絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア2nd (まくやま)
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Prologue【黄昏を呼ぶ戦笛】

 ──それは、とある春の日だった。

 歌姫と巨人が心を通わせ、果て無き闇黒との戦いに勝利した後の事。光はこの地を去り、平和の戻った世界は着々と復興を進めていた。

 あの戦いを駆け抜けた奇跡を身に纏う歌姫……シンフォギア装者の少女たちは、各々がそれぞれの路を進むべく、手探りながらも歩みを続けていた。

『人はいつか繋がれる。』 その言葉を、泡沫の絵空事で終わらせない為に……。

 

 

 

 

 そんな変わりつつある世界の片隅である一つの物体が──だがそれは、ある種”世界”の中央点として──強い拍動を初めていた。

 

 

 

 

 その拍動は宇宙を越え、世界を跨ぎ、遥か彼方の星にも届いていた。

 高貴なる真紅の外套にその身を包み、雄々しき二本の角が印象的で厳粛な空気を漂わせる光人。彼だけがこの場で唯一、彼方より聞こえるその拍動に気付いていた。

 

(……目覚めたのか。理の壁を破る、善悪を越えた奇跡が)

 

 光人は想う。彼が感じた、”奇跡”が指し示す先を。

 如何に無限の千里眼に近い力を持とうとも、未来の全てを見通せることは無い。ただこれだけは理解る。あの胎動から齎されるモノは、彼の地にて大きな変動を見せるものであると。

 そして、胎動の先に在る真の覚醒が為された時……また大いなる事変が彼の地を襲うだろう。その未曽有の危機に、世界はどう変わり往くのか……。

 

 

 

 

 

 動き出した運命は誰にも止めることは出来ない。たとえそれが星の奏でる歌を束ねたとしても、ヒトを越えし光人だとしても。

 それ以上の超存在や奇跡を得る為に生み出されたモノであっても、其処へ何処まで介入が出来るものか……理解るモノは、居ない。

 世界が変わるという確定した未来を前に、彼の世界の人々は……そして光人たちは、何を想い起ち上がるのか。

 未だ見えぬ輝きの先を憂い、彼──ウルトラの父は行動を開始した。

 

「メビウスを呼んでくれ」

 

 迷いのない言葉だった。あの時既に決めていたのだ。起きるであろうこの異変に対し、誰を派遣するのかを。

 言葉を発した僅かな間を置き、別の光人……ウルトラマンメビウスがウルトラの父の前に碧空から降りてきた。

 

「大隊長ッ!」

「よく来てくれた、メビウス。先の異世界調査での傷は、もう癒えたか?」

「はい、ありがとうございます。もういつでも次の任務へ赴けます」

 

 優しく頷くウルトラの父。そしてメビウスの隣に立ち、彼の肩を触れながら碧空の遥か遠くを見定めていた。その視線の先にあったのは、世界の枠外にある別の世界。欠けた月から覗く内部が淡く発光しているのが特徴的で、先に在る地球は彼らが見知った惑星(ほし)と変わらずに青く輝いている。

 メビウスが一度監察に訪れ、後にゼロとエースと80が向かい邪悪と戦った世界。正義感と責任感の強いメビウスにとっては、迫る邪悪に対して監察に行っていた自分にも行かせてほしいと頼んだ世界でもある。ウルトラの父の力で同じものを視れているメビウス。無機質な顔も、何処かその世界への未練を覗かせるような表情であるようにも見える。

 

「大隊長……あの世界で、一体何が──」

「とある奇跡が覚醒した。彼の地における理の壁を穿つ音色……数多の想念と無限の可能性を内包した埒外の奇跡が」

「埒外の、奇跡……」

「以前話はしたな、メビウス。あの宇宙から感じる時空の揺らぎ……それがいま、確固たるものとなって蠢き始めている。そこでもう一度きみをあの世界へ派遣し、その状況と異変の確認、場合によってはあの世界の人間たちと協力し解決に当たってもらう」

 

 息を呑むメビウス。かつてウルトラの父が言っていた言葉……新たな異変が今、起きようとしている。かつて自分がこの目で見て、五感で感じてきた世界。先のヤプールとエタルガー、黒い影法師が関与した事変に対し、戦場に立つ事すら出来なかった彼にとって、それは小さなしこり(・・・)として心に残っていた。

 その世界にもう一度訪れ、そこに生きる命の為に自らの力を使うことが出来る。それを想うと、自然に彼の手は固く握られ、顔を上げて父と向き合ったその表情は決意で輝いていた。

 

「ありがとうございます、大隊長ッ! 早速、あの世界へ出発しますッ!」

「うむ。頼んだぞ、メビウスッ!」

 

 敬礼の後に碧空へと飛んでいくメビウス。その姿を見送りながら、ウルトラの父は思案を巡らせていた。

 予測のつかぬ災禍を前に、思い当たる事を検討していたと言っても良い。この宇宙には、未だ多くの悪がその身を潜め己が牙を研いでいる。全ての並行宇宙を監視するなど我々でも不可能だと、かつて自らの部下であり信を置くウルトラ兄弟の一人から聞いていた。

 だがそれでも──無限に広大なる宇宙の中では彼ら光人ですらちっぽけな存在だとしても、邪悪の牙が狙う無辜の生命を見捨てて良い理由にはならない。彼らはそれこそが、この身に与えられた力による使命……運命なのだと、考えていたからだ。

 変わらぬ運命に従い、何処までも他者の為に──

 

 

 

 

(変えてやる、こんな運命をッ!! 越えてやる、俺を見下したヤツ全てをッ!!

 力を──力をォォォッ!!!)

 

 

 

 

 突如脳裏によぎるモノ。それは遥か……数えるにはあまりにも遠すぎる過去。この雄々しき両角と髭状の装飾と共に受け止めてきた、取り戻せない過ち。

 なぜ今それがよぎったのかは理解らない。だが──

 

「……我々は未来永劫、この運命と共に生き続ける」

 

 遥かなる宇宙を見つめながら、ウルトラの父……”ウルトラマンケン”は独り呟いた。その言葉を誰に向けるわけでもなく──。

 

 

 

 

 

 

 

 件の地球はその頃、変わらぬ世界……されど、次元を超えて現れた邪悪なる巨凶を光の巨人らと共に打ち倒し、掴み取った未来で新たな日常を謳歌していた。

 平和を愛し、それを喜び、少女たちは一歩ずつ己が進む路を歩んでいく。取り戻した平穏は、永遠を約束されたものだと思っていた。それを信じて、日々を過ごしていた。

 

 だがそれは一瞬で……たった一度の緊急非常警報(レッドアラート)で壊れてしまうほどに脆く危ういモノ。

 そう、今この時のように──

 

 

 超常災害対策機動部タスクフォース……通称S.O.N.G.の移動本部、その中央司令室に鳴り渡る緊急警報。朝の目覚ましには強すぎるこの音を受け、司令の風鳴弦十郎が率いるオペレーターチームがコンソールの前に座り、すぐに操作を開始する。

 アラートの内容、発生場所の感知位置。即座に発覚した其れは、彼らを驚かせるのに十分なモノだった。

 

「艦内聖遺物保管庫より、高質量のエネルギー反応ッ!」

「──なんだとッ!? すぐに波形を照合しろッ!!」

 

 弦十郎の指示に従いすぐにデータベースを検索する。起動した聖遺物にはそれぞれ固有の波形が存在し、潜水艦の側面を持つこの移動本部には、特殊災害対策機動部二課の頃から彼らが所有していた幾つかの聖遺物が保管されている。

 その中で起動状態にあるもの、強いエネルギーを放っているものを限定すれば自ずと答えは導き出される。僅か数分もかからずに、その結果はメインモニターへと表示された。

 

「この反応は……まさかッ!」

「ギャラルホルン……だとッ! 何故、このタイミングで──」

 

 ギャラルホルン。

 それがなんであるかを知る者はこの場には少ない。だがその存在と起動がどれほど重大な意味を持つのかを、それを知る者たちはよく理解していた。故に、彼らが今とる動きは何よりも速やかだった。

 

 

 

 司令である風鳴弦十郎の呼びかけにより、僅か小一時間程で移動本部のブリッジには6人の少女たちが集まっていた。

 立花響、風鳴翼、雪音クリス、マリア・カデンツァヴナ・イヴ、月読調、暁切歌。彼女らは皆、先の怪獣侵略事変を含む幾つもの地球の危機を救ってきた者たち。S.O.N.G.にとって重要な存在にして、世を乱す災害や悪逆に抗する力をその胸の内に持つ者たちである。

 ”歌”で先史文明の遺産である聖遺物を励起、その絶対たる力を利用して生み出された、人類の天敵である”ノイズ”を駆逐することが出来る唯一無二の特殊システム。FG式回天特機装束──通称シンフォギアを纏い戦う装者たちである。

 居並ぶ彼女らの顔を眺め見て、弦十郎は笑顔で労いを放つ。だが、本題はここから始まるのだ。

 

「みんな、よく集まってくれた」

「師匠、今日は一体どうしたんですか?」

「朝っぱらから緊急招集って、どっかで事故が起きたか……よもやまた怪獣でも出やがったとかか?」

 

 挨拶を済ませた後、響とクリスが弦十郎に尋ねていく。そんな二人の問いに答えたのは、少し大きめの白衣を着た金髪の少女、エルフナインだった。

 

「……事故は、これから起こるのかもしれません」

「これから? それはどういう──」

 

 エルフナインの言葉にマリアが返そうとした次の瞬間、司令室に警戒警報が鳴り渡った。直後大型モニターに簡略化された市街地図が映し出され、其処に赤色の点が連続で出現する。

 即座にそれがなにかを照会する藤尭朔也と友里あおいのオペレーターチーム。導き出された結果はすぐにモニターへと表示された。その文字を見て、装者たちはみな驚きに満ちていた。

 

「そんな……ッ! どうしてアルカ・ノイズじゃなくて、ノイズが……」

「ば、バビロニアの宝物庫が開いたってことデスかッ!?」

「それとも、ヤプールやエタルガー、邪心王に次ぐ新たな敵……?」

「説明は後だッ! とにかく、ノイズの迎撃を頼むぞッ!」

 

 すぐに思考を巡らせる装者たちに、弦十郎の一喝が放たれる。彼の言葉に狼狽を振り払った少女らは、すぐさま力強い返事と共に戦場へ向かう戦士の……人類守護の要である防人の顔となり、勢いよく駆け出していった。

 

 

 

 その道すがら、響の携帯電話に着信が来た。相手は彼女にとって何よりも大切な親友、小日向未来。すぐさま彼女からの着信を取り、応対していった。

 

『もしもし、響?』

「未来、どうしたの?」

『うん、街に出たら急にノイズの非常警戒警報が鳴ったから──』

「な、なんでそんなところに居るのッ!?」

 

 未来から放たれたその言葉に、思わず驚愕で目を剥きながら声を大にしてしまう響。此度の緊急招集で寮を出る時に、彼女に見送られたのは記憶に新しい。だが、そこで何故いま彼女がノイズの出現場所付近に居るのか、それが分からなかった。

 一方で未来の方は、流れる人並みの邪魔にならぬよう外へと出て、足を止めて周囲を見回しながら響と連絡を取っていた。

 

「えっと、ご飯の買い出しにちょっと……。きっと響が、お腹空かせて帰ってくるんじゃないかなと思って」

『あぅ……それなら仕方ない、かな……。それで、未来は大丈夫なのッ!?』

「うん、他の人たちと一緒にシェルターへ避難するところ。周囲にノイズの姿は見えないし、今は大丈夫だよ」

『分かった。すぐにそっちへ行って、未来もみんなも助けるから』

「うん、安全なところで待ってる。気を付けてね?」

『それ、今の未来には言われたくないなぁ』

「ふふ、確かにそうかも。……でも、信じてるからね」

 

 それだけ伝えて電話を切る。彼女の声を聴いただけで未来の胸中に在った不安の影は姿を消し、恐れる想いは希望へと転化されていた。

 そして彼女は走り出す。人の流れから逆行して。理由は一つ、自分にも何か出来る事があるはずだと思ったから。逃げ遅れた人の誘導でもなんでもいい、少しでも装者の皆が、響が気兼ねなく戦うために。

 

 またそれは響たちの方でも……

 

「マリアさんッ!」

「聞こえてたわ。みんな、飛ばすからしっかり捕まってなさいッ! 結構揺れるわよッ!」

「お願いしますッ!」

 

 アクセルを強く踏み込むマリア。黒塗りの乗用車にしか見えぬ特殊車両が一気に法外の速度へと加速する。並走するバイクからそれを見た翼も、車の運転手であるマリアの動きを察し、手に添えられたアクセルを大きく回すことで加速。再度並走状態で走っていった。

 数分後、大きなカーブをドリフトした先で、運転するマリアが異形を目視すると共に急停車した。

 

「──ッぶねぇなッ! どうしたんだよッ!」

「揺れるって忠告はしてたでしょう? それに、出待ちの観客が大勢で押し掛けてくるわよ」

 

 マリアの凛とした声に全員が窓の外を見る。そこには極彩色をした、人どころか生命非ざる異形が数多く居並んでいた。

 

「ノイズの群れを目視で確認。全体の規模は?」

『その先の市街地付近に更に多数確認ッ! そこを10とすると、北東部に6、南東部に17ッ! 市街地を囲むように出現していますッ!』

『市民の避難はほぼ完了ッ! でもまだ逃げ遅れてる人がいるかもしれないから注意してッ!』

『未来くんの通信電波もその市街地から発せられたものだ。彼女の言う通りまだそこにノイズの手は及んでいないが、いつ及ぶとも限らん。可及的速やかに、ノイズを掃討するんだッ!』

「了解です、師匠ッ!!」

 

 司令室との通信を終えたのち、すぐにマリアが仲間たちに指示を出していった。

 

「私と調、切歌で南の16を掃討する。翼は北の6をお願い。中央突破は響とクリス、二人に任せるわ」

「ああ、了承した」

「えぇッ!? いくら翼さんでも、一人でなんて……」

「おいおい見くびってんじゃねーよ。アタシらの先輩だぜ?」

「雪音の言う通りだ立花。それに、立花も小日向の下へ真っ先に向かいたいのだろう?」

「それは……」

 

 思わず口ごもってしまう響。翼の言う通り、響の胸中は一刻も早く未来や人々の安全を守護り抜くことが占めている。無自覚に滲み出ていた焦りを、偉大な先達はハッキリと見破っていたのだ。

 

「露払いは任せろ。皆が居れば心強いのは確かだが、独りで歌えぬほど(なまく)らに堕ちたつもりはない」

「だとさ。なら、アタシたちもどうするかぐらい分かんだろ」

「行ってください、響さん」

「数の多い方はアタシたち三人で十分デスッ!」

「油断しないの。まぁでも、何時飛び出していくか分からないような子は、手元に置いておくより行きたい所へ飛ばした方がいいでしょうしね」

 

 少し思考を巡らせた後、決意に固めた顔で車から出る響とそれを追うクリス。響の顔はバイクに跨ったままの翼と自分が先程までいた車内に残るマリア、調、切歌に向けていた。

 

「……みんな、ありがとう。そっちも気を付けてッ!」

 

 走り出す響とクリス。その背を見送りながら翼は北へ、マリアたちは南へと移動していった。

 すぐさま二人の前に相対するノイズの群れ。それに対し何ら怯むこともなく、二人は首から胸元に下げた赤いペンダントを握り締め、心を高めていった。

 

「ハッ、たかがノイズだ。今のアタシたちの敵じゃあねぇッ!」

「一気に行こう、クリスちゃんッ!」

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron……」

「Killter Ichaival tron……」

 

 少女らの歌により励起する聖遺物。その力を引き出し、また歌が齎す力を応用して生み出されるアンチノイズプロテクターが彼女たちに纏わることで、人類の天敵を駆逐する絶対たる力として機能する。

 事実、その腕を無骨な機械に纏わせた響の徒手から放たれる正拳は、本来ならば触れるだけでその身諸共に相手を炭素崩壊させるノイズの肉体を貫き粉々に破壊せしめた。

 これこそが彼女たちの力。これこそが、シンフォギアなのである。

 同じように北方では翼が、南方ではマリア、調、切歌が響とクリス同様に己がシンフォギアを纏い、ノイズとの交戦を開始した。

 

「装者6名、ノイズとの交戦を開始しましたッ!」

「他の反応はないかッ!?」

「アルカ・ノイズや時空振動の各反応も並行検知をかけていますが、いずれも感無しッ!」

「ふむ……反応がギャラルホルンからのものである以上、何が起きるかは一切予測不明だ。警戒は怠るなッ!」

 

 弦十郎の指示に意気高く応える藤尭とあおい。その中でエルフナインは、弦十郎から渡されていたレポートファイルに眼を通していた。先程から彼が口に出している、【ギャラルホルン】という存在についてまとめられたレポートだ。

 読んで行くうちに、知らずその内容に心が吸い込まれていた。それは正しく、未知なるものを発見、没頭する研究者のそれであった。

 

 

 

 戦場に目を向けてみると、装者を相手にしたノイズは瞬く間にその数を減らし、だが炭化崩壊する同胞を見ても何を思うこともなくただ単調に……しかし普通の人間にならば瞬刹確殺を齎す毒牙で絶え間なく襲い掛かってくる。それこそが、人が人を殺す為に生み出した超古代の負の遺産であるノイズの力。

 しかしそんなノイズの群れも、金色に輝く響の拳が、蒼く煌めく翼の刃が、紅の弾道を標すクリスの嚆矢が、白銀の閃光を放つマリアの左腕が、緋色の軌道を描く調の鋸が、翠色に彩られた切歌の鎌が、目に付くすべての敵をことごとく粉砕していった。

 

 やがて彼女らの前に居たノイズは全て黒塵となって消え去り、司令室からも殲滅完了の報せが届く。成長を重ねた彼女らの前に最早ノイズは敵ではなく、戦闘任務は僅かな時を以て終わりを告げた。

 

「……これで片付いたか」

「みたいだね。でも、なんでノイズが……」

「さぁな。帰ったらオッサン問い詰めねぇと──」

「響ッ! クリスッ!」

「あ、未来ッ!」

 

 戦いも終わり僅かに一息吐いたところで、二人を見つけた未来が駆け寄って来た。それに合わせるように響もシンフォギアを解いて未来の元に駆け出していく。

 顔を合わせた時に零れ落ちたのは、二人のいつもの笑顔だった。

 

「お疲れ様、響。大丈夫だった?」

「なぁーんてことないよッ! 相手はただのノイズだったし、クリスちゃんも援護してくれたしね」

「そうなんだ。ありがとうクリス。響を守護ってくれて」

「あっ、アタシはそんな大したことしてねーよ。それより、そっちは大丈夫だったのか?」

 

 クリスの言葉に響もハッとなる。シェルターに居ると思っていた未来が何故この場に居たのか、まるで考えていなかったからだ。

 

「そうだ未来ッ! なんでこっちにまで……」

「もしか逃げ遅れてる人が居たら、って思うと足が勝手に動いちゃって……。でもそういう人が誰も居なくて良かった」

「いやそういう事じゃねーだろ……。ノイズが蔓延る鉄火場に生身の丸腰で寄って来るなんざどうかしてるって言ってんだよ。骨折り損じゃすまねぇんだぞ?」

 

 安堵した笑みで返す未来に、クリスは少し厳しく突っ込んでいく。彼女ら装者としては最早手慣れた戦場だが、シンフォギアの力を持たない未来にとっては常に死が隣り合っている場所なのだ。互いによく知る者であろうとも、そんな危険な場所に寄らせていいはずがない。だからこそクリスは、ぶっきらぼうでも彼女なりに厳しく伝えた。

 のだが……

 

「そうだよね……。ゴメンねクリス、心配かけさせちゃって。でも私、信じてたから。響の事も、クリスの事も。翼さんやマリアさん、調ちゃんに切歌ちゃん。戦ってくれてるみんなの事ぜんぶ。

 だから私も、私に出来る精一杯をやりたかったんだ」

 

 申し訳なさそうにしながらも自分の想いを正直に投げかけていく未来。何処か隣のバカ(立花 響)を思わせるその真っ直ぐさに、クリスはただ頭を掻きむしりながら複雑な思いで唸ってしまった。それは自分の事も信じてくれている嬉しさか、そんな彼女を危険な目に遭わせたくないと思う心なのか。

 そんな心の精査が済む前に、懐の通信機が突如警報音をがなり立てる。この音は──

 

「ノイズがまだッ!?」

「チィッ、撃ち漏らしたぁよッ!!」

 

 即座にギアペンダントを握り締め再度聖詠を歌おうとする。だが天空に突如出現した飛行型ノイズ数匹は、小柄なその身をよじらせて鋭利な弾丸と化し響たちを猛襲した。

 ギアを纏っていない今の彼女らは何処にでもいる普通の人間とそう大差ない。ギアの力で身を守護ることが出来ない。つまり、当たれば”死ぬ”。

 ノイズの無慈悲な一撃を前に、中央に居た響は思わず振り向いて未来とクリスを抱いて跳躍した。瞬間的な判断として、ギアを纏うより回避した方が早いとなったのだ。だがそれは自らの身を捨てて行う、何処までも他者を慮る思考と行動。たとえこの身がどうなろうとも、大切な人たちを守護る為に行なわれた無自覚で前向きな自殺行為と言ってもおかしくは無い。

 この場の三人、誰もが響の咄嗟の行動に反応できなかった。抵抗はおろか、なんの声をかけることも出来なかった。

 

 

 だからこそなのか、其処へ割り込むもう一つの影……否、光に気付くことも出来なかったと言えよう。

 

 

 強く眼を閉じる三人。聴覚は小さな爆音を感じ取り、それが襲い掛かってきたノイズが爆ぜ散った音だと認識した。次に聞こえてきたのはヒトの言葉。ごく当たり前の日本語。そう特徴のある訳でもない男性のモノだ。

 

「大丈夫ですかッ!? しっかりッ!」

 

 焦りに満ちた声を聴いて、初めて三人が目を開ける。彼女らの前に立っていたのは一人の青年だった。屈託なく、感情を隠すことなどしないと言い切れる何処までもお人好しの顔。焦りに包まれていながらも、無事を確認できたことでいとも容易く綻んでしまう表情。最初にそれを認識したのは、奇しくも仰向けで倒れていた未来だった。

 そしてもう一つ奇しきことは、彼にとっても予想外の事。目が合った彼女……小日向未来が、”彼”の名前を知っていたことだった。

 

「──伴、さん……?」

 

 

 

 ==

 

 

 S.O.N.G.移動本部指令室。

 ノイズ迎撃の任を終えた装者たちが皆一斉に戻って来た。其処に二人、装者以外の人間も立ち入ってくる。一緒に連れられた小日向未来と、彼女らが先程であった青年だ。

 

「司令、戻りました」

「うむ、よくやってくれた。……それで、彼がそうか」

 

 弦十郎の言葉に首肯する翼。彼女らはそのまま道を開け、弦十郎と青年を引き合わせた。

 

「はじめまして。ヒビノ・ミライと言います」

「国連所属特殊災害対策組織S.O.N.G.機動部隊タスクフォース司令、風鳴弦十郎だ。この度は俺の部下とその大事な人間の危機を救ってくれて、感謝している」

 

 深々と頭を下げる弦十郎。だが青年……ミライは、すぐにそれを止めるよう頼んでいった。

 

「顔を上げて下さい。貴方が義に厚い方だと言うことは兄さんたちから聞いていますが、僕もまた当然のことをしたまでです」

 

 ミライに促されて下げた頭を上げる弦十郎。改めて相対し、彼の無垢な笑顔……その瞳の奥には、以前共に戦った仲間たちと同じ光がある事を彼は察していた。

 

「……翼の報告にあった通り、やはり君は──」

「ハイ。僕もまたエース兄さんや80兄さん、ゼロと同じく光の国を出身とする者……”ウルトラマン”の一人です」

 

 ウルトラマン。その言葉を聞いた全員が小さな驚きを露わにする。

 先の怪獣侵略事変に置いて、異世界よりの侵略者に対しそれと同様に此方の世界へ出現。介入する形で装者の少女らと繋がり、共に戦い抜いた光の巨人たちの総称だ。

 それを自ら名乗る者に対し本来は警戒すべきなのだろうが、そう出来ぬ理由もあった。先程の戦闘修了後に響たちと合流すべく愛車を走らせていた翼は目撃していたのだ。空中より襲い来るノイズの群れと、未来とクリスを助けるべく我が身を顧みずに跳ぶ響。そしてその間に割り込み、光の壁を生み出しノイズの動きを止めた直後、左腕の装具に手を当てて滑らせるように前へ突き出す事で光弾を発射。ノイズを爆散させた彼の姿を。

 響たちを助けたあとにマリアたちとも合流し、先んじてミライと言葉を交わすことが出来ていたから出来たことだったと言える。そしてミライと直接話をし、彼──”ウルトラマン”が再度この世界に介入してきた事実を受けて、弦十郎は更に険しい顔で唸る事となった。

 

「今回の事は、君たちウルトラマンも関わるような大事だというのか……」

「そろそろいいかオッサン、いい加減こっちの疑問にも答えてもらいたいんだがなッ! なんでノイズがまた出て来るんだよッ!?」

「あぁ、いいだろう。エルフナインくん」

「はい」

 

 白衣を着た小さなブロンドヘアーの少女が前に出る。現在のタスクフォースにおける叡智の大黒柱、錬金術師のエルフナインだ。可愛らしい顔付きだがその表情をあまり変えず、少しばかり淡々と、今回起きている事実について語り始めた。

 

「まず、あのノイズはこの世界のモノではありません」

「この世界のモノじゃない……?」

「……この世界のバビロニアの宝物庫は閉じています。時空振動が発生しなかったことにより、出撃前に翼さんが危惧した、ヤプールや邪心王が生み出したものでもない事は確かです。

 しかし、それでもノイズが現れたのは、あのノイズがこの世界のモノではなく、並行世界のモノだからです」

 

 エルフナインの口から飛び出した言葉に、またも装者たちが驚きの声を上げる。あまり耳にしないその言葉がノイズの出現とどう関与しているのか、彼女らの中で想像できるモノは居なかったからだ。

 

「一体、どういうこと……?」

「へ、へいこう……せかい……?」

「パラレルワールドって聞いたことが無い? この世界と凄く似てる別の世界の事だよ。ほら、城南大学の高山さんが研究してた」

「うぅぅ……そういえばそんな事も言ってたような……」

「でも、そんな世界が本当に……」

「不思議なことじゃありませんよ。世界は余りにも広大で、無限の可能性に溢れている。こうして僕が皆さんと出会えたことも、無限の可能性から選ばれた奇跡のようなものなんですから」

 

 朗らかな笑顔で答えるミライに、どうしても未来は違和感を拭えずにいた。最初に──先程助けられた時に見た瞬間からそうだ。ヒビノ・ミライ……彼は似過ぎている。彼女の知る人物に。

 あの瞬間、おぼろげな意識の中で思わず未来が呟いた名を持つ者、伴浩人。城南大学の生徒であり、以前響と共に赴いたオープンキャンパスで出会った人物。忘れ難い思い出として刻まれたその姿や声は、隣に立っているウルトラマンを自称する青年と余りにも似過ぎていたのだ。

 

「…………」

「どうか、しましたか?」

「い、いえ! なんでもありません……」

 

 此方を見つめていた未来に対し不思議そうに尋ねるミライ。しかし未来は彼の問いかけに、思わず不問を返していた。

 眼前に居る”ヒビノ・ミライ”と言う人物。記憶に新しく存在する”伴浩人”と言う人物。何故これほどまでに似ているのか……その理由を問える時間があるわけでもなく、未来はただ疑問を胸にしまい込みながらこの場に立っていた。

 

「てぇッ! へーこー世界だか可能性の奇跡だかなんだか知らねーが、結局なんでノイズが出て来たんだよッ! 簡潔に言えッ!」

 

 沈黙を破るように放たれるクリスの怒号。そんな彼女の声に従うかのように、神妙な顔のまま弦十郎が答えだした。

 

「……この事態を引き起こしているのは、聖遺物”ギャラルホルン”。異なる世界同士を繋ぐ、完全聖遺物だ」

「異なる世界同士を……」

「繋ぐ……デスかッ!?」

(……ギャラルホルン。それが、大隊長の言っていた、”数多の想念と無限の可能性を内包した埒外の奇跡”……)

 

 弦十郎の口から発せられた言葉と共にその存在に驚愕する者、難解な答えに困惑する者、思案を巡らせる者と、その反応は様々だ。だがその中で一際強く、何処か噴気を以て言葉を返す者が居た。翼だ。

 

「待ってください。そんなもの……一体いつ発見されたんですか?」

「ギャラルホルンを発見したのは、当時発掘チームを率いていた了子くんだ。この聖遺物は、発見当初から既に起動状態だった」

「了子さんがッ!?」

 

 驚きの声を上げる響だったが、考えてみれば不思議な事ではない。櫻井了子は聖遺物研究の最先端を独り走り抜け、今なお其処に至る者も現れぬ境地に達した第一人者。シンフォギアシステムを始めとする数多の聖遺物研究とその成果を示した【櫻井理論】を遺した、歴史に残るべき大天才の一人である。

 そして何よりも、櫻井了子の中には先史文明期に存在し永遠の刹那を生き続けてきた巫女”フィーネ”が覚醒していた。彼女ならばこんな常軌を逸した聖遺物を見つけていても不思議ではない。弦十郎をはじめ彼女の二つの顔を知る者は、それについて疑問を抱くことは無かった。

 そこへ付け加えていくように、エルフナインが話をしていく。

 

「ギャラルホルンについてはずっと最重要機密扱いで、一部の人間にしか知らされていなかったようです。ボクも今朝、レポートを見させてもらって初めて知りました。

 ただ、ボクが入らせてもらっているアルケミースターズの中では、噂話程度ですがその存在を示唆するものがあったそうです。

 曰く、多元宇宙理論の創造と破壊を司る存在。量子物理学における真理の根源。世界を生み出した原初の種とまで……」

「ギャラルホルンはあまりにも特殊で、未知なる危険を孕む聖遺物だ。その為、一部の者のみで極秘に実験と解析を進めていた。その結果理解ったのが、並行世界に異変が起こった際に、此方の世界と並行世界を繋げる特性が有るという事だ」

 

 ここで話はノイズ発生の原因と繋がり、エルフナインが並行世界についての解説を続けていく。

 

「並行世界……それはこの世界と同じような世界が広がり、同じような歴史を辿っているとされます。しかしそれでありながら、必ずこちらの世界とは違うところも同時に発生します。

 まずこの”世界の歴史”とは、川の流れのように”遥か昔”の上流から”現代”と言う下流にまで流れ続けています。しかし、歴史とは大きな転換点において、必ず支流が発生するものなのです。

 ルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変、怪獣侵略事変……それ以外にも、過去を遡れば数多の転換点が存在し、そこから派生した支流は無限とも言える数になっているでしょう」

「その支流が、並行世界ということね」

「はい。こちらの世界から零れた可能性が生んだ、極めて近く限りなく遠い世界……それが並行世界となります」

「此方で零れた可能性を内包する、極めて近く限りなく遠い世界……」

 

 翼の呟きと共に、装者全員が困惑で満ちる。先の怪獣侵略事変とは違い、エルフナインの語る難解な話がどうにも上手く噛み砕けない……そういった顔だった。そこに助け舟を出すかのように、弦十郎がまた話を続けていく。

 

「……とにかく、今回の件はギャラルホルンがまた何処かの並行世界と此方の世界を繋いだ為に起きた異変で間違いない」

「『また』、と言いましたね。では以前にも同じような事が?」

「……ああ。ギャラルホルンが並行世界を繋げると、異なる世界同士が混じり合う影響か大量のノイズの出現が観測される。前回はバビロニアの宝物庫が閉じられていなかったため推測の域だったが、今回でそれはハッキリした。

 そして、この発生した異変は並行世界側の異常を解決することで解消される」

「記録には2度、並行世界と繋がったことがあると記されています。その最初の発生では、当時の特異災害対策機動部二課に所属していたシンフォギア装者……天羽奏さんが、解決してくれたとあります」

「あもう……かな、で……──ッ!?」

 

 記録を読み上げるように淡々と話すエルフナイン。その中から発せられたもの──”天羽奏”の名に、強く食い入る者が居た。それは誰でもない、かつて彼女と共に歌い、戦い、そしてその最期を見届けた者……風鳴翼以外に在り得なかった。

 昂る想いと共に思わずエルフナインの肩を掴み、強く詰め寄っていく。

 

「奏がッ!? 一体いつだッ! そんなこと、私は知らない──ッ!!」

「ぁぅッ! つ、翼さん……ッ!?」

「止めなさい翼ッ! エルフナインに当たるだなんて、らしくもないッ!」

 

 翼の指がエルフナインの華奢な肩に強く食い込み、痛苦に顔を歪める。それを見たマリアがすぐにエルフナインを引きはがすように抱き寄せ、翼を叱責した。本意ではないにしろ、己が愚行を悔やむかのように歯を食いしばる翼。即座に謝罪の言葉を放つものの、その表情はどうしても曇ったままだ。

 そんな彼女の姿を見て、ミライが隣に居た未来に小声で話しかける。

 

「あの、天羽奏さんとは……」

「……翼さんの、大切な人です。数年前に喪い、もう二度と会う事の出来ない……」

「私にとっても掛け替えのない恩人なんです。私の命を繋ぎ留めてくれた……生きることを諦めないってことを教えてくれた奏さん。それが、まさかこんな形で……」

 

 未来に次いで語った響もまた浮かない顔だった。そしてその場に漂う剣呑さを含む空気に、何も知らないミライも”天羽奏”という者の存在の大きさを幾分か理解していった。彼もまた、長い年月を遡った先に、掛け替えのない……もう会う事もないであろう人たちとの出会いと別れを経験していたのだから。それを思い出したのか、ミライもそれ以上何も言う事は無かった。

 そんな空気を破るかのように、弦十郎が翼の前に立ち、優しく数回肩を叩く。それはさながら、癇癪を起した子をなだめるかのように。

 

「……落ち着け、翼。ギャラルホルンは完全聖遺物でありながら、一切の制御も干渉も受け付けない、まさにパンドラの箱だ。そんなモノに対して、当時の二課で唯一の正規適合者であったお前を使う事は上が許さなかった」

「だから……奏を人柱にしたという事ですかッ!!」

「……そういう事になってしまうな。だが過去の事件では、奏は無事に並行世界へと渡り、異変の元凶を解決している。結果論で済まないが、彼女に事故や怪我も無かった。そして、彼女のおかげで俺たちはギャラルホルンについてより多くを知ることが出来た。

 それが今、こうして繋がっている。奏が拓いてくれた道が、俺たちを歩ませてくれているんだ」

 

 弦十郎の言葉に未だしかめっ面が収まらない翼。言葉ではちゃんと理解している。すべて彼女のおかげで、ギャラルホルンと相対出来ているのだと。だがそれでも、翼は全てを納得させられなかった。自分にも知らされず奏がそんな危険な任務に就いていたことが、奏自身もそれを自分に対して何も言ってくれなかったことが。今はもう取り返しのつけようもない悔しさと歯痒さに、翼は苛まれてしまっていたのだ。

 そんな空気を破るかのように、思考を巡らせていたマリアが声を出した。

 

「繋がったのは、2度と言ったわね」

「はい。2度目は4年前のツヴァイウィングライブ……ネフシュタンの起動実験の時です」

「なッ!?」

「……あの時に……」

 

 更に驚愕の声を上げる翼と、何処か不安げに声を漏らす響。だが無理もない。彼女らにとってはあの日こそが、運命の転換点となったのだから。

 

「あの日の大量のノイズ襲撃は、了子くんの……フィーネの仕込みだと睨んでいた。だがルナアタックの事後処理の時に調べてみると、その仕込み以上にギャラルホルンから現れるノイズの方が多かったそうだ。

 その時はネフシュタンの暴走も重なり、二人の装者もベストとは言えぬコンディションでの戦闘中。とてもそちらに対処できる状態じゃなかった。だからどうしても、ただ収まるのを待つしかなかったんだ……」

「なんだ、勝手に収まるんだったらわざわざ並行世界に行く必要ねぇじゃねーか」

「ですが、その代償として被害は甚大なものとなりました……。今でこそ装者6人と言う体制ですが、あの当時は……」

「翼さんと奏さん、だけだった……」

 

 響の言葉でクリスも思わず自らの口を塞ぎ顔を曇らせる。完全に失言だったと、思わざるを得なかった。

 またも重い空気に支配される一同。そこから脱却するように切り出したのは、マリアだった。

 

「話を戻すわね。ギャラルホルンは過去に2度反応し、並行世界と繋がった……。そして今もまた、繋がりを持っている状態と言える。そういう事なのね」

「マリアさんの仰る通りです。今現在は並行世界との接続がある状態だと言えるでしょう」

「今現在は、って言うと……」

「繋がらずに反応したこともあったんデスか?」

 

 調と切歌の問いに首肯するエルフナイン。そうしてまた話を一つ広げていく。

 

「正確には接続状態が解からなかった、という事らしいです。

 ギャラルホルンに関するレポートの中に記載がありました。かつて……天羽奏さんが並行世界へ出撃するよりも前に起きた、最初のゲート発生についてです。後々計測された並行世界との接続時とは明らかに違うエネルギー波形を見せ、ゲートを生み出すも普段の円形のホール状ではなく、歪な形をした左回り……逆回転の渦のような形をしていた、と。

 ただそれは普通の状態じゃなかった事と、その時には装者の誰も動けなかったのでゲートとして機能しているかを図ることは出来なかったとされています」

「了子さんでも理解らなかったんですか?」

「ああ。この聖遺物は、装者にしか反応しないんだ。かつて俺たちが明滅を見せるギャラルホルンに触れようとしたところ、強いエネルギーで弾き飛ばされた覚えがある」

「し、司令が弾かれるって相当デスッ!」

「でも、なんで装者にしか……?」

「詳しい理由についてはまだ解かっていませんが……ギャラルホルンが並行世界側の異変を治めるため、必要な能力を持った人物だけを選別しているとも考えられます」

 

 エルフナインの説明が一通り終わったところで、クリスが頭を掻きながら自分が把握できた結論を述べる。

 

「なんだか分かったような分からねーような感じだけど、要は並行世界に行けるのはアタシたちだけって事なんだよな?」

「ああ、そういうことだ。だから今回は、君たちに異変の調査へと向かって欲しい」

「並行世界側はどうなっているかは分かりません。危険は伴いますが……」

「……私が行きます」

 

 不安げなエルフナインの前に、先んじて声を上げる翼。凛々しくも険しいその顔は、先程から崩れることは無かった。

 

「翼……」

「奏の役割を引き継ぐなら、私しかいない。……いや、コレもまた奏が遺したものであるならば、私がコレを引き継ぎたい。

 それに今はこれだけの装者が居る。私にもしもの事があったとしても──」

「そ、そんなのは駄目ですッ!」

「翼、あなた自分が何を言っているのか分かっているのッ!?」

「すまない……。だが、この役割だけは絶対に譲れない。これは、奏の片翼としての私の責務なんだ……」

 

 響とマリアの制止の言葉を聞くも、この事ばかりは翼もまた一切退く気が無い。最悪自らの身を捨てる覚悟を示したのも、天羽奏と言う古傷を開けてしまったからに相違ない。

 かけがえのない相手が遺したものだからこそ決して疎かには出来ないし、見過ごすことなど出来やしない。それが自らのエゴに寄るものだと理解っていながらも、翼の頑なな心は此度の異変に対し是が非であろうとも関わるべきだと考えていた。

 たとえ清算した過去だとしても、馳せる想いを失ったわけではないのだから。

 

「……翼、お前の気持ちは分かった。だが早とちりをするな。お前1人を行かせる心算はない」

「ハイ。こちらにもノイズが現れている事もあるので、戦力を2つに分けるのが最善と思います」

「ここにいる装者は6人だから、3人ずつって事ですか?」

「そうです。ですので、翼さんとあと2人……」

「そういう事なら私も行くわ。翼が無茶しないように見ておかないとね」

「マリア……」

「そっか。なら、あと1人はアタシが──」

「待ってクリス。……あなたには、調と切歌の事を頼みたいの」

「デスッ!?」

「マリア……!?」

 

 クリスの出鼻を挫いてしまうかのように頼むマリア。思わぬ言葉にクリスは勿論、切歌と調も困惑の色を見せていた。

 

「コイツらの事を……?」

「ええ、こっちにもちょっと事情があってね。急場凌ぎではあるけど、並行世界にそれを解消できる可能性があるなら利用していきたいの。だから、出来れば残りの1人は……」

 

 マリアの言葉と共に、全員の視線が名を呼ばれていない最後の装者……響に向けて集められていた。その視線、其処から感じる想いを一身に受け止め、響もまた顔を引き締めて言葉を返していく。

 

「……あの、並行世界って結局よく分からないんですけど、向こうで困ってる人が居るのは確かなんですよね?」

「さっきも言ったように、ギャラルホルンはまさにパンドラの箱。解明されていない部分が大半だ。だが、過去の結果を見るに、その可能性は非常に高い」

「だったら私、行きますッ!」

 

 弦十郎への問いかけ、それ対し響は即答する。あまりにも当たり前で、誰もが理解るぐらい当然の帰結。それに対して思わず溜め息を吐いたのは未来だった。

 

「……もう、やっぱり」

「えへへ、ゴメンね未来」

「いいよ。人助け、だもんね?」

「うんッ!」

 

 ただのそれだけで通じ合える。心配をしながらもその行いを信じ貫く者と、居場所を信じ貫くが故に心配を託せる者。装者の少女らについては最早慣れっことも言える二人のやり取りは何処か優しい笑顔を生み出す力を周囲に齎していた。

 それは勿論、ここまで彼女ら全員のやり取りを見て来たミライにも言えることで、少女らの姿からかつて……自分がまだルーキーと呼ばれていた時に地球で出会い絆を結んだ地球人の仲間たちとの日々を思い出した。

 そんな懐かしくも暖かい想いを抱いたまま、ミライもまた一歩前に出て進言していった。

 

「風鳴司令。僕も、一緒に並行世界へ行かせてもらいます」

「……君を疑うつもりは無いが、行けるのか?」

「そのギャラルホルンの性質が、僕の持つアイテムと上手く適合するかは試してみないと分かりませんが、恐らくは。そして何より、これも僕が大隊長から与えられた任務なんです。

 皆と共にし力を合わせ、事態を収束させる事……それこそが」

 

 力強く微笑むミライに対し、弦十郎は勿論他の者たちも彼を止めようとすることは無かった。ウルトラマンがどういう存在か知っているからこそ、皆が信を持って彼を受け入れられたのだ。

 

「……理解った。じゃあ、みんな付いて来てくれ」

 

 弦十郎を先頭にして指令室を後にする装者たち。船内を歩き辿り着いたのは、装者たちも普段入る事のなかった厳重な扉の前に立つ。重苦しい鋼鉄の扉の横にある多重ロックを、エルフナインが手早く操作し開放していく。

 やがて数秒の後に、その扉は音を立てて開いた。皆が目する其処に鎮座していたのは、なんとも形容しがたい物体だった。

 一見するとそれは巨大な法螺貝のようでもあり、明滅する中央の水晶体を中心に見ると巨大な眼のようにも見て取れる。だが結局それがなんであるかを具体的に説明出来る者は居なかった。

 

「師匠、コレが……?」

「ああ。完全聖遺物、ギャラルホルンだ」

 

 水晶体の明滅と共に、その周囲には何処か神妙な気が満ちているようにも感じられる。完全聖遺物特有の重圧とでも言うのだろうか、初めて目にした少女らはその未知なる物体に僅かばかり気圧されていた。そこへエルフナインが眼前の状態の解説に口を開く。

 

「ギャラルホルンは、並行世界に起きた異常を特殊な振動波で報せるようです」

「振動波……。では、この聖遺物の輝きが……」

「はい、並行世界の異常を感知している状態です」

「なんだか、物々しいね……」

 

 思わず不安を口にする未来。だがそれは他の装者たちも内心感じ取っている事だった。そんな彼女らの前に一歩躍り出るミライ。確認の意を込めて弦十郎に視線を送ると、彼は静かに首肯した。

 ギャラルホルンを前にし、自らの左腕を顔の前で立てるミライ。一瞬念じた直後、炎を象ったような大型のブレスレット──メビウスブレスが顕現。そこから光が放たれ、ブレスの前で∞を描くように回転していった。

 輝きはやがてギャラルホルンの水晶部にも伝播し、其処へ向けてミライが左手を突き出していく。互いに触れ合った瞬間、光はメビウスブレスへと吸収され、ミライは何かを確信したかのように笑顔で振り向いた。

 

「ありがとうございます。ギャラルホルンは無事に、僕を認めてくれたみたいです」

「そうか、じゃあこれで決まったな。今回の調査は、翼、マリアくん、響くん、そしてミライくんの4人に頼む。だが、決して無理はしないでくれ」

「ハイッ!」

 

 ミライの隣に並び立つ響、翼、マリアの3人。胸のペンダントを握り締め、意識を集中して厳かに胸の歌……聖遺物を励起させシンフォギアを展開するための聖詠を歌いだす。その歌と共に彼女らのペンダントから光が放たれ、その肉体に機械仕掛けの戦装束を纏わせていく。

 光が収束すると共に、3人が己がシンフォギアを身に纏った出動形態へと姿を変える。それを感知したギャラルホルンが今一度鳴動したと思うと、眼前に円形の渦が出現した。中は混沌とした色で染められていた。

 

「それが、シンフォギア……」

「ええ。そして、私たちの前に現れたのが……」

「並行世界への(ゲート)、と言うわけか」

 

 息を呑む一堂に、タブレットを携えたエルフナインがまた声をかけてきた。

 

「向こうに渡ったら、まずはその場所を確認してください。最初に転送された場所の付近に、戻るためのゲートがあるはずです」

「そうなると、いつでも帰還出来るのか?」

「はい。レポートにはそう記載されています」

「なるほど……。ならば先に往くぞ」

「では、僕も行かせてもらいます。改めて皆さん、よろしくお願いします」

 

 渦のゲートに手を触れ、そのまま躊躇なく飛び込む翼。それに続くように、一礼したミライがゲートへ入っていく。瞬きする間もなく2人の姿は渦の中に消えていった。

 

「……流石だが、思い切りよすぎじゃねぇか?」

「それが風鳴翼だし、彼はウルトラマンらしいからね」

「あ、マリアさん! コレを……!」

 

 エルフナインからマリアに手渡された小さなケース。中には数本の薬液とそれを装填、注射する簡易器材だ。

 

「ごめんなさい、僕が他の事にばかりかまけていてLiNKERのレシピ解析を怠ってしまっていたせいで、これだけしか……」

「いいえ、ありがとうエルフナイン。じゃ、わたしも行ってくるわ」

「マリア、気を付けて」

「寂しくなったらすぐに戻ってくるデスよッ!」

「さ、寂しかったらって……そんなことないわよッ! 貴方たちこそしっかりね。クリス、2人をお願いッ!」

「それじゃ私も……って、未来?」

 

 言うが早いかゲートへと飛び入るマリア。そして残された響も後を追うようにゲートの前へと立った。だが出発の挨拶にと皆の方へ振り返った時、視界の中へ不安げな未来の顔が写り込んできた。

 

「響……大丈夫、だよね?」

「もう、心配性だなぁ未来は。大丈夫、ちょーっと人助けして来るだけ。それに翼さんもマリアさんもいるし、ウルトラマンのミライさんだっているんだから。だから待ってて?」

「……うん、待ってる。みんなを、響を信じて」

 

 未来の言葉に満面の笑顔で返す響。いつも通り陽気で明るく、変わらぬままにゲートの前で見送る皆へ手を振っていった。

 

「それじゃ、行ってきま~すッ!」

 

 入り込んだ渦の中に消える響。どうしてもそれを心配そうに見送る未来と、彼女を励ますように肩に手を置くクリス。異変が待ち受け善悪の無い奇跡が入り乱れる並行世界での戦いは、ここから始まったと言えた。

 

 

 

 繋がった並行世界の先に待ち受けるものは何か。

 ヒビノ・ミライ……ウルトラマンメビウスの介入が意味するものとは。

 信を置けども思惑はそれぞれに存在する。彼女らにも、彼らにも……そして、限りなく近く極めて遠い世界でも。

 

 

 ──それが総ての始まりとなると理解る者は、何処に或るものか……。

 

 

 

 end.

 



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1章・黄昏を喚ぶ笛の音響いて 1節:片翼の奏者-E/BELIAL-
EPISODE 01【片翼の奏者】


 ……あの運命の日を、”彼女”は今でも夢に見る。
 ”彼女”はあの絶望を前にしても、折れず、負けず、その命を燃やして唄い──そして、散って逝った。
 遺された”彼女”は選択した。
 憎しみを歌にして、怒りを唄にして……ただ運命の元凶を討ち滅ぼすことを。

 全てを斬り裂く片翼が、
 全てを貫き穿つ片翼が、

 戦笛の音によって再び──


 

 

 混沌の渦──ギャラルホルンが生み出した(ゲート)。どれほどの時間が経ったのかは定かではないが、3人の少女と1人の青年は間違いなくその出口へと辿り着き、光の射す場所へ降り立った。

 

「着いたわね」

「……ここが、並行世界ですか?」

「そのはずなのだが……。立花、この公園は……」

「ここが、どうかしたんですか?」

 

 不思議そうに疑問をぶつけるミライ。マリアも同様に、不思議そうに首を傾げている。その理由を明かすべく、響が言葉を発していく。

 

「いつもの公園……みんなで遊びに行ったりする時に何かと使う場所の一つです。でも……」

「ああ、”何も変わってはいない”……」

 

 通り抜けたはずの世界が変化も無いという異常性に、二人は得も言えぬ顔になっていた。その顔に釣られるように怪訝な表情と化すマリアとミライ。と、おもむろに周りを見回した響が突然大きな声を上げた。

 

「あーッ! ま、マリアさん後ろッ!」

「な、なにッ!? ってこれ、もしかしてエルフナインが言っていた……」

「ゲート、ですよね……」

 

 振り向いたマリアとミライが目にしたものは、渦巻く混沌の穴。先程まで自分たちが通って来たものだ。

 

「ここがゲートの出口となると、ここから元の世界に帰れるのは間違いなさそうね」

「しかし、公園や街並みはここから見る限りはほとんど同じに見えますよねー」

「そうだな。思ったより並行世界と我々の世界は近いものかも知れない。一先ずは此処を中心に、色々と歩いてこちらの調査を──」

 

 そう翼が行動方針を決めたところに、地面から溶け出すように極彩色の異形が姿を現した。見紛うことは無い、ノイズの群れだ。すぐに眼前を埋める数多の極彩色、ヒト型から不定形型まで様々な異形が立ち並んでいる。人類の天敵ノイズ……それが存在しているという事は、並行世界でも変わらなかったと確信する。

 

「ノイズ……ッ!」

「……なるほど。此方はまだノイズが出るという話だったな」

「そうね。これもまた異変の一つ、ということなのかしら」

「どうだろうな。バビロニアの宝物庫が開いている以上、自然発生と言う可能性もある。だが何にせよ相手はノイズ……眼前の敵を放っておくわけにもいかないだろう」

「ですねッ! 誰かに被害が出る前にッ!」

 

 強い意気と共に戦闘姿勢をとる装者たち。其処に並ぶミライも懐から三角形型の銃を取り出し、構えをとった。

 

「ミライさん、ノイズは私たちに任せて下さいッ!」

「ありがとうございますッ! でも大丈夫。皆さんと一緒に戦う為に、用意はしてきましたからッ!」

 

 言うが早いか襲い来るノイズに向かって手持ちの銃──レーザービームガンであるトライガーショットの引鉄を引き、赤い光線を発射するミライ。

 それを数発撃ち込むことでノイズは動きを止め、やがて黒い塵へと砕け散っていく。トライガーショットを顔の横に構え直したミライの姿を見て、装者たちは思わず感嘆の声を上げていた。

 

「なんと、聖遺物でもない携行銃器でノイズを破壊するとは……」

「凄いですミライさんッ! さっすがウルトラマンッ!」

「いいえ、これは僕だけの力じゃありません。光の国で対ノイズ用に調整はしてもらいましたが、それでもみなさんのシンフォギアの力でノイズの位相へ固定してくれなければ倒すのも困難になります。

 それに、ノイズの炭素分解能力は僕たちウルトラマンにとっても脅威なのは変わりありませんから」

「倒せないとは言わない辺り、腕に自信ありってことね。まったく、可愛い顔して頼りになるッ!」

「装者のみなさんが居てくれてこそ、ですよッ!」

 

 襲い来るノイズを両断しながらからかうように話すマリア。翼と響もそれに後れを取るまいと、積極的にノイズの殲滅を行っていった。

 四人が互いに死角を庇い合いながら、攻め入るノイズを倒していく。そして──

 

「これで、最後ォッ!!」

 

 響の拳が最後のノイズ一体を捉え、撃ち貫くことで破壊。黒い塵となって消えた個体を最後に、周囲からノイズの姿は消えて無くなった。

 

「皆さんお疲れ様ですッ! やりましたねッ!」

「えへへ、ミライさんこそお疲れ様ですッ!」

「かかる火の粉は払った。じゃあ次はどうしましょうか?」

「それなら私に考えがある。リディアン音楽院……一先ずは其処に向かおうと思う」

「リディアンに、ですか?」

 

 尋ねる響に翼は微笑み宿した首肯で返す。

 

「ノイズが存在すると言うことは、旧二課のようにそれに抗する組織があると思う。接触して何かしらの情報……可能ならば協力体制をとれれば重畳なのだが……」

「大丈夫ですよ翼さんッ! 同じノイズと戦う者同士、きっと協力してくれますッ!」

 

 響の底抜けに明るい──あるいは楽観的で楽天的な言葉に、翼は変わらぬ微笑みで返す。それは自分もそう思いたいという心境から来るものだった。並行世界であろうともこれ程までに似通った世界ならば、多少違いはあろうともきっとその心は通じ合えると思っているからだ。

 だがそれに苦言を呈したのはマリアだった。

 

「……貴方たち二人の言う事を信じないわけじゃないけど、万が一は考えた方が良いかもしれないでしょうね。並行世界……何があっても不思議じゃないもの」

「うぅー、マリアさんも心配性だなぁ……」

「慎重と言ってもらいたいわね。それで、リディアンへの道は理解るの?」

「そりゃあもうッ! ここからだとあの坂を上って──」

 

 そこで響はようやく違和感に気付いた。約二年前、彼女自身がはじめてその門をくぐった先に在った大きな建物……歪に切り立った地に建てられた荘厳な校舎の姿を、”なんの違和感も無く”見据えていたのだから。

 

「つ、翼さんッ! アレってやっぱり……ッ!」

「──ああ、私がリディアンに向かう提案をしたのもソレだ。この世界には、かつてのリディアン音楽院が破壊されることなく現存している」

 

 見上げた先にある、”自分達の世界では喪失した建物”。過ぎるは違和感か、それとも懐かしさか……その答えを知ること無く、目的の建物──私立リディアン音楽院校舎へと向かい歩き出した。

 

 

 

 

 

 それと時を同じくして、とある深奥部にて何かを観測する動きがあった。其処に居た者たちは、自らの認識より外れたモノの存在に驚きを隠せず、ただそれでも目の前にあった事象を報告していった。

 

「……ノイズの反応、消失。同時に聖遺物反応も全て消失しました」

「観測された聖遺物反応に一致するものはあるか?」

「2つは一致するもの無し……。うち1つはフォニックゲインが観測されたので我々の知る【聖遺物】と分類することが出来ます。しかしもう1つは、反応こそあれど4つの中で一番先に反応を消したことやフォニックゲインが感知出来なかったことから”聖遺物に酷似した何か”ではないかと……」

「聖遺物に似た何か……。あとの2つは?」

「それが……」

 

 声を詰まらせるオペレーター。目の前に表記された現実が、事実かどうかをずっと疑っているようだった。しかし報告を怠る訳にもいかないので、表記された現実を述べていく。

 

「一つは第3号聖遺物、ガングニール。そしてもう一つは……第1号聖遺物、天羽々斬です」

「天羽々斬、だとぉ……ッ!?」

 

 

 

 

 =

 

 

 リディアンへ続く街並みを歩く翼たち。その中で響がおもむろに口を開いた。

 

「しかし、本当に変わりませんねー」

「ああ、フィーネとの戦いで破壊される前と瓜二つだ」

「そうなの?」

「間違いない。この風景は、変わっていない」

 

 良くも悪くも変わらない道、変わらないからこそ違和感がある。ここは本当に並行世界なのか、自分たちの生きてきた世界と違うものなのか……そんな疑問を響がおもむろに口にした。

 

「……もしかして、私たち過去に来ちゃったとかじゃないですよね?」

「時間移動したということ? エルフナインからそんな説明は無かったと思うけど……」

「そうですね……。僕も感覚で、ではありますが、時間移動をしたようなものは無かったです」

「ミライさん、時間移動したことがあったんですか?」

「ええ。とは言っても、そういう力を持った怪獣と戦った時に偶発的に、ですけどね。クロノームという怪獣だったのですけど」

 

 クロノーム。その名を聞くと翼は驚きを隠せずにミライへ言葉を返していった。

 

「ヒビノさん、貴方もあの怪獣と戦ったのですかッ!?」

「ええ。……もしかして、貴方も?」

「はい……あの怪獣は強敵でした。私も、ゼロが共にいなければ危うかったでしょう……」

 

 翼が思い返すは、異次元侵略事変の際に一体化していたウルトラマンゼロと共に聞いた、クロノームの鳴き声でもある海鳴りのような音。それと共に起こった、翼とゼロしか実体験していない過去への移動と戦い……。ギャラルホルンが繋ぐ異空間を通過する際にあの時と同じ感覚が無かったから、翼にはゲートから出てすぐに此処が並行世界であるという確信があったのかもしれない。

 だがその戦いの当事者ではない響とマリアは、その感覚に理解を示すことが出ず困惑の表情のままでいた。そんな中でマリアは、周囲に眼を向けた時にある物を見つけた。

 

「んん~……結局時間移動はどうなんでしょうね?」

「どうやら違うみたいね。あそこの店のディスプレイ、見てみなさい」

「え? あっ、本当だ……。日付も時間も全部同じ……」

「……先を急ぎましょう。この世界、まだ私たちには理解らない事だらけだわ」

 

 マリアの言葉に従うように、響たちも歩き出す。

 やがて目的地……リディアン音楽院に辿り着いた時には日も傾き始め、橙色の夕陽が建物を照らしている。そのそびえる建物の姿を見て、響と翼は驚きを露にした。

 

「やっぱり、壊れる前のリディアン……」

「ああ、遠くから見えた時にも思ったが、何から何まで記憶と一致するな……」

(確かに……ここまで歩いてきた道やこの場所は”あの時”となにも変わっていない)

 

 驚く二人の裏で思考するミライ。ルナアタック、フロンティア事変を秘かに、介入することなく見守っていた彼にとってもリディアン音楽院の外観ぐらいは覚えていた。その記憶と合致する外観を見て、秘かに眉をひそめていた。

 一方で感嘆する響と翼とは別の方向を見つめていたマリア。何かの確信を得た彼女が三人に声をかけていった。

 

「……みんな、向こうの空を見なさい」

「ふぇ? 空って……」

 

 言われるがままにマリアが示した方向──空を見る響たち。視線の先には夕刻から夜への移り変わりを告げる象徴が浮かんでいた。

 

「あ、もう月が昇ってるんですね」

「そうだな、綺麗な丸い月が出ている……ん、丸い月だとッ!?」

「そうよ。此方の月は、欠けていないの」

 

 マリアが伝えた事実と、響と翼が目にした現実。それは、この世界が”自分たちの生きて来た世界”とは違う世界だということを何よりもハッキリと明言していた。

 

「私はこの街にはそこまで詳しくないからどうもしっくり来ていなかったのだけど、あの月を見てようやく実感が湧いたわ。

 ”月が欠けていない”という事は、ルナアタックが無かったという事。この世界は、あの事件がないままに進んできた世界なのね」

「あの事件が起きていない……? そうなればフロンティア事変も魔法少女事変も……」

「それに、ヤプールとエタルガーの侵攻も無く、ゼロや兄さんたちが来ることも無かった世界、という事になりますね……」

「ええ、街の状況を見る限りそれも起きてないでしょうね。それどころか、フィーネがいるのかどうかも分からないわ」

 

 翼と、それに次いで答えたミライに対しても首肯するマリア。自分たちが知っている過去の事件が起こっていない……たったそれだけが並行世界という不可思議な状況を実証するものとなる。それを4人はまざまざと感じ取る事となっていった。

 そんな時、黄昏時の静寂をつんざく叫び声が聞こえてきた。

 

「今の、悲鳴ッ!」

「近いぞ、向こうの方だッ!」

「急ぎましょうッ!」

 

 ミライの言葉と共に走り出す4人。走る中で翼はマリアに危惧すべきことを尋ねていった。

 

「マリア、LiNKERの方は大丈夫なのか?」

「効果は残ってるわ。でも残り時間はわずかだから、そう長くは戦えないでしょうね」

「わっかりましたッ! その時は背中は任せてくださいッ!」

「頼りにしてるわ。──来るッ!」

 

 ノイズを群れを視認し戦闘態勢を取る4人。駆け出し襲い来るノイズに、ミライの手に握られたトライガーショットから放たれる光線が足を止めるように地面を砕き、砂煙が立つ。その煙を突き破り、現れる青と黄と白の影三つ。爆ぜる音を上塗りするかのように、鳴り渡る音楽と歌声は三者三様。

 聖詠と共に戦装束を纏った少女たちと青年は、人類の天敵たる存在に颯爽と立ち向かっていった。

 

 

 

 

 爆音と共に奏で唄われる歌。鳴り響き渡るそれは、彼女らの立つ戦場を越えてその先まで届いていた。その場で猛然とノイズを打ち砕く彼の者は、流れてくる歌を耳にして一瞬動きを止めた。

 まるで、それを識っているかのように。

 

「──この、歌……」

 

 一瞬の隙を付いて襲い来るノイズ。それを大振りの横薙ぎでまとめて砕き飛ばす。大きな動きと共になびいた髪は、まるで燃える炎のようでもあった。

 

 

 =

 

 

「どおおりゃあああッ!!」

 

 中空一転、身体ごと放たれる響の踵落としがノイズの脳天を捉え、めり込むと同時に荒々しく両断する。着地と同時に深く踏み込み、重心を前へ移動させながらの叩き込む正拳。拳圧と共に放たれるフォニックゲインを伴う衝撃波が、密集しながら接近していたノイズをまとめて貫いていった。

 その隣で長刀を払い、眼前のノイズを一刀の下に伏せる翼。そこから幾度となく返される刃は彩色の異形をことごとく切り裂いていく。また同様にマリアは白銀の短剣を縦横無尽に振り回しながら、ミライは握り締めた銃で、華美さは無いものの精確な一撃をノイズを撃ち抜いていく。

 攻撃の後に残されたのは黒い塵芥。ノイズを撃滅したという儚い証。だがそれを見ても何かを思う事など無く、即座に周囲へと目をやる。極彩色の集団は、無機質的な威圧感を放ちながら其処に立っていた。

 

「……ステージはまだ始まったばかりというところかしら」

「されど所詮はノイズ。我らが一気呵成に攻め入れば、討てぬ道理は在りはしないッ!」

「一気に蹴散らしましょうッ!」

 

 言うが早いか果敢に飛び込みノイズを殴り飛ばす響。そのまま地面に拳を打ち込み、バンカーよりエネルギーを放つことで地面へと伝播、一定範囲を爆散させる一撃──大地へ浸透する発剄がノイズを砕いていく。

 翼もまた高く跳躍すると共にアームドギアを大型の刃へと変形。蒼雷を纏わせ溜めた一撃である蒼ノ一閃を振り抜き放ち、ノイズの群れを吹き飛ばし次々に四散させていった。

 マリアは左腕のガントレットから短剣型のアームドギアを数本握り締め、腕を大きく振り抜くことで投擲。鋭い白銀の刃は一直線にノイズたちを貫き、無残に壊していく。だがその瞬間、マリアの身体に電撃が走るかのような痛みが走った。

 

「──く、うぅッ!?」

(バックファイアッ!? こんな時に、時限式の仇が……ッ!)

 

 痛みに膝を付くマリア。次の瞬間、彼女が纏う白銀の戦装束……アガートラームのギアが解除され、私服の彼女が痛みを吐き出すかのように息を荒げていた。そんな彼女に向かって襲い掛かるノイズ。勝機と見たのかは定かではないが、ギアを纏わぬ今のマリアがノイズと接触することで齎されるのは何よりも確実な死だ。

 

「マリアッ!!」

「マリアさんッ!!」

 

 彼女の危機を察知し顔を向ける翼と響。だが激しく群れるノイズの集団に、どちらも動けずにいた。矢継ぎ早に襲い掛かる敵を倒しながら、それでもマリアの下に迫るノイズを止められない。二人の顔が焦燥で染まり、マリアが悔しそうに歯噛みする。そしてノイズが必殺の一撃をマリアに浴びせようとした瞬間──伸びた殺意は光の壁によって遮断された。

 一瞬何が起きたのか理解らずに周囲を見回すマリア。いま理解るのは、自分が光壁の中に居るということと、ノイズはそれを越えられないということ。それを認識をしているその間に、光壁周辺のノイズが砕かれ灰と還っていく。見つけた目の先には、トライガーショットを構えたミライが居た。それと同時にマリアの周囲を覆っていた光壁が軽い音を立てて容易く割れ砕けていった。

 

「大丈夫ですかッ!? こっちにッ!」

 

 マリアの手を引き、銃撃を放ちながらノイズとの距離を取るミライ。障害を崩し合流した響と翼も、マリアの安否を心配していた。

 

「大丈夫ですか、マリアさんッ!?」

「え、えぇ……。でも、今のは?」

「キャプチャーキューブ。対象の周囲にバリアを展開し、攻撃を防ぐものです」

「そんなモノまで……。貴方たちウルトラマンたちの故郷……光の国の技術は凄いものですね」

「実際の出自は違うんですが──」

「それを悠長に語ってる暇は無さそうねッ! 右ッ!」

 

 マリアの指示と同時に飛び掛かって来るノイズへ向けて、ミライがトライガーショットの引金を引く。光弾が貫いたノイズはすぐに崩れ去るものの、その後ろにはまだ多数の敵が控えていた。

 

「マリアさんは僕が守りますッ! 響さんと翼さんはノイズをッ!」

「承知ッ!」

「了解ですッ!」

 

 ミライの言葉と共にまたノイズとの交戦を再開する響と翼。ミライの後ろに控えながら皆の死角をフォローするように時折指示を出していくマリア。だがその心境は苦しく、騒々たる戦場の中に置いて動けぬ我が身への苛立ちを噛み潰していた。

 

(手持ちのLiNKERには限りがある……。前の時とは違う、今の私にはたったこれだけが皆を守護るための力。

 ……口惜しいけど、翼たちが居る以上は任せなければいけない時がある。それは理解っているはず、だけど──)

 

 持っているはずの力を使えない。自らのアイデンティティの一つを奪われたような感覚は今の自分の無力さを否が応でも痛感してしまっていた。

 しかしこうなることも予想はしていた。先の異次元侵略事変……ウルトラマンと一体化して乗り越えた戦い以降、LiNKERの使用量が増加──正確には一体化以前の使用量に戻っただけではあるのだが──し、第二種適合者である自分と調、切歌の三人は、立ちはだかる敵に対してLiNKERが必要不可欠という枷を再度つけられてしまったのだ。

 エルフナインも無理を推してLiNKER作成に尽力しているものの未だ完成には至らず、其処へ重なるように訪れたギャラルホルンのアラートと、ウルトラマンを名乗る青年ヒビノ・ミライの出現。マリアが並行世界への同行に志願したのも、その世界で異変に苦しむ人々の為でもあるが自分たちの状況を打開する鍵があるのではと言う、可能性への淡い期待もあった。

 故にこそ、その可能性の結果を見るまで死ぬわけにはいかない。例えその期待が外れていようとも、そこで彼女の戦いが終わる訳ではないのだから。

 

(そうだ。だから今は、私に出来る戦いをするのみ……ッ!)

