或いはこんな織斑一夏 (鱧ノ丈)
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第一巻
第一話 始まりと決闘宣言


楽しんで頂けるよう鋭意努力する所存です。よろしくお願いします。


 雲一つ見受けられない蒼穹。太陽より降り注ぐ光が大気圏で屈折することによって空を染め上げた青色は、見る者に須らく心地よい気分を、穏やかな一時を過ごす気持ちを与える。

 だが、今この空の下ではそのような平和とは無縁の、喧騒と呼ぶには抑言に過ぎる事件が起きていた。

 

 

 

 透き通るような空の青とは対照的に、闇という暗さへと繋がる青色に彩られた海原。そこには鋼鉄色の塊が幾つも浮かんでいる。054江凱(じゃんかい)型フリゲート。それは海上に浮かぶ鉄塊の内の一つの制式名称だった。船籍の所属は中国人民解放軍海軍。中国において海軍が戦闘目的に配備を進める駆逐艦であり、時の中国における駆逐艦の最新型だった。

 その他にも051C瀋陽(しんよう)級駆逐艦や052C蘭州(らんしゅう)級駆逐艦などの影も見える。

 豊富な資源と人材、それらを以って急進的な経済発展を果たし、名実ともに大国と呼ばれるようになった国が現役の駆逐艦を、それも最新型を含むそれを派遣する。それは決して軽々しい事態ではない。

 

 後に白騎士事件と呼称される事件。大国の一角がとある諸島に向けて艦隊を差し向けたことに端を発したこの事件は、後に第二次世界大戦以後の国際情勢における最大級の事件と呼ばれるようになる。

 

 

『白騎士事件』

 

 航空機動兵器 IS <インフィニット・ストラトス> の国際的注目を集めることになった事件。この事件、及び事件以後においては個別に取り上げるべき様々な状況が勃発したが、その中でもISの存在の認知の拡大が最たるものと言われている。

 20××年某月某日、中国政府が尖閣諸島方面に向けて駆逐艦を中心とし、後方に空母を備えた艦隊を派遣。中国政府は事前に『領海及び領土防衛のための艦隊演習』を実施する旨を発信していたが、当初の申告よりも大規模な構成となっている艦隊と日本国領海に接近する艦隊の航路に日本政府は直ちに抗議。しかし、中国当局は『演習の範囲内』とのみ返答。

 この状況において日中間に即日緊張が高まったことが事件の切欠となった。

 この緊急事態に日本国航空自衛隊、ならびに海上自衛隊が緊急出動。中国側の目的である尖閣諸島を中心に展開がなされ、膠着が続くことになった。

 その後、中国側艦隊が日本の経済水域に侵入、尖閣諸島方面に進路を取った直後に同海域に白騎士が出現。駆逐艦の内一隻に接近し、同船が艦載砲を白騎士に向け発射したことにより白騎士と艦隊の交戦が開始した。白騎士、及びISについては別項参照のこと。

 

 結果として艦隊は白騎士に敗北。それは有史以来の戦闘の歴史を振り返っても驚嘆に値する結果であった。戦闘の詳細は別項の『白騎士』を参照のこと。

 

 戦闘終了直後に白騎士は視界、レーダー反応のの双方より消失。これは現在解析の大半が済んでいるISのステルス機能によるものとされており、現在では対IS用感知レーダーの開発も進んでいるが、当時においては最高峰を超える性能を誇っていたとされる。

 本事件終了後に各国政府、ならびに国連は即日日本政府に白騎士に関しての説明を要求。しかし日本政府側も詳細は把握しておらず、各国同様に開発者の篠ノ之束博士に説明を要求。

 博士は「非常事態対応のための緊急出撃」と返答したが、現在公に知られている博士の人格面から「ISの性能披露の側面が大半では?」という見方も為されている。

(ISの基本構想は事件以前に学会に提出がされていたが、当時の学会は博士の年齢や体裁を為していない論文、宇宙空間作業用とされているが軍事転用された場合は現代兵器群において戦術的最高位を得うるなどの内容を一笑に付したため)

 

 この事件の後、約一年を掛けて日本国は可能な限り収集できたISに関するデータを国連に提出。並行して国連が主体となったIS運用における取り決めのための専門機関「国際IS委員会」の設立を決定。

 事件後のアジア圏における情勢の変化、各国のIS導入に関しての動き、各種機関の設立などの諸事情は、後に「IS事変」と呼ばれるようになった。

 

 

――IS十年史序章「白騎士事件」の項より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日光を遮断された暗闇に砂利と固いコンクリートの擦れる音が響く。口から吐き出される荒い息は不規則であり、全身の血液を巡らせる心臓は早鐘を打っている。

息を吐きだしたのであれば、次は新たな酸素を求めて吸うのが人の、生物の道理。吐き出した口、そして鼻からも新たな酸素を求めて大気を吸い込み、肺へと空気を送り込む。

 鼻腔をくすぐるのは鉄と工業用の油の臭い。周囲に積まれた工業用の機械の数々と、空間を覆う薄い鉄板から発せられるそれらは、臭いを感じ取り始めた最初の内こそ眉をひそめたくなるが、既にしばらくの時が経った今となってはほとんど気にならない。

 一体ここがどこなのか。どこぞの工場、或いはその跡ということは分かるが、それだけ。何もかもが分からないことに満ちている。

 

「はぁっ……、くっ……」

 

 手近な物影に身を隠し、少年はなるべく音を立てずにして息を整える。元々の体力には相当以上の自信を持っている。本来なら限られた建物の中を駆けた程度で切れるようなヤワな体力はしていない。だというのに既に息を切らしかけているこの体たらく。単に走りまわるのとは異なる、極限に近い緊張と集中が体力の消耗幅を大きくしていた。

 

 

 ――――!! ―――――!!

 

 

 成人した男性の、野太い怒号が響き渡る。拡散した音の振動は建物の中のあちこちに跳ね返り、反響となって少年の耳に届く。

 何を言っているのかは少年には分からない。ときおり日本語のような声も聞こえる。だが、聞こえる声の大半は英語、そこに時折ドイツ語やら何やら、英語とはまた別の外国語が混じるだけ。

 齢にして十代の半ば、日本人である少年は未だ法によって定められた義務教育を受けている只中であり、別段外国語の関わる趣味を持っているわけでもなかったので、母国語の日本語以外の言語と言えば学校の授業で習う程度のレベルの英語にしか嗜みは無かった。

 

「ったく、なんだってんだよ……!」

 

 怒りに、戸惑いに、そして隠しきれない滲みでた恐怖に少年の顔が歪む。その顔に僅かについた『ある色』も相俟って、歪み犬歯をむき出しにした少年の表情は十代の少年がする表情としては凄惨に過ぎる様相を呈していた。

 故あって単身国外旅行に繰り出した矢先の出来事。いきなり衝撃が走ったかと思えば、意識がブラックアウトして気がついた時にはこの廃工場だ。

 

 『誘拐』――この単語が導き出されるのにそれほどの時は掛らなかった。

 

 何故自分が? 目的は? 下手人は? 幾つものクエスチョンが浮かぶが、それら全てを振り払って少年の脳裏に浮かんだ考えはただ一つだった。

 

『死にたくない』

 

 もはやそれは、思考というよりも強烈な衝動に近いものだった。生存本能を脅かされる恐怖、それを否定することはない。だがそれ以上に、自分の身の安全が脅かされているという事実に対しての憤怒、抗うことへの意地が強かった。

 後先を考えない。ただひたすらに生きるために動く。諸手を縛っていた麻縄をそのままに見張りが目を離した隙に全速力で駆けた。そして今の閉所での逃走劇に至る。

 

 物影に隠れて僅かに生まれた間を使って両手を縛る縄を解こうとする。意図的に関節を外して束縛を緩める。そして一気に己の手をすり抜けさせる。外した関節を戻しながら痛みに顔を小さくしかめる。

 元々関節が外れるなど人体にとってはイレギュラーな状態であり、決して良い影響を与えるとは言えない。することがないならないに尽きるものだ。だが、そのような技法でもこのような場面では役に立つ。日本の中学生でこんなやり方を知っていて、実際に使う機会に出くわしたのは自分くらいだろうと少年は自嘲する。そして、僅かに震える己の手に気がついた。

 

「ハハ……、とんだザマだ……」

 

 気が付けば声も震えていた。そして静かに己の頬に手を添える。指先を僅かに湿らせる感触。そして周囲から漂う錆つきかけた金属塊から発せられるソレと同種でありながら、明確な異質さを感じさせる臭いに少年は口を噤み、ただ自嘲するように頬を引き攣らせた。

 

 

 

 

 ただ我武者羅だった。どこをどのように走ったかなど、ほんの数瞬前のことであるはずなのにまるで記憶に無かった。理性をかなぐり捨て、動物的な本能と直感にのみ従って両足を動かし、そして行き止まった。無理も無い。元々決して広いとは言えない建物なのだ。

 階段を上った先の、二階にあたるスペースもあるにはあるが、通路ばかりで実質的な逃走のための機能はほとんど無いと言える。そんな限られた空間の中を一対多で追いかけられるのだ。追い詰められるのは元より時間の問題だった。

 

 背水ならぬ背壁に陥った自身の目の前には自分を攫った一味だろう黒服の男たちが自身を取り囲むように立っている。全員が全員、黒塗りのサングラスを掛けているためにその奥の目を見ることはできない。だが、恐らくは一様に憤怒の炎を瞳に宿していることは間違いない。それだけのことをしたのだという自覚があった。

 

 凡そ誘拐事件において攫われた者は犯人の人質という立場になる。そして犯人側からの要求を通すためのカードとなるため、一応の命の安全のみは確保される。代わりの効く複数人の人質ならともかくとして、このような人質が一人の場合は尚更だ。だが、それも絶対ではなく要求が拒否された場合などは見せしめとして指の一本くらいは、或いは最悪命を覚悟しなければならない。

 

 少年も初めはそうであった。あくまで人質であるため無用な傷害はご法度と、黒服達は上より言い付けられていた。だが、少年は明確な敵対の意思を見せている。

 黒服達もプロだ。ただ黙って良いようにされるというわけにも行かない。上役より交渉が進んだという旨の連絡も未だ来ない。ならば是非も無し。恨みは無いが、覚悟をしてもらう。その気概で以って、黒服達もまた少年に対して明確な敵意を向ける。

 

 少年にとって状況は絶対絶命であった。少年自身、半ば達観したような思考ですぐ目の前に迫っているかもしれない己の末路に、覚悟を決めていた。

 

 不意に金属のひしゃげる音が響いた。錆ついた金属同士が擦れる音は耳障りな不協和音となって耳を、信号となった音を受け取る脳髄を侵すが、その音は少年にとって紛れもない天の助けそのものだった。

 

 

 

 

 

 無言で己を包みこむ腕。硬質な金属に覆われた直接的な温かさなど持たず、ただ金属特有の冷たさを少年の肌へと伝えるが、その抱擁に込められた心を察せないほど彼は愚鈍では無かった。

 だが、伝わる心の温かさ、それを感じ取ったからこそしかと実感する安堵、それらと矛盾するかのように少年の心は先ほどまでの冷たく俯瞰的になり、昂り荒波のようになっていた様が、静謐な湖面の様相を呈していた。

 

 己の危機は去った。身の安全はほぼ確実になったと言っても過言ではないだろう。だが――あまりにもあっさりとしすぎていた。

 周囲には己を害そうとした黒服達が転がっている。命はある。だが、完全に意識を刈り取られているために苦悶の呻き一つさえ漏らしやしない。強大な危機は、あまりにあっさりと散った。その要因は分かり切っている。今、自分を抱擁している存在。ただ一人の血を分けた肉親であり、同時に紛れもない個人として持ちうる力の究極を、もはや理不尽な暴力と呼んで差し支えないソレを掌中に収め操る人物。

 

(なんだ、そういうことかよ……)

 

 落胆するでもなく、失望するでもなく、怒るでもなく、悲嘆に暮れるでもなく、ただ淡々と思う。悟る。理解する。

それが全てと言い切るつもりはない。だが、結局のところ無力であれば何も意味を為さない。今、自分を抱擁するために目の前の家族は何をどれだけ犠牲にしたのか。それが決して軽くないものであることは、家族だからこそよく分かる。その責の一端は紛れも無く自分にある。自分の非力が、この状況を招いた。

 

 静謐な湖面に静かにさざ波が立つ。ただざわめくだけでそのまま、波が巨大となることはない。だが、そのざわめきは紛れもない心に湧きあがった怒りだった。

 心底腹立たしい。自分が非力であるということが。『自分に力が足りていない』という事実が、『自分が未だ弱い』と突きつけられたことが、耐え難い。

 湧きあがった怒りを面に出すことはなく、ただ静かに握る拳に込める力を強めた。

 

『無力は罪だ。力が無ければ、何も為せない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ」

 

 不意に目の前が明るくなった。しばし目を瞬かせ、織斑一夏は目線のみを動かして自分の周囲を見回す。そのまま自分の状態を再確認。完璧と呼んで差し支えないレベルで空調が効いた室内は快適と呼べる気温そのものであり、適度な換気も為されているのか吸い込む空気は常に新鮮な香りを保っている。

 そんな中、椅子に腰かけながら腕を組み、僅かに俯いている自分。どうやらしばし睡魔の餌食になっていたらしい。チラリと左腕に付けた腕時計を確認する。家電量販店で数千円程度という安いデジタル表示の時計だが、ごく普通に使用する分にはまるで問題ない。

 時計の液晶が示すデジタル数字は最後に確認した時から五分少々しか経っていない。文字通りほんの僅かな眠りでしかなかったわけだが、その割には随分と密度の濃い夢だったと思う。

 そも、何故唐突にあのような夢を見るなんて、過去の記憶を掘り起こすようなことになったのか。時間的にはざっと三年程前、決して昔と呼べるほど前ではないが、何かとインパクトの大きい出来事だっただけに、その出来事の大きさや経った年月の短さに反比例して随分と昔に思えるようなことだと言える。

 

(この状況、かねぇ……)

 

 あまり意識はしなかったが先ほどから自分に引っ切り無しに向けられる無数の視線。好奇、品定め、対抗心、敵愾心、正負様々な感情が入り混じり混沌の様相を呈しているソレに、自分の一挙一足に呼応してざわめきのような波が生じるのを感じながら一夏は思考の内で一人ごちる。

 状況、とは言ってみたもののそれは決して自分に無数の視線が向けられていることではない。そんなことは心底どうでも良い。より正確を期して言うのであれば、今自分が居る場所が問題と言えるだろう。

 

 約十年前に起きた白騎士事件に端を発し世界中に拡散したIS技術。それを繰る上で最重要とされる操縦のための技術。件の事件からある程度世界に広まるまでのインターバルを含めれば世界的な運用は実質十年にも満たないISはその操縦ノウハウが致命的なまでに不足している。

 いかに単純な性能面、直接的な戦闘状況に入ったとして完勝をもぎ取ることも可能な現代における戦術の頂点に立つ機動兵器となったIS言えども、その肝心な操縦ノウハウが乏しいことは由々しき問題と言って差し支えない。

 その解決のためにと生み出されたのが今、一夏が居るこの場所。IS操縦のノウハウの蓄積、熟成、そしてそれを運用する未来の操縦者の育成機関。例え他の国にも同様のノウハウが伝わり、操縦面における技術の独占が不可能となってもより早いノウハウの蓄積をと各国が妥協せざるを得なくなった結果生まれた、国際的な教育施設。

 

 『IS学園』、それがこの地の名。

 

「人生一寸先は闇――なんてよく言ったもんだけどもな。これは驚き桃の木山椒の木に過ぎるだろう……」

 

 微妙にこめかみをひくつかせながら一夏はこうなった経緯を思い返す。

端的に言ってしまえば大々的な世界へのお披露目から十年、それまで女性にしか起動が不可能とされていたISを一夏が動かしてしまったのだ。

 たまたま赴いた私立高校の入試会場である、公共の文化施設としては県内はおろか全国規模で見てもでも最大規模と言われる市の文化ホールにあったISに触ったらこの有様である。

 

 別段一夏には何かの意思があったわけではない。当時持ちえていた意思といえばさっさと試験を終わらせて帰りたいの一つである。当該施設がIS学園筆記試験の会場の一つであったこと。IS学園本校に最も近い試験会場であるため、特例として受験者への実物見学のために学園の訓練用ISが貸し出され、施設の一室に秘密裏に置かれていたこと。

 最近急速に名を上げている若手建築家が作ったという、見栄えという点では十分だがいざ歩いてみると中々に構造が分かりづらい施設で一夏が道に迷ったこと。たまたま入った小さな部屋、その奥に件のISが置かれていたこと。本人でもらしくないと思うふと湧いた興味でISに触ったこと。そして――ISが反応を示したこと。

 

 少なくとも、最後にISに触ってみようという意思以外に一夏の明確な能動的意思は微塵たりとも存在しない。何もかもが偶然の産物。だが、その偶然によって彼の運命は大きく変わることとなった。そのことには、流石に深く嘆息一つつかざるを得ない。

 一体何が悲しくて、女子校に放り込まれねばならないのだろうか。

 

 一夏のIS適性発覚後は文字通り世界のあちこちがその話題で盛り上がった。それも無理からぬ話。それまで女性にしか扱えないとされていた現代最高峰の兵器に、突如として男性の適格者が現れたのだ。

 単純な話題性としても、国家の枢軸に座する権力者達の見出す経済的、軍事的側面からも、未だ未知な部分も多いISの全貌を明らかにしようと日夜奮闘している研究者達が見出した学術的側面からも、あらゆる方面から見て価値は十二分にある。

 

 もはや仔細を挙げることすら億劫になるレベルの複雑な事情、思惑の入り混じり合い。もつれにもつれたその結果が各国から独立した治外法権地帯であるIS学園への保護、調査を兼ねた入学と、学園の施設を主権領域内に持つ日本政府主導での身辺保護であった。

 

 

「では、これよりIS学園一年一組、最初のHRを取り行う」

 

 教壇に立つ女性の朗々とした声が響く。硬質な声音にはしなやかな力強さと凛とした雰囲気が含まれており、聞く者に須らく声の主の気質を思い浮かべさせる。そして聞いた万人が思い浮かべるだろう彼女の気質は概ね正解で間違いないだろう。それを一夏はよく知っている。声の主は織斑千冬。一夏の実姉にして、名実共に最強のIS乗り、ISを用いての戦闘能力は有史以来一個人が発揮するものとして頂点に立つとまで言われる女傑である。

 

「まずは自己紹介といこう。今年一年、諸君の担任をすることになった織斑千冬だ。授業ではIS実習を主に担当する。そして今――」

 

 話しながら千冬は視線を教室の後方に向ける。つられて移動する生徒達の視線。その先、教室後方入り口のすぐそばには、柔和な笑みを浮かべた眼鏡を掛けた女性が立っている。

 

「あそこに立っているのが副担任の山田真耶先生だ。主にIS理論の座学を諸君に教授することになる。私と彼女の二人で、この一年このクラスを受け持つ」

 

 一度千冬が言葉を切ると同時に、教室全体にざわめきが起こる。

 IS業界において織斑千冬という人間は開発者の篠ノ之束とともに、ISの社会的な確立の立役者であり、自身もまた他者と隔絶した実力を持つ凄腕の乗り手だ。つまるところ、現在ISの表側の側面として広がりつつある競技としての側面で捉えるのであれば、競技を確立した伝説的な名選手に直接教えを受けるということになる。

この生徒達の反応も、無理なからぬことと言えた。

 

「まずはIS学園に入学おめでとうと言おう。比喩表現でも何でもなく、この学園の入学試験は相応に厳しい。それを潜り抜けこの場に居る諸君は、ここに至るまでに培った努力に対し誇りを持って良い」

 

 そこで千冬はチラリと、一瞬だけ視線を一夏に向けた。すぐに逸らし、そもそもごく僅かであったためにあまりにも判別が困難な挙作であったが、その気配を一夏は鋭敏に感じ取っていた。

 この学園への入学には単純な努力だけでなく、持って生まれた才能も重要なファクターになるという極めて狭き門が存在する。学園入学者は須らくこの門を多大な努力と天運でもって潜り抜けるが、その中で一夏だけは例外的な経緯でこの場にいる。絡みに絡みまくった複雑な事情の末に宙づり状態となった立場の一時保留のための保護こそが一夏の学園入学の主目的だ。

 

 一応と、他の者達も受けた実機試験のみ受けたが、どちらにせよ入学は確定事項であり彼がここにいる理由は一重に「男」であるからに他ならない。偶然の成り行きとはいえ、彼は他の者達が経験した労を払わずしてここに居る。そのことに千冬なりに思う所あっての、一瞬向けた視線なのだろう。

 

「だが、誇りとするのもここまでだ。これより直ちに授業が始まる。その瞬間から新たな競争が始まる。知っての通り、ISはその心臓部であるコアの絶対数が限られている。ゆえにISの数も、その乗り手の数もまた限られている。

 この学園を卒業し、なおもIS操縦者として身を立てることができるものは少ない。多くは乗り手の道から離れ技術者となるか、あるいはISに関する何がしかの職に就くか、あるいは完全にISとは関わりのない人生を歩むかだ。

 人の幸福とは極めて主観的なものであり、諸君らがたとえそうなっても悔い無しと言うのであれば、私は何も言わん。だがここに居る限り、IS乗りとしての志がある限りは、努力を怠るな。これは諸君の、同じこの場を志し脱落した者達の上に立ち、各々の国よりの援助を、期待を受けてこの場にいる諸君の義務だ。良いな」

 

 厳かに訓戒を告げる千冬。その声から、総身から発せられる巌のような気配に半ば気圧されるように生徒達の肯定の返事が返る。一夏もまた、最前列という千冬の圧迫を最も受ける位置にありながら涼しい顔で首肯のみでもって肯定の意を示す。努力をせよという言葉に反論するつもりは毛頭無い。

 とどのつまり、千冬の語る努力の目的とするところは学園を卒業してもなおIS乗りで居られるようになること、つまりは乗り手としての力をつけることだ。強さを得るための努力であれば、惜しむ必要などどこにもない。

 

 ただ一つ、彼が千冬と意見を違えるとすれば一つ。同様にして語った、この学園を志し夢潰えた者たちへの責務の在り処だ。自分とて例外的ではあるがこの場に居る以上、誰かからこの学園の生徒としての枠を一つ奪ったということであり、そのことについて多少なりとも意識をすることは事実だ。

 しかしそれ以上に感傷を抱くことは決して無い。そして、武の道においては強者が弱者を踏みつけて上に昇るのは必然。そこに余計な感傷など――不要だ。

 

 『人としての情を、仁義を捨て去るなとは言わない。信義を欠いた武は武にあらず。ただの暴力であり往く道は外道となる。だが、信念を貫き道を通すのあれば、その時は非情に徹しろ』

 

 あるいは姉以上に敬慕する、自分という人間を作り上げた全てと呼んでもいい武門の師。その言葉を脳裏に思い浮かべる。今までもそうしてきた。

 日常の中で挑まれた手合わせ、売られた喧嘩、師と共に赴いた出稽古先での同年代の者との組み手、全てにおいて一夏はただ勝利への一本道を歩み、余計な感傷を捨ててきた。

これからも同じように、ただそうするだけの話だ。

 

「ではこれより出席番号順に自己紹介をしてもらう。その後、授業を開始する!」

 

 その声と共に、一夏のIS学園での生活が本当の意味で始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜も咲き誇る春とはいえ、日も沈みかける夕刻となれば未だ肌寒さを感じる頃合いであることに変わりはない。故あって真冬の深雪積もる山を駆けた経験も豊富な一夏からしてみれば、少し肌寒く感じる程度はどうということはないのだが、それでもそんな中から抜け出して暖に身を任せるのは心地よいものだ。

 一日の授業が終わっての放課後、副担任の真耶より寮の自室の鍵を受け取った彼は、そのまままっすぐ部屋へと向かうのではなく一しきり学園の敷地を散策してから自室へと赴いていた。

 

 通常の学校であれば入学初日以後二、三日は学内の案内などを始めとしたオリエンテーションが行われるのが通常だが、ISに関する各種理論学や実機訓練を行い、そこへ更に数学などの一般教養の科目までカリキュラムに組み込んでいるIS学園ではそのようなことを行っている余裕はない。

 そのため学園側は生徒に対し、学内などの施設は各所に配置された案内板や個人に配布された地図――当然ながら機密性の高い区画などは存在を感知されないように省かれたもの――を頼りにして、個々人で場所の把握を行うべしというスタンスを取っていた。

 

 事前にネットなどで調べた情報によれば、学園施設内にはISの訓練を行うアリーナを始めとして、トレーニング用のジムなどの設備も充実しているとのこと。こと、肉体訓練においては並々ならない執着を持っていると自負している一夏としてはそうした施設の情報は要把握事項であると思っており、この日の放課後は専らそうした設備の位置把握に費やしたのだ。

 そうこうして気が付けば日も暮れかけ、敷地内の見回りでたまたま歩き回る一夏の姿を見つけた警備員に寮の門限が近いことを告げられて戻ったのが少し前。そして今、彼は部屋に備え付けられた簡易ティーセットを使って暖かい緑茶を啜っていた。

 

「……で、何故こうなっているのだ……?」

 

 椅子に腰かけながら緑茶を啜る一夏に不機嫌を宿した少女の声が掛る。声音、掛ける言葉、その双方から初対面のような雰囲気は感じられない。

緑茶を啜りながら一夏は声のした方を向く。視線の先、二人部屋となっている寮の部屋に備え付けられた二つのベッドの内、窓側にあたるベッドに座るのは一夏のルームメイトとなった同級生。

 一夏に向ける目線こそ不機嫌の色を浮かべているが、その容姿は十人中十人が見事と言うものであった。ポニーテールに纏められた長い黒髪は艶やかな黒色に煌めくと共に柔らかさを感じさせ、その風貌は凛と整っている。

 古き良き日本美人を体現した存在がそこにはあった。だが、そのようなことは一夏にとっては瑣末事。ここで重要なのは、一夏にとって彼女が既知であるということ。

 

 篠ノ之箒。それが彼女の名であった。

 

 ここ数年で急速に知名度の上がった日本人姓が二つある。その片方は『織斑』。一夏も同じく持つ姓だが、少なくとも男性IS適性者の発覚が為されるまではこのことと一夏は無縁だったろう。むしろ彼の実姉千冬の功績によるところが大きい。

 そしてもう一つの名が『篠ノ之』。今一夏と部屋を共にしている少女、箒の持つ姓。だが、一夏同様に彼女もまた、知名度とは一切無縁。名を世界に知らしめた張本人。それは篠ノ之束。千冬の幼馴染にして親友。そして、ISの開発者である。

 

「何でもよ、部屋の調整が上手くいってなくてしばらく二人部屋で我慢して欲しいだと。遅くても一月もしたら部屋移動できるようになるらしいし、まぁそれまでの辛抱だな」

 

 一夏も箒の声に含まれる不機嫌ははっきりと感じ取っていた。一応同じクラスであることは昼間の、というより最初のHRの時点で把握はしていたのだが、その後に話す機会が今に至るまでほとんど無かったために彼女の不機嫌の原因が何なのか図りかねていた。

 

「しかし、いくらなんでも昔知り合いだったからって良い年した男女を同じ部屋にぶち込むとは、先生も大胆なことをする。まぁ、お互い上手く気を使おうじゃないか」

 

 図りかねるからこそ一夏は己で推察することにした。かれこれ六年ぶりの再会となるが、少なくとも一夏の記憶にある篠ノ之箒という人間はやや固い性格をしていた。

 仮にその頃の性格が残っているのであれば、いや、僅か二言三言だが言葉を交わしてみて理解した。六年前から箒はあまり変わっていない。ならば話は簡単だ。彼女の気質が年頃の男女が同じ部屋というこの事実を是としないのだろう。

 

 性格面での合致はさておきとして、それに関しては一夏も同意するところだ。だからこそ、彼は先回りしてそれについては正式な部屋の移動が決まるまでお互いに上手く気を使ってやっていこうという提案をしたのだ。

 

「む、それは構わんが……」

 

 一夏の言葉には箒も同意するのか納得するように押し黙る。だが、その直後に表情に再び影が差す。

 

 そういうことではない。言いたかった言葉は口から出ることは無かった。何とも思わないのか、疑問に思う。六年ぶりの再会だというのに、一夏の態度には感動するような様子がまるで見られない。

 六年間、まともに連絡も取れなかったのはお互い様であるゆえに彼女もまた、今の一夏がどういうものなのかは知らないが、少なくとも平坦いつも通りという風にしか感じられない。それが一番癪であった。

 

 篠ノ之箒は織斑一夏に恋心を抱いている。

 このことを知っているのは自分だけだろうと箒は思う。いや、あの姉くらいはもしかしたら察しているかもしれない。無論それも人間的な感情などではなく、心理学やらの小難しい理屈を根拠としてのことだろうが。

 

 箒の記憶にある姉は、少なくとも人間としてはこと人格面は失格も良い所という認識だ。自分、千冬、そして一夏。心を開いた人間がその三人くらいしかおらず、後の者には無関心か、あるいは見下すか。なるほど確かに、文字通り世界の流れを大きく変えた一個人、天才という表現すら生温すぎる頭脳の持ち主である彼女にしてみればその他大勢の人間など興味を持てないだろう。理屈では分からなくはない。

 だがそれでも、その人格を箒は認められない。その頭脳に、その人格に、もっとも立場を、心を、人生そのものを、振り回されてきたと断言できるからこそだ。

 

 ISが白騎士事件によって世に広まり、徐々に世界がISというものを受け入れる形を整えてきたころ、束は突然行方を眩ませた。

 

 ISの心臓であり最大のブラックボックスであるコアの製造法を唯一知っている人間の失踪、それもどこぞの組織や機関に害されたというものではなく、自らの意思で行方を眩ましたという事実は世界各地の政の場を揺らした。そうして生まれた波紋は、箒の生活にも影響を及ぼした。犯罪組織に、あるいは国外の何某かに脅迫のための人質とされるのを防ぐため、何より日本政府が束に対するカードとするため。箒はその身辺を完全に政府によって抑えられた。

 法律の関係上、米国の証人保護プログラムのような徹底した措置を取られなかったのは幸いであったが、それでも常に目を凝らせばガードと思しき人間が目につく生活は窮屈であった。

 

 繰り返す転居の日々、当然ながら通う学校も幾度となく変わった。そのどこでも、同時に『天災・篠ノ之束の妹』という肩書きが付いて回り、それが更に彼女の気持ちを重くする。中にはそうした彼女の境遇、心情を察し純粋な善意で暖かく接してくれる者もいたが、役人の都合ですぐに転居、引き離されることがむしろその暖かさを苦痛に変えていた。

 そんな中で癒しとなったのはもはやそれ以前の、恋心を抱いた幼馴染との日々だけだった。

 

「で、だ。一夏、お前はどうするつもりだ?」

「何を?」

 

 落ち込んだ気分を変えるように箒は別の話題を自分から切り出す。とぼけたような返答をする一夏に僅かながら苛立ちを感じるも、敢えて責めることはせずに言葉を続ける。

 

「決まっているだろう。――試合のことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は二限目の授業が始まった直後のことだ。

クラス代表を決める。千冬が発したその言葉が全ての始まりだったのだろう。

 

「クラス代表とは、いわゆる級長の認識で構わない。教師からの伝達事項をクラスの各員に伝え、行事などの際にはクラスを取りまとめる。だが、ここはIS学園。持ちうる職責はそれだけではない。

 代表例に挙げられるのが、詳細は追って知らせるが後々行われるクラス対抗戦ISリーグへの参加だ。クラス対抗戦は諸君のクラスの団結力、士気を高めることの他、将来諸君が一線で活躍するにあたって要されるスキルを身につけるため、日頃の素行から教師陣で評価を行い点数で競うものだ。

 そしてその中の一部門にクラス代表者で行うISによるリーグ戦がある。クラス代表にはこれに出場してもらう」

 

 その言葉に教室内は再びざわめきたった。より早期の習熟のため、遅くとも今月下旬には実機を用いての基礎訓練を始めるとは聞いていた。だが、それでも満足にISを用いての訓練ができるまでそれだけ掛ると思っていただけに、それよりも早くISに触れられるかもしれないクラス代表の立場は、決して聞き逃せない内容であった。

 より早くISに触れられるかもしれないという希望に色めき立つ教室を見回して千冬は僅かに目を細める。そして口を開き、だが――と前置きをする。直後に教室全体が静まり返ったのを確認して彼女は言葉を続けた。

 

「忘れるな。諸君が扱うのはISであるということを。かの篠ノ之束は確かにISを宇宙空間活動用パワードスーツとして発表した。知っている者は私が彼女と親交を持っていたことを知っているだろう。かつて幾つかのマスメディアが報じたことだが、否定はしない。

 ゆえに、私もまたISのその本来の用途を知っている。私もまた、ISの本来の用途は宇宙という新たなフロンティアを、人類の未来を切り開くものだと思っている。だが、現在の世界情勢が人類が求めたISの在り方を示している。即ち、兵器だ。

 ここで断言しよう。IS本来の姿はただのパワードスーツだ。だが、紛れもない戦術級の極めて強力な兵器だ。然るべき乗り手、然るべき機体を揃えれば、一国に深刻な出血を強いることも可能だ。それも、既存の戦術、戦略兵器を用いるよりも遥かにコンパクトにだ。

 自分たちが扱う物がそれだけのものであるという意識を忘れるな。ISはシールドが、絶対防御が存在するから安全などという意見があるが、経験者から言わせてもらえばあのような意見は安直甚だしい。かの事件より十年、開発の中で事故も幾度となくあった。傷つく者も多くいた。

 例え訓練の段階であっても、それだけの代物を扱うという意識を忘れずに、確たる意思の下に希望する者のみが名乗りを挙げろ。以上だ。クラス代表に我こそはと思う者は挙手をしろ」

 

 千冬の言葉に、今度は沈黙を伴った緊張が教室に走る。生徒達は皆一様に周囲に目を配りながら、如何にすべきか悩む素振りを見せていた。千冬の言葉、その意味する所を理解したからこその迷いであった。

 それで良いと、千冬は責める気持ちは無かった。ここに集った者達は――極一部の例外を除いて――厳しい選定を潜り抜けて来た、まさにエリートの卵と呼んで差し支えない能力の持ち主達だ。だが、所詮は能力ばかり。

 

 国で多少なりともISに触れた経験があるものもいるだろうが、人間的には未だ十代半ばの少女のソレとまるで変わりがない。それは責められようがないことだ。だからこそこの迷いも当然のことであり、重要なのはこの後の決断。

 迷いの末に一歩を踏み出すか、それとも敢えて留まるか。踏み出すも是。留まるも是。どちらにも肯定されるべき理由があるために千冬は生徒達の選択にあれこれと口を挟むつもりはない。

 

 だが願わくば、千冬一個人としての極めて個人的希望を言うのであれば、己が受け持つクラスの生徒達には例え不安を抱えたままでもいい。一歩を踏み出す気概を持って欲しいという思いがあった。

 

「……」

 

 無言のまま、一本の手が天に向けられた。一瞬、教室中が張りつめる。千冬もまた、挙げられた手の主に視線を向けていた。その目は僅かに見開かれていた。

 手の主は己のすぐ目の前に居た。織斑一夏、世界初にして現状唯一の男性IS適格者、そして己の実弟。その彼が誰よりも先んじて一歩を踏み出していた。

 

「立候補者は織斑一夏、か。他には」

 

 感慨、と呼ぶには少々異なる何かの感情が僅かに湧くのを感じた。だが、それを面に出すことはせずに淡々とした口調を保ったまま、千冬は他の立候補者が居ないかを確認する。

 だが、依然他の者が手を挙げる気配は感じられない。一夏が手を挙げたこと。そのことへの驚嘆か、あるいは意外という心境か。とにかくほぼ全員が一夏に注視しているため、必然的に手を挙げる者が居ないという状況が生まれていた。

 

 時間も圧している。できれば他に自発的に手を挙げる者を見てみたかったが、個人の希望を押しとおして全体の流れに支障をきたすわけにもいかない。このまま一夏を唯一の立候補者として代表に任じようか。そう思った矢先だった。

 

「はい」

 

 凛とした少女の声が響いた。同時にスッと静かな挙作で挙げられる手。手の主が居るは後方。一夏とは対照的な位置だった。

 

「わたくしも、このセシリア・オルコットもクラス代表に立候補致します」

 

 無言の首肯で千冬はセシリアの立候補を認めた。

 

「現状、立候補者は二人か。……時間も圧しているな。丁度良い。立候補者二名、何か発言があれば言え。他の者は話を聞きながら、自分がどうするかを考えろ」

 

 その言葉に無言で二人、一夏とセシリアは席より立ちあがる。そして、一夏はゆっくりと後ろを向く。制服のズボン、そのポケットに両手を入れた姿は傲岸不遜であり、同時にこの緊張に一切臆していない余裕を見せている。

 

「さて、レディ・ファーストと言うよな。オルコットだったか? 所信表明があるなら、先を譲るよ」

 

 細められた目とは裏腹に軽快な口調で促す一夏に対し、セシリアもまた僅かに目を細める。互いに細められた視線の交差は数瞬。すぐにセシリアは瞑目すると、開いた目に力強い意思の光を宿しながら口を開いた。

 

「いいでしょう。では、お先に失礼させて頂きます。本音を申せば、わたくしは他の方が立候補をなさっていればその方でもよろしいと思っておりました。ここは学び舎。教師から我々生徒が教えを乞うばかりでなく、わたくし達生徒もまた、互いに教え教えられ高め合う場。

 わたくしは英国の代表候補生として、国より預かった最新の第三世代型のデータ蓄積を主目的としてここに来ました。わたくしの本来の目的に沿うのであれば、ここで真っ先に代表に名乗りを挙げるべきでしょう。ですが、もしわたくしの他に代表という立場になって自らを高めようという意思を持った方がいるのでしたら、わたくしは代表候補という先達としてその方に助力する心づもりでもありました。

 データの収集は、専用機持ちという立場上代表でなくとも機会には恵まれておりますので。ですが、あなたが名乗りを挙げるというのであれば話は別です」

「へぇ?」

 

 僅かに声のトーンが下がる一夏。挑発的と取ったからか、一夏から怒気にも近い不穏な気配が漏れる。それを間近で浴びることになった隣の席の少女が僅かに身を引くが、それに一夏が気付いた様子は無い。

 

「わたくしはISに誇りを持っています。それを扱うことに、扱う術を学べることに。そして――えぇ、はっきりと認めますが、わたくしはあなたに良い感情を持っていません、織斑一夏。

 IS乗りは、わたくし達女性だけに許された領域です。男性を貶めるわけではありませんが、そのことに矜持を持ってきました。わたくし達女性のみの力で、生まれ育ち想い深き故郷に貢献できることを。だからこそ、その領域にいきなり踏み入ってきたあなたをそう簡単には認めることができません」

「……」

 

 一夏は無言でセシリアの言葉に耳を傾ける。耳を傾けながら、一夏は軽く教室を見回す。位置的にちょうど教室全体を見回せる位置にあるが、見れば多少なりともセシリアの発言に同意する部分を抱えているのか、小さく頷く者も少数名ながら見受けられた。

 ふん、とだけ小さく鼻を鳴らす。別に意外なことではなかった。自他共に認める武術バカの自分ではあるが、暇なときはむしろインドア派に近く、人並みにネットなども嗜む。

 

 自分のIS適性が発覚してからそこそこ経つが、探せば匿名掲示板などで自分についてのアンチ要素を含む発言などいくらでも見つかる。特に現在積極的にメディアへの露出に勤しんでいる「社会派」と呼ばれる言論による、ISの存在を基とした女尊男卑の社会体制を訴える派閥など、自分のことを疫病神扱いする始末であった。

 それにくらべれば、ノコノコ表れたのが目に付いた程度のセシリアの発言など、むしろ可愛い部類である。

 だが、言われっぱなしは一夏の性分に反する。そこで初めて一夏は口を開いた。

 

「なるほど。つまり、お前が俺を認めるかどうか。重要なのはそこってわけだな」

「……確かに」

「良いぜ。なら、今度は俺の番だ」

 

 そこで一夏は静かにポケットから両手を抜く。僅かに歩を進め、机と机の間の通り道に立つ。その一夏の挙作の一つ一つに、教室中の視線が集まる。

 

「ご高説お見事、と言っておこうか。国への貢献ね。俺もこの日本に愛着はあるけど、お前のように誇りを持つほどじゃあない」

 

 その言葉にセシリアの眉根が僅かに上がる。誇り――名家に生まれ育ち、かくあるべしと育てられた彼女にとって誇りとは重々に重んじるべきものという認識だった。

それを軽視するような発言は、正直なところ不快に感じた。

 一夏もまたセシリアの不穏な気配を感じ取っていた。だが、彼はむしろ薄い笑みを唇に浮かべながら言葉を続ける。

 

「言っておくがな、俺にもプライドはある。けどそれは国のためとか、誰かに捧げるもんじゃあない。俺が持つのは俺の、武人の矜持だよ。

俺が代表になった理由? 決まっている。そうした方が手早く高みに行けそうだからだ。剣術を、無手の武術を、そしてISの適性が分かった今、IS戦技の、武の高みに昇ること。それが俺の生涯の目標、矜持だ!」

 

 胸の前で右手で作った拳を握りながら一夏は吠える。そこに余計な理屈など要らない。ただ自分が武人だから。そう思っているからこそ、己は強さを求める。そうすることが、武人であることの全て。それが一夏の、信念。

 

「随分と我欲的ですわね。つまりあなたにとってクラス代表とは、誰のためでもない自分が上に行くための踏み台のようなものだと?」

「だとしたら?」

「只管に高みを目指す、その心意気は買いましょう。ですが、その利己的な姿勢は看過できませんわね。何より、クラスの代表になるということはこのクラスの皆の上に立つということ。上に立つ以上は、下につく者達のために与えられた権限を振るう義務があります」

高貴なる者の勤め(ノブレス・オブリージュ)ってやつか。その考え方は否定しないし、むしろ俺は肯定されるべきだとも思うさ。だがな、この信条ばかりは譲れないんだよ。より素早く、そして確実な、極めた強さの領域に辿り着くには例え誰かを踏みつけることになっても断固たる意思で前に進むべきというな。元より、強者の称号はより高い次元に居る少数に、ましてや最強ともなればただ一人に与えられるものだ。むしろ、誰かを蹴落とすことは当然だろ」

「お言葉を返すようですが、わたくしもあなたの語る『強さ』の理念を真っ向から否定するつもりはありません。確かに一理あるのも事実です。ですが、何者も顧みないというのがわたくしには認められないのです」

「前を進むたびに一々後ろを振り向けと言うつもりかよ? いや、確かに過去からの反省を活かすのは大事さ。けどな、自分に負けた相手にまで一々構ってたらキリがないんだよ。まだ勝つべき相手が居る、なのに勝った相手にいつまでも感傷くれるなんざ、馬鹿馬鹿しい」

 

 繰り返される言葉の応酬に、二人の間の緊張が少しずつ高まっていく。張りつめていく空気を感じたからか、教室内の生徒達が一様に息を飲む。そこに、別の第三者の声が響いた。

 

「そこまでだ。互いの持論をぶつけあうのはまた別の機会にしろ。このままでは平行線になるのが目に見えている」

 

 張りつめた雰囲気を両断するかのように鋭く、しかし同時にある種の呆れを含んだ声で千冬が待ったを掛けた。

 

「いずれにせよ、候補者が二人出た以上は何かしらの方法で決定しなければならんのだ。まずはその方法を決め、続きはその時にでもしろ」

 

 そうして一夏とセシリア、二人のクラス代表の座を賭けてのIS試合が行われることが決まるまでに、それほどの時間は掛らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝機はあるのか?」

「わざわざ、お上が専用機用意してくれるって言ってんだ。後は、鍛えた技と意地と根性と執念で押し切る」

 

 代表候補生相手にただ性別が男であるという以外はズブの素人でしかない一夏が挑む。はっきり言って無謀でしかない。それは誰の目にも明らかで、当事者である一夏もまた理解していることだった。事実、二人の試合が決まった時、クラスの数人はハンデの設定を一夏に勧めた。他意など無い純粋な善意によるものであったが、それを一夏は一蹴していた。

 

『俺は一向に構わんッッ!!』

 

 気合いの籠った一喝に静まり返る教室。呆れたようにこめかみを押さえる千冬の姿が印象的だったが、とにかくそれっきり。それっきり、一夏にハンデを進めるものは居なくなった。

 

「まぁ、うちの姉が家でポロっと言ってたけどよ、IS動かすのには生身でどんだけ体動かせるかも重要らしい。それなら、俺にもアドバンテージはある」

 

 その言葉に箒は、「そういえば自己紹介で剣術を嗜んでいて、他にも空手に柔道、最近じゃムエタイも少々」などと言っていたなとと思った。

 いや、実際問題それらの経験が役に立つとしてもである。厳しい状態に変わりは無いことは間違いない。ISに関してはド素人という事実は依然として厳然と存在していることに変わりはないのだから。

 

「とにかく、これは俺の勝負だ」

 

 有無を言わせない。言外にそう告げる一夏の言葉に箒は押し黙るしかなかった。

 変わらず茶を啜り続ける一夏の姿を見ながら箒は目を伏せる。六年、それだけの年月を置いて再会し、今こうしてすぐ近くに居る、だが、箒は一夏との間に見えない、超えようがない壁があるように感じられて仕方が無かった。

 

(しかし、専用機か……)

 

 試合が決まった直後、千冬が一夏に告げた言葉。政府より貸与される一夏の専用IS。一応、その意味合いも並み程度には知っていたため、あの時のクラスの驚きは一夏の理解が及ぶところであった。

 

 はっきり言ってしまえば一夏は己の処遇を巡っての思惑の交差になど、興味は微塵たりとも持ちえてはいなかった。

 そも、それを行っているのは自分が生まれるよりも遥か以前からそうした騙し騙され蹴落とし蹴落とされ、さながら魑魅魍魎の跋扈する伏魔殿と呼ぶに相応しい政の場を生きてきた老獪達。

 

 ニュースなどで見ることのできる昨今の経済事情や国民の意思とそぐわない政策を見るに、本当に政治家に相応しいのかと首をひねることは多々あるものの、白騎士事件における篠ノ之束、そして当時実質彼女の独占化にあったISという当時の状況では御しきれそうにない爆弾を身中に抱えながらの、各国の追求に対しぬらりくらりとした当たり障りのない対応、そこからの致命的な政治的不利の回避、極東圏におけるIS技術の優位性、当該事件の引き金の被害者側という立場を利用しての政治的イニシアチブの確保は十分に評価できるだろう。

 ゆえに断言できる。自分ごときがどうこう言ったところで何も変わりはしないと。ならば興味を持つだけ無駄というもの。

 

 無論、一夏とてただ状況に流されるを良しとはしない。このまま流されたところで、自分は権力者の思惑の良いように振り回されるだけだろう。そのようなことは断じて我慢ならない。

 彼個人の極めて偏見的な主観も加味した上での表現をするとして、革張りの椅子の上で内臓脂肪をこれでもかと蓄えた段腹を揺らしながら踏ん反りかえる、或いはそろそろ良い年になって骨と皮ばかりになっていつポックリ逝ってもおかしくない、そのような年寄りに振り回されるなど、憤怒以上に殺意の籠った嫌悪が湧きあがるというもの。

 ゆえに考えた。そうならない方法を。そしてそれは至極単純なものであるとも気付いた。すなわち、『ISによる立身栄達』である。それを考えれば、専用機というのは悪くない。

 確かに一夏個人のステータスにはなるだろうが、あいにくそんなものより単純な個人としての力の方が興味がある。そういう意味では、それを試せる今度の試合も決して悪いものではないだろう。

 

 

(まったく、これだから『武』は辞められん)

 

 胸中に湧いた狂気じみた感情。それに流されるのを本能的に阻止しようとしてか、一夏は残った茶を一息に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。例の少年がイギリスの代表候補生と早々に試合か……」

「こちらとしてもデータはなるべく欲しいが、些か早すぎるような気もしますな」

「倉持には少々急いでもらうことになるが、まぁ支援金を貰っている身だ。このくらいはしてもらわねばな」

 

 某所。一切の電子機器を省いた空間で交わされる会話があった。駆け足と呼ぶには生温い速さでデジタル化が進行している時世にありながら、あえてその流れと反するかのように会合から一切の電子機器を取り払うのか。その意図を語る者は誰一人として居ない。語る必要も無い故に、である。声の主は一様に相応の年を経ただろう男性のもの。静かに語る声に乗せられた重みが、彼らの歩んできた人生の重さを示している。

 

「しかし、男の適格者が現れるのはまだ良い。だが、もう少し後になってからでも良かろうに」

「まぁ、そうですな。ようやくIS周りのあれこれも整った矢先に、今回の一件。それも我が国でだ。上手く扱えば利は見込めるが、何とも厄介な……」

「起きたことを言っても致し方あるまい。それに、彼の少年を責めるわけにもいかん。これより先、我らのような腹の黒い年寄りの思惑に振り回されるだろう彼の将来を考えれば、むしろ被害者に近い」

 

 茶化すような言葉に軽い笑いが起こる。各々謀略渦巻く政争に身を置く立場。たとえ集う面々が個人的親交を持つ朋友同士であっても、常にその腹の内に一物抱えていることを皮肉るような言葉に、それを自覚しているがゆえに一同は笑いを禁じ得なかった。

 

「まぁ、当面は静観としようか。分からぬことばかりの内に手を出すのは失策も良い所。各々方、今しばらくは足場を固めるということでよろしいか?」

 

 一人の男の提案に無言の肯定を残る全員が返す。その直後だった。

 

「……来たか」

 

 それまで無言を貫いていた男、この場に集う面々の中でも特に剛腕、堅物などの異名で知られる男が低い声で呟いた。

 

「ご無礼申し訳ありません。少々興味深く、お話を拝聴させて頂きました」

 

 室内に響いたのは鈴がなるかのような女の声だった。その声に動じた様子も無く、男達は声の方向に視線を向ける。

 部屋の角、光の当たらぬ暗がりにその姿はあった。己を包む闇と同じ、黒の装束に身を包んだ若い女。壁に背を預け腕を組む姿は優雅であり、同時に妖艶さも漂わせている。

 

 しかし、浮かべる微笑は無垢なる少女の様。純真と魔性の混在した、形容しがたき存在がその場にあった。

 そして、そのような存在が不意に現れたことに誰も何も言わない。皆が皆、女の正体を知っており、そしてこのようなことを平然と行う人格であるとも承知しているからだ。

 

「で、貴様は何を思う」

 

 余計な言葉を飾らず、女の出現を告げた男は彼女が自分達の話を聞いた上で何を思ったのかを問う。

 

「何も。元より、彼の少年には私も興味を持っておりましたので。ご存じのはずでしょう? 私と彼の間の奇妙な縁。そしてそれはあなたにも言えること。違いますか、おじ様?」

 

 最後の呼びかけ、そこにだけ親しみを込めて尋ね返す女に、男は固い鼻息を一つだけ漏らす。

 

「貴様が何をしようが、敢えて我々は何も言うまい。それだけの能力があり、それを基に我々は認めているのだからな。だが、下手は打つな」

「無論」

 

 そう言って女は優雅そのものの仕種で一礼をする。手の動きに合わせて、その手首に付けられた飾り紐、その先に添えられた同じく漆黒に彩られた蓮の花を象った飾りが揺れて小さく音を上げる。

 

 気が付けば女の姿はその場から消え失せていた。別段、面妖な黒魔術の類を使ったわけではない。そもそも、そのようなものは存在しない。ただ普通に歩み部屋を出ただけ。だがその動きがあまりにも迅速で、あまりにも静謐で、余りにも気配が希薄で、あまりにも存在感が無かったため、いきなり消えたように見えただけ。

 女が完全に去ったのを確認し、男は掛けていた椅子に深く背を預けた。

 

「やれやれ、我らを害することは無い、むしろ我々の味方と分かっていても心臓に良くない娘だ。まだ若いのに、どうしたらあのようになれるのやら」

「元よりそのような気質なのだ。言うなれば、アレの才というもの。年など、なんの当てにもなりはせん」

 

 困ったように呟かれた言葉に男が憮然としたような口調で返す。そこで別の声が男に掛る。

 

「しかし、よくよく考えればあなたも中々に奇妙な縁をお持ちだ。彼女しかり、彼の少年しかり」

 

 その言葉に、男は静かに首を横に振った。

 

「私ではない。全ては、あの馬鹿息子だよ」

 

 その言葉はこの場の誰でもない、遥か遠くに向けられているような響きを持っていた。

 

 

 

 




感想、ご意見は大歓迎です。とくに文章作法や表現方法などについてのご助言はありがたく思います。


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第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね

遅ればせながら第二話の投稿となります。前回から一週間と少々でしょうか。とりあえずは、このくらいがおおまかな更新ペースと言うべきでしょう。実際は結構変動したりするものですが。
冒頭部分で妙ちきりんなことを書いていますが、『もしもIS世界のwikiみたいなのに作中の用語とかが載ってたら』という感じの妄想です。RPGとかで時々世界情勢の解説だとかそんな感じのモノローグみたいなのが入りますよね?
あんな感じでの入れ方をイメージしました。

はてさて、今回は読者の皆様にどのように受け取っていただけるのか。割とビクついていたりしますww


『白騎士』

 

 かの白騎士事件において世界に存在を知らしめたIS第一号機。現在と異なり当時はISという存在が未だ社会的に不確かな存在であったために、現在のIS各機に付けられている型番は存在せず、篠ノ之博士が用いた『白騎士』という呼称をそのまま用いている。IS第一号機ということもあり、そこに用いられている技術は現在のIS技術の基盤となっており、当時博士が発表し、国連の調査団が解析したデータが拡散したものが、現在の各国のIS技術の根幹を為している。

 IS自体は当時日本の各企業、研究機関が開発していた人間の行動補助用の外殻装置の技術が下地になっていると言われているが、PICやシールドに代表されるISの代表的システムの数々が理論面などから実質的に篠ノ之博士個人の開発によるところから、世界は改めて博士の天才性を知らされた。

 

 白騎士事件において艦隊を相手に完勝を成し遂げた白騎士ではあるが、この白騎士自体について一つの疑問が提唱されている。それは、『白騎士を単純なISと認識して良いのか?』というものである。

 その疑問の根拠となるのが、白騎士事件そのものである。ISは確かに現行の兵器の中では最強と呼べる戦闘力を有している。攻撃力、防御力、速力、個々の単純な数値にのみ目を向ければISでなくとも同じ結果を再現することは可能である。

 

 ISが強みとしているのは、それら個々の側面において高い領域にありながら、それを人一人大に収めていること。そして、人型であるために従来の戦闘機や戦車などの用途、運用方法が限定されたものと異なり、様々な状況下で性能を柔軟に運用できる点にある。しかしその『最強』も然るべき機体、然るべき乗り手が揃って成し遂げられることであり、極端な例として現在IS学園に配備されている訓練用機体、並びに操縦者を学園の生徒――技量的に未熟な面が多い一年生(代表候補生などを除く)とする――として白騎士事件における白騎士と同じ状況下に置いたとして、そもそも勝利自体が難しいという試算が出ている。(そのため、有力国が想定するISの実戦運用については、通常の部隊との連携を主とし、戦闘の間隙を突き敵側司令部などに速やか且つ確実に大打撃を与える強襲が想定されている。当然ながら例外もあり)

 

 この疑問における白騎士の論点は乗り手よりも『機体』に焦点があたる。当時博士は白騎士を『ISの確立を為す第一世代』と評し、事実確認された武装も近接攻撃用の大型ブレード、遠距離攻撃用の荷電粒子砲(白騎士事件当時はおろか、現在でも荷電粒子砲は開発難度の高い武装であり、このことも博士の能力の証明の一つになっている)のみであり、多彩な兵装を駆使する最新型と比べれば見劣りすることは間違いない。しかし、それでもなお白騎士の挙げた戦果は巨大なものであり、仮に白騎士の乗り手が凄まじい技量を持っていたとしてなお、機体そのものへの疑念を深めるものであった。

 

 『白騎士はISであってISでないものなのかもしれない。忘れてはいけない。人類(われわれ)は未だ篠ノ之束個人の居る領域に到達していないことを。我々が推し量った結果は、絶対的なまでに完全ではない』 とある軍事評論家兼哲学者の発言より。

 

 

 ――『白騎士』の項目より一部抜粋

 

 

 

 

 

 

 IS学園の設備は基本的にどれも最新式のソレと言って差し支えない。それは訓練施設に設置される大掛かりなものを始めとして、寮や各校舎の空調、果ては水道などの細かい部分にも至る。基本的に日本国外からの留学生も多数受け入れることを前提としているため、建築様式の和洋を問うのであれば、間違いなく洋が当てはまるのだが、そんな中で必要とされているために純和風の建築様式で建てられた施設も存在する。剣道場もまた、そうした施設の一つだった。

 

 

 

「……」

 

 無言のまま一夏は正面を見据える。道場という空間に似つかわしい胴着、自前のソレに身を包み木刀を構える姿には、張りつめた空気が纏わりついており空間に実によく似合っている。胴着の上からでも分かるやや大きめな肩の幅、裾より僅かに覗く腕に付けられた筋肉の隆起、一夏自身の同年代の男子の平均よりもだいぶ高い身長、それらが相俟って、文字通り『力強さ』による存在感を示す。

 ゴクリ、と喉を鳴らす。飲み込んだ唾は緊張によってか粘性が高い。視線を外すわけにはいかないから直接の視認はできない。だが、気配で感じ取る周囲の観衆もまた、一様に緊張の面持ちで自分を見つめているのが分かる。

 

(あぁ、これは良いもんだ)

 

 僅かに口角が吊りあがる。単に固いギスギスとした空気は好かないが、このような張りつめた空気がもたらす緊張というものはむしろ心地よさすら感じる。何より、完全に格上と分かっている師との手合わせ以外でこのような空気を味わうのは実に久方ぶりだ。気分も高揚するというもの。

 

(しかし、正直驚いたな。流石は天下のIS学園か……)

 

 すり足で右足を小さく前に出す。それに呼応するように眼前の少女もまた僅かに動く。

 二年、斎藤初音。そう手短に名乗った彼女は一夏に手合わせを申し込んだ。それも彼女が属する剣道部、その本分であろう剣道ではなく木刀を用いての実戦形式の立ち合い。思いもよらない申し出だったが、一夏からしてみれば好都合であり断る理由も無かった。IS学園に所属する剣士の実力たるやいかなるものか。それを試す意味も込めての承諾であったが、それからの流れは一夏の予想を良い意味で裏切るものだった。

 

(久しぶりだよなぁ。俺が同年代相手にこんだけ手間かけるのも)

 

 剣術を学ぶ中、師に引っ張られての出稽古で同年代の者達と手合わせをすることも幾度かあった一夏だが、その全てにおいて苦戦をすることなく勝利を収めてきた。

 敗れるとすれば稽古の最中の師との手合わせであり、それについてはそもそも心技体何もかもが別格なのだからカウントのしようがない。そういう点で、今の状況は一夏にとっては新鮮味に満ちたものであり、知らず心が昂る程のものだった。

 

「しかし、このままもつまらんわな……」

 

 小さく口の中で、それこそ外に漏れないほどの小声で呟く。そろそろ睨みあいにも飽きてきた。試合が始まってこのかた、数度打ち合った以外は互いに出方を図るためのにらみ合いが続くばかり。その緊張も確かに面白くはあるのだが、そればかりというのもまた興が無い。やはり、直接剣で打ち合うのが一番だ。つりあがっていた口角を下げ、口を真一文字に引き締める。眉根に僅かな皺を寄せ、じっと相手を見据える。

 元々の癖があるという、箒程ではないが長い黒髪は緩やかなウェーブが掛っており、それを後ろで一つにまとめ上げた上級生の姿は、箒とはまた異なった柔らかさを伴う趣での整った容姿をしている。そう評価できるのは間違いないが、今の一夏にとっては至極どうでも良いこと。互いに距離を開けた状態ではあるが、その上で相手の全体を俯瞰して呼吸の流れを読み取ろうとする。

 目の動き、呼吸の要である口と鼻の僅かな動き、体全体を俯瞰しての力の入り具合。それら全てを観察し、得た情報を脳内で直感的に統合、最適な打ち込みのタイミングを見出す。その時が来るのはいつと決まってはいない。一秒先か五秒先か。二十秒先か一分先か。五分も先か。あるいは――

 

(今ッッ!!)

「キェイッ!!!」

 

 反射的に踏み込んでいた。動き出した時点でそれ以前の思考の全てを破棄した。これよりすぐに打ち合いが始まる。全身全霊を傾けるのは、そこにのみで十分だ。

 袈裟がけの一撃。通常の剣道の試合とは異なる、実戦形式の立ち合いということで両者合意の上で防具の着用はしていない。安全のために寸止めという規定を設けはしたが、それを承知の上でも一夏の放った一撃は必中必倒を意識した裂帛の気迫に満ちていた。

 

 対する初音は一切の表情の変化を示さなかった。元より物静かな気質の持ち主である彼女だが、それを考慮しても自分よりも大柄な男子が一息で距離を詰めて斬りかかってくるのを前に平然としていられるのは、斬りかかった一夏本人をして軽い驚きを感じさせるものだった。

 正眼に木刀を構えたまま、初音も動く。足袋の布と木張りの床が擦れる微かな音のみを立てるすり足で小さく自身の左、一夏から見て右の方向に動く。

 

「ふぅん……」

 

 漏れた呟きには得心いったというような意思が込められている。立ち合いを始める前に簡潔な自己紹介を行ったが、口数の少ない初音はあまり多くを語ることをしなかった。その中で彼女が語った自身に関することの中に、学ぶ剣の流派の名があった。溝口派一刀流に心得有りということは一夏の興味を引くと共に、この回避を予測させたものであった。

 それがどうしたと言うように初音の動きを眼球の動きだけで追う。現代に伝わる古流剣術の中でも実戦寄りとされている溝口派一刀流は小刻みな左右への回避、そこからの斬りつけを得意としている。一夏にも最低限の知識として頭に入っていたために、一夏は素早く次の手を練る。

 

 自身の右側に逃げた彼女を、袈裟がけから返す刀で打つのは簡単だ。だが、今の初音はその反撃を予測してか、回避行動からそのまま一夏の懐に潜り込もうとしている。今このまま木刀を振ったところで、掠めるだけで満足な一撃にならないのが関の山だろう。

 よって一夏は一捻り工夫を加えることにした。

 より素早く次の移動に転じるために、先の一撃の際に一夏は足を踏み込んだ際の足の開きを気持ち小さめにした。ここからが本番だ。「ガマク」と呼ばれる空手における身体操法、丹田を中心とした筋肉を鍛えることによって体の正中線などをずらさずに重心を移動、相手に動きを読みにくくさせる技法がある。ガマクをかけた一夏は後方に位置する己の左足側に重心を移動、そのまま踏み込んだ右足を外側に回転させる。そのまま初音を懐から引き離すように体を後方に下げると同時に、その横腹目掛けて木刀を叩きつけようとする。

 

 乾いた音が鋭く道場に響き渡った。

 一夏の振るった二撃目、それを初音の木刀が受け止めていた。流石に片手では無理があるのか、両手によってだが、確かに一夏の一撃は防がれた。横薙ぎの一夏の一太刀、初音は木刀の切っ先を下に向けその一撃を止める。片手とは言え相応以上に鍛えた一夏が全身の回転の勢いを込めて放った一撃は速さ、重さともに十分な域に達しており、それを受け止める彼女の腕は、木刀は小刻みに震える。見れば先ほどまで平静そのものだった表情にも、僅かに眉根に皺が寄るという変化が見受けられた。

 防がれたのであればもはやこれ以上は無駄。そうさっさと割り切って一夏は木刀を握る右腕を引く。僅かな軽い音と共に木刀同士が擦れ離れる。数歩分だけ後方に移動し初音を再び視界の真正面に捉えると、一夏は仕切り直すかのように木刀を正眼に構えなおした。

 

「お見事」

 

 静かに、しかし軽薄さを伴わない明るさを含んだ声で一夏は称賛する。身体能力ではこちらが圧倒的有利。元より生物学的見地から言っても、肉体的強さでは女性より男性の方が強く鍛えられやすいもの。一夏とて物心ついた時には姉の見守る下で竹刀を握り、体を鍛え、そして今の師の下に弟子入りしてからは更なる高み、極限を目指して周りから「トレーニング馬鹿」と揶揄される程に鍛えて来た。そのことへの自負はあり、故に多少鍛えているからとは言え、こと剣に限って言えば女性はおろか同性、同年代、或いは少々年上相手でも早々遅れは取らないということを自身にとっての厳然たる事実と思ってきた。

 

 だが、そう思っていた時に目の前の上級生の存在だ。このあたり、流石は未来の国防の一角を担う人間を育てるIS学園の生徒と言うべきか。まだ自分が知らない強者が居る。それが一夏の心を刺激する。鍛えてきたという自負がある自分に対抗できることへの怒りか? 嫉妬か? 憤怒か? 嫌悪か? どれも違う。そんな粘着質な性質の悪い悪感情ではない。

 

「本当に、面白いですよ。先輩」

 

 湧き上がるのは歓喜と高揚だ。元々同年代と立ち合う機会など殆ど無く、あったとしても大抵は勝利を収めた。中学時代は自分の訓練への集中や在り方の違いなどから剣道部に入っていたわけでもなし。故に、こうした手合わせは純粋に歓迎できるものであり、相手が年の近い実力者ともなれば嬉しさは更に高まる。そしてそれを打ち倒したときの感激たるや、上等な菓子の甘さに震えるかのごとしと言える。

 

(っと、落ち着け落ち着け……)

 

 楽しいのは事実であり、それを心地よく思うのもまた事実ではあるが、だからと言って高揚のし過ぎは良くない。あまりに熱くなりすぎれば無駄な力みが入る。それは好ましくない。より効率的な動き、相手に与えるダメージを考えるのであればむしろ適度な緩みこそが肝要だ。

 常に冷静さと余裕を持って落ちついて相手に対処し、熱くなって周りが見えなくなるようなことにはならないようにする。一夏が自分自身に常々言い聞かせていることだ。

 

 刹那の交差によってか、道場内の緊張は一層高まったようにも見える。観衆となっている生徒達も、一夏が仕掛けた先手からの攻防に飲み込んだ息がそのままとなっているかのように固い面持ちを崩さない。その表情には単なる緊張とはまた別に、明らかな実力者同士の立ち合い。見ることは確実に自分達にとってプラスになる。それゆえ、誰もが真剣な眼差しを二人に向けていた。

 そんな中でただ一人、渋面を作っている生徒が居た。篠ノ之箒。学園剣道部に新たに入部した一年生であり、中学時代は剣道女子の部において全国優勝を果たした経歴を持つ部における期待の新人である。

 

 

 

 

 

(いったい、なんだというのだこれは……)

 

 目の前で上級生と木刀を交わす一夏の姿を見遣りながら箒は苛立つような呟きを心中で漏らす。このような流れは明らかにおかしい。いや、おかしいというよりもむしろ――

 

(まるで意味が分からん……!)

 

 どうしてこうなってしまったのか理解に苦しむ、といったところだろうか。目の前で行われている二人の試合、そもそも初めから予定されていたことではなかった。

 事は前日、学園生活開始から二日目に遡る。学園側の事情により同室となった一夏と箒だが、会話は箒が思っていた以上に少なかった。授業中は当然として、休み時間にしても一夏は箒と積極的に話すということはしなかった。例外的な入学である一夏は座学の面で他の生徒よりも遅れる立場にあり、それを補えるように努力せよと彼は実姉より直接言い渡されていた。授業中の教室でのことであったのでその現場を箒も目にしていた。

 

 その言葉に従ってか、休み時間に一夏は周囲の座席の生徒と授業のノートを見ながらその内容について話し込んでいることが多く、その大真面目な表情に話しかけるタイミングを見出せなかった。結果として、箒は一夏が他の女子生徒と話すという個人的に気に入らない光景を見る以外無かった。放課後にしても真耶につけてもらうことになった補習やら、部屋の一夏のベッド脇に積まれた訓練器具を引っつかんだ上で行っているトレーニングやらであまり部屋に居ることはなく、仮に部屋に一緒に居るとしてもあまり喋らない、喋ろうとしないために会話をせずにいられる。

 

 たった三日。たった三日で箒はストレスを抱え込んでいた。

 

(おのれ一夏め! 少しはこちらの気を察せという話だ!)

 

 ちっとも自分を気にしようとしない幼馴染に内心で憤慨する。思い返せば、この流れに至った過程もそれが原因のようなものだ。寮では生徒達は基本的に私服でいることが多い。特に夕食後ともなれば顕著だ。それは一夏も同様であり、主に彼はハーフパンツにTシャツというラフな軽装を好む。軽装な分、着ている人間の体つきがより鮮明に分かるのだが、最初に見たときには箒も驚きを禁じ得なかった。

 全身を覆う筋肉。明らかに丹念に鍛えたことが明らかなそれに、一武道家として強い興味を持った。そして思いついた一つのアイデア。それが、一夏との剣道での手合わせだった。IS開発者であり実姉でもある束の突然の失踪、そこから政府に身柄を抑えられての離別となるまで共に学び思い出を共有してきた剣道。思う所あるものの、全中優勝という実力への自負も相俟って剣道を通じて一夏に自分を意識させる。その心づもりだった。

 

 摺り上げで竹刀を弾き飛ばされてからの面一本。完全に実力差を示された上での完敗だった。『剣術』の修業のために『剣道』からはしばらく離れていたという言葉通り、確かに試合のさなかの一夏の動きにはブランクを感じさせるような色があった。だがかつて学んだ技術を錆つかせているというわけではなく、むしろその身体能力や剣腕によってほぼ真正面から突破され一本。

 試合後の一夏の表情は冷めたような余裕を持っており、その表情を見て箒は察した。試合によって一夏に自分を印象強く刻みつける。それが果たされなかったことを。その直後だった。試合を見ていた初音が一夏に剣道ではない、木刀を用いた実戦形式の手合わせを申し込み、今や完全に観客の注目を掻っ攫っていったのは。

 

(私のことは、どうでもいいとでも言うつもりなのか……!)

 

 今、初音と打ち合っている一夏の表情を見れば分かる。自分との試合以上の緊張、そして見せることはなかった高揚を、今の一夏はその表情で、全身で示している。こうなってしまえば箒でも分かる一つの道理がある。仮に一夏に箒と初音、どちらを相手にした時が満足できたかと言えば、確実に初音と答えるということをだ。

 

(いや、よくよく考えれば理解できる道理だ……)

 

 多くのルールの下でスポーツ化された剣道と、いかに効率的に相手を斬り伏せるかを目的とした剣術では、剣を扱うという共通点や握りなどのいくつかのごく基礎的な技術を除けば異なる点が多い。そしてここはIS学園であり、その本分はISの操作技術の習熟にある。ISにもいくつかのタイプがあるが、中でも対ISを主眼に置いた刀剣を主武装とする近接格闘戦型、例として千冬の現役時代の愛機であり、現在の日本の主な開発コンセプトとなっている機体を駆るとして、適しているのは剣術の方だ。

 

 こと格闘戦においては二年はおろか三年を交えた上でも上位に入るという初音は、より実戦的な技にも長けているのだろう。だからこそ、同じ領域の技を磨いてきた一夏と、奇妙な言い方になるが立ち合いでの波長が合いやすい。

 そして自身もまた、剣道だけでなく元々実家に伝わっていた古流剣術に嗜みがあるからこそ言えるのだが、剣術に限らず現代において『古流』と名のつくものはその性質もあってマイナー寄りだ。それゆえ、学んでも振るう機会がほとんど無い。もちろん、たんに振るうためにではなく自己の精神性の向上などを目的として学ぶのであればそれは目をつぶれる問題だが、おそらく一夏はそれを振るう機会を求めていたのではないか。そして今、その機会が訪れている。

 

(私は、どうすれば良いのだ……)

 

 出口のない迷宮に迷うとはこのことなのだろうか。考えても考えても答えが出ない。

 

(私はただ、一夏ともっと話をしたいだけなのに)

 

 結局のところ、剣道にしても一つの手段、一夏との繋がりを持つための道具の一つに過ぎない。あとは、強いて言えば政府に監視される生活の中での数少ない気晴らしくらいだろう。だが、前者の比率の方が大きいことは否定できない。

 けれども今、その剣道ですら一夏には及ぶことができず、その心を向けさせることが叶わないと思い知らされた。一体どうすればいいのか。話をしようにも、同室であるがゆえに逆に気を使われているのか一夏から話しかけるということはあまりなく、自分から話そうにも生来の気質から中々切り出せない。

 いつのまにか箒の視線は道場の床に座る自身の足、つまりは下に向けられ、その思考は延々と答えの出ない自問を繰り返すだけであった。

 

 

 

 

 

 斬りかかり、交わされ、反撃をかわし更に反撃。繰り返される攻防が続いて既に数分が経っていた。たかが数分、されど数分と言うべきか。立ち合う一夏と初音の緊張に当てられてか、緊迫の表情を浮かべる観衆もほんの数分がそれ以上の長さであるように感じ取っていた。

 元々剣道部に在籍している者達はもちろんとして、学園で唯一の男子生徒である一夏が剣道の試合をするということで、珍しもの見たさでやってきた部員以外の生徒達、その全員が一様に緊張した面持ちで見守る中で二人は迫っては離れを繰り返す。ヒットアンドウェイ、不意の一瞬で決まることもあると理解しているからこそ、二人とも不用意な深追いを避けて数度打ち込んでは離れるに留める。

 

(いけなくは……ないな)

 

 手の内に湧いた汗の湿り気を感じながら一夏は自身の勝算の有無を考える。無いというわけではない。むしろ十分にあると言える。目の前の上級生の経歴がどのようなものかは知らないが、恐らく『剣術』というものに打ち込んでいた期間は自分の方が上だろう。こちらは剣道場に通えなくなった十歳の頃からだ。

 それに、身体能力も確実にこちらが上。筋力は元より、持久力や体格差、曲がりなりにもこちらは男性で、それなり以上に鍛えてきたのだ。いくらなんでも同世代の女性に負けることはないと自負しているし、認められない。何より、そうなったら恰好がつかない。

 技と力、その二つより成る『強さ』という要素に関しては自分が上回っているという認識で間違いはない。

 

(まぁそれで勝負決めなかったの、言い訳するなら観察とか楽しみたかったでイケるかな……?)

 

 考えてすぐにどうでもいいことかと思考から切り捨てる。強いていうならばもう一つ、決め切れなかった要因もある。それは、彼女の突き技だった。とにかく鋭いの一言に尽きる。いや、単純な速さや威力という点で見れば自分だって同等、あるいはそれ以上の一撃を繰り出すことは可能だ。だが何より一夏が警戒したのは――

 

(何と言うか、気合い以上に執念こもってるんだよな……)

 

 一応これは寸止めを原則とした試合であり、安全上という観点から一夏も容赦はしないがその点に関しては最低限順守しようとも思っている。それは相手も理解しているはずだ。

 

(……はずだよな?)

 

 そう疑いたくなるほど初音の一突きには、「おどれの(タマ)取ったらー!!」と言わんばかりの気迫がこもっていた。

 気迫、それが厄介なのだ。窮鼠猫をかむということわざがあるが、まさしくその通りであり気迫と共に向かってくる相手というものは決して馬鹿にならない。そうした相手と対峙した経験が多いというわけではないが、師よりそのあたりはよく言い含められていた。

 

 『強者が必ずしも勝者ではない』との言葉と共に、例え強さで劣っていても執念で勝利をもぎ取る者も居ると。基本的に師と仰ぐ以上、その言葉には基本的に従う一夏であるが、だからと言って師の言葉になんでもかんでも頷くイエスマンというわけではない。時には疑問に思ったことを意見することもあるし、師もそれを戒めるでもなくむしろ推奨していた。

 ただ、そう語る時の師は頷く以外にほか無い重さを言葉に込めていたのが一夏の記憶によく残っている。だからこそ、その教えを忘れず今もこうして危ない場面を回避できたのだろう。だが――

 

(このままじゃあジリ貧だな……)

 

 いつまでも安全牌を切ってばかりというのも問題だろう。負けはしないだろうが、それで勝ちも拾えないのであれば本末転倒も良いところだ。あくまで第一目標は勝つこと。となれば、多少は博打に出る必要も出てくる。それに、相手から勝ちを奪う以上はこちらも逆に勝ちを奪われる覚悟をしなければ筋が通らない。

 

(もっとも、安々と勝ちはくれてはやらないけどな……!)

 

 柄を握る手の内を締め直し、一夏は眼前の初音を見据える。彼女もまた、一夏が勝負に打って出ることを気配から察したからか、表情を硬く引き締め直す。そうして互いに構えを取った。そして両者の構えは奇しくも、切っ先を相手に向けた刺突を狙ってのものだった。二人の距離は五メートル弱。互いに接近する以上は一息で詰まる距離だ。

 

 二人が動きだしたのは唐突であり同時だった。互いに一歩、二歩。それだけで既に二人は相手を木刀の間合いに収め、同時に相手の木刀の間合いに入り込む。

 一瞬、初音の腕が早く動き始めた。

 

(そこッ!!)

 

 左利きである初音はある意味当然と言えば当然となるのだが、ここ一番の正念場であるこの一撃を左手で放ってきた。それは対面の一夏にとって刺突が自身の右側から、つまり右手で刺突を放った自身の木刀を真正面からぶつかり合う形になるのだが、そこで一夏は僅かに突きの軌道を変えた。ほんの少しだけ肘を開き、手首のスナップを利かせて外側から初音の木刀の下に自身の木刀を滑り込ませるようにする。高速で直進する物体は総じて横からの衝撃に弱い。高速で走行する車が対向車と僅かに接触しただけで大きく動きをずらし、結果として衝突事故に発展したという事例も存在する。

 

 もちろん、生身の人間が放つ突きがそこまでの速さを持っているというわけではない。だがそれでも横合いからの衝撃に揺さぶられる程度には速く、そして一夏の木刀が下方から掠めたことによる衝撃も、微弱ではあったが初音の木刀を揺さぶるには十分なものであった。

 

「っ!?」

 

 不意に己の木刀、更にはその勢いが伝播して自身の腕を揺さぶられたことに初音の目が見開かれる。その動きが鈍ったのを一夏は見逃さなかった。

 

(勝機ッ!!)

