やはり俺たちの防衛生活はどこかおかしい。 (ハタナシノオグナ)
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作者の為のマクガフィン 共同生活基本法

はじめまして。ハタナシノオグナです。
のっけからなんですが本編は次回から始まっております。
法律に興味無い方はそちらからの閲覧をおすすめ致します。
これは完璧に趣味でつくられたものでして、これを知らずとも本作の進行にはそこまでの問題はないです。
せいぜいちょっとした伏線を見落とす程度です。


正式呼称:

共同生活者及びその身元引受人・保護者または後見人との間における同一生計への取り決めと自治に関する法律

前文:

本法典は、三門市で発生した大災害に纏わる事柄によって、保護者との生活が不可能となったら比企谷八幡・比企谷小町・杜暁法・杜琴時ら4名が、後見人等の保護下において共同生活を行うに際し、各々が必要とする配慮、権利義務や自由に関する意思を明文化し、各人格に対する最大限の尊重及び後の関係における意思伝達の円滑化を目的とし、これを制定する。

 

監督者代表 司

監督者 榊 瑞璃

共同生活者 比企谷 八幡

共同生活者 比企谷 小町

共同生活者 杜 暁法

共同生活者 杜 琴時

 

目次

第一章 総則

第二章 共議会

第三章 権利・義務

第四章 監督者

第五章 立法

第六章 司法

第七章 行政

第八章 罰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 総則

第一条 心得

毎日生きて家に帰る。

第二条 共同生活者の定義

1. 本法典における共同生活者とは以下の者を指す。但し、加入・離脱など特段の事情があった場合にはこの限りではない。

比企谷八幡

比企谷小町

杜暁法

杜琴時

2. 前項に規定する共同生活者の後見人は準共同生活者とする。

3. 準共同生活者は、別に定める項目を除き共同生活者と同等の権利を有する。

第三条 効果範囲

1. 共同生活者間で交わした契約は本法典に基づく合意があったものとみなす。

2. 共同生活者の住居においては、相手方への事前の通告と了承を以て本法典を準用できる。

 

第二章 共議会

第四条 通則

本章における権利及び義務は本人のみが行使し、またその責を負う。代理等本人以外によるものはこれを認めない。

第五条 意思決定機関

1. 共同生活の補完・向上の為、共同生活者は共議会を設置する。

2. 共議会は共同生活者の過半数の参加者をもって成立し、構成される。

3. 共同生活者は共議会に参加する義務を負う。但し、相応な理由に依る事前の通達または特別の事情、もしくは準共同生活者においてはこの限りではない。

第六条 委員会

1. その他必要と認められた場合、または特別の事情がある場合においては、二名以上の人員をもって特別委員会を設置できる。但し、司法委員会は三名を設立の要件とする。

2. 定員が二名に達しないときは、調査役と称する。

第七条 免責

共同生活者は共議会およびその他委員会における意思の表明によって、責任を問われ、また何らかの不利益を被らない。

第八条 議題提出権

1. 共同生活者は議題を提出する権利を有する。議題は、共議会でこれを審議する。

2. 議題の提出は共同で行う事が出来る。但し、同一の議題を重複して審議する事はできない。

3. この権利は共同生活の根幹をなすものであり、絶対にこれを濫用してはならない。

第九条 審査権

共同生活者は共議会に提出された議題を審査し、意思を表明する権利を有する。

第十条 議決権

1. 共議会において、共同生活者は議決権を有する。

2. 議決権は、共議会に出席した共同生活者のみが行使できる。

第十一条 常会

1. 共議会は、毎土曜日の午前八時から共同生活者の住居で開かれ、これを常会とする。

2. 常会では、週間及び月間の予算審議、学業進度の報告、労務時間の開示を主として行う。

第十二条 臨時会

1. 前条に定める常会以外に開催される共議会は臨時会と称する。

2. 臨時会は議題提出権の行使に基づき招集され、共同生活者全員に招集の告知が到着後二十四時間以内に開催する。開催地は特に規定を設けない。

3. 臨時会では、本人である証明が可能な限りにおいては隔地からの通信も出席とみなす。

第十三条 特別会

1. 特別会は本法典の改正案の提出により招集され、監督者の開催通知受領の後、共同生活者の住居にて開催される。

2. 特別会は共同生活者全員が直接出席する事により成立する。通信等間接の手段による参加は、これを絶対に認めない。

 

第三章 権利・義務

第十四条 権利主体

本法典を援用できる権利主体は、共同生活者及び準共同生活者に限定する。

第十五条 遵守の義務

1. 本法典は共同生活者全員によって作成され、また承認されたものであるから、共同生活者全員が本法典の遵守を当然の義務として享有する。

2. 前項の義務から著しく逸脱した行為を犯した者は、厳罰に処する。罰則については別章にて規定する。

第十六条 教育・勤労

1. 共同生活者は教育を受ける義務を負う。

2. 共同生活者の勤労は、現実の法令が遵守され、また個人の時間が独占的支配を受けない限りにおいてのみこれを認める。

3. 共同生活における家事は、共議会において各人の負担を相応に定める。

第十七条 相互不可侵領域の設置

1. 共同生活者の住居は共用部と不可侵部に区別され、共同生活者個々人に最低一区画の不可侵領域とその自治権が与えられる。

2. 相互不可侵領域は、その使用者の許諾があった場合、使用者に緊急の危険があると推定される場合、または監督者によって制限を課された場合を除き、これを保障し保証する。

3. 共同生活者は、自身の不可侵領域が侵害された場合には、その侵害の程度に応じて相当の補償を求めることができる。

4. 前2項に記載される要件を満たさず、もしくはその他のやむを得ない事情がなく、または理由を開示できない者は厳罰に処する。

第十八条 自己防衛

1. 共同生活者は、自己または他の共同生活者の権利を侵害しうる脅威に対して、結託してその脅威の排除もしくは避難に努めなければならない。

2. 災害に際して、共同生活者は積極的に優先して自己の安全を確保しなければならない。

第十九条 自己救済権

1. 共同生活者は、加害意思を持つものによって自己または他の共同生活者の権利または尊厳が侵害を受けた際には報復達成の為に結託しなければならない。

2. 同程度の損害を与える以前であっても、本人の了承もしくは相応の弁済があった場合においては報復を取り辞める。

3. 報復は等害を上限とする。但し、共同生活者個人または全員の人格の核心にまつわる事柄において著しい侵害が認められる場合においてはこの限りでない。

4. 本条文は厳なる注意を以て秘匿されなければならない。

第二十条 共同生活者間適用

日本国憲法に規定される基本的人権は共同生活者間においても効力を認め、共議会の責任において執行される。

 

第四章 監督者

第二十一条 監督権

1. 監督権は、本法典の欠陥を想定し、また共同生活の機能不全を認める場合において、その解決を計る目的で行われる一時的措置に対し一定の正当性を認めるものであり、その効力は共同生活の全てに及ぶ。

2. 監督権が行使された後の共議会において、欠陥が改善された場合には監督権に基づく措置はその効力を失う。

第二十二条 監督者の優越

1. 準共同生活者は共同生活者に準ずる権利を有すると共に、共議会及び共同生活者を監督する権限を持つものとする。

2. 監督者は共同生活者に優先する。

3. 監督者の優越は共同生活者総意の信任による。

第二十三条 監督権の行使

1. 監督権は細心の注意を以て行使されなければならない。

2. 監督者は緊急の場合を除き、対象である当事者を除いた他の共同生活者に対して具体的施策を公開しなければならない。また、監督者は通達した施策についてその当事者を除く共同生活者から審査を受け、また意見を受理する責任を負う。

第二十四条 監督権審査委員会

1. 前条2項に定められた審査は監督権審査委員会にて行われる。

2. 本委員会は監督者が提示する施策につき、その権利の侵害および制限の妥当性を確認し、またその施策の軽重や手段について意見を提出することができる。

3. 本委員会の存在および決定は共同生活者個人が監督者に意見を提出することを妨げない。

 

第五章 立法

第二十五条 立法権

共議会は、共同生活の総合調整機能を担う最高機関であって、唯一の立法機関である。

第二十六条 立法手続

1. 本法典の改正は、共同生活者による共議会への改正案の提出に始まる。

2. 提出された改正案は特別共議会の審議を経て決議される。

第二十七条 改正

1. 改正案は全会一致を以て可決される。

2. 改正について共議会一致の承認を得たときは、監督者が直ちに施行の宣言をする。

 

第六章 司法

第二十八条 司法権

1. すべて司法権は第六条一項に定める委員会に属し、これを司法委員会とする。

2. 司法委員会による判決は監督者の名のもとに執行される。

3. 司法委員会は、その良心に従い独立してその裁定を下し、本法典にのみ拘束される。

 

第七章 行政

第二十九条 行政権

1. 行政権は、監督者に属する。

2. 監督者は、その権限の一部または全部を共議会に委任できる。

3. 行政権は、特定の共同生活者に属さない。

第三十条 監督者の組織

監督者は、その代表及びその他必要に応じた執務を行う者で行政を担う。

第八章 罰

第三十一条 通則

1. 本章に規定する罰則は、共同生活者間において民法一条二項に基づく信義誠実の原則を著しく損なう行為に適用する。

2. 裁定は司法委員会がこれを行う。

3. 司法委員会の下す裁定は、現実の侵害が持つ重要性とその程度を鑑み相当なものでなければならない。

第三十二条 監督者特別抗告

前条一項に定める行為の内容は日本国における刑法、民法及びその他関連する法典とは具体性の欠缺という点で異なるものであり、ともすれば恣意的な運用により本法典の正当性を著しく損ないかねない危険を孕む。よって裁定を受けた当事者は、処分が相当性を欠く場合には監督者にこれを訴え、裁定の破棄を求めることができる。ただし、これを濫用した場合監督者の権限をもって無制限にその罰を加重する。

第三十三条 判例による追加

1. 判例は本法典に条文を追加することでその効力を認める。

2. 判例は司法委員会が共議会に提出することでこれを加える。

3. 有効とされた判例は、必ず本法典に追加されなければならない。

 




ここばっかりは詳しい方いらっしゃいましたらお手伝いお願い致します。
これを作るのに準備含め約1年かかりました。まったくの素人だったのでせめて少しくらいは勉強しようと思ったのがいけなかった………沼です。
ともあれ、何を血迷ったのか憲法民法刑法一緒くたにしたので間違いなく無理が生じてます。
話の進行と共にちょいちょい修正案は提出する予定です。


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強制入部編 (1)ある始まり、挨拶と罵倒。

つくづく日本語って横書きに向かないなと感じます。

どうぞよろしく

【追々記】平成29年9月12日
あまり修正を重ねるのはよろしくないのですが同じ言葉がふたつ並ぶというのも具合が悪いと感じ、サブタイを改めました。


「高校生活を振り返って」

 

比企谷八幡

青春とは嘘であり、悪である。

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。

自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

何か致命的な失敗をしても、

それすら青春の証とし、思い出の1ページに刻むのだ。

例を挙げよう。

彼らは万引きや集団暴走という犯罪行為に手を染めてはそれを「若気の至り」と呼ぶ。

試験で赤点をとれば、

学校は勉強をするためだけの場所ではないと言い出す。

彼らは青春の二文字の前ならば

どんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げて見せる。

彼らにかかれば嘘も秘密も、

罪科も失敗さえも青春のスパイスでしかないのだ。

そして彼らはその悪に、その失敗に特別性を見出だす。

自分たちの失敗は遍く青春の一部分であるが、

他者の失敗は青春ではなくただの失敗にして敗北であると断じるのだ。

仮に失敗することが青春の証であるのなら、

友達作りに失敗した人間もまた青春ど真ん中でなければおかしいではないか。

しかし、彼らはそれを認めないだろう。

なんのことはない。

すべてが彼ら自身の自己満足であり、

自らの物差ししか認めないだけである。

仮にも義務教育を経た彼らが、法律という現代社会の規範を知らないわけがない。

だが現実には先に述べた事はまさに茶飯事。

そんな彼らのなんと愚かなことか。

とはいえ、天網恢恢祖にして漏らさず、とも言う。

学校もこのような恥を座して見ているつもりもないだろう、一年が過ぎたが。

結論を述べよう。

 

働け、生徒指導教諭。

 

 

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

 

 

「高校生活を振り返って」

 

杜暁法

我が世の春が来た。

そう期待に胸を膨らませていた昨年の自分が愚かだった。

今にして思えば、

その時私はたいそう間抜けな喜びの表情を浮かべていたことだろう。

余りにも理性に欠ける行いを嫌い、

殺伐とした日常に刺激を求めるといった相反する願いを追求した結果、

何を血迷ったことか「この総武高校ならば」と進学を決めた。

しかし実態はどうだ。

いっそのこと治安維持法でも成立させて一網打尽に摘発したいものだ。

ついでに用務員から校長の首に至るまでそっくりすげ替えれば常識の種も萌すだろうか。

(中略)

だが結局の所、問題の多くは生徒それぞれが内包するものであろう。

そもそも、10代とは寡聞にして、「承認欲求が強い」と評されるらしい。

大抵は、これに「ガキが生意気な口を云々」と言った文句が加えられるが。

なるほど、我々を見る限りこれらの言葉に対し反抗の言葉を並べることは苦しいだろう。

しかし、考えてもみてほしい。

我々は蔑称的に「ゆとり」とか呼ばれる世代である。

先日まで、個性個性と言われていたのが途端「そんなものはどうでもいい」と、

手の平を返されれば及ばぬ子供の脳みそはエラーを起こしてしまうだろう。

勿論、教育に関する指針は教師生徒共に関知できうるものでもないし、

それを傘に不貞を働く輩を擁護するつもりもないが。

閑話休題

だからこそ、どうか成熟された脳みそをお持ちであれば、

それら寡廉鮮恥な乱行をただ頑なに否定するのではなく、法理を説いていただきたい。

それこそが最も実のある、つまり「叱る」ということではないか?

蓋し大輪咲かずとも、万事に通ず社会規範を共有するならそれもまた確かな教育の成果ではないか。

盛んに説かれる『今だけの経験』に道理という概念を含ませて欲しいものである。

学校としてもそれが「総武高生としての誇り」とやらを体現できるのではないか?

実力主義とは実力が全ての免罪符となる事を許すものではないだろう。

恥知らずにも進学校を名乗るのであれば一度その辺りをじっくりと考えてみてはどうだ?

このままではgo◯gleの予測変換に『総武高校 自称進学高(笑)』とか『総武動物園』などと表示されるのも遠いことではないだろう。

せめて我が身が在籍する内にその様な事態に陥らない事を願うばかりである。

以上の様な失望と共に高校生活の初年度を終え、憧れも消えた。

総武高校で学べる事への万感の想いは尽きることは無いが、特に中学までで経験することのなかった社会科目は非常に面白可笑しい。

眼前の惨状を放置しておきながら社会制度について熱弁する教師や政治体制の倫理観に疑問を呈する人間を見ているのは演劇部の喜劇よりもよほど面白い。

この様な飽きさせない様にとの生徒への篤い配慮をモチベーションに、

今後とも学業に専念し、人格の模範を目指して邁進する所存で云々。

 

働け、生徒指導教諭。

 

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

 

 

それぞれの作文の朗読が終わると、平塚教諭は充分に間をあけてから声を掛けてきた。

 

「―――――さて、2人とも。呼び出された理由はわかるかね。」

 

「「いやまったく」」

 

……その声はあろうことか、一蹴されてしまった。

 

「……訂正するなら今のうちだぞ」

 

一瞬茫然としたのか言葉を澱ませながらも、ややトーンを下げて再度睨め付けてくる。

 

さて、何故だろうか?

 

額に青筋を浮かべる平塚先生(アラサー)を前に、意味合いこそ異なるものの、男子生徒共は同じ言葉を思い浮かべていた。

 

比企谷八幡

 

(もり)暁法(あけのり)

 

それぞれが、先ほどの”イタイ”作文の作者である。

そんな2人が立たされているのは、新学期早々の人もまばらな職員室の隅だった。

 

「なぁ、貴様ら。私が授業で出した課題はなんだったかな?」

 

「……はぁ、『高校生活を振り返って』とかいうテーマでの作文でしたか?」

 

八幡がそう返すと、ようやく話が進むことに安堵したらしい。

 

「そうだな。それでなぜ貴様らの作文は自省ではなく煽り文句なんだ?馬鹿か?」

 

罵倒でしかない肯定が返されて、平塚先生は苛立ちを隠そうともせずに荒々しく髪を掻き上げる。こうして嘆息する女教師を対岸の火事のごとく、問題児どもは顔を見合わせていた。

 

「おい、ノリ。なんで俺らわざわざこんな所で説教くらってんの?」

 

「あぁー?お気に召さなかったんじゃねぇ? そぐわなければ潰す。いやはや恐ろしいもんだ」

 

「まじかよ学校最低だな」

 

こんな会話を交わしていると、ぽん、ぽん、と紙束で頭をはたかれた。

 

「真面目に聴け」

 

「「はぁ……」」

 

「君達はあれだな、ガラムマサラ曹長の様な性格だな」

 

著作権への牽制としても、もう少しマシな例えはなかったのだろうか。

 

「どうせならネウ〇とかDI〇の方が良かったですね」

 

「バッカお前、赤ダルマ伍長に決まってんだろ?」

 

突然の台詞に正直な感想を述べると、平塚先生の表情筋が唇に弧を描かせた。

その目はとても冷ややかなモノで、どうやら中の人ネタを笑ってくれた訳では無いらしい。

すぐさまドスを効かせた声が飛んでくる。

 

「貴様ら。この舐めた作文は何だ?体裁上言い訳くらいは聞いてやる」

 

ボーダー上層部の会議室を知らなければ震え上がりそうな怒気を視線に孕み、先生は(まなじり)を尖らせる。とはいえ、なまじ威圧感を持つだけに、『知り合い』(マジモン)と比べて圧力が足りないと感じてしまう。

つまり殺気が足りない。

 

「“天網恢恢(てんもうかいかい)祖にして漏らさず”って言いたかっただけですね。批判と皮肉はついでです。思うところが無いわけじゃありませんけど」

 

「自分は“蓋し大輪咲かずとも”ってフレーズを使いたかっただけです。たまたま目にしたら絵、内容共にどストライクでした。道徳心の低下は嘆かわしいですが別に若者限定でもありませんし、この学校の風紀なんぞに興味も有りません」

 

「何処までふざけ通すつもりだ。どれほど考え方がひねくれていようと“普通”っぽい作文くらい演じられるだろう」

 

「イヤ、そうであればそもそも提出の必要なんてないでしょう。皆が均一評価でハイ、おしまいですか?」

 

「刹那的な生き方をしてましてね、適当な新聞記事で五パターンくらい書いて一番まともなのがそのテーマでした」

 

「小僧共…あまり屁理屈を並べるな。いや、片方は理屈ですらないが…」

 

「小僧って……。いや確かに先生の年齢からしたら俺らは小僧ですけど」

 

「なんてことない会話にさえ自虐を練り込むとは……。なぁハチ、これも年齢の為せる(わざ)なのか……?」

 

「いや、どちらかと言うと(ごう)じゃないか?それは」

 

突如―ぱっ―と、空気を裂く音がして。風がふわりと遅れて届いた。

これでもか、という程に見事な手刀が顔を見合わせる2人の間隙を縫っていったのだ。

 

「次は当てるぞ」

 

おまけに目が必死だった。

 

「すみゅ、…すんませんでした。書き直します」

 

八幡は、この局面を切り抜けるために最適化された言葉を選択。噛んではいたが。

おそらく隣で笑いをこらえている者に散々に弄り倒されることだろう。

 

「あ、先生。(眉間に)皺よってますよ」

 

そして空気を読まない男の特に脈絡のない言葉の暴力が平塚先生を襲った。

 

ああ、これはもうだめかもわからんね。

 

刹那に、八幡は制裁を覚悟する。

 

フジャッケンナこの野郎! 何故よりにもよってこのアラサーの地雷原でコサックダンス踊るような真似してんの? 何が悲しくて新学期早々コイツと死地に赴かなければならないのか、はァ…働きたくない。と、現実逃避も忘れずに。

 

しかし意外にもくだされたのは鉄拳ではなく、引き攣る表情を抑えてどうにか絞り出したような一言だった。

 

「ッ…わ、私はな、怒っているわけじゃないんだ」

 

とはいえ、それは面倒事を確信させるには過分なもので。

 

……あー、出た。出たよこれ。

 

見事にシンクロした感想がふたりの脳内をよぎる。

そのうち片方がこの状況を生んだことは多分気づいてはいない。

ペースを乱されっぱなしの平塚教諭は、ふぅっと呼吸を改めると、完全に空気と化していた八幡にも視線を向け直し、至極真面目な顔でこちらを見据えた。

 

「君達は部活をやっていなかったよな?」

 

「「はい」」

 

「……友達とかはいるか?」

 

「問題にならない程度には接しているつもりです」

 

「いないですね」

 

暁法の答え(前者)はともかく、八幡の返答(後者)は期待した答えだったろうに、平塚先生は芳しくないといった顔で尋ねてきた。

 

「先程からやけに息の合った掛け合いをしているが君たちは友達同士ではないのか?」

 

「後見人が同じなので家族みたいなもんだと思います。お互い四年前に両親を失くしているもので」

 

ピクリと、ほんの僅かながら整った容姿が歪む。四年前、というワードに、深入りすべきではないと感じたのか。誤魔化すように、ふむ…と咀嚼して次の質問を投げてきた。

 

「…………彼女とか、いるのか?」

 

「「いりません(義妹/妹がいるので)」」

 

息ピッタリの断定に気圧されたらしい。

そ、そうか……と、やや引き気味に返された。

 

なんでさ。

 

そんな脳内ツッコミをそれぞれが繰り広げていると、考えがまとまったのだろう。俄にポンと膝を打った。

実におっさん臭い

 

「よし、こうしよう。レポートは書き直せ。当たり障りのないものを持ってこい」

 

「「はい」」

 

教師としては有るまじき言葉が聞こえた気がするが、ともあれ。これで一件落着ということだろう。そう思っていた時期が彼等にも云々。

 

「だが、君達の心ない言葉や態度が私の心を傷つけたことは確かだ。女性に年齢の話をするなと教わらなかったのか? なので、君達ふたりには奉仕活動を命じる。罪には罰を与えないとな」

 

……………………ん?

 

「「はぁ?」」

 

ひとりはウンザリと、ひとりはむしろ嬉々としてそんな声を零した。後者であるところの暁法は実に楽しそうに言葉を返す。

 

「裁判官気取りは結構ですが適切な命令系統に所属した覚えはありませんしどうせなら日本国憲法第18条を引いてから出直してください」

 

「黙れ小僧。貴様こそ学校教育法35条を引いてみろ」

 

またもや干戈を交えん、と舌戦の火蓋を切ろうとしたが、泥沼を嫌った第3勢力が仲裁に入った。

 

「ノリ、やめとけ。この人は『シナリオは俺の頭の中にある!』タイプの人間だ。ひとまず喋り切らせた方が早い」

 

うッへぇ…と噦(えつ)くふりをしてみせる暁法も、その辺は察したらしい。事前の反抗を諦め、ふたりは面従腹背に徹することを決める。平塚先生はそれをひとまずの従属と受け取ることにしたのか、ふん、と鼻を鳴らして歩き始めた。

 

「ついてきたまえ」

 

今後の予定がない事を多少嘆きつつ、なんだかなぁ…と現実逃避に耽る八幡と、いい暇つぶしのタネになりそうだと舌舐めずりでもしそうな暁法。

 

そんな対象的な2人を、おい、早くしろ。という声が追い立てた。

 

 

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 




冗長ですな。普段はおおよそ5000字位にしようと思います。

書きたい欲求が「ストーリーそのもの」と「場面ごとの言い回し」という風に二極化しているせいでまとまりがないというジレンマです。

【追記】雪ノ下アンチは続きません。
私なりの彼女の成長も今作で書きたい目標のひとつです。
平塚流しもないよ!期待していた方は拍子抜けしてしまいそうですが。

【追追々記】平成29年10月17日
前前前世みたいになりましたね。
分割&再編集致しました。


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(1)ある始まり、挨拶と罵倒。2

活動報告にあります通り、ただの第一話の分割再編集です


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

ぼんやりと歩いていたせいか、気が付くと既に目的地に着いていたらしい。

暁法はその教室の主らしい女生徒に、可愛げのない挨拶を受けていた。

 

………………えーっと、説明プリーズ(コレなんぞ)

 

ひとまず、少なくとも自分より現状に明るいであろう八幡に解説を要請した。

 

「ハチ、なにこれ。どういうこと?」

 

「あら、ようやく現実を理解できるようになったのね。初対面の人間を相手に挨拶も無しなんてどういう了見かと思ったけれど、自我が芽生えたのならはやく名前を教えなさい」

 

驚くなかれ。

別に八幡が突如女体化したとかそういうイリュージョンがあった訳では無い。

ただ単に目の前の女が会話に割り込んで来ただけのことである。

多少驚きはしたが、雑音の出所を確認した暁法はひとまず無視することにした。

 

「……………………まぁコレはともかく。ハチ、状況説明プリーズ」

 

「…………礼儀というものさえ知らないのかしら」

 

礼儀、という言葉に眉根を寄せた暁法だが、そこから先(開戦)は八幡が押し留めた。

 

「「部活ヤレ、ペナルティー。異論反論抗議質問口答エ、ミトメナイ」……だそうだ」

 

「はぁ……ハチそんなのヤル気なの?」

 

「まさか、やるわきゃねぇだろ。というかお前も対象だからな?」

 

「デスヨネー……しっかし、ナニ……部活ねぇ…………?」

 

黙りこくった暁法を見て、平塚先生が声を掛けてきた。

 

「なにを悩んでいるのかね、そんな必要はないと言ったはずだ。比企谷の説明は口調以外は概ね的を射ているからな。それに部長を無視とはいただけんな、平部員?」

 

にんまりとした顔で入部を押し通そうとしたが、暁法と八幡とて黙ってばかりいる気もない。

 

「なんとでも。先生の言う『児童生徒等の懲戒』には確かに一定の裁量権は与えられてはいますがそれは緊急性のある事柄についてです。部活に強制加入させるという行為は長期的なものであり停学や退学と同列視できるものと推定されます。生徒指導教諭程度にそんな権限はあっりませーん」

 

「ノリに同感です。何より放課後は忙しいんすよ。妹と暮らしているので家事とかの支度もしなくちゃいけないし」

 

ふざけた調子ではあるものの、一応筋は通っている……はずの言葉に、権力が振りかざされる。

 

「駄々をこねるな。私はこの部活動の顧問だ、お前達をネジ込んだところで大した波風はたたん」

 

「猿知恵で捲し立てる前にまず自身の問題に目を向けて見たらどうかしら。あなたのその偏屈ぶりは矯正するべきだわ」

 

暁法と八幡は議論が迷走し始めたことに内心ほくそ笑みつつ、さらに油を注ぐ。

 

「理屈が通っているかなんてどーだっていい。今回重要なのは建前がある事だ」

 

「それだけではこの処分を覆すには至らんよ。建前だけならこちらの方が圧倒的に多い。大人しく受け入れたまえ」

 

「それは建前だけでもここに所属しろ…ってことすか?お断りですね、こんな存在する為だけに活動するようなものに、名義だって貸すつもりはありません」

 

「今の言葉、聞き捨てならないわ。この部活が自身のために活動することなどないもの。現在進行形で私はあなた達のために時間を使っているのよ?」

 

「ほぉ?頼んでもいないのに来るって質の悪さはネイバーと同列だな」

 

「こいつはそこまで脅威でもないだろ。嫌悪感が先に来るし良くて例の黒いアレ(GKBR)だ。鬱陶しくてかなわない」

 

「HAHAHA」

 

「HAHAHA」

 

さすがにこの煽りには相手も閉口したらしい。説得を諦めたのかこちらから視線を逸らし、内々に話を進め始めた。

 

「……これまでのやり取りで理解してもらえたと思うがこれ以上の説明が必要かね?」

 

「いえ、既に頭痛がしますが矯正の必要性については理解しました。ですが私の身の安全については?」

 

「安心したまえ、雪ノ下。なんだかんだと言いながらあの背の高い方は倫理とか法律といった言葉が大好物だからな、間違っても手出しはせんさ」

 

無視されている間に逃走を図ったが、少々不満な言葉が聞こえたので暁法は物騒な言葉を投下してみることにした。

 

「悪いが形而上学なんかには造詣が深くなくてね、せめて実体を伴うものについて心配してはどうだ?(意訳:心配するような胸無いだろバーカwww)」

 

変に賢いが故にその皮肉を悟ってしまう雪ノ下は、怒気を纏った笑顔で歯を食いしばっている。

 

「…………減らず口を」

 

刹那、氷の女王が降臨し、言語化の及ばない怒りが教室を覆う。

 

「……補償するとも、だから鎮まり給え」

 

嵐を憂いたのか、か細いながらも平塚先生はそう言い切った。

漢字の錯誤など、口語では気付き得ぬ事だが。

 

「と、ともかく。後のことは任せたぞ」

 

冷や汗をかきながらも勝手に納得して帰って行った。いや、帰ったフリをした。

大方ふたりが逃走を図った際の対処を兼ねてのことだろう。さすがにそれに気が付かないようなマヌケでもないのだが。

さてどうしたものか、と問題は当初のものに回顧する。

暫しの沈黙があって。雪ノ下のふたりへ向ける表情が警戒から怪訝なものに変わった頃、不意に八幡が口を開いた。

 

「いっそ正面突破」

 

意を汲んだ暁法は即座にその案を検証する。が、結論は当然不可能だった。

 

「NON 付きまとわれて終わりだ。……窓からなら」

 

「NON 目立ちすぎる。………威力制圧」

 

「NON 事後処理がめんどい。てかそれ正面衝突じゃ……あれ? 無理ゲー?」

 

当人等は真剣に考えているつもりだろうが、いずれの場合も根本的な解決にはなっていないことを指摘できる人間はこの場にはいなかった。

 

「「………………ハァ」」

 

「平塚先生釣って満身創痍(GameOver)にする?」

 

「で、just run away?」トメナイデヨー

 

そんなところでわけのわからない会話してないで座ったら、という声でふたりはこの場に四人目が居たことを思い出し、同時に非常に今更な疑問を暁法が持ち出した。

 

「……そういやこいつ誰だっけ」

 

「ああ……2年J組、雪ノ下雪乃だろ。学年次席の成績優秀者で校内随一の有名人。さらに…

 

「あなたどうして私の事を知っているのかしら。ひょっとしてストーカー? 非常に気持ち悪いのだけれど」

 

「………品行方正で完璧超人って話だったが、現物は目の前にあるぞ」

 

「ああ、だからそんな偉っそーにしてるわけね」

 

「そうよ、私は人より優れているの。だからあなた達の性格を矯正してあげるわ」

 

調子が出てきたのか、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に入ってしまったのか、勝手に話を進めていった。

 

「………そうね、ではゲームをしましょう」

 

「…おい、ノリ」

 

「皆まで言うな、わかっておる」

 

心の内で、心を込めて、心の底から悪態を吐こう。

ああ、面倒くさい。

果てしなく気が進まないが、脱出の手段がない以上回避のしようもない。

脱兎のごとく逃げ出したい気持ちを押さえつけてやり過ごすことにした。

 

「―――さて、ここは何部でしょう?」

 

「知るか、興味もない。」

 

何故、敢えて茶番に付き合わんや(反語)。迅速な処理に取り掛かる。

 

「あなた…多少なりともやる気はないの?」

 

「初めからそう言ってんだろ。さっさと答えろ。それか帰らせろ」

 

結局八幡がバッサリと切って捨てた。

面白みのない答えに勝手に失望したのか、ため息をついてまた語りだした。

 

「はぁ……持つものが持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。困っている人に救いの手を差し伸べる。これがこの部の活動よ」

 

まったく、ふざけた理想もあったものだ。

耳を疑うほどに道化じみた理念を叩き付けられ、ふたりの眉間に深い皺が刻まれる。

 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」

 

聴けば聴くほどしらける気持ちを抑えられずに複雑な表情でいると、相手は更なる追い討ちを仕掛けてきた。

どうやら帰す気は無いらしい。

 

「平塚先生曰く、優れた人間は憐れなものを救う義務がある、のだそうよ。だから私があなたたちの問題を矯正してあげる。」

 

すると珍しくここまで聞き役に徹していた暁法が声を上げた。

 

「なるほど、つまり俺達がお前に問題とやらを恵んでやればいいわけか。くっだらない。」

 

ノブレスオブリージュ

 

幽霊と同じようなもんだと思う。話は聞けども誰も見たことがない、幻の存在。

 

「………………呆れたものね、どうしてその考えに至れたのか不思議でならないのだけれど。あなたに脳と呼べるものはないのかしら」

 

「ハッ、初対面の人間を相手に終始上から目線、初対面の人間を相手に劣等視、初対面の人間を相手に罵倒の数々、不遜な態度で自己紹介を要求しておきながら自身はそんな素振りさえ見せない。社会人基礎力の欠片もねぇな。続けようか?」

 

嘲りを隠そうともせずに吐き捨てた。

 

「タダでさえ面倒なんだから煽るなよ………しかも半分くらいはブーメランだろ」

 

これ以上の言い争いはやってられん、と静止に入るが少々遅かったようだ。

 

「随分と好き放題言ってくれるのね。私もまだあなたの名前すら知らないのだけれど」

 

肩をわなわなと震わせて、それでいて声までは揺らがないその強さは、一般人が目にすれば賞賛に値するだろう。しかし、応える暁法の声はやはりにべもないものだった。

 

「お前に関わろうという意欲が露ほども存在しない。故に覚える必要もない。凡百分の一でいいよ」

 

―――――――沈黙。

 

言葉遊びで悦に入るしたり顔の男と、それを睨む女のいる空間。それはそれは居心地が悪かったという。

そんな空気の打破は、やはりというか八幡にお鉢が回ってきた。というか、せざるを得なかっただけだが。

 

「お前が凡百なら俺は一体何なんだよ。存在すら認められないの?遠回しに俺のことディスるのやめてくんない?味方だと思っていた相手に裏切られるとダメージ大きいんですけど」

 

脱走という目的を諦めたのか、半ばヤケに呟く。

 

「流石にその卑屈さは想定外だよ、ハチ」

 

「おいやめろ、そんな目で見るな」

 

自虐もあえなく返された。

 

「会話を成立させなさい、矯正が必要なのはそういった所よ」

 

「フフッ…っと、悪い」

 

早速『矯正』とやらに取り掛かっているらしい雪ノ下を今度は別の声が笑う。

 

「――何がおかしいのかしら、比企谷君」

 

「いや何、さっきから言うこと言うことブーメランに見えてな、ダメ押しに耐えきれなかっただけだ」

 

「立場を弁えることね、調教師には鞭がつきものでしょう」

 

「そもそも前提が違うだろ。この教室は奴隷制か?お前は依頼されたと言ったが、それは俺達が望んだことじゃない。俺に矯正が必要だなんて考えるのは、それは自由だ。だがな、それは俺達がここに来るべき理由にはならない。俺達がお前に関わる理由にはならないだろ。ようするに勝手にやってろ、ただしやるならお前が来い、ってことだ。それならお前の自己満足も得られるし、俺とノリも万々歳ってな」

 

「まったく呆れた理屈だわ、よくもまぁそこまで詭弁を操れるものね…まるで全身が詭弁で出来ているみたいだわ」

 

理不尽、不条理、詭弁、暴論、不正、不平、不道徳、無原則、不合理、無秩序etc…そんなものがまかり通るこの部屋で、道理が参入する余地はないらしい。

大アルカナが示すように、正義が正義たる為に真に必要なものとは天秤(公正)ではなく(威力)なのだから。

 

そんな混沌とした教室を見かねたのか、戦車(チャリオット)の様に荒々しく、平塚先生が場に再登場してきた。

雪ノ下にとっては正位置に、暁法と八幡にとっては逆位置に。

 

「雪ノ下。邪魔するぞ」

 

「ノックして下さいと何度も申し上げている筈ですが」

 

そう言いながらもやや表情が緩んだのは、やはり手に余る相手だったからだろうか。

 

「ふむ……見たところ、やはり手こずっているか」

 

「本人達が問題点であると認識していないせいです」

 

好き勝手に言っているお前はどうなんだ。

 

「はは…教員総掛かりでも意のように動きはせん奴らだ。いかに雪ノ下と言えどそう易々と事を成されてはさすがに自信を失ってしまうよ」

 

そう言って鷹揚に微笑むが、そう言われた者達の表情は固いものである。

先生は敢えてそれを無視しながら、それに、と話を続けていた。

 

「この問題児達は、皆精神が完成に近い形で整ってしまっている。確かに近頃の高校生には少なくない傾向でもあるし、いい事でもあるだろう。が、それは諸刃の剣というヤツでな、生きていくには峰も必要なものさ」

 

その指摘はきっと正しいのだろう。諸刃とはそういうものだから。だけど、鞘があれば問題ないじゃないか。わざわざ片刃に打ち直す意味がどこにある。

 

誰かの、そして誰しもがそう思っていただろう。大なり小なり。

 

「そう解釈するならぜひ放って置いてくださいよ。いずれにせよ先生の自己満足(そんなもの)に付き合うつもりはありませんよ」

 

「そうですとも、平塚先生。それに砥石としてはそいつは役不足です。せいぜいが試し斬り用の死体って所でしょ」

 

無遠慮で辛辣な発言に激昂しかけながら、体裁をギリギリ保って雪ノ下が答える。

 

「…………………なにをいっているの?あなた達は変わらないと社会的にまずいレベルよ?」

 

そう声を振り絞る姿は平時であれば決して人目に付けさせぬであろう悔しさを端々に感じさせるもので。

しかし彼女にとって罵倒とは潤滑油の様な役割を持つらしい。復活を遂げ、その勢いで更に牙を向いてくる。

 

「傍から見ればあなた達の人間性は余人に比べて著しく劣っていると思うのだけれど。そんな自分を変えたいと思わないの?向上心が皆無なのかしら」

 

「まぁそう言うなよ御同類。お前如きに変えられないってだけで、そのうち変わるかもわからんぜ?」

 

「真面目に話せないのなら黙っていて」

 

ここまでに真面目な話があったかはさておいて。

 

「お前こそ夢見すぎだろうが。考え方が変わる事なんかそもそもねえんだよ。思考に要素を加えて配分を変えることでしか人間性なんてものは揺らがない。その過程を見もしない奴が勝手に『変わった』なんて言うだけだ。お前の言う『矯正』とやらは洗脳やマインドコントロールと同質のものでしかない。」

 

度重なる雑言に八幡の精神的リソースは潰え、自然と言葉も尖りつつあった。

 

「自分を客観視できないだけでしょう。それともしたくないだけかしら」

 

「思い上がりも甚だしいな。誰かを眺めてりゃそれは客観視か? んなもんただの他人事だろうが。テメェに客観なんて視点は存在してない。それをお前の主観で客観視気取ってんじゃねえよ」

 

思わず舌打ちしたくなる。無為に過ぎてゆくばかりの時間。まさに浪費というやつだ。

 

「あなたのそれはただの逃避、変わらなければ前には進めないわ」

 

「闇雲に進んだ結果が今のお前の四面楚歌だろう。逃げる事を偏執的に嫌って、転進という言葉さえ使いたくないから、他人が間違っていて自分が正しいと信じていたいだけだ。だからお前だけの理屈とやらが通用するこんな辺鄙な所でひとりふんぞり返ってるんだろ? お前は逃げる事を否定する。だが今ここにいるお前の存在がお前の嫌うそれそのものだ。お前の言う変わるなんて信仰の対象、心の安定の為の道具でしかない。異教徒からして見ればただのゴミより価値がないんだよ」

 

八幡の沸点が近づいていることを悟り、今度は暁法が前へ出た。

 

「加えて言うなら変えるなんてのも結局はお前の主観だ。人の思考、行動、主義、主張。それがお前のお気に召さないからただ我儘にアレを辞めろ、ココをこうしろとがなり立ててるだけだろうが。当人の胸中にある葛藤なんざ露ほども意に介そうとしない。人間性なんて自我の核心に口をだすなら本人の意思を蔑ろに妄言垂れ流してんじゃねえよ。ましてやお前の自己満足に俺達が付き合わなきゃいけない道理がどこにある」

 

「……………それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」

 

そう口にする雪ノ下の表情にはこれまでとは違う怒りが垣間見える。本旨からは全く見当違いのモノだが。

単なる激昂でなく、立ち入らせてはならないパーソナルスペースの排他域。そんな所に到達された様な、本当の怒りを見せられた気がした。

とはいえ、先程から不躾に同じ行為をしてきたのは相手方。

今更自重を求められる謂れも、ましてや怯むような生半可な胆力でも無い。

散々他人の自己を侵しておいて、いざ自らを渦中に置けばこれだ。

 

虫唾が走る。反吐が出る。野にひとりでは戦にならぬというのに。いったいコイツは何と戦っている夢を見たいのだろう?

