無くなるまではそんなに時間はかからなかった。

ここでも俺が鈴に渡したシーフードがやや目立っていたが、消化を手伝えという視線が痛かったのは…気にしないでおこう。

 

「で、話というのは何なのですか?」

 

食後に鈴が用意してくれた烏龍茶とやらを飲み干してから、メルクが早速本題へ入ろうとしていた。

メルクの視線が少しだけ鋭くなり、それに応じてか、ボーデヴィッヒの眼差しも鋭くなった。

そして、その視線が向かう先は…どうやら俺だった。

ああ、また面倒事に巻き込まれるのだろうか、そんな諦観が早くも出てきてしまっている始末だ。

 

「貴様の事だ」

 

「…俺が何かしたか?」

 

「いいや、何もしていないからこそだ」

 

……?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

それは、今日の夕刻だった。

軍の命令で、あの人が居るこのIS学園に編入となった。

あの人と同じ空間に居られるだろうと思っていたが、その目算は大きく外れた。

あの人は1組の副担任、そして私は5組の在籍となったからだった。

よりにもよって、最も離れた場所に放り込まれるのは悔しさで満ちる思いだった。

だが、そうなったのなら考えを改める。

あの人をこの学園から引き抜く!

 

「何故ですか!何故貴女ほどの人物がこんな学園に縛り付けられるのですか!?

こんな場所に居るよりも、あの頃の様に、わがドイツで…」

 

「くどいぞ、ボーデヴィッヒ。

今の私が働く場所は此処だ、それはどうしようもない」

 

「ですが、織斑教官!」

 

織斑 千冬

その人物こそが私がこの学園に来た要因ともいえる人物だった。

 

かつて私は軍の中でも精鋭だった。

誰にも負けず、誰よりも強くあり続けた。

私は軍の中で生き、自身を鍛え、誰よりも強い存在として生きてきた。

それ以外に生き方を知らないと言うのも確かな話かもしれないが、私はそれでも構わなかった。

それで満足だった、最強であり続けた。

だが、それもある時を境に終わってしまった。

ISの登場によって、軍の在り方が大きく変わってしまったからだ。

鍛えてきた軍隊格闘も、射撃も、その兵器を前に無へとなり果てたからだ。

単独でありながらも軍勢とも渡り合え、更には単独での飛行、大量の武装搭載も可能なそれは私の存在に台頭してかのような存在だったからだ。

無論、私もそれに搭乗するようにはなったが、結果は散々だった。

 

ろくに扱えなかった。

適正が高くないのでは、とも言われた。

次の手段をとる決意をしたのはその直後だった。

手術を受け、適正が上がるようにもした。

 

それでも、駄目だった。

 

最強であり続けた私は、その時点で『最弱』の烙印を焼き付けられた。

最強であり続ける事こそが私のアイデンティティ。

それをあっさりと奪われてしまった時、あの人が現れた。

 

織斑 千冬が教官として現れた。

名前程度は私とて知っていた。

名実ともに世界最強(・・・・)の存在だった。

 

「頼まれた仕事ではあるとは言え、加減はしない。

お前を徹底的に鍛えてやる」

 

その言葉から始まった訓練はとても厳しかった。

だが、私は耐え切った、そのうえで、再び最強の存在として君臨した。

この人が居れば私は輝ける。

そう確信出来た。

この人に、この地に留まっていてほしいと願うのは当然だった。

 

「私が教官として留まるのは1年間だけ。

そういう契約だ、期限が来れば、私は日本に帰る事になる」

 

「残っていただけないのですか!?」

 

「日本に、弟が居るんだ。

私の大切な家族なんだ、あいつを一人、残しておくわけにはいかない」

 

初めて、憎悪した。

『家族』という言葉に。

私は軍の実験にて製造された存在だ。

家族など居ない、同じ境遇を持った同僚、それを知ったうえで兵として扱う上官。

それが私の世界だった。

そんな私に戦うための牙を再度与えてくれた人が、そういう存在に焦がれるだなんて…私を置き去りにしようという存在に、憎悪を感じるしかなかった。

 

2年振りに逢ったこの人は、やはり厳しいが、あの時と同じような表情をしていた。

そんな表情など見たくなかった。

そんな表情をさせる存在を認めるわけにはいかなかった。

 

そして、その輩がこの学園に在籍している事も知ってしまった。

なら、私がその繋がりを断ち切る。

その思いでいたのに…!

 

「私には、弟が居る。

その話は前にもしたのは覚えているか?」

 

「…はい、覚えています」

 

「あの時には言えなかったが、弟はもう一人居た(・・)んだ。

6年前、事件に巻き込まれて死なせてしまった弟が…。

今年、全輝がISを動かし、全世界で男性搭乗者が排出される可能性が浮上した、その時に現れた人物が居る。

もしかしたら、そんな可能性や願望があるのは確かだ」

 

それから短い時間で調べた。

教官が気かけ続けている人物、もう一人の男性搭乗者の名は『ウェイル・ハース』。

イタリアから排出された搭乗者であると。

その人物を私が見極めてやろうと。

あの人に相応しくない人物であるのなら、私がその人物を排除する、と。

 

そして、時は今へと繋がる

 

「いいや、何もしていないからだ」

 

その人物に接触しようとするも、夜間訓練のためにアリーナを貸し切り、立ち入り禁止にしている以上、私は外で待ち続けるしかなかった。

そして学生寮に現れた、白い髪の人物。

この人物が例の男であると判った。

よく言えば純真、悪く言えば、能天気な人物であると見て取れた。

この男の本質はどんなものか。

 

「教官は貴様を気にかけているが」

 

「貴女の言う『教官』とは誰のことですか?」

 

横槍を入れる人物のデータを思い出す。

メルク・ハース。

イタリア代表候補生で、座学、実技ともに学年主席だったか。

私としては侮れない人物だとは思うが、テンペスタの最新鋭機といえども、あの人に鍛えてもらった私からすれば敵ではないだろう。

 

「織斑 千冬教官だ。

その人物が貴様を気にかけているが、何故それに応えないのだ?」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

何故、と言われても正直困る。

1組の副担任を務めている人物といえば、アリーナのピットで遠目に見たくらいだが、その人が俺をね…。

 

「そんな話は今初めて聞いたよ」

 

「な…っ!?」

 

事実だ。

あの人が俺を気にしているのか、気にかけているのか知らないが、そんな話は今ここで初めて聞いた。

 

「君の言う人物が俺を気にかけているというのなら、なんで直接俺に会おうとしないんだ?

なんで直接声をかけてこないんだ?

その理由を君は知っているのか?

先に言っておくが、俺は事情も都合も理由も知らない。

面識も会話をした事も無い。遠目に姿を見た事があるだけだ」

 

真っ正直に答えてみたものの、ボーデヴィッヒは驚愕しているようだった。

その反応を見ると、俺としても困る。

 

「学園に在籍してから一ヶ月半経ってるが、声一つかけられたことも無いし…避けられてるような気がするな…。

それで気にかけられているのを察して応えろだなんて俺だけでなく、誰だって無理だろ」

 

実際、そんな気がする。

それに、その人物の身内に迷惑を被り続けているんだ。

むしろ接触なんてしたくない。

弟がアレなら、姉も同じような気がするな。

あ~やだやだ。

 

「本当の話ですよ、織斑先生はこちらに対し、今まで一度も接触をしてきていません。

理由があるのかどうかも判りませんが、それは御本人にでも伺ってください。

私達からあの人には、接触したくないので」

 

メルクが、俺が言いたかったことを代わりとばかりにバッサリと言い切った。

 

「接触したくない、だと!?何故だ!?」

 

「その理由は、その本人に訊いてみなさいよ」

 

そして鈴も吐き捨てる。

実際にはその通りだ。

向こうから接触してこない理由は知らないが、こちらからは接触したくない理由は存在しているし、その理由は向こうもしっかりと理解している筈だ。

 

「そう、か。

どうやら私が知らない複雑な事情をお互いに抱えていそうだな。

だが最後に問いたい、お前にとって織斑教官をどう思っている?」

 

「嫌いだよ」

 

その言葉だけは今まで以上にハッキリと出てきていた。

自分のことながら驚いてしまっている、接触したこともなければ、会話をしたことも無い人物に対してここまでハッキリとした答えを返せることに…。

そんな返答をしたことに、メルクも鈴も驚いていたようだった。

 

「…今回の件、私は改めて考えておく。

それを踏まえたうえで、お前たちと話をしてみたい。

今日はこれで失礼する」

 

そう言って小さな姿が談話室の扉の向こうへと消えていった。

 

「…何だったんだろうな?」

 

改めて首を傾げてみる。

織斑教諭が、どういう訳か俺を気にかけているらしいが、そんな事を言われても困る。

ボーデヴィッヒはその人物を尊敬しているかのような口ぶりだったが、俺は違う。

どこかその人物を嫌悪している。

俺も変になってるのかもしれないな…。

 

「アンタがあんな風にハッキリと『嫌いだ』なんて言うなんてね、驚いたわよ」

 

「私もです、例の二人のことを言われたのなら、私も同じように答えていたでしょうけど…」

 

「よせよせ、なんか恥ずかしいよ」

 

嫌悪している、蔑視している。

そんな感情が俺の中にあるなんて、な。

まさか記憶を失う以前の俺はあの連中に関わっていたとか?

考えただけでも寒気がする!

 

「…消灯時間も近いんだ、今日はもう寝よう」

 

こんな感覚はさっさと忘れたい。

こういう思わぬ形でのトラブルなどもうお断りだ。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

寮監室で、私はパソコンのモニターに向き合っていた。

そこには、今までに課せられていた事例が映り込んでいる。

減俸、降格、損害賠償請求など、多岐にわたる。

それを耐えてでも、私にはどうしても確認したいことがあった。

6年間の事件で死んでしまった、私の弟である一夏の事だった。

今年、全輝がISを動かし、全世界で一斉検査が執り行われた。

そんな中、事故という形ではあったらしいが、たった一人だけ、ISを起動させた男が居た。

 

思い返せば、一夏の死を誰かが看取ったわけでもない。

もしかしたら、とも思えてならなかった。

一度は諦めてしまったが、ここに可能性が見えてきた。

そんな矢先に、接触禁止、干渉禁止の命令が下された。

それでも、あの頃のように一緒に過ごせるのならと思い、可能性を捨てたくはなかった。

だから私は

 

「へ~、それで今頃になって私に電話してきたの?」

 

束、その人物に頼らざるを得なかった。

 

「仮に、イタリアで発見された子といっくんが同一人物だとしたらどうしたいの?」

 

「家族なんだ、またあの頃と同じように一緒に過ごせるようにしていくさ」

 

あの時を境に失われてしまった家族を取り戻す。

その可能性が間近に存在しているんだ、それを逃がしたくなかった。

 

「ふ~ん、じゃあ結果だけを言うけどさ…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

この女が考えている事に頭がおかしくなりそうだった。

『家族』、だと?

お前が口にしていい言葉じゃない。

お前が言うだけで、その言葉の存在が穢されてしまう!

 

「ふ~ん、じゃ結果だけを言うけどさ…完全に他人だよ」

 

だから私は大嘘を言う。

 

「な…冗談だろう…!?」

 

本当(大嘘)だよ。

いっくんが小学校で受けた歯科検診のカルテと、イタリアの子が受けた歯科検診のカルテ、両方集めてみたけど、歯形が違う。

簡単な確認方法だけど、これだけでも完全に他人だって判るんだよ。

イタリアの子は、いっくんとは完全に別人、これは私からしても、医学的にも断言できる」

 

歯形が違うといっても、これは結果だけ。

ウェイ君自身気づいていないかもしれないけど、割れた奥歯に実は処置が施されている。

けど、いっくんの場合にはその処置が施された結果が記されていない、というだけ。

尤も、あの女にそれを後になって調べられるのも厄介だから、情報を集めた直後にサーバーに侵入してデータ書き換えた。

これで歯を調べられても安心できる。

 

そして、私は赦せなかった。

また(・・)一緒に過ごせるようにする』と言ってのけたこの愚かしさを。

あの女は、いっくんがどんな地獄を歩んできたのかを未だに知らないらしい。

未だに目を背け続けている。

 

そしてあの女は知らない。

ウェイ君がどれだけ平穏で、当たり前の暖かな日常を望んでいるのか。

あの子の笑顔に、どれだけの価値があるのかを。

 

「だが、全輝と同じように起動させたのだろう…?」

 

違う!あのクソガキ以上に稼働させているんだ!

 

「くどいよ、私の調査結果が信用できない?」

 

「そんな事は無い…!」

 

「じゃあ、もう諦めなよ…いっくんは、もう静かに眠っているんだからさ…」

 

仮にウェイ君が失われた記憶を取り戻してしまっても、ウェイル・ハースとして生きていく未来を失わせたりはしない、絶対に!

 

「…判った、それでも私はもう少し自分で調べてみる」

 

その言葉を最後に通話は切られた。

 

………あ゛ぁ゛ん?

 

最終勧告は無視するんだ?

なら、こっちも考えがある。

 

「この女、どこまで愚かなのサ?」

 

「まったくだよアーちゃん」

 

そこから私はパソコンのキーボードを全力で叩き、ある情報を制作する。

圧縮された情報をUSBに投入し、アーちゃんに投げ渡した。

 

「次のトーナメント戦の当日にウェイ君にこれを届けてほしい。

アルボーレ用のデータは充分に調整されているけど、ウェイ君のプログラミングは、まだ少し甘い所があるから、その調整用のデータだよ」

 

「なら、ヘキサに仲介点になってもらうサ」

 

ヘキサ・アイリーンはアーちゃんの右腕だけどさ、大変そうだよねぇ。

今頃どこかでクシャミでもしてそうだよ。

 

「アーちゃんは行かないの?」

 

「あの女とは顔を合わせたくないから、お断りサ。

そう言うお前はどうなのサ?」

 

ギリギリの所までは接触したけどね。

まあ、彼女だったら多分大丈夫だと思う。

実質、ミス真耶は私との事を口外しないでくれているみたいだからね。

それに、私はラボでも忙しいから。

ウェイ君が思い付いたものを添削しながらも、製造、建造とかもしているから。

何を隠そう、

『FIAT特別技術協力者 ニラ・ビーバット』

『謎の隻腕OL コニッリョ・ルナーレ(月の兎)

とは私の事なのだから!

ウェイ君の平穏は私が守る!



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第51話 疑風 対立の意思

「そう、早速接触してきたのね」

 

ウェイル君は今日も今日とて、お昼休みの時間にこの生徒会室に来てくれていた。

なんだかんだでこの部屋が気に入っているのかな、なんて思ったけど、情報が目当てだったり、座学の予習復習だったり。

広く言えば知識欲によるものらしい。

ちょっと気分が複雑だわ。

今日のお弁当の中身はパエリアだそう、本当に美味しそう。

メルクちゃんの得意料理の一つらしい。

 

「織斑教諭が俺に何らかの興味を持ってるらしいけど、接触を拒んでいると言う点までは把握しましたけどね」

 

悪いけれど、これに関しては教える事は絶対に出来ない。

箝口令が敷かれているし、私達の立場が危うい点も露見しかねない、なんとか茶を濁そう。

 

「ウェイル君としてはどう思っているの?」

 

「……言い方は悪いとは思うけど、『気持ち悪い』と『不愉快』、これに尽きるかと」

 

うわぁ、ハッキリ過ぎてお姉さんビックリよ。

本気でそう思っているんでしょうね。

 

「ボーデヴィッヒが悪いとは思わないけど、人を間に挟んで、自分は他人面。

それでいて、俺から接触するように仕向けているように感じます」

 

「私としても気分が良いものではないです。

自分からは動かず、他人の気持ちを利用して動かし、自分の目的を果たそうとしているように見受けられますから」

 

メルクちゃんの言葉に、暫く前に聞いた言葉を思い出す。

ああ、全輝君が使う常套手段が正にそれだったわね。

例え無意識であったとしても姉弟揃って考える事が同じなのかしら?

とは言え、例の箝口令を思い出してみる。

あれは織斑先生や例の二人がウェイル君とメルクちゃんに対して、接触、干渉しないようにする為のものだった。

だから、ウェイル君とメルクちゃんからの(・・・)接触や干渉であれば抜け穴になるとでも考えたのかしら?

………在りそうで頭が痛い。

また問題が出てきたわね。

 

「まさかとは思うけど、ウェイル君はその話を訊いて会いに行くつもり?」

 

「それこそまさかですよ。

絶対に会わないし、話をするつもりも在りませんよ。

自分でもよく判っていないですけど、…俺はそういうタイプの人間は嫌いみたいですから」

 

それはまたハッキリと言ったわね。

メルクちゃんもウンウンと隣で頷いているから、同じ考えなのかしらね。

でも言い方が他人めいているのは何故なのかしらね。

 

それはさておき、抜け穴を指摘された以上はその穴を塞いでおく必要性が出たわね。

ああ…仕事が増えた。

それに私からも伝えておく話も在ることだし…。

けど、その話はどちらかと言うと国際世論に近いというか、組織の対立と言うか…。

 

「二人は『欧州連合』と『国際IS委員会』が対立している事を知っているかしら?」

 

どちらも国際的な組織であることは今の世の中では常識的な話。

でも、その2つの組織の間では、軋轢が生じてしまっていた。

どちらも一応は『世界平和』を名目に活動している組織だけれど、実際にその活動をしているのは欧州連合側であって国際IS委員会はそれらしい活動をしていない。

欧州連合は、ヨーロッパ方面に於ける平和維持に力を入れ、IS方面の開発を進める事で、テロリストに対しての抑止力になってきている。

片や国際IS委員会は、全てのISの管理と監視を主命としているけど、実際には活動していないような感じもしている。

事実、ISを利用したテロ活動の禁止は名目にはしているけれど、抑止力になっていないどころか目を背け続けているのが昨今の世の中だったりする。

 

「私は把握してますけど…」

 

「俺も簡単な所は」

 

宜しい。

ちゃんと勉強しているみたいね。

ヨーロッパ方面ではここ数年は欧州連合側が発言力を増しているけれど、アジア方面は国際IS委員会が顔を効かせている。

この一ヶ月程、欧州連合側が委員会に対して糾弾をしている。

無理も無い話だったりする。

学園内で起きた話をイタリア側が把握し、それを日本政府に対して抗議をしてきた。

イタリアだけでなく、ロシアも。

こともあろうにアジア側に属している中国も。

クラス対抗戦で起きた、国際犯罪シンジケートである凜天使による襲撃に関して箝口令を敷き、黙らせようとしたから。

それだけでなくウェイルの名前を故意に漏洩させた事に関しても、事此処に及んでも、のらりくらりと目を背け続け、話を避けている。

 

「あれ以降、日本政府も委員会も事態解決に向かうつもりが無いみたいなのよ」

 

「何故ですか?」

 

メルクちゃんが質問を返すけれど、それは誰だって同じように返すであろう事は当然だった。

けど、まあ…

 

「意図的に情報漏洩をさせた人物が厄介だからよ。

『篠ノ之博士の身内に何かあれば報復の危険性がある』その言葉を免罪符にして事態解決の為の行動をしないのよ」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

事態解決の為の行動をしない(・・・)

その言葉に俺は呆れるしかなかった。

お決まりの言い訳さえすれば、何が起きようと動かなくて良いのだと、言っているようなもの。

その程度は察する事が出来ていた。

 

虚さんもその事を把握しているらしく、溜め息を溢し…

 

「実際、篠ノ之 箒さんは、テロリストがこの学園やイタリアに向かうような情報を故意に露見させました。

先日、その件を我々は『外患誘致』と判断しましたが、日本政府は動きませんでした。

これ以上の危険を呼び込む可能性を有していながら、です」

 

国内、国民に多大な被害を与えうる危険性を有した人物が目の前に居るのを知りながら動かない、か。

技術者や企業であれば、自分達が作っている技術が軍事転用されているのを知った場合は、例え取引相手でも技術流用を阻止しようと動く。

これがテロに使われていると知れたのなら、即座に取引を停止し、訴訟や取引上の契約違反を叫ぶだろう。

無論、流通ルートすら徹底的に調べ上げるというのが常識なのだそうだ。

 

けど、日本政府はそれでも動かないと言うのなら、何か考えが在っての事なのだろうか?

 

「日本政府は何故動かないのですか?

篠ノ之さんが『外患誘致』をしたのに、それを咎める事さえしないのは、あの人を放置する事で利益でも生じるのですか?」

 

メルクが俺たちの代弁をしてくれた。

なるほど、利益が在るから放置するのも一つの考え、か…?

けど、だからと言って問題行動やテロリストへの加担を見逃すのはどうなんだか。

 

「いいえ、利益なんて無いわ」

 

「………は?」

 

ハッキリと返された返答に変な声が出た。

そんな俺に苦笑いを浮かべながらも虚さんが何やらコピー用紙の束を見せてきた。

 

「これは篠ノ之さんが過去に起こした傷害(・・)暴行(・・)器物損壊(・・・・)事件などを纏めた書類になります。

イタリア語で再編集してみましたので、お見せするのが遅くなりましたが、確認してみてください」

 

虚さんって本当に有能な人物だな。

結構な量になってるが、これ全部を俺やメルクでも読めるようにしてくれたのかよ。

今度何か返礼でもしたほうが良いかもしれない。

 

「………これ、本当に起きた事件なんですか?」

 

隣から覗き込んできたメルクの眉尻が吊り上げってきている。

その返答に生徒会の二人は首肯する。

気になって俺も見てみるが…うわぁ…としか言えない。

中には被害者家族一同が裁判を起こそうとした事例も在るようだが、例外無く棄却されたり不起訴扱いにされたり、賠償請求も無効化されていたりなど不可思議な結末ばかり。

最終的には問題解決に至ったものが見受けられない。

 

「こんな数の事件起こしておいて庇い立てする理由が判らないな。

どういう事なんですか、コレは?」

 

「簡潔に言えば…『問題の放置』よ」

 

そんな事は誰だって判る。

俺にさえ理解出来てるような話だ。

 

「篠ノ之 箒ちゃんは、賠償請求は無論だけど、訴訟に対して、問題解決能力が無い。

それどこらか問題解決の意思も無い。

日本政府がそんな彼女を庇い立てする理由は、『篠ノ之博士の身内だから』、その一点だけ。

博士は気紛れな人物であることは有名なのよ。

そして途方も無い技術をも持ち合わせている。

そんな博士が、妹の身に何かあれば報復を行うかもしれない。

未知の技術で報復なんてされようものなら、どんな大混乱が生じるのか、その規模が計り知れないわ。

だから、箒ちゃんに処罰を課すことに日本政府は消極的なのよ」

 

「で、当の博士自身からの報復とかは事例は在るのですか?」

 

書類を見た感じ、そう言った事は記されていない。

悉くが黙殺されているような具合だ。

 

「それですけどお兄さん、『問題の黙殺で報復を避けた』と言う考え方が生じていると思います」

 

その言葉に視線を虚さんに向けてみる。

反応としては…否定しないみたいだな。

 

「メルクさんの仰る通りです。

先程の話にもあった通り、賠償能力や解決能力を持とうとしていない篠ノ之箒さんを手元に置き続ける事で、例えデメリットを抱えても(・・・・・・・・・・)メリットを保持し続ける(・・・・・・・・・・・)事も可能ですから」

 

「箒ちゃんは幾度も転校をしているけれど、その引っ越し費用や生活費に学費は、日本国内から集められている税金で賄われているわ。

それを水増ししてしまえば…」

 

余った金の着服も容易、か。

賠償請求を避けるのは、その着服した金を手離したくないからなんだろうな。

デメリットを抱えても、博士の身内というだけで金のなる木扱いかよ。

 

「既得権益の保持の為なら、犠牲を見ぬ振り…そういう事かよ。

でも、この学園は世界中から学徒が集まる場所だ。

そこで負傷者や死者が出た場合、それついて考慮しているんですか?」

 

俺の質問には…溜め息で返された。

つまり、考えてないらしい。

 

「上層部は事が終わった後になって口出しをしてくるだけよ。

現場の判断を蔑ろにしながら、責任全てを現場に押し付けて、ね」

 

うわぁ、一種のモンスタークレーマーだな。

それでクラス対抗戦で襲撃してきた連中の半分が姿をくらましたって、実は上層部が何かしたんじゃないだろうかと疑ってしまうぞ。

 

「それで、黙殺しておいて、被害者家族に何か補填だとかは発生しているんですか?」

 

「いいえ、一切ありません」

 

俺の疑問に対しても、冷酷な返答が返ってきた。

何故?そう問いたかったが、それに関しても

 

「篠ノ之箒さんに充てられている金銭は税金から成り立っており、上層部の一部がそれを水増しさせ、着服をしています。

賠償をする場合はそこから補填する筈ですが、それによる金銭の損失を失いたくないのでしょう。

ですから、悉くを黙殺し……言い方は悪いですが、無理矢理に泣き寝入りさせている状態です」

 

………国への信頼を失う行為だと思うが、そんなものより既得権益と保身を重要視しているって事か。

流石に人間性を疑ってしまうな。

 

「健在かどうかは知りませんが、篠ノ之さんの親御さんが賠償を強いられているんじゃありませんか?」

 

「有り得そうだな。

当事者が無責任、国も賠償や責任を放り投げているのなら…行き着く先は…」

 

頭痛に悩まされるのは保護者か。

子が子なら、親も同類だったりしてな。

 

そんな考えが脳裏によぎるが、それを否定している自分が居るのも確かだった。

何故かは判らないが、あの女の親はそんな人物ではないのだと…。

 

「………?」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「さて、話を戻しましょうか。

ウェイル君達が知りたがっていたのは、ラウラちゃんの事だったわね」

 

ウェイル君が何かに首を傾げているのかは判らないけれど、本来の話に戻る事にした。

 

「ラウラちゃんはドイツ出身の代表候補生。

今は1年5組に割り振られているのは知っての通り。

あの子が織斑先生を『教官』と呼んでいるけれど、それには理由が在るわ」

 

そして事の顛末を簡単に話す。

第二回モンド・グロッソ大会で千冬さんがドイツ軍に借りを作った事。

その際の返礼の代わりにドイツ軍で師事した事を。

その時に担当した教え子の一人がラウラちゃんだったという事を。

 

無論、この学園内にて箝口令が敷かれている事に関しては情報を話すような事はしない。

我々暗部がアリーシャ選手に対して情報収拾をしていた事も全て隠す。

 

「で、織斑教諭が俺と接触しようとしてきた理由は?」

 

「そこまでは判らないわね。

わざわざ人を挟んでまで手の込んだ事をする理由も含めて、ね」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイル・ハースの話を伺ったその翌日になり、私は織斑教官のいるであろう寮監室に訪れた。

出来る事なら昼休み中にでも話をしたかったが、私が所属するクラスとは離れているうえに、教官自身がどういうわけか監視を受けているからだった。

いや、監視を受けているのは昨日から把握していた。

昨日の夕方に教官に訴えをしている間も、建物や周囲から視線を感じていたからだ。

監視を受けるような事をしでかしたのかと思いもした。

クラスメイトからも簡単に話を訊いてみたが、教官本人だけでなく、学園に在籍している身内が要因となっているらしき事も。

だが、それだけなら(・・・・・・)教官までもが監視を受ける謂れはなかっただろう。

そして、その身内が監視をされるようになる前から教官は監視を受け続けているのだ、と。

なら、身内だけでなく、教官も監視を受ける理由を抱えてしまっているという嫌な確信を得てしまっていた。

 

「教官、いらっしゃいますか?」

 

ドアをノックしながら呼び掛けてみる。

それを2度、3度目でドアが開かれた。

 

「ボーデヴィッヒか、こんな夜更けにどうした?」

 

「伺わせてもらいたい事があります」

 

「…良いだろう、だが場所を変えよう」

 

そう言って案内されたのは、学生寮の屋上、この時間になると流石に誰も居らず、月光が私達二人を照らしていた。

寮の中の様子はまだ騒がしいというのに、この場所はそれが嘘のように静寂に包まれていた。

 

「それで、話というのは何だ?」

 

「教官が言っていた『ウェイル・ハース』に接触してみました」

 

そう言いながら深く教官を観察してみる。

口元がかすかに吊り上がるのが確認出来た。

やはり、この人は私がウェイル・ハースに接触するのを見越していたのか。

 

「それで、どう思った?」

 

「平凡でマイペース、非凡な何かを持ち合わせているとは思えない人物でした」

 

「…そうか」

 

「そして…」

 

一拍間を開け、再び観察する。

瞳の中に抑えきれない何かを…いや、以前のこの人からは感じられなかった欲望めいたものを感じられた。

 

「ウェイル・ハースはハッキリと『織斑教諭を嫌悪している』と言っていました」

 

「…~っ!」

 

「それに続き、『自ら接触しに行くことは無い』とも断言しました」

 

はっきりとした動揺と困惑、この人からすればかなりの予想外だったのかもしれない。

だがそれでも私は問い質さなくてはならない事がある。

 

「教官、何故あなた自ら接触しに行かず、彼の側から接触させようとしたのですか?」

 

「っ!?」

 

やはり、そのつもりだったのだろう。

そしてそこまで思わせるような事がこの人に在ったというのか、そこまでして自ら動こうとしない理由も。

 

「教えてください教官、いったい何があったというのですか!?」

 

「残念ですが、それを教える事は出来ません」

 

その返答は、背後から…寮内へと続く出入り口から聞こえてきた。

声の主は…私はこの学園に来てから日が浅い為まだ区別が出来ていない。

だが、この学園に努めている教諭の誰か一人だろうということは理解できていた。

 

「初めましてですね、ボーデヴィッヒさん。

1-1の担任をしている山田真耶と言います」

 

1-1、それは確か、教官が担当しているクラスの筈。

この人物が、その担任なのか…?教官が担任ではなく…?

 

「織斑先生は、理由あって現在は副担任(・・・)を務めてらっしゃいます、ご存じありませんでした?」

 

「う、うむ…今、初めて…」

 

「ボーデヴィッヒさんが知りたがっている件ですが、話す事は出来ません。

納得できないかもしれませんが、ここは諦めてください」

 

明確な拒絶がそこにはあった。

だが『話さない』ではなく『話せない』と言っている。

であればこの人物よりも更に上からの指示が…箝口令が敷かれていることが察せられた。

そこまでの事態を抱えているというのか…?

いや、待て…そもそもだが…!?

 

「いったい、いつから我々の話を訊いていたのですか!?」

 

「最初からです。

織斑先生、今回の話の件は追って伝えておきます」

 

もう、驚愕するしか無かった。

教官は…常時監視される程に危険視されているというのか…!?

愕然を通り越え、軽い眩暈が襲ってくるのを感じてしまう。

 

「ボーデヴィッヒさん、もう消灯時間が近いから部屋に戻ったほうがいいですよ」

 

「わ、判りました…」

 

学生寮に続く階段をへ向かいながら空を見上げた。

月の光の中、夜にはあまり似つかわしくもない小鳥の姿が見えた気がした。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ラウラが寮の中に戻ったのを確認し、私は視線を真耶へと戻した。

 

「ご自分での接触が駄目なら、ウェイル君から接触しにくれば、接触禁止の厳命の穴を突けるかと思っていましたか?」

 

「…確かめたい事があったんだ」

 

6年前に諦めた私の弟が本当は生きていたのかもしれない。

そう希望を持ったのは確かだった、だからその希望を確信に変えたくて接触を図ろうとしていた矢先のこの厳命だ。

正攻法では無理だろうと思っていたが、イレギュラーな方法でも見逃してもらえないか。

 

「ボーデヴィッヒさんにも言いましたが、諦めてください。

そもそも、ウェイル君自身も、千冬さんに嫌悪感を持っているようですし、接触を拒んでいます。

千冬さんがウェイル君の事をどう思っているかは私には察する程度の事はしていますが、彼の意思を無視してまで何かを画策するべきではないと思います」

 

真耶は私が何を思っているのかは勘付いていたたのか。

いや、6年前の話はその時にもしていたから当然か。

だが、それらの事があっても、私を止めるのだな…。

 

「ハースが私を嫌悪しているという事、接触を拒んでいるのは本当なのか?」

 

「間違いありません、昨晩そのような話をしていたという裏付けもできています」

 

…嫌われているのだな、私は…。

話したことも、直接会ったことすらない相手からまでも…。

空を見上げてみる。

先程まで月光が煌めいていたのに、雲が広がり星空を覆っていく。

それだけ私の胸の内に閉塞感を感じてしまう。

 

「今回の件は学園長に伝えておきます、相応の叱責が在るかもしれませんが、そのおつもりで」

 

そう言い放ち、真耶も寮内へと姿を消していった。

…私は、甘く見ていたのかもしれない。

失ったものを取り戻すのは容易なことではないのだと思い知らされる。

それでも、私は手を伸ばしたかった。

掴んで、今度こそ失わないように、と。

 

「そうか、私は嫌悪されているのか…会いたくないと思われてしまう程に…」

 

だとしても…私は…諦めたくない、今度こそ…!



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第52話 険風 流れに

ヒャッハァッ!
PS5の抽選が当たったぜぇいっ!
さて、ソフトも何か用意しなくては


ラウラ・ボーデヴィッヒと話をしてから二日が経った。

朝練を終え、朝食の為に食堂へ向かおうと部屋を出た直後だった。

 

「私も同行させてもらえるか?」

 

長い銀髪に、特徴的な黒い眼帯。

ラウラ・ボーデヴィッヒ張本人が部屋の前に待ち構えていた。

…なんで居るの?

そしてメルクは…

 

「…む~…」

 

俺の左手を握ったまま大層不機嫌になってた。

なんでこうなるの?

 

食堂に移動してから食券を購入。

俺の朝食はシーフードサラダ定食にしておく。

メルクはサンドウィッチとホットミルク、ラウラは…マジで?

 

「朝からシャリアピンステーキかよ…」

 

「うむ、しっかり朝食を食べておくことで、たとえ昼の食事を抜いてでも存分に訓練ができるのだと私の副官から教えてもらってな」

 

「それ、間違ってる気がします…」

 

その副官の肩書を持っている人、大丈夫なんだろうか…?

ここにいない人物のことを考えてもどうしようもないし、どうこうする事も出来ないので捨て置く。

 

サラダの味は…うん、美味しいな。

ミネストローネもおいしいけど、時にはシーフードをしっかりと食べたくなる時がある。

これもお気に入りのメニューとして心の中に記しておこう。

 

「私はあれから教官に接触し、今回の件について訊いてきた」

 

ラウラが語り始め、俺はいったん手を止めた。

織斑教諭についての話であろうことはすぐに察した。

正直、その人に関しては良いイメージを持てないというか、今でも嫌悪感が胸の内に蟠っている。

見たくない、会いたくない、話したくない。

俺の内側に存在している何かがそう叫ぶ

 

カカワルナ

 

アレハキュウキョクノタニンダ

 

そんな声が聞こえてくる気がしてならなかった。

 

 

「自ら動かず、ウェイル・ハースが自身に接触してくるように画策していたようだ」

 

「残念だけど、その目的は叶わなかったな。

俺自身が接触をするつもりも無いし、そもそも接触したくないんだ」

 

「そうです、会う必要なんて在りません」

 

メルクもご立腹の態度を見せながらサンドウィッチを味わいながら食べていく。

その様子を見ながら俺はコンソメスープを飲んでみる…胡椒の味が少し強いな。

 

「…話の続きだ。

なぜそのような画策をしていたのか問うてみたが、返答は無かった」

 

「無視されたって意味か?」

 

「違う、『答えられない』といった感じだった。

そして、答えられない理由についても、答えを返してもらえなかった」

 

ふぅん…。

答えない理由も、答えられない理由も言えない、か。

俺には直接関係している理由なのかは知らないが、なんか危険要素含まれているような気がするから、猶のこと接触するのは止めておこう。

 

「それと、もう一つ判った事がある」

 

「なんですか?」

 

そこから先は、正直驚くような話でもなかった。

何しろ、もともとは噂話として耳に届いていた話であり、最初にそれを聞いてから二か月近く経過してから確信と裏付けができたというものだからだ。

 

「織斑教官は、他の教員から監視を受け続けている」

 

「…へぇ…」

 

うん、サラダに入っているトマトが甘酸っぱくて美味しいなぁ…。

 

バン!!

そんな大きな音。

ボーデヴィッヒが力の限り強く机を叩いたらしい。

挙句、眼帯で覆われてない側の目を吊り上げ

 

「…それだけか!?

貴様の反応は!?

重大な話をしているのに何なんだその反応は!?

織斑教官が!

周囲から監視され続けているという重要な話なんだぞ!」

 

と捲し立てる。

 

いや、だって半分は知っているような話だったから…。

今になって確信と裏付け得られても『へぇ』とか『やっぱりか』としか言えないって。

そもそも嫌いな人の話だから猶更そう思えてしまうんだよ。

 

「監視されている、という件ですが、元々は噂話にもなっていたんですよ」

 

「で、その話がこの場で多くの人に知れ渡ったな」

 

「…む…」

 

何しろ朝食を食べに来た生徒や教職員が大量に来ている朝方の食堂だ。

今のボーヴィッヒの叫びは食堂全体に広がっている事だろう。

とはいえ、これ以上はゴタゴタに巻き込まれるのは嫌なので、サラダを掻っ込み、コンソメスープで無理矢理に流し込み、そのままトレイと食器を返却場所に突っ込んで食堂から走って逃げだした。

そんなことをすればどうなるか。

 

「気持ち悪ぃ…」

 

教室に到着した頃に胃袋にダメージを負ったような状態になるのだった。

隣の席のメルクも

 

「私もです…」

 

似たような感じになってしまっていた。

食後の運動、どころではなく過度な運動は身体に良くないってのは病院生活してた頃に学習してた筈なんだがなぁ…。

で、なんか周囲の視線が妙な感じなんだが…。

 

「…」

 

「…ねぇ、あの噂って本当なのかな…?」

 

「…でも、プロイエットの件もあるし…」

 

「…だよね、だけど…」

 

「…うん、結局ウェイル君も…」

 

なんか、危険視されてないか?

こんな視線向けられるようなことしたっけ?

いや、覚えが無い。

 

「はい皆着席しなさい、SHRを始めるわよ!」

 

ティエル先生の登場により、嫌疑を向けられた視線は途絶えた。

だけど、休憩時間毎にも妙な視線が突き刺さるのを感じた。

これに関してはメルクも感じとっているのか、不機嫌になりながらも俺の予習復習に付き合ってくれていた。

 

「それでそんな視線が嫌になって、お昼休みに生徒会室に来たの?」

 

生徒会室に来て事情を話したら、簪がそう労って…あれ?労ってくれてるんだよな?

日本独特の緑茶の香りが生徒会室全体に広がった頃に、俺は朝からの事情を伝え終わった。

 

「へぇ、相変わらず回りくどい手を使うのが好きな奴よね。

まぁたそうやって気に入らない相手を踏み躙りに来たって事か、使い古されたワンパターンな奴よね」

 

鈴も頬杖をつきながら俺の話を訊いていた。

というか、こういうのを知っているのか。

 

「どういう事かしら、鈴ちゃん?」

 

「私が小学生、中学生の頃に、ありふれた話だったのよ」

 

聞けば、織斑の野郞が『気に入らない』と思う相手の話を捏造し、それを流布するのだとか。

噂話というのは、得てして尾鰭背鰭がつくもので、噂が誇張され、発信者も特定が極端に難しくなる。

そうやって周囲から悪い心証を持たせては孤立させるのが織斑の常套手段らしい。

 

「簡単に噂を調べてみたけど、『ウェイルが寮の部屋に大量の危険物や爆発物を持ち込んでいる』って話になってるわね」

 

持ってないんだがなぁ。

 

「噂の発信者は誰ですか?それと何か証拠は?」

 

不機嫌なメルクが鈴に視線を突き刺している。

この視線には俺も僅かながら恐怖感が…。

 

「発信者は全輝、残念だけど証拠は無いわ。

あいつの普段からのやり口だって事くらいよ」

 

直接手を出してこないから面倒事にならなくてラッキー、なんて思っていたらコレかよ。

だけど、所詮は噂話だろうし、そう遠くない内に無実は証明されるだろう。

 

「ウェイル君、忠告しておくけど、そのまま放置すれば良くない方向に向かうかもしれないわよ?」

 

「どういう事ですか?」

 

楯無さんが微妙な表情をして俺に視線を投げてくる。

言っている事の意味がよく判らない。

鈴は察しているらしいが…察しの悪い俺に苦笑いしている。

 

「陰湿な奴も居るのよ。

噂だけをあてにし、誹謗中傷だとかを平然とやらかす者も今後は出てくると思うから警戒した方が良いわよ。

私はそういう奴を何人も見てきたから」

 

………そういう事かよ。

学園外では国際IS委員会に凜天使、学園内部では織斑に名も知らぬ誰かから睨まれる、と。

俺が何をしたって言うんだよ…。

 

「何かあれば相談してください。

我々生徒会は、生徒の安全を守るのが責務ですから」

 

虚さんの一声に感謝しながら昼休みの残り時間を生徒会室で過ごす事にした。

 

 

何事も無ければ良い。

そう思っていたのに…どうにもそんな気安い願望は平然と打ち砕かれるものらしい。

物騒なものを持っているわけでもないのに、『危険物を持ってる』だとか『爆弾を学生寮に仕掛けてる』だとかそんな噂をたてられるというのは…。

平穏な学園生活を送れるようにしたいんだけどな…。

いや、世界屈指の女子校に放り込まれている段階で『平穏』とはかけ離れているか。

 

そんな事を考えながら一日を過ごし、放課後になる頃には精神的にグロッキーになっているわけだ。

 

「ねえ、そこの君」

 

下駄箱でスニーカーに履き替えたタイミングでその人物は現れた。

濃い金髪に、アメジスト色の双眸を持つ男子生徒。

確か、名前は…

 

「これからアリーナで起動訓練をする予定なんだけど、一緒にどうかな?」

 

シャルル・デュノア。

フランスで発掘された男性搭乗者だった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

校舎の入り口で声を掛けてきた人に、私も視線を向ける。

男子生徒はこの学園内には僅か三人だけ。

それは既に誰もが知っていますけど、それぞれクラスは別でした。

シャルル・デュノアと言えば、鈴さんのクラスに編入してきた人物だった筈ですが……。

それにフランスと言えば、その国は悪名が広がっているのに何故この学園に生徒を送り込んできたのがも判らない。

 

「どうする、メルク?」

 

「……どうしましょうか……?」

 

お姉さんにも相談してみましたが、『産業スパイ』の可能性が捨てきれないと危険を示唆されてもいますけど…。

でも、目につかない場所でコソコソされるのも気が滅入りますし…。

 

「………やむを得ないですね」

 

「え?その間は何……?」

 

この人、疑われているのを自覚しているんでしょうか?

それともこれがこの人のデフォルト?

 

 

 

アリーナの更衣室で着替えた後、グラウンドに出てから互いに機体を展開する。

私の嵐星(テンペスタ・ミーティオ)、お兄さんの嵐影(テンペスタ・アンブラ)、そしてシャルルさんの

 

疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)か…」

 

その機体は朱色(バーミリオン)にペイントされたものでした。

奇しくもお姉さんの機体と似たカラーに胸の内がモヤモヤします。

 

「通常のカタログとは随分とスペックが違うみたいだな」

 

「ああ、うん。

リヴァイヴの通常装備を外して、色々と追加搭載させてあるんだ。

銃火器だけでも20位は搭載してたかな」

 

「近接用のはどうなってる?」

 

「ブレード『ブレッドスライサー』と、『シールドピアース』を」

 

お兄さんは暢気に機体についての話をしてますし……。

些か緊張感に欠けてるような…。

 

「メルクちゃん、そんな不機嫌そうな顔をしないの♪」

 

楯無先輩が私の眉間に指をあててグリグリしてくる。

確かに私が不機嫌そうにしていたら、お兄さんも気分を悪くするかもしれないです。

お兄さんについては、元気も暢気も心得ている私はもっと普段のペースでいかないと!

 

「ねぇ、早速だけど模擬戦をしてみようよ」

 

「は?待て待て、いきなり何を言って…」

 

「そこまでにしてください」

 

お兄さんが最後まで言うより先に私が間に入り込んだ。

置いてきぼりの状況が気に入らなかったのも確かですけど、今回の訓練で戦闘は計画してなかったです。

それに

 

「お兄さん、機体のメンテナンスはどんな感じですか?」

 

「…まだ完全じゃないな、今日の授業でも稼働させていたし、点検しておきたい所も残ってるよ」

 

お兄さんも事前に用意していた理由もありますから。

 

「そっか、ならまた次回に持ち越しかな。

あ、なら整備してる所を見せてもらえるかな、メンテナンスなら手伝えると思うから」

 

「見てて面白いものじゃないんだけどな…」

 

なんだか貪欲過ぎませんか、この人?

 

結局、この日は機体の稼働はさせず、放課後の時間は近接兵装だけでの白兵戦だけをする事にした。

私とお兄さんは、事前にアリーナを予約しておいた為、夜間訓練に勤しむ事にしました。

 

二人っきりになってから、お互いの機体を展開し、お兄さんは両手にクランを握り、更にアルボーレをも展開させていく。

調整を重ねていたおかげで特に異常なく動かしている様子ですね。

ただ…

 

「今度の弾丸は通常の弾丸じゃなくて調整された『カリギュラ』に変えるか。

アルボーレとウラガーノも使えるようになったんだし、派手にやってみよう」

 

少し、不安要素も……。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイル君がシャルル君と出会ってから数日が経過した。

端からから見れば親しくなろうとしている様子だけれど、腑に落ちない点もちらほらと見受けられる。

女子高同然の学園で男子生徒同士で交遊を得たいのだとしたら理解出来ない訳しゃないけど、織斑君の方にはスキンシップらしき行動をしていない様子。

ウェイル君との交遊を多くしているのが少し妙に思う。

友情を得たいだけ、とか?

それだけなら良いけれど、懸念も在る。

ウェイル君が機体のメンテナンスの話をした際に、食い付いた所も妙に引っ掛かる。

 

さて、こうして学生寮に戻ってきたけれど、壁に耳を近づけて聞き耳をたててみる。

家族とのテレビ電話をしているようだけれど、イタリア語での会話が聞こえてくる。

話の内容としては、時折に『デュノア』の名前が聞こえてくるから、早速報告しているみたいだと察せられる。

 

「用心深いわね、私が隣室にいるから会話を盗み聞きしにくくしてるのかしら」

 

「こうやって聞き耳をたててる私達って不審者な気がするんですが…」

 

情報収集の一環だと割り切りなさいよ虚ちゃん。

でも、やっぱりイタリア語だけの会話に正直辟易してくる。

家族とのプライベートな会話なんだろう、笑い声も聞こえてくる。

それと時折聞こえてくる猫の鳴き声も。

猫が好き、なんて話もあったし実家でも飼い猫がいるんだろう。

 

 

そして話は20分程で終わった。

これに関しては後日訊いてみるとしよう。

 

「ウェイル君は怪しい事をしていないみたいだし、出回っている噂話は所詮は噂でしょうね」

 

「ですが、このままウェイル君は噂話に対してどんな対処をするつもりなんでしょうか?」

 

そこに関しては誰かを部屋に招き入れるとかかしら?

ふぅむ、なら…!

 

 

私が行動を開始したのは翌朝だった。

 

「…こんな朝早くから何の用ですか?」

 

ジト目のウェイル君の微妙そうな表情を半ば無視して部屋へ上がり込んだ。

 

「ふふ、そうは言っても目は充分覚めているようで何よりだわ」

 

勉強机の上には何やら何かの設計図かレポートが記されたルーズリーフが散らばっている。

あらぁ?もしかして徹夜してたとか?夜はちゃんと寝なさいね。

 

「それで、繰り返し問いますけど何の用ですか?」

 

朝食を作っていたらしいメルクちゃんの視線もリアルタイムでドンドン冷たくなっていく。

そこまで信用されていないのが視線一つだけで露骨なまでに伝わってくる。

お姉さん流石に辛いわよコレは。

 

「うん、噂話に対してはどんな対策するつもりなのか、一晩で何か考え付いたのかと思ってね」

 

「だからってなんでこんな早朝に…端的言えば、クラスのみんなの前で堂々と言うつもりですよ。

噂話になっている点については、完全に事実無根の潔白だとね」

 

ふむ、クラスの皆の前で、ね。

それはそれで悪くないけれど、それでも対策としては少々穴が在るわね。

だから、こうして私が朝早くから来ちゃったわけだけど。

 

「その発言だけで信用してくれる人の人数には限度があるからね、私が伝えておきたいのはその点なのよ」

 

ここまで行ってもメルクちゃんもウェイル君も頭の上に疑問符を浮かべているかのように首を傾げる。

この二人からしたら、クラスメイト以外の生徒の顔も名前も一致していないのかもしれない。

それに関しては無理も無いだろうとは思う。

メルクちゃんも人を見る目があるけれど、偏見の目をウェイル君に向ける人へは警戒し、顔だけ覚えている具合。

ウェイル君は日本政府の都合でこの学園に編入させられて、客寄せパンダみたいになっているけれど、手先の器用さで多くの人に信頼を築いていたけれど、その人数の多さも相まって顔と名前も一致しきれていないんだと思う。

クラス外だと、鈴ちゃんと簪ちゃんと私達生徒会のメンバーくらいかもしれない。

それと悪い意味で織斑君と篠ノ之箒ちゃんくらいだったりして。

更に最近編入してきた二人かしらね。

 

「自分達のクラスメイト以外に話が伝わらない、そういう事ですか」

 

メルクちゃんは話を早く察してくれて助かるわ。

ウェイル君は…言われてようやく納得してくる様子。

 

「そこで、学園内でも信頼性が高い人から無実が証明されたと話を流布すれば…」

 

「話が浸透するのも早いって算段か…なるほど」

 

納得してくれて何よりだわ。

それはさて置き、キッチンコンロで温めているのはミルクみたいね。

そろそろ程よく温もったのか、それをメルクちゃんがマグカップに注いでいく。

二人分を温めていたらしく、ウェイル君もそれをゆっくりと飲んでいく。

 

「それで、今日は二人はどうするの?」

 

「今日は授業の無い日ですから、一日訓練にでも費やそうかと。

鈴とも事前に約束していましたから」

 

「なら私もご一緒させてもら…だから二人してその視線を止めて!?」

 

変なところで兄妹でのコンビネーションを見せないで!



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第53話 蠢風 その意思は

「今日は2組との合同授業か…」

 

楯無さんの早朝突撃の翌日には、朝から稼働訓練が授業で執り行われることになった。

2組と言えば鈴が真っ先に思い浮かぶ。

整列した状態で視線だけを左に向けると、隣にその小さな姿が見受けられる。

そして俺の右にはメルクが居る。

 

適当に並んでいるだけなのだが、以前の授業でもこの状態だったなと思い出す。

実は意図的にやってるとか?まさかな。

 

「では今日の模擬戦は…そうね、ウェイル君とシャルル君に実践してもらいましょうか」

 

「…俺!?」

 

「判りました」

 

なぜか俺が模擬戦をする事に。

いや、整備はしっかりやってるから嫌とは言えないが…

 

「今度はしっかりと模擬戦が出来そうだね、負けないよ」

 

「お、おう…」

 

前回は整備が終わっていないからと逃げたのを覚えているのか、笑顔という暴力で訴えてくる。

『今度は逃がさない』と同時に『整備不良による棄権はさせない』と。

何処かで聞いたような覚えがある。

『笑顔は人を威圧するもの』だとか何とかだったかな?

勘弁してくれよ。

 

「まったく、母さんと仲良しの近所の人を思い出しちまった…」

 

思い出したのは、俺が通っていた高校の担任の先生の、その人の奥さんだ。

母さんとは仲良しで、メルクにパンケーキの作り方を教えていた専業主婦、メイディさんだったか。

あの人も怒ったら平然と笑顔で人を威圧していたな。

碧の釣り人(クーリン氏)も何やら怒らせたのか、何をされたのか火達磨にされてたっけか。

すぐに運河に飛び込んで事なきを得ていたが。

 

いや、今になってその人のことを思い出している場合じゃない。

目の前のことに集中しておこう。

シャルル・デュノアが展開した機体は先にも見せてもらった疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)をカスタマイズした『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』だ。

基本性能である取り扱いの容易さだけでなく、機動性と満載の火器による高軌道射撃戦闘を得意としているらしい。

そして注目するのは、左腕に搭載している針、ではなく杭だ。

FIATのライブラリで見たことがある。

第二世代兵装最強とも言われていた(・・・・・・)楯殺し(シールド・ピアース)』だ。

現状では俺が振るうクランの側が威力では勝っているが、投擲が必要になる反面、シールド・ピアースは火薬と強靭なバネを使って連続で撃てる仕様だ。

その代わりに射程距離はそこまで長くはない。

 

派手な言い方になるが『最強威力の投擲一閃』と『最強の連発杭』と言ったところか。

この辺の性能差はお互いに一長一短だな。

 

「…来てくれ、嵐影(テンペスタ・アンブラ)

 

昏い紫の装甲に包まれ、両手に握るのは紅槍(クラン)だ。

ウラガーノとアルボーレはまだクラスの皆にも秘密にしておこう。

公開するのはトーナメントが始まってからだ。

 

シャルルはというと…既に機体を展開し両手にサブマシンガンを握っていた。

うわぁ、凶悪な外見だ…。

 

「近接兵装を取り出さないのか?」

 

「え?うん、今日はこれで行こうと思ってるから」

 

先程の笑顔は失われていないが、その双眸が細く開かれる。

 

「…!?」

 

だが、その瞳に何か異様なものを感じ取り、背中に氷柱でも放り込まれたかのような嫌な悪寒が走る。

他の生徒が観客席に退避したのを確認し、ティエル先生が拡声器で

 

「試合…開始!」

 

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!

 

合図と同時に凄まじい勢いで弾丸が襲ってくる。

 

「っ!」

 

直感頼りに真上に退避。

それでも逃さないと言わんばかりに朱色の機体も追ってくる。

弾丸を撃ち尽くした銃を拡張領域に収納し、半秒で新たな銃を、今度はアサルトライフルか。

 

高速切り替え(ラピッド・スイッチ)か…」

 

「そうだよ、知ってるんだね」

 

「ああ、久々に見た」

 

実際、姉さんや俺の教官役を担ってくれていた人が見せてくれていたからな。

 

「へぇ、イタリアにも芸達者な人が居るんだね」

 

「まぁな、俺なんてまだ搭乗経歴半年未満の搭乗者だからまだまだ素人に毛が生えた程度だよ」

 

「でも、手加減してあげられないよ!」

 

それに関しては試合が始まる直前から予感していた。

シャルルの瞳の奥に見えたのは…好意的な感情ではないと察してしまったからだ。

前回俺が整備不足で模擬戦を拒否したから…ではなさそうだ。

その程度であんな視線を向けてこないだろう。

 

とは言え、今は背面の5翼を小刻みに動かし続け回避に専念し続ける。

…あの視線に対し、真っ向から視線を返す度胸が無いのも本音だけど。

 

「逃がさないよ!」

 

左手のサブマシンガンが収納され、飛び出してきたのは…

 

「ちょっと待て!?」

 

ロケットランチャーだった。

容赦なく引鉄が引かれ、俺は即座に回避に移る。

より詳しく言うなら上昇を即座に中断し、急速下降する。

 

ドガァァァァァンッ!!

 

砲弾が上方で炸裂し、衝撃の余波が伝わってくる。

 

「言った筈だよ、逃がさない(・・・・・)ってね!」

 

「ああ、そうかよ!」

 

操縦桿を握る手の力を強く籠める。

突き出されたのは鈍色の鋼の杭。

俺が回避する方向を含め計算していたのかもしれないが、俺だって簡単に負けてやる気など毛頭無い。

 

「撃ち抜け!」

 

「させるかよ!」

 

ガギャァッ!!!!

 

鋼がぶつかり合う耳障りな金属音。

左手に握るクランで、ギリギリではあるが杭の軌道をそらせた。

だがそれと同時に俺の姿勢が乱れる。

 

「こんのぉっ!」

 

「…ならッ!」

 

フルマニュアル制御で姿勢制御を急いで行うと同時に、隠していたものを一つ解放する。

メルクが搭乗している嵐星(テンペスタ・ミーティオ)であれば、脚部装甲の爪先から踵が開閉し、クローモードとブレードモードを切り替えて使用できる。

だが、俺のアンブラに搭載されているのはその試作品(プロトタイプ)

足裏の装甲の拘束を解除。

アンブラの脚部爪先中央から踵が前後へと拡張していく。

 

「せぇ…のっ!」

 

回し蹴りを繰り出すと同時に踵部分が脚部装甲へとスライドし、爪先部分へと勢い良く突出し、杭の如く突き出される。

 

「なっ…!」

 

ガギャァッ!!!!

 

再び耳障りな金属音。

だが、これで…!

 

「面倒なものを一つ取っ払えたな…」

 

俺のアウルは早い話がイーグルの部材を使いまわしにしたものだ。

ミーティオ建造と整備などもあったため、多くの部材はメルクの為に費やされた。

そのため、俺は使えるものは使いまわしにでも出来るように色々と苦心させられた。

この奇襲攻撃を繰り出せるようになるまで姉さんに練習に付きっきりになってもらった。

足に、追加装備用の制御システム搭載というのは前代未聞だったと言われている。

今回もまた数少ない成功例だ。

俺がメルクと対戦し、初勝利をしたのはこれによる奇襲攻撃あってこそのものだった。

 

だがその数少ない成功は最大の結果を出してくれた。

今回の場合はシャルルのシールド・ピアースと腕部装甲の接続部を穿ち、損壊させたからだ。

 

「…まだ隠しておきたかったんだがな…」

 

これも一種の秘密兵器みたいなものだ。

コイツを使った以上はメルクも同種の兵装を持っていると警戒されてしまう。

クラス対抗戦での鈴との対戦の時みたいに負けず嫌いの血でも騒いだかな?

自分でもそんなの持ってるとか驚きなんだが。

 

「まだだっ!僕は負けてない!」

 

再び砲口を向けてくるが

 

降参(リザイン)だ」

 

さっさとその宣告をしておいた。

止めてくれよ、ロケットランチャーとグレネードランチャーを向けるとか完全にブッ壊す意思が垂れ流しになってるぞ。

この刺々しい殺伐とした雰囲気だが、さすがに降参の宣言をティエル先生も汲んでくれたのか

 

「そこまで!」

 

そう言って止めてくれた。

…ああ、助かった。

それとシャルル・デュノア、その血走った視線と砲口を向けないでくれ、いや、ホントに勘弁して。

そんなもんを向けられる謂れも恨みも無い筈だよな!?

 

「…~ッ!」

 

シャルルが着地し、機体を収納したのを確認してから俺も姿勢制御と着地の行程に移った。

あの視線がどうにも気になるが、すぐには本心を言ってくれないだろう。

悔しいが時間の経過による態度の緩和に期待するしかない。

 

「お疲れ様です、お兄さん」

 

「無茶しすぎじゃないのアンタは?」

 

「そう言うなよ、隠し弾を一つ使ってしまって後悔してるんだからな…」

 

もうちょっと後に…欲を言えばトーナメント当日まで隠しておきたかったんだよ…。

熱くなりすぎると頭が働かなくなるな、俺は…。

 

それにだ、今回このパーツが内蔵された脚部装甲を使用したのは、機体全体のメンテナンスをしたついでだったりする。

 

「…………」

 

メルクは…早速デュノアに視線を向けているか。

とはいえ俺としてもあの視線は疑問だ。

俺、アイツに何かしたっけ?

本当に覚えが無いんだが。

 

その後はグループ別に分かれて稼働訓練に移ることになる。

学園に配備されている機体は3種類。

イタリア製第二世代型量産機『テンペスタⅡ』

日本製第二世代型量産機『打鉄』

そしてフランス製第二世代型量産機『ラファール・リヴァイヴ』

だが、ラファールはある一時を境にその人気が一気に失われ、学園に配備されているが使用頻度が0になり、後々に搬入されたテンペスタⅡにコアが移され、その機体は格納庫にて埃を被り続けている。

実際、今回の様な稼働訓練授業でも打鉄を使用しているグループと、テンペスタⅡを使用しているグループに分かれている。

シャルルのグループはどうなるかと思えば、分配された生徒の要望でテンペスタを取り出した様子だ。

打鉄を使っているのは鈴のグループだけで、メルク、俺のグループはテンペスタⅡだ。

 

「ねえ、ハース君?」

 

「うん?何かあったか?」

 

俺が主体となったグループは今回は5組の生徒が居る。

だからか、顔と名前が一致出来ていない人も居る。

 

「えっと…誰だっけ君?」

 

「5組所属、ベルギー出身のエレナ・ハンスです。

噂に訊いたんだけど、ハース君がテロリストに加担して学園を爆破させようとしてるって……本当なの?」

 

噂に背鰭尾鰭が付くにも限度があるだろ。

誰がテロリストに加担するかよ、あんな連中と一緒にしてくれるなよな。

なんでそんな話になってんだか。

 

「その為に寮の部屋に爆弾を大量に用意してるらしい、とか」

 

「有り得ないからな。

怪しむくらいなら、部屋へ確認しに来てくれて構わないぞ」

 

正直、相手をするのも面倒だな。

 

「俺はメルクの為の専属技士になると決めているんだ。

なのに、経歴をブッ壊すような事をするわけないだろ」

 

「ふーん、そうなんだぁ」

 

信じてくれたのか、そうでないのか微妙な反応だな、本当に勘弁してくれよ。

鈴が言うには、織斑が噂話の発信者らしいが、酷く迷惑だ。

 

「…信じられないのなら、先にも言ったように部屋を確認してくれても結構だ」

 

「おお、自信満々だ」

 

さて、稼働訓練に戻るか。

そこからは以前の通りに授業を進めていく。

順番にテンペスタに搭乗してもらい、近接兵装の素振りに、適度な飛行、更には地上の走行なども試していってもらう。

噂の件についての話はそれ以降は出てこず、順調だった。

このまま平穏が続けば良いと思うけど、それも難しいんだろうなぁ…。

 

その日の昼は食堂を使う事にした。

海が見えやすい東側の席に座り、今日のメニューはペスカトーレにした。

メルクも同じメニューにしたようで、普段通りに俺の左隣へと座ってくる。

そして俺を挟むように右側には鈴が座ってきた。

 

「…鈴のそのメニューは何だ?」

 

「中華蕎麦よ、ウェイルも食べてみる?」

 

生憎、そこまで意地汚くないつもりだ。

人が食べるものにまで手を伸ばしたりはしないさ。

 

「今日の午前中の稼働訓練はどうだった?」

 

「そうですね、私としては、お兄さんに懐疑的な視線を向ける人が居たのが納得出来ませんでした」

 

「俺も同じだな、テロリスト予備軍みたいに視られたりして、それに関しては不愉快だったよ」

 

「背鰭尾鰭が付くのが早いわね…女子高なだけあるわ。

女子って噂話が好きだからさ、今後も似たり寄ったりの話は出ると思うわよ?」

 

迷惑過ぎる話だ。

俺はメルクの為の専属技士、言わば『造る者』だ。

テロリストのように『破壊者』になるつもりは毛頭無い。

しかも俺の知っているテロリストと言えば、破壊と殺戮の権化だ。

他者に害する以外何一つしないし、寧ろそんな行いを笑いながらやってるイメージが強すぎる。

 

フォークにパスタを巻き、口へ放り込む。

うん、美味しい。

茹でた海老のホクホクとした歯応えと甘さが、ムール貝の苦味に釣り合っている。

右隣では鈴が中華蕎麦をズルズルと音をたてながらすすり上げている。

ちょっと品の無い食事風景に見えるが、後々に訊いた話だと、これがこの食べ物の作法なのだとか。

国によっては料理に対しての作法も色々とあるものだと思わされた。

 

「で、噂を流したのは織斑なのか?」

 

「十中八九間違いないわ。

だけど、以前にも言ったけど証拠が残ってない。

話も拡散され過ぎて辿れないのよ」

 

だとしたら、妙な噂が出る度に俺は無実を証明し続けてなくてはならないのか?

潔白であると叫び続けろと?

そんな面倒な事を今後やらなきゃいけないというのか?

 

『在る』事を証明するのは簡単だ。

だが、『無い』事を証明するのは難しい。

『持っているのなら、隠す事も出来る。であれば持っていないとは言えない』。

悪魔の証明と言われるものだ。

 

「事実無根の噂を流して孤立させるのだとしても、何の為にこんな面倒な事をしているんですか?」

 

「人が苦しむ姿を見たい、とか偏執狂なのか?」

 

「少し違うわね。

『人を苦しませる』のを楽しんでるのよ、アイツは」

 

とんだ人格破綻者だ。

さながら意思を持った災害か。

 

「…最低なケダモノですね」

 

メルクは既に人間扱いしてないみたいだった。

だがここまで扱き下ろすとは、他に類を見ないと思う。

『評価が徹底的に低い』よりも『評価出来る点が無い』と言った方が適切なんだろう。

俺としても同感ではあるが。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

放課後になった。

2組のクラスは午後からは座学で少し眠く、陽当たりの良い席と、少し強くも暖かな6月の容赦の無い陽射し、にもかかわらず適度な空調が眠気を誘ってくる。

睡魔を押し退けながらも授業を終えてからのこの時間になってから隣席に視線を向ければ、転入生のデュノアは早速鞄を掴んで立ち上がり、廊下へと足を運んでいる。

最初こそ『男子生徒だから』という理由でクラスの一部から好意的な態度も周囲には在ったのも確かだけど、今はそれが無い。

フランスのデュノア社(人命軽視の中心点)』という考えが思い出されたらしく、今では以前のような人気は失われていた。

それに関しては察する程度は出来る。

第1回モンド・グロッソで一夏が誘拐、人質とされた事件でフランスはその事件を把握しながらも事件を黙殺、隠蔽して大会開催を敢行。

その指示を出したのがデュノア社社長夫人だったのは知られている。

そしてシャルルは自己紹介でデュノア社総帥の御曹司であることも自ら語っていた。

だから、視線が向かうのはほんの僅かな時の間だけになるのは当然だった。

 

「同情するわけじゃないけど、なんか背中が小さく見えるわね…」

 

だけど、声をかける必要性もないから私も荷物をまとめて鞄を持ち上げる。

慣れ親しんだ一夏の鞄は今でも大切に使わせてもらっている。

だけど、この慣れ親しんだ鞄を手放す日は来ると思う。

もしかしたら、…そう遠くない日に。

だけど、私の脳裏に浮かぶ予感が現実に結び付けられない限りは多ただの願望でしかない。

 

「さてと、ウェイルの様子を見に行かないと」

 

ウェイルと知り合ってからは極力多くの日々を、時間を共に過ごすようにしている。

『もしかしたら』という願望が現実に変わってくれるのか、それとも本当にただの別人でしかないのかを見極めないといけない。

現状では本人とも他人とも判別しがたく、判断をし辛い。

 

廊下に出て3組の方向へと足を向けてみれば…思った通りというか、シャルルも教室前に居た。

だけど教室前で待機しているようで入ろうとしない。

 

「何やってんの?」

 

「3組のSHRがまだ終わってないらしくて…」

 

何故だろうと思ったけど、中から声が聞こえてきてすぐに納得が出来た。

 

「学園内でハース君に関して根も葉も無い噂が跋扈しているようだけれど、安易に噂話を信用しないように!

そして、ありもしない話を面白半分に言いふらしたりしないように。

これらを守らず差別発言や誹謗中傷をする者が居れば例外なく停学処分にするので覚悟しなさい!」

 

ティエル先生の怒鳴り声が響き渡っていた。

ウェイルかメルクが噂について先生に報告でもしたのかもしれないわね。

少なくとも3組ではこれで歯止めがかかるのかもしれない。

 

クラスの皆が放課後の時間へと突入すると同時にウェイルは…窓の外に視線に向けてボーッとしていた。

 

「…今日も疲れたな…」

 

「何を黄昏てるのよ、アンタは」

 

「昼食後の座学って眠くなるからな…。

シャイニィも午後の授業時間中は教室のロッカーで寝て過ごしてる時もあったよ」

 

はいはい、愛猫自慢は良いから。

隣ではメルクだって苦笑いしてるじゃない、しっかりしなさいってば。

そして猫を見る目で私を見るんじゃない、喉元を撫でようとしない、嚙みつくわよ!

 

「お兄さん、今日の放課後は…」

 

「ああ、判ってるよ、報告書をまとめとかないと。

今日の授業でのことも書類として書き留めて…それと機体の整備点検だな」

 

「ウェイルっていつも整備とかしてるね、も少し妥協しても…」

 

「今まで使わなかったところを稼働させたんだ、確認をするのは当然だろ」

 

そんなこんなで整備室へ向かうらしいけど、メルクが同行して行く事になり、私は手持無沙汰になった。

一緒に戦闘訓練しようと思ってたのに、当てが外れたわね。

だけど、国外の機体の点検だとか書類作成とか見られないから仕方ないと言えばそこまで。

 

「でも、早く終わらないかな…」



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第54話 雨風 千の偽り

濃厚接触者となり、自宅待機中です。
これまで以上に外出出来なくなり、ストレスが溜まりがちですよ。
病が、憎い…!


アウル・プロトタイプの整備点検も終わった。

摩耗も損傷も無いため、確認事項もそこまで多くはならず、データをまとめておき、それをメルクが書類にしてくれる。

GW期間中に俺もデータ入力の練習をしてはいたんだが、悔しいがメルクが書き記すほうが圧倒的に早い。

こういうのを書き留めるのも技士としては必須科目になるといわれているので、練習あるのみだ。

 

「さてと、これで後は実際に稼働させておかないとな」

 

アンブラに搭載されたアウルはプロトタイプであり、メルクのミーティオに搭載されているものとは可動域が違う。

アンブラのアウルは前後にスライドさせる形で疑似的に槍を振るう形になり、更に中折れさせる形で鉤爪状になり、掴む事も出来る。

実体兵装であるアウル・プロトタイプで出来る事は『突く』『掴む』の二つになる。

 

ミーティオの場合はアウルの前後同時スライド機能に付け加えて横方向にも展開され、それこそ鳥獣類の足のような形状になり、より強固に掴み取る事も出来る。

挙句の果てには鉤爪部分にレーザーブレードも付与させることで、『斬る』『掴む』『蹴る』の三つを使い分ける機能になっている。

 

利便性ではメルクのミーティオに軍配が上がるだろうが、それでも構わないと思っている。

俺の場合は俺専用に機体を建造させる時間もコストも資材も無かったから、ミーティオ建造の為に使用されていた試験機体を調整したものだからだ。

そんな中でその機体に求められているのは『高い勝率』ではなく、『ミーティオの為のデータ集積』『護身用の機体』という2点だ。

企業、国外からの兵装試験稼働も頼まれることもあり、充分にデータを蓄積し、使いやすさを求められた形でメルクに使用してもらうといった具合だ。

 

俺が考えた兵装であるアウルもその一つだった。

ウラガーノも考えただけでもすぐには実装配備はされなかった。

可変形機構を作ったが、そのシステム上にも多少問題があったが、それに関しても外部からの提案を取り入れて、より使いやすい形に仕上げてもらっている。

単独で完成させられなかったのは悔しいが、その為だけに自分以外の人からの意見に対して耳を塞ぎ続けているだけではどうあっても完成にまでは漕ぎつけられなかっただろう。

提案をしてくれたのは、イタリア国内ではなく、アルボーレを国外から注文してきたルーマニアからのものだった。

ルーマニアに存在していたとされる過去の人物が使っていたとされる過去の遺物の意匠を取り込んでみた結果、俺でも以前よりも使いやすくなったというのだから、その助言をしてくれた人には心底感謝している。

これで俺も機体を色々と使いやすくなっているのだから。

 

「報告書は…こんなものか…」

 

さあ、実践してみようか。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

忌ま忌ましげにその双眸は彼を睥睨していた。

その視線が向かうのは、相変わらず白衣を翻す少年だった。

クラス対抗戦では、幼馴染の少年を下した。

それですら断じて認められず、その後は彼女自身が起こした不祥事に関して自分自身が罰せられることになった。

一気に自分が追いつめられる事になったが、それですら断じて認めようとはしなかった。

 

「あんな奴が居るから…!」

 

自分に負わせられる責任の重さを認めようとせず、自分にその責任を負わされる事そのものを認めず、何もかも他人のせいにし続ける。

姉の名を出せば、誰が相手でも、どのような事になろうとも、相手を黙らせる事が出来た。

学んできた剣で力ずくで相手を黙らせる事が出来た。

黙らせる事が出来たのだから、自分の考えと主張と行動は正しいものであると、そう考え、疑う事もしなかった。

相手を負傷させようと、一生涯残り続ける傷跡や障害を残そうとも相手の自業自得だと暴論で自己完結させた。

そのうえで、そんな相手の名前も顔も碌に覚えもしていない。

次にその相手を見ても、気にも留めずにいた。

 

そんな自分の中の常識はもう通じなかった。

望んで入った学園でもなかったが、その中でも今までの常套手段は、常識は通じなかった。

当然だった、中には祖国で軍に籍を置く生徒とて居る、道場剣道など碌に通じる相手ではない。

その現実すら気に入らなかった。

 

中でも気に入らなかったのが、憎悪の視線を突き刺す相手だ。

接触干渉禁止の命令などに納得など出来なかったが、そのうえで自分が起こした不祥事で彼はテロリストに命を狙われ続けることになった。

その家族すら標的になった可能性すら高い。

 

それでも『だからどうした』『ウェイル・ハースの自業自得だ』と叫び、懲罰の免除を要求したが、そんな話が罷り通ることなど無かった。

折角の休暇期間の全てを朝から夜更けまで反省文提出と、追加の課題、更には奉仕活動に費やし続ける日々だった。

休暇期間が終わった後、クラスに戻ってからもクラスメイトから冷たい視線に晒され続けた

その数日後に行われたテストでも赤点を取り、更に補習に時間を奪われ続け、散々な日々だった。

 

自分がこんな事になったのは、全てウェイル・ハースのせいだ

 

そんな身勝手な考えに行き着くのは当然かもしれなかった。

だから、その不正を正せるであろう瞬間を待ち続けた。

そんな中だった、2組と5組に編入生がやってきたのは。

偶然かは判らないが、ウェイル・ハースに関して悪評ともいえる噂話が流れ始めた。

『爆発物を持っている』

『爆発物を寮に仕掛けている』

その他にも悪罵を吐いたかのような噂話が幾つも耳に届いた。

ある意味、好機だと思えた。

 

「必ず化けの皮を剥いでやる…!

貴様の不正など、見逃してなどやるものか…!」

 

耐え難い苛立ちに、憎悪を含めた視線を突き刺し続けるが、視線の先に居る少年はそれを向けられていること等露知らず、相変わらず呑気に歩いている。

その様子にすら、怒りを溢れさせていた。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

整備点検が終わって整備室を出た途端に、外で待機していたであろう鈴さんとシャルルさんに半ば引きずられるような形でアリーナへ連行され、訓練をする運びとなった。

お兄さんは整備を終えたばかりの状態だったから、文句も言えずに模擬戦もするようになり、お兄さんもヘトヘトになっている。

今夜は流石に夜間訓練は出来そうにないから、アリーナの夜間使用キャンセルの手続きもしておき、それで訓練は終わりになった。

 

「疲れた…鈴もシャルルも手加減無さ過ぎだろう」

 

「お疲れ様です、お兄さん」

 

ミネストローネをゆっくりと食しながら愚痴をこぼしているけれど、私はそれもしっかりと耳に入れて一つ一つに対応していく。

今夜は流石にゆっくりと眠ってもらったほうがいい、そう思う。

 

「そこまでそちらの訓練は大変だったのか?」

 

この反応を返すのは、なぜか当然のごとく同じボックス席に入ってきたボーデヴィッヒさんだった。

先日の朝食時の事など、すっかりと忘れたかのように同席してくるこの物凄い度胸は私も見習うべきかは、迷うところです。

 

「俺からすれば、な」

 

「だが軍に所属していれば、多くの相手に一度に教育を施すこともあるぞ」

 

「俺はあくまで裏方専門なんだよ、技術開発が目的だから、そういったことは門外漢なんだよ。

テロリストに狙われることになっている以上は自分の身は自分で守れるようにした方が良いのは、頭では理解しているけど、実際にそれをしていくのも大変だと改めて確認させられたよ」

 

「企業でも似たような事になるんじゃないの?

どこかのチームのリーダーになったりとか、さ」

 

鈴さんの言葉もごもっとも。

元々はアルバイトだったのに、今では企業所属の肩書きが付いてきているから、将来的には考えられない事ではないです。

 

「技術者の道は険しいな…」

 

「でも、辞めるつもりは無いんだよね?」

 

簪さんの言葉にお兄さんは深く頷き、親指をグッと立てて見せる。

決意は固いです。

 

「将来は、メルクの専属技士。

これは誰にも譲らないよ」

 

そう言って再びミネストローネを口に運ぶ作業を再開させる。

自慢の兄の様子に何だか優越感を胸に感じながら、私も食事を続けた。

お兄さんは私の自慢の人です。

 

「ミネストローネ、だっけ。

ウェイルは一週間に一回は必ず注文してるわよね。

この食堂のミネストローネがそんなに気に入ったの?」

 

「お兄さんはミネストローネが大好物なんです。

家でもこの料理を作ったら、喜んで食べてましたよ」

 

実際、お兄さんはミネストローネが好きで、お母さんもそのレパートリーを増やしてました。

豆を入れてみたり、シーフードを入れてみたりと創意工夫を重ねています。

お兄さんがこの料理を気に入ったのは、入院生活をしていた頃からだった。

ようやくマトモなものを食べられるようになり、お姉さんが病院の食堂でミネストローネを作り、それを食べたのが始まり。

それ以降はお兄さんはミネストローネをとても気に入り、『週末はミネストローネの日』というのが、実家での暗黙の了解になったのを思い出す。

 

「母さんからの受け売りだが、ミネストローネは家庭料理の一つなんだよ。

父さんもこの料理で母さんに胃袋を掴まれた、なんて言ってたかな。

海鮮料理も好きだけど、俺としてはこの料理が一番好きなんだよ」

 

「ふ~ん、そうなんだ…。

ねえメルク、ミネストローネの作り方教えてもらえる?」

 

「え?どうしました突然?」

 

「料理は趣味の一つなのよ。

ウェイルがここまで気に入った料理なんだもの、興味が出るのも当然でしょ?」

 

何か下心を感じる気がしますけど…でも、この人になら良いかな、なんて……。

そんな思いが浮かんでくるけれど、気持ちを一旦入れ換える。

我が家の秘伝の秘伝のレシピ、と言うわけでもないけれど、基本的な作り方を教えるまでに留めておこう。

 

「簪さんは、どうしますか?」

 

「う、うん…ちょっと興味があるかな」

 

ボーデヴィッヒさんは…

 

「む?私の事は気にせずとも良い。

元より料理など試した事も無いからな、軍でも食事の大半はレーションを食べていた」

 

…思った以上に劣悪な食生活を送っていたみたいです。

そう思ったのは私だけではないようで、鈴さんも絶句していた。

 

「レーションって、栄養補助食品の類じゃなかったか?

それで食事を済ませてたって…」

 

「それでも不足する可能性のあるものはサプリメントで補えば良いのだろう」

 

お兄さんまで頭を抱えていた。

我が家ではお母さんや、お姉さんが作ってくれる食事は成長期に必要なものをしっかりと補えていて、それが標準として刷り込まれていますが、ボーデヴィッヒさんの食生活を知れば…呆れるというか、頭痛を起こすというか…。

織斑教諭がドイツに教官を務めていたらしいですけど、こういう点に関しては干渉しなかったんでしょうか…?

一年間も見ていれば、必ず口出ししなければならない点だと思うんですけど…。

私としては織斑教諭の事を嫌悪してますけど、そうする要因が一つ増えました。

…多分、お兄さんも同じ事を考えてると思います。

 

「朝からステーキを食べていたりするのも、まさか…」

 

「む?教官からの教えだが」

 

「「あの人、教師辞めるべきだろ」」

 

お兄さんと鈴さんのつぶやく声が重なっていた…。

マトモに会話すらした事のない私だって同じ事を考えてましたから。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

食事を終えた後、僕は一人で部屋で消灯時間になるまで過ごしていた。

今日も無事に一日を終えられて安堵する。

今のところ、僕の秘密に気づいた人は居ないと思う。

 

「母さん、僕は…」

 

6年前、フランスで開催されたモンド・グロッソの折に起きた事件が原因でフランスは全世界から批難される事になった。

でもそれはデュノア社上層部やフランスの上層部での判断した事であって、一般市民には何の関係も無い筈だった。

それにも関わらず、『フランス人だから』という理由だけで全世界から批難される始末だった。

 

それまで私はブルゴーニュで母と一緒に過ごしていた。

家族は母だけで、父親なんて知らなかった。

母さんに訊いても、微笑むだけで答えてくれなかった。

寂しそうな笑顔を見せたのを境に訊くのを辞めた。

母さんと一緒に過ごす日々が幸せで、それを壊したくないと思ったから。

そう考えても、そんな日々は長く続かなかった。

 

モンド・グロッソ大会終了後にその災厄は訪れた。

フランス国内では株価が大暴落し、物価が高騰して生活が苦しくなった

私も通っていた学校を辞め、日稼ぎの仕事に出ることに。

母さんも必死に家計を調整していたけれど、火の車でその日その日を暮らすのが精いっぱいだった。

真実を公表したのは、フランス政府ではなく、電波ジャックによって国外から流れてきた放送によるものだった。

モンド・グロッソ大会最中に起きた事件で、デュノア社とフランス政府が誘拐事件を黙殺し、大会開催地として選ばれた沽券を優先したからだと。

それにより、フランスは零落し『人命軽視国家』『軽命国家』と侮蔑を受ける事に。

そういった事件での零落する社会の中で、母さんも懸命に働き続け、そして…体に限界が訪れた。

私に笑顔を見せながらも、母さんはそれを感じさせないようにしていたのを僕は後になってから知った。

 

母さんの命も長くは続かず、半年も経たず、命の炎は消えた。

そんな折りだった、あの男が訪れたのは。

 

『パトリック・デュノア』

 

かつて、母さんが愛した人であり、私の父親に当たる人物で……同時に……母さんを捨てた人。

親愛なんて私には無かった。

この人が例の事件を黙殺した人のうちの一人なんだとボンヤリと思った。

軽々しく人質にされた子供の命を見捨てたから、フランス全体が全世界から非難された。

この人にとっては、どうせその子供も私も同じような存在として見られているんだろうな、とも考えた。

 

私にとっては世界とは母さんと一緒に過ごす日々だった。

なのに、この人のせいでそれが壊された。

母さんを奪われた。

 

 

もう、何もかもがどうでもよかった

 

 

壊れそうになる心のまま、その人に車に乗せられ、パリへと連れ出された。

連れ込まれたのは、デュノア社が保有する大きなビルだった。

社長室に連行され、そこで彼が私の父親であることを告げられ、そのまま僕の戸籍がデュノア家へ移籍された事も教えられた。

そんな話をしている中、その女性が現れた。

 

『ローレル・デュノア』

 

現社長夫人であり、私の義母になる人…。

出会い頭に拳で頬を殴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「このドブ猫!」

 

それが社長夫人から浴びせられた第一声だった。

見た事も無い人から殴られ、侮蔑され、罵倒される。

何も判らぬま、私は意識を失った。

気づけば社員寮で、その部屋で日々を送ることになる。

学校を辞めた事も調べられたのか、勉強はさせてくれた。

衣食住も最低限度は保証してくれて、日々を過ごすのには不自由はないけれど、同時に自由もなかった。

勉強の時間が終われば、社員に紛れて労働も宛がわれた。

また、偶然受けることになったIS適性試験で、社内でも特に高かったため、そのまま試験搭乗者としても働くことに。

そして、第二世代型量産期としてロールアウトされた『ラファール・リヴァイヴ』も早期に完成し、辛うじてデュノア社の存続を掴める事に。

だけど、それでも全世界から焼き付けられた烙印を消す事なんて出来なかった。

 

モンド・グロッソ第2回大会で、ラファール・リヴァイヴはタイトルマッチ前の前哨戦(エキシビジョンマッチ)に使われるだけで、そのまま惨敗したからだった。

フランスの不況はまだまだ続いた。

 

イタリアが外装補助腕『アルボーレ』を開発し、ヨーロッパの多くにそれを広めたからだった。

それは、医療現場、人命救助、工事現場、船舶など多くの層に、多くの現場にあてがわれたからだった。

ISに関する技術でもないにも関わらず、FIATの社名はヨーロッパ全土で知らぬものは居ないほどに広がった。

それと反比例するように、フランスとデュノア社の失墜は止まるところを知らなかった。

ラファール・リヴァイヴの利便性も人の耳に入る事も無く、極東の学園までもがイタリアのテンペスタⅡを搬入したことも知った。

フランスは、長く、暗い冬が訪れ、それを越えられる見込みすら無かった。

 

そんな中だった。

日本だけでなく、FIATを抱えるイタリアで男性搭乗者が発掘されたのは。

フランスに反して技術発展が止まらないイタリアでの男性搭乗者の発見。

デュノア社はその人物について必死について調べようとしていたけれど、情報が何一つ手に入らなかったと訊いた。

唯一入手できたのは、私と同じ年齢の子供であることだった。

 

そこから僕に脚光が当てられた。

私をIS学園に編入させるという無理無茶難題な計画が立てられ、どういう工作によるものなのかは判らないけど。それは功を奏した。

だけど、僕を男性搭乗者として(・・・・・・・・・・)編入させるという歪んだ計画だった。

 

フランスから出る直前、義母はこう言って命令してきた。

 

「日本で見つかった小僧は後回しで良い。

だけど、イタリアで発掘されたガキは技術者になる可能性が在るわ。

そうなれば、このままイタリアが成長を続け、デュノア社の未来は無いわ。

余計な事をさせるわけにはいかないわ。

だから、イタリアで発見されたガキ、『ウェイル・ハース』を殺してきなさい」

 

「…なんでですか、その人には、何の恨みも無いはずなのに…」

 

「言ったでしょう、そのクソガキを放置すれば技術者としても発展する可能性がある。

デュノア社は企業存続ですら危ういのに、他の所で更なる技術発展をされれば、我が社が潰されるからよ。

その要因は、芽生えてしまう前に、芽の段階で摘み取るべきよ」

 

でも、不思議だと思った。

デュノア社でも、イタリアで男性搭乗者が発見されたことは耳にしたけど、名前までは判らなかった。

なのに、なんでこの人はそれを知っているんだろうと。

 

「それに、このままイタリアで技術発展が続けば、お前と同じ境遇の子供が(・・・・・・・・・・・)フランス全土で溢れるでしょうね。

そうなっても良いのかしら?

それを防げるのはお前だけ(・・・・)なのよ?

だからその我が社の為に、フランスの未来の為に、イタリアのクソガキを殺せ」

 

僕と、同じ境遇の子供を作らない為に……

 

顔も知らない、声も知らない、人格も知らない。

そんな相手であっても、自分にとって不利益を生じさせるかもしれない(・・・・・・)とあらば、可能性の段階で消す。

それを躊躇無く笑いながら語るこの人こそ、フランスに長過ぎる冬をもたらしたのではないか、そう考えてしまった。

でも、デュノア社に拾われ、学業を修める事が出来たのも確かだったから…。

この計画が成されたら、全ての容疑は僕にかけられ、今度こそ消されてしまう。

そう考えながらも…僕は、ここまで来てしまった…。

 

「相席良いかな?」

 

「……え?」

 

食堂で物思いに耽っていたら、声を掛けられていたようで、思考を眼前に戻す。

そこに居たのは、日本で発見された男性搭乗者だった。

名前は確か…『織斑全輝』だったかな。

そして、その隣に居る女子生徒は…覚えきってないから判らなかった。

 

「ああ、うん、良いよ」

 

何故同席を求めて来たのかは判らないけれど、どのみち一人で考え事をしているだけだったから、断る理由も無かった。

 

「おい全輝、この者は…」

 

「大丈夫だって、とって喰うわけじゃないんだから、

似たような境遇なわけだし、友好を深めておいても損は無いさ」

 

初めて会話をする相手だけど、悪い印象は持たなかった。

それでいてこちらに踏み込んでくる姿勢は如何なものかとは思ったけど。

隣の女子生徒は、僕に対して警戒心をあからさまなまでに剥き出しにしてくる。

その理由は判らないけど、人見知りなのだろうかと予想しておこう。

 

『織斑全輝』

社長夫人からは『殺すのは後回し』と言及されていた。

それでも『要殺害』であることには何の変わりもない。

だから、あまり深くは踏み込みたくない。

 

「フランスではどんな暮らしをしてたんだい?」

 

「…えっと…企業で色々お世話になってたよ。

市井は荒れていて、豊かとも言えなくてね。

社長をしている父の下で保護生活のような感じだったよ」

 

これは嘘にはならない。

実際、パリも廃れていて、物価が高騰し、市民の生活は保証もされていない。

国交も次々に断たれ、財政崩壊を起こしていたから。

 

「それと繋がりが在るかは判らないけど、こういう話は知ってるかい?」

 

そこから続く話に、僕は耳を貸してしまっていた……



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第55話 欺風 万の噓

授業に於いて、今では全学年で常識のように広まっている話がある。

それは『全ての授業に於いて、1年1組との合同授業を行わない』という件だ。

原因は言わずもがな、1組の生徒として所属している二人の生徒と、副担任へと降格した人物だ。

巻き込まれてしまっている生徒たちに関してはご愁傷さまと言うべきかもしれないが、俺としてはその噂の三人と顔を合わせる機会が極端に減るというのは感謝している。

それはさておき、今日の授業では5組との合同授業であり、今日も今日とて、顔と名前が一致していない人が非常に多い。

それに付け加え、グループ作って稼働をさせているわけだが、ここでも俺は多少の疎外感があった。

 

「…例の噂がまだ出回っているのか…?」

 

その問いに、同じグループに割り振られた女子生徒達が一斉に頷いた。

クラス対抗戦に於けるクラス代表代理出場を依頼してきたルーハ女史に視線を向けると

 

「ハース君が大量の爆弾を作って学生寮だけでなく、学習棟や、教職員寮にも設置してるって話が出てて…」

 

なんつー傍迷惑な話が出回ってるんだか…。

なんで学園壊滅を企てている事になってんだよ…。

 

「噂の出所は?」

 

これに関しては先日に鈴が言っていた。

織斑の野郎が蔓延させているが、その証拠が無いとの事。

これであの野郎に何の利が在るのかは判らないが、根も葉もない話を広められるとそれだけで傍迷惑で、この学園での生活にも支障が出る。

そうなれば、企業からの話もつけにくくなる。

今回、こんな傍迷惑な話を広められているという件は姉さんにも話し、企業にも伝えておいた。

 

「噂の出所は判らないけど、学園の全体に広まってるよ」

 

話が広まるのは早いなぁ…。

まるで新種の伝染病のようだ。

古い時代では疫病で欧州の人口が半減したと授業でもヴェネツィアで教わったが、それを彷彿とさせていた。

 

「以前に聞いた話から更に大きくなってるのは何でだ?」

 

「さあ?

まあ、そういう噂が出てるから、みんなはハース君に対して…」

 

もういい、聞きたくない。

 

「だけど、3組の皆はハース君を疑ってないから安心してよ。

先生があそこまで怒ったからって言うのもあるけど、ハース君は今まで皆の為に頑張っていたからね」

 

それでも全員が信じてくれている訳でもないのかもしれない、信じてくれてたら良いなぁ…。

信用を失うのは一瞬だが、得るのは難しいし時間もかかるからな…。

 

「疑いたいのなら、寮の部屋に来てもらって確認してくれても構わない。

潔白無実であることが証明できる」

 

この話をするのはもう何度目になるのかは判らない。

なにせ3度目を超えた辺りから数え忘れているからだ。

 

「なら、教職員の私が出向けば信頼しやすいわよね」

 

後ろから聞こえてきたのは我らが担任のティエル先生だった。

3組の中で噂話に関して皆に一喝してくれたおかげで3組の中では俺は居場所を失わずに済んでいる。

その分、機械修理の話や依頼が舞い込む量が増しているような気がしないでもない。

昨日なんか、放送室の設備の修理とか頼まれたし。

だとしても、そんな重要機器が破損してんのに何で整備課じゃなくて俺に頼んできてるんだよ、仕事しろ整備課。

頼まれたからと言ってキッチリ直している俺も問題かもしれないけどな。

信頼を得られるのなら、幾らでも請け負うつもりだから文句を言う事はしないけどさ。

 

「それで、授業が終わった後に抜き打ちで部屋の確認ですか」

 

午後の授業が終わり、SHRも終わった直後に学生寮へと直帰になった次第だ。

ことの顛末を教えるとメルクも苦笑いしていた。

 

「見られて困るようなものはそんなに無いし、クローゼットの中でも天井裏でも大丈夫だろ。

通風孔は…あ、溶接したんだっけか」

 

「溶接?なんでそんなことをしたの?」

 

「…ネズミが出入りしてるのを見つけたので」

 

その場凌ぎの理由を用意しておいた。

これに関しては楯無さんが絡んでいるわけだが話していたら面倒だ。

極力、目を反らさずに行ったので、信用してもらえたらしく、「なるほどね」と呟いていた。

先生の指示でドアのロックを解除し、部屋へと招くことに。

 

視線は左から右へ、ベッドからクローゼット、備え付けのパソコンに、ダイニングテーブルへ…。

 

「テーブルの上に置かれているこれは?」

 

「通信用の端末です、家族と連絡を取り合うためにイタリアから持ってきました」

 

「ふむ、そう…」

 

それで興味が無くなったのか、視線は窓際に…

 

「あのウミネコは?」

 

「部屋に侵入者が入ってきたら連絡を入れてくれるようにセットしている監視カメラです。

4組の更識さんと俺とで合同で作った作品ですよ」

 

「また可愛らしいデザインね」

 

「ウミネコにしたのはお兄さんの趣味です、水上都市の育ちだからという事で馴染み深いデザインにしたくて」

 

その後も、キッチン、バスルーム、クローゼットの中身といった部屋の中身をひっくり返すように確認してもらい…。

 

「うん、爆薬だとか、そういうものは無いわね、よろしい。

これで完全に無実が証明出来るわ」

 

その果てに貰えたのがティエル先生の保証付きだった。

 

「それにしても不思議ね、なぜハース君にそんな噂が出回ったのか…?

ハース君関連で爆発云々といえば、クラス対抗戦の時につかったあの特大の爆撃くらいだけれど」

 

「アレは試作品の弾丸ですよ。

そもそも学園内では使用禁止も言い渡された代物、もう二度と使いませんよ」

 

むろん、その試作品の弾丸はのちに調整され、威力を極端に制限したものが現在支給されてはいるが、いまだに一発も使っていないので、話が出回るわけもない。

夜間訓練でもメルクから使用禁止を言い渡され、使うのはトーナメントとやらの当日になってからと言い含められている。

それまで『暴君(カリギュラ)』の出番はお預けだ。

パレードで使っている花火よりかは幾分かは派手だが、早く使ってみたい。

イタリアじゃ使っていなかったからな…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

教官とはあれから何度も話をしてみたものの、返答は無かった。

私を遣わしたのは何故なのか、なぜ自分からウェイル・ハースに接触しようとしないのか、何故監視を受けているのか、なぜその理由を言えないのか、理由を言えない理由は何なのか。

それを繰り返し問うても、「言えない」の一言で切り捨てられた。

問いに対して返ってくる返答はそれだけで、それ以上を追求しようとしても、他の教職員が割込み、話をさせてもらえなかった。

 

「ハース、同席させてもらいたい」

 

夕食時、私は今日もウェイル・ハースに同席を願い出た。

 

「ああ、いいぞ」

 

ボックス席に座していたそこに私も座り、八つ当たりとばかりに夕飯の牛丼を一気に流し込んだ。

同席していたのは、ウェイル・ハースの他に、イタリア、日本、中国の国家代表候補生、ほかには見慣れぬ顔が並んでいたが、視線など気にしていられない。

スプーンで無理矢理掻き込み、まともに噛まずに喉の奥へと掻き込む。

一気に掻き込んだ牛丼が喉に詰まりそうなのも無視して水を飲んでそれこそ流し込んだ。

すべてが胃袋に流し込んで終わったのを確認し、グラスを置いた。

 

「…ふぅ…」

 

「なんか、随分と余裕が無い感じがするわね、アンタ」

 

中国代表候補が何か言ってくるが、私は…返事を返せなかった。

 

「何かあったのか?織斑関連じゃなければ多少は相談に乗れるかもしれないが…」

 

ハースの言葉が私の胸の奥に突き立った…気がした。

濁流のように気持ちがあふれ出しそうになるが、うまく言葉にできない。

気持ちの整理というのが必要になる時が来るだなんて、かつての私では考えられなかった。

以前の私であれば、思ったことをすぐに口に出来ていたのに、何故だろうか…?

 

「織斑教官の事だ、あの人は厳しい監視下にある。

あの人が私を利用し、ハースに接触させ、そのハースを教官のもとへ向かせようと利用したのはわかる。

だが、それだけではない気がする、教官が何かしたのか…?」

 

私の問いに、誰もが沈黙した。

返ってくる答えなどなかった、問いに沈黙で返されるのは辛かった。

軍でこんなことをされれば憤慨していたであろう私が、だ。

 

「何か知っていないのか、お前たちは?」

 

「…なら、私が教えるわ…」

 

その返答を返してきたのは、中国代表候補だった。

 

「ついてきなさい、あんまり人に聞かせたくない話だけど、今のアンタになら教えられるから」

 

その言葉に、今の私は縋るしかなかった。

食器が載せられたままのトレイをそのままに、手を引っ張られて食堂から連れ出される。

向かう先は、学生寮の…来たことのない部屋だった。

 

「ティナ、戻ってる?」

 

「ん?どったの鈴?」

 

「聞かれたくない話をするから、一時間程部屋を空けてもらえるかしら?」

 

「ご、強引ねぇ…でもまあ、了解よ。

じゃあ、私は娯楽室で暇潰ししてるわね」

 

ルームメイトらしい人物が部屋を出ていったのを確認してから、私は椅子に座る。

差し出されたドリンクを一瞥し、視線を相手に向ける。

 

「先に言っておくわ。

聞けば間違いなくアンタを不愉快にさせる。

織斑千冬に対しての信頼は失われるだろうし、嫌悪する事にも繋がる」

 

「それ程の事なのか」

 

首肯される。

だとするなら、そこまでして他人には聞かせられない話だろうと察する。

少なくとも、不特定多数の人間が居る食堂では話せない事だと。

 

「…じゃあ、そうね…なら、話しましょうか」

 

そこから耳にした話は、疑うかのような話だった。

私が知っていた筈の教官の話、だったのに………、そういったものがガラガラと音をたてて崩れていく、そんな感覚を覚えた。

戦慄する、寒気が走る、眩暈がする………。

あまりにも……………おぞましい………。

 

「だが、それは……」

 

「現実よ。

当然、私の目の届かない場所の話も在ったけど、それに関しても情報の裏付けは出来てる。

疑うのなら、あの女に話を訊いてみれば良いわ。

今日、話せる事はこれで終わりよ。

話の続きもあるけど、それを知りたいなら…ラウラ、アンタがあの女に確認してからよ」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「鈴ちゃん、行っちゃったわね」

 

夕飯時、私はウェイル君を誘って食堂に来ていた。

部屋に訪ねに行くと、家族とのお話を終わらせた直後だったらしくタイミングとしては都合が良かった。

どんな話をしていたのか気になったけれど、そこはプライベートだから詮索は無しに。

道中、虚ちゃんと本音ちゃんの二人に出会い、食堂入り口では鈴ちゃん、簪ちゃんとも遭遇。

そのままボックス席で食事をしようとしたタイミングだったけれど、そこにラウラちゃんが同席。

で、今に至る。

 

「織斑先生との知り合いだったの?」

 

「そうらしい、どうやらラウラの専属の教官をしていたらしいが…」

 

ラウラちゃんを連れ出した鈴ちゃんが、何を話すのか……それ次第で千冬さんは今後の立場は更に危うくなるだろうとは思う。

理想と現実の差に、ラウラちゃんが何を思うのかも心配な要素ね。

 

「こっちもこっちで話を戻しましょう、お嬢様」

 

おっと、そうだったわね。

食事に誘ったのは私だったけれど、それだけが目的じゃない。

学園生活の中で、ウェイル君の身辺で起きている事を綿密に知る為。

その多くはウェイル君を護衛しているから理解はしている。

それでも、その中で彼が内心何を思っているかまでは把握しきれないから、今回はそれを聞き出すつもり。

 

「学園内に広まっている噂の件、ウェイル君はどう思ってる?」

 

聞き出したいのは、その事についてだった。

潔白である事は知っている、あれだけ近くに居れば、爆薬だの扱わない人物である程度は確信が持てる。

クラス対抗戦での事は、また別の話としてだけど。

 

「どうもこうも、傍迷惑ですよ」

 

ウンザリとした表情で返された。

随分と嫌な経験をこの数日でしたのだろうと察する、御愁傷様。

 

「噂って…確か、爆発物がどうこう…っていう噂?

4組でも毎日そんな話を聞いたけど、あれってどこから出てきた話なの?」

 

「1組でも~、その噂話はよく聞くよ~?」

 

「どこまで広がってるんだか…」

 

簪ちゃんと本音ちゃんの言葉に、とうとうウェイル君が机の上に突っ伏した。

眼鏡かけているんだから、そんな姿勢は止めなさいな。

メルクちゃんも嫌そうな表情をしている分、迷惑を被っているのは見て取れる。

 

「鈴の話では、1組の織斑が噂話を広めたと聞いてますよ」

 

「それで彼に何のメリットがあるのか知りませんが、私もお兄さんも迷惑してます。

それで、何とかならないかと思っているんですが…対処方法は在りませんか?」

 

噂や疑いに対して潔白を証明出来ても、噂は尾鰭背鰭を付けて広まり、更なる疑いをもたらす。

まるで笊で水を掬おうとするかのように、止める為の努力すらすり抜けてしまう。

 

「教職員寮、学習棟も徹底的に調査して、爆発物や不審物が無いのも判っているのに、これだものね…」

 

噂話を利用して、織斑君にメリットが無いのかどうかは、ハッキリとは判らない。

だけど、それで生じるであろう現象は考えられる。

それは、ウェイル君を学園内で孤立無援にさせる事だと。

一度でも噂なんてものを広めてしまえば、後は勝手に結果を生んでしまうやっかいなやり方だけど、私としても気に入らない。

自分は動く事も無く、他人の気持ちを利用して動かし、自分の目的を果たす。

なるほど、千冬さんも同じ事をしていたわね、姉弟揃って考える事は同じね。

 

「どうしますか、お嬢様?」

 

鈴ちゃんが言うには、裏で絵を描いているのは織斑君との事。

そして千冬さんはこの事を知っているのかどうかすら判断が難しい。

 

「学園の品位を疑われるし、有事の際にまで疑心暗鬼になっても困るものね。

良いでしょう、請け負うわ」

 

その言葉に安心したのか、ウェイル君メルクちゃんもようやく肩の力を抜く。

後ろめたい事も無いのに、謂われも無い事を言われ続けるのは堪えるわよね。

さて、どんな風に片付ければ良いかしらね?

こんな風に風評被害を与えるような噂を蔓延させるだなんて、とてもじゃないけど許容できないわよ?

だけど…

 

「本音ちゃん、まき込む事になるだろうけど、ごめんなさいね」

 

「大丈夫だよ~」

 

本音ちゃんも私の思いついた方法を後で話すけれど、先に謝っておく。

これはかなり乱暴な方法だけれど、牽制程度には使える。

生徒会長の役目は生徒の学園生活を守ることであり、それを故意に危害を与えようとするような人物は、たとえ学園に在籍していようとも容赦をするつもりは無いものね。

 

「そうとなったら情報を集めておかないとね」

 

今日未明に届いた情報を携帯端末でメールを送る。

その送り先は、先日にもお世話になった…

 

「頼むわよ、五反田君!」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

フランスで僕のような子供が生まれないようにする為に、ウェイル・ハースを殺す。

まるで、フランスの零落の全ての原因が彼にあるような言い方だった。

フランスの発展と再生には彼が邪魔だと言われ、僕はその言葉を信じてた。

実際、イタリアでアルボーレを開発して欧州各国への販売を始め、今年になって彼が『今まで隠れていた』と言わんばかりに姿を現し、時の人となった。

だから、イタリアの発展とイフランスの衰退の要因は彼であると言われ、僕はその言葉を信じた。

 

「失敗、したかなぁ…」

 

授業で彼と摸擬戦をした際に、思わず冷静さが頭の中から失われ、シールドピアースを突き出した際に、装甲にではなく、彼自身を狙ってしまった。

絶対防御で防がれるのは当たり前だけど、あの時の殺気に勘付かれてしまっていたかもしれない。

放課後の訓練の際には、細心の注意を払っていたけど、今後はそんな自分にも気を付けないといけない。

織斑全輝の言葉に耳を傾けたから、それに影響されたと言うのもあるけれど…殺意を剥き出しにしてしまったのは迂闊だったかな。

 

「…また…」

 

携帯端末にメールが届く。

送り主はデュノア社社長婦人、僕の義母だった。

内容は、『ウェイル・ハースの殺害に成功したのか?』という催促だった。

 

「…まだ、と…」

 

返信をした直後、再びメールが送られてくる。

その内容も『さっさと殺してしまえ』と乱暴な文。

 

「出来るものなら、とっくに()ってるよ…」

 

そもそも、彼の傍らには常に人が居て一人になる瞬間が殆ど無い。

それは授業中もそうだし、周囲から監視の視線を感じ、下手に動けない。

だとしても、彼を殺さなければフランスは更に衰退していく、僕のように親を失う子供だって出てきてしまう。

彼には個人的な恨みは無い、だけどフランスの再生の為には…。

 

でも、それを成功させたとしても…

 

()は、どうなるんだろう…?」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

夜更け、その少年はベッドに寝転んで天井を見上げていた。

彼の画策は予想以上に進んでいた。

ウェイル・ハースへの風評被害を与える為に、ちょっとした話を流した。

あとは噂好きの女子によって話が拡大していく。

残るは少しだけ背中を押せば、噂には背鰭尾鰭がついて回り、ウェイル・ハースに疑念の目が向けられる。

それを食堂や廊下で見かけた際には優越感に浸れていた。

 

「全輝、何か面白い事でもあったのか?」

 

「少し、な。

最近、学園の中で広まっている噂を知ってるか?

イタリアの男子学生が爆発物を学園内のあちこちに仕掛けているていう噂だけどさ」

 

ルームメイトの篠ノ之 箒もその噂を知っていた。

彼女もまた、ウェイル・ハースに一方的なまでに憎悪を抱き、その姿を見る度に殺意を込めた視線を向けていた。

だが、篠ノ之箒も今は厳しい監視下に置かれており、その行動に制限が施されている。

今回、風評被害を与える噂を流したのも、そんな箒が自暴自棄な行動をさせないように自粛させるという理由もあった。

 

噂は学園内に蔓延している。

あとは自分達が行動をせずともウェイル・ハースは自滅していく。

それを踏み潰す瞬間を想像するだけでも楽しめる、そう思っていた。

 

「うむ、知っているさ。

あの卑怯者がやりそうなことだ、寧ろ火のない所に煙は立たぬとも言うんだ。

噂が出ているだけも、それが現実に起きている何よりの証拠だ!

さっさとあんな奴はこの学園から排除すべきだ!

テロリストに狙われているというのなら猶更だ!」

 

その状況に追い込んだのは彼女だというのにそんな素振りは一切感じさせない。

どうあっても、何もかもすべて他人の責任であると本気で信じ込み、それを絶対的な価値観とし、それに不服とみなすものには暴力を使って黙らせる。

後先の事など何一つ考えていない。

彼らにとって世界とは現実ではなく、自分達を中心としているものであると、そう見ているのだった。

それが壊れる日が来るなど、考えもせずに…。



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第56話 慄風 宣戦布告

ウェイル君から頼まれごとを受けて二日が経過した。

早朝の訓練、食堂での朝食、昼休み時間は生徒会室でのウェイル君の予習復習、放課後の訓練に、また夕食での同席と、可能な限り時間は一緒に過ごし、情報収集と情報処理は徹夜を催した。

これに関しては、日中はウェイル君と一緒に過ごすことで護衛を行い、不埒な行動をしていないという証人になるためでもある。

食事の際にも隣席に座ろうとしていたら、メルクちゃんが不満たっぷりな視線を、鈴ちゃんは複雑そうな視線を向けていたけど、そこに関しては極力無視する。

こればっかりは我慢してもらうしかないだろう。

 

「気になるのは…シャルル君ね…」

 

彼もウェイル君と同席しようとしていたけど、右隣は私、左隣にはメルクちゃん、真正面には鈴ちゃんが居たからか、ウェイル君からは少しばかり離れた席に座っていた。

本音ちゃんや簪ちゃんも居たら、席はさらに離れていくわけだけど、なんか妙に引っかかる。

そんな事を朝食後に考え、その後に教室に向かって歩いていたつもりだったけど…

 

「楯無さん、どこまでついてくるんですか?ここはもう1年3組の教室前ですよ?」

 

「あら、いけない♡

考え事してたらこんなところまで来ちゃった♡」

 

思わずテヘペロして見せる。

考え事をしていたのは確かだけど…メルクちゃん、鈴ちゃん、そんな視線を向けないで。

その視線は流石に私の心にダメージになって突き刺さるから…。

 

「もしかしてこの人、お兄さんにとって悪い虫に…?」

 

コソコソと話すメルクちゃん

 

「ありえそうね、それで普段は見せないあんな表情も使うように…あざといと思わない?」

 

これまたコソコソと話す鈴ちゃん

 

「聞こえてるわよ二人とも?」

 

怒りが込み上げてくるけど、それは表情筋を無理やりに動かして極力隠す。

隠しきれない部位は扇子で隠し、そこに記しているのは『年上をからかうのは止めなさい』

 

この二人ってば、私を何だと思ってるのかしら?

メルクちゃんに至っては私を『悪い虫』とか言ってたわよね?

そんなことを言い出すのなら、ウェイル君に相手にいろいろな手を使って誘惑でもしちゃおうかしら!?

そして将来的にメルクちゃんから「義姉さん」と呼ばれる立場にでもなってしまおうかしら!?

個人的に見ればウェイル君は将来の有望株だものね!

そしてそんな二人を見てウェイル君はと言えば

 

「二人は今日も仲が良いな」

 

とまあ暢気なことを言っている始末。

これにはちょっと頭が痛い、せめて二人の暴走を止めてあげなさいな。

 

「コホン、私は本音ちゃんの教室にまで用事があるのよ。

それじゃあお昼休みに生徒会室でね♪」

 

その言葉を皮切りに、私は本音ちゃんを伴って1年1組へ向かう。

教室に入ると、生徒の姿は半分以上が揃っているけれど…目当ての人物は教卓の前の席に居た。

ついでに篠ノ之箒ちゃんも居る様子。

 

「あら更識さん、何故ここに?」

 

「ちょっとここの教室に用がありまして」

 

監視役のバーメナ先生も私の存在に気付いて声をかけてくるけれど、これは正直予定通り。

バーメナ先生の声に気付いたのか、その隣にいる私に、次々と視線が集まってくる。

さて、ここまでは予定通りね、それじゃあここから先の予定を進めるとしましょうか。

 

「1組の皆、おはよう♡

生徒会長の私からお話があって、朝からこの教室にお邪魔してるわ」

 

清聴しなさい、とまでは言わなくても全員がどんどん静かになっていく。

うんうん、皆そろって態度が良いわね……一部を除いては。

態度の悪い生徒といえば、教卓前にいる二人だけど、そんな様子を見せていながらも私はその様子を無視して話を進めていく。

 

「昨今、3組の男子生徒に対して風評被害を与えるような噂が学園に広がっているけれど、彼は無実であると証明がなされたわ」

 

半分近くの生徒が首を傾げ頭上に『?』マークを浮かべているかのような様子を見せる。

わざわざそんな事を言いにこの教室に来たのだろうか?と思う生徒も居るだろうけれど、私の話は更にその先にある。

 

「だけど、私が言いたのはそこじゃなくってね…そんな根も葉もないデマを流し始めた人物が1組に居ることを判明させたわ」

 

さて、例の二人は…織斑君は一瞬だけ肩を震わせ、箒ちゃんはこちらを睨んでくる。

だけど私はその視線に対して真正面から視線で返す。

 

「更識さん、それは事実?」

 

バーメナ先生が私に確認してくるけれど、私は視線を返した。

そして

 

「ええ、事実です。

先日、ティエル先生が噂になっていた人物の部屋を徹底的に確認し、昨日はほかの教職員の方々が学園内を捜索してくれましたが、それらしい物は発見されませんでした。

その当人には、私がつきっきりで監視をしていますので、そういった物を用意する暇などありません。

そして…」

 

私はポケットからUSBメモリーを取り出す。

そう、これが何よりの証にできる物品。

 

「ここに、噂を流した人物についての情報を記しています。

その人物は以前にも同じようなことをしていることが判明しているから、疑うには充分過ぎますよね?

あ、ついでに証拠も入っていますよ」

 

「あ、あの…」

 

ここで声を上げたのは…鷹月さんだったかしら?

 

「ハース君が爆発物を仕掛けてたって噂ですよね?

それがデマで、このクラスから…?」

 

「ええ、そうよ。

彼は爆発物なんて一切関与していないわ、完全に無実潔白よ」

 

私がそう言葉を響かせた瞬間だった。

 

嘘だ!

 

そんな声が1年1組の教室に轟いた。

声の主は、……ふぅん、篠ノ之箒ちゃんね。

 

「おい、箒…やめとけって…」

 

箒ちゃんは私を睨んでくるけど、私はそこに居る二人に視線を向ける。

怖くもなんともない、ただの威勢だけだと判断する。

 

「あら、本当よ。

彼の部屋は勿論、教職員寮、学習棟、その他の学園施設内は全て確認済みよ。

噂は所詮、噂でしかなかったわ。

それで?彼が爆発物を仕掛けたって言う根拠は何が在ると言うのかしら?

ねえ、そこのお二人さん?」

 

おっと、もうそろそろSHRの時間が近いわね。

件のUSBをさっさとポケットに仕舞いこむ。

 

「バーメナ先生、このUSBは放課後に渡しますね、私もこの中は全部の確認が出来ていませんから」

 

「……ええ、判ったわ」

 

そう言って私は教室を出る。

だけど、それでもこの子達に言っておく事がある。

 

「そんな訳だから、ありもしない話を広めたりしないようね。

謂われも無い事で人に濡れ衣を着せたり、非難をしたりしないように。

言われる側の気持ちになって考えてみなさい。

そんな事になったら皆は、どう思う?