 

 自らのギアペンダントを握り締め顔を上げるマリア。今はミライの背後に立ち、皆を後ろから見る”眼”に徹し始めた。

 右に左にと視野を大きく広げ、迫るノイズを即座に察知。先を読んで皆に伝え、円滑な殲滅を行なえるように声をかけていく。その指示効果は大きく、翼はともかく、徒手空拳を主体とするが故に大雑把になる響の動きに指向性を持たせ、短銃射撃が主体となっているミライにも二手三手先に在る正確な位置を示すことで索敵のロスを大幅に減らせていた。

 

 やがて翼の一太刀がノイズを斬り伏せ黒炭へと還すと、戦場に静寂が戻って来た。何時しか日は沈み、風に乗る黒炭を目視することは適わない。だが彼女たちは自らの肌で、殲滅完了を理解していた。

 

 

 

 戦いの終わりに一息吐き、マリアとミライの下に駆け寄る翼と響。二人の顔は何処か心配そうだった。

 

「マリアさん、大丈夫ですか!?」

「平気よ。ちょっとLiNKERの制限時間が切れただけだから」

「ちょっとだなどと言ってほしくは無いものだがな……。一寸違えれば命の危険もあっただろうに……」

「……そうね。でも、私たちには他にも心強い味方がいた。でしょう?」

 

 笑顔でミライの方を向くマリア。彼もまた、何処か嬉しそうな笑顔で返していた。

 

「助かったわ、ありがとう。でも、きっと今後も同じような事態が起きる。その時は──」

「守護ります。僕が必ず」

「──ええ、頼りにしてるわ」

 

 二人の笑顔が交錯すると共に、響と翼もつられるように笑みを零す。戦闘の終わりと共に訪れる安堵の時間。そこへ割って入るように、翼が言葉を続けていった。

 

「どうやら向こうも終わったようだな」

「向こう?」

「ああ、あちらの方でも戦闘の音があった。状況を考えると、こちらの世界でのノイズに対する対抗組織が動いていたものと思われる」

「ってことは、こっちの世界の装者かもしれませんねッ!」

 

 喜ぶように明るく話す響に、全員が微笑みで返す。肯定も否定も出来ないが、少なくともノイズと戦えることに違いはない。ならば、きっと事態に対しても前向きな協力が得られるだろう。そう考えていた。

 僅かに与えらた静寂の後、街灯の明かりが照らす薄暗い道……落ちた陽により深まった夜闇の中から、カツカツと高い足音が聞こえて来た。

 

 音を聞き、すぐさまその方向へ顔を向ける四人。足音の主が街灯の下に来た瞬間、響と翼、二人の空気が瞬時に変わった。──それは、驚愕でだ。

 

「……ッ!?」

「……え……?」

「二人とも、どうかしたの?」

「嘘……。そんな、だって、あの人は──」

 

 橙と黒で調和した見覚えのある戦装束、白を基調とした身の丈ほどもある鉾状の鈍器──否、槍。そして何よりも目を引く、炎のように……鳳のように広がりなびく大きな髪。

 目にした瞬間、翼の中で想いが沸き上がる。そしてその想いは、思考へ至るより前に彼女の足を動かしていた。

 相対する彼女もまた、駆け寄る者の姿を見た瞬間その心が強く高鳴ったのを感じていた。

 蒼穹を連想させる髪、しなやかで流麗な姿態、見覚えのある青の戦装束……。記憶の中の彼女とは顔つきがやや凛々しく整っているように感じられたが、破顔したその顔を忘れるなど有り得ない。

 互いの視線が──瞳が交錯した瞬間、二人どちらともなく声が発せられていった。

 

「奏ええぇぇぇッ!!」

「……翼──ッ!?」

 

 思わず、だがあまりにも自然に彼女……天羽奏の胸へと飛び込む翼。奏もまた思わず……だが自然と翼と受け止めた。

 

「奏……奏ぇ……。夢じゃない……今度は、想い出の中の奏じゃないんだ……ッ!」

 

 嗚咽を漏らすように言葉を出す翼。彼女は以前……異次元侵略事変の折に、時間怪獣クロノームの手により自らの過去へと転移され、そこで数年前の天羽奏と出会っていた。

 だがいま彼女の前に居る天羽奏は、その時分とは全く違う。顔つきも、体つきも、身に纏う雰囲気も……全てが翼の記憶の最後にある奏の姿と合致──いや、正確にはそれよりも大きな存在となっていた。

 直感で理解した。同じ時系列が流れている以上……周囲や自分自身が時間とともに成長を進めている以上、”天羽奏が生きていればこうなる”ということを。

 故に翼の想いは爆ぜた。目の前の”天羽奏”は、もう二度と会うことは無いと思い続けて受け止めていた、”いまを生きる”存在なのだから。

 

 その微笑ましくも何処か哀愁のある光景を眺め見る三人。響が目に涙を浮かべている隣で、マリアは比較的冷静にその姿を見ながら思考していた。

 

(あれが、天羽奏……。

 やっぱり、これもまた並行世界の可能性……。『天羽奏が死ななかった世界』も有り得るということ。だったら……)

 

 想像が確信に近づいていく。まだ確証には至らずとも、推理に必要な最も大きな存在は眼前にある。それで十分だった。

 だがこの考えはマリアの自分勝手なもの。いま目の前の微笑ましい光景を無碍にするのは野暮というものだ。一度考えを隅に置き、隣で涙ぐむ響へ声をかけていった。

 

「奏さん……翼さん……よかったよぉ……うっ、うっ……」

「……ねぇ、天羽奏というのは、翼にとってそんなに大きな存在だったの?」

「大きいなんてものじゃありませんッ! 翼さんにとって、奏さんは──」

 

 そう響が強く語ろうとした、その時だった。

 ドン……と音が夜の街に響き、翼と奏の間に僅かな、しかしあまりにも大きな隔たりが出来ていた。

 

「奏……?」

 

 困惑のまま彼女の名を呼ぶ翼。しかし眼前の相手から帰って来たのは、彼女が想像だにしていなかった辛辣な、そして意外な言葉だった。

 

「──うるせぇッ!! 翼は死んだ……ッ! お前が翼のはずがないッ!! 誰だ、テメェらは……ッ!」

「私が、死んだ……?」

 

 奏が放った一言、それは”風鳴翼の死”。だがそれは相対している翼自身は勿論、見守る響やマリアにも即座に理解できるようなものではなく、ミライだけが表情を崩さずに二人のやり取りを見つめていた。

 

「私はここにいるよ、奏……」

「黙れッ! それ以上言うのなら──ッ!!」

 

 怒りともとれる奏の言葉を遮るように、彼女の通信端末から大きなアラームが鳴り渡る。すぐさまそれを取り、ぶつけるように言葉を放っていった。

 

「なんだよッ!!」

『奏、其処にいる者たちを連れていったん退け。ヤツが来るッ!』

「ッ!」

『一課はもう出撃した。住民の避難状態も現状のまま継続、あとはお前たちだけだッ!』

「……クソッ!」

 

 通信を切り再度翼たちの方を睨み付ける奏が、翼たちへと声を投げ放つ。

 

「オイお前ら、死にたくなけりゃさっさとここから失せろッ!」

「どういうことかしら? ノイズの反応は無いみたいだけど」

「アァッ!? なに寝惚けたこと言ってんだッ! いいからここから──」

 

 マリアからの返事に対し、苛立ちを隠そうともせず言葉を放つ奏。だがその直後、空気を劈く音が鳴り渡り、夜空に数本の炎の尾が真っ直ぐと更に高い空へと伸びていった。戦闘機から発射された空対空ミサイルである。

 

「な、なにが……」

「見てください、アレをッ!」

 

 数秒の後、ミサイルが爆ぜ炎の輝きが地上を照らした。その中で彼女たちが見たのは、炎光の中に居て尚も漆黒を保つ異形。漆黒において爛々と輝く紅蓮の眼光。

 薄い羽根をはばたかせつつ急降下してきた異形は、姿勢を変えて僅かにホバリングした後に地面へと着地。砂塵を巻き上げながら甲高い鳴き声を上げた。

 

「そんな、あれは……」

「怪獣……ッ!?」

 

 慮外だった。響もマリアも翼も。並行世界は”僅かに何かが違う”だけで基本的に”よく似た世界”である。だからノイズの存在や出現は想定の範囲内であった。

 だが怪獣は違う。あの存在は元々彼女らの世界にも存在しなかったものであり、異なる宇宙より現れた邪悪な侵略者が召喚したものだ。

 だからこそ考えられかった。並行世界にも怪獣が出現しているという可能性を。”ウルトラマン”が協力に訪れたにも拘らず。

 

「まさか、こんな……ッ!」

「狼狽えないッ! 戦えない今の私が言うのもなんだけど、なんとか撃退するしかないわ……ッ!」

「来ますッ! 伏せてッ!!」

 

 ミライの言葉と共に怪獣の口から発射される光線。吹き飛ばされた瓦礫が飛び交う中、響は思わず皆の前に立ち、自らの手甲を展開、連撃を以てそれらを破壊。無防備なマリアとミライを守護っていった。

 初手の攻撃が落ち着き礫塵が収まったとき、改めて怪獣……規格外生物の脅威を思い出した。生半な覚悟では、逆に此方が命を落としてしまうということを。

 

「大丈夫ですか、マリアさん、ミライさんッ!」

「ありがとう、大丈夫ですッ!」

「こっちもねッ! 翼は……ッ!?」

 

 マリアに呼ばれた翼だったが、それを意に介さずどこかオロオロするように視線を左右に動かしていた。

 

「翼、どうしたのッ!?」

「奏が……奏が居ない……ッ! 一体何処に……」

「きっともう避難したのよッ! 何時までも呆けないでッ!!」

 

 マリアの叱咤に思わず奥歯を噛みしめる翼。現状を鑑みればマリアの言葉は正しい。呆けている暇などあるはずがないのだ。

 だが天羽奏の存在が今の翼の戦意を揺らがせているのは間違いない。それは誰の目にも明らかだった。

 

(僕が、やるしかないか……ッ!)

 

 怪獣を見据えながら左腕に力を籠めるミライ。光が∞を象る螺旋となり、回転する。だがミライの行動より先に、この戦場に変化が起きた。

 

 漆黒の怪獣が吹き飛ばされ、その眼前に光が現れる。

 一粒の光が爆ぜ広がり、夜天の空から舞い降りる一つの姿があった。

 純銀の肉体に真紅の紋様。白く光る眼と胸に輝く青い球体。

 見間違えるはずがなかった。響も、マリアも、翼も、そしてミライも。

 

 光と共に現れたその存在は──

 

「──……ウルトラ、マン?」

 

 

 

 

 

 end.



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EPISODE 02【荒芒たる戦士】

 

 

 漆黒の怪獣の前に現れる赤と銀の巨人。

 見上げる響たち装者はその姿を知っていた。

 遥か遠い宇宙……世界を跨いだ先にある光の国から正義の為に地球へと降臨した戦士たち。彼女らはその巨人たちのことを、「ウルトラマン」と呼んでいた。

 だが同時に気付いていた。その姿形、僅かであるが確実な差異として、眼前のウルトラマンは自分たちが知っている者たちではないということを。

 その隣で見上げていたヒビノ・ミライもまた、その姿を識っていた。

 否、厳密には初めて見る姿である。どことなく獣性を漂わせる鋭利なレッドラインと、やや細く吊り上がった白く輝く瞳……紛う事なくウルトラマンの、M78星系人シルバー族の特徴と合致するのだが、ミライの顔見知りではないことは確かだった。

 それでも識っていることに変わりはない。あの風貌の戦士は、光の国に保管されているライブラリで見たことがあった。だからこそ彼の顔は、驚きで歪んでいたのかもしれない。

 

「ウオオォッ!!」

 

 強く握りしめられたウルトラマンの拳が、怪獣の顔に直撃。吹き飛ばされる。

 だが怪獣もすぐに立ち上がり口から火球を放つものの、相対するウルトラマンは右手でたやすく捕まえて握り潰した。

 そこから一足飛びで一気に接近し殴打。倒れた怪獣に馬乗りとなり、連続で更に殴りつけていく。

 

「なんて、戦い方……」

 

 生々しい破壊音に響たちは勿論ミライも戦慄を隠せなかった。何かしら暴走しているならともかく、平静のままで斯様に暴力的な戦い方をするウルトラマンの姿など想像だにしなかったのだ。

 無機質な顔が変わることは無い。だがその顔は、見る角度のせいなのかどことなく愉悦に破顔しているようにも感じられた。

 

 怪獣の首を握り潰すように掴み、持ち上げる。そこから数度地面に叩きつけ、まるで物を捨てるかのように放り投げた。

 そして倒れる怪獣に目を向け、両腕に稲妻のような白い光が帯電していく。僅かに腰を落とすと、その姿はまるで襲い掛かる前の猛獣が如く。そこからウルトラマンは腕を十字に交差させ、爪を立てるように荒々しく広げた手の側面から光線を発射した。

 

「スペシウム光線、なのか、アレは……」

 

 ミライの呟きに答える者は居ない。

 代わりに帰って来たものは、光線の直撃を受けて呻き苦しむ怪獣の鳴き声。それに次ぐように起こった発光と爆発だった。

 腕を下したウルトラマンはまるで嗤うかのように小さく肩を震わせている。そして、漆黒の空を見上げるとその先を目掛けるように飛び去って行った。

 

 

 

 

 またその姿を遠くから見ていた者がいた。

 すべて黒で揃えられた帽子、スーツ、マント、ステッキを纏う男。それらだけを見ればそういう紳士なのかもと思わされる風貌。だがそれ以上の異常性を……邪悪な威圧感を隠すこともなく佇んでいた。

 男は一度だけ、にたりと嗤うとその場から立ち去るように歩いていった。

 

 

 

 

 

 静寂が戻った街並み。未だ動けぬまま、だがギアは解除した響たちの耳に一人の足音が聞こえてきた。奏だ。

 

「奏、無事だったのッ!? よかった……」

「……生きてたのか」

 

 心配を露にする翼に対し、感情を込めずに吐き捨てる奏。そのまま独り歩き去ろうとしたところで、彼女の持つ通信機が鳴りだした。

 思わず舌打ちしながらそれに応える奏。聞こえてきたのは彼女の属する組織の司令らしかった。

 

『無事か、奏ッ!』

「……ああ、まったくもって問題なしだ。光の巨人様々ってな」

『そうか、よかった……。労ってやりたいのは山々だが、すまんがもう一つ頼まれてくれ』

「ンだよ」

『そこにいる者たちを、本部まで連れて来てくれ』

「ハァッ!? なんでだよ、こんな偽物を──ッ!」

 

 思わず怒りを吐き出す奏。やはりその言葉は眼前の存在を……風鳴翼を名乗り酷似する人物を認めないと言うようであった。

 だがそんな彼女に対し、司令と思しき男は可能な限り冷静に、彼女をなだめるかのように理由を説明する。

 

『……ただの偽物にギアが纏えるとは思えない。詳しい話を聞きたいんだ。頼む……』

「ちッ…………分かったよ」

 

 不満を隠そうともしないもののその言葉を了承した奏。通信を切って響たちの方へ向き、睨み付けながら呼びかけた。

 

「おい、お前ら。ついてこい。弦十郎のダンナが話したいんだと……」

 

 それだけ言い捨てて速足で先に歩いていく奏。それをすぐに追いかけながら、彼女らも話をしていく。

 

「……やっぱり行き先はリディアンの地下なんですかね。ねぇ翼さん……翼さん?」

「奏……」

 

 浮かない顔つきのまま歩を進めている翼。足取りは重く、誰が見てもあまり良い状態とは思えなかった。そんな彼女の肩を後ろから軽く叩き、隣に立ったマリアが気付けをするように声をかける。

 

「……ほら翼、行きましょう。……ちゃんと話してみないと、まだ何も分からないでしょう?」

「あ、あぁ……すまない」

 

 

 

 

 奏の後を追い進んだ先に在ったのは、かつて何度も目にしていた私立リディアン音楽院の校舎。その一室……教職員が使う部屋より入り、更にその奥へと進んでいく。

 長い長いエレベーター。高速で降りる小さな密室の中、懐かしむように周りを見回していた響が、あることに気付き呟いた。

 

「……あれ?」

「どうしたの?」

「あぁいえ……エレベーターの外、こんなに殺風景だったっけって思っちゃって……」

「……そう? エレベーターから見える外壁なんて、そういうものだと思うのだけれど」

 

 マリアの答えはもっともだ。隣で頷くミライも、特に疑問を感じている様子はない。翼の方に目をやるが、彼女は奏の背を追っているばかりでとても答えられるような状態ではなかった。

 小さな疑問を考える響だったが、すぐさま到着のベルが鳴り渡る。エレベーターは停止し、厳重なドアは重さを感じさせないほどスムーズに開いた。

 そこから少し歩いた先の扉を開いた先に在ったのは、響と翼にとってどこか懐かしさを感じる場所──特殊災害対策機動部二課のオペレーションルームだった。

 

「つ、翼さん……?」

「本当に……どうして……?」

「……翼、なのか……ッ!?」

 

 部屋に入るなり皆が驚愕の目で翼を見つめ、驚きの声を漏らす。職員である藤尭朔也と友里あおいもそうであり、彼らの中心にいるスーツの下にワインレッドのスーツを着た屈強の偉丈夫……二課の司令である風鳴弦十郎もまた同じだった。

 そんな顔見知りの面々を眺め見ながら、翼もまた驚嘆の呟きを漏らす。

 

「……驚いた。こちらでも、二課は二課なんですね……」

「こちらでも……? どういうことだ? その……翼、でいいのか……?」

 

 困惑する弦十郎。彼のその質問に対し、凛とした顔を作った翼が偽りを交えることなく答えていった。

 

「……はい、叔父様。私は確かに風鳴翼でありますが、貴方達の知る”風鳴翼”ではありません」

「……俺たちの知る翼ではない、だと?」

「ええ、そうよ。それは──」

「もしかして、パラレルワールド。……かしらね?」

 

 翼に続いたマリアより先に回答を声にした一人の女性。蝶の髪飾りと眼鏡、少しヨレた白衣の下に隠しきれない豊満な身体を持つ大人のオンナの姿に、響が素っ頓狂な声を上げていた。

 

「りょ、りょりょりょ……了子さんッ!?」

「はぁ~いはいはい。聖遺物研究の権威にして特殊災害対策機動部二課の頭脳たる天ッ才科学者の櫻井了子とは私の事よ」

「本当に、本当の了子さんなんですねッ!? う、あうぅぅぅ~……」

「あらあら……初めて会ったのにこんなに感極まれちゃうなんて。私ったら別の世界でも有名人なのかしら」

 

 突如手を握られて泣き出しそうな呻き声を上げる響に少し困惑しながらだが、彼女──櫻井了子は笑顔で翼たちに肯定を求めていった。

 それに小さく首肯する翼。だが響がこんなにも感極まっているのは様々な事情が交錯しているからに他ならないが、それを一言で説明するのは、いささか難しいことである。

 その状況を変える為にか、弦十郎が口を挟んだ。

 

「すまないが、情報を整理させてくれ。

 君たちは並行世界──パラレルワールドから来たと言うのか?」

「ええ、そうよ。そして、私たちが来た理由は……この世界に起きているはずの異変を受け取ったから」

 

 そうしてマリアが話し出す。並行世界を渡る門を生み出す完全聖遺物ギャラルホルン、それが報せる異なる世界の異常、世界を越える門を渡れるのはシンフォギアを纏う者とそのギャラルホルンに認められた例外的存在。

 そしてその先の世界では、無辜の人々が苦しんでいるであろうことを。

 

「……なるほど。その完全聖遺物の力で、君たちはこちらの世界に来たというわけか」

「はい。ノイズを始めとする暴虐から無辜の人々を守護るのは、防人たる私たちの役目ですから」

「……やはり、お前は翼なんだな」

 

 何処か感慨深そうに話す弦十郎に、翼は思わず怪訝な顔で返す。やはりまだ、互いの意識に差があるようだった。

 

「司令?」

「いや、すまんな……。どうしても、俺の知る翼と重なってしまうんだ」

 

 照れ臭く微笑む弦十郎と、それにつられて微笑み返す翼。世界は違えど二人は同じ血の元より生まれた者。何も思わないはずがないのだ。

 だがそれを砕くように、奏の怒れる声が放たれた。

 

「ふざけるなッ!! 重なるもんかッ! 翼は……翼はぁ……ッ!!」

「……奏、落ち着くんだ。これでは話を聞くこともできない」

「そうよぉ。それに、彼女たちだけじゃなくてそこの不思議系イケメンくんにも聞くべき話がありそうだし」

 

 奏をなだめるように言い聞かせる弦十郎。了子もまたそれに同意しつつ、艶っぽい流し目をミライに向ける。思わず背を震わせるミライだったが、その空気を吐き捨てるように奏の舌打ちが響き、苛立ちを隠さないままに距離を取り、鉄の壁にもたれかかっていった。

 

「……すまないな」

「……いえ」

 

 ぎこちなく、申し訳なさそうに謝る弦十郎と生返事を返す翼。オペレーションルームに漂う暗い雰囲気を払拭するために、了子がパンパンと強く自らの手を叩き合わせた。

 

「はいはい話が進まないわよ。これじゃあ場凌ぎに無粋なノイズの出現を待ってるみたいじゃない」

「そうだ、ノイズ……。了子さん、この世界ってよくノイズが出るんですか?」

 

 響からの質問に嬉しそうな笑顔を作り、了子は楽しそうに、何処か飄々と言った感じで答えていった。

 

「そうねぇ。発生件数の総数自体はそこまで多くもなく少なくもなく、ってところね。ただ数年の間……それもここ最近での発生件数は鰻登り状態。

 幸いまだ対応できる範囲だけど、うちの装者は奏ちゃんだけだからねぇ」

「ソロモンの杖が関与しているということは?」

「あら、アレの存在を知ってるのね。でも残念、杖に関しては逸話や伝承が遺されているだけで未出土品。この私でさえ所在を知らないのよ」

「了子くんから聴いた話だと、アークセプター……ソロモンの杖はノイズを使役し、その現出を自在化することが出来るらしいな。それがあれば、少しは奏の負担も減らせられるのだろうが……」

 

 思わず溜め息を吐く弦十郎。やはり彼女一人に負担を背負わせていることを、良しとしていないのだろう。そういうところも自分たちの知る弦十郎と変わらぬと感じた響が、思わず言葉を発していた。

 

「大丈夫ですッ! 私たちがいる以上、奏さん一人に重荷を背負わせたりしませんッ! ですよね、翼さんッ!」

「──ああ、もちろんだ」

「思わぬところから心強い味方の登場ね、弦十郎クン。翼ちゃんはもちろん、貴方達も装者なのよね?」

「ええ。彼女はガングニールの、私はアガートラームのシンフォギア装者よ」

「アガー、トラーム……? 了子くん、知っているか?」

「……ケルト神話における神の一柱、ダーナ神族の王ヌァザ。彼の者の異名が銀の腕……アガートラームと呼ばれているわ。でも……」

「でも、なんですか?」

「──隠す必要が無いから言っちゃうけど、その名を冠する聖遺物は、私の知る限り存在していないわ」

「ええッ!? で、でもマリアさんは確かに──」

「落ち着きなさい。ここは私たちの生きてきた世界じゃない。ソロモンの杖も未発見なのだから、他の聖遺物が存在していないことだって有り得ることよ。

(……ただそれはつまり、こっちの世界での”私たち”は……)」

 

 響に指摘しながら一瞬曇ったマリアの顔を、了子は冷静に見据えていた。彼女の胸に去来する知識欲。神話の中でその名を知るだけのものでしかなかった存在、”アガートラーム”。それは一体何なのか、何処より去来した聖遺物なのか。

 深読みし出したら思考の坩堝に嵌ってしまう。それもまた天才科学者の性なのかもしれないが、彼女の隣にはそれをフォローする者がいる。それを解からせるかのように、弦十郎が話を進めていった。

 

「ま、今はその詮索はよそうか。ともあれ君たちの協力に感謝する。それと、君は……」

 

 弦十郎が話を向けたのは、響たちの後ろで優しい微笑みを絶やさずにいた青年、ミライだった。

 

「僕も、皆さんに協力を志願する者です」

「見たところ君は一般人のようだが……」

「そうよねぇ。並行世界でのシンフォギアが私の作ったものと同じなら、纏えるのは適合した”女性”だけのはずなんだけど……。

 さっき彼女から聴いた話を鑑みるとキミはギャラルホルンに選ばれた例外、と思っていいのよね。だったらキミ、どうやって翼ちゃんたちと一緒にこっちに来たの?」

「えっと、それは……」

 

 思わず口を噤んでしまう。ミライがギャラルホルンのゲートを通過できたのは偏に、彼がウルトラの父から授かった武具、メビウスブレスが共鳴したが故に可能となったことだ。

 それに一緒に来た響たちがミライをウルトラマンの一人だと認識していても、並行世界の住人はそうではない。いくらこの世界にも”ウルトラマン”と思しき存在が居ても、それが彼らとどう関係しているかはまだ掴めない。そんな状況で自分の正体やウルトラマンの事を話して良いとは、ミライには思えなかった。

 響たちも同じように口ごもっていたが、その理由はミライとは違っていた。ただ単純に、この別宇宙からの来訪者をどう説明すればいいのか分からなかったのだ。

 

「あ、あーっと、その、この方はですね……」

「……僕は、響さんたちと同じ組織に携わる人間です。ギャラルホルンの起動によりその調査を行っていたのですが、偶然ゲートに巻き込まれてしまって……」

「ならば君は、なぜ自分がギャラルホルンの生み出すゲートに入れる例外となったのか、自分でも理解していないという事か?」

「ええ……そう、なんです」

 

 歯切れの悪い返答をするミライ。彼や周囲の響たちの反応を見て、弦十郎は思考を巡らせる。

 

(……だが、彼女らが出て来た時に検知された聖遺物反応は”4つ”。天羽々斬、ガングニール、アガートラーム……となれば、もう1つは彼が何かしらの聖遺物を持っているのではないかと勘繰ったが……。

 読みがズレたか? ──いや、それは”俺たち”には秘匿しておくべき事柄、ということか……?)

 

 長考思案する弦十郎。大きく深く、今の手元にある情報全てを確認し解答へ導くために思考する。

 彼の険しい横顔と沈黙が、否が応にもミライたちを緊張させる。彼……風鳴弦十郎がここまで深く考え込むとは思いも寄らなかったのだ。

 だがその緊張を察してか、今度は了子や藤尭、友里が弦十郎の背を叩き彼に突っ込んでいった。

 

「んもう弦十郎クンッ! 私に詮索はよせって言っておきながら自分がそういうことするのは、ちょおっとスジが通らないんじゃないかしらぁ~!?」

「悪い癖ですよ、司令」

「ほんとほんと。まぁそれで助かる事も多いっちゃ多いんですがね」

「む……すまない、失礼なことをした。君たちを疑っているわけではないが、どうにも性分でな」

 

(……なんか、私たちの知ってる師匠とは違う感じですね?)

(そうだな……。司令も熟考することはあるが、あそこまでは私も見た事がなかった……)

 

 小声で意見を交わす響と翼。それは小さな違和感に過ぎなかったが、一先ずそれは脇に置いておくことにした。

 互いの自己紹介が済んだ今、次にやることは現状の確認だ。

 

「それで訪ねたいのだけど、こちらの世界に異変や異常に心当たりはないかしら?」

「そりゃあもう。しっかりバッチリ大異変に大異常よ。もうありすぎて困っちゃうぐらい」

「そ、そんなに……?」

「……ノイズの発生増加は言わずもがなだが、その出現するノイズの一部に通常のノイズとは特徴が異なる個体が出現、観測している。

 そして大きな異変はもう一つ。君たちもここに来る前に遭遇したと思うが、巨大生命体同士の戦いが頻繁に発生するようになった。

 恐らくはそれらが、異変の元凶だろう……」

「怪獣と、ウルトラマン……」

 

 おもむろに呟く響。それを耳聡く聴いていた弦十郎は返す言葉で問いただしていった。

 

「君たちも知っているのか? あの巨人と巨獣……いや、怪獣のことを」

「……怪獣の方は分かりません。私たちも初めて見る怪獣でした」

「あの怪獣はベゼルブ。先ほど会敵した時の攻撃以外にも、体内の毒素を敵に打ち込むことで打ち込んだ相手を支配する力を持っていると……」

 

 おもむろに答えたミライだったが、彼に向けられていたのは全員からの熱視線だった。

 

「ふぅ~ん、カワイイ顔して物知りなのねキミ」

「あっ、いやその……! か、過去の出現記録を見た事があっただけなんです……! 研究の、一環で……」

「そっ、そうらしいのよ! でも何十年も前の記録らしく、私たちも詳しくは知らなくて……!」

 

 思わずフォローの言葉を放つマリア。それを若干訝しむものの、真偽の精査を行うにはあまりにも情報不足。結局弦十郎たちは、一先ずはミライの言葉を呑み込む形を取った。

 彼の言葉が真であれば良し、偽であるならば持てる力で彼らを排除する。そう結論付けたのだ。なので現状は漆黒の怪獣を”ベゼルブ”と呼称し、それが明確に人類への敵対生物であることも確認した。

 

「彼の話、一旦は了解しておこう。そこでもう一つ聞いておきたい。ベゼルブを駆逐するあの巨人……あれは一体……」

「だから前から言ってるだろダンナ。アレは別に悪いモンじゃねぇよ」

「確かにそうかもしれん。事実として奏は何度もアレに命を救われてきたからな。

 だがそれだけだ。人命に被害が及んでいないだけで、物的被害は決して少なくない。彼らがあの巨人について知っている事があるのなら聞いておくべきだ。違うか?」

 

 真面目な弦十郎の物言いに、小さく舌打ちして口を塞ぐ奏。彼女のその振る舞いに少し溜め息を吐きながら、弦十郎がミライに話を促していった。

 

「……僕たちはあの巨人と類似した特徴を持つ生命体を、”ウルトラマン”と呼称しています。ギャラルホルンのアラートが発生する以前に、僕たち……正しくは装者の皆さんは、ウルトラマンと共闘したこともあります。

 ですが、さっき見たウルトラマンは僕たちの世界では見たことのないタイプでした」

「ウルトラマン……超人か、はたまた限外の超越者を意味するのか……?」

 

 弦十郎の思案に漏れる呟きに、返すものは誰も居なかった。だが今度は深く考え込むことはせず、すぐに顔を上げて響やミライの方へと目を向けていった。

 

「単刀直入に聞く。ウルトラマンは、我々人類に仇成すモノか?」

「そんな、違ッ──」

 

 弦十郎の言葉を否定しようとした響を抑え、ミライが僅かにその身を前に出す。僅かな所作に過ぎなかったが、それは彼が自ら話をするという意思表明に他ならなかった。

 

「断言は出来ません。僕たちの世界ではウルトラマンは人類の味方でした。それは疑いなく明言できることです。

 ですが、ここは並行世界……可能性の一つとして、あのウルトラマンは”人類の味方として”ではなく、ただ”敵対生物を滅ぼす使命”に従い戦っているに過ぎないことも考えられます」

「ミライさん……」

「……だから、これは僕自身の勝手な見解によるお願いです。どうか──ウルトラマンを、信じてください」

 

 ミライの嘘偽りの見えない真摯な言葉に、弦十郎たちは静かに頷いていく。

 並行世界の彼らにとって、突如世界に出現したウルトラマンも怪獣も、等しく如何に対応すべきか頭を悩ませていたことだ。それに対して一つの回答を示す事が出来たのは僥倖以外の何物でもなく、停滞していた懸念事案が動き出す切っ掛けになったのは間違いないのだから。

 

「まず一つ、ウルトラマンと怪獣についての方針は決まったわね」

「一先ずといったところだがな。ただ、万が一への準備は怠れない。そこは理解してくれ。……奏もな」

 

 ミライたちは優しい笑顔で返し、一方で奏は若干不服そうにしながらも沈黙を通す。それは弦十郎の言葉を受け入れている事でもあった。

『ウルトラマンは侵略者か否か』……結局のところそれを決めるのはその世界に生きる人々に他ならない。だからこそミライは、目の前の彼らを信じるが故にあのウルトラマンを信じてほしいと”願い出た”のだ。

 それはきっと、彼が今もなお変わらず地球人を愛しているが為に……。

 

 

 

「それじゃあ次は、もう一つの原因と考えられている異種のノイズについてね」

「司令は先程、そのノイズは普通のモノとは違い特徴が異なると仰っていましたね? それは、一体どういう……」

「そうだな……見てもらった方が早いか。藤尭」

 

 呼ばれた藤尭がすぐに端末を操作しモニターに映像を映し出す。そこに映し出されていたのは、ノイズと戦う奏の姿だった。

 それだけならば特に変哲のない映像に過ぎない。奏がその力を奮い、荒々しくノイズを殲滅していくだけのもの。彼女の戦闘力を推し量るには申し分ないが、それだけならばいつでも見れるだろうと考えていた。

 だがその認識はすぐに変わっていくこととなる。あらかた掃討した奏の前に、渦巻く瘴気が発生したのがその発端となった。

 

「これは……?」

「まぁ見てなさい。怪獣とは違う、もう一つの大異変よ」

 

 モニターから目を離さないようにする響たち。奏が対峙する瘴気の渦がやがて固着し姿を作る。その姿はこれまで戦ってきたノイズと大きく変わるところは無い。──ただ一つを除いては。

 

「……黒い、ノイズ?」

 

 響の呟きに答える声は無かったが、翼もマリアもミライも、その姿には強い違和感を感じていた。

 映像の中で繰り広げられる奏と黒いノイズとの戦い。それは装者たちにとって異様な光景であった。鋭く伸びたノイズの触手が躱す奏のギアを砕き、振り抜かれたガングニールのアームドギアに吹き飛ばされるも即座に立ち上がり、削れた身体を即座に修復していく。何度貫いても、何度叩きつけても、黒いノイズはすぐさま再生し立ち上がり襲い掛かる。ノイズに対しては絶対無敵にして唯一不撓の牙であるシンフォギアが、他でもないノイズに対してその真価を発揮できずにいる。それが信じられないのだ。

 数分間続いていた戦闘映像は、突如として終わりを迎えた。奏の身体……彼女の纏うギアから電流が漏れ出し、LiNKERの効果時間の限界を訴えている。膝を付き歌が途切れた時、黒いノイズは瘴気と共に霧散した。消失したのだ。

 ギアを解除し忌々しげに地面を殴りつける奏。映像はそこで終了した。

 

「今のは、一体……」

「あれが異変の元凶と思しきもう一つの存在……シンフォギアの力さえも容易には通さぬ、ノイズ変異体だ」

「変異体……。でも、見た目は色が違うだけで普通のノイズに見えますが……」

「それ以上に不可解なのは、ノイズを瞬滅せしめるアームドギアの攻撃をモノともしていないというところと、通常のノイズを遥かに凌ぐ戦闘力でしょうか……」

「さっすが装者、目の付け所がシッカリしてるわね」

 

 翼の指摘にどこか嬉しそうに話しながら前に出る了子。黒いノイズの姿が映し出されたモニターの前に立ち、指示棒で指し示しながら解説を始めていった。

 

「翼ちゃんの言う通り、この黒いノイズは普通のノイズよりも遥かに高い戦闘力を持っているわ。何度か奏ちゃんが相対してるけど、戦績は奮わず状態。でもそれは、手前味噌だけど奏ちゃんの力不足が原因じゃない。

 さっきも見た通り、あのノイズは無尽蔵とも思える回復力を備えていて、切っても叩いても貫いても蘇ってくる。そして前触れもなく突然、何を切っ掛けにしてるのかあのノイズは消滅する。

 その理由がなんなのかは、まだ解明してないけどね」

「だが我々としては、どんな形であろうとあのノイズへの対処は最優先かつ何よりも慎重に行っている。いや、行わざるを得ないんだ」

「それは、どうして……」

 

 マリアからの問い掛けに表情を曇らせる弦十郎。いや、彼だけではない。隣に佇む了子も壁にもたれかかっている奏もオペレーターたちも、みな同様に悔しさというか忌々しさのような表情を浮かべていた。

 だがその表情の意味を詮索する前に、了子が話をし始めた。

 

「まず前提として、ノイズは人と接触すると炭素分解を起こす。これは知ってるわよね」

 

 頷く響たち。これはノイズという存在における絶対的な法則だ。

 ”人を襲い、人に触れることで炭素分解を発生させ、諸共に崩れ去る”という、先史文明期に産み落とされた人類鏖殺兵器……それこそがノイズ。そのノイズをノイズ足らしめる絶対法則を問いかけた了子は、皆の反応を見てさらに言葉を続けた。

 

「でもね、そのノイズはヒトだけを分解させるのよ。──無尽蔵に」

「……え?」

「つ・ま・り~、人間だけを分解し、自分は分解されないの。触った相手だけを次々と分解させちゃうわけ」

「そんな……それでは犠牲者が……ッ!」

「ああ、このノイズ1体で、いくらでも人を殺せる。しかも、見てもらった通り今までのノイズとは比べ物にならない戦闘力もある。

 謎の消失現象が起きて撤退するから犠牲者を抑えられているという程度だが、先ほどの怪獣同様……いや、ある意味ではそれ以上に危険な相手なのは間違いない」

「ある意味では、と言うと? その言葉だと、無尽鏖殺以外にも何かありそうですが……」

「……ああ。このノイズのもう一つの大きな特徴として、人を狂暴化させる力がある」

「狂暴化、ですか……?」

「そうなのよ。力の根源は目下調査中だけど、このノイズが出現すると共に、周囲の人間が狂暴化しているわ。

 狂暴化するのにも個人差があるけれど、それで避難行動にも遅れが出て被害が拡大しているのも事実。ギアを纏っているからか、奏ちゃんにそういった異変が起きてないのは幸いだけどね」

「我々はこのノイズを、何らかの原因で状態変化が起き、特性が変わったものだと見ている。それをノイズの『カルマ化』と呼んでいるが、詳しい詳細はまだ分かっていないのが現状だ」

「ノイズの、カルマ化……」

 

 弦十郎と了子の話す内容に、言葉を失い押し黙る翼たち。最早ただのノイズとは言えぬ怪物に戦慄しているところもあった。

 だがそんな想像を越えた重責を負いつつも、毅然とした態度を持ちながら語る弦十郎に当てられてか、彼女らは前代未聞の敵に対する意気を高めていた。

 

「……君たちがこの解決に協力してくれるというなら、我々も心強い。是非、力を貸してほしい……」

「もちろんですッ! どーんと任せてくださいッ!」

「ええ。私たちはその為に此処へ来たのだから」

「僕たちからも是非、皆さんに協力させてください」

「皆の言う通り。この身に代えても、この世界に跋扈する脅威を討ち取って見せます」

 

 決意を声に、和気が溢れる互いの交流。だがその中へ、劈くような奏の声が響き渡った。

 

「──ッ! ふざけんなッ!!」

 

 驚愕のまま彼女へ目を向ける一同。鼻息荒く憤る奏は、さらに捲し立てるように言葉を放っていく。

 

「この身に代えても? 軽々しく口にしてんじゃねぇよッ!」

「奏……」

「お前らの力なんかいらない……。この世界の異変は、この世界の住人であるあたし達がどうにかしなきゃいけないんだッ!!」

 

 そう口にした時、一瞬表情を曇らせる奏。そこからは何も言わず、ただ歯を食いしばりながら指令室から勢いよく出ていった。

 

「奏ちゃん、ご機嫌斜めねぇ」

「……奏にも割り切れない思いはあるのだろう。

 すまない、今日はこれくらいにしよう。我々のセーフハウスを提供するから、こちらにいる時は自由に使ってくれ。

 もちろん、男女同室は遠慮した上でな」

「はい、ありがとうございます」

「ご配慮に感謝します。彼は無害だと思うけど、モラルは大事だものね」

 

 マリアの言葉につい首を傾げる翼とミライ。間違いなど起こるはずもないし、互いに抱く意識は仲間のそれ。ならば同じ部屋で過ごした方が効率的ではないかと言わんばかりであった。

 だがそれに対する突っ込みが入るより前に、了子がまた彼女たちに質問をぶつけて来た。

 

「ところでぇ、あなたたちのいる世界にこっちから行くことは自由に出来るのかしら?」

「自由に……というと語弊がありますが、通ってきたゲートを使えば、いつでも戻れるようです」

「それなら行ってみたいわぁ~ッ! 破片とはいえ聖遺物ならこっちにもあるし、それで行けないかしらッ!?」

 

 興味津々の了子に思わず苦笑いをする響たち。誰も詳しいことは理解らずに訪れたこともあり、マリアが絞り出した回答はどうにも曖昧なものになってしまっていた。

 

「さっきも話したけど、何を以てギャラルホルンに選ばれるかは私たちにも理解らないの。それに、何もかもが未知の場所へ貴方を連れ出すのは気が引けるわ」

「申し訳ありませんが、マリアの言う通りです。櫻井女史は二課に必要な方……それを不測の危険に晒すわけにはいきません」

「あぁら嬉しいこといってくれるじゃな~い。でも残念だわ、並行世界をこの目で見るいい機会だと思ったのに……。

 ……うん、だったらぁ~……♪」

 

 そう言いながら艶めかしい視線を向ける了子。その先に居たのはマリアだった。

 

「なッ、なに……ッ!?」

「マリアちゃん、だっけ。貴方のそのアガートラームのシンフォギア、ゆっくりじっくりたぁ~っぷり見せてもらいたいのだっけどぉ~……?」

「ええッ!? ちょ、ちょっとそんないきなり……ッ!」

「あぁら、見た目よりもずっとウブな反応してくれるのね~。大丈夫よぉ、優しくしてあげるから♪」

「……了子くん」

 

 呆れながら了子をマリアの傍から引き離す弦十郎。ちょっと不満そうに彼へ抗議の目を向けるものの、弦十郎の責める目に従ったのか大人しく引き下がっていった。一方でマリアは両腕で身体を隠すようにしながら距離を取っていく。そして一息置いてから、了子からの強引な提案に返答した。

 

「……見せるのは良いけど、また明日にしてちょうだい。私も貴方と話したいことはあるけど、先にこちらでも情報をまとめておきたいの」

「んふふ、そうね。溢れる知的好奇心を抑えるのは勿体無いけれど、こっちの仕事も無きにしも非ず。明日を楽しみにしているわ」

「それじゃあ、今日のところは失礼しますッ!」

 

 微笑み手を振る了子と、普段と変わらぬ優しい笑顔の弦十郎、顔の見知ったオペレーターたちに見送られながら、響たちはその場を去っていった。

 途中で奏の姿を見かけ、思わず翼が声をかけようとするが、マリアに制止され皆が一瞥するだけで終わり立ち去っていく。ただ一人、ミライを除いて。

 

「……なんだよ、アンタ」

 

 苛立ちを押さえつけつつも、威嚇するように睨み付けながら声をかける奏。だがミライはそれに怯むこともなく、ただ奏の目を見つめていた。彼女の目の奥の、更に奥の……その最奥を覗き込むかのように。

 ──何かを、伝えるかのように。

 

「──ッ!?」

 

 思わず背後へ飛び退く奏。瞬時に胸元のペンダントを握り締めるも、そこへ聞こえてきたのは眼前の青年を呼ぶ響の声だった。

 

「ミライさーんッ! 行きますよーッ!?」

「すいません、すぐ行きますッ!」

 

 真剣な顔から優しい笑顔に戻り、礼儀正しく深く会釈して走り去っていくミライ。だがその姿を見届けた奏は、その胸中に不快感だけが募っていた。

 その嫌な気持ちをほんの少しでも発散させるかのように、壁を殴りつける奏。さほど反響もしない鈍い音と手から伝わる痛みだけが奏に伝わっていく。

 

「ちくしょう……一体、なんだって──」

 

 反芻するは彼の男が向けてきた眼。まるで語り掛けてくるような……否、比喩ではなく”語り掛けて来た言葉”を。

 

「ワケわかんねぇ……ッ! あいつも、あいつらも……ッ!!」

 

 苛立ちが続く。思い浮かぶは先ほどの翼の言葉。自分が知っている彼女よりも遥かに強く研ぎ澄まされた言の葉を放った彼女の事を。

 

『……この身に代えても、この世界に跋扈する脅威を討ち取って見せます』

 

 彼女が語った言葉を、彼女の姿を脳裏から消すために頭を振る奏。だがそんな事では消えないし消せるはずもない。分かっていても、解かっていても、癇癪のように頭を振り回しては壁を殴りつけ蹴りつける。

 息が切れると共に、見つけた小さく出血している指。それが少し思考を冷ましたのか、拳を開いて声を漏らしていった。

 

「あいつの顔で、あいつの声でそんな事言うな……ッ。あたしは絶対に認めねぇ……そんなの許さねぇッ!」

 

 誰にも聞こえぬ廊下で吐き出される奏の言葉。何処までも慮外を解せず信じぬ頑なな心根。

 そこに染み入るはあの優しくも真っ直ぐな眼。まるで──心へ緩やかに入り込む毒のように響き渡る声無き”言葉”。

 

『──大丈夫』

 

 

 

 

 

 =

 

 セーフハウスの一室。

 響と翼とマリアが簡素な寝間着に着替え、思い思いのところに座りながら情報整理という名目の歓談をしていた。

 初めての並行世界、生きている天羽奏、強力なカルマノイズと謎の怪獣ベゼルブ、見た事のないウルトラマン……話して纏めることは山のようにあった。

 

「こうして並べると、私たちの世界とは結構違うものなんですねぇ……」

「そうね……。でも、当座の目的はハッキリしたわ」

「カルマノイズと呼ばれるノイズの討滅と、怪獣……ベゼルブへの対処だな。だがマリアが戦えない以上、私と立花、ヒビノさんでどうにかするしかあるまい」

「そうですね。こっちの二課の人たちも協力してくれますし、奏さんもいます。へいきへっちゃらですよッ!」

「……そう上手く行ってくれればいいのだけれどね」

 

 溜め息を吐きながら、響の楽天的な考えに異を唱えるマリア。それに頬を膨らませながら、響が僅かばかりの反論をしてきた。

 

「えー、何でですかぁ。同じ装者ですし、奏さんですし……きっと力を貸してくれると思いますが」

「貴方のその理想論は嫌いじゃないけれど、彼女の態度を見てると一朝一夕でどうにかなるようにも思えないのよね……。まぁ私は貴方たちほど天羽奏の事を知らないから、つい一線引いた眼で見てしまうのもあると思うけど。

 翼、貴方はどう思う?」

 

 マリアに振られ、すぐに考える翼。やがて口から出た答えはどうしても曖昧な……されど翼にとって今の心をハッキリと示すものだった。

 

「……分からない。マリアの言っていることも理解は出来る。今の奏にどれだけ言葉を伝えても、届かないかもしれない。

 ただ、それでも私は奏を信じたい。奏と……もう一度肩を並べられることを」

「翼さん……そうですよねッ! 私も奏さんを信じますッ!」

 

 翼の言葉に嬉しそうにはしゃぐ響。それを見ながらマリアはもう一度溜め息を吐くものの、彼女の顔は優しい微笑みに変わっていた。

 

「彼女を一番よく知る翼がそう言うのなら、私も出来るだけのことはやってみるわ。

 でも、その前にやらなきゃいけないこともあるけどね」

「了子さんとのお話ですか? 気を付けてくださいね~。私も初めて会った時に、あ~んなことやこ~んなこともされちゃいましたから」

(あんなことや、こんなこと……ッ!?)

「立花、そのように言うものではない。あの時分の立花がどういう状況だったか、知らしめてくれたのは櫻井女史ではないか」

「えへへ、そうでしたー」

「お、脅かさないッ! もうッ……」

 

 明るい笑い声が一室に響くなか、突如通信端末が着信を知らせて来た。ノイズの出現かと即座に身構える三人だったが、通信相手はミライだった。

 

「響です。ミライさん、どうしたんですか?」

『お疲れのところすいません、今日のうちに皆さんに話しておくことがありましたので。いま大丈夫でしょうか?』

 

 ミライの言葉をそのまま伝える響。翼もマリアも問題無いとばかりに首肯し、響はスピーカーホンに切り替えて端末をテーブルに置いた。

 

「大丈夫ですッ!」

「それで、なにかあったの?」

『はい。……今日出会ったウルトラマンのことなのですが』

 

 思わず息を呑む。彼女らにとって見知らぬウルトラマン……弦十郎たちの前ではミライも知らないと言ったが、敢えてその場で真偽を確かめることは無かったこと。

 それをミライの方から話してくるという事は、きっと重要な話なのだと三人とも直感していた。

 

『先ほどは知らないと言いましたが、皆さんは以前に兄さんやゼロたちと共に戦ったことがある。だから話すべきだと思いました』

「勿体ぶらないで。……貴方は、あのウルトラマンの事を知っているのね」

『……はい。彼は……』

 

 通信機越しのミライの声が一瞬止まる。彼もまた自らの確信を言葉にするのに、いささかの躊躇があるのかもしれない。そう感じられる沈黙だった。

 それを破り発したミライの言葉。それはこの場の誰もが……いや、誰よりも風鳴翼が、最も大きな驚愕を与えられるものだった。

 

『……彼は、”ウルトラマンベリアル”。在りし日の……邪悪に染まる前、僕たちと同じく光の戦士(ウルトラマン)であった時の、ベリアルです。

 そしてその変身者が……天羽、奏さんです』

「──奏が……ウルトラマン、ベリアル……ッ!?」

 

 

 

 

 end.



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EPISODE 03【業なる雑音、闇よぶ魔獣】

 

 

「おはようございまーすッ!」

 

 翌日、特殊災害対策機動部二課本部指令室。

 自動扉を開けて最初に元気な声を上げたのは、響だった。それに続くように入ってくる翼、マリア、ミライ。既に待機している奏も含め、昨日の面々は揃っていた。

 

「ああ、おはよう。昨日はゆっくり休めたか?」

「はい、万事滞りなく」

「そりゃ良かった。朝から集まってもらってすまないな」

「全然ッ! 問題ありません師匠ッ!」

「……し、師匠?」

 

 響の思わぬ言葉に怪訝な顔をする弦十郎。彼にとっては昨日の今日出会ったばかりの少女だ、そう呼ばれて困惑するのは当然と言えた。

 

「あわわ……き、気にしないで下さいッ!」

「あ、ああ……。

 ……さて、とにかく昨日の続きだ。君たちの目的は聞いたし、こちらで起きている異変については共有できたと思う。他になにか、聞きたい事はあるだろうか?」

 

 弦十郎の問い掛けにやや考える響たち。少し考えた後にマリアから提示したのは、一つの小さな疑問……されど避けては通れぬ内容だった。

 

「……そうね。それなら一つあるわ。こちらの世界の”風鳴翼”について、話してくれるかしら?」

「な──ッ!?」

 

 驚く奏。いや、他の人たちもみな同様に驚愕が顔に出ていた。一方でマリアはその反応も想定内と言わんばかりに言葉を続けていく。

 

「貴方たちは私たちと会った時、翼を見て驚いていたわね。それに翼が自分達の知ってる彼女と重なって見えるとも。それはつまり、こちらの翼も装者ということなんでしょう?」

「……ああ、その通りだ。翼は……二課所属の装者だった」

「だった……?」

 

 言葉を返した弦十郎の顔はお世辞にも明るいとは言えない。今しがた朝の挨拶をした爽やかさは沈痛なものに変わってしまっていた。

 その空気を察したマリアも、すぐに自らの発言を撤回しようとした。

 

「ごめんなさい、配慮に欠けた話題だったかしら……」

「いや、マリアくんの疑問は最もだ。それにただの部外者ならまだしも、君らは他でもない”隣り合う世界”の関係者であり協力者。俺の権限で答えられる範囲ならば、情報開示もやぶさかではないさ。

 ……だが、察しの通りデリケートな話でもあってな」

 

 そう言いながら奏の方へ目線をやる弦十郎。まるで彼女に対し許可を得ているようだ。一方で奏は一度彼と目と合わせた上で聞かないフリをするように視線を外した。

 彼女のそんな不器用な姿を肯定と取った弦十郎は、視線を戻して改めて話を始めていく。

 

「順を追って話そう。翼は、奏と共にアーティストユニットを組んでいた」

「……ツヴァイウィング」

 

 思わず放たれた翼の呟き。彼女の口から、寸分違わぬ彼女の声から放たれたその言葉に、一瞬なれど弦十郎たちは思わず感慨に浸ってしまった。

 

「そうか、そこはそちらの世界でも同じなのか。なら話が早いな。

 ……事件は、そのファーストライブの会場で起きた」

「──ッ!?」

「ライブ当日、突如大量のノイズが会場に現れた。その中には、件のカルマ化したノイズが混じっていた。あの個体が観測されたのは、おそらくそれが初だ。翼と奏は観客たちを守るために奴と戦い、瀕死の重傷を負った。

 そして翼は……カルマノイズを倒すために絶唱を唄い、自らが纏う天羽々斬のギアが砕け散るほどの一撃を以て、奴を倒すことに成功した。……代償に己が身を犠牲にしてな。

 これが、我々の世界の翼の話だ……」

 

 重く苦しい話だった。語るのを渋るのも無理はない、彼の世界にとって……風鳴翼を見守ってきた者たちにとって最も強く心を砕かれた出来事だということは、並行世界の住人である響やマリア、翼にも容易に理解することが出来た。

 特に響と翼にとっては、決して忘れることが出来ぬ”あの日”と酷似していたが故に、決して他人事には思えなかったのだ。

 そんな互いの心情を察したのか、口を開いたマリアの言葉も慎重さが垣間見えるものだった。

 

「……改めて、ごめんなさい。皆さんにとって辛い話をさせてしまったわ……」

「……起こった事は変えようがない。故に俺たちは今、戦えている。翼の分まで、な。

 それに、この話にはもう少し続きがある。翼の話ではないかもしれんが、俺たち全員が直面している異変に関与していることだ」

「全員が直面している異変、ということは……」

 

 ミライの言葉に首肯する弦十郎。そのまま話の続きを語り出す。

 

「翼がその身を賭してカルマノイズを倒した直後だった。空から黒い巨影が羽撃きながら降りて来た。昨日ミライくんが言った怪獣、ベゼルブだ。

 会場の中に人が居なくなったとはいえ、その周囲には辛うじて難を逃れた者も居た。そして会場には奏が、独りでヤツの前に居た。

 奏は単身でヤツと戦った。だが如何にシンフォギアを纏っていようとも、相手は数十倍の巨体を持つ化け物。しかも奏は満身創痍。勝ち目などないと思われていた。

 ──だがそこに、ウルトラマンが現れた」

 

 固唾を呑んで聴き入る響たち。

 だが後に続く話は多くなく、あのウルトラマンがベゼルブを斃して飛び去ったこと。そしてその跡に、ギアを解除され意識を失った奏が倒れていたことだけが語られて、この話は終わった。

 

「……以上が、ツヴァイウィングのファーストライブで起こった事件だ」

「カルマノイズ、ベゼルブ、そしてウルトラマン……この三体の出現が同時期に起こったということなのね。

 ……興味深いわね。恐らくはそれが、この世界とわたしたちの世界の歴史の分岐点じゃないかしら。そう思わない、翼?」

「……ああ」

 

 マリアからの問い掛けに少し悲しげなまま返す翼。その返事から、冷静に考えようとはしているものの語られた話を整理するので精一杯にも見て取れる。それを察してなのか、返す言葉を放ってきたのは了子だった。

 

「分岐点、ね……。ということは、そっちでは何か別の事が起きたのかしら?」

「半分ぐらいは同じです。ただ……私たちの方では、奏さんが絶唱を使って……」

「……生き残ったのは、わたしの方だった」

 

 響と翼の言葉に思わず鎮まる了子たち。皆の表情は驚きが現れているものの、余計な言葉を入れる余裕はないようだった。

 

「……後は、こちらではそんなおかしなノイズや怪獣、ウルトラマンは現れてないわ。代わりに、後から色々と凄いのが出たけどね」

 

 代わりに話しながらも思わず了子へと目線を送るマリア。何処かそれは、彼女への警戒にも似たものだった。

 

「ん? 何かしらぁ?」

(櫻井了子……彼女にフィーネは宿っていないのかしら……。……念の為フィーネの事は少しぼかしておくべきかしらね)

「……何でもないわ。ライブの後にこちらであった事だけど──」

 

 そうして話し出したマリア。

 先史文明期の巫女が三種の完全聖遺物を用い決行した月破壊計画、その戦いの影響で発生した月の落下を巡る先史文明遺跡での戦い、歴史の闇より活動を始めた錬金術師による世界解剖を止める戦い、そして異次元より襲来した邪悪な侵略者と、それが呼び起こした闇との戦い……。

 マリア自身は掻い摘んで話していったものの、その情報量と密度に弦十郎や了子たちはただただ圧倒されていった。

 

「……ルナアタックにフロンティア事変、魔法少女事変……そして怪獣侵略事変とは……」

「こちら以上に、戦いだらけの世界なのねぇ~。しかも装者が6人居て、ウルトラマンも6人現れて遭遇済み? もう大盤振る舞いなんてレベルじゃないわねぇ」

「こちらでは装者は翼さんと奏さん以外にいないんですか?」

「ああ、見つかっていない。もしか此方の世界の君たちを見つければ、装者になれるのかもしれないが……」

「……難しいわね。私の持つアガートラームは見つかっていないのでしょう? 

 歴史という大河の中で大きく分流したのがそのライブからってだけで、他にも細かな違いはあるはずよ。装者の資格や素質だって分からないわ」

「ま、そうでしょうね~。ただでさえ聖遺物との適合はレアケースなんだし、そうポコジャカと装者候補が見つかりっこないのは難点。

 加えてウルトラマンっていう慮外の外部存在なんて、まともに考えていいモノじゃないものねぇ」

 

 何処か冗談めいた悩まし気を纏わせて話す了子だが、実際問題として適合者を探すというのは非常に困難だ。

 限られたヒトの持つ先天的な高資質、歌を唄うことにより発生されるエネルギーである『フォニックゲイン』、それと発掘された聖遺物との相性。その全てが合致して初めて生まれるのが、正しい意味での『適合者』なのだ。

 天羽奏やマリア・カデンツァヴナ・イヴらのような補正薬物(LiNKER)を用いなければギアを纏えぬ者でも、その根底には奇跡の如き天賦の才があったことは間違いない。例えその才を引き出した要因が外部より注入された薬物だとしても。

 

 閑話休題。

 一通りの情報共有を終えたところで、了子が笑顔……何処かいやらしさを含んだ笑みを浮かべながら、マリアの傍へと寄ってきた。

 

「ところでそうそう、昨日の約束覚えてるわよね~?」

「ええ、もちろん」

「だったら話が早いわ。あっちでおねいさんと、いーっぱいお話しましょうねぇ~」

「ちょっ、ちょっと引っ張らないでったらッ!」

 

 マリアの腕を引き連れていく了子。去り際に弦十郎へ「あとのことを任せる」と言ったということは、しばらく帰ってくることは無いだろう。彼女の性質を知っている弦十郎にはそう判断するしかなかった。

 ただ偏に、了子が無茶を押し付けないかだけを気にしながら。

 

「……お手柔らかにな、了子くん」

 

 溜め息一つ。やれやれと言った顔で面を上げると、響たちは何かを懐かしむような、嬉しいような笑みを浮かべていた。

 

「……身内の恥を見られたようで落ち着かないが、どうかしたか?」

「いいえ……むしろ、なんだか落ち着きます。了子さんは了子さん、なんですよねッ!」

「──ああ、そうだな」

「ん……どういうことだ?」

「な、何でもありませんッ! それより師匠──って、違う違う……」

 

 思わず口を閉じる響。せっかくマリアがフィーネの、”此方側”の櫻井了子のことを秘匿として話を進めていたのに、それを無碍にしてはいけない。不器用な彼女であるが、そこまで察せないわけでもなかった。

 だが思わず話題を逸らそうとした時に、ついいつもの癖が出てきてしまっていた。

 

「……それなんだが、すまないがどうして君は俺を師匠と呼ぶんだ? そちらでは俺は、君の師匠……なのか?」

「はい、武術の師匠なんですッ!」

 

 嬉しそうに話す響。彼女が戦う力を得た後に、それを奮い戦えるよう心身の鍛錬を学ばせてくれたのは他でもない風鳴弦十郎その人だ。響にとって彼は依然、強き者の象徴としてその胸に刻まれている。

 しかしそれは響にとっての話。同じ人間でも並行世界の存在である眼前の風鳴弦十郎は、響のその言葉に困惑せざるを得なかった。

 

「……俺は人に武術を教えるなんて出来ないぞ? 政府機関の一端を任された者として、最低限の護身術程度しか修めていない」

「またまた~。本当は素手でも私たち装者より強いんでしょう~? 

 翼さんの必殺技を拳で止めたり、震脚でアスファルトをひっくり返したり、暴れる怪獣と戦ったり、出来るんじゃないんですか?」

 

 笑いながら話す響。だがそのキラキラした眼に嘘偽りを感じることは出来ず、まるで自分が見て来たような常識感……弦十郎からすれば余りにも大きすぎる違和感に呆然としてしまっていた。

 思わぬ本音が漏れ出すほどには。

 

「──それは、本当に人間か?」

「──えっ?」

 

 弦十郎の返しにこれまた唖然とする響。彼女の中にある『風鳴弦十郎』という存在を、本人から否定された気分だ。そこへ奏が、現実を突き立てるように口を挟んでくる。

 

「……なにわけわかんねーこと言ってんだ。弦十郎のダンナが戦えるはずないだろ?」

「ああ、そんな事は逆立ちしたって出来やしないさ。精々自分の身を守るので精一杯だな」

「えっ、えー……でも師匠は、確かにそういうことを……」

「……どうやら、そっちは思ったよりこっちと違うらしいな」

 

 頭を掻きながら呆れたように呟く奏。己が世界と並行世界、過去の事象という情報ではなくこの場における現在の違いを、互いに大きく感じ取った瞬間だった。

 同じ世界でも同じ歴史を歩んだわけではない。顔や声が同じでも、決定的に違う”なにか”が存在している。それこそが”並行世界の住人”なのだと理解した。してしまった。

 故に翼は独り想う。……ならば、眼前に居る天羽奏にとっての”私”……此方の、今この場にいる”風鳴翼”に対してどう思っているのかと。

 だがその想いを表に出すことは無く、ただその場を見つめていた。響は依然明るい声で、弦十郎との話を続けていた。

 

「でもびっくりですッ! まさか師匠が普通の人だなんて……ッ!」

「俺としては、そんな事が出来るというそっちの俺の方がびっくりなんだがな」

「……なぁ、お前」

「はい?」

「……お前たちの方でのあたしは──」

 

 普通であることを興味深く話す響と、どうにも実感の無い呆れの混じった笑顔で返してしまう弦十郎。一方で二人の話を聞いていた奏が、自分の中に生まれた疑問を問いかけようとした。

 だが、その時──

 

「──高質量のエネルギーを検知、ノイズですッ!」

 

 鳴り渡るレッドアラートとノイズの出現を報せるモニター。装者たちとミライの顔付きが、瞬時に戦う者のそれへと変わる。

 

「了子くんッ!」

『はいはい分かってるわよ~。マリアちゃんもやる気十分、車庫の方で落ち合わせるわ』

「分かった、頼む。……君も、戦えるのか?」

 

 ミライへと意思確認する弦十郎。無理もない、彼は特殊な携行武器を所持しているだけの一般人と相違ないのだ。だが彼の実力は、響も翼も知っている。だからこそ止めようともしなかった。

 そしてミライもまた、抱えた思いを偽ることなく、胸を張って弦十郎に言葉を返していった。

 

「大丈夫です。皆さんの足を引っ張ることはしません」

「……わかった。奏、それに並行世界の協力者たち……。──頼んだぞッ!」

「はいッ!」

 

 力強い声と共に出動する装者たち。黒塗りの乗用車が向かう先には、小さく黒煙が昇り始めていた。

 

 

 

 =

 

 ノイズの群れに相対する5人。うち装者4人が胸元のギアペンダントを握り締めている。と、そこであることに気付いた響が声を上げた。

 

「マリアさん、LiNKERは──」

 

 彼女からの言葉に力強い笑みで返し、精神集中から聖遺物と共鳴する胸の歌──聖詠を唄い出した。

 光と共に自らの纏うシンフォギア、アガートラームを装着するマリア。彼女の姿に響も翼も驚きを露にしていた。

 

「マリアさん、それ……ッ!」

「だ、大丈夫なのかッ!?」

「ええ、おかげで懸念材料だった部分も解消することが出来たわ。櫻井博士に感謝しないとね。それに、貴方にも」

 

 言いながら奏に目を向けるマリア。だが奏は不愉快そうに舌打ちしつつ、マリアの言葉の意図を即座に理解した。

 

「チッ……あたしのLiNKERか」

「そういうこと。私も時限式で、手持ちのLiNKERが切れてたからね、櫻井博士には私が出せる範囲での並行世界の情報と交換で提供してもらう約束を取り付けたの。悪いけど、そちらの状況を利用させてもらったわ」

「……了子さんがいいって言ったなら、あたしが口を挟むことじゃねぇ」

 

 吐き捨てるように言ったところで、奏もまた聖詠を唄い始める。それに続けて響と翼も唄い出し、三つの光と共にギアを纏った装者たちの姿が現出した。

 

「僕は民間人の避難補助をしながらノイズの足止めをします。皆さんはッ!」

「全て斬り捨てるッ! お任せをッ!」

「行きましょうッ!」

 

 図らずも響の掛け声とともに行動開始する一同。会敵は瞬時に、甲高い奇声を上げる人類の天敵へ必倒の牙を突き立てることで登る黒煙が、開戦の狼煙となった。

 

 

 4人の装者各々が唄いながら、ノイズの群れへ飛び込んでいく。

 勢いの付けた響の放つ上段からの拳が頭部を抉り、まず1体が黒塵に。それを皮切りに、翼の携える剣やマリアの構える短剣が群れ成すノイズを次々を両断、炭素と帰していく。

 瞬く間にノイズの群れが霧散していき、目に見える範囲に居るものは僅かとなっていった。そして──

 

「──これで、トドメだッ!」

 

 翼がアームドギアで二体のノイズを一度に倒す。霧散したノイズで一先ずは息を吐けるだけの間は出来た。そこへ響とマリアが駆け寄って来た。

 

「やりましたねッ!」

「ああ。だが、どうやらまだ終わりではないようだ……」

 

 長めの吐息を出し、開けた道路に再度目をやる。すると見計らったかのように地面からノイズの群れが湧き出してきた。

 

「うわわッ、まだこんなにたくさん~」

「気を抜かずに行きましょう。……本当は彼女もわたしたちと連携してくれるといいんだけれど」

 

 思わず吐き出すマリア。それは他でもない、奏についてだった。

 並んで戦線に立ったものの、彼女は独り、他者の援護も寄せ付けないほど苛烈に槍を奮いノイズを破壊し続けていた。地面や建物の壁から現れるものを一体残らず、ことごとくを砕いている。

 だがそれは周りを顧みない独り善がりな戦い方。それを理解しているのか、翼も思わずマリアの皮肉に真摯に返してしまった。

 

「……すまない」

「翼が謝る事じゃないわ」

(……奏)

 

 

 

 

「おらああああああッ!」

 

 咆哮と共に槍を奮いノイズを砕いていく奏。だがその心中は穏やかならず、傍から見られる苛烈さもその内心の苛立ちを隠す為のものだった。

 

(何なんだ……何なんだ何なんだッ! ガングニールの奴の爆発力、見慣れないギアの奴の冷静さ、そして天羽々斬……翼のあの強さはッ! 

 あたしがノイズを一匹倒す間に、あの三人はあたし以上に多くのノイズを倒してやがる……。

 ……背中を預けられる相手がいるって、そんなに──)

 

 一瞬浮かんだ思い。それはかつての自分への憧憬のようなものだった。

 だが即座に首を振り迷いを払おうとする。自分の状況、何があって今こうなっているのかを思い返すことで。

 

(──違うッ! それは弱さだッ! 翼が死んだのは、あたしが翼を守れなかったからだッ!)

「──認め……られるかぁッ!」

 

 己の想いを否定し、否認し、後悔だけを膨らませ憤怒に変えて更に声高に唄う奏。アームドギアの穂先が回転し、竜巻となって放たれる【LAST∞METEOR】がノイズの群れを黒炭と化して吹き飛ばしていった。

 その激しい戦い方に、心情を推し量れぬ響たちは感嘆の声を上げていた。

 

「すごい……さすが奏さん……」

「適合係数の低いギアを纏った単騎であれだけの動き……ここまで戦ってきたのは伊達じゃないと言うところか。さすが、翼のパートナーだと言うべきなのかしらね」

(そうだ、あれが奏だ……。誰よりも強く、いつもわたしを護ってくれた、奏の姿だ……)

 

 地面に槍を突き立て大きく呼吸をする奏。それぞれが各々の考えを巡らせる僅かな間隙──そこへ、装者たちの耳に弦十郎の声が響いてきた。

 

『気を抜くなッ! まだ終わっちゃいない、ヤツが来るぞッ!』

「な──ッ!?」

 

 風に舞うノイズの残骸が渦を巻き瘴気と化す。瘴気はやがて収束し、存在として固着する。

 その姿は普段と変わらぬ人間型(ヒューマノイド)ノイズ。だが極彩色の身体は漆黒に固まり、通常とは遥かに違うプレッシャーを放っていた。

 その姿こそ、先日記録映像で見ていたノイズの変異体──

 

「カルマ化した、ノイズ……ッ!」

「ちッ──まさかコイツまで出るなんてなッ! だが、此処で会ったがぁッ!!」

「奏ッ!」

 

 吼え立てるように叫びながら、アームドギアを構えた奏がカルマノイズに対して突進する。そのまま大きく振り下ろした一撃が直撃し、カルマノイズが吹き飛ばされた。

 本来ならばコレで終わる。ただのノイズであるならば。だが、カルマノイズは平然と立ち上がった。その漆黒の肉体に大きな亀裂を見せるものの、即座に自らの肉体を修復していく。それを己が目で見た響たちは驚きを隠せなかった。

 

「ほ、本当に回復してるッ!」

「必斃たる我らの刃が、まさか……ッ!」

「想像以上ね……。私たちも行くわよッ!」

 

 マリアの言葉と共に動き出す三人。槍を振り回す奏の隙を縫って、マリアの短剣と翼の剣がカルマノイズに猛襲。互いに一太刀入れたと同時に響の飛び蹴りが頭部に直撃、再度吹き飛ばす。だがカルマノイズはまたも立ち上がり、傷付いた部分を即座に修復していった。

 

「まだ、足りない……ッ!」

「邪魔すんなッ! あいつはあたしが──ッ!」

「言ってる場合ッ!? 一人で戦っても勝てないのは理解ってるでしょうッ!」

 

 叱咤にも似たマリアの言葉に思わず怯んでしまい、奏の動きが一歩遅れる。そこを逃さぬようにカルマノイズが腕を槍のように伸ばし、奏を目掛けて襲い掛かった、刹那。翼の剣がその攻撃を捉え、弾き飛ばした。

 

「大丈夫、奏ッ!?」

「お前……」

 

 翼の声に思わず漏れそうになる言葉。それを飲み込み歯を食いしばり、翼を跳ね除けその先に居るカルマノイズへ穂先を突き立て、地面へ叩き付けた。

 そのまま地面に縫い付けるように、更に深く抉るように槍を動かす奏。カルマノイズはただ身体をうねらせるだけだったが、修復を繰り返すその肉体に実質的なダメージは存在していないように見える。

 このままではすぐに攻撃を脱し、反撃して来るだろうという事は誰の目にも明らかだった。そして直感する、この一瞬は好機なのだと。

 

(……あの日、あたしが弱かったばっかりに、翼が──ッ!)

 

 奏の脳裏に走る凄惨な想い出。それを燃やして怒りに変えて声に出す。彼女が何を成す為に生きているのかを立てるかのように。

 

「──遠慮は無しだッ! 聞かせてやるよッ! これがあたしの、絶唱ォォォッ!!」

 

 翼の脳裏に走る凄惨な思い出。奏の放った言葉で再度思い出された其れは、翼にとって消してはならぬ傷跡の一つ。だが同時に、再演させてはならぬもの。

 それを解した翼の行動は、ただ一つだった。

 

「ダメええええぇぇぇぇッ!」

 

 背後から奏を羽交い絞めにする翼。不意に動きを抑えられてしまい、奏は気を散らされ絶唱を唄うことも出来ず、緩まった力の隙を縫いカルマノイズもその場から離れていった。

 

「な……お前ッ! 邪魔すんなッ!」

「使わせない……ッ! こんなところで散るなんて、許さないッ!」

 

 すれ違いつつも譲れぬ気持ちを前にして動く奏と翼。その根底にある想いは近しいものなれど、それを理解するには二人の距離はまだ遠すぎた。届かないでいた。

 返す奏の言葉からも、苛立つ様子がありありと見えるまでに。

 

「うるせぇ、離せッ! ならあのカルマノイズをどうするつもりだッ! 絶唱を使わなきゃ──」

「……私たちがやる。立花、マリア、抜剣だッ!」

「……抜剣?」

 

 聴き慣れぬ言葉に思わず眉を顰める奏。それが何なのかを知っている響とマリアだけが、意気を込めて翼の指示に従いギアのマイクユニットへ手を伸ばした。

 

「了解ですッ!」

「ええ、やりましょうッ!」

「「「イグナイトモジュール──抜剣ッ!!!」」」

 

 発動するイグナイトモジュール。掲げた天に浮かぶマイクユニットから伸びた紅棘が響たちの胸に突き刺さり、黒い瘴気が炸裂する。其処から出て来たのは、各々の特性を残しつつも漆黒と獣性に染め上げられた異形のギア。

 奏はただ、初めて目にしたその姿に驚愕し佇むことしか出来なかった。

 

「ギアが……変化したッ!?」

「──さあ、一気に殲滅するぞッ!」

 

 先程とは段違いの加速度を以てカルマノイズへと肉薄する響と翼とマリア。野獣の如き大振りの……されど格段に迅い三閃は確実にカルマノイズを捉え、漆黒の異形を斬り裂いていく。

 即座に身体の一部を切り離し、残った部分から急速復元するカルマノイズ。だがそこへ更に猛追する装者たち。突進する響の背後を追うように翼が奮い放った蒼ノ一閃が迫る。眼前の響に向かって腕を伸ばし貫かんとするカルマノイズだが、直前で地面を殴った響がカルマノイズを飛び越え真上に位置取る。

 

「──ッ閃ェンッ!!」

「はあああああッ!!」

「ぐぅおりゃあああぁぁぁッ!!」

 

 其処へ続くは蒼ノ一閃と、その中に秘された白銀の短剣。追うマリアの姿。蒼雷が弾けるとともに刃が深く差し込まれ、そこへ合わせる様に真上より肥大化した漆黒の拳が撃槍の如く襲撃。脳天へと撃ち立てられた。

 これで流石に。そう思わざるを得ない三人の波状攻撃。多少息は上がっているが、これで斃せたのであれば何一つ問題はない。そう考える三人だったが、それが甘かった、などと考えるよりも早く肉体への異常が発生した。

 

「ぐ、あああああッ!?」

「これは、一体……うううううッ!!」

「ば、抜剣……ぐが、ぁ……解、除ォッ!」

 

 マリアの率先した言葉と共に三人が同時にイグナイトモジュールを停止させる。漆黒のギアが元の色味を取り戻すが、三人とも頭を押さえながらその場に膝を突いてしまった。まるで、突如強い頭痛が襲い掛かった時のように。

 

「今のは、一体なにが……」

「破壊衝動が、いつもより猛烈な力で襲い掛かられた気がします……」

「イグナイトの、不調……? でも、まさか……」

 

 思い思いの言葉を放つ響たち。身体が不調を訴えるレベルの強い違和感を感じたものの、それを明確な言葉とするにはいささか疲労が溜まり過ぎていた。それもまた不可解の種となるが程に。

 奏はそんな三人の姿をただ見ているしか出来なかったが、見ていたが故にカルマノイズの変化にも気付くことが出来た。

 

「あいつ、まだッ!」

 

 斬り裂かれた胴体、貫かれた胸部、めり込むほどに凹まされた頭部……即座に全てを回復させていく。イグナイトを用いた連携攻撃の一回程度ではまだ足りないのだと。

 

「でも、まだ……ッ!」

「ええ……イグナイトの出力でなら、押し切れる……ッ!」

「もう一度、やるしか……ッ!」

 

 決意を胸に、もう一度マイクユニットに震える手を添える。先程訪れた異常は理解っているものの、カルマノイズの脅威を考えたら今ここで斃すべきではないかと判断したのだ。

 しかし彼女らの決意とは裏腹に、カルマノイズは攻めの手を止めてただ静止していた。それを怪訝な目で見据える装者たち。そして──

 

「消え、た……?」

「逃げられた、とでも言うのかしら……?」

 

 困惑する響とマリア。話には聞いていたものの、こんなにもあっさり消えてしまうなど思いも寄らなかったのだ。そんな思いに苛まれながらも、一方で翼は小さく安堵していた。

 

(──でも、護れた。奏に絶唱を使わせないで済んだ……)

 

 自らが成せたことを内心で小さく喜ぶ翼。彼女にとって最も忌避すべきこと……それを防げたことを素直に喜んだだけだ。しかしその一方で、奏は呆然と……己が無力感に打ちひしがれていた。

 

(そんな、こんな力まで……。

 あたしには、絶唱以外の手立てなんてなかった……。こいつら、一体どれだけの力、どれだけの奥の手が……)

 

 個々の戦闘技術、それらを加味した連携パターン、イグナイトとかいう謎の強化形態。並行世界から来たと言う眼前の三人は、同じだけの時間を過ごしていたにも拘らず自分よりも遥かな高みに居る。それを理解らされてしまったのだ。

 

(……こいつらは、あたしより強い……。ただのノイズなんてものともしない、それどころかカルマノイズとも対等に戦えるだけの力がある……。

 ──なら、あたしは必要なのか……?)