 

 決めるならば今しかない。ここで失敗すれば後は無いという覚悟で以って、一夏は更に一歩深く踏み込んだ。初音との距離が30センチも無くなる。十分に高いと言えるレベルにある容姿の少女と至近距離まで近づくのは本来であれば一男子として喜ぶべき場面だろう。だが、今の一夏の思考からはそのようなことは綺麗さっぱり消え失せていた。

 

「ぬん!」

 

 踏み込みながらも腕の動きは止めていなかったため、現在の一夏の木刀の初音の物との接着点は柄に近い刃の部分となっている。そこで一夏は空いている左手をそのほぼ真逆の方、つまり切っ先部分の峰に当てた。そしてそのまま、左手で木刀を押し上げた。

 

「え?」

 

 見開いた目のまま、初音の疑問の彩られた声が漏れる。渾身の力をこめて半ば力ずくで初音の木刀を外側に押しやると、空手の回し受けのように木刀を器用に回転させて初音の木刀を流す。そのまま一回転させた木刀を、腕が弾かれたことによって状態を大きく開いた姿になった初音の首筋に添えた。

 

「勝負あり」

 

 低い声で告げる一夏に、腕を開いたまま初音は僅かに固まる。やがてその全身から戦意をかき消し、ゆっくりと両手を降ろして言った。

 

「参った」

 

 自身の敗北宣言を。

 それを受け取った一夏は初音の首筋から木刀を離すとそのまま後退。少々の距離を離して彼女と向き合う。初音もまたクールダウンさせるように息を一つ、深く吐くと居住まいを正して一夏と向き合う。そして互いに一礼。これを以って、唐突な始まりを迎えた二人の立ち合いは終了と相成った。

 

 

 

 

 

 

 試合後、外部からの観客もそれぞれ散っていき、一夏もまた剣道部の部長や顧問と二言三言会話をして道場から去った後、予想外の出来事によって大きく時間を遅らせてだが、通常の部活動が開始となった。

 IS学園は基本的にISの操縦技術の習熟を第一目標と掲げているため、部活動も存在しこそすれどそこまで力は入れていない。部活動として存在し、顧問なども各部に振り分けられてはいるが実際はむしろ同好会のソレに近い。

 

 運動系の部活にしても学園の極めて特殊な立場上、インターハイなどの大会への出場をすることは叶わず、どれも経験者が学園入学後も続けたいという意思を持った上で入るものとなっている。結果としてこの剣道部も箒含めて新入部の一年生は全てが剣道経験者で構成されており、入部したてであってもすぐに上級生などと一緒に同様の練習を行うのが通例になっていた。

 

「ヤァーッ!!」

 

 他の部員達と同じように道場で規則正しく並びながら箒も竹刀の素振りをする。だが、その胸中はお世辞にも落ちついたものと言うことはできなかった。自分から申し込んだ試合での完敗、一夏の自分へ向ける意識の低さ、自分との試合ではなく他の者との、それも女子との立ち合いに充足を見出していたこと。道場にやってきて、正確を期して言うのであればそれ以前の学園入学からだろう。

 一夏と関わること。ただそれだけのことであるが、それが箒にとっては極めて重大なことであり、それが上手く行かないことが彼女の焦燥を大きくする。

 

「篠ノ之さん! 集中!」

 

 箒の心の乱れ、竹刀を振る太刀筋に表れてしまったそれを見咎めた顧問の叱責が飛ぶ。はい! と一言だけ返事をして、箒は思考を切り替えるように頭を軽く振ってから今この時の練習に意識を向ける。

 外部からの一喝という刺激が功を奏したのか、自身でも意外と思うほどに気分が落ち着いてきた。落ち着きを取り戻した思考はある程度プラスな方向に物を考えることができるようになったのか、竹刀を振る意識の僅かな片隅で「もっと自分から接するように頑張ろう」とぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『訓練機、書類出して使えるのが速くて明日とかマジふざけ』っと。送信」

 

 箒、そして初音との試合の翌日の放課後。既に日も夕焼けの茜色となった頃合いに一夏は一人校舎の廊下を歩いていた。片手には携帯が握られており、呟いた独り言が彼が何者かにメールを打っていることが分かる。そしてメールの送信完了からさほど経たずに一夏の携帯がメールの受信を告げる着信音を鳴らす。

 

「はやっ」

 

 まさかこんなに早く返事が返ってくるとは思わなかったため、やや驚きを感じながらも一夏はメールの受信箱を開く。新着メール一件、差出人の名は斎藤初音。前日の立ち合いの後、差し支えなければ今後も手合わせ願いたいと一夏からアドレスの交換を申し出ていた。

 開いたメール。その本分は極めて簡素なものだった。

 

『IS学園ではよくあること』

「ですよねー」

 

 そもそも訓練機の使用申請が如何に多大な手間を要するものか、そんなことは初日の放課後の時点で把握していた。だから今日、前日に書きあげた書類一式を朝一番でHRを担当した真耶に提出したのだが、返ってきた返答が「使えるのも早くて放課後。場合によっては使えないこともある」とのこと。

 思わず無表情で固まった一夏に真耶が語るに曰く、訓練機は常に使用予約の競争。そんな中でいかに使用許可を勝ち取れるかもまた、一つの勉強であり競争。こう言われてしまっては一夏も抗議をすることができず、渋々と大人しく許可が下りるのを祈りながら待つという選択を取る以外無かった。

 

「まぁ試合あるし、便宜は図ってやるって言ってたけどなぁ」

 

 ついでによくよく考えれば自分には専用機が貸与されるわけであり、それが行われさえすればISの訓練などアリーナの使用申請だけで後はやり放題だ。

 なるほど、自分が専用機を持つということににクラスメイト達が驚き、羨ましがるのも無理はないと一人ごちる。もっともそのことに関しては一夏は深く考えないことにしている。言い方は悪いが、単に自分に運があっただけのこと。自分はただその運を享受して自分自身のために志す道を邁進するだけであり、一々他者を気にかける必要性もそこまではない。

 

「さってと、IS使えないなら仕方ない。使えないなら、見ればいいじゃないか」

 

 廊下を歩く者が一夏一人しか居ないからか、気分の良さそうな弾んだ調子の声で一夏は呟く。だが、動く口の端はつりあがっており、その目は不敵な光が宿っている。一言で言い表すのであれば、「悪い顔」と形容すべきだろう。軽く振った指には細長く折りたたまれた紙が挟まれている。

 外からはその内容を読むことはできないが、中身は決して特別な内容というわけでもなく、単なる学園施設の時間外使用の許可用紙である。

 

『視聴覚室』

 

 一夏が着いた場所の名だ。IS学園の視聴覚室は各種機器を最新式の物としている以外は普通の学校のソレとさほど変わる点は無く、座席の一つ一つにコンピュータが設置され、教室前方の大型スクリーンやそれぞれのコンピュータの画面で映像などの視聴ができる。

 室内に入り照明を点けると、一夏は適当な席に座り端末を起動。そしてICカードの入ったカードタイプの学生証を端末脇の読み取り機にかけて、配布されたパスワードと共に予め設定されていた自身のアカウントにアクセスをした。

 

「え~っと、使い方はっと……」

 

 座った椅子の隣に置いた自身の鞄からいくつかの本を取り出す。ほとんどは教科書や授業用の参考書だが、そのうち一冊はそれらとは別物で、学園の施設の基本的な扱い方が記された生徒用マニュアルだった。

 開いたマニュアルの中から視聴覚室、さらにその中の映像閲覧に関しての項を開き、記された手順に従って端末を操作していく。マニュアルと端末、双方に視線を交互に向けながら一夏は無言で端末を操作する。マニュアルに従って操作をしているからか操作は順調に進み、プロセスは一夏のアカウントで視聴可能な映像から見たい映像を選ぶ段階に至った。

 

 事前にシステムの言語を日本語に設定してあるため、リストに表示された項目の全てにおいてどれが何の映像なのかはすぐに分かる。一度だけ開催され、その後の開催にあたっての取り決めや周期の調整が未だ議論されたままのモンド・グロッソ。そのモンド・グロッソの代替であり、各国が自国の機体開発及び操縦者の習熟の度合いにある程度自負を持てるようになった頃合いに、複数国の合意の上で行われた特例的な戦技披露会――という名目での実質的なモンド・グロッソの優勝国である日本、ひいてはその時の優勝者である一夏の実姉千冬へのリベンジを目的とした国際エキシビジョン。

 

 各国に中継されたこれらの試合の映像だけでなく、学園内で行われた行事内での試合など、多数のIS試合の映像が収められている。全ては先達の記録を後進達のためにという意図によってだが、一夏にとってはそのような意図は心底どうでもよく、単にあって自分に都合が良いという認識だった。

 

「さ、て、と。あるも八卦、無いも八卦と。あぁいや、当たるも八卦、当たらぬも八卦だったか」

 

 マウスをカチカチと鳴らしながらの操作で一夏はリストから目当ての映像を探す。実のところ、『もしかしたら無いのでは?』という覚悟もある程度はしていた。いま見ているリストに記録されている映像群を考えれば、自分が目的としている映像が当てはまるだろうカテゴリはここに載せるものではないだろうし、それ以外に思いつく幾つかの諸事情を鑑みても可能性は低い。

 無いなら無いで致し方無いと割り切れるつもりはあるが、できればあって欲しいというのが素直な気持ちだった。

 

 そして、一夏のマウスを動かす手の動きが不意に止まった。その目は画面のある一点に集中している。

 

「見ぃつけたぁ」

 

 ニタリと口の端が吊りあがり唇が三日月型をかたどる。一夏が見つめる一点、そこには閲覧可能な一つの映像の名前が示されていた。

 『20××年度 IS学園入試主席入学者実技試験 受験者:セシリア・オルコット(専用機:ブルー・ティアーズ)』

 

「孫子の兵法に曰く『敵を知り己を知らば、百戦危うからず』ってな。いやぁ、事前に相手のことを知ることができるのはラッキーとしか言いようがないわな。カカッ」

 

 できれば訓練機でも良いので、少しでもISを実際に動かす感覚を得たかった。だが、それが叶わないのであれば次善の策を取るより他はなかった。それが対戦相手であるセシリアに関しての情報収集だ。クラスメイト達は散々自分が不利だのあーだこーだと言ってきたが、そんなことは一夏本人が重々承知していた。学園に入学するよりも前から操縦者となっていた経験が伊達ではないと一夏にも理解できる。ましてや今回はIS。IS操縦の経験とは、ISを動かすことによってしか経験できないこともあるため、経験の差は極めて重要なファクターであるというのは授業における真耶の言だ。

 

 素の『武』ならともかくとして、『IS』となった場合は完全に実力は向こうが上で間違いない。ならば、少しでもそれを補う。そのために一夏が思い立ったのがこの情報収集だ。もちろん、ISの知識に関して乏しい自分が試合の映像を見たところで得られるものなど、たかが知れている。それでも、相手がどのような戦い方をするのかを知っておいて損は無いし、もしかしたら他にも見抜けることがあるかもしれない。そんな期待をしながら映像の閲覧が叶うことを祈っていたが、今回は運がついていたらしい。

 

「それじゃ、御開帳っと」

 

 画面のカーソルを件の映像の名前に合わせてマウスをクリック。そして、画面に映像が映し出される。それを一夏は無言で見つめていた。

 

(そう、実力的に俺が劣っているのは間違いない。否定しないし、しようがない。なら、それをできる限り補って、後は心持ちでカバーする)

 

 画面の中で動く二機のISを見ながら一夏は心を鎮める。

 

(大きく開いた実力の差。それを埋められるとしたら、どれだけ相手より心を強く持つか、どれだけ執念深くいられるか。なにがあっても、食らいつく)

 

 いっそやり過ぎと言われるレベルを持たねば意味を為さない。そう自身の内で結論付けて、一夏は静かに見据えた。映像の中でISを駆るセシリア、その色白の肌を持った首に。

 細められ、獲物を補足した肉食獣のような剣呑な光を宿す一夏の瞳。それを指摘するものは、この場には誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず今回の更新で留意した点としまして――
(全体的に一話と比較して)
・表現がくどい部分があったので、すこし文章をシンプルにする。
・一夏が主人公、かつ改変モノであるためなるべく一夏にスポットを当てる。
・話を進める。

以上を目標にしました。絶対に三つ目が上手くいってない。だって今回の話、やったことなんて実際、木刀での似非武侠物語もどきと一夏の対セシリア戦自主対策そのいちですもの。
というより、原作であったラッキースケベイベントだとか、飯時などの半端な日常を『いらないよね?』と判断しカットしたら、まぁこうなっちゃったと。
……精進します

話の進行云々も頑張るとして、まずは読みやすさと主人公である一夏へのスポットの当たり具合ですね。この辺をしっかりしたいです。
あぁでも、やっぱり全体的にまだまだ精進足りとらんなぁと思ったり。

感想はいつでも大歓迎です。ちょっと「ん?」と気づいた点などの指摘や質問でも構いません。原作よりも設定などで色々弄ってもいますので、それに関しての質問も、重大なネタバレにならない限りはできる限りお答えしようと思っています。


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第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影

お待たせしました、三話目です。
今回は試合前の日常の一幕といった感じでしょうか。それで後半にまた別の場面と。
作者としましては後半に出てくる人物は一夏にとって重要な人物という扱いなのですが、その会話を上手く書けたかが心配です。ちょっとグダグダになっちゃったかなと。

とりあえずは、どうぞ。


 カリカリとシャープペンシルの芯が削られ、紙面に線を引いていく音が響く。

 放課後の教室、その一角には一夏と真耶の姿がある。本来なら既に放課となっているため、生徒である一夏も寮の門限など最低限の規則を守った上で自由な行動ができるのだが、特例的な入学者である一夏は座学という点で他の生徒達に劣る点があるので、こうした放課後に副担任の真耶に補講をつけてもらうことになっていた。

 内容はまさしく成績不振者への補習そのものであり、授業で行った内容の解説を始めとして、学園の入試学力試験などで出される、入学者が最低限身につけているだろう基礎知識の習得がメインとなっている。

 

「えっと、こんなもんで大丈夫ですか?」

 

 一通りの解説を受けた後に渡された演習のプリントを一通り書きあげた一夏は、机を挟んで向かいに座る真耶にプリントを手渡す。

 

「はい、お疲れ様です」

 

 労うような柔らかな声と共にプリントを受け取った真耶はすぐさま採点に取りかかる。内容を把握しているのか、それとも把握するまでもなく問題を見ただけで答えが分かるのか、真耶は別に用意した解答などを見たりせずに一気に採点を進めていく。ペンと紙の擦れる音だけでも成否のどちらかが分かるので、自分の正解率がどのくらいかを気にする一夏は耳をすませる。とりあえずは、正解の比率が多そうだ。

 

「はい、正解率は八割と少しですね。基本の部分はちゃんとできているので、安心して下さいね」

「ありゃ、流石に完璧じゃあなかったか」

 

 参ったと言うように自分で頭を軽く叩く一夏の姿に真耶は小さく笑みを浮かべる。

 

「大丈夫ですよ。さっきも言った通り押さえておくべき基本はできています。少し時間はかかるかもしれませんけど、このまま頑張ればちゃんと他の皆にも追いつけるようになりますよ」

「なら、良いんですけどね」

 

 フッ、と軽く息を漏らしながら一夏も落ちついた表情で頷く。叶うのであれば早急に学力レベルの底上げをしたいが、一夏は自分自身でそこまで学が良い方だとは思ってはいない。

 持っている知識を使うなどのことで頭を回すのはそこそこできるし、好む部類だとは自負しているが、単純な学力という点では凡庸の域を出ないとも思っている。なら、結果として真っ当な水準に達するだけでも良しとすべきだろう。

 

(それに、頭の成績で足りない分は実力でどうにかすれば良い)

 

 確かに勉強ができるのは大事だ。とても大事だ。それを否定するつもりは運動派を自認する一夏とて毛頭無いし、ある程度の水準を取るための努力をすることに異論は一切ない。

 だが、自分含めここに通う生徒達は何を目指すのか? 答えはIS操縦者の一択だ。

 

(まぁ俺の場合は、IS操縦者なんてもののついでみたいなもんだけど、なっておいて損は無いか……)

 

 いやいやそのようなことは今は関係ないと思考を元の筋道に戻す。IS乗りの職務とは何だろうか? 素人所見でそこそこの数を挙げることはできるだろうが、その一番の本分とは何よりも勝つことだろう。

 登場より十年という恐ろしい程の短期間でISの存在は国力の重要な指標の一つになっている。こと軍事という側面においては陸海空に続き、新たなISという分野が生まれたほどだ。

 絶対無敵というわけではないが、仮に戦場に投入されたならばその場における戦術に極めて大きな影響をもたらす以上、その重要性はおのずと推し量れると言うものだ。そしてその重要なファクターとなるのは当然ながら機体もあるが、何よりも乗り手そのもの。機体の性能が勝敗を決する要因にならないというのは、機械類を用いた競争ごとにおいて概ね当てはまる。それはISでも例外ではない。

 

 乗り手として敵と――それがIS以外の兵器であれ、それらで構成された軍隊であれ、或いは同じISであれ――勝利を収められる実力こそが乗り手に対してISを運用する国が求めることだろう。

 短絡的と言われてしまえばそれまでだろうが、実力で格が決まるというのは実にシンプルで良い。何よりも気質に良くマッチしている。そう、要は強くなれば良いのだと己を奮い立てる。奮い立てて、今は目の前の勉強に励むしかない。

 

「生きるって、大変だよなぁ……」

「え?」

「あぁいや、なんでもないですハイ」

 

 真耶には聞き取れないほどの小声だったが、呟きとして漏れてしまったぼやきに一夏は何でもないと首を横に振る。本当に、本音を言えば勉強はあまり好きではないのだが、まさか教えてくれている先生の前で言うわけにもいくまい。それに、勉強が好きじゃないなど日本全国の学生が概ね共有できる意見に間違いない。

 

「そういえば先生、俺の訓練機の使用申請って確か明日使用可能で許可出ましたよね?」

「そうですね。申請した翌日に回答がきて、使用可能日が申請二日後。試合のこともあるんでしょうね。結構早い方ですよ」

「そうなんですか?」

「えぇ。基本的に出された申請はなるべく通すようにしているんですけど、使える訓練機の数にも限りがありますから、出された申請にすぐに使えるようにというわけにはいきません。

 ですからそのあたり使用スケジュールなどを担当の先生達と調整して、その調整の話し合いをしてから生徒に通達ということになります。ただ、調整をしている間にも申請はどんどん増えますから、必然的に――」

「そもそもの回答を通達するのが遅くなって、ついでに返ってきた答えもだいぶ遅い日付だったりと」

「そうなんです」

 

 神妙そうな顔で頷く真耶に一夏は専用機を持てる自分の幸運を再認識するが、未だ届いていない現状況では意味の無いことと話題を変えることにした。

 

「あ、そうだ先生。それで俺は明日訓練機使えるようになるわけですけど、何をしたら良いんですかね?」

「そうですね。それなら簡単な飛行などの移動の訓練を、教本に則ってやったら良いと思いますよ。単に腕や足を動かすだけなら特に問題ないですし、織斑君はそういうの得意そうですけど、飛行などの移動系やIS独自の動きは乗り手の思考などIS操縦時でしか積めない経験ですから」

「……昨日、視聴覚室で入試の映像を見ました」

「それってもしかしてオルコットさんの?」

 

 確認するように聞き返す真耶に一夏は無言で頷く。腕を組み、昨日見た映像の中身を思い出すように視線を伏せて言葉を続ける。

 

「俺は素人です。否定のしようがない。けど、その素人目で見てもオルコットの動きはまぁ、その、何て言ったら良いんでしょうね。ちゃんとしてたと言うか……」

「その認識は間違っていませんね。オルコットさんは曲がりなりにも一国の代表候補生です。当然ながら経験が違います。きっと、現時点でも上級生を含めたこの学園の生徒全体でも上位に入る実力を持っているでしょうね。そして当然ながら、さっき私が提案した飛行などのIS操縦の技能、基本は当り前として多くの点で高い水準を持っています」

 

 声音こそ常の柔らかなままであるが、毅然とした口調で真耶は一夏が感じ取った実力の高さを肯定する。

 

「まぁ、向こうの方が何枚も上手っていうのは理解してましたけどね」

 

 自分の方が下だと理屈の上で理解はしても感情は癪と感じているのか、どこか憮然とした口調で一夏は呟く。

 

「……そうですね。確かに今現在では織斑君の勝率は低いです。けど、まだ学び始めたばかりですからまだまだ先はありますし、今回は胸を借りるつもりで――」

 

 言い終える前に真耶の言葉が止まった。無言で見据えてくる一夏の視線、決して怒っているというわけではない、だが穏やかというわけでもない、そんな視線だった。その視線を受けて真耶は思わず言葉を切ると共に、ある種の既視感を覚えた。補講にしても今日から始まったばかりであり、目の前の少年とはお世辞にも関わりが深いとは言えない。なのに既視感を覚える。一体どういうことなのか。

 僅かに考え、そして思い至った。よく似ているのだ。何か重要な案件を抱え込んだりした時の、腹をくくったような千冬の、彼の実姉のソレと。そこまで思い至ったのと同時に、一夏が不意に眼差しを柔らかくしながら口を開いた。

 

「あいにくと先生。俺、始めから負けるつもりでいくのって趣味じゃないんですよ。やるなら、勝つつもりで行かなきゃ」

「……そうですね。頑張ってください、私は応援しますよ」

 

 微笑みと共に励ます真耶に一夏もまた微笑を浮かべる。

 

「ま、クラスの皆も結構期待してくれてるみたいですしね。ベストは尽くしますよ。まったく、大勢からの期待ってやつは重いですね、実に重い。……さてっ! んじゃあ今度の試合のために補講、続きお願いしますよ」

 

 そう言って一夏は机の上に置いていたシャープペンシルを再び手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 補講を終えた一夏は寮への帰路を一人歩いていた。できれば学園の施設を用いてのトレーニングに励みたいところではあるが、既に日も落ちかけている。

 はっきり言って時間的に無理があった。単に施設まで行き来するだけの時間ならば十分にあるが、残った時間で満足のいくトレーニングができるかと問われれば首を横に振らざるを得ない。寮の門限のこともある。ならばさっさと寮に戻って、寮内でもできるトレーニングに精を出したり、勉強したことの復習に充てたほうが建設的というものだ。

 

(つっても、寮で何ができるかな……。部屋はちょっと狭いから、屋上あたりで適当に器具使うか?)

 

 歩きながら寮に戻ってからのプランを練る。ちょうど歩く方向の先に沈みかけている西日があるため、やや眩しく感じるがそれも今しばらくの辛抱だ。もう少しすれば道を曲がるため、目に襲いかかる日の光から逃れることができる。

 

(あ~、グラサンとかあればいいんだけどなぁ。確か前に弾とかと遊びに行った時におかしなテンションになってノリで買ったやつがあったよな)

 

 件のIS起動の騒動以後、身辺の騒々しさによりめっきり交流する機会が減ってしまった旧友のこととともに、以前に購入し自宅に放置したままの自前のサングラスのことを思い出す。学生の小遣いでも十二分に手が出せる程度の安物であるため、やれ偏光グラスだのUVカットだのといった高性能な機能は無いが、日の眩しさを和らげるには十分な代物だ。

 

(そういえば、あいつどうしてっかな……)

 

 旧友のことを思い出したからか、ふいに一夏の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。弾と共によくつるんでいたが、今となってはそれも叶わない。

 思い出したが、今ここで考えても仕方ないというように一夏は軽く首を横に振って思考から振り払う。そして再び前方に視線を向けて歩き、目の前に影が伸びていたことに気付いた。

 

「ん?」

 

 前方から自分に向けて影が伸びる。それは自身の前方に何かがあるということだ。つい先ほどまでそんな影などなく、その影は今も動いていることから影の主は人であるとわざわざ理論立てるまでもなく当り前のように理解する。さて一体誰なのかと、眩しさに伏せていた視線を上げた一夏の視界に飛び込んできたのは、意外な人物だった。

 

「あなたは……」

「オルコットか……」

 

 同じクラスに在籍する生徒であり、近くクラス代表の座を賭けてISで争うことになっている少女、セシリア・オルコットであった。

 

「このような時間まで、何を?」

 

 先に口を開いたのはセシリアだった。既に放課後となってから結構な時間が経っている。にも関わらず、校舎から歩いてきた一夏に対して何をしていたのかという問い。その問いに一夏も、ごく当たり前の疑問かとごく自然に答える。

 

「補習だよ補習。俺が座学からっきしなの、お前も知ってるだろう」

「あぁ、そういえば……」

 

 言われてセシリアは納得したように頷く。特例的な入学を果たしたために、一夏に学園で授業を受ける上での基本的な知識が不足していることは彼女だけでなく、クラスの面々の凡そが知る所となっている。

 曲がりなりにも競うことになった相手として、一夏がどのようにその不足を補うのか僅かなりとも興味を持っていたセシリアだが、補習という形は悪くないと言えた。独力で学習をするという手もあるが、せっかく教師が身近に居るのだから、それを利用するのは手段としては至極真っ当だろう。

 とは言え、それでセシリアが一夏への評価を上方に向けるかと言えばそうでもない。むしろセシリア個人の感覚で言うのであればその程度のことはして当然であり、とりたてて賛辞するようなことでもない。精々が「やって当然のことを当り前にできる、まぁそこそこの人間」という程度の評価に留まるくらいだ。無論、あくまでセシリア個人の主観に基づく評価であるため、それを口に出すことはしない。

 一夏も自分の答えにセシリアがどのような考えを持ったのか、特に詮索をするというわけでもなく補習に関してはそれっきり何も言わない。

 

「ところで、オルコットは何を?」

「あぁ、そのことですか。いえ、少々施設の散策を。どこに何があるのかを把握しておきたくて」

 

 それは一夏も初日から行ったことだ。思わない所で共通の行動を取っていたことに一夏の表情が僅かに驚きに彩られた。

 

「なんだ、お前もか。俺も初日からそれやったよ。まぁ、当面よく使いそうな場所だけで、まだ全部じゃないけどな。補習もあるから、後は少しずつか。けど、意外だな。なんというかお前さん、そういうのは真っ先にやりそうなのに」

 

 何気無い一夏の指摘にセシリアは僅かにバツの悪そうな顔をする。だが、流石に何も反応を返さないのは問題だと思ったのか、しばしの間を置いてから口を開いた。

 

「いえ、お恥ずかしい話なのですが、少々部屋の整理に手間取ってしまいまして。本国の実家から色々と家財道具も含めて持ちこんだのですが、寮の部屋に入りきらず。ですのでその整理に……」

「なるほどね……」

 

 曰くイギリスの名門一族出身とのことで、財力があるのは確かなのだろう。それなら、色々と物を持っているというのも頷けるが、正直なところ家財道具まで持ちこもうとしたのは意外であった。とはいえ、思ったところで口には出さない。持ちこんだ物の変わり種の度合いで言えば、自分だって似たようなものだ。着替えや携帯の充電器などのオーソドックスなものに加え、筋トレのためのダンベルや握力トレーニング用のバネ付きグリップ。この辺はまだまともだ。

 そして変わり種に目を向ければ、拳や腕を叩きつけることで体そのものの頑丈性、中国拳法に言う外功を鍛えるための砂鉄袋や、一応貰い物ではあるが自前の日本刀。

 

(うん、我ながら普通じゃない)

 

 自覚はある。だからと言って今更直す気もさらさら無いのだが。

 

「で、肝心の場所の把握はできたかい?」

「えぇ、流石に施設全体は広いのでまだ完全ではありませんが、必要と思われる場所については概ね。できればもっと見て回りたいのですが、寮の門限もありますし警備員の方々のお手を煩わせるのも気が引けますから」

「ククッ……」

 

 不意に噛み殺した笑いを漏らした一夏にセシリアが怪訝そうな顔をする。先ほどの自分の言葉に何か笑うようなところがあったのか。もしや、勉強をしたとはいえ自分の日本語に何か不備があったのではないか。

 そんなセシリアの疑念を察したかどうかは定かではないが、悪いと一言だけ言って一夏は笑った理由を言う。

 

「いや、悪い悪い。笑ったのはさ、大した理由じゃないんだよ。ただ、その施設見て回る云々あたりの考え方が俺とそっくりだったから、面白い偶然もあったもんだなと思ってさ」

 

「はぁ……」

 

 理由は分かった。分かったのだが、どうしてそれが笑いにつながるのか。たまたま同じ考え方をしたというだけではないか。新たに疑問が湧きあがるが、そのあたりの感性も人それぞれであり、きっと隣を歩く同級生にとっては十分笑うことのできることなのだろうと、セシリアは自分で割り切る。

 

「……」

「……」

 

 そのまま二人は無言となる。隣を歩くクラスメイトに合わせて歩調をやや遅くしながら一夏は、さて何を話したものかと思案する。

 慣れない環境の下にあって少し気が張っているのか、どうにも気軽にできる話題を見出せない。未だ親交も浅いから、曲がりなりにも今度試合をする相手だから、理由はいくつか浮かぶがそれにしても話題がさっぱり出ないのも奇妙な話だと思う。

 そもそも親交が浅いというのは誰を相手にしたところで必ず通る段階であり、試合の相手というのもそうだからと言ってツッケンドンにしろというわけにはならない。別に対戦相手と仲良くしたって、試合で本気になるならそれで問題無い。

 

(さぁて、どうしたもんかなぁ……)

 

 別にこのまま無言で寮まで歩いて、そのままお別れとなっても別に構いはしないのだが、なんだかそれはどうにも味気ないような気がしないでもない。さて、何かないかなと思い、一つ思い至った。

 

「ブルー・ティアーズ、だったけ? お前の専用機」

「えぇ、そうですが。何故それを? あなたにお話しした記憶は無いのですが」

 

 不意に一夏の口から飛び出したISの機体名、それも自身の専用機の名前にやや驚きを含んだ声でセシリアが反応する。

 

「いやさ、視聴覚室で見れる学園の記録映像に今年の入試のやつがあったから。首席だからかね」

「……なるほど。対戦相手の情報収集、というわけですか」

 

 短い一夏の言葉からセシリアはその意図を察する。まさしくその通りであるため、否定する理由も無いため素直に頷いて肯定する。

 

「まぁ、とやかく言うつもりはありませんわ。そのくらいはされても致し方無いとこちらも理解はしていますし。それで、何か得られましたか?」

「とりあえずは、お前が凄いやつだとは分かったな。流石は代表候補生か」

 

「それはどうも。わたくしも、候補生になった甲斐があるというものです」

 

 飄々とした口調ではあったが、確かな賛辞の言葉を述べた一夏にセシリアは軽い笑みと共に礼を返す。

 

「まぁ実際問題として何か得られたっていうのも、厳しい話なんだよな。でも――」

 

 そこで一夏の言葉が不意に途切れる。でも――、その後に何を言おうとしたのか。セシリアが尋ねようとするよりも早くに一夏が再び言葉を発する。

 

「あぁいや、なんでもない。事実として俺はISに関しちゃ素人だからな。精々が良い動きしてるなくらいで、そのくらいだよ。それにあの飛び回るやつ。アレも厄介だ」

「『ブルー・ティアーズ』のことですか。曲がりなりにも我が国の最新兵装ですから」

 

 機体名の由来にもなっている愛機に搭載された特殊兵装について言及されたセシリアは、厄介と表現した一夏の言葉に対して自負を含んだ首肯と言葉で以って返す。

 

「ていうかよ、お前のとこの国もよくあんなの作ったよな。教科書に載ってる第三世代の定義とか見た感じからして、多分思考誘導で動かしてるんだろうけど、なんつーか武器としちゃ独特に過ぎるというか……」

 

 一夏の疑問も決して間違ってはいない。IS保有国の中でも有力国と呼ばれる国々が開発に力を注いでいる第三世代型IS。その本質は稼動に乗り手の思考によるトリガーを用いた新型兵装を搭載しているということにある。セシリアのブルー・ティアーズも同様であり、機体名の同名の『ブルー・ティアーズ』と呼ばれる機体本体から分離して個別に飛行機動を行い相手を撃つ特殊な射撃兵装を装備している。

 そしてその装備の兵器としての形状は従来の兵器群のソレとは大きく異なるものだった。確かにISはそれ自体が独立した区分にあると言っても差し支えないほどに従来の兵器と異なる特徴を多く持つが、それでも使用される兵装は特に銃器などにおいて従来兵器のノウハウを活かしている。

 それから大きく逸脱し、さながらアニメやマンガに登場するようなものとしか思えない武装を開発したその発想、技術に一夏は素直な驚きを含めた上で首を傾げていた。

 

「確かに独特というのは否定しませんが、第三世代型兵装というのは大抵そういうものですわ。わたくしの知る限りではドイツは敵の動きを完全に止める空間作用タイプの兵装を開発していますし、中国は砲身および砲弾が不可視という装備を開発していたはずです。いっそ、何がきてもおかしくないという心構えで挑んだ方が楽かもしれませんね」

 

 そういうセシリアの言葉には僅かな苦笑が含まれている。一夏の言う独特という表現、言われてみれば確かにその通りだと思い、思わず漏れた笑いだった。

 

「ただ、まったく下地が無かったというわけでもないんですのよ?」

「ほう?」

 

 興味深そうな反応を見せる一夏にセシリアは人差し指を立て、教師さながらの解説を始める。

 

「そもそも機体から離れて独立した行動を行う装備というものはわたくしのティアーズ以前にも存在していました。ただ、それを装備した機体というのが一機しかなかったのです」

 

 セシリアは語る。かつて英国に生まれた、機体と独立した機動で以って相手を翻弄し鉄火の下に晒す一機のISが存在したことを。

 当時の英国国家代表、つまりは英国で最優とされた操縦者に与えられた専用機であり、ISそのものに対する足りないノウハウを自身のたゆまぬ努力で補うべく膨大な時間を自己の鍛錬に費やした結果、発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)

 祖国の威信を背負い参戦した三年前の国際エキシビジョンにおいて、結果として対戦相手となった千冬に力及ばず敗れるも、その雄姿は英国民の記憶に確かに刻まれ、一線を退いた今もセシリアを含めた英国のIS乗り、それを志す者達の憧れの存在となっている一人の人物のことをセシリアは語る。

 

「例えばわたくしの祖国のイギリスでは中・遠距離での射撃戦を主眼とした機体が、この日本では学園の訓練機でもある打鉄のような近接戦闘に主眼をおいた機体が開発されているように、開発されるISには概ねその国の『色』が存在しますわ。一般に第一世代と呼ばれる機体は、そもそもの種類がほとんどない試作型ばかりですし、ノウハウもほぼゼロですので似たり寄ったりなのが多いので、二世代からその傾向が出ていますね。

 そしてその『色』の決め手になっているのが、当時の国家代表などの優秀な操縦者の機体や、発現したのであればその機体の能力なのですよ」

 

 それが全てというわけでは無い。だが、優秀な乗り手、その機体ともなれば国のIS運用においても一つの重要な指標として機能をする。必然的にそれらに関するデータが集まり、続く開発はそのデータを基としてくため、開発にある程度の傾向が定まっていくという。

 もちろん全ての機体、装備の開発にそれらが関わっているというわけではないが、影響を及ぼしているのは間違いないのだ。

 

「ちなみにこのことは、おそらく授業でも学ぶことになると思いますわ。わたくしは候補生になるにあたっての基礎知識として既に学びましたが……ちょうど良い予習になりましたわね」

「だな。違い無い」

 

 からかうようなセシリアの口ぶりに一夏は軽く肩をすくめる。気が付けば寮の入り口まで辿り着いていた。中に入りすぐのロビーで真逆の方向に二人は分かれる。

 だが、その前にロビーに佇み二人は言葉を交わしていた。

 

「ところで織斑さん。今度の試合、勝算はおありで?」

「完全な格上の癖に随分と意地の悪い質問をするじゃないか、え? まぁ勝算低いのは否定しないさ。けど、やれるだけはやるつもりだ。少なくとも、つまらない戦いにはならないように努力はしておこう」

「ふふっ、言っておきますがわたくしは試合でもブルー・ティアーズを使わせていただくつもりですわ。先ほどのあなたの言によるならば、今のままでは厳しいのでは?」

「……」

 

 自身の愛機の象徴であり頼りにもしている装備への自信に満ちた言葉に、一夏は少しだけ表情を硬くして言葉を噤んだ。そして何かを考えるように一瞬瞑目すると、再び目を開いて首を縦に振った。

 

「……かもな」

 

 それだけ言って一夏はセシリアに背を向ける。

 

「じゃあな。俺もそろそろ部屋に戻る。色々、やることもあるからな」

「えぇ、それではまた。試合、楽しみにしていますわ」

 

 背を向けたまま片腕を上げて別れの挨拶とする一夏の姿をしばし見送り、セシリアもまた彼に背を向けて己の部屋に戻る。

 

 

 

 

 

 

「ブルー・ティアーズ……、来るならば来い。やってやろうじゃないか」

 

 小さな呟きと共に僅かにつり上がる一夏の口の端。その声を耳にし、その口元の動きを見る者は一人も居ない。そして、いつのまにか一夏の表情はいつものもソレに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平日の昼下がり、四季による気候の違いがはっきりとしている日本では季節次第では強烈な日差しが照りつける頃合いであるが、未だ春真っ只中の現在では日差しも柔らかく、穏やかな陽気を生み出している。

 平日ということもあり学生、社会人ともに学校へやら勤めやらで出ているが、それも全員が全員というわけではなく、休暇を使うなどして平日の昼間を自由な時間に使う者も居る。市街地にある一本の歩行者専用路、多くの店で賑わうその通りに面したオープンカフェもまた、空いた休みをのんびりと過ごそうとする者達で賑わう。

 そんな路上に面したカフェの席の一つに一人の男が腰かけている。黒いスーツに身を包みコーヒーを片手に新聞を読んでいる。単にそれだけであれば何の変哲もない。昼休み中のサラリーマンが息抜きをしている程度と見られるだろう。事実、誰一人として男に視線を向けることはしない。

 既に三十を数える年となっている男だが、その見かけはともすれば二十そこそこと見えるほどに若い。しかし手に持った新聞に向ける視線の鋭さ、真一文字に引き締めた口元などが作りだす表情はさながら巌のようであり、見た目の若さに反して重々しい雰囲気を醸し出している。

 

「……そろそろか」

 

 左腕に嵌めた腕時計で時間を確認して小さく呟く。約束の時刻まで後少し。男が待つ相手、彼と旧知である女性は彼の知る限り時間には正確だ。少なくとも、遅れるということはない。そう考えた直後、男の背に人の気配が生じた。

 

「お待たせしました?」

「いや、大したことはない。気にするな」

 

 背に気配が現れた、そう感じた直後には男の向かいの席にその女性は腰かけていた。男同様にスーツに身を包んだ若い美女、その胸の部分には翼を背負う人型を象ったようなバッジが付けられており、右手首には小さな蓮の花を象った飾りのついた漆黒の飾り紐が巻かれている。

 

「腕の物はともかく、そのバッジは些か目立つのではないか?」

 

 既に手にしていたコーヒーと新聞をテーブルの上に置いた男はそう指摘する。彼女の胸に付けられたバッジ、それが意味するところ――国家所属のIS操縦者――を知っているがゆえに言葉だったが、それを女性は微笑と共に否定する。

 

「存外、目立たないものですよ? 職場ならまだしも、それ以外のこのような場で気にする、というよりも知っている人など殆ど居ませんし、目立つならむしろいかに顔の知名度があるかですね。それに、面倒ですが付けるのは規則みたいなものですから」

「そうか」

 

 短い言葉と共に男は頷く。それとほぼ同時にやってきた店員が女性に注文を尋ね、男同様にブラックコーヒーを頼む。注文を受けた店員が去ったのを確認し、男は再び口を開いた。

 

「ハガキや電話ならいざ知らず、こうして直接顔を合わせるのは久方ぶり、と言うべきか。壮健なようで何よりだ、美咲」

 

 知己の変わりない様子に依然固い口調ではあるが満足そうな様子を示す男の言葉に女は、日本国家所属IS搭乗者 浅間美咲は微笑を浮かべる。

 

「そういうあなたこそ、お変わりないようで何より。いえ、あなたにこと健康面での心配をするのも無駄かもしれませんが。ねぇ、宗一郎兄さん?」

「ふん」

 

 美咲の言葉に男、海堂宗一郎は小さく鼻を鳴らす。彼女は宗一郎を兄と呼んだが、二人の間に血縁は一切存在しない。ただ故あって美咲が宗一郎を兄と呼び慕うだけである。

 

「で、いきなり俺を呼びつけるとは一体どうした。珍しい」

 

 かの白騎士事件よりしばらくの後、政府がISのパイロット希望者を募った折から会うことも殆ど無くなった妹分、その急な呼び出しに珍しいと思いつつも宗一郎は用件を尋ねる。

 

「いえ、そんな大した話ではありませんよ。例の、ISを起動した少年のことです」

 

 ピクリと、宗一郎が僅かに反応を示した。

 

「……どこからだ」

「おじ様より」

「あの親父め……」

 

 世界初の男性IS起動者、織斑一夏と自身の間に存在する関係、それを言い当てられた宗一郎は情報の出所を尋ね、結果が自身の父親と知って苦い顔をする。

 

「彼のことは身柄の安全やら国への確保やらの諸々で、公安でも重要案件の一つになっているようですから。おじ様が知っていても無理はないというもの。何せ自分の職場の重要案件の対象人物が息子の弟子ともなれば、ねぇ」

 

「まぁ、そうなるとも腹は括っていたが……。どのくらい広がった」

「まだおじ様含めてその周囲ごく少数のようで」

「そうか」

 

 どこか安堵したように宗一郎は小さく嘆息する。脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。数年前に知人に紹介されて弟子に取って以来、自分が修めてきた武芸の数々を吸収した愛弟子。そして今、世界で初めてISという兵器を起動させた男性として注目されている少年。

 まさか自分の弟子がそんな大層なことになろうとは夢にも思っていなかったために、最初にその報を聞いた時には驚いたものだが、今となっては厄介事に巻き込まれたものだと苦笑を禁じ得ない。とは言え、その立場の重要性は彼とて重々に理解しているため、師として純粋にその安否を気にかけてもいる。

 その点では、現在報じられている情報から当座の安全は大丈夫だろうとも判断した。そして次に考えたのが自分のこと。武門における師弟という近しい間柄であるために自分にも面倒事が回ってこないか、場合によっては雲隠れも考えたが妹分の言葉を聞くに当面はその心配もなさそうだ。

 

「おじ様の手腕は見事、と言うべきでしょうね。政界や財界のみならず自衛隊や警察など各方面から有力者を募っての結束。私的に交流があった者が多いとは言え、それだけの人脈を広げたことも含めて相当な傑物と言わざるを得ない。さすがは兄さんのお父上」

 

「まぁ、本気出せば総理大臣くらい狙えそうだからな……」

 

 恐ろしいまでに己を封じ職責を全うし、本文である国家、国民の益のためであれば非情に徹し時に強硬な手段を貫きとおし、それでいて自身の立場を盤石とさせ微塵も揺らがせない。幼少より見てきた父の姿はこの年になっても純粋に尊敬に値するものであり、同時にある種の畏怖を禁じ得ない。

 

「兄さんは武芸において、おじ様は知略政略において。畑は異なれど親子揃って傑物ぞろいですね」

 

 クスクスと口元に手を当てながら小さく笑う美咲に宗一郎は何も言わずにコーヒーを啜る。美咲もまた、少し前に運ばれてきていたコーヒーに口を付ける。

 

「で、さっさと本題に入ったらどうだ」

「あら、これは失礼。では早速。ねぇ兄さん、彼についてはどうお思いで?」

 

 誰のことか、言うまでも無い。宗一郎は自身の弟子のことを思い浮かべながら答える。

 

「そうだな。まぁ、師として良い弟子ではある。才に溢れ、それに奢らず努力を重ねる精神を持っている。単純に技を受け継ぎ、極めるというだけなら申し分はないな」

「なるほど、兄さんのお墨付きなら十分信用がおけますね」

「ふん、俺個人の意見にそこまでの価値があるものか」

「おやご謙遜。諸外国を巡り歩き、各地の有力な武芸者に片っぱしから勝利したのみならず、その武技の数々を物にしてきた当代最強の武芸者のお言葉とは思えませんね」

「別段、最強を語ったつもりはない。ただ俺が俺の技を揮う時において負けることがなかっただけだ。昔も今も、そしてこれからもな」

「いや、すごく自信満々じゃないですか」

 

 暗に自身の不敗を語る宗一郎の言葉に美咲も思わずこめかみをひくつかせて突っ込む。だが、その実力に関して異議を唱えることはしない。

 IS操縦者となる以前、一人の剣術少女として修業をしていた頃よりの付き合いだからこそ、彼女は目の前に座る兄弟子(・・・)の実力をよく知っている。自分とてIS乗りでありながら国際試合などの表舞台には一切出ず、ただ裏の始末仕事などに明け暮れ、その実力もまたIS乗りとして、更にISを降りての素での戦闘能力も確実にかの織斑千冬と戦いに関する主義主張の違いを除けば同格にあると自負しているが、こと武芸では目の前の兄弟子は更に上を言っていると断言できる。

 彼女に、そして宗一郎に剣を伝えたのは彼女の祖父だった。両親を早くに事故で亡くした彼女は祖父の下で育ち、その中で宗一郎が祖父に弟子入りをした。それから少し経ってからだろう、彼女もまた剣を学び始めたのは。

 そして祖父は門派の後継として宗一郎を純粋な実力を指名し、美咲には好きなように生きると良いと言った。そして選んだIS乗りの道。もはや十年近く前のことだが、今となっては懐かしい思い出だ。

 

「俺のことなど、どうでも良いだろう。美咲、一夏のことを聞いて何がしたい」

「……」

 

 兄弟子の追求に美咲はしばし沈黙する。考え込むように顎に手を添えて、やがて口元を三日月形に歪めた微笑と共に言った。

 

「実は、私も彼に興味が湧いちゃいました」

「なに?」

 

 宗一郎の視線が僅かに細まると共に刺すような鋭い気配が美咲の総身に叩きつけられる。だが、それを悠然と受け止めながら彼女は言葉を続けた。

 

「だって兄さん、仕方ないでしょう? 三年前の彼に関する事件、兄さんだって知っているはずでしょう?」

「表向きはアレの姉が主題ではあるがな……」

 

 二人が語るのは三年前に国内を、IS業界というカテゴリーにのみ限定すればより広い各国を驚かせた一つのニュース。当時世界随一のIS乗りと称された千冬の突然の現役引退。

 一身上の都合と表向きには報じられたが、その裏で起きていたことを知る者はあまりに少ない。そして宗一郎と美咲、この二人はその裏で起きていたことの仔細を知る数少ない人物であった。

 

「未確認勢力による、当時国際エキシビジョン会場のドイツに渡航していた彼女の実弟である織斑一夏の誘拐。その救出に独自行動を起こした千冬は、結果として弟の救出に成功するもエキシビジョンという任務放棄及び独断専行の責任を取り現役引退。同時に、彼女のISの使用に関しても政府より制限が掛けられると」

「まぁ、政府の役人共にしては割と真っ当な処断ではあるな。そうだろう?」

「然り。身内への情にほだされて私情のためにISを駆る、それが巡り巡って国益そのものに害を為すのではないか。実に真っ当な懸念、実に真っ当な判断。本当に珍しく、というよりも白騎士事件以降も含めて政府は奇跡のような立ち回りをしたものですよ」

 

 事件の顛末を語る二人だが、その言葉にはさほどの重みというものが無い。むしろ今語っている内容すら重要では無く、真に語るべきはその更に奥ににあると言わんばかりに。

 

「ですが、ここで重要なのは誘拐された織斑少年の行動。彼は――」

 

 言いかけた美咲の言葉を宗一郎が右手を掲げて遮る。それ以上は言うな、鋭い眼光が無言の意思を雄弁に伝えていた。

 

「場を弁えろ。それ以上は軽々しく話せることではない。その、浮かべた笑い共々な」

 

 言われて美咲は自分が深い笑みを浮かべていることに気付いた。敢えて容姿というものに格付けをするのであれば美咲は間違いなく最上の部類に入る。そんな彼女の笑みというものは、男であれば誰もが見惚れ虜になること間違いないものであるが、それを前に宗一郎は固い表情を崩さない。

 その笑みの理由を、彼女の本質的な性分を嫌と言うほどに理解しているが故にだ。

 

「失礼しました。私がそれを知ったのは最近ですが、だからこそ興味を持ってしまったのですよ。そうすることができたという事実、そして兄さんの直弟子であるということも含め。もしや、存外彼と私は波長が合うのではないか、とね」

「だとしたらどうする」

「今後彼は多くの者にその身を狙われることになるでしょう。その目的は害を為すもの為さないもの様々ですが、いずれにせよ彼には力が必要です。それをはねのける直接的な武力が。政府が彼にコアを一つ割いてまで専用機を与える決定を下したのは、それもあります。彼自身が余計な火の粉を払い、いずれは手中に収めんとするために。

 そして力を付けるならば、やはり教える者の存在があった方が早い。確かに今の彼が居る環境はその条件に合致していますが、実を言うと私も手を出してみたくなっちゃって」

「何を言いたい」

「では単刀直入に。もしも巡り合わせが良ければ、私も彼への手ほどきをさせてもらおうかと」

 

 沈黙が二人の間に流れた。周囲では止むことの無い喧騒がざわめくが、それも二人の周囲にあってはないものとさえ感じられるような重苦しさ。それが二人を包んでいた。

 

「……俺は別に何も言わん。だが、お前の言うそれも全ては巡り合わせ次第と理解はしているな? 武において万人は平等であり、その道における個々人の意思は全てが自由意思だ。結局は、やつ次第だ。あるいは、貴様ではなく姉を頼りとするやもしれん」

「その時はその時です。振られたならば、大人しく身を引きましょう」

「だがそもそも、お前は如何にしてあいつと接点を作る気だ。言っておくが、俺はお前の面倒を見るつもりはないぞ」

「その点に関してはご心配なく」

 

 何故か自信というものに溢れた美咲の言葉に宗一郎は放つ鋭い気配を緩めることなく訝しげに眉を顰める。兄弟子の疑念を察したか、美咲は常人であれば身をすくめること必至な気配に晒される中、更に笑みを深めて言った。

 

「いずれ来ますよ、私と彼の道が交わる時が。理由は……勘ですね。女として、IS乗りとして、武人として。私という人間を作る全てによる、勘です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話の着信音が鳴り響いた。メールのものとは違う、電話の着信を示す音に珍しいと思いつつ一夏は電話を取り、画面に表示された発信者を確認する。

 

「うそ」

 

 思わず驚きの呟きを洩らした。寮の自室でのことであったため、同室の箒が何事かと視線を向けて来たが、知り合いからの電話だと言って足早に部屋を出る。

 そのまま廊下を小走りで駆け、寮の各階に設けられている小さな談話スペースに移動した一夏は、そこでようやく電話の受信ボタンを押した。

 

「もしもし、いきなりどうしたんですか。師匠」

『いや、少々な』

 

 唐突に電話を掛けてきた剣の師に、一夏の声にも僅かながら驚きが含まれている。だが対照的に彼の師、宗一郎の声は静かでありどこか重さを伴っていた。

 

『お前も面倒なことになったからな。一応師としては、気になりもする』

「は、はぁ。どうも……」

 

 尊敬する師が自分を気遣ってくれている。それは十二分に嬉しいと思う。だが、それを素直に喜べずにいる自身がいることにも、一夏は気付いた。何かおかしい。そんな疑念が浮かび上がる。

 

「あの、いきなりどうしたんですか?」

 

 特別な約束があるわけでもなく、このような何かとばたついている時期に不意に電話を掛けてくる。そしてその声もどこか重い。何かあったのではないかという考えと共に、一夏は用件を尋ねる。

 

『あぁ、そうだな。いや、お前は何の因果かISを動かし、今IS学園とやらに居る。そのあたりのことに関して今更俺はどうこう言わん。お前はこれからおそらく、否応なしにIS乗りとしての道も歩かされることになるのは想像に難くない。そうだな?』

「はい……」

『だが断言しておく。IS乗りなど、お前の肩書きの一つに過ぎず、お前が剣士で、武人であるということもまた然り。だが同時にお前は紛れもなくIS乗りであり、剣士であり、武人でもあるのだ。そして、お前が剣士であり武人であるならば、お前が俺の弟子ということに変わりはない。ゆえに、師として少し言葉を掛けてやろうと思ってな』

 

 そこで初めて師の言葉に穏やかさが混じったように聞こえた。だが関係無い。師の言葉、その意味を理解し噛みしめて、一夏はただ嬉しさを感じると共に、師より賜る言葉を一言一句聞きもらすまいと居住まいを正す。

 

『そう大したことではない。ただ、常に己の意思を持ち続けろということだ。如何なる選択を迫られる時が来ようとも、他でもない確固たる自分の意思を以って選択しろ。それこそが唯一、選択に後悔をしない手段だ』

「師匠……」

『お前が俺をどう思っているかは知らんが、俺は存外不器用でな。お前にも、剣と武芸くらいしか教えられん無骨者だ。だからこれくらいしか言えん。まぁ、励めよ』

「はい……!」

 

 静かなれど力のこもった一夏の返事に、電話の向こうで宗一郎が満足げに頷いたのを感じた。

 

『それだけだ。忙しいだろうにすまなかったな。切るぞ』

「あ、はい。あの、師匠。一応IS学園にも夏休みとかはあるんで、その時にまた行けたら行きます。それと、その、今度は俺から電話しても良いですか?」

『……あぁ、構わん。いつでもしろ』

「はい! あ、それじゃあ師匠、失礼します」

 

 そして一夏は電話を切る。僅か数分にも満たない会話だったが、一夏にとっては貴重な数分だったと言えるものだった。

 

「うし!」

 

 電話を片手に己に喝を入れ直す。師からの激励も受け取った。こうなってはもはや無様は晒せない。まず第一の目標は打倒、セシリア・オルコット。

 気合いを入れるように両手で己の両頬を張ると、一夏は力強い足取りで自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 既に切れた電話を前にして宗一郎は自宅の廊下で佇んでいた。思い浮かべるのは弟子と、妹弟子の姿。直感的にだが、どうにも割り切れない考えが浮かぶ。

 

「俺の懸念のし過ぎならばそれで良いのだが……」

 

 一夏に関してはまだ良い。だが問題は妹弟子、美咲の方だ。人のことを言えた義理ではないと分かっているが、あの妹弟子はあるいは自分以上に生まれた時代を間違えている。

 武芸者としての実力もそうだが、何よりその気質が問題だ。あれの本質は、決して穏やかなものではない。でなければ、ISという単騎を極めて強力な戦力に跳ね上げるという性質を利用した、表に出ない裏の始末仕事を嬉々としてするわけがない。

 曲がりなりにも恩師の孫娘であり、自分によく懐いた妹弟子だ。邪険にするつもりはないが、それだけで気を許す理由にはならない。

 

「まったく、ままならんものだ……」

 

 割と気ままに生きてきた自覚はあるが、もしや今頃そのツケを払わされる時が来たのか。だが考えれば自分にできることなどたかが知れていることに気付く。それが余計に悩みの種となる。

 

(我ながら不甲斐無い話だ。できることと言えば、我が弟子が迷わず己が道を貫くための助言、くらいか)

 

 あまり使いたくはないが、いざとなれば実父の、その関係者のコネを使ってでも行動をする必要があるかもしれない。そう考え、立ちつくしたままの足を動き出す。

 願わくば、これより厄介に巻き込まれること多いだろう弟子に幸のあらんことを。そんな願掛けも込めて一杯やろうと、その足は台所へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ISって歴史浅いですよね。そうなると国家代表の機体だとか、そういう人たちのアビリティが開発に影響を及ぼすんじゃないかなぁと思っています。
イメージとしてはあれです。AC4でメアリーの戦い方がBFFの開発方針を決めたって感じで。イギリスが射撃よりで日本がグレネ……じゃなくて近接格闘型よりって感じです。
他の国はまだ考え中です。出るかは分かりませんが。まぁ中国あたりは、爆発しないことが第一目標かもしれませんが。頑張れ鈴ちゃん。

さて、後半の話題にいきましょう。ちょっとどのような反応を受けるか心配です。オリキャラ同士の、いかにも穏やかじゃない会話ですからねぇ。
一応女性の美咲さんについては第一話の終わりの方でちらっと出た人なんですが、師匠に関しては完全に初めて。にじファン時代を御存じの方ならともかく、こちらでの新規の方にはどのように受け止められるのかが心配です。できれば寛大なお心で受け止めて頂きたい……

ひ、ひとまずはまた次回ということで。一応気をつけてはいるのですが、また詰め込みすぎとかになってないか心配です。


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第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔

また文章がくどくなってないか少し心配だったりします。
一応気をつけてはいるのですが、やはり以前に感想で指摘された通りに癖になっているのかもしれませんね。
癖とというのは怖いもので、悪い癖がつくと本当に大変です。自分も高校時代に部活の弓道で技術的な面で悪い癖がついたせいで、文字通り泣きを見ましたからね。
とりあえずは、まだ四話ですし少しずつなんとかしていけたらなぁと思います。


 IS学園は海上の人工島に全施設を集中させている。そして人工島という条件によって敷地面積には絶対的な限界が存在しており、各施設に面積のどれだけの割合を振り分けるのか、それは設計の上で非常に重要な問題と言えた。なるべく狭い面積で済ませられるように、寮や普段の授業が行われる校舎などの建物は一階分の面積を敢えて狭めにし、代わりに地下も含めた複数の階層を用意することで補うなどしている。そして逆に一階分の敷地面積を大きく取っている施設もあり、それらの施設は基本的にISの整備棟など、学園の本来の存在意義であるISに関する研究などを目的とした施設だ。

 

 そうした面積を広く取るIS関連の施設の最たるもの、それが実機訓練や学内試合で用いられるISアリーナだ。変幻自在に宙を舞い、加速用技術を用いれば瞬間的に音速を突破する速度を持つIS同士がぶつかりあうためには相応に広い空間が要求される。

 何も無い、合金で構成された下地の上に大量の土を盛り、平らにしただけの何も無い土のグラウンド、それだけの空間にオリンピックやワールドカップなどの国際的なスポーツイベントで使用されるスタジアムでさえ小さいと感じられる広さを使う。更にそこへ観客席やISの待機ピット、緊急の整備室などの各種設備も加わるので建物の外周は優にキロメートルの単位に達する。廊下の一部には移動補助のために一部の駅などで用いられる『動く歩道』があるほどだ。

 それだけの施設が一つではなく複数も存在している。それだけでどれだけの面積をこの『ISアリーナ』という区分に費やしているのかは想像に難くない。無論、全てのアリーナが同一というわけではなく、アリーナごとに広さにそれなりの差が存在しているのだが、それも全体を考えれば気休め程度にしかならない。

 

 そんな複数あるアリーナの内の一つ、ISが実際に動くグラウンド面積が最小のアリーナのIS格納庫に一夏の姿はあった。

 アリーナ一つにつき訓練で使用できるISは五機前後が基本となっており、現に格納庫にも訓練用のISとして日本国倉持技研製第二世代IS『打鉄』三機と、フランスデュノア社製第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』二機が乗り手を待つ状態で待機している。

 そして格納庫の薄い照明の下では訓練機の使用許可を得ることができた生徒がアリーナ監督を務める教員の到着を待って待機している。その数は一夏を含めればISと同じ五人。そして一夏以外は一様に二、三年生の上級生だ。

 格納庫の一角、一際照明が薄い場所で一夏は佇む。学園に入学するIS適性発覚から学園入学までは少々長めの時間があり、その中でも早いうちに一夏の学園入学は決まった。それから少しして家に届けられた学園の男子用制服と、試作品という男性用のISスーツ。一応と行われた入学試験受験者と同じ、教員を相手にしたISの実機稼動試験の時に一度着たきりのソレを着用して一夏はこの場にいる。

 目立たない一角で、自分の気配を可能な限り殺して、とにかく目立たないということに主眼をおいた上で一夏は教師の到着を待つ。その間にもIS操縦の教本のページをめくって必要と思われる知識を可能な限り叩きこむ。

 

(しかし、なんか微妙というか、しっくり来ないな。この教本)

 

 曲がりなりにも教本だ。確かに素人としては大いに参考になると言えばそうなるのだが、どうにもピンとくることが少ない。

 理由は既に分かっている。教本に記されたISの操縦の仕方そのものだ。確かにISは機械でであり、軍事利用をされている代物だ。だが、その本質は戦闘機や戦車のような『乗り物』ではなく『パワードスーツ』。そこに決定的な差異が生まれている。

 単純に機体を浮かせて飛行する、そんな本当にただの基本でしかないだろう技術にまで大雑把に要約をすれば『操縦者の思考が重要』という旨で書かれているのだ。車のようなギアを入れてアクセルを踏んでといった誰がやっても同じ結果になる統一された機構を間接的に介してではなく、『思考』という人それぞれであるため一概に纏められないあやふやなもので直接的に動かす。その不自然さを直感的に感じ取った結果だった。

 

(あぁいやでも、授業で先生がとにかくノウハウが色々足りて無いって言ってたし、その弊害ってやつかなぁ……)

 

 何せ初披露目から十年、ある程度広がるまでを考えれば更に短い運用期間だ。もはやあって無いにも等しい。

 その割には技術開発については随分早いと思いもしたが、それに関しては他の兵器などで培われた技術の利用もあったし、失踪までに篠ノ之束が発表した理論などによる恩恵も大きいらしい。

 結局のところ二十そこそこの一人の女に――それも自分が幼少期から少々思う所あるものの見知っている人物に――振り回された結果と考えれば、世の中というものがどうにも情けなく思えるような気がしなくもない。

 

(まぁ、技術は磨けても使い方はどうしようもない、ってやつか)

 

 マシンやシステムの発展と、それを扱うための技能の習熟はまた別の問題だ。適当な例を挙げれば、ちょうどISが生まれるあたりの近年では職場におけるコンピュータなどの最新機器の急速な普及に伴い、特に高齢の社員などがその発展に適応しきれず結果として心理的な疾患を抱えるなどという問題も幾つかあった。

 まさかISの技術に動かす側が追いつきかねるからと言って、そんな疾患を抱えることもないとは思うが、似たようなものだと適当に割り切る。そして同時に、教本の不可解もまた致し方の無いこととして軽く受け流すことにした。

 聞けば元々このIS学園は始めから教育機関として運用されたわけではなく、施設完成からしばらくは操縦技能の国際的な研究の場として使用されていたらしい。

 当時の各国からの技能研究のためにここに滞在していたパイロットの何名かも現在学園の操縦技術担当の教員として残っていること、そして現在も生徒に教育を施す傍らで、生徒達の実習などを通して操縦技能の研究を行っていることが名残として残っている。

 

(まぁ、他や周りがどうしようが関係ないわいな。俺は俺でやるだけだし)

 

 そうして自分が技能を習熟していった結果を学園が利用するというのであれば勝手にすれば良い。自分こそが強者、その事実さえあれば何も言うことは無い。

 そう考えつつペラリと教本のページをめくって読み進める。分かりにくい点があるのは事実だが、それでも教本なのだから内容を覚えておいて損となることはない。

 

 それからほどなくして格納庫と廊下を繋ぐ自動扉が開く音が一夏の耳に入った。カツカツと靴底が床を踏む音が規則正しいリズムで一夏の鼓膜を揺らす。音の高さと固さからして大方ハイヒールあたりだろうな等と思考の片隅で考えつつ、教本を読むために落としていた視線を上げて首を回し顔だけ音の方向に向ける。

 案の定と言うべきだろうか、やってきたのは学園の教師だった。名前はまだ知らない、と言うより初めて見る教師だ。手には何枚かのプリントが留められたクリップボードがある。

 

 「じゃあこれから許可証の確認と訓練機の振り分けをするから、名前を呼んだら来て頂戴ね」

 

 そう言って教師は生徒の名前を呼び始める。名を呼ばれた生徒は教師の前に立ち、持参した訓練機の使用許可証の提示と共に二言三言、何かしらの確認をするような言葉を交わす。そして訓練機に乗り込み、アリーナグラウンドに続く大きく開け放たれた出口から躍り出ていく。

 一人、また一人と名前を呼ばれては各々の練習のために赴いていく。それを見送りながら一夏は静かに自分の名前が呼ばれるのを待つ。

 

「次、織斑君」

「うす」

 

 名前が呼ばれたのは他の生徒が全て出払ってからだった。それまで佇んでいた暗がりから見を出し教師の前に立つ。

 そして教師の前に立ち、一夏は自分を見る目の前の教師の目が軽い驚きに彩られているのに気がついた。

 

「あの、何か?」

「あ、いや何でも無いわ。ごめんなさいね」

 

 一夏の言葉によって我に返ったように教師は首を横に振りながら謝る。

 

「ただ、いきなり君が暗がりから出て来たように見えたからちょっと驚いちゃって」

「あぁ、そりゃ……。まぁ良いや」

 

 なにせ自発的に気配を消すように心掛けていたのだ。そこまで言う必要はないだろうが、敢えてどちらに非があるのかと問われれば自分にあると断言できる。まさか教師にそんな気配を消した自分を察しろなどと求めようが無い。

 

「待たせちゃってごめんなさいね。一応君は初めてなわけだし、少し説明もさせてもらうわね?」

 

 一夏は黙って頷く。なにせこちらは知らないことだらけなのだ。説明をして貰えると言うのであれば、それはありがたく受けさせて貰う。なんの説明も無くいきなり放り出されるよりも比べようがないくらいに良心的だ。

 

「手順は大したことないわ。持ってきた許可証を私に、というより来た先生に見せて確認をしてもらったら、割り当てられた訓練機に乗り込んでアリーナに出る。後は個々人次第。ここまでは良い?」

 

 返答は首肯一つ。それで十分だったのか、教師もまた頷くと言葉を続ける。

 

「一応アリーナの管制室には私達教員が待機しているから、何かあったら通信を入れて連絡して頂戴。練習に関しての質問とかも受け付けるから、君も遠慮なく聞いてくれて構わないわ。訓練機には管制室との通信用のホットラインが設定されているから、すぐに分かるはずよ。他にも、こっちから訓練中の生徒に何か連絡がある時は連絡を入れるわ」

「了解っす」

 

 よろしい、という言葉と共に頷くと教師は一夏に訓練機に乗り込むように促す。一夏に割り当てられた機体は打鉄。二種類ある訓練機の中でも格闘戦寄りの設計思想の機体であるため、一夏もかねてより訓練に使うならこれをと思っていた機体だ。

 脚部の装甲にそれぞれ足を滑り込ませ、腕の装甲に腕を通す。先ほどまで他の上級生が乗り込む姿を見ていたから、手順に関しては何も問題は無い。両の手足を装甲に滑り込ませた直後は機体との間に隙間を感じたが、人が乗り込んだことを感知したのかISが起動、装甲を閉じて自動的に手足と合うように動いた。

 

「じゃあ、行きます」

 

 何をすれば良いかは分かっている。一応、一度だがこのような広い空間で動かした経験はあるのだ。ただの一度、だが体に感覚を覚えさせるには十分だ。

 いきなり政府と学園の関係者とかを名乗る黒服に連れられて行った別のIS用アリーナ。そこで他の受験生と同じ内容で受けた実機試験、あの時はどのように動かしたのか。

 一歩、足を踏み出す。足を動かそうとする一夏の意思を、脳より発せられた電気信号を感知したのかISがそれを補助するように自然に動く。動かした片足を覆う装甲はその大半を金属で構成しているだけあり、見た目からして相応の重さを持っているが、それをほとんど感じることはない。

 踏み出した足が格納庫の床に着き、金属同士がぶつかり合う重く、そして甲高さを持った音が響いた。静かに腰を下ろして膝を曲げる。実際、いざこの曲げた足を伸ばせば後はほとんどIS頼りとなる。自分自身の力が及ぼす影響などさしたるものではない。だが重要なのは意思、いやイメージと形容すべきだろう。

 そして思い切り地面を踏み抜き、膝を伸ばした。膝が伸び切ったその瞬間に残った勢いによって全身が僅かに伸びる。引き延ばされる全身の感覚と共に一夏は脳裏にそのまま宙へと踊りだす己をイメージする。その意思を汲み取ったか、打鉄がISの飛行能力の要であるPICを作動させ、灰色の装甲を纏う一夏の全身を大地と切り離した。

 

「へぇ……」

 

 後ろで感心したような教師の呟きが漏れた。聞こえはした。だが、意に介することなく一夏は前進のイメージを浮かべる。先ほどの跳躍からの浮遊と同様に、一夏の意を受けた打鉄はそのまま宙を前に進む。そして薄暗い格納庫から陽光が満遍なく降り注ぐアリーナへ躍り出るのはあっという間だった。

 明るい日差しが視界一杯に広がった。それまでの暗がりに慣れ切っていた一夏の目には紛れもなく強い刺激であり、どれだけ早く見積もっても数秒は満足に正面を見ることは叶わないと思っていたが、そんな予想に反して視界は一瞬で元通りに戻る。

 IS搭乗時の乗り手は視覚に関して肉眼による直接目視以外にも、高速移動体に対しての動体視力の補正や強い光が目に与える刺激の緩和などでハイパーセンサーによる補助を受けると授業で習ったが、これがその恩恵なのだとしたら中々大したものだと思う。

 

 音を立てることなく、滑るような滑らかさで低空を飛行していた打鉄を止める。動き始めから停止まで、記憶にある感覚通りにいったことに僅かに口元が綻ぶ。だが、すぐに真一文字に締め直して真正面を見据えた。

 広大なアリーナでは一夏に先んじてアリーナへと飛び出して行った四機のISが、それを駆る生徒達の各々の練習のために動きまわっている。ある程度自分が動く範囲というものを暗黙の了解のように取りきめているのか、その動きはバラバラでありながらある種の統制が取れているように見える。

 そして、自分の姿がアリーナに現れた直後、その視線が一気に自分に向いたのを一夏は鋭敏に感じ取った。

 

(まぁ、当然だよな)

 

 眼前のIS四機、その動きに何か変化があったというわけではない。だが、動きに変化を生じさせること無く紛れもない注目を一夏に向けているのは間違いない。

 それも無理のないことというのは百も承知している。なにせそれまで女のみという慣れ親しんだ環境に突然ポンと湧いて出た男一匹という珍事。気になりもするだろう。

 僅か一歩分だけ打鉄を前に動かす。自分を見つめる視線にざわめくような波が走った。これからの自分の一挙一足を見られる。試されていると分かった。

 

(無様は、晒せんな)

 

 とにかく下に見られるのは胸中で凶悪な衝動が鎌首をもたげるくらいに気に入らない。今でさえそう思われていると考えるだけで五指を柔肉を掻き切るかぎづめとするかのようにうごめかしたくなるほどだ。

 だが、その獣のような衝動は理性で以って抑え込む。確かに衝動の開放によるカタルシスは爽快だろうが、あいにくそのようなスマートじゃない暴れ方は好みじゃない。どうせなら、冷静な理性を保った上で技の競い合いを楽しむ方がまだ良い。

 だから衝動を意思へと、我はここに在りと示す気概に変換する。

 改めてアリーナ全体を見渡せば、グラウンドの一角に不自然に空いたスペースがある。おそらくはそこを使えということなのだろう。異論は無い。

 色々と思う所はあるが、目下重視すべきは近く控えるセシリアとの戦いだ。戦いは既に始まっている。眉根に皺を寄せ、口元を固く引き締めて一夏は自分の練習スペースへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の寮には門限が定められているが、それも厳格に過ぎると言うことはない。然るべき理由が存在するのであれば寮監督の教師に申し出ることで特例的な外出許可を受けることができるし、寮施設の内部という扱いであるために屋上への出入りは自由だ。

 その屋上だが、実は意外に利用者は少ない。一応ベンチや花壇などが置かれているために昼食時に利用する者も居るが、それには寮の学食ではなく持参した何かしらの弁当や軽食などが必要となり、昼食をそれらで済ませるものが少ないからだ。

 更に昼食を持参した者にしても、全員が全員屋上を利用するわけではないため、数はさらに減る。そして夜ともなれば開放はされていても人はほぼ確実に来ない。まだ夜には肌寒さも残る季節であるし、時間も時間なので寮の自室で休んだり勉強をしていたりという者ばかりだからだ。

 結果、気軽に出入りできてそこそこの広さがあり、更に人もまるで居ない夜の寮の屋上という空間は一夏にとって格好の修業スペースとなっていた。

 

「ふっ! せいっ!」

 

 鋭く吐き出した息と共に学園に持ちこんだ日本刀を振るう。十四の誕生日に師より――増えすぎた師個人の収集品の整理も兼ねて半ば持っていけと押しつけられるような感じで――貰った物だ。

 木刀でも良いのだが、やはり本物の感触に勝るものはなく、いつもというわけではなく時折素振り稽古に一夏はこの刀を用いていた。今日はたまたまその『時々』の日であったというだけだ。

 余談だが、この刀の価値について一夏は知らない。貰った当初は気にしなかったが、しばらくしてからふと気になり、実際市場相場でいくらくらいなのかと師に尋ねたが、意地の悪い笑みと共に「知りたいか?」と聞き返されて結局聞いていない。以来調べようとはしていない。する気が起きなかった。

 

 刀を振るたびに髪の毛がはねて汗の玉が飛び散る。外の気温は間違いなく涼しいと言って問題無い。だが、顔だけではなく全身に一夏は汗を纏っている。海上の施設の、それも高所ということもあって屋上には常に風が吹いているが、その風や気温を鑑みれば今の一夏の状態がいかに異質かはおのずと分かるものだった。

 屋上の床に目を向ければ、入り口の扉の近くにはダンベルや砂鉄袋などが置かれている。夕食を終えてから食休みも含めて授業の復習などをしてから今まで、ひたすらに鍛錬に励んだ結果だった。気温の低さと吹きつける風を無視したような大量の発汗に至る鍛錬は相応にハードなものだが、それも一夏にとっては慣れたもの。確かにきつく感じるのは間違いないが、もう何年もの付き合いになるがゆえに逆に親しみすら感じている。

 体をほぐすための柔軟運動から始まり、ダンベルなどを用いた筋トレ、更には体の頑強性を上げるための砂鉄袋叩きや、剣術に空手といった学んだ武技の型の稽古。とにかく挙げればキリがない。

 

(山田先生……、時間が……欲しいです……!!)

 

 思わずこの場にはいない副担任に向けて無茶な要求を心の中で呟いてしまう。なぜ副担任の真耶なのか。担任である実姉は相手にしてくれなさそうだし、師は『先生』と呼んだことがないため、とりあえず手近な『先生』と呼んでいる人物を考えてみた結果だった。

 とにかく時間が足りない。さすがに授業を受けている間は無理として、放課後になってからで鍛錬に充てられる時間を考えるとこれが結構少ない。放課後になってもしばらくは補講などの学力の補強のために時間を割かねばならない。それが済む頃にはもういい時間になっているため寮に戻ったとして本格的な鍛錬はできないため、精々が参考書と睨めっこをしながらダンベルを上げ下げするくらいだ。

 その後に夕食があって、それからがようやく本番だろう。だがそれも翌日の起床を考えた就寝時間を考えると長く取り過ぎることもできない。早朝は早朝でランニングなどの基礎トレに費やすため、本当に技の鍛錬に割くことのできる時間はカツカツに近いのだ。

 一度そうした時間配分などを見直した時、その時間の少なさに愕然としたのは記憶に新しい。

 

「時は金なりって言うけど、本当だよな。お金も欲しいけど、時間も一杯欲しいや……」

 

 いっそ一日が三十時間くらいになってくれればありがたいのだが、そんなことは流石に天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。今の一夏にできるのは、与えられた状況で如何に自分を高められるかということだけだ。

 こんなことであればまだ時間に猶予のあった中学卒業以前にもっと鍛錬しておくべきだったと思う。一応、部活などには所属せずに学校が終わったら真っすぐダッシュで直帰して鍛錬に励んだし、土日などの休みも予定が無い時は鍛錬ばかりで過ごした。というより、鍛錬のために予定などあまり入れなかった。

 だが更に気合いを入れて、いっそ学校を休むという手段を使っても良かったかもしれない。どうせ休んだところで高校や大学と違って進級や卒業に影響があるわけでもないし、授業にしても内容についていってそこそこの成績を取る分にはまるで問題無い。

 だが後悔したところで今更どうにもならない。それを分かっているからこそ、今の一夏は短時間でより効果を上げられるように全身に大汗をかきながら鍛錬に励んでいるのだ。

 

 呼吸がどんどん荒くなっていく。激しい運動を一時間以上連続で行いながら、それでいて休憩などほとんど取っていない。その時間すら惜しいというようにとにかく体を動かしてきた。

 使う道具を変えたりする僅かな間以外はほとんど動きっぱなしだ。心臓が早鐘を打って頭の中で熱がこもっていくのが分かる。それに伴って呼吸の荒さがそのまま乱れに、呼吸だけでなく全身の動きを乱そうとしてくるが、その呼吸を何とかして正常なものにしようとする。

 だが、呼吸が整って頭もある程度冷えてくるにつれて、今度は全身に重さがのしかかってくる。溜まった疲労が一気にきたかと、ぼんやりと一夏は理解した。

 

「くそッ……! この程度で、不甲斐ないッ……!!!」

 

 体力が尽きかけてしまっている自分をただただ未熟と罵る。漏らした呟きにはあらん限りの怨嗟を込めた呪詛のようにも聞こえる。

 むしろ今までの一夏の運動を考えれば十分と呼べる結果のはずだ。だが、だからどうしたというのが一夏の持論。力尽きるということ自体が、それだけで一夏には許容しがたかった。

 無論、ならば基礎トレなどで体力づくりに励めば良いということも分かり切っている。だが、不愉快なものは不愉快だ。

 

「まだ、いけるか……?」

 

 刀を鞘に納めて手近な柵に片手で寄りかかりながら、一夏はコンディションのチェックをする。だが結果は芳しくなく、冷静に鑑みてそろそろ切り上げるのが吉という状態であった。

 足元に向けていた視線を横に動かす。視界には屋上の入り口となる扉と、その近くの壁に設置された時計が入る。既に目も闇に慣れているため、時計の針が指す時刻を読み取るのは容易だった。

 

「ちっ……」

 

 苛立たしげに舌打ちをする。体力もそうだが、時間もそろそろであった。業腹ではあるが、いい加減戻るかと不満の残る顔で一夏は荷物をまとめ始める。

 次は更に体力の耐久を、そしてより多くの技の鍛錬を。そう誓って一夏は屋上を後にしようとした。

 

「……」

 

 纏めた荷物を背負って扉のノブに手をかけるまでは何も無かった。だが、そこで一夏の動きが止まった。ノブを掴んだ片手はそのままに後ろを振り向く。そのまま天を仰いだ。

 別に何があるわけではない。ただ、海上ということもあって市街よりも星が多く輝く夜空が見えるだけだ。夜の静けさというのも相俟って、それは決して悪い光景ではない。だが、一夏は何か引っかかりを感じるように眉根に皺を作っていた。

 そのまま睨みつけるように一夏は空を見続ける。だがそれもほんの数秒のこと。程なくして一夏は視線を戻してノブを回す。そしてその影は寮の中へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 憮然とした表情で箒は一人、部屋に備え付けられた給茶セットで淹れた緑茶を啜った。食後、完全に手持無沙汰になってしまったためにその暇を潰すために参考書に目を通したりもしていたが、それも夕食から部屋に戻ってから続く苛立ちのせいで長く集中はできなかった。

 だからといって何もせずにいるのもそれはそれでストレスが溜まるので、せめてもの慰みとばかりに茶を淹れてそれを飲んでいた。

 

「一夏のやつめ、まだ戻らんのか……」

 

 隠しきれない苛立ちと共にぼやくのは未だ部屋に戻ってこない幼馴染への不満だ。一夏は部屋に戻るなり荷物を抱えて部屋を飛び出して行った。その際も箒に掛けた言葉と言えば「ちょっと出てくる」の一言だけだ。

 一応持って行った荷物が一夏の練習道具ということは箒も把握しているので、一夏がトレーニングのために出たというのは分かるのだが、それだけだ。着いていこうともしたが、「一人で集中したいから来ないでくれ」の一点張り。

 それで帰りが遅いのだから、とにかくそれが箒の神経を無性に刺激していた。

 

「だいたい、六年ぶりに再会したというのに何なのだ、あの態度は。もっと然るべき対応をすべきだろう」

 

 学園生活の開始、すなわち一夏との再会からまだ一週間も経っていないが、とにかく一夏の行動は自分本位の側面が強いというのが箒の見解だった。

 箒に対して全く気を使わないというわけではない。事実として、異性が同室で共同生活を送る上で起きるだろう問題を事前に想定し、それを回避するためにお互いにどうすれば良いのか、着替えやシャワーなどの際の注意を取りきめるなど、確かに気を配るところはあった。

 それはそれで良いと思うのだが、箒から言わせればそこに気を使えるのにどうして自分の気持ちを慮らないというものだ。六年も離れ離れでいたのに、感慨にふける様子は微塵も無く淡々と自分に接するのがとにかく嫌だった。昔は違った。昔は自分の味方をしてくれた、それこそヒーローみたいな存在であったのに、どうしてああも変わってしまったのか。

 ようやくすれば、箒はもっと一夏に構ってほしく、同時にそれを一夏に察して欲しいのだ。

 

 だが、箒は知らない。その自分の考えと、一夏の考え方の間には決定的な差異が存在するということを。

 確かに六年ぶりの再会というのは箒にとっては大きな出来事だ。それは間違いないのだが、問題となるのはそのことに対しての一夏の受け取り方だ。結論から言うと、一夏は箒との再会をそこまで大事と捉えてはいなかった。確かに六年ぶりの再開に驚きこそしたが、それだけ。それ以外の感慨も何も持ってはいなかった。

 彼女は気付いていない。自分の考えはただ一夏に自分を構って欲しいと考えるばかりで、一夏の考えに思い至ろうとしていない一方的なものであることに。

 しかし、これは箒ばかりを責められるものではない。身近に居る少女の気持ちに関心を示さず、ただ自分のことのみを考える一夏にも、確かな非はあるのだ。

 

 ドアのノブが回る音が聞こえた。来客であるのであれば、例えそれが教師であってもノックの一つはある。それをすることなくいきなりノブを回して入ろうとする。そんなことができるのは、部屋の住人に他ならない。

 この部屋の住人は二人。その一人である箒は今部屋にいる。ならば、ドアを開けようとする人物はおのずと絞られる。もう一人の住人、一夏に他ならない。

 それを分かっているからこそ、箒は勢いよく立ちあがった。何か一言、文句を言ってやらねば気が済まない。そんな気分だった。

 

「遅いぞ一夏! 一体今まで何をやっ……て……――」

 

 ドアを開け部屋に入ってきた一夏にいの一番で掛けた言葉が怒声。だが、それは言い終わるよりも前に言葉は掻き消える。途中で言葉を止めた箒は、唖然とした表情になっていた。

 

「よ、よぉ……。だだい゛ま゛ぁ……」

 

 満身創痍、とまではいかずともとてつもない疲労感を背負い込んだ一夏の姿がそこにあった。

 

「お、おかえり……」

 

 一応戻った挨拶をされたからだろうか、茫然としながらも反射的に言葉を返す。それを聞いていたかは定かではない。いや、実際は耳に入っていなかったのかもしれない。一夏は疲れに満ちていながら、それでもしっかりとしているのを崩さない足取りで自分のベッドに歩み寄ると荷物を手早く片付ける。

 

「箒」

「な、なんだ」

 

 背を向けたままであるが一夏が箒に声を掛ける。一瞬ドキリとしたが、なんとかそれを表に出さずに平静を保ったまま応える。

 

「もう、シャワーは済ませたんだよな?」

「あ、あぁ」

「じゃあ、俺が使っても良いな?」

「う、うむ」

「そっか」

 

 すぐに自分が汗を流せるということが分かったからか、どこか安堵したような声で応えると一夏は手早く着替えを取り出して入り口脇のドアからシャワールームに向かおうとする。

 そのまま、シャワールームに消えていった一夏の背を茫然と見遣って、箒は首を傾げながら手近な椅子に座る。

 

「いったい何をどうすればあそこまで……」

 

 疑問に思うのは先ほどの一夏の様子だ。疲れきっているのは見れば分かる。気になるのはそうなった要因だ。いや、それも鍛錬によるものと分かってはいるのだが――

 

「あそこまでなるなんて、一体……」

 

 確かに時刻もすでに遅いと言えるが、実際一夏が荷物を引っつかんでから今に至るまでの時間は、特筆するほど長いものでもない。はっきり言って学校の部活動の練習時間と同じくらいだ。

 だというのにあの尋常ではないほどに疲れた様子だ。どんなことをやっていたのか気になるというもの。その疑問は、曲がりなりにも剣道を学んだ武芸者の端くれとしての心の現れだった。

 

「あるいは、あれだけやったからこそか……」

 

 壁越しであるためくぐもって聞こえるシャワーの流れる音に耳を傾けながら、あれだけの疲労を伴う鍛錬をしたからこそあの実力があるのではないかと予測する。

 無論、才能などのファクターもまた重要だが、やはり努力に勝るものは無い。

 

「何を、やっているんだろうな。私は……」

 

 ろくに話そうとしないことへの憤りは、まぁまた別の話として置いておくとして、剣道場での立ち合いで己が晒した無様を自嘲するように力無く呟く。

 悔しかったのは間違いない。というよりも、負けを喫して悔しがらないのは論外と言えよう。だが、その他諸々で思考が一杯一杯になっていたあの時と違ってある程度落ち着いた今なら多少は冷静に自己を振り返ることができる。

 あの敗北の瞬間、納得しきれていない自分が間違いなくいた。常に監視の目に晒される窮屈な生活の中での数少ないよりどころであった剣道だけに、そればかりに打ち込んていたといっても過言では無く、事実として中学全国優勝もできた経歴を持つだけに、早々負けるはずがないという思いがあった。

 だから負けたことが信じられずに、嫉妬のような感情を抱いたのだろう。しかし、先ほど見た一夏の鍛錬の一端、そこから彼がどれだけの労を鍛えることに払っているかと考えれば、おのずと納得できてしまう。あの敗北は必然であったと。

 

「本当に、私はどうすればいいんだ……」

 

 もっと接して欲しいと願ってもそれは叶わず、自分からそうしようといく勇気も起きない。せめて剣道で己の存在を刻み込ませようとしても、逆に一蹴される。

 幼馴染に想いを寄せるというありふれたことなのに、そんな簡単なことすらままならない自分にまた別の苛立ちに近い感情が募る。自分でも何かしたい、何とかしたい。そう思っているのにできない。したいと思っても行動したところで無意味なのではないかと思ってしまう。

 幼いころ、もっと言えばISが生まれ、束が姿を消した頃からそうだった。両親と引き離されて知らない大人の保護という監視を受けながら一人で過ごす毎日。繰り返す転居の連続に友達すら満足にできない。自分自身でそんな状況をなんとかしようとしても、すぐに大人に阻まれてしまう。このIS学園への入学にしても、自分の知らないところで勝手に決められていたことだ。

 

 ある意味では箒もまたISにより齎された弊害の被害者と言うべきだ。その身柄を自分ではどうしようもない権力を持った大人に振り回され、満足に自分自身で何かを為すということができずに流されるような日々を送る。そんな生活を送ったまま生活を送り続けることが被害と言わずしてなんと言うのか。

 

「あ~、さっぱりした~」

 

 そんな呑気な声と共にシャワーを浴び終えた一夏が寝巻に来ているハーフパンツとTシャツに身を包んで出て来た。そのまま一夏は箒に声を掛けるでもなく、バタリと自分のベッドに倒れこんだ。

 

「い、一夏……」

「ん?」

 

 何か話したい、そう思って一夏に声を掛けた箒だが、その言葉は二の句を継げずに止まってしまう。顔だけを箒の方に向けた一夏だが、その目が異様な圧迫感を伴った鋭さを持っていたため、言葉に詰まってしまったのだ。

 箒の反応から一夏も自分がどんな顔をしていたのか察したのだろう。険しさから一転してバツが悪そうな表情になると、箒から顔を背ける。

 

「わりぃ。ちょっと考え事してた」

「な、なんだ?」

「まぁ、鍛錬のこととかもあるんだけどさ、ちょっと気になることがあってな……」

「気になること?」

 

 聞き返した箒に一夏は無言で起き上がると、そのまま部屋の奥にある窓に歩み寄る。一瞬、自分の方に歩み寄ったと思って胸を高鳴らせた箒が、結局そうではなかったことに落胆したのだが、それに一夏が気付いた様子はない。

 そのまま一夏は窓を開けてベランダに出て夜空を見上げた。何か空にあるのか、気になった箒は自身もまた窓に歩み寄り、首だけを外に出して夜空を見上げる。だが、何も特別なものは見当たらない。ただ星空が広がっているだけだ。

 

「う~ん」

 

 分からない、と言うように一夏が唸りながら首をひねる。首を捻りたいのはこちらだと思ったが、言わない方が良いと思って箒は一夏の言葉の続きを待つ。

 

「なんだかなぁ、気になるんだよ」

「気になる?」

 

 あぁ、と応えると一夏は腕を組んでクルリと後ろを向くとスタスタと歩いてまた室内に戻る。そして自分のベッドの端に腰かける。

 

「どうにも、ヤな空気があるような感じがする。なんか、どこぞで良くないことでも起きてんじゃないかってな」

「か、考えすぎではないのか?」

「そうかもしれないんだけどさ。なんか引っかかるんだよな……」

 

 呟いてそのまま仰向けに倒れる。二人のベッドの間は元々設置されているスライド式の仕切りによって常に隔てられているため、倒れこんだことによって一夏の顔は箒からは見えなくなる。

 

「……そろそろ、電気消して寝るか?」

 

 仕切り越しにそんな声が掛けられた。釈然としないものはあるが、時間も時間であるため箒も特に異論はなく同意する。

 

「じゃ、俺が電気消しとくわ」

 

 入口近くの照明のスイッチに近い一夏が、照明を消すために歩く足音を聞きながら箒はベッドに潜る。それとほぼ同時に部屋の照明が落とされた。

 眠るために目を閉じながら箒は一夏もベッドに潜りこむのを音で感じ取った。それから一夏が寝息を立てるまで、それほどの時間は掛らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、市街地から離れた郊外の一角。バブル経済の折にデパートとして建てられるも、その後の不景気によって閉店、そのまま取り壊されることなくただ時の流れに身を任せて朽ちるだけの廃墟となった廃ビルの中では複数の影が蠢いていた。

 音も無く襲いかかった衝撃に影が一つ、倒れこむ。その背後にはまた一つ、別の影。既に電気も通っていない建物であるために照明は無く、仮に明かりを求めるのであれば懐中電灯など自分で持ちこむしかないため、建物の中は闇に包まれている。

 強いて明かりとなるものを上げるとすれば、夜空の月と星の輝き、あとは離れた市街の建物の光が僅かに届くくらいだろう。

 ほんの少しだけ建物の中に差し込んだ光が影の形を映し出す。何よりも目立つのは腰まで届くのではないかと言うほどに長い髪。紐やゴム紐などの類で纏められているわけでもなく、ガラスを失った窓によって抵抗なく屋内に吹き込む夜風によって外套のように広がる様は、さながらこの世ならざる者のようであった。

 そしてその腰には僅かに反りのある棒のようなものが添えられている。影は――女はそれに手を添えるがすぐに離して歩き出す。倒れた影には目もくれない。既に事切れた人間になどまるで興味はない。口元に微笑を浮かべながら女は静かに歩を進める。

 

『貴様っ、何者だ!!』

 

 別のフロアでまた新たな影が怒号を飛ばす。英語ではあるが、声の質からして男であることは想像に難くない。手に握られた拳銃は目の前に現れた女に向けられている。

 乾いた発砲音が響く。だが、銃弾が飛び出るよりも早く女は動いていた。暗がりであるために元々影のようなものでしか存在を判別できなかったため、動かれたことによって完全に姿を見失う。

 

「Shit!! (クソッ!!)」

 

 毒づきながら男は銃を構えつつ周囲を警戒する。上半身には防弾ベストを着ているため、警戒すべきは接近戦。冷や汗を流しながらも、男は周囲に気を配る。

 

「手ぬるい……」

 

 いつのまにか首に手が添えられていた。同時に耳元で囁かれる女の声。日本語であったためにその意味を理解しきれなかったが、ただ一つ男にも分かることがある。謎の女が自分を追い詰めているということに。

 

『な、何者だ……!』

『知る必要はありません。獲物に過ぎない、あなた方は』

 

 返ってきた答えは流暢な英語だった。だが、その内容は男の背筋を凍りつかせる。次の瞬間、上下が逆転したかと思えば後頭部に強い衝撃と共に、乾いた木が折れるような音がした。それが、コンクリートの床に叩きつけられた自分の首が折れた音ということに気付くことなく、男の意識は闇に落ちていった。

 

「やはり、銃に頼る手合いは大したことはありませんね。そこそこの心得があっても、話になりもしない」

 

 ただただ自分が仕留めた相手の、その弱さに侮蔑と、そしてその弱さへの僅かながらの憐憫を込めた声で呟く。

 喋っていた英語や暗がりの中でも確認できた金髪などからして、相手は欧米人。どこかの国の工作員か、あるいはテロリストか。どちらにせよ彼女に分かっているのが自分が仕留めた相手が国益に害を与える存在であり、自分にとって狩る相手ということだ。

 個人的に言わせてもらうのあれば、こうした手合いがあるのは存分に技を行使する機会があって結構、だが国としては決して歓迎できないことだ。そしてそんなものが多い最大の原因は――

 

「外患の原因が今の私を作る一つとは、とんだ皮肉ですね」

 

 言葉通り皮肉を込めた声で女は己の手首にあるものを見る。そして踵を返すと次なる標的を求めて歩き出す。彼女に与えられた任務はこの廃墟を一時的な待機場所にしている不確定勢力の工作員グループの排除。ゆえに、この場からは誰一人として逃がしはしない。

 

 

 

「――と、いうわけで残るはあなた一人なのですが……」

 

 建物の中層にある元々はホールとして使われていた場所で女は語りかける。彼女の周囲には倒れ事切れた影が複数、そして今、最後の一人が傷ついた腕を押さえながら憎悪の籠った視線で女を見据えていた。

 

『おのれ、化け物めッッ!!』

 

 場所がごく短期間留まるためだけの一時的な拠点であるため、完全装備とまではいかずとも最低限の銃器や防具は用意していた。その自分達を一切の武器を、その腰にさげたものすら使わずに殲滅しかけている目の前の存在に男は怒りと戦慄を隠さない声で唸る。

 

『化け物とは失敬な。これでもれっきとした人間です。ただちょっと――達人なだけですよ』

達人(マスター)か……。なるほど、確かに名乗るに相応しい』

 

 あまりにも良すぎる手際と、何よりも情け容赦の無さ。男は半ば己の敗北を覚悟していた。

 

『お覚悟を、と言いたいところですが、あいにく聞きたいこともあります。捕らえさせてもらいますよ』

 

 変わらず英語で女は捕縛を宣告する。だが、男は不敵な笑みを口元に浮かべて、据わった目で女を見据えた。

 

『悪いが、それは御免被る』

「ッッ!?」

 

 直後、閃光と爆音、そして熱波が室内一杯に広がった。視界が閃光に防がれる直前、女が見たのはしてやったりという笑みを浮かべた男の顔だった。

 

 

 

 爆風が室内のあれこれを吹き飛ばし、熱波がコンクリートを、転がるタンパク質の塊を焼く。騒乱は一瞬。そして残った煙が晴れていく中で、室内には縦に長い人型があった。

 

「よもや手榴弾で自決とは……。大戦時の日本兵ではありませんし。いえ、ここは命を捨てても捕縛を良しとしない覚悟に見事と言うべきでしょうか……」

 

 声の主は女であった。至近距離での手榴弾の爆発に晒されながらも女は無傷。その理由は、今彼女が纏う存在に他ならない。

 IS、ただ一人を除いて起動適格者は女性のみという、個人で運用する兵器としては現代の最高峰の存在だ。

 

「ありがとう。助かりました」

 

 咄嗟に起動しその防御で爆発から身を守る。トリガーになったのは自分の能動的意思とはいえ、それもこの愛機なくしてはあり得ない。だからこその感謝の言葉。

 装甲は全てが黒一色であり、両手足と胴の一部を覆う装甲と、背部の飛行補助用スラスターにヘルメットのような頭部ヘッドギアという極めてシンプルかつ鋭角的なデザインの作り。目立つのは両手足の装甲に付けられた稼働展開式のブレード。

 

 日本国製第二世代型IS「黒蓮(くれん)

 

 防衛省の技研と日本を代表するIS技術開発企業である倉持技研の共同開発機であり、日本を代表するIS乗りとして名を馳せた織斑千冬の愛機である暮桜同様、対ISに主眼を置いた格闘戦機だ。そして女――織斑一夏が師、海堂宗一郎の妹弟子である浅間美咲の専用機。

 ハイパーセンサーによって周囲を確認。自分が追い詰めた男も、既にこの世の者ではないことを確認すると一つの嘆息と共に愛機を解除する。

 

「参りましたね。できれば情報が欲しかったところですが、――いえ、ここは致し方無しとしましょう」

 

 相手は自分にとっては紛れもない格下だった。だが、最後の最後で相手は自分の目論見を挫いた。それを為したことへの僅かながらの敬意も込めて、美咲は軽く首を横に振ると愛機を解除する。

 

「さて、後は報告と――その前に後始末も頼まねばなりませんね」

 

 自分が仕留めてきた者達と、あとは先ほどの手榴弾の爆発についても少し工作をする必要があるだろう。周囲に民家も殆ど無く、あるのは畑や荒れ地ばかりとはいえ念を押しておくに越したことはない。とはいえ、実際屋内での手榴弾の爆発くらいなら外に漏れる音もそこまでは激しくはないはずだ。さしずめ、廃墟に侵入したヤンチャ者達が花火でもやったということにしておけば済むだろう。

 ISの解除と共に服装も起動前の状態に戻ったため、懐から携帯電話を取り出してコールする。即座に繋がった相手に後始末のための人員の派遣を求めると共に、ことの顛末を簡潔な報告として伝える。そして電話を切って、人員の到着までしばしその場で待つ。

 

「ふぅ……」

 

 一仕事終えたからか、軽く一息吐いて美咲は手近な壁に寄り掛かる。そして電話を終えた携帯を操作して纏めておいたメモを確認する。

 

「そういえば、アレが運ばれるのもすぐですね……」

 

 メモに記されたのはある者をとある場所に運ぶ日取り。そしてそれから数日後には、それに関してのまた別の予定が存在している。

 この二つと彼女の間には直接的な関わりは無い。だが、それでも日取りをメモとして携帯に記録していたのは彼女が興味を持っていたからに他ならない。

 

「……そうだっ」

 

 不意に弾んだ声が紡がれた。まるで休みの日に遊びにいく予定を思い立った少女のような笑みを浮かべながら、美咲は別のメモを開き自分の予定を確認する。

 

「えぇ、いけそうですね」

 

 満足そうに頷くと美咲は思考の内でメモの情報を整理し纏めていく。そして脳裏で一枚の書面のように整える。

 もう一度、携帯の電話を掛けるためにアドレス帳を開く。ただし今度電話を掛けるのは先ほどとは別の相手。耳に入るコール音を聞きながら、美咲は口元に浮かべた笑みを深める。

 何だかんだ言って、この業界に入ったのは間違いでは無かった。中々どうして、楽しめることが多い。折角堅気からは程遠い仕事をしているのだ。このくらいの楽しみはあっても、バチはあたるまい。

 夜の帳と冷たいコンクリートに囲まれた中で、ただただ小さな笑い声が木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生、これを」

「あぁ、山田先生。これは……織斑の専用機の報告か」

「はい。先ほど倉持技研より送られてきました。J03-K02『白式(びゃくしき)』です」

 

 手にした書類を見ながら千冬は顎に手を添える。

 

「予想はしていたが、やはり倉持の特色と言うべきか。近接戦に主眼を置いた格闘型か」

「はい。ちょっと、初心者向きとは言えませんよね。それに、汎用性があるとも……」

「第三世代、いや相当の試作機など、どれもそんなものさ。それに、格闘型というならアレも性に合うとか言うだろう」

「なら良いのですが……」

 

 真耶との会話を続けながら千冬は書面にされたデータを読み進める。そして記されたデータは武装のところまできていた。瞬間、千冬の目が僅かに細まった。

 

「あの、先輩……?」

 

 千冬の空気が僅かながら変わったことを察したのか、真耶が問いかけてくる。だが、千冬は何事もないかのように「何でも無い」とだけ答えるとそのまま続きを読み進めた。

 

「白式……か」

 

 小さく漏れた呟きにどのような意味を込めていたのか、唯一聞いていた真耶には知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 




好きな漫画は何かと問われたら、「ケンイチ」と「バキ」って答えてしまうため、ろくな格闘技経験もないくせに変に格闘描写が入るのも、また癖だと思ったりしてます。
まぁ武闘派一夏なので、入れざるを得ないというのもあるんですが、こうして新しい場所で書いていて新しい読者さんに読んでもらっていると、ちょっと気になりますよね。どう受け取ってもらえるのかと。

最後の方でちょっと白式の名前が出ましたが、その直前につけた型番みたいなのは、「こんな感じかな」とイメージしながら付けてみました。
アルファベットと数字、両方に一応の意味はありますので、「あ、何の意味か分かったぞ」という方は、どうぞ遠慮なく感想なりメッセで言って下さい。
「自分の意図が伝わった!」と作者が小躍りしますww

あと、今回最後の方でちょっと出たオリISですが、一応造形などをイメージするにあたってモデルになったものがあります。まぁそのモデルを果たしてメカと呼んで良いかは定かではないのですが。
「黒蓮」という名前そのものが思い切り答えみたいなものなんですけどねww

では、また次回に。


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第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ!