そして……無実なのに、それでも疑うのは何故かしらね?」

 

その言葉を言いながら、再び視線をその二人に向ける。

 

二人とも私を睨んでくる。

でも、そんな事をしたらどうなるか…身をもって思い知りなさい!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

教室に向かう途中、私はそいつの姿を見た。

2年生だと言うのに、1年の教室から出てくる姿を。

 

「更識、こんな時間に何をしている。

もうSHRの時間だろう、さっさと自分の教室に戻れ」

 

「ええ、これから戻ります。

もののついでに忠告です、猛犬や狂犬が居るのなら、手綱はしっかりと握っておくべきですよ」

 

何を言っている、こいつは…?

それとも、何かの例え話か?

 

「『自分が居るから大丈夫』だなんて言葉は通じませんよ。

後先の事や理屈も考えず、本能や感情だけで生きているのなら、それは人間ではなく獣のそれだと思いません?

それを覚えておくべきです」

 

的を射ぬ言葉に尚も理解が出来ず、返答も出来ない。

更識が私に何を求めているのか、それすら掴めぬままだった。

 

「手綱を握っているつもり(・・・)だけでは意味は在りません。

貴女には、それが理解出来ているかは判りませんけど…。

じゃあ、私はこれで」

 

最後の最後まで勝手な事を言って姿を消す更識を私は見送るしかなかった。

だが、あいつの言葉は妙に胸の内に引っ掛かる、そんな気がしてならなかった。

 

そのひっかかりを不思議に思いながらも私は教室に入る。

生徒の集まりも整い、席の殆どが埋まっているが…妙な静寂に包まれていた。

 

「妙に静かだな…夜竹、何があった?」

 

「…は、はい…。

3組のハース君に風評被害を与える噂の出所がこのクラスだと、生徒会長が…。

ハース君は潔白であることも証明されたと言ってたんですけど、篠ノ之さんが…」

 

なんとなく想像が着く。

無責任な発言でもしたのだろうか。

また面倒事が増えた気がする。

 

「それで、どうしますか織斑先生?」

 

「…噂については聞いた事は確かに私もある……。

その出所がこのクラスの誰かだというのが一番の問題だ。

噂の真相としては無実だと証明されたのならそれは幸いだが…」

 

「奴は無実なんかじゃありません!」

 

その声の主は、問うまでもなく篠ノ之だった。

教卓前からの怒鳴り声が鼓膜を劈くが、その張本人は怒りで肩を震わせて続けて怒鳴り散らす。

だが、それは要領の得ない話だった。

 

「そういった話が出ている時点で奴が何かをしている何よりの証拠です!」

 

「それはお前の憶測だ、それこそ学園内は捜索済みだ。

その時点で疑いは晴れて…」

 

「それこそ欺瞞です!このまま放置していたら奴は何かをしでかすに決まっています!

だったら、どんな手段を使ってでも奴を排除すべきだ!」

 

……その言葉に誰もが静まり返った。

当然だ、コイツの考えは完全にテロリストと同じ(・・・・・・・・)だからだ。

 

「箒、さっきも言ったけど止めとけって…」

 

「なんで止めるんだ全輝!

奴の噂はお前だって聞いているだろう!」

 

「何度も聞いてるよ、だけど噂であって根拠らしい話は無かっただろ。

噂が広まっている理由も知らないけど、何も無いならほっとけばいいさ。

どうせ俺達には関係無いんだからな」

 

「それこそ油断になるぞ!

私達が奴に対して接触禁止だの干渉禁止だの言われている時点で奴は敵だ!

だったら何かをされる前に奴を叩き潰すべきだ!」

 

「そこまでだ篠ノ之!」

 

ここまでコイツは愚鈍だっただろうか。

接触・干渉禁止を言われているのは確かだ。

だが、それを含めて口外厳禁だと言っておいた筈だ。

それを篠ノ之は覚えているはずだというのに、それまで口にした。

テロリストと同じ(・・・・・・・・)考えと一緒に…。

 

「バーメナ、篠ノ之を懲罰房へ」

 

「なんでですか、千冬さん!?」

 

「織斑先生、だ。いい加減に学習しろ。

しばらく頭を冷やしておけ」

 

バーメナに肩を掴まれ、篠ノ之が連行されていく。

私としても軽い頭痛に悩まされながらも、出席簿の篠ノ之の名前の欄に×印を記入し、当日欠席の処理をしておく。

後に懲罰房への収監の処理をしておかなくては…。

しかし、何故アイツはあんなにも危険思想を堂々と言い放つようになってしまったのか判らない。

篠ノ之のこの6年間の経歴を思い出すと、私が知っていた頃の姿とはまるで違って見えてしまう。

 

「さて、ちょっとした騒ぎが起きましたが、それではSHRを…」

 

真耶がそう言ってSHRを始めた、その直後だった。

 

「キャアアァァァァァァッッ!」

 

廊下から悲鳴が聞こえてきた。

何かが起きた、それも悪い形で…。

その予感と共に廊下へ飛び出す。

 

「貴様のっ!貴様のせいでぇっ!何もかも全て貴様のせいだ!」

 

篠ノ之が廊下に伏せる形で取り押さえられていた。

その右手には木刀が握りしめられていた。

そして、その木刀が向けられた先には…白髪の男子生徒がそこに居た…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「お兄さん、本当に怪我は有りませんでしたか?」

 

「大丈夫だよ、メルクが対処してくれたからな」

 

今日の実践訓練は4組、簪さんとの合同授業になる。

その為、SHRが終わった後は更衣のために教室から出る事になりました。

でも、廊下へと出た直後に襲われた、篠ノ之箒に。

私が即座に反応して取り押さえるのには成功しましたが、彼女はお兄さんへと憎悪の視線を突き刺し続けた。

これが楯無さんの考えなんだろうかと疑いもしましたけど、これも想定範囲内なのかもしれません。

お兄さんが攻撃に晒されそうものなら、私が即座に反応する、と。

まあ、その通りでしたけど。

それでも気になって昼休みに訊ねると

 

「困った話ね…それでも、ウェイル君に向けられた噂は一時的にでも払拭されることでしょうね」

 

予想通りだったらしい。

少なくとも、国家代表候補生2名、専用機所持者が3名も居るから対処が可能と見ていたらしいです。

でも、お兄さんが危険に晒されるという事には苦言を言っておきました。

 

「ごめんなさいね、危険な目に遭わせてしまって」

 

「メルクのお陰で怪我一つなく事なきを得ましたから俺としてはこれ以上は文句は言いませんよ。

噂も払拭されるってことですけど、それは?」

 

「噂を発した人物を特定してね、ウェイル君に向けられていた視線をそっちへ移しておいたのよ。

この話が学園全土に広がるのも数日程度でしょうね」

 

「今後はお兄さんが悪く言われる事は無いんですよね」

 

「そこはウェイル君の日々の態度にかかってるから、頑張ってね♡」

 

そして後は丸投げ…。

人を振り回すのがうまいというか、変なところで面倒事を他人に押し付けているような、それでいて人を試しているかのような態度に、私としてはどう反応すれば良いかが判らないです。

 

「でも、ウェイル君なら簡単だろうけどね」

 

「それは兎も角として、俺は何故アイツにあんなにも恨まれているんですか?

何もかも俺が悪いみたいなことを言われてますが?」

 

「被害妄想だと思って切り捨ててくれていいわ。

どこの点についても、どう考えても、ウェイル君に非がないのは明白だから」

 

「なら、良いですけど…」

 

オマール海老のサンドウィッチに齧り付きながらお兄さんは窓の外へと視線を向ける。

空に何か見えるのだろうかと私も同じように視線を向けると…人の気持ちも考えないウミネコが暢気に飛んでいた。

お兄さんも、あの人に対して何処かで恨みを買っていたのではないのかと考えていたのだろうと察する。

 

「お嬢様、報告が…」

 

虚さんが楯無さんに何かを耳打ちしている。

途端に楯無さんの顔色が悪い方向へと変化していく。

 

「ん?何かありました?」

 

お兄さんは気付いていなかったらしく反応が暢気です…。

 

「今回、懲罰房へ篠ノ之 箒ちゃんが収監されたけれど、明後日には出てくるそうよ…」

 

「「はぁっ!?」」

 

暴行を働いたのは誰の目から見ても明白なのに、なんでそんなにも扱いが軽いのかが私には判らないです。

あの目に宿っていたのは明らかに『殺意』だったと確信を持って言える、なのになんで…?

 

「学園側が下した沙汰としては、懲罰房への収監2か月と部活動参加禁止。

日本政府がそれを撤回させてきたのよ、収監2日だけ、としてね」

 

「お嬢様、これでは今後も同じような事が続く危険性が…」

 

日本政府…なんて無責任な…。

6年前のモンド・グロッソでも、全てフランスのせいにして責任逃れして逃げたのに、どうあっても責任という言葉から逃れ続けようとしている節が顕著になってます。

そんなことをしても何の意味も無いというのに…。

 

「ですが、監視は今後も続行するようになっているとのことです」

 

「それは妥当、と言うよりも当然ね…。

危険因子は監視を常に張り付けておかないと」

 

また、頭の痛い日が続きそうです…。

 

今日も放課後は鈴さんとの訓練でしたけど、最初は雑談で時間を潰していました。

今朝のSHR後の事や、昼休みに得た情報なども鈴さんとも共有すると、完全に呆れていた。

 

「どこまでも無責任な無能連中ね、本国に伝えておいたほうが良いわよ」

 

「ええ、そうします」

 

今日は本国に伝えることが非常に多そうです。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「くそっ!またかよっ!

なんで何もかも上手くいかないんだっ!」

 

懲罰房で少年は再び憎悪の声を響かせていた。

織斑全輝はそのまま拳を壁に叩きつけた

朝、SHR前に生徒会長を名乗る人物が「証拠」と言ってUSBをちらつかせて見せた。

自分がやったのは、曖昧な噂を流し、そこに尾鰭背鰭を付け加えたというだけで、証拠など残らないものだと思っていた。

過去に同じような事をしていた件が、今の自分の足を掴んできたのだということまでは把握など出来る筈も無かった。

その振る舞いの数々を見ていた人物が学園外部から手を出してくるなど、予想も出来るわけが無かった。

 

「なんでだ…!いったい、どこでしくじったって言うんだ…!

なんで…まるで…俺の動きを全て先読みされているみたいじゃないか…!」

 

幼馴染みの箒を止めようとしたのは本心だが、それと同じだけ『自分は関与していない』と見せる為でもあった。

だが、それですら見抜かれてしまうなど、彼からすれば計算外だった。

 

「くそっ!

あのUSBを奪う事が出来ていれば…!」

 

放課後までは教職員にUSBが渡される事も無いと思い、隙あらば掠め取ろうとしたが、それも出来なかった。

クラス内で冷たい視線が全方位から突き刺さっているのを感じ、動けなかったからだった。

箒が懲罰房に放り込まれると、今度は自分が視線を向けられた。

幸いなのは、千冬がこれを知らない点だろう。

 

だが、彼は知らない。

自身のクラスが、他者への風評被害を与える噂話の出所と断定され、姉の千冬が更に首を絞められる事になろうとは……。

 

そして、学園外で…再び彼の腰巾着をしていた者が粛正されている事も……。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

夕飯時、俺は物思いに更けながらモニターに映る家族に今日の事を報告していた。

そんな中、思い出すのは楯無さんが言っていた言葉だ。

篠ノ之が廊下で急襲してきた件の動機だ。

個人的にも恨まれるような事が有っただろうかと思い返してみても、心当たりも無く、楯無さんはそれを「ただの被害妄想、切り捨てれば良い」とまで豪語していた。

俺にはよく判らないが………

 

「妄想一つで、あそこまで人を憎めるものなんだろうか……?」

 

イタリアでは、そんな人間を見た事も無かったからか、どうにも理解し難い。

食堂の件にしても、クラス対抗戦の時にしても、あいつは他人をどれだけ巻き込んでいてもお構い無しだった。

他者にどれだけ害を与えようと気にも止めず、ただただ八つ当たりをするかのように力を振るう様はテロリストのそれに重なる。

それを咎められようと、全ての責任を他者に擦り付けようとする、一方的に憎悪を滾らせる姿には嫌悪感を覚えた。

 

「酷い話が在ったものサ。

この件は企業、政府上層部に伝えて学園側に抗議文を送っておくサ」

 

「お願いします、お姉さん」

 

「頼むよ、姉さん」

 

憎まれる理由も無いのに、こんな事になるなんて嫌なものだと正直に思う。

どうかこれで、こんな悪循環が終わってくれれば良いと思うけど…明後日には篠ノ之が解放されるらしいから、それすら難しいのかもしれない。

そう思うと、まだまだ頭の痛い日々が続きそうだと予感していた。

だが、判った事も在る。

あの二人、そしてそれを放置し続けている織斑教諭。

彼等は明確なまでに『敵』であると確信を持てた。

もしも…俺にとって大切な人を傷付けようものなら…きっと俺は、容赦も出来ないだろう。

 

この決意はきっと、…一つの宣戦布告なのだろう。




あけましておめでとうございます。
早速ですが、今回の年末年始ですが、濃厚接触者となり、自宅待機を続けていました。
その間ですが…10日以上も自宅の中に隔離されているような感覚でしたね。
料理の材料とかも、置配してもらったりして、人との接触も極力避けていたので、静かすぎる自宅の中というのがどうにも落ち着かなかったものです。
思うことはといえば…久しぶりにドライブしたいなぁ、というもの。
洗車も給油も年末に出来てなかったのに、今度は正月休み明け直後に車検で車を預けることになってます。
見たい映画もいろいろとあったのに、見に行けずしまいです。
こんな年末年始に誰がした!


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第57話 猜風 敵対心に

篠ノ之が懲罰房に収監された翌朝、彼女のここ6年間の経歴を再度見直してみる。

何処に転校をしていたのか等は見ていたが、より詳しい点にはあまり目を通していなかった。

以前の職員会議でも話は挙がっていたが、確かにこれは幾らなんでも問題が多すぎる。

暴行を多く繰り返し、傷痕が一生涯残る事になった子供が居た。

半身不随や麻痺が残り続ける子供が居た。

中には声を失った子供、失明をした子供も居る。

そう言った子供を数え上げれば、数十人単位にまで上っている。

これら全てを篠ノ之箒が繰り返してきたのかと、流石に疑ってしまった。

だが、確かに事実なのかもしれないとすら今更ながらに考えなおす。

今日、確かに…3組の生徒を巻き込みながら、篠ノ之は襲い掛かったという事実がある。

 

「あいつは…何処で道を間違ったんだ…。

それに、私もまた……」

 

あの後すぐに学園長に呼び出され、叱責を受けた。

それだけで済む話ではなく、私もまた自室謹慎を命じられた。

『ハース兄妹への接触・干渉禁止』を厳命され、尚且つ口外禁止も言い渡されていたにも関わらず、それを生徒に知られてしまったからだった。

結果、篠ノ之は1組の生徒だけでなく、ほかのクラスからもとうとう『テロリスト予備軍』のレッテルを貼り付けられてしまっている。

 

「何故、こうなってしまったんだろうな…」

 

厄年、とでも言ってしまえば楽かもしれないが、今年に入ってからはどうにも散々だ。

今回ばかりは目撃者も多く、言い訳など出来る筈も無い。

イタリアも本腰を入れ、なんらかの報復行動にも出る可能性が高い。

 

「…どうすれば良かったんだ、私は…」

 

何もかもが指の間からすり抜けていくようで、何もかもが手元から失われていってしまう。

そんな感覚に似ている。

 

両親が揃って蒸発した。

 

大切な弟であった一夏を喪った。

 

そして今…全輝と一緒に信頼をも失おうとしている。

 

「あの二人と、話をしておかなくてはならんか」

 

……願わくば、あの二人と理解し合える事を………

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

都合が巡ってきた。

織斑教諭と織斑全輝が自室謹慎処分になって、多少は接触しやすくなった。

フランスからは相変わらず『一刻も早くウェイル・ハースを殺せ』と繰り返される。

『フランスの再生とデュノア社の発展の為に』とだけ社長夫人は僕に告げる。

『ウェイル・ハースがフランス失墜の原因』

『ウェイル・ハースがフランス再生を妨げている』

『所持しているデータを殺して奪え』

『ウェイル・ハースが生きている限り、フランス国民が飢え続け、苦しみ続ける』

 

その言葉が僕の脳裏に焼き付けられる。

 

『救済』と『殺戮』

相反する命令に、矛盾を感じながらも、僕は………

 

「アンタ、なんて顔してるのよ」

 

 

「………え?」

 

気が付けば、外は朝を迎え、時計を見ると時間は既にSHRを終えた時間だった。

 

「……うわっ、もうこんな時間!?」

 

い、急いで準備をしないと!

今日は朝から授業で訓練するようになってたのに、なんでこんな時に限って徹夜で考え事をしてるんだ僕は!?

 

クローゼットから急いで着替えを取り出し、寝間着を脱いで……

 

「………あ………」

 

突然の事にパニックになり、すっかり忘れていた。

僕にはルームメートなんて居ないのに、今のは誰の声だったのだろう、と。

 

「…正直、疑っていたから今更驚いたりなんてしないわよ」

 

そこに居たのは、クラスメイトでもある中国国家代表候補生、『凰 鈴音』だった。

今もまだ、疑うような視線を僕に突き刺している。

 

「予想してたって…いつから…?」

 

「編入してきたその日からね」

 

僕が、性別を偽り、男装をしてまでこの学園に訪れていた事が、全て無意味に……。

いや、まだだ…まだ、理由までは…

 

「今は授業が始まる直前だから、話なんてしてる時間が無いわ。

だけど、そうね…昼休みにでもしっかりと話してもらうわよ。

それと…事と次第じゃタダでは済まさないから、逃げられると思わないでよ」

 

それだけ言って部屋を後にする姿を僕は見送るしか無かった。

少なくとも、容易に人に話すつもりが無い事だけは確かだろうけど、もう僕には逃げ場なんて残されていなかった。

ここで逃げれば、彼女は全てを人に話す危険性が高い。

でも僕には…先を考えれば、僕には……

 

アリーナには、クラスの皆と、合同で授業に参加している3組の人達が揃っていた。

 

「デュノア君、遅刻は良くないわよ」

 

「すみません、目覚まし時計が電池切れで…」

 

咄嗟に用意した典型的な言い訳をしながら列に紛れ込む。

ウェイルの姿は…正反対側に見えた。

相変わらずと言うべきか、妹さんのメルクも隣に並んでいた。

社長夫人から命じられたのは、彼の殺害とデータの奪取。

それでフランスは…救われる…。

 

「では、稼働訓練は何度も繰り返しているので、早速だけど今日は実戦訓練をします。

そうね…では、デュノア君と…」

 

「先生、私が立候補します」

 

「……え?」

 

指名された直後に名乗り出たのは…凰さんだった。

 

「な、なんで…?」

 

僕の問いに彼女は答えず、機体を展開する。

それを確認したのか、他の皆は早々に観客席へと退避していく。

已む無く僕も機体を展開し、両手にアサルトライフルを握る。

深呼吸をして集中し、合図に備える。

 

「では、試合開始!」

 

そして…僕はすぐに降参(リザイン)しなかった事を、本気で後悔した。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

試合運びに於いて重要なのは、相手に主導権を渡さない事。

だから私の一手目は…

 

「ては、試合開始!」

 

「吹き飛べ」

 

ドォンっ!!

 

衝撃砲での開幕だった。

 

「うわぁっ!?」

 

怯んだ瞬間に一気に肉薄。

剣を両手に力強く握り、全力で振り下ろす。

右手の剣を叩きつけた一瞬後は左手の剣を。

甲龍の特性は、その腕力と低燃費によるパフォーマンス。

それを今此処で見せつける。

 

シャルル・デュノアに怨みや怒りは特に無い。

だけど、わざわざ性別を偽ってまで学園に編入し、ウェイルに近づいていたのは何らかの意図が有ってのものだと考える事は私にだって出来る。

今朝、寮の部屋で見た姿には何か異様なものを感じさせられた。

それを敢えて言うなら『予感』と言えばいいのかもしれない。

だけど、それは悪い意味合いでのそれだった。

この予感が外れていれば良い、それでも悪い予感が的中した場合を考慮すれば…。

だから、この場を使って徹底的に叩きのめす。

力ずくで来たとしても、それを叩き潰せる者が居ると心に刻み込む。

それを理解させた上で、話し合いの場を作り、こいつの都合を自ら話させる。

 

「これで…終わりいっ!」

 

投擲した双剣、拳、衝撃砲。

その三つを利用した連続攻撃を叩き込み、トドメに踵落としをガードの上から更に打ち込む。

派手な衝突音と共に、バーミリオンの機体は地面に叩き付けられる。

土煙が晴れた後、そこにはシャルル・デュノアが気絶していた。

 

「そこまでっ!

だけど凰さん、やり過ぎよ」

 

「すいません、つい全力を出しちゃって…。

ほら、起きなさいよ」

 

肩を掴んで前後に揺らすとものの数秒で目を覚ます。

 

「………ひぃっ!?」

 

その反応はちょっと傷付く。

 

「昼休み、生徒会室に来なさい、話が在るから」

 

こっそりそう言っておく。

頷くかどうかは確認しない。

少なくとも生殺与奪は私の手の中にあるから。

 

「凄い戦い方をしてたなぁ、鈴」

 

「でしょう?スペックを活かせばこういう戦術だって…こら、撫でるなぁっ!」

 

ああもう!

いつもいつも猫扱いするんじゃないわよ!

 

「お兄さん、その辺にしとかないと鈴さんに爪で引っ掻かれますよ」

 

「アンタも悪ノリするんじゃないっ!」

 

ウェイルは無意識でやってるのか、それとも一種の悪癖なのか、どうにも判断が着かない。

一夏本人なのか、それとも思い過ごしで、本当に他人なのか判断が相変わらず出来ないでいた。

けど、こういう友人としての触れあいも心地良いと思わせてくるから始末に終えない。

 

思えば、一夏を探し出す為にこれまでの時間の全てを使いきっていたのに、今になって青春を謳歌するなんて皮肉よね。

女の子としては、友達を作ったり、絆を結び、思い出を刻み、時には恋に心を燃やす事ものなのに、私はそれを全て投げ捨てていた。

力を身につけ、情報を求め、日々を走り続けた。

こんなの、青春だなんて言えないかもしれない。

でも、私は自ら決めて、時間の全てを擲った。

きっと、きっといつかは…そんな言葉で自分を叱咤して、ようやく希望が現れた。

だから……絶対に無駄にはしない、してやるもんか!

 

「ほら、さっさと授業に戻るわよ。

先生が課題を増やすだなんて言い出したらどうすんのよ!」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

お昼休みの時間、鈴ちゃんが金髪のクラスメイトを連行したのには正直驚かされた。

普段はウェイル君とメルクちゃんの二人と一緒に来るのに、今日に限っては様子が妙に見える。

けど、要件はだいたい察していた。

早速、生徒会室の前には『立入禁止』の札を提げ、申し訳ないけど人払いもしておく。

 

「さて、それじゃあ腹の探り会いを始めましょうか。

シャルル君……いえ、シャルロット(・・・・・・)・デュノアちゃん?」

 

「……な、なんで……」

 

「気付かれないと思ってた?

メルクですら察していたし、多分ウェイルも怪しんでるわよ?」

 

「そ、そんな……」

 

思わぬ所でもボロを出していたみたいね。

だけど、これなら話はトントン拍子で進められそうだわ。

シャルロットちゃんは上手く誤魔化していたつもりだったらしいけど、違和感は以外にも出ていたものね。

 

「それでシャルロットちゃん?

性別詐称をしてまで学園に潜入してきた理由を正直に話してもらうわよ?」

 

念には念を入れ、左手には兵装『ラスティーネイル』を握っておく。

不測の事態に陥っても即座に動けるようにしておこう。

鈴ちゃんも察しているのか、腕部だけを部分展開させているようだし大丈夫そうね。

 

「僕は…デュノア社長夫人に命じられて、此処に来ました」

 

「で、目的は?」

 

「命じられたのは、『ウェイル・ハースの殺害』です」

 

その瞬間に私達は動く。

鈴ちゃんと私の剣は、揃って彼女の首筋に突き付ける。

これは最終警告、『場合によってはこの場で討つ』という意思表示に他ならない。

でも、それをするだけの理由を彼女は口にしていた。

 

「穏やかじゃないわね、フランスは何を思ってウェイルを殺そうとしているのよ?

恨み辛みでもある?それともウェイルがフランスに何かしたって言うの?」

 

鈴ちゃんの激昂するのは理解が出来る。

かつて6年前、フランスは自身らの沽券の為だけに一夏君が誘拐された事件を黙殺、隠蔽した。

それにより、織斑一夏君は表向きには『死者』として扱われた。

日本政府も片棒を担いでいたけれど、その主犯はフランス。

そんな国が今になって再び暗躍をしようとしているのだから、鈴ちゃんも気が気じゃないだろう。

身近な人を、特定の何者かによって失うだなんて、二度と経験したくないだろうから。

 

「嘘は言わない方が身のためよ?

後々に調べれば判る事だからね、その点については抜かりは無いわよ?」

 

「さっさと言いなさいよ、それとももう一度叩き潰されたい?」

 

あ、一度はもうやってるのね。

それこそ本気出してそうな気がするわ。

 

「私からも忠告よ。

この学園の生徒会長のもう一つの(あざな)は『学園最強』。

私は鈴ちゃんよりも強いから、突破出来るとは思わない事ね」

 

この点に関してもキッチリと逃げ道を塞いでおく。

正面には私、背後には鈴ちゃん。

実力、機体のスペックは勿論だけど、刃を突き付け、精神的にも逃げ場は与えない。

虚偽を吐こうとも、それすら許さない。

ましてや、この学園内での殺人など許容など出来る筈もない。

だから、今この場で全てを吐かせる。

シャルロットちゃんも恐怖して歯を鳴らしているようだけど、その様子も悉く無視する。

 

「デュ、デュノア社は…存続が難しい状況に立たされ…痛っ!?」

 

鈴ちゃんの剣が薄皮を僅かに裂いた、相当イライラしてるみたいね。

だけどその分、本気であるという事が伝わってくる。

シャルロットちゃんも顔を青ざめさせているけど、こっちもこっちで……

 

「デュノア社を貶めて、経営を傾かせているのはウェイル・ハースだって…だから、その報いに彼を殺してデータを奪い取れって、僕は命令されたんだ!

そうすれば…フランスの国民も皆が救われるって…みなし児や、貧困で苦しむ人も居なくなって、皆が救われるって…」

 

「……フザっけんなぁっ!」

 

鈴ちゃんが剣を振りかぶる…でも、その手はその時点で止まった。

ある程度は察しているのかもしれない、此処でシャルロットちゃんを討っても、第二第三の同様の人員が刺客として送り込まれる可能性が在ると。

でも、こんな破綻した理由で送り込まれてくるというのは流石に納得出来るわけがない。

 

「理由がメチャクチャね。

ウェイル君個人が諸悪の根源のように言っているけれど、絶対的にそれは成立しないわ」

 

そう、彼がフランスの経済を崩壊させるような事は出来ない。

 

「彼は企業所属の一介の技術者。

本人が言うにはアルバイトをしているだけの者よ、そんな彼が企業や国家間の均衡を崩す要因にはなれない。

そもそもメリットも無いものね。

そして…フランスが崩壊しているのは、デュノア社とフランス政府がそもそもの原因よ」

 

「……それって、どういう………」

 

そこから説明しないといけないか、仕方ないわね。

鈴ちゃんに視線を送り、剣を収納させる。

けれど、私は剣を持ったままパイプ椅子に座った。

そしてシャルロットちゃんが大人しくなったのを確認し、話し始めた。

 

「全ての要因は6年前の9月、国際IS武闘大会モンド・グロッソに起きた事件から始まるわ」

 

私は話し始める。

その事件についてを。

織斑一夏君が誘拐され、フランス政府が自身らの沽券の為だけに事件を黙殺、隠蔽し、大会を敢行した事を。

それが後に露見し、全世界からバッシングを受け、経済制裁を受けた事を。

日本政府も関与していた件は、話がややこしくなってしまうから、この際伏せておく。

 

「なお、フランス政府が最終的に事件隠蔽をしたけれど、その中にはデュノア社社長夫人も居たわ。

より正確に言うのであれば、隠蔽黙殺を真っ先に言い出した人物、ね」

 

「……社長夫人(あの人)が……」

 

「追い討ちをするのなら、フランスが全ての責任を負う事になった矢先に国外逃亡をしようとして失敗していたわ。

今でもデュノア社に居座っている理由としては、金銭目的かしら?」

 

鈴ちゃんも嫌そうな顔をしている。

世界の黒い事を知れば、どうしてもこうなるわよね。

 

「って事は、一夏が行方不明になったのは、デュノア社社長夫人が諸悪の根源って事よね。

金銭目的なら、国の沽券云々とかは関係無さそうだけど、なんで事件を黙殺したのよ?」

 

愚問ね。

確かに金銭さえ獲られれば良いと言うのであれば、事件に口出ししなくても良かったかもしれない。

だけどね鈴ちゃん、思っている以上の事が世の中には存在しているのよ。

 

「あの人は…『利権団体』に属しているんだと思う。

だから、黙殺するんだとしたら、被害者の人命を軽視していたんじゃないかな…」

 

「実際、その通りなんでしょうね。

データ奪取に付け加え、ウェイル君の『殺害』を命令したと言うのなら、まだ浮かんでくる可能性が在るわ」

 

「可能性……なんの話?」

 

これには鈴ちゃんも首を傾げる。

尤も、私が提示する可能性と言うのは、それこそ『最悪の可能性』の話。

今のところはまだ確証も無く、言い掛かりにも等しいでしょうから、あまり口にはしたくないけれど、この際には言っておきましょうか。

 

「ラウラちゃんはともかくとして、シャルロットちゃんは転入する前、フランスに居た時点で社長夫人からウェイル君のフルネームを教えられていたわ。

イタリアがウェイル君の事に関して、情報封鎖をしている中で。

そこから結び付けられる可能性、それは『デュノア社とテロ組織(凛天使)は繋がっている』と考慮も出来るわね」

 

厄介なのは、デュノア社を通してフランス政府が一夏君を見捨て、事件を揉み消そうとした点。

フランス政府がウェイル君のフルネームを知らないとしても、その存在に気付いているのは断言出来る。

なら、『ウェイル・ハース=織斑一夏』と言う可能性にも至っている筈。

そう考慮していれば、『織斑一夏が事件について覚えているかもしれない』とも判断する危険性も考え付く。

前回は『沽券』の為。

今回は『保身』の為。

デュノア社社長夫人は『利益』と『鬱憤晴らし』の為。

容易く命を奪いに来る未来が簡単に想像出来てしまう。

 

「その点についてはどうなのよ?

デュノア社はテロ組織と繋がってるの?」

 

「……僕はそこまでは知らない、教えられていないんだ」

 

厄介ね、必要以上の情報を教えられていないか。

 

「教えられたのは先に話した事が全部だよ。

『フランスの零落と貧困の原因はウェイル・ハースの仕業』、『ウェイル・ハースを殺害し、データを奪取すれば、フランス全土が救われる』、『国民救済の為にウェイル・ハースの死が必要』と言われたんだ」

 

挙げ句の果てに酷い洗脳をしていたものね。

平然と他者の命を踏みにじり、全ての責任を他者に押し付け命を奪う。

そしてその行為を他者に押し付け、自分は手を下さず、利益だけを得ようとする。

無責任な無能が人の上に立つ事がどれだけ危険な事かを体現している。

 

「それで、アンタがこの前の授業の模擬戦でウェイルに殺気を向けていたのはそれが理由だったの?」

 

「……うん、そうだよ…。

…でも、本当は判ってたんだ、フランス政府が過去に何をしたのか…昔、ラジオで聴いていたから…。

僕は…ウェイルを殺したとしても…何の意味も無いのに…」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

見た感じ、目の前の女からは敵意が失われているようには見えた。

いくら他人から植え込まれたとは言え、ウェイルに向けていた害意は本物に近く見えた。

でもこれでそれが摘み取れたと言うのであれば一安心しておきたいところ。

 

「で、アンタはこれからどうするの?

性別詐称してまでこの学園に潜入してきたわけだけど、それが卒業まで続けられると思ってる?」

 

「思ってないよ………。

……叶うのなら、フランスでは過ごせなかった青春を謳歌してみたかったな…」

 

意味がよく判らなかった。

楯無さんに視線を向けて、その疑問を訴えてみれば

 

「6年前、フランスは全世界からバッシングを受けて、経済崩壊を起こしたわ。

もしかしてその被害を受けたのかしら?」

 

「はい、6年前から学校にも通えなくなったんです。

僕みたいな子供は大勢居ましたよ…」

 

一夏が行方不明になった事件を切っ掛けに、フランスは経済崩壊して学校にも通えない、か。

無責任な大人が、沽券と、保身の為に、その場凌ぎの愚策を押し通して、大勢の人がそれに巻き込まれる。

いつまでこんな事が繰り返されるんだろう……?

 

「一時的にとは言え、一つの案件の答えが出たわね。

ちょっと考えが在るから、放課後にこの生徒会室に集合しましょうか。

今度はウェイル君達も一緒にね♪」

 

……なんか、妙な予感がするんですけど



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第58話 告風 心の内

「別に忙しいってわけじゃなく、用事があるってわけでもないですけど、何の用ですか?」

 

「暫くぶりにプロイエットを使いたかったんですが…」

 

放課後に呼び出したウェイル君とメルクちゃんの二人は、白けた視線を私に突き刺していた。

例の噂話について払拭が進んでいく中で、放課後になってから呼び出しを受けようものなら多少は印象が悪くなってしまうだろうけど、流石に今回はそういう視線を向けるのは勘弁してほしいのよね。

それに君も無関係というわけではないのだから殊更にその視線は止めて。

 

「それにしても、この部屋への来客も多くなったわね…」

 

1年生の専用機所持者が全員そろったのは何故かしら?

特にラウラちゃんは今回は呼んでなかったんだけど?

 

「む、この菓子も美味いな」

 

「でしょ~、私のお気に入りなんだ~」

 

そして本音ちゃんの持っている和菓子に夢中になってハムスター状態だものね。

なんか最初のイメージと格段に違ってきているんだけど…今回はほっとこう。

さっさと主題に入らないとウェイル君とメルクちゃんの視線が痛くて耐えられない…。

 

「それじゃあ、早速主題に入るわね。

今回君達を呼んだのは…シャルル君…じゃなくて、シャルロットちゃんについてよ」

 

私が名を呼ぶのと同時に背後の衝立の向こうから彼女(・・)が姿を現す。

学園指定の夏用体操服に着替えたことで女の子特有のボディラインも今は見てとれる。

その濃色の金髪は髪紐がほどかれ、空調に合わせて揺れている。

 

「初めまして…って言うのも変だよね。

改めまして、『シャルロット・デュノア』です」

 

「とまあ、男子生徒と詐称してフランスからやってきてたらしいのよ。

あ、ちなみの本当の性別は女子生徒って事だから、それを考えといて」

 

「…思った通りでした」

 

「違和感は感じてたけど、そういう事か」

 

…鈴ちゃんの雑な説明に続くメルクちゃんとウェイル君の反応の薄いこと。

この二人は何となくでも察していたのかもしれないわね、企業と何かと連絡取り合っていたらしいから教えてもらっていたのかもしれない。

 

「フン、そんなことだろうと思っていた」

 

「だね、変だと思ってた…」

 

ラウラちゃんも簪ちゃんも…。

これって気遣っていた私がバカみたいじゃないのよ!

 

「せめて気づいていたのなら、『気づいてた』って言いなさいよ皆!」

 

「無理じゃない?

メルクは最初から怪しんでいたみたいだし、ウェイルはそれに影響されていただろうから」

 

鈴ちゃんまで…!

ええい、だったら次の話をすればみんなも驚くでしょ!

その白けた視線を一気に変えて見せるわよ!

 

「そんな…これまでの僕の努力って…無駄だったの…?」

 

頭を抱えているシャルロットちゃんを視界の端にしながら、その様子を完全に無視して私は次の話を切り出す。

こればっかりはウェイル君もメルクちゃんも黙ってられないでしょうからね!

 

「で、シャルロットちゃんがこの学園に来た目的だけど、『産業スパイ』と『暗殺』よ。

より具体的に言えば…『ウェイル君の殺害』と『データの奪取』の2つだそうよ」

 

「随分と物騒な話だな、スパイなど露見すれば大概が極刑を言い渡されるものだ。

この逃げ場の無い学園で目的を果たしてどうやってこの場を離れるつもりでいた?」

 

真っ先に食らいついてきたのはラウラちゃんだった。

鋭い眼光をシャルロットちゃんに突き刺してきている。

確かに彼女の言う通り、スパイだとか密偵だとかは見つからない事を前提に(・・・・・・・・・・・)活動するもの。

私のような暗部は話は別になってくるだろうけど、産業スパイだとか機密データ奪取は、その行動や正体を知られてしまえば致命的。

どれだけ軽く見積もっても闇の中に消されるのが関の山。

その点、彼女の計画は何もかもが杜撰だった。

 

「本当の事を言えば…奪取したデータを転送した後のことは何も指示を出されていなかったんだ…」

 

「それって…目的を果たしても、シャルロットの身柄の安全は保証しないって事だよね…?」

 

「企業や国家は指示を出しておらず、個人の暴走ってことにして片付けるつもりだったんでしょうね。

それがフランス政府の指示なのか、はたまた企業の方針なのかはわからないけどね」

 

どっちみち、私たちに正体が露見した時点で、彼女はこの日本国内で用済みと見なされ放置状態ということになる。

 

「ちょっと待ってください。

性別詐称や企業スパイをしていたことは察していました。

ですが、何故そこでお兄さんの『殺害』を前提にしているんですか?」

 

「デュノア社長夫人からの命令だったんだ、『ウェイル・ハースを殺害してデータを奪取しろ』って」

 

「俺からも訊きたい、その社長夫人ってのは俺を『フルネームで名指し』したのか?」

 

「え、うん、そうだよ…?」

 

「なんで社長夫人は俺の名前を知っている(・・・・・・・・・・)?」

 

そのウェイル君の疑問に答えを返せる人なんて居なかった。

その疑問は私も思っていた、誰だって疑問に思う筈。

でも、シャルロットちゃんはそれに対しての答えを持っていない。

ウェイル君の名前を知っている人はそんなに多くはない。

イタリア政府が個人情報の漏洩を防ぐためにも、外界の者が掴んだとしてもダミーデータにすり替わるようにしていたのだから。

 

「シャルロットが俺に対して妙に敵意を向けていたことは先日の授業の時にも察していた。

産業スパイの可能性もメルクからも企業からも指摘があった。

でもな、テロリストでもないのに、初対面どころか、顔も名前も知らない、会ったことも、言葉を交わした事すら無い相手、企業の上層部から、一方的に殺意を向けられる謂れは無いぞ。

そこのところはどうなんだ?」

 

「…『フランスの廃退と零落、貧困の全ての原因はウェイル・ハースに在る。

フランスの再生と発展には、ウェイル・ハースの殺害と、彼の持つデータを奪取が前提になる』…そう言われたんだ」

 

そこが私達としても疑問だった。

デュノア社社長夫人は、ウェイル君のフルネームを何処から知り得たのかが、はっきりとしない。

そして何故、ウェイル君の殺害を大前提にしているのかも。

 

「私からも問いたい事が在る」

 

「簪ちゃんからも?」

 

視線を向ければ、簪ちゃんも真剣な表情を見せている。

今回のシャルロットちゃんの行動は杜撰過ぎて疑問を浮かべる点が多いけど、簪ちゃんは何を問いたいのかしら?

 

「今のように、産業スパイ活動をしているのがバレたら、どう対処するのか、指示はされていたの?」

 

「その場合も言われたよ。

『迅速に自害しろ、その際にウェイル・ハースを必ず道連れにしろ』って…」

 

「殺意が高過ぎないか?」

 

何と言うか…人命軽視甚だしい。

これじゃあ、全世界からバッシングされている『人命軽視国家』と呼ばれているのも理解が出来てしまう。

そして社長夫人は何故、そこまでウェイル君を敵視しているのかが理解出来ない。

 

「何故お兄さんを敵視して、殺害を強要しているんですか?

フランスの再生と発展に繋がるだなんて到底思えません」

 

「まったくだわ、現代のフランスが落ちぶれているのは、一部の独断専行から始まった事だってのに、その責任を今になって他人に全部ふっかけようとしてるだけじゃん」

 

「それを僕に言われても…」

 

これ以上は話を続けても時間の無駄ね。

なら、更に先の話をしましょうか。

 

「シャルロットちゃんに確認する事が幾つか在るわ。

これに関しては正直に話なさい」

 

「は、はい…?」

 

返事はあまり良くないけれど、それはそれで構わない。

でも、ここから先はそれは赦さない。

 

「君はまだ、ウェイル君を殺そうと思ってる?」

 

「いいえ、思いません」

 

「なら、データの奪取は続けるのかしら?」

 

「…いいえ」

 

僅かな沈黙を挟んだ。

企業の人間としては、欲しい所ではあるようね。

 

「まだ問いたい。

データ奪取もそうだけど、何故、俺の暗殺を請け負った?

身柄の保証も無い、最悪の場合でも道連れ自殺、失敗すれば告発される。

どう転んでもお前自身にメリットが何一つ無いだろう?」

 

ウェイル君が珍しく核心を突こうとしている。

この珍しい光景には誰もが視線を向けていた、普段は劣等生を自ら自覚して、自称までしているのに…。

 

「……それは……フランスでは、多くの国民が貧困して苦しい生活をしてる。

僕の母さんも、その一人だったんだ。

僕を養う為に心労を重ねて…過労死した。

その後、僕はデュノア社社長の隠し子である事が判明して…」

 

そう、シャルロットちゃんは隠し子…なんとなく読めてきたわね。

 

「今回の命令を下される時に社長夫人から言われたんだ。

『このままだと僕のような、みなし児が増え続ける』と…」

 

実際、フランスでは国内での暮らしを続けられず、国外へ脱出しようとする人とて多くなっているだろう事は予想が出来る。

デュノア社が辛うじて存続出来ているのは、早期の『第一世代機(ラファール)』開発と、第二世代型量産機(ラファール・リヴァイヴ)のシェアあってこそのもの。

けれど、今の経済状況では第三世代機の開発が進んでおらず、その予算も無い点は想定が出来るわね。

いえ、寧ろそんな技術すら作れないのでしょう。

だから、自国に無い物を作る為に、他国から奪うという暴挙に出た。

フランスが産業スパイを積極的に育成しているという噂とて在ったけれど、それはこの子だったのね…。

 

「フランスの廃退と貧困、その全ての原因がウェイル・ハースだと。

だから、フランス国民の為に、殺害しなきゃいけないって教えられたんだ…。

僕は、僕のように親を失う子が出るのが嫌だったから…」

 

無責任な上に他力本願、更には無能の重ねがけ。

自分の無能さを、他人への憎悪にすり替える始末。

世の中そんな人ばかりなのかしら?

 

「それで、シャルロットさんは今後はどうするつもりなんですか?

データ奪取も、暗殺ももう無理でしょうし目的は果たせないです。

今後は何も出来ませんし、させません。

それでも手出しをしようものなら…」

 

鋭い視線をメルクちゃんがシャルロットちゃんに突き刺す。

そこに宿る意志を言葉にするのなら……警戒、かしらね。

何の謂れも無いのに、家族の命を狙われるようになってしまえば、そうなるのもやむを得ないし、頷ける。

私も簪ちゃんを狙われてしまえば同じような事になると言える、間違いなく。

 

広がる沈黙に最初に声をあげたのは

 

「なら、私の国で身柄を引き受ける」

 

「ラウラちゃん?」

 

「大丈夫なのか?

よく判らんが、簡単に済む話じゃないだろ?」

 

移籍させると言うのは普段なら簡単じゃないでしょう。

だけど

 

「出来ない事ではない。

そう言った場合のマニュアルも軍には存在している」

 

「いや、そう言う事じゃなくてだな…。

産業スパイをホイホイ受け入れられるのかって事なんだが」

 

「信用出来ないのは当然だが、その場合は…叩き直すだけだ」

 

ナイフを見せながら言う台詞じゃないわよ!

 

「部屋も移れば、プライバシーも含めて監視も出来る。

PCも逐一調査し報告しておこう」

 

「僕って本当に信用されてない…いっそ泣きたくなってきた…」

 

机に突っ伏して暗雲漂わせているシャルロットちゃんだけども、この際には無視しておく。

信用が無いのはそれこそ仕方無いけど、これからの話をするには彼女の心理状態は無関係。

今は身柄を引き受ける先をどうするか、精神状態や、社長夫人による洗脳を解くのは後でも出来るだろうから。

 

「実質的にはドイツへの亡命なら、それでも良いでしょう。

けど、この学園は基本的に治外法権が存在しているわ。

いかなる国家、宗教、企業も関与出来ない事になっているの。

だから、この学園に在籍している間は、大企業でも手出しは不可能だから安心なさい」

 

「じゃあ、僕は三年間は自由って事…?」

 

まあ、そんな所ね。

このタイミングで跳ね起きるとか、なんて現金なのかしら…?

これは要警戒と判断するべきかな?

 

「企業から…いや、社長夫人からの命令を無視していれば、だろ?

フランス側が強硬手段に出たらどうするんですか?」

 

「だから国籍を移籍させる。

我が国に移ってしまえば、フランスも簡単には手出しは出来まい」

 

その話は事実。

学園にはその類の手続きが出来る機関が存在している。

なら、話は難しくはない。

さっさとドイツに移籍させましょうか。

 

「じゃあ最後に…暗殺に使うつもりでいた小道具を全て出しなさい」

 

そして机の上に並べられたのは…ああ、もう嫌になってきた。

なんでこんなにも今年の新入生は非常識なのかしら…。

 

「ワイヤー、チャクラム、ポケットピストル、投擲ナイフ、ピック、シアン化カリウム(青酸カリ)テトロドトキシン(河豚毒)、クロロホルム、仕込み針、寸鉄、ストリキニーネ……」

 

出るわ出るわ、嫌になる程の暗器やら毒物が右から左へ…。

もう誰もがドン引きしてる。

本音ちゃんがドン引きしてるとかレアな状況よ…。

 

「ラウラさん、身柄引き受けをしても本当に大丈夫なんですか?」

 

「…些か不安になってきた…本当にマトモな人間なのか、コイツは?」

 

「今日はシャルロットちゃんの株価の暴落が激しすぎるわね…」

 

それから全員立会のもと、シャルロットちゃんの持っていた暗器はプレス機で全て屑鉄に、毒物や毒ナイフはISの拡張領域の登録を解除させてから海に投げ棄てさせた。

ウンザリさせられる数の暗器だったが、始末が終われば少しはウェイル君としても肩の荷が降りたように見える。

私も少しは気を休めても良いかもしれない。

で、後はシャルロットちゃんの国籍を移す作業が残ってるらしいが、そっちは私が面倒を、見てあげれば良いわね。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

私には、まだ問いたい事が残っていた。

それは今まで目を反らしていた事でもあり、暗器の全てを投げ捨てた後だからこそ言える話でもあった。

 

「…授業での模擬戦でもそうだったが、あの時に本気の殺気を向けていたわよね?」

 

「………」

 

本人にも自覚があったらしく、沈黙の肯定が返ってくる。

だが、私が求めているのはその先だった。

 

「ウェイルとはそれまでに会話をした事は少なからず在ったと思う。

警戒されたり敵視するのもここまでの話でも納得までは出来ないけど、理解は出来た。

その証拠に暗器を持ち続けていたんじゃないの?

アンタ、衆人環視の中で授業中の模擬戦でウェイルを殺すつもりだったの?」

 

あれを感じ取ったからか、ウェイルはさっさとリザインした。

あのまま続けていたら、グレネードランチャーとロケットランチャーによる砲撃を受けていたと思うから。

絶対防御が有効だとしても、アレは模擬戦で使う代物じゃない。

 

「……噂を、人から訊いたんだ。

ウェイルが、学園のアチコチに爆弾を仕掛けて回っているって…」

 

「その噂、学園全体に蔓延してるけど…?」

 

「言っとくが、俺は無実だからな」

 

はいはい、判ってるってば。

ウェイルがウンザリした様子で吐き捨てる、この話題はもう御法度ね。

本人としても逐一言い返すのが面倒になってるみたいで見ていられない。

じゃあ、さっさとこの話を終わらせてしまおう。

 

「シャルロット、アンタはその噂を訊いてどう思ったの?」

 

「……真実かは判らなかったけど、本当なら自白させようと思ったんだ。

その為にも、多少なりとも強引な手を使っても…。

ランチャーを取り出したのも、殺気を剥き出しにしたのも…」

 

自分に対して恐怖心を植え付けようとした、そんな所か。

ウェイルがさっさとリザインしたのも、あながち間違いじゃなかったわね。

 

「なら、その噂話を誰から訊いたのよ?」

 

「1組の男子生徒だよ、食堂で相席になった事があって、その際に…」

 

あいつか…!

 

「『火のない所に煙は立たぬ』、噂が出ているのが何よりの証拠だと言われて…」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「後はこっちで引き受けるから、何か気晴らしでもしてきなさい」

 

そう言われたので、思う存分に何もかもを丸投げにして押し付ける事にした。

どうせ俺が手出し出来る事なんて残っていない。

 

「シャルロットは今後はどうなると思う?」

 

「国籍を移籍、亡命は可能な筈です。

フランスの企業は後々に調査が入る事になるでしょう。

最終的にどうなるかは判りませんが…」

 

そう、か…。

姓名と企業名が同じだから、多分そこの社長は…シャルロットの両親にもなるだろうが、その人物を告発する事に抵抗は無いのだろうか?

あ、いや、母親と死別し、シャルロットが社長の隠し子とか言っていたか。

なら、近年まで認知してなかったのかもしれない。

それに、織斑だ。

俺を貶めることで、アイツに何か利があるとは思えない。

自己満足一つのためにシャルロットを利用しようとしたんだろうか…?

あの後も詳しい話を聞き出そうとしたが、当のシャルロットの返答は

 

「彼は言っていたんだ。

『ウェイル・ハースは大量の爆弾で学園を壊滅させようとしている、その手掛かりはあるが証拠が見つかっていない。

同じ男子生徒同士であればその証拠となるものを見せるかもしれない。

理由は判らないが、自分は警戒されているからそれが出来ない。

学園の生徒を守るために力を貸してほしい』って頼まれたんだ」

 

そう返してきた。

あの野郎、今度は俺を爆弾狂かテロリストに仕立て上げようとしてやがった。

ヴェネツィアの水上パレードで見る花火は美しいと思うが、爆弾なんぞ論外だ。

 

ほかに聞き出せた話に出ていたのは社長夫人の事ばかり、社長自身は今回の件をどう思っていたんだろうな。

 

「さて、それじゃあ久々に走らせてみるか」

 

プロイエットと、プロテクターを装着。

コンソールパネルを右腕に巻き付けて準備完了

早速始動させ、さっさと最高速にまでスピードを加速させる。

少しは気晴らしが出来そうな気がする。

 

だけど、今回の一件は氷山の一角に過ぎないらしい。

 

社長夫人が、どこで俺のフルネームを知ったのか、殺意を向けてくる理由は何なのか。

そこが未だに判明出来ていない。

 

それにイギリスを食い潰した連中が凛天使と繋がっていたり、そのまま姿を消していたりもする。

持ち去った大金の行方と用途も気になる。

 

そして日本政府が連行した筈のメンバーも姿を消した以上は、こちらも警戒しないといけない。

 

それに織斑と篠ノ之の件もそうだ。

殆ど初対面だったシャルロットに事実無根の噂話を吹き込んでこちらにまた手出しをしてきた。

間接的にではあるが、デュノア社長夫人の片棒を担ぐ形で俺の殺害に加担した事になる……のか?

これでアイツに何の利益になるのかサッパリ判らない。

俺に危害を加えようとしたらメルクだって確実に動くだろうし、イタリアも動くだろう。

これでも奴に利益が生じるとは思えないし…何が目的だよアイツは…?

 

「問題解決どころか、増えてないか…?」

 

「何か決定的な解決手段が見つかれば良いですね…」

 

そうでもしないと、こっちの身がもたないぞ。

考えるだけでも面倒になってきた、この事は専門の人に投げつけてしまえ。

こっちは折角気晴らしにプロイエットで走っているんだ、辛気臭くなるような事なんて考えてられるか。

 

「今だけは何も考えずにいよう…」

 

あーあ、どうするべきか

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

翌朝、SHRの時間が近付いているのに、私の隣の席は未だに空っぽだった。

昨日の放課後、暗器を屑鉄にし、毒物を海に投げ棄てさせた後に別れ、シャルロットの姿は見ていない。

悪い方面に話が流れ着いたわけでもなく、結局の所でドイツが身柄引き受けをする型で落ち着いている。

面倒な手続きが沢山在っただろうけど、まだ続いているとか?

 

「さあ、ホームルームを始めるわよ、全員着席なさい!」

 

担任の先生が手を叩きながら、クラスの全員を促し、着席させていく。

ボヤキながらも皆が着席していくけど、私の隣は相変わらず空席のまま。

 

「出席は…全員揃っているわね。

ハミルトンさん、眠いのは判るけど居眠りしないように!

今朝のホームルームでは皆に幾つかお知らせが在るから、ちゃんと聞きなさい。

では、まず一つ目の知らせは…」

 

それからは退屈なホームルーム、と言うわけでもなく、幾つもの連絡が始まった。

 

ウェイルへの風評被害を与える噂がデマだった事。

その噂の発端が全輝だった事。

ウェイルに暴行をしようとした篠ノ之の謹慎処分が解除され、今日から通学が再開している事。

 

「それから…えっと…。

転入生?って言っていいの、これ?

まあ、そんな感じのクラスメートが…あ、いや、増えないわね。

自分で何を言ってるのか判らないけど、そんな人が居るから、とにかく入ってきなさい!」

 

教室前方のドアが開き、入ってきたのは…昨日の放課後以来に姿を見せた…

 

「初めまして…じゃ、ないよね…。

改めまして、ドイツに移籍し、企業所属テストパイロット候補になった『シャルロット・アイリス』です。

訳あって先日まで男子生徒扱いになってましたが、実際には皆さんと同じ女性です」

 

この移り身、当然ながらクラスメイト全員が唖然としていた。

後で本人は質問責めに遭うだろうけど、クラス代表として私も間に入らないといけないんだろうかと思うと頭が痛い。

フランス出身としていたのに、今日からドイツ所属、これに関してどう説明すれば良いんだろうかと悩まされる。

 

「ウェイルに相談するべきかしら…?

いや、ウェイルじゃ流石に無理かしら?

どう対処すればいいんだか…」

 

そんな時間が許される筈もなく、無情にも時間が過ぎていく。

軽い頭痛に悩まされる最中だった。

 

「再来週に企画されている学年別トーナメントだけど、ここで重要なお知らせをするわよ!

トーナメント戦は、個人別になっていたけれど、今回はタッグマッチ制にルールの仕様変更されたわ。

申請書を各自配布するので、来週の頭までには必ず提出するように。

提出しなかった場合は、ランダムで決定されるから、そのつもりでいるように!」

 

考えるべき事がどんどん増えていく一方で、私の心はもういっぱいいっぱいだった。



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第59話 閃風 渦巻いて

その日の真夜中、私は紅茶を飲みながらモニターを睨んでいた。

ウェイ君の普段の生活は常にモニタリングしているから抜かりは無いと思う。

アリーシャ・ジョセスターフ……アーちゃんに頼まれているわけではなく、これは私の今の仕事の一環。

FIATへの技術協力は可能な範囲、作れる目処の立つものだけを設計図にして、資材の調達ルートと予算もこちらで用意しておいてあるから、企業の開発能力も右肩上がり

 

そして、ウェイ君の学生生活を守る為にも多くの事を手掛けていた。

先日までのウェイ君を扱き下ろすような噂に対しても、私は極力対処をした。

織斑 全輝(クソガキ)が根も葉もない噂を流布したとされる証拠を見つけ、それを送り付けた。

『偽物ではない』と証明されたのなら、それは『本物として扱われる』のは当然だから。

多少カメラのアングルが疑問視されるようなものでも、それは決定的な証拠として扱われる。

 

「さて、後はこっちかな」

 

私が潜伏しているイタリアは、日本に比べてマイナス8時間の時差が生じている。

モニタリングをしていれば、半ば昼夜逆転生活にもなってしまっているけど、苦痛による苦言なんて言っていられない。

 

右腕を斬り棄てた身になってから暫くは慣れない日々だったけど、今ではすっかり馴染んでしまっている。

 

残された左手でコンソールを呼び出し、もう一人のクソガキの様子を見つけ観察してみる。

懲罰房から退出していくけれど、その横顔は怒りに満ちているのが丸わかり。

 

「やっぱり、反省の一つもしてないんだね。

このまま何もしないのなら放置していても良いけど、お前はまた繰り返すつもりだろ?」

 

織斑 全輝(クソガキ)によるウェイ君の風評被害を与えた件。

愚妹(出来損ない)が起こした暴行の件。

 

それぞれに対して、私はクーちゃんを挟む形ではあるけれど、既に報復行為を処した。

イタリア政府からも、あの二人を学園から排除しろと訴えているだろうけれど、日本政府は相変わらず反応をしない。

 

「束様、ご指示通りに処理を終了しました」

 

「クーちゃん、お帰り♪それと、お疲れ様♪」

 

モニターの中にはクーちゃんが成した成果が映っている。

今回は、事が事だった為、日本政府中枢の人物を処分した。

過去の出来事に関して、誇張させてマスコミに流す。

あながち嘘偽りでもない、虚実を織り混ぜた情報を誇大させてネット上にブチ撒けてしまえば、もう止められない。

 

「さあ、どうするのかな、織斑千冬?

もう日和見なんてしていられない、お前のコネクションを剥ぎ取ってやるよ」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

今度の学年別トーナメントが個人制からタッグマッチ制度に急遽変更され、俺だけでなくメルクも驚きを隠せていなかった。

SHRが終わった直後から、タッグとしての登録をあちこちから頼まれ、『保留』と告知。

それで状況が多少落ち着いたので、昼休みはすっかり入り浸っている生徒会室にて息を休めていた。

 

「朝から疲れる…」

 

追い回されるような心配は無くなり、今は参考書を相手ににらみ合いだ。

だが、この後もどうなるか判らない以上は集中がなかなか出来ない。

 

「なんで俺なんかと組もうとする人があんなにも沢山居るんだか」

 

「先の風評被害の件についても色々と言われていましたから、その反動じゃないでしょうか?」

 

『噂の真相を見抜けなくて申し訳無い、詫びの代わりにタッグを組もう』と言う考えか?

実際問題、例の噂話に踊らされていた人は多く居ただろうが、俺はそれに対して謝罪など求めていない。

それを流布した諸悪も、何を思って犯行をしたのかすら判っていない状況だ。

奴と顔を合わせて話をするなんて精神衛生上よろしくないのでお断りだけどな。

 

「普段は授業でしか接する事が無いから、物珍しさもあると思うわよ」

 

「そんなもんですかねぇ」

 

楯無さんの意見も飛んでくるが、それは多少は判るかな。

故郷でも、ヌシを釣り上げたらオッチャン達が集まってきて騒ぐ事も多々在ったのを思い出す。

それと似たようなものかもしれない。

この例えなら理解がしやすい。

シャイニィも落ち着きなくウロウロしていたよなぁ。

 

「でも、これには別の理由も在るのよ」

 

「「別の理由?」」

 

俺とメルクの声が重なり、首を傾げる動作もピタリと一致する。

いつもの事ではあるのだが、何故か楯無さんが呆れたかのような視線を向けてくるのが気になるが、話の内容こそ今は優先してもらいたいところだ。

 

「通常授業では、基本的に1対1での対戦が多いと思った事は在るかしら?」

 

それは確かに思った事は幾度も。

 

「これは各生徒達に、機体の基本スペックを把握させる為の処置でもあるわ。

この学園は、世界でもっとも多くのコアとISが配備されていて、多くの生徒がそれを使うけれど、上限数が定められている以上、多くの生徒の要望や需要に供給が間に合っていないの。

貸出予約が殺到しているのはこの為ね」

 

なるほど。話が判りやすく、理解もしやすい。

そんな中、専用機を国家から借り受けている『専用機所持者』は多くのアドバンテージが得られる。

貸出予約をせずとも機体を使えるからな。

けど専用機所持者は、所持機以外のスペックデータを把握出来ないというデメリットも生じているか。

 

「そこで今回のトーナメントに於けるタッグ制度は、各自が今までに得られたアドバンテージを利用し、連携訓練を促す為でもあるの」

 

「今までの訓練内容の延長線上に在るものを、各自で習得させる為、ですか」

 

「そういう事よ♪」

 

二人一組でのパフォーマンスで求められるのは、互いの協力、言わば連携だ。

お互いの不得手を埋めたり、不足を補うのは当然だが、それ以上の技術を合わせ、より大胆な事も出来るかもしれない。

『1+1=2』ではなく、『1+1=2以上』を目指すのが理想的だろう。

俺の場合は、それを作り出すにはメルクと組むのが最善だ。

互いの機体には、互いの記録を共有させている。

それを参考にすれば、よりよい連携訓練も出来るだろう。

だがメルクなら、姉さんでも連携を組めるだろうけどな。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイル君が何を考えているのかは何となく判る。

タッグを組むのなら、何が必要になるのか、とか考えているのかしらね。

だけど、今回タッグマッチ制度を取り入れたのは別の理由も含まれている。

それは監視(・・)

織斑全輝と篠ノ之箒も参加するようになるだろうけど、その二人がおかしな行動をしないように監視を強化する必要がある。

そしてその二人にはペアにはさせず、他の生徒と組ませてその生徒にも監視、報告を推奨させる。

密告なんて人聞きの悪い話だけれど、あの二人には常時監視を受けている事を自覚してもらわないとね。

 

「それで、ウェイル君は誰と組むのか考えているのかしら?」

 

「私とです!」

 

ブラコンね、相変わらずこの子は。

 

「俺にはタッグの申請がウンザリする程来てますが、現在は保留してます」

 

打算前提の申請なんてそれこそお断りするのが正解でしょうね。

ウェイル君としても、そう言うのは嫌がってそうなイメージは在る。

 

「それと、トーナメントの対戦表は当日にランダムで決定されるから、誰が対戦相手になっても恨みっこ無しよ」

 

「それは勿論…」

 

「だけど、簪ちゃん相手に酷い事をしたら許さないからね♪」

 

「恨みっこ無しと言った矢先にそれですか…」

 

だってお姉ちゃんだもん、それくらい先に言っておかないとね♪

はい、そこ、ノートに書かれている文章の内容が間違ってるわよ。

ウェイル君が編入してきて以来、彼の成績は私も把握している。

彼は『劣等生だ』と自分をそう自覚しているけど、実際にはその域に居続けているわけじゃない。

自分を向上させる意欲は充分に持っているけれど、上手く形に出来ていなかったのだと察する。

その軌道を逐次修正し、向上させているのがメルクちゃんであり、家族だろうと思う。

学園の中でも、少しずつだけど、その可能性の芽は伸び、他の生徒とコミュニケーションの輪を広げている。

進級したら整備科に入る事を決めているようで、その腕前も先生達にも認められている。

この調子なら、将来的にはメルクちゃん専属の技師になれると信じられる。

 

「失礼する」

 

その言葉と一緒に扉が開かれ、入ってきたのは小さな姿。

この数日ですっかりと見慣れてしまった人物がそこに居た。

 

「やはり此処に居たか、ウェイル・ハース」

 

「ん?…ボーデヴィッヒか?」

 

ドイツ国家代表候補生、ラウラちゃんが腕組みをして仁王立ち。

何かの物真似かしら?

 

「今度、トーナメントが開かれるがタッグ制に切り替わ……」

 

「『タッグの申請』は保留にさせてくれるか?」

 

最後まで言い切るより先に切って返した。

せめて最後まで言わせてあげたら?

これって結構辛辣じゃないかしら?

 

「……理由を伺おう」

 

「その申請だけで、朝から耳一杯だからだ」

 

……本当にどれだけの数の申請が届いていたのよ…?

多分、クラスの垣根を越えていたんだと思うけれど…。

ウンザリしている様子から察するに、2組~5組までの女子生徒が殺到してた…とか?

 

「鈴ちゃんからはどうだったの?」

 

「勿論、申請は有りましたが、それも踏まえて『保留』にしてます。

それだけでなく、シャルロットからも」

 

鈴ちゃんまで…。

それにしてもウェイル君ってば人気過ぎない?

けど、中にはウェイル君をアクセサリーのように考えている人もいるでしょうから、保留にしたのは賢い判断だとおもう。

 

「で、ボーデヴィッヒさんは何故、お兄さんと組もうとしているんですか?」

 

「教官に泥を塗った男、織斑全輝を潰す為だ。

先日の悪評を流すような事をしでかし、教官に恥をかかせた。

それだけでなく、教官が立場を追いやられている理由も奴が絡んでいる可能性が高いと踏んだ。

奴を叩き潰す為に、ウェイル・ハースと組めば、奴と闘える好機が来ると考えたんだ」

 

「お前が奴を気に入らないと言うのは理解した、だが…」

 

「先程、奴を殴り倒した」

 

あら豪快…って、何やってるのよこの子は!?

 

「ならそれで気持ちを収めろよ…」

 

「本当にね…なんでそんな豪快な事を…って理由はもう言っていたわね…」

 

今年の新入生ってイレギュラー要素が多過ぎよ…。

もうやだ、ちょっと目を離したら大抵何かやらかしているんだもの…。

 

ラウラちゃんが怒りを抱えていたのは理解出来るけど、やらかした事に関しては正統性はまるでない。

ちょっと後で調べておこう、新たな国際問題に繋がらなければ良いんだけど…。

 

「ウェイル君一人を貶めるだけに裏工作をしていたようだったけど、ボロが出るのは早かったわね」

 

弾君からの情報もあったけれど、まさかの学園外部からの情報提供がされたのも私としては驚いた。

ウェイル君を貶めるための情報を流布させようとして、部屋で画策していた映像がUSBに入れられて届けられたからだった。

しかも、音声入りで。

どうにも気になるのは、撮影をしていたであろう場所が、角度と尺度を鑑みても、部屋の外側からだったこと。

彼の部屋は2階で、その窓の外には鑑賞用の樹木すら生えていない。

言わば、何もない空中からの撮影だったということになる。

それでも映像を徹底的に解析してみたけれど、捏造されたフェイクの映像ではないことだけがハッキリと証明された。

フェイクではないと証明されたのなら、それは本物の映像ということになる。

誰が何のために撮影していたのかは判らないけれど、学園内の平穏を得る為なら使えるものは使ってしまう。

そして…弾君からも新規の情報が届けられている。

それは、学園外部での何者かの手による事件。

全輝君の腰巾着をしていた人物だけでなく、その家族にすらその魔の手が伸ばされている。

そして、見て見ぬ振りをし続けていた人物にすらも。

新たに『家屋の全焼』が発生、しかも何者かによって家屋の保険の情報も抹消され、行く当ても無くなったとか。

どちらかの実家に帰るような事にでもなるかしらね。

 

おっと、思考を切り替えないと。

 

「それと、木剣を振り回す女も居たが、そちらも殴り飛ばしたが」

 

「ちょっと待て」

 

流石に聞き流せない言葉が続いてウェイル君が呻き声に近い状態で言葉を挟んできた。

うん、いまなら何を思っているのかは手に取るように判るわよ。

 

「織斑もそうだが、木剣を振り回してきた奴にも心当たりがある。

その両方共が異常なまでに俺に敵対心を向けてきているんだぞ。

煽るだけ煽りまくって、それで奴を潰すのに組めってのは、早い話が尻拭いをさせようとしか見えないぞ」

 

「………言われてみればそうだな」

 

「気付いてなかったんですか…!」

 

これはこれで問題だわ…。

あの二人、特に篠ノ之 箒に関しては命令も聞かずに危害を及ぼしてくる可能性が濃厚だわ。

 

「ボーデヴィッヒさん、問題を処理もせずに尻拭いをさせようとするその姿勢は見過ごせません。

お兄さんとはタッグを組ませません、絶対に!」

 

「む、確かにそうだな…」

 

ラウラちゃんもメルクちゃんに指摘されて諦めたらしく、声が少しだけ弱くなった。

それに比例してウェイル君は頭を抱えている。

今後はラウラちゃんと組もうものなら、巻き添えを食うことは十中八九確実でしょうね…。

現状、1-1は授業以外でのIS使用は禁止とされているから、実力云々に関しても稼働時間にしてもあまりにも大きなハンディキャップが生じている。

戦闘でラウラちゃんが負けることは無いでしょうけど、それを理由にウェイル君が巻き込まれるのは頭が痛い。

 

「問題が増えたわね…」

 

「技術者として迎え入れたい、とも思っていたんだがな」

 

「お断りだ、俺は将来をイタリアで過ごすと決めているんだ。

技術者としての勧誘なんざダメだからな」

 

「そういうわけですから、申請も加入も諦めてください」

 

なんで今年はこんなにも問題が続くのかしらね…。

 

「合同授業はあるだろうけど、それだけにしてくれ」

 

「承知した。

放課後の訓練であればコーチング程度は出来るだろうから、実力を欲するなら…」

 

「私がいますから遠慮してください!」

 

…ラウラちゃんはウェイル君を気に入っているの?

それとも別の要因か何か?できることならこれ以上の問題を起こさないで…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

夜になれば寮の屋上に来て夜の海を眺める。

最近はそれが日課になっているような気がした。

昼日中は監視と、冷たい視線に晒され心が落ち着く暇もなかった。

だからだろうか、心を落ち着けたいからと屋上に来るようになってしまったのは。

 

「…何の用だ、ボーデヴィッヒ」

 

寮内へと続く階段を上がってきた足音の主に声をかける。

ボーデヴィッヒの視線を感じながら、私は振り返ることもせずに語り掛ける。

 

「今日は、教えてもらえますか?

教官が抱えている秘密を」

 

「話せん」

 

「では、言えない理由は何なのですか!?

教官は卑怯だ!貴女自身は動こうともせず、私すらも手駒にして目的を果たそうとするなど!

私は…ラウラ・ボーデヴィッヒは貴女の人形ではない!」

 

叫びが夜闇に響き渡った。

その咆哮は悲痛なものだった、だがそうさせてしまったのは他ならぬ私自身だ。

私が動けないから(・・・・・・)、ボーデヴィッヒを操ったのは確かな話であり、弁解の余地など無い。

 

「人を謀り!人の思いを踏み躙り!自分の目的を果たそうとする!

貴方がやったことは、そういう事だ!教官!貴女はなぜそんな事をしたんですか!」

 

「そこまでにしなさい、ラウラちゃん」

 

新たな声が聞こえた。

更識楯無、おまえか。

真耶に続き、お前も盗み聞きをしていたか。

 

「ラウラちゃんはなぜそこまで気にしているのかしら?」

 

「…あの人が、私の知らない誰かに見えてしまうからだ。

ドイツで私を導いてくれた人物とは思えない、誰かに…」

 

弱くなったと言われても言い訳はできないな。

確かに、私はあの頃に比べれば他人のようにも見えてしまうことだろう。

否定は出来ない。

 

「家族を語る人物に憎悪したのも確かだ。

その実物を見てしまえば、殊更に。

そして、その愚物が起こし続ける事に対しても放置していることすら許しがたかった。

何より許せなかったのは、あれだけ尊敬し、憧れ続けていた私を言葉巧みに操って手駒にしていた事だ!」

 

「それに関して織斑先生の見解はどうなんですか?

ウェイル君を貶めようとしていた全輝君と同じことをしていた訳ですが?」

 

「言い方を考えろ、更識」

 

「あら?何か間違いが?」

 

金網を掴み、揺れる心を無理やりにでも落ち着かせようとするが、一度荒れ始めてしまった心は荒波のように揺れ続ける。

白髪の少年…あいつは私の弟、織斑一夏だ。

今でもそう信じ、疑わない。

確たる証拠などない、その張本人からは嫌悪されている。

会いたくないとまで言われてしまっている。

言葉をかける事すらできない今の状況がもどかしい。

 

「多くの人からすれば、貴女は特別な人間です。

そこには何の間違いもありません。

ですけど、世界にとって(・・・・・・)貴女は特別な人間なんかじゃありません。

いえ、特別な人間なんて誰も居ません、誰かの思いを踏み躙り、自分の願いだけを叶えてもいい権利なんて無いんですよ。

剰え、貴女はその為に、貴女に憧れた人を裏切った」

 

「…判っている」

 

「信用を失うのは一瞬、築き上げるのは至難の業だと思ったほうが良いですよ。

ましてや、そんなことをすればもう二度と、信頼なんてされないのだという事も…」

 

そこまで言って更識はボーデヴィッヒを連れて行くのが足音で判った。

言いたい放題言われ、私は何一つ言い返す事など出来なかった。

なにもかも正論で、付け入るスキなどない冷たい言葉が、そのすべてが私の心に突き刺さり続ける。

 

「お前たちに判るわけ無いだろう、何年も経ち、希望が現れたともなれば、どう思うのかが…。

失った希望が…手の届く場所に居るのに、触れられないもどかしさなど…!」

 

取り戻したいんだ…!

6年前に失った、家族を…!



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第60話 刃風 月を見上げて

『.hack//G.U.』 ハセヲ
『BLEACH』 吉良 イヅル
『テイルズ オブ グレイセス』 アスベル・ラント
『テイルズ オブ レジェンディア』 ワルター
『フェイト グランドオーダー』 アーサーペンドラゴン マーリン
『鬼滅の刃』 富岡義勇
以上の役を演じていた櫻井氏が先月末、所属していた事務所から去られたそうです。
氏がプライベートで行っていた行為に関しては非が在るのは確かですが、態々公にせずに本人達だけの話として済ませればよかったのに、なぜこうも報道誌は公にしてしまうのでしょうか。

個人的には櫻井氏には、今後も声優業を続けていってほしいと思っています。


「くっそ…!」

 

その少年は、頬に出来てしまった痣に手をあてる。

教室で幼馴染みの少女と談笑をしていた最中、その者は姿を現した。

左目を眼帯で覆った銀髪の小さな少女だった。

名前は知っている。

欧州、ドイツからやってきたと言われている国家代表候補生だと。

だがクラスはこことは正反対だったと思い出す。

 

「貴様が、織斑全輝だな」

 

鋭い視線を突き刺してくる。

だが、小柄なその体躯故にか、見上げてくる姿勢となり、睨んできていてもさして脅威にも感じなかった。

だが、それが悪手だった。

相手が生粋の軍人であることまでは把握出来ていなかったのだから。

 

「ああ、そうー」

 

だ、とまでは言い切れなかった。

もとより言わせるつもりも無かったのだろう。

 

ドスゥッ!

 

鳩尾に突き刺さる手刀が続く言葉を断ち切る。

前触れも無く襲う激痛に声もあげられずに姿勢が傾く。

その刹那、左頬に激痛が走り、首が捻れるような衝撃。

首の痛みをも無視するかの如く拳は振り抜かれ、少年…織斑全輝の体は吹き飛ばされる。

首に続け、背中に鈍痛が襲ってくる。

他の生徒の机を巻き込んだわけではなく、殴り飛ばされた挙げ句、背中から床へ叩き付けられた事によるものだった。

だが、受身もとれずに背中を打ち付け、肺の中の酸素を全て吐き出し、声もあげられず、呼吸すらまともに出来ない。

そんな中で出来る事など、精々が視線を少女に向ける程度の事だった。

 

「どうやら貴様が事の発端のようだな」

 

「な、なん…の…」

 

少女、ラウラが睥睨してくる。

仰向けに倒れる自分を見下ろしてくるのが心底気に入らない、そう思っても、碌に体が動かず見上げるしかない。

その状況にすら忌々しさを隠せていなかった。

見下ろされるなど我慢ならない、見下されるなどもっての他。

今までそう思い続けていたからこそ、冷淡な視線に、憎悪を煮えたぎらせて返す。

 

「貴様の振る舞いの全てが、あの人を…織斑教官を曇らせた。

だが、それだけではない………貴様もだ!」

 

ラウラの脳天に振り下ろされる木刀。

 

バシィッ!

 

それを握る腕を振り向き様に掴みとり、派手な音が鳴る。

 

「は、離せ!よくも全輝をぉっ!

ただで済むと思うなぁっ!」

 

「…威勢だけで何が出来る」

 

掴む腕を引き寄せ、姿勢を崩させる。

振り下ろそうとしていたその勢いを利用され、前傾姿勢へと陥る。

その瞬間には…喉元に冷たい刃が突き付けられていた。

 

「…所詮、姑息な手を使う程度でしかないようだな。

だが、それが通じるのは自身よりも弱い相手だけだ。

それを見抜けぬようでは、貴様ら…相手とは真っ向から立ち向かう事を避け続けていたのだろう?」

 

「…ッ!」

 

二人揃って押し黙る。

全輝は、相手の立場を失墜させ、精神的に追い込み、弱らせ続けた。

時に数の暴力を使いながらも、自分の手だけは汚さずにいた。

見下ろし、見下し、苦しませる事を楽しみ続けた。

 

箒は、問答無用の暴力だけを振るい続けた。

その相手は、弁論では決して叶わぬ相手が殆どだ。

仮に、腕が立つ相手だったとしても、応戦出来ない状況を待ってから襲った。

暴力の前に言葉など無意味だと知ったから。

 

早い話、相手が自分と対等以上の状況で立ち向かう事だけは避け続けていた。

それが二人の本性だった。

 

「だ、だから何だ!?」

 

「認めたな」

 

僅かな言葉で、僅かな時間でそれを見抜く。

 

「私の姉は…」

 

「『篠ノ之束だ』と言いたいのだろう?

そんな脅しは通用すると思うな。

そもそもその張本人が貴様に助力した事が在ったか?」

 

無い。

ただの一度もだ。

記憶の中に在る姉は、妹である自身よりも、弱々しい一夏を優先し続けた。

比護を与えられていたのは自分ではなく、常に一夏だった。

 

「…うるさいぃっ!」

 

「ふんっ!」

 

腹部に拳が突き刺さる。

軍隊格闘のそれではなく、ただただ真正面から繰り出された正拳だった。

声も無く蹲る姿を一瞥し、彼女は教室から立ち去る。

そして最後に…

 

「あの人の事は尊敬していたがな、だが織斑千冬教官を曇らせ、今の状況に追いやったのは貴様等だ。

これ以上、教官を苦しませたくないのなら、妙な動きをしない事だな」

 

「…何の話だよ…!」

 

全輝がフラフラと立ち上がろうとする。

だが、それにすら視線を向けず、ラウラは教室から足早に立ち去った。

廊下に出れば、騒ぎを聞き付けたのか生徒が集まっていた。

視線を受けながらも構わずに突き進む。

 

「ボーデヴィッヒ、お前は何を…」

 

かつては尊敬し、憧れた人もその中に居た。

だが、ラウラはその彼女の視線に気付きながらもそれを無視した。

この時にはまだ、織斑千冬に対しての気持ちに整理が着くまで然程時間はかからないだろう。

だから、存在そのもの(・・・・・・)を無視しようと目をそらす。

『憧憬』も『尊敬』も『憎悪』もそこには無い。

ただの『景色の一部』としか映っていなかった。

 

あれから一晩経った。

ラウラは部屋のベランダから月を見上げていた。

想いも迷いも断ち切った。

もう憧れすら、一片も残っていなかった。

 

「私が憧れた人は…もう、死んでしまったんだ…」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「…フワァ…良く寝た…」

 

起き抜けに大きな欠伸をして、目元を軽く揉む。

首を傾ければゴキゴキと不健康な音。

隣を視線に向けてみるが…あれ、メルクの姿が無い。

耳を澄ませてみればシャワーの音が聴こえてくる。

どうやら朝からシャワーを浴びているらしい。

 

なら、俺はコーンスープでも作っておこう。

とは言え、この後には早朝訓練が待っているから、簡単にインスタントのものだ。

 

「ポットにお湯は…たっぷり有るな」

 

サッサと寝間着からISスーツと制服に着替えておく。

それからマグカップにパウダーを投入し、熱湯を注ぎ込む。

これだけでも甘い香りが広がってくる。

朝にはやっぱりこれが良いよな。

 

「おはようございます、お兄さん」

 

「ああ、おはようメルク」

 

シャワーを浴びて出てきたメルクは朝からニコニコとしている。

タッグを組む…という話は未だに保留中なんだが、メルクは…実は組むのを大前提にして考えてたりして…まさかな。

保留にしてるのはメルクも理解してる筈だろうからな。

訓練するのは考えているらしく、ISスーツも着用済だ。

マグカップの中身は熱いままだが極力サッサと飲み干す。

空っぽになったマグカップを洗い、鞄を引っ提げ、ドアを開け…

 

「待ちわびたぞ、ウェイル・ハース」

 

ラウラが再びそこに仁王立ちしていた。

早朝訓練に行くことは…話をしてしまったか?

こんな早朝から何の用件だろうか。

興味はあるが、正直聞きたくない。

 

「で、早朝から何の用件でしょうか?」

 

「保留にされていた話の続きをしに来た」

 

「……素直なのは結構だが、言った筈だ。

『当面保留にする』とな」

 

だが期限は今週末だから、いつまでも放置していたらランダムで決められてしまうだろう。

その流れで織斑や篠ノ之と組まされようものなら、俺はそのタイミングで棄権を宣言する所存だ。

試作兵装の試験稼働は…最悪、メルクでも問題は無いだろう。

そうでなくとも、早朝訓練や、夜間訓練でも使い続けているから、データ的にも然程問題にはならない筈だ。

 

「…いつまで保留にするつもりだ。

当てになる者……と言うより頼りになる者や、信用出来る者は居るのか?」

 

人脈、と言えば大袈裟だが、多少は人同士の繋がりは出来ている…つもりだ。

クラスの皆とも再び交友関係は築き直し、他クラスの生徒とも会話程度は出来るようにもなった。

信頼とまでは言えないかもしれないが、それでも充分だとは思っている。

 

「その点については問題は…うん、無いな。

後は正式な届けを出すだけだが…誰にすべきか」

 

左手を握ってくるメルクの力が強くなってきているな…。

無言の自己主張はやめなさい。

 

「ウェイルはどんな戦術を扱っているのだ?」

 

「近接戦闘は槍、中遠距離はライフル、そんな感じだ」

 

かなり大雑把な説明だが、嘘を言っているわけでもない。

実際にはそんな感じにしているからな。

とは言え、本来のスタイルではそこにプラスαが追加されているわけだが、トーナメント当日までは公開しない予定にしている。

それと、試作段階の弾丸『暴君(カリギュラ)』も極力伏せておこう。

 

「では、私達はこちらのアリーナを使う予定ですから、ではまた」

 

メルクが俺の手だけでなく腕まで掴んで引っ張ろうとする。

どこに、そんな力が在るんだ、お前は。

ラウラは…あ、やっぱりついてきてる。

 

「朝から騒々しいわね、アンタ達は」

 

早朝からこの騒ぎを聞き付けたのか、階段前にて鈴にも遭遇した。

なかなかに近所迷惑だろうな、これは。

しかし、だ

 

「望んでこうなったわけじゃない」

 

望んでやってたらそれこそ大問題だろうがな。

 

「ラウラ、授業以外での合同訓練は暫く控えときなさいよ。

正式にタッグを組むのが決まったわけじゃないでしょ?」

 

「しかし…」

 

「そういう訳だ。

それに、企業代表故の機密事項も抱えている身だから、尚更出来ないんだ」

 

「………やむを得んか」

 

ここまで言ってようやく折れてくれた。

実際、先日のシャルロット相手に『アウル』も使ってしまったし、その方面でも警戒はされてると思う。

トーナメントまで秘匿とは言ったからには、これ以上は使わずにいるべきだ。

 

「ならラウラ」

 

「む、なんだ?」

 

「組むのなら、シャルロットと組んでやってくれないか?」

 

これには俺なりの考えがある。

現代に於いて『フランス人だから』と言うだけだ蔑如される。

こと今回になっては、シャルロットは性別詐称をしていたから、なおのこと周囲から避けられるかもしれない。

国籍をドイツに移籍させても然程変わらないかもしれない。

だったら、一応は同国の所属者同士で組んだ方が良いかもしれないと思ったからだ。

孤独な時間というのは虚しく、人が恋しくなる。

長い病院生活をしていたから、毎日の夜が寂しかったからそれが理解出来る。

一緒に居てくれる誰かを、誰もが求めている筈だ。

 

「…移籍させたとしても、念のため監視が必要になるか。

ではシャルロットと交渉しておこう」

 

…あれ?一人で勝手に納得して、決断までしてるな?

…まあ、いいか。

 

「暗器や毒物は全て処理はしたが、それでも警戒は必要になるのも確かだ。

では早速行ってこよう」

 

そしてアリーナ前から再び学生寮へと再び駆けていった。

 

「で、あんな風に解釈してたけど、アンタもそういう事を考えてたの?」

 

「……いや、違う。

別の理由を考えてた」

 

メルクも鈴も妙な視線を俺に突き刺してくる。

ちょっと辛いぞ…。

ええい、別の方向で考え事をして誤魔化そう。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイルと接するようになったのは、クラス対抗戦の時からだった。

ウェイルが一夏ではないのかと思っていたからだったけど、その予想が確信にはなかなか変わってくれない。

私が彼と接する際には、必ずと言って良いほどにメルクが間に割り込んでくる。

このメルクが凄まじく手強く、なんのかんのと受け流す事で、私の疑問をなかなか直接ぶつける事が出来ない。

 

「ウェイルの所にはタッグの申請がどれだけ来てるのよ?」

 

「2組から5組までの生徒、その半分だからえっと…」

 

「80人程、ですね」

 

多すぎじゃない?

例の噂が払拭できてからというものの、ウェイルの株価はそれこそ右肩上がり。

と言えば聞こえは良いけれど、実際には周囲の人間が掌を返したというだけ。

それもクルクルと回り続ける風車のように。

こういう人間はいけ好かない。

日和見で強い側についてさえいれば、自分たちに損はないと思い込み、なんだってやるような連中。

その類の人間を私は嫌というほど見てきたから。

 

「けど、この殆どは断るつもりだよ。

俺をアクセサリーのように見ている人とは上手くやっていける自信が無いからな」

 

「ですけどお兄さん、私と組むとも言ってくれてないですよね?」

 

「アンタは本当にブラコンねぇ…。

今回のタッグマッチ制度は、普段はやっていない連携を前提にした訓練でもあるのよ?

『特定個人の誰かとだけなら連携可能』じゃ話にならないのよ。

『普段は組まない誰か』だから連携訓練にはもってこいなんだから」

 

ブラコンもここまで拗らせると病気なんじゃないかと思ってしまう。

それほどまでにメルクは普段からウェイルにベットリよね…。

 

「そういえば1組の生徒からは申請書が届いてないんだよな」

 

「その1組の生徒ですが、1組の中だけでタッグを決めるそうですよ」

 

「ある生徒による問題行動が続出していたから、その応急処置替わりらしいわよ。

早い話がクラス内での連帯責任って事ね。

それとついでに密告推奨ってところかしら」

 

二人は「疑問が増えた」と言って風に首を揃えて傾げている。

相変わらずの反応にちょっとイラッとするけど飲み込む。

 

「例の二人が何かしようとしてるのを見つけたら、それを教師陣に報告してしまえって事よ。

本音から聞いた話だけど、あの馬鹿共でのタッグは組ませないらしいわ」

 

「信用無いですね、その二人というのは」

 

メルクは容赦が無いわね…、バッサリと切り捨てた…。

ウェイルはそんなメルクの様子に苦笑いしてるだけだし…。

 

「で、ウェイルは私と組む?」

 

「私とです!」

 

「…企業の試作兵装も使ってるだけじゃなく、俺の本来のスタイル(・・・・・・・)を使用するから、口の堅い相手でないとな…」

 

ウェイルの本来のスタイルと聞けば俄然興味が出てくる。

私との対戦時や、授業中の訓練でも使ってなかったとでも言いたげな言葉に好奇心もわいてくる。

 

「まさか、早朝訓練や夜間訓練をしてるのって…」

 

「ああ、見られないように、使っていなかった間に感覚を鈍らないようにするためだ」

 

…一夏との共通点が一つ見えた気がした。

あの日、勉強机の中に並んでいたノート、その中にビッシリと書かれ続けていた文字列を。

そして、ウェイルも、多くの人の目に映らない(・・・・・・)形で努力を続けていた。

思わぬ形での発見に、少しの間だけ…息が出来なかった。

 

「じゃあ、私達はこれで」

 

「え、あ、うん…」

 

呆然としてしまった私を置いて、二人はアリーナへの中へと姿を消した。

それを見送りながらも、私は再び思考を巡らせる。

一夏とウェイルの共通点を。

『年齢が同じ』

でも誕生日は?

一夏の誕生日は9月26日だったけど、ウェイルは…楯無さんからもらった情報では12月1日だった。

 

『ISが稼働可能』

これは全輝が稼働可能だったことが判明した後に、イタリアで発掘されたというもの。

これに関しては可能性があると考えられる。

 

『利き手が左』

一夏の場合は右腕を骨折したからという理由で利き腕を変える必要があったから身に着けようとした技術だった。

ウェイルは…ペンを握るのも左手だった。

ここも共通だった。

 

『釣りが好き』

一夏も休みの日には釣り堀店に行っていたのは私も確認済み。

 

思い返せば共通していながら見逃してしまっていた点も在ったかもしれない。

 

「…可能性はある、か…!」

 

完全な他人ではない。

その可能性が再認識出来ただけでも、この学園に来た甲斐が在ったとようやく思えてきた。

なら、今後もウェイルと接し続けよう、そうすれば確実に何かを掴めるだろうから。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

早朝にコーヒーを飲むのは、成人してからの私の日常になった。

眠気覚ましになるのは当然だが、心が落ち着くからというのが1番の理由になりつつある。

後輩の真耶はカフェオレを嗜んでいるようだが、アイツは子供舌が抜けきっていないのかもしれない。

ベランダから階下を見れば、数人の生徒がアリーナへと向かって歩いていく姿が見受けられる。

 

「あれは…ハース兄妹、それに凰か」

 

私を毛嫌いしている三人が肩を並べて歩いて行く。

確か、早朝訓練の為にアリーナを貸し切りにしていたのを思い出す。

その様子を観に行きたいが、接触・干渉禁止の命令が私の動きを妨害し続けている。

ウェイル・ハースが編入してきて以降、会話の一つも出来ていないのはそれが理由だ。

 

本音を言ってしまえば、今すぐにでも話をしに行きたい。

「ウェイル・ハースは私の弟である『織斑一夏』だ」と叫んで連れ戻したい。

もう一度、姉弟として、やり直したい。

あの頃に戻りたい、本心からそう思う。

全輝も本心ではそう思っている筈だ!

そして一夏もそう思っている筈だ!

 

「だが…」

 

下された命令には私とて背けない。

実質、私が担当しているクラスでは、全輝と箒が、あの兄妹に危害を加え続け、その都度処分されている。

今でさえ国際問題を起こし続け、解決手段すら見えてこないと言うのに…。

 

全輝の事が解らなくなってきてしまっていた。

何故、ありもしない話を噂として流布したのか。

何故、兄弟でいがみ合うような事を続けるのか。

何故、血肉だけでなく魂までを分けあって生まれた家族なのに、歩み寄れないのか。

 

「あいつは…ウェイル・ハースなどという他人ではない。

私達の弟、織斑一夏だ。

なのに、何故………?」

 

もう幾度となく繰り返す『何故』という言葉は回数を増やす度に空虚さを増していく。

前触れも無く失い、唐突に現れた本人を前に、触れ合えないどころか言葉を交わす事も出来ずにいる。

 

「いや、家族なんだ…時と経験を重ねればいつかは…あの時のような日々を取り戻せる筈だ…」

 

ふと、昔を思い返してみる。

家族として過ごしてきた日々を…。

全輝は昔から多くの物事を早期に習得していたが、一夏はそそっかしい弟だったと思う。

普段からあちこちで怪我をし、最終的には腕を骨折するまでに至った。

私と言葉を交わす事が少なくなったのは、その少し後だった気がする。

 

「柳韻さんとも言葉を交わす事が無くなったのもあの時期だったか…」

 

箒の父親でもあり、剣道の師でもあったあの人を思い出す。

別れの日にも言葉を交わしてくれず、無言を貫いたまま姿を消してしまった。

だが今でも柳韻さんの電話番号を覚えている。

近い内に話を伺ってみようか。



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第61話 頼風 手を組んで

岡山イオンモールで開催されていたBLEACH展に行ってきました。
いやはや、連載していた頃から立ち読みとコミックスを揃えたりとしていた頃が懐かしい。
SEEDとBLEACHは青春だ!


放課後の訓練と夕食を終え、学生寮へ。

この学園に編入してきてからウンザリする程に通い慣れた道程だが、夕暮れの時間も終わり、星空が姿を見せ始めている。

教室で陽射しを浴びながらのうたた寝とかも今では難しいだろうし、だが授業中にそんな事をしでかそうものならお説教がセットでついてくるだろう。

そんな事を考えながら学生寮の下駄箱を開くと…

 

「…マジか…」

 

バサバサと音をたてながらこぼれ落ちてくる紙の束。

その全てがタッグの申請書だ。

保留にし続けているのが祟ったか、嫌でも目に入る場所に黙って申請書を放り込んできたようだ。

 

「これをしてきた人はなかなかの策士だな」

 

「そんな訳ないでしょ」

 

鈴のツッコミと共に冷ややかな視線が突き刺さる。

呆れているのか、それとも哀れんでいるのかは微妙な所だ。

深く問おうものなら、体感温度が下がりそうだから辞めておく。

 

「誰と組むのか決めたの?」

 

「私とです!」

 

ここぞとばかりにメルクが叫ぶが…

 

「ギリギリまで考えておきたいんだけどな…」

 

「そんな事を言ってたら、ランダムで割り振られるわよ?」

 

そうなんだよなぁ。

実際、ラウラはシャルロットとタッグを結成し、連携訓練を進めている。

簪は、それこそクラスメートの一般生徒と結成している。

専用機所持者で残っているのは、俺達三人だ。

1組の織斑は…それこそクラスメートと組むだろうし、奴とは組みたくないので論外。

ともなれば、鈴、メルク、俺の三人はどうなっているかと言うと…この現状だ。

何故か、メルクと鈴が、俺を巡って火花を散らしている。

笑顔を見せているのに、間に挟まれると体感温度が下がるような気までしてくる始末。

俺が引こうにも、クラスメートの皆はニヤニヤと生暖かい視線を送ってくるので、気が気じゃない。

クラスメートがそれを見て

 

クラスメートその1

「兄妹で組んだら?」

 

クラスメートその2

「兄妹で組まれたらコンビネーションが恐ろしいから組むのは止めて」

 

クラスメートその3

「決まりきった連携じゃ本人も面白くないだろうから、他の人と組んでみたら?」

 

クラスメートその4

「いいぞ、もっとやれ」

 

最早言いたい放題だった。

最後の奴は顔を覚えたからな、トーナメントで対戦するようになったら覚えてろよ…!

だがまあ、いつまでも後回しにしていたら問題にもなるだろう。

それでも簡単に決めるのも難しい。

 

「それで悩んでるわけね…」

 

翌朝、早朝訓練後の機体整備を終えて廊下を歩いていて出会ったのは、アメリカ出身の一般生徒、『ティナ・ハミルトン』だった。

鈴のルームメイト兼クラスメイトらしいが、近くの整備室を使っていたらしい。

メルクは…まだシャワールームに入っていて帰ってきていない。

普段からメルクと一緒に居るから、こうやって一人で過ごす時間は自分としても珍しいとは思う。

 

「うちの鈴もね、『ウェイルと組みたい』って言って申請書を机の上にほったらかし。

それでもウェイル君は長考続けているから堂々巡りなのよ」

 

「それは…間接的にだが申し訳ない」

 

長考は…時に人に迷惑を与えてしまうらしい。

これは考え直さないとな…

 

「詫び言葉は良いから、そう思うのなら私とタッグ組んで?」

 

なんつー変化球だろうか、思わぬ形で申請が来たと思ったら目の前に申請書を突き付けられた。

実は狙ってた?策士だな。

 

「俺と組んだら鈴に文句や苦情だとか愚痴を言われないか?」

 

「日常よ。

部屋でのプライベートの会話はウェイル君の事ばっかり」

 

ここまで言われたら頭を下げるしかなかった。

日本だったら『ドゲザ』とか呼ばれるものをしてでも謝るらしいが…。

だが、鈴がプライベートでは俺の話ばかりしているというのは、嬉しいような、それでいて恥ずかしいような…。

 

「…ハミルトンさんから見れば、鈴ってどんな人なんだ?」

 

この際だ、興味を持ったからには色々と訊いてみておきたい。

少しばかり踏み込んでみようか。

 

「『努力の人』、かしらね。

時には鋭い直感や、感覚で語る場合もあるけど、そこまで掴めるようにするには並大抵じゃない努力も必要よ。

その感覚で語る所は…教えるのが下手って事になるかしら」

 

自分以外の第三者視点で人を見てみると新しい側面も見えてくるな…。

ふむ、実に興味深い話だ。

 

「それと、私を呼ぶ時には『ティナ』で良いから」

 

彼女と話すのは、これが殆ど初めてなのだが…ここまでフレンドリーなのは驚かされる。

初対面でファーストネーム呼びも了承って、良いのか?

本人が言うのなら良いのかもしれないが。

 

「で、タッグの件は了承してくれるかな?」

 

「俺の技量は素人に若干色が着いた程度だ、優勝出来ない可能性が高いと思うが、良いのか?」

 

「それは…勿論。

その分、しっかりと実績データを企業や国に出すつもりだからね♪」

 

本人としては将来的に国家代表候補を狙っているのかもしれない。

そこまで行かずとも、企業所属だろうか?

そんな考えが浮かんでくるが、そのまま突き付けられたタッグの申請書を受けとる。

ティナのサインは済んでいるらしく、搭乗する予定の機体は学園に配備されている『大旋嵐(テンペスタII)』らしい。

兵装は銃火器が多い。

アサルトライフルにサブマシンガン、近接戦闘兵装は片手持ちの直剣型ブレードを使用し、予備として同じ物を数振り持ち合わせると記されている。

今まで申請書を大量に受け取ってきたが、ここまで明確に記していたのは、メルクと鈴だけだった。

これはこれで分かりやすい。

 

(実体シールド)は使わないのか?」

 

「何を言ってるのよ、大旋嵐(テンペスタII)は機動力による回避と翻弄が主体なんだから、(実体シールド)なんて枷にしかならないでしょ?」

 

機体に対しての理解も深い。

正直これは好印象だ、後の連携訓練も捗りそうな気がする。

 

「ウェイル君は(ランス)を主に使用しているみたいだから、後方火力支援も出来るし、鈴には劣るけど近接白兵戦だって応じられるわよ?」

 

俺の事も調べているらしい。

…ここまで好印象を持てる相手はなかなか居ない。

うん、これは申請書を預かっておこう。

 

「じゃあそろそろ撤収するから、明日にでも返答を訊かせてね♪」

 

「ああ、考えとく」

 

「それは考えない人の常套句!」

 

え、そうなのか?

日本語って難しいなぁ…。

メルクがシャワールームから戻ってきた頃には、ティナも学生寮へと帰っていった。

時間を見れば朝食時だ。

 

「お兄さん、何を持ってるんですか?」

 

「申請書だよ、つい先程受け取ったばかりのな」

 

そう答えると不満げな表情を見せてくる。

もうこれが何通目になるのか数えるのとウンザリしている事だろう。

中には一人で複数回渡している人も居る筈だ。

学園の印刷機は今日も酷使されているに違いない、近い内に印刷機の修理を頼まれるかもしれないな。

 

「メルクは、俺以外で組める相手は居るのか?」

 

「お兄さん以外…ですか?

クラスの誰か、とかになるかと思いますね。

手の内を全て出したわけじゃないですけど、連携を優先すれば、ですけど。

クラス外だと……鈴さん、くらいかな…」

 

なるほどな、確かに近接白兵戦で深く理解出来ているのは鈴になるか…。

よし、決めた。

俺も交友範囲を拡げておきたいし、他クラスの人とも連携が出来るようにしておきたい。

何か起きてしまうよりも前に、技術を身につけておかないとな。

 

「なあメルク、俺が他のクラスの人と組んでみたいと言ったら、メルクはどうする?」

 

「…やっぱり寂しいです。

私も我が儘を言えば、お兄さんと組みたいですけど、お兄さんが熟考して出した答えなら…」

 

認めてくれるらしい。

クラス対抗戦の時もそうだったが、俺が近くに居ないのは辛いらしい。

それでも、俺の意思を尊重してくれるあたり、メルクはとても優しい子だ。

 

「お兄さんがタッグを組もうと考えているのは、先程申請書を渡してきた方ですか?」

 

「ああ、アメリカ出身の生徒で、鈴のルームメイトだそうだ。

名前は『ティナ・ハミルトン』、クラスは2組だよ」

 

彼女から受け取った申請書を見せてみる。

使用する機体に、搭載予定の兵装まで緻密にぎっしりと記されているのも把握したのか、感心しているようだ。

 

「お兄さんから見たら、ハミルトンさんをどう思いますか?」

 

「ここまで詳細を記してくれた人は居ないからな。

その点については好印象だな、兵装から見るに機動力と射撃による火力支援を主体としてる印象だな」

 

「そういう意味で訊いたわけじゃないんですけど……」

 

……?はて、では、どういう意味合いだったのやら?

だが、技師を志す者として言わせてもらうのなら、こんな感じに詳細を記してくれるのは素直にありがたい。

整備もやりやすくなるからな。

 

「でも、それならそれで私からもお願いがあります!」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「……はぁっ!?ウェイルに申請書を預けてきたぁっ!?」

 

昼休みになってからティナが食堂で爆弾発言し、私は大声を出してしまった。

当のティナは顔をニヤニヤさせながらカルボナーラを優雅に食べている、その様子にカチンとくるけど無理矢理に押さえ込む。

私だってウェイルに「タッグを組んでほしい」と言った件についてはティナに伝えているのに、なんで横入りしてんのよ!?

選択権はウェイルにあるけど、今更そこに突っ込んでこなくてもいいでしょう!?

 

「預けただけよ、サインしてくれるかはウェイル君次第。

そこに関しては鈴と足並みは同じでしょ?」

 

「わ、私は…!」

 

……思えば申請書は自室に置きっぱなしだったわね。

その点で考慮すれば、一歩出遅れた。

こうなったら今からでもウェイルにサインを貰いに行くべきかしらね。

 

「アンタはウェイルをアクセサリーみたいに考えてないでしょうね?」

 

「そんな考えは無いわよ。

私はこれでもダリル先輩に次ぐ代表候補生を狙っているんだもの、多くの人と交友関係を持って、連携なんかも上達しておきたいのよ」

 

少なくとも、邪心は感じられない。

でも、メルクは承知するのかしら?

度を超えたブラコンのメルクなら……ウェイルの要望にも応えそうな気がしてきた。

 

「あ、でも籠絡してみるのも面白そうかも?」

 

腕を組んで見せ付けてくるルームメイトに殺意が沸いたのはこれが初めてじゃない。

コイツ、良い性格してるのよね。

部屋のシャワールームを使った後は、暫くの間、バスタオル一枚で過ごしてたりとか平然としてるし。

プロポーションについてはモデル顔負けのスタイルでバストも規格外だからね…!

正直、同い年だとか疑いたくなる。

 

「アンタ、そろそろサンドバッグにするわよ…?」

 

「……まあ、冗談は置いときましょうか」

 

冗談であってほしい。

そう思いながら天津飯を掻き込む。

ウェイルにそういうハニトラが通じるとか思うと少し怖いし。

 

「ウェイル君がサインしてくれると良いなぁ。

鈴は他に誰か頼れる人は居るの?」

 

「少なからず、ね」

 

こうなったら駄目元でメルクにも頼んでみよう。

しっかし、多くの女子生徒の誘いに乗らなかったのに、ティナが一度の誘いで応じるとかどうなってんだか。

 

「1組も今回のイベントには参加してるけど、誰も勝ち残れないでしょうね」

 

「知ってる、『授業以外でのISの使用禁止』が課せられて、更には『1組以外の生徒とのタッグを禁止』でしょ?」

 

全輝と篠ノ之による問題行動の乱発によって、学園教職員での裁決がこの『1組の生徒全体の連帯責任』だった。

これによって1組の生徒は『訓練時間不足』という莫大な枷を背負う事になる。

放課後の時間でも使用を認められないから、他のクラスの生徒との実力差は開く一方で、それを埋める機会も無い。

だから、抑止力として1組の生徒全員で、問題児二人を見張らせようという考えなんだろう。

多分、密告なんかも推奨していると私は考えてる。

 

「それで大人しくしてくれるとは欠片も考えられないけどね」

 

ティナの発言には私も大いに同意だった。

今までの事を考慮すれば、例の二人が黙っている筈が無い。

ウェイルとタッグを組もうとしてるなら、ティナも巻き込まれる危険性が生じるかもしれないから、私も充分警戒しておこう。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

『お客様がおかけになった番号は、現在使われておりません』

 

電話口の向こうから聞こえてきたのは、そんな無機質な合成音声だった。

柳韻さんが使用していた端末の番号は控えていたのに、私が知らぬ間に、端末を変えてしまったのだろうかと考えてしまう。

メールに関しても同様で届ける事も出来ない。

 

「……滞在先は知っているから、そこに直接かけてみるか…?」

 

箒の暴走を止める為にも、相談がしたかったのだが連絡がとれない。

どのみち、教職員と学生という関係の為、自分で何とかしなくてはならないのは理解出来ている。

だがやはり少しばかりは相談程度はしておきたかったのだが連絡を着けられず抱え込むしかなかった。

束にも相談しようと思ったが、周囲に嗅ぎ付けられるのは避けるべきか。

 

「いや、暫くは自分で何とかするしかないか…」

 

二週間後に開催される学年別タッグマッチトーナメントには、生徒が多く参加するようになり、今ではパートナー同士で実力磨きに励んでいるだろう。

恐らく、ウェイル・ハースも…。

 

クラス対抗戦で使用していた兵装は『槍』だったのを思い出す。

一夏には剣道を教え続けていたが、右腕の骨折をしたのを機に辞めてしまった。

もしも、接触・干渉禁止の命令が解かれる日が来たら、私からもう一度剣道を教えよう、そうすればまたあの日々を取り戻せる。

そうしていれば、全輝や箒ともいがみ合うことも無くなるだろう。

きっと…きっと、私の想像が現実になる日も…そう遠くはないだろう。

そう信じることで、私は今を乗り越えられると信じていた。

 

「トーナメントのタッグ申請は…やはり、私の管轄から外されているか」

 

トーナメントの対戦表は勿論だが、タッグの申請や、申請書不提出によるランダムにでの組み合わせも私では手が付けられなくなっている。

ここ半年にも満たぬ期間で失った信頼はこんなに大きかったのかと今になって自嘲してしまう。

失ったそれを取り戻そうと足搔いても、裏目になり、白い目で見られ、立場を失い、今でも減給処分が続いている。

なかでも箒がやってしまった事は国際問題となり、欧州からは糾弾され続けている。

 

「外患誘致、か…」

 

国や、国民にとって、生活や生命の危険に繋がる国外の危険な勢力を国内に誘い込む一種の大犯罪。

日本の法律では『外患罪』に並び、最大級の罪の一つで、その刑罰内容は、たとえ初犯であろうとも『死刑』があてがわれている。

箒がそれを免れることができているのは、『篠ノ之 束の妹だから』という名目一つだけだ。

箒は自分のなしたことを自覚しておらず、悪びれることもせず、『全てウェイル・ハースが悪い』と叫び続けた。

 

「いつから、箒はあんな風になってしまったんだ…」

 

自身の振る舞いを顧みずそれを当然のことと思い込み、感情任せに暴力を振るい、全て他者の責任だと叫び、問題の解決にも動こうとしない。

過去の経緯を書類で確認したが、似たような話が溢れ返っていた。

今となっては、私としても頭が痛い。

これからも似たような話は溢れかえることだろう。

たとえ仮初であろうとも、平穏な日々が続いていてほしい。

そう願っても、箒がそれを根底から砕いてしまうのかもしれない。

 

「…はぁ…頭が痛いな…何から問題を片付ければいいんだ…」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「なんなの、この人…」

 

俺の横でテンペスタⅡに搭乗したティナが肩で大きく息をしていた。

両手に標準兵装のアサルトライフル(トゥルビネ)を握っているが、その殆どの…というより全弾標的の眼前にて漂っているだけだった。

 

「フッフッフ…よく頑張ったわね、ティナちゃん♡

ウェイル君と初めてタッグを組んだとは思えない程の連携だったわよ」

 

俺たちの眼前には楯無さんがライトブルーの装甲の機体『ミステリアス・レイディ』に搭乗した状態で笑顔を見せていた。

流石に学園最強を謳うだけあり、その実力は俺達二人では歯が立たなかった。

 

「二人の実力は凡そは理解したわ。

近接戦闘ではウェイル君が有利、射撃戦闘ではティナちゃんが得意としている、か。

ただし…ウェイル君、何か隠してるものがあるわね?」

 

「……何の事でしょうか?」

 

「君ね、人と会話をするときには目を合わせなさいと何度言わせるのかしら?」

 

確かに、隠してるものはある。

極力隠すことに力を入れてはいるが、夜間訓練の際には使用しているからその際の癖が出てしまっているのかもしれない。

それを見抜かれているとなると、本当にこの人の観察眼には恐れ入る。

 

「…隠しながらじゃ連携訓練なんて言ってられないわよ?」

 

「誰が見ているかわからないので」

 

何のために監視カメラを切ってもらってまで夜間訓練だと思っているんだか、人の目に晒されてしまえば、兵装の秘匿も出来なくなってしまう。

ティナには申し訳ないと思うが、これは隠させてもらって…

 

「ウェイル君、隠してるものを見せてくれないと連携にならないわよ。

私は誰にも言わないって約束するから、本気を見せて」

 

ティナにここまで言われたらな…。

通信回線を開き、観客席に居るメルクにも連絡を入れてみる。

 

「秘匿してくれるのなら…」

 

その条件で済し崩し的にも許可が出た。

 

「判ったよ、『アルボーレ』と『ウラガーノ』を使用する。

そのうえで、連携について考え直そう」

 

今まで隠し続けていた秘密にしていたものをとうとう解放することになった。

こうして連携訓練を初めて三時間にして、俺はとうとう全ての兵装を楯無さんの前にさらけだすことになった。

 

「ただし、誰にも言うなよ。

本当はトーナメント当日までは隠しておきたかったんだからな!」

 

とは言え、訓練だというのに熱くなりすぎてしまったのは俺が悪いだろう。

その訓練を考え出していたが、メルクもタッグを組んだ鈴との連携訓練があったため途中で抜けてしまった。

放課後の訓練時間の全てを費やし、情報整理とできることの把握、組むべき陣形、連携を模索することになった。

だが楯無さんも途中で「いい加減にしなさい!」となぜか軽くキレていたのは不思議でならない。

で、着替えも終わらせてアリーナの出口付近にて待ち合わせていたティナだが…

 

「どっと疲れたわ…」

 

「その…悪かったよ…。

でも、これで俺の本来のスタイルは把握してもらえただろう?

俺が使っているのはアレで全部だ。

試作兵装の稼働試験も頼まれているが、それは今、メルクに預けているからな」

 

「そりゃ助かったわ…コレ以上に何か覚えることが増えるのなら、頭がパンクするもの…」

 

気持ちは理解出来る。

しかし、だ…重要なことを忘れているぞ。

 

「これが今後一週間続くわけだが…大丈夫か?」

 

「ウェイル君って、意外と厳しい?」

 

コレが今後一週間以上関わっていくことになる俺のタッグというわけなんだが…大丈夫だろうか?




さて、突然に横入りしてきた彼女と組むことになりましたが、予想出来た人は居たでしょうか?(無茶を言うな)
う~ん、前途多難です。


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第62話 交風 少しでも先へ

今回初めてティナの視線に挑戦。
楯無と口調が重なりそうで難しい


ウェイル君と組んで4日目、彼の本来のスタイルに合わせる為に夜間訓練にも参加させてもらうようになったけど…

 

「きっつい…!」

 

クラスの授業でテンペスタⅡには慣れたつもりでいたけど、本格的に搭乗している人に比べたら差が出るばかりだった。

ウェイル君も存外にスピードジャンキーの気が混じっているのか、瞬時加速(イグニッション・ブースト)だなんて技術を極当たり前のように使っている。

それどころか、そのスピードのまま方向転換したり、機体制御して軌道をねじ曲げたり、色々と目を疑う光景を見せ付けられた。

 

「今の動き、無理に真似しないでくださいね」

 

「え?どういう事?」

 

「お兄さんがして見せたあの機体制動ですが、本来は想定されていないものなんです。

内臓圧迫や、最悪の場合は破裂も危惧されるからです」

 

「何やってんのウェイル君!?」

 

当の本人は、槍を片手に息を荒くしてるし…。

かなり辛い事をやってるらしい。

というか!

 

「そういう機体制御してたら安全装置(セーフティ)が働いて止める筈でしょう!?」

 

「俺の嵐影(テンペスタ・アンブラ)は機体制御はフルマニュアル制御にしてるんだ。

その為に、安全装置(セーフティ)は幾つか解除させてあるんだよ」

 

「何の為の安全装置(セーフティ)だと思ってるの!?」

 

「お兄さんには何度も言い聞かせているんですけど…」

 

言っても聞かないの!?

技術者としての意地か、はたまた単純に頑固なのか判断がつかない。

それとも別の理由があるのか…?

 

「隠し弾を用意するのはともかく、危険な操縦までやってるなんて正気ぃっ!?

あったまきたぁっ!

代表候補生を目指してる私がその程度出来ないとか侮られたくないし、やってやるわよ!」

 

一先ず、その危険な機動制御を教わる事にした。

メルクちゃんが頭を抱えていたけどこの際無視してでも!

そう思った矢先

 

「代表候補生を目指している人が、そういった無謀な事をしないでください。

目標の為に取り返しのつかない事をするのは見逃せません」

 

早速ストップがかけられた。

こればかりは無茶が過ぎるからと繰り返し言われ、内臓や脳を圧迫する危険性も説明されて大人しく引き下がる。

ついでに…背丈の小さいメルクちゃんに叱られているウェイル君の図は…なかなかにシュールだと思う。

 

「ウェイル君は近接戦闘ではランスを使っているけど、それはなんで?