 

 ギリ……と奥歯を噛みしめる奏。だがその瞬間、空に一筋の黒光が流れているのを目にした。

 

 

 

 =

 

 時間を少し巻き戻し、住民の避難に奔走していたミライに移る。

 ノイズの居場所を確認しながら二課の黒服たちと連携しつつ逃げ遅れた人を探していたミライだったが、幸いにもそのような人物は見当たらなかった。

 時折見つける事はあっても目視範囲でノイズが出現していないこともあり、シェルターへの誘導は比較的容易に済んでいる。そして住民避難率が安全圏まで到達したことを伝えられ、安堵の笑顔を浮かべていたその時だった。

 短いトンネルの中、ミライの前に一人の男が現れたのは。

 

「ここはノイズ避難区域に認定されました! 周辺にノイズは居ませんが、早くシェルターに避難を──」

 

 形式的、なれど純粋に眼前の男を心配した言葉を放つミライ。だが、返って来たのは予想だにしていないものだった。

 

(……貴様が来たのか。ウルトラマン、メビウス……)

「──ッ!」

 

 その言葉……正しくは脳内に響き渡る念話を聞いた瞬間、トライガーショットを構えるミライ。この世界の住民は誰も知らないはずだ、彼がウルトラマンであることは。

 だが眼前の、ステッキと宝玉を持った黒ずくめの男は表情を崩すことなく威圧的な眼をミライへと向けていた。

 無音の圧がかかる静寂の中、男が僅かに動く。携えた宝玉に目を向けると、そこに黒い瘴気が渦巻いていた。

 

「……帰ってきてしまったか。ならば──」

「何をするつもりだッ!」

「知れたこと。──侵略だ」

 

 宝玉を天に掲げる。陽光を透かし輝きが放たれ、ミライは思わず目を覆った。それは時間にしてわずか数秒。だがその間に、男は姿を消していた。

 すぐに男の立っていた場所へ向かうミライ。しかし周囲には一切の痕跡も無く、ただ口惜しい思いだけが彼の心に残された。

 そんな思考を切り替える間もなく、彼の持つ鋭敏な感覚は天空から飛来する何者かの気配を即座に捉えた。目を向けた先には漆黒の体躯と紅蓮の眼を持つ怪獣が、甲高い羽音をかき鳴らしながら地上へと向かう姿が視えていた。

 

「あれは……」

 

 

 

「ベゼルブッ!? まさか、こんな時に……ッ!」

 

 驚きの声を上げるマリア。それと共に漆黒の怪獣……ベゼルブが地に降り立った。

 甲高い鳴き声を上げながら怪光線を発射するベゼルブに、為す術を持つ者は居ない。もしか体力が万全であれば、響と翼とマリアの三人でなら足止めぐらいは出来ただろう。その隙にミライが変身出来たかもしれない。

 だがその全てが適わぬ現状。間も無く蹂躙が開始される。彼女らの知らない惨劇が。”彼女だけ”が識っている惨劇が。

 脳裏にそれが走った瞬間、奏の身体が弾けるように飛び出した。

 

「奏さんッ!?」

「奏、一体──ッ!」

 

 アレもまた憎むべき存在。滅すべき存在。それは、この命に代えてでも為すべきことだと叫んでいた。奏の心が、心の内にあるなにかが。

 

(──わからねぇ、わからねぇよ”翼”……。だけど、何かが吼えるんだ……ッ! 思い出せ、屈辱をッ! 慟哭をッ! 哀惜をッ! 憤怒をッ! 

 あたしが……あたし自身の手が、翼を殺したあいつらを八つ裂きにすることこそがぁぁッ!!)

 

 ベゼルブの怪光線が奏目掛けて放たれ、着弾した地面が爆散する。だがその粉塵の中から煌めきが起こり、突き破るように銀色の巨体が顕現。ベゼルブの首を握り潰すかのように捕まえ、暴力的に投げ棄てた。

 

「オオオオオオオッ!!!」

 

 雄叫びを上げる”光の巨人”──ウルトラマンベリアル。天羽奏。

 何方のものとも知れぬ咆哮は空気を揺るがし、猛然とベゼルブへと立ち向かって行った。

 

 

 

 =

 

「皆さん、大丈夫ですかッ!?」

「ミライさんッ!」

 

 地響きが鳴り渡る中、響たちの元にやって来たミライ。4人は共に、上を見上げベリアルとベゼルブの戦いを見つめていた。

 荒々しい、ベリアルが一方的にベゼルブを攻め立てていく戦いは戦闘というよりも蹂躙に近い何かを感じる。変身者の心意が影響を与えているのなら、確かにあれは天羽奏の戦い方と思えるものだ。

 

「……凄いわね」

「教えてくださいヒビノさん。アレは……本当にあのベリアルなのですか?」

 

 翼の問いかけに少し迷うミライ。だが眼前に広がる現実は、事情を伝えた彼女たちに伝えるべきだと判断し話し出した。

 

「……間違いありません。昨日もお話ししたように、ウルトラマンベリアルは闇に落ちた姿──翼さんの記憶にある漆黒のウルトラマンであるよりも遥か以前に、僕や光の国の住人と同じ戦士、”ウルトラマン”だった経緯があります。

 それがあの姿……光の国のライブラリではアーリースタイルと称されている、かつてのベリアルなんです」

「アーリー、ベリアル……」

「ですが、何故それが奏に……?」

「分かりません……。先程の風鳴司令からの話で、ツヴァイウィングのファーストライブ直後……この世界の翼さんが亡くなり、ベゼルブが出現した折に何処より現れ、奏さんと一体化したのだろうという予測は立てられますが、それ以上は……」

 

 不確定で不明瞭ながらも言葉を重ねていくミライ。彼にとってもこの世界の状況は、整理するので精一杯だと見て取れた。

 

「そもそもにおいて、何故アーリースタイルとして現れたのかも分かりません。

 僕の知る限り、ベリアルは悪のウルトラマンとして僕たちやゼロと何度も戦い、現在は何処かのマルチバースにいると聞いていたのですが……」

「何処までも理解らず仕舞いな状況ね。……まぁそれは、私たちもだけど」

 

 おもむろにギアペンダントを外し見つめるマリア。その眼は怪訝な色を見せ、自分たちを取り巻く状況にも変化が起こるであろうという事を思考していた。

 響の眼は所在なくミライやマリアを見回し、翼はベリアルの……奏の戦いに注視していた。

 

 

 

 眼前の漆黒を殴り、蹴り、投げ飛ばし、叩き付ける。暴威に駆られたベリアルの戦い方は、どこか狂戦士めいていた。

 想いに任せて力を奮う中で、その体の内には絶えず声ががなり立てられていた。「壊す」、「殺す」、「邪悪を」、「仇敵を」、「徹底的に」、「跡形もなく」──。

 それが自分自身のようであり、他の誰かの声のようでもあり……だが其処に一片の違和感を感じることもなかったが為か、ベリアル()は圧倒的な暴力をただぶつけていた。

 背後から羽根を掴まえ、足で蹴り飛ばすことで引き千切り捨てる。痛みによるダメージなのかよろけて倒れるベゼルブに目を向け、両腕に光が迸る。そのまま腕を十字に組み、光波熱線を発射。倒れたままのベゼルブに直撃し、爆散させた。

 肩で息をするように立ちながらそれを見届け、天空へ飛び去って行くベリアル。

 二課のオペレーションルームではウルトラマンの勝利に、そして並行世界の装者が持つ強力な力の存在に沸き立つものの、ただ一人……櫻井了子だけは冷静な顔でモニター越しの戦場を見つめていた。

 

(カルマ化したノイズ変異体、並行世界のシンフォギア装者、漆黒の怪獣ベゼルブ、銀色の巨人ウルトラマン……。不定要素の収斂には、往々にして何かしらの意味が付随してくるもの。

 今はまだそれが何かは理解らないけど……)

「……本当に忙しくなりそうね、色々と」

 

 稀代の天才は独り、無数の可能性に思考を馳せて小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 end.



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EPISODE 04【交錯する想い】

 

 

 ──夢を見ていたのだと思う。

 無間の暗黒と無数の光芒によって彩られた世界。現実離れした美しさと、現実離れした恐ろしさ。その両方を目にするなんてこと、夢でなければ有り得ない。

 そんな中で一際明るく輝くエメラルドグリーンの光があった。それが何であるかは分からないが、光からは何処か懐かしさを感じていた。

 だが”自分”が今居るのは何処だ。両手を突き、膝を突き、見上げるように光を見つめている其処は、光もなく温もりもなく……余りにも無機質で粗雑な岩塊だ。

 何故此処に居るのか。それは理解っている。

 禁忌に触れた。掟を破った。求めたが故に。

 ……理解、出来る。だから、だからこそ──

 

「変えてやる、こんな運命をッ!! 越えてやる、俺を見下したヤツ全てをッ!! 力を──力をォォォッ!!!」

 

 ──虚空に向けて、吼え叫んでいた。

 

 

 

 =

 

「は~い、奏ちゃんお疲れ様~。もう起きて良いわよ」

 

 了子の声に従い、ゆっくりと上体を起こす奏。すぐに思い出した、ここは二課のメディカルルームで、怪獣との戦闘の後に運ばれてきたのだと。

 

「身体に特別大きな傷は無いし、LiNKERの洗浄も滞りなく。どう、何か気になるところはある?」

「……いや、特に」

「そ、なら良いわ。でもみんな心配してたわよ。翼ちゃんは特にね」

 

 了子の言葉に奏は敢えて何も返さず、少しおぼろげな意識の中でハッキリ認識している事を口に出した。

 

「……了子さん」

「どうしたの?」

「あたしに、もっと力をくれ。あの力……イグナイトとか言ったアレを、あたしにも──」

 

 了子にとっては予測していた言葉だった。何処の誰とも知らぬ闖入者と出会い、自分と同じ力を持っているものだと思っていた認識を遥かに凌ぐ力を見せつけられ、彼女はどう思うのか。

 至極単純であり当然の帰結。了子はそれをよく分かっていた。三年以上もの間、一緒に戦ってきた仲間なのだから。

 だから了子自身も、奏へ返す言葉には迷いも慰めもなく、冷淡な現実を突き返していった。一粒の可能性すら存在しない夢物語は、希望には成り得ないのだ。

 

「それは無理ね。単なる出力アップなら、時間があれば出来なくもないけど……」

「どうしてッ! 同じガングニールだってあったろッ!」

「あのイグナイトの機能は、他の聖遺物をコアとして発動させているものなの。だから、それが無いとお手上げ」

「そんな聖遺物ぐらい、了子さんのツテでなんとか──」

「無茶言わないの。確かに私のツテで聖遺物の破片一つぐらいは手配出来るかもだけど、それがイグナイトと同じになるなんて保証はないのよ。

 アレは、”そういう聖遺物”を組み込んでいるから出来る芸当なんだから」

「ちくしょう……ッ!」

 

 着替えを済ませたままの勢いで腹立たしそうに出て行く奏。

 了子はそんな彼女を見送りながら、溜め息一つ吐きつつモニターへと目を向ける。そこには先日の戦闘と、マリアに見せてもらったギアの情報が羅列されていた。

 

「本当、穏やかじゃないわね~。それにしても、あのイグナイトってやっぱり……」

 

 画面に映る二つのウィンドウを見比べる。

 漆黒のイグナイトギアに見られる凶荒たる獣性……了子はそれが何であるか理解していた。

 

「……人為的に引き起こした暴走、よね。まったく、ギアにこんなモノを組み込むなんて、弄った人はどんな神経してるのかしら。……それとも、それぐらいしなきゃいけないような戦いがあったのかしらね? 

 なんにせよ、例えギアが改修できても今の奏ちゃんが使おうとしたら、恐らく……」

 

 呟きながら操作を続ける了子。その中で、今の奏にこのような力を使わせるワケにはいかないと固く心に秘める。

 それは間違いなく、彼女の心を壊し死を齎す力に相違ないからだ。

 

 

 

 =

 

 施設内を独り歩く奏。眉間に皺を寄せ、前を見ているものの思考は別方向へと進んでいた。

 

(ルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変、怪獣侵略事変……。超先史文明期の巫女、同じ装者同士や完全聖遺物、錬金術師、更には色んな怪獣との戦い……。

 あいつらの……翼の強さはそうやって磨かれたのか……)

 

 思い返す昨日の戦い。自分よりもあらゆる面で強く、高らかに唄い戦っていた並行世界の装者たち。

 差を感じずにはいられなかった。自分が想像も出来ぬ戦いを潜り抜けて来た彼女たちと、ただひたすらに、作業的にノイズを壊してきただけの自分との差を。

 本気で戦ってきたという点でなら奏は他の装者たちと代わるところはない。大きな違いはその相手だ。物言わぬ兵器を延々と壊し続けるのと、己が信念と魂を燃やして挑んで来る相手と命のやり取りをするのとでは戦いに費やされる質が違う。

 奏はそう考え、その経験の差こそが自分と彼女らの差なのだと。だが……。

 

「……あたしだって戦い続けて来たんだッ! 戦ってきた時間は変わらないッ! それにあたしには──」

 

 自分の考えに否定をしつつ胸に拳を当てる奏。理解っていた、この身の内には”光”があるということを。

 何かを語るわけでもなく夢枕に立つわけでもなく、ただ其処にあるだけの光。それが我が身に力を与え、襲い来る漆黒の怪獣を捻り潰す事が出来る。

 ただそれだけの理解だが、奏にとってはそれ以上の理解は要らなかった。

 力があれば敵を斃せる。仇が取れる。復讐が為せる。怪獣を斃す力があるならば、足りないものはノイズを斃す力。カルマノイズであろうとも凌駕して破壊できる(ギア)──。

 

(そうだ……だからあたしにだって、あんなギアがあれば──)

 

 漆黒のエネルギーを撒き散らす異形のギアを思い出す。あの力はカルマノイズの回復能力すら圧倒しているように見えた。

 だからこそ欲し、了子にも頼んだのだ。アレがあれば、きっと破壊できると思い。だがそれは否定されてしまったばかりであり……。

 

(あたしはどうしたら強くなれる……? あいつらのように……いや、あいつら以上に……。

 ギア……あたしのガングニール……。でも違う。同じガングニールでも、あいつのは……)

 

 考えながら歩いている時、ふと脇見した瞬間にある物が目に入った。

 光を反射し赤く輝く結晶。乱雑に散らかされた服の上で、失うことなく輝きを保っている。一瞬それに目を奪われるものの、聞こえてくる雑音が奏の意識を引き戻した。ここはシャワー室、三室分の水音が響き、中から小さな話し声が聞こえてきた。

 

「ん? ……ああ、あいつらがシャワー浴びてるのか。ったく、服もギアも適当に放り出して……」

 

 だらしない、ただそう思うだけだった。

 呑気にシャワーを浴びてる連中の話になど興味はなく、聞き耳を立てるつもりなどもなく、目に入ったもの、耳にしたものを確認だけして早々に立ち去るつもりだった。

 だが……。

 

(──(ギア)。そう、ガングニール……。

 ……機能は違っても、あたしが適合したのは”ガングニール”で変わらない……)

 

 

 

 

 

 

 奏がシャワールームに立ち入る前、響と翼とマリアは三人それぞれがシャワーを浴びていた。その最中で響が、先日の戦闘で感じた違和感を二人に相談していった。

 

「……翼さん、マリアさん、イグナイトですけど……」

「……一瞬だが、破壊衝動に呑まれそうになった。どうやらそれは、立花もマリアも同じみたいだな……」

「はい……こんな事今までなかったのに……」

「……何だったんでしょうね、あの違和感。まるで誰かの破壊衝動が、モジュールを通じて流れ込んできていたような……」

「どうか、しちゃったんですかね……。ギアはエルフナインちゃんが、いつもしっかり診てくれてるのに……」

「並行世界という特殊な環境、カルマノイズやベゼルブといった未知の敵……。誰にとっても不測の事態が多過ぎる状況が関係しているのかもね」

「そうだな……。イグナイトは、なるべく使わない方が良いかも知れない」

「でも、それじゃカルマノイズは……ッ!」

 

 当然の疑問だった。

 昨日初めて会敵したカルマノイズ、あの戦闘力はこれまで味わったものとは全く異質の存在だったのだ。ノイズやアルカノイズのようにアームドギアの攻撃で斃せるわけではなく、巨大怪獣のような突き詰めた結果ただの生物として判断できるものでもない。

 攻撃力は確かに高いが、それ以上にカルマノイズを厄介なものとしているのはあの復元能力。どれだけ高威力で撃ち貫き斬り付けたとしても即座に回復してしまうあの力。

 直接戦ったことで、初めてその脅威を肌で理解できたのだ。そしてそれを打倒するだけの力を引き出すイグナイトモジュールにも異変を感じてしまっている。

 だがその無理を通すべきではないのかと、響は訴えようとした。その言葉を制したのはマリアだった。

 

「気持ちは分かるけど、これは私たち自身の身体に降りかかる問題。蔑ろには出来ないわ。それに、決戦機能はイグナイトだけじゃない」

「S2CA……最悪、単騎での絶唱か……」

「後者は悪手だけどね。S2CAにしても、もしこれで斃せなかったら本格的に私たちには打つ手が無くなってしまう。後の駒運びを投げ棄ててでもやるかどうかは、考えどころかもね」

「大丈夫ですッ! みんなの力を束ねたS2CAなら、きっと──」

「斃せるかもしれない。だがその後に立花に圧し掛かる負担を鑑みれば、使い処を違えてはならない」

「私とアガートラームがフォローするとはいえ、どうしても響を主体にするコンビネーションだからね……。何かしらの理由でこの子が戦えなくなった場合はどうするかという事も、考える必要はありそうね」

「……なんか、難しいですね」

 

 意気高く言ったものの、冷静な二人の言葉に反省する響。自分一人で戦っているなどと言うおこがましい考えは彼女には無いが、これまでの様々なコンビネーションにおいて自分がその中核を担っているという自覚は、響には未だ足りないままだった。

 みんなが居るからどうにかなるという、良く言えば全幅の信頼、だが悪く言えば他人任せともとれるその考えを、うら若き少女は解せぬままに立っている。

 そんな眉間に皺を寄せる後進の姿を微笑ましく思いながら、翼が優しく返答した。

 

「要はイグナイトも使わず立花も欠いた状態でカルマノイズと会敵した時、ヤツをどう斃すか、だな。

 我々だけでなくヒビノさんや此方の司令、櫻井女史などとも意見を交わし、対策していくしかないだろう」

「あのじゃじゃ馬さんとも、ね」

「……そう、だな」

 

 マリアからの例え言葉だけで理解する翼。意図的に外したのかは定かではないが、奏の存在も無くてはならないもの。戦力的にも、翼個人としても。

 だからこそ、彼女から逃げてはいけない。何度拒絶されようと、彼女の想いが理解るまで……彼女の生きるこの世界を守護る為に。

 

 

 そうした話の末に一時の休息を終えた響たち。そこへ容赦なく警報が鳴り渡る。

 

「ノイズかッ!」

「まったく空気読まないわね……。シャワーだって無料(ただ)じゃないのよッ!」

「とにかく行くぞッ! 立花ッ!」

「は、はいッ! すぐに行きますッ!」

 

 先に着替え終えて走り出した翼たち。早着替えで後れを取るつもりはないと思っていた響だったが、些細な躓きが彼女の足を止めていた。

 見当たらないのだ、大切なものが。籠の中にも、椅子の下にも、棚の隙間にも。

 

「わたしのガングニール……。おかしい、ここに置いておいたはずなのに……ッ!」

 

 

 

 

 二課の指示に従い出動した翼とマリア。ミライは周辺区域の警戒に奔走している中、二人は先んじて出動していた奏に追い付いていた。

 市街地よりやや離れた林間部。何故こんなところにノイズが出現したのかという疑問は残るが、戦わざるを得ないのは言うまでもないことだ。

 

「これはまた随分と沢山ね」

「……ん? 立花はどうした?」

「えッ、着いて来てないのッ!?」

 

 驚き背後を確かめるも、そこに響の姿はない。がらんとした間に驚きを隠せないものの、目の前に蔓延るノイズたちを無視は出来ない。

 それを示すかのように、先頭に立つ奏の気迫からも感じられた。

 

(この力があれば、あたしも……ッ!)

 

 ギアペンダントを掲げ、意識を集中させる。いつも通り聖詠は胸に浮かび、変わらず口にする奏。異変が起きたのは、それを唄い終えた瞬間だった。

 

「ぐぅッ! な、なんだ──」

「……奏?」

 

 倒れ込む奏。身体の中を抉られたかのような痛みにのたうち回り蠢くその様は、まるで大傷を負って起つことも出来ぬ鳥のようだ。

 

「ぐあああッ! どう、なってやがる……。ギアが纏えない……身体が、裂けそうだ……」

「これは、一体どうしたって言うのッ!?」

「奏ッ!」

「──ッ! 翼ッ! ノイズが来る」

「で、でも奏が……」

「彼女を守るためにもッ!」

 

 マリアの叱咤で翼も意を固め、共にシンフォギアを纏う。そして迫るノイズの群れへと突撃し、交戦を開始した。

 

 白銀と蒼銀の刃が極彩色の異形を斬り裂いていき、黒炭が煙のように風に乗って消えゆく。

 如何に人類の天敵とは言え、翼もマリアも幾度の危難を払い除けて来た二人だ。意も思もなく攻めるだけのノイズなど物の数ではない。周辺への被害も大きく考える必要もない以上、最優先で考えることは奏の身の安全だけ。であれば、彼女ら二人が後れを取ることなど無かった。

 そんな二人の活躍を目の当たりにしながら、奏は倒れたままギアペンダントを見つめている。彼女の持つ、”ガングニール”のペンダントをだ。

 

(……あたしに、これを扱う資格がないってことか? そんな、馬鹿なこと……ッ!)

 

 もう一度ギアに、その奥にある聖遺物──ガングニールに対して意識を向ける。聖詠の句は違いなく胸に浮かんでいる。ならば纏えるはずだ、この歌を口にすればそれで。

 だが先程の失敗で得た経験が、本能的な警鐘として奏自身に伝えていた。自分には、コレを使いこなせないと。

 

「──そんなの、認めてたまるかッ! あたしにだってェッ!!」

 

 警鐘を無視するかのように再度聖詠を口にする奏。だが今度は唄い終わるより早く、激痛が奏の身体に襲い掛かった。

 

「ぐッああああああッ!! はあッ、はあッ、はあッ……なんで、なんでなんだよォッ!」

「奏……一体どうしたというの?」

 

 地面を殴りつける奏。彼女の異変は現場の二人は勿論、状況をモニターしている二課司令室でも気付いていた。

 

「一体どうなっているッ!」

「奏さんの適合係数に異常は見られません……ッ! 出撃前にもLiNKERの投与を確認していますッ!」

「では、なぜギアを纏うことが出来ないッ!?」

 

 弦十郎の怒号が飛ぶもそれに答えられる者は居ない。

 奏の現状を把握出来ていないはずが無い。彼女自身の体調も、ギアを纏うために使用したLiNKERも、その手にあるギアから放たれるアウフヴァッヘン波形も、全てが普段と変わらない。変わっているようには見えなかった。

 だが、何も変わっていないからこそ分かる事がある。本来はこの場に居ない、居るはずのない者が居たから。彼女……響だけは、ほんの僅かな異変の核心に気付いたから。

 言葉は自然と漏れ出ていた。

 

「……あれは、もしかして……わたしの、ガングニール……?」

「なんだとッ! どういうことだッ!?」

 

 弦十郎の問いに即座には答えられない響。心配そうに眼を向けるモニターに映っている奏の顔は、苦悶に歪み続けていた。

 その中でも翼とマリアはノイズを絶えず切り伏せており、気付けばその全てを黒炭に還していた。

 先陣を切ったにも関わらず何一つ出来ずに倒れ込んでいるだけだった奏はただ、息を切らしながら口惜しそうにその光景を睨め上げていた。

 

「はあ、はあ、はあ……。くそッ、なんで──」

「奏……」

 

 思わず奏に駆け寄ろうとする翼。だがその瞬間、二人の耳に司令室からの声が響いてきた。

 

『高質量のエネルギーを確認ッ! この反応は──』

 

 まるで藤尭の声に合わせるかのように、三人の前に黒い瘴気が渦巻いていく。やがてそれが固着していき、漆黒のノイズへと姿を形作っていた。

 

「カルマ、ノイズ……ッ!!」

 

 その姿を見た瞬間に身体へ力を込める奏。多大なダメージを負っているにも拘らず、精神力だけで立ち上がろうとしていたのだ。それを見て、すぐに翼は止めに入った。

 

「奏、無理はしないでッ! ここは私たちが──」

「るせぇッ! あたしだって、やれる……ッ!」

「馬鹿なこと言わないでッ! そんな状態で、一体なにができるって言うのッ!?」

「──……ッ」

 

 仇敵を前にしながらもマリアの怒声が奏の耳を貫く。多大なダメージを負っている状況でのその言葉は奏の心身に沁み渡り、振り絞った力を奪っていった。今の自分は、何処までも足手まといなのだと気付かされることで。

 

「く、そォッ……!」

 

 そのまま顔を突っ伏してしまう奏。絞り出した威勢も緊張の糸と共に切れたのか、動かなくなっていた。

 

「奏ッ! 奏ぇぇッ!」

「落ち着いて翼、気絶しただけよッ! それより──」

 

 カルマノイズの一撃を受け止め弾くマリア。距離を取り奏と翼の前に立ちながら、眼前の敵を強く警戒するように構えを止めずにいた。

 一方で意思もなく突進しようとするカルマノイズ。だがその足元が突然爆ぜ、動きを止めてしまう。横へ目を向けると、トライガーショットを構えたミライが其処に居た。

 

「ヒビノさん……ッ!」

「遅くなりましたッ! 大丈夫ですかッ!?」

「バッチリの登場タイミングよ。彼女をお願いッ! 翼ッ!」

「──ああッ!」

 

 カルマノイズへ突進する翼とマリア。その隙にミライは奏の元に行き、すぐに安否の確認をする。どうやら命に別状はないようだが、完全に気を失っており戦うことは出来ないのはハッキリと見て取れた。

 ……その内に眠る”光”にも意識を向けてみるが、まるで今の奏と同じように、眠っているかのようにそれを捉えることは出来なかった。

 

 蒼と銀の剣閃が放たれ漆黒の異形を切り崩していく。だが異形は以前と同じように即座に復元し、身体を変えて二人へ襲い掛かっていく。

 ノイズらしからぬ重い攻撃はギアを纏っていても容易く防ぎきれるものではなく、防御し受け流していくだけでも身体が軋みを上げていくのが理解る。二人とも心身で実感していた。このままでは押し切られてしまうと。

 

「ならば──ッ!」

「無理にでも、やるしかないわねッ!」

 

 距離を取り、胸のマイクユニットに手をかける。それが何を意味しているかは二人とも理解っていた。だがそれでも、眼前の脅威を打ち倒す為に今は、押し通す瞬間(とき)なのだと。

 

「「イグナイトモジュール──抜剣ッ!!」」

 

 イグナイトを発動させる翼とマリア。ギアが高出力の力を噴き出しながら漆黒に色変わる最中で、カルマノイズの周囲に漂う瘴気も吸い込まれるようにイグナイトモードへと変形したマイクユニットへと寄せられていく。

 それが侵食を始めた時、二人の身体は先日同様に激痛を伴う破壊衝動が溢れ始めていた。

 

「ぐ、あああああああッ!!」

「うあああああああッ!!」

 

 

「翼さんッ! マリアさんッ!」

「なにが起きているッ!?」

「理解りませんよ、さすがにッ!」

「ギアを、制御できていない……?」

(……案の定、か)

 

 溜め息を吐きながらマイクに手をかける了子。そしてすぐさま声を放っていく。

 

「二人とも、すぐにソレを解除なさい」

『で、です、が……ッ!』

「私の見立てが間違ってなければ、そのままだとあなた達の命に関わるわよ」

 

 驚きを隠せない弦十郎とオペレーター陣。一方で響は了子の放つ冷静な言葉に同意するかのように口を噤んでいた。

 

「そっちの世界のモノだから詳しくはあまり知らないにしても、シンフォギアシステムを生み出した者としての勧告よ。あらゆる意味であなた達は喪ってはならない。理解るわよね?」

 

 了子の言わんとしていることは分かる。自分たちの身体だけではない、世界を跨いだ多方面への被害と損失、それを考えれば彼女の言うことに何ら間違いは存在しない。だが……。

 

『聞け、ません……ッ! 我らは防人……襲い来る天魔外道より、世を守護るもの……ッ!』

『それに……いまコイツを野放しにして、全員が無事に帰還できるって保証は、あるのかしら……ッ!?』

「それは……」

 

 口ごもる了子。状況判断からすればそれは難しいと言わざるを得ない。

 イグナイトの反動で戦えなくなるであろう装者二人、既に倒れている装者一人、幸いにも無事な行動隊員が一人。カルマノイズの特性上、増援を呼んでもそれらがすべて鏖殺される恐れもある。死中の活を、攻と逃のどちらで見出すかの違いに過ぎないのだ。

 その上こうして押し問答している時間もない。抜剣した以上、戦うか否かの選択は即座に決めなければならない。それを理解したミライが強く声を上げた。

 

「もしもの時は僕が二人を止めますッ! 翼さん、マリアさん、行ってくださいッ!」

 

 その声に背を押され、漆黒のギアと化した二人がカルマノイズへと瞬足で間を詰めていった。

 マリアの短剣の一撃が両腕を打ち切り、そこに合わせて翼の刃が振り下ろされる。両断されたカルマノイズだがすぐさま距離を開けながら肉体を再構成、攻勢に転じようとする。

 

「「逃がすかあああああッ!!」」

 

 翼の刃が足を斬り裂き、姿勢を崩した瞬間にマリアの蹴りが形状的に後頭部と認識される部位へと打ち込まれる。そうして倒れたところを更に攻め立てる……。二人の今の姿は、まるで力任せに敵を凌辱私刑しているようにも見えた。

 そんな中でも残された冷静な思考は、この連撃ではまだ斃すに至らないという直感を感じていた。先日の交戦時……響を交えたイグナイトの三連撃でさえ獲り零したのだ。それが今は二人、足りるはずもないと思考が訴える。その打開案は浮かばぬままで。

 そんな二人の僅かな隙を縫って脱出するカルマノイズ。短時間であれど此方が疲弊するだけの戦いに加え限界ギリギリのイグナイト。翼とマリアの心身は、破壊衝動に呑まれないようにするので精一杯だった。

 回復速度を上回る飽和攻撃か瞬間火力であれば……次第に細くなる意識を繋ぎ留めながら思考するも、手段は出てこない。

 

「拙い、な……。マリア……あとどこまで、やれる……?」

「……最大出力……一発で、おじゃんかしら……」

「そう、か……。私もだ……」

 

 遂に膝を付いてしまう翼とマリア。そうしている内にカルマノイズは回復を完了させ、徐々に接近していく。これ以上のダメージは集中力を途切れさせ、破壊衝動の侵食を許してしまう。それを理解しながらも、動かぬ躰への口惜しさで奥歯を噛みしめるしかなかった。

 振り上げられるカルマノイズの腕。だがその瞬間、銃声が鳴り響いた。音の出どころにはミライがトライガーショットを構えて立っていた。

 

「ヒビノ、さん……」

「撃ってくださいッ! 全力の一撃をッ! 僕がフォローしますッ!!」

 

 カルマノイズの気を引くように光弾を連射するミライ。攻撃は通っていないものの、動きを止めたカルマノイズはミライの方へ身体を向けた。

 それを見て申し合わせたかのように翼は大型化した刃を奮い蒼雷の一撃を、マリアは左腕の籠手に短剣を装着し残り全てのエネルギーを纏わせて発射した。ミライの言葉に対して何処まで期待したかは定かではない。だが最早出来ることはそれだけしかなかったのも事実。なればこその賭けだった。

 地面を抉りながら高速で迅る二つを光撃を視認した瞬間、ミライはトライガーショットの形状を即座に変形、カートリッジを交換する。一切無駄が無い動きはそのまま銃口をカルマノイズに向けると同時に引鉄を引いた。

 発射された青い光弾は二人の渾身の一撃よりもほんの僅かに速く着弾し、カルマノイズを閉じ込める光壁──キャプチャーキューブを生み出した。翼とマリアの放った攻撃を共に包み込んで。

 両断した蒼雷は爆ぜると共に細かな雷迅として光の檻の中を覆い包む。それと同時に白銀の刃は光壁に反射し、まるで跳弾のように超高速を持った無軌道斬撃を叩き込み続けていった。

 その光景を呆然と見つめる翼とマリア。二課指令室の面々もそうだ。ただ一人、ミライだけが確信を持ってその輝きを見守っていた。これならば、きっと──と。

 

 時間にして数十秒の後に光壁は砕け、飛び交う輝きも消えた。その中に残っていたのは、個体と成していない黒炭の山。風と共にあっさりと、何処へと消え去った。

 

「やった……ッ!」

「斃せた、のか……」

「そう、みたい……」

 

 呟きと共にギアを解除する翼とマリア。そのまま力尽きて倒れてしまう。寝息のような小さな呼吸だけをしながら、二人の意識は破壊衝動とは無縁の静かな闇へと落ちていった。

 

「司令ッ!」

『三人を回収、急げッ!!』

『わたしも行きますッ!』

 

 ミライの呼びかけに即座に対応する弦十郎。それに続いた響も即座に指令室を後にした。戦えぬ自分に代わり、ギリギリまで戦い抜いて勝利した仲間たちを迎える為に。

 

 

 

 =

 

 一夜明けた朝、目が覚めたのはまたもメディカルルームだった。

 奏の手には何もない。握っていたはずのギアペンダントは勿論、悔しさと共に付いた砂も綺麗さっぱり無くなっていた。残っていたものはただただ惨めな記憶と傷跡だけだった。

 

(……無様だ。無様すぎるだろ……ッ! 人のギアを盗んでおいて、制御すら出来ないなんて……ッ!)

 

 シーツを握りしめながら先日の事を思い出しながら震える奏。

 彼女自身が思う通り、あの時は無様と言う以外の何物でもなかった。力を追い求めていたはずなのに、何かに焦り、禁忌に手を出し、結果自分を傷付け周囲からは憐憫の眼を向けられる。これを無様と言わずしてなんとする。

 まるでそれは、いつか見た夢の再演(デジャヴ)。愚かしき二の舞に他ならなかった。

 

 

 

 苛立ちを燻ぶらせながら歩く奏。そこへ偶然か必然か、対面から翼が歩いてきて、少しおどおどとした様子で話しかけてきた。

 

「……あの、奏……?」

「……何だよ」

「もう、大丈夫なの?」

「……ああ、メディカルチェックの結果も異常はないってよ」

「そう……よかった」

 

 素直に安堵する翼。だがそんな些細な言葉でも、奏の胸に燻ぶっている苛立ちの火には注がれた油となってしまっていた。

 

「よかった……? 何がよかったんだよッ! 

 あたしが他人のギアを盗んでおきながら、ロクに使えなかったからか? それともそんな無様なあたしへの皮肉か? ああッ!?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

 

 翼の言葉にも想いにも偽りはない。奏を心配し、その心のままに出た言葉だ。だがそれすらも、今の彼女には受け入れる余裕が無かった。

 更に募った苛立ちを隠そうともせずに歩き去る奏。翼はそれを心配はすれど、かける言葉は失っていた。今はどんな言葉をかけようとも、彼女の怒りに触れることになると察したのだ。

 立ち尽くしてしまった翼の元に響、マリア、ミライの三人が歩み寄る。陰で二人の様子を見ていたのだろう。

 

「翼、どうだったの?」

「ああ、少し話せた。体は大丈夫だそうだ」

「よかったぁ……」

「そうですね……。それに翼さんもマリアさんも、大したことが無くてよかったです」

「流石に疲れはしたけどね。でも、なんとか斃すことが出来た」

 

 ミライの安堵の言葉に微笑み返す翼とマリア。

 異常を察しつつも強行したイグナイトの抜剣と、カルマノイズを相手に力の全てを出し切る程の戦闘。それを切り抜けた結果として、一先ず肉体への異常が無かったのは僥倖と言えた。そこにカルマノイズの撃破も加えれば間違いなく大金星、否が応でも気が上がるものだ。

 だがそれに呑まれることもなく、翼がおもむろに響に顔を向け、頭を下げていった。

 

「つ、翼さんッ!?」

「……立花、すまなかった。奏の代わりに謝らせてくれ……」

「そ、そんなッ!? 翼さんに謝ってもらうような事じゃないですッ! みんな無事でしたしギアも戻ったし、気にしないで下さいッ!」

「ありがとう、立花……」

 

 響と翼の温かなやり取りに柔らかい笑みを浮かべつつ、マリアとミライはそれぞれ奏に対して思考を巡らせていた。

 

(あんな行いに出たのは彼女の心からなのか、それとも内に潜むベリアルの影響なのか……。どちらにせよ、彼女がいま闇に足を囚われているのは間違いない)

(イグナイトの力を欲したい気持ちはわかる。でも、たとえあのペンダントを制御できたとしても──今の天羽奏の心では、魔剣の呪いには、間違いなく耐えられない)

 

 二人の考えはそれぞれ違うものの、辿り着いた結論は同じモノとなっていた。互いに気付かぬままなれど。

 

(彼女は、力の求め方を間違っている。でも、自分でそれに気付かない限り、前へは進めない──)

 

 

 

 トレーニングルーム。複雑な想いを抱えたままの奏の足が向かっていたのは此処だった。

 更衣室で身支度を整えながら先日の醜態を思い返す奏。何度思い返しても、どうしようもなく稚拙で恥ずべき行いの果てにあった無惨な自分自身の姿。身体の内から引き裂かれそうになる痛みに呻き悶えたあの時を、何度も何度も反芻していた。

 

「所詮あたしは紛い物ってわけか……。

 あたしの適合係数じゃ、イグナイトどころか、あいつのペンダントすらまともに使えない……。いや、仮にあいつのペンダントが使えたとしても、あたしなんかじゃ……」

 

 響の戦いを思い出す。纏った姿は違いアームドギアすら持たずとも、同じギア……同じガングニールで自分を越える爆発力のある戦いをして見せていた。

 マリアの戦いを思い出す。同じLiNKERを用いている……つまりは同じ”紛い物”であるにも関わらず、皆を指揮しつつ自らも前に出て戦う様はまるで手本のようでもあった。

 ……そして翼の戦いを思い出す。自分の知っている彼女と近くあり、だが想い出の中の彼女より遥かに洗練され研ぎ澄まされた刃を奮う姿は、気を抜けば見惚れてしまう程だった。

 遥かに、圧倒的に、三人とも強かった。同じギアを纏っているのに。同じ薬物に頼っているのに。──ずっと、同じ戦場に立っていたのに。

 知った姿の者が見せた知らぬ姿。だが思い返せば返すほど……それは、奏がいつも隣で感じていたものだと気付いてしまった。

 

「……翼は、あたしなんかよりずっと凄いヤツだった。ツヴァイウィングの時だってそうだ。泣き虫だ弱虫だなんていつもからかっていたけど、本当は翼の方が強くて、何よりも輝いていたんだ。

 翼という大きな片翼に対して、あたしというちっぽけな片翼……。バランスなんか、つり合いなんか取れちゃいなかった……。

 だけど、それならあたしはこの大きな羽を持つ翼を少しでも助けてやりたい、傍で護ってやりたいと思った。思って、いたのに……助けられたのはあたしだったなんて──ッ!」

 

 言葉にするたび脳裏に走る記憶。腕の中で崩れ落ちて消える大切なひとのすべて。

 光景が蘇る度に奏の心が傷付いていく。自分にとって己が身を託せる唯一の鵬翼、それを失くした傷痕を掻き毟るかのように。

 

「そんなのないだろッ! なんで……どうしてあたしなんて守ったんだよ……。

 あたし一人じゃ飛べないんだ……翼がいなきゃ、何も出来ないのはあたしの方だったのにッ! 

 ちくしょう……うわああああああ──ッ!!」

 

 叫びを上げる奏。強固な扉があったとは言えその哀哭はそれを越えて聞こえていた。偶然そこを通りがかっていた翼たちに。

 思わず其処へ入ろうとする響を静止しつつ通り過ぎる。いま奏の前に現れても、互いの溝を更に広げ深めるだけだと思ったからだ。

 そうして聞かぬフリを通し歩いていく。だが彼女らは……翼は、耳に残る奏の哀しみの声を思い、想いを傾けていた。

 

(……私は、奏の事を理解ってなかったのかもしれない。奏だって、私より少し年上なだけだったんだ。迷いも、嘆きも、あって当たり前なんだ……。

 ……ツヴァイウィングの頃、わたしは奏にずっと支えられていた。だから、今度はわたしが奏を支えたい。奏が寄りかかっても倒れないくらいには、強くなれたはずだから……)

 

 前を向いて翼は思う。扉の向こうに居たのは憧れ続けていた大きな片翼ではなく、傷だらけになりながらもなんとか立っている少女に過ぎなかった。

 それを裏切られたなどとは思わない。理想ばかりに目を向けて、それを知らず彼女に押し付けていた自分の過ち。……かつて、天羽奏が身命を賭して守護り、遺したモノを受け継いだ少女に対して取っていた態度と本質的には同じだと、小さく奥歯を噛みしめる。

 だが、それらを乗り越えたからこその今がある。故にこそ支えたいと思い至ったのだ。この身は多くの仲間に……そして今も、亡き”彼女”に支えられているのだから。

 

 

 一頻りの哀哭を吐き出した奏は独り、自由に身体を動かせる広い空間の中央で、目を閉じて己を省みていた。自らの行いと、自らが求めるものを。

 

「……あたしが間違ってた。人のモノを奪って、簡単に強くなろうなんて……。

 やるならあたし自身の力を磨くしかない。強くならなきゃ、あたしはノイズどもに復讐出来ない。

 このガングニールはあたしが手に入れた、あたしの力なのに、あたしがそれを疎かにしてた……。あたしの中にある光も……ウルトラマンもきっと、それを戒める為にあんな夢を見せたんだ。

 ──だったらやる事は一つ。もう一度、あたし自身を鍛え直してやるッ!」

 

 光の真意の程は定かではない。だがそれでも、彼女はもう一度前を向いた。

 そして虚像の仇敵を相手に、自らの槍を強く奮い始めたのだった。仇敵への憎悪と憤怒だけを拠り所にして……。

 

 

 

 =

 

 二課指令室に揃った響たち4人。迎え入れた弦十郎は明るい笑顔で挨拶をし、昨日の様々なことを兼ねた話をしていった。

 

「みんな、集まってくれてありがとう。そしてまずは響くん、奏が本当に申し訳ないことをした。許される事ではないと理解っているが、組織の長として謝罪させてくれ。

 本当に、すまなかった」

「いいえ、奏さんに怪我とかが無くて良かったです。みんな無事でしたし、それならわたしは十分です」

「んも~イイ子ちゃんなんだから。こういう時ぐらいちゃんと怒った方が良いのよ? イイ歳したオトナが頭下げてるんだから、返し方もちゃんとしないと」

 

 了子からの言葉に頭を掻きながら笑って返す響。元よりこういう事が苦手な性分もあり、ついつい笑顔で流してしまっていた。

 ただ弦十郎はそんな響の性質を何処となく理解したのか、了子を下がらせて響の言い分に乗る事とした。非は此方にある以上いま彼女の在り方について問答するわけにもいかず、かと言ってこのまま話が進まないのも好ましくない。それ故の判断だった。

 

「……ともかく、もう一つの重要な話だ。まずは翼とマリアくんとヒビノくん、昨日はよくやってくれた。お陰でカルマノイズの一体を撃破することが出来た」

「カルマノイズの……一体ですって?」

「ほ、他にも居るんですかッ!?」

 

 何気なしに語られた弦十郎の労いの言葉。だがその一言は、この場に在りて本来在らざる者たちへ衝撃を与えるに十分なものだった。

 カルマノイズが複数体存在する。その事実はあまりにも大きかった。

 

「今までに観測されている数だと、あと五体かしらね~。他にも居ないとは言い切れないけど」

「五体……あれがか……」

「次にカルマノイズがいつどこで現れるかは不明だが、奴らを倒せるのは装者を擁する我々だけだろう。

 この世界の者では無い君たちに負担をかけるのは心苦しいが、それでも我々には君たちの助けが必要だ。

 ……どうか、宜しく頼む」

「無論です。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 即答で返したものの、少しばかり思案する翼。協力する事に対しては異議も異論も存在しないが、大きな懸念材料はあった。イグナイトについてだ。

 

(イグナイトの出力があればギリギリ戦うことはできる。斃すことも辛うじて可能だ。だが、しかし……)

 

 思い返すは昨日の戦い。本当ならば肉体が壊れていてもおかしくない程の衝撃が身体を襲い、戦闘直後には気を失っていた。これまでの戦いで何度も使ってはいたものの、あれほどのバックファイアは前例がない。

 戦う意思はあるものの、その手段に対して信を置けなくなっている以上、本当に戦えるのかという漠然とした不安が彼女たちの中に生まれていた。翼だけでなく、響とマリアにも。

 そんな彼女たちを見て、了子がおもむろに口を開く。

 

「貴方たちが不安視してるモノ……イグナイトモジュールのことだけど、一度作った人に見てもらったほうがいいわ」

「やはり、何か問題が……?」

「逆よ逆。多分、機能には何の問題もないと思うわ。けど、念のためにね。

 推測だけど、問題はカルマ化したノイズの方にあるのよ」

「どういうこと……?」

「まあ詳しい事は確かめてからにしましょう。ということで、あなたたちは一度戻ったほうがいいわ」

「で、でもッ! わたしたちが帰ったらノイズとの戦いが……」

「……そうね。こちらの装者は1人、戦力的に厳しいのは確かなはず」

「でしたら、僕が残ります」

 

 進言するミライ。響たちが彼に目を向けるが、そのまま変わらず話を続けていった。

 

「協力したいのは僕も同じですし、確かめておきたいことも出来ました。それに、ノイズとの戦いでも天羽さんのサポートぐらいなら出来ます」

「確かに、ヒビノさんであれば戦力として申し分ないと思います。しかし──」

(……いいのか、私は奏を一人にして……)

 

 またも思い悩んでしまう翼。ミライを信頼してない訳じゃない。ただ自分の心の在処をハッキリさせることが出来ずにいただけだ。だがそれを考えている暇は、現状は与えてくれはしなかった。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、機能に不安を抱えたまま戦うのは危険よ。一度ハッキリさせて来たほうがいいわ」

「君たちが戻ってくるまで我々だけで耐えて見せる。だから、行ってきてくれ」

「……わかり、ました……」

 

 不承不承ながらの了承をする翼。後ろ髪を引かれる思いをしながらも、そのまま響とマリアを含む三人で指令室を出て行った。

 奏と会うことは、無かった。

 

 

 

 =

 

 数刻後、弦十郎がネクタイを緩めながら溜め息を吐き、指令室に戻って来た。

 

「お帰りなさい。送ってきたの?」

「ああ。全く、並行世界へのゲートだなんて初めて見た。あんなものが、本当にあるとはな……」

「信じてなかったの?」

「いや、翼が居た時点で信じてはいたが、実際に目にした衝撃は別物さ」

 

 逸る心を落ち着かせるように笑顔で返す弦十郎。しかし現実に、三人の装者たちが歪なゲートの中へ入っていく様は衝撃的だ。

 脳裏に焼き付いた光景のフラッシュバックにやや苛まれながら席に着こうとする弦十郎。だがその瞬間、警報が鳴り響いた。

 

「──司令ッ! ノイズと思われる反応がッ!」

「くッ、間の悪い……。奏、頼むぞッ!」

『ああ、あたしに任せときなッ!』

『僕も行きますッ!』

 

 弦十郎の言葉を受けて出動する奏とミライ。

 現場に出た奏は即座にギアを纏いノイズの殲滅を、ミライは避難誘導とノイズの足止めをそれぞれ行い始めた。

 

 戦いの最中、ノイズたちを粉砕しながら奏は思考する。並行世界の装者たちが帰り、また自分一人になったこの時を。

 

(そう、あたしはこれでいい……。これでいいんだ……。

 この世界はあたしの世界……あいつらに頼るなんて間違いだ。今までのように、あたし一人でやってやるッ!)

 

 この状況を肯定しながら槍を奮う。居残った一人を……戦場に立たない者を歯牙にもかけずに。

 

(あたしは負けない……ノイズを全部駆逐するまでッ! もっと力を──ッ!)

 

 貫き、払い、絶え間なく奮われる槍。それに砕かれ黒炭と化していくノイズ。だが留まる事を知らぬノイズの群れは、物量で奏を圧し潰していった。

 その中で穂先を高速回転させて竜巻を起こす【LAST∞METEOR】で群れごと薙ぎ払う奏。だがそれでも絶えぬノイズは四方八方、奏の死角からも攻撃を仕掛けてきた。

 

「なッ、後ろッ!? ──ぐううううッ!?」

 

 瞬時の対応に遅れ攻撃をもろに受けてしまう奏。すぐに起き上がるものの、目の前に迫っていたのは何処から湧いてくるのかも知れぬノイズたち。

 歯を食いしばり起ち、槍を構え直し、怒りを力と変えるべく物言わぬ相手に声を放っていった。

 

「ちッ、やってくれるじゃねーかッ! ……あたしは独り。背後(うしろ)にはもう、翼はいないんだ。だからあたしが──ッ!」

 

 強がりにも思える声を掻き消すように、ノイズが襲い掛かる。其処から目を逸らさずに槍を構えた瞬間、奏の目の前に淡く光る障壁が出現し、ノイズを受け止めた。

 そしてその僅かな隙に、雷電を伴う蒼い剣波──【蒼ノ一閃】が奏の真横を通過。群れの一部を砕いて散らせた。

 

「これは──ッ!?」

 

 思わぬ事態に驚きを隠せない奏。振り向いた其処には見知らぬ形の小銃を構えた青年の姿が、そしてもう一人……何よりも見知った装束を纏い剣を携える少女の姿があった。

 

「こちらミライ、避難誘導の完了を確認ッ! 装者の援護へと移行しますッ!」

「お前ら……」

「いないなんて……独りだなんて悲しいことを言わないで、奏……。私はいつだって奏の傍にいる。ヒビノさんも、二課のみんなもいる。

 ──奏を、独りになんかさせないッ!」

 

 真っ直ぐな翼の言葉。ミライの眼。耳元に聞こえる弦十郎たちの声。それに返すものを持たぬ奏は、それでも言葉を選び吐き出していった。

 

「……お前、どうして帰らなかったんだ?」

「わたしが奏を見捨てられるはずが無いじゃない。だから──」

「……あたしは、お前の知っている”奏”じゃない」

「わかってる。それでも、奏は奏だから」

 

 奏の頑なな否定にも退くことのない翼。不器用な回答でも、それは目の前の”天羽奏”に対する言葉だ。理想という虚像へ向けた言葉ではない。

 それを受け取った奏は翼に背を向けて、槍を構えて言葉を続ける。

 

「……ノイズをぶっ殺す。遅れんじゃねーぞッ!」

「ああ。奏の背中はわたしが護るッ!」

 

 何処か嬉しそうに返事する翼。すぐさま自分も背を向けて、奏と背中合わせの状態を作る。

 そうして二人は迫るノイズへ攻撃を開始した。大きく奮われる奏の攻撃の隙を翼の刃が補っていき、翼の攻撃が浅いと見ると奏の槍がそれを深手へと変える。それでも生まれる隙間には、遠間よりミライの握る小銃から放たれた光弾がノイズの動きを僅かに止め、其処へ何方かの攻撃が突き立てられる。

 即興とは思えぬほどに息の合ったコンビネーション。奏はそこに懐かしさを感じていた。

 

(……そうだ、あたしは元々一人じゃなかった。こんな風に、誰かに援護してもらって……翼に背中を預けて戦ってたんだ……。でも……)

 

 思い出す輝かしい過去。でもだからこそ連なり思い出してしまう痛ましい過去。まるで覚めない悪夢のように出ずるそれは、僅かに緩んだ心を何度でも強く締め上げるかのようだった。

 

(でも……違うッ! あたしの翼は……あの時、あたしを庇って──。

 ……だから、違う。あたしの翼じゃない……。だから、あたしは絶対に受け入れない……。

 例え翼が”翼”であったとしても、あたしの翼はたった一人しかいないんだから……)

 

 

 

 

 end.



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EPISODE 05【世界侵食】

 

 元の世界に帰還した響とマリア。翼も一緒に戻って来たものの、張り付いた心配そうな顔はマリアは勿論響にも看破されており、すぐにあちらへ行くよう促された。そんな顔でいるよりも、あちらで奏と一緒に居て欲しいと背を押されたのだ。

 二人の気遣いに礼を言い、再度ゲートを潜る翼。残った二人も、いまやるべきことをする為に発令所へと歩を進めていった。

 

 弦十郎からの労いの言葉も僅かで済まし、すぐにギアのチェックを申請する。報告すべきことは多々あれど、先ずはそこからだ。

 そうしてエルフナインにギアペンダントを預け、その内に弦十郎への報告を済ませる。頻発するノイズの出現とその変異体。何処より現れる漆黒の怪獣。そして並行世界に存在する差異……天羽奏の存在。

 報告の一つ一つに驚きを見せながらも、弦十郎はそれらを受け止めるように聞いていく。二人が見てきた全てを信じる為に。

 

「……まったく、改めてとんでもないな、並行世界ってヤツは」

「はい。師匠も師匠だけど師匠とは全然違いますし、奏さんや了子さんとまた会うことが出来るなんて、思いもしなかったですッ!」

「……了子くんは、元気にしているのか?」

「はい、了子さんは了子さんのまま、すっごく元気でしたッ!」

「──そうか、それならいい」

 

 おもむろに尋ねた弦十郎の言葉に少し疑問は感じたものの、彼の優しい微笑みは返す言葉を拒絶しているようでもあった。

 そうして報告がひと段落着いたとき、エルフナインが発令所へと入ってきた。

 

「響さん、マリアさん、ギアのチェックが終わりました。それでイグナイトモジュールについてですが……」

「どうだったの、エルフナイン?」

「……結論から言うと、何の異常も見つかりませんでした」

「え……制御できなかったのに?」

「はい……すみません」

 

 思わず絶句するマリア。エルフナインを疑っているなんてことはない。彼女なら確実に、極細部までしっかりと検査している。その上で出した結論が『異常なし』なら疑うなどないが、事実二人は……特にマリアは強い異常と共に倒れ込んでまでいたのだ。

 実体験と検査の間で生じた齟齬、それは決して見逃してはならないところであり、マリアも自然とそれを追求していくようにエルフナインへ質問をしていった。

 

「……他に考えられる可能性は?」

「ご存じの通り、イグナイトモジュールは魔剣ダインスレイフの欠片を触媒としています。そして、ダインスレイフは心を蝕む魔剣です。

 ですので、使用者側の心に隙が出来れば制御が難しくなります。大きく動揺したり、焦ったり……肉体の疲弊から来る精神の均衡不全も要因になるかと……」

「……うーん、そんな事なかったと思うんだけどなぁ」

「そうね……。どちらも皆無という訳ではないけれど、魔剣の呪いを入り込ませる程の隙は作らなかったはず……」

 

 考え込む響とマリア。しかしどれほど思い直しても、エルフナインが言う程に大きな心の変化や肉体へのダメージは無かったと言える。だからこそ、理解らない。

 出ない答えに悶々としているところで、エルフナインからまた一つ提案が出された。

 

「念のため、お二人はメディカルチェックを受けてください。並行世界への移動や変異体ノイズ、別種の怪獣との戦闘で何か影響が出ているのかもしれません」

「……そうね、分かったわ」

 

 彼女の勧めに従いメディカルルームへ向かおうとする二人。だがその瞬間、警報が発令所に響き渡った。これは──。

 

「ノイズですッ!」

「……メディカルチェックの前にやることが出来たわね」

「待て、二人とも。今の状況での出撃は許可できない」

「でも師匠ッ!」

「そうそう、二人は留守番だ」

 

 扉の開く音と共に聞こえる声。響とマリアにとっては数日間聞くことが無かったせいか、何処か懐かしく聞こえてしまう頼もしい仲間たちの声だった。

 

「クリスちゃんッ!」

「メディカルチェックは大事。ちゃんとやっておかないと」

「デスデス。ノイズはアタシたちに任せるデス」

「調……切歌も」

「そういうことだ。こっちのノイズはアタシたちの担当だからな」

「……わかった。クリスちゃん、お願いねッ!」

「おう、任せとけってのッ!」

「調、切歌も気を付けて。無理はしないようにね」

「うん、大丈夫」

「泥船に乗ったつもりで待ってるデスッ!」

「切ちゃん、それだと沈んじゃう。正しくは『大船』」

「おおう……間違ったデス。とにかく、安心して待っているデスよ」

「ふふ……ええ、分かったわ」

「よし、それじゃ行くぞお前らッ!」

「はいッ!」

「了解デスッ!」

 

 威勢の良い言葉と共に駆け出していくクリス、調、切歌の三人。彼女らの背を見送りながら、響は激励の念を送っていた。

 一方でマリアは自然と弦十郎の隣に立ち、少し声を抑えて話を切り出した。

 

「……あの子たちのLiNKERは?」

「余裕がある、とは言い難いな。ノイズの出現頻度が長期的に増加する可能性を鑑みれば、悠長なことは言ってられんが……」

「エルフナインにこれ以上負担を強いるのも酷だものね……。アルケミースターズの結成で知識面での増強は出来ても、そこに技術と資本を伴わせるにはまだ時間が足りない、か……」

「情けないことにな……。マリアくんの方はどうだった?」

「上々以上の成果があったわ。並行世界の天羽奏が此方と同じ第二種適合者で良かった。相応の対価は差し出したけど、最低限の流通確保は出来そうよ」

 

 マリアのその言葉を聞いて薄く微笑む弦十郎。それは飽くまでもその場凌ぎの手段である事は理解っているが、それでも無いよりマシというもの。

 未だ幼く未来ある少女らの命を戦場で散らすなど、もう許せるはずもないのだから。

 

 

 一方、時を同じくした並行世界。そちらでも現在、ノイズ出現の報を受けて奏、翼、ミライらが出動したところだった。

 眼前に広がるノイズの集団。蠢く極彩色の群れを前に、翼の口からは素直な感想が漏れ出ていた。

 

「……また大量に出て来たものだな」

「なんだ、ブルっちまったのか?」

「そうじゃない。負けられないと思っただけよ」

「……そうかい。ま、あたしの邪魔だけはしないでくれよ」

「……ええ」

 

 奏の隣に立つ翼。隣りに佇む彼女の存在に、翼は言い得もない感情が沸き上がって来た。もう二度と感じることのないと思っていた、不思議な懐かしさだ。

 

(立花やマリアがいないのは少々心細くもある……。だが、奏と二人というのは、昔を思い出すな……。

 私と奏、ツヴァイウィングの両翼が揃っていた頃を……)

 

 其処に想いを馳せている中で、ふと奏に目を向ける。

 あの時のように明るく……とまでは行かずとも、彼女はまだ自分の名を呼んでくれることは無い。彼女が自分の記憶に彩られている”奏”ではない事は理解っていることだ。

 だがそれでも……違うと理解っていても、”奏”と同じその声で自分の名を呼んで欲しい。仲間として、友として、自分という存在を受け入れて欲しい。そんな風に考えていた。女々しいと一笑に付すべきことだと分かっていても……。

 翼のその目線に気付いたのか、奏もそちらに一瞬目を向ける。冷徹な、内なる鬼気を抑え込んでいるような目。

 すぐに視線を前へ戻し、吐き捨てるように翼へ声をかけた。

 

「ボーっとしてるんじゃねーよ。やる気が無いなら、そこでつっ立ってなッ!」

「……やる気ならある。この剣で、あらゆる危難に立ち向かってみせるッ!」

 

 

 

 =

 

 戦いは、二つの世界で並行して起こっていた。

 クリス、切歌、調の前に並み居るノイズの群れ。三人の装者はそれぞれが纏うギアを駆使して、ノイズの群れを攻撃していった。

 クリスの両手に携えられたボウガンから絶えず放たれる真紅の嚆矢がノイズを貫き、一見すると己が翠刃に振り回されているようでありながらも大振りの斬撃で刈り取る切歌が群れに穴を開ける。そしてその穴を広げるかのように、舞い踊るように廻る調の緋刃が更に群れを砕いていく。

 少女らの圧倒的優勢で進む戦いは、数多の努力と経験に裏付けられたもの。それを見せつけるかのように、三人は瞬く間にノイズの群れを掃討した。

 

「……はッ、ざっとこんなもんだ。あたしらの敵じゃねーなッ!」

『まだだッ! 12時の方向に新たな高エネルギー反応があるッ!』

「問題ない」

「一気に片付けるデスッ!」

 

 本部からの連絡を受け、そこへ向かって走り出すクリスたち。それを追うように司令室でも素早いモニタリングを開始する。

 そこに映し出されたものは、彼らにとっては思いも寄らぬ存在だった。

 

「なんだ、あのノイズは……。通常のノイズとは比べ物にならないエネルギーだと……ッ!?」

「あ、あれはッ!」

「カルマノイズ……。何故、あのノイズがこちらに……!?」

 

 驚愕に顔を歪める響とマリア。さもありなん、アレこそが異変の原因であるカルマノイズなのだが、それは並行世界にのみ存在するものだと思い込んでいた。だからこそ、自分たちの世界で現れるなど想定もしていなかったのだ。

 そんな中で冷静さを保ちながら、エルフナインが即座に構築した考察を話していく。

 

「今この世界に出現しているノイズは、バビロニアの宝物庫を介さず並行世界から流れてきています。ですから──」

「並行世界側の脅威が現れる可能性もある、ということか……。三人とも注意するんだッ!」

 

 弦十郎の言葉に力強く了解を伝えながら走るクリスたち。到着した其処はとある公園。そこに漆黒のノイズが動きを見せずに佇んでいる。

 

「こいつかッ! って、おい……何だよこれはッ!」

 

 敵の姿を視認すると共に戦闘態勢へ入るが、すぐにその周囲で生じている異常に気が付いた。

 

「人が、人を……襲ってる?」

「まるで地獄絵図デス……!」

 

 周りに居たのは人間たち。昼間の公園ともなれば、色んな人がたむろしていても不思議ではない。故にこその異常がある。

 人間同士の殴り合い……それもただの喧嘩などではない。老若男女が誰彼問わず凄惨な殴り合いを繰り広げていた。老人は幼子の首を絞め、その老人の腕へ別の子供がしがみ付き齧る。うら若き乙女は筋骨が隆々とした青年の上に跨り、互いに血を撒き散らしながら拳をぶつけ合う。

 切歌の呟いた通り、今此処は常軌を逸した地獄と化していた。

 

「──お前が元凶かッ! なら、さっさとぶっ倒してェッ!」

 

 迷わずカルマノイズへと引鉄を引くクリス。だが放たれた矢は標的に当たるより前に、壁のように地面からせり上がって来た極彩色──ノイズの群れに阻まれた。

 それを呼び水にしたかのように次々と現れるノイズ。まるでカルマノイズとの隔たりのように、どんどん出現してきた。

 

「の、ノイズが大量に現れたデスッ!?」

「これじゃ、あのノイズに攻撃できない……。それどころか、周りの人まで……!」

「クソ、オッサンッ!!」

『民間人の救助保護は既に向かっているッ! 急ぎノイズを殲滅するんだッ!』

「ちッ! 雑魚が、邪魔をしてぇッ!」

「デェェェェスッ!!」

 

 真っ先に飛び出したのは切歌。群れの中央目掛けて突進し、大鎌のアームドギアを振り回して立ち回ることで、ノイズの意識を自分に向けている。

 その隙を見計らい、殴り合っている人たちの近くにいるノイズたちを狙い撃つクリスと調。まばたき一つ許されぬ緊張と集中を最大まで高め、絶えず攻撃を続けていく。

 息も吐かせぬ戦いの中、民間人へ目を向け続けた二人の視界の端々には何処か見知った黒服の男たちが暴れる人たちを羽交い絞めにして離れて行く姿が見えた。その僅かに見えただけの姿が、戦う彼女たちに力を与えていった。

 目視範囲でのノイズの数はもう数えるほど。人的被害がどれだけ出たかも気にはなるが、それ以上に優先すべきは被害を拡大させる元凶であるカルマノイズの討滅に他ならない。三人とも、それはハッキリと理解していた。

 

「──奴への道が開けたッ! 一気に行くぞッ! イグナイトモジュール──」

「「「──抜剣ッ!」」」

 

 クリスの先導で三人がイグナイトモジュールを抜剣。その発動と共に残ったノイズたちを殲滅しつつカルマノイズへ速攻を仕掛けるべく襲い掛かる。だが……。

 

「ぐッ!? なッ……あああああああッ!?」

「あッ!? う、ああああああッ!?」

「くッ……な……うううううッ!?」

 

 肉薄した瞬間、突如呻き出すクリスたち。身の危険を感じて即座にイグナイトを解除するものの、倒れ込んだ三人は唄うことも出来ずに痛苦を吐き出していた。

 その姿、司令室で見守る響とマリアには覚えがあった。これこそが、彼女たちが感じたイグナイトの不調そのものだったからだ。

 

「そんな……クリスちゃんたちまで……」

「まさか、カルマノイズがイグナイトを封じている……?」

 

 状況を照らし合わせながら目測を立てるマリア。だが状況は更なる変化を続けていた。

 

「目標のエネルギーが急速に減衰していきますッ!」

「どういうことだッ!?」

「……目標、消失しました」

 

 戸惑う弦十郎の言葉に答える暇もなく、オペレーターたちはただ目の前の状況を伝えていった。

 困惑しているのは司令室だけではない。現場の装者たちもまた、ただただ理解に苦しむ結果を目の当たりにし、クリスは思わず地面を殴りつけていた。

 

「……消えた……? んだよッ! わっけわかんねーッ!」

「でも、助かった……」

「デス……」

 

 

 

 戦闘を終え本部へ戻って来たクリスたち。

 不穏そうな調と切歌の隣では、苛立ちを怒りに変えたクリスが拳を握りしめながら食って掛かるように叫び散らした。

 

「──何だってんだよ、あのノイズはッ!!」

「あれがカルマノイズ……私たちが並行世界で遭遇した敵よ」

「そういうことを聴きたいんじゃねぇッ! イグナイトの異常も、人が殴り合ってたことも、なんもかんもが分からねぇって事だッ!!」

「それは……」

 

 思わず言葉を詰まらせる響とマリア。だがそうなるのも仕方ない。彼女たちとて、それについては何も理解らぬままに戻って来たのだから。

 なんとか皆でクリスの激昂を抑えているものの、簡単には収まりそうにない。そんな時に、エルフナインが入って来た。

 

「先ほど出現したカルマ化したノイズ……、カルマノイズについて、分かったことがあります」

「話してくれ」

 

 弦十郎の許可を得て、みんなの前に出るエルフナイン。冷静に、観測したことを正確に語り出していく。

 

「……まずあのノイズは、正確にはまだこちらに出現していません」

「現れたのに出現してないって、意味わからねーっての……!」

「先ほど現れたのは、鏡像のようなものと思ってください。一時的にこちらの世界へ干渉してきた幻のようなものです」

「幻……あれが……」

「はい。だから並行世界側からの揺り戻しで、消えたと考えられます」

「周りの人たちが争っていたのは何なんデスか?」

「それはあのノイズの能力でしょう。あれは、人へ破壊衝動を植え付ける呪いのようなもの……マイナスエネルギーを持っているようです。

 発症に個人差があるのは、精神面での差異や呪いの圏内に居た時間、ノイズとの相対距離が関わっているものだと思われます」

「破壊衝動の呪い、マイナスエネルギー……。だから、あそこに居た人たちが……」

 

 心配そうに呟く響。それに釣られるように皆が沈痛な面持ちとなる。あのような凄惨な現場は、ノイズや怪獣との戦いを含めてもこれまで見た事が無かった。

 並行世界側からも話は聴いていたにせよ、この惨状を実際己が目で見てみると確かに恐怖が湧いてくる。だが故にこそ、装者たちは絶対に止めなければならないと心を強く持つことが出来た。”マイナスエネルギーとの戦い”は、初めてではないのだから。

 皆がそう思う中でふと、マリアが気付いたことを呟いていった。

 

「破壊衝動の呪い……。それって、イグナイトと一緒……?」

「そうですね……厳密には違いますが、イグナイトの不調の原因はそれに間違いないと思います。

 ダインスレイフの呪いにカルマノイズの呪いが重なり、より強い破壊衝動を呼び起こしていたのでしょう」

「だからイグナイトが制御できなかったのね……」

「はい……あのノイズが相手の場合、イグナイトの使用は自殺行為です。イグナイト無しで戦うしかありません。

 それと、さっきのカルマノイズですが、このままだと遠からずこちらの世界に存在が確定してしまうかも知れません」

「存在が確定……?」

「此方の世界に、実体を持って出現するということです」

「そ、それってかなりのピンチじゃないデスかッ!」

「はい……。それどころか、彼方の世界で出現している怪獣、ベゼルブの出現も予想される事態になり兼ねません。とにかく急いで、発生源である並行世界側の異変を治めないと……」

「……急ぐ理由が増えたわね」

「そうですね……」

 

 

 

 =

 

 明滅を続けるギャラルホルン。その前にギアを纏った響とマリアが立っている。仲間たちの目を受けながら。

 

「それじゃあ、行ってくるわ」

「ごめんなさい、あの呪いについて上手く対処が出来なくて……。LiNKERにしても、ボクがずっと解析を怠っていたばっかりに……」

「気にしないで、エルフナインちゃん。あのノイズの秘密が分かっただけで十分だよッ!」

「そうよ。それにLiNKERについても、前の戦いのことを考えればそんな暇は無かったのはよく知ってる。貴方を責めるようなことはしないわ」

 

 目線をエルフナインに合わせて微笑むマリア。隣にいる響もまた明るい笑顔を彼女に向け、肯定しているようだった。

 

「響さん……マリアさん……ありがとうございます。代わりと言っては何ですが、お二人にお願いがあります」

「何かしら?」

「このチップを向こうの櫻井了子さんに渡してください。ボクの方で分かったことをまとめておきました。あと、LiNKERの提供についてボクからもお礼を」

「ありがとう。必ず渡すからねッ!」

「はい、宜しくお願いします」

 

 そうしてまた二人はギャラルホルンの作り出すゲートへと飛び込んでいった。

 道行く先は並行世界。翼たちが待つ別世界。其処では今もなお、ノイズとの戦いが続いていた……。

 

「はぁ……、はぁ……。さすがに、数が多すぎる……」

「ハッ……息が、あがってる……な……。はぁ、はぁッ……。疲れたなら、一人で帰ったら、どうだ……」

「絶対に……帰らないッ!」

「なら……気合入れなッ! さあ、まだまだ行くよッ!」

 

 強く息を吐き出してノイズの群れへと向かう奏と翼。二人の闘志は未だ尽きず、並み居る敵に怯むこともない。

 決して退かぬは人の為であり己の為。意地を力と握り締め、二人は尚も戦場を駆ける。

 

 

 

 

 同刻。避難誘導を行っていたミライは、またも謎の人影と遭遇していた。

 帽子、服、靴、ステッキに至るまですべてが黒尽くめ。だがそれと相反するかのような白い顔と、空いた片手に持っている水晶球。トライガーショットを構えながら相対するミライは、二度目の遭遇となったこの人物のことを記憶から取り出していた。

 

「お前は……ブラック指令、か……」

「フフフ……」

 

 ブラック指令。そう呼ばれた男はただくぐもった笑いを返す。その男がどんな存在か、ミライの記憶にはしっかりと記されてあった。

 ブラックスターと呼ばれる暗黒惑星を根城とし、其処に控える怪獣を使役して地球侵略を推し進めていたブラック指令。当時の防衛組織を壊滅させ、侵略と共に民間人へ多大な被害を与えたことが記録されていた。

 思い出すと共に、自然と銃把を握る手に力がこもっていた。目に宿る光は戦意に依るもの。目の前にいる者は平和を脅かす”敵”なのだと、ヒビノ・ミライは直感したのだった。

 

「目的はなんだッ!」

「知れたこと。”世界の侵略”よ」

「カルマノイズやベゼルブは、お前が送り込んでいるのかッ!」

「そうだな……イエスでありノー、とでも言っておこうか」

「それは、どういう──」

 

 ミライからの更なる問いを聞く間もなく、ステッキを突き出し光弾を発射するブラック指令。それを即座に躱して反撃に出るミライだったが、漆黒のマントはトライガーショットの光弾を弾き飛ばしていく。

 そこからリロードにかかる一瞬の間隙──その瞬間に天へ掲げた水晶球が輝きを放つ。思わず引鉄を引こうとするミライだったが、強い輝きに眼が眩み照準を外してしまう。

 もう一度目を開いたときには、その場にブラック指令の姿は存在しなかった。

 

「──ッ!」

(貴様の相手をしている暇など無いのだ、ウルトラマンメビウス。総ては大いなる終焉の意思のままに……フハハハハッ!)