対セシリア戦前半です。
なぜかセシリア戦を短くまとめようとしても二話構成になる不思議。


 『月曜日 16:00より第三アリーナにてクラス代表者決定IS試合を取り行う』

 

 そんな掲示が一組の教室後方に貼り出されたのは金曜日の朝のことだった。元々入学初日の時点で試合を一週間後を目安に行うということは分かっていたが、この告知を以って正式な日取りが決まったことになる。

 朝のHRを控えた一組では在籍する生徒達の大半が教室の後方に集まり、貼り出された告知に注目していた。そして、半円を描くように集まった生徒達の更に内側、告知の張り紙を真正面に見ることのできる位置には一夏とセシリアの二人が並んで立っていた。

 

「決まったか」

「そのようですね」

 

 淡々とした声で二人は決まった日取りを頭に叩きこむ。

 

「それで、その後はいかが?」

「一応訓練機を使った練習も昨日やった。まぁ、そうそう無様は晒さんだろうさ」

「それは良かったですわ。やる以上は、意義のあるものにしたいですもの」

「全く以って同感だな。なにせ相手は代表候補生サマだ。満足させてくれよ?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」

 

 これより三日後にはISを、個人で運用する兵器としては現在世界最高の物を操っての戦いを繰り広げるというのに、言葉を交わす二人の間にはまるでその日の天気について話すような気楽さがある。

 むしろ二人を取り囲む生徒達の方が、試合を行う二人が並んでいるという状況に何か起きるのではと緊張の面持ちになっているくらいだ。

 

「まぁしかしアレだな。初日の時の話、何だかんだで止めた姉貴は正しかったな。あのままじゃ絶対話にケリがつかなかった」

「そうですわね。確か、続きは試合の中で語れ、でしたか。こういってはなんですが、互いの意思を交わすのに言葉ではなく戦いを用いろというのは、落ち着いて考えてみれば何とも言い難いですわね」

 

 代表候補生という立場にあっても、本質的には武力的な闘争を良しとしないのか、或いは弁舌による議論の続きが戦いということそのものに疑問を覚えているのか、何とも言いにくいという表情でセシリアは思った感想を述べる。

 

「ハハッ、まぁ確かに少し無茶苦茶かもしれないよな。ただまぁ、覚えとけ。あれがウチの姉で、俺らの担任だ。いやぁ、姉弟似た者同士でさぁ、揃ってあれこれ頭使うより腕っ節の方が手っ取り早いって考える性質なんだなコレが。まぁ姉貴の場合は一応社会人だからその辺自重しようとしてるみたいだけど、どうも完璧には無理っぽいな」

 

 致し方無しと言うように一夏は首をすくめる。その姿にセシリアは曲がりなりにも自分の教師にして、血を分けた姉への評価としてそれはどうなのかとも思うが、案外身内だからこそ気兼ねなくそう言えるのかもしれないとも思う。

 とりあえずは試合の日取りを確認するという目的も達せたので、これ以上張り紙の前に立ち続けている道理も無い。申し合わせたかのように一夏とセシリアは同時に後ろを向くと自分の席に向けて歩き出す。もうまもなく予鈴も鳴る頃合いだ。

 席へ向けて歩く二人の足取りは軽く、漂わせる雰囲気も平常の余裕そのもの。その姿が逆に空恐ろしく見えた他の生徒達は依然緊張の面持ちではあったが、それも担任の千冬が教室にやってくるまで。早く席に座るよう促され、彼女らもまた各々の席へと散って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 試合が迫ろうとも、一夏の心境に焦りなどは無かった。不利であることは百も承知しているがゆえに、今更焦る必要も無い。淡々と、自分のするべきことをこなしていく。必要なことをして、いざ本番の際に相応の気概で臨めば、結果は自ずとついてくるものだ。

 そう考え、あくまで平静に努めながら試合までの猶予である三日間を過ごしていた。だが、その三日間の中で僅かではあったが、焦燥とはまた異なる不安に近い考えが脳裏の片隅に生まれていた。

 迎える試合当日。既に一日のカリキュラムも終了して、この日に残すはセシリアとの試合のみという状況にあってなお、一夏の専用機受領は果たされていなかった。

 

 アリーナの廊下で一夏は静かに佇んでいた。専用機がまだというのは些か以上に問題だとは思うが、とりあえずはそれ以外の準備を整えて一夏用に作られたというISスーツも着用している。競泳用水着のようなデザインのスーツは、肌に密着していても窮屈さを感じることはなく、物の良さというのが実感できる。

 壁に背を預け、腕を組みながら瞑目している一夏だが、それで静かに精神統一ができるかと問われれば、答えはどちらかと言えばノーであった。

 

「何やってんの、お前?」

 

 片目だけを開けて一夏は静かに問いかける。その声には僅かに苛立ちのようなざらついた色がある。

 一夏の眼前では、眉間に皺を寄せている箒が忙しなさそうに行ったり来たりを繰り返しており、目の前で人の気配が動き続けていることや、靴が廊下の床とぶつかる音が一夏には気になっていた。

 

「何を、だと。待っているのだ、お前の専用機が来るのを」

「えっと、なぜに?」

「なぜも何も、別に問題はないだろう。曲がりなりにも同室で、古馴染だ。このくらいはなんともないだろう」

「いや、その理屈はおかしい」

 

 自分が一夏の専用機の到着を待つということがさも当然のことであるように言う箒に一夏が待ったをかける。

 

「来るのは『俺の』専用機だ。だから待つのは俺一人で十分だろう。ガキじゃないんだ、誰かの付き添いなんざ必要無い。というか、試合当事者以外はさっさと観戦席に行けって言われてたはずだし。お前、この試合に関しちゃ当事者の俺とオルコットと同じクラスって以外は完全に無関係だろう」

 

「む、無関係とはなんだ! 私はお前の心配をしてだな――」

「お前に心配されるほど俺も未熟じゃあないよ。むしろ俺はお前が色々心配だよ」

 

 参ったなコリャと言いたげに一夏は首をすくめる。だが、その姿はむしろ箒の気に障るものでしかなかった。

 

「どういう意味だそれは! 私とてお前に心配される程ではない! ええい、そこに直れ!」

 

 声を荒立てる箒に一夏は小さく嘆息する。

 

「箒」

「なんだ!」

「黙れ」

 

 有無を言わせない圧迫感の叩きつけと共にそう言われた。思わずたじろいだ箒は一夏の顔を見る。鬼の形相と言えるほどに険しい顔をしているわけではない。精々眉根に皺を少し寄せているだけだ。

 だが、放たれた声に込められた意思は顔つき以上に険しかった。それ以上声を荒立てるつもりなら、力ずくで黙らせると。暗に告げていた。

 

「悪いが、こちとらこれから試合なんだ。余計なことに気を使わせるな」

「よ、余計なこととは――っ!」

 

 再び声を荒げそうになる箒だったが、言いきるよりも早く一夏の無言の視線が彼女を射抜く。反射的に、それ以上の言葉をつぐんでいた。

 

「とりあえずはだ。黙れ落ち着け静かに待ってろ。確かにISが来ないのは問題だが、それは俺らじゃどうにもできないよ」

 

 一夏自身も自分のISが中々来ないことに苛立ちようなものを感じているのだろう。だが、それをおして平静を保とうとしている。

 理解はした。だが、それでも先ほどの自分を蔑ろにするような言葉はどうしても箒には納得できずにいた。自分が、幼馴染が心配をしてやっているのだから、相応の態度というものがあっても良いはずだ。

 そもそも入学初日から今日までを振り返っても、一夏の自分への態度は再会した幼馴染にするようなものではなく、もっとそれなりの姿勢というものがあって然るべきというのが箒の考えだ。良い機会だからそれを指摘してやろうと思ったが、恐らく今言ったところでまた無言の封殺をされるだけだろう。できるのは、ただ俯いて拳を握りしめることだけだった。

 

「……来たか」

「えっ?」

 

 不意に呟いた一夏。何事かを箒が問い質すよりも早く、一夏はキレのある動きで壁に預けていた背を離すと早足で歩きだす。

 

「お、おい!」

 

 慌てて後を追う箒だが、一夏は速さを緩める気配がまるでない。直後、駆け足と分かる足音の木霊と共に一夏の向かう先から人影が向かって来た。

 

「織斑君! 織斑君!」

 

「来ましたか。俺のISが」

 

 一夏の名前を呼びながらやってきたのは真耶だった。そして彼女が用件を告げるよりも早く、一夏の方から話を切り出す。急いでいるからか、真耶も一夏が状況を理解していると分かるとすぐに頷いて話を続けた。

 

「はい! 今、格納庫から待機ピットに移しているので、織斑君もすぐにピットに来て下さい!」

「了解です」

 

 言うや否や、一夏と真耶はすぐに動きだす。真耶は再び来た道を駆け足で戻り、一夏は出撃のためのピットに移動するため、ピットと直結している更衣室に飛び込む。

 完全に置いてきぼりにされる形となった箒はしばし呆然としていたが、すぐに我に返ると慌てて一夏の後を追い、更衣室へと向かって行った。

 

 

 

 

「来たか、織斑」

 

 ピットに駆けこんだ一夏に向けられた第一声は実姉のものだった。応答として軽く頷くと一夏は姉が立つ場所よりも更に奥に視線を向ける。暗がりにあるため見えにくいが、確かに何か大きな塊のようなものが鎮座しているのが分かる。それが何なのか今更分からないほど一夏も蒙昧ではない。それこそが一夏の専用機となるISなのだろう。

 

「あれに乗るわけか」

「そうだ。時間がない。早く済ませろ」

 

 手短に下された姉の指示を待たずに一夏はISに駆け寄ると訓練で打鉄に乗りこんだ時と同じ手順でISに乗り込む。

 

「織斑先生、モニターの準備終了しました!」

 

 一夏が乗りこむとほぼ同時に一夏がやってきた入り口とはまた別のドアから、何かの準備を終えたらしい真耶がやってくる。そして一夏の後を追って来た箒もまたピットにやってくる。

 

「白式、か……」

 

 一夏というパイロットが乗りこんだことを感知して起動したIS――白式が次々と一夏の目の前にウィンドウや文字列を表示する。

 一見すれば一夏の目の前の虚空にホログラムのように投影されているように見えるこれらの文字列だが、実際にはそのISのパイロットだけが視認できる擬似的なモニターディスプレイに表示されているものだ。とはいえ、訓練の時にとっくに見たことのあるものなので今更どうこう言うようなことはない。

 

「織斑、聞こえているな? それがお前の専用機となる日本製の第三世代型IS『白式』だが、それはまだ完全な状態では無い。訓練用など複数の乗り手が交代で使用する機体と異なり、乗り手が一人に限定される専用機は乗り手のフィジカルデータなどを入力してより乗り手に適した形にするフィッティングという手順が存在する。

 そのフィッティングの終了と共に一次移行(ファースト・シフト)といういわば専用機としての調整終了の段階を踏むのだが、お前の機体はまだそれが行われていない。事前の身体検査で得られた最低限のデータを入力してはあるが、ISのスキャン任せで自動で調整が完了するのを待つしかない。そして、その工程にどれだけ掛るか分からない上に予定の時間が圧している。この意味、分かるな?」

 

 ここまで説明されれば一夏も姉の言わんとすることは理解できる。

 

「試合しながら調整済ませろってわけか。いや、ISが自動でやってるからそれが終わるまでは不完全な状態で試合をやれってことか」

 

「なっ!?」

 

 千冬の言わんとすることを理解した一夏の言葉に箒が驚きの声を上げる。来たばかりゆえに話の流れはほとんど理解していない。だが一夏の言葉は始めから聞くことができ、その大まかな意味は理解できた。

 

「ま、待って下さい! 一夏のISが不完全とはどういうことです!? それに、そんな状態で試合を行えなど! あまりに不公平なのでは!?」

 

 その訴えが至極真っ当なものであることは抗議の弁を向けられた千冬も理解している。だが、この試合のために割かれた時間は有限であり、同時にこの場に居る者達だけのものではない。それが圧している以上、箒個人の訴えを認めるというわけにはいかない。

 これ以上、事の進行を遅らせるわけにはいかないと箒を咎めようとした瞬間、千冬よりも早く一夏が口を開いた。

 

「箒、黙れ」

「い、一夏っ! 何を馬鹿なことを言っている! 自分の状況を理解しているのか!?」

「してるさ。要するに機体がちょっと不調で、よく分からんが本当のスペックをしばらく発揮できないとかそんなんだろ。分かってるさ。分かってて俺はお前に黙れって言ったんだ」

「だ、だが!」

「くどい!!」

 

 なおも食い下がろうとする箒に一夏の一喝が飛ぶ。ピット全体に響き渡る怒声は発した一夏以外の三人の鼓膜を震わせ、箒は口を閉ざし、真耶は心配そうな表情で、千冬は静かな眼差しで、それぞれ事の成り行きを見守る。

 

「いいか。試合をするのは俺だ。お前じゃない。俺がこの不利をいいと言ったんだ。お前が口を出す必要はどこにもない。第一、ただでさえ不利な条件がズラリと並んでるんだ。今更悪条件の一つや二つ、加わった所で変わりはしないし、むしろ試合の間に解決する目処があるだけよっぽどマシだ」

「なら尚更だろう! 勝つつもりがあるならば、不安要素は取り除くべきだ!」

 

 全くもってその通り、そんなことは一夏だって理解している。だが、別に構いやしない。既にその不利を是としている自分がいるのだから。

 

「箒、一週間前に言ったことをもう一度言うぞ。いいか、俺は一向に構わんッッ!! 勝負に有利不利なんざつきもので、むしろ如何に自分有利、相手不利にするかが肝だ。お行儀よく公平になんてありえないし、むしろ俺からすればムズ痒くてたまらんわ! あぁ確かに? 俺むっちゃ不利だよ? その上で、勝つッッ!!」

 

 もはや語ることは無いと言わんばかりに一夏は箒から視線を外して真正面を、その先に居るだろう敵を見据える。

 

「あぁいや、でもあれだ。織斑先生」

「なんだ」

 

 真正面を見据えたまま一夏は再び口を開く。教師とは言え実姉が相手だからか、その口調から先ほどまで箒に向けていた険しさは鳴りを潜め、調子の良さそうな軽さがある。

 

「やっぱもう少し早くならなかったんですかね、コレ」

「言ってやるな。ただでさえ別の依頼で機体の開発をしていた所に無理やり開発計画をねじ込まれたらしいからな。むしろ、技術者連中はよくやった方だ。二つの開発を同時進行で進めたのだからな」

「そっか。なら、流石に責められないな」

 

 そう言って口元に微笑を浮かべると、今度こそ無言になる。浮かべていた微笑も掻き消え、唇は固く真一文字に引き締められた。

 

「織斑一夏、出る!!」

 

 その言葉と共に白式の足に固定されていた射出カタパルトが起動。白式を、一夏をアリーナの宙へと放り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 全身への浮遊感を感じると同時に、感覚の記憶を再現する。ISの登場以来、様々なIS関連の技術が異なる方面へと転用されてきた。だがその流れの中にあって未だIS以外での使用ができず、実質ISのみが有する機構、ISの飛行能力の要となるPICを起動する。

 いかに高速で射出されたとはいえ、重力の下にあっては今の白式を纏う一夏は鉄塊を纏っていると同義だ。すぐに重力に引かれて地へと落ちていく。その自然の法則を真っ向から打ち破るIS特有の超機構によって、一夏と白式は重力より解き放たれその身を宙へと留めた。

 

「来ましたか」

 

 落ち着き払った声で呟きながらセシリアは自身の前に現れた対戦相手を見る。二人の間には決して狭くない距離があるため、普通に話す程度の声量では相手に届くことはない。

 

「すまん。ちょっと遅れた」

 

 だが、今の二人はまるで教室でそうしたように、近い距離で向き合っているかのように会話をしている。からくりは単純だ。事前に二人の機体の間に通信回線が繋げられているだけだ。ブルー・ティアーズはセシリア自身が、白式は教師陣がそれぞれ設定し、同時に二人の会話は試合をモニターする千冬や真耶たち教師が控える管制室に、そしてスピーカーを通じて観客席にも聞こえている。

 

「女性を待たせる殿方というのは、どのような立場であれ褒められるものではありませんわよ?」

「いや、実際悪いとは思ってるさ。これでも時間は守る方なんだけどな。まぁあれだ。慣れない生活にちょっとバタバタしてて調子が狂ったということで、一つ勘弁してくれ」

「まぁ、わたくしは寛大です。その程度をしつこく咎めるつもりはありませんが、容赦に対して何かしらの誠意があっても良いと思いますの。……そうですわね、ここは一つ、勝ち星を頂きましょうか?」

「残念だが、それは御免被るなぁ。代わりと言っちゃなんだが、あの織斑千冬も舌鼓を打つ織斑家調理主任の俺特製の手料理で一つ、どうよ?」

「クスッ。興味が無いと言えば嘘になりますが、わたくしの舌の採点は厳しいですわよ?」

 

 ただ何も考えずに聞いていれば相手をからかうような軽口を交わし合っているように聞こえるだろう。いや、軽口を交わし合っていることには間違いない。だが、この会話を聞いている極一部の者はそれ以外に含まれるものを会話の中から感じ取っていた。

 

「まったく、もったいぶらずにさっさと始めれば良いものを……」

 

 呆れたように管制室で千冬が呟く。そのすぐ前、デスクに据わりながら状況のモニタリングをしている真耶は苦笑を浮かべるも、すぐに僅かな緊張を表情に浮かべる。

 

「けど、この調子ならいつ始まってもおかしくないですよ……」

「まぁ、な……」

 

 さて、一体何人が感じ取っているだろうかと千冬は思考の片隅で思った。確かに一夏とセシリアが交わしているのは何気無い軽口だ。だが、その中で確かに、熱のようなものが高まってきているのだ。

 まさしく戦士同士の相対だ。戦いが単純な「ヨーイ、ドン」で始まるのではない。あるいは向き合ったその瞬間から、直接剣を、あるいは銃弾をかわさずとも昂る闘志によって始まる動きの無い戦いだ。

 今、二人が行っている軽口にしてみたところで綱渡りのようなものだ。いや、少しばかり剣呑な言い方に変えてしまえば、いつ爆発するか分からない爆薬と言うべきだろう。誰一人として気付かないような些細な切欠一つで、二人は戦いを始めると断言できる。

 だからこそ、千冬はとくに会話を交わす二人を咎めることはせず、ただ事の成り行きを見守ることにした。

 

「そういえば、一つ気になっているのですが……」

「ん? なにが?」

「わたくしの気のせいでしょうか? 少々、あなたの方が高度を取っているように見えるのですが」

「あぁ、それか。いや、間違っちゃいないよ。それに理由も大したことではない」

 

 セシリアが指摘したことは間違いではないと、一夏は肯定する。必然的に二人を下から見上げる観客席の生徒達には分かりづらいだろうが、ちょうど二人を真横からの形で見ることのできる管制室のモニターで見れば、セシリアに比べて一夏が高い高度を保っているのは明らかだった。

 

「見下されるのは嫌だし、まぁ見上げるよりも見下ろす方が気分が良いからね」

「なるほど、そういうことですか。でしたら――」

 

 一夏の答えにセシリアはゆっくりと頷く。

 

「今すぐ地に落として差し上げますわ!!」

 

 その言葉と共にセシリアの右腕が動く。セシリアの愛機であるイギリス製第三世代型IS「ブルー・ティアーズ」。その主兵装となるのは、機体と同じブルーのカラーリングを施された長筒「スターライトmkⅢ」だ。

 宙にて一夏を待っていた時からセシリアは愛用の武装を利き手である右手に携えていた。そして今、その銃口が一息の内に一夏に向けられ、トリガーが引かれた。その瞬間を以って、あまりに唐突に試合は始まりを告げた。

 空気がしぼむような音と共に銃口より青い光弾が放たれた。涼しげな見た目に反して鋼鉄にすら軽くない損傷を与える熱量を内包した光弾は射手であるセシリアの腕前を示すかのようにまっすぐ一夏へと向かう。流星のように尾を引く光弾はそれ自体の大きさも相俟って遠目より見る観客達の肉眼でもその軌跡をはっきりと捉えることができた。

 だが、いざ相対してみれば分かる。実際に向かってくる光弾はそんな生易しい速さでは無い。熱量の塊であり実体を持たない光弾は初速が音速を優に超えるライフル弾よりも、劇的というほど大きくはないが、確かに上回る速度でもって一夏へと襲いかかる。

 一夏はその場より微動だにしなかった。いや、動こうとした所で無意味だろう。仮にこれが光弾ではなく、IS用に規格調整された銃器によって放たれる実弾であっても同じことだ。いずれにせよ音速など遥か格下とする初速を持っている弾丸が数百メートルもない距離を飛んで向かってくるのだ。放たれた後でかわそうと動いた所で手遅れだ。

 ましてや今の一夏は動こうともしなかったのだ。光弾の直撃は想像に難くない。放たれた刹那、目標に達し直撃した光弾がその名残となる青い光の粒を撒き散らす。無論、これで勝負が決まるわけではない。貯蔵されたエネルギーの残量が尽きない限り常に一定の、それでいて鋼鉄並みあるいはそれ以上の堅牢さを保つシールドが存在するのだ。エネルギーの消費はすれども一夏は白式共々健在、だが初手はセシリアが取った。それが全員の認識だった。

 

「あの馬鹿者め。素人のくせに恰好をつけおって……」

 

 呆れたような声で千冬が呟く。その声を背後に聞いた真耶はどういう意味かと気になったが、振り向くことはしなかった。突然ではあったが、既に試合は始まっている。そのモニタリングが彼女の仕事であるため、目の前のモニターから目を離すことはしない。だからこそ、すぐにその違和感に気付いた。

 

「シールドが、削れてない?」

 

 モニタリングの内容は二人のISの状態も含まれる。シールドエネルギーの残量は当然の内容であり、その数字はモニターの端ではあるが、それなりに目立つ大きさで表示されている。だからこそすぐに気付くことができたのだ。一夏のシールドエネルギーの残量が減っていないことに。

 何故と思って真耶はすぐにコンソールを動かし、一夏に向けてわずかにカメラをズームさせる。そして気付いた。一夏の真正面に何かが存在していた。

 

「展開した武装で射撃をはじく、この場合は消し飛ばすか。まったく、アニメや漫画じゃあるまいし。いらん小細工をする暇があればさっさとかわせば良いものを」

 

 そう千冬が言うが、それよりも早く真耶は状況を理解していた。おそらくはセシリアが射撃に移ったのと同時に、一夏もまた白式の武装である格闘戦用のブレードを展開したのだろう。そしてその刀身を自分とセシリアの間の射線上に滑り込ませ、光弾を消し飛ばした。

 確かにスターライトから放たれる光弾は単発の威力で鑑みればIS用の射撃武装の中では強力な部類に入る。さすがに艦載砲などを流用した物みたいな代物とは比べられないが、主武装に採用される重要な要素の一つである取りまわしやすさを考えると、十分な部類に入る。

 だが、軽いのだ。そして脆い。威力はある。だが、その中身は実体など無いに等しい熱量の塊だ。目標物にぶつかれば簡単に四散してしまう。だから、一夏の武装そのものを盾にして防ぐというやり方は、理屈では可能だ。ことISの近接用装備は武装の中でも特に頑丈さを重視している傾向にある。光弾も軽いゆえに反動も少ない。だから一夏のやり方も間違ってはいないと言える。言えるのだが……

 

「本当に、結構無茶ですよね……」

 

 千冬の言葉に同意してか、真耶も乾いた笑いと共に呟く。一夏のやったことに理屈をつけるのは簡単だ。相手が撃つ前、つまり射撃体勢を整えている間に装備を展開する。そして相手の狙いに合わせて正確な位置に武器を、この場合は刀身を割り込ませればいい。それだけだ。

 だが、実際はそう簡単にうまくいくものではない。装備の展開、これはまだ良しとしよう。だが刀身を割り込ませることは話が別だ。相手が狙いを定め引き金を引く僅かな間に相手の狙いと自分の間のラインを割り出し、その上に正確に刀身を割り込ませる。瞬時に正しい位置を見抜く目と、そこに刀身を置く技量が必要だ。

 正確なポイントを素早く見抜く眼力と、同様に素早く正確に腕を動かすだけという、別にISでなくとも経験を積んで鍛えることができる技能だ。だからISに乗る以前に然るべき経験を積んでさえいれば、仮にIS操縦者としてドのつく素人だろうとこのくらいの、言い方は良くないが小手先の技術を振るうことはできるだろう。

 だが、本当にそれなり以上の経験が必要だ。今はまだ前で披露する機会もないために受け持つ一組の生徒達にはあまり知られていないが、真耶も教師になる前は腕利きのIS乗りだった。その経験が、一夏のやったことの意味を正確に彼女に告げていた。

 

「まぁ、伊達に五年も修業をしていたわけではないな」

 

 千冬の呟きにどのような意味が込められているのか、真耶は図りかねた。ただ分かることが一つあった。それはこの試合、単純に世界初の男性操縦者の最初の公式戦という意味合い以外に見どころがあるかもしれないということだ。

 

 

 

 

「ふぅん、中々御上手な真似をしますわね」

 

 初撃を防がれたことにもまるで動じた様子の無い落ち着き払った声だ。元より、失敗に終わって当然と考えていた一撃だ。そこそこ腕の立つ乗り手なら事前に察知して回避行動を取るくらいは当り前のようにするし、それだけの腕が無かったとして、持っている防御用の装備でとりあえず防ぐくらいはできるだろう。

 だから一夏が初撃を防いだことも特別なこととは思わない。ただ、攻撃に用いる刀剣武装で弾くとまでは思っていなかったが。とはいえ、それはそれ、これはこれだ。少しばかり面白いものは見れたが、だからと言って加減をしてやる道理も無い。いつも通りに追撃をかけて、いつも通りに勝利を収めるだけだ。

 二射目、三射目と連続して放つ。一射目はちょうど胸部に狙いを定める形で撃ったが、続く射撃は腕や足などに微妙に照準をずらして撃ちこんだ。一夏もさすがに一射ごとに狙いの変わる光弾を一々弾く気もないのか、今度は事前に射撃の気配を察して動いた。IS特有の機能である視界関係の補正で遠距離にいるセシリアを間近にいるように見ることができれば、目の動きやわずかな筋肉の動きで判断するのは容易い。

 一夏が飛んだ先は地面だった。背後からの追撃を、読んだタイミングに合わせて体をずらして上手いことかわしながら地面が近づくと同時に滑空体勢から体を起こす。そのまま背後のスラスターを吹かして地面の上を滑るように動き回る。

 止まるわけにはいかない。少なくとも、今もなお追撃を続けているセシリアの射撃能力は確かなものだ。動きを止めれば、光弾の連続攻撃によってたちどころにフルボッコだ。

 

(しかし、装備がこれだけとはな……)

 

 背後など本来なら死角となるポイントもIS側の補助によって目の前のモニターに機体状態などの情報と共に映し出されている。それを以ってセシリアの様子を見ながら、一夏は白式に搭載されている装備を確認した。したのだが、出て来た答えは刀剣武装一本のみというものだった。

 

(いくら近接格闘戦の機体が姉貴が現役のころから続く日本の十八番だからって、これは思い切りがよすぎだろうよ)

 

 無論、剣を用いて戦うことに異論を挟むつもりなどこれっぽちもありはしないが、それでも銃の一丁二丁くらいはあってもおかしくないだろうとも思う。

 

(……やるしかないわけか)

 

 だが無い物ねだりをしても何もならない。与えられた武器が剣一本ならば、それで勝てということなのだろう。ならばそうするまでだ。それに銃も交えてあれやこれやと戦い方を複雑にするより、近づいて斬るの一筋で行くほうが性分に合っている。

 

「次がいきましてよ!!」

「ぬッ!?」

 

 その変化はあまりに明確だった。ブルー・ティアーズの腰部に取り付けられていた四つの突起、その全てが本体より離れて異なる軌道で宙を舞ったのだ。

 

「来たか、『ブルー・ティアーズ』!!」

 

 それが何なのかは一夏もとうに知っている。視聴覚室で見たセシリアの入学時の模擬戦試験で見た、彼女のISの象徴だ。四機のビットが異なる軌道を取って敵を取り囲み、光弾で撃ち抜く。

 一撃一撃の威力はスターライトに劣るだろうが、そこは数で補っている。仮に一度囲まれ袋叩きにされたのであれば、素人ならそれで詰みになるだろう。

 

(格ゲーのハメ殺しをリアルにくらう羽目になるわけか)

 

 それだけに留まるわけではない。セシリアの手に握られたスターライトも含めれば計五つの砲門に狙われる。短絡的な表現になるが、実質的に一対多になるのだ。

 戦うということにおいて数というものは非常に重要だ。無論、質も重要であることは間違いないが、何よりも数こそが直接的な優位に繋がることは想像に難くない。

 異なる四方向から自分に迫ろうとするビットに両目は睨みつけるかのように険しくなり、眉根に深く皺が刻まれる。だが、その目の険しさに反して口元には今の状況を楽しむかのように小さく笑みを作っていた。

 

「さぁ! 宣言した通り加減は致しませんわ! わたくしとブルー・ティアーズの輪舞曲(ロンド)、相手にできるものならばしてみなさい!!」

「望むところだッ!!」

 

 直後、アリーナの宙を青の光条が飛び交った。さすがにここまできていつまでも地上を動き回っているわけにもいかず、一夏もセシリアへの反撃を試みんと宙へ上がるが、同時にそれはビットに対して一夏の狙える位置を増やすことになる。

 さすがに真正面から撃ちこんでくることは殆ど無いが、地上に居ればおおよそ後方、あるいは上方より一夏を狙ってくるが、宙に上がってしまえば今度はそこに下方という位置が加わる。だが、一夏としてはむしろそのほうが都合が良かった。

 

(よし、やはり位置取りが開いている!)

 

 四機のビットは固まろうとせず、例えるならば十字砲火を狙う形で四方から一夏に狙いを定めている。しかしそのために、ビット一機ごとの間には広いスペースが存在する形となっていた。

 ビットからは連続して光弾が放たれる。だが、狙いを読むのは十分。あとはそこだけ動かして上手い具合に光弾をやり過ごせばいい。

 今の自分は傍から見てどのように映っているだろうか。おおかた、四機のビットに囲まれながらセシリアに何とか近づこうとするも、回避に精一杯で宙をふらつきながら手足をばたつかせている。そんな滑稽な姿に見えるだろう。

 だからどうした。勝負事とは結果に全てが集約される。とどのつまりは「勝てば官軍、負ければ賊軍」なのだ。ここで己が勝利を収め、今もなお自分を狙う少女を打ちのめし、地に叩き伏せ、その白い肌を、豪奢な金髪を、土で汚せば済む話だ。それだけのシンプルな話でしかない。

 

 

(確証は……そろそろか)

 

 ビットより、あるいは時折スターライトより、放たれる光弾をかわし、さしたる被害が無いと判断すれば敢えて受け、一夏は頭の中でピースがはまるのを待つ。

 できることならばすぐにでも斬りかかりたい。だが、今自分が手に持っている剣はただの剣。よく切れはするだろうが、それだけだ。仮にブルー・ティアーズのシールドを削ろうとしたとて、幾度と斬りつける必要がある。ならば、より確実に決めることのできる機を得ねばならない。

 

(右斜め後ろっ!!)

 

 今もまた一撃、ビットの放った光弾をかわした。そろそろだ。

 

「ここからどうなさいますの! 避けてばかりでは意味がなくてよ!!」

「そりゃあすまん!! 輪舞曲(ロンド)なんて初めてでな! 勝手が分からん!」

「ならばわたくしが教授して差し上げましてよ! ただし――」

 

 同時にスターライトよりビットのものより速く、そして強烈な一撃が放たれる。上体を大きく逸らして一夏はかわす。だが、その結果はやや無理な姿勢の維持となり、それはそのまま僅かな硬直、つまりは隙へと繋がった。

 セシリアの意識がビットの内の一機へと指令を下した。主の命令を受け取ったのは一夏の後方に位置する一機だった。仮にビットに『目』というものが付いていたのであれば一夏を見下ろすような位置にあったそのビットは、砲門を一夏の後頭部に向けて狙いを定めた。

 そして、セシリアが言葉の続きを紡いだ。

 

「授業料に『勝利』を頂きますわ!!」

 

 青の光弾が奔った。

 一直線に進む光弾は一夏の隙をついた形で放たれるため確実に頭部にヒットするだろう。それでシールドが削りきれるわけではないが、衝撃はいくら軽いとはいえ多少は通る。それで怯みさえすれば、自分の独壇場だ。

 ろくに経験の無い初心者にしてはよく持った方だと思う。伸びしろがあるのかもしれないし、仮にこのまま鍛錬を続ければ自分が認めるだけの乗り手になるかもしれない。だが、今この戦いの勝利は自分が頂く。

 

「断じてやらせんわ!!」

 

 鉛色の一閃が閃いた。霧散する青の光粒。奔った一閃と光粒、それが意味するところは初撃の時のソレだ。ビットより放たれた一撃を、一夏が剣で防いだ。体全体を動かしての回避が不可能だからこそ、腕だけを動かして剣を動かすことによって。

 今までかわすだけでしかなかったビットの攻撃を、完全に読み切った上で剣で弾いたのだ。

 

「なっ!?」

 

 必中を期していただけにセシリアも驚きに目を見開いた。思わずスターライトを撃つのも、ビットに指示を下すのも、一瞬ではあるが忘れた。その間に一夏は体勢を立て直し、セシリアをまっすぐに見据えていた。

 

(成った……)

 

 静かに、胸の内でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、勝負はこれからのようですね」

 

 浅間美咲は一人呟く。止むことなく吹きつける風がその長い黒髪を揺らす。

 IS学園の施設には様々なものがあるが、その中でも特に目を引くものがある。それがアリーナの一つに隣接された塔だ。高速飛行の訓練などでビル代わりなどとして訓練に使われることの多い塔だが、それ以外にも夜間における海上の目印など学園の運営以外の公共面などでの利用もされている建物だ。

 モニュメントのような形も持っている塔には、その存在意義を学園関係者でもあまり把握していないような出っ張りがあり、美咲は今その出っ張りに立っていた。

 

「興味がメインでしたけど、イギリスの機体も見物できたのは思わぬ土産と言うべきでしょうね」

 

 特殊な性質上、IS学園という場所には意外と新型のテスターを務める候補生などが生徒として入学することが多いのだ。よその国の新型が実際に動いている所を見て、記録として得られる。デメリットなどあるわけがない。

 

「まぁ機体はまぁまぁのようですが、乗り手はまだまだですね」

 

 だが、肝心の乗り手が大したことがないと見るや否や、美咲はあっさりとブルー・ティアーズへの興味を無くす。一応必要だから記録は取るが、あの程度の相手なら自分であれば無傷かつ10秒そこらで仕留められる。無論、乗り手ごとだ。

 

「しかし、思いのほかあっさり入れましたね。石動(いするぎ)のおじ様には後でお礼に菓子折でも送ろうかしら?」

 

 自分が非公式で学園施設内に入るための助力をしてくれた、親しい自衛隊の高官への礼を考える。彼の手引きで航空自衛隊の哨戒機による学園周囲上空の監視飛行に、目立たないほどに小さな穴を一時的に作ってもらった。それで十分だ。あとは自分の愛機、黒蓮の能力でどうとでもなる。監視衛星など端から眼中に無い。

 そうして学園のある人工島に上手い具合に入り込んだ美咲は、一夏とセシリアの試合が見通せるこの高所に一人陣取っていた。見つかるようなヘマはしていない。

 別に彼女の立場やツテがあれば公式の来訪者として学園に入り、試合を観戦することなど造作もない。しかし敢えて面倒な手順を踏んで学園の誰にも悟られずに入り込んだ。理由はある。

 

「千冬の相手をするのは面倒ですからねぇ」

 

 一夏の実姉、この学園の教師である千冬に確実に絡まれると分かっているからだ。別に美咲は公式的に世界最強のIS乗りと謳われている千冬を恐れているわけではない。むしろ、仮に相争ったとて勝機は十分にあるとさえ思っている。実力はほぼ互角のようなものだ。

 ただ、自分はともかくとして千冬の方はどうにも自分を警戒している節がある。というより、自分を前にしていると固さが二割増しになっているというのが美咲の見解だ。白騎士事件以後、政府が半ば駄目元で民間から募ったパイロット候補者にただ一人名乗りを上げてから出会った、国内の乗り手としては最古参同士の付き合いだというのに、どうにもつれない。

 

「まぁ、理由なんて分かり切ってますけどね」

 

 自分と千冬は、強さというものを軸においてほぼ対極にある。武人としての思想が、完全に真逆なのだ。それを本能的に千冬は警戒している。だからこそ、仮に自分が公式の手順で学内に入った所で、何か企んでいると警戒されて面倒な思いをする羽目になると断言できるからこそ、このような回りくどい手順を取ったのだ。

 

「もっとも、何か企んでいるのは確かなんですけどね。フフッ」

 

 小さく笑いを零してから美咲は再び試合に目を向ける。ちなみに美咲の現在位置と一夏らの居るアリーナは直線距離でも数百メートル規模の距離があるのだが、黒蓮の視界補助のみを起動しているため見る分にはまったく問題無い。

 

「さて。見せてもらいましょう、織斑一夏くん? あなたの力を」

 

 

 

 

 

 

(やはり、俺の予想に間違いは無かったか)

 

 ビットによる不意打ちを斬り払った一夏は、ISの視界補助の恩恵を存分に活用して周囲ほぼ全てに警戒を向けながら内心で一人ごちた。

 数日前の視聴覚室にて、一夏は何度もセシリアの試合映像を見た。そのおかげでしばらく目の疲れが抜けなかったくらいだ。そして、その中で幾つかの疑問を抱いた。

 それはビットと、セシリアの動きそのものだった。一観客として見ると、とにかくビットは目立つ武装だ。というより、異なる軌道で本体から独立して動く武器が目立たないわけがない。そうして何か弱点は無いかと思いつつ、ふと一時的に頭を空にして全体を俯瞰するように映像を見た時に気付いたのだ。

 操っているセシリア本人と、ビットの射撃位置から感じる違和感に。その違和感を確認するために試合を見直し、そして実際の試合を通じることで一夏は確信を抱いた。

 

(間違いなく、ビットの操作中にオルコットは動かん。そして、ビットの射撃は俺の意識の薄い場所を狙ってくる!)

 

 セシリア本人からの裏付けは取っていないが、ほぼ間違いないだろう。第一、裏付けなんて端から期待していない。一体どこの世界に自分の弱点を相手に教える馬鹿が居るというのだ。

 

(勝機有り……)

 

 僅かな睨みあいの間に一夏は自分がどう動くべきかを考える。そして、考えが纏まると同時に、セシリアへ向けて一直線に飛翔した。

 

「真正面から!?」

 

 あまりに馬鹿正直な突撃に目を疑うが、確かに一夏はまっすぐこちらに向かってきている。だが、それならばそれで対応するまでだ。

 真正面から撃ち抜くことはせず、隙を晒した背中から撃ち抜く。もっとも警戒が薄いポイントのビットは丁度一夏に近い、数メートルもない距離で彼を追っている。この距離ならば、ビットの一撃でもそれなりのダメージを見込める。

 

(落ちなさい!!)

 

 無言の指示をビットに下す。そのために意識を集中させた直後だ。一直線に飛んでいた一夏が空中で急制動、止まりきらない内に振り向き、そのまま剣を振るっていた。結果は、ちょうど一夏を射抜こうとしていたビットの両断であった。

 

「なっ……!?」

 

 今度こそセシリアは絶句する。自分が頼みを置いてきた自慢の武器の一つが突然破壊された。冷静を心がけていた彼女であるが、こればかりは驚愕せずにはいられなかった。そして、この驚愕は紛れもないセシリアの隙であった。

 唐竹割りの一刀でビットの一つを斬り裂いた一夏は、刀身が振り下ろされると同時に刃を横に返す。そして跳躍するように右斜め横に飛ぶと、セシリア本人の硬直が伝わったかのように動きを止めていたもう一つのビットを先ほどと同様に一刀の下に斬り伏せた。

 

「くっ、戻りなさい!!」

 

 流石に二度目ともなれば多少は落ちついて受け止められる。何より、これ以上ビットを破壊されるわけにはいかないため、セシリアは一度ビットを己の傍まで後退させる。同時に、スターライトを一夏に向けて連続で撃ちこんだ。

 

「どうした! 狙いがブレてるぞ!!」

 

 挑発するような一夏の声がセシリアの耳朶を打つ。そんなことは自分でも分かっている。当たれば御の字だ。狙いは、自分が冷静さを取り戻すまでの時間稼ぎだ。そしてそのために狙いを定めるというのはじつに丁度良い。

 

「今更何故とは問いません! もはや問答無用!!」

 

 まさか自分が隠すことを努めて来た弱点を見抜かれたかと疑いもしたが、すぐに雑念として振り払う。今更考えたところでどうにもならない。今は、今ある全てで目の前の相手を倒すしかないのだ。

 ビットが下がったことを好機と見た一夏が再度一直線にセシリアに向かってくる。とにかく、相手の間合いに入ることは避けねばならない。両脇に従えたビットとスターライトで狙いの異なる三連続射撃を叩きこもうとする。

 

「甘いわッッ!!」

 

 だが、その悉くを一夏は手にした剣を器用に振りながら斬り払って行く。さすがに速度を維持したままというのは一夏も厳しいらしく、減速させることには成功しているが、距離は着実に縮まっている。

 

(こうなったら……!)

 

 隠していたカードを切る。当たればそれでよし。外れても、仕切り直しにはできる。

 

「ティアーズッ!!」

 

 スターライトの狙いを定めると共に、ビットに向けて声で指示を出す。実際には声は意味は無いのだが、声を出すという指標によってより指示の伝達、精度が上がる。

 間隔の時間が殆ど無い三連射撃を一夏の真正面に集中して撃つ。予想していた通り剣で弾かれた。だが、飛散した光粒によって瞬間的にではあるが、一夏の視界を塞ぐことには成功した。

 

「行きなさい!!」

 

 同時に今まで使わなかった腰のミサイルポッドを稼働させる。後方に向いていたポッドがクルリと回り、一夏に狙いを定めると同時に二発のミサイルを発射した。

 

「その程度!!」

 

 ミサイルをかわす、あるいは切り捨てるのはできる。だが爆発か何かで自分の行動が阻害されるのは間違いない。おそらくセシリアの狙いはそれによって自分にダメージを与えるか、あるいは仕切り直しのために距離をあけることだろうと推測する。

 

(上等だ)

 

 こうなったら余計な小細工はしない。向こうの策を、真正面からねじ伏せるのみだ。

 向かってくる二発のミサイル。その両方を一撃で切り捨てられる剣の軌跡をイメージして、不意に時間が止まった気がした。

 

(なっ!?)

 

 いいや違う。ミサイルは変わらず飛んできている。止まったのは、鈍ったのは自分だけだ。まるで水の中をかき分けて進むような、そんな緩慢さを感じる。

 

(な、何がっ!?)

 

 一夏は知る由もない。ISの行動は基本的にISのコアに内蔵されている極めて高度な処理能力を持ったコンピュータによる電子的な処理の上に成り立っている。

 乗り手のイメージや動き、複雑にデータ化されたそれを一瞬の内に処理することによって、ISの動きへとフィードバックされる。それがISの基本的なシステムだ。

 そしてコンピュータの全てがそうであるように、処理能力に大きく負荷がかかれば必然的に処理は遅くなる。現在の白式の状態がそれであった。コアのコンピュータに、起動時(・・・)から行われてきた処理の蓄積、その最終段階に入ったことが、コアのコンピュータに強い負荷を与え、結果として動きの阻害へと繋がったのだ。

 そして、一夏へと達した二発のミサイルが直撃したことによって空に爆発を起こすまで、一秒と掛らなかった。

 

 

 

 

 

 




後半へ続く!

今回、一夏の一部のセリフに反応する人もいるんじゃないかなと思ったり。まぁ時々ネタを仕込みますので。
とりあえずはまた次回ということになるんでしょうか。それでは。

あ、感想ご意見いつでも歓迎です。気になったことの質問や、「こうした方が良い」という指摘などは何でもござれです。


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第六話 白鎧の目覚め

セシリア戦決着です。
個人的にはにじファン時代の二作品と比べても淡白な感じかなと思います。なのに文が多いとはこれいかに。
また悪い癖が出たかな……


 その爆発は観客席からもよく見えた。PICと共に現状ではISのみが十全の運用を行える機構である量子変換システムによって、ISはその大きさに反して多彩かつ多量の火力を用意できる。

 シールドによる堅牢な防御、戦闘機の巡航速度に多少劣るものの、Gをほぼ無視した変幻自在な空中機動、そしてこの火力。この三つによってISの高い戦闘性は確立されている。

 セシリアが放ったミサイルも、本来であれば戦闘機などに搭載されているものを若干のサイズ調整などを施した上でISに搭載したものだ。量子変換の恩恵で搭載による移動性などへの障害はなく、機体に用意するのは発射のためのポッドだけで十分だ。

 

 直撃は誰の目にも明らかだった。内部に火薬の詰まった金属の塊が高速で二つもぶつかったのだ。衝撃、飛散する金属片、熱波、シールドに負荷を掛けて残量を減らす要因などいくらでもある。

 試合開始からこれまで、一夏とセシリアの双方にシールドが大きく減るようなダメージが通っていない。しかし、ここにきて一夏の側に明確な被弾があった。これで決着とは相ならないだろうが、白式はシールドのエネルギー残量を大きく減らし試合はセシリアがリードすると、誰もが思った。

 

 

 

「わーお、また随分と派手にいったねぇ。これは、イギリスちゃんの有利かな?」

 

 観客席で二年生の沖田(おきた) (つかさ)が呟く。その隣には彼女と同じ剣道部に在籍し、司と共に剣道部の二強と並び称される初音の姿がある。

 

「さぁ。まだ終わったわけじゃない」

 

 感情の波というものがない、平静そのものの声で初音が応える。剣道部屈指どころか別格の実力者扱いされている二人だが、同時に剣道部随一の気まま人間としても部内では有名だった。自分が必要と思ったことをやるためとはいえ、たとえ同好会とさほどかわらずとも部活を平然と休むのもまたこの二人くらいだと。

 そんな風に二人は今日もまた部活に出ず、一夏が試合を行うアリーナに足を向けていた。一夏とセシリアの試合は既に一年はおろか二年三年の間でも広まっている話だ。そして、基本的に校内で行われる試合というものは余程の事情が無い限りは生徒は観戦自由となっている。理由は言わずもがな、他者の戦いを参考にさせるためだ。

 そして何か面白いことはないかと思っていた司が相方の初音を引っ張ってこの観客席にやってきたのがつい先刻のことだ。今、二人の目に映っているのは爆発と黒煙に飲み込まれる一夏と白式の姿だった。

 チラリと初音は周囲を見回す。軽く見回して目に付くのは一年の生徒ばかりだ。おそらくは試合の当事者二人のクラスメイトだろう。経験の浅さゆえか、空中で起こった爆発に息を飲むかのような表情をしている。そして再び視線を戻し、呟いた。

 

「そう。まだ」

 

 

 

 

 

 

 

「これからが本番、ということでしょうか?」

 

「さぁな。だが、結果として機体に救われたと言うべきだろう。まぁ、未熟者には丁度良いハンデといったところか」

 

 管制室で真耶と千冬が言葉をかわす。モニターを介してであるため、観客席に居る生徒達とは違い、一夏が爆発に飲み込まれた瞬間をより間近で見たかのように視界に焼き付けた二人だが、声は平静そのものだ。爆発の内で何が起きているのか、二人はこのアリーナに居る誰よりも早く理解していた。

 

 そしてもう一人。

 

 

 

「なるほど。そういうことですか」

 

 得心いったというように美咲は頷く。口元には面白いと言いたげに微笑が浮かんでいる。

 

「さて、状況的にはやや彼の方に傾いたわけですが、はたしてこれを誰がどのように受け取るのやら」

 

 あるいは卑怯と罵る者もいるかもしれない。まぁそれはそれで言いたくなる気持ちも分からないでもないわけだが、美咲に言わせればだからどうしたというものになる。

 

「真の強者の、勝利を掴み取る者の戦いとは須らく必然。降り懸かる艱難(かんなん)も、そして好機さえも、その存在そのものが勝利という結果へと収束させる。さぁ見せてもらいましょう。あなたが己が定めすら操る、真の武人たるかどうかを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

(存外、あっけないものですわね……)

 

 スターライトの構えは解かないまま、照準のスコープ越しにセシリアは黒煙の塊を、その中に居るだろう一夏に意識を向けていた。

 自分の攻撃、相応の自身のあったスターライトによる射撃はもちろんのこと、ブルー・ティアーズを用いた多方向からの連続攻撃にも耐え抜いたことは、彼のIS乗りとしてのキャリアを鑑みれば十分に称賛されてしかるべきだ。

 自分が優位という認識は崩してはいないが、それでもあるいはこの試合が自分の想像以上に手ごたえのあるものになるかもしれないと、心の隅で思っていただけに、この展開は少々興ざめと言えた。

 

(何やら急に動きが鈍くなったようにも思えましたが、もしや機体の不調? いえ、いずれにせよ関係はありませんわね)

 

 戦いにおいて各々に課せられている条件など、その時々で変わるものだ。それもひっくるめた上で戦いとは成り立っている。仮に彼の機体に何がしかの不備があり、それがこの状況を招いたのだとしても、それもまた時の運というものだ。それで敗れてしまったなら、それは単に運が無かっただけ。

 

(少なくともあの一撃で少なくない損傷を受けたのは確か。その煙が晴れ次第、一気に決めさせて頂きましょう)

 

 満足な被弾がなかった以上は相手のシールドにも余裕があったことはセシリアも理解している。ゆえに、まだシールドを削りきっていないと断言はできるが、確実に損傷は与えた。そしてその損傷は必ず、戦いに影響を及ぼすだろう。ならば、何かされるよりも早く、一気に片をつける。その心づもりだった。

 そして煙が晴れる。薄くなっていく黒煙の向こうにISを纏った人の輪郭が浮かび上がり、その姿が徐々に鮮明に浮き上がって行く。そして煙が晴れ、完全にその姿が現れた瞬間、セシリアは思わず絶句していた。

 

「なぁっ……!?」

 

 一夏の、彼の纏うISが姿を変えていた。彼女の目に映っていた直前までの相手のISは、まるで工業的な角ばった装甲を持った灰白色の機体だったはずだ。

 それが今はどうだ。各所の装甲は角々しさが取れ流れるような流線型に、そして腕や足の装甲に至ってはまるで騎士の鎧甲冑のようにセシリアの知る数々の機体と比べても細く乗り手の手足を覆うようなものになっている。

 背後に控える加速用のウイングスラスターにも同様の変化が見て取れる。何より、色がまるで違う。モニターに表示される敵IS『白式』の名前の通り、所々にブルーやイエローのラインが入っているものの、装甲は全体的に曇りの無い純白に包まれている。

 

 一体何事なのかとセシリアは強張る。ISの中には武装の性質などの問題で多少なりとも装甲を変形させるものがあるが、それにしても一部分が可動するだけで機体全体に変化を及ぼすものなど存在しない。

 思いつくとすれば、経験を積んだ乗り手と専用機の間に低確率で起こると言われている、ISの未だ不明瞭なシステムの一つであるコアの学習システムの延長にあると言われる二次移行(セカンド・シフト)だが、素人の彼にそんなことが起こり得るはずがない。ならば――

 

(まさか、一次移行(ファースト・シフト)? いえ、だとすれば彼は不完全な機体でわたくしに挑み、あれだけ戦っていたということ!?)

 

 自身で弾きだした答えに信じられないと言わんばかりに首を横に振る。だが、他に当てはまるだろう答えが思いつかない。だとすれば、この答え以外にはありえない。

 

 いまだ驚愕の表情で固まるままのセシリアの前で、一夏は静かに構えを解いた。握り拳と共に両腕を体の前で立て、僅かに内股になった姿は知らない者が見れば珍妙と取るだろう。

 だが、多少なりとも武道に明るい者が見れば、それがすぐに空手道における三戦(サンチン)の構えと気付くだろう。構えと、そして呼吸のコントロールによって堅牢な防御を可能とする守りの構えだ。

 

「いや、危なかった」

 

 静かに構えを解きながら一夏は呟く。そして変化を遂げた自分のISを手足を動かしながら確認して、満足そうに頷く。

 

「まったく、何事かと思えば一次移行の完了だったとはな。流石に焦ったぞ」

 

 口ではそう言うものの、一夏の口調に焦りらしき感情など微塵も感じられない。

 それもそのはずだとセシリアは思う。一次移行が完了したということは、確実に機体の操縦性は上がる。それだけではない。実戦模擬戦を問わず、なにかしらの戦闘行動の最中に形態移行を機体が行ったという事例は幾つかあるが、その全てにおいて機体は――弾薬などの消耗物は別だが――損傷や減少したシールドなどが回復し、まるで巻き戻したかのように万全の状態への回復をしたという。

 相手からの攻撃による損耗は無いとはいえ、機体に貯蔵されたエネルギーを消費する攻撃を連射した自分と、万全の状態まで機体を回復させた相手。総合的なパラメータがほぼ互角としても、機体という点では一歩相手にリードをされている。

 

「さぁてオルコット。ここからが本番だ」

 

 警戒による緊張で眉を小さく顰めたセシリアとは対照的に、落ち着き払った余裕のある声で一夏は宣言する。

 

「多分気付いているだろうが、さっきので俺のISは何故か万全まで回復してな。まぁちょいと俺に運が良すぎと思わないでもないが、これもまた勝負の妙というやつだろう。――よもや、卑怯とは言うまいな?」

 

 その問いに自分が試されていると気付いた。代表候補生様なら、素人が少し有利になった程度で動じるわけがない。それも含んだ上で勝利を収める。そういうものだろう? 彼が言いたいのはそういうことだ。

 どちらかと言えば、試すのは自分の方だったはずなのだが、中々どうして小憎らしい真似をしてくれる。だが、ここで答えを返さないわけにもいかない。そして、返す答えなど考えるまでもなく決まっている。

 

「無論。多少優位に立った程度で気を使われる道理はありませんわ。その上で、勝つだけです」

 

 手にしたスターライトと控える二機のビットの砲門を全て一夏に向けながら、セシリアもまた宣言で以って返す。

 

「勝ちを取らせて頂きますわ。その剣一本の機体で何ができるのか、見せてもらいましょう」

 

「なら勝って見せるさ。種子島に鉄砲が入って、美濃の斎藤が、尾張の織田が目をつけて、長篠で武田を潰して、幕末に、戦時に、国が使って、そうやって発展していった銃があっても、それでも伝えられてきた剣技。積んできたキャリアの重さを見せてやる」

 

「いいでしょう。ならばわたくしは発展の利を以って、その歴史に打ち勝ってみせますわ!」

 

 一夏と白式が宙を掛ける。そのスタートは先ほどまでよりも早く、そして鋭い。

 

「織斑一夏! 白式! 参る!!」

 

 再度その手にただ一つの武器を顕現させる。同時に一夏の視線の端に投射式モニターが映し出した一文が移る。

 

最適化(フィティング)工程完了。武装に搭載されたシステムの使用が可能になりました。雪片式参型実体刀 蒼月(そうげつ) システムグリーン』

 

 チラリとだけ見ただけで一夏はその一文を消す。どうすればいいかは本能的に理解している。つまりは(これ)で斬れば事足りる話だということだ。

 

「行きなさい! ブルー・ティアーズッ!!」

 

 残る二機のビットにセシリアは再び指示を下す。同時に、スターライトのトリガーに指を掛けている右手、そしてその銃身を支えている左手を僅かに動かした。

 

「見切られていると分かりながらなお使うかッ!!」

 

 自分がビットの動きの癖、そして射撃のタイミングをも見切ることができると分かっていながら、なおも愚直にビットで仕掛けようとするセシリアに対して一夏の怒号が飛ぶ。

 

「あいにく、わたくしの騎士(ティアーズ)はまだ戦えましてよ! ならば、最後まで戦わせるのが(わたくし)の務めですわ!!」

 

 口角泡を飛ばしながらセシリアもまた激した声で返す。その闘気に感化されたかのように、一夏に迫るビットの速度が上がった。

 

「チッ!」

 

 飛翔はそのままに、前転をするような形で一夏は体を回転させる。瞬間的に脳裏をかけた直感、焼けつくような痛みのようにも感じられたそれに従って体が勝手に動いていた。

 直後、一秒にも満たないうちに一夏の体があった場所を光弾が飛んで抜けた。間違いなく自分に狙いを定めた位置、そしてセシリアから感じる攻撃の意思は読んだはずだ。断言できる。だが、そこから実際の攻撃に至るまでの間が先ほどまで以上に早くなっている。

 

(ビットが減ってやりやすくなったか!?)

 

 先ほどまでとは違い、セシリアの操るビットは四機ではなく二機に減っている。確かに火力は単純計算で半分に削られたと言っても良い。だが、その分操作に費やす思考のリソースが増えたのだ。となれば、おそらくは先に斬った二機のように切り捨てようとしても、そう上手くはいかない。

 なるほど、確かに一国が主軸に据えようとしている新型武装なだけのことはあると思った。数が多ければ確かに単機をやり過ごすのは容易いが、それを数で補ってくる。そして数が減れば、単機の質を上げて減った数を補う。

 だがそれでも――

 

「俺は――勝つ!! お前の懐の勝利を奪い取ってでもなぁ!!」

 

「やれるものならっ――!!」

 

 アリーナの宙を青と白が乱舞する。より精度を増した二機のビットをかわしながら、一夏は着実に距離を縮めていく。

 無論、セシリアとてただ距離を詰められるだけではない。ビットに指示を下しながらも、確実に一夏との距離を開いて戦闘距離(レンジ)を保とうとする。だが、それでも僅かにだが、確実に距離は縮まっていた。

 

(まったく、とんだザマですわね! こちらも本気だと言うのに!)

 

 ビットへの指示に手抜きは無い。発揮した全力を本気の意思で手繰り、一夏を倒そうとしているのは間違いない。現に、装着している愛機がシステムメッセージで伝えてくる二機のビットの稼働率は四機の時よりも高い。だというのに、それでも相手は墜ちようとしない。

 

(さすがは日本の近接機ということですか!)

 

 以前一夏に話したIS技術の開発を行っている各国の、それぞれの開発のコンセプトだ。そこにはその国の軍事面の事情や取り巻く政情などが絡むが、日本の場合は対ISに主眼を置いた高機動の近接戦機体の開発を主眼に据えている。

 無論、ISという兵器の黎明期において名を上げた千冬という乗り手の影響もあったことは間違いないが、国土の狭さや重要施設の都市部への集中、全国各地に形成された都市などを主な理由とする、有事の際の防衛における機甲部隊などの大規模展開の難しさなどの『国』としての事情も絡んでいる。

 さながら、『サムライ』をそのままISというものに反映させたかのような機体開発は機動戦、そして武装の瞬間的な威力などの面で各国と比べても優位に立つ点がある。そして今、セシリアが目にしているのはその機動力だった。

 

(とにかく、間合いに入るわけにはいかない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうなってくると、もう陣取り合戦のようなものですね」

 

「あぁ。とは言え、こうなってもなんら不思議ではない」

 

 依然モニタリングを続ける真耶の言葉に、千冬は当然だと言うように頷く。

 

「織斑君とオルコットさん。二人のISは完全に真逆の戦闘スタイルですからねぇ。こうなったら、どうやって自分の間合いに持っていくかですよ」

 

「まぁ、タイプのまるで違うもの同士で相対すれば必然的にそうなるな。何もISに限った話ではないし、上手い下手もそこまで関わりはせん。それでも上手いやつが勝つのは、単に自分に有利かつ相手に不利な状態を維持できるからだ」

 

「となるとこの試合、勝つのは――」

 

 僅かに顰めた声で真耶が尋ねようとする。だがそれを言いきるよりも早く、千冬は軽く首を横に振って遮った。

 

「言いたいことは分かるし、その可能性は大いにある。というより、十中八九そうなるだろう。だが、それでも何があるか分からないのが勝負の、いや、世の中の常というやつさ。だからこそ、面白いのだがな」

 

 そう言って千冬はほんの少しの間だけ遠い目をした。世の中が面白い、その言葉に何かを思うかのように。

 

「いずれにせよ、我々のすることに変わりはない。そうだろう?」

 

「えぇ、そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

(どっちにしろこのままじゃジリ貧か!!)

 

 光弾をかわしながら一夏は策を練る。始めこそ全体的な早さと精度を上げたビットの攻撃に焦りも感じたが、そろそろ体感も慣れて来た頃合いだ。やられっぱなしも性に合わない。いい加減反撃に移りたかった。

 それだけではない。このままでは折角一次移行に伴って回復を果たしたアドバンテージを失ってしまう。それではあまりに馬鹿らしい。それに――

 

(なにかありそうだ……)

 

 一次移行前、ビットが四機全て健在だった頃はビットだけではなく手にしたライフルによる射撃も織り交ぜてきていた。だが、今はそれがない。そのことが一夏の警戒に近いものを抱かせた。

 

(ならば、一息の内に決めるっ!!)

 

 ここまでくればもう博打を打つしかない。賭けるのは己の勝利。やりがいは、ある。

 

「カーッ!!!」

 

 なりふりなど考えない。白式に出せる最高速度での一点突破を命じる。応答は即座の高速飛行だった。背後より光弾が襲いかかるが、左右に動きをずらすことで直撃は避ける。何発かが僅かに掠めシールドの残量数値を減らすが、無視を決め込む。

 セシリアとの距離が急速に縮まっていく。すでにミサイルが意味を為す距離では無い。もうすぐにでも距離を零にできる今の状態では、よしんばミサイルが直撃しても自分が爆発に巻き込まれるだけだ。

 間近に迫るセシリアの顔は強張っている。好機と捉えた。あとはこの勢いを利用して一撃を叩き――不意に、セシリアが口元に笑みを浮かべた。

 

「かかりましたわね?」

 

「なに!?」

 

 一体どういうことか、それを考えるよりも早く体の方が反射的に動いていた。突き出した蒼月の切っ先がセシリアの胴の中心部、心臓に位置する場所を狙い貫こうとするライン上に、青い影が割り込んだ。

 それはブルー・ティアーズのビットだった。一夏に追いすがるように光弾を放っていたのは一機、もう一機は一直線にセシリアの下へと戻り、そして主を守る盾になっていた。

 当然の帰結と言うべきか、それまでの二機と同じように盾になったビットはあっさりと蒼月の刀身に貫かれ、甚大な損傷を負ったことで緊急の量子格納が行われて致命的な損傷から免れた。実体を持たないデータの状態になってしまえば、それ以上の損傷はないからだ。

 ビットが刺突を阻んだのはほんの一瞬だった。だが、その一瞬はセシリアにとって十分だった。ビットが盾になると同時に後退したセシリアは紙一重のところで蒼月の切っ先から逃れていた。

 

「あなたの――ミスですわね」

 

 勝利を確信した笑みと共に、スターライトの銃口を向けた。本来であれば漆黒の虚空であるはずの砲身内部。だが、今その内部は弾けんばかりの青に染まっていた。

 結局のところ、第三世代機と謳ったところでブルー・ティアーズという機体は第二世代の機体をベースとして稼働データ取得のために第三世代型兵装『ブルー・ティアーズ』を搭載しただけの実験機に過ぎない。

 むしろ、現在イギリス本国で開発されているという、セシリアが採取した稼働データをベースに兵装、機体共にブラッシュアップを掛けているという『サイレント・ゼフィルス』の方が正式機と言うに相応しいだろう。

 だがそれでも、ISである以上は一定以上の戦闘能力が必要とされる。そしてその要は、実は『ブルー・ティアーズ』ではなく『スターライトmkⅢ』であった。単発での火力に劣るため、どうしても包囲殲滅戦法でしか十分なダメージソースになりえないブルー・ティアーズとは異なり、単純な主砲としての役目だ。

 

 出力に、使用者の任意で解除が可能ではあるが、段階的な出力の制限を掛けることで継戦能力や威力を調整できる、『(ライフル)』としても『(キャノン)』としても運用ができる光学兵装、それが『スターライトmkⅢ』の真の姿だった。

 そして今、出力制限を全て解除の上でチャージを完了した砲口が一夏に向けられた。仕切り直しの後に一夏と二機のビットの攻防が始まった直後から続けていたチャージによって与えられる威力は十分。

 近接兵装が意味を為す要因と言われる至近距離のIS同士が互いのバリアフィールドに干渉を掛けることでの防御力減衰も相俟って、この距離で直撃すれば一夏は確実に墜ちる。この一撃で、セシリアは決めるつもりだった。

 

「――俺がミスだと?」

 

 静かな怒りを湛えた一夏の声がセシリアの耳に聞こえた。直後、スターライトに、それを握る腕が揺れた。

 

「とんだロマンチストだな!!」

 

 空いた左手でスターライトの砲身を一夏が掴み、そのまま砲門を上に向けていた。ギリギリのところでトリガーを引くのを思いとどまったが、それはセシリアに明確な隙を生んでいた。

 

「くたばれ……!!」

 

 右手に握られた蒼月の、特殊合金の鈍色を僅かに青みがからせた刀身が陽光を照らし返して煌めいた。直後、振り抜かれその刃がセシリアに叩きつけられた。

 

「グゥッ!!」

 

 刃を叩きつけられた胸部から全身に衝撃が走り、苦悶の呻きを上げた。だが、目は見開き続けた。蒼月を振り抜いた一夏にも僅かに硬直による隙が生じており、同時にスターライトは一夏の腕より解放されている。

 再度、狙いを一夏に定めた。引かれるトリガー。放たれた光弾は、もはや光の奔流と見紛う程だった。

 

「ぐおぉぉっ!?」

 

 直撃は叶わなかった。だが、放たれた一撃は白式の肩の装甲を一気に消し飛ばし、過度の負荷を掛けられたシールドがそのエネルギーを大きく減らした。同時にセシリア同様に、一夏もまた襲いかかった衝撃に大きくのけぞる。

 襲いかかるダメージの直接的な衝撃、機体にかかった負荷によって目の前に奔る大量のノイズ、それらが一緒くたになって一夏の意識を掻き乱す。もみくちゃにされているような意識の中にあって、何とかして空中での姿勢を整える。

 衝撃そのものはすぐに過ぎ去ったが、脳が痺れるような感覚が僅かに残っている。半ば無意識にシールドの残量を確認して舌打ちをしたくなった。殆ど万全に近い状態だったはずが、目に見えてその数値を大きく減らしている。あれで真っ向から直撃していれば一気に窮地に追い込まれるか、あるいはそのまま敗北を喫していたかもしれないと思うと眉根に険しい皺がよる。

 

(つっても……)

 

 再び距離が離れたセシリアを見遣る。彼女も彼女で一夏を険しい目つきで見据えている。軽くないダメージを負ったのは向こうも同じだ。それだけの一撃を、叩きこんでやったのだから。

 未だISのことなど知らないことばかりだが、今自分が手にしている剣が結構な威力を持った代物だということは理解に難くない。雪片式――その文字を見た瞬間にピンときたのだ。

『雪片』という名前は一夏も知っている。なにせ姉が現役時代に使っていた武装の名前なのだ。そしてその威力は対IS戦においては最強、まともに斬られて戦闘不能に陥らなかったISは無いと明確な記録が残っているトンデモ装備だ。

 なるほど以前セシリアが語ったように、『ブルー・ティアーズ』が時の代表とやらのISの能力を再現しようとしたものならば、今自分が手にしている『蒼月』は姉の雪片を、もっと言えば雪片と共に姉の愛機であったIS『暮桜』の必殺能力だった『零落白夜』を再現しようとしたものなのだろう。

 そういう意味では、この蒼月は姉の雪片の後継と言えるわけだ。

 

(なんかお古みたいで微妙、というのは言わんでおくか)

 

 脳裏に不意に浮かんだとりとめもない考えを一蹴する。今重要なのは、いかにして勝つかだ。

 

「なかなか、堪えましたわ。これだけ強烈なのを貰ったのは久方ぶりですわね」

 

「そうかい。そういう武器みたいだからな。だが、効いたのはこっちも同じさ」

 

 セシリアも未だ受けた攻撃の余韻が体に響いているのか、掛けられた言葉には熱のようなものが混じっている。それは一夏も同じであった。

 

「スターライトのチャージ射撃、性能試験など以外ではあまり使ったことがないのですが、まさか使うことになるとは思いませんでしたわ」

 

「こっちも、まさかあんなドデカイ一発が来るとは思いもしなんだ。あぁ、断言してやる。直撃してたら終わってたよ。しないけどな!」

 

 挑発的な一夏の物言いにもセシリアは特に気分を害した様子は無い。というよりも、正確を期して言うのであれば、その程度に一々突っかかる余裕も無いと言うべきだろう。彼女もまた、受けた一撃の余韻が体に残っているのだ。

 静かにスターライトの銃口を向けるセシリアに、一夏もまた無言で蒼月の切っ先をセシリアに向けるようにして構える。同時に、呼吸を整えて意識を集中させる。

 

「この際だ。余計な小細工無しで真っ向勝負と行くぞ。まどろっこしいのは、嫌いでね」

 

「お互い手は殆ど無い。ならばそうなるのも道理、ということですか。えぇ、構いませんわ。今度こそ、真正面から撃ち抜いて差し上げます」

 

 同時にスターライトの銃口、その内部から青い光が零れた。機体に負荷を掛けることになるが、コアから供給されるエネルギーの出力を強引に上げることでより短時間でのチャージを完了させる。

 そんな理屈など露とも知らない一夏ではあるが、単純な直感で『ヤバイ』と感じ取った直後には動いていた。一直線にセシリアへ向かって白式を走らせる。スターライトの銃口が、セシリアの狙いが正確に自分を捉えていることなど、とうに分かっている。

 

「あくまで真正面から挑みますか! なら、お望み通り撃ち抜いて差し上げますわ!!」

 

 今度こそ確実に仕留めるためだろう。チャージが完了しても、セシリアはすぐにトリガーを引こうとはしない。十分に引きつけた上で、より威力の高い近距離で最大火力を叩きこむつもりだ。

 

(かくなる上はっ!)

 

 不本意ではあるが自信はあまり無い。理屈の上ではどうすべきかは知ることができた。だが理屈で理解するのと実践するのではまるで違う。一度としてやったことのないことが、ぶっつけ本番でできるものか。

 いや、やらねばならない。相手の攻撃は速い。仕留めるのであればそれよりも、相手が動くよりも早くだ。先の先を突かねばならない。となると、手はただ一つしか存在しえない。

 

「白式ッッ!!!」

 

 その声と共に、一夏は思考の内でスイッチを押しこむイメージをした。同時に白式が一気に伸びた。加速用のスラスターに予め噴射加速のためのエネルギーをため込み、それを一気に放出することで爆発的な瞬間加速力を得たのだ。

 それが『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』と呼ばれる、近接戦を主とした機体にとっては切り札足りうる高度技能であることを見てとったのは、未だ経験の浅い一年生以外の者達だけであった。一夏とセシリアの級友を始めとする一年生の大半は、ただ白式が突然に急激な加速を得たということしか理解していなかった。

 

「その程度!!」

 

 素人が瞬時加速を使ったことに驚きを感じなかったと言えば嘘になる。だが、それがどうしたというのがセシリアの偽らざる本音だった。素人だからという考えはとっくに捨て去ってる。むしろ、このうえ何をしてきてもおかしくないとさえ思っていた。だから心構えは十分。

 そしてもう一つ。それでも素人なのだろう。瞬時加速の手順を踏んだことに間違いはないのだろうが、まだ足りない。少なくともセシリアの体感で言えば、瞬時加速というには少しばかり速さが足りていない。ならば、撃ち抜くことは十分に可能!

 

「これで――!!」

 

 幕引きとする。あとはただトリガーを引くのみ。だが、それよりも早く異変が起きた。

 

 ―――――――――――――――!!!

 

 耳をつんざくような爆音がセシリアの鼓膜を揺るがした。何が起きたのか、そう考えようとした矢先に彼女の視線に飛び込んだのは目と鼻の先に迫っている白い光の奔流を背負う一夏と白式、自信に叩きつけられている青白色の光を刃の部分に輝かせている刀、そして一気にその残量を減らしていくシールド用エネルギーの数値だった。

 

(な……にが……!?)

 

 再度襲いかかる衝撃とノイズに意識を掻き乱される中、目に映る空が遠のいていく。地面に叩きつけられたのか背中には衝撃、自分に一撃を入れた一夏がISと共に白い流星のように止まることなく飛んでいくのが見える。そして最後に、視界の端に映し出されていたシールド残量がゼロになったのを見て、セシリアの視界は暗闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあれは、千冬の……?」

 

 柄にもなく緊張した顔つきになっているのだろうなと思いつつも、美咲は呟かずにはいられなかった。

 セシリアがそうであったように、確かに一夏が素人にも関わらず瞬時加速を使用したことはそれなりの驚きを感じた。とはいえ、にべもなく言ってしまえば『まだまだ』というのもまた本音であり、確かに見どころはあるが今回の勝負はイギリスの候補生の勝ちで終わると思った。

 その直後に、アレだ。遮蔽物が存在せず、なおかつこちらが風下ということもあってその爆音は自分の耳にも届いた。その瞬間には、起動しているはずのISのセンサーですら追いきれない速さでイギリスの少女に迫り、決着の一撃を叩きこんでいた。

 それを見てしまえば、さしもの彼女とて本物の驚きを感じずには居られなかった。

 

「まぁ、加速しただけで制御なんて度外視しているようですが……」

 

 美咲の目に入ったのは、セシリアに一撃を入れた後に、そのまま止まることをせずに突っ走り続け、アリーナの戦闘から観客席を守るために半球状に展開された遮断シールドに激突、そのまま落下していく一夏の姿だった。まぁ、あの程度で死にはしまい。

 それよりもだ、あの最初の加速の後の二度目の加速だ。まさかあれをこんな所で見るとは彼女も予想していなかった。

 IS黎明期の操縦ノウハウが無かった中での千冬の功績の一つに、現在各国のIS乗り達も習得を基本とされている各種技能の確立がある。中でも千冬自身が得意としていた近接戦闘機体に関連する技能への貢献は顕著であり、瞬時加速を始めとして近接戦の技能の大半は彼女によって齎されたものと言っても過言ではない。

 それから一気に各国へと拡散していった技能の数々だが、その中でもやはりごく限られた乗り手しか習得できなかった技能というものがある。それがあの二度目の、身も蓋もない言い方をしてしまえば『キチガイ』じみた加速だ。

 技術としては瞬時加速の発展形と言われている『連続瞬時加速(ダブル・イグニッション)』の延長線上にある。最初の加速後、溜めた推力を全て放出するよりも早く二度目のチャージを完了させ、一回目の分と合わせて一気に放出する。得られる加速はそれこそ桁外れだが、それなりに面倒な手順を素早く行わねばならない上に加速の制御も極めて難度が高いため、使用者は実質千冬一人くらいしかいなかった技術だ。

 

「はたして土壇場で無意識にやったのか、それとも意識してやったのか。後者なら大したものと言えますが……」

 

 あの背で鬼が啼いたかのような爆音はそれなりの見物だったために、はたして真相はどうなのかと期待する。ともあれ、そろそろ切り上げ時だと判断する。予想以上に面白いものも見ることができたし、報告として上げる分には十分だ。

 

「まぁそれにしても、みんなポカンとしてまぁまぁ」

 

 何気なしにアリーナの観客席を見回しながら呆れたように呟く。この程度で呆気にとられるようでは甘いと言わざるを得ない。技量だとかそれ以前の話で心構えがなっていない。

 自分とちょうど十前後離れた少女達、その中に特徴的な長いポニーテールの少女も居る。彼女は確か、篠ノ之博士の実妹の篠ノ之箒と言ったか。なるほど、かの天才の実妹とは言うが、こうしてパッと見るには普通の少女だ。あれでは、かの天才の妹などという肩書きは荷が重かろう。そう言う意味では、ある意味では不幸な境遇なのかもしれない。

 そんな取り留めもないことを考えながら美咲はそろそろ帰ろうかと思いながら観客席の生徒を何気なしに見回して、一人の少女と目が合った。

 

(なっ……!?)

 

 いや、ありえないと思った。ISの視覚補助があるならばともかく、今自分が居る場所と観客席の間には相当な距離が、それこそ肉眼では見えようはずもない距離がある。ゆえに、目が合ったとしてもそれはたまたま視線が交差しただけという偶然に過ぎない。事実として、向こうに自分の姿は見えないはずだ。

 だが、それでも目が合ったという間隔があった。あの、背筋に一瞬の微かな電流が流れるような感覚がだ。

 

「クスッ」

 

 口元に小さく笑みを浮かべて美咲は踵を返す。本当に、予想に反して面白いことが多いと思った。また機会があればこうして赴くのも悪くないと思うように。

 もはや用は無いと言うようにアリーナに背を向けた美咲はゆっくりと歩き始める。いつのまにかタワーの縁からその姿は掻き消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

(なんだ……?)

 

 周囲が予想だにしない一夏の勝利という結果で終わったことにざわめく中、斎藤初音は虚空の一点を見つめていた。何か特別な物があるというわけではない。目に付くと言えば、学園のシンボルに近い扱いにもなっているタワーくらいなものだ。だが、不思議と目を離せない違和感があった。そしてその違和感は、既に消えている。

 

「んー? どうかしたの、初音?」

 

 隣に立つ司が声を掛けて来たのに対して何でもないとだけ答える。いずれにせよ、勝敗が決した以上はこれ以上ここに居る意味もない。他の生徒達で廊下などが混む前に手早く引き上げようとして、また別の人物が二人に声を掛けた。

 

「斎藤先輩に、沖田先輩?」

 

「む……」

 

「ん~?」

 

 各々異なる反応で声のした方に振り向けば、そこには目立つポニーテールをした黒髪の少女が一人居る。誰かと記憶を手繰るまでもなく、名前はすんなりと浮かび上がった。

 

「篠ノ之、なにか?」

 

 剣道部の後輩にあたる箒に斎藤が何用かと尋ねる。

 

「いえ、たまたま二人を見かけたので。あの、二人はなぜ?」

 

「ふ~ん、何故って言われてもねぇ。そんな大した理由じゃないよ。単に、ちょっと興味があった。それだけだよね」

 

 肩をすくめながら軽い調子で応える司に、同じ理由であるからか初音も無言で頷く。

 

「まぁ、正直ちょっとビックリしたっていうのが本音かな? まさか候補生ちゃんに勝つなんて。それに、中々珍しいものも見れた。まぁ、見に来た価値はあったよね。あ、篠ノ之ちゃんって彼と同じクラスだっけ? おめでとうって初音が言ってたって伝えといてよ」

 

「待て司」

 

 思わぬところで自分の名を出されたことに初音が、小さく苛立ちを含んだ声で抗議をしようとするが、それよりも早く司は足早にその場を立ち去っていた。

 

「じゃあね~。チャオ」

 

 呆気にとられる箒の前で初音が苛立たしげに舌打ちをする。その後に続く咳払いで箒は意識を初音に向きなおした。

 

「あの、斎藤先輩……?」

 

「……私も行く。おめでとうはともかく、大したものだとは私も思う」

 

 誰のことを指しているかは言うまでもない。一夏のことだ。

 

「まぁ、そのつもりがあるなら貴女も励むこと。部活でなら、剣道くらいは少し教えることもできる」

 

 それだけ言って初音もまた踵を返して立ち去る。飄々とした風情の司とは違い、初音の足取りは硬質な鋭さを持っている。そんな感想をぼんやりと抱いた。

 

(そうだな。それも手か……)

 

 そうして実力がつけば、少しは一夏の興味を引くことができるかもしれない。そう思って箒は、今日は無理だが明日は部活に赴こうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、おぉ……」

 

 呻き声を漏らしながら一夏はすぐ側の壁についた手を支えとしながら何とか立っていた。

 最後の一撃、何とかしてでも一撃入れようと思いながら姉の戦闘記録にあった加速技術を使用した。幸いにして資料に事欠くことは無かったためにやり方はすぐに分かり、いざ本番で使っても使うには使えたが、この様だ。

 本命となる加速をできたは良いものの、その後の制御が完全に頭からすっぽ抜けていたため、セシリアに一撃入れた後には見事にかっ飛んで行って遮断シールドに正面衝突、そしてこれだ。

 

「エネルギー残量72……くっ。ギリギリだな。全然スマートじゃねぇ……」

 

 残っていたシールド用エネルギーの残量、それがギリギリまで減っていることには苛立ちを隠せない。しかもそれが加速の制御ができなかったことによるほとんど自滅に近いものによるとあっては尚更だ。

 だが、それでも勝っただけまだマシと言えるだろう。武装が思いのほか強力だったのも幸いした。

 全身に残る痛みにしかめっ面をしながら、一夏は改めて武装の概要を確認する。蒼月は姉のかつての愛機の装備であった『雪片』、および特殊能力の『零落白夜』による極めて高い攻撃力を武装のみで再現しようとした代物だ。

 必然的に極至近距離となる攻撃範囲において、IS同士の干渉によって防御力の下がった相手のシールドに、高密度に収束させたエネルギーを収束させ纏わせた刃を叩きつける。、エネルギーの熱量的、電位的、そして刃の物理的な切断力、これらで以って相手のシールドに極めて多大な負荷を掛けてシールドを大きく削り、あるいはそのままシールドの負荷限界を突破してISの最終安全機構とも言われる『絶対防御』を作動させて一気に削り切る。

 極めて大雑把に言ってしまえば、馬鹿の一つ覚えのごとく斬ることだけを追求した武装だ。だが、その突き抜け具合が逆に一夏には好ましく思えた。これでなら、今後も一緒にやっていけると思うぐらいにはだ。

 

 

『わたくしの……負けですか』

 

 通信でセシリアの声が聞こえた。

 

「まぁ、な。……無事か?」

 

『少し、意識が飛んでいましたわ。どこかの誰かさんが派手にやってくれたものでして』

 

「そうか。とんでもない奴が居るもんだ」

 

 明らかに皮肉をこめた物言いではあるが、一夏は我関せずと言う風に答える。

 

『あなた、心臓に毛でも生えていますの?』

 

「かなりの剛毛だな」

 

 呆れたようなため息が通信越しに聞こえた。動いた際に痛みでも感じたのか、小さく呻く声が聞こえた。

 

『お先に上がらせて頂きますわ。機体の調子を見て報告をまとめねばなりませんし、それに……今日はもう休みたいですわ』

 

「あぁ、そりゃ……俺もさ」

 

『では、また明日に』

 

 それを最後に通信が切れ、離れた所でブルー・ティアーズを纏ったセシリアが飛翔、彼女が飛び立ったピットに戻るのが見えた。シールドは剥げても飛べるんだよなぁなどと思いつつ、一夏も戻ろうと思い飛ぼうとする。だがそれより先に、再度通信が入った。

 

『おい馬鹿者』

 

「第一声がそれかよ……」

 

 試合を終えたばかりの、ましてや勝利を収めた弟に対して掛けた最初の言葉が馬鹿呼ばわりの姉に思わずツッコミを入れていた。

 

『さっさと引きあげて来い。そうしたら……説教だ』

 

「どうせそうだと思ったよチクショあいたた……」

 

 少しばかり声を大にしてみようと思った矢先に走った痺れるような痛みに思わず呻く。それを聞いたからか、通信越しにセシリア同様呆れるようなため息が一夏の耳に入った。とにかく、さっさと戻るしかない。

 

『あぁそうだ。先に言っておくことがある』

 

「何さ」

 

『確かにお前は素人でありながら候補生に勝った。あまつさえ、高難度の技能を未完成ながらも使った。あぁ、一般的には評価すべきだろうな。だが――まだまだと言うことを忘れるな。この程度のことでお前に満足してもらっては困る』

 

「……当り前だよ」

 

 それだけ言って一夏は通信を切った。そう、そんなことは一夏自身が一番よく分かっている。確かに自分がやったことは大したことなのかもしれない。だが、足りなさすぎる。

 セシリアには悪いが、彼女もいかに強かろうが所詮は候補生なのだ。同じ候補生でも彼女より強い者は多く居るだろうし、さらにISを保有する各国には『代表』と呼ばれるトップの実力者が居るのだ。

 そして己の最も身近には文字通りの頂点が存在する。ならば、この程度の戦果など、戦果の内に入れる気にはなれない。そう、姉の言う通りだ。自分はまだまだ足りない。知識も、技量も、何もかもが。

 

「なら、強くなるしかないよなぁ……」

 

 ただただ無心で強くなることだけを考えよう。強くなってどうするかなど、後からでもゆっくり考えられる。いや、別に目的などいらない。

 自分が強くなっていくという実感を得られるのであれば、それで十分だ。下手に目的など作り、それを達成して虚ろになるくらいならば、果ての無い探求の方が面白いに違いない。

 

「まだまだ、これからさ……」

 

 ピットに向けてゆっくりと飛びながら一夏は呟いた。言葉は、静かでありながら確かな熱がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の戦闘、勝ちはしたものの力技で強引に突破したものでありまだまだ未熟が目立つという感じをイメージしました。
本当はもっと他に色々書きたかったのですが、どうもそれは次回に持ち越しのようです。

一夏の武装は雪片ではなく別の物にしました。イメージとしては『雪片の威力を下げてエネルギーとかの使いやすさを上げた、マイルドな仕様』という感じです。にじファンでの楯無ルートをご存じの方は、あちらでの武器に似ていると思うかもしれませんが、名前が違うだけでほとんど同じ物と思って頂いて構いません。

とりあえずは試合の後の諸々を次回に書きたいと思います。個人的希望としては、あと数話(精々五話程度)で一巻を終わりにできたらと思っています。

では次回に。


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第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ

遅れましたが、第七話の投稿となります。今回、終盤であの娘が登場です。


 おぼつかなさを感じさせるゆっくりとした飛行で一夏は出撃したピットに戻った。

 ISのシールドに用いられるエネルギーはコアにチャージされた各種駆動に要される動力から一部を専用に変換されたものを別枠として用いるため、たとえシールドがなくなろうと基本的な行動は可能だ。もっとも、その場合はISを纏っているが生身を晒しているのと同義になるため、基本的にシールドの喪失=戦闘不能となっている。

 ピットに辿り着き床に足をつけた一夏はそのまま数歩ばかり前に進む。ISで歩く時のガシャガシャとした音が耳に入るが、心なしか疲労の影響が足取りにも出た結果として音が少しばかり耳障りなものになっているような気もする。その原因のほとんどが最後の加速の制御無視による自滅だと言うのだから、まったくもって笑えない。

 

「戻ったか」

 

 奥から千冬と真耶が歩いてくる。

 

「まずはISを片付けろ。専用機の待機状態、知らんとは言わせんぞ」

 

 そういえばそんなのがあったなと一夏は記憶を掘り返す。専用機として登録されたISには専属搭乗者が常時――万が一の際の護身の意味も込めて――携行ができるように、小型のアクセサリーなどの形に変化する機能を追加で有することになる。ますますもって非現実じみていると思わないでもないが、それをISは可能としているのが現実だ。

 千冬の口ぶりに自分が纏っている白式も待機形態になれるのだろうと思うが、されどうやってその状態にすれば良いのか。

 

(とりあえず、『戻れ』とでも念じるか?)