 

暁法も八幡も、いや、戦いに身を置く者であれば誰であれ、救いなどという言葉にほんの一片の期待も抱かず、また抱けないことだろう。

あえて言葉を過激にするならば、『救い』なんてものを本気で語るならばそいつは大方煽動政治家(矢面に立たない者)でしかない。

誰もが自身のために救いと称して人を斃し、救いの為に何かを棄てるのだから。

救いなんてものは胡蝶の夢、白昼夢よりも語るに能わないもの。

それが彼等が知る『救い』だったし、事実『救い』なんてそんな物だった。

 

だからこそ、暁法は目の前の酔っぱらいを赦さない。

救いを望まない者を救うなどという、そんな救いのない話を認めない。

 

平塚先生はこうして血気に盛るふたりを教室の隅まで押し遣ると、からりと笑ってこう言った。

 

「ふんふん、こういう熱い展開はむしろ好ましいな。よろしい、ならば決闘だ! 互いの正義を正義たらしめるのは行動による結果のみ!」

 

その場にいる三者が顔を顰めようと気にせず、少年のような眼差しで、故に、と続ける。

 

「存分に自らの正しさを知らしめるがいい。どちらが人に奉仕できるか!? ガンダムファイト・レディー・ゴー!!」

 

「嫌です。はしゃがないでください」

 

すぐさま雪ノ下が否定。その目はどこまでも冷淡なものだった。

平塚先生はといえば、さすがに生徒に諭されるのは恥だと感じたのか。

咳払いで誤魔化しながら改めて三人に告げる。内容は変えられなかったが。

 

「と、とにかくだなっ!君たちは勝負するんだ。拒否権はない」

 

「サーカスが見たければ金を払え、この無産市民が」

 

「誰があんたの掌で踊るか、大日如来にでも憧れてんの?」

 

いい加減相手が教師であることに対する儀礼的配慮を保てなくなってきたふたりは、躊躇無くトドメを狙いに行く。

 

「不満かね?安心したまえ、成果には報酬を。勝ったものは負けたものになんでも命令できる、というのはどうだ?」

 

―――絶句した。ふたりはとうとう絶句した。正に言葉もないという状況だ。ここまで馬鹿げた回答に暁法と八幡はただ絶句する他なかった。

 

『||《冗談は話者に力なく、聞き手の耳に依存する。》A jest's prosperity lies in the ear of him that hears it, never in the tongue of him that makes it.』と云う戯曲の詞は、皮肉や罵倒にも通ずるらしい。

 

全く意味をなさなかった。挙句にこのザマである。一体これはなんなのか、もはや眩暈がしてならなかった。

その間雪ノ下といえば、杞憂に溺れているようで、がたっと椅子を引いて後ずさりをしていた。

 

「この男達が相手だと貞操の危機を感じるのでお断りします」

 

常時であればただ揚げ足を晒してくれたに過ぎなかった発言にでさえ、今の八幡達は何かを言う気概も生まれない。

ただ溜息をこぼした。かろうじて再起動した八幡が次に耳にしたのはあからさまな挑発と、それにまんまと乗せられる自称優等生の宣戦布告のみ。

 

「決まりだな、では「平塚」杜、敬語というものを知ってい――-」

 

凄まれた本人は、その顔を見た平塚先生が思わずギョッとする様な晴れやかな表情で平塚先生に歩み寄る。こうなってしまった以上すべて諦めて後はずらかろうとした八幡だったが、暁法の発言に興味を持ち、耳を傾ける。

 

「ああ、ボノボやゴリラに敬語を使ったことは無かったな。まぁ今回は恥を忍んでやろう。……ンンっ、では平塚先生。勝敗の決した後にそんなものに従う謂れは云々というのも面倒なのですが。つきましては正式な書類を作成して頂いた後この場にいる四名の署名捺印を添えて各人が保管するというのはいかがでしょうか。」

 

「生徒同士の戯れにそこまでする必要は無いだろう。あまり意識せず、適当に......適切に、妥当に頑張りたまえ」

 

「そんなもの参加する気も無いもので。ただやれと言っているだけです。それさえ為せばガキのお守りを引き受けてやる、と」

 

好き放題言いまくる暁法を苦い顔で睨みながらも、平塚先生は対峙の姿勢を崩さない。

 

「拒否権はないと言っているだろう。精々部活動に励むことだ」

 

「そちらで提示した条件で、相手が呑んだ内容です。何よりこのままでは先生に一切リスクが無い。オフザケに付き合わせるなら相応の対価です。文面を決める段階になったらまた呼んでください。暇を探してまた来ますんで。――――っとハチ、行こうぜ」

 

「お、おう」

 

彼の性格を知る八幡ですら切り換えについて行けず、しどろもどろな返事で出口に向かう。

呆気にとられたままの平塚先生はしばらくぬぼーっとしていたが、ようやく事態を飲み込んだのか泡を食って拳を振りかざしてきた。

 

「何処へ行く、殴られたいのかヅ…ッグ…ッ」

 

鋭く繰り出される平塚先生の拳を、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…襲いながら言う台詞じゃないでしょうに……まぁ自業自得(正当防衛)ですね。―――で、お前も何か用事?」

 

雪ノ下は床に突っ伏した先生と、そうさせた人間を交互に見遣ると、信じられないといった険しい顔で詰問してきた。

 

「あなた…箍の外れた人だとは思っていたけど…自分が何をしているのか解っているの?」

 

「当然だ。[急迫不正の侵害]に対して、[自己又は他人の権利を防衛するため]、[やむを得ずにした行為]だろう? 俺としては騒がないお前の方が不思議だがな」

 

「ふざけないで。あなたは仮にも教師に手を挙げたのよ。問題にされて然るべきだわ」

 

「そうか、ならばここでお前と問答することは無意味だな。裁判所の召喚を待つとしよう」

 

「ッツ……! 待ちなさい!!」

 

「奉仕部の理念とやらを思い出せ、部長殿。『憐れなもの』はそこにいるぞ」

 

介抱という名の後始末を適当に押し付けてとうとうその場を脱出したふたり組は、傾きかけた陽の差す廊下をゲンナリと歩いて行った。

 

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇




弄った箇所はほとんどありませんでした。
サブタイは『第1条1項2号』みたいな感覚でお願いします。


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(1)ある始まり、挨拶と罵倒。3

同じく、分割再編集です。
初めましての方は少々驚かれるやも知れませんが、何のことはありません。
もとはひとつだったものをバラしただけのことです。


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「……にしても」

 

しばらく無言で歩を進め、いくらか心持ちに余裕が生まれた頃に暁法の呟きが漏れた。

どうやら先程までの出来事を反芻(はんすう)していたらしい。

その顔はやはり険しいものだった。

 

「あぁ?」

 

「いや、何だったんだろうな、アイツ。邂逅数分で無駄に強烈なキャラ立ててたけど。」

 

あの場では散々愚弄しておきながら、ちゃっかりと名前は記憶していたらしい。

よくあんな不毛な会話に付き合えるものだと内心舌を巻きながら、『邂逅』という言葉にふとした疑問を覚え、つい八幡の口を衝く。

 

「俺が知るかよ…てか、会ったことあんの?」

 

「ん? なに言ってんだハチ。お前がヘマしたときの相手、忘れたのか?」

 

「………忘れた」

 

「…………………」

 

まったくハチらしいと苦笑しつつ、暁法は説明を始める事にした。

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

 

 

暁法 説明中…
Now Explaining…

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

「あー、そんなこともあったな。唐沢さんがホクホク顔で飯奢ってくれたっけ」

 

「思い出すのはそっちなのか……」

 

「当たり前だろ。あの時はトリオン体だったから正直ダメージとか無かったし、病院で寝てたのも方便だ……」

 

「いい加減ウジウジすんな、目が腐るぞ」

 

そう言って、その先に続くであろう言葉と、舌打ちの意味を窘める。

 

「ほっとけ…手遅れだっての、今更」

 

「同じことだ、アレだってな……と、おーい琴時!」

八幡等が日常を過ごす2年J組の前で佇む琴時を視界に捉え、暁法は話を打ち切って声をかけた。

琴時(ことき)、暁法の最愛にして最後の家族。雪ノ下の超えられない壁。国際教養科であるはずの彼女が、何故か普通科の教室を訪れていた。

 

「あ、いたいた。兄さんに八幡も。どこ行ってたのよもう」

 

「ちょっと呼び出されてな、ってかお前ほど行動が読めないやつにどこ行ってたとか言われたくねーわ。この破天荒娘」

 

琴時を見たことで気を張るのをやめたのか、八幡はやや粗雑に返した。

 

私(シスコン)を前にいい度胸をしていらっしゃるようで、ハチさんや? 暁法はそんな呟きを零しながらもぐっと堪えて静観する。

 

「破天荒娘って…そりゃないよはちまん。神出鬼没って意味では並ぶ人いないくせに」

 

……悪ノリ合戦になる前に仲裁すべきかね、これは。そう感じた事で先刻より余程精神的余裕がある事に気が付き、やはり琴時は天使という結論を打ち出した暁法は仲裁に乗り出す。

 

「ほれほれ、止めだハチ。イラついてんのはわかるが相手が違う。琴時も、何か用事があったんだろ?」

 

本来は隊長である八幡のやるべき事なのだろうが、やはり先ほどの出来事は腹に据えかねるものだったらしい。暁法とて琴時を見てようやく快方に向かった程なのだ。小町成分の足りていない八幡のSAN値は推して知るべしというものだろう。

埒を明けようと、暁法はひとまず先を促すことにした。

 

「そうだったそうだった。さっき小町ちゃんから電話があって、嵐山隊が急遽出なくちゃいけなくなったから本日夜間担当を比企谷隊にお願い出来ないか、だって。」

 

「……毎度の事ながら、大変なんだなぁ……」 と、八幡も毒気を抜かれた様子でぽつりと呟いている。

 

「まぁ嵐山隊には今度いいとこの最中でも差し入れるとして、……肝心の防衛任務はどうする?」

 

「…流石にやってあげよう?」

 

「マジで社畜とかなりたくねぇな…」

 

意見は一致、という事でいいのだろう。

 

「よし、んじゃあ今日は空からってことで」

 

全員の意思を確認した暁法が、柏手のように手をパンと鳴らす。当人としては、コレでおしまい、としたかったのだろうが…

 

「……兄さん、何か嫌なことでもあったの?」

そうは琴時が卸さない。心配そうな眼差しが暁法の顔を覗き込んでいた。

 

「お、おう…何故にバレテーラ」

 

「そんな時には高い所、って言うより無理矢理にでも人の邪魔が入らない所に行きたがるでしょ? バレない方がどうかしてるって……そんなに嫌なことがあったらちゃんと言いなさいよ。今日は二人が上でいいから、さ?」

 

琴時によるリフレッシュ効果は凄まじいものだった。が、どうやら想像以上に苛立ちによる神経衰弱は大きかったらしい。始めはむしろ嬉々としていたはずだったのだがこのざまである。

精神が発散を求めていた。

 

「……ありがとな、そんじゃ甘えさせてもらう。」

 

「いえいえそんな、お互い様でしょ?」

 

「フッ、愛いやつめ」

 

「フフッ、愛い兄め」

 

まったく美しい兄妹愛だ。人類皆がこうあれば、間違っても戦争など起こるまい。

しかしこうして見つめ合っている彼等は「義」兄妹、似ようはずもない容姿である。

そんな二人を、傍から見る者は何に例えるだろうか。

 

詰まるところ…

 

「…そろそろ帰らねぇか? 義兄妹(バカップル)

 

…という訳だ。

 

「「なんかゴメン」」

 

「ギャグかテメェら」

 

――――様式美というヤツである。

 

「あぁ、そういえばしばらく部活に籍を置くことにした」

 

「はぃっ? どゆことよ!?」

 

「ん……まぁ色々あってな。ハチも一緒だ」

 

「え? 俺もなの?」

 

「はー……珍しい事もあるもんだね、まぁ後でまとめて聞かせてよ」

 

「愚痴にならんよう努力する」

 

「いや、あれは無理だろ」

 

3人は他愛もない会話を交えながら帰路についた。

 

 

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

 

 

とっぷりと日は暮れて、時計の針はそろそろ頂上で重なろうとしている。そんな夜更けに哨戒任務にあたる影が、三門市の星空を見上げていた。見上げる、と言っても地上からという訳では無い。

 

彼等の位置は、三門市内警戒区域。その上空を漂う飛行型トリオン造物の上。

 

琴時のトリオンを暁法が加工する事で産み出されたそれは、ボーダー唯一の航空戦力としてその実力を存分に発揮していた。

 

市街地でトリオン兵が滞空していれば大騒ぎだろうが、立ち入りが極度に制限される警戒区域はその性質上(トリオン体にとって暗がりが大した意味を持たないという事情を含め)夜間の明かりが極端に少なく、最低限の迷彩さえ施せばステルス性に問題は無い。また放棄地帯の意外な恩恵として、そこそこの都市部である三門市においても星が綺麗に見えるという役得がある。

一方で、ネイバーの脅威を軽視しがちな一部の好事家や、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

しかし、幾ら戦力を整えて準備万端待ち構えようと、ネイバーとは気まぐれなものであり、来る時は呆れるほど沸くし、来ない時にはとことん来ない。

つまり何が言いたいかと言うと、防衛任務にも暇な時はあるものなのだ。

 

「綺麗だが……暇だな……」

 

そう零す声の主と、暢気に歌を歌っている人影がいた。暁法と八幡のふたり組である。

昼の一件で蓄積したやるせなさを発散させる為、だだっ広い空の上からお仕事中という訳だ。

 

「Oh, I feel my soul burn again〜♪」

 

「オイ、ちょっと待て。翔べよそこは。輝ける日はどうした」

 

知っていた筈の歌が気付けば炎上していて、柄にもなく八幡はマトモに突っ込んだ。

 

著作権のセーフラインは見つけるのが難しいよね。

 

「あれ?ハチこの曲知ってたっけ」

 

「お前結構な頻度でそれ歌うからな。あれだけ聞けば覚えもするっての」

 

「ほほう?いいぞぉ、順調に染まってきたねぇ」

 

「別に嫌いじゃねぇからな、むしろ好きな方だ。歌詞がちょくちょく暗いところとか特に

 

「ジジッ……バチン!!」

 

……お出ましか?」

 

空間の軋むような、歪な和音。最早聞き飽きた異音の正体にアタリをつけながら周囲を観測していると、僅かなノイズと共に内線が開かれる。

 

「アーアー、テステス……んんっ、おにぃちゃーん、のりさーん。閑話休題だよ~。敵襲だぞ〜。座標誘導誤差、1.78! 現時点でバムスター4体モールモッド11体確認&増殖中(ェエーンドモア)!!こときおねーちゃんは別動だから多分問題ないけど、市街地が結構近いからね。サイレントキルお願いしまーす!」

 

「ああ」

「了解」

 

散発的な襲撃もあといくつか落ち着きを見せ、その頃には夜も明けるだろう。少し退屈を覚えながら、ふたりは躊躇なく飛び降りた。

 

 

 

 

 

 




という訳で、この話が一番短くなりました。
三段構成としてみれば案外まともかも知れません。文量のバランスだけ見ればですが。

というか、実践の描写がこれだけなのにしれっと馬鹿みたいな事書いてあるんですよね。
嫌われても仕方ないと思います。これからしばらくだんまりですし。
それでもそれを明かすタイミングも考えておりますのでご安心を。

それではまた次回で。


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(2)決別

人気ジャンルの力とはすさまじいものですね。


「ここですと人目に付きますが。」

 

その意味するところは相手方にも十分に伝わっていることだろう。

事実、険しい顔でこちらを見ていた平塚先生が息を吐く。

 

昨日の件だ。

 

それだけ言って背を向けた。昨日の時点で「こう」なることを予見していたふたりは、特に異議もなく後を追ってゆく。

 

 

特別棟の廊下、つまり生徒、教諭、用務員を問わず人の往来が途絶えた場所に差し掛かると、平塚先生はリノリウムの床をカッカッと鳴らし、暁法と八幡に向かいあった。

 

互いに互いを見つめ、しかし口は開かれず……いや、躊躇っている。

ある一方はどう来るのかと、もう一方は怖れから。

 

―踏み込むべきでないのでは―と、二叉路を前に立ち尽くす。

 

ひとつは真っ向勝負、ひとつは事なかれ。だが、平塚先生は前者を採るだろう。

 

「ひとつ…聞きたいことがある。」

 

「どうぞ」

 

先に声をあげたのは平塚先生だった。昨日とは違い戸惑いを見せて、訝しみながら、慎重に言葉を選んでいた。

 

「昨日、私を殴ったな?」

 

なんてことのない事実確認……なわけがない。

 

「…………………………それがなにか?」

 

「それ自体は構わない。甘んじよう。でも、私が聞きたいのはそこじゃない。」

 

暁法も八幡も、表情を変えず、ただただ聴き流す。聴き促す。

気がつけば、平塚先生の頬には冷や汗が一条這っていた。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()?」

 

そう訊ねる様子に余裕はなく、取り乱してすらいる。

 

「拳の感覚では無かった。掌底でも、まして暗器でもない。肝臓に貰ったはずなのに、衝撃は全身にきた。確かに痛みを感じたはずなのに、あざはおろか少しの腫れさえもない。そんなことがただ殴っただけで起こるはずもない。」

 

疑いは、言葉に連ねるうちに確信に至ったらしい。

 

「君は……君達は……」

 

まさか。という台詞ごと息を呑んだ先生は、遂にそれを吐き出そうとして。

 

「ボーダーなのか?とは言わないでくださいよ」

 

肯定とも、否定ともとれる、それでいて肯定のみを意味する言葉を以て、八幡がその先を遮った。

 

「許されるのは思うまでです、そっから先は…」

 

忠告も含め、敢えて言葉を濁す。

様々な思いが腹に落ちたためか、平塚先生は特別棟の天井を仰ぎ、溜息とともにこぼした。

 

「……四年前、という言葉の時点で察するべきだったのかもしれないな、私は」

 

「話はそれで終いですか」

 

暗に、帰っていいか、と問う暁法を、先生は苦笑しながら引き留めた。

 

 

場所を空き教室に改めると、先生は神妙な顔をして頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。

 

「すまなかった。事情も知らずに強引な真似をしたな」

 

「…そんなもの。さっさと本題に入ってください」

 

一瞬、言葉に詰まったのはただ驚いていたからだ。

まさか謝罪されるとは思いもよらなかった。予想外にも程がある。

 

「では、本題だが君達に頼みがある。概ね昨日のままだが、奉仕部へ入ってくれないか」

 

切り替えの早い先生はもう立ち直っている。

この辺りは年齢による経験の差がものを言うらしい。と、素直に感心してしまう。

 

「昨日お伝えした通りですが、ならば契約書を作成してください」

 

同じ条件をそのまま伝える。ここは譲れない、譲らない。

が、先生が首を縦に振ることはなかった。苦い顔が否と代弁している。

 

「……すまない、それはできない。それでは駄目なんだ。他の事なら最大限譲歩する」

 

「その内容次第です。先生の保身以外で納得出来る理由を教えてください」

 

八幡が、そして当然暁法も、理由も聞かずに「はいそうですか」と応えることは無い。

その理由如何では、或いは理念が崇高であってさえ、切って捨てることは吝かでないのだから。むしろ吝かでしかない気もする。

 

「直感でいい。君達から見て、彼女…雪ノ下雪乃はどう映る?」

 

「またえらく急ですね」

 

「答えてくれ」

 

「……独り相撲」

 

そうか、と呟いて暁法へと視線を移し、無言の内に問うてくる。

 

「イカサマ天秤」

 

八幡よりも抽象的に過ぎる解答だったが、自らの考えに沿うところもあったのだろう。

錆びついた様に重苦しく首肯した。

 

しかし、ふたりは再度驚かされることとなる。他ならぬ、平塚先生の言によって。

 

「これは君たちに対しても思っていた事だが、質こそ違えど、まるで病気の様だと感じていた」

 

 絶句。昨日のように冗談さえ挿む隙のない、本当の虚無。

 

その蛮勇を、無謀を褒め讃えよう。並ならぬ覚悟の上の舌と嘆息せざるを得まい。これまでの暁法らの用心深さを目の当たりにすれば、録音や録画に備えて然るべきであり、事実暁法と八幡はそれぞれが録音・録画をしていた。さらには、平塚先生もそれを悟り、備えていた節さえあった。その上で、つまりは不特定多数を前に、生徒を病気と中傷したのだ。

息つく暇さえ失ったふたりを前に、なおもその弁は続く。

 

「彼女は往々にして正しかった。ただし、それは社会的な、つまり普通の人の正しさではなかったんだ。……杜は、さきほど”イカサマ天秤”と言ったが、それはある一面では正しいのだろう。秤に掛けるものが人と違っただけだからな。」

 

同情には値しうる。それは、自ら優越の裏返しでもあるが。

 

「現実の倫理観が彼女の様な正しさを産んだ筈なのに、現実は正しくある必要が無かった。苦しんだ事だろう、苦しんでいる事だろう。そして、苦しむ事だろう。私は……そんな彼女を助けたいのだ。決して救うでなく、助けたい。」

 

「それで? 今の内容に俺らが関わる謂れが何処にあるんです」

 

心情の問題に会話がシフトしたところに、暁法が待ったをかける。

 

「先ほども言っただろう?私は、君達も病的と感じている。同じ様な君達に対しても彼女は有効な相手だと考えていたんだ。あっさりと流されてはしまったがね」

 

そう言って憂えた笑みを見せる姿からは、暴君じみた昨日の様子はとても窺えない。

遠い所で、それに、という声を聴いた気がして、再び意識を取り戻す。

 

「幸いな事に、私は職責という言葉でもってお節介をやくことができた。とは言え、今のところ上手くいっているとは言えないがね。我々教員がよく口にする『生徒の自主性』というお題目に反する事にはなるが、近頃の問題児は優秀なのが多いからな。せいぜい高校生の今、この時期から、社会に合わなかった。というだけで埋もれさせてしまうには惜しいじゃないか」

 

「昨日も言ったように、君達は本当に完成に近い人間だ。きっと私よりもずっと、な。矛盾だろうが何だろうが、自分で考えて腹の中へ収めてしまえる。だが、だからこそ生徒然としていない。そうあるべきだとは言わんが、そうあって欲しい。勝手な願いとは理解しているさ。」

 

「それに、君達の様に強い人間ばかりでもない。彼女自身は否定するだろうが、雪ノ下がその例だ。彼女は、君達のように隣に居る者に恵まれなかった。その結果が世間一般から捉えた偏執、偏重、偏屈の自縄自縛だ。そんな彼女に、救いなんてなくとも、助けがあって何が悪い。(正しさ)だけが全てじゃないと、息付く暇を与えてやらなければ、それこそ正しさなんてお伽話の産物になってしまうだろう」

 

決して大きくはならない声で、最後は嘆く様に言葉を吐き出す先生は本心から願っているのだろう。国語教師らしい饒舌さを何度も(つか)えさせながら独白するその姿は、きっと美しいものだった。

 

あの女、雪ノ下雪乃の闘争への助太刀を。或いは、逃走への先立ちを。

 

それをしてくれと、彼女の『先』を知るものに託そうとした。

 

「……ひとまず、事情は伺いました。契約書類を拒む訳も、あくまでも学校生活の一環でないと助ける事にならないからという性質も把握しました」

 

慮外に驚かされた事が原因で、または昨晩の寝不足が祟ってか、八幡は未だに考えを纏めきれずにいた……いや、それでは多少の齟齬が生じよう。

 

()()()()()()()()()()()()

 

転んでもタダでは起きない為に、対抗策は昨日のうちから練っていた。問題は、その帰結へのハシゴの架け方。コレばかりはアドリブだ。

 

しかし残念ながら、現状のコンディションでは最優の結果を弾き出すことは難しい。

八幡は、これまで頑なに沈黙を守っていた暁法と交代を申し出た。

 

「……わりぃ、ちょっと眠過ぎて朦朧としてきた。ノリ、パス」

 

そう言って適当な机に突っ伏して寝息を立て始めた。

 

「……はっ? ちょ、比企谷?」

 

余りの出来事にポカーンとしていた平塚先生だったが、もうひとりこの場にいたことを思い出し、壁にもたれて居たそいつに目を向ける。

 

「お、おい……杜?」

 

動きがないことに不安を覚え、顔を覗き込むと。

――果たして、彼は眠っていた。

 

「えっ」

 

スヤスヤと眠る生徒ふたりと、先ほどまで重い告白をしていたはずの女性教師。

 

「はは……私の覚悟はなんだったんだ……?」

 

途方に暮れた平塚静は、杜妹を呼び出す事にした。

 




感想を頂いて少し触れましたがここでも一言。
原作と違う物語である時点でアンチタグは避けられ得ぬものであると覚悟しております。
しかし、『原作とは別物である』からといってそこに必ずしもヘイトが伴うかと自らに問えば、また勝手ながら「それは違うのではないか」とも思うのです。
とはいえ、作者がいくら己の内で結論を打ち出そうともそれもまた仕方のないことでしょう。喋るのはキャラだけ……という事です。
そこで読者の皆様に力をお借りいたします。
どうぞこれからもお付き合いの上、『これは○○だ』と感じてくださいませ。
それをお楽しみいただけたら作者冥利に尽きるというものでございます。
それではまた


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(3)ノータリンどもの作戦会議

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。12巻発売おめでとうございます。
さて、私ですが結局買えず終いでこれを投稿しております。
次話までには読破できるでしょうか……怪しいところです。


――昨晩、比企谷八幡・杜暁法らが、防衛任務に赴く少し前の事である。

 

「ノリ、入るぞ」

 

ノックとともに入ってくる八幡を、ほうじ茶の香りが迎え入れた。

 

「おう、お疲れー」

 

彼等が集まったのは、先ほどの【奉仕部】関連のなんやかんやへ対策を講じる為であった。

そんな彼等の現在地は、自宅(兼支部)の一室。暁法のプライベートルーム。

本来、集まるだけであればリビングでも良いのだが、今回は妹達を巻き込んでまでどうにかしたい内容でもなかったので、こうして不可侵領域(詳しくは共生法参照)を盾にした形だ。どのみち隊室ないし。

なぜ隊室がないかと言うと、比企谷隊はボーダー本部に隊室を持たず(正しくは持てず)、かと言って他の支部に属するわけにも行かないので、隊員各自の給料と『司』からの援助、そして鬼怒田さんの技術提供によって比企谷支部と呼べる砦(兼自宅)を構築している。

もちろん、幾らA級部隊だからといって、高々高校生風情がそう易々と家を建てられる訳では無い。

そこが警戒区域内でもない限り。

 

そう、警戒区域。彼等の住居は危険の一等地にあった。

 

――閑話休題――

 

「で、さっそくなんだけどさ」

 

寛ぎもそこそこに、暁法が身を乗り出す。

 

「ああ……奉仕部についてだろ? 正直なところ全く気が乗らないんだけど」

 

当然といえば当然の話、誰だって毎回喧嘩をふっかけてくる奴なんかと顔を合わせたくないだろう。それを毎日ともなれば、尚更である。八幡の反応は無理からぬものであった。

 

「まぁまぁそう慌てなさんな。そこで今回の話ってワケだ」

 

暁法もその辺の所は織り込み済みで計画を固めたのだから抜かりはないのだろう。湯呑みをテーブルに直すと、ニンマリとして青写真をひきはじめた。

 

「つまりだな、俺達の『任務』あるだろ」

 

「ああ」

 

「そこを奉仕部巻き込む事で結構バレにくくなるんじゃないかなって。ホラ、どうしたって『偶然』にも限界があるじゃん? 学校に遅くまでいたって不自然じゃなくなるし、接触が楽になるのは言わずもがな、おまけに知名度だって無いに等しいときた。雪ノ下(アレ)を除けば優良案件じゃねェ? コレって」

 

「えー、お前はともかく俺面割れてんじゃん。働きたくない」

 

「本音ダダ漏れじゃないかーい」

 

呆れた表情は抑えられなかったが、まぁいつもの事かと納得して話を進める。

 

「お金の掛かってる真っ当なお仕事だ。どうせやらにゃあいかんのよ」

 

八幡の説得方法は大まかにふたつ。小町関連とお金関連である。今回は妹達を巻き込まない前提での話なので後者の方法を採った。

 

「はぁ……まあ給料出てるしな。お互い災難だと思えば少しはマシか」

 

深い溜息をつく八幡の口から『ノー』という言葉は出てこなかった。

 

あっははは、案の定。こう言ってはなんだがやはりチョロい。どう見てもチョロ谷チョロ幡です本当にありがとうございました。こういうところがあるからこそ、ボッチであっても信頼されるのだろうなぁ。

 

暁法はしみじみと想いながら微笑みと言葉を送る。

 

「ハチがやるんだよ」

 

…………?

 

わずかな傍白、つまりは沈黙があった。続いて驚嘆の声。

 

「…………ハッ? チョふざけッ!? おいノリテメェなにひとりだけバックレようとしてんだよ!」

 

「ハハハッ、ハチが学校内。俺と琴時が学校外。いやぁ我ながら素晴らしい発案じゃないかねコレ!」

 

本当に何が気に入らないというのか。

 

そう憤慨さえしてみせる暁法だったが、八幡の剣幕には及ばなかった。

 

「お前は妹とデートしたいだけだろうが。認められっかこんなもん!」

 

「ああそうだよ! 文句あっかゴラァ!?」

 

「ありまくりだボケ!!」

 

――その後は両者共売り言葉に買い言葉。どちらが犠牲となるかを巡って、それはそれは醜悪な争いがあった…………とだけ言っておこう。なんにせよ、ふたりの入部は確定したのだから。

 

 

 

 

 

さて、馬鹿馬鹿しい昨夜の喧騒を思い返しながら、ふたりはいい加減現実と対峙する覚悟を決める。

目を覚ませば、何故かベッドに寝かされていた。

どうにも平塚先生の話を聴くうちに、ふたり揃って睡魔の餌食となったらしい。微かに残る最後の記憶をどうにか呼び覚まし、状況の整理を試みたものの、自身の現状は全くといっていいほど掴めなかった。かろうじてここが保健室である事くらいは理解したとはいえ、それ以外は何もわからないに等しい。

自分たちの目論見通りにいかなかった事実は受け止めざるを得なかったが。

 

「どこでミスったんだかなぁ…………」

 

「そりゃあ、面倒事があるってわぁってんのに、ほぼ徹夜した事でしょうよ……」

 

八幡の愚痴とも問い掛けともつかぬ言葉に、ゲンナリとした答えが返される。目的を前に眠ってしまった事が恥ずかしいやら情けないやらで、しばらくはふたりともただ押し黙っていた。

こうして自己嫌悪に陥っていたが、踏ん切りをつけるべく暁法は身体を起こして靴を履き始め、八幡は欠伸をひとつしてから「帰るか……」と力なく呟いた。哀愁を感じさせる光景ではあったが、やっていることは実に滑稽極まりない。

もぞもぞと動き出すなかで、八幡の目にふと『何か』が留まり、手に取ってみる。どうやら書き置きらしい。綺麗に折り畳まれた用紙には『平塚より』と書かれ、ご丁寧に宛名までもが添えられていた。

 

このまめさを日頃から発揮してさえいれば、普通に結婚できるんじゃないかあの人……。

 

という感想をそっと胸にしまって、宛名のもうひとりに声を掛ける。

 

「おいノリ、コイツ見てみろ」

 

いそいそと支度を整える中で、発せられた声が暁法の動きを止める。

視線をやった先には、八幡が恐る恐るといった顔で件の『書き置き』を摘んでいた。

 

「見なかったことにしよう」

 

何も言われぬうちから結論を急いだ暁法だが、『諦めろ』と八幡の視線が語っていた。こころなしか、目の濁りも普段より酷い気がする。

アイコンタクトによって、というか何も言えずに押し黙っていただけだが、お互いに諦めて進む決心はついていた。特に暁法は『どうせやらにゃあいかんのよ』と言った手前もあり、自らの首を締めざるを得なかったのだが。

 

「『沈黙は金』っていうのは本当らしいな?」

 

八幡はその辺の微妙な心情を理解しながら、かといって斟酌する気もないようで、ここぞとばかりに憎まれ口を叩いてきた。これから来るであろうストレスを前晴らしと言ったところだろう。苦い顔の暁法を見て気色(けしき)の悪い笑みを浮かべている。

 

「うるせぇ、金本位制はとっくに終わったよ」

 

いい加減うざったいのか、「さっさとすませちまおう」と続けて呟くと、そのまま八幡の手から『書き置き』をひったくっていく。四つ折りにされていた紙を無造作に開くと、暁法は自分の浮かべていた仏頂面がひくついたのを感じていた。あれほど折り目正しかった筆はどこへやら。A4判の紙一杯に書かれていたのは一言だけだった。

 

職員室に来い。

 

 

 

 

 

もうほとんど陽は落ちていた。完全下校の時間を迎えていないとはいえ、流石に学校も人の往来を想定していないのだろうか、光源の乏しい廊下を一路職員室へと向かってゆく。

昼間あれだけの喧騒がありながらも、人を失えばこうも暗い雰囲気を醸す校舎は、まるで別物のようでもあり、どちらにせよ好きにはなれないものだろう。歩調は自然と早くなっていった。

 

「ようやく起きたかね。大バカ者どもめ」

 

ガラガラと音をたてて扉を開けると、職員室を独占している平塚先生がいた。寂しげな苦い顔から察するに、居残りをさせてしまったらしい。自分らの失態が招いたことだと思うとまことにいたたまれない。

 

「うす……すんませんっす」

 

「まったくだ、バカ者」

 

口は悪いままでも怒ってはいないようで、柔和な顔でこちらを見ている。

 

「だが、正直安心したくらいだよ。君達もあんな風に弱点を晒すことがあるのだな。『完成している』というのは取り消そう。君らも、完璧に見えて歳相応の高校生だ」

 

「完璧ならこんな事に手間もかけませんでしょうよ……」

 

「貴様は初めから寝ていただろうが」

 

暁法に向けて呆れた口調で苛むと、咳払いをして雰囲気を改めた。

 

「……よし、話を聴こうか。私が何をすれば君達は奉仕部にいてくれる?」

 

「じゃあ、俺から……」

 

そう言って八幡が前へ出た。

 

「こちらからの要求は三点です。まずひとつは拘束される時間についてですが――――――」

 

 

 

協議は遅くまで続き、ほぼ全面的に比企谷八幡の主張は受け入れられた。

こうして彼等は、奉仕部の一員となる。




今回は意図的に話のテンポを悪くしてみました。メリットは特にないのですがどうでもいいところをダラダラと書きたかったのです。
さて、本編ではこれをもちまして『強制入部編』が終了致しました。導入に3話かけるのは原作がなければやろうとも思わなかったことでしょう。以降では『初めての依頼編(仮題)』と銘打ちまして由比ヶ浜を登場させようかと思っております。『編』となるほど続くのかは未定です。
最後にお気に入り登録していただいた39名の方々に、そして読んで頂いた全ての方々に御礼申し上げます。

それでは次回もどうぞよろしく


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由比ヶ浜、襲来編 (1)霖雨蒼生、あるいは遼東之豕

この男、意思薄弱につき

活動報告に載せた予告を大きく超過しての投下となりました。すみませんでした。
トロトロ言葉を弄るのも楽しいのですが、宣言した以上は遂行するよう努めます。
推敲も楽しいのですが。


……すみませんこういう所ですね。やってる本人は凄く楽しいのです。



 

辞令

 

そんな仰々しい伝達が届けられたのは、昨日の夕刻。つまり八幡等が爆睡中の事だった。

その後のゴタゴタも相まって、それを部隊揃って受け取ったのはだいぶ遅くなっての事だったが。

曰く、『比企谷八幡及び比企谷隊隊員は任務の暫時的引継ぎを完了次第即刻本部へ出頭すべし』という。

 

『戦争』にまともな集団行動も出来ない中高生を動員するような呆けた奴らというのは、どういう訳かこうした『軍隊ごっこ』が好きらしい。

 

口にこそ出さないものの、暁法は心中嘲笑していた。

別にそこまで練度が低い訳でもなく、また彼も真っ当な隊員ではないとはいえ、同じ穴のムジナだというのに、そこの所はまったく棚に上げているらしい。本人からすればちゃんちゃらおかしいのだが、そもそも彼もボーダー(ここ)では『兵隊』に過ぎない。

大人しく、恭しく、慇懃を気取ることにした。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「報告を聴こうか。比企谷隊長」

 

大きくはないが、確かに会議室を占める声が響く。(いかめ)しい雰囲気を醸しながら中央に座すボーダーの最高権力者、本部司令・城戸正宗は冷淡な声で報告を促した。

重苦しい空気の室内では(どよめ)きひとつないが、固唾を飲んで見守る影はひとつではない。

ボーダー本部所属、本部長・忍田真史。

同所属、開発室長・鬼怒田本吉。

同所属、メディア対策室長・根付栄蔵。

同所属、本部長補佐・沢村響子。

玉狛支部所属、支部長・林藤匠。

以下各支部長クラスの面々。

この会議室には、今まさにボーダーの中枢が集っていた。唯一欠けているのは外務・営業部長の唐沢克己くらいのものか。

 

「うす……」

 

だというのに、その濁った目の男には、些かの緊張もピリッとした空気も見られず、とてもこれから重大な報告を行う者には見えない。特に気負うこともなく、どこまでもダルそうにその口を開いた。

 

「前回の報告から今回までの2カ月間、対象『J』について不審な点及び目立った行動はなし。コンタクト6回。いずれも不可抗力的なもの。『J』からのアプローチ13回。すべて回避。また、この間の襲撃は7回。うち6回はただトリオンに惹かれた散発的なものと推測。ただし一度だけ探りを入れるようなものがありました。当時は『J』を狙ったものかの断定には不十分と判断。以後常時5人の警戒態勢に以降。2週間ほど経ち変化がなかったため別の目的と推定。以後通常通りの警戒に変更です。現在は『司』の協力を得て……」

 

「もういいわい!」

 

つらつらと淀みなく続く語りを鬼怒田開発室長が遮った。もはや我慢の限界と、血圧に悪そうな剣幕で怒声を飛ばしている。

 

「そんな事はこれまでの報告書で分かっとる! 今更そんなことに時間を取らせるでないわ!」

 

鬼怒田部長の指摘に便乗する形で、いくつかの支部長からも讒謗が発せられた。

 

「えぇ……言うことなんてこんなもんなんすけど……」

 

まさかのダメ出しに多少怯んだのか、言葉を濁らせつつ答える八幡。どちらにせよ、自身の報告書を剽窃しただけの内容に上層部の面々が納得するはずもないのだが。

まぁそれはそれとして、コミュニケーションが取り立てて苦手な八幡にとって他人との円滑な言語上の意思疎通を求める事はなかなかに難題と言えるだろう。その場が『上層部会議』と『任務』とに関わらず。

 

「ち……」

 

「まぁ兄に碌な日常会話求める方がどうかしてると思いますけどねー」

 

「中傷だけが目的の発言は控えてもらおうか」とでも言おうとしたのだろう。

そんな忍田本部長の言を押し止めて、誰かの思いを代弁したような声が後方、正確には後ろに控えていた小町から聞こえてきた。

 

「ちょっと小町ちゃん? それホントにお兄ちゃんのこと弁護してる?」

 

言葉の上でこそ兄を小馬鹿にしていても、その表情に笑いはない。どうにもブラコンの気が強い比企谷小町は、かといって腹ただしげにするでもなくむしろオドオドとした様子で立っていた。

その姿はまさに『健気』そのものであり『兄に向けられた叱責をどうにか和らげようと健闘する心の優しい妹』のあるべき姿であった。

と、錯覚させるのだから、女性とは恐ろしい。

小町の行動はボーダー上層部という男性社会において絶大な威力を発揮する。現に、鬼怒田部長を始めとして各支部長クラスのおっさん共は篭絡されたも同然の情けない面構えを垂れ流しているのだから。

……ネイバーがハニートラップを使わない事を全力で祈るほかはない。

 

これはひどい。

 

思わず零れた暁法の呟きが、その場のすべてを至極真っ当に表している。

琴時は小町を抱きながらお芝居の助演、城戸司令は真顔で推し黙り、斜め手前で苦笑する忍田本部長。その後ろで特に顔がやばいことになってる沢村さんと、正面からそれを目撃してガチで引いている根付部長。その場で唯一沈痛な顔をしているのが八幡という有様であった。