「大いなる、終焉の意思……?」

 

 聞き慣れぬ言葉に困惑を見せるミライ。その場で思考を巡らせてみても答えは出ない。

 もっと情報を引き出したかったのが率直なところではあるが、即座に消えたブラック指令にはそんな心算など毛頭無かったであろう事は明らかだ。

 結果に口惜しさは残るものの、いま自分のすべきことはこの場で立ち竦んで思案に暮れる事ではない。そう思考を切り替えたミライは、二課へ周辺地区の避難完了報告を行うとすぐに走り出していった。

 目指すところは多数のノイズが出現している地区……奏と翼が戦っているところ。上空には突如、暗雲が渦巻き始めていた。

 

 

 

 =

 

 大きく息を切らせる奏と翼。延々とノイズを狩り続け、もう日も傾いている時間帯。疲れるなと言う方が無理である。

 それでも眼前には、未だノイズの群れが魍魎跋扈している現状。戦いはまだ終わりを見せてはいないのだ。

 

(一体どれだけのノイズが……。流石に私も奏も限界が近い……このままじゃ……)

 

 出来るだけ冷静に、平静を保ちながら状況を分析する翼。戦意はあるものの、それだけで肉体を行使するにはいささか力不足なのも何処かで理解していた。

 そんな時、上空に暗雲が渦巻いた途端その中央部から漆黒の蟲型怪獣が飛び出してきた。

 

「ベゼルブッ!? こんな時に……ッ!」

 

 驚きを隠せない翼。隣の奏も忌々しそうに、その漆黒の威容を睨み付けていた。

 だがそれと同時に奏もまた現状を整理する。ノイズの大群とベゼルブの出現、両方に対応できる手段は無い……。

 

(……いや、あたしなら──)

 

 両者を見て即座に思考する奏。だが下手な考えに興じている暇など無く、奏は自分の考えた最善手と思しき手段を使う他なかった。

 まるで決意の証のように一息吐いて、翼の前に一歩躍り出た。

 

「……唄うしかないな」

「奏、まさか絶唱をッ!?」

「……それ以外にこのノイズの群れを倒す手段があるのかい?」

「いや、しかし──」

「躊躇うんならそのまま見てな。……あたしはもう、躊躇なんてしない」

 

 見据える奏の眼は何処までも真っ直ぐで、揺らぎが無かった。

 あの眼を知っている。数年前の、あのライブの時と同じ眼。だからこそ翼は動いた。動かざるを得なかった。

 

「──待って、奏ッ!」

「……邪魔をするんじゃないよ」

「ううん、絶唱ならわたしも唄う。……もう、奏独りを唄わせるのはたくさんだから」

「お前……そうか、そっちではあたしが唄ったんだったな……」

 

 以前に翼が言っていたことを思い出す奏。眼前の”翼”が生きてきた彼方の世界では、此方とは違い自分が絶唱を唄い散ったのだと。

 その想いに、少しだけ共感した。大切な片翼を喪ったという事実だけは、何方であっても同じなのだから。

 

「……いいよ、それじゃ派手にぶちかまそうかッ!」

 

 自然と奏の隣に立つ翼。互いに目を合わせることもなく、手を重ねることもなく、しかして目線は同じ敵へと向かわせながら、どちらからともなく歌を唄い始めた。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal.

 Emustolronzen fine el baral zizzl」

「Gatrandis babel ziggurat edenal.

 Emustolronzen fine el ……」

 

 唄と共に高まり始める二人のフォニックゲイン。それが今にも爆発せんと膨れ上がった瞬間──

 

「その絶唱ッ! ちょぉーっと待ったぁッ!」

 

 翼たちの背後から金色の光が槍のように伸び、ノイズの群れを貫いた。

 

「立花ッ!?」

「全く……だから翼からは目が離せないのよね」

「だけど、間に合いましたッ!」

「マリア……ヒビノさんも、戻って来てくれたのかッ!」

「……ったく、いい所で再登場か」

 

 二人に並び立つ響とマリアとミライの三人。確認するまでもない状況にも怯むことなく、為すべきことを言葉にしていく。

 

「あとはわたしたちが引き受けますッ! 二人は少し休んでから──」

「バカ言ってんじゃねぇよ。こちとらようやく身体が温まってきたところなんだ」

「ああ、夷敵を前にしてただ見ているだけなど、防人としてできる訳がないだろう」

「……全く、意地の張り方はそっくりね、あなたたちは。でも、流石にあっちは骨が折れそうね……」

 

 五人の視線が向かったのはノイズの先に居る巨大な怪獣、ベゼルブの存在だった。

 甲高い鳴き声が響く中、それぞれがアレを打倒する思索を巡らせる。いくら交戦経験があるとは言え、相手は巨大怪獣。装者の一人二人が寄り集まったところで必勝には程遠い。頼みの綱とも言えるイグナイトモジュールは使用を控えるべきとの話も出ている以上使えない。響たちにもウルトラマンの力は無い。

 ならばいまベゼルブへの対抗手段となるのは、ウルトラマンであると言うミライだけ。それを言わんとして彼に目配せを送っていた。

 無論ミライもその結論に辿り着いており、今こそ自分が変身して戦う時だと考えていた。勿論正体を明かさぬように。だがその為の方便を口にしようとした瞬間、先に奏が口を開いていた。

 

「……あのデカブツは、あたしが相手をする」

「奏ッ!? そんな無茶な……ッ!」

「そうよ、策もなく怪獣と単騎で戦うのはただの自殺行為よ。理解らないわけないでしょう?」

「……策は、あたしが”持ってる”。だけどそれをやるには、お前たちの力が必要だ。──頼む」

(奏が、自分から『頼む』って……)

 

 此方の世界の天羽奏と出会い、肩を並べる中で始めて見せた彼女の真摯な言葉。翼とマリアはどうしても少し困惑してしまったものの、肯意を真っ先に示したのは響だった。

 

「はいッ! どーんと頼りにしちゃってくださいッ!」

「──……あたしはあいつをぶちのめしに行く。木っ端は任す。行くぞッ!」

 

 アームドギアを握り締め、奏が真っ先に攻め込んでいく。大きく薙いだ攻撃は数体のノイズを巻き込み吹き飛ばしていく。それでも尚も途切れぬ群れ。しかし彼女の往く道を拓くかのように、マリアのEMPRESS†REBELLIONが群れを引き裂き、空中から襲う響の拳が地面へ通す衝撃波が更にノイズの壁を瓦解させる。

 だがそれも所詮は一方向のみの点穴。左右より襲い来るモノには無防備……ではなかった。あるノイズはその場で足を止め、またあるノイズは奏の周囲に張り巡らされた光壁によって攻撃を弾かれる。装者たちの後を追い脇を守るミライの仕事は匠の技だ。

 知れず互いを庇いながらも奏の進む道を抉じ開けていく装者たち。眼前にそびえる大型の建物を模したノイズですら、翼の放つ蒼ノ一閃が容易く両断していった。

 

「奏ッ!」

「ってらぁッ! コイツを、喰らえぇッ!!」

 

 崩れ落ちる大型ノイズを足場に跳んで、ベゼルブと同じ目線に到達する奏。即座にアームドギアを構えて振り被り、そのまま力任せに投擲。一瞬の静止と共に奏の手を離れたアームドギアが無数に分裂し、ベゼルブの巨体目掛けて突進していった。主に広範囲への殲滅時に用いる奏の技の一つ、STERDUST∞FOTONである。

 数多の槍の連撃を受け思わず怯むベゼルブ。だがその程度では大したダメージにはならないとばかりに身体を振るい、即座に奏へ向けて光線を放つ。思わず両腕で防御姿勢はとるものの、直撃と同時に爆炎が巻き起こった。

 見届けていた翼たちも二課指令室も息を呑んでいたが、奏の姿は見当たらない。思わず彼女の名を叫びそうになる翼だったが、それはミライによって静止された。彼の眼は、確信めいた力強さを湛えていた。

 

「──ジュワッ!!」

 

 突如響く重低音。それはベゼルブの顎へと打ち込まれた銀色の拳が起こした音。そしてそれは爆炎の中から光と共に顕現した戦士の嘶き。

 光の巨人──ウルトラマンベリアルの出現を意味するものだった。

 

「奏……」

 

 彼の者の姿を見て思わず呟く翼。

 何処かで察しが付いていた。ベゼルブを相手取るもう一つの手段……奏が言っていた、彼女が”持っている”と言った策。それが、目の前にいる巨人なのだと。

 そしてミライもまた、まるで幾度でも彼の光を見定めるように巨人の姿を目で追い続けていた。

 

 

 

 =

 

 ベゼルブを前に構えを取るアーリーベリアル。拳を握り締めてじりじりと距離を推し量るような姿は、これまで見てきた戦いとは違って見えた。

 荒れ狂う感情のままに暴力を振るってきた巨人とは、何かが違うようだった。

 

「奏……まさかさっき……ッ!」

 

 先程の、ベゼルブの光線が直撃したことを思い出す翼。確かに普通であれば、装者であっても無事で済むような攻撃ではない。それで受けたダメージが、アーリーベリアルに反映されているのではないか。そう考えたのだが……。

 

「大丈夫です」

「ヒビノさん……」

「理解るの? ……いえ、貴方には”何が視えている”の?」

 

 断言するもマリアからの問いかけには言葉を噤んでしまうミライ。少しの時間を空けて、彼はまた声を出していった。

 

「……光が、揺らいでいます」

「揺らいでいる、ですか……?」

「はい。まるで、彼女の複雑な想いと呼応するかのように……。でもそれは別の意味で言うと、これまでと比べてずっと落ち着いているとも言える状態です」

「奏の、想いが……」

 

 以前にはあった暴虐性が減っている。それは奏が、ほんの少しでも自分の事や仲間たちの事を認めてくれたからではないかと、翼は思わず夢想して顔をほころばせる。

 彼女にとってそれは、喜ばしい大きな一歩だった。

 

 

 

 そんな彼女らの想いに気付く事もなく、アーリーベリアル……彼と共に在る奏は前を見てベゼルブとの戦いに走り出した。

 ベゼルブの放つ火炎弾を弾き飛ばしながら近寄り、顔面に拳を打ち込むアーリーベリアル。一瞬のよろけを見てすぐに胸部目掛けた膝蹴りを数回打ち込み、小さく跳び上がってその頸へ手刀を叩き込む。

 その連撃にベゼルブも怯むものの、これまでの蹂躙する暴力ではないせいか、すぐに姿勢を戻して襲い掛かって来た。両腕から伸びた爪が、アーリーベリアルの胸を切り付けていく。

 

「グ、ウゥ……!」

(どうした、ってんだよ……!)

 

 光の中で困惑を浮かべる奏。いつもより力が出ない、そんな感覚がある。

 違いは無いはずだ。目の前のあいつをブチ殺したいと思っているし、そも意志を以て進んだはずだ。なのに、何故か──

 

(迷ってる……惑っている? 一体、なにを──)

 

 そう考えていた矢先にベゼルブの口針が目の前へと迫ってくる。思わず両手で捕まえるものの、拮抗する力は首を振り回すだけになっていく。再び目が合った瞬間、ベゼルブの火炎弾がアーリーベリアルの胸部へと発射、直撃した。

 

「グアァッ!」

「奏ェッ!」

 

 吹き飛ぶ巨人の姿を見て思わず彼女の名を呼ぶ翼。だがその声は届いていないのか、はたまた届くはずもないのか、アーリーベリアルは瓦礫を押し退けて立ち上がっていく。

 其処へ追撃するかのように火炎弾を連続で放つベゼルブ。握りしめた拳で打ち砕き相殺していくアーリーベリアルだったが、その流れ弾がビルに直撃した時、図らずも目に入っていた。

 壊れ瓦礫と化す建物、地面へと落下するその先に、三人の装者たちと一人の青年が居ることを。

 ──”風鳴翼”が居ることを。

 

「──ッ!!」

 

 轟音が鳴り渡り、咄嗟のことで頭を庇い目を閉じてしまっていた翼たち。だが肉体に何も衝撃がないことを察し、恐る恐る目を開ける。

 眼前にはアーリーベリアルがしゃがみ込み、落ちてくる瓦礫を遮蔽していた。

 

「……守って、くれたの……?」

 

 思わず発した翼の声に何かで応えることもなく、ただ起ち上がり背を向けるアーリーベリアル。そして地面を強く踏み込み、ベゼルブへと向かっていった。

 

 

 

(──ブッ殺すッ!!)

「オオオオォォォッ!!」

 

 昂ぶりを更なる力に変え、ベゼルブへ突進するアーリーベリアル。またも放たれる火炎弾の全てを、今度は流れ弾すら許さぬように叩き潰し握り潰していく。

 そして射程内に捉えた瞬間、速度を乗せた全力の拳を相手の顔面に叩き込んだ。

 甲高い奇声を上げながら退がるベゼルブ。だがそこから逃がさないように、アーリーベリアルが更に飛び蹴りを放っていく。力を込めた追撃はベゼルブを吹き飛ばし、立ち上がれぬ程のダメージへとなっていった。

 握り締めた拳を開き、暴魔の如く爪を立てると共に両腕へ光のエネルギーが迸る。それと共に両目もまた輝きを増し、腕を十字に構えて溜め切った光の力を解き放った。

 

「ジュワァァッ!!!」

 

 光波熱線はベゼルブに直撃し、その漆黒の身体は雷電を伴う光で染まっていく。やがてベゼルブの身体は白熱し、臨界へ達した瞬間に爆発した。

 交差した腕を下ろしたアーリーベリアルは肩で息をするかのように上下させながら後ろを振り向く。視線の先には嬉しそうに巨人を見上げる響とマリアとミライ、そして翼の無事な姿があった。

 一瞥するかのように確認してから彼女らに背を向けて、夜天へと飛び立つアーリーベリアル。数秒もしない間に巨人は光となり消えていった。

 

 

 

 

 瓦礫の中、既に月が上った空を、奏が何処か虚ろに眺めていた。

 

(……っかんねぇなぁ。力が出たり、出なかったり……今まで、こんなこと無かったのに……)

 

 どれだけ思い返しても答えは出ず、夜の静寂に吹く風は奏の頬を優しく冷ましていく。

 そんな空気を大きく吸って、ゆっくりと吐き出していく。そうしている内に、何処より覚えのある声が聞こえてきた。自分の名を呼ぶ翼の声だ。

 呼び返すこともなくジッとしていると、さも当然のように翼は自分を見つけて駆け寄って来た。

 

「終わったか……」

「うん……。なんとかなって良かった……。それに、奏が無事で、良かった……ッ!」

 

 膝を付き手を取って話す翼は、安堵の笑顔をしながらも目頭に涙を溜めていた。

 ”そんなところ”まで、彼女は”風鳴翼”だった。

 

 

 

 

「奏さん、翼さんッ!」

「大丈夫ですかッ!?」

 

 翼の肩に手を回し、身体を預けて歩いてくる奏。それを見てすぐに駆け寄ってくる響とミライの言葉に、翼は凛々しい笑顔で返答し、奏は小さく微笑むだけで返していった。

 

「無事でなによりね。だけど……貴方たち、一体どれだけの時間ノイズと戦ってたの……?」

「そんなの、覚えちゃいないよ」

「わたしもだ。攻め入るモノから襲い掛かるモノまで、片っ端から斬り続けていた……」

「はぁ……まったく貴方たちと来たら……。ベゼルブまで出現して絶唱まで使おうとして、私たちやウルトラマンが来なかったらどうするつもりだったのかしら」

 

 マリアの御小言に小さく笑って返す翼。何はともあれこの場は上手く事が終わったのだ。今はその安堵を感じていたかった。

 

「ところで二人とも、戻るのが随分早かったんだな……」

「そう、それなんですッ! 実はわたしたちの世界にも、カルマ化したノイズが現れて──」

「──なんだとッ!」

(カルマノイズが、彼方の世界にも……ッ!?)

「こちらの異変を治めなければ、次はわたしたちの世界ということよ。

 ……いよいよ、他人事ではなくなってきたわ」

 

 一瞬で神妙になる静寂。その中で独り、ミライが思考を急ぎ巡らせていた。

 二度に渡るブラック指令との邂逅、彼が放った言葉、カルマノイズの出現、ベゼルブの出現……。少しずつ、彼の中でブラック指令に関する輪郭が出来始めていた。

 

 

 

 

 end.



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EPISODE 06【復讐の歌、嫉望の光】

 

 二課指令室。戦いを終えた装者四人とミライは、再度其処へ集合していた。

 響とマリアは一先ず自分の世界で起きた事の報告……非確定存在としてのカルマノイズの出現、他の装者がそれに対応した時に生じたイグナイトモジュールの暴走未遂。肝心となる部分は決して包み隠すこともなく報告をした。

 そして現在、了子の細い指には小さなプラスチックケースが抓まれている。

 

「ふむふむ……それで、これが受け取ったチップね。研究欲が刺激されるわぁ~、何が入ってるのかしら♪」

 

 純粋な知的好奇心を隠そうともせず笑う了子。彼女のその笑顔を見ながら、マリアは確認の為に一言尋ねていった。

 

「……イグナイトの異変について、あなたは気付いていたの?」

「まあね~。ノイズのカルマ化に関しては色々研究していたし、ギアを作ったのは何て言ったってこの櫻井了子なんだから。

 あのノイズの持つ特性と干渉して、おかしくなっている可能性が一番高いとは考えていたわよ~」

「だから問題はカルマノイズの方にあると、あの時言っていたのか……」

「そうよ~。ちょっとは見直したかしら?」

「さすがは了子さんですッ!」

「ンフフ。そうそう、もっと褒めていいのよ?」

 

 事も無げに話す了子に対し驚きを隠せない翼とマリア。見直すなどと言う話ではない、イグナイトモジュールについては彼女らもそう詳しくは話していないはずだが、その大まかな機構と其処に存在する穴を見抜き、異常の原因を推測していたのだ。

 未だ誰もその全容を解き明かすことが出来ない現代知的遺物、”櫻井理論”。並行世界の住人とは言え、それを世に遺した天才櫻井了子の底知れなさには、装者たちはただただ感嘆するしかなかった。

 そんな中、今度はミライが弦十郎に進言していった。彼にとっても今、皆で考えなくてはならない事案を。

 

「風鳴司令、僕からも話があるのですが……」

「なんだ? 遠慮なく言ってくれ」

「はい。……今日までで二度、避難誘導の最中である人物と遭遇しました」

「ある人物とは?」

「──ブラック指令、そう呼ばれる者です。司令達に心当たりは……」

 

 一瞬考える弦十郎。だがその答えは否だった。ミライが相手の特徴を伝え、友里と藤尭に記録をチェックさせるもののそれらしき人物は出て来なかった。

 

「監視カメラの映像にも君の言う者の姿は無いようだ……。一体何者なんだ、そのブラック指令と言うのは?」

「……申し訳ありません、僕もよく知らない相手です。

 ただブラック指令の行動や言動から、カルマノイズやベゼルブとなにか関係があるのかもしれません」

「なッ、それは本当かッ!?」

「まだ推測の域を出ない話です。そう思わせるようなことを聞いた、と言うぐらいで……」

「……どんなことを言っていたんだ?」

「目的は”世界の侵略”。その意図は、”大いなる終焉の意思”の元にあると……」

「大いなる終焉の意思、ね……」

 

 考えるように呟く了子。何か思考に靄がかかっているような違和感を覚えている。それが何なのかを熟考で探し当てようとするものの、どれだけ掻き分けてもそれは見つからない。

 いや、この感覚はむしろ、”元々持っていないものを探す不毛な行為”の時にある感覚だと彼女は理解し始めた。

 何故そう思うのかは理解らない。だが感じたものは絶対の自信がある。”私はこの言葉の意味など識らない”という確信が。

 ただそうなると、今度はその確信の理由を追及してしまう。そうして了子は独り、思考の中に嵌ってしまっていた。

 

「了子くん、どうした?」

「今の言葉について、なにかご存じなのですか?」

「えッ!? あ、あ~……」

 

 声をかけられてようやく自分が思考に捕らわれていたことに気付いた。固執することもない些細な言葉に、何故ここまで縛られてしまったのだろう。

 一瞬そう考えるものの、彼女はまたいつも通りの明るい笑顔を作り、皆に元気な声を返していった。

 

「ゴメンね~、つい思わせぶりなコトしちゃった♪」

「……つまり、了子くんも知らないという事で良いんだな?」

「そうね、一つたりとも覚えはありませ~ん。不覚ながら、ね」

 

 降参するかのように両手を上げて答える了子。その気楽な態度には、彼女がいつもの櫻井了子であると思わせるものがあった。

 

 

 ともあれ、懸念事案が増えたのは変わらない。

 並行世界間へ存在を股にかけ始めたカルマノイズ、強化機能であるイグナイトモジュールの不調の確定、ブラック指令なる不審人物の出現。良し悪しはともかく、事態が進行しているのは誰の眼にも明らかだった。

 それらを踏まえ、並行世界の仲間たちに向けて今度は弦十郎が声をかけていく。今後の戦いについて絶対必要な話だ。

 

「……話をまとめよう。まず、君たちはイグナイトをもう使えない、そう解釈していいのか?」

「ええ、そうなるわ」

「それで……カルマノイズに勝つ手立てはあるのか?」

 

 真剣な顔で語る弦十郎。彼の言葉ももっともだ。現状カルマノイズを斃せたのは、ミライのサポートで閉所一極集中されたイグナイトの最大出力攻撃のみ。司令官として彼は、その戦力低下を懸念せずにはいられなかった。

 対する装者たちも、真剣な言葉で返していく。

 

「……イグナイトだけが、私たちの力ではありません」

「そうですッ! 気合で何とかしますッ!」

「気合か……そうだなッ! 大切なのは気合だッ!」

「はいッ!」

 

 響の威勢に当てられたのか、弦十郎もまた強い笑顔で返していった。

 弱気になってはいけない。油断はしてはならないが、気持ちの上で負けていては為すべきことも為せなくなる。彼もそれを、しっかりと理解していたのだ。

 

「ブラック指令に関しては、引き続き調査を行います」

「俺たちの方でも協力しよう。何かあったらいつでも我々二課の職員を使ってくれ」

「ありがとうございますッ!」

「さてと、それじゃ私はこのデータを色々見てみるわね。フフ、何が入っているのかしらね~」

 

 ミライと弦十郎でブラック指令に対しての方向性は決まり、了子もまた自らの仕事を行うべく嬉々とした軽い足取りでその場を離れて研究室に行く。

 それを見送り残った者たちも、またそれぞれで話を進めていった。

 

「……精神論はともかく、カルマノイズを倒す為の現実的な手段としては、わたしたちがもっと連携して戦えるようになる必要があると思うわ。

 ……特に、こちらの誰かさんとね」

 

 少しばかり責めるような目を奏に向けるマリア。だが彼女に悪気などあるはずもなく、ただ現実を直視した正論をぶつけているだけだ。

 それを分かっているのか、奏もまた無言ではあるがマリアの言葉を真摯に受け止めていた。

 

「あなたが翼に思うところがあるのはわかってるわ。でも、それとこれとは話が別。これからあのノイズと戦っていくには、一人一人がバラバラに戦うのではなく、協力が必要よ。

 ……わかってるでしょう?」

「…………ああ」

「いいわ。それならあなたも一緒に訓練しましょう。……まずは、相互理解が必要だわ」

「……分かったよ」

 

 

 

 ==

 

 二課の訓練室。ノイズを投影した仮想現実を用いての戦闘訓練は、はじめて装者4人で行われることとなった。

 それぞれが互いの動きに合わせ、隙と死角を無くし、効率的に投影されたノイズを消去していく。だがそれは、数十分にも満たない僅かな時間で終わる事となった。

 ノイズ戦訓練プログラム1セット、奏が普段より行っている難易度より更に上昇させたプログラムを用い、その上で過去最高の記録と結果を叩き出したところで奏は三人に背を向けて歩き出していた。

 

「え……、奏さん?」

「……もうこれくらいで十分だろ。あんたたちの動きは分かったよ」

「待って、奏ッ!」

 

 それだけ言い残してギアを解除して訓練室を去る奏。思わず彼女を追いかけようとする翼だったが、マリアがそれを優しく制止させた。

 

「翼、あなたはここにいなさい。……当事者じゃない方がいいこともあるのよ」

「……わかった」

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってくれるかしら」

「……何の用だ」

 

 背後から声をかけられたものの、苛立ちを隠そうともせずに振り向く奏。だがマリアはそれに何かを思うこともなく、軽い笑顔のまま彼女の元へと寄っていった。

 思わず身構える奏。出て来た言葉は、どうしても自分が気にして止まない事柄だった。

 

「……あんたも、向こうのあたしと関係あるのか?」

 

 並行世界の、マリアたちの居た世界での天羽奏。自分であって自分でない、まとわりつく”自分”の影。

 翼にしても響にしても、その裏には”彼方の奏”の存在があった。ならば目の前の彼女にも……そう思うのは必然でもあった。だがマリアは、彼女の言葉と考えを一蹴した。

 

「いいえ、私は何も。私が知る”天羽奏”は、目の前のあなただけよ。まぁ向こうでも名前や顛末程度なら見聞きしたことはあるけどね」

「そうか……」

 

 安堵するように言葉を吐き出して、身構えを解いてマリアに背を向けて歩き出す。だがマリアはすぐに、先ほどの奏の言葉から推察される彼女の抱えている思いを問いかけていった。

 

「……自分ではない自分が重圧になっているの?」

「……あんたには関係ないことだ」

「ちょっとッ! 待ちなさいったらッ!」

 

 歩き出す奏を思わず追いかけるマリア。着かず離れずの距離を保ちながら奏の後を追っていくと、二課本部を出た裏の林に辿り着いた。

 思わず周りを見渡すマリア。奏が何故ここに来たのか理解らず、それを問いかけていった。

 

「何でこんなところに……?」

「落ち着くのさ。ったく、こんなとこまで着いてきて」

 

 大きく溜め息を吐く奏。まるでそれは、何かに観念したかのような雰囲気があった。

 

「……あたしでないあたしが重圧なのか、って聞いたよな……」

「ええ」

「……わからない。だって向こうのあたしは、翼にどう接してどう関わっていたのか分からないんだから」

 

 何も知らないマリアの前だからこそなのか、初めて並行世界の人間に心情を吐露し始めた奏。

 ずっと押さえ付けていた思いは、一度声に出したらそこから溢れるように漏れ出していく。マリアはそれを、受け止めるようにただ傾聴していた。

 

「あたしはあたしだ。向こうの”あたし”じゃないし、あたしにとって”本当の翼”はこっちの翼だけだ。

 だけど、ダブるんだ……。翼は翼で、確かにあたしの知ってる翼なんだよ。でも、あたしの翼はもう……。

 そっちの翼を”翼”と受け入れたら、死んだ”本当の翼”はどうなるんだ? 

 別人なんだ、そう思っても思い切れない。あたしの中の翼が消えてしまうのが、怖いんだよ……」

「……だから翼に余所余所しくしてるの?」

「……あいつは翼じゃない。そう思い続けないと、あたしはきっと”翼”を忘れてしまう。だから……」

 

 放たれた弱みは喪失の痛み。

 抱えてきた大切な想い出を、此処に起ち続ける為に必要だった礎を。天羽奏が”風鳴翼”を忘失れるということは、己を支えている支柱を失うのと同義。

 それを聴き、マリアは奏の思いを理解した。マリアにもまた、喪った最愛の家族という己にとって無くてはならない礎があるのだから。

 だからこそ彼女に問わなければならない。彼女の心を少しでも解きほぐす為に。

 

「……あなたの中の翼との一番の思い出って何なのかしら?」

「──ツヴァイウィングとして、二人で唄った事だ。翼の横で、思いっきり唄った事……」

 

 マリアからの問いに一瞬驚きながらも、素直に答えた奏。その答えを引き出したことに、マリアは小さく安堵していた。その思い出は間違いなく、彼女と自分たち……否、翼とを繋げる確かな打ち筋になると踏んだのだ。

 次なる一手はやや大胆に、彼女の秘めた想いを揺さぶるが如く、マリアが言葉を続けていった。

 

「……知ってる? 翼は今、向こうでは日本を飛び出して、世界に向けて歌を唄っているわ。

 私も向こうじゃちょっとしたアーティストなんだけど、何度か翼とコラボユニットを組んだりもしてるの」

「翼と、コラボ?」

「そうよ。同じステージで、デュエットソングを唄ったわ。世界的な歌の祭典でね」

 

 少しばかり自慢げに話すマリアに、奏は沈黙で返す。その様子を見ながらまた、自分が感じている想いを言葉に変えて放っていった。

 

「あの子の歌の才能は本物よ。階段を駆け上がるように世界的なアーティストへと成長し、世界もまたあの子を認めるようになった。

 私はそんなあの子と唄えるのが楽しい。唄う度に、次もまた一緒に唄いたいと思えてくる。もっと、ずっと、何度でも」

「……ああ。そうだろうな」

「……唄いたくないの? あなたは、翼と一緒に」

 

 奏の言葉……同意の想いが零れたとき、マリアの優しい言葉が奏の胸を貫いた。

 動揺は隠せない。其処を付け入るように、マリアはまた言葉を重ねていく。

 

「翼は翼よ。あの歌は唯一無二。だからみんなあの子に惹かれる。

 こちらの翼は亡くなったかもしれない。でも翼に偽物も本物も無いわ。翼が歌を捨てない限り……歌を愛する心を持って唄う限り、翼はきっとどんな世界でも”風鳴翼”で在り続けられる。たとえ違う世界で違う人生、違う歩みをしていたとしても。

 ……もう一度聞くわ。あなたは、翼と唄いたくないの?」

「──唄いたい……唄いたいに決まってんだろッ! 

 だけどッ! あたしはもう……戦い以外の歌を無くしちまったんだッ! そんなあたしが、どうして翼の横に立てるッ!? 

 あいつの横で唄う資格なんて、あたしにはもう無いんだよ……」

 

 慟哭にも似た奏の叫びに、マリアは言葉を失ってしまった。

 彼女の心を引き出したのは間違いない。だがそれが、これ程までに強い渇望と喪失の泥濘に囚われているかを、理解できるはずもなかったのだ。

 此処からの……もう生半のものでは届かない言葉を探そうとするマリアだったが、それを見つけるより先に通信機が呼び出し音を鳴らしだした。二課からのものである。

 

『──マリアくん、聞こえるか? ん、奏も一緒か。ちょうどいい』

「……はい」

『強いノイズの反応を検知した。急ぎ、ランデブーポイントまで来てくれ』

「了解したわ。……行きましょうか」

「……ああ、怒鳴って悪かったな……」

「気にしないで。私が焚き付けたのだから、あなたは悪くないわ。

 でもね、あなたは一つ間違えてる」

「……間違えてる?」

「──歌を失うことなんて無いわ。あなたは忘れているだけ。胸の歌は、何があっても無くなる事なんてないんだから」

 

 

 

 ==

 

 装者たちの前に広がるノイズの群れ。4人の装者は互いに連携し、その群れを打ち砕いていく。得物を奮う度に、極彩色が黒炭となって崩れ散る。

 もう何度も見慣れた光景を見続けつつ、それでも一切の気の緩みも無く人類の天敵たる存在を砕き続ける少女たち。

 ……否、その中で独り、気を他へ奪われている者が居た。奏だ。

 

(あたしは……歌を忘れているだけなのか……?)

 

 先程マリアに言われた言葉が思い起こされる。奏にとってそれは、今まで考えないようにしてきたようなモノではない。マリアに言われるまで、考えにさえ至らなかったことだ。

 それは一条の光のように奏は感じた。忘れているだけなら、失うことなど無いのなら、それは──

 

「──ッ!? 奏ッ! 危ないッ!」

「え……?」

 

 不意に浴びせられた、聞き馴染んだ声の言葉。思わず振り返ると、そこには死角から肉薄していたノイズの姿。いち早くその姿に気付いた翼は、奏を庇ってノイズの攻撃を受けてしまった。

 

「くッ──はああああッ!」

 

 ダメージを受けながらも即座に返した刃でノイズを斬り裂く翼。すぐに姿勢を正し、奏に向けて安堵した微笑みを向けていった。

 

「良かった、奏……」

「……すまない」

「気にしないで。さあ、残りはあと少し。一気に片付けよう」

 

 立ち上がった奏に声をかけ、また一足飛びで戦場へ向かう翼。彼女の口からはまた、力強い防人としての信念を唄い上げる歌が高らかに流れ始めた。

 

(翼……翼の歌が聞こえる……。戦いの中でも、あたしに響く歌が……。

 ……あたしも唄いたい。あいつらみたいに、翼と一緒に唄いたいのに──ッ! でも……)

 

 追い縋るように駆け出す奏。その目で追う彼女らの姿は輝いて見えた。今だけではない、初めて出会った時からそうだ。皆がそれぞれ力強く、各々の輝きを放っていた。

 中でも、どうしても翼の光にはその目が勝手に追いかけ続けていた。自ら意識しないと逸らしていけない程に。

 

 ──あの夢がダブる。

 光を求め、光に縋ろうとして、結果その光に身を焼かれて居場所を失った誰かの姿。

 省みると理解ってくる。あの姿は、今の自分によく似ていると。自分自身を見失ってまでも求め続けるそれは、嫉望の光なのだと。

 

(あたしは、どうしたら……)

 

 思考の整理がつかないままにノイズとの戦いを再開する奏。そんな折に、二課本部から装者たちに向けて緊急通信が入って来た。

 

『高質量のエネルギー反応を検知ッ!』

『全員備えろッ! 来るぞッ!』

 

 群れの最奥、瘴気を纏って現れたのは漆黒のノイズ変異体──背部に球状の破壊物質を持つ、ブドウのような姿のカルマノイズ。

 その姿を見た瞬間、奏の頭の中で何かが切り替わっていった。言うなればそれは、嫉望の光から溢れ出る漆黒の意志……。

 

「カルマ、ノイズ……」

「現れたわね……」

「……ああ、”待っていたよ”。今度こそ、あたしが倒してやるッ!」

「奏さん……?」

(あいつさえいなければ、あたしは翼の隣にいられた。あいつさえいなければ、あたしは翼と夢を追いかけられた。

 あいつさえいなければこいつ等が来ることもなかったし、あたしがこんな思いをすることも無かったッ!)

 

 突き動かされるようにカルマノイズへ吶喊する奏。その唐突な行動の無策無謀さに、皆が焦り出した。

 

「奏ッ!?」

「くッ……落ち着きなさいッ! 真正面から突っ込んだところで──」

「あいつは、あいつだけはあたしが殺すッ! 邪魔するノイズも……全部ぶっ殺してやるッ!」

 

 カルマノイズの前に群がるノイズらを、渦巻く轟槍で薙ぎ払い潰しながら突き進む奏。

 その目を殺意に光らせて、紡がれる歌には憤怒を乗せて、轟槍の穂先は漆黒の標的を捉えていた。

 

「死にやがれええええええッ!!!」

 

 廻転する轟槍がカルマノイズを貫き抉り砕く。地面に落ちた漆黒の破片はそれぞれが独自に動き、奏の間合いから逃げるように離れて再度結合。復活を果たす。

 即座に背部の球体を発射し、奏の周囲に降り注いでいく。まるで爆撃のようなその攻撃にも怯むことなく、奏はまた独り、唄いながら槍を奮い続けていた。誰の歌も聞こえず、啼き喚くような声で唄い上げながら。

 そんな状況は、戦う彼女の脳裏に突然のフラッシュバックを引き起こしていく……。

 

(……懐かしい……。懐かしい……? ──あたしは、夢を見ているのか……? 

 ──ああ、この夢は……あの時の……)

 

 それは何度も夢に見た在りし日の出来事。

 朱い光を放ちながらも沈み行く夕陽と、黒炭と砂塵が緩やかに舞う瓦礫だらけの舞台(ステージ)

 俯けに倒れた奏の隣には、翼が心配そうに寄り添っていた。

 

「奏ッ! 奏、大丈夫ッ!?」

「ん……ああ、翼か?」

「よかった、気が付いたッ!」

「くッ……翼、今の状況は……?」

「……見ての通り、だよ。まるで地獄絵図……あのノイズと巨大生物のせいで……」

「何なんだよ……あいつらはッ!」

 

 二人の前に居たのは群れる大量のノイズと、その中心に佇む漆黒のノイズ。これまで遭遇したものとは比べ物にならない強度と速度を持ち、ノイズ必滅の爪牙であるシンフォギアですら手も足も出ない異常のノイズ。

 逃げ惑う人々は我を忘れてそこかしこに居る人間同士で攻撃し合っており、逃げ遅れた人はノイズの餌食となり炭化した。

 翼が地獄絵図と形容したのも頷ける、凄惨なものと化していたのだ。

 荒々としたこの場に残った命在るモノは、最早自分たち二人きり。弦十郎や了子との通信も繋がらず、あまりの絶望的状況による諦観からなのか、奏の口からは乾いた笑いが小さく漏れ出していた。

 ただ一つ思っていたことは、『隣に翼が居るのなら、死ぬことだって怖くはない』という想いだった。添え重ねられた翼の手の温もりが、奏を絶望に落ちぬよう繋いでくれていた。

 ──だが、翼は不意に奏の方を向き、言葉を発していく。

 

「……奏、わたしのわがままを聞いてくれる?」

「……翼? こんな時に何を……」

「奏にはずっと唄っていてほしい。私が大好きな奏の歌を、絶やさないでほしい……」

「……おい、翼……?」

「……必ず、奏を護るから。だから、約束」

「おい……何を言ってるんだよッ!」

 

 重なっていた手が離れる。

 翼は立ち上がり、奏の前に歩み出る。

 そしてその小さな口から、”最期の歌”をさえずるように唄い出した。

 

「やめろッ! そんなボロボロの状態で絶唱なんて唄ったら──」

 

 分かり切っていた。

 立っているのがやっとなほど身体に蓄積された多大なダメージ、その状態で放つ絶唱が、一体何を意味するのか。

 

「──やめろッ! やめてくれ翼ッ!」

 

 叫べども喚けども翼は唄うことを止めない。

 その身の内から溢れ出る膨大なフォニックゲインは翼の身体を鎧うシンフォギアを自壊させていき、破片は塵と化していく。

 天へと掲げたアームドギア……否、自分自身を一振りの刃(アームドギア)として、フォニックゲインの全てを集中させていく。

 そして──

 

「例えこの身が朽ちようとも……人の世を、無辜なる人々を、そして大切な誰かを護るために──。

 これがッ! 風鳴翼の歌だッ!!!」

 

「翼あああああああああッ!!!」

 

 ……翼は限界だった。

 だがその命と引き換えに生み出した力は、数多のノイズと共に漆黒のノイズをも打ち砕いた。

 更地となったステージ。呆然とへたり込む奏。

 戦いは終わった。風鳴翼の犠牲と共に。それを奏が認識するより早く、事態は再度急変した。

 其れは彼方より顕れて、天空より放たれた炎と光は地上を爆裂させていく。二人の立っていた舞台(ステージ)を蹂躙する巨大生物。

 またも嗤いだす奏。最早理解から遠い状況下に晒された彼女は、反射的に嗤うしかなかった。

 脳裏に過ったのは確実なる自身の死。結果を確信した事による諦め。──だが、その奥底で一片の想いが灯っていた。

 自分に向けられた最期の笑顔と、最期の唄声。その眼と記憶に焼き付いた、もう此処に存在しない風鳴翼という存在。

 翼を想う度に身体に力が沸き上がる。血が沸き立っていく。後悔と憤怒でその眼に光が灯っていく。眼前の敵を貫き(くび)り殺す夢想を続けていく。圧倒的な、ただただ圧倒的な力で。

 

 翼を奪った、あの”漆黒”を──。

 

 

 

 幾日か後のこと。奏はマネージャーの青年と向き合っていた。

 

「……本当に、辞めてしまうのですか?」

「……ああ、翼がいないのに、もう唄う意味なんて──」

「……残念です」

「あんたはどうするんだい?」

「さあ……まだ決めていません。二課の退職届は出しましたし、ツヴァイウィングのマネージャーの仕事もなくなりますしね……。奏さんは?」

 

 青年から問われた奏は、力無く微笑みながら穏やかな声で返答していった。

 

「あたしは、翼の仇を取る……」

「……そうですか。ご武運を祈っています」

 

 言葉を最後に、一礼して立ち去る青年。

 独り残された奏は空を見上げて思いを馳せる。

 

(そうだ、あたしにもう戦い以外の歌は要らない……。

 ごめんな、翼……。でもあたしはあんたの仇を取りたい。自己満足だって分かってても、あいつらを許せない)

「……カルマノイズはまだ残ってる。あのデカい化け物もだ。あたしは、翼の仇が討てる……フ、フフフ……あはははははッ!!」

 

 辺りはばからずに、まるで気がふれたかのように嗤う奏。そこへ二課からの緊急連絡が入って来た。

 

「奏、聞こえるかッ! ノイズが現れたッ! すぐに現場に向かってくれッ!」

「──ああ、聞こえてる……」

 

 そうして彼女は走り出し、仇敵との戦いに身を置いた。

 

 置き続けた。

 

 今もまだ、あの時と変わらぬままに。故に……。

 

(あたしは復讐のために歌を捨てたんだ……。翼の願いに背を向けて……。

 だから、もう翼と唄いたいなんて思っちゃいけない。……あたしには、復讐の、戦いの歌だけがあればいいッ!)

 

 誰と会おうと、どんな言葉や歌を聞こうと関係ない。紡がれる歌はその為のモノ。繋いできた命もその為のモノ。

 ヤツに向ける攻撃の総ては、その為の。

 

「翼の痛み──思い知りなぁッ!!」

 

 槍の穂先が狙い澄ますはカルマノイズの胸……心臓部。其処に心臓が有ろうと無かろうと関係ない、命を奪う為に狙うならば其処以外に狙いはつけられなかった。

 深々と突き立てられる槍。一瞬動きを止めるカルマノイズだったが、その細い腕を奏のアームドギアに絡ませることで逆に彼女の動きを止めてしまった。

 その瞬間生じる、背部に連なる球体の明滅。この形状のノイズの特徴から、それが何を意味しているのかは、見た者全てが即座に理解した。

 

「奏ッ!」

「なッ!? こいつ──ッ!」

(──零距離で自爆ッ!? ダメだ、こりゃ避けられないな……)

「奏えええええッ!」

 

 奏の脳裏に浮かんだのは、やはり亡くした翼の顔。復讐も果たせずにこのまま死ぬという確信は、何故か奏に穏やかな笑みを齎していた。

 最期まで、自分の最も大切な存在を想って逝こうと──。

 

(翼……ごめんな……)

「──さぁせるかああああああッ!!」

 

 明滅する漆黒の球体が爆裂するその刹那、死に物狂いで伸ばした翼の手は奏を掴まえ、カルマノイズとの間に挟まる形で彼女を抱き締める。だがそこからの離脱回避は間に合うはずもなく、その爆裂の全てを翼は小さな背で受けざるを得なかった。

 

「ぐッ!? ──あああああッ!!」

「翼さんッ!?」

「翼ッ!?」

 

 爆発の衝撃で吹き飛ぶ翼と奏。カルマノイズも同様に吹き飛びはしたが、爆ぜた肉体は再度集合し身体を形成する。

 だが一方で翼は倒れ込み、庇われた奏はすぐに身を乗り出して翼に声をかけていった。

 

「な、あ、あたしを庇って──ッ!? なんてことしてるんだッ!」

「よかった……今度は間に合った……くッ」

「い、痛むのかッ!? 何で、庇ったりなんか──」

「奏が危ないのに、私が見てるだけなんて出来るわけないじゃない……」

 

 その言葉で痛感させされた。目の前の彼女やその仲間たちが何度も言ってきた、『翼は翼だ』という言葉の意味を。

 自分とは逆に、だが自分と同じ境遇に陥った彼女。彼方の世界の”自分”を何よりも大切に想っていた彼女。それと同じように此の”自分”をも気にかけ続けていた彼女。

 紛れなど、あろうはずもなかったのだ。

 

「バカやろう……」

 

 口から零れ出た罵倒は、一体誰に向けてのモノなのか。

 奏はただ翼の手を握りしめ、心から悔やむようにそれを吐き出した。

 

「──だけど、バカをした意味はあった。奏、私たちと一緒に戦って欲しい……」

「わかった、戦ってやるから……。だからお前はそのまま休んで──」

「そういうわけにはいかない……。──休みなら、あいつを倒してからだッ!」

 

 大きなダメージを負った身体を奮わせ、全身に力を入れてなんとか立ち上がる翼。眼光は防人のそれに戻っており、添えるように支える奏がその力強さに思わず感嘆としていた。

 すぐさま彼女らの元に集う響とマリア。翼の状態にも不安が残るが、復元したカルマノイズを前にし、マリアは即座に指示を出していった。

 

「一斉攻撃ッ! 束ねれば斃せない相手じゃないッ!」

「はいッ!」

「奏もッ!」

「あ、ああッ!」

 

 足並みを揃えて突撃する装者4人。今までの戦いを振り返り熟考していたマリアには思惑があった。

 カルマノイズは確かに強力で強靭。弱点など無いようにも見られる。だが、アームドギアで攻撃した部分は確実に削られている。僅かな破片と化しても結合し蘇るカルマノイズではあるが、細かく砕けた破片は炭化消滅し本体は自己復元能力による再生を優先とする。

 つまり、高出力連続攻撃による完全分解と消滅に至ることが出来れば、いかな強力なカルマノイズであろうとも斃せるということである。

 その証左となったのは、過去に絶唱でカルマノイズを斃したという記録と、先日の戦い……ミライの助力を得て最初のカルマノイズを倒した時。キャプチャーキューブで生まれた閉鎖空間内に攻撃を収束、飽和したことで討滅と言う結果を齎したこと。

 そこからマリアが見出したのがこのカルマノイズ攻略戦。回復を許さぬ程の物量攻撃で押し切ることが勝利への道だと考えた。至極単純ではあるものの、絶唱は勿論、イグナイトも使えない以上用いれる手段は多くは無い。その為に奏を含めた4人での連携を進めていたのだ。

 そして今現在、マリアの思っていたように装者4人による連続攻撃が成立している。息をも吐かせぬ攻撃の波は確実にカルマノイズへダメージを与えていった。

 

「これなら……ッ!」

 

 斃せる。そう思った矢先だった。翼が連携を乱し、意図せず攻撃の手を止めてしまっていた。だがそれは無理もないこと。奏を庇って受けたダメージが、予想以上に大きかったのだ。

 一方でカルマノイズはその僅かな隙に離脱し、距離を取って再度肉体を復元させていく。その途中、漆黒の身体が僅かに透け始めてきた。

 

「逃走ッ!?」

『周辺避難が完了したんだッ! カルマノイズの性質上、生体反応が低減した場所に長居はしないッ!』

「クッ、この機を逃がしては……」

「……立花ッ! S2CAだッ! 絶唱の力で、一気にあいつを殲滅するッ!!」

「で、でも翼さん、その怪我じゃ……」

「問題ない。防人の剣は、この程度で手折られはしないッ!」

「……わかりましたッ!」

 

 返事と共に響を中心にして翼とマリアが左右の手を繋ぐ。

 敵を前にしての不可解な行動に、奏はただ困惑の声を上げてしまった。

 

「おいッ! お前たち、一体何を……」

「少しの間、あいつを抑えていて。頼んだわよ……」

「……わ、わかった」

 

 いつになく神妙な顔をしたマリアに言われ、戸惑いながらもカルマノイズを逃がさない様に戦いだす奏。

 その背を見ながら意識を集中した三人が同時に口にしたのは、絶唱の励詩だった。

 

「絶唱ッ!? しかも三人同時って……あいつら何をッ!?」

 

 絶唱の三重奏が重なり合い爆発的なエネルギーを発生させる。ただの一人でも絶唱が生み出す力は計り知れないもの、それが三人分。

 この世界では決して目にすることの出来ぬ奇跡の一端を、響たちは行っていた。

 

「スパーヴソングッ!!」

「コンビネーションアーツッ!!」

「セットッ!! ハーモニクスッ!!!」

「な──ッ!? いったい何がどうなっていやがるッ!?」

 

 青と黄色と白、三つの光が螺旋に交わっていく。

 両腕を重ね合わせた響のアームドギアが合体し、右腕に円筒状として変形装着される。各部パーツが展開していき、円筒状の籠手はタービンへと姿を変えた。

 稲妻を走らせながら高速回転するタービン。その回転と共に三色の光が吸い寄せられるように集まり、一本の輝きに束ねられていった。

 

「奏、離れてッ!」

「あ、ああッ!」

 

 カルマノイズに最後の一打を与えて退く奏。響の視界にカルマノイズだけが入っていることを認識すると、その腕を大きく引き絞った。

 

「いまッ!!」

「──行きますッ! はああああああぁぁぁぁッ!!!」

 

 真正面に拳を打ち出す響。高速回転するタービンを内蔵した籠手から噴出する、三色が混ざり合った光の竜巻。地を抉りながら天へと昇るそれはカルマノイズを飲み込み、超出力フォニックゲインの奔流はカルマノイズの強固な肉体や無限とも思える再生能力を全て吹き飛ばし微塵と化していった。

 放たれた後に残るモノは無い。黒炭さえも残らず消し飛ばされ、カルマノイズは完全に消滅した。

 

「……倒した、か?」

「はい……やりましたッ!」

「……ええ、そうね」

「……これが、翼たちの力……」

 

 思わず腰を落とす響たち。だがその勝利の余韻なのか、三人は笑顔で讃え合っていた。

 奏は独り、茫然と更なる力を見せ付けた三人の装者たちを見つめていた。ただ今度は嫉妬や羨望ではなく、それらを越えた感情を呼び起こされながら見つめていた……いや、見惚れていたと言って良いのかもしれない。

 それ程の衝撃だった。

 

「さすがは……立花、だ……」

 

 カルマノイズを討ち取った響に労いの言葉をかける翼。だが次の瞬間、まるで糸が切れたように翼がその場に倒れ込んだ。

 

「翼さんッ!?」

「翼ッ!?」

「おい……翼? 翼あああああぁぁぁッ!!!」

 

 

 

 

 ==

 

 

「──二体目も砕けたか。だが、良いマイナスエネルギーが集まった。

 受け取るがいい、暗黒惑星ブラックスターよ。そして、更なる力の糧とするのだ。

 ククク……フハハハハハッ!」

 

 黒く濁った水晶を天に掲げ、黒尽くめの男が高笑いする。

 終焉の意思の、導くままに。

 

 

 

 

 end.



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EPISODE 07【憎悪と後悔と】

 

 

「了子さんッ! 翼の容態はッ!」

 

 メディカルルームに押し入ってくる奏。その後を追うように響とマリア、ミライも入ってくる。

 視界に映る範囲に翼の姿は無く、分厚いガラスの向こうにあるベッドで横たわっている。モニターでその様子を見ながら、神妙な顔を崩さずに了子が答えていった。

 

「……まだなんとも言えないわ。怪我の影響と極度の疲労による衰弱。全身ボロボロよ」

「翼さん……」

「翼……」

 

 項垂れる四人。だが奏はすぐに顔を上げ、了子へ詰め寄るように声を上げていった。

 

「なぁ、翼に会わせてくれッ!」

「無茶言わないの。これは専門家の仕事。絶対に翼ちゃんは助けて見せるから、そのまま待ってなさい」

「翼……くそッ! くそッ!!」

「奏さんッ!」

 

 メディカルルームから飛び出す奏。思わず後を追おうとする響だったが、すかさずそれを止めたのは了子だった。

 

「悪いけど二人にはまだ話があるの。だ・か・ら~、奏ちゃんを追っかける役、頼めるかしら?」

「……はいッ!」

 

 了子が微笑みながらミライに頼むと、彼は真っ直ぐそれに応えるように駆け出していった。一方で残された響とマリアは、心配そうな顔のまま了子の方を向き直した。

 

「話って、何かしら?」

「そうね、単刀直入に言うと貴方たち二人のカラダのこと。勿論やらしい意味じゃないわよ?」

 

 ふざけたような言葉を言いながらも、その表情は真剣そのもの。背もたれに体重を預けながら了子がデスクから取ったバインダーには数枚の紙が挟まっていた。

 

「現状で一番の問題は倒れちゃった翼ちゃん。でも問題そのものを抱えているのは翼ちゃんだけじゃないわ。そうでしょう?」

 

 言いながら響の方に目を向ける了子。先の戦いに響らがとった行いがどのようなモノなのか、彼女はキチンと憶測を立てていた。

 責めるような目を向けるのは、それ故にだ。

 

「絶唱三人分のフォニックゲインを装者一人に収束、超絶的なエネルギーとして発射。そんなところかしら、貴方たちのやった自殺行為は」

「自殺行為って……」

「それ以外になにか言い逃れは出来る?」

 

 響もマリアも何も言えなかった。S2CAがどういうものかは二人ともよく分かっている。

【Superb Song Combination Arts】。立花響を中心に据えることで実現する装者たちのコンビネーションアーツであり、必殺の一撃にもなる超出力攻撃は文字通りS.O.N.G.所属装者たちにとっての切り札……【必殺技】とされている。

 このコンビネーションにおいて肝要となる部分は立花響の存在であり、彼女の持つ”アームドギア”と【繋ぎ束ねる】という絶唱特性が合わさらない事には成し得ない奇跡の如き技。故に必然、絶唱を束ねる響の肉体には絶大な負荷がかかってしまい、現状の翼ほどでは無いにしてもダメージが皆無とは成り得ない。

 了子は一目見てそれを理解した。シンフォギアという装備を世に生み出し、誰よりもそれを識るからこそ。

 

「で、でも、私は全然元気ですッ! そりゃ使った後は疲れはしますが、一晩寝れば──」

「メディカルチェックの結果はちゃんと目を通しているのよ。確かに翼ちゃん程のダメージは無いけど、楽観視していいモノでもないのは確か。

 響ちゃんだけじゃなく、マリアちゃんも」

「──……ッ!」

 

 思わず奥歯を噛みしめてしまうマリア。見抜かれていたという己の迂闊さだ。

 だが彼女らが今平気で居られるのは、偏に共に力を束ねたマリアの存在があってこそだった。

 ”操作”という幅広い分野において天賦の才を持つ彼女は、装者として、そしてS.O.N.G.の一員として己を高めていく中でその才を大きく開花させている。

 S2CAの行使にしても、彼女の絶唱特性である【エネルギーベクトルの操作】が響一人に圧し掛かるはずの絶唱負荷を分配することで響の身体を、ひいては共に唄った他の装者たち一人当たりの負荷をも可能な限り抑え込んでいた。そのため現時点でS2CAを使うに当たり、マリアの存在は必要不可欠なものとなっていた。

 だが今回ばかりはその操作を誤ったと、マリア自身も考えていた。均等に負担を分配したが故に、元々蓄積していたダメージが大きかった翼が倒れ込むことになったのだから。

 

「……開発者として言わせてもらうとね、確かにあの技は合理的ではあるわ。

 絶唱というシンフォギア最大の攻撃機能を正確に使用しなければあんな芸当は不可能。私の想定を越えた形で使いこなしてくれているのは開発者冥利に尽きることよ。

 でも、それとこれとは話は別。絶唱は命を投げ棄てる為に組み込んだものじゃない。少なくとも私はね」

 

 思わず沈黙してしまう二人。正確には並行世界の別人だろうとも、彼女は世界で誰よりもシンフォギアに詳しく、其処に何かしらの想いを傾け込めていた人だ。

 だからこそ、響たちのような使い方に対して物申さざるを得なかったのだろう。彼女は”櫻井了子”なのだから。

 

「誰一人欠けることなく、犠牲者も出すことなくカルマノイズを斃せた以上、アレが現状最も有効な攻撃であることは認めるわ。でも私個人としてはアレを使うことは薦められない。

 ……まぁきっと、それでも貴方たちは使うんでしょうけどね」

「了子さん……」

「ま、お小言はこのくらいにしておくわ。今は貴方たち二人とも休んでおきなさい。またいつ何が起きるかなんて理解らないんだから」

「……分かったわ、そうさせてもらいます」

「でも、奏さんが……!」

「そぉねぇ……。任せておいてなんだけど、ミライくんにどうにかできるのかしら」

 

 つい自信無さげに言ってしまう了子。いくら良い方向に傾き始めたとはいえ、憤怒を隠しもしない奏に対して人の良いミライに何が出来るのか、疑問を感じ始めてしまった。

 願わくば、施設内が復旧可能程度に壊される程度に済めばいいと考えるほどに。

 

 

 

 ==

 

 

「翼……くそッ! 全部、あいつらが……あのノイズどもが悪いんだッ! あいつらさえ、居なければ──ッ!!」

「……奏さん」

「──なんだよ……」

 

 かけられた声に、強い苛立ちを孕んだ眼を向ける奏。ミライはその眼を、怯むことなく受け止めるように変わらぬ表情でいた。

 

「敵を根絶やしにする、とでも言うつもりですか?」

「……そうだ」

「それは不可能です。この世界ではソロモンの杖は見つかっていない。根本的な部分を解決しない限り、ノイズは現れ続けます。

 そしてベゼルブもまた、黒幕の目的が理解らぬ以上何度でも襲来する可能性は出るでしょう。

 ……少し冷静になってください。翼さんを傷付けられて悔しいのは──」

「わかるもんかよッ! お前みたいな、なに考えてるか分からねーヤツにッ!!」

 

 奏の言葉を受け、思わず押し黙るミライ。そして己が身を省みる。

『不思議ちゃん』……在りし日はよくそう言われてきた。『なにを考えてるかよくわからないヤツ』と。ウルトラマンとは名乗るものの、彼自身地球に赴任した時は歳若く経験のない異星人であった。そんな彼には、地球の人々とのコミュニケーションが上手く取れず苦労してきた記憶があった。

 そこから幾星霜……地球人の感覚としてはあまりにも長い時間を経て今日に至り、心身共にあの頃よりも大きな成長を遂げていた。実感もあった。

 だが、眼前の少女は自分を『なにを考えてるかよくわからないヤツ』と形容した。まるで、お前はまだ何も理解ってなどいないと、己惚れるなと、ミライは言われたような気がした。

 かつて命を預け合い、心を交わし合った地球の親友たちの声で。

 

「……そうですね。僕はまだ、奏さんの事は何も分かっていません。貴方が今まで抱き続けてきた苦しみも、今の貴方を蝕む怒りも。

 だから僕にも教えてください。僕も、貴方の仲間でありたいんです」

 

 微笑みながら少し歩み寄り、彼女との距離を縮めるミライ。

 奏は思わず引き下がりそうになったが、先だって翼から言われた言葉が否応なく思い出されてくる。『一緒に戦う』。たったそれだけの、しかし決して蔑ろには出来ない大切な口約束を。

 その約束の意味、今の奏自身が出来ること。ミライから投げかけられた優しい言葉が奏にとっては冷や水となり、それを省みることが出来た。

 

「……わかってる。本当はあたしが悪いんだ。あいつを、翼を受け入れてちゃんと協力していたら──。

 翼の歌は届いていたのに。あたしは、翼は翼だと分かっていたのに、どうしてあたしは……」

「奏さん……」

 

 落ち着きを取り戻し自分を悔やむ奏。己の短慮さと頑なさに、自らを責めて心を閉じ込めていく。

 そんな最中、通信機が鳴りだしてミライがすぐに取っていく。緊急警報のサインが意味するもの、それはただ一つ……

 

「──ノイズッ!」

「奏さんッ!」

 

 心は変わらず閉じたままだが、奏は戸惑いを見せることもなく走り去っていった。

 その姿に何処か危うさを覚えたミライは、同じく向かっているであろう響たちに連絡をしていった。

 

「響さん、マリアさんッ! 奏さんがッ!」

『分かりましたッ! ミライさんは──』

「僕は避難誘導に向かいますッ! 終わり次第すぐに合流しますッ!」

『……分かったわ、翼の分まで面倒見ないとね』

 

 

 

 ==

 

 

「奏さんッ!」

 

 現場に到着する響とマリア。そこには既にノイズとの交戦を開始している奏が居た。

 

(ノイズ……ノイズ、ノイズッ!! お前らが、お前らなんかが居なければッ!!)

「うるぁあああああああッ!!!」

 

 アームドギアを振り回し、並み居るノイズを黒塵へと還していく。

 誰も寄せ付けぬかのような暴威を見て、響もマリアも思わず足が止まってしまっていた。

 

「奏さん……」

「連携しよう……と言える状態じゃなさそうね。幸いカルマノイズは出現していないし、早く全滅させて頭を冷やさせましょう」

「わかりました……!」

 

 そうして響とマリアも戦線に加入する。

 たとえ連携が取れていないにしても、相手は所詮ノイズであり此方は装者三人。引けを取るなど有り得るはずもなく、ただただ人に仇為すものを壊していくだけだった。

 

 

 その一方で、避難誘導を進めていたミライは橋の上から装者たちの戦いを眺めていた黒尽くめの男と再度対峙していた。

 

「ブラック指令ッ!」

「ウルトラマンメビウス……」

 

 怪しい笑みを浮かべながら目線をミライから装者たちに向けるブラック指令。対するミライはその手に握ったトライガーショットに力を込め、狙いを外さぬように構えを保っていた。

 

「何を見ている……?」

「大したものではない。高まり続けるマイナスエネルギーを眺めているだけだ」

「マイナスエネルギー……? 何故だ、ノイズはマイナスエネルギーを発しないのに……」

 

 ブラック指令はただ嗤うだけで何も答えない。黒塵舞い散る戦場を眺めているだけだが、その右手にある水晶球にはどんどん黒い澱みが溜まっていく。

 互いの状況を見て考えを巡らせるミライ。導き出された答えは安直なれど、それ以外に考えられなかった。

 

「まさか──」

「クク、理解ったところでもう遅い」

 

 くぐもった嗤いを浮かべながらその場から姿を消すブラック指令。直後に姿を現したのは、奏たちが斃しきったノイズの塵芥の中だった。

 

 

 

 

 ──殲滅した。そう確信した装者たちの前に、黒い影が出現する。

 ノイズの痕形が消えゆくと共に、その黒い影もまた、内に秘めた姿を開け晒していった。

 

「お前は……!?」

「良いマイナスエネルギーを放つ。流石は、堕ちる運命の光を宿すだけはあるな」

「何を、言って──」

 

 漆黒のマントを翻し、右手の水晶球を奏に向けて突き出すブラック指令。直後、奏の身体から瘴気が溢れだした。

 

「ッ!? うあああああぁぁぁッ!!」

「奏さんッ!?」

「お前、一体何をッ!」

 

 迷いなく黒尽くめの男──ブラック指令に斬りかかるマリア。だがその斬撃も左手に握るステッキで軽くいなしていく。

 その実力に思わず歯ぎしりするマリアだったが、彼女らの僅かな隙を縫うように銃撃が二人の足元へと撃ち込まれた。

 

「ミライさんッ!」

「ブラック指令ッ! それ以上はやらせないッ!」

「無駄なことを……。この女のマイナスエネルギーは十分に育っている。貴様らが捨て置いた光が、その本能を目覚めさせているのだッ!」

「捨て置いた、光……?」

 

 ブラック指令の言葉の意味を理解しきれず、ただ心配そうに奏を支える響。

 そのまま声を高らかに、奏へぶつけるように上げていった。

 

「喜ぶがいい天羽奏ッ! 貴様の中に在るモノは貴様の想いを体現する力だッ! 

 怨敵を蹂躙し、仇敵を八裂せしめる暴威ッ! 貴様の求めた、復讐の力なのだッ!!」

「何を……」

「その悲業な想いと共鳴して一体化を果たした闇の輝き、悪の超者ッ! ウルトラマンベリアルッ! 

 その身の内で高まるマイナスエネルギーを我が物にッ!!」

「が……ああああああッ!!」

「奏さんッ! しっかりしてくださいッ!」

 

 悶える奏を支える響と、彼女に任せてブラック指令を続けて攻め立てるマリアとミライ。だが遠近に対応するブラック指令の戦い方に、二人は優勢を取れずにいた。

 そんな現状でマリアが把握していることは、あの厄介極まりないマイナスエネルギーを眼前の男が利用しようとしていることと、それが右手の水晶に集められていることだけ。ならばあの水晶をどうにかすればと考え狙うが、刃が届くことは無い。

 その間にも、ブラック指令は奏に向けて心無き言葉をぶつけていく。

 

「並行世界の者たちは皆知っていたぞ。お前に宿った光が正義ではなく、邪悪に属する者であることを。

 何時しかお前もその邪悪に飲まれる……そうなれば皆で断じるだろう。お前を殺すしかないとなッ!」

 

 瞬間、大きく目を見開く奏。歯を食いしばる事も忘れ、思考が何処へと引き落とされる感覚がした。

 

(──殺す? あたしを……こいつらが? 二課のみんなが? 

 ──……翼、が……?)

「この、戯れ言をォッ!!」

「僕たちは決して、そんな事はしないッ!!」

「そうさな、貴様らはそう言うだろう。だが闇を否定するのもまた貴様らだ。闇に堕ちた者を救い上げるなどッ!」

 

 嗤うブラック指令とそれに向けて攻撃を重ねるマリアとミライ。だがその一方で、奏の意識は闇に飲み込まれ堕ちていた。泥濘の中で目に映ったものは、かつての夢と似たものだった。

 運命を変えてやると、見下した者全てを見返してやると、自信の裏返しで固められた憤怒と嫉妬の念のままに吼え叫んだ(じぶん)

 其処へ現れた、闇の中でも理解るほどに強い瘴気を放ちながら現れた邪悪。力が欲しいかと持ち掛けられて戸惑う(じぶん)の心の隙に、瘴気が入り込まれてしまう。

 闇に取り込まれまいと本能が抵抗する。だが理性の一片には僅かに諦観が芽生えており、それが囁き続けていた。

 

『闇に堕ちた者を、光の国の者は決して許しはしない……。俺はもう、戻れない……』

(ああ、だから……)

『だから、こそ……』

 

 憎悪に身をやつすしかなかった。

 虐げられる前に虐げる。倒される前に倒す。突き放される前に突き放す。

 自ら宿縁を断絶し、憎悪の闇と闘争本能と力への渇望に魂を塗り潰していく。

 悪の超者はこうして生まれていた。奏自身もまた、彼のように落ちていくのだと直感した。

 

 思い返し浮かび上がる知己の者たち。だが思えば思う程にその者たちへの申し訳なさと自分自身の不甲斐なさが募っていく。

 ようやく受け入れられそうになったモノ()も傷付き倒れ、その時何も出来なかった自分は何処までも無力だと考えていく。

 摩耗した心にはヒビが入り、徐々に欠けていき──。

 

(……きっと、あたしも……なら、このまま……)

 

 俯いたままアームドギアを握り締める奏。そこから無理な姿勢のまま弾け飛ぶように突進していった。

 

「がああああああああッ!!!」

「奏さんッ!?」

「一体何をッ!」

 

 ミライとマリアを押し退けブラック指令に向けてその穂先を強く突き出す奏。思わず身を翻して回避するブラック指令だったが、その口元は嘲笑に歪んでいた。

 

「闇に身を堕とすか……。よかろう、来いッ!」

 

 大きな跳躍で後ろに下がり右手の水晶を天に掲げる。

 水晶は輝きを放ち、直後空に暗雲が渦を巻き、その中心を突き破って羽根を振るわせ飛ぶ漆黒の怪獣……ベゼルブが出現した。

 ベゼルブは甲高い鳴き声を上げ光線で周囲を破壊し始めていく。装者たちの動きはそこで止まってしまった。

 

「──くッ、ベゼルブッ!?」

「あの人が呼び出していた……!」

「ククク……さぁ聴かせてくれたまえ。マイナスエネルギーに満ちたその歌をッ! フハハハハッ!」

「待てぇッ!」

 

 即座にトライガーショットの引鉄を引くミライ。だがその光弾はブラック指令の肉体を貫通し、そのまま霧散して消えていった。

 口惜しさを感じながらも、4人はすぐに目線をベゼルブに向けていく。ベゼルブもまたその真紅の眼で敵対者たちを視認し、そちらに向かって移動を始めていった。

 

『全員一度退けッ! ここは体制を立て直して──』

 

 耳に響く弦十郎の言葉。だがそれすらも聞こえていないのか、奏は幽鬼のような足取りでベゼルブの方へ歩いていく。

 

「……来るなら来い。あたしは虫の居所が悪いんだ……」

『奏ッ! 何をするつもりだッ!』

「お望み通りたっぷり聞かせてやるよ……。あたしに唯一残っている……戦いの歌をッ!」

 

 奏の口から漏れ出す歌。それは紛う事無き装者の最終攻撃手段──絶唱。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal.

 Emustolronzen fine el baral zizzl.」

「奏さん、絶唱をッ!?」

「くッ、バカなことを──ッ!」

 

 奏を中心に爆発的なフォニックゲインが発生する。溢れ出す力は彼女の身体を砕かんとばかりに疾走し、更に増幅されていく。

 全身から悲鳴が上がるほどの痛みが走る。だがそれも、今の奏には心地よく感じていた。

 

(そうだ……全部ぶっ潰してやる。あたし自身も、煩わしい胸の光も、全部全部全部ッ!!)

 

 憤怒にも似た想いだけで高まり続けるフォニックゲイン。高々と持ち上げる奏のアームドギアにその力が集まっていく。だが……

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal.