 

 軽く目をつぶりイメージと共に戻れと念じる。セットのイメージは鞘に納める刀だ。これほどしっくりくる収納のイメージを自分は他に知らない。

 直後、一夏の全身を覆っていた装甲が光の粒子になると共に、その右手首に収束する。文字通りあっという間の刹那だった。気付けば、自分の右腕には白い金属質の腕輪が嵌められていた。

 白を基調として流れるようなレリーフが彫りこまれた意匠だ。中央で交差するように引かれた二本の細い鎖が小洒落た印象を与えている。

 

「こいつが、ねぇ……」

 

 まじまじと角度を変えながら白式の専用機を眺める一夏の耳に、千冬の軽い咳払いの音が入る。そういえばこれからお説教だったと思いだし、正直面倒くさいと思うが一夏は前に立つ実姉に意識を向け直した。

 

「まずは試合ご苦労と言おう。ろくな経験もないままに試合に放り出されて、あまつさえ一国の候補生相手に勝利を収めたことはまぁ、それだけで見れば結構な結果ではある」

 

 意外というのが一夏の感想だった。開口一番に小言が飛んでくるかと思えば、出て来たのは労うような言葉だ。いいや違う。これはただの前振りに過ぎない。労いにしてはどうにも言葉にそんな感情が籠っているように感じない。ついでに言えば、自分がそれを良しとしたのもあるが、いきなり試合に放り出したのはそっちでもある。

 

「しかしだ。それを軽く帳消しにしてしまうくらいに酷い様でもあった。確かに努力はしたのだろうし、僅かなりともその痕跡は見えたものの、まだ基本の機動も甘い。

 それだけではない。相手の攻撃を武装で弾いていたが、そんな恰好をつける暇があればより無駄のない機動で回避することに努めろ。確かにそれなりに『腕』が必要なやり方ではあるが、そもそも然るべき回避運動が行えるのであればあのようなことはする必要がない。単にお前が未熟だからあのようにせざるを得なかっただけだ。

 専用機がある以上、アリーナの使用申請さえすれば少なくともお前はいつでもISの自主操縦訓練が可能だ。さっさと精進に努めろ。無論、山田先生の補講、日頃の授業、お前自身の鍛錬、それらもひっくるめた上でだ」

 

「まぁた無茶を言う。言うのは楽だけど、結構きついですよソレ?」

 

「だが、それで実力をつけられるのであれば、必要ならばやる。お前はそういうやつだろう?」

 

「……クッ。まぁそうですねぇ。それに、強くなれる実感があるなら訓練のキツさも結構気持ちよく感じるもんで。あぁ、俺はどっちかと言えばSだけど」

 

「……まぁいい。次だ」

 

 歪んだ皮肉で作った笑みを顔に張り付ける弟を、千冬は僅かな間だけ沈黙と共に見つめていたが、すぐに言葉を続ける。

 

「最後だ。と言うよりも、これが本命だがな。最後の加速、どこで知った」

 

「どこでも何も、視聴覚室の記録映像に普通に」

 

 そういえばそうだったと、千冬は頭が痛いと言わんばかりの顔で額に手を添えながらため息を吐く。自分も一線を退いてそれなりに立つし、自分のIS乗り随一の猛者としての立場を盤石とさせた要因の一つであるあの加速、そもそも使っていたのが千冬一人であったため、久しく見ていなかったために色々と忘れていた。そんな自分の不徳に自分で呆れるようにため息を吐きながら首を横に振る。

 

「まぁ見てしまったものは仕方ない。仕組みもまた同様だ。いいか織斑、言えるのはこれだけだ。『完全にものにする』か『一切使わない』かだ。あれに関してはその二つに一つしか存在しない。僅かでも綻びがあればすぐに何もかもが破綻する。その結果は身を以って思い知ったはずだ」

 

 何のことかは言うまでもない。最後の自滅のことだ。実際に体験してそれ以外にあり得ないと悟ったのだろう。一夏もすぐに頷いて肯定する。

 

「これで終いだ。今日の試合の記録映像は今後の教材の一部として取り扱う。当然ながら、お前がそうしたように視聴覚室での閲覧も可能だ。きっちり反省点を見つけて改善しろ。言っておくが、専用機を持つからにはこと実技の面で他に後れを取るなどということがあってはならない。分かっているな」

 

 無言で頷いた一夏に千冬は顎の動きでもう行けと示す。軽く一礼をして一夏は踵を返すと更衣室に戻ろうとする。離れていく一夏の背を千冬は静かに見つめていた。直後に起きたことを、千冬の隣に立っていた真耶は全て終わってからようやく何があったか理解した。

 手にしたクリップボードに添えつけられたボールペンを千冬が一夏に向けて投げつけていた。一直線に鋭く向かって行くペン先が一夏の後頭部に当たろうとする刹那、今度は一夏の右手が鋭く動いてペンを人差し指と中指で挟み取り、そのまま千冬に投げ返す。そして先ほどとは逆に自分に向かって飛んできたペンを、千冬は一夏同様に指で挟み取るとそのままクルリと回してクリップボードに収めた。

 

「え?」

 

「なんのつもりだよ、姉貴」

 

「いや、少しばかり弟の腕を確認したかっただけだ。それと、『先生』だ」

 

 困惑するように一夏と千冬に視線の行ったり来たりを繰り返す真耶を尻目に、姉弟は言葉をかわす。

 

「一つ、確認しておきたい」

 

「何を?」

 

「お前は、何を目標とするつもりだ。別に何でも良い。IS乗りとしても、武術家としても、お前が今後自分を鍛えていく上での目標はあるのか?」

 

「目標……か」

 

 さてどう答えたものかと考えるように一夏は視線だけを上向きに動かす。そしてしばし悩むように目を閉じると、考えがまとまったからか目を開き、答えを返し始めた。

 

「目標というより、指標や目安みたいなものはある。例えばIS乗りとしてなら、今回みたいな候補生のような強い相手に勝つことや、例えばできなかった技をできるようになること。当然だけど、先生に勝つことも含まれてる」

 

 サラリと世界最強の乗り手の打倒を目標に掲げると言い放った一夏に、千冬の隣に立つ真耶が小さく息を飲んだが、とうの千冬はと言えば涼しい顔で一夏の言葉の続きに耳を傾ける。

 

「けど、ここっていう目標(ゴール)は作っていない。作るつもりがない。だってそうでしょ。そんなゴールを作って、そこに達したら後は腐るだけ。だったら、ゴールなんて作らないでただひたすらに何も考えないで鍛え続けていた方がマシってもんですよ」

 

 それはつまり、本来であれば手段であるはずの『力を得る』という行為を目的に転じさせていること。そして手段が目的に代わってしまった以上、そこに果ては存在しない。あるのはただそれのみを追い求める執念、そしてそれが高じ過ぎた狂気だけだ。

 

「無心で己を高めるという姿勢は嫌いでは無い。むしろ好ましいと思っている。だが織斑、曲がりなりにも人生の先達として言わせてもらおう。その上で、為したい何かとはないのか?」

 

「さぁ。もしかしたらこれから出てくるのかもしれない。けどきっと、それはその時その時だけのもので、うん。やっぱり俺は何も考えずに馬鹿の一つ覚えで鍛えてるでしょうよ。まぁとにかく、今は色々足りなさ過ぎている。当面は、そっちに集中したいですね」

 

「……そうか」

 

 これ以上話すことは無いと言うように一夏は更衣室に向けて歩いていく。そしてその背がピットから更衣室へと続くドアの向こうに消えていったのを見て、千冬は呆れたようなため息を吐いた。

 

「まったく、あいつときたら……」

 

「あのぉ~、織斑先生?」

 

「何か? 山田先生」

 

「いえ、その、さっきのは流石に危なくないですか?」

 

 オズオズとした様子で声をかけた真耶が指しているのは、先ほどのペンを投げつけたことだ。あれだけ鋭く投げつけられたペンが当たれば、間違いなく危ない。

 

「まぁ確かに普通なら危ない。だが、アレにそんな心配は不要だ。実際、あいつはあっさり止めただろう。少なくとも自分の間合いに入って来たものに反応して対処するくらいはあいつも問題無くこなす。仮に反応できなくて当たったとしても、別に大したことは無いだろうし逆にそれを自分の不足と取る。あれはそういうやつだよ」

 

「そういえば織斑君、勝った割にはあまり嬉しそうにしてませんでしたよね。自分に厳しい、ということでしょうか?」

 

「まぁ概ねその認識で間違ってはいないな。良くも悪くも、あいつの『強さ』というものへの執念は強烈でな。剣の手ほどきをしたあいつの師が規格外だったりと、色々要因はあるが。とはいえ、怠惰に生きるよりはまだ骨がある分だけマシというやつさ」

 

 そう言って千冬もまた踵を返して歩き出す。教師である二人にはこの後も仕事が残っている。いつまでも立ち話をしているわけにもいかない。そして、後を追うように後ろを歩く真耶には素振りを悟られること無く千冬は弟について思いを巡らせていた。

 

(思えば、あそこまであいつが力に執着するようになったのは三年前か……。何も、言えんな。結局は私の未熟が巡り巡ったようなものだ)

 

 今の弟の姿にはかつての自分が重なる。ちょうど今の弟くらいの自分と乳飲み子の幼さであった一夏を残して両親が消えた時の自分とだ。血を分けた家族である一夏を、彼だけは何としてでも守らんとしてただひたすらにがむしゃらになっていた。

 今になって思い返せば若気の至りで済まされないことも多々ありはしたが、それはもはや後悔のしようが無いところまで影響を残した。

 姉弟揃っての逆縁を辿ることに憂いを抱きはするものの、自分自身のことがあるためにあれやと口を出すことも躊躇われる。今の自分にできることは当面見守ることだと言い聞かせると同時に、ただ一人の肉親であると言うのにあまりにままならない今に、千冬は小さく眉を潜めた。

 

 

 

 

 更衣室に入った一夏は手早く着替えを済ませると手近な椅子に座りこんだ。

 ISスーツはその形状ゆえに着替える際は水着のソレと感覚が似ている。思えば小学校の時などプールの更衣室で一人は着替え中にふざけてサービスなどと言うやつも居たなぁなどと、思ってから至極どうでも良いと感じる感慨にふけったりする。

 

(いやいや、本当にどうでも良いなコレ)

 

 手早く着替え終えると少し休憩を取ろうと椅子に座りこむ。そして隣に置いた鞄からスポーツドリンクのボトルを取り出す。一応冷蔵庫で冷やしてはいたが、鞄に入れている内にすっかりぬるくなっていた。

 だがそんなことは気に掛けずにキャップを捻って蓋をあける。そして口をつけ、一気に中身を飲みこんでいく。水分を欲しているのは確かだが、別に暑さに喘いでいるわけではない。ならばむしろぬるいほうが丁度良いし、吸収の効率面でも良いと言える。

 

「クハッ! カーッ、やっぱ良いわこれ!」

 

 胃にドリンクが流れ込むと同時に渇きが癒されていく。もちろんイメージでしかないが、その何とも言えない心地よい感覚に、口を離すと同時にそんな親父臭いセリフが口を突いて出る。

 ちなみに、ボトルは一般的な500mLのものであるが、その八割ほどを一夏は一息で飲み干していた。なお、これでも抑えた方だ。一気にボトル全部は容易いし、その更に上の量もイケル。

 残った少しを一気に飲み干すと一夏は椅子から立ち上がり、空のボトルを片手に軽く周りを見回す。そして更衣室の一角に置かれたごみ箱を見つけた。

 何気なしに一夏はボトルを持った手を振る。同時に空のボトルが放物線を描きながら宙を舞いホールインワン。ごみ箱とボトルが接触する軽い音と共に、空ボトルはごみ箱へと呑まれていった。

 そのまま一夏は体をほぐすように両腕を天に向け、思い切り背筋を伸ばす。しばし座り込んでドリンクを飲んだことでそれなり以上に回復はした。これが他の者、たとえば同じクラスの者たちならばもう少しグロッキーが続くだろうが、生憎鍛え方が違う。

 何年も体をいじめ抜くようなトレーニングを続けて来たのだ。よくて精々少々鍛えた程度の十五、六の小娘と一緒にされては困ると、自分も同年代ということを完全に棚上げした上で口には出さずとも思っている。

 知らず、『武術家』としての力量を基準として一夏が他者と自分の間に線引きを設けていることを知る者は殆どいない。なにせ当の本人でさえ気付いていないのだ。

 

「クゥッ……っと。よし、戻るか」

 

 もっともそんな考えも体をほぐした僅かな間に、意識の片隅にうっすらと浮かんだだけのもの。体を伸ばした状態から元に戻すと同時に霞のように消えてなくなった。

 荷物を掴んで一夏は更衣室を出る。歩きながら体の調子を確認するが僅かな休憩で体の調子はかなり回復している。だからと言って完全に気を弛緩させているわけではない。姉の言う通り、勝てこそしたが未熟も良い所なのだ。反省すべき点などいくらでもある。

 折角の専用機を受領したのだし、さっそく明日からでもアリーナの使用申請をして自主練習をと思い、ますます圧迫されていく時間というものに頭を抱えたくなる。本気で一日が三十時間くらいは欲しい。

 その後、小走りで自分を追って来た真耶から翌日に白式の開発元の企業であるという倉持技研の技術者を交えた上で、改めて機体のチェックや調整を行うと聞かされ、ますます圧迫される時間に一夏は思わず肩を落としていた。

 

 

 

 

 

 流れる湯が全身を打つ音をBGMにセシリアは自室でシャワーを浴びていた。

 よりゆったりできるということを求めるのであれば、他の者と使用が被るかもしれないが寮の大浴場を使用するという手もある。だが今しばらくは一人で考え事をしたい彼女は、汗を流すのに各部屋に添えつけられたシャワールームを使用していた。

 

「ふぅ……」

 

 全身に感じる湯の熱の心地よさに緊張をほぐすように一息つく。つい先刻まで試合の後の疲弊をおして本国へと試合の結果を報告していたのだ。

 結果として敗北を喫したことには良い顔をされなかったものの、本国でも動向を気に掛けている現状唯一の男性操縦者である一夏の試合を行っているデータを早期に得られたという点を考慮して、要精進という旨の小言で済んだ。

 また、『ブルー・ティアーズ』の稼働データのログの提出を行うと共に、本国より技術者を呼んでのメンテナンスが行われることも決定した。

 IS、特に専用機はデータという実体を持たない形で格納されるという性質上、多少損耗しても弾薬などの消耗品以外は時間を置くことである程度自然に回復をするという、まさしく魔法じみた特性を持っているが、やはり人の手で直接直した方が早く済む上に、今後学園で運用していくにあたって改めて調整をしておいた方が良いという判断によってであった。

 

(まったく、入学早々にとんだことになりましたわね)

 

 愚痴るように胸の内で零す。あまり表だって言うようなことではないが、セシリアは他の生徒と同じように学園で学ぶにあたって気分を昂らせたりということはしていなかった。

 大多数の入学者達は、将来的に国家とそこに住まう民衆から期待される一握りしかいない正式なIS乗りになることを夢見て入学をしたのだろうが、実際問題として学園入学を機に本格的にISに関わるようになった者で学園卒業後も乗り手として活躍できる者は最終的に文字通り一握りの優秀な者に限られる。あとは自分のように学園入学以前に高い適正を示すなどして専門的な教育、訓練を受けることができた者くらいだろう。

 そして自分がそうした立場にあるからこそ、セシリアは学園にやってきたとて自分の役割というものを冷静に割り切っていた。つまり、未だ開発途上にあるといえる第三世代兵装の稼働データを取得し、より技術全体の完成度を高めることに貢献することと、各国から集まるだろう未来の乗り手達を見定めて国のIS戦略の参考の一端とすること。

 そして今年に限って言えば、唯一の男性操縦者である一夏に関しての諸々の調査だ。

 

(正直、余計な刺激をしたような気がしてなりませんわね)

 

 育ちとIS乗りという立場ゆえに同年代の異性との接触が決して多いとは言えなかっただけに、本国でも一時期話題を掻っ攫った男性IS起動者がどのような人物なのか。

 興味が無いと言えば嘘であったし、実際に入学して少し会話をしてみてただの愚鈍というわけではないと分かった。そしていざ試合となったら、アレだ。

 自身の未熟によるティアーズの制御における弱点を見抜いた挙句、執念深く一撃を入れようとしてきた。そして実際にそうした。あの時の悪鬼じみた形相と怒声は正直忘れられそうにない。

 

「ふぅ……」

 

 目の前の壁に付けられたノブを捻ってシャワーを止める。そしてシャワーを浴びながら湯を張っていた浴槽に身を沈める。流石に思い切り足を伸ばすだけの広さも無いが、全身を湯に包まれる感覚は先ほどまでのシャワーとはまた違った心地よさがある。

 

「思えば、珍しいタイプの方でしたわね」

 

 自慢をするわけではないがセシリアの実家はイギリスでも有数の名家だ。複数の企業を経営し潤沢な資産を持ち、代々伝わる爵位も持っている。

 そしてセシリア自身もまた国家代表候補生という、言うなれば国家所属のIS乗りの中でもエリートとされるグループに属している。その都合、公的なパーティなどにも出席し年の近しい者と交流する機会もあるにはあったが、同性はともかくとして異性である同年代の少年は彼女にへりくだる者が多かった。

 確かに自分にはそれなりの肩書きが乗っていることは理解している。だが、だからといって変にへりくだるのもおかしな話ではないだろうか。同世代の異性に対し、僅かなりとも失望を抱くのも無理のない話であった。

 

 数年前に両親が事故死して以来、実家や各企業などを取り仕切っているのは彼女の祖父であり、祖父は巌のような厳しさと共に貴人の何たるかを体現しているような立派な人物だが、せめてその気骨の一端くらいは持って欲しいと思った。

 そう言う点では一夏は彼女にとってそれなりには評価できる。色々と思うところはあれど自分から勝利をもぎ取ったのは事実だし、常に前を見据えているような毅然とした姿勢は良いことだと思う。

 

「おじい様とは違いますが、柔な殿方というわけではなさそうですわね」

 

 まぁ確実に母と共に亡くなった父とは似ても似つかないだろう。オルコット本家の娘として生まれた母は自分をその立場に相応しい娘にしようと厳しく育ててきたが、対照的に婿入りしてきた父はいつでもセシリアに優しかった。

 母の厳しい指導に涙を浮かべて挫けそうになった時、父はいつもセシリアの頭を膝に乗せ彼女が落ち着くまで撫でていてくれた。いつもセシリアに優しい父に母は困ったような顔を浮かべていたが、実際問題として二人の仲は悪いものではなかったし、彼女もそんな二人を好いていた。

 話がそれたがとにかく一夏と父はまずもって似ていない。というよりも性格の方向が別のベクトルに飛び過ぎている。正直、この一週間である程度織斑一夏という人間の性格を知った上で、これで彼が父みたいな態度を取ったらまずいの一番に気持ち悪いと思う自信さえあった。絶対似合わないからだ。

 となると後は祖父だが、まぁ遠からず近からずと言ったところだろう。どちらかと言えばそっちの方というだけだ。

 

(まったく、面倒ですわねぇ)

 

 試合の事も含めて本国に報告を送ってみたは良いものの、送った矢先にさらなる調査報告を求むという旨の実にありがたいお言葉を頂いた。

 まぁ国の考えていることも分かる。その人柄を吟味して自国に利があるかどうかを見極める。そしてあわよくば取りこもうとでも考えているのだろう。

 いずれにせよ、国が求めるだけの結果を出すには必然的に彼と今後も関わり続けねばならないし、その過程でまたISによる試合を交えることも幾度とあるだろう。さすがに立て続けに負けるわけにはいかない。

 

「……次は、勝てるようにしないとですわね」

 

 そのためにはブルー・ティアーズの操作能力の向上が急務だろう。それは同時に彼女の本来の役割を果たすことにも繋がる。

 そうなると早速ISの実機訓練をしなければならない。明日さっそくアリーナの使用許可を取りに行くことや、どのような内容の訓練を行うか、セシリアは静かに思考を巡らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ一夏。少々聞きたいのだが」

 

「ん? なんだ?」

 

 夕食も終わった夜の学生寮、その一室で一夏と箒の会話が交わされる。

 

「先の試合、最後に何があったのだ?」

 

「あぁあれねぇ。いや、姉貴の現役時代の切り札をパクった。そして自滅した」

 

「じ、自滅って一夏お前……。いや待て、千冬さんの切り札だと?」

 

「あぁそうだ。姉貴が現役のIS乗りだった頃だな。もう何年も前になるけどでかい国際大会があったろ」

 

「あぁ、確かモンド・グロッソだったか。ISを競技にしようという運動の一環だったか」

 

「そうそれ。まぁ競技なんて建前だよ。実際に俺もISを動かしてみて分かったが、ありゃな、戦争やテロリズムには持ってこいだ。特に専用機だ。例えばの話だ。それを持ったやつが何食わぬ顔で国の重要施設の近くまで徒歩で行って、そこでISを起動して暴れたら。まぁでかい被害は出るな。

 素人の俺でも思いつくこんなことを他の連中が思いつかないはずもないし、そもそも無駄に高性能って時点で一般人(パンピー)だって十分に危険視できるさ。

 だから多分、いろんな国のお偉いさんがこう示し合わせたんだろうよ。『競技にして大丈夫ですよーってアピールすれば安全じゃね?』って。まぁ今でも軍隊がメインで運用してて中東の紛争あたりで実戦にぶち込まれたなんて記録もあれば、マジで白々しい建前だけどさ」

 

 実際問題、その競技としてのIS運用にしても軍事的な思惑が絡んでいる。

 確かにISが戦場に投入されたとして、それがその場の戦局に与える影響は大きい。突出した性能を持っていることは間違いなく、仮にIS以外の兵器群で対応しようとなれば、相手が余程の下手糞操縦者かヘッポコ機体でもない限り、かなりの苦戦を強いられるのだ。

 勝利自体は不可能ではないが、そのためにそれ用の戦術を立てたり各種物資を消費したりと、総合的なコストが割に合わない。そのため、そうしたコストなどの観点から『ISの相手はISにやらせるのが手っ取り早い』という考えがメインになっている。

 そしてIS同士でも実際に戦うとなればそれなりに手間であるため、できればそんな状況にならないのが望ましいとされている。

 そのため、現在のIS保有国の軍事におけるIS運用思想は『敵の司令部や戦線の要などに急襲を掛けて対応をされる前に大暴れして一気に潰す』という電撃戦のようなものになっている。無論、国の政情次第ではまた別々の運用思想の下で開発が行われたりもするが、そのあたりは割愛する。

 

 しかし、そうした運用思想を取ったとしても万が一ということを考えて対IS戦略も考慮しなければならない。

 その点で、一般に向けてのISの競技化のアピール、軍事面における対IS戦略のデータ取りの場として、かつてのモンド・グロッソは格好の舞台だったのだ。

 

「まぁグロッソ自体は最初の一回だけで止まってるけどなぁ」

 

「確か曲がりなりにも競技であるから公式の規格を定めるとか、開催の間隔だとか色々と問題があってその解決が為されなかったからだったか」

 

「確かそうだったはず。教科書にもそうあったはずだよ」

 

 ちなみにそれから数年後、現在から数えて三年前にも一度、表向きは国際的なエキシビジョンという形でISの国際試合が開催されている。

 モンド・グロッソ当時から進んだIS開発と搭乗者養成の成果の評価であると同時に、実質的なグロッソでの優勝者である千冬へのリベンジマッチが参加国、及び代表操縦者の思惑だったのだが、結局千冬本人からまともな勝ちを取れた者はいなかった。

 そして現状では、友好国同士の性能評価試験などを除けばこのエキシビジョンが最後の国際的なISの競技大会となっている。同時に千冬の現役操縦者職の終点であるが、このことに関すると途端に一夏は口数を少なくする。だが、そのことを箒はまだ知らない。

 

「で、そのグロッソで優勝かっさらったのが姉貴でと。その時の姉貴の戦法さ。

 実にシンプルだぜ。姉貴のISには相手のシールドを一気に削り飛ばすっつー対ISに限定すればトンデモ攻撃力なスキルがあったらしくてな。それと組み合わせて一気に相手に接近して切り捨てる。

 あのスピードだ。相手も反応のしようが無い。気付く頃にはバッサリやられている。あればかりはな、惚れ惚れするくらいにスマートかつクールな勝ち方だと思うよ。俺と姉貴は別人だと思ってるけど、あの勝ち方をイカしてると思うあたり、やっぱ姉弟なんかね」

 

 そう言って姉の戦い方を語る一夏の声には熱っぽいものが含まれている。それが姉への憧れなのか、それとも相手の悉くを打倒してきた力と技そのものへの憧れなのか、それを知る術を箒は持ち合わせていなかった。

 ただそれでも一つだけ、はっきりと言えることがあった。

 

「だが、それをやろうとして自滅したのだろう?」

 

「そうなんだよな……」

 

 僅かに声のトーンを落として一夏が同意する。言われるのは非常に不本意だという不満と、言われても仕方ないという諦観や自嘲が混じった複雑な声音だった。

 

「ひっっっっ、じょ~~~~に不本意だが、あれはもう俺の未熟だ。いや、未熟って言ったら試合そのものだな」

 

「どういうことだ? 勝ったではないか」

 

 確かに最後の自滅はアレだが、それでも一夏が勝ったのだ。少なくとも箒はそれを良しと思っていた。だが、分かっていないと言うように一夏は首を横に振る。

 

「あぁ、確かに俺は勝ったよ。まぁ悪いとは思っちゃいないさ。だが、勝ち方が問題だ。まぁなんつーか、スマートじゃあねぇんだよな。勝ったのはマシンに頼った部分が大きい。

 持ってた武器が威力の高いもので、そこにあの半端な技。実質姉貴の劣化コピーさ。それを機体に頼ってやっただけで、『俺自身』の技じゃあない。もっとこう、鍛え上げた自分の技で駆け引きをして、相手の技を存分に楽しんで、その上で自分が相手を凌駕して勝つ。

 それが俺の理想だよ。少なくとも今回みたいな勝ち方じゃあ、全然満足できないな」

 

「まぁ、言わんとすることは分かるが。だが一夏、それでもだ。私もだが、お前とてISは素人だろう。なら、やはり勝てただけでも良しとしたっていいではないか」

 

「生憎俺は欲張りなんだよ。ついでに言えば、がむしゃらに暴れてハイおしまいはチンピラのやり口だ。『武人』っていうのはな、どんな形で戦うのであれきっちり自分の『技』で勝負を締めるもんさ。まぁそれで実力差があった場合はフルボッコになったり、相手がただの踏み台になったりするけど、まぁそこは仕方ないか」

 

「いや、それは流石にマズイのではないか……?」

 

 箒自身、一夏と自分の間にある武を学ぶ者としての力量の差は嫌と言うほどに理解している。ならば、一夏の『武』に対する見方についてとやかく言う資格は無いということも箒は分かっている。

 だがそれでも一言くらいは言わずにはいられなかった。そもそも武人以前に基本的な道徳的問題としてそれはどうかと思ったのだ。

 

「まぁそりゃ、一般的に見れば褒められる光景じゃあないだろうけどさ。どんな形であれ『戦う』って行為はそういうもんだろ。サッカーや野球とか他のスポーツにしてもそうさ。実力差があれば蹂躙される。その責任はやられる側の弱さだけにある。だから、余計な情を持ちこむ余地なんてない」

 

 淡々とした一夏の言葉には冷たさがあった。彼が語る『戦うことの非情』を体現しているかのようにだ。

 

「ついでに言うと俺は、とにかく負けるということが嫌だ。強い自分が好きだし、鍛えた技を競い合って勝つのも大好きだ。だから俺は試合とかそういうのには手を抜かないよ。相手に余計な感傷なんて持たずに、確実に勝ちを取りに行くさ」

 

 そう語る一夏の姿に箒は思わず眉を潜めた。確かに一夏の言い分も分からないではない。いや、理屈の上では多少なりとも武芸を修めた者として理解できる点も多い。

 ただ、感情で納得できるかと問われたら否だ。箒の記憶にある幼少の頃の一夏はこのような性格ではなかった。確かにトレーニング馬鹿なところは同じだが、もっと温かい気質をしていた。少なくとも倒した相手に対して気遣いなど無用という発言をするような性格ではなかったことは間違いない。

 もちろん、歳月が人を変えるということは重々承知している。そして一夏と箒の間にある空白は六年だ。彼とて変わっていても何らおかしくはない。だがそれでも、やはり冷たい言葉を放つ一夏というのが箒には嫌だった。

 

 暗くなりかけた考えを余所へやろうと気持ちを切り替えようとして、箒はある疑問が浮かんだ。思えば会話をしながらこれはずっと無意識にやっていたことだ。

 

「あ~、ところで一夏」

 

「ん?」

 

「これ、いつまで続ければ良いんだ?」

 

 そう言って箒は足元(・・)の一夏の背を見下ろした(・・・・・)。互いに就寝用のラフな格好であり素足を晒す形になっているが、現在進行形で箒の片方の素足は床に寝ころぶ一夏の背に載せられていた。

 そして体重をかけて踏み込んでは離しを繰り返していた。傍から見れば色々と誤解を招きそうな光景である。

 

「もうちょいだな。あ、もう少し右頼む」

 

「……百歩譲ってマッサージを頼むのは良いとしよう。だが、なぜ足で踏む必要がある」

 

「だって一回手でやってもらってみてさ、力が足りんのだもん。ならあとは足しかないだろう」

 

「それにしたってこの姿勢は……」

 

 床に寝そべる男とそれを踏む女。繰り返すが、傍から見れば色々と誤解を受けそうな非常にアレな光景である。

 

「多少は刺激が強くねぇと満足できないんだよ。こっちの方が効くんだ。もうちょい頼む。そろそろ終わるんだし」

 

 まぁもう少しで終わりというなら別に問題はないかと思う箒だったが、同時にこの光景を誰かに見られたりしたらという危惧が頭によぎる。そして世間一般ではそうした不安をこう呼ぶ。『フラグ』と。

 

「織斑君、遅くにごめんなさい。明日の倉持技研さんとの話し合いの件で連絡が――」

 

 その言葉と共に真耶が部屋に入ってきた。マナーとして基本的なノックはあったのだ。だが、それに思わず条件反射で返事を返した一夏が、僅かな思考のラグの後に慌てて今の状況を変えようとするより早く、真耶は部屋に入ってきてしまったのだ。まごうことなく一夏のミスだ。それもかなりの凡ミス。

 当然ながら部屋に入って来た真耶は床に寝そべる一夏と、それを踏みつける一夏の構図をバッチリ目撃してしまう。しばし、沈黙が部屋に広がった。

 

「え、えっと、また後で来ますね……?」

 

「違う! 先生それ違うタンマ! ストォォォォォップ!!」

 

 ぎこちない様子で部屋を出ようとする真耶を一夏が慌てて追いかける。一瞬で背を箒の足からどかし、立ち上がって真耶に追いつくまでの手際は実に洗練された、素早く無駄のない見事なものだった。

 ドアを挟んで未だぎこちなさの抜けない真耶と、慌てた一夏のやり取りが聞こえる。織斑君がどんな趣味を持っていても先生は織斑君の味方ですとか、今のはマッサージであって先生が考えているのではなくてですねとか、嗜好は人それぞれですからとか、俺は断じてMじゃないしむしろSで踏まれるより踏むのが好きとか。

 

「……」

 

 無言で箒はドアを見つめる。そして小さく呟いた。

 

「私は知らん」

 

 その声には『どうとでもなれ』というようなヤケクソ感が込められていた。ちなみに、一夏の真耶への弁明はさほどかからずに終わることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合より更に数日が経過した。流石にこの頃になってくると一夏含め、新入生の殆ども学園での生活に慣れてくる頃合いだ。現に朝のHRを控えた今も一夏の机を囲むように数人の生徒が立ち、席に座る一夏と談笑をしている。

 教室の他に目を向ければ、一夏の周囲とはまた別でグループを作って話し込んでいたり、早速ノートと教科書を机に広げて予習や復習に努めている生徒の姿も見えた。

 

「でさぁ、結局クラス代表なんて言ってもやることはアレさ。先生に配布するプリントだの運ばされたり、お前さんがたのまとめをやったりって。ぶっちゃけただの中間管理職じゃねーかってやつだよ」

 

「まぁそれは仕方ないんじゃないかなー。だってクラスの生徒で一番偉くても、その上に先生が来ちゃうんだし」

 

「まぁクラス代表な俺の場合、クラス対抗の対策のためにアリーナで練習がしやすいってのはメリットなんだけどさ。やっぱそう旨い話ばっかじゃないってことか」

 

「織斑さん、わたくしが初日に言ったことを覚えていまして? 立場や権利というものには相応の責任や義務が伴うものですのよ? 今回など、まさしく良い例ですわ」

 

 クラス代表、実質的な学級委員としての雑務を面倒を愚痴る一夏にクラスメイトの一人が納得の声を上げ、同じように一夏の近くに立つセシリアが窘めるように言う。

 元々試合前でも普通に会話をできたのだ。試合を交えた後であっても、一夏もセシリアも互いに普通に言葉をかわすことはするし、むしろ試合を通じたことで互いのISに関しての理解が深まり、その関係の話もより多くできるようになっていた。

 

「そういやオルコット。結局あのあと、ISはどうしたんだ?」

 

「ブルー・ティアーズでしたら既に万全の状態に戻っていましてよ? 既に本国の技術者立ち合いでの整備も済んでいます。先の試合のデータも反映していますので、なんでしたら今からでも再びあなたと矛を交えても問題ありませんわ。もちろん、その時には先日以上のパフォーマンスをお見せいたしましょう」

 

「ほぅ、そりゃあ実に結構。相手は強いに限る」

 

 上等と言うように犬歯をむき出しにした笑いを浮かべる一夏に、セシリアもまた余裕の笑みで以って言葉を返す。

 

「そう言うそちらはどうなので? 聞けば試合の翌日に開発企業の技術者が来たとか」

 

「あぁ、それね」

 

 笑みを一気に消して真顔になって一夏は答える。

 

「なんか開発チームの結構上のポジションの人が来て、まぁ姉貴や山田先生と一緒にオハナシといったわけなんだが――」

 

 そこで一夏は一度言葉を切る。その時のことを思い出すように視線だけを上に向ける一夏の次の言葉をを、周囲の面々は静かに待つ。

 

「とりあえず寝ろと思ったな。隈が酷かった」

 

 空気が崩れるような感じがしたとは、この時一夏の言葉を聞いた生徒の後の弁である。まぁそれはそれで開発者の日頃の努力や勤労ぶりが伺える内容ではあるが、聞きたいことはそれではないと、他には無いのかとセシリアは問う。

 

「別にそんな大仰なもんじゃないよ。単に機体の特性とか、想定している戦闘のシチュエーションとか、後はまぁ武器とか」

 

 そう、武器なんだよと、一夏の顔が若干苦いものになる。

 

「ISってさ、一応積んどける武器には限りがあるだろ?」

 

 その言葉に全員が頷く。それはISの基本中の基本だ。ISの全機能はコアに搭載されたコンピュータによって為されている。当然ながら、そこにはデータ化され量子という形で擬似的な格納がされた武装を搭載する記憶媒体としての役目もある。

 そしてどれだけの高性能を誇ろうが、システムとしての基本は変わらず、確かに大容量ではあるが当然のように限界というものは存在する。ISにはそれ自体が機体の一部とされる基本装備と呼ばれるものを武装の主とする他に、その容量を消費して装備する後付け装備がある。

 これはその時々の用途によって代わり、銃器や刀剣のような武器を始めとして、盾や加速性向上のための追加のブースターなど補助的なものなど多岐に渡る。

 

「ところがどっこい。俺の武装な、あの剣だぞ? あれは間違いなく基本装備なんだよ。それは間違いない。なんだけどな、何でも搭載するにあたって諸々の処理にかかる負担がでかいとかどーとかで、後付け用の容量まで食ってるんだ。それもかなり」

 

「は? それ、どういうことですの?」

 

 信じられないというような顔で尋ねるセシリアに、一夏は渋面を作りながらその時に説明されたことを思い出す。

 

「武装を乗っける時に食う容量ってのは武装の大きさとか機構の複雑さがメインで絡んでくる。俺も素人だけど、まぁそのくらいは分かるし、どんだけおかしいか分かるよ。

 けどさ、それで俺が『流石におかしくないか』って聞いたら答えがアレよ。『性能を追求したらそうなった』だぞ。あぁ、倉持技研。中々にぶっとんだトコだって思ったね」

 

 もう何も言う気になれないと悟ったような顔をする一夏に周囲が一様に黙り込む。セシリアですら『難儀してるんだなコイツ』と言いたいような目をしていた。そして復活が早いのも彼女だった。

 

「で、ですがまったく容量が無いと言うわけでもないのでしょう?」

 

「まぁな。つっても積めるのはライフルとかハンドガンが一丁、よくて二丁。後は閃光弾とかスモークとか、本当におまけのようなモンしか載せられないみたいだけどな。やっぱり本命は剣だよ。倉持って姉貴の現役の時のISの開発にも噛んでてさ、その剣にしたって姉貴の一撃必殺を再現しようってコンセプトらしいし」

 

「まぁ、そのあたりの理屈は分かりますわね。それで、織斑さんは何か装備を載せる予定は? 企業の方から何かしら提示されたりはしましたの?」

 

「一応カタログみたいなのは貰ったから、電話一本で送りつけてくれはするみたいだけど、別に学園に保管されてるのをレンタルしても良いとさ。元々ろくに載せられないからあまりこだわっちゃいないみたいだ」

 

「なるほど、でしたらマシンガンなどはいかがでしょう? 弾幕を張れますからある程度射撃技能が低くても牽制程度にはなりますし。確かカナダの企業が開発したものが優秀な性能だと聞いていますわ」

 

「マジで? ちょっと調べてみるかなぁ……」

 

 そのまま会話はあれやこれやと武装の選択や戦法に華を咲かせていく。一夏とセシリアだけでなく、他の生徒達も一人また一人と議論に加わり、更にそれまで他の場に居た生徒達も少しずつではあるが輪に加わっていった。

 

「そういえば試合って言えば、クラス対抗リーグがあるでしょ? なんか、二組の代表者が変わったらしいよ?」

 

「マジで?」

 

 一人が切り出した話題に一夏が食い付いた。自分がもっとも直接的に関わる内容だけに、流石に聞き逃すわけにはいかなかった。

 

「なんか寮で聞いたんだけどね、中国からの編入生だって」

 

「編入かよ。そりゃまた……」

 

 元々高い難易度に高い倍率を持っているIS学園だ。基本的に途中からの編入というのはあり得ない。だが、例えば母国で優秀な成績を残した上で国からの推薦などを受けたのであれば特例的に編入は可能かもしれない、というのが一般的な認識だった。だが、それでも編入など滅多なことでは起こることではない。

 一夏だけではない。輪に加わっていた全員が、セシリアもまた興味深そうにしている。

 

「しかし中国か……」

 

 顎に手を当てて意味深な表情で一夏が呟く。その呟きに込められた意図を、全員が何気なしに察していた。

 白騎士事件というISの性能が世界に知られた戦後最大級の大事件の折、ISという存在によって中国が盛大に痛い目を被ったというのは事件から十年が経った今では世界中の常識となっていた。

 かの事件の折に中国国内では政権や軍指導部などに大きな人事の異動などの激動があったが、それでも残っている古参の軍人や政治家の中には未だにISに難色を示している者がいるくらいだ。

 

「まぁ国なんざどうでも良いけどよ、誰が来るかってのは気になるな」

 

 う~んと考え込む一夏だが、不意にその前に一人の生徒が顔を出した。その勢いによってか、頭部から伸びるツインテールがひょっこりと宙に揺れた。

 

「あ、一夏。それあたしのことだわ」

 

「あ、なんだ鈴。お前だったのかよ。ていうか久しぶりだなオイ」

 

「まぁねぇ。一年ぶりくらいかしら」

 

「そんなもんか。しかしお前が中国の編入生で二組の代表かよ、鈴……ハァッ!? 鈴だと!?」

 

 そこで一夏はようやく目の前の異常に気がついたかのように声を大にした。

 そんな一夏の様子に少女、(ファン) 鈴音(リンイン)はようやく気付いたかと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべながら片手を上げ、旧友への再会の言葉を言った。

 

「はーい、久しぶりね一夏」

 

「お、おう」

 

 流石にインパクトが強かったのか、珍しく唖然としたような表情をしている一夏だが、それを鈴が気にするような様子はない。むしろ、そんな彼の様子を面白がるように、そして強い意志を秘めて、浮かべていた笑みを不敵なものへと変えた。

 まるで試合以前の、セシリアという強敵を前にした一夏のようだと誰かが思った。

 

「まぁ、積もる話はあるけどさ。まずは一言だけ言わせてもらうわ。元々このために一組(ココ)に来たようなもんだし」

 

「む?」

 

 一体何を言うつもりなのか。再開早々の一言だ。一夏も表情をやや真面目なものに引き戻し、久方ぶりの友人の言葉を待つ。

 ビシリという効果音が幻聴として聞こえたような錯覚を抱くほどに鋭く、そして真っすぐに伸びた鈴の人差し指が一夏の鼻先に突きつけられた。

 

「今のあたしは中国代表候補生 凰 鈴音! 一夏! 今度のクラス対抗リーグはあたしがあんたの相手よ! 腹括っときなさい!!」

 

 そう高らかに、そして力強く宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで最後に鈴登場でした。
本当でしたら倉持技研が話題に上がったということでもう一人、とある娘についても触れたかったのですが、どうもそれは次回あたりに持ち越しになりそうです。
というわけで、今回はこれにて。また次回もよろしくお願いします。


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第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染

昨日の時点で完成はしていたのですが、例のトラブルで上げられませんでした。
今回は一夏の出番は少なめです。箒と鈴の、ガールズトークがメインとなります。


「そっか。やっぱ行っちまうのか」

 

「うん。まぁ仕方ないよね。お父さんもお母さんもかなり悩んだみたいだし。それに、正直あたしも納得しちゃってるトコがあるしさ……」

 

 ならもう自分には何も言えないと少年は――かつての織斑一夏は腰を下ろした公園のベンチの背もたれに深く身を預けた。

 その隣には一夏と同じベンチに腰を下ろしているツインテールの髪が特徴的な少女――凰 鈴音の姿がある。

 ざっと数えて一年少々前の、ある日の夕方の一幕だった。

 既に夕日へと変わりつつある太陽の光が景色をうっすらとした朱色に染める中、同じベンチに隣り合わせて座る十代半ばの少年少女。この組み合わせだけを見れば、誰もが若人の青春の甘酸っぱい一時を思い浮かべるだろう。

 だが、二人の間にそうした感情はない。あるのは、数年前に初めて出会い、何の因果か今に至るまで続く腐れ縁から成る、ただの親しい友人という感覚だけだ。

 そして、その二人の間に繋がれた縁が、近く途切れそうになっていた。

 

「親父さんの方に残るってのは、やっぱ無理だったのか?」

 

「うん。多分お父さん、これから相当忙しくなると思うの。流石に、一人であたしの面倒を見るのもきつそうだし、あたしもそこまではちょっとね」

 

「そうか……」

 

 遠からず、鈴は海を越えて遥か遠くへと行くことになる。そうなれば、早々会うことも叶わないだろう。

 物理的な距離のひらきというものは、意外と縁の繋がりにも関わるものだ。海を越えるとなれば、それこそ二人の間にある縁は一気にか細いものになるだろう。

 だが、それをどうこうすることは今の二人にはできない。ただの小僧小娘でしかない二人は、流れに身を任せる以外に他は無かった。

 それを理解しているからこそ、一夏はこれ以上何かを言うつもりはなく、もはや仕方のないことだと諦観の念を抱いていたのだ。

 

「あたしもさ、正直寂しいのよ。あんたもそうだけど、弾や数馬、涼子や美穂とか明美とか。あたしの友達みんなに会えなくなるんだもの」

 

「そりゃあ……まぁキツイわな」

 

 鈴の立場に立って考えて見れば気持ちは良く分かる。会えなくなる、それがどうしようもない。理屈の上で理解するのはとても簡単だ。だが、感情はそうはいかない。

 鈴が挙げた友人たちは、一夏にとっても同じ友人と言える。あの日(・・・)を境に自分を『武』に生きる人間と決めたつもりだが、やはり友人と会えなくなるというのは、堪えそうだ。

 

「よし、決めた!」

 

 不意に鈴が力の籠った声と共に立ち上がる。何事かを問いかけるより早く、彼女は次の言葉を紡いだ。

 

「あたし、なるだけさっさと日本(コッチ)に帰ってくるわ! だから一夏。あんた、みんなと一緒にあたしの帰りを待ってなさい! そしたらさ、また皆でバカやりましょうよ」

 

「お、おう」

 

 いきなりの言葉にそれしか言えなかった。

 

 それから二週間後、凰 鈴音は母と共に中国へと渡って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうかぁ。あれからもう一年かぁ……。月日って、早いなぁ……)

 

 今は一コマ目の授業が終わった後の休み時間だ。幸いと言うべきか、放課後の真耶による補講のおかげで専門的な内容の授業にもそれなりに理解が及ぶようになった。

 まぁまだまだということは分かっているが、やはり目に見える成果が出るというのは悪い気がしない。

 そうして二コマ目の授業を控え、必要な教科書やノートを取り出しつつ、一夏は鈴と別れたかつての日を思い出していたのだ。

 

「一夏、少し良いか?」

 

 声を掛けてきたのは箒だった。なんとなく用件の察しはついたのだが、敢えて確認するということはしなかった。

 

「どうした」

 

「いや、さっきの編入生、中国の候補生と名乗ったやつのことだが……」

 

「あぁ、鈴な。まぁ俺の古いダチの一人だよ。あぁそうか、あいつが来たのはお前が行ったすぐ後だったか」

 

 その言葉に箒は凰 鈴音という少女と一夏の縁故の経緯をある程度察した。

 六年前、箒はその身柄を完全に政府の管理下に抑えられ転居の連続を余儀なくされた。その転居の最初で一夏と離れ離れになり、二人の関係には六年の空白が生まれたのだ。

 

(つまり、あの編入生はその間に一夏と出会ったわけか)

 

 自分の知らない所で一夏が、これまた自分の知らない少女と親しくなっている。その事実にズキリと胸が痛むような感覚がした。

 本来であればこのようなことにはならなかっただろう。自分は一夏と離れ離れになることなどなく、あるいは今も父の下で共に剣道を学べていたかもしれない。

 だが、それは所詮ifの話だ。今となっては叶わない願い。そしてその全ての原因は、たった一人の人間に収束する。

 いつの間にか視線は一夏の右手首、正確にはそこにある白い腕輪に向かっていた。ある意味では、それこそがその元凶たる人物を象徴するものなのだからだ。

 

「おい、箒?」

 

 訝しむような一夏の声で我に返る。一瞬、ハッとするような顔をしたが、すぐに何でもないという言葉と共に首を横に振る。

 

「そろそろ次の授業だな。私は戻る」

 

「あぁ」

 

 それだけ言って箒は自分の席へと戻って行く。次の休み時間に、その次の、そして昼休みにも、一夏に話しかけようかと思う。

 昼休みには一夏は大抵学食で昼食を取る。上手くすれば一緒に食べることができるかもしれない。

 おそらく、自分が同席したところで一夏は何とも思いもしないのだろう。だが、別にそれでも構わない。一緒に食事ができるという、それが重要なのだ。

 

 

 

 

 そして時間が経って昼休みとなった。箒が机の上を片付けて学食へ向かおうとした頃には、既に一夏は教室を出ていた。

 廊下を走るわけにはいかないのがもどかしかったが、それでも可能な限りの早歩きで学食へと向かった。そしていつも通りに列に並んでメニューを注文、出された食べ物の乗ったトレーを持ちながら一夏の姿を探した。

 

「どこだ……?」

 

 だが、食堂を見回しても一夏の姿は見当たらなかった。おかしい。

 こうして一夏を探すまでは、まぁいつものことだから別に構わない。一夏は基本的にこうした食事時は一人でさっさと食べに向かってしまう。別に誰に声を掛けるでもなく、本当に一人でさっさと食べに行くのだ。

 そして、例えばボックス席で食事を取っている時に空いている一人分、あるいは二人分の席に誰かが同席を求めたとして、それを特に断ったりもしない。

 そして誰かが同席したら、その者と軽く会話をしながら、やはり自分のペースで食事を平らげて速やかに場を辞する。他人から見れば早い、しかし彼にとってのマイペースで誰にも同じような態度を取りながら進める。それが一週間と少し一夏を見た上で箒が判断した彼の食事のスタンスだ。

 

 そしていつも通りなのであれば、今日も今日とて一夏はどこか適当な席で食事を取っているはずだ。あとはそこに自分が同席する。それで良いはずなのだが……

 

「いない……?」

 

 間違いなく一夏は自分より早くこの食堂に赴いたはずだ。だが、一夏の姿はまるで見当たらなかった。

 食堂は利用する生徒の数もあってかなりのスペースを持ってはいるが、それでも少し歩きまわれば全体を確認することができるくらいには拓けている。

 既に席に着いて食事を取っている生徒の姿の中から一夏を探すも、その姿はまるで見当たらない。

 

「篠ノ之さん、どうしたの?」

 

 一夏を探す中、不意に背後から声を掛けられた。振り返ってみれば、そこにはクラスメイトの姿があった。確か谷本という名字だったはずだ。

 

「あぁ、いや。一夏を探していたのだが……」

 

 つい反射的に、安易に答えてしまったことに言ってからしまったと内心思ったが、彼女――谷本癒子は特に気にする様子もなく、あぁと言って手を叩いた。

 

「えーっと、私も結構早く食堂(ココ)に来たんだけど、ほら。あっちにパンとか売ってるコーナーあるでしょ?」

 

 癒子が指差した先には箒が料理を頼んだカウンターとはまた別のカウンターがある。そこでは袋に入ったパンやサンドイッチ、他にもおにぎりや軽食類などの食堂以外の場所でも食べることを考えたものが販売されている。

 

「織斑君、あそこで何か買って、それでさっさとどこかに行っちゃったよ?」

 

「なに……?」

 

 箒は自分が固まるのを感じた。つまり、目の前のクラスメイトの言うことが正しければ一夏は既にここにはいない。いつものように自分のペースで動き、結果として自分が見事においてけぼりをくらった。そういうことになる。

 そして、一夏と共に食事をしようとした目論見も、今日この日に限って言えば完全に潰えたということになる。

 じゃあ私飲み物取ってくる途中だから――そう言って箒の前から立ち去った癒子に覇気のない声で挨拶と教えてくれた礼を言いながら、箒は頭を抱えたくなった。

 自分は、いい加減一夏に振り回されっぱなしではなかろうか? そんな考えを持ちながらも箒は席を探す。既に手にはトレーに乗った料理がある。これを無為にするわけにはいかない。どこかしらの席について食べる必要がある。

 幸いにも席は早く見つかった。元々来たのが早いほうだったため、まだ席には余裕があったのだ。座ったのがボックス席であるため、もしかしたら誰かが空いている席に同席を求めるかもしれないが、別に構いやしない。誰であったところで、変わりはないようなものだ。

 席に着いてすぐに、箒は昼食の和食セットを食べ始める。元々和食には慣れ親しんでいたが、このIS学園の食事は学生用の食堂の料理としては随分とレベルが高いという印象だった。

 毎日美味しい食事にありつけるというのは、箒にとってもそれなりにありがたいことであった。

 

「ごめん。ここ、いいかしら?」

 

 そんな声が掛けられたのは食事を始めてから少ししてのことだった。

 

「別に構わないが」

 

「んじゃ、お邪魔するわよ~」

 

 そう言って声の主は箒の対面に当たる席に座った。別に誰であるかには特に興味は無かったのだが、何やら聞き覚えのある声だったので箒は顔を上げて声の主を確かめることにした。

 そして目の前に座る人物が誰かを確認した瞬間、気付けば茫然とその名前を呟いていた。

 

「凰……鈴音……?」

 

 その言葉に少女、鈴は不思議そうな顔をした。

 

「あれ? あたしあんたに名乗った覚えは無いけど?」

 

「あ、いや。私は……」

 

 だが、箒が何か言うよりも早く再び鈴が口を開いた。

 

「あぁ、あんたが篠ノ之箒ね」

 

 その声には何やら納得するような節があった。

 言葉を返すようだが、自分だって名乗った覚えはないと箒は思った。少なくとも、目の前の中国の候補生であるという編入生と面と向かって言葉を交わしたのはこれが初めてだ。

 だというのに、なぜ彼女は自分の名前を知っているのだろうと。いや、正確には自分の顔と名前を合致させて覚えているのかと。

 

「なぜ、私を……?」

 

「あぁいや、ほらさ。あんたの名字が……なんかゴメン。いや、中国(向こう)から来る前に、学園内の人間で政府がチェックしてるってやつは覚えさせられてさ。ほんと、悪気は無かったんだけど……」

 

 名字のことを口にした瞬間に、目に見えて暗い影を背負い込んだ箒に、思わず鈴は釈明を述べていた。

 

「いや、いい。気にしないでくれ。もう、慣れている」

 

 確かに気にしたと言えばそうなのだが、実際問題慣れてしまっている。行方をくらました世紀の大天才の実妹、コンタクトへの糸口になるかもしれないとして政府は自分の身柄を押さえたのだ。

 同じようにして、かの篠ノ之束の実妹として自分をマークしている政府や機関がどれだけあるのか。それはもう一々数えるのも馬鹿らしいくらいはあるだろうと、この年になれば察しだってつく。

 IS学園への留学生、ましてや候補生クラスともなればその行動には少なからずその国のISに関する政治戦略も絡んでくる。セシリア語っていた自身の第三世代型テストなど良い例だ。

 だから、箒も鈴の言い分をすぐに察したし、それ以上何かを言おうという気も存在してはいなかった。

 

「実際、私が篠ノ之束の妹なのは事実だ。もっとも、私は姉ほど優秀なわけじゃない。すまないが、姉絡みで役に立つことなど何も言えない」

 

「いやだから、ホントごめんって。別にそういうの聞きたいわけじゃなくって、単にあたしがあんたを知ってるってだけの話よ。うん」

 

 気まずくなった空気を払おうとするように鈴はわざとらしい咳払いをする。

 

「あ~、そういえばさ。まぁその、その資料にあったんだけどさ、あんたって一夏と昔知り合いだったかもしれないってマジ?」

 

 話題を変えるように問いを投げかける鈴。面識のない少女の口から『一夏』と紡がれることには、やはり心の隅にわずかながら釈然としないものを感じるが、さすがに問われて答えないわけにはいかない。

 

「事実だ。幼馴染と言うべきだな。父と、それに姉さんもだが、その繋がりで最初に会ったのが六歳の時。離れたのが、十の頃だ。そのあたりの事情は――要らないだろう」

 

「まぁ、一応ね。そっか。じゃあ、ほとんどあたしと入れ違いみたいなもんかな。あたし、丁度小学校の五年になった時に一夏に会ったから」

 

「そう言えば、朝に一夏と一年ぶりとか話していたが……」

 

「あぁそれね。ちょっと事情があってウチの親、離婚しちゃってさ。その時、お母さんについていってあたしも中国に戻ることになっちゃったから。それで一辺別れちゃったのよね」

 

「あ、その……すまない」

 

 両親の離婚、その言葉の内にある重さを察して今度は箒が申し訳なさそうな顔をする。

 

「気にしなくていいわよ。別にけんか別れってわけじゃなくって、お互いに事情があって納得しての離婚だったし。あたしも、まぁ納得はしてるかな。それに、仲が悪くなったわけじゃないから、今でも普通に手紙や電話はしてるし、その気になれば都合をつけて会うことだってできる」

 

「そ、そうか。なら良いのだが」

 

「まぁざっくり言うと、お父さんの仕事とお母さんの実家の都合がぶつかっちゃったからってトコよ。色々落ちつけば、もしかしたら復縁なんてこともあるかもしれないし。あたしはもう割り切ったわ」

 

「そうなのか……」

 

 本人がそれで良いと割り切っているならば、部外者でしかない自分がこれ以上立ち入ったことを聞くことは憚られる。そう判断してそれ以上を聞くことはしない。

 だが、それとはまた別で気になっていることがある。というより、箒にとってどちらが重要かと問われれば間違いなくこちらの方だ。

 

「その、凰。聞きたいことがあるのだが……」

 

「別に鈴でも良いけど、まぁあんたの呼びやすい方でいっか。なに?」

 

「その、お前と一夏はどのような関係なのだ?」

 

友達(ダチ)ね」

 

 即答であった。どのような答えが返ってくるのか、身構えてすらいた箒が思わず呆けるほどにあっさりと簡潔な、素早い回答だった。

 

「最初に会ってから今年で六年目。腐れ縁の続いたダチよ」

 

「ダ、ダチ……?」

 

「そ、ダチ。丁寧に言うなら友達、英語で言うならフレンド。まぁ、昔は他の連中とかと一緒に結構ツルんでた仲よ」

 

「友達……」

 

 その意味をじっくりと噛みしめるように箒は言葉を反芻する。友達ということは良好な関係にあるといって間違いない。だが、それでもあくまで『友人』でしかないのだ。

 だが果たしてそうなのだろうか。箒の胸中からは未だ疑念がぬぐえずにいた。友人であることはまだ良い。だが、それ以上の感情があるのであれば、目の前の気さくな少女は自分にとって――

 問うことは躊躇われた。別に知らないままで、目の前の少女が一夏のただの友人という認識で終わらせても構いはしない。だが、万が一にも疑念が的中したら、その疑念が箒にとって受け入れがたい結果を齎したら。

 そう考え、箒は口を開いた。

 

「その、もう少し、聞いても、いいか?」

 

 声は途切れ途切れと言える程にゆっくりだった。ただ聞きたいことがあるにしてはあまりにおかしなその様子に首を傾げつつも、鈴は頷いて続きを促す。

 

「お前と一夏が友人というのは、分かった。だが、その、それ以外の感覚というか……そういうのは、あるのか?」

 

「う~ん、まぁ確かに仲はそれなりに良かったし、ツルむことも多かった。実際あたしが一年前に中国に戻ることになって、離れることになった時は寂しかったけど、それでもやっぱりダチって感覚よねぇ」

 

 そう言って鈴はチュルリと自身の昼食であるラーメンを啜る。食事を進めながらの会話であったために、会話が進むにつれて二人の昼食も残りを少なくしていっている。

 

「そ、そうか……」

 

 鈴本人は何気なく答えたつもりなのだろう。だが、その答えは箒を安堵させるのには十分だった。

 もちろんそれで完璧だという確証があるわけではないが、少なくともこのやり取りから判断する限りでは、鈴に一夏への異性としての好意は無いように思える。なら、今はそれでよしとするべきだろう。

 

「……ん?」

 

 ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間だった。ふと気付けば鈴が視線をまっすぐ箒に向けていた。その目は笑っているわけでも、怒っているわけでもない。ただ真顔で箒を見つめていた。

 

「な、なんだ?」

 

 もしや何か気に障るようなことでもあったのかと、僅かながら焦る箒を見ながら鈴は口を開いた。

 

「あんたさ――」

 

 一体何を言われるのか。ゴクリと、唾を飲み込んだ喉が鳴った。

 

「一夏のこと、好きなわけ?」

 

「なぁっ!? 何をっ!?」

 

 その問いかけはあまりに唐突で、そして箒を大きく同様させるものだった。目に見えてうろたえる箒の様子が面白いのか、鈴はカラカラと笑いながら落ちつけと箒を制す。

 

「まぁまぁ落ちつきなさいよ。ほら、目立つって」

 

 言われて箒は慌てて周囲を見回す。いきなり声を大にした箒に周囲から何事かと気にするような視線が集まっていることに気付くと、気まずそうに顔を伏せた。

 

「いやぁゴメンゴメン。まさかと思って聞いてみたけど、ここまで盛大に反応してくれるなんて思ってなかったわ」

 

 苦笑気味に謝る鈴に箒は自分を落ちつかせる様に咳払いをする。そして、わずかに身を乗り出して鈴に顔を近づけ、小声で聞いた。

 

「な、なぜ気付いた……?」

 

「ん~、まぁ何となく? そんな感じがしただけよ。いや、本当にそうだなんて思っちゃいなかったわけだけどさ」

 

 その『感じ』で当てられてはこちらの立場が無いという話だ。とは言え、言い当てられたことにうろたえるという明確な反応を見せてしまった時点でもはやどうにもできない。あとは、潔く認めて後の手を打つだけだ。

 

「そ、そのだな……。頼むから――」

 

「あぁハイハイ。他の連中には黙っといてくれって話でしょ? 別にいいわよ、そのくらい。ペラペラ言いふらすとか趣味じゃないもの」

 

 それなら良いと、箒は再び胸を撫で下ろす。もっとも、他人にこの想いを知られてしまった時点でもはや安堵も何もあったようなものではないが、これ以上の拡散を防げただけまだマシとするべきなのだろう。

 

「ただ、一つ言わせてもらうわよ。言っちゃあなんだけど、初対面のあたしから見ても結構分かりやすかったわよ。少なくとも一夏の話になった時の感じとか、あたしに一夏をどう思っているかって聞いて、その後の反応とか。本当に隠しときたいなら、あんた自身が気をつけなきゃよ」

 

「ぜ、善処する……」

 

 至極もっともな指摘に箒は頷くよりなかった。

 よろしい、と満足げに頷くと鈴は残り少なくなっていた麺を一気に啜る。それに合わせて箒もまた、昼食の残りを平らげる。しばし無言で食事を進めた二人が箸を置いたのはほぼ同時であった。

 

「この際だから聞きたいんだけどさ、あたしが一夏絡みであんたについて知ってることに、あんたが十歳くらい、つまりあたしが一夏に会う少し前あたりに引っ越しの連続になったってあるんだけど、これって確かよね?」

 

 頷く箒。そのことについて思うことは極めて多々あるものの、今更否定をしたところでどうしようもない。事実なのだから、否定をする意味がない。

 

「てことはさ、あんた。その頃から一夏(アイツ)が好きだったわけ?」

 

「……そうだ」

 

 しばしの間を空けて、問いに肯定でもって返した箒に鈴は感心するように「カーッ」と息を吐いた。

 

「いや、素直に大したもんだと思うわ、あんた。てことは実質六年ね。いやぁ、純情純情」

 

「か、からかうつもりならこれ以上この話はしたくないのだが……」

 

「まぁまぁ怒んない怒んない。いや、正直ちょっと茶化しちゃったけどさ、実際感心してんのよ? 大したやつだわ」

 

 別に感心されるようなことではないと箒は思う。ただ想いを秘め続け、そしてそれをいわば心の支えにしてきた。それで十分だった。ぶっきらぼうな所はあったが、時に自分を気に掛ける優しさを見せてくれた幼馴染との思い出、彼への想いは箒にとって明確な『幸せ』の具現だった。

 

「ただまぁ、悪いけどあんたと離れた後の一夏を知っているから言わせてもらうわ。多分、あんたが惚れたあんたと別れる前の一夏と今の一夏は――別人よ」

 

 その言葉に胸をえぐられるような思いがした。言われずとも理解している。『男子三日会わざれば刮目して見よ』という古いことわざにあるように、六年の歳月を経て再開した一夏は、自分のしるかつてとは違っていた。

 もちろん、そのことわざに則るのであれば、その変化もごく当たり前のことと言えるだろう。だが、それだけでは割り切れない不安を感じたのも確かだ。そしてかつてと違うその姿に憤りを感じたのもまた事実だった。

 だがもう一つ、今しがた聞き逃せない言葉があった。

 

「その言い草だと、一夏が変わったのを――」

 

「見たわよ。そりゃもう、ガラリとね」

 

 聞き終えるよりも先に答えを言い放った鈴の目は、先ほどまでカラカラ笑っていた時とは打って変わり、真剣そのものだった。

 

「放課後、ちょっと時間貰っていいかしら? あたしもあたしと会う前の一夏は気になるし、それを話してくれるかもしれないあんたとちょっと話してみたい。代わりに、あたしも一夏(アイツ)のこと、話せることは話すわ」

 

 断る道理は無かった。頷く箒に鈴もまた頷くと、僅かにスープが残るのみとなった丼の載ったトレーを持って席を立った。

 

「じゃ、また放課後にここでね! ()!」

 

 そろそろ昼休みの時間も差し迫っているためだろう、食器を返却しにいく鈴の足取りは軽やかであり早い。そしてその背を見ながら箒は、鈴に倣って食器を返しに行くでもなく、ただ茫然としていた。

 

「箒、か……」

 

 誰もが彼女のことを名字で呼んだ。あるいは突出した実姉の名が知れ渡っていたから、あるいは単に名前で呼び合うほどの交友が深まっていなかったから。

 だからこそ、一夏という例外を除けば他人から名前で呼ばれるのは久しくなかったことだった。

 そうしてしばし呆け、やがて時間に気付き慌てて彼女もまた、片付けのために動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そうして食堂で少女二人が友誼を深める一方、話題に挙がっていた一夏は何をしていたのか。別に特別なことはしておらず、教室で昼食を取っていた。

 足早に赴いた食堂の一角で昼食のサンドイッチをいくつかと、飲み物にパックのグレープフルーツジュースを購入。そしてすぐに教室へと引き返した。

 ちょうどこの直前で箒も食堂に着き、一夏がいた場所からまた少し離れた場所である料理を受け取る列に並んだため、微妙な差で二人は入れ違いになったと言える。

 

「ふんむ……」

 

 軽く一息つきながら一夏は手にしていた冊子をめくり、同時に机の端に置いていた端末――生徒に支給される学内各種情報やIS関連に限定されるがネットワークに接続して情報を得られる代物――を操作する。

 食堂で買ってこの教室に持ちかえった昼食だったが、あっという間に平らげてしまった。封を開けて食べ始め、ふと気がついたら全てを食べ終わっていた。紙パックのジュースも一息のうちに飲み干した。

 正直物足りなさを大いに感じるところではあるが、これでまた追加を買いに行くのも億劫というものだ。ここはこらえて、目の前のことに意識を集中させることにした。

 

 一夏が眺めている冊子、そして起動している端末の画面には一様に銃器の画像、そしてその名称や説明などが載っている。

 冊子は先のセシリアとの試合の翌日に倉持技研の技術者と面会した折に貰った代物、端末は学園のデータベースにアクセスして銃器をメインにした武装のライブラリーを開いている。

 

(どうすっかなー、コレ……)

 

 正直よく分からないというのが感想だ。自慢ではないが『武術』に関しての知識はかなりあると思っている。元々師より学んだ剣術は当然ながら、ある時より並行して教わり始めた空手や柔道もしかり。

 長期の休みを利用して泊まり込みで稽古をつけてもらっていた時などは、学んでいる武術以外についてもあれやこれやと色々な話を聞いた。

(スキル)』とそれに伴う人体の構造、その自分が安全かつ効率的な破壊の仕方は知識に富んでいると言える。だが、この手の『兵器』には少々疎いというのが本音だった。

 もちろん、ネットの普及した現代に生きる人間の一人である以上、ネットで軽く漁れば出てくる知識くらいは一夏も把握している。あとは師より聞かされた銃と刀の戦いにおける刀の戦い方という、聞いた一夏本人もまさか先の試合で役立つ機会が来ようとはと思っていたものくらい。

 あまり細かいことなど説明されても『知るか』としか言いようがなかった。

 

(けど、このまんまってのも良くないんだよねぇ……)

 

 何の因果かは知らないが、これからの自分はIS乗りとしての道も歩むことを余儀なくされるだろう。その中で何をしていくかはまだまだ先のことだからどうこう言うことはしないが、少なくともこの学園にいる間は先の試合のように幾度も場数をこなして自分を高めていくことになる。

 その中で銃器を相手にすることは、それこそ数えるのが馬鹿らしくなるほどにあるだろう。となると、相手にする以上はその知識を持っておく必要がある。孫子に曰く敵を知り己を知らばウンヌンカンヌンだ。

 

(まずは学園にあるやつをレンタルして感覚を覚えて、それから合うやつにするか? 何が良いかな? ライフル……なんかパッとしねぇな。アサルトライフルやマシンガンは短時間で大量にブッパするから、多少下手糞でもいけるか?)

 

 事実セシリアも正確な射撃に自信がないのなら、弾数の多さで弾幕を張れるマシンガンあたりが良いのではとアドバイスをくれた。『下手な鉄砲、数打てば当たる』とはよく言ったものだ。

 

(だがマシンガンは多分、腕がガクガク揺れる……。あぁいやでも、女衆の細腕よりかはよっぽど支えられるか。となると、多少反動が大きくても大丈夫かなぁ)

 

 冊子の開かれたページに栞代わりのペンを一本挟みこんで閉じる。そして今度は端末を手にとって操作を開始する。

 さすがに支給されてから何日も経てば使い方くらいは覚える。学生に支給するものにしてはやたら豪勢だとは思うが、そんなことは今は関係ない。

 

(えーっと、確かオルコットはカナダがうんちゃらと……)

 

 IS学園は操縦技能の研究機関としての側面も持っているために、それに付随して各国の各企業各研究機関が開発した武装も多く保有している。

 仕入れる早さはなかなかのものであり、ある程度新型のモデルであってもある程度流通する頃になればまとまった数が学園の保管庫に仕入れられる。

 そして、こうして学園に入った武装は申請をすれば生徒も実機訓練の際に借り受けて使用をすることができる。そして新型が入るたびにそれは貸し出し予約で一杯になるのだが、それは今の一夏には関係ない。

 物が新しいかなどはあまり関係ない。今の一夏にとって重要なのは、いかに自分に使いやすくて尚且つ効果が上がるかなのだ。

 

 データベースに登録されているリストから製造メーカーの国で検索を掛ける。型番や名前のリストはアルファベットと数字が何かの暗号のようにズラリと並んでいる。こうやって絞り込みでもしなければやっていられない。

 検索した国はカナダ。セシリアの言によるのであれば、そこのマシンガンが良いとやらのことなのでまずはそこから当たってみる。

 ズラリと並んでいたリストが一気に絞り込まれ、更にカテゴリー別で絞り込みをかける。そしてリストは更に絞り込まれた。

 どういう順で並んでいるのか、よく見てみるとリストの名前の横の方に青い丸のようなものが並んでいる。そしてそれは上の物ほど数が多い。それを見て一夏は、リストの並び順の意味を悟った。

 

「いやいや、通販のレビューかよ」

 

 見るに評価は五段階。一体誰が付けているのか。これが学園のネットワークということを考えれば、思いつくのはこれらを使用するだろう生徒や教師だ。

 画面と睨めっこをしながら自分が使った装備に評価とレビューをせっせとつける。そんな図を想像してあほらしいと切り捨てた。

 とはいえ、こうした客観的な意見があるのは素直にありがたい。単純に、現在表示されているリストの上位にあるものはそれだけ評価が良いということだ。ならば、扱いやすい物の一つや二つは容易く見つかるかもしれない。

 

「なになに? R-L社製の……ヒットマン? 殺し屋とはまた物騒な。えっと、こいつは同じ系列か。これがコブラ……今度は蛇かい。どういうネーミングだよ」

 

 たまたま目に付いた二種を見ながらぼやく。どちらもリストのトップの方にある代物であり、高い評価を得ていることが分かる。

 

「へぇ……、この会社結構良いの多いみたいじゃん。これがオルコットの言ってた会社か?」

 

 そのまま、今度は会社名で検索を掛けた。今度は会社というカテゴリーであるため、武器の種類は多岐に渡る。

 一夏が目星をつけた企業はマシンガン以外にもアサルトライフルなども開発・販売をしており、このリストを見る限りでは評価はどれも上々だった。

 

(これ、試しに使ってみるかな?)

 

 これだけ評価の良いものが揃っているとなると、それは中々に興味深い。今は無理だが、あとで貸出申請をして試しに撃ってみるのも悪くないだろう。

 安易に銃器に頼ることを武人としてそれはどうかとも思わないではないが、例え最終的に頼らない選択をすることになったとしても、まったく経験がないよりはマシというものだ。

 まぁ流石に今日からすぐにというのは都合が許さないというものだが、

 

 気付けば昼休みも残りが少なくなっている。いつのまにか随分と没頭していたらしい。もう少ししたら学食に行っていた者たちも戻ってきて賑やかになるだろう。

 そうなるよりも早く片づけをして、次の授業の準備をしておいた方が良い。そんなことを考えて一夏は目をつけた装備の名前をメモに書きこむと、いそいそと片づけを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(確かここで良いはずだったが……)

 

 放課後、箒は再び食堂を訪れていた。昼休みの別れ際に凰は「またここで」と言った。ということは、つまりこの食堂で良いのだろう。

 食事時間外であるためカウンターなどは閉まっているが、食堂それ自体は開放されてフリースペースになっている。学園の生徒の大半が食事に利用する食堂の広い空間が開放されていることは生徒間では概ね好評であり、放課後の今でも友人との歓談や自主学習のためにいる生徒の姿があちらこちらに見える。

 

「おーい、こっちこっちー!!」

 

 よく通る、聞き覚えがあり過ぎる声が箒の耳朶を打った。声の聞こえた方向に目を向ければ、そこには既に席に着いている数時間前に知り合ったばかりの少女の姿がある。

 箒に自分の位置をアピールするためか、片腕を大きく上に伸ばしながら上下させており、そのたびに特徴的なツンテールがピョコピョコと揺れている。

 唐突に食堂内に大きな声が響き渡ったために、他の生徒達の視線を必然的に集めることになった。視線が集まるのを感じた箒は気恥かしそうに目線を伏せると足早に少女――鈴の下へと向かう。

 

「こ、声が大きいぞ!」

 

 目立たないためにささやくような声量で、しかし強い調子で箒は鈴を咎める。だが、当の鈴はと言えば涼しい顔そのものだった。

 

「あぁゴメンゴメン。まぁ別に構いやしないでしょ。ほら、座って座って」

 

 まるで悪びれる様子もなくケロリと言ってのける鈴だが、不思議とそれ以上を言い咎める気が箒には起きなかった。

 これ以上あーだこーだ言うのも馬鹿らしいと思ったからというのもあるが、一切の毒のない鈴の笑みを見ていたら自然とそういう気にならなくなったのだ。

 

「ほいこれ。まぁ差し入れよ」

 

 そう言って対面に座った箒に鈴はペットボトルの緑茶を差し出す。予め自販機で買っておいた物だろう。

 

「あ、すまない。その、いいのか?」

 

「良いのよ別に。これでも国の候補生だかんね。一応給料出てるし、ペットボトルの飲み物一本奢るくらいはどうってことないわよ」

 

「なら、言葉に甘えさせてもらおう」

 

 そう言って箒はペットボトルを受け取った。そういうことであり、本人も別に構わないと言っているのならば、厚意に甘んじるべきだ。

 キャップを捻って封を開ける。そして中の緑茶を一口、口に含んで飲み込む。さほど喉が渇いているというわけではないが、さっぱりとした苦味と冷たい茶が喉を通り抜けていく感覚は悪くない。

 

「さて、さっそくガールズトークといきましょ? あたしとしてはあんたの話から聞きたいんだけど、どうかな?」

 

「それは……何故だ?」

 

「ん? だってあんたの話の内容の方が中身としちゃ古いでしょ? こういうのは古い方から順にやってくもんなのよ」

 

 言うことは至極道理だ。ここで自分から話したとして、鈴の方も自分が話そうとすることに関連付けのできる情報を得られるということになる。その方がより話もスムーズに進み、互いの理解も早くなるのは明白だ。

 

「その、実際に話すと言っても、もう何年も前のことだ。私自身も鮮明に覚えていることばかりではないし、話せることも多くはないが――」

 

「別に構わないわよ。ほら、早く早く」

 

 中々話が始まらないことに苛立っているというわけでもなく、単に早く話を聞いてみたいからという好奇心が強く感じられる鈴の急かしに、半ば押されるような形で箒はポツポツと語り始めた。

 前以て言った通り、箒の語る内容は決して多いというものではなかった。単に一夏の姉である千冬が箒の姉である束の友人であり、同時に箒の父の指導する剣道場での門下生だった関係で一夏が剣道を習い始めたのをきっかけに出会ったことに始まり、その後の交流に関して淡々と語っただけだ。

 その中には一夏が剣道で父も驚くような上達を見せたことや、箒自身も一夏に幾度となく勝負を挑むも勝てなかったこともある。

 ただ、決して要点を簡潔に纏めた聞きやすい話というわけでもない箒の語りに、真摯な表情で耳を傾ける鈴は箒が一夏との思い出を本当に真面目に語っていると理解していた。

 鈴が興味があったとすれば、目の前の少女がいつどのような時に旧友(一夏)に惚れたかだった。別段他意があるわけではない。単に年頃の少女らしい、他人の色恋沙汰に興味を持ったというだけの話だ。

 そして話を聞いている内に何となくではあるが、鈴は箒がいかにして一夏に好意を抱くようになったかを理解した。

 

「その、私はそこまで人づきあいが上手いほうというわけではない。だから、幼い頃は周りにからかわれたりすることもあってな……」

 

 実によく分かる話だ。自分とて一夏のいる小学校に転入した当初は、外国人ということでよくからかわれたものだ。

 もっとも、それもさほど長くは続かなかったし、中学に上がってからはそのからかっていた者たちと昔やった馬鹿の一つとして笑い話の種にするくらいになっていたくらいだ。

 ただ、自分はそうやってあっさり割り切ったものの、箒はそうはいかなかったのだろうと推測をする。なんとなくだが、そういう感じの性格に思えるのだ。

 

「ただ、そう言う時に一夏は私を気遣ってくれてな。別に特別なことじゃない。単に『気にするな』と声を掛けてくれたり、気晴らしに剣道の相手をしてくれたり、そのくらいだった。ただ、それが私には嬉しくてな」

 

 気にするなはともかく、剣道の相手云々は本当に相手がいないから手近に居た箒に頼んだだけではないのかと疑いたくなった鈴だが、あえて口を噤んだ。余計なことを言って思い出に水を差すのも野暮というものだ。

 おそらくはこの辺が契機なのだろうと当たりをつける。いじめ、というほどに酷いものではないだろうが、まぁとにかく他の人間と良くない状態であった時に味方をしてくれる。それが好意に繋がるなど、ありふれた話だ。

 思えば、自分だって一夏とツルんで今の様な友人関係になった切欠も、似たようなものだ。違いがあるとすれば、向ける感情が友情か恋慕のどちらかであるというだけだ。

 

「あとは、おそらく知っているのだろう? 六年前だ。開発者として国連やあちこちに協力していた姉が唐突に行方をくらまし、私は政府に『保護』という名目で監視付きの生活だ。それっきり会えず、連絡も取れず。そしてIS学園で再開、というわけだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 そう言って頷く鈴の表情は箒に話を急かした時の笑みと打って変わり、真剣そのものになっている。

 箒の経歴に関しては鈴も既にある程度は知っているが、こうして本人の口から聞けばまた違った重みを感じる。

 箒の姉である篠ノ之束に関して鈴はまるで知らない。少し調べれば誰でも分かるような、言うなればそれなりに世間というものに広まっている情報くらいだ。それにしても、極めて奇特な人格の持ち主であり、同時に希代の頭脳の持ち主でもあるというくらいだが。

 だから鈴には篠ノ之束が何を思って姿を消したのかは分からない。自分が姿を消したことで妹が苦悩し、家族が散り散りになったことに何も思わないのか。こうして篠ノ之箒本人を前にして、初めてそう思った。

 だが、思ったところで口には出さない。それはあくまで篠ノ之家の人間の問題でもある。なら、自分が何かを口出すことはできない。

 

「なら、今度はあたしの番ね」

 

 だから鈴は、そのまま自分の話をするという選択を取った。

 

「うん、正直話して貰って助かったっていうのが本音ね。少なくともあんたの話した一夏と、あたしが最初に会った頃の一夏はほとんど一緒だわ」

 

 そう前置きをして切り出す。この分ならば自分もさほど多くを語らずに話し終えるのではと思った。

 

「多分、あんたが気にしてんのは自分と離れてから一夏が変わったこと、でしょ? とりあえずはそっから話すわ。ただ、あたしも細かいトコは分かんないから、そこら辺は勘弁してよね?」

 

「構わん。教えてくれ、凰。お前が目にした一夏の変化を」

 

 静かに頷き、鈴は語りだした。

 

「時期はちょうど三年前、千冬さんが現役の引退を発表した頃よ。あの直前にISの国際エキシビジョンがあったんだけど、知ってる?」

 

「一応は」

 

「オッケー。あの大会の理由は結構複雑らしいわよ。いわゆるショーみたいな感じでISを民間に受け入れやすくさせるとか、結局一回しかやってない最初の大会、えーと、モンド・グロッソだったわね。あれを再開させようとしたとか。

 あとは――まぁぶっちゃけその大会で独壇場だった千冬さん、ひいては日本に各国がリベンジ仕掛けようとしたとか。まぁその辺はどうでもいいわね。

 とにかくそのイベントがあった時なんだけど、一夏のやつ、千冬さんが試合に出るから見に行くって一人でドイツに行っちゃったのよ。それで帰って来て――変わってたわ」

 

 箒は小さく息を飲んだ。それはつまり、そのドイツへと単身飛んだ際に何かがあったということだ。

 

「そんときに一夏に近いレベルで何かあったと言えば、そのエキシビジョン大会で千冬さんが決勝を不戦敗になったことと、その後に一身上の都合だとかっていうんで現役の引退を表明したこと。多分、それが絡んでるんだろうけど、それ以上は分からないわ。あいつ、あの辺のこと全然話さないから」

 

「そうか……」

 

 鈴の話した内容はざっくりと言えば一夏に変化が訪れた時期だ。情報としての量は決して多くない。だが、それでも間違いなく箒にとっては有益と呼べるものだった。

 

「で、多分ここからがメインね。とにかくドイツから帰って来てしばらくは誰の目に見えてもちょっとおかしかったわ。ちょっと落ちつかなかったって言うか。

 ただ、それも千冬さんのゴタゴタがあったからって皆思ってて、あたしもそう思ってたのよ。実際、しばらくしたら殆どいつも通りになったし」

 

「……」

 

 鈴の言葉を箒は静かに聞き続ける。まだ話はこれで終わりというわけではないだろう。むしろ、ここからが本番のように思える。

 

「まぁ落ちついたにしても、やっぱりちょっと変わったのは間違い無かったわ。ほら、あいつなんか格闘技だかやってるらしんだけど、知ってる?」

 

「あぁ。ただ、一夏は格闘技というよりも剣術だ。私と離れた後、誰かに弟子入りしたらしくてな」

 

「あぁ、そっちだったっけ。いや、毎年夏休みとか冬休みに泊まり込みで修業がどーとか言ってたけど……。話がズレたわね。まぁそのトレーニング? で前よりちょっと付き合い悪くなって。まぁそこは良いのよ。ただ、別でね……」

 

 そう言って鈴は僅かに視線を逸らした。重要なことであることは間違いないが、果たしてそれを言っていいのか、迷うような目だった。

 だが、しばし視線を宙に彷徨わせると、決心したように一度瞑目し息を吐く。そして続きを話し始めた。

 

「ちょうど中学二年の割と真ん中のあたりだったかな。ちょっとあいつ喧嘩騒ぎを起こしたのよ」

 

「喧嘩?」

 

「そ。あたしや一夏の通ってた中学もさ、別に私立の有名進学校だとかそんなじゃなくて、どこにでもあるような普通の学校だったのよ。だからまぁ、ちょっと中学生の割には柄が悪いっていうか、言い方古いけどツッパッてるやつもいたのよ。

 そいつとちょっとね。クラスの他の奴にそいつが絡んでたのを一夏が言い咎めて、そいつの矛先が一夏に向いたのよ。あれはあたしも見てたからよく覚えてるわ。

 絡んでくるそいつを一夏も鬱陶しそうにしてたんだけどさ、それがそいつの癪に触ったらしくて手を挙げようとしたのよ。で、飛んできたそいつのパンチを一夏があっさり手首掴んで止めて、返しに横っ面に一発。

 手を出したのは相手が先だったから、一夏は先生とタイマンでちょっとお説教くらってそれで事は終わったわ」

 

「それが、どうしたのだ……?」

 

 確かに喧嘩沙汰というのは問題だろうが、鈴の話を聞く限りではすぐに解決したようだし、後々に尾を引くような事には聞こえない。

 それに、仮にその時の一夏が今箒が毎日目にしている一夏なら、まぁ何となくやりかねないとは思う。思えば昔も少々気が短い所はあった。

 

「あぁうん。そう、あたしがあいつが変わったって思ったのは、その一発が『本気』だったってことよ。あたし、パンチで人が吹っ飛ぶトコなんて見たのは初めてだったから」

 

 僅かに視線を伏せながら鈴は続ける。

 

「あいつさ、前に言ってたのよ。自分が人よりずっと強いって分かってるから、本気で殴ったりするようなことはしないって。まぁその後に、試合とかなら話は別だけどって言ってたけどさ。

 だからあたし、その時に一目見て本気だったって気付いて、後になって聞いたのよ。『何で本気で殴ったのかって』。別に責める気は無かったわよ。ただ、どうしても気になって」

 

「それで、アイツはなんて……」

 

「最初に小さく『ワリィ……』って。ただその後に、こう言ったのよ。『無様見るくらいなら本気になるって』。その時のあいつの目、正直怖かったわね。

 ただ、その瞬間に何となく分かったのよ。あいつが変わっちゃったって。あんまり表に見えないような、けど凄く大事な所が。

 んで、その後は昼に話した通り。あたしは中国に帰っちゃって、そのままよ」

 

「そうか……。感謝する」

 

 話してくれたこと、それに対しての素直な謝礼を口にする箒に鈴は御相子だと言って首を横に振る。

 

「あ~、ねぇ箒。ちょっと聞きたいんだけどさ、やっぱ一夏のこと、ホの字?」

 

「んなっ! いきなり何をまた!」

 

「いや、いいからいいから。どうなのよ?」

 

 先ほどまでの重みのある会話から一転、唐突に向けられた話に箒はうろたえるが、それまでとは異なり問いかける鈴の表情は真面目なものだった。だからだろう。バツが悪そうに視線を逸らしながらも、箒は首を縦に振った。

 

「まぁ、他人のあたしがとやかく言うつもりもないんだけどさ。あたしはあんたに好かれてる一夏のダチだし、まぁ今日一日であんたともそれなりに親しくなったって思うから、ちょっとお節介焼くわよ。

 箒、あんたが一夏のことを好くのは別に構いやしないわ。ただそうだとしたら、アイツが変わってるってことをきっちり受け止めた方が良いわよ。まぁあたしも、そうしたから今でもアイツとダチ続けてるようなもんだし」

 

「それは……」

 

 想い続けるならば、その相手の変化を受け入れる。理屈では至極真っ当なものだ。理解はしている。

 だが、だからと言ってハイ分かりましたとすぐにそうできるかと問われたら、箒は答えを返す自信が無かった。

 今もなお、箒の脳裏にはかつての一夏の姿が、自分をかばうように前に立った背が焼き付いているのだから。

 

(まぁ、あいつが変わったっていうのは、箒にとっちゃラッキーだったかもね)

 

 箒が考えを巡らせる一方、対面に座る鈴もまた一人静かに思いを巡らせていた。

 

(もしもあいつが変わらなかったらあたしはきっと……。それに、箒とも……)

 

 考え、今更なことだと頭を振って頭から追い払った。まだまだ時間はある。しばらくこうしてゆっくりするのも良いだろう。それに、もうちょっと目の前の箒と話すのも、悪くはない。

 さて今度はどんなことを話そうか。そう考え、自然と口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破砕音が響き渡る。既に幾度目となったか分からない。安価な軽量材質でできたターゲットを破壊して、とにかく壊し続けた。数えることなどとうに辞めている。

 

「かっ……はぁーー……」

 

 拳を突き出したまま一夏は息を吐く。ISを展開しているとはいえ、やっていることは普段の鍛錬と何ら変わりはない。このくらいの疲労はむしろ当然だ。

 ISを展開してこそいるが、一夏は居る場所は屋内だ。生徒が主に近接用の兵装の取り回しなどを訓練するために、アリーナの一つに併設された施設だ。

 主として刀剣系武装のより効果的な振り方や、変わった例を挙げれば近接戦で現在最高峰の威力を持つとされる武装のシールド・ピアス(盾殺し)、いわゆるパイルバンカーなどといったものの取り扱いを学ぶためにある。

 あくまでその場を動かない訓練を想定しているため、アリーナに比べればその面積はだいぶ狭い。だが、それでも十分であり現状は生徒、教師ともに苦情は上がっていないのが現状だ。

 

 その施設の一角、個別訓練用のブースで一夏は延々とターゲットのダミーを破壊していた。本来であれば剣で斬りかかったり、シールド・ピアスで打ち貫いたりするものであるが、それを一夏は敢えて拳で破壊していた。無論、ISを展開した上でだ。

 

「壊れてもすぐに次が出てくるのはありがたいけどさ~、もうちょい頑丈にならんものかね?」

 

 コスト削減のために安価な素材で作っているのだろうが、武装では無く拳で破壊されるのは少しばかり脆いような気がする。

 

「まぁ良い。感覚は、掴めてきた……」

 

 そう呟き一夏は拳を握る。動くのは血の通わない鋼鉄の拳だが、それでも全身を奔り回る熱がその鋼鉄にも宿っているような感覚がする。

 悪くはない。漠然とした感覚だが、不思議と気分は良い。

 口元に笑みが浮かぶが、それも一瞬。すぐに真一文字に引き締め直す。

 

(もしも、俺の予想が正しいなら……)

 

 静かに目をつむる。思い出すのは先のセシリア戦だ。あの時の感触、衝撃、痛みを鮮明に思い出す。そして浮かんだ一つの仮説。これが正しいのであれば、そして今自分がやっていることが正しければ……

 所詮は小手先の技術だろう。だが、一つの強力な武器を得られることができる。そして今のところ、思惑は概ね軌道に乗っていると言えるだろう。

 

「しかし、鈴が相手か……」

 

 思い浮かべるのは旧友にして二人目の幼馴染。そして、隣のクラスの代表として自分とISで争うことになった少女だ。

 いずれにせよ、自分と彼女が相対することになるのは間違いない。ならば、コレ(・・)を使うことになるのかもしれない。

 

「まぁ、大真面目にやるだけか」

 

 大真面目に、本気で戦うだけだ。それが勝負というやつだろう。それは相手が旧友だとしても変わらない。

 

「俺も……大概だよなぁ……」

 

 そう小さく漏れた言葉には、僅かながらの自嘲が含まれていた。

 そして再び、破砕音が響き渡り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




え~と、その~、セカン党の方には土下座するべきなんでしょうか?
いや、結局こんな感じが自分としましては一番しっくり来る形になったと言いますか、ハイ。
鈴の家族関係については概ね原作通りですが、そこまで拗れた事情というわけでもないので、そこまで鈴の心理的負担にはなっていないという形です。
今回の話を書いていて、鈴には一夏と他の面々の間の潤滑油のような存在が適しているのではなどと思いました。いや、そういう役割がすごくピッタリそうでして。

とりあえず今回はここまでです。
もうそろそろ次の試合も書きたいし、例のあの娘もちょっとでも良いから出したいかな~なんて思ってます。


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第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます

今回はちょっと早く書きあがりました。

……前回、感想一つも来なかったんですよねぇ……
今回は感想を書いて貰える出来と信じて、レッツ投稿!