昨今の搭乗者なら、ブレードを使う人が多いのに…?」

 

「ブレードでの訓練も試したが、『向いてない』と言われたんだ。

色々と試した結果、槍が一番適正が高かったんだよ」

 

なるほど、自分に一番見合った武器を選んだわけか。

織斑先生が世界最強(ブリュンヒルデ)の座を勝ち取って以降、搭乗者の近接兵装として選ばれやすいのはブレードが相場になっていた。

イタリアのジョセスターフ選手は、ブレード&ガンのスタイルで魅せていた。

なら、ウェイル君は誰に師事してもらったんだろう?

適性を見抜いて、それの稽古をさせるなんてよっぽど敏腕の教官役に巡り会えたんだろうなとおもう。

 

「やっぱりウェイル君は将来は搭乗者になりたいの?」

 

「いや、俺は将来は技術者志望だよ」

 

欲が無い!

搭乗者としても才能が在ると思う。

でもそれをメカニック方面に費やすとか……。

人の将来をどうこう言うのは流石に傲慢だと思うから、それとなく訊いてみておく。

 

「じゃあ、その搭乗者としての技術はどうするの?

かなり有用な技量も持っていると思うけど……?」

 

「そうだな…力や技術は持っていても損はしない。

精々自分の身を自分で守るのに使うさ。

俺にはまだ、誰かを助ける事が出来る程の強さを持っていないから、な」

 

少し、寂しそう微笑みを見せながらそう言っていた。

バイザーに覆われた双眸は見えなかったけど、何となく彼の思いは伝わってきた。

 

「ふ~ぅん、ウェイルとの夜間訓練するようになったんだぁ?」

 

その日の夜、夜間訓練後に部屋で鈴に事情を説明すると不機嫌そうな表情を見せつけてきた。

これには一応理由はある。

鈴はメルクちゃんとタッグを組んでいるけど、夜間訓練にまでは参加が出来てない。

どこかでウェイル君と対戦する可能性があるから、本来のスタイルを眼前で使う様子を見せられないからだとか。

だから放課後の訓練時間にメルクちゃんと合同訓練をしてるだけに収まっている。

でも夜間訓練にメルクちゃんが参加しているのは、ウェイル君の警護も在るからとか言っていたけど本当かしら?

 

「…それにしても疲れたわ…」

 

シャワーを浴びた後、バスローブのままベッドへ飛び込む。

背中に触れる布団の感覚が心地好く、眠気を引き出してくれる。

 

「ティナはトーナメントで何処まで勝ち残るつもり?」

 

「勿論、優勝を狙いたいけど、難しいでしょうね。

一年生だけでも専用機所持者が何人も居るから」

 

ウェイル君にメルクちゃん、シャルロットにボーデヴィッヒ、そして鈴に更識さん。

それから1組の織斑だったかしら。

中でもボーデヴィッヒが一番手強いと思う。

なにしろ本格的な軍人だから、他の学生とは違い実力がかなり高い筈。

どうやって勝てと言うのやら。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

とっても不機嫌。

今の私を表現するのなら、その一言に尽きた。

トーナメントがタッグマッチ制度に変更され、真っ先にウェイルと組もうと思ったのに、のらりくらりと保留にされ続けた。

正式に申請書を出したわけでもないのに、メルクが常に隣に寄り添い続けているのにも私の怒りの導火線に火を着けるのに助力してるような感じだった。

挙げ句、

 

「なんでティナの申請をあっさり引き受けてるのよアイツは!?」

 

「そうねぇ…やっぱりコレ、かしら?」

 

ティナが腕を組んでバストを強調して見せつけてくる。

サイズは『G』カップとか言ってたっけ…!

シャワーを使った直後のバスタオルからこぼれそうなそれを見せつけてくるのが腹立たしい。

ウェイルも所詮は男の本能に抗えないのか、そう思ったのも確かな話。

もぎ取って()ろうか!

 

ちょっと冷静になろう。

頭に血が上っていたら考え事も出来なくなる。

ウェイルと組めなくなったのは残念だけど、私はメルクと組む事になり、機体性能のアドバンテージはこちらに大きく傾いている。

ウェイルが扱う兵装もだいたい理解している。

最近であれば、足の爪先部分を杭のように打ち出すシールドピアース擬きの兵装を見せていたし、対策だって立てられる。

トーナメントでぶつかったら覚悟しときなさいよ!

 

「問題は5組のボーデヴィッヒよね…」

 

多分、ウェイルも合同授業で見た事は在るはず。

『慣性停止結界』と呼ばれる第三世代兵装。

あれを受けようものなら、冗談抜きに動けなくなる。

 

「余裕ね鈴は。

1組の織斑はどうするつもり?」

 

「何も変わらないらしいじゃん。

中遠距離からの実弾攻撃には対処出来ないっていう情報が出回っているから、問題無いわよ」

 

そう、あいつの戦闘履歴に関しては情報を極力収集し続けていた。

頼もうと思っていた矢先に本音が毎日横流ししてくれた。

その結果、あいつは何も変わっていないことが分かった。

搭載されている兵装はあの女(織斑 千冬)のおさがりのブレード一つだけ。

そして同様に単一仕様能力が搭載されている。

戦闘方法は、近接白兵戦のそれだけ。

中遠距離攻撃は何一つ持たず、そしてそれに対しては極端に弱い。

単一仕様能力を発動させている間はエネルギーフィールドに守られ、光学兵装に対しては無類の防御力を得るけど、それは自分のシールドエネルギーを極端に減らしながらのもの。

さらには瞬時加速(イグニッションブースト)を使っているため、シールドエネルギーの過剰消費に繋がっている。

そして実弾兵装に対してはほぼ無力。

それがクラス対抗戦でウェイルとの試合で証明されているから、全輝の戦績は授業での試合でも黒星続きになってる。

 

「私の甲龍なら、あんな奴との試合は簡単よ。

もしトーナメントになったら、メルクも実弾兵装を使うとか言ってたし。

私にもそれを試合中に使用許諾(アンロック)を出すと言っていたわ」

 

「うわぁ、織斑相手に徹底抗戦どころか圧倒するつもりなんだ…」

 

「当たり前でしょ?

私、アイツのことが嫌いどころか憎いのよ」

 

「こっわ…」

 

一夏の件もある、弾や数馬に対しての仕打ち、それらは絶対に許さないと決めている。

だから、もしもトーナメントで対戦するようになれば徹底的に叩き潰す。

 

「私としては鈴とトーナメントでぶつからないことを祈るわ、八つ当たりされかねないもの」

 

「その時はその時よ♪」

 

ウェイルと組んだってだけでも充分に厄介だからね。

再度モニターを開き、この期間に集めたデータを見返してみる。

要警戒対象は

『ラウラ・ボーデヴィッヒ』『シャルロット・アイリス』『メルク・ハース』『ウェイル・ハース』『更識 簪』

以上の専用機保持者。

シャルロットの警戒すべきはその戦術。

兵装と間合いを調整しながら相手の優位性を奪い続けるのが厄介な点。

メルクは兵装の全てを未だに見せ切っていないから未知数としか言いようがない、今回はタッグを組めているけど、どこかで対戦するようになれば脅威としか言いようがない。

更識簪も第三世代機に搭乗しながらも全てを出し切っていないからこれも未知数。

 

「今年の専用機所持者ってみんな厄介よねぇ。

ティナはウェイルの実力を全部見せてもらったりしてないの?」

 

「う~ん、全部って言ってもいいのかわからないけど、それでも口外しないでくれって言われたから言えないわよ?」

 

くっ!用心深い!これはメルクの入れ知恵ね!

こういう点にも力を入れるとかどれだけ私は警戒されてるっていうのよ!?

 

「秘密主義なのか、それとも用心深いのかは正直微妙なところだけどね」

 

人を信用していない。そんな可能性も考え付くけど、普段のメルクの様子を考えてみればそれこそ無いだろう。

ただ単に用心深いだけなんだろうと勝手に結論付けておく。

だからってそこそこ交友のある私にまで警戒しなくてもいいのに…。

私がメルクやウェイルに探りを入れているのがバレているのかもしれない。

もうちょっと自分の気を引き締めておかないと。

 

「あ、それとメルクから伝言を預かってるのよ」

 

「メルクから私に?何よ?」

 

「『篠ノ之に気をつけろ』だってさ」

 

篠ノ之に?

思えば私はアイツに対して詳しくは調べてこなかったと思う。

『一夏を骨折させた女』

『ウェイルのフルネームをテロリストに告げた愚者』

『感情任せの醜女(しこめ)

 

そんな印象を持っていた。

あの女にまだ何かあるとでもいうのかしら?

 

「詳しくは何か言ってた?」

 

「そうねぇ…、トーナメントよりも前にほかの参加者を潰しにかかるかもしれないってさ。

ほら、学園内で普通に過ごしている間にとかね。

あの女ってどうにも自己中心であるのと同時に織斑至上主義って感じだもの。

織斑が優勝できるように露払いのつもりでほかの生徒に危害を加えるかもしれないから、絶対に一人にならないほうがいいってさ」

 

…ひっどい話。

通り魔か、それとも辻斬り?

それが事実なら今後は学園内で怪我人が続出するわよ?

 

「それ、クラスの皆には伝えたの?」

 

「まだよ、明日の朝にでもみんなにメールで伝えるつもりだか…クシュンッ!」

 

長話をして体を冷やしたのか、盛大なクシャミをしていた。

シャワーを浴びた後にバスタオル一枚で居続けていたらそうなるわよね。

 

「さっさと服を着ないからそうなるのよ」

 

「それもそうね。

あ、今度の訓練が終わったらこの姿でウェイル君に迫ってみようかな」

 

「止めときなさいよ、メルクが怒って何するかわからないから」

 

メルクの眼前でそんな在り来たりなハニトラやったら蹴っ飛ばされるんじゃないかしら?

それにウェイルが反応するのかはわからないけど。

もしそんな事をやらかそうとする馬鹿がいたら後々に碌でもないことになりそうな気がする。

まさかとは思うけど、そんな前歴を持った人物なんて居なければ良いんだけど…。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「…クシュンッ!」

 

思わずクシャミが出た。

誰かが噂でもしているのかしらね。

 

「お嬢様、どうされました?」

 

「何でもないわ、作業を続けましょう」

 

学生寮で書類仕事を続けていたけれど、少しばかり肩が凝ってくる。

お隣のウェイル君とメルクちゃんは今頃夕食時で、家族団欒をしてるのかもしれない、どうにも温度差がひど過ぎるわね。

こっちはプライベートの時間ですらこんな不毛なことをしているのに…。

 

「って、虚ちゃん、何を食べてるのよ?」

 

「『パネットーネ』です。

メルクさんがくれたお菓子ですよ。

パン生地の中にドライフルーツやオレンジピールを入れたものだそうで、イタリアの定番のデザートだそうです」

 

私はもらってないんだけど!?

なんで虚ちゃんだけに渡してるの!?どうして私にはもらえないの!?

そしてなんで虚ちゃんはそれを分けてくれないの!?

ちょっと抗議してこようかしら!

 

「今は控えるべきだと思いますよ。

あのお二人、今は家族とお話してるかもしれませんから」

 

「ふ~ん…それなら…」

 

書類仕事をほっぽり投げ、壁に耳をあてて集中する。

何を話しているのかしっかりと聞かせてもらうんだから!

 

「…相変わらずイタリア語で会話をしているのね…何を話しているのかがさっぱり分からない…」

 

ウェイル君とメルクちゃんの二人の声と、それとはまた別の人物の声も聞こえるけれど、言葉の壁が邪魔をする。

ああもう、何を話しているのかしら!

 

「…また押しかけてみようかしら?」

 

「止めてあげてください、本当に大迷惑になりますから。

ただでさえお嬢様はあの二人からの評価が危ういんですよ?

ここでまた立場も評価も急転直下させてどうするんですか!?」

 

…虚ちゃんも言いぐさが酷くない?

それにしてもあの二人ってそんな風に私を見ていたの?

なんで?

 

「生徒会室でいろいろと勉強見てあげたり、情報提供だってしっかりしてあげているのに…」

 

「それだけ初日の動向でのマイナス評価が大きかったんだと思います。

そのマイナスの補填だって出来ていないということじゃありませんか?」

 

泣きたくなってきた。

『頼れる上級生のお姉さん』ポジションに立っているつもりだったのに、あの二人からすれば未だに『信用ならない不審者』だったって事か…。

改めて知る衝撃の真実だわ!

あんな馬鹿な事しなければよかった…。

 

「パネットーネ、今度作り方を教わってみましょうか…これなら本音も喜んで食べそうです」

 

あ、私が食べる分は残してくれてなかったのね…

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

その部屋では、ルームメイト同士は互いに幼馴染ということだったが、今だけは微妙な空気になっていた。

篠ノ之 箒と織斑 全輝の二人。

次に迫るトーナメント戦では互いにタッグを組んで参戦するつもりでいた。

タッグ申請はあくまで個人の任意とされていたが、この二人だけは扱いが別にされ、別の者とタッグを組むことが強要された。

それを拒否すれば参加資格自体が剥奪されるという旨も伝えられている。

それも、教室にいるクラスメイト全員の前で。

申請書提出期限までに書類を提出できなかったため、参加はすれどもそのパートナーはランダムに決定された。

 

「なぁ全輝、今度のトーナメントだが…」

 

「ああ、判ってる。

狙うは優勝だ、そうすれば俺が誰より有能であることが証明できるだろ」

 

彼にとって他者など踏み台でしかなかった。

自分こそが誰よりも優れ、頂点の位に君臨する存在であることを疑いもしない。

かつてはそれを信じ、多くを退けてきた。

それだけでなく、気に入らぬ者は、その尊厳をも踏みにじり、排除し続けた。

今になってそれが出来なくなってきているが、それが間違いであると思い続けた。

そうでなければ今までの自分が虚構でしかなかったことになる。

砂の玉座の前で踊り続ける道化であることなど到底認められなかった。

だから、自分がいま見せているのは虚勢ではなく、自信であるようにしなければならない。

見下ろされるなど我慢ならない、見下されるなど以ての外。

自分こそが他者を握り潰し、踏み躙る側でなければ、と。

だが気づいていない。

自分の立つ場所はすでに断崖の淵であることを。

 

「残念だ、お前の立つ場所の隣に私が居られないのは」

 

彼女も同じだった。

全輝とタッグを組めないことに何度も抗議をしたが聞き入れてさえもらえない。

二人の名前を記した申請書を出そうとしたが即座に突き返され、クラスメイト達の眼前で同じことをしても、相手にもされなかった。

頼みの綱の千冬に提出したが、その数分後に担任に就任した山田真耶に突き返された。

最終的に申請書不提出扱いになり、クラスメイトの一人とランダムで組むことになった。

全輝が誰と組むことになったのかを知り、箒は全輝のタッグとなった谷本癒子に交代を要請したが、そこでも山田真耶が間に立ち、頑として聞き入れなかった。

なら、自分に出来る事は全輝の障害となるものの排除だと考えたが、四六時中監視を受けることになり、それすら出来なくなった。

唯一気が休まるのは監視の目が外される学生寮の中だけだった。

 

「だけどその分、訓練に付き合ってくれているんだ、感謝してるよ」

 

「幼馴染なのだから当然だ」

 

それもまた無謀な判断ということに気づいていなかった。

全輝はそれと並行してタッグパートナーとの連携も考えていたが、箒はそれを一切考慮などしていなかった。

考えるべきことは、全輝と過ごす時間をいかにして長くするかではあり、それ以外のクラスメイトなど、路傍の石程度にしか見ていない。

それでも自身は誰にも負けることが無いのだと根拠の無い自信に溢れている。

もしも汚点が付くのなら、それは常に誰かの所為であり、自分の責ではないのだと本気で思いこむ。

責任を負わせる事が出来るのなら、誰でもいいのだから、と。

今回のトーナメントの制度はその考えにはお誂え向きだった。

もしも敗れることがあるのならば、それをタッグパートナーに全て押し付ける考えが無意識下に存在している。

だから、パートナーのことなど一切考えない。

人間ですらない相手など(・・・・・・・・・・・)考慮するに値しない(・・・・・・・・・)のだから。




GWも終わりですね。
皆さんはどのように過ごしましたか?
こういった長い休みは久々でした、明日からは仕事か…。
既に憂鬱タイムに入っています…。


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第63話 色風 確かめる

とうとうトーナメント当日がやってきた。

訓練の成果を全て出し切ってやろうと朝から豪勢な朝食をとろうと思って先んじて席を確保しておいたけど…

 

「ふ…ぁ…」

 

私の左隣にいる男子生徒は呑気に欠伸をしている。

こんな調子で大丈夫だろうかと疑ってしまう。

そしてその傍らにいるメルクは苦笑いをしている。

 

「ちょっと、ウェイルに何があったのよ?

かなり眠そうだけど、そんな夜遅くにまでメンテナンスでもしていたの?」

 

「あ、いえ、その…。

夜分遅くになってから大使館からメールが届いて…、本国からお兄さん宛てに渡すものが届いたと…」

 

ウェイル宛に荷物でも届くっての?

そんなタイミングで?

時間を考えなさいっての。

 

「で、その荷物を受け取りに日本本土側にまで渡ったのかしらパートナー君?」

 

ティナも会話に入ってくる。

しかも眠そうにしているウェイルにそっとコーヒーを差し出しながら。

角砂糖は3つとウェイルの味覚まで把握してしまったのかと思うとちょっと気分が複雑だわ。

 

「いや、今日この後に学園本土側に来訪する予定になっている。

あんな時間だったからな、ティエル先生に急遽連絡をして学園長にまで話を通してもらったんだ。

来訪者用のライセンスカードも急遽発行してもらったんだけど、もっと話を早くしておきなさいと先生からちょっとお小言を言われたんだよ」

 

うわぁ、少しばかり同情する…。

門限時間を過ぎた以降にメール送ってくるとか本当に時と場合を考えてほしいわね。

 

「で、その人ってどんな人なのよ?」

 

「なんでも、企業専属特別顧問技術者……だったかな、そんな聞いたこともない肩書を持っている人が居るんだけど、その人物の助手だそうだ」

 

怪しい、露骨なまでに怪しすぎる。

なによその長ったらしい胡散臭い肩書を持った人物は?

そして今回のそのゲストはその人物の助手ってどういう事?

 

「本当のことを言えば、私達も会った事が一度も無いんです。

噂は独り歩きしていますけど、その技術者の方は噂ばかりが流れていて…」

 

完全に不審者と言っている事が変わらないんだけど…?

 

曰く、性別、年齢、容姿、経歴が一切不明。

『少年』『成人女性』『壮年男性』『老婆』など噂に統一性がまるで無い。

ただ、『隻腕の人物』という話だけが、数ある噂の中で共通しているとか。

そんな『不明』ばっかりの胡散臭い履歴書なんて子供にだって用意出来るわよ。

見てみなさいよ、ティナだって頭を抱えているわよ。

 

「…まるで霞を食って隠居している仙人みたいね…」

 

自分で言っててこの評価が正しいのかさえ分からなくなってしまってきた。

というか、そんな怪しさと胡散臭さ以外に何一つわからない人物を雇っていて大丈夫なんだろうかイタリアは?

 

「けど、技術は間違いなく本物だよ。

俺が考案した『プロイエット』を開発して実装までした経歴だって持っているからな」

 

「ふ~ん…え、マジで?

私も使わせてもらったけど、アレを!?」

 

私もそうだけど、ティナもプロイエットを使わせてもらった。

最初はローラーブレードと大差ない速度しか出せなかったけど、今では乗用車並のスピードで走っても平然としている。

私も何度か楽しませてもらった。

先生も今後はISの速度に慣れさせるため、今後の授業に導入を考えているとか。

だけど授業に導入できるほどの数を仕入れるだなんて本当に出来るのかは判らないけどね。

 

「で、来訪者はその胡散臭い肩書の人の助手一人だけ?」

 

「いえ、護衛に軍の方が一人同行してくださるそうです」

 

「ああ、俺たちの教官役を担ってくれた人なんだ。

俺の槍の腕はその人から叩き込んでもらったものなんだ」

 

ウェイルの師匠、その言葉に強く興味を惹かれた。

思わぬ僥倖だと思う、ウェイルに近しい人物が向こう側からやってきてくれるだなんて…!

情報が少しでもほしい私としては是が非でも接触をして話を聞き出しておきたい。

 

「その人、なんていう名前なの?」

 

「『ヘキサ・アイリーン』教官だよ、それがどうしたんだ?」

 

絶好の好機…!

なにがなんでも接触しておかないと!

 

「それにしても、俺に渡しておきたいものって何だろうな?

しかもこのタイミングだろ、俺にはさっぱり心当たりがないんだが…?」

 

「物資や兵装ではなく、データとかかもしれませんね」

 

「ねぇねぇ、新しくプロイエットを学園に搬入しに来た、とかじゃないの?」

 

「それだったら俺に渡す必要は無いさ。

わざわざ俺とメルクをご指名なんだから、その時に聞いてみればいいよ」

 

そう言ってティナから差し出されたコーヒーを飲み干す。

温かいコーヒーで完全に目が覚めたのか、皿の上のホットサンドに齧り付く。

私も中華セットを食べ進めることにした。

 

「それはさておき、トーナメント表ってどうなってるのかしらね、鈴?」

 

「このタイミングでも通知されてないって事は、ギリギリまで伏せる予定じゃないの?」

 

願わくば、ウェイルとは早めに対戦したい。

訓練の成果を試すのに最適かな、なんて。

純粋にウェイルの実力を見てみたいという好奇心もあるのも確か。

メルクとの連携も色々と試してみたいと思う。

 

「私は…お兄さんとは別のブロックが良いですね。

そうすればお互いに応援が出来ますから」

 

「メルクは本当にブラコンよねぇ」

 

ティナのその言葉に皆が微笑んだ。

こういう憩いの時間がいつまでも続けば良いと思うけれど、時間は無情にも流れていく。

食事を終わらせた後、正面玄関へと向かうウェイルとメルクを追いかける事にした。

届け物をしに来た人は誰なんだろうか、だとか、久々に会うヘキサという人について楽しそうに語り合うその姿に毒気を抜かれてしまう。

二人のうち、一人は会った事さえ無いらしいのに…ちょっと能天気だと思う。

 

「お、もう到着してたな」

 

大橋に繋がる守衛門に、その人は居た。

腰にまで伸びる亜麻色の髪が風に流れるその様に思わず息をのんだ。

なに、あんな美人な女性とウェイルは知り合いだっていうの?

あの人が専属技術者とか言ってた人なんだろうか?

 

「È tanto tempo che non ci vediamo, entrambi.」

 

「è molto tempo che non ci si vede.Signor Hexa」

 

唐突に始まるイタリア語での会話に完全に蚊帳の外に…。

イタリア語なんて私は修めているわけもないから、何を話しているのかがさっぱり判らない。

多分…社交辞令だとか、挨拶だとかその類だとは思うけど…。

そのまま暫くはイタリア語での会話が続いてイライラしてくる。

あー、ちょっと暴れたくなってきた。

 

「紹介するよティナ、鈴」

 

そして唐突に日本語が返ってきた。

 

「この人がヘキサ・アイリーン。

俺達の姉さん(・・・)だ」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

È tanto tempo che non ci vediamo, entrambi.(久しぶりね、二人とも)

 

è molto tempo che non ci si vede.(ご無沙汰しています)

Signor Hexa(ヘキサ先生)

 

この人も日本語は嗜んでいるはず。

なのに、唐突に出てきたのは私達の母国の言葉だった。

となれば、周囲の人に聞かれたくない話をするつもりなのだと察した。

 

Qualcuno sta cercando di (君達とアリーシャさんとの) scoprire la relazione tra te e Alisha.(関係を探っている人がいる)

 

以前、お兄さんがうっかり家族構成をあの人に教えた際に、うっかり『姉』の存在を口にしてしまった。

これはその為のカバーなのだろうと私は理解した。

 

Quindi, mentre sono qui, (だから、ここに私がいる間は)'Rappresentatemi male come mia sorella'. (私が姉だと誤魔化しなさい)

 

È un ordine di tua sorella?(それは、姉さんからの指示なのか?)

 

笑顔で首肯された。

それで思い出したのか、お兄さんも頭を掻きながらため息を一つ。

 

inteso.(判りました。)

Se è così, parliamone(そういうことなら話を合わせますよ)

 

私も頷き、了承の旨を見せる。

そしてお兄さんは振り返り…。

 

「紹介するよティナ、鈴。

この人がヘキサ・アイリーン。

俺達の姉さんだ」

 

「話は伺っているわよ!

弟妹が普段からお世話になってるってね!」

 

お兄さんはともかくとして、ヘキサさん…フランク過ぎます…。

 

「それで、私はいつまで放置されるのでしょうか?」

 

女の子の声が聞こえ、私は再び振り向いた。

銀の長い髪は、何故かラウラさんを彷彿させる。

年齢はさほど変わらないけれど、どこか彼女よりもほんの少しだけ大人びて見えた。

もっとも特徴的なのは、閉じられた双眸に、白い杖。

 

「そんなに驚かないでください。

別に見えていないわけじゃありませんから」

 

「え、あ、はい…」

 

「では…初めまして、イタリア企業FIAT専属特別顧問技術者『ラニ・ビーバット博士』の助手、『クロエ・クロニクル』と申します」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

生徒会室に通された二人を見て流石に私も頭を抱えた。

イタリアからのゲスト、しかも二人同時ときたものだから…誰が予想しろっていうのよこの状況!

一人は企業の専属技術者の助手を名乗る女の子。

もう一人はその護衛として同行している女性…しかも、ウェイル君とメルクちゃんの『姉』だという。

 

「…予想が外れたわね」

 

ハース兄妹と親しく話をしている様子を見ながら私はポツリと呟いた。

ハース兄妹の『姉』と称される人物はイタリア代表選手である『アリーシャ・ジョセスターフ』女史だとばかり思いこんでいたから…。

けど、実際には二人の教官役がそれだった。

鈴ちゃんも『予想が外れた』と言わんばかりにため息を一つ。

 

その様子に気付いていないのか、話題の4人はイタリア語で会話を続けている。

もう少し人目を気にしてくれないかしら?

 

パンッ!

 

尽きない話題に終止符を打つために手をたたいて大きく音を鳴らす。

そこでようやく思い出したのか、ウェイル君たちが視線を私に向けてきた。

 

「楽しいおしゃべりは一旦後にして。

それで、ミス・アイリーン、そしてミス・クロニクル、本日はこのIS学園に何の御用かしら?」

 

「イタリア本国の企業FIATから、ウェイルさんに渡すものがあり、ここへ参りました」

 

腰にまで届く長い銀髪を揺らしながら、女の子、クロエ・クロニクルがさも当然のように言い放つ。

この少女は企業専属技術者を名乗る人物の助手、ということらしいけれど…どうにもラウラちゃんに似ている気がする。

姉妹だといわれてしまえば、それで納得するほどに。

 

「俺に渡すもの、というのは?」

 

「こちらです」

 

胸元のポケットから差し出されたのは……猫のミニチュア?

じゃなかった、その口を開けばUSB端子が…つまり、渡したいのはデータということかしら?

 

「こちらにはウェイルさんの機体『テンペスタ・アンブラ』用の最新データが入っています。

こちらをインストールしておいてください」

 

「ああ、判った」

 

受け取るや否や早速機体の腕部装甲とコンソールを展開してデータをインストールさせていく。

 

「それと、こっちがビーバット博士が手掛けた、ウェイル考案の最新の兵装『ミネルヴァ』よ。

こちらもインストールをしておきなさいね」

 

「嘘だろう…もう出来たのかよ…?」

 

企業の関係者らしいけれど、こんなにもアッサリとインストールするの?

少しは疑うことも覚えなさいな。

そう思っている間にも、展開されたコンテナがウェイル君の機体に収納されていく。

どんなものかは気になるけど…

 

「さてと、そろそろタッグマッチトーナメントの対戦表が発表されるわね」

 

あいにくと私は参加が認められていない。

なにしろ『学園最強』がトーナメントに参加してしまったら、話にならない。

他の生徒達のやる気を削がないように、私は不参加にしてある。

その分時間が余るから、簪ちゃんの応援に努めておこうかしら。

 

「今回のト-ナメント表は、誰が構成しているんですか?」

 

メルクちゃんからの質問が飛んでくる。

前回みたいに対戦表が操作されていたら嫌だものね。

 

「安心しなさい、今回は完全にランダムよ。

前回のクラス対抗戦では織斑先生が裏で操作していたけど、今回はその権限を剥奪しているからその心配はないわ」

 

「へぇ、この学園ではそういう裏操作が平然となされているのね」

 

どのみち、イタリアからの来訪者に聞かれても痛いことを話したつもりは無い。

この程度の事実は向こうでもすでに把握しているだろう。

私としても千冬さんの杜撰な行動にはウンザリさせられているんだもの。

せっかくだから彼女には、ここまでのことの裏付けを持って帰ってもらうとしておこう。

 

「ええ、私達からしても、とても見過ごす事など出来ないと断じ、彼女からはこの学園内に於ける権限を幾つか剥奪しています。

普段の業務内でも監視をつけ、パソコンなどの履歴も事細かに履歴確認をするように徹底していますので」

 

「ふぅん…でも、その監視は足りているのかしら?」

 

「今後も監視強化を続けていますので。

不正行為や、風評被害を伴うような悪質な扇動などは摘発していきます」

 

こんな言葉を使うのは、すでにそのような事態が起きてしまったことを認めているようなものだと理解している。

後手に回り続けてしまったことも認めざるを得ない、だからその汚名返上のつもりもあるのだと悟らせる。

 

「そう、なら良いわ」

 

そして各自に届けられた対戦表に視線を向けてみる。

 

「じゃあ私は観客席に先に行ってるから、頑張りなさいね、二人とも」

 

「ああ、できる範囲で頑張るよ、姉さん」

 

「私は優勝を目指しますから!」

 

激励とその返答が目の前で交わされる。

その言葉には躊躇がなく、やっぱりというべきか、本当にこの二人の姉なんだなと思わされた。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイルとメルクのお姉さんが生徒会室から出ていき、それに続けて二人も出ていく。

その少し後に続くようにクロエって娘も出て行った。

それを横目にしながら私はお茶を一口飲む。

 

「鈴ちゃんはなんだか今回随分と静かだったわね?」

 

「ただ単なる予想でしかなかったけど、その予想が見事に外れたから、かな」

 

ウェイルとメルクの『姉』とは、イタリア代表選手である『アリーシャ・ジョセスターフ』女史だろうという予想をしていた。

だけど、その予想は見事に外れてしまった。

話に入ろうと思ったけど、あの二人があんまりにも楽しそうに話をしているから間に挟めなかった。

だけど、まだチャンスはあると考えてる。

観客席に向かうと言っていたヘキサって人を追いかければ話は伺えるだろう。

 

「なら、諦めるの?」

 

「絶対に諦めないわよ、やっと好機が巡ってきたから…!」

 

それに、時間ならある。

トーナメントでは私は最終ブロックのシードに入っているから、時間がタップリと確保ができていた。

 

「それに、メルクからも話を聞き出す時間も作れているから」

 

どういうわけだか、ランダムで構成された今回のトーナメントは時間確保という意味合いだけで考えれば私にとっては好都合なことこの上ない。

どこからどうやって崩すかを考えるにも、熟考さえ出来る…!

 

「そう、…ところで鈴ちゃんは誰とタッグを組んだのかしら?」

 

「私のタッグパートナーはメルク、私のルームメイトがウェイルと組んだからそういう組み合わせに」

 

本当のことを言えば、ウェイルと二人きりになれる時間を確保したかったけど、これはこれでも好都合。

だけど、パートナーになりたがっていたのはメルクだって同じ。

そのわがままを跳ね除けさせたティナは何を考えてんだか。

それに応えたウェイルも何を思ったんだろう?

私と組ませて勝率を高めさせよう、とかかも。

そう考えるとウェイルも度を越えたシスコンね。

 

「ウェイル君の参加枠は…あらあら、初戦みたいね」

 

対戦相手は…こればっかりは偶然と思いたい。

 

「対戦相手は…1-A谷本 癒子 1-A織斑 全輝。

これはウェイル君が勝ち残るでしょうけど…後半ではメルクちゃんが篠ノ之箒との対戦になる。

今回の抽選は完全にランダムだった筈…これは偶然…?」

 

「ウェイルもメルクもあの二人に負ける光景なんて想像できないし、快勝して見せるでしょうね」

 

「信頼が厚いわね」

 

当然の結果でしかないと思うけど。

 

さてと、時間があるといっても有限なんだから私もそろそろ動こう。

話を伺うべきは二人、クロエって人も含めれば3人、まずは接触しやすいヘキサって人からにしておこう。

 

「じゃあ、私は早速動くからまた後でね」

 

あの人が向かっていったのは観客席。

今回は来訪者を跳ね除ける制度を要していたのに、あの人は例外の来訪者、嫌でも目立つだろうからすぐに見つけられるでしょうね。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイルからの要望ということで、私はシャルロットと徒党を組むことになった。

その真意はシャルロットへの監視ということなのだと私は認識していた。

欧州でもフランスといえば『人命軽視国家』『零落』の象徴として語られている。

そして『産業スパイ育成に力を入れている』という話も存在しており、その噂は真実だったことが証明されてしまっている。

その産業スパイとは、このシャルロット・アイリス。

旧姓『シャルロット・デュノア』の事だった。

話を聞けば、社長夫人によってウェイル・ハースへの憎悪を植え付けられ、殺害、データの奪取を命じられていた。

だが計画が杜撰だった。

シャルロットを捨て駒としているのが明白な稚拙な計画だった。

 

「僕達の出番はまだ暫く先みたいだね…」

 

「そうだな」

 

だが、それと同時に大きな謎が残った。

イタリアはウェイルの情報を秘匿し続けていた。

先に開かれていたというクラス対抗戦で襲撃してきたメンバーは捕縛されたらしいが、その構成メンバーの半数が行方知れず。

そして偵察をしていた一人もそのまま逃走して雲隠れしてしまっている。

その人物がリークした可能性が高いとは思うが…デュノア社か。はたまた社長夫人がテロ組織と関係を持っていることが想定できる。

ましてやシャルロットも、洗脳されていたとはいえ、合同授業で過剰な殺意を剥き出しにていた話は私も耳にしている。

暗器や毒物も大量に持ち込んでいた程だ、デュノア社長夫人による悪意の片鱗が伺える。

それを見越し、私が彼女の身柄を引き受け、そのうえで監視をし続けているが、そういった兆候は一切向けられない。

杞憂で済めばそれだけの話、だが最悪の可能性に至ろうものなら、私が実力行使をしなくてはならん。

 

「シャルロット」

 

「うん?何かな?」

 

「お前がデュノア社長夫人から命じられていたのは、『ウェイル・ハースの殺害』と『データの奪取』。

それに相違無いか?」

 

「うん、それだけだよ。

『ISに関する貴重なデータをそんな奴に持たせるのは相応しくないから殺せ』とも言っていたかな」

 

なんとも傲慢過ぎる話だ。

ISに関するデータが非常に貴重なものであることは誰もが理解できる話だ。

だが、それを持つのに『相応しい』などという言葉を使うべきではない。

ウェイル・ハースの場合は企業所属であり、少なからず企業機密も持つ可能性がある。

それを見て国外のものが『ソイツが持っているのは相応しくない』などと言って殺害しようなど、どの口が言うのか。

 

「他に、お前に付け加えて増援を送るような旨は言っていなかったのか?」

 

「特に言っていなかったよ…それを考えてみれば、僕は所詮は捨て駒だったんだね…」

 

やはり妙だ。

稚拙な捨て駒、杜撰な計画、そして奇妙な情報ルート。

シャルロットによる殺害計画が失敗、もしくは離反した場合の補填などをどうやって取り繕う腹積もりでいたのかがまるで読めない。

まさか、刺客一人だけ送り込んだだけで成功するとでも本気で思っていたのか…?

 

「…嫌な予感がする…!」



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第64話 黒風 隠し続けた

先日、俺の端末に届けられたメールを頼りに、俺と数馬はある病院に来ていた。

 

「市の中央病院、そこの6階の個室、か」

 

「まさか、こんな大きな病院に入院していたなんてね」

 

俺と数馬の二人の脳裏には共通する人物の顔が思い浮かべられていた。

今となっては顔を見る機会なんて全くなかったのに、この期に及んで自ら会いに行くことになるとは思ってもみなかった。

最後に顔を見たのは3年と少し前、小学校卒業の時だった。

一応世話にはなったけど、同時に憎悪も抱いた。

 

「行こうぜ」

 

面会の予約もしていないが、わざわざ花束まで用意してきたからか、病院の中にいる職員や看護師もスルーしてくれる。

病室の番号まで控えてくれている情報屋には感謝しかないが、わざわざ情報収集する役を俺に回してくるのは流石に小言の一つも言いたい。

 

エレベーターのボタンを押してそのフロアへと向かった。

そして

 

「…ここだね…」

 

605号室。

そこに今回会いに来た人物が居る。

もう二度と顔すら見たくもないと思っていたが、この女(・・・)から吐き出させなければならない事がある。

その為に、わざわざ手荷物まで買ってきたんだ。

 

「おう、入るぜ」

 

ノックもせずに勝手に扉を開く。

廊下に漂っていた薬品臭は完全に途絶え、開いている窓からは初夏の日差しが零れてきていた。

 

「誰かしら?ノックもせずに入ってきたのは?」

 

その人物はベッドから起き上がることもせず、視線だけを俺達二人に向けてくる。

いや、起き上がれない(・・・・・・・)と言ったほうが正確な話らしい。

 

「なんだ、かつての教え子の顔も忘れたのかよ?」

 

「僕達としては、アンタの顔も声も忘れていなかったんだけどね」

 

「…?」

 

そう言いながら俺はベッドに横たわる仇敵を見下ろせる位置にまで足を進めた。

 

「ごめんなさいね、今まで多くの生徒の面倒を見てきたから、覚えきれなくて」

 

ああ、そうかよ。

その言葉に爪が掌に食い込みそうなほどに強く手を握る。

それをどうせ把握しているであろう癖に、数馬は花束から半分をさっさと抜き取り花瓶に飾る。

飾っている花を見て、俺は深呼吸を二度。

どうせその花言葉を知れば、この女はわめき散らすだろうし、その場面を思い浮かべるだけでざわつく気持ちは平静へと近づいていく。

 

「五反田 弾」

 

「御手洗 数馬。

アンタの教え子だった卒業生(・・・・・・・・・)だよ、認めたくないけどね。

ここまで言っても思い出せないかな?小松原先生?」

 

「……!?」

 

澄んだ顔が驚愕に代わる。

その顔を拝めただけでも来た甲斐があったかもしれない。

だけど、もうアンタを逃がす気は無い。

お誂え向きにこの女は全身不随(・・・・)に陥り、首から下が動かないことも情報を得ている。

 

「俺たちの事をようやく思い出したみたいだな。

今の今まで忘れていたみたいだが。

安心しろよ、あの時のお礼参りに来たってわけじゃない」

 

「だけど、タダで帰るつもりは無いよ。

僕等が求める情報を吐いてくれればそれで良いんだ」

 

この女は信じられない事をやらかしている。

全輝による一夏へのイジメを黙認した、俺達が何度もそれを訴えても聞く耳を持たなかった。

全輝(あのクソ野郎)の上っ面だけを見て、何も対処しなかった。

全輝(あのクソ野郎)が俺たちに対して行い続けた行為にも、目を背け続けた。

 

「お見舞いも未だに誰も来てないんだってな」

 

「僕らが最初で最後かもしれないよ」

 

「どうせ誰も来ないのは知ってるからな」

 

「もう教職員には復職出来ないんだ。聞く相手誰もいないのが分かり切ってるなら、気分も悪くならないんじゃないかな?」

 

小松原が歯をカチカチと鳴らす。

情報がここま流れてしまっていたとは思いもよらなかったのだろう。

事前にここまで情報を送ってくれた(なにがし)の情報網はどうなっているんだか…まあ、感謝してるけどな。

 

「さあ、キリキリ吐いてもらおうか」

 

「ただし、言葉を選んだほうがいいと思うよ」

 

ここでボイスレコーダーの録音ボタンを押す。

これでしっかりと証拠を入手しておくか。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「思った通り、あの子たちは情報収集に勤しんでくれているみたいだね」

 

モニターにはある病院の病室の様子が鮮明に映し出されている。

かつて、いっくんの担任を務めていた無能教師、その居場所と身辺の情報を提供したのは私だった。

それだけでなく、あの女の過去の振舞いを近辺の人間にもリークしている。

だから、見舞客の一人も来なかったというわけだった。

 

「さあ、全部暴露してもらうよ、お前の罪を」

 

それにしてもあの子たち、脅しが上手過ぎない?

あの眼光と言葉遣いじゃ完全に時代錯誤のお礼参りだよ…。

くーちゃんによる粛清ではあったけど、全身不随に陥るとは思ってもみなかった。

それに、二人が用意した花を見てみる。

用意した花はそれぞれ

『黒百合』、花言葉は『(のろ)い』

『カルミア』、花言葉は『裏切り』

『ロベリア』、花言葉は『悪意』

 

…うん、徹底してるね

 

「この様子なら問題ないでしょ。

録画録音もしてあるからあの醜女(しこめ)は放置して、ウェイ君の様子を見ないとね♡」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

アリーナはすでに1年生の生徒が大勢集っていた。

ウェイルは最終調整のためにと整備室に向かっていった。

万全の用意をするためにと、あの兄妹の姉を名乗る人物と一緒に。

どうにもメルクの機体も調整を要するとかで私とティナは放り出されてしまった。

 

「な~んか納得いかない…」

 

「仕方ないじゃない、久々の家族との対面だったのよ?

こういう時期に来てくれるのは結構なイレギュラーかもしれないけど、久々の再会だから弾む話もあれば、企業関係の話もあると思うからそっとしときなさいって」

 

それは判ってるんだけどさぁ…、メルクと、あの姉を名乗る人物からミッチリと話をしておきたかったっていうのに、初っ端から出鼻をくじかれたようなもんじゃない!

 

「鈴ちゃんから見て、今回は大きく予想外の結果になったってことかしらね」

 

楯無さんの言葉に私は大きく項垂れた。

ウェイルとメルクの姉、それはイタリア国家代表選手『アリーシャ・ジョセスターフ』女史だと思っていた。

なのに、今回姿を見せたのはそれとはまた別の人物だった。

 

「ヘキサ・アイリーン、企業所属のテストパイロットでもあり、空軍所属のIS搭乗者というところまでは訊いたけど…。

あの楽しそうな横顔を見てると…」

 

とてもじゃないけど、偽物だなんて思えないのが正直な話。

私の予想は大きく外れてしまった。

だけど、話を伺うか否かは別の話。

 

「私とウェイル君のタッグが試合に至るまで一時間、そろそろ出てきてくれないかなぁ…。

まだ確認が終わらないのかしら?」

 

しかも相手はあの全輝、万全の用意をしておきたいだろうけどそこまで必要になるのかな?

ウェイルだったらこの前のクラス対抗戦の時のように一蹴してしまう様子が思い起こされる。

その後のアイツの戦闘方法は何も変わっておらず、訓練の様子だって何一つ変化がなかったというのもウェイルの手元に情報として巡ってきている筈。

それを理解しながらも尚、調整に走ってるってことは…。

 

「ウェイル、もしかして今回本気を出すつもりなんじゃないの…?」

 

「…………」

 

ティナが目をそらした。

…間違いないわね、今回はウェイルが本気を出す予定なんだろう。

クラス対抗戦の戦い方はウェイルの本来の戦い方ではなかった、と。

思い返してみれば、脚部の兵装だってあの時には使っていなかったものね。

シャルル…じゃなくて、シャルロット相手に使った時だって予定外じみた事をぼやいていたわけだし。

でも、このタイミングにまで秘密にしていたのは、そういう風に助言した生徒会長さんが居たわけだからね…。

ウェイル本人が「企業側からの許可」云々はでまかせのブラフだろう。

 

さて、隠し弾は脚部のスライド式の杭と…残るは2つくらいありそうな気がする。

場合によっては4つくらい出そうなのが少しばかり怖い。

 

そんな風に考えていると調整が終わったのか、整備室の扉が開き、4人が出てきた。

 

「調整、終わりっと…さぁて、もうすぐ試合だな…」

 

「この試合で早速使うんですね!

お兄さん本来の戦闘法(スタイル)を!」

 

はい、言質取りました。

やっぱりあの時とはまた別の手法を隠し持っているらしい。

 

「だけど、それはメルクも同じだろう。

アイルランド支部から稼働試験を頼まれた兵装をメルク用にロールアウトし直したんだからな」

 

はい、兄に続けて妹も隠し弾を用意していたことも判明しましたよ、と。

なーんか嫌な予感と同時に、妙な信頼までもが生じているのは不思議でならない。

私のパートナーはメルクだけど、試合はシード枠で最初からアドバンテージを得ている。

しばらく時間が空くからじっくりと話を伺うとしようかしらね。

 

ウェイルがティナを伴ってピットへと走っていくのを眺め、私は視線をメルク、その姉と、今回何らかの手荷物を持ってきたクロエとやらに視線を向けた。

 

「ねえ、ちょっと話があるんだけど」

 

そういって呼び止めた。

メルクたちを引き連れてやってきたのは、生徒の姿がまばらな観客席だった。

この場所ならほかの人に話を聞かれる心配もないから都合がいい。

楯無さんは何も言わずに私たちがこの席へと足を向けた事については何も言わなかった。

 

「それで、私たちに何の話があるの?」

 

ピットから深い紫のテンペスタと、基本カラーのテンペスタが飛び出し、試合を始める。

その鋼の塊が衝突しあう音の中、私は口を開いた。

 

「ウェイルの昔の話に興味があるのよ、だから色々と教えてもらえないかしら?」

 

一気に切り出すのではなく、少しずつ切り崩す!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

鈴ちゃんがどんな手で切り崩しにかかるのかと思えば、少しずつ切り崩す手法に出るのね。

それはいいけど、これは時間に余裕のある人だからこそ出来る手法だとは思う。

試合がシード枠に入り込めたから、時間には余裕がるのよね。

かくいう私はトーナメント事態に参加しないからどれだけでも時間に余裕がある。

 

「まあ、良いでしょう。

本人からすれば知られたくない事もあるでしょうから、答えは選ぶわよ」

 

鈴ちゃんの前にヘキサさんが立ちはだかる。

亜麻色の髪を揺らしながら、微笑むけれど、その姿に何か寒気を感じた。

 

「先に言っておくけれど、ウェイルは養子だと言うことを踏まえておいて。

本人が気にしているから、眼前では言わないように」

 

外見の特徴が大きく違っているのは理解してたけど、本人は気にしているのね。

思い返せば、それも言ってたわ…。

 

「それに、昔の話と言ってもねぇ。

機械いじりと、釣りが好き、とかかしら?」

 

機械いじりに釣り、かぁ…。

だけど、一夏との共通点は年齢以外にもある。

瞳の色もそうだし、釣りという趣味も。

 

「養子ってことだけど、どこかの施設とかからの出身って事?」

 

この質問は一種の賭け。

『違う』『知らない』と言われたら、そこにこそ付け入るスキが生じ、私の勘はより一層確信へと近づく。

だけど、もしも『そうだ』と答えられた場合は…。

 

「そうですよ」

 

…返答を返したのは、ヘキサ女史ではなく、メルクだった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「お兄さんが居た場所には、沢山の人が居ました」

 

鈴さんが掴もうとしているのは、お兄さんの過去。

探し人をしているのは知っている。

だから、そういう場合の切り抜け方をこちらも当然用意している(・・・・・・)

 

「私の両親が、その施設を運営している方と知り合いだったんです。

そこに居る人達の中では、お兄さんは当時は最年少で…身請けできる人が居なかったんです。

それを知って、両親が家族として迎え入れることにしたんですよ」

 

嘘ではないけれど、決して真実でもない。

その返答で切り抜けることはイタリアを発つ前から決めていました。

 

確信を持たせず、そのうえでこちらの尻尾を掴ませないようにするため、と。

全ては、お兄さんを守るために。

 

「…誕生日は?」

 

「お兄さんの誕生日は12月1日、私の1日前ですよ」

 

「…なら…」

 

「鈴さん、人の過去を執拗に詮索するのはよくありませんよ」

 

鈴さんの心情は理解していますけど、これ以上確信へは近づかせない。

家族で決めたこの選択だから。

諦めさせるのも一つの手だと、私達の罪だと理解しているけれど…!

 

それでも例外はある。

もしも…もしも、お兄さんが記憶を取り戻した場合は…真実を告げよう、と。

その時にはお兄さんと鈴さんがどんな反応をするかは判らないけれど…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

鈴ちゃんがメルクちゃん達にこういった事を尋ねていたのは私としては理解ができていた。

鈴ちゃんの探し人である『織斑一夏』君が『ウェイル・ハース』君と同一人物ではないのかと、以前から考えていたのは私も本人から教えてもらっていた。

だから、ウェイル君の耳が届かない場所でこうやって親密な人相手に情報を吐き出させようとしていた。

でも、メルクちゃん達の側が一枚上手だったかもしれない。

イタリアは私達暗部をも軽々と凌ぐほどの手管を持ち合わせている。

この受け答えだって、事前に口裏を合わせていた可能性が非常に高いと踏んでいる。

なにしろ、ウェイル君が過ごしていた施設が『どのような場所か』という事だけは避けていた。

だとしたら…嘘ではないけれど(・・・・・・・・)、それと同時に真実でもない(・・・・・・)答えを用意していた考えるべき、ね…。

 

それを事前に根回しし、答えを用意していたというのなら…メルクちゃんはイタリアの国の闇にも通じている可能性が浮上してきた。

だけど、私はこれ以上は近づく事が出来ない。

私たち日本暗部は、イタリアの手によって刃を喉元に突き付けられているから。

 

実際、ヘキサ女史とメルクちゃんは鈴ちゃんの相手をしているけれど、クロエと呼ばれていた子は私に視線を向けている。

その双眸は閉ざされているように見えるのに、まるで『見えているぞ』と視線だけで脅してくる。

ヘキサ女史も、護衛を名乗るだけあれば、相当の実力者。

懐に何らかの暗器を忍ばせていると考慮するだけでも迂闊に動けない。

 

「…完敗ね…鈴ちゃんはこれ以上は踏み込めず、私も動けない…!」

 

メルクちゃんはといえば、鈴ちゃんに背中を向け、ウェイル君へと視線を向けている。

その背中はあまりにも無防備、だけどそれを返せば鈴ちゃんへの信頼もあるのだろう。

『背後から襲うような人ではない』、と。

 

「強いわね、今年の新入生は…」

 

あの二人がこのまま平行線が続くことは容易に想像がつく。

けど、それは『離れる事は無い』という意味でもある。

それでも…それでも、その平衡の道はどこかで交差する未来が起こりえるかもしれない。

 

「なら、その交差できる日が訪れるように、私がみんなを支えないとね…」

 

メルクちゃん達から視線を離し、アリーナの戦況に視線を移す。

そこには二つの機体が火花を散らしあっていた。

 

光を思わせる白い機体。

けど、その内面は混沌に満ちた邪悪。

 

影を思わせる紫の機体。

けど、決してそれに染まらぬ輝きを魅せている。

 

まるで陰陽図ね…。

 

白い悪意と、黒の熱意、とでも表現すればいいかしら。

 

「…とうとう出したわね、彼の本気、本来のスタイルを…!」

 

視線の先でウェイル君がまた一風変わったことを見せていた。

風に紛れて彼の声が私の耳に届く。

 

「これが…今の俺に導き出せる限りの最善解だ!」



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第65話 思風 告げる

いろいろとセリフを突っ込んでみたかっただけなんです…


調整が終わった直後、俺はティナに手首を鷲掴みにされ、ピットへと走る羽目になった。

 

「お、おい、そんなに勢いづけて走ると転ぶぞ!」

 

「だったらもっと調整を早く終わらせてよね!!

もうそんなに時間がないんだから!ほら、走って走って!」

 

ティナの身長は俺より少しだけ小さいくらい。

だがメルクよりは大きい…だから、やや長身の女子という分類には入るだろう。

だいたい166センチといったところか。

そんな女子に手首をつかまれて走るのは流石に見栄えが悪い気がする。

 

「そんな風につかまなくても走れるって!」

 

「道程はわかってるの?」

 

ほかのアリーナだって構造は然程変わらないだろう。

であれば、前回の対抗戦の時と走るコースは同じだ。

ティナが手を放し、俺もようやく自分のペースで走り始めた。

ティナ本人は無意識ったのかもしれないが、ISスーツ姿のまま眼前を走っていると流石に目のやり場に困る。

姉さんも同じような事をしていた覚えもあるが、今になっても慣れないのは仕方のない話だと片付けておく。

 

「おっ、ウェイル君も結構な健脚ねぇ」

 

「それは普段の特訓の頃から知っているだろう。

けど、この程度で息を切らすなよ?

もうじき試合なんだからな」

 

「誰のせいだと!?」

 

いかん、話が堂々巡りになってきた。

なのでさっさと切り上げ、ペースも上げていく。

走っている最中、簪ともすれ違い、軽く手を振っておく。

次に見かけたのはティエル先生だった。

行き先を指さしてくれるので、それを頼りに階段を上り、目的地へとたどり着いた。

俺の到着から4秒後にティナも到着した。

 

「ようやく到着しましたね、試合時間まで残り少しですよ」

 

「はぁい、フロワ先生!」

 

息を整えたティナが応答して返す。

それを見て思い出す、2組との合同授業で幾度か見かけた担任の教諭だったな。

 

「ハミルトンさん、ウェイル君のサポートを頑張りなさい」

 

「勿論!」

 

いや、どちらかというと俺がサポート側だと思うんだけどな…。

 

「これで準備よし!」

 

ピットに鎮座しているのはイタリア製第二世代型量産機テンペスタⅡ。

学園に配備されている訓練機で、これはその4番機だ。

(デフォルトカラー)のテンペスタを身に纏い、右手にトゥルビネ(アサルトライフル)、左手にネロ(サブマシンガン)を握る。

訓練の時と同じ高機動による射撃特化型の戦闘方法をとるようだ。

 

「調子はどうだ?」

 

「万全♪

今までの訓練で集積させておいたパーソナルデータも入力したから問題無いわ!」

 

早朝、放課後、そして夜間に訓練を積み、そのデータをサンプルに。

テンペスタ各機にも多少の癖があり、一番馴染んだそれを繰り返し使い、戦闘データを繰り返し集積。

ティナ本人が好む戦闘方法と、普段はあまり使わない戦術も頭に入れてもらった。

それらを全て集積し、自動補助(セミオート)のデータを書き換えた。

これによって、ティナがテンペスタⅡ訓練機4号に搭乗した際に使用できる専用のプログラムが完成したというわけだ。

その作成に徹夜までした日だってある。

その戦闘用プログラムを利用して今回のトーナメントに挑み、その戦果と集積したデータをアメリカ本国に提出し、次回の国家代表候補生選抜試験に挑むらしい。

目標を叶えられる様に彼女には頑張ってほしい。

 

「来てくれ、嵐影(テンペスタ・アンブラ)

 

俺のコールに応え、暗紫色の装甲が展開される。

コールから展開完了まで0.2秒、平均的なタイムに少し安堵した。

 

「さて…」

 

両手に長槍轟音(ウラガーノ)を握る。

もともとは俺が考案、デザインした代物ではあるが、それはかつてはプロトタイプとして既に開発されていた。

そこに、ルーマニア支部からの発想を取り入れ、ようやく完全な品へと姿を変えた。

それだけでなく、イタリアのテンペスタⅡに於ける標準兵装として新規実装された。

現在イタリアでは長剣型兵装グラディウスの生産は完全に途絶し、ウラガーノが主流だ。

言ってしまえば…言い方は悪いが、ティナ右手に握っているトゥルビネは1時代遅れてしまっているものだ。

ウラガーノはイタリアで実装されてはいるが、この学園にはまだ導入されていない最新兵装になるのだろう。

 

「ハース君?その兵装は?」

 

「…ただの槍ですよ」

 

無論、コイツを知っている教諭は多くない。

知っているとすれば俺の担任のティエル先生と学園長だけだろう。

この点についてもそうだ。兵装は担任には公開する必要はあるが、他クラスの教諭にまでは伝える義務が無い。

普段の授業では隠し続けていたから知られていないのは当たり前だ。

そしてそれは特製弾丸『暴君(カリギュラ)』も含まれる。

 

「それに、普段腕に搭載していた細い杭も見当たらないけれど…?」

 

「イーグルは外しています、今回は使いませんよ」

 

モニターで時間を確認する。

試合の定刻まで残り2分を切った。

 

「ウェイル君、この初戦におけるフォーメーションは理解してるよね?」

 

「ああ、全部頭に叩き込んだ」

 

ピットの扉が解放される。

本来であればすぐにでも飛び立つところだが、今回は特殊な作戦を考案された。

 

試合のルールとしては、定刻にブザーが鳴って試合開始となるが、それまでにフィールドに間に合わなければ失格処分とされる。

そう、定刻までに突入してしまえば(・・・・・・・・)試合開始に応じられるということだ。

今回この作戦を執るために、使用するピットを東側を要望した。

それは時間的に太陽の光が入り込みにくく、ピット内部の俺たちの姿を捉えにくくなるからだった。

光学カメラによる確認をしてしまえばそこまでだが、試合一つのために使うことはないだろうというのが今回の作戦。

 

「3♪」

 

ご機嫌なティナによるカウントダウンが始まる。

背面スラスターを稼働させるも、放出はまだしない

 

「2♪」

 

方向を微調整。

ティナは織斑へ向けて、俺はもう一方の打鉄に向けて突撃準備を完了させる。

 

「1♪」

 

両手の握る力を強める。

そして

 

「「ゼロ!!」」

 

扉の陰から飛び出し、フィールドに突入すると同時に試合開始時間を告げるブザーが鳴り響く。

だが、試合時間遅刻を告げる通告はされていない以上は試合続行が認められる。

もうこの時点で俺もティナも連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)での吶喊だ。

これこそ大旋嵐(テンペスタ)の真骨頂!

 

ドゴォンッ!!!!

 

二つの轟音が響き渡る。

 

ティナの機体制御も今では見事なもので、速度そのままに回し蹴りを叩き込み織斑を蹴り飛ばしている。

かくいう俺も、双槍での突撃を成功させ、打鉄を吹き飛ばした。

 

「やり過ぎたかな?

いや、試合なんだ、まだまだ行くぞ!」

 

可変形式銃槍(アサルトブージ)、ウラガーノの見せ場はまだまだこれからだからな!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイル君と一緒に考えた作戦は大成功だった。

試合開始時間ギリギリに突入し、その速度そのままに相手への奇襲。

これによって対戦相手を吹き飛ばし、それぞれ各個撃破の陣形をとれた。

 

「クソがぁっ!」

 

濛々と立ち込める土煙の中、白い機体が姿を現した。

この試合における脅威はあの機体。

だから、先ほどの一撃でSEを一気に削る必要があった。

本来なら、一度は勝利しているウェイル君に任せておきたかったけど、それは甘えになるだろうからと、「SEを半分削るまでは私が相手をする」と言ってのけてみた。

ウェイル君はあっさりと納得してくれたけれど、メルクは渋い顔をしていた。

それは私だって納得している。

第二世代機で(・・・・・)第三世代機を超える(・・・・・・・・・)のは非常に難しいとされている。

だけど、ウェイル君はそれをやってのけた。

そして、今回それを私が実現するための作戦を一生懸命、一緒に考えてくれたうえで、私に任せてくれた。

なら、その信用に応えないとね!

 

「悪いけど、しばらく付き合ってもらうわよ!」

 

「へぇ、量産機で俺に勝とうっての?

随分と甘く見られたものだなぁ!」

 

「それこそどうかしらね!」

 

私の狙いは勝利じゃない。

あくまで削り続ける事!

両手の引き金を引き、大量の弾丸が発射される。

それでも回避される、でもそれも想定範囲内!

背面スラスターを逆放出!

 

「当たらないわよ!」

 

横なぎに振るわれるブレード回避!

勢いを維持したまま上方向に向けて後退瞬時加速(バックイグニッション)

急制動に体への圧迫を強く感じる。

これはメルクが「使わない方が良い」と言っていた技法。

なるほど、確かにこの制動はあんまり繰り返し使えそうにない。

でも、これをウェイル君は安全機構(セーフティ)を解除させてまで繰り返し使っていた。

だからと言って、国家代表候補生を目指す私がその程度成功させないで、目標にたどり着けるか!

 

「撃ち落す!」

 

再び両手のトリガーを引き、方向転換途中だった織斑に弾丸の雨を叩き込む。

背面スラスターを停止させ、姿勢制御に持ち込み、再び瞬時加速(イグニッション・ブースト)

着地し、脚部装甲で地面を削っていき減速。

停止させる間もなく右翼の出力を最大に、左翼だけを姿勢制御に使い、織斑を中心に円を描くように地を駆けながら全周囲から弾幕を浴びせる。

脳裏に思い返されるのはウェイル君が言っていた言葉だった。

 

「織斑の戦法は、接近してブレードを振るう、それ一つだけだ。

そしてそれは単一仕様能力(ワンオフアビリティ)を使用した際も変わらない。

だから、織斑の間合いで戦おうとするな、射撃一辺倒の戦闘をしたいのなら猶更だ。

試合開始同時の奇襲を最初で最後にしたほうがいい、それで大幅にSEを削ってしまうのが理想的だ」

 

「理想的ってどういう事?」

 

「織斑の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)は無償で使えるものではないって事だ。

直撃すればこちらのSEを大幅に削られるが、自身のSEを削り続ける。

尚詳しく言えば『発動し続けている間は(・・・・・・・・・・)』自身の機体のSEを代償にしているんだ」

 

「なるほど、最初の一撃で大きく削っておけば、発動させることに関して自身のSEの枯渇を危惧させ続けるってことか。

接近して直撃させようとすれば、瞬時加速でもSEを削るんだから二重消費にもなる」

 

「そういう事だ」

 

こうして織斑を相手にする際のマニュアルは構築されていった。

内容が結構単純だけど、それでも、同じ作業を繰り返して行えるように機体の調整も力を入れている。

私が学園から借りたテンペスタも、私の操縦技量に付け加え、小型の追加スラスターも導入し、姿勢制御も緻密性を自動制御してもらえるようにしてある。

 

「この程度の奴に俺が負けると思うなぁっ!」

 

「言ってくれるわねっ!」

 

振るわれるブレードの軌道は見えている。

横なぎに振り払われるであろうその間合いから後退瞬時加速(バックイグニッション)で事前回避。

その間にも両手に持ったアサルトライフルとサブマシンガンを一斉掃射!

 

…いける!

 

ウェイル君との作戦会議では50%削ったところでフォーメーションを交代させるということだけど、

 

「私の事を『この程度』とか言ってたわね」

 

「……?」

 

両手に持った銃の引き鉄を引くけれど、カチャカチャと乾いた音が響く。

どうやら弾切れらしい…だけど!

 

織斑が私の弾切れを察したのか一気に突っ込んでくる!

それを見越して私は両手の銃を指先だけでクルリと一回転させ、再びグリップを握る。

 

「どの程度までが…『この程度』なのかしら!」

 

再び引き鉄を引く。

 

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!

 

銃口から再度弾丸が一気に発射され、白い機体のSEをガリガリと削っていく。

 

「嘘だろっ!?」

 

これが、ウェイル君の作り出したプログラムの一つだった。

特定のモーションを入れる事で、自動的に弾倉そのものを自動交換させる。

これによって弾倉を手作業で交換する必要もなく、弾倉を装填した兵装を拡張領域から取り出す手間も省く。

自分にとって使い慣れた銃を手元に置いたまま、使い続ける戦法を取れる。

更には弾倉を大量に登録させることでメモリを余すことなく使えるようになり、大型の大火力兵装登録によるメモリ圧迫も回避ができるようになった。

これもまたウェイル君の発想らしい、プログラムの名称はまだ命名されていないらしいけど。

いわば、発想の転換による『飛翔する火薬庫』の発展型。

 

「ティナ、そっちの調子はどうだ?」

 

唐突にウェイル君からの通信が入り、

 

「絶好調!」

 

と返す。

実際、ウェイル君が通信を入れてくるよりも前に織斑のSEは残り40%の所まで削ることには成功している。

そもそも、ウェイル君の技術と助言、作戦のおかげで私のテンペスタは85%残っている。

うん、この圧勝っぷりには私も気分がいい

 

「なら、そろそろ」

 

「オフコース!相手の交換ね!」

 

再び後退瞬時加速(バックイグニッション)

ウェイル君とすれ違う瞬間まで射撃を続け、数舜後にはスラスターが自動で姿勢制御してくれる。

 

「Hey!Ms.谷本!残りの時間は私が相手をするわね!」

 

「…むぅ…」

 

両手の銃を構えようかと思ったけど、相手の観察を先にする。

相手の機体は『打鉄』、右手にブレード、左手には物理シールドを携えている。

守りながらの戦闘方法を好んでいたらしいけれど、そのシールドはすでにボロボロの状態。

ウェイル君も派手にやっていたらしいわね。

視線を移動させ…容姿を含めて観察、頭のてっぺんから顔、肩…うん、細いわね。

そして肩から下に視線を移し…その部位を見て私は腕を組んで見せつける。

 

「…フフ…」

 

「…その挑発、敢えて受けて立つ!」

 

おっと、気にしてたみたい。

鈴と同じところに導火線を持っていたみたいね。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

織斑の機体を観察してみる。

モニター上では残存するSEは38%、ティナは大金星を挙げていたらしい。

 

「俺の相方には散々苦戦させられていたらしいな」

 

「うるせぇよ、そういうお前は奇襲をしてこないのか。

それとも策が尽きたのか?」

 

さあ、それはどうだろうな?

 

「そもそも俺は相手が悪かっただけだ!

近接戦闘を交えるお前ならタカが知れてるんだよ!」

 

へえ?俺はまだお前相手に全ての手の内を見せた覚えは無い(・・・・・・・・・・・・・・・)がな。

 

織斑が一気に間合いを詰めてくる。

だが単一仕様能力を無為に発動させてくることはなさそうだ。

俺は両手の轟音(ウラガーノ)を構える。

 

ギャギィッ!

織斑の一刀と俺の双槍が咬みあう。

槍の懐に入ればブレードが届く、そう考えているらしいが、その程度の事は俺だって自覚はしている。

だから、懐に近づいたとしても入れてやる気は無い(・・・・・・・・・)

 

「オラァッ!」

 

力任せの一薙ぎ、それを後退瞬時加速(バックイグニッション)で事前回避。

だが、追撃と言わんばかりに肉薄してくる。

 

「…かかったな」

 

「…なにっ!?」

 

肉薄してくる瞬間には、両手の槍の変形(・・)は完了していた。

左手の槍は長柄の中心点にあるリング型グリップを中心に二つ折りとなり、穂先がスライドして展開し、その中央部からは銃口を覗かせている。

右手の槍は二つ折りにはならず、リング型グリップから直接銃身を飛び出させている。

 

言わば、左手にはアサルトライフル、右手にはハンドガンが握られた状態だ。

 

ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

ドガガガガガガガガガガガガガガガ!

 

二つの銃声が鳴り響く。

 

「さあ、いくぜ『暴君(カリギュラ)』!」

 

左手の銃を一回転させ、音声を込めた弾倉自動装填。

狙いをつけ…発射!

 

ドォォォォォォォォンッ!ドォォォォォォォォンッ!ドォォォォォォォォンッ!ドォォォォォォォォンッ!ドォォォォォォォォンッ!

 

着弾と同時に小規模の爆発が織斑を襲う。

 

「クソッ!」

 

これ以上撃たれるのは嫌なのか、はたまた散らばもろともと考えたか、瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に距離を詰めようとしてくる。

 

「お、上手く飛び出してきたな。

威力は良いが、土ぼこりまで起こしてしまうな、例の無銘の弾丸よりかはましだが、威力については要相談だな」

そして、俺の右側から寄ってくる。

 

「前回のお前との対戦で!お前の癖は見抜いてんだよ!

お前は…右側からの反応がのろいってなぁっ!」

 

「それがどうした?」

 

そんな悪癖、自分でも自覚しているし、それを埋めるための用意もしてあるんだよ。

大上段から振り下ろされるブレードをギリギリで避ける。

少しだけ後退して様子見に移る。

肉薄すれば確かに暴君(カリギュラ)の弾丸は使えない。

 

下段からブレードを振るわれる。

脚部装甲拘束解除!

 

「オラァッ!」

 

「そらよっ!」

 

ブレードと俺の脚部から突き出された杭が衝突し、甲高い金属音が響く。

これも前回使用した際の使い勝手から色々と考察していた。

兵装の仕様からすれば、これは視覚外からの、そして近接距離からの奇襲にも使えるのではないのかと。

その為、この兵装の直径をさらに細く、軽量にすることで、素早く、より鋭く動かせるようになった。

副次効果ではあるが、『振り上げる』形での攻撃に対し、速度を殺すことで完全停止もできるようになった。

今のこの時のように…まるで、俺が織斑のブレードを踏みつけるような形に拮抗させられるほどに。

 

「で?もう終わりか?」

 

「テメェ如きが…俺を見下ろすな…!」

 

「お前が下にいるんだ、それを見下ろして何が悪い?」

 

偶然か、あの時の皮肉を繰り返した。

 

「お前には随分と迷惑を被ったんだ、倍以上に返してやると決めていたんだ」

 

「なんだと…!」

 

もののついでに言っておいてやるか。

 

「この学園には専用機所持者が数名いるが、その中でもお前は一番弱いだろうぜ」

 

「勝手なことを言ってんじゃねぇっ!」

 

ブレードを振り払い、刺突の形で突き出してくる。

だが、突き出した先には俺はもう居ない。

瞬時加速のスピードで体を縦に回転させて回避。

内臓が圧迫される感覚に襲われるが、歯を食いしばって耐える。

左足のアウルを突き出し、奴の手元を襲う。

 

ガキャァッ!

 

「理由を教えてやるよ」

 

俺の背後に回ったであろう織斑に視線だけ向ける。

 

突き出されたアウルは奴に掠めた。

左手のマニピュレーター、その小指を。

 

「ティナに今回の戦術を考案したのは俺だよ」

 

「それが何だってんだ!」

 

ゆっくりと、余裕をもって振り返る。

奴の双眸が見えるが、そこに余裕がない、滾っているのは憎悪の類だろう。

 

「織斑、お前の戦術は、接近してからの近接格闘、そして単一仕様能力だけだ。

中遠距離射撃戦闘をする相手、実弾兵装を使用する相手にはほとほと無力だってことだ。

それを、今回ティナが実演して見せた、俺が考案した戦術でな。

お前が射撃をしてくれば話は別かもしれないが、今の状況のようにチームメイトから射撃兵装を借りられないように分断してしまえばそれも防げる」

 

この瞬間になって織斑が別方向に視線を反らす。

どうやら今になって相方の場所と距離に気づいたらしい。

それでもすぐ視線を戻すところ、俺に集中しておきたいらしい。

 

「更に言っておけば、その戦術を多くの生徒に公開したことによって、お前への対策手段に走る一般生徒も多くなるだろうさ」

 

ギリ、と犬歯を剥き出しにしてまで俺を睨んでくる。

以前はこの様子を見れば一歩引いていたが、今の俺にはあの時のような胸騒ぎはしなかった。

相方や家族が心の支えになってくれているんだろうか。

 

「その程度が何だってんだ」

 

「まだ判らないか?

今後は生徒はお前の機体の速度に追いつけるように、いや…お前が追えない速度で対応出来るように技術を磨く。

お前が踏み台といった機体『テンペスタ(・・・・・)』でな」

 

そう、奴の機体に追いつき、そして追いきれない速度に至るには、打鉄ではなく、テンペスタであるほうが有利になる。

追加でスラスターを導入し、射撃戦闘に特化するようになる。

ブレード一振りだけの戦闘など『時代遅れ(・・・・)』でしかないのだと。




いつから、切り札が一つだけだと勘違いしていた?

とまあ、今回のコンセプトは『備えあれば憂いなし』でした。

以下、今回登場した兵装の説明

ウラガーノ
イタリア製第二世代型量産兵装。
『轟音』の銘を冠している。
長槍を模した兵装であり、『槍剣』『銃剣』の可変系システムを有したもの。
『ハンドガン内蔵式』の二種類がある。
これまではテンペスタⅡでは、
長剣型兵装である『グラディウス』、3点バースト式アサルトライフル『トゥルビネ』を標準兵装とした戦闘が主流だったが、ウラガーノの試験稼働後に、新たな標準兵装として更新され、イタリア国内に於けるテンペスタⅡに更新、配備、実装された。
ウェイルの場合は、その両方を同時使用という他に類を見ない戦法を好み、速度と技量を活かしている。
稼働試験後にはルーマニア支部からの修正も入り、現在のように籠鍔を導入し、変形機構がよりスムーズになった。
なお、本国では可変形式のものが搭乗者からは好まれている様子。

なお、初期の考案、設計はウェイル・ハース


カリギュラ
月光に魅せられた狂皇の銘を冠した起爆機構を兼ね添えた弾丸。
着弾と同時に起爆し、より大きな損害を相手に与えるという奇抜な仕様になっている。
アサルトライフル式、ハンドガン式の弾頭が開発されており、その性能から見れば最早『銃とミサイルの中間』とも言える。
先の戦闘でも使用された無銘の爆発弾から改良されたものとなっている。


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第66話 想風 最善解

ブレード一振りでの戦闘など、『時代遅れ(・・・・)』。

近接戦闘と射撃戦闘の両方を兼ね添えた兵装がこれからのIS戦闘の需要を掌握するようになる。

そして、奴が『踏み台』と称したテンペスタが奴の天敵となる。

これ以上の皮肉は無いだろう。

普段ならここまでは言わないが、織斑にはさんざん迷惑を被ってきたんだ。

なら、ここで辛い現実を見せてやっても構わないだろう。

 

「ティナに授けたのは戦術だけではなく、プログラムもそうだ。

お前の動きに連動して事前回避できるように何度もシミュレーションを重ねて、制動させるようにプログラムを作り上げた。

弾丸の自動装填システムもそうだ、その全てを組み上げたんだ」

 

実際には俺とメルクの共同で作ったものではあるが、そこまで言う事も無いだろう。

 

「だから何だよ、それは以前の俺との対戦でのデータを使って組み上げたものだろう!

あの頃よりも俺は数段強くな」

 

「そんな訳が無いだろう。

連日、お前の戦闘データは収集しておいたんだ。

それこそ、クラス対抗戦の前から、今日にいたるまで、な」

 

事実だ。

多少欠けている日こそあるが、奴の映像から戦績や戦術の多くは手元に流れてきていた。

聞くところによると、織斑を快く思わない人物は1年1組にも居るらしく、その人物を仲介し、楯無さんへ渡り、俺に横流しされてきている。

1年1組の誰なのかまでは教えてもらってはいないが、それこそ些末な話だ。

 

情報は頼んでもいないのに横流しされ、それに対する対抗用データが緻密に組み込まれ、天敵ともなれる機体と戦術の需要が一気に跳ね上がる。

…専用機所持者だけでなく、全生徒の中でも最も弱い存在になりかねないな。

まあ、それは俺の預かり知る話ではないな。

 

「そんな事が出来る筈が…!」

 

「できてるから、今のお前はその状況なんだろう。

ティナがやり遂げた、それこそが何よりの裏付けであり証明だ」

 

だが、俺はそのプログラムをアンブラにインストールはさせているが、起動させていない。

この試合が始まってからも、普段通りのフルマニュアル操作のままだ。

その俺にすら拮抗しているのならな……。

 

「だったら…専用機所持者最弱の汚名はお前が名乗るんだなぁっ!」

 

レーザーブレード形態に切り替えた。

だが、単一仕様能力を起動させていないのを見るに、まだ冷静さを失っていないようだ。

 

「残念、そもそも俺は搭乗者ではなく技術者志望なんだよ!」

 

右翼3機を最大出力!

瞬時加速(イグニッションブースト)の速度で真横方向へ回避!

返す刃が振るわれるが、右手のウラガーノの長柄で受け止める!

 

「だったら…俺の道を遮るな雑魚がぁっ!」

 

脚部のアウルを突き出す!

右手の甲の装甲を多少掠め、火花が散る!

 

「ほら見ろ!テメェは致命的な欠点を抱えてるだろうが!

それが原因で、お前はオレに負けるんだよ!

それが真実だろうがぁっ!」

 

振り払い、姿勢制御をするが、その間にも織斑は切りかかってくる。

また俺の右側から振るってくる。

 

「この程度でしかないお前如きが!

どれだけ本気になろうと、オレに届くわけが無いだろうが!」

 

「この程度?…どの程度までが『この程度』だ?」

 

 

 

 

織斑、お前は致命的なことを忘れているぞ。

 

 

 

 

お前は本気を出せば、と言ったな。

 

 

 

 

そもそも、だ。

根本的な事を勘違いしている。

 

 

 

 

「いつから俺が、本気を出していたなどと錯覚していた?」

 

 

 

 

俺は本気を出すどころか、本来のスタイル(・・・・・・・)を使っていなかったんだからな。

 

 

 

 

「起きろ、『夜明け(アルボーレ)』」

 

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

「何、アレ…」

 

ウェイルと全輝が拮抗して数秒後、見たことのないソレが現れた。

少しだけ不気味に思えたけれど、それでも何故かアレがウェイルが全輝程度に負けることなんて絶対にないと信じられた。

 

「あれが、お兄さんが考案し、実装されたもの…『アルボーレ』です。

しっかり見ていてください鈴さん」

 

「目に焼き付けておきなさい。

アルボーレをISに搭載して、戦闘にまで導入したのはウェイル以外誰一人として居ないのだから」

 

「今回渡したプログラムで、それが更にアップデートされています。

ここから先は、ウェイルさんにとっても驚愕するレベルですから」

 

イタリアから来た三人が順番に返答を返してくる。

色々と驚くようなことばかり言われている気がするけど、今はそれどころじゃない。

 

「アレが、ウェイルの本来のスタイル…。

狡いわよ、私にまで秘密にするなんて…」

 

それを先に見せてもらっていたであろうティナと楯無さんに少しだけ嫉妬した。

そして…ウェイルの隣に立てなかったのが…少しだけ悔しかった。

 

「全力で、本来のスタイルを見せ付けるっていうのなら…私と戦うまで、誰にも負けるんじゃないわよ!ウェイル!」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

お兄さんが今まで隠し続けてきたアルボーレをとうとう解放した。

今日この日まで隠し続けていたそれを出したからには、負けるつもりが無いという宣言なんだと私には察することが出来てました。

布仏さんが横流ししてくるデータを参考に織斑への対策用データを緻密に作り上げ、時には夜間戦闘訓練の後も徹夜をした日もありました。

その状態で、あの兵装をも解放したのなら、織斑にはもう勝ちの目なんて無いのは同然。

 

「お兄さんが今回イーグルを外しているのは、アルボーレを使用する際には動きを制限してしまうという弊害が生じてしまうからなんです」

 

「って事は…ウェイル君は本気なの?」

 

「いいえ、イーグルを使わず、アルボーレとウラガーノを使用するのが本来のスタイルということです」

 

楯無さんの疑問にも答えておく。

ここまでくれば、秘密にする理由なんてない。

それにあのアルボーレを秘密にしていたのはそれだけが理由ではないから。

 

「お兄さんが普段、機体をフルマニュアル制御にしているのは、お兄さんの反応速度に合わせるためでもあるんです。

そして…セミオート動作などの自動制御演算システムを、アルボーレの制御のために全てのリソースを費やす為だったんですから」

 

だから、アルボーレは、アンブラに搭載されておきながらも、唯一、お兄さんの制御を受け付けておらず、機体そのものが全自動で動かしている。

 

この勝負、お兄さんの勝ちです

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

「何だ、アレは…」

 

管制室から放り出され、一般控室のモニターで私は試合を見ていた。

全輝ではハースには勝てないかもしれない………そんな事をどこかで思いながらも、試合を見続けていたが、ここから全輝の圧倒的な劣勢が始まっていた。

翻弄され、的にされ、貫かれ、薙ぎ払われ…

 

顔は上半分が隠されているが、白い髪を靡かせながら、嵐を名乗る機体は駆け抜けていた。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

「起きろ『アルボーレ(夜明け)』」

 

その音声入力で、右肩に新たな兵装が展開される。

それは鋼仕掛けの多関節式の外装腕だった。

肩から伸びるその腕は俺の頭を超えた高さの辺りで折れ、腰の辺りに腕の肘にあたる部位を持つようになり、腕の先、いわば手は俺の足元にまで届いていた。

 

「何だよ…それは…!?」

 

「イタリア企業、FIAT製の外装補助腕『アルボーレ』。

今では…フランスとイギリスは除かれているが、欧州全土に広まっている技術だ。

災害復興、人命救助、工事現場、医療現場、技術開発研究所などでも多く出回っているものだ。

ISに搭載しているのは俺以外には誰も居ないがな」

 

アルボーレが勝手に両刃の長剣(グラディウス)を展開させて握る。

これがこの腕の特徴だった。

一度展開させれば、あとは全自動制御(フルオート)で動作を開始する。

機体制御用の演算システムのリソースを全て(・・・・・・・・・・・・・・)この腕に費やしているから、それは当然だが、この腕の反応速度は俺自身を超える。

右側の反応が遅いのは俺自身でも理解しているが、そんな欠点など気にする必要など一切無いと言っても過言ではない。

 

グラディウス

 

「一刀」

 

アウル・プロトタイプ・クローモード

 

「二爪」

 

俺自身とアルボーレ

 

「三腕」

 

ウラガーノとアウル・プロトタイプ・ランスモード

 

「四槍」

 

そして背面翼

 

「五翼」

 

久しぶりに使う本来の俺のスタイル。

やはりこれが一番体に馴染む。

練習し、模索し、時間を削り、その果てに見つけたのがこの答えだ。

 

「これが俺の本来のスタイル…これが俺のテンペスタ・アンブラ。

これが、今の俺が導き出せる限りの最善解だ!」

 

それでも、何物よりも優れた更なる最善解は幾つもあるのかもしれない。

だからこそ、模索を続ける価値がある。

きっと、そこには『完璧』なんてものはきっと無い。

視線を織斑に再び向けてみる。

 

「まだ試合の途中だぜ?

呆気にとられるようなら…程度が知れるというものだ!」

 

今度は俺が一気に肉薄する。

機体をバレルロールしながら左手のウラガーノでの射撃を叩き込む。

一瞬後にはアルボーレが袈裟斬りにグラディウスを振るう。

バレルロールを続けながら今度は右手に握られた銃弾を叩き込む。

そこで怯む織斑を見逃さないと言わんばかりにアルボーレが脳天に刃を振り下ろす。

 

「まだまだ!」

 

両手の銃を掃射。

続けて左足のアウルを突き出し織斑の姿勢を崩す。

グラディウスを手放したアウルがクローモードへと変わり、引き裂くように薙ぎ払う。

ここまでの連撃で織斑は完全に対応出来ていなかった。

その証拠に、すでに織斑は20m程離れた場所で息を荒げている。

 

「対応出来ないだろう?

これが俺の本来のスタイルだ」

 

「…………」

 

ウラガーノをランスモードに切り替え、そのまま腕を交差させる。

アルボーレもクロー形態から、アームモードへと切り替わり、再びグラディウスを握っている。

 

「お前は俺を雑魚だの言いたい放題だったが、その実はどうだ?」

 

「………」

 

返答は返ってこない。

まだ息が荒いようだから無理もないだろう。

見ればSEも残存22%になっている、単一仕様能力も使う暇は今回の試合の最中には無かっただろう。

とは言え、本来のスタイルは見せたんだ、もうとっとと終わらせてしまおう。

 

全ての背面翼にエネルギーを叩き込む。

 

「この…雑魚がぁっ!」

 

レーザーブレードが金色に染まる。

どうやらその一太刀で決着をつけようと考えているらしい。

大した度胸だと思う。

枯渇までの時間が短いであろう状況で単一仕様能力を使ってくるとは思わなかった。

だが…遅い(・・)

 

連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)を発動。

織斑の機体を超えた速度で大気を貫きながら駆け抜ける。

 

「これが!お前の欲した真実だ!」

 

両手のウラガーノと、アルボーレが握るグラディウスが同時に振るわれる。

 

ガギャァァァッッッ!!!!!!

 

力が拮抗…したのは一瞬だけだった。

いや、そもそも刃同士がぶつかる事など無かった。

俺の刃は、織斑のブレードの鍔を狙っていたからだ。

そこに内蔵されている出力装置は衝撃に耐えられず、鍔と一緒に崩壊した。

レーザー刃が消失、そこにアルボーレが握るグラディウス、そしてウラガーノの刃が一斉に襲う。

絶対防御の範囲から出ていたであろう背面翼をも切り裂き、3つの刃が振りぬかれた。

 

刃は圧し折れ、背面翼も失われたのと同時にSEも完全に枯渇…まではいかなかったらしい。

 

奴の周囲には、まるで爪で引き裂いたような痕跡が三つ記され、歪な三角形を記しているかのようだった。

その中心点に織斑は居る。

 

背面翼は斬り落とされ、腕部、脚部装甲も破損し、その奥には操縦桿を握る腕が見えた。

だがそれでも反重力生成ユニットは生きているらしく、機体はかろうじて浮遊している。

そうだな…あの状態になっても殴る程度は出来るかもしれない。

 

「まだだ、まだオレは負けてない…!」

 

「大人しく降伏(リザイン)しておけ、これ以上の機体破損は深刻なレベルになるぞ」

 

「うるせぇェッ!テメェ如きにオレが負けると思うなぁっ!」

 

降伏勧告はしておいた。

これ以上俺が手を下すまでもない、その必要も無いだろう。

俺には今回は頼もしい相棒がいる。

言うだけ言ったし、俺は織斑に背を向ける。

相手にする必要もなければ、これ以上俺が手を下すのも嫌だった。

俺が背を向けたことで隙だらけだとでも思ったのだろう、織斑が右手の装甲の展開を解除し、素手で殴りかかってこようとする。

 

「視野狭窄も甚だしい」

 

上空からの激しい推進音が鼓膜を叩く。

俺からすれば普段から聞きなれた音。

 

「その天辺に……!」

 

テンペスタの稼働音もそこには混じっている。

俺の相棒がこの数日間で死に物狂いで身に着けた技術、連装瞬時加速(リボルバーイグニッション)独特のそれだ。

 

「メテオドラァァァァァァァァイブゥッッッ!!!!」

 

ドッゴォォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッ!!!!!!

 

ただでさえ世界最速と名高いテンペスタの、しかも随所に追加スラスターを導入しての連装瞬時加速(リボルバーイグニッション)による超速度。

それが質量を伴ってのダイブアタックともなれば、もはや隕石同然かもしれない。

太陽を背にしていれば相手からは回避運動も判断もしていられる暇など無かっただろう。

今しがたティナが炸裂させた速度でのキックに織斑は当然耐えられるわけもなく、吹き飛ばされアリーナの壁面に激突。

絶対防御が発動されたが、それで終わりだった。

かろうじて残った装甲も見るも無残な状態となり、展開維持が不可能になったのか、燐光と一緒に消え去った。

 

『SE消失確認』

 

そのホロウインドウが現れると同時にブザーが鳴り響き、試合は終了した。

 

「負けた…?俺が…、また、あの量産機如きに…どうして…?」

 

「何もかも事前に準備しておいたからだ」

 

俺の言葉に織斑は俺に視線を向けてくる。

それを不愉快に思いながらも丁寧に答えることにした。

 

「情報を収集し、データをくみ上げ、危険要素があればをそれを使わせないように配慮し、戦術を組み、不意を突き、間合いを図り続け、タイミングを計り、何度も何度もシミュレーションを繰り返した。

万全と言えるであろう状態になっても尚も緻密に組み上げなおした。

お前を相手にする場合のことを考慮し、どんな状況になっても優勢に立てるように、自身が決して不利にならないように、幾つも幾つも策を用意してきたんだ」

 

「……は……?」

 

「情報は幾つも手に入った、それでも不足していると考え、それでもなお考えて策を用意し続けた」

 

呆気にとられて動けないのか反応できないのか、それとも思考放棄をしているのか、それはよく判らない。

 

「試合なんだ、誰だって負けたくないだろう。

だから準備を整え、策を用意する。

そんな事、誰だってやってる事だろう(・・・・・・・・・・・・)

 

俺がタッグの申請を悉く保留にし続けていたのは、それを考えるためでもあった。

クラス対抗戦以降、あいつの事は頭の片隅に追いやり、視界にも入れたくなかったが、先に手出しをしてきたのは織斑だった。

だから、コイツとまたどこかで衝突するという嫌な予感があった。

その日のためにも、コイツとの戦いの日のためだけに全てを費やし続けた。

 

「お前も何か考えがあったんだろうが、俺はそれも考慮していたさ。

思わぬ横槍もあったりしたけど、それが続く日々も考えてな」

 

「お前に、そんな事が出来る筈が…」

 

「誰かさんのお陰でそれも杞憂に終わったから良かったけどな。

お前に出来るのはその程度だって事だろう」

 

ありもしない話で人から疑われ続ける日々というのは本当に嫌で仕方なかった。

冤罪が証明されてよかったぜ。

 

「お前ができることはその程度、今ではお前がその人災を巻き起こした人物として白い目で見られているわけだ。

策士策に溺れるとか言ったか」

 

織斑が鋭い視線で俺を睨んでくる。

ティナも満面の笑顔で合流してくる。

 

「お前のやり口は嫌になるほど教えてもらっているんだ。

それに対してもこっちは先に用意をする必要があるんだ」

 

「…く…!」

 

さて一言余計かもしれないが言っておこう。

 

「1から10まで手を潰された程度で、万策尽きたか。

だったら、もう二度と俺達に手出しをするなよ」

 

そろそろ背後からの視線が不愉快だ。

飛んでくる最中のティナと合流し、ピットへ向かおうとしたが、そのティナが余計な事を言い始める。

 

「でも良いの?二人とも私がKOしちゃったけど?」

 

「ああ、構わない。

ティナは代表候補生を目指すためにもデータが必要になるんだろ?

だったらティナのためにそのデータは最優先で集積させる必要があったんだ。

俺はアルボーレのお披露目とそのデータの集積、ティナは目標を目指しての多くのデータ集積。

その為にも、量産機で専用機を打倒する(・・・・・・・・・・・・)程度のデータは最低でも必要だ。

今回は相手に恵まれたな、そのためにもサンプルデータが採れた」

 

視線を再度ピットに向ける。

ピットにはメルクが両手を大きく手を振って待ってくれていた。

さて、帰ろうか。

 

視線の先には笑顔のメルクと、微笑んでいるヘキサ先生に、クロエ女史の姿。

そして背後には歪な三角形の中央で睨んでくる織斑の姿が。

…あの状態ならまだ何かやらかしてくるかもしれない。

さっさと何か次の手を用意でもしておかないといけないかもな。

 

「ああ、疲れた」

 

「この後も快勝目指して頑張ろうね!」

 

この後というと、一般生徒との試合になっていたな。

でも、その前に少し休みたい…。

あ、でもメンテナンスとかしておかないと…。

技術者は忙しい…!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

試合が終わり、私は観客席に訪れていた。

弟は試合では完封されて惨敗。

機体も、前回以上にコナゴナに切り刻まれている様子に、開発元とへ送り、オーバーホールをしなくてはならないと考えるが、その惨状によって頭痛に苛まれていた。

白式は両翼が斬り落とされ、ブレードは鍔から真っ二つに圧し折られ、脚部装甲も大破というありさま。

更にはマニピュレーターも数本折れ、挙句には腕部装甲そのものが輪切りにされ、粉砕された。

むしろ、無事な場所といえばコアくらいかもしれない。

 

「またか…」

 

視線の先では頭痛の種である篠ノ之 箒がクラスメイト全員、そして監視をしているバーメナの手で取り押さえられていた。

 

「離せぇっ!

奴を!あの卑怯者は絶対に斬らなくてはならないんだ!

貴様等は何故それが判らないんだぁっ!」

 

あろうことか、その手には刀を…真剣を握って叫んでいる。

 

「千冬さん!

行かせてください!

ここで奴を討たなくては、またどんな卑怯な事をするか判らないんだ!

あんな奴を放置していたら…!」

 

「いい加減にしなさいよアンタは!」

 

「卑怯者はアンタでしょう!」

 

「そうよ!織斑が噂話を作っていたのは誰だって知ってるのよ!

蔓延させたのはアンタでしょう!」

 

バーメナが居る以上、この話は学園長にも即日伝わるだろう。

それを篠ノ之は理解していない。

 

「それがなんだ!

奴を排除するには、そうする必要があったんだ!

奴がそうするであろう事くらい考えられない事じゃないだろう!」

 

いや、理解を拒んでいるのだろう。

こうやって取り押さえられているのも、それこそ他人のせいにする事だろう。

 

「織斑先生、どうするつもり?

学園長も見ているのよ?」

 

「………そうか………」

 

バーメナが白い目を私に向けてくる。

伝わるどころか、既に見られているのか…。

 

「…今回は事前に取り押さえられ、未遂で済んでいる。

篠ノ之の試合の時間まで控え室に軟禁しておけ」

 

謹慎処分には出来ない。

今回のトーナメントはタッグ制だ。

ここで篠ノ之が棄権扱いになればタッグを組んでいる谷本も棄権扱いとなり、成績にも影響するだろう。

 

「真剣をこんな所に持ち込んでいた問題から目を背けてない?

次に何か起こればクラス全体での連帯責任になると事前通告されていたのよ」

 

……ああ、判っている。

 

「それだけじゃないですよ」

 

管制室から戻ってきたであろう真耶も冷めた視線を突き刺してくる。

 

既に、事が起き、把握されてしまっているのも…。

何故、篠ノ之はこんなにも自身を抑えられないのだろうか。

 

バーメナに手錠を嵌められ、連行されていくのを横目で見送る。

 

「私は何も悪くない!

私を捕らえるくらいならウェイル・ハースを討て!

奴が何もかも全て悪いんだ!」

 

最後の最後まで憎悪と悪罵を喚き散らしていた。

何があんな風に人格を歪めてしまったのだろうかとさえ考えてしまう。

 

「彼女が叫んでいるのはテロリストの思想です。

この思想を払拭できなければ、他の生徒達への思想汚染にもつながります。

そうなれば、無期限謹慎処分、或いは退学を検討の必要もあるのを忘れないでください」




またもや色々ととセリフをブッ込んでいきましたねw
元ネタを知っている人はどれだけ居ることやらw

試合の結果は皆さんの期待していた通りのティナによるダブルノックアウトでした。
え?予想できない?こいつは失礼しました。

以下、兵装紹介

アルボーレ
イタリア企業FIATによって開発、実装、販売されている特殊外装腕。
事前に投影されたプログラムによって決められた行動を行うタイプ、使用者が直接あるいは遠隔操縦するタイプの二種類があり、イタリアを中心とした欧州全土に広い地域で使用されている。
小型に作られているものも健在であり、医療現場、工事現場、人命救助などに多くが渡され重宝されている。
初期考案、設計はウェイル・ハース。
ハース家のクルーザーに取り付けられた初期開発品はの贈呈主は不明。

アンブラに搭載されているものは、機体の右肩から追加搭載されている。
稼働させる為のデータとしてはメルク・ハースのものがそのまま投影されている。
理由としては、機体の操縦に合わせ、この外装腕操縦は操縦系統がこれ以上とないほどに複雑となるためデータ投影による再現が要求された。
だが、投影された技量をそのまま再現するために、より多くの演算システムのリソースが要求され、アンブラの演算処理リソースを全て費やしている。
これによってテンペスタ・アンブラはセミオートによるアシストのほとんどが失われているが、ウェイル・ハースは自分の反応速度と機体の反応速度が符合していないという理由でセミオートによるアシストをシャットアウトし、機体のフルマニュアル操縦をすることで、要求される演算リソースを全て費やす事に成功している。
無論、このような操縦は誰から見てもイレギュラーだが、機体本体に於ける濃密なデータ集積には好都合となっている為、企業側からは使用方法は黙認されているどころかで宝の山扱いされている。

前述の機体に於けるデメリットもあるため、ISにアルボーレを搭載している搭乗者はウェイル・ハースの他には誰も居ない。


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第67話 澱風 汚染の根源

「その天辺に、メテオドライブ!」
WA5VVより、ディーン・スタークでした。


ハースの試合が終わった直後に篠ノ之を控室に軟禁し、1時間が経過した。

他生徒には接近禁止の厳命が言い渡されたが。

だが

 

「早くもイタリアから苦情が来ています」

 

学園長からその言葉が私に突き刺さっていた。

聞けば、イタリアの企業からの来訪者が当日になってやって来ており、ことの一部始終を録音録画なりされていたようだった。

これが即時にイタリア本国へと伝わったのだと…。

 

「今回織斑先生は控室に居た訳でしたが、それを承知の上で問います。

彼女は常時、木刀や真剣を持ち歩いているのですかな?」

 

学園長室の机の上には、篠ノ之から没収した木刀と真剣が置かれている。

真剣は柄から鯉口までテープで厳重に巻かれ、封印されている。

このままでは抜刀など出来ないだろう。

 

「…そのようです。

剣道部で使う竹刀を入れる袋の中に、木刀と真剣を常に同梱させているようで…」

 

「竹刀であれば…まあ、良しと出来ましょう。

ですが、何の理由もなく、帯刀許可も無いまま持ち歩くのは危険度が段違いです。

既に手遅れと言える段階ですが、木刀と真剣は厳重に保管するべきでしょう。

それで、この刀を彼女に与えたのは誰ですかな?」

 

……私だった。

一時、全輝と箒には私から直接に剣を教える時があった。

竹刀とは違う真剣の重みを覚えさせるために持たせた記憶がある。

そして…幾振りかの中から、それぞれ一振りを与えた。

それが、今…私の眼前に置かれていた。

 

「その視線から察しました。

彼女の人格を考えれば、それこそ今回の様に感情任せに人に向けて振るう事を躊躇わない。

今後を考慮し、この木刀と真剣は没収した上で、こちらで厳重に保管します。

必要とあらば、本土側の警察に預けるのも手の一つです、それを忘れぬように」

 

「承知しました」

 

「今回とて『未遂で終わった』などと甘く見ぬように。

すでにイタリア本国には『学園内にテロリスト予備軍が居る』ことを知られているのですから。

最早、看過できぬ事態に陥った事を肝に刻んでおきなさい」

 

学園長からも篠ノ之はすでにテロリストと見られているのは予見していた。

どうすれば箒の思想を更生出来るのか、今の私には見当もつかなかった。

全輝がハースを孤立させるために虚偽情報を作り、箒がそれを蔓延させた。

結果としては貶められていたハースは気にも留めずに日常を過ごし、噂話は虚偽であることが証明された。

それどころか、全輝の教唆が映像となって証明され、教師陣全員に、学園全土に広まった。

 

そして1時間前に、箒が虚偽情報を蔓延させていたことを自ら認めた。

 

その情報に踊らされていた生徒も問題だが、そもそもの原因が私の身内だということが私の頭痛の原因になっていた。

 

 

痛む頭を抱えながら、私は倉持技研に白式のオーバーホールの依頼を発注しておく。

それをこなした後、箒の軟禁に使われている控室に足を向けた。

学園教師ではなく、保安員が扉の前に立っており、ライセンスカードを見せてから扉を開いた。

部屋の中には篠ノ之が後ろ手に手錠を嵌められ、パイプ椅子に繋がれていた。

 

「千冬さん!解放しに来てくれたんですか!?」

 

「馬鹿者、事情聴取のためだ」

 

私の背後に居るバーメナに気付いたのか、歓喜の表情は、一気に憎悪を滾らせた相貌へと早変わりする。

人で態度を変える、か。

用心深いのか、それこそ選民思想によるものなのかは、いまいち判断がつかない。

 

「では、これより事情聴取を行う」

 

バーメナが懐に忍ばせている端末で録画と録音を始めているが、それを決して口に出すことはしなかった。

篠ノ之はそれに気づくこともなく、本音を悪罵で穢しながら吐き続ける。

それは、聞くに堪えなかった。

ハースが、人から賞賛されるような人間ではないのだとか、ハースこそがテロリストだとか、学園がテロリストに狙われるようになったそもそもの原因はすべてハースによる仕業だとか。

ありもしない話だけを吐き出し続ける。

 

「誰もやらないのなら私がウェイル・ハースを討つと言っているんです!

絶対に奴をこの学園から追い出すか、排除しなければ」

 

ドゴォッ!

 

そこから先は言わせなかった。

思わず、私がその頬を殴り飛ばしていた。

後ろ手に手錠をされ、パイプ椅子に繋がれている人間が耐えられる筈が無い。

篠ノ之はそのまま派手な音とともに後ろへと倒れた。

 

「な、なんで…?」

 

「愚か者が…何が『何もかも全てハースが悪い』、だ。

全てお前がやらかしたことだろう。

お前は自分がやらかしたことについてどう責任を取るつもりだ?」

 

「わ、私は何も悪いことなどしてません!」

 

犯罪行為の自覚もなければ、罪悪感も無い。

同時に責任能力も無い。

 

「責任というのなら、何もかもハースのせいでしょう!?

諸悪の根源はあの男だ!千冬さんだって判っている筈です!!」

 

この期に及んでも保身と責任転嫁の為の言い訳ばかり。

 

「あんな非道卑劣を働き続ける外道を放置すれば学園を壊滅させようとするのは明白です!

私は、それを事前に防ぐ為にもーーー」

 

私の頭痛は、なおも酷くなっていく一方だった。

 

「………?」

 

ふと、窓に視線が向かう。

窓際に小鳥が留まっているのが見えた。

これだけ人間が喚き散らしているのにも拘らず、身動きの一つもしない。

私の視線にも気づいている筈なのに、飛び立つ仕草も取らなかった。

 

まさか

 

そう考えてしまう自分が居るのは当然だった。

一歩近づこうとするのに気付いたか、そのタイミングで飛び立っていく。

だが、飛び立った先の木の枝に留まり、視線を向けてくる。

 

だが私がここで部屋を出れば不審に思われるだろう。

小鳥の視線が気になりつつも、私はそのまま箒の悪罵を耳にし続けるほかに無かった。

 

「そもそもだ、私を含めてハース兄妹には接触・干渉禁止が言い渡されているだろう。

こちらから干渉さえしなけば…」

 

「到底納得出来ません!

なぜ私達が奴の顔色を窺わなくてはならないんですか!

あんな男は排除すべきです!」

 

実際、ハースは箒と全輝を嫌い、私に対しては嫌悪するほどに至っている。

だが、こちら側から干渉さえしなければ、何一つトラブルは起きない筈だ。

それを『気に入らない』からというくだらない理由で危害を与えようとする。

干渉を再三再四禁じようとしても、鬱憤を爆発させようとする。

こういった公式の試合で顔を合わせようと、実力と技術の差で圧倒されるだけになっている。

そう、圧倒されるだけで終わればそれで良かったと言うのに、今度はそれを理由に逆恨みして危害を加えようとする。

どうあっても暴力を振るい、排除しようとしなければ気が済まないというわけだ。

 

「そうだ、何もかもすべてあの男が悪いんだ!

あの男さえ排除すれば…」

 

「なぜそんなにも敵視をしようとするんだお前は!」

 

「あの卑怯者は敵です!

話し合いで済めばこんな事にはならない!

そうだ…理解ができないから敵になる…!

敵は…どんな手段を使っても排除するべきです!

あの男が人に害をなすより前に敵は討つべき(・・・・・・)だ!害をなされるよりも前に(・・・・・・・・・・・)

奴は排除すべきだ!どんな手段を使っても(・・・・・・・・・・)!!

そうでしょう千冬さん!!??」

 

……私は再び拳を振りぬいた。

箒が口にしたのは…正真正銘、テロリストの思想そのものだったからだ。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

「収穫なし、か」

 

ウェイルが整備室に籠って以降も、メルクやヘキサって人からも話を聞けるかと思えば、とんだ肩透かしになってしまった。

判ったことは

 

釣りが好き

機械いじりが好き

家族は両親と姉とメルクと猫が一匹

 

以前から判っていた話に付け加えて

 

ウェイルは元々はどこかの施設の出身

施設に入る前は、事故による記憶喪失で素性は一切不明

ウェイルという名前も本人が名乗ったものではなく、施設の関係者が名付けたもの

 

ここまでの空回りは想定一つしていなかっただけ、虚無感が胸の内に広がり続ける。

 

それでも、その話の全てを信じたわけじゃない。

どの情報も、どうにもあやふやな所があるからだった。

それに、その話をウェイルが肯定していない。

 

「話をする前に整備室に籠るなんて薄情じゃない?」

 

「お、お兄さんらしいですよね」

 

メルクの笑顔もやや引き攣っていた。

身内にまでドン引きされるようなことをしてるんじゃないわよあの唐変木め。

実際、もう1時間もこのままだった。

これ以上は待っていても時間の無駄になるかもしれない。

そう思った瞬間、整備室の扉が開いた。

 

「お待たせ、ようやくメンテナンスが終わったよ」

 

噂をしていた張本人が出てきた。

少し疲れたような表情をしてるけど、体力が尽きたという訳でも無さそうだった。

うん、顔色も悪くないし、この調子なら大丈夫そうね。

 

「うんうん、整備の腕も衰えてなさそうで安心したわ」

 

「とまあ、姉さんの監修ありきでちょっと緊張してさ…」

 

ヘキサ・アイリーンとか名乗っていた人。

二人の教官役をも担っていた人で、ウェイル達の姉だという。

つけ入る隙が無いわけじゃないけど、それでも明確な境界線を敷かれてしまった以上、これ以上は踏み込めそうになかった。

とはいえ、可能性が途絶えたわけでもないから、当面は様子見を続けようと考えた。

 

Prrrrrrr!

 

「ん?なんの音だ?」

 

「あ、ごめん、私の携帯の着信音だわ」

 

ポケットから端末を取り出し、画面を見れば、相手は弾だった。

話をするためにも私はウェイル達から離れ、アリーナの外に出た。

 

「もしもし、どうしたのよ弾?」

 

「おう、朗報だ。

『小松原』って教師のことを覚えてるか?」

 

…覚えてるし、忘れるわけもない。

一夏への仕打ちの事を殆ど知っておきながら、決して何一つ対応をしなかった無能女教師じゃん。

なんだってあんな女の話を今になって振ってきているんだか。

 

「あの無能がどうしたってのよ?」

 

「あの無能教師が、学校や教育委員会に対して何もかも情報を伏せていたことが分かった」

 

…は?

 

「それだけじゃないぜ、爺ちゃんが一夏の保護の為に児童相談所に行ったりもしていたんだが、そこにも手をまわして拒否ってやがったんだ」

 

…何それ?

自分が手を煩わせるのも嫌がって、一夏が劣悪な環境に居るのを知っていながら、そこに閉じ込め続けて放置していた、と?

 

「…よくもまあ、そんな話を今になって吐いたわね、あの無能が」

 

「聞いて驚くなよ?

あの無能だけど、全身不随で一生涯ベッド生活だそうだ」

 

…あの女の身に何が起きたんだか。

ああ、そういえば歩道橋から転落した人の情報があったけど、それがあの無能教師だったわね。

 

「そこで俺等がお見舞いを装って情報を吐き出させたんだよ。

あ、見舞いの花束も用意したから偽装も問題無いぜ!」

 

そこはどうでも良いんだけどなぁ。

 

「吐き出させた情報は、奴が務める小学校、市の教育委員、市役所、それと奴の実家に匿名で投函しておいたよ」

 

「根回しし過ぎじゃない?」

 

続く話では弾が行くまで見舞い客の一人も来ていなかったんだとか。

その点が気になるけど、弾よりも前に同じような情報が流されていたんだろうか?

そこは気にしても仕方ないか。

 

「全輝の取り巻き連中だが、やっぱりドイツもコイツもデジタルタトゥーだとか、社会的抹殺をされていてな

夜逃げしている家が幾つもある。

今回得られた情報はそれくらいだ。

証言だけだから些か証拠能力が弱いかもしれないが、後でメールにして届けるぜ」

 

「判ったわ、情報提供感謝してるわよ」

 

そこで通話を切った。

 

「とんだ皮肉ね…」

 

日本国内に居たら何も見つけられないと思って中国本土に帰ってまで今の地位を手に入れたのに、手に入った情報は雀の涙程度。

なのに、国内に居た弾が、今になって次々と情報を入手している。

生憎、一夏に関する情報ではなく、全輝を追い詰めるための情報だった。

ついでにあの女(織斑 千冬)を追い詰めるのにも一役買ってくれそうな手駒が揃いつつあるわね。

 

全輝はといえば、今回の試合で前回以上に機体が襤褸屑にされての惨敗だったわね。

二度も惨敗してたら、もう関わる気も無くなる…いや、逆恨みでもしそうね…。

 

アリーナの中に戻り、ウェイル達と合流する。

どうやらその時間の間にウェイルとティナのタッグは次の試合を終えたらしい。

トーナメント表を見れば、ボーデヴィッヒとシャルロットのタッグも勝ち進んでおり、簪も勝ち残っている。

 

「ふぅん、みんな頑張ってるのね」

 

「そんなことを言っている暇は無いぞ。

メルク達はシード枠に入っているとはいえ、試合がこのしばらく後に控えているんだからな」

 

「それでも相手は第二世代型量産機2機のタッグでしょう?

第三世代機2機で組んだ私達なら負けないわよ!」

 

自信満々に言ってのけたのに、ウェイルがボリボリと髪を掻く。

 

「相手が相手だ、試合が終わった後も油断しない方が良いと言ってるんだ」

 

その言葉に私とメルクは再びトーナメント表に視線を投げた。

相手は1年1組…それだけでいやな予感がした。

 

「えっと…夜竹さゆかと…篠ノ之箒……面倒な事を引き起こしそうだわ…」

 

先のウェイルの試合の直後にも観客席で騒ぎを起こしたのを見かけていた。

なに、アイツ1回戦を勝ち残ったの?

その1回戦の相手というと、やはりというべきか1年1組同士で潰しあう形になったらしい。

訓練時間が授業時間だけともなると、腕に自信のある者が勝ち残るか。

 

「何を考えているのは知らないが、連携も何もあったもんじゃなかったわね。

あの機体にも、対戦相手にも、組まされている女子も可哀想にも限度があるでしょうに」

 

機体が中破でもしたんだろうか?

だとしたら修理を請け負う整備課にも同情するわ…。

 

「ねぇウェイル、私とメルクがあの女のタッグとの試合に臨むにあたっての最適な作戦って何だと思う?」

 

「分断させてからの各個撃破だな。

とはいえ、メルクにも『フィオナローズ』があるから分断自体は容易な話だ」

 

…『フィオナローズ(フィオナの薔薇)』?

そんなのメルクは言ってなかったわよね?

って事は

 

「メルク、アンタまだなにか隠してることがあるのね?」

 

「きょ、今日まで整備が整っていなかったので…」

 

再び顔を引き攣らせながら視線を無理やり反らしている。

アンタね…隠し事も大概にしときなさいよね。

 

「データの調整も仕上がってるよ、好きなだけ使ってこい」

 

「はい!」

 

ウェイルもメルクに甘すぎるんじゃないの?

 

「で、フィオナローズってのは何なのよ?」

 

「もともとは槍の形に仕上げられていて、俺が兵装の稼働試験を頼まれていたものだよ。

イタリアで試験稼働させて、今度はミーティオに搭載するにあたり、槍から剣の形に鍛え直してもらったんだ。

で、今日まで調整に手間取っていたんだよ」

 

ウェイルもウェイルで眼鏡の下の目が泳いでいた。

わかりやすい兄妹だこと、呆れるほどに。

 

もうしばらくは様子見させてもらうからね。

私の目的のためにも。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

フィオナローズ。

アイルランド支部から届いた品を槍から剣に鍛え直してもらうのには実の所は簡単に話がついた。

だが、問題なのは重量だった。

この兵装には実体刃が搭載されており、普段からメルクが使っているレーザーブレード『ホーク』とは勝手が違っていた。

先日までの夜間訓練でも、俺を相手に使いやすいように調整を施し続けていた。

刀身の長さに手を加え、鍔の位置を調整した果てに籠鍔を搭載、ようやく調整が完了した。

アイルランド支部にもこの件は伝えてもらったが、アッサリとOKサインが出た。

実体剣ではあるが、れっきとした第三世代機兵装だが、扱う点では少々難もある。

それを克服するのも難しいが、メルクの腕前なら成し遂げてくれるだろう。

相手があの女となれば容易だ。

 

「あの人には恨みも在りますから、全力で参ります」

 

「おう、頑張れよ!」

 

メルクの頭に手を乗せワシャワシャと撫でておく。

冷ややかな視線を向けてくる鈴に首を傾げながら…顎下を撫で…

 

「だから猫扱いするんじゃないっての!」

 

「……?」

 

ティナが腹を抱えて笑っているが…俺、何かしたかな?

そういえば…クロエの姿がいつの間にか見えなくなってるけど、どこに行ったんだ?

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

アリーナの外、そこに彼女がいるのを見つけた。

手にお得意の『蒼流旋』を握り、奇襲にも備えながら静かに歩みを進めていく。

 

「私に何か御用ですか?更識楯無さん?」

 

振り向きもせず、私の名前を言い当てた。

この時点で『技術者の助手』だなんて肩書すら怪しくなってくる。

 

「あら、名乗ってなんかいなかった筈なのに、私のフルネームをご存じなのかしら?」

 

「ええ、よく存じていますよ…間抜けな暗部(・・・・・・)の頭領さん?」

 

一瞬にして怒りの導火線に火をつけるのが上手いわね!

 

「他には…そうそう、『葉山』、『青桐』、『比佐』、『高雅』、『田室』、でしたね」

 

読み上げたのは、数年前にイタリアに潜伏しながらも叩き出された暗部のエージェントの名前。

それすら把握しながらもイタリアは何の見返りも求めなかった。

それどころか、今になってこちらの急所に逐一刃をめり込ませてくる。

 

「それで、護衛も着けずにこんなところに何の用なのかしら?」

 

「海鳥がいたので、此処に。

あなたが近寄ってきたから飛び立ってしまいましたけれど」

 

あくまでも本音は言わないつもりらしい。

それより気になるのは、クロエと呼ばれていた少女の肩で羽を休めている小鳥の姿だった。

姿勢を整えたりしているけれど、それでも飛び立とうとしない。

 

「ねぇ、クロエちゃん?」

 

「何でしょうか?」

 

「君、この学園に何をしに来た(・・・・・・)の?」

 

「あくまでウェイルさんとメルクさんへの届け物をしに来た次第ですが、それが何か?」

 

嘘は言っていない、だけど、本当のことも言っていないのは察した。

まるで少女の姿をした魔女のようにも見えてくる。

 

「それで、丸腰の私の背後に立っている状況で…いつまで槍を携えているつもりですか?」

 

…真後ろに立って完全に死角の筈なのだけれど、なぜ見えているのかしら。

 

「それこそ、そちらが不穏因子ではないと証明してもらわないと……!?」

 

視界が歪む…!?立って、られ、な…い…!?