自身のキャラクターを把握している者の演技とは斯くも恐ろしい効力を持つものなのだ。本人も好きでやっている訳では無いとはいえ、トラウマとも呼べるほどに嫌う行いとはいえ、今回はブラコンが勝ったから『こう』しただけのこと。

八幡の表情は、それを理解していて頼っていることへの自己嫌悪と、純然たる感謝と、なんにせよ混迷した感情故のものだろう。

 

「……それで、それ以上の進展はないと見ていいと?」

 

あまりの光景に耐えかねたのか、それとも呆れ果てたのか。

城戸司令が問いかけると、言葉とはならなかったざわめきも瞬く間に収まりを見せる。

 

「特には」

 

短く答えた八幡をしばらく見つめて(傍目からは睨んで)から焦点を一歩奥へ滑らせると、今度は暁法へと言葉をかけた。

 

「『使者』殿からはなにか」

 

「こちらからは特に」

 

暁法の言葉にピクリと眉を寄せて、動きを止めた。言わんとすることはしっかりと伝わっているに違いない。

 

「では、比企谷隊の一隊員として何か言うべき事はあるかね」

 

当意即妙とは素晴らしい。こちとら使者として変なことは口走れない分、こういった所で察してくれる城戸司令はストレスがなくていい。

 

「その前に他3名の退出をお願いできますか。これ以上は差し障ります」

 

「……いいだろう、下がりたまえ」

 

相手の行動に満足しながら、報告を始めにかかる。

 

「さて、先だっての件ですが、仮に露見しても問題ない状況の確保に成功しました。今後は段階を踏みながらそちらに拘束する予定です。あくまで時間的にですが」

 

突然の報告は、にわかに会議室を賑わせた。無意味な驚愕の声が殆どだが。

とはいえ、ある程度まともな反応もあるようで、他の雑言を踏み越えて詰問がなされた。

 

「なぜ今まで黙っとった!? 貴様等に裁量を与えはしたが報告する位は当然に決まっとろうが!」

 

「鬼怒田部長の仰る通りですねぇ、事実『問題ない状況』を判断するのは難しい問題です。連絡のひとつもあって良いのでは?」

 

「お言葉はもっともですが、その状況を確保したのはつい先刻です。報告の遅れを指摘される程のものではありません。勇み足は辞めていただきたい」

 

いくらかざわつきも収まったタイミングで、忍田本部長からの質問も飛んできた。

 

「肝心なその『状況』というのは?」

 

「奉仕部という高校の部活動を使います。『部活動』を謳っていますが実態は非公認の同好会規模。必然的に活動の場所も人の意識から外れた所に。自分らを除く唯一の部員はスポンサーである雪ノ下建設の御令嬢です。有事の際にも十分な対応が可能であると同時に、情報統制にもある程度融通が効く事も利点と判断しました」

 

「とはいえ、学校の設備を使う以上は教員の監督があるのではないかね」

 

「むしろ顧問との交渉でこの条件を成立させています。不介入は確約済みです」

 

眼光鋭く問う司令に追従する形で質問は重ねられる。

 

「私からも加えさせて貰えば、スポンサーの御令嬢がいる空間でというのも好ましくありませんねぇ。幾ら君達が優秀とはいえ、物事には必ず『まさか』があるものですから。リスクを考慮すればとてもメリットが勝るとは言い難い。暁法君の言う『契約』もどこまで信用に足るものかは怪しいのでは?」

 

まともな会議の体を成し始めたことを喜ぶべきか、尋問めいた諮問にウンザリすべきか。

やや厳格な雰囲気を持ち始めた室内に向けて、暁法はしれっと、同窓会の場で結婚報告でもするかのような調子で宣言した。

 

「自分達は、あなた方の認可を求めに来た訳ではないのです」

 

ともすれば、組織全体への裏切り行為とみなされかねないというのに、屁でもないと言わんばかりの高慢な弁は止まらない。事態を把握しかねている上層部を前に、文字通り独壇場が始まった。

 

「すべての手筈は既に整え済みです。対象の『身辺警護』は我々比企谷隊が請け負います。介入は一切御遠慮いただく」

 

静寂と、ひと足遅れた憤激の嵐。

 

「いっ……いい加減にしなさい!」

「この会議をなんだと思っているのかね!」

「話にならん!」

「降格だ! 降格! 厳罰を下せ!」

「司令! なぜここまでコケにされて黙っておられるのか!」

「出て行け! 護衛はこちらの部隊をつける!」

 

誰が何を発したのかさえ判別不能な程に、その場にはただただ怒りが渦巻いていた。

たかだか高校生のガキ如きに嗤われた怒り。ボーダーの能力を軽んじられた怒り。単に腹に据えかねた憤り。

そんな様々な激情がたったひとり、暁法へと注がれていた。

現実的な話として、幹部らの怒りが不当と言うには余りに暁法の態度は尊大にすぎる。()()()()一部隊の一隊員として見れば、降格どころか正隊員の資格剥奪、もしくはボーダーからの永久追放も免れ得ないほどに。

しかし、譲るつもりは毛頭なかった。雑音など意に介さず、自己の理念のままに立ち振る舞わねばならない。

 

―揃いも揃って―そう小さく吐き捨ててから前を向く。

 

「そのくだらない面子の張りあいで、街を倒壊させかけたことをもうお忘れか」

 

その発言を正論と捉えるか、逆ギレとか捉えるかは微妙な所だろう。何しろ、それだけの前科がある。

 

「事の発端は全てボーダーの失態にある。今更どうこう言われようとも説得力の欠けらも無いでしょう」

 

「………………それでも、資本提供者に対しては最大限の配慮をすべきだ」

 

絞り出すように言ったのは誰だったか。趨勢が自らに無くとも、ただ徒に手綱を奪われる事だけは避けようとした反抗を見せる。力ない言説に同乗する形で、いくつかの「そうだ」という声が重ねられた。

 

「ならば下手に部隊などを送り込まないことです。我々は何者であれ、脅威は撃退する。それが仮に『内部抗争』などであれば、スポンサーの眼前で組織の不全を晒すことでしょう。対してそれが敵であったなら、ボーダーの活躍は新鮮な実感を持って支援者の知るところとなる」

 

せいぜい『万全の備えがある』とでも吹聴しておいてください。と締め括った。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「なんっつーふてぶてしいやっちゃなぁ〜」

 

暁法が退室してからの第一声は、林藤匠によるものだった。ははは、という軽薄な笑いは、彼がこの場で数少ない冷静を保った人間であることを示している。

 

「事実我々が信用に足らないのだろう。彼が、というよりも彼の『親』が」

 

忍田本部長の言葉は、その場の誰もが正確に理解できた。そして、理解せざるを得なかった。

そもそもボーダーとは、特例法により日向を歩くことの許された組織であるとはいえ、どこまで突き詰めてもただの民間の結社に過ぎないものである。今も資金繰りの為に奔走する営業部長の功績がなければ、とうに破綻していてもおかしくはないのだ。

現在ボーダーの活動資金は、主に企業戦略に則った『平和を守る活動への貢献』というイメージアップの為、または『トリオン』という未知なる技術への好奇心という野心からなる拠出で賄われる。

そして拠出金の割合でいえば『唯我』という一強がいる。ボーダーがもしも一般企業であったならば決定権は既に唯我に渡っているほどにその影響力は強大なものだった。

資金の面で見ると二番目に大きなスポンサーは『来馬』である。鈴鳴支部の提供や、子息の戦力としての貢献もあり、上層部からの信頼という意味では『唯我』を凌ぐほどの関係を構築していた。

昨年春頃から参入し始めた『雪ノ下』も金銭的割合に限れば他の勢力に及ばないものの、地元への強固な地盤と同家所有の雪ノ下建設により貢献度で見れば部分的に『唯我』や『来馬』を上回り、実質的な次点につける。

こうした『御三家』の勢力と残り有象無象の小規模なスポンサーで成り立っているのがボーダーの台所事情と言えた。

 

金に限れば、だが。

 

例えば、株式会社や合名会社への出資に施設や設備という形態を採れるように、ボーダーへの出資とは金銭的なものに限られないように、『来馬』や『雪ノ下』という実例があるように。

 

『戦力』もまた、間違いなく資本と成りうるのだ。

 

そして先程暁法が言った『スポンサー』という話の喩えには、肝を冷やした者が大半だったろう。

なにせ暁法と琴時とはボーダーにとって最大の『現物出資』。そしてその後見人は、既にボーダーを快く思っていないからだ。

 

「城戸さん、しばらくは彼等に任せませんか。交渉で取り付けた条件ならば履行に一番適しているのが比企谷隊であることは間違いない。余計なしがらみに囚われずに動ける部隊はそう多くない」

 

少なくとも、今これ以上の策はないと信じた忍田本部長は、表情を変えないまま(恐らくは襲撃の算段を立てているだろう)城戸司令に向けて妥協を申し込んだ。

 

「ネイバーの根絶がボーダーの使命だ。我々は脅威が存在する以上、何時でも殺せなければならない」

 

「『契約』を蔑ろにした者を相手に彼等が情程度で揺るがないことは知っているはずだ、城戸さん。刃は我々に対しても向けられている事を忘れるべきではない」

 

主義主張が鎬を削り、平行線を辿るかに見えた会議は、ある男の闖入によりまた議論の方向を変えた。

 

「やあやあ皆さん、お揃いで」

 

「迅?」

 

突如現れた男を見て、幾人かがその顔を歪ませる。

男の名は迅悠一といった。

自称実力派エリートにして、ボーダーにふたつしかない黒トリガーのうちのひとつ、『風刃』の適合者にして所有者。おまけに彼の持つ未来予知という唯一無二のサイドエフェクトはボーダーに多大な恩恵をもたらすと同時に、誰も彼の行動原理を知れないのに重要な役割を担っているという底知れぬ人材でもあった。

ついでに言えば、趣味を暗躍と公言(というのもおかしな話だが)して憚らない人間は、パニック一歩手前のこの会議においては最も見たくない相手だろう。彼を見て表情を曇らせるのも当然と言える。

タイミングが良すぎる、と言うのが総意だった。

 

「林藤支部長……この会議は秘匿するように言ったはずだが……?」

 

最高権力者からの冷たい眼差しを受けてバツの悪い顔を浮かべるボスを前に、招かれざる客は悪びれる風もなく立っていた。

 

「あー城戸さん。そう玉狛のボスを虐めないでやってよ。俺がこの会議を『視た』のはついさっきの事だ。漏れたのはボスからじゃない」

 

もう少し早く視てたら仕込みようもあったんだけどねー。と、ぼんち揚をボリボリとやりながら呟く姿からは、とてもボーダーの中枢戦力とは分からないだろう。

胡散臭くも有用な人間とは実に扱いの悩ましい人種だ。

 

「何をしに来た、迅。何を企んでいる」

 

「やだなぁ、おれはそんな大した事は考えてないよ。ただ城戸さん達にとっても悪い話じゃないから、ここで切っちゃうのは勿体無いよって言いに来ただけ」

 

「悪い話じゃないだと? ネイバーを好きにさせておくことがか?」

 

「大丈夫だよ、あいつらはしっかりと役目を果たすさ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

日頃の行いはまあともかく、サイドエフェクトに限って言えば、城戸正宗は迅悠一を信頼していた。

未来を『視た』彼の行動が、自分にとって少なからず利益を生むであろうことを、少なくとも不利益にならないことを。何よりも、その『暗躍』が懊悩煩悶した末の結論であることを。

故に、たった一歩。ほんの少しの譲歩を引き出した。

 

「……いいだろう。『J』の身辺警護は比企谷隊に一任しよう」

 

「!?」

「司令!?」

 

慮外の言葉に、城戸派の面々から悲鳴にも近い驚嘆の声が漏れた。

しかし、譲歩とは互いがして初めて成り立つもの。今度は城戸司令が要求を繰り出した。

 

「ただし、本部長預かりとなっている『F』の身柄はこちらに引き渡してもらう」

 

「ッ、城戸さん! 何をするつもりだ!」

 

「落ち着きたまえ忍田本部長。待遇も立場も変わらない。我々に協力をする限り安全も保証しよう」

 

「……うん、それが聞けたら安心だ」

 

最後に柔らかな笑みを浮かべて囁くと、その場を後にした。

 

「では、これで会議を閉めるとしよう。聴いての通り、『J』は比企谷隊専任、『F』を城戸司令へとなった。関係する各部署は即時調整に取り掛かってほしい」

 

緊張の連続から解放され弛緩し始めた空気を許すまいと言葉を吐いて、忍田真史は『よろしいですね』と視線で問う。

 

「ああ、構わない」

 

「それでは各員の篤実を期待して、解散とする。以上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう遠くない未来、この会議はボーダーにとって確かな価値を産むことになる。

 




はてさて、物々しくも何処と無く空気感の抜けたワールドトリガーの世界観を意識してみた訳ですが……ヘイトと捉えられかねない文章になりましたね。『J』『F』等々オリジナル展開もそろそろ組み込もうと考えた結果にございます。
ちなみに並び的に『K』を作りたくなったんですが特に浮かばなかったので当初の予定通り『M』にしようと思います。

なんにせよ『作者の口語に力無し』という事で皆様に評価はお任せ致しますが、お楽しみ頂けましたら幸いでございます。

各話毎に更新の間隔は長くなるばかりですが、今後とも自己満足に励む所存でございます。
『仕事じゃないから真面目にやる』とはどこぞの誰かも上手いことを言ったものです。

それではまた

平成29年10月2日【追記】
忍田本部長のセリフ
「肝心なその『状況』というのは?」
という質問に対した暁法の回答の際、一部文脈にそぐわない矛盾を発見いたしました。

以上訂正した旨報告します。


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(2)端書。風邪引きの口授

自分の好きな動画シリーズに某知的風ハ〇トさんの『ゆっくりクソ映画レビュー』という有名なものがあるのですが……
最近『ゆっくりクソSSレビュー』というものがあれば載れるんじゃないかとよくわからない期待をしています。
どうせ作るなら突き抜けた駄作を作りたいものです。

タイトルは『かぜひきのこうじゅ』



 

「ドーモ、部長サン。コンニチハ。本日ヨリ部員トナリマシタ、杜暁法デス」

 

「同じく2年F組の比企谷八幡です」

 

平塚先生と八幡の熱き語り合い(≠物理)にけりがつき、上層部の会議で手袋を叩きつけ。

遂に、或いは終に、暁法は晴れて奉仕部の一員となった。もちろん八幡も道連れに。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

嵐のようなひと時を耐え、なんだかんだと翌日の授業を終え、ホームルームを無難にやり過ごし、(何故か平塚先生の『御見送り』付きで)奉仕部へと向かい。

そんなこんなで、今まさに『着任』の挨拶をしているのだった。

……敢えて繰り返すとしよう。『入部』ではなく『着任』。

彼等は『お仕事』でここに居た。例え、それに自己暗示以上の意味は無いとしても。

一応、名目としては入部である。しかし裏では平塚先生との密約が結ばれており、先生がいくつかの要求を飲む対価として、こちらも奉仕部で雪ノ下雪乃を『助ける』事になっていた。

のだが……しかしまぁこの部長さん、実に可愛げがない。いや、見目の麗しさで言えば申し分どころか、彼等がなにか言おうともそれはただの僻みに過ぎないレベルなのだが……。

それにしたって口が悪い。100人が彼女と会話したとしたら90人は不快に感じるだろう。9人位は泣き出すか、殴り掛かるかするかもしれない。残りの1人は変態だ。

そんな評価をこちらにさせながら『口汚い』と言わせないのは卑怯じゃないかとも思うが、事実スラスラと暴言を並べる様さえも気品を感じさせるのだから。まったく、始末に負えないものである。

しかし、幾ら気品を備えようと、そんな特科戦力の集中砲火を零距離で浴びるような真似をしたい者などまさか、いるはずもないだろう。どんな戦争狂だってお断りに違いない。

が、やらねばならぬ人間はいる。というか、このふたりがそれである。

 

青菜、もしくはナメクジに塩を散らした時のような状態を浮かべてもらえれば分かりやすいのかもしれない。

ぐったりと、今にも倒れそうな姿勢のまま苛烈極まりない口撃を耐えている。ふたりは『舌鋒鋭く』という慣用表現にも限界があることを、その身で存分に味わっていた。

渦中の、そして火中の暁法と八幡がとてつもない後悔に襲われていることは述べるまでもなく。ボーダー的に見れば問題ない環境が、そのまま自分達にとっても安全地帯であるかの検証が抜けていたことは痛恨のミスだった。

 

誰ですかぁ!! こんな杜撰な計画立てたのは!? アアソウダヨ! オレだよ! 『杜が撰んだ』からだってかぁ!? じゃかあしいやバッキャロー!!

 

声にならない悲痛な愚痴をモノローグにたっぷりと込めて、暁法は現実からの脱出を謀っていた。自棄になっているせいか、元々そこまで確立されていなかったキャラが更に不安定になっている気がしないでもないが……そこはまぁ、ご愛嬌というやつだろう。

閑話休題

先日あれだけの徹底した抗戦ぶりを見せてはいたものの、誰だって目的も利益もない戦争なんて御免蒙りたいものである。恐らく雪ノ下を除けば。

正直な話、彼女との『戦争』、もとい口喧嘩は分が悪いどころの話ではないのだ。

遭遇戦からの撤退(別に勝たなくていい)』という指針がはっきりしていた状態で『ハッキリとした信条がある分野(ある程度話せる分野)』という状況のなか、本音建前詭弁屁理屈その他あらゆる手法を片端から取り込んだ総力戦でさえ、這う這うの体で逃げ帰るのが精々である。

勢いで誤魔化したとはいえ、同じ手が通じないであろうことは疑いようもく。

ましてや、継戦能力は比べるべくもなかった。

そうでなくとも、云わば目的に沿った運用をしたはずの特化型のふたりに対し、万能型(キ●ガイハイスペック)の雪ノ下はこうまで食い下がった、というかあわや喰いちぎりかけたのだ。性能の差が戦力の決定的差でないということは歴史が証明する通りだが、当たらなければどうしようもないということもまた、かの赤い人が言った通りなのである。

おまけに、先日取り逃したことが非常に悔しかったようで。おおかた平塚先生から聴いたのだろうが、暁法と八幡が来るのを手ぐすね引いて待っていたらしい。

明らかに場当たり的でない歓待の罵詈雑言を受けているのである。

その質・量ともにオーバーキルであることは傍目から見ても明らかなのだが、眼前の彼女はそれを見てむしろ勢いを増している気さえする。いや、間違いなくしている。

それはそれは艶やかな笑顔を湛えながらも、その口から聞こえてくるのは修正待ったなし辞典の索引を読み上げるが如き蛮語の数々なのだから。自身の聴覚と視覚の不一致を疑っても見たくなるものだ。

しかし、滔々と続く雪ノ下雪乃のターンは第三者によって遮られることとなる。

 

コンコン、という音がした。少しの反動がかたりと扉を鳴らして来訪者の存在を教えている。

 

当然、この教室に人が来るなど滅多なことではないというのは承知している。そしてそれが平塚先生でないと断定できたのならば、残る可能性は『依頼人』位のことだろう。

ともあれ、その音は部長殿を我に返す役割を果たしたらしい。

彼女は場を区切るように小さく咳払いをして、どうぞと入口に声を掛けた。

 

ここにいる誰もが、その瞬間を忘れないことだろう。例え忘れることがあっても、それは最悪の思い出としてではなく、きっと苦笑を伴に浮かぶ鮮やかな記憶だ。

彼等彼女等の高校生活は、おそらくここが『始まり』だった。

 

「し、失礼しまーす」

 

怯えたような上ずった声が、奉仕部の教室に届けられた。

 

 





ゆきのんがウッキウキで罵倒しに来るって言葉からして可愛いですよね。そっちの描写はあくまで抑えましたが。

さて、今回ははもっと長くなるというか、まぁクッキー関連の話は全部終わらせるつもりだったんですが。
そうしなかった、できなかった原因は単に風邪ひいたからです。髪切ったら平均気温がガクンと落ちましてね? 適応できませんでした。
そんな中ぱっと浮かんだのがセリフを一個しか使わずに書いてみようというものでした。
実際やってはみたものの限界が案外早かった&明日以降の都合上ここで筆を置きます。


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(3)ミゼラブル・ハチマン

最近疲れからかキーボードをちょくちょく打ち間違えるのが悩みの種です。


「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」

 

「んぁ?」

 

大寒波襲来に伴うシステムダウンから思考を無理矢理再起動させたのは、あまり耳にはしたくないような高い叫声だった。

(主に目が)死人のような状態からいち早く復帰を遂げた八幡は、いきなりよくわからない言葉を発したピンク髪をさておいて、隣で物言わぬ土塊となりかけている暁法を道連れとばかりに蹴り起した。

 

「オラ、起きろ。春ですよー?」

 

「ナチュラルに無視された!?」

 

さすがに2度目の大音声は届いたようで、そのまま睡眠に移行していたらしい暁法の体がびくっと震えた。

 

「……っぁー、俺は恒温動物ですよ……つか蹴んな……」

 

不満げにコキコキと首を鳴らしながら辺りを確認して、依頼人の存在にようやく気がついたらしい。

だというのに。一言こんにちは、とだけ挨拶をして、相手の戸惑いを気にする素振りさえもなく、またも昼寝を始めようとした。

やはりというか、仕事熱心な部長が見逃すはずもなく。

 

「野垂れ死ぬなら他所でやりなさい? 永眠を墓穴で過ごせるのは人並みに働いた人間の特権よ。無産市民に与える土地はないの」

 

そこまで言うと、このゴミはひとまず、と言葉を切って雪ノ下雪乃は向きを変えた。

言葉を失っている依頼者へ、暁法と八幡には決して与えられる事のなかった歓迎の挨拶をする。優雅で壮麗なその仕草は同性をも見蕩れさせていた。

 

「まぁ、とにかく座って」

 

話の進みそうにない空気を察してか、さりげなく着席を促す。

勧められた彼女は多少おどおどしながらもそれを受け入れた。

 

「あ、ありがと…………」

 

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

 

とりあえず落ち着いたことを見届けてから、雪ノ下は向かい合って声を掛けた。

 

「あ、あたしのこと知ってるんだ」

 

相手が自分を知っていることに素直な驚きを感じたらしい。徐々にそれを喜びに変えながら、改めて名前を名乗った。

 

「あたしは由比ヶ浜結衣。みんな知ってるみたいだけど一応ね」

 

先程までブリザードもかくや、という口撃を受けていたこともあってか、由比ヶ浜の訪れはまるで春を思わせる明るさに満ちていた。

とはいえ、未だ三寒四温にも届かぬようで。

 

「どうかしらね? そこの男は『そうだっけ』とでも言いたげな顔してるけれど」

 

硬い面差しになっている男二人を目ざとく見つけて、雪ノ下は冷やかしを挟んできた。

どこからでも攻撃の手が伸びてくることも恐怖だが、既に凍りつきそうなのにこれ以上冷やしてどうするのかという思いが八幡の脳裏をよぎる。

 

「安心しろ。誰も平等に知らない」

 

「俺は知ってるよ。三浦サンが怖いからあんま喋んないけど」

 

あんまりといえばあんまりな答えのせいか、あははと笑うしか出来ないでいる由比ヶ浜の奥から、これもまた可愛らしい笑顔で雪ノ下が躊躇なく殴りかかってきた。こぶs…言葉で。

 

「クラスメイトの顔さえも知らないなんて恥を知らない動物なの? いい加減その頭蓋骨に中性子並みの脳味噌があることを期待するのはやめて消費期限切れの鰯でも詰め込んではどうかしら」

 

相変わらずの罵倒にも順応し始めたのか、八幡はそれほど深刻なダメージを受けずにいられた。そればかりか『入ってきたばっかの由比ヶ浜がやけにおどおどしてたのこれかー』と考える余裕すらあった。慣れとは本当に恐ろしいものである。

そんな心情を知ってか知らずか、由比ヶ浜は遠慮がちに声を上げる。

 

「えっと……部活、楽しそうだね!」

 

どこをどう見たらそんな評価が下せるのかは分からないが、ともかく本人の目にはそう映ったようだった。キラキラとした目で全員(主に雪ノ下)を見ていた。

 

「少なくとも楽しくはないのだけれど……いっそその見方が不愉快だわ」

 

不愉快とは言いながらも、雪ノ下はむしろ怪訝な目を向けていた。目の前で部員を罵倒して見せた後ならば当然ともいえるが、由比ヶ浜はその言葉を額面通りに受け取ったらしい。

 

「あ、いやなんていうかすごく自然だなって思っただけだよ!? ほら、雪ノ下さんって有名だけど人間らしいエピソードが聞こえてこないしっ! 杜君はてっきり仲良さげな友達とかといるのかなって思ってたから。で、ヒッキーは……なんかヒッキーっぽくないし?」

 

「何となく察してたけどその『ヒッキー』って俺のことなのかよ。というか最後の俺への感想雑すぎない?」

 

「ヒッキー教室でほんとに喋らないから……声聴いてびっくりした」

 

遠回しに嫌味を言ったつもりなんだがな、ヒッキー呼ばわりは変わらないのか……。

 

軽く落胆した様子を見せるが、由比ヶ浜はそんなことお構い無しに溌剌としていた。

ちなみに、八幡が喋らないのは教室に限らず、なんなら学校ではほとんど喋らない。

 

「ヒッキーもっと喋ればいいのに。そんなだからクラスに友達いないんじゃないの? ずっと独りで、その……怖いし」

 

「ふっふッ……だってよ? ハチ」

 

思わず笑いを堪え切れなくなった暁法を睨む。彼はどうにも怖いもの見たさというか、人の地雷を踏みに逝きたがる嫌いがあった。知り合いや友人にはともかく、仲間内であれば余り遠慮する必要がないことも相まって(特に八幡に対しては)増長しがちでもある。信頼の証と言って丸め込まれる事まではないにしても、どうしたって癪には触る。

そんな暁法の無神経さに苛立ちながら由比ヶ浜へと言葉を返したのがマズかったのかもしれない。思っていたよりも口が悪くなっていた。

 

「ほっとけこのビッチ……」

 

八幡がさすがにマズいと思った時にはもう遅かった。どうにか最後の言葉を濁らせた努力も虚しく、由比ヶ浜の耳はしっかりとそれをキャッチしてしまったらしい。

 

「はぁ? ビッチって何よっ! あたしはまだ処――う、わぁああ! なし! 今のなしぃ!」

 

「うわぁ……」

 

突拍子もない告白にどう反応してあげるべきか悩んだ男性2人は、取り敢えず忘れてあげることにした。正直彼女が処女かなんてどうでもいいことなのだ。シスコン共にとってはなおのこと。

それにしても彼女は現代に生まれて本当に幸運だっただろう。少なくとも、おおっぴらに女衒がいない時代ではあるのだから。まぁ他は胡散臭さを隠そうともしない『芸能事務所』に気をつけてさえいれば暫くは純潔も守られるのではないか、本人の意思如何では。

 

「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でヴァージ――」

 

「お前もあんま口にすんな。突き詰めてやるな」

 

余計なことを言った自責の念――とまではいかなくとも、八つ当りをしてしまった贖いぐらいはしようと声を挙げたつもりの八幡だったが、結果としてそれは彼女をより追い詰めてしまったらしい。

顔を赤らめた同級生から涙目で罵られるという、なかなかに珍しいシチュエーションに巡り会った。

 

「こっの……っ! ほんっとウザい! っつーかマジキモい!! 死ねば?」

 

世の中に言うべきでない言葉が数多く存在するとしても、この場合の彼女を諌めるべきかというのは微妙な指摘だろう。少なくとも、今の八幡がそれを指摘したところで『お前が言うな』と言われるのは必定である。そもそもビッチ呼ばわりも充分言うべきでない言葉だ。

逡巡していた八幡だったが、頃合と見たのか暁法が代わって言い聞かせた。

 

「由比ヶ浜さん? 言いすぎ言いすぎ。キモいで殺されちゃかなわない」

 

のんびりとした暁法の口調が落ち着きを取り戻させたのか、由比ヶ浜ははっとした顔で辺りを見渡してから途端あたふたと八幡に詫びはじめた。

何かに怯えるようにも見える様子が少し違和感を覚えさせたが、なんにせよ彼女は謝れる人間らしいということだ。

 

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」

 

「いや、いい。こっちも悪かったな」

 

互いに非を認めた後の少し気恥ずかしい沈黙。由比ヶ浜と八幡の両者が押し黙ってしまうと、口を挟まずにいた雪ノ下が咳払いをして由比ヶ浜へと問い掛けた。

 

「由比ヶ浜さん、あなたは奉仕部に用があったのではなくて?」

 

助け船を出された由比ヶ浜は、少しほっとした顔でこくりと頷いた。

 

「……あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

 

彼女の口から聞こえた言葉は、予め伝えられた奉仕部の理念とは少し毛色の違う内容を示していた。

事の次第によっては、平塚先生を締めあげねばならない。一瞬、そんな考えが八幡と暁法の頭をよぎるが、それは杞憂に終わってくれたらしい。

 

「奉仕部は手伝いをするだけよ。願いが叶うかはあなた次第。他人に頼りきりでいることを良しとする人間の介護は引き受けていないの」

 

まるで予防線のように、そうあってはくれるなよと言わんばかりに突き放した雪ノ下は、澄ました顔で依頼人、由比ヶ浜結衣を嘱目する。

 

「……うん、お願いします」

 

すべて織り込んで、なおも叶えたい願いであったらしい。迷う様子はなく、言葉が追い付かないもどかしさを感じさせながらも彼女は確かに口にした。

 

「そう……では早速伺いましょうか」

 

驚いた事に、雪ノ下雪乃にも優しさを見せる相手はいるらしい。目の前で覚悟を決めた由比ヶ浜に魅せた笑顔には八幡も思わず目を剥いた。

 

「あのあの、あのね、クッキーを……」

 

そう言いかけて、チラリと八幡を見た。

男性に聞かれたくない話というものもあるだろう。と合点がいったところで思い切り良く行動を起こすことにした八幡は、逸る気持ちを誤魔化しながら立ち上がった。

直後の言葉は、あれコレうまくすれば帰れるんじゃね? という不埒なモノローグさえなければ、なかなかに紳士的な所業だといえるだろう。

 

「話しづらいようなら……」

 

「比企谷君?」

 

結局八幡が、今日は席を外そうか? と言うことはなかった。

始めのこの一言を口にできたのならば、あとは舌先三寸口八丁。いくらでもこじつけのしようもあったろう。が、所詮は見切り発車の逃走劇である。非情で異常な看守を前に、檻から脱出することもなくあっけなくお縄となった。もはやパブロフ犬に近い気さえしてくる。

まぁ真に恐るべきはこの短期間に『条件反射』を獲得させた雪ノ下その人なのだろうが。こればかりは、八幡ばかりを笑うわけにもいかないだろう。例え、ひゃ、ひゃぃ? という情けない返答をしながら直立不動を保っていようとも。

そんな八幡の滑稽な態度を見た雪ノ下は満足感をちろりと覗かせると、また別の微笑みと共にこう命じた。

 

「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ」

 

 

 

 

 

――ちなみに、この時暁法は安らかに舟を漕いでいたのだが……もはや誰もがツッコミが時間の無駄であることを悟ったのか、完全な置き物と化していた。

物に聞かれて恥ずかしい話はないらしい。

 

 




結局分割しました。第一話の冗長性を反省したつもりではあります。
どうにも書いているうちに個別の表現を弄りすぎて全体のバランスを無視する傾向にあるようです。
ついでに言うと今回は原作に引っ張られすぎたかなと思ってます。アニメ版くらいに省略してもよかったかなとも。
どちらも台無しにしてるのはてめぇだよと言われるかもしれない気はしますが、まぁその時はその時ということで。
お楽しみいただければ幸いです。

それではまた次回で。


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(4)核心

漸くですが俺ガイル12巻読み終えました。
はるのんの言葉は刺さりました。
正にそれを書いていますので殺されるかと思いました。
あれはあとがき書けませんわ……。


 

ゆっくりと話させてやろうという思い遣りが2割、切実に帰りたい気持ちが8割を占める八幡の胸中は、その足どりを確実に重たいものとしていた。

しかしその甲斐あってか、由比ヶ浜の話は滞りなく済まされたようだった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「では家庭科室に行きましょう」

 

結果教室に戻った八幡が最初に見たのは、一切の説明的長台詞を省略して移動を宣言する雪ノ下の姿だった。普段の(と言ってもそこまでの仲ではないが)饒舌が嘘のように、合財の口調が事務的だ。

 

それにしたってこう、もう少し情報共有とかそういう意識があってもいいんじゃないか。

 

「おい、何が『では』なんだ」

 

そんな思いからついつい挟んだ嘴が不意打ち気味のものになってしまったせいか、不覚の一撃を浴びた彼女達の背中がびくりという震えをみせる。

それとほぼ同時に、凍えんばかりの怒気が振り撒かれる。振り返った雪ノ下の眦は鋭く、あらん限りの罵倒を並列して叩きつけようとするが為に、むしろ思考を塗り潰され何も言えないでいた。

直前まで彼女の斜め前に座っていた由比ヶ浜が目を輝かせながら薄く頬を染めていることだけは不可解だが、状況は『率直に怖い』の一言に尽きる。

 

なんか「ひっ」っていう可愛いらしい声が聞こえたような気もしなくはないけど空耳だろうそうに違いない。その証拠に雪ノ下の目がそれ以上考えたら殺すと言っているし、きっと「ひき……なんといったかしら? 存在を許可した覚えはないのだけれど」とでも言おうとして途端「ハッ(嘲笑)、言う価値もないわね」とでも思い立ったに違いないのだ。何それマジ俺不憫な子。

 

声も挙げられず、愚にもつかない現実逃避にひた走る八幡をとりなすように、由比ヶ浜は簡略化された説明をした。もっとも、それは『簡略』と言うには余りにザックリとしていたが。

 

「クッキー……。クッキー焼くの」

 

「クッキー? よく分からんが……上手くいくといいな。ほい」

 

たかだかクッキー焼くためだけに随分と大層な覚悟を決めるもんだな、と感じる程にその心情は理解し難いものではあったが、まぁそんなものかと思い直して、八幡は買ってきたカフェオレを由比ヶ浜に差し出すことにした。

彼女は一瞬ポカンとした顔で八幡を見つめて、小声で「いいの?」と訊ねている。おずおずと小銭入れを取り出す姿がまたいじらしい。

 

「いいよ、贈与契約だ。受け取ってくれればそれでいい」

 

「ぞ、ぞーよ……?」

 

ただの口上のつもりだったのだが、少し格式張ったモノイイは藪蛇だったらしい。冗談の通じなかった照れ隠しに苦笑を浮かべた八幡は、彼女がいる場では舌戦は起きそうにない事を喜ぶことにした。

 

「さっきの詫びも兼ねてな、今回は奢らせてくれ」

 

そこまで言ってようやく理解した様子を見せる。

 

「…………ありがと」

 

嬉しそうな声で呟くと、一度はこちらにさし返した缶を両の手で抱えはにかんで見せた。

四月とはいえ、空き教室をそのまま流用した奉仕部の空間はうら悲しさと肌寒さを感じさせる。カフェオレの仄かな温さが移るのを見届けてから、未だ鎮まる様子を見せない冷気の根源、もとい部長殿へと水を向けた。

 

「ほらよ」

 

御所望の『いちごナンタラ』を、心の内で「カシコミ カシコミ マヲス シヅマリタマヘ」と念じてから、身振りだけは恭しく手渡した。

 

「遅い」

 

対する雪ノ下の反応はといえば素っ気ないもので、ひったくるように紙パックを掴み取って、後は何も言わずに飲み始めた。由比ヶ浜でさえ、これには苦笑している。

それでも八幡は気を悪くする風でもなく、むしろ意地の悪い笑みを浮かべて右手を差し伸べる。

 

「……その手は何かしら」

 

「なに、経費の徴収だよ。委任契約の達成に伴う費用等の償還請求と言い換えてもいい」

 

突然の真面目くさった語彙に虚を突かれながらも、『何を馬鹿な事を』と言外の意味を含ませて雪ノ下は攻勢に出る。

 

「器の小さい男ね、生物としての底が知れるわよ?」

 

「結構、なんとでも。俺は別に支払われずともいいんだよ、ペットの飼育(餌付け)と思えば腹も立たん」

 

「…………今、なんと?」

 

「さぁな、尊厳はそれぞれだろ」

 

そう、八幡は端から債権の回収など眼中になかった。ただ少し、ほんの少しばかり、仕返しを兼ねて煽ってやろうと思っただけなのだ。

なんとまぁ性格の捻くれた男である。その点では雪ノ下の指摘は正しいのかもしれない。

 

「さて、……行こうか? 家庭科室」

 

そう言ってまた皮肉っぽく笑った。あたかも見せつけるように。

雪ノ下は他人の尊厳を全くと言っていいほど尊重しないが、ひとたび自身の尊厳が害されれば他の何をも差し置いて殲滅にかかるのは初めて奉仕部に来た時に経験済みである。

それを逆手に、どちらに転んでも損をしないようにした八幡は正しく小悪党と言えるだろう。

 

「……ええ、行きましょう」

 

雪ノ下は悔恨を滲ませた声で言って立ち上がった。そのまま勝ち誇り笑っている八幡をキッと睨むと、すれ違いざまに握った拳で胸元を殴りつける。……いいや、叩き付けると言うべきだろうか。自分でやっていれば『心臓を捧げよ!』のポーズに近いかもしれない。

手加減したのか、そもそも害意はなかったのか。そう図りかねるほどにその拳に力は込められていなかった。『この姿勢いつまで続くんだろう』と八幡が考え始めた頃、雪ノ下の華奢な手がブレザーの広いラペルの裏に潜り込み、ストンという軽い感触が胸ポケットに落ちるのを感じた。

 

「……私は家庭科室の使用許可を貰ってくるわ。あなたは杜くん(そこの馬鹿)を起こしたら由比ヶ浜さんを連れて先に向かってちょうだい」

 

そうとだけ言って、さっさと教室を出て行ってしまった。結局、ろくな説明はないままで。

 

「雪ノ下さん……行っちゃったね……」

 

ついていくタイミングを逸して所在無げにする由比ヶ浜に生返事を返しながら、八幡は先程の感触の正体を確かめようと右手をポケットに突っ込んで悪戦苦闘していた。

雪ノ下はこうなることを見越した絶対的悪意から胸ポケットに入れたに違いない。

スーツやジャケット、或いはブレザーを着る方々には御共感いただけると思うが、胸ポケットというものは存外深く作られている。慣れない者がうっかり鍵なんかを滑らせてしまった日には、それの回収に滑稽な踊りを見せる羽目になるのだ。……まぁ脱げばいいのだが。

 

「ブレザー脱いで逆さにした方が賢明だと思うけどな」

 

いつの間にか目を開いていた暁法が、制服と格闘する八幡を見てニヤついていた。

 

「杜くん!? 起きてたの?」

 

由比ヶ浜は驚きの声を上げているが、声を掛けられた八幡はそれどころではなかった。

状況を省みた八幡は俄に赤面し、顔を逸らしてテキパキと脱ぎ始める。その所作は無駄な程に滑らかで、きっと彼の脳内は増やしてしまった黒歴史を悔いる声で溢れていることだろう。

誤魔化すように黙々とブレザーを揺すっていると、チャリと音を立てて見慣れた白銅色が掌に収まった。

 

「…………器が大きいんだか小さいんだか」

 

そう零す八幡の手のひらで、百円玉が()()、鈍く光を弾いていた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

家庭科室は平凡な素材(だったはずのナニカ)のよくわからない匂いに包まれていた。

 

おかしい。どう考えたって一般的な材料しか用意してなかったはずだ。というか、家庭科室の備え付けにそんな凝ったモノがあるはずがない。

 

「それで出来たのがコレかよ……」

 

引っ張り出してきた椅子へ馬乗りになって項垂れる八幡はそう独りごちる。

作業開始からかれこれ1時間強、この木炭にも似た(少なくともクッキーではない)何かが出来上がって、全員で実食をしたのがつい先程のこと。

雪ノ下と合流するなり味見役を頼まれた(命じられた)男性2人は『食べるだけでいいなら』と始めは喜んでいたものの、出来上がる過程を見始めてからはまっ青な顔で『全員で食べる合理性』についての弁を考えることに心血を注いでいた。当の雪ノ下の責任感が強かったお陰で何をするでもなく道連れには出来たのだが。