「じゃあ、今日の授業はここまでです。みんな、今日もお疲れ様でした」

 

 壇上に立った真耶の声でその日の授業が全て終了を告げた。荷物を抱えて教室を出ようと足を動かし始めた真耶に合わせるようにして、教室内の生徒達が一斉に立ちあがり始め、各々の放課後を過ごそうとする。

 それは一夏も同様だ。手早く荷物を鞄に仕舞いこむと、さっさと立ちあがって教室を出ようとする。

 

「あ、そうだ織斑君」

 

 ちょうど教室の入り口の所で一夏と鉢合わせる形になった真耶が、一夏の姿を見て思い出したように声を掛ける。

 だが、一夏も声を掛けられた時点で用件を察したのか、心得ていると言わんばかりに頷きながら応えた。

 

「あ、大丈夫っす。分かってますって」

 

 それなら大丈夫ですと言って真耶は教室を出る。後に続いて教室を出ようとする一夏だったが、今度は入口に最も近い席に座るクラスメイトで同じ日本人の相川清香が一夏に声を掛けた。

 

「ねぇ織斑君。山田先生、何言おうとしたの?」

 

「ん? いや大したことじゃあないさ。ちょっとこれから姉貴の、織斑先生のトコに行かなきゃならないってだけだよ」

 

「え? 何で?」

 

「別に大したことじゃあないんだけどさ、今度クラス対抗のISリーグがあるだろ? 俺が出るアレ。その日に出る連中は他のみんなと違う動きをしなきゃならないからさ、その説明だと」

 

「へ~、大変なんだねぇ」

 

 まったくだと、一夏は軽く肩を竦めながら同意する。

 

「ま、仕方ないさ。専用機もあるし、少しはこういうこともしなきゃだからね」

 

「良いよねぇ、専用機持ち。好きなだけ練習できるんだから。私なんてまだ授業で少し乗ったくらいなのにさ。申請しても中々返事来ないし」

 

「いやぁ、専用機持ってるったってアリーナの使用申請しなきゃだし、専用機持ちって肩書きに見合う成果出さなきゃだし、結構大変よ? 俺なんか他にも勉強とか俺の個人的なトレーニングとかもあるし。時間足りねぇよ。いつのまにか一日終わってたなんてザラだからな」

 

「お互い大変だねぇ」

 

「まったくだ。というか、IS学園(ココ)に居る以上はみ~んな大変なんだと思うぜ?」

 

「かもね~」

 

 そのまま互いにハッハッハと笑う。そのまま一夏は軽く片手を振って挨拶をすると教室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「揃ったか」

 

 職員室の自身に割り当てられたデスクに座りながら千冬は、自分を囲むように立っている四人の生徒を見回す。織斑一夏、凰鈴音、そして未だ一夏は名を知らない少女二人だ。

 一人の男子と三人の女子という構成になっているこの四人は、全員が各々の所属するクラスの代表者であり、近く行われるクラス対抗ISリーグの参加者である。

 

「私から特に言うことは無い。必要なことは概ねこれに書いてある」

 

 そう言って千冬はプリントをまとめただけの簡素な冊子を四人に渡す。受け取り、各々冊子を開いて中身を読み進める四人に対して、そのまま千冬は続ける。

 

「中に書いてある通りだが、当日にお前たちは始めから他の者達とは違う動きをしてもらうことになる。そこに書かれている内容をよく読み、迅速かつ正確な行動をするよう心掛けろ。いいな」

 

 読み進めながらも四人は了解の意思を示すように頷く。

 

「試合はほぼ丸一日使用だ。凡そ二限目の開始時間を目安として試合を始める。当日には時間など殆どないからな。前日までに準備を済ませておけよ?」

 

「先生、質問」

 

 声を発したのは一夏だった。しかし千冬は特に気にするでもなく続きを促す。

 

「なんだ」

 

「試合の合間の時間がやけに長いこと、試合を全部同じアリーナでやること。この二つの意味は?」

 

「合間の時間に関しては減少したISのシールドの再チャージだ。単なる駆動用ならばまだしも、シールド用はまた別になるからな。あとは装備の調整など、より万全の状態で次の試合に臨むためだ。

 同じアリーナでやるのは、単にその方が効率が良いからだ。一々別のアリーナに移動をするのも面倒だし、一纏めにしておいた方がこちらも管理がしやすい。同様の理由で、二年三年も別のアリーナでそれぞれまとめている。これでいいか」

 

「うす。あぁあともう一つ。試合の際につくセコンドっていうのは……」

 

「そのままの意味だ。今回のリーグ戦、参加者四人の内三人は専用機持ちだ。よって、その三名には機体を開発した企業やら国やらの技術者がサポートにつくことになっている。試合の合間の調整などはその者達に任せることになる」

 

 そこで千冬は視線を四人の内の一人に向ける。三組の代表を務めている彼女は、この場においてただ一人専用機を持たない立場にあった。

 

「お前の場合は学園の訓練機を使用することになるが、安心しろ。学園の技術担当、実技担当の教師がそれぞれ付く。試合当日の、そうだな。だいたい三日か四日くらい前を目安にして実機訓練を優先的に行えるようになるはずだ。その頃には担当の教師も決まっている頃だろう。協力して、準備を進めるように」

 

 その言葉にその生徒は安堵したような表情と共に頷いた。

 他に質問のある者はいないかと問うが、それ以上何かを聞く者はいなかった。それを見て頷くと、千冬は言葉を続けた。

 

「よろしい。ではこれで解散だ。各々、試合に向けて準備を怠らないように。もし何か分からないことが出てきたら、担任なりとにかく教師に聞け。

 ……いいか、今回の試合が持つ意味はそれなりに重い。同じ一年生には同期の上位格としての手本を示し、上級生にはこれが今年の一年生、お前たちの後輩だと示す。そして外部からの来賓、国やら企業からの使いには今年の新入生に向けられる期待を決める指標を示す。

 自分たちの戦いぶりが多くのことを示し、それが重要な意味を持つということを努々(ゆめゆめ)忘れるな。その上で――全力を出せ」

 

 当然だと言うように一夏はフッと笑った。鈴は特に表情を変えずに分かりましたと言うように首を縦に振る。三組の少女は僅かに緊張しているからか、固く握った両の拳を胸の前に掲げながら、同じように緊張の面持ちで頷く。そして最後の一人、四組の代表だろう少女は何も言わずに掛けている眼鏡を指先でクイと持ち上げる。

 そうして千冬の下から立ち去った四人が職員室を出たのは同時だった。

 

「……まぁさ、お偉方が見に来るとか他の皆のためだとか、ややこしいことはあまり気にしない主義なんだけどよ――」

 

「ん?」

 

 背後の職員室の扉を閉めると同時に口を開いた一夏に、鈴がその顔を横から見る。一夏を挟んで鈴とは反対側に立つ二人も一夏が何を言うのか、気になっているかのように一夏を見ている。

 

「全員、良い試合をしようじゃないか。俺も楽しみにしているよ。俺の剣が、技が、お前さんがたをブッ倒すのをな」

 

「へぇ~、中々言ってくれるじゃないの? ん?」

 

 挑発的としかとれない一夏の物言いに鈴もまた、片方の眉を吊り上げて挑戦的な視線で一夏を見つめる。

 一夏と鈴、互いに交わす視線は既に獰猛な獣のソレへと変わっていたが、不思議とギスギスとした空気は存在しない。あるいは、二人が気の知れた友人同士だからだろうか。

 そんな二人を、三組の少女はほえ~と呆けながら感心したような視線で見つめ、四組の少女は冷めた視線のまま再び眼鏡を動かした。

 

「なんというか、噂通りなのね~」

 

 次いで言葉を発したのは三組代表の少女だった。

 

「そういや、俺はあんたのこと知らなかったな。まぁ俺は今更だけど、あんたは?」

 

「あ、そういえばまだだったね。私、スーザン・グレー。アメリカ人よ」

 

「へぇ、アメリカか。日本語上手いな」

 

「いやぁ、小学校(プライマリー)の頃からIS学園(ココ)に受かるためのレッスン受けてたからね。日本語もきっちり教えられたわけよ」

 

 先ほどまで緊張の面持ちであったが、いざ会話をしてみるとこのスーザンという少女は割と陽気な気質らしい。会話からそれを感じ取れる。

 

「けど、まさか噂の男子から話しかけられるとは思わなかったわ。え~っと、名前は……」

 

 思い出そうとするように首を傾げるスーザンに、とりあえず言っておこうかと思う一夏であったが、すぐに思い出したように手を叩いた彼女の様子に、それも必要ないかと思いとどまる。

 

「そうそう思い出した。『セキガハラ アッキ』!!」

 

「読み仮名の『ラ』しか合ってねぇじゃねぇか!?」

 

 あまりにも酷い間違え方に思わずツッコミを入れていた。背後でドンと何かを叩くような音がしたので何かと思って振り返ってみれば、そこには額を壁に押しつけながら笑いをこらえるように小刻みに震える鈴の姿がある。

 

「プッ……ククッ……、せ、関ヶ原って……クフッ!」

 

 大声こそ出してはいないが、盛大に笑われているという状態に一夏は渋面を作る。気になって再び振り返ってみれば、四組の少女まで小さく肩を震わせている。

 そしてそんな状況を招いた元凶はと言えば、さして悪びれる様子も見えなかった。

 

「あ、ゴメンゴメン間違えちゃった。え~っと、『反斑(ソリムラ) 七夏(シチカ)』?」

 

「ちょっとずつ間違えるなよ!? しかも夏が六つばかり多い! いや近くなったけどさぁ!」

 

 しかし近くなった所で間違っていることには変わらない。証拠に、背後で笑いを堪える鈴の蠢く気配は強まり、スーザンの背後の四組代表の肩の震えも微妙に大きくなる。

 

「あぁゴメンゴメン。いやぁ、日本人の名前って難しいね~。えっと、『ポポン・ヤマモト』?」

 

「あのさぁ、近かったのが一気に遠ざかって、読みの文字数しか合ってないんだけど。しかもどっからきたんだよ、ソレ……」

 

 三度目の正直など無かったと言わんばかりの盛大な間違いに、もはや声を大にする気力も失せたのか、げんなりとした様子で一夏はツッコミを入れる。

 それに反して一夏とスーザンの二人を挟む鈴と四組代表の震えは大きくなり、鈴に関しては漏れ出る堪えた笑い声も大きくなっている。それが余計に一夏を何とも言えない気分にさせる。

 

(もう好きにしてくれ……)

 

 なんかもうどーでもいーや。馬鹿らしくなった一夏は考えるのを止めることにした。正直、これ以上突っ込む気になれなかったのが本音だった。

 

「あ、いっけない。私友達と約束があったんだ」

 

 手首に巻いた腕時計で時間を確認しながらスーザンは言い、そのまま立ち去ろうとする。そして去り際――

 

「じゃあね、みんな! 試合、頑張ろうねー! バイバーイ、『織斑一夏』!」

 

 今度こそ正確な一夏の名前を言ってからスーザンは去って行った。

 

「分かってるなら始めから正しく言ってくださいお願いしますー」

 

 だが、その一夏はと言えばどこか不貞腐れたような声でそう突っ込むだけであった。

 

「じゃ、じゃあさ、あたしも戻るわね……ヒヒッ……」

 

 未だに堪える笑いで痙攣したまま鈴も立ち去ろうとする。そろそろ腹筋がキツくなってきたのか、片腕で腹を押さえながら歩いていく。時折聞こえる堪え切れなかった笑い声が何とも言えない気分にさせる。

 

「……で、あんたは? というか、あんたの名前もまだ聞いてなかったな」

 

 そう言って一夏は残った一人、四組代表の少女に視線を向ける。一夏の視線を受けて彼女は深呼吸をして震えていた肩を落ちつかせる。

 そして再度眼鏡を指先で持ち上げると、冷めた視線のままで一夏を見つめ返した。

 

「……更識簪」

 

「更識な。オーケー、織斑一夏だ。よろしく。いいか? 織斑一夏だぞ?」

 

 さすがにこれ以上無いとは思うが、なにせ先ほどまでが先ほどまでだったために、自分の名前を強調する一夏。彼女――簪もそれを分かっているからだろう。素直に首を縦に振る。だが――

 

「……」

 

「な、なにさ」

 

 無表情でジッと見つめてくる簪に一夏はおもわずたじろぐ。別に気圧されているというわけではないのだが、なんとなくこそばかゆい気になるのだ。

 

「……クスッ」

 

「なんなんだよもー!」

 

 そして不意に吹き出した簪に一夏は思わず声を上げていた。

 なにか、そんなに関ヶ原とか反斑とかポポンとかが面白かったのか! と言いたかったが、なんとなくそれを言ったら余計に嫌な気分になるような気がしたので言わないことにした。

 

「……ゴメン」

 

 そう簪は謝るものの、その口の端がわずかにひくついていたのを一夏の目は見逃さなかった。

 

「まぁいい。えっと、更識さん? さっきウチの姉貴が専用機持ってねーのはさっきのグレーだけっつったな。ということは、あんたも専用機持ちか?」

 

 その問いに簪は静かに右手を掲げた。一体何かと思ったが、すぐに気付いた。ちょうど中指の部分に輝く物がある。

 それは一見すると青い宝石類をあしらった指輪だが、すぐにそれがただの指輪ではないと気付いた。

 

「それがあんたの専用機か……」

 

 セシリアのブルー・ティアーズの待機形態であるイヤリング、そして自身の白式の待機形態である腕輪。二つの専用機の待機形態を見た経験が、直感的に簪の指輪がISの待機形態だと気付いた。

 

(そういえば鈴の専用機の話は聞いてなかったな。……あのブレスレットか?)

 

 思考の端でそんなことを考えるが、今はそこまで重要なことというわけでもない。今重要なのは、目の前のことである。

 

「打鉄弐式。一応は打鉄のカスタム機」

 

「へぇ、打鉄のねぇ……」

 

 あのISは一夏も訓練でごく数度だが乗ったことのあるISだ。今の白式も十分に悪くないISだとは思っているが、あの打鉄もそれなりに良いと思えるものだった。

 それをカスタムした機体というのは幾ばくの興味があるが、同時に僅かだが首をかしげる思いもあった。

 打鉄というISは防御に重きをおいた近接戦闘用の機体というのが一夏の印象だ。同じ近接用という点では白式もそうだが、打鉄の方が扱いやすいマイルドな機体というのが一夏の考えだ。

 そして、そのカスタムというからにはおそらくは近接戦を行うものと予想したのだが、何とも言えない違和感があるのだ。自分のように剣で、拳で相手を打倒する術を学んできた武芸者特有の匂いというべきだろうか。

 いや、そうした技術を学んだことはあるのだろうと察せるくらいにはそれらしい雰囲気があるのだが、自分や師のように徹底した程では無い。

 

「専用機ってことは、候補生か何かか? やっぱ日本?」

 

 その問いかけに簪は素直に頷く。

 

「一応、日本の候補生」

 

 やはり候補生かと納得すると同時に、ならば尚更なぜという疑念が強まる。仮にも候補生クラスならば、相応の腕前を持っていることは間違いないと断言できる。実際に候補生を相手にした経験ゆえだ。

 

(いや、ないしは……)

 

 打鉄は確かに近接戦闘寄りの機体だ。だが、だからと言ってそれしか能が無いわけではない。しっかり装備を整えれば、射撃戦だってできる。つまりは――

 

(打鉄弐式……『打鉄』って認識は取っ払った方が良いか……?)

 

 たとえカスタム機だろうが、別物であることには違いない。ならば、それがまるで別物であるという可能性も考慮すべきだろう。

 武芸にしても同じことだ。同じ格闘技や武器術、更に流派まで同じであろうと、使い手が違えばその戦い方もまた違ってくる。

 そう自分に言い聞かせて、なんて素晴らしい理解の仕方だと思う。そしてそんな素晴らしい理解の仕方を与えてくれた武術にただただ感動するしかない。

 武術サイコー、武術バンノー、ハイル武術、武術万々歳。願わくば全人類でこの素晴らしさを共有したいと思うくらいだ。無理に決まっていると分かっているが。

 

「もしもし?」

 

「ん。あぁいやゴメン。ちょっと考え事してた」

 

 失敬失敬と言いながら一夏はごまかすように笑いを浮かべるが、それを簪は怪訝そうな目で見つめる。だが、程なくして興味をなくしたかのように元通りの目つきに戻った。

 

「そういえば打鉄って確か倉持技研が開発したよな? もしかして打鉄弐式(ソレ)って、割と最近に完成した? そうだなぁ、大体学校始まって一週間そこら」

 

「そうだけど……なんで知ってるの?」

 

「いや、俺の白式(コイツ)さ」

 

 言いながら一夏も右手を掲げて待機状態となっている白式を見せる。

 

「コイツを受け取った時に姉貴――織斑先生に開発元で二つの機体を並行してどーのとか言ってたからさ。もしかしたらって思ったんだけど」

 

「あぁ、そういうこと……」

 

 弐式の開発元が倉持技研であるということは、『打鉄』ということを考えれば想像には難くない。だが、その受領時期となると話は別だ。

 確かに簪は日本の候補生であり専用機の所持資格を持っている。だが、それを殊更吹聴した覚えはない。専用機にしても開発側から最終調整が完了して一応の完成を見たという報を受け、休日を利用して受け取ったものであるため、周囲からはいつのまにか手元にあったという認識になっているはずだ。

 だからこれまで接点のまるで無かった目の前の男子が、自分の専用機の完成時期を知っていたことに首を傾げたが、それもさっきの言葉で納得いった。

 だからといって、特別どうこうという話ではないのだが。

 

「……じゃ、私は行くから」

 

 そう言って簪は踵を返す。元々自分でもそこまで口数が多い方ではないと思っているためか、何か話そうという気はあまり起きない。

 なら、ここでこれ以上無為な時間を過ごすよりも、また別のすべきことをした方が建設的と思ったからだ。

 

「あぁ、じゃ。また試合で」

 

 一夏も特に気にしてはいないのか、同じように踵を返して簪に背を向けて歩き出そうとする。

 

「あ、そうそう。一つ……言い忘れた」

 

 一歩を踏み出そうとした背に投げかけられた声に一夏は足を止める。

 

「ん?」

 

 首だけを動かして振り返った一夏の視線に入ってきたのは、自分とは違い全身を自分の方に向けている簪の姿だった。

 

「どうした?」

 

「試合……私が勝たせてもらう……」

 

 静かだが、強い意思が秘められた言葉だった。

 

「まぁ、俺も勝つつもりでいかせてもらうさ。良い試合にしようじゃあないか」

 

 知らず口の端が吊りあがっていた。だが、簪は一切表情を変えずに再び眼鏡を指先でクイと持ち上げると、そのまま再度踵を返して歩き去る。そして去り際に一言。

 

「じゃあね、『壇ノ浦 平家』」

 

「お前絶対面白がってるよな!? そうだよな!? やっぱり『ラ』しか合ってねぇよ!? しかも壇ノ浦に平家とか妙に縁起悪いな! あれか!? 暗に俺にくたばれと!?」

 

 最後の最後でもう無いだろうと思っていた名前間違えを、あからさまにわざとかましてくれた簪に突っ込んでみるものの、簪は一夏の追求など何処吹く風と言うように悠々とした足取りで去っていく。

 その後ろ姿を苦虫を噛み潰したような視線で見送る一夏だったが、やがてもうどうとでもなれと言うようにため息を深く一つ吐くと、他の者達と同様に自分のことをするために歩き出す。

 

「……」

 

 無言で歩く一夏だが、程なくしてその足が再び止まる。

 先ほど簪に声を掛けられた時のように後ろを振り向いたりはしない。僅かに視線を落として、ただ一点だけを見つめている。

 だが、その意識は視線の集中に反して自分を取り囲む空間全てへと拡散していた。

 

「……なんだ?」

 

 先ほどまでは会話をしていたために表に出すようなことはしなかった。だが、少し前から思考の片隅に居座る違和感が一人になった途端に急に気になりだした。

 この感覚には覚えがある。そうだ、馴染み深い感覚だ。その一つ一つが鮮明に記憶されている師との修業の一つだ。

 ある時は道場の中央で目隠しをして、ある時は日も暮れて薄闇に、あるいは本物の闇に包まれた森の中で、より鋭敏な感覚を磨くための修業の中で、その中でターゲットとして利用した師の『視線』だ。

 

(誰か、見ていやがったな……)

 

 もちろん、終始自分を視界に捉えていたというわけではないだろう。だが、ほんのさっきまで誰かがそれほど離れていない場所で自分に意識を向けていたのは間違いない。

 師の監督の下による修業では勿論のこと、危機回避に繋がるこのスキルは三年前を境に一気に伸び幅は大きくなった自覚がある。今となっては集中をすれば普通にしている人間の気配なら敏感と呼べるレベルで感知できる自信がある。

 だが、その自分でも違和感程度でしか感知しえない。これが意味するところは、その謎の人物Aが相当なレベルで気配を隠しているということだ。

 

「……まぁいいか」

 

 今はその違和感のような気配も消え失せている。一体どこの誰かは知らないが、何もしてこないならそれで良い。

 何せ自分は世界で唯一の男性IS適格者サマだ。まぁ、そんな変なことに絡まれても仕方ないと言える。それを考えれば、今はこれで妥協しても良いだろう。

 そして一夏は再び歩き出す。時を同じくして廊下の一角、偶然生まれた暗がりの中で和紙の扇子が閉じられる音が一瞬鋭く鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻った簪は手早く荷物を片付けると直ちに机に向かう。まず第一に行うのがその日の授業の復習だ。

 仮にも一国の候補生を務めている立場上、知識に関しては既に十分なレベルで持っていると自負はしているが、例えそれが既に知っていることでも復習によってより盤石のものとしておいて困ることは何も無い。

 とはいえ、それ自体は一時間もかからずに、それこそ三十分そこらで片がつく見込みがある。ならあとは、試合に向けてじっくり情報をまとめたり策を練ったりするだけだ。

 幸いと言うべきか、同室の生徒はまだ戻ってきていない。別に同室の者が嫌いというわけではないが、やはり一人で集中できるというのはありがたい。

 

「ん……?」

 

 机の上にノートを広げいざと思った瞬間、携帯電話のコール音が室内に鳴り響いた。

 こんな時に誰かと思いながら椅子から立ち上がりベッド脇に置いておいた携帯電話を手に取る。そして画面に表示された発信者の名前を見た瞬間、簪の顔は困ったような、それでいて仕方ないと微笑むようなものになる。

 

「もしもし、どうしたの? ……別に大丈夫。まだ特に何か始めたわけじゃないし」

 

 電話に応答した簪の声はいつも通りの平坦なものだった。彼女のことをそれなりに知っており、なおかつ本当に敏いものであれば、その声に僅かながらの軽快さが混じっていることに気付いただろう。

 それは即ち、電話の相手が彼女にとってそのような調子で話せる、ごく親しい相手ということだ。

 

「うん、こっちはまぁまぁ。弐式も悪くない感じだし、試合には十分。……別に私は大丈夫。そこまで柔じゃない」

 

 相手の言葉は簪の身を案じるようなものであったが、それが僅かなりとも簪にとって気に障るものだったためか、声にふくれっ面のような調子が混じる。

 

「……え? 彼? なんでそれを……もしかして、また覗き見?」

 

 少し前とは違う、今度はジトッとしたような声で尋ねる簪に、相手の態度が慌てるものになるが、それに対して簪はため息を一つ吐くだけだった。

 

「別に今更だから何も言わないよ……。それで、彼がどうだったか、聞きたいんでしょ? 織斑一夏が。……別に、割と普通。けど、入学してすぐに候補生に勝ったのは、侮れない」

 

 素人には変わりない。あの勝利も所詮はビギナーズラックと言ってしまえばそれまでだろう。だが、結果を挙げたのは事実であり油断があればそこを突かれる可能性があるのもまた事実だ。

 

「……別に買ってるとかじゃない。単純な、当り前の意見」

 

 一夏のことを高く評価しているととれる簪の言葉にからかうような反応を見せる相手に、簪はごく当たり前の意見であり他意はないとキッパリ言いきる。

 

「それともう一つ」

 

 付け加えるような簪に言葉に、相手が首を傾げるような仕種をするのが電話越しでも分かった。それをイメージして、そしてこれから言うことを考え、簪の口元に僅かに面白がるような曲線が描かれる。

 

「弄ると結構面白い」

 

 返答は思わず携帯を耳から遠ざけるほどの大爆笑だった。相手は間違いなく腹を抱えて笑い転げていることだろう。

 自分とは違って感情表現が豊かな人間だ。その様を想像することは容易い。

 相手が一しきり笑い落ちついた所で簪は再び携帯を耳に近付ける。

 

「そろそろ良い? 私、やることがあるから」

 

 そう言って電話を切り上げようとする。正直な所、話をするのは構わないのだがこれ以上時間を削られるのは勘弁願いたいと思っていた。

 

「うん。……じゃあ、またね」

 

 そう言って簪は通話を切る。切ってから、そう言えば言っておけば良かったかもしれないということを思いついた。

 

(あまりやり過ぎないように言っておいた方が良かったかな……)

 

 さっきの電話も間違いなくきっかけの一つになるだろうが、十中八九彼女(・・)は彼に、織斑一夏に対してなにかしらのアクションを起こすだろう。

 多分身辺を害するようなことはないはずだが、間違いなく癪に障る類のものには違いない。自分だからこそ断言できる。

 だからこそ、やるならやり過ぎないようにと言っておいた方が良かったと思った。別に一夏を案じてではない。逆に、彼女を案じてだ。

 確かに彼は実に弄ると面白い人間だと分かったが、ああいう手合いは多分やり過ぎると本気で――キレる。それで厄介を被るのは御免だ。

 だから忠告しておいた方が良かったかと思ったが、やっぱり止めた。

 そうなったらそうなったで、またちょっと面白いものが見れるかもしれない。

 そして、これ以上考えても時間の無駄と判断した簪は携帯を再びベッド脇に置くと、机に座って今度こそノートへの書き込みを始めた。

 

「次はどんな名字がいいかな? 霞が関、下関、青木ヶ原なんてのもいいかも……」

 

 漏れた呟きには小さくだが、笑いが籠っていた。

 

 

 

 

 

(ハハッ、駄目元でも頼んでみるもんだよな!)

 

 既に夕焼けの茜色が空を染め上げている頃、一夏はISアリーナの一つでただ一人、白式を纏って宙を駆っていた。

 千冬の下を後にし、二人の初見の生徒に名前を盛大に弄られ、一年ぶりに再開した友人に思いっきり腹を抱えて笑われた後、一夏はある考えを以って副担任の真耶を探した。

 時間にも余裕があったため、何とかしてアリーナを使わせて貰えないかと聞くためだ。姉ではなく真耶を選んだ理由は単純だ。そっちの方が話が通りやすそうだからだ。

 そしてお目当ての真耶を見つけて頼み込んだ結果は、今の状況が示している。

 ついでに練習の監督もおまけでやってもらうというラッキーに見舞われ、どうせならばと使用時間の終わりが見えて来た頃合いに、延長を頼んで見れば試合も近いから特別ということで許可を受け、よっしゃヒャッホゥというのが今の一夏の状況だった。

 とはいえ、だからと言って浮かれたような動きをするわけにもいかない。文字通り色々と特別な状況なのだ。そしてそんな機会を与えられた以上は、僅かな無駄も許されない。何より、自分が認める気にならない。

 

「……っ!」

 

 上空からの急降下、地面が近づいたところで一気に急制動を掛けると同時に切り返して再上昇。この切り返しの所で他にも情報以外の前後方あるいは左右といった二次元的機動に持っていくのも選択肢だが、とりあえずは上方への移動に絞っておく。

 そしてある程度上昇したところで一度宙に留まると、一夏は白式の通信機能を起動して管制室に連絡を入れる。相手はもちろん、監督を務めてくれている真耶だ。

 

「どうでした?」

 

 何かは言うまでもない。先ほどの急降下からの上昇だ。

 

『そうですね、ちょっと減速に入るのが早い気がします』

 

「ふむ。じゃあもうちょいタイミングを遅くして、それでブレーキを強めに掛ける感じですかね?」

 

『そうですね。ちょっと体への負担は掛るけど、その方が相手に動きへの対処は取られにくいですし。慣れてくるとあまり減速をしないで次の動きに移れるんですけどね』

 

「あぁ、PICのマニュアル化だかでしたっけ?」

 

『えぇ。ただ、あれはちょっと難しいですからね』

 

「へぇ~」

 

 そんなことを言いながら一夏は白式のコントロールパネルを開く。まるで目の前に浮かび上がるような映像にはいい加減慣れたが、つくづくぶっ飛んだ技術だとは思う。

 そういえば昔テレビでモニターだかを使って空中に絵を描いているように見えるマシンなんてのを作ってたのを見たな~などと思いつつ、一夏はパネルを操作する。

 

「つまりこんな感じですか?」

 

『ちょっ、織斑君!?』

 

 通信の向こうで真耶の慌てた声が聞こえる。白式の状態は監督者である真耶にも分かるように、管制室のモニターやらにも表示されるようになっているため、何かしら機体に変化があればすぐに分かることになっている。

 真耶の見つめるモニターに不意に表示された白式の変化、それはPICのオートからマニュアルへの変更だ。

 オートの状態であれば各種機動を行う際に、機体側が状況をある程度判断して自動でそれに適した操作を行ってくれる。

 だがマニュアルとなれば話は別であり、停止の際に掛ける制動の強さや曲がる際のカーブの描き方など、細やかな部分に至るまで自分で操作しなければならなくなる。

 当然ながらそれを制御するために思考のリソースを割くことになるため、満足に戦闘行動ができなくなる可能性はあるし、操作を誤ればまるでトンチンカンな動きをしてしまったり、あるいは無理な動きをして体に過度の負担をかける可能性がある。

 だからこそ、いきなりPICをマニュアル設定などにした一夏に真耶が困惑の声を挙げたのも無理のない話というものだった。

 

「いや、こりゃ確かにまた……。お空にプカプカ浮かぶにしても一苦労だ」

 

『そうでしょう。だから――』

 

「ま、とりあえずはちょっとやってみますよ」

 

『織斑君!?』

 

 まるで話を聞こうとしない一夏の様子に真耶の声が半オクターブばかり上がる。

 

「ねぇ先生。ぶっちゃけこのマニュアル化って、腕利き連中にとっちゃ基本みたいなモンなんでしょう?」

 

『それは……そうですね。上級生、とくにある程度以上の腕を持った二年生や三年生くらいなら結構やっていますし、一年生でもオルコットさんのような候補生クラスなら可能でしょうね。あとは二組の凰さんですか。少なくとも、学園から離れて正式に国家に所属している乗り手なら、ある種の必修技能です』

 

「なら、俺だって専用機持ちとしてできなきゃでしょう。つーか鈴のやつができてるのに俺がってのもカッコつかないし……」

 

『けど織斑君。確かに織斑君は専用機持ちですが、それも極めて特例的なことですし、まだ経験も浅いんですよ。将来的にはともかくとして、今そこまで焦る必要は――』

 

「別に焦っちゃいないですよ。単に俺が必要だと思っただけです。それに姉貴なら『素人であることなど言い訳にならん。それができることが必要ならば、死に物狂いでも身につけろ』って言うはずですけどね」

 

『それは……まぁ確かに』

 

 公私にわたって付き合いの長い、尊敬する先輩の姿を脳裏に思い浮かべて真耶は否定できないと思う。何せ今自分が話している生徒は件の先輩と自分よりも遥かに長く、それこそ人生全部において肉親として共に過ごしてきたのだ。

 ことその人間面への理解は自分などよりは深いだろう。

 

「それに、試合まではまだ一週間くらいはあるんだ。頑張れば――何とかなるっ!」

 

『え~っと……そうですね?』

 

 別に確約されているわけでもないのに妙に自信満々に言う一夏に真耶も苦笑いをせざるを得ない。

 

「じゃっ! そゆことでっ! またチェックお願いします!」

 

 言うなり一夏は通信を切って再び空中機動の練習に没頭する。先ほどまでと変わって、表情は一瞬にして真剣なものになっている。

 鋭く眼光が光るような目つきだが、怖さなどよりも先に真摯さを感じる。そんな目だった。

 

 

(それにしても……)

 

 ちょっとした雑務を片付けつつ一夏の様子を見守り続けて、時間はあっという間に四十分ほどが経過した。

 PICをマニュアル化したことで最初の内こそ、エッチラオッチラとするような覚束ない動きをしていた一夏だったが、それもしばらくしたらある程度感覚を掴んだのか、普通に飛ぶだけならば滑らかな動きをするようになっていた。

 その掴みの早さに僅かながら感嘆をするも、それからの一夏のすることはどちらかと言えば地味なものであり、真耶が評価をしたような急降下からの転身や、空中での旋回や体ごと回転させての回避運動など、今の一年生全体で見ればそこそこの難度があるだろうが、総括的に見れば基本的な技能をただ反復している。

 繰り返すたびに確実に進歩をしている。決して劇的というほどではないものの、それでも一歩一歩着実にだ。

 時には制御を謝って壁やら地面やらに激突もして、そのたびに肌に赤みを作ったり体のどこかしらに土汚れをつけたりしている。だが、それらがあるからこそ余計に感じるのだ。

 

「先生、どうっすか?」

 

『えぇ、さっきよりもだいぶ良くなっていますよ。織斑君、結構飲み込みが良いんですね』

 

「まぁ、体で覚えるっていうのは得意ですし、昔からやってましたから。だからまぁ、繰り返しやるってのも結構慣れたモンですよ」

 

『……意外ですね』

 

「え? 何がです?」

 

 真耶の呟きは本人も意図せずして、無意識のうちに零れたものであった。だがそれを耳で拾い上げた一夏はどういうことか聞き返す。

 そして聞き返された真耶は、その時になって自分の呟きに気付き、やや慌てながらも一夏の問いかけに答えた。

 

『えっと、なんていうかちょっとイメージと違うっていうか。織斑君、運動とか体を動かすのが凄い得意そうだから、こう、どんどん難しい動きとかするのかなって』

 

「あぁ……、そういうことですか」

 

 納得したと言うように一夏は腕を組みながら呟く。そして、その疑問への答えとするかのように真耶に向けて言葉を続ける。

 

「まぁ否定はしませんけど、やっぱりまずは基本的なトコですよ。ISもそうだし、武術だってそうだ。

 例えば俺なんか剣術以外に空手や柔道も齧ってますけど、どれも基本は欠かさないですよ。木刀使って素振りや型稽古なんてしょっちゅうだし、空手なんざもう何回正拳突きやったやら。

 そりゃあ、高度な技ってやつも使えますし、練習だってしてるけど、基本は大事ですよ、やっぱ。体づくりもですけど、基本ができなきゃ。

 今俺がやってるこのISだってそうだ。先生、実際問題俺が今やってることはみんな基本みたいなモンなんでしょう? だったら、欠かすつもりはありませんよ。ていうか欠かせないし、欠かしたら姉貴にどやされるのが目に見えてる」

 

『……そうですか』

 

 声は柔らかかった。一夏の言葉は最後だけが茶化すような調子だったが、それでも決してふざけてはいない。

 確かに彼の気質は教師としてしばらく見ていて、少しばかり普通とは違うと思えるものだ。だがそれでも、自分が大事だと思うことに対しての真摯さは間違いなく持っている。

 少なくとも、今はそれが分かっただけでも十分と言えた。

 

「まぁそんなわけなんで先生、もうちょっとお付き合いお願いしますよ」

 

 だからこそ、真耶はその言葉を決して嫌とは思わなかった。その言葉に応えることは、彼女が考えるIS学園教師としての責務だと思うからだ。

 そしてIS学園教師としてもう一つ、今ここで最優先して言わねばならない言葉もまた、確かに存在していた。

 

『織斑君』

 

「はい!」

 

『申し訳ないけど、そろそろ時間もギリギリなので今日はここまでです』

 

 モニターの向こうで宙に浮かぶ一夏の体が数メートルほど落ちると共に、その姿勢がガクッと盛大に崩れ落ちるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「先生、一日って何で二十四時間しかないんでしょうね?」

 

「え~っと、宇宙の法則だからじゃないですか?」

 

「この世界に神はいないのか!!」

 

 練習がノリにノッてきたところで中断を喰らったから、一夏の表情には不満がありありと浮かんでいる。

 だがそれでもおとなしく真耶の言葉に従い、手早く撤収作業を進めてこうして寮への帰路を彼女と共に歩んでいるのは、彼女にかけている負担を彼の思考の片隅にある良心が意識していたからだろう。

 それに一夏は放課後の補習やクラス代表としての仕事などでも度々真耶に世話になっている。そしてつい先ほどもまただ。ならば、彼女の言葉も相応に重んじるべきとも考えていた。

 

「えっと、またアリーナの使用申請をしてからね? 頑張れば良いと思いますよ?」

 

「うぃ~っす……」

 

 まぁた色々紙に書かなきゃならんのかと、訓練機の貸出程では無いもののやはり手軽とは言い難いアリーナの使用許可の一連の流れを思い出し、うんざりとしたような顔をする一夏に真耶は再度苦笑をする。

 

「あ~、そういや先生。ちょっと一つ質問良いですか?」

 

「何ですか?」

 

「え~っと、ISでも普通に手や足を動かしますよね? あの動きって確かISが俺ら乗り手の体が動こうとするのを瞬間的に読み取って、その通りに機体で勝手に動かしてくれるって仕組みでしたよね?」

 

「そうですね。でも、それもやっぱり乗り手本人との関係は密接ですよ。単純な話、握力が強ければISの手の握力も、出力限界を超えないまでですけど強くなりますし。それに動きの細やかさも――」

 

「あ~っと、それも大事なんですけど、俺が聞きたいのはアレです。こう、例えば持った剣振るうのに腕も振りますよね」

 

 そう言って一夏は目の前に突きだした片腕を上下にブンブンと振る。

 

「けど、実際に振られているのはISの、あの鉄の塊の腕なわけで。アレ、振るスピードをもう少し早くできやしませんかね?」

 

「あぁ、そういうことですか……」

 

 一夏の質問の意図に納得した真耶は考え込むように顎に手を当て、言葉を吟味しながら彼の質問に答える。

 

「そうですね、結論から言えば可能です。腕や足の駆動系の制御系を弄ればより機敏な動きができますし、その作業も流石に今の織斑君一人では大変でしょうけど、少しそっちに明るい人に手伝って貰えばすぐにできるものです。少なくとも、私達みたいな先生の誰かであれば一発ですね。

 ただ、あまりやり過ぎはお勧めできませんよ? 負担は乗り手の体に掛るわけですし、限界を超えてしまえばどうなるかは明らかですから。だから、もし織斑君がもっと早い動きを希望しているとして、その作業を誰かに手伝ってもらいながらやるのは一向に構いませんけど、ちゃんと自分の体と相談しながらにしてくださいね?

 また今日みたいに私に相談をしてくれても大丈夫ですから」

 

「わかりました。いや、そんだけ聞ければ十分です」

 

 そう言って一夏は真耶に頭を下げて礼を言う。そして上げた顔をまっすぐ真正面に向けた一夏の目は、何かを考え込むように真剣な眼差しになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、話は分かった」

 

「ありがとうございます」

 

 都内にあるとあるビル、その一室では部屋の主である壮年の男性と、彼への来客である若い女性の会話が為されていた。

 共に着込んでいるのはスーツであり、その会話も二人にとっては自身の職務に関わる重要なものであった。

 そしてそのビルの正門には、ビルの内部にある組織の名前が記されている。それは『防衛省』。

 

「だが浅間君。君の腕を信用していないわけではないが、本当に大丈夫なのかね?」

 

 男の問いかけに女性――浅間美咲は頷く。

 

「問題ありません。むしろ、私一人の方が都合が良いくらいです」

 

「まぁ、君ほどになればそう言ってもむしろ納得できてしまうのだがね」

 

 そう言って男――美咲も懇意にしており何かと便宜を図ってもらっている防衛省幹部は掛けていた椅子の背もたれに深く腰を下ろす。

 兄弟子の父とも個人的友好を持っている彼は、兄弟子の父と比べれば纏う空気の重みというものに欠けているように見えるものの、その表面からは読み取れない巧みな手腕がそれゆえにただならないと彼女に思わせている。

 もっとも、だからこそこうした頼みごともある程度気兼ねなくできるのだが。

 

「一つ、聞いてもいいかね?」

 

「はい」

 

「何故出ようと思った。こう言ってはなんだが、君の気質を考えれば、こんな日の光を全身に浴びるような仕事は好みでは無いと思うのだが?」

 

「そうですね。確かに今までの私の任務を鑑みれば、そう思うのも納得です。ただ――」

 

 そこで美咲は一度言葉を切る。切って間を置くことによって、より次の言葉への相手の意識を高めるためだ。

 

「私の職責の履行、私が出ることの必要性、それらを総合的に考えた上です。それに今年は例年とは異なります。何があってもおかしくはないでしょう」

 

「例の彼か……」

 

 その言葉で男と美咲は同時に一人の少年の姿を思い浮かべる。別に面識があるわけではないが、とにかく有名なので否応なしに知っている。

 

「まぁ良い。当日は君に任せよう。だが、決して無理はしないでくれたまえよ。援護を寄こす準備は整えておく。君は防衛省(われわれ)に、いや。この国にとって失ってはならん人材だ。とくに、彼女(・・)が大きく動けない今はな」

 

「心得ています」

 

 そして美咲は一礼して部屋を出ようとする。だが部屋を出る直前、その背に再び声がかけられる。

 

「浅間君。先ほど無理をするなと言った後にこう言うのもおかしな話だとは分かっている。だが、失敗もまた許されないと肝に銘じておいてくれたまえ。当日、君の双肩には我が国の国際的な信用の一端が乗るのだからな」

 

 先ほどまでの気楽さとは打って変わり、少し低くなった重みのある声で男は告げる。

 美咲はただ一言、「無論です」とだけ答えて部屋を辞した。

 ハイヒールと床の当たるカツカツとした音を廊下に響かせながら美咲は思案する。

 実際問題としては何事も無いのが一番だ。スポーツ、サッカーあたりに例えれば自分はゴールキーパー。仕事が無いのがチームにとって一番なのだ。

 だが、その方が良いと理屈では分かっていても、同時に何かあってはくれないかと思う自分がいることに苦笑を禁じ得ない。一年三百六十五日、技を振るう機会を求めているような性格だから今更なことだとは分かっていてもだ。

 そんな主の思いに同調するかのように、手首に巻かれた待機状態となっているIS「黒蓮(くれん)」が小さく光を照り返した。

 

 

 

 

 

 

 そうして誰もが各々の日々を過ごし、時は一歩一歩確実に進んでいく。

 そしてついに、IS学園学年別クラス対抗代表者ISリーグ戦開催の日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっとコメディ成分も入れてみました。
言わずもがな、一夏の名前間違えネタです。まぁ元ネタは存在するのですがね。
さて、とりあえず三組の代表者を適当に作ってみたわけですが、コイツの今後の扱いどーしましょう。
キャラづけして今後も話の中で動かすも良いけど、ちょっと妥協しちゃってたま~に思いだしたかのようにちょこっと出る程度にするか。
……書きながら追々考えることにします。

ではまた次回!


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第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮

今回は鈴戦です。そして楯無ルートと怒涛のダブル投稿です。
どうしてもIS戦が二話構成になってしまいます。今度は一話でスマートに片づけられるようになりたいですね。
書いてるとついついこんな感じになっちゃうのです。


 一名という極めて稀な例外が存在はしているものの、IS学園は基本的に女子校であり、在籍する生徒は皆一様に女子である。

 それも十代半ばという多感な年ごろだ。興味を引くことがあれば仲間内で一気に盛り上がる。そんな少女達だ。

 

 その日のIS学園は早朝から興奮のざわめきに包まれていた。常ならば寝ぼけ眼を擦りながら朝食を摂るために食堂にやってくるような生徒も、きっちり制服を着こみ完全に覚めた目で食堂へと趣き、見つけた友人とすぐさま歓談を始める。

 およそ数日前から学園の生徒たちの話題はあるイベントに集中していた。その名も『学年別クラス対抗ISリーグ戦』。

 

 一対一におけるIS同士の戦闘能力評価試験という小難しい名目の下に行われるIS同士の規定下での勝負を、学園公式の行事として行うものとしては年度最初のイベントだ。

 毎年顔ぶれが変わる各クラスより選出された代表者が学年ごとにリーグ形式の総当たり戦を行い、その勝敗を競う。

 結果は平素のクラスの様子を、それこそ授業は当然としてそれ以外の休み時間や放課後などの課外時間に至るまで密かに観察している教師が評価した得点に加算され、それらを総合して優秀クラスを決定する。そして最優秀のクラスには何かしらの特典が与えられるというものだ。

 とはいえ、このISリーグは半ばそれ自体が独立したイベントのようなもの。既に使用されるISアリーナは観客である生徒の収容を終え、関係者用に設けられた席には自国、あるいは他国のISの戦いぶりを見ようと各国各企業研究機関の人間が座っている。

 

 三学年それぞれが異なるアリーナを使用するため、この日に用いられるアリーナは三つ。その三つのアリーナ全てにおいて、観客席は始まる前より興奮が渦巻いていた。

 そして、その中でも最も興奮のボルテージが高いのは一年生用アリーナの観客席であった。

 既に在籍する面子がある程度分かっている二年三年とは異なり、この春に入学して初めて顔を合わせた者同士が大半となる一年生は未だ自分の知らない未知の人物がISを駆って戦うという光景を間近で見る、人生でも殆ど無かった経験を目前としているために、その興奮もある意味必然と呼べるものだった。

 それだけではない。出場する四名の内、二名は国家よりその実力を認められた候補生、一人は世界初の男性操縦者という錚々たる面子。そのことが観客の期待度をより一層高めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおーおー、まぁ随分と人が入ったもんだ。満員御礼というべきかね」

 

 アリーナに設けられた四つの出撃ピット、その一つから外の様子を見た一夏が感心するように言う。

 既に素肌の上にISスーツを着用するという姿になっており、後は専用機である白式を装備すれば何時でも出撃が可能という状態であった。

 

「織斑さん、すみませんがこちらに。ISを装備しての最終調整を行います」

 

 そう一夏の背に声をかけたのはスーツの上から白衣を着た男性だった。彼は学園の関係者ではない。一夏の専用機である白式の開発元、倉持技研よりこの日のために学園へと出向してきた研究員の一人だった。

 

「うーっす」

 

 クルリと踵を返すと一夏はハンガーに固定され、幾本ものコードによってピット内に添えつけられた調整用コンピュータと接続された白式に歩み寄り、そのまま乗り込んだ。

 

「ちょーっとそのままで待ってて下さいよ。不備が無いかチェックしますんで」

 

 そう言いながら今回の試合において一夏のセコンドを務める倉持技研から派遣されたチームの纏め役である男は、コンソールを操作してモニターに表示される文字や数字の羅列に目を通していく。

 

「いやぁ、本当にすいませんね。色々やってもらっちゃって」

 

 白式を纏いながらその場に立ち続ける一夏は数日前に行われた顔合わせ以来、連日行ってきた調整に付き合い続けてもらったことへの謝意も含めた言葉を言う。

 

「いえ、これが我々の仕事ですからね。きちっとやらなきゃ、給料貰ってる意味がないもんですから」

 

 対する彼の返事は軽い調子だった。ISという未だ未知の部分が多い物を開発する職の、一部門の纏め役にありながら割とフランクな人柄である彼に対しては一夏も早くに気を許し、あれやこれやと機体に関しての頼みごとをしていた。

 

「しかし織斑さん。一つ、聞いても良いですか?」

 

「何をです?」

 

「この数日、我々も関わって白式(コレ)の調整をしてきたワケですよ。基本的には織斑さんが動かしやすいようにって感じで、我々もそこまで気にするようなことでもなかったんですがね。コレばかりはちょいと気になるわけですよ」

 

 そう言って彼は白式のモニター、一夏の眼前に一つのウィンドウを映し出す。そこに記された内容を見て、一夏はあぁ……とだけ呟くと頷き、答えるために口を開く。

 

「まぁ、変わってるって言われた以上はそうなんでしょうけどね。断言できますよ。こいつは必要だ。もし、俺の考えが正しければコレは絶対に必要になる」

 

「……」

 

 その答えを無言で聞き続け、そしてチェックを終えると「終わりました」と言って白式に繋がれたコード等の片づけを始める。

 

「まぁ、実際に飛んでも上手くやれていたみたいですし、それで勝算があるというなら我々は何も言いませんよ」

 

「そりゃどうも。その方が俺も気が楽ってやつです」

 

 言いながら一夏は白式を纏ったまま歩き、ピットの中央に仁王立ちする。もう間もなく第一試合、一組代表織斑一夏対二組代表凰鈴音の開始時間になる。

 

「あぁそうだ、織斑さん。出る前にちょっと」

 

「なんです?」

 

 掛けられた声に一夏は首だけを動かして男の方を見る。彼は真剣な眼差しでピットの先のアリーナ、その更に向こうにあるちょうど彼らが居るピットの反対側のピットに目を向けている。

 一夏もそれに倣って視線をそちらへ向け、そういえばあっちは鈴の居るピットだったかと思う。

 

「試合の相手は確か中国の代表候補性でしたよね」

 

「えぇ。一応中学の時のダチなんですよね」

 

「そうですか。いえ、ただちょっとね。織斑さん。多分、というかほぼ確実だと思うのですが、向こうはかなり気合を入れて臨んで来ると思われます。念のため注意を」

 

「はぁ……。まぁ気合入れるのは俺もですけど。けど、鈴のやつがどれだけなんてなぁ……」

 

「いえ、この場合は相手の候補生というよりもそのバック、つまりは中国という国そのものですよ。今朝方、こちらに来る途中に向こうの技術者とすれ違ったのですが、かなり気が締まっていたようでして」

 

 その言葉に一夏は首を傾げる。まぁ確かに自分の国の候補生、国家に所属する乗り手の中でも特に中心的な面子の一人が行う試合というのだから気合が入るのはある意味当然と思える。

 だが、彼が言いたいのはそういうことではないのだろうとも分かる。ならば一体どういうことなのか。

 

「織斑さん、十年前ですよ」

 

「あぁ……、そういうことっすか」

 

 納得したと言うように頷く一夏に、彼もまた頷いて言葉を続ける。

 

「十年前の白騎士事件の折、中国側が受けたダメージは非常に大きかった。それこそ国政の在り方すら大きく動かす程にです。

 ですから、あの国のISに対する思いの複雑さは相当でしょう。何せ自分たちが大打撃を被った元凶に、国の軍事の重要な位置の一つを任せるのですから。

 しかし、それでもですよ。単純な例ですが、かのモンド・グロッソ、そしてその後の国際エキシビジョン、その双方で向こうは代表として送り出した乗り手と機体を日本に、あなたのお姉さんに倒された」

 

「ならば今度こそ、この十年の雪辱をってやつですか。まぁ、俺も鈴のやつも言ってみりゃ次世代のメインになるかもしれない年、ニュージェネレーションだ。となると、確かにここで金星上げんのは意味がデカイ……」

 

 なるほどと一夏は思った。そして得意の武術思考回路をONにする。

 武術的に言い換えるのであれば、これは流派の弟子同士の対決ということになるだろう。双方まだまだこれからとは言え、後継にあたる者同士の勝負の結果というのは非常に重要だ。

 なにせ本人達の格だけでなく、その後ろにある流派や育てた師の沽券にも関わってくる。

 そしてそれを今の状況に置き換えて再変換する。

 

(まぁ、要約すると中国(向こうさん)は日本の作ったISと、一応日本生まれ日本育ち生粋の日本人の俺に勝って、自分とこが作った機体と育てたパイロットの格を示したい、と。

 一応鈴は日本に住んでた時の方が長かったはずなんだけどなぁ。あぁいやでも、向こうに行ってからISに関わったっつーなら、IS乗りとしては向こう育ちってことになるか)

 

 そんなことを考えながら、一夏は白式を宙へと走らせるための体勢をとる。

 いずれにせよ、やることなど端から決まりきっている。

 

「ま、とにかく全力を尽くして勝ちを拾ってきますよ」

 

 要は勝てば良いのだ勝てば。それで八方丸く収まる。

 

「さーってとぉ! んじゃあイッチョ行きますかぁ!」

 

 これから行う動作はもはや慣れた。

 

「織斑一夏、出る!!」

 

 その言葉と共に一夏はアリーナの宙へと身を躍らせた。そして歓声がその身を包みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 鈴がアリーナへと飛び出たのは一夏にやや遅れてのことだった。

 

「遅かったじゃないか」

 

 そんな言葉で出迎えた一夏を、鈴は鼻で笑った。

 

「ハン、なぁに言ってんのよ。あんただってついさっき飛んできたばっかりじゃない」

 

「良いんだよ。細かいことは気にすんな」

 

 言葉を交わす二人の間は数十メートルは離れている。セシリアとの試合の時と同じだ。

 IS間で交わす通信によって、距離の如何に関わらず二人は会話を可能としている。

 

「にしても、あんたが出てきた瞬間、エラい歓声が沸いたわね。ウチのお偉いさんも結構気にしてるみたいだし」

 

「へぇ、まさか俺が政治家に気を持たれるなんざなぁ。いやいやありえねぇよ」

 

「何言ってんのよバーカ」

 

 首を横に振る一夏に対し、鈴は軽口で返す。

 

「アンタは世界で初の男性IS操縦者サマ。そんなの、どこの国だって欲しがるに決まってんじゃん。中国(コッチ)も似たようなもんよ。

 何せね、この学園に来る人間選ぶ時にあたしが選ばれた理由、分かる? あんたとあたしの間の縁、それを使って上手く引き込めないかだってさ」

 

「そりゃあまた随分と熱烈だな。でだ、鈴。それが上手く行く可能性は? お前の見立てじゃどうよ?」

 

「ゼロね。あんたがそんなタマじゃあないことくらい、あたしはよく知ってるわよ。まぁ、こっちに来る分に良い口実にはなったわね」

 

「おうおう随分とまぁ、お主も悪よのぅってな。まったく、一年合わない内にそんな思い付きをするようになるなんて、兄ちゃん悲しいぞ?」

 

「なぁにが兄ちゃんよ何が。それに、あんたが腹に抱えてるひん曲がった物の考え方よりはだいぶ健全よ」

 

「違いない」

 

 そのまま二人はハッハッハと笑う。改めて、こういう軽口の交わしあいで目の前に凰鈴音が居るのだと自覚する。

 それを実感し、ある種の懐かしさが胸に湧き上がる。思えば、彼女が中国に渡る前はよくこうして軽口を交し合ったものだ。

 不意に緩みそうになった気を引き締めなおす。だが今は別だ。互いに倒すべきとして相対している以上は、その気の緩みは致命的になりかねない。

 

「そういえば――」

 

「ん?」

 

 言葉を続けようとする鈴に一夏が小さく眉を動かす。

 

「ちょっと上の人が妙に気合入っちゃっててさ。どうも上のオッサン連中、本当に色々とあんたにご執心みたいよ? あたしに是非勝てって言ったり。いやぁ、モテる男は辛いわねぇ?」

 

「いやいや、俺もビックリだよ。まさか海を越えてお隣中国まで、それも政治屋さんにだ。俺の熱心なファンが居るとはな。となると、こりゃあお返しをしなきゃなぁ。そのファンによ」

 

 そう言って一夏は口元を歪ませる。その表情を鈴はよく知っている。

 あれは一夏が――鈴の主観ではあるが――しょーもない悪巧みをする時にする顔だ。どうせ口を開いたところでロクな台詞が出てこない。

 

「なぁ鈴。さっきさ、俺のセコンドやってる技術者の人から聞いたんだけどさ。どうもお前のトコのお上にとっちゃ、この試合は結構大事らしいぜ?」

 

「へぇ? と言うと?」

 

「早い話が、白騎士事件でボコされて、自分たちもISを導入はしたものの国際的な大会じゃどっちもウチの姉貴にやっぱりボコされて。日本に負け続きの雪辱をしたいんじゃないのかだと」

 

「あ~、すんごいありえるわねぇ」

 

 言われてみれば納得の弁である。とはいえ、それがどうしたというのが彼女の考えだ。

 確かに代表候補をしてはいるものの、そこまで中国という国に執心があるわけじゃない。むしろ、暮らしが長く友人も多い日本の方に愛着を持っているくらいだ。

 それはさておき、鈴は一夏の言葉の続きを待つ。

 

「まぁせっかくだ。そんなお前の国のお上さん、俺のファンに一つサービスでもくれてやろうかと思ってね」

 

「へぇ。随分と気前が良いじゃない。なに? あたしに勝たせてくれるってわけ?」

 

「いいや、その逆さ」

 

 どういうことかと鈴は首を傾げる。それはつまり、一夏が勝って自分が負けるということだ。はて、それが一体どうしてサービスになるのか。

 

「いやさ、ちょっと観客席見てみたら、あれがお前のトコのお偉いさんかな? まぁ随分と得意そうな顔してるんだよ」

 

 そう言う一夏の視線は観客席の一角、他の席とは別に設けられたVIP等の来賓用の席に向けられている。確かにそちらの方には中国からの来賓、早い話お偉いさんが居る。おそらくは、ISのセンサーのズーム機能を使っているのだろう。

 

「あの得意そうな顔、多分勝てるって期待してるんだろうな。その期待を木端微塵にしてやろうじゃないか。

 雪辱も込めて勝てると踏んだ試合、ところが結果は自分とこの負け。しかも相手は十年前の白騎士と一緒で白いIS。悪夢再びと言うのか?」

 

 饒舌な一夏に鈴は小さく眉をひくつかせる。何となく予想はしていたが、やっぱりロクでもない台詞が出てきた。

 

「得意気から一転、結局負ければさぞや悔しいし、ガックリいくだろうよ。

 期待していたところに、そのショックを叩き込んでやる。それがお前のトコのお偉いさんに向けた、俺の――」

 

 そこで一夏は言葉を切り、

 

「ファンサービスだ!!」

 

 鉄の拳を握りしめながら言い切った。

 

(ど~せ、そんなトコだろうと思ったわよ~)

 

 突っ込まない、絶対に突っ込んでやるものかと思った。

 予想通り本当に飛び出たセリフはロクなものじゃあ無かった。それはまだ良い。一夏の無茶苦茶な言葉など、もうとっくに慣れている。

 

「まぁファンサービスかどうかはこの際どうでも良いんだけどさ。一夏、あんた妙にウキウキしてない?」

 

 そう。心なしか一夏の顔は楽しげな色を浮かべている。そう、例えば中学の時の体育祭などを目前とした時のような、本当に面白いものを期待している顔だ。

 確かにやることも言うことも中々にぶっ飛んでいることが多い一夏だが、それでも割と真っ当な面も持っているというのが鈴の一夏への評の一つである。

 だからこそ、先のような「他人の不幸は蜜の味」、あるいは「人の不幸で飯が旨い」と言わんばかりのようなことはそこまで好まないはずなのだ。

 

「あぁ、うん。まぁさ、俺も春から色々あってちょっと政治屋ってのにイラついてるのもあるんだけどさ……」

 

 顔をそらし頬を掻くような仕種をしながら一夏は語る。

 

「まぁなんだ、その、アレだよ。なんかこう、偉そうにしてる偉い人、それも『あ、こいつ生理的にダメだわコリャ』ってやつとかがガックシいくのってこう、スカッとしね?」

 

「あぁ、うん……。……ぶっちゃけ否定はしないわ」

 

 何となくだが同意してしまった。確かに一夏の言うとおり、変に偉そうにしている人間がしょぼくれる様というのは、確かにスッキリしそうだ。

 

「ま、俺が戦う理由なんざいつだって俺のためだよ。俺が戦いたいから、ないしは戦って通したいことがあるから。いつだってそれだけさ」

 

「それが今回はそのファンサービスなわけね。まぁ、ちょっと気持ちは分かるわ。けど――」

 

 そう言って鈴はそれまで展開していたISに加え、その両手に斧のようにも見える分厚い片刃の曲刀を携える。

 

「勝ちまでは譲らないわよ?」

 

 そう言って片方だけを一夏に向けて突きつけた。

 

「ふっ、そうこなくっちゃな」

 

 そう言われることは初めから分かっていた。だから何も思いはしない。ただ、するべきことをするだけだ。

 右手を伸ばし念じる。浮かべるイメージは鞘より引き抜く白刃だ。直後、主の意を受けた白式がその内に収めた刃を、蒼月を顕現させる。

 鋼鉄の柄を鋼鉄の手が握りこむ。そのまま、一夏は目の前の相手のように刃を突きつけたりも、あるいは待ち構えるように構えることもせずに鈴を見据える。

 

「見た所、お前のISも俺と同じで格闘戦みたいだな。面白ぇ、一つどっちの技が上か競い合いと行こうか。来いよ、小娘」

 

「上等!!」

 

 小娘、その言葉に反応したかのように鈴が動き出す。この瞬間を以って二人の戦いは幕を上げ、再度歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でぇりゃああああああ!!」

 

 雄叫びと共に鈴が一夏に向かって来る。間合いにとらえると同時に上段から叩き割るように右の刃を振り下ろしてくるが、それを一夏は体を逸らすだけで回避する。

 自身のすぐ脇を通り過ぎていく鈴に視線をやれば、初撃をかわされたことでより強い闘志を宿すことになった鈴の目と視線が交差した。

 

「ふっ」

 

 口元に微笑を湛えると、一夏は白式に宙を駆けさせて鈴から距離を取る。だが鈴も流石は代表候補性と言うべきか。かわされ、離されたと判断するや否や直ちに機体を制動、切り替えして再度一夏へと向かってくる。

 

「だりゃっ! せいっ! とうりゃあっ!!」

 

 一応日本の剣術に当てはめるのであれば上段、袈裟、逆袈裟、左右からの薙ぎなど二刀による手数の利点を活かして連続攻撃を仕掛けてくる。

 だが、その悉くを一夏は回避する。そして一撃回避される度に鈴の感情に波が立つのを、一夏は回避を続けながらも鈴の目から視線を外さなかったことにより手に取るように実感していた。

 

「このっ……チョコマカと!!」

 

 ただ回避をされるだけであればここまで勘に障ることも無かっただろう。

 だが、何より鈴の気を逆撫でて仕方ないのは一夏の回避がどれも紙一重に近いギリギリのものであるということだ。

 当たると思っても刃が届く直前にハラリとすり抜けるようにかわされてしまう。

 ギリギリでの回避であるというのに、すれ違うたびに伺う一夏の表情にはあからさまな余裕があるというのが猶更腹立たしい。

 

「ほらほら! さっきから回避ばっかじゃないのよ! あんた何時の間にそんなチキンになったのよ! それでもツいてんの!?」

 

「あぁもう! ちったぁ慎みを持てよ!!」 

 

 流石に最後の一言だけは一夏も看過できなかった。別に自分が罵られたからというわけではなく、曲がりなりにも女子がそのようなことを口に出すということについてのあれこれだ。

 ナニをと具体的に明言しなかっただけまだ良かったのだろう。

 

(まぁ、そろそろ掴んではきたがな……)

 

 そう考えながら一夏は先ほどからモニターの端に展開されているウィンドウにチラリと視線を向ける。

 そこに記されているのは試合前に入手できた鈴のISについての――おおざっぱなものではあるが――情報である。

 

「中国第三世代型『甲龍(シェンロン)』か。白式同様近接格闘戦重視、ただし燃費や継戦能力など安定性に重きを置いている。主兵装は重量型刀剣武装『双天牙月』、そして謎の新型武装か」

 

「ご名答! ただし、あんたが何もしなきゃこの双天牙月だけでケリが付いちゃうわよ!」

 

「やれるモンならやってみろ」

 

 返答は再度の突撃だった。三国志に登場し、神としても崇め奉られている猛将関羽が愛用の武器として名高い青竜偃月刀、その柄だけを短くして片手武器ように調整したような形状をしている双天牙月はその重量を威力の基盤としている。

 その性質ゆえに決して細やかな取り回しには向かず、武器として振るうにも単調な振るい方しかできないものであるが、クリーンヒットした時の威力は決して馬鹿にならないものである。

 だからこそ、対処としては受けに回らず回避にあたるべきものなのだが、今度の鈴の仕掛けに対しての一夏の行動は、自身もまた前へと動くことだった。

 

「はぁっ!?」

 

 困惑したような声を鈴は上げる。自分の使う武器だ。その特性はもちろん、逆に相手にした時の対処の仕方、それを相手が行ってきた時のさらなる対処のために把握はしている。

 だからこそ、真っ向から挑むような一夏の行動には目を疑った。双天牙月は確かに甲龍用の刀剣武装ではあるが、同じような形状、運用方法の刀剣装備は中国では決して珍しくない。

 

  記憶を漁ってみても、少なくとも鈴の覚えている限りで同じような武装への対処に真っ向から向かって来るということをする者は思いつく限りの同期先輩の中にはいなかった。

 誰もが距離を取って射撃装備で遠距離から攻撃する、あるいは使用時の機動の単調さを利用して死角を取ろうとするなど、想定されるセオリー通りの対処法だった。

 

(上等じゃない……!)

 

 挑んでくるというのであれば是非もない。真っ向からぶつかってやるだけだ。

 一夏はそこまで自分の剣術にこだわっているのだろうか。そのまっすぐさを鈴は嫌いではないが、それが何の役に立つのかと思う。

 一夏の構える武器は日本刀を象った典型的な日本の近接装備だ。あの細さならば、押し切れる。

 

「はぁあああああああ!!」

 

 受け止められるものなら受け止めて見せろ、その守りごと打ち砕いてやると言わんばかりに再度上段から刃を振りかぶる。

 機体の加速も加わったソレは武器同士で真っ向から打ち合えばまずもってただではすまない。

 鈴が刃を振り下ろすと同時に一夏もまた蒼月を振るう。上段からの双天牙月に対し、蒼月は下段から迎え撃つ。

 双天牙月の一撃には刃それ自体の重量、上からの振り下ろし、機体の加速が加わっている。対して一夏の迎撃は刃の重さは当然として、下方からの切り上げゆえに振り抜きの速さで僅かに劣り、機体の加速もまた鈴の上方からに対し下方から迎え撃っているために同様だ。

 押し切れると確信した。

 

 そして二つの刃がぶつかり火花を僅かに散らした直後――

 

 ガクンッ

 

「えっ!?」

 

 刃を通して手に伝わった手応えが一瞬の内に消えていた。真正面にあったはずの一夏の姿が視界の端に消える。

 この感じはそう、今までの回避された時のソレと同じだ。

 

(流されたっ!)

 

 そのことに気付いた時にはすでに遅かった。未だ残っていた突撃の勢いによって鈴の体は前方に押し出される。視線を後方に向けようとすると同時に、ISの視界補助機能が彼女の背後の光景を映像化して目の前に映した。

 そこには、自身に向けて剣を振りかぶる一夏の姿がある。刀身の、刃の部分だけで輝く青白い光が嫌な汗を首筋に伝わらせた。

 

 刃同士の接触の瞬間、一夏は刃を返すことによって双天牙月の攻撃を流していた。元より真っ向から受け止めるつもりなど毛頭無かった。

 形状を見れば双天牙月は重心が刀身の先の方にあり、細やかな取り回しよりも遠心力などを重視した重い一撃で勝負にかかる武器であることが分かる。

 そのことを一夏は武器を見たその瞬間に八割方、そして最初の一手二手を回避した時点で完全に確信していたのだ。

 その後もしばらく回避に徹したのは間合いやリアクションのためのタイミングの取り方、鈴の攻撃のリズムなどの情報を得るためである。

 

 鈴の言葉に応じて勝負に訴えたのも、本音を言えば更に様子を見てより対策を盤石なものとしたかったが、もう対処するのに十分な感覚を掴みイメージが出来上がっていたからであり、本人からしてみれば鈴の挑発に乗ったという意思は皆無だった。

 

 そして今、その鈴は自分に向けて無防備な背中を晒している。先の連続回避によって甲龍の機動性についてもある程度の把握はしている。

 近接格闘型ゆえにそれなりの、少なくとも訓練用としていくらかのデチューンがされているという学園の打鉄よりはずっと良い。だが、体感的に白式には及ばずと言ったところだ。

 自身の技量不足は百も承知している。おそらくより十全に機体の性能を発揮できるようになれば機動性では後れを取ることはないだろうが、今この時点ではそれもだいぶ怪しい。

 だからこそ、やれるときにやっておいた方が良いのだ。

 

「悪いが、小回りや切り返しの早さはこっちが上でな」

 

 言いながら一夏はその背に目がけて刃を振り下ろそうとする。表情は見えないが鈴が穏やかでない心中にあるのは気配から手に取るように分かる。

 今度は自分が急降下と共に仕掛ける。ただまっすぐ飛ばせば良いだけだ。伊達に練習を積んだわけではない。この程度であればもはや難なくこなすことはできる。

 狙うのは装甲の及んでいない素肌、あるいはISスーツの部分。この一撃ならばスーツのあるなしは考慮しなくてもいい。

 どちらにせよシールドに阻まれるのは確実だろうが、装甲と共に防がれるよりは大きなダメージを期待することができる。

 

 

「くぅっ……!!」

 

 背後から襲い掛かる一夏に対して距離を詰められる時間を僅かでも引き延ばすために下降していく勢いはそのままに、鈴は向きを反転させてせめて正面から迎え撃とうとする。

 だが、完全に一夏を正面に迎えた時と一夏が間合いに鈴を捉えたのはほぼ同時であった。そして、そこから次のアクションへと繋げる時間は、一夏の方が遥かに短かった。

 

 間合いに捉えると同時に一夏は蒼月の刃を振り抜く。一瞬遅れて鈴が反応するがもう遅い。鈴も完全にどうこうすることはできないと悟っていたのだろう。

 だがせめて受けるダメージを少しでも減らそうと、腕を盾のようにかざす。

 

「無駄だぁ!!」

 

「きゃあっ!!」

 

 かざされた鈴の腕はいともあっさりと弾かれる。だが、それでもなお止まらない刃は確かに甲龍のシールドへと届いた。

 蒼月の刃は完全に鈴の体へと届く直前に見えない壁に阻まれるように進まなくなる。だが、シールドが減少していることの証左としてか、刃と見えない壁の接触点にあたるだろう虚空より火花と電光が同時に散る。

 元々地面に向けて下降していたのに対し、更に上空から追撃を掛けたのだ。刃がシールドを削るのもほんの僅かな間のこと。

 すぐに叩きつけられた刃の勢いも相まって甲龍はもはや墜落という勢いで地面へと向かっていく。

 

(いっつ~!!)

 

 シールド越しに伝わった衝撃に眉をしかめながら鈴はシールドの残り残量を確認する。

 それなりには減らされてしまったが、まだまだ余裕はある。まともなクリーンヒットを先に貰ったのは痛いが、これで距離を離すことはできた。あとはここから体勢を立て直すだけだ。

 地面が背後に迫り、もう数メートル程度という頃合いでPICを働かせて機体を起き上がらせる。スレスレの所で地面への直撃を回避すると、そのまま地面から僅かに浮き上がっただけのような低空をスケートのように滑らかに動く。

 一夏もまた程なくして地面に達する。だが、一夏は鈴のように直前で減速を掛けることはせずにPICで機体を弾いたかのように、勢いをそのままに鈴同様地面スレスレを滑空するような形で一直線に鈴へと向かってきた。

 一度速さを押し留めた鈴と一度も減速をしなかった一夏の間の速度差は歴然としている。再び、二人の距離が詰まった。

 

「やるわねっ!」

 

 今度は先ほどとは違う迎え撃つ準備は十分にできている。両手に双天牙月を構え、完全迎撃態勢を整える。

 再度自分に向かって振るわれた蒼月の刃を片手の刃で防ぐ。腹にあたる部分が多い青竜刀であるために防御には一本で十分だ。

 しかし高速度で刃を叩きつけられたことによって僅かに押し込まれる。

 

「このっ……!」

 

 刃を通して手を侵食してくる痺れのような痛みに眉を顰めるが、何とか防いだことを確認すると、そのままもう片方の青竜刀を横なぎに振るう。

 それを一夏は腰を曲げて上半身を下げることで難なく回避する。この動きに連動して蒼月の刀身も下がったため、今度は下からの切り上げで仕掛ける。

 

「ととっ!」

 

 下段から迫る刃を鈴は機体を後ろに下げることで回避する。

 これが互いに地に足をつけISなど纏わない、身一つ拳一つ剣一本の立会いであればこうはならなかっただろう。

 例え手足を一ミリたりとて動かさずともPICによって機体を宙に浮かべ動かせる、ISだからこそ為せることだ。

 

「……っ!!」

 

 回避されたことに眉一つ動かさず、無言の内に裂帛の気合を込めて一夏は追撃を仕掛ける。

 これは生身の戦いではない。ISという、オプションというには過ぎた代物の恩恵を受けての戦いだ。この程度の回避などとっくに織り込み済みだった。

 

 唐竹、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、刺突、四方八方からの斬撃に点という軌跡の読み取りづらい上に威力も高い刺突を交えての連続攻撃を叩き込む。

 

「くっ……このっ!」

 

 怒涛のように叩き込まれる一夏の攻撃を鈴は両手の双天牙月を巧みに駆使して捌いていく。だが、その表情に徐々に焦りが浮かび始める。

 元々双天牙月は細かい取り回しには向かない武器だ。ISの腕による圧倒的な補助によってそれなり以上に操れるとはいえ、それにも限界はある。

 そして一夏の攻撃は、鈴がやられて嫌な部分を狙ったかのようにピンポイントでついてくる。

 二刀という手数に優れる状態でありながら、今の鈴は一刀の一夏に押されている状態だった。

 

「悪くない……悪くないぞっ! この感覚ッッ!!」

 

「な、なにがよ!?」

 

 興奮に彩られた一夏の言葉に鈴が困惑の表情を浮かべる。だが一夏はそれに応えようとはしない。

 蒼月の柄を握る一夏の腕、白式の腕部装甲は一度振るわれる度に纏わりつく大気をかき乱す唸りを上げる。その速さ、動きのキレはセシリアとの試合の比では無かった。

 

(ハッハッハ! 山田先生に教えて貰った調整やってもらって良かったなぁっと!!)

 

 数日前に倉持技研の担当技術者、今も一夏の出てきたピットで控えている彼らと顔を合わせて真っ先に頼みこんだのが、また更に前に真耶に言われた腕部や脚部の装甲の駆動率の調整だ。

 細かい部分は省略するが、技術者立会いで行ったこの調整で一夏が決めた設定は文字通り限界レベル。肉体への負荷を度外視すればそれこそ生身の時よりも速く、鋭く振るうことができるレベルまで上げてある。

 そして今、その成果を存分に発揮できる相手を前にして、一夏はこの学園にやってきてからの中ではかなり高いレベルでの昂ぶりを感じずにはいられなかった。

 

 ガキンッ!!

 

 一際大きな金属同士の衝突音が響いた。一夏の下段からの切り上げに対して鈴は上から刃で抑え込むような形で防ごうとしたのだが、その瞬間に鈴のこれまで押され続けたことで蓄積してきた動きのズレが致命的に作用した。

 十分な体勢での防御は叶わず、逆に十全の力を乗せた一夏の切り上げに青竜刀が大きく上に弾かれる。それによって鈴は大きくのけぞり、無防備な胴体を一夏の前に晒す結果となってしまった。

 

「隙ありっ!!」

 

 狙うは左肩。そこには装甲も無いため強力な一撃を当てれば大きなダメージを期待できる。

 思念によって機体に指示を送り、それに従って白式が蒼月に供給するエネルギーを増やしより凶悪な刃へと変貌させる。

 切り上げから更に左肘を弓を引き絞るように折り曲げる。同時にPICを解除して白式の足を地面につける。地面と装甲がこすれて土煙があがるが、それはむしろ好都合だった。

 両足に踏み込むように力を加える。地面の、脚部装甲との接地面が僅かにへこんだ。ISも含めた自身の重み、大地という恩恵によって体内を通して増幅された力を刃の先端に込める意思と共に、一夏は刺突を放った。

 ダメ押しと言わんばかりに背後のスラスターによって機体を加速させ、更に威力の増幅を試みる。元々至近距離にあったのだ。刃はあっという間に鈴へと到達する。

 

「このっ……!!」

 

 ヒットの直前、ちょうど鈴の頭の両横に並ぶ形で配置された球形の非固定浮遊装備(アンロック・ユニット)が中央部を開くように稼働するのが見えた。

 それがどうしたというように一夏は刃を押し込む。相手が何かをしたからと言って、すでにこちらもどうこうする段階は通り過ぎている。今すべきことはただ一つ、今この一撃に全力を注ぐことだけだ。

 

 結果として刺突はクリーンヒットという形で決まった。後方に吹っ飛ばされていく鈴。それをほんの一瞬だけ見つめ、一気に勝負を付けようと動き出す。

 直後、衝撃が一夏を襲った。二つ、一つは腹部のあたりに、もう一つは頭部にだ。

 

「なっ……!?」

 

 困惑の声が漏れる。何が起きたのか、鈴が何か攻撃を仕掛けたのか? だが何かが飛んできたようには見えなかった。

 それでも、腹部と頭に残る衝撃の残滓は紛れもない本物だ。まるで空手における山突きをモロに受けたような感触。一体何が――

 

「カウンター成功……ってトコね」

 

「なんだと……?」

 

 一夏が与えたダメージによる痛みは確かにあるのだろう。こらえるような声だが、確かにしてやったりと言うような感情のこもった鈴の声が一夏の耳に入った。

 カウンター。一体何をやったというのか。ふと目に映ったのは鈴の頭の両隣。球状の物体に上から幾つかの殻を張り付けたような形の装備だ。

 そして、その殻は先ほどまでとは異なり球の中央部を露出させるように動いており、露出した中央部には僅かなへこみが見られる。

 

 あれが何なのか。間違いなくあれが何かしらをしたと思って良いだろう。でなくば、それ以前にさっきのような攻撃がきていたはずだ。

 

(そういえば甲龍だったか。あれも中国の第三世代……ぬっ!?)

 

 思い出した。あれは学園に入学して間もない頃、夕焼けに照らされた道でセシリアと交わした会話だ。その中で彼女が言った言葉の一つ。

 

『中国は砲身、および砲弾が不可視という装備を開発していたはず』

 

「カッカッカ……。なぁるほど、そういうことかい」

 

 くぐもった笑いと共に一人納得するような呟きを発する一夏に鈴が怪訝そうに首を浮かべた。

 

「正体見たりってな、鈴。さっきのはその両肩の玉だな? オルコット、うちのクラスのイギリスの候補生が言ってたのを思い出したよ。

 どういうからくりかはこの際どうでも良い。素人所見で推測するならISのPICあたりが絡んでるのかもしれねぇけど、とにかくそいつは砲身も砲弾も不可視の大砲だ。

 ついでにそのコロコロ回りそうな形からして、発射角度の制限とかもねぇな? あとは、第三世代よろしくトリガーはお前の意思だ」

 

「へぇ……」

 

 ただ一度受け、そして少し見ただけでそこまで看破しきった一夏に対して感心するように鈴が吐息を漏らす。

 

「一気にそこまで見抜かれるなんてね。正直驚いたわよ」

 

「ったりめーだろ。相手が何をしているのか、それを手早く見抜けるかどうかは勝敗に直結するんだ。武人として、こんなのは当たり前の嗜みってやつだよ」

 

「ふーん。まぁ、あんたの言い分はこの際どうでも良いわ。で、見抜いてそれからどうすんの? 例え仕掛けが分かったところで、この衝撃砲『龍咆』が何か変わるわけじゃないわ。あんたは、あたしの攻撃が見えないままよ」

 

「見えないままで構わないさ。どっちにしろ、俺のやることに変わりはない。お前を、斬るだけだからな」

 

「上等!!」

 

 一夏が動き出す。一度横に大きく動き、まるでスラロームのようにジグザグに動きながら鈴との距離を詰めようとしてくる。

 おそらくは龍咆の照準を定めさせないようにしているのだろう。後退と共に龍咆を打ちながら鈴は歯噛みする。一夏の白式は単純な速力という点では甲龍よりはだいぶ優れている。その分甲龍は稼働時間などの安定性が非常に落ち着いているのだが、やはり中々的が絞れないというのはもどかしい。

 

(こりゃあ、アレ使う羽目になるかもしれないわねぇ)

 

 そんなことを心の中で呟きながら鈴は一夏を捉えようとする。

 未だに一夏は地面スレスレを滑るような形で動いている。そのすぐ脇の地面で一夏に当たらなかった龍咆の砲弾が着弾したことによる軽い爆発と土煙が上がる。

 このままでは埒があかない。いっそこちらから仕掛けてみるか。そんな考えが頭をよぎる。このまま続けることに意味があるとは思えないし、先ほどから一夏がこちらに視線を、目線を合わせるように向けているのがやけに気になる。それを振り払いたくもあった。

 

 だが、それよりも先に一夏が動いた。

 地面を蹴るようにして跳躍、鈴に向かって真っ向から向かってきたのだ。

 

「はっ!?」

 

 一体一夏が何を考えているのかが分からなかった。真正面から向かって来る、これでは撃って下さいと言っているようなものではないか。

 だが、視界補助のズームで鈴が目にした一夏の表情に自棄になったような色は無い。まるでこれが自分の手だというようにまっすぐな表情でこちらに向かって来る。

 

「あぁもう! いいわオーケー分かったわよ! それがお望みっていうなら!!」

 

 再び龍咆の発射装置である両肩のユニットが動く。ガシャガシャと音を鳴らして装甲が開き、発射準備を整える。

 PICによって敢えて不安定な状態の力場の塊を作り出し、そこに大気も加えて力場の反発力などを攻撃力に転換する衝撃砲は決して優れた威力を持っているというわけではない。

 だが、発射から着弾に至るまで完全に不可視であるためそれ自体が相手への牽制になりうる。そこに他の武装とのコンビネーションも合わせて相手ISの打倒を。それが龍咆を搭載していることの目論見だ。

 

「たんまり味わいなさい!」

 

 真っ向から向かって来る一夏に対してまっすぐに一発、そして回避を考慮して少し外れた位置にもう一発を、それぞれ撃ち込む。タイミングは僅かにまっすぐ撃つ方を早くする。

 対処できるものならやってみせろ、そんな旧友への意思も込めていた。

 

 そして不可視の砲弾が放たれる。互いに向かって進みあう白式と砲弾の相対速度によって距離は一気に縮まる。

 それこそ、発射してすぐに双方の距離がゼロとなるほどだ。そして発射と同時に鈴は、龍咆の直撃を感じていた。

 

 何かが閃いた。

 

「え?」

 

 一瞬の内に一夏がその手に握る刀を振るっていた。龍咆の着弾による爆発は確認できない。そして遥か後方の地面にあえて一夏から逸らして撃った一発が着弾し、爆発と土煙を上げた。

 

 

 

 

 

 

「オルコット、もしやと思うがアレは……」

 

「えぇ、おそらくは間違いないですわ」

 

 観客席で隣り合って座っていた箒とセシリアが頷きあう。一夏が何をやったのか、同様のことを二人は見たことがあった。箒は観客の一人として、セシリアはそれをされた当人として。

 

 

 

 

「あのバカは性懲りもなく……」

 

「ま、まぁまぁ織斑先生。良いじゃないですか、結果オーライですし、ね?」

 

 管制室では千冬が困ったように唸りながら額に手を当て、それを隣に立つ真耶が宥める。

 

 

 

 

 観客席では一夏がやったことがなんなのか、それを推測するようなざわめきが所々で起こっていた。

 その一方で、一組の生徒が集まるエリアでは各々が近くの者の顔を見合わせて自身の記憶による推測を確信へと変えていた。

 

 

 

 

「斬ったっていうの……? 龍咆を、見えない砲弾を?」

 

 鈴の声には戦慄があった。中国で甲龍を用いた訓練は幾度もこなした。当然ながら同期の者や先輩にあたる者たちとのISを用いた模擬戦闘もあり、その中で衝撃砲は幾度も使った。

 だが、誰一人としてあんな対処をしたものはいなかった。

 この時に凰鈴音は初めて、織斑一夏という自分にとって古くからの親友である人物に恐怖に近い感情を抱いた。

 自分が想像もしないようなことを平然とやってのけたこと、それに対しての畏怖とも言い換えられるだろう。

 

 

 

 

「凰のやつ、なにやら固まっているようだが……」

 

「まぁ、無理もありませんわね。正直、わたくしも最初に彼のあのやり方を見た時には驚きましたし……」

 

 箒とセシリアは動揺によって動きが鈍った鈴の心中を推し量る。

 

 

 

 

「でも、織斑君もよくあんなことができますよねぇ」

 

「まぁ特別なことをしているわけではない。我々だって、相手のISの射撃の回避に相手のタイミングを読んで動いき回避をし、あるいは楯を構えて守るだろう。

 やつも同じだ。相手の目の動き、呼吸、筋肉の微細な動き、それらをひっくるめて頭に叩き込み、より相手のタイミングを精度良く読み、そして上手く合わせて刀を振ってるだけだ」

 

「いや、それができるのが凄いんですって」

 

「ふん。あの程度ではまだまだ小手先を出んさ。私も同じことはできるし、より完璧にできる。ゆえにあれでは甘い」

 

 千冬と真耶は一夏のやったことに対しての理屈を論ずる。

 そして真耶は一般的な認識ではなく、自己の基準の下で甘いと断ずる千冬に、そして同じ基準を胸に据えて生きているだろうその実弟に、内心で思わずため息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまった!?」

 

 僅かに呆けたのが間違いだった。いつのまにか一夏が自分に接近し、その手を伸ばしている。

 何かしようというよりも早く一夏の、白式の右手が鈴の片腕を掴みとっていた。

 

 グルン

 

 掴まれたと思った直後、そんな音が聞こえそうな勢いで視界が回っていた。気付けば背には一夏が居る感触があった。

 

「ちょ、まっ! ISで背負い投げーーーーーー!!?」

 

 IS乗りとなって早一年弱、未だ経験したことのない感覚に思わず叫ぶ。

 くらった身でも思わず見事と言いたくなるほどに綺麗に決まった背負い投げによって鈴は背中から地面に直行する。

 仰ぐ空に影がさした。刀を構えた一夏が一直線に向かってきている。

 

「このっ!!」

 

 半ば苦し紛れで龍咆を撃つ。だが、その悉くが切り払われる。

 完全に見切られている。そう判断するしかなかった。同時にあることを心に決めた。

 

「そのタマっころも鬱陶しいからな! 両タマ全摘だ!!」

 

 何となくだが、衝撃砲のユニットを破壊しようとしているのだろう。それは正直御免こうむりたい。

 先ほどと同じように地面ギリギリで減速、体勢を整えて一夏の攻撃をかわそうとするが、今度は一夏も自分に合わせて動いてくる。

 

「ちっ!!」

 

 青竜刀を片方だけ持って前面にかざす。ここは敢えて一撃を受け止める。

 案の定、一夏は刃を叩きつけてきた。刃の細さからは想像もできない威力に思わず体勢を崩しそうになるが、グッとこらえる。

 足が地面につき、土煙を上げながら後ろに押し下がる。一夏はその間にも距離を詰めている。

 

「こんのっ!!」

 

 青竜刀の腹を一夏の視界真正面に持っていき、せめてもの目くらましにしようとする。そしてその脇から一夏の胸に拳を叩き込もうとする。

 

「甘いわっ!!」

 

 柄を握っていない片方の手で動きが止められた。鈴の拳がギリギリ一夏の胸部に接するように止められており、決定的なまでに二人の距離は詰まっていた。

 この状態では青竜刀も振りようがなく、衝撃砲も打ちにくい。

 

「腹括れよ……!」

 

 唸るような一夏の声が鈴の耳朶を打つ。そして重い衝撃が肉体というものを侵食した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園から数キロ離れた海上、その遥か上空。空の青さにまるで墨汁を一滴垂らしたように、黒い点がそこには浮かんでいた。

 

「やれやれ、まさか当たるとは思いませんでしたねぇ」

 

 雲以外に何も存在しない虚空で一人、浅間美咲は愛機である黒蓮を纏いながら呟く。

 だがその言葉とは裏腹に、声には隠しようのない高揚があった。

 

「さぁ、精々楽しませて下さいな。なにせ、ISを相手取るのも久方ぶりなのですから……!」

 

 そう言って両手に握る漆黒の二刀を構えて美咲は前方を見据える。

 そこには、全身の各所から火花を散らして見るからに劣性に立たされていると分かる、乗り手の全身すら装甲で覆い隠した黒蓮同様に黒で彩られたISがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず基本的に一夏が優位でした。次回で鈴とはきっちり決着をつけます。
あと、お空の上で一人で頑張ってるあの人も。まぁ負けることは、ね?