 

目に映る光景が歪み、周り、色彩が反転し、耳障りな音が耳を満たしていく。

 

「あらあら、どうされました?

貧血性のショックでしょうか?

困りましたね、私では貴女を背負って運ぶだなんて出来そうにもありませんし、だれかを呼んでこなくては…。

そうですね、ヘキサさんを呼んできましょうか」

 

クロエちゃんの声が聞こえるけれど、言葉を返すこともできなかった。

 

「忠告です。

誰だって語りたくない事というものを抱えているのですよ?」

 

前後上下左右の間隔もあやふやになってくる。

 

まずい、この状況じゃ…!

 

「では、少々お待ちください、人を呼んできますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が消えた途端に、私を襲う感覚のすべてが消えた。

 

「クッ!」

 

声が最後に聞こえた方向へ槍を向ける。

 

「うおっ!?」

 

槍の穂先の先には…

 

「…え、ウェイル君?」

 

「何を驚いているのか知りませんけど、まずはこの物騒なものを降ろしてもらえませんか」

 

「ご、ごめんなさいね。

私も驚かされちゃって」

 

言われるがままに蒼流旋を収納し、周囲を見渡す。

クロエちゃんの姿はどこにも見受けられなかった。

モニターを展開して時間を確認してみるけれど2分程度しか経過していない。

 

「…ねぇ、クロエちゃんは?」

 

「姉さんと一緒に居ますよ、楯無さんが倒れそうなほどに顔色が悪くなっているようだから、休められる場所まで担いで(・・・)いってほしいと言ってね」

 

あらあら、それはまたご丁寧に。

私も何が何だか判らぬ内にあんな事になってしまったんだものね、わざわざアフターフォローまでしてくれるなんてありがたい限りだわ。

でもね、女の子相手に『担ぐ』だなんて言い方しないで欲しいんだけどなぁ…。

 

「それだけ元気ならほっといても大丈夫そう(・・・・・・・・・・・)ですね。

じゃあ俺は妹の試合が近いから戻りますね」

 

言い方を気にしてくれないかしら?

さっきからクロエちゃんといい、君といい、女の子への気遣いというものが無いのかしら?

出会いの瞬間のことを思えば私が悪いのは理解してるわ、ええ、それはもう重々に。

でもね、だからと言っていつまでこんな扱いを続けるのかしら?

 

「ウェイル君、ちょっと歯を食いしばりなさい」

 

「は?何を言っ」

 

海鳥が飛び立つ中、乾いた音が一つ響いた。

誰も見てないでしょうし、気にする事も無いでしょ。

君はもうちょっと女の子への気遣いというものを学びなさい。




篠ノ之
「ウェイル・ハースは敵だ!
敵がそこに居ると分かっているというのに何故討ってはならないというんだ!
敵は討つべきだ!討たれる前に!」

テロリストに近い思想ですかね。
『敵は排除すべきだ!害を出す前に!』

完全にブーメランなんですけど、本人にはそのようには見えていません。
猶も詳しく言えば

科学者や研究者は、どうせ独りよがりで他者に多大な害を出す存在に決まっている。
姉である束のように成り果てる。
自分はそれを見て知っている。
だから科学者や研究者は排除するべきだ。
どんな手段を使ってでも。
他者への理解など必要無い。
自分を理解できない相手こそが異常者だ。
自分だけは間違っていない、間違っていないのだからどんな手段を使ってもで正当化されて当然。
なんなら姉である束の名を使う。
都合が悪くなれば束を他人扱い。

こんな具合ですね。
テロリスト染みているか、狂気じみているかの表現は紙一重で難しいですね。
実際、幼少の頃にこういう考えに人間は確かにいましたよ、いまさらながら戦慄しますが。

なおティナですが、ウェイルが整備室を出た後に鈴に嚙みつかれてます。
理由はお察しです。

ではまた次回。


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第68話 剣風 刃

Q,束さんの両親達は現状どうなっているんでしょうか?
P.N.『匿名希望』さんより

A.今回紹介しますので、そちらをどうぞ。

今回も新しい兵装も出てきますのでお楽しみに。
元ネタを察する事が出来る人はどれだけ居るやら。


「出なさい、試合の時間よ」

 

軟禁に使っている控室の扉を開かれ冷たく言い放つ。

その先には暗い視線を向けてくる篠ノ之が居る。

あれから色々と試されたがが、篠ノ之は頑として教師陣の言葉を聞き入れなかった。

相変わらず、全ての責任をウェイル・ハースに押し付けようとし、周囲の全ての人がハースを庇っているようにでも聞こえてしまっている。

 

「ハースはこの学園を壊滅させようと企んでいます。

それは千冬さんだって理解している筈です、私達はそれを未然に防ごうとしているだけです!」

 

「黙ってついてきなさい」

 

真耶の言葉も冷たく、視線はそれ以上になっていた。

言うべきことは最低限、それも淡々と事務的に。

 

「千冬さんはどうしたんですか!何故ここに来ていな」

 

バシィィンッ!

 

バーメナの手が振るわれ、乾いた音が響く。

手加減されていようとも、後ろ手に手錠をされた状態で耐えられず篠ノ之は倒れる。

鬱憤を晴らすわけではなく、これは必要な処置であると言わんばかりに冷たい視線が突き刺さる。

 

「貴女に危険物を渡していたということで織斑教諭は謹慎処分になっています。

何度同じことを言わせる気ですか、黙ってついてきなさい」

 

篠ノ之の背後からバーメナが手錠を掴んで無理矢理歩かせる。

時代遅れな話ではあるが、まるで罪人をさらし者にしているかのようにも見られてしまうだろう。

だが、それでも二人は構わなかった。

そのためにも、わざわざ正反対方向にあるピットへ向けて歩いていく。

これを今日この段階で二度目となっている。

多くの生徒達の目に晒され、冷たい視線で突き刺される。

古い時代の日本には実在していた行いだ。

こうでもすれば篠ノ之も少しは考えを改めるかと思った。

 

「なんで私が、こんな事に…それもこれも全て奴のせいだ…!」

 

やはり、堪えてないどなかった。

それほどまでに、この彼女は自覚も罪悪感など無い、今まで責任を負わされるよりも前に逃げ続けていた。

それは過去の記録から誰もが理解していた。

幾度も事件を起こし、周囲の人間の可能性や夢や希望を根底から奪ってはその場から繰り返し逃げ続けた。

それにより必ず逃げられる(・・・・・・・)という思考が精神に染みついている。

責任を負った事が無いから『自分だけは悪くない(・・・・・・・・・)』『自分だけが正しい(・・・・・・・・)』と自己完結を繰り返すようになってしまっている。

その結果、出来上がったのがこの…化け物なのだろう。

 

事を起こしたとしても、必ず日本政府が干渉してきては懲罰内容の減少を命じてくる。

「今この時さえ潜り抜けられれば良い」「何か起こしても、咎められる事は無い」という考えが精神の奥深くにまで刻み込まれている。

 

「ウンザリしてきましたね…」

 

真耶のその呟く言葉は、後ろの箒に告げた言葉か、それとも自分自身に向けた言葉か、今となってはよく判らなかった。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

求めた情報はマトモに手に入らず、とうとう試合時間が訪れた。

クロエに呼び出されたらしいウェイルはというと、濡らしたハンカチを左頬にあてながらピットに到着していた。

何があったのかはよく判らないけど、気まずそうしている楯無さんを見るに、なんか変なことでも言っていたのかもしれない。

この人達には何があったのやら…。

 

「メルク、作戦はわかってるわね?」

 

「勿論です、まずは分断してからの各個撃破です」

 

対戦相手を見て、すぐにどちらを撃破するのかは決めていた。

そしてその手段をメルクが持っていることも言っていたから、問題はなかった。

そのためのシミュレーションを繰り返していたようで、その通りにできれば、完封による圧勝はまず間違いは無い。

 

「来なさい、甲龍(シェンロン)!」

 

マゼンダの装甲と、背面の非固定浮遊部位(アンロックユニット)が展開される。

両手に握るのは青龍刀『双天牙月』。

使い慣れた兵装だけど、今回は学園の格納庫からアサルトライフルを借りている。

使う機会があるかはわからないけれど、念には念を入れてのものだった。

 

「来て、嵐星(テンペスタ・ミーティオ)!」

 

隣でメルクも見慣れた銀色の機体を展開する。

よく見れば、脚部装甲側面に双剣がマウントされている。

あれがウェイルと話していた『フィオナローズ』なんだろうと思う。

だけど、それだけじゃない。

剣を納めているであろう鞘の下には折り畳まれた筒のようなものが身受けられる。

あれは…

 

「メルク、それに鈴、頑張って来いよ!」

 

「はい!勿論!」

 

「任せときなさいって!」

 

ウェイルが喝を入れてくれ、返事をすると同時に私たちは飛び出した。

反対方向のピットからは日本製第二世代型量産機『打鉄』が2機。

その搭乗者のうちの一人には見覚えがあった。

篠ノ之 箒だ。

かつて、一夏の右腕を骨折させた女。

ウェイルに何度も危害を加えた女。

流れてくる話では、今でも全ての責任をウェイルに押し付けようと叫んでいるとか。

 

「1年2組クラス代表、中国国家代表候補生、凰 鈴音よ。

アンタは?」

 

「1年1組図書委員の夜竹さゆかです」

 

名乗り返すってことは結構礼儀正しい子みたいね。

だけど悪いわね、アンタは速攻で撃破すると決めてるのよ

 

「1年3組クラス代表、イタリア国家代表候補生、メルク・ハースです。

今回はよろしくお願いします」

 

「貴様がぁ…っ!」

 

メルクが名乗った途端に篠ノ之が憎悪を目にたぎらせてメルクを睨んでくる。

ああ、やっぱり話に聞いたとおりだった。

 

「貴様があの男の身内かぁっ!」

 

完全に怒りがトサカに来ているらしい。

話が通じない相手って居るものね。

 

「鈴さん、それでは予定通りに」

 

「え、あ、うん、判ってる…」

 

なんかメルクの声のトーンが下がってる気がするんだけど…?

気のせい、よね?

 

そして、試合開始を告げるブザーが鳴り響く

 

「だあああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

篠ノ之が突っ込んでくる。

それを見てメルクは、足で(・・)私の腕をつかんだ。

そのまま瞬時加速(イグニッションブースト)で篠ノ之の攻撃を余裕もって回避。

肩が外れそうなスピードだけど、そこは歯を食いしばって耐える!

 

「この!逃げるな卑怯者!」

 

離れた距離は既に30m以上。

その距離でメルクはというと

 

「行きます!」

 

「判ってる!」

 

勢いよく私を夜竹に向けて放り投げた(・・・・・)

悪いわね、夜竹さん。

何の恨みもないけど、これが私たちの作戦だから…速攻で倒す!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

「行きます!」

 

「判ってる!」

 

勢い任せにアウルでつかんでいた鈴さんを放り投げる。

そのまま私は方向転換し、篠ノ之に向き直る。

そして…体が圧迫されそうな圧力を感じながらも二重瞬時加速を発動させる。

 

「撃ち落とす!」

 

両手にレーザーライフル『ファルコン』を展開、即座にそれを連結させる。

 

「吹き飛べっ!」

 

ドオォンッ!

 

連結させたバスターライフル『レイヴン』から野太い閃光が迸る。

それは遠慮もなく篠ノ之を飲み込み、吹き飛ばす。

 

「貴様あああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

閃光が途絶えた後、彼女がブレードを振りかぶるのが見えた。

それでも私からすれば脅威にもなりえなかった。

バスターライフルの連結を解除させ、射撃の構えを取る。

けれど、すぐに引鉄を引く事はしません。

大上段から振るわれるブレードを回避。

再度振り上げるブレードは右斜め上段の袈裟斬り。

繰り返し、今度は左斜め上段の袈裟斬り。

そこからまた大上段から。

その全てを見てからも回避は容易く、態々ミーティオの最大速度を出す必要も無いです。

 

「このっ!逃げるな卑怯者!」

 

「逃げてませんよ、避けてるだけです。

この間合いで当てられないのは貴女の技量不足が原因でしょう?

見てからも避けられるんですから、貴女が遅いだけです」

 

「五月蝿いっ!

あの薄汚い男が卑怯者なら、どのみち貴様も同類だろうが!」

 

「その言葉、鏡のようにそっくりそのままお返しします。

貴女達こそ薄汚く姑息な卑怯者でしょう?」

 

振るわれるブレードは私から見ても、とても遅い。

お姉さんが振るうブレードや、お兄さんが振るう槍に比べれば数段下。

 

「貴様あああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

怒りの形相、ここに極まれり。

 

「この大罪人風情が!口を開くなあああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

そのまま大上段からブレードが振るわれる。

動きは極めて単調そのもの。

そのまま私は、間合いから動かず両手のライフルを上空に放り投げた(・・・・・)

それと同時に、事前に投入していたプログラムを起動させる。

それは、お兄さんが冗談半分で作製したモーションプログラム。

 

バシイィィンッッ!!!!

 

「…な…っ!?」

 

大上段から振るわれたブレードを、両手で挟んで受け止めた(・・・・・・・・・・・)

こんな動き、何を見て思い付いたのかは判りませんが、確かに中々にユニークかもしれません。

けど、今は試合の最中。

 

「隙だらけです」

 

ジャコンッ!

 

両腰に搭載されたそれが跳ね上がるようにその砲口を目の前の対戦相手へと突き付けられる。

そして

 

ドオォンッ!

 

ほぼ0距離からの砲撃を受け、彼女は声も無く吹き飛ばされる。

私の手元にブレードを残したまま。

私はそれを適当に放り捨て、落下してきたライフルを掴み取り、そのまま収納。

そして

 

「…フィオナローズ、抜刀」

 

レールカノン上にマウントされた鞘から双剣を抜刀する。

 

「そこっ!」

 

交差したのはそれこそ一瞬でした。

右手に握る紅の剣は打鉄の両腕の装甲を斬りつけた。

SEに与える損傷率は少ない、だけどこれで終わりです。

 

「この、卑怯者が…」

 

反応が遅い。

怒りが頭に血を上らせているから反応が出来ていないみたいですね。

私の眼前では篠ノ之が両腕の装甲を持ち上げられていない。

 

「貴様、何をした!?答えろ卑怯者!」

 

「答える義理は…ありませんよ!」

 

この相手にはすでに瞬時加速を使う必要もない。

余裕をもって背後へと回り、左手の金色の剣で背面スラスターへと切りつける。

この二撃でSEへ与える損傷率は多くはないです。

それでも、もう終わりです。

 

「何を言っ」

 

ドォンッ!

 

打鉄の背面スラスターが突然稼働し、篠ノ之が地面に倒れ伏す。

そして…倒れ伏してもなお、背面スラスターは絶える事無く激風の噴射を続ける。

 

「さて、合流しますか!」

 

「ま、待て!貴様何をしたぁっ!?」

 

地面にめり込み続けていく彼女を完全に無視して放置し、私は鈴さんと合流するために上空へと飛んだ。

合流した先では、鈴さんが圧倒を続けていた。

夜竹さんは物理シールドで耐えていましたが、鈴さんの機体のハイパワーに押し負けている。

 

「え!?嘘でしょ!?もう合流するの!?

篠ノ之さんは何をやってるのよ!?」

 

「連携なんて期待してなかったんじゃなかったっけ?」

 

「それは!…それは…そうかも…!

せ、せめて善戦しておかないと!」

 

すみません、このまま二人掛かりで一気に決めさせてもらいます。

鈴さんと練習しておいた連携を絶え間なく続け、SEをがりがりと削り、20秒足らずでSE枯渇へと追い込んだ。

 

「酷いぃぃぃ~!」

 

SEが枯渇し、ゆっくりと下降していく夜竹さんに再び心の中ので謝り、篠ノ之が居るであろう方向へと振り向く。

地面にめり込んでもなおスラスターは噴射を続けている。

 

「どういう状況よ、アレは?」

 

「的にするのに好都合じゃないですか」

 

「それもそうね」

 

自分の声が普段よりも冷たくなっているのを理解しながら、私は双剣を両手に握り、それを連結させる。

鈴さんも両手に双剣を握って構える。

 

「じゃあ、後は適当に!」

 

連結した私の双剣、鈴さんの両手の双剣と衝撃砲が連続で打ちのめしていく。

技術も何も無く力任せに叩きつけられる剣と砲撃に絶え間なく晒され、打鉄のSEはすさまじい勢いで削られていく。

 

ガァン!ドガァッ!ドゴォッ!ガシャァッ!ズゴォッ!

 

「フザけるな貴様ら!

動けない相手に一方的に攻撃するなんて卑怯だぞぉっ!」

 

「アンタが言える台詞じゃないでしょ」

 

「特に貴女は背後からの奇襲ばかりしてましたから、殊更ですね」

 

聞く耳持ちません。

悪罵を喚き散らし続けるその人を完全に無視して攻撃を続行します。

IS戦闘の華でもある空中戦ですらない。

うつ伏せの姿勢で地面にめり込み、動けない相手に背後からの一方的なまでの、そして技術すら持ち合わせない力任せに刃を叩きつけるだけの攻撃………いえ、暴力。

 

「だからこのまま袋叩き続行」

 

「自分の技量の無さを怨んでください」

 

そのまま私達は暴力を続行し、彼女が悪罵を吐き続ける限り剣を振り下ろす。

訓練機のエネルギーが枯渇するまで、そこまで時間は掛からず、精々20秒程でした。

ブザーが鳴り、試合終了が告げられる頃には、彼女は土埃にまみれ、薄汚い様になっていました。

それを一度だけ視認、私たちはピットへと飛び立った。

 

さあ、お兄さんに勝利を報告しないとですよね!

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

予定通りの圧勝する様子にティナも呆気にとられていた。

試合時間は3分も要していないからだ。

 

「ねえ、メルクのあの剣って何なの?」

 

「FIATアイルランド支部から届けられた最新兵装『フィオナローズ』だ。

凄いだろ?

右手の紅の剣には、切りつけた場所へのエネルギー流動遮断。

左手の金色の剣には、切りつけた場所へのエネルギー過剰投入。

それぞれの効力を発生させる浸食兵装ってわけだ」

 

「つ、つまり…?」

 

楯無さんも驚いて反応が出来ていない。

こういう時には技術者として自慢したくなる。

 

「『沈黙』と『暴走』、二つの現象が生じる双剣ってことだよ」

 

これの真骨頂となるのは、織斑が扱う単一仕様能力『零落白夜の完全封印』だ。

エネルギー遮断を行えば、機体全体を覆うエネルギー無効化フィールドは発生したとしても、零落白夜による攻撃が出来なくなる。

エネルギー過剰投入を行えば、刀身を覆う零落白夜に使用されるエネルギーが過剰に発生し、SE枯渇を急加速させるに至る。

結果、『零落白夜発動』という手段自体を完全封殺してしまえる。

 

「今回メルクは、打鉄の腕部装甲を斬りつけ、腕部に発動されていた、パワーアシストをカット。

背面スラスターを斬りつけ、スラスターの駆動暴走を引き起こした。

だから、ブレードを握ることはおろか、腕を持ち上げることもかなわない。

スラスター制御も出来なくなり、地面に衝突し、そのままスラスター噴射が続行されて地面にめり込み続けていたってことだ」

 

よし、説明終わり!

欠点があるとすれば、それこそ近接戦闘に持ち込まなくてはならない点だろう。

俺が使っていた時には槍の形状をしており、投擲による奇襲も出来ていたんだが、これが剣を使う際の弊害かな。

 

「待ちなさい、アレに対抗する手段は何かあるの?」

 

対抗というか、対策手段になるか。

確かに無いとは言い難い、実際にメルクがイタリアで実践していたし、姉さんもいとも容易くやってのけていたか。

 

「両腕の装甲の展開を解除して収納、それからマニュアル操作を行いながらOSの書き換えだな。

浸食された部位での現在使っているエネルギーバイパスを破棄、それから新しいエネルギーバイパスを作り直す。

そして、そのエネルギーバイパスへの浸食を防ぐためにファイアウォールのプログラム作成、とかだな」

 

「そんなの対応出来る人って居るの?居ないと思うんだけど…」

 

ティナも声が掠れている、楯無さんはもう『呆れた』と言わんばかりの視線を向けてくる。

はっきり言って無理無茶無謀に近いと思うが、メルクは時間をかけながらも成功させている。

姉さんは口笛吹ながらやっていた。

それに引き換え俺は…ここは割愛しておこう。

 

「だけど、この学園の訓練機には無理だ(・・・・・・・・・・・・・)

理由としては、この学園の訓練機の拡張領域には、個人で使う兵装をその都度登録させるためにも、それと奪取されるのを防ぐためにも機体本体の収納を登録させていない(・・・・・・・・・・・・・・・・)からだ」

 

この学園の訓練機を使う搭乗者が、あの剣を受けてしまえば、その部位の装甲を投げ捨てるしかないだろう。

それが嫌ならその場でOSの書き換えをしてもらうしかない。

できる人がいるとすれば、整備課や技術に詳しい人だろう。

 

「兄妹揃ってなんてものを使ってるのよ…」

 

楯無さんは絶句している。

うん、講釈した後の驚いた顔を見るのはなかなかに優越感が感じられるな。

ティナは…

 

「じゃあ、メルクがやっていたあの砲撃は…?」

 

「メルクが使っていた二連装レーザーライフル『ファルコン』は連結させることで、威力と射程距離を大幅に伸ばす事が出来るんだ。

ロングレンジバスターライフル『レイヴン』、それがその正体だよ」

 

あの砲撃も久しぶりに見た気がするな。

威力には驚かされたよな、あの時には。

 

そうこう言っている間に二人が戻ってきた。

 

「戻りましたぁっ!」

 

機体の勢いの…多分、半分くらいの勢いでメルクが飛びついてくる。

慣性の法則に従って倒れそうになるが、ここは男の意地と、兄としての矜持で無理矢理耐え抜く!

 

「おかえり、メルク。

試合はしっかりと見ていたぞ、完封していたな」

 

「私との連携あってこそでしょうが!」

 

飛びついてきたメルクを引っぺがそうと鈴が引っ張っているが、全然剥がれない。

それでもなおもメルクを引っ張り続けているが、いつまで続くのやら。

本人達の好きにさせておこうか。

 

それにしても見事な連携、対戦相手となった人には同情しておこう。

篠ノ之は…どうでもいいや。

正直、もう関わりたくもない。

そう思ったのも、もうこれで何度目になる事やら。

 

モニターを展開し、時間を確認してみる。

ちょうど昼食時だ。

 

「驚くのももう充分だろう?

そろそろいい時間だ、観客席のみんなも移動を始めているみたいだし、食堂に行こうぜ?」

 

そう言ってピットから廊下に出た瞬間だった、その人と出会ったのは。

 

「あら、お昼休みにいくのかしら?」

 

「お昼以降はレポート作成の為に自習時間になっているから忘れないようにね」

 

我らが担任のティエル先生と…2組のフロワ先生だった。

しかし…レポート作成か…苦手なんだよな…技術者だけどさ…。

 

そうして二人の教諭の視線が俺に向かう。

俺がレポートを苦手としているのが見破られたかな、そんなに表情に出ているのだろうか?

 

「頬が腫れているけれど、何かあったの?」

 

…あ、そっちか。

見れば楯無さんが逃げ出そうとしている、何やってんだアンタは?

思い返せば俺の言葉遣いが悪かったかもしれないが、問答無用でビンタを炸裂させられたのは理解は出来ていても納得までは出来てないんだよな。

ここはその分の借りを返しておこう。

詳しい状況説明も押し付けてしまえ。

なので

 

「あの人にブッ叩かれました」

 

指さしながら遠慮なく楯無さんを売り飛ばした。

 

「…ヒェ…!?」

 

一気に顔を青ざめさせていく様はもはやチアノーゼを起こしているみたいだった。

そのまま怒り顔のフロワ先生と、怒り肩のティエル先生にお持ち帰りされていった。

あとは詮索しないでおこう。

さぁて、昼食にしよう。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

イタリア、ロンバルディア州ブレシアに私はその二人を招いた。

 

「偽造パスポートで遠路遥々ご苦労様。

県境どころか、国境をも飛び越えた遠方への旅路はどうだった?」

 

なんて事を言いながら、本当はわかっている。

見てくれの通り、二人は完全に疲弊しきっていた。

保護されている場所に行われていたのは杜撰な形だけの警備。

その虚をついての脱出だったとしても、この二人の素人めいた動きでもやり遂げてしまっていた。

 

その後はヘキサちゃんと合流し、二人を変装させて、偽造パスポートで飛行機に乗ってもらった。

シンガポールを経由し、たどり着いた先がこの国。

そこからはイタリア暗部に動いてもらっての護送をしながらブレシアにまで到着した次第だった。

 

「ああ、多少は周囲の目を気にしなくてはならんが、数年ぶりの…自由だ。

なんとも心地良いな、なあ…(かなえ)

 

「そうね、広い空を悠々と見上げるのも何年振りかしら?」

 

「まだ夜明け前なんだけど?」

 

私の前にいるのは一組の夫婦。

………私の(・・)両親だった。

 

これからはこの国で生活をしてもらうために、私が秘密裏に保護しておいた。

もう、日本で窮屈な思いはせずに済むように。

私がかつての本名を使わず、ウェイ君のために働き続けることを条件に、アーちゃんを説得し、この二人の永住権を掴み取った。

これから私はウェイ君の影として生きることになる。

それは百も承知していた、もう二度と『篠ノ之 束』という人間が世界に何かをする事も無い。

そして、この二人も本名を捨てて生きることになる。

 

父は『ジェラール・アイオン』

母は『ネルディア・アイオン』

 

その名前を背負い、この街で生きて行ってもらう。

イタリア語の習得も大変だろうけれど、その点はアーちゃんが手配してくれている。

住む場所と、資産の用意は私がしている。

働く場所も今後は探していく予定になっている。

 

そして日本政府は…いまだに動いていない。

警護も、保身のために隠しているのかもしれない。

自分の都合だけで生きている人間が多過ぎない?

 

「それで、この国へ渡る決意をしたというのなら、例の件に関しての意志は変わってないと見ていいんだよね?」

 

「当然だ」

 

決意は非情だったのか、それとも断腸の思いだったのか。

それを問う気は私には無い。

今の私にとって、この二人はともかくとして、あの愚者など…路傍の石にも劣る。

切り捨てたソレ(・・)に対しての感慨などそこにはもう無いのだから。

 

今の時間は早朝4時頃、ようやく東の空がわずかに白く染まり始める頃だった。

日本で使われていたマンションよりも、さらに広いそこは、二人で使ってもお釣りが出るほど。

遠くない未来には、養子をどこかから貰い受けるかもしれない。

そんな未来があっても別段なにもおかしくはないだろうなと思う。

そうなれば、この二人のいる場所に、私の居場所は無い。

それでも構わない、『ラニ・ビーバット』『コニッリョ・ルナーレ』の偽名を使って生きることを決めた瞬間から、私はこの二人とは一生涯訣別して生きると決めたから。

 

「束、お前はいつここに帰ってくるんだい?」

 

だから、辞めてよ…。

今になってそんなことを言われたら、今になって決意が鈍るから。

 

「さぁね、私は気まぐれだし、いつになるか判らないよ。

じゃぁね!」

 

私は窓から飛び降り、外套に仕込んでおいたハングライダーを起動させる。

片手だけでも起動させられるように仕込んだそれは私の体重を風と一緒に支え、夜明け空を飛翔する。

冷たい空気が眠気を吹き飛ばし、東へと進路をとる。

今回のことはアーちゃんに包み隠さず話しておかないといけない。

事前に話しておいたとは言え、事後の報告も怠らないようにしないとね!

 

やるべき仕事はまだ残っている。

私の手元にはビザがある。

もしかしたら、そんな可能性ではあるけれど、これをある人物たちに発行する事にもなるだろう。

そんな未来が来なければいいと思いながらも、私は初夏の夜明け空を飛び続けた。

 

「くーちゃんから次々とデータが飛んでくるなぁ。

まったく、私は今夜も徹夜になっちゃったよ☆」

 

さぁて、拠点に戻って紅茶でも飲もうっと!




剣を学ばせるため、重さを知るためにに真剣を渡す。
善悪判ってないような子供に持たせたり渡すのは流石に、ね。
現況だけでなく過去の経緯からもかんがみて千冬さんは事情聴取の後に謹慎処分になってました。
これには両親方も頭抱えたかも…。
そんなわけでその二人は束の手でイタリアに亡命です。


以下兵装紹介。

フィオナローズ
FIATローマ本部とアイルランド支部にて共同開発された双剣型兵装。
『フィオナの2輪の薔薇』の銘を冠する。
もともとはウェイルに稼働試験を頼まれていたが、稼働試験後にメルクが使うことも考慮し、槍から剣へと鍛えなおされた。
その際に籠鍔が搭載され、内部にトリガーがセットすることで浸食現象のオンオフの切り替えが可能になっている。
それぞれ紅色と金色の二色になっており、それぞれが『エネルギー流動遮断』『エネルギー過剰投与暴走』の現象を発生させる、言わば『相反する二つの浸食現象』を引き起こす魔剣となった。
なお、これによる浸食減少が引き起こされる時間に関しては、使用者のシンクロ値によって上下する。
メルクの場合であれば現状は5分程度。
なお、作中でも記されているが、浸食された場合はその装甲の展開を解除、収納をした後にOSの書き換えを戦闘中に行う手間を生じさせる。
『現状使っているエネルギーバイパスの破棄』
『新たにエネルギーバイパスを作成』
『エネルギーバイパスへの浸食を今後防ぐ為のファイアウォールを作成』
『インストールおよび装甲の再度展開』
『各部位の装甲へのOSの再度インストール』
ここまでのマニュアル作業を戦闘中に要求させる。

なお、連結させてダブルセイバーの形状での使用も可能となっているが、この際には新たにレーザー刃が出力され、射程距離はさらに伸びるが、浸食現象を発生させられないデメリットもある。
だが形状として、扱いは槍に近いものであると推察が可能。
言わばこの兵装は『槍でもあり剣でもある』と言える。
常時は両腰に新たに搭載されたレーザーカノンの上部に鞘がマウントされている。


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第69話 憩風 翼休めて

先の話のメルクの大奮闘による完封試合は反響がなかなかに良かったようでビックリです。
いや、例の魔剣の性能がエゲツナイ類なんですがね。
では読者からの投稿です

Q.例の魔剣の性能ですが相手に「接地圧が逃げるのなら、合わせりゃいいんだろ!(キレ気味)」を強要させるわけですか?
P.N.『匿名希望』さんより

A.はい、その通りです。
今回の場合は「エネルギー流動量が異常値になっているのなら、調整し直せばいいんだろ!(キレ気味)」になっていたでしょうけど、相手が相手、そして機体の都合で出来なかったわけでした。
なお、メルクやアリーシャは機体にバックアップデータを用意しておいたので、それの再インストールとファイアウォール設置という裏技を使っていましたが、ウェイルはそれに気付かず、戦闘をしながらマニュアル操作でOSを書き直したという裏設定でした。
彼もバックアップデータを備えている筈なんですがね…。


Q.ウェイルが使っている槍型兵装『ウラガーノ』ですが、リング型の籠鍔に、ルーマニア…。
もしや、公王『黒のランサー』の槍を参照に…?
P.N.『匿名希望』さんより

A.おっとバレたか…はい、その通りでした。
それを可変系システムを搭載したりとなかなかなカオスな槍に仕上がりました。


お昼休みを境に、トーナメント初日は一旦終了となった。

午後からは本日分のレポートを記すための自由時間となっており、俺はレポートを記すという地獄のような作業に追われていた。

毎度毎度これには苦労しているような気がする。

メルクは早々と終わらせ、俺の隣でニコニコと笑っている。

こうなった原因は俺にある。

レポートよりもメルクの機体『テンペスタ・ミーティオ』のメンテナンスを最優先にした以上、面倒なレポートへの集中力が出ないというわけだ。

 

「面倒ごとは先に片付けろとは、姉さんが時折言っていたのに、何やってるんだか、俺は…」

 

今頃クラスメイトの皆も自室に籠ったりしてレポート作成に苦労しているのかもしれないなぁ。

かくいう俺は企業に送るレポートの半分の半分程度しか打鍵が進んでいない。

今の内に片付けておかないと、試合の中の興奮も冷め切ってしまい、記憶もボンヤリとしてきてしまう。

それはかつてFIAT本社への見学をした際のことで覚えがあった。

記憶を記録として書き記すのは、やっぱり難しいものだ。

こうやって後悔する度に、「先に片付けてしまえば良かった」という思いが際限なくあふれ出し、記憶の中の映像再現の邪魔をしていく。

終わりの無い地獄とはまさにこれだろうな。

 

そしてメルクは俺が一人で表情を変えている様子を見るのがそんなに楽しいのか、片時も離れずニコニコと見つめているという奇妙な状況に陥っているというのだから…。

オマケと言わんばかりに虚さんがフルパワーの土下座を披露しに来たこともその遠因になっているかもしれないな。

 

「さっさと終わらせよう」

 

そこからレポートを書いて、終わったのは1時間半が経過した頃だった。

軽い頭痛を抱えながらも、俺とメルクは気分転換のために屋上へと向かった。

 

「先客が居るみたいですね」

 

そこに居たのは、ラウラ・ボーデヴィッヒと

 

「シャルル…いや、シャルロットか」

 

「試合、凄かったねウェイル」

 

わざわざ称賛するために待ち構えていたのかと疑問に思うが、ここは素直に称賛を受け取っておこうか。

 

「こんな所でどうしたんだ?」

 

「それこそお互い様だ。

我々はレポートを記し終わったから此処へ来た。

軽い尋問をする必要もあったからな」

 

尋問とは穏やかじゃない、そう思ったが、それをする相手が居るのを忘れていた。

シャルル・デュノア改め、シャルロット・アイリス。

デュノア社社長夫人からの命令で、俺を名指しにしてまで殺害を企てていた産業スパイだった。

その素性がバレてしまえば本人の意思も汲みとられる事も無く孤立してしまうと思い、お節介の特盛でラウラにタッグを組むように頼んだっけか。

だけど、ラウラはそれを『監視の為』と思い込み、どうやら今日に至ったようだった。

 

「つい先程、フランスのニュースが流れたんだけど、知ってるかな?」

 

「いえ、知らないです。

つい数分程前までレポートをつくっていましたから」

 

作っていたのは俺だが、それ言うのは野暮だな。

 

「そっか、これを見て…」

 

シャルロットが端末を見せてくる。

そこには…『デュノア社倒産 国際テロシンジケートとの繋がりが発覚』と新聞の記事が出ていた。

 

「欧州全土で新聞記事の一面が大急ぎで刷り直されている。

フランスはこれより、二度目の氷河期を迎えることになるのは確実だ。

それも、上層部も腐っていたのが判明し、逃亡を図っているのを悉くが取り押さえられたそうだ」

 

ボーデヴィッヒもまた端末を見せてくる。

そこには『フランス上院議員を半数以上を逮捕 国家予算を懐に』と出ていた。

 

「シャルロットの証言から始まったのか?」

 

「ドイツに移籍した際に、いろいろと伝えたのは事実だよ。

でも、此処には僕だって知らないことが色々と出ていたんだ」

 

へぇ、それじゃあ民衆のクーデターでも起きたかな?

『フランス革命再び』といった具合に…いや、不謹慎だな。

 

「その実績は『欧州統合防衛機構(イグニッション・プラン)』の働きによるものだ。

このシステムは、欧州全土に広まっているのはお前達とて知っているだろう」

 

思い返せば姉さんがそれを授業で言っていたな。

その時の記憶を引っ張り出しながら、ボーデヴィッヒに頷いて返す。

 

「『欧州連合に所属している国家に対し、監視も担い、危険因子を摘発する活動を許可するものとみなす』、ですね」

 

「その通りだ、イギリスに続き、『フランスもその危険要素を内包している』と見なされた。

これにより組織によってフランスへの問答無用の監査が入った」

 

うわぁ、結構な強権を持っているんだな。

だが、情報提供者による裏付けが行われていたが、それによるものか。

 

「それで判ったのは、デュノア社社長夫人個人が、国際テロシンジケート『凛天使』と個人的に繋がり、拠点と資金を与えていたことだったんだ。

でも、検挙された拠点はすでに蛻の殻、少なくとも半月近くは空っぽだったらしいんだ」

 

次々と判明するフランスの闇

 

だがそれを一般人が知っても大丈夫なんだろうか…?

 

「デュノア社社長夫人がお兄さんの名前をフルネームで知っていた理由は凡そ察しました。

お兄さんの殺害を望んでいた理由は何なのですか?」

 

ああ、それだそれ。そればかりは俺も知っておきたかった。

ケンカを売った覚えもなければ、恨みを買った覚えもないのだから疑問ばかりだった。

 

「FIATはすでにイタリア国外にも手を広げている。

それに比べてデュノア社は思うように経営が出来ず、存続するのが限界だった。

そこに君が姿を現した、それとFIATの業績が一気に拡大していたのが重なっていたんだ。

だから、企業発展のカギは君だと考えたんだ。

そこで考えたのが、自社の再生復興よりも、他社の足を引っ張ることだったんだよ」

 

とんでもない迷惑話があったもんだ。

妄想と邪推を重ねて憎悪した挙句の蛮行か、篠ノ之を思い出してしまう。

なんでこう、妄想をしただけで自分を制御できなくなるような暴走機関車が、厄介な地位に居座っているんだ。

もう少し人選を考えてくれよ。

そんなことを言ってもフランスは数年前から零落しており、ラウラが言うには二度目の長い氷河期に晒されるという具合だ。

 

「多分、国は分裂するか解体されるかな。

あちこちで内紛が起き、数世紀逆戻りしたような国になってしまうかと僕は思っているんだ」

 

「故郷に思い入れが無いのか?」

 

「勿論あるよ。

でも、もうブルゴーニュへ帰れないと判っているのなら、これから先を見据えたいと思うんだ。

それに、母さんもすでにドイツに改葬してもらっているから、寂しさは…少しはまぎれると思うから」

 

なら、ここから先は俺が踏み入るべきではなさそうだ。

メルクに視線を向ければ、同じ事を考えているのか、頷いて返してくる。

 

「これを以てデュノア社は正式に倒産。

第一世代機『ラファール』、第二世代型量産機『ラファール・リヴァイヴ』の生産は完全に終了。

これから開発されていくかもしれなかった第三世代機開発は根底から失われた。

もともとシェア率も低くなっていたし、発注も少なかったからね、この学園に搬入されている機体も、今後は解体されてジャンクパーツか、予備パーツ群にでもなるだろうね」

 

「組立解体の練習用の機材としては使えそうだと思うんだけどな…」

 

技術者としては予備パーツの増加は嬉しい話だが、今後の授業や訓練でも、あくまで機材としては使えそうだとは思う。

ISコアはイタリア製第二世代型量産機『テンペスタⅡ』に搭載されなおしているから、動く心配も無いだろう?

 

「君は変わってるね」

 

「たまに言われるよ」

 

どこが変わっているのかは理解出来てないんだが。

髪が白い点か?

それとも度が入っていない眼鏡を愛用している点か?

制服を白衣のタイプにしている点か?

さあ、どれだ?

それこそ人に向かって「変わっている」だなんて、他者への理解が追い付いていないからなんだろうけどさ。

 

「ともかく、今のシャルロットやフランスの内情について教えられるのは此処までが全てであり、知識の共有は出来た。

次に共有するのは私自身についてだ」

 

そう言ってラウラは自身の胸に手を当てる。

眼帯には覆われていないその左目には何か強い意志が見えた気がした。

これは…素直に聞いておいたほうがいい気がする。

 

「私が織斑教官の教え子であることは先日にも伝えた通りだ。

そして私は…男性搭乗者という存在に対し…粛清するために来ていた」

 

ジャカッ!

 

重い金属音が背後から聞こえた。

一瞬、それこそ一瞬にしてメルクが銃を両手に構えていたからだった。

銃口が向けられた先は…ボーデヴィッヒの額と心臓だ。

狙いをつけるのが早ぇ…。

とはいえ、粛清というのはどう考えても物騒な話だ。

実際には俺はボーデヴィッヒに恨みを買った覚えがない、喧嘩を売ったところで返り討ちにされるのが、先の見えた現実だ。

 

「だが、それがただの八つ当たりだというのを悟ってな…」

 

「そこに至るまでの考えは…聞かないほうが良いか?」

 

「早い話が、憧れによる偶像化、だな。

だから、その周囲にいる存在が疎ましく思えていたという事だ。

お前達と少しだけ話をしてから考えたんだ、私こそ人を人として見ていなかったのだと」

 

自嘲めいたように乾いた笑いを零す。

それを見て何となく何かを思い返す。

姉さんも人から偶像のように見られていたかもしれないと思った。

ブリュンヒルデの名の重み、普段の生活態度を考えれば、人は憧れに人の内面ではなく表面しか見てなかったんだろうなと。

 

「憧れと現実の差をハッキリと見てしまい、私は偶像への崇拝を辞めた。

そして、あの人の真実の姿を知りながらも、なおもそれを汚そうとする者に…八つ当たりをしてきた」

 

してきたのかよ。

物騒なことをしてきたもんだなぁ…。

なんでこんなにも血の気が多いんだ?

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「織斑千冬に対しての現実と真実を知り…訣別した。

私はもう、あの人への恩義はあるが、憧れや尊敬は切り捨てた」

 

そうか…そこにどんな逡巡があったのかは察した。

メルクが構える銃に手を当て、それを下ろさせる。

どうやらボーデヴィッヒはイタズラに他人に敵意を向けることは無さそうだ。

 

「叶う事なら、織斑全輝は私が試合で叩き潰したかったのだがな」

 

「代わりに試合で俺を潰すとか勘弁してくれよ?」

 

ボーデヴィッヒの試合の運び方についても情報は入っているが、対策手段は揃っていない。

勝利できるかと問われても、無理だと答えるのが素直な反応だ。

だがボーデヴィッヒの反応はといえば…。

 

「精々知恵を絞れ、そして私を驚かせて見せろ」

 

そう、胸を張って堂々と答えた。

皮肉めいた微笑みを浮かべ…ハッキリといえばドヤ顔で。

ははは…後でいろいろとティナに頼んで備品を発注させとこう、いろいろとシミュレーションをしておかないとな。

精々悪あがきしてやるさ。

 

「僕とラウラの次の対戦相手は、君のタッグだよ、ウェイル」

 

…時間がなさそうだ。

無い知恵を絞らないと悪あがきも出来ないな。

 

「まあ、なんとかやって見るさ、善戦なんて期待しないでくれよ?」

 

限られた時間で用意出来るものを使って挑戦してみるかな。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

『おかけになった番号は、現在使われておりません』

 

そのアナウンスを耳にし、私は携帯端末を置いた。

おかしい、もう何度も電話を掛けた。

転居している場所は全て反応がなかった。

 

「柳韻さん達が転居する場所は日本政府に全て教えてもらっていたが、何故その全てに反応が無い…?」

 

どこかに移動している最中だったとしても、個人の携帯端末へすら繋がらないなどということは過去にも無かった。

何かの事件にでも巻き込まれたのだろうか?

そう考え、別の個人端末へとかけなおす

 

『おかけになった番号は、現在使われておりません』

 

束の番号にすら反応が無かった。

異常事態が起きつつある、そう考えるが確信などつかめないのが現実だった。

 

「…チッ!」

 

今は下手に動けない。

私もまた監視下にあり、下手には動けない。

この寮監室の備え付けの電話もまた履歴を調べられるだろうと思い、監視を受けるようになってからは使わないようにしていた。

個人の携帯端末なら大丈夫だろうとは思うが…

 

「いや…、使いすぎた(・・・・・)かもしれんな」

 

情報を生業としている更識が私を敵視している以上、私が使った番号は過去のものを含めて照会とて容易くやってのけるだろう。

味方であれば頼もしいが、敵となってしまえば音を立てず、気配もさせずに喉元に刃を突き付けてくる。

生粋の影に生きる人間だ。

 

この半年にも満たぬ時間の内に、私の悩みはあまりにも多くなりすぎた。

相談できる相手など誰一人として居ない。

私を慕っていた真耶は冷たい目を向ける監視者に、懐刀としていた更識は離反した、ラウラ・ボーデヴィッヒもまた訣別を突き付けてきた。

私のそばに居るのは、抑制も叶わぬ暴走を続ける身内二人だけ。

 

「…小鳥?」

 

窓枠にその小鳥が居た。

夜になり、こんな所にでも迷い込んできたのだろうか?

鳴きもせず、私を見つめてくる。

やや薄気味悪く思うが、小鳥相手に何を思っているのだろうか私は。

 

「コーヒーでも淹れるか」

 

キッチンに置いてあるインスタントコーヒーのパウダーをマグカップに投入し、給湯器の熱湯を注ぎこむ。

途端にコーヒーの香ばしい香りが広がってゆく。

最近は、この香りを楽しむこと程度しかストレス解消法が無い。

 

昨今、職場に行くのも怖く思えてしまう時がある。

誰もが私に冷たい視線を向けてくる。

誰もが私を悪く言っているように見えてしまう

悪いことなど何もしていない、ではなく『身内の非』が私にも向けられている。

懲戒免職もそう遠くないうちに言い渡されるかもしれない。

だが、今の私には他の職種に就けるのかと考えても、見当たるものが存在しない。

もしかしたらそれは全輝も箒もそうかもしれない。

もしも、この考えが現実になってしまったらと思うと、背筋が寒くなる。

それに、この際限の無い泥沼からも…

 

「逃がす事が出来れば、良いんだがな…」

 

不思議なことに、窓枠の小鳥は未だにそこに居て私を見つめてくる。

だが、何を思ったのか急に飛び立った。

飛び立っていく先の場所を見つけたのだろうかと思う。

 

 

だが

 

 

あの小鳥の眼前で、その言葉を呟いた事を後に私自身…

 

 

一生涯後悔するなどとは、この時には欠片も思わなかった

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

「ちょっとティナ、なによコレ…」

 

翌朝、整備室に居たルームメイトの様子を見て流石に驚かされた。

運搬台車の上に乗せられたコンテナを見て驚かずにいる方が無理な話だった。

本気で戦争でも始めるつもりなのかと疑いたくなる。

 

「ボーデヴィッヒさんを相手にする際に必要なんだってさ。

それでも無茶苦茶な量よね。

閃光手榴弾(フラッシュバン)30個、音響手榴弾(ノイジー)80個、発煙手榴弾(スモーク)30個。

シミュレーションするにしてもどんな戦い方をするんだって言いたいけど…判らないでもないのよね」

 

ラウラがする戦い方は、『完全封殺』。

仕組みは判っていないけど、相手の動きを完全に止めてしまう。

AIC(慣性停止結界)』だとメルクが言っていた。

物体が動く力を完全に停止させるもの、というのがその本質らしいけど、簡単に言ってしまえば、囚われたら対処不可能。

それに尽きる。

けど、ウェイルは何か閃いたのか、朝から整備室に飛び出していったらしい。

 

「ちょっとウェイル、どういう作戦を思いついたのよ?

勝算はあるの?」

 

「勝算は無い。

けど、現状としては可能性は見つけてる」

 

そう言って、モニターとの睨み合いを続けては考え事をしている。

かと思えば、別のモニターを用意しては必死にデータを入力する。

その直後には更に多くの手榴弾を発注したりと見境がなくなってきている。

何をするつもりなのかはわからないけど、明日の試合ではあんまり無茶をしないでほしい。

 

「メルク、この様子を見てアンタは何も思わないの?」

 

「一生懸命頑張ってますから、邪魔なんて出来ませんよ」

 

いや、そうじゃなくて…

 

運んできたコンテナの手榴弾が燐光と共に次々と姿を消していく。

ウェイルの機体の拡張領域に次々に登録されては収納されていくんだろうけど、搭載しすぎじゃない?

容量にも限界があるはずだけど、ウェイルは兵装の数を絞っているのかもしれないから余裕があるんだろうと勝手に納得しておく。

 

「それから、ティナの機体には…」

 

「え!?そんなの着けるの!?あ、うん、まあ、良いけど…」

 

ちょっと待ちなさいよ、何やら不穏なことを考えてない!?

 

「鈴さん邪魔しないでください」

 

「邪魔するつもりは無いけど…ちょっと心配になってきたわね…。

杞憂であればいいんだけど…」

 

それでもメルクの言葉には考えさせられるものがあり、私はその場では潔く引くことにした。

 

それから私が向かったのは5つほど離れた整備室。

ここで私たちは機体の整備と作戦会議をする事になっていた。

私の『甲龍(シェンロン)』とメルクの『嵐星(テンペスタ・ミーティオ)』で出来る事を。

ウェイルとティナのタッグとも戦ってみたいとは思ったけど、それよりも先に私たちの対戦相手に集中しないといけない。

 

「相手は…5組の…一般生徒みたいね。

使用する機体は二人とも打鉄か…スタイルは、前衛の近接戦闘と、後衛からの視線射撃。

参考書にも書かれているオーソドックスな戦法ね…」

 

正直、敵でも無さそうだった。

 

「警戒すべきは更にその先です、簪さんですよ」




ラウラはすでに憧れという偶像崇拝から決別しています。
原作よりも先に一歩だけ前へと進んでいるかも

それはそれとして、
やっぱり嬢ちゃんは魔猪の氏族だったか


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第70話 白風 戸惑う思い

敗北を喫した。

それもこれで二度目の敗北。

その現実に彼の心は荒波のように荒れ狂っていた。

昼休み以降の時間はレポート作成時間ということになっていたが、彼は自室で勉強机に突っ伏していた。

荒れ狂いそうな自分の現状にさえ腹立たしかった。

 

「あんな手を隠していたのか、アイツは…!」

 

クラス対抗戦での対戦を映像化させたそれを何度も繰り返し見続け、『右側からの反応が遅い』という可能性にまで辿り着いた。

そこを突けば勝利に…叩き潰す事にも大きく近づくとさえ思っていた。

だが、それを補って余りある手段を使ってきた……否、事前に用意し、隠し続けていた。

今まで手札を伏し続けていた。

今日、この日まで数ある手札を伏せ続けるその思考までは予想など出来うる筈も無かった。

絶対防御に衝突してもなお推進力を失わず、SEを抉り続けた『クラン』に最も警戒した。

投擲にさえ反応出来ればと思っていたが、それすら出来なかった。

 

問題はそれだけですらなかった。

 

第3世代機が、第二世代型量産機によって遅れを取ったという点だ。

そして、一般生徒にすら手玉に取られてしまったという現状だった。

その情報は既に多くの生徒達に広く知れ渡ってしまっている。

今後は、他の生徒達にも当時の映像データが出回り、全輝と白式に対しての対戦用の資料として多くの生徒達に刷り込まれるだろう。

そうなれば…『もう誰にも勝てない』という現実がそう遠くない現実として彼の心に降りかかる。

 

「このままだと…!」

 

『敗北者』だけでなく『最弱』の汚名が着せられる。

それは嫌だった。

自分こそが他者を踏みしだき、君臨する側であると、それが彼が自身に抱く自身の像だ。

その為に、他者を孤立させて追い込むようなことも平然とやってのけた。

他者を見下ろし、見下し、踏みにじるようなことも笑いながらやってのけた。

だから

 

見下ろされるなど耐えられない

 

見下されるなど、以ての外だ

 

そんな自分が、敗北など認められるわけが無かった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

「まさか、あんな腕を用意していたなんてね」

 

夜間、ウェイル、ティナ、メルクと一緒にアリーナで夜間訓練をしていた。

とうとうウェイルが隠し弾を見せたことで、ようやく夜間の合同訓練を一緒にしても良いと判断してくれたらしい。

 

「楯無さんからの助言だったんだよ。

企業側からの使用許可云々ていうのはブラフだったんだ」

 

そう言いながら、槍を構え対峙する。

鋭い刺突をいなし、次に来るのは右手の槍。

そこからさらに左手の槍で薙ぎ払ってくる。

対抗戦の時に使っていた朱槍と違い、今回の対戦で使っている槍は穂先が剣のような形状をしている。

『ウラガーノ』と呼んでいたその槍は、その真実は『槍剣(ブージ)』であり、アサルトライフルとしての性能も合わさっている。

右手で握っているそれにはハンドガン内蔵式だというのだから、トリッキーだと思う。

左手でライフル、右手でハンドガンって誰がそんな使い方をするんだか。

極めつけは、右肩から伸びている夜明け(アルボーレ)と呼ばれる外装補助腕だった。

 

「で、その腕はどういう仕組みなの?」

 

「これは後付兵装(イコライザ)だよ。

全自動(フルオート)で動くようにプログラミングされているんだ」

 

これもこれで頭が痛い話だった。

これまでウェイルはフルマニュアル操作で機体を巧みに操縦していた。

それは私もティナも知っている話だった、それなのに今ここになってフルオート操作を使用していると来るなんて誰が予想するかっての!

 

「で、何のためにそんな兵装を取り付けたの?」

 

外装腕が振るうブレードを下がって回避。

そこに合わせて下段からの槍による刺突。

ああ、本当に厄介で困る。

近接戦闘においてはウェイルはこの腕を合わせることによって戦闘力が爆発的に向上している。

刺突を避けたと思えば反対方向から爪先に仕込まれた杭が突き刺そうと迫ってくる。

なるほど、ブレード一つの全輝にとっては今のウェイルは完全に天敵(・・)だ。

たった一人だというのに、5倍の手数を使うということか。

そしてその搭乗する機体は『テンペスタ』、世界最速とも呼ばれている機体だから、相手に離脱を許さないって事か。

 

「姉さんが言うには、俺は右側からの反応が遅いらしくてな、それを補うものが必要になったんだよ。

だけど、姉さんが使っている機体もテンペスタだから近接戦闘の距離に追いつかれたら、離脱が出来ない。

そこで必要になるものを考えてみた結果、『近接戦闘が可能』『右側に対して優れた反応速度』、これだけの条件が必要になったんだ。

それで、アルボーレを搭載させたってわけだ」

 

そんな経緯であの腕が搭載されたのか。

しかも聞いた話だと、ウェイル自身の手によって搭載させたっぽいし、技術者としても腕が優れてきているわね…。

 

「姉さんって、今日来ていた『ヘキサ』さんよね?

あの人も搭乗者だったんだ…」

 

ここでいったん休憩を挟む事にした。

今はメルクとティナが対戦していて、量産機であるテンペスタⅡではメルクのミーティオには届かない。

対戦では歯が立たないということが判ったのか、高機動訓練へと趣旨が変わってきているけど、本人たちが楽しそうにやっているから、まあいいか。

私達はグラウンドの中央付近に持ってきたベンチに座って話すことにした。

視線を上に向ければ、星空と…高速で飛翔する2機のテンペスタが飛び回っている。

 

「『だった』と言うよりも『現役』だよ。

俺がアルボーレを搭載した直後には驚いていたよ」

 

そりゃそうなるでしょうよ。

私だってあの試合の中で驚かされたんだから。

メルクは知っていて当然として、多分だけどティナも知っていた筈。

 

「他に知っている人は居たの?」

 

「担任のティエル先生くらいじゃないかな。

楯無さんであればどこかからか情報を掴んでいるんじゃないかとは思うけど、どうだろうな?

だけど、それ以外に知っている人は居ないよ」

 

それだけ秘匿し続けていたってことか…。

今日の試合で誰もが驚いただろうからね…。

 

「それはそれとして、メルクのあの砲撃だって、アレは何なのよ?」

 

「メルクの持つレーザーライフル『ファルコン』を連結させた『レイヴン』か。

単純だけど、それだけに驚いただろ?

エネルギーを収束させて、射程距離と威力を上昇させる機構になっているんだ。

イタリアの最新技術だよ」

 

正直、あの瞬間のあの野太い閃光は『射撃』というよりも『砲撃』と言っても差し支えのないものに思えてならなかったけど、連結式ってそんな兵装を持ってたなんてねぇ…。

でも、まだあの試合に於いての疑問が残っている。

 

「篠ノ之のブレードを両手で挟んで止めたアレは?」

 

こうやって会話をしている間にもウェイルは両手の槍を鋭く振るってくる。

この槍術を叩き込んだ人はどんな人なんだか、…あ、ヘキサさんだと言っていたか。

 

「モーションサポートプログラム、その試作品だよ。

相手の特定動作に対して搭乗者が任意で起動させることで事前に組み込んでいた動きを行うものだ。

メルクが使ったのはそのプログラムの試作品だ。

織斑だけでなく、篠ノ之の情報もリークされていたから、プログラムの組み上げの練習の一環で作ってみたんだ」

 

この兄妹には驚かされるばっかりだわ……。

 

「篠ノ之の動きに合わせてのプログラムを組み上げるのは簡単だったよ。

アイツの場合、攻撃パターンは僅かに三つ(・・・・・・・・・・・・)

『右上段から左下段へ向けての振り払い』、『左上段から右下段へ向けての振り払い』、『大上段からの振り下ろし』だけだ。

水平の薙ぎ払いや、下段から振り上げる攻撃や、刺突の型が無いんだ。

だから攻撃自体は至って単調、対処も簡単だったからな、事前策も用意しやすい」

 

攻撃が単調、攻撃パターンがわずかに三つだけ。

そりゃ確かに事前対策なんて幾らでも用意出来そうよね。

そして用意した結果がアレか…。

まさか銃を上空に放り投げてからの真剣白刃取り…。

そんな動きをさせるプログラムを用意する側も、実際にそれを起動させる側も何を考えているんだか。

驚愕させられ続けるのもこれで終わりになるかなぁ、なんて思ってみるけど、どうせこんな願望は打ち砕かれるだろうと思う。

オマケに侵食兵装ってなによソレ?

機体に触れたら終わりって、ISの天敵のようなものじゃない?

訓練機を使用してる一般生徒が泣くわよ?

 

「だけどまあ、訓練機を使用する一般生徒相手には使わない方針でいるそうだ。

生徒の成長を著しく阻害するような事はしたくないってことだからな」

 

ならメルクは篠ノ之を一般生徒として見なしていないってことよね…?

変な処で苛烈だわ…。

 

「クロエって娘が言っていた『ビーバット博士』って誰なの?」

 

この質問に対してウェイルは…腕を組んだ?

何かあるのかしら?

 

「俺もよく知らないんだ。

イタリアに突然現れて、FIATに対して一方的に自身の技術力を売り込んで企業の協力者となった人物だそうだが…。

だけど、その人物像に関してはFIATの中でも噂話程度しか流れてないんだよ」

 

なんか…ものすごく胡散臭い話になってない?

 

「博士自身、人に姿を見せることが全く無くってな、容姿に関しても酷く曖昧なんだ。

『年若い男性』だとか『老婆』だとか、そんな噂話が流れてる」

 

どうしよう、胡散臭さがどんどん増してきている…。

そんな胡散臭さが天元突破しているような人物と契約しても大丈夫なんだろうか、FIATは…?

 

「容姿に関してはそんな曖昧な話が出回ってきているけど、『隻腕の人物』という点だけが噂話の中で共通しているんだよな…。

素直に言えば、俺も面識は無い」

 

なんか…雲をつかむような話だった。

ウェイルの身の上話に関してもメルクから聞いたけど、曖昧にされている所が幾つもあって、何を信じればいいのかわからないくらいだったし、どうにもどの話も信じがたいことばかり。

オマケに、明確な境界線を敷かれてしまった以上、思うように入り込めなくなってしまっている。

笑顔であんなセリフを言うんじゃないッ!

 

「疲れた…」

 

「お疲れさんだ、ティナ」

 

「お疲れ様です!」

 

テンペスタの高機動訓練はメルクに一日の長があり、ティナが疲弊してるのに、メルクはそんな様子が見られないのは、驚くべきことか、それとも呆れてしまうべきか…。

 

「ティナの操縦技術はどう見てる?」

 

「追加スラスターを導入しているからか、速度も思った以上に出せるようになってますね。

お兄さんとの訓練もあって、動きも悪くありませんね」

 

「あはは、思った以上の高評価は嬉しいけど…ちょっと休ませてね…」

 

メルクの指導が厳しかったのか、そのままウェイルに寄りかかる形でティナは…うわ、本当に寝てるし…。

ウェイルは苦笑いしてるけど、メルクは頬を膨らませている。

シスコンとブラコンがそろうとこんな感じになるのかしらね…?

 

「今日の訓練はここまでにするか?」

 

「それもそうね、ティナも寝ちゃったし」

 

それはそれとして、体のラインが出るISスーツでグイグイと体を押し付けてない?

ティナのスタイルといえば、それこそグラマーなモデル顔負けなのに、そんな風にしてると…。

 

「…ちょっと息苦しいんだが…」

 

その二つの果実がウェイルの胸板に押し付けられてるわけで…それで息苦しくなってるらしい…。

あざといんじゃない、ティナ…?

 

「仕方ないか…」

 

で、ウェイルはそんな状態のティナの背に左手を回し、右手は膝裏へ回してそのまま持ち上げた。

そう、俗に言う『お姫様抱っこ』だった。

それを見て流石に我慢できなくなりそうだったけど、疲れて眠ってしまった人を叩き起こすのも流石に憚られるか。

メルクは頬を膨らませるだけでなく顔を赤くして嫉妬してるらしい。

メルクもこんな表情を見せるもんなのね…。

 

「それにしても、ティナをそんな風に抱き上げるなんてね…実は女の子をそういう風に運ぶのに慣れてる、とか?」

 

ああ、嫌だ嫌だ、私もメルクと同じように嫉妬しちゃってる…。

私にもこんな奇妙な感情が内側に在っただなんて認めたくないのにな…。

 

「まさか、シャイニィくらいだよ。

シャイニィに比べれば、人をこんな感じに抱えるなんて初めての経験だよ」

 

ふぅ、ん…。

初めてだというのなら…もう、こんな考えはやめとこう。

嫉妬で頭がおかしくなりそうだわ。

今だけはティナにはその場所で休んでいてもらおう。

 

「けど、シャイニィに比べるとやっぱり重いな」

 

「そういう事は言わないほうがいいんじゃない?」

 

「そうですよ、お兄さん」

 

なぁんかイマイチ締まらないなぁ。

 

更衣室に置いてある各自の制服を回収し、そのまま学生寮に向かうことに。

その間に一度だけティナがウッスラと目を開いたけど…

 

「疲れてるんだろ、部屋まで運ぶからそのまま寝てていいぞ」

 

そのウェイルのセリフで再び寝てしまった…ように見えるけど、実は寝たフリだということは私は見抜いた。

そうでなきゃ、蛍光灯で照らされた頬があそこまで赤くはならないでしょ。

メルクは…気づいているのか、いないのか…?

 

そのままティナを部屋まで運び、ベッドに寝させてからウェイルは帰っていった。

それを見送ってから…

 

「さてと…、寝たフリはそこまでにしてシャワーくらいしといてから寝なさいよ」

 

「…バレてたんだ…」

 

「まあね、これでも勘は鋭い方だから。

メルクたちは気づいていないと思うけど」

 

「そっか…兄妹揃って鈍感なのかしらね?

ふふぅん♪悪巧みしてみよっかなぁ?」

 

何を考えているのかしら、この乳牛は!?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

今日のウェイル君の試合の映像を繰り返してみる。

彼は自分の機体の操縦を『フルマニュアル制御』していると過去に断言していた。

にも拘わらず、彼は機体の右側から補助腕を展開し、それすら巧みに操って見せていた

人間には二本しか腕が無い以上、あの補助腕はマニュアル制御ではないことは明らか。

本人が言うには『フルオート』らしいけれど…

 

「本来、機体操縦を補助するためのセミオート機能用の演算システムを全てあの腕の為にリソースを注ぎ込む、か…。

ウェイル君も大胆な事を考えますね、お嬢様…」

 

「考えること自体は悪くはないわ。

でも、それを実行する方が怖いわ」

 

セミオート動作をすべて切り、フルマニュアル制御にすることにより、機体操縦はより難易度が増すことになる。

データ集積という意味合いでは、より濃厚に、詳細に集積できるでしょうから、定期的に提出されるデータとしてもウェイル君の方がデータの価値が高い。

 

「問題なのは、あの補助腕よ。

あれがフルオートで…しかもブレードを使って戦闘に応じていたということは、ウェイル君以外の誰か(・・・・・・・・・・)のデータが使われているのは明白よ」

 

それは一体誰なのか…今となってもウェイル君の素性はプロフィール以上に詳しくは判っていない。

今日、この学園に来たヘキサという人物が『姉』を自称していたけれど、その言葉も真面に信じるわけにはいかない。

そもそも、あの人でさえも素性が知れない。

だけど、調べるわけにもいかない、こちらは踏み込もうとしてもすでに刃を喉と心臓に突き付けられている。

そして…あのクロエという子も正直、恐ろしい。

あの瞬間、突如として平衡感覚が失われ、倒れそうになった。

景色も歪み、自分が倒れているのか立っているのかさえ判らなくなるような『何か』をされた。

 

嘘と偽りで覆われた向こう側には、何かが隠されている。

それが判っているのに、私達は調べるどころか近づく事さえ出来ない。

ウェイル君が何気なく話す内容に対しても、納得ができずとも飲み込むほかに無い。

 

突き付けられた刃がどう動くかは判らないから。

そのまま刺されたらジ・エンドなのだから…。

 

「今更ながらウェイル君が恐ろしいですね…。

彼は一体、何者と繋がっているのでしょうか…」

 

「少なくとも、イタリア政府中枢と、バチカンとは繋がっているのでしょうね…。

だけど、ウェイル君はその自覚すらしていないようだけれど…。

何なのよ彼は…?本人すら知らないところで、とんでもない人脈でも持っているの…?

無意識にそんな人脈なんて持てるはずもないのに、彼の後ろには誰が居るのよ…?」

 

ウェイル君自身は、まるで裏表のない人間だから、彼を疑う標的とする事も出来ない。

それどころか、疑う余地がない。

疑うべきは、彼の後ろにいる誰かであり、もしくはその者達。

幸いなのは、ウェイルくんがその存在に癒着していない事。

 

「……まさかとは思うけど、ウェイル君にとっては只の顔見知り(・・・・・・)、とか……?」

 

それこそまさかね♪無いない♪

いくら何でもその可能性だけは有り得ないわね。

イタリアに於ける重鎮ともいえるような人物たちとご近所付き合いなんて、それこそ自称一般市民にそんな機会なんて巡ってこないわね。

 

「だけど、あの補助腕を稼働させる為のデータはどこから流されてきているのかしらね…?」

 

結局、ウェイル君を覆うヴェールの向こう側には至らず、またも疑問が生じてしまうだけだった。

調べられない何かが眼前に存在し続けるだなんて、思った以上にストレスが溜まるぅ…。

 

「一先ず、接触するのはまた明日にしませんか?」

 

「それもそうね…」

 

彼のあの様子だと彼は裏表はないけれど、何かを隠している。

それもこちらにとっては致命的になるまでの何かを。

それを自覚してもなお隠すということは、口止めされている事になるのだろう。

こちらが予想していたのは『姉』であり『アリーシャ・ジョセスターフ』女史だと思っていた。

今日やってきた『姉』を名乗る『ヘキサ・アイリーン』と言っていたわね…。

彼女には…何か影を感じる。

そして…クロエと言っていた子からは…それよりも深い闇が…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「シャルロット、フランスの件で話がある」

 

「うん、判ったよ」

 

今のこの時間であれば、欧州は昼を回った頃だろう。

ウェイル・ハースから頼まれてシャルロットのタッグパートナーとなり、監視を続けていたが、今では憑き物が取れたように話にも応じるようだった。

 

「『イタリアにて発掘された男性搭乗者の暗殺計画』を理由に、欧州連合によってフランスは更なる経済制裁が下されたわけだが…」

 

「そう遠くない話だったかもしれないね。

ニュースでも、ほかにも多くの要人暗殺計画を検討していたようだったから」

 

昼休憩後、レポートを記した後に時間に大きく余裕ができた我々は欧州のニュースをくまなく調べた。

すると出るわ出るわ、叩けばそれこそ埃の山だった。

デュノア社長本人は随分と前に床に伏している状態であり、企業に手を付けられない状態。

社長夫人がそれを隠蔽して企業を掌握、独占、支配していたわけだ。

役人はその全てをイエスマンで揃え、企業の資金を横領、着服、癒着、談合。

都合の悪い者が居れば、正義感を振るう者が居れば、目障りに思う者が居れば、その都度消して回っているというのが真相だったというわけだ。

ウェイル・ハースに対しても、それこそ『邪魔』と言うだけで殺そうとしていたのが判明した。

ニュースではウェイル・ハースの名が伏せられているが、裏では知れ渡っているかもしれない。

 

まあ、それはさておき

 

「フランス国内では内戦が想定されている。

上流社会に君臨してきた者達と、搾取され続けていた民衆、それらがぶつかり合う暴動が」

 

「ははは…なんだか何世紀も遡ったかのような話だね…」

 

「欧州連合はそれに対し、静観を決め込んでいる。

デュノア社や、フランス空軍に配備、実装されていたコアは欧州統合防衛機構(イグニッション・プラン)のコンプライアンス違反によって没収されている。

大量の死者が出るだろう、それに対して、お前は何を思う…?」

 

シャルロットは夜空を見上げ…

 

「母さんが亡くなって、デュノア社社員寮に軟禁された状態で過ごしていたんだ。

最低限度の学業は与えられたけど、その分…僕の未来が奪われてた…。

今回の計画でウェイルを殺すことができて、データを送ったとしても、僕自身の安全は図られなかった…。

捨て駒だったんだね…」

 

夜空を見上げながらも何を思っているのかはわからない。

だが、マトモな記憶ではないのだろう…。

 

「ウェイルを殺して法に裁かれて死ぬか、諸共死ぬか、たったそれだけの違いしか無かったんだろうなぁ…」

 

こうして聞いていれば狂った計画だ。

自分は安全な処から命令を下すだけで、見境のない殺戮を他人にさせる、か。

無能な人間が人の上に立つことは恐ろしい話だ。

 

「紛争は…止められないのかな…?」

 

「今もその座にしがみ付く無能な頭を一掃し、国民のために振舞える者こそが必要になるだろうが、難しいだろう」

 

そんな人間が居れば、6年前のモンド・グロッソの事件も早々と公開され、大会中断の選択肢とて出ていただろう。

それをしなかったのは政府中枢に巣くっていた無能と、事件と情報を把握しながらも大会を敢行させたデュノア社社長夫人の選んだ道だ。

 

「そういう人は…居ないのかな…?」

 

「極少数だろうが、政府中枢について詳しくもない民衆からすれば見分けなどつかないだろう。

政府に巣くっていた時点で同罪とみなす危険性もある。

あくまでも可能性だが、その危険性を孕んでいる以上は、国内だけでは収拾などつかないだろう…」

 

だが、可能性があるとすれば…それは、『国外からの干渉』だ。

だが、その先に待ち受けているのは『属国』か『国家解体』だ。




おっと、ティナが悪だくみをしたけれど鈴による牽制でストップがかかったぞ!
猫が豹になれば恐ろしいのでしょうね…。

それはそれとして質問コーナー

Q.ヴェネツィアに居るであろうな釣り人のビッグな皆さんの肩書を教えてほしいです。
P.N.『リールとライン』さんより

A.はい、わかりました。
『緋の釣り人』シェーロ
『碧の釣り人』クーリン
『黄金の釣り人』ギース
上記以外のメンバーとなれば、ざっとまとめてみると
イタリアマフィア『スパルタクス』第13代目大頭目
イタリア首相 宰相 財務大臣 国防大臣 法務大臣 ローマ市長 ヴェネツィア市長 
大病院院長 警察長官 陸軍元帥 海軍元帥 空軍元帥 テレビ局局長 ラジオ局局長 
新聞社社長 FIAT代表取締役社長 ローマ法王 枢機卿 法律事務所所長 
国際裁判所所長 国際裁判所裁判長 中学校校長 高校校長 
造船企業代表取締役社長 民間警備会社社長 民間軍事企業社長
イタリア暗部長官 

学校の校長やバイト先の社長はともかくとして、それ以外の殆どのメンバーが護衛も付けずに正体隠して弟妹達と仲良く和気藹藹しながら釣りをしているんだ。
弟妹達の人間関係にアリーシャさんが頭痛で悩まされるのは仕方ないって…。

なお、その全員が釣りをする際にはルアー派です。
生餌を見てメルクが悲鳴を上げたのが原因だとか。

そして当然ですが、ウェイルにとって彼等は全員が、気の良いご近所さんで、ただの顔見知りです


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第71話 錯風 見え始める

さあ、トーナメント二日目、いってみよう!


「あの…なんで私はここに呼ばれたんですか…?」

 

食堂で朝食を食べて終わった後、SHR前だというのに生徒会室に連れてこられた。

 

「安心しなさい、ちゃんと担任の先生にも伝えてあるし、トーナメントに遅れる事は無いから」

 

心配しているのは、そこじゃないんだけどなぁ…。

ため息を零す私の右側には…ラウラ・ボーデヴィッヒ、左側には…シャルロット・アイリスが同じように座っていた。

 

「さてと、今回の話だけれど」

 

「待ってくれ、私から話す」

 

遮ったのはボーデヴィッヒだった。

視線を伏せたまま、ラウラは語り始めた

 

「シャルロットに関してだが、やはりというべきか最初はウェイル・ハースを殺害するつもりでいたが、計画は頓挫した。

そもそもの計画が杜撰で、シャルロットは捨て駒だった。

ここまでは理解していると思う」

 

「ドイツ側がシャルロットを引き取ったところも含めて、ね。

暗器や毒物なんかも全部処理したのは私も見てるから、理解はしてる。

あんな命令を唯々諾々と従ったところは…納得が出来てないけど」

 

「それは…うん、そうだろうね」

 

シャルロットは苦笑いをしている。

自分の未来すべてまで投げ捨てられたってのに、なんでそんな表情が出来るんだか。

仮にウェイルの殺害に成功していたとしても、シャルロットにはその時点で後も先も無い。

どうせトカゲの尻尾切にされていただろうに…。

 

「フランスでは既に、国全体で瓦解が始まっている

それに伴い多くの役人が見せしめにされるであろう事も予見された」

 

「中国はそれには干渉出来ないわよ。

管轄地というわけでもないし、欧州の問題は解決できないと思うけど?」

 

そんな当たり前のことを言わせたくて私を呼んだ…わけじゃないと思うけど…。

 

「巣くっていた政府中枢の人間も一掃されるでしょうけど、それじゃあ国が無政府になるわね…」

 

無政府の国なんて、それこそ国として成立しない。

政治の問題なんて私には、完全に門外漢で問題解決方法なんて想像もつかない。

でも、今回は完全にデュノア社社長婦人の問題であって、民衆はその余波を受けてしまっている状態だろう。

 

「だから、フランスには、国民の為に腕を振るえる人物が必要になるんだ」

 

「そこで、欧州連合がフランス政権に対して一時干渉する事になった」

 

フランスの現在の政治機構を無視して、より巨大な組織が干渉する…そんなイメージかしらね?

成程ね、今のフランスの政治家の顔を民衆が全て把握しているわけでもないから、民衆の手によって始末されるよりも前に外部の政権所有者が併呑するつもりか。

でも、それって…

 

「以後、フランスは欧州連合の属国になるってことだよ。

酷い言い方をすれば傀儡国家かな?」

 

「大がかりな話になったわね…」

 

正直、無茶苦茶だろうなとは思う。

これでフランスの民衆は納得するのだろうか?

6年前の事件を黙殺しながらも、露見して経済崩壊。

今年に入って国営企業の暴走によって属国化。

もう国として形だけを残してるだけだものね。

このままだとイギリス同様に首都以外の全ての国土領有権の放棄も免れないんじゃないかとも思えてしまう。

 

「さて、ここからが本題よ?」

 

楯無さんが紅茶を飲みつつ鋭い視線を向けてきた。

あの視線は少し苦手だ、どうにもこっちの腹の内を探ってきているような気がして来るから。

 

「イギリスとフランス、この二つの国家にはある共通点が存在しているのは察しているかしら?」

 

共通点、とか言われてもすぐには反応が出来ない。

ラウラとシャルロット、その二人を見てもいまいちピンと来ない。

どちらも欧州連合に属しているし、かつては欧州統合防衛機構への参加国家だとか?

う~ん、それもなんか違うような気がする。

 

「ちょっと思いつかないです」

 

イギリスは国土放棄、フランスは財政崩壊に続けて治安崩壊と内紛暴動か…最悪は国土と国民を手放すか。

どちらも自業自得というか…学園にやってきた生徒が暴走している件は共通してるかもしれないけど…。

 

「どちらの事件にも、共通して干渉している人物が一人居るのよ」

 

その言葉に思い当たる節があった、…ウェイルだった。

 

イギリス出身のセシリア・オルコットは暴走した挙句にウェイルを討とうとした。

本人は退学させられた挙句に本国への強制送還。

その後の行方は杳として不明。

また、イギリス出身生徒も『危険思想所持の疑い』によって17名全員退学となった。

IS研究機関でもあったBBCは倒産しそこの技術やコアも没収されている。

更にその後にイギリスはロンドン以外の全ての領土・領海を放棄した。

 

フランスはシャルロットを利用してウェイルを殺害しようとした。

あろうことか企業トップとも言える人物によって。

計画は頓挫し、欧州連合によって取り締まられる形になっている。

 

確かに、『巻き込まれる』という形ではあるけど、ウェイルが存在していた。

だけど、巻き込まれているというだけでそう断じるのは早計にすぎると思う。

 

「ただの偶然じゃないの?」

 

「僕は、そうは思わないんだ」

 

私の反応に返してきたのはシャルロットだった。

本人は思いつめたような表情で視線を返してきた。

 

「命を狙った本人が何を言い出すの?」

 

「ウェイルに濡れ衣を着せていた噂話が蔓延し始めた頃に、僕に接触してきた人が居たんだ」

 

先日の話も在ってそれが誰なのかは察しがついた。

全輝の事だろうと。

 

「爆発物を学園全土に仕掛けていた、とかいう下らない噂話ね。

今更あの噂が何だっていうの?濡れ衣だと証明されたし、アイツが流し始めた話だっていうのも証明されていたでしょ?」

 

「デュノア社とセシリアちゃん、どちらも同じ標的を狙い(・・・・・・・)、…どちらも同じ動機(・・・・)を持っていたことがわかったわ。

そして、ウェイル君に対して、同じような視線を向けている人が今も居る」

 

どちらの事件にも共通している人物と言っていたのは、…『織斑 全輝』だという事か。

 

「でも、イギリスはどうするの?

全輝が干渉しただなんて証拠は今になっては残ってないじゃない」

 

「…そこだ、我々が悩んでいるのは」

 

でも、確かに考えられないことじゃない。

あのクソ野郎がウェイルを目障りに思っているであろうことは私にだって判る。

理解なんてしたくないし、納得なんて到底できる事でもない。

全輝は他人を利用するのが上手い、私達だってその被害に遭ってきていたのだから、猶更に。

ウェイルを排除するためにセシリア・オルコットを唆したのだとしたら…?

 

「他人の思いを利用し、他人を動かし、自分は動かず、自身の目的を達成する、か…。

アイツらしいといえば確かにそうね。

で、シャルロット、アンタにも接触しに来ていたわよね?」

 

「『ウェイル・ハースが爆発物を大量に学園内に仕掛けようとしている。

学園生徒に危害を加えられるのを防ぐために力を貸してほしい』って言っていたよ」

 

あのクソ野郎…!

 

それでもシャルロットの話は続いた。

 

「それで?」

 

「『模擬戦で徹底的に叩き潰してやってくれ、ヤケになって行動に出た所を取り押さえよう』って言っていたよ。

学園から排除すれば、暗殺だってやりやすいだろうとも思って僕はその案に乗ったんだ。

…録音とかしていないから、証拠は何も残って無いんだけどね」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

他人の気持ちを利用し、他人を動かし、自分は動かずに目的を達成する。

それが織斑 全輝の…いえ、織斑姉弟のやり方だとは把握していたけれど、露骨すぎる。

シャルロットちゃんを利用したのは、ウェイル君に対して多くの事前知識を有していなかったからだろう。

オマケにシャルロットちゃんは、転入してきた時点では『シャルル・デュノア』の名で男子生徒としての登場もしていた。

なら、そんな人物を利用したという事は…

 

「なるほど、危うくシャルロットちゃんは此処でも捨て駒にされていたという事ね」

 

「ど、どういう事ですか…?」

 

おっと、思ったことが口から零れ出てしまったらしい。

鈴ちゃんは…うん、「察した」と言わんばかりの表情ね、理解が早いわ。

 

「シャルロットちゃんは、織斑 全輝君に対してはどんな印象を持っているのかしら?」

 

「それは…不思議な人物かと…。

食堂でも気さくに話しかけてきましたから…」

 

悪い印象を持たせていなかった、そんなところかしね。

最低限だったかもしれないけれど、怪しい雰囲気を持たれることは避けたと考えておきましょう。

 

「本題に入りましょう。

先程、君のことを『捨て駒』と言ったけれど、言葉通りよ」

 

捨て駒と呼ばれた張本人は未だに理解が出来ていないらしく、首を傾げている。

話に追いつけないのか、理解が及んでいないのか、それとも頭が拒絶してしまっているのか…、まあ、そこはどうでもいいわ。

 

「織斑君にとって、ウェイル君は目障りなのよ」

 

「それは、どうして…?」

 

「あのクソ野郎にとっては理由はなんだっていいのよ。

自分以外に同じ場所に立つ人間がいるのが気に入らない、だから蹴り落とす。

その程度の考えで動いてるって考えれば話は早いわ」

 

「ふん、あの時に殴り飛ばしておいて正解だったな」

 

ラウラちゃんは行動が早すぎたのよ。

けど、それに関しては牽制にはなっていたかもしれないから、この際は聞かなかったことにしておきましょう。

 

「独善的で傲慢、そして傲岸不遜、それが織斑全輝だと思っときなさい」

 

鈴ちゃんはすごい怒りを抱えているわね…。

友人ともどもひどい目に遭ってきたのだから、その怒りは正当性がある。

いっそ憎悪を抱えているとさえ言ってもいいかもしれない。

 

「シャルロットがウェイル相手に不祥事を起こさせるつもりだったんでしょうね」

 

「そ、それって…」

 

「うむ。

それによってウェイルが大怪我を負い、再起不能になればいいと考えていたのだろう。

さらに言えばシャルロットは捨て駒、その責任を押し付けておけばシャルロットもこの学園から去るようになる。

奴はお前を唆しただけだったのだから、知らぬ存ぜぬを押し通して切り捨てる考え。

そういう考えでいいか?」

 

ラウラちゃんがバッサリと言い切ってくれたわね…。

けど、それを言い切ってくれたのなら説明が早くて助かる。

シャルロットちゃんは…顔を伏せ、表情が読めない。

多分、無実の人間にとんでもない濡れ衣を着せようとしていたことが分かって罪悪感があるのだろう。

ただでさえ、面識も関わりも無いのに、『かもしれない』という疑心暗鬼だけで殺害を教唆されていた。

それも相まって、面識もない人物に砲口を向け、殺害一歩手前にまで及んでいたのだから。

 

「君から見て、ウェイル君はどんな印象だった?」

 

「よく判りません…。

少なくとも…彼も悪人には見えませんでした。

でも、一緒にいる女子生徒は…」

 

「…ああ、メルクか…。

気にしなくていいわよ、度を越えたブラコンってだけだから。

メルクを間に挟んで考えなくていいわよ」

 

鈴ちゃん、さっきから辛辣ね。

その度を越えたブラコンのせいで二人きりにもなれないのを拗ねてるのかしら。

 

「再度問うわ、ウェイル君に対してどんな印象を持ってるのかしら?」

 

「…悪い人じゃないと思います…。

用心深くしてる様子は確かに見受けられますけど…それでも、噂話にされていたようなテロリストめいた事をするような人ではない、そう思います」

 

そうね、テロリストに狙われるハメになった人物がテロリストめいたことをする筈が無い。

世界で最も安全な場所とされるこの学園を戦場にしようとした人物は別に居るのだから。

二人目の男性搭乗者として発掘されたのは2月、唐突に力を得てから、未だ半年にも満たない。

そして、彼は唐突に得た力を遠因として命を狙われることになってしまっている。

力を手放す選択をしたとしても、危険因子が離れてくれるわけでもない。

それでも執拗に命を狙い続けるだろう。

 

「さてと、もうそろそろ移動しないとトーナメントに遅れるわね。

今はこれだけにして解散しましょうか」

 

シャルロットちゃんはいまだに深く思考しているようだけれど、今は口を出すべきではない。

考えてもなお、歪んだ思考を捨てきれなかった際には、再びこの場に呼び出してしまえばいい。

前回もそうだったけれど、必要とあらば…刃を向けることも厭わない。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「よし、調整終わり!」

 

解散した後に部屋に戻り、夜なべしてデータ調整にかかりきりになった。

クロエ女史が持ってきてくれたのは…情報だけではなかった。

FIATでの最新技術でもあるそれだった。

 

「昨晩、ティナとの作戦会議が終わった後に気付くなんてな…」

 

とはいえだ、これがラウラに通じるかどうかを問われたら…。

それに、データ調整はそこまで得意じゃないからな、メルクも徹夜してもらっている。

その為、鈴とタッグを組んでもらうための約束を破ってしまった。

まったくもって不甲斐ない兄だとは思う、今更だけど。

 

「…すぅ…すぅ…」

 

隣の椅子には腰かけた状態のメルクが居る。

俺の徹夜の成果を見せられるかはわからないが、精一杯頑張ってみようと思う。

 

「さてと、ホットミルクでも作ろうか」

 

早朝には温かいものが欲しくなる。

「徹夜の友にはコーヒーか紅茶」だと仕事先の先輩が言っていたのをふと思い出した。

その二択であれば、俺たちや姉さんも紅茶派だった。

普段はミネラルウォーターだけど。

 

「おっと、牛乳がもう残り少ないな…。

今日にでも購買で購入しておかないとな」

 

鍋に牛乳を投入し、弱火で温めておく。

その間に食器棚からそれぞれのマグカップを取り出し、ポットの熱湯をマグカップに注ぐ。

こうしてマグカップを事前に温めておくことで、後にいれるホットミルクの温度も下がりにくくなる。

 

「そろそろいいかな」

 

マグカップのお湯を捨て、鍋の様子を見れば中の牛乳もフツフツと泡立っているかの様に見えた。

早速、ホットミルクをマグカップに移し、スヤスヤと眠る妹に声をかけた。

 

「起きろメルク、朝だぞ」

 

「…ふ…ぇ…もう、朝ですか…?」

 

寝ぼけている妹の様子に少しばかり苦笑してしまうが、今は温めておいたホットミルクを渡すのを優先する。

熱すぎず、だが体を温めるには充分な温かさをもつホットミルクを俺も一気に飲み干す。

 

「…ふぅ…さてと、今日はトーナメント二日目だな。

メルクは準備は出来てるか?」

 

「はい、勿論です!」

 

いい返事だ。

この様子なら、今日の対戦相手には同情を禁じ得ない。

 

コクコクとホットミルクを飲んでいき、飲み終わったメルクはシャワーを浴びに行く。

その間に俺は新しくまとめたデータを圧縮してアンブラの中に投入した。

 

「運が良ければ善戦、悪ければ敗北か…。

学園内のイベントだから、これで俺がどうこうなる事は無い、だろうけど…」

 

カーテンを開けば外は随分と明るくなっており、青空から降り注ぐ陽光が眩しい。

6月の日差しはこんなにも強かったんだな…。

 

「さてと、俺も着替えるかな」

 

見下ろせば、俺は寝間着に着替えたまま一睡もしていなった。

体調のコンディションは好調、とは言い難いがこの際だ、仕方ない。

眠気は我慢、試合を終わらせてレポートを記して終わった後に寝てしまおう。

…都合、6時間以上…耐えられるだろうか…?

試合の最中に寝てしまわないように精々気を付けよう。

寝てしまおうものなら、アルボーレが俺を殴ってでも叩き起こそうとするだろうからな。

…首がもげないか心配だな…。

 

外装補助腕、アルボーレには稼働させる為の三つのデータが入力されている。

それは腕を動かすためのものだが、『メルク・ハース』『ヘキサ・アイリーン』『アリーシャ・ジョセスターフ』の三人のデータだ。

あの人たちの稼働データを使用させて稼働させており、搭乗者はそれに合わせて動かなければ、補助腕に振り回されてしまう。

昨日の試合ではメルクのデータを使用して稼働させていた。

また、ヘキサさんが搭乗しているテンペスタⅡにもウラガーノが搭載されており、動きを合わせるのは辛うじてだが可能だった。

姉さんのデータを使用して稼働させることは可能だが、動きを模倣させているアルボーレが耐えられず、5分でオーバーヒートしてしまうのも実験で判明している。

コレを使う機会はないとは思うが、手札の一つとして切り札は伏せておく。

 

ISスーツを着込み、その上から制服を着る。

さらにその上から白衣型の上着を羽織れば、それで準備完了だ。

 

「準備できました!」

 

シャワーを浴びた事で完全に覚醒したメルクがシャワールームから飛び出してくる。

髪は…ほんの少しだけ湿っているが、この日差しと風ならすぐにでも乾くのかもしれない。

変なところで雑なところが見受けられるのは姉さんにでも似たのかもしれないな、悪いことだとは思わないが。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

廊下に出れば、長身の女子生徒が待ち構えていた。

 

「Hi!待ってたわよ!」

 

俺の今回のタッグパートナー、ティナ・ハミルトンだった。

先日まで束ねていた髪をおろし、金紗のようなプラチナブロンドが腰まで流れている。

なんだ?何かのイメチェンか?

 

「おはようティナ、何かあったのか?」

 

「あれぇ?ウェイル君ってば鈍いなぁ。

折角気合い入れて髪型変えてみたのに!

朝食を抜いてるであろう二人のためにサンドウィッチを買ってきたのに、その態度は無いんじゃない?」

 

何故かは判らないが急に不機嫌になりだした、よく判らない。

よく判らないが、素直に頭を下げれば、その後頭部に朝食代わりのサンドウィッチを乗せられた。

それを受け取り姿勢を戻しつつ妹にも視線を向けてみれば…メルクは…なんだか不機嫌そうな表情をティナに向けている。

ううむ、よく判らない、機械の面倒を見るほうがもっと簡単なんだが

 

「ともかく、今日から髪型こうするって決めたのよ♪」

 

「そうか、良いんじゃないか…イダダダダダダ!」

 

何故か判らないが背中を抓られた。

俺、何かしたっけ?

 

痛む背中を摩りながら食堂にまで来たが…何故か鈴の姿が見受けられない。

思い出せば、ティナのルームメイトでもあった筈なんだが…?

 

「鈴はどうしたんだ?」

 

「生徒会長さんに朝早くから呼び出されてどこか行っちゃった」

 

楯無さんが朝っぱらから鈴を呼び出した…?

あの人なら大丈夫だと思うけど…何かあったんだろうか?




この後、ティナは鈴ちゃんに噛みつかれたそうです


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第72話 苦風 先への視線

「で、なんなのコレ?」

 

整備室にて改めて作戦会議を開き、クロエから送られてきた兵装を展開した後のティナの第一声がそれだった。

まあ、気分は判る。

何しろ、デカい。ISを展開した際の全高程の大きさを持つ楯、そんな外見だからだ。

とはいえ、実際には楯ではない。

テンペスタの本領は、『回避』『翻弄』にある。

だからこそ、世界最速の翼の名をほしいままにしている。

 

「ティナの搭乗するテンペスタにも搭載出来る用意がある。

そのために使用許諾(アンロック)を発行しておくよ」

 

「え!?いいの!?」

 

構わない。

その旨も、クロエが渡してくれたデータに入っていたのだから。

そもそも、コイツは『対IS戦用』というわけでもないからな。

なんら問題にはなりえないだろう。

 

「コレを作ったビーバット博士って何者なんだろうな…?」

 

その人物と唯一コネクションを有しているというクロエも大概謎だよな…。

さて、ここからもう一働きをしないといけない。

ティナが搭乗するテンペスタⅡにこの兵装『ミネルヴァ』を登録させる作業が出来てしまった。

 

「テンペスタⅡにデータの登録を始める。

それと同時に使い方を教えるからしっかり覚えてくれ」

 

「う、うん、ま、ま、任せなさい!」

 

頼りにしているぞ。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「アレ、どういう風に使うの?

それにしてもテンペスタに楯って、スペックに合わないと思うんだけど?」

 

私の眼前でお兄さんがティナさんに新たな兵装『ミネルヴァ』の説明を始めている。

鈴さんからすれば、見た目通りの(シールド)にしか見えていないみたいです。

そんな感じに驚かすことが出来たのなら、私としても満足です。

 

「テンペスタは(シールド)なんて持ちませんよ」

 

「じゃあ何よアレ!?」

 

「使い方は…秘密です♪」

 

そのまま喚き散らす鈴さんをいったん無視してお兄さんの様子を見てみる。

兵装の説明をしているお兄さんはなんだか楽しそう。

それを真剣に聞き入るティナさんは…どうやら鈴さんと同様に驚いている。

誰だってあの兵装を見ればあんな感じになりますよね。

 

「うわ、結構えげつないわね。

でもこれって…」

 

「ああ、これでテンペスタⅡのシェア率も上昇するだろうな。

まだ試作兵装の域を出ないから確実なことは言えないけどな、それでも効果は覿面だと思う」

 

お兄さんが楽しそうなら私としては言うことはありません♪

釣りや機械いじりに夢中になりすぎて相手をしてもらえないのは不満ですけど、それでもお兄さんの笑顔が見られるのなら、それでも良いかな、なんて。

テンペスタⅡへのデータインストールが終わり、私のミーティオにもデータが届く。

これを確認してみれば、確かにコレなら今後はテンペスタⅡのシェア率が大きく上がりそうだと思える。

そして…学園内における訓練機の使用率が著しく変動する可能性が見えていた。

 

「メルクもこの後の試合で使ってみるか?」

 

「いえ、お兄さんが先に使ってください。

それに実戦投入は今回が初めてになりますから形式上はお兄さんに最初に使ってもらわないと」

 

「それもそうだな」

 

試作兵装の稼働試験は、形式上はお兄さんが最初に執り行うことになっている。

先の試合で私が使用した『フィオナローズ』も最初はお兄さんに合わせて槍の形状にされていました。

それを私が使用するにあたり、剣の形に鍛え直してもらっていた経緯があった。

お兄さんが隠していた『ウラガーノ』は現在は本国に於いてテンペスタⅡの標準兵装として塗り替えられている。

今回の『ミネルヴァ』も、IS(・・)以外(・・)に使用される可能性だって大いにあった。

 

可変形式銃槍剣(アサルトブージ) ウラガーノ』

『後付式外装腕 アルボーレ』

『取得情報共有機構 リンク・システム』

『高速走行ブーツ プロイエット』

そして今回の『ミネルヴァ』

 

その全てがお兄さんの柔軟な発想から考案され、早くも実際に実装されるに至っている。

今後、お兄さんはどんなものを作っていくのだろう、そんな未来が今から楽しみです。

 

「あ、だがこれを大きく世界に販売しようものならそれはそれでダメになるな。

ここのところは企業にも打診を入れておかないとな。

さもないと市場を混乱させてしまうし、世界レベルで軍事バランスも崩れるか…」

 

「フィオナローズだけでも既に大混乱が起きると思うけど…?」

 

特にミネルヴァは不用意に使用したら大変な事になりますからね…。

企業としても本当に信頼できる相手でなければ取引しないと思うので大丈夫、と信じたいです。

 

「調整完了、と」

 

「それで、作戦はどうする?」

 

「ミネルヴァでの速攻も良いかもしれないが…あ、でもシャルロットの弾幕が面倒だな。

シャルロットを最優先で倒そうか。

ボーデヴィッヒが妨害してくるだろうけど…その際には手榴弾(グレネード)投擲で適時対応を」

 

「了解♪

じゃあミネルヴァの使い時はアイリスさんを追い込んだ後ね!」

 

お兄さん…参謀役任されっぱなしなんですか…?

 

「ティナ、アンタが作戦考えなさいよ…」

 

「アハ♡」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

カタカタと叩かれるキーボードの音に視線を向ける。

私の視線の先にはシャルロット・アイリスが居る。

彼女の視線の先には、先日のウェイル・ハースの試合の映像が流されていた。

 

「凄いなぁ…あんな補助腕、どうやって操作してるんだろう?」

 

「あの補助腕なら、ドイツにも少数だけだが提供されている。

無論、ISに搭載させるなどの試みは実践されてはいたが満足に使いこなせる者は一人も居なかった(・・・・・・・・)

 

そう、誰も満足に使えなかった。

それどころか、黒兎隊の皆が「機体の重心が傾き扱えない」と言い、搭載させる事すら嫌がった。

なのに、ウェイル・ハースはあれを十全に使いこなしているかのように見えてしまう。

あの男は何者なのだろうか、本当にただの技術職なのか…?

軍人ですら使えないどころか嫌がるものを、なぜあんな風に使いこなせる…?

 

「ねぇ、ウェイルをドイツに勧誘してみない?」

 

「試してみたが断られた、あいつはイタリアで生涯を全うするつもりらしい。

技術職として、開発陣の端に名が載れば満足だ、ともな」

 

「欲が無いなぁ…」

 

そうでもなかろう。

軍役こそ生涯の全てだと思っていたつもりの私からすれば違うかもしれないが、民衆の視線で見れば、「平和で、穏やかな日々が長く続けばいい」と考えることは誰もが抱く極当たり前の願望だろう。

だが、ウェイル・ハースはそれを望むことも難しい環境下にある。

この学園に在籍する愚者によって、日々の平穏すら怪しく、また、テロリストに名前が露見してしまっているとも聞いている。

それに関しても多少は調べてみたが、事実であるとも判明している。

織斑千冬は…それに対して何もアクションを起こしていないことも。

 

「欧州統合防衛機構としてもドイツはイタリアを敵対視しているわけでもないが…」

 

「じゃあ、スカウト出来ないって事じゃないよね!?」

 

それに関しては…スカウトを遮る相手をどうにか懐柔せねばならんだろうがな。

 

「難しいだろうな…」

 

「そっか…」

 

そもそもウェイル・ハースがスカウトに応える気が全く無い、それだけでなく、テロリストにまで命を狙われているのが厄介だ。

やはりテロリストを一掃するべきだが…奴らはどこに潜伏しているのかが判明していない。

今回、デュノア社とも繋がっている点が指摘されているが、既に蜥蜴の尻尾切りの状態だった。

奴らがどこかに潜伏している以上は、ウェイル・ハースをドイツに迎え入れるのも至難だと考える。

 

「ラウラ?どうしたの?」

 

「やはり、テロリストが目障りだと思ってな…」

 

イタリアで数人が捕縛されていたとの情報は耳に届いている。

だが、それだけだ。

この国、日本国内でもすでに構成員は忍び込んでいるはずだ。

それらの身柄が確保されているのか怪しいところではあるが、あの生徒会長を名乗る人物がその話をしていなかったのを察するに、逮捕には至っていないのだろう。

 

「面倒だな、やはりテロリストどもが目障りだ」

 

「そこで僕に視線を向けながら言われても…」

 

デュノア社長夫人が繋がっていたとされているテロリストは今も行方知れず。

トカゲの尻尾にされたデュノア社長夫人がどれだけ知っているのかは知らないが、警戒を続けていても足りないことはないだろう。

ただでさえ、国際IS委員会に対し、欧州統合防衛機構や欧州連合は発言力が劣ってきてしまっている。

目障りな障害は一掃すべきだ。

 

再び整備室の中は打鍵の音が響くだけになる。

この沈黙は私としては好ましいものだった。

賑やかなものが嫌いというわけではないが、静かなほうが集中力が出るような気がした。

基地にいる頃にはあの人(織斑 千冬)のことを多く考えていたが、訣別した以降はその思考も随分と減ってきた。

私はあの人に近づこうとしていたというのに…出会ってから日の浅い男との少ない言葉を交わした程度で訣別してしまうとは…。

私は薄情な人間だったのか…それとも真実から目を背けていたのか…。

どちらでも構わない、これからは…自分の目で見たものを信じよう。

 

「ラウラ~、こっちのメンテナンスは終わったよ~」

 

「こちらももうすぐ終わる、そのまま少しだけ待っていてくれ」

 

シャルロットはそのまま整備室の隅にあるドリンクサーバーで紅茶を用意し、ベンチに座って静かにこちらを眺めてくる。

その視線には少し落ち着かないものを感じるが、怪しい様子はないので放置しておく。

それから3分ほど遅れて、シュヴァルツェア・レーゲンのメンテナンスは完了した。

 

ウェイル・ハースの戦闘方法は先の試合を見て大体は頭に入っている。

両手に握る槍、変形させて構築されたアサルトライフルとハンドガン、脚部の仕込み槍と鉤爪、最後に右肩に搭載された副腕による自在な攻撃。

戦術を多く持ち、高機動のテンペスタでそれをフルマニュアルでのリアルタイムでの機動操作をしているというオマケ付きだ。

確かに、人材育成のためにも欲しい逸材と言える。

実際にスカウトをしたが応えなかった、それどころか身内を名乗る者も全力で拒否をしてきたのだから、これ以上のスカウトは出来ないだろう。

だが、参考にするべきなのかもしれないな。

 

「メンテナンス終わった?」

 

「ああ、これで完了だ」

 

差し出された紅茶を一口飲む、…ふむ、アイスティーにしてくれていたようだ。

そのまま一気に呷り、紙コップの中身を空にした。

 

「試合時間までは…40分程あるか。

この後は…ピットで作戦会議に移ろう」

 

「判ったよ、えっと…今回は東側のピットになるみたいだね」

 

正反対方向か…仕方ない、歩くか。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

自室謹慎になってから随分と経った気がする…まだ1日しか経過していないというのに、だ。

1年生の寮監室から教職員専用寮の一室に移り、外出は食事の時だけ、それも真耶の監視が常に張り付いている。

長年かけて築き上げた信頼は根底から失われた、手にしていた立場も奪われた。

過去に頼りにしていた人達とは連絡すら取り合えないのが現状だ。

スポンサーになっていた筈の人も居たが…次々と手を切られていく。

私が得ていたものが…まるで砂のように崩れ、指の隙間から抜け落ちていくかのようだった。

 

「何故、こんな風になってしまうのだろうな…」

 

この学園での立場は、すでに風前の灯火同然だろう。

身の振り方も改めて考え直さなければならない。

 

「その為にも…全輝と箒、か…」

 

信頼していたはずの身内の二人。

だが、この学園にいる間にその二人が、見知らぬ誰かに思えてきてならなかった…。




今回はリアル側の都合上短いのです、申し訳ない。


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第73話 梟風 散り舞う

Q,『ラニ・ビーバット』の名称ですが、これもまたイタリアの言葉か何かですか?
P.N.『匿名希望』さんより

A.いえ、イタリア語ではなく、ただ単純なアナグラムです。
カタカナ表記で文字の順番を入れ替えると『ラビット』『バニー』の二つから構成されているというわけでした。

今回もまた新しい兵装が登場します。
先にも名が出ていた『ミネルヴァ』の御開帳!


「はい、判りました。

ではご指示通り来賓席で試合を見させていただきます」

 

唐突に来訪したというウェイルのお姉さん、ヘキサ・アイリーンさんは話の判る人物のようで、2回戦以降は学園がアリーナに設置している来賓席に向かうことにしたらしい。

ティエル先生も話を通してくれただけ柔軟性に富んでいるらしく、今回のトーナメントにおける来賓シャットアウト制度の中で、ヘキサさんとクロエはあっさりと案内に従って来賓席へと歩いていく。

 

「それで、クロエって娘は何者なのかしら?」

 

「俺達としても本当に初対面だから詳しいことは知らないよ」

 

先に説明してもらった『ラニ・ビーバット博士』なる人物に関しても胡散臭いことこの上ないし、あのミステリアスな雰囲気はどうにも首を傾げざるを得ない。

でも、悪い人物ではない…とは思いたい。

底が見えないから判らないけど、その点は信用しておこう。

 

「じゃあ、俺とティナはそろそろ試合だから行ってくるよ」

 

「ボーデヴィッヒさんにどれだけ匹敵できるかは賭けだけどね!」

 

はいはい、応援したげるわよ。

ウェイルの白衣をメルクが預かると、それ以外の衣服は燐光と一緒に拡張領域へ収納される。

燐光が収まるまでの0.1秒でウェイルはISスーツへと着替え終わっていた。

制服の下にISスーツを着込むのは私でもしてるけど、一瞬で衣服を収納させるのは容量の有効活用とも言えなくはないし…兵装を多く入れる人からすれば好まないと聞くけど…ウェイルはそこのところはさして深く考えてないのかしら…?

授業でも何回か目にしているけど、ウェイルのスーツはダイバースーツのように全身をくまなく隠している。

オーシャンブルーのスーツから肌が出ているのは、指と首から上だけ。

そして左胸には『FIAT』のエンブレムが刻まれている。

 

「で、メルク…アンタは何をやってるのよ?」

 

私の隣に立つメルクは…ウェイルの白衣をまるで自分のもののように羽織っていた、このブラコンめ。

 

「えっと…手に持っていくより、こっちの方が良いかな、なんて…」

 

「いろいろと工具を突っ込んでいるからな、確かに手にもって移動するより着たほうが軽い…か?」

 

「ウェイル君、そこは確信をもって言おうよ…」

 

ばつが悪くなったのか…

 

「来てくれ、嵐影(テンペスタ・アンブラ)

 

ウェイルは機体を展開する。

暗い紫の装甲と、目元を覆うバイザーによって表情が見えなくなった。

多分、表情を隠すためだけに展開したわね。

ふ~ん、都合が悪くなったら表情を隠すのね…ウェイルの新しい一面を見られたかも。

それでもさ、自分の服を自分以外の誰かが着てることを笑って見過ごせるってどうなんだろう?

ここは試しに

 

「鈴もウェイル君の白衣を着てみたいの?」

 

そこのホルスタイン!私の心の中を読むんじゃない!

 

「駄目です!」

 

そしてメルクは私が返答する前に拒絶するんじゃない!

変なところでコンビネーションを見せるんじゃないわよ!

 

「仲が良くて結構だが…ティナ、そろそろ試合の時間だ。

用意をしてくれ」

 

「ハイハ~イ♪」

 

ティナもテンペスタⅡ訓練機4号を身に纏い、両手にアサルトライフルとサブマシンガンを握る。

昨日の対戦時と同じく射撃メインでの予定らしい。

フォーメーションとしては、ウェイルが近接戦闘を行い、ティナが援護射撃を行う。

そんな所だと察した。

ティナはウェイルが考えた策で、全輝を圧倒していた。

第二世代機が第三世代機を超える事が出来ないと言われていたのに、作戦を用意し、潤沢な手札を使い、全輝を打倒した。

ウェイルが全輝を打倒したのは今回で二回目。

だけどウェイルはティナに花を持たせるために冒頭と最後の一撃をティナに任せていた。

ティナが国家代表候補生を目指しているのを知ったから、功績を作ってあげたんだろうとは思う。

 

まあ、最後の辺りは切り札を使ってまで切り刻んだんだから、それなりの鬱憤が溜まっていたんだろうけど。

 

そんなことを考えていたらティナ達はピットから飛び立っていった。

 

「…相手はドイツ製の最新鋭第三世代機、ウェイルは勝てるのかしら?」

 

「勿論です」

 

「根拠が無いのに自信満々ね、第二世代機で第三世代機で超えるのは難しいのは知ってるでしょ?

あんな作戦はそう何度も…」

 

「機体の世代型ではなく、作戦や兵装、その使い方にも色々とありますから♪」

 

先ほどまでティナとウェイルが整備室で話をしていた『ミネルヴァ』とかいうのがそれなんだろう。

けど、兵装の一つだけでそこまで圧倒できるものなんだろうか?

 

「ねぇ、あのデカい盾のようなもので一体何を…?」

 

「あれはですね、最新の『対人(・・)兵装』です」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

俺達がアリーナ中央の宙域に到着する頃には、既にボーデヴィッヒは待ち構えていた。

その後方にはシャルロットがサブマシンガンを両手に握って控えていた。

 

「待ちかねたぞ、お前との試合を」

 

「…タッグ制ってのは理解してるよな?

隣に居るティナは眼中にもないのか?」

 

「……よく見てみろ、私のパートナーと談笑に走っているぞ」

 

…は?

 

言われてから視線を向けると、なるほど確かに。

シャルロット相手に何やら談笑に浸っている、…筈なのだが…笑顔で火花散らせてないか?

何を話しているんだ、この二人?

 

「碌でもないことになってなければ良いんだが…」

 

まあ、望みは薄いだろうなぁ。

そう思いながら聞き耳をたててみる。

 

「紅茶がコーヒーなんかに劣るだなんて思わないけどなぁ、コーヒーなんてそれこそドブ水みたいなものじゃないか」

 

「コーヒーの旨味の深さがわからないなんて舌が貧相ねぇ、苦みと美味しさと香りの三位一体は紅茶じゃ味わえないのね、お子様舌は」

 

コーヒーと紅茶のはどちらが上かの論争か。

これはこの舌戦が終わりは無さそうだ、もう勝手にやっててくれ。

 

「ウェイル君はコーヒー派よね!?」

 

「ラウラは紅茶派だよね!?」

 

かと思えばこっちに火種を投げつけてきやがった。

思い返してみる、父さんはコーヒー、母さんは紅茶を愛飲していた。

そして姉さんとメルクは…

 

「「ミネラルウォーターだ」」

 

俺とボーデヴィッヒの返答が見事に重なった。

そうか、お前も同じなのか。

俺は火種を大きくされても困るから妥当な返答をしただけだったが、まさか同じ答えを用意してくるとは思わなかった。

 

「飲食と言ってもな、栄養を最低限度接種できればそれで良かろう?」

 

「先日日本のお菓子を食べまくってた人のセリフとは思えねぇ…」

 

ハムスター状態のボーデヴィッヒを思い返すだけでも、同じ人物とは到底思えないぞ。

 

「ボーデヴィッヒ、以前から思っていたが、お前は食生活を見直せ」

 

「むぅ…」

 

なぁんか、試合の直前とは思えぬほどに空気が白けてきたな…。

 

「気を引き締めなおすか」

 

「それもそうだな」

 

俺は両手にウラガーノを展開し、リング型のグリップを握る。

ボーデヴィッヒは両手の甲の部分からブレードが出力される。

なるほど、あんな兵装が存在するのか、あれなら兵装を新たに展開する必要もなく、兵装の重量に悩まされる事もないだろう。

文字通り、手の延長線として扱えるのだろう。

遠目で見た感じだとナイフでも持っているのかと思ったが…。

 

いや、相手は第三世代機だ、油断は出来ない。

 

「シャルロット、舌戦はそこまでにしろ」

 

「ティナ、気を静めろ、時間だ」

 

試合開始時間の3秒前だ

 

2

 

1

 

ゼロ!

 

『ミネルヴァ』は…もう少し後で使う予定だ。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイル・ハース

話は評判と悪評の両方を幾度も耳にした。

会話は幾度か繰り返した。

その結果、分かったのは、平凡な人物ということ。

そして技術者になると決めており、学園に在籍している間からいろいろと機械に触れて回っているとも耳にした。

本人は気付いていなかったかもしれないが、私も幾度か目にしている。

 

悪評に関しては真偽を確かめようとしてみた事もあったが、所詮噂は噂でしかなかった。

そしてその噂を流していたのが織斑全輝でウェイルに対しての悪意を以ての行動だということも理解した。

それに比べて、眼前で槍を振るうこの男は…どうにも真っすぐだ。

 

「やっぱり強いなぁ、ボーデヴィッヒは…!」

 

「ふん、この程度では私には届かんぞ?」

 

プラズマ手刀で槍の穂先を弾き、掌をテンペスタⅡに向ける。

とたんにウェイル・ハースは一気に距離を開いた。

 

「…AIC(慣性停止結界)のことは理解しているようだな」

 

「ああ、映像で何度も見たからな。

合同授業の時には敢えて使ってなかったんだろう?」

 

…正解だ、合同授業で見せてもよかったのだが、あれを使えば他の生徒の学ぶ気も失せると担任からウンザリするほどに言われてしまっていたからな。

だから、こういうトーナメントのような公式戦、そして強者といえる相手にのみに限定した。

私の力を見せつけるために、他者の可能性を踏み潰すのも良くなかろう。

そう思い至ったからだ。

 

「当然だ、だが本気を出していないのはお前も同じだったろう?」

 

槍が変形し、左手の槍はアサルトライフルに変形、右手の槍は、籠鍔からハンドガンの銃身が飛び出す。

そこから鉛弾が吐き出されるが、AIC(慣性停止結界)の前では無力。

私の掌の少し前で運動エネルギーが失われ、その場に浮いたままになり、それで終わりだ。

 

「本気を出していなかったんじゃない、本社から使用許可が出なかったんだ」

 

「それは…建前(・・)だろう?」

 

表情はバイザーに隠れて見えない。

だが、これは私としては確信でもあった。

なら、今回のトーナメントになってから使用したのには別の理由があるはずだ。

 

「まあ、それはそうなんだがな…本当は隠していた(・・・・・)だけだ。

メルクの為にってことでな」

 

身内を理由にしたか。

まあ、今回はそれで納得しておくとしよう。

 

だが奇妙だ。

この試合が始まって以降はまだあの副腕を一度も展開していない(・・・・・・・・・・)

 

ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!

 

「ちぃっ!爆発弾か!手数が多いなお前はっ!」

 

「悪いね、正攻法では勝てないと思っていたから手を変え、品を変えていくしかなかったんだよ!」

 

確かにそうだろうな。

正攻法だけで、真正面から打ち合うだけで私を倒せるなどとは思ってもいないだろ

 

キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――――…………

 

「っ!?」

 

突如として耳を劈く不快な不協和音。

それのより私の集中力が落ちた。

 

「な、何の音だ…!?」

 

AICを発動させながらも周囲を確認する。

 

コンッ!

 

それは、私の足元に転がってきた。

 

ボシュンッ!

 

「煙幕かっ!」

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!

 

銃撃音が前方と真上から聞こえてくる。

 

「シャルロット!」

 

「判ってる!」

 

弾幕が片方だけ途切れるのが判った。

もう一方からは銃声と…なんだ、この音は…?

 

牙を剥け(・・・・)!」

 

嫌な予感、ただその直感に従ってAICを両手で(・・・)展開させる。

 

ドォンッ!!!!