————この場合道連れにされたのは暁法と八幡かもしれない。

そして肝心のお味の方はというと、察しろとしか言い様がないものだった。

『筆舌に尽くし難い』と言って表現を諦めてしまえる代物ではなく、むしろ言語化出来てしまう辺りが一層の生々しさを引き立てており、食ったら死ねるポイズンクッキング(一箸必殺の劇物)よりもタチが悪い。

誰かの炒飯とどちらがマシかと問われても共々願い下げな劇物だが。

 

ともあれ、なし崩し的に小休止となった現在の奉仕部は審問会――――もとい、反省会を開いていた。

 

「由比ヶ浜さん、はじめからアレンジしようと思わないで。何かを変えられるのは素地あってのことなのよ」

 

「うーん、やってるつもりなんだけどなぁ……」

 

手を変え品を変え、同義の説明を何度か繰り返しているせいか、雪ノ下の顔には憤慨よりも憔悴が色濃く表れていた。或いは先程のクッキーモドキのダメージが抜けきっていないのかもしれないが。

 

「……どう教えれば伝わるのかしら?」

 

「さぁてねぇ……正直ここまでとは思わなんだ」

 

誰に宛てるともなく呟いた雪ノ下の言葉に、暁法がぐったりとしながら応えを返す。

細かい技術云々を指摘する以前に、レシピ用語の細々を体現出来るかが既に怪しい由比ヶ浜に対してどの様な指導が必要かは、正直に言えばここで話しても埒が明かないだろう。しかし直截依頼に関わるともなれば考えない訳にもいかない。

どうしようもないジレンマが渦巻いてた。

 

「あのさぁ、さっきから思ってたんだけど、お前らなんで美味いクッキー作ろうとしてんの?」

 

「はぁ?」

 

「相手方へせめてもの思い遣りだよ……」

 

閃いたと言わんばかりの八幡の顔は、その声が質問の為でなく挑発の意を込めたものであると物語る。彼の胸中はいま、勝利への確信と自信に満ちていた。そのせいで視野狭窄に陥ったのだろう、侮蔑に満ちた顔も、憐憫故の視線にもこだわらず独り、語り始める。

 

「いいか? 男ってのはその内容がどうあれ『女の子が』『オレの為に』作ってくれた。っていう事実だけで舞い上がっちまうモンなんだよ、悲しいことにな」

 

まさか友達に贈ろうってんじゃないんだろ? 美味くなくたっていいんだよ。と続けて、雪ノ下へドヤ顔を向けた。

 

「呆れ果てたわ……。贈り物なのだから味が良いに越したことはないじゃない」

 

「贈り物だからこそだよ。直接手渡すインパクトを考えりゃ味なんて誤差だ誤差。ほら、よく言うだろ? 『ゴメンで済めば警察はいらねぇんだよ。誠意を見せろよ、誠意をよ』って」

 

「言わないしただの恐喝じゃない……。それに、直接渡すことが誠意でもないでしょう。最大限の努力をして、気持ちを込めてこそよ。あなたの言う『誠意』はお為ごかしの紛いものに過ぎないわ」

 

話が抽象的になるにつれて目を回し始めた由比ヶ浜を見て、暁法が解説を挟んだ。

 

「要するに、気持ちをちゃんと伝える為にどうしよっかってこと。多少時間がかかっても手作りクッキーを美味しく作って渡すのか、少しでも早く気持ちを伝える為に最悪手作りを諦めてでも行くのか」

 

「う、うん……なんとなくわかった、ような?」

 

そんな判然としない答えを聞いて、念の為釘を刺す。彼女自身が見せてくれた覚悟に、翳りが差さないように。

 

「忘れないで欲しいんだけど、俺達は頼まれた事についてしっかりと話し合うし、こんなのは? って解決策も探す。それでも、最後にどっちかを決めるのは由比ヶ浜さん自身だからね」

 

先程まで全く働いていなかった人間の言葉とは思えないが、まっすぐと見つめられた由比ヶ浜は、その言葉をしっかりと受け留めたようだった。ぽわんとした表情がどことなく真摯さを帯びている。

傾きかけた陽を背中に浴びて、未だ雪ノ下といがみ合っている八幡へ体を向けると、躊躇いがちに問いをかけた。

 

「ねえ……ヒッキーも揺れるの?」

 

「あぁ?」

 

今回に限ればラノベ主人公的突発性難聴ではなく、本当に聴こえなかっただけだろうが。

暁法はそう感じていようとも、由比ヶ浜にそんな機微を読み取るほどの余裕はないようだった。逆光が重ならない位置にいる彼の目には、茹でダコみたいになった由比ヶ浜が映っている。

 

「~~っ! だから! そのっ……ヒッキーにも伝わる?」

 

「どうだかな。貰ったことないからわからん」

 

即答する八幡の顔は苦々しいものだった。

 

「あれだけ豪語しておいて保証はしないのね……」

 

「当たり前だろ。人の気持ちなんて理解した気になるしかないんだよ。例え自分自身の事でもな」

 

無責任にそう言い放つ八幡を見て、しかし由比ヶ浜には腹に落ちるものがあったらしい。

 

「そっか……そだね、やって見なきゃ」

 

そう言って、由比ヶ浜は雪ノ下を見ると丁寧な仕草で頭を下げた。

 

「ごめんなさい、雪ノ下さん。手伝ってもらってありがとうございました。……途中で逃げちゃうみたいになるけど、ここからは自分でやってみます」

 

「……あなた自身でそう決めたのなら、私達の役割はこれまで。後は由比ヶ浜さん次第ね」

 

「うん……ありがとう。また明日ね!」

 

バイバイ、と明るく振舞って彼女は帰っていった。その場に未元物質を遺して。

 

「……本当に良かったのかしら」

 

毒々しい何かから無意識に目を逸らし、雪ノ下雪乃は自問する。己が採りうる最善は、彼女に指し示すべき選択は。意識の内に現れては自ら頭を振るその行いは、すべて意味を持つのだろうかと。

すり替わり成り変わるまとまりのない思索を、否定的な批判が遮った。

 

「答えの出る前に悩んでどうするよ。それを杞憂って言うんじゃねぇのか」

 

嵐が去った安堵と片付けへの気だるさを綯い交ぜに、動かずにいた雪ノ下を現実に引き戻す。ジロリと睨めつけた八幡はその視線で手伝いを所望する。その奥では暁法でさえ珍しく働いていた。

 

「そうね。早く終わらせましょ————」

 

言いかけた雪ノ下が突然口を噤む。言いようのない居心地の悪さに身震いがする。

 

「何……今のは」

 

口にしなくてはいられないような、そんな寒気の意味を求めると、答えるように遠くから耳障りなサイレンが響いて来た。

 

「ボーダーの警報……どうしてこんな所まで聴こえてくるのかしら?」

 

警報音が届けられる意味なんてひとつしかない。脅威が迫り来るのだ。

バン! という荒々しい音がして、雪ノ下がそちらを向くとそこに先程まで居た人影がひとつ消えていた。残ったのは暁法だ。

 

「さっきのクッキーで吐き気がヤバい、だそうだ」

 

しかめっ面になる雪ノ下を宥める様に、ぞんざいな釈明を吹き替える暁法がいて。

――――その顔はまるで塗りつぶしたように、何の感情も読み取れないものだった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

比企谷八幡は駆け出した。疾風に縋り、迅雷に倣い、ひたすらに速く、何よりも早く。

 

突っ走れ! 突っ走れ! 突っ走れ!

 

僅かばかりの弛緩も許されない今は、声にする暇さえもが惜しい。弾けるような脚を止めたが最後、喰らいつく術を失ったが最期、理不尽な惨劇がここに起こるからだ。

『それ』を経験として知る八幡を急き立てるように、負担を忘れた心臓が悲鳴を上げている。

 

——念の為に記しておくが、トイレではない。

 

なんてことはないはずの日常、花曇りの長閑な夕方を、けたたましく鳴り渡るサイレンがぶち壊しにしていた。彼方に見える暗い歪みがその存在を主張する様にゆっくりと、しかし確実に、軋んだ空間に占める割合を大きくしている。

 

「琴時、敵は俺がやる。お前は保護を」

 

トリオン体に支えられた高速機動の激しさに反して、八幡の声からは一切の昂りが除かれている。葛藤や心労こそ胸中にあれど、これから起きる出来事に関しては余計なモノだと割り切った。

対して溜息とともに聴こえてくる声はあまりにも緊張感の乏しいもので、それでいて明瞭な口調にはいっそ苛立ちさえ覚える八幡だった。

 

「私がそっち行こうか。その方が早いでしょ?」

 

「お前は五月蝿いんだ。どうせ無理だろうが騒ぎは抑えたい」

 

「騒がれたって別に良いんじゃない? せっかく姿変えてるんだから」

 

「……どちらにせよ、守るには向いてないもんでな」

 

それは違いない、と苦笑する声があって穏やかな印象が消え失せる。事情を知る者同士の、指示語ばかりの会話が始まられた。幾ばくかの寂しげな雰囲気が、緊迫した空気とはそぐわない。

 

「『コッチ』に来るって事は……()()()()()()

 

「それは……そうだろうな」

 

剥き出しの心が薄闇に浮かぶ。決定的な言葉を、八幡は敢えて口にする事はしなかった。

敵を見据え、跳ぶ。

 

「狙いは——」

 

 

 

 

 

 

対象『J』(由比ヶ浜結衣)だ。

 

 

 

比企谷八幡は、蠢くネイバーのまっただ中へ、己の最速を以って突っ込んだ。

 




今回も活動報告から大幅に遅れました。
各話毎に用意したプロットを7.8割程書き上げてから活動報告を挙げてはいるのですが、この回は冗談じゃなく考えるのがつらかったです。
クッキー作り始める辺りまでは順調だったんですがねぇ…………。
どうにもならなくてこうなりました。
書き上げてある程度気も晴れたので良しとしましょうか。
次回のプロットは割と細々作ってありますのできっと、うまくいく。きっと。
こんな焦燥にお仕事で晒される小説家の方には敬意ばかりです。

【追記】平成29年11月1日改訂
改行等の一部書き直しです。
ラペルに手を回すゆきのんを書くのにもっと色気が欲しかった……文章力の欠如です。


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(5)黒い青春

『今回から読み始めるのは本当におススメしません』

作中ちょくちょく出てくる小ネタを笑ってくださる方はどれほどいらっしゃるのでしょうかね。
気づいてるよ! って方はぜひとも胸の内にそっとしまい込んでください。笑える方が笑えば良いのです。



 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

——ある男がいた。

彼はとても優秀な技術者で、努力に見合った幸せを享受していた。

彼には妻がいた。器量も良く、かと言って依存するでなく、大切な人だ。

彼には娘がいた。病気もなく丈夫に育つ姿を見て、どれほど感謝したかわからない。

彼には祖国があった。平和で、豊かな、まほろばと誇れた国が。

祖国とは星であった。暗黒の世界でヒトの拠り所となる、数える程のゴルディロックスゾーン。

 

誰もが理想郷を望み、誰もが理想郷を目指し、、誰もが理想郷と讃えた。

そんな国家があった。そんな奇跡が確かにあった。

 

だからこそ、その国の人々は『平和』の奴隷となった。

 

事の始まりは、何の気なしに一人娘のトリオンを計ってしまった事だろうか。

その総量を眼にした両親は初めは喜んだ。

技術に優れた彼らにとってトリオンとは、即ち才能であり、近しく身分の保証であり、つまりは行末の安寧であり、表し方に差があるにせよ、それは望ましいことだったのだ。少なくとも、その時は。

 

強過ぎる力は、いつだって何かを変えてしまう。多くは、その破滅という形で。

 

男の幸せと優越感は、ほんの束の間のことだった。

娘のトリオン量は目を見張るものだったが、同時にそれを扱えるだけの器用さに欠けることも男には理解出来ていた。そしてその克服は、同じ土俵に立てる者にしか導けないであろうことも。

そこで彼は国に支援を願い出た。

娘の才能を役立てる為に、延いては国家の発展に資するために。

結果娘には専属の家庭教師が付き、その力を『正しく』使う為の勉強が始まった。

 

数年の後、娘は国家の実務に携わるまでの能力を発揮していた。コントロールだけが未だ覚束無いことは気がかりではあったが、まだまだ成長途中だと思えばその悩みは喜びにさえ変わった。

なにしろ、今のままでも充分すぎる貢献をしている。

例えば都市機能の維持、例えば老朽化が進んだダムの補強、例えば国防軍への慰問、例えば政府の広報活動。

依存が過ぎることはなく、しかし至る所で娘は登用された。今挙げた功績の数々でさえ、ほんの末端に過ぎないのだ。

それにしても、ああ! 政府の広報アイドルとして取り上げられた時の誇らしさと言ったら!

 

しかしある時、彼女を神と崇めるものが出てきた。いや、それまでにも確かにそういった輩はいた。

だが、それは酒の肴としての戯言であったり、未だ幼子の域を出なかった娘を重用する政府への皮肉であったりしたのだ。

その質の変容がいつだったのか。

正確なことは分からないが、一度生まれた神格化の流れは瞬く間に広まった。

政府広報によるキャンペーンも悪意ある情報の統制も、本人の必死な呼びかけさえ群衆の耳には届くことはなく、雑踏と叫声の中で踏み躙られた。

 

彼はようやく夢から醒めた。

狂気に身を委ねる衆愚に晒されて、ではない。たった一言、娘の心の内を聴いて、だ。

 

「いい子にしてたのに、みんなと仲良くしたいのに、どうしてこうなっちゃったのかなぁ」

 

咽ぶその顔はからっぽだった。それでも笑顔を湛えていた。

 

いつからこの子はこんな顔で笑うようになった?

いつから私は気づいていなかった?

いつから私はこの子を『娘』として見ていなかった?

そもそも、娘は一度でもこうなる事を望んだか?

誰かの役に立ちたいと、その口で?

すべてお前のエゴじゃないのか?

ああ……だとすればいったい、いつから?

 

決壊した自意識が、瞑目していた疑問を垂れ流す。

膝から崩れ落ち、跪く格好で頭を掻き毟る私を見て、なおも娘の顔から笑顔は絶えなかった。

誰かが……いや恐らく私はみっともなく泣き喚き、恥も外聞も体裁もかなぐり捨てて泣きじゃくっている。嗚咽さえ声にならなくて、獣の呻きのような音だけがたったふたりのこの部屋に消えてゆく。

 

そんな状況は考えもしなかった、そして考え得る中で最悪の外法で終わりを見た。

 

「テキシュウ!! テキシューーッ!!」

 

その言葉を『敵襲』と正しく飲み下せたのはだいぶ経ってのことだ。

理性などなく、ただ反射だけで軍の無線へとチャンネルを繋ぐ。

 

修羅場、阿鼻叫喚、九相図——ああ……表し方は誰にもわかるまい。いや、誰にとっても瑣末なことだろう。絶叫だ、断末魔だ。誰もが死んでいる、誰しも死んでゆく!

 

あ、ああ、あああ、ああああああああ、ああああああああああああああああああああ!! 嫌だいやだいやだ嫌だ嫌だ! 娘を死なせたくない! 妻を死なせたくない! わたしはしにたくないいっっ!!! 生きたい! 生きたい生きたい生きたい生きたいっっ!!!

 

ただその一心で家族の手を取った。浅ましい感情だけが私を駆り立てている。何処でもいい、どこでも気にしない、どこであっても此処よりは。

 

街角のモニターが、政府の公式チャンネルが、軍の無線が、そして響き渡る絶叫が、あらゆる通信手段はほんの僅かな希望さえも許さなかった。交戦とさえ呼べない、ただの虐殺がひたすらに続いた。決して享楽的に殺す敵がいる訳じゃない。むしろ寒気がする程に作業的だ。

示威行為としては充分すぎる敵の行いは、きっと彼らにとっては『収穫』に過ぎないのだ。だからこそさくりさくりと刈ってゆく。

そして図ったように、敵の声明が発せられた。

 

曰く『神を差し出せば、我らは去る』。

 

ああ、その一言で大勢は決した。大衆は雪崩を打って押し寄せた。犇めき合ってやってきた。怒濤となって迫り来た。

その腕に縋る子供には目もくれず、人波に飲まれて消えた誰かを踏み砕いたことにも気づかず。

瞬く毎にその大きさを増す黒い群れは、人としての理性を失ったような音を轟かせる。

呆然としてそれを聞いている感情を失くした家族の前に、ひとつの澄んだ声が響いた。

 

「こちらでしたか」

 

眼球だけをギョロリと動かすと、知っていた様な顔が写る。もしかしたら知らない顔もあったかもしれない。諦めていたにも関わらず、続いた声は少しの疑問を抱かせた。

 

「さ、こちらへ。心配なんてなさらず。ささ、長くは持ちますまい。さ、お急ぎになって!」

 

なぜか殺そうとするでなく、連行しようとするでなく、まるで近衛のように厳かでさえあった。

だが彼らとて、『正気』の手あいではないだろう。例え正常に見えたとて、狂奔の最中にあって目の色を変えない者、それは狂信者と言うのだ。なぜならば、彼らは正気などとうに供物にしてしまったのだから。

こうして私達の手を引く彼ら彼女らも、そして私も、皆等しく狂っているのだ、きっと。

政治家とは生物として最も正しい選択肢を選ぶ人種だ。私利私欲を『公益』に昇華させる賢しさだけが唯一人間らしい。そんな彼女が。

軍人とは生物として最も重篤な欠陥を抱える人種だ。自己保存を放棄し、種の存続だけに傾倒する在り方なんてとてもマトモじゃない。そんな彼等だからか。

 

「不肖の身ではありますが、国家に代わり長らくの貢献へ最大限の敬意を。貴女の行末の安寧を願っております」

 

「それでは、どうかお元気で。我々の事はお気になさらず。総員ッ! 国家の良心へ敬礼ッッ!!」

 

だからこそ私には、ザカリと整った音を響かせて深く頭を垂れる彼等が、何処までも気持ち悪い。

こんなどうしようもない男に踊らされた彼等こそ、我先にと私を突き殺すべきだのに。

 

「…………ごめんなさい」

 

「謝る必要はないのですよ。確かに、私達は救われるのです」

 

娘か私か、どちらにも宛てられた言葉のようで、その心は娘にしか向かってはいない。……娘には届いているのだろうか。

 

もう一度ものを考える頃には、閉じた扉と無機質な船体が視界のすべてだった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

くあり、と暁法がアクビをこぼす。眠りから覚めた彼は背骨をコキコキと鳴らしていた。

そんな音が聞こえる位に、教室内は静かなものだ。相変わらず開店休業状態の奉仕部は、本を好む生徒には読書に、惰眠を好む生徒には昼寝に格好の条件なのである。

ただし、今日に限っては客人が来た。コツコツと硬質な音がして、由比ヶ浜結衣が顔を覗かせる。

 

「やはろー」

 

それを見て、雪ノ下は盛大なため息で出迎えた。

 

「……どうかしたのかしら?」

 

絵になっているとはいえ、のっぺりとした感情は相手にも届く。ひくっと肩を揺らして雪ノ下に問うた。

 

「え、なに。あんまり歓迎されてない……? ひょっとして雪ノ下さんってあたしのこと……嫌い?」

 

「別に嫌いじゃないわ。……ちょっと苦手、かしら」

 

間を置かずに返された答えの内容に、由比ヶ浜は悲鳴をあげていた。しかし彼女はこだわることはなく、聞かれもしていない趣味とやらについて語っている。それを聞く八幡の胃が悲鳴をあげ始めたのは、残念ながら気のせいではないようだが。

 

イチャイチャ(?)する彼女らを尻目に、八幡は退出しようとした。暁法はいつものように机に突っ伏している。そこへ由比ヶ浜の声がかけられた。

 

「あ、ヒッキー」

 

呼び止められた八幡が振り返ると、少し恥ずかしそうにした由比ヶ浜がクッキー(多分)の入った袋を摘んでいた。

 

「ヒッキーも……助かったから、ありがとうございました」

 

それだけ、と言ってふいっと顔を背けた。

 

「『思い遣り』ってそういう事ね……」

 

聞こえないようにそう呟いて、暁法を睨む。その視線の先で、俯いてはいるものの『自業自得』と笑っていた。雪ノ下も平静を装ってはいるが、さりげなく口もとを隠した本が小刻みに震えている。

 

「ヒッキーはやめろ」

 

色々と諦めた八幡は今度こそ教室を後にした。差し当っては、素敵な贈物の処遇を考えながら。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 




今回は短めになりました。向こうの話はこちらに来るまで書くつもりでしたが、もう少しその先は隠そうと。
まるで由比ヶ浜編が終わるみたいな形の文末でしたが、当然続きます。
これからもどんどんやらかしますのでご安心(?)を。

【追記】平成29年11月6日午後
手違いから改稿前のほうをあげておりました。
そこまでの違いはありませんが差し替えました。


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(6)ガイ・フォークスは纏われる

二話に短し一話に長し。またまた分割となりました。
『V FOR VENDETTA』いいですよね。まだ見たことない方は是非に。
ただ一応の注意として、今回はヴェンデッタ的意味合いではなくアノニマスのアイコン的な意味での使用となります。


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

アイエエエエ! ユキノシタ!? ユキノシタナンデ!?

 

三門市に隣接するとはいえ、安全であるはずの総武高校の裏手で。

突発的に開いたゲートを潰しにかかる比企谷八幡は追い詰められていた。

 

潰しても潰してもたちどころに湧くネイバーに、ではなく。

いや、たしかにそっちもウンザリしているけどね?

そっちはもう片付けた。問題は何故か火中の栗を拾いに来た雪ノ下だ。

 

仕事を終えてから後処理の算段を立てていなかった事に気がついた八幡は絶賛後悔中だったがのだが、もはや動かなくなったトリオン兵から漏れる煙の奥に人影を見て、体を強ばらせた。彼女、雪ノ下雪乃のような素人が行うそれは戦闘地帯へハイキングに来たようにしか見えない。

それを理解しているからか、それとも全く理解していないからか、辺りに散らばったネイバーの残骸に多少の不快感を見せながらも、背筋を緊張させこちらへと向かう足どりは確かなものだ。

そんな彼女を見たトリオン体の八幡は冷や汗をダラダラと垂れ流す。

問い質すように、というか縋るように追従する暁法を見るが、頼みの綱は呆気なくちぎられた。口パクで『ごめん。ムリ』と言って肩を竦める彼を見て、八幡は天を仰ぎたくなる。

 

オーウ、テリブル。

 

『身辺警護』の為に使用を許可されたダミースキンのお陰で、このトリオン体の中身が比企谷八幡である事は露見せずに済むだろう。が、声だけはそうも行かない。

そもそもこれを使う際は通信以外での会話が想定されていないのである。その為、不可抗力的に会話が必要になった場合には、オペレーターによるリアルタイム編集で補うことになっていた。

しかし現状小町は学校にいる訳で、いくら考えても支援は望めない。

 

どう見ても詰んでます。本当にありがとうございました。

 

こうしている間にも雪ノ下は八幡(偽)へとにじり寄り、詰問してくる。

 

「そこのあなた」

 

全く知らないはずの相手にも、というか目の前でネイバーをバラバラにして見せた得体の知れない人間に対しても、その性格は健在らしい。

身の振り方について全力で頭を振り絞っていると、黙殺とみなしたのか、さらに声をとがらせて睨んでくる。

 

「あなた口が利けないの? 返事くらいしたらどうかしら」

 

マズイマズイマズイマズイ! ヤッバイヤッバイヤッバァイ!

 

いよいよ迷走し始めた思考を落ち着かせようにも、雪ノ下の態度はそれを許さないでいる。素知らぬ顔で辺りを眺める暁法が拍車を掛けている気もするが。とにかく、八幡は焦っていた。

唯一の救いは外観上の表情を変えずにいることで沈黙が意味ありげなものになっていることだろうか。なんの助けにもなりはしないが。

諦めて口を開こうとした丁度その時に、暁法が突然表情を険しくするやいなや、そのままくるりと背を向けて、脱兎のごとく身を隠した。

暁法の姿が完全に隠れたかと思うと、時を同じくして新しい人影がこの場に飛び込んで来る。

 

「嵐山隊、現着した!」

 

「けど、終わってますね……誰でしょうかあの人?」

 

『え、終わって……? ツイン狙撃は? 出番は?』

 

「油断しないでください。佐鳥先輩」

 

そこにはボーダー本部所属A級部隊、紛うことなき精鋭である嵐山隊が揃い踏み(佐鳥除く)していた。

なんか一気に騒がしくなったなぁと八幡がぼんやりと考えていると、さらにもう一群が現れる。

 

「くっそー間に合わなかったかー! コレやったの嵐山さん?」

 

「言葉は選べ、陽介」

 

「三輪隊か! いや、俺達も今来たばかりでな」

 

おっ、これ有耶無耶にするには最高のタイミングじゃね? と思いたって脱出を試みた八幡の幻想を、嵐山准はぶち壊した。

彼もまたウニ頭属性に縁があるのかもしれない。

 

「やったのは彼だ」

 

最悪のタイミングで話が戻ってきたぞオイ。

 

『トイレから帰ってきたらなんかあったっぽくて、それを見に来た野次馬Aですよー作戦』は完全に失敗である。三輪隊が出張ってきた以上は、どちらにせよ破綻していただろうが、そこは今重要ではない。と言うか、彼等にダミースキンの事がバレるのはそれはそれで避けたいのだ。

しかし、そこに割り込んだ雪ノ下が結果として八幡を延命させた。

 

「彼を含め、あなた方はボーダーですね? 何故警戒区域から離れたこんな所にネイバーが?」

 

流石に人が揃えば体裁は整えるのか、言葉遣いを正してそう訊いていた。その目にありありと不信感を抱えながら。

 

「確かに俺たちはボーダーだ。到着が遅れて申し訳ない。聞きたいことは色々とあるだろうけど、現状では答えられることは何もない。すまないが今は避難指示に従ってほしい。」

 

手短にそう言って、責務に取り掛かった。

 

「嵐山さん、このブロック周辺の立ち入り制限始めます」

 

「ああ、任せた。木虎は学校側への説明を頼む。俺もすぐ向かう」

 

「了解」

 

「おっ、手伝うぜトッキー」

 

「ありがとうございます、米屋先輩」

 

「三輪は高校生の隔離を頼めるか? 野次馬は少しでも減らしたい」

 

「……わかりました」

 

嵐山准の説明に納得のいかない表情でいた雪ノ下だったが、思えばたった今到着した人員が全て把握しているわけがないと思い至ったのか、渋々ながら身を引いた、かに見えた。

しかし、せめて至極真っ当な質問だけはせずにいられなかったのか、ついにその質問がされた。

 

「あの……そこにいる人は本当にボーダーなんですか? 少なくとも当校で見た顔ではないのですけれど」

 

「「「「『「ん/えっ?」』」」」」

 

ああ、ここまでせっかく誰も気づかないでいた疑問に気がついてしまったか。

 

今度こそ八幡は滝のような汗を流した。

 

「そういえば誰でしたっけ」

 

「A級じゃないのは確かでしょうけど……」

 

「えっ? じゃあB級!?」

 

「いやーこの数のネイバーに単騎で立ち会えたらB級でも話題になってるだろ」

 

「まさかC級って事は……」

 

「でも隊服は正隊員のモノですし……」

 

「それこそないだろう。奈良坂、古寺。お前達は知ってるか?」

 

『ちょっ、三輪先輩! 位置バレしかねない事聞かないでくださいよ!』

 

『無駄だ、章平。もうバレてる』

 

『あのー、三輪先輩。佐鳥は? 俺の意見は!?』

 

顔の見えないままに話すことで起きた混迷を嫌い、三輪は一度言葉を切った。

 

「ハァ……それでどうなんだ?」

 

『ダメだな。撃てなくはないが、射線そのものはまるで通っていない。加えて知らん』

 

『同じく自分もわからないです』

 

『俺は一応見えてるけど、誰かってのはてんでわかんないかなー。少なくとも持った中のC級にはこんなのいなかったと思いますけど。ってかどう見てもアタッカーじゃん?』

 

流石にこれらの会話をすべて聞き取れている訳では無いが、状況が確実に悪化していることだけはひしひしと伝わってきた。やはりA級の質は一段違うというべきか、先ほどの指示を達成する為に移動すると見せながら、その実彼等は八幡を包囲しつつあった。

 

「まあ本人が目の前に居るんですから、直接聞けばいいのでは?」

 

万事休す。木虎の一言は、きっと準備が整ったことを示すものだろう。

 

「そうだな、そうしよう。君の所属は?」

 

「…………。」

 

答えられない。と言うか、答えられるはずがない。どこかのタイミングで雪ノ下に明かすとはいえ、由比ヶ浜の所在がわからない今だけは。だからこそ、暁法と琴時にはさっさと保護したと言ってもらいたいのだが、未だその連絡はない。

多少の軋轢を産む覚悟で、八幡は強行突破を決めた。

 

「もう一度聞く。君の所属は?」

 

「………………。」

 

先程と同じく、沈黙をもって返す。違うのは、ただ慌てるでなく打破の為呼吸を整えている事。

応答がないと見るや即座に三輪秀次が鉛弾を放ったのを確認して、八幡のトリオン体が爆散した。紙一重のタイミングで狙撃もあった辺り、どうあっても生身に剥く腹らしい。

 

「ッ!? 爆発!!?」

 

「すみません、伏せていて貰えますか」

 

突然の出来事に困惑する雪ノ下を、時枝充の静かな声が落ち着かせた。

全防御を備え抜かりなく護衛に徹している彼の顔には、声音に反していささかの緊張が伺える。

 

「クッソ、手応えねーな」

 

吹き荒れる粉塵の中へと、躊躇いなく飛び込んでいった米屋陽介から芳しくないという声。

それを聞いた嵐山准は、すぐさま全体を俯瞰していた狙撃手と交信する。

 

「賢、レーダーは?」

 

『ダメっぽいです。飛び散ったのも全部トリオンで辺一帯反応が出てます』

 

「識別はどうだ?」

 

『一応ボーダーのトリガー……? 不明じゃないですけど』

 

歯切れの悪い佐鳥の言葉に疑問符を持つが、今この場で回せる気は流石にない。

 

「撒かれたか……」

 

「反応は味方でした。挙措はともかく、脅威ではないと見ていいんじゃないですか?」

 

「使っていたトリガーがボーダーの物だった、確認出来たのはそれだけだ。ネイバーがいないという保証はどこにもない」

 

「……浅慮でした、すみません。三輪先輩」

 

「……いや、感情的すぎた。すまん、時枝」

 

ネイバーの事となるとつい歯止めが効かなくなる三輪は、己の行動が八つ当たり的になったことを恥じて謝った。時枝も、見えていなかった可能性に気づき、丁寧に頭を垂れる。

なんだかんだ上手く付き合えている後輩達に向けて満足気な笑みを浮かべると、嵐山准は気を引き締めて仕事に取り掛かり直した。

 

「よし、そこまで! 本部で隊員が所持するトリガーの位置情報を洗えば分かることもあるだろうさ。ひとまず今は警戒くらいしか出来ないからな。編成を組み直す。三輪隊と木虎、賢は周辺の警戒を頼む。充はこの場で回収班との連絡を」

 

それと、と言って言葉を切ると、目の前の出来事の処理に手間取っている雪ノ下へと向けて声を掛ける。

 

「想定外の事もあって、取り急ぎ学校側へ事情を説明しなければいけないんだ。突然の出来事に混乱している所申し訳ないけれど、口添えをお願い出来ないか?」

 

実際は彼女が狙われた事を憂慮しての保護を含めたアフターケアでもあるのだが、それをおくびにも出さずにこう言ってのけるあたり、流石はボーダーの顔と言うべきだろうか。

戦闘というある種非現実的な世界から、日常的な(と言えるかはさておき)会話へと引き戻された雪ノ下は、未だ尾を引く身震いを気丈に払い除けて前を向いた。

 

「え、ええ……。どれほどお力になれるかは保証しかねますが」

 

「ありがとう。ご協力感謝する」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

案内という名目で嵐山准の前を足早に歩きながら、雪ノ下雪乃は思考に没頭していた。

戦闘はまるで素人の彼女であっても、言葉も交わさずにあれだけの連携をとれる彼等が相当の手練れである事くらいは推し量れる。

しかし、そんな彼等でさえ取り逃すほどの実力をあの人物が持っていたという現実が、雪ノ下雪乃の中でいまいち消化出来ないでいた。『人は見かけによらぬもの』という諺の教えではなく、より直感的な違和感が彼女の意識にささくれを残している。

既視感、ともすれば単なる自意識過剰の類。それでも『正しい』意識が、自問を促した。

 

私はあの男を知らない? 本当に?

 

人は、顔のパーツが平均の位置にある程に、それを美しいと感じるという。言い換えるならば、最も突出していない人間が最も美しい顔であるということだ。

しかし先程の人間は、美しいとさえ感じさせない程に特徴を失っていた。

まるで造られたように、そうなるように、余りにも特徴を削ぎ落とされた人相を脳裏で反芻する。髪があって、眉があって、目があって、鼻があって、口があって……。そんな『当然』さえ特徴と呼ばねばならないほどに、あの人物のイメージは曖昧だ。

だが、それ故に。

それ故に、細やかな仕草が、佇まいが、特徴として刺さる。偏りとして鍵となる。

例えば猫背のせいで私とそう変わらない体躯を、例えば捻た性格を表すかのような斜に構えた立ち方を、例えば人と対峙した際に相手よりも僅かに下を見るあの癖を。

 

ついさっき目にしていたのではないかしら?

 

断片的に過ぎなかった情報は重なり合って嵩を増し、遂に立像となって解を導いた。言葉とするには余りに頼りなく、馬鹿馬鹿しい答え。しかし、吟味の手だてを持たずにいて、なおも口にしないではいられないそれを。恐る恐る、雪ノ下は自身の推理を声に出して確かめた。

 

まさか、ありえない。いいえ、でも……まさか?

 

「比企谷くん……?」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

その言葉に驚きを隠せなかったのは嵐山准だった。

思索に耽る雪ノ下雪乃を見て、初めはネイバーを見た事によるショックが抜け切れないでいるのだろうと、敢えてそれを遮ることはしなかったが、なんの前触れもなく現れた『比企谷』の名に、驚きがつい口を衝く。

 

「君は比企谷を知っているのか!?」

 

「えっ、ええ……彼は私が部長を務める部活動の部員ですが……。ご存知でしたか?」

 

当然といえば当然で、前を歩く彼女はその足を止めてこちらを窺ってきた。必ずしも互いに浮かべる相手が一致しているとは限らないが、『比企谷』なんて苗字はそうあるものじゃない。まず間違いないだろう。

 

「ああ……よく知っている。そうか、なら……なぜ?」

 

「『なぜ』というのは?」

 

入れ替わるように思案顔になる嵐山准を見て、雪ノ下は当惑するように首をかしげる。

あくまでスポンサーの親族にすぎない彼女に多くを語るべきか逡巡した嵐山准だったが、結局自身の疑問が勝る事となった。

 

「その前に、ひとつ聞かせてくれ。今日比企谷は休んでいるか?」

 

「は?」

 

「重要な事なんだ。今日はいないのか?」

 

質問の意図を測りかねているのか、またも悩ましげにする雪ノ下の言葉を遮って問いを重ねる。

 

「いえ、確かに学校に。帰ってこない彼の所在の確認をする際に遭遇したのが先程のことです」

 

「そうか……いや、待ってくれ。君はあの場所に一人で来たのか?」

 

「いえ、もうひとりの男子生徒と……あら? そういえば彼はどこに?」

 

「まさか攫われたのか! その生徒の名前は!?」

 

「モリアケノリ……だったと思います。漢字は定かではないですけれど」

 

「……モリ? 杜だって? じゃあやはりさっきのは……」

 

何もかもが仕組まれていたという事に嵐山准が辿り着いたのと、雪ノ下が到達した結論を吐露したのはほとんど同時のことだ。

 

「…………先程の彼は、比企谷くんなのでしょうか」

 

まるで自身の脳内を読み上げられたようで、思わず面食らった嵐山准は静かにそれを問い質す。

向かい合うふたりは、もはや当初の目的をわすれたように足を止めていた。

 

「……なぜそう思うんだい?」

 

「顔は間違いなく別のモノでした……けれど、その……似ていたなと」

 

伏し目がちにそう言った彼女を見て、嵐山准は自身の推測が限りなく事実に近いであろうことを理解する。思考が整理され始めることで先程の諸々が腑に落ち、同時に新たな疑問を生んだ。

 

「だいたいあってるぞ、雪ノ下」

 

正解は、本人の登場をもって明かされた。いつの間にか現れた比企谷八幡が、廊下の窓からこちらを眺めている。

 

「比企谷!」「比企谷くん……」

 

「どうも、嵐山さん」

 

「比企谷、あの格好はどういうことだ? それになぜ杜もいない」

 

矢継ぎ早に繰り出される質問に八幡はちょっとうんざりしたように答える。

 

「それはまた今度家に来たときでお願いします」

 

そう言われて、ようやく今すべきことへと立ち返った嵐山准は表情を改める。

 

「要件だけお伝えしますと、既に学校側に話は通しました。生徒の隔離も八割方完了しています。それと、さっきの件は内密に。疑う訳じゃないですけど特に三輪には。本部には追って連絡します」

 

「わかった。回収が終わり次第警戒区域に復帰しよう。いまいち理解しかねるが、まあそれは今度にしておくよ」

 

「助かります」

 

素直に頭を下げた八幡に対して、嵐山准は構わないさ、と鷹揚に微笑んだ。その隣では不機嫌であることを隠そうともしない雪ノ下が、腕を組みながらその様子を睨んでいた。

為すべきを知り、増幅された身体能力をめいっぱいに使って駆けていった嵐山准の姿が角に消えると、雪ノ下は他を圧倒する威圧を放ちながら八幡を見る。

 

「当然、私への釈明もあるのよね?」

 

言外に『洗い浚い吐け』と意味を込めた台詞も、八幡に対しては然したる効果を見せなかった。

余計な問答を省こうとした雪ノ下の目論見はあっけなく崩れ去る。

 

「ん? ああ、トイレ行ってた」

 

これほど清々しく、また同時に馬鹿馬鹿しい言い訳も珍しい。

たった今眼前で交わされた会話は、先程の出来事を目撃していた雪ノ下にとっては紛れもなく『比企谷八幡』が『彼』である事を示すものであり、比企谷八幡の口上はそれを承知で話していたはずなのだ。

 

「あら、そう。ついでに聞くけれども、杜くんの所在を知らないかしら」

 

雪ノ下雪乃はあくまで穏やかに、冷静さを携えて言葉をかき集める。端からマトモな答えは期待出来ないと予想していたからこその答え。苛立ちは募れど、闇雲にぶつけたところで利がないことくらいは彼女とて理解しているのだ。

 

「ちょっと『()()()』だ」

 

「……あなた、ボーダーだったのね」

 

それでも動揺を見せない八幡にいい加減腹を立て、少しカマをかけた雪ノ下だったが、それも『さぁな』の一言に流される。彼にとっては想定内という事だろう。

他人の掌中に居ることへの不快感は、雪ノ下に虎の威をも借りさせた。

 

「私の家はボーダーのスポンサーよ。出資者に対する説明の責任を果たそうとは思わないのかしら」

 

今度は返答さえなく、嘲りを添えた笑みだけが返される。

意味を持たないことを知りながら、それでも口にした言葉は案の定一笑に付された。

そこから始まった雪ノ下の沈黙は、手詰まりであると雄弁に語るようでもある。

 

「そう睨むな。ツツミカクサズ教えてやる」

 

「……どういう風の吹き回し?」

 

今まで必死に隠してきたのに、と言い切る前に八幡がそれを遮る。

 

「当然、俺の利益の為だ。弱味を握ったと勘違いするなよ? 俺がさっき逃げたのは、ただタイミングが悪かったからだ」

 

「タイミング?」

 

「ああ、だがそれも気にする必要はなくなった。という訳でカミングアウトのお時間だ」

 

そう言うと、彼はニタリと気色の悪い笑顔を浮かべた。

そこで彼が何かを言う前に、もうひとつの声が現れる。

 

「悪趣味すぎんだろ。さっさとバラしちまえよ」

 

雪ノ下がギクリとして背中を振り返ると、そこにはマッ缶を携えた()()()()()()()()

 

………………は?