え~、ちなみに今回、一部一夏さんがどこぞのトーマスみたいになりましたが、まぁちょっとしたネタと寛容に受け止めていただければと思います。
彼にはむしろ「ISハンター」とか名乗らせるのがピッタリなのですがね。


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第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる

とりあえず鈴戦決着と、そのあとのちょっとしたアレコレです。
次回からはサクサクと進めたいですね。


 完全に鈴を間合いに捉えた蒼月が刃を輝かせる。

 近くで耳を澄ませばジリジリと空気を焼くような音を小さく響かせている。それで決まると確約されているわけではない。

 だが、勝負の趨勢に大きな影響をもたらすだろう一撃を一夏は掲げ――振り下ろされなかった。

 

 ダンッ

 

 地面を蹴った一夏はバックステップで鈴から距離を取る。機体コンセプトに合わせて白式の装甲は防御にこそ難はあるものの、格闘性の高い高機動フレームを用いている。

 その能力を引き出せれば、PICにさほど頼らずして軽やかな動きを可能とする。今の一夏がやったことはまさしくそれだ。

 未だ経験浅い身ながらその身に叩き込んだ技量によってフレームの性能を引き出して軽快な動きを見せた一夏に対し、観客席ではそこかしこから小さく感心するような吐息が漏れると共に、なぜ攻撃をせずに後退をしたのか疑問に思うような声が上がった。

 

「ふっ……」

 

 鈴の口元に得意げな微笑が浮かぶ。未だ拳は突き出されたままだ。

 対照的に後退した一夏は空いた左手を腹部へと添え、睨みつけるように鈴を見つめる。

 

「鈴、お前……」

 

 声は一段トーンを低くなっていた。その声を聞いて鈴の笑みがますます深まる。

 

「寸勁、それも徹しでだと? おおかた八極拳あたりだろうが、まさかお前がここまでの発勁を使うとは思わなんだ」

 

 感心するようなセリフとは裏腹に吐き捨てるような口調だった。それと同時に機体の方のコンディションを確認する。

 ちょうど直撃を受けた腹部、その脇腹に巻きつくように添えられた装甲の部分に若干ながら損耗がある。

 仮に装甲の部分に先ほどの直撃を受けたとして、一撃で壊されるということはまずないだろう。

 だが塵も積もればの理論で蓄積したダメージが中からその箇所をダメにしていくだろう。あいにく耐える分には余裕だが、機体の方を考えれば受け続けるのは得策ではない。

 

 だが何よりも気になるのはやはり、そもそもどうして鈴が発勁、それも高度な技能であるはずの寸勁、さらには内部へ徹してということができるのかという疑問だ。

 

「どこで習った?」

 

「軍のIS乗りの先輩にちょっとね。シールドにはともかく、パイロットにも機体本体にも、うまくやれば結構効くのよ。本当はまだしばらく隠しとくつもりだったけど、まさかここまで早く使うことになるなんて思わなかったわ」

 

「そうかよ」

 

 同時に一夏が動く。文字通り一息の内に距離を詰めて蒼月を振るう。一年で候補生まで上り詰めたのだ。それなりにセンスはあるのだろう。ならばそれだけをできるように鍛えれば、それも十分にありうる。

 ならばそれはそれで良い。やることは変わらない。ただ、自分の持てる技を尽くして目の前の相手を打倒するだけなのだ。

 一夏が動き出したのに合わせて、瞬時に双天牙月を両手に構えなおした鈴は一夏の攻撃を迎え撃ちにかかる。

 

「なによ! 一発もらって頭にでもきたわけ!?」

 

「ほざけ……」

 

 眉根に深い皺を刻み込みながら一夏は無言のままに蒼月を振るい続ける。

 

「くぬっ……!!」

 

 鈴の顔に緊張が浮かぶ。元々クロスレンジでの斬り合いになったら一夏の方が上手であることは理解できた。

 不本意だが鈴にとって長時間一夏と打ち合うことは決して好ましい展開とは言えない。斬り合いをする分にはまだ良いが、どこかで流れを切って仕切りなおす必要が出てくる。

 そんなことを考える中でも一夏の連続攻撃は止まない。一撃打ち合うごとに確実に流れを一夏が自分の方に引き寄せているのが分かる。

 

(コイツ、こんなにやれたのね……!)

 

 正直、心のどこかで今まで侮っていた節があるのは否めなかった。

 一夏が何かしらの武術をやっているのは知っていた。だがその詳細を殆ど知らなかった。

 だがそれを考慮してもISでならばという思いがあった。一年という、やはり業界全体で見れば未だルーキーを出ない期間ではあるが、その短期間で国の候補生にまでなり、実力への自負があった。

 対する一夏は未だ一か月程度。元々鍛えていたということの知識はあったが、それが大きなアドバンテージになりうるとは予測していなかった。

 だが現実に今、自分は彼に押されている。双天牙月での近接戦は勝ち目が薄い。甲龍の第三世代たる象徴の龍咆はあっさりと対処された。とっておきの発勁は通じたが、あの一夏が同じ手を二度も食らうはずがない。

 

(あっれー? なんかあたし、結構マズいわよねー?)

 

 表情には出さない。距離を離して余裕を未だ持っているような不敵な笑みを作ってはみるものの、状況はどうにも良くない。

 こんなことであればサブマシンガンなり他の兵装も積んでおけば良かったと思う。第三世代兵装である龍咆を装備したことによる機体のリソースの消費はそれなりに大きいため、その辺を考慮して敢えて他に載せることをしなかったが、判断を間違えたかもしれない。

 

「どうした、結構焦ってるみたいだな」

 

 冷然と言い放つ一夏に対して鈴はそんなことはないと、まだまだこれからだと余裕があるように答える。

 瞬間、一夏の視線が鈴を射抜いた。今まで一度たりとも見たことのない冷たい視線に、背筋が一瞬震えた。

 

「馬鹿言うな。鈴、俺を見くびるなよ? 今のお前の胸の内なんざ、よぉ~く分かるさ。その手の青竜刀だけじゃ勝ち目はない。その両肩の衝撃砲だったか? そいつも殆ど通じない。そして最後の発勁だ。あれもどこまでいけるか分からない。

 ないない尽くしじゃねぇか。目を見れば分かるよ、お前の心の焦りがな。俺はそういうのを読み取る訓練もやってあってね」

 

 一夏はハッタリでもなんでもなく、自分がそうだと思った通りのことを言う。

 ISの視覚補助を使えば離れた場所に居る人間の目を間近にあるように見ることも可能だ。

 ひたすらに見つめ続けた、初めて会った五年前から慣れ親しんだ明るい茶色の瞳は、その持ち主である少女の心境をそれはもう一夏に分かりやすく伝えている。

 

 本来はここから相手の動き、その流れを読み取って相手の攻撃を必要最小限の紙一重でかわすという師曰く極めて特殊な技法だそうだが、言い換えれば相手の『心』を読み取るとも言えるこの技は何かと役立つ。

 むろん、今の程度まで扱えるようにはなるまでには結構な期間を要したし、その間に師に痛めつけられた回数も、数えるのも馬鹿らしいくらいだ。だが、その努力に見合うだけの成果はあった。

 

「言ってくれるじゃない……」

 

 僅かに顔を伏せて鈴は呟く。だが、すぐに面を上げて一夏を見据えると、力強い視線と共にはっきりと言い放った。

 

「えぇそうよ! ぶっちゃけピンチ感じてるわ! 情けない話だけどね、あんたの言う通りよ! けど、それであたしが諦めると思ったら大間違いよ!

 ちょっと不利なくらいで諦めたら候補生やってられるかっつーの!! もうなりふり構わないわ! とにかく今はあんたを倒す! そんだけよ!!」

 

 その言葉と共に鈴は双天牙月を勢いよく回す。その姿に一夏はそれでこそだと言わんばかりに頷くが、直後の鈴の行動に思わず動きを止めて目を見開いていた。

 

「でぇりゃあぁぁ!!」

 

 体を回転させながら腕を大きく振る。そして、それぞれの手に握られた双天牙月に加わる遠心力が最高潮に高まると同時に、鈴は握りしめていた柄を手放した。

 自ら獲物を放り投げた鈴の姿に一夏は一体何事かと目を疑った。まさか拳で挑むのに邪魔だからか。しかしそれなら普通に量子格納をすれば済む話だ。

 その答えはすぐに分かった。鈴の両手を離れた双天牙月は勢いよく回転しながら自分に向かってきている。

 

「こいつはっ……!」

 

 左右から挟み込むように向かって来る刃を見て、一夏は積み重ねた修練による武術的とも言える勘で以ってその軌道を予測する。

 このままでは間違いなく二本の青竜刀は自分に当たる。ご丁寧にどちらも微妙にタイミングが異なっているあたりが余計に手間だ。

 

「ほらほら! よそ見してると痛いわよ!」

 

 その声に意識を鈴の方へと向けなおすと同時に、衝撃砲の装甲が開いているのが目に入った。

 反射的に鈴の瞳を見て、衝撃砲が放たれるタイミングと、そのポイントの探りを反射的に行っていた。

 

 衝撃砲は自分の右足と胴の真ん中を狙っている。右足の方をかわして胴の方を切り捨てることは可能。だがその場合双天牙月の投擲は回避不能、回避行動の前に自分に達するため蒼月で受け止めるよりほかなくなる。その場合隙ができる。

 

 思考というエンジンが回転を速くしたような感覚だ。額の内側が熱くなるイメージすら浮かぶ。だがここで確かな対処をせねば後々に響くことは間違いない。ならば自分は――

 

「ぬんっ!」

 

 閃くと同時に体が動いていた。右足に向かって衝撃砲が放たれた――直接そうと見えたわけではない。だがそう判断した自分の勘を信じて狙われていない左足を踏み込んだ後に軸として一回転。

 回転の後に前に出た右足によって計二歩分前進すると、今度は前方に向けて上段から唐竹の一閃を振り下ろす。今度は手応えがあった。

 だが不可視の攻撃を斬った余韻に浸っている暇は一切無かった。二発放った衝撃砲が通じなくても依然鈴の顔に闘志は宿ったままだ。根拠は単純。まだ二つの青竜刀が残っている。

 

「コオォォォォォ……」

 

 深く息を吐き出し、そして吸い込む。呼吸と共に腹の下、丹田のあたりに力を練り上げてため込む。

 この程度のことがISになにがしかの影響を及ぼすなどとは思っていない。だがそれでもやったのは自分がやっておいた方が良いと思ったからだ。

 

 蒼月を一度格納する。同じように一時的とはいえ手ぶらになったことに鈴が訝しむ気配を感じたが、今はそんな些末事を気にしてはいられない。

 自分の周囲の大気を、自分の領域を定めるように撫でるような柔らかさで動かす。緊張と脱力が適度な状態で保たれている。これは悪くない感じだ。

 イメージするのは自分の間合いを覆うドームだ。不可視の境界線で区切られたその領域に入るからには、それがいかなるものだろうと反応する。

 自らが制する空の圏域に二つの刃が達するのはもう二秒も無い。だが、それだけあれば十分でもあった。

 

(――ッ!!)

 

 間合いの網に先着の一刀が達したの感じる。狙っているのは一夏の側頭部だ。

 元々頭部という人体の中でも特に急所たりえる部位だけに、直撃を受ければシールドで守られこそすれ、そのシールドは大きく削られることは間違いない。

 そんな間抜けな展開は甚だ勘弁願いたい。間近に迫った巨大な刃に対し、一夏は身を屈めることでやり過ごす。

 

 だがそれで終わりではない。すぐに次の一刀が別方向から飛んでくる。屈んだこの姿勢では回避行動をとろうにも僅かにロスが生じる。そうなるともう片方の直撃は避けえない。

 どうする。簡単な話だ。初めからかわそうとしなければ良い。そしてかわさずにダメージを防ぐとなると、今度は弾く以外に手はない。

 蒼月は――実際の日本刀を使うのとは異なりおそらく受けきることは可能だろう。だが、なんとなく細い得物で大きい得物を受けることに刀使いとして若干の抵抗がある。

 これが師あたりならばそれこそ鼻歌まじりに軽々と対処してのけるのだろうが、あいにく自分はそこまでの腕であるとはまだまだ思っていない。

 ならばどうするか。そんなに難しいことではない。こちらも同じ得物を使えばいいだけのことだ。だがそんなものは白式の装備に無い。だからと言って却下するには早い。無いのならば持ってくれば良い話だ。

 そして今、ちょうどすぐそばにおあつらえ向きのものがあるではないか。

 

 片腕が伸びたのは回避とほぼ同時、双天牙月の一刀が大気を引き裂く音を唸らせながら頭上を通り過ぎた直後だった。

 ISの視覚補助、そして一夏本人の元々の動体視力があれば青竜刀の回転の軌跡を見切るくらいはできる。一瞬の中のタイミングに向けて手を伸ばし、一夏は自分がかわした青竜刀をその手に掴み取った。

 

「はぁ!?」

 

 回避されることまでは予測していたのだろう。だが、その後の掴み取るということまでは予想外だったのか鈴が驚くような声を上げる。

 そんな旧友の反応が微笑ましくて一夏は口元に小さく笑みを浮かべる。そして掴み取った青竜刀に残された勢いに任せて体を一回転させると、そのまま迫ってきたもう片方の青竜刀に対して下段からの切り上げを叩きつけて真上へと弾き飛ばす。

 

「とうっ!」

 

 そんな声と共に真上へ跳躍、PICとスラスターの双方の恩恵によって一気に弾き飛ばした青竜刀に追いつくと、そのまま空いたもう片方の手でそれを掴み取る。

 

「お返しだ!!」

 

 その言葉と共に今度は一夏が鈴に向けて双天牙月を投げつけた。左手に持った方は一直線に投げ飛ばし、右手に持った方は鈴がそうしたようにブーメランよろしく回転させながらサイドから攻める形だ。

 

「甘いわよ! 飛んでった双天牙月(ソイツ)はあたしがある程度コントロールできるのよ!!」

 

 その言葉が事実だと言うように、鈴に向かっていった二本の青竜刀は共にその速度を不自然なまでに落とす。

 原理はよくわからないが、おそらくは小型化させたPICの発生ユニットでも内部に組み込んである程度動きを制御できるようにしているのだろうと一夏はあたりをつける。

 だが、そんなことは一夏にとってはどうでも良いの一言で片づけられる些末事でしかなかった。

 

「んなの知ってたよ!!」

 

 手放した武装をまさかそのままということにしておくわけがあるはずもない。何かしらの方法で動きを制御しているだろうことはとっくに予想していた。

 元より、先の投擲はただの仕込みに過ぎない。投擲と同時に一夏は動き出していた。向かうは鈴の真上。そして当の鈴はと言えば双天牙月を取り戻すためにその動きを止めている。

 

「もう一度言うぞ、舐めるなよ鈴!!」

 

 一夏が鈴の真上に達するのと鈴が双天牙月を回収したのは同時だった。そのまま一夏は鈴に向けて踵落としを叩き込み、それを鈴は交差させた双天牙月の峰で受け止めようとする。

 

「ぐぅっ!?」

 

 ズンッと全身に響き渡るような衝撃が鈴に襲い掛かった。それと同時に僅かに浮いていた体が無理やり地面に押し付けられる。

 なんとか両足で踏ん張って膝を崩すという事態は避けたが、この負荷の半端なさは鈴の想定を上回るものと言って過言では無かった。

 だが、その重みも不意に消え去り体が軽くなる。チラリと視線だけを上に向けると、踵落としを叩きつけた際の衝撃による反発力を利用したのか、一夏が僅かに浮いている。

 それを見て鈴は背筋がサッと冷えるのを感じた。これは攻撃を止めたのではない。次なる一撃へと繋げるための一手である。それを直感的に悟ったものの、あの重い衝撃による痺れは未だ体を蝕み動きを阻害している。

 ゆえに鈴は敢えて次の一撃も受け止めることを選んだ。だが、それは紛れもない失策であったことを次の瞬間に思い知らされた。

 

「そんな防御で大丈夫か?」

 

 その言葉と共に一夏と視線があった。後方転回飛びから太陽を背に向けた一夏は、折り曲げた膝を自分に向けて落下してきている。白式の脚部装甲の膝部分、鋭角的な尖りを持っているそこが鈴を叩き潰さんと迫っていた。

 

完璧なる白神象の領域(ソンブーン・ヤン・エラワン)ッッ!!!」

 

 一夏が師である宗一郎より手ほどきを受けた武術は剣術のみならず無手の格闘術にも及ぶ。

 あくまで剣術を使えない、つまりは手元に得物が無い時のためという状況を想定してでの教授であったが、実際に稽古を受けた一夏に言わせれば十分にメインウェポン足りうるというのが感想だった。

 そして放つのはムエタイ、それも威力の極めて高い古式のものであるという後方転回飛びからの膝落としという一手。

 さながら象が思いきり踏みつけるかのようにして放たれた一撃は、十全とは言えない状態の鈴の防御で受けきれるものではなかった。

 

「あぁっ! きゃあっ!!」

 

 受けたその瞬間に更に体が真下へと押し込まれ、こらえるように踏ん張っていた両足の真下では地面がへこみ、周囲に罅を奔らせる。

 受け止めたと思われたのもほんの一瞬だった。双天牙月の交差はあっさりと敗れ、鈴は大きく体勢を下に崩す。

 完全に鈴の体勢が崩れたのを確認すると同時に一夏は空中で再び転回、しっかりと足で着地をすると同時に大きく屈みこみながら蒼月を再展開する。

 そのまま左右の切り上げによって双天牙月を鈴の手から強引に弾き飛ばす。

 

「良いことを教えてやる! 鈴!」

 

 双天牙月を弾き飛ばした太刀筋をそのまま真正面からの袈裟斬りへと繋げた。

 

「お前の使った発勁! あれはな――」

 

 聞こえているのかは一夏には分からない。だがこの際そんなことはどうでも良い。ただ言っておきたいだけだ。

 

「俺が!」

 

 一撃を加え、立て直す間も無いままに体勢を再度崩した鈴の懐へ一夏は一気に踏み込み、その腹部に拳を添える。

 

「とっくの昔に通った道だッッ!!」

 

 そして鈴が一夏にそうしたのと同様に、一夏もまた極至近距離からの発勁を鈴へと叩き込んだ。

 踏み込みによって一夏の足元がへこむと同様に、中心から放射状に罅を入れる。行ったことは鈴と同じだ。だが、その足元の変化が一夏の放った一撃の威力の大きさを自然と連想させる。

 

 ほぼ密着状態から衝撃を叩き込まれたため、シールドはほとんど意味を成していなかった。腹の内をかき乱すかのような衝撃に、鈴は苦悶の呻きと共に後方へと大きく倒れこみそうになる。

 ただ拳を密着させただけ、その直後に地面に罅を入れながら相手を大きく倒した一夏に観客席から大きなどよめきが上がるが、それはもはや一夏の耳には入っていなかった。

 今のこの状況、流れは完全に自分の支配下にある。ならばこの機を逃さずに確実に勝利を収めるだけだ。

 

「鈴! お前の戦いは大したもんだったよ! そのISも! お前の技も!」

 

 鈴が倒れるよりも先に更に踏み込んで再度距離を詰めると、今度はアッパーカットを胴に叩き込み強引に体を宙に浮かせる。

 

「そしてお前の『武術』も! お前の修行の成果、確かに見届けたッ!」

 

 そのまま上段回し蹴り、小さな苦悶の呻きと共に吹っ飛ばされた鈴は土煙を上げながら地面を転がっていくが、それでもそのまま倒れこむまいと体勢を立て直そうとする。

 だが、そこに一夏が更に追撃を掛ける。その様に一切の躊躇いもない。例え相手が旧友であろうと、目の前で相手としている以上は容赦しない。冷徹なまでの戦いの意思がそこにあった。

 

「だがっ! しかしっ! まるで全然っ!」

 

 唐竹、左切り上げ、右からの横薙ぎの三連撃を叩き込む。蒼月に搭載された威力上昇の機構は作動させている。

 蒼月の斬撃がシールドを、叩き込む拳が、蹴りがもたらす衝撃が肉体を、二つの側面から『IS乗り 凰鈴音』を削っている。

 

「この俺を超えるには程遠い!!!」

 

 その怒号は一夏の意地の叩きつけでもあった。鈴の実力、腕前は確かに認めている。だがそれでも、武人として自分を超えることはありえないと断じる。

 最高の師に才覚を認められ、厳しい修行に耐えながらも、同じように最高の教えを受けて武人として己を鍛え上げてきたことから来る自身への自負だった。

 

「ハァッ!!」

 

 再び切り上げを叩き込むと、そのまま一夏は蒼月を上空高くに放り投げる。そして鈴の腕を掴み取ると同時に再び投げ飛ばす。

 今度は地面に叩きつけるのではなく、一夏から見て斜め上空、ちょうど放物線を描くように投げ飛ばす。

 

 全身のあちこちを蝕む痛みに顔をしかめながらも、一夏が一体何を考えているのか鈴は思案する。既にシールドの残量も殆ど残されていない。双天牙月も手元にないため、使える装備は龍咆だけだ。ここからどうやって逆転を――

 ふと目に入った自身と同じように宙に浮かぶ蒼月を見る。そこに大きな別の影が重なった。それは蒼月を掴むために自身もまた飛翔した一夏だった。

 

「やば……」

 

 空中で蒼月を掴み直し、切っ先を自身に向けた一夏を見て思わず鈴は呟いた。だがそれよりも早く、一瞬で一夏が迫り蒼月の切っ先が鈴に叩きつけられる。

 瞬時加速からの吶喊攻撃、一夏が止めのつもりで放ったのだろう一撃のことをぼんやりと考えながら鈴は空が遠ざかっていくのを見送った。

 そして背中に衝撃がはしる。地面に叩きつけられたことを理解し、ふとシールドエネルギーの残量に目を向ければその数値をみるみる減らしていく。そして無情の電子音と共に、その数値が0を示した。

 

 アリーナ中に甲高いブザーが鳴り試合終了を告げる。

 一年生クラス代表者対抗ISリーグ第一試合、織斑一夏対凰鈴音終了。勝者、織斑一夏。

 

 

 

 

 観客席から歓声が爆発した。学園初の男子生徒と中国からの編入生である候補生の試合という、観客たちにとっては最初から見物であったカードにおいて勝負を征したのは男子の方。

 既に彼が、織斑一夏がイギリスの候補生を相手に勝ち星を挙げていることは広くに知られている。

 そして今日また、別の国の候補生から勝利をもぎ取った。学園における公式的な試合では二度連続しての候補生相手、その双方で勝利を飾ったことによるダークホースの登場で観客のボルテージは一気に上がった。

 特に一組に在籍する生徒たちに至っては自分のクラスの最優秀が確かな形として見えた結果であったために、思わず隣同士でハイタッチを交わす者などがいるほどだった。

 

 そんな周囲の興奮など露知らずと言わんばかりに、一夏は静かに鈴の元へと寄った。

 

「いつつ……」

 

 地面に仰向けに倒れる鈴はあちこちの痛みに眉をしかめながらも、視界一杯に降り注いでいた陽光が何かに遮られるのを見た。

 倒れる彼女のすぐ前に、無言で立つ一夏の姿があった。

 

「……っ」

 

 自分の前に立つ一夏の姿を見た瞬間、鈴は背筋が軽く強張るのを感じ、そして直後に自分は一体何を思ったのかと問い詰める。

 一瞬、ほんの一瞬だが自分は紛れもない恐怖を感じていた。目の前に立つ一夏に、数年来の付き合いになる友人にだ。

 

(な、なに考えてるのよバカバカしい!)

 

 確かに先ほどまでの一夏の猛攻が脅威以外の何物でもなかったのは事実だ。だが、だからと言って拒むような恐怖を抱くのはおかしな話である。

 不意に一夏の手が動いた。一瞬、また背筋がピクリと反応しかけるが、すぐに何ともなくなった。未だISを纏ったままの一夏は鈴に向けて差し出すように手を伸ばしている。

 それを見て鈴は訝しむように首を傾げた。

 

「な、何よ」

 

「立てるか」

 

 その言葉を聞いて鈴は一夏が自分を立たせようとするために手を差し出したのだと理解する。

 正直なところ意外だというのが本音だった。さっきまでのあの容赦のない様子からは想像もできない気遣いだった。

 

「あ、ありがと……」

 

 とは言え、差し出された手を断る理由もない。少々戸惑いながらも鈴はその手を取る。互いにISは装着されたままなので、鋼の手同士が組み合う。

 そして一夏が大きく腕を引き、一気に鈴の体を引き起こす。その直後の行動に、鈴は思考が混乱せざるを得なかった。

 

「ちょ、ちょっと一夏!?」

 

 鈴の体を引き起こすと一夏はそのまま鈴を引き寄せる。そして僅かに屈むと鈴の膝裏と背に手を添えて一気に抱え上げた。

 俗に言う『お姫様抱っこ』の形になり、あまりに唐突な一夏の行動に鈴はあたふたとする。

 

「ちょ、コラ一夏! あんた何してんのよ!?」

 

 予想だにしていない行動に鈴は手足をばたつかせようとするが、一夏は動くなとだけ言う。

 そして観客席では不意に目に入った仰天するような光景にあちこちから黄色い歓声が上がる。その声に鈴はますます羞恥心によって顔を震わせる。

 ちなみにこの時、観客席の一角では箒があからさまな怒気をまき散らして周囲に引かれ、その隣に座っていたセシリアは自分は知らないとでも言うように知らんぷりを決め込んでただ前を見ていた。

 

「あぁもう……」

 

 勝手にしろと言うように、鈴はそれ以上動いての抵抗を止めるとそっぽを向く。

 

「鈴」

 

「何よ」

 

 そっぽを向き続けながら鈴は答える。

 

「あれが俺の全部だと思うなよ」

 

「は? どういうことよ?」

 

 いきなりの言葉に鈴は意味が分からないと言うように一夏に振り向く。

 鈴の頭上で一夏の視線は前方をまっすぐに見据えたまま口が動いて言葉の続きを紡ぐ。

 

「さっきの試合、俺は本気(マジ)だった。それは嘘じゃない。けど、全力は出してない。いや、出せなかったっていうべきかな」

 

「だから、どういう意味よそれ」

 

「そう、だな……。鈴、俺が素人所見でだけど思うにな、ISに乗って戦う時、IS乗りは単純に動かし方の上手い下手だけじゃなくって、こう『戦い方』ってやつの腕も必要になると思うんだよ」

 

「まぁ、それは分かるわよ」

 

 ISに乗って、そして動かすことは同じ兵器と言えども戦闘機や戦車とは違う。

 それらは確かに操縦の技術における格差は存在する。しかしできること、想定される戦い方というものの範囲には限りがある。

 しかしISは違う。確かに持ちうる機能、システム、搭載できる兵装に限りがあるのは同じだ。

 だが人型をしているがためにその動き方、戦い方には大きな柔軟性を持たせることができる。そしてその要となるのは、乗り手本人の単純な操縦技術とはまた異なるスキルへの習熟に他ならない。

 

「そして俺は実際にISを、白式を動かしてこう思った。ことISで格闘戦をやるなら単純に操縦の上手い下手だけでなくて、乗り手の『武人』としての力量も試されるってな」

 

「『武人』、ねぇ……」

 

 一夏が事あるごとに口にする自分を表す言葉だ。あるいは『剣術家』、あるいは『剣士』や『拳士』などパターンはいくつかあるが、とにかく一夏は武術を学んでいる自分を他と区別するようにこのように呼称することが多々ある。

 鈴も数年来の付き合いの中で幾度となく聞いてきた。今更耳にしたところで、特に何も思うことはない。

 

「で、それがどうかしたのよ」

 

「……かなり不本意な話だけどな、俺はまだ俺が今まで積んできた修行の成果を、俺の武術をISじゃあ完全に出せてない。

『武人 織斑一夏』をフィードバックできるまで、『IS乗り 織斑一夏』のレベルが足りてないんだよ」

 

「何が言いたいのよ」

 

 言っていることは分かる。要するに自分本来のスキルが操縦者としての未熟ゆえに出し切れないということだ。

 それは分かる。だが、そのことから何を言いたいのか、それが鈴には図りかねていた。

 

「あ~、まぁつまりこういうことだ。今後俺は更にパワーアップするんでそこんとこよろしくって話」

 

「……上等よ。そうでなくっちゃ、面白味がないってもんだわ」

 

 今回の勝負は確かに自分が負けた。そのことは悔しくあるが、同時に次はという思いがあるのもまた事実だ。

 だが、その次の機会が訪れたとして相手が変わらないままであったら、それでは勝っても自分は納得しないだろうと鈴は思う。

 自分も、相手も、共に強くなる。その上で勝った方が、その勝利にはより価値がつくというものだ。

 

 そんな会話をしていれば、鈴の出てきたピットにたどり着くのもあっという間だった。

 アリーナへと突き出したピットの端に静かに降り立つと、一夏は丁寧な動作で鈴の体を降ろす。

 甲龍の足を床に着け背筋を伸ばして立ち上がると同時に、ピットの奥の方に控えていた中国側の技術者だろう者たちが動き出す気配を見せた。

 

「じゃ、俺はもう行くよ。後の試合、頑張れよ」

 

「あぁ、うん。まぁ、どっかの誰かのせいでちょっと体のあちこちが痛いけどね」

 

「……そこまで酷くはないはずだろ。次まで多少時間はあるんだ。ゆっくり休んで準備すれば良いさ」

 

 皮肉めいた鈴の言葉に、その元凶である一夏はどこかバツが悪そうな言葉で忠告をする。

 そして一夏は鈴に背を向け、その場を立ち去ろうと一歩、足を前へと進める。だが、その一歩で足を止めると首だけを後ろに向けて再び鈴と視線を合わせた。

 

「鈴、一つだけ言っとくぞ」

 

「ん? 何よ?」

 

「俺はこれからもIS乗りとしての自分を磨く。武人としての俺も当然だ。そして、お前もその甲龍(IS)を使っていくなら、俺と同じようにIS乗りとしても武人としても鍛えていくんだろうよ」

 

「そりゃまぁ、そうなるわね。それで?」

 

「IS乗りとしては……まだ少しは許容してやる。けどな、鈴。『武人』として、俺を超えられると思うなよ?」

 

「なんですって?」

 

 鈴の声が僅かに低くなる。だが、その姿に一夏が動じる様子は一切存在せず、試合の時に見せたような鋭い目で鈴を見据えながら言葉を続けた。

 

「はっきり言ってやる。武人の本領、ISなんか使わない素のまま同士でやり合えば、俺とお前の間にある差は違い過ぎる。

 確かに試合の時の発勁は大したもんだと思ったよ。けどな、脅威とは思ってないし、俺が負けるなんてなおさらそうだ。

 持って生まれた才能、やってきた修行の量と質、積んだ経験、何もかもが俺が上だ。確実にな。そして、お前が強くなる間に俺も強くなる。お前より早いペースでだ。

 そのことは、覚えておけ」

 

 断固とした口調だった。自分が積み重ねてきたことに確かな自負を抱くがゆえのその言葉には、同時に傲岸と不遜も過分に含まれている。

 例え相手が旧友であっても武の道にあっては一切の情を見せない一夏の姿勢に、鈴は思わず一歩後ずさった。

 

「……」

 

 一夏はそのまま黙って鈴を見据える。言葉を発さずとも総身より放ってくるようなプレッシャーを鈴は感じ、更にもう一歩を下がりたくなる。

 だが、そこで鈴は一夏の目に気付いた。何かを口に出しているわけではない。ゆえにその確証があるというわけではない何となくの感覚だが、鈴は一夏がまるで自分の言葉を待っているように思えた。

 単に気迫で圧迫しているだけではない。その上で鈴がどう返してくるのか、それを待ち望んでいるかのような目だった。

 

「……っ」

 

 小さく喉を鳴らして唾を飲み込む。そして心の内で己に喝を入れると、後ずさりかけた二歩目を押し留める。

 

「それこそ上等よ。あんたが強くなるのはあんたの勝手よ。好きにすれば良いわ。あたしはただ、もっと強くなってあんたに勝つだけよ。見てなさい、その高慢ちきに吠え面かかせてやるから」

 

「フッ……」

 

 鈴の言葉に一夏は目を閉じて口元で微笑を形作った。その反応が鈴には「それで良い」と言われているように見え、同じように――挑戦的な、という補足はつくものの――微笑で以って返した。

 

「じゃあな」

 

 それだけ言って一夏は床を蹴って飛び立つ。そのまま瞬時加速を発動して一気にアリーナを突っ切って自分のピットへと戻っていく。

 文字通りすっ飛んで行った友人の姿を見送る鈴に、後ろから数人の技術者が寄ってくる。その彼らと軽く言葉を交わしながら鈴はピットの奥へと戻っていく。

 多少時間が空くとは言え、より機体を万全の状態にするならば時間はいくらあっても足りることはない。次なる相手には勝つため、気持ちを切り替えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、鈴。ちょっと言い忘れたことがあるんだ』

 

「何よ、一夏。いきなり通信なんて。まぁ良いわ。なに?」

 

『うん、お前の国の人に言っておいて欲しいことがあるんだよ』

 

「へぇ、なんか気になるわね。なんなの?」

 

『うん。俺のファンサービス、存分に味わってくれたか? って――』

 

「言わないわよバカ!!」

 

 怒声と共に鈴は通信を切った。さっきまであれだけ真面目な空気を出していたのに、一瞬でそれをぶち壊してくれた旧友に鈴は頭を抱え、次に会ったら頭を引っ叩いてやろうかと心に決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーっす、戻りましたよー。ついでに勝利のお土産つきでーす」

 

「とりあえずさっさと奥に行って白式(ソイツ)外して下さい。さっさと調整しなきゃなんですから」

 

「も、もうちょっと喜んでも良いんじゃないですかね、川崎さん」

 

 一夏が勝利を引っ提げて戻ってきたにも関わらず、機体の調子を優先する言葉が開口一番となった川崎――倉持技研における白式開発チームの責任者であり、今回の試合における一夏のバックアップチームのリーダー――の言葉に、一夏も困ったように後頭部を掻く。

 

「その勝ちを次の試合で負けましたで無駄にしないためです。ほら早く」

 

「はいはい分かりましたよっと」

 

 背中を押してまで一夏を急かす川崎に、一夏も自分から動く。いそいそとピット奥にある整備用の台の上に乗り、降りた後も乗りやすいように膝を屈める。そして白式を待機状態に戻さずに装着の解除を行う。

 プシュッと空気の抜けるような軽い音と共に装甲のロックが外れ、手足がスルリと抜ける。軽やかな足取りで床に降り立つと、そのまま奥にある長椅子に座り、横に置いていた鞄からペットボトルのスポーツドリンクを取り出して飲む。

 

「……はぁ」

 

 全身に残った緊張の残滓を解き、そして体から追い出すように小さく息を吐く。

 息を吐いた時に伏せた視線を上に向ければ、視線の先で幾人もの技術者たちが忙しなく動いている。

 整備台に乗せられた白式には試合前同様に幾本ものコードが繋げられている。試合前とは異なり今度は動力充填用のコードも繋がれている。

 プロの手による確実な調整と補給、これらに加えしっかりとした時間があれば白式は確実に万全の状態へと戻るだろう。

 ならば後は乗り手である自分が調子を整えればいいだけだ。幸いにして疲労はさほどでもない。衝撃砲の直撃によるダメージは元々少なく、試合のさなかに気にならなくなった。

 発勁を叩き込まれた時の衝撃は未だ腹部に残ってはいるものの、しばらく休めば何ともなくなるレベルだと判断する。

 

「ふむ、後は私が監督する必要もないでしょう」

 

 一通りの自身の仕事は終えたのか、川崎が一夏の近くに歩み寄ってくる。

 

「お疲れ様でした、織斑さん。初戦の勝利、おめでとうございます」

 

「そりゃどーも、と言いたいトコですけどね。さっき言われた通りだ。次も勝てなきゃ意味がない。白式、お願いします」

 

「言われずとも」

 

 それから一夏と川崎の間にしばしの無言が流れる。先に言葉の続きを発したのは川崎の方だった。

 

「先ほどの試合のデータも既に取らせて頂きましたが、いやはや興味深い。ISへの搭乗経験は少ないながら、見事な格闘戦のお点前でした。

 いや、我々も中国側の第三世代兵装を生で見るのは初めてですが、まさか斬るという対応をするとは思いもしませんでしたよ」

 

「いやぁ、気が付いたら体が勝手にそうやってて。まぁた姉貴にどやされる。しっかりと機動ができてればちゃんとかわせるとかどーとかって」

 

 ハハッと困ったような苦笑と共に一夏は言うが、それに川崎も合わせて小さく笑う。

 

「まぁこちらとしては興味深いデータが取れたというだけで文句は何もありませんがね。四肢の駆動に関しても良い数値でしたし、倉持(ウチ)は知ってのとおり近接戦の機体が得意なわけですが、今後にための良いデータが取れましたよ」

 

 そのことに一夏は何も言わない。何せ自分はISの知識に関しては未だド素人の域を出ない。

 そんな自分がISの開発についてどうこう関われるわけがないのは端から分かり切っている話だ。ゆえにデータを取ったどうこうにも、何も言うつもりはなかった。

 

「次の試合は、またちょっと空きますね。アリーナのシステム周りの点検などが終わってから、第二試合になるようです」

 

「へぇ……」

 

 川崎の言葉に適当に相槌を打ちながら一夏は鞄から、今度は学園の生徒全員に貸与されるタブレット端末を取り出す。

 学内のネットにアクセスし、今回のクラス対抗戦ように特設されたページを見る。そこには試合に出場する生徒の所属クラス、生年月日や出身地などの簡単なプロフィールに受賞した賞などがあればそれらの補記などが載せられている。

 

「次の試合は三組のグレーに四組の更識か……。川崎さん、確か更識の専用機は倉持の開発だったはずだ。何か情報はありますかね?」

 

「更識さんですか。確かに彼女は打鉄弐式の開発のために倉持に度々出入りしてましたが、いやすみませんね。私自身は彼女については特に多くは知らないものでして」

 

「そっすか。あぁ、んじゃあとにかく何でも良いんで。情報は一つでも多く欲しい」

 

「そうですね、一応打鉄弐式については私も多少は把握しているので、それならば」

 

「是非に」

 

「では……。打鉄弐式は打鉄をカスタムした後継機という扱いですが、機体のコンセプトとしては打鉄とはだいぶ異なっています。

 打鉄が兵装としての盾や剣で近接格闘戦を行うことを主眼に置いているのに対して、弐式は中距離戦が主ですね。

 私が把握している限りでの兵装は白式の蒼月と同じ高周波振動で切断力を上げた刃を用いた薙刀型の近接装備、複数の射撃兵装、そして多数のミサイルですね」

 

「射撃装備の種類は?」

 

「後付装備扱いとしているので詳細は分かりかねます。しかし、スタンダードにアサルトライフルやショットガンなど、中距離戦で取り回しと威力をある程度両立できるものを搭載している可能性が高いでしょうね」

 

「了解。で、ミサイルはどんなのが?」

 

「基本的にはAAM、空対空ミサイルのことなのですが、それを用いています。弾頭は榴弾弾頭を基本としていますが、他のものに交換している可能性はあるでしょうね。

 確かかなりの弾数を搭載していたはずで、アリーナという閉鎖空間の特性上から振り切るのは少々難しいでしょうね。やはり撃たせないのが一番かと。

 

「なるほど……そりゃ厄介だ」

 

 そう言って一夏は端末に再び目を落とす。

 未だ画面には三組代表であるスーザンのことが表示されている。

 

「へぇ、こいつ親父が米軍か……」

 

 スーザン・グレーは父親が米軍の佐官であり、親子共に銃の名手として知られていると端末にはある。

 だがその記述にも一夏は小さく鼻を鳴らしただけであり、今度は簪の紹介に画面を映した。

 

「更識簪。日本代表候補性、入試学力試験最高点……」

 

「あぁ、彼女ですか。年の割にまぁ大した頭を持っているんですよ。いや、機体の開発に深く関われるという点で推し量れるというものですが、正直我々も驚かされましたよ」

 

「……勝てば良いんですよ勝てば。勉強の成績が何だってんだ……」

 

 微妙に震えている声だった。自分が未だに座学では四苦八苦の身であることからくる悔しさは……おそらく関係ないだろう。

 

「んんっ! ……姉が生徒会長ねぇ。名前は更識……楯無(たてなし)? 変わった名前だな」

 

「あぁ、そのお姉さんなら業界でも有名ですよ?」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。やはりIS学園での生徒教育が始まって以来の才女だとか。能力が認められてロシアの方で操縦者の特別研修を受けると同時に、代表代理を任せられるほどだそうですよ。そんなものですから、現状彼女がIS乗りとしてはこの学園の頂点ということですね」

 

「へぇ、こいつが学園(ココ)のドン、というわけですか……」

 

 面白そうだというように一夏の口の端が笑みの形をとる。そして捲りあがった唇から白い歯と薄紅色の歯茎が覗く。

 だが、すぐにその笑みを引っ込めて真顔に戻ると、それよりもまずはこっちだと言いながら画面を見る。

 

「川崎さん。確か試合始まるとピットのシャッターが閉まりますよね?」

 

「えぇ。安全のためですからね」

 

「なら、次の試合の様子が見れるように映像の方、お願いします」

 

「わかりました」

 

 いずれにせよ、まずは目の前にあることをどうにかしなければならない。高みを目指すのは当然だ。ならばより強い者に狙いを定めるのも必定。

 しかしだからと言って近くのことを疎かにして良い道理も存在しない。近いところから堅実に勝利を取り、力を積み重ねていく必要がある。

 そうすれば自ずと高いところには上れているだろう。

 次の相手は更識か、それともグレーか。いずれにせよやることは変わりない。

 心を静めて余計な情が割り込まないようにする。そして冷徹に己の刃の餌食とする算段を一夏は立てていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が黒髪を棚引かせる。浅間美咲は黒蓮を纏いながら空に留まり続けていた。

 目に映る愛機が展開したモニターには目の前の風景と共に、ここから遥かに離れた場所の映像も映し出されている。

 衛星を介した通信で送られてくる、IS学園のリアルタイム映像だ。

 

「どうやら彼の試合は終わってしまったようですね。中国の候補生に勝利したという報は受けていますが、やはり見てみたかったものですね」

 

 これでも連日職務に追われる日々だ。娯楽をまったりと楽しむという時間も中々取れないため、それならせめて職務の中で楽しみを見つけようという努力をしている。

 そんな中で今回のイベントはそれなりに楽しみなものであった。競い合っているのは自分からすればまだまだ未熟過ぎる若者達だが、そんな者達が一生懸命に奮戦する姿はそれはそれで嫌いではない。

 特に彼女が目をつけたのはやはり一夏だった。兄弟子が才覚を認め己の後継たらんと育て上げた直弟子。

 同じ剣を学び、武人としての自己を確立してからIS乗りという道にも入った彼がどのような戦いをするのか。ひそやかに期待をしていた。

 無論、勝利の報には悪くないと思っている。なんだかんだで自国の人間が他国の乗り手に勝ったと聞いて悪い気はしない。ただ残念なのは、その時の自分が別件でそんな状態ではなかったことだろう。

 

「しかし、彼が一度候補生を下したことは既に広く知られている。となると相手方も相応の対処で向かってくるはず。それでもなお勝利したとなれば……ますます興味深いですね」

 

 自身本来の手を覆う鋼鉄の手を顎に添えながら美咲は一人ごちる。

 

「ねぇ、あなたはどう思いますか?」

 

 首も視線も動かさず、声だけを美咲は後方に投げかけて問いとした。だが何も返ってこない。ただ発した声が空に霧散しただけだ。

 

「クスッ、当然ですよね」

 

 自分を笑うように美咲は微笑を浮かべる。

 利き手である右手は黒蓮の基本兵装である漆黒の剣を肩に担ぐ形で持っている。そしてその先には剣に刺し貫かれている影があった。

 ダラリと垂れ下がった両の手足と頭。少し前まで美咲と交戦状態にあった謎の黒いISは美咲に、その愛機たる黒蓮にまともな損傷を与えることなく、その身を切り刻まれていた。

 

「しかし……」

 

 美咲が後方に意識を向けると同時に黒蓮がモニターの一角に後方の映像を映し出す。当然ながらそこには自身の剣で貫かれている謎のISの姿もある。

 

「これは一体……」

 

 ISの様は凄惨たるものだった。

 前進の八割を覆うかのような多数の装甲は、どこから見ても甚大な損傷を負っていると分かるほどにボロボロに傷ついている。

 そしてその下の乗り手の体にあたる部分も同様だ。装甲と同じように切り刻まれ、文字通り皮一枚で繋がっていると形容できる箇所がいくつもある。

 

 だが美咲が解せないと言うように首を傾げたのは、まさにその乗り手だった。

 端的に言って、それは人ではなかった。切り刻んだ時に噴き出したのは血しぶきではなく、褐色のオイルと大量の火花。

 どこを切り刻み刺し貫こうが結果は同じだった。苦痛に悲鳴を上げることなく、ただそこだけは人と同じと言うように悶えるような動きだけをしながら、最終的に力尽きたのかピクリともしなくなった。

 

 そうして完全に滅ぼしてから、自身が戦っていたのがISを動かすロボット、すなわち無人稼働のISであると確信した。

 彼女の『武人』としての矜持のために補足すれば、交戦して程なくした内から違和感は感じていたし、ある程度切り刻んだあたりで殆ど確信していた。

 だがそれでも最後まで疑いを捨てられなかったのは、同様にして彼女の中にある『IS乗り』としての思考が疑念を止めなかったからである。

 しかしそれも過ぎたことだ。今は、自分が切り捨てた無人IS(コレ)をどうするかだ。

 

「ひとまずは回収、かしら……?」

 

 秘匿回線を使った暗号通信で機密級の物体の確保をしたことを地上付近で待機している、自衛隊が学園周辺に正式な警備任務で派遣した部下のISに告げる。

 手早く通信を終えると、美咲は再び無人ISについて思考を巡らせた。

 

(見るべきポイントは幾つか。そもそも人を介さないISの起動、さらに素体に使われているロボットの完成度、出力と継戦性を高いレベルで纏めた光学兵装……そして、そもそもこれに使われているコア……)

 

 一つ目は間違いなくISコアの起動メカニズムが絡んでくる。現状分かっていることと言えば、一人の例外こそあるが女性のみに起動が可能で、更に女性でもコアへの平均的な適応を示すIS適正、さらにはコア毎と個々人で相性があるということくらいだ。

 人を介さずの起動など、それこそ未だ不明な点が多い起動メカニズムの根幹に関わるということは想像に難くない。

 二つ目は単純な技術力の問題だ。現在のロボット技術は確かに日々進歩をしているとはいえ、まだまだ物語にでてくるようなレベルには至っていない。

 無論、工場や特定の現場など使用状況や目的を限定したものに関して言えば相当のレベルではあるが、完全に人を模したものは本当にまだまだだ。

 だが、自分が見た限り無人ISの素体はそれこそ人と遜色ない動きをしていた。それほどの技術力が現状でありうるのか? あったとして、今まで秘匿できたのか?

 三つ目も二つ目と凡そ同じだ。

 

 そして最後の四つ目。そもそもどこのISコアが用いられたのか。

 篠ノ之束が開発して世界に供給した四百数十幾つのISコアは国際機関の綿密な協議の下で、その全てにナンバリングを施した上で先進各国を主とした国々に供給された。

 数が限られており、同様の物の開発もできない貴重品である以上はその扱いも相応のものになる。だが今回のはまるで、そのコアをヒョイと投げ捨てたようなものではないか。

 

(極めて高い技術力と、ISコアを保持してそれを捨石のように扱える状況が集約している、ということですね……)

 

 しばし瞑目する。いずれにせよ、今回の一件は要調査だ。一つの可能性が浮かんだが、だとすればなおさら不用意な動きはできない。

 最終的には日本(この国)の国益、住まう無辜の民の安寧、双方の繁栄を守らなければならないのが自身の責務だ。

 個人的嗜好も多分に絡んでいることは否定のしようがないが、それでもその為に武を奮ってきたつもりはある。

 武によって内憂外患を葬り秩序と繁栄を保つ。仮に自身が磨いてきた武芸に大義をつけるのであれば、このような形になるだろう。

 

「どうやら……久しぶりに忙しくなりそうね」

 

 困ったような美咲の言葉。だが、その内容とは裏腹に口ぶりは楽しみすら感じさせるものだった。

 

 ひとまずは、久方ぶりに古馴染みの顔でも見に行っておくのも悪くないだろう。そう考えて、美咲は口元の笑みを更に深めていった。

 

 

 

 

 そして、IS学園クラス対抗戦は進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 




無人機の介入はありませんでした。介入する前に美咲さんに始末されました。
多分ですけど、無人機の介入が無いまま進むクラス対抗戦というのも珍しいと思うのですよ。
自分でもちょっとしたチャレンジだと思っていますので、ぜひ感想ご意見を頂けたらと思っています。

え? 相変わらず一夏のセリフがどこぞの四なあいつみたいですと?
いやいやお気のせい……ですよ?

武人の道であればたとえ友達だろうが容赦はしねーぜ。それがウチの一夏クオリティ。
これ標語には……ならないなww

とりあえずは次回次々回くらいで対抗戦に一区切りをつけて、とにかく五話以内には二巻に入りたいですね。
皆様、今後もおつきあいのほどよろしくお願いします。


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第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき

新年あけましておめでとうございます。
年末にミンゴスのイベントに当選して舞い上がった鱧ノ丈です。
これが新年最初の更新です。

え~、読まれた読者の皆様におかれましては色々と言いたいことが出てくるかもしれませんが、言い訳はあとがきにてということで……


 クラス対抗戦は一年生の場合は四クラスの代表一名がリーグ形式で総当たり戦を行う。

 よって単純計算で試合数はトータルで六試合行われる計算となり、午前と午後でそれぞれ半々の三試合ずつを行う方式となっている。

 そして現在の行われた試合は三つ。ここで一度長めのインターバルを挟む形になり、同時に生徒や来賓を含む観客、試合出場者やそのサポートを行う技術者、そして学園の職員など、現在学園施設内に居るすべての人間が昼食のために利用できる時間となる。

 

「現在のところ二戦二勝。おおむね上々と言える結果ですわね」

 

「ふん、男児たるもの、あの程度くらいこなせなくてどうするというのだ」

 

 主に生徒たちが昼食を摂る学生寮の食堂の一角で、同じボックス席に座る箒とセシリアの会話が交わされる。

 アリーナの観客席で同じ一組の生徒が固まった中で隣り合う席になったのはたまたまの偶然であるが、この昼食の席に置いても同じ席であるのは二人が互いに申し合わせた結果だ。

 

「まぁ、男性であるかどうかは分かりませんが、そうですわね。やはりこのくらいの結果は残してくれなければ負けたわたくしの立場が……」

 

 自分で言って思い出したのか、セシリアはバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「セッシー元気出して~」

 

 そんなセシリアを励ますかのように、彼女の隣に座る布仏本音がポンポンと肩を叩く。

 

「まぁ、なんだ。私も一夏に散々にされた口だ。その、ウム。気持ちは分かる」

 

 本音の言葉に同意するように箒も頷きながら言う。両脇からステレオで慰めの言葉を掛けられると、セシリアはますますバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。

 

「ど、どうも。そうですわね。まだまだ先はありますもの。リベンジのチャンスなどいくらでも……」

 

 僅かに顔を俯かせてフフ……と小さく笑うセシリアに、箒は若干引きながらも立ち直ったならそれでいいかと何も言わないことにする。

 

「そういえば篠ノ之さん。織斑くんに散々にやられたって、どういうこと?」

 

「そうですね。わたしも少々気になります」

 

 同じボックスに同席する鷹月静寐と四十院神楽が箒に尋ねる。食堂は普段よりも利用者の数がかなり多く、どの席も満員御礼状態になっている。

 当然ながらボックス席に空きを作る余裕などあるはずもなく、箒とセシリアの座るボックスには二人だけでなく、同じ一組に在籍する生徒たちが集まる形になっていた。

 そして現在、二人と席を共にしているのは先を布仏本音、鷹月静寐、四十院神楽の三名だ。

 袖口を大きく余らせている様から連想できる、のんびりマイペースという表現が似合う本音、やや大人し目という以外はごく普通と言える静寐、セシリア同様にボリュームのある長い髪に、セシリアとはまた別のベクトルのお嬢様然とした雰囲気を持ち物腰柔らかな神楽。

 この三名が合流したのもあくまで偶然の産物でしかない。とはいえ、同席になったならそれはそれということで、五人は各々の昼食を食べながら会話をしていた。

 

 そして、静寐の問いに今度は箒がバツが悪そうな顔になる。だが、さすがに問われて何も答えないわけにはいかないと思うために、軽く咳払いをして前置きとすると語り出す。

 

「別に特別なことではない。ただ入学して早くに剣道で挑んだのだが、まるで歯が立たなかっただけだ」

 

「あぁ、なるほど……」

 

「それは……」

 

 さすがに入学してひと月も経つこの頃ともなれば、ある程度一夏の人となりというものもクラス全体に知れ渡っている。

 早朝に寮の周囲でランニングをしていたり、はたまた体育施設のトレーニングルームでウェイトに打ち込んでいたり、更にはアリーナで一人ISの練習をしていたりなど、すでに学内のあちこち――それもトレーニングに関係する施設――で一夏の姿の目撃報告がある。

 さらに常日頃の言動もあいまって、彼が自分を鍛えることに並々ならない執着を抱いていると彼女らが理解するのに、さほどの時間は必要としなかった。

 他の一組の生徒ら、特に日本出身の者に言わせれば箒だってやや古風なところがあり、ちょっと変わっていると思うところがあるが、一夏の場合は時折それに輪をかけているように思える節すら感じていた。

 ただ、直接目にしたことはないが、やはり相当に腕が立つのだろうぐらいには思っていたのだが、どうにも箒の言葉を聞くにそれは本当らしい。

 

「ですが篠ノ之さん。歯が立たなかったとは言いますが、それはどのように?」

 

「わたくしも少々気になりますわね。わたくしはISで立ち合っただけですし、ISによらない織斑さんがどれほどか興味がありますわ」

 

「むぅ……」

 

 困ったというように箒は唸る。一言軽く答えて終わりにしようと思っていたが、まさか更に突っ込んだ質問をされるとは思っていなかった。

 事実として受け止めてはいあるが、やはりまるで歯が立たない敗北と、それに伴う幼馴染の変容ぶりを目の当たりにした記憶というのは思い出して気分の良いものではない。

 しかしだからと言って口を噤むのもやはり憚られる。

 

 チラリと視線だけを動かせば、問うてきた神楽にセシリアは当然として、静寐や本音までもが興味を持っているような表情をしている。

 そのまま小さく唸り、観念したようにため息を吐くと、素直に箒はありのままを話すことにした。

 

「これでも、私もかれこれ十年くらいは剣道を続けてきた。腕にはそれなりに覚えがあるし、自慢をするわけではないが剣道部でも既に先生や先輩方にも良い言葉を言われている」

 

 話し始めた箒の言葉を四人は静かに聞いている。ただし、時間にも限りというものが存在しているため、多少ゆっくりではあるが食事の続きをしながらである。

 

「こう言ってはなんだが、一応中学時代には全国大会で優勝もしたし、同じ条件ならばお前たちはもちろん、クラスの他の皆にも、他のクラスの者達にも遅れはほぼ取らないと思っている。その上で、一夏を相手にして私はまるで勝機が見いだせなかった。

 いや、見出す間もなくやられたと言うべきか。打ち込んだ私の竹刀を、摺り上げという技術があるのだが、それで簡単に上に弾き飛ばして一本。それで終いだ。

 あちらは、鍛練こそ続けてはいたが『剣道』からはしばらく遠ざかっていたというのに、私はこの体たらくだ。挙句そのすぐ後に部の上級生と剣道とは違う、より実戦を意識しての立ち合いに夢中になりおって。

 正直、あの時の一夏には相当に腹が立ったな」

 

 語る箒の語気にだんだんと力が宿っていく。その時の怒りを思い出しているのか、こめかみのあたりが僅かにひくついていた。

 

「大体だ! あいつはあまりに無神経すぎる! いったい何年ぶりに会ったと思っているのだ!? 六年! 六年だぞ!?

 もう少し気を使った接し方というものがあるだろう! 一体こっちはどうして気を揉んでいるのか分からなくなってくるわ!」

 

 ドンドンと机を叩きながら愚痴る箒を静寐と本音がまぁまぁと宥めようとする。

 宥められ、周囲からいつのまにか視線が集まりつつあったことに気付くと、箒も落ち着きを取り戻したのか、再度バツが悪そうな表情と共に自分を冷静にさせるように深呼吸をする。

 

「すまない。少々取り乱した」

 

「いや、あんまり少々じゃなかった気もするけど……」

 

 箒の言葉に静寐が小声で突っ込みを入れるが、それが箒の耳に入ることはなかった。

 

「まぁとにかくだ。私の場合はそもそも勝負にすらならなかったということだ。それに――」

 

「それに、とは?」

 

 言いかけて、そこで言葉を止めて何かを考えるように顎に手を当てる箒に、今度は神楽が問いかける。

 

「いや。まぁ、さっき言った上級生との立ち合いやオルコットや先ほどの二組の凰とのISの試合を見ていても思ったのだが。

 あくまで私の想像でしかないぞ? 一夏は、まだ手を隠していると思う。いや、この場合はまだ出していないと言うべきか。

 とにかく、こと武道に関しては底が知れんのだ。なまじ昔を知っている分、余計にな。ときおり、怖さすら感じるよ」

 

「……わたくしはあまり『武道』だとか、その道にそこまで明るいつもりはないのですが、その気持ちは何となくですが分かりますわ」

 

「そうなのか?」

 

 箒の言葉に共感するセシリアに箒が聞き返す。

 

「わたくしも国家の候補生として恥じないようにIS乗りとしての研鑽は積んでいるつもりですが、やはり古参の先輩方相手にそういった感覚を抱くことは時折ありますわね。

 とくに最初期からIS乗りとして活動していた方々なら猶更ですわ。どれほどの積み重ねを行ったのか、考えて時々空恐ろしさを感じることがあります。

 おそらく、篠ノ之さんが織斑さんに感じるのも、そういった類のものではなくて?」

 

「そう、かもしれないな」

 

「ん~、私は難しいことよく分かんないけど、おりむーが勝てるならそれでいいんじゃないのかな~?」

 

 間延びした声で言う本音に、それも尤もだと言うようにセシリアが頷く。そしてポンと箒の肩に手を乗せる。

 

「言われなくても分かってる。あいつが勝つなら、それで構わんさ。まぁ、余計に差が広がるのは癪と言えばそうなのだが……」

 

「なら、篠ノ之さんも一層の研鑽に励むしかありませんわね。どのような間柄にあっても、本人以外の人間にその人の進歩を止める権利はありませんわ。

 織斑さんが勝手に強くなっていって、篠ノ之さんがそれを気にするというのであれば、篠ノ之さんも同じくらいに進めば良いだけの話ですわ」

 

「そう簡単に言ってくれるがな、オルコット。それができたら苦労はしていない」

 

「あぁ……えっと、頑張って下さいまし?」

 

 返答に困ってとりあえず励ますような言葉を返したセシリアに、箒はガックリと肩を落とす。

 その様子を見て朗らかに笑う三人だったが、そこで静寐がポンと手を打って別の話題を持ち出してきた。

 

「そういえばさ、試合中の選手の会話って私たちも聞けるでしょ?」

 

「えぇ。たしか、ISの通信機能とアリーナの放送機能が連動しているはずですが」

 

 静寐の言葉に説明を付け加えるように神楽が言う。

 

「それで、さっきの試合。織斑くんと三組のグレーさんだっけ? あの試合の時、織斑君なんか怒ってなかった?」

 

「そういえば、そうだったな」

 

 そこで五人はこの昼食休憩の直前に行われた第三試合、一組代表の一夏と三組代表のスーザン・グレーの試合を思い出す。

 

「確か一夏のやつ、『俺の名前は関ヶ原でもないし夏は六つじゃなくて一つだ! ましてや、鬼ヶ島でもピピンでもないわ!!』とか言っていたが、なんのことか分かるか?」

 

「さぁ?」

 

 問われてセシリアは肩を竦めながら知らないという反応を返す。他の三人にしても同様だ。

 直前の試合であったためによく覚えている。訓練用に用いられているラファールを駆り、銃器を中心とした攻撃を展開するスーザンに対し、一夏はひたすらに己の間合いでの勝負をしかけた。その最中にあったやり取りの一部だ。

 確かに距離があれば銃器が優位に立てるが、距離を詰められればその限りではない。そして近距離というのは一夏にとっては絶好の間合いであった。

 

「少々学園のデータベースで見たのですが、三組のグレーさんでしたか。アメリカの出身で、向こうではジュニアの射撃大会などで優秀な成績を幾度も収めていたらしいですわ」

 

「まぁ、そうなのですか?」

 

「えぇ、四十院さん。実際に彼女の戦いぶりを見ましたが、銃器の扱いにそれなり以上の心得があると見受けましたわ。

 このあたり、ISに乗る前の経験を活かしている所は織斑さんと同じですわね」

 

 候補生ということもあってこの場の五人の中では最もISの知識と経験を持っているセシリアの説明は、四人にとっても分かりやすくありがたいものであった。

 

「でもオルコットさん。それでも、その、グレーさんは負けちゃったよね?」

 

「まぁ、そのあたりはしょうがないと言う点もありますわね。彼女が相手にしたのは織斑さんに、四組の確か更識さんでしたか。どちらも専用機持ち。

 専用機はそれ自体が乗り手に合わせてのチューニングをされているのが殆どです。ゆえに乗り手の技量をより引き出しやすい。

 それに、単純な日頃の訓練の量にも差が表れますからね。あのグレーさんには少々酷なことを言うようですが、やはり学園に入学して程ない今の時点で専用機持ちに勝つのは厳しいですわ。

 そして、専用機持ちもまたそうでない者に後れを取るということは、あまりあってはならないことですね」

 

「はぁ。そう考えると本当に専用機持ちが羨ましくなっちゃうなぁ」

 

 肩を落とすような仕種と共にため息まじりの愚痴を漏らす静寐にセシリアは困ったような笑みを浮かべる。

 

「まぁ、わたくしも皆さんに先んじて本国で経験を積んできたわけですし。それに専用機持ちは、その立場に見合う責務などがあるわけですし。

 織斑さんにしてもそうですわ。あいにくわたくしも詳しくは存じ上げませんが、何せ世界初にして現状唯一のIS起動者です。やはり厄介なアレコレがあるでしょうし。

 決して良いことばかりというわけではありませんわ」

 

「まぁ、隣の芝生は青く見えるとも言うからな。いや、正直鷹月の気持ちは私も分かる」

 

 セシリアの言葉に続けて箒が静寐の言葉に一定の理解を示すような発言をする。

 

「専用機、か……」

 

 僅かに視線を伏せて箒が呟く。だがあまりにかすかなその呟きは、隣にいたセシリアの耳にすら入ることなく虚空へと溶けた。

 思いつめるかのような小さな呟き、そこに隠れた意思を察する者は誰ひとりとして存在はしなかった。

 

「そういえば~、次のおりむーの試合は最後だったよね~。今度はかんちゃんが相手なの~」

 

「そういえばそうだったね。……かんちゃん?」

 

 本音の言葉に静寐は脇に置いておいたハンドバッグからこの日のタイムスケジュールなどが記されたしおりを取り出し、それを読みながら確認をする。

 そして本音の言った「かんちゃん」という聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

「うん、そうだよ~。今度のおりむーの相手はね、私の幼馴染なの。更識(かんざし)でかんちゃんなんだよ~」

 

「あぁ、なるほどね」

 

「更識さんでしたか。現状見たのは織斑さんの前の、グレーさんとの一戦のみですが、正直今度ばかりは織斑さんも苦戦を強いられるでしょうね」

 

「どういうことだ?」

 

 顎に手を当てながら冷静に分析するかのようなセシリアの言葉に、箒が聞き捨てならないと言った面持ちで問いかける。

 

「あの二組の凰さんでしたか。確か彼女はまだ候補生になってからの経験もそこまで深くないと聞き及んでいますが、あの更識さんはそれなりの経験を積んでいるように見えましたわ。布仏さん、そのあたりはどうなので?」

 

「んっとね~、確か十四歳の真ん中あたりからだったはずだよ?」

 

「なるほど。もちろん、そうした経験もありますが、ここで重要なのは彼女の戦い方ですわね」

 

「というと、オルコットさん。それはどういう?」

 

 ISを駆る上で経験が重要なのはごく基本的な話だ。だが、それを差し置いてなお重きが置かれる戦い方とはどういうことなのか。尋ねてきた神楽にチラリと視線を向けると、全員に聞かせるように人差し指を立てながら続きを話し始める。

 

「一応わたくし達はこの試合の出場者全員の試合を見たわけですが、四人とも異なる戦闘スタイルを取っています。

 織斑さんと凰さんは同じ近接格闘戦型ですが、織斑さんはどちらかと言えばテクニック寄りで凰さんがパワー寄り。

 三組のグレーさんが典型的な中距離射撃戦型。そして四組の更識さんですが、オールラウンダーの戦術型というところでしょうか」

 

「そう、ですね。言われて思い返せばそうでしたね」

 

「そう。とりあえずは織斑さんと更識さんですね。はっきり言って織斑さんの実力は、経歴を鑑みれば十分驚けるものです。

 ただ、対処ができないかと問われたら、案外そうでもないのですよ。鷹月さん、どうすれば良いか分かりますか?」

 

「え、私?」

 

 いきなり質問をされたことに静寐は自分を指さしながら目を丸くする。

 

「えっと、正直私も織斑君に近接戦を挑むのは、その、怖いから。えっと、とにかく距離を取るかなぁ?」

 

 とりあえずは思いついたことを言ってみただけという風な答えであったが、それで十分だと言うようにセシリアは微笑を浮かべた。

 

「それですわ。近接武器には強力な瞬間威力を持つ物が多いですが、どれも当たらなければそれまで。要は近づけさせなければ良いということ。

 そうなると射撃型やオールラウンダー型はある程度優位に立てますし、そこに技術や戦術性が加わればなおさらですわ。

 ただ、グレーさんが射撃型にも関わらず織斑さんに完敗を喫したのは、そうした技術的な部分でも織斑さんが勝っていたからでしょう。まぁ、このあたりは曲がりなりにも専用機持ちですから。そうでなくては困りますが」

 

「では何か? その射撃型に乗って一夏の間合いに捉えられたお前は、腕前が及ばないと」

 

「グゥッ!!?」

 

 何気なく箒が言った言葉に、痛いところを盛大に突かれたというようにセシリアは呻く。

 

「し、篠ノ之さん。ダメ、ちょっとは気を使ってあげようよ……」

 

「む、す、すまない」

 

 静寐が小声で箒を窘める。チラリと静寐が視線をセシリアに向けてみれば、彼女は未だに小刻みに震えている。

 当事者でないために図りかねるが、多分今の箒の言葉は相当に堪えたというのは想像に難くなかった。

 

「だ、大丈夫ですわ。お気になさらず。あの時はわたくしにも至らぬ所があったのは事実。次はこうはいきませんわ……」

 

 なんとか気丈に振舞おうとするも、声にはやはり震えが残っている。どうやらダメージは結構なものであったらしい。

 

「ね~ね~セッシー。それで、かんちゃんのドコがおりむーに強いの~?

 確かにかんちゃん、すっごーく頭が良いんだけど」

 

 こんな状況下にあっても本音は自分のペースを崩さない声で続きを尋ねる。

 話を戻すことでセシリアを何とか元に引き戻そうとしたのか、それとも単に話の続きが気になったのか。

 おそらくは前者であろうが、この本音の言葉はセシリアにとって良い方向に働くものであった。

 

「オホンッ! 話を戻しましょう。仮にです。織斑さんと更識さんが織斑さんのフィールドで、つまりは刀剣などの装備を用いての格闘戦を挑んだとして、おそらくは織斑さんに優位に働きます。

 確かに総合的に見て織斑さんの腕前にはまだまだな点がありますが、どうにも格闘戦だけは最初の凰さんのように候補生相手にも余裕を持って当たれるほどに高い技量を持っているようですから。

 ですがあの更識さんの場合、そもそもそのフィールドに入らない立ち回りをするでしょう。

 グレーさんとの試合を見ていて、彼女の場合はとにかく相手に思うように動かせない、その上で着実にチェックメイトへと詰めていく戦い方と見受けましたわ」

 

「それはつまり、相手が嫌がる戦い方をするということか?」

 

「おおむねその認識であっていますわ、篠ノ之さん。――あの、篠ノ之さん? あまり嫌そうな顔をしないでくださいまし。

 なんとなくお気持ちは分かりますが、それもまた立派な戦術ですのよ?」

 

「あぁいや、すまん。理屈では分かっているんだがな……」

 

 相手が嫌がる戦い方と聞いて嫌悪感を含んだ表情になった箒をセシリアが窘める。

 箒自身も理屈の上ではそれも立派な戦術と分かっているために、特に抗議をせずに素直に言葉を受け止めるが、彼女の生来の気質はやはり納得しきれていないものがあるらしい。

 

「それで、オルコットさん。その更識さんの戦い方のどこが織斑君に不利なの?」

 

「あぁ、話がズレましたね。わたくしの想像が含まれているのもありますが、既に織斑さんはわたくしとの試合も含めて三つの公式的なIS戦で勝利を収めています。

 そしてその重要な要因の一つは、彼のIS経歴からかけ離れた近接格闘戦の能力の高さにありますわ。しかし、おそらくそれも既に相手方には警戒されているはず。

 わたくしが同じ立場でもそうしますが、戦うとなればとにかくその近接戦を封じる、活かすことのできない状況に持ち込みますわ。

 未だ未知数ですが、候補生であることやその期間、そして布仏さんの更識さんの頭脳レベルの高さが実際に相当のものとすれば、戦術の構築能力も比例して高くなります。

 時として彼我の力量差を戦術や策の類が覆してきたのは、歴史を紐解けばいくらでも見つかります。下手をすれば、わたくし個人としてはあまりあっては欲しくありませんが、織斑さんが完封される可能性もありうると思いますわね」

 

 沈黙が五人の間に広がった。確かにセシリアは入学して間もなくに一夏と戦い敗れた。

 だが、彼女が一国のIS乗りの頂点である『代表』に近い『候補生』であることは紛れもない事実であり、現にその実力、知識は既に一年の中でも随一のものだ。

 実際にIS関連の授業、特に座学では指されれば常に正しい解を出し、実技では担任であり『世界中のIS乗り』の『頂点』でもある千冬には厳しい評価を下されるものの、目にした他の生徒全てにとって十分模範足りうる技量を見せている。

 

 その彼女がここまで言う。同じクラスのよしみであり、自身を負かした人物でもあるだけに彼女が一夏を応援していることは分かる。

 だが、その個人の『感情』をいともあっさり押さえつける候補生としての『理性』が一夏の圧倒的不利を予期している。

 口には出さないものの、「さすがに次の試合はマズイのではないか」という雰囲気が流れていた。

 

「ん~、おりむーもかんちゃんもどっちも応援したいけど、でもでも。セッシーの言う通りなんだよねぇ。

 かんちゃん、色々なことができて凄くって、それでとっても器用だし……」

 

「オルコットさん。織斑さんが勝利を掴む策というのはあるのでしょうか?」

 

 神楽の質問にセシリアは顎に手を当てて難しそうな顔をする。

 

「『策』となれば猶更ですわ。知略という相手のフィールドに乗るわけですから。それに、その、織斑さん……そういうのが得意そうには見えませんし……」

 

 あぁ……、と諦めと共に納得するようなため息が広がった。

 確かに努力をしているということは分かるのだが、お世辞にも彼は座学で優秀と言える人間ではない。

 そのくせ実技や体育系になると途端に輝きだす。典型的な運動系男子というのが一組共通の一夏への認識だった。

 

「いや、待って欲しい。曲がりなりにも『武人』を自負している一夏だぞ? 斬り合いの、技を交わす中の駆け引きならいけるのではないか?」

 

「その斬り合いに持っていくのが難しいんじゃないかな? オルコットさんが言ってるのって、もっと広い意味みたいだし……」

 

「むぅ……」

 

 一夏を擁護するような箒の言葉であったが、静寐の至極もっともな指摘にあえなく黙り込んでしまう。

 

「策を用いて戦いの場そのものを操る相手と相対する場合、思いつく勝利方法は二つです。

 一つは更に上回る策で以って挑む。あるいは、策を無意味な小細工にするほどの実力差で以って叩き潰す。

 織斑さんには申し訳ありませんが、どちらも彼には現状望めるものではありませんわね」

 

「……勝負ってシビアなのね」

 

「そういうものですわ、鷹月さん」

 

 何とか引き出したような静寐の感想にも、セシリアはあくまで冷静だった。

 ただ、こころなしかセシリアの言葉にもある種の諦観の念が浮かんでいるようであった。

 

「ふむ、オルコットさん。例えばの話ですが、織斑さんの姉君である織斑先生ならばこの状況、いかに対処するのでしょうか?」

 

「そこでそれをわたくしに聞きますか、四十院さん。まぁ『戦女神(ブリュンヒルデ)』の異名を取るほどの方ですわ。わたくしが挙げた二つの方法、策も実力差も完璧にこなすでしょうけど……」

 

「まだ何かある、と言いたげですね」

 

「えぇ。IS乗りの間では有名ですが、現役時代の織斑先生には『零落白夜』がありましたから。あれほどの攻撃を持っているならば、あるいは織斑さんにも勝機が大いにあるのですが」

 

「零落白夜と言うと、確か当時の先生のISの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)だったか」

 

「えっと、授業でやったよね? なんだっけ、単一仕様能力の説明の時に山田先生が例に挙げてたやつだったっけ?」

 

 零落白夜という単語に聞き覚えのある箒と静寐は互いにどこでその言葉を聞いたのか、記憶を掘り起こしてそれが授業の時であると思い出す。

 

「零落白夜は相手ISのシールドを無視して、強制的に絶対防御を作動させる攻撃です。元々の威力も高いため一気にシールドは削られますし、絶対防御発動の際のショックで相手の操縦者にも軽くない負担がありますから。

 先生の現役時代には、先生と戦った多くの乗り手たちがその一撃の下に下されていますわ。

 実際、あの攻撃は当てればそれで良いというようなものと聞き及んでいますから。対ISという点では反則的なアレさえあれば、織斑さんにも可能性は十分にあります」

 

「でもセッシー。おりむーのISは二次移行(セカンド・シフト)なんてしてないよ~?」

 

「えぇ。ですから単一仕様能力なんてありませんし、そもそも先生と同じ零落白夜が発現する確証もありません。しょせん、妄想の域を出ませんわね」

 

「つまり、一夏の勝率は低いままということか……」

 

「ま、世の中そんなに甘くないということですわね」

 

 澄ました様子で言いながらセシリアは飲み物の紅茶に口をつける。

 冷たい言いぐさだが、事実なのだから仕方がないというのがセシリアの論だ。それに、所詮観客の一人でしかない自分たちが今ここでどうこう言ったところで、何かが変わるわけでもない。

 ただ、同じクラスの仲間の戦いぶりを見守るだけなのだ。

 

(ただ、わたくしの時の最後のアレがあれば、あるいは……。いえ、これも考えるだけ無駄ということですわね」

 

 そう思いながらセシリアは昼食のサンドイッチを食べ進めるのであった。

 この後にも三試合分の観戦が待っている。エネルギーはしっかりと補給しておかねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで半分か。毎度のことだが、やはり気を使うものだな」

 

「そうですねぇ。でも、何事も無くて一安心ですよ。今年は色々特殊ですからねぇ」

 

 アリーナの管制室では千冬と真耶が購買の品であるおにぎりとペットボトルのお茶を昼食にしながら言葉を交わしていた。

 生徒や来賓の観客たちにとっては休憩となる今の時間だが、そんな時間でも教師を始めとした学園側のスタッフには仕事がある。

 しかし食事を摂らないというわけにもいかないため、同じ管制室で作業に当たっていた教員の一人に全員分の食事の買い出しを任せ、そして今に至るというわけであった。

 

「学園周辺の空海域の警備からの報告では、特に異常は見受けられないようです。このまま無事に終わると良いですね」

 

 真耶の言葉には状況が問題なく進んでいることへの安堵と、このまま終わりまで無事に進んでほしいという願いの両方があった。

 今年のクラス対抗戦は、特に一年生がいつもとは違う。

 世界初の男性IS操縦者の出場に、参加者の内の二人は専用機を所持した国家の候補生だ。

 特に国政などに良からぬ意を持つ輩の類にとって、現在各国で重要なポジションを少しずつ、着実に築こうとしているISの、その業界の省庁の一つであるIS学園は格好の的だ。

 ましてや今年に関しては新入生に世界初の男子や一国のIS界の未来を担うだろう候補生が居る。ますますもって、ターゲットになりやすい。

 そうした不安要素から生徒を、ひいてはこの学園そのものを守るのが、ここにいる千冬や真耶を始めとした教師たち学園スタッフの、あまり表にはされない最重要任務の一つである。

 

「織斑先生、こちらの作業は終わりましたよ」

 

「あぁ、すまない」

 

 それまでモニターに向かい作業をしていた教員の言葉に千冬は礼を言う。

 だが、言われた彼女はと言うとなんでもないと言うように首を横に振った。

 

「別に、このくらいでしたら大丈夫ですよ。それに、山田先生もですけど、今の内にしっかり休んで下さいね。まだこの後があるんですから」

 

 その言葉に真耶が気恥ずかしそうに照れながら頭を掻く。

 

「えへへ、そうですね。……それより先生は大丈夫なんですか?」

 

「えぇ。私も今からちょっと休ませて貰うところですから」

 

「あ、じゃあ私が続きをやっておきますね」

 

「すみません、山田先生」

 

 そうやって教師たちは自分たちの仕事を止めることなく続けていく。

 その様子を、千冬は静かに見守っていた。

 

「……ふぅ」

 

「織斑君のこと、やっぱり気になりますか?」

 

「フランシィ先生、いや。まぁ色々と言いたくはあるのですが……」

 

 何気なしにため息をつくと同時に隣に座ってきた同僚の言葉に、千冬は言葉を纏めきれていない返事を返す。

 カナダ出身の同僚、エドワース・フランシィは一歳だけとはいえ自身より年長にあたるため、千冬も生徒や実弟の前では滅多に使わない敬語を用いている。

 

「いやでも、大したものじゃないですか。もう二勝もしちゃってますし、相手の一人は候補生ですよ?」

 

「確かに勝利を収めたことは悪くはないでしょう。しかし、私に言わせればまだまだなってない部分が多い。まぁこれは、織斑に限った話ではないですが」

 

「織斑先生にかかればみんなそう見えますよ。それでも評価するところはちゃんとしてあげないと」

 

「それは私も分かってはいるのですが、やはり目立つのですよ」

 

 名実ともに世界最強のIS乗りとして活動をしていた内に、千冬のIS乗りの腕を見る目も自然と高いレベルを自然とするものになっていた。

 その彼女からしてみれば、この学園の生徒たちのISを動かす様にはどこかしら不手際が見えるのだ。

 

「まぁ、()はそれなり以上ではあるのですがね」

 

「あぁ、彼女(・・)ですか。まぁ、彼女は色々と飛びぬけてますからね」

 

 その時、二人の脳裏には同時に同じ生徒の姿が映し出されていたが、それも長い時間の話ではなかった。

 

「それで、織斑先生。どうでした? 弟さんの試合は?」

 

「努力の跡は見られました。しかし、まだまだ未熟と言わざるを得ません」

 

 ハッキリと未熟と切り捨てた千冬の姿にエドワースは苦笑を禁じ得なかった。

 生徒たちのISを用いた自主訓練の監督官を務めることの多い彼女だが、その中で何度か一夏が訓練を行っている様子を目にしたことがある。

 確かに千冬の言う通り、まだまだ未熟な部分はあるものの、常に着実な進歩はしていることは間違いないというのが彼女の見立てだった。

 それは千冬も分かっているのだろう。だが、分かった上で未熟と言い切る。実弟相手でも厳しいものだと、笑わずにはいられなかった。

 

「でも、最初の試合の時なんか凄いと思いましたよ? 衝撃砲の性質を一気に見抜いて、きっちり対処をしたじゃないですか」

 

「その対処の仕方が問題なのですよ。あの馬鹿者ときたら、私は前にきっちりかわせと言ったはずだろうに。また斬り捨てるなどやりおって。なぜ妙な所で恰好をつけたがるのだか……」

 

 文句が段々と独り言じみてきた千冬の姿に、エドワースは更に笑みを深める。

 ただ、千冬の言うことは尤もであることは間違いないのだが、それでも一夏の衝撃砲への対処が評価に値するものであるのは間違いないというのが彼女の見解だったのだ。

 最低限の資料として一夏がセシリアと行った試合の記録にも目を通したことがあるが、その時にも一夏はブルー・ティアーズの攻撃の性質を迅速かつ的確に見抜いていた。これは、決して軽んじられることではない。

 相手の攻撃や装備の特徴を素早く見抜く眼力、そして素早く対処をする能力。確かに知識や経験を積めば自然と養われるだろうが、今の一夏ではそのどちらも足りていない。

 となると、先天的に持ったセンスがそれを為したということになる。そしてそこから推し量れる潜在性は、決して馬鹿にならない。

 

(実際に彼は順調に成長をしているし、それは結果が示している)

 

 最初の凰鈴音との試合では自分のペースに持ち込んだとたん、一気に押し切った。

 続くスーザン・グレーとの試合では相手との地力の差があったために、終始自分に優位なペースを保ったまま、余裕を持った勝利を収めた。鬼ヶ島とかピピンとかの意味は分からなかったが。

 ついでに言えば彼は、本人が気づいているか定かではないが、その立場の問題もあって学園でも重要人物の一人として扱われている。

 そのために、平素の行動などもある程度報告が為されている限りで把握しており、その向上心の旺盛さはよく知られている所となっている。

 

 確かな高い潜在性に、それを伸ばすだろう非常に強烈な向上心が加わっている。

 そして、少なくともエドワースが思うにこのIS学園は『自発的に自分を鍛えよう』と思えば、それに十分な設備が整っていると思っている。それらが彼に加わるのだ。

 

(いずれは……化けるかもしれないわね)

 

 未だ千冬はアレコレと厳しい批評をしている。そのどれもが的確であるのは間違いないのだが、彼女個人としては一夏の先に興味があるのは事実だ。

 一人の教師として、前途有望な生徒の未来に思いを馳せないわけがない。

 

「まぁまぁ織斑先生。その辺でその辺で」

 

 とりあえずは、隣の同僚を宥めるところから始めるエドワースだった。

 

「織斑先生、ちょっといいですかー?」

 

 エドワースがとりあえず別の話題に千冬を持っていこうとしたところで、交代して仕事にあたっていた真耶が千冬に声をかける。

 

「どうした」

 

 片手で制するようにして一度エドワースとの会話を中断すると、千冬は真耶の下に向かっていく。その背をエドワースは首だけを動かして追いかける。

 どうやら彼女あてに連絡がきたらしい。おそらくは警備関係の連絡だろう。この管制室の教師チームの責任者は千冬であるため、こうした重要な連絡の際には主として千冬が受けることになっていた。

 

「そうか……。了解した。こちらも問題はない。引き続きよろしく頼む」

 

「なんでした、織斑先生?」

 

 連絡を終えて通話に用いていた受話器を元に戻した千冬にエドワースが声を掛ける。

 

「別に大したことはありませんでしたよ。ただの定時連絡です。『異常なし』、だそうです」

 

 肩をすくめながら言う千冬だが、心なしか僅かに安堵している様子が伺えた。

 その気持ちはエドワースにもよくわかる。なにせこちらは警備をしている身だ。何事も起きないに越したことはない。

 

「そういえば、この手のイベントの時の警備って日本の自衛隊もよく動いてますよね?」

 

「えぇ。一応学園は治外法権的な扱いがされていますが、日本の領内にありますからね。もっとも、自衛隊(向こう)も何やら思うところはあるそうですが」

 

「重要拠点の防衛、という題目の演習を行うようなものですからね。IS部隊まで出てくるのは、赴任したばかりの頃には驚きましたよ」

 

「幸いというべきか、日本はコアの保有数に恵まれていますからね。やはり実戦に近い雰囲気の中で動かす経験というのは向こうも必要としているらしい」

 

 篠ノ之束が開発し、その絶対数に限りがあるISコアは白騎士事件から約一年弱の時を経てG8を始めとした先進各国に分配がされた。

 そしてその中でも特に多くの数を有することになったのが、開発者の母国である日本と、今もなお大国としての威容を保ち続けるアメリカである。

 

「そういえば織斑先生は現役時代は自衛隊に?」

 

「いえ、私の場合は自衛隊というよりも防衛省の方でした。恥ずかしい話ですが、自衛隊の方のパイロットともそこまで交流があったわけではないので。

 おそらく、今回の警備に出ているISパイロットも、私が知らない者達ばかりでしょう。現役からの古い付き合いと言えるのは山田先生に……もう一人くらいです」

 

「そうですか」

 

 そこでエドワースは会話を止めて腕時計に目を落とした。千冬もそれに倣って自分の腕時計を確認する。そろそろ休憩も終わりにする頃合いだ。

 残っていたペットボトルのお茶を一息に飲み干すと、手早くゴミを片づけて仕事に取り掛かる。

 他の教員に指示を出しつつ自分の仕事を片づける最中、千冬の思考の片隅ではエドワースとの会話の一部が思い返されていた。

 最後の方、現役時代の交流に関してあまり聞かれなかったのは正直なところ、幸いと言えた。

 エドワースに話した通り、現役時代はとにかく多忙だったために他のIS乗りと交流する機会など殆ど持てなかった。そんな時間があれば家で弟と過ごす時間に充てていたことも理由にはある。

 そんな中でまともに交流があったと言えば直属の部下であり、後輩であり、おそらくは自分が初めてIS乗りとしての手ほどきをした真耶が第一に挙げられる。

 

 そしてもう一人は……正直言ってあまり良い思いを持っているとは言えない。いや、危惧していると言っても差支えない。

 真耶との関係は、とにかく上下がきっちりと区別されているものだった。だがもう一人の彼女との関係は、良くも悪くも対等なソレだったと言える。

 驕りも、慢心も、他者への侮りも、何事も介さない完全な客観的視点で断言できる。仮に現在この世界に存在する全てのIS乗りの中から二人だけを選び、正真正銘の乗り手としての頂点を競うということをしようとする場合、戦うことになるのは自分と彼女しかいない。

 太極図の陰と陽の関係のようなものだ。常にIS乗りの顔として表に陽として出てきた自分と、ひたすらに影に潜り続け陰を体現してきた彼女――浅間美咲は。

 

 自分が知る限り最強の乗り手にして、IS乗りの中で『IS乗り』以前に『武人』としての己を確立している唯一の人間。

 そして武人としての在り方は、おそらく実力というものを境にして真逆に位置している。

 奴は今どこで何をしているのか。自分という存在全てを使って戦いという行為の肯定をしていたような女だ。大方、今もIS乗りとして、武人として、国家の庇護下という自分にとって都合の良い場所で自分の力を奮う場所を求めているのだろう。

 

(えぇい、何を考えている。今は奴のことなど関係なかろうに)

 

 職務の最中に関係の無いことを考えた自分を、声には出さずに自分自身で叱咤する。

 現役を引退して以来顔を会わせてもいない人間のことなど、考えるだけ無駄だ。今は、目の前の仕事に集中するべきだろう。

 

(しかし……)

 

 ちょっとした昔の話がきっかけとは言え、唐突に思い出したということに千冬は嫌な予感というものが拭えずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の番は最後か……」

 

 シャリッという心地よい音と共にリンゴを齧りながら一夏は呟く。

 昼の休憩を取っているのは一夏も同じだ。最初は他の生徒たちと同じように食堂あたりに出向こうかと思ったが、昼食の時間もなるべく削るべしと言わんばかりに事前に昼食になりそうなものを買い込んでいたバックスタッフの厚意に甘えて、買い込まれた分からおにぎりやサンドイッチなどを分けてもらっていた。

 この休憩が終わっても二試合分、鈴と更識簪の試合に、続けてとなる鈴とスーザン・グレーの試合があるため時間に余裕があると言えばそうなるのだが、念のためを考えて昼食は少なめにしていた。

 そして今食べているのは、同じようにして買い込まれた食料の一つであり、厚意から受け取ったリンゴだ。

 丸一個だがわざわざ切るという面倒はしない。そのまま丸齧りだ。

 

(多分次の試合、更識はもっと手を見せてくる)

 

 自分もそうだったが、第二試合において簪はスーザン相手に余裕を持った勝利を収めていた。スーザンには悪いが、地力に差が大きくある分はやはり必然と言わざるを得ない。

 だが次の第四試合は違う。相手は鈴、中国の候補生だ。自分は勝利を収めたが、それでも候補生同士の試合であるし、すでに一敗している以上は鈴も更に気を引き締めて今後の試合に臨むだろう。

 となると、簪も勝ちを拾おうと思えば相応の手で打って出ざるを得ないだろう。

 

 先のスーザンとの試合を観戦し、すでに簪の戦い方が自分にとって厄介なものであることは大方把握した。

 見ていればよく分かった。スーザンが何か行動を起こそうとする度に、絶妙にそれを阻みにかかる。

 大きく突き飛ばすというよりは、軽く足を引っ掛ける程度の邪魔という表現が当てはまるだろうか。

 それを繰り返してネチネチジリジリと、しかし堅実にスーザンの駆るラファールのシールドを削る。

 

(俺が言えた立場じゃねぇが、グレーのやつも可哀そうに……)

 

 自分が同じ立場だったらと思うと同情を禁じ得ない。

 いざと意気込んでアクションを起こそうとしても出鼻を挫かれる形で邪魔をされ、その隙を突くようにジワジワと嬲り削られる。

 一撃型の高威力の攻撃を叩き込んだということも無かったので、完全にシールドが削られるまでには少々時間を要したが、実際には「ずっと私のターン」と言わんばかりに一方的に近い展開だった。

 

 もっともそれを言えば、開幕直後に多少の被弾も厭わない突撃で一気に距離を詰めると同時に、蒼月でスーザンの両手の武器を払ってシールドが無くなるまで斬り続けた一夏も大概であるが、それはそれとして割り切る。

 それに、勝っただけでなく先日の盛大な名前間違いに関しての文句も叩きつけることができたのだ。これぞまさに一石二鳥。なにも問題などありはしない。

 

「しかし……明日ならぬ次は我が身ってのは流石に怖いな」

 

 リンゴを齧り、作業に勤しむバックスタッフの動く様を見物しながら一夏は呟く。

 今回のクラス対抗戦、間違いなく更識簪が最大の難敵になるだろう。その彼女との戦いが最後にあるというのは、まぁ初戦に持ってこられるよりは好都合と言える。

 自分のIS乗りとしての未熟は百も承知している。下手に相手の流れに捕まれば、そのままゲームオーバーとなる可能性も十分に有り得る。

 それだけは何としても避けたい。そしてそのための方法は……

 

(何としてでも、俺との斬り合いに持ち込むしかない)

 

 距離を詰めての格闘戦ならこちらにも分があると思う。実際問題としてそれくらいしか手は無いにも等しいわけだが。

 スクッと座っていた椅子から立ち上がると、一夏は食べ終わったリンゴの残り滓である芯を捨てるためにピットの端にあるゴミ箱へ向かう。

 

(……面白い)

 

 口元に小さい笑みが浮かぶ。せっかくの戦いの機会、自分の技を奮える機会なのだ。むしろ、このくらいにハードな展開の一つや二つ、無ければ面白くない。

 手の内にあったリンゴの芯を強く握り込む。瞬間的に周囲から強い力を加えられたリンゴの芯はいともあっさりと砕け散り、そして破片がゴミ箱へとこぼれていった。

 

 目指すは勝利のただ二文字のみだ。それ以外にはびた一文の価値だってありやしない。

 現実として最後の一戦ばかりは厳しいものになるかもしれないということは理解している。それでも、やるからには勝つつもりで挑むより他ない。

 負け確を腹に括るなど、師との手合せだけで十分腹一杯というやつだ。

 

 ピットから大きく開かれたアリーナに目を向ければ、それまで殆ど人気の無かった観客席がどんどん人の影で埋め尽くされていく様子が見える。

 もうじき第四試合が始まる。今度の組み合わせは確か鈴と簪の代表候補同士というマッチングだったはずだ。

 

「すんませーん! 試合始まる時になったらモニターお願いしまーす!」

 

 バックスタッフにそんな声を掛けておく。

 そして、最後の試合に向けて一夏は己の心を研ぎ上げ始めることを始めた。

 

 

 

 

 そして、歓声に包まれる中でクラス対抗ISリーグ、一年生午後の部が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




え~とですね、その、正直色々悩んだりもしたのですが、一夏とスーザンの試合はあえてスルーしました。
ひとえに作者の未熟が原因です。ただただ深くお詫びするばかりです。
一応作中でも少し書きましたが、基本的に一夏優勢で鈴の時より余裕をもって勝てたという感じです。

というか、思いっきりぶっちゃけちゃいますと、次の話は一気に一夏対簪に持っていくつもりでして。その、広いお心で受け入れていただければと思います。

簪の戦い方に関しては、作者としては頭を使った戦い方というのをイメージしています。
どう表現するのが良いのでしょうか。チェスや将棋をする感覚、というのが一番近いのでしょうか。

あと最近、セシリアにはこういう話の時の解説役なんかすごくピッタリだと思ったり。
いずれはしっかりバトルでも活躍させたいです。その時にはこう言ってみたいですね。
「オルコットが強くて何が悪い」と。

ではまた次回。


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第十三話 武と智の競り合い

更新が遅れまして申し訳ありません。
いや、リアルが割とマジで忙しかったものですから。大学の期末も近くありますし。
いやぁ、にじファン時代に連日更新とかしてた頃が懐かしいですね。

今回でクラス対抗戦は終了です。
読者の皆様におかれましては、お楽しみいただければ幸いと存じます。
そして、感想が頂けるともっとウルトラハッピーと存じます。


 既にクラス対抗ISリーグの午後の部が始まってからそれなり以上の時間が経った。

 午後の部のスタートとなる第四試合、続く第五試合は既に終わった。

 第四試合の凰鈴音対更識簪。一国の候補生同士というこのマッチングは、純粋な乗り手のレベルという点から特に高い注目を集めていた一戦であった。

 

 結果は更識簪の勝利。

 アサルトライフルなどの軽火器を複数、細やかに操り相手のペースを崩そうとする簪に対して鈴音が取った戦法は、ひたすら攻勢に徹することだった。

 勢いの強さで押して相手の妨害を無意味なものとする。総合的に安定した機体スペックと衝撃砲という不可視の攻撃による牽制が可能な甲龍、そして凰鈴音という少女の気性が組み合わさったからこその戦法だろう。

 だが押し切ることは叶わなかった。

 素人所見でしかないと分かってはいるものの、一夏の見立てでは両者の操縦者としての技量はほぼ互角。勝敗を分けたとすれば、多彩な武装を操る簪の巧さと、あとはやはり同じ候補生であっても経験が物を言ったのだろう。

 

 続くスーザン・グレーと鈴の試合は予想通りというべきか、鈴の勝利。

 自分がそうしたように、余裕を持っての勝利となっている。全敗を喫したことになるスーザンには悪いが、ある意味では必然と呼べる帰結だろう。彼女に関しては今後次第ということになる。

 

 そうして残る一夏と簪の試合のみを残した時点で、すでにある程度の順位というものは固まっていた。

 一勝のみの鈴が三位に、全敗のスーザンが最下位の四位に決まった。そして、最後の試合で一位と二位が決する。

 

 IS学園の中でも特に優秀な者の代名詞と呼べる候補生。

 そしてその候補生を既に二度も下した唯一の男子生徒にしてダークホースでもあるルーキー。

 もはや順位など関係なしに、この二人が競い合ってどちらが勝つのか、観客はただそれのみに注目していた。

 

 

 そして始まる最終試合。既にうっすらとした夕日の茜が空に浮かび上がってきた頃のことである。

 

 火薬が炸裂する音と共にアリーナの地面に弾痕が穿たれていく。

 次々と穿たれていく弾痕は線を描くように連なっている。巻き上がる土煙と共に描かれていく線の先には常に一つの影が存在していた。

 

 身を守るシールドを削ろうとする銃弾から己を逃がそうとしているのは白式を纏う一夏だった。

 現在一年生の中に存在する四機の専用機の中でも機動性に抜きん出た性能を持つ白式に、簪操る打鉄弐式の手に握られたアサルトライフルの弾丸はろくに当たらずにいた。

 照準が補足し、発砲のために引き金を引くとほぼ同時に振り切るように白式が宙を飛ぶからだ。

 

「へぇ……。速いね」

 

 ろくに弾が当たらないこともまるで意に介していないように平坦な声で簪が呟く。

 試合の間、試合を行う両者のISは会場全体への放送用、緊急時の連絡用などの必要性から管制室と相手方ISとの間に最低でも音声による通信を繋げることになっている。

 そのため、先ほどの簪の呟きも一夏の耳にはっきりと入ってきていた。

 

「はっ、余裕だな」

 

 地面スレスレを滑るように飛びながら一夏は体を半回転、スラスターの噴射口が進行方向に対して真横を向く形になった所で強く吹かす。

 直進している最中に真横へと強く押されたと形容すべきベクトルで力を加えられた白式は進行方向を急激に変える。

 さすがに完全とはいかずとも非常に直角に近い高速の方向転換を行ったことで強いGが白式に、乗り手である一夏の体にかかる。

 体を強く圧迫する感覚に僅かに眉をしかめるが、この程度は織り込み済みだ。それに耐えられない程ではない。

 ISにはGによる体への負担を軽減する機構が備わっている。この機構も働かせる度合いは、範囲こそ有限ではあるもののある程度調節ができる。

 そして白式について言えば、数日前から倉持の技術者の助力の下で行った調整の際の彼ら曰く、他のISよりも軽減の度合いが低いとのことだ。

 メリットで言えば機体内部のコンピュータの処理リソースの増加に伴って、他の機構の処理が円滑に行われること。デメリットはGなどの負荷が強く体にかかるくらいだ。

 

 方向転換は一度に留まらない。二度、三度とスラスターを瞬間的に強く、地につけた足で地面を蹴るような感覚で吹かす。

 吹かすのは基本的に左右両方ではなく、片方ずつだ。それだけでも十分に加速はできるし片方だけということで機体の機動を揺らして相手の狙いを妨げられる。両方で吹かすよりエネルギーの消費が少なくて済むのもある。

 右へ左へと動くたびに体に強い圧迫感が襲い掛かるが、伊達に何年も鍛え続けてきたわけではない。

 身体的なスペックならば同年代最高峰であるという自負はある。特に耐久力に関しては稽古で、幼少期には姉の竹刀と躾の拳骨で、ここ数年では師の訓練用模擬刀と鉄拳で相当以上にあるとも思っている。

 

(ハッハッハ、武術家ナメんじゃねーぞ、っとぉ!)