 

刹那、煙幕を突き抜けながら襲ってきたのは真紅の槍(・・・・)だった。

 

「クゥッ!このぉっ!」

 

慣性停止結界で止めた…筈なのに…

 

「…!?…なん、だ…コレは…!?」

 

両腕の装甲には既にパワーアシストが全開で振るわれている筈なのに…結界で止められない物など無いはずなのに…止まらない…!

ありえない、AICによる慣性停止は作動されているはずだ!

なのに、なぜこの槍の推進が止まろうとしない!?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「ラウラ!」

 

手を変え品を変えの戦法に翻弄され続ける。

普段の授業でもそうだけど翻弄をするのは僕の側なのに、ティナ・ハミルトンに翻弄され続けていた。

 

「行かせないわよ!」

 

ラウラと合流しようとした瞬間に回り込んできてまで射撃を繰り返す。

合流は本来作戦の中には含まれていなかった。

それを見越していたのか、ティナ・ハミルトンは射撃の途中に幾つかの手榴弾(グレネード)をラウラに向けて投げた。

一つ目は音響手榴弾(ノイジー)、二つ目は発煙手榴弾(スモーク)

そんな骨董品のような兵装を使うだなんて思わなかった!

 

「どんな作戦を立ててるのさ!?」

 

「勿論、学年最強と言っても過言では無い、ボーデヴィッヒさんを打倒するための作戦よ!

私の今回のお仕事は牽制だったんだけど♪」

 

ガチッ、ガチッ

 

ハミルトンさんの両手の銃の弾丸が切れた!今が好機!

ブレード『パン切包丁(ブレッドスライサー)』を右手に、左手にはシールドピアースを構え、一気に肉薄する!

 

「勝たせてもらうわよ!」

 

両手の銃を指先で一回転、そして

 

ドォンッ!ドォンッ!

 

「なッ!?」

 

「これもウェイル君が用意しておいた秘策の一つってね♪」

 

手強い…!

今までフランスの中に閉じ籠っていたから、世界の広さを知らなかった。

こんなにも強い人が居るだなんて…!

 

「まだまだ行くわよ!」

 

右手のアサルトライフルから着弾と同時に爆発する弾丸が、左手のサブマシンガンからは通常の鉛弾が。

それは理解できているけど、そろそろ物理シールドが耐えられそうにない!

 

「あと何発耐えられるかしら?」

 

「このままやられるくらいなら!」

 

キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――――…………

 

…ッ!?

また、音響手榴弾!?

 

「盾じゃ、音は防げないのは判ってて…!」

 

まずい、平衡感覚が…!

 

「防音設定を予めしておかないからそうなるのよ」

 

ドドォンッ!

 

爆発弾は盾でギリギリ防げた…!

右手の銃は…ダメだ、破損してる。

だったら次の銃を…!

 

ドゴォッ!!!!

 

背中からの衝撃

 

「カハ…ッ!?」

 

見えたのは、深紅の槍(・・・・)だった。

ありえない、この槍はラウラに向かって投げられた筈。

それがどうして…

 

「すまんシャルロット!止めきれなかった(・・・・・・・・)!」

 

…嘘でしょ!?

あの投擲槍(ジャベリン)、どれだけ推進力があるのさ!?

 

「チェックメイトッ!」

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!

 

両手の銃が一気に鉛弾を吐き出してくる。

ボロボロにされたシールドは一瞬で粉々にされる。

背面からは食い破ると言わんばかりの投擲槍、真正面には乱射狂(トリガーハッピー)って…!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「予想外だよ、『クラン』の軌道を反らすだなんてな」

 

音響手榴弾と煙幕の奇策、そこに狙って放ったクランの一撃。

とっておきの奇策だったんだけどな、それでもボーデヴィッヒはAICでクランを受け止めた。

慣性停止結界を両手で展開したが、それでもクランは勢いを止めなかった。

結界を食い破るといわんばかりに推進力を見せてくれた。

止め切れないと判断したのか、ボーデヴィッヒは仰向けに体を反らした。

それによってクランの軌道角度がわずかにそれ、その先に居たシャルロットに喰らいついた。

ここまで計算されていたのかは知らないが、それでも兎も角、シャルロットはSEが枯渇して戦線離脱となったのは重畳だ。

 

「驚いたぞ、あのような兵装も、授業でも使ったことがなかっただろう?」

 

「当たり前だろう、とっておきの槍だったからな」

 

「だが、私とてまだ切り札は…出し切ってなどいない!」

 

右肩のリボルバー・カノンの砲口が俺に向けられる。

それを視認した直後

 

「ティナ!『ミネルヴァ』起動!」

 

「了解!」

 

真上方向への瞬時加速(イグニッション・ブースト)

一瞬後、俺が立っていた場所で爆発が起きる。

 

怖ぇ、あんな威力が出る代物だったのかよ!

だが、ここからはこちらから…圧倒してやるよ!

 

「なん、だ…コレは…!?」

 

ボーデヴィッヒの周囲を莫大な数のソレ(・・)が飛び回っていた。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「やっぱり、最後の切り札を使うことになりましたね」

 

ティナさんの両腕に新たに展開されたマガジンから大量のソレ(・・)が次から次へと射出されていく。

ボーデヴィッヒさんはAICで対抗しようとしていますけど、その間にも背面から取りつかれていく。

 

「な、何よあれ…?」

 

やっぱり鈴さんも驚いてますね。

 

「我が国は、先の対抗戦以降テロリストが国内へ侵入しようとしていました。

国境線上でギリギリ食い止める事は出来ていましたが、万が一、国内に侵入されてしまった場合のことも考えていたんです」

 

「そりゃぁ、そういうことも考えるわよね…」

 

左ひじの関節に貼り付き、そのまま動きが封じ込められる。

プラズマ手刀で一つ、また一つと切り裂きますけど、そんなものでは到底間に合わない。

 

「万が一、それもさらに最悪なパターン、民衆を巻き込んだ暴動になってしまった場合、それを鎮圧をするのは物理的には難しいです。

だから、それが出来るようにする方法が命題になったんです」

 

お兄さんもまた槍を手放し、ティナさんと同じようにマガジンを展開し射出していく。

射出されたソレ(・・)は、既に400近くにまで数を増やしている。

足の動きを止め、関節を固め、ワイヤーブレードすら絡めとり、その射出口を塞いでしまう。

リボルバー・カノンの弾丸装填部位を塞ぎ、ラウラさん自身の動きすら封じ込めてしまう。

 

「先にも言った通り、あれは『対人(・・)兵装』です。

その固有名称は《暴徒鎮圧用電磁吸着ブーメラン『ミネルヴァ』》」

 

ローマ神話に伝わる『知慧の神』の名前を借りているのは少々大げさかもしれませんけどね。

でも、これなら広範囲に一斉に拡大させ、極力無傷で暴徒を捕獲が出来ます。

そして、開発コストも高くなく、量産も可能であり、替えが効く。

 

「すっご…あのラウラが簀巻き状態じゃん」

 

両腕を固められ、リボルバー・カノンも銃口と回転弾倉が塞がれ、ワイヤーブレードも絡めとられ、背面スラスターも完全に塞がれてしまい、もはや行動不能。

それにもかかわらず、次々とフクロウの軍勢の如く飛び交い、吸着していく。

それでも、あの兵装にも欠点が生じているのも事実。

ミネルヴァを使用するにあたり、お兄さんは今回はアルボーレの使用を断念している。

ミネルヴァの照準補正のために、アルボーレに使用する情報演算処理リソースを全てミネルヴァの為に費やし切っている。

クランの軌道が反らされてしまったのも、クランのための照準補正を切っていたからでした。

 

「お兄さんがラウラさんを打倒するにはコレを使う以外にありませんでした」

 

「いや、充分でしょ…」




暴徒鎮圧用電磁吸着ブーメラン『ミネルヴァ』
ローマ神話に登場する名高い知慧の神の名を冠する特殊兵装。
殺傷力は殆ど無いが、それを補って余りある捕縛能力を有する。

分類としては『対人兵装』になる。
大型の楯のような筐体は、電磁吸着ブーメランを収納する為のマガジンとなっている。
照準補正、行動演算に関しては本来は大型特殊車両に搭載させたスパコンを使用するのだが、今回はそれをISの演算処理リソースの全てを使い切っている。
なお、今回のトーナメントに限ってはティナに花を持たせるために、テンペスタ・アンブラの演算リソースをティナのために幾分か融通し、ティナが使用するミネルヴァの性能向上に貢献している。
その為に、ミネルヴァを展開している間はアルボーレの展開と使用が出来なくなっている。
逆に、アルボーレを起動、展開すればミネルヴァの筐体を投げ捨てる形となり使用不能に陥ることになる。
本来の使用用途を鑑み、正式な分類は『特殊車両搭載型対人兵装』になる。

運用システムについては、イギリスから押収されたBTシステムを改良されたものを使用している。
『ISは女性のみ稼働可能』
『BTシステムを使用出来る人間は限られ、使用法も搭乗者に依存する』
この二点から、このシステムは『あらゆる兵装運用システムの下位互換でしかない』と判断され、『汎用性に富んだ』現在のシステムに切り換えられた。
その反面、特殊車輌への搭載など、外部筐体を要求される事にはなっているが、今後は筐体小型化の開発計画が推し進められている。
なお、後年に汎用性に富んだものが、ある目的で使用される事にもなる。

考案者はウェイル・ハース。
飛行機の翼を見て思い付いたというのが本人の談。
それをFIATとビーバット博士により改良されたのが、今回の代物となっている。


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第74話 嘘風 真贋を問わず

Q.ウェイルの考案した兵装などは何かモデルになったものとかがあるのでしょうか?
あるのであれば教えてほしいです。
P.N.『匿名希望』さんより

A.飛行機を見て思いついた、というのが作品中の設定ですが、それぞれモデルにしたものは確かにあります。
それに関しては…まあ、秘密ということで。



ウェイル・ハースとティナハミルトンの連携、そして私の一瞬の判断ミスによってシャルロットが戦闘不能に追いやられた。

ああ、これは確かに私のミスだ。

迫りくる深紅の槍を、AICを使ってもあの推進力を受け止めきれないからと、ギリギリで受け流すのが精一杯だった。

だが、その先に居たであろうシャルロットに背後から直撃させてしまった。

 

これは紛れもなく、私自身のミスだ。

このミスは必ず試合の後に贖う、そう決めた途端だった。

 

バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!

 

空気の抜けるような音とともに私の眼前を何かが埋め尽くした。

 

「コレは…!?」

 

L字型の飛来物、大きさは私の腕ほどだろうか。

それが、群勢(・・)となって飛び交っていた。

 

「今回はアルボーレを使わない…いや、使えない(・・・・)んだ。

奇策に次ぐ奇策、これが俺達の最後の手札『知慧の梟神(ミネルヴァ)』だ!」

 

「その程度ォッ!」

 

AICを展開して、真正面から迫る飛来物を受け止める。

慣性停止結界の前では無力となったそれを観察する。

L字型の物体には何か武装が搭載されているようには見えない。

これが最後の手札…?

あまりにも奇妙だ、副腕といったような奇策を使ってきた相手が今更こんなものを目晦ましにでも使うというのか?

 

バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!

   バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!

      バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!

 

…発射音がまだ続いている…!?

 

観察を中断し、視線を周囲に向けた。

L字型をした飛来物が、大量に飛び交っていた。

 

「まだまだいくわよ!」

 

ティナ・ハミルトンの両腕の兵装から、飛来物が再び射出されていく。

その数は…既に400を超えて…!?

いや、ハースの両腕にも…!?

 

「チィィッ!」

 

両腕のプラズマブレードを展開、ワイヤーブレードも射出を…!

 

バシィッ!

 

意識が反れた。

それが致命的なミスだったのかもしれない。

背面浮遊部位(アンロックユニット)に飛来物の一部が張り付いていた。

それと同時に、いくつかの数のワイヤーブレードの射出口が塞がれてしまっていることに気付く。

そのまま恐ろしい速度で飛来物が背面浮遊部位(アンロックユニット)に次々と貼りついていく。

 

バシィッ!

 

リボルバー・カノンの弾倉部位に張り付く。

同じように飛来物が大量に貼りつき、弾倉部位の回転が封じられ、装填が出来なくなる。

これでようやくこの兵装の能力の正体がわかった。

 

「『武装を封じる』為の兵装か!」

 

右手の手刀で飛来物を切り裂く。

左手で結界を展開して飛来物を防ぐ。

それでも全体の数に比べれば極微量の破壊でしかない!?

 

「少し違うな、ミネルヴァは『捕縛』を主眼に置いた兵装さ」

 

捕縛、だと…!?

この大量数の飛来物が捕縛のため、だと…!?

 

バシィッ!

 

脚部装甲に張り付き、その上から更に飛来物が張り付く。

更にその上からも…両足が早くも封じられた。

右から、左から、上から…後ろから…!

AICで止めようが、ワイヤーブレードを稼働させようが、手刀で切り裂こうが、補いきれない数の梟の群勢が飛び交ってくる。

 

「足が動かせなくなったところで…!」

 

バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!

 

…まだ来るのか!

 

バシィッ!バシバシィッ!バシィッ!

 

左肘に取りつかれた!?

なるほど、捕縛を主眼に置いているというだけある。

たった三つだけで私の左腕すべての動きを封じられた。

右手だけでAICを展開するも、その数に対して補いきれず、背面スラスターに取りつかれ、空中での機体制御ができなくなり、落下する。

 

「カハッ!」

 

肺の中の空気全てが一気に吐き出され、呼吸が出来なくなる。

酸欠気味になり、霞む視界だろうと慣性停止結界を維持させるも右腕に取りつかれる。

振りほどこうと、腕を振るうが、まるで離れない。

 

「…やってくれる…!」

 

まさか、こんな手段を講じてくるとはな…!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「すっごいわね、このミネルヴァって…」

 

上空から見下ろす光景としては、アリーナグラウンド全体にこのブーメランが大量に飛び交い続けている。

ウェイル君から聞いた話だと、一つのマガジンに400個が収納されている。

それがウェイル君と私の両腕に持っているから、その総数1600程。

 

「俺も詳しくは知らないが、イギリスのBBCから接収したBT兵装のデータが応用されているらしい」

 

「あれを!?ってことはこのミネルヴァって第三世代兵装じゃないの!?」

 

BT兵装って確か脳波で兵装を稼働させるものよね!?

私はその適性があるのかどうかは判らないけど、そんな兵装をぶっつけ本番で使わせる!?

 

「BT兵装のデータを応用した、と言っただろう?

只でさえ、ISは女性にしか動かせない、適正で稼働率が変化する、なんて言われている。

そこで更に使用できる人間が限られる、なんて兵装が何になる?

使えるというのなら、誰もが使えるような汎用性と応用に富んだものにするべきだろ」

 

「あ、うん、技術者の職業病が出たの?」

 

「誰が職業病だよ」

 

現状、君以外に誰が居るのよ?

 

「話を戻す。

脳波で動かせる人間が限られているようなものはナンセンスだ。

道具と言うのは、誰もが均等に使える物であるべきだ。

だが、兵器や武器はそれこそ限られたものが持つべきもの。

それこそ、命を奪い預ける事になるからな。

このミネルヴァは、その力を持つ者が暴走をした際に、非力な者が使うために作られた兵装だ」

 

「なるほどね…」

 

一般市民は力を持たないのが普通(・・・・・・・・・・)だ。

それこそ力を持っている方が異常(・・・・・・・・・・・)なのは少し前の世論でも当たり前だった。

ISが登場してからはその思考は転換してしまった。

誰だって力を得られる可能性がこの学園開校と共に始まったから。

そして、ISを使ったテロリストなんてものも今の世の中には居るものだから、力を持っていないからというだけで(・・・・・・・・・・・・・・・・)殺される人間だって居る。

ウェイル君はその真っただ中にいる人間なんだもの。

だったら、逆境に立たされる人間の考えがわかるのだろう。

その為のミネルヴァ、力を暴走させる者たちに対しての抑止力だ。

 

「よく考えたものね、このミネルヴァって…」

 

「ああ、コイツの数量からはそう簡単には逃げられないさ。

ましてやこのスピードからは、な…」

 

整備室での作戦会議でも簡単にその話は聞いている。

事前に教えてもらった話では、このミネルヴァの速度からは、現状の第二世代機並みのスピードからは逃げられない。

それこそ…『テンペスタⅡ』の速度が最低でも必要になる。

…あれ?これって、今後はイタリアのテンペスタのシェア率が一気に上昇するんじゃないの?

私、その片棒担がされてない?

 

「これって、量産が出来るの?」

 

「多分、な。

だけど、これを持てる人間も限られるだろうさ。

抑止力になるとはいえ、力は力、使う人間次第で悪用もされるだろう、だからこれを持てるのは…いや、ちょっと待て」

 

ウェイル君の視線が私からボーデヴィッヒさんに向けられていた。

眼下に居るボーデヴィッヒさんはというと…ミネルヴァに集られ包まれ行動不能の…筈…?

 

「え…なに、アレって、まさか…!?」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

テロリストは嫌いだ。

奴らは笑いながら人を殺す。

自分以外の命に価値が無いと笑いながら殺す。

俺は奴らが起こした騒ぎによって、命が失われる瞬間を目撃したことがあった。

だから……だろうか。

それに抗える力を求めたのは…。

 

あの日、飛行機を空に見た。

それを見て、最初に思い付いたのがプロイエットだった。

参考にしたのは、飛行機の脚部だった。

ローラーブレードにモーター機構と、操作パネルを持てば、誰もが風を切って走れるようになるかもしれないと。

一般には、速度を多少抑えたものを販売する予定がイタリアでは進められていると聞いた。

 

最初がプロイエットなら、最後に思い付いたのがこのミネルヴァだ。

これは『力を持たない者』が持てる力だ。

そして、『力に飲まれた者への抑止力』とも言える。

多少時間はかかるが、これは相手を無力化し、捕縛に特化させた。

生産コストも安くて量産も可能、そして取り回しもしやすい。

今回はミネルヴァの使用に重きを置いてある。

その為に、アルボーレの為に使用していた情報処理リソースの全てをこちらに全て費やした。

そうでもしなければ、ボーデヴィッヒに対しての勝算なんて言えるものは無かったからだ。

接近戦闘はそれこそ自殺行為、ボーデヴィッヒは近接戦闘を好んでいた節があったから距離を開けるのには苦労させられた。

更に厄介なのは、支援射撃を行うであろうシャルロットだ。

彼女の射撃能力があればミネルヴァを大量に撃ち落されていた可能性が濃厚だった。

だからボーデヴィッヒにミネルヴァを使う前にシャルロットの撃破が必要となり、そっちは一旦ティナに任せることにした。

 

後は、どれだけボーデヴィッヒの虚を突いて、付かず離れずの距離をとるかが問題だったわけだが、ティナによる音響手榴弾での支援ありきの戦いだった。

…ティナがいなければ詰んでたな、間違いなく…。

 

2対1でもようやくだったかもしれない。

だからといって、1600対1は大人気無さ過ぎたかもしれないな…。

 

だが、これでこの兵装の臨床試験は完了だ。

たとえ相手が軍勢でも、強力な兵装だろうと、ミネルヴァは立ち向かえるどころか圧倒出来る!

 

「…いや、ちょっと待て」

 

ボーデヴィッヒの様子がおかしい。

あれは、何だ…!?

張り付いたミネルヴァの隙間から…泥のような何かが…!?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「凄いわね、ミネルヴァって…」

 

「あれも、お兄さんが考案したものです。

かつて、テロリストが起こした騒ぎに巻き込まれ、殺されそうになったことがあって、その無力化の方法をずっと探していたんだと思います」

 

ウェイルがテロに巻き込まれた、か。

今も生きているのは一つの奇跡かもしれない。

無力な子供が巻き込まれ、生き残る可能性なんて、あってないようなものだから。

 

「私もその場に居ました。

目の前で、何人もの人が無力に殺されていくのを目撃したんです。

建物の中に逃げ込めましたけど、それまでに、何人も…」

 

兄妹揃って酷い過去を経験したのね…。

でも、その経験あって、この兵装か…。

まったく、アイツは自分を『劣等生』だなんて言っていたけど、どこを見ればそう言えるんだか。

間違いない、アイツは新しい可能性を作り出せる存在だ。

だからって訳じゃないけど…それを排除したがっている奴らを見逃す気は無い。

観客席では全輝と篠ノ之が忌々しそうにウェイルを見ているけど、あんな奴らこそ居なくなればいいとさえ思ってしまう。

 

「何にしても、また凄い手札を用意したものね、アンタ達兄妹は」

 

ここまで色々と見せられた。

『ウラガーノ』『アルボーレ』『アウル』『クラン』そして今回の『ミネルヴァ』。

手を変え品を変え、立ち向かう相手の欠点を突き続ける切り札を用意してくるなんてね。

アンタは奇術師か!とでも叫びたい気持ちだわ。

 

「だけど、兵装一つを犠牲にしてまで、相手を捕縛する兵装、か。

どんな考えをしてたら思いつくんだか」

 

「飛行機の翼、だそうですよ」

 

いや、そういうことを訊いてるんじゃなくて…。

そもそも私としては別の話を聞き出そうと思っていたのに、明確なまでに境界線を作られて聞け出せなくなってる。

答えるつもりも無さそうだし、ヘキサって人に聞いてみようかと思えば、来賓席に案内されていて会えないし…。

行き当たりばったりの出たとこ勝負をするつもりは無かったけど、思うように事が運べなくて苛立ちが溜まるわね…。

なんか…うまく誘導されてる気がしないでもない。

でも、先のやり取りは何かを掴めそうな気がしていた。

メルクは…何かを知っていて、それを執拗に隠そうとしている。

 

「どうしました?」

 

「いや、何でもない…」

 

視線を咄嗟に反らす。

私が何を聞き出そうとしているのかも、たぶんメルクは察している。

だけど、先に境界線を作られてしまった以上は容易に踏み込めない。

力ずくの手段に走ろうとすれば、ラウラの二の舞のごとくミイラにでもされ…

 

「ねぇ、メルク、アレ、何…!?」

 

「…アレは…!」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

虚を突かれた

 

 

認めよう

 

 

私の情報を事前に分析されていた

 

 

それも認めよう

 

 

翻弄され続けた

 

 

悔しいが、それも認めよう

 

 

だが…簡単に敗北だけは認めたくない!

 

 

「動け…!」

 

左腕…飛来物が張り付き、マニピュレーターすべてが動かない…!

右腕は…肘から先は拘束され、プラズマブレードすら覆われ、枷を填められたかのように持ちげることすら難しい…!

足は…飛来物が張り付き、それ同士が吸盤でも持っているかのようにくっついて、一歩も動かない!

スラスターも覆われ、ワイヤーブレードの半分は飛来物が絡みついて動かせない。

残り半分は射出口自体を塞がれ、放つ事すら出来ない…!

AICは…手を向けなければ発動が出来ないことも向こうは理解していたのだろう。

だから、手を向ける先を特定出来ないほどの数で視界を覆いつくした。

 

「動け…!」

 

残る兵装、リボルバーカノンは弾倉部位が固定され、次弾の装填すら出来なくなってしまっている…!

 

「動け…!」

 

バシィッ!

 

「グゥッ!?」

 

左腕の装甲に新たに張り付き続け、更に重みを増す。

捕縛に重きを置いたとは良く言ったものだ、これは確かに枷になる。

莫大な数を用意すれば、並の人間どころか、IS搭乗者でも太刀打ちすら出来なくなってしまうだろう。

だが…!

 

「私をそんなものと同じだと思うな…!」

 

どれだけの屈辱を刻まれてきたと思う…!

どれだけの努力を積み重ねてきたと思う…!

這い上がり…!やっと今いる場所にまで辿り着いた…!

あの人に近づきたかった…!

だから歩む事を辞めなかった!

 

だが!現実はどうだ(・・・・・・)

その真実はどうだった(・・・・・・・・・・)!?

 

結局あの人(織斑 千冬)は私を一人の人間として見ていなかった!

いや、もっとタチが悪い!

あの女(織斑 千冬)は私を傀儡にした!

この地獄はなんだ!

そうでなくても…私を鍛えたのは…!

失った誰かの代わりにしたかっただけなのか!

 

willst du macht?(汝、力を望むか?)

 

ああ、欲しい!

あの女と、袂を分かつために!

完全に訣別するために、繋がりを残さず切り裂く力が!!!

 

Auch wenn du verschwindest?(貴様が消えうせようとも?)

 

元よりあの女の目には私など映っていなかった!

ウェイルのように、まっすぐに私を見ていなかった。

私の後ろに居るであろう誰かを重ねて見ていたんだ!

あんな…

 

「あんな奴のようになってたまるものかぁっ!」

 

Ich habe die Form, die du wolltest(貴様の望んだ形を掴んだぞ)

 

まて、私に問いかけ続けた声は…誰だ、この声は…!?

 

モニターが勝手に展開される。

 

<ruby><rb>Valkyrie trace system activation</rb><rp>(</rp><rt>ヴァルキリートレースシステム 起動</rt><rp>)</rp></ruby>

 

禁忌が記されていた。

知らない…私はこんなもの知らない…!

 

「が…!?」

 

突如として激痛が全身に襲ってくる。

視線を下に向ける

 

「なん、だ、コレは…!」

 

シュルツェア・レーゲンが…溶け、て…!

 

「が…アアアアァァァァァァァァァァァァァァッッ!

嫌だ、辞めろ、来るなぁぁぁぁっっっ!」

 

そして、泥が私の視界をも埋め尽くし…

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「お姉ちゃん、アレ、何…!?」

 

来賓席に案内した先で、簪ちゃんがラウラちゃんの変容していく姿を見て叫びをあげる。

私も視線を向けずにはいられなかった。

まさか、禁忌とされていたソレが、ここに現れるだなんて思わなかった。

 

「VTシステム…正式名称はヴァルキリートレースシステム。

モンド・グロッソに於ける…」

 

「部門受賞者の動きを再現させる禁忌のシステムよ」

 

私の返答をつないだのは、たった一人の来賓、ヘキサ・アイリーンさんだった。

 

「一度起動すれば、類稀なる戦闘能力を発揮する殺戮人形と化すわ。

ただし、並の搭乗者には扱いきれないわ。その理由は知っているわよね、生徒会長さん?」

 

ええ、知っている。

並の搭乗者に扱いきれない、ではなく…正しくは『耐えられない』から。

 

「搭乗者による制御は出来ず、外部からの指示に従う事例すら存在せず、その攻撃対象に見境が無い。

それだけでなく、搭乗者の命を失わせる可能性が高い。そうでなくとも廃人と化す、でしょう?」

 

「そんな…!じゃあ、ボーデヴィッヒさんは…」

 

「このまま放置すればそう長くもない時間で…敵も、味方も殺しつくして、最後は搭乗者も死ぬか廃人となるかの二つに一つ。

それでいてその結果に至る時間もまちまちで、周囲の人間を相手に見境の無い殺戮を繰り広げる危険がある。

だからこそVTシステムはデータ提供、研究、再現、搭載、使用、起動、その全てが禁忌とされているわ、納得できたかしらお嬢さん?」

 

簪ちゃんの顔はもう真っ青だった。

かくいう私も同じようなことになっている自信があった。

けど、固まってなんかいられない。

内線をつかみ、管制室へとすぐに繋げた。

 

「ティエル先生!アリーナグラウンドの全ての防護シェルター展開!

生徒達の避難を!」

 

『もう始めているわ!来賓席の人も早く避難させなさい!』

 

「承知しました!ヘキサさん!すぐに退避を!」

 

「見なさい、VTシステムが変容を終えたわ。

あの姿は…見覚えがあるのではなくて?」

 

言われ、視線をグラウンドに戻した。

VTシステムは人の姿に至っていた、その姿は…

 

「嘘…でしょ…アレって…千冬さん…?」

 

一人の女性…間違いなく織斑千冬その人の姿に見えた。

VTシステムだとしても…最悪のケースだ…よりにもよって、世界最強と言われた人物のデータが再現されているだなんて…。

 

「ここでもう一つ教授しておくわねお嬢さん達。

VTシステムで再現される動きは、映像を解析してそれを再構築しただけでは完成しないとされているわ。

それこそ、本人の稼働実績データ(・・・・・・・・・・)が必要なのよ。

でなければ、再現不可能とされているわ」

 

…悔しいけど、事実だわ。

映像だけではデータが不足しているからこそ、実の本人のデータが要求される。

あの人は…!自分のデータをVTシステムの開発者側に明け渡したことになる!

明らかなまでに…国際条約違反(・・・・・・)だった。




例のシステムに関しては、原作では曖昧にされがちですが、映像データだけで実戦投入出来るものにまで仕上げられるかが、どうにも判明していないんですよね。
なのでこの辺りは原作改変になってるかも?


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第75話 告風 大旋嵐

「下がれ、ティナ」

 

ミネルヴァの隙間から溢れだした泥のような何かがとうとう人の形をとった。

その姿には見覚えがあった。

いつかの日、向かい側にピットから見た女の姿だ。

 

「お前なんかが勝てるわけねぇだろ」

 

俺自身、距離をとったつもりではいた。

だが、どうやらアリーナのグラウンドの端にまで来ていたらしい。

そこには避難すらしていなかったのか、織斑が居た。

 

相変わらず人を見下したかのような薄ら笑いを浮かべている。

 

「あの姿を見れば判るだろ。

あれは織斑千冬の姿なんだよ、初代『世界最強(ブリュンヒルデ)』と言われた千冬姉だ。

お前が搭乗しているテンペスタ(踏台)を切り刻んだんだ」

 

あの人が初代勝者…ということは、姉さんを下した人だと…?

 

「千冬姉に勝てる奴なんざここには誰も居ないんだからな」

 

「どうかな?

戦闘方法は映像からでも解析はできる。

切り崩す方法なんて幾らでも作れるだろう」

 

「貴様ッ!千冬さんを侮辱するなぁっ!

あの人に勝てる者など存在しないというのが判らないのかッ!」

 

話が通じない輩も居たようだな。

話では軟禁されているんじゃなかったのか?

 

「どうせお前が惨敗するのは確定事項だ、精々切り殺されるまでの時間まで逃げ惑うんだな!」

 

そう言って織斑は高笑いしながら立ち去って行った。

 

誰も勝てない(・・・・・・)、か。

 

「チッ…」

 

気のせいか、額の傷跡が疼く気がした。

だがそれも一瞬、即座に気持ちを改める。

 

「ウェイル君、アレって…」

 

ティナが一歩下がったその瞬間だった。

 

「ッ!」

 

大きく踏み込んでくる!

 

「飛べっ!」

 

ティナが大げさなほどの距離を飛び退る。

それを確認次第俺も真後ろに下が…

 

「冗談だろっ…!」

 

俺が下がる距離と同じだけ踏み込み、横薙ぎにブレードを…ちょっと待て!

そのブレードはどこから引き抜いた!?

ブレードであるのならば、それを収納させるための鞘が何処かに在るはずだ。

なのに、あの黒い泥人形は抜刀した瞬間すら見せずに横薙ぎに振り払ってきた。

両手に握るウラガーノを銃の形態に切り替える。

それを見越したのか、ティナも両手にアサルトライフルとサブマシンガンを構えた。

 

「合わせるわよ!」

 

「ああ!頼む!」

 

アサルトライフル、サブマシンガン、ハンドガンが一度に銃火を吹く。

その回数だけ鉛弾が発射される。

手加減などしていられない。

これがボーデヴィッヒの意思に沿って動いているわけではなさそうだが、少なくとも…危険な存在だということだけは理解できた。

 

「下がりなさいウェイル君!」

 

通信が急遽開かれる、音声限定通信のようだ。

通信をしてきた相手は…どうやら楯無さんのようだ、だがどうにも声が慌てふためいているのが察してとれる。

 

「試合の途中…なのかは知りませんけど、こんな時に何の用ですか!

話は後回しにでも…」

 

「出来ないわよ!今はこっちも生徒達を避難させている途中だから!」

 

生徒達の避難、ともなると学園側でも想定外の事象らしい。

無い知恵を絞って考えた結果としては…どうやら緊急事態にも匹敵する事態に陥っているということか…!

 

「もうすぐ教師部隊がそちらに介入するわ!

それまでなんとか耐えて!」

 

「そりゃ耐えますけど、俺たちが何と相対しているのかそっちは知っているんですか!?

こんな形状になる機体だなんて、カタログでも見たことが在りませんよ!」

 

『機体が溶け落ちる』

『搭乗者を飲み込む』

『人の姿に変容する』

こんな事をしでかす機体こそ知らないが、それを実行させるプログラムがあるとしたら、到底マトモではないだろう。

 

「ウェイル君、私は知ってるわよ、コレ」

 

俺の疑問に返してきたのはティナだった。

技術者程度では知ることもできないが、国家代表候補生を目指す人物であれば知っている、ということは…機密関連らしいな。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

来賓が試合会場を見下ろすその席で、彼女は周囲の学園教師に視線を向けていた。

 

「さて、そろそろ説明をしてもらえるかしら」

 

『ヘキサ・アイリーン』

イタリアからやってきた彼女はゆっくりと立ち上がる。

視線を周囲に向けながら、睥睨する。

それは、挑発と威圧だった。

 

「VTシステムの恐ろしさはここにいる皆さんとて理解している筈です。

その戦闘能力、学習能力もまた然り。

だが、禁忌とされている理由…それは『搭乗者を使い潰す(・・・・・・・・)』、その一点。

使用した搭乗者はいずれも心身共にが限界まで酷使され、再起不能に陥る。

また、繰り広げた惨劇に精神が耐えられず、コアとのシンクロも出来なくなる。

それ故に、VTシステムはアラスカ条約でも禁止となっている、それはこの学園で講師をしている貴女達も理解されているはずよ?」

 

「それは、確かにそうです」

 

返答したのは、ウェイル達の担任でもあったレナ・ティエルだった。

 

「現状、代表候補生総員で生徒たちの避難を促しています。

ですから、貴女も…」

 

「質問をしているのは私達です。

話題を反らさないでくださいください」

 

同じく来賓席に座していた少女、クロエは振り向くこともなく再度同じ問いを繰り返す。

 

「質問内容を覚えているでしょうが、あえて再度問います。

『開発』『研究』『機能搭載』『所持』『使用』、そのすべてが禁忌とされているVTシステムが、何故…織斑千冬の姿をしている(・・・・・・・・・・・)のかを、答えていただけますか?

映像解析だけで搭載にまで持ち込めるほどの存在ではないことを皆さんも理解している筈です。

本人の稼働実績データが提供されていれば話は別ですが…?」

 

その言葉に、教師陣は声を詰まらせた。

この学園の講師には簡単になれるものではない。

国際条約という強力な規律を守ることを前提にしている彼女らは、その同僚の中に違反者が居るのか?という疑問が浮かぶ。

だが、疑問は疑いへと姿を変える(・・・・・・・・・・・・)

今、この場に居ない彼女への疑いは、根拠のない確信へと。

否、根拠なら前例という形で存在している。

彼女の身内が何をしても、その処罰が幾度も軽減され続けた。

なら、身内ではなく本人であればどうなのだ?と…。

 

「…この件は今後こちらでも調べさせていただきます、ですので今は…」

 

「では、後々に欧州連合、欧州統合防衛機構を介して、日本政府の返答を期待しておきましょう」

 

「ああ、それと…我が社の搭乗者の試合を録画するうえで、先ほどの会話においても録音していますので、下手な事をお考えにならないように」

 

曖昧になどさせない、非常時とはいえ言質をとる。

織斑千冬に変貌したVTシステムとこの場での会話の記録をも利用して外交するのだ、と。

そこまで徹底していた、言い逃れも許さない、と。

 

「では退避しましょうか、ヘキサさん」

 

「ええ、そうしましょう。

弟妹(・・)の無事を確認したいけれど、今回は貴女の護衛役だものね。

上層部の指示には従うわ」

 

その言葉に教師陣は絶句するしか無かった。

弟妹(・・)が誰を指すのかは、嫌でも理解してしまっていた。

これはもはや、国際問題である、と。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「私達もいきますよ鈴さん!」

 

「判ってるわよ!」

 

私達が担当したクラスの皆はアリーナ外への避難が完了した。

そこでおおよその見切りをつけて私たちは再度アリーナへと突入する。

 

「来なさい、甲龍!」

 

「来て、嵐星(テンペスタ・ミーティオ)!」

 

人気が無くなった通路をお互いに飛行しながら駆け抜ける。

普段なら絶対に出来ない事だけど、一分一秒を争う今は四の五の言ってられない!

 

「先導します、しっかり掴まってください!」

 

「任せるわメルク!」

 

テンペスタ・ミーティオの爪先部分の装甲が変形して鉤爪状になり、甲龍の腕を掴む。

そのままテンペスタシリーズ特有の速度で一気に通路を駆け抜けた。

 

「射撃開始!」

 

教師部隊が合図を出し、一斉に銃口から弾丸が射出されるのが見えた。

まさか、もう終わってるの?

そう思って視線を横に向けると…

 

「やっぱり、この程度では無理みたいですね…」

 

黒い人影は弾幕を回避し、切り込んで来ていた。

 

「私達も加わるわよ!」

 

メルクが私の腕を放し、銃とブレードを引き抜く。

私も双剣を抜刀し、連結させる。

視界の中では、ウェイルとティナの無事も確認できた。

シャルロットは…戦闘不能状態に陥っていたようだったけど、教師部隊に保護されているらしい。

試合の中でのことだったから文句は言えないわね!

 

「鈴ちゃん、合流してくれてありがとう!

戦力が少しでもほしかったのよ!」

 

「これだけ居るのに…!?」

 

圧倒出来ないどころか、抑制するのが限界だっていうの…!?

だけど、文句を言っていられない。

このまま放置してしまえば…

 

「ボーデヴィッヒが死んでしまう…!その前になんとか分離させないと…!」

 

ウェイルはラウラの心配をしているらしい。

多くの人よりも、目の前にいる誰かを助けようとしている、か。

 

「ウェイル、アンタは大丈夫なの?」

 

「何とかな…ミネルヴァも試したけど、半数以上が叩き斬られた、

エネルギーは…残存量が25%程だな」

 

「少し休んでいてください」

 

「そうも言っていられないんだよ、さっきから俺ばかり付け狙っているんだからな…来るぞ!」

 

ウェイルを集中的に狙ってる…?どういう事よ!?

VTシステムにそんなプログラムが仕込まれているとか…?

軍で話は少しばかり聞いたことがあったけど、それこそ暴れる際には見境がない凶悪なものだと耳にしたくらいだった。

まさか、それこそ本人の思考パターンを模倣しているとか…?

あーもう!だとしたらあの女(織斑千冬)ってば面倒すぎるわよ!

 

「吹き飛べ!」

 

左右の衝撃砲を連続で発射する。

メルクも両手にレーザーライフルでの射撃に切り替える。

それでも…直撃しない(・・・・・)、すべて回避されている。

不可視の衝撃砲にまで対応してきている。ウェイルですら1分以上必要としていたのに…!

それだけ私の視線を観察されているということか…!

 

「メルク!ウェイル!支援射撃頼むわよ!」

 

だったら直接剣で切り伏せる!

 

「待て!分が悪すぎる!」

 

ウェイルの言葉を背にしながらも双剣の連結を解除させる。

私はあの女が嫌いだ、あの女に向けられている賞賛だって気に入らない!

ちっぽけなプライドかもしれないけど、私はあの女が一夏の家族であるという事すら認めたくなかった。

あんな…家族の思いすら汲み取ろうとしなかったあんな女(織斑 千冬)なんかにぃっ!

 

「おぉらぁっ!」

 

右の剣を横薙ぎに…弾かれる。

左の剣で逆袈裟斬りに…これは回避される…!だけど予測済み!

最大出力の衝撃砲で…これすら上体をそらすだけで避けられた。

 

「ちぃっ!」

 

脚部のサブスラスター最大出力!

宙返りの要領でサマーソルト!

 

ギャガァッッ!

 

「下がれ鈴!」

 

その声に嫌な予感を感じ、咄嗟に上下逆になった姿勢のまま背面スラスターを最大出力で噴かせ、一気に下がった。

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッ!

 

すかさず支援射撃が入ってきた。

いい瞬間だったと思う、だけど…

 

「やってくれたわね…!」

 

蹴りを入れた筈の右足装甲に深く抉れたかのような痕跡が。

絶対防御が働いていないギリギリの範囲を見切られたらしい。

どうやら洞察力すら本人のものが模倣されているということか…!

 

パチン!

 

乾いた音が響く。

それに呼応するかのように

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

 

「『熱き情熱(クリアパッション)

例え見えなくても、回避しきれない程の範囲攻撃であれば、足止めくらいには使えるわね…」

 

楯無さんの攻撃によるものらしく、泥人形の周囲で爆発が起きている。

何なのかよくわからないけど、足止めがされているらしい。

そしてそこに教師部隊とウェイル、ティナ、メルクの射撃攻撃が叩き込まれている。

 

「鈴ちゃん、油断とは言えないけれど、甘く見てしまったかしら?」

 

「…否定はしないわよ」

 

私はあの女が嫌いだった。

だから自分の手で叩き潰したいとも思ってた。

忌々しいけど…これが私怨による無謀な吶喊だったとは反省している。

 

「少し休んでなさい」

 

「私はまだ」

 

ボンッ!

ザシャァッ!

 

…は?

 

その音の音源は、右肩のスパイクアーマーからだった。

 

「嘘でしょ…?」

 

右肩の衝撃砲が…輪切りにされていた。

いつの間に…!?判らない、その刹那はどこに…!?

改めて冷や汗が流れる。悔しいけど…腕っぷしでは…今の私でもあの女には届かないっていうの…!

 

「クッソォォォォッ!!!!」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

鈴が一時戦線離脱することになった。

衝撃砲が破損し、右足は中破だがスラスターが作動しないため、戦闘続行が出来なくなっている。

先程の動きは今まで見た中で激烈なものだったとは思う。

現状、学園に在籍している専用機所持者の中でもトップクラスの実力者だとは思う。

それでも、か。

 

「チィッ!」

 

何を思っているのか…そもそもマトモな思考を持っているのかすら判断しきれないが、この泥人形は終始一貫して俺一人を付け狙っている。

そのせいか、先生達が射撃支援を入れるにも弾幕が途切れるばかり。

どうやらソレも狙っているらしい。

 

「面倒臭いなぁっ!さっきから!」

 

槍の間合いを把握しているからか、先ほどから防戦一方だ。

満足に槍を振るえずイライラしてくる。

 

アウルで視界外からの不意打ちにも対応され、執拗に懐に入り込んでくる!

 

ギィンッ!

 

「うおっ!」

 

左肩の装甲に刃が食い込む!

背面瞬時加速(バックイグニッション)で一気に間合いを開く!

それと同時に左手に紅槍(クラン)を連結させた状態で展開!

 

「調子に…!」

 

颶風と猛火が石突から噴き出す。

それを逆手に握り

 

「乗るなぁっ!『Cardinale Meetior(茜の流星)』!」

 

音速を超えた槍の投擲。

その一撃は

 

ボシュッ!

 

泥人形の頭部をぶち抜き、貫通していった。

だが、そこにラウラの頭は無かった、どうやら胴体の部分に丸呑みにでもされているらしい。

その様子を見て、蛇を連想する。

ああ、まさしくそういった人物なのかもしれない。

他人の気持ちを利用し、他人を動かし、自分は動く事も無く、自身の目的を達成しようとする。

その執念と狡猾さは蛇のようなソレに近いだろう。

まったく、姉弟揃ってウンザリさせられる。

なんで俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃならないんだ!

 

「あんまり使いたくなかったんだけどなァっ!

起きろ!アルボーレ!」

 

右肩から外装補助腕が展開される。

それと同時に足元にミネルヴァのマガジンが展開され、地面に落下した。

当然だ、ミネルヴァの自動制御のためにアルボーレ用の演算領リソースの全てを費やしていたんだ。

アルボーレを展開すれば、ミネルヴァの維持に使うリソースは不要とみなされ、捨てられる。

これ以降、ミネルヴァは使えない。

 

両手にウラガーノを再度展開。

アルボーレは深紅のブレード『クラウディウス』を全自動で抜刀する。

 

「ウェイル君!無茶をしないで!」

 

楯無さんの声が聞こえてくるが、あいにくと無視する。

 

「アルボーレ、タイプ『大旋嵐(テンペスタ)』!」

 

先の試合で使ったものとは動きを変える。

織斑相手に使用したのはヘキサ先生の動きを模倣したもの。

だが、今回はそれをも越えるもの。

 

「合わせます!」

 

メルクが隣に並び、両手にブレード『ホーク』を抜刀する。

 

「頼むぞ!」

 

かつて、イタリアで訓練をしていた時のことを思い出す。

姉さんを相手にしていた時のことだ。

俺たち一人一人で戦っていては、当然だが、姉さんには届かなかった。

なら、どうすれば姉さんを超えられる?

世界最強の名を手にした人を超えられる…?

その答えがコレだ。

 

世界最強には世界最強を(・・・・・)ぶつける。

そこにプラスして、俺達の全力をぶつける。

それで得た結果は、時間切れによる引き分けだった。

ここまでやってようやく、姉さんのテンペスタのSEを40%を削っていた。

その代償として、アルボーレは激しい摩耗状態に陥る事にもなってしまったが、そのあとの修復作業で数日徹夜した。

アルボーレを片腕だけにしているのは、模倣できる限界だったというのも含まれてしまっている。

それに、全自動(フルオート)でなければパフォーマンスが発揮出来ないというもあった。

 

メルクが切り込み、薙ぎ払う。

その刹那に真上からアルボーレが刃を振り下ろす、これは想定範囲内。

 

ギャッガガガァッ!!!!

 

刹那の上段下段からの4連の斬撃。

姉さんが偶に使ってきていた武装破壊を狙う連続攻撃、『虎の爪牙』。

更なる追撃として左腕に握るウラガーノで渾身の刺突を繰り出す。

狙うは右肩、槍の穂先が突き刺さる。

まるで泥の塊にでも突き刺したかのような感触がして気持ち悪い。

 

ドォンッ!

 

側面に回ったメルクがライフルを連結させた状態で砲撃を撃ち込む。

野太い光線が左足を吹き飛ばす。

 

そうだ、この連携だった。

 

「…再生しています!このまま攻撃を続行します!」

 

「ああ、判った!」

 

吹き飛ばした頭部、切り落とした右肩、消し飛ばした左足、その断面が新たに泥が溢れ出し、再生していた。

この泥にはまさか際限が無いのか!?

 

「ぜぇりゃぁっ!」

 

突如とした飛来する双剣。

ソレが泥人形の左腕を斬り落とした。

 

「これは、鈴の武器かっ!」

 

視線を向けると、予備パーツで機体を再度展開させた彼女がそこに居た。

旋回する双剣を受け止め、視線を泥人形に突き刺している。

 

搭乗者(ラウラ)を引きずり出すのよ!

どんな機体だって搭乗者が居なければ動かないでしょ!?

VTシステムが搭乗者を使い潰すのなら、今はアイツが心臓の代わりになっている筈!

手足を切り落とすよりも、アイツを中から切り離すのを優先して!」

 

「…それもそうだな」

 

いったん距離を開けたが、その時間すら惜しい!

 

「まったく、仕方ない後輩達ね!」

 

言いながらも楯無さんもランスを構える。

メルクも右手にブレード、左手にライフルのスタイルに切り替える。

鈴も双剣を連結させた状態で投擲の構えに入る。

ティナは…支援射撃に徹するつもりで居るらしい。

簪は…生徒の避難のためかこの場に居ない様だ。

 

「いくわよ!」

 

楯無さんの合図が皮切りとなった。

教師部隊とティナの支援射撃が始まる。

その弾丸の驟雨の中を俺とメルクが突っ切る。

直撃するコースも幾つか在った筈だが…見れば水が障壁のようになり、防いでくれている。

それもごく少量の大きさに制御しているようだ。

 

泥人形の両手がブレードになっているのが見える。

厄介だな、その泥の両腕。

 

バシュンッ!

 

投擲された鈴の双剣がその両腕を手首部分から吹き飛ばした。

 

「行きます!」

 

メルクのブレードが左腕を斬り落とし、銃撃が右足に風穴を開ける。

 

「これで…!」

 

両手に握る槍で残る腕と足を串刺しに、アルボーレが同時に胸元にブレード突き刺し、一直線に振り下ろす。

斬られた断面の奥底に…まるで手首を縛られ、吊り下げられたかのようなボーデヴィッヒの姿がそこにあった。

 

「戻ってこい、このバカ!」

 

乱暴だろうがこの際だ、預かり知ることではない。

ボーデヴィッヒのISスーツ、その胸元をマニピュレーターでつかみ取る。

 

「受け取れ、ティナ!」

 

そのまま彼女の居場所も確認せずに右後方へと力任せにブン投げる。

 

「ちょっとぉっ!?」

 

受け取ったかどうかの確認もせずに一歩下がり、アウルの爪先部分へと伸ばし

 

「ブッ飛べぇっ!」

 

脚部サブスラスターの出力全開にして、残る胴体の部分を横薙ぎに薙ぎ払った。

ビクン、とアルボーレが反応をする。

胴体を輪切りにされても尚、再生をしようとしているのが見える。

だが、先程までの再生スピードが遅い…?

それならそれで好都合、恐らくだが搭乗者を奪われた事による機能不全だろう!

この好機を見逃す気はない!

 

「このまま削りきる!」

 

相手は禁断のシステム、その力は世界最強クラスだろう。

おまけに胴体を輪切りにしてもなおもしつこく再生しようとする。

 

ギャギィィンッ!

 

現に、この状態になっても俺の槍に対して平然とブレードで対応してくる始末。

 

「だったら…!」

 

槍を左手だけに握り、右手でコンソールを呼び出す。

戦闘をしながらも運動プログラムを書き換えいく。

 

「反重力制御ユニット解除、パワーアシストを70%カット、絶対防御範囲縮小。

これで得たリソースの40パーセントをアルボーレに移譲、残存60パーセントをスラスター出力へエネルギー転換、これで!」

 

両腕両足に感じる装甲の重みが一気に増える。

今までパワーアシストによって支えてくれていたのに、それが半分以上も失われたのだから当然だ。

 

「終わらせるぞ!」

 

背面のスラスターの出力が一気に増え、瞬時加速(イグニッション・ブースト)並の速度で駆け抜け、槍と刃が振るわれる。

泥の塊に叩き付けたかのような奇妙な感触は一瞬だけだった。

駆け抜けた先で、背面スラスターが一瞬停止し、前方へと激風が逆噴射射される。

その勢いのまま方向を180°転換、禁止された技術『瞬時旋回(イグニッションスピン)』バランスをとるよりも先に一気に瞬時加速(イグニッションブースト)へと持ち込む。

絶対防御が発動していようと関係ない、これはISを使用する上での最大クラスの禁じ手。

瞬時加速(イグニッションブースト)中の方向転換』をも超えた、『瞬時加速(イグニッションブースト)を乱用した連続方向転換と瞬時加速の連続起動』、その総称を『連続瞬転加速(メトロノーム・イグニッション)

 

「まだまだぁぁぁぁっ!!!!」

 

2度、3度、4度、5度、6度

 

こんな動きを繰り返せば、脳や内臓が圧迫され、最悪は潰れて瀕死になる。

それでも、俺は迷うことなくこの選択をした。

 

絶対に許さない(・・・・・・・)

 

人をまるで使い捨てにさせるようなこんなプログラムの存在を。

こんなプログラムを機体に搭載させた誰かも。

そして…そのプログラムに使用されたであろう誰かを。

 

織斑 千冬(あの女)

 

あの日、初めて織斑 千冬(あの女)を見て傷跡が痛んだ。

目が合っていないのに、だ。

まさかこうしてこんな形で相まみえるとは思ってもみなかった。

 

「ゲホッ…!」

 

俺の体も無茶な動きに耐え切れなくなり始めている。

それでも、再び相見えてしまう時が来たとしても、真っ向から立ち向かえるほどの気概を持てるようになるなのなら…安い話だ!

 

禁じ手、連続瞬転加速(メトロノーム・イグニッション)を乱用しながらの連撃を40回を超える。

それでようやく再生能力が限界に達したのか、上半身、胸から上だけの形を維持するにとどまっていた。

 

「終わりだ!」

 

連続瞬転転換(メトロノーム・イグニッション)の方向をさらに捻じ曲げ、真上に飛び上がる。

両腕をクロスさせれば、アルボーレもクラウディウスを握ったまま、逆袈裟斬りの構えに移る。

泥人形は再生に集中させながらも 踏み込んでくる。

それに合わせ、俺はなけなしの残存エネルギーを使い切るかのように連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)で駆け抜け、その速度のままスラスターを瞬間的にOFFに、そのまま噴出方向をを変えてからの最大出力!

足元をギリギリに泥人形の刃が掠めながら

 

「『Stimmate di eresia(異端の聖痕)』…!」

 

全ての刃を振りぬいた。

アルボーレに握られた紅蓮の刀身、両腕に握られた鋼色の槍が、首、胴、両腕を切り裂く。

泥人形を見下ろしながら、連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)の速度のまま姿勢制御に移る。

 

「ガハッ!ゲホゴホッ!」

 

度重なるように内臓が圧迫されて血反吐を吐き、今だけは…倒れる事だけは意地で耐える。

スラスターを逆噴射させてようやく停止した時には気を失いそうになっていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

霞む視界の中、状態を確認する。

 

バシャンッ!

 

溶けた泥の中、レッグバンドが一つ転がった。

見覚えはある、ボーデヴィッヒの機体であるシュヴァルツェア・レーゲンの待機状態だ。

なんとか、終わったらしい。

激しい疲労感を覚えながら俺は後ろ向きに倒れた。




『クラウディウス』
『薔薇の皇帝』の銘を冠した片刃の長剣型兵装。
第一世代兵装である長剣型兵装『グラディウス』から発展された兵装として扱われており、使用者はアリーシャ・ジョセスターフの名が知られている。


ウェイルは普段はこの兵装の登録を秘匿しているが、本当にやむを得ない状態の場合、命の危険の場合のみ、本人の意思で展開することが許可されている。
その際には、アルボーレの起動プログラム『モード:テンペスタ』への音声入力による切り替えによって行われている。
その際に、メルクの動きのトレースである『モード:ミーティオ』から切り替えられる。
モード:テンペスタによるアリーシャの動きのトレースは更に苛烈となり、パーツの摩耗がひどく、使用可能限界時間が5分とされている。
だが、その間はまさしく世界最強と言っても過言ではない。


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第76話 傷風 歩みだして

ウェイルの行った操縦についても加筆をしているので、最後までどうぞ


避難した生徒は教職員の指示によって解散が告げられた。

穏健に物事が済んだ、それは別に構わなかったが、それでも期待した終わりではなかったのを彼等は肌で感じ取っていた。

そんな予感が彼の脳裏によぎっていた。

 

かつて、世界最強と呼ばれ、誰からも称賛の視線を受けていた実の姉。

その姿と技術を模倣されたことは腹立たしかった、忌々しいとさえ思った。

だが、たとえ模倣された技術であったとしても…忌々しいと思う者同士で勝手に潰しあってくれるというのなら、多少は留飲が下がる思いだった。

姉である千冬を模倣した姿、VTシステムの正式名称を知ったのは、後になってからだった。

だが、腐っても模倣品というのなら、それに近い力を持っていると思い込み、憎い相手を焚きつけた。

だというのに…

 

「…は?アイツ、生きてるのかよ…?

しかも五体満足でいるってどうなってんだよ…!」

 

絶対防御に守られている、そんなことは百も承知だった。

だがSEも枯渇し、あの黒く染まった刀で八つ裂きにされ、大量の血に塗れて、這いずっているのが当然の結果だと思っていた。

それこそが、織斑千冬の前に立ちはだかった愚者の末路であると確信していた。

それを見下ろし、踏み躙りながら笑い飛ばしてやるつもりでいた。

打ち勝てるのは、実弟である自分だけだと信じていた。

 

だというのに…少女達に肩を支えられて保健室に連れて行かれているであろう彼は、僅かな擦り傷があれど、死んでなどいなかった。

吐血していた跡のようなものが見えたが、外傷によるものではなく、その操縦技術による反動であるというのを知ったのも後になってからだった。

織斑千冬と刃を交えて生きている(・・・・・)

それが…殺意を剝き出しにしてしまうほどに苛立たしく、許せなかった。

 

そして…

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

昼前、何か騒ぎがあったのだろうかと窓の外を見た。

だが、その30分後にはその騒々しさは消え失せた。

首を傾げながらも、謹慎処分とされ軟禁されている自室の中では、その騒ぎの原因を掴む事など出来なかった。

今後、私はどうなるのだろうかと考えながら、コーヒーを淹れる。

自室で過ごす謹慎生活の中ではコーヒーくらいしか娯楽がなかった。

ニュースもそんなに見るほうでもなく、ラジオなど論外。

気に入ったテレビ番組もあるわけでもない。

昔から暇があれば竹刀を振るっていたが、このIS学園の寮の中では竹刀を振るうには狭い。

 

「いつまでこんな日々が続くのだろうな」

 

食事の時だけは真耶の監視がついた状態ではあるが、食堂に行くだけは出来る。

だが、自由な時間などそれだけだ。

食事が終われば再び寮監室へと蜻蛉返り。

ここ数日は常時がこのような状態だった。

過ぎた退屈は苛立ちに変わると言うが、私にはこの退屈な時間が救いだった。

食堂に出向いたとしても、他の教職員の視線がまるで氷のように冷たく、刃のように突き刺さってくる。

そんな視線に襲われないで済むとなると、私にはこの時間は救いだった。

居場所を失った、信頼を失った。

そして今は沙汰を下されるのを待つ罪人のような心証だった。

 

コン!コン!コン!

 

三度、ノックの音がした。

これまでこの部屋に来訪者が来ることなど無かった。

全輝や箒であったとしても、だ。

学園にいる以上は、教師と生徒という関係を周囲に見せなくてはならなかったから。

だから、好き好んで来訪するものなど、よっぽど物好きな生徒くらいだっただろう。

だが、謹慎させられている身の者によって来る者など…

 

「誰だ?」

 

ドアロックとチェーンを外し、ドアを開け、外に出た。

 

ジャカッ!

 

そんな音が大量に聞こえた。

 

視線の先には…

 

「…なっ…!?」

 

教師部隊によって大量の銃口が私に向けられていた。

 

「な、なにを考えているお前達は!

教職員寮の中で戦争でも起こすつもり」

 

か、とまでは言わせてもらえなかった。

 

「織斑先生、貴女の身柄を拘束させていただきます」

 

眉間に皺を寄せた学園長が鋭い視線を私に突き付けていた。

普段の好々爺とした風貌ではなく、その表情は、悪鬼羅刹を思わせるほどの形相で

 

「抵抗なさらぬように、生徒の眼前で荒事を起こすわけにもいきませんので」

 

なにが、何が起きている…!?

何故こんなことになっている…!?

 

「ま…、待ってください、いったい何が在ったと…いきなり銃口を向けられるような事を…この様な事をされる謂れなど…」

 

ガシャァンッ!!

 

背後で…部屋の中、机の上に置いていたマグカップが砕け散る。

発砲された音は殆ど聴こえなかった、ともなると、サイレンサーを装着させた銃での射撃。

それを用いての射撃ということになる…!

 

「今のはゴムスタン弾での威嚇射撃よ、でも次は無い」

 

そう言って視線を突き刺してきたのは…レナ・ティエルだった。

ティエルは今度はレーザーポインターを起動させ、両手の拳銃から発せられる燐光を私の心臓と額に向ける。

 

「最終警告よ、実弾を装填した(・・・・・・・)

身柄拘束に応じなさい」

 

ベランダの方向に視線だけ向ければ、開きっぱなしにしていたそこからも教師部隊が…真耶の姿もそこに見えたが…両手にアサルトライフルが握られているのが見えてしまう。

 

何故、何故…こうも何もかもが私を追い詰める…?

判らない…!私がいったい…何をしたというんだ…!?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「それで、頼まれた仕事は完遂したぜ、これで良いんだろう?」

 

日本本土、首都、東京のある一角のビルの屋上に彼女は居た。

ボディラインを露わにした衣装、『ISスーツ』を身に纏った彼女は夕日が沈んだ海洋と…そこに浮かぶ学府を視線を向けながらも通信をしていた。

 

「とか言いたかったんだけどな…相手の数が数だったからな、『撃墜』ではなく『撃退』だった。

それでも良いのか?」

 

〈勿論、構わない()

 

モニターの向こう側の相手は見えない。

音声限定通信が彼女達の現段階での連絡手段だった。

 

「ったく、アンタが出向けば良かったんじゃないのか?」

 

〈私が日本に居ると思われてしまったら厄介だったからサ。

不信に思われないようにヘキサを向かわせた意味がなくなるだろうサ。

だけど、アメリカ人のアンタなら何も問題は無いことにも出来る〉

 

日本とアメリカが交わされている国際条約もあり、今回はイーリスが派遣された。

ただ、今回は彼女が一人で出向く形に無理矢理押し通した。

これによって辛うじてだが

 

凛天使が(・・・・)IS(・・)学園を襲撃する(・・・・・・・)なんて最悪の事態は防げた。

だけど、こんな偶然が何度も続くとは思えないぜ?

今回を機に日本の政府が腰を上げると思うか?亅

 

〈上げなければ…全世界からのバッシングに遭うだけサ。

偶然も奇跡もそう連綿と続く事は無いというのは誰もが判っている話だろうサ〉

 

その言葉を最後に音声限定通信は切られる。

イーリスはここでため息を一つ零す。

かつて、自分はその通信相手に敗北した。

だから、と言うわけでもないが…頼まれて動くというのも実のところでは吝かではない。

癪に障るが、敗者の末路の一つだろう、と。

あの海上の学府には少なからず教え子や後輩も居るには居る。

だから、それに害を及ぼそうとする何かを討つ事に迷いは無かった。

 

「さて、仕事の時間はこれで終わりだ」

 

カシュッ!

 

缶を開き、その中身の発泡酒を一気に胃袋へと流し込む。

数秒後には缶の中身を飲み干し…

 

「…クハッ…!仕事終わりの一杯は格別だな…!

さて、帰るか…面倒なことは考えたって答えは出ないのは判りきっているんだ」

 

そのまま彼女は…『イーリス・コーリング』は海上の学府に背を向け、空き缶をビルの上から投げ捨てた。

 

ビルの屋上の扉が閉じられる音と

 

バタン!

カコーン!

 

ビルの下にある公園の屑籠に空き缶がホールインワンするタイミングは完全に同時だった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

声が、聞こえた

 

 

私を呼ぶ声、ではない

 

 

ただただ騒いでいるだけのような

 

 

それでいて楽しげで

 

 

私があまり好まないものの筈

 

 

なのに、まぶしく見えた何処かの光景を思い起こさせる

 

 

「…む…」

 

 

何処かの病室、だろうか…?

真っ白な蛍光灯が、私の視界の中心に映り込んだ。

 

「…ぎぃッ!?」

 

体が動かなかった。

半身不随だとか、麻痺だとか、そんな類ではない。

近いものを挙げれば、『筋肉痛』、だろうか。

だが、こんなにも全身に強く感じたことは…今までに無かったが…!

 

起き上がろうとしたが、辞めた。

体全体が痛むからだ。

たったそれだけで息を荒くするかのような無茶な運動はするべきではないと判断した。

悔しいが、視線だけを声のする方向へと向けた。

 

「ウェ~イ~ル~く~ん?

あんな無茶な動きはしちゃダメだって言ったわよねぇ?

内臓が圧迫されるどころか破裂する危険性があるからやめなさいって言ったわよねぇ~?」

 

「いや、あのタイミングはああでもしないと…」

 

「君が血反吐吐いて倒れてメルクちゃんは泣き出すし、ティナちゃんも鈴ちゃんも真っ青になっていたのよ?

一度に女の子三人を大混乱に陥らせるだなんて何を考えているのかしらぁ?」

 

「全くよウェイル、イタリアはウェイルが集積させたデータを欲しているのは確かだけど、自殺行為に近いデータまで要求しているわけじゃないのよ?」

 

生徒会長を名乗っていた人物と、ウェイル・ハースの身近な人物だろうか、亜麻色の髪の女性がそこにあった。

だが、肝心のウェイル・ハースはベッドの上で上半身を起き上がらせているような様子だった。

その周囲にはメルク・ハースと凰 鈴音がベッドに頭をのせて眠っていた。

そしてやや離れた場所でティナ・ハミルトンが苦笑している。

 

「まったく、反重力制御ユニットの稼動停止、絶対防御の出力低下、パワーアシストの半分以上の停止に付け加えて搭乗者保護機能のシャットダウンしてまでのあの動き。

禁じ手のオンパレードよ、最悪の場合は脳や内臓が潰れて死んでいたってのになんでそんな風に笑っていられるんだか」

 

「あの時にはもう無我夢中で…」

 

その様子を見て…我が黒兎隊の同僚を思い起こす。

似たようなことがあった気がした。

 

「データ採取と集積が終わりました、アルボーレの修理作業は本国側に一任する旨の手続きをしていますので、その件はご了承を」

 

「判った、このまま機体本体側は数日徹夜で修理作業にアダダダダダダ!?」

 

「無茶な事は辞めなさいって言ったばかりよね?」

 

…騒がしいな、眠れない…仕方ないな…声をかけるか。

 

「お目覚めですか?」

 

声をかけようとした瞬間に、銀髪の女が私の眼前にまで近寄ってきた。

見覚えは…不思議だが、ある気がした…?

どこかで見ただろうか?思い出せない…?

 

「…ああ、騒がしくてな…」

 

「機体をお返しします、貴女はこの機体に愛着を持っているようですが…何が起こったかは覚えていますか?」

 

ボンヤリとだが…なんとなく。

レーゲンの内側から誰かの声がして、レーゲンが溶け始め…飲み込まれた。

 

「霞んでいるようだが、記憶はある」

 

「では、順番に説明しましょう」

 

隣のベッドではウェイル・ハース達が騒がしくしている。

その騒がしさに負けたのか、メルク・ハースが目覚めた途端に泣きつく始末。

ああ、なんとも騒がしいが、どこか羨む光景だ。

 

そして銀髪の少女の説明が始まった。

だがその説明は掻い摘んだものった。

 

「3日!?私は3日間も昏睡状態だったというのか!?」

 

「はい、ウェイルさんが目覚めたのも数分前でしたよ。

さて、話を戻しましょう」

 

レーゲンにはVTシステム、アラスカ条約で明記された禁忌のシステムが搭載されていたこと。

それが私の心の奥底からくるものに反応し、織斑千冬へと変貌し、暴れ、ウェイル・ハースを襲い続けたのだと。

簡単に話してもらったが…

 

「私はあの人を嫌悪していたんだがな…」

 

だが、その姿へ変貌してしまった理由は察する程度は出来る。

嫌悪しながらも、憎悪しながらも…私の中ではあの人こそが『力』を具現した姿だったんだろうと…。

 

「それで、此処は何処なんだ?医務室ではないようだが…?」

 

「此処は学生寮のウェイルさんの部屋です」

 

…なぜ医務室ではなく個人の部屋に搬送されているのだろうか…?

 

「理由としては、警護の必要性があるからだそうです。

医務室の様に誰でも気軽に入れる場所に搬送、および入院させておくと、積極的に襲撃しようとする人が居るそうですから」

 

………まあ、理由があるのなら良いのだが…。

 

「御安心を、そのベッドはメルクさんのベッドですから」

 

「いや、そんなことは聞いていないのだが…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

目覚めた後にやってきた保健室の三途川 渡(みとがわ わたり)先生からは「派手な運動はしないように」と、お小言を言われながらも外出許可をもらい、目覚めた翌日には普段通りの早朝訓練をする事になった。

だが、アルボーレは摩耗が酷く、本国に送り返してオーバーホールをする事になっている。

たった5分程度でこの始末だった、姉さん本人はどんな躯体構造をしていたら、あんな動きが出来るというのだろうか。

改めて姉さん独自の特訓方法に恐れをなすことになったが、泣き言など言っていられなかった。

なにしろメルクは姉さんに追いつき、追い越すことを最終的な目標にしている。

まあ、それよりもだ…目下の問題は。

 

「で、ボーデヴィッヒが何故此処に来ているんだ?

合同訓練の依頼は出していなかったと思うんだが…?」

 

メルク、鈴、ティナがグラウンド、ついでに楯無さんが観客席にいる状態で訓練をしていたら、ボーデヴィッヒが堂々とグラウンドに入ってきていた。

いや、制服姿のままなのだから訓練のつもりは無いのだろうが…?

 

「謝罪と…感謝を伝えておきたくてな」

 

「…謝罪?」

 

俺が首を傾げている間にもティナ、鈴、メルクは即座に攻撃態勢に移れるように姿勢を整えている。

君らは攻撃的にも限度があるだろう、ちょっとは爪を引っ込めなさい。

 

「クロエと呼ばれる人物から聞いた。

シュヴァルツェア・レーゲンに仕込まれていたVTシステムが起動し、お前に襲い掛かった、と。

…本当にすまなかった」

 

真っ正直に腰を直角90°にまげて謝罪してきた。

思った以上のまっすぐな態度に正直…驚かされた。

 

「ああ、その件か。

俺も存在を知ったのは初めてだったよ。

とうていマトモな奴が作ったとは思えないシステムみたいだな」

 

搭乗者をその都度使い潰すとか、人間のやる事じゃねぇよ…。

人間を使い捨てのパーツ扱いか?生体CPUとでも言い張るのか?

どっちにしても頭が沸いているとしか思えない…。

 

「ああ、だから…と言うわけでもないが、そのプログラムは機体から完全に切り離した」

 

「それは…ラウラちゃんがやったのかしら?」

 

話に口を入れてきたのは楯無さんだった。

視線としては…警戒してきている…か?

 

「いや、先日に学園に訪れていたというクロエと名乗った人物だった。

システムのどこに隠蔽されていたのかも解説してくれていたから、正直助かったと思っている」

 

へぇ、すごいなあの人…。

技術者としては俺よりもずっと先を歩いているような人みたいだ。

 

「だが、私とあのシステムを剥離させてくれたのはお前だ、ウェイル・ハース。

心より感謝する、お前が引き離してくれなければ、私は今、此処には居なかっただろう」

 

「お、おう…。

まあ、助けられたのなら何よりだ」

 

こういう風に公の前で感謝の言葉を口にされるのは正直苦手だな…。

どうにも照れ臭い…。

あ、それよりも、だ…。

 

「モンド・グロッソで織斑千冬がアリーシャ・ジョセスターフ選手を下したというのは…本当なのか?」

 

隣に居るメルクが息をのんだのが判った。

正直、察しが着いた…いや、織斑のあの言葉で、それは確信へと変わってしまった。

 

俺の言葉にボーデヴィッヒは頭を上げ、まっすぐに俺に視線を向け…

 

「そうだ、第一回大会に於いて、織斑千冬は、イタリア代表選手だったアリーシャ・ジョセスターフ選手を下し、頂点に君臨した」

 

「…次だ、第二回大会で棄権したらしいが、その理由は?」

 

「弟である織斑全輝が誘拐され、その救助を最優先したからだ」

 

…その言葉は俺の予想の裏付けに…それと同時に俺を落胆させた。

かつて姉さんを下すような人物、それがどんな人物なのかと考えた事もあったが…その正体はアレだ。

人間性を(・・・・)疑いたくなるような存在だった。

 

「…もういい、訊きたくない…!」

 

自分から振った話だが…この話は姉さんにとっても、俺やメルクにとっても猛毒だ…!

こんな話はもう耳にもしたくない…!

 

「感謝と謝罪の言葉は受け取った、話はコレで終わり、それで良いか?」

 

「う、うむ…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

気分が優れないらしいウェイルを鑑み、早朝訓練を早めに切り上げ、朝食をとることにした。

ラウラから訊いた話は実際には真実だった、私もその点については確かなことだと裏付けまでして知っているから。

けど、ウェイルはどうにも知っていることに関しては継ぎ接ぎの状態らしい。

それはメルクが手を回したことなのか、はたまた昨日のヘキサさんが何かを隠しているのかは判らない。

 

「まあ、考えすぎは加害妄想に繋がるか…」

 

早朝訓練で結構な運動をしているからか朝食時にはもう空腹。

注文したチャーハン定食を一気に搔っ込み、スープを一気に呷る。

 

「ふぅ…」

 

「鈴、もうちょっと味わって食べたら?」

 

同席しているティナから妙な視線を向けられるも、この際は無視した。

私にとっては考え事の方が最優先だから。

でも、自分で料理を作る時だってこんな事はしないわよねぇ…。

 

「なぁんか、落ち着かないのよねぇ、このまま何も起きないなんて都合の良い事なんて…」

 

そうそう無いだろうな、とは思う。

ウェイルを見れば…メルクと同席して朝食を食べている。

ウェイルの朝食のメニューは…シーフードサラダらしい、朝からそれって…なに、ダイエットでもしてるの…?

メルクはシーフード定食らしい。

港街育ちになるとあんな朝食を頼むのが常道なんだろうか…?

 

訓練の時には気分を悪くしていたみたいだったけど、今では気分が良さそうに見える。

なら、私が悩むのは辞めておこう。

けど、考えていかないといけない事もあるのよねぇ…。

 

さて、朝食も食べて終わったし、そろそろ移動しようかしら。

空っぽになったお皿やトレーを返却口に突っ込み、鞄の肩紐を掴んで走り出した。

 

あの日、行方不明になった一夏の鞄は今ではすっかり体に馴染んでいる。

もしかしたら、コレを返せる日が来るのはもうすぐなのかもしれない。

 

「ウェイル、メルク、一緒に教室まで行きましょ♪

ほらティナ、遅れないで!」

 

「はいはい、判ってますってば」

 

ウェイルの手をつかもうとすれば、相変わらずというかメルクが必ず間に入ってくる。

そんなインターセプトは要らないっての。

 

「相変わらず仲が良いな、メルクと鈴は」

 

そしてウェイルは相変わらず暢気なこと、ウェイルらしいと言えばそこまでなんだけどね…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

何故、此処に居るのだろうか、私は…?

 

夜分、消灯時間後になり、私は教師部隊によって身柄を拘束された。

訳が分からなかった、理解が追い付かなかった。

 

何が起きた…?

 

何故こんなことになる…?

 

何一つ、身に覚えがなかった。

 

何故、私ばかりがこんな目に…?

 

「どうしてだ…?」

 

簡易ベッドに身を横たえ、天井を見上げた。

学園職員棟の地下に存在する狭い部屋…いっそ独房といっても差し支えない場所が、今の私の寝床だった。

部屋と廊下の間には太く頑丈な鉄格子だけが区切りとして存在しているが、壁と言えるわけでもなく、プライバシなど一切存在していない。

常時、煌々と光り続ける蛍光灯が瞼をも貫くようで、マトモに眠りにも就けない。

 

私は…どこで間違いを犯してしまったのだろうか…?

 

コツコツと鉄格子の向こう側から足音が聞こえてくる。

ただそれだけで、ただでさえ浅い眠りから現実へと引きずり戻された。

 

「真耶、お前は…」

 

「学園長がお呼びです」

 

今の彼女は、かつては私を慕ってくれていた人物…の筈だった。

だが、今の表情からは…到底あの時の真耶とは懸け離れ…別の人物ではないのかと思えるほどだった…。

 

「…今、何時だ…?」

 

「早朝の6時です、身柄拘束をしてから3日目になりますが、未だに真実を教えていただけませんか?」

 

部屋の照明が切られることもなく、外の様子も見えず、時計すらないこの部屋では時間の感覚など早々に狂ってしまった。

その部屋で最初に問われた事が

 

『何故、国家の許可も無く自身の稼働データをVTシステムに流用したのか?』

 

だった。

そんな事をした覚えなど無かった、何一つ身に覚えが無かった。

 

『VTシステム開発に何故協力したのか?』

『ボーデヴィッヒの機体になぜVTシステムを組み込んだのか?』

 

その類を訊かれ続けた。

本当に身に覚えが無いと叫び続けたが、私の叫びは聞き入れられることは終ぞ無かった。

 

だが…そうか、あれから三日も経っていたのか…。

それだけ時間が在ったのなら、私の無実も証明出来ているかもしれない…。

 

 

 

 

そう、思っていたんだ…




連続瞬転加速
通称『メトロノーム・イグニッション』

難易度の高い『イグニッション・ブースト』の技術の更に先にある技術。
順番としては
1.『スラスター全機最大出力で瞬時加速』
2.『スラスター一瞬だけ全機停止』
3.『スラスターの半分を最大出力、残る半分を最大出力で逆噴射による方向転換』
4.『スラスターを一瞬だけ全機停止』
5(1).『スラスター全機最大出力で瞬時加速』

これを延々と繰り返す事になる。
だが、3.および4.の工程では『瞬時加速』の勢いそのもので方向転換することになり、搭乗者は非常に強い負荷を受けることになる。
転回から次の転回を行う距離が短ければ短い程、肉体負荷が大きくなる。
それを幾度も繰り返そうものなら、当然だが、脳や内臓が様々な方向に圧迫され、最悪の場合は内臓破裂、脳圧迫になる危険性がある。
当然だが死亡事故につながる危険性が高く、常に死と隣り合わせにるとも言われている。
このような操作が出来ないように『搭乗者保護機構』にプログラムされている。
非常に危険な技術でもあるので、禁止項目に分類される事となり、これを使う搭乗者はまず居ない。
アリーシャでも猛特訓を重ねても5回が限界だったと言われている。

今回、ウェイルはアルボーレの稼働性と反応を無理矢理向上させるために、搭乗者保護機構を解除させてまでこの操作をフルマニュアル稼働でメトロノーム・イグニッションを尋常ならざる回数を繰り返した。
これにより、莫大な負荷を受け、体内で内臓圧迫による出血が発生してしまっていた。
意識が回復したとしても、罷り間違っても室内で騒いではいけない。

学園にて緊急オペを行い、治療用ナノマシンも投与済み。
三日間の昏睡に陥りながらも、意識が回復した。
ベッドから出られるようになった後は担任から雷を落とされた。
なお、この後に「猶予も鑑み、二か月間は激しい運動は禁止」とも言い渡されている。
だがウェイルとしては自分よりもメルクや企業のためのデータ集積を優先しつつある思考回路の持ち主であるため、この口約束を守れるかは保証が出来ない危険性が…。


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第77話 壊風 歩みと停滞と

「なんで、こんな事に……!」

 

久しく帰っていなかった私たちの家が…轟轟と音を立てながら、劫火に飲み込まれていた。

両肩に提げていた鞄が滑り落ち、地面へと落下した。

眼前で…懐かしき我が家は…音を立てながら…紅蓮に包まれ、焼け落ちていく…。

なぜ、こんな事に…どうしてだ…?

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

1Day Ago

 

VTシステム暴走の一件も終わり、ボーデヴィッヒが目覚めてから数日が経過した。

ボーデヴィッヒも体調が回復したらしく、早朝訓練後の朝食時には気さくに話しかけてきた。

その際には

 

「今後、私を名前で…ラウラと呼んでくれていい」

 

とまで言ってきた。

これに関しては慣れていくしかないだろう。

まあ、トーナメントの試合でミネルヴァを試合で使用したことに対しては…散々に文句を言われた。

それに関しては俺も大人気がなかったかなぁ、なんて反省はしていたりする。

今日も今日とて、メルクと鈴、ティナと食事を一緒にしていたら。

 

「それで、あの兵装は何なのだ?

イタリアで開発された新種の兵装なのか?」

 

文句を言われた後に出てきたのは懐疑的な目だった。

その視線はちょっと辛い。

 

「あ、それは私も復習のつもりで訊きたい」

 

そして鈴も便乗してくる始末だった。

メルクに視線を向けると…ニッコリと笑顔を向けてくる。

まあ、話しても問題はない、か。

 

「ミネルヴァは…元々はISに搭載させて稼働させる兵装じゃないんだ。

アレは、元々は警察や機動隊のスパコン搭載型大型特殊車両に搭載し、実働させるもの。

言わば、『対人兵装』だ」

 

俺の言葉に、ラウラは絶句し、鈴は頭を抱えていた。

元々は、飛行機の翼を思い浮かべ、そこから連想して今の形状に至ったのだが…そこは話さないでおこうかな。

 

「一度にあれだけの数を一斉操作をする技術なんて俺は持ち合わせていない。

だから、ミネルヴァを収用していたあの大型マガジン自体が、事前に動きをプログラミングさせていた操作盤も兼ねていたんだ。

詳しいことは判ってないんだけど、イギリスBTシステムの下位互換と思ってもらえれば、話は簡単だな」

 

そう、脳波で端末操作が出来ないのなら、別の回線を使う。

それが事前のプログラミングというわけだ、このGWにはその入力方法をいろいろと教わり、それを簡易化させてからミネルヴァ開発に進んでいた。

正直、今回のトーナメントには間に合わないとも思っていたから、ビーバット博士は凄すぎる。

 

「その反面、情報処理は大変なんです。

お兄さんはあの対戦の時にはアルボーレを使いませんでした。

それも、ミネルヴァを使用するにあたり、情報処理を行うためのリソースが不足していたんです」

 

「ちょっと待ちなさいよ、ミネルヴァの筐体だけじゃ足りなくて、機体の演算処理リソースも併用させないと使用出来ないって事!?」

 

「まあ、そういう事だ。

ティナのパフォーマンスを邪魔するわけにもいかなかったからな。

ティナが使うミネルヴァの演算処理を、俺のアンブラで兼用していたんだ。

普段からフルマニュアル制御しているから、リソースには幾分かの余裕があったんだよ」

 

ここまで説明すると…鈴もボーデヴィッヒも凍り付いていた。

ああ、そういえば…ボーデヴィッヒ…じゃなくて、ラウラは俺が普段からフルマニュアル操作をしていることに関しては説明していなかったな。

 

「お前、フルマニュアル制御を普段から続けていた、だと…?」

 

「ティナの情報処理をアンタの機体で代用…?」

 

こんな顔されると技術者としては少しばかり成長したかのような錯覚を覚える。

ほとんどがビーバット博士任せの技術ではあるんだがな。

どんな人物かも知らないが、ビーバット博士を当面の目標にしておくべきだろうな。

 

「とまあ、たったの筐体4機でここまでの情報処理リソースを食いつぶしてしまうくらいなんだ。だから大型特殊車両にスパコンを搭載させて併用させるのが現実的なんだ。

それに、もともとは『暴徒鎮圧』、対人特化した兵装だ。

ISに搭載させるには、数量を減らして情報処理リソースをセミオートにも回せるようにしないと使える代物じゃないんだよ。

俺は操作性の問題と、ついでに稼働データ集積も兼ねていたから例外的な取り回しが出来ていただけだ。

まあ、話せるのはこんなところかな」

 

御清聴ありがとうございました、と。

などと言っていたら、ものすごい白けた視線が…ティナに突き刺さっていた。

 

「って事はティナ、アンタは情報処理とかせずに負担をウェイルに丸投げしていたってことよね?」

 

「あ、アハハ☆」

 

笑って誤魔化していた。

その時点で認めているのとほぼほぼ変わらないんだけどな…。

これに関してはティナには曖昧にさせていたから、俺も同罪なわけだが…今の二人はそれを意に介さないだろうな。

さっさと朝食を食べきってしまおう。

 

それが今朝の話だった。

ティナに訓練に同行してほしいということで、今日も今日とて放課後訓練に続けての夜間訓練だった。

慣れていないミネルヴァを併用させながらも近接戦闘、射撃攻撃、高機動訓練などに勤しみ始めた。

気になって訊いたら

 

「作戦を立てたのも、兵装の準備も取り回しもウェイル君ばっかりが負担してたからよ!

このままおんぶにだっこの状態じゃ目標にたどり着けないのよ!」

 

いやはや、向上心の塊である。

そんな理由で今朝からは普段よりも早い時間から早朝訓練に勤しみ始めていたわけである。

夜間訓練中の現在だが、俺を相手にしてミネルヴァを使用しながら射撃攻撃ということをしている。

それを参考にしているのか、メルクもミネルヴァを使って自主練に入っている。

メルクはメルクで、すでにティナが目標にしようとしている形をアッサリとこなしているのだから、妹は偉大だ。

数を限定させているみたいだが、それも今後でどう変化していくのかが楽しみだ。

 

 

翌朝も

 

「ああ…朝から疲れた…」

 

朝食も食べて終わり、教室を目指して歩いている時には、すでに数日分の疲労が溜まっているような錯覚がしていた。

ミネルヴァを使えば、その飛来する速度からしてもテンペスタの速度でなければ逃げ切れない。

回避のための高機動をしながらの射撃攻撃の回避も強いられるため、疲労感が酷い。

隣を歩くティナも多少ゲンナリしている。

 

「朝から無茶な訓練やりすぎでしょうにアンタ達は」

 

流石に鈴も視線に『呆れ』が混じっているようだ。

だが悲しいかな、そんな鈴も先程メルクの使うミネルヴァによって簀巻きにされたばかりだったりする。

パワーアシストがあったとしても龍シリーズの最新鋭機をも束縛が出来たとするのなら、事実上、ミネルヴァは最強の兵装とも言えるのではないだろうか?

対応方法としては『逃げる』以外の選択肢を相手から奪ったようなものだ。

数が増えたら、その分相手は後から出せる方法を削り取られるからな。

『対人』で使用した場合は…もう何も言えないだろう。

 

「じゃあ、また昼休みにな」

 

その言葉を最後にティナと鈴とは別れた。

クラスは別だが、この後は昼休みにでも顔を合わせる事が出来るだろう。

その時に、またいろいろと話しをしてみよう。

 

「おはよう、皆」

 

「おっはよ~♪」

 

こうやって挨拶をすると、挨拶を返してくれる。

頭がおかしくなるような噂は完全に払拭されているみたいで安心出来る。

こういう平穏な生活って良いよな…。

 

「トーナメントだけど、正式に中断になるって話は訊いた?」

 

「ああ、訊いたよ。

あんな物が出てきたら、トーナメントを続けられないとかだったか」

 

ティナもあれ以上のデータ提出が出来なくなってしまったことは残念に思っているだろうな。

訓練時間を増やそうとか最近になっていってきているが、それが原因かもしれないな…。

国家代表候補生を目指すのなら、もっと実力が必要になるだろうし、それに伴って、データ集積も要求されるだろう。

大変だよなぁ、メルクもその辺りを理解しているだろうから、この手の話は理解出来るつもりだ。

 

「それと関係があるかは判らないんだけど…」

 

真後ろの席から声を掛けられる。

そこに居るミリーナが下書きらしい記事を手に持っている。

学園内部で発行、広報に使われている壁新聞だそうだが、そこに記されている記事の内容としては…。

 

「『1組の元担任 織斑千冬教諭が学園から解雇』?

ちょっと待ってください、この記事は本当なんですか?」

 

メルクも驚いている。

俺だって驚いてるが、それでも正直…「ああ、そう」で終わりだ。

迷惑を被り続けていたわけだが、碌に話なんてした事も無い人だもんな…。

 

「ああ、うん。

どうやら昨夜にこの学園から退去したらしくってさ…お陰様で記事の刷り直し…」

 

新聞部は夜間に部活動をしているとでもいうのか…?

ラウラはこの事を知っているんだろうか…?

 

「この話、どこまで広がっているんだ?」

 

「遅くても今日の放課後には学園の各所に展開するよ…そんなわけで今日のお昼休みにも記事の編集作業…」

 

新聞社ってブラック企業なんだな…。

人のことを言える義理じゃないんだが…学業を疎かにするなよ?

 

「はい皆、席に着きなさい!

SHRを始めるわよ!ウェイル君、早朝訓練を多めにしているのはわかるけど、寝落ちはしないようにね!」

 

「名指しですか!?」

 

酷い話が在ったものである。

いや、前例は…在ったな。

結果的には課題が追加されたりしたけど。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

家が業火に焼き尽くされた。

消防車による消火作業が続けられたが、家のあちこちで繰り返し爆発が起き続け、消火作業は遅々として進まなかった。

延焼にも警戒がされ、そちらに人手が割かれたのも一つの要因かもしれない。

炎が消えたのは、昼を過ぎてようやくだった…。

その場に残されたのは、燃え尽きて真っ黒な煤になった家の柱が幾つかが…。

 

「なんでだ…なんで、こんな事に…」

 

何もかもが焼き尽くされた。

庭木は残っているが、まるで炭の塊だ。

芝生も、ガレージも余さず焼け落ちた。

私と、全輝と、一夏が暮らしていた家は、もはや見る影も無かった。

 

 

思い出すのは、真耶に呼び出され、収監されていた独房から出された後だった。

学園長から呼び出され、学園長室に連れていかれた。

 

「学園長、連れて参りました」

 

「ご苦労様、入ってください」

 

「失礼致します」

 

真耶に連れられ、私も学園長室へと入った。

そこには、全ての教職員がそろい、左右に控えていた。

 

「あれから3日間が経過しました。

そろそろ正直に話してもらいましょう」

 

やはり、疑われて続けていたのか…。

 

「ボーデヴィッヒさんから報告書を頂きましたが、機体内部のデータの中に巧妙に隠されていたそうです。

データが仕込まれたとされるのはあの機体が『シュヴァルツェア・レーゲン』として完成した後、試験稼働の最中…貴女がドイツに出向し、ボーデヴィッヒさんを師事していた時期に符合します。

また、機体のみならずVTシステムそのものも経歴を調べた結果…貴女が搭乗していた機体暮桜から直接導入された(・・・・・・・・・・・)履歴が発見されています」

 

……何を言われたのか判らなかった。

暮桜からレーゲンへVTシステムが直接移されただと…?

そんな筈は…そんな筈があるものか!

 

「これに関しては教職員総員で立ち会っているから、間違いは無いと断言しておくわ」

 

2学年の学年主任のシェーラも睨んでくる。

 

「そして納得も出来た。

アリーナでハース君を執拗に狙い続けていたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだと。

最も弱いと察した相手から真っ先に下す、そういう考えだったのだろうと、ね」

 

「それを踏まえたうえで重ねて問います。

織斑先生、貴女は何故、VTシステムを構築し、違法所持を続けていたのかを正直に言ってもらいましょう」

 

その問いは、VTシステム製造と所持の両方の容疑が私に向けられているのを前提とされていた。

そして、ラウラの機体であるシュヴァルツェアレーゲンへのインストールを行ったのだと…。

 

「私は…VTシステムなどという悍ましい物の開発には一切の協力などしていません」

 

「そんな言葉が信じられると思うのですか?」

 

「例のシステムは映像データだけで作れる程、簡易的なものではないと知っているわよね?」

 

周囲の教職員が助け舟を出す事など無かった。

誰もが私を疑い、誰もが私を蔑視している。

私からすれば濡れ衣以外の何物でもない、だがそれを()()()()()()()()()()()()

ラウラであれば、話を聞いてくれるかもしれない、頼みの綱があるとすれば…。

 

「先に釘を刺しておきますが、ボーデヴィッヒさんは貴女の弁護をしないと宣言しています。

恩人、教え子であったのは確かだが、貴女がその思いを悪辣な形で裏切ったとも言っていましたが」

 

「…くぅ…ッ…!

繰り返しますが…私はシステム製造にも協力はしていません。

データ提供なども、疑われるようなことは何も…ドイツ政府に確認をしてください。

彼等なら…」

 

「欧州統合防衛機構によって調査報告が既に上がっているわ。

『企業、軍、それらに所属する作業員を徹底調査したが該当する者など誰一人として存在しない』、とね」

 

その言葉は…ドイツが私を敵視し、切り捨てたと言う宣告でもあった。

だが、それだけでなく

 

「そして欧州連合からは『以降、織斑千冬の欧州全土への入国を断じて認めない』とも付け加えられているわよ」

 

欧州連合、欧州統合防衛機構(イグニッションプラン)が…言わば欧州全土が私を敵視しているとの布告だった。

味方になる者など誰も居ない、潔白を証明する手段も無い、信用など跡形もなく消え去り、立場も失われてしまっていた。

それも国家や欧州東欧防衛機構という巨大組織までもが私に冷徹な視線を向けてまで…。

 

「さて、正直に話してもらえますかな?」

 

悪鬼羅刹のような気配を漂わせる学園長を前に、私は眩暈すら感じてしまっていた。

カラカラに乾いた喉から声を出すのが精一杯で…

 

「私は…疑われるようなことは、何も…」

 

「この期に及んで答えてもらえないのは残念です」

 

ガタリと音を立てて学園長が立ち上がる。

私の前にまでゆっくりと歩んでくる。

そして左手を開いた状態で差し出してきた。

 

「…あ、あの…?」

 

応じるように、私は学園長と同じように左手で握り返した。

だが、少しだけ違和感を感じた。

学園長の利き手は右手だった筈、なのに何故…?

その疑問は、左手での握手をした数秒後に答えが出た。

 

「織斑先生、今まで長い間お疲れさまでした」

 

「…ま、まさか…」

 

最悪の答えが導き出された瞬間にはもう手遅れだった。

 

「アラスカ条約違反を行い、今になってもまだ隠蔽するような人物はこの学園の教職員に相応しくありません。

本日付であなたを()()()()()()とします」

 

一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。

何を言われたのか、頭が拒絶していた。

理解を拒んでいた、立ち眩みを起こしそうになる、視線の焦点が…合わない…

 

「貴女がこの場で正直に言わないというのであれば致し方ありません。

ICPO(国際刑事警察機構)に調査を頼むとしましょう。

国際IS委員会での調査を欧州連合が強く反発していますのでね。

本日中に荷物をまとめて退去なさってください。

くれぐれも、生徒達の目に触れぬように、夜間での退去をしてください。

深夜0時を越えても学園内に居た場合は、不法侵入者として本土側の警察に引き渡します」

 

どうあっても、私を目障りなのだと言っているのと同じだった。

ICPO(国際刑事警察機構)に引き渡すか、日本警察に引き渡すか、その程度の判断要素しか残っていないということか…。

 

それから私は荷物をまとめた。

教職員として必要だったものの大半は学園の備品だったので、そのまま放置しても問題はなかっただろう。

必要なものをまとめ、トランク一つと肩から提げる鞄二つで収まった。

それから夜間までは荷物と一緒に独房に放り込まれ、夜になるまで待機させられた。

そして、夜中の23時を超えてから連れ出され、ライセンスカードを没収され、モノレールに放り込まれた。

本土側に到着し、タクシーに放り込まれる。

行先は…私たちが暮らした家の近くまで、だった。

家には、朝になって到着した。

だが、そこで見た光景は…地獄のようだった。

私達の家は…業火に焼かれていた。

 

そして、懸命な消火作業をしている間にも家の各所で爆発が頻発し、消火が終わった頃には…もう何も残ってなどいなかった。

 

「どうしてだ…?どうしてこうなる…?」

 

この半年にも満たぬ時間で、私は全てを失った。

信頼も、仕事も、立場も…何もかも全てを…。

 

「私が…私が一体何をしたというんだぁっ!!!!」

 

消火が終わった後、すぐにその場を離れる事など出来なかった。

なにか、なにか残っていないのか…形ある何かを残して私は見渡してばかりだった。

だが、なにも残っていなかった。

 

そこで生活を送っていた痕跡すら、もうなにも残ってないどいなかった。

 

 

私は…帰る場所すら失ってしまった…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 

 

 

 

「よろしかったのですか?」

 

少女は黄昏の中、モニターの向こう側の誰かに声をかけていた。

だが、モニターの向こう側の相手は静かに声を返すだけだった。

 

『構わないよ、どのみち()()()()、それを少しだけ早めただけに過ぎないんだから』

 

淡々と返す声は平静そのものだった。

計画の内、予定の一つと語る口調に変わりは無かった。

少女、クロエは東京都の最も高い塔から、その方角へと視線を向ける。

数ある内の一つの報道の一つとしてその日の夜には知れ渡るであろうことだが、それでも彼女にとっても心を揺らす出来事にはなりえなかった。

ただ、保健室で見た()の心を利用したであろう女に対しては…苛立ちを、憎悪を確かに感じていた。

だから、VTシステムについて『暮桜から転送された』と()()()()()()()()()()のも彼女によるものだった。

前倒しにとなった計画を、淡々とこなしていた。

 

『ウェイ君が…かつては()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その計画でいたからね』

 

織斑一夏、そう呼ばれていた少年の過去についてはクロエも凡そを把握していた。

謂れもない迫害を受けていたことを。

謂れも無い罪を着せられたことを。

誰からも冷たい視線に晒され続けたことを。

救いなど無かった事を。

居場所を奪われ続けた事を。

 

だから、その全てを織斑千冬に刻み込む。

 

だが、絶対に逃がさない。

居場所を奪い続けた一人なのだから、言葉を聞き入れなかったから、決して助けようとしなかったから。

家族という言葉で騙り、鎖で繋ぎ続け、一切の救いも与えようとせず、目と耳を塞ぎ、背を背け続けていたのだら。

 

『だから、私達は追い詰める、追い詰め続ける。

だけど、決して崖から突き落とすようなことはしない。

断崖に指先一つでしがみついているような状況になりながらも、更に追い詰める』

 

「…流石にそこまですれば、壊れてしまうのではありませんか?」

 

『最終的には、そうする予定だよ。

だけど、今だけはそうなる事は絶対に無いと言い切れるよ、あの図太さだからね。

それに…壊れるような状況になったとしても、蜘蛛の糸程度は幻想を与えるよ、()()()()()()()()()()()()()、ね』

 

与えるのは幻想、断じて救いではないのだと嘲笑う。

 

「では、私は次の計画段階に移行します」

 

『うんうん、待ってるよくーちゃん!』

 

通信が切られた直後、計画の次の段階についてを思い返す。

彼女が国境を超えた時点で、人員は日本国内に動員されている。

片や、末端を入れてしまえば総人数5000人を超えて言われているとされる組織の中から選ばれた精鋭メンバー。

片や、闇と影の中での活動を生業とする者達の精鋭。

 

 

「…貴女は、この程度耐えられるでしょう…?

一度は経験したんです、それが()()()()()()になるだけですから」




ガリガ・スタンダイン
56歳 誕生日:10月5日
ウェイルとメルクにとっては釣りで知り合い、気心知れた気のいいご近所さんのナイスミドル。
ボランティア団体『青の大河』の団長であると言っているが、その正体はイタリア最大の巨大マフィア『スパルタクス』の第13代目大頭目。
表事業のボランティア活動は勿論だが、裏事業のブラックな事もこなしている。
だが、ウェイルとメルクは何一つ知らない。

傾いた鵞鳥のデフォルメ絵が記された便箋が彼のプライベートの場に送られ、その内容を見て愛妻共々本気でブチギレ状態になり、一時ではあるが構成メンバーを恐怖のどん底に叩き落した。
手紙で知りえたことを構成メンバーに打ち明け、荒事に特化したメンバーを募り、その少数精鋭メンバーを日本に送り込んだ。
日本に到着して際、空港にてとある組織の構成メンバーと偶々遭遇し、目的とターゲットの一致により協力体制を敷くことになった。

日本暗部には未だに悟られていない。


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第78話 行風 流れて

ラウラが訓練に一緒に参加するようになってから数日が経った。

学園から織斑教諭が追い出されたことについては

 

「…そうか、そのような形になったのだな」

 

そう呟いて終わりだった。

だがティエル先生が言うには、本人からの依願退職だったらしい。

それでも深夜の退出に関しては疑問に思うが、考えるのを辞めた。

嫌悪する相手の事を考えるなど時間と思考の無駄でしかないだろう。

ラウラも思うところは在った様だったが、本人は折り合いをつけていたらしいので、俺としてはそこから先は特に問わなかった。

だが、

 

「…やっぱり強ぇ…!」

 

そしてこれまたどういう流れかは判らんが、ラウラとの模擬戦闘をする事になった。

だが、やっぱりと言うべきか、真正面から戦っても話にならなかった。

 

「当然だ、私は元々が軍人だ。

技術者志願の者に負ける道理は無い」

 

まあ、確かにそうだ。

1対1600などという、想定外の奇策ともいえるミネルヴァが無ければこんなものだろう。

しかも現在はアルボーレは酷使による各所の摩耗が原因でクロエとヘキサさんによって本国に送り返している状態だ。

来月には修復が終わるらしい。

受取は大使館になると連絡も入っている。

 

話を戻そう。

真正面から国家代表候補生相手にしても太刀打ちなんて出来ないだろう。

1対1であれば、ラウラの扱うAIC(慣性停止結界)に対して成す術など無い。

 

そんなわけで今は整備室でアンブラのメンテナンスをしているわけだ。

 

「それで、実際に真正面から打ち合ってどう思ったのよ?」

 

ニヤニヤしながら煽ってくるティナには悪いが、ちょっとだけカチンと来ながらも作業に没頭した。

メンテナンスが終了した後には、大所帯になりつつあるメンバーと一緒に朝食に向かうことにした。

メンバーとしては、メルク、鈴、ティナ、簪、楯無さん、布仏姉妹、そこに更にラウラとシャルロット・アイリスだった。

なんでこんな大所帯になるんだか、そう思うが生徒会室を占拠しているメンバーがそのままこっちに来ているような状態だ。

とはいえ、テラス席に入れる人数には限りがあるので、相席するメンバーは実際にはその日その日によって違う。

 

「今日は…ミネストローネにするか!」

 

「アンタ本当にそのメニューが気に入ってるのね…」

 

俺が購入する食券を見ながらの鈴の言葉がそれだった。

ミネストローネは大好物だ、メルクも同じメニューにしているから、俺に対してだけ言える言葉ではないだろうとは思う。

 

「この学園でもこの料理を味わえるのは嬉しい限りだよ。

ヴェネツィアでもよく食べていたんだよな…」

 

メルクも母さんもこの料理を作るのを得意としていた。

俺も真似して作るときはあるが……何か一味足りないような気がしてならないんだよな…。

 

「そうですよね、私もシーフードも好みですけど、お兄さんと同じようにミネストローネが気に入ってます!」

 

思えば、俺がミネストローネを好物にしたのは、病院生活の中でのことだった。

意識不明の昏睡状態から回復はしたものの、内臓だの消化器官が弱っていたらしく、しばらくは流動食ばかりだった。

通常の食事が許可されたその日、病院のキッチンを借りて姉さんが作ってくれたのが始まりだった。

あの時の味への感動は今も忘れていない。

だからだろうな、大好物として俺の頭にインプットされたのは。

 

右隣に居る鈴の手の上のプレートには…チャーハンとかいうピラフに似た食事を選んでいるらしい。

朝食はガッツリと食べるようで、ISを使用する稼働訓練授業は誰よりも動いているイメージが染みついている。

実質、クラスメイトへの指導には誰よりも力を入れている。

 

「ラウラは…俺達と同じメニューか」

 

「うむ、味に興味を持ったのでな、物は試しだ」

 

元々ラウラは朝からステーキを頬張る毎日だったが、流石に卒業してくれたらしい。

それもタッグを組んでいたパートナーによる指導でもあったのか。

そこに関しては触れないでおこう、わざわざ鮫の群れに飛び込む程、俺は無謀ではない。

 

「テラス席にするのか?」

 

「ああ、海が見える席だからな」

 

実質、海が見える景色なんてそれこそ見飽きているほどだが、それでも気を損ねることはなかった。

港街育ちの人間の性だろうか、こういう所は。

しかし…

 

「釣りがしたい…」

 

苦節…と言うには短いか、たしか4ヶ月程、もう全然釣りをしてないんだよなぁ…。

こんなにも近くに海があるのに釣りが出来ないんだぞ、苦節なんて言ってられずに苦痛でしかないんだよ。

 

「釣り?」

 

「ああ、うん、ウェイル君ってば釣りが趣味らしいのよ」

 

「釣り竿だって何本も持ってますから。

この学園でも、許可をもらったうえで廃材を利用して釣り竿を作ってますから…」

 

「え!?そこまで!?」

 

そんな話を耳にしながらタブレット端末に視線を向ける。

そこには新聞部が発行した学園内の報道が記されている。

見出しのタイトルは『織斑教諭がVTシステムの開発に着手、愛機【暮桜】に内蔵させていた疑いが』『織斑教諭が学園より退去 本人からの依頼退職と判明』『織斑教諭 VTシステム開発・所持に関しては完全黙秘』だとかあの人のことばかりだな…。

こういうゴシップには、さして興味が向かない。

別の事に思考を向けよう。

 

釣り竿に関しては、ティナにとっては初めて聞いた話なのかもしれないな。

実際に作ってみた、オリジナルの釣り竿を。

この学園で出ている廃材で優良そうなものを使わせてもらっているが、やはり場所が場所なだけになかなかに優良な材質が転がっていたりする。

それらを集めて釣り竿を作り上げた。

実のところ、ヘキサさんやクロエに見せている。

次に会える機会があれば、あの二人にもプレゼントしよう。

 

「実践出来てはいないんだが、なかなかの銘竿(めいかん)だと思うぞ」

 

「自分で作ってここまで言うって、ねえメルクちゃん、君のお兄さんって一種の奇人じゃない?」

 

「そうでしょうか?ヴェネツィアでは他にも釣りに情熱を持つ人は沢山いましたから」

 

「むぅ…港街育ちはこんな人種が集うのか…?」

 

ラウラの言葉には流石に頭を抱えた。

 

「お前ら本人を前にして、なかなかに失礼なことを言ってるよな。

奇人変人だの好き放題言っているが、それは楯無さんの代名詞だろ」

 

「そのタイミングで私に流れ弾を当てるのはやめなさい!

そしてもっと言い方を考えて!」

 

あ、そういえば隣のテラス席に居たな、この人。

 

思考を切り替えよう。

故郷には釣りが好きな人は多く居るのは確かだ。

そういった人達に囲まれて生きていたからか、俺にとって釣りは生きる上で欠かせない生活の一環に入っているわけで、それができない日々は苦痛だ。

 

「はぁ…釣りがしたい…」

 

そんな堂々巡りである。

タッグトーナメントが中止となり、数少ない対戦でのレポートを各自作成するために数日間の休みがあてがわれた。

俺もメルクのサポートありきだが、ティナと一緒にレポート作成に勤しみ、週末の今日は丸々一日がオフ同然。

そんな日の朝から訓練をしていたが、こんな状態になってしまっているわけだ。

テラス席といえども、やはり入れる人数には限界がある。

俺が席に着けば、メルク、鈴、ティナ、ラウラも同じ席に入ってきた。

残りの生徒会メンバーは隣のテラス席に入っている。

 

「そうだ、まだ廃材が結構余っているから、みんなの分の釣り竿を作ろうか?」

 

「考えとくわ…」

 

ティナからは保留判断を下された。

え、なんで?

 

「釣りって私は経験した事が無いから…。

それにアメリカの内陸の出身だから使う機会もないのよ…」

 

「私も所属している基地周辺には魚を釣れるポイントの有無さえ知らんのでな…」

 

ううむ、この学園では釣りを起点とした交友を広げるのは難しいのか…?

これはこれで悔しい話だ。

釣りのブームは広げられそうにない。

プロイエットはほんの数日で学園全体にブームを広げられたのだが…ううむ、やはり悔しい。

 

「鈴はどうだ?釣りに興味はあるか?」

 

「私は…無いわけじゃないけど、あんまり向いてないかも」

 

よし、鈴のために銘竿(めいかん)を作ろう。

それこそカジキだって釣り上げられるような耐久性をもった竿を作り上げ、鈴にプレゼントしよう。

廃材はまだ余っているんだ、ロッド本体と、リールも作り上げる。

それと一緒に竿立ても作っておかないとな。

あ、疑似餌を使うのか、生餌を使うのか、それも聞き出しておかないとな。

だが電動リールだけは付けない、釣りの感覚を楽しんでもらうには、電動リールは不要だ。

 

「よし、やる気が出てきたぞ!」

 

「お兄さん…」

 

食事そっちのけで設計図を描こうとカバンからルーズリーフを広げ

 

ガギャァァァァッッッ!!!!

 

ペンを握った瞬間、真後ろから派手な音が俺の鼓膜を叩く。

 

「…痛っ!」

 

遅れて走る首の鈍痛。

隣に居るメルクが引き寄せてくれていたらしいが、それが無ければ…いや、それでも大丈夫そうだった。

だが、今は首の痛みなど気にしていられない。

見れば、楯無さんが立ちはだかるように俺に背中を向け、誰かが振り下ろしたであろう金属バットを槍で受け止めていた。

 

「まったく、毎度毎度面倒事ばかり起こしてくれるわね!」

 

「貴様…そこを退けぇっ!」

 

やはりと言うべきか、そこに居たのは篠ノ之だった。

だが、目付きが異常だ。

 

「お断りよ」

 

以前に比べ、さらに禍々しく俺の目には見えた。

そこには…明らかなまでに憎悪が見えた。

 

「は?…な、に…?」

 

ティナは驚きのあまりに声がまともに出てない。

鈴とラウラは…戦闘態勢に入っている。

 

「この…放火魔(・・・)がぁぁぁっっ!!」

 

再びバットが振り上げられる。

狙いは…また俺らしいが、繰り返し振り下ろされる金属バットを楯無さんが槍で受け止め続ける。

 

「こんの…!」

 

織斑は俺をテロリストに仕立て上げ、コイツは…理由こそ知らないが放火魔に仕立て上げようとしている。

なんでこうも冤罪で人を犯罪者として仕立て上げようとしているのか知らないが、そろそろ俺もやり返し…

 

ドゴォッ!

 

俺が槍を展開した瞬間には篠ノ之の側頭部に…見知らぬ上級生の上段回し蹴り蹴りが撃ち込まれていた。

鈍い音にもそうだが…事態の急激な変化に頭が追い付かない。

 

「死角からなんて卑怯な…!」

 

「五月蝿ぇんだよ、他人の得物を使って何やってンだテメェはよぉっ!」

 

金髪の女子生徒、しかも結構言葉使いが荒い。

どうやらあの金属バットの本来の持ち主……か?

振り回される金属バットを平然と避け、拳を篠ノ之の鳩尾に撃ち込む辺り、手加減なんかしていないようにも見えた。

 

「そこぉっ!」

 

楯無さんの手が横薙ぎに振るわれ、数本の黒いナイフらしきものが投げ放たれる。

 

ドカカカカッッ!

 

突き立ったは…織斑の足元だった。

左手が右手首に翳されて…まさか、こんな場所で機体や兵装を展開させるつもりだったのか…!?

コイツ等…!

 

「なんのつもりだ、お前…!」

 

そんな声が出ていた。

同じテラス席にはメルク達も居た、それだけでなくこの食堂には大勢の生徒達も集まっている。

そんな中で、こんな騒ぎを起こし、俺を犯罪者に仕立て上げようっていうのか…?

もうそろそろ俺も我慢の限界がきているのかもしれない。

 

練習用の槍を仕舞い、右手にウラガーノ、左手にクランを展開する。

 

「…お前が悪いんだぞ(・・・・・・・・)…!」

 

その言葉に額の傷が疼くのを感じる。

それどころか頭痛までしてくる始末だ…!

 

「俺が…何をしたっていうんだ…!」

 

返答など期待していない。

槍の切っ先で奴を串刺しにしてしまいたい。

その考えが頭を支配し、床を蹴っていた。

 

頭が怒りで煮えくり返る。

コイツ等は繰り返し、直接的に、間接的に危害を加えてきた。

姉さんをも侮辱した…!

その都度間に人が入って処分をしてもらった。

試合にもなり二度にわたって刻み付けた。

それでもコイツ等は…!

もうこれで何度目になるのかなんて数えるのも面倒だ…!

 

「やめなさい」

 

「…ッ!」

 

槍の穂先は…水の障壁で止められていた。

 

「なんで止めるんだ!」

 

こんな事が出来るのは、楯無さんしか居なかった。

肝心の張本人は、左手で俺の槍を防ぎ、右手に握る槍を織斑に向けていた。

 

「君の技術は、勝つためのものであったとしても、その手を血で汚すためのものではないはずよ」

 

流し目を向けながらそう諭してくる。

今更な綺麗事だ、だが、そんな言葉程度で…俺は…!

 

「武器を向けられたんだ、今でも」

 

「正当防衛、なんて言葉を吐ける立場だと思ってるかしら、織斑君?

この木偶(・・・・)がウェイル君に襲い掛かるのを理解して放置していたのに。

共同正犯(・・・・)という言葉は知っているわね?

いえ、知らなかったとしても言い訳はさせないわ」

 

「…ッ!」

 

どのみち、俺と奴の乱戦を起こすつもりは無さそうで、俺はやむなく槍を仕舞う。

 

「動くな」

 

ラウラが、アーミーナイフを篠ノ之の首に突きつけるのが視界の端に見えた。

この女、こんな状態になってもまだこっちに手出しをするつもりでいたらしい。

どんだけ俺に恨みを向けてきているんだよ…!

こっちはお前らのせいで迷惑を被り続けているというのに!

 

「なんで貴様らはコイツを庇うんだ!

コイツは!千冬さんを学園から追い出し!

あまつさえ!千冬さんと全輝の家を焼き払ったんだぞ!」

 

…は?

コイツが最初に俺を放火魔扱いしたのは、そんな事が起きてるからか?

今の今まで知らなかったな、というか完全に冤罪じゃねぇか。

 

「何それ、完全に八つ当たりじゃん」

 

鈴ですら一蹴している程だ。

まあ、それもそうだろう、俺はコイツ等の実家なんて場所も知らない、そもそも興味すら無い。

そもそも学園から離れてすらいないのに、どうやって放火なんてやるんだってーの。

そもそも動機も無い。

付け加えて言うと織斑教諭は本人からの依願退職だと聞き及んでいる。

 

「謂れもない無いことを言わないでください」

 

「全く、迷惑なんだよ、お前らは!」

 

知らず、声を荒げていた。

自分自身、どれだけ怒りや苛立ちをため込んでいたんだろうか。

 

「そうやって吠えてろよ、この犯罪者が」

 

「そうだ!全輝と千冬さんの家を焼き払うような犯罪者を裁いて何が悪いというんだ!」

 

テメェ等…!

両手にトゥルビネを展開、実弾を装填(・・・・・)させる。

 

もう限界だ………撃つ…!

 

プシュッ!

 

そんな中、唐突に空気の抜ける音がした。

 

「痛ッ!なんだよ、コレは…!」

 

織斑の右の二の腕に針のようなものが突き立ち、そこから細いワイヤーのようなものが伸びている。

そして

 

「グ…が…ッ!?」

 

痙攣し、倒れた。

 

「あれ、電気銃(フェイザー)ね」

 

ティナの呟きに、そのワイヤーが伸びる先へと視線を向けた。

 

「遅くなりました、怪我人は居ませんか?」

 

我らが担任、ティエル先生だった。

 

「ええ、怪我人は…」

 

見回してみるけれど、篠ノ之以外にコレと言って怪我人は居なさそうだった。

その篠ノ之もラウラと見知らぬ上級生に蹴り飛ばされたのか、気絶している様子。

 

「そう、なら良かったわ。

いえ、こんな事態に至ってしまった時点で……よろしくもなんともないわね。

それと、ウェイル君は銃を仕舞いなさい」

 

…不服だが従うことにした。

射殺してしまいたいと思いながらも、結果的には引鉄を引くことが出来なかった。

ああ、どう言い訳しようとも俺は戦士ではなく技術者で在り続けようとしていたのかもしれない。

なら、俺が抱えた怒りは…!