 

雪ノ下は声を出すことも忘れて立ち尽くした。ありえないと解っていながら、自身の視覚は『比企谷八幡を2人』捉えている。

先程まで雪ノ下と会話をしていた方の『比企谷八幡』は、呆然とする雪ノ下を見て不満と充実を織り交ぜたような顔でいた。

 

「どうしてネタ明かしちゃうかなー」

 

「うるせぇ、俺だって自分見るのは気持ち悪ぃんだよ。まして中身がお前ならなおさらだ」

 

この場で唯一状況を理解出来ていない雪ノ下に向かって『比企谷八幡』が歩み寄る。

思わずたじろぐ彼女の気を使うことなく、彼は正面に立ちはだかった。

 

「つまりは……こゆコト♡」

 

言いかけた言葉と共に比企谷八幡が崩れたかと思うと、次の刹那、そこには杜琴時がいた。

 

杜琴時。暁法を義兄に持ち、比企谷兄妹らと同居するブラコンを騙った変態。かと思えば、学校では天才の名を欲しいままにする優等生。ボーダーにおいては、文字通り計り知れないトリオン量を有し『源泉』と称されるボーダー最強の一角。

そして彼女は、雪ノ下雪乃のクラスメイトでもあった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 




次回で恐らく『由比ヶ浜編』が終わります。
もう暫しのご辛抱をば。

【追記】平成29年11月15日
方々修正しました。
今回特に細かなミスが多くて嫌になります。

【追々記】平成31年1月4日
嵐山隊の説明から5位という表記を削除しました。


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(7)流れゆく日々

お久し振りでございます。
今度ばかりは本当に失踪するかと思いました。
それでもこんなに短いです。
リアルが充実というよりは逼迫さえしておりましてそろそろ拡張しないとやってられません。
明日も更新しますのでどうぞよろしく


 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「こんにちは、雪乃さん」

 

そう言う彼女、杜琴時の表情は獰猛な笑みで埋め尽くされていた。

夕陽に照らされた血色のいい肌や燦然と輝く瞳は、驚愕から表情を失くした雪ノ下の頬の蒼白さとは対照的で、ふたりの全く違う魅力をそれぞれが引き出している。

つまり、八幡の肩身は狭くなる一方であった。

 

「……アナタ達、あまり似ていないのね。気付かなかったわ」

 

「ええ、それはもう。私達は結婚できる義兄妹ですから」

 

喜色満面に笑みを浮かべて答える琴時の思考回路は、雪ノ下には理解し難いものだったらしい。『何を言ってるかわからない』とでも言いたげな表情で琴時を一瞥すると、くるりと八幡の方へ向き直った。

 

「それで、洗いざらい話す気はあるのかしら」

 

「出生から何から全部喋れってか?」

 

どこまでもひねくれ者のスタンスを貫く八幡に対する彼女の苛立ちは正当なものだろう。

肩を怒らせる彼女から並ならぬ殺意を感じ取ったのか、彼はふいと目を逸らしてしまった。

 

「じょ、冗談だす」

 

どうやら彼の名前はひねくれチキンが適切のようで。

 

「じょww 冗談DA☆SUwwww あっははははは!!」

 

「……ふざける相手は選ぶ事ね」

 

ここでもふたりの反応は真逆を往くもので、片や大笑いしているかと思えば、もう片方は憮然たる面持ちで八幡を睨み付けている。雪ノ下に至ってはからかわれたと思っているようだった。

 

「あっっ……つった! 腹筋つった! 今凄いねじれの位置にある!」

 

ひいひいと腹をよじらせて悶え伏している琴時へと向けて、たっぷりと怨情(誤字にあらず)に浸した八幡の声がかけられた。

 

「そのままくたばってしまえ」

 

「ちょ、酷っ! もう少しこう、心配とか心遣いとかさ?」

 

「喧しいわ。出番は終わりだ。アンコールはねぇからさっさと帰れ」

 

怠そうに追い払おうとする八幡を見て琴時はひとつ大袈裟な溜息をしてみせると、背筋を伸ばして『優等生』になった。

 

「それじゃあ雪ノ下さん、比企谷くん。またね」

 

しれっと言ってあっさり去っていった琴時を見送って、雪ノ下は更に目を丸くしていた。驚愕から口に出していることも理解出来ていないのか、ボソリボソリと彼女を評す言葉が口から溢れていた。

 

「その言葉、あの兄には聞かれるなよ。あれはステージIVのシスコンだ」

 

「えっ……? ええ、そうね……」

 

はっと我に帰った面持ちの雪ノ下は、しかしまたすぐに心を抜かれたように琴時の去っていった方向を凝視していた。

先に折れる事にした八幡は、重苦しい荷を降ろすように深く息を吐く。

先程の雪ノ下の言葉は否応なく、確かに彼の耳にも届けられた。

 

曰く、『バケモノ』。

 

久し振りに聴いたその呼び方は、自身がそう指された訳でもないというのにチクリと胸を刺した。本質的に同じ穴のムジナであると理解しているからこそ、雪ノ下の言葉はカンに触る。

 

ああ、そうだ。そんなのが集まったからこその比企谷隊ってワケだ。

 

口には出さずに自棄っぽく考えて、もういいかと開き直った。

そして先程の逃亡ついでに買ってきたマッ缶を一気に呷ると、彼は眠たげにこう言った。

 

「勝手に喋る。勝手に聞け」

 

オーバーヒート気味の雪ノ下を前に、ざっくばらんな説明が始まる。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

場面は変わり、比企谷家のリビングにて。

 

「————と、いうことで処すべき」

 

八幡の冒頭陳述はそんな物騒な言葉で締めくくられる。

終始恐縮したような姿勢で先程までの顚末を聴く琴時に向けて、ひとつの鋭い視線が向けられていた。今回の判事役、比企谷小町調査役(共生法6条2項)のものである。

今、比企谷家自宅リビングでは司法委員会が開かれていた。

実態が裁判とはいえ、共生法における規定がない以上は裁きようもないのだが、まあそれはともかく。

喧喧囂囂、侃侃諤諤と主張を戦わせる八幡と暁法の奥から唸るような声が漏れ、その場にいた3名全員の注意が小町へと向かう。

 

「…………バ……」

 

「「「……バ?」」」

 

「ばぁっっかも〜〜〜〜ん!!!!」

 

取り囲み、覗き込むようにしていた暁法達へと勢いよく繰り出された『お叱りの言葉』は、その場を超法規的お説教へと切り換えた。高校生3名は問答無用で居住まいをただし、斯くして中学生による高校生への小言の時間が幕を開ける。

 

「ルールを真っ先に守るべき我々が! ナニユエ特権で遊んどりますかぁ!!?」

 

「あっ、あのっ! 小町ちゃん!? イタイイタイクルシイですぅぅぅ!」

 

小町はどこで習ったのか、琴時の腕を絡めとるようにして腕ひしぎ十字固めを決めていた。正座をさせたのは身長差をなくすためだったらしい。その甲斐あって技は完璧に決まった筈なのだが、何故か途中から涙を浮かべ、自らその縛を解いた。

 

「うえぇぇぇぇぇんお兄ちゃぁん!! 胸がぁ! おっぱいがぁ! イジメるぅ!」

 

ああ無情……胸囲の格差社会……。

 

「よしよし……まぁその、なんだっグヘッ!?」

 

きっと、ああ言って八幡に駆け寄ったのは罠だったのだろう。紳士たる暁法や、淑女たる琴時は、決して彼女がガチ泣きしていたことなんて知らないのだから。

とにかく、八幡が突如奇声をあげたのは小町による奇襲が直接の原因だ。

かかったなアホが!! そんな叫びが聴こえそうなほどに計算づくの動きだった。

 

「流水無拍子(擬)!!」

 

それはひょっとして落涙&突拍子の間違いではなかろうか。少なくとも膝蹴りではなかったと思うのだが。

 

敢えて声にはされなかったツッコミはさておいて、懐かしのサ〇デー作品の必殺技を騙り、兄を踏み台に拳を掲げた小町は、余韻もそこそこにぬらりと振り返った。今のところ、唯一制裁を免れている暁法をしっかりと捉えて。

逃れ得ぬことを悟った彼は言う。

 

「えっと……ヤサシクシテネ?」

 

「うん! 絶ッ対ヤダ♡」

 

それはそれは天真爛漫な破顔だったという。

 

悶虐陣破壊地獄(偽)。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

この度の高校生組の行動が余程お気に召さなかったのか、死屍累々となったリビングで、小町はひとり気炎を吐いていた。

 

「審議誠実に反した者に対する罰則を共議会で定めましょー!!」

 

鶴の一声ならぬ、小町の一声。

手続きに多少の瑕疵を垣間見せながら、斯くして共生法は補完への一歩を踏み出した。

 

 

共生法改正案『信義誠実に対する罪』

共同生活者が一般に契約を定め、その約定の本旨及び当然に認められるべき付属的義務に対し悪意をもってこれを犯した時には、その個別的事案における重要性等について厳格な審査をした後相応の罰を課すことが出来る。

 




これにて『由比ヶ浜編』は御終いです。
ここまでやってきて最後これかよってのは歯軋りするしかないのですが、改定は今度の機会ということにして次へ行きます。

次回からは『あの事件』編となります。
それではまた明日。
















書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない!!!!!!!ああ欲求不満!!!!!


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『あの事件』編 (1)イカせておくれ!

月4回キープ……出来てませんね、ええ。
今回から、小町を除く比企谷隊の面々に各一話を使い『あの事件』編と題しまして過去話を致します。
長らく説明を避けてきた諸々を明かす第1段階となります。

暗く辛く頭のおかしい文に皆様の困惑する顔が浮かぶようです。
どうぞお付き合いのほどを


Akenori's Lament ~大規模侵攻中・三門市~

 

 

 

朧気なままの視界で、理解を試みる。

 

……そう難しくもないな。クイズとしては失格だ。

どうやら俺は死んだらしい。

 

夥しい血(?)と怒号。呆れるほどの焔と肉の焦げ付く匂い。見飽きたようで、見慣れぬ惨状。

 

これは所謂『冥府』ってヤツだろう。

 

彼岸を渡る前か、後か……まぁどっちでもいいか。死後の世界ってあったんだなァ(小並感。…

…それはともかく、景色がまるでモノクロだ。極彩色ってのもイメージじゃないが色が分からないのも不気味なものだ。

 

というか、どうせ地獄へ逝くなら閻〇あいに連れてってもらいたいねぇ。

地獄確定って自分で言い切る所とか、そんな恨み買った覚えねえとか、ツッコミはともかく能登かわいいよ能登。

渡し賃五円チョコで勘弁してくれないかな。財布持ってきてないだろうし。

死神とのご縁なんて縁起でもないが、くたばっちまった後ならそう気にすることもねえでしょ。

 

うーむ、認めたくないものだな…自らの幼いままの幕引きと言うやつを(キリッ

 

……いやいや待て待て? そもそも俺はなぜこうもあっさり死んだ?

 

死因はなんだ? 持病なんて抱えてた覚えはないし、事故ったのか?

 

もちつけ、ここはまずテンプレから入ろう。

 

ココは誰?ワタシは何処?(コレなんぞ!?)

 

……記憶喪失モノってのも最近見ないなぁ…とかやってる場合でもないか。

事故分析だ。

……もとい、自己分析だ。今やってんの就活じゃなくて終活だけど。

 

名前は?  (もり)暁法(あけのり)

 

歳?    13歳

 

身分は?  三門市立第三中学校一年

 

あぁ、そうだ。

 

確かキセキの世代とか呼ばれてバスケやってた記憶が……あー、ないね。

俺の苗字に色入って無かったし、好きなスポーツは野球だったね。

そもそも部活やってないし。

というかこんなどうでもいい事より記憶辿ろう…マジで死に際が気になる。

……ああッ、クソ!フラッシュバンでもくらったってのか!?

鬱陶しい!

目の前にこびりつく白! 白! 白!

瓦礫が見える。死体が見える。盛る焔も何も彼も!

だがその全ては白に塗れ、白に汚れ!!

ああああッ!!! 止めろ! そんな五月蝿く押し寄せるな!

分かるものは見えるものばかり、意識を脳みそに沈める事さえ出来やしない!

……いや、思い出したぞ、思い出したとも!

エド・ウッドみてぇな理不尽が俺の住む街を襲ったのが最期の記憶だ!!

 

ああ! クソッタレめ!!

 

日常に異常が湧いて、後は巷がデス・パレード!

罵声と断末魔。綺麗に華麗に死ぬ悲劇と、醜く惨めに果てる喜劇。

くたばる過程に差はあれど、詰まりは最早土塊にすぎぬ!

 

………待てよ?どうやらテメェの死に様は杜暁法ではなく犠牲者の一人(One of the victims)らしい。

……ではこの俺の家族は? 友人は? そうだ、居たんだろう。居ないはずもない、きっと。

家族…身内…兄妹…妹…妹!?

ああそうだ! どうして忘れていた!

なぜ思いもしなかった!?

どうしたことだ、このシスコンともあろうものが!!

 

琴時(ことき)

 

琴時!

 

父さんとお母さんは!?

 

頼む! 俺は行けないんだ!!

 

琴時を!! 琴時を!!

 

ああ! ああ! ああ! ああ! ああ!

 

死んでいようととも諦められるものか!

 

これだけは!

 

こればかりは!

 

脚よ駆けろ! 息を深く吸え! 灼けた空気でいい、肺を満たせ!!

 

俺はここだ! 無事か!? 危ない! 逃げろ!

 

ええいクソが!! なんだってんだ、この白は!? 方々で流れて溜まってやがる!!

 

…ッ…ああ目が霞む! 身体は藁束か!?

 

俺はどうなってる! どうなっちまったんだ!

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

―――この時の事は『狂っていた』としか形容できない。

ひたすら壊れた調子で《現実》を認めまいと意識が騒いでいると、正面に影が落ちた。

瓦礫でも崩れたのか、死体でも降ってきたのか。

とにかく、役に立たない自分の目にまで理解できる変化がやってきた。

 

それは見たこともない何かで、また見たくはない事実で。

 

火車(かしゃ)土蜘蛛(ツチグモ)? はたまた魔化魍(まかもう)

どれでもないだろうが本質は変わらない。

 

あれは敵だ、紛れもなく。

 

どうしよう(殺す)どうすればいい(殺す)どうしてやろうか(ブッ殺ス)

 

今この場で無力さを弁えているのに、沸沸と煮え滾る激情が、逃亡という理性を食い破る。

いや、この体では逃走など叶わないと納得しようとしている。

 

いっそのこと、飛び込んでしまおうか。理不尽に流されてしまおうか。

 

そんな考えに自惚れそうになる。一矢でも報いるつもりで、華々しく散るつもりで、別段栄誉でも無い英雄的な死を求めようとしてしまう。

 

そんな破滅願望に絡めとられるのは止められた。

いつの間にか現れた人間が、襲い掛かる何かを蹴り上げる光景によって―――

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

―――あっさりと敵を撃退した初老の男性は振り返ってこちらに目をくれると、ポツリと呟きながら声をかけてきた。

 

「よく立っていられるものだ……ぼうず、逃げるぞ」

 

たしか、この時俺は途切れ途切れの意識をどうにか保ち、助けられた礼を言ったつもりだった。実際口にしたのは別の言葉らしいが。

 

「俺より妹を………琴時を…」

 

助けてくれ、と伝えられることはなく俺の意識はついに暗転した。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

―――俺の大規模侵攻の記憶はここで途切れている。残りはすべて後日談の様なものだ。もっとも、その「後日談」こそが俺にとって―恐らく琴時にとっても―重要なのだが―――

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

目が覚めて、「知らない天井だ………」と言うべきか迷ったが、動けないことに気づいて視線だけを部屋に泳がせる。

 

無機質で、それでいて冷たさを感じさせない不思議な部屋には、包帯で全身をぐるぐる巻きにされた自分と、最低限の調度品だけがあった。

 

これからソーダ水漬け(ミイラ)にでもされるんだろうか。

 

覚束無い思考でつまらない事を考えていると、不意に扉が開かれ、人の来訪を告げる。

その男は自分が寝そべっているベッドに近づくと、落ち着いた物腰で自己紹介を始めた。

その実、内容は余りにせっかちなものだったが。

 

「やぁ、はじめまして。僕は『司』。君を助けたおじいさんの……孫だよ。早速で悪いんだけど君の名前を教えてくれるかい?」

 

初対面からなんですが胡散臭い……………。

 

と、いえども、怪しさ満点ではあるが恩人の弟子と言われれば黙ったままというのも礼を欠く行いだろう。

ひとまず挨拶を返さねば。

 

「はじ……まし…て、杜…暁……法と言い…す。木偏…に土、暁の……法律で【もり……あけ…の……り】。い…お…うと…知……んか? 」

 

喋ることすらままならない口を何度ひっぱたいてやりたいと思ったか分からない。

しかし、それすらもままならないのが自分の現状と言えた。

 

「琴時、和楽器の琴に時間の時で【ことき】です。」

という言葉は伝わったのだろうか? 嫌に舌が重い。

まあせっかちなのはお互い様、だ。

化物なんざどーだっていい。琴時を。琴時を!

とは言え、そんな自分を見て相手が気を悪くした様子もないが。

むしろ、気を重くしただろうか? こころなしか、血の気が引いた気がする。

あんな事の後(なのだろうか?)だ。努めて明るく振る舞おうとするのは当然なのかもしれない。

まして、子供の前ともなれば。

 

「うん、木偏に土、暁の法律でアケノリ君……ああ、まだ無理してはいけないよ。君が動けないのは包帯のせいではないからね。質問については君がもう少し回復してからまとめて答えよう。今は回復に専念だ。御家族については僕が調べておこう」

 

司と名乗った男が言ったことはもっともな事なのだろう。確かに、急激に眠気が―――

 

考える間もなく眠りにつくと、司は安心したように部屋をあとにした。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

―――とまぁ、これが自分と司の初顔合せだ。胡ッ散臭い大人だろう? 今でもそう思ってる。とはいえ、この時司は本当に身を粉にして働いてくれたらしい。そこは本当に感謝しているよ。おかげで今日も死にたくない――

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

それからというもの、一週を眠って過ごし、一週を体力の回復に努め、一週をリハビリに注ぎ込み、ようやく日常生活に復帰できるまでになると、また司がやってきた。

 

「やぁ……順調だと聞いてね。聞きたいことは山とあるだろうし、そろそろ答えることにするよ」

 

初対面以降、顔さえ見せなかった司からついに事情が聴ける事への何とも言えない緊張感から自然とゴクリと唾を飲み、口を開いた。

 

「……琴時は無事?」

 

「無事だ、市内の病院で特に大きな怪我もなく意識もしっかりしている。ショックによる多少の記憶の混乱はあるようだけど概ね健康と言って差し支えない」

 

吐息が震える。ぞくりとした衝動が全身に起こり、琴時の無事に歓喜した。

 

ああ神サマ!! 善くぞやってくれた!

 

ここで終われば良いものを……男の声は、だが、と続けられた。

 

「御両親はお亡くなりだ。」

 

「………ぁ……………………?」

 

何故と問う声で脳がショートして、感情が呻き声となって零れだす。

 

言葉を忘れたかのように、原始的で起源的な音が鳴り渡る。

 

即ち、慟哭。

 

何故なのか、琴時は父親を喪って、俺は母親を喪って、今また両親を亡くしてしまった。

何を呪うのか、何故嗤うのか。どれほど恨もうと何にはらせば良いものか。

 

「君たちの御両親が亡くなったのは、僕らの―――力不足によるものだ」

 

より深く、より濁った思いに沈むのを遮ったのは司の声だった。

それはまるで絞り出されたように。あるいは、決壊の前触れのようで。

悲嘆に暮れる暁法の耳さえも傾けさせた。

 

「君のお父さん、琴時ちゃんのお父さんは僕達の仲間だったんだ」

 

――――――ah?

 

思考が追いつかず、感情が当てはまらなかった。

 

何も知らぬ嬰児(みどりご)のように、ただ呆然としながら、浴びせられる言葉の数々を、意味記憶として収納するしかなかった。

 

―――ああ、嬰児であったなら。

 

そうでさえあったならば、いずれはその記憶も深く鎮められたことだろう。

 

きっと、時間が薬となった事だろう。

 

そんな風に、幼児期健忘のように忘れられたらどれだけよかったかわからなかった。

 

それでもただ甘んじていた。

 

甘んじるしか無かったのだ――――

 

曰く、父親同士は同僚だった。らしい

 

曰く、母親同士も友人だった。らしい

 

曰く、その仕事は表向きの事。らしい

 

曰く、生業は秘密組織である。らしい

 

曰く、父親達はそれで死んだ。らしい

 

曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く―――

 

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

 

聞きたいことはすべて聞いた。

 

聞きたくないことも粗方聞かされた。

 

数え切れない秘事も、無理矢理こじつけた様な裏設定も、すべてが詳らかに語られた。

 

それでいて、幾重にも濾過を重ねたような、そんな純粋なバッドニュースばかり目に留まるというのも皮肉なものである。平時であれば胸を高鳴らせたであろう中二病めいた言葉の数々でさえ、それが意味するのは結局のところ、「大切な人が死んだ」というだけのことなのだから。

 

せめてもの救いというのであれば、父さんは決して卑怯者のように、醜く、卑しく、見苦しく死んだのではなく、最期まで自分の家族を、同僚を、果ては街の人々を、見境なく、それこそ手当り次第に助け、導いて、その結果、聖人の様に亡くなったことだろう。

また、義理とはいえ母親も、最期まで父さんを支え、人々を介抱し、遂には父さんと連れ添って亡くなった。

 

他人から見れば、それは決して救いでは無いだろう。

むしろ、親の死に様を事細かに知る事は辛い事だと誰もが口を揃えて言うのだろう。

 

それでいい。

 

例えそれが誰の目にも救いに見えなかったとしても、中学生の子供を残して死んでしまう不甲斐ない親に見えたとしても、自分の中にだけはしっかりと、それは救いとして残っているのだから。

 

「まずは琴時ちゃんと再会しようか。それから、今後の話をしよう―――」

 

『ついておいで』と語る背中に、ようやく自身の責務を認識した俺は、誰に誓うともなくこう呟いた事を明瞭に記憶している。

 

琴時だけは愛してやる。何があっても手放すものか―――

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

―――世の中とは往々にして悲劇である。

 

幼いとさえ表せるこの俺に、琴時に、現実がそれを知らしめたこともまた。

 

だが案ずるなかれ。悲劇には、我らの出場はもはや無い。

 

この先自分を待つものは、トレンドを外れかけた無双劇。

 

如何なるシリアスも、緊張も、悲嘆も、怨嗟も、狂信も、何も彼もが侵せはしない。

 

なぜなら我等は脚本家。

 

役者の剣では、書き手の筆には能わない。

 

どんなクソゲーもボツにして、指先一つでチーレムでも作ってやる。

 

世界は、私を追い詰め過ぎたのだ――――――

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

―――最後に随分と捲し立てたのは何も只の大言壮語って訳じゃ無いんだぜ?

 

これは謂わば決意表明とでも言うべきものだ。

 

ここまでの語り(騙り)を聴けば解るとは思うが、自分は所謂『イカれた奴』なんだ。

 

しかしだね?

 

キチガイが只の非力な人間ばかりだと思うかい?

 

そいつァコトだnゲフンゲフン……それは思い込みというモノだ。とんだバイアスさ。

 

そんな先入観なんて犬に食わせてしまえ。何の役にも立ちゃしない。

 

さあ、回想はここまでだ。悲劇の追体験なんぞロクなもんじゃないだろう――――――

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

声明

この度私は変わります

叩いて磨いて shine on shine on

好き嫌い言う前に飛んでみます

たやすく助けを求めません

燃え尽きてこそ輝く

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇




なんだこれ!? と困惑されましたら成功です。
今回は意識して一人称を用いました。その意味はそのうち

しばらくこんな余裕のない状態が続くと申しましたが、来月初旬から中旬にかけてどれほど更新できるかは全く白紙です。
最悪の場合、次回のご挨拶は『あけましておめでとうございます』になります。

それはそうと私の贔屓のアーティストが新アルバムを出しまして、本当に救われております。
皆様におかれましても心の支えは大切になさってください。


最後の詩は
B'z 53rd single 1st beat『声明』より引用。
http://bz-vermillion.com/discography/sg_53.html


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(2)コブシヲニギレ

ただいま帰りました。


Hachiman's Reason ―大規模進行後・三門市内病院―

 

 

 

―――バケモノの襲来から早一月が過ぎていた。

 

俺こと比企谷八幡と妹の小町は未だに病院での生活を余儀なくされている。

別に、これといった重傷に見舞われているわけではない。

だが同時に、あの大災害で二人とも全くの無傷、という程の幸運の持ち主でもなかった。

それでも、見える傷などとうの昔に完治している。

 

で、ありながら。

 

そうでありながらも病院から出ることを許されてはいないのは、

 

『精神的に安定していないから』

 

……だそうだ。

 

言いたくはないが、あれだけの災害の後だ。

理由は様々であれ、同じ様な境遇の子供なんてゴロゴロいる。

そんな彼らと一括りにされ、病院内の一区画に妹共々放り込まれているのが現状という訳だ。

医者っぽい人が『なんちゃらグループカウンター(?)』とか小難しい事を言っていたから、一応こうして寄せ集められていることにも意味はあるらしいが。

もっとも、それらの似た境遇を共有する人間同士の中でも浮いていた俺は、やはり天性のボッチという事なのだろう。

 

……少し話が逸れたが、まぁつまり何が言いたいかと言うと、状況を共にするからといって経歴までもが同一ということは有り得ないってことだ。大なり小なり、現在に至るまでの差が生まれる。

 

そして、俺が精神疾患認定されたのは、大多数の子供とは絶対的に質の異なる理由からだろう。

 

俺は、両親を殺すつもりでいたのだから。

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

殺意は大規模侵攻から数日後の頃に起因する―――

 

珍しい苗字が幸いしたのか、俺と小町は同じ病院で再会できた。

小町が無事だったことに安堵と狂喜を感じたが、小町は怯えるばかりで会話もできなかった。

 

始めは、あれだけの事があってまだ恐怖から覚めないのだろう。

そう自分を納得させていたが、次第にそれは違うのだと気づいた。

小町はバケモノや他の人間ではなく、俺自身を恐れていた。

赤の他人であれば無視する程度だったが、俺が声を掛ければしきりに喚き声をあげ、手を伸ばせば威嚇でもするように睨みつけた。

訳も分からず、ただ拒絶だけを突きつけられた俺は、またあることに気づく。

 

両親が来ないのだ。

 

日頃小町を溺愛し、小町至上主義体制ともいえる両親が。

まさかくたばったのかと恐る恐る調べても、死亡者・行方不明者リストに比企谷の名前は無かった。

つまり、少なくとも生きてはいるということになる。

であれば、何故彼らはこの場に姿を表さないのか。

自分だけならば両親は来ないだろう。

いや、来るはずがないといった奇妙な自信さえあった。

俺の扱いなどそんなものだ。

 

しかし、小町がいるならば状況は変わってくる。変わらなければおかしい。

 

なぜ来ない? 来られないのか? 来たくないのか? 来る度胸もないのか?

 

当時はこんなネタを挟める程度の楽観をしていた。

少なくとも、全く相手にされていない自分よりは小町をわかってやれるだろう、と。

見落としていた可能性を視野に入れて舞い上がってしまっていたのだ。

その希望がまったくの誤りであったと気づかされるのは、そう遅いことでもなかった。

思えば、来ないと断言しながらも、心のどこかでは期待をしていたのだろう。

小町のために、という金科玉条に従う名目で瞑目し、己を優先させた。

少しくらいは気にかけてくれていいじゃないかと。更に小町を傷つけると知ろうとせずに。

そうして、愚かにも俺は怯える小町に対して必死で言葉を投げかけた。

 

相変わらず小町は怯えるばかりだったが、ソレを尋ねた途端、その様子は一変し、その目は敵への明確な憎悪を抱いて襲いかかってきた。

 

「親父たちについて何か知らないか?」

 

このたかがひと言が核心に触れてしまったのだ。

 

―――今思えば余りに軽率な行いだったと慚愧に堪えない。いくら悔やもうとも所詮は自己満足でしかないのだと、頭では知っていて、だ。どれほど他人に理解されない悩みであっても、俺にとっては―――

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

ショックで呆けている俺だけが『現実』から切り抜かれている間に、暴れる小町を看護師と医者が押さえつけ、鎮静剤が打たれると、すぐに薬が効いてきたのか糸が切れたように眠りについた。

医者が言うには、『キュウセイストレスショウガイニヨルカカクセイ』というもので、今は思い返させるような行為を慎むのが最良だという。

続けて、何が禁句なのかを知らなければならないから、と暴れる直前に何を話していたのかを聞いてきた。

 

その時、俺はどうしようもなく愚かな間違いを犯した。

 

―――俺は答えられなかった。答えたくなかった。

 

だってそうだろう。

 

いったい誰が、『家族を怖がって暴れました』なんて口にできるのか。

 

家族に嫌われているんです、と言えるのだろう。

 

そうしてまた、小町の為だと頷いて。

 

「わからないです」

 

(欺罔)魔法の言葉を口にした。

 

嘘つきではありたくないと思っていたはずなのに。

 

そうある人間を嫌い、俯瞰し、奥底で嘲笑ってさえいたはずなのに。

 

ささやかな矜持としていたはずなのに。

 

気がつけば、俺はそれらと舞台を同じくしていた。

 

ひどく不様で、惨めで、醜悪なその生き方は、

 

―――しかしとても楽だった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

その時は、まさか自分の口から卑怯者同然の言葉が出てくるなんて思いもよらなかった。

今でこそ理解しているが、それは………いや、その瞬間でさえ知ってはいたのだ。

俺の行いとは即ち、卑怯者『同然』ではなく、卑怯『そのもの』である事を。

だけれど、それを額面通りに受け止められる程には大人でもなくて、小町の寝ている隣で自分を正当化しては罵るという堂々巡りに陥っていた。

 

どれ程経った頃か。

気づけば、ベッドに伏したままの小町が俺を見据えていた。

まだ鎮静剤が効いているのか、その表情にはこれまでの様な敵意はなく、生気のない虚ろな目だけを動かしていた。

 

安堵し、声を掛けようとして、それを躊躇って。

幾度となくそれを繰り返す俺を見ていられなくなったのか、小町から声を発してくれた。

 

「―――ヒッドイ顔だなぁ、お兄ちゃん」

 

「………………………………………………………」

 

「目が覚めたのか、本当によかった!」そうやって声を掛けられるわけがないじゃないか。

涙ながらに抱きしめる事なんて、許されるわけがないじゃないか。

小町を追い詰めたのは、『こんな様』にしてしまったのは、他でもない俺の両親で。

そんな小町にトドメを刺したのは、間違えようもなく俺なのだから。

 

そんな身勝手な葛藤を興味無さげにも一瞥すると、今度は視線を宙空に投げ出してぽつりぽつりと言葉を口にした。

 

何の疑問も無く、露ほどの怒りも持たず、ただそうあれと言われたかの如く無邪気に、だ。

あれだけの災禍を経て、なおも歳相応に、カラカラとした笑みさえ浮かべて。

そんな妹の言葉は独り言のようで、物語のようで。

 

―――或いは、黙殺していた現実に似ていた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「小町はねぇ―――棄てられたんだよ。ううん…売られた、消費されたって言うのかな?」

 

冗談だろう、と言えただろうか。恐らく言えなかったのだろう。

きょとんとした顔で、何を言っているのお兄ちゃん?―――と小町が嗤っている。

 

「自分が危なくなったら身を守る。みーんな、そうして生き延びたでしょ? おんなじことだよ。あの人たちは小町を差し出してその場を凌いだ。小町だって逆の立場ならそうしたかもしれないよ」

 

それは自らに宛てた言葉でありながら、吐き捨てる様に、呪詛の様に、どこまでも心を粉々に擂り潰したモノだった。

 

「小町は沢山の人達に可愛がられてきたよ。そりゃー可愛いよね? 可愛いんだもん。愛されて、チヤホヤされて、ていちょーに扱われて、もてなされて、磨かれて、拝まれて、ワレモノ注意で……美術品みたい」

 

声にはならない。だが、そうであってたまるものか。

 

「小町を見て大体の人はこう言うんだよ。''小町ちゃんは可愛いね''って。それで、その大体の人は小町になんにもして欲しくないの。だって小町は財産なんだよ。………そう気づいたら納得しちゃった。小町だってカーくんが知らないうちにどっかいっちゃったら嫌だもん。安全なお家の中で飼っていたいもん。…………でもね、いつかカーくんより大事なものを見つけて、どうしようもなくそれが大切になったら、きっと小町はカーくんを捨てちゃうんだ。」

 

まるで私みたいに、と戦慄いて言葉を留めた。その心憂さを吐露させまいと必死に嚥下している。

 

「だから、あの人達がしたことは間違ってないんだよ」

 

そんなものが、そんなものが親の所業であってなるものか。

 

「……………んー? どーして死にそうな顔してるの、お兄ちゃん。言ったでしょ? あの人達は悪くないんだよ。千円の価値はみんなが知ってるけど、お札でも硬貨でも、千円なんていくらでも替えがきくでしょ? 一緒だよ。小町っていう財産をどう使おうと、あの人達の勝手だったんだよ。」

 

叫びたい。強く否定したい。そうではないのだと。だがそれも叶わなかった。

ついさっき、俺はまさに『それ』をしたのだ。

身売りが嫌で、身内を売った。

 

ああ、喉が干上がる。目が枯れそうだ。

 

身体が水分を拒絶するかのようにとめどなく、目から、口から、鼻から。

 

片端から掻き毟って、嗚咽を噛み締めて、零して、

 

――ああ、熱い。

 

―――――――熱い。

 

―――――熱いんだ。

 

―――熱い、熱い…あつ…………

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

気がつけば、今度は小町が俺を心配するように覗き込んでいた。

未だハッキリとしない意識で聞くところによると、貧血で倒れたらしい。

先程の事を思い出してまた気持ち悪くなったが、意識が冴えるばかりで吐くこともできなかった。

 

「お兄ちゃん」

 

顔色を悪くする俺を、憑き物が落ちたかのように表情を塗り固めながら気遣う小町を見て息を飲んだ。

 

駄目だ。これは駄目だ。この顔は、俺達みたいな子供がしていい顔じゃない。

 

嘘に塗れて、長いものに巻かれて、建前に流されて、何が本音かさえ忘れてしまった『ヒト』のソレは、小町でありながら

 

――――――例えようもなく気持ち悪かった。

 

俄な怒りを吐き気が上回り、慌てて右手を口許へと差し出す。

 

……いや、いっそ自制なんて取っぱらってしまえばいいじゃないか。

そうだ、俺は何を思い悩んでいたのだろう。言ってしまえ、言ってしまえ、言ってしまえ

 

唐突に、それは本当にふとしたタガの緩みだった。

意識と言語の狭間にある堰を切ったように、本来濾過されるべきモノも綯い交ぜに。

 

―――(ブチマケル)氾濫した。

 

「小町、あんな言葉は違う。子供を道具として処分するなんてのは、それは絶対に違う。お前は怒っていい。怒鳴り散らしていいんだ…!どうして置いていったんだと!どうして一緒にいてくれなかったんだと!……恨んでいいんだ。憎んでいいんだ。認めなくていいんだ。………自分に嘘をつかなきゃ耐えられないような相手を、自分を殺してまで守らなくていいんだ。そ………な相手に......自分を売り渡しちゃ……けない…たのむ、頼むよ………兄ちゃん頼むから………殺さないで………死のうとしないで………独りぼっちにしないでくれ………」

 

―――ああ、まただ。

 

断じて、これは小町への思いの丈とかじゃない。

 

自身への贖宥状だ。

 

卑しい、醜い、浅ましい。そして甘美だ。

 

嗚咽と我儘まみれで、途切れ途切れでようやく言い切った中に小町を案じての言葉など一片もない。

 

だが、こんな醜悪な言葉にこそ、小町は反応したらしい。

 

声を荒げるでもなく、かと言って据わった表情でもなく、ハイライトの消えた瞳に涙を浮かべて泰然としていた。

 

「きっもち悪いなぁ、お兄ちゃん」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

きっとこれが、初めて口にした小町の言葉だ。

 

「そんなの言われなくても怨んでるに決まってるじゃない。大嫌いだよ、だいっ嫌い。怨んでるもん。憎んでるもん。殺したいもん。気付きたくもないのに、夢にまで居座っているくらい図々しくて。その度にどう殺してやろうかって考えて、でも小町はいい子だからそんな怖いことできないし、アレの笑顔がチラつく度に八つ裂きにされたみたいに嬉しいし、おかーさんに会いたくないけどカーくんは右眼しか見つかれない。投げて転んでダルマさんごっこみたいだったなぁ。んっ…ねえ苦しいよ誰が巣穴と帰ってない今日の宿題は胡麻プリンだったけど亀の餌でいいよね?だってマンモグラフィであってる筈だよ、だってだってだってだってだってだってだってだってだってだって」

 

どうしようもなくて、抱き留めた。

 

酷い有様だ。

 

心はとうに擦り切れてしまった。

 

元々華奢だったその矮躯は、握れば塵となって崩れかねないほどだ。

 

自分を美術品と例えた妹は何も好き好んでああしていた訳ではないと、眼前の光景が如実にそれを語っている。

 

―――当たり前だ。

 

小学六年生の女の子が実の両親に(棄てられて)裏切られ、実兄が (執拗に苛ませる)それを思い返させる。

 

そんな地獄があるのだろうか。

 

存在してよいのだろうか。

 

許容されてしかるべきものか。

 

―――冗談じゃない、冗談じゃない!!

 

耐えられる訳が無いのだ。

 

それでも必死に抗って、味方もいない中で行き着いたのがあの様なのに。

 

生きようと、死にたくないと、小町の精一杯の生存戦略だったのに。

 

「ゴメンな、本当に良く頑張ったな。小町」

 

聴こえているかも定かではないが、耳許でそう伝えた。

 

「ゆっくりでいいから、信じてくれ。俺が小町の味方だ。俺だけは、死んだって小町の味方だ。これからは、ふたりで生きていこう。」

 

どう受け取ってくれたのかは分からない。受け止めてくれたのかも。

 

それでも、いつかは信じてもらえるようにと願って。

 

次第に深く、そして穏やかになる呼吸を感じて、小町を静かに横たえた。

 

なにが解決した訳でもないのに晴れてゆく思考と滾々と湧いてくる粘度の高い感情は、やがて××となって落ち着きを見せた。

 

必ず×××!!

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 




お久しぶりです。ハタナシノオグナです。
一応年内にご挨拶できたこと喜ばしく思っております。まぁ、5000字で切り上げたからできた事ですが……。

さて、お話の方はといいますと、今回も暗い内容ですね。年の瀬に投稿するにはどうなのかといった問題はありましょうが、久しぶりに書けた内容ですので案外自己満足もはかどっております。
また、今回も本編は一人称視点で進んでおります。…………ちゃんと意味はあるんですよ?

何はともあれ、来年もまだまだ続ける気概でいます。
掛けられる時間は年ごとに減ってはゆくでしょう。それでも辞める気はございません。
私自身の趣味の範囲で留まる限り、やりたい放題尽くします。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。


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(3)Too Young

お久し振りです。
こうして浮上できたことを嬉しく思っています。
またしばらく期間は開きましょうが、必ず帰るとお約束します。


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

くそったれな出来事から幾日かが経って───────

小町は死んでこそいないが、生きようともしていない。

 

やはり、小町は俺を受け容れない。

当然といえば当然で、本人にその意思があっても身体がそれを拒んでいる。

それでも他人に対する警戒は和らいだ様で、俺と同い年くらいの女子が、頻りに様子を気にしていた。

生存を放棄しているような危うさを見せながら、少しづつ食事も摂っている。

感謝してもしたりないが、彼女もまた、他人の世話をする事で自己を保っている。

 

何処も彼処も頭の壊れたヤツで満杯だ。自分含めな。

 

それで、当の俺はといえば最初に言ったままだが……そうだな、口数が増えた。

え? ボッチだから口をきく相手が居ないだろうって? やかましいわ。

けどまぁ、リア充よろしく和気あいあいとしたものじゃないことは確かだな。

 

そんな健康的なら、少なくともそう装えたなら、俺はとっとと×××××に行っている。

つまり実際はそうじゃない。部屋の片隅でどうしてやろうかとひとりでブツブツ語っている。

 

『病んでる』状態らしいぜ? 今じゃ小町より重体だ。

 

こんな考えが普通じゃないってのは重々承知しているが、だからといって改められるものでもない。

遅々として進まない思考にひたすら苛立ちを募らせて、それでも時が過ぎるのをただ見過ごした。

一刻も早く開放されたいと願って、ただ待った。

『何か』を、『仕方なくそうした、そうなった』そう言い逃れられる外的要因を。

そして。

 

「君がヒキガヤヤハタくんかい?」

 

静かな、そして澄んだ声が響いた。

子供の多く集まる部屋だ。それが悲嘆によるものであれ、決して喧騒と無縁ではないこの場所で、その声はイヤに据わっていた。

 

「……ヤハタじゃない……っす、それでハチマン」

 

そんな異物感に興味を持ち、訂正を加えながら声の方へと視線を巡らせる。

声の調子からして泰然とした印象とは裏腹に、そこに居たのはまだ青年と呼べそうな男だった。

バツの悪そうな顔で『参ったなぁ』と頬を搔いて見せる仕草を見ていると、先程の声がこの男からしたとは到底思えない。

 

「ああー……じゃあ、改めてハチマン君」

 

眼の前のコイツは何を言うのだろう。

 

「小町ちゃんは僕らでアズカルンダケレド、何か苦手なものはあるかな? ザザムシとか」

 

「………………Πετάξτε μακριά?」

 

不思議な感覚で様子を伺った自分が愚かだった。煮え滾る鉛に沈んでしまえ。

 

「何言ってんだ……お前」

 

どう考えても頭がおかしい大人を前に、敵意むき出しで問い詰める。

 

コイツも俺の同類(イかれたクチ)か? それか自前か? いずれにせよロクな手合いじゃない、後者なら特に。

……ああ、コイツ後者だ。でなきゃそんな顔で戸惑えるものか、クソが。

 

「いや、小町ちゃんの世話してる子いるじゃない? その子連れて行きたいんだけれどね……」

 

訊いてないし、なおさら関係ねえじゃねぇか。

 

「イヤイヤ、今彼女小町ちゃんのお世話でメンタル保ってるから、さ。環境ごと連れてこうかねって」

 

「…………ッざけんな」

 

言うに事欠いて『小町を連れていく』だと? それもタダの『設備』として? ふざけんな! ふざけんな! っざけんな!!