 

 それなりに振り回しているつもりではあるが、簪は執拗に自分を狙ってきている。つい先ほども背筋に流れる電流とも錯覚するような直感に反射的に従って動いてみれば、自分のすぐ近くの地面に弾痕が穿たれたところだ。

 やはり経験の差からくるものは大きいと改めて思い知らされる。簪の打鉄弐式は自分に追いつこうと確実についてきている。

 打鉄弐式が通常の打鉄に比べると機動性に優れていると見て取ったが、それでも白式との機動力の差がそれなりに大きいため、未だ距離は保たれているが、この状況はむしろ自分にとってまずい。

 

 それまでの試合の流れを見るに、簪も近接戦を行わないわけではない。現に鈴との試合では薙刀を模したとおぼしき武装を使っていた。

 だが、その本領はおそらく中・遠距離戦だろう。そして決め手になるのは、今は展開していないが、ミサイルポッドから放たれる多数のミサイルだ。

 先のスーザン、鈴の両者ともそれで止めを刺されていた。

 

(この状況、あるいは既に彼奴の術中にあると見ていいかもしれない。このまま距離を離したままだと、俺も連中の二の舞だ)

 

 今までこそ射撃を回避するために距離を離していたが、それもそろそろ止めて仕掛けた方が良いかもしれない。

 試合前に付け焼刃程度でしかないが、頭に叩き込んだ知識によるならば、ISでミサイル兵装を運用する場合、ミサイルの方に自動的に敵を探し出すシステムがあるならまだしも、そうでない場合は戦闘機などに搭載されているものと同様に、相手を確実にロックしてから放たれる。

 このあたりは射撃兵装と大差はない。だが違いがあるとすれば、一発分のロックに銃器より時間がかかること。目標の数の多寡に関わらず、一度に多数のミサイルを放つ場合は更に時間を要すること。

 あるいは、今こうしている時にもそのロックは着々と進んでいるかもしれない。

 

(まずいな)

 

 思えばこのスタイリッシュでエクストリームな追いかけっこは試合開始直後からだった。

 もしかしたらどこからか術中に嵌っているなどという考えは甘すぎたのかもしれない。

 今もピットに控えている川崎の言葉によれば、打鉄弐式に搭載されているミサイルは、それこそ弾幕を張れるくらいの多量だと言う。

 初めから簪がミサイルの狙いをつけるためにわざと追いかける振りをして時間を稼いでいたとするのならば、一夏も流石に苦い表情を浮かべる。

 

(こりゃ本当に被弾覚悟で開幕直後から攻勢に出りゃ良かったか)

 

 相手を警戒してやや受け身に回った己の失策だ。

 だがそれを悔いている暇は無い。試合が始まったその瞬間から既に簪の策に捕らわれ始めていたとして、このままズルズルと続ければ状況は更に悪化するかもしれない。

 そうなる前に決める。速力に優れる白式の機動性で多少の無茶をしてでも距離を詰める。そして間合いに捉えて斬り捨てる。

 体の向きを反転させて視界に簪を捉える。構えられたアサルトライフルの銃口が自分に狙いを定めていた。

 見切った射線上に蒼月の刃を置く。直後に衝撃が蒼月を通して腕に伝わってきた。

 未だに自身と機体は動き続けている。体を反転させる前に動きそのままであるため、今は後ろ向きに水平移動をしている状態だ。

 そして一夏は移動はそのままにして機体を下げる。足裏が地面に触れると同時に強く蹴り、跳躍で再度上空へと向かった。

 

 

 

 

 

 

(来る)

 

 声には出さず胸の内で、まるで自分など関係ない他人事のように簪は呟いた。

 先ほどまで自分でもそうと分かるほどにしつこく射撃で狙い、それを一夏は回避し続けていたわけだが、ここへきて動きが変わった。

 こちらに向けていた背を返し、距離は離れているが真正面から向き合う形になった。

 やることは変わりはしないので、ごく普通にFCSのロックに従ってアサルトライフルを撃ったが、手にしていた刀によってあっさりと弾丸は弾かれた。

 別に今更驚きはしない。そうやってくるだろうということも、彼女にはとっくに織り込み済みだった。

 

 跳躍から大きく宙に飛び上がった一夏はそのまま簪の方へと向かってくる。勿論真正面からというわけではないが、それまでとは異なり明確に簪との間合いを詰めようとしている動きだ。

 

 火薬の炸裂音が連続で響く。両手に握った二丁のアサルトライフルを交互に、結果としてほぼ間隙の無い連続射撃が一夏に襲い掛かるが、どれも回避されるか手に持った刀で弾かれる。

 その姿に、試合が始まって初めて簪は「嫌そうな」顔を作る。

 

(これだから……)

 

 打鉄弐式のスラスターを吹かして距離を開けようとする。

 チラリと視線を移す。自分のみに見える打鉄弐式の機体コンディションなどを始めとした各種情報が表示されるモニターには、ある工程の完了具合が示されている。

 それは打鉄弐式の最大火力とも言える兵装である、多連装ミサイルのロックオン。一夏の白式とは別の、倉持における打鉄弐式の開発チームと共に作り上げたこの兵装を完全に活かすためのロックオンシステムだ。

 当然ではあるが、開発した側には簪のISに搭載し、そのデータを得ることで更に利潤へと繋げようとする思惑もあるのだが、今は関係ない。

 ロックオンさえ完了すればほぼ王手をかけた状態に持って行ける。だが、今しばらく時間が必要だ。

 自分で必要なデータを打ち込めれば手っ取り早いのだが、そんなあからさまな行動を相手が許してくれるわけではない。

 だからこそあえて作業はIS任せにして、自分は適当な射撃で時間を稼いでおこうとしたのだが、あの動きを見るにおそらく見破られている。

 

(本当に、これだから……)

 

 相手の側にも倉持の技術者がバックでついている。自身の機体の情報がある程度漏れるのは当たり前と考えていいだろう。

 だが、そこからこちらの手を見抜くのはまた話が別だ。何がそれを為したのか? 経験? いや、相手のIS乗りとしての経歴を考えればあまり当てにはならない。

 となれば、持って生まれたセンスのようなものだろう。それで見抜かれたのなら、まだこちらも甘かったということだ。

 

 それだけではない。今も続く射撃と、その回避あるいは防御からの間合い詰めへの繋ぎ。その動きにしたって、既に他の同級生よりもだいぶ上のものだ。

 勿論、本人の努力だとかそういうものもあるのだろう。だが、それでも習熟への期間が早い。となるとその要因など、『才能』だとか『センス』だとかの言葉でしか言い表しようがない。

 

 『才能』や『センス』、そういう言葉を考えて、考えたのは自分であるはずなのに簪は嫌気がさす。

 努力はしているのだろう。というか、して当たり前だ。それに関しては何も言わない。

 行う努力を、更に持ち前の才能だとかセンスが押し上げる。それもある意味その者に与えられた幸運のようなものだ。別に否定をするつもりはないが、少しは文句くらい言っても良いだろう。

 

 一夏の手に握られる蒼月の刃が振るわれ、再び弾丸を斬り弾く。

 

 あの姿を見ていると、自分にとってはとても身近な、一人の人物が思い起こされる。

 別に嫌ってはない。なにしろ血を分けた()だ。むしろ大事さえ思っている。

 だがそれはまた別として、目の前の相手同様に、努力は当たり前だが、その努力によって更に際立っている彼女の才能やセンスには、色々思うところがある。

 あれだけ才覚を見せつけておきながら、あくまで『自分は凡人』と言い張るのだ。そりゃ、一言物申したくもなる。

 

 早い話、簪が感じているのは『こいつもかコノヤロウ』という類の呆れであった。

 

 とにかく、こちらの布陣が整うまでは下手に距離を詰められるわけにはいかない。

 簪の打鉄は総合的に『安定性』というものに比率を置いている。だがあの白式は別だ。

 その様はかつて打鉄以前に倉持の名を高めた『暮桜』、この学園の教師であり相手の実姉である織斑千冬のかつての愛機を彷彿とさせる。

 その在り方は、対ISの突破力特化。下手に接近を許せば、力ずくでこちらが押し破られる可能性もある。

 なまじ日本の候補生として日本のISに触れる機会が多かっただけに、特に近接戦闘用に開発された武装の威力の高さはよく知っている。

 直接見たことも受けたこともないが、一組教師である織斑千冬の現役時代の切り札である零落白夜などその最たるもの。

 現在各国で広く用いられているところで有名どころを上げるならば、フランスはデュノア社開発のパイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』に、日本の高周波振動刀機構だろう。

 

 既に一夏のISの装備に関しての情報は入手している。それのみを基本装備としている日本刀型武装『蒼月』は、高周波振動に加えて強い熱量によって基本威力を更に上げた代物だ。

 さすがにかの零落白夜ほどではないが、直撃を受けた時のダメージは刀剣型武装の中でも現状頂点を競いうるものだ。

 右手に持っていたアサルトライフルを一度格納する。続けて量子展開によって呼び出したのは薙刀だ。

 冗談でもなんでもなく、まさしく薙刀だ。『夢現(ゆめうつつ)』という名称が付けられているこの装備は刃の部分に白式の蒼月同様に超振動機構を搭載している。

 その極めて長い柄を片手で軽やかに回しながら簪は左手のアサルトライフルを撃ち続ける。

 

 一夏が不意に簪の視界から外れた。すぐにその後を追う。動かした視線の向かう先は上方。一度上空に上がってから急降下攻撃を仕掛けるつもりかと身構える。先の凰鈴音戦で彼はそれを止めとしていた。

 

「うっ!?」

 

 思わず呻いた。視線を上げた直後、一瞬視界を焼かれた。焼かれた、というのは比喩表現ではあるが、まさしくぴったりなものだった。

 

(しまったっ、逆光っ……!)

 

 射撃の基本は相手を常にその目に捉えることだ。だが、その基本に徹したことが仇となった。

 地表を照らす日光、その光源である太陽はそのまま見ようとするにはあまりに眩しすぎる。まるで絶対的な格の差というものを突き付けられているかのようにだ。

 それはISに乗っている時であっても例外ではない。もちろん、すぐさまにハイパーセンサーが過剰な光量を感知して眩しさを大きく抑えた状態で簪の目に出力する。

 それによって眩しさに目を焼かれる心配はなくなったが、未だ最初に目を焼かれた時の刺激が視界を蝕み、太陽の光は視界を白く染めている。

 

 光の中心、太陽の真ん中に黒い点が見えた。一体何なのか、考える内にその影は大きさを増し、正体をあらわにする。

 それは、持ちうる攻撃力の全てを叩きつけんと刃を輝かせた蒼月を構える一夏の姿だった。

 

(そういうことっ……!)

 

 太陽を背にして相手の視界の自由を狭めた上で上空から攻撃を加える。戦闘機に限らず、それこそアニメにおけるロボット同士や例えば空を飛ぶ魔法使いや超能力者など、空中戦におけるセオリーの一つだ。そしてこのセオリーは当然ながらISの戦いにおいても効果を発揮する。

 あまりにもシンプルな手にやられたことに己を叱咤したいが、悔いている間は無い。何せ今も一夏はその距離を一気に縮めてきていて――

 

「きぇいっ!!」

 

「くっ!!」

 

 ギャリギャリという金属同士が擦り合う甲高い不協和音と共に二つの刃が激突する。

 だがそのまま競り合いとはいかなかった。確かに視界はまだ僅かに不自由が続くが、それ以外の感覚には微塵たりとも支障は存在しない。

 刃同士の接触とほぼ同時に、スラスターを反転させて強く吹かしこむ。当然の帰結として機体は後方へと飛んでいく。

 それで良い。接触によって相手側の速度は大きく削られた。それを上回る速さで後退すれば、必然的に両者の距離は開かれる。

「あっ! あんにゃろう逃げやがった!」と言わんばかりの表情を一夏がしているのが見えるが、あいにく相手の攻め手に付き合う義理は微塵たりともない。故事に曰く三十六計だ。

 

「逃がさんっ!」

 

 一夏が追って来る。当然の反応だろう。特に驚きはしない。すぐ背後に地面が迫っているのを感じると同時に、今度は通常通りにスラスターをやや弱く吹かして軽い減速とする。

 そのまま姿勢を整えて足が地に着くと同時に、再びスラスターを吹かして再度後方へと移動する。

 

「賢しいっ!」

 

 目的とした着地点より簪が退いたことに悪態をつきながら一夏も同じようにして着地する。

 着地と同時に大きく姿勢を屈めて、さながら地面にはりつくような着地をした一夏は蒼月の切っ先を地面に突き刺す。

 そのまま握った柄を振り抜き、二人の間に土煙を上げる。

 

「何を……」

 

 呟いた直後に目を見開く。土煙による褐色の幕を突き破って蒼月の切っ先を突き出した一夏が高速で向かって来る。文字通り一息の間に距離を詰めるその速さは、間違いなく瞬時加速によるものだ。

 反射的に夢現を縦に向けて構えていた。直後、再び耳障りな金属音と共に蒼月の刃と夢現の長大な柄がこすれ合う。

 蒼月の刃を覆っていた青白色の輝きは既に無かった。直撃が見込めないと分かった時点で余計なエネルギーの消費を抑えるために発動を切ったのだろう。あの距離を詰めて接触するまでの一瞬でそこまで見切って判断したのは素直に大したものだと思う。

 瞬時加速によって齎された速度というのは早々に無くなるものではない。少なくとも、得物同士が擦れた程度ではろくな減速を見込めない。

 一夏は殆ど速さを緩めずに簪の脇を通り過ぎようとする。すれ違いざま、一瞬だけ目があった。不意を突いただろう一撃がかわされたはずなのに、彼の目には明らかな笑みがあった。

 

「ぐぅっ!?」

 

 何事かと考えるまもなく体に衝撃が走った。夢現を構えたことにより、真正面に体の側面を向けるような半身の姿勢を取っていたのだが、その側面に鈍い痛みと共に衝撃が襲い掛かってきたのだ。

 思わず瞑りそうになった目を無理やりこじ開けながら衝撃の元を確認する。夢現の柄を握る左腕、そこに曲げられた一夏の膝が突き刺さるように叩きつけられていた。

 

「こっ、のっ……」

 

 ミシミシと骨を軋ませるような蹴り、その重さを実感し、そして留めきれなかった衝撃によって更に後方へと吹っ飛ばされながら簪は食い縛った歯の間から微かに悪態染みた声を漏らす。

 賢しいのはどっちだと言いたかったが、よく考えてみれば彼のメインウェポンは剣だけではない。その四肢それ自体もまた、簪の見立てでは生身であっても人を殺めるのは容易いほどに研ぎ澄まされているはずだ。

 それを失念していた自分のミスとしか言いようがないだろう。

 

 ようやくまともに叩き込めた一撃、それを皮切りにして一気に自分の流れに持ち込みたいのだろう。一夏が追撃を仕掛けてくる。

 上等だ。ならばそのまま、こちらのペースに巻き込み返してやるのみ。

 再度の接近から上段の斬りおろしによって迫る刃を、今度は夢現の刃で受ける。接触点を支点とするようにクルリと柄を回して一夏の側面から柄による打撃で攻め込む。

 薙刀のような長柄の武器は、このように柄を打棒のように扱うことができる点が長所の一つだ。確かに小柄な武器に比べれば全体的な取り回し安さでは後塵を拝するだろうが、それでも上手く扱えば十分に追いつける。

 それに、その長さを利用して相手を迂闊に寄せ付けない打撃の結界を築くことも可能だ。もっとも、そうした所で彼にどこまで通じるかは定かではないが。

 

 重い風切り音と共に夢現の刃が白式のシールドを切り裂こうとし、長柄が打棒のごとく打ち据えようとしてくる。

 上段から刃が迫ったと思えば下段から打撃が襲い掛かってくる。簪の薙刀捌きの手並みは見事の一言に尽きるものであり、それまで射撃を中心とした中・遠距離での彼女の戦いをメインに見てきた観客達の一部には感心するような呟きを漏らす者もいる。

 だが、対する一夏も負けてはいない。否、見る者が見れば簪の攻撃が一夏へ与える影響は微々たる者だと分かる。

 確かに一見すれば簪の連続攻撃に対して一夏が守勢に回っているように見える。いや、事実としてはそうだが、問題は一夏の守り方だ。

 ジリジリと、少しずつではあるが得物同士の接触するポイントが一夏から遠ざかっている。

 一夏の持つ防御の間合い、そこから先には僅かたりとも侵攻を許さず、逆にその守りの結界の範囲を押し広げている。

 

 ――『制空圏』 

 

 簪の脳裏に、自分と姉に武芸の手ほどきをしてくれた父の言葉がよぎった。

 あくまでも概念的な表現であり、実際には自身の保有する間合いの非常に高度なレベルでの把握であるが、これを会得している者とそうでない者では実力に大きな開きがあると言う。

 

 一度後方に飛び退き、夢現の柄を右手だけで持つと空いた左手にアサルトライフルを顕現させる。そのまま銃口を真正面に向ける。この距離はさほど離れていない。狙いを精緻に定める必要もなく当てるのは可能だ。

 発砲音とほぼ同時、実際には一瞬遅れる形で金属音が響く。放った弾丸は蒼月の刃に弾かれた。そのまま一夏は一息の内に距離を詰めて蒼月を振るった。

 切り裂かれたのは打鉄弐式のシールドではなく手にしていたアサルトライフルだった。中ほどから真っ二つにされた銃を見て簪は反射的にそれを投げ捨てる。視界の端で爆発するアサルトライフルの残骸と、その爆音を意識の片隅で認識しながら再び夢現の柄を両手で握りなおすと、目の前に迫った一夏の上段斬りを受け止める。

 

「なかなかやるわな。だが、それもここまでだ……!」

 

「どうかな……!」

 

 グイと剣を押し込みながら物理的に、そして精神的にも圧迫をかけてくる一夏に、簪もまた強い闘志を込めて言葉を返す。

 

「はっ! テメェの薙刀捌きで、どこまでついてこれる!」

 

 力ずくで簪の薙刀を押し飛ばし刃の接触を離すと、そのまま一夏は追撃にかかる。

 言葉は荒々しいが、太刀捌きはその真逆だ。先手からそのまま流れを完全に奪おうとする一夏の攻撃を前に守勢に回る簪の、守りの中の小さな隙を正確に突き、こじ開けてそのまま防御を突き崩そうとしてくる。

 

(打鉄、まだっ!?)

 

 少しずつ押されている証拠か、圧力を増してくる剣戟に対して防御で徹しながら簪は打鉄のシステムを確認する。

 そうして確認した結果はあと少し、あと少しなのだ。それで準備はほぼ整う。

 肩の部分のシールドが僅かに切られ、モニターが示す残量の数値が小さく減少する。損傷を気に掛ける暇はない。下手に意識を守りから逸らせば、そこから生じた綻びを一気に突かれ崩されると分かっているからだ。

 機体の操作、送り込まれてくる情報の処理、何より自分を押している攻撃への対処、それらが思考をフル回転させて脳裏が焼けつくような錯覚すら抱かせる。

 だが、そんな中でも常に冷静を保つ思考の冷えた一部分がある。その中で簪は、己の中での一夏の脅威判定が上がっているのを感じた。

 

 確かに、特にあらゆる面で自分よりも秀でた能力を示す姉への劣等感などを持っているのは事実だが、それでも決して半端な腕前はしていないと自負は持っている。

 だが、その腕前を持ってしても押し込んでくる一夏の剣腕、これが単に元々鍛えていたのをISに流用しただけというのだから、素直に驚嘆を禁じ得ない。

 本来の実力を発揮できるだろう生身ならばどれほどか。あるいはこの学園の生徒では姉くらいしかまともな相手はいないのではと思う。

 そしてもう一つ、専用機を所有することでIS乗りとしてほぼ最初からISそれ自体を用いての訓練に恵まれた状況にあるとはいえ、一か月そこらで代表候補を二人も下し、そして自分からも勝利をもぎ取らんとしている成長度合い。

 むしろ剣腕などよりそっちの方が簪にとっては空恐ろしく感じる。

 

(けど……)

 

 まだ勝機はある。確かに相手の実力は十分に脅威足りうる。だが、負けるつもりなど毛頭ない。

 相手が自分の腕を頼りにしているならば、その頼りを十全に発揮できなくすれば良いだけだ。そのために工夫をすればいい。

 元来、人はそういう生き物だ。だからこそ、人類はこの地上においてもっとも栄えた種になったのだから。

 

「悪いけど、そろそろ付き合うのも飽きた……!」

 

「ぬ?」

 

 夢現ごと上から叩き斬ろうと力を込めてくる一夏に、両手で長柄を握りながらこらえる簪が言い放つ。

 意図の読み切れない言葉に一夏も頭の中で疑問符を浮かべたのだろう。その瞬間に僅か、本当に僅かだが押し込まれる力が緩んだ。

 

「っっ!」

 

 反射的にスラスターを吹かして下から蒼月を弾き飛ばそうとする。

 一夏も、不用意に力を緩めてしまった己の不手際に苛立つように舌打ちをしながらも、弾き飛ばされた勢いで姿勢を崩されては敵わないため自分から剣を引く。

 ここにきてようやく斬撃の嵐から解放された簪はそのままスラスターを反転、瞬時加速を発動する。

 相手もまた瞬時加速を、それも後ろ向きに飛ぶという形で使ったことに一夏が僅かに目を見開くのが見えた。

 あいにくだが瞬時加速を使えるのは彼だけではない。それにこの程度、ちょっとした工夫の域を出ないくらいのものだ。

 

「準備完了……」

 

 その言葉は確かに一夏の耳に届いた。

 

「何をするつもりだ」

 

 構えは解かずに警戒を維持したまま一夏は問う。その姿に、簪はこの一日で行った全ての試合を通して初めての笑みを浮かべた。

 

「言った通り。準備ができただけ。あなたを倒す準備が」

 

 言いながら簪は手早く幾つかのデータを纏めると、それを転送する。送り先は、一夏の白式だ。

 突然送りつけられてきたデータに何かと一夏は訝しむが、その内容を見て驚きに目を見開いた。

 

「こいつは……」

 

 表情だけでなく、声にも緊迫感を乗せる一夏の姿に簪の笑みが深まる。

 

「そう、それが私の切り札。そして、あなたに敗北を与えるもの」

 

 その名を『山嵐』

 打鉄弐式のソフトウェア各種において最も開発が難航し、そして切り札たる性能を有することになったマルチロックオン・システムによって6機×8門のミサイルポッドより最大48発の独立稼働を行う誘導ミサイルを発射する機構だ。

 そしてこの48発とはあくまで一度(・・)に打てるミサイルの総数であり、機体に格納されている実際の弾数はその更に上を行く。

 送られてきたデータにはそうした簡単な概要と、そのロックオンシステムが全ての工程を終了し、完全に一夏を捉えたということを伝えていた。

 それが示すのは、後は簪が機体にミサイルの発射を命じるだけで最大して48発の、その各々が独立した軌道を取りながら一夏に向かって来るということだ。

 

「君は凄い。腕も立つし、上達も早い。私は素直に君を称える。けど――勝ちまではあげられない」

 

 自分に肝を冷やさせた一夏に紛れもない賛辞を送りながらも、簪は言う。静かだが断固とした意思を秘めた口調に、一夏は眉根に寄せた皺を深くする。

 

「計48発、そしてその更に上を行く残弾。これならば君でも、捌くことはできない」

 

「言ってくれるじゃないか。いいさ、やってみろよ」

 

 今から距離を詰めようとしても無意味だ。既にミサイルの雨あられまで引き金一つのところまで迫っていることは重々承知している。

 もはやミサイルの発射は避けようがない状況であり、その上で一夏が勝利を掴もうとするのであれば、それは飛来するミサイルを捌き、時にはあえて受け、撃ち終わるまで耐え抜いて起死回生の一撃を叩き込むしかない。

 そして、その耐え抜くということ自体が最大の関門となっている。

 

 望むところだと思う。その程度、できなくては話になりはしない。

 十年前の白騎士事件の折、かのIS『白騎士』とその乗り手はただ一人と一機だけで相対する時の中国海軍と戦った。

 IS業界の始まりを告げる事件であると同時に、ISが為した最初の逸話として既に広く知られているかの事件の中での白騎士の武勇伝には、艦船や戦闘機といった兵器群から放たれた数多の撃墜ミサイルを華麗にかわし、斬り捨て無為に帰したというものがある。

 自分の力量くらいは弁えている。今の自分ではどう足掻いた所で、これから迫りくるだろう無数のミサイルをかわすということなど無理だ。

 だが、鍛えてきた剣腕で斬り伏せることは? 試す価値は大いにある。あの白騎士に、その乗り手である彼女(・・)にできたことだ。ならば、自分にできないという道理など存在しない。

 仮にそんな道理があったとして、それならば無茶を貫き道理をこじ開けるまでのことだ。

 

「かかってこい」

 

 闘志を内にて凝縮し、あえて多くの言葉とせずに簡素な一言で意思を告げる。

 たった数文字から成る一言だが、その内に秘められた静かな、しかし凝縮され強大な密度を誇る闘志を感じ取ったのか、簪は右手を前にかざす。

 

「いくよ。これが私の、私の打鉄弐式の最大の攻撃。名づけるならば――『更識サーカス』!!」

 

 思考によるトリガーが引かれた。同時に打鉄弐式の背部のスラスターの一部が大きくスライドする。

 スライドした中から現れたのは複数のミサイル発射口。そこから、一気に数多のミサイル群が放たれた。

 

「ハッ……」

 

 目を見開き一夏は小さく笑う。離れていても分かるミサイルの推進剤の噴射音がひっきりなしに耳を叩く。簪を中心として、一気にミサイルの軌跡を示す白煙の筋が広がっていった。

 ギシリと小さく鋼の軋む音を鳴らしながら一夏は蒼月の柄を握りなおす。もう後には引けない。結末は二つに一つ。やるかやられるかだ。

 

 視線を左斜め後方の上空に向ける。他のミサイルに先んじて背後に回り込み、後方上空から一夏に迫ってきていた一機に狙いを定める。

 スラスターを吹かし真っ向から向かう。彼我の距離は瞬く間に縮んでいき一息の内にミサイルは一夏の眼前まで迫る。

 

 擦れ違いざまに一閃。白式という高速型のISの加速と乗り手である一夏自身の剣腕が加わった一閃は、相対者として同じくISを駆っていた簪でさえ『閃いた』としか見て取れなかった程に早いものだった。

 そして更に離れた場所から見守っていた観衆の目には一様に、構えられていた一夏の剣がいつの間にか振り抜いた形になっていたという風にしか映らなかった。

 それは斬られたミサイル自身も同じだったのか。すれ違い、数メートルほど一夏が遠ざかってから思い出したかのように中心から真っ二つに分かれる。鮮やかな断面から内部の構造が見えたのもほんの一瞬。もはや残骸となったミサイルは爆発四散する。

 

 そして斬った一夏はと言えば、そのまま留まるということはせずに流れるように次の行動に移る。

 背後から四発のミサイル。上空から三発。どこに視線を動かしても取り囲むようにミサイルが迫ってきている。

 

「っ!」

 

 IS乗りとして初めて経験する高密度の弾幕だが、それに臆するような心のブレは感じない。感じる暇がない。

 視界にミサイルを収めながら一夏は目を見開き続け、できうる限りの集中を引き出す。思考が加速していくような錯覚すら抱く。急激な脳の激しい活動によってか、前頭葉のあたりにジンジンとした熱さえ感じる。もちろん、それすらも錯覚かもしれない。

 そう意図したわけではない。だが、いつのまにか一夏の目には迫りくるミサイル一機一機のこれから通るであろう軌跡が映っているような気がした。

 もちろん、実際に空にそんな軌跡が描かれているわけではない。目という感覚器から受け取った映像を処理する脳が勝手に付け加えたようなものだ。

 だがそれでも十分過ぎた。目に映る軌跡、その中に一点だけ穴を見つけた。反射的にそこに飛び込む。

 迫り、一夏を取り込んだまま収束しようとしていた鋼の檻から一夏が抜け出した直後に、見出した活路は閉じた。目標を失ったミサイル群は、数発は止まらぬ勢いによって同士討ちという結果に終わる。

 偶然の采配によってか同士討ちを免れた残りが向きを変えて揃って一夏を再度狙う。

 

「えぇい! しつこいッッ!!」

 

 包囲網を抜け出した先でまた二機ほどミサイルを斬り伏せた一夏が怒気を込めた声で怒鳴る。その左腕の装甲には僅かな黒ずみがあり、一夏を中心とするように幾ばくかの煙が上がっている。

 回避も撃墜も不可能の一発だった。となるともはや受ける以外の選択肢は残っていない。そのことを理解すると同時に一夏は左腕を盾にしていた。

 直撃の瞬間に、金属の塊が叩きつけられたことと爆発による強い衝撃が左腕を襲ったが、その程度は十分に耐えられるものだ。それよりもシールドを消費したことが痛い。それでも、腕を盾にせず胴に直撃受けていたよりかはまだマシというものだった。

 

「このっ!」

 

 背後から迫ってきた数発を体を捻ることで何とかやり過ごす。最初と同じように擦れ違い様に一刀をお見舞いする。

 今度は数本を纏めて、中ほどから真っ二つに断ち切ってやった。

 

「あ」

 

 斬ってから己の間抜けに気付いた。最初と違い、今度は数本纏めてだ。しかも高速ですれ違ったというわけでもないため、ミサイルはすぐ近くで爆発する。当然ながら、その威力は数本纏めてという前提に相応しいものになる。

 

「ぐおぉお!!」

 

 すぐ近くで発生した火球の衝撃と熱に思わず顔を庇うように腕を交差させる。

 そのまま衝撃によって下方に押し飛ばされた一夏の背に、今度は下から突き上げるような衝撃が走る。それがまた別のミサイルによるものだと気付いた時には、すぐ傍までまた別のミサイルが迫っていた。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 もはや言葉の体裁を為していない雄叫びと共に一夏は蒼月を振るう。切り裂かれたミサイルが爆発し、熱波が一夏を包み込む。

 今度はどこを庇うような素振りすら見せずに、そのまま次のミサイルに狙いを定める。そして再び一閃が閃く。

 

 

 

 獅子奮迅という表現がピタリと当てはまるような立ち回りだった。

 休む間もなく振るわれる刀は次々とミサイルを斬り裂いていった。その光景は、斬られたミサイルを当てることを目的として簪でさえ、思わず見事と思うほど。

 あるいは彼が更に高次にある剣腕を、IS乗りとしての技量を持っていたら全てのミサイルは斬り裂かれ無為に帰していたかもしれない。

 だが、今の彼にはそのどちらも足りていなかった。斬り裂くこともかわすことも叶わないミサイルが一発、また一発と一夏と白式を削っていく。

 ひるむ様子を微塵たりとも見せず、闘志を振るい立てる雄叫びと共にただひたすらミサイルを切り払っていく一夏だが、時が進むに連れて機体への損耗が目に見える形となって表れていった。

 

 いつの間にかアリーナに響くのは一夏の雄叫びとミサイルの爆発音だけになっていた。

 誰もが皆、固唾を飲んでこの剣と兵器の激突の行く末を見守っていた。

 

 肩に当たったミサイルが爆発し、シールドでも僅かに遮断しきれなかった熱波が顔の皮膚に焼くような熱を伝える。

 そこに気を向けている暇はない。目の前に迫りつつあった一機に手を伸ばす。指を開き、横から鷲掴みにする。

 その程度で止まるほどミサイルの推力は弱くない。一夏の腕を跳ねさせながら、五指の拘束から逃れようと暴れる。

 一夏も端から掴んで止めきれるなどとは思っていない。掴んで、この次だ。

 

「ぬぇああああああ!!」

 

 全身を大きく捻って強引にミサイルの向きを変える。その先にはまた別のミサイルが迫ってきている。

 掴んでいた手を離す。一夏の手による拘束から解き放たれたミサイルはそのまま直進し、向かってきたミサイルと衝突して爆発する。

 

「がっ!!」

 

 だが、また背後から迫ってきていたミサイルの直撃を受ける。今度は受けた場所が悪かった。

 背中ではあるが、やや首の方に近い。衝撃が背筋を通り首に伝播し、脳を揺さぶる。

 一瞬意識を手放しかけるが、歯を食いしばってこらえる。そして未だ揺れ続ける視界のまま、次に向かって来るミサイルを斬り裂かんと蒼月の柄を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が経ったのか分からない。既に時を数えるという感覚が一夏の思考から失せていた。

 何も聞こえない。あれほどやかましかったミサイルの噴射音も、爆発音も、試合のさなかに止むことの無かった観衆の声も、一切合切聞こえない。

 どうしてここまで静かになったのかは一夏には分からなかった。理解をするための思考が回らない。

 

 いつの間にか地上に降りていた。鋼の足が地面を踏みしめている。視界がガクンと傾いた。膝が崩れ落ちそうになっていると判断するより早く、反射的に蒼月の切っ先を地面に突き立てて杖としていた。

 柄を握る腕に力を込めて体を支える。まだ、まだだ。まだ斬っていないものがある。それを斬るまでは倒れない。いや、たとえ斬ったとしても、戦場(いくさば)で倒れてなどやるものか。

 

 残りのシールドエネルギーが雀の涙ほどの量まで減り、機体のあちこちにとても軽微とは言えない損傷を負いながらも、それでも数多のミサイルの集中攻撃を耐え抜いたことに彼は気付いていない。土と汗が混じった汚れがこびり付き、乱れ顔に張り付く髪の毛を鬱陶しく思いながらも前だけを見る。

 それが十二分に称えられるべき戦果であることにも気づいていない。いや、例え自分の為したことを明確に理解していたとしても、それを彼は誇りとしなかっただろう。

 彼にとっては『勝利』の二文字を得られなければ、彼自身がその過程を是とできないのだから。

 

 ガチャリと背後で音がした。何かと思って振り向くより早く、白式のハイパーセンサーが映像を送り込んでくる。

 眼鏡の奥に冷めた視線を湛えながら、簪がアサルトライフルの銃口を突きつけていた。

 

「チェック・メイト」

 

 それは簪の勝利宣言だった。まだ完全に試合は終わっていない。だが、誰の目にも彼女の勝利は明らかだった。

 ただ一度、引き金を引けばそれで決するのだ。そして今の一夏は既に満足に戦える状態にない。

 

「これで……終わりだと思うな……」

 

 返答は一発の銃声だった。

 アサルトライフルより放たれた弾丸は一夏の後頭部に迫り、白式のシールドに阻まれる。阻まれた弾丸が弾き飛ばされると同時に白式のシールドエネルギーは尽き、一夏の体はその場に倒れ込んだ。

 その一部始終を見届け、簪は静かに空いた手で拳を握る。そして天高く突き上げた。

 

 試合終了を告げるブザーが鳴り、場内アナウンスが簪の勝利を告げる。そして、観客席から割れんばかりの歓声が溢れ出した。

 

 

 

 ――IS学園第一学年クラス対抗ISリーグ戦、これにて全日程終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新が遅れた理由としては、単純に時間が取れなかったのもあるのですが、一夏対簪をどんなふうにしようかと悩んでいたのもあります。
その結果がこれです。書く前、書いているさなか、書き終わった後、いつでも自分の技量不足を痛感しました。頭使った戦いとか本当に書きにくい。

とりあえずは次回の更新を持ちまして原作一巻の終了としたいと思います。
そのあとに凄く短くて、そしてネタに走りまくっているようなインターバルな話を挟んで、二巻に突入と考えています。
二巻についてもあの子とかあの子とか、色々変えようと思っています。

それでは皆様、また次回の更新の折にて。




……感想来るように神棚に祈っとこ……


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第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ!

お待たせしました。十四話の投稿です。
今回の話をもちまして原作一巻分の終了とさせていただきます。いや~長かったww
ちょっと感慨深いものを感じたりします。


アイマス冬フェス、ライブビューイングだったけど楽しかったー!!
あとは現地組の友人からお土産を受け取るだけだ!!
あとアニマス劇場版決定おめでとう!また搾取されてやるぜー!!


「ッッ!!」

 

 自分が気を失っていたのだと気付くと同時に両目を開き、跳ね上がるように飛び起きた。直ちに今の自分の状況を確認するように周囲を見回し、そして自分の体を確認する。

 場所はもはや見慣れた自分の待機ピット。撤収準備に掛かっているのか、倉持の技術者達が慌ただしく動き回っている。そのまま外の方に目を向ければ、観客席から徐々に人影が消えていく様子が伺える。

 そして今の自分の状態のチェック。当然と言えば当然だが白式は展開を解除されて待機形態の腕輪の形で自分の右手首に嵌っている。服装はISスーツのままだ。

 顎に手を当てて考える。先の簪との試合の最後、自分は後ろから銃弾を受けてそれが決めてとなって敗れた。

 ミサイル群と真っ向勝負を挑んだ代償に、あの時の自分は一杯一杯の状態だったため、そのまま気を失ったのだろう。おそらく、そのまま控えていた学園の機体を装備した教員にでもここに運び込まれたのだろう。

 今の自分はピットの中の長椅子に寝かされ、そして上半身だけを起こした状態だ。軽く自分の体の調子を確かめて舌打ちする。若干ながら疲労が感じられる。

 ものの数時間もしないで回復を見込める程度だ。体への影響などはまるで問題ない。ただそれでも舌打ちをしたのは、たかだか試合一回程度で疲労を感じた自分自身の未熟に対してである。

 

「……」

 

 そのまま太ももにおいた肘を支えとして左手で顔の半分を覆う。

 事前に配布された生徒用の当日日程表によれば、全試合が終わった時点で即全員解散。さっさと撤収しやがれという感じになっていたはずだ。

 まぁ確かにこれだけ人やら機材やらが大掛かりに動く行事で、一々開会の挨拶だのなんだのと時間を食うだけでさして必要性の感じられない手間をかける必要はないだろう。一夏としてもそのあたりは全面的に賛同する。

 さて、となると自分も既に今日に関してはお役御免の状態だ。ならばこの後どうするかを速やかに考えるのが建設的というものだろう。

 

「織斑さん、少々よろしいですか?」

 

「あ、はい」

 

 考え込む一夏の横から川崎の声が掛けられる。思えばこの日丸一日は彼を始めとしたスタッフには色々と世話になった。

 引き上げる前に礼を一つ、きっちり言っておくべきだろう。そう考える一夏を余所に川崎は手にしたクリップボードに挟み込まれた紙を見ながら自分の要件を告げる。

 

「ひとまず我々はこれで一度引き揚げます。ただ、白式について色々とお話があるので、明日お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「明日は……確か土曜日でしたね。別に大丈夫っすけど、あぁそれじゃあ先生に言っておいた方がいいか……」

 

「学園の方にはこちらからも連絡をさせて頂きます。なるべく今日中にはそちらに仔細をお伝えできるようにしますが」

 

「あ~、とりあえずお願いします。明日は一日暇ですからね。話し合いの時間とかはそちらの都合に合わせていいっすよ」

 

「分かりました」

 

 そう言って川崎はボードに挟まれた紙を一枚捲り、その下のまた別の紙に視線を落とす。

 

「明日話し合いができるとして、それに関係することなのですが、ひとまず今日一日は白式の展開は控えて下さい。いや、もうするような時間も無いでしょうが念のために」

 

「あ~、いや確かに今日はもうこのまま俺も引き上げるつもりですけど、また何でですか?」

 

「先の更識さんとの試合で白式に結構なダメージが行ってましてね。そこまで深刻に取るほどでもないのですが、ISに休息をさせるという意味で念を押してということです。

 明日時間を頂ければ、そのまま我々の方で調整も兼ねた修繕も行います。その際に織斑さんにも立ち会っていただけるとありがたいのですが」

 

「別に大丈夫ですよ。まぁ、ISのことは俺はさっぱりですから、専門家に見てもらえるっていうならありがたい」

 

「では後程こちらで学園側に連絡をして、仔細を織斑さんにお伝えできるようにしますので」

 

「えぇ、お願いします」

 

 そう言いながら一夏は自分も引き上げようと椅子から降りて立ち上がる。そして体のコリをほぐすように軽く背を伸ばす。

 

「しかし、正直驚いたというのが本音でしたね」

 

「え?」

 

 不意に川崎が呟いた一言に一夏が反応する。

 

「一国の候補生に二度も勝利を収め、更識さんとの試合でも敗れこそしましたが、あのミサイルの嵐を耐え抜いたことですよ。いや、本当に驚くべき結果ですよ、これは」

 

「まぁ、勝った試合はともかく負けってのは基本的に嫌なモンですけどね」

 

 褒められること自体は悪い気はしない。だが、やはり敗北を喫したことを考えると手放しで喜ぶ気分にもなれない。そんな複雑さを表すかのように一夏は苦笑を浮かべる。

 

「ですが、それも今日の話でしょう? 少なくとも私は、織斑さんの今後というものに大きな期待をしていますが」

 

「はは、そりゃどーも……」

 

 一夏の苦笑が更に深まる。この上過大な期待までされてしまって、ますます以って対応に困ってくる。

 

「それに、これはあくまで私個人の意見ですが、嬉しいのですよ」

 

「嬉しい?」

 

 予想もしていなかった言葉に一夏が首を傾げる。

 

「えぇ。その白式は現在、更識さんの打鉄弐式と並んで倉持(ウチ)の今後を担うホープですから。それに何より自分が開発に関わったISでもある。

 そんなISが将来性を見込める乗り手に使ってもらえて、確かな結果を残す。技術屋としてこれを喜ばずにはいられませんよ」

 

「そうっすか……。まぁ俺も白式は良い機体だと思っていますよ。えぇ、倉持技研っていうのは随分といい仕事をするトコだと思いましたからね。こんだけのを作れるのだから」

 

 瞬間、川崎の顔に微妙そうな色が浮かんだのを一夏は見逃さなかった。

 

「それは、そう言って貰えるとこちらでも光栄ですよ」

 

 一夏の賛辞に対して笑顔で返す川崎だが、その表情には僅かなぎこちなさがある。普通に見ていれば見逃すだろうが、それを見逃すほど一夏は自分の目が甘いとは思っていない。ただ、気づきこそしたがそれを追及しようとはしない。人間誰だって、あまり触れられたくないことくらいあるだろう。自分だってありすぎるくらいだ。

 

「じゃあ俺はこれで……」

 

「えぇ、では。今日はどうもお疲れ様でした」

 

「そちらも。じゃあまた明日ということで」

 

 それを別れの挨拶として一夏は川崎に背を向けて歩き出す。自動扉を潜り抜けて控室も兼ねていた更衣室にたどり着くのに三十秒も掛からなかった。

 一度に百人以上の使用が可能な広い更衣室に一人で立ちながら一夏は軽く嘆息する。これだけの空間が自分ひとりのための控室にあてがわれているというのはありがたい。こうした広い場所で一人というのは中々に落ち着く。

 

「さて、これからどうしようかね」

 

 手近な壁に掛けられた時計に目を向ければ時刻は既に夕方の五時を回ろうかという時だ。

 平素であればとっくに放課後となり、部活動に自主学習に自主練習にと生徒たちは皆一様に思い思いの時を過ごしている頃合いだ。自分もまたある時は座学の自習に、ある時はISの自主訓練に、ある時は武の鍛練に、時間を費やしている。

 自分たちもそうだが、観客である学園の生徒他大多数も既に解散となっているために好き勝手にやっているだろう。ならば、自分もそれなりに自由に過ごして良いはずだ。

 

「んっん~、イイネェ。『自由』、実に素晴らしい響きだ」

 

 もっとも自由というものには常に『責任』というものも付いて回るわけだが、まぁこれから自分がやることを考えれば責任というのはそこまで重く考えるものにはなりやしないだろう。

 既に一夏の思考はいつも通りの回転を始めている。これまでの積み重ねに加えて今日の試合、勝敗の如何に関わらずその内容を可及的速やかに検めて自分が為すべきこと、すなわち鍛練の内容を定めていく。

 僅かに一夏の眉に皺が寄る。思い出すのは最後の簪との試合、その結果の敗北だ。

 敗北という事実は不本意甚だしい。だが同時に自分の足りない部分を明らかにしてくれる重要な指摘でもある。そこから得られる情報は、確実に鍛練に活かさねばならない。

 

「……」

 

 口を噤み無言となった一夏は顎に手を当てる。思考に没頭したまま体は勝手に動き、既に体に染みつく程になれたISスーツから制服への着替えを始めとした作業を行っていく。

 

「あぁいや、まだだ」

 

 着替えようとする手を止める。軽く額に手を当てる。ジャリッという音と共にざらついた感触が触れた手のひらに伝わる。

 

「こりゃ先にシャワーだな……」

 

 戻した手のひらには土を主とした汚れがついていた。この状態で着替える気にはなれない。

 幸いにして更衣室にはシャワーも完備されている。現状この更衣室は一夏一人のためのものと言っても過言では無い。シャワー程度、使ったところでいささかの問題もありやしない。

 

「確か備え付けのタオルもあったよなぁ。軽く汚れだけ落としてくか」

 

 そう一人ごちながら一夏は軽やかな足取りでシャワールームへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の一年の中でも、最初に執り行われると言って良いイベントであるクラス対抗ISリーグが終了してから数時間。学生寮はいつになく賑やかな様相を呈していた。

 普段は教師の監視の下での授業や放課後の自主訓練で、それこそ限られた行動しかできないISが、ほとんどの制限を取り払われて雌雄を決し合う様を目の当たりにしたのだ。

 会場そのものを包んでいた興奮にあてられたこともあり、日程の終了から数時間が経過した今も寮に戻った学園生徒たちの殆どは興奮が冷めずにいた。

 

 そして学年ごとに分けられた三つの学生寮の内の一つ、一年生寮の食堂では一際賑やかな喧騒が聞こえてきていた。

 

「みんな~! 今日はお疲れさま~!!」

 

 誰かがそんな風に声を張り上げる。言い終えると同時にそこかしこからクラッカーが打ち鳴らされる音が起きる。

 誰が発起人なのかは知る由も無い。食堂に集まったほぼ全ての寮生、つまりはほぼ全ての一年生は半ば流されるようにこの空間へとやってきていた。

 ただの集まりを確たるものとするために打たれた銘は「クラス代表戦お疲れ様会」。一応は、主として大勢の前でISの腕を競い合った四人のクラス代表者の健闘を讃えると共に、みんなで飲んで食べて大いに楽しもうというのが趣旨だ。

 もっとも、そんなのは建前に過ぎない。事実としてそうした趣旨を含んでいるのは間違いないのだろうが、その本来の目的は間違いなくイベントにかこつけて騒ごうというものだ。 

 改めて言うが、誰が発起人かは殆どの者が知らない。それこそ生徒側の頼みを受けてパーティ用に様々な料理を拵えただろう食堂の調理人達も、殆ど唐突に始まったようなこの集まりを容認した教師陣の殆どでさえもだ。

 だが、それを気にする生徒はこの場にはほぼ皆無だった。狭き門を潜り抜けた将来有望な者達とはいえ、ここに集っているのは十代半ばという年ごろの少女達だ。

 そんな彼女たちにとって、外部と隔離されて遊楽というものの要素に乏しいこの学園での生活。そんな中で突発的に生じたいかにも面白そうなイベント。細かいことなど別に構いやしない。ただ楽しむだけだ。

 

「凰さんお疲れ様ー!!」

 

 

 

 

「お疲れ! グレーさん!」

 

 

 

 

「更識さん凄かったね! 全勝だよ全勝!」

 

 食堂のそこかしこで、今回の集まりの主役格となっているクラス代表達が、各々の属するクラスの生徒たちに労いの言葉を受けている。

 ある者はどこか困ったように、しかし悪い気はしていないようなはにかんだ顔で、ある者は結局勝つことができなかったと悔しがりながらも、旧友たちの激励による笑顔で、ある者はいつも通りの涼やかな表情のまま、しかしどこか得意そうな表情で。

 各々浮かべる表情は異なれどただ一つ、間違いなく今この時への楽しみを感じていた。

 

 そして、そんな空間の中でただ一角、ぎこちない空気が流れている場所があった。

 そこに集まっている者達の共通点は一つ。一人の生徒と在籍するクラスを同じくしているということだ。

 そして今、このイベントには本来居るべきだろう欠かせない者の存在が欠けていた。

 

「いない……よね?」

 

「いない……ねぇ?」

 

 困ったように顔を見合わせる二人の生徒。そして二人は揃って近くにいた、また別の生徒に視線を向けた。

 

「篠ノ之さん、確か織斑くんと同じ部屋だったよね?」

 

「織斑くん、見てない?」

 

「いや、そのぉ……」

 

 問われた生徒、篠ノ之箒は居心地が悪そうに視線を僅かに逸らす。

 このぎこちない空気が流れる一角の原因、この場にいない一組クラス代表織斑一夏の所在を尋ねられ、箒は言葉に詰まる。

 

「その……すまん。いつの間にか部屋からいなくなっていた……」

 

 その言葉に尋ねた二人だけでなく、その言葉を聞いていた周囲の者達も一様に肩を落とす。

 期待していたような返答ではなかったとは言え、誰も箒を責めはしない。彼女とて、今の自分たちと同じ気持ちだろうということを理解しているからだ。

 この場に集う者達、一組在籍の生徒たちは一夏の姿が食堂に一向に見受けられないことにもしやという不安に近い考えを抱いていた。そして今、それは見事なまでに的中をしていた。

 

「まぁ、何となく彼ならやりかねないとは思っていましたが……」

 

 他の者達同様にこめかみをひくつかせながらの苦笑いを浮かべながらセシリアが言う。彼女も既に一夏の人となりはある程度把握している。その言葉には「やっぱりかコノヤロウ」という意思が如実に表れていた。

 

「で、篠ノ之さん。ぶっちゃけ織斑君はどうしていると思う?」

 

 クラスメイトの一人、谷本癒子に問われて箒は顎に手を当てる。一応、思い当たる節が無いわけではない。

 

「やっぱり、また鍛練ではなかろうか。最後の試合、やはり敗北を喫したことは一夏のやつも思うところあるだろうし。いや、あいつのことだ。勝っても同じかもしれん。ただ一つ言えるとすれば、こちらの気などお構いなしということだろうか」

 

 一夏の振る舞いに対しての箒の文句も一組の生徒たちにとっては聞き慣れたものだ。彼女の幼馴染として何とか意識し欲しいという想いと、それを一顧だにしない一夏の姿勢は既に一組の誰もが知るところだ。

 普段であれば少々一夏に対して自分の欲求を伝えるのが一方的に思える箒の言葉だが、今回ばかりは彼女の言葉に同意せざるを得ないというのがこの場の者達の共通見解だ。

 ほとんど巻き込まれるような形とはいえ、こうして振り回される身になってようやく理解した。ただ、その周囲を顧みないまでの姿勢が彼の強さへと繋がっているのだとすれば、自己を高めて是とするを遂行すべきであるIS学園生としては否定はしきれないのだが。

 

「けど、流石にメインキャストが居ないのはマズイでしょ?」

 

「だよねぇ。今回ばかりは織斑くんにも来て欲しいよねぇ」

 

 一夏が何を思ってこの場にいないのか。量り知ることは誰にもできない。ただそれでも、せっかくのイベントなのだ。どうせなら、彼も含めて全員で楽しみたい。それがクラスというものだ。その思いが一致する。

 実際問題、箒の言った通りに一夏も今回の試合の結果に対して色々思うところはあるかもしれない。それゆえの行動というのは各々程度の差はあれど理解できることではある。

 ただ、それでもこちらの都合に合わせてもらうという形になってしまったとしても、この場には居てほしい。他のクラス同様に、自分たちだってクラス代表として戦い抜いた彼を労いたいのだ。――優勝者のクラスに送られる食堂のスイーツ半年フリーパスを四組に持って行かれたのは少々複雑だが、ここはあえて目を瞑ろう。

 

「仕方ない。一夏、探すとしよう」

 

 箒が言う。同意するように他の者達も頷く。

 

「流石にみんなでっていうわけにはいかないし、何人かで良いんじゃないかな?」

 

「いや、無用だ。当てがないわけじゃない」

 

「そうなの? 篠ノ之さん」

 

「まぁ、なんだ。織斑先生の助力を借りようと思ってな」

 

 その言葉に全員が「あぁ……」と納得するように頷く。

 仮にこの中の誰かが一夏を見つけたとしても、それで彼がこの場に来るという選択を取る保証はできない。

 だが、彼の教師であり実姉でもある千冬ならば話は別だ。少なくとも一組という枠組みに属する人間の中で現状一夏を完全に制することができるのは、彼女くらいのものだろう。

 

「先生ならば一夏の動向もより正確に推測できるだろう。いや、それ以前に教師だ。仮に一夏が鍛練のためにどこかの施設を使っているなら、教員としてすぐに調べられる。私が行く」

 

 それならばということで箒に任せる空気が一同の間に流れる。それを感じ取って箒は一度頷くと、ただちに踵を返して小走りで食堂を出ていった。

 

 

 

「織斑先生、篠ノ之箒です。お聞きしたいことがあります」

 

 一年寮の最上階に寮監である千冬の部屋はある。部屋の前に立った箒はノックと共に声を張る。

 ドアの向こうで人の動く音がして、ドアが中から開かれるのに十秒と掛からなかった。

 

「どうした」

 

 部屋から出てきた千冬は学園での生活で見慣れたスーツ姿のままだった。寮という生徒の誰もが寛げる空間にありながら常の厳格さを漂わせた千冬の姿に箒は一瞬気後れしかけるが、さすがに目の前で後ずさるのは失礼に当たると思ってこらえる。

 そして口を開き要件を告げる。

 

「その、一夏の所在について先生にお聞きしたくって」

 

「なに? 確か今は食堂でドンチャンとやっているはずだろう。奴はいないのか?」

 

 千冬の確認に箒は頷き、おそらくは今日の試合に思うところあっていつも通りに鍛練に出ているのではという推測を述べる。

 箒の言葉に、言われてみればそれも大いに有り得ると思ったのか、千冬は軽くため息を吐くと箒をその場に待たせたままドアを閉めて部屋に戻る。

 待つこと凡そ一分少々だろうか。再びドアが開き千冬が現れる。

 

「分かったぞ、あの馬鹿の居所がな」

 

 あの馬鹿とは誰のことか言われるまでもなく一夏のことだと箒は理解する。

 

「篠ノ之、お前の予想はピシャリだったな。第三トレーニングセンターの施設の一つにやつの使用許可申請があったのを確認した。日付は今日。時刻は、対抗戦が終わって程なくだな」

 

 千冬の言葉にはどこか呆れを含んだ色があった。その気持ちが箒には大いに分かる。何せ呆れたいのは箒とて同じなのだ。

 

「やはり、ですか。ですが先生、その申請はそんな急に通るものなんですか?」

 

「残念ながらな。少なくとも学び舎である学園としては生徒の自発的に自分を高めようとする姿勢を止める理由はどこにもない。

 流石にIS実機を使用してのとなればそれなりに煩雑な手順を必要とするが、その反動と言うべきかもしれんな。それ以外の申請に関しては割と甘いところがあってな。

 このようなトレーニング施設の使用申請は、それこそ右から左へ流すように通りやすい。それに、こんな日のこんな時間なら他に使用する者もいないから猶更だな」

 

「そうですか。ありがとうございます、先生」

 

 必要な情報を得た箒は千冬に頭を下げながら礼を述べるとすぐに一夏の居る建物に向かおうとする。だが、その動きを千冬の言葉が制する。

 

「まぁ待て。私も同行する。いや、違うな。お前が行くのは良いが、あの馬鹿を言い含めるのは私がやるとしよう」

 

「え?」

 

 立ち止まり、千冬の方を向いて箒は目を丸くする。先ほどの千冬の言葉、そのままに解釈するならば千冬が直接一夏を連れ戻すのに動くということだ。

 

「あの、先生。お気持ちはありがたいのですが、わざわざ先生が行かずとも」

 

「では聞くが篠ノ之。お前、どうやってやつを引っ張り出すつもりだ? 言葉で説得? はっ、あの鍛練馬鹿の頑固者がお前の、いや。少なくとも生徒の誰が説き伏せようとしたところで聞く耳持たんよ。力ずく? 馬鹿馬鹿しい。腕っぷしでも技巧でも、お前ら程度の小娘が太刀打ちできるほど甘くはないぞ?」

 

「そ、それはその……確かに……」

 

 散々な言われ様だが、否定できないのも事実だ。言われた通り、一組に在籍する生徒で一夏を本当に制することのできる者などいないだろう。いや、一組に限らず他のクラスだって同じかもしれない。

 一夏を前にした時の自身の無力をまたしても思い知らされてか、箒は僅かに視線を落として表情に影が差す。その様子を見て千冬は小さくフッと笑う。

 

「まぁ、家でも中々あいつと接する時間というのは無くてな。これもちょっとした姉弟のコミュニケーションと割り切れば中々だ」

 

「そ、そうですか」

 

 とりあえずとして千冬はこの状況を悪いものとは思っていないらしい。

 

「何をしている。行くぞ」

 

「あ、はい」

 

 ドアを閉めて歩き出す千冬の後を慌てて追う。置いて行かれたのでは、何のために来たのか分かったものではない。

 

 

 

 

 

 ISアリーナやそれに近しい位置に建てられるようにしてあるIS用の整備棟などを除けば、学園内の施設はなるべく近くに集まるように建てられている。学生寮、授業に使われる校舎、その他屋内活動用の施設などだ。

 一夏がいるとされる建物も寮からそこまで距離が離れているわけではない。多少歩きはするものの、到着までにさほど時間は掛からなかった。

 

「ここに来るのは……初めてですね」

 

 自動扉の入口から中に入った箒が歩きながら建物内を見渡し呟く。

 

「なんだ。もう一か月くらいは経つが、まだだったのか」

 

 先導する千冬が僅かに意外だと言う雰囲気を滲ませながら言う。

 

「その、私は剣道場をよく使うので……」

 

 控え目な調子で返ってきた箒の言葉に千冬はあぁ、と納得する。

 

「そうか。まぁ学園の施設をどう使うかはお前の自由だが、一教師として忠告だ。少なくとも訓練用と銘打たれている以上、存在する施設はどれも何かしらの役に立つ。使う使わないは別として、覚えておいて損はない」

 

「はい。……あの、では一夏は施設の把握は」

 

「さてな。ただ、入学して数日は敷地内のあちこちを歩き回っている姿が見受けられたらしい。仮に施設把握のための散策だとしたら、あるいは大体頭に入っているのかもしれんな」

 

「そうですか……」

 

「なんだ、やけに暗いな」

 

 僅かに声のトーンが下がった箒に千冬が聞く。

 

「いえ。一夏はそういうことを全然話さなかったので。曲がりなりにも古馴染みで同室だと言うのに」

 

「ま、やつは鍛練はあくまでその個人のことだからと考えているからな。私にすら、ろくすっぽに何をしているか話しやしない。そういうものだと諦めろ。あれはな、武道が絡むと妙に淡白になる」

 

 やれやれと言いたげに千冬は軽く肩をすくめた。呆れているが、同時にそういうものだと完全に割り切っているのが分かる。

 なぜそれで不安になったりしないのかが箒には分からなかった。大事だと思っている人間のことが分からないのにだ。あるいは、家族という繋がりがあるからこそ、割り切っても問題はないと信じているのだろうか。

 

「着いたぞ」

 

 考え込む箒に千冬の声がかかった。気付いて小さく伏せていた顔を上げてみれば、千冬の前に立つようにして扉があった。建物の入り口とは違い自動ドアにはなっていない。

 

「この建物は基本的に部屋ごとに用途が異なる。他のトレーニング施設全般に言えるが、ウェイトトレーニングのような真っ当なものもあれば、どうしてあるのか分からない奇怪な内容のものもあってな。ここは、どちらかと言えば奇怪の部類に入るな」

 

 見ろ、と千冬は扉の横の壁を顎でしゃくる。それに従って視線を向ければ、そこには壁に埋め込まれるような形で設置された電子パネルがある。使用中、ということを示しているのだろうか。赤いランプが点灯している。

 

「まぁ、こんな日のこんな時間に、こんな場所を使うのは奴くらいだろうな」

 

 半ば独り言のような呟きを漏らしながら千冬は扉に手を掛け、一息に押し開けた。

 廊下のものとは違う、扉の向こうの部屋の真っ白な照明の光が目に入ってきた。

 

 部屋を見てまず第一に思ったのが、トレーニング施設という割には物が少なく清潔感のある部屋だということだ。

 部屋はネットによって区切られている。部屋はそれなりに広く、高さもある。その空間が凡そ七対三、今部屋に入ったばかりの二人が居る空間を三としてネットによって仕切られている。

 だが、そんなことはすぐに箒の思考からどうでも良いと切り捨てられる。

 さっきからひっきりなしに室内に響く多様な打撃音。その主たる音源に箒は目を奪われていた。

 

「んだよ、二人揃って」

 

 ネット越し、そして距離もやや離れているために判別しかねるが、おそらく仏頂面をしているのだろう一夏の声が耳に入った。

 ネットの向こうのスペース、その中央に一夏が居る。トレーニング用としているらしい、見慣れたブルーの国民的なスポーツブランドのジャージ姿で、手には愛用の木刀を握っている。

 何をやっているのか気になり、ネットに近づく。ネットと言っても目はだいぶ粗い。一つの目の大きさは、箒の握り拳よりやや小さい程度か。ゆえに、その向こうの一夏の行為もよく見える。

 

 バンッ

 

 何かが弾けるような音、耳に入り脳がそれを認識した時には既に一夏が動いていた。

 手にしていた木刀をまさしく閃いたと形容できる速さで以って振る。一夏に向かって飛来した何かが木刀によって弾かれる。箒をやや逸れる形で飛んできたのは白い野球ボール程度のボールだった。

 飛んできたボールはネットにその動きを阻まれ、そのまま勢いを無くして床に落ちる。よく見てみれば、一夏が居る側の壁にはいくつもの穴が点在しており、そこからボールが射出されている。そしてその悉くを一夏は木刀で弾き飛ばしている。

 

「ここは、まぁトレーニング兼ちょっとしたアスレチックも兼ねていてな。見ての通り、部屋の機械で設定をすれば壁からボールが飛んでくるというだけのものだ。それをどうするかは、使う者次第だな。

 さて、あの愚弟の行った設定を見るに、ボールは硬質ゴム製を使用。そして射出する速さ、間隔、不規則性などはどれもほぼ最高値にしてある。いかにもやつ好みだ」

 

「いやまったく。これは中々に刺激的だ。つい、訓練ってのを忘れかけちまう」

 

 好みという千冬の推測を言葉だけでなく、楽しさすら感じる口調でも一夏は伝えてくる。

 そんな短い会話の間にもボールは次々と、あちこちの穴から射出されてその全てを一夏は弾く。床に次々とボールが転がり、僅かに床に傾斜があるのかボールは自然と壁際に寄って行き、一夏の動きの妨げとなるようなことはない。

 

「ただまぁ、やっぱ慣れってのは問題だねぇ。すっかり対応できるようになって、刺激が薄れてきた。信じられるか? たかが三十分そこらでだぜ?」

 

「まぁ、定められたプログラムに沿ってでしか動かない以上は、限界もあるだろう。そこは仕方ないと割り切るより他ないな」

 

 困ったように言う一夏に対して千冬は割り切れと諭す。もちろん、そんな短い会話の間にも一夏の動きが止まることはない。

 

(これを、慣れただと……?)

 

 声に出さず、胸の内で信じられないと言うように箒は呟く。こうして傍目に見るだけでも飛んでくるボールの速さ、射出の間隔などはえらく早い。

 もはやひっきりなしと言っても差支えず、それこそリンチさながらのレベルだ。それを悉く弾き落とすだけでなく慣れてつまらないとまで言う始末だ。

 その言葉の裏付けになるだろう一夏の技量、その高さを自然悟らされて箒は言葉を失う。少なくとも、今の一夏の立ち位置に箒が入ったとして、一夏と同じことができる自身は箒には到底無かった。

 

「……それで、お前は何をしたいんだ」

 

 胸の内に湧き上がった焦りや妬み、畏怖や恐怖を理性で強引に押さえつけながら箒は一夏に問う。その意図は、今やっていることにどういう意味があるのかということだ。

 

「いやまぁ、見ての通りだけど」

 

 その見ての通りで分からねぇから聞いてんだよと言いたげに箒が顔を歪ませる。意外なことに、助け船を出したのは千冬だった。

 

「篠ノ之、今日の織斑が行ったIS戦四試合において、やつが一番気にしたのはなんだと思う」

 

「え? それは……」

 

 観衆の一人として観戦した今日の試合、一夏が出た三つを思い返す。そこに箒が知る限りの一夏の性格も考慮に加える。

 やはりまず思いつくとしたら、敗北を喫した最後の試合だろう。一夏の性格を考慮しても、敗北という事実はそれなりに影響を残すはずだ。

 だが、それだけではないはず。確かに負けた。では負けた要因はなんだ? やはり、あのミサイル群のよる集中攻撃――

 

「もしかして、あのミサイル群に対しての……ですか?」

 

「だろうな」

 

 概ね合っているという千冬の言葉に一夏は何も言わない。だが、それが無言の肯定であると箒には理解できた。

 

「織斑の白式にはあの蒼月以外の装備が無い。ゆえに、あのミサイル群をどうにかしようとすれば、然るべき操縦でもって回避するか、あるいは無力化するかのどちらかだ。

 今回ばかりは選択肢がほとんど無いようなものだったからな。あの対処法で概ね間違っては無い。だが、それでも敗れた。然るべき対処を行ったにも関わらず、結果が得られなかった。その要因はただ一つ、自身の未熟に他ならん。

 やつは、まぁこれを使って一対多の練度を上げようとでもしているのだろう」

 

「姉貴、それ正解。なにせ、これくらいしか思いつかなかった」

 

「ま、分からんでもないがな……」

 

 千冬は腕を組みながらそう呟くと、しばし一夏の動きを見つめ続ける。だが、それも少しの間のこと。

 組んでいた腕を解くと、千冬は足を動かす。向かうのは壁際に設置されたタッチパネルだ。その装置が、この部屋の機能を司っている。

 パネルの前に立つと千冬は画面を見る。画面上には一夏の行った設定が目立つように表示されているが、そんなものに関心はない。

 画面の端の方、『中止』と表記されているその部分を見つけると、千冬は何も言わずそこを押した。

 

「あっ、ちょっとぉ!!」

 

 いきなり中断させられたことに一夏が抗議の声を上げる。だが、千冬はそれを無視して己の要件を告げる。

 

「もう十分にやっただろう。時間も良い頃合いだ。寮に戻れ」

 

「悪いけど、俺個人としてはもうちょっとやりたいね。この程度じゃあ満足できないぜ」

 

「さてどうだか。お前、さっき言っただろう。『慣れた』と。そんなのをいつまでも続けたとて、そう上手く満ち足りるか?