 

「お兄さん、気持ちを抑えてください」

 

「ああ、判ってる…!」

 

背中に触れるメルクの手に、気持ちが落ち着いてくる。

深く、深く深呼吸を繰り返すこと3回、ようやく気分もよくなってきた。

 

「ティエル先生、いくつか確認したいことがあります」

 

「ええ、昼休みにでも話しましょう。

もう隠す事も出来ないでしょうからね」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

とんだ失態だったと思う。

こんな事態に陥ってしまった。

私もダリルちゃんも『間に合った』などと言い訳をするつもりは無い。

織斑先生…いえ、あの人が居なくなりさえすればあの二人は当面おとなしくなるものだろうと思っていた。

だけど、制御なんて最初から出来なかったのだから、かろうじてリードを握っている人がいなくなれば暴走に至る可能性を甘く見ていたかもしれない。

 

「はい、差し入れよ」

 

「あ、はい、どうも」

 

朝食を完全に食べ損ねたウェイル君に差し入れを持っていく。

とは言っても、購買で売っているビスケットくらい。

あの時、あの木偶が振り回すバットは机の上を薙ぎ払い、そこに並んでいた料理も食器も散乱してしまった。

そのせいで、あのテラス席にいた人たちは全員朝食を食べ損ねてしまっている。

中でもウェイル君は大好物のミネストローネを台無しにされたんだから、ストレスが爆発寸前に突入している。

整備室で作業の間を縫って簡単な食事なんて用意できないし、こんなものでも無いよりはマシだろうとは思う。

イライラしている時には甘いものを口にして少しでもストレスを和らげてもらいたい。

鈴ちゃん、メルクちゃんも普段以上にピリピリしているし、もうちょっと気配りをしないとね。

とはいえ、一人になるのも、二人きりにさせるのも嫌なのか、整備室からは頑なに出ようとしないらしい。

 

「ウェイル君大丈夫~?」

 

「ああ、大丈夫だよ。

心配かけてすまない」

 

私が心配しているのはウェイル君だけでなく、その周囲の反応もそうだった。

食堂ではウェイル君は『放火魔』だの『犯罪者』などと罵倒されていた。

その言葉で周囲が冷たくなったりしていないかの危惧もしていたけど、大丈夫そうだった。

整備室で午前中を過ごしているウェイル君に気遣ってクラスメイトが顔を見せに来ているくらいだったから。

ちょっと安心できた、だけど油断なんてしていられない。

 

「で、あの連中はどうなったの?」

 

鈴ちゃんが鋭い視線を向けてくるのが少し辛い。

 

「織斑くんは謹慎半年、もう一人は無期限謹慎処分となったわ」

 

「それで、当面脅威の排除が出来る、とでも?」

 

メルクちゃんの指摘は確かに核心を突いていた。

十中八九、日本政府が干渉してくる。

既にイタリア政府からの抗議文が届いていたにも拘らず、二人への処罰をまた軽くしてくるでしょうね。

 

「保証は何も出来ないわ、悔しいけどね。

謹慎処分というのは建前ね、正式な処分を下すまでの仮の処置よ」

 

織斑千冬への対処に関してもすでに画策が始まっているのは暗部側でも察知していた。

忌々しいけれど、私たち暗部でも始末を負えない。

どいつもこいつも好き勝手にして…!

 

「なら、コレで終わりってことじゃないのかよ…!」

 

ウェイル君も本気で頭を抱えていた。

私だって頭が痛いわよ!

 

ウェイル君に差し入れをしながらも、多めに購入しておいたビスケットを行儀悪く一枚丸々口の中に放り込んだ。

 

アレでかつては神童と呼ばれていたようだったけれど、その化けの皮が剥がれている。

今回は特に悪質だ。

 

「でも、安心出来る要素は在るわ。

先にも言ったけれど、謹慎処分は『建前』よ、正式な処分を伝えるまで部屋の外には出さないということよ。

そして、正式な処分をいつ与えるか(・・・・・・)は未定にしてあるから」

 

なので、謹慎をいつまで与えるかは学園側の裁量次第。

これで自由を奪った事になるけれど…。

千冬さんがこの学園から排除されたことすらもウェイル君の画策であると謂れもない罪を着せようとした。

あの場でウェイル君を叩きのめす事が出来なかったとしても『放火魔』『犯罪者』のレッテルを貼り付け、孤立させようとしていた。

他者の気持ちを利用して、他人を動かし、自らは動く事も無く、自身の目的を達成しようとする、悪質な愉快犯。

それが彼の正体だ。

まったく、姉弟揃って…いえ、篠ノ之 箒も含めて厄介だわ。

人災(・・)とは上手いことを言ったものだわ。

 

「それじゃあ、昼休みだけど…生徒会室でお話ししましょうか。

それまで空腹なのは我慢して頂戴ね」

 

「あー、はい、わかってますよ。」

 

30分毎に休憩を入れながらも何を作っているのかと思えば…。

 

「コレ、釣り竿よね?」

 

「ええ、そうですよ。

鈴とメルクの釣り竿を作っているんです」

 

…廃材で釣り竿?

器用だこと、というかなんでそんなものを作っているんだか。

というか、どこで使う予定なのよ?

 

「鈴さんが釣りに少しだけ興味を持っていると知ったら、急に作り始めて…」

 

「ロッドだけでなく、リールも作るって…しかも私たちの手のサイズに合わせるっていうから断りづらいのよ…」

 

へんな気遣いしちゃって…。

それだけでなく、コンパクトにできる収納機能も搭載させているわね…。

君にそんな技術を持たせたのは誰…?

 

「でも学園の周辺に釣りのスポットが無いってのは辛い話だよな…」

 

「君にとっては釣りはライフワークなの?」

 

「勿論」

 

別の意味で頭が痛くなった。

そう、なら良いことを教えてあげましょうか。

彼の抱えるストレスが少しでも解消されることを願って、ね。

 

「来月、1年生には『臨海学校』が予定されているわ」

 

「『臨海学校』?なんですかソレ?」

 

ウェイル君が疑問を返してくる。

うんうん、いい反応ね、そういう無垢な反応をお姉さん待っていたわ。

 

「海の間近にある旅館に宿泊しながら過ごす3泊4日のツアーみたいなものよ。

勿論海水浴だって予定されているから、水着姿の女の子と一緒にイチャ…フキャァッ!?」

 

一瞬、それも一瞬で私はウェイル君に両肩をつかまれていた。

え!?もしかして整備室だなんて色気の欠片も無い所で、そんなピンクな雰囲気に!?

いや、せめて部屋にまでエスコートしてほしい…。

あ、それともまさか…今の話で私の水着姿に期待されてるとか!?

そう、それならそうと…また私がビキニでも用意して…

 

「釣りのスポットは在りますか?」

 

…………白けた。

なぁに、この子、私の水着姿よりも釣りスポットのほうに期待してたの?

こんな間近にまで迫ってきておきながら、そっちが重要なの?

なんかガッカリ…。

後ろに控えていた鈴ちゃんとメルクちゃんが苦笑いしてるわよ…。

 

「ええ、多分ね…」

 

ガッツポーズをしてまで喜ぶウェイル君に…呆れるしかなかった。




ちょこっとだけダリルも登場しました。
バットを持っていたのは、この後にソフトボールの部活動が控えていたから、という設定です。


スパーダ・クィント
73歳 誕生日 7月3日
ウェイルとメルクが釣りで知り合った気のいいご近所さんのシルバーエイジの老爺。
ウェイルとメルクの二人を孫のように可愛がっている。
また、ウェイルに海釣り用極太ロッドをプレゼントした張本人。
だが、その実はイタリア暗部の長官。
いわば国の闇の中枢の人物。

体は老いに逆らえなかったが、その深く鋭い思考能力と眼光は衰えていない。
GW直前、傾いたガチョウのデフォルメ絵が記された手紙でプッツン状態に。
ヘキサを始めとした独自の情報網から、ウェイル達の現状を詳細共々知り、徹底的に裏付けまで完了させている。
怒りのあまりに不気味な笑い声をあげたことで、暗部のメンバーを恐怖に震え上がらせた。
ヘキサに指示を出し、暗躍を始めており、GW直後から空港、飛行機、日本到着後の護衛も派遣していた。
学園内部にまでは侵入出来ない為、かなりヤキモキしているらしい。
後日、新たに増援として、暗躍、潜入、変装、偽装工作に特化した精鋭たる暗部メンバーを日本に送り込んだ。
送り込む際にも、アメリカ、シンガポール、ニュージーランド、中国など様々な方向から向かわせる事で気付かれにくくしていた。
だが増援のメンバーが、送り込まれた先の空港でスパルタクスのメンバーの一人と偶々接触。
目的とターゲットと利害の一致から合同で共同作戦行動を開始することとなった。
その始まりの狼煙が織斑邸全焼事件だった。
これも束の計画だが、彼等の誰も気付いていない。

複数のルートからの侵入しての潜入した事で、日本暗部には未だに行動を悟られていない。


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第79話 言風 隠していた

ゼヴェル・オーリア
作中に於ける現ローマ法王
大らかな人物であり、心優しい人物。
ウェイルやメルク相手には親戚の叔父さんのように振舞う。
結構な御年であり、孫から贈られてくるビデオレターを見るのがここ数年の楽しみの一つ。
セカンドハウスで過ごしていた最中に、機材が故障し、大慌てになったが、ウェイルの噂を聞きつけ、ダメ元で依頼した。
完璧に修復され、再びビデオレターを楽しめるようになり、大変喜んでいたらしい。
釣りもまた趣味の一つ。
その為、多少過保護になりつつある。

プライベートでは『カイル・ゼヴェル』と名乗っており、ウェイル達もそれを本名と思い込んでいる。
一度だけだが『法王猊下と似ている』と言われたが、「よく言われるんだよ」と背筋に汗を流しつつ苦笑しながら誤魔化しており、ウェイル達はその言葉をも信じ込んでいる。

なお、首相であるガルス・ドミートとは幼馴染の関係。


皆の分の釣り竿も仕上げた頃合いには、ティエル先生から指定された時間になっており、生徒会室へ移動することになった。

呼び出されたのは俺一人の筈だったのだが、当然の如くメルクも一緒だ。

そこになぜか「同伴する義務が在ります」と言わんばかりの態度でティナ、鈴も同行してきていた。

 

「失礼します」

 

そう言って開いた扉の先には…楯無さん、虚さん、簪、1組の布仏女史も集っていた。

…なんで居るの?と問いたいところではあるが、彼女らは生徒会所属のメンバーだろうから居るのは仕方ない。

そしてその奥には…ティエル先生と学園長も居た、暢気に茶を啜っているように見える。

 

「ウェイル君とメルクちゃん…だけじゃないみたいだけど、まあ良いわ、全員座って。

椅子の数には余裕もあるから大丈夫でしょ」

 

そうはいってもパイプ椅子なわけだが。

言われるがままに座れば、即座に虚さんが紅茶を淹れてくれた。

うん、いい香りだ。

 

「さて、ハース君にとっては『暫く振り』と言っておきましょう。

当学園の学園長を務める轡木です」

 

「えっと…イタリア国営企業FIAT企業所属のウェイル・ハースです。」

 

「イタリア国家代表候補生、メルク・ハースです。

今回、詳しい話をしていただけると訊きましたが…?」

 

学園長はお茶を飲みつつ視線を俺に向けてきた。

俺自身、背筋が強張ってきた気がした。

こういう視線にはどうにも慣れない。

 

「織斑君と篠ノ之さん、そして織斑千冬の三人には、君達兄妹に対し『接触・干渉禁止』の命令を出していました。

この事は…おそらくご存じでしょう?」

 

まあ、それに関してはトーナメントの暫く前、教室で大騒ぎしていた篠ノ之の喚き声が廊下の向こう側から響いてきていたからな。

楯無さんが「任せなさい」と言っていた直後の事だったから何かしら刺激していたんだろう。

それからすぐに謹慎処分になっていた筈だというのに、即座に復帰してきていて変な感じがしていた。

そのことを思い出し、俺は学園長に対して頷いて返した。

メルクも同じ反応をしている。

鈴とティナは…2組所属だから俺達よりも、よりハッキリと聞こえていた筈だ。

 

「それは、まあ…。

けどあの二人、そういった指示を出されていたにも拘らず無視して干渉してきていましたが…?」

 

最初は食堂で食事を台無しにされ、そこからも幾度も手出しをされている。

クラス対抗戦の際にテロリストが襲撃を仕掛けてきた際には俺のフルネームを開示し、国際問題にもなっていたはずだ。

その問題は今になっても解決出来ていなかった筈だ。

学年別タッグマッチトーナメント前は俺が爆破テロを画策している危険人物扱いしようとして無実の罪を着せられ、噂が学園全体に拡がった。

それが更には先日のトーナメント戦でも、VTシステムとやりあう際に、俺が切り刻まれて殺されるのを楽しんでいるかのような言い草だった。

アンブラにその会話データも残っているから後で提出しておいたが、それも考慮してくれているのだと思っておこう。

 

最後は今日の朝食時だ。

織斑教諭が解雇された件、実家が火事で焼き尽くされた件、その両方を俺の仕業だと言いがかりをつけ、『テロリスト』『放火魔』などの謂れも無いデタラメを言われるハメになってしまった。

しかも、大勢の生徒が集まっている朝の食堂でだ。

疑いの目を向けているものは殆ど居ない…と思いたい、切実に。

…酷く迷惑だけどさ。

 

「思い返してみれば散々だな…」

 

「その点に関しては心中お察しします」

 

「私達は彼らに何か手出しをした覚えとかは在りませんが、なぜこうも私達が被害を受けることになるんですか?」

 

言いたいことはメルクが切り返してくれた。

正直、俺も疑問に思っていた。

俺達が自ら手出しをした試しは無い。

試合でアイツのISを切り刻むくらいはしたけどさ、それもあくまで試合の結果でしかないだろう?

いや、八つ当たりを含めていたのは…否定できないけどさ。

 

「それが彼の本性だからよ」

 

言葉を返したのは楯無さんだった。

こっちはこっちで頭を抱えている、何か苦労する点もあるのだろう、同情はするが、それ以上は踏み込まないでおこう。

 

「先日、メルクちゃんが千冬さんに対してしていた評価を覚えているかしら?

『他者の気持ちを利用し、他者を動かし、自らは動く事も無く、自身の目的を達成する』、それは千冬さんだけでなく、織斑全輝君も同じ行動理念なのよ」

 

「そうやって追い詰められた人間は結構居るものよ。

私もその被害者の一人ってわけ」

 

鈴も被害を受けていたのか…。

相手は誰でもいいとかそんな感じか?

無差別だろうと相手を選んでいようと迷惑なことこの上ないけどさ。

そして俺もメルクも狙われる理由が全く見当たらない、初対面だろうと背後から頭を木刀で殴ろうとするなんざ正気の沙汰ではないことだけは理解出来ている。

 

「…あれはまさか日本人特有のコミュニケーションか?

根本的に戦闘民族なのか…?」

 

そう思ってしまうのも無理もない予感が脳裏によぎる。

 

「そんな訳が無いでしょう」

 

鈴に頬を抓られた、そんなに痛くないのは手加減をしてくれている証拠だと思っておこう。

 

「更識君」

 

「はい。

さてウェイル君、彼が君達に対して、そして鈴ちゃんにも危害を加えていた理由だけれど、有り体に言えば『気に入らない』からよ」

 

「…はぁ?」

 

これはティナの呆れ声だった。

詳しく知っておかなければ誰だって同じ反応をしただろう。

そこで楯無さんが、ファイルから一枚の用紙を取り出した。

記されているのは…見覚えも無い人物が何人もリストアップされていた。

 

「一学期の間に私としても彼の素行調査をしておいたのよ。

ここにリストアップされた人物達は、彼によって追い詰められた人達よ」

 

俺もメルクも記された人物をざっと斜めに見ていく。

俺達と同年代の人物ばかりだな。

 

「色々と調べてみた結果、最近のウェイル君と同じように謂れも無い誹謗中傷に、無実の罪を着せられ、在りもしない噂を流布され、進学先にまで噂を知られ、塞ぎ込んでいる人物ばかりだったわ」

 

あの野郎…他人の将来を潰して平然としてやがるのか。

しかもその動機が『気に入らない』からってのは外道じゃねぇか…。

そんな人を掃いて捨てる程に出しているようだった。

 

「で、今は俺かよ…しかも篠ノ之の奴はテロリストに俺の名前を開示しやがって、何考えてんだ…?」

 

「篠ノ之さんですが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな返答を返してきたのは虚さんだった。

 

また碌でもないことを聞いてしまった。

 

何も考えていないって獣同然だろうに…。

見ろ、俺の両隣のメルクも鈴も呆れているぞ。

多分、頭上でティナも絶句しているようだった。

そして俺も呆れている、だから頭の上に感じる水風船のような感触は無視だ無視。

 

「今度はこちらのリストを見てねぇ~」

 

虚さんが先程のリストを一瞬で片付け、布仏女史が新たなリストを拡げていく。

ただ、ページがグチャグチャになってるが…。

一先ず、俺も手伝って、リストのページを直していく。

うん、これで見えやすくなったぞ。

改めて、リストを再度ざっと斜めに見ていく、これまた年齢は同年代だが、先ほどのリストに比べれば、人数が多い。

 

「これは篠ノ之さんから『暴行を受けた』人物のリストになります。

そのすべてが『喧嘩』や『諍い』で済む話ではなく…その全てが『将来を絶たれて』います」

 

「………はぁ?」

 

またもやとんでもない話になってきたぞ、オイ。

もう一度リストアップされた人物の詳しい状態を見てみる。

大阪府にて、野球のピッチャーを務めていた少年は肩を壊されて野球人生を絶たれる。

北海道にて、弓術少女は眼球破裂により失明し、弓道を断絶。

鹿児島県にて、バイオリニスト少年は手首を壊され、弓を持てなくなった。

山梨県にて、サッカー少年は膝を壊され、グラウンドを去った。

香川県にて、陸上少年はアキレス腱を壊され、もう二度と走れない体に。

千葉県にて、コーラス部の少女は、声帯を潰され、もう二度と声が出なくなった。

三重県にて、ボクシング少年は、下半身不随になりリングから降ろされた。

新潟県にて、新体操少女は腰の骨と骨盤を粉砕骨折させられステージから去った。

その全てが篠ノ之の暴行によるものだ。

殆どが、相手の生涯や目標にとって、致命的に至るような部位ばかりを狙って攻撃しているようにも見受けられる。

なんというか…もう確信犯に思えてならないな。

書類には続きの文面がある。

 

えっと、なになに…?

『背後から攻撃を当てて転倒させてから、木刀を振り下ろした』と記されてるな。

要は、背後から奇襲をして動けなくなったところで、攻撃をしたってことか?

陰険な奴だな。

だが思い返してみれば、俺もそんな形で奴に襲われたんだった。

どうやらそれがアイツの攻撃パターンか。

俺の場合は、脳天に木刀、脳天に金属バットだったが、初手から殺す気だとしか思えない。

それでいながらあの平然とした態度?

どう考えたところで刑務所にでも放り込んでおくべき案件の山じゃないか。

 

「ですが、篠ノ之さんに関しては、身内の人物が問題になっています」

 

「篠ノ之 束博士、ですね」

 

これは流石に俺だって名前は知っている。

参考書を何度も読み返しているからな。

そんな人物が身内か、で?

 

「その篠ノ之博士の何が問題なんですか?」

 

「篠ノ之博士っていうのは気まぐれな人物なのよ。

それに作り出す技術は殆どがオーバーテクノロジー同然よ」

 

答えを返してきたのはティナだった。

 

「そんな現代のオーパーツ、ISの創始者でもある人物が力にものを言わせて仕返しなんてしたら、そうなったらどう思う?」

 

「それは…」

 

オーバーテクノロジーで作り上げられた技術によって侵攻なんてされたら、それこそ成す術など無いかもしれない。

 

「日本政府が恐れているのはその点よ」

 

ティエル先生が重く口を開いた。

 

「どこかで聞いているかもしれないけれど…、篠ノ之はこの学園に正式な試験を潜り抜けて入学してきたわけではないわ。

日本政府が無理やりねじ込んできての…悪く言えば裏口入学ね」

 

「はいコレ」

 

言ってる隣から布仏女史が俺に無理矢理手渡してきたのは…わぁお、篠ノ之の成績一覧だ。

俺も劣等生であることを自負しており、人のことを言えた義理ではないが…篠ノ之は理数系、技術系は壊滅的な成績をしている。

だからと言って得意分野の科目が…在るわけでもなさそうだな、強いて言えば体育系だけらしい。

学園編入直後の実力テスト、GW終了後の中間テスト、6月の確認テストその全てが赤点だらけ、総合成績はというとワースト1だ。

って、こんなものを他人に見せても良いのかよ…?

 

「どう見ても受験した学生とは思えないわね」

 

「ウェイルを下回った成績の劣等生じゃん」

 

「この学園生徒の枠を一つ無駄に消費しているわね」

 

俺の左右と頭上からも酷い言い草が拡がっている。

だが俺としても返す言葉なんて無かった、そもそも庇う義理も無い。

落第しても当然の成績だと思う。

それが編入…じゃなかった、裏口入学してから今まで続いているらしい。

 

「それで、この成績と篠ノ之さんの過去の経緯も含め、日本政府は篠ノ之さん織斑君に対しての処罰の軽減を図り続けています」

 

「このIS学園で国際問題を起こし続けている点もまさか…?」

 

「察しているでしょうけど…『篠ノ之博士による報復を避ける為』、その言葉で他国を黙らせているわ。

それでいながら対策も何もせずに、ね」

 

早い話が『放置』という問題の先送りか。

俺でもわかるような問題からの回避方法って…。

 

「それで、今までに篠ノ之博士の報復ってあったのお姉ちゃん?」

 

簪もリストを見て思ったことを言い始めた。

思えば更識の家は暗部に通じていたとか言っていたし簪も鋭い点に気付いていたみたいだな。

 

「いいえ、ただの一度も無いわ」

 

「『懲罰を軽減することで、報復を避けられた』、そのお題目が今まで通ってきた。

確か以前にそう言ってましたっけ」

 

俺の一言に楯無さんが頷いた、それも溜息をつきながら。

そりゃあ頭も痛くなるだろう、何かやらかすたびに懲罰を押し付けても、そのお題目一つで懲罰など殆ど役目も成さない状態で野放しになっているんだから。

他者に危害を与え続けることが判明している犯人を捕らえても、無罪放免の扱いと同様にして街の中に放り出されているのとそう変わらないだろう。

 

「警察のお世話になったとかも中には在ったわ。

そこでも暴れて怪我人多数、果てには通報された報復に夜道で襲撃して相手を失明させた、なんて報告も挙がってきているわ。

やってることが悪質なマフィアだな、とか思わないかしらウェイル君?」

 

「そこで俺に同意を求めないでくださいよ、マフィアなんて身近に要るような存在じゃないんですから返答しようが無いですよ」

 

マフィアとはいっても、俺は言葉を耳にしたことがあるだけで、身近にそんな人物なんて一人も居なかったからな。

ボランティア団体の団長さんなら身近に居たけど。

釣り場で会ったガリガさん、元気にしてるかなぁ、ボランティア団体を率いるとか大変そうだよなぁ…。

 

「尤も、彼女が狙っていた人物とは別人を誤って襲い、病院送りにした、障害者にしたという話も珍しくないわ。

それも含めて怪我人は少なくとも50名を越えているわ」

 

悪質な通り魔だな。

 

「けれど篠ノ之博士の名をお題目にし続けたのが原因で、彼女は懲罰も収監も出来ずに日本全国を津々浦々と転々としていたのよ」

 

「それで行った先でも問題行動起こし続けている、そういうわけですか?」

 

俺の疑問に対しては学園長が頷いた。

もはや人の姿をした災害か何かだろう、到底マトモな人間ではない。

アイツも他人を人間として見ているのか怪しいけどさ。

 

「そして、その二人の素行を早々に調査した国がありました」

 

「へぇ、凄い調査力を持った国があったもんですねぇ」

 

白けた視線が前方からいくつも俺に突き刺さってくる。

アレ?

俺何か変なことを言ったかなぁ?

メルクに視線を向けるも、首を傾げるばかり。

 

「どうやら君達は本当に何も知らないようだね」

 

学園長が懐疑的な目を向けてくるが………?

はて?

再度考えるが、どうにも思いつかない。

 

「…それが、イタリアよ。

君が編入してくるよりも前に、このような文書が送られてきたのよ」

 

ティエル先生が懐からUSBを取り出し、モニターに展開してくる。

そこには…

 

「…は?何、コレ?」

 

もう今日だけで何度目の驚愕の声だか自分でも判らない。

イタリアの首相とバチカンの法王猊下の直筆のサインが記された文書だった。

そこには、織斑と篠ノ之の二人、そして織斑教諭からの接触・干渉を禁止させるように命じたものが記されている。

俺もメルクも、首相や法王猊下とは面識も無いんですよ?

なのになんでこんな凄い人達がバックアップめいたことをしてくれているんですか?

しかも最後の方には、『(たが)えた際には報復を執り行う』とか物騒な言葉まで記されている。

 

「……織斑教諭はイタリアに何をしでかしたんですか?」

 

…メルクの声と視線が冷たくなった。

まあ、そうなるよなぁ…。

俺が編入してくるよりも前に『報復』なんて物騒な言葉を記していた以上、事前に織斑教諭がイタリア本国に何かをしでかしていたのではないかと疑いを向けるのは当然だ。

 

「それに関してはこの文書よりも俺とて気になるんですけど。

俺からも問いたい、あの人はイタリアに何をしていたんですか?」

 

「それに関しては…本人は最後まで口を噤んでいました」

 

少なくとも黙秘し続けるような何かをしていた事にはなりそうだな。

そして黙秘したまま立ち去った、と。

 

「少なくとも、我々はこの要求全てを快諾、織斑君達と君達のクラスは別々にし、接触・干渉禁止を命じましたが…」

 

「命令を聞かなかったのは間違いなく彼等の非ね。

絡め手まで使ってくるほどの悪質性、更には大勢の前であろうと暴行を振るう幼稚さ。

更には、目的の為には、どれだけ多くの人を巻き込んでも構わないという狡猾さ、こっちとしても頭痛が絶えないわ。

日本政府も『学園内の問題』『国際問題』よりも『篠ノ之博士の報復』を恐れてこちらが下した処罰内容に干渉してくる始末だからね…」

 

「けど、未だイタリアからは報復がなされたという動きは認められていないのよ。

少なくとも、今回の織斑先生の自宅の全焼がソレかと思ったけど…」

 

ティエル先生の言葉にメルクの視線がより一層冷たくなる。

失言だろうなとは思う、我が国がそんな姑息な事をするわけないだろうとの言葉が視線に混じっている。

少なくとも、これからイタリア本国は国際問題を引き起こす学園側に糾弾くらいはするだろうなとはボンヤリと考える。

 

「ごめんなさい、失言だったわ」

 

先生達には同情しておく、中では問題が立て続けに起こり続け、外からは干渉され、国境の外からは糾弾され、本当にご苦労様です。

気のせいか、目の下に隈が見える気がした。

 

「君達兄妹がこの書面の存在も知らなかった事は…更識さんからは聞かされていたけれど、真実だったみたいね」

 

「そりゃ勿論、首相や法王猊下とは簡単に会えるような人じゃありませんし」

 

けどゼヴェルさんといえば、レコーダーの修理を頼まれた人とは同じ名前だったよなぁ、たぶん偶然だろう。

似た名前の人だって少なからず居るだろうから、気にするような問題では無いはずだ。

イタリアが報復措置に何をしでかすのかは…考えるのも恐ろしいな。

 

「では改めて、織斑全輝君はその悪質さにより『自室での謹慎6カ月』とし、篠ノ之箒さんは同じく『自室で無期限謹慎』。

ですが、コレは仮決定であり、後々に正式な懲罰を決めていきます。

まず手始めの懲罰として毎日反省文50枚提出を命じます」

 

絶対進級出来ないな、むしろ無期限謹慎って学園側からの退学処分が出来ないから、自主退学を促すためのものかも。

それであの連中の顔を見ずに済むのなら良いけどさ。

しかも今回の謹慎処分はまだ仮決定だ、本決定になれば謹慎に追加しての懲罰が課されるらしい。

 

「学園の中であれば、優等生も居れば、劣等生も出てしまうのは致し方ありません。

個人によって得意分野、逆に苦手分野が違っているのですからな。

ですが、教育者とはそれを把握し、伸ばしていくものであると考えています。

見て見ぬ振り、問題の先送り、事なかれ主義とは問題の放置をしているのと同義です。

今回織斑先生には数々の疑いが生じており、もはや我々としても擁護できるものではありませんでした。

家が火事によって失われたようですが…」

 

「暗部から報告が入っています。

現在は警察に逮捕されるよりも前に、日本政府によって身柄を保護されていると」

 

うわぁ、悲惨だな…。

帰る場所が無いって…この先どうするんだか…。

まぁ、それに関しては俺が出る幕も無いな、我関せずが一番良いだろう、そうしよう。

 

「それでは今日はコレで解散としましょう」

 

学園長がその言葉を最後に、湯呑に残ったお茶を一気に飲み干し解散となった。

 

「あ、色々と情報が錯綜していたけれど、来月には期末考査があるから頑張りなさいね」

 

テストは嫌です、とまでは言わないでおこう。

期末考査の分だけでなく、余分な課題が追加で出されてしまう気がした。

なので

 

「…はい…」

 

それが最良な返答だったと思っておこう。

 

 

会議が終わり整備室に戻るが…情報で頭がパンクしそうだった。

篠ノ之が巻き起こし続ける問題行動にその隠滅、織斑が『気に入らないから』というフザけた理由で他人を排除しようとする非道。

それが奴らの本性だというのだから、奴らを排除するまで問題は無くならないだろう。

俺としては回避し続けたいというか、絶対に関わりたくない。

連中は自室謹慎となり、織斑教諭は学園から自ら去ったらしいから当面は大丈夫だとは思うんだが…問題は日本政府がどう干渉してくるか、か。

 

「はぁ、頭がおかしくなりそうだ…こういう時には…」

 

部屋に置いているあれを思い出す。

 

「メルク、アリーナに行くぞ」

 

「どうしました?」

 

「気分転換、プロイエットを使おう」

 

「はい!!」

 

走って気分を改めよう!

 

そういって俺達は部屋へと向かって歩き始めた。

これまた当然と言わんばかりに鈴とティナも一緒に。

それを横目に確認しながら思う。

 

俺を誰だと思ってるんだか。

吹けば飛ぶような小市民、どこにでもいるような小市民で、勤労学生に過ぎないんだぞ。

そんな俺が、マフィアも法王猊下も知り合うなんて絶対に無理だっての。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

会議が終わった後、私は生徒会室に残っていた。

暗部から届いた情報としては、千冬さんは警察に逮捕されるよりも前に日本政府に身柄を保護されている。

国際問題が山積みになっているというのに、よりにもよって政府による保護を受けているのが不思議でならなかった。

 

「…誰かの手が確実に巡ってきているわね」

 

あまりにも早く、そして確実に。

我々暗部の目でも触れることができない形で侵食してきている。

 

「『火災保険』もデータが抹消され、保険金も下りない。

それどころか、不審な国外への出金(・・・・・・・・・)もしている、しかも銀行には千冬さんが引き出しと送金をしている姿が監視カメラに収められている…?

いったい何がどうなっているの…?」

 

私が見ているのは、先程の会議では敢えて出さなかったデータだった。

そのいずれもが会議に挙がっていた千冬さんの末路。

今年に入ってから何かと不運と不幸に見舞われ続けていた彼女だけれど、学園から追い出された直後も不可思議でならなかった。

カードは止められ、自宅の保険もデータが抹消されて保険にも頼れない。

不思議でならないのは、銀行の監視カメラに写っていた彼女の姿だった。

 

「…学園長に追加で報告しなくてはならないわね」




グラディウス
イタリア製第一世代型兵装
テンペスタに搭載された両刃の長剣型兵装。
古い時代、コロッセオにおいて戦いを続けていたとされる剣闘士達が使用していたとされる剣をモデルにして作られたとされる。
その為、肉厚で重量があり、勢い任せにふるう形で搭乗者たちに使用されていた。
ウェイル・ハースが考案したウラガーノの実装配備により今では旧世代の型落ち兵装として扱われ、使用している搭乗者は殆ど居ない。

これを改良し、刀身を伸ばし、片刃にしたものが後のクラウディウスとなっている。
黄昏をイメージしたカラーリングとのことで、刀身は紅蓮に染まりながらも、柄には黄金の装飾が施された。
その試作品である『クラウディウス・シルヴァー』は白銀色に染まっており、後輩であるヘキサに手渡されたといわれているが、ヘキサもウラガーノを愛用しているので最近では出番がない。
その為、メルクに受け継がれているが、メルクもミーティオに搭載されているレーザーブレードを使っているため、使用頻度がほぼ無い。


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嵐影 テンペスタ・アンブラ

本編はもう少し待ってください。


機体銘

テンペスタⅢ建造用試作機

 

通称

テンペスタ・アンブラ

 

搭乗者

ウェイル・ハース

 

所属企業

イタリア国営企業FIAT

 

コアナンバー

『444 The Hearts』

 

世代

第2.5世代機

 

当機体は、イタリア製第三世代型1号機、『テンペスタ・ミーティオ』建造のために使用された試作機となっていた。

男性搭乗者としての素質の所持者としてウェイル・ハースが発見されたため、護身用、並びにデータ集積用の機体が急遽必要となったが、新しい機体建造の予算や筐体が間に合わなかったため、試作機を搭乗機として使用することになった。

なお、『テンペスタ・アンブラ』と命名したのはウェイル・ハースだが、企業で使用されている名称は上記のものであり、機体につけられたニックネームのようなものとされている。

スペックとしては第二世代機である『テンペスタⅡ』と遜色ないが、『テンペスタⅢ』の試作機ということで、該当世代を都合上『第2.5世代』としている。

なお、機体の各パラメーターに関してはウェイル・ハース当人によって数値調整が施されている。

また、機体の反応速度が本人のそれと齟齬が生じているということもあり、機体の動作に対してはフルマニュアル操作に切り替えられている。

セミオートアシストなどのサポートを一切使用していない。

また、頭部パーツにしても本人は『風圧で眼鏡が飛ばないようにしたい』『傷跡を隠したい』ということで頭部の上半分を覆うバイザー型に切り替えている。

機体は暗い紫の装甲に変更されたがこれに関しても本人の希望だった。

『目立つのは姉さんと妹の仕事、俺は本来は裏方専門だからな』とは本人の談。

だが実際には整備室の片隅でウェイルが

(ミーティオ)が出るよりも少し前、黄昏(姉さん)の色に染まる(ヴェネツィア)に生じる(アンブラ)の色』と呟くのをヘキサが聞いてしまったとのこと。

本人の心象が露見するのを防ぐ為にも、頭部パーツと機体装甲色の点については社外秘とする。

 

 

兵装

 

3点バースト式アサルトライフル『トゥルビネ』

『突風』の銘を冠した長銃。

軽量、使い勝手、メンテナンスの容易さもあり、多くの搭乗者に愛用されている。

セミオート式、フルオート式の2種類があり、ウェイルはフルオート式を愛用している。

安全装置付近のトリガーで、単発射撃に切り替えることも可能。

『試作型カリギュラ弾』の射撃の反動で銃身が破損したこともあり、今後は更に改良が必要と思われる。

なお、ウラガーノ開発、実装、配備に伴い、型落ちとなった。

 

 

フルオート式サブマシンガン『ネロ』

古代ローマ5代目皇帝の銘を関した銃。

これも連射性能が非常によく、多くの搭乗者に愛用されているが、ウェイルはトゥルビネを愛用しているため、こちらには愛着がない様子。

そのため本国に於ける稼働訓練後、アンブラからは登録が解除されている。

こちらもまた、ウラガーノ開発、実装、配備に伴い型落ちとなっている。

 

 

脚部クロー『アウル』

梟の銘を冠した脚部クロー。

考案者はウェイル・ハース。

イメージインターフェイズを介して稼働させる兵装の試作機。

ミーティオに搭載されているものに比べれば、旧式ではあるが、実際にはスペック以上の使い方をしている。

『突く』『掴む』の2種類の稼働をコンセプトに開発が施されている。

アンブラの都合上、これもマニュアル操作に調整されている。

 

 

スラスターピアース『イーグル』

鷲の銘を関した貫通型兵装。

両腕の外側に搭載されており、刺突のみ特化させている。

第二世代兵装最強とされているシールドピアースに似た外見をしているが、こちらは相手のスラスターを破損させ、機動性を奪い取るというもの。

相手機体を破損させて戦線から離脱させるか、機動性による自身の絶対優勢維持などが考えられる。

 

 

連結式可変形槍『クラン』

アイルランド支部から急遽テスト稼働を依頼された真紅の槍型兵装。

短槍、長槍、投擲槍の三種の形態を切り替えながら振るうものだが、もともとは槍の扱いに向いていたウェイルは至極短い期間で扱いをマスターした。

元々はイギリス代表候補生によるテスト稼働が予定されていたが、イギリス代表候補生が出国時にそのテスト稼働を拒否してアイルランド支部に送り返した事で、急遽イタリア本国側にテスト稼働の依頼が入ることになった。

以後、アンブラの予備兵装となっている。

 

 

浸食双華槍『フィオナローズ』

二輪の薔薇の銘を冠した長槍。

アイルランド支部からテスト稼働を依頼された兵装。

槍の穂先がそれぞれ紅色、金色になっている二振りの槍となっていた。

それぞれが『エネルギー過剰投入暴走』『エネルギー流動完全遮断』の相反する二種の浸食現象(企業内にて勝手に命名)を引き起こす。

ウェイルがテスト稼働を行い、その後にミーティオに搭載させるために刀剣型へと鍛えなおすことになった。

それによる効果減衰などは認められていない。

後に参考にしたところ、織斑千冬、織斑 全輝の両者が扱う機体に発現しているという単一仕様能力(ワンオフアビリティ)『零落白夜への完全封殺』が可能と判断した。

テスト稼働が終了した後に、刀剣型兵装となり、メルク・ハースの搭乗機である『テンペスタ・ミーティオ』に搭載。

その際に両腰部に搭載したレーザーカノンの上部にマウントさせる運びとなっている。

 

 

可変形式銃槍剣『ウラガーノ』

轟音の銘を冠した槍型兵装。

考案者はウェイル・ハース。

また新型の第二世代型兵装として、イタリア国内ではテンペスタⅡの標準装備として新規実装配備されている。

これにより、トゥルビネ、ネロ、グラディウスは型落ち兵装となった。

中折れさせて長銃に変形するタイプα、籠鍔にハンドガンが内蔵されたタイプβの二種類が現存する。

多くの搭乗者はタイプαを愛用することになったが、タイプαとタイプβを同時併用する搭乗者はウェイル以外に誰もいない。

可変形式として開発するにあたり、ルーマニア支部から籠鍔型の装甲を追加する案を提唱され、導入した結果、変形時のシークエンスが非常にスムーズになった。

 

 

外装補助腕『アルボーレ』

夜明けの銘を冠した補助腕。

考案者はウェイル・ハース。

右側からの反応が遅いのを気にしており、本人が機体の右肩部に新たに搭載された。

機体全体のセミオートアシストをシャットダウンさせており、それにより有り余った演算処理リソース全てをアルボーレに投入させている。

本人の音声入力で稼働のオンオフの切り替えが可能で、その後にはフルオートで稼働し続ける。

稼働させている間は妹であるメルク・ハースの動きが再現される。

また、使用する兵装は『グラディウス』『トゥルビネ』の二種の他、指先が鉤爪となるクローモードにも切り替わる。

 

また、アルボーレ自体は医療現場、工事現場、人命救助、などにも広く使用されている。

コレをISに搭載させているのはウェイル以外に誰も居ない。

 

 

起爆式特殊弾頭『カリギュラ』

考案者はラニ・ビーバット。

ヴェネツィアの水上パレードで使われる花火から着想した特殊弾頭。

着弾と同時に起爆し、その衝撃によって搭乗者の昏倒、他には兵装の破壊を主目的としている。

威力は調整されており、銃身の破損にまでは至らないようになっている。

威力と使用方法から、銃とミサイルの中間とも言える仕様に至っている。

 

 

電磁吸着ブーメラン『ミネルヴァ』

考案者はウェイル・ハース。

飛行機の翼から着想を得たとの事。

楯に似た大型筐体をマガジンにした兵装となっており、そこから放出される大量のブーメランで相手を拘束、捕縛する仕様になっている。

筐体でも簡易的な操作は可能だが、より緻密かつ広範囲に展開させる場合は、スパコンを搭載した大型特殊車輌をに車載させるのがベストだと思われる。

実際、国境付近から侵入しようとする不審者などの捕縛にも使用されており、実用度は高いと判断された。

 

 

近接戦闘用ブレード『グラディウス』

古代ローマ、コロッセオにて闘いを続けていた剣闘士が使っていたとされる剣をモデルにして造られた初期兵装。

ISで使用するに辺り、形状の調整が繰り返され、現在の形状に至った。

アンブラで使用する際には、アルボーレに握らせて使っている場合が殆ど。

なお、初期の兵装となっており、型落ちとなっている。

 

 

近接戦闘用ブレード『クラウディウス』

薔薇の皇帝の銘を冠した長剣型兵装。

本来はアリーシャ・ジョセスターフ女史が扱っており、アンブラに搭載されているものはレプリカ。

非常に目立つ外見の為、普段は使用を禁じている。

使用許可されるのは、緊急時や、生命の危険に直結する場合のみとしている。

その際、アルボーレの稼働パターンを変更をする事で自動展開。

ジョセスターフ女史の再現を行い、猛威を振るう。

 

 

弾倉高速交換(クイックリロード)システム

考案・開発者はウェイル・ハース。

・銃の弾丸、あるいは弾倉の交換に時間をかける無駄を省く。

・複数種の銃の登録による拡張領域の圧迫を避ける。

この二つのコンセプトのもとに新規開発されたシステム。

特定のモーションを挟むことにより、銃の内部、弾倉を丸ごと交換することが可能となった。

これにより、使い慣れた銃器兵装を長時間にわたって使用可能となり、複数種の銃器、複数種の弾丸を使い分ける手間も省かれた。

それと同時に絶えることのない弾幕を作ることも可能となっている。

 

 

取得情報共有(リンク)システム

考案者はウェイル・ハース。

開発・実装・配備はラニ・ビーバットとイタリア国営企業FIAT。

システムを搭載した機体の記録を、システムを搭載させた別機体へ自動送信し、記録をリアルタイムで共有させる特殊プログラム。

これにより各機体は取得する情報量や経験値が増加していく。

また、遠距離であろうとも情報が取得できるため、各搭乗者のバイタルデータも観察が可能となる。

このシステムがテンペスタ・アンブラ、テンペスタ・ミーティオに搭載されている。




ヒューズ・ウェルトン
誕生日7月1日
年齢 41歳
ウェイルがバイトで入っているFIATでの直属の上司で気のいいオッサン。
愛妻家で今年11歳になる娘を可愛がっている。
ウェイルやメルクに対しても大らかに接しており、職場でも『部下に対して理解のある職長』と囁かれている。
社内の購買をウェイルに教えたのは彼であり、ウェイルが『Attendere e sperare』のロゴが入ったジャケットを購入するきっかけにもなった。

年末の忘年会で「ウェイルが将来大物になるのなら、うちの娘をウェイルのフィアンセに…」などとボヤいていたのが、同席していた妻と娘にド派手に叱られた。
以後、彼は禁酒生涯を送ることになっている。

なお、FIAT代表取締役社長であるガロン・エスティアードとはかつての学友。
「お前が多くの人を引っ張る役なら、俺は下で人を育てる側だ。だろう?」
その言葉でお互いの在り方を尊重しあうこととなった。
今でも彼らは親友同士である。
だが昔と違い、彼らが手に握るグラスの中身はソフトドリンクになっている。


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第80話 災風 近づく

今回のコンセプトは
『悪意の行先/越えた一線』となっています。
もう、ね…行きつく先が、大きく踏み越えてます


「頭痛い…」

 

早朝訓練を終えて朝食のために立ち寄った食堂、いつもの海が見える席では楯無さんが突っ伏していた。

近くには本人が用意したのであろうカフェオレがすっかり冷めた状態になっていたが、本人としてはそれどころではないのかもしれない。

 

「ちょっとウェイル、アレどうするのよ?」

 

「俺に訊くなよ…」

 

この状態の人には関わりたくない。

絡み上戸になった碧の釣り人(クーリン氏)を思い出すが、絡まれそうになった点でシスター(?)らしき人に簀巻きにされて引きずられて行ってたっけか。

だがそんな現実逃避をしたところで、目の前の楯無さんの状態がどうにかなるわけでもない。

…仕方ない…。

 

「どうしました楯無さん?」

 

非常に面倒だが、鈴に背中を押されてしまっては仕方ない。

少しは良いところを見せておこうか、カウンセリングは得意分野ではないんだけどな。

 

「先日の会議の結果、あの二人がどうなったかは覚えてる?」

 

「ええ、覚えてますよ。

織斑が半年謹慎、篠ノ之が無期限謹慎。

付け加えて反省文を毎日50枚でしたっけ。

あ、謹慎処分終了後に懲罰が待ち受けている、とかも在ったかな」

 

「なのに織斑君と篠ノ之さんの懲罰処分に関して日本政府が干渉してきて言いたい放題してきているのよ」

 

訊かなきゃよかった。

あの連中、まさかあの二人また野放しにするつもりじゃないだろうな…。

 

「だけど自室謹慎処分という落し処は着けているから暫くは大丈夫だと思うんだけど…」

 

「どうせまた問題行動を引き起こすのは目に見えてるのに、もう刑務所にでも収監したらどうなの?

人の姿して悪知恵が働く災害みたいなもんじゃない!」

 

「そうですね、不用心にも程があります」

 

ううむ、メルクも鈴も言いたい放題だ。

だが内容としては大いに同意だ。

だが、自室謹慎、ねぇ。

 

反省文提出で忙しくなりそうだが同情なんざしない、自業自得だ。

イタリア政府は何らかの報復処置を働くかもしれないが、未だに動いているのかどうかすら怪しい状態だ。

昨晩、家族には話はしたけど、嫌な顔されたからなぁ。

モニターには映っていなかったが、姉さんの姿がなかったことを考えるに、相当忙しくしているんだろう。

 

「他にもあってね、千冬さんだけど、学園から去る数日前にあちこちに電話をかけていた事が判明したのよ。

どこに電話をしていたのかは判らないけれど、こっちも嫌な予感がしているのよねぇ…中には海の向こう側にまで届いているらしき番号まで存在していた始末だし」

 

…どう考えても厄ネタだ…。

 

「私のお仕事が山積みなのよ…」

 

「虚さんに負担を押し付けないようにしてくださいね」

 

厄ネタには関わらないのが賢い判断だろう、悪いが此処で会話を打ち切ろう。

逃げの姿勢に入ったが…いつかのように服の背中の部分をつかまれた。

 

「ここまで言わせて逃げるだなんて薄情でしょう!?

せめて手伝ってくれたっていいじゃないのよぉぉぉぉっ!」

 

「アンタ、カフェオレで酔ってるのかよ!?

離してくれ!白衣に皴がつくだろぉぉっ!」

 

「手伝ってくれるまで離さないぃっ!」

 

恨むぞ鈴!お前が押し付けたからこんなことに…!

 

「…その、ごめん…こんな形になるまでとは思わなかったわ…」

 

「鈴さん…」

 

いや、謝られると俺も言葉に困るわけでな。

仕方ない、だったら最後の手段だ…!

 

「楯無さん、そんなに掴みかかってくるのなら俺にも考えがある。

あのバングル(・・・・・・)、取り付けますよ。

とうとう永久ロック式が完成しましたので」

 

その言葉でようやく楯無さんの手が固まった。

あのバングルは彼女にとっても十二分に精神的苦痛を刻み込んでいた筈だ、到底あらがえる代物ではないのは判りきっている!

 

「手を放すか、あのバングル(・・・・・・)を装着されるか、嫌なほうを選んでください」

 

ここでさらに選択肢を狭めておいた。

ようやく話してくれたようなので、一歩逃げに入った。

 

「流石にアレは堪忍して…非人道的にも限度があるでしょ…」

 

楯無さんの顔が一気に青褪めていった。

 

「アンタいったい何をやったのよ…?」

 

前後両方から冷たい視線が突き刺さってくるが、俺は悪くねぇ!

 

「俺としては話しても良いが…」

 

「離すから話さないでぇ…」

 

紛らわしい事を言ってやがる…

 

話は食事をしながらになった。

とはいえ話は先程出ていた状態のままであり、無難な対応に応じるしか学園にはないらしい。

そこで他の生徒に危害が加わる事が無いように、自室に閉じ込める形で謹慎期間を過ごしてもらう形にするのは話がついているらしい。

他の生徒に被害が広がる事も無く、本人達の頭が冷めるまでは謹慎、頭が冷ませられないなら、謹慎処分の期間を延長させるとの事。

これで始末が着けばいいんだけどなぁ。

個人的に、俺は織斑と篠ノ之を信用しない、これは今後も変えることのない考え方だ。

 

「それで、日本政府には何か得られるものでも?」

 

「自己満足と保身、それだけね」

 

「頭の中がお花畑じゃないの?」

 

鈴の言葉が冷たい…。

とはいえ俺も同じ考えだ。

だが日本政府は『有事に備えて』の考えではなく、『事が起きなければそれで良い』という性質の考えなんだろう。

その結果、迷惑をこうむるのが自分でなければ、それ以上考慮していないのかもしれない、薄情だなぁ。

以前、姉さんが言っていた『地図の上からは人が見えない』という考えの亜種なんだろう。

 

「迷惑を被り続けているのは私達なんですけど…」

 

「本当にごめんなさいね…」

 

「中間管理職ってのは辛いなぁ…」

 

そんな職には就きたくないけど、俺も将来的にはその椅子に座ることになるかもしれないんだ。

無能な働き者って面倒だよなぁ。

 

 

暗い話はそこまでになった。

楯無さんの復帰まで5分を要し、

 

「そうだ、皆は臨海学校の準備はしているのかしら?」

 

ようやく明るい雰囲気に持ち込ませるに至った。

そういえば、そんなイベントがあるって言われていたよな。

学園からバスで向かう海に面した旅館で過ごす一週間の旅。

いいよなぁ、久々に釣りに集中出来そうだ。

鈴とティナの釣り竿も完成しているし、二人にも釣りを体験してもらおう。

ついでに、簪、ラウラ、シャルロットの釣り竿も既に完成している。

虚さんと楯無さんの釣り竿にもすでに取り掛かり始めている、出発までには渡せるだろう。

 

「ええ、釣り竿は完成してますよ」

 

だから堂々と言い切っておく。

だが反応は…イマイチだった、なぜか知らんが冷たい視線を向けられてしまっている。

おかしいな?まだ何か足りなかったか?ああ、アレだな、思い出した。

 

「鈴とティナの二人はそろって生餌は触れたくないという事なので、人数分の疑似餌(ルアー)も作ってます。

もちろん竿本体だけでなくリールも作っておきました、電動式はあまり好まないので、自分の手でリールを巻く手動式です。

生憎と釣糸(ライン)は市販の品にはなりますが…」

 

「………」

 

おかしい、何故か視線がさらに冷たくなった。

すでに極寒の域に入っているような…。

……解せぬ…

 

「そうじゃなくて!

せっかくの海水浴日和なんだから泳ぎなさい!

水着の用意はしているのかって言ってるの!」

 

いや、泳ぐのなら学園内ではプールが有るし、釣りが出来ないから…

 

「それもそうね…ねぇウェイル、一緒に買い物に行きましょうよ!」

 

私が(・・)お兄さんと一緒に行きます!」

 

右手に鈴、左手にメルクが組み付いてくる。

なんでこうなった?

 

「じゃあ、私も一緒に行こうかしらね?」

 

後ろの席に居たらしいティナまで後ろから乱入してきて抱き着いてくる始末。

後頭部に水風船のような感覚が感じられるが、俺は動じない…姉さんだって同じ事を何度もしてきているんだ、大丈夫、俺なら耐えられる…!

よし、耐えた!

 

「アンタ達、便乗しすぎでしょ!」

 

「私は身内ですから同席するのは当然です!」

 

「仲が良いわねぇ、二人とも」

 

だが、俺の頭上で言い合い喧嘩するのはどうにか出来ないか?

助け舟を要求しようと楯無さんに視線を投げるが…既に逃げていた。

やれやれ、仕方ないなぁ…。

スケジュールを整理しておかないとな。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

彼等は反省など一切していなかった。

自分達こそが正しく、それを咎める側こそが間違っているのだと信じ、決して疑う事などしなかった。

 

「なんでオレがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ…!」

 

あれから毎日毎日、勉強机に向かい合う時間だけが彼の日常になっていた。

毎日毎日、反省文を書いては提出する。

食事は『配給制』と言わんばかりに細く開かれた扉の隙間から差し込まれるだけ。

回収はされず、自分達の手で洗って片づける。

それが終わればまた勉強机に向かい合う、それだけをまるで機械のように繰り返す日々だった。

 

これまで過ごしてきた中学校までは優秀な成績を収め、教師からも優秀な生徒として見られていた。

そしてそれを姉に伝え、「私の自慢だ」とまで言われていた自分が、今では誰からも白い目を向けられていた。

事もあろうに、自身の姉である織斑千冬でさえもそんな視線に晒され続けていた。

そして、先月末にはとうとう織斑千冬が学園から追い出された。

それだけでなく、自宅でさえも不審火によって失った。

帰る場所を失うなど彼からしても到底予想など出来なかった、許せる事ではなかった。

なのに…接触・干渉禁止とされた少年が、笑顔を浮かべて過ごしていることが許せなかった。

気に入らない、だから今度こそ潰す(・・・・・・)と決めた。

自分の手で下したいと思ったが、自分の手を汚すなど、スマートなやり方ではないと考えていた。

だから、使い慣れた常套手段を使うことにした。

 

「何もかも全て、お前が悪いんだぞ、ウェイル・ハース」

 

そんな折の日、扉の前から会話が聞こえてくる。

それは近隣の部屋の女子生徒だろう

 

「ねぇ、今度の臨海学校に合わせて水着は用意した?」

 

「ううん、まだだよ。

今度の土曜日に行くつもり!」

 

「土曜日?どこかでバーゲンでもやってるの?」

 

「3組のウェイル君が今度本土側に買い物に行くって話を聞いちゃったの!

偶然を装って同行しようって思ってるのよ!」

 

「ズルい!私も行く!」

 

「ふふん!ウェイル君は日本本土側は巡った事は無いだろうから、新宿駅付近一帯を一緒に巡ってみようっと!

そうと決めたらさっそく誘ってみないと!」

 

盗み聞きされているとは彼女らも全く考えていなかったのだろう、笑い声と一緒に立ち去っていくのが聞こえた。

運が巡ってきた、それはその二人の脳裏によぎった悪意だった。

 

彼は携帯端末に手を伸ばす。

 

「そうだ、こうすれば良かったんだ」

 

それは彼にとっては常套手段の一つだった。

気に入らない、それだけの理由で相手を追い詰めることなど迷いなどなく今まで繰り返してきた。

他者の心を動かし、他者を利用し、自らは動くことなく、自身の目的を達成する。

自分が輝いているように見せるため、他人を踏み躙ることなど、彼にとっては日常だったのだから。

 

「確実に仕留めてくれよ、お前ら」

 

以前から付き合いのある腰巾着達に対し、画像付きのメールを送り、すぐにその送信したメールを削除し、痕跡を消した。

それで完全に消えるものではないと、そう考えもせずに。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「あいつだ、あいつが何もかも悪いんだ…!」

 

ここにまた一人、反省などせずにいる者が居た。

同室の少年が不機嫌でいる理由などすぐに察し、怒りで肩を震わせている。

自分達が怒りを他者へぶつける事は正当であり、それを遮ろうとするのは理不尽そのものであると本気で考えている。

その怒りをぶつける事は今ではとても難しいのが理解出来ていても、だ。

今まで暴力で相手を黙らせ続けた、それで自分の意見を押し通した。

どのような形であれ、自分の意見が通ったのなら、正しいものであると疑いもしない。

だから、暴力とは彼女にとって唯一の手段と成り果てた。

例え、その暴力で相手に傷を与えようと、相手の未来を奪おうとも、夜襲の結果として何の関係もない他人を傷つけることになったとしても、その考えは変わらなかった。

そして、傷を負わせた事を咎められそうになれば、姉である『篠ノ之束』の名前を出して黙らせる。

それが常套手段となり、彼女はとうとう今に至るまで、咎められる立場から逃げ続けた。

それが今に至る。

姉の名前さえ出せば、自分が『咎人』の扱いにならずに済むと学習してしまっていた。

今に於いても。

 

「直接手を下せないのなら…誰かを利用してしまえば良い…!」

 

この仕返しは正当なものであると自身の中で完結させていた。

自分は咎められる人間ではないと本気で思っていたから。

そして夜、布団を頭から被りながら携帯端末を操作し始める。

 

NO NAME

『誰でも良い、この男を討ってくれ』

 

そう書き込みをし、画像を添付する。

添付したのは、白い髪を伸ばした少年だった。

だが、その写真はどう見ても隠し撮りしたものというのが明白だった。

匿名の掲示板故にだろうか、返信はすぐに発生した。

 

NO NAME

『物騒な書き込み乙』

 

その書き込みが最初だった。

そこからもコメントが次々に記されていく。

 

NO NAME

『銀髪…?いや、白髪かな?これはウィッグか?』

 

NO NAME

『討ってくれとか殺人委託みたいじゃん、危ない事を書くなよ』

 

NO NAME

『しかもこの角度からしたら、撮られた本人は気付いてなさそうだし、隠し撮りじゃね?』

 

NO NAME

『撮られた本人の許可を貰ってんの?

そうでなきゃ肖像権侵害で犯罪かもよ』

 

難しい言葉が出てきたが、それについては何も考えない。

見なかった振りをして、文字をそのまま入力していく。

 

NO NAME

『この男の名前はウェイル・ハース。

イタリアで発見された男性IS搭乗者だ』

 

その書き込みの後数分間は返信が途絶える。

本名だけでなく、彼の素顔を不特定多数の人間に公開した事など深く考えはしない。

正当な仕返してあれば、その手段が如何なるものであろうと正当化される、咎められる人間は自分ではなく、ウェイルであると本気で信じ込んででいたのだから。

 

NO NAME

『イタリアの代表候補生がハースとなってるのは確認出来たが』

 

踏み込んできた人物が居る。

それを見て彼女はニヤリと嗤う。

 

NO NAME

『そうだ、写真に写っているのはソイツの兄だ。

この男はIS学園で詐欺を続けている極悪人だ!

私はコイツに貶められ、濡れ衣を着せられ続けているんだ!』

 

NO NAME

『イタリアの男性搭乗者だがソースが見つからないぞ。

寧ろ様々な話が飛び交っていて真実らしい情報がどれになるのやら』

 

NO NAME

『画像の男がその張本人だという保証が無いだろ。

仮に張本人でも肖像権侵害と殺人委託のセットで逮捕確実だろ。

その辺で止めとけ、既に手遅れかもしれんが』

 

にべもない返信に箒は歯軋りをする。

怒りで肩を震わせるが、大声を出す事だけは耐えた。

同じ部屋には幼馴染みである全輝が居る以上、自分の怒り声で彼の眠りを妨げる事はしたくなかったのだろう。

それでも、震える声は怒りと苛立ちを募らせていた。

 

「何故誰も理解をしない…!

奴は私達を陥れる極悪人なんだぞ…!」

 

その時だった、食い付いたかのような投稿がされたのは。

 

NO NAME

『なぁ、写真の後方に注目してみろよ。

あのオブジェクトらしきもの、IS学園に実在するものだぞ』

 

NO NAME

『…ふぁ!?じゃあ本物!?』

 

NO NAME

『信憑性は増してきたかも。

尤も、その人物の名前が本当に符号してたらかもだが』

 

ニヤリと、口の端が歪む。

望む展開に近付いてきた。

そう思うだけでも、表情が歪んできた。

追撃とばかりに更に文言を書き加えていく。

 

NO NAME

『奴は学園の中で人を陥れる悪行を繰り返す犯罪者だ。

現に多くの生徒が奴に騙され、冤罪を被っている、それも何度もだ!

それだけじゃない!

ウェイル・ハースの陰謀で学園から千冬さんが追い出されたんだ!

これ以上の蛮行を許すわけにはいかないんだ!』

 

また、投稿が途絶えた。

自分の望む展開に流れたかと思えば、思わぬ方向へと転がってしまう。

その理由が自分に在ると考えず、常に他人のせいにするのが篠ノ之箒の性分でもあった。

 

「だったら…!」

 

NO NAME

『7月7()日から臨海学校へ赴く事になるが、準備の為に4日に新宿へウェイル・ハースが向かうと判明した。

私は奴の手によって冤罪を被り、動く事が出来ない。

IS学園の中で奴がこれ以上の犯罪行為を行い、他の生徒に危害を加えるよりも前に、誰でも良いから奴に裁きを下してほしい!』

 

そう投稿する。

同時に、隠し撮りした写真を掲載し直した。

ここまですれば、誰かが動くだろう。

そうなれば、ウェイルが誰かの手によって仕打ちを受けると想像して。

だが、決してそれ以上の事など考えようとしない。

 

自分に非が在るとは考えない。

この報復は正当なものである、と。

自分だけが正しいのだ(・・・・・・・・・・)と、信じて疑わない。

 

「ここまですれば誰かが動くだろう」

 

本当の事を言えば、自分の手で、剣で裁きを下したいとも考えていた。

だが、それが出来ないのなら誰かを利用すれば良い。

そう、本気で思い込んでいた。

 

考えの相違など、力で捩じ伏せる。

姉の名を出せば、誰もが押し黙る。

相手が黙るのなら、自分が正しいというなによりの証拠。

 

その乱暴な三段論法が彼女の考えでしかなかった。

単純思考故にだろうか、怒りによるものだろうか、この夜だけで幾つもの(・・・・)致命的な間違いを犯した(・・・・・・・・・・・)事に気づいてもいなかった。

 

「そうだ、私は何一つ間違ってなどいない。

全輝の為にやっている事なんだ、間違いである筈がない。

そうだ、私は何も間違ってなどいない」

 

忌々しい者が、何処の誰とも知らぬ者達によって裁かれるだけ。

自分は何一つ咎められる事などしていない。

何故なら

手を下すのは自分ではない(・・・・・・・・・・・・)のだから。

人間ですらない物など(・・・・・・・・・・)考慮するに値しない(・・・・・・・・・)のだから。

 

その行いの先に、自身に待ち受けているのは輝かしい未来が約束されているのだと、そう疑いもしない。

忌々しいものを排除し、千冬と全輝から讃えられるそんな未来が在るのだと…

 

「そうだ、私が正義(・・・・)だ」

 

そう呟き、端末を充電用コードに繋ぎ、眠りに就いた。

 

そして数日後、地獄が繰り広げられた。




ティナ・ハミルトン
誕生日 4月7日
年齢 16歳
アメリカ出身の一般学生。
軍にも籍を置いてあり、教練も受けているため技量は高い。
地元では有名な学府に通っており、成績もトップクラスだった。
人当たりもよく、誰が相手でもであろうと分け隔てなく親しく接する彼女に対し、故国では本人の与り知らぬところで隠れファンクラブも非公開で設立されていたとか。
IS学園でも1年2組にてクラス代表補佐を務める事となるも、なかば鈴の世話焼きをすることになっているが、本人はその類のことで手を焼くのを楽しんでいる。
ウェイルの件は鈴が編入してきてから知ることになり、興味を持つことに。
鈴がウェイルに不思議な視線を向けていることにも早々に気付いており、あの手この手でで背中を押そうとしている。
髪の手入れを手伝うのも、その一環。
学年別タッグマッチトーナメントで鈴にヤキモチを焼かせるためにタッグの申請書をウェイルに預けてみたりした。
あっさりとウェイルが受け入れることに驚くも、それからは友人としての距離を保ち続けている。
が、やはり鈴のコロコロと変わる表情を見るのを楽しんでいる節があり、大胆な行動に出ることも。

国家代表候補生就任を目標にウェイルと一緒に切磋琢磨している。
本人曰く、太りにくい体質だとか。
バストサイズは98らしい。


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第81話 禍風 道の先に

滅茶苦茶寒いですね。
今日の最高気温が4℃ってマジか、冷凍庫並みではないか…

今回は妙に筆が進みましたので早期投稿です。


ウェイル君のスケジュールは大体が把握出来た。

つまるところ、彼は機械いじりに専念する事が多く、専ら人のためにばかり働いている様子だった。

そうでない場合は、鈴ちゃんやメルクちゃんとのために時間を費やしているようでもあった。

その上で、例の人物達からとんでもない迷惑を被り続けてることになっていたのよね、彼も胃が痛くなるでしょうに。

そこで勧めたのが臨海学校に備えてのショッピング…だったんだけど…。

 

鈴ちゃんとメルクちゃんの間で牽制が始まっていた。

火花を散らしているけれど、それを見下ろすウェイル君は相も変わらずのんびりとしたまま。

 

「おっと…」

 

キャットファイトのついでに大喧嘩にならないかは心配ではあるけれど、ウェイル君は呑気に眺めているだけ。

 

「あら、どうしたの?」

 

「イタリア大使館からの連絡ですよ。

どうやら4日に来てほしい、と。

本国にアルボーレの修復の依頼を出していたけど、もう終わったらしく、受領してほしいそうです」

 

大使館からの召喚要請だったらしい。

端末を覗き込んで見てみるけれど、案の定その全てがイタリア語で記されているから私には全然読めない。

う~ん、まあいいか。

大使館からの要請とあらば断わる事も出来ないでしょうからね。

 

「ショッピングはどうするつもり?」

 

「大使館の周辺にも買い物が出来る場所が在るでしょうから、そこで済ませますよ。

日本の首都の大型ショッピングモールが楽しみではあったけど、まあいいや。

こらそこ、いつまで騒いでいるんだ」

 

生徒会室で騒ぐ二人に私もついつい笑いが込み上げてきた。

見ている感じでは正に子供の喧嘩、仲が良いんだか悪いんだか。

その間に体を割り込ませて仲裁しようとするウェイル君は、なんだかんだで良いお兄さんなんだろう。

思えば私と簪ちゃんの仲違いの解消の時にも巻き込む形で間に立ってもらっていたわね、あの時には苦労をおかけしました。

 

そういえば、その分の恩返しの一つもしていなかったわね。

色々と裏で手を廻してあげたり、バックに立つことで護衛もしていたけれど、あまり役に立ってなかった気もするし。

よし決めた!

 

「学園外部へ外出する際には、代表候補生、もしくは専用機所持者を同行させるように言っておいたのを覚えてるかしら?」

 

「………ああ、言ってましたね」

 

嘘おっしゃい、そのポヤンとした顔は忘れていたでしょう!

忘れてたのなから素直に「忘れてました」と言いなさい!

叱ったりしないから!

 

「それで、何ですか?」

 

「ショッピングの際には私が同行するわ。

私は東京の地理やショッピング出来る場所には詳しいのよ?」

 

そう、これが今の私のやり方。

鈴ちゃんはともかくとして、メルクちゃんはこの国の事にそんなに詳しいことはないでしょうから同行できる人物が求められる。

そこで私の出番というわけだった。

 

「どうするメルク?」

 

「う~ん、本当に頼りになるんでしょうか…?」

 

もうちょっと優しい言葉はないのかしら、この兄妹は?

 

「私も同行するつもりだから、必要無いと思うんだけどなぁ」

 

鈴ちゃんも冷たい…もう嫌、泣きたくなってきた…。

 

「まあ、居ないよりはマシか」

 

三人揃って酷過ぎじゃないかしら!?

 

「あのねぇ、君達!

先輩にはもうちょっと敬意と言葉遣いを改めなさいな!

さっきから言いたい放題にも限度ってものがあるでしょう!」

 

そんな感じで7月3日の放課後の生徒会室は騒ぎっぱなしだった。

寮の部屋に戻ってからも虚ちゃん相手に愚痴を言ったり、紅茶を飲んで気分を落ち着かせてみたり、色々と心労って溜まるものよね。

 

「それで、ウェイル君と一緒にショッピングですか。

まるでデートみたいですね」

 

「デ、デートって…鈴ちゃんにメルクちゃんも居るからそんなんじゃないわよ。

それに虚ちゃんは弾君とはお近づきになれたの?」

 

「わ、私はその…メールで遣り取りをするくらいには…」

 

あーあ、この幸せ者め。

今はもう夏だというのに、春を満喫しちゃってるわねぇ。

私には未だにその春が来ないというのに…。

簪ちゃんに悪い虫が寄ってこないことを祈りたいけれど、そういうお相手は居るのかしら?

 

「ともかく、明日は私はウェイル君と一緒に外出してくるから」

 

「判りました、お気をつけて」

 

そんな遣り取りをした後、PCを使って外出届を申請しておく。

ウェイル君ももう出しているでしょうし、その点は心配しないでおく。

メルクちゃんも一緒に居るでしょうから、その点の書類処理は終わらせている筈。

どこか一つ抜けているような彼をプライベート方面でもしっかりと支えているんだろう。

そんなことを思いながらその日は早めに寝ることにした。

そしてその翌朝

 

「お嬢様、起きてください」

 

「う、ううん…今何時?」

 

「早朝の5時過ぎです」

 

起こすにしても早過ぎじゃない?

せっかくの土曜日なのよ、もう少しゆっくり寝させてよ…。

 

「隣室のウェイル君達ですが、すでに外出の準備を始めたようです」

 

「…準備が早過ぎるんじゃないの…?

それにしても虚ちゃんもよく気づいたわね…」

 

「物音が聞こえましたから」

 

まさかこの時間から訓練でもするのかしら?

せっかくの休日なんだから朝くらいゆっくりすれば良いのに…。

 

「仕方ない、こっちも準備に入りましょう」

 

外出の予定だから制服ではなく私服をクローゼットから引っ張り出す。

七月に入ったんだもの、折角だし夏らしいお洒落でもしてみようかしら?

 

「そうね、このワンピースドレスにしようかしら?

あ、でもこっちのパンクなスタイルも…」

 

「早くした方が良いですよ、時間は待ってくれないですから」

 

「ちょっと、慌てさせないで!」

 

キィ、と廊下側から音が聞こえた。

どうやらもう二人は部屋を出たらしい。

 

「私も急がないと!」

 

ワンピースの上からボレロを羽織って、足音が向かう先には…あ、もう日課なのかしら…?

こんな日にも拘らず早朝から訓練をしているらしい。

メンバーは…まあ、いつもの人員が揃ってるみたいね…。

ウェイル君とメルクちゃんは当然として、鈴ちゃん、ラウラちゃんにシャルロットちゃん、そして簪ちゃんと専用機所持者が勢ぞろいしている。

付け加えて、ティナちゃんも来ているようだわ。

一人だけ訓練機を使用しての参加らしい。

 

「まったく、今日は外出の予定を入れているのに、忙しないわね…」

 

早朝訓練はもはや日課、放課後の訓練もほぼ同じく、後は疎らにではあるけれど夜間訓練に勤しむこともある。

彼の実力はその賜物なんだろう。

後は頼まれれば、機械の修理に勤しむことも。

やっぱり彼、自分の時間をあまり持とうとしてないんじゃないのかしら?

仮にそうだとするのなら、今日は誘って正解だったわね。

 

早朝から続く訓練は8時まで続いた。

それから食堂で食事を済ませて正門にて彼を待つこと少し…

 

「…誰?」

 

そこに現れたのは見覚えのない人物だった。

黒いカッターシャツの上から革ジャケットを羽織った茶髪の男性がそこにいた。

え?本当に誰?

そしてその傍らには同じく茶髪の女の子がおそろいの姿で彼の腕にしがみついていた。

 

「いや、誰って…俺ですよ」

 

鼻先にまで流れる茶髪を持ち上げ、サングラスを上げると、見慣れた表情がそこには見えた。

そこでようやくその人物が誰なのかが理解出来た。

 

「え?…もしかしてウェイル君!?」

 

傍らの女の子もサングラスを外すと、アイスブルーの双眸がこちらを見つめてくる。

こっちはメルクちゃんらしい。

彼女の茶髪の上に乗せられた帽子の頭頂部からはネコの耳らしきシルエットが見え、チラチラと揺れている。

二人そろって愛猫家みたいね。

 

「何処かの誰かのせいで名前がバレて、テロリストに命を狙われる身になったんだ。

外出する際には必ず変装するように言われているんですよ」

 

「私としてはやりすぎだと思うんだけどね…。

その眼鏡だってレンズに何か細工を施してるんじゃないの?」

 

「ああ、外から見れば瞳の色が変わって見える細工が施されているんだ。

偏向グラスってあるだろ、あれの応用で、作るのに苦労したよ…」

 

しかもお手製…、時折ウェイル君の技術が分からなくなる。

FIATの技術力っていったい…?

私も鈴ちゃんも溜息を一つ。

その技術力を活かすも殺すも彼次第ではあるけれど…少なくとも悪用させないように細心の注意を払っておかないといけないわね。

それに関してはメルクちゃんと鈴ちゃんが居れば大丈夫だろうけれど。

だけど、彼が『生きているから』というだけで命を狙おうとするテロリストからは守り続けなければいけないわね。

 

「それに、変装する最中の姿も見られないようにしないといけないから細心の注意を払わないといけないからな、殊更に疲れるんだ…」

 

「それはご愁傷様。

でも今日は思いっきり羽を伸ばしましょう

それじゃあ、出発しましょうか。

あ、私もウィッグとか着けた方が良いかしら?」

 

そんな世間話をしている間にもメルクちゃんと鈴ちゃんはウェイル君の腕をつかんだまま威嚇しあっていた。

もういい加減にしなさい!

 

「いや、サングラスはこっちが良いかな…?」

 

ウェイル君は呑気に懐からインテリ系の丸レンズのサングラスを出してみたり…どうやら浮かれた気分みたいね…まあ、いいけど。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

結局、その後は出発時間を15分程遅らせることになった。

楯無さんの一言で、私もウィッグを着用する方面で話を強制的に進められ、プラチナブロンドのそれを着用することになったけど…。

 

「なんか…へんな感覚ね…髪を染めたわけでもないのに…」

 

髪の手入れといえば、私はそこそこにしていた。

代表候補生を目指していた頃は、自分の時間なんてそれこそ最低限度にしていたから、オシャレとか試してもいなかった。

だから多少は枝毛とかも見つかったりしてた。

この学園に来てからはティナがそういった方面で世話を焼いてくれて、今では髪は常にサラサラ、毎日ブラッシングまでしているほど。

オシャレ…にはまだ程遠いけれど、今日の服装もティナがコーディネートしてくれている。

あの乳牛女(ホルスタイン)、こういった方面では気を使ってくれているみたいね。

その張本人は私のファッションコーディネートをした直後にどこかに飛び出して行ってそれっきりだけれど、どこ行ったのやら。

まあ、滅多にしないオシャレに関してはウェイルは気付いてくれている様子は見受けられない。

ちょっと不機嫌になってきた。

これが一夏ならこのまま背中に飛びついたりするんだけど、未だに確信を持てない以上はそこに関しては自重しておく。

 

「ウェイルとメルクのウィッグはイタリアから持ってきたの?」

 

「ええ、そうですよ。

ヴェネツィアから出発する直前にお姉さんが用意してくれたんです」

 

「俺が『髪を染める』と言ったら両親が顔を青ざめさせてまで必死に止めるくらいのゴタゴタになった事が在ってな…」

 

わぁ、家族内で波乱万丈だわぁ…。

 

「メルクも錯乱して『自分が髪を脱色する』とまで言い出して母さんが泣いて止めて…」

 

とんだ迷惑を被っていたらしい。

最悪の場合は一家離散も考えられるパターンになってそうだわ…。

 

「そこで、お父さんによる妥協案としてウィッグを使うことになったんです」

 

妥協案が出ても根本的解決に至っていないのだから私としても頭が痛い。

そんな事態を招き寄せた人は本当に極悪人だわ、どこの誰なのかしら…あ、あの暴力女だったわね。

 

「やっほ~!」

 

モノレールのホームにはティナが居た。

その隣には…簪とラウラとシャルロットが居た。

私も変装みたいな事をしてるのに一発で気付くなんてね。

理由を訊いてみれば「なんとなく、そんな気がした」と返された。

 

「珍しい組み合わせね、ティナ」

 

「モノレール前で鉢合わせになったのよ。

ボーデヴィッヒさんが水着に関してかなり無頓着だったみたいでね」

 

「その言い方は心外だ」

 

コイツのことだからそれこそスクール水着とか用意してそうな気がする。

 

「で、僕とティナでコーディネートしようって話になったんだよ」

 

「その…私は巻き込まれて…この後に本音も来ると思うからそれで一緒に行くってことになったの」

 

だいたいはそんな流れらしい。

簪は…多分、断れなかったんだろうなぁとは思う。

その点に関しては同情しておこう。

 

「ティナ達はどこに買い物に行くの?」

 

「『お台場』って場所よ、そこにおいしいスイーツも、最先端ファッションだってあるって聞いたから!」

 

また遠い場所を選んだわね。

でも、ショッピングを考えてるなら場所は悪くないかも。

 

「外泊届も提出しているから満喫する予定よ。

おっと、モノレールが来たから話は後にしましょうか」

 

モノレールに乗り、本土側にたどり着いたころには10時を過ぎていた。

イタリア大使館がある場所は東京の港区、ここからは暫くは南方向に向けて電車を乗ることになる。

ウェイルとメルクはイタリア語で何か会話を楽しんでいるようにも見受けられ、ちょっと気に食わない。

ティナたちは電車やバスを乗りつないでのお台場へ直行。

行ってみたいけど、それは夏休みにでも考えてみようかな、なんて。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

臨海学校という学園外での特殊環境というものを想像してみていた。

学校とは行っても場所は旅館、そしてすぐそばに海が広がっているということからも俺としては楽しみにしていた。

なんといっても海!やる事といえばやはり『釣り』だッ!

ロッド、リール、ライン、ルアーの準備は万全、メルクと鈴だけでなく皆の釣り竿も完成した今、釣り場となる場所さえ探し出してしまえば、久々に釣りを満喫できる。

その瞬間が待ち遠しかった。

なんと言っても4ヶ月振りの釣りになるだろうか、初日には自由時間が丸一日計画されているから、久々に満喫しなければ。

釣りは良い、自分の内側と向き合える時間としても使え、心が鎮まる。

そうしてラインの先に居るであろう魚との駆け引き、あぁ、今から楽しみだ。

 

「だからってさぁ、なんで港区に到着した直後に釣具店に入店してんのよアンタは」

 

「女の子と一緒に来てるんだから、こういう場所にすぐに行こうとするのは流石にお姉さんもスルーできないわよ」

 

駅に到着した際に見つけた釣具店に入ろうとした矢先、鈴と楯無さんにジャケットをつかまれ即退店という流れになった。

ちらりと見ればメルクも苦笑いしている。

こうなったらこの店は諦めるほかになさそうだ………残念だ…。

 

「手にとってみたかったんだがな、店先に飾られているあのロッド…」

 

最新式の素材とカーボン繊維がたっぷりと使用されているという『雷撃ガマカツ』とやら…。

ジャケットを掴まれて引っ張られている以上はその牽引力に従う他に無く、やってきたのは大型ショッピングモールだった。

休日だからだろうか、人通りも非常に多い。

で、そこに辿り着いた先では

 

「これなんてどうかしら?」

 

「お兄さん、こっちはどうですか?」

 

メルクと鈴による水着の選出に俺が起用されるという理解も常識も倫理もぶっ飛んだ事態に陥っている。

俺がなぜ、女性用の水着の選出に頭を捻る事になるのか、首を傾げても答えは出ない。

だけどまぁ、頼られている以上は少しは役に立っておかないと甲斐性の欠片も無いとか思われてしまいそうだ。

 

「そうだなぁ…」

 

先程からとっかえひっかえばかりさせてはいるが、売り場に並んでいる女性用の水着の数はまるで…見渡すばかりの花畑のように色とりどり。

正直に言うと、居心地が非常に悪い、こんな所に男一人居るだけで他の女性客の視線が針の筵の如くだ。

だが、人目のある臨海学校だ、悪い意味で目立つのは宜しくないだろう。

なら、俺が何か見繕うか。それで納得してもらおうか。

 

「これなんてどうだ?」

 

俺が至極適当に指さした先に設けられていたマネキンには…………

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

お兄さんが選んでくれたのは、鈴さんにはタンキニといわれる類のもの、私はセパレート仕様の水着でした。

選んでくれたのは嬉しいですけど、なんというか、どちらもスポーツ仕様のそれに近いような感じがします。

何と言うか、もっと可愛いものを選んでもらえたら良かったなぁとは思います。

鈴さんもそれを考えているのか苦笑いをしている。

 

「ふぅん、ウェイル君って過保護なのねぇ」

 

楯無先輩もそういってクスクス笑ってました。

その張本人は大胆なビキニを購入してましたっけ。

 

「夏休みにはこれでウェイル君を悩殺してみようかなぁ♡」

 

などと埒外な事を言っていたから何が何でも阻止しないと…!

お兄さんは、その囁きが聞こえてしまっていたのか、一歩距離を開けていたから大丈夫かもしれませんけど…。

 

「お昼はここにしましょ」

 

そんな楯無先輩の一言で入る事になったのは一軒の和食料理店でした。

店に入ると、畳と呼ばれる敷物の上に座る仕様の店のようで、料理の香りだけでなく、畳の匂いも少しだけ香ってくる。

 

「ウェイル君は日本食は大丈夫かしら?」

 

「多分、大丈夫ですよ」

 

「このお店での支払いは私が受け持つわ、学園では多くの生徒達がお世話になっているんだもの。

少しは先輩として頼りにしてもらわないとね」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

私自身、ウェイル君には簪ちゃんとの不仲の解消を手伝ってもらったという大恩がある。

その分はキッチリと恩を返しておきたい。

勉強を見てあげたり、自主練を見てあげたりとしているけれど、その程度では返しきれるとは思ってはいない。

それに、私からすれば彼は護衛対象であり、極力目を離さないようにもしておきたい。

学園では忙しくさせてしまっているのもあるから、こういう時間で心身ともに休ませてあげようかな。

それに、ここは更識の指揮下のお店でもあるから信頼できる場所の一つ、外食で何か薬物を盛られたりとかは避けられるはずよね。

 

「美味しいですね…」

 

「だな、鈴、この料理って何て言うんだ?」

 

「『茶碗蒸し』よ、学園の食堂でも時折出されてたけど、食べてないの?」

 

「へぇ、『茶碗蒸し』、か…」

 

思った以上に好評だった。

けどまあ、メルクちゃんと鈴ちゃんは主に海鮮料理に関心を持っているらしい、港町育ちであれば、こういう方面に関心を持ちやすいのかもしれないわね。

そんな様子を見ながら私も焼き魚を一口、うん…とても美味しい。

 

「ウェイルとメルクはやっぱりシーフードが好みみたいね」

 

鈴ちゃんも私と同じ事に気づいたらしい。

彼女が言う通り、この兄妹、膳に乗せられた幾つもの料理の中でも、海鮮系統が載せられたお皿を真っ先に空にしている。

あんまりにも食事の様子が特徴的過ぎて笑いがこみあげてくる。

 

「はは、そうかもな…。

シーフードは確かに好みだよ、家でもそういった料理が多いから、つい、な…」

 

「私も、です」

 

「それでも、一週間に一回は食堂でミネストローネを美味しそうに食べている様子は見受けられたけどね」

 

「ははは、ミネストローネが何より好きな料理ですから」

 

それに関しては周知の事実、時折部屋からミネストローネに使われるトマトの香りが零れてくることがあるのだから。

付け加え、彼はその料理が大好物だと明言したこともあったけど、覚えているのかしら。

 

「ねぇメルクちゃん、その大好物のミネストローネのレシピを教えてもらえるかしら?」

 

「え、えぇ…」

 

「あ、私も!」

 

「鈴さんまで…」

 

その大好物、私としても興味深々なのよね…。

メルクちゃんは渋っていたけれど、どうやってレシピを引き出させようかしら?

 

この時、思いもしなかった。

この直後に、地獄が広がるだなんて…。




シーリア・ウェルディーヌ
誕生日 2月2日 28歳
国際テロシンジケート『凛天使』の筆頭。
出身はカナダ。
女尊男卑主義思想者であり、幾つもの女性利権団体とのコネクションを持つ。
自己中心的であり、享楽的な人物。
この時代にありがちな、織斑千冬の信奉者でもある。

カナダの空軍に所属していたが、搭乗者として配属された当日に同じ思想を持つ者達と共に、量産機『ラファール・リヴァイヴ』を全機強奪。
基地に駐留していた軍人を皆殺しにする事によって『凛天使』の旗揚げを行った。
その後は世界各地でテロ活動を行う。
後に自分達の活動を報道番組によって酷評され、そのコメンテーター一人を抹殺するためだけに大型都市一つを壊滅させ、灰燼に帰した経歴を持つ。
基本的に、自分達に従わない者に対して敵と判断し、対話よりも先に攻撃を放つという非常に危険な人物。
その為に、攻撃対象を絞る事も無いため被害は国も都市も問わず、老若男女を問わずに拡大する一方となっている。
また、歴史的、考古学的価値のある建造物すら問わずに破壊をも繰り返している。
民間人、軍人を問わず残虐な攻撃を平然と繰り返し、被害者数は数知れず、被害総額はすでに天文学的単位だが、本人は一切認知していない。
自分達の行いに対しては何の疑いも持っておらず、どれだけ残虐非道な行いをも、当然の事を成しているだけと考えており、被害者側の事は一切考えない。

現在は全世界国際指名手配にもされているが、神出鬼没であり、逮捕に至っていない。
ISを使用したテロ活動も行っており、被害は後を絶たない。

なお、テロ活動によって強奪した金銭は兵器調達の他に、豪遊に使われている可能性がある。
また、ISを使用したテロ活動を最初に起こした人物であり、その後も同様の行為を繰り返しているにもかかわらず、学園や世界で使用されている参考書にもその名や行いが記されていない以上、国際IS委員会とも繋がっているという噂がある。

本人の搭乗者としての技量は中の上止まり。
自分よりも強い相手とは決して戦おうとはせず、テロ活動中も、常に機体と火力性能と数にものを言わせた戦法を使用している。
自身よりも強い相手とは決して戦おうとはせず、自身よりも弱い相手を甚振ることを楽しむ節がある。


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第82話 獄風 積み上がる…

IS学園に於ける訓練機貸し出し状況
ウェイルがあの手この手を使いながらも専用機を相手に同等に近い戦いを見せたことで、訓練機の貸し出し状況は一変した。

イタリア製第二世代型量産機 テンペスタⅡ
学園配備数20機
ウェイルとティナの影響によって貸出申請が爆増しているが、学園にて保管している訓練機の機体数を大幅に超えてしまっているため、貸出申請に対して供給が間に合っていない。
今後、訓練機として新たに機体を搬入すべきかが議題に上がっている。
それと同時に『プロイエット』を学園の教材として採用し、搬入すべきか話し合われている。

日本製第二世代型量産機 打鉄
学園配備数20機
優れた防御性能と汎用性に優れており、訓練機としても使用率が決して低くはなかった。
だが、テンペスタⅡの貸出申請率が一気に増加した影響で、打鉄の申請率が大幅に低下した。

フランス製第二世代型量産機 ラファール・リヴァイヴ
学園配備数20機(コアは無し)
相変わらず格納庫内にてコアを抜き取られた状態で死蔵状態。
整備・点検の練習などに使われる程度。


食事を終わらせてからバスに乗り、目指す場所は本来の目的地であるイタリア大使館だった。

来た事の無い場所、見たことのない景色に色々と目を奪われながらも目的地に辿り着けたのは、楯無さんのお陰でもあった。

鈴が居ればメルクとの会話も弾むようで、道中は退屈とは程遠い時間だった。

そうやってたった4人の短い旅路がとても楽しいとさえ思えた。

でも、ここに来てしまえば、それも終わりになってしまうのだろう、それが少し寂しくもある。

 

「やっと到着しましたね」

 

「へぇ、ここが大使館かぁ…私も来るのは初めてだわ」

 

メルクも鈴もその場所に感嘆しているらしい、少なくとも俺も同様だ。

日本国内に居ながらも、ここから先は国境線が引かれ、区別された場所になるらしい。

俺とメルクは守衛に招待状を見せればなんなく中に入れるが、鈴と楯無さんの二人は話が別だ。

 

「二人はこの後はどうするんだ?」

 

「大丈夫よ、付近のホテルでチェックインする予定だから」

 

との事らしい。

この分だとこの二人は明日も俺達に同行する気が満々なようだ。

 

「…そうですか…」

 

メルクはムスッとしているが、この理由は俺にはよく理解ができない。

あの二人との会話を楽しんでいる様子だったが、何か気に障ることもあったのだろうか?

ミネストローネのレシピを要求されたことだろうか、俺にはその程度しか思いつかないんだが…?

 

「そうか、それじゃぁ…」

 

「お待ちください」

 

多少名残惜しいと思った矢先、守衛の人が声をかけてきた。

驚きつつも俺はその声の方向に振り向けば…。

 

「中国国家代表候補生 凰 鈴音様、ロシア国家代表 更識 楯無様ですね?

総領事から入館許可が発行されております、このまま中へどうぞ」

 

招待されていたのか?

視線を二人に向けると首をぶんぶんと横に振っている。

…どういうことだろうか…?

今日の午後になってからは疑問が増える一方だ。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイル君達と別れ、私と鈴ちゃんは別室へと通された。

そこに居たのは、厳つい表情を浮かべた初老の男性だった。

書類上ではあるけれど、私はこの人を知っている。

イタリア大使館、総領事『クラウス・バーダット』…!

 

「驚かせてしまったかな、すまないねお嬢さん方」

 

一先ず、日本語での会話は可能、という事は判断出来た。

けれど、その真意まで見透かすことは、未だに出来そうになかった。

 

「お招きいただき光栄です、私は、ロシア国家代表…」

 

名乗ろうとした時点で手で遮られた。

 

「仮初の肩書に関しては言わずとも理解しているとも、日本暗部の長(・・・・・・)よ」

 

こちらの事は既に熟知しているようね…相変わらずイタリアは手が早い…!

 

「そちらのお嬢さんは、中国国家代表候補生、凰 鈴音君、だったね」

 

「は、はい…!」

 

来ると思っていた(・・・・・・・・)よ」

 

私達が大使館前まで来ると先読みしていた、か。

手があまりにも早すぎる、イタリアはどこまで私達の先を見ているというのよ…!?

ここまではあくまでもイタリア側にとっては予想通り…というか、予定通りという事か…。

 

「我が国のハース代表候補生、そしてその兄であるウェイル君が普段からお世話になっていると聞いていてね、まずは会っておきたかったんだ」

 

「本当に、それだけでしょうか?」

 

相手はこちらの手札を悉く見透かしている。

だったら、膠着状態を維持し続けるのは無意味、むしろ悪手といっても差し支えない。

なら露見した状態の手札を投げ捨ててでも突き込む!

 

「それは私も気になってます、守衛の人に名指し(・・・)で呼ばれたことについては気になってますから」

 

「ははは、勘が鋭いお嬢さん方のようだ」

 

総領事は柔らかく微笑む、だけど、その眼光はいまだに炎を宿しているかのように見えた。

 

「では問おう、暗部の長よ。

君等はこの先をどうするつもりかね?」

 

『何を』とは言わないあたり、相当に意地が悪い。

こちらにとっての厄介の種がなんであるのかを完全に国境線の向こう側から完全に見抜いているから尚更に。

確かにこちらは相当に面倒かつ厄介なものを抱え込んでしまっている。

 

かつては神童などと呼ばれていた悪質な教唆犯『織斑 全輝』

 

他者を傷つけ害をなす以外に何もしようとしない出来損ない『篠ノ之 箒』

 

最後に、学園から追い出された挙句に今は政府の厄介になっているらしい『織斑 千冬』

 

この三人がやらかした問題については、その殆どがウェイル君達からイタリア本国へと情報が伝えられている筈。

そもそも、あの三人は『接触・干渉禁止』の命令が下されていたにもかかわらず問題行動を起こし続けている。

果てはテロリストにウェイル君の名前を開示していることも把握されている。

それでも尚、この三人は飽きもせずに国際問題を起こし続けている。

言わば、イタリアは謂れも無き被害を受け続けている状態だ、こんなのどうしろって言うのよ…!

 

「その事については、我々も頭を痛めております。

ですが、事が起きてもなお、日本政府は責任追及から逃れており…」

 

そちら(日本政府)ではない。

君達(暗部)だ、宮仕えを続けていたとしても、いつまで暗君に首を垂れるつもりかね?」

 

…っ!

相当に痛い所を突いてきた。

確かにそっちだって問題よ。

ISが出回り、女尊男卑だなんて頭の悪い風潮が世の中に蔓延し、それは国家の中枢にまで蝕んだ。

今の国政を預かる者については、そういった方面の思考で頭の中を染め上げている者も少なくない。

裏工作、恐喝、賄賂、そういったことをやってでものし上がってきている者もいるのも確か。

それを重ねてきた者達同士で繋がり、結託し、証拠を隠滅までしている。

それだけでなく、報道にしてもそういった者達が好き勝手しているのも事実。

 

正直、私はそういった者に対しては嫌悪している。

自分達の懐を蓄えるためなら、ほんの僅かな損失すら嫌がり、責任を他者に押し付け、決して対処にも動こうとしない。

排除したいと思うのも確かではあるけれど…!

 

「頭の痛い話です。

ですが…」

 

「君が頭を悩ませる者は何人残っているというのかね?」

 

………は?

言葉の意味が、いまいち理解できなかった。

それに、その言葉の表面上だけであれば…すでに何名もが政治の場から切り離されているとでも…?

だとしたら、なぜそれを総領事が把握しているというの…!?

 

一気に寒気が走る。

情報が巡るのが早いだけじゃない…歩んでいる場所が遠すぎるだけじゃない…手が早すぎる…!

こちらにとって都合の悪い頭をすでに何名か排除していると…我々暗部でも手を出せなった事をやり遂げていると…!?

 

「ねぇ、何の話をしてるのよ…?」

 

「なんて…言えばいいのかしら…?」

 

「そうだね…苗木の育つ場所が…土壌が悪いのであれば、植える場所を変えようか、という話だ」

 

「…?」

 

…あまりにも先を越されすぎた。

私達が手を出すペースを事前に予測されきっており、私達が頭を悩ませている事も把握され切っている。

その上で…私達暗部を日本政府…国家から断絶させようとしている。

『植える場所を変える』とまで言い切った以上、イタリアにはその準備があると手札を見せてきた。

 

「では、再度問おう。

君達は今後、どうするつもりかね?」

 

喉がカラカラに渇き、軽い眩暈さえ覚える始末。

私達暗部を千冬さんから離反させ、日本政府からも離反させる。

正直、そこまでは察してはいたけれど、その後の対応として私達を飲み込もうとしている。

アフターフォローのつもりなのかは知らないけれど、どこまで先のことを予定に入れているのよ…!

それでも…正直、暗部の構成員を、その家族の生活を考えれば、イタリアが差し出す手は魅力的だ。

でも、そのためには日本から我々は完全に姿を消すことになり、政治も大きく混乱してくるだろう。

そしてその際には、暗部は手を出す事は出来ない。

遠くから傍観するだけ、復興できる可能性を信じて…

 

「…今すぐには返答は出来ません」

 

返せる返答は、それが限界だった。

確かに考えていなかったわけではない、最善の手なのも確か。

だけど、これ以上は足元を見られるわけにはいかない。

 

「よろしい。

さて、次に凰 鈴音君、君についてだが…」

 

「は、はひっ!?」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

総領事が私に目を向けてきた。

正直、ちょっとビビった。

先程までの楯無さんとの会話では何を話しているのかも理解が出来ていない。

そんな状態なのに、こんな視線を向けられたら私じゃなくてもビビるだろうとは思う。

 

「君は、ウェイル君とは仲が良く、普段から訓練も一緒にしていると聞いている。

君の眼から見て、彼はどう思うかね?」

 

「えっと…粗削りですけど、それでも、搭乗者としてとても強いと思ってます。

いろいろと兵装を使ってますけど、機体制御をフルマニュアル制御していると聞いて驚かされました」

 

実質、言っていることは本当の事だった。

今のこの時世に機体制御をフルマニュアルでしている人なんてまず居ない。

セミオートにしているほうが圧倒的に制御するうえでは楽だからだ。

実際、私もセミオートアシストを使い続けている。

 

「そうか、今後の成長についてはどう思うかね?」

 

「本人は技士を希望しているみたいですから、身を守るための力量は必要かな、とも思ってます。

だから、今後の訓練でも私は」

 

「では、今の学園の中で起きていることをどう思っているかね?」

 

プレッシャーが強くなった、そう思う。

初老の人物、そう思っていたけど、それでも大使館を預かる総領事よね。

凡人で在る筈が無かった、楯無さんが緊張していた理由も今になってわかる。

背骨が自然とまっすぐに伸びるのが判った。

 

「問題ばかりが起きているとは思っています…それもこれも…」

 

「なるほど、では…」

 

バアァァンッッ!!

 

突如として、扉が勢いよく開かれた。

扉が開かれたそこには黒いスーツの人物、職員の人だろうか?

 

「どうした?」

 

「歓談中失礼致します!新宿方面で大事件が…テロシンジケート『凛天使』による爆撃テロが起きました!」

 

…は?

 

 

直後、ウェイル達と合流してエントランスへと案内され、モニターを見せられた。

それは、地獄のような光景だった。

 

新宿の大通りで、突如として数人の通行人がIS、フランス製第二世代型量産機『ラファール・リヴァイヴ』を展開。

無差別に(・・・・)、銃撃、ミサイルや榴弾砲を使っての砲撃を見境もなく始めた。

一般車両、公共のバス、電車、ビル、施設に対し、次々と攻撃を繰り広げていく。

それこそ、警察なんて役にたつ筈も無い、数秒で制空権を奪われ、上空から、砲撃兵装を…見覚えがある、アリーナの電磁シールドすら貫通して見せた兵装で周囲を薙ぎ払う。

市街地は2分も経たずに地獄のような光景へと変貌していく。

周囲の人達が一時的に避難したであろう新宿駅ですら、次々とミサイルが撃ち込まれ、建物が地下諸共崩壊していく。

電車も新幹線もミサイルの餌食とされ、乗客と一緒に線路から外れ、地上に叩きつけられる。

それでもテロリストは攻撃を辞めようとしなかった。

そうこうしているうちにテロリストは新たに見覚えのある砲撃兵装と共に、更に新たな兵装を準備していた。

リヴァイヴの両肩と、両脚部装甲の側面に追加された兵装、、そこから円筒型のミサイルが豪雨のように発射されていく。

 

「あれは…拠点爆撃用の兵装だわ…」

 

周囲のビルへと打ち込み、爆砕していく。

爆撃されたビルは倒壊し、逃げようとしていた多くの人々に瓦礫の雨を降らせ、その質量で圧殺する。

辛うじて潰されずに助かった市民に対しても、執拗なまでに銃弾とミサイルと榴弾砲が撃ち込まれ、殺戮は繰り広げられ続けた。

続く大量の焼夷弾の豪雨により、休日の市街地は地獄と化し、生存者が見つからなくなるまで攻撃がされ、その時点でISはどこかへと飛び去って行った。

それが衛星カメラで記録された最後の映像だった。

 

Prrrrrrr!

 

「虚ちゃん、ええ、私は無事よ。

簪ちゃん達は?お台場へと向かっていた筈よ、今すぐに安否確認を。

学園外へ出かけているであろう学園生徒に学園への即刻帰還命令を伝令して。

それから、自衛隊による救援部隊を編成、新宿に今すぐに救難へ向かわせます。

こんな事態よ、防衛省だって黙って見ている筈が無いわ」

 

楯無さんがテキパキと指示を出している中、私は声が出せなかった。

モニター越しとは言え、眼前で起きていることに頭が回らなかった。

 

「無差別テロ、だよな…」

 

「うん、間違いない…。

ただでさえ休日なのよ…?繁華街にどれだけの人が居ると思ってるのよ…?

あのテロリスト共、何の為に…?」

 

「テロリストの考える事なんて判りません、判りたくもない…!」

 

メルクがかすれた声で反応をするけれど、どこか怒りさえ感じているようだった。

 

「俺もメルクも、一度だけだがテロに遭ったことが在るからな、それでも…」

 

私の頭にウェイルの手が載せられる。

でも、その手もなんだか冷たく感じた。

 

「総領事、被害を受けた人の中にイタリア人も居ると思われます。

まずは人数把握を」

 

「ああ、承知している」

 

思考がようやく現実に追いついてくる。

深呼吸を繰り返し、気持ちを追いつかせる。

ここで私がするべき事は…!

 

「すみませんが、電話を貸してください。

中国の大使館に急ぎ連絡を取ります、こちらもすぐに動かないと」

 

事態の把握は最低限度は出来ている、私も大使館への連絡から行動を始めないと!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「ねぇ、向こうの騒音は何が起きてるのかしら?」

 

簪の案内でお台場と呼ばれる地域に来ていたが、西方向から聞こえてくる轟音に私も視線を向けた。

ビル街では見晴らしも悪く、何が起きているかが把握も出来ず、展望台へと駆ける。

私の後にティナ、簪、シャルロットの順番に続いてくるのを視界の端にしながらも、階段を走り抜けた。

ほかにも多くの観光客がいたが、そんなものには構っていられない。

 

「ここからなら、見えるか…?」

 

「すみません、お借りします!」

 

展望台に居た観光客からシャルロットが双眼鏡を借り受け、覗き込む。

だが、そんな物が無くとも見えるものはあった。

 

「黒煙…?市街地がある方向だろうが、狼煙でもあげているのか」

 

「違う、そんなんじゃないと思う」

 

「どういう事?」

 

「これを見て」

 

簪が見せてきたのは生徒手帳、そこに二通のメールが送られてきていた。

一通は『安否確認』、そしてもう一通は

 

「『即時帰還命令』!?」

 

私も自分の生徒手帳を確認する。

同様のものが届いてきている、だが一斉にこういったものが通達されるという事は…?

 

「多分、緊急事態。

急いで学園に帰ろう」

 

「承知した」

 

「ショッピングを楽しんでる余裕は無さそうね」

 

「そうだね、あ、双眼鏡を返しておかないと!」

 

臨海学校で使用する水着は各自購入をしているので問題は無いが…問題は…

 

「今日中に帰れるのか?

この場所も混乱と動揺が広がり始めているから、公共交通機関がどうなっているかが心配だが…」

 

「最悪の場合はISを展開しないと帰れそうにないかもだね…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

私たちが学園に戻ってこれたのは夕方になってからでした。

大使館での宿泊も考えはしていましたが、学園からの帰還命令もあり、この場でじっとすることも出来ず、大使館から車を出してもらった。

交通の混乱も起きており、想定以上の時間を要し、学園への帰還が叶った。

だけど、学園でも教職員の人達が大騒ぎになっているのが見受けられた。

 

「安否確認はどれだけ済んでいるの!?」

 

「9割以上は確認が取れました!

安否が確認出来ていないのは、残り5名!

いずれも外出届が出されている生徒です!」

 

「通話にも応じません!」

 

「生徒手帳で探知できた最終ポイントは何処なの!?」

 

まだ、安否が確認出来ていない人も居ることには、正直背筋が寒くなる。

それだけではなく…

 

「お母さん…?イヤアアァァァァァァッッッ!!」

 

「あそこに、新宿には私の兄さんが居るの!どうして!どうしてなのよぉぉぉぉぉっ!」

 

「離して!すぐに!すぐに新宿に行かないと!妹が居るのよ!助けに行かないと!」

 

生徒の中でも混乱が広がっていました…。

この国の人なら、家族が居る場合だって考えられる。

だけど…もう……

 

「想定以上に酷い事態だわ、私はこれから事態の収拾に回るから、食堂で待機しておいて」

 

楯無先輩はどこかに走り出し、私たちは食堂に残された。

此処は、事態の行く末を見守る事にした方が良さそうですね。

食堂は機能しており、お兄さん達の食事も用意してもらう。

いつものボックス席に入っても、鈴さんもお兄さんも沈黙したままでした。

ようやく出てきた言葉は

 

「何が起きているんだ、この国で…?」

 

かつて、テロに遭った事があるからか、戦場での命の脆さを見てしまった。

戦う力を持たない人達の無力さを、迫りくる理不尽さを知ってしまっている。

だから…

 

「これで反IS団体が調子づくでしょうね…日本政府はこの事態にどうあたるのかしら…?」

 

「さぁな、いずれにしても、俺達の手の届く範囲じゃないさ…」

 

「もどかしい、ですね…」

 

この日ばかりは、夕食もマトモに喉を通らず、夜間訓練もする気になれませんでした…。

 

 

そして翌朝、食堂で朝食の時間に、そのニュースが取り上げられていた。

『新宿でISによる無差別爆撃テロ、史上最大級の人災、死傷者の把握は未だ至らず』と報道されていた。

 

新宿の大通りでの10機のISが突如として展開され、道行く一般人への攻撃、公共交通機関の破壊、避難した人達への執拗な攻撃、ビルへの爆撃による倒壊、それに圧殺されたであろう人達も居た事が大雑把に報道されていく。

死傷者数はどれだけ少なく見積もっても200万人を軽く超える事になるだろうとも言われ、これに並ぶテロ被害は存在しないとも言われていた。

 

「平和な街の中での殺戮劇、一般人だけの市街地でテロをすればこうなるのかもしれないわね」

 

同席していたティナさんもそんな言葉を紡いでいた。

 

「だが、奴らの目的はなんだ?

何を狙って一般人を相手に戦争同然の戦力を注ぎ込んだ?」

 

ラウラさんも、それを見いだせていなかった。

多分、このニュースを見ている人も、誰も答えを出せていなかったかもしれない。

 

「前例は在る、少なくともイタリアに居た頃に聞いただけなんだがな」

 

「前例って?」

 

「…凛天使のテロ活動を酷評した人が居たが、その報復に凛天使はその人物が住んでいた都市ごと壊滅させた事例があるんだよ」

 

確かに、私もその話をお姉さんから聞いた覚えがある。

それが、この国にも起きたという事だろうか。

そんな折だった、最悪の報道が流れ込んできたのは

 

『ちょっと待って、コレ本当なの!?』

 

モニターに映るニュースキャスターが何か慌てている様子だった。

手には何か用紙を握っている。

 

『え~、犯行をした組織からの犯行声明文(・・・・・)が当局に送られてきました。

各所には実名などが出ている為、その点に関しては伏せさせていただきます。

では、読み上げます…』

 

そして、その最悪の声明が日本全国に報道された。

 

『我々は凛天使、全世界に存在する女性たちの権利と平等を守るために活動をする慈善団体である。

此度は、ヨーロッパで発掘されたと言われる男性IS搭乗者という巨悪を討つ為、その存在が新宿に現れると言う情報が市民から報告された。

我々はいずれ世界中の全ての女性達に悪影響を及ぼす巨悪となるであろう存在を事前に排除するために今回は活動を行った。

その際、多少の負傷者を出してしまったが、巨悪を排除するための最低限度の犠牲である。

だが、これによって巨悪は討伐された。

我々はこれからも女性の権利と平等を訴えるために活動を続行していく。

…以上になります』




クラウス・バーダット
誕生日8月7日 43歳
イタリア大使館日本支部総領事館。
かなりのキレ者であり、鋭すぎる洞察力を有する。
日本国内に巣くっている汚職議員の行く末を把握しており、暗部である更識を日本政府からの離反を促す。
離反した先の行き場所に関しても言葉を用いずに示しており、すでに楯無からすれば心臓をつかまれているも同然になってしまっていた。
ウェイルやメルクとは面識は無く今回が初対面だが本国から色々と話を聞いているが、一歩引いた場所から見守るようにしている。

本国側にもいくつもの太いパイプを有しており、多くの有識者との面識を得ている。
最近の悩みはイタリアの首相から釣りの魅力を思い知らされながらも、自身は仕事の都合上で釣りに勤しむ事も出来ないというもの。


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第83話 沌風 視線が

新年あけましておめでとうございます(遅過ぎ)
正月早々とんでもないことになっていますが、皆さん大丈夫でしょうか?
津波、火災によって被害は広がる一方、地震は微弱なものから震度3を超える余震が繰り返し続いているようです。
(執筆時、14時段階で既に200回弱程)
寒さもまだまだこれから続くのに、被災地が心配です。
東日本大震災、中越地震、それ等に続いて今回の震災です。
人間の目に届かぬ場所にて何が起きているのか、被災地の皆さんのこれからも非常に心配です。
どうか早く収まってくれればいいのですが…。


最悪の報道だった。

その直後、食堂に居る皆の視線が俺に突き刺さるのを感じた。

確かに、ニュ-スでは実名は伏せられているが、こんなもの俺を名指ししているのも同然だった。

 

「ねぇ、ハース君…どういう事?」

 

「新宿の事件、ウェイル君が狙いだって言ってるけど…?」

 

「ウェイル君を討つ為だけに、あんなにも犠牲者が出たってこと…?」

 

そんな問いが俺に向けられるのも当然だったかもしれない。

だが、俺に返せる答えなんて無いに等しい。

だから問いに返すのが答えではなく、更なる疑問でしかなかった…いや、言い訳でしかなかったかもしれない。

 

「俺にとっても驚きの話だよ。

そもそも、俺は新宿に行くだなんて、言った覚えは無い。

今日は外出していたのは確かだけど、俺達は別の方向に行っていたんだ。

話を知ったのは、出かけた先で、すでに事が終わった後だったんだよ」

 

煙に巻くしか形しか言える事は無かった。

冷たい視線はそれでも俺に突き刺さってくる。

そんな折だった

 

『1年3組、ウェイル・ハース君。

学園内に居るのでしたら、大至急、学園長室に来てください』

 

教師陣からの呼び出しだった。

これは救いか、更なる尋問が待ち受けるのか。

それでも、こんな冷たい視線に晒される地獄からは逃げられそうな気がした。

渡りに船、というわけでもないが、食事を途中でやめて立ち上がる。

 

「私も行きます」

 

メルクの同行は正直にありがたい。

俺では見えない視点での言葉や証言もとれるだろうからな。

 

「そういう訳だ。

悪い、学園長から呼ばれてるから。

ああ、それと、ハッキリと言っておくが、俺は新宿に行くだなんて一言も言った覚えは無いからな。

それは覚えておいてくれ」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

少しだけ、ウェイルの背中が小さく見えた。

あんな報道があった後で、みんなからは冷たい視線に晒され、辛そうにも見える。

皆は何も知らないから、真実を求めているのは理解できる。

でも、だからと言ってあんな冷たい視線を向けるのは間違ってると私には理解できた。

 

「ねぇ、アンタ達はなんでウェイルにあんな視線を向けてたの?」

 

だから、コイツらの目を覚まさせると決めた。

このままだと、ウェイルは一夏と同じ道を歩んで行ってしまう、そう思ったから。

 

「え、だって報道では…」

 

「ウェイルが新宿に行くだなんて事は一言も言ってなかったわ。

それは私が保証出来る、それに昨日は新宿よりもずっと南にある港区のイタリア大使館に行っていたのよ。

私もその場所に同行していたわ、生徒会長も、ね」

 

「そもそもハースはテロを毛嫌いしている。

そんなアイツがテロを起こさせるようなことをするものか」

 

助け舟を出してくれたのはラウラだった。

なによ、アンタもウェイルを深く理解しているみたいじゃない。

 

「…………」

 

周囲の生徒には混乱が広がりつつあるのは目に取れて見えた。

信用、疑念、戸惑い、そして不信。

 

「それに報道でも言っていたわよね『市民からの報告』が在ったって。

疑うべきはそっちじゃない?」

 

だから、未だ姿の見えない第三者へと矛先を向けることにした。

 

「『ウェイル・ハースが新宿に向かう』、そんなデマ情報を密告した誰かが居るってことよ」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

俺とメルクが呼び出された学園長室には、左右に教諭が大勢そろって出迎えていた。

共通しているのは疑いを向けるような視線だ。

嫌だなぁ…弾劾裁判だとか魔女裁判のようにならなければ良いんだけどな…。

学園長もまた、異様な迫力を感じさせられた。

 

「先程の報道は見ましたね?」

 

「…はい…」

 

「君は今日、何処に行っていたのですかな?」

 

「港区のイタリア大使館です、連絡を取ってもらえれば、裏付けもできます。

大使館に行く前には多少ショッピングもしていましたが、そちらに関しても生徒会長と中国国家代表候補生が同伴してくれています」

 

訝しまれているからだろうか、問われる事に対し、それ以上の返答も返しておく。

 

「なるほど…では、新宿の件については?」

 

「大使館でその報せを聞いて、初めて知りました。

その報せを聞いた時には、既に事が終わった後のようでしたが」

 

「君は、新宿へ向かうとは誰かに教えたことは在りませんかな?」

 

「いいえ、一度もありません。

確かに、新宿に一緒に行こうという誘いは受けたのは確かですが、その際にはしっかりと断っています。

ですがそれでも尚お疑いでしたら、部屋のPC、生徒手帳でのメールのやり取りを確認してくださっても結構です。

履歴は残らずとも、人伝いにもそういったことは一度も口にしていないことはお約束できます」

 

そう言って、俺は学園長が居る机の上に生徒手帳と個人の携帯端末をたたきつけた。

メルクも俺に倣って手帳と個人端末を机上に置く。

これを境に姉さんの存在がバレてしまうかもしれないが已む無しだ、それで信頼を得られるのなら安い話だ。

周囲の教師陣にも混乱が広がるのが目に取れた。

やっぱり、疑われていたのかもしれない、流石にこんな状況で疑われるのは辛いなぁ…。

 

「勿論、人から人へ話が伝わって、どこかで話題が形を変えてしまっていた可能性はあったかもしれません。

ですが、そちらに関しては、私たちの手から離れたことですので、どうする事も出来ません」

 

メルクも言葉を発してくれていた。

いつも隣に居てくれるメルクだ、俺の行動の保証は出来るのだろう。

 

「ですが!必要以上にお兄さんを疑うようなことがあれば、大使館を通じて、イタリア本国から抗議を入れさせてもらいます!」

 

おいおい!それは話を大きくし過ぎじゃないか!?