 

「何か問題でもあるかな? ココに残って良いことは、何も、ない、とは思うけれど」

 

そう嘯き、辺りへぐるりと目を剥いて、最後にちらと俺を見る。隠そうともしない嘲笑を添えて。

 

その唇に爪をたててやりたい! 憎たらしい! 忌々しい! コイツは! 何を知っているのか!?

……ああ、いっそ何もかも知っていると言え。

ここで、俺は同じ愚だけは繰り返せない。

自己愛ゆえに、我儘に、俺は自分の利益を選びはしない!

二度と!

もう二度と!

 

ああ、クソがクソがクソがクソがクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソったれが!!!!

 

内言を必死に鎮めて、呻きのひとつも漏らすまい、と固く、頑なに口を閉ざす。厳重に、慎重に、背中を丸め、縮こまる。

そして。

そして。

そして。

とっくに干上がった喉から、最後の一滴までも搾り出すように。

何かを、自己を支えていた決定的な何かを、遂に八幡は。

言葉に、───────

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「それまで」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

その一言が、場を支配した。

畜生の様な男も、同じ部屋のガキ共も、通りすがりの看護師も。

そして、ちっぽけな決断も。

すべてがその声の主を中心に。

 

止まる。

すべての停止をぐるりと見わたして、その場すべての焦点となった女性は。

 

「あっ……すみません。コイツだけです……」

 

その顔を上気させ、恐縮した。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

ややあって。

当初の威厳を取り戻したその人は、鬼畜野郎をその場に直らせて懇懇と説教を垂れていた。

俺はといえば、あまりにも滅茶苦茶な状況をしばらくは傍観するだけだった。

そして考える頭が戻ってきた今でも事態は混迷を極め、その謎さにどうしていいやらわからない。

そもそもこの女性はなんだ? というか、コイツらなんだ?

 

それら一切の疑念を飛び越えて、またも野郎の声がした。

 

「あー、比企谷くん。先ほどはすまなかったね、乱暴な真似をした」

 

「………………。」

 

沈黙をもって答えると、諦めを含んだ愛想笑いと共にひとつ息を吐いた。

 

「と言っても、さっきの話は本当だ」

 

瞬間、頭に血が上る。顔にあからさまな熱を感じる。

殴りかかろうとして、それを制すように、奴は言葉を続けた。

 

「ただし、君も一緒に来てもらう」

 

これまでの遣り取りを、全く無意味にする言葉を。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

───────司。

 

夕暮れの病院、その薄闇で呼ぶ声があった。

ちらと見て、無言のまま先を促す。

 

「どうするの?」

 

質問、というにはあまりにも情報を欠いた問い。

 

「引き取るさ」

 

それでも迷いはなかった。

ただの再確認のようでさえある。

 

「親は生きてるんでしょう? 」

 

「ついさっき行ってきたよ」

 

「じゃあ……」

 

言葉が止まる。察したのか、ただの思案か。

 

()()()()()()()()()()()()

 

それ以上の反応(こたえ)はなかった。すれ違い、目的の部屋へ向かう。

 

その男の服装は黒に占められていた。




短いながらも確かな一歩。

【お知らせ】
次回から多少予定を変更して本編へと戻るつもりでいます。
よって、『あの事件』編(琴時'ver)はいずれ頃合を図り追加する予定です。

【追記】平成30年4月28日
誤字報告に基づき編集および若干の修正を行いました。
この場で誤字報告者の方に御礼申し上げます。


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(4)君を気にしない日など

次回は本編に戻ると言ったな? あれは嘘だ。
琴時編は頃合いを見て追加すると言ったな? それが今だ。
ということでご無沙汰しておりました。ハタナシノオグナです。
本来こんなことしてる場合ではないのですが、現実逃避も時には必要でしょう。
ということで趣味に逃げました。
どうかお楽しみあれ


Kotoki's Doom―新学期開始後・比企谷支部―

 

 

 

四方八方十重二十重、あらゆる言葉が私の為にあった。

 

お前のせいで。

何でお前だけ。

生きたかった。

死んでしまえ。

 

概ねこのような言葉の数々。

 

坩堝に、この世すべての呪いを注いで。

砕け損ね、溶け残った私は、ひとりぼっちで泥の底。

 

はっは、コレではまるで『アイドル』だ。ハッチボッチステーションと笑ってもいられない。私としてはそれそろ迎えが欲しいのだけど……。

 

……ああ、来た来た。

遅いじゃないか、まったく。

 

夢の間際は常に同じ。

 

『声』凄絶に叫んで曰く、これは私の『咎』であると。

永劫に贖えぬサバイバーズ・ギルトであると————

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

冷や汗をかき、怯えながら飛び起きるような真似はしない。

最早こんな悪夢でさえも、せいぜいタチの悪い目覚まし程度にしか感じなかった。

逃れるように、心の内でする仰々しい言葉も平常通りだ。

 

ああ赦せよ、名も知れぬ同胞。お前達の生命は助からなかったけれど、お前達の『一部』は、確かに『俺』が請け負ったから。

 

日常に組み込まれた『儀式』を終え、私は見慣れた部屋模様と微かな生活音に安堵する。

 

俺って一人称について? なんとなく強くなれる気がするじゃないか。

とはいえ、やっぱり気分のいいものでもないなぁ。

 

目を閉じて、ふかーくふかーく息を吐こう。

 

1.2.3.…………

 

幾分マシになったかな。今度は吸ってー。

 

1.4.2.……っと……違ったかな?

 

ま、いいでしょ。着替えよっか。

世の中には兄の前で着替える妹(どこぞの小町ちゃん)も居るらしいけれど、義兄大好きな私も流石にそんな事はしないな、恥ずかしいし。

いや、わかってはいるのよ? 兄妹だってね? でも、義兄さん包み隠さずシスコンなんだもの。異性向けの愛情じゃなくても恥ずかしくもなるわよ…………まさか本当に好きなわけじゃないわよね? いやっ! 私も好きだけどッ! そうじゃなくてぇぇぇ!!!

 

……みたいなヒロイン脳を持ってればもう少し明るくなれるものかしら。

ハァ、司○深雪が少し羨ましい。

まあ、兄はこっちの方が上ですけれども?

私達合法的に結婚できますし。

 

というブラコンアピールも済ませた所で準備も完了。

愛しの兄さまに会いに行こう(そんな大げさな事でもないけど)。

 

意を決して部屋から踏み出すと、僅かに温かい空気と爽やかな渋みの芳香が出迎えてくれた。

 

ほう、今日のほうじ茶はアタリかな? 随分と香りがいい。

 

四月とはいえまだまだ朝夕は冷え込む。

ただ温まるだけでなく、うなされた後には絶好の安らぎだ。

 

フフーフ、ささやかな楽しみを控えていれば二度寝への未練も断てるというモノ。

まったく、頭の下がる兄さんだ。

 

ふと立ち止まっていた事に気付き、改めて歩みを進める。

まだ寝ているはずの比企谷兄妹を起こさないよう慎重に、足音を忍ばせつつ階段を降り、リビングを覗き込む。

 

そこでは、私を最愛と公言して憚(はばか)らない義兄がお茶を飲みながらほっこりしていた。

 

……なんか男のクセに『女子力』という言葉が似合う光景だ。腹立つ。

 

「おはよう琴時」

 

ついついぼけーっとしていた私を笑顔で迎えて湯飲みを差し出してくれた。

 

「おはよう兄さん」

 

私も挨拶を返し、湯呑みを受けとった。火傷をしないようゆっくりと口に含む。

しっかりと温められていたらしい小ぶりな湯呑みは、淹れ立ての魅力を損ねることなくその温度を保っていた。

 

ああ、これはラテとして頂くには惜しいなぁ……。

 

腹式呼吸を繰り返しながら顔をほころばせる私を見て満足したらしい。ようやく納得いったようだ。ほうじ茶と言えば専らラテ派の私がそのまま飲んでいることも一助となったろうか。

………いや、それを差し引いても会心の出来と言えるだろう。

何より、まだ午前六時だというのにこの手の込みようだ。

 

「……ありがとう」

 

色々な思いを込めて込めてお礼を言う。

「どういたしまして、喜んでくれた様で何よりだ…………一応感想を聞きたいね」

 

「むッ……野暮」

 

「ウグッ」

 

こうか は ばつぐん だ !

 

ついでにどうやら急所にも当たったらしい。

先ほどまでとは真逆の表情に耐え切れず吹き出してしまい、フォローに回る。

 

「フフッ、冗談冗談。すっごくおいしかった」

 

「あー、安心した。危うく意識を手放すところだったよハハハ」

 

目が本気なのよね…………あれ?

 

不意に目に留まった時計が疑問を生む。

 

「そういえば……今週の家事当番は私よね?普段この時間はまだ外じゃなかった?」

 

比企谷支部、もとい比企谷・杜家共同住宅での家事全般は週番制となっており、今週は私の当番であったはずである。(ちなみにこの家庭では共同生活基本法が制定されている)

兄が自分の当番の日を間違えるはずもないし(殊に私が当番の際には)、起床が早いのはいつもの事としてもこうして家に居ることは珍しい。

普段であれば……そう、日課と称してのランニング中ではないか。

 

「ああ、その事だけど今日は少し早く出て司と瑞璃さんに会ってきた。」

 

―――――――あっ。

 

たった一言で合点がいった。お父さんもお母さんも、『仕事』の都合上あまり家にいる訳にはいかない。(もっとも、お母さんは好きで付き合っているので本人曰く「デート感覚」らしいけど)

そういった理由で二人に会えるのはどうしても一般の生活リズムから外れた時間帯となる。

義兄だけを呼んだのもその辺りが理由なのだろう。私としてもお母さん達には会いたいけど、こればかりはどうしようもないか、と私の中で折り合いはつけている。

会えるのが急なのはいつも通りだけど、夜中に呼出すのもなかなか稀だ。

恐らくだが、新学期に入った事を思い出して(保護者としてはどうかと思う考えだが)せめて息災か知りたかったようだ。

 

「元気そうだった?」

 

あのふたりのことだ。

まさか病気などはしてないとは思うけど、最後に直接会えたのが二か月前では心配にもなる。

 

何気ない言葉を投げかけ、湯呑みから立ち昇る湯気をなぞって兄の顔に焦点を合わせると、思わぬ顔が浮かんでいた。

 

「……………………………………………………………」

 

……え? ちょっとやめてよ、なんでそんなそんな深刻な顔なのよ?

 

心に寄せるさざ波を感じながら兄の言葉を待つ。が……

 

「砂糖吐きそうだった……」

 

「あっ、ああぁ……そゆこと……」

 

結果として、私の考えは杞憂に終わってくれた。

 

それにしても、兄さんをここまで苦い顔にさせる人はそうはいないだろう。

つい顔が引き攣ってしまうけれど、それも許してもらいたい。

何しろアレで三十七歳と三十六歳だ。見た目が若い(特にお母さん)せいでライトノベルの主人公&ヒロイン(特にお母さん)にしか見えないし。

 

……しかも籍入れてないのよ!? あの雰囲気で!!!

 

…………少し熱くなっちゃったけど、シスコンの名をほしいままにする兄さんをして胸焼けがするといえば伝わるかな……うん、アレはおかしい。

 

こんな話がある。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

『あの事件』の後、初めての授業参観の時だ。

あの時は、お父さん・お母さんが初めて私達の行事に顔を出してくれた。

呼び方もまだ慣れていないなかった頃で、司さん、瑞璃さんと呼んでたっけ。

居てくれたのが嬉しくて、思春期始めの頃だったのに頻りに教室の後ろをチラチラと見てい

 

幸いと言うべきか、私達のクラスで親族を喪ったのは私の家だけだったので、担任の先生も、クラスの皆も、私を咎めることなく(むしろ安堵さえ浮かべて)見守ってくれていた。

 

……とまぁ、それだけなら微笑ましいだけで終わってたはずなんだけど(当人除く)。

 

そんな中で、唯一ダメージを負ったグループがいた。

何を隠そう、参観に訪れていた父兄の方々である。

 

考えてもみて欲しい。日本国の平均初婚年齢は上昇の一途を辿っており、そこから導き出される「十二、ないしは十三歳の子供を持つ人間」の推定平均年齢は、男性四十四歳・女性四十二歳。

 

対して、司さん三十三歳(当時)、瑞璃さん三十二歳(当時)。

加えて瑞璃さんは絶世の美女(独神)と来た。

 

本来であれば、三十代の女性とは年齢のことを気にするのではないだろうか。(そういった意味では平塚先生を見ているとこれが普通だよなぁ……と頷けるのだけど)

ところが、当の瑞璃さんはまったく気にしてなかった。(というか、本人にはケロッとした顔で「最近の女性ってそんな事気にしてるの?」と言われた。浮世離れが過ぎませんか……)

 

……少し脱線したけど、とにかくひと回りほども年の離れた、恐ろしく美しい自称夫婦(詐称独身)が訪れたのだ。

 

例え本来子供達宛の視線を拐かし、参観にいらっしゃった男性陣の心を満遍なく魅了し、或いは女性陣の精神を悉く打ちのめしても、それはきっと仕方のないことなのだ。南無三。

 

結果として、あの教室は女神(お母さん)を崇め奉る神殿と化していた。(その女神御本尊様が授業見学が出来ないと怒ったせいで教団は解体したが)

最後まで本人は無自覚だったろうけれど、終業の頃には外見的な年の差は十二支どころか干支ひと回り(六十歳)程もあった……と、今なお同級生の間で語られる伝説となっている。(お父さんはそれを聞いて自慢げに大爆笑していた。ホントさっさと籍入れればいいのに)

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

――――思い出したら私まで胸焼けがしてきた……ああ、これ以上はやめておこう。

 

急須に残ったお茶を絞りきって、一気に呷(あお)る。

 

まだ仄(ほの)かに温さを保っていたそれは、僅かに胸の内のモヤモヤを癒してくれた。

 

なるほど、兄さんがほうじ茶を淹れた理由がわかった。あてられたのね……。

 

お父さんもお母さんも、日頃からそんな感じだからとてもそうとは見えないだろうけれど、二人は何の比喩もなく私達義兄妹にとって『命の恩人』なのだ。

それ程までに、『あの事件』は私達を追い詰めた。そしてそれは今日に至るまでずっと変わらない。

 

───────例えば、だ。こんな事実がある。

 

私達には、家族がいない。

 

正しくは『本来の意味での』という条件を付すべきなのだろうけど、私はあえてこの言い方をしている。そしてこの事実は、私達の感情表現を大きく捻じ曲げている。

家族がいないから、制度上の家族に強く依存する。してしまう。

日頃ここまで私が好きで好きで仕方のない義兄さんでさえ、私と何の血の繋がりもなく、『私が愛する義兄』という役割に過ぎず。本当の父親の顔も覚えてはいないのに司を『お父さん』と呼び、瑞璃さんに対しては本当の母さんとは違うと知っているから『お母さん』と甘える。誰かの面倒を見ることで自身の問題から目を逸らそうと小町ちゃんを猫可愛がって、『悪そうな従兄』を窘めるポジションが欲しくて『優等生』の外観を追い求め。

その様はまるで、人を使ったおままごと。ロールプレイング。

 

言うなれば、そんな家族的概念に依存している。狂信的に、それがなければ壊れてしまう程に。

 

これは何も私に限った話でもなく、義兄さんにとっても、私という存在は『大好きで守るべき義妹』でしかないし(本人は中二病と言い張ってるけど)、私達にとって司さん達はそれぞれが『両親』という役柄のアクターとアクトレスだ。

かと言って、義兄さんやお母さん達を本心では嫌っているということもないし、義兄さんに対しては『あの事件』より前からこんな感じだった気さえする。

ただそう依存することしか出来なくなっただけで、感情そのものまでは変わってない。

それに、そもそも互いが互いの片親の連れ子だった私達にとって、血が繋がっていないことに対する心の折り合いなど今更つけるまでもなく、考えたことさえもなかった(考えるには多少幼すぎたという実情があったにせよ)。

 

────ああ、そう?

 

いずれにせよ、こんなたった一言で事足りるモノだったのだ、本来は。

 

だけれども、人の世は往々にして優しくない。

否が応でも傷は抉られるものであり、またこの度もその例には漏れなかった。

心の内はこんなだというのに、私達を見て人々は宣う。

 

「彼氏/彼女みたいだね」と、一片の悪意もなくそう零すのだ。

相手方の善意無過失を知っていても、この言葉は結構堪える。

 

例えば「セックスしたい」と高校生の脳みそで考えたとして、或いは私達自身の意思とは別にそれに類する状況が生まれかかったとして、だ。

私達義兄妹が互いを相手にその選択をし、実行に移すことは、いかな理由があろうともない。

 

もちろん内心の自由は憲法が認めているし、私(或いは兄さん)に『近親相姦』という多少倒錯した性癖があろうと、それは所詮個人の問題、大したことではないはずだ。

刑法や諸々の条例がおっ始める年齢に制限を課していることを除けば、世間一般的に私達は『他人』であり、禁忌的な趣はその字面だけのものだから。

しかしそれをしないのは、できないのは『兄妹』とは、『家族』とは、社会通念上そういうものではないからだろう、きっと。

 

それを犯せば、私達は義兄妹ではなくなってしまうじゃないか。

心の安定が崩されてしまうんじゃないか。

 

そんな恐ろしさがあって、また『兄妹』であることにのめり込む。

私達の自己愛から来る行いが、どれほどカップルや夫婦に見えようとも、また私達がどれほどそれを望もうとも、その実はメンヘラ×2の傷の舐め合いなのだ。

 

こうして私達は、今日も『理想』の義兄妹である為に。

 

どうしてこんなことになってしまったかが分かっているというのに、どうにもできない歯痒さは何度感じたか。愛することを、その体を保ったまま依存することを心が強いて、体は従うだけ。

好きでいたくないわけじゃない。それでも、私達は自分を守るために相手を好きでいる。

一体誰が、どれだけの人間が自身の正気を確信出来るのだろう。

こんな浅ましい『自我』とやらを持ちながら。

 

こうなってしまったのは、苛烈な災禍に晒されたから、ではない。

……いいや、それでは誤解を生もう。

そればかりが原因の全てではない、と言うべきか。

あの大規模侵攻だけであれば、きっと私は唯死んでいたか、持ち前の楽観的な性格で何も感じていなかったことだろう。

 

私にとって本当の地獄とは、きっと騒ぎが収まった後の方だったのだ。

 




話がバッサリ途切れていますがここから先はしばらく投稿せず、今度こそ本編に戻ります。
次話以降の構成上どうしても入れておくべきと判断したために追加したのでね……
それはともかくとして、こうして戻ってこられたことは本当に喜ばしい限りです。
失踪は宣言してからしますので、たとえ9ヵ月ぶりの投稿だろうとこれが平常運転です(強弁)。
ではまたいずれ


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材木座義輝の受難(自業自得)編 (1)春

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

新春ということで意気揚々と仕上げました。
どうぞご笑覧あれ。


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

激動に満ちた4月が終わり、ゴールデンウィークも明けた頃には、先日のネイバー騒動も話題にならなくなっていた。

常に新しい『ウケる(笑)』に飢えた高校生にとっては、2週間も前の話題など今更もいいところなのだろう。

そういった事情もあってか、ボーダーも事後の対策に手を焼かずに済んだらしい。『安全が確認されるまでの間、部隊を駐在させる』という処理以外はせず、その戦力さえも1週間が経つ頃には最早パフォーマンス以外の意味は無いと言える規模にまで縮小されていた。

具体的には、最初期にはA級を含む最低2つの部隊が割かれていたが、今やその動員はB級下位隊員が2名という状況だ。

ボーダー隊員にとって『4月の終わり』が別の意味を持つ以上、余計な仕事はしたくないというのが本音でもあるのだろう。そのような時期に態々出張ってくる彼らは余程の暇人か、金目当てか、学校をサボりたいのか……。いずれにせよ底の浅い連中であることが見て取れた。

 

一方の総武校生はといえば、そんな変化などには目もくれず今日も青春を謳歌している様だった。休み明けということも手伝ってか、教室内はいつにも増して喧騒に包まれている。

そして、そんな空気を嫌いながら比企谷八幡は教室の中央にいた。午後に控えた数学と教室内のやかましさにウンザリとしながらため息をついて、昼休みをどう過ごすかの算段を立てていた、

 

 

のだが。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

教室内の空気が不穏なものになったのは、ひときわ五月蝿い集団が原因らしい。

まだ春らしさを保つ陽気にあてられていたこともあり、八幡が事態に気づいた頃にはかなり手遅れな雰囲気が漂っていた。

 

────まぁ、だからどうって訳でもないが。

 

あくまでも声にはせぬままにそう独りごちて、騒ぎの……というより静けさの中心を見ると『J』ことガハマーン、もとい由比ヶ浜結衣が金髪ロールと黒髪ロングに囲われていた。面倒なことに、どうやら彼女の行方を争っているらしい。

野次馬根性など微塵もないとはいえ、彼女が関わっている以上は見届けなくてはならないのが比企谷隊のお仕事である。厄介極まりなかろうと、聞き耳を立てなければならない。

とはいえ、そばだてるまでもない大音声が響いていた。

 

「あーしさー、外野にシャシャられんの我慢ならないんだけど?」

 

炎の国の女王が領有権でも主張するかのように荒らげた声の先には、氷の国の独裁者(文字通りぼっち)が顕現している。その佇まいにはいっそ威厳さえ備わっていた。

 

「奇遇ね、私もよ」

 

あくまでも涼しげに言い放つ雪ノ下の態度を嚆矢と受け取ったのか、炎は俄にその怒気を滾らせる。対する氷も、その冷然とした雰囲気を殺気を以て象った。

決して交わらないはずの彼女らが、いざ干戈を交えようとした、その刹那である。

 

「すっ、ストップストップ! 優美子もゆきのんもちょっと待ってー!」

 

まるで場違いな声。或いは彼女こそが、この『教室』(世界)を変えるのかもしれない……というのは、言い過ぎだろうか。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

互いを蹴落とすことをでしか成り立たない、2人の王が相まみえて。

 

しかし、猛威は振るわれなかった。

常識を持って考えれば、天災そのものとさえ言える彼女らに割って入りたい者などないだろう、決して。

 

だが。

 

事実、それをする者がいる。それも目の前に。

いっそ愉快でさえある闖入者は、別段彼女らのように風格を備えるわけでなく、秀でた弁舌の才を携えるでなく、ましてや自信に溢れているわけでさえない。至って『普通の人間』だった。

そんな彼女は目を白黒させながら、僅かに震える声で、努めて明るく口を開く。

 

「あのね、────」

 

嵐を畏れた小市民等はその多くが既に教室から逃げ出していた。閑散としたその場にたどたどしい言葉だけが響き、残り少なな人間は誰しもが目を丸くし、由比ヶ浜に見とれている。

何の事はない。彼女もまた、確かに『女王』だったのだから。

ただし、今度の言葉はきっと相手に届く様に、彼女は声を上げることを躊躇いはしない。

前と同じ後悔をしないように。自分にも、他人にも、蟠りを産まないように。

彼女は今、新しい努力を始めた。

 

なんてことの無い日常の、ちょっと変わった教室に。

結果として護り続けるこの景色に。

 

比企谷八幡の出番はやはりない。これは、そんな幕間の一節である。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「……で、なんで俺は止められたんだよ。あのまま雪ノ下と飯食えばよかったろうが」

 

ちょっとした冒険を終えて、エンドロールを迎えてもいいはずの由比ヶ浜に呼び止められた八幡はぶっきらぼうにそう言って件の彼女へと目を向けた。

 

「さ、流石に恥ずかしかったの! それに、……ヒッキーにお礼も言わなきゃと思って」

 

言葉通り頬を桃に染めてはにかむ彼女の話は、昂りからか要領を得ない。

 

「礼?」

 

全く訳が分からない、と困惑顔の八幡を見て由比ヶ浜は大きく頷いた。

 

「うん、お礼。さっきはありがとう、って」

 

「おい待て、ますます訳が分からねぇよ。話を勝手に進めるな」

 

「だから、そのっ……何もしないでくれてありがとってこと!」

 

「はぁ?」

 

これには流石の八幡も面食らった。彼がしたことは何もなく、どこぞのクマのぬいぐるみの様な詭弁でもなければ何かをしたとさえ言えないだろうし、ましてやそれが感謝される謂れなどないのだから。

 

「遂に頭でも壊れたのか?」

 

「そんなんじゃないし! てかひどっ!? あたしヒッキーに何かした!?」

 

「ヒッキー言うな。大体何かしたのかってのは俺のセリフだ」

 

「だからそれは「それより」……?」

 

────用件が分かった以上、これ以上付き合ってやる気はない。

 

せめてそう見えるように、強引な形で己の言葉をねじ込んだ。自分に礼を言われる資格はない、という無意識下の呵責がこのような形で出力される。

青さを感じさせる、ある意味で『らしくない』振る舞いだが、先程の勇気に対する彼なりの敬意でもある……と、彼自身は気付いているのだろうか。

ともあれ、こうした葛藤の苦々しさを飲み込む為に要した一拍は由比ヶ浜をむしろ惹き付けたらしい。覗き込むようにする彼女から視線を逸らしつつ、八幡はボソリと声を吐く。

 

「……雪ノ下の所に行ってやれ」

 

「あ」

 

恐らく彼女は忘れていたのだろうが、そもそも雪ノ下がわざわざ出張ってきたのも一向に来ない由比ヶ浜を探しに来た為である。

 

「や、ヤバっ! ゆきのん絶対怒ってる!!?」

 

「そういうことだ。命までは取られないといいな」

 

「〜〜っ、もう! 今度はちゃんと聞いてもらうからね!」

 

謎の声明を残して由比ヶ浜は駆け足気味に奉仕部の教室を目指して行ってしまった。俄に静寂が息を吹き返し、少し離れた教室の喧騒が届けられる。

 

「そんな機会があればな」

 

軽薄な台詞に対して八幡の顔は明るくない。そして、そんな八幡を揶揄うかのように暁法の声がした。

 

「なに八幡、ひょっとして一丁前に責任とか感じちゃってる?」

 

いちいち癇に障る野郎だな、と思いながらも八幡はその言葉を否定する。

 

「そんなんじゃねぇよ。というかいつからそこいたんだお前」

 

「さあてねぇ」

 

誤魔化すようにゆるりと答えて、暁法はふらりと歩き出す。追従する形で八幡が歩み出してから、暁法はおもむろに口を開いた。

 

「結局、雪ノ下はダンマリ決め込んだって解釈でいいんだよな?」

 

「……この2週間程、特にどうということはなかったからな。いいんじゃねぇの」

 

「忘れてもらった方が楽だと思うんだがなぁ」

 

「あくまで『()()』は保険だ。……それに本部には頼りたかないんだろ」

 

「それは確かに。あれだけの大見得切っといて泣きつくってのは全く格好つかんしな」

 

「面子に囚われて云々、ってのもお前が言ったんじゃなかったか」

 

「それは手厳しい。が、アレは『使者』ん時だし。セーフセーフ」

 

「……それでいいのか?」

 

「いいんだよ、それで。ほら、さっさと飯食おうぜ」

 

とんでもない屁理屈をぶん回している気がするというのに、当人に気にする様子は見られない。

呆れながらも首を傾げる八幡を、暁法は適当に流した。

何もなかったように笑って、昼食を促す。

 

「というか何でお前いんの?」

 

「なんだ、今更かよ」

 

忘れがちだが本来学校で彼等が行動を共にすることは珍しい。奉仕部というイレギュラー以降、学校で一緒にいることが増えつつあるとはいえ、それでも基本的には別行動だというのに、だ。

怪訝を超えて迷惑そうでさえある八幡を無視して、暁法はコンクリートの階段へと腰を下ろした。

 

「話しておきたいことがある」

 

────また面倒事か。

 

そう思いつつ、しかし諦めた八幡はため息をつきながらも傍らに腰掛けた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「5月入ってすぐやるはずだった()()()()あるだろ?」

 

「ああ……延期されてたアレな。それがどうかしたのか?」

 

前置きもそこそこに始めた内容は、それ自体が特別不思議な話題というわけではない。むしろこの面子であれば自然とも言える話題でもある。

しかし、続いた言葉は俄には信じがたいものだった。

 

「恐らくあれから二宮隊が外される」

 

「はァ? ()()()()()()()()()()って話じゃなかったか? 楽になるなら文句はねぇけど、何でわざわざ精鋭を外すんだよ」

 

「ああ、話が飛びすぎたな。順を追って説明するから、とにかく聞いてくれや」

 

俄然食い気味になった八幡を宥めるように、暁法はいつの間にか手に持っていたタンブラーの中身を呷り、ひとつ息を着いた。

 

「先月中旬のことだ。珍しく司に呼び出された」

 

『司』。親をなくした八幡達を引き取った養父にして、中二クサい組織の頭領。それこそ冗談のような身の上だが、実際そうなのだから仕方がない。

ともあれ、ここで重要なのはそこではない。

問題はその司がわざわざ暁法を呼び出した、という点にある。

 

「……今度はどんな無茶振りされたんだ?」

 

「いや、今回はそう難しいものでもない。というか、もう終わってる」

 

「終わった?」

 

身構えるようにした八幡にとっては肩透かしを食らうような内容だったが、暁法の表情は依然として緊張を保っている。

 

「ああ、終わった。今回司から伝えられたのはボーダー内部だけの話じゃなかったから、動くのは俺だけでいいって考えだったらしい。内容もざっくりとした内偵で、正直『防ぐ』気は感じられなかったし『知っておいて損は無い』程度のものだったんだと思う」

 

「内容が全く見えないんだが」

 

────ここからが本題だ。

 

そう前置いただけあって、彼が口にした言葉は驚愕に値する言葉だった。

 

「俺が頼まれたのは『ボーダー内部の近界渡航を画策する人間の有無及びその協力者の洗い出し』『仮にそれらが存在した場合の実態調査』」

 

────会議や襲撃やらのせいで先を越された格好だがな。

 

こう付け加えた暁法の表情が全く動じていないのは相当な豪胆であると言えるだろう。

 

なぜなら。

 

「……………………………()()()?」

 

言葉数の少ないままに、八幡の雰囲気が尖りつつあった。気色ばむ……とまではいかなくとも、木に出来た洞のような目から放たれる刺々しい気配。剣呑とした空気は他ならぬ殺気のそれだ。

 

「逸るなよ、ハチ。そう何度も言わせるな。問題ナシ、だ。俺だけで良かった、それでタカは知れるだろう?」

 

「だからと言って高を括る気もねぇよ。俺はお前ほど司を信用してるわけじゃない」

 

「最後まで聞けってんだ。その癖いい加減どうにかしろよ。見切りが早いんだっつの」

 

鉛のような八幡の圧をあっさりといなして、暁法は手にしていたパンを毟るように頬張った。どこまでもマイペースなその様子にこそ八幡の苛立ちがある、と彼が気付く日は来るのだろうか。

そんな胸中を理解したのかはともかく。

咀嚼を終えゴクリと喉を鳴らした暁法は、いよいよ八幡の欲した答えを口に出す。

 

「……結果論だが、クロだったのが二宮隊だってことだ。つっても、全員が全員『脱走兵』ってわけじゃない。脱兎は一匹。隊員の……まぁ、今や『元』か。ともかく、女の狙撃手居たろ? 奴だ。鳩原某」

 

これまでとは打って変わって多弁になった暁法を、しかし八幡は不満げに見ていた。

 

「……そんなことはどうでもいい。知りたいのは小町の生活圏内に支障がないのかってことだけだ」

 

「小町の生活圏内に影響があるって意味分かるか? ()()()()()()()()()()()()()って意味だ。そんなモノをこのシスコンが見過ごすとでも?」

 

「間に合いもしなかったくせに大層な物言いだな」

 

少なくとも暁法の病みっぷりは信用に値すると判じたのか、たちまち矛を収めて皮肉に走る八幡を見て、ようやく暁法も苦笑する。事実だけに反論のしようもなかった。

応えに窮したような、僅かな沈黙。

 

「……絡むなよ鬱陶しい」

 

「事実だろ」

 

「やかましい」

 

重苦しく、堅苦しい時はこうして去った。残るのは腑抜けた空気と談笑するふたりの姿だけである。日差しの恩恵を受け損ねたコンクリートに腰掛けながら、暁法は話をこう締めくくる。

 

「まぁそんだけだ。実際これまで言わなかったのは只忘れてただけだし、訓練の日程通知見て思い出したんで、そういえば言ってなかったなと思って」

 

「ん? ちょっと待て、今なんて?」

 

なんてことのない報告の中に聞き流してはいけない文言があった気がして、八幡は暁法に待ったをかける。

 

「え? いや、だから忘れてたって……」

 

「違う、その前だ。日程通知って言わなかったか?」

 

「ああ……明後日の夕方以降揃い次第って話だったけど、それが?」

 

一転して不思議そうな顔をすることになった暁法が問う。

 

「俺その通知来てないんだけど……」

 

直後、静謐な空間は崩れ、校舎裏にひとりの哄笑が響き渡った。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

放課後。

 

慣れ始めた無人の廊下を進み、奉仕部の教室を目の前にした八幡を迎えたのは、身を寄せ合いながら不気味そうに教室内を伺う雪ノ下と由比ヶ浜の姿だった。普段であればまず目にしないであろうこの光景は、詰まるところ教室に入れない、もしくは入ることを躊躇わせるような『ナニカ』があるということに他ならない。

 

要するに面倒事である。またもや。

 

────って言うかおふたりさん、距離近過ぎない? それは百合? 百合なの? 部室で『ゆるゆり』しちゃうの? あっ、八幡退場しなきゃ……って、元から出番も居場所もありませんでしたね。いっけなーい。八幡間違えちゃった、てへっ。……うん、気持ち悪いな、今のは気持ち悪い。

 

脳内で寸劇を繰り広げていた八幡だったが、凍えるような殺気を浴びて現実へと立ち返る。

 

「……気持ち悪いわ、本当に、心の底から。……自首すれば刑法は等しく減刑するのだし、捕まる前に自ら身を差し出した方が賢明よ? いえ、それがあなたに適用されるはずはないし、されて良いはずもないのだけれど」

 

見れば、雪ノ下がその美しい顔を苦悶に歪めていた。隣では、少し隠れるようにして由比ヶ浜もドン引きしている。

今更のように茶番を後悔した八幡だが、後悔とは得てして先に立たないものである。

 

「悪かった、今のは俺が悪かったから……」

 

警察は勘弁してくれ、と八幡もまた心底願った。それはもう必死に。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「そういえば、杜くんは欠席なのかしら?」

 

「ああ、奴なら今保健室だ」

 

念のため言っておくが、爆笑する暁法にイラついた八幡が直接手を下したとかそういう訳ではない。ことを正確に記すならば、それは未遂で済んでいた。

では何故暁法が保健室の厄介になっているのかといえば、文字通り腹を抱えて笑っていたところで過呼吸を招いたからである。ぶっちゃけ大した症状でもないのだが、当の本人はコレ幸いと学校のベッドを堪能している。

 

────あの野郎、帰ったら小町に頼んでダミースキン『徳川秀忠』(間に合わなかった男)にしてやろう。

 

八幡が小物臭い復讐を決意する中で、雪ノ下と由比ヶ浜は揃ってため息を零していた。

 

「猫の方がまだしも役に立ちそうね……」

 

「タイミング悪いなぁ……」

 

そこに居ないというだけで随分な言われようだが、そもそもサボっていること自体は否定できない上、八幡も擁護する気は端からなかった。むしろいい気味である。

 

「あいつになんか用事でもあったのか? てかなんでここで立ってんの」

 

「教室内に不審者が居るのよ。排除するなら男手があった方が楽でしょう?」

 

「………………」

 

「あ、あはは……そこまではやり過ぎじゃないかなー……?」

 

真顔で『排除』と宣う雪ノ下はどうやら本気なようで、冗談だよな? と目で問うても睨み返してくるだけだった。

 

「……お前のその全方向向けの敵愾心どっから来るの?」

 

「平穏が脅かされると言うのに黙っているつもりはないわ。私の平穏は私にしか叶えられないもの」

 

強い意志を込めた声で、彼女は高らかに信条を掲げた。……些か以上に手段が過激な気がしないでもないが、そこは彼女自身の問題だろう。手段はともかくとしても、言っていること自体は八幡とて頷けるものである。

 

「まぁ、そこは分からなくもないが……」

 

「でしょう? 分かったら早くその不気味な顔で不審者を追い払ってくれるかしら。ああ、その後一緒にその顔も取り払ってくれるとなお良いわ」

 

「俺まで排除の対象なのかよ……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

僅かに含意を感じさせる物言いに、八幡は雪ノ下を睨む。

続き如何では『処置』も視野に入れなくてはならない。

 

────面倒だな。いっそ本部頼るか?