 Emustolronzen fine el zizzl.……ッ!」

「──えっ……?」

 

 背後からもう一人の声が聞こえた。もう一人、自分と同じ歌を唄い上げる者が居た。

 肩で息をしながら、足を地面にめり込ませながら踏ん張り、それでも決して下を向かずに前を向き……胸に手を当てながら、自分と同じモノ(ガングニール)を纏う少女が絶唱を唄っていた。

 

「ぐ、うううううぅぅぅッ!」

「──ッ!? 絶唱の力がッ!?」

 

 奪われている。奏は即座にそう感じた。

 自分の身体を疾走するフォニックゲイン、それが齎す身体の痛みが劇的に引いている。

 また突き上げたアームドギアから流れるように、その力が響へと向かっている。感覚の全てがそう語っていた。

 響は両腕のガントレットを結合、一体化させて右腕に装着するよう可変させる。

 円柱状になったガントレットは封を解くように展開、解放していき内部のタービンが稲妻を放ちながら高速回転していく。

 それと共に響は自身の絶唱と、奏の放とうとした絶唱の力を己が小さな身一つに蓄え集めていた。

 

「いいわッ、その力をベゼルブにッ!」

「どぉぉりゃぁぁぁぁぁッ!」

 

 マリアの言葉を受け、脚部バンカーを用いてその場から弾けるように跳ぶ響。猛る右腕を引き絞りながら真横を通り過ぎる彼女の姿を、奏は呆然と見ているだけだった。

 向かってくる力を察したのか、ベゼルブは響に向けて怪光線を発射する。だが彼女の動きは止まらない。

 目を逸らすことなく、ただ真っ直ぐに突き出される響の右手。ガントレットから発射される暴風が如き螺旋のフォニックゲインは、怪光線を相殺しながら突き進み、押し合いになる事もなくベゼルブへと直撃した。

 甲高い声を上げながら吹き飛ぶベゼルブ。ふらつきながらもなんとか立ち上がるが、第二射を恐れてかすぐに飛び上がりその場を離れて行った。

 

「この前……あのカルマノイズを倒した時のように、今度はあたしの絶唱の力を……?」

 

 思わずその場でへたり込む奏。その前に響が身体を引きずらせながら歩いてきた。

 眼が合う二人。ボロボロになり息を切らせながらも、響の眼差しは強く眩しい。不思議と其処に怒りは見えず、それが余計に輝いて見える。奏はその眼差しから目を逸らさずにいるだけで精一杯だった。

 

「はあ、はあ……奏さんッ!」

 

 何かを決意したかのように響が言葉を発する。彼女自身肉体的に余裕が無いからか、その声はどうしても大きなものになってしまっていた。

 それでも言わねばならぬことを……響が今日の奏の姿を見て感じていたものを、僅かに残った力に乗せて打ち放った。

 

「──生きるのを、諦めないでッ!!」

「──ッ!?」

 

 はじめて聞く言葉。

 なのに何故か、心へと深く強く打ち付けられる言葉だった。

 

(あたしは、諦めようとしていたのか……)

「はあッ、はあッ……くぅッ……」

 

 言い終えて緊張の糸が切れたのかその場に倒れ込む響。ギアも解除され、私服姿のままではあるが大きな呼吸を繰り返していた。

 

「大丈夫ッ!?」

「だ、大丈夫です……。ただちょっと、疲れました……」

 

 駆け寄って来たマリアとミライに少し弱った笑顔で返す響。すぐに運ぼうとしたが、それより先に彼女に肩を貸す者が居た。奏である。

 

「……あたしが、運んでやる……」

「か、奏さん?」

 

 響に肩を貸し体重を預けさせて立たせ、そのまま何も言わずに歩いていく奏。

 一瞬それに気を取られたが、すぐにミライが二課に連絡したため迎えの車は10分も経たぬ間に到着。

 戦闘区域内の敵性反応消失を以てこの日の戦いは終了した。

 

 

 

 

 ==

 

 

 夜。

 休んだから大丈夫だと豪語する響を無理矢理に二課のメディカルルームへ押し込んだマリアは、一室を貸し切り奏と相対していた。

 二人の間に漂う空気は良いものではない。

 剣呑な空気はそれこそブラック指令が煽っていたマイナスエネルギーに他ならず、それを隠そうともしないマリアの眼を、奏は何処か卑屈さで固められた無表情で向き合っていた。

 

「……話って何だ?」

「……どうも私もお節介な性分みたいなのよね。それに、あなたにはどうしても一言言いたくて」

 

 腕を組み目を逸らすことなく、マリアは突き付けるように言葉を放っていった。

 

「いい加減、自分を偽るのはやめなさい」

 

 奏は答えない。そしてマリアの言葉も止まりはしない。

 

「翼に怪我をさせた挙句、ノイズやベゼルブへの憎しみで自分の本心を全部覆い隠して、飲み込まれて……それで一人で死のうだなんて、ふざけないで。

 私や響、ヒビノさんはあなたの尻拭いをするためにいるんじゃない。勝手な行動ばかりして、何様のつもりなの?」

「……あたしは──」

「あなたが一人で死ぬのはあなたの勝手かもしれない。これまで交わる事が無かったあなたの生命、あなたの人生。私たちがどうこう言う筋合いは無いのかもしれない。

 でも翼は違うでしょう? あなたがあなたの勝手で死んで、それを後で翼が知ったらどう思うかくらい分かるはず。

 片翼を失って悲しんでいたのはあなただけじゃない。だというのにあなたは、翼にもう一度その悲しみを味わわせるつもりだったの?」

「そんな……つもりは……」

「この前、私に翼と唄いたいと言ったのがあなたの本心でしょう。なのにその本心から目を背け、真逆の行動ばかり。

 翼と居たいんでしょう。一緒に唄いたいんでしょう。ならちゃんと、”翼”を見なさいッ!!」

 

 奏は答えない。答えられない。マリアからの言葉の全てが、心に深々と突き刺さっていく。

 ヤケになって喚きたくなっても、いっそ幼子のように泣き出したとしても、それはただの逃避であると奏は理解っていた。

 理解っていたからこそ如何な言葉を返すことも出来ず、ただ歯を食いしばりながら顔を落としていた。マリアの言葉を受け入れようとするしか、今の奏には出来なかった。

 そんな彼女を一瞥し、小さく溜め息を吐いてその横を歩いていく。通り過ぎ際にもう一言を添えながら。

 

「……自暴自棄になる前に、もう一度自分の気持ちをキチンと見つめなおしてみなさい。

 あなたはもう、答えを持ってるんだから」

 

 

 

 

 

 独りになった奏。ついおもむろに、二課が隠れ蓑としているリディアン音楽院の屋上に訪れていた。

 冷めた夜風を肌で感じながら、彼女はただ、地を見下ろしていた。

 

「奏さん」

 

 そんなところへやってくるもう一人。かけられた声は優しく、何処か気さくな声。振り向いてみるとそこには、月明かりの下でも理解るぐらいに微笑みながら立つミライの姿があった。

 

「あんた……」

「はい、あったかいもの、どうぞ」

 

 聞き覚えのある言葉と共に差し出された缶コーヒーを受け取る奏。確かに程よく温かみがあるこれは、間違いなくあったかいものだ。

 だがそれを堪能することもなく、奏は顔を下に向けたまま小さく言葉を出した。

 

「……あんたも説教か?」

「……どうでしょうね。僕はただ、奏さんと話をしたかっただけなので」

「その割には、そっちから話さねーんだな」

「えっ、あ、すいません……!」

 

 クソ真面目に狼狽えるミライに、奏は鼻で笑うような小さな微笑みを見せた。そこでようやくコーヒーを一口飲んで息を吐く。

 結局先に口を開いたのは奏からだった。

 

「……昼間、言ってたよな。あたしの事を教えろって」

「はい。僕は誰かの言葉でしか奏さんを知りませんから」

「……じゃあ話してやる。代わりに、こっちが聞きたいことにも答えてもらうからな」

「わかりました」

 

 そうして奏はポツポツと語りだした。

 家族がノイズに殺されたこと、保護された二課で憤怒と讐念を以てガングニールと適合したこと、装者としてノイズを狩る毎日を送っていたこと……。

 そして、風鳴翼との掛け替えのない思い出のことを。

 

「……翼がいたからあたしは唄えた。翼があたしを変えてくれた。復讐のしかなかったあたしに、翼は生き甲斐を作ってくれたんだ。だから──」

「大好きだったんですね、翼さんのことが」

 

 臆面もなく真っ直ぐで無垢な笑顔で言われ、思わず少し赤面してしまう奏。それを見られたくないのかすぐに顔を逸らし、項垂れるようにまた溜め息を吐いた。

 そんな奏の状態を知ってか知らずか、今度はミライが話を始めていく。

 

「僕の大切な人たちの中にも、奏さんのような人が居ました。目の前で大事な人を奪われて、自分の無力さに苛まれて、復讐心に身を落として戦っていた人が」

「……そいつは、どうなったんだ?」

「誤解や仲違いもたくさんありました。でも色んな事を乗り越えて、分かり合い、分かち合い、絆を深めてくれました。

 ……もう会うことは無いですが、僕にとって、永遠に忘れ得ぬ人になってくれたんです」

 

 無垢な笑顔の絶えないミライが見せた、寂しさを感じる儚げな微笑み。奏はつい物珍しさを感じ、そのままミライの方へ眼を向けつつ思ったままの言葉を放った。

 

「……そいつ、死んだのか」

「──そうですね、もう生きてはいないでしょう。地球人の命で考えるととても永い時間が過ぎましたから。

 でもあの人は……皆さんは、僕の故郷へ手紙を送ってくれていました。其処にしっかり残されていたんです。皆さんにとって僕は大切な存在になっていた。かけがえのない仲間、永遠の友達だと」

「……そっか。強いな、あんたらは」

「きっと、みんなとの絆があったからです」

 

 謙遜のつもりはなく、実直にそう答えるミライ。それを聞いて、奏はまた自嘲の笑みを浮かべる。

 

「絆か……。そんなモノ、あたしにはもう──」

「ありますよ。奏さんにも」

「え……?」

「風鳴司令、櫻井博士、二課の皆さん。そして翼さん。みんな、奏さんと繋がっている絆です。

 そして僕たちも、奏さんと絆を紡ぎたいと思っています。響さんも、マリアさんも……翼さんも」

「馬鹿言うな、翼はもう──」

 

 居ないと言おうとしたところで奏は気付いた。隣に座る男は、もう居ない仲間に今でも絆を感じていることを。

 死は絆を別つものではないと……例え生まれた世界が違う者であろうとも紡いでいけるのだと、彼はその生を以て証明しているのだと。

 戦場では見せぬ、優しい微笑みを絶やさぬままで。

 

(みんなとの……翼との絆……あるのか? こんなあたしにも、まだ……。

 ──紡げるのか? もう一度……)

「大丈夫、です」

 

 思わぬ言葉に驚く奏。微笑みを崩さぬミライが本当に不思議で、だが決して悪い気持ちは浮かばなかった。

 それ故にか、奏自身も落ち着いた声で自然と微笑みながら言葉を返していった。

 

「……なんかちょっと前にも、あんたにそう言われた気がするよ」

 

 そう言って立ち去ろうとする奏。それを思わずミライが呼び止めた。

 

「あ、あの! さっき奏さんが言ってた聞きたい事って……」

「ああ……忘れちまった。また思い出したら聞くよ。それで良いだろ?」

 

 軽く手を振りながら去っていく奏に、ミライは何も言えなかった。

 だが今の彼女の心にあった闇は薄くなり、その身の内にある”光”も何処か温かみがあるようにも見えた。

 その意味をミライが理解る事は無かったが、きっと闇に負けぬものだと考えていた。

 先に待つ運命がなんであろうとも、今見た光はいつかに繋がる希望の灯火であると信じたいと。

 

 

 

 ==

 

 夜道を歩きながら、空を見上げる。

 マリアからの叱責、ミライとの対話。それらを経て奏は自分でも驚くほど静かに自分の想いと向き合っていた。

 

(……翼は翼、そんな単純なことが分からなかった。全く、本当にあたしはバカだ……。

 いや、違うな……本当は分かっていたんだ。ただ、受け入れられなかっただけ……頑なに受け入れようとしなかっただけだ。

 それでヤケになってキレて暴れて……そのせいで、また”翼”を失いそうになってる……)

 

 思い起こすは翼の笑顔。

 自分の隣で恥ずかしそうに不器用に見せた小さな笑み、己が命を燃やし尽くす前に見せた儚い笑み、奇跡が齎した再会が見せた弱々しくも喜びに満ちた笑み、戦場で別の仲間たちや自分にも向けて見せた力強い笑み……。

 思い返すどれもこれもが翼だった。”翼”は、ずっと其処に居たのだ。

 だが理解したが故に、迷いも生まれる。

 

(どうすれば翼ともう一度絆を結べる? どうすれば翼とまた一緒に唄える? どうすれば……あの頃の歌を取り戻せる? 

 あんたなら、どうするんだ……?)

 

 思考の中で放たれる自問。それは自分の中の光に向けての問いかけでもあった。

 自分と共に在るモノとして、自分の問いに応えてくれるのではないかという淡い期待。それに応えたものはただの静寂。

 分かっていた。きっと、呼びかけても言葉を返してはくれないのだろうと。

 だがそれでも……静かに高まる想いは、自然に声となって漏れ出していた。

 

「翼……あたしは、翼の隣で唄いたい……」

 

 夜空に向かって小さくか細く放たれた声。頬を伝う水滴の感触。溢れ出した素直な想い……。

 それと時を同じくして、二課メディカルルームの中で横たわるままの翼の眼が薄く開いていった。

 

(……奏?)

 

 意識は混濁しているが聞こえたものを間違えるなど無い。しかし其処に確信は無く、おぼろげな思考はそれを夢だと思わせていく。

 だがそれでも……翼は奏の声に応えようと想いを馳せた。

 難しい理屈などは無い。ただ偏に、奏の呼びかけに応えたかった。ただそれだけの強い想いが翼にはあったから。

 

(夢の中で、奏の声を聞いたような気がする……。唄いたいと嘆く、奏の声を……。

 私、待ってるよ……。もう一度、大好きな奏の歌が聴ける日を……)

 

 

 

 

 end.

 



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EPISODE 08【”生きる”のを諦めないこと】

 夜明けを経て意識が回復した翼。その連絡を受けて奏、マリア、ミライの三人はすぐに指令室へ向かっていった。

 鉄の自動扉が開いた先には弦十郎や了子と並んで、翼と響が立っていた。

 

「翼さんッ! 響さんッ! 無事でなによりですッ!」

「すまない……心配をかけた」

「私も、ご迷惑をおかけしました……」

「まったく……あんまり心配かけないでよね。二人ともなにかと無茶が過ぎるんだから」

 

 心から嬉しそうに声をかけるミライと、少し呆れながらも笑顔で返すマリア。弦十郎や了子、オペレーターも含め皆が安堵の笑顔で二人を包んでいた。

 それを見回していく翼。その中に、何処か不器用ながらも周囲と同じく安堵の微笑みを浮かべる奏が目に入った。

 

「……大丈夫、なのか?」

「ええ……もう、大丈夫」

「そっか、なら良かった……。あんたもな」

 

 ぎこちないやり取りの締めに響にも言葉をかける奏。二人ともそれに、嬉しそうに答えていった。

 

「えへへ、ありがとうございます奏さんッ!」

「ありがとう、奏……。カルマノイズとの戦いもあるし、私もまた戦線に──」

「それはドクターストップ。まだまだ安静にしていること」

「さ、櫻井女史……」

 

 意気高く話す翼だったが、それを挫くように了子が制止を命じてきた。メディカルルームを支配する者に隠し立てなど出来るはずが無かったのである。

 

「もう、起き上がるだけでもまだ辛いでしょうに。さすがに戦闘なんて出来ないわよ。当分は休むこと」

「で、ですが……」

「翼さん、無理はしないでください。翼さんが回復するまで、私たちが頑張りますからッ!」

「響ちゃんもほぼドクターストップなのだけどね~?」

「わ、私は大丈夫ですッ! しっかり寝ましたし、ご飯もいっぱい食べましたしッ!」

「どこからその自信が来るのかしら……。確かに総じてみれば翼ちゃんの方が重傷だけど、響ちゃんは抱えてる爆弾が大きくなってるようなものよ。

 まったくもう、だからあのコンビネーションは止めときなさいって言ったのに」

「……悪い。あたしが馬鹿やったから……」

「そんな、奏さんのせいじゃ──」

「そうだな。奏、これはお前の勝手な行いの結果だ」

 

 思わず庇おうとする響の声を押し退けるように、弦十郎が口を挟む。其処に居たのはいつもの豪気な彼ではなく、一組織の長としての大人の姿だった。

 

「仲間と連携を取らず自分一人で突っ走って、許可なく絶唱まで用いようとした。それを止める為に響くんも無茶をせざるを得なくなり、結果その身体に無用で多大な負荷をかけることとなった。

 理解るな?」

「ああ、もちろん」

「そうか。ならば俺はこの組織の長として、お前に処分を与える」

 

 普段よりも厳しい弦十郎の口調に、装者たちもミライも思わず緊張して息を呑む。

 そうして放たれた言葉は──

 

「天羽奏。お前にはここに居る並行世界の者たちと密に協力し、カルマノイズ及び怪獣ベゼルブの撃破任務を全うすることを命ずる。

 愚かな私情を挟むことと己が身を粗末にすることは断じて許さん。なにがなんでも、この異変を解決するんだ」

「──ッ! ……ああ、ああ。分かったよダンナ。いや、風鳴司令ッ!」

 

 弦十郎の言葉を受け、心機を強く改め固めて奏は答える。今度はもう、間違えない為に。

 

 

 

「それでは翼はまだ療養、響くんは身体の状態に最大限の注意を払いながらの任務続行……という事で良いかな?」

「そうねぇ……私としては響ちゃんもメディカルルームに押し込めたいところだけど、戦力的な不安も起きるか……。

 仕方ないわね、それでいきましょ」

「此方もそれで賛同するわ。この子の無茶を、今度はちゃんを見てなきゃいけないし」

 

 マリアの言葉にばつが悪そうに笑う響。そこへ翼が声をかけていく。

 

「みんなすまない、世話をかける……」

「気にしないでください、翼さんの分まで頑張りますッ! あ、どうせなら一度向こうに戻って休むのはどうでしょう?」

 

 響の提案に少し考える翼。提案自体は決して悪いモノでもない。体調を万全にするならば自らのホームに戻って手慣れた治療を受けるのが好ましい。翼もそれは理解している。

 だが、しばし考えた彼女が出した結論はそれを反故にするものだった。

 

「……いや、邪魔でないならこちらにいさせて欲しい。体が治ったらすぐに戦線に復帰したいし……。いい、だろうか?」

「……あたしは、いいと思うよ」

「奏……」

 

 少し迷いながら言う翼に、いの一番で奏が返答する。

 彼女から受け入れる姿勢を見せた事、穏やかな微笑みと共に返された言葉に翼はつい驚いてしまった。それに気付いているのかいないのか、奏はただ言葉を続けていった。

 

「翼の力は必要だ。だから反対するつもりは無いさ」

「ありがとう、奏」

「……フフ、良かったわね」

「……なんであたしを見て言うんだよ。相手が違うんじゃないかい?」

「そう? そんな事無いと思うけど」

 

 そんな二人の姿を見て思わず微笑むマリア。

 奏の怪訝そうな顔も意に介さず笑みを絶やさぬ彼女から始まったのか、周囲にもそんな穏やかな顔が広がっていた。

 ともあれこれで翼の指針もハッキリした。そこで思い立ってか、響が大きく言葉を放つ。

 

「わっかりましたッ! それなら不肖、この立花響が翼さんが治るまで部屋の片づけを担当してぇぇッ!!」

「た、立花ッ! それくらいは自分でやるッ!」

「万全の体調でも出来ないことを、無理にやるなんて言うものじゃないわ。諦めなさい、翼」

 

 正鵠を射るマリアの言葉に翼が呻く。

 掃除片付け整理整頓といった、所謂家事と称されるモノ全てにおいて不得手である翼。その手腕はある意味芸術的なまでに壊滅的だ。

 響やマリアは勿論、その事は彼女の私生活を知る者たち全員が周知している程である。

 ただそのことに小さな驚きと少し嬉しそうな……意地悪な笑みを浮かべて奏も話に参加していった。

 

「なんだ、翼はまだ片付けが出来ないままなのかい?」

「か、奏まで……!」

 

 照れながら頬を膨らませ、奏に抗議の目線を送る翼。それをダシにまた笑顔咲く装者たち。

 眺め見る弦十郎や了子、ミライたちは嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 

「雨降って地固まる……か。いいことだ」

「そうですね! 良かったです、本当に」

「奏ちゃんも、これで少し余裕が出来るといいわね」

 

 

 

 ==

 

 二課訓練室。

 つい今しがたまで、響とマリアと奏、そしてミライを交えた4人での連携訓練が行われていた。

 連携の練度は未だ成長途中だが、各々の動きは以前より遥かに良い。とりわけ、奏の動きが大きく変わっていた。

 同じ戦場に立つ者をとりあえずでカバーしたり自分が邪魔にならないよう意図的に距離を作ったりするのとは違う、彼女持ち前の積極性、突破力を前に出しつつ仲間を信じて背を向ける余裕が出来ていた。

 ただのそれだけが大きく違う。明確にコミュニケーションを取り合えるからこそ動きが変わり、互いに補い合い死角を無くすことが出来る。戦闘の幅が大きく広がるのである。

 そんな点数以上の成果を各々の肌で感じ取ったところで、訓練は区切りを迎えた。4人の額には何処か清々しい汗が煌めいていた。

 

「……なあ、ちょっといいか?」

「ふぇ? わたしですか?」

 

 おもむろに響に話しかける奏。つい素っ頓狂な声を上げてしまう響だったが、奏は気にもせず笑顔で話を続けていった。

 

「ああ、ちょっとこの後付き合ってくれないか? もう少し体を動かしたい気分なんだ」

「そういうことなら是非ッ! お付き合いしますッ!」

「ありがとな。それじゃあ、行こうか」

「え、ちょ、ちょっと待ってください。わたしまだギアのままです~」

 

 奏に引っ張られていく響。何処か姉妹のようにも見える二人の姿に、マリアとミライは思わず微笑みながら見送っていった。

 

「フフ、少しは素直になれたのかしらね」

「かもしれませんね」

 

 柔和な空気の中ではあるが、それを少し引き締める為にマリアが一息吐く。そしてミライに問いかけた。

 

「……彼女の中のベリアルは? あの敵……ブラック指令が気になる事を言っていたけれど」

「……現時点では奏さんを食い破るようなことは起きないと思われます。いまは光のまま、奏さんの中にあります」

「それは安心していい事柄なのかしら?」

「……明言は出来ません。僕は未だに、奏さんと共に在るベリアルがどういった存在なのか理解できていませんから」

「それでも、信じる?」

 

 マリアの言葉にゆっくりと首肯するミライ。

 

「ブラック指令の言う通り、あのベリアルも闇に堕ちる運命を辿るのかもしれない。だけど、見えない未来を勝手に断じて希望の芽を摘むことはしたくないです。

 それに今の僕には理解らなくても、ベリアルが奏さんと一つになった事には何か意味が生まれているのかもしれません。

 何処までも不確かなものですが、それを信じる心を無くしたくない……。いえ、それは僕の我侭ですね」

「でも、良い我侭だと思うわ。私たちもきっと、同じ選択をして信じようと思う。特に、響と翼はね」

 

 優しく肯定するマリアに、ミライは嬉しそうに微笑み返していった。

 

 

 

 一方その頃、響と奏は……。

 

「はあああああッ!」

「とりぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 ぶつかり合う拳と拳。

 片や響の奮うアクション映画からの模倣拳術、片や奏の奮う喧嘩殺法。何方も無形自由な拳でありながら、互いに息を合わせているかのように拳を打ち合い蹴を放ち合っている。

 会拳と離蹴を繰り返しながら、二人は何処か楽しそうに言葉を交わしていた。

 

「思った通りだ、いい拳を持ってるじゃないかッ!」

「はいッ、ありがとうございますッ!」

「弦十郎のダンナの弟子なんだっけ。よく鍛えてるなッ!」

「師匠はわたしなんかより、ものすごく強いですよッ!」

「へェ、ならそっちのダンナともぜひ手合わせしてみたいもんだねッ!」

「師匠、喜ぶと思いますッ!」

 

 再度ぶつかり合ったところで静止、二人同時にゆっくり緊張を解くかのように長い息を吐く。

 

「……いい汗かいたね、これくらいにしとこうか」

「はいッ!」

 

 手合わせを終え、二人はあまり手入れのされていない木のベンチに座っていく。

 此処はリディアンの裏手にある林……奏の個人訓練場。並んで座った二人はボトルに入ったスポーツドリンクで喉を潤して一息。

 一服を置いて奏が呟くように神妙な声を出していった。

 

「……この前は悪かった。それに、ありがとうな……」

「ふえ? あの、何のことでしょう……?」

「……ギアを盗った時の事と、生きるのを諦めるなって言ってくれた時の事だよ」

「そ、そんなッ! 奏さんに謝られたり感謝されるような事じゃ無いですッ!」

 

 思わず慌てて謙遜……あるいは卑下とも取れる返しをしてしまう響。

 だが彼女もまた、翼とはまた少し違う意味合いで天羽奏を大きな存在として尊敬の想いを持っている者。奏の思わぬ言葉に慌ててしまうのも無理は無かった。

 一寸間を置いて心を落ち着かせ、改めて響は奏と向き合って自分の想いを言葉にしていった。

 

「……そもそも、『生きるのを諦めるな』ってわたしに教えてくれたのは、奏さんですから」

「あたしが……?」

「はいッ!」

 

 力強く明るい響の返事に奏はまた圧倒されてしまった。

 よもや自分の心を揺さ振った言葉を言ったのは、別の世界……響たちの世界の自分自身だったのだから。

 思わぬところでまた見えぬ何かに差を付けられた気がして、自嘲と落胆の溜め息を吐き出す奏。しかし今度は怒りが己を塗り潰すこともなく、穏やかに響へ言葉を返していった。

 

「それじゃ、そっちのあたしは、かなり出来た人間みたいだね……。

 あんたにそれを言われて、気付いたんだ。あたしはずっと、生きるのを諦めたがってた、ってね……」

「奏さん……」

「翼が死んで、あたしは一人になった。それからは、仇討ちなんてのを口実に翼の後を追おうとしてた……。

 翼に助けてもらった命を、翼の想いを踏みにじってたんだ。誰よりも諦めちゃいけないはずのあたしが……。

 戦いも、歌も、何もかもを諦めてた。そんな時、あんたたちとそっちの翼がやってきたんだ。

 ──眩しかった。あんたたちが。あたしが無くしたものを全部持っているように見えてさ」

「奏さんは何も無くしてなんて無いです」

「……この前、同じようなことを言われたよ。あたしは無くしたつもりになってただけだった。

 だから、あたしもやり直したい。翼と一緒に戦って、唄っていたあの頃のように」

「奏さんなら出来ますッ!」

「ああ、ありがとうな……。あたしが言うのもなんだけど、あんたみたいなのがガングニールを継いでくれてよかった。

 ……多分だけど、逝っちまったそっちのあたしも、きっとそう思ってるんじゃないかな」

「奏さん……ありがとうございますッ!」

 

 二人の間に明るい笑顔が咲き誇る。

 奏自身が気付いているかは分からないが、彼女は今確実に繋いだのだ。立花響との”絆”を。

 

「さて、休憩はこれくらいにして、もう少し本格的な訓練をしようか。……今度はギアありで」

「ええええッ!? でも、ここでギアなんて使って大丈夫なんですか……?」

「大丈夫さ。ここは二課が管理している国有地だからね。多少何かあっても弦十郎のダンナが何とかしてくれる。

 それに、シミュレータが出来る前はこの辺りで訓練してたこともあったんだよ。翼と一緒にね」

「そういうことなら……はいッ! 宜しくお願いします」

「いい返事だ。それじゃ、手加減抜きで行くぞッ!」

 

 立ち上がって距離を取り、互いに聖詠を唄い出す。光と共に互いが纏うは同じシンフォギア、ガングニール。

 されどその姿は同じに非ず、得物相違す二振りの撃槍。

 繋いだ絆を更に強く鍛え上げるが如く、装者二人が再度ぶつかり合った。

 

 

 

 

 ==

 

 

「はあ~、やっぱり奏さんはすごいですッ!」

「これでもあんたより先輩だからね。翼だってあたしが育てたんだ」

 

 雑草と土砂が入り混じった地面の上へ大の字に寝転んで響が息を切らせながら言う。

 一方で奏も地面に座り込み大きく深呼吸。息を整えてから響に返事をしていった。

 この組手訓練でどちらに分があったのか、本人たちもよく分かっていないだろう。ただ身体に走る何処か清々しい疲労感は、二人に共通して存在していた。

 そんな空気感だからだろうか、響から奏へ声をかけていった。

 

「あの、奏さん。ちょっと図々しいお願いがあるんですが……」

「なんだい? あたしが出来ることなら、遠慮せずに言ってみな?」

「はいッ! わたし、奏さんの歌が聴きたいですッ!」

「……歌? そんなの戦いの最中に聴いているだろう?」

「違いますよッ! 戦いじゃない、奏さんが本当に唄いたい歌ですッ!」

「……あたしが唄いたい歌?」

 

 意外な要望だった。

 戦い以外の歌、自分が諦め捨てた歌。数年に渡る戦いの中で、奏にとって歌は何処までも味気ないものに成り果ててしまっていた。

 戦場で唄う歌はノイズを殺す為のもの。それしかないし、それだけで良い。そんな煮え切らない想いのままに奏は妥協の返答していく。

 

「……今はこんな状況だし、カルマノイズ対策が先だろ?」

「それじゃ、全部終わったらまた唄ってくださいッ! わたし、ぜぇ~ったいに聴きに行きますからッ!」

「……そうか」

 

 まるで幼子のような響の無邪気な笑顔を、奏は真っ直ぐ見返すことが出来なかった。

 顔だけはせめて背けずにいたものの、輝く眼に応えられる程の気概は今の彼女にはまだなかった。

 

「さて、そろそろ戻ろうか。十分身体も動かしたし……──ッ!?」

「──緊急通信ッ!」

 

 二人の持つ通信端末が突如鳴り渡る。聞き間違うことなど無いその音に反応し即座に手にする。そこからは弦十郎の強い声が届いてきた。

 

『聞こえるか、カルマノイズの出現を感知したッ! 急いで戻ってくれッ!』

「──行けるな?」

「いつでもッ!」

「よしッ! それじゃ今度こそ、あの忌々しいノイズにあたしたちの力を見せてやろうじゃないかッ!」

 

 先程までとは違う、防人としての意志を宿らせる二人。強い意気を高ぶらせながら、二課の指令室へと駆け出していった。

 

 

 

 ==

 

 

 戦場を駆ける三人の装者が並み居るノイズを貫きながら黒塵を掻き分け走り抜く。

 標的はその奥に陣取る漆黒の変異体、カルマノイズ。今回出現したのは住宅マンションとほぼ同程度の体躯を持つ大型のもの。怪獣よりは小型とは言え、装者たちに比べて遥かに巨大だ。

 しかも通常の大型ノイズならばともかく、カルマノイズが相手ともなると勝手は大きく変わってくる。具体的には周辺被害への配慮が通常のそれより強くせざるを得ない。

 警報と避難活動が早かったのが功を奏したのか、幸いにも現状カルマノイズの発する瘴気による人的被害は出ていないが、戦闘が長時間に及ぶとそれも無に帰してしまう。

 とにかくやるべきは、この巨体を斃すか最悪撤退させれば良いのだが……。

 

「やはり……半端な攻撃では再生するようねッ!」

「それにこの大きさ、足を止めるだけでも精一杯です……ッ!」

「全く厄介な相手だよ、本当にッ!」

 

 LAST∞METEORを放ちながら声を上げる奏。旋風と化した一撃はカルマノイズの腕を吹き飛ばすが、すぐに回復を開始し復元してしまう。

 サイズが変わったところでカルマノイズとしての特性は変わってはおらず、周囲に瘴気をバラ撒きながら装者三人を相手取っていた。

 奏やマリアが四肢を破壊するのは勿論、響のバンカーナックルがその胸部を撃ち抜いても即座に跳ね除け復元するカルマノイズ。振り上げた腕は滞空する響を狙って振り落とされる。

 

「うわわわッ!」

「響さんッ!」

 

 あらぬ方向から声がしたと思った直後、響の目の前でカルマノイズの腕に爆発が生じ、振り落とされるはずの腕を跳ね飛ばす。空中を下降しながら脇を見た時、響の眼は銃を構えるミライの姿を発見した。

 一方でミライも構えを解いて装者たちと合流すべく走り出す。トライガーショットは携行しやすいハンディショット形態に変えつつも、発射するのは高威力のバスターブレッドのままにして。

 着地した響と駆け寄るミライ。其処に奏とマリアも集まり、四人で大型カルマノイズと相対することとなった。

 

「ミライさん、さっきはありがとうございますッ!」

「いえ、無事なら何よりです。だけど……」

「どうやってアレを打ち崩すかね……」

 

 一度大きく息を吐き、気持ちを整えて一瞥するマリア。会敵で得られた情報を思考の中で整理しつつ勝利の盤面を詰めていく。

 その最中、奏がおもむろに申し訳なさそうに声を出した。

 

「……ごめん、みんな。昨日あたしが馬鹿なことやらなきゃあのデカい技で斃せたかもしれないのに……」

「S2CAですか? そんな奏さんが謝るような事じゃ無いですよ。でも、私とマリアさんの二人だけじゃ……」

「そうね……二人分だと何処まで削れるかってところかしらね」

 

 冷静に分析するマリアが答えていく。希望的観測だけで状況を語るわけにはいかないのだ。

 

「前に倒した時のように、ヒビノさんのキャプチャーキューブとの連携でS2CAを叩き込めれば二人分ででも撃破出来たかも知れない。

 でも現実問題、今の私たちはS2CAを使えない。この子が倒れてしまったら本格的に詰むのは此方側だからね」

「でも、今使わなきゃそれこそ打つ手が……」

「無い訳じゃない。苦労はするけど決して不可能じゃない、ジリ貧の手だけどね」

「それは、一体……?」

 

 ミライからの問いに、マリアは表情を険しくしながら語り始めた。

 

「本質的にアレもカルマノイズと変わらない。砕いた部分は切り離されて消滅する。ただ、大型ノイズの特性なのか破砕時の消滅破片は通常サイズのノイズに比べて遥かに大きいわ」

「つまり……どういうことですか……?」

「そっか、少しばかり雑にでも、ヤツが復元するより早く端からブチ壊していけば良いってことだよな」

「そういうこと。巨体故に動きも速くは無いし、攻撃自体はそう苦にならないと思う。ただ──」

「復元速度、ですね」

 

 頷くマリア。

 

「さっきまでの復元を見てても、その速度はこれまでのカルマノイズとそう変わらない。それを上回るには、絶唱レベルとまで行かなくとも持てる全力を出し続けた上で完全に破壊しきらなければいけないわ」

「……メチャクチャだな」

「あら、弱音かしら?」

「いいや、なにを言ってもやるしかない。それぐらい分かるさ」

「頑張りましょう。みんなを守るためにもッ!」

 

 響の言葉と共に動き出す四人。その中で即座にマリアが指示を出していった。

 

「私とヒビノさんがそれぞれ足を潰すッ! あなた達は腕をッ!」

「了解ですッ!」

「あいよッ! じゃああたしは右だッ!」

「分かりましたッ! それじゃあ私は左……奏さんと反対の方でッ!」

 

 分かれて駆け出す四人。口火を切ったのはミライの構えるトライガーショットだった。

 連続で放たれる火球は大型カルマノイズの片足を砕いていき、相手は立つ為のバランスを奪われていく。

 姿勢が揺らいだと同時に、今度はマリアの短剣が足先から順に切り付け崩していく。否応なく立ち居を崩され、その鋭い二又の手を建物に乗せて支えようとするが──

 

「させるかあああッ!!」

 

 飛び掛かる響の拳で二又の片方を砕かれ、そこから転身しつつ放つ蹴りでもう片方も砕かれた。倒れ込みそうになる地面に右手を突き立ててバランスを取ろうとするが、その行動も察しが付いていた。

 

「おぉッらああああッ!!」

 

 アームドギアを大きく振り回し対側の手を一気に砕く奏。そのままカルマノイズの腕の先にアームドギアを突き立て高速回転を開始、LAST∞METEORの要領で旋風を巻き起こしながら破壊を続けていく。

 四肢を破壊されていく大型カルマノイズは装者たちの猛攻から逃れようと身体を振り回すがそれも叶わず、対する四人は力の限りでカルマノイズを攻撃し続けていた。

 決して手を緩めてはならない。今こうして攻撃していても、隙あらば破片を掴み取り結合復元しようとしてくるのだ。手を止めようものならば即座に復元し襲い掛かってくるだろう。

 今しかない状況が自然と四人の心を一つに重ね、カルマノイズの撃破へと肉薄していた。そしてその漆黒の肉体が胸部より上のみになった時、すぐにトドメへと移行した。

 

「いまッ!」

「キャプチャーキューブッ!」

 

 左腕の手甲に短剣を装着し、高めた白銀のエネルギーを纏わせて発射するマリア。それと同時にトライガーショットのリトリガーを素早く2回引き、キャプチャーキューブに合わせミライも発射する。

 

「奏さんッ!」

「コイツでぇッ!!」

 

 響はブーストナックルの要領でガントレット内に溜め込んだエネルギーを直接発射、奏もまたエネルギーをアームドギアに集め即座に投げ放つ。三方から放たれた攻撃がキャプチャーキューブの中で反射と拡散を繰り返し砕いていく。

 これならばと四人が勝利を確信した瞬間、天空から大きな羽音が衝撃波を放ちながら急降下してきた。

 

 

 

「何が起きたッ!?」

「ベゼルブですッ! カルマノイズに向かって降下する形で出現ッ!」

「あっちゃぁ~、タイミング最悪ね……」

 

 指令室の全員が予想外の焦りに苦虫を噛み潰す。先日討ち漏らしたベゼルブがこのタイミングで出現するなど、流石に考えてはいなかったのだ。

 だが予想外の事態はそれだけに留まらず、現場では更なる異常が発生していた。

 

「──おいおい、冗談だろ……?」

「カルマノイズが……」

「ベゼルブに、取り込まれて──ッ!」

 

 甲高い鳴き声が響き渡る。

 その漆黒の怪獣は、先ほどまで四人が戦っていた大型カルマノイズと同じ鋭い二又の爪を生み出し、深紅の眼は液晶ディスプレイのような無機質な輝きを放っている。

 そしてその肉体は、どこか輪郭が不明瞭な揺らぎに包まれていた。

 

「ノイズと一体化したのか……ッ!」

「ノイズ怪獣……こんなところでまた戦うことになるなんて……ッ!」

「お前らは知ってんのかッ!?」

「私たちの世界でウルトラマンさんたちと一緒に戦った時に現れた、変異した怪獣です。あの時はヤプールの仕業で起きた事だったんですが……」

 

 響の話を阻害するかのようにノイズ化したベゼルブが火炎弾を発射する。弾ける地面と爆発に、防御しながら距離を取る四人。

 そんな中で奏は冷静に相手を見据えていた。とても……これまで露にしてきた憤怒を一切見せない程に冷静に。

 

「……つまりは、ウルトラマンなら勝てるってことだよな」

「そうね……。厳密には私たちが歌でノイズの力である位相差障壁を調律、中和することでウルトラマンの攻撃を通すようにする必要があるのだけれど……」

「それだけ分かりゃ十分だ」

 

 そう言って一歩前に出る奏。決意に満ちたその一歩に、響たち三人は若干の戸惑いを見せた。

 

「奏さん、なにをするつもりですかッ!?」

「あなた、また──」

「無茶も馬鹿もしない。あたし一人で……あたしの内に居るウルトラマン一人でなんとかしようなんて思い上がったりはしない」

 

 二課との通信機能を一旦切りながら振り向くと共に、胸の内に隠していたことを明かす奏。

 不思議な確信があった。目の前のこいつ等なら話しても大丈夫だろうと。その確信に至る発端となったのは先日のブラック指令との戦いだったのは怪我の功名とでも言うのだろうかと、奏は何処かで考えていた。

 

「奏さん……」

「知ってたんだろ? あたしがあのウルトラマンだってことくらい」

「それは……」

「別に責めてるつもりはないよ。あたしだって今まで誰にも言えなかったしさ。

 でも、今はあたしとウルトラマンのダンナの力が必要なはずだ。だから──あたしは行く」

 

 奏の決意は固い。故にこそ、その意志をもう一度確認する為にマリアが敢えて彼女を煽るような言葉を発していった。

 

「さっきも言った通り、ノイズ化した怪獣は私たちの歌で位相差障壁を取り除く必要があるわ。つまり、これまで以上に私たちと一緒に戦わなければいけないと言うこと。

 貴方に……貴方とその”ウルトラマン”に、それが出来るかしら?」

「大丈夫さ。あたしは、あんたたちを信じてるからな」

 

 真っ直ぐと、今度は顔も眼も逸らすことなくマリアに返事していった。

 奏はこの場に居るみんなを信じている。だからこそ抱えていた秘密を明かし、自分の力を使えと言っている。その心変わり、変化を受け入れ応えるのは此方の番だと、マリアは察していった。

 

「……もう、この前までは全然信じていなかったくせに。意外に現金なのね」

「そうかい? ま、同じ装者でガングニールを纏ったことのある者同士、仲良くしようじゃないか。あんたも勿論、あたしの仲間だしな」

「ありがとうございます、奏さんッ!」

 

 今度はミライとも顔を合わせ笑顔を向け合う奏。何時の間にやら、誰が見ても彼女の心のわだかまりは解けているように感じられる。

 しかしその変わり方故にマリアは無用な心配を抱き、ついそれを吐き出してしまった。

 

「……本当に大丈夫かしら」

「きっと大丈夫ですよッ! なんてったって、奏さんはガングニールの大先輩ですからッ!」

「はいはい……。──ッ!」

 

 思わぬ談笑となったが、気配の変化を皆が即座に察し空気を変える。ノイズベゼルブの火炎弾がまた押し迫っていた。

 すぐに全員が散開して走り出す。そのままそれぞれが通信機で言葉を交わしながら、ノイズベゼルブの討伐に向かっていった。

 

「いけるのね?」

「ったりめぇだッ!」

「分かったわ。響は私とベゼルブの位相差障壁を解除、ヒビノさんは援護をッ!」

「わかりましたッ!」

「了解ですッ!」

「直接対決は任せるわよ、天羽奏ッ!」

「──……ああ、任されたッ!!」

 

 響とマリア、走りながら唄う二人の歌がノイズベゼルブの周囲から位相の澱みを剥ぎ取っていく。ミライはところどころに湧き出るノイズを撃ち壊しながら、阻む行く手を拓いている。

 それらを眼にし、奏の胸には熱い想いが沸き上がっていた。

 

(感じる……こいつらの歌と想いが、力になってあたしの中を巡っている……。光が前よりも強く輝こうとしている……。これがあいつらの……背中を守護ってくれてる”仲間”の力。

 ──翼、いい仲間を持ったんだな……)

 

 二課本部の中で待機している翼を想い、胸に拳を当てる奏。

 近くで爆発が発生し、奏の周囲に瓦礫と砂塵が覆われる。その中で彼女は、今までで一番の落ち着きを持ちながら、胸の内の輝きを解放するかのように胸に当てた拳を開きながら天へと静かに掲げていった。

 

(──戦おうぜ、ウルトラマン。あたしたちの為に命張ってくれてる仲間たちの為にッ!)

 

 隠れた砂塵の中から強い光が放たれ、銀色の巨人──ウルトラマンベリアルが姿を現した。

 

 

 

 ==

 

 

「ジュワッ!!」

 

 ノイズベゼルブを前に構えを取るアーリーベリアル。力強く走り出し、飛び掛かりながら強く拳を打ち付ける。

 その衝撃に退がるノイズベゼルブだったが、何処か機械的に姿勢を戻しアーリーベリアルに向けて普段とは違う雑音交じりの鳴き声を上げた。

 

(普段と違う……。ノイズのような怪獣のような、変な感触……。だが、それだけッ!)

 

 構えを解かずに手を開き握る動作を繰り返し、感覚を確認する。そんな動きがノイズベゼルブにどう見えたのかは定かではないが、その場から二又の腕を伸ばし貫くように攻撃した。

 しかしその腕をアーリーベリアルは容易く捕まえ、自らの腕に光を集めて強く振り下ろしノイズベゼルブの腕を破壊した。

 

「……強くなっている。前よりもずっと、二人が強く繋がっているのを感じます」

「怒りだけで奮われる力じゃない……。アレはきっと、私たちが戦ってきた時と同じ……」

「人とウルトラマンとの、ユナイト……ッ!」

 

 ノイズベゼルブを強く押し蹴る──俗称ヤクザキックを胸部に打ち込むアーリーベリアル。そこからマウントポジションを取り、顔面を何度も殴りつける。

 そこから逃れる為に復元された腕で肩を挟み、破壊光線を発射するノイズベゼルブ。防御しようとするも腕が動かせずに吹き飛ばされてしまう。離された距離は敵を自由にするのに十分なものだった。

 

「グウッ……!」

 

 アーリーベリアルが離れたや否やそこから飛び上がり薄い羽根を強く震わせて空を舞うノイズベゼルブ。その素早い動きと空から連続発射される火炎弾攻撃に、アーリーベリアルは徒手空拳で砕くように弾いていく。だがそれだけではノイズベゼルブの動きに対応しきれず、防戦一方となっていた。

 怒れる獣性に身を任せていた時は周囲の事など考えることもなく暴れていたが、理性を保ちながら戦っている今はそれを鑑みることが出来ている。だがそれ故に生じてしまった思わぬ欠点となってしまっていた。

 

(やりづれぇ……ッ! なんとかあいつを掴まえないと……ッ!)

 

 そうは思うもののノイズベゼルブの飛行からの爆撃は止まらない。防御を続けながらも手をこまねいていた時、隣のビルの屋上から響の声がした。

 

「わたしたちが援護しますッ!」

 

 思わずそちらを向くアーリーベリアル。視線の先に移る三人は、みな自信を持って頷いていた。

 

「僕が動きを止めますッ! 響さん、マリアさん、お願いしますッ!」

「わかりましたッ!」

 

 言うが早いかミライがトライガーショットのバレルを展開、延長したロングショット形態に変形。リトリガーを引いて再度バスターブレットにチェンバーを切り替え、空を舞うノイズベゼルブに狙いを定めた。

 数秒の間を置き、相手の動きを読み捉えたミライが引鉄を引く。正確な読みと狙いは吸い込まれるようにノイズベゼルブの顔面へと伸びていき、炸裂した。

 

「今ッ!」

「はいッ!!」

 

 顔面のダメージにその場でもがくノイズベゼルブ。それと合わせる形でマリアが左腕の手甲から引き抜いた短剣を連続発射し、同時に響も跳び出していく。

 響の跳躍が頂点に至る直前、マリアが左手を突き出し開く。するとそれと連動するように短剣が三角形の光膜をその場へ創り出した。

 即席の足場、見上げる響の前にはあと二つ同じものが存在している。それらを踏み抜き更なる跳躍を見せ、遂には空中で制止するノイズベゼルブよりも上を取っていた。

 

「おおぉりゃあああああああッ!!!」

 

 両腕をブーストナックルに変形させ、拳を突き出して加速しながら直下する響。敵が気付いた時にはもう遅く、背中に撃ち込まれた両拳はそのまま噴射を続け、ノイズベゼルブの高度を落としていく。その先には姿勢を落としたアーリーベリアルが構えて待ち構えていた。

 

「フゥンッ!!」

 

 一瞬早く飛び退いた響と呼吸を合わせたかのように、捻りの入った銀色のアッパーがノイズベゼルブの胸部へと深くめり込む。そのまま拳を上へ振り抜いて、ノイズベゼルブは姿勢制御を取る事もなく地面へと落下した。

 

(終わりに、してやるッ!!)

「ジュワァァッ!!」

 

 倒れ込んだノイズベゼルブに向けて、腕を十字に構えて放つ光波熱線。白い輝きは調律され効果の薄くなった位相差障壁を容易く貫通し、漆黒の肉体へ浴びせられる。

 そしてその光が全身に渡った瞬間、甲高い鳴き声を断末魔のように上げてノイズベゼルブが爆散。ノイズの残骸のような黒い塵となり消えていった。

 

 

 

 

 アーリーベリアルも去った後、静寂の戻った市街地の中を奏が独り歩いていた。いつも以上に……自分でも不思議なくらい爽やかな笑顔を浮かべたままで。

 

「奏さぁーんッ! お疲れさまでしたぁッ!」

「おーうッ!」

 

 まるで我が事のように嬉しそうに駆け寄る響に笑顔で返しながら手を振る奏。響を追いかけるように歩むマリアとミライも集まり、奏の健闘を讃えていた。

 

「やったわね」

「ああ、みんなのおかげ……それに、ウルトラマンのダンナのおかげだ」

「奏さんの力もあってですよ。奏さんが、ウルトラマンさんの力を引き出したんです」

「そうかい? なら嬉しいもんだ」

 

 照れ臭そうに微笑む奏。彼女の顔とその内に在る光を視て、ミライも嬉しそうに微笑みを向け返した。”きっと大丈夫”。そんな不確定な希望を抱きながら。

 

「何にしてもこれでまた1体、カルマ化したノイズを倒せたわね。これからも油断せずに行きましょう」

「そうですね。ブラック指令の企みもありますし……」

「ヘッ、なんでも来やがれってんだ。もうアイツらのいいようにさせっかよ」

「……あとでちゃんと翼にも言うのよ? 自分がウルトラマンだってこと」

「うっ……翼、驚いちまうかな……」

「大丈夫ですッ! 翼さんもウルトラマンさんと一緒に戦ってましたからッ!」

 

 帰路の中で沸き立つ談笑。紆余曲折があったものの、奏は正しい意味で隣に立つ者たちを仲間であると心から認めることが出来ていた。

 今ここにはいない翼に対してもそうだ。最早そこに迷いは無く、彼女もまた自分にとって大切な仲間……大切な存在なのであるという強い確信を抱けるようになっていた。

 

 彼女の心は、再灯を始めていた──。

 

 

 

 ==

 

 

「ちッ、くしょう……」

「こいつ……なんて強さデス……」

「……強い……」

 

 倒れ込むクリス、切歌、調。力尽きたのかその身を纏うギアも勝手に解除されていた。

 上空に佇んでいたのは大型の飛行型ノイズ……否、その身躯は漆黒に染め上げられている異形態。

 

『クリスッ! しっかりして、クリスッ! 調ちゃんッ! 切歌ちゃんッ!』

『装者を回収しろッ! 急ぐんだッ!』

 

 未来の悲痛な呼び声と焦りの混じった弦十郎の指示の声が聞こえてくる。

 おぼつかない意識の中でクリスが最後に見たのは、相も変わらず無感情のまま上空で浮きながら、やがてその姿を消した漆黒のノイズの姿だった。

 

 

 

 

 end.

 



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EPISODE 09【攻転の烽火】

 

 

 二課指令室。全員が集まるこの場で、了子が全員の前に立ち音頭を取っていった。

 

「さーて、それじゃワクワクMTG(ミーティング)を始めましょうか~」

「わくわく、わくわく……!」

「合わせなくていいから、落ち着きなさい……」

 

 ナチュラルに了子のノリへ相乗りしていく響に、マリアが少し呆れながら諫めていく。また一方では奏が翼の身体を慮っていた。

 

「翼、もう大丈夫なのか……?」

「うん、今度こそ大丈夫。ありがとう、奏」

「いいんだよ。あたしが怪我させたようなもんだしさ」

 

 不器用なれど微笑みを交わす二人。その姿に何処か懐かしさの混じった喜びを抱きつつも、弦十郎が話を促していった。

 

「さて、了子くん、報告を進めてくれ」

「はぁい。それじゃ早速、カルマ化したノイズこと、カルマノイズについて分かったことを発表しちゃうわよ」

 

 指令室の大型モニターに映し出されるカルマノイズの姿。現在確認されている5体……これまで破壊した通常の人間型と巨大型の2体の他に、大型の飛行型と球体を背負う人間型、触手を持った生物型が映し出されていた。

 

「先ずは、ここまで斃したカルマノイズは2体。確認されているものだけならば残り3体にまで迫ったわ。そこで、私たちもそろそろ攻めに転じようと思うの。

 そ・れ・で~、此処で取り出したるはこの前受け取ったそっちの技術者ちゃんのチップに入ってた情報。それと私が独自に集めたデータから、いくつかの事が理解ったわ。

 まずカルマノイズの現れる場所の法則性について。それじゃあ……響ちゃん」

「わ、わたしッ!?」

「カルマノイズは何を目標として現れているのか、わかるかしらぁ~?」

「え、えーと……た、楽しそうな場所ッ!」

「はい不正解~」

「はうぅ~……」

 

 何処からともなく鳴り出す不正解のブザー音。確かに分からなかった内容だが、間違いを言い渡されるのは小さくともダメージを受けてしまう。そしてノイズについてよく知る仲間からのツッコミも受けてしまう。仕方ないことだ。

 

「立花……さすがにそれは……」

「自律兵器であるノイズには感情も嗜好もないので、まあ当り前よね。ただ、割と惜しいところは突いているのよ。点数にすれば60点ってところかしら」

「惜しい……?」

「ええ。カルマ化したノイズは、『人が多い場所』……そして、総じて『フォニックゲインが高い場所』に現れやすいの」

「フォニックゲインの高い場所……まさかッ!」

 

 了子のその言葉で皆が察した。特に奏には、決して忘れ得ぬモノだった。

 

「最初に現れたヤツはまさにそう。ライブ会場なんて条件にドンピシャだわ。

 あの時もそうだけど、普通のノイズが現れた場所に後からカルマノイズが出現したりカルマノイズの周りでノイズが出現したりするのも、それが原因の一つね」

「……そうか。装者が戦うことによってフォニックゲインが高まりカルマノイズが出現する……。そしてカルマノイズ自身が、己が存在を維持する為にノイズを更に出現させ、私たちに唄わせている……」

「そういうことね。翼ちゃん、正解~」

 

 確かにそれで辻褄が合う。カルマノイズの出現とそれに伴うノイズの出現、その関係性が一本の線で繋がっていった。

 だがそれは新たな疑問を生む種となり、気付いた響が思わず声を上げていった。

 

「あ、あのッ! それじゃ、わたしたちがカルマノイズを呼んでいたって事なんですか……?」

「それは半分だけ正解ね。あのノイズは『必ず出現するもの』なの。これが大前提。

 その出現時に、最もフォニックゲインの高い場所が選ばれると今までのデータが示してるわ」

「……つまり、私たちのフォニックゲインが無ければ、他の場所に同じタイミングで出現しただろう、ということ?」

「そういうことね。あとはどうしてあのノイズが今まで何度も撤退していったのか。これも一つの仮説が成り立つわ」

「……その理由は?」

「それは……そうねぇ~。じゃ、弦十郎くんッ! たまにはカッコいいところ、見せてくれるかしら?」

 

 指名しておきながら蠱惑的な声で弦十郎を挑発する了子。対する弦十郎はそれに乗りながらも狼狽える事なく冷静に思考し、答えていった。

 

「……撤退した理由、か。そうだな──。

 戦闘において、撤退する状況は兵站の不足や、敵が想定外の場所や戦力の場合、更には敵が居なかった場合などだが……。

 ……ノイズは人を殺すための兵器、だそうだな。だとすれば、敵──つまり”ヒト”が居ない場合ではないか?」

「弦十郎くん大正解~♪ 後でご褒美あげるわね?」

「フ……楽しみにしておこう」

「お、おお、大人の世界だ……ッ!」

 

 二人の手慣れたやり取りに慄く響。守護りたいものの為に戦いの場に出る力はあれど、その心はまだまだ歳若い少女。大人の世界には憧れを抱きつつも目の当たりにするとつい目を覆ってしまうのだ。

 一方でそれを特別意に介すこともなく、了子は話を続けていく。要点はまだあるのだ。

 

「カルマノイズは人に触れても自身は炭化しないわ。その代わり、人が少なくなれば、自動的に消失するの。そうして時間を置いて次の場所に現れる。また人が少なくなれば消える、多い場所に現れる……それを繰り返すの」

「まさに自動兵器、ということか……」

「今まで消えた時は、人々の避難の完了とほぼほぼリンクしていたわ。一定範囲内の生命反応が減ると消え始めるみたい」

「そこが付け入れるスキでもあり、僕らでカルマノイズを倒せた一因にもなる……ということですね」

「ミライくんも理解ってるわね~。弦十郎くんと一緒にご褒美あげちゃおうかしら♪」

「えっ、えっと……!?」

「んふふ、冗談よ冗談。あとはまぁ、戦ったみんなは理解してると思うけど、カルマノイズを破壊するには高速復元する暇を与えない程のエネルギーを持った攻撃をぶつけるのみってことね。

 単純威力だけで言えば絶唱やイグナイトでも可能。まぁそれは諸々の理由で封じられちゃったけど、ミライくんの使うキャプチャーキューブで作った閉鎖空間にエネルギーを収束乱反射させたり、装者たちの高密度連続攻撃でも斃し切る事は可能となった。

 っと、今のところ分かった事はこれくらいかしらね」

「十分だ。後はこれらを元にカルマ化したノイズを斃す手段……カルマノイズ殲滅作戦を練るだけだ」

「だけって言うがさ、ベゼルブの方はどうすんだダンナ」

 

 奏からの指摘に厳つい顎を触りながら、少し考えたあとに弦十郎が答えていった。

 

「……先日皆が会敵してからというものの、二課の調査部がどれだけ調べてもブラック指令の尻尾は掴めなくてな……。不甲斐ないばかりだ」

「ごめんなさい、僕の方も成果はありません……。分かった事と言えば、ブラック指令は奏さんの発するマイナスエネルギーを狙っていたと言うことぐらいでしょうか……」

「マイナスエネルギー、とは?」

 

 弦十郎に尋ねられ説明をするミライ。マリアや翼もそこに加わり、それが負の思念であり彼女らが立ち向かった怪獣侵略事変の中でも重要な意味を持つエネルギーである事を伝えていった。

 

「なるほどな……。それを餌にベゼルブを召喚していたと言うことか」

「僕の見解ではありますが、恐らくは」

「厄介な相手ねぇ~……。感情エネルギーを奪い取るなんて、流石に対処のしようもないわ。

 人間から感情を奪うなんて行いは、神様か増長した霊長の所業。催眠や洗脳といった技術面はともかくとして、倫理的には不可能もいいとこよ」

「みんな何かしらの想いが……心があるものね……。それが繋がるから、人は世界と生きていける」

「ああ。そしてそれを閉ざし奪うなど言語道断。如何に手段が存在しようとも、人としてそれを許すわけにはいかないからな」

「でもそうなると、結局ベゼルブについては出て来た端から叩き潰すしか出来ない、か……」

 

 奏の言葉に全員で頭を悩ませる。結論がそれ以外に出て来ないのが現状だった。

 

「もういっそ、このまま出ないでくれると正直楽なんだけどね~……」

「流石にそうは問屋が卸さんだろう。確実に脅威が失われるまで、警戒を解くわけにはいかん」

「そうよねぇ。仕方ない、怪獣対策の方にも本腰を入れますか」

「すまないな了子くん。俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ。

 装者の皆やヒビノくんにもまだ負担をかけることになるが、どうか引き続きよろしく頼む」

 

 全員に向けて大きく頭を下げる弦十郎。それに対し、皆が強い笑顔で了解の返事をしていった。

 迫る脅威を野放しには出来ない。それが戦場に立つものたちの総意だった。

 

 

 

 ==

 

「……よし、さほど違和感はないな」

「病み上がりにしては動けるじゃない。……さて、これくらいで一度休憩しましょうか」

 

 訓練室で身体を動かし状態を確かめる翼。響、マリア、奏の三人もそれに付き添い、軽い手合わせやノイズ戦シミュレーションを行いつつ翼の体調を皆で推し量っていった。

 結果は及第点と言ったところで、十全とは言わずともノイズと戦う分には支障が無いと確信。それだけでも十分大きな収穫と言えた。

 それを得た装者たちはギアを解除し、訓練室の端にあるベンチに皆で集まっていった。汗を拭くなり水分補給をするなりしている中で、翼がおもむろに呟いていく。

 

「フォニックゲインの高い場所に現れる、か……」

「さっきのカルマノイズの話が気になってるの?」

「ああ、少しな……」

「気にし過ぎても仕方ない。現れた端から、ブッ倒せばいいのさ」

「ですねッ!」

 

 少しばかり楽観的な奏の言葉に明るい笑顔で同意する響。お互いが顔を合わせてニッコリと笑い合う姿を見て、翼が思ったことを口に出す。

 

「……いつもの間にか、立花と奏は仲良くなったんだな」

「そりゃあ同じガングニールの装者同士だし、な?」

「はい、ガングニール仲間ですッ!」

「あら? 私も元ガングニール装者だけど、その仲間には加えてもらえるのかしら?」

「ああ。それじゃお前もだ」

「マリアさんも一緒ですねッ!」

 

 マリアも交え和気藹々としていく、ガングニールに所縁のある三人の装者たち。

 その光景を見ながら、翼の顔が少しばかり曇っていく。それは隠しようのない、小さな嫉妬だった。

 

「なんだか、仲間外れにされている気分だ……」

「そ、そんなつもりじゃないさ! あたしは……」

「えっ?」

「その……な、なんでもない……」

「……そう……」

 

 互いに互いの距離感を図りかねている翼と奏。以前とは違いもう悪い印象は無いはずなのだが、このぎこちない空気に響はマリアに尋ねていった。

 

「……マリアさん、マリアさん。何なんですかね、このお見合いみたいな雰囲気」

「大方今までの態度とか色々引っかかって、素直になれないんでしょうね。全く、世話のかかる二人だこと……」

「でも、仲良くなれてよかったですね?」

「……ええ、そうね」

 

 小さく笑い合う二人。これまでの事があったにしても、今仲良く出来ていることに変わりはない。

 風鳴翼と天羽奏──例え並行世界の別人同士だとしても、在り方の変わらぬ二人が仲良くしていることは響にとってなにより喜ばしいことだった。

 かつて、自分の命を救ってくれて今を生きる指標を与えてくれた特別な二人なのだから。

 

 そんな訓練室に──二課の施設全体に警報が鳴り渡る。

 

「──ノイズかッ!?」

「指令室に急ごうッ!」

 

 トレーニングウェアから各々の服に着替え、すぐに指令室へ駆け込む4人。扉の向こうでは弦十郎と了子、オペレーター陣が現状の把握に忙しくしていた。

 

「来たかッ! これで全員揃ったな」

「ノイズですかッ!?」

「ええ。ただノイズと同じ場所に新たな聖遺物の反応があったの。こっちでは未知の聖遺物なんだけど……お仲間さんかしら?」

「誰かがこっちに……? そんな予定は無かったはずだけど──」

「──嫌な予感がする。とにかく現場にッ!」

「はい、急ぎましょうッ!」

 

 すぐさま走り出す装者たち。二課の所有する車両に乗り込み、急ぎ出動していく。

 

 一方現場では独り戦う少女の周りで群れるノイズに対し、外部から赤い光弾が放たれ貫いていった。避難誘導活動を終えたミライである。彼の加勢によって状況は変わり、響たちが到着する頃には既に戦いが終結していた。

 その事を弦十郎から聞いた装者たちだったが、一先ずミライと合流しなにが現れたのかを判断してもらう事となった。

 到着した彼女らが目にしたものは、ミライが一人の少女を負ぶりながらその場で待機している姿。それを見て真っ先に声を上げたのはマリアだった。

 

「──調ッ!?」

「マリア……よかった、やっと会えた……」

「調ちゃんッ! 大丈夫ッ!?」

「はい……ヒビノさんが助けてくれましたので……」

「無理に喋るな月読……。一度二課へ戻ろう。奏は司令に言ってメディカルルームの用意をお願いッ!」

「あいよッ! お抱えの救急も回すよう頼んどくッ!」

 

 響の問いかけに薄い笑顔で答えた調。聞くべきことはまだまだあるが、調の状態を見る限り悠長に話している暇は無いだろう。

 即座にそれを判断し指示を出す翼。全員がそれにすぐ対応し、調を最優先で車に乗せて全員が揃ったところで走り出した。

 

 

 

 

 二課指令室。

 そこへ到着した時には体力がある程度回復したのか、マリアの手を握りつつも遅くとも調は自分の足で歩き先導する奏の後を付いて行った。二課所属の救急車内で、簡単にとはいえ横になり点滴を打って眠っていたからだろう。

 一方扉の向こうで待ち構えていた弦十郎たちは、装者たちが連れ帰って来た少女の姿を見てまたも驚くこととなった。

 響よりも更に小柄な彼女の容姿は、一見すると幼さにも見えたからだ。

 

「その子は──まさか、そちら側の世界の装者の一人、なのか?」

「ええ、この子は月読調。これでも立派な装者よ」

「……こんにちは」

 

 マリアの後ろから小さく会釈する調。二課のメンバーからすれば聞きたい事は山のようにあるだろうが、それを察してなのか翼が率先して調に尋ねていった。

 

「それで、どうして月読がこちらに来たんだ?」

「……向こうにカルマノイズが現れました。今度は実体を持って。それでクリス先輩、わたし、切ちゃんで迎撃して──。

 ……カルマノイズは消滅したけれど二人はかなりの怪我を負って、今も療養中。だから、危機を報せに私が……」

「そんな、クリスちゃんや切歌ちゃんがッ!? それに調ちゃんも怪我を……」

「私は軽傷で済んだから……」

 

 心配する響に微笑み返す調だったが、その儚げな笑みは無理をしていることが誰の眼にも明らか。そんな彼女を諫めていったのはマリアだった。

 

「……無理をしないで。言うほど軽い怪我には見えないわ」

「──すぐに戻りましょうッ!」

「ええ、そうね」

「ああ、私たちでカルマノイズを倒すんだ」

 

 自らの故郷……自らの世界の危機に意気を高める響、翼、マリア。そこへおもむろに、奏が口を挟んできた。

 

「……なあ、あたしも連れて行ってくれないか?」

「奏……?」

「今まであんたたちには、かなり助けられた。……その恩を、少しでも返させてほしい」

「気持ちは嬉しいわ。貴方が協力してくれるならこれ以上ない力になってくれるとも思う。だけど、こちらでノイズが出たらどうするの?」

「それは……でも……」

 

 歯切れが悪く、見るからに無念が顔から漏れ出している奏。誰も彼女の提案を無碍にはしていないが、直視すべき現実は此方ではないと言われているようだった。

 どちらも守護りたい傲慢が故に起きる無惨な取捨選択。悩む奏に助け船を出したのは、翼だった。

 

「……なら、私がこちらに残ろう」

「翼ッ!?」

「カルマノイズを斃すには、S2CAを使う可能性が大いにあるはずだ。しかし、私はまだ絶唱を使えるほどに回復してはいない。力尽くで斃すにしても今の状態ではきっと皆の足を引っ張るだろう。……だから、私の代わりを奏に任せたい。

 ……頼めるかな……?」

「……いいのか、本当にあたしで?」

「奏だから任せられるんだ。……奏も私を信じてほしい。奏の留守は、私が必ず護ってみせるから」

 

 固い決意を話す翼。彼女のその手を奏が思わず握り締める。そして今度は真正面から、決して目を逸らさない様に見据えて返事をした。

 

「……ああ、わかった。翼を信じる」

「ありがとう、奏……」

「……戻ったら、ゆっくり話をしよう。昔みたいにさ」

「……うん、楽しみにしてる」

 

 約束を交え穏やかに微笑む二人。それを見ながら、マリアも調に声をかけていった。

 

「調、あなたもこっちに居なさい」

「マリア……でも、切ちゃんが……」

「切歌の事はわたしに任せて。怪我をしている以上、無理はさせられないわ」

「……わかった」

「僕もこちらに残ります。ノイズは勿論、ベゼルブを相手にするにも戦力はあった方が良いでしょうし」

「そうね。まぁそれはあまり有って欲しくない事態ではあるけども」

 

 マリアに背を押され、僅かに彼女から離れるミライの隣に立つ調。それを見て優しく微笑むマリアの姿は、何処か母親めいていた。

 

「……そういうことで、この子の事をお願いできるかしら」

「ああ、任せてくれ。責任を持って、彼女の回復に努めさせてもらう。了子くんも分かってるな?」

「あぁら、信用してくれないなんてショック~。大丈夫よ、変なコトはしないから♪」

「……それじゃ行きましょう、マリアさん、奏さんッ!」

 

 響の言葉と共に三人の装者が出動した。

 目的地は響やマリアの生まれた世界。目的はただ一つ、カルマノイズの撃滅。

 

 

 

 ==

 

 混沌を潜り抜け、三人の装者が門を通り抜ける。

 響とマリアにとっては見慣れた場所、そして奏にとっては初めて見る場所だった。

 

「着きましたッ!」

「ここは……?」

「S.O.N.G.の潜水艦の中よ。正確には、その聖遺物保管区画の一角」

「へぇ……。それじゃコイツが、件のギャラルホルンか……」

 

 背後で緩やかに明滅する巨大な巻貝のような物体。眺め見ると不思議な感覚が湧いてくる。まるで飲まれるような、吸い寄せられるような……。

 奏の意識に優しく侵食するようなその感覚を弾き出すかのように、船内にレッドアラートが鳴り渡った。

 

「これは──ッ!」

『聞こえるかッ! 響くん、マリアくんッ! 戻ったようだなッ!』

「師匠ッ! はい、ただいま戻りましたッ!」

『早速で悪いがノイズが出現したッ! クリスくんと切歌くんはまだ動けない、悪いが二人で対処してくれッ!』

「二人じゃありません、三人ですッ!」

『三人……? 翼とミライくんの通信機の反応は無いが──まあいい、とにかく頼んだぞッ!』

 

 弦十郎からの指示通信を聞き走り出す響たち。その中で奏が思ったことを呟いていく。

 

「……今の、弦十郎のダンナか? 翼もそうだったけど、本当に似てるんだな……」

「ええ。私たちも向こうの司令を見た時に同じ事を思ったわ。……それより、今は急ぎましょう」

「ああ、そうだな。──さて、こっちでも一暴れさせてもらうよッ!」

 

 

 

 

「おぉらああぁぁッ!!」

 

 現着すると共に槍を振るいノイズの群れを砕いていく奏。響とマリアもそれに続き、襲い来るノイズの頭部に白銀の短剣が突き刺さっていき僅かに動きが止まった瞬間を狙って響の拳撃蹴脚が吹き飛ばしていく。

 連携の取れた三人の攻勢に抜かりはなく、ただの一度もノイズの真っ当な反撃を受けることもなく殲滅を完了させた。

 黒塵が漂う中に佇む三人は、警戒を僅かに緩めつつ周囲を見回して異変が無いかを確かめていく。幸いと言って良いのかは分からないが、これ以上の出現は無いようだ。

 

「これで全部か」

「ただのノイズしかいませんでしたね……」

「恐らく向こうで聞いたように、カルマノイズには現れる周期があるんだわ」

 

 そのまま一息吐く三人。おもむろに奏が空を見上げる。陽が西にあることから時刻は昼過ぎ、見上げた彼女の眼には昼の月が見えていた。

 自分が見てきた月とは違う、歪と化したモノが。

 

「……なあ、おい。あれって……」

「どうしたんですか、奏さん?」

「月が、欠けてる……」

「……ああ、貴方は初めてだものね。あれが、ルナアタック、フロンティア事変の傷跡よ」

 

 今度は響とマリアも月を見上げる。二人にとっては最早見慣れた光景。あの欠けた月こそ、自分たちの戦いをずっと見つめてきたモノでもある。

 このなによりも明確な差異を目にして、奏は改めて息を吐きながら感嘆を口にしていた。

 

「……本当にあたしは、別の世界に来たんだな」

「──はい、ようこそ奏さんッ! わたしたちの世界にッ!」

「……ああ、ようやく実感が湧いてきたよ」

「さて、今はこれ以上ここに居ても仕方ないわ。本部へ向かいましょう」

 

 

 

 S.O.N.G.移動本部艦橋。

 自分たちの居場所に帰って来た響とマリアに連れられ、奏が初めてこの場に足を踏み入れた。周囲から齎されたのは、驚きの視線。だがそれは奏自身も同じことだった。

 

「ここが、S.O.N.G.か……」

「……そんな、嘘……」

「ど、どうして……。じゃあ、さっきのガングニールの反応は間違いじゃなくて……」

「奏、なのか……ッ!?」

 