メルクってここまで派手にやるような人間像じゃなかった気がするんだが!?

 

「その必要性は在りません。

すでにイタリア大使館とイタリア本国からの抗議文が届いています」

 

あっちもあっちで話が早ぇ…。

 

「遠回しにでは在りますが、ハース君が名指しされた事。

報道機関にハース君の実名を知られた事…そして…ハース君が亡き者としての扱いを受けていた点、他にも多くの抗議が届いていますよ。

この数分間でコレですからな、本国が動くのもそう遠くはないでしょう」

 

「そう、ですか…。

では学園長は俺達の話を信じてくださると?」

 

「君は学園内で多くの頼みごとを受けては頑張ってくれています。

多くの人から培ってきたその信用を裏切るような事はしないでしょう」

 

信じてくれているらしい、その事に少し安心した。

これで話は終わりだろうか?

 

「では、これで俺たちは失礼しま…」

 

信頼はされているらしく、生徒手帳と携帯端末の中身も確認されることもなく返却された。

それをポケットに入れ、踵を返そうとしたタイミングで

 

「待ちなさい、もう一つ、訊いておきたいことがあります」

 

「何でしょうか?」

 

「事は、コレで終わると思いますかな?」

 

その言葉がどういう意味なのかは俺には理解が出来なかった。

首をかしげながら考えても、答えは全く出てこない、だから…

 

「判りません、ですが犯行声明文から察すれば、凛天使は俺が死んだと思い込んでいるようにも見受けられますから…。

個人的な憶測…いえ、願望ですが…終わったものであってほしいと思います」

 

本心だ。

俺を標的に…俺を理由にテロが起き、大勢の人達が殺されたという現実が心に圧し掛かってくるのを感じる。

俺のせいで…多くの人が殺された…俺のせいで…!

こんな事になるくらいなら…こんな国に来なければよかった(・・・・・・・・・・・・・・)…!

 

「そうですか…。

詰問は以上です、退室なさい」

 

学園長の言葉の言葉を皮切りに、俺とメルクは退室した。

けど、

 

「盗み聞きか、鈴」

 

扉の前に鈴が居た。

それだけでなく

 

「ラウラさん、ティナさんも…」

 

シャルロット、簪も居る。

それだけでなく、3組のクラスの皆も殆どが揃っていた。

まさかとは思うが盗み聞きしてたんだろうか?

だとしたら行儀悪いなぁ、皆は

 

「わ、バレた!?皆!散開!」

 

そして蜘蛛の子散らすように逃げ出した。

行動力があるなぁ、もっと別の方向に向ければいいものを…。

 

「安心しなさいよ、ウェイルを疑う人は殆ど居ないから」

 

「そうよ、今回はウェイル君の信頼の裏返しなんだから!」

 

鈴とティナの言葉が今だけは有難かった。

少しだけだが胸の内が軽くなる気がする

 

確かに、考えていたんだ。

あのテロは、俺を狙って(・・・・・)起きた。

より言うのなら…俺が原因(・・・・)で起きたテロだと思っていた。

だから、この二人の言葉はほんの少しだけど…確かに救いでもあった。

持つべきは親友だよな、今更ながらにそう思う。

 

だが、疑問が残る。

あの報道が真実であれば犯行声明文の中にあった『市民からの通達』というのが在った。

姿が見えないその人物が、『ウェイル・ハースが新宿に現れる』と密告したことになるが、それは誰だ?

俺の存在をリークしてソイツになんのメリットが生じているんだろうか?

それに、凛天使に流された俺の情報とはどれだけのものだ?

フルネームを知られてしまっていることはこちらも既に把握済みだ。

なら、今回の情報量は?

所在だけか?

顔まで知られてしまっていたら、もう表を歩けないんだが…。

これからは一生涯変装して生きていかなきゃならないのか?

染髪するのも本格的に視野に入れる必要性が出てきたな、またメルクも母さんも泣いてしまうんだが…。

 

「急いで本国に知らせる必要性が出てきたな…」

 

生徒手帳と携帯端末は確認される事も無く返却されてはいるが、部屋のPCを使ったほうがいいだろうか…?

 

「面倒な話になってきたな…」

 

「お話お疲れ様、ウェイル君」

 

面倒な事態に頭を悩ませながらも、部屋の前に戻ってくると楯無さんが待ち構えていた。

広げた扇には『信頼してます』と記されている。

な~んか、更に話が面倒になりそうな予感が…。

 

「学園長室には居ませんでしたね、どうしました?」

 

「あら、労いに来たのよ。

それと色々と伝えることも、ね」

 

仕方なく部屋に招き入れるが…人数が多いな…。

俺、メルクは当然として、鈴、簪、ティナ、シャルロット、ラウラ、布仏姉妹、そして楯無さんと合計10名にもなってしまった。

学園が支給してくれている学生の私室は、1流ホテルの様な部屋ではあるが、此処までくると手狭に感じられる。

メルクが人数分のドリンクを用意してくれ、ようやく話が始まった。

 

「安否確認のメールを学園全生徒に送ったけれど、確認が取れていない人数は残り5人まで絞られたわ。

また、2人は病院に担ぎ込まれた事までは把握済み。残り3人はおそらく、未だに新宿に居るでしょう、最悪のパターンも考えられるわ」

 

最悪のパターン、これは言われずとも俺には理解が出来ていた。

それは『テロに巻き込まれて死亡している』場合だろう。

 

「死者、負傷者の人数はまだ判明していないわ。

休日に於ける繁華街での唐突なテロだから、倒壊したビルや駅にも数えきれない人が居た筈でしょうから」

 

「なら、250万人というのは?」

 

「憶測よ、通常であれば、その場に凡そそれだけの人で賑わっているであろう、という推測だと思ってくれていいわ」

 

それでも途方もない数だ。

狙いは俺一人だけであり、その為に的外れな場所で溢れかえるほどの破壊と殺戮を繰り広げている。

 

「ねえお姉ちゃん、なんでウェイルが『巨悪』扱いされているの?」

 

「彼女達にとって、将来的に自分達の立場を崩されかねない、そんな可能性を感じていたんでしょう」

 

「可能性だけで俺を殺しに掛かってきてるのかよ」

 

よくよく考えてみれば、イギリスとフランスの緊急用国庫の金をまとめて持ち出して兵器なりなんなり仕入れているだろうけど…。

 

「凛天使の攻撃はこれで終わりになるんですか?」

 

俺としても判断しかねることであり、確認しておきたかったことだ。

これでも攻撃が収まらないのであれば、俺はイタリア本国へ送還されてしまう日も遠くはないだろう。

日本に居続ける事が出来なくなるのであれば、それは仕方ないとも思えるけど、それで無関係な人間が殺され続ける事態を回避できるというのであれば…。

 

「現状は不明ね、これで終わりだというのは個人的な憶測であり、願望だけれど…」

 

やっぱり、こればっかりはハッキリとは明言出来ないか。

 

「それに…学園上層部は楽天家しか居ないのかしら?

6日からの臨海学校を通常通りに行えって言ってきたのよ!?」

 

楽天家、というか物事を軽く見ているのか、俺としてもハッキリとは判断出来なかったが、皆の呆れているかのような反応にどういう判断かは察してしまう。

 

「この国の上層部って、頭の中がお花畑じゃないの!?」

 

鈴の反応もまた凄いな…。

ティナも簪もウンウンと頷いているから余程の事だろうと推測できた。

他人のことに対してはどこまでも鈍感なんだろう。

 

「じゃあ、話の続きよ。

生徒の中には、今回のテロで家族を失った、もしくは家族と連絡が出来ないという人も何人も居たわ。

その事態も鑑みて、学園内でカウンセリングを開くことになったわ。

授業も暫くは休校、2年生や3年生には、各自自習とはなったけれど、その実は帰国準備の通告が言い渡されてるの。

今度は学園に砲火が向けられる可能性も無いとは言えないし、電磁シールドを貫通する兵装が量産されていることも把握が出来ている以上は、IS学園は『世界で最も安全な場所』とは言えなくなった。

これから教職員は、それぞれの国家や自治体への話を通す激務に追われる事になるでしょうね。

学園に配備されているISも、学園から自衛隊に管理を任せる事にもなるでしょうし、そっちにも話をしておかないと…ああ、忙しいわ」

 

相当面倒なことになっているみたいだな…。

というか、そんな事態になってこの学園は今後は運営していけるんだろうか?

まあ、そこは俺がとやかく言うところでもないから放置するしかないな。

 

「それともう一つ、1年1組は、これまでの事を鑑み、連帯責任として臨海学校では旅館の中で通常授業を執り行います」

 

うわぁ、折角のバカンスの期間を座学の授業で全て費やすのか。

流石に同情したくなってくる、と思ったが辞めた。

1組といえばあの二人が居る所だったな。

 

そして、続く話では1年生は臨海学校が終了し次第、学園に帰還してからの休校…もとい帰国とかをするようになるらしい。

今から部屋の片付けをしておいたほうが良いかもしれないとも言われた。

 

話は大体それで終わりだった。

虚さんが言うには、新宿と呼ばれる地域ではこれから、自衛隊と呼ばれる組織による救援活動が行われるらしい。

そしてこれは夜間もぶっ通しで行われるそうだ。

これで助かる命が一つでも多くなればいいんだけどな。

 

「ですが問題があります。

新宿駅駅を中心に半径5キロメートル、多くのビルが円を描く形で倒壊し、地上からの侵入が出来ない状態ですので、内部に入るにはヘリが必要になります。

また、市街地の被害は尋常なものではなく、倒れたビルに押し倒され、ドミノ倒しのように連鎖的に崩壊を始めている建物も少なくありません。

そうなれば、被害はより拡大し、復興には数十年単位は要する可能性も否定できません。

また、他国からも救援が入ってくる予定ですので、それで多少は早まるとは思われますが…」

 

大体は理解できた。

だが、気になることはまだ残っている。

 

「『俺が新宿に向かう』、そう凛天使にリークしたのはどこの誰なのかは判明しているんですか?」

 

その人物の所在がハッキリとしていないのなら、そして俺の生存を知られてしまっているとするのなら、新宿のような被害は今後も拡大し続けていくだろう。

そうなれば、死者の数は爆発的に増大していく。

それを根幹から断つには密告をした人物、そして凛天使の根絶をしなくてはならないだろう。

 

「いいえ、現在は不明なままです。

暗部としても今回の件はそれを判明させようとしています」

 

…なら、良い。

その事もイタリア本国に伝えなくてはならないだろう。

紅茶を一気に飲み干し、報告する内容を頭の中で整理し始めた。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「……チッ!出ないな、巻き込まれたのか?」

 

彼、織斑全輝は携帯端末を机の上に放り投げた。

ウェイル・ハースが新宿に女子生徒が誘う(・・)話を偶々ではあるが耳にし、嘗ての腰巾着を利用し、ウェイルに暴行を振るわせる予定でいたが、彼にとっても想定外の事象が起き、念のために連絡を取ろうとしていた。

時間を空けながら幾度か電話をかけてみるが、一向に反応がない。

通話に応じられないのか、はたまた電源を切っているのかは定かではなかったが。

また後程に連絡を入れようと考え、端末に視線を送る。

 

視線が向かう先はPCモニター。

そこには新宿の事件が映されているが、それを見て口元を歪ませる。

彼自身の想定としてはかつての腰巾着に暴行を振るわせ、ウェイル・ハースを再起不能にすればそれでいいとも思っていたが、この事件の渦中に居れば生きていないだろうと考えた。

彼にとっては望んでいる形ではなかったが、それでも視界の中に居続けた目障りな存在を排除できたのならそれでいいと思った。

これまでも、目障りだと思ってきた同級生なり転校生をそうやって排除してきた。

多くの人に関心を向けられる人間が『気に入らないから』『目障りだから』というだけで排除し続けた。

その際には、自分が直接手を下す事は無かった。

常に間に人を挟んで利用し、そうやって手を下し、潰してきた。

今回も似たような方法だった。

間に人を挟み、自分の存在を悟られぬように振舞い、上から見下し続けた。

それが最も賢く、スマートな方法だと思っていたから。

 

「だが、どうせアイツもコレで終わりだ。

その無様な姿を見下ろせなかったのは残念だがな」

 

彼の視線には『ウェイル・ハースの死』だけが偶像的に映っているだけだった。

多くの人が傷を負い、また、血を流したことなど見えていない。

そういった事には、彼の目が向かうことではなかった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「あの二人が無事で良かったサ」

 

真夜中にも拘らずメールが届き、私は飛び起きた。

送り主はあのコニッリョ・ルナーレ(アホウサギ)からだった。

すぐに奴の拠点に向かい、信憑性の有無を図った。

 

「うん、事実だよ。

日本の新宿は壊滅した。

テロ組織『凛天使』による広範囲爆撃テロでね」

 

「被害はどうサ?」

 

「把握不能、少なくとも250万人以上の死者が出てるだろうね。

それと、日本で行われた報道だけど…」

 

それを見て本気で血管が破裂するかと思った。

凛天使のどこが慈善団体だってのサ!?

しかも、ウェイルを名指しで攻撃してこの被害を出しておきながら何が『多少の負傷者』!?

 

「相変わらず頭のネジが外れてるね。

イギリスとフランスの国庫を掠め取って、慈善活動の内容がテロ活動だからね。

これ、欧州連合と欧州統合防衛機構(イグニッション・プラン)にも伝えたほうが良いよ」

 

「ああ、そうするさ。

当然首相にも伝えておくとするサ。

ウェイル達が無事なのは何よりの報せだけどサ、リークしたのはどこの誰サ?」

 

「そっちは私に任せて、今日と明日で調べ上げるよ。

私をここまで本気で怒らせた(・・・・・・・)輩は何処の誰なんだろうねぇ?」

 

イタリア本国に知らされたメールは私も把握したサ。

だけど、これで終わりではないと私の心の内側では警鐘を鳴らし続けていた。

どう転んだとしても、タダでは済まさない。

 

「掴めたらクーちゃんとスパルタクスに伝えるよ。

それまでは連絡を待っといて」

 

「それで、アンタはどうするつもりサ?」

 

デスクの上に乗せられた一枚の書類。

それにはコイツの両親の過去の名前が記されている。

尤も、それはコピーされたものでしかないが、実際には有効になっているものであるとは理解している。

 

「ああ、コレ?母さんと父さんは理解してくれているから、ね。

こっちに関しても任せておいてよ」




向日 葵(むこう あおい)
1年4組所属 新聞部部員
自称、次期新聞部部長のエースジャーナリスト
ジャーナリズムを掲げてはいるものの、半ばパパラッチの領域に足を突っ込んでいる。
7月4日に新宿に向かい、テロに巻き込まれて緊急搬送された。
症状:左足大腿骨骨折により長期入院

綾瀬川 舞華(あやせがわ まいか)
1年2組所属 バレーボール部部員
昨今のブランド、ブームに詳しく、新しいISスーツを作るという目標を立てている。
7月4日に新宿に向かい、テロに巻き込まれて緊急搬送された。
症状:比較的軽症だが意識不明の昏睡状態、長期入院が検討された。

チルティ・ハンミア
1年2組所属 ダンス部部員。
情熱のダンスを好むスペイン出身の生徒。
次期ダンス部部長は確実とまで言われていた。
7月4日に新宿に向かい、テロに巻き込まれて若くして死亡した。
攻撃に狙われた幼い子供を守ろうとしていたらしいが、榴弾砲を撃ち込まれ幼子共々体が真っ二つにされた状態で遺体が発見された。

アナレア・ハンス
1年5組所属 図書委員。
ハンガリー出身の生徒であり、ウェイルと同じ技術者志望。
4組の中では、簪の次に頼られる人物でもあった。
7月4日に新宿へ向かったがテロに巻き込まれ、ミサイル攻撃によって倒壊したビルに押し潰され、即死した。

ネーナ・L・コーネティグナー
1年4組所属 ラクロス部
同じく技術者志望のベルギー出身の一般生徒。
欧州統合防衛機構総長であるレイ・L・コーネティグナーを父に持つ。
7月4日に新宿に向かい、テロに巻き込まれる。
大勢の人を助けようと避難誘導を手伝っていたが、テロリストによって射殺された。
彼女の遺体は爆撃により吹き飛ばされ、倒壊したビル群の外に吹き飛ばされたらしく、即日に発見された。


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第84話 海風 蒼に染まる

久々にあのセリフを入れたかったんです…。
そして軽度キャラ崩壊ありなので要注意
今回もウェイルの秘密兵器の紹介もあります。


臨海学校強制敢行
臨海学校に関しては事前に決められていた話ではあるが、今回は日本政府の強硬姿勢によって強制的に敢行された。
予定を取りやめれば、当然だが莫大なキャンセル料を支払うことになり、日本政府はそれを断固として拒絶。
学園側も、篠ノ之 箒が繰り返し学園内の備品の破壊行動を行い、物資補填につき予定外の出費を繰り返すことになり、年内予算が限界に至っていた。
そのタイミングで臨海学校に対しての190名近くの生徒と教師陣のキャンセル料負担は出来ないと判断し、やむなく1年生を臨海学校への出向を決断した。
また、強制退学処分となり、出向けなくなったイギリス人生徒、並びに病院への入院中、現状行方不明(実際には死亡)になっている生徒達の代わりに、第二学年、第三学年の教職員をメンタルヘルスカウンセリングの役目を兼任することで同行させている。
それに伴い、学園は当面休校、それを口実とした2年生、3年生の生徒達の帰省、帰郷、帰国を促す準備に入っている。
1年生は臨海学校終了後にその予定に入ることになっている。
その為、一学期期末試験、終業式は取りやめになった。


夢を見た。

粘着く闇の中、男の子が蹲っている。

俺はそれを見下ろしている。

男の子の体はボロボロで、着ているどこかの学校の服は泥だらけだった。

 

『誰かが傷つくのを見たくない…なら、俺が代わりになっていれば、誰も傷つかずに済む…』

 

夢の中の子供はいつもボロボロだった。

体だけじゃない、心もだ。

自分が傷つく役目を負って、自分以外の誰かが傷つくのを防ごうとしている。

あんまりにも悲壮な覚悟にも見て取れた。

 

『家族という言葉が嫌いだった(・・・・・・・・)

それは、俺には手の届かない幻だから』

 

『家族という存在に憧れた(・・・・・・)

誰もが当たり前に話すそれが、あまりにも眩しかったから』

 

蹲る男の子の言葉が何故か俺の胸を突く。

思い返せば俺には血縁者なんて誰一人居ない。

俺は拾われた子供で、もともとは何処の誰だったのかも俺自身にも判っていない。

 

突如、暗闇が深くなる。

もともと暗かった暗闇が殊更に。

暗闇の向こう側に誰かが見えた。

 

「あの女は…!」

 

黒いレディーススーツに、長い黒髪の女。

会話などまともにしたことは無かった、遠目に見たことがあるだけだった。

足音もさせずに近づいてくる。

それが判っているのに…俺の足が動いてくれない…!

 

あの女の手が俺の喉を掴み………

 

 

 

   ニ

 

 

      ガ

 

 

                    サ

 

 

     ナ

 

 

                    イ

 

 

            オ

 

 

 

 

 

            エ

 

 

 

                         ハ

 

 

 

            ワ

 

 

               タ

 

 

 

                     シ

 

 

 

            ノ

 

 

 

        モ

 

 

 

                  ノ

 

 

 

 

                      ダ 

 

 

 

「…ッ!…ハァ……ハァ…ハァ……ハァ………」

 

暗闇が消え、視線の先に見えるのは学園の私室の天井と…泣き顔になったメルクだった。

釣りを楽しみに眠っていたはずだったのに、飛び起きてしまっていた。

部屋が暗い…のは当然か、時間を見ればまだ真夜中だ。

 

「良かった…気が付いたんですね…」

 

隣で眠っていたであろうメルクが泣き顔で抱き着いてくる。

また、俺は悪夢に魘されていたらしい。

悪夢に魘されるだなんて、いつ以来だっただろうか。

 

「いったい、どんな夢を…?」

 

「……悪い、思い出せない」

 

悪夢を見たのは判っている。

なのに、俺はいつもそれを思い出せなかった。

 

それはそれとして

 

メルクが抱き着いていても判る。

今の俺は汗ビッショリだ、それにもかかわらずメルクは抱き着いていて離そうとしない。

着替えたい、その前にシャワーを浴びたい…けどこうなったらなかなか放してくれないんだよなぁ…。

 

メルクが泣き止んだのは太陽が昇り始めるころだった…。

 

 

 

 

 

 

その日、あれ以降は一睡もせぬままに俺達は本当に臨海学校に赴くことになった。

あんな事があったのにも拘らず、それでも学園から外出させるだなんて上層部は何を考えているんだろうかと頭を疑った。

これに関してはメルクが言い出した事だが、俺も同じような意見ではある。

 

「ここからバスの旅か」

 

朝練を終え、朝食をとった後は校門近くに待機されているバスでの移動になった。

クラス毎にバスに乗り込むため、ティナ、ラウラ、簪、シャルロット、そして鈴とは別々のバスに乗る形になる。

 

「メルク、忘れ物は無いな?」

 

「はい、昨晩しっかりと確認しましたから!」

 

この旅行には、1年生全員が参加している。

精神状態を鑑みて、少しでも気分を持ち直せるようになれば、との配慮もあったそうだ。

実際、真夜中にはあんな状態になってしまっていたメルクも今は気丈に振舞ってくれている。

更には2年生、3年生の担当になっている筈の教諭も、カウンセラーとして同行をしている。

それに関しては俺からは言う事も無い。

そう思い、バスに乗ろうとした瞬間だった。

 

「…?」

 

視線を感じた。

その視線に目を向ければ

 

「………」

 

二つ隣のバスに乗りこもうとしていたであろう織斑、篠ノ之の二人だった。

僅かに強張った表情をしているようにも見えたが、気にせずにバスに乗る。

俺の思い違いかもしれないし、そもそもあの二人には関わりたくない。

それに、折角のバカンスなんだ、少しは楽しい気分になりたいと思う。

 

「どうしました?お兄さん?」

 

「いや、何でもない」

 

事前にクラスメイト達と話し合い、俺が獲得した席は最後列、進行方向から見て左側の窓際の席だった。

肩から提げたバッグは既に荷物室に入れ、手元には何も持っていない。

強いて言えば、待機形態のアンブラだけ。

シートに座して俺はすぐに目を閉じた。

乗り物酔いの心配は特に無い、ヴェネツィアでは大きく揺れる船に乗っていても、どうという事は無かったのだから。

向かう先は東京都からは随分と離れた場所らしいが、この時期だし暖かいだろうなとは思う。

向こうに到着したら気分転換に釣りをしようと心の中で決めていた。

皆の釣り竿も完成し、アンブラの拡張領域に収納している。

ああ、数か月ぶりの釣りだ、思う存分に楽しもう!

 

そのためにも体力を温存をするべきだろう。

 

「悪いが少し寝る、到着したら起こしてくれ」

 

そう言ってさっさとシートの上で寝る事にした。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

青い空、輝く太陽、白い砂浜、寄せて返す波!

正しく夏のビーチ!

 

旅館『如月壮』に来てから直ぐに各自水着に着替えることになり、ビーチに集合となった。

先日はショッキングな事件があったけど、こういう時にはせめて楽しもうと決めていた。

 

「さて、全員集合したわね」

 

3組の担任のティエル先生はといえば、かなり大胆な白いビキニの上からパーカーを羽織っている。

キリッとした表情こそしているけれど、南国のような麦わら帽子を被っている時点で満喫するつもりでいるのは明白だった。

 

「先生ー!1組の皆が居ませ~ん!」

 

嘲笑交じりにティナが素っ頓狂なことを言っている。

これには他の皆もクスクスと笑っている。

皆はそろって理解しているし、これは暗くなりがちな雰囲気を明るくさせようとしてのことだとは理解している

 

「はいはい、1組の皆は旅館の中で通常授業をしているわよ。

これを機に成績で大きく抜かれるかもしれないし、学期末試験で赤点を取らないように皆は頑張りなさいね!」

 

「いや、ここでそんな現実的な話をしなくても…」

 

私のツッコミなどどこ吹く風、ティエル先生は言葉を続ける。

尤も、学期末試験は現時点では取りやめとなっている。

2年生、3年生も今は授業自体が休講、各自帰国や帰省の準備に入っている。

私達1年生もこの臨海学校が終わり次第、同じように帰省の準備に入ることになっている。

 

「先日の大事件の事もあって、心が沈んでいる子がいるのは百も承知よ。

でも、今回この臨海学校に来たからには少しは気を持ち直してね、悩むことは後でも出来るから」

 

そんなありがたいお言葉をいただきながらも私は周囲に視線を向ける。

見渡す限り水着姿の女の子達ばかり。

けど、何事にも例外がある、そもそも女子でもなければ、どう見ても水着姿ですらない人物がそこに一人…。

 

「なんでアイツは…」

 

ウェイルだった。

頭の上にはキャップ、目元にはバイザー型のサングラス。

トップスには肘まで丈のあるカッターシャツの上からジャケットを羽織っている。

その背中には『爆釣日和』とか書かれているけれど、ウェイルはそれを理解しているんだろうか…?

ボトムにはデニム、左手には釣り竿が握られ、右肩からはクーラーボックス、右手には釣り道具が収納されているであろう道具箱が。

そして海岸沿いには旅館から借りてきたらしい小舟が一艘。

どう見ても『泳ぐつもりなど一切無い』と言わんばかりであり『釣りをしに来た』と全身で語っていた。

そんな立ち姿をしているからか、周囲の女子生徒はため息をついてたり落胆してたり…。

アイツ、本気で釣りを楽しむつもりでいるらしい。

 

「水着姿のウェイル君を拝めると思ったのに…」

 

「逆三角形の上半身を期待してたんだけどな…」

 

「折角サンオイルまで準備したのに…」

 

そして女子生徒は文句を言ってる人が多いこと多いこと…

 

「それじゃあ、解散!

夕方には旅館の入り口に集合よ!」

 

パンと手が鳴らされ、全員が散った。

準備運動をする人、それすらせずに海に飛び込む人、日光浴を勤しもうとする人、砂遊びをしようとする人も居る。

はたまたビーチバレーをしようとする人も居れば…

 

「ちょっとティナ、アンタはなんつー恰好をしてんのよ!

アンタのソレは水着じゃなくてどう見ても『着ぐるみ』でしょうが!」

 

「やっぱり?

この前生徒会室に居た本音って子からもらったんだけど、どう見ても着ぐるみよね」

 

引っぺがすことにした。

そして着ぐるみの中は白黒のビキニとか大胆なことをやってるし…このホルスタインが!

 

そんな事をしている間にウェイルは姿を消しているし…。

 

「って、アイツはどこに行ったのよ!?」

 

「ウェイル君なら、メルクちゃんと小舟に乗ってアッチに行ったわよ?」

 

「止めといてよティナァッ!」

 

「まあそれよりウェイル君からの預かりものよ♪」

 

手渡されたのは、ウェイルお手製の釣り竿だった。

…喜ぶべきか、それとも怒るべきか…!

その後、釣り竿を甲龍の拡張領域に収納しておいた。

聞けば簪やラウラやシャルロットにも手渡されていたとか。

なんでプレゼントが釣り竿なんだろうか、とか色々と言いたい事はある。

後でちょっとお説教しようかなぁ…?

アイツが本当に一夏と同一人物なのか、少しだけ自信がなくなってきた。

本当は昨日の内に弾や数馬や蘭と逢わせてみようかとか考えていたんだけどなぁ。

事件のせいで、その予定は台無しになった。

 

「それより、ビーチボールをやるんだけど、頭数が足りていないのよ。

鈴も参加して♪」

 

「あーもー!仕方ないわね!」

 

その後はと言えば、ひたすらビーチボールに勤しむことになった。

キッツイ…!

そうやってビーチボールをはじめてから1時間半、ようやく別の子と交代することになった。

もっと早くに交代すれば良かったなぁ、なんて今更後悔しながらに考えた。

 

それからウェイルとメルクが行った場所とやらに向かってみる事になった。

それは兎も角として

 

「なんでアンタ達まで着いてきてるのよ?」

 

「ウェイル君の様子が気になって…」

 

「ウム、右に同じくだ」

 

簪、シャルロット、ラウラ、ティナの面々も動向を申し出てきていた。

断る理由もないため、やむなく同行することに承諾し、岩場を乗り越えていき、そこには

 

「ハ――――――ハッハッハッハッハッハッ!」

 

大きな笑い声が聞こえてきた。

聞きなれた声だけど、まるで別人のような笑い声だった。

笑い声が聞こえてきた場所に視線を向けると…

 

Ottimo punto di pesca!(最高の釣り場だ!)

Non avrei mai pensato di (こんなに良い)potermi imbattere in un posto così meraviglioso!(場所に巡り合えるとはな!)

Sono mesi che non pesco!(釣りなんて、何か月振りだ!)

Valeva la pena venire i(極東の島国にまで)n un paese insulare dell'Estremo Oriente!(来た甲斐が在ったぞ!)

 

高らかに叫ぶ釣り人がそこに居た。

白い髪を穏やかな海風に流しながら、釣り竿を操る男が一人。

釣り上げた魚からルアーの針を外し、再び糸を海に投げる。

ものの数秒後には次の魚が釣れる、理由は知らないけれど入れ食いらしい。

 

傍らに居るメルクは何が楽しいのか、そんなウェイルを見てニコニコとほほ笑んでるし…。

 

「誰?アレ?」

 

そんな様子を見たシャルロットの言葉がそれだった。

 

「むぅ…普段の様子とはかけ離れているな…」

 

「爆釣日和って事かな…?」

 

「あんなに釣って、後はどうするのよ…?」

 

ラウラ、簪、ティナもそんな苦言を好き勝手に言っていた。

それは私も気になるんだけど…。

よくよく見れば、クーラーボックスが幾つも並んでいる。

拡張領域に大量に入れていたわね、あのバカ…変な所で頭を使っているわね…。

 

「釣りが趣味とか言ってたし、学園に来てからは一度も出来なかったから、ハジけてるんでしょ…。

そっとしておいてあげましょうよ」

 

これが私なりにできる最大限のフォローだった。

 

「ウェイル、メルク、隣、お邪魔するわよ」

 

私も釣り竿を取り出し、ウェイルの隣に立ってみる。

ルアーもリールも付属させてくれていたお陰で、すぐにでも釣りが出来る姿勢だった。

 

「あら、鈴さんも来たんですね」

 

「まぁね、他の皆も居るわよ」

 

糸を垂らしてみるけど、一向に手ごたえは感じない。

糸を垂らしてすぐに釣れるものではないらしい。

これが経験の差というものなのかもしれないわね。

 

私の言葉が聞こえたのか、ラウラ達も茂みの中から姿を現し、各自釣り竿を取り出した。

 

「皆は釣りの経験は在るのか?」

 

「私は…人がしているのを見た事があるだけよ」

 

シャルロット達は経験は皆無だと潔く応えていた。

さて、誰が一番釣れるかしらね。

 

「ウェイルはどれだけ釣ったの?」

 

「黒鯛が40尾、ヒラメに、カンパチ、ブリ、アカハタ、イソマグロ、カツオ、カマス、キンメダイ、クロマグロ、サワラ、ホッケ、マダイ。

こんなところか」

 

黒鯛が釣れ過ぎでしょうが…。

そして見境がないと言うか、種類が多いというか

なんでたったあれだけの時間でここまで釣り上げる事が出来るんだか…?

 

「クーラーボックスがこれで20個は使い切ってるかな」

 

近くに停めてあるボートにはクーラーボックスが敷き詰められていた。

どれだけ釣るつもりなのよ、コイツ…。

 

「メルク、アンタはコレをみてどう思うの?」

 

「久々に楽しそうにしていて、私も嬉しいですよ!」

 

このブラコンめ…。

この兄にして、この妹在り、か。

 

「お、きたきた!」

 

ウェイルが竿を振り上げると、そこにはまた大きな魚が。

キンメダイ、と後になって教えてもらった。

 

「でも、海まで来たのに泳ごうともしないなんて勿体無いんじゃないかな?」

 

「俺とメルクの故郷、ヴェネツィアはそもそもが海と繋がった都市だ。

夏になれば海で泳ぐ機会なんて日常同然なんだよ」

 

シャルロットの疑問にも丁寧に答えている辺り、ウェイルは泳ぐ事よりも、釣りを優先したいらしい。

この思考は…まだ私には理解するには及ばなかった。

 

「では、何故今回は海で泳ごうとしないんだ?」

 

「ISを動かせると判明した時点から、そっちに掛かりっきりになっていたんだ。

休みの日も仕事ばかり、釣りが趣味だが、する時間の殆どが無くなってな…」

 

「GWも、企業に通い詰めで、釣りをするのは数ヶ月振りなんです」

 

…さっき大声で絶叫(?)していたのは、その鬱憤晴らしみたいなものかもしれない。

もしくはストレス解消かな?

学園に編入した以降は騒ぎに巻き込まれ続けていただろうし、その分も考慮すれば、ね…ようやく理解出来た。

 

「ティナ?そっちは釣れてる?」

 

「少しは、ね」

 

「簪は?」

 

「さっぱり…ラウラは?」

 

「こちらもさっぱりだ…」

 

「初めての経験なんだし、そういう事にもなるだろうな。

気長に楽しめば良いさ、おっとまた来た!

これは…大物だなっ!」

 

なんでウェイルばっかり?

その考えが全員に共通して発生していたと思う。

でもそんな事は口に出していられなかった。

私達が見ている先で釣竿が大きくしなり、糸の先が右に左にと激しく揺れている。

水面の僅か下には…

 

「何よアレ!?」

 

大きな影。

その大きさは、ティナの背丈をも超えてる!

 

「つ、釣れるの!?」

 

「糸が切れるぞ!?」

 

「本当に大丈夫なの!?」

 

「嘘でしょっ!?」

 

皆が騒いでいる中、ウェイルとメルクだけが冷静に見せていた。

手が真っ白になる程に釣竿を強く握り、糸を巻いて魚を力強く引き寄せる。

皆が慌てる中、私はウェイルの手に自分の手を添えた。

 

「釣り上げるつもりなのよね?」

 

「当然だ、今日一番の大物、コイツを逃すつもりは…無い!」

 

二人がかりで釣竿を振り上げる。

それでも魚を持ち上げるにまでは至らなかった。

 

「大物釣ってやるから待ってろよ、フッフッフ…」

 

また変な事を言い出してる始末…。

釣りがよっぽど好きらしいわね、ウェイルは…。

でもそんな事を言う暇があれば釣竿を振るう方へ集中しないと!

それにしても重いわね、どれだけ重さがあるのよ!?

 

「ウェイル、頑張って!」

 

「網、用意するね!」

 

シャルロットと簪からの激励が聞こえる。

 

「後少しだ!」

 

「鈴、もうちょっとよ!」

 

「お兄さん!頑張って!」

 

ラウラ、ティナ、メルクも応援をしてくれる。

 

「さぁて、そろそろ釣り上げるぞ。

手の力を抜くなよ!」

 

ウェイルもサングラス越しに視線を合わせてくれる。

頭の上からの声というのは少し変な感じだけど、今だけはその声が心地よかった。

 

そろそろ釣り上げると言っているんだし、私も改めて力を入れなおさないと!

 

「モチロン!ウェイルも気を抜くんじゃないわよ!」

 

痺れそうになる手で竿を握り直し、ゆっくりと引き寄せる。

ウェイルがはリールを巻き、魚影をどんどん岸へと近づけていく。

それにつれて海面の向こう側にいる魚の姿がハッキリと見えてきた。

 

「大きい…1mは超えてるわよ…!?」

 

「初めてでこの釣果だ、凄いじゃないか」

 

シャルロットが網を使って魚をとらえようとするけど、当然入らない。

ウェイル以外のメンバ-でも持ち上げる事すら出来ないなんて、どうすればいいんだか。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

クーラーボックスにも入らず、仕方ないので小型ボートに直接乗せることにした。

大きさとしては173cm、重量に関してはこの場で測れないから省略。

まさかこんな大きさのマグロが、こんな所に迷い込んでるとか…運が良いんだか、悪いんだか。

釣り場で平坦な場所に焚火を熾し、釣り上げた小さめの魚を選んでは串に刺し、焼いていく。

調味料は持ってきていないから海水に含まれる塩分が唯一の風味なるかもしれないが、まあ良いだろう。

 

「こういう騒がしい釣り場は、ヴェネツィア以来だな…」

 

気づけば悪夢のことなど忘れるくらいに楽しんでいた。

 

 

 

そのまま久々の釣りをみんなで楽しくしていれば時間は早くも夕刻になってしまっていた。

それに付け加え、並ぶクーラーボックスとこの特大のマグロのせいでボートの上がいっぱいになってしまってる。

それによって生じた問題が一つあった。

夕方近くまでの釣り三昧、皆も少量だけど魚を釣り上げたことで、用意していたらしいクーラーボックスはすべて使い切り、全員がクーラーボックスを肩から提げて帰ることになる。

けど、当然楽して帰りたいもの、だから

 

「乗れるのは二人が限度だな。

ボートの操縦は俺がするとして…乗れるのはあと一人。

それ以外のメンバーは歩いて帰ってもらうことになるわけだが…」

 

残り一人の枠を取り合うことになった。

だけどせっかくの臨海学校での争いを起こすわけにもいかないので

 

「「「「「「ジャンケン!ポイ!」」」」」」

 

とまあ、平和な争いが起きたのだった。

言ってて矛盾してるかもしれないけど。

 

ボートは旅館で借り受けたもの。

操縦方法をレクチャーしてもらってから使用してみたが、わりと古風なもので操縦自体は難しくはなかった。

モーターエンジン式で、舵もエンジンの向きを変えれば簡単に動かせる。

4か月振りの釣りは昼前から夕方まで堪能し、俺としては実に満足だった。

皆は釣りが初めての経験だったらしいが、それでも釣果は上々だったようだ。

俺も今回の釣果には満足している。

大物が数匹釣れ、クーラーボックスをいくつも一杯に出来たからな。

ヴェネツィアでもそうだったが、日本の釣り場も悪くはない。

 

「わっほー!気持ち良い!」

 

船の先端部分で鈴が座って叫んでいる。

ボートに乗って感じる海の風が相当心地よく感じるらしい。

夕方近くなので、体を冷やさぬようにと俺のジャケットを貸しているが、前部分のファスナーを閉めようとしないので、裾の部分が風によってバタバタと揺らいでいる。

彼女のトレードマークのツインテールも同様に揺られているが、ついついそちらに目が向いてしまう。

思えばこの一学期は、彼女と出会ってから随分と生活の彩りがよくなったと思う。

ヴェネツィアでは普段から誰かを探していた感じがしていたのに、今ではそれすらめっきりとしなくなった。

夢の中に現れていた誰かも今では姿を見せてはくれない。

 

「どうしたのよウェイル?ボーッとしちゃって?」

 

「いや、何でもないよ」

 

「釣り上げた魚はどうするの?小さい魚はあの釣り場で焼いて食べたけど、この大きいマグロとかさ…」

 

「旅館に寄贈しよう、食事にも出してもらえるかもしれないぞ」

 

「お人好しねぇ、持って帰ってもいいと思うのに」

 

こんな量は持って帰れないだろう。

ここに有るものだけでなく、陸路を歩いて帰っているメルクたちにも持たせているんだ、処理しきれないさ。

 

「ヴェネツィアでもこういう事はよくやっていたんだ。

週末には多くの魚を釣って、母さんがそれを捌いて、多すぎる分量は近所の人に分けたり、とかさ」

 

「ふぅん、楽しそうな日々ね」

 

実際、とても充実していた。

メルク、シャイニィ、姉さん、母さん、父さんと一緒に過ごす日々は俺にとっては輝かしい日々で、かけがえのない時間だ。

昔の俺はどうだったかは知らないが、ハース家に引き取られてからの俺のほうがよっぽど暖かな日々を過ごしているとは思う。

 

「近所にも釣り場が有って、釣りで知り合った人が多く居るんだ。

尤も、年上のオッサンばっかりなんだけどな、釣り糸の結び方も教えてもらったっけな。

メルクが生餌を見て悲鳴を上げたことがあって、皆はそれを境に疑似餌(ルアー)に変えたりとか…」

 

「優しい人が沢山、か…。

私も観光でイタリアに行ってみようかな…?

言葉の壁が在るかもしれないけど、そこは翻訳用のアプリを使ったりとかすれば何とかなるかも…?」

 

「ああ、それも良いかもな。

ローマには観光出来る所が沢山有るぞ」

 

ローマはそれこそ過去と現代が交差した都市で、見るものは数えきれないほど有る。

それを一つ一つ見て回っているだけでも一か月くらいは少なくとも必要になるだろう。

 

「ローマは良いぞ。

俺の眼鏡もそこで買ったものなんだ」

 

「…へぇ、それはそれで歴史が感じ…られるわけないでしょ!」




バタフライエッジ
雑誌で応募者全員サービスとしてキャンペーンが開かれ、ウェイルも応募して入手した艶やかに黒光りする釣り竿。
かつて、『黒の釣り人』が若かりし頃に使用していた物品と同じデザインであり、ハッキリ言ってしまえば大量生産品。
だが、ウェイルにとっては宝物の一つ。
昨今でも釣りをする際には用いる事が多い。
性能でいえば中の上、使い勝手や耐久性も悪くはないらしい。


オケアノス
父、ヴェルダから譲られた竿。
青い輝きを放つ優美な一品。
若き頃のヴェルダは釣りをしても成果はなかなか得られなかったが、釣りに没頭しようとする息子にその竿を託した。
それによって、その釣果は本人の予想を遥かに上回り、とんでもない人脈を創り上げてしまっていた。
今でも釣り場に行く時には必ず持っていくようにしている。
性能も非常によく、しなり具合、耐久性も申し分ない。
なお、ヴェルダの若き頃、大物の魚が釣れたフリをして、釣り糸の先に結びつけられた指輪を、傍らに居た女性、ジェシカに贈り、プロポーズを申し込んだという伝説がある。
なお、それを知るのはハース夫妻とその釣り竿だけである。
臨海学校に持ち込んだのはこの釣り竿


リヴァイアサンテイル
企業や学園にて排出された廃材をもらい受け、自作した鈍色の釣り竿。
ウェイルがヘキサやクロエに渡した竿は、やや重量が在る。
学園でできた友人達に渡したものはそれを改良して重量をギリギリまで抑えて、尚且つ耐久性も増した一品となっている。
乙女達一人一人の手のサイズに合わせてグリップの太さも調整を施しているので使い勝手は抜群。
だが、ウェイルのこだわりによって、電動リールは搭載されておらず手動式になっている。
また釣り糸に関しては自作出来なかったとの事で市販品が搭載された。
なお、ネーミングはヘキサによるもの。


ビアンコ・ネーロ
和訳『黒白』
13歳の誕生日に『緋の釣り人』からもらい受けた高級銘竿。
先端部分は白く、グリップ部分は黒に染まっている。
ナノカーボンファイバーがこれでもかと練りこまれ、しなり具合、耐久性、手触りも抜群の品。
電動リール『スーパーオートメーション』はウェイルの好みではないから着けられていないが、そちらも左利きに合わせて調整してもらった手作り感が込められた品が搭載されている。


アトゴウラ
13歳の誕生日に『碧の釣り人』から贈られた、歴史感じさせる一本釣り用の深紅の竿。
リールも竿立てもなく、使用者の腕力を試し、鍛えてくれるかのような努力家への贈り物。
贈呈してくれた本人は、『コレが男の釣りの醍醐味だ』と笑っていたという。
この竿に合わせて竿立てをウェイルが自分で作った。


ゴールドクラウン
『黄金の王冠』の銘を冠した豪華絢爛な銘竿の中の銘竿。
14歳の誕生日に『黄金の釣り人』から下賜された超高級竿。
一説によると、製造コストの問題で、試作段階にて販売中止に至った幻の釣竿と言われている。
贈ってくれた張本人がどこからソレを入手したのかは不明。
竿の先端からリールは勿論、グリップに至るまでキラキラと金色に輝いており、使い具合もまさにゴールデン。
なお、電撃ガマカツよりも上品質。
だが、そのギラギラと輝くその外見に、アリーシャ曰く『悪趣味な外見』と言わしめさせた。


シャトー・ディフ
艶消しの群青色に染まった超高級銘竿。
生成素材も使い具合、耐久性などすべてが5つ星であり、超高級品質であり大富豪や石油王御用達とも言われる。
全世界に現存しているのは10本もない。
ヴェネツィアに立ち寄ったという投資家がウェイルの釣りの技量を見て気紛れに与えたという。
大物を釣り上げた際には「クハハハハハ!」と高笑いしたくなる衝動に襲われるとか。


グラディウス
14歳の誕生日にスパーダ・クィントから贈られた海釣り用極太ロッド。
重量感たっぷりであり、耐久性抜群、海釣りに適しており、大物をも釣り上げることができるもので、海釣りに行く際には必ず持っていく。
これでマグロもカジキも一本釣りにした経験もある。
なお、ISの第一世代兵装と同名なのは、ただの偶然。


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第85話 夜風 ひとときの

レイ・L・コーネティグナー
欧州統合防衛機構総長を務める人物。
いわば、ヨーロッパ全土に於けるISの管理扱い責任者であると同時に、イグニッションプランの頂点に君臨する御仁。
急遽、救援部隊を新宿に派遣するが、娘の訃報が届き、頽れた。
また、傾いた鵞鳥のデフォルメ画が記された差出人不明のメールが届き、兼ねてより立てていた計画を始動させる。
娘の仇を討つためにも、憤怒と憎悪を巻き上がらせながら立ち上がった。

今後の学園の方針について
各国に話を通し、それが完了次第に各生徒達に帰国、帰省を促そうとしている。
新宿に家族が在住していた生徒達には国内の自治体に話を通し、集団住宅地を宛がう予定にしている。
また、学園に配備されているISは自衛隊に預ける方針が決まっているが、自衛隊は新宿への救援にその人数を割いており、作業自体は進んでいない。
その全てを成した後、学園は当面休校にする予定だった。

なお、学園が自衛隊にISを預けようとしているのは、学園が狙われるのを防ぎ、尚且つ、新宿における人命救助と復興を促すためでもある。


俺とメルクに割り振られた部屋は、ポーランド出身でもある担任のティエル先生と同室となっている。

その担任の先生が俺達の眼前でその美貌を引き攣らせていた。

俺達が持って帰った釣果の量に驚いているらしい、もしくはその大きさに驚いているのだろうか?

 

「…ちょっと待ってなさい、旅館の従業員の方々に伺ってみるから」

 

魚の殆どは贈呈することで話は決めていたが、この量、大きさだ。

なかなか話は決まらないかもしれない。

そんな俺達の横では

 

「疲れた…」

 

「多過ぎるよ…」

 

「重かった…」

 

ティナもシャルロットもラウラも今は旅館のソファに身を転がしている。

メルクと簪と鈴はというと、他の先生達と一緒に外で遊んでいる生徒たちの招集に手を貸している。

GW以降はイギリス出身生徒が強制退学処分になった以降でも2組から5組までの生徒の総数はそれでも150名以上になる。

その全員を集めるのも一苦労だろう、だが俺は旅館との交渉があるので手を貸せない。

 

「話が決まったわ。

ウェイル君が乱獲してきた魚は今夜の食事から、消費されていく形になるそうよ。

旅館のスタッフの方々は大喜びしていたわ」

 

「乱獲って…もうちょっと言葉を選んでほしいんですが…」

 

「あら、あれだけの量よ?

他に良い言い回しは有るかしら?」

 

困った、言い返せない。

だがまあ、あれだけの量を鑑みれば仕方ないか。

なので言い返すのは諦めて白々しく視線を外すのが精一杯だった。

 

「それにしても、学園の付近にもここと同じ様に釣れる釣りのスポットがあれば…」

 

「それは辞めなさい、学食のスタッフが倒れるから」

 

そりゃ残念。

サングラスを仕舞い、普段の眼鏡に付け替える。

うん、やっぱりこっちの眼鏡のほうが落ち着くな。

ボートに載せていたマグロも渡すが、渡したその瞬間に息を吹き返して大暴れしたのはつい先程の話、やれやれ驚かされた。

活け〆にしたつもりだったんだが、大きさがあったから不足していたかな?

まあいい、解体ショーをするとも伺ったし、そのシーンを楽しみにしておこう。

今回は本当に大漁だったんだ、また後日に釣りができる時間があればいいな。

 

「旅館の冷凍庫が限界量に達したらしいから、今回は釣りはこれで切り上げなさいね」

 

世の中、なかなかに世知辛いなぁ…。

 

「そんな、気分的にも物足りないんですが…」

 

「保管する場所が足りないんだから仕方ないでしょう。

従業員の賄いに使っても消費が追い付かないとか言われているのに、これ以上釣ってどうするの?」

 

どうする………?

ふむ、ならば折衷案として

 

「…そうですね…学園生徒全員へのお土産に…」

 

「いい加減にしなさい!」

 

叱られた、つくづく世の中世知辛いなぁ…。

久々に釣りが堪能できたとはいえ、気分的には物足りない。

だが、これ以上はただの我儘になってしまうか。

なら、今回はこれで切り上げになるかなぁ。

だがこの後に待ち受けているであろ露天風呂と海鮮料理を楽しみにしておこう。

でもまた釣りをしたいなぁ…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

昼前に旅館『如月荘』到着した移行、1組の生徒は旅館の一角で通常授業を続けていた。

それは、1学期初期から続く問題行動に対しての連帯責任という実態だった。

これが今回の旅行に於いて連日、朝食後から夕食前まで延々と続くともなると、そのクラスの生徒は誰しもが殺気立ってくる。

「私は関係ないのに」という思いを誰しもが抱え、苛立ち、放出出来ない怒りとなりながらも、ストレスという形で抱え込まなくてはならなくなる。

だが、殺気立ち、その視線がある二人へと遠慮もなく突き刺さる。

視線が憎悪と憤怒に染まるのは、今回同伴している教師陣の人数が増えているのも要因の一つだった。

先の新宿の大規模テロによる精神面が不安定になっている生徒も居る点が考慮され、2年生、3年生の担当教諭の半数が今回は駆り出されていた。

彼女達の手腕があれば、メンタルヘルスカウンセリングだけでなく、女子高生程度の暴動など容易に抑え込める、それを如実に感じさせられているからこそ、少女達は行動に移せないでいた。

だから、出来る事など何も無い。

 

自分達以外のクラスの生徒達が浜辺で、海で、部屋で悠々自適に思い思いの旅行気分でいるのを察する事が出来たとしても、感じながらも、黙々とページを繰り、ペンを走らせる他に無かった。

 

「はい、ではここで10分間の休憩を入れます」

 

昼には40分間の食事時間が設けられる事になっているが、それでもこの授業用の部屋での事だった。

それ以外は50分の授業を行い、10分間の休憩を入れるというカリキュラムが徹底されており、トイレに行く以外の自由時間など何一つ無い。

割り振られた部屋に行って戻る、その程度の往復する程度が限界だった。

日の当たらぬ北側の大部屋が授業用に提供されていることで、南に臨む海を見ることもできないのが彼女たちのストレスを更に加速させられていた。

 

「はぁ…私達、何を目指してこの学園を目指したんだろう…?」

 

「本当よねぇ…」

 

「誰かさん達が問題行動さえ起こさなければね…」

 

言葉は時に刃となる。

それが現実となり、ある二人を串刺しにし続けていた。

 

「…ッ!」

 

そのうちの一人、篠ノ之箒が睨み返すも、その言葉の刃は数を増すばかりだった。

 

「あの二人、学園への進学希望をしてなかったらしいわよ?」

 

「一人は裏口入学でしょ、それで成績は落第同然で問題行動を起こし続けても野放し。

それどころかこうやって平然と周囲を巻き込むし、災害同然じゃん」

 

「そしてもう一人はたまたま(・・・・)動かせただけ。

第三世代機を貸し与えられてるのに、量産機に完全封殺される程度だものね」

 

「私、搭乗者志望なのに、このままだと希望通りの進路へ進めそうにないんだけど。

授業以外じゃ機体に触れられないし、他のクラスとの合同授業も出来ないんじゃ、実力も上げられそうにないし…」

 

「この責任、どうやって取るつもりなのかしらねぇ?」

 

「本当よねぇ、いっそ退学してくれたらいいのに」

 

「退学じゃ足りないわよ、刑務所にでも収監されればいいのに」

 

言葉による挑発と侮蔑。

それが繰り返されるが、見張りをしている教師陣はそれを聞いても動かない。

実力行使をするほどの状態ではないからだ。

それを理解したのか、彼女達の言葉は休憩時間の数だけ繰り返される。

 

「なんでだ…!なんでこうなる…!?」

 

織斑全輝は机に突っ伏したくなる気持ちを無理矢理に押さえつけながらも、小さく怨嗟の言葉を吐き出す。

手に握るシャーペンを握り潰したくなるほどの怒りだが、それを表に出さないようにするのが彼の限界点だった。

言葉の刃は彼の矜持をズタズタに切り裂き、その疵口をイタズラに拡げていく。

 

「どこで何を間違ったんだ…!?」

 

どれだけ考えても考えても思いつかない。

彼にとって他者など踏み台でしかなかった。

だから、表面上はよく見せても、裏では相手を踏みにじり続けてきた。

気に入らない相手が居れば、自ら手を下す事無く、他者を利用して踏み潰してきた。

それが彼の日常であり、他者に対しての普遍の利用価値。

この学園へ編入してからもその価値観は変わらなかった。

例え、姉の力の分身ともいえる力を手にしたとしても、だ。

 

周囲の人間を利用すれば、これまで同様に気に入らない相手を破滅させ事とが出来ると思っていた。

だが、現実が牙を剥いたのは己のほうだった。

事ある毎に、繰り返し、例外も無く、自身を追いやり続け、冷たい言葉を吐かれる側になってしまっていた。

失敗は無いと思っていたのに…!

 

ならば、力ずくで…そう思ったが、その牙を磨く時間全てを奪われた。

授業以外でのISの使用、展開禁止、対抗戦やトーナメント以外での他クラスとの合同授業の機会の剝奪。

それにより、情報収集も、相手を実力で叩き潰す刹那も全てを、だ。

 

陰謀は悉くが破綻し、その間にも相手は着実に実力を上昇させ、立場を確立させていく。

 

だが自分はどうだ?

全てが覆され、破綻し、冷たい言葉を浴びせられ、白い目を向けられ、唾棄すべき存在のように扱われる。

 

「アイツさえ居なければ…!」

 

今の自分のように扱い続けたかつての弟の姿が自分に重なるなど我慢ならなかった。

否、弟とも見ていなかった。

自分とは正反対の…全てに於いて欠落し、『出来損ない』と蔑み、都合のいいサンドバッグか奴隷の様に見ていた。

そんな奴と同じ場所に堕とされるなど屈辱以外の何物でもなかった。

 

他者に見下ろされるなど我慢ならない、見下されるなど以ての外だ。

 

だから、再び周囲の人間を踏みにじるには、どうすればいいのかを内心で考え続ける。

自分は他者よりも上の人間であり、踏みにじる側であるのが当然である。

今になっても、そう考え続けていたのだから。

 

 

一方、篠ノ之箒は言われたい放題になりながらも睨む以外に何もできなかった。

今この場に真剣も木剣も持ち込む事も出来なかった。

更にはこの場には監視のために増員された教師陣が居る。

彼女達の懐には、拘束用の道具の他にスタンロッドや、電気銃(フェイザー)までもが用意されている。

それが用意されている事で、彼女は動くに動けなかった。

気に入らない事を言う者が居れば、暴力をもって黙らせる。

それでもそれを理解できない相手なら、姉の名を振りかざして黙らせる。

それが彼女の意思表示であり、正義のありようだった。

 

暴力での弾圧が何よりの意思表示のやり方であると幼少の頃から自らに刻んだ彼女は、それを振るう事に躊躇いが無い。

どれだけ相手を傷つけようと、倒れようと、それは『相手が間違っているから』だと本気で思い込んでいた。

だからこそ『暴力』と『正義』の二つを自身の中で直結させている。

『自分だけは絶対に間違っていない』という考えが今に至るまで存在している。

だから、自身に対して悪罵を吐くクラスメイトを殴り倒すべきだと思っても…

 

「…ッ!」

 

周囲の監視の目が邪魔で動けなかった。

自分が扱えない遠隔攻撃型の武器を用意している相手が複数存在し、包囲されている。

「死角から、遠距離攻撃をしてくるなど卑怯だ」と喚くが、監視の目が減ること等無かった。

今まで、他者に対し、真っ向からも殴ることはあった。

それと同じ数だけ夜襲や奇襲をしかけて重傷者を出した事も有った。

人違いで無関係の第三者を襲った経験も在った。

だが、決して悪びれる事も無く、謝罪の言葉など、ただの一度も口にしなかった。

そんなことまで調べられている事も彼女は把握していなかった。

 

「では、授業を再開します」

 

苛立ちとストレスを抱えながらも、彼女は授業に取り組む。

だが、その内心では授業への集中など出来ていなかった。

この現状を作り出したであろう誰かが、自分たちを濡れ衣へと追い込んだのだと信じて疑わなかった。

その対象こそが『ウェイル・ハース』だと今でも思い込んでいる。

先の大事件が起きた日には新宿へと向かうという話を聞きつけ、ネットワーク上に本名だけでなく容姿を写真で公開した。

それを使い、『ウェイル・ハースを討て』と記したが、彼はどういうわけか傷一つなく生き延びた。

そして、大事件によって数えきれない数の死傷者が出たことなど彼女にとってはどうでも良かった(・・・・・・・・)

ウェイルが傷一つ無く帰ってきたことがよっぽど許せなかったのだから。

 

「アイツだ…!なにもかも全てアイツが悪いんだ…!」

 

自分達の現在の境遇も、幼馴染である全輝の失墜も、数少ない理解者だと信じてやまない千冬が学園から排除された事も、何もかも全ての非はウェイル・ハースに在り、彼こそが何もかも全ての諸悪の根源であると思い込む。

自分こそが正しいのだと、その自分が納得できない状況にあるのなら、自分以外の全てが間違っているのだと、本気でそう思い込み続けた。

そうでなければ、自分が正しいのだと証明できないとして…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「今回のこの旅館での食事に使用されているお魚は、3組のウェイル・ハース君が釣り上げ、提供されたお魚が使われています!

皆さん、充分に感謝しながら食べましょうねぇ!」

 

その掛け声で誰もが驚愕する。

それは無理もない話だと思う。

この旅館でもシーフードは事前に用意されていただろうが、それを一蹴したかのように、旅館に宿泊しに来たお客さんから新しく提供されたというのだから。

非常識というか、驚愕というか、頭を疑うべきか、私としても結構迷う。

 

「ウェイル君が提供ってどういう事!?」

 

「もしかして海に漁に出ていたとか!?」

 

「流石は海の街の出身者!」

 

私の隣に居るウェイルへの賛辞の言葉が凄い。

色々と確かめたい事が在ったけど、結局収穫は何一つ得られなかった。

だけど、何一つも逃すようなものがあってはならないと思い、この席を3組の生徒相手にお菓子で買収して席を奪った。

その甲斐があってこうしてウェイルの隣の席にこうやって居るわけだけど。

 

「はは、釣りをしたんだよ。

近くに釣りのスポットがあったから、そこで釣りを堪能してきたんだ」

 

「本当ですよ、お兄さんは釣りの名手ですから!」

 

「いや、名手って盛り過ぎじゃないの?」

 

思わずメルクの言葉に突っ込みをしたけどこればっかりは本音。

まだ16…じゃなかった、15歳で『名手』は盛り過ぎだと思う。

 

「俺もそう思うよ」

 

メルクの頭を撫でながらの苦笑いを見せる様子に「やっぱりか」とも思う。

メルクはウェイルを立派な人として見せたいとか思ってるのかも。

ウェイルは謙遜してるから基準がよくわからないわね。

 

「だけど、大半以上を釣り上げたのは本当にウェイルなのよね。

ってウェイル、何処に行くのよ」

 

突然ウェイルが立ち上がり、不自然に開かれた部屋の中央へと歩いていく。

そこに従業員がデカ過ぎるマグロと、大きな包丁を用意してくる。

それを見て大体察しがついた。

 

「マグロの解体ショーを皆の見ている眼前で披露するらしいからさ、こういうのは最前列で見ておかないと損だろ」

 

「何ソレ!?」

 

滅多に見られないそんな出し物を目の前でしてもらえるなんて、それこそ見ないと損でしょ!?

メルクは当然ついてくる。

ティナも簪もラウラもシャルロットも駆け寄ってくる。

なかなかに見られる機会の無い解体ショーに誰もが注目し、食事そっちのけになっていたのは…まあ、どうしようもないわよね…。

切り開かれた大トロだとか中トロを皆で堪能し、握り寿司に炙り寿司、マグロのステーキ、鉄火丼や鉄火巻きなどが凄まじい勢いで作られては100名以上の生徒に消化されていく。

そして最後に…数多くの魚を寄贈してくれたウェイルに、感謝状と金一封と旅行券が手渡されるまでが食事時間の様子だった。

1組の生徒は…それぞれ自室での食事になってるとか、マグロのお刺身とかは提供されたと思うけど、そこはまた後日に本音に聞いてみようかな。

 

「はあぁ、いいお湯でしたね…」

 

食事の後は露天風呂だった。

時間は限られているけれど、この旅館の露天風呂を心から満喫した。

更衣室で隣のロッカーを使っていたメルクが、満面の笑顔でそう言葉を溢していた。

イタリアでもこういうのを満喫した事があるのか、それでも日本の露天風呂を随分と気に入ったらしい。

 

「確かに、海も見えて、星空も見られるからね…たまにはこういう所にも来てみたくなるわね」

 

「ローマの露天風呂だって負けていませんよ、サウナももっと大きなものが設置されていましたから」

 

「ウェイルはサウナは使うのかしらね?」

 

「お父さんと我慢比べをしていた時もありましたよ」

 

わぁ、親子で競い合ってたんだ。

 

「二人とも我慢強くて、お姉さんも苦笑していたほどでしたから」

 

この前、トーナメントの時に来訪したヘキサさんだったかな。

本当はもっと話をしてみたかったんだけどな。

そうしたら、もっと色々とウェイルの事が判りそうだったのに、その点を考慮すれば充分に話せなかったことが悔やまれる。

 

「過ぎたことを悔やんでも今はどうしようもないわよね。

さてと…これにしようかしらね」

 

「鈴さん?どうしました?」

 

「温泉が終わった後はコレでしょ!」

 

更衣室備え付けの冷蔵庫の中から取り出したのは、キンキンに冷えた牛乳だった。

お風呂の後はコレよね!

 

「何種類かあるみたいね、メルクはどれにするの?」

 

「う~ん…じゃあ、コレにします!」

 

私が選んだのはコーヒー牛乳、メルクが選んだのは…フルーツ牛乳。

…フッ、味覚がお子様ね。

冷たい牛乳を飲み干す、食道を通って流れていくのを確かに感じ取れた。

 

「さて、温泉も牛乳も堪能したし、私はお兄さんと部屋に戻りますね!」

 

「ちょっと待ちなさい!アンタ、まだ髪が乾いてないわよ!」

 

メルクの髪は私に負けず劣らず、結構長い。

自分の事よりもウェイルの事を優先しがちなメルクの悪癖なのか、充分に髪を乾かさないで更衣室を飛び出そうとしていた。

浴衣の帯をつかんで鏡の前に座らせ、乾いている新品のタオルで丁寧に水気を切り、そこからドライヤーで風を当てる。

この時に熱風を浴びせたら髪が痛むから、使う際には冷風を当てる。

きめ細かいメルクの髪は、触れていてもかなり手触りが良い。

髪を洗う時には丁寧に洗っている証拠だと思うけど、乾かす際にはそこまで手を入れていないのかもしれない。

お姉さんの影響かしらね、ヘキサさんを見習っているらしいけれど、こういうところは真似なくていいと思う。

 

「まだかかりますか?」

 

「髪が長いと手入れがかかるのよ、もう暫く我慢しなさい」

 

私だって早めにお風呂を切り上げて髪を入念に乾かしているんだから!

こうやって髪の手入れをするのは女の子としての所作の一つなんだから、今後はメルクにも教えておいたほうが良いかもしれない。

 

「鈴さん、なんだか手馴れてますね?」

 

「まぁね、代表候補生選抜試験の合宿の時にも髪の手入れがガサツな人が居たし、親戚にも似た感じの人が居たからかしらね。

それにルームメイトのティナが丁寧に手入れしてくれたりするから」

 

そういう経験が今になっても活かせるなんて、人生何が得になるか判らないわね。

今くらいの手先の器用さがあれば、あの日にはもう少し包帯もうまく巻けたんじゃないかな、なんてね。

 

「さあ、出来たわよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「『髪は女の命』なんて格言もあるくらいなんだから、もう少し手入れの方法くらいは覚えておきなさい。

判らないなら、私がしっかりと教えてあげるから」

 

「お姉さん、お兄さんに髪を梳いてもらう事はしてもらってるんですけど…」

 

…………今、何て言った?

ウェイルに手入れをしてもらう時が有るの?

何やってんのよこのブラコンとあのシスコンは!?

 

改めて驚かされるし呆れさせられた、いつ見ても飽きないわね、この兄妹。

 

「それで、部屋は何処なの?」

 

「教職員用の一室です、ティエル先生と同室ですよ」

 

ふ~ん、じゃあ私もお邪魔しますか。




凛天使
自身等を『女性達の権利を守るための慈善団体』と称している。
だがその実は目的のためには手段も標的も選ばないテロリスト集団。
国連によって国際手配されている国際犯罪テロシンジケート。
神出鬼没に現れては市街地であろうと構わず爆撃をも行う。
国連と国際刑事警察機構が捜索と捕縛を行おうとしているが、国際IS委員会がなにかと苦言を言い出しては捜査妨害に会い、捜査が進行していない。
国際IS委員会上層がテロ組織と結託しているのではないかと疑われているも、証拠が見つかっていない。
現状、イギリス政界、王家の緊急用国庫を奪取。
それに付け加え、フランスの国庫、デュノア社の予算をも奪取し、多額の金銭を入手している。
これにより、各地から兵装を大量に仕入れており、電磁シールドを貫通した大型砲撃兵装を量産し、新宿への無差別爆撃テロ攻撃を行った。
この組織は強盗行為を『正当な徴収』、テロ攻撃を『聖戦』『征伐』と称し、メディアに犯行声明を出すことがある。

現在、その組織の実働部隊の殆どが日本国内、関東地方、千葉県に潜伏しており、次の作戦の為に既に暗躍を始めている。


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第86話 回風 巡る

年末年始の休みも今日が最後かぁ…

釣果上々号
ウェイルが旅館から借りた旧式の何の変哲も無い小型ボートの名前。
エンジンなども旧式のバッテリー式だが、メンテナンスが普段からされているのか、簡単に動かせた。
ボートの名前は旅館の先代女将がシャレで名付けたものらしい、なんつーネーミングセンスだ。
ウェイルはコレにクーラーボックスを大量に敷き詰めるほどに魚を釣り上げて見せていた。
4か月近いブランクがあるのにこの結果、このボートの名前通りの釣果上々、爆釣日和だった。


ウェイルの心境
新宿爆撃テロの要因が自分に在ることを知り、頭を抱えていたが、鈴やメルク、ティナ、楯無の言葉により、暗い方面に足を踏み入れそうになっていた所を引き戻された。
今となっては、『自身は要因の一つに過ぎず、根本的な原因が別の所に在る筈だ』と考えているが、確証に至っていない。


食事と入浴も終え、俺は割り振られている自室に戻ることになった。

俺の場合は教職員用の部屋の一室となっており、担任のティエル先生との同室だ。

無論、メルクも一緒なのでそこまで気まずいわけでもないんだが。

 

「あら、何を書いてるのかしら?」

 

部屋に戻ってから俺は思いついたものをスケッチブックに描いていたが、ティエル先生が覗き込んできたらしい。

どうにも俺の手元が気になったみたいだった。

 

「ちょっと思いついたものがあるので、忘れないうちにスケッチを」

 

この旅館には手入れをされた庭木がいくつもあり、そこに数羽の鳥が翼を休めに留まっているのを見かけた。

なかなかに難しいかもしれないけど、鳥の姿を模したロボットでも作れないかなぁ、なんて思っていただけだった。

その鳥のロボットで何かをするわけでもないけど、シャイニィの遊び相手にでも…いや、壊されるかな?

だったらリラクゼーションとか、メンタルヘルスにでも使えたらいいんだけどな。

 

「動力は超小型のバッテリー式にして…これだとウミネコみたいな大きさになるかな…。

やっぱり小鳥サイズにするとなると、今の技術じゃ作り出せないか…」

 

それに鳥の姿にするのであれば、飛行できないと形を模した意味がない。

それこそ模型同然だ。

あとは音声認識とかの機能も搭載しておかないと。

 

「他に機能搭載するとなると…」

 

搭載させたい機能を箇条書きにしてみるとそれこそ結構な数になる。

飛び立ったまま帰ってこなくなったら困るから、いわば帰巣本能に近いそれもあったほうがいいからメモリー容量の問題も…。

 

「よくこんなの思いつくわね」

 

「思いついただけで実際に作れるかどうかは…」

 

頭の上に何かがポスンと乗っかってくる。

視界の端には長い茶髪が垂れているのが確認出来た。

頭の上に乗せられたのは鈴の小さな手らしい。

 

「…思いついた」

 

スケッチブックをめくり、次のページに思いついたソレのデッサンを手掛けていく。

うん、思いついたのは猫型のペットロボットだ。

 

「ちょっと、何を描いてるのよ、何を見て何を思いついたのよ!?」

 

「ん?鈴の今の姿を見て、猫の姿を模したロボットを…痛い痛い痛い痛い、耳を引っ張るな」

 

どうにも鈴を見ているとシャイニィを思い出すんだよなぁ。

以前に頭を撫でた時もあったがその時にも引っ掛かれそうになったっけな。

次に下手なことを言ってしまったら噛みつかれるかもしれない。

 

「それに、ネコ型のペットロボットなら随分と昔に発売されていた事が有ったらしいわよ」

 

「そりゃぁ残念だ。

それはともかく、いつの間に部屋に入ってきたんだ?」

 

「お兄さんがアイディアのデッサンをしていたタイミングに、です」

 

メルクも髪を靡かせながら微笑んでいる。

だが何故だろうか、普段以上に髪が手入れされているように見える。

スケッチブックをもとのページに戻し、ウミネコのそれに再度集中する。

だがまぁ、妹が部屋に戻ったんだ、そちらの方向に向いたほうが…。

 

「おっと」

 

胡坐をかいた俺の左膝の上にメルクが座ってくる。

 

「ちょっとアンタ…」

 

「あらあら♪」

 

妹の珍しい我儘だ、ここは文句は言うまい、ここはその重みを甘んじて受け入れることにしよう。

 

「他に機能搭載をするとしたら、それこそ鳴き声も出せるようにしといたほうがいいか」

 

「カラーは…ウミネコと同じようにしたほうが良いかもしれませんね」

 

「それもそうだな、次に脚部についても体重を支えられるようにして…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイルを驚かせようかな、なんて思ったけどあんまり驚いてはくれなかった。

それに関しては少し残念に思ったけど、メルクになんか見せつけられたようでカチンとくる。

オマケにドヤ顔してるんじゃない!

 

「この機能をつけると、どうしてもウミネコくらいのサイズが要求されるよな…。

小鳥サイズにするのは今の俺の技術では無理だな…う~ん…」

 

深く考え込み始めたのかスケッチブックを床に置き

 

「わ、ちょ…」

 

あろうことか右手で私の髪を触れ始めた。

髪の先端を指先でクルクルと…流石になんだか恥ずかしくなってくるけど、考え事を邪魔したくなくてされるがままにするしかなった。

けど、なんか恥ずかしい…!

頭に血が上ってくるのがはっきりと自覚できるほどで見られないように顔を横に向ける。

けどそんな状態になってるのを…襖の向こう側から覗き込んできているティナと目が合った。

 

「あら、そんな所で何をしてるの?

入ってきなさい」

 

「またお客さんですか?」

 

「おっ邪魔しま~す♪」

 

気が抜けるような挨拶と一緒に入ってくるティナがそこに居た。

覗きをしてることに関しては特に文句を言う気にもなれないし、そのままほっとこうかしら。

 

「ティナさん、その…浴衣の胸元が…」

 

メルクも流石に気になったらしい。

現状、ティナはかなり浴衣を着崩している。

 

「だって、この日本式の(ベルト)?だったかしら、キツイんだもの。

これくらいは大丈夫でしょ?」

 

「どこがよ、肩はむき出し、胸の谷間が見える状態になってるわ、裾を括ってミニスカート状態にしてるわ…どこで何をするつもりの服装よ、それは?」

 

着崩し方が半端じゃなかった。

プロポーションを全力で活かして、それこそハニトラでもするつもりなのかと怒鳴りたくなる。

そしてハニトラする相手なんてこの場には一人だけ居るわけで…。

 

「そういう鈴だってウェイル君に髪を触れさせてるじゃない♪」

 

「これは、その…成り行きで逃げられなくなっちゃったのよ…」

 

ウェイルはティナの様子に気付いてないらしく、まだ私の髪の先端部分を指先でクルクルと回している。

それが何か琴線にでも触れたのか、不機嫌そうな視線をメルクから向けられるハメに…どうしろってのよ!

 

「大変な状況になってるわね♪」

 

ティエル先生は笑ってないで助けてってばぁっ!

 

1分後、メルクはウェイルの膝から降り、ウェイルの手は私の髪から離れ、大胆な格好をしたティナは床に正座させられていた。

なお、そのウェイル本人はといえば

 

「この人数になってるんだし、なにか飲み物でも買ってくるよ」

 

変な気の利かせ方をしていた。

館内をたまたま散歩をしていたらしいラウラを捕まえて廊下の向こう側へ消えてった時には流石に文句を言いたくなったけどね…!

 

「それにしてもウェイル君は人気者ね。

妹のメルクさんは仕方ないとして、凰さん、ハミルトンさんもウェイル君を気にしてるだなんてね」

 

本当のことを言えば、私が求めている人は別に居る。

だけど、ウェイルと一夏が同一人物ではないかという思いは今でもずっと続いていた。

 

「私としては良い友人として在りたいという思いですが…そこから先となると…あ、この先は何も言いたくないです…」

 

ティナのその台詞の最中でメルクの視線が突き刺さる。

逐一殺気を放つのを辞めなさいよそこのブラコン…。

 

「私は…ノーコメントで…」

 

私は問いたい事が在るけれど、それを言えば織斑千冬と同じ扱いになりそうで口を閉ざした。

ウェイルと一夏が同一人物ではないかと疑っているのは確かだけれど未だに何か決定的な証拠を掴めていないんだもの。

そんなタイミングでここから先を言っててしまえば、危険が付きまとうのは理解出来ていた。

織斑千冬も同じ感覚で近付こうとしていただろうけど、あの結果を見れば踏み込みすぎるのは危険だと思う。

今はまだ、友人としてそばでいればいい、疑われないように、それでいて証拠を掴み取る事が出来れば…!

 

「う~ん、確かにウェイル君は機械いじりに釣りにと趣味に生きてる所が在るし、異性にはそんなに気が向いていないのかしらね?

そこのところはどう思うメルクさん?」

 

「悪い虫が寄ってこないかが心配です…。

尤も、危害を与えようと寄ってくるドブネズミが学園には居るようですけど」

 

「派手な言い方するわねぇ、…まぁ同意はするけど」

 

そのドブネズミが誰を指すのかはティエル先生も理解していると思う。

実際に学園にいる間はウェイルは繰り返し被害に遭っているわけだからねぇ。

でも、それだけでなく、あいつ等が手出しをしてくる都度、学園外部で全輝の取り巻きが一人ずつ始末されている。

死んでこそいないけれど、ドイツもコイツも再起不能のレベルに至っている。

メルクはそれを理解しているかは知らないけれど…。

 

「ああ、知ってる知ってる、風評被害を与えようとしていたのよね」

 

「アイツが以前から繰り返し使ってきた手よ、同じ手ばかり使ってて飽きないのかしらね」

 

やり方がワンパターン、といっても差支えがないとは思う。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ガコン!

 

たまたま遭遇したウェイルに同行した先にあった自動販売機で購入する4本目のジュースを手にとる。

だがウェイルはそのまま無言でコインを入れ、また飲み物を購入する。

部屋にそれだけ大所帯ともいえる人数の客人でも来ていたのだろうかと思うが。

 

「ほら、おまえの分だ」

 

どうやら私のものを購入していたらしい。

頼んではいなかったが

 

「ああ、感謝する」

 

もらえるものはもらっておくことにした。

プルタブを開けば、ほのかにリンゴの香りがした。

どうやらリンゴのジュースらしい、子ども扱いされているような気がしないでもないが、すぐに頭から追い出し、ジュースを飲んでみる。

 

「むう、甘いな」

 

「はは、そうか。

ああ、そうだ、少し話がある」

 

話、というのが理解できなかったが、重要そうな案件かもしれんし私は大人しく同行することにした。

ついていった先は旅館の庭で、周囲は庭木ばかりで、人気が無かった。

また視線も感じず、虫の鳴き声が少し聞こえてくる程度だった。

 

「話っていうのはだ…織斑教諭についてだ」

 

「…話せ…」

 

「あの人はどうやら、俺とメルクに対して『干渉・接触禁止』の命令を学園側から言い渡されていた事は知っているだろう?」

 

干渉・接触禁止か…。

ハース兄妹に対して一切の干渉をするなと、関わるな、か。

だがずいぶんな指示にも思える。

 

「俺もメルクもつい最近まで知らなかったんだけど、な。

この指示はどうやらイタリア本国からだった」

 

「それは私も把握している、あの人が学園から居なくなり、食堂の一件の後だったらしいな。

鈴を経由して訊いている。

だとするなら、やはりあの人はイタリアに対してかなりの挑発行為に近い何かをした事になるな」

 

だが、具体的に何をしたのかは現状では手掛かりが無い。

あの女(織斑千冬)が学園から追い出されるまで、私に対してあの態度をとり続けてきた理由はコレだったのか?

私はあの人に対して決別を果たしたが、今となっては過去の出来事にしか感じていない…後悔は無かった。

そして…同情もしない。

頭ごなしにそのような事を命じられるだけの事をしていたのだろう。

 

「それを私に語って何が望みだ?」

 

「いや、織斑教諭が俺に何を求めていたのか、或いは何か知らないだろうかと思っていたんだ」

 

「生憎だが、お前が望んでいるようなことは何も知らされていない」

 

「そうか、なら話は終わりだ。

部屋に戻るよ、妹も待ちくたびれているだろうからな」

 

そういうだけ言ってウェイルはさっさと立ち去った。

マイペースというか、なかなか掴みにくい人物のようだ。

 

「いや、興味を持てないことはすぐに忘れるタイプの人間なのか?」

 

つくづく読めない男だ。

だが、話をしていて思うことがある。

見ていて飽きないタイプだ、友好を育んでみるというのも面白いかもしれんな。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「帰ったよ」

 

缶ジュースを抱えて部屋に戻ってきたところで、部屋の中は部屋を出る前とはそんなに変わっていなかった。

変わった点といえば…ティナと鈴とメルクの三人が、俺のスケッチブックを見て何かを話し込んでいる様子だった。

 

「ティエル先生、あの三人は何があったんですか?」

 

「ペットロボットじゃなくて、人が中に入れるサイズのジオラマにしてみたらどうなんだろうって話し始めてあの様子に、ね」

 

それを見てクスクスと笑っているのを見るにあたり、ティエル先生も楽しんでいるのかもしれない。

人が中に入れるサイズって…遊園地でも作るつもりかよ?

 

「先生も止めればいいのに…」

 

「あら、真剣に意見を出し合っているのよ、止めるほうが野暮よ」

 

そんなもんかな…?

あ、でもFIATでも見た覚えがあったような気がする…。

とはいえ、だ。

 

「はい、没収」

 

スケッチブックをさっさと彼女達の手から掠め取り、三人の頭を手刀で軽く叩いておいた。

俺のアイディアで話し合いをしてくれるのは構わんが、オモチャにするんじゃないっての。

文句を言ってくるくらいには楽しんでいるらしく、俺はそれを横目に苦笑した。

そのまま床に座り、スケッチブックの新たなページを開く。

 

「そのページに描かれているのって『プロイエット』よね?」

 

「ああ、来年からは学園の教材として配備されるかもしれないって噂を聞いたよ…。

でも俺からすれば、更にその先を作ってみたいんだよ」

 

先日、大使館に呼び出された際に教えてもらっていた。

現在でも学園全体で人気を博している『プロイエット』だが、正式に学園の教材として使用したいと打診されたそうだ。

学園に配備されている訓練機には数に限りがあり、貸出を後回しにされる生徒とて実際には少なくない。

そこで、ISを使用する際の加速に慣れてもらうためにも教材として、授業や訓練に使用させてもらいたいと、学園側からイタリア本国に申請が来たとのこと。

 

「水面式『デルフィーノ』、飛行式『チェーロ・ブルー』。

とはいえ、このどちらも反重力制御システムが必須なんだけどな」

 

もしもこのスケッチが現実のものになり、量産が出来るようになれば…人は水面を滑るように駆け抜け、羽ばたくように空を駆けるようになるだろう。

 

「まあ、当面先になりそうだけどな」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「それにしても、本当に燃えちまったんだな」

 

一夏が住んでいた家の前…もとい、全焼した炭の塊を見渡しながら俺はボヤいていた。

この家は一夏が住んでいた場所ではあったけど、帰る場所(・・・・)ではなかったのだろうとは思う。

警察が敷いた立ち入り禁止のテープを踏み越えたいが、捜査している場所だからそれも出来ない。

やむなく、視線だけを現場に向ける。

見渡しても、そこで人が生活をしていた痕跡らしいものは全然見つけられない。

 

「あの場所に階段があって…」

 

間取りは正確に覚えている。

6年前、一夏が居なくなったあの日に俺達は初めてここにあった家に入った。

1階の部屋はくまなく探し、階段を上った先にある部屋を探したのはその後だった。

 

一夏の部屋のことは今でも鮮明に覚えている。

あいつが住んでいた家は光り輝く牢獄だったのだと嫌でも思い知らされた。

あのクソ野郎(織斑全輝)あの女(織斑千冬)という比較対象が一緒にいるせいで、比較され続けていたからこそ。

だから、学校にも、街にも居場所が無かった。

一夏は、もうこの街に居場所を求めていなかった。

アイツは、中学を卒業した時点で姿を消すと画策していたのを知ってしまった。

もしかしたら、偽名をも用意していたかもしれない。

そう思うと、あいつにとっては本当に日常が地獄だったのだと思い知らされる。

 

だからアイツは…自分という人間が居ない場所にこそ、自分の居場所を見出していたのかもしれない。

そうでもなければ机の引き出しにあんな冊子を隠しておく筈がないだろう。

 

「一夏、お前は何処で何をしているんだ…?」

 

こんな家から連れ出してやればよかったと、後になってからも後悔は今でも続いている。

だから、探し出すと決め、こんな家から力ずくにでも連れ出すと決めた。

蘭や爺ちゃん達にも相談し、俺の家で身柄引き受けをすると決めた。

 

「今日も来ていたんだね、弾」

 

「数馬か、…まあそうだな…。

ここで一夏が暮らしていたんだという思いと…こんな家、無くなって清々した、そんな思いも混じってるんだよ…」

 

多分、数馬も同じ事を考えているんだろう。

あの日、この家が燃えているときにあの女(織斑千冬)が帰ってきたが、あの呆然とした表情は驚かされた。

あんな顔もするもんだな、と。

一夏が居なくなった後は一週間そこらで復活したから、今回も似たようなことになるかもしれないが。

 

「出火原因って何だったんだろうな?」

 

「ニュースではガス漏れとか言ってなかったっけ?」

 

「どこで仕事してるのかは知らんが、長期間家を空けてるんだろ?

あのクソ野郎はIS学園に行ってるみたいだし、猶更ガス漏れとは思えないんだけどな…」

 

言ってしまえば、それ以外に外的要因があったんじゃなかろうかとも思う。

だが所詮は素人の考え、証拠も何も見つけられるとは思えない。

足元の炭を蹴り飛ばす、それがもともとは何なのかは知ることも出来ない。

あの日以降はこの家の前には来たが、中には一度も入っていなかったことも思い出す。

あらためて見れば何か手掛かりらしきもの残ってないか、気になっていたが、この様子では無駄足で終わりそうだ。

 

「先日の新宿の事件の事は知ってるよね?」

 

「ああ、どこぞの国際テロ組織が新宿を壊滅させたって話だったな。

目的は…欧州で発見された男性IS搭乗者の抹殺だとか犯行声明をニュースで読み上げていたのも覚えてるよ」

 

たった一人の人間を殺すために大型都市を壊滅だなんて頭を疑う話だ。

死傷者の数は未だに把握しきれておらず、自衛隊による救援が入ろうとしているが、その間にもビルが次々と倒壊し、救護活動が全くできていないのが現状だそうだ。

諸外国からも救援支援活動団体が入ってきており、空港もパンクしているとか。

 

「で、その事件がどうかしたのか?」

 

「ああ、犯行予告が…というより、『殺人委託』がネット上の匿名掲示板に存在していたというのが見つかってね」

 

…はぁっ!?

数馬が態々持ち出してきたらしいノートパソコンを開くと、そこにはその匿名掲示板の投稿が記されていた。

そこに目を通してみると、確かにそれらしき投稿が俺でも理解できた。

名前は『ウェイル・ハース』、以前に鈴が話してくれた搭乗者の名前だ。

しかもその顔写真が二度にもわたって掲載されている。

そして、『討て(殺せ)』と堂々と言いのけているのもだ。

そして、特筆すべきは…『ウェイル・ハースが新宿に訪れる』と記されていることだった。

 

「ちょっと待て、まさか…」

 

「弾の考えている通りだと思う。

この匿名掲示板は誰もが見る事が出来る場所だからね、テロ組織構成員が見ていたとしても不思議じゃない。

あの新宿での爆撃テロはコレが原因だと思ってる」

 

名前がバレ、顔もバレ、居場所もバレた。

そうなっちまったらテロ組織が攻撃してきたと考えても…不思議じゃないって事か…?

 

「だけど、欧州からしたら本人の名前も素顔も秘匿にしておくべき情報だと思うんだ。

だからコレはどう考えても国家機密情報の漏洩だよ、しかも二回も顔写真をアップしているから確信犯。

コレが原因で新宿で凄まじい死傷者を出したと思うべきだろうね。

素人の考えだけど『肖像権侵害』『人権侵害』『外患罪』『外患誘致』『殺人委託』って所かな。

非常に悪質だし、刑罰としても初犯だろうが死刑が妥当だよ」

 

「じゃあ、この男性搭乗者『ウェイル・ハース』って奴は…」

 

「新宿にいたのが確かなら、その人物は死んでる事になるね…ニュースでそんな感じで放送していたけど…その時点で国際問題だよ」

 

何がどうなってんだよ…!?

 

「明確な判断要素とするには情報が不足しているかもしれない。

それでも僕はコレを、警察とイタリア大使館に通報をしておいたよ」




『プロイエット』
【弾丸】の銘を冠したイタリア製バッテリー式高速機動シューズ。
ウェイルが考案し、FIATが実現、販売を始めたブーツ型製品。
最大速度は時速80Kmまで可能。
なお、一般に販売されているものに関しては最高速度は時速25Kmとなっている。
イタリアでは警察や軍に配備が始められており、バイクやパトカーのような大型筐体を必要ともせず、入り組んだ場所への突入も可能になっているため、国内では非常に高い評価を得られている。
なお、速度のことも鑑み、プロテクター等の防具もしっかりと着用する必要性がある。
IS学園からは訓練機の数の都合も鑑み、また、ISの出せる速度に慣れていけるように、学園の教材として正式に採用したいと打電が届いた。

『デルフィーノ』
【イルカ】の銘を関した水上走行シューズ
発案者はウェイル・ハース
現段階では、構造すら完成していない。
反重力制御ユニットを搭載させることで、ホバースラスターの代わりとし、水面を滑るように走行できるようになるだろう、との事。
まだまだ問題は多い。

『チェーロ・ブルー』
【蒼空】の銘を冠した飛行シューズ
発案者はウェイル・ハース
現段階では、構造すら完成していない。
デルフィーノよりも特化させた反重力制御ユニットで身体を疑似的なフィールドに包み込み、地球の重力を利用して滑空や飛行を自在に行えるようになるだろう、との事。
はっきり言って、ISの下位互換ではあるが、老若男女を問わずに多くの人に使用して貰える事を想像している。
まだまだ問題は多い。


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第87話 眩風 夜を越える

教職員用に割り振られた客室で、その者達は箸で多くの海鮮料理に頬を緩ませていた。

 

「う~ん、美味しい…」

 

「ええ、そうね…問題生徒の監視とカウンセリングのために同行させられたけれど、こんな美味しい料理を楽しめるなんてね…」

 

「学園で授業するよりもこちらに同行させてもらえたのは幸運だったかもしれないわね」

 

2年生、3年生のクラスを担当する教職員の一部達は、学園上層部の命令でこちらの臨海学校に出向くことになったが、その職務を全うしていた。

『二人の問題児を監視』『生徒達のメンタルカウンセリング』、この二つが彼女達の職務となっている。

 

監視対象は『篠ノ之 箒』『織斑 全輝』の二人。

一学期の間だけでも彼等は度重なる問題行動の頻発で、要警戒人物として周知されていた。

その二人の担任をしていた織斑千冬は、彼らの問題行動の解決には消極的で頼りにならず、とうとう解雇され、その損な役回りを今回は自分達が請け負う事になっていた。

 

また、先の新宿に於ける爆撃テロでは、未だに生存者報告がされておらず、学園生徒の身内もまた巻き込まれているであろう事も示唆され、メンタルカウンセリングも請け負う事になっていた。

家族を失い、または未だ生き埋めになっている可能性とて考慮されているが、その報告すらされておらず、副次的に起きた電波障害も含めて身内と連絡が取れない事で、生徒の中でも動揺が広がっていた。

その動揺を可能な限り納める、難しい仕事ではあったが、生徒たちのメンタルを考慮し、派遣されていた。

 

そんな難しい仕事を請け負う事になった彼女達だが、今だけは職務を忘れ、海鮮料理に舌鼓を打っていた。

 

「この多くの魚だけれど、3組のハース君が釣り上げたそうよ」

 

「本当に!?」

 

「ええ、釣り上げた魚の殆どをこの旅館に寄贈したそうなのよ」

 

「学園の中でも機械の修理を幅広く請け負ってくれていたのに、今度はこの旅館の為に働いただなんて…良い生徒ね…」

 

本人の預かり知らぬ所で、ウェイルの株は更に上昇していく。

その後もウェイルの話が続くが、その話は学年の溝を超えて浸透していく。

例外なく絶賛が語られるが、その話を耳にしても憎悪を滾らせる人物が居た。

 

監視対象、篠ノ之 箒だった。

 

「そうそう、ハース君が学園に持ち込んできたブーツ、『プロイエット』だけど、学園で正式に教材として使用することになったそうよ」

 

「ああ、その話は私も聞いています。

訓練機は常に不足していますし、その際にはISの速度に慣れていくために、ということらしいですね」

 

「何年かすれば、そのプロイエットも生徒全員に支給出来る日が来るかも、なんてね」

 

「ハース君は『釣りが出来ない』なんてのを言い訳みたいに言って、持ち込んだらしいけど、生徒みんなからは大人気ね」

 

その賞賛は終わる事は無かった。

憎悪している相手が釣り上げた魚を使っているというだけで、目の前に置かれている膳ですら憎しみで染まっていく。

 

「新しい風、変革、革新、そういうものを今後は彼は作り上げていくかもしれませんね」

 

ギリリ…

 

憎悪する対象が、自分の眼前で称えられ

 

「それに比べてこの問題児は…」

 

「何も考えずに暴力を振るう以外に何もしないケダモノだものね…」

 

「試験は赤点続き、何かしたとするなら例外なく問題行動に国際問題」

 

「篠ノ之博士の身内だからというだけで免罪され続けてるっていうんだからね…」

 

「それにあっちの問題児もそうよね、学園の品位を貶め続けるばかり、退学処分にすべきなのになんで上層部は…」

 

「あの人の身内だからってだけでしょ?

その箔以外に何も無いじゃない、それに縋っているだけの寄生虫よ」

 

自身と、敬愛している人物を罵倒され続けるその環境に憎悪を滾らせ続けていた。

ウェイル・ハースが憎い。

そのドス黒い思想だけで、目の前に用意された膳にすら苛立ちが募っていく。

その膳に用意された全ての料理にウェイルが釣り上げた魚がふんだんに使われており、これを食せば、憎い相手を認めてしまう気になってしまいそうで、箸を握る事すら出来なかった。

 

「放送設備の修理や、ソフトボール部のピッチャーマシンだって修理してくれてたわよ」

 

「この前は投影機に放送設備を…」

 

憎い相手が称えられ、自分達が貶められる。

そんな状態が続き、彼女の脳内は怒りと憎悪だけに染まっていく。

 

決して理解など出来なかった。

決して理解しようとしなかった。

 

『正義』である自分達が貶められ、『絶対悪』の筈のウェイル・ハースが称賛されるその理由が何もかも。

 

 

結局夕飯は一度も口をつけずに終わり、入浴に関しても教職員による監視が続き、就寝時間が訪れる。

布団に入り、憎悪を言葉にしていく。

 

「アイツが悪いんだ…!

アイツさえ居なければ…!アイツが…だったら…!

諸悪の根源は奴なんだ…だったらこれは正当な裁きだ…!

私の判断は間違っていない!

私は、常に正しいんだ…!」

 

木剣も真剣も没収されて久しい、だがその意地だけは健在であり、暴力を無作為に振るおうとする意志もまた健在だった。

 

「それに、明日は…!」

 

7月7日、彼女の誕生日。

であれば、姉である束が来てくれる、IS学園に自分が居る以上は、自身に相応しい力を与えてくれるのだと信じて疑わなかった。

そうすれば、その力を使ってウェイルを叩き潰そうと…技術者を目指す彼の道を断つために、腕を使えなくさせようと考えていた。

 

「私の判断は何も間違っていない、私の判断は常に正しいんだ…!

だからこれは正当な制裁だ…!」

 

狂信的な、そして傲慢なまでの正義感が、ただの一方的な言いがかりによって生じた憎悪と嫉妬であることなど彼女は一切理解していなかった。

 

「私が正義だ…!

許されざる大悪人が…!私が裁きを下してやる…!」

 

また認められなかった。

憎悪する相手が賞賛され、自分達が貶められる現実を。

だから、何もかもすべてを壊せば自身が正しいのだと思い込まなければ自分を保てない。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 

 

 

「ふむ…まぁ、良いでしょう」

 

「やっと終わった…」

 

また別の一室ではもう一人の問題児である織斑全輝が疲労困憊になりながらのため息をついていた。

先の件により、自室謹慎の沙汰が下され、それと同時に毎日反省文を提出することも義務付けられていた。

幼馴染でもある箒も理不尽だと叫んでいたが、共に提出をすることになった。

その内容はともかくとして、毎日提出しなければならないその量の多さに辟易していた。

学園では懲罰房にて、その後は自室にてモニター越しに授業を受け、その傍らに反省文を書き上げ、授業が終わっても反省文提出の作成に時間を費やし続ける。

書いて終われば教職員を内線で呼び出し、食事の受け取りと引き換えに反省文を提出。

それだけで一日の時間の全てを消費し、就寝に至る。

それが毎日続いていた、だがそれはこの臨海学校でも然程変わっていなかった。

旅館の北側にある大部屋でクラスメイトと共に授業を受け、同時に反省文作成をしていた。

休憩時間はカリキュラム一つ毎に10分間用意されているが、その時間すら自由は与えられず、反省文作成にあてがわなくてはならなかった。

だが、それも簡単な話ではなかった。

 

「あの二人、なんで臨海学校にまでついてきてるの…?」

 

「謹慎処分を受けていたんだから、学園の自室に引きこもっていれば良いのに…」

 

「あの二人のせいで私達まで臨海学校に来てまで授業を宛がわれる羽目になってるのに、何を考えてるんだろ」

 

二人を非難する言葉が四方八方から突き刺さってくる、白い目を向けられ、視線による弾圧が常時襲ってくる。

隣に居る箒が暴れだしそうになるものの、監視をしてくる教職員がその都度過剰に反応する。

電気銃(フェイザー)を向けられれば、歯向かうことすらできなかった。

その癖、非難をしてくる生徒達には何も反応せず、鋭い視線をこちらに向けてくる。

箒が授業を受けている間に「理不尽だ」と言葉を零していたが、現状では何も出来ないのが現実だった。

いっそ白式を展開して逃げ出してしまおうかとも思ったが、謹慎前にインストールされたプログラムによって、任意の展開が不可能な状態にされてしまっている。

学生寮の自室からは解放されているが、閉塞された空間でのギスギスをした人間関係に悩まされ続けていた。

 

「では、明日からも通常授業を進める予定ですので、反省文提出を怠らないように」

 

千冬が学園から消え去り、担任をしている真耶からは視線も向けずに冷たい言葉を向けられる。

 

「判ってます…」

 

「言葉ではなく、行動で示してください」

 

言葉は冷たいだけでなく、刺々しい。

学園に編入して間もない頃に見せていたほんわかとした雰囲気などそこには無い。

向けられる言葉と視線は冷え切り、同一人物なのかと疑いたくもなる。

食事の時間も、自室でとる事になるが、そこでは並ぶ海鮮料理越しに、ウェイルを称賛する言葉が飛び交う。

用意された食事にすら憎しみが募るばかり。

これを食べれば、憎い男を認めるような気がして、箸を握る事すら出来なかった程だった。

 

「はぁ…」

 

食事後の入浴時間までは監視されずに済んでいるものの、その監視体制故に使用時間は短く設定されてしまっている。

ゆっくりと湯船に浸かる事も出来ず、体の芯まで温もる事も出来ぬままにあてがわれている監視カメラ付きの教職員用の一室に戻る事になり、反省文提出。

これで一日の全ての時間を使い切っていた。

就寝時間になり、布団に入るが眠気はそこまで強くならない。

向けられる冷たい言葉、突き刺さる冷たい視線、無関心ではないのかと思われる事務的な言葉、そしてウェイルへの称賛と、自身への侮蔑。

そういった類のもので精神的疲労で眠気が失われていく。

 

「こんな筈じゃなかったのに…なんでこんな事に…!」

 

身から出た錆、自業自得、因果応報。

そんな言葉は彼の頭に浮かぶ筈も無かった。

『自分は周囲の人間よりも優れている』、『誰からも認められる存在』。

その自尊心故に、自分の犯した非を認められずにいた。

 

自身が咎められるのはウェイル・ハースのせいだ。

自身が周囲から白い目を向けられるのはウェイル・ハースのせいだ。

自身の計画が破綻し続けるのもウェイル・ハースのせいだ。

自身が苦行を押し付けられるのもウェイル・ハースのせいだ。

 

誰からも畏敬されるべき自身が、今こうなっているのもウェイル・ハースのせいだ!

 

「アイツだ…アイツのせいで…!」

 

だからこそ、それらの全ての非と責を他人に押し付けようとする。

今までそうやっては人を切り捨てるようなことをしていたのだから、責任転嫁を繰り返す。

6年前まではそれをするには調度良いサンドバッグが身近に居て、ストレス解消にも間に合っていた。

その人物が居なくなって以降には、そのサンドバッグとして近隣の人間を利用した。

 

学園に編入してからも調度良いストレス解消用のサンドバッグを見つけた。

そう、思っていた。

干渉・接触禁止を言い渡され、行動が制限された。

だがそれでも彼をサンドバッグにしようと風評被害を与えようとしたが悉くが失敗に終わり、そんな自分が今では周囲の生徒から言葉を突き刺すための案山子にされる始末だった。

危害を加えようものなら必ず糾弾され、白い目を向けられる。

 

かつて、自らの弟にしてきた行動がそっくりそのまま自分に返ってきている。

そのような考えが思いつくことなど到底出来なかった、そして、認められなかった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「いやぁ、凄かったなぁ」

 

大広間で行われたマグロの解体ショーには多くの生徒が見ている中で開催された。

俺とメルクと鈴とティナは最前列で見物させてもらった。

ヴェネツィアの港でも同様の催しがされたりしていたが、ここまで近くで見せてもらったことはなかったからなぁ。

 

「いつもは人がごった返して前では見られなかったですから…」

 

そこから解体された魚は、刺身にされたり、握り寿司、炙り寿司、ステーキ、鉄火巻きに鉄火丼など様々な料理に化けていった。

日本人の食へのこだわりをしっかりと見せてもらう事が出来てお腹も胸も一杯だ。

感謝状だとか金一封だとか旅行券を贈呈されるのは予想外にも程があるが、これは後々にイタリア本国の家族へ送ろうと決めた。

姉さんも喜んでくれるだろうな。

それと、切り身の一部は冷凍で空輸してもらう手筈にしてもらった。

こっちはこっちでシャイニィが喜んでくれるだろう。

 

「へぇ、じゃあ釣りは以前からの趣味だったのね…」

 

食事も入浴も終わっているので今は旅館の当てが割れた部屋に戻ってきていた。

小鳥型ロボットを諦め、ウミネコ型ロボットについて考えていたが、それも後回しにして、今日一日使い続けていた釣竿のメンテナンスに移る事にしていた。

こういう道具は日々の手入れでその耐久性を伸ばす事が出来るのだから手入れは手抜きをしてはならない。

…出番を与えたのは実に4か月ぶりだけどさ。

 

「ええ、地元にも釣りのスポットがあるので、週末には釣りをして過ごしていたんです。

釣りは良いですよぉ、心が落ち着きますから」

 

「アンタ、今日は絶叫してたわよね…」

 

右隣に座る鈴が変な合いの手を入れてくるが、あーあー聞こえナーイ。

左隣に座るメルクは苦笑いをしているが、どうやらしっかりと見ていたらしく、フォローを入れてくれる事は無かった。

ちょっと傷つく。

 

「それに皆の分の釣り竿も学園の廃材で作り上げるほどなんだから、釣りマニアもいいところよね…」

 

そう言って返すのは、ティエル先生の隣に座っているティナだった。

鈴とティナは部屋が別の筈なのだが、食事が終わってからもこの部屋に当然のごとく居座っていた。

ティエル先生がそれについて指摘しないのなら、俺から言う事も無いけどさ。

 

「でも、そんなお兄さんと一緒に釣りをする仲の良い人も沢山居るんですよ!」

 

「年上…年代的にはオッサンばっかりなんだけどな。

ああ、でも…写真が今は一枚も持ってきてなかったな」

 

「あらあら、その内に見せてほしいわね」

 

今度の期末試験が終わったら各自帰省を言い渡されているし、休校が終わり次第、その時には写真を実家から持ってくるとしよう。

自宅から持ってきさえすれば。皆にも見せる事が出来るだろうからな。

あ、でも姉さんが一緒に写っている写真は避けておかないといけない、姉さんの存在が判ってしまったら面倒なことにもなるとは言われていたし。

 

「誕生日プレゼントにはそんな人たちから海釣り用の極太ロッドとか貰っていたんだよなぁ…」

 

「その極太ロッドをもらって大はしゃぎしてましたよね」

 

「目に浮かぶわぁ…」

 

あの頃の俺は、な…。

 

「釣り人として生計を立てようなんて考えていた頃もあったよ。

だけど、メルクの目標だとかを知ったら、俺はそちら側を優先することにしたんだよ。

だから今は本職は技術者兼テスター、釣りは趣味って感じだな」

 

今でこそFIATではアルバイトの扱いだからな。

この学園を卒業し、大学にも入って勉強し、それから就職へ至るつもりではある。

とはいえ、このISの時代もいつまで続くかは判らないから、次の事業もそのうちに企業が考えていくのだろう。

その内に国境を超え、地図にも残るような事業へ至ったりして…まさかな。

 

「ウェイルは卒業したらどうするつもりなの?」

 

「大学に入って勉強、だな。

どこまでついていけるかはわからないけど、メルクを支えていくにも知識はあって困るような事じゃないさ。

大学も出たら、それから就職だな、国家資格を獲得した技術者になって今後のモンド・グロッソでメルクを専属技師として陰からしっかりとサポートしないとな」

 

そう、それが俺の今の目標だ。

いつまでもビーバット博士に頼りっきりじゃ駄目だからな。

しっかりとした技術者にならないと。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイルはハッキリとした目標を私に聞かせてくれた。

これには私も改めて驚かされた。

それでいてどこか悔しいとすら思える。

 

私は一夏を見つけることを第一目標にして、この6年間を全て費やした。

他の目標なんてそんなに見つけられなかったというのもある。

叶うのなら、一夏を見つけ、昔のことなんて見向きすることが出来ないような、新しい未来を創ろうと決めていたから。

でも、それがどんな未来なのかはまだハッキリと見えてはいないのかもしれない、そう思ってしまう。

 

「どうしたのよ鈴?」

 

「ううん、なんでもない」

 

もしかしたら、もしかしたらウェイルは一夏かもしれない。

そう思ってずっと接していたけれど、今になってもその兆候が見え隠れし続けているけれど、確信にはどうしても至らない。

共通点が多少は在るけれど、今ではそれだけだものね。

 

もしも、私の予想が当たっていたら嬉しいとは思うけど、ウェイルにとってはこの学園に来てからの態度は初対面のそれだった。

 

もしも、私の予想が間違っていたら私の勘違いだったというだけであり、今後も友人としての付き合いをすればいいだけ。

調査は何もかもやり直しにはなるけど、ね。

 

「なにもかも遠いなぁ、なんて思っただけよ」

 

今度の夏休みにはウェイルはイタリアに帰るのだとも語ってみせていた。

そうなってしまったら、今以上に近づくのも難しいと思う。

欲を言えば、この一学期の期間で、私の予想が的中していたのか、的外れだったのかの確信を得ておきたい。

 

廊下から空を見上げれば、星が空を埋め尽くしている。

私の掲げる目標は、あの星の更に遠くに存在しているかもしれない。

でも、いつかは掴んでやる…!

 

「そういえば…一夏の家は不審火で燃え落ちたのよね…」

 

先日聞いた話を思い出す。

少なくとも、一夏を閉じ込めようとする場所は失われている、それも物理的に。

あの輝く牢獄が失われ、一夏の所有物も何もかも失われてしまっているだろうとは思う。

もとよりあの場所にはもう何も手掛かりらしきものは残っていないだろうから、私としてどうでもいい。

残されたものは、私の手元に存在している鞄一つだけ。

遺品ではなく、預かりものという扱いで手元に置き、使わせてもらっている。

これを返せる日は近いのだと思っていたけど、未だに先の見えない道の上に居るのかもしれない。

 

「まだまだ道半ば、か…」

 

この日の夜は、少しだけ涼やかな風が流れていた。

だけど、私はこの時にはまだ知らなかった。

地獄の門は、開け放たれたままだということを。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

鈴さんが部屋を後にしてから、私は床に就いた。

この日本の旅館の部屋にはベッドは無く、草で編まれた床、鈴さんが言う『タタミ』の上に布団を敷き、それで眠るのだと教わりました。

イタリアの実家とも、学園の部屋とも違う風習に少しだけ違和感を感じつつも、眠りについた。

深夜、少しだけ眠気が弱くなっては目が覚める。

 

「お兄さんの様子は…」

 

イタリアに居た頃から、夢見が悪くなってお兄さんは魘される事が時折見受けられ、お姉さんや両親も夜な夜な様子を見に来ることがあった。

私も気になっていましたが、両親達とは違って夜中に眠気がなくなるという経験が多くなく、こうやって様子を見る機会はとても少ない。

 

「…良かった…」

 

今は静かに眠っている。

夢見が悪い時には、夥しい汗を流しながら、苦しむような表情を見せることもあったから、私としては何もできない自分がもどかしかった。

無理してまで起こしても、お兄さんは夢の内容を殆ど覚えていないことが大半で、その苦しみを取り除く事も出来なかった。

記憶を失い、『ウェイル・ハース』として生きている今でも、『織斑 一夏(イチカ オリムラ)』として生きていた頃の記憶に苦しめられているのかもしれないと、お姉さんは語っていた。

 

今の私達に出来るのは、苦しみを少しでも取り除くことだから…。

どうか、穏やかな日々が来てくれることを…

 

「おやすみなさい、お兄さん」

 

その為にも、私はお兄さんの隣で眠りに就いた。

 

 

 

翌朝、目が覚めると鈴さんが額に青筋を浮かべながら笑顔を見せるという器用なことをしているのが見え、一気に眠気が覚めた。

 

「メ~ル~ク~?

アンタ、そんなところで何やってんのかしらぁ~?」

 

「えっと…どうしました?」

 

何か怒っているようですけど、私には何も思いつく事が見当たらないです…。

 

「お兄さんがまだ寝てますから、静かにしてください」

 

「はいはい鈴、ちょっとは落ち着きなさいって、そう尻尾を太くしてたらマトモに話なんて出来ないでしょうに」

 

「そこ!私を猫扱いしない!」

 

だから少しは静かにしてください。

この状態の鈴さんをおとなしくさせるのに30秒程要することになりました。

その間にティエル先生も起床し、少しだけ騒がしくなりました。

それでもお兄さんは起きず、静かに眠っていたのは…驚きですけど…。

 

お兄さんの眠りを妨げるわけにもいかず、旅館の食堂へと移り、話の続きをすことになり…

 

「それで、話は大体理解したわ。

トーナメント戦で、ウェイルからは私と組むように要請されて、その代わりに添い寝をさせてほしい、と」

 

「はい、そうです」

 

「まさかトーナメントが終わってもその約束が有効だなんてね」

 

「期限を言っていませんでしたから!」

 

「へんな所で狡猾になってんじゃないわよアンタは!」

 

家族なんですから、添い寝をしても何も変じゃありませんよ、鈴さん?

こんな話をしていると、ようやく眠りから覚めたのか、お兄さんも食堂へ入ってくる。

 

「ん?何かあったのか?」

 

「べっつにぃ~?」

 

鈴さんは朝から随分と機嫌が悪いみたいでした。

この調子がいつまで続くかわかりませんけども。




新宿の現状について
凛天使の爆撃テロによって、新宿駅を中心に一帯が火の海になった。
直径5kmは円を描くようにビルが連なる形で倒壊し、内部からの脱出、外部からの侵入を阻む防壁のようになってしまっており、巨大な密室になった。
その状態での見境の無い爆撃攻撃となり、被害者数がすさまじい数に上る要因となった。
また、貫徹ミサイルが使用されたことで、屋内、地上、地下を問わずに崩壊しており、復興への道も殊更に遠ざかっている。
被害者数は最低でも250万人とも言われ、今後も増えていく一方だと思われる。
現状、報道番組では昼夜を問わずに放送されているが、報復攻撃を恐れ、凛天使に対してのコメントは控えられている。
また、ウェイルのフルネームや顔写真についても報道番組では出ないように根回しされているが、篠ノ之箒と織斑全輝が散逸させた情報は静かにネットワーク上に蔓延している。

また、円状に倒壊したビルが原因となって、救援活動は遅々として進んでいない。


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第88話 業風 新たな

改めてみると新宿駅周辺ってさまざまな施設が存在しているみたいですね。
田舎者なので好き勝手書いたら、後から指摘が入って苦笑いしてましたw


俺が食堂に入ってきた時点で何かを話していたみたいだったが、それについては教えてもらえなかった。

ティエル先生からは『仲が良いようで何よりね』などと言われたが、何故か言葉に棘を感じたような気がする。

何故かは判らないが、気のせいであってほしい、切実に。

 

「早朝訓練をしたいところだけど、臨海学校じゃ出来ないよな…。

それにプロイエットも使えない、ともなれば出来る事はといえば…」

 

そう!釣りだ!

拡張領域から釣竿を取り出したタイミングでティエル先生に肩を掴まれ

 

「待ちなさいウェイル君、何処に行くつもりかしら?」

 

笑顔だ、ティエル先生が見せてくれるのは、旅館の周囲に咲き誇る向日葵のような笑顔だ。

だが、その向日葵からは太陽顔負けの熱というか…怒りの炎を感じ取れたような気がする。

ここで俺が出した言い訳は…

 

「…周囲海域の魚類の生態調査に…」

 

部屋へ押し戻された、…釈然としない…。

 

「あのねぇ、昨日釣り上げた魚だけでも旅館の冷凍庫がいっぱいになっててもう何も入れられない状態になっているのよ?

解体ショーをしてお刺身を大量に振舞っても、焼け石に水の状態なのに、これ以上釣り上げてどうする気?

客室の冷蔵庫に入れるわけにもいかないのに!」

 

そしてお説教という早朝からの地獄のフルコースだった。

釈然としねぇ…!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

早朝から起きている連続とした状況に頭が追い付かず、軽い頭痛に襲われた…ような気がした。

メルクがウェイルに当たり前のように添い寝をしている、ウェイルはそれに特に何も感じてない、

そして早朝から釣りに出かけようとしたウェイルはティエル先生に引き留められ、お説教。

朝っぱらから、もう何かのコメディーでも見せられているかのような気がする。

ウェイルが浅はかというか、メルクがしたたかというか…どう言えばいいのかもよく判らなくなってる。

 

「つまり、鈴はメルクに嫉妬してるわけだぁ~♪」

 

「ちっがうわよティナァッ!な、何言ってるのよ!?

わ、私の考え事は別に在って…」

 

「毎日ウェイル君の事で愚痴とか言ってるのに、今更ソレはないでしょぉ~?」

 

「それは…!あ~も~この話は終わりよ!

それよりもうすぐ朝食でしょ!そろそろ食堂に向かうわよ!

そろそろお説教も終わってるだろうから、ウェイルもつれて、ね」

 

いったん部屋に戻ったものの、それこそとんぼ返りのような形でウェイルの居る教職員用の部屋へ向かっていった。

 

「失礼しまぁ~す♪」

 

気に抜けるようなティナの言葉と一緒に私も部屋へと入っていった。

中では

 

「あら、また来たの?ちょうど良かったわ」

 

中には、ティエル先生とメルクの二人だけで、ウェイルの姿が見当たらなかった。

 

「ティエル先生?ウェイルは?」

 

「釣りに行けなかったのが悔しかったみたいでね、露天風呂に行ったわよ。

それは兎も角として、コレを見てもらえるかしら?」

 

朝から露天風呂…釣りだけでなく露天風呂にも興味津々か…イタリアの人ってそんな感じなのかしら?