 

「おー、雁首揃えて何やってんの?」

 

少し真面目に考え始めたところで、気の抜ける声がした。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

ややあって。

 

「ほー、不審者ねぇ……めんどくせぇ、開けようぜ」

 

事情を把握した暁法はそう言って、ガラッバーン、と無意味にけたたましく扉を開け放つ。

と同時に、窓という窓が開かれカーテンの結わえが解かれた教室の内へと、臨海部特有の潮風が吹き込んだ。窓枠が風笛を鳴らし、カーテンがはためいて、教室に残されていたプリントが辺り一帯へと散乱する。

そして男がひとり、大仰な舞台装置の中に佇んでいた。

 

「クククッ、まさかこんな所で出会うとは驚いたな。待ちわびたぞ。比企谷八ま……ん?」

 

誰だコイツ? という思いは一致したことだろう。八幡を除いて。

ともあれ『痛々しい決めゼリフを別人にかます』というおよそ常人には耐え難いであろう痴態を自ら晒した不審者は感情のやりどころをなくした為か、開き直ることにしたようだった。

 

「き、貴様等! 我が盟友(とも)、我が相棒を!! 比企谷の八幡をどこへやったァァァァッ!!!!」

 

どこへも何も、ただ影で見えないだけなのだが、それを言ってやるほど親切な人間はこの場になかった。何より付き合う義理がない。

 

「3分間待ってやる。お前がしたこと全てカタァつけろ。話はそれからだ」

 

「は、はひ…………」

 

暁法に凄まれた彼は呆気なく白旗を揚げ、いそいそと室内の掃除に取り掛かった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

3分後。

 

「んで、何しに来たんだよ?」

 

「モハハハハッ、我が内なる本願はただひと──」

 

「口調」

 

「あっ、すいません……」

 

「で?」

 

「あ、あの、小説をですね……」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

繰り広げられる滑稽な光景を見て、一体誰がここを奉仕部と認められようか。

床に正座する材木座を前に暁法が椅子にガラ悪く腰掛けている。その口振りは一貫して威圧的で、立地的な面をも踏まえればカツアゲに見えないこともなかった。

一方で、尋問めいた光景を傍目に取り残された雪ノ下、由比ヶ浜、そして八幡はひとまずそれを見守っていたのだが、正視に耐えない光景に胸焼けがしたのか、雪ノ下が小声で質問を投げかけた。

 

「比企谷くん、その……何かしら、アレ」

 

────そんな『アレ』だけで通じるとか熟年夫婦じゃあるまいし。

 

そんなモノローグをどうにか抑え込んで八幡は聞き返す。

 

「いやどれだよ」

 

「杜くんよ。普段からあんな風だった?」

 

同様のことは由比ヶ浜も感じてはいたようで、同意を重ねてきた。

 

「あー、あたしもなんか違う気してた。クラスでもあんな感じなの見たことないし」

 

ふたりの疑問も尤もなもので、普段波風立たない生活を送ろうと心掛けている暁法にしては無駄に当たりが強い。こうまでもあからさまな敵意というのはなかなかに珍しいのである。

実態は同じ中二病患者である暁法の同族嫌悪という、実にしょーもない理由なのだが、それを詳らかに語ってやるのは余りに過ぎる行いだろう。

 

「そもそも何故部長の私を差し置いて彼が詰問……もとい聴取に当たっているのかしら。唾罵も聴取も私の専権事項なのだけれど」

 

「えっ、何? 役回り奪われて拗ねてたのん?」

 

「よく聞こえなかったわ。死になさい」

 

研がれ研がれて研ぎ澄まされた容赦のない一撃をカウンターで頂戴し、八幡の心が砕け散る。

散々殺意を向けられていい加減慣れているはずの八幡をもってしても、ノーモーションの『死ね』という至上の刃を弾くには力不足らしい。恐るべきは雪ノ下雪乃である。

残骸を引き気味に見ていた由比ヶ浜だったが、すぐに興味を失ったのか雪ノ下との談笑に移る。それからしばらくして、どうやら尋問を終えたらしい暁法が戻ってきた。

 

「あー……とりあえず終わったぞ」

 

微妙な顔をする暁法へ向けてすぐさま部長の声が飛んだ。

 

「時間を取らせただけ、なんてことはないのよね?」

 

微笑みかけているはずである。しかしその笑顔にどれだけの含意があるのだろうか。初夏も近いというのに、底冷えするような感覚を覚えさせるのだから恐ろしい。

とはいえ暁法自身はそう固くなるでもなく、それでいて歯切れの悪い調子で切り出した。

 

「小説を読んでほしい……だそうだ」

 

「「「はぁ?」」」

 

一致した感想が、今度は言葉となって木霊した。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇




お久しぶりで御座います。
中二回ということで、ルビ、傍点濫用しております。
避けては通れぬ自問自答回でもあり、割と悩んだりもしましたが結果として自己紹介すらカット、という扱いと相成りました。
一応次回ちょっと出ますので、材木座ファンの方々はもう暫くお待ちください。

ボーダーのお話も少し交えることが出来て安心しております。


今回の伏線は回収までが短く済みそうだぞう

【追記】平成31年1月12日
改行位置、文挿入その他細かな編集を行いました。


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【番外編】雪ノ下雪乃の独白


ゆきのん誕生日おめでとうございます。

のっけからなんですけれども、今回読まなくて構いません。
言いたいことは上記のみです。
私のシリーズの中でも一等つまらないことについては保証します。
活動報告であんなこと抜かしておきながらお恥ずかしい限りですが、どうしようもなくまとまりのない蛇足です。
作者としてこう言うのは心苦しいですが、正直な話原作読んでいただいた方がいいです。

13巻に打ちのめされて、何も書けなくなってからの散文を投げておきます。
初めは誕生祭のつもりだったんですがねぇ……

さて、それでもスクロールする方はお覚悟を。解除ボタンは右上やや中央寄りです。


 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

春、進級を迎えても代わり映えのない生活を過ごしながら、昨年の今頃を思い返す。

 

脳裏に浮かぶのは、慣れない制服の硬い感触や麗らかな日差しなどではなく、急ブレーキと運転手から零れる呻き声、経験したこともないのに『それ』とわかる音。

 

つまりは、車が肉塊を捉えた振動だった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

あの事故自体に負い目があるわけではない。私は何もしていないのだし、何もできはしなかった。

所詮は同乗者。負うべき責めも、負えるほどの地位もないのだから。

 

この態度を不遜と詰られようとも私は何も感じず、むしろ哀れにさえ思うだろう。

 

なぜなら、法は万能ではないのだから。

 

しかし、現実には彼への補償は必要で、それを担うのならば私の家があつらえ向きだった。

無論、覆すこともできたのだろう。それでも事後の補償をしたのは、私の家が必要と感じてやったこと。ならばなおのこと、私の出る幕はない。

 

法的責任には問えなくとも、道義的責任はある。

 

そう声高に叫ぶ輩もいるのだろう。

ならば私に果たせる道義的責任とはなんなのだろう。

 

「うちの運転手がご迷惑をお掛けしました」

 

そう言って頭を下げること?

ありえない。そんな言葉を弄ぶような行いはむしろ侮辱にほかならない。

とりあえず頭を下げることが筋、なんて言葉を吐く人間にこそ反吐が出る。

言葉は、振る舞いは、そのように軽々に扱ってよいものではない。

 

この件について、私ができることは最早ない。

果たすべきことは、既に全うされてしまったのだから。

私がすべきことは、既に封じられてしまったのだから。

 

ささくれめいたこの思いに、悩まされ続けるのが精々なのだろう。

 

だから、そう思い続けてきた。この痛苦を抱き続けてきた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

私は静寂が好きだ。

 

小学校以来、誰にも侵されない時間というモノの価値を多く観てから、私は他人というものに余り固執しなくなったように思う。

画一的に線引きできる程に敵が多かったこともその一助として認められるのだろうけれど、だからこそ私は私を知る数少ない人達に対して何らかの強い感情を持つようになったのかもしれない。

それが好悪のいずれにせよ。

 

その姿勢は揺るがぬまま中学校を卒業し、こうして高校生2年生を迎えている。

 

そんな私を、平塚先生は苦々しく感じていたのかもしれない。

数少ない事情を知る人間として、硬直した私をどうにかしたい。そう思ったのかもしれない。

 

結果として、平塚先生は彼をここへ連れてきた。

私が望み、また望まなかった人物でもある彼を。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

それでも、私の意志は頑なだった。

 

事故のことをあえて避けることはしないが、わざわざ私から切り出す話でもない。

言わないことは、嘘をついていることではない。そう信じて。

 

それを煮え切らない態度と見たのだろうか。

平塚先生はそんな私を許しはしなかった。

 

次に彼女が私のもとへ送り込んできたのは、もう一人の被害者である由比ヶ浜さんだった。

 

彼女は私とは違って事故のことを気に病んでいるらしく、彼に対する態度にはその端々に負い目のような感情が見え隠れしている。

そして、少なからぬ慕情も。

 

当然と言えば、そうなのかもしれない。

見ず知らずの人を、それもそのペットを助けようとしたとして、咄嗟に身を挺することのできる人間がどれほどいるというのだろうか。

ましてや、自分自身の命さえ顧みずに。

居合わせただけの私でこうなのだ。由比ヶ浜さんの目には、さぞかし神々しく写ったことだろう。

そんな彼を相手に言い出せないもどかしさを抱えながら、密かな憧れを抱えることもあるのだろう。

 

単純だ。

 

そう言ってしまえるほどに感情の機微を知らないわけではない。

 

由比ヶ浜さんの眼差しが彼を辿る様は私には眩しく、そして美しかった。

 

ならば、私は?

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

彼も、彼女も、そして私でさえも、未だにあの事故に囚われている。

そんなことに意味はないというのに、それを知っているというのに。

 

それでも、私が果たすべきは。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

私は、──────

 




先日13巻を読み終えてからというもの、とにかく悶々としておりました。
結果、居ても立ってもいられず聖地へと赴きました。聖地巡礼というやつですね。
そうして行った先は、非常に美しい場所でした。

曲がりなりにも筆を持つものとしてあるまじき拙さの感想ですが、そうとしか言えないのです。
写真に収めたい気持ちをどうにか押し込めながらその前を過ぎ、13巻の舞台にも足を運びました。

ただ美しい。本当に幸せに思います。

ひとりの原作ファンとして、ようやく人心地つけた気がします。
そんな訳で、酷い文ですが私なりにコレをけじめとして提出しました。
感動と感謝を示すにはあまりに力不足な身の上ですが、これを機に改めて自身が産み落とした創作と向き合いたいと思います。

それはそれとしてもこれからは足繁く通いたいなと思ったり思わなかったり……

そして、聖地巡礼後に知って驚きましたのが、友人が八幡らと同窓であったことです。
仰天モノです。なんなら、……原作者です?と一瞬疑いました。有り得ませんが。
ともあれ、こうして私は数々の貴重な情報を得たわけです。いくら感謝を述べても足りません。
そんな友人へ今や薄らぎつつある古い記憶から色々と話を掘り起こしてくれたことを感謝して、今回はこれにて失礼したいと思います。

ありがとう。


追伸
作品違わねぇ? と思われた方、全くもって仰る通りです。別時空ではないですが。
次回からは真面目にドヤ顔中二小説垂れ流しますので、御安心を。
望まれているかはさておき


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(2)ガレ場をゆく人々の

拙者意味ありげな会話大好き侍と申す。
読者が知りえない全容を知る時のゲスゲスしい優越感は異常。

時折明かし忘れるのが玉に瑕ですが……。

という訳で材木座編2本目です。
思いのほか彼への想いが溢れて止まらなくなったのでまだ続くことになりました。
さすがに次でおしまいですが、今時点でほとんど終わっているので内容を確認次第出します。
もしかしたら初の同日投稿の可能性も……?

ではお楽しみください。


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

気がつけば夜は明けて、まるで眠れた気がしないまま学校の時間が迫っていた。

当社比3割増しに目を腐らせた八幡は大きく欠伸を零す。

 

材木座義輝が持ち込んだ依頼をさっさと終わらせようと、実に消極的なやる気を出したことを後悔しながらモソモソと身支度を始める。

夜更けに読み始めたのは間違いなく失敗と言えた。なにせ深夜テンションで見ても面白くないのだ。こんなことならば後回しにするんじゃなかったと思ったのは一度や二度ではない。アレと向き合う時間は苦痛以外の何物でもなかった。なにせ完成していないのである。極端に多いルビや倒置法等に、作った本人が食あたりを起こして廃棄に来たんじゃないかとさえ思えた。

 

作者自身も結構そういう経験がある気がしないでもない。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

結局、八幡の夜更かしはお気に入りの小説を読むことで中和を目論んだが故のものだった。

地獄の責め苦とさえ評せる体験の後だったせいか『読み返す』という行為にのめり込んでしまったこともまた、寝不足を後押ししてしまった。

 

────サボりてぇ……

 

働かない頭をガシガシと掻きつつ、歯ブラシを咥えて益体もない希望に思いを馳せる。

腐った目や性根に呼応したのか、心做しかアホ毛も萎びて見えた。

 

「おはよー……」

 

「……おはよう」

 

突如として、背後から音がする。事情を知らない者ならば卒倒しそうな、そんな低い声だった。

鏡越しに挨拶を返してゆっくりと振り返る先には、髪の乱れた琴時がいる。

この様だけを切り取れば、彼女が琴時だとわかる人間は少ないのではないだろうか。

平素での彼女を知る者ならば、いや、知る者であればこそ驚くに違いない。

 

髪が乱れているだけならまだしも、肌は雪ノ下さえ血色が良く見えるほどに青白く、眼窩は窪み影を浮かべていた。普段ならばスラリとした肢体は美しさを際立たせるが、今は不健康なまでに痩せて見える。極めつけに、持ち前の長身がこれらの印象に拍車をかけていた。

 

総じて、佳人薄命という言葉を無理矢理にでも想起させられる光景だった。或いは幽閉され続けた囚人だろうか。やつれにやつれた姿には痩身麗人という言葉を当てる気にはなれなかった。

壁にもたれるようにして目線を向ける彼女には怖気すら感じられる。

 

「……またやったのか」

 

歯ブラシを咥えたままで八幡は問う。彼女の様は自身の悪癖の結果だった。

結果に同情の余地はないとはいえ、眇めるようにしたのはやり場のない感情の表れでもある。

 

「……さすがに死ぬかと思った」

 

本人は諧謔のつもりで言ったのだろうが、枯れた笑いからは自嘲しか感じられなかった。

それ故に八幡も『だったら』『なぜ』という言葉を続けはしない。既にやり尽くした会話だったし、出来ることは何もない。ならば、それを口にするのは欺瞞にほかならないのだから。

ただ、結果として相対したまま沈黙してしまうことは仕方ないと言えるだろう。重苦しい沈黙が流れ、お互いに顔を見つめ合うままの時間が過ぎた。

 

とはいえこれも毎度の出来事で、それを打ち切る琴時のセリフも予定調和に過ぎない。

はぁ、という塊を吐き出すようにした琴時の嘆息さえも、いつかの焼き直しでしかないのだ。

 

「……こんな目に逢うって、分かってても嫌になるんだよ。こればかりは義兄さんだってどうしようもない」

 

「……ああ、そうだな。あいつなら毎日カレーでも平気で平らげそうだ」

 

身勝手な歯痒さを飲み込んで、八幡は首肯で返す。

少し掠れた声で笑いがあって、神経質そうな面差しが僅かに綻ぶのを感じる。

 

「それはそれで笑えない冗談だね」

 

「お前の程じゃねぇよ」

 

「違いない」

 

幾分か空気が和らいだところで、琴時のお腹がきゅうと音を上げた。

 

「……なんというか、身体は正直だなぁ」

 

「それは女子が言うセリフじゃないと思うぞ」

 

照れ隠しに言うならばまだしも可愛げに写ったのだろうが、琴時のかんばせは明るくない。八幡も茶化すように言うのが精一杯だった。

 

「あー、アレだ。とりあえず支度しようぜ。暁法のことだ、どうせ昨夜の時点で察してんだろ」

 

「だろうね。きっと食べたいと思わせてくれるよ。差し当っては洗面台を空けてくれると助かるんだけど」

 

徐々に調子を取り戻してきたのか、皮肉を混ぜてきた琴時を八幡はむしろ安心したように受け入れた。

 

「……悪かったよ」

 

ひとこと言って、支度を整えにかかる。勢いよく出した水は意外な程に冷たく、口腔を満たすと目が覚める思いがした。荒々しく漱ぐに続けて顔を叩くように洗い、タオルで拭う。

こうしてみると感覚が一新されたのか、五感から情報がなだれ込んできた。

台所からは胃に優しそうな匂いがして、食器を揃える音と配膳の指示の為の会話を漏れ聞こえる。窘めるような声は暁法のもので、どうやら小町はフライングをしたらしい。

視界の端で憮然とする琴時も、暁法が当番になる前にしか食事を抜かない。全幅の信頼を置くのは義兄だけという意思表示だろう。義兄宛か、八幡ら宛か。それはうかがい知れないが。

 

『あの事件』があって壊れた俺達と、だからこそあるこの景色。

この光景を、比企谷八幡は欺瞞と考える。

それでも、鏡に映った嘘つきの顔は、この関係を憎んではいなかった。

 

比企谷宅の朝、割とよく見る光景はこうして過ぎてゆく。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

学校にて。

 

八幡が覚醒したのは放課後のこと。一日を通じてうつらうつらとしていたせいか、今日の授業に関する一切の記憶がないままに部活の時間になっていた。

 

「ヒッキー! そろそろ部活行こうよ!」

 

劈くような声が掛けられて、ウンザリとそちらを向く。丸一日を睡眠に充てたとはいえ、寝起きには辛いテンションだった。普段ならばいいのかと言われると決してそんなことはないのだが。

 

「……お前絶対あの小説読んでねーだろ」

 

怨みがましくそう言うと、由比ヶ浜はキョトンとした顔で静止する。

 

「え? ……あ、あー……」

 

判然としない受け答えを見るに、今の今まで忘れていたらしい。奉仕部としてはアウトだが、そもそも由比ヶ浜は厳密には部員ではなかった気がする。まぁ、あまり追求することもないだろう。というか、読んでない彼女はむしろ勝ち組と言えるのではないだろうか。

自らに言い聞かせるようにして納得する。鞄に荷物をまとめ椅子から立ち上がって辺りを見ると、既に教室は明かりも落とされ、まだ角度を残す陽だけが光源の役割を果たしていた。

 

「部活、行くなら読んどけよ」

 

とはいえ、癪なものは癪なので念を押しておく。

そっぽを向き、冷や汗まみれで下手くそな口笛を吹いていた由比ヶ浜だったが、それを聞くといかにも不満げな顔で難色を示した。

 

「えー……」

 

「…………一応仕事だからな?」

 

──嫌なのはわかる。超わかる。が、それはそれとして許さん。

 

「ホレ、行くんだろ」

 

言いたいことは言ったとばかりに八幡は歩き始め、少々遅れて焦ったような声が後を追った。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

幾分かスッキリした頭でいつも(慣らされてしまったことには気づかずにいたい)の廊下を歩き、クリーム色の扉を開く。

しかし、カラリと小気味良い音を立てた扉の先は『いつも』のそれではなかった。

 

「…………」

 

「きれー……」

 

言葉にするのは、いっそ陳腐なのかもしれない。瞠目する八幡の隣で由比ヶ浜が零したように、文字通り、絶句する程に美しい空間だった。

八幡に審美眼の持ち合わせなど無いに等しい。それでも『この空間には価値がある。』と、そう確信させるまでの何かに触れた。

教室内にいるのはすうすうと寝息をたてる雪ノ下ひとりなのだが、さすがに眠りながらでさえ棘を抱えるわけではないらしい。毒舌と敵愾心に代え、微笑みを湛えながら微睡む様は彼女が持つ元々の美しさを何倍にも増幅してみせ、何人も侵しがたい雰囲気を醸していた。

思わず魅入ってしまったことに気づいた八幡は、自らに呆れるように瞑目し、深く息を吐く。押し黙ったままでいることを止め、意を決したような面差しで聖域へと踏み込んだ。

 

「お疲れさん」

 

起こさない程度の小声で挨拶を済ませると、最早定位置となった席を目指す。

由比ヶ浜はといえば、誕生日に貰った特大ケーキでも眺めるように雪ノ下に見蕩れていた。

 

「ゆきのん可愛い……」

 

『ほわー……』とか『はわー……』といった頭の悪そうな歓声を上げながら四方八方から睨め回すようにしていた為か、雪ノ下は物音に勘づいたようだった。

彼女と八幡の位置関係を考えれば、目覚めてまず目にするのは当然、八幡の顔なわけで。

 

「……驚いた、あなたの顔を見ると一発で目が覚めるのね」

 

芸術的空間は脆くも崩れ去った。先程までの無垢な姿はどこへやら、最早普段の雪ノ下だった。

多少の睡眠不足程度では彼女の舌を鈍らせるには至らなかったらしい。

 

「その様子だとそっちも相当苦戦したみたいだな」

 

「ええ……慣れていないことを抜きにしても好きになれそうにはないわね」

 

「いや、全部が全部ああじゃないし……良い作品はいくらでもあるからな?」

 

ファーストコンタクトの重要性がよく分かる。もっとも、第一印象という意味ではこの場にいる全員が最悪と言って差支えのない出会いを果たしている訳だが。

 

──……全員?

 

そういえば、と。教室にはひとり足りなかったことを、今更になって思い出す。

 

「……暁法(ノリ)は来てなかったのか?」

 

「来た……といえば来たわ」

 

バックれたか? という疑念が膨れ上がったが、雪ノ下の答えはそれを示すものではなかった。

 

「今日は欠席。自宅の食事当番だそうよ。今日に限っては支度に手間取るから、材……材津くん? にはこれを渡しておいてくれと頼まれたわ」

 

そう言って、折り畳まれた紙片を摘む。

 

「ああ……そういうことな」

 

今朝の琴時の様子を思い出して、八幡は納得した。

琴時が食事を抜いた後は決まって反動が来る。どこぞの腹ぺこシスターも斯くやという勢いで、それこそ片端から料理を平らげるのである。

量も質も、普段の感覚ではまるで追いつかないことはこれまでの経験から理解出来た。

そんな背景を知らない由比ヶ浜はまた別の点に感心しているらしい。

 

「へー……。杜くん、料理できたんだ。意外……」

 

「そうね、確かに一般の男子高校生に自炊の習慣があるのは珍しいと思うわ。でもね、由比ヶ浜さん。習慣がないことと技術がないことは全くの別問題なのよ。少しづつでも頑張りましょうね?」

 

「さらっとヒドいこと言われたっ!?」

 

「由比ヶ浜はレシピ通り作ることから始めろ……」

 

料理とは計量を終えれば半分は完成した様なものである。複雑な工程を覚えきれずとも、量さえ正しければ案外何とかなるものなのだ。

そんなことを考えながら晩餐に思いを馳せていると、驚いたような顔の雪ノ下と由比ヶ浜が目に入った。

 

「ヒッキーが真面目な事言ってる……?」

 

「ちょっと待て、どういう意味だそれは。俺なんだと思われてるんだよ……」

 

「議論の余地などないじゃない。ヒキニートくん」

 

「ちょっと雪ノ下さん? 人をミンチみたいに言うのはやめてくれない?」

 

……憎たらしくて皮肉を捏ねたらメンチを切られた。

混ぜっかえす時は相手を選ばないと火傷する。ちぃ覚えた。怖い。

どうせ選ぶなら逢い引き(ミート)の相手がいいよね! 合い挽きだけに。まぁそんな相手いない訳だが。

それにつけても挽肉を言い間違えて『挽きミート』って言った時のル〇大柴感は異常。

 

下らないことを考える時こそ頭は冴えるものである。

 

「……でもまぁそうね、てっきり杜くんがサボったのではないかと疑っているものだとばかり思っていたわ」

 

「流されてるし……っつーか、流石にそれでサボれるならそもそも来ねえよ」

 

──そういえば、同居のことは言ってなかったな……。

 

今更のように思い返した八幡だが、敢えて触れる気はなかった。『J』、つまり由比ヶ浜の前で余計な誤解や興味を抱かれるのも面白いものでは無い。

 

「そう……確かに嘘にしては稚拙だものね」

 

「一見突飛な方がバレにくいとは言うがな。どっちにしろあいつの好む手じゃない」

 

「そういう問題じゃない気がする……」

 

話題が落ち着きをみせたのと入れ替わるようにして、部室の戸が荒々しく叩かれる。

 

「頼もう」

 

大時代な物言いと喧しさに顔を顰めた雪ノ下だったが、当の材木座は気にせず(と言うより極力雪ノ下と目を合わせないようにして)教室へと踏み入り、部員らの視線の重なる位置へドッカと腰を下ろした。

その焦点はお立ち台ではなく、処刑台であるというのに、憐れな材木座は未だそれを知らない。

 

「さて、では感想を聞かせてもらうとするか」

 

自慢げな表情で腕を組みながら偉そうに減らず口を叩いている彼だが、これから注目とともに浴びるのは喝采ではなく十字砲火である。

 

「ごめんなさい。私こういうのは分からないのだけれど……」

 

しかし、正面に座る雪ノ下は申し訳なさそうな顔でさえあった。彼女にしては珍しいことだが、とはいえそこで油断するのは三流以下である。えてして恐ろしい言葉というのはやたら恐縮する人間からもたらされるものなのだ。……余談だが、二度と聞きたくない言葉の筆頭は『私の専門からは外れるので正しい指摘かは分かりませんが……』だ。あれマジで死にたくなる。

ともあれ、彼女の舌砲、もとい舌鋒はゼロ距離観測射撃にして精密射撃。

酔狂な自殺志願者ひとりを捻るのは雑作もないことだろうし、事実どう見てもオーバーキルだが、それを望んだのが材木座である以上は甘んじてもらう他はない。せめて安らかに。

 

「構わぬ。凡俗の意見も聞きたいところだったのでな。好きに言ってくれたまへ」

 

雪ノ下の言葉で調子に乗ったのか『しょーがないなぁ(笑)』という本音が見え透いた態度の材木座は身を乗り出すようにしてみせた。ノリノリで『さぁ、さぁ!』とか言ってる姿はウザイことこの上ない。

それを意に介さず短く返事をした雪ノ下は、呼吸を整え言葉を選ぶ。より残酷な言葉を。

 

「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」

 

「げふぅっ!!」

 

言葉の威力に圧されて、材木座が椅子ごとのけ反った。どうにか持ち直したが、顔には脂汗が浮かんでいる。

 

「さ、参考までにどの辺がつまらなかったのかをご教示願えるかな?」

 

およそ思いつく限りだよ。と言いたくなるのをぐっと堪えて雪ノ下に預けた。

うっかり言いそうになったが、事細かに指摘を受けたほうがコイツの為にもなるだろう。

 

「まず、文法が滅茶苦茶ね。何故いつも倒置法なのかしら? 『てにをは』の使い方知ってる? 小学校で習わなかった?」

 

「ぬぅぐ……そ、それは平易な文体で読者に親しみを……」

 

息も絶え絶えと言った様子で反論する材木座の胸中は分からなくもない(知りたくもないが)。

自身が注力したものを一刀のもとに斬り捨てられるのは、ともすれば現実にそれを受けるよりも苦痛を伴うものである。畢竟、素直に受け止められるだけのメンタルを待つ人間はそう多くないのだ。

材木座の解説を乞う態度も『自身の欠点と向き合おう』という殊勝な心がけからくるものではなく、自分が間違っていることを認めたくない故のものなのだ。どこまでも見苦しいことこの上ない。

しかし、どれだけ醜く写ろうともこればかりは真っ向から否定できるものではないだろう。頭ごなしに否定的な批判をする輩や、不誠実な者から論われたところで、感情のリソースを割くだけ無駄なのだから。一々付き合っていられない感想というものも確かに存在する。

但し、それは雪ノ下に限ってはあたらない。誰よりも真摯に、そして無慈悲に、彼女の添削は続けられた。

 

「そういうことは最低限まともな日本語が書けるようになってから考えることではないの? それとルビの使い方だけれど、余りの誤用に目を覆いたくなるわ。数も多すぎる。文の主題はあくまでルビをふられる側にあるのよ? それを濫用しているせいで元々曖昧なテーマが更に混迷を極めていてとても読みにくいのだけれど」

 

「げふっ! ち、違うのだ! 最近の異能バトルではルビの振り方に特徴を」

 

「それは義訓のことを言っているのかしら? 読者に読ませるのが振り仮名の役割でしょう。自己満足でしかないものを都合が良いように振りかざすのは辞めなさい。ただでさえ内容が希薄で起伏に欠ける上に展開に書き手の意図が透けて見えているの。蓋然性をまるで無視した内容が鼻について仕方ないわ。特にここ、ヒロインに服を脱がせたいだけならばせめてそれに見合った場面を用意しなさい」

 

「ひぎぃっ! あ、あえて突飛な展開にすることでストーリーに意外性を」

 

「ストーリーも何もそもそも完成さえしていないじゃない。人に批評を頼みたいならそんなものを持ってこないで。文才以前に常識から学びなさい」

 

「ぴゃあっ!」

 

何もかもを粉砕された材木座は気色の悪い断末魔と共に倒れ込んだ。

白目を剥きながら肩を痙攣させている様は実に気持ち悪い。

 

──せめてこれが演技じゃなかったら同情する気にも……ならないな、うん。

 

勝手に納得していた八幡だったが、、いい加減鬱陶しさがまさってきたので止めに入る。

 

「その辺でいいんじゃないか。あんまりいっぺんに言ってもあれだし」

 

「……まぁ、いいわ。じゃあ次は由比ヶ浜さんかしら」

 

「あたし!? え、えぇーっと……」

 

由比ヶ浜がちらと材木座を見ると、縋るような視線が目に付いたらしい。さすがに哀れみを持ったのか、うんうんと唸りながら褒められそうな点を探している。その振る舞いこそが追い討ちであることにまでは気が回っていないらしい。

 

「む、難しい言葉いっぱい知ってるね!」

 

「ひでぶっ!!」

 

あまつさえ、努めて明るく言い放った言葉はむしろトドメだった。僅かにでも希望を見た分、材木座のくらったダメージは余計大きなものになったようだ。上げて落とすと言うやつである。

一方、褒めたつもりの由比ヶ浜は困惑気味にその光景を見ていた。無知とはまこと恐ろしい凶器である。

やがてリカバリーも諦めたのか、八幡に場を丸投げしてきた。正視に耐えなくなったのだろう。

 

「じゃ、じゃあヒッキーどうぞ」

 

材木座の正面を退き、隠れるように後ろへ下がる。

ライトノベルに多少の理解がある八幡にお鉢が回ってきた気配を察してか、期待を込めた眼差しで何かを訴えていた。

 

──ああ、分かってるさ。期待には応える。でなきゃ男が廃るからな。

 

ひとつ頷いて、深く吸う。そして。

 

「で、あれってなんのパクリ?」

 

「ぶふっ!? ぶ、ぶひ……ぶひひ」

 

義務は果たした。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 




かなりトレスっぽくもなりましたね。
ゆきのんの扱いに悩み、もう一人の輩と対比して正しさを強調させました。
今回暁法の出番が殆どないので地の文を八幡に預けっ放しにしたんですが、筆者と混戦気味になったのが評価に悩むところです。
見易さの観点で御不満あればご指摘ください。私にはできないものでして。

そういえば久方ぶりに感想いただけました。ありがとうございます。


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(3)知れなかった感情

なんと初の同日投稿ですよ。
これは次回が遠くなりそうですねぇ……。

後半がいわゆる台本形式(?)になってしまいました。
ちゃんと読めるかな……

お確かめください

【追記】平成31年1月20日
誤字の報告を賜り、修正致しました。
対艦ヘリ骸龍様、ご指摘感謝いたします。

【追々記】平成31年2月3日
誤字を修正致しました。


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

呆れた表情で雪ノ下はこめかみに手をあてていた。

 

「……あなた容赦ないわね。私よりよほど酷薄じゃない。」

 

「誰が材木座の期待に応えると言った。そんなつもりは毛頭ない」

 

「ヒッキー最低だ……」

 

「なんでだよ。完全にフリだったろうが。一瞬ドリフかと思ったぞ」

 

相変わらずの雰囲気で会話する奉仕部の面々から、少し離れて材木座義輝が転がっていた。猟奇的な図でもあるが、現代社会に対する痛烈な批判的風刺かもしれなくもない。

ひと仕事終えた気分で伸びをした八幡だったが、暁法の感想があったことが脳裏をよぎる。

 

「雪ノ下。確か手紙を預かってたんじゃないか」

 

「そういえばそうね。忘れていたわ」

 

そう言った雪ノ下は、丁寧に折り畳まれた紙を差し出した。

 

「おい、何故俺に向ける。材木座宛てだろうが」

 

「あなたのお仲間でしょう。始末は身内で付けなさい」

 

「お前がやりたくないだけじゃないだろうな……。というか、誰が仲間か」

 

そう言いつつも渋々それを受け取って、いまだ床へとへばりつく材木座へと歩み寄る。

 

「ホレ、最後の感想だ」

 

「あ、暁法殿からの書状とな……」

 

いよいよ力尽きそうな様子でどうにか受け取ると、黙々と読み始める。

始めこそウザい表情が復活してきたように見えたが、読み進めるに連れて材木座の有様は千変万化を見せた。

初めは驚愕が現れ、次いで奇妙な呻き声が漏れ出し、加えて手紙を持つ手が震えだす。かと思えば、今度は手紙を崇めるようにひれ伏して、しばらくするとまた悲鳴と共に悶え始める。

このようなことが幾度か続き、やがて材木座は物言わぬ抜け殻に成り果てた。自重を支えるだけの余力さえないのか、自らの腹でもかっさばいたかのような体勢で蹲っていた。

 

「凄惨な図だったな……」

 

「少なくとも目にしたい光景ではなかったわ……」

 

「怖かった……」

 

一部始終をドン引きしながら見ていた八幡たちだったが、ひとまず材木座の死因を改めようと彼の手からこぼれ落ちた手紙を手にとった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

急啓

頂いた小説拝見しました。

本日は私個人の急用につき、このような形で感想を述べさせていただきます。

さて、御依頼いただいた以上は誠実にあるべし、と微力を尽くしましたが、不肖の身ではこの作品を評すことは身に余る行いであり、正当な評価をするに至らないという思いを強くしました。

とはいえ、凡百の意見など募った所で私と同じ結論を導く他はなく、やはりここは識者の助力を得ることが正しいのではないかと考えました。

そこで目をつけたのが出版社への持ち込みであります。

思い立ったが吉日、僭越ながら私が使者として直接に投じよう、投じなければならぬ、との情熱を抱きもしましたが、生憎と時は夜。

約束の期日を明日に控えた中では、明朝までの時間はあまりにも惜しいものであり、この手段は断念せざるを得ないこととなりました。

ならば、とインターネットを用いた上で新人賞なる窓口に贈ろうとも愚考した次第ですが、今度は余りの大作に打ち込むだけの時間がないという八方塞がりの状況へとなってしまいました。

こうして途方に暮れている折、小説投稿サイトなるものの存在を知ったのです。

無駄と知りつつそれを漁っておりますと、なんと『†黄昏の剣豪将軍†』なる名義でお預かりしている小説を丸々剽窃する不埒者に辿り着きました。

未発表であるはずの作品をどこで目にしたのか、この輩一字一句違わずに掲載しており、挙句の果てには完全新作と言い張る始末。

さすがの私も義憤に肩をいからせましたが『天網恢恢疎にして漏らさず』と申します通り(或いは天すら目を逸らしたのでしょうか)悪い事は出来ないのでしょう。

天罰はきちんと降っているのか、それを見る者も少なく、感想を寄せる人間も微々たるものでした。

終いには数少ない感想でも『どこかで見たことがあるようなものばかり』との痛快な指摘を食らわされておりました。

盗作である以上は当然のこととはいえ、それを未発表の作品であってさえ看破するとは、世の中には慧眼の人もあるのだなぁと感じ入りました。

とは言いつつ、いつまでも偽物が跋扈するのは決して好ましい事態ではないと思い、差し出がましい真似かもしれないとは思いつつも、しかるべき手段をとり、結果名を騙っていた剣豪何某は駆逐済みと相成りましたことをご報告致します。

最後になりましたが、今後益々の御活躍を願いまして筆を置かせて頂きます。

略儀ながら掃討のご挨拶まで

草々

○○年五月吉日

杜暁法

材木座義輝様

 

追啓 件の不届きものですが、複数の名義を用いて自作自演を行っていた痕跡を発見致しました。少々お時間頂くこととなりますが、一片残らず殲滅しますので御安心ください。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

ハラハラドキドキの一大スペクタクルだった。主に材木座の心中が。

 

「「「………………」」」

 

しばらくの間絶句していた3人だったが、やがてそれぞれから弔辞じみた声が上がる。

 

「なんてことを……」

 

「慇懃に見せかけてただただ無礼な内容ね……感想がそもそも書かれていないじゃない」

 

「さすがに中二可哀想だね……」

 

材木座のしていることもなかなかに下衆な行いなはずなのだが、そんなことが霞んで見える程度には邪悪な内容だった。これを書いた人間は相当人が悪い。と言うか、悪い人だ。

雪ノ下の指摘がどこまでも真っ当なものだった一方で、暁法の書簡はただただ私怨に塗れていた。

 

「ま、まぁ、大事なのはイラストだから。中身なんてあんまり気にすんなよ」

 

「それは死者に鞭打つ行為でしかないと思うのだけれど……この状況では奮励の言葉に聞こえるから不思議よね」

 

誰もがかける言葉も見当たらず、恐らく的外れな励ましで材木座にフォローを挟む。

効果のほどはあったのか。詳しいことは定かでないにせよ、材木座は生きていた。かろうじて。

それも徐々に回復したのか、初めはうぞるうぞると蠢くようだった動きも人間らしさを取り戻し、会話が成り立つまでにはなった。

……いや、もしかしたら会話と呼べるようになったのはこれが初めてかもしれないが。

 

「……また、読んでくれるか」

 

その言葉に一同が呆然とした。その声が材木座義輝からのものだとは到底信じられず、瞠目したままに立ち尽くす。

呆気にとられたままの三人を見て、少し照れくさそうに、しかしはっきりと言い放つ。

 

「また読んでくれるか」

 

「……あれだけされても、まだやるのか」

 

「無論だ」

 

誰もが想像しなかったであろう選択を、彼は選び、そして宣言した。

大柄な体躯を二の脚で支え、床をしっかりと踏み締めて響く声音はどこか心地良い。甲高く聞こえるようで深みのある声がそう観せるのか、西陽が差し始めた教室の中で、材木座の顔は凛々しく写った。

 

「確かに酷評されはした。もう死んじゃおっかなーとか、杜暁法絶対許さん引き摺り廻してムッコロす、とも考えた。……だがな」

 

そうまで言って、材木座は言葉を止めた。ゆっくりと上げた顔は憑き物が落ちたように晴れやかで、先程までの醜態が嘘のように清々しい。

 

「だが、それでも嬉しかったのだ。自分が好きで書いたものを直に読んでもらえて、これ以上ないくらいの酷評をもらったとはいえ、素直な気持ちをぶつけられるというのは。もちろん同じ以上に悔しさも、憤慨する気持ちもあるのだが。……それでも、なんであろうな。読んでもらえるというのは、やっぱり嬉しい」

 

自らの気持ちを確かめるように、一言一言を噛みしめるように、しきりに俯きかけてはまた面を上げる。

 

……ああ、眩しく見える。夕日を浴びた材木座の姿は、あんまりにも眩しい。

それに目を奪われている俺達の顔は、逆光の奥でどんな感情を象っているのだろうか。

雪ノ下の顔も、由比ヶ浜の顔も見えはしないけれど、きっと全員が羨んでいるのではないかと思った。

キーボードを緩衝として投げかけられる言葉と、直に殴られるような言葉を両方浴びて、なおもそれを嬉しいと言えるのならば、きっとそれは材木座義輝の嘘偽りのない本音なのだろう。

だったら、俺はそれを否定しない。できない。

それほどに美しく、尊重されるべき感情だと思うから。

 

―──だから。

 

「ああ、読むよ」

 

──お前の気持ちは、きっと本物だ。なら、応えてやらねば男が廃る。

 

認めよう、材木座。お前はかっこいいよ。気持ち悪い部分を除けば、な。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

「──とまぁ、こんな感じの顛末だ」

 

「……そうか」

 

八幡が語る一部始終を、暁法は最後まで不機嫌そうに聴いていた。

場所は比企谷宅のリビング、夕食時の団欒である。

2人だけの場で暁法に聞かせようにも、タイミングに恵まれなかった八幡は、この話を晩餐に添えることにした。勢揃いした場で話し始めたせいで小町と琴時は巻き添えを食った恰好だ。

めいめいに食事を続けながらも、折々に会話を差し挟む。

 

「あのー、お兄ちゃん? もっとこー、面白い話とかないの? 手紙の内容が酷かったってことしかわかんなかったんだけど。あ、ドレッシング取って」

 

「いやいや、超面白いだろ。ノリが珍しく嫉妬して嫌がらせしたのに大失敗だぞ? これが笑わずにいられるか」

 

「誰が嫉妬か。ただちょっと気に食わないだけだ」

 

「その『ちょっと』が羨望なんだろ」

 

「えー……なんだかんだ言うけどさ、結局その『キレイな中二さん』の方は悪い人じゃなかったんでしょ? ありがと」

 

「おやおや、何か含意を感じさせる言い方だねぇ小町クン」

 

「やだなー、そんなことないですって。……『汚い中二さん』」

 

「義兄さん、このビーフシチュー美味しい!!」

 

「ありがとう琴時愛してる」

 

「正妻ポジGETだぜ。ほほう、この胡麻和えもなかなか……」

 

「……その言い方だと側室居ることにならない?」

 

「どうせ浮気すると思われてんじゃね?」

 

「ええい、やめやめ! お兄ちゃん達がふざけてたら進む会議も進まないでしょ!」

 

どこまでも続く取り留めのない談笑を遮ったのは、最年少の小町だった。

 

「えー、いいじゃないこまちゃん。あ、最後の里芋貰うね」

 

「あ、うん、お姉ちゃんは幸せそうだしいいです。もっと食べてて」

 

「やたー」

 

「ちょっと小町ちゃん、基準おかしくない? お兄ちゃんにももっと甘くていいのよ?」

 

「うん、無理」

 

無邪気な笑顔での即答。

そっかぁー……無理かぁー……とアホ毛をしょげさせる八幡をさておき、会議は今踊り出す。

 

「でわぁー!『フタを開けたら大惨事! 対ボーダー総合火力演習対策会議』を開催しまぁーっす!!」

 

どんどんぱふぱふー! と口で言って盛り立てる小町を、いぇーいという杜兄妹が後押した。

馬鹿馬鹿しい雰囲気だが、食事の場において堅物すぎることよりはマシなのかもしれない。騒がしすぎる気がしないでもないが。

 