 表情を固めたまま奏を見つめる弦十郎、友里、藤尭の三人。奏は少しばかり照れ臭そうに頬を掻いており、説明も兼ねて響とマリアが割り込んできた。

 

「あはは~、やっぱりビックリしますよね」

「……この人は、向こうの世界の装者よ」

「並行世界、か……。報告には聞いていたが、こうして目の当たりにすると不思議な気分だな……」

「本当に……。記憶にある奏さんのままだわ……」

「あたしから見ても、弦十郎のダンナやオペレーターのみんなはそのままに見えるよ」

「本当に、そんな世界があるんですね……」

 

 並行世界の存在証明たる人物との邂逅にただただ感嘆する三人だったが、本題はそこじゃない。それをハッキリさせる為にマリアが言葉を放っていった。

 

「驚くのはそれくらいにして、状況を教えてもらえるかしら。……切歌は? クリスは無事なの?」

「そうだな、わかった。エルフナインくん、頼めるか?」

「はい。それではボクから説明します。

 此方にあのカルマノイズが現れたのは三日前。今度は前回とは異なり、存在が固着した状態で現れました。クリスさんたちがすぐに迎撃に当たりましたが、勝つ事は出来ず、逆に怪我を負ってしまいました……。

 ノイズはその後消失。ですが、以前とは違い、こちらの世界での存在を確定させてしまっています。

 ……今、こちらには戦える装者がおらず、あのノイズが次にいつ現れるか分かりません。そういった状況だったので、比較的怪我の軽い調さんに、皆さんを呼びに行ってもらったという状況です」

「……切歌とクリスの怪我の程度は?」

「二人とも無事だ。命に別状があるほどではない。だが、あのノイズの持つ呪いに当てられたのか、衰弱が激しい。当分は戦えるような状況ではないだろう」

「でも無事なんですよね、よかったぁ……」

 

 響の大きな安堵と共に、マリアも小さく溜め息を吐きながら微笑んだ。大切な義妹と仲間の安否だ、心配するなと言う方が無理であった。

 二人の様子を一度確認し、エルフナインがまた現状の説明に当たっていく。のんびり過ごして良い状況ではないのだ。

 

「今、この世界は並行世界同様にカルマノイズの脅威にさらされています。

 何とか対策を練らないといけないのですが、あのノイズについては知らないことが多すぎて……」

「あ、そうだった。エルフナインちゃん充てにこれ、了子さんから預かってたんだ」

 

 言いながらエルフナインに小さなチップを手渡す響。それは了子から預かっていたデータチップだった。

 

「前にくれたデータのお礼だって」

「ちょっと見てみます……」

 

 すぐに自らの端末にデータチップを挿し込み認識、データを開くエルフナイン。書かれている内容にザッと目を通すだけで、その情報量に驚きを隠せなかった。

 

「……すごい。これを作った櫻井了子さんという人は、本当に天才なのですね……!」

「役に立ちそうなの?」

「はい。これなら対策が立てられます。わぁ……こんなデータまで……!」

 

 興味深そうにデータの閲覧を続けていくエルフナイン。だが読み進めていくと、徐々にその顔が険しさを増していく。事実を知る事で立てられる精度の高い推憶。それがエルフナインを激変させる原因だった。

 小さな頭脳の中で高速演算される各種データ。そこから導き出された回答はあまりにも単純で、しかし導き出した結果を偽ることなく伝えていった。

 

「──みなさん、大変ですッ!」

「どうしたの?」

「このデータから推察すると、カルマノイズの次の出現予測は──今晩なんですッ!」

 

 

 

 ==

 

 S.O.N.G.移動本部内メディカルルーム。

 クリスと切歌が安静に休んでいるところへ帰還した響とマリアが奏を連れて訪れた。

 

「クリスちゃんッ! 切歌ちゃんッ!」

「う……お前、戻って来てたのか……」

「怪我の具合はどうなの?」

「もう大丈夫デス。でも……」

「当分は戦闘は禁止、だとよ」

 

 自嘲するかのように鼻で笑うクリス。彼女の変わらぬ態度に安堵したのか、おもむろに響が飛び付いた。

 

「でもよかったよぅ~、クリスちゃん~」

「バッ……抱きつくなッ! あ、暑苦しいんだよッ!」

「そんなこと言わないで~」

 

 思わぬ事態に顔を赤らめながら引きはがそうとするクリスとそれでもくっつき続けようとする響。ドツキ漫才にも似たいつもの二人のやり取りに、切歌もマリアも微笑みながら見つめていた。

 

「……安心したデス。マリアが戻ったという事は、調は無事着いたデスね」

「ええ、調もあっちで治療してもらってる。切歌も、怪我は大したことなさそうで安心したわ」

「アタシは大丈夫デス。でも、クリス先輩はアタシたちを庇ったせいで、満身創痍なのデス……」

「はーなーれーろってのッ! あたしは怪我人だぞッ!」

 

 力を込めて響を引き剥がそうとするクリス。だが無理に入れた力が傷に響き、余計に痛みを起こしてしまった。

 

「──ッ!? あいてててて……」

「あわわッ! ご、ごめんッ! 大丈夫……?」

「あああッ! だから抱きつくなって言っただろうがッ! このバカッ! ったく……」

 

 クリスが痛む度に響が心配して抱き付くように距離を詰め、またクリスの傷が痛む。そんな堂々巡りを終わらせるように、マリアが響を引き剥がし、代わるようにクリスの隣に座っていった。

 

「クリス」

「……何だよ?」

「調と切歌を守護ってくれてありがとう。礼を言うわ……」

「なッ! そ、その……い、いいって事よ……」

「……クリスちゃん、照れてる?」

「て、照れてなんかいねぇッ! ──ッ!? あいたたた……」

「あわわわわ……ご、ごめんッ!」

「もうお前は動くなッ! 喋るなッ! あたしをゆっくり休ませやがれェッ!」

 

 その場の感情に任せて喚くクリスや慌てる響。戦場に身を置く者にしては和気藹々とした年相応の少女たちの姦しさを、後ろで見ていた奏は微笑ましく……何処か遠くに見ながら佇んでいた。

 

(……そうか、これが翼の仲間たちなのか。良い仲間が出来たんだな……本当に)

 

 自分の周りには無かったもの。自分と翼だけでは成し得なかった光景。”天羽奏の死”を経た世界に立つ”風鳴翼”が得たモノ。

 目の前に広がっているそれは、見つめる奏にとっても奇跡と同義の世界だった。

 そんな風に眺め見ていた奏を目にし、クリスが尋ねていく。

 

「ところで、そっちのはどこのどいつなんだ?」

「奏さんだよ~。天羽奏さん」

「……どっかで聞いたことあるような……?」

「天羽奏……って、確かガングニール装者デスッ!」

「そうそうッ! それに奏さんは翼さんのパートナーで、ツヴァイウィングなんだよッ!」

「ツヴァイウィングって、確か昔に……。おいおい、どういうことだよッ!?」

「ま、まさか幽霊デスッ!?」

 

 驚く二人へマリアがなだめるように声をかける。

 

「二人とも落ち着きなさい。並行世界の方はこちらとは歴史が異なるのよ」

「歴史が違う、デスか?」

「ええ。だから彼女は今、こうして此処に居る」

「なるほどな……。まあいいや。あたしは雪音クリスだ。よろしくな」

「アタシは暁切歌デスッ! 奏さん、よろしくデスッ!」

「天羽奏だ。こちらこそよろしくな」

 

 状況を受け入れつつ奏に明るい挨拶をするクリスと切歌。奏もまた二人に気さくに返事をしていく。

 そんな奏の姿を見てマリアは少しばかりの安堵と強い確信を得ていた。今の彼女にはもう出会った頃に感じた強く張り詰められたモノは無く、新たな仲間を受け入れる余裕がある。

 彼女にとって見知らぬ別世界、不慣れな環境で肩を並べて戦うのに、その余裕は頼もしさにもなってくるものだとマリアは感じていた。

 戦いの時は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

『……そろそろ現れるはずです。準備はいいですか?』

「いつでもオッケーだよッ! エルフナインちゃんッ!」

「問題ないわ」

「ああ、任せておきなッ!」

『──来ましたッ! 12時の方向にノイズ反応ですッ! おそらく、これと戦っていれば──』

「あいつが出現する、というわけね。なら行くわッ!」

 

 

 三人の眼前に出現するノイズの群れ。復興の手も入らぬ荒れた地が瞬時に戦場へと姿を変え、駆け出す三人の装者の歌声が鳴り始める。

 

「装者三名、戦闘に移行ッ!」

「フォニックゲイン、順調に増幅していますッ!」

「あとはこれで、本当にカルマノイズが来れば……」

「来るさ。なんたって、了子くんの叩き出した計算だからな」

 

 直接面識のないはずの”並行世界の櫻井了子”の齎したデータの正確性を、弦十郎は自信を持って肯定していった。

 彼がデータ一つで何を察したのかはエルフナインには到底理解できないところだ。だが、彼女もまた強く信を置く司令官である彼の言葉を、今は信じていようと思い装者たちの戦いを見守っていた。

 

 

 

 一方で彼女らの戦いは進んでいく。

 しかし相手は変哲のないノイズの群れであり、場所も戦闘に適した民間人のいない地域。周囲に一切気を使う必要のない戦闘区域では装者たちの動きも自由度が上がり、ノイズ殲滅の流れに滞りを見せることは無かった。

 三人それぞれの歌は高まり続け、フォニックゲインは順調に上がっていく。本部のモニタリングではその数値はすぐに基準閾値まで上昇していた。

 

『高質量反応増大……来ましたッ! カルマノイズですッ!』

 

 エルフナインの言葉に合わせたかのように黒い瘴気が集まり形作られていく。

 月明かりの下に現れたのは大型飛行型と同系統のカルマノイズ。そしてそれに釣られるかのようにノイズの群れも新たに出現してきた。

 

「……さあ、ここからが本番よ」

「ああ、そうだね」

『あのノイズの出現に合わせて通常のノイズも新たに出現していますッ! みなさん、気を付けてくださいッ!』

「ならまずは普通のノイズを倒して、カルマノイズに全力攻撃ッ!」

「マリアさん、S2CAは……」

「最後の手段ッ! 貴方が戦えなくなるのが現状一番の痛手だからね」

「──はいッ!」

 

 マリアからの注意を受け、再度ノイズの群れに突き進む三人。

 今度はそこにカルマノイズの強襲が加わる上にフォニックゲインの現状維持まで保たないと逃げられる事が分かっている。

 それ故に狙うは短期決戦。ノイズ殲滅も必要だがそこからの動きも速やかなものが求められる状況だった。

 知らず司令塔になっていたマリアは勿論、隣で唄い戦う響も奏も何処かでそれを察しており、解き放った力をカルマノイズに叩き込むべく力を貯め込むような戦い方を行っていた。

 

「くうッ! テメェの相手はあとで嫌ってほどやってやるから──」

「大人しく、待ってなさいッ!」

 

 急降下攻撃を仕掛けるカルマノイズを奏が大槍で受け止め弾き飛ばし、マリアの蛇腹剣が追撃する。

 当然この程度ではダメージらしいダメージにはならないだろう。だが今の優先事項を考えるとそれは些事。ノイズの数を減らすのが先決である。

 響もまたそれを理解しているのか、地面を巻き上げながら徒手空拳のみでノイズを打ち砕いていく。軽快にカルマノイズからの攻撃を回避しつつ、マリアと奏の援護を受けて確実にノイズの数を減らしていった。

 

 やがて三人の視線が一か所に集中する。

 極彩色の壁が大きく瓦解し、開いた空間を通して目に入る黒紫の鋭嘴。標的であるカルマノイズの姿を目にした瞬間、全員が息を合わせたかのように飛び出した。

 

「──今ッ!」

「行くぞッ!!」

「はあああああああッ!!」

 

 脇目も振らず三方からの同時攻撃──乗せるフォニックゲインは先程まで可能な限り貯め込み続けた必殺に相違無い威力を持つ初手猛撃。

 貯められるだけ貯めたこの一撃を……カルマノイズは自身の形態が持つ高機動加速を発揮し即座に離脱、初撃を回避した。

 

「外れたッ!?」

「手を止めないッ! 攻め続けるわよッ!」

「おらぁああッ!!」

 

 マリアの指示に従い再度攻撃を仕掛ける響と奏。

 エネルギーを衝撃波に変えて放つ奏と左腕のガントレットに短剣を装着し高めたエネルギーを纏わせて発射するマリア。それらの攻撃を回避するカルマノイズだったが、その進行方向に合わせる形で響が前に現れ拳を打ち付けた。

 杭打ちの要領で撃ち込まれた一撃はカルマノイズの肉体の一部を貫通するが、破片が崩れただけで即座に復元してしまう。

 そして続けざまに繰り出される高速旋回と体当たりの連続攻撃。なんとか防御と回避は間に合っているものの、ただただ弄ばれてる状態でもある。

 威力はともかく掠める程度の攻撃では密度が足りない。しかし捉えようとも動きに追い付けない。三人ともその結論に至っていた。

 

「ッくしょう……なら、あたしが変身してとっ捕まえて──」

「駄目よ。あのサイズの標的をウルトラマンの力で追い回したり光線を当てようとしても周辺被害が広がるだけ……。

 それに、ウルトラマンの身体でもノイズに対する確実な防衛力は無いわ。死に至る程のダメージにはならないと言うだけで、炭化攻撃自体は通じてしまう。ただのノイズなら大したことは無くとも相手は自壊する事のないカルマノイズ……その案には乗れないわ」

「ならどうするってんだッ! このままアイツの良いようにされててもジリ貧だぞッ!?」

 

 口論するマリアと奏の間を高速で通り抜けるカルマノイズ。巻き上げられた砂塵と衝撃波が二人を襲い跳ね飛ばしていく。

 すぐに駆け寄る響だが、二人に寄り添いながらカルマノイズの姿を見た時に異変を感じ取った。

 

「マリアさん、カルマノイズがッ!」

「揺らぎ透けている……フォニックゲインが減っているというの……ッ!?」

 

 此方に戻る前に了子から聞いた説明からすれば、カルマノイズを繋ぎ留めているのはフォニックゲインに他ならない。

 そのカルマノイズの存在が不安定になっていると言うことはフォニックゲインが弱まり存在を繋ぎ留められなくなってきている事に相違ない。それをさせてはならぬという想いが、響の口から提案の言葉を放っていた。

 

「使いましょう、S2CA。このままにはしておけませんッ!」

「……分かったわ。ぶっつけだけど、翼の代わり、頼めるかしら?」

「ああ、任せとけッ!」

 

 響の手をマリアと奏が繋ぎ、同時に絶唱を唄い始める。

 紡ぐ詩に呼応して、シンフォギアから強力なフォニックゲインが放たれていき身体の中を巡っていく。身体を通じ、繋ぐ手を介し、力が響へと流れていく。

 やがてそれが最高潮へ高まり行く時、響が意気高く声を上げた。

 

「セットッ! ハーモニクスッ! S2CA──トライバー……ッ!?」」

 

 両腕のガントレットを合体させて右腕側に一対のタービンと化す。左腕を前に出して構えを取り、カルマノイズに向けて目線を向けていた。

 しかし迸るS2CAの力を目にしたからか、カルマノイズは空へ急上昇し、更に高速での機動を開始していった。

 

「くッ!? コイツッ!」

「こ、これじゃあ狙いを定められないッ!」

 

 中空高速移動と高頻度の急旋回に三人は翻弄されるばかり。加速するカルマノイズの動きは鋭角的に軌道を変え、三人へ狙いを定め突撃していった。

 思わず構えを解いて防御する響。奏とマリアも思わず中央に位置する響を守るように防御姿勢を取るも、超高速での突撃には耐え切れず揃って吹き飛ばされてしまった。

 その影響で三人の繋がりも崩れ、高めたフォニックゲインも霧散してしまった。

 

「──あッ!? ぐうううッ……」

「おいッ! 大丈夫かッ!」

「な、何とか……でも、今のでS2CAが……」

「……くッ、こうなったらもう一度──」

「落ち着いてッ! さすがにこの短時間でもう一度は無理よッ!」

 

 即座に響の手を握る奏。だがその上からマリアの手が添えられ響から離していった。

 響の顔には疲れが見えている。三人分の絶唱をその身一つで束ねているというS2CAの仕組みを言葉だけではなく奏も自身の五感で理解した瞬間だったが、それ故の口惜しさが現れてしまった。

 

「……ちッ!」

「二人とも、ノ、ノイズが……」

「──消え、た」

 

 与えたのは僅かな隙。だがそれが決定的な間隙となり、その場で制止して浮かぶカルマノイズが闇に溶けるように消えていった。

 生体反応やその場にあるフォニックゲインの減少……理由は色々あれど結果は一つ。

 彼女らはカルマノイズに敗北し、取り逃がしたのだ……。

 

 

 

 

 

 end.

 



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EPISODE 10【『あたし』のいないステージ】

 先の戦いより一晩明けての移動本部ブリッジ。

 一時の休息とメディカルチェックを終えた響、マリア、奏の三人が顔を並べ頭を悩ませていた。否、メディカルルームからブリッジに来るまでの道のりでもずっとだ。

 

「……やられたわね」

「すみません……」

「いや、お前のせいじゃないさ」

 

 自責する響を奏が制止する。この敗北は誰か一人の責任では無いのだ。

 

「今度のカルマ化したノイズは飛行型。あの機動力は厄介極まりないわね」

「わたしがクリスちゃんみたいに、ババババーッ! って遠距離攻撃とか出来たらいいんですけど……。そしたらマリアさんや奏さんと一緒にババババーッ! って出来るのに……」

「いえ、それでは威力そのものが減退してしまうから無理ね。威力が殺されては、あのノイズを倒せない。貴方の長所を殺してまでやることじゃないわ。

 でも何か……いい考えはないかしら」

 

 再度唸るように思考を巡らせてはみるものの解決策は浮かんでこない。そこへ、エルフナインが声をかけてきた。

 

「この前受け取ったデータにヒントがあると思うので、少しお時間を頂けますか?」

「……お願いね」

「はい、頑張りますッ!」

 

 むんっと力強く返事をするエルフナイン。期待に応えようと奮闘する彼女を三人は微笑ましく見つめていく。

 

「……なら、考えるのは頭脳担当に任せて、あたしたちは訓練でもしようか。なあ?」

「はい、そうしましょうッ! どうも考える方は苦手で……」

「はぁ、あなたって人は……。私も付き合うわ」

「あれ? お前は頭脳担当だろ?」

「エルフナインが考えてくれるなら、私よりもずっと効率的だもの。シミュレーターに向かいましょう」

 

 移動本部内に設置された訓練室。

 市街地や荒地といった昨日と似たような状況下での戦闘シミュレーションを行っていた三人。だが相手取っていたのはカルマノイズではなく通常の大型飛行型ノイズである。

 仮想現実とは言えノイズは確実に装者たちを狙って攻撃を仕掛けてくる。それを見据え、マリアの蛇腹剣で動きを僅かに封じ、その隙に奏の槍が振り下ろされ墜落。更に響が上から拳を打ち付けて標的を破壊した。

 余りにも当然、余裕を持った必然。手応えの無い感覚は三人に共有されていた。

 

「……やはり、シミュレータでは物足りないわね」

「普通の飛行型ノイズはこっちに向かってくるから迎撃しやすいんですけど……」

「カルマノイズはその特性からか、普通の飛行型ノイズと違って、こちらと距離を取ろうとしたり急に攻撃へ転じたりするものね。これは難題だわ」

「あたしやお前の技なら捕捉は出来なくもないけどな。ただ、威力の問題やS2CAの問題があるか……」

「ええ。力を束ねて放てるのはこの子だけの特性だからね……」

「う~ん、とりあえずもう一度やってみま──うわわわッ!?」

「なんだ、変な声を上げて」

 

 不意に訓練室から外を見た響が素っ頓狂な声を上げる。不思議に思った奏とマリアが響の向いた方へ目を向けると、其処には黒髪の少女が一人佇んでいた。

 

「み、未来ッ!? き、来てたんだ……。その……ただい、ま?」

「うん、おかえり響」

「ご、ごめん……! その、色々大変で……」

「大変なのはなんとなく分かってたけど、帰って来てたなら連絡の一つくらい欲しかったなー。

 クリスや調ちゃんや切歌ちゃんが怪我をして、翼さんも大怪我してたって聞いて、もしかしたら響もって心配してたのに……」

 

 頬を膨らませながら抗議を口にする未来。だがそれは無事を信じて待つしか出来ない者が常日頃より抱える悩みであり、決して切り離せないものである。

 

「……うん、ありがと未来。その……ごめんね?」

「うん。大丈夫そうでよかった……」

「私たちからも謝らせてちょうだい。決して貴方を蔑ろにしたかったわけじゃなかったのだけれど……」

「状況がちょっとな……。いや、すまなかった」

「いえ、マリアさんたちのせいなんかじゃありません。マリアさんも奏さんも響や私たちを守って戦ってくれて──」

 

 申し訳なさそうに謝罪を口にするマリアと奏に未来は礼儀正しく言葉を返していく……途中で、言葉が止まった。

 今自分は誰の事を呼んだのか。今自分の前に立っている人は誰なのか。認識と理解があまりにも自然過ぎて、しかしその認識は現実とあまりにも乖離し過ぎていて、それに気付いた瞬間未来の思考はパニックに陥った。

 

「……奏さん? って、え……? ど、どうしてッ!? あの、ツヴァイウィングの、天羽奏……さんが生き返って……? 

 ええ──ーッ!!?」

 

 響でさえ驚くほどの未来の大声が訓練室に鳴り響く。

 もしかしたらそれは、移動本部全体にも響き渡っていたのかもしれない。

 

 

 

 ==

 

「もう、本当に驚いたよ……」

「だよねッ! わたしも向こうで会った時は驚いたよ~ッ!」

「なんかごめんな? 驚かせて」

「い、いえッ! その、奏さんが悪い訳じゃないですからッ!」

 

 鉄板を前にしたカウンターテーブルに並んで座る響と未来と、奏とマリア。鉄板から発せられる熱とその上で焼かれる脂の音をBGM代わりにしながら談笑を楽しんでいた。

 

「それでも未来の驚きようったら凄かった~。未来もファンだもんね、ツヴァイウィングの」

「そうだったのかい? 色々事情は違うけど、そう言って貰えるんなら嬉しいな、ありがと」

「いえ、いえ、そんな、ああぁ~~……」

 

 自然と握手を交わしてくる奏に思わず言葉にならない声を上げながら顔を紅潮させる未来。

 僅かに憧れるだけで、遠くに在り遠くで消えた存在を間近で見て、話をして、握手までしてもらえるなんて、未来にとっては数年前に途切れた小さな願望が突然襲い掛かって来たようなものだ。

 思わぬ巡り合わせに加え、未来が思い描いていたものよりずっと気さくな奏の対応についあわあわとしながら応えていく。熱烈なファンとアーティストとの小さな出会い……そんな微笑ましい光景が、響やその友人たちが愛して止まないお好み焼き屋『ふらわー』の一画で広がっていた。

 

「……それで、私たちはどうしてここに?」

「それはッ! わたしが未来へのお詫びの為に、おばちゃんのお好み焼きを奢ることになったからですッ!」

「……それは聞いたけど、どうして私たちまで?」

「いいじゃねーか。腹が減っては戦は出来ぬ、だろ?」

「そうそう。それに、お腹が減っている時は碌な考えが出来ないからね。はい、お待ちどうさま」

 

 話に割り込むように調理していたこの店の店主──通称おばちゃんが皿に移されたお好み焼きを4人の前に差し出してきた。

 

「待ってましたーッ!」

「ほぉー! こいつは美味そうだッ!」

「ありがとう、おばちゃん」

 

 様々な具材に混ざり焦げたソースの匂いが鼻腔をくすぐる。立ち上る湯気と踊る鰹節に目を奪われる。

 マリアの口内にも思わず唾が溜まりはじめ、これまでの疑問と一緒にそれを飲み込んだ。

 

「……まあ、いいけれど」

 

 

 

 

 

「あ、響。こっちの豚玉も食べる? お皿貸して」

「ありがとー、未来ー」

「ううん、はい。たくさん食べてね?」

「はぐッ、はぐッ……う~~ん、やっぱりおばちゃんのお好み焼きは一番だねッ!」

「もう、ソースついてるよ。……はい、取れた」

 

 仲睦まじい響と未来のやり取り。奏はそれをぼんやりと、何処か懐かしむように見つめていた。

 

「どうしたの? 手が止まってるわよ?」

「……いや、少し昔を思い出しただけさ」

 

 思い起こすのは在りし日の思い出。大切な片翼と過ごした忘れ得ぬ過去。それを、響と未来の姿に重ねていた。

 

「あッ! 次はそっちの海鮮お好み焼きも食べたいッ!」

「もう、しょうがないな~。はい、あーん……」

「あーんッ…………んん~ッ、美味しいッ!」

「……本当にあなたたちは仲が良いわね。調と切歌を見ているみたい」

(……あたしもあんな風に翼と食事したっけな。翼は恥ずかしがって直接食ってくれるなんて事は滅多になかったけど──)

 

 手を止めて箸で切ったお好み焼きを不意に見つめる奏。何処か憂いを込めた彼女の表情に、隣に座るマリアはつい声をかけていった。

 そこからの返しが彼女にとって予想外のモノになるとも知らず……。

 

「どうしたの?」

「ほら、口開けろ。あ~ん……♪」

「──ぶッ!?」

 

 一瞬の思考停止に次いで放たれたのはマリアの口から吹き出されたお茶、食べカス。まるで漫画のように、口に含んでいたモノをぶっ放してしまった。

 

「うわッ! 汚ねぇな……何してるんだよ」

「それはこっちの台詞よッ!? 汚しちゃったじゃないッ!」

「いやぁ、ちょっとあいつらの真似をしてみようかと思って♪」

「そんなことしなくていいから、静かに食べなさいよッ!」

「んだよ、ノリが悪いねぇ……」

 

 少しガッカリしたかのようにお好み焼きを頬張る奏。おばちゃんから布巾を借りてカウンターを拭き上げるマリアは思わず大きな溜め息を吐いていた。

 

「……はぁ、あなたって思ったより──」

「ん? なんだ?」

「何でもないわよッ! 昔の翼の苦労がしのばれると思っただけッ!」

 

 以前少しだけ翼の口から聞いていた天羽奏像。強くて苛烈で豪放磊落。しかし好意の表れとして人をからかうことが多いのだと。

 自分の隣にいる彼女はそれと寸分違わぬ存在だった。それを、マリアは改めてその身に刻み込む事となったのだった。

 マリア自身としては完全に不覚を取った形ではあるが。

 

 

 

 

「はぁ、食べた食べた~」

「いつもよりたくさん食べたね。苦しくない?」

「大丈夫、直前まで訓練してたから。でもこのまま横になりたい気分~」

「わっかる~。このままゴロゴロ寝ちまいたいねぇ~」

 

 隣り合う響と奏が揃ってだらしないことを口走る。仲の深まった彼女たちは何処か姉妹のようにも見えてくる。

 それを戒める言葉を返すマリアと未来。言いうならば保護者のようなものだった。

 

「もう、食べてすぐ寝たらダメだよ?」

「あなたも。健康管理やスタイル維持も、アーティストには必要でしょう?」

「そっか? そういうのはまともにやった事ねぇな……。訓練してたら勝手にちょうど良くなるだろ」

「そうですよねぇ。それに、師匠のトレーニングってハードですし」

 

 だらけきった反論に思わず青筋を立てるマリア。

 過去に自身の望みなど全て放棄して世界中の人々の前に立つことを決意した彼女はそういった点でも常にプロ意識を持っている。否、持たざるを得なかった。

 決して彼女は大喰らいなどではない。同年代の同性と比べてもそう大きく変わりは無い食事量。しかし何故か、本当に何の因果なのか、マリアの肉体は一寸気を抜けばすぐに加算数字となって表れ襲い掛かってくる。ほんの少しの贅沢ですら、彼女の身体は蓄え身に付けてしまうのだ。

 これは逃れられぬ業なのかと思うこともあったが、マリアの意識はその程度で折れたりはしない。結果、日課のトレーニングや普段の食事バランスの徹底調整に加え、最近は美容にも効果があるというヨガを秘かに始めていた。

 そんな彼女にとって、今の響と奏が放った言葉はあまりにも残酷で堪え難いもの。逆さ鱗に触れたのだ。

 

「……あなたたち今、体形に悩む全ての女性に対し一番言っちゃいけないことを口にした自覚あるのかしら?」

「やっべ、虎の尾を踏んじまったか?」

「奏さんッ! マリアさんは虎と言うより猫だと思いますッ!」

「ハハハッ、確かに!」

「あなたたちねぇ……」

「ま、マリアさん抑えてくださいッ! 響も、余計なこと言わないのッ!」

「えー、でもマリアさんの髪型って猫みたいですっごく可愛いんだもん。未来だってそう思うよね?」

「えっと、それは、その……」

 

 凶行に走ろうとするマリアを止めながらも響からの言葉に否定しきれない未来。その内心が丸分かりである。

 だがマリアを止めている手前それに賛同する事は出来ない。そんな複雑な状況が未来を襲っていた。

 それを止めたのは、マリアの持つ携帯端末から鳴り出した色気のない着信音である。

 

「本部から……?」

「ノイズかッ!?」

「それなら街中でも警報が鳴ってるはずですが……」

「ともあれ向かいましょう。無用に呼ぶことはしないはずだしね」

「わかりました! 未来、そういうワケだから……」

「うん、行ってらっしゃい。マリアさんも奏さんも、気を付けてくださいね」

「おう、ありがとなッ!」

 

 先程までの喧騒は何処へやら。三人並んで駆け出していく背中を見送る未来。

 どこか姉妹のようにも見える三人の姿は、不思議と眩しかった。

 

 

 

 

 ==

 

「ただ今戻りましたッ!」

「ああ、突然呼び出してすまなかった」

「早速で悪いのですが、少しいいでしょうか?」

「もしかして、あのカルマ化した飛行型ノイズに対抗する手立てが見つかったの?」

「はい。先ずはこちらをご覧ください」

 

 そう言ってエルフナインが端末を操作しモニターに標的となる飛行型カルマノイズの姿を映し出した。そして三人の前に出て説明を始めていった。

 

「カルマノイズはフォニックゲインに引き寄せられる性質があります。だから、それを利用してなるべく周囲が囲まれた空間におびき出し、そこで撃破を狙うというのはどうでしょうか?」

「良いんじゃないか? あたしは賛成だよ」

「ありがとうございます。それで、この作戦に都合のいい、周囲が囲まれた空間に心当たりはありませんか? 

 出来れば周囲に被害の出にくい場所だとなお良いのですが……」

「うーん、いい場所、いい場所……」

「出来れば戦いに支障のない程度は広さも欲しいわね……」

「あ、そっか。狭いだけじゃわたしたちも動けなくなっちゃいますよね」

 

 考え込む三人。ただの狭所空間と言うのであれば廃坑なんでも出て来るが、誘き寄せる為に最も必要なものはフォニックゲイン──歌の力だ。

 それを最大限引き上げる為にはただの狭所空間では不十分と言える。ただ単純に唄うだけでなく、心を込めて……想いを高めて唄うことこそが必要になる。

 それに適した空間など何処にあるのかと考える一同。その中でおもむろに、弦十郎が口を開いた。

 

「……一つ、心当たりがある。だが──」

「もったいつけるなよ。どこだい?」

 

 奏の言葉にやや押されるものの、意を決して弦十郎はその場所を口にする。決して忘れ得ぬあの場所の名を。

 

「……ライブ会場だ」

「──ッ!? ライブ、会場……」

「……すまない。そちらの話も少しは聞いている。君にとっては翼を失った場所でもある……キツイだろう」

 

 思わず自らが経験した翼との別離が過る奏。だが今はそんな感傷に浸っている暇は無い。

 司令からも念押しされていたことだし、何より自分自身が固めたその決意を無碍にしたくなかった。

 

「……構わないよ。他に場所が無いなら、選んでる場合じゃないだろ」

「……それなら、そこにしましょう。あと、作戦の為に翼さんを連れて来て欲しいのですが──」

「待てッ! どうして翼をあんな場所に──ッ!」

 

 強くエルフナインの肩を掴む奏。今の彼女の言葉には、流石に異を唱えざるを得なかった。

 ”翼”を失った場所に”翼”を起たせる。いくらわだかまりが減ったとは言え、それを易々許容できるほど奏の心は広くもない。

 あの痛みを思い出してしまうからこそ、その再演はなんとしても避けようとする。そう思うのも無理もないことだった。

 

「──ッ!? ご、ごめんなさい……!」

「……落ち着きなさい。エルフナインを怖がらせないで」

 

 思わず怯えてしまうエルフナインを庇うように、マリアが彼女を奏から引き剥がす。眼前の少女の反応を見て、僅かでも自分が自制を失っていたことに気付き謝っていった。

 

「……悪い、悪かった」

「え、エルフナインちゃん! その、翼さんに来てもらわなきゃいけないのはどうして?」

「は、はい。その、理由は翼さんとマリアさんに唄ってもらう事が、現状フォニックゲインを最も効率的に高める方法だからです」

「唄う……翼が、あの場所で? そんなの──」

 

 そんなのは駄目だと奏の心が叫びを上げる。それは理屈ではなく本能に近い。大切なモノを失ったあの場所を忌避したいという、トラウマから来る防衛本能。

 口から出る言葉にも普段の勢いは無く、放とうとしては思考が制止させてきた。

 

「翼にあの場所で唄わせるくらいなら、あたしが──」

(唄える……のか? 今のあたしが……。自分の歌を取り戻せていない、あたしが……。

 唄えるわけ、ないだろう……。翼の歌の代わりなんて、あたしなんかに出来るわけがない……ッ)

「……奏さん?」

 

 己が身を省みる。歌を捨てた自分、憎悪と憤怒で心を燃やしながら戦場に復讐の歌を吠えるだけの自分に、翼のような歌を唄えるなど思えるはずもなかった。

 そんな無念さ、口惜しさに奥歯を噛み締める奏。その姿を見て、マリアが引き継ぐように話を返していった。

 

「……わかったわ。翼を呼んできましょう」

「お前ッ!」

「だから、落ち着きなさい。翼にとっては何の問題もないはずよ。

 あの子は全て乗り越えている。……あなたと違ってね」

 

 翼を信じて真っ直ぐに告げるマリアの眼は、奏にとっては何処か冷淡にも感じられていた。

 

 

 

 ==

 

 

 会場に選ばれたのは天候に左右されないドーム開閉式の野外舞台。

 S.O.N.G.職員たちが必要最低限の機材だけを持ち込み、特殊災害対策事案で貸し切りとしたそのステージの上に、翼とマリアが立っていた。

 

「一体、何かと思った……。いきなり戻ったと思ったら、ライブとは……」

「驚かせたわね。でも時間が無かったから仕方ないのよ」

「向こうのノイズ対策、怪獣対策だってあったんだぞ?」

「ノイズには調がいたし、怪獣にはヒビノさんがいたでしょ。それに、クリスと切歌にも代わりに向こうに行ってもらった。

 特にクリスの力は怪獣対策にうってつけのはずよ」

「私が奏に責任もって守護ると告げたのに……」

「あら、本音はそれ? そんなに彼女に良いトコロ見せたかったの?」

「そ、そうではないッ! ……だ、だけど、その……頑張ったら少しくらい、奏が褒めてくれるかもとは……」

 

 赤面しながら小さく呟く翼。普段の凛々しさとは無縁の姿は一人の少女のそれであり、その大きなギャップに思わずマリアも口を押えて視線を逸らしてしまった。

 

(……全くこの剣ってば、可愛いわねッ!)

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何でもないわ。……こんな場所だとしても、やっぱり貴方と唄えるのは楽しみね」

「ああ、私もだ。……始めよう」

 

 機材の準備がすべて整ったことを告げられ、軽くマイクチェックする二人。それを済ませると申し合わせたかのように、まるで剣のようにマイクを軽く突き合わせ離れて行く。

 

「さぁ──それじゃ行くわよッ!」

 

 演出も何もないだだっ広いステージ。その上で高らかに開始を告げたマリアの声に合わせ彼女のリリースした曲のイントロが流れ始めてきた。

 何度も耳にした曲、何度も唄ってきた曲。そんな歌を心のままに全力で唄い上げていくマリア。やがてそれが終わった時に翼が現れ、ハイタッチで交代する。

 観客と言えそうな人はS.O.N.G.の職員と施設関係者、戦闘担当の響と奏ぐらいしかいない。だがそれでも、会場は間違いなく沸き立っていた。感激しながら大声で声援を送る響の隣で、奏はただ目の前の光景に目と耳を奪われていた。

 

 

 互いに数曲を唄い合い、マリアがまた1曲唄い終わった時、翼は胸にしまっていた思いを出す決意をしていた。

 

「ふう……。次はあなたの曲よ、翼」

「ああ、少しだけ待ってくれ」

 

 ステージから目線を下す翼。その先には、奏が居た。マイクを通した翼の声は、目線の先に居る者の名を呼んでいた。

 

「奏ッ! その……一緒に、唄ってくれないかな?」

「──ッ!? 翼と、一緒に……?」

「……うん。こんな場所だけど、それでも私は奏と一緒に唄いたい……。……ダメかな?」

 

 驚きのままに翼を見返す奏。

 ステージ上の彼女の顔は唄っていたからか想いを放った小恥ずかしさからか少しばかり紅潮しており、それでも期待の微笑みを絶やさずに見つめている。だが返す奏の表情は驚きから徐々に歪みを見せ始めていた。

 

(もう一度、翼と一緒に唄える……。こんなに嬉しいことは無い……だけどッ!)

「……ダメ、なんだ……」

「奏……?」

 

 思わず顔を背ける奏。

 眩しかったのはステージか、翼の微笑みか。

 逸らしたかったのは彼女の眼か、自分自身か──。

 

「ダメなんだよ……あたしは、まだ”あたし”に戻れていない。戦い以外の、歌を無くしたままなんだ……ッ!」

 

 奏の心持ちに気付き、表情をこわばらせる翼。

 戦いの為、復讐の為に心身を削りながら戦い抜いてきた彼女に向けて放つにはあまりにも軽薄だったのではと直感する。

 いくら彼女を受け入れようとも、彼女が自分を受け入れてくれようとも、彼女の胸の歌はあの時のまま止まっていた。それを失念していたのだ。

 

「……ごめんなさい、奏……」

「謝るな……謝らないでくれよ……」

「──なら、その場で指をくわえて見ていなさいッ! 翼ッ! 行くわよッ!」

「あ、ああ……」

 

 つい謝る翼とその言葉を拒絶する奏。二人の間に流れる悪い空気を断ち切るように、マリアが翼の手を引いてステージ中央へ走り出した。

 急遽変えた曲は二人が歌ったデュエット曲。マリアが翼を焚き付けるように強く唄い、翼もやがてそれに応えるかのように歌声を強く高めていく。

 奏はその二人を見つめながら……あるいは見せ付けられながら、悔しそうに強く歯を噛み締めていた。

 

(なんで、翼の隣があたしじゃないんだ……。どうして、あたしはステージにいないんだ……。

 誰よりも翼の歌が好きで、翼と一緒に唄いたいのはあたしのはずなのに、どうして──ッ!)

 

 慟哭にも似た想いは止め処無く溢れ出す。精一杯それを表に出さないようにするのが、奏の唯一の抵抗だった。

 こんな想いが敵に利用され、怪獣を喚ぶのに使われていた。了子からは心を封じるなど出来ることではないと言われたけれど、それでももう利用されたくはない。

 そんな矛盾した思いで今、歯を食いしばりながら胸を押さえて立っていた。

 

 二人の歌の最中、計器にずっと注視していたエルフナインが声を上げた。

 

『みなさん、反応がありましたッ! ノイズが出現しますッ、恐らくカルマノイズもッ!』

「奏さんッ! 戦いましょうッ!」

「──ああ、戦うよッ!!」

 

 響に言われて顔を拭い、掌に拳を打ち付ける。

 違えてはならない、この世界に来た目的はそれなのだから。

 

「翼、後はお願いするわ」

「マリアッ! 私も戦線に──」

「あなたはまだ病み上がりでしょう。私たちに任せなさい」

 

 言うが早いかアリーナ席に当たる場所からノイズが湧き出してくる。三人が聖詠を唄いながらそこへ向かい、即座に会敵を始めていった。

 

 

 

 翼やスタッフたちが残るステージに近付けさせないよう、響とマリアと奏がノイズを吹き飛ばしていく。中でも奏は、先ほどまでの鬱憤を晴らすかのように大暴れしていた。

 

(こんな歌じゃ、翼と一緒に唄えるわけがない……。分かってる……んなこと分かってんだよォッ!!)

 

 アームドギアを大きく振り回し周囲に蔓延るノイズを一掃する奏。少し乱れた呼吸を整えながら、次の標的を見つけては斃していく。

 三人の戦いでノイズの総数が減った瞬間、瘴気が一か所に集まり黒い形を創り出していく。高質量のエネルギーが固着して生まれたのは、先日倒しそびれた大型飛行型のカルマノイズだった。

 

「来たな、カルマノイズ……ッ!」

「逃げる前に一気に行きましょうッ!」

「はいッ!」

 

 カルマノイズの出現を確認すると同時に響が奏とマリアの間に入り同時に構えを取る。そこから横並びでノイズを掃討していき、すぐにカルマノイズへの道を創り出した。

 

「拓けたッ!」

「行きますッ! S2CA・トライバーストッ!」

 

 すぐさま手を繋ぎ、三人が一斉に絶唱を唄い始める。急激に高まるフォニックゲインが会場を覆い尽くす。

 奏とマリアの身体にも流れる力は握った手を通じて響の元へ集束され、響はその身体で受け止めていく。

 そうして高まり得た力を解放すべく標的の方を向く響。だがその瞬間、標的のカルマノイズはその場から急加速を開始した。

 縦横無尽に高速で飛び交うカルマノイズの動きを、その場で足を止めざるを得なかった三人は捉えることが出来ずにいた。

 

「くッ……まだあのノイズの動きの方が速いッ!?」

「このまま撃っても躱されちゃうッ! どうすれば……ッ!?」

 

 失敗は許されないことを肌で感じる。それ故に慎重になり、過ぎた慎重が隙を生んでしまう。

 高速突撃するカルマノイズ。三人ともその動きを察知しながらも、抗する動きを出す判断が追い付かずにいた。

 漆黒が迫る刹那、間を割って入るかのように蒼雷が振り落とされた。

 

「はあああああああッ!!」

「翼ッ!?」

 

 奮われる蒼銀の太刀がカルマノイズの装甲を弾き甲高い音を立てる。

 軌道を逸らされカルマノイズは再度装者たちから距離を取り、浮遊を続けている。その足元からはまたノイズが出現してきた。

 

「クッ、また出やがって……ッ!」

「露払いは私が行うッ! 立花たちはそのままS2CAを彼奴に叩き込めッ!」

「でも翼さんはッ!」

「病み上がりだの虎口を脱したばかりだの言ってくれるが、皆の盾となり剣となりて眼前の危難を払う事くらいは出来る。

 ──それになにより、私は私が唄いたい場所を、共に唄いたい者たちを壊されたくはないのでな」

(あたしが、唄いたい場所……。あたしが、共に唄いたい者……)

 

 前に立つ翼の言葉に、奏の心が揺れ動く。

 翼の大きな背に、幻視する蒼の鵬翼に、嫉妬で歪んでいた想いを静かに正されていくようだった。

 奏の手は、自然と繋いでいた響の手に力を込めていた。

 

「奏さん……?」

「──繋いで束ねたその力、あたしに分けてくれ。そうしたら、あいつを倒してみせる」

「何か考えがあるのね?」

「……いや、何もない。だけど──」

 

 確信に非ず、使命感にも非ぬこの気持ち。されどこの身に走り出した想いは──

 

「──あたしも守りたい。壊されたくない。ただ……たったそれだけなんだ」

 

 心の赴くままに語る奏。そこに在ったのは純粋な我侭であり我欲。吐露した小さな想いを聴き、響とマリアもそれに応えることを心を決めた。

 

「わかりました。奏さん、お願いしますッ!」

「まったく仕方ないわね。アガートラームの力で束ねた力を再配置するわ、いくわよッ!」

 

 絶えず流動する力に意識を向け、自らが纏うアガートラームに問い掛けるかのように集中するマリア。

 左腕のアームドギアが白銀の輝きを増し、ただ流動するだけのエネルギーに方向性を付けていく。身体を貫かんばかりの威力を持つその力は、一気に奏へと収束させられてきた。

 

「……くッ、ぐあッ……ああああああッ!」

 

 痛みに耐え叫ぶ声に喀血が混じり口角より垂れる。そこで抑えてはいるものの、気を抜けば全身の穴という穴から血が噴き出してきそうな激痛が奏を襲っていた。

 集束の代償……この技を使うことで立花響へ齎されるダメージが如何程かを、己が身を以て味わっていた。

 だがしかし、それでも握った手は離さない。片方は強く握り返してくる響の手を、もう片方は自身のアームドギアを。

 

「ぐッ……ううぅ……! 奏さん、力をアームドギアへ……ッ!」

(……この場所、翼、そしてカルマノイズ……。あたしにとって忘れられない傷痕(モノ)……忘れちゃいけない禍根(モノ)。だけど……だけど、翼ぁ……ッ! 

 どんなになっても、あたしは翼と唄いたい……一緒に唄いたいんだッ! だからここから、あたしがあたしの歌を取り戻す為に──)

「あたしに、力をくれぇぇぇぇぇッ!」

 

 響の言葉に応えるかのように、奏の轟槍が展開を開始する。

 刺先を伸ばし、穂先を広く展開し流れ来るエネルギーを推進力として放出する突撃槍へと変形させる。

 荒々しく力を爆ぜさせながらも壊れることもないアームドギア、その白い柄は奏の手に強く握られていた。

 

「上手く、いった?」

「みたいね……」

「ありがとう。──この力、絶対に無駄にはしないッ!」

 

 そっと手を放し両手でアームドギアを握る奏。カルマノイズへ飛び掛かると同時に推進エネルギーを爆裂させて進み往くそれは、奇しくも高機動を絶対長所とする此度の相手に引けを取らない速度を生み出していた。

 カルマノイズが空中を旋回すると、奏もまた石突の側部からエネルギーを僅かに放出して方向転換。決して逃がさぬという意志の力だけで絶唱三人分の力を得て形を変えたアームドギアを操作していた。

 徐々に両者の距離は縮まっていき、穂先はすぐそこにまで迫っていた。

 

「捉えたッ! そこだぁッ!!」

 

 更に速度を増した轟槍は勢いのままにカルマノイズへ狙いを定め、貫かんと突き進む。カルマノイズもそれに気付いたのか身体を捻り、直撃を避ける形で回避。だがその余波は漆黒の肉体を確実に削り落とした。

 灰になりながら崩れて落ちる黒い破片。それでもなお飛行を続けるカルマノイズは砕けた部分の復元をすぐに開始していった。

 

「──再生するッ!」

「させねぇッ!! これでとどめだああああぁぁぁッ!!!」

 

 奏の咆哮と共に手にしたアームドギアが再度変形。溢れ出すエネルギーが螺旋を成し、暴れるそれを解き放つかのように力強く投げ放った。

 放たれた槍はまるで螺旋する巨大な矢のように真っ直ぐカルマノイズへ向かい、回避も間に合わぬ速度で直撃。回転で放たれたエネルギーが、内側から漆黒の肉体を爆散させた。

 絶唱三人分の威力を内部から直接受けては流石に再生のしようもない程に砕かれる。カルマノイズ3体目、ここに完全消滅を確認した。

 

「……やった、やりましたねッ! 奏さんッ!」

「ああ、何とかね……。ありがとな」

「奏ッ!」

 

 仰向けに倒れる奏の元に、翼が駆け寄ってくる。その心配そうな顔を見て、奏は何処か安堵したように微笑んだ。

 だがすぐに、気持ちを切り替えるように表情を真剣なものに戻し、上体を起こして翼を迎えていった。翼は真っ先に、奏の手を握り締めた。

 

「翼……」

「全く無茶をするんだから……。でも、やっぱり奏は凄いッ!」

 

 奏の身が無事だったこと、響やマリアと力を重ねてS2CAを使いこなしたこと、強敵であるカルマノイズを無事に撃破したこと。今日に起きた戦いの全てを我が事以上に称賛し喜ぶ翼。

 無垢に自分を慕う彼女の姿は、何処までも眩しく見えた。夕陽の光が挿し込むステージと、逆光が見せる彼女の顔は、まるで……”最期の約束”を交わしたあの日の情景によく似ていた。

 

「……悪いな。ちょっと疲れたから、先に戻るよ……」

「え、奏……?」

 

 翼の手を握ったまま立ち上がり、優しくその手を放して笑顔で去る奏。

 だがその笑顔を見た翼たちは気付いていた。理由は分からずとも、その笑顔があまりにも儚いモノであることに。

 

「奏……」

 

 翼の声が空虚に消える。

 戦いは終わったというのに、彼女を想う翼の心が晴れ渡ることはなかった。

 

 

 

 ==

 

 並行世界。

 闇の中を溶けるように、ブラック指令が佇んでいた。

 右手に持つ水晶球は黒い澱みを湛えたまま。それをただ無表情で見つめていた。

 

「……三体目も砕かれたか。しかしそれにしては、マイナスエネルギーの溜まり具合が想定より下がっている……」

 

 ブラック指令は思考する。マイナスエネルギーを生み出す標的として定めたモノ……天羽奏の事を。

 あの女は間違いなくこの世界で最も強いマイナスエネルギーを抱え、それを解き放ちながら戦う者。そしてあの”ウルトラマンベリアル”と一体化した者。

 やがて憎悪と憤怒に飲まれ覚醒するものと考えていたが、その考えに辿り着かぬのではという考えが出て来ている。そう考えるようになったのも、直接会敵したことでだった。

 確かにあの女の心の闇を引き出した。そう仕向け、間違いなくそれに従い落ちたはずだ。しかし、それでは腑に落ちない状況が続いている。”平穏”というこの状況……。ブラック指令にとっては想定外だった。

 

「ウルトラマンメビウスの関与だけではこうはなるまい……。ならば、やはり基幹世界の者たちか……」

 

 想定外のモノを考えるならばそれだけだ。

 光の国を含む”ヤツら”の介入は想定の範囲内。基幹世界の者たちに関しても、所詮は並行世界に縁も所縁もない異邦人。何か出来るなどと考えもしなかった。

 

「……その油断が状況を滞らせたか。──なら、摘み取る必要があるな」

 

 水晶球に念を送ると中の闇が蠢き姿を変える。

 映し出されるはヒト型の魔物。漆黒で在りつつも何処か貴なるものを感じるその姿、悪魔を統べる為に生まれた悪魔。

 

「此処で目覚めさせる事になるとは思わなかったが、致し方あるまい。

 残る2体のガンドと共に、この世界を終わらせてやろう……ッ!」

 

 闇の中で黒衣の白面が嗤う。

 戦いの時は、もうそこまで迫っていた。

 

 

 

 end.

 



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EPISODE 11【逆光の決意を】

 

 戦いの翌日、S.O.N.G.移動本部発令所。装者四人はそこに集まっていた。

 

「昨日カルマノイズを倒した事で、ギャラルホルンに変化があった」

「変化……ですか?」

「はい。今までと比べてアラートが弱まっているようなのです。これは、こちらに出現したカルマノイズが倒れた影響だとみています。

 恐らくは、カルマノイズが倒れたことで異変が治まりつつあるという事になると思います」

「異変が治まりつつある……となると、ノイズは?」

「推測ですが、少なくともまたあのノイズがこちらに現れるようなことは無いと思います。

 もしかしたら、普通のノイズも現れないかもしれません。元々この世界のバビロニアの宝物庫は閉じていますから」

 

 断言ではないにしてもエルフナインの推測には大きな希望があった。この戦いが、確実に終わりへと近付いていることの証左なのだから。

 つい沸き立つ周囲に向けて、奏が優しく微笑みながら声をかけていった。

 

「……良かったな」

「奏……?」

 

 思わず尋ね返す翼。奏の向けた微笑みが、何処か儚げに見えたからだ。

 

「こっちの世界が無事なら、後はあたしたちの世界の問題だ。……後は、あたし一人でも──」

「……私は、降りるつもりはない。此方の世界だけでなく、其方の世界が救われるまでは」

「わたしも同じですッ! こんな中途半端で手を退くなんて、出来ませんッ!」

「そういうことよ。勝手に私たちを除け者にしないでくれるかしら?」

 

 奏の言葉を遮るように翼も響もマリアも言う。

 三人の顔は力強い決意で固まっており、一人で抱え込もうとした奏の重荷に彼女たちが先に手を出してきたようなものだった。

 

「……いいのか、本当に?」

「……君はもっと他人を頼っていいんだ。少なくとも俺たちは、君も君の世界も見捨てたりはしない」

 

 奏の肩に手を置きつつ微笑みかける弦十郎。こいつらの言葉は信じられる、信じていい。そう強く思わせてくれる強さと優しさを感じていた。

 感謝の言葉が零れたのも、至極当然と言えた。

 

「……ああ、ありがとう」

「では装者全員に指令を伝えるッ! 速やかに並行世界へと渡り、問題の元凶、カルマ化したノイズを全て撃破するんだッ!」

「了解ッ!!」

 

 意気高く声を上げる装者たち。

 最低限の準備を済ませ、四人はギャラルホルンのゲートに飛び込んでいった。

 

 

 

 混沌の境界を越えて、四人はその先の世界に立つ。

 見覚えのある空間……公園の一部分。天空に坐するは新円の昼月。この世界が奏の生まれた並行世界であることを示していた。

 

「……帰って来たんだな、あたしは」

 

 帰郷の余韻に浸る間も無く鳴り出す奏の通信機。すぐに出ると了子の声が聞こえてきた。

 

『奏ちゃん、聞こえてる? もしかして翼ちゃんとか他の子もいるのかしら?』

「聞こえてるよ。みんな一緒にいる。何かあったのか?」

『大量のノイズが現れてるの。この前こっちに来た三人が掃討に向かってるけど、あなたたちも向かってくれるかしら?』

「ああ、もちろんッ!」

 

 通信を切り振り返る奏。翼も響もマリアも、先程の通信を聞き、強い笑顔で頷いていった。

 

 

 

 ほとんどの避難を終えた市街地。そこには数多のノイズが氾濫しており、それらと相対して三人の少女が立ち向かっていた。

 

「うらああああああッ! ぶっ飛べえええッ!」

 

 赤い装束を纏う少女……クリスのイチイバルの腰部アーマーが展開し、そこから出て来た連装小型ミサイルが火を噴きながら飛び交い、ノイズの群れへ直撃。爆散させる。

 その背後では翠色の装束と緋色の装束を纏う二人の少女……切歌と調がそれぞれのアームドギアを振り回しながら立ち回っていた。

 翠色の鎌がまるで草刈りのようにノイズを切り裂いていき、連続で発射される緋色の鋸が群れを切り崩していく。しかしそれでも、崩しては湧き出るノイズに切歌は思わず愚痴を零していた。

 

「休む暇もないデス……! ノイズ、ノイズ、ノイズって、いい加減しつこすぎるのデスッ!」

「でも、誰かが倒さないと……!」

「それは分かってるデスけど……!」

「はんッ、こんな雑魚ノイズなんて相手になんねーよッ! いくらでも来やがれってんだッ!」

 

 言いながら両手のクロスボウを大型ガトリングガンに変えて乱れ撃つクリス。放たれる弾丸が当たる度に黒炭と還っていくノイズだが、それでも絶え間なく出現と侵攻をし続けている。

 

「まだまだ来るデスッ!」

「はッ、いくらでも来やがれッ! 風穴開けてやらあッ!」

「でも、この数は中々大変……」

「キリが無いデス……」

「それなら私たちも手を貸そうッ! はああああ──ッ!」

 

 弱音を吐いた調と切歌を一喝するかのように、地を抉り走る蒼雷がノイズを打ち砕いていった。

 放たれた方向へ目をやるクリスたち。そこには四人のシンフォギア装者が佇んでいた。

 

「先輩ッ! ……って、全員で来たのかッ!? いいのかよッ!?」

「ええ、向こうはもう心配ないみたい。だから、後はこっちを解決するだけよ」

「やっとマリアも一緒デスッ!」

「うん、良かった」

 

 どちらからともなく合流する装者たち。少女らは皆一様に、笑顔で向き合っていた。

 

「それにしても、勢ぞろいだな……。合計七人って、これだけ装者がいりゃ余裕だろッ!」

「あんたたちと一緒に戦うのは初めてだね。よろしく頼むよ」

「おう、足手まといにならねーように気を付けろよなッ!」

「雪音……ッ! もう少し、言い方は無いのか……?」

 

 奏に向けて明け透けなく話すクリスを思わず諫めようと口を挟む翼。だがそれを、奏が優しく静止させた。

 

「いいんだよ翼。足手まといでないことは、戦いで証明してみせるさ。

 ──ちょうど、それを見せるに良い相手も出て来たしね」

 

 まるで奏の言葉に合わせたかのように漆黒の瘴気が出現、固着化していく。この出現は間違いなくカルマノイズのものだ。

 

「お、お出ましデースッ!」

「みんな、注意するんだッ! 気を抜くなッ!」

 

 現れた四体目のカルマノイズ……それは胴体から三本の生体砲塔を生やしている形状のノイズがベースであり、砲塔から放たれる散弾はノイズの細胞そのものを発射している。

 それはつまり力を持たない人を鏖殺する兵器の様相である。それがカルマ化していると言うことは、無限に発射を続ける移動砲台であると言うこと。どれほどの脅威かはみんな理解していた。

 だが反面、この形態のノイズは主な攻撃手段が散弾砲であるが故に、近接攻撃能力や移動能力だけで言えば他の人間型ノイズや這行型(クロール)ノイズに比べて低いという欠点もある。それを解しているからこそ、奏とマリアは真っ先に近接戦闘を開始した。

 

「調と切歌は周りの雑魚を斃しつつ私たちのフォローッ! こいつに撃たせないようにしながら足止めよッ!」

「分かったッ!」

「了解デスッ!」

「あたしたちがアイツの足を止めてる間にあのデカいのブッ放せッ!!」

「分かりましたッ!」

 

 自分たちの周囲にいるノイズを斃していく翼と響と、至近距離は二人に任せて遠方のノイズを掃討するクリス。奏とマリアはカルマノイズとの交戦に専念し、瘴気が齎す破壊衝動に侵食される前に調と切歌に交代。絶えず攻撃を行いながらもそこに必殺の意志を持たせぬ抑えの戦い。

 LiNKERを必要としない適合者三人が行うS2CAという必斃戦術に勝るものは無いと、誰もが直感していたからだ。

 その為の足止めであり時間稼ぎ。役割分担が成したものは確実に実を結んでいた。

 

「立花ッ! 今のうちだッ!」

「手ェ取れッ! 一気に終わらせるぞッ!」

「はいッ! S2CAを──ッ!」

(──させんぞ)

 

 翼とクリスの手を握ろう自らの手を伸ばしたとき、何者かの声がその場に響き渡る。

 それと同時に、突如響の背部へ攻撃が打ち込まれ跳ね飛ばされた。

 

「ぐあッ……!?」

「攻撃ッ!? どこから──ッ!」

「向こうデスッ! クリス先輩たちの背後にもう一匹いるデスッ!」

 

 漆黒の瘴気が凝縮していき存在を確定させていく。その姿はまるで軟体生物のような、多脚型ノイズの姿を取っていた。

 

「まさか……カルマノイズが二体、ですってッ!?」

「そんな……奴らが共闘するなんて、今まで一度も──ッ!?」

 

 驚く装者たちに返される言葉は無く、前後の門を閉ざすかのように挟み遮る二体のカルマノイズが同時にその瘴気を放出した。

 

「ぐ、うううううッ! これ、はッ!」

 

 瘴気に飲まれ膝を付く。全身に走る邪悪な力……全てを壊せ、全てを殺せという悪しき漆黒の意志が、血脈のように彼女らの肉体を侵食し、自由を奪おうとしていた。

 

「ど、どうなってんだ……よおおおおおッ!」

「は、破壊衝動に、押しつぶされそう、デス……」

「気を抜いたら……仲間を……ッ」

「これが……カルマ化したノイズの、呪い──ッ」

「気を、しっかり持つんだッ! ……奴ら、来るぞッ!」

 

 甲高くも生物らしからぬ金切り声を上げる二体のカルマノイズ。多脚型はその無数の脚を標的目掛け伸ばして、砲塔型はここぞとばかりに生体弾丸を発射して攻撃を仕掛けてくる。

 生体弾丸は調のシュルシャガナと切歌のイガリマが廻る刃を盾と化して防ぎ、衝動に抗いながら大地を蹴った奏とマリアの攻撃で一旦距離を離す。同時にその背面ではクリスが銃撃、翼が剣戟で伸びる脚を逸らし、開いた隙間に跳び込んだ響の猛蹴がカルマノイズを吹き飛ばした。

 距離を取れたからかカルマノイズの齎す破壊衝動は若干和らいだものの、この強敵を二体同時に相手取る力は口惜しくも今は足りなかった。

 

「くッ……何とか迎撃は出来たが──」

「やはり、この程度では消えないわね……ッ」

「くそッ、まさか二体同時なんて──」

「──喜んで貰えてなによりだ」

 

 側方から現れる黒衣に身を包んだ白面の男、ブラック指令。その下卑た笑みは装者たちを何処までも見下していた。

 

「ブラック指令……ッ!」

「天羽奏、貴様はもう用済みだ。内に秘めた闇を解放せぬのであれば、破壊衝動で塗り潰された命を以て闇の贄となれ」

「勝手なこと、ばかり……ッ!」

 

 反抗的な眼でブラック指令を見返す奏。其処に何の感情を持たぬまま、手にしたステッキで地面を突く。

 カツンという音と共にカルマノイズが動き出し、再度装者たちとの距離を縮めていった。

 

「くそッ……七人もいて二匹ぽっちに勝てねぇのかよ……ッ!」

「せめて……イグナイトが、使えれば……」

「打つ手は残させんぞ」

 

 瘴気に耐える装者たちを見下ろしつつ、水晶球を天に掲げるブラック指令。陽光に反射して瞬いたと思ったら、天空から大きな羽音が聞こえてきた。

 僅か数秒、まるで合図を待っていたかのようにこの地へベゼルブが降り立った。

 

「ベゼルブ……ッ!?」

「周到な……斯様な時を好機とするとは……ッ!」

 

 ベゼルブの鳴き声に思わず戦慄する装者たち。カルマノイズ二体と怪獣一体が同時出現した現戦局は、標的を抹殺しようとする強い意志を感じられる程だった。

 

(こうなったら変身して……ッ!)

「妙な気は起こすなよ、天羽奏。発生源としての期待は出来なくなった貴様だが、精々最期までマイナスエネルギーを搾り取りつくしてから殺してやる」

「……やれるもんなら、やってみやがれ」

「やるとも。そこの装者六人をいたぶり殺した後にな」

「グッ……てめぇ……ッ!」

 

 奏の眼前にステッキを突き立てるブラック指令。それを合図と言わんばかりにカルマノイズが進攻する。ベゼルブもまた下手な行動はさせないかのように目を光らせている。この場で奏が変身したところで状況の好転には至らないと、否が応でも理解らされている。

 皆が一様に歯を食いしばり手を握りしめる。だがそこまでで、真っ当に動くことも出来ないでいた。

 

「さぁやれッ! 装者どもを皆殺しにしろッ!」

「くッ、やめ──」

 

 敗北を決定付ける非常な命令。だが、それを吹き飛ばしたのは思いも寄らぬところからだった。

 飛来する青い光弾は寸でのところで装者たちの上で弾け、輝く檻を創り出す。内からは勿論、外から来たる攻撃をも遮断する蒼光の檻。

 その輝きを目にすると同時に、中にいる彼女らにも……いや、彼女らだけでなく戦場そのものに大きな変化が起きた。

 

「これは、キャプチャーキューブ……」

「──ッ!? あれ……」

「プレッシャーが……消えたデスッ! それに、カルマノイズも……」

 

 二体のカルマノイズは迫る動きを止め、やがてその存在を消失させていった。

 

「どうなってんだ……消えちまった……」

「なにィ……!? 一体なにが……」

 

 一方的な状況を作り出したはずのブラック指令もまた、その顔に困惑の色を見せていた。現状況下におけるカルマノイズの消失は考えもしなかったのだろう。

 そこへ新たに、二人の加勢が現れたのだ。

 

「そこまでだ、ブラック指令ッ!」

「間に合ったわ、良かった~。みんな、無事?」

「了子さんッ! ミライさんッ!」

 

 現れたのは了子と、彼女の前に立ちトライガーショットを構えるミライ。二人の背後には二課の職員が運転する大型トラックが待機していた。

 

「ヒビノ・ミライ……。それに人間……ッ!」

「形勢逆転、ってところかしら。貴方が報告にあったブラック指令ね。悪いけど、もう好き勝手はさせないわよ」

「フン……ベゼルブ、やれッ!」

 

 ブラック指令の指示により羽撃きだすベゼルブ。浮かんだ巨体はすぐに了子たちへ標的を定め、怪光線を撃つべくエネルギーを溜め始めた。

 回避も間に合わぬと誰もが分かっていたが、それでも了子とミライはその場を動く事をしなかった。そしてベゼルブが攻撃を放つよりも早く、唸りを上げる光の奔流が何処より伸び、ベゼルブの顔面に直撃。その場に落下した。

 

「なッ!?」

「言ったでしょう? もう好き勝手はさせないって」

 

 自信満々に語りながら不敵な笑顔でブラック指令を睨み付ける了子。そうしている間に装者たちも全員起き上がり、ブラック指令を取り囲んでいた。

 

「年貢の納め時、ってヤツだ」

「最早これ以上の狼藉はさせぬものと思えッ!」

「……何処までもよく足掻く。だがそれは、命が僅かに伸びただけと思え」

「お安い負け惜しみデスッ!」

「なんとでも言うが良い。この世界を滅ぼすことに何一つ変わりはしないのだからな」

 

 捨て台詞を吐きその場から消えるブラック指令。それと同時にベゼルブも姿を消していた。

 危険が無くなったことで緊張が解けたのか、全員が戦闘姿勢を崩していった。中には数人──戦い通しだった切歌と調は思わずその場に座り込んだ。

 奏は天を見上げて、少しばかり忌々し気に言葉を吐き捨てた。

 

「……まだ、終わっちゃいないんだな」

「そうね。でも、今は終わったのは間違いじゃないわ。みんなお疲れ様~、我らがホームへ帰りましょ♪」

 

 了子の明るい言葉に奏は勿論全員が安堵し、控えていたトラックに乗り込んでいった。

 

 

 

 ==

 

 二課指令室。一先ずの戦いを終え、装者たちは弦十郎たちが待つこの場所に戻って来た。了子とミライも連れ立ってだ。

 早速そこで、了子からの説明が始まっていた。

 

「カルマノイズが二体同時に現れたって聞いてね。もう、急いで発明品を持って駆け付けたのよ。ヒビノ君が居てくれてよかったわ~」

「力仕事ならお任せください!」

「それで、その発明って何なの?」

「んっふふ~、よくぞ聞いてくれましたッ! これはカルマノイズの検知している、生体反応をごまかすための装置なの。

 これを使ってあの場の生体反応を最小状態にまで誤認させて、アイツが撤退するように仕向けたってワケ」

「なるほど……」

「そっちの方は一応分かったわ。あと、ベゼルブを攻撃したアレは──」

「あっちは怪獣対策の一環で作ったものでね。有り体に言うと携行型荷電粒子砲よ」

「荷電粒子砲……つまりカ・ディンギルのちっこいヤツって事か」

 

 おもむろに口を挟むクリスに了子が一瞬怪訝な顔をするが、今はそれを問うことはしなかった。

 

「カ・ディンギル……どうしてその名前を知っているのかは、今は重要でないと置いておきましょうかしらね。

 アレは携行型の試作機だから出力に不安があったけど、追い返せるぐらいの力は出せて結果は上々ってところかしら。とりあえず特殊災害対策機動部内で運用出来るぐらいに数を増やせば、ノイズやベゼルブの撃退ぐらいは出来るはずよ」

「さっすが了子さんッ! すごいッ!」

「まあね~。それ程でもあるわよ♪」

 

 響からの称賛をそのまま受けて自慢げに返す了子。この世界を離れていた僅かな間に、これ程までに戦力の増強が為されているとは思わず、改めて櫻井了子の天才っぷりを皆が自覚することとなった。

 変化した状況を整理し、今度は弦十郎が口を開いていく。

 

「これでカルマノイズやベゼルブが現れても、被害は最小限に出来るだろう。これらの開発により、我々は自らの力だけで眼前の脅威との戦いを続けることが出来るようになったわけだ」

「それに、今回でようやく私たちも目の前の脅威を操る者であるブラック指令と会敵、捕捉が出来た。本当にアイツがカルマノイズやベゼルブを操っているって事もね。

 たったそれだけだけど、見えなかった影が見えるようになったのは大きな進歩だわ」

「そうだな。そしてこれには、君たちの今までの助力が大いに関わっている。改めて、本当にありがとう」

 

 はにかみながら深々と頭を下げる弦十郎。だがその頭を上げた時、彼の顔はまた厳しいものに変わっていた。

 

「だが君たちは、今でもまだ我々の世界の危難に対して協力しようとしてくれている。

 申し出はありがたい。そこに偽りはない。だがこれは、何処までも我々の世界の問題だ。危難を抑え込む力を手にしたからには、我々自身の手で守り抜かねばならぬのではないか……俺はそう考えた。

 ……そこで君たちに問いたい。君たちはこの世界の人間ではない。ここで退くことも出来るし命を懸ける必要もない。

 それでもまだ君たちは、他所の世界の為に戦うのか?」

「それは──」

「即答は無しね~。よく考えてみて欲しいの。あの厄介なノイズが二体にベゼルブ……いえ、ブラック指令の口振りを考えたらアレより強い怪獣を持ってくる可能性は高いと見る。

 これは装者が複数いても、そこにウルトラマンを加えても楽観視できる事態じゃないわ」

 

 弦十郎と了子から秤に出されたものは敗北の可能性。それに伴い流れる血と、失われる彼女ら自身の命だった。

 失えば最後、言葉通り元の世界には帰れず異郷の地で無惨な最期を迎える。都合の良い奇跡など介在しない。

 だからこそ……皆が大事な仲間になったからこそ、この重大な選択を委ねてきたのだ。

 

「みんながどんな選択をしようとも、私たちはそれを受け入れ尊重し、その選択を肯定する。……だから、みんなよく考えてみてね」

 

 

 

 ==

 

 セーフルーム、その一室。

 必要最低限の物しか置かれていないこざっぱりとした部屋に、奏と翼が向き合って座っていた。

 少しばかり重たく感じられていた二人の間の空気。それを断ち切るように、翼が話を切り出した。

 

「奏、私に話って……」

「ああ……戻ったら話そうって、約束したからな」

「そうだったね……。実際は戻る前に向こうで会ってしまったけど」

「……話しておきたかった。今夜のうちに。そうしないと、話せなくなるかもしれないからな」

 

 少しでも空気を軽くするように微笑みを作るものの、奏の真剣な顔付きは和らぐことは無い。

 そのまま奏の方から、二人の話は始まった。

 

「お前を最初に見たとき、心臓が止まるかと思った。死んだはずの翼がそこにいたんだからな……」

「……私も、同じ。こうして……ちゃんとした形で奏に会えるなんて、思っていなかった……」

「ごめんな。冷たい態度をとって」

「そんな……」

 

 当初の奏の態度は確かに良くは無かった。だが全て困惑の中に在ったが故のモノ。翼もそれはちゃんと理解していた。

 そう思いながら、翼は奏の独白を聴き続けていた。

 

「あたしはずっと怖かったんだ、翼に軽蔑されるのが……。あのライブの日、翼はあたしに言ったんだ。『歌を絶やさないで欲しい』って。

 だけどあたしはそんな歌を捨てて、ただノイズや怪獣を殺すためだけに生きて来た……。あたしの命を拾い上げてくれたウルトラマンの力を利用してまで……。そんなあたしを見られたくなかった。

 だから理由を付けて翼を遠ざけようとして、見ない様にして、ごまかしてきたんだ」

 

 贖罪にも似た独白。今までずっと”風鳴翼”に対して抱き続けていた想いの全てを、信頼すべき己が片翼に弱々しくぶつけていた。

 

「……でも、翼はこんなあたしを受け入れてくれた。あたしが意地張っちまったせいで迷惑かけたけど、またこうして話が出来た。

 それに、向こうで翼の歌を聴いて、理解ったんだ。あたしは、やっぱり翼の歌が大好きなんだって。

 一緒には唄えなかったけどさ、あの歌を思い出すだけで、あたしは大丈夫だ。

 だから、もう──」

「違う──ッ!」

「翼……?」

 

 奏から切り出されかけた別離の促し。だがそれを遮って……いや、遮ってでも翼には返さなければならない言葉があった。

 言わなければならない想い、翼の抱いている確信。夢想の中に在る天羽奏(理想の人)じゃない、目の前で悲し気な笑顔を浮かべる天羽奏(大切な人)に向けて、いま。

 

「奏は歌が大好きな筈だッ! 唄えない筈なんて無いッ! どうして、そんな悲しい事ばかり言うのッ!?」

 

 翼の激昂が静かな部屋に響き渡る。誰よりも彼女を信じているが故に出て来た強い想いを、そのまま言葉に乗せて。

 ぶつけられた奏は一瞬気圧されながらも反論をする。

 

「あたしは、今のあたしは唄えないんだよ……。あたしだって、昔の自分に戻りたいと──」

「それが間違ってるッ! 昔の奏が唄うんじゃない、今の奏が唄わなきゃ意味が無いッ!」

「今の……あたしが唄う……?」

 

 その言葉には聞き覚えがあった。そう遠くない、過去と言うには近すぎる少し前の日。自分と拳を合わせ共に汗を流していた少女から言われた言葉。

『わたし、奏さんの歌が聴きたいですッ! 戦いじゃない、奏さんが本当に唄いたい歌ですッ!』

 太陽のように明るく目を輝かせながらそれを望んだ、”自分”に命を救われた少女が。

 

「今の奏は唄えないんじゃない、唄わないんだッ! 歌が好きなのに、歌を遠ざけてるだけだッ! 