もしかしたらメルクも…?

 

「それで、見てほしいって何がですか?」

 

「携帯端末よ、今朝から学園に通信が繋がらなくてね…」

 

うわぁ…私は完全に門外漢だわ…。

 

「他の教職員もみんな同じなのよ、学園に連絡が出来なくてね…」

 

なんだろ、電波障害かな?

学園周辺で何かあったのかしら?

ティナに視線を向けてみるけど、フルフルと首を横に振るだけ。

 

「失礼します、ウェイルは居る?」

 

その言葉ともに部屋に入ってきたのは…簪だった。

それにラウラとシャルロットも。

 

「どうしたのよ、皆?」

 

「その…お姉ちゃんに連絡が出来なくて…」

 

「僕とラウラのところにも相談に来てくれたんだけど、サッパリで…」

 

「こういう件に関してはウェイルが最も頼りになるだろうと判断したんだ」

 

学園に連絡が出来ない。

それどころか、個人にも通信が繋がらない。

先の新宿の爆撃テロ以降、何かが起きてるのかもしれなかった。

でも何かが起きているのが判っても、何が起きているのかがさっぱり判らなかった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

朝からの露天風呂というのもなかなかに気分が良い。

ヴェネツィアにもこういう場所があれば毎週通いたいとは思うんだが、さすがに水上都市に温泉は望めないだろうな。

 

「温泉は、地下に通る火山脈の影響で地下水が暖められ、地上に湧き出るもの。

旅館の従業員さんが教えてくれてたな…」

 

地下の源泉を利用しているものが『源泉かけ流し』、機械で温めた水を循環させているものが『循環式』とか言われているらしい。

日本には温泉に使用できる火山脈や地下水のような資源に恵まれているようで、全国あちこちで温泉が存在しているらしい。

羨ましい限りだ、全国温泉大国。

治安はどうだか知らないが、技術は持ち帰れるものなら持ち帰りたいな。

 

「次は…ローマにでも行ってみようかな…」

 

あそこの露天風呂も良かったからな…。

朝から温泉を満喫し、気づけば朝食の時間が迫っていた。

さっさと着替え、乾かすのも面倒な髪はタオルで束ね、浴衣を着用しておく。

日本式のバスローブらしいが、これも結構着心地が良いとは思う。

 

「ウェイル、遅いわよ」

 

「ああ、悪かったよ、ついつい露天風呂を満喫してて、さ」

 

「私も露天風呂に入れば良かったです…」

 

「アンタは自重しなさい、混浴するには流石に適齢期を超えてるでしょうが。

外見だけなら問題ないかもしれないけど」

 

「それって私が子供みたいな体格だって言ってますよね!?」

 

今日もメルクと鈴は仲が良い。

流石にトーナメントでの経験も活かせているようだ。

 

「朝食は…昨晩のような刺身とかは無いんだな…焼き魚はあるようだが」

 

「日本の朝食っていうのはこういうものよ、あんまり贅沢を求めるものじゃないわよ」

 

成程、これも勉強になる。

それにしても魚料理だけでもいろいろとレパートリーが要求されているみたいだな、日本人は料理には何かといろいろな方面に研究を続けるらしい。

 

「それとティエル先生が呼んでいたわよ、機械を見てほしいってさ」

 

ここでも俺は機械品修復作業に追われることになるらしい。

今度はなんだ?テレビか?冷蔵庫か?ラジオか?それともキッチンで使っている機械か?

俺は技術者であって、便利屋じゃないんだがなぁ?

 

「任せろ、できるだけ早く終わらせて、今日の実践授業に間に合わせてみる!」

 

「お兄さん声が弾んでますね、実は楽しんでます?」

 

やっぱりメルクにはバレてしまうか。

さて、仕事を頼まれると分かったのなら、朝食をとっとと食べてしまおうか。

うん、美味い…!

 

 

朝食を食べ終えてから俺はティエル先生に連れられて、小部屋に来た。

まるで当然と言わんばかりにメルクも鈴もティナも同行しているが、それは構わない。

果てはシャルロット、ラウラ、簪まで来ていることだ。

何の因果か、国家代表候補生が勢揃い、それだけでなく、今回同行しているという教職員も半分がこの部屋に集っている。

そんな中、男は俺一人だけであり、少々居心地が悪い…今更かもしれないが。

 

「う~ん…簪の端末にも、何も異常は無いな」

 

時間の都合もあり、教職員含め全員分の端末を調査してみたが、異常らしきものは見当たらない。

念のために俺も生徒手帳を開き、楯無さんのコードを入力してコールしてみるが、一向に繋がらない。

虚さんの場合も含めてだ、職員室にコールしてみてもやはり反応が無い。

 

「お邪魔しま~す」

 

またも襖が開かれ、客人が入ってきた。

やって来たのは、自称『生徒会のマスコット』、布仏(のほとけ)本音女史だった。

1組は、授業が始まるまでは自室待機だったらしいのだが、

 

「生徒会の相談で来ました~」

 

そう言って、俺に携帯端末を見せてくる。

 

「………俺にか?」

 

「うん、お姉ちゃんに相談したい事が在るんだけど、繋がらなくて~。

そこでウェルルンに看て欲しいの~」

 

仕方なく預かり、確認してみるが、簪や皆と同様に異常は見受けられなかった。

 

「ダメか~。

ウェルルンに相談してみれば、何か判るかと思ったけどぉ…」

 

今はどうしようもない。

仮説を出すと、だ。

 

「皆もそうだが、こちらの端末に原因が在るのではなく、学園側の端末に何かるのかもしれませんね」

 

そこまで判明しても、今度は別の方向に疑問が湧いてくる。

学園側の端末、それも固定式もそうだが、個人の端末にも繋がらないともなると益々もって、不可思議でしかない。

学園側に何か起きているのかもしれないが…。

 

「学園で待機している筈の教職員にも繋がらないのよ」

 

「…妙ですね、それ…」

 

政府に連絡すれば良いかもしれないが、果てしない程に胡散臭い相手を頼るのも危険かもしれない。

政府側と言えど、クラス対抗戦の折りに捕縛したテロリストの半数の脱走を許し、残り半数も行方知れずにさせてしまっていたわけだし、ここまでくるとそれこそ何かやらかしているのではないのかと言いたくなってくる。

 

「鈴、どう思う?」

 

「私もメルクと同意見、どう考えても胡散臭い、それときな臭いわ」

 

メルクも同じような反応だった。

だけど、こうして話し合いをしていても埒が明かず、また、実践授業を開催する時間が近づいていたので、今はこれで話を切り上げることとなった。

本音女史も授業の準備が在るらしく、部屋から退出するが

 

「ちょっと待ってくれ」

 

一応呼び止める、確認しておきたい疑問が今になって浮かぶ。

 

「はりゃぁ?どうしたの?」

 

「まさかとは思うが………もしかして俺は生徒会メンバーに数えられてるのか?」

 

その疑問を口にすれば、本音女史の細い目が僅かに開かれ………呆れたかのような視線を向けられた。

 

「え?あれだけ生徒会室を繰り返し使い続けてるのに自覚無かったの?」

 

役職とか与えられていた訳でも無かったのだが……………………困った、言い返せない。

どうやら俺は既に生徒会に入会していたらしい。

 

 

時間の都合もあり、一旦部屋へ戻り、ISスーツに着替えてから砂浜への集合となった。

先程の件もあり、砂浜にはすでに4機のテンペスタⅡが鎮座していた。

実践授業で使われる機体に関しては、

日本製第二世代型量産機『打鉄(うちがね)

イタリア製第二世代型量産機『大旋嵐(テンペスタ)Ⅱ』

フランス製第二世代型量産機『疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)

の内、どれがいいのかのアンケートが執り行われており、大旋嵐(テンペスタ)Ⅱが選ばれていた。

その為、今回の訓練にて使用する為に大旋嵐(テンペスタ)を4機が学園から持ち出されている。

我が国の技術は生徒達に浸透しているようで中々に優越感がある。

実際、学園でも貸出の要望が急激に上昇している。

 

「今日も1組は一室に閉じこもって座学の授業をしてるってさ♪」

 

黒い笑みを浮かべながら鈴がクスクスと笑っているのがどうにも印象に残りつつある朝の風景だった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

皆と一緒にお兄さんへ端末を見せるようになったのは少々気が引けましたけど、結局のところは修理をしてもらうような場所は何も見受けられなかった。

変なアプリが入っているとかではなく、学園側に何かが起きているのかもしれないとのこと。

それからも思いつくのは胡散臭い話ばかりで一向に答えが出てこない。

どうにも胡散臭いですし、鈴さんが言う通り、何かきな臭い感じがしていました。

 

時間も迫り、実践訓練に移ることになり、話は切り上げに。

ISスーツに着替え、浜辺に向かったころには、私たちは一番最後の到着に。

 

「じゃあ、訓練に移るか」

 

お兄さんは早くも訓練に集中し始めていた。

1組の人は座学授業に取り組んでいるとのことで、訓練には不参加。

2組から5組の人だけで訓練に移ることに。

邪魔な人が居ないだけ、訓練に勤しむ事ができる様で安心していられます。

 

「何かあったのかメルク?」

 

「いえ、何でもないです」

 

おっと、いけないいけない、私も訓練に集中しておかないと…!

 

そこからも私は実践訓練授業に集中する。

今回の訓練のコンセプトは、普段とは違う場所に於ける動作の習得というもの。

戦闘をする場所が、いつもと同じアリーナグラウンドの上ばかりになるとは限らず、こういった足場の不安定な場合も想定しておかなくてはならない。

今は歩行、そのうちに脚部スラスターを使用した走行訓練にも移る予定ですけど…

 

「砂浜だけに砂埃が凄いです…」

 

「オマケに海岸だからな…潮風に晒される事になるから、後でしっかりと整備しとかないと錆びるかもしれないな…」

 

「技術者側からしたら胸の内が痛む話ですよね」

 

こういったことに関しては上層部は無頓着なのかもしれない、そんな考えが浮かぶのは仕方のない話です。

そして、お昼を過ぎ、昼食後に

 

「お、来たな」

 

沖合側から数隻の揚陸艇が浜辺へと乗り上げてきた。

 

「ここからは専用機所持者同士での特殊訓練を行います。

ですが、それに合わせ、各専用機所持者には企業、国家からの兵装の受け渡しを行うわ。

今度は、一般生徒が専用機所持者側のサポートに入るように!」

 

揚陸艇から技術者らしき人が数名降りてくる。

その中には

 

「クロエさん?」

 

「はい、お久しぶりです、ウェイルさん、メルクさん」

 

特徴的な銀髪の女性もそこに姿を現していた。

先のトーナメントでミネルヴァの実証実験の後に何が待っているんでしょうか…?

ちょっと不安が…。

 

「では、届けられました兵装をご用意いたしますね」

 

「ああ、今から楽しみだ!」

 

「お兄さん…」

 

この技術者姿勢のあからさまな反応に周囲のみんなも苦笑をしていました。

クロエさんから提供されたのは、細長い形状のコンテナ、そして、私の身長ほどの大きさのコンテナでした。

 

「ウェイルさんには、先に試験兵装をより改良し、使いやすくなったランス型兵装『マルス』を」

 

開かれたコンテナには、お兄さんに合わせて形状を調整した槍が入っていました。

 

「へぇ…!」

 

無造作に掴み、コンテナから引き出す。

その取扱いをクロエさんが読み上げていく。

 

「この兵装は『ウラガーノ』『フィオナローズ』の発展型です。

籠鍔に内蔵されたトリガーで槍形態(ランスフォーム)長銃形態(ガンフォーム)の切り替えが出来るようになっており、また、使用できる弾丸も『通常弾』『暴君(カリギュラ)』の切り替えが可能になっています。

変形機構はウラガーノ以上のスピードでの変換が可能であり、先のトーナメントでくみ上げられたプログラムでもある『高速装填(ラピッドリロード)』にも対応させています。

『フィオナローズ』の機能も搭載されており、相手機体内部への浸食も可能としています」

 

「凄いな…というよりも、全部盛り込んだようなものじゃないか。

それに銃に関しても長銃(アサルトライフル)だけでなく拳銃(ハンドガン)も仕込んである以上、俺の戦闘形態にも適している」

 

「これもウェイルさんが今まで培ってきた経験を活かしてこそのものです。

ですが、朱槍(クラン)のような扱いはできませんので、どうか気を付けて」

 

「いや、そこは大丈夫なんだが…」

 

「FIAT代表取締役社長からのメッセージです、『これからの活動にも期待している』との事です」

 

逢った事も無い人からも期待されてました…。

 

そして、今度は私用に宛がわれたコンテナが開かれる。

そこには…V字型の何かが大量に収納されている。

 

「メルクさんの機体、嵐星(テンペスタ・ミーティオ)には、こちらです」

 

コンテナの中身が一斉に消失、私の眼前に『インストール完了』を告げるパネルが現れた。

え、あの…まだ何も確認できていないんですが…?

 

「えっと…兵装展開…?」

 

背面スラスターに、それは出現していた。

 

「ミネルヴァの更なる発展型シザービット『銀河(ガラスィア)』となります」

 

ビット、その言葉には覚えがあった。

 

「あのこれってBT兵装…イギリス主体開発ということになるのでは…?」

 

BT兵装を開発していたイギリスは首府ロンドン以外の全ての領土、領海すら失って数か月。

イギリスIS研究開発機構BBCも解体され、その技術のほとんどが欧州各国に渡っている。

それでもBTシステムに近い兵装は開発されておらず、下位互換式のミネルヴァ程度だった筈…。

なのに、まさかもう…!?

 

「はい、FIATでも独自開発を進められており、正式なBT兵装とは違います。

脳波による操作ではなく、量子演算によって自動操作され、誰にでも扱いやすくなっている(・・・・・・・・・・・・・・)兵装です。

また、射撃ではなく、すれ違いざまにエッジで両断するといったコンセプトになっています」

 

「そりゃぁ、凄いな…。

IS自体、使用者を限定させ、BT兵装は更にそこから使用者を絞る、言わば極端なまでに使用者を限定させるから、それを簡易化させた、そんなところか」

 

「そう思っていただいて問題ありません」

 

簡易化だけでなく使用者を選ばない、下位互換式なんてものではなく、その逆…。

これはすでにイギリスのBT兵装の上位互換…。

 

「使用方法は自動化されておりますが、起動自体はマニュアル化させていますので、起動と収納はそれぞれの操作が必要になります。

また、シザービットのコンセプトは、『相手の兵装破壊』となっています」

 

「戦う術を奪う兵装…あの…強すぎませんか…?」

 

「ビーバット博士からのメッセージです、『期待している』、だそうです」

 

企業と謎の開発者からのメッセージ付き、もうこれは断れないじゃないですか…。

一先ずスペックデータを確認しておこう。

ガラスィアの速度はテンペスタ・ミーティオのそれに追従できるほど。

すなわち、これを出してしまえば、逃げられる機体は、現状この世に存在しないことになる。

 

先のトーナメントでお兄さんが使ったミネルヴァと、イギリスのBT兵装の複合兵装。

これは…今後は頑張らないと…!

 

「え…!?本当に…!?イィィィッヤッッッッタァァァァァッッッ!!」

 

物凄い叫び声が砂浜をつんざいてきて、私とお兄さんはそちらに視線を向けた。

そこに居たのはティナさんだった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ティナの歓喜の叫び声に驚かされ、途端に砂浜を駆け抜け、俺に飛びつく…寸前でラウラがAIC(慣性停止結解)で受け止めた。

あのまま受け止めていたら砂まみれになっていたかもしれないから正直助かる。

 

「何を考えているのか知らんが、はしゃぎ過ぎだろうティナ」

 

AICから解放されたティナが俺に書状を突き出してくる。

 

「だってだってだってぇっ!

ほらぁっ!これ見てよ!承認してもらえたんだよ!『国家代表候補生』に!」

 

ティナが見せる書状に記されていたのは星条旗と…国主のサインらしきものと…

 

「すまん、英語はまだ苦手でな…」

 

「『国家代表候補生として承認する』って記されてるのよ!

ほらっ!これが私に与えられた専用機、アメリカ製第三世代機『震牙(ファング・クウェイク)』よ!」

 

ティナの背後に鎮座しているコンテナが音を立てながら開かれ、そこにはルージュに染められた武骨な機体が…

 

震牙(ファング・クウェイク)、重厚な機体だな…」

 

「それを忘れさせるような機動性だって有してるんだからね!

あ、でも初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を手伝ってもらって良いかな?」

 

新しいライバルの登場に鈴もシャルロットも簪も呆然としていた。

ここで新しい第三世代機を見ることになるだろうとは思ってはいなかっただろうからな。

正直、俺も驚いている。

 

「判ったよ、条約上初期化(フォーマット)は出来ないから、それはティナがやってくれ。

最適化(フィッティング)は請け負うから」

 

仕方ない、頼まれたとあっては請け負うしかないだろう。

それに国外の機体にも正直、興味がある。

それから俺はティナに付き添って最適化(フィッティング)作業に移った。

この作業も地味だが重要だ、搭乗者の体幹に合わせ、装甲の隙間の調整を行ったり、操縦を格段にしやすくさせるためのものだ。

これを省略させれば、機体は搭乗者を縛る枷になりかねないからだ。

 

作業の合間にほかのメンバーを見れば、簪は槍…ではなく、ナギナタとか言ったか、その兵装の予備が届けられていたようだった。

それと一緒に大量のミサイルを補充している。

 

ラウラは…新たな砲撃型兵装を展開させている。

かなり銃身(バレル)が長いのを見るに、長距離砲撃用の兵装なのだろう。

これも威力がかなり高そうだ。

 

「これはこれは……部外者の方が何の用かしら?」

 

ティエル先生の眼つきが鋭くなり、俺の背後に向けられる。

視線が向けられる先が気にかかり、俺はティエル先生に倣って視線をそちらへ向ける。

そこには黒いレディーススーツを着込んだ人物が居た。

 

()1年1組副担当教諭、織斑 千冬」




ティナ・ハミルトン
ウェイルと共に研鑽を積み、ドイツ国家代表候補生だけでなく、シャルロット・アイリス、織斑全輝といった専用機所持者を相手に渡り合った功績を積み上げた。
また、多くの人に教えを与えることを惜しむことなく繰り返し、それらを総合評価された結果、国家代表候補生としての資質は充分に見受けられると判断され、その称号を認可された。
それに伴い、アメリカ製第三世代機『ファング・クェイク』を受領した。


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第89話 躙風 大罪の在処

『マルス』
ローマ神話に名高き3大神、その一柱である『軍神』の銘を冠した試作兵装。
FIATローマ本部と、アイルランド支部による合作の第二世代型兵装となった。
ウラガーノによる射撃戦闘と近接戦闘、フィオナローズによる侵食現象、それらを両立させたものとなっている。
槍の穂先は従来のフィオナローズ同様に、金、紅に染まっている。
柄は海の色を映したかのように、青く輝いている。
籠鍔部分には、煌びやかなバラの装飾が彫られており、豪華絢爛な外見となっている。
それぞれがアサルトライフルへの変形、ハンドガン内蔵式と、元来のウラガーノと同様のシステムも込められており、ウェイルが開発した弾倉高速装填のプログラムにも対応出来るようになっている。
なお、メルクが扱っていたフィオナローズとは違い、レーザー刃の出力は無い。

なお、ウェイルは外見に対して「ハデ過ぎるだろう」と思っていたらしいが、使い勝手が良さそうなので、言葉にはせず素直に兵装を受け取った。


海岸沿いの道路には国際IS委員会のエンブレムが記された車輛が一台。

その助手席のドアが開かれ、学園から去ったとされる織斑教諭が姿を現した。

 

「ッ!」

 

ラウラ、鈴、メルクの視線が途端に鋭くなる。

過剰に反応しているようにも見受けられるが、俺としても警戒した方が良さそうだった。

例え、一度だけであったとしても、俺とてこの人には操り人形にされそうになった事があった。

接触・干渉禁止の命令があったが、その抜け道として利用されていたようだったが、それで俺を操り人形にしてきたんだ、警戒して当然だろう。

 

「ここは学園外部の人間は立ち入り禁止にされているのよ、部外者はさっさと立ち去りなさい。

この場で不法侵入者として捕縛することもできるのよ?」

 

ティエル先生はすでにバチバチにケンカを売っている、早くも一触即発だ。

 

「私は部外者ではない、国際IS委員会からから指名、要請、依頼されてここに派遣されている。

既に部外者ではなく、学園関係者というわけでもない。

先に言っておくが、学園長から通達されていた件も既に私には通用せん」

 

接触・干渉禁止命令を下せる範囲の外にいるという事か。

ってことは俺達に直接干渉しようが、咎められる人間は居ないって事か?

うわぁ、嫌過ぎる…。

 

「これからの訓練内容もこちらで既に把握している。

ウェイル・ハースをこちらに寄越してもらおう」

 

視線をこちらに向けてくる。

刹那、メルクとティナが銃を向け、鈴とラウラが剣を、簪がナギナタを向けた。

俺は…対応仕切れなかった、なので皆に倣う形でマルスを銃形態にしてそれを織斑教諭へ向ける。

 

「生憎ですが、お断りしますよ」

 

「国際IS委員会指名だろうけれど、他国の企業所属への干渉権限はありませんよ」

 

他の教職員たちも織斑教諭に銃口を向ける。

あっちも本物の拳銃のようだ。

 

「お前には私がトレーニング内容を組んである、こちらへ来い」

 

話が通じねぇっ!

 

「断る、先にもそう言った。

それに俺はアンタを嫌悪しているんだ、アンタの指示には到底従いたくないね。

アンタには俺に対しての命令権限なんて無いだろう!」

 

「ハース君の言う通りよ、貴女には現場指揮権限は無いわ、失せなさい」

 

こうやって話を直接するのは初めてだが、嫌悪感が吐き気のように押し出してくる。

オマケにこちらの話は一切聞かず、自らの話だけを押し通そうとする。

嫌悪どころではなく、それこそ相互理解など到底望めない。

織斑全輝を『究極の敵』と吐き捨てた覚えがあるが、この女の場合は『断絶の向こう側』とでも言えばいいだろうか。

 

「感情でものをいうか、下らん(・・・)

それに、私が来たのはそれだけではない。

1()組の生徒(・・・・)で新たに専用機所持者が出ると聞いている」

 

誰もが一瞬絶句した。

なにしろ、そんなことはあり得ないと言われている。

1組の生徒は問題行動の頻発でISの使用権限の大半を奪われており、稼働時間が他のクラスに比べても著しく少ない。

先のトーナメントでも出場していた1組の選手は殆どが1回戦で敗退しており、記録と呼べるものが存在していない。

2回戦に挑んだ者も確かにいるかもしれないが、それはシード権限があってのもの。

そこでも敗退しており、記録らしい記録は提出できるものでなかったというのは明白だった。

それにも関わらず、軍事物資であるISの専用機所持権限が認可される筈が無い。

 

「在り得ないわよ」

 

鈴の言葉に俺も頷く。

記録もない相手に、国家、企業、軍が所持権限を与える筈がない。

 

「ウェイル・ハースには、今から1組の専用機所持者とともに訓練を受けてもらう」

 

旅館から出てくる人物が一人、そしてもう一人が。

その人物は

 

「織斑、篠ノ之…!?」

 

例の問題児二人がISスーツを着て出てきていた。

専用機所持者といえば、確かに一人は織斑を思い浮かべる。

だが、なんでここに篠ノ之が来てるんだよ!

 

「ウェイル・ハース…!」

 

どう見ても憎悪を滾らせて俺を睨んできている。

こんな状態の輩と訓練しろだと?

なりふり構わず斬りかかってくるのがもう見えている、猶更お断りだよ!

 

「アンタ正気か?

それともその頭の中身は何も入っていないのか?

ソイツ等がこっちにどれだけ被害を出してるのか忘れてるんじゃないだろうな?」

 

「その分の贖いだと思ってくれ」

 

「何が贖いだフザけるな!」

 

コイツ等のせいで今まで被害を受け続け、憎悪を剥き出しにして何が『贖い』だ!

アンタの言葉には中身が感じられない、誠意がそこに宿っているとは到底思えないんだよ!

ああ、間違いない、コイツ等は敵だ、相互理解など一切存在しない究極の敵だ!

 

「揚陸艇、コンテナを開き、篠ノ之の機体を出せ」

 

誰もが揚陸艇に視線を向ける中、俺達だけは決して視線と銃口を逸らすようなことはしなかった。

これは一種のフェイントだ、誰もが視線を向けた瞬間にコイツ等は何かをしでかす、そう思えてならなかった。

 

「おい、千冬さんの命令が聞こえていないのか!?」

 

レーダーを起動させ、周囲を探知。

だが、レーダーに反応しているのは周囲の代表候補生の専用機だけであり、揚陸艇にそれらしい反応は無い。

そして、学園生徒以外の熱源反応も探知がされていない。

だとしたら上空からか…?

 

「いや、上空にも反応は無い」

 

俺の考えを察知したのか、ラウラがそれを告げる。

だとしたら地下か?だが周囲には掘り返すような様子も無い、掘り返した形跡だって見受けられない。

そして

 

「…おいっ!?何をしている!?」

 

無情にも揚陸艇は発進し、姿を消していった。

…これは…一種のコメディーか?

それともこれもまだ何かしらのフェイントなのか?

 

「気は済んだかしら?」

 

ティエル先生の言葉が益々棘を増やしていた。

物凄いイライラしてらっしゃる、こんな様子は今まで見た事が無い。

最早爆発寸前といっても差し支えなさそうだ。

 

「どうやら篠ノ之に機体を譲渡する企業も軍も国家も無かったみたいね」

 

「そりゃ当然ね、暴力事件を頻発させ続ける、暴れる以外に何一つ脳のない本物の無能に、必要以上の力を与える危険性を理解できないバカは居る筈が無いものね」

 

鈴、ティナの容赦の無い言葉が放たれる。

 

「だよね、言いがかりだけで他者を傷つける人に信用なんて出来ないもん」

 

「それすら理解出来ていなかったのか、貴女は…!」

 

簪、ラウラもまた冷たい言葉を放つ。

 

「こうなるんじゃないかと思っていたけど」

 

「やはり貴女の言葉には何一つ真実が無いみたいですね」

 

シャルロットもメルクも銃口を決して降ろさない。

俺もまた、銃を下ろさず、織斑と篠ノ之に向ける。

 

「なんで…機体を束さんが用意してくれる筈って、箒が…」

 

「そうだ、今日は私の誕生日なんだぞ、姉さんが私の専用機を用意してくれる筈」

 

織斑と篠ノ之からしても予想外だったのか、まともに言葉が出せていなかったようだった。

そんな中、

 

「見限られた、という事でしょう」

 

そんな言葉を吐き捨てた人物が一人いた。

揚陸艇が発進したにも拘らず、この場に残っていたクロエだ。

 

「いえ、それとも見捨てられたといったほうが最適でしょうか?」

 

「貴様、何を…!?」

 

クロエが俺達の間へと割り込んできた。

銃口を向けられていると判っているのか彼女は!?

一度、こちらに視線を向けてくる、どうやら銃口の存在は把握しているらしいが、正気かよ…!?

 

「待て、それ以上近づくな…!」

 

織斑が白式を展開し、ブレードの切っ先をクロエへと向けてくる。

流石にコレは…!

 

「ご安心を、私から危害を加えるようなことをしません。

ビーバット博士のもとに届けられたメッセージ(離別宣告)を見せるだけですので」

 

彼女がホロキーボードを操作すると、俺達の頭上にモニターが展開される。

そこに映ったのは、見覚えの無い男性だった。

だが、よく注視してみれば、その人物は両手の小指が無い(・・・・・)

 

「え、父さん…」

 

その呟きは篠ノ之の声だった。

そしてモニターに映った人物が静かに声を放つ。

 

『この映像が公開されているのであれば、私と鼎はもうこの世に居ない(・・・・・・・)

 

「…な…!?」

 

織斑 千冬の驚愕の声が聞こえてくる。

どうやらあの御仁からしても顔見知りだったらしい。

 

『箒、お前が立て続けに起こし続ける問題行動について、その全てが私と鼎のもとに届いている。

私達は、お前が起こし続ける不祥事を聞かされ続けることに、もう疲れたんだ。

だから、束と共に(・・・・)判断を下したよ』

 

映像の中の人物が一枚の用紙を突き出した。

日本語で記されているが、俺にも読める。

それは『離縁届』だ。

 

『お前はもう、私達の娘ではない(・・・・・・・・)

私達の娘は、束の一人だけだ(・・・・・)

この書類はすでに役所に届け、7月7日付けで有効になるようにしている。

この映像を貴様が見ている時には、話は通した後だと思っておけ』

 

「そんな…!どうして…!」

 

篠ノ之が叫ぶが相手は記録された映像だ、応える事も無く無情にも話が続く。

 

『そして、篠ノ之 箒、織斑 全輝、織斑 千冬、貴様等のような恥知らずの外道共は全員破門(・・)だ。

道場で学んだ全ての使用を禁ずる、もう二度と道場の敷居を跨げると思うな!』

 

そこで映像は終わり、モニターは消えた。

 

「まあ、見限られて当然ですね。

なにしろ、新宿に於ける凛天使による爆撃テロは篠ノ之 箒が仕組んだ(・・・ ・・・・・・)事も伝わっているのですから」

 

再び、砂浜は沈黙に包まれた。

教職員も、生徒も、誰もが言葉を発する事が出来ないでいた。

もうこれで何度目だよ…。

 

「これが先程お伝えした匿名掲示板に投稿された内容です」

 

その場にいた全員の眼前にホロモニターが突如として展開される。

そこには…『ウェイル・ハースが新宿に向かう、これを討て』と顔写真入りの投稿が記されていた。

おい、ちょっと待て…!

 

「ある民間の方から、イタリア大使館へ通報が入り、判明しました。

無論、大使館もこの掲示板の情報を把握し、本国にも通達しています」

 

「この投稿をしたのは、まさか…」

 

クロエが俺に視線を向け、静かに頷いてみせる。

 

「IPアドレスを辿り、特定しました。

篠ノ之箒の端末であることを、そして場所も特定されています。

7月2日、IS学園の学生寮、深夜に発信されたものであると」

 

最悪だ。

俺が新宿に向かうなどと言った覚えは俺自身一切ない。

どこでそんな話を聞いたのかは知らないが、真偽も定かではない情報が外部に漏洩し、あの爆撃テロが起きたということか。

テロ組織の狙いは俺だったが、イタリア大使館に居たから被害を受けなかったというだけ。

連中は、俺個人を狙うために、都市一つを壊滅させ、そこにたまたま居合わせたであろう民間人を虐殺しつくしたということになる。

その発端が…篠ノ之箒だという事に…。

 

「それだけではありません。

昨日の夕方、イタリア大使館に、別の民間人の女性からこのような通報が入りました。

病院に入院している意識不明の我が子の携帯端末にこのようなメールが届いていたのを発見した、と。

もしかしたら新宿の爆撃テロに関与しているのではないのか、とね」

 

再びホロモニターが展開される。

そこには、再度俺の顔写真…角度的にもこれも盗み撮りしたであろう写真が一緒になり

『ウェイル・ハースを袋叩きにしろ』と記された内容の個人用メールの内容が。

 

「こちらも発信者のアドレスは特定済みです」

 

途端に織斑が蒼褪めていく。

その吐き気のするような顔を見れば容疑は確定だ。

 

「待て、それは…」

 

「織斑 全輝さん、発信者はあなたです。

尤も、メールを受け取った側は一人だけでなく、複数。

恐らく、殆どが亡くなられているでしょうが」

 

メールの送信時間は早い、ということは織斑がメールを送った後に、匿名掲示板に投稿がなされている。

織斑の友人?が新宿に出向いた後にテロが勃発したということか。

織斑の友人?は完全に巻き込まれ、無駄死にさせられたようなものだな。

 

「全輝、箒、コレは本当か…!?」

 

織斑教諭も顔を真っ白にしながら視線を二人に向ける。

どうやら本人も知らなかったようだ、憎悪どころか完全に殺意剥き出しにしてるじゃねぇか。

何が『贖い』だ、フザけるなよ。

お前らの頭の中では『贖い』とはどういう意味で記憶されてるんだよ。

 

「相変わらずだな、お前らは。

自らは動かず、他人を利用し、自らの目的を達成しようとする。

考えることが以前から何も変わってねぇじゃねぇか、それで今回はテロリストを使ったわけか」

 

こいつらのやり方はウンザリさせられていた。

もう、本当に関わりたくもないと思うほどだが、それでもコイツらは俺達に害を成し続けてきていた。

それが今回は無関係の第三者を都市ごと巻き込んでまでの大殺戮だ。

目的を成すためであれば、どれだけの人をも巻き込む事になろうとも構わないというのが、コイツらの在り方か。

 

『やあやあ、聞こえているかな諸君?』

 

いい加減に頭が痛くなってきていた瞬間、間の抜けた声が聞こえてきた。

見ればクロエが未だに映像の再生を続けていた。

モニターには誰の姿も映っていない、音声限定通信のようだった。

だが、その声には聞き覚えがある。

ヴェネツィアで偶に耳にした『鵞鳥の人』の声に似ている気もしたが…何か違うような気もする。

 

「ね、姉さん…!?」

 

篠ノ之の震える声。

アイツがそう反応するということは、音声の主は『篠ノ之 束』博士だと察する事が出来る。

その人との通信をクロエが繋いでいるのが気にはかかるが…

 

『そう、私は篠ノ之 束だよ』

 

「姉さん!私に!私に専用機を」

 

『なんでお前にそんなものを作ってやらなきゃいけないの?』

 

篠ノ之の声を遮り、響くのはあからさまな拒絶の反応だった。

 

『お前のせいで私がどれだけの迷惑を被ってたと思ってるの?お前のせいでどれだけの人が巻き込まれたと思ってるの?お前のせいでどれだけの人が傷ついたと思ってるの?お前のせいでどれだけの人の未来が断たれたと思ってるの?お前のせいでどれだけの人の希望が砕かれたと思ってるの?お前のせいでどれだけの人が死んだと思ってるの?お前のせいで父さんと母さんが苦労したと思ってるの?お前のせいで父さんと母さんがどれだけ苦しんだと思ってるの?お前のせいで父さんと母さんがどれだけ悩まされたと思ってるの?お前のせいで父さんと母さんが自殺したって自覚してるの?お前が父さんと母さんを殺したって理解してるの?あ、理解してないか、ミジンコにも劣る脳みそ程度が限度のお前が何かを理解出来る筈もなかったよねアハハハハハハ!

壊す、傷つける、奪う、以外に何もしないようなお前に何が出来るっていうの?

何かを作り上げる事も出来ないくせに、人のものを壊して楽しむような腐れ外道のお前が、要らない力を身に付ければ何をするか簡単に予想だって出来るのに何でそこで私に片棒担がせようとしてるのさ?

言葉に困れば暴力を、状況に困れば私の名前を出し、都合が悪くなれば私を無関係な人間扱いする、そんなお前を私は身内だなんて思いたくもないよ。

あ、もう身内じゃなかったね、この人殺しの化け物め。

父さんと母さんの映像が偽物だと疑っているだろうけど残念、本物だからその点しっかりと覚えておきなよ。

お前が身内ではなくなって、本当に、ほんっとうに!ほんっっとうに!ほんっっっとうに!ほんっっっっとうに!清々したよ!』

 

そして吐き出されているのは純度100%の拒絶と嫌悪で綴られたマシンガントークだった。

溜まっていた恨みとストレス解消を目的にしているのではないのかとすら思えてきた。

 

「な、何を言って」

 

『父さんと母さんが自殺をしたのはお前のせいだ。

お前なんか家族じゃない、これで完全に他人だよ!

ほら、嬉しがりなよ。

お前は私の妹じゃない、私はお前の姉じゃない、完全な他人だよ、私を姉だなんて呼ぶな、耳が腐る。

お前のやった事は、欧州連合と欧州統合防衛機構と国連と国際刑事警察機構と国際裁判所にも通達済みだよ。

お前の居場所は、お前が今まで傷つけて未来を奪った子供達の親御さんにも通達済みだよ、精々制裁を受け入れるんだね、赤の他人の何処かの誰か。

ああ、そうそう、今日が誕生日なんだってね。

私からの贈り物だよ、お前には…現実と言う名の地獄を与えてやるよ。

じゃぁねぇ、サヨナラ!』

 

「これで録画映像は終わりです」

 

マシンガントークはこれで終わった、らしい。

モニターは消え、クロエの持つ通信機からは輝きが失われた。

状況を頭の中で整理してみる。

えっと、だ…。

篠ノ之は俺の名と顔を全世界に露見させた。

織斑は、俺の名と顔を知り合いに伝え、暴行を行わせようとした。

その結果、どうなったか。

篠ノ之の手によってテロリストが新宿で大暴れし、織斑の知人含めて250万人を上回る数の死傷者が出た。

さらにその二人の行いが国連と欧州二大組織…だけでなく国際社会の表舞台にも伝えられている…と。

 

「篠ノ之博士からも完全に(えん)を切られている以上、ようやく法に裁かれる時が来たらしいな。

過去がアンタに追いついたらしいぞ」

 

「わ、私は裁かれるようなことなど何一つしていない!

お、お前が悪いんだ!何もかも全て貴様のせいだろう!

貴様が私達を貶めようとしなければ!」

 

「フザけないで!」

 

篠ノ之がお得意の責任転嫁を喚き始めた瞬間だった。

俺達の背後に居た生徒が叫んだ。

 

「アンタの…アンタのせいで私は家族全員を喪ったのよ!?」

 

「私だって…新宿でアルバイトを頑張っていた弟と妹が居たのに…アンタせいで私は弟妹達が…!」

 

そうだ、家族を失った者だって当然居る。

心にそれだけ大きな傷を負った者が居るはずだった。

それもこれも、篠ノ之が原因となって、だ。

 

「なお、篠ノ之箒の容疑はそれだけではありませんよ」

 

冷徹に、クロエの言葉は続いた。

だが、これ以上に何があるのかは俺には判らない、だからその言葉に耳を傾ける。

 

「既に、IS学園は壊滅しています(・・・・・・・)

 

…は?何を言ったこの子は?

とんでもない事を言っていなかったか?

壊滅?学園が?どういう事だ?

 

「クロエさん、どういう事か聞かせてもらえるかしら?」

 

「先の匿名掲示板には前述があります。

『7月7日から、教師陣とともに臨海学校に出向』、『織斑千冬がすでに学園から去った』、と。

学園の防衛力の3分の1近くが失われ、最高戦力ともとれる織斑教諭が学園に居ない。

その情報をネットワーク上に露見させています。

これ幸いとばかりに、昨晩、IS学園は凛天使による夜襲を受け、壊滅しました」

 

………人の事を言えないけどさ、コイツ、もしかして究極のバカじゃねぇのか?

学園の防備がダウンしていることをわざわざ外部にバラすのか?

相手は電磁シールドを貫通する兵装を持っていることは学園全土だけではなく、全世界で知られていることだぞ?

なのに、コイツは何をしているんだ?

 

「今朝、教職員や簪からも学園と連絡が通じないといわれて妙だと思っていたが…」

 

「はい、受け取る側が居ませんし、通信インフラが失われていますから。

襲撃を受けた学園は、現在は建物ほぼ全てが倒壊、炎上しており、学園に配備されていたIS、及びコアは殆どが奪取されている状況です。

生存者の報告は未だ届いていないとのこと」

 

最悪だ、今までにない以上に最悪だ。

 

「学園運営は…絶望的でしょう、歴史的な大事件です。

情報漏洩は間違いなく篠ノ之箒によるものであると調べがついています」

 

テロの扇動、本人にその自覚が無くても疑いは確定した。

こんなもの、『贖い』なんて言葉など口にするのも烏滸がましい。

どう考えても俺を殺す事にだけ執着していると見るべきだ。

昨日、バスが集まった場所で俺を見て驚いたのは、俺がテロに遭いながら生き延びたから、そう思っていた。

だけど違う、今ならそれがハッキリと判る。

コイツが驚いていたのは『俺が死んでいなかったから』だ

 

「すでにこの情報は全世界へと発信済みです、逃げられるなど…到底思わないでください。

世紀の大犯罪者さん」

 

織斑教諭も顔が真っ白だ。

こんな奴らと俺を一緒にして合同訓練をさせようとしていた?

どれだけ頭の中がお花畑なんだよ!

 

「…おのれ…貴様が…貴様のせいでぇぇぇぇぇーーーーッッ!」

 

篠ノ之は木刀も、真剣も無いまま拳一つだけで殴り掛かってこようとする。

 

「何もかも全て貴様のせいだぁっ!」

 

…もう加減はしなくていいだろう。

俺の中でコイツはテロリストと同じだった、だったら、俺は…!

 

ドガァッ!

 

鈍い音が響いた。

俺達は何もしていない、銃の引き鉄は一度も引かれていない。

それでも、篠ノ之は殴り飛ばされていた(・・・・・・・・・)

殴ったのは、4組の生徒の一人だった。

 

「アンタのせいで、私は妹を失ったのよ!」

 

「この外道!」

 

「人殺しぃっ!」

 

次々と殺到していく生徒達。

俺はそれを見たが……見なかった振りをしつつ、銃口を織斑へと向ける。

 

「くっ…!テメェ…!」

 

「テロリストは俺を死んだとみなした、その確認もせずに、な。

なら、次はお前がテロの標的だな。

いや、IS(・・)学園を狙ったテロが(・・・・・・・・・)お前を狙ったもの(・・・・・・・・)だろう」

 

織斑教諭がここに来たのはテロリストの連中が知っているとは到底思えない。

で、あれば…織斑の生存がテロリストに知られれば、更にテロが広がると想像するのは簡単だ。

織斑全輝が次のテロの標的となるのは自明の理だ。

となれば、奴らも加減しないだろう。

たった一人の人間を殺すためだけに、都市一つとそこにいる人間を皆殺しにするような連中だ。

その被害は上限が無い、電磁シールドを貫通する兵装を持ち、剰え、学園への攻撃は夜間だったらしい。

国家滅亡レベルのテロが起き続けるのも想像しやすい。

 

「この疫病神、悪魔か、それとも死神か…アンタ達は意志を持った災害だな」

 

こんな奴等のせいで、250万人以上の人間が無駄死にさせられたともなると、取り繕う必要もない。

額の傷跡が痛む言葉を、今度は俺が口にする。

 

「何もかも全て、お前が悪いんだぞ」

 

言い切ってやった。

心臓がバクバクと煩い、嫌な汗が背中を流れる、眩暈がするが唇を噛み切って痛みで耐えた。

 

「フザけんなぁっ!」

 

「ガラスィア!」

 

メルクの指示でシザービットが縦横無尽に飛び交う。

白式の両腕部装甲を

 

ギャギィィィンッッ!!

 

切り裂いた。

 

白と青に染まる両腕の装甲が裂かれた直後に、全員の銃口から夥しい数の弾丸が放たれる。

白式の絶対防御に阻まれるが、弾丸の豪雨に速度も奪われ、シールドエネルギーがガリガリと削られていく。

最後は、ラウラが放つ二門の砲がその最後の灯を消し去った。

高速切替(ラピッドチェンジ)で銃が切り替わり、高速装填(ラピッドリロード)で弾倉を交換、再度全ての銃口が…織斑教諭に突き付けられた。

 

「アンタ、何が狙いだ…!」

 

「貴女のような人に、私の家族は任せられません…!」

 

「何が『私の家族』だ!そもそも…」

 

そこから先の言葉は続かなかった。

 

プシュッ!

 

そんな空気の抜けるような音が微かに聞こえた気がした。

その音源は…クロエが持つ拳銃からだった。

銃口の先端部分に筒のようなものが搭載されている。

確か、消音機とか言われるものだったか。

 

「見るに堪えませんから撃ってしまいました♡」

 

アンタ、そんなキャラだったっけ?

 

「…いえ、もう良いわ」

 

ティエル先生も本気で頭を抱えながら精一杯の声を捻り出していた。

篠ノ之は…数十人がかりで殴る蹴るを繰り返される袋叩きで血まみれ青痣まみれだ。

あれで生きているというのだから、下手な頑丈さは自分の首を絞めることになるようだ…。

 

「織斑()教諭、旅館に一室用意してあげるわ。

後々に警察を呼んでそこの二人を逮捕させる、逃げ出さないように監視をしておくことね。

アンタに、まだ人間として(・・・・・)の良心が残っているというのなら、ね。

アンタは、その二人の行動を抑制するように命令されていたことを、忘れていたわけじゃないでしょう」

 

その言葉で最後の宣告となった。

 

教職員によって織斑千冬が拘束される。

その状態でありながらこの疫病神は俺達を睨んでくる。

これ以降、俺はこの人物達と言葉を交わすことが、もう二度と無ければいいとさえ思う。

そう、思っていた。

 

ヴィーッ!ヴィーッ!

 

そのサイレンは、ティエル先生の懐から聞こえてきた。

 

「山田先生?どうしたの?

…は?緊急事態!?」




新宿爆撃テロについて
『ウェイル・ハースが新宿に向かう』という誤情報を顔写真とともに、篠ノ之 箒がネットワーク上に散逸させたことによって起きた悲劇。
これを凛天使が発見し、新宿駅を中心にしての爆撃テロを行った。
フルネームの情報の露見もそうだが、顔写真の漏洩は短時間で二度も行われており、イタリアはこれを国家機密情報の意図的漏洩と見做して日本政府を糾弾。
また、殺害を命じるかのような書き込みからすれば『殺人委託』ともとれる。
偶然にも、『ウェイル・ハースを袋叩きにしろ』と言った『犯行教唆』を行った織斑全輝の取り巻きもそのテロ攻撃に巻き込まれ、全員死亡している。
だが、イタリアによる『報復活動』によって制裁を受けていた意識不明の少年の母親から、イタリア大使館への通報が入っていた。

IS学園テロ攻撃について
篠ノ之箒が上記の行動に出た際にタイピングミスを行い、『7月7日に臨海学校へ向かう』という書き込み内容から、その前日である6日の夜に夜襲が仕掛けられた。
ウェイル・ハースを新宿で抹殺完了をしたと思い込んだ凛天使が、今度は織斑全輝の抹殺を企てての攻撃だった。
なお、箒によって、『織斑千冬の不在』『学園講師もまた臨海学校へ向かう』旨も記されており、学園の防衛戦力が大幅低下の情報も故意的に露見させており、被害が余計に拡大した。
こちらの情報は御手洗 数馬によってイタリア大使館へ通報されたが、対応が間に合わなかった。
箒の行いにより、IS学園がテロの標的とされた。
これに伴い、校舎も殆どが倒壊している。
今回のテロ攻撃に関しても凛天使は世界中に対して、IS学園爆撃テロを『聖戦』『征伐』と称し、犯行声明を報じた。

IS学園は世界全土からは治外法権によって守られた小国とも見られていため、今回の箒の行いを国連は『外患罪』『外患誘致』と判断した。

なお、学園講師達によって携帯端末は没収されていたが、千冬によって手渡されていた予備端末を講師達に渡していた。
これにより全輝は腰巾着達に指示を送り、箒は国際機密情報のリークを行った。


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第90話 腐風 そこに  は無く

学園の今後の予定について
新宿爆撃テロを受け、今後は学園に砲火が向けられると考慮された。
1年生が臨海学校に向かっている間に、第二、第三学年の生徒を帰国、帰郷させ、当面休学にするべきでは、との話はすでに上がっていた。
なお、新宿爆撃テロによって家族を失ったであろう生徒達に対しては、各自治体へ保護や集団住宅などの生活保護を要請する予定もしていた。
それに向かって、各国の大使館、自治体との話し合いを進めるための準備期間中にテロによって攻撃を受け、在籍生徒、教職員は深夜に攻撃に晒されることとなった。

被害状況
アリーナ、学生寮、教職員寮、校舎は全て倒壊。
港湾施設 崩壊
大橋 倒壊
モノレール 大破

奪われた訓練機
日本製第二世代機 打鉄 20機
イタリア製第二世代機 テンペスタII 16機
フランス製第二世代機 ラファール・リヴァイヴ 20機
ISコア 学園に配備されていた総数36個
それ以外にも、各パッケージ、兵装、火器、弾薬、イコライザなど学園に配備されていたものの殆どが奪取されたと思われる。


それは、ティエル先生が…胸の谷間から持ち出した携帯端末から始まった。

なんでそんな所から、とは思ったが口には出さないでおいた。

即座にメルクと鈴の二人が小さな手で俺の両目を覆い隠したからだ。

だから俺はこの件については口に出さず見なかったフリを決め込むことにした。

ああ、俺は何も見ていない。

 

両目を覆う目隠しの向こう側で、ティエル先生が数回の会話をした後、訓練は中止される事となり訓練機は収納された。

 

訓練の為に外に出ていた生徒達も今は自室にて待機を命じられ、1組の座学授業も中断されたらしい。

織斑教諭と例の二人は一室に放り込まれ、軟禁状態。

篠ノ之は簡単な応急処置だけされて、手錠をはめられ、柱に縛り上げられている。

織斑も同じ部屋へ放り込まれた。

ついでに織斑教諭も同様に部屋へ軟禁された。

 

そして俺たちは一角の部屋に集合させられている。

どうやらこの『梅の間』が臨時の対策室…もとい、作戦本部になるらしい。

 

「現在、アメリカ製第三世代型最新鋭無人機である『白銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』がハワイ沖で暴走、搭乗者が居ない状態で、日本へ急速接近しているとの事。

IS学園は大至急、この機体の撃墜をせよ、そう上層部から命令が下されたわ」

 

などという命令が胡散臭い組織から命じられているみたいだった。

 

「命令を下された以上は、これにあたる義務が私達には在る。

けれど、これは実践(・・)ではなく、実戦(・・)よ。

また軍の機体ともなれば、その脅威は未知数、無論…学園の成績に響く事は無いわ。

たとえ、学園が機能出来ない状態にあるといっても、ね。

軍の機密情報にも触れる事になるでしょう、対応は各自の判断に任せます。

出撃したくない人は、今から部屋を去っても構いません」

 

 

そう言われ部屋を去るものは誰も居なかった。

だが、それでも

 

「ウェイル、アンタは部屋に戻って」

 

「そうです、これは軍務ですから、企業所属のお兄さんは対応義務は在りませんよ」

 

鈴とメルクからはこの言い様である。

 

「いや、それでもだな…」

 

出撃せずとも出来る事は在る筈だ。

通信機越しにオペレーターを努める程度は出来るだろう。

それに、このまま放置すればまた何の罪の無い人が危険に晒される。

それを見過ごす事は、どうしても俺には出来なかった。

新宿の人達も、俺を狙ったテロで殺されたというのだから、尚更に。

だから、目の前の事態から目を背けたくなかった。

 

「宜しい、ではこれから知る事は軍の機密情報にもなるわ、今後は何かしらの体制で監視がつくのでそのつもりでいるように。

何か作戦進行について質問はあるかしら?」

 

「はい、敵機体のスペックデータを要求します」

 

メルクのその声にホロモニターが新たに展開される。

そこで見た具合であれば…

 

「遠距離大火力砲撃兵装は山積みだな」

 

「そのようだ、だがコレはあまりにも…」

 

「そうね、スペックデータが伏せられてるわ…」

 

「もう!アメリカ代表候補生だっているんだから開示してくれたいいのに!」

 

ラウラは一瞬で察したらしい、俺は気付けなかったぞ…。

鈴も理解していたらしいし…ウンウンと頷いているシャルロットも理解していたらしい。

あれ?伏せられているのに気付けなかったのは俺だけか?

まあ兎に角だ、次だ次!

 

「速度は亜音速、速すぎるだろ、それでこの火力ってことは一撃強襲離脱型って事か?」

 

さながら音速の爆撃機だ。

今後はコレが世界各地で同じ事が起きるかもしれないな…。

 

「アプローチが出来るのは僅か一回だけと考えられ…今度は何の用よ!?」

 

扉がゆっくりと開けられ、そこには軟禁状態になっている筈の織斑教諭がそこに立っていた。

そして、突き出された右手に、ホロモニターが展開され…そこには

 

「国際IS委員会から任命され、ここから先の現場指揮監督権限は私が請け負うことになった。

ティエル、貴様に指揮権限は既に無い、部外者は速やかに退室しろ」

 

どう考えても理不尽が過ぎるだろう。

委員会から指名って、どこで何があったとしても悪い方向にだけ向かいそうだ。

 

「到底信用出来ないわね」

 

「貴様の信用など不要だティエル。

もう既に貴様に指揮権限は無い。

再度言う、部外者は速やかに退室しろ。

さもなくば、軍法会議にかける」

 

両者揃って目が据わっていた。

これってどうしろと言うのか。

だが、これには俺達には干渉が出来なかった。

言わばこれは上層部のパワーゲームだ。

しかも、織斑一人による独断と裁量が与えられているという横暴が許容されているというオマケ付きで、だ。

 

「これより私が指揮を執る、作戦自体は非常に簡単だ。

一度のアプローチで確実に仕留める、その作戦上、参戦するのはウェイル・ハース、そして織斑 全輝だ」

 

碌でもない作戦が投下されていた。

 

「そういう訳だ、俺が作戦の要だ」

 

続いて聞こえた傲慢な声、それと共に入ってきた一人の男。

悪質な扇動者、織斑 全輝その人だった。

 

「ちょっと待ってください」

 

「作戦概要を説明する、ハースが織斑を作戦領域にまで運搬してもらう」

 

「待てと言っているでしょう!」

 

「接触と同時に織斑の単一仕様機能(ワン オフ アビリティ)『零落白夜』を直撃させ、シールドエネルギーを一気に枯渇させる、作戦は以上だ」

 

「それのどこが作戦だ!」

 

「黙って従え!!」

 

あ、この女は暴君か、今更になって知ったよ。

というか、それが作戦?『何が作戦は以上』だ、どう考えても『作戦が異常』と言ったほうが正しいだろう。

 

「で、それで本当に撃墜出来ると思ってんの?

そもそも代用案はちゃんと用意してるんでしょうね?」

 

「直撃させれば問題はない」

 

「直撃させられるかがどうかが問題だって言ってんのよ!

失敗に終わったらどうする気?」

 

「織斑、出来るな?」

 

「ああ、大丈夫さ。

刀身には問題は無い、出力装置の部位も無事でしたから。

俺を運んでくれる側が仕事をしてくれれば何も問題ありません」

 

この糞野郎、俺に全責任を押し付けようとしてやがる…!

 

「副次案を提案するわ」

 

「提案は却下だ、現場指揮官に従え」

 

もはや作戦なんて言えるものでもないと思う。

完全に自身の独壇場にしようとしている。

 

「しっかりと働けよ、運搬係」

 

いい気になりやがってこの糞野郎…!

 

「現場指揮官殿、異議がある」

 

「異議は却下だ、早急に現場へ赴け」

 

こっちもこっちで頭が沸いている…。

 

「待って下さい!

代案も副次案も用意させずに一発勝負に持ち込むだなんて危険過ぎです!」

 

「そうだ!そもそも現状では成功率も低すぎる!」

 

「成功させれば問題はない、黙って従え!」

 

簪からもラウラからもシャルロットも糾弾するが一切聞く耳を持とうとしない。

なら、こっちからも言ってやる。

 

「だったらこっちからも要求する事がある、運搬をしている間は、織斑を運ぶ際には機体と兵装を展開させるな」

 

「織斑を信用出来ないと言いたいのか?」

 

「当たり前だろう!アンタを含めて信用できる要素なんざ何一つ無い!」

 

作戦概要としてはあまりにも稚拙だと言わざるを得なかった。

俺が織斑を作戦領域へと運搬、戦闘領域に入れば、織斑を現場へ放り込み、白式の単一仕様機能(ワン オフ アビリティ)『零落白夜』で一撃必殺を図るというもの。

直撃させるまでの過程は一切考慮なし、失敗に終わった場合の作戦変更内容も用意が無い、追いつけず振り切られた場合も考慮なし。

それを糾弾したものの『他に確実な撃墜手段は無い』の一点張りだった。

代案、副次案は、提案も発現も全てが却下され、発言すら許さないと来た。

どう考えても「死んで来い」と言われているような気分だ。

それとも「死ぬ気でやれば何でも出来る」という精神論か?

だったら自分で行ってこいってんだ!

 

結局、織斑教諭は頑として何一つ聞き入れず、副次提案、予備の作戦も無しに決行されることになった。

軍人ではない俺としても理解出来ない。

これは、ただの無謀な突撃だろうと察していた。

 

 

「ハース、お前に与えられた選択肢は二つに一つだ。

『こいつらを反逆罪で軍法会議に付き出し、この国の人間を見殺しにする』か、それとも『何も無かったものとして、快諾して出撃する』か。

迷う事でもないだろう?」

 

 

国際IS委員会が何を考えているのかは俺は知らない。

何故こんな奴に指揮権限を与えた、何故俺を利用しようとするのか。

だが、これは明らかなまでに脅迫だ。

もしかしたらアメリカの無人機とやらにも何かしらの干渉をしているのではないかとも勘繰ってしまう。

胸倉を掴んでくる腕を掴み返す。

 

「アンタが用意した作戦とやらに確実性が見当たらない以上、了承出来ないな。

この国にもISで編成された部隊が存在しているのなら、それまでに時間稼ぎをした方が遥かに安全だ」

 

「ならば仕方ない、コイツらをまとめて軍法会議に突き出すだけだ」

 

交渉すらする気が無いのか、この女は…!

話は平行線、とまでも行かない。

徹底的にこちらからの要点を潰すつもりらしい。

 

「お前も知っているだろう、上官に故意に危害を加えた者が軍法会議でどのような沙汰を下されるかを」

 

「テメェ……!」

 

軍というのが上下関係の繋がりを持った組織というのは俺だって理解している。

敵前逃亡やクーデターは極刑に至る事も理解している。

この女はそれを利用しようとしている。

自らがその被害者であると騙り、俺に選択権を押し付ける形で……!

だが、こんな無謀な作戦に俺を駆り出したところで…!

 

「アンタ、国際IS委員会とグルになってるわね…!?」

 

銃を構えたま鈴が唸るように声をあげる。

その言葉に俺もようやくその可能性に気付いた。

無人機の暴走もそれに繋がっているとするのなら…

 

「そんなにも俺が目障りかよ、アンタは…!」

 

「…?私はお前を目障りなどと思った事は無い」

 

仮に…そう、その言葉が偽りで無かったとしても、だ。

到底信用など出来るものではない。

それ以外の思惑が存在している筈だ。

そうでなければ、イタリア本国があんな文書を学園に送り付けてくる事は無かった筈だ。

 

それにこれは、どちらを選ぼうともこの女の思い通りでしかない。

 

「お兄さん、作戦から下りてください!」

 

「ウェイル、お願いだからここは引いて!」

 

「お前は企業所属だ!作戦への参加は義務ではない!」

 

メルク、鈴、ラウラの叫びが聴こえる

 

「ウェイル君!応じる必要は無いんだよ!」

 

「僕達が出れば済む話だから!」

 

「ウェイル!誰も咎めたりなんてしないから!」

 

ティナ、シャルロット、簪までもが叫んでくる。

だから

 

「俺は作戦に参加するつもりは無い」

 

「それは日本国民を見捨てるって事だぜ?」

 

織斑の言葉が場に響く。

また、罪も無い人が殺される。

それを見捨てるというのか…?

そんな迷いが出てくる。

 

「そうだ、お前が出なければ被害はより拡大する。

だが、お前が全輝と共に出撃すれば、それを防げるだろう」

 

俺は…………!

 

赦さない

 

そうやって他者の命を、誇りを踏みにじるアンタ達を絶対に赦すものか

 

あの映像の中の人物がコイツ等を『恥知らずの腐れ外道』と言っていたが、今になってそれを理解出来た。

他者を人間と見ない、他者を平然と踏み躙る。

あのクソ野郎も、あの女も、そしてこの暴君も………他者など道具としか見ていないのだろう。

 

「迷う必要など無かろう、お前が出れば、この連中の反逆罪を見逃してやる、そしてこの国の国民をも救える。

全て守りきるか、全て見殺しか(All or Not)だ。

だがまだ子供もような駄々を言うのであれば……」

 

救える命の数は、All or Not。

怒りが限界にまで至りそうだった。

この女は理解していない、『All or Not』とは詐欺師の常套句(・・・・・・・)だ。

技術者の俺に、そんなものの片棒を担げだと?

今までに無い侮辱だ、だが担保とされているのは人命。

 

新宿の悲劇を繰り返したくないだいだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

爪が肌に食い込み、血が滴るのを感じた。

他者の気持ちを利用し、他者を駒の様に動かし、自らは動く事も無く、自身の目的を達成する。

 

例え、それによって他者が死のうとも構わないか。

 

怒り狂いそうな頭の中で必死に策を弄する。

この女は俺に出撃を命じている。

そして作戦に於いて頼みの綱にしているのは織斑による撃破だ。

 

そうか、だったらその穴を突いてやるよ。

 

「…………条件を出す」

 

俺が出す条件、それは

 

・織斑を運搬している間は、『白式』及びその兵装の展開を禁止する。

 

・俺自身は戦闘領域に入らず、戦闘に参加しない。

 

・運搬は帰投も含まれる、その際のために戦闘領域外で待機。

 

・俺個人の判断で、単独の撤退判断の許可。

 

その4つの条件だった。

皆は必死に俺を止めようとしてくれていた。

だが、それでは皆の経歴に傷を入れる事になる。

皆が今後の進路を目指すにはそれは枷になってしまう。

そして、その枷とは俺だ。

なら、皆を傷付けるくらいなら、傷を負うのは俺一人でいい。

 

「この条件を呑むのなら応じる」

 

「……ふん、まあ良かろう」

 

胸倉を掴んできた腕がようやく離される。

呼吸が楽になる、だかそれは俺としては好都合だった。

頭が狂いそうになるほどの溢れる怒りを力に変え、左手に込める。

 

「…作戦に於いて必要なものが在る、お前の機体に登録しておけ」

 

プロジェクターの下に置いていたであろう、突き出されたトランクが1つ。

それのロックが開かれる。

そこに入れられていたのは、刀剣(ブレード)型兵装だった。

 

「俺には剣なんて使えない。

今までの試合をアンタも少なからず見ていた筈だ。

俺が振るっていたのは剣ではなく槍だ」

 

「作戦に於いて必要だと言った。

つべこべ言わずに登録して持っていけ、これは命令だ」

 

従わなければ命令違反とする、視線でそう言ってくるのを悟る。

権力の暴走だろう。

戦闘には参加しない点は了承させている以上、使う事も無いだろう。

だが

 

「他国の機体に、本国の了承も無しに兵装登録の強要は条約違反なのは理解しているのかアンタは?」

 

「緊急時であれば例外だ」

 

コンソールを操作し、已む無く登録させる。

だが、戦闘に参加する予定も無いのにこんな物を持たせる理由が判らない。

まだ何か考えが在るかもしれない、それを考慮しなくてはならないだろう。

 

「話はまとまった、貴様等はいつまで上官に銃口を向けているつとりだ?

ハースに庇われたというのに、それを無下にするつもりか?」

 

これは、明らかなまでに裏切りだった。

裏切ったのは……まれもなく俺だ。

作戦から降りろと叫ぶ皆を、そしてこの国の国民を秤にかけられ…俺は…皆を裏切った。

 

「ごめん、皆……!」

 

きっと冷たい視線を突き刺してきているだろう。

落胆されているだろう。

 

銃口を最初に下ろしたのはメルクだった。

ティナも、ラウラも銃口を、刃を下ろす。

例え、それが俺に向けられたとしても構わない。

だが、これで皆が行いを見逃してもらえるのなら…

 

全員が武器を下ろしたのを見越し、目の前の女が勝ち誇ったかのように顔を歪める。

背後からは織斑の笑い声が聞こえてくる。

 

他者の気持ちを利用し、他者を駒の様に動かし、自らは動く事も無く、自身の目的を達成する。

 

そらがコイツらのやり方。

それは判っていたというのに……!

俺は、コイツらの思う通りに利用された………。

 

「では、早速作戦を開始する。

小娘どもはこの作戦本部で待機。

織斑、ハースは迅速に行動を……」

 

目の前の女が背を向ける。

その瞬間を待ちわびていた。

 

強く握り続け、血が滴る拳を叩き込む為に、この女へ大きく一歩踏み込み----

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ドゴオオオォッ!!!!ガシャァァン!!!!

 

それは、一瞬の出来事だった。

鈍い音に続き、視線の向こう側にあった障子を越えてそれは吹き飛ばされる。

 

「……な…?」

 

一瞬感じた殺気に対して振るわれた私の拳。

それによって吹き飛んで行ったのは白い何か。

それは今の瞬間まで目の前に居た男だった。

 

「………お兄さんっ!」

 

私の拳は私の弟(ウェイル・ハース)の胸の中央に突き刺さり、吹き飛ばしていた。

手加減が出来ていたのかと問われようと、(Yes)とは答えられる自信は無い。

 

「アンタ、何をやってんのよ!」

 

周囲が再び非難の声を私に向けてくる。

違う、こんな事をするつもりは無かった。

だが私の体は反応してしまっていた。

 

「ゲボッ…ゴホッ…!」

 

ハースは小娘達に支えられながら、ゆっくりと起き上がりながらも血反吐を吐き出していた。

全輝も、誰もがその様子に言葉が途切れていた。

私は、突きだしていた拳をゆっくりと下ろす。

殴り飛ばした感触は未だにこの右手に残っている。

 

「……これで満足かよ、アンタは…!」

 

血反吐と共に吐き出される憎悪の言葉に、私の足が一歩下がりそうになるが堪える。

垂れた白髪の隙間からは憤怒の眼差しが突き刺さってくる。

ここで私が怯むわけにはいかない。

 

「…織斑、すぐに準備に移れ。

時間が無い、即刻作戦行動に入る」

 

「あ、ああ、判った。

さっさと準備しろよ運搬役」

 

そう言って全輝は砂浜へと向かっていく。

そるを確認して私は再びウェイル・ハースへと視線を向けた。

 

「お前からあれだけ条件を出してきたんだ。

今になって『辞める』などとは言わせんぞ」

 

「待ってよ!こんな状態の彼を行かせるなんて無茶だ!」

 

「すぐに手当てをすべきです!」

 

シャルロット・デュノアと更識 簪が叫ぶのが聞こえる。

だが

 

「黙れ!

この程度で動けなくなるような軟弱者ではないだろう!」

 

私のこの言葉は殆どがブラフだ。

だとしてもそれを悟らせるわけにはいかない。

ハースもまた、血反吐で胸元を汚しながら立ち上がる。

良かったと思う半分、作戦遂行可能だと判断を下す。

 

「これで、上官に手出しをしたのは俺一人、だ。

こっちが出した条件を守ってもらうが、皆の事はこれで見逃してもらうぞ」

 

「…これが狙いか、お前は…!」

 

互いに互いの弱みを掴んだ状態に持ち込んだ。

それが狙いだったのだろうと察しをつける。

だが、その為に自分一人が傷付く。

一夏は、そんな人間だっただろうか…?

 

「時間が無い、即刻作戦行動に移れ」

 

再び私は背を向け、モニターへと向き合った。

その後、二人は作戦の為に出向いた。

作戦実行の最中にその言葉が響くなどとは欠片も思わなかった。

 

「お兄さんが撃墜されました。

白式の攻撃によって」

 

冷たい宣告を放つメルク・ハースの声が響いた。

信じたくなかった、それは…全輝だけでなく、私の希望が絶望へと反転した瞬間であるなど。

 




雪片参式
白銀の福音討伐作戦に於いて、無理矢理にウェイルを参加させるにあたり、織斑千冬がウェイルに所持を強要したブレード型兵装。
一見、織斑 全輝が所持している『白式』の唯一の兵装である『雪片弐式』と同じ形状ではあるが、色彩が逆転している。
刃部分は白、峰の部分は青に染まっている。
ウェイル自身は刀剣型兵装を扱う事が出来ないと頑なに断ろうとしたが、ウェイルが提示した条件を吞み、鈴やメルク達を軍法会議や審問から避けさせるために、渋々所持して作戦に参加することになった。
ウェイルの専用機がイタリアで用意されていた事を知り、倉持技研による製造後、この兵装は千冬によって都内の貸倉庫に収用されていた。

なお、製造費用だが、簪の専用機である『打鉄弐式』の予算を掠め取り、白式を建造した際の余剰金を全額使用している。


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第91話 毒風 諸刃の剣

Q.織斑姉弟と篠ノ之の三人ですが、投獄と解放がしつこく繰り返していますが、今後も繰り返されるのでしょうか?
P.N.『匿名希望』さんより

A.今回が最後の予定です。
言われて振り替えってみると、確かにそうですね。
些か飽きが来るパターンになってました、申し訳ない。
それに裏では恐ろしい方々が既に動いていますからね

今回は前話の捕捉を入れています。
悪しからず


赦さない

 

絶対に赦すものか。

 

 

あんな奴等なんて

 

 

絶対に赦さない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハース、お前に与えられた選択肢は二つに一つだ。

『こいつらを反逆罪で軍法会議に付き出した上で出撃する』か、それとも『何も無かったものとして、快諾して出撃する』か。

迷う事でもないだろう?」

 

 

赤黒いソレが漂う蒼を見上げながら…俺はあの女に憎悪を向ける。

 

ああ、あの女は…生粋の詐欺師だったのだろうと今更ながらに思いながら

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ウェイルは、判断を下した。

この戦いにウェイル自身は乗り気な筈が無かった。

もともとウェイルはただの一般市民で、企業にアルバイトに出向いているだけの何処にでも居るであろう学生に過ぎなかった。

守られる側の(・・・・・・)市民であり、軍人(戦士)ではない。

暖かな日常を笑いながら過ごす一般人、そんな彼が、友人を人質に取られようものなら、冷静に居られる筈が無かった。

あの女は、それを察知してウェイルを脅して強制的に作戦への参加をさせた。

 

確かに、私達だって軽率な行動をしたかもしれない。

だけど、事ここに限ってそんな私達を利用するだなんて…。

メルクは涙を流しながらウェイルに謝り続けた。

ラウラも、シャルロットも、ティナ、簪ですらもウェイルに謝った。

無論、私も…。

泣き続けるメルクを落ち着かせるために自室に送り、ティエル先生に任せた。

 

そして私は…ウェイルを見送る為に旅館の前にまで来ていた。

 

「本当に行くの…?」

 

「そうするしかない…非常に不本意だけどな」

 

ウェイルの胸元は吐き出した鮮血が今も滴っている。

あの女の一撃によって

 

「だけど…お前らのした事を無かった事に出来ると言うのなら、安い話だ」

 

頭の上に手を置かれ、左右に動く。

また私と飼い猫を重ねて撫でているんだと思う、猫扱いされるのは非常に不本意だけど、今だけは好きにさせておく。

名前は、『シャイニィ』とか呼んでいたかな…。

 

「織斑教諭には、俺が作戦に参加するに当たって条件を出しておいただろ」

 

「それは…そうかもだけど…」

 

ウェイルが織斑 千冬に出した条件、それは

・織斑を運搬している間は、『白式』及びその兵装の展開を禁止する。

・ウェイル自身は戦闘領域に入らず、戦闘に参加しない。

・運搬は帰投も含まれる、その際のために戦闘領域外で待機。

・ウェイル個人の判断で、ウェイル単独の撤退判断の許可。

 

その4つだった。

 

「それを了承させる代わりに、コイツを持たされることになったがな」

 

そう言って見せてきたのは、見覚えのある形状のブレード型の兵装だった。

 

「アンタ、剣なんて使えたの?」

 

「使えないよ、俺が得意としているのは槍であって、剣じゃない。

だが俺が提示した条件をのむ代わりにコレを持たされた。

だけど、持っていく件は了承したが、持って帰るとは言ってない(・・・・・・・・・・・・)、戦闘領域外の海にでも投げ捨ててやるさ」

 

そう言って、海を見晴らしながら柔らかく微笑む。

そして

 

「皆の尊厳を守るのは当然だけど、俺自身命が惜しいからな」

 

「でも、それだと…」

 

ウェイルの行動で作戦が失敗しても、私達の軍務違反が見逃されるとは思えない。

どちらにしても私達も、ウェイルもハメられた。

他者の気持ちを利用し、他者を駒のように利用し、自らは動く事も無く、目的を達成する。

それがあの姉弟のやり方だというのは判っていた筈なのに…!

 

「判ってるよ、俺だってあの手段は気に入らない。

作戦に成功しないといけないが、攻撃役がアレだからな…。

まあ、なんにしても出来るだけ早く戻ってくる、それまで妹をよろしく頼むよ。

いつまでも泣かせ続けるわけにはいかないからさ」

 

「だったら、早く戻ってきなさいよ!」

 

相変わらず私の頭を撫で続ける左手を止め、拳を突き出してくる。

私もそれに応え、ウェイルの拳に軽く右の拳を当てた。

 

 

 

その時だった。

風が流れてきたのは…

 

「……ぁ………っ………!」

 

風が流れ、ウェイルの前髪がふわりと浮き上がる。

見てしまった…前髪に隠され続けてきたであろう、その場所を…。

 

 

 

 

 

 

どうして忘れてしまっていたのだろう。

無理に色々と証拠を探そうとしなくても、ただそれ一つだけを見れば確信を持てた筈だったのに…。

 

あの日、私は血まみれになった一夏の手当てをして不器用ながらにも包帯を巻いた。

その際に私は見ていた筈なのに…その傷跡(・・)を……。

 

「じゃあ、行ってくる!」

 

砂浜に駆けていくウェイルを止めようとしたのに、足が動かなかった。

声すらも出なかった…。

 

ずっと探し続けた人が、ずっとそこに居たんだと判ったのに…。

 

紫色の影が海の果てへと飛翔する姿を見つめ、水平線の向こう側に消えて、ようやく私の足は動いてくれるようになった。

足取りに比べ、私の頭は上手く働いてくれなかった。

ゆっくりと、ゆっくりと情報頭の中で整理する。

ウェイルは一夏だったのだと、でもこの一学期の間で私に対しての態度は、久しぶりに会った旧友とはとても思えなかった。

なら、それは何故?

 

「私を…覚えていない…?

でも、弾や数馬や蘭の事も一度も話していなかったから…6年前以前の記憶が、無い…?

記憶喪失…?それで、名前も姿も変えて生きていた…?」

 

自ら姿を隠し、名も、姿も変えて生きていく。

一夏は中学卒業と同時に、自分が知らない、自分を知らない場所へと、自ら姿を消そうとしていた。

もしかしたら、名も、姿を変えてまで。

 

それが、とんだ皮肉だけれど…予想以上に現実になってしまっていたとしたら…?

見付けられる筈が無かった……。

それでも

 

「…やっと見つけた…」

 

コレをあの女に悟られるわけにはいかない。

深く、深く息を吸う、いつも以上に深呼吸を繰り返す。

この後にはメルクに徹底的に訊き出そう、今度こそ隠し事をさせないように…。

 

 

 

 

 

 

「よし、戻ろう」

 

記憶を失っているのなら、私の事を思い出してほしいという願望は確かにある。

だけど、いつか記憶が戻るのを待つと信じていよう。

記憶が戻る日が来るとしても、嫌な記憶も一緒に思い出してしまうかもしれない。

だけど、そんな記憶を塗りつぶすくらいに、もっと素敵な思い出を作ればいい。

そんな事、ずっと前から決めていた事だから。

『忘れられるくらいに、もっといい未来を』、と。

笑顔で過ごせる未来を創るんだと、私自身、そう決めて動き続けていたんだから。

 

「ごめん、遅くなったわね」

 

作戦会議室に戻れば、そこには皆が居た。

 

「随分と遅かったな、凰」

 

「アンタに対して言ったつもりは無い」

 

この女に対して吐く言葉はどうにも冷たくなりがち。

元々私はこの女のことを嫌い続けているのだし、言葉を交わすことすら億劫でもある。

どうあっても判りあえないのは6年前にお互いに理解していること。

相互理解など、未来永劫出来ないだろう事も。

 

モニターは…今は映っているらしい。

作戦領域が赤く大きな円で囲まれているのが理解できた。

その中には一直線上に白いライン、あれが鉄器が通ると予想されている進路だと理解できる。

モニターの中にはウェイル達を示すであろう青いマーカーが。

そこにあの男も一緒に居るのだろう。

全輝はともかくとして、ウェイルには無事に帰ってきてほしい。

 

数十秒後、ウェイルを示すマーカーが戦闘区域の300m前の海上で停止、その直後に新たなマーカーが出現して戦闘区域へと一直線に向かっていった。

 

「ウェイル君は無事に仕事をやり終えたみたいね」

 

ウェイルが出した条件、個人の判断による単独の撤退。

その判断の許可も出されている以上、すぐに戻ってくる、そう、思っていた。

だけど

 

『SIGNAL LOST』

 

その言葉がモニターに出るまでは

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

モニターに映る二つのマーカーが消える。

それでもあの二人であれば作戦を成功させられると信じていた。

学園に編入して以降は、互いにいがみあう状態だったがそんな事は関係無い。

あの二人は…血肉を、魂までも二分させてまで産まれてきた、血の繋がった双子の兄弟だ。

窮地であれば、必ずその絆が発揮される。

 

今でも私は、そう信じている。

 

「モニターが…!?」

 

更識の声と同時にモニターからマーカーが消える。

 

「通信も繋がらない、どうして…!?」

 

「落ち着いて簪!一旦電源を落としてから再起動してみて!」

 

「判ってる、少しだけ待って!」

 

小娘達が騒ぎ始めるが、私は狼狽えるような様子を見せるわけにはいかなかった。

モニターが再び投影を始めるが、戦闘区域の様子は何も変わらない。

それぞれの機体を使っての通信も試みているようだったが、それによる成果は成さなかった。

あの二人なら無事だ、作戦には何一つ支障無い。

私の弟達だ、この程度の逆境とて乗り越える。

一夏も、あのブレードを使って戦っているだろう。

そして全輝と力を合わせて戦っている筈だ、ならばあの二人の勝利は揺ぎ無い。

普段、いがみ合っていようとも双子の兄弟だ。

逆境であろうとも、兄弟の絆が発揮される。

そう信じていた。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

何か不測の事態が起きているのではないかと思う。

それについては

 

「なんで急に…!?」

 

「通信も繋がらない、なんで…!」

 

メルクが目元を赤く腫らしたまま声を上げだす。

あれだけ泣き続けていたら仕方のない話だとは思う、でも今はそんなことを言ってられない。。

家族を戦場に送り出すのを見送るのは辛いだろうとは思う、私だって悔しかった…!

 

「アンタは…!」

 

モニターに目を向けていながらもこの女は…笑っていた…!

 

「アンタ、何を仕組んだのよ!」

 

だから、この女だけは…絶対に許さない。

 

「何も問題は無い、この程度の障害、あの二人にとってはないも同然だ。

危惧することは何一つ存在しない」

 

そう宣いがらもこの女の口元は歪んでいた。

誰もが思っていた筈、『正気じゃない』と。

 

「それで、織斑指揮官、ウェイル君が作戦に参加すれば成功率が跳ね上がるって、何か理屈でもあるの~?

モニタリングも通信も出来ない状態だってのにさぁ?」

 

あんな扱いをされたからか、珍しくもティナがやさぐれた様子を見せていた。

それは誰もが疑問に思っていた事、根拠が何一つ感じられず、答えを見つけられない事でもあった。

 

「愚問だな、ハミルトン」

 

にも拘らず、決して私達に顔を見せず、背を向けたままこの醜女(しこめ)はとんでもない爆弾を投下した。

 

「あの二人が血肉(・・)を、魂まで二分させてまで産まれてきた(・・・・・・・・・・・・・・・・)血の繋がった実の兄弟だから(・・・・・・・・・・・・・)だ」

 

誰もが言葉を失った。

誰もが予想など出来なかった言葉が返されたからだった。

 

「お前とてそう思っていた筈だ、凰」

 

此処で返答に困る言葉を私に投げてくるか…!

 

「ウェイルと織斑が実の兄弟?

荒唐無稽にも程が有る、それがこの作戦にどんな影響が出ると?」

 

「そうそう、いがみ合ってるどころか、ウェイルに対して危害を与え続けてるだけの害悪だよ。

実際に僕もそれで騙された経験もあることだし。

その害悪が足手まといになる程度で終わるんじゃないの?」

 

ラウラとシャルロットからの援護射撃は正直ありがたい、下手な回答をせずに済んだ。

実際にはそういう評価が下されるだろうとは思っていたけどね。

 

「だから貴様らは何も理解出来ていない。

実の兄弟の繋がりというのは窮地にこそ発揮される、私の弟ならそれが」

 

「一夏をその窮地に追いやり続けた張本人が全輝だって事を、アンタは今になっても理解していないのね」

 

眼前にいる女が私を睨んでくる。

負けじと私も怒りを込めて睨み返す。

 

「一夏からそのような話は聞いた事も無い、出鱈目を言うな!」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

ブン、と音がしてモニターが一瞬暗転。

再度モニターが映り、地図上にマーカーが出現した。

マーカーは1つだけ、それが示すのは白式、つまりは全輝だけだった。

 

「モニターが回復したということは、作戦が成功した。

ハース、貴様には話が」

 

だけど、メルクが此処で言葉を発した

 

「作戦が失敗しました」

 

返答ではなく、それは冷酷な宣告だった。

 

「お兄さんが撃墜されました、白式の攻撃によって」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「これで俺の仕事は終わりだ」

 

胸元に未だに残る鈍痛を堪えながら呟く。

織斑を運搬し、自身は戦闘区域には入らない。

そして独自の撤退判断、こらが今回の作戦とやらで、提示した俺からの条件だった。

 

「砂浜にまで戻って、戦闘が終わるまで待っていれば良いだろう」

 

そう考えながら、織斑 千冬から押し付けられた兵装を展開する。

『持っていけ』と所持を強要されたが、『持って帰れ』とまでは言われていない。

鈴にも言ったが、このまま海に投げ捨ててしまおう。

展開した、その瞬間だった。

ホロモニターが急に開かれる。

 

「『ロックオン警告』!?」

 

何者からの問答無用の先制攻撃が放たれた事を示すものだった。

そんな事をする存在が居るとするなら、それは

 

白銀の福音(シルヴァリオ・ゴスペル)か!」

 

だが、俺の現在地点は戦闘区域外だ。

敵機が進行していくとされる航路からは大きく離れている筈だ。

織斑(あの馬鹿)は…肝心の初撃を外したのは察した。

作戦は既に崩壊した。

それどころか、あの女に要求しておいた条件も全て無意味となった。

 

「クソっ!」

 

放たれた攻撃をギリギリで回避する。

このまま上陸されるわけにもいかない。

ブレードを投げ棄て、バレルロール直後に急加速をする。

迷っている暇なんてもう無い、帰投はもう出来ない。

 

「クソッ!」

 

戦闘をするつもりなんて無いのにこの結果だ。

悪態をつきながら操縦桿を握りなおす。

浜辺に戻ろうものなら陸上に被害が出る。

ロックオンされている点は兎も角として、離れようにも追跡されている。

何故急に進路を変更したのかは判らない。

更に厄介な点がある。

 

「生命反応を探知…情報が伏せられているどころか、虚偽情報まで含めていたのかよ…」

 

単純に撃墜するのも難しいのに、この搭乗者を助ける必要まで出てきた。

なにもかもが想定外で対処できる範疇を超えている…!

 

「作戦本部!至急救援を要請する!作戦本部!応答しろ!

なんで通信も繋がらないんだ…!」

 

作戦本部に居座っているあの女は救援を出せと言われても応えるつもりが無いだろう。

通信が繋がれば、みんなは無断だろうが出撃してくれるだろう。

それすら通じなければ、自分の判断だけで事態を対処しなくてはならない。

 

「やるしか…ないのかよっ!」

 

いつまでも逃げられるかも判らない。

相手は軍用機だ、所持しているエネルギー総量を考えれば、こちらが先に尽きてしまうだろう。

だった、迎撃するしかない…!

左手にウラガーノを展開し…ひどい違和感に襲われた。

 

「…なんだよ、コレは…!」

 

右手に握られているのは長槍(ウラガーノ)ではなく先程投げ棄てた刀剣型兵装(ブレード)だった。

そんなもの俺は展開を指示した覚えは無い。

そもそも俺は剣なんて使えない。

大量の疑問符が頭の中に浮かぶが、敵機はわざわざそれを待ってくれる道理など持ち合わせてなどいない。

再び繰り返される莫大な量の光弾が迫りくる。

ブレードを再度投げ捨てて緊急回避とともに後退瞬時加速を行い距離を開こうとするも、白銀の機体はどんどん迫りくる。

加速能力は第二世代機のテンペスタⅡに並ぶどころか超えうるようだ。

 

「またか…!」

 

左手に長銃(トゥルビネ)を展開させたつもりだが、投げ捨てたブレードが右手に展開されている。

明らかに異常だ、なんでこのブレードが繰り返され展開するんだ!

あの女が何か仕込んだのか!?

 

「アルボーレ…ダメか、ならマルス、これも…!

クラン、グラシウス、ミネルヴァもダメか…!」

 

連続してほかの兵装を展開させようとしたが全て展開ができない。

使い慣れた兵装にエラーが生じているわけではなかった。

なら、このブレードに何かあると考えるべきだろう。

すぐにコンソールを開き、解析を始める。

むろん、戦闘なんてしていられない。

『自分に向いていない』『使い慣れない』そう判断できる武器での戦闘は命取り同然だ。

織斑の居場所は…かなり離れている、追っては来ているようだが、追いついてこれていないらしい。

だが、そんな事情を悟ってくれるわけでもなく、砲撃は苛烈さを増していくばかり。

 

コンソール操作をしながら敵機による砲撃を搔い潜りながら操作を続ける。

 

「チィッ!」

 

この状態では俺は囮になる以外に出来る事が無い。

確かにこの状況では織斑に頼るのが最善だろう。

だが、それは本当に信用できる場合であれば、だ。

信用出来ない以上、この場を離れる以外にない。

実際、俺は既に戦闘区域に踏み入ってしまっている。

 

「解析完了…だが、コレは…!」

 

外見は日本特有の刀剣のそれだが、それに内包されていた機能は最悪なものだった。

『敵機誘因』

展開させた場合、敵機のレーダーに検知される電波を自動的に放射するというもの。

 

『展開優先』

この兵装の展開を最優先させ、他の兵装の展開指示に割り込むというもの。

 

『展開阻害』

他の兵装の展開指示を阻害するというもの。

 

『自動収納』

一定距離を開けば拡張領域に自動回収される機能。

 

『通信阻害』

味方や拠点への通信を行えなくなる機能。

 

この五つだ。

この剣のプログラムはほかの兵装用のプログラムにまで侵食している。

機能を停止させるには、拡張領域に登録させてある兵装、弾薬、予備パーツ、プログラムをなにもかも全てをを一括で登録解除させる以外に無い。

だがここは海上だ、そんなことをすれば兵装は全て海に落下していく。

当たり前だが、アンブラは水中には対応していない。

投げ捨てた所で回収など出来る筈も無い。

丸腰のまま、生身のままで、あの砲撃の雨を受けて死ぬだけだ。

 

こんな悪質なプログラムを組み込んでいる以上、確信犯なのは間違いない。

あの女は、織斑千冬は俺を殺そうとしている。

 

もう怒りの限界だった

 

「あの女あああぁぁぁぁぁっっ!!!!!!

そこまでして!そこまでして俺を殺したいのか!」

 

俺の仕事は運搬だけだと言った

その言葉は嘘で塗り固められていた

 

戦闘区域に入らないと言った。

巻き込むことを前提にしていた

 

戦闘に参加する気は無いと言った。

最初から闘わせる予定でいた。

 

剣は使えないと先んじて言っておいた。

俺の言葉など耳にも入れていなかった。

 

個人の判断で撤退するとも言っておいた。

撤退などさせる気などなかった。

 

あの女は、俺をここで殺す予定だったのだと今更ながらに理解した。

その為に、アメリカの軍用機をも利用したのだと気付かされた。

 

迫る白銀の機体にアンブラの両腕で食らいつく。

背面スラスター最大出力でその勢いを相殺させる。

使えもしない剣など邪魔でしかない、ほかの兵装が全て使えないのなら、それをも使用しない白兵戦に持ち込むしか無い。

砲撃戦に重きを置いた機体であるのなら、そこに賭けるしか

 

ドズンッ!

 

「…貴様…!」

 

背後から重い衝撃が走る。

遅れて走る激痛に視線を下に向ければ蒼と白に染まる刃が貫いていた。

ハイパーセンサーの中、真後ろに見える男の姿、その口元がゆがんでいるのが見えた

そして

 

「何もかもすべて、お前が悪いんだぞ」

 

どこかで見たかのような繊月のような歪んだ笑み

 

脳裏に、いつか見た悪夢を思い出す

 

どこかの家の中、階段の上、逆光の向こう側から見下してくる男の姿を

 

繊月の様に歪む口元を

 

引き抜かれた刀身が金色の刃を形成し、白銀の福音諸共に振り下ろされた。

焼かれる様な激痛と共に真紅が溢れ出しながら、俺は蒼に堕ちた。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

堕ちていく影を見下ろし、彼はほくそ笑んでいた。

その手に握られていた蒼白の刃には深紅の体液が滴っている。

 

「ふん、呆気ない」

 

他者を見下す愉悦、暴虐を振るう嗜虐心、そして…目障りで仕方なかった相手を自らの手で排除したのだという達成感がそこには見え隠れしていた。

他者の命を奪う行いをしたにも拘らず、悪びれた口調ですらない、その表情すら無かった。

今まで目障りな相手が居れば、間に腰巾着を挟んで暴威を振るい続けていた自分が、とうとう自らの手で下した。

こうやって自ら手を下す経験など、実の弟以外にはほんの数人だった。

気に入らない相手であろうと、正面から相対することを避け続けてきた。

相手が自分と対等以上である状態など、自身に対しての侮辱だなどとすら思ってきたのだから。

だからこそ、その立場に収まっていた実の弟も気に入らなかった。

自分と同じ『織斑 千冬の家族』という立場に居るだけで憤るには充分な理由になった。

生まれを変える事など誰にも出来ないというのも理解しながら。

 

そして、流血を伴いながら海に堕ちた彼もそうだ。

『気に入らない』、それだけで排除するには充分な理由だった、彼にとっては。

 

「さて、帰るか。

アイツは敵機に撃墜されたと言っておけば誤魔化せるだろ」

 

そして自分は仇討ちとばかりに敵機を撃墜したのだと言えばいい。

そう考え、踵を返して旅館の方向へと飛翔していく。

考えるのは、称賛されるであろう遠くない未来の自分。

敵機を撃破し、救国を果たした輝ける時代だった。

自身が虐げ続けた者達の事など何も考えはしない、自分の生きる時代に『相応しくない存在』だとして思考からもは除外していたのだから。




雪片参式
ウェイルを作戦へ無理矢理に参加させるにあたり、千冬がウェイルに所持を強要したブレード兵装。
一見、雪片の色彩が逆転しただけの兵装に見えるが、機体に対しての浸食現象を発生させるものだった。

・『優先展開』
兵装を拡張領域から取り出す際にあたり、雪片参式が自動的に最優先で展開されるようになる。
また、ウェイルは左利きであり、兵装を展開する際には左手側から優先的に展開させる傾向にあるが、この兵装はそれを無視して右手側に展開させる粗悪点を有している

・『展開阻害』
雪片参式の展開優先度が上がるだけでなく、他兵装の展開優先度を下げさせることで雪片参式以外の兵装の展開指示を阻害する。

・『敵機誘因』
ブレード本体から誘因電波が放出され、周辺に存在する敵機に感知されやすくなる。

・『自動収納』
登録した機体から一定距離離れると自動的に拡張領域へ収納される。
その為、投擲武器としても成立しない。

・『通信阻害』
拠点への通信を行えなくさせるだけでなく、レーダーや通信機能への通信妨害を行う。

これらの機能は、拡張領域への登録から、1度目の兵装展開から有効となる。
他の兵装にも影響を与える形になっており、解除をするには、このブレードを含めた拡張領域に登録している全ての兵装、弾薬の登録を解除させる必要があった。
ウェイルは戦闘をしながら兵装解除をマニュアルで行おうとしていたが、その隙を突かれ、織斑 全輝によって白銀の福音もろとも串刺しにされた。

千冬本人としては、ウェイル・ハース(織斑 一夏)と織斑 全輝の兄弟による連携は無論だが、絆の証明の為に製造した兵装。
だが、それら全ての面が、今迄に無い程の致命的な最悪の結果をもたらした。


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第92話 斬風 『  』の刻

巨匠 いのまたむつみ先生が亡くなられてしまいました。
テイルズオブシリーズ、機動戦士ガンダムSEED、他にも多くのキャラクターやイラストを世の中に送り出してくれており、私もファンの一人でした。
いのまた先生、本当に今までありがとうございました。

『ガラスィア』
銀河の銘を冠した最新式第三世代型BT兵装。
イギリスのIS開発研究機関であるBBCから押収したBTシリーズのデータを改良して製造された。
『ISは先天的な適正によって操作性能が変化する』
『BT兵装に於ける適正によって操作性能が上下する』
この二つの適正によって使用できる人間が著しく制限されると考慮され、誰にでも扱えるものが適切であるとウェイルがイタリアで漏らし、それを考慮したうえで改良、開発がされた。
それによって開発されたのが暴徒鎮圧用電磁吸着ブーメラン『ミネルヴァ』であり、兵器として利用できるものとして、今回の兵装破壊ビット『ガラスィア』となった。
運用するにあたり、ガラスィアのユニットとリンクシステムが直結されており、搭乗者が求める動きを自動的に演算処理され、学習していくようになっている。
その為、BT兵装とは違い、逐次操作をせずに、最適な動きを適時行ってくれるものとなった。
ミーティオに搭載されたビットは24機。
すでに過去のデータを自動学習しており、ワンマンアーミーと言えるかもしれない。


「お兄さんが撃墜されました、白式の攻撃によって」

 

そしてメルクの冷たい宣告が放たれ、場が静まった。

モニターに映る白式を示すマーカーは北上を始め、旅館へとまっすぐと向かうコースになっているのは見て取れた。

だけど、モニターを拡大しても嵐影(テンペスタ・アンブラ)の反応を示すであろうマーカーはどこにも映っていない。

待機していたであろう、領域線を告げるラインの付近にも見当たらない。

そして白式はそのラインを踏み、速度を落とす事も無く北上してきている。

 

「状況証拠は、確かにあるね」

 

「だが、物的証拠はあるのか?」

 

「在りますよ、ラウラさん」

 

先ほどから物静かにしていたメルクが待機状態にされ続けていたブレスレットを見せる。

その少し上にはホロモニターが展開されている。

そこに記されているのは…

 

「ログデータ、かな?」

 

簪の疑問の声にメルクは頷いて見せた。

だとしても、これは誰のログデータなのかがよく判らない。

 

「私とお兄さんの機体には、お兄さんが考案した特殊なシステムが搭載され、運用しています。

取得情報共有機構、通称『リンクシステム』。

これは、お互いの機体のログデータをお互いに記憶させるというものです。

そのシステムを搭載していることで、私とお兄さんはお互いの経験や取得情報をリアルタイムで記録(・・・・・・・・・)しています。

理由は判りませんが、これがたった今、本国側から送られてきました」

 

成程、物的証拠はここに存在しているわけだ。

そしてこのシステムは…追跡アプリなんかの上位互換って考えれば簡単かも。

それも機体を使って何をしているのかがリアルタイムで把握出来るというんだから、機体に使用されていく経験値取得なんかも倍以上になったりしてね。

 

「で、アンタの言う『兄弟の繋がり』っていうのがコレ?」

 

「見下げ果てた、やはり貴女は腐っている…!」

 

「もとから成功率が低い作戦だってのに、ウェイル君に不要なリスクとデメリットを押し付けたってことよねぇ?」

 

「その結果がコレ?何を考えてるの?」

 

そう、こうなるであろうことは事前に予測出来ていた筈。

だから、私達は副次案、代案を提唱した。

なのにこの女は、それらを一切許さず、自らの考案したという無謀な吶喊を作戦と称して強行した。

その結果がコレだ。

白銀の福音がどうなったかは判らないけれど、それまでの過程でウェイルを攻撃して撃墜させ、あのクソバカは悠々と戻ってこようとしている。

 

「お兄さんの捜索・救助活動に入ります。

どうか皆さんにも協力をしてください、お願いします」

 

この頼みに首を横に振る者は誰も居なかった。

全員が立ち上がり、外へ出ていこうとしていた。

 

「待て、私はまだ何も指示を出してなど」

 

ダァンッ!

 

銃声が一つ、響き渡る。

それは、ラウラが握る拳銃から発されたものだった。

放たれた銃弾は、あの女の右肩を貫いていた。

 

「我々はこれ以上、貴様の指示に従えない」

 

「軍務違反だというならどうぞご勝手に、私達も出るところに出てやるわよ」

 

「指揮官を名乗る無能な人のやらかした事を堂々と言ってのけるから、そのつもりでいなよ」

 

その瞬間だった、その気に入らない声が聞こえたのは。

 

「へぇ、全員でお出迎えかい。

気前がいいじゃないか、作戦は終わらせたぜ、あ~疲れた」

 

全輝だった。

やはりというか、周囲にウェイルの姿は無い。

私達の殺意を込めた視線には気付いていないらしい。

 

「ウェイルは何処?」

 

その言葉は誘導尋問と然程変わらない。

それを理解していながらも私は全輝に問いかける。

一瞬、顔を歪めたが素知らぬと謂わんばかりに

 

何処かに行ったんじゃないかな(・・・・・・・・・・・・・・)

 

それは、あの日と同じ言葉だった。

一夏が行方不明になり、あの女が日本に戻ってきた時に、一夏の不在を問われた際と、同じ言葉。

 

ああ

 

やはりもう限界だ

 

コイツの気持ちの悪い笑みなんて

 

もう

 

 

…見たくない!

 

ドゴォォォォッ!

 

「…か…は…!」

 

鳩尾に全力で拳を打ちこんだ。

そこに手加減、容赦など一切無い。

この一撃で体が数センチほどは浮かんだ、それも当然だった。

本来なら天井に叩きつけてやるほどだけれど、吹き飛ばす距離を縮めた分、威力は内臓に浸透させている。

当面は呼吸すら出来ない苦しみに襲われるだろう、そのまま苦しみ続ければ良い。

 

「…メルク、アンタには後で話がある」

 

あの女と私は、ウェイルが一夏ではないかと思い続けていた。

違うのは、証拠を集めようとしていたかどうかという一点だけ。

 

あの女は願望と妄想で、そうだと決めつけていた。

 

私は、一夏の生存を諦めず、自分の時間の全てを費やし、情報を集め続けた。

 

思わぬ形でウェイル・ハースという人物に巡り合えたけれど、それでも私はその事物がその本人であるかどうかを図り続けた。

必ず間にメルクが入り込んできてその妨害をされてしまっていたけれどね。

だけど、思わぬ形で証を手に入れる事が出来た…!

なら、十中八九、メルクは何かを知っているから妨害に奔走していたんだろう。

 

「…応えられるとは思いませんが…」

 

「なら、力ずくにでも…!」

 

「…受けて立ちます」

 

そう思い、部屋を出た瞬間だった。

 

「お待ちください」

 

そこに一人の人物がいた。

双眸を閉ざした銀髪の少女、クロエだった。

そして

 

「ティエル先生、フロワ先生も…」

 

それだけじゃなかった。

この旅館に居たであろう全ての教職員が集っていた。

 

「欧州統合防衛機構総長レイ・L・コーネティグナーの名代として告げます。

暴虐の限りを尽くす織斑千冬、織斑全輝、篠ノ之 箒の蛮行をこれ以上見逃す事は出来ない。

現時刻をもって現場指揮官の任を解く。

あまりにも妄想甚だしい判断をする人間は信用に値しない。

以上となります。

そして、日本首相宛にもメッセージを預かってきています」

 

「ことの顛末はクロエさんから聞いたわ。

とてもではないけれど、これ以上は看過出来ないわ。

欧州統合防衛機構総長から指名を受け、今後は私が現場指揮官を請け負います」

 

そしてティエル先生は私達に視線を向けて言い放つ。

 

「専用機所持者総員は即座に機体を展開、そして、全力でウェイル君を捜索しなさい!」

 

その言葉を皮切りに全員が即座に動き始めた。

色とりどりの機体が旅館の部屋に展開され、飛び立ち始める。

 

「それと、通信回線は開いておくようにしなさいね!」

 

その言葉を聞きながら、私達は襖を吹き飛ばしながら飛び出していった。

私とティナはメルクの機体の脚部クローに捕まり牽引してもらう。

ラウラは簪とシャルロットに手をつないでもらって牽引、全員の速度を並べながら最高速度を維持できる陣形だった。

 

なんか物凄いことにもなっていた。

あのクロエと呼ばれる子、どんな地位に納まっているのよ…?

 

「ねぇメルク、あのクロエって子なんだけど…」

 

「私も接触した機会はそんなに在りません。

それこそ鈴さんだって、クロエさんと接触した回数だって変わりませんよ?」

 

それこそクロエが秘密主義ってことかしら?

それとも、助手として働く先に居るであろう人物、『ラニ・ビーバット博士』だって何者なのかがよくわからない。

 

さらに通信回線の向こう側からは声が聞こえてくる。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

私の眼前には倒れる男が一人と、両足から血を流し両手を背面で拘束され転がる女性が一人。

前者が『織斑 全輝』、鈴さんの放った剛腕の拳が胸元に突き刺さり、内臓にまで衝撃が浸透しており、その激痛で動けないと思われる。

後者が『織斑 千冬』と呼ばれていた、かつてはあの人が憎悪を向け、今は無関心の極致に居る人物。

教職員部隊によって、右の太腿、左の脛を銃で撃ち抜かれ風穴があいている。

 

そしてこの二人に共通しているのは、外道であるという点でしょうか。

 

「貴方達の所業は既に国際刑事警察機構(インターポール)欧州統合防衛機構(イグニッションプラン)、国際裁判所裁判長ダグリア・リューネイム、欧州連合にも通達済みです。

共に、殺人未遂での訴訟が先程日本政府へ通達され、日本政府も貴方達の取り扱いが面倒になったようで、処置をこちらに任せてくださいました」

 

「そんな…そんな馬鹿な!」

 

「オレは何もしていないだろう!?」

 

「織斑 全輝、貴方がしてきたことの全ては裏付け証拠も含めて調査済みです。

ウェイル・ハースに対して行い続けてきた風評被害、また、間に人を挟んでの傷害暴行の教唆犯として。

貴方自身は動いていませんが『共同正犯』、その原理に基づき、実行犯と同じ刑罰が適用されます。

何より、今回の件…我が国の搭乗者を殺害しようとしたその罪を見逃すなどと思わないように」

 

「フザけるな!そんな証拠が何処にあるっていうんだ!」

 

仕込み杖に内蔵された刃を振るう。

白銀の剣閃とともに緋色が畳に落ちる。

その一閃で、織斑全輝の右耳がその緋色の中に落ちた。

 

「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

「五月蠅いですね、次はその耳障りな声が出ないように喉を斬りましょうか?」

 

「辞めろ!弟に…私の家族(・・)に手を出すな!」

 

貴女が…貴女がその言葉を言うのですか…!

織斑 一夏を一度もまっすぐに見ず、早々に見切りをつけ、そして今回死地に無理やり追いやった貴女が…!

 

私にとって『家族』という言葉は特別でした。

捨てられ、死に至ろうとしていた私を、束様は拾ってくれた。

読み書きを教えてくれた。

食事を与えてくれた。

帰る場所をくれた。

だから、私にとって束様は母であり、私の全てだった。

ある日、右腕を斬りおとした日も

 

「やっと…やっと…探していた人を見付ける事が出来たんだ…。

今はまだ眠り続けているけど…暖かな場所に迎えられてた…無事で良かった…」

 

そう言って失った腕の断面から夥しい血を流しながらも涙していた。

旧名『織斑 一夏』、今の名は『ウェイル・ハース』、束様がそれこそ弟のように見ていた人。

目覚めてからも表世界には決して姿を現さず、ウェイルさんのために影として支え続けて生きると決めた。

なら私は、その影を支える柱であろうとして生きると誓った。

だから、それを害するものは誰一人として断じて赦さない。

 

「あら、その家族を失ったのは、その人が原因ですよ?」

 

だから、これは私と束様(ビーバット博士)からの個人的な報復です。

家族という言葉を宣った大罪に、(絶望)を与えましょう。

通信回線が開かれていますから、シャルロットさんにも聞こえることでしょう。

貴女にとっての、たった一人の家族を殺した張本人が誰なのかを教えてあげましょう。

 

「6年前、モンド・グロッソ大会で、貴女のもう一人の弟さんが貴女の棄権を狙い、誘拐され、死にました。

貴女にはその連絡が届かず、大会を勝ち抜き、何も知らずに帰還した。

ここまでは世間でも知られています、ですが…大きな盲点がありながらも、誰もがそれを見逃してしまった」

 

そう、これは全ての真実、その闇の部分を今ここで切開する。

これを語ることは許可されているのだから。

 

「貴女は当時から2()つの(・・)携帯端末を所持していた(・・・・・・・・・・・)

一つは公務用、これは政府からの連絡に使用していたもの。

もう一つはプライベートで使用するものであり、自身にとって極々身近な人に教えていました。

モンド・グロッソでも時折使用していた端末もそちらにしていましたね」

 

「ソレがなんだ…!」

 

射殺すかのような視線を向けてきますが、怖くも何ともありません。

なので、淡々と語りましょう。

そして…絶望しなさい、家族を殺したのが誰なのか。

私は、蹲る彼女に背を向ける。

それは、束様が私に教えてくれた、一人の少年の悲嘆な人生の終幕について。

 

「ある所に、一人の男の子が居ました」

 

その終幕劇は、その言葉で始まる。

 

 

「彼は、数少ない友人と、思い描いていた未来を心の支えにして生きていました」

 

滔々と、救いを奪われた男の子

 

「ですが、彼は…双子の兄と、年の離れた実姉に裏切られ、海の底に叩き落されました」

 

家族と言う言葉を嫌って、家族と言う存在に憧れた男の子

 

「毎日続く絶望と、地獄の苦痛のなか、心を擦り減らし続け、最後は…サメに食われて、死にました」

 

そう、そしてこの終幕劇は語り終わる

 

 

「織斑一夏が消え去るように、『日本に居ながら』、『政府に無干渉でありながら』、『事件が起きている事を把握しながら』、『貴女に連絡する手段を持っていながら』、それでも猶、何もしなかった、自身の日常の変化を意図的に貴女に伝えなかった人が居た事を」

 

全ての教職員の目が、織斑 全輝へと突き刺さる。

織斑 千冬、貴女もどこかで考えていたはず、なのに貴女は『家族』という言葉で蓋をして、考える事を辞めた。

 

「辞めろ、言うな…!」

 

いいえ、告げましょう。

 

「織斑 一夏が行方不明になった事を把握しておきながら連絡の一つもせず」

 

「黙れ!それ以上喋るな!」

 

「フランス政府に全ての責を負わせてフランスを経済崩壊に追い込み」

 

「違う!違う!違う!違う!」

 

「そして今年には、セシリア・オルコットを故意に暴走させ、ウェイルさんの殺害を促し、最終的にイギリスをも消滅させた」

 

「私の家族を侮辱するな!」

 

カチンときた、怒りが限界に達するとはこういう事でしょうか。

だから、冷静に怒る(・・・・・)

 

「諸悪の根源は織斑 全輝です」

 

「嘘を言うなぁぁぁぁっっ!!」

 

プシュッ!プシュッ!プシュッ!

 

消音機搭載の麻酔銃が撃たれ、彼女の右肩と左太腿、そして右わき腹へと突き刺さる。

すぐに眠りに落ちるわけではない、けれどその痛みで立ち上がる事も出来ないでしょう。

 

「ああ、それと言っておきましょうか。

メルクさん、ウェイルさんにも秘密にしていましたが、リンクシステムが搭載されているのは、あの二人の機体だけではありません。

システムを搭載している機体は、イタリア大使館と(・・・・・・・・)イタリア本国にも存在しています(・・・・・・・・・・・・・・・)

言わば、お二人が見聞きしている事は、大使館とイタリア本国もリアルタイムで把握しているのですよ」

 

だから、もう逃がさない、絶望に震え上がりなさい。

自身の傍若無人な振る舞いで欧州の国を2つも滅亡させた報いを。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

通信は、私達にも全て聞こえていた。

正直、考えられない事ではなかったかもしれない。

私だって、「それだけは無い」という考えは有った。

それでも、兄弟だから、という名目だけを盲信していたのだろう。

 

その果てが、一夏(兄弟)が行方不明になっても、それでも動かなかったというもの。

あの女(織斑千冬)が大会から帰ってきた時に何と言っていた?

「何処かに行った」と宣っていた。

知っていたんだ

 

あの日

 

 あの時

 

  あの場所で

 

   何が起きていたのかを。

 

『何が起きたのか判らない』という事態に陥っていた私達に対し、その全てを知っていて、今までずっと隠していた…!?

 

なら、アイツにとって、私達は何だったのだろう。

事態を把握も出来ず、あんなにも必死になって、全ての時間を費やし続けていた私達を…アイツは…嘲笑っていたという事か…!?

 

「赦さない…絶対に…!」

 

「アイツのせいで、僕は…母さんを…!」

 

シャルロットも怨嗟の声をあげていた。

思えばフランスは、一夏が誘拐された事件を発端として、全世界からバッシングを受け、経済制裁を受けた。

フランス人だからと言うだけで、世界中から差別行為を受け、国内の経済も崩壊している。

今はフランスと言える場所は首都パリだけになり、それ以外の国土の全てを欧州国家に差し出さなければならないほどに逼迫した。

全輝があの女(織斑千冬)に連絡さえしていれば、事件を黙殺したフランス政府の一部だけが裁きを受けるだけで済んでいたかもしれない。

一夏だって助かっていたかもしれない。

なのに、伝える手段を持ちながらも、それをしなかった。

 

欺き

 

騙し

 

陥れ

 

苦しませ

 

そしてそれを愚かと言って嗤う

 

それが奴の本性…!

 

決めた、後で奴の四肢を切り落とす。

そうでなくては、私の気が収まらない…!

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「こんな筈じゃ……!」

 

 

自身の左側には、麻酔弾を受け、横たわる姉が。

そして自分の顔のすぐ下には血がボタボタと流れ落ち、その池の中央には切り落とされた自分の右耳が転がっている。

痛む耳元を押さえているが、手当てもされずに放置され、流血は止まらない。

 

「お前…!」

 

眼前には、仕込み杖を持つ少女が自身を見下ろしてくる。

この構図は気に入らなかった。

自分は、常に他者を見下ろし、見下し、踏みにじり、君臨する側であると信じていたから。

構図が立場が逆になるなど、到底受け入れられない。

見下ろされるなど我慢ならない、見下されるなど以てのほか。

そのような事をする相手が在らば、陰謀で、謀略で、権謀術数を巡らせて相手を踏み潰してきた。

『相手が自身と対等以上』である事など、決して認められない。

 

「白式のログデータの解析完了、メルク・ハースさんの言っていたように、ウェイル・ハース君への攻撃をしていた裏付けがこれで出来ました」

 

「ご苦労様です、フロワ教諭。

では、友軍への故意の攻撃を行った織斑は、日本警察国際犯罪対策室は…新宿爆撃テロで警視庁が壊滅していますから後回しにしましょう。

国際刑事警察機構、並びに、国際裁判所へと連行します。

無論、この無謀な吶喊を作戦と称して強行された無能指揮官の更迭もお忘れなく」

 

「…ふざけるな…!」

 

全輝が体を起き上がらせる。

この場を切り抜ける方法を探す為にも、周囲へと視線を巡らせる。

姉である千冬、その弟である自分は、誰よりも特別な存在であると今でも自負している。

そんな自分達が、裁かれる側になどなる筈が無い、あり得る筈がない。

自分達が君臨する側で在り続ける為に、誰であろうと平然と踏みにじってきた。

それが許される特別な存在であると、今も、そう信じている。

 

「では、連行する前に一室へ軟禁しておきましょう」

 

千冬を連れ、この場を切り抜けようと必死に考える。

その最適手段とも言える白式は既に手元を離れ、スリープモードにされ、コールしても展開がされない。

 

「だったら…」

 

耳元にあてていた手を離し、千冬の腕を掴む。

そのまま走りだし、

 

ドサァッ!

 

一歩目で無様に転倒した。

 

「……!な、何が…!?」

 

「………逃がしませんよ」

 

静かな声と、目の前に突きつけられる銀色の刃。

それに怯み、後ろへ視線を向ける。

そこで目に入ったのは、ISスーツからは露出している足の甲の部分から赤い液体が流れ出している点だった。

そして、遅れて走る激痛に声すら出せない。

喚き散らせば耳を斬り落とされ、走りだそうとすれば……左足の甲へ白刃が貫き、畳へと縫い付けていた。

 

「貴方の軸足は左、それは貴方の動きを見れば理解出来ます。

ですから、一歩目を踏み出す時点で足を貫きました」

 

今までの所業を見抜かれ、自身の動きを予測され、それでも周囲への逃げ道を探そうとする。

そんな自分にすら苛立ちを感じてしまう。

何もかもが思い通りに進まない、今迄はそんな事に陥る事など無かったと言うのに。

だが非情な現実に、それでもプライドがそれを認めようとしなかった。

 

「織斑全輝、アンタを警察に引き渡すまで、その身柄を拘束する」

 

突き付けられたのは、汚物を見下ろすような視線と夥しい銃口。

そして、冷酷なまでの処断だった。




はい、種明かしでした。
まとめてみましょう。

織斑全輝
・『事件』として把握していないが、一夏の行方が判らなくなっている事態を把握。
・モンドグロッソに参戦している千冬に対し、連絡する手段を持っていた。
・千冬からの信頼を知っており、それを計算した上で伝えなかった。
・鈴や弾が数年がかりで調べた事を最初から把握していたが、教えなかった。
・鈴や弾が一夏を捜索しているのを知りながらも、嘲笑いながら、何も教えなかった

織斑千冬
・公務用、プライベート用の端末を所持しており、擬似的に自宅へのホットラインを確立させていた。
・国際電話にもなるため、連絡の頻度が少なく、会話する時間を意図的に短くしていた。
・一夏に対しても、全輝に対しても、盲目的な信頼をしていた為、通話の内容をそのまま呑み込んでいた。
・一夏が巻き込まれた事件については帰国後に知り、全輝に対しては『家族だから』『兄弟だから』という理由で疑う事をせず、その時点で思考停止していた。

こんな感じですね。
察していた読者様も居ましたが、どうでしたか?
次回もお楽しみに。

クロエの語りですが、あるドラマにて使われていたセリフをオマージュしてみましたw


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