「さて、恒例となりつつある『総火演』ですけどー……一応読み合わせをしましょうか。メール来なかったお兄ちゃんの為にも」

 

「どうしてそういうこと言っちゃうの? お兄ちゃん泣くよ?」

 

「まぁまぁ、これも小町の優しさだよー。という訳でお兄ちゃん、日時と場所の確認をどうぞー」

 

「はぁ……明日16時までに本部集合だったか」

 

「はーい、大せいかーい! 一応補足しておくとその後15分までに全体ブリーフィング。演習開始は17時頃だね。では次、汚い中二さん! 訓練開始時の状況をどうぞ!」

 

「えっ、このあだ名続くの?」

 

「四の五の言わずに答えるー」

 

「……これまでと同じなら、2種類やるはずだな。いずれもマップは向こうに選択権があって状況は『ランク戦形式』と俺達の『侵攻』。あとは当日次第だろ」

 

「うんうん、こんなとこですかねー」

 

「こまちゃん、敵の戦力って把握出来たっけ」

 

「あー……それなんですけど、チョーっと微妙な隊が多いかなぁと」

 

「ふんふん、と言うと?」

 

「最近出たり入ったり上がったり落ちたりが激しくてですねー、細かな戦力の更新が追いついてないんですよね。この前お兄ちゃんが鉢合わせしちゃった嵐山さんのところの……えーっと、そうそう木虎ちゃん。彼女のデータなんかほっとんど持ち合わせておりません!」

 

「自慢げに言うことじゃないだろ……」

 

「まぁ気にしても仕方ないだろ。他は?」

 

「影浦隊のとこに狙撃手が入ったらしいよ。絵馬くんだったかな」

 

「『かげうら』かぁ……美味しいよね、あそこ」

 

「思い出すのは屋号なのか……」

 

「……先行こうか」

 

「んー、太刀川隊にもうひとり入ったらしい? 唯我って言ってたんでスポンサー枠かな?」

 

「俺たちと似たようなものか」

 

「いやー、さすがに私達みたいな戦力はポンポン出てこないでしょ。『まにーぱうぁー』じゃない?」

 

八幡の所見をことも無げに『否』と言う琴時を見て、比企谷兄妹はちょっと引いた。

 

「言い方が悪意的すぎる……」

 

「この兄にしてこの妹って感じだなー……」

 

「「ありがとう」」

 

「褒めてないです」

 

「褒めてねぇから」

 

相変わらずのバカップルっぷりである。

 

「あー、玉狛はどうだ? この前烏丸が移ったとは聞いたが」

 

「出てくるかは半々かなぁ……。まだ連携考える段階にないだろうし」

 

「そういえば加古さんですけど、小町の情報網によると『面白い子を見つけたわ』って言って直々にスカウトに行ったらしいですよ」

 

「まーた『K』か。あの人の執着も相当だな」

 

「加古さんかぁ……炒飯は美味しいんだけどね」

 

「今居る人達は苗字がKだけど、琴時も誘われるとはな」

 

「私のは才能ではないからね。義兄さんと離れる気もないし」

 

「……流石のブラコンだな」

 

「まぁね」

 

「お姉ちゃんと加古さんが並ぶと凄いよね……(胸とか)」

 

「んー? ああ、身長のこと? お母さん程ではないけど、私も結構伸びたしねぇ」

 

「今で加古さんと同じくらいだっけか」

 

「流石にそこまでないよ。熊谷ちゃんぐらい」

 

「十分だろ……」

 

「ああ……熊ちゃんさんも大きいですよねー……(胸とか)」

 

小町の目が濁りかけているのは八幡の目の錯覚だろう。きっと。

 

「さて、結局参加するのは『太刀川隊』『冬島隊』『風間隊』『影浦隊』『嵐山隊』『三輪隊』ってことかな? 一応『木崎隊』も」

 

「多分な。『草壁隊』『加古隊』『片桐隊』は欠席で『二宮隊』は降格。参加率としてはまぁまぁじゃねえの」

 

「ランク戦形式の方はそれで済むかもだけど、もう一個の状況だと最悪真田さんや東さん出てくるかもよ?」

 

「…………ダルい。働きたくない」

 

「半崎くんはいないからね?」

 

「誰だよ半崎くん」

 

「B級の狙撃手だったか?」

 

「そうだよー。お兄ちゃん、ボーダーの人達と付き合い無さすぎでしょ……」

 

「うるせ。学校にもいねぇよ」

 

「それはそれで悲しいなぁ……」

 

「まぁそれはともかくとして、敵戦力の充実っぷりには戦々恐々とするねぇ」

 

「負ける気はないくせに、随分と殊勝な態度じゃない。義兄さん」

 

「毎度言ってるけど、お前ら兄妹が主戦力であって俺は無双できないからな?」

 

「知ってるよ、はちまん。私たちからすれば隊長引き受けてくれてるだけでも十分なんだから」

 

「落とされなければそれだけで万々歳だ。俺達は『司』からの『出資』だが、お前はそうじゃないだろ。よく籍を置かせてくれてるよ」

 

「こまちゃんもオペレーター役ありがとね」

 

「いえいえ、持ちつ持たれつですから!」

 

「……俺だって収入の目処が立たないのは困るからな」

 

「またまたぁ、お兄ちゃんは捻デレてるなぁ」

 

「小町ちゃん? 変な造語作らないでね?」

 

「まぁともかく、基本的な部隊運用をまとめようか」

 

「うぃ」「ん」「了解ですー!」

 

「基本的には俺と琴時が中核だ。『特質』を存分に活かす為にも、まずは合流を狙う。近~中距離は全部俺らの役回りだ。流石に上位の火力は侮れないし何よりトラッパーと風間隊がウザいが、アイツらを潰せば一応の目的は達成だ。遠距離火力は合流後にカタをつける。プチプチなんてやってられんからな。それまでは落とされない程度にハチに頼む。異論は?」

 

「もちろん合流させまいとしてくるんだろうけど、その時は?」

 

「各個撃破」

 

「……小町それ作戦って言わないと思う……」

 

「でもまぁ、いつもの事だよねぇ」

 

「そのままの勢いで結果勝てる辺りバケモンだと思うがな……」

 

「いやお兄ちゃんその部隊の隊長だからね? なんだかんだ絶対に落ちないし」

 

「逃げ足だけには自信があるからな。……と言っても今回は戦力バランスかなり変わってるし、さすがに辛くねえか?」

 

八幡の疑念は当然のものである。ボーダーという組織の最精鋭を掻き集めて、たった4名へとぶつけようとするのだ。とても正気とは思えない。

しかし、口角を吊り上げた不遜な兄妹は好戦的にこう言った。

 

「「それでも勝つさ」」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇




以上、材木座編でした。

暁法のクソ野郎っぷりを前面に出したお話です。オリキャラの読み方覚えてますか?(笑)
材木座には思うところがいくつもあり、また原作者の愛(?)を感じるキャラクターでもあると思っています。
性格は悪びれた小悪党っぽさが否めませんがね。
そんな彼に嫉妬する(おそらく皆様には届いていないでしょうが)暁法を書いたつもりです。

さて、次回ですが少々失踪じみた期間があくかもしれません。
さすがに現実逃避さえしていられないような繁忙期が迫ってきましたので、次回のご挨拶が春頃とか普通にありえます。
俺ガイルの完結までにはもう少し進めておきたいですが、はてさてどうなるやら……。

とか言いながらも案外復帰早かったりも有り得ますがね。

そして、遂に総文字数も10万字という大台を突破いたしました。
2年近く、構想から考えれば3年に届こうかという時間をかけておきながら、ようやく少し薄めの小説が1冊出るくらいでしょうか。
ここまで続けられたのというのも、ひとえに皆様のご助力と飽き性の私が珍しく熱っぽくなったおかげでございます。
お付き合い頂いた皆々様には厚く御礼申し上げます。
そして今後とも変わらぬご愛顧をお願いして、今回はここまでとさせていただきます。

ではまたいずれ


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総合火力演習編 (1)死闘に見せかけたプロローグのような何かのそれも前半部分

ご無沙汰しておりました。
完結を目前にほんの少しでもご挨拶に伺えたことを喜ばしく思っております。
発売までを指折る日々ですが、どうぞお付き合いのほどを。

とはいえ今回はプロローグみたいなものですが。


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

『転送開始』

 

まず聞こえたのはゴングを意味する合成音声。

そして。

 

「ッマズッ!!? ノリさん隠れて!!!」

 

最後に聴いたのは、退避を命じる小町の声だった。

 

「は? ──ンなっ!!??」

 

泰然を好み、事実そう在ろうと努める男にしては珍しく、声音には焦りが浮かんでいた。

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

直後、ただ無機質な事実が宣言され、一筋の白色が宙を舞った。

再転送先。つまり、つい先程までいた仮の部隊室の天井を呆然と見つめること数瞬。

 

「────どうして……」

 

噛み砕きそうな程に歯を食いしばって、暁法は混濁した激情を露わにする。

 

「どぉーーしてこうなったぁあああ!!!!」

 

訓練開始から僅か2秒。

不覚にもそれまでの記録を塗り替える形で、暁法は戦線を離脱した。

 

 

さて、どうしてこうなったのか。その問いに解があるかはさておいて。

時は少し遡る。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──訓練開始前。比企谷隊仮作戦室。

 

 

全体でのミーティングを終えて仮の部隊室に通されると、暁法と琴時は「少し外す」と言って部屋を後にした。またぞろ『現物出資』としての方針でも固めているのだろう。

半数が退出したとなれば必然的に部屋に残されるのは俺と小町になる訳だが、小町は小町で普段と勝手の違うオペレーターのブースが気になるのか、ガチャガチャと弄り回しているらしい。

つまり、ここでも俺はぼっちだった。

 

「……暇だな」

 

訓練開始前の微妙な待機時間というものはどうも持て余してしまう。好き好んで働く訳ではないし、もちろんそんなの真っ平御免なのだが、かと言って読み差しの本や携帯ゲーム機を引っ張り出してゴロゴロできるかというと、まぁそこまで図太くもないという小心者の心理が働いてしまう。やだ、俺の深層心理マジ勤勉。

 

とまぁ、手持ち無沙汰な時間を他愛もない脳内会議へと宛がった比企谷八幡だった。

こういった時間は各隊の特色が現れやすい。

真面目に作戦会議をする部隊。

自然体で臨むためにあえてのんびりする部隊。

それぞれのやり方で集中力を高めている部隊。

仕事に追われている部隊。

そもそもなんにも考えていない部隊。

とまぁ、様々だろう。

そして比企谷隊でいえば、部隊を部隊として運用する気はないことがよくわかる。

杜兄妹は自分達だけで戦うつもりで退出していて、小町の意思はともかく、八幡も別にとやかく言うつもりはなかった。これまで何度か繰り返された光景であり、本人ら同士でさえ今更何とも思ってはいないのだから。

そもそも比企谷隊のそれぞれでボーダーというものに、あるいはこの訓練に求めるものが違う。

ともなれば、比較的自由裁量権の認められた比企谷隊の隊員それぞれが別行動をとるということはさして不思議というほどのものでもないだろう。

 

実際に例を挙げるとするならば、比企谷八幡は妹を連れて生き残るための訓練をするつもりでこの場にいる。この目的が達されるのであれば正直部隊としての勝敗とかどうでもいいとさえ考えている。種々の訓練中に結果として杜兄妹と連携を取ることがあるのは単に自らの設定した勝利条件達成のためにほかならないのである。

こんなのが4人も集ったのが比企谷隊な訳で、要するに他の3人もこんな感じのロクでもない心算を蓄えているわけだ。

類は友を呼ぶとはよく言ったものである。実態的には同病相憐れむと評したほうが彼らにとって正鵠を射るのだが。

 

さて、今回はどう生き延びたものかね。

 

ぼんやりと天井を見上げながら、比企谷八幡は生存のための思索に耽る。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──同時刻。太刀川隊部隊室。

 

 

「ワクワクするなー。今度こそぶった斬ってやる」

 

とてもそうとは見えないが、にへらと笑いながら物騒なことを呟く太刀川慶の様子には、強者としての余裕が感じられないこともない。

事実彼はボーダーでも指折りの実力者であり、またそうでなくともこの訓練に召集されている時点で相当の腕を持っていることの証明にはなるのだ。極々一部の例外を除いては。

 

「ハッ、それにしても、そもそも勝負になるのか甚だ疑問ですね。A級1位部隊であるボクらと戦えるだけでも光栄だというのに……纏めてかかって来い、とは」

 

それを知ってか知らずか、唯我尊(例外)はヤレヤレといった様子で髪をかきあげた。

 

「おぉー、めげない上にブレないねぇ。頑張りたまえよー、少年」

 

誰も聞いていないようで、国近柚宇はちょっと感心していた。

視線こそ手元の携帯ゲーム機に固定されているものの、声音には慈愛が滲んで見える。

入隊後一勝もできていないにも関わらず、こんな態度で居られる唯我のメンタルは確かに称賛に値するのかもしれない。

 

「ほっときましょうって。『源泉』とカチ合えば多少は身の程も弁えるでしょ」

 

一方、どうでも良さそうにしている出水公平の表情はどこか固かった。

集中しているようだが、普段のお調子者っぽい雰囲気が抜けた様子は緊張と取れなくもない。

 

「琴時ちゃんねー。理不尽な相手ほど燃えるじゃない?」

 

「そこまでゲーム脳してないんだなぁ……」

 

ヘラヘラと笑ってみせる出水だが、悔しそうな表情を隠し切れてはいなかった。

 

「まぁ他の2人と遭遇する可能性だってあるしね。いづみんは狙えるとこ狙ってこー」

 

「おーう」

 

「ボクの話聞いてますか先輩方!?」

 

悲痛な叫びの甲斐もなく、唯我の主張はただ虚しく響くだけである。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──同時刻。冬島隊部隊室。

 

 

カタカタと音を立てながらパソコンをいじくる音に紛れて、弛緩した寝息が聞こえる。

ふーすかという寝息を見やると、アイマスクをしたリーゼント、No.1狙撃手の当真勇がソファーに横たわっているのがわかる。

そんな彼から机を隔てた反対側で、キーボードを叩く冬島慎次は軽快に指を踊らせていた。

滑り出しこそ頭を悩ませていたものの段々と興が乗ってきたのか、作業に合わせて囁くような鼻歌が交じりだす。

室内は概ね静かなものだが、散らかった机上だけがアンバランスに映って見えた。

書類の山と、ラップトップと、そして何故かあるレゴブロック。

傍らに置いたマグカップはすでに空で、残滓を示すように環状の跡が浮かんでいる。

しばらくそのままの光景が続いたがやがて一段落したのか、背もたれに体を預けるように背筋を伸ばす。

そこそこ長い時間を費やしていたようでゴキゴキと体の軋む音がしていた。

そのまま傍にあったレゴブロックをいじくり回していたが、ふと動きを止めたかと思うと弱音めいた呟きが聞こえた。

 

「真木理佐は欠席、エースはオネム、残った俺は個としちゃ戦力外ときた。……いやはや、どうしたものかね」

 

何の気はなしに呟いたはずが、応える声があった。

 

「そう心配いらねぇよ、隊長」

 

思わずぎょっとして顔を上げた先では、当真勇がアイマスクを指で浮かせるようにして覗いていた。

 

「何だ、起きてたのか」

 

「まぁな」

 

当真はソファーに座り直すと、普段通りの調子で喋り始める。

 

「結局、今回の訓練のポイントはアイツらの死角を取れるかってことに尽きる。射線は勝手に通してくれるからな、狙撃手としちゃある意味楽な状況なんだ」

 

「そうは言うがな……」

 

「ま、流れ弾に遭わないようにするしかねぇんじゃねぇの?」

 

言うだけ言ってまたごろりと寝転がる。間もなくして寝息が聞こえた。

 

「それが一番難しいんだがなぁ……」

 

一人残された冬島は苦笑し、そう独りごちた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──同時刻。風間隊部隊室。

 

 

「今一度状況の確認をするぞ」

 

落ち着いた声が通る。風間蒼也は普段と変わらぬ様子で隊員らと向き合っていた。

 

「心配性だなぁ、風間さんは。今更間違えるわけないじゃないですか」

 

「菊地原……」

 

ぶうぶうと文句を垂れながら不満顔をする菊地原士郎を、いつも通り歌川遼が咎めた。

 

「喰われたければ好きにしろ」

 

そんな彼らをどう見たのか、変わらぬ調子で言い放つ。

それを切り替え時と理解したかは定かでないが、菊地原も多少は神妙な面持ちになり、歌川は自身の居住まいを正した。

 

「三上」

 

「はい」

 

静かな問いに短く答えて、三上歌歩はつらつらと語り始めた。

 

「今回の訓練はA級の6部隊及び比企谷隊合同で行われる防衛訓練です。仮想敵勢力及び状況は人型ネイバーによる大規模都市侵攻。人型役は比企谷隊が担当、制限時間はなし。訓練終了はどちらかの陣営の殲滅ないし地形損壊度66.70%以上です」

 

淡々と読み上げられる簡素なブリーフィング資料を、しかし全員が真面目に聴き、焼き付ける。

 

「毎回思うんですけどその地形損壊度って何で判断してるんですかね。意味があるとは思えないんですけど」

 

「本分を見失うなということだろう。いくら撃退出来ようが街を瓦礫の山としては防衛としての意義はない。主導は本部長の一派ということもあるんだろうがな。さすがに徹底している」

 

「それにしては三分の二というのは……いまいち分からない数字ですが」

 

「『やられて当然』と、そう言わんばかりのコレは確かに鼻につく。だが、ある程度覚悟しなければならないことも事実だ」

 

苦々しさを滲ませて言う歌川に、忌々しそうな顔の風間が同調した。

 

「別に気にすることないでしょ。ウルサイのはヤだけど」

 

「長引けばそれだけ勝ちの目が減るということだ。ウチでは歌川だけだが、ただでさえ撃ち合いは分が悪い。時間とともに援護が減ることは避けられないだろう」

 

「無駄撃ちは慎みます」

 

「ああ、搦手で懐まで潜ろうが刃が届かなければ意味はない。仕留め切れるその時まで隠しておけ」

 

「万が一、兄や比企谷と遭遇、発見した場合はどうしますか?」

 

「徹底して無視だ。そいつらの位置は常に張っていてくれ」

 

「了解です」

 

風間蒼也を始めとして、彼が率いる面々は『比企谷隊』など眼中になかった。

先程から彼らの話題はたったひとりの為に占められている。

 

「結局、ウチが源泉の首を獲らなきゃ誰も戦えないですもんね」

 

「そうだ。だからこそ抜かりなく、必ず殺る」

 

風間隊が杜琴時を討つ。

 

口にはせずとも、全員が同じ標的を見据えていた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──同時刻。影浦隊部隊室。

 

 

「ねー仁礼ちゃん」

 

「なんだーゾエ」

 

間延びした問いかけに、それ以上に脱力した応えが返される。

自ら設置した土足禁止エリアに寝転がる仁礼光を見下ろす格好で、北添尋は呆れたような焦ったような声で問うた。

 

「うちのエースどこ……?」

 

「知らーん」

 

「えー……」

 

訓練前としてはあるまじき出来事なのだが、このふたりの雰囲気がそうさせるのか、どこか間抜けな感が否めない。だが一方で、緊張感をどこかに失くしてきたかのような空気とは裏腹に、結構ヤバげな事実が厳然と横たわっていた。

影浦隊の冠たるエース、影浦雅人の行方不明である。

ただ少し姿が見えないだけにしては大げさかもしれないが、普段の彼の素行や訓練への参加度合いを考えれば、無言で行方をくらませた影浦に不穏な空気を感じるのも無理からぬことなのかもしれない。

そして事態はそれに留まらないようだった。

 

「そういえばユズルもいなくない……?」

 

「んあー?」

 

今度は多少興味を示したのか、仁礼は寝転んだままながら辺りをぐるりと見回した。

彼女自身が持ち込んだ私物とそれを隠すための間仕切のせいで視界などたかが知れているはずなのだが、ともかく『絵馬ユズルが居ないらしい』という結論は得たとみえる。

そして、それを承知の上で放置することにしたらしい。

 

「まー、いいんじゃん?」

 

「いやいや、さすがにゾエさんまずいと思う……」

 

とはいえ、できることも浮かばぬまま時間だけが過ぎてゆく。

腕組みをしながらうんうん唸る北添を横目に、仁礼は何度目かのアクビを零した。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 




次の5000文字はできてます。
大体1週以内には出せるかと。

遂に完結するという、喪失感と満足感。
私は擱筆の先が見たい。

ちょっと口調がのっぺりなのはアレです、メンタルヘルス的なアレです。
聖地で癒さなきゃ……


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(2)火力演習とかいう割に未だ始まってすらいない訓練の冒頭部分後編

どうにかしました。
もっと書くべきはあるんでしょうが、ちょっと今のメンタルでは無理ですね。
そのうち適当に追記します。
あと、彼らを別に忘れてるわけではないですよ?


◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──その頃。本部内休憩スペースの一角。

 

 

「……ねぇ、どうしてあんなことしたの?」

 

「アァ……?」

 

もう空のはずのスチール缶を苛立たしげにガジガジと齧る影浦雅人を見て、絵馬ユズルは疑問を投げかける。

 

なんてらしくないことをするのだろう、と。

 

付き合いなんてそれほど深くも長くもないし、むしろまだぎこちなくさえある関係のはずなのに。影浦雅人という人間の行動に見ていて不思議と違和感を覚えた。

 

「別に、……視線がウザかっただけだ」

 

何故か『嘘だ』と思えてしまった。或いは喝破した気になっているだけなのかもしれないけど。

 

「それだけでウエのヒト殴ろうとする、普通?」

 

「別に相手選んでやってる訳じゃねぇよ」

 

こうはぐらかされてしまってはそれまでだが、直感は未だに何かあると告げていた。

 

実際のところ、絵馬ユズルは先ほどの顛末を目撃していたわけではない。

彼が目にしたのはどちらかといえば『末』のほう。

洒落たスーツを纏った唐沢部長が自分の部隊の隊長を羽交い締めにするという場面と、それに無感情な目を向ける城戸司令、そして束縛を振りほどこうとしたのかそれともただ単に殴りかかろうとしたのか、隊長の振り上げた拳が根付部長のあごを捉えたワンシーン。

言ってしまえばそれだけである。

それでもただどこか、影浦の振舞いに疑問符を浮かべてしまうのだ。

 

「……オメーはどォなんだ」

 

思案から俯きかけた時、慮外の声がそれを止めた。

 

「……どういう意味?」

 

繕うことも忘れた絵馬ユズルの素が顔を覗かせる。

隠していた性根を暴かれたようでどうにも居心地が悪いのか、すぐさまフイと顔を背けたのだが、それがまたいじらしい。

影浦雅人の見る限り、この時の彼は力みの抜けた少年らしい顔をしていた。

年相応のあどけなさを垣間見たようで、彼までも少し面映ゆく感じる。

 

「そのまんまだよ。いつまでもウジウジめそめそ、シケたツラばかりしやがって」

 

「……関係ないでしょ」

 

言葉のトゲトゲしさに反しておどけるような顔をした影浦の様子にからかわれたと感じたのか、拗ねたように身を捩り、再び視線を逸らす。

 

「大アリだバカ野郎。俺のサイドエフェクト知ってんだろ」

 

「それが?」

 

「ウゼェんだよ、なんもかも。いい加減ふっ切れろや」

 

そう言って、齧り付いていた缶をひょいと放り投げる。

低い弾道で弧を描いたそれは、目標を違えずごみ箱へと収まった。

 

「口惜しけりゃテメェの腕磨け。弟子が雑魚でも嘲笑われるのは師匠だぜ?」

 

俄に血液が沸騰した。怒りから血の巡りが早くなっていることがユズル自身にも分かる。

逆撫でしている自覚はあるだろうに、露悪的なまでの言はなおも止む様子はない。

 

「オメーら確かに師弟だろうよ。師弟揃って半端者の負け犬だ。やられっぱなしで平気な面してるかと思えば、なんのことはねぇ。一皮剥きゃぁいつまでも引きずってる情けねぇガキじゃねぇか」

 

「…………なんで」

 

内側で荒れ狂いすぎた弊害か、あからさまな挑発の意図を糺そうにも上手く声が続かない。もどかしさを覚えつつも声の震えを取り繕い、睨むことしかできなかった。

 

「……下らねぇ。テメェは何にキレてんだ?」

 

そんな烈火の如き怒りは彼からすればとても苛立つものであるはずながら、しかし彼の顔には嫌忌の情は窺えなかった。むしろ冷たく、退屈さえ覗かせた瞳で一瞥すると、ため息を残して歩き出す。

すれ違いざま、押し殺した囁きが聞き取れた。

 

「黙らせて見せろ。ウゼェ奴ら全部だ」

 

この一言に忽ち熱から醒め、我に返った絵馬ユズルは勢いよく振り向いた。

その衣擦れは耳に届いているだろうに、隊長に向き直る素振りはない。

茫然自失として、ただただ眺めやる。

その時絵馬ユズルが何を思ったのか、それは本人でさえ解らなかった。

頭は真っ白で考えなんてまるでまとまらない。

 

──……でも、

 

それでも、立ち去る隊長の背中が滲んで見えたことだけは、きっと忘れないだろう。

散々に疲弊し、萎れたような体から強ばりが解けてゆくのを感じた。

久しぶりにくたびれた感覚が身を離れ、代えて幾らかの感情が湧き上がる。

熱が宿った。挫けながらも、もう一度心が立ち上がる。

 

もう戦える。俺なりに戦う。

 

 

強大な力を持ちながら、その実護られるだけだった少年は、もういない。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──同時刻。三輪隊部隊室。

 

 

「……少しは落ち着きなさい、三輪くん」

 

ただでさえ愛想のない三輪秀次から隠しきれない苛立ちが見え隠れしていた。当人も理解はしているのだろうが、制御が効く訳ではないらしい。この場で唯一の年上である月見連が諌めなければさぞや息の詰まる空間だったことだろう。

 

「すみません」

 

伏し目がちに謝罪する三輪だが、その声音にはどこか余裕がない。

 

「毎度のこととはいえ、そこまで気負うほどのものかね? 俺としちゃ強いヤツとヤレればそれでいいんだけど」

 

対照的に余裕をみせる米屋陽介が三輪の様子に疑問を呈した。

槍バカと呼称される程度にはお調子者も、この部隊においてはなくてはならない立ち位置なのだろうと思わせる光景である。悲愴感さえ漂う三輪秀次とでは実に釣り合いが取れて見えた。

 

「お前はもう少し緊張感を持て」

 

とはいえこの場においては米屋の戦闘狂っぷりが勝りすぎていた。静観していた奈良坂透が口を挟む程度には。

 

「えー、別に良くね?」

 

「ソロランク戦ならな。これは合同訓練だ」

 

真面目に連携しろと言い含める奈良坂にブーたれた米屋だったが、部屋の隅をちらと見てニヤリと笑う。

 

「真面目って言ってもさ、アレはどーなのよ?」

 

そう言って指さす先をしばらくは見ようとしなかった奈良坂だが、やがて諦めたように息を吐き、壁際でパニック状態の古寺章平へと向き直った。

 

「ハァ……。古寺、……古寺……。古寺章平」

 

「はっ、はいっ! すいません!!」

 

テンパりまくった様子は滑稽の一言だが、これから共に戦う味方であることを思えばそうもいっていられない。ニヨニヨする米屋を目で咎めて、奈良坂は古寺を落ち着かせにかかる。

 

「いいか、敵が何者であれ狙撃手の役目は変わらない。わかるな?」

 

「絶好の時まで身を隠し、仕留める時には一撃で、ですね!」

 

「……そんな格言調な言い回しをした覚えはないが、まぁ、その通りだ、……概ね」

 

「はいっ!」

 

先程までの様子から見れば随分とマシにはなったようだが、その一方で些か以上に狂気じみている気がしないでもない。多少不安な思いを抱えながらも、ひとまず使い物にはなるだろうと思い返した奈良坂は、幾らか落ち着きを見せたらしい隊長へと水を向ける。

 

「秀次、連携についての確認だ。変更はあるか」

 

「……ああ、すまない」

 

虚をつかれたような受け答えを見せた三輪に『問題ない』と首肯して、奈良坂は先を促した。

 

「この部隊の利点は連携が可能な最大半径が広いことだ。オールラウンダーと狙撃手がいるという点で言えば嵐山隊も当てはまるだろうが、ウチでは狙撃手がエースとなりうる。これは他にはないメリットと言っていい」

 

全員が神妙に頷いた。徹底して意識を共有することで、僅かな修正を加えてゆく。

 

「配置はいつもの通り前衛2名、後衛2名で行く。ただし今日のトドメはオレと陽介じゃない」

 

「ええー、一番美味しいとこじゃん」

 

「俺達の役割は杜兄妹の合流阻止だ。近接火力だけで足を止めるのはあまり現実的じゃない」

 

「合流を阻止するとして、兄妹のどちらに攻撃を集中させるつもりなの?」

 

冷静な月見の声が論点を明らかにする。答える声はこれまた明快で、既に深く練られ、考えられた上での策であることが窺える。

 

「基本的には兄を。ただし、嵐山隊が先に交戦した場合や戦力の分布に偏りがある場合には妹か比企谷に対する攻撃も視野に入れておけ。これらの場合を除けば杜暁法を優先的に叩く」

 

「了解。オレ達でこじ開けて遠間から捩じ込む感じだな? フィニッシャーはどっちがやんの?」

 

「じ、自分にはまだそんな技量ないっス!」

 

ちらと視線を向けられた古寺は慌ててかぶりを振り、大げさなまでに否定してみせる。

 

「……基本的には奈良坂に任せる形にはなるだろう。とはいえ乱戦になった場合必ずしも奈良坂の位置から撃てるとは限らない。状況次第ではあるが、射線が通った時には躊躇うな」

 

「っは、はいっ!」

 

「比企谷を発見した場合は?」

 

「奴に対しては撃たなくていい。近接組がいない場合には隠れることが最優先だ」

 

「了解した」

 

「兄を撃破した後は無差別砲を避けるため部隊を分散して展開させる。連携が取りづらくはなるが前衛後衛それぞれひとりのペアを組め」

 

「組み合わせは?」

 

「状況次第でより有力と判断されるものを」

 

「基準は?」

 

「オペレーターに一任する。戦力に重大な損耗がない前提でだが」

 

「アレ相手に誰ひとり落ちないってのは厳しくねぇ?」

 

「……あまり現実的ではないだろうな」

 

いくらなんでも希望的観測が過ぎる試算だと、米屋や奈良坂に指摘を受けるまでもなく理解はしている三輪だが、彼は自身や隊員らが負ける想像をしたくない程度には杜暁法という男を嫌っていた。

 

「……理解はしている。前衛が2人とも落ちた場合は後衛は即時離脱。別部隊に合流する形で仕切り直せ」

 

「ひとり残っている場合は退かないんですか?」

 

「残っているのが陽介の場合は退け。俺の場合にはできる限り遅滞に努める」

 

「って俺だけは退避かよ」

 

「他を活かすためだ。頼む」

 

「……へいへい。了解だ、隊長」

 

しばし鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でいた米屋だが、我に返ると満足げに頷いてみせる。

 

「奈良坂と古寺も、頼んだぞ」

 

「……頼まれた」

 

「精一杯やり抜きます!」

 

今一度、各々が気合を込める。ささくれた雰囲気は今や姿を隠し、闘気に満ちた兵士が出撃を待つばかり。

 

「時間よ」

 

そして、遂に。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

──同時刻。司令室付近廊下。

 

 

城戸正宗、ボーダー本部最高司令官。

唐沢克己、同外務・営業部長。

恐らくはボーダー内でトップクラスにイカツイ人間らが、コツコツと廊下を鳴らしながら司令室へと向かっていた。歩きながらもボソボソと事務的な会話を交わしていたが、唐沢の言葉が僅かな滞りをもたらしたらしい。

 

「──ところで彼、影浦くんはどうするつもりです?」

 

「……君がそんなことを聞くとはな」

 

「意外でしたか?」

 

「不自然ではあると思うが」

 

歩調だけは乱れずに、相変わらずの会話は続く。

 

「いえ、純然たる興味ですよ。外回りの人間としてはああいった現場に遭遇することはなかなかないものでして」

 

「……彼の行為は結果未遂だったとはいえ、結果は立派な規程違反だ。精鋭部隊の隊長という地位に就く者があのような心掛けでは組織としての体制が崩れかねない」

 

「……となれば」

 

「個人のポイントはもとより、部隊そのものの降級も免れ得ないだろう」

 

「ですかね。今日の訓練に参加させることについては驚きましたが」

 

「取り辞めるには時間が迫りすぎたという事情もある。特に杜が絡む以上はな」

 

「彼ら、……と言うより彼らの『親』ですか」

 

自身の考えをまとめるかのように呟き咀嚼する唐沢を見ないまま、城戸は言葉を繋いだ。

 

「何れにせよ処分を下すのは少し先のことになる。先日の一件といい、こうも立て続けにA級絡みの処分というのは精鋭の意義を揺るがしかねない。もうしばらくは務めを果たしてもらう」

 

「なるほど。それにしてもあのハートの熱さからすると外見で損をしている感は否めませんね」

 

それを聞いた城戸の表情がやや歪みを見せる。

眇めたような顔になったのは一瞬のことだったが、隣を歩く唐沢には未だ眉尻から強ばりが抜け切っていないことが見て取れた。

 

「──熱いと? 彼がかね」

 

「ええ、見た目とはまるで逆の印象だ」

 

「……激情に駆られて動く人間を『熱い』と?」

 

それを聞き、噛み合っていないことを理解した唐沢が破顔する。

 

「ああ、いえ。多少語弊がありましたね。確かに彼の採った手段は下策でした」

 

ならばなぜ、と言いかけた城戸を身振りが制す。

 

「ただ、彼の感情の出処が気になりまして」

 

「出処?」

 

「『なぜ逆上するに至ったのか』と言ってもいい」

 

「……確かに、彼はあの件について何ら利害を待たないはずだ」

 

「でしょう?」

 

だったら、と続ける。

 

「彼からすれば『二宮隊の降格』。もっと言えば『鳩原未来という狙撃手』なんてどうでもいいと思いませんか?」

 

「……もっともだ」

 

「だからこそ気になりまして。まぁ『鳩原未来』という名前が出たことでなんとなく合点はいったんですけど」

 

「何らかの繋がりがあると?」

 

「いえ、それはまぁないでしょう。単純な話ですよ」

 

そこまで言って、わざとらしく間が空いた。

押し黙る城戸を見て、答え合わせでもするかのように唐沢が口を開く。

 

「影浦隊に入った狙撃手、ユズルくんでしたか。彼の師匠役が件の鳩原元隊員だったそうですよ。例の一件以降、随分と落ち込んでいるそうで」

 

「……自分の部隊の隊員のために、今回の狼藉を働いたと?」

 

「ただの想像にすぎませんがね」

 

一応の註釈を加えながらも、唐沢克巳は自身の推測を確信しているようだった。

 

「なぜそこへ至ったのか、……か」

 

噛み締めるように呟くと、城戸はやや歩みを遅くした。

 

「……私からも問おう。唐沢くん。君はどうしてそこへ至ったのかね」

 

「自分が、ですか? まぁ……彼のサイドエフェクトのお陰でしょうか」

 

「サイドエフェクト?」

 

「ええ、『感情受信体質』。彼を語る上で絶対に欠かせない要素だと思いますよ」

 

「それが今回どう結びつくと?」

 

「あのサイドエフェクト……文字通り副作用な訳ですが、相当苦労したことでしょう。私から見れば、彼の人格はあれでも成立している部類に入る」

 

表情にひとつの変化もないまま、城戸は先を促した。

 

「迫害され続けた方が仲間意識が強くなるなんてことはザラにあります。彼の場合、彼の定めた身内に対してはああいった世話やきもするのでしょう」

 

「──なるほど。ただの暴走因子という認識は更新されるべきだろう」

 

「私としてもあそこまでやるとは意外でしたがね」

 

「意外、か……」

 

不意に、城戸が歩みを止めた。

 

──意外といえば。

 

おもむろに呟くと、城戸は隣へと視線を向ける。

 

「非戦闘員の君が、彼を取り押さえることができたことは意外だったな」

 

顔を向けるまではしなかったがために睨まれたような格好だが、それを受けた側に動じるような素振りはない。

 

「なんだ、そんなことでしたか。なに、ビジネスの現場も最前線は鉄火場でしてね」

 

「……そうかね」

 

流石の胆力と言うべきだろうか。

爽やかに言い切る唐沢だったが、内容はまるで爽やかじゃなかった。

軽薄な笑みを湛えていた彼も、やや呆れた顔の城戸を見て言葉を変えることにしたらしい。

 

「ははっ、冗談ですよ。自分、学生時代にはラグビーをやっていたもので」

 

「…………そうかね」

 

「ええ。……さて、自分はまた仕事に戻ります」

 

「ああ、終わり次第帰宅してくれて構わない」

 

「それはありがたい」

 

微かに笑ってみせると、唐沢克巳は足早に去っていった。

そうする間にもスーツの胸元をまさぐり携帯電話を取り出した辺り、口で言うほどに休暇を求めている訳でもないらしい。

束の間の唐沢克巳から営業部長へと声音を変えて、どこへやら電話をかけながら人通りの多い通路へと溶け込んでいった。

その背中から目を切った後、何やら考えを巡らせるようにしていた城戸だったが、やがては傍らの扉へと体を向ける。

その顔からは普段にも増して感情が取り払われ、佇まいが放つ威厳をより一層際立たせていた。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

自動ドアを抜けた先、起動されたコンソールだけがまばらな光源となっている暗い室内に入ると、幾つか椅子から立ちあがる音が聞こえ、儀礼的な挨拶が続いた。

 

「御苦労」

 

ただ一言で室内は静まった。

選りすぐりの最精鋭が醸す独特の雰囲気は規律に領かれたボーダーにあってなお異様に映る。

その中でただひとり、忍田真史本部長だけが城戸を見据えたまま動かずにいた。

 

「根付部長より問題行為があったと聞いていますが、訓練を延期しますか?」

 

結論など決まり切っていても、改めての回答を求める様子を認識し、宣言する。

 

「いや、不要だ。訓練を優先する」

 

それは決して忍田真史個人に宛てられた通達ではない。

俄に蠢くような得体の知れない熱気が広がりを見せ、瞬く間に司令室を支配する。

さざ波のように聞こえるひとつひとつがオペレーターの告げる指示であり、各部隊との遣り取りのために時折顔を覗かせる空白は確かに寄せては返す波に似ていた。

そんな様子とは裏腹に、交錯する情報はますます勢いを増し、津波のように押し寄せる。

事実部隊ごとに行われた確認が済むと、それらの報告は管制の為の中枢へと遡ってきた。

そうして交わされる情報量が一際大きくなった次の刹那、熱を帯び沸き立つような空気はそのままに、始まりと同じ静寂が満ちる。

音というものを鋏で断ち切ったように交信が絶え、それを壊さぬ様にして全てが沢村響子の下へと束ねられた。

 

「比企谷隊、侵攻配置よし。全部隊、迎撃準備完了。いずれも待機中です」

 

「了解した」

 

自身の右腕とも呼べる部下からの報告に頷いて、忍田真史は総司令の陣取る席を仰ぎ見た。

 

「両陣営全戦力、戦闘体勢。御命令を」

 

『「……結構。では諸君、健闘を祈る」』

 

司令室が、戦闘員が、オペレーターが、エンジニアが、果ては記録員までもが。

最高司令官の簡素な激励に奮い立つ。

鬨の声にも似た応答が幾重にも重なり、それぞれが闘気を滾らせた。

今、火蓋が切って落とされる。

 

「訓練開始」

 

「訓練開始!」

 

「了解。転送、開始します」

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

斯くして、波乱に満ちた戦いは振り出しに戻る。

 

 




連日の投稿となりましたが復帰というわけではございません。
むしろより期間が開く前のご挨拶とお考えください。

文体ご覧いただければ多少お分かりになる方もありましょうが、精神的に逼迫しておりますのでかなり平らです。
それはそれとして、完結したら泣いて泣いて泣き止めないかもしれないです。
最終巻は稲毛海岸で購入しようかと画策中です。

ではしばしのお別れを。
またいずれお会いできると信じて。

【追記】平成31年3月15日
一部誤字の訂正及び文脈の修正を行いました。
お気に入り登録してくださる方が増えていて嬉しい限りです。
拙作をお気に入りいただけましたらどうか『ワールドトリガー』『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の両原作もご覧ください。
次回投稿の目処が立たず申し訳ない限りですが、どうかお待ちいただけることを祈っております。


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