 お願い……唄う事を──諦めないでッ!」

「──ッ!? それでも……無理なものは無理なんだよッ! 今更、あたしはもう──ッ!」

 

 思わず走り出しその場を後にする奏。呼び止めようとする翼の声をも振り切って、ただ走っていった。何処とも分からず、夜闇の中をがむしゃらに。

 

 何故逃げているのか理解らなかった。

 何から逃げているのかも分からなかった。

 認めたはずなのに。

 受け入れたはずなのに。

 未だに彼女の言葉に向き合う事が出来なかった。

 彼女の歌に、応えることが出来なかった。

 

「あたしは……」

 

 何処とも知れぬ更地で膝を付き、息を切らしながら歯を食いしばる。

 目元には、大粒の涙が溜まっていた。

 

(逃げて、逃げて、逃げ続けて、全部諦め投げ出して……あたしは──)

 

 唄えない。

 そう吐き出すはずだったのに、出て来たのは結局それとは真逆の言葉だった。

 

「──……それでも、唄いたいんだ……」

 

 誰かの為にか、それとも自分の為にか。

 それすら分からぬままにある想いの奥底。

 零れ落ちた涙と共に吐き出した想いが固く閉じられたその扉を開けたのか、奏の心へ光が沁み込むように差し込まれた。

 突如脳裏に映った僅かな映像は、見知らぬウルトラマンの姿だった。

 

 

 

 

『ベリアル……お前は、なぜそうまでして戦う……? 傷だらけになり、命を擦り減らしてまで……』

 

 

『お前は強い。戦いの場に立ったお前は、私やケンよりも強き戦士として輝き、闇を貫く光として皆に勇気を与えている……。

 だが、それ故にだ……。誰もお前の傷付き倒れる姿を見たくはない。その胸の輝きが終える瞬間を、目にしたい者など居るはずが無い……』

 

 

『……それでも戦いを止めないのならば、せめて忘れないでくれ。

 私も、ケンも、我らの後ろにいる戦士たちも銀十字の者たちも……みな、お前と言う光を信じている……。だからベリアル、どうかその光を絶やさないで欲しい……』

 

 

『たとえこの身が朽ちようとも……光の国を、無辜なる生命を、そして大切な者たちを護るために──。

 これがッ! 私の命の光だッ!!!』

 

 

 

 

 届かない輝きに、何よりも強い煌めきに、彼はただ──その手を伸ばしていた。

 

 

 ──手を伸ばしていたことに、奏は気付いた。

 

「……今のは……」

 

 光の記憶、だと思う。

 だがそれにしてはあまりにも既視感があり、己が記憶に何よりも強く焼き付いていた一幕と酷似していた。

 まるで逆光と共に散る彼女と、何も出来ずに手を伸ばすだけの自分のようだと……。

 

「ウルトラマン……あんたは……」

 

 

 

 ==

 

 翌日、二課指令室。

 弦十郎や了子たちが待つそこに、S.O.N.G.の装者たちとミライがやって来た。

 互いに真剣な眼で視線を交わし合う。二課の者たちは想いを伝えた。それを並行世界の者たちがどうするか……選択を待っていた。

 

「……みんな、それで考えてもらえたか? 元の世界に戻るなら──」

「──それは不要です。防人として、戦う覚悟は済んでいますから」

「ま、そういうこった。やられっぱなしで帰るなんて出来るわけねーだろ?」

「こっちを平和にして来いって、向こうの師匠にも言われてますからッ!」

「そういうことね」

「デスッ!」

「誰一人、逃げたりなんかしない」

「勝ちましょう、みんなでッ!」

 

 誰一人として、此処から離れる選択を取る者は居なかった。

 当然の帰結、必然の回答。そんな皆の顔を見回した弦十郎は、ただただ感謝に頭を下げた。

 

「すまない、ありがとう……」

「もう、みんなバカなんだから~。それじゃ、一緒に最後まで頑張りましょうか」

 

 受け入れ合ったことで皆が笑顔に変わっていく。

 其処から始まった、決戦に向けた作戦会議。全ては勝利と掴み異変を解決する為に。

 

「では作戦を説明する。了子くん、頼む」

「はいはい。残るカルマノイズは二体、この前見たので恐らく最後よ。

 それで作戦だけど、そっちの世界でやったように、こちらでも戦いやすい場所に相手をおびき寄せようと思うの」

「では、また歌を?」

「うーん、それだと準備もあるし、唄っている装者が戦いにくくなるのよね。だから、代わりの物を用意するわ」

「代わり……といってもフォニックゲインを人為的に高める装置なんて聞いたことないけど……」

「実際にフォニックゲインを発生させる必要はないのよ。要はあのノイズの知覚を狂わせればいいの。それなら、この前の装置の派生でちょちょいっと作れるわ~」

「さっすが了子さん……」

「……なんか複雑だけどな」

 

 クリスがそう思うのも無理はない。彼女にとって櫻井了子……フィーネは生半な言葉で語れるような関係ではなかった。

 だが目の前にいる人物は彼女の知る櫻井了子とは極めて近かれど果てしなく遠い存在。この数日でそれは理解も納得もしているが、根付いた心情だけはどうしても払拭できずにいた。

 しかしそれで眼前の目的を違えたりするほど彼女も弱くはない。言葉はどうであろうとも、内に固めた想いが揺らぐことなど無いのだ。

 クリスが気持ちを整えるべく小さく吐き出した溜め息。その間に話は次の方向へ進んでいた。

 

「カルマノイズが何とかなるとすれば、あとはブラック指令……」

「ベゼルブよりも強力な怪獣を呼び寄せる可能性がある、か……。了子くん、荷電粒子砲の方は?」

「並行して準備はしてたけど、結局使えるのは昨日試運転した1基だけね。最大出力ならベゼルブを倒せるかもだけど、それより強いとなるとちょっと可能性は変わってくるわ」

「キャプチャーキューブによる乱反射はどうでしょう?」

「手段の一つとしては有効、ってだけにしておきましょ。いざって時にそれはみんなを守る盾にもなってくれる。でも、そんなに連発できるモノじゃないでしょう?」

 

 ミライも頷く。キャプチャーキューブは高性能なバリア発生弾ではあるが、欠点としてリチャージに時間がかかるという点が挙げられる。

 汎用性が高く攻防縛と多面的な利用が出来る反面、使用タイミングはどうしてもミライに一任される。瞬間瞬間で変わりゆく戦線の中で、限られた弾数のそれをどう使うかは最早臨機応変としか言えなかった。

 

「当てには出来るけど、当てにし過ぎちゃいけない……」

「うう、難しいところデス……」

「それはもうヒビノさんの判断を信じるしかない、か……。なら、これまで通りみんなの背後は任せるわ」

「はい、皆さんは僕が守護ります」

 

 こうして当面の作戦が固まりつつある中、藤尭が思わず溜め息交じりに言葉を溢していった。二課の皆が作戦立案の中で考えてはいたものの、どれほど現実味があるかも分らぬが故に思考の端に追いやっていたことを。

 

「あとは、あのウルトラマンが来てくれればいいんだけどなぁ……」

「よせ藤尭。我々はウルトラマンと協力関係にあろうとするものの、明確な意思の疎通は取れていないんだ。いつも都合の良い時にばかり来るなどと──」

「──いや、来るさ」

 

 割って口を挟んだのは、奏だった。

 

「ウルトラマンは必ず来る。戦いに……斃す為に」

「奏ちゃん……?」

「……どうして、そんなことが言える?」

「──……勘だよ勘。オンナの勘ってヤツ?」

 

 一瞬の間を置き、すぐに陽気な声でふざけたように返す奏。

 彼女がウルトラマンベリアルと一体化していると知る者も知らぬ者も、その発言の意図は掴めなかった。

 

「悪いダンナ、話の腰折っちまったな」

「……いや、構わん。

 他に誰か、何か作戦についての意見はあるか?」

 

 返答はない。ただ真っ直ぐ見返す皆の眼差しは、弦十郎たちにとってただただ心強いものだった。

 

「感謝する。あとは、皆で戦って勝つだけだ」

「決戦はライブ会場。残りのカルマノイズもブラック指令も倒して、みんなでパーティーでもしましょ?」

「──ああ、全部倒してやらあッ!」

 

 奏の声に皆が意気高く──中でも響や切歌はそれに乗じるように声を上げ、勝利を目指す想いを高めていった。

 だがその中で一人、翼だけは奏に僅かな不安を感じていた。

 

 

 

 

 

 其処からの行動は速く、特殊災害対策事案として郊外のドーム型ライブ会場を貸し切り、速やかに其処へ機材を搬入。

 ブラック指令の侵入を防ぐべく警備体制を強くしたままステージ周辺で待機する装者たち。

 張り詰めた空気の中、翼が奏の元に歩み寄った。

 

「……翼、なんだ?」

「奏……昨日は……」

「いいんだ。悪いのはあたしだから……」

「そうじゃない、そうじゃないんだ……。私は、奏に──」

 

 すれ違う二人の言葉。一瞬緩んだ二人の間の空気は、了子の通信で現実に引き戻された。

 作戦開始の報せである。

 

「……始めるわ」

 

 大仰な装置を起動。特殊周波が会場全体のスピーカーを介してドーム中を満たしていく。

 装者たちには特別何かが聞こえるわけではない。ミライもすぐに聴覚を地球人のそれと同じ閾値まで落としたので、この特殊周波に混乱することは無い。

 しかし了子が強く観測し続ける計器はどんどん高まっていき、それに並行して高い質量反応も観測されていった。

 

「……来るぞッ」

 

 奏の言葉に応えるかのように、七人全員が一斉に聖詠を唄い出す。

 奇しくも、装者たちがシンフォギアを纏うと同じくして、二体のカルマノイズが同時に出現した。

 

「最初から二体でくるたぁ、相変わらずノイズのくせにベタベタと仲良しこよしかってッ!」

「とにかく隙を作るわよ。そうしてS2CAでトドメを刺すッ!」

「頑張るデスッ!」

「うん、私たちがやらなきゃ」

「全力でいきましょうッ!」

「……我らが人類守護の砦だ。ここで決着をつけるぞッ!」

 

 ミライの握る銃から光弾が発射され、それが乱れ撃たれる中を装者七人が一斉に二体のカルマノイズへ向かっていった。

 クリスのガトリングと小型ミサイル、調の小型鋸がミライのトライガーショットの光弾と交わり前面を覆い、それを盾に他の装者たちが吶喊する。

 それに合わせたかのように砲塔型は散弾を発射して相殺。爆炎の中から多脚型の攻撃が伸びてくる。だがそれを切歌とマリアがいなし、間に伸びた脚の一本を響が掴まえ引き寄せて、勢い任せにぶん殴った。

 砲塔型に向かって吹き飛ぶ多脚型。二体のカルマノイズが衝突する瞬間に合わせ、両者を射貫く奏の突きと諸共に断ち斬る翼の一太刀が振るわれた。

 

「クリーンヒットデスッ!」

「普通ならこれで──」

「手を休めるなッ! この程度では届かんッ!!」

「クッ……バカの冗談はアイツだけにしてくれよなぁッ!!」

 

 思わず叫ぶクリス。翼の言う通り、カルマノイズは即座に回復と復元を開始し、瞬く間に攻撃態勢へと戻っていった。

 だがそこから攻撃に移る前にマリアのEMPRESS†REBELLIONがカルマノイズを斬りつけながら拘束し、一気に距離を詰めていた響の蹴りが吹き飛ばす。

 更に切歌と調が大型化した己が刃を発射し、更に押し込むかのようにクリスの大型ミサイルがカルマノイズを爆裂させた。

 

「いいねぇ豪快な一発ッ! 今のうちにッ!」

「立花、手をッ!」

「はいッ!!」

 

 翼と奏の手を繋ぐ響。小さな手の温もりを感じた瞬間、三人が申し合わせたかのように絶唱を口にし始める。

 フォニックゲインが上昇する中、それを察しカルマノイズたちの足止めに尽力するマリアたち。だが動きを止めた響たちの方へ、あらぬ方向から光弾が放たれた。

 

「危ないッ!」

「なッ──くうッ!?」

 

 即座にその光弾を相殺するミライだったが、慮外の攻撃を受けたことで吹き飛び、三人の手は離れて絶唱も途絶えてしまった。

 思わず全員の視線は其方へ向かれ、その先には漆黒に身を包んだ男……ブラック指令が立っていた。

 

「ブラック指令ッ!」

「野郎、来やがったか……ッ!」

「言ったはずだ、この世界は滅ぼすと。

 ──来たれ、クイーン」

 

 掲げる水晶。光は天を貫き、何処へと伸びていく。それを手繰り寄せるかのように、天から漆黒の怪獣が姿を現した。

 体躯はベゼルブよりも一回りは大きいが、ギラついた赤い目も鋭い爪もベゼルブのモノと相違ない。だが最も大きな違いである重厚な巨体は、帯びた丸みも相まって魔蟲の玉座に君臨するモノを思わせる。

 甲高い鳴き声を上げ、その怪獣──クイーンベゼルブは赤い目を輝かせていった。

 

「あれが、ベゼルブ以上の怪獣……」

女王(クイーン)……クイーンベゼルブ……ッ!」

『出し惜しみは出来ないわね……。最大出力で味わわせてあげるわッ!』

 

 了子の指示により発射される携行型荷電粒子砲。激しい光線はクイーンベゼルブの胸部へ直撃し、そこを焼くように爆発して煙に包んだ。

 だがそれを振り払い、何事もなくクイーンベゼルブはそこに佇んでいた。

 

「効いてないッ!?」

「ダウンサイズとは言えカ・ディンギルと同じモンだろッ!? んな馬鹿な……ッ!」

「ふむ……権能の再現には至らなかったが、十分な戦闘力は構築できていたか。ならば、ヤツらを始末する分には十分だ。

 人間も、ウルトラマンも、大いなる終焉の意志の下に散るがいいッ!」

「来るぞォッ!」

 

 奏の声と同時にクイーンベゼルブから破壊光線が発射され、薙ぎ払うかのようにステージを破壊していく。

 爆炎の中から更に放たれる砲塔型カルマノイズの散弾と、多脚型カルマノイズの連続打撃。無感情な生体兵器であるはずの攻撃から蹂躙と鏖殺の意志すら感じられてしまう。

 それ程までに激しい攻撃に対し、この場にいる装者たちとミライの八人は己が身を守る事で精一杯にならざるを得なかった。

 

「くッ、あああああああ──ッ!」

「皆さんッ! ──キャプチャーキューブッ!!」

 

 吹き飛ばされる装者たちに向けてキャプチャーキューブを発射するミライ。光の檻が七人を大きく囲い込み、光壁が更なる追撃を弾いていく。

 だがその瞬間は、ミライ自身に決定的な隙を与えてしまっていた。

 

「クク……ヒビノ・ミライを始末しろッ!」

「ッ!!」

 

 ミライに向けて発射されるクイーンベゼルブの破壊光線。最早反射的に、右手で左腕を強く擦り上げてから前に手を突き出すミライ。だが直後に起きた爆発に耐えられず、客席の方まで吹き飛ばされてしまった。

 頭から垂れ流れる血を感じながら、ミライはなんとか状態を起こしステージへと目を向ける。倒れていた装者たちの上に張り巡らされていた光壁も、すぐ後に砕け散っていった。

 

「皆、さん……ッ!」

「くッ……あ……」

「ちッ……くしょう……」

「なんとか、生きてるけど……」

「た……立てない、デス……」

「ダメージは、深刻……」

 

 全員が倒れ込み、なんとか立ち上がろうと蠢いている。キャプチャーキューブにより全滅は免れたものの、カルマノイズ二体分の瘴気を伴った攻撃は装者たちを確実に蝕み力を奪っていた。

 

『みんな、しっかりしなさいッ! 勝つんでしょうッ!?』

 

 通信機越しに了子の叱咤が響き渡る。だが声を上げている彼女自身も何処か息が詰まったような話し方だった。

 現場から距離のある会場施設内に居たものの、それでも僅かに、ほんの少しずつだが瘴気が侵食していたのだ。

 そんな危険を推してでも逃げることなく声援を送る了子の声に、徐々に皆が拳を握り力を絞り出す。ミライもまた左腕にメビウスブレスを顕現させ、宝玉に右手を当てていた。

 

(そうだ……僕たちは、勝たなきゃいけない……。ならもう、なりふり構ってなんて──)

「まだ、まだだ……ッ!」

 

 ミライの決意よりもほんの僅かに速く、立ち上がる者が居た。

 刃を杖とし、身体を支え無理繰りに……だが確かに自分の足で、ステージの上に翼が立ち上がっていた。

 

「まだ起つか……さえずるか」

「……私は、まだ唄っていたい。明日も、明後日も、この生命続く限りずっと……私は私の、”風鳴翼”の歌を絶やしたりはしないッ!」

 

 剣を振るい胸を張る。

 視線は変わらず前を向き、その先に在る空を視る。遥か彼方を、眼前の障害のその先を。

 夢と約束を信念に固める翼のその姿は、まるで鵬翼を広げたかのようだった。

 

(……凄いよ、翼。あんたは……)

 

 奏はその姿を見て……確かに嫉妬した。僅かな憎悪と遥かな憧憬を抱きつつ、此方の過去を重ね見ていた。

 ──だが、それと同じぐらい、彼女を何よりも誇らしいと思った。

 大きく開いた翼を、逆光の彼方へ羽撃こうとする姿を、生命輝くままに唄い続ける在り方を……。

 

 もう唄えないと思っていた。

 資格を失い、意味を失い、()を失った。そう思っていた。

 だがある者は期待の眼で言った。戦いの歌じゃない、あなたが本当に唄いたい歌を聞かせて欲しいと。

 ある者は強く叱咤するように言った。貴方が一緒に唄いたいと思っている彼女を、ちゃんと見なさいと。

 ある者は優しく我が事のように言った。過去の絆は貴方と繋がっている。そして、現在(いま)の絆は貴方と紡ぎ合いたいと思っていると。

 ──ある者は言った。今にも泣き出しそうな顔で、それでも涙を零さずに真っ直ぐこちらを見据えて言ってくれた。

 唄うことを、諦めないでと。

 

(……あたし、本当に駄目なヤツだなぁ。翼にあんな思いをさせて、それでも逃げようとして、未練がましく逃げられなくって……。

 でも……ああ、だけどもさ……そこまで無様晒して、やっと自分で認められたんだ。どんなにみっともなくとも、無様でも、見苦しくても……あたしは、翼の隣で唄いたいんだってさ。

 ──あんたと同じだよ、ウルトラマン)

 

 心の中、見開いた眼の先に立っていたのは自分と一体化した銀色の巨人。

 一度たりとも言葉を発さず、語り掛けもせず、ただ共に在りその記憶を垣間見るだけだった光。

 それと、初めて相対することが出来た。

 

(垣間見えたあんたの記憶で分かった……。あんたは、あたしと同じだったんだ。

 ずっと友と並び立っていたかっただけなのに、なんで自分だけが生き残ったのかも分からず……力を求めてもがき苦しんだ果てに、闇へと堕ちてしまった。

 それはこの世界であたしが歩んだ道であり、歩むかも知れなかった道。だけど……だけどさ)

 

 決意を抱いて奏は言う。時空の何処より来たかも知れぬ者へ。

 力強く、胸を張って。

 

(──あたしはもうその道を歩まない。みんなが大切なものを思い出させてくれたから。

 そして……ウルトラマン、あんたって光があたしの背に居てくれたから。そこから視せてくれたから。一緒だって理解ったから……あたしは、あんたと同じ轍は踏まない。

 大好きなみんなが、あたしを信じてくれてるからさ)

 

 心から漏れ出した自然な笑顔。明確な拒絶。

 ”彼”は最後まで何も言わず……しかし、奏の想いを受け取ったかのように、静かに首肯した。

 

 

 

 溶けて消え去った光の先、開いた眼の先に見えたのは、鵬のように羽を広げるかのような翼の姿。

 天羽奏がずっと見失っていた、片翼の奏者だった。

 

(……翼、お前は本当に強い奴だ。あたしなんかよりもずっと……。

 ──だけどあたし、そんなお前の横に立ちたいんだ。ずっとずっと思ってた。お前の隣に立って、唄いたいんだとッ!

 その為に、もう二度と”翼”を失うわけにはいかないッ! 翼が翼で在り続けられる絆を、途切れさせたりはしないッ!! 

 もう二度と──)

 

 傷だらけの身体を奮い立たせる。

 何の為に、誰が為に。

 そんな決意(もの)──たった一つしか有りはしない。

 

「──生きるのを、諦めないッ!!!」

 

 

 

 

 end.

 



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EPISODE 12【新しい風の中、両翼は再び空を舞い――】

「……私は、まだ唄っていたい。明日も、明後日も、この生命続く限りずっと……私は私の、”風鳴翼”の歌を絶やしたりはしないッ! 

 まだ──ッ!?」

 

 翼の啖呵を遮るかのように放たれるカルマノイズたちの同時攻撃。己が背後には倒れる仲間たち。退けぬ場に立つ翼は即座にアームドギアを構え、斬り捨てるように捌いていく。

 だが創痍の身で無理に立ち上がった翼自身も、瘴気を伴う猛攻を凌ぎ切ることは出来なかった。

 辛うじて仲間たちへ向かう攻撃は崩せたものの、自分へ向かう攻撃への対応は明らかに遅れていたのだ。

 

(くぅ……ッ! この攻撃は躱せないッ!?)

 

 目視と判断は刹那であれど、其処から動に転じるのは瞬息の間を余儀なくされる。そして状況は、瞬息の間すら許されぬ程に切迫していた。

 逃れ得ぬ攻撃を前に、翼は思わず彼女らしからぬ言葉を発していた。

 

「やはり、私一人では飛ぶことなんて──」

「なに、弱気なこと言ってんだ」

 

 耳に届く優しい声。かつて何度となく聞いてきた声。”この世界”で恐らく、初めて聞いた懐かしい声──。

 引き寄せられ抱きかかえられるような体勢になる翼。彼女を庇っていたのは他でもない、奏だった。

 

「奏ッ!」

「ぐうッ! はあ……ッ、はあ……ッ。

 ──なぁ、一人で飛ぶなんて、寂しいこと言わないでくれよな?」

 

 奏が受けたダメージを心配しそうになる翼だったが、先んじてそれを言わせないように……そんなものは何でもないかのように、明るい笑顔で言葉を向けていた。

 肩を寄せ合い、まるで其処に在るのが当然であるかのように並び立ち、翼が見ていた同じ空を見上げて言った。

 

「あたしも一緒だ、翼ッ! あんたの知ってる片翼より、ちょいとばかし情けないかもしれないけどなッ!」

(──ああッ! 忘れかけていたこの感じ……やっぱり、そう──)

 

 もう会うことは無かったその人。奇跡の先で会えた人。

 ずっと理想と想っていた人。ずっと現実に阻まれていた人。

 自分よりほんの少しだけ大きな身体で自分を支えてくれる人。泣き虫で弱虫な自分に支えさせてくれる人。

 自分の思い出に在る人とは違う人だけど……いや、違うからこそなにも変わらない人。そう──

 

(奏は、奏だッ!)

 

 目尻に僅かに涙を浮かべながら、しかしてそれを零さないように同じ空を見上げて、翼も思いの丈を言の葉に乗せて返していった。

 

「ううん、奏は最高の片翼だよ……ッ!」

「はははッ!」

 

 二人の間に溢れ出した、心の底からの素直な笑い声。

 変わらず死線の中に身を置きながらも明るく弾けた二人の笑顔に、装者たちにも微笑みが伝播する。それに反応したのか、奏の身体が光り出し、輝きが眼前へと広がっていきその場へ大きく形を成していった。

 

「これは……」

「怖じろよブラック指令ッ! お前らワルの天敵が、お前らをブッ潰したくて出て来たぜッ!!」

 

 光が集束し固着する。その姿は此の世界で見てきた赤と銀の光の巨人──ウルトラマンベリアルの威容だった。

 

「──クイーンベゼルブッ!」

 

 ブラック指令の言葉に甲高い声を上げながら動き出すクイーンベゼルブ。だがそれと同時に、ベリアルも走り出し跳び膝蹴りによる強襲をクイーンベゼルブへ仕掛けていった。

 まるで枷が外されたかのように自由に暴れるベリアル。その姿を何処か嬉しそうに見上げた後、倒れていた響たちに向けて奏が声を放っていった。

 

「おら、お前らッ! もう限界かッ!? ウルトラマンと一緒に戦ったって言う、そっちの装者の力はそんなもんかッ!!」

「奏さん……」

 

 かけられた発破に皆の心が起ち上がる。戦う銀色の背中に希望の光を見出している。

 例え身体が満足に言う事を聞かなくとも出来ることは確かにあるのだと、少女らの胸の奥にあるものが告げていた。

 故に、五人の装者はなんとか座り込む形で上体を起こし、不屈の眼で戦う者たちを見据えていった。

 

「言うじゃねーか……よ」

「なら、見せてもらおうじゃないの──あなたの力を」

「私たちの力を、奏さんと翼さんに……」

「……全部、もってけデスッ」

 

 力を振り絞り、五人の歌が奏ではじめられる。

 一斉に唄われるは絶唱──窮地を打開する為の、今出来る最大最後の切り札だった。

 手を繋いでいなくても歌を合わせていれば繋がれる。100%とは言わずとも、力の大部分は響へと集束していった。

 胸の前で祈るように手を重ねる響。皆の絶唱が重なると共に響のアームドギアも大きく変形していく。溜め込んだエネルギーを螺旋状に放出する、その最適な形へと。そして──

 

「セット、ハーモニクス……ッ。この力、……届けええええええッ!!」

 

 膝を地に立て、大きく振り被り腕を突き出す響。五色の輝きが奏と翼を包み込んでいく。

 肩を寄せ合う二つの片翼──奔流するエネルギーは二人のギアを傷付けていくが、輝きの中に在りつつも二人は落ち着きを保ちそれを受け入れていた。

 その中で奏は、帰らぬ者への想いを寄せていた。ようやく……素直な心のままに向き合っていた。

 

(……あの日、あたしを護るために唄って散った翼。その翼の想いを、あたしは、今まで裏切ってた……。

 ──ごめんな、翼。だけど、もうあたしは大丈夫だッ! 随分と時間がかかっちまったけど、今なら唄えるッ!)

 

 輝きが集束しギアの形状が変化する。

 溢れるフォニックゲインが天高く舞う鵬翼を成し、燦然と輝く白光が二人の装束を染め上げる。

 ──シンフォギアに施された数多のロックを、限定的なれど通常形態より遥かに多く解除した特殊形態……エクスドライブモード。

 仲間の力、友の力を得て二人は……天羽奏は、自らの前に立ちはだかる限界の壁を飛び越えたのだ。

 

 その心に導かれるように奏のギアから音楽が鳴り始める。胸の奥からは詩が込み上げてくる。

 懐かしい感覚……はじめてシンフォギアを纏ったあの日と同じように、自分の力が誰かを笑顔に出来ると知ったあの時のように。

 ずっと閉じられていた蓋が開かれて、その奥から絶え間なく湧き出てくる音階、流れ、詩、心。これは紛う事無き、”今の天羽奏の胸の内の歌”なのだ。

 

「……翼、それにみんなも、ウルトラマンも、聴いてくれ。戦いの為じゃない、あたしの歌をッ! 

 この歌で、あたしはまた飛んでやるッ! 取り戻した翼で……誰よりも高く、飛んでみせるッ!!」

「奏……ッ!」

「……翼、行くよッ!!」

「うん、行こう奏ッ!!」

 

 飛翔する奏とそれを追って羽撃く翼。高度は遥か、アーリーベリアルの眼の高さまで昇り、自然に彼と眼を合わせる。

 互いに首肯することは無く、輝きと共に空を駆ける少女の笑顔を、巨大なる光人は何処か力強い目で見送っていた。

 そこからUターンで地表に戻る奏。最後に”彼女”へ心を傾けたのは、縛り続けていた想いと別れを告げる為に──。

 

(見ててくれ、”翼”──)

 

 

 ==

 

 ──二人で共に歩んだ足跡は、”暴虐”から生まれ出でた残酷が飲み込んだ──

 奏の想いが言霊となり、音楽に乗せて紡がれる。

 涙でハネが濡れ、その重みで羽撃く事さえ出来なくなった日……ずっと隣にあった”右手”に添えようと手を伸ばすが、その手は力無く風を切り擦り抜けていった。

 あの日からずっとずっと……何度も何度も伸ばしては擦り抜けて、遂には力尽き羽撃く力をも失ってしまっていた……。

 そんな過去を唄うのは、真に心から過去を向き合う事が出来た証に他ならない。

 紡いでいく言の葉に向き合う強さを込めて、奏の歌声は高らかに戦場となったライブ会場に響いていった。

 

「うおおらぁぁぁッ!!」

 

 空中からの落下を加えた高速で二匹のカルマノイズに向かう奏。

 砲塔型が即座に奏を視界に捉え、撃ち落とすべく頭部から高圧縮された破壊弾を連続発射。だがそれを速度任せに、被弾を恐れることなく奏は吶喊する。

 そのまま勢いに任せて輝く槍を振り抜き砲塔を破壊する奏。滑りながらの着地の隙に襲い掛かるもう一体──多脚型カルマノイズだったが、その間に蒼光が割って入って来た。

 

「奏ッ!」

「翼ッ!」

 

 語る言葉はそれ以外に無く、であっても互いに意思の疎通はなされている。

 翼はその手に握られている刃を真円に回すと共に多脚型の脚を切り裂き、その隙に奏が槍を突き立てていた。

 

 そこへ響き渡る甲高い鳴き声。クイーンベゼルブの咆哮と共に目からの怪光線を奏と翼に向けて放とうとするが、アーリーベリアルがその顔を掴み無理矢理視線を逸らせることで攻撃をあらぬ方向へ向けた。

 そのまま首筋へ強烈な手刀を叩き込み、胸に膝蹴りとヤクザキックを打ち込みクイーンベゼルブを倒していった。

 すぐに起き上がり反撃とばかりに背中から二本の鋭い触手を伸ばすクイーンベゼルブ。触手はアーリーベリアルの胴体と首に絡まり、強く締め付けた。

 

「グッ、ウッ……!」

「そうはッ!」

「させっかぁッ!!」

 

 光翼を大きく羽撃かせた奏と翼。瞬く間に最高速度で上昇し、すれ違いざまにクイーンベゼルブの触手を攻撃。

 ダメージに怯み締め付ける力が抜けた瞬間、アーリーベリアルは首に巻き付いた触手を力尽くで引き千切り、胴体の触手を握り力任せにクイーンベゼルブを振り回してその場に叩きつけた。

 

 

「強い……。アレが、カタチを持った奇跡の歌……。アレが真の、ベリアルの光──」

「ミライさんッ! 大丈夫ですかッ!?」

「……ええ、大丈夫です」

 

 片足を引きずらせながら歩いてくるミライに響がすぐさま駆け寄ってくる。頭の出血は抑えたものの、拭った血の跡は誰が見ても明らかだった。

 しかし返事を返した彼の表情は痛ましさよりも感嘆が勝っており、視線はカルマノイズやクイーンベゼルブに対し圧倒する三つの光の姿に向けられていた。

 

 

 身体を崩される度に復元するカルマノイズたちを追い立てて、更に攻撃を重ねて崩す奏と翼。

 高い硬度を持つ体表で耐えながら反撃を繰り返すクイーンベゼルブも、そのことごとくをアーリーベリアルに受け止められては更なる威力で返しされいく。

 形勢は逆転し、戦いを見守る者たちからは声援が送られている。その声……その光景に、奏はかつて失ったと考えていたものを思い出していた。

 逆光のスポットライトを浴びて、爆裂が齎す火柱と砂塵に演出され、己が光と歌がそれらを払いながら舞い唄う。それは、まるで──

 

(──ハッ、ライブだってのかよ……ッ!)

 

 その笑みは獰猛で、だが何よりも楽しそうに、奏はこの戦いを駆け抜けていた。

 

 

 

(……馬鹿な)

 

 瞬時にひっくり返った形勢を見つめながら、ブラック指令も思考を回転させていた。状況を認められない頑なな感情を抑え込み、冷静に展開を見定めていく。

 

(クイーンベゼルブ……完成体であればこうはならなかったか……? それともウルトラマンメビウス……光の国の干渉が入ったからか? 

 ──……いや、それだけではない。それ以上に我々の邪魔をしてきたのは……あの”歌”。シンフォギア装者たち。障害は、ヤツらの方だったか……)

 

 右手に携える水晶球に念を込め、クイーンベゼルブに向けて照射するブラック指令。その後マントを翻して足音もなくその場から去っていった。

 

(滅ぶまで滅ぼせ。全ての知恵を破壊するモノと呼ばれたならば、一片でもその力を邪魔者どもに見せ付けるのだ)

 

 漆黒の外套に包まれた者が闇の中に消える。誰もが生まれた奇跡が駆ける戦いに注視している間に、忽然と。

 

 次の瞬間、クイーンベゼルブの動きに変化が起きた。傷付いた二本の触手を伸ばして襲う──標的はアーリーベリアルでも奏たち装者でもなく、二体のカルマノイズだった。

 

「なにッ!?」

「一体、何を……!」

 

 触手に貫かれ動きを止める二体のカルマノイズ。そのままクイーンベゼルブは触手を身体に戻し、動きを止める。まるでそれは、捕食した物体を己が身に同化させているかのように。

 時間にして一分もない静止時間。顔を上げて奇声を上げるクイーンベゼルブは、吸収したカルマノイズと同じ多脚型に似た多数の触手と砲塔型に似た生体砲を腕に生えさせていた。

 

「捕食同化による強化……ッ! 攻撃が来る、奏ッ!」

「ボケッとしてる暇はねぇわなッ!!」

 

 翼の言葉通り、展開した触手が一斉に伸びて襲い掛かり、開放した砲塔からは破壊光弾が発射され奏たちとアーリーベリアルを諸共に攻撃を仕掛けてきた。

 再度光翼を羽撃かせ触手を避ける奏と翼。だが逃げ場のない飛行軌道と重なるように光弾が接近、直撃を受けてしまった。

 一方でアーリーベリアルはバリヤーを発生させて光弾を防いでいたが、奏たちを越えてきた触手がバリヤーを維持する腕に絡まり、防壁を取り除いた瞬間触手による連続殴打を叩き込んだ。

 墜落する双翼と倒潰する巨人。なんとか起き上がろうとするが、奏と翼の光は散り始め、アーリーベリアルも胸のランプが警鐘の赤に点滅し始めていた。

 

「クッ、うぅ……大丈夫か、翼……?」

「うん……まだ、こんなものじゃ……ッ!」

 

 凶悪が迫り来る。これまでの戦いの影響か無理矢理その身にカルマノイズを取り込んだ為か、クイーンベゼルブの表面にも幾つかの亀裂が走っていた。だがそれでもなお、目に映るものを滅ぼすべく歩みを進めてくる。

 迫る重圧に少し気圧されるものの、先に立ち上がったのは奏。彼女の後姿に、それを見ていた者たちは過去の傷を思い起こしてしまう。今なお焼き付くように胸を焦がす、彼の日の黄昏のように。

 だが、振り返った奏の顔に在ったのは、希望に満ちた強く明るい笑顔だった。

 

「なに不安がってんだッ! 翼も、みんなも、ウルトラマンもッ! あたしはまだ死なない……死んでなんかたまるものかよッ!!」

「……ッ!」

「──奏ッ!」

 

 奏に触発される形で立ち上がる翼とアーリーベリアル。振り絞った力は輝きとなって身体に漲っていく。

 一歩も退く気はない。それはこの背を、命の盾を見つめる者に向けて刻み宛てた手紙。

 此の今から未来に生きる戦士たちへ語りかける、『生きることを諦めるな』ということ。

 

「そうさ──この胸の歌に綴った願い、叶えるその瞬間まで、全部背負って生き抜いてやるッ!!!」

 

 駆け出す三人。しかしクイーンベゼルブの猛攻は止まらず、その攻撃に少なからず被弾していく。

 特に奏と翼は相手の大きさもあり、僅かに掠めるだけでもダメージは避けられない。

 だがそれに気付いていたのか、翼が二人より前に飛び出し、アームドギアを大型化させながら飛翔速度を上げていった。

 

「露払いは私がやるッ! 奏たちはアイツをッ!」

 

 エクスドライブの出力で放たれる蒼雷の閃撃──蒼ノ一閃・滅破。連続で放たれるそれはクイーンベゼルブの破壊光弾を砕き、触手を斬り落としていく。それをも抜いてくる触手には、脚部ブレードを大型化させ、回転蹴りの要領で斬り裂いていく。

 生まれた間隙、そこを縫うように飛び込む奏。直線的な羽撃きを直前で落とし、落下からの飛翔に似た軌道と共にアームドギアで強く斬りつける。

 それにより怯んだところへ、今度は目の前へ飛び込んできたアーリーベリアルがエネルギーを手に集め、爪を立てるように上から叩きつけた。

 更に引き下がるクイーンベゼルブ。その動きは衰え、生命力が無くなりつつあることを示していた。

 

「終わらせてやるッ! 行くぞ、ウルトラマンッ!!」

「ムンッ!! ……デュワッ!!」

 

 眼前で両腕を交差させ、即座に下へ広げるアーリーベリアル。瓦礫を巻き上げながら残された光のエネルギーを両腕に集中させるその姿は、地響き鳴らす猛獣の姿にも似ていた。

 奏もまた飛翔しながらアームドギアを大型化、その中へフォニックゲインを高めていく。まるで巨大な一個の鏃のような槍、その逆刺部からエネルギーを推力として噴射。両手で支えながらこれまで以上の加速を以てクイーンベゼルブへ吶喊していった。

 逆光の記憶(メモリー)に、ずっと笑顔で向き合う為に。”あの人”が描いた自分である為に。

 君ト云ウ音奏デ、尽キルマデ──

 

「これがアタシの、とっておきだァッ!!!」

「デュッワァッ!!!」

 

 広げた腕を十字に構え、最大出力の光波熱線を放つアーリーベリアル。赤雷を纏う白銀の輝きが亀裂の入ったクイーンベゼルブの胸部に直撃。

 悶える其処へトドメの一撃を加えるように、奏が繰り出した全力の一撃──【ULTIMATE∞COMET】が突き立てられ、相乗した二つのエネルギーがクイーンベゼルブの体内に大爆発を齎した。

 

 炸裂する光。崩壊する闇色の魔獣。収束と静寂が齎すものは、この戦いの終結だった。

 

 

 

 

 夕陽を背に佇む奏。翼たちに声をかけられ、振り向く姿はとても明るい笑顔だった。

 だがその直後、ギアの強制解除と共に奏の身体が崩れその場で仰向きに倒れ込んでしまった。

 

「奏ッ!?」

 

 自らのダメージを押して奏の下に駆け寄る翼。最悪の事態を想像してしまったが故に、彼女の表情には焦りが浮かんでいた。

 しかしそんな彼女の心配を他所に、奏は茜色に染まった空を見上げて安らかに微笑んでいた。

 

「奏、奏ぇ……ッ!」

「……わりぃ、ちょっと疲れちまった」

 

 その場に座り込んで心配そうに呼びかける翼の頭にそっと手を置き、軽く撫でるように言葉を返す奏。その顔には精魂の尽きた死相ではなく、全力を出し切った充足感に満ちていた。

 一方で心配を反故にされた翼は、思わず笑顔で文句を口にしていた。

 

「……奏は、やっぱりいじわるだ」

「だったら翼は、まだまだ泣き虫で弱虫かな? 

 ──本当に久し振りだ。腹の底……胸の奥底から、こんなにも全力で唄い切ったのは」

「……最高の歌だったよ、奏……」

 

 奏の手を握り、目元に薄ら涙を浮かべて翼が彼女を心から讃える。

 彼女もまたそれに応えるように、握られた手を握り返して嬉しそうにまた微笑んでいく。

 

「ああ、ありがとう……。

 ……なあ、翼。唄うって、こんなに楽しくて、気持ちのいい事だったんだな。それに──」

「「すっげぇ腹減るみたいだ」」

 

 重なる二人の声。安らかな笑顔を向ける翼に驚いたのは、奏の方だった。

 だが少し間を置いて察した。きっとそれが、目の前にいる「翼」とあっちの「自分」との絆なのだろうと。

 

「──なんだ、考えることは同じだったのかよ」

「うん。だって、奏だもん」

「そっか。……そうだよな。

 翼、今度こそ誓うよ。あたしはもう、歌を絶やしたりなんてしない……。この声が枯れるまで、唄い続けるから」

「うん……うんッ! 私は奏の歌が大好きだから……聴かせて欲しいッ!」

「ああ、聴いて欲しい。翼が好きだと言ったあたしの歌声で、この世界を一杯にして見せるから……。

 たとえ世界が離れていても、あたしは”翼”の片翼だから……」

 

 決意と誓いを交わし、笑顔を分かち合う。

 やがて二人の視線は、夕焼けに佇むアーリーベリアルの方へ向けられていた。

 

「あんたはこれからどうするんだ?」

「…………」

 

 奏からの問いに答えることもなく、空に向かって両手を伸ばすアーリーベリアル。そして僅かな掛け声と共に空へと飛び立ち、光になって消えた。

 それは、あまりにもアッサリとした別離だった。

 

「……彼は、何処へ帰るんでしょうね」

「ヒビノさん……」

「最後まで、僕は彼がなんなのか分かりませんでした。

 ウルトラマンベリアル……力に飲まれ邪な覇道を歩む者……。でも飛び立った彼は、どれだけ荒々しい心があっても間違いなく”ウルトラマン”だった……。彼は──」

「アイツも自分の居場所に帰る。それだけだよ」

 

 ミライに向けて奏が言う。光の巨人であるウルトラマンベリアルと一体化を果たしていた彼女が。

 

「アイツは、あたしと同じような想いを抱えてた。だから一緒になれて、一緒に戦えた。

 でもあたしは、翼たちに手を差し伸ばされて、その想いから抜け出すことが出来た。だからアイツとも離れ、お互い自分の居場所に帰っていく。あたしはあたしとして、この世界で……アイツもきっと、アイツとして何処かの世界に。

 多分、きっとそれだけのことなんだ」

 

 奏の抽象的な……だが何処か確信めいた微笑みで語った言葉に、ミライも思わず微笑んでいた。

 見失った光に馳せる想いは、どんな形であれ人と共に戦ってきた”彼”を信じることだった。

 

 

 

 ==

 

 確認されていたカルマノイズの全滅とブラック指令の蒸発、ベゼルブの再襲来の兆しも無く、弦十郎は今回の戦いの終結を判断した。

 元の世界への報告や傷の治療、体力回復の為に装者たちは勿論ミライや二課の実働隊員たちは数日間の静養をしていた。

 報告に戻った際、エルフナインからもギャラルホルンのアラートが現在停止していることを告げられ、二重の意味で異変が終息したことを理解し合っていった。

 

 ──そして後日。

 

 復旧の目途がついたライブ会場。完全に直ったとはまだ言い難い状態ではあるが、ステージとアリーナ部分は十全な修復が為されていた。

 ステージ前で人と話し合いをしていたのは奏。その身に纏っているのは、白と赤のグラデーションが美しい彼女のライブ衣装だった。

 そんな彼女の下に、戦いを共に潜り抜けた仲間たちが歩み寄って来た。

 

「ってうおッ!? お前、そんなにサイリウムたくさん持って──ガチじゃねーかッ!?」

「当然ッ! 全力で楽しまなきゃッ!」

 

 見るからに気合の入り過ぎた響のライブ装備を目にしてクリスが思わず引く。一方で調や切歌は勿論、ミライまでも響の格好に倣っていた。

 

「後輩どもはともかく、あんたまでなにやってんだ……」

「僕ライブは初めてなんですッ! なので響さんに色々と教えていただきましたッ!」

「つっても、今日はリハーサルなんだけどな」

 

 少し呆れ顔で奏が言う。今日は本番前日の最終練習日。観客は入れず、関係者のみで行う通し練習であり、観客を巻き込むことで更に燃焼する本番の熱狂にはアーティストの努力だけでは至れないものだ。

 奏もそれを理解っており、それ故に彼女らへ気を使って言っていた。しかし、響のテンションはそんなことで落ち込む事などあるはずがなかった。

 

「いやいやいや、奏さんの歌をわたしたちで独占できるんですよッ!? こんなありがたい事を前に盛り上がらずにいられますでしょうかッ! 

 ほらクリスちゃんも、もっとテンション上げてッ!!」

「い、いや、あたしはいいってッ!」

 

 装者の仲間としてではなく、ただの一介のファンとしての響のテンションに困り果てるクリス。ミライは調と切歌からライブの作法やらサイリウムの振り方やらを一生懸命学んでいる。

 マリアはその何処か微笑ましい光景を眺めていたが、隣では現実に苦悩する声が出ていた。翼である。

 

「くッ、どうしてなんだッ! 明日は奏の復帰ライブだというのに……何故私たちは今日、帰らなければいけないんだッ!」

「仕方ないじゃない、私たちにも仕事があるんだから。私たちの歌を待っててくれるファンを蔑ろには出来ないでしょう?」

「それは分かっている。分かっているが……」

 

 肩を震わせる翼。あまりの無念……せめて、奏が皆の前でもう一度大きく唄う姿を目に焼き付けてから帰りたかっただけだと言うのに。

 そう悶々とする翼に向かって、奏が声をかけてきた。

 

「翼、あたしを心配してくれてありがとな。でも、あたしはもう大丈夫だから」

「あの、奏……」

「ん? どうした?」

「やっぱり、私──」

 

 思わず零れそうなった言葉を、奏はその手で制止させる。

 分かっていても、それは口にしてはいけない事だ。

 

「翼、ちゃんと帰れよ? 向こうで翼の歌を待ってる人たちが大勢いるんだろう?」

 

 出鼻を挫くように先に言葉にする奏。対する翼は、素直に感情を吐露していった。

 

「……奏は、寂しくないの……? 私は、奏がいないと……」

「おいおい、なに泣きそうになってるんだよ」

「な、泣きそうになんてなってないッ!」

「どうかな? 翼は泣き虫だからなぁ~」

「……奏は私にいじわるだ」

 

 普段は見せない、見る事のない心を許しきった翼の姿。それを見て感嘆したのは、S.O.N.G.の仲間たちだった。

 

(なに、この剣……可愛すぎッ)

「うわぁ……すんごいレアな翼さんだ……」

「そうなんですか? でも、確かに普段とは違いますね」

「見たことない表情してるデス……」

「ちょっと、びっくり……」

「……なあ、ありゃ誰だよ?」

 

 多様な表現ながらも皆が一様に口にしたのは、今まで見た事の無い翼の一面だった。まるで親鳥と離れることを恐れる雛鳥のような……そんな表情。

 そのような自分の素を一面を見られ、照れ隠しなのか翼は赤面したまま皆に怒りをぶつけていった。

 

「お、お前たちッ! 人をじろじろと見るなッ!」

「ハハッ! まったく、翼はいい仲間を持ってるね」

 

 楽しそうに、そして嬉しそうに笑う奏。ずっと見られなかった──ようやく自然と見られるようになった顔をされると、翼はもうそれ以上何も言えずにいた。

 奇しくも”奏の顔に免じて”となったのである。

 

「それはそうと……今日はリハーサルなんだよね?」

「ああ、そうだよ。当り前じゃないか」

「それにしては、やけに人が多いような気が……」

 

 リハーサルの常套としては、その場にいるのはアーティストとマネージャー、開催運営の各スタッフ程度となる。

 翼たちは奏や弦十郎が特別に手を回して招待客として入れて貰ったのだと聞いていたが、それを差し引いても翼の知るリハーサルの常套とは離れた人の多さであり、その大多数が和気藹々としている。

 運営スタッフとも思えない顔触れが並んでいることに、翼は疑問を感じたのだった。

 

「当然じゃないですかッ! だって今日は、ツヴァ──」

「「ああああッ!!!」」

 

 その理由を答えようとした響が、調と切歌の唐突な叫びに止められてしまう。

 二人の突然の声に思わず怪訝な顔をする翼だったが、調がすぐに、努めて冷静に翼へ言葉を返していった。

 

「みなさん、二課の職員だそうです。奏さんの歌を聴きたいって集まったみたいで」

「仕事ほっぽり出してまで……大丈夫なのか?」

 

 それを聞いて周りを見回してみると、確かに藤尭や友里といった見知った顔もあった。

 仕事を放り出すのは確かに褒められた話ではないが、此処に立つ二課の者たちはたった独り壊れかけた心で戦う奏の銃後を守護るという役目を担い並び立てずとも戦ってきた大切な仲間だ。

 そんな彼女が心を繋ぎ合わせ、生きる今を唄おうとしている。駆け付けぬは不義理だろうと翼は思い、微笑んだ。

 だがその傍らで、今度は奏がその顔を曇らせていた。

 

「…………」

「……奏、大丈夫?」

「ああ、大丈夫……つったけど、やっぱりブランクがあると緊張するな。本番近いからなのか、二課のみんなが総出で来てくれたからなのか……リハとはいえ身体が震えていやがる。

 ハハ、翼と一緒にデビューしたての頃を思い出すな」

 

 小さく笑うもののその顔には不安が滲み出ている。そんな彼女の顔を見て、翼が思うことはただ一つだった。

 

(……奏が困っているのに、私は……何も力になれないの? ──いや、そんな事は無いはず……ッ!)

「…………奏ッ!」

「ん? どうした翼」

「私に何か出来ることはないッ!? なんでもいい、奏の役に立ちたいッ!」

「翼……。

 いや、ダメだ。これ以上翼に頼るなんて──」

 

 申し出はありがたくとも、此処に至るまで何度も何度も助けて貰ってきたのだ。自分の力で羽撃くと決めた以上、彼女を頼りにしてはならない。

 奏のそんな思いを受け取りつつも、翼は出した言葉を投げ棄てたりはしなかった。

 

「奏ッ!」

「……本当にいいのか? お願いしても」

「うんッ! 私に出来ることならなんでも言ってッ!」

「……ハハ。わかった。なあ、アレを持ってきてくれッ!」

「はいデースッ! 準備万端デスよッ!」

「うん、皺一つ、つけてない」

 

 奏の笑顔──何処か意地悪な巧みが成功した時に見せる顔をしながら周りに指示を出すと、すぐさま調と切歌が一着の衣装セットを持ってきた。

 奏の着ているものと同じデザインで、カラーリングは青から白のグラデーション。この衣装には、翼も見覚えがあった。

 

「これは……私のステージ衣装?」

「いや~、実は一人で唄うのがちょっとばかし不安だったんだよ。なんせリハとは言え久々だからさ。

 翼が一緒に唄ってくれるってんなら、これ以上に心強いものは無いなッ!」

「……え?」

 

 理解が追い付いていない。

 しかしそんなことはお構いなしにと、調と切歌は周囲に陣取り、響は翼の背を押し始めていた。

 

「ほらほら翼さん、着替えて着替えてッ!」

「ええッ!? 着替えてって……わ、私も唄うのッ!? 私は、こっちの世界の人間じゃ──」

「リハーサルなんだから、なにも問題ないさッ! それに、さっき『なんでもやる』って言ってたじゃないか」

「そうだけど──って、みんなは知ってたのかッ!?」

 

 驚愕の声が翼の口から洩れ、クリスやマリアたちにも向けられる。そこで初めて、ようやくのネタ晴らしとなった。

 

「まあ、そういうこったな」

「ごめんなさい。翼の困る顔を見たいって、みんな聞かなくて」

「マリアも見たいって言ってたじゃないデスか?」

「うん、うん」

「今日は一夜限りのツヴァイウィングライブですッ! あ~ッ! 未来も連れて来たかったな~ッ!」

「風鳴司令から映像記録の許可もいただきました。帰ったら未来さんやエルフナインさん、S.O.N.G.の皆さんとも一緒に見ましょうッ!」

「くッ! お前たち、わたしを嵌めたのかッ!? よもやヒビノさんまでも共謀(ぐる)だったとは……ッ!」

「……もしかして翼は、あたしと一緒に唄うのは嫌なのかい?」

「そ、そんなわけないッ!!」

「なら、何も問題ないじゃないか」

 

 ぐぬぬと遺憾を現す翼だったが、奏からそれを言われると否定出来るわけがない。

 そこまで読まれていたとなると、それもまた己が身の未熟さ。自分で「なんでも協力する」とも言い、こうまで乗せられてしまった以上……何よりも奏からそうまでして一緒に唄うことを望まれた以上、絶対に応えざる得なかった。

 

 ──翼自身も、本当はそう出来ればいいと、ずっと望んでいたのだから。

 

 

 

 

 

(あの日──翼があたしを助けてくれたあの日、あたしの時間は止まっちまった。

 だけど、翼ともう一度唄うことで、動き出す気がする……。前へ進める気がするんだッ!)

 

 

 

 ステージの袖、光が差し込む外を見て、奏は笑っていた。とても……とても嬉しそうに。

 

「奏……」

「なあ、翼──」

「なに、奏?」

「……あたしと翼。両翼揃ったツヴァイウィングは──?」

 

 知っている。この言葉の先を。

 覚えている。この言葉の持つ意味を。

 だから返す。満面の──持てる最高の笑顔で。

 

「──どこまでだって、飛んで行けるッ!」

「良い返事だッ! それじゃ、行っくよぉーーッ!!!」

「ま、待ってよッ! 奏ぇッ!!」

 

 両翼は再び空を舞う。

 巨人と共に守護り手に入れた、新しい光の中を──。

 

 

 

 

 

 

 ==

 

 

 ──其処は光無き暗室。僅かな瞬きだけが入り込む静寂の間。

 鎮す玉座に、漆黒の者が座っていた。その眼に光も宿さず、ただ静かに、其処に居る。

 そんな静寂の間へ、立ち入る者がいた。眼を赤く、口に当たる部分を黄色くを光らせて……その者、魔導のスライは闇の中に佇んでいた。

 

「……様。ベリアル様……」

「…………」

 

 主君の名を呼ぶも返事は無い。だがその眼が紅蓮の光を帯びたのを見て、ようやく主君の意識が此処に無かったことに気付いた。

 

「いかがなさいましたか? 呆としているなど珍しく……。まさか、何者かに攻撃をッ!?」

「喚くなスライ……。ガラにもなく眠ってしまっていただけだ」

 

 威圧的なその言葉には沈黙を余儀なくされる。それでもスライは、威圧を止めぬ主君に怯みながらも当たり障りのない言葉を返していった。

 

「……さ、左様でしたか。いや、ベリアル様であろうともご休息の時間は必要でしょう。邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

「構わん、ちょうど終わる頃合いだったからな。計画はどうなっている?」

「ハッ、万事滞りなく……と言いたいのですが、あの新参者がどうにも上手く行ってない様子。

 腕は確かなのですが、如何せん複数の超技術を絡み合わせ個に至らしめる行い故に、未だ完成には至っていない模様で……」

 

 ”計画”の状況を話すスライ。事によっては主君の激を受けてしまうものと考えていたが、齎されたのは彼の予想に反したものだった。

 軽く投げられたモノを受け取るスライ。それは白く輝く光のエネルギー体だった。

 

「これは……?」

「そいつを使わせてみろ。俺様の覇道には”不要なもの”だが、計画に使えるならば価値も生まれるだろう」

「──仰せのままに」

 

 深く頭を下げ、光を抱えてその場から立ち去るスライ。それを見届け、主君はまた外に目を向ける。

 紅蓮の眼に映るは宇宙の闇。耳に届くは虚空の無音。……今はまだ妄目の内にある煉獄と死屍をただ想う。

 眼前の星が最期の輝きを放ち、暗室へと入り込む。衝撃も何もないその輝きの中……逆光の果てに何かを見た。何かを聞いた。

 だがそれに、心が向くことは無かった。

 

「──崩滅の煉獄が輝き、悲嘆の叫びが凱歌となる。オレ様の覇道には、其れこそが相応しい」

 

 本当の君が、其処にいる。迷いのない眼差しで、全てを捨てて戦うその姿。

 

 ──”ウルトラマンベリアル”。今はまだ誰も、君を止められない。

 

 

 

 

 end.

 



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1章・黄昏を喚ぶ笛の音響いて 2節:翳り裂く閃光-MEBIUS-
EPISODE 01【翳る太陽】


夢を見る――笑顔ノ夢。
夢を見る――失クシタ夢。
合わせ鏡が映し合う夢は、いつしか互いを侵食し、太陰は太陽を皆既に食らい始める。

在り得た存在であり、在り得ざる存在。
彼我の結び付きは言うなればメビウスの輪。
なれど其の手の在り方は鏡映しが如く反転に在りし。


其処は、陽だまり(未来)の無い世界――。


「とぉおりゃああ──ッ!」

 

 剣迅一閃、極彩の異形が黒炭と化して消える。蒼刃を構え直しながら、少女はすぐに本部へ通信を取る。

 

「周辺住民の避難状況はッ!?」

『2ブロック先の老人介護施設の避難が遅れています。あと最低5分、現エリアにノイズを拘束してください』

「オッケー、了解だッ!」

 

 通信を着る蒼の戦装束を纏う少女。思わず一息吐いたちょうどその時、何処か似た戦装束を纏う二人──片や赤、片や白銀を基調としている──が集まり、話しかけてきた。

 

「それで、どうするのかしら?」

「この先の介護施設の避難がまだ終わってないらしいんだ。敵をここに5分以上足止めしなきゃいけないんだけど……」

「じーちゃんばーちゃんに急げっつっても無理だろーしな……。要するに、ここを抜かれなきゃいいんだろ?」

「言っちまえばそういう事だ。協力、頼めるか?」

 

 蒼の少女の言葉に力強く首肯する二人……クリスとマリア。そのまますぐに迫る危難を防ぐ作戦を立てることとする。

 

「それで、どうする?」

「敵はまだ私たちの存在に気付いていないはず。三方から同時にたたみ掛けましょう」

「伏兵による奇襲作戦か。囮役が一番危険だが……」

「心配すんなクリスッ! ずっと一人でアイツらとやり合ってきたんだ、囮ぐらい屁でもねーぜッ!」

 

 馴れ馴れしく名を呼ばれたクリスは勿論、それを聞いていたマリアも困惑していた。

 彼女は出会い頭からこうだった。人懐っこいのは性格の差異でまだ辛うじて納得は出来るが、クリスに対しては特別距離が近い。

 こちらが敵対者でないことは一応分かったと言われたが、何処まで本当か疑わしい。そんな理解不能さが彼女を苦しめていた。

 

「ったく……コレが本当に”あの先輩”なのかよ……」

「どうしたクリス?」

「……いいえ、こっちの話よ。それより時間が無いわ。早く始めましょう」

「ああ、任せとけッ!」

 

 走り出す蒼刃。濃紺の髪は大きい跳ねを作ってはいるが、後ろ髪は流れるほど長くはなく、肩ほどの長さで切り揃えられている。

 口調も態度も空気もまるで違う彼女だが、その蒼い戦装束の姿は二人が知る姿と相違はなく、二刀両刃の剣形と太刀筋は違えど煌めく蒼雷にも相違はなく、戦場に響くその歌声にもまた相違はない。

 故に否が応でも認めるしかなかった。二人の前で戦っている彼女は、他でもない『風鳴 翼』であると。

 

「……そういうわけだから、フォローお願いね、ヒビノさん」

『わかりました。避難誘導といざという時の迎撃はお任せくださいッ!』

 

 今回も同行し避難誘導に当たっていたミライに連絡を済ませるマリア。自分の策やこの場の装者たちの力量を疑う事はないが、備えを重ねる意味は大きい。

 彼が後ろに居てくれるなら、避難者に降りかかる危険は確実に減るのだから。

 

 

 クリスとマリアもすぐに駆け出し、互いに翼へ注意を引かれているノイズの側方から攻撃を開始。絨毯爆撃のようにクリスのミサイルが火を噴き、ノイズの群れの一部を破壊。他がそちらへ向いた瞬間、マリアの蛇腹剣がムチのように伸びて視線を外したモノをバラバラにしていく。

 中央で一人暴れる翼をフォローするような連携ではあるが、流石に即興ではボロも出るもの。ノイズ数匹が装者三人を突破し、他の虚弱生体──介護施設より避難のために出て来た老人を目掛けて走って行った。

 

「やべッ!」

「くッ──無理にでも狙うっきゃッ!!」

 

 クリスがアームドギアの形状を、片手で保持できる程度の長身銃に変える。そのまま走り抜けるノイズに向けて即座に狙いを定め、引鉄を引こうとしたその刹那、別方向から飛んできた光弾がノイズを貫き黒煙へと散らせた。

 

「お待たせしましたッ! 僕も迎撃に加わりますッ!」

 

 老人たちと施設職員の女性たちの前に立つ、銃を構えた青年──ヒビノ・ミライ。頼れるもう一人の仲間は、その場に腰を落としていた人たちに声をかけ、起ち上がらせて逃がしていく。

 自らの務めを確実に遂行していった。

 

「なぁ、あの人は?」

「私たちの心強い味方、ってところかしら。不思議な人だけどね」

「そっか、なるほどッ!」

 

 たったそれだけで委細承知する翼。その早すぎる納得に本当に分かっているのかと不安を覚えるマリアだったが、そう思っている矢先に翼の通信機が鳴り出した。

 

「はいこちら翼ッ!」

『ノイズの出現反応を感知しました。介護施設の東方500m程の地点、避難民と鉢合わせになる可能性があります。早急に殲滅を』

 

 司令と思しき者からの連絡を受け、目を丸くして件の地点に目を向ける翼。そこには確かに、新しくノイズが出現し、同時に老人たちの金切り声が響いて来た。

 

「やっべぇッ!?」

「ヒビノさんだけじゃ手が回らない──」

「ウダウダ言っる場合じゃねぇなッ! 行くぞッ!!」

 

 

 

 人々の恐怖の叫びがその場を包む中、ミライは避難途中の人たちを集めてそこを守護るようにトライガーショットをノイズに向けて構えていた。

 

(キャプチャーキューブは使える……。でも、この物量からの攻撃に制限時間いっぱいまで耐えられるか……!?)

 

 ノイズの動きを牽制しながら思考を巡らせるミライ。マリアたちも既にこちらへ向かって走っているのは分かっている。その間、どうやって時間を稼ぎつつ誰一人ノイズの攻撃に遭わないようにするか……。

 一刻の猶予もない中で、ミライは防御を固めることを決意した。最悪、自らに秘された”力”を行使せざるを得ない。だがそれで自身の存在が疑われようとも、ここに居る誰かが犠牲になるよりずっとマシだ。

 そう思いながらシリンダーを青に変えて狙いを定めた瞬間、空中より何かが降って来た。

 

「な──ッ!?」

 

 降って来た何かは、二又のマフラーを靡かせながら黄金の光を線のように走らせノイズを貫き、または刎ねながら黒炭に変えていく。その動きで、ミライはそれが徒手空拳であると理解した。

 型に嵌らぬ、何処か野性味を感じる暴力。目に映る標的をただひたすらに貫き引き裂いていく戦い方自体は、彼自身何度か見た事はあった。

 ただ驚いたことは、そんな殺意と暴力に頼り切った戦いをしていたのが、自分の仲間と同じ顔……同じギアを纏っていた少女だったことだ。

 

「響……さん……?」

 

 少女──立花響は一瞬だけ彼を一瞥する。いや、その視線は彼個人にではなく彼とその背後でうずくまる者たち全体に向けられていた。

 何かを確認した後、すぐにその場を去ろうとする響。そこへ、翼の大きな声が轟いて来た。

 

「あ──ッ! またお前ぇッ!! 立花響ぃッ!!」

 

 その声を聞いて露骨に嫌そうな顔をする響。なにも語らずそのままで居たところに、今度はクリスが話しかける。

 

「助かった、いいタイミングで来てくれたな」

「…………ッ!」

「な、なに怖い顔してんだよ。似合わねーぞ?」

 

 即座にクリスに向けて警戒心の塊のような目を向け睨む響。そんな彼女にクリスは普段通りに返してしまうが、彼女は返事もしない。

 

「おい、返事ぐらいしたら──」

 

 そう詰め寄ったとき……響に向かっておもむろにクリスが手を伸ばした瞬間、伸ばされた手を響は強く跳ね除けた。

 

「痛ッ! な、なにをッ!?」

「──…………ッ」

「お前ッ! クリスになにすんだぁッ!」

「お、落ち着きなさいッ! 貴方も、ちょっと待ってッ!」

 

 思わず飛び掛かろうとする翼をマリアが羽交い絞めにして抑える。一方で響は踵を返してそのまま歩き去っていく。

 

「──響さん、ですよねッ!?」

 

 立ち去る背中に向かって彼女の名を呼びかけるミライ。だがそれでも、彼女は止まることなく歩みを進め、夜闇の中へ消えていった。

 

 

 

 ==

 

 

 ギャラルホルンの鎮座する、クリスやマリアの故郷となる世界──以後、それを【基幹世界】と呼称する──にて。

 

 此度の並行世界へと渡る任務……その発端となったのは、数日前の出来事だった。

 

「あ、響さん未来さん! おはようございますデスッ!」

「おはようございます」

「よう。今日は遅刻しないで済みそうだな」

 

 登校途中の響と未来に普段通りの挨拶をする切歌、調、クリス。三人に対し、響と未来も返事をする。

 

「あ、ああ、おはよ……」

「おはよう。朝から三人一緒なんて珍しいね?」

「実は夕べ、クリス先輩の家で勉強を教わってそのままお泊りしたんデスよ」

「へぇ、そうだったんだ。にぎやかで楽しそうだね」

「にぎやかすぎてこっちの勉強に手ェ付けられなかったよ……。まったく、いい加減自分らの力で勉強しろってんだ」

「その割には嬉しそうだけど」

「し、仕方なくだッ! そ、卒業しても先輩であることに変わりはないからなッ!」

 

 若干赤面しながら少し声を荒げたように言うクリス。だがそれも彼女の照れ隠しであることを、未来は当然のように見抜いていた。

 別にそれは気にすることでもないと未来は言い、切歌もそこに乗りかかってクリスに自分たちと過ごした夜は楽しかっただろうと自慢げに話していく。そんな彼女へクリスが突っ込むという普段の光景の一幕。

 和気藹々とした他愛ない話を傍で聞きながら、思わず響が溜め息を吐いていた。

 

「ふぅ……」

「なんか、今日はあんまり元気がないデスね?」

「響さん、具合悪いんです……?」

「うーんちょっと寝不足で……きっとそれが原因」

「昨日うなされてたもんね……。何か嫌な夢でも見たの?」

 

 少し心配そうな未来の問いに、響はすぐに笑顔で返していった。

 

「嫌な夢……と言うより、変な夢かな……。でもただの夢だし、心配すること無いよ!」

「そう……?」

「うんッ! でもさー、どうせ夢を見るんだったらもっと楽しい夢をみたいよねー。ご飯がいっぱいの夢とかッ!」

「おおッ! それは確かに夢のある夢デスッ! 調の作ったご馳走に溺れる……考えただけでよだれが出そうデスッ!」

「だよねだよねッ! みんなで美味しいご飯をいっぱい食べる、夢のようだよーッ!」

「夢のようと言うか、見たい夢の話ですよね……? でも、私もそんな夢は見てみたいです」

 

 明るく話を広げる響に対し、楽しそうに乗っていったのはまず切歌。調もそれに続くように話に加わっていく。

 三人の明るい話を聞きながら、クリスが溜め息一つ。自分が心配なんかすることなく、響はいつも通り元気だったからだ。

 

「ったく、馬鹿を心配したあたしが馬鹿だった」

「フフ……。でも、心配してくれてありがとう、クリス」

 

 未来の言葉にしまったと思いながら、少し顔を赤らめつつも今度は否定しないクリス。滑ったとは言え自分の口から出た言葉には責任を持ち、決して裏切ってはならない。

 前に授業で、”先生”から教わった事だった。

 

 

 S.O.N.G.移動本部、訓練室。

 放課後の昼過ぎ、日課ともいえる訓練の為にそこにいた翼とクリス、そしてミライ。そこに響と未来がやって来た。

 

「すいません、遅くなりました」

「お邪魔します」

「おや、珍しいな、今日は小日向も一緒か」

「はい。ちょっと、響の体調が気になって……」

 

 少し心配そうな顔で響の方を向く未来。だが響はそんなこと気にしないと言わんばかりに、楽観的に返していった。

 

「響さん、どこか悪いんですか?」

「いえいえそんな。本当に大丈夫なんだけどなぁ……」

「全然そんな風には見えなかったよ。今日は学校でもほとんどずっと寝てたし……」

「この馬鹿が授業中に寝てるのはいつものことじゃねーのか?」

「そうさな……立花ならばそうであっても可笑しくはないと思うが……」

「翼さんもクリスちゃんもヒドいッ! 否定できないけどッ!」

「普段の行動の現れだ。酷いと思うなら改めるようせねばな」

 

 それは紛れもない彼女らの日常。無くすことのない世界の一片。だが未来の不安は払拭されないまま、思わず声を挟んだ。

 

「……でも、いつもの居眠りとは違うように見えました。すごく疲れてるようですし、居眠りする響の寝顔も何処か苦しそうで……。先生に起こされた時もいつもの機敏さは無く、なんだか辛そうに見えると先生からも言われてました」

「寝起きを指摘されるのはそもそもどうかと思うが、先生からそう言われるってのも大概だな……」

「それに、食欲も最近無いみたいで……。普段よりもご飯のおかわりは二杯分も少ないですし、食べる量そのものが減ってるようで……」

(普段一体どれだけ食ってんだコイツ……)

 

 内心で突っ込むクリスだったが、翼は至って真面目に未来の訴えを聴き、熟考していた。

 

「ふむ……だが最近は危急の任務も無く、訓練としてもそう根を詰めた事はしていない。風邪の引きはじめ、などではないか立花?」

「いやそれは無いでしょ先輩。なんとかは風邪ひかないって言うし」

「更に増してクリスちゃんが酷いッ! でも、本当にそういう感じは無いんですよねぇ。別に熱っぽさもあるワケじゃないですし……」

「そうですか?」

 

 と、あまりにも自然に響の額に自分の左手を当てるミライ。そのまま真剣な顔で右手は自分の額に当てていく、俗に見る発熱確認の手法……それに思わず驚きの声を上げたのは未来だった。

 

「み、ミライさんッ!?」

「……確かに、そんなに熱があるようには思えませんね」

「えへへー、ミライさんの手あったかーい」

「そ、そういうのは私がいつもやってますからッ! 大丈夫ですッ!」

「そうですか。なら熱に関しては大丈夫そうですね」

 

 何処か焦った未来の言葉にも笑顔で優しく返事をし、響から手を放していくミライ。自分でもなんでこんなに慌てたのかと思ってしまう未来だったが、そんな彼女に翼が話しかけていった。

 

「小日向が心配する気持ちも分かる。用心するに越したことはないしな。だが病も気からとも言う。心配し過ぎも心身に毒だぞ?」

「ね、ね? そう思いますよね?」

「そもそもお前がシャッキリしねーのが悪いんだろーがッ」

「うわぁヤブヘビだった」

「とは言え、無理は禁物だ。今日のトレーニングは休んでおくか?」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

「……まー、ちょっと動けば眠気も覚めるだろ」

「確かに、少し汗をかけば食欲も戻ってくるかもしれないしな。だが、決して無理や無茶はするなよ?」

「はいッ!」

 

 翼の言葉に力強く応える響。そのまま未来の方へ向き、彼女の心配を払拭するかのように声をかけていった。

 

「それじゃ、行って来るね未来」

「うん……気を付けてね、響」

 

 元気に話す響だが、未来の顔から心配は未だ消えなかった。

 

 ==

 

 クリスが放った弾丸が響に飛来。しかし響は反射的にその弾道を察し、軽快に避けきる。

 だったらとアームドギアをクロスボウに変えたクリスは即座に紅蓮の矢を発射し、多角的に響へ攻撃を仕掛けていく。

 

「そんなものぉッ!」

 

 自分を狙ってくる矢、自分の進行動線上に来ると見た矢を回し蹴りで弾き飛ばした響は、空中で脚部のパワージャッキを伸ばし着地と共に着弾。爆裂的な速度を生み出して自らの有効圏内である至近距離に詰め寄り、勢いのままに腕を引き絞る。

 

(しま──ッ!)

「もらった──……ぁ」

 

 確定の勝利を齎す一撃を放とうとした瞬間、響の思考にノイズが走り、それと共に身体から力が抜けていく。

 だが全ては刹那の出来事。相対するクリスは響に隙が出来たと瞬時に判断、防御に回そうとしていた腕を伸ばし引鉄を引いた。

 至近距離で炸裂するクリスの一撃。響はそれを受け、そのまま吹っ飛ばされた。そして体勢を変えることも無く、吹き飛ばされるままに自然落下した。頭から、真っ逆さまに。

 

「立花ッ!?」

「響さんッ!?」

「ひ、響ぃぃぃぃッ!!?」

「な──なにやってんだ馬鹿ッ! おま、受け身ぐらい……ッ!!」

 

 すぐさま全員が響の下に駆け寄り、うつ伏せに倒れる響を未来が起こし上げようと近付く。が、それは翼に遮られた。

 

「待て小日向ッ! 今は無暗に動かさない方が良いッ!」

「で、でも……ッ!」

「気持ちは分かりますが抑えてくださいッ! あの落下は、脳へのダメージがあるかもしれません……ッ!」

「そ、そんな……ッ!」

「ギアを纏っている状態での落下だ、そのような事は恐らく無いと思われるが、万が一と言うことも在り得る。雪音ッ! すぐに救護班を──」

「あ、あたしは……」

 

 見るからに狼狽しているクリス。そんな彼女を叱咤するかのように、翼が一際大きな声で一喝するかのように彼女を呼んだ。

 

「──雪音ぇッ!!」

「──あ、ああッ!」

 

 その声に自分の意識を取り戻し、すぐに救護班を呼ぶ。それまでの間、ミライが過度なまでに慎重に響の身体を動かし、呼吸を維持すべく気道を確保する姿勢に変えていた。

 

 

 

 S.O.N.G.移動本部艦橋。

 訓練室から場を移し、其処にいた4人は弦十郎らの前で大人しくなにかを待っていた。そんな折、扉が開いてエルフナインが入ってくる。全員の眼が、彼女の方へ向いていた。

 

「エルフナインちゃん、響は──」

 

 思わず心配そうに尋ねる未来。エルフナインは彼女に微笑みかけ、話を始めていった。

 

「響さんのメディカルチェックの結果を報告します。検査したところ、響さんの脳に異常は発見されませんでした」

「よかった……」

 

 安堵の声を漏らす未来。彼女は勿論、翼もクリスもミライも、弦十郎たちその場に居た者たちも小さく溜め息を漏らしていた。

 エルフナインの報告はそのまま続いていく。

 

「実際の脳震盪であれば後遺症が出た可能性もありますが、落下時の衝撃はギアが吸収してくれますので、今回程度の落下衝撃ならばダメージが脳にまで行くことはありません」

「それは重畳だ……。それで、立花の容態は?」

「今はお休みになっています」

「お休み……ってことは、寝てんのかアイツ?」

「はい。検査結果の話の続きになりますが、響さんから計測された脳波はレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返す状態……クリスさんの仰る通り、響さんは検査開始時点から睡眠のような状態になっていたと見られます。

 もしくは、訓練中の落下事故の直前からという事も」

「あの瞬間から居眠りブッこいてたってのか……? んな馬鹿な……」

「ですが、結果を見る限りそうとしか考えられない状態です。恐らくは蓄積した疲労と睡眠不足によるものだと思われますが。

 ただ気になることもあります。検査中の響さん……脳波計測上では睡眠状態のはずなのですが、ずっとうなされているのです……」

 

 エルフナインのその報告に、未来の顔が曇る。そこでどうしても口を挟まざるを得なかった。

 

「……最近、ずっとそうなの。家で寝てる時もうなされてる事が増えたし、なんだか苦しそうに寝てるし……」

「そうですか……。一度、響さんにストレスチェックを受けてもらった方がいいですね」

「そうだな……。だが、結果を見る限り一先ず響くんに大事は無いと判断していいだろう」

 

 胸を撫で下ろすかのように静かに、緊張を解くように息を吐く弦十郎。そんな彼の前に一歩、翼が歩み出た。

 

「司令、今回の立花の件は、小日向の忠告を無視して訓練を行った自分に責任があります。処罰は私に」

「そ、そんなことッ! 訓練とは言えあいつを撃ったのはあたしだッ! 責任ってんならあたしにもあるッ!」

「僕にもです……。響さんの体調も、未来さんからの警告も軽く考えてしまっていました……」

「……そもそも、みんなにそういう不規則な生活を強いる原因は俺たちにこそある。責任を問うならば、それは俺たち大人の責任だ。響くんが知らずストレスを抱えていたことに気付けなかったのも、俺たちがキチンとみんなに眼を向けられてなかったからだ。本当に、すまなかった。

 響くんには早急に、手厚いメンタルケアを必ず行う。そしてそれは、他のみんなに対しても同じであり今後の急務とする。約束しよう」

 

 頭を下げ、大人としての責務を果たす事を改めて少女たちに誓う弦十郎。そのまま目線をエルフナインの方に向けていった。

 

「響くんの様子は?」

「はい、ええと……脳波が覚醒期に入っています。そろそろお目覚めになるかと」

「だそうだ。迎えに行ってもらえるかな?」

 

 と、未来に声をかける弦十郎。彼女はそれに、快い笑顔で返事をしてメディカルルームへと駆けていった。

 

 

 

 メディカルルームのベッドの上で寝たまま、ゆっくり眼を開く響。彼女の眼前には、未来が微笑みながらそこに居た。

 

「……あ、未来」

「おはよう響。気分は大丈夫?」

「んんー……なんか、久し振りによく寝た気分」

 

 あくびをしながら身体を伸ばし、そう返す響。見た感じは平気そうな彼女の姿に未来は少し心配を残しながら、ちゃんと叱っていく。

 

「もう、体調悪いのに無理するからだよ? みんな心配したんだから」

「ごめんね、ありがとう。でももう大丈夫!」

「だったら良いんだけど……」

 

 未来の不安は無くなる事はない。だがそれでも、大丈夫だといつものように笑顔で話す響の言葉を出来るだけ信じようと思った。

 いつものように信じていたいと、未来はただ思っていた。

 

 ……だが、その日の夜のこと。

 

「……うぅ……ぅあ、あぁ……!」

「響……?」

 

 うなされる声に目を覚ます未来。思わず隣に目を向けると、寝ている響の顔は苦しみに満ちており、寝息に安らかさは無く、まるで何かから逃げ込むように丸くなっていた。

 

「響、大丈夫? 一度目を覚まして……」

「いや、だ……ひとりは、いや……。……くらい……ここは……くらい、よ……」

「そんなことないよ響。わたしがここに居る。クリスも、翼さんも、みんな居る。大丈夫だよ」

 

 優しく、落ち着かせるように声をかける未来。少しでも響が安心できるように部屋の電気を点け、震える手を握りながら言葉をかけ続ける。

 

(でも、どうして……? 響に一体何が起きているの……? 一体何が、響を苦しめているの……?)

 

 疑念しか浮かばぬ丑三つ時。

 それでも未来はただただ、響の手を握り彼女の無事を案じるよう想いを送り続けていた。

 

 

 ==

 

 

 翌朝。陽の光が差し込み鳥のさえずりが聞こえる時間帯。響がそれに気付くようにゆっくり眼を開ける。しかしその目覚めは決して爽やかなものではなく、何かが未だにまとわりつくような不快感を伴うものだった。

 だがそれも、最初に飛び込んだ光景によって何処へと消えてしまう。其処に在ったのは、心配そうにこちらを見つめる未来の顔。その眼の下には、普段の未来からは決して見られないクマが出来ていたのだ。

 

「み、未来ッ! どうしたの、そのクマッ!?」

「どうしたの、はこっちの台詞だよ……。響、うなされ方が前より酷くなってる……」

「そう、だったの……? で、でもメディカルチェックでは特に何ともなかったし、わたし自身なにか不安や心配があるってわけでもないし……」

「本当にそれなら良いんだけど、寝てる時の響はとてもそうは見えないよ……。そんな姿、わたし見てられなくて……。

 響、ずっとうわ言で『わたしは独りっきりだ』、『ここは暗い』って言ってるの……。本当に、なにも心当たりは無いの?」

「わたし、そんなことを……? で、でも、本当にそんな心当たりは無いよッ! 

 翼さんも、クリスちゃんも、マリアさんも、調ちゃんも、切歌ちゃんも、エルフナインちゃんも師匠たちも居る……。ミライさんもいるし、前のことで一緒になったウルトラマンさんたちの光もちゃんとここにある。

 それに未来が傍に居てくれる。それをなによりも理解ってる。だから──」

「大丈夫なんかじゃないよッ!!」

 

 未来の怒声……彼女から滅多に出る事の無い声が、部屋の中に響き渡った。

 一番長く傍に居るから理解る彼女の異常さ。そしてそれを抑え込み隠そうとしている、思いやりと言う言葉を隠れ蓑にした自己負担。未来はそれを、許しはしなかった。

 

「辛い時は辛いって言って欲しい。頼って欲しい。こんな時ぐらいは、素直に甘えて欲しいよ……」

 

 怒りと共に訴える未来。クマを浮かべた目尻には、小さく涙が浮かんでいた。

 それを目の当たりにしてようやく響が気付く。大事な親友をここまで追い詰めていたことを。そこでようやく、響は自分の口で自分の状態を話していった。

 

「……ごめん未来。でも、心当たりが無いのは本当に本当なんだ……。

 ただ覚えてるのは、夢を見る度に苦しくて辛くなるってこと……。目が覚めても不安が残ってて、なんだかそれに押し潰されそうになるの……。

 自分には未来やみんながいるのに、夢の中の自分は、真っ暗な世界で独りぼっち……。なぜあんな夢を見るのか、全然分からなくて……」

「真っ暗で、独りぼっち……。前の、ウルトラマンさんたちと一緒に戦った時にあった事みたいな感じじゃなくて?」

 

 疑問に思って未来が尋ねる。先の戦い──怪獣侵略事変の折に、響は地球のマイナスエネルギーに飲まれ生死の淵に立ったことがあった。

 そこから彼女を助けたのは未来を含む仲間たちであり、その時の事を思い出した未来はそれとは違うのかを聞いたのだった。

 

「うーん……なんとなく近いような気はするけど、ちょっと自信無いなぁ……」

「そっか……。なんにせよ、今のままじゃ響の身体が持たないよ。弦十郎さんやエルフナインちゃんも勧めてたし、メンタルチェックも受けてみよう?」

「そうだね……そうするよ」

 

 未来の勧めに笑顔で返す響。しかし、未来はそれを普段通りの笑顔とはどうしても思えなかった。

 それぐらい、響の顔は疲れて見えたからだ。

 

 

 

 訓練室では、現在装者5人が思い思いに身体を動かしながら言葉を交わしていた。みな響の体調を心配し、それを慮るばかり。未来と共にメディカルチェックに赴いた彼女の、昨日よりも更に憔悴していた姿を見てしまえばそうもなろう。

 故に想いを言葉にすることしかやり様がなかった。皆の心に巣食う”心配”はどうしようもなく心を蝕み、少しでも発散させるためにはそうするしかなかったのだ。

 そんな少女らの中でも、一際心配を陰の気に変えている者が居た。クリスだった。

 彼女の懊悩と膨れ上がった負の想いは、あの時昨日この場に居なかった者たちにも伝わっている。その空気に耐え兼ね、遂には翼からクリスに声をかけていった。

 

「雪音……昨日も言ったが、確かに立花の昏倒には我々も責任の一端があるが、それが全ての原因などではない。そのように気を病むな。

 今回の件の根本的な原因は、立花の奥に根差す別の何かのようだからな」

「……でも、あたしが撃ってなけりゃ……。引鉄を引いたことで、あいつが悪化したのなら……あたしは……」

 

 口惜しそうに額を押さえるクリス。彼女の責任感の強さが、今は裏目に出ているのは誰の目にも明らかだった。

 

(まったく……この子も大概打たれ弱いんだから……)

 

 小さく溜め息を吐きながらマリアが起ち上がり、クリスの前に立つ。

 

「あーもう、まどろっこしいわね。こんなとこで貴方が凹んでても、何の解決にもならないのよッ! それよりもボーっとしてるぐらいなら私の訓練に付き合いなさいッ!」

「な、なんだよ藪から棒に……」

「藪から棒も何も、ここはトレーニングルームで私たちは訓練に来てるの。体調悪くないなら付き合いなさい。無論、手加減なんか無用よ。

 まぁ……今の貴方なら、たとえ全力でも私にまともな攻撃を当てられるとは思えないけど」

「んだとッ!? 言いやがったなッ!」

「悔しいと思うならかかって来なさいッ!」

「安い挑発だが──買ってやらぁッ!」

 

 即座に二人が飛び出しギアを纏う。そのまま感情を剥き出しにしたクリスの攻撃をゴングにして、二人の戦いは始まった。

 

「つ、翼さんッ! いいんデスかッ!?」

「二人を止めた方が……」

「……いや、大丈夫だ。マリアの思慮深さは二人とも知っているだろう? 雪音を煽ったのもきっと正しい理由があってのことだ。

 それに雪音にとっても、半端に燻ぶり続けるぐらいならああして感情を出し切った方が良いからな」

 

 翼の言葉を聞きつつも、心配そうな顔は崩せぬままに二人の戦いを見守っていた。

 

 

 クリスの連射を躱しつつ、時間差で放たれる矢を短剣で弾き飛ばす。その連射の間隙を見て、即座に接近戦を持ち込むべく駆け出すマリア。だがクリスもそれを迎撃する形で攻撃態勢を取る。

 

「そこだぁーッ!!」

(──避けれる。だけど……)

 

 引鉄が引かれ、発射された弾丸がマリアに直撃して爆発する。確かな手応えに笑みを浮かべるクリスだったが、その表情はすぐに驚きに変わった。

 吹き飛ばされたマリアがそのまま受け身も取れず、顔面から叩き落ちたのだ。まるでそれは、昨日の響のように。

 

「えっ……マリアッ!」

「う、受け身もせずに落ちたデスかッ!?」

「お、おい、大丈夫……なのかよ……?」

 

 フラッシュバックした光景に驚きと慄きを感じながら、クリスは恐る恐る……何処か怯えながらマリアに寄っていく。まさか、また……そんな想いに囚われながら。だが──

 

「大丈夫に決まってるでしょう?」

 

 平然と立ち上がり髪をかき上げて整えるマリア。さも当然のように立ち上がる彼女の身体に、ほんの僅かな傷痕はあれど身体を害するレベルのダメージは全く無い。そう言わんばかりに身体を動かしていった。

 

「え、あ……」

「なんて顔してるの。いくら姿勢を崩して落ちたからって、大抵の衝撃はギアが吸収してくれる。翼だって言ってたし、貴方だって経験が無い訳じゃないでしょう? 

 怪獣が相手じゃないんだから、単純な衝撃威力で致死することは無いわ。いくら本気とは言え、模擬戦程度の威力じゃね」

「そ、そりゃ……分かってはいるけど……」

「それに、あの子の取り得はそのタフネスでしょう? 私がこんなにピンシャンしてるんだから、あの子に影響があるわけがない。そうは思えないかしら?」

 

 微笑みながら語るマリアの言葉で察したのか、切歌と調もその輪の中に入って来た。

 

「そ、そうデスよッ! それにクリス先輩だってよく言ってたじゃなデスかッ! 響さんは元気が取り柄だってッ!」

「あまり自分を責め続けるのも良くないです。それは、先輩から教わった事です」

 

 後輩二人に痛いところを突かれ、思わず照れるように髪をかき乱すクリス。そこへ翼も歩み寄り声をかけてきた。

 

「三人に教えられたな」

「……ああ。ったく、情けねぇったらないや。まぁでも、おかげで少しは落ち着いたよ。……その、ありがとな」

「はいはい」

 

 マリアの軽い返しに思わず頬を膨らませるクリス。そうして訓練用バトルフィールドから出る二人だったが、マリアの背を見て調と切歌は思わず彼女の身体を心配していた。

 確かに彼女の言う通り、あの程度の衝撃では内臓や骨格にまでダメージは通らない。表面的な傷ですら付きはしないだろう。だがノーダメージと言うわけでもない。いくら吸収分散させたとは言え、模擬戦用装備とはいえ、クリスのカウンター攻撃をノーガードで当たり受け身も取らず落下すると相応の痛みは生じてしまう。

 端的に言うとそれは、プールの飛び込み台から飛び込んで腹打ちしたぐらいの痛み。あえて言葉に出さずとも、マリアはそんな痛みを強がり耐えている。それを忍ぶかのように二人は秘かに憐みの眼を向けていた。

 

 一つのわだかまりが解けた時、翼の通信機に弦十郎から通信が入る。異常事態を検知したから一度発令所に来るようにとの指令だった。

 

 ==

 

「全員、来てくれたな」

 

 発令所に集まった者たちを見回して弦十郎が言う。そこに居たのは翼、クリス、マリア、調、切歌、そしてミライの6人だった。

 

「えっと、響さんは待たなくていいんデスか?」

「響くんはまだメディカルチェック中だ。各部身体チェックからストレスチェック、そこに併せてヒビノくんにもお願いしてマイナスエネルギーの侵食が無いかを診てもらっていたんだが……」

「80兄さん程の眼は無いですが、僕が見た限りでもマイナスエネルギーの侵食は無いと判断しました。ごく普通の……皆さんとそう変わらない程度です」

「その結果自体は喜んで良いものだと思うが、なにせ状況が状況だ。急務になる以上、今回は響くんに任務から完全に外れてもらうこととした」

「それで風鳴司令、その急務と言うのはどんな事案なのかしら?」

 

 マリアの発言と共に全員の眼が弦十郎に向けられる。弦十郎は彼女らに視線を返し、少しばかりの間を開けて答えていった。

 

「──ギャラルホルンのアラートが鳴った。何を意味しているか、みんな理解るな?」

 

 驚きはあるものの、その意味自体はみんな理解っている。並行世界に発生した異変と、世界の接続……それに伴い流入するこの世界への異常事態。

 先の”天羽奏が生存している世界”との件以来、決して目を背けて良い問題ではないと皆で決めた事案だ。

 

「しかし、よりにもよって立花の不調と重なる形でのアラートとは……」

「気持ちは分かるが、事態とはこちらの事情まで斟酌(しんしゃく)などしてくれないものだからな」

「それじゃあ、今回の召集は並行世界の調査任務、という事ですか」

「ああ、そういうことだ。聖遺物分析班からも、ギャラルホルンからは依然強い次元干渉波が出ているとの報告だ。それが現状どのように作用するかは不明だが、それも含め調査が必要と判断した。

 故に今回の任務は、渡航する先の並行世界がどのような世界で、如何なる異常が起きているのかを確認するためのもの……いわば潜入偵察任務だな」

「潜入偵察……なんだかメガネを付けて気を引き締めなきゃいけない感じデスね……」

 

 切歌が意味深な言葉を呟きながら真剣な顔をするものの、皆に先んじて一歩前に出たのはクリスだった。

 

「あたしが行く」

「クリスくん?」

「偵察なんだろ? だったらあたし一人で十分だ。あの馬鹿の抜けた穴ぐらい、あたし一人でいくらでも埋めてやる」

「雪音、それは誤った責任感だと──ッ!」

「そんなんじゃねぇよ。前にだって、こっちの世界にノイズやカルマノイズが出て来たことも在ったんだ。こっちの世界に何が起きるか分かったもんじゃねぇ。今度はあの怪獣がこっちに来るかもしれねぇしよ。

 やることが偵察なら大人数で行くこともねーだろ?」

 

 もっともな理由を並び立てるクリス。彼女の発現に翼は反論の言葉を失うが、それに代わって弦十郎が話し出した。

 

「確かにクリスくんの言う事は一理ある。だが組織の長としてその判断は容認できない」

「なんでだよッ! あたしの力が信用できないのかッ!?」

「そうではない。向かう先は並行世界……我々の世界と限りなく近くても、異なる歴史を歩んでいる時点でそこは完全に未知の世界と言って良い。

 そのようなところで万が一不測の事態に陥った時、一人では手詰まりになる恐れもある。そうなってからでは我々も助け舟を出しようがないからな。こればかりは、任務の性質上の問題だ」

「それなら、私がクリスと一緒に行くのはどうでしょう?」

 

 弦十郎からの指摘にフォローするかのように、自ら立候補するマリア。それに一瞬驚いた弦十郎だったが、マリアは構わず話を続けていった。

 

「クリスのバトルスタイルを加味すると、連携行動をとるならば私はこの子の欠点を補える。勿論私の欠点は彼女が。それに、こちらの世界のみとは言え私自身単独任務はこれまでも行ってきましたし、並行世界での対処にも慣れています」

「……そうだな、二人ならば問題は無かろう。だが飽くまでも偵察任務であることは忘れるなよ。

 では二人はすぐに準備をして、聖遺物保管室まで集合してくれ」

 

 了解の言葉を返し、弦十郎を納得させたことで小さく微笑むマリア。すぐに二人は発令所を出て、簡単ながらも支度を整える為に歩いていく。

 その途中でクリスが呟くようにマリアへ言葉をかけた。

 

「──今度は礼は言わねーからな」

「そんな期待してないわよ。仲間の為に行動する……貴方と同じことをしただけ」

「……あーもうッ」

 

 平然とそういうことを言うマリアに、また思わず頭を掻き毟るクリス。そうして準備を済ませた二人は、そのままギャラルホルンの鎮座する聖遺物保管室に向かっていった。

 

 

 

 怪しく明滅し鳴動する完全聖遺物ギャラルホルンが鎮座する聖遺物保管室。

 先にその場へ到着したクリスとマリア。そこへ、未来が顔を覗かせてきた。

 

「あら、どうしたの?」

「いえ、エルフナインちゃんも出て行ったので、何か起きたのかなって……。響があんまり心配するもんだから、ちょっと……」

 

 バツが悪そうに少ししどろもどろとなりながら返答する未来。ノイズの出現警報は鳴っていないが、艦内が慌ただしくなったのも間違いない。それを察したのだろう。

 それに彼女のことだ、本当に響のことを心配した上で、何が起きているのかを確認しに来たのだろうと、クリスもマリアも思っていた。

 

「大したことじゃない、ちょっとコイツ絡みの任務であたしたちが行くことになっただけだ。それよりあの馬鹿はどうなんだ?」

「まだチェック中……。昨日と変わらず、結果の上では問題なさそうなんだけど……」

「……きっと大丈夫だ、そっちも。お前が傍に居てやりゃ、あの馬鹿はすぐ元気になるさ」

「……ありがとう、クリス。任務気を付けてね。マリアさんも」

「ありがとう。こっちは平気だから、今はその心配をあの子だけに注いであげなさい」

 

 優しい笑顔で言うマリアと、隣で同じように微笑むクリス。二人に一度礼をして、未来はそのままその場を去っていった。

 彼女と入れ替わるように、今度は翼たちが入って来た。

 

「見送りの挨拶はもういいのか?」

「そんな大層なもんじゃねーよ。……みんな、あの馬鹿のこと頼むな」

「お任せください」

「デスッ!」

 

 仲間たちの言葉に心強さを感じ、二人は各々のギアを纏う。その時、弦十郎たちと一緒に並んでいたミライの左腕が輝きを放ちだした。

 

「ミライさん、それは……ッ!」

 

 エルフナインの驚きの声と共に全員が其処へ注視する。ミライの左腕には、炎を象ったブレスが彼の意志と関与せずに顕現し、強い輝きを放っていた。

 その理由を、ミライは直感的に理解していった。

 

「僕も、行くべきだと言うのか……。風鳴司令」

「ああ、任せる。君は協力者であり俺たちの仲間だが、S.O.N.G.の一員というワケではないからな。君の選択と行動には信頼で応えよう」

「……ありがとうございます」

 

 微笑みながらクリスとマリアの下へ行くミライ。彼らを迎え入れるようにギャラルホルンは混沌の渦を開き、三人はそこへ足を踏み入れていった。

 次なる並行世界と、そこで起きている事変の調査……装者たちとウルトラマンの新たな任務が、この時始まったのだった。

 

 

 

 

「……そっか、クリスちゃんとマリアさんとミライさんが……」

「うん、任務で並行世界に行ったんだって」

 

 自室のベッドの上、響がまた疲れたように横たわりながら未来から話を聞いていた。ギャラルホルンのアラート、新たな並行世界、そこへの調査任務。

 みんなは響の身を案じて話をしなかったが、彼女はそれをついネガティブに捉えてしまっていた。

 

「みんなに迷惑かけちゃったかなぁ……」

「そう思うんなら、まずは響自身が元気にならなきゃ」

「うん、そうだよね……。メディカルチェックもミライさんのマイナスエネルギー診断も問題なかったし、ストレスチェックもそんな強いものじゃなかったし……夢見が悪いだけなんだから、早く元気にならなきゃね」

 

 そう言って微笑む響。だが何処か空元気で作っている彼女の笑みに未来は未だ不安を払拭できず、少しでもそれを晴らすように響へ話しかけていった。

 

「ねぇ響、まだ寝るのが怖い?」

「……正直言うと、ね。またあの怖い夢を見るんじゃないかって、どうしても思っちゃう。

 日の当たらないところに閉じこもって、周りには誰も居ない。苦しいのに誰も助けてくれない。誰も笑いかけてくれない。誰も手を握ってくれない。ずっとずっと心の奥が痛いのに、いつの間にかそれが当たり前になっていく……それが、どうしても怖い。

 わたしには未来もみんなも居るの、自分が一番分かってることなのに……目が覚めたら誰も居なくなってるんじゃないか……夢が本当の事になってるんじゃないかって……」

 

 本心からの不安を吐露する響。素直に言ってくれたことに少しだけ安堵しながら、未来は響の手を優しく包み込んだ。

 

「大丈夫だよ。みんなも──わたしも、居なくなったりしないから」

「──ありがとう。やっぱり未来はわたしの陽だまりだよ……」

 

 手に伝わる温もりに安心したのか、自然と目を閉じる響。そのまま彼女は、驚くほど早く眠りに落ちていった。

 未来はただ、少しでも響の苦しみが消え去ることを祈り、優しく手を握り続けていた。

 

 

 ==

 

 

 一方、ギャラルホルンの転移が完了したクリスとマリアとミライ。すぐに周囲を確認し、見える範囲での世界の判断をしていく。

 時間はすでに夜の入り。空には真円の月が昇っており、市街地はやや閑散としていた。

 

「ルナアタックは起きてない、か……」

「この世界の装者はどうなってるのかしらね。翼か、天羽奏か、はたまた別の歴史になっているか……。貴方はなにか感じる?」

 

 ミライへ話を振るマリア。尋ねられてすぐ、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませていくミライだったが、それで何かを感じ取れはしなかった。

 

「……すいません。ただ分かるのは、前の並行世界と似たようなマイナスエネルギーの流れを僅かに感じるぐらいです」

「つーことは、またあのベゼルブが来るかもってところか……」

「既に侵略が始まっているのか、その抑止力が存在するのかも現状では不明ね……」

 

 つい考え込む三人。だがその現状を破壊するかのように、甲高い叫び声が聞こえてきた。何者かに人が襲われる、恐怖の声が。

 

「考え事は後にしろってかッ!」

「そうね。ノイズかもしれないから私たちは最短距離で向かいます。ヒビノさんは避難遅れがあるかを見てから合流、援護を」

「分かりましたッ!」

 

 そうして別々に走り出す三人。路地や隙間を見逃さず独り走るミライは、その中でパーカーを着てゆるゆると歩く少女の姿を目にした。

 彼女の歩む方向は、先ほどクリスとマリアが飛び込んでいった方向だった。

 

「待ってください、そっちは──ッ!」

 

 駆け出しながら呼び止めようとするミライだったが、パーカーの少女はその僅かな間に忽然と姿をくらませていた。

 彼女の風貌に何処か見覚えを感じたミライだったが、いますべきは彼女を追う事ではない。優先事項の再認を即座に行い、行動を再開する。その先でまた会うことがあれば避難誘導をする。

 今はそうすべきだとして、ミライは彼女の存在を心の隅に置いてまた走り出した。

 

 

 また一方、声の方向に突き進むクリスとマリア。その中で二人の耳に、覚えのある声が聞こえてきた。得物を奮う時の掛け声と、凛々しさのある歌。

 

「こっちの世界の先輩、ってことか。だったらそう心配はなさそうだな」

「……だと良いけれど」

 

 クリスの言葉に言い得も無い、不安に近い奇妙な感覚を覚えるマリア。声で翼だと判断は出来るものの、本当に”翼”なのだろうか? という違和感がある。

 だが今はそれを拭い、一先ずは現着してみないと理解らないと判断しアパートの屋根を蹴って跳ぶ。直後目視したそこには、蒼のシンフォギアを纏う装者がノイズとの戦いをしていた。

 

「──お喋りはここまでねッ! 援護よろしくッ!」

「任せろッ!」

 

 左腕から短剣のアームドギアを取り出したマリアはそのままノイズの群れへ突撃。クリスも右手のアームドギアを愛用のガトリングガンに変形させ、着地点を広げるかのように発射してノイズを砕く。

 直後、その装者の背後に着地したマリアはそのまま襲い掛かるノイズを切り裂き砕いていった。

 それが異変だと即座に気付いた蒼のギアを纏う装者──風鳴翼は、闖入者に向けて刃を振るう。マリアはその自分に向けられた刃を受け止め、慌てる彼女に落ち着いた声で返していった。

 

「なんだッ!?」

「待って、私たちは敵じゃない。人々を守護るためにノイズを斃したいだけよ」

「いきなり現れて何を──」

「無駄話してる場合かよッ!」

 

 翼に襲い掛かるノイズを撃ち払うクリス。真紅のギアを纏う彼女の姿を見て、翼の表情が急転する。

 まるでそれは、全身で歓喜を表現する動物のような。

 

「クリスッ!? クリスなのかッ!? やっとオレの頼みを聞いてくれたのかッ!!」

「はあッ!? い、いきなり何言ってんだッ!」

「しかし凄いな、いきなりそこまでシンフォギアを扱えるなんて……。流石はオレと奏が見込んだ後輩だッ!」

「ちょ、ちょっと待って待ちなさいッ!」

 

 目を輝かせながらクリスに寄って話を炸裂させる翼。しかし言うまでも無くクリスとマリアにはこの状況が理解できず、思わずマリアが間に入って話を途切れさせた。

 

「む、さっきからなんだお前。先輩と後輩の熱い語らいを邪魔しやがって」

「ちが……いやそうかも知れないけどそうじゃなくて……ッ!」

「……気持ちは分かるけど混乱しないでクリス。

 すごく端的に済ませるけど、私たちは貴方の敵じゃないし彼女は貴方の知っている雪音クリスでもない。詳しい話は一旦置いといて、当面の目的はこの場に出現したノイズの掃討。

 お互いの積もる話はその後でお願いできないかしら?」

「……ん、うーん……よく分からないけど、ノイズ倒すのを手伝ってくれるってことか?」

「ああ、その為のこいつ(ギア)だろ?」

 

 言いながら自らのアームドギアを見せるクリス。それだけで、翼は彼女らの意図を汲み取った。至極単純に、ではあるが。

 

「そうだな、分かった。今はノイズをブッ飛ばすのが先決だッ!」

 

 そう言って即座に二人に背を向ける翼。本当に理解しているかは甚だ疑問ではあったが、少なくとも背を預けるという意思は伝わってきた。

 そんな態度も含め、自分たちの知る”風鳴 翼”とはまるで違う”風鳴 翼”。しかしそんな思案など知らぬとばかりに、人類の天敵たる極彩たちは襲い掛かってくる。

 何かを諦めたかのようにクリスとマリアもまた敵へ身体を向け、三人はそれぞれ己が背をそこに居る相手に預けていくのだった。

 

 そうしてノイズとの戦いが始まり、その最中にミライが増援として現れる。

 ノイズも更に……逃げ遅れていた民間人の近くに出現するが、その窮地を破りノイズを掃討したのは、白いマフラーを靡かせ黄金の徒手空拳を放つこの世界のもう一人のシンフォギア装者──立花響だった。

 戦いを終えて彼女とコンタクトを取ろうとするクリスとマリアだったが、その接触は無駄に終わり、彼女は闇の中へと去っていった……。

 

「しかし、みんなも知ってたのか、アイツのこと?」

「ん、ああ……。まぁ、知ってるといえば知ってるけど、こっちの世界じゃ初対面だな……」

「貴方は彼女のこと、よく知ってるの?」

「よく知っていると言うかなんと言うか……。アイツとはノイズとの戦闘中によく出くわすんだけど、いっつもあんな感じなんだよな」

「いつもッ!? 今日は虫の居所でも悪かったとかじゃなく……ッ!?」

(──あんな、昔のあたしみたいな眼を、いつも……?)

「ああ、いっつも。見てるだけで気疲れするよ」

 

 翼の大きな溜め息に、全員が首肯するかのように一泊の間を置く。そこへ、ミライが歩み寄って来た。

 

「……まるで、別人みたいですね」

「そうね……。私達の知るあの子とはだいぶ違うように見えるわ」

「うー、知ってると言ったり初対面と言ったりなんなんだ? もうワケわかんねーッ!」

「ごめんなさい、ちょっとここで説明するには長い話になっちゃうから……」

 

 思わずうなり出す翼を押さえながら、話を聞き出していくマリア。話材の矛先は、もう一度先ほどの立花響に向けていった。

 

「ところで、戦場でたびたび顔を合わせるって言ったけど……彼女、貴方と一緒には行動していないの?」

「ああ。アイツはウチの組織の人間じゃないしな」

「そうなの?」

「そ。こっちがなに話しかけても聞く耳は持たないし好き勝手暴れるしで、ちょっとどうすりゃいいか分からねーんだよ。……こっちの事情もあるってのに、ったく」

 

 と、そこへ翼の持つ通信機が鳴り始める。すぐにそれを取ると、通信機から司令と思しき者の優しげな声が聞こえてきた。翼もそれに軽快に言葉を返していく。

 そうしてごく短い時間の通信を終えた後、翼は二人の方を向き話しかけていった。

 

「三人とも、ウチの本部まで来てくれ。なぁに悪いことはしねぇよ、ウチのボスが挨拶したいんだそうだ」

「ええ、そう言ってくれるとありがたいわ。こちらとしてもそっちに行きたかったところだからね」

「だったら話は早いな。っと、自己紹介が遅れたが、あたしは風鳴翼。特異災害対策機動部二課の、シンフォギア装者だ」

 

 ニッコリ笑ってピースサインを突き出す翼。その姿にやはり強い違和感を覚えながらも、マリアたちも簡単に自己紹介をしていく。

 

「……私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴよ。改めてよろしくね」

「ヒビノ・ミライです。よろしくお願いします」

「あたしは──」

「雪音クリスだろ? 分かるってそれぐらいッ! なんたってあたしの立派な後輩だもんなッ!」

「違……ッ! い、いや違わないのかもしれねーけど、なんかその、なんか……ッ!」

「照れるなよー。でもクリスはいつの間に装者になったんだ? そのギアもウチのじゃ無いみたいだし……。あ、あのアメリカのなんとかってところかッ?」

 

 言葉にならず、されどどう返せばいいのか分からないまま翼にくっつかれるクリス。まったく予想外の展開にクリスが慌て続ける中、二人の後を歩きながらマリアとミライが話を続けていた。

 

「ここでもそのまま”二課”なんですね……」

「そうね……。ルナアタックも起きてないし、ここが並行世界というのは間違いないのだけれども……」

「──あの人は本当に、翼さんなんでしょうかね」

「……彼女の言を疑うつもりはないし、天羽々斬も戦場の歌も翼であると言う以外にない、けど……」

 

 当然の困惑。何せあまりにもキャラが違い過ぎるのだ。

 

「これも並行世界の……分岐した可能性が生み出した結果なのかしらね」

「かもしれません。それに、響さんも……」

「──……問題は山積み。でも、私たちはそれを何とかする為にやって来た。貴方も含めてね。

 進んでいきましょう。せめて、前向きに」

「……はい、そうですね」

 

 

 ==

 

 

 基幹世界。

 

 響と未来の寮部屋では、眠りながらなおもうなされている響を、未来が心配そうに見つめていた。

 突如彼女を蝕んだ異変……未来はその心当たりも分からぬまま、今はただ響の快復だけを祈り、彼女の手を握り締めていた。

 

「……うう……うあ、あぁ……ッ」

「大丈夫だよ響。きっと、すぐに良くなるから」

「……独りは、嫌だ、よ……。置いて、いかない、で……みんな……未来……」

「──私は、ここにいるよ。ずっと一緒に居るから。大丈夫だから……」

 

 より強く、その手を握り締める。

 語った言葉が、確かなものだと伝える為に。

 誰よりも手を繋ぐことを望んでいた彼女に、その手がいつまでも繋がっている事を伝える為に。

 

 ……だがそれでも、不安の泥濘は容赦なく未来の心を飲み込んでいく。

 故にこそ、たった一言で良いから言って欲しかった。

 いつもの元気な声で……いつもの、太陽のような笑顔で。

 

『へいき、へっちゃら』だと……。

 

 

 

 

 end.



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EPISODE 02【陽だまりの無い世界】

 特殊災害対策機動部二課。

 翼の案内で廊下を歩いていくクリス、マリア、ミライ。本来ならもっとこう、見覚えばかりの不思議な感覚に襲われるものだと思っていたのだが、まるでそんな感覚は無い。

 と言うかそんな暇がない。何故ならば──

 

「そこがトレーニングルームで、すぐ隣がシャワールームになってんだッ! おっと、流石にこっちは女性用だから兄ちゃんはあっちの使ってくれよなッ! それでそれで……」

 

 翼が猛烈に喋るからだ。

 聞かれていることもいないこともなんでもかんでも。機密と抵触していないのだろうかと逆に不安になる三人を尻目に、翼はどんどん歩いていく。

 彼女を追っていくと、やがて見覚えのある鋼鉄の扉に行き付いた。そこは紛れもなく……。

 

「指令室、到着だッ!」

 

 鋼鉄の扉が開き、多くの電算システムで埋め尽くされた空間が広がる。席に座っていたのは見慣れたオペレーターたちと、黒いスーツを着た男。三人は即座にそれを風鳴弦十郎と思ったが、翼から出たのは別の言葉だった。

 

「たっだいまーッ! 九皐(くさつき)さんッ!」

「おかえりなさい、翼さん。お疲れ様でした」

 

 立ち上がり振り向いた男は、やや角ばった精鍛な顔付きと、肩まで伸ばした後ろ髪を結び整えている男性。柔和な笑顔で三人を見る彼は、風鳴弦十郎ではなかった。

 

「はじめまして。私は特殊災害対策機動部二課の司令官を務めさせていただいています、『風鳴 九皐(かざなり くさつき)』と申します。

 この度はノイズ掃討と民間人の避難に協力いただきありがとうございます」

「お、オッサンじゃない……ッ!?」

「ははは、そんなお世辞を。私ももうそう言われてもおかしくない歳ですよ」

「す、すいません、そういう意味では……。その、先ずは快くお招きいただき、ありがとうございます」

「いえ、装者であれば可能な限り協力体制を取った方が良いですからね。しかし同時に、貴方たちには不可解な点があります。それについて聴かせていただくべきだと思いましてね」

 

 九皐の眼が鋭く光る。一瞬気圧されたクリスとマリアは、その眼力に風鳴の血のようなものを感じ取っていた。

 だがこちらの目的は彼らと敵対することではない。それを心に詰め直し、マリアが自分たちのことを話し始めた。

 簡単な自己紹介を終えたあとはすぐに本題……完全聖遺物ギャラルホルンの鳴動と、並行世界の異変の調査でこの場に訪れたと伝える。決して敵対したり、この世界に混乱を引き起こすような真似はしないとも。

 

「……なるほど。一先ずは貴方たちの話は、そのままの意味で把握させていただきました」

「全面的には信用してくれないという事ね。懸命だわ」

「流石にそのお話は拍子が突き抜け過ぎていますしね」

「それは、そちらの世界では特に異常は起きていないと取っても良いのでしょうか?」

「ご想像にお任せします。ただ言えるのは、貴方たちの言う漆黒のノイズや巨大怪獣、不審な黒ずくめの男の目撃報告は上がっておりません」

 

 柔和な言い方なれど毅然とした断定を以て言葉を返した九皐。そんな彼を、マリアは”食えない男”と思考の中で形容した。言葉の差し筋が全て読まれているような、そんな錯覚までさせられる。

 次はどんな言葉で情報を引き出すかと、表情崩さぬ心理の指し合いを高速で繰り返すマリア。だがその打ち合いを止めるかのように、扉が開き一人の男が入って来た。

 ワインレッドのワイシャツと、その上に白衣を纏った偉丈夫──それはマリアやクリス、ミライもよく知る人物、風鳴弦十郎だった。

 

「九皐兄貴ッ! 新しいシンフォギア装者が来たんだってッ!?」

「弦おじさんッ!」

「弦……お前には先日永田町に送られたモノの調査を頼んでいたはずだが?」

「そいつはバッチリ終わらせてきたさ。今のところアレが自力で活性化するなんてことは起きんよ。

 それよりも君たちか、他所から来たシンフォギア装者と言うのはッ!」

 

 目を輝かせながらマリアたちに歩み寄る弦十郎。友好の印である握手をするべく差し出した手を、クリスとマリアは固い笑顔で、ミライは変わらず純朴な笑顔で握り返していった。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ、です」

「あー……雪音、クリスだ」

「ヒビノ・ミライですッ! よろしくお願いしますッ! 僕は装者ではないですが、お二人の仲間ですッ!」

「俺は風鳴弦十郎ッ! 九皐司令の弟で、二課の技術部門を統括しているんだ」

「弦おじさんもスゲーんだぜッ! 了子さんの代わりにギアのメンテとかよく分からない便利アイテムとか色々作ってくれるんだッ!」

「代わりと言っても、まだまだ了子くんの後釜にはなれんがな。まったく、無謀難解な宿題を遺してくれたもんだ」

 

 よく喋りよく笑う。普段見る弦十郎より明るさが増しているように、クリスもマリアも感じられていた。もしくは、”司令”という重責の存在しない彼の素の部分は、こういった人柄なのかとも。

 

「さて、個人的興味で恐縮だが君たちのギアに付いて聴かせてほしいのだが……」

「ああ、それぐらいなら──」

 

 思わず二つ返事で了承してしまおうとするクリスの口を押え、マリアが言葉を改める。瞬時に判断したこの好機、悪手を指すわけにはいかない。

 

「構わないですが、代わりに条件を付けさせていただきます。条件はそちら側の情報の開示と、私たちが明確にそちらへの敵対行動を行わない限り行動制限をかけないこと。

 対価に当たるは私たちのシンフォギアのデータ。聖遺物学術と科学技術の集大成たる櫻井理論の結晶……その秘匿性、機密性は貴方がたもよくご存じのはず。であれば──」

「よし乗ったッ! 無論何もかもとは言えんが、答えられる範囲であれば何でも答えよう。なぁ九皐兄貴ッ!」

「弦……だからお前は、そうやって勝手に話を進めるんじゃない……」

 

 慎重さの無い弦十郎の二つ返事に呆れた溜め息を吐くものの、九皐は改めてマリアたちに向かい合って話を始めていった。

 

「……私の見解を述べさせてもらいます。

 並行世界……君たちは時空を跨ぎ並列する別世界から来たと言いました。だがそれは容易く信じられる話ではない。それぐらいは君たちも理解していると思いたいですけどね」

「ん、まぁ確かに……」

「我々も知るシンフォギアという兵装、だが我々の知らない聖遺物で作られたモノを纏う見知らぬ装者たち。そしてノイズを砕く携行銃器を持つ青年。警戒せざるを得ない状況です。君たちは正に、得体の知れぬ者たちなのだから。

 だが君たちの行動は、間違いなく人を救い、人の命を守る為に行われたものだという事も理解はしました。だがそれは、我々を騙す手口なのかもしれないですけどね」

「そんな、僕たちは──」

「”そんな事をするはずがない”。決まり文句です。それを信じるのも信じないのもこちらの裁量一つだというのに。

 そして君たちは、翼さんと一緒にここまでやってきた。お互いの喉元に食らいつける、まるで”相入玉”のように。何故そのような判断を?」

「私たちは彼女を信じたからです。私たちの世界にも”風鳴翼”は存在する。こちらの彼女とは性格や戦い方、考え方や歩んできた歴史は違えど、奏でる歌は紛れもなく”風鳴翼”だと判断し、その歌を信じようと思いました。

 それにこれは勝負ではない。目的を為すための駆け引きではあれど、私たちはそちらと刃を交えるつもりは無いからです。

 ──であれば、”足を止めての殴り合い”など、最悪手でありましょう?」

 

 マリアのその言葉に、九皐は穏やかに微笑んだ。何か一つ、彼女から信じられるものを得たかのように。

 それはマリアも同じであり、だが一方でクリスもミライも翼も弦十郎も、よく分からずに首を傾げていた。

 

「四日前のノイズ反応記録を出してください」

 

 九皐の言葉に従いオペレーターがコンソールを操作、モニターにグラフを表示させる。見た限りでは、それは特に変哲の無いグラフだ。だが九皐はある一点を指し、言葉を続けていく。

 

「こちらは四日前に観測されたノイズの反応です。この中に一か所、一際強いノイズ反応が見られました。こちらですね」

「他よりも強いノイズの反応……ってまさかッ!」

「カルマノイズ……ッ!」

「恐らくは、ですが」

 

 クリスやミライが驚きと共に歯を食いしばらせる。やはりこの世界にも、あの敵は存在していたのだから。

 だがそれを横目に、九皐は少し曖昧な答えで場を流していった。

 

「恐らくとは、どういう事ですか?」

「確証が得られていない、という事です。翼さん、あの時の事を話してくれませんか?」

「ん、ああ。あの時はノイズを斃してから、九皐さんの指示でその場所に急いで向かったんだ。でも、オレが行った時にはそこには何もなかった。

 ……あいつ、立花響以外には誰も、なにも」

 

 口惜しいように奥歯を噛み締める翼。彼女からしてみれば、反応があった場所に行ってみれば響しかおらず、彼女もまた状況を何も言わずに立ち去ったのだ。流石によい感情は持っていないだろう。

 それを慮りはするも、焦点となるのはそこではない。

 

「……つまり、事の詳細はあの子しか知らないって事ね」

「でも、なんでそのことを黙ってたんだよ」

 

 クリスの指摘に九皐は表情を変えず、理路整然と言葉を並べていく。

 

「一つは貴方がたを信用していなかったから、迂闊に情報開示する訳にはいかなかった。あぁ今はもうそれはありませんよ。

 そしてもう一つは、先程も言いましたが確証が得られていなかったからです。

 反応の大きなノイズと言うのは他に例が無い訳でもない。貴方たちも装者ならば、建物以上の大きさのノイズと戦ったことぐらいはあるでしょう? そちらの線も考慮に入れていたわけです。

 貴方がたの話から察するに、カルマノイズはどうやら通常サイズのノイズでありながらそういった巨大ノイズと同程度──いや、もしかしたらそれよりも大きな質量反応が発生するはず。ただそれを、この時の反応だけで判別することは出来なかっただけなのです」

「すまんな兄貴、俺がもっと精度の良いヤツを開発できてれば……」

「今までコレで間に合ってたのが通じない事案が発生しただけだ。アップデートしてくれればそれでいいさ」

 

 頭を下げる弦十郎に、九皐は変わらぬ微笑みで返していった。

 

「なんにせよ、事情を知ってるのはアイツだけってことか……」

「会いに行きましょう、響さんに」

「問題は、あの子が何処に居るかだけど……貴方たちはご存じない?」

「申し訳ない、彼女は我々の管轄に居ないので詳細な居場所を特定することは出来ません……。

 精々分かるのは、観測上彼女のギアの反応が途絶える場合が多い地点はリディアン音楽院周辺としか……」

「いいえ、感謝します。一先ずはその周辺を辿ってみますね。

 それと、風鳴……弦十郎、部長。貴方には先程の対価としてこちらをお渡ししておきます」

 

 そう言ってマリアは自らのギアであるアガートラームのペンダントを弦十郎に渡す。自らの掌にはあまりにも小さい真紅の結晶を眺め、弦十郎はその眼を輝かせていた。

 

「ああ、ありがとうッ! 並行世界のシンフォギアシステム、しっかり学ばせてもらおうッ!」

 

 普段彼女らが目にしていた彼とは程遠い、まるで子供みたいに好奇心を溢れさせる弦十郎。その様子を見て、クリスが小さく不安を口にした。

 

「……大丈夫なのかよ、勝手に渡して」

「不安は無くはない。けれど、アレが”風鳴司令”なら義に反することはしないはず。それに、私としてはLiNKERの節約にもなるしね」

「鉄火場はあたしら頼りかよ。ケツ持ちやるって言ったのは何処のどいつだ」

「適材適所よ。クリスとヒビノさんの腕前を信じているから、私は貴方たちに命を預けられるもの」

「一緒に頑張りましょう、クリスさんッ!」

「あーはいはい、ったく……」

 

 呆れながら頭をかくクリス。だがマリアの言葉もちゃんと理解している。もし自分が独りでこの世界に来たらと思うと、この世界の響のことやそこに居る風鳴九皐司令への対応は明らかに悪いものとなっていただろう。

 助けて貰った分はちゃんと助け返す。クリスはただそれを思い、溜め息に変えて吐き出した。そうして動き出そうとする三人に向かって、翼が声を上げた。

 

「な、なぁ! オレも行っていい、かな……?」

「別にいいけど……むしろそっちは大丈夫なのかよ」

「……正直なところ、よく分かんねぇ。でもこれは、奏に託されたものだから……!」

 

 翼の眼は決意に満ちていた。それは言葉を変えれば、意地でも付いて行くという決意にも取れる。

 それを察したクリスたちは、そのまま翼の同行を許すかのように手招き。途端に彼女の顔は明るくなり、三人のところに駆け寄り指令室を出て行った。

 そんな翼の様子を見守りつつ、皆が出て行ったところで弦十郎がぽつりと呟きだした。

 

「奏から託されたもの、か……」

「まったく、彼女は何処まで私たちを引っ掻き回すのやら」

「兄貴は苦手だったもんな、あの手のタイプは」

「誰のせいだと思ってるんだ誰の。……だけど、彼女が居たから我々二課も弦の技術部も今なお存続できているし、翼もあれだけ逞しくなった。尊敬に値するさ。

 ……だが、今もあの頃のままであれば……そう思ってしまうのは、俺の悪い癖だな」

 

 過去に思いを馳せる兄に、同じ思いがあると言わんばかりに肩を軽く叩く弦十郎。だがそれらは全て過ぎ去ったもの──時の盤面に”待った”は通用しない。

 二人ともそれは、痛いほどによく理解っていた。

 

 ==

 

 四人はリディアン音楽院の周囲を歩き回り、立花響の姿を探していた。

 だが見つけなければならないとは分かっていても、そう簡単に見つかるものでもない。飽くまでも可能性の高い場所を巡っているに過ぎず、右往左往の運動量と容赦なく照らされる陽光は如何に爽やかな気候とて四人の額に疲労の汗を滲ませていった。

 

「あー見つかんねーッ!」

「闇雲に探してるだけだものね……。少し休憩しましょうか」

「賛成だ。ちょっとばかし落ち着きてぇ……」

「だったら飲み物買ってきますね。皆さんご希望はありますか?」

「スポドリッ!」

「あたしもそれで……」

「じゃあ、私はミネラルウォーターで」

「はいッ!」

 

 朗らかな笑顔で自販機に駆け出していくミライ。その姿を何処か微笑ましく見ていた三人だったが、あまりにも自然に且つ当然のように彼の好意に甘えてしまう形になってしまい、何処か所在ない微妙な気分に陥ってしまった。

 だが積もった疲労感だけはどうしようもなく、とりあえずは空いているベンチを見つけて腰かけていった。

 

「……元気だな、あの人」

「そうね。やっぱり不思議な人だわ」

「んー……ミライさんって二人の仲間、なんだろ? なのになんか、どっちもあの人のことよく知らなさそうだけど……」

 

 翼からの指摘に思わずハッとするクリスとマリア。彼の存在──ウルトラマンだという事はこの世界では誰も知らない。そして知られる必要が無いこと。

 余計なことを迂闊に話して奇異の眼で見られるわけにはいかない……即座にそう考えたマリアはすぐさま翼に返答した。

 

「その、所属部署が違うのよ、私たちと彼とは。私たちは実働班で、ヒビノさんは研究班に属してるの」

「んー、だったらなんでこっちに?」

「……事故みたいなもの、かしら。ギャラルホルンのゲートに偶然巻き込まれて──」

「んん……? そのゲートって装者しか通れないって……」

「ああーッ! お、オイあれッ!」

 

 マリアの言葉に疑問を感じる翼。言葉の矛盾点を指摘しようとした瞬間、クリスが驚きの声を上げた。多少わざとらしく、ではあるが。

 だがそれでも思わず声の方を向く翼とマリア。そこに居たのは、別のベンチに座って空を眺めている一人の少女の姿。紛うこと無き、探していた彼女だった。

 

「──行きましょう」

 

 すぐさま立ち上がり歩き出すマリア。それを追ってクリスと翼も歩き出していった。

 

 

 

「こんにちは。少し良いかしら?」

「…………」

 

 無表情でベンチに座っていた少女……立花響に声をかけるマリア。だが響は一度彼女の顔を見ただけで、返事もなにもしない。それを見て、翼が思わず怒りを声に出していた。

 

「おい、返事ぐらいしたらどうなんだッ!?」

「いいの、怒る事はないわ。ごめんなさい、彼女も悪気があるワケじゃないの」

「…………」

「私も彼女たちも、シンフォギアを纏ってノイズと戦う者……ああ、翼の事は知ってるか……。私とこの子は最近になって二課の協力に来た新参者なの。よろしくね」

 

 にこやかに、和やかに、波風を立てない様に話すマリア。一向に返事の無い響だったが、それを気にすることも無くマリアは話を続けていく。

 

「早速で悪いんだけど、教えてもらいたいの。だいたい四日ぐらい前に、貴方が遭遇したノイズの事を」

「……知らない」

「そんなワケねーだろッ!? こちとら交戦記録だって残ってんだ、そんな戯言──」

「どうでもいい」

 

 翼の言葉を遮りつつベンチから立ち上がり、そのまま去ろうとする響。翼はそれを追おうとするが、マリアの手に止められてしまう。

 そのまま見送るしかないと思った其処へ……響の前へ、ミライが明るい笑顔を咲かせながら立っていた。

 

「響さん、あったかいもの、どうぞ」

「……は?」

「先日のお礼です。受け取ってください」

「……私、なにもしてない──」

「助けてくれました。僕や、逃げられないお爺さんお婆さんたちを。だから、ありがとうございます」

 

 ミライの無垢な笑顔に、響は何処か苦虫を噛み潰したような顔を一瞬浮かべ、何も言わずミライが差し出した飲み物も受け取らず速足でその場から立ち去った。

 

「取り付く島は無し……前途は多難ね」

「本当にアレが、あのバカと同じ人間なのかよ……」

 

 終始冷淡な響の態度に落胆や失意にも似た溜め息を吐くクリスとマリア。立ち去る背を見ているしか出来なかった翼も、つい弱気を声に出していた。

 

「……やっぱ無理なのかな、アイツと協力なんて……」

「そんなこと、ありませんよ」

 

 彼女の弱音を否定したミライ。思わず上を向くと、彼は変わらない微笑みを浮かべながらもう姿の見えない響の消えた方向を見つめていた。

 

「響さんは優しい人です。きっと、応えてくれます」

 

 消えた彼女に向けるかのように、ミライはそう断言した。何処に確信があったのかは、その場の誰も分からぬままだったが。

 

 

 ==

 

 

 とある一室。

 部屋に電気を付けぬまま、帰宅した響はベッドへと突っ伏した。

 

(なんなの、あの人たち……)

 

 理解できない事だった。

 自分に話しかけてきた見知らぬ人たち。……いや、見て見ぬフリをした人たち。ただ話しかけられただけでは判断が出来なかった。合点がいったのは、そこにあの煩いヤツがいたことだ。

 

(面倒臭い……)

 

 目を閉じるものの、それでもあの煩い声が耳鳴りのように蘇ってくる。連なるように意識の中に映る、にこやかに語り掛ける薄紅色の長い髪をした大人の女性と、覚えのある顔立ちをした銀髪の少女。

 ──そして、優しい笑みを向けてきた、男の人。

 

『ありがとうございます』

 

 言われた言葉が蘇る。

 笑顔の温もりが何かを刺激する。

 覚えがあったような気がする。

 あんなあたたかい■■■のような笑顔を、いつかどこかで見たような気が。

 

(……知らない、そんなの)

 

 余分なモノを振り払うように思考から排除しようとする響。そうして心が落ち着いたところで意識は急落し、睡魔の闇に落ちていった。

 

 

 

 

 微睡みの中で彼女が見ていたのは、いつしかの出来事──。

 

 座り込む路地裏……分厚い灰色の空からはバラバラと水滴が落ちてきた。

 

(雨……)

 

 ぼんやりと、天の気紛れをありのままに受け流すかのように、響はその場から動く事も無く佇み続けていた。

 近く……大通りからは、少女たちの声が聞こえていた。

 

「わぁッ! もう、傘持ってきてないのに~……」

「どっかお店にでも入りましょうよ。だんだん強くなってきてるし……」

 

 少女らの言葉を聞いて、響はようやくこの天候に必要なモノがなんであったかを思い出した。

 

(傘か……このままだとかなり濡れちゃうな……)

「……どうでもいいけど」

 

 思い出した上で出した結論。諦観による己が身の投げ打ち。自分がどうなろうと、それを気にするつもりは一切無かった。

 

(風邪をひいたって構わない。どうせわたしを心配する人なんていないんだから──)

 

 自嘲気味な思考に力無く口角を上げる響。己が身を鑑みて、それがあまりにも滑稽に映ったが故にか。

 うずくまるように顔を俯かせる響に、先程の少女が声をかけてきた。

 

「ねえ……」

「…………」

「あの、立花響さん……だよね?」

 

 声の方を向く響。長く綺麗な銀のウェーブヘアーと柔和な顔付き、どこか幼さを感じる見た目に反して制服の下からでも強く主張する”女性”の象徴。

 それだけの特徴を有しておりながら、響は目の前の少女に対して思い当たる節が無く、ただ怪訝に思っていた。

 

(……この人、誰だっけ……?)

 

 浅い記憶をほじくり返しても出て来ない。流石に自分でも、こんな目立つ人間は忘れないと思っていたのだが……。

 そう考えていると彼女がまた話を切り出してきた。

 

「……えっと、風邪ひいちゃうよ? そんなふうに雨に濡れてると──」

「…………」

 

 目の前の銀髪の少女は少しオドオドしながらも優しく声をかけている。一方でもう一人の少女は、何処か警戒したような目でこちらを見ていることに気付いた。そちらの方は見覚えがあった。

 

(ああ、そういえばクラスにあんな子がいた気がする……。なら、こっちもクラスの子か……)

 

 そう結論付け、おもむろに立ち上がる響。そのまま二人に背を向けて、路地の奥に向かって歩き出した。

 

「……関係ない、放っておいて」

 

 それだけ言い放ち、速足になることもなく力無く歩いていく。銀髪の少女は、そんな響を心配する声を自然と発していた。

 

「あ、あのッ! 立花さん──ッ!」

「……やめましょ、雪音さん。あの子に言ったって無駄ですよ……」

「で、でも、同じクラスなんだし──」

「……それだけでしょ。もう、思ったよりもずっとお節介ですよね、雪音さんって。……それに、あの子って昔──」

 

 その小さな声も聞こえていた。彼女が聞こえるように言ったわけではなくとも、響の耳には確実に入っていた。

 痛ましい過去……思い出したくもないものに蓋をするかのように思考を閉じる。それもこれも、”雪音”と呼ばれた彼女のお節介が起こしたことだと、響は思うことにした。

 

(……そう、お節介。そんなのただの迷惑だから……)

「あッ! か、風邪、ひかないように気を付けて──ッ!」

 

 誰も喜ばない。必要としていない。

 ……それでもなお、彼女──諸事情により一年遅れでリディアン音楽院に入り、響と同窓生となった少女、【雪音クリス】は、別れ際のお節介を一際大きく声に出していた。

 

 

 

 

(……雨、もっと強くなればいいのに)

 

(……雨が降れば、もっと強くなれば──。きっと、静かになるから……)

 

(世界が全部、雨の音だけになればいい……。そうしたら、なんの雑音も聞こえなくなるから……)

 

 

 

 

 

 

 

 人影の消えた路地、響の目の前に居るのは極彩色の異形──人類の天敵、ノイズ。

 その一体を掴まえ握り潰し、勢いを付けた回し蹴りで続けざまに蹴り飛ばす。

 彼女の一挙手一投足でノイズは黒く炭化して崩れ落ちる。彼女が纏っているFG式回天特機装束──シンフォギアの力が、人類の天敵を鏖殺する牙となっているのだ。

 ……ただ纏っている当人には、世人の為に天敵を駆逐するというような崇高な想いは無いのだが。

 

(……邪魔だッ! こいつが──)

 

 一つ、また一つとノイズを打ち崩していく響。その眼に宿る光は野獣のように獰猛で、爛々と燃えていた。

 

「こいつらが、いるせいでぇぇぇぇッ!!」

 

 右手のガントレットを引き上げ、そこに力を集中させる。そのまま周りのビルの壁を蹴って跳ね上がり、ノイズの群れの中心点を確認。そこを目掛けて、墜落するかのように直下拳を叩き込む。

 そして次の瞬間、杭打機(バンカー)のようにガントレットを撃ち込むことでそこに溜められたエネルギーを爆散。ノイズの群れは衝撃波を浴びて残らず黒い灰となって流れて消えた。

 

「はあ、はあ……」

 

 砂塵と黒炭の煙の中で、大きく息をする響。

 やがて煙も晴れ、耳障りだった雑音も何もない静寂が、その場を包んでいた。

 

(……静かに、なった……。誰もいない……。わたしだけの、世界……)

 

 静寂に独り……溜め息のように息を吐く響。その静けさに己が身を晒しているところに、バイクのエンジン音が近付いてきた。

 そこから跳び下りた青い剣の少女。響はその姿を、何処か無感情に眺めていた。

 

「翼、現着ッ! 九皐さん、ノイズはッ!?」

 

 言うが早いか周囲を見回す翼。だがそこに目標の敵性物体は存在せず、黒い炭の塊と流れる煙、その中心に佇む得物を握らぬ少女の姿で得心した。

 

「お前は──。……お前がノイズを斃したのか?」

「…………」

「おいッ! 質問に答えろ、立花響ッ!」

 

 ややけたたましい翼の声に、響がゆっくりと振り向く。翼は何処か苛立ったような顔を、響は真逆の……諦観の表情をしていた。

 

(──雑音がする……)

「やっとこっち向いたな。なぁ、ここに現れたノイズは──」

(……独りに、なりたい……)

 

 面倒くさそうに顔を逸らし、翼とは逆の方向に歩みを進めていく。

 彼女から引き留められるような言葉を放たれるが、それを気にすることも無い。自分の欲求に従うかのように、響はその場から立ち去っていった。

 

 

 

 

 人気の無い路地を、響は歩いていた。歩きながらずっと、虚ろな考えを続けていた。

 

(……ノイズ……。人を殺す災害、怪物……。……この世界の、異物……。

 あいつらの──あの怪物のせいで、わたしは……わたしは──)

 

 募らせた憎悪に顔を歪めたかと思いきや、その表情は静かに消沈していく。

 自身の思考のスパイラルがそうさせたのか、響はそのまま足を止めてしまっていた。

 

「怪物……か。そんなの、わたしも同じだ……」

 

 その手に目線を落とす響。一見すると生傷の痕だけが残る程度の掌を流れる雨は、まるで洗っても落ちぬ穢れのようにも感じられた。

 

(人の中にいて、人ではない異物。人を殺すノイズを、殺すことの出来る怪物──)

 

 力無く手を握る響。ヒトの天敵を砕く力をその身に宿す自分は、最早ただの人ではない。ならば自分はなんなのか……。

 己が存在意義を問う思考の渦に囚われ始めた時、脳裏に蘇るものがあった。

『特異災害対策機動部二課』という組織を名乗る者の言葉……。人々を守護る為に力を貸してくれないかという大人の声。そこには同じ『装者』もいる、きっと君の力にもなれるはずだと見知らぬ大人は言う。

 だが覚えているのは、その言葉に対しても興味を示すことが出来なくて、無言で立ち去ったことぐらいだった。

 

(わたしの力になる……? そんな人、いるわけがない……。

 一緒に他人を守るなんてできない。誰かを守るなんてしたくない……。他人を守ったって、わたしのことは誰も護ってくれない。助けてなんてくれない……。

 苦しくて、辛くて、誰かに助けてほしい時があっても……誰もわたしなんて、助けてくれない──)

 

 思考の中で自虐的な自縛を重ねていく響。

 その結論を出した瞬間、何かが自分の思考から抜ける感覚と共に、響の口から根底の疑問が声となり漏れ出していた。

 

 

 

「──じゃあ、どうしてわたしはノイズを斃しているんだろう……」

 

 

 

 ……最悪の言葉と共に、目を覚ます。

 知らない何かが胸を打ち鳴らし、応えるように身体を起こす響。……否、彼女はそれを識っていた。なんで起こるのかは分からなくても、なにが起きたのかは理解っていた。

 寝惚け眼を瞬時に引き締め、窓を開けて夜空の下に跳び出る響。走る先に見据えていたのはた だ一つ──。

 

「──ノイズッ!」

 

 ==

 

 夜闇の中、襲い来るノイズを破壊していく装者たち。

 翼たちよりも早くに到着して交戦を始めていた響は、変わらず感情を叩き付けるようにノイズを打ち砕いていた。まるで、つい先ほどまで見ていた夢を払拭するかのように。

 

(わからない……理由なんかわからない。だけど、わたしはこいつらが憎い。わたしはこいつらを殺せる。わたしは──こいつらを殺したいッ!)

「……今日はまた、随分と派手にやるな」

「まさか、あたしらが接触したから……?」

「どうかしらね……。そうでなければ良いと願うだけだけど……」

 

 響の感情は読めない。ただその眼は憤怒と憎悪に燃え上がっていることだけは何とか理解できる。

 連携は取れずとも、装者4人の戦いは瞬く間にノイズを掃討し、一息の間を生み出すに至った。

 

「九皐さん、ノイズは?」

『周辺5km範囲で反応消失。みなさん、お疲れ様でした』

「ザッとこんなもの、かしらね」

「所詮はただノイズ、あたしらの敵じゃねえ。あとは……」

 

 クリスたちの目線が響の方へ向く。彼女はそれも意に介さぬように見返すこともせず、夜闇に消えゆく黒炭をただ眺めていた。そんな彼女へなんて話しかけていいか分からず、三人はつい所在無さそうに佇んでしまっていた。

 静寂に耐えながら、不意に天を見上げる翼。夜は深く、しかし雲一つない空には月が明るく輝いている。だが次の瞬間、その輝きが”なにか”に遮られ、響を含む装者全員が危険を察して空を見上げていた。

 

「──ッ!?」

 

 瞬きする間も無く空気が圧になって押し寄せてくる。まるでそれは、なにか巨大な質量物体が落ちてくるかのようだ。

 

「な、なんだこれッ!?」

「まさか……ッ!」

 

 慄きの中で翼たちの耳に二課からの通信が入る。珍しく焦燥感のある九皐の声だった。

 

『上空から高質量物体が、飛行しながら落下してくるッ! なんだ……なんなんだこれは……ッ!!』

「悪い予感は的中って事ね……。風鳴司令、今から来るのが私たちが呈した別の脅威──侵略怪獣よッ!」

 

 マリアの言葉が放たれた直後、姿勢を変えて着地する”侵略怪獣”。

 真紅の瞳と、漆黒の体躯。細長く鋭い口と、その身体に似つかわしくない薄翅……。紛れもなくそれは、クリスやマリアが以前戦った怪獣──ベゼルブだった。

 

 甲高い鳴き声を上げ、自分の存在をこの世界に知らしめるかのように両腕を掲げるベゼルブ。その威容──否、異容(……)に、響も翼もただただ圧倒されていた。

 

「……なに、あれ……」

「あれが、話してた怪獣……ッ!?」

「ベゼルブ……来ちまいやがったかッ!」

『翼さん、貴方は住民避難を最優先にしながら彼女らの対処を見て覚えてくださいッ!』

「りょ、了解ッ!」

「つってもあたし達も、足止めが精一杯なんだけどな……」

「この世界にウルトラマンは居ない。私たちがやるしか──」

 

 気持ちを入れ直し、アームドギアを構え直したクリスとマリアがベゼルブの前に立つ。

 その時、二人の通信にミライが直接声をかけてきた。

 

『クリスさん、マリアさん、僕が行きますッ!』

 

 彼のその言葉の意味、理解らないはずは無かった。

 天羽奏と共に戦った時のような、”その世界に出現したウルトラマン”は居ない。だがこの場には、”自分たちの仲間であるウルトラマン”は存在するのだ。

 

「……任せて良いのか?」

『勿論です。僕は皆さんと一緒に戦い守護りたい……”ウルトラマン”は、みんなの力になりたいのですからッ!』

「……わかった。お願いね」

『はいッ!』

 

 

 

 

 避難誘導の甲斐もあってか、夜の住宅地に人気は無い。

 漆黒の宇宙怪獣ベゼルブを前に、ミライはその左腕を顔の横まで上げ、内に秘めた力を解き放つ。

 光と共に浮き上がる炎のような手甲──メビウスブレス。中央に据えられた紅蓮の宝玉に右手を当て、火花を散らすかのように強く右手で擦り上げた。

 高速回転する宝玉の中に炎のような光が宿り回転と共にその勢いを増していく。そのまま左へ身体を落とし力強い溜めを構え、そこから左腕を天へと突き出していった。

 

 彼……ヒビノ・ミライ自身の真名を掛け声と変えながら。

 

「──メビウゥゥゥゥゥスッ!!!」

 

 

 

 end.



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