 それに、今寮の食堂では生徒が揃いも揃ってはしゃいでいてな。だがその内にあるのは、今日の試合をクラスの代表として戦い抜いたお前を労いたいという想いだ。それを無碍にするつもりか?」

 

 僅かに一夏が言葉に詰まる。さすがにクラス全員に気を使われているとあっては、確かに言われた通りに無碍にすることはできない。だが――

 

「悪いけど、これは俺にとって必要なことだ。少なくとも俺にとって実力ってのはとにかく優先してゲットしたいものだし、そのために例えクラスの皆のお誘いでも切り捨てても構わないと思っている。いや、俺はクラス代表だ。なら、皆のためにも実力は必要だな。皆にゃ悪いけど、我慢してもらうしかないな」

 

「おい一夏!」

 

 例えクラス全員の想いを切り捨ててでも自身の実力の向上を取ると言う一夏に箒が声を荒げる。だが、それを千冬が手で制する。

 

「なるほど、クラス代表ゆえに……か。その心がけは認めてやらんでもないが、クラス代表ならばクラスの総意というものを慮って然るべきだと思うがな」

 

「それもごもっとも。けどな、姉貴。そこであえて冷たい選択を取るのが肝要なんだよ。良いか姉貴、自分の強さを高める上で大事なのはな、『非情』になることだよ。そこで妥協しちゃあ、やっぱダメだね」

 

「非情、非情……か」

 

「まぁちょっと物騒すぎる言い方かな。けど、半端はダメだよ。姉貴、少なくとも俺は三年前にそう学んだね」

 

「三年前、か。あの時のことを言うなら一夏、それは筋違いだ。あれの責は私にある。そしてその結果も、全ては私一人に帰結することだ。お前が気に病むことでは――」

 

「まぁ気にしてないって言ったら大嘘だけどさ、それとこれとはまた別の話なんだよ。俺がそう学んだ、それだけだよ」

 

 二人が何の話をしているのか、傍で聞いていた箒には分からなかった。ただ、二人の口調から伝わる重さが、そこで話される内容の重大性を物語っているような気がした。

 同時に、その内容はあくまでこの姉弟の問題であり、自分が不用意に首を突っ込んで良いことではないとも悟った。

 

「とにかくだ、二人とも引き上げてくれ。俺は続ける。箒、みんなにゃ悪いが俺は不参加だ。これもみんなを思ってのことってわけで納得させといてくれ」

 

「一夏!」

 

 一度止められた部屋の装置を動かそうと、ネットを潜って一夏が二人の側に来る。そのまま二人の間をすり抜けパネルの方に向かおうとする。その姿に箒は何も言えなかった。

 無言で、箒や千冬の姿など眼中にないと言わんばかりに通り過ぎようとする一夏。だが、千冬の腕が電光石火のごとく伸び、その肩を掴んだ。

 

「なにさ」

 

 どこか鬱陶しそうに一夏が問いかける。たとえ姉であろうと、自分の鍛練の邪魔をするのであれば、文字通りただの鬱陶しい邪魔者でしかない。そんな意思がこめられているようだった。

 

「まぁ待て。あぁ、認めざるを得んな。そもそもお前に感情だとか、そういうので説得しようとするのが間違いだった。この頑固者め」

 

 呆れを含んだような口調だった。だが、それだけじゃない。口調の中に明らかに存在する堅さは、有無を言わせず一夏を従わせようとする必勝を期しているかのようだった。

 

「ゆえに、至極真っ当な理屈でお前をやりこめるとしよう。なにせ基本的にお前はそのあたり妙に真面目だからな。まぁ、姉としては悪い気はせんが」

 

「な、なんだよ……」

 

 呆れから転じて、勝利を確信したように得意げな色を伺わせる千冬の声に一夏がうろたえぎみになる。

 

「なぁに、簡単な話だ。織斑、寮の門限は何時だった?」

 

「えっと、確か夜の八時だったねぇ」

 

「そうだ。では、今は何時何分だ? あぁ時計なら、ほれ」

 

 言って千冬は袖を捲って自分の腕に填めていた腕時計を一夏に見せる。

 

「え~っと……七時五十分……七時五十分?」

 

「そうだ。七時五十分、あぁたった今に五十一分になったな。さて、私が確認した限り、お前は確かにここの使用許可申請は出していた。だが、寮の門限外時間での活動許可は出していなかったはずだ。

 このままだと、あと九分でお前は寮則違反をしてしまうわけになるのだが、それでも続けると言い張れるのかな?」

 

「え~、あ~、その~」

 

 ん? ん? どうなんだ? と得意げな顔をズイと近づける千冬に一夏は視線を泳がせながら口ごもる。

 

「わぁったよクソ! 戻れば良いんだろ戻れば! あぁもう! 分かったよ帰るよ畜生!」

 

 織斑一夏、陥落。

 

「よろしい。初めからそう言えば良かったんだよ、この馬鹿者が。ほれ、片づけは私がやっとく。廊下の端にシャワールームがあっただろう。時間も多少は目をつぶってやる。さっさと汗を流して寮に戻れ。篠ノ之、そのまま織斑を食堂にしょっ引いてやれ」

 

「わ、分かりました」

 

 終わってみればあまりの呆気なさだったことに箒は唖然とする。千冬が妙に得意げな顔をしているのが余計に気になる。とはいえ、これで問題は概ね解決したようなものだ。

 

「篠ノ之。先に寮に戻って、そうだな。エントランス辺りで待っていろ。私は片づけついでに支度をした一夏をしょっ引く。寮で引き渡すから、あとはお前が食堂に連行しろ」

 

「あの~、なんで俺逮捕された犯人みたいな扱いになってんの?」

 

「別に構いやしないだろう。ほら、さっさとお前も支度してこい」

 

「へ~い」

 

 そんな風に千冬に急かされて一夏はスタコラと部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬に促されて一足先に寮に戻った箒がそのままエントランスで待つこと約十分。常の涼やかな表情を浮かべた千冬と、あの後に続くようにして仏頂面を浮かべた一夏が戻ってきた。

 そのまま一夏を引き渡された箒は、彼を伴ってまっすぐ食堂へと向かっていった。例の集まりが始まって大体三十分ほど、遅れての到着としてはまだ取り返しの効く頃合いだろう。

 

「しかし一夏。仮にあのまま食堂に行かなかったとして、夕食はどうするつもりだったのだ?」

 

「ん? 部屋の冷蔵庫に幾つか食材あったろ? それで適当に済ますつもりだったけど?」

 

「そ、そうか……」

 

「まぁ、食堂に行くなら行くでだ。色々料理もあるらしいじゃないか。精々腹を膨れさせてもらうよ」

 

 そんな会話をしながらも二人は食堂にたどり着く。遅れてやってきたある意味最も目立つ存在である一夏に一斉に視線が集中する。向けられる感情は様々だ。プラスなものもあれば、そうでないものもある。

 そんなものなど意に介していないかのように一夏は悠然と歩く。いつの間にか箒が一夏の後を追うという形になっていた。

 泰然とした一夏の姿は、鍛えられガッシリとした体躯もあって同い年のはずなのにそうは見えない貫禄さえ感じる。

 ふと、箒は事あるごとに一夏が口にする己への自負を思い出した。直接的に明言することは少ないが、その言葉には時折他の生徒たちと一夏自身の間にある区別意識を感じる。

 ある意味では事実なのだろう。身体的スペック、修めてきた武術的技量、単純な胆力、そのどれにおいてもこの場にいる生徒たちで一夏と張り合えるものなどほとんどいないことは間違いない。

 それを分かっているからこそ、一夏は自然と自分と他人の間に区別するような意識を築いているのかもしれない。さながら、それが強者の在り方だと言うように。

 

「すまん、遅れた」

 

 一夏が向かった先にある一組の生徒が集まった空間。そこに達し、クラスメイトの面々の前に立った一夏は開口一番に詫びの言葉を入れる。一応詫びる意思はあるのだろうが、同時に不遜ささえ感じるのはやはりいつも通りの一夏だった。

 

『遅い!!』

 

 そして返ってきたのはほぼ全員によるお叱りの声。見事なまでのステレオで発せられた言葉に一夏は――

 

「ご、ごめんちゃい」

 

 先ほどまでの貫禄など霞か幻かと言わんばかりに消し去って日和っていた。見れば微妙に一夏は後ずさってさえいる。

 

「んなっ」

 

 そんな一夏の姿に思わず箒はずっこけかけるが、何とか持ち直す。ただ、叱責に対して素直に謝ったおかげか割とすんなり一夏は輪に入り込んでいた。

 どこで何をしていたのかという問いに対して、センターでトレーニングをと答えて、やっぱりそんなことだったかと言われるなど、至極普通に会話をしている。

 ただ、割と普通にしているその姿にどこか安堵を箒は感じていた。

 

「……ふぅ」

 

 知らずため息が漏れた。そして気付く。一夏を連れて来たは良いが、今度は自分が輪から外れている。

 いや、それならば単に輪に、そして会話に加われば良いだけの話なのだが、どういうわけか不思議と心が静まっていた。

 

「……」

 

 クラスメイト達と談笑しながら食事を進める一夏を見る。いつのまにか二組の代表である凰鈴音まで輪に入っている。次々と口に入れ、そして腹の内へと収めていく健啖家ぶりに思わず目を見張るが、それは今はどうでも良い。

 ただ、朗らかに笑いながら一夏と話す級友たちの姿を見て、その立場に居るのが自分ただ一人だったらと思っていた。

 

(私は、どうすれば良いのか……)

 

 ただ、できるなら然るべき方法で一夏を振り向かせてやりたい。どうすれば一夏の心を奪えるのか。どうすれば……

 

 ふと、あることを思い出した。そこから流れるように考えが纏まっていく。あるいはこれならば……

 床に向けて下ろしていた両手が拳を作る。そのまま握りしめるが、その様子に気づくものは誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 一しきり食べ、そして話して一夏は食堂の端で壁に背を預けながら一息つく。手に持った烏龍茶のペットボトルに口をつけ、中身をあおる。

 空になったペットボトルを近くのゴミ箱に放り込み、再度壁に背を預けて瞑目する。別に会話をするのは嫌いではないが、やはりバイタリティ溢れる女子に囲まれてひたすらというのは中々に疲れる。肉体的、というよりは精神的な話であるが。

 自分が来てから約四十分と少々。来る前も加えれば一時間は経っている。

 この頃にもなると流石に盛り上がりもだいぶ鳴りを潜め、喧騒も殆ど落ち着いたものになっている。既に部屋に戻った者もいるし、数人でお喋りに興じているグループもあちこちにある。

 時折自分に声を掛けに来る者もいるが、それでもあまり長話などはせず、割と早めに会話は終わる。

 

(さすがにもう良いだろ)

 

 出席し、クラスの皆より労いの言葉を受け取るという最低限の義務は果たした。ならば、自分がこれ以上ここに居る意味はないだろう。

 

(みんな、か……)

 

 箒に連れられて来て、皆の前に立って、何か一言をくれと言われた時のことを思い返す。

 

 

『すまなかった』

 

 第一声は謝罪の言葉だった。腰を90度に折り、紛れもない謝意を示した。

 あの時、クラスの皆にはそれはもう驚かれた。セシリアでさえ目を丸くし、他のクラスの連中の集まりでさえ視線を向けていたくらいだ。

 なぜ謝るのかと戸惑う声が聞こえたが、一夏に言わせればあれくらいは当然だ。

 

『俺は負けた。みんなの期待に応えられなかった。それだけだ』

 

 それがどんな形であれ勝負とはそれを行う当事者同士のものでしかない。ゆえに敗北もまた自分一人の問題だ。

 だが、それでも何の因果か一夏はクラスの期待を背負い込む羽目になっていた。だからこそ、その最低限の礼儀としての謝罪だった。

 いきなりの謝罪発言に一同面喰ってはいたが、それもつかの間のことだった。すぐに気にするなという旨の言葉と共に労いの言葉をかけてきたが、あいにくそれで気が晴れたかと問われればノーだ。

 本当に、自分自身の問題なのだ。よって、自分自身で良しとしなければ良しとできない。級友達には悪いが、彼女らに何を言われたところで敗北についてのあれこれは微塵たりとも晴れる気がしなかった。

 

「……」

 

 閉じていた目を開き、一夏は食堂の一角に目を向ける。視線の先には椅子に腰かけて他の生徒と談笑しながら飲み物を飲んでいる一人の少女がいる。

 更識簪。一夏に敗北を与えた者の名だ。あのミサイル群による集中砲火。確かに今回は後れを取った。だが次はあのようにはいかない。必ずや、己の刃で斬り伏せて叩き潰す。

 心の内で静かに決意を固める。そこで、簪と話している別の少女が目に留まった。控え目というのがピタリと当てはまる簪に対して、彼女は非常に活発的と見える。なまじ簪がすぐ隣に居る分、比較は容易だ。

 そして、顔だちもどことなく似ている。はて、と考えて彼女の胸につけられたリボンの色が上級生にあたる二年を示しているのに気づき、ようやく彼女が誰なのかに思い至る。

 

 おそらくは彼女こそがこの学園の生徒会長である更識楯無なのだろう。なるほど、遠目に見ても只者ではないと分かる。

 二年である彼女が一年しかいないと言っても過言ではないこの場にいるのは、多分対抗戦を優勝で飾った実妹を讃えにでも来たか。

 姉妹水入らずの明るい話題での会話という、リラックスできる状況にありながら座る姿勢に隙が存在しない。

 かといって鋭く気配を砥いでいるわけでもなし。ごく自然体に、あたりに気を張り巡らせている。

 思わずほぅ、とため息をもらすのも致し方ないというやつだ。何せこの学園に来て初めて、生徒で本物と言える者を見たのだから。なお、次点というか良い線行ってるなと思うのは、斉藤初音及び沖田司の剣道部の上級生コンビである。

 

(叶うなら、是非に手合せを願いたいもんだわな)

 

 なにせ『学園生徒最強』の肩書きの持ち主という。ISは言わずもがな、あの立ち居振る舞いなら生身も相当のものだろう。むしろ、生身の方での手合せを所望する。

 

(ま、まだ時期じゃあないかな)

 

 湧き上がる衝動を理性で鎮める。このIS学園、中々に悪い場所ではない。ISという未知の存在に触れたことで、武人としての自分の追及に新たな視点を加えることができたのは言うまでもない。

 そうしたところから気付いた、鍛えるべき箇所を高めて準備を確実にしてからでも遅くはないだろう。もっとも、その機会が例えば今、向こうから転がり込んできたというのであれば、それはそれで是非も無い話であるが。

 

「ちと、風にあたるかな」

 

 僅かではあるが心が昂っている。ちょうどいい。鎮めがてらに、夜風にあたりながら夜空でも見上げることにする。

 トレーニングセンターから寮に戻る道すがら、ふと見上げた今夜の夜空は中々に良いものだった。海上にあるという、メリットの一つかもしれない。

 善は急げという。寄りかかっていた壁から背を離すと、一夏は屋上に向けて歩みを進めた。無論、その前に屋上で飲む用の温かい飲み物、具体的にはホットのペットボトル飲料の準備を忘れずにだ。

 そして静かに食堂を出る一夏。その背を追っていた微かな視線に一夏は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の屋上は基本的にオープンだ。授業が行われる校舎、生徒たちが寝食を行う寮、そのどちらでもだ。ほぼいつでも開いており、そして転落防止用の柵を始め、植え込みやベンチなどの設備が行き届いている。

 そんな屋上のベンチの一つに腰かけながら一夏は、食堂を出る直前に購入したホットレモネードを一口飲む。そして天を仰ぎ夜空を見る。

 寮への道中でも思ったが、こうして改めて見上げると今夜は中々良い空だ。夏や冬の長期休業の際に、泊まり込みで赴いた師の邸宅で、師と共に見上げた夜空を思い出す。

 叶うならばその時のように、舐める程度に嗜んだ米で作ったジュースや泡の出る麦茶をお供にとしゃれ込みたいが、流石にそれは無理なので我慢する。なお、基本的に法律とは守るものであるが、師曰く『細かいことは気にするな』であり、一夏もそれに倣っている。

 

「う~ん、こうやってまったり夜空を眺めるってのも、考えりゃあんまりしてねぇなぁ。うん、悪くはない」

 

 まぁ実家の方に居る時は住宅が立ち並ぶ街の中ということもあり、あまり雰囲気ではなかったのもある。

 だが、この海上にあるIS学園でなら、中々どうして悪くない。

 

「まぁ俺一人の個人的意見だしな……」

 

 そう呟いて一夏は考え込むように顎に手をやる。しばしの後、その手を離すと一夏は再度口を開いた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、あんたはどう思う? 一人まったり見上げる夜空が中々乙な件について」

 

 張り上げるような声は明らかに別の誰かに向けられたものだった。そしてすぐに返答が返ってきた。

 

「同感かな。君、結構ロマンチストなのね。ただ、聞き方がちょっとインターネットの掲示板みたいだけど」

 

「あぁ失敬。友達にね、そういうのが大好きなやつがいるんだよ」

 

「あら、そうなの」

 

 クスクスという笑い声と共に一夏から見ての暗がり、屋上の入り口でもある階段と繋がる扉の方から人影が歩み寄ってくる。

 軽やかかつ優雅な足取りは自然とその者の内で養われた気品というものを彷彿とさせるが、それを見ても一夏は小さく鼻を鳴らすだけであった。

 

「で、こんなところに何の用だよ、生徒会長殿?」

 

「いやぁ、ここ(・・)って言うよりはむしろ()にだね」

 

 言いながら影の主、IS学園生徒会長更識楯無は開いていた扇子をピシャリと閉じながら一夏の隣に立つ。

 

「隣、良いかしら?」

 

「残念だけど、それと同時に俺は撤収しちまうぞ」

 

「……君ね、ちょっとは気を使おうよ、ねぇ」

 

 サラリと隣は御免被ると言い放った一夏に楯無は困ったように言う。だが、それすら一夏はどこ吹く風と言うようにサラリと流す。

 

「いやさ、申し訳ないけど今日のところは一人でまったりしたい気分だったんだ。それに、飲み物も終わっちまったしねぇ」

 

 空になったペットボトルをプラプラと振る一夏に楯無はため息を吐く。

 

「はぁ。評判は本当だったのねぇ……」

 

「評判?」

 

 ピクリを眉尻を吊り上げながら反応する一夏に楯無は頷く。

 

「そう。IS学園初の男子生徒。その実態は訓練馬鹿戦闘馬鹿の無頼者。浮いた話が欠片も無いもんで、新聞部の友達がタネが無いって愚痴ってたわ」

 

「あぁ、いや~、間違ってないわいのそれ。まぁ実際? 確かに別に誰かと恋愛どうこうって感情は今のトコ全然ないなぁ」

 

「うわ~、言い切っちゃう? こんなに良い女の子が目の前にいるのに」

 

「はっ、自分で言うんだからロクなもんじゃねぇな。それに、別に色恋沙汰に興味がないわけじゃあない」

 

 予想外の一夏の言葉に楯無は目を丸くする。

 

「あら、そうなの? あ、まさか恋は恋でもバラ色な……」

 

 冷や汗を垂らしながら一歩後ずさる楯無に流石の一夏も怒る。

 

「あのなぁ、んなわけねぇよバカ。俺だっていい年した野郎なんだ。興味がないわけじゃない。確かに武術ゾッコンは否定しないどころか大賛成だけど、武術家でも恋がしたい! とか思うことはたまにある。ただ――」

 

「ただ?」

 

 ストイックな武術家と思いきや、普通の少年らしさもあるということが分かったことに意外な発見を感じつつ、それでもそうした話がまるでないことの根拠を述べようとする一夏の言葉の続きを楯無は興味深そうに促す。

 

「ティンと来るのが無い。惚れた! とかそんなのを全然感じることがない!」

 

「あ、そう……」

 

 なんというか、非常にコメントに困る。とりあえずは、良い相手が見つかるように頑張れと言っとくべきだろうかと楯無は悩む。

 

「あ~クソ。なんかあんたと話してると変に調子狂う感じがするな」

 

「あらそう? 私は結構君と話すのが面白いと思ってるけど?」

 

「あんたの面白味なんぞ知らん。そんなことは俺の管轄外だ。……失敬させて貰うぞ」

 

 立ち上がり、一夏はその場を立ち去ろうとする。それを楯無は止めない。一応多少の会話はできたのだから、それで良しとしておく。

 この学園全域を見回しても限られた者しかしらない、彼女の特殊な事情と、あとは妹がISで戦った相手だからというやや混じった私事情によって、織斑一夏という人間を間近で見ておきたかったが、ファーストコンタクトとしては悪い方ではない。

 後はまた別の時に追々で良いだろう。

 

「あぁ、そういえば。更識生徒会長殿?」

 

 不意に足を止めて、背を向けたまま一夏が楯無に声を掛ける。苗字に更に肩書きまでつけた含みのある呼び方に楯無は違和感を感じたが、あえて気にせずに応じる。

 

「何かしら?」

 

「噂で聞くにあんたはこの学園の生徒でも随一の使い手と聞く。それは本当か?」

 

「いかにも。『生徒会長は生徒の模範たるべく最強であれ』、別に明文化されているわけじゃあないけど、いつの間にかできていた不文律ってやつね。

 そして私も当然ながらそれに則っているわ。断言しましょう。この学園の生徒において私、更識楯無こそが最強です」

 

「そうか……。そうか、そうか……」

 

 理解したと言うように一夏は頷く。その姿に楯無は小さく眉を顰めた。呟かれる『そうか』という納得の言葉、そこに紛れの無い高揚の笑いが混じっている。

 

「そうか。そうかそれなら、その生徒会長の座を俺が乗っ取るのも中々に面白そうだな」

 

「へぇ……」

 

 楯無が面白いと言うように反応する。一夏の言った言葉、その裏にある意味を取るのであれば自分を打倒するという挑戦の意思に他ならない。

 

「もちろんまだやんないよ。今はまだ、な。けどいずれは確実に、取らせてもらおう」

 

「まぁ私としては挑戦は一年三百六十五日二十四時間受け付けているのだけども、君って結構野心家?」

 

「ん~、さてどうだか。確かにあんたを倒せば『生徒会長』とか『生徒最強』とかひっついてくるけど、俺が欲しいのは俺が強者であるっていう明確な事実だけだし。

 まぁ肩書や称号なんてそいつ次第で後から勝手にひっつくもんだと言うけど、言い換えればそれをゲットしようとすれば必然的にそれだけの能力を得なきゃならないわけで。まぁ実質おんなじことなのかなぁ」

 

「あぁ、そういうことね」

 

 納得したように楯無は頷く。つまるところ彼が求めているのは己の強さ、ただそれだけ。何のためにではなく、本当に欲しいから求めているだけというやつだ。

 あるいはいずれ、それを用いて為したいことの一つや二つ、できる時が来るのかもしれない。ただ少なくとも今このときは、純粋に実力のみを求めているのだろう。

 

「ま、頑張ることね。少年」

 

「あぁ、精々登らせてもらうさ、会長さんよ」

 

 またな色女、そんな言葉を残して一夏は屋上を立ち去る。残った楯無はしばしその場に立ったまま一夏の去った跡を見つめる。

 

「ま、なるようになるのかしらね」

 

 口元に扇子の先を当てながらそう呟く。直後、不意に強く吹いた風に小さく身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 相も変わらない我が物ペースで自主トレを行っていた弟をしょっぴき、自身が担任する生徒であり旧知でもある少女に引き渡した千冬はそのまま真っ直ぐに己の部屋へと戻っていた。

 何事もありはしない。当たり前になれた経路を辿り、当たり前のように部屋の前にたどり着いた。そして当たり前のようにノブに手を掛けてドアを開ける。そこから先も、いつも通りの当たり前であるはずだった。

 だが、その時はその当たり前がズレた。

 

「あら、戻ったのですね」

 

 部屋に入った千冬に投げかけられる言葉。その声を聞いた瞬間、千冬は背筋を強く強張らせていた。

 

「あらあらそんなに怖い顔をして。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ。もっと華のある笑顔を浮かべれば良いのに」

 

 まるで姉が妹に語りかけるような声は部屋の奥から聞こえてくる。そして、その声の主は未だ入口に立ち尽くしたままの千冬でも確認ができる。

 

「なぜ貴様が居る。――浅間」

 

 予期しない来客にして紛れもないIS学園への侵入者、浅間美咲を前にして千冬は静かに問うた。

 

「何故も何も、ごく普通に外から入らせて頂きましたが。ほら、そこの窓から」

 

 部屋の奥に千冬が設けておいた椅子に腰かけながら美咲は開かれた部屋の窓を指し示す。

 確かに部屋の換気のために少し開けておいたが、まさかそれを利用しようとは。いや、元よりこの女はそういう存在だったかと己の迂闊を千冬は叱咤する。

 

「もう一度聞くぞ。浅間、何用だ」

 

「……はぁ」

 

 固い声のまま再度尋ねる千冬に美咲は呆れたようにため息をつく。

 

「久しぶりの再会だというのに、口から出る言葉はそれだけですか。もっと旧交を温めようという気はないのですか?」

 

「断る。礼を失しているのは百も承知だ。だがその上で、私はあまりお前と長く関わりたくない。いや、もっと別の然るべき時や場所ならばまだ良かったさ。だが、このような時間にIS学園という場所に不法侵入してきて、警戒するなというのが土台無理というものだ」

 

「あぁ、それに関しては謝りましょう。なにせ、少々急ぎなものでしたから」

 

「詫びなどいらん。用件があるというならさっさとしろ。曲がりなりにも今の(・・)日本の鬼札(ジョーカー)たる貴様がわざわざ来たのだ。それなりのことなのだろう」

 

「そう、ですね。確かにそれなり以上に重大です。ですが、ことあなたなら余計でしょうね」

 

 どういう意味かと訝しむ千冬に美咲は持参していたハンドバッグから紙の束を取り出すとそれを千冬に放る。

 無言で受け取った千冬はその一枚目に目を通す。どうやら紙の束は何かのレポート、報告書の類らしい。そしてその表題を見た瞬間、千冬は大きく目を見開いた。

 

『IS学園クラス対抗ISリーグ時における学園近郊空域での無人稼働IS襲撃について』

 

「どういうことだ、これは」

 

「どういうことも何も、そこに書いてある通りですが?」

 

 小さく舌打ちすると共に千冬は紙を捲っていく。

 一夏の最初の試合時に学園近くの空域、その上層にて警戒にあたっていた美咲と専用機「黒蓮」が謎のISに遭遇、交戦したこと。

 敵性ISを撃破した結果、当該機が人型の機械、すなわちロボットによる無人稼働のISであること。

 そして回収したコアは紛れもなく本物のISコアであること。

 

「出向いたのが私で幸運でしたね。幸いと言うべきか、他に知れることなく事は終えられました。気を付けてくださいね? それ、結構重要な機密ですから」

 

「……それを私に見せてどうするつもりだ。何か貴様の思惑にでも巻き込むつもりか?」

 

「まさか。以前の同僚にして唯一の対等への、ちょっとした心遣いですよ。何せそこに書きましたが、その事件には高度かつ未知足りうる多数の技術の使用、そして貴重品であるISコアのポイ捨てにも等しい行動など、怪しい点が満載ですから。

 さすがに広められるのは困りますが、あなたならそのあたりは大丈夫でしょう。ただ、昔のよしみで気を付けてほしいと思っただけですよ」

 

 行って美咲は用は果たしたと言うように椅子から立ち上がり、部屋に入る時に使ったという窓に歩み寄る。それを千冬は未だ険しいまなざしで見つめる。

 

「そうそう千冬。用事ついでにちょっとお節介を焼きますよ?」

 

「なんだ?」

 

「いえいえ、大したことではありません。ただ――あなたのお友達はお元気ですか?」

 

 その問いはこの短い会話の中で最大級の緊張を千冬に齎した。だが、鍛えた胆力と鋼のごとき精神でそれを抑えつけて表に出さないように努める。

 

「聞けばあなたの友達は何やら大変な立場にあるようですから。あなたもきっと気苦労が多いでしょう? 私も流石に案じるくらいには情はありますよ」

 

 どの口がそれを言うかと思った。任務において最も情けや容赦からかけ離れた存在が情などと口にした所で信用ならない。それこそ、まだ狼少年の方が信用に足るくらいだ。

 

「では、私は行きますね。あぁそうそう。もうちょっと部屋の片づけは丁寧にやるべきですよ? もう良い大人なのだから、そのあたりのことはしっかりしないと。いつまでも弟君に甘えるわけにはいかないでしょう?」

 

「それこそ余計な世話だ。用が済んだなら行け。今夜のことはこれで終いだ。私も、これ以上何も言わん」

 

 最後に小さくフフ、と笑って美咲は窓の縁に足を掛け、一気に夜の中へと身を舞い踊らせる。それっきり、初めから存在などしなかったかのようにその気配が消え失せた。

 

「……」

 

 一人になった千冬は無言でレポートを読み進める。基本的にはパソコンで入力されたものを印刷した形だが、最後のページの一番下、文字通り最後の場所におそらくは美咲の手書きだろうメモが記されていた。

 

『このレポート、大事に扱って下さいね? 何せネットワークにつながるような形での保存はしていないので。よく言うでしょう? 壁に耳あり障子に目あり、電脳世界に兎ありと』

 

 それを見て千冬の眉間に寄った皺がますます深まる。しかしそれもつかの間のこと。やがて眉間の皺を解いた千冬は深くため息を吐く。

 経緯はどうあれ、このレポート自体は決して悪いものではない。確かに己が秘する必要はあるが、それでも知らないままでいるよりはマシというものだろう。

 これからの学園でのこと、それらに思いを馳せて千冬は再度深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか書きたいこと書いたらずいぶんとな長くなっちゃいましたww

次回は息抜きもかねてインターバルみたいな話にしようと思います。かなり手を抜いた感じになるでしょうね。え?ダメ?そんな~。

とりあえず次の話では一夏と友人の野郎ズの絡みを書きたいなぁと思ったり。
コラそこ、バラを連想するんじゃない!
原作では出番の全然ない御手洗数馬君。せっかくだから彼も弄ってみようと思いました。


……なんかどこぞの水銀ニートみたいになったぞオイ。
うん、軌道修正軌道修正っと……

あと突発的に思いついたドイツの代表操縦者ネタ。
・階級は少佐 ・タバコをよく吸ってる。 ・ポニテ ・ISは大艦巨砲主義 ・女性らしいということに関して結構厳しい。
うん、既視感パナい。軌道修正だ軌道修正。



感想ご意見はいつでも募集しています。では皆様、また次回に。


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第二巻
幕間 バカ話


え~、今回はちょっとした息抜きを兼ねまして、本編とはほとんど関係ないお話です。
ただただ、バカがバカなことをやるという話を、さらに上をいくバカな作者が書きなぐっただけの代物です。
以下注意点としまして

・とりあえず真面目に大馬鹿をやるのをモットー
・キャラがおかしい
・正直かなりわかりやすいネタが一杯
・ごめん御手洗数馬君。君は盛大に弄らせてもらった
・作者は反省も後悔もしていないが、ヤバイと感じたらこの話だけ消すという逃げを打つ気満々

さて、カオスに飛び込むお覚悟はよろしいでしょうか?
上等だやってやんよ! という方は、そのまま下にスクロールしてどうぞお読みください。

一応始まる前に言っておきましょう。


さすがにちょっとふざけ過ぎたかなぁと思ってます。こんな作者でごめんなさい(カメラに向かってペコリ)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『男子高校生の日常(休日編)』<ワーォゥ!

 

「よう箒。あ、俺出かけるから。じゃな」

 

「おい待て開口一番いきなりそれか!? いや待て――ってもうあんなトコロに!?」

 

 クラス対抗戦が終わってからしばらく経ってのとある日曜日。天下のIS学園も休日であるが、そんな日の朝に箒は一夏とばったり遭遇し、そしてすぐに別れる羽目になった。

 ちなみに、入学当初から続いていた一夏と箒の同室問題であったが、教師陣の尽力によって寮の部屋割りの変更がようやく決定し、先日ついに二人は別々の部屋となった。

 この件について箒は不満を抱きつつも大人しく従った。そして一夏はと言えば、一人になったことに盛大に歓喜していた。

 

 閑話休題。

 

 一夏と別れてからまた更に時が経ち、昼食の際に食堂で鈴と鉢合わせた箒はそのまま彼女に今朝のことを愚痴ったのだが、思いのほか鈴の反応は平然としたものだった。

 

「ふ~ん。まぁ別に良いんじゃない? 別に外出くらい他のみんなもするし。まぁあいつは立場が立場だけど、だからってずっと学園(ココ)に缶詰めってのも良くないでしょ。別に外出くらい良いじゃない」

 

「しかしだな。人に会っておいてあそこまでぞんざいな態度もないだろう」

 

「な~にを今更。一夏があんなのは、今に始まったことじゃないでしょ?」

 

「それはそうだが……」

 

 愚痴る箒とそれをカラカラと笑う鈴。そんな二人の近く通りがかった千冬が二人に声を掛ける。

 それを好都合と見た箒は千冬に一夏の外出のことを聞いてみた。

 

「あぁ、それならば家の方に行くという話だったな。家の手入れや、必要なものを取ってくるとか言っていた」

 

「ま、あいつならそんなトコでしょうね。フラフラと町に遊びに行くような性格でもないし」

 

 千冬の言葉に至極納得できるという風に鈴が頷く。

 

「そのまま五反田の家に行くとも言っていたな。昼食を馳走になる予定らしい。ついでに中学時代の友人にも会うつもりだと言っていたが……凰、どうした」

 

「いえ、何も……」

 

 五反田の家に――そのあたりから急に表情を歪めた鈴を千冬が訝しむが、鈴は何でもないと首を横に振る。

 そのまま千冬が立ち去ったのを見送り、鈴は更に顔を歪めるとブツブツと呟く。

 

「うわー、よりによって弾のトコですって? しかもダチに会うって、間違いなくメンツ確定じゃない……」

 

「凰?」

 

 ものすごく嫌そうな、というよりはむしろめんどくさそうな顔をしながら呟き続ける鈴に箒も流石に首を傾げる。

 

「あぁ、ゴメン。ただ、ちょっと嫌な考えに思い至ってね」

 

「嫌な考え?」

 

「そう。さっき千冬さんが言ってた五反田っていうのは一夏のダチ。名前は五反田 弾。あたしや一夏の中学の時の同級生よ。んでもって、基本武術一筋なあいつには珍しく、よくツルんでた仲間の一人よ」

 

「その五反田がどうしたというのだ? 話を聞くに普通の友人のようだが」

 

「まぁ話は最後まで聞きなさいって。でもってね、もう一人。一夏や弾とよくツルんでたのが居るのよ。そいつの名前は御手洗 数馬。で、問題なのはこの三人があたしの中学でも随一の変わり者連中で、しかもそんなのが仲良くツルんでるってことよ。いや、弾はかなりまともね。けど、あの二人を同時にに平然と付き合える時点で相当だわ。とにかく、集まるってのは確実にこのメンツだわ。

 腕っぷし絡みになると負け無し敵無しリアル無双な『力』の一夏、なまじ頭が良いだけに何か学校の中で変なことがあれば大抵裏のまた奥で一枚噛んでいてしかも殆ど黒幕で、でも積極的に関わろうとしないから趣味も相まって知る奴にはニートなんて言われてる『知』の数馬、でもって二人の制御役だったりメシ作り代行でかなりまともだけどやっぱり根性座ってる『ツッコミ』の弾。

 断言したって構わない。あの三人が一緒になってみなさいよ。そりゃもう一気に――」

 

「一気に?」

 

混沌(カオス)と化すわ。そりゃもう、何があるかさっぱり読めない空気になるって意味で」

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、場所は変わりIS学園に――地理的に見て一応――隣接している臨海の町、その一角。

 元は木造建築であったのだろうが、時の移り変わりに伴って増改築を行ってきたことが分かる三階建ての家がある。だが、その家において住人が生活圏としているのは二階と三階である。

 一回は、その家が営む店となっている。

 その店の名を『五反田食堂』。この家の祖父が創業者であり、地域に親しまれ評判の定食屋である。

 そんな五反田邸の最上階の一室、そこが今回の舞台である。

 

「んでよ、一夏。実際のとこどうなわけ?」

 

「何がだ、弾」

 

「一夏、その程度のことは察しろよ。僕も、既知感なんて感じることもなく想像できるぞ。IS学園のことさ」

 

 五反田家長男である――自称五反田食堂の次期店主の――五反田弾の問いに意味が分からないと告げた一夏に、御手洗数馬がフォローを入れる。

 五反田家三階にある弾の部屋、ここに織斑一夏、五反田弾、御手洗数馬の三人は集まっていた。特に意味があるわけではない。男子学生特有の意味もなくダベるアレである。

 

「別に普通――じゃあねぇな。正直、俺一人が野郎ってのは時々大変だよ。何せ俺は奥ゆかしいからな。色々と気を使うことも多い。そして女衆が多いともなればまぁとにかくかましい。俺にゃついていけんこともある」

 

「あぁ、分かるぞその気持ち。想像するのはとても簡単だ。そして簡単に想像できてしまうから、すぐに既知になってつまらない。……僕はどーでもいーや」

 

「おい数馬、お前興味失くすの早過ぎだろ……」

 

「仕方ないさ、弾。ある意味で数馬、俺以上にイカれてやがる」

 

「ちーがーいーまーすー。僕はただ毎日に未知と新しい刺激が欲しいだけですー」

 

 御手洗数馬という人間をどう表すか。そう問われたとしたら一夏はこう答えるだろう。「俺が知る限り世界で二番目、それでも他とはぶっちぎった変わり者」だと。なお、一番目はかのIS開発者であり一応古い知人でもある篠ノ之束であるが、今はそんなことはどうでも良い。

 同じ男から見ても十二分に整った顔立ち、やや線は細いがむしろ容貌によく合っている。運動は並だが、からきしではない。そして何より恐ろしく頭が良い。単に成績が良いだけではない。一を聞いて十と知るを体現するように理解がとてつもなく早い。そして思考の回転じたいも早く鋭い。

 これだけのプラス要素を持ち合わせているのを知りながら一夏が彼を変わり者とする理由。それは彼の考え方にある。

 

「だってそうだろう? 学校の勉強なんてそうさ。なまじ答えがあるだけに、あっという間に結果が分かる。どれだけ新しい内容をやっても、答えがあるなら結局は同じだ。

 他の物事にしてもそうさ。どれもこれも、大体先が読めちまう。だから何にしても『前から知ってた』っていう既知感を感じる。あぁ、詰まらないよ。だから僕は、とにかく未知や刺激が欲しいのさ」

 

「まぁ、俺もその気持ちは分かるさ。うん、日々新しい技法や体捌き、そうしたのを求めて鍛練に励んでるからな。ウン」

 

「俺に言わせりゃオメーらどっちも重度の変人だよ」

 

 したり顔で頷き合う一夏と数馬に苦々しい顔でツッコミを入れたのは五反田弾。一夏が評して曰く「気楽に付き合える良い奴、あとちょっと手伝うだけで定食奢ってくれる的意味でも」だ。

 そんな彼だが、客観的に見れば至って平凡。顔だちはそれなりだが、ずば抜けて学業に秀でるわけでも、ずば抜けて運動ができるわけでもなし。どこにでもいる普通の男子高校生だ。

 もっとも、彼を知る者に――特に凰鈴音あたりに――言わせれば一夏や数馬と言った一際の変わり者の相手を真っ当に続けられるあたりで相当の剛の者であるとのことだ。

 

「ていうかさ一夏。IS学園に鈴が来たってマジ?」

 

「あぁ、それマジよ。つーかこの間ISでやりあったし」

 

「うわー、鈴のやつも災難に……」

 

「おいこらまて数馬。災難とはどういう意味だどういう」

 

「なぁ一夏。お前とやりあうってのはな、少なくとも俺らのようなお前を知っている奴の間じゃ相当なことの扱いだぜ?」

 

「なんだよ、揃いも揃って人を化け物みたいに」

 

『事実そうなんだよ』

 

 ハモった弾と数馬の言葉に一夏は頬をひくつかせるが、気を取り直すように咳払いをする。

 

「ていうか数馬、なんでお前が鈴のこと知ってんだよ。俺、メールとかした憶えは無いぞ。なお、これはあえてしなかったのではない。大真面目に忘れてた」

 

「うん、それもすっごく既知だな。別に大したことじゃないさ。ネットを漁ればこの程度の情報なら幾らでも引き出せるよ。そう、例えば一夏。君が外出一つするのにも尾行やらが付くこととかな」

 

「なにぃっ!?」

 

「ほぉ、よく分かったな」

 

「まぁねぇ~」

 

「いや待てよオイ!」

 

 平然とした調子で会話をする一夏と数馬に弾が声を大にしながらツッコミを入れる。

 

「なんだよ弾。急に大声を出して」

 

「一夏の言う通りだ。もうちょい落ち着けよ。な? もちつけ」

 

「いやあのな、それそんな軽く話せることじゃあねぇよな!?」

 

 言って弾は窓に駆け寄ると外の様子を伺おうとする。それを止めたのは一夏だ。

 

「やめとけやめとけ。無駄だぜ弾。大体の連中は電柱の陰とか路地裏とか、後は通行人装って歩き回ってるとかして目立たないようにしてる。お前じゃあ見つけられねぇよ」

 

「じゃあ、お前なら見つけられるのかよ」

 

「思ってたよりヌルいな。学園に繋がってる臨海駅からここまで、ざっと九人ってトコだな。俺が気配を感じたのは。多分これで確定だろうよ。あぁ、多分大したことはねぇな。単に俺を珍獣よろしく観察してるだけだろう。仮に九人束になっても、俺には全然怖くはない」

 

 そう言って犬歯を剥き出しにする一夏に弾は苦笑いを隠せない。数馬は涼しい微笑を浮かべているだけだが、弾に言わせれば彼も大概なのでカウントはしない。むしろその九人束というシチュエーションを望んでいるような気がするのは、間違っていないだろう。

 

「あー、でだ。数馬、お前はそれをどうやって知ったわけ?」

 

 とりあえず野獣のような顔をしながら小さく笑っている不審者(一夏)は置いておいて、数馬にどうして一夏を付けている人間のことを知ったのかと問う。

 

「ふぅ、まぁこの程度も十分予想の範疇、ではあるけどね。ぶっちゃけ警察とか省庁のサーバーにハックしてチラ見してきた」

「オイィィィィィイイイ!!? ナニ? 何やっちゃってんのコイツねぇ!? ちょっとぉ!!?」

 

 数馬も数馬で聞き捨てならない発現が飛び出してきたことに弾は盛大に突っ込む。ちょっと大声でのツッコミの入れ過ぎで喉が痛く感じてきた。

 見れば一夏も若干目を見開き、驚きを顕わにした様子を示している。

 

「いやー、ハッキングして覗き見なんてよくやるし? もちろん跡なんて残しはしないよ。ぶっちゃけそこから悪さするクラッキングとかしないだけ僕は善良さ。それに、される程度のセキュリティしてる方が悪い」

 

 これっぽっちも悪びれる様子もなくいけしゃあしゃあと言ってのける数馬に弾は今度こそ言葉を失う。そして思う。自分はどうしてこんな連中とダチを続けているのだろうと。

 そんな具合にへこみかける弾を尻目にまたも一夏と数馬は会話を続ける。

 

「あ、そういえば一夏。県警のサーバーにあれ残ってたよ。ほら、二年前のあれ」

「あぁあれか。懐かしいな」

「……今度はなんだよ」

 

 二年前のアレと言われても弾にはさっぱりである。そして一夏と数馬の二人しか知りえない以上、どうせロクでもないことに決まっている。

 嫌な予感を思考の片隅感じながらも、弾は一夏にどういうことかと聞く。

 

「いやさ、二年前だよ。ちょうど俺らが中二の夏前くらいか。新聞に喧嘩沙汰が載ってたろ?」

「あぁアレな? 確か学校で先生が気を付けろって言ってたなぁ」

 

 言われて弾が思い出すのは一夏が語る時期に、県内での出来事を主として取り扱う地方新聞に一時期載ったこの近辺における暴力事件のことだ。

 暴力事件と言っても死亡者が出たなどという大沙汰ではなく、路地裏などで少々柄や素行に問題があるような――いわゆるヤンキーな――学生が怪我をした状態で見つかり、何人かは病院に運ばれるということが何度かあったというものだ。

 一度や二度程度ならばまだしも、ごく短い期間に頻繁して起こったために地方紙に記事が載り、不良同士の大規模な喧嘩に発展することを警戒してか、夕刻以降には警官が町内を巡回するまでになった。

 今となってはそんなことなど無かったかのように話題にもならないが、それでもこうして話に出されれば「そういえば」と思い出すくらいには近隣住民の記憶に残っている。

 

「あれ、ボコしたの全部俺」

「……もう何も言わねーぞ絶対」

 

 あっさりとした一夏の告白に弾は大声を出したいのをこらえる。

 

「で、何がどうしてそうなった。ほら、全部吐いちまえ。楽になるぞ」

「別に元から楽だけどよ。あ、刑事さん。カツ丼くれ。汁物は鰻の肝吸いな」

「出ねぇよバカ。つーか俺デカじゃねぇし」

 

 例えいついかなる時だれであれ、ボケを振ってきたらツッコミで返す。それがこの三人の流儀である。

 

「あーオホンッ。あれだ。IS学園できたせいか、そこに非常に近いこの町は結構発展したろ?」

「まぁそうだなぁ。爺ちゃんも昔より客が増えたって言うし、実際駅のあたりとかは結構様変わりしたよな」

「うん。それでだ、発展したのは良いけど、まぁ光あれば影があるって言うの? 良くないこともある。どういうわけか、ちょっと柄のおよろしくないのもチラホーラと目につくようになった。ドゥーユーアンダースタァーンド?」

「あぁ、確かに。それとその英語ウザいから止めれ」

 

「……オホン。さて、そんな二年前のとある日だ。俺はある悩みを抱えていた。それは、『鍛えた技を使いたい、けど相手がいない病』だ」

「んな病名聞いたこともねーよ」

「だって俺が今考えたもん」

「知るか。ほら続き」

 

「まぁそれで、相手がいないことにとにかく俺は悩んだ。いわゆるライバルとか欲しかったが、そんなのはいない。かと言って知り合いに『おい、勝負しろよ』と吹っかけるわけにもいかない。それこそ腕っぷしで全部決まるヒャッハーで世紀末な世界ならまだしもだ。そんなある日だった。

 夕方、ふと町の賑やかな方を考え事をしながら歩いていたら、人にぶつかっちまってな。普通ならそこで謝って終いだけど、その時俺がぶつかったのは、もう髪の毛とか染めまくってシルバーチャラチャラつけていかにも『僕ヤンキーですぅ』な感じの人だった」

「あ~、なんか先が読めたような気がするけど、続き行け」

「おう。正直俺も面倒は嫌だからね。サッと謝ってパッと去ろうと思ったが、なんと親切なことに向こうからイチャモンつけてきてくれてね。そのまま路地裏に一緒に行って――気が付いたら全員のしてた」

 

「うん、どーせそんなオチだろーと思ったよ」

 

 色々あって一周回ったのか、弾が浮かべる表情はいっそ爽やかな笑顔だった。

 そして一夏の言葉を跡を継ぐようにして数馬が補足を加える。

 

「そしてそのことに味をしめたこいつは、以後何故かヤンチャなお兄さん方に絡まれることが多くなったんだと」

「何故かよく繁華街とかで柄の宜しくないお兄ちゃんとかにぶつかっちゃうことが多くてね。何故か。俺はその都度正当防衛をしていただけだよ」

「どう考えてもわざとです本当にありがとうございました」

「ちなみに手早く確実にやることやったら現場からは二分以内に退散がモットーだったな」

「一度は単独犯って説も上がって犯人像のイメージも出たらしいけど、見事に一夏から大外れだったな。これも俺の嘘のタレこみやネットの書き込みのおかげかな」

「いやー、数馬。お前の手際には本当に世話になるよ。色々と」

「気にするなって。僕と君の仲じゃないか」

 

『ハッハッハ!』

 

 揃って快活に笑う二人に弾は何も言わず、ただため息を吐くだけだった。

 

「で、結局どうしたんだ? たしかそれもある時からパッタリ無くなったろ」

「あぁ、それね。まぁ、ちょっとあちこちにサツの目が光るようになっちまったからな。自主的に控えた」

「そーかよ。つか、話戻すけど数馬も大概だよな。警察だとか偉い所にハッキングするとか」

「いやぁ、実際やってみたらできたし。それに、衆目に晒されない物ってのも中々面白いもんだぜ? 一度見ちまえばすぐに既知になって詰まらないけど、それを見るまでは未知っていうのは中々に良いもんだ」

 

「あぁそうかい。ほんと、俺もよくお前らとツルんでるよな。話してると本当にそう思うわ」

「いや、そりゃあ……」

「ねぇ?」

 

 愚痴るような弾の言葉に一夏と数馬は顔を見合わせる。そして――

 

『お前が同類だからじゃね?』

 

「チクショォォォォォォオ!!」

 

 見事なまでにハモって理由を告げる二人に、弾は慟哭の叫びをあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に三人の間に沈黙が流れる。会話が盛り上がっている時、ふとしたことで話が続かなくなった時によく見られるあの現象である。

 そんな状況を打開する方法は実にシンプルだ。この際なんでも良いので新しい話題を出すことである。そして、会話を続けるために次の話題を持ち出したのは一夏だった。

 

「で、俺ちょっと気になってることがあんのさ」

 

「なんだよ。頼むからまともなこと言ってくれよ?」

 

「弾、大丈夫だ問題ない。いやな、今日は日曜だろ? しかもなかなかの快晴。気候も穏やか。そんな良い日に俺たち野郎三人揃って――」

 

 言って一夏は部屋に置かれたテレビに目を向ける。

 

「アニメのブルーレイ鑑賞会なんてやってるんだ?」

 

「一夏、原因はすべてコイツだぜ」

 

 首を傾げる一夏に弾はこいつが元凶だと数馬を指さす。指を指された数馬は数馬で、どうして疑問に思うのか分からないと言いたげに首を傾げる。

 

「いや、休日にアニメ見て過ごすとか……普通だじゃない?」

 

『そうかぁ?』

 

 今度は一夏と弾がハモって疑問を浮かべる。

 ちなみに一夏の思い浮かべる有意義な休日とは、ただひたすらに、そして存分に鍛練で己を鍛え上げることである。息抜きに家事や勉強だ。どうせ姉は仕事でいないことがほとんどだし。

 弾の場合は、規則正しくいつも通りに起床し、日中勉学や家業の手伝い、跡取りに相応しくるための料理の腕磨きを行い、夜になれば家族と団らんの時を過ごすというものだ。

 圧倒的に弾の方が健全なのは言うまでもない。ちなみに数馬の場合は、『ニート』の一言で表せる。本人いわく親は学校の成績や株での稼ぎなどで黙らせているらしいが。

 ちなみにそんな会話を続けている最中でもテレビではアニメが続いている。

 御手洗数馬、まず間違いなく変わり者である彼の数少ない熱心な趣味、それがアニメや漫画、他にもライトノベルなどに代表されるサブカルチャー全般である。

 好みの作品が関わるとあれば遠出してイベントにも参加するあたりかなり気合が入っている。

 

「これって確か、中学の時に見せてくれたやつだよな?」

 

「そうそう。一夏にも弾にも、まだ途中までしか見せてなかったろ? 良い機会だから続きを見せようと思ってな」

 

「そういやそうだったな。へぇ……。しかし、アイドルものか。俺の中ではアイドルものってもっと低年齢層の女子向けってイメージなんだけどな」

 

 顎に手を当てながら言う一夏に、数馬は分かってないなと言いたげにチッチと指を振る。

 

「良いか一夏。確かにアイドルものにはそうしたものが多い。それは事実だ認めよう。けどな、どんな路線だろうと作り方しだいで対象は変わるものなんだよ。あぁ、実に素晴らしいね。アニメとは、漫画とは、小説とは。まさに人類が生み出した珠玉の文化だ。作品一つ一つに世界がある。そしてその行先は様々だ。世界の数だけ異なるエンディングという未知がある。たとえ同じ作品であっても、同好の士によってまた彼らそれぞれのエンディングが生み出される。

 まさに未知の坩堝。つまらない既知にありふれた現実(リアル)と比べて実に甘美な世界だ。歓喜も狂気もありとあらゆる感覚の未知が詰まっている。胸を打つ。これを素晴らしいと言わずして何と言う。これこそ娯楽の極致だよ。異論は認めん、断じて認めん、これが真理だ黙して従え」

 

「アー、ソーダネー」

 

 一人で勝手にテンション上げて盛り上がる数馬に一夏は適当な相槌を打っておく。弾に至ってはもはや何か言うことすら放棄していた。

 

「しかし、このアニメって結構登場人物多いよな。普通アイドルものなんて、アレだろ? 私アイドル目指してま~すって主人公一人、でなくても精々二、三人程度か。それだけにスポット当ててのし上がってくようなもんだろ。これなんて、13人も居るじゃねぇか」

 

「ふむ、なるほど多いと感じるか。ただまぁ、この辺りは割とリアルに忠実というか、ぶっちゃけリアル見てみりゃ10人超えのアイドルグループなんかざらだろ? 多いとこなんか50人近く、下部組織含めりゃ三ケタいってるのもある。その中でファンは自分の好きな娘を、あるいは全体そのものを応援する。同じ方式さ。ただ次元の数字が一つ違うだけだよ。

 ちなみに今さっき一夏が言った例はもっと低年齢の女児向けに多いな。代表例を挙げるとすれば、数年前にその年齢層の間で流行った『きら○ん レボリューシ○ン』、あたりかな」

 

「いや、そこまで聞いてねぇし……。つかよく知ってんなお前」

 

 軽い疑問のはずだったのに妙に詳しく答えてきた数馬に一夏は軽く引く。ただ、よくよく考えてみればいつものことだった。

 

「でだ、我が友一夏よ」

 

 急に数馬がズイと顔を近づけてくる。ぶっちゃけ気持ち悪かったので思わず殴り飛ばしそうになったが、なんとか腕を抑えて我慢できた。

 

「な、なんだよ」

 

 近い近いと数馬の顔を押し離しつつ一夏は聞く。

 

「いやな、単刀直入に聞こう。誰が好みだい?」

「はい?」

「中学時代から今日まで、僕は良作を良き友人である君らにも知ってほしいとせっせとちょくちょくアニメのディスクを見せてきた。君だって嫌がらなかっただろう? 少しは興味があって、ぶっちゃけ好みの娘の一人や二人くらいいるんじゃないのか?」

「え、いやそのだな。えーっと……」

 

「フフン」

 

 ピッとリモコンを押して映像を一時停止。数馬はおもむろに自分の携帯を取り出すと幾つかの操作をして画面を一夏に見せつける。そこには、件のアニメに登場するアイドル達が勢ぞろいしている画像が映っていた。ちなみに、映像を止められたことについて弾は何も言わない。もう好きにしてくれと半ばあきらめモードに入っていた。

 

「さぁ、誰が好みだ!」

「いや、待てお前とにかく落ち着けよな?」

「さぁ!」

「え~っと……」

 

 とりあえず答える必要があるらしい。ならばと一夏は改めて画面を見る。さすがに適当な答えを返すわけにもいかない。選ぶなら、まじめに選ぶべきだろう。

 

「強いて言うなら、この二人か……? アニメの中で歌ってる歌も悪くなかったし」

 

 そういいながら一夏が指さした二人のキャラを見て数馬はふむ、と頷く。

 

「なるほど、チハヤにタカネか。悪くないチョイスだ。歌にも目を付けるとは中々良い着眼点だ。一夏、やっぱ君センスあるよ」

 

 正直そんなセンスを褒められても困ると言うのが一夏の本音だ。

 

「ふむ。どちらも比較的クールな方のキャラとは言え、二人には結構な違いがあるな」

 

「胸がか?」

 

「黙れ、()()言ってやがる」

 

 数馬によるツッコミの拳を軽々とかわしながら一夏は冗談冗談と言う。

 

「良いかい一夏。世の中な、言って良いことと悪いことがあるんだぜ」

 

「お、おう」

 

「まぁ良いさ。よし、続きと行こう。なぁに安心しろ一夏。もう後半だ。このアニメ、後半でのチハヤの単独シーンは……かなりイケるぜ?」

 

 期待しろと言うようにニヤリと笑うと数馬は続きを再生する。その横で弾は昼食の算段を立て始めていた。

 

「あーところで数馬」

「ん? どした?」

「いや、このアニメ、作品それ自体を見始めた頃からかなり気になってたことがあるんだよ」

「ほぅ。なんだ、言ってみろよ」

「あぁ、あのな? この双子の姉妹のアイドルいるじゃん?」

「あぁ、アミにマミな? ちなみに俺はマミの、姉の方が好みだな。いやどっちも好きだけど。で、二人がどうした?」

「いや、この二人さ。声が鈴のやつにそっくり――」

 

「修正してやるーっ!!」

「ブッピガンッ!?」

 

 一夏の言葉を遮って数馬のツッコミのチョップが一夏の頭頂部に炸裂した。その速さたるや、一夏ですら不意を突かれたとは言え反応できず直撃を許すほどだった。そこに込められた鬼気迫るものに、一夏は思わず意味不明な呻きをあげる。

 

「良いか一夏。それはな、そればかりはな……触れちゃダメだ。色々マズい。うん、やめとけ。いや、別に黒歴史とかそんなんじゃなくてな、あえて気にしないのがマナーというやつだ」

「え~っとそれじゃあ、あのタカネの声がやっぱり俺のクラスメイトの四十院に似ているってのも……」

「ダメだ」

 

 険しい、真剣な眼差しで言うなと念押しする数馬に、流石の一夏も素直に頷いて従う。

 

「よし、じゃあ続きだ」

 

 そう言って三人でアニメの続きを見る。見ながらも、会話はなおも続く。

 

「これも今更だけど、回ごとにメインのキャラが違うんだな」

「まぁ全員に均等にスポット当てようと思ったらこれが一番手っ取り早いしねぇ」

「今何話だっけ?」

「二十話。もうあと五話くらいだ。飯食ってしばらくする頃にゃ全部終わるよ」

「この二十話はどう考えてもチハヤ回だな。その前回にタカネ回か」

「一夏、君も悪くないって思ってるだろ? いやいや否定するな。その気持ちはよく分かる。僕も、この二十話とその前の十九話が入ってるブルーレイ七巻はお気に入りだからな」

 

 そんな取り留めもない会話をしながらもアニメは進んでいく。そして終盤、ライバルプロダクションの工作によって歌えなくなったチハヤが、仲間たちが作り上げた新曲を歌おうとする場面。

 やはり声が出ずに俯く美早の下に駆け寄る仲間たち。彼女らの歌声に後押しされて、ついに美早が過去のトラウマを振り払い高らかに歌い上げた。

 

「やった!」

 

 瞬間、一夏はそんな声を上げてガッツポーズを決めていた。そして、ハッと己のしたことに気付く。

 三人並んだ真ん中に座る一夏は、まず左の弾を見る。

 

「まぁ、頑張れや?」

 

 仕方ないなこいつと言うように弾がヤレヤレと首を横に振る。親友のそんな態度にヤッベーと冷や汗を流す一夏の肩に、右からポンと手が置かれる。

 右側、すなわち数馬の居る方に嫌な予感を感じつつも振り向く。そして振り向いた先には――

 

「ウェルカム」

 

 それはもう晴れ晴れとした笑顔を浮かべてグッとサムズアップを決めている数馬の姿があった。

 

「いや、たまたまだたまたま。ちょっと魔が差しただけだよ」

 

「否定するな、認めろよ一夏。何にも恥じることはない。好きなことに好きと感じて何が悪いんだ? ん? ん?」

 

「ちがぁう! えぇい! オラ、次の回始まっぞ!」

 

 強引に数馬を視界から追い払う一夏。追い払われた数馬はと言えば、しょうがないなコイツと言うようにニヤニヤと一夏を見ていた。

 

「別に良いじゃないか。何にも恥じることはないんだぜ?」

 

「見てみろよ、このライブシーン。良いだろう? 実際に声優さんたちがライブで歌ったりもするんだぜ?」

 

「盛り上がるだろう? なぁ、一緒に熱くなってみたいとは思わないか?」

 

「怖くなんかないさ。失うものなんざない。ただ、最高の娯楽を得るだけだ。一歩を踏み出す、それだけでいいんだよ」

 

 アニメを見る横で数馬がそんな悪魔の囁きを一夏に吹き込む。口を真一文字に固く引き締め、そんな言葉には耳を貸すまいとする一夏だが、どうにも座りながら上半身が左右にブーラブーラと揺れている。

 そんな様を見て弾は『こりゃそろそろ限界かもな』と、友人がまた更に変わり者街道を突き進みけていることを悟った。

 

 途中ではあるが弾が一時的に席を外す。この日の昼食は自分が受け持つと事前に二人に公言していたため、それを果たしに行ったのだ。

 なお、現在五反田邸にはこの三人しかいない。住人である弾の家族たちは全員出払っている。そのため、食堂も今日は休みとなっているが、それはどうでも良い。

 事前に仕込みはしておいたため、作り上げるのにさほど時間は掛からなかった。

 出来上がった野菜炒めを大皿に盛り、部屋に持っていく。この後にご飯などを運び込む。部屋に近づくにつれて未だ続いているアニメの音が聞こえてくる。

 音から察するに、またアニメの中でのライブシーンか何かだろう。特にどうと思いはしないので、そのまま部屋に入る。そして――

 

『せーの! ハーイ!  ハーイ! ハイハイハイハイ!!』

 

 部屋に入った瞬間、アニメのライブに合わせて見事にコールを入れている馬鹿(友人)二人の姿が飛び込んできた。

 

「……ダメだこりゃ」

 

 ただ一言、弾は諦めと共にそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う、あれは気の迷いだ。雰囲気にあてられただけだ……」

 

「いい加減認めろよ一夏。結構ノリノリだったろう?」

 

「うるさいわ!」

 

 アニメに一段落をつけた三人は卓を囲って昼食を摂る。

 

「まぁさ、一夏。ほどほどにしとけよ?」

 

「弾、お前まで……」

 

 味方は居ないのかと一夏が肩を落とす。

 

「まぁアレだ一夏。少なくともこの程度じゃ俺はどうこう思わねぇよ。お前が変わり者なんて、今更だ。お前が、俺のダチなのは変わりない」

 

 友人を気遣う弾の言葉に、一夏は静かに首を上げた。

 

「弾……」

 

「一夏……」

 

 二人の視線が交差する。それを見ながら数馬は――

 

「さて、スレ立てるか。『俺たちずっと』友人二人がホモホモしい件『親友(ツレ)だよな』っと」

 

「止めろ!」

 

「つーか見つめんなよ気持ち悪い!」

 

「お前が先だろ一夏!」

 

 やいのやいのと決して静まることなく食事が進む。

 

「でだ、一夏。どうよ? ゲームの方も」

 

「いや、良い。ていうか学園の寮にハードないし」

 

「別に家でも良いだろ? それにハードなら俺複数台あるし、貸すぜ? どうだ、ヤ ラ ナ イ カ?」

 

「その聞き方やめろマジでやめろ終いにゃしばくぞ」

 

「そう言いつつ拳をポキポキ言わせるのは止めようぜ?」

 

「つーかお前、そんだけどハマりして、完璧に終わったらどうするつもりなんだよ?」

 

「無論、確かに悲しくはあるがそれもまた運命と甘んじて受け入れるさ。元より、物事全てに始まりと終わりはあるのだからね。

 そうさ、終わりだって俺は愛でてやるよ。なにせそれはまだ俺が知らない未知なんだ。俺は俺にこう言い聞かせよう。未知の結末を知れと。ん? 今考えたにしては中々良いフレーズだな。よし、座右の銘にしよう」

 

『いやどうでも良いし』

 

 一人で納得する数馬に一夏と弾が揃って突っ込む。こんなことも、今日でどれだけやったか分かったものじゃあない。

 

 

 

 

 山も無い。オチも無い。ただ延々とダベるだけの行為を、野郎三人は続ける。そこには生産性もクソッタレもあったものではない。

 意義があるか否かと問われれば、ほぼ確実に否だろう。だが、それでも彼らは笑っていた。

 友と笑いながら時を共有する。そうすることのできる尊さを彼らが知っているとは限らない。多分知らないだろう。

 だが、ただ笑顔で穏やかな時を過ごすことができるということを尊いとするのであれば、彼らにとってこの時間は決して無為なものでないことは、間違いないと言えるはずである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうかさ、僕は思うのよ。一夏、弾。どんだけきれいに締めようとしても、結局やってることがバカだったら意味無いよなーと」

 

「違いない」

 

「お前ら見てるとよーく分かる」

 

『HAHAHA!!』

 

 

 

 

 




さて、今回の話の中に仕込んどいたネタ、分かった方はどれだけいるのでしょうか。
使ったネタに、「これだろ分かりやすいんだよバーカ、ハハッワロスww」というような感じでも構いませんので、感想とかで言及いただけると嬉しいかなーと思ったり。

数馬くんについて、原作でもさっぱり描写がないのでかなり弄繰り回しました。
多分思想とかそういうのは一夏以上に根っこの部分でクレイジーです。束さんに近いものがあったりするかもです。彼のセリフの端々、入れたネタに気付きましたかな?

弾についてはかなりまともな常識人、けど変わり者二人に付き合える剛の者って感じです。
冒頭にありましたが、鈴は基本彼ら三人も友人と思っていますが、三人そろったカオス空間はちょっと勘弁という感じです。カオスすぎてそのうちナマモノとかでるかもしれませんねww
いや、やりませんけど。

次回は本編に戻ります。原作二巻に突入です。
原作二巻は、また色々弄ってサクサク終わらせたいなと。というか、あの問題をまっとうに書こうという気になれなくて。どの問題かはあえて明言しませんが。

では皆様、また次回に。

※(2014・5・27)数馬の一人称及び作中作について少々修正を加えました。
なお、本作はあくまでフィクションです。作中作など、どっかで見たような感覚を抱くかもしれませんが、そこはそれとして割り切って頂けると助かります。


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第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪

 今回より原作二巻に入ります。あの二人が登場することによっていよいよもってメインキャラが一通り出そろう形になったのでしょうか。
 今回から加わる二人についても、例によってと言うべきでしょうか。結構な改変をしています。特に片方については原作から思いっきり変えましたし。読者の皆様におかれましては、どうか寛大なお心で受け止めて頂きたいと願う所存です。


 一歩、歩くたびに靴底と床の金属がぶつかる甲高い音が響く。周りを鉄に囲まれた一本道をただひたすらに歩き続ける。鼻につく錆臭さはとうに慣れてしまった。

不意に目の前に影が躍り出た。それは黒服に身を包んだ男だ。いや、横合いから出てきたとか、そのような表現は正しくない。まるで初めからそこにいたかのように、居て当然というようにそこに存在していた。

だが、そんな細かいことに意識を割くことはしなかった。ただ一つ、目の前の男が自分に敵意を向けていること。それだけが重要だ。

 相手から漏れた殺気に思考より速く体が反応する。一息に内に距離を詰めると、腰に伸ばした手で刀の柄を握る。腰を切って抜刀、鞘の中で加速を終えた刀身は抜き放たれると同時に最高速で男に迫り真正面から逆袈裟に斬り裂く。

当然の帰結として、男は切り口より大量の血を噴き出しながら倒れる。そのままあたりに己の血を広げ流しながら事切れる。

 

 これで何人目か、とっくに数えるのを止めた。場所はきっと、三年前のあの場所あたりだろう。周りを鉄に囲まれているというのが実によく似ている。

倒れた男を一瞥もせずにまたいで超える。また一体、ただの肉塊ができあがった。何もない一本道を延々と歩いている。

歩く最中でいかなるからくりか出てくる敵、その悉くを仕留める。ある者は先ほどのように斬り伏せた。ある者は組みつき、一息に頸椎をへし折った。ある者は渾身の一撃で頭蓋を砕いた。方法は異なるが、いずれにせよ結果は同じだった。

道は、周りを囲む鉄以外にも床を浸しかねない程に流れる血でむせ返るような臭いを漂わせている。だが、慣れてしまったために気になることはない。

 

 ただただ、作業のように同じことを繰り返しながら歩き続ける。そして一つ、また一つと作業を進める度に、死が積み重なっていく。

そんなことをどれだけ繰り返したか分からない。その内に、道は不意に途切れる。目の前に鉄の壁が広がり、そこから先に進むことができない。

 カチャリと、背後で何かが動くような音がした。淡々と作業を続けていた疲労からか、やや緩慢な動作で後ろを振り向く。そして、黒い塊が視界に入る。

自分に向けられた塊の先には穴がある。塊のカラーリングであるソレよりも更に黒く、空虚な穴だ。広さは数センチにも満たず、奥行き自体も十五センチあるかどうかのちっぽけな穴だが、まるで底なしのように思えるのはそれが銃口という『死』を齎すものだからだろうか。

ピタリと額に向けられた銃口を無表情で見つめる。銃口よりわずかに奥の方にある引き金がゆっくりと引かれる。

撃鉄が落とされ装填された弾丸の火薬に火をつける。一瞬の爆発によって弾丸はその身に旋条痕を刻みながら銃身を通り、そして銃口から飛び出して一直線に向かって来る。

飛び出した弾丸が額に達し、皮膚を破り頭蓋を砕き抜き、そして脳髄を貫通するまで一秒もかからない。その刹那を更に寸刻みにした六徳、あるいは清浄の時の中で静かに思った。

 

 なんだ、これで終いかと。

 

 そして放たれた弾丸は額に達し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!?」

 

 掛布団を跳ね飛ばしながら一夏は飛び跳ねるように起き上がった。そのまま荒い息を吐きながら静かに自分の状況を把握する。

別に特別なことは何もない。場所はIS学園一年生寮の自室、そのベッドの上。

 

「夢、か……」

 

 なんてことはない。今の自分は日々の始まりとして幾度となく行ってきた寝起きの状態だ。別に何もおかしいことはない。

ただ、強いていつもと違う点を挙げるとすれば、ロクでもない夢によって叩き起こされ、とても静かとは言い難い寝起きとなったことと、その時刻が平素より三十分ばかり早いことくらいか。

 

「ったく、一体全体なんだってんだ、あの夢は。イカれてるにも程があるだろう」

 

 自分の夢なのだから、その中で動いていたのは紛れもない自分だ。ならば、その中でただひたすらに一つの事象を積み上げて、そしてあのような結末に至ったのもまた、自分に他ならない。

 

「またずいぶんと、エキセントリックな夢だったもんだ……」

 

 夢の内容など忘れるのが大半だが、今回に限って言えば割としっかり記憶に残っている。内容はお世辞にも良いと言えるものでないことは確実だが。

 

「……」

 

 小さくため息を吐く。これを幸いと呼んでいいかどうか分からないが、普段より三十分ばかり早く目が覚めてしまった。

このまま二度寝をしようという気もしないし――そもそも完全に意識が覚醒してしまっている――少しばかりまったりとした朝を過ごすのも悪くはない。

モゾモゾと動いてベッドから這い出る。空調を効かせてあるため、室内の温度は快適の一言に尽きるのがありがたい。

軽く背筋を伸ばしながら窓際によると、閉めていたカーテンを勢いよく開ける。だが、それで日差しが室内に差し込むかと言えば否だ。何せ現在の時刻は午前四時半。まだ日も完全に登っているとはいえない。

夕方とはまた趣きの異なる薄闇に彩られた空を見ながら、窓を開ける。室内の換気のためであるが、それ以外にも朝の空気を味わうという楽しみも兼ねている。

ただ、今朝ばかりはいつものように気分よくとはいかないだろう。何せ、あんな夢を見た後だ。

 

「確か数馬が言ってたっけ……」

 

 夢はその当人の願望を示すこともある、と。仮にその理屈でいくのであれば、それすなわち自分の願望とは――

 

「馬鹿馬鹿しい。どうにかしているにも程がある」

 

 あんなことを積み重ねて、その果てにあのような終わりを迎える。それが自分の望みだというのか。全くもって馬鹿馬鹿しい。ナンセンスにも程がある。

 

「あ~、最近派手にやりあうこと多かったしなぁ……」

 

 ISを装着した上でという補足はつくものの、ここ一か月そこらの間で存分に技を奮う機会が多かったのは事実だ。いや、技を奮うというよりは戦いという行為に身を浸すというのが正しいかもしれない。それで少しばかり心が昂ったのだろうか。

なにせ師に弟子入りして剣に武術にと学んで早数年とは言うものの、学んだそれを存分に使っての果し合いなど殆ど無かったに等しい。

師との組手は、そもそもまた別にカテゴライズされるものであるし、二年ほど前に町のチンピラ相手にやっていたのは、完全な実験だ。一体どこの世界に実験台のモルモット相手に本気の果し合い気分で臨む奴がいるというのか。

 

「参ったな、ったく。まぁ、またしばらくすればいつも通りになるか……」

 

 とりあえずは時間の経過にまとめて委ねるしかないだろう。なにせ見る夢の内容の選り好みなどできるわけがない。

 

「しかし、もう三年か……」

 

 開けたままの窓に背を向けて歩きながら一夏は呟く。部屋のクローゼットから着替えを出し、早朝トレーニングの準備をしながら一夏は意識を己の内へと向けて過去を振り返る。

 

「ま、初めての海外旅行にしては刺激的に過ぎる思い出になったけどなぁ……」

 

 せっかくの姉の晴れ舞台を間近で見物してやろうかと思ったが、それより遥かに刺激的かつエキセントリックで、そして姉弟の心に紛れもない影を落とすような思い出土産ができてしまった。

今も姉は当時のことについて責任を感じている節がある。はっきり言って二人でどっこいどっこいだ。二人揃って非とされるべきところはある。

 

「けど、忘れろってのも土台無理な話だしな……」

 

 トレーニング用の黒いジャージを着こみながら困ったように言う。何せ忘れようがないくらいに重大な事態にまで発展してしまったのだから。

おそらく、姉はこのことについて吹っ切れるということはないだろう。自分も、割り切ってはいるもののそれ相応に重く受け止めてはいるつもりだ。ならばこそ、そんな動かしようのない過去ではなく先を見据えるべきだろう。

 ジャージの上着を翻しながら着る。二度とあの時のような無様は晒せない。晒すよりも早く、事態を始末できるだけの実力が必要となる。

 

「ぬんっ」

 

 己に喝を入れるかのように正拳突きを虚空に向けて打つ。その拳が空気を打つ音は、まるで込められた執念が具現したかのような重さを伴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「チョリーッス」

 

 間の抜けた声でのあいさつと共に一夏が教室に入る。既に早朝の二時間近くにも及ぶトレーニングによって一夏は心身ともに完全に覚醒した状態にある。教室に入るにしても、声こそ間抜けているが寝ぼけ眼を擦りながら登校するということはありえない。

 

「ん?」

 

 教室に入ってまず真っ先に一夏が感じたのは違和感だ。男一匹などという奇々怪々な立場とは言え、一か月も経てば自分も周囲もそれなりに慣れる。こうして軽い挨拶をしながら教室に入れば、一人二人くらいは同様に挨拶を返すが、今朝についてはそれがない。

そして教室全体の雰囲気もおかしい。異様なほどに気配の空白が目立つ。原因はすぐに分かった。教室の後方に集中しているのだ。

 一夏とセシリアの試合の日程が決まった時、クラス対抗戦の開催日が決まった時、双方であのような光景は見られた。理由は単純で、その胸を伝えるプリントなどが教室後方に掲示されるからだ。

そうした情報と今の状況を照らし合わせれば、また何か新しい掲示が、それもクラスの大半の注目を集めるようなものがあるということだろう。

中央列最前にある自分の机に荷物を放るように置くと、一夏も一体何の掲示があるのか確認するために教室の後方に向かう。その途中、一人自分の机に座りながら黙々と授業の準備を進めている箒をチラリと一瞥するが、すぐに視線を外す。

 

「はいよー、ちょっと俺にも見せてくれよっと」

 

 そんな風に声を掛ければ自然と通り道を空けてくれるのはこのクラスの美徳というやつだろうか。

 

「なになに? あぁ、全体トーナメントね」

 

 学年別全体トーナメント。凡そ考え得る限り、IS学園における一年間の行事の中でも特に規模の大きなものだ。

その内容は至ってシンプルそのものであり、各学年ごとで全生徒参加のトーナメント形式のIS戦を行うというものだ。ただし、二年三年については技術科として分けられている一クラスの生徒は試合への参加はせず、機体整備などのスタッフとして駆り出されるのだが、現状一夏らには関係の無い話だ。

今のところ掲示されている内容は開催とその日どりの旨だけだが、追々これにルールなど色々と追加されるのだろう。

 

「一週間がかりでやるとか、スッゲェよなぁ。祭りが一週間続くようなもんだろ、コレ」

 

 学校行事など一夏に言わせれば何であれ祭のようなものだ。限られた学園内のISをほぼフル稼働させて大半の生徒が参加するトーナメントを開催するのだ。その期間も長くなるのは必然と言うのは分かるが、それでも唸らずにはいられない。

 

「勝ち続ければなおさらだもんねー。織斑君、やっぱり勝つ気満々?」

 

 隣にいた鏡ナギが聞いてくる。愚問としか言いようがない。元より、勝負というものにおいて望むものはただ一つだけだ。

 

「当たり前だ。それ以外、何を狙うって言うんだ。ていうか、鏡にしても他の皆にしてもそうさ。やるなら、優勝狙えよ」

 

 そうはさせないけど、という一言は胸の内に閉まっておく。このクラスの内の何人が自分と戦うことになるのかは分からない。だが、やる以上は相手にも相応の気概を持ってもらいたいというのが一夏の本音である。

 

「フ、フフ……。勿論ですとも、えぇそうですとも。今度こそ、きっちり勝たせて頂きますわよ」

 

 後ろの方で不穏な気配を漂わせながらセシリアが闘志を燃やしているが、あえてあまり気にしないことにする。火の粉がこちらに飛んでこないのであれば、勝手に燃えていれば良い。

 

「あ、そういえば織斑くん。この間、なんかスーツ着てる人と歩いてたよね? あれなんだったの?」

 

「あぁあれか? いや、俺の白式作った会社の人なんだけどさ、この間の対抗戦あったろ? その時にISに記録されたデータの回収だとか、念のための点検だとか、そんなんだよ。まぁちょっとした保険サービスみたいなもんだよな。

あとは、ちょっと今後のこととかのオハナシってやつだな」

 

「今後のこと?」

 

「そう。まぁ早い話、ISのカスタマイズとか調整だよ。武装積むのはカッツカツだけど、例えば補助の設定弄るとか、パーツを一部交換するとか、そんなの。それに……いやこれはいっか。まぁとにかく、また今度来るってさ。その時に色々大掛かりにやるらしいぜ。多分、トーナメントの時の白式はこの間とはまた違う感じになってるだろうな」

 

「それって、私たちの勝ち目がもっと低くなるってこと?」

 

 苦笑いを伴ったそんなコメントに、一夏も苦笑を禁じ得ない。

大変だとは思うが、その上で頑張れとしか言うことはできなかった。

 

(そして……)

 

 チラリと、再び箒に視線を向ける。彼女もこちらを伺っていたらしいが、一夏と目が合ったことに気付くとすぐに逸らす。

目を逸らす寸前、その眉間に皺が寄ったのを一夏は見逃さなかった。どうにもご機嫌が斜めのようらしい。

 

(まったく、仕掛けてきたのはそっちだろうに。はてさて、どこまでやれるのかね、あいつは)

 

 そんなことを考えている内に自然と口元が緩む。なんだかんだで、この展開を楽しんでいる自分がいることに気付くと、そのことに対してますます苦笑をしてしまう。

 視線を箒の方に向けたまま笑みを浮かべ続けていたからか、その姿に気付いた者が首を傾げるのもある意味当然と言えることだろう。

 

「ねぇねぇおりむー。しののんの方見てたけど、どうかしたの~?」

 

 そんな間延びした声と共に尋ねてきた布仏本音の言葉に、一夏はそこで自分が少し箒を注視し過ぎていたことに気付く。

人が集まっているこの状況だ。普通に話しかけるだけの声量でも周囲の面々の耳に入るには十分である。一夏が誰かを、それも旧知である箒を注視していた。それだけのことに興味津々というように一斉に一夏の返答に耳を傾け始める。

 

「いやお前ら、がっつき過ぎだって……」

 

 その様子に一夏は軽く引くが、考えてみれば仕方のないことかと軽く嘆息する。

 

「別に大したことじゃあないよ。ただちょっと、箒と賭けをしただけさ。そう、賭けをね……」

 

 クックッと含み笑いをしながら答える一夏に周囲は首を傾げるが、別に大したことではないと言って一夏はそれ以上言おうとはしなかった。

一度掲示を見た以上、もうこの場に留まる意味はない。踵を返して一夏は自分の席に向かう。

 

(さて、あいつが一体どこまでやれるのか。まぁ見物ではあるよな)

 

 思い出すのは数日前の夜のこと。既に新たな部屋割りの下、一人部屋を満喫していた一夏の下に箒が訪ねてきた。

 

 

 

 

 

 

 

『話がある』

 

 その言葉と共に箒が語ったのは、近く行われる学年別トーナメント、つまり先ほど掲示がされていた行事のことだった。

 

『次のトーナメント、私が優勝したら……。一夏、私と、私と……付き合ってもらう!!』

 

 部屋の中というのが幸いした。これが廊下で誰かに聞かれようものなら、言葉が言葉だ。確実に騒ぎになっていた。そのくらいを予見するくらいは一夏にもできた。

そのあたりを分かっているのかと一夏はため息を吐いたが、言っても察するかどうか怪しいのであえて糾さずにいた。

 

『正直いきなりで話が見えないんだけど、なにか? 台詞から察するに、今度のトーナメントでお前が優勝したら、付き合う……それってつまりそういうことか?』

 

『他にどのような意味がある』

 

『あー、えー、えぇ~』

 

 どういうことなのコレ、ていうか付き合えとかマジかよなにそれつまり箒は俺にそうだといやいやマジかよ俺にどうしろっての。

正直なところ、どうすれば良いか本気で困ったというのが一夏の本音であった。というより、今この時に初めて一夏は箒が自分に向ける感情を知ったのだ。

 

『どうなんだ。いや、何が何でもそうしてもらうぞ』

 

『はぁ……』

 

 好意を向けてくれることはありがたいし悪い気はしなった。だが、一夏にとって箒はあくまで付き合いが少し長いだけの友人の一人という認識であり、そうした感情を抱く相手ではなかった。実際問題、この世に生を受けて早十五年と幾月、そうした感情を特定の異性に抱いたことがないのがこの織斑一夏という人間だが。

しかし、それ以上に一夏には聞き捨てならない言葉が箒の発言の中にあった。

 

『優勝、優勝ねぇ。箒、本気か? 本気で言っているのなら、その提案は却下だ。初めから成功なんざしねぇよ』

 

 思ったより口から出た言葉の口調は冷たいものだった。だが、そのことは一夏にとってさして気になることではなかった。

 

『ど、どういうことだ!?』

 

 一夏の返答は予想外のものだったのだろう。箒が狼狽えるが、それを冷めた眼差しで見つめながら一夏は言葉を続けた。

 

『色々とまぁあるけど、多分問題はこれに尽きるな。箒、お前は優勝と言ったな? できるのか?』

 

『そ、それは……!』

 

 言われて初めて自分が為そうとしていることの意味に気付いたのか、箒は言葉に詰まった。追い打ちをかけるつもりがあったわけではないが、あえて言葉にして事実を告げた。

 

『オルコット、鈴、更識、そして俺。四人だ。四人の専用機持ちが居て、その内三人は代表候補性。お前とは知識、経験、腕前が明らかに違う。俺は候補生じゃないし、三人に比べりゃ知識も経験も無い。だが、実力だけなら張り合えるだけはあると自負している。

それだけじゃない。三組の代表のグレー。やつだって確かにこの間の対抗戦じゃ全敗だったけど、それでも他の大勢の皆に比べりゃリードしてるとこはある。そしてそうした連中除いた一年の他全員。

なぁ箒。本気でその全員に、お前以外の一年全てに勝つ自信があるのか? いやあったとしてもそうはさせない。何故なら、優勝はこの俺が頂くつもりだからな』

 

『ん、なぁっ……』

 

 箒もその言葉には絶句せざるを得なかった。自分が勝つつもりだから初めから勝ち目がない。一夏はそう言い切ったのだ。

 

『ふざけるなっ! 私がどんな思いで言ったと……! ずっと、思っていたと……!』

 

 食い縛った歯の間からそんな押し殺した声が漏れた。握る拳が震えていたのは、それでも一夏の言ったことが否定できない事実であると心のどこかで自覚しているからだろうか。

だが、その様を見て一夏は困ったように後頭部を掻いた。言ったこと自体は割と本気で考えていたことなのだが、それでこのような反応をされてはこちらも対応の仕方に困るというもの。

このまま帰すのもそれはそれで後味が悪い。ならば、せめて双方に納得できる妥協点を模索するのが得策ではないか。そう考えた。

 

『ふむ』

 

 後々になってからも、一夏自身この時に思いついた案は中々よくできたものだと言えるものだった。

 

『なら箒、少し妥協しよう。条件を変えるというのはどうだ?』

 

『どういう、意味だ?』

 

『別に優勝なんざしなくて良い。だが、仮に俺と当たったなら、この俺を倒してみせろ。でなきゃ、俺より上位に食い込んでみせろ。これが第一』

 

 人差し指を立てながらの一夏の言葉を箒は静かに聞いていた。

 

『そして第二だ。これが一番肝心だな。全力を見せてみろ。お前の本気、全て、今まで積み重ねてきた武人の、剣士の何もかも。全部で俺の心を奪ってみせろ。そもそも惚れなきゃ俺は誰かと付き合うなんざしないからな』

 

『それは……』

 

 妙に回りくどい言い方をしているような気がしなくもなかったが、一夏の言葉を要約するのであれば『付き合いたかったら惚れさせろ』ということに尽きた。

 

『やってみせろ。魅せろ箒――俺をモノにしたいんだろうが』

 

 低い声だったが、同時に重さがあった。その言葉に打ちのめされたように、そして水を掛けられたように箒はハッとする表情を見せた。

 

『望むところだ。見ていろ、一夏』

 

『加減無用だ。楽しませろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなやり取りがあったのが三日ほど前の夜。それからと言えば、特に何事があるわけでもなく平穏に時は進んでいる。

果たして自分に挑むまでに至り、そして自分に勝つために箒がどこまで自分を高められるのか。そしてその時の自分と彼女の果し合いがどのようなものになるのか。考えると中々どうして心が湧くような気分になる。

まるで未知の強者というのも悪くないが、こうして考えてみると知己の人物が強くなっていく様を見て、そして自分自身で相手をするというのも良いものではないかと思う。

 

(まぁ、俺はいつも通りにやるだけだ。俺自身も白式も、万全に整えて勝ちを取りに行くだけ)

 

 その中で、箒とも戦う機会があったのであれば存分に果たしあうだけだ。その結果として自分が箒に心奪われるようなことがあれば、まぁ希望に沿ってやっても良いだろう。

 

(あーけどなー、考えると俺の中のハードルって結構高くね?)

 

 今まで形はどうであれ人が戦う様というのは、それこそテレビでやるようなボクシングだとかプロレス、柔道の五輪などもひっくるめて色々と見てきたが、どれも心から惹かれるというのはまるで無かった。

どうしてかと思えば、原因などはっきりしている。あまりにも、師の姿が強く焼きつきすぎているのだ。

 

(まぁあれかな。こう、実力的にはまるで及ばんでも、迸る若さと青春でガッツな感じでガンバー! って感じで一つ頑張ってもらうしかないな箒にはうん)

 

 完全に他人事のように心の内で箒に適当なエールを送りながら一夏は鞄から教科書を取り出す。そして今日も今日とていつも通りの日常が――

 

「今日は皆さんに転校生を紹介します。二名、新しい仲間がこのクラスに増えますよー」

 

 百と飛んで七度くらいひん曲がった感じで始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

「シャルロット・デュノアです。フランスから来ました。みなさん、よろしくお願いします!」

 

 金髪を首の後ろで束ねた少女、シャルロットが挨拶をする。顔に浮かべた満面の笑みは極めて友好的な印象を見る者に与え、自然とクラスのあちこちから自己紹介に対しての拍手があがり、程なくしてそれはクラス全員による歓迎の拍手へと変わった。

一夏もまた、最前列の席でパチパチと拍手をする一人であった。もっとも、その拍手にはさほど勢いがあるとはいえず、周りの流れに合わせて適当にやっているという雰囲気だが。

別に転校生の挨拶などあまり気にならない。気になるとすれば、転校生がこのIS学園に転校してきたという事実そのものだ。

 IS学園への途中編入というのは相当に難しい。入試自体もかなりの狭き門であるが、編入はそれに輪をかけている。

一夏が鈴から聞いた限りでは、まず第一に国家から推薦を受け、そして学園側に編入試験の受験許可に出してもらわなければならない。この国から推薦を受けるというだけでも大事だし、その後の学園側の許可もそれなりだ。

編入試験自体は内容的に通常受験のそれと変わりない。筆記試験もあれば、母国の施設などで行う実技審査もある。無論、難易度はこちらの方が上である。そこへ更に面接などが加わる。

 

 一夏が鈴より聞き及んだのはこの辺のおおまかなところである。鈴としては更に詳細を話そうとしたのだが、それは一夏自身が「もういい」と断っている。理由は単純で、とにかく至極面倒くさいということが分かれば十分で、そんな細かいところまで聞く気が起きなかったからである。

なんにせよ、今日からクラスに加わる二人はその至極面倒くさいのを潜り抜けてこの場に居るのだ。ならば、相応の能力を持っていることは疑いの余地もない。学力や人間性、そして実力。小奇麗な表現をするのであれば花が咲くと言うのだろう。そんな笑顔を浮かべているシャルロット・デュノアがその内にどれだけの実力を秘めているのか。一夏が気にするのはその一点に尽きる。

 そしてもう一人。

 

「……」

 

 無言で教室全体を見渡すような視線の少女に目を向ける。腰まで届く長い銀髪と、明らかに医療用のソレとは異なる黒の眼帯が印象的な小柄な少女だ。

隣に立つシャルロットと比べても明らかに小さいことが分かり、一見すれば小学生に見えないこともない。だが、その見た目に反して纏う雰囲気は硬質だ。シャルロットを花、ヒマワリあたりと例えるならば銀髪の彼女は氷だろうか。

 

「あの、ボーデヴィッヒさん?」

 

 中々口を開こうとしない少女に真耶が声を掛ける。そこで一夏含めクラスの一同は彼女の名が『ボーデヴィッヒ』であると知る。おそらくは姓だろう。

 

「ボーデヴィッヒ、自己紹介だ。とりあえずは名乗れ」

 

 教卓の前に立つ真耶と、転校生二人をちょうど左右挟み込むような形で教室角の入り口脇に立っていた千冬がボーデヴィッヒに声を掛ける。

 

「ヤ、ヤー!」

 

 千冬の言葉に反射的とも言える反応を示すと、慌てた様子でドイツ語での返事と共に敬礼を千冬に返す。

自分ではなくクラスの方を向けと嘆息混じりの言葉に諭され、またしてもあたふたとした様子でボーデヴィッヒは改めてクラス一同を見る。

 

「ラ、ラウリャ・ボーデヴィッヒだ!」

 

 噛んだ。

 何とも言えない沈黙がクラスを覆う。一夏は見逃さなかった。千冬の頬の筋肉が笑いをこらえるかのようにピクピクと引きつっているのを。正直、それを見て良かったと思う。見ていなければ、自分がそうしていただろうと思ったからだ。

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む」

 

 努めて何事も無かったかのように言い直したラウラに対して指摘をする者はいなかった。流石にさっきのアレを蒸し返すのはあまりに酷だと、一同が暗黙の内に了承していた。

 

「えーっと、デュノアさんはフランスの、ボーデヴィッヒさんはドイツの、候補生だそうです。ボーデヴィッヒさんはドイツ軍のIS専門部隊にも所属していて、二人とも優秀な能力を持っているので皆さんにとっては先達ということになりますね。

ですが、この学園での生活ということに関しては皆さんが先達です。お互いに色々なことで助け合って、仲良くしていって下さいね」

 

 そんな真耶の言葉に揃ってハイと返事を返す。そして改めて二人を歓迎する拍手が沸き起こる。そんな最中、ふと一夏とラウラの目が合った。

 

「……」

 

 無言でラウラが一夏の方に歩み寄り、机を挟み一夏の前に立つ。その一連の動きに従い、拍手も自然と収まる。

 

「……」

 

「……」

 

 一夏とラウラが無言で視線を交わす。互いに静かな眼差しだが、そこには僅かだが緊張感がある。それに感化されてか、自然と沈黙が広がる。

 

「お前が織斑一夏か」

 

「いかにも」

 

「私はお前を見極めたい。お前が、教官の弟であるというお前がどのような人間か」

 

「なんだ、姉貴の弟子かい。それはそれは……」

 

 それだけのやり取りをして再び二人は無言になる。誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。そんな些細な音ですら、静寂に包まれた今の教室ではよく響く。

 

「よっこらせと」

 

 そんな声と共に一夏が静かに椅子から立ち上がる。先にアクションを開始した一夏に誰もが息をのみ、特に一夏の周囲の生徒に至ってはあからさまに体を強張らせる。

 

「ふむ……」

 

 立ち上がった一夏は何をするというわけでもなく、静かにラウラを見る。身長差ゆえに見下ろす形になるのは物の道理だ。

不意に、一夏の手が動いた。静かに持ち上げられる右手はラウラの頭へと向かっていく。一体何をするのかと周囲が緊張の面持ちになるが、それに反して当の二人は涼しい顔をしている。別に手の動きに敵意や害意があるわけではない。ラウラも、静かに事を見守る。

 

 ポスッ

 

 そんな効果音が聞こえそうな感じで一夏の右掌がラウラの頭頂部に置かれる。何が目的なのか理解しかねているラウラは怪訝そうな顔になる。

そのまま一夏は高さをラウラの頭頂部からずらさずに右手を自分の胸に引き寄せる。だいたい一夏の胸の真ん中あたりで手と胸が接触した。

そこへきてようやく、一同は一夏の行動の意味を理解した。彼は、自分とラウラの身長差を測っていたのだ。

 あまりに予想外の行動にラウラだけでなく、誰もが疑問の表情を顔に浮かべる。ラウラも一夏の行動の意図を理解し、そして同じように疑問を浮かべている。

一体何がしたかったのか。その意図を聞こうとしたラウラは一夏の顔を見上げ、見下ろす一夏と視線が交差する。そして――

 

「ふっ」

 

 勝ち誇ったように一夏が鼻で笑った。一夏は同年代の男子と比較しても大柄の部類に入る。百七十後半の背丈に鍛練の証拠である筋肉は、体格だけならもう何歳かは年上に見えるくらいだ。

対するラウラは、先述したように同年代の女子と比べても更に小柄。結果としてこの二人の体格差は、文字通り大人と子供のソレであり、一夏が得意そうにしたのもそこからである。無駄なくらいにニヤリとした表情が、どうにも見ていてイラツくものを感じさせる顔だった。

 

「むぅっ」

 

 やはりと言うか、ラウラは明らかに不満そうな様子を顔に出す。だが、僅かに頬を膨らませた膨れっ面に、更に何とかして身長差を縮めようと努力しているのか爪先立ちで背伸びをする様子は、どうにも迫力というものに欠けており、むしろ幼子の微笑ましさしか感じない。

 

「あーほらほら。悪かったなぁ。機嫌直せよ、な?」

 

 とか何とか言いながら頭を撫でる一夏に、ラウラは更に頬を膨らませてムームーと唸る。それを見てますます一夏は笑みを――どう見てもからかう気満々だが――を深める。ラウラの様子を面白がっているのはもはや明らかだった。

もっとも、実際に微笑ましい様子なのは事実であり、成り行きを見守っていた教室の面々もいつのまにか緊張を解き、やはりラウラの様子をどこか微笑ましげに見ている。千冬も、どこか呆れながらも小さく笑みを口元に浮かべている。

 

「ふ、ふんっ! 良いか! 私はお前なんかに負けないからな!」

 

「おぅおぅ、威勢が良いねぇ。頑張れよ、お嬢ちゃん(フロイライン)?」

 

「むぅ~っ!」

 

 ラウラ本人は怒っているつもりなのだろうが、はっきり言って子供がむくれているようにしか見えないため、一夏もカッカッと笑いながらポンポンとラウラの頭を軽く叩く。そしてラウラはますますむくれる。見事なまでに意味のないスパイラルができあがりつつあった。

 

「あー、時間の無駄だ。デュノア、ボーデヴィッヒ、さっさと空いてる席に着け。おい馬鹿筆頭、お前もさっさと座れ。でなくば穴掘って埋まってろ。あぁ、デュノアとボーデヴィッヒは最後に何か一言あるのならば、言っても構わん」

 

 そろそろ事の収拾をつけるべきと判断した千冬がそんな声を掛ける。「へーい」と気の抜けた返事と共に一夏は素早く椅子に座り、千冬の言葉に従ってラウラも素早く動く。

 

「えーっと、僕は特にないですね。みなさん、今日からよろしくお願いします」

 

 そう言ってシャルロットは教室後方の二つある空席の一つに向かっていく。

 

(一人称が『僕』ねぇ。数馬あたりだったら良い反応するんだろうなぁ)

 

 そんな取り留めもないことを考えながら一夏は、再度教室の前方に立ったラウラに視線を向ける。先ほどとは一転、ラウラの表情からは子供っぽさが鳴りを潜め、自己紹介前の硬質さが漂っていた。

 

「仔細は省くが、私は以前母国で教官、織斑先生の教えを受けたことがある」

 

 その言葉にクラス中がどよめくような反応をする。そんな中で一夏は特に何の反応も示さなかった。

このクラスの内の何人が知っているかは知らないが、千冬が一時期ドイツでIS操縦の教官職に就いていたことは知っていたし、先ほどのラウラの千冬への教官という言葉から、彼女が当時の千冬の教え子であることは想像に難くなかった。

 

「私にとって教官の教え、教えを受けたことそれ自体は、私のIS乗りとしての誇りであり根幹だと思っている。そして今、このクラスに居るお前たちは同じように教官の教えを受けている。

このクラスの大半はIS学園(ココ)で初めてISを学ぶ者達ばかりだ。ゆえに、私とお前たちの間には確かな実力差があると私は自負している。それをとやかく言うつもりはない。だが私はお前たちに、教官の教えを受ける者として確かな意識と心構え、矜持を持つことを望む。以上だ」

 

 そしてラウラもまたシャルロットと同じように自分の席に向かおうとする。

ラウラが一夏のすぐ脇を通り抜けた直後、隣の生徒が一夏に小声で声を掛けてきた。

 

「ねぇねぇ織斑君。あんなにからかっちゃって大丈夫なの? 彼女、ちょっと怖そうだよ?」

 

「別に平気さ。あの時のあいつの反応は割と素だった。多分、ありゃ本質的には結構素直なんだろうな。ただ、それをちょっと軍人気質で背伸びさせてるようなもんさ。それに、弄ると実に面白い」

 

 ククッと小さく笑いながら答える一夏の言葉に邪気はない。本当に、ラウラを面白くて可愛げがあると評している言葉だった。

そのまま視線を後ろに向けてラウラの背を追った一夏は――

 

「あうっ」

 

 そんな声と共に床に躓いて転んだラウラの姿を目の当たりにした。

 

『……』

 

 再び沈黙が教室中に広がる。先ほどの噛みに比べてやや重苦しいのはおそらく気のせいではないだろう。

 

「……こ、この程度どうと言うこと……。ド、ドイツ軍人は狼狽えない……!」

 

 むくりと起き上がったラウラは自分に言い聞かせるように言うが、その声は微妙に震えていた。

なんとなくであるが、一組におけるラウラ・ボーデヴィッヒという少女への認識が固まった瞬間でもあった。

 

(ま、またこれから少し騒がしくなるってことかな)

 

 そんなことを思いつつ一夏は小さく鼻を鳴らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の授業はISの実機を用いての授業から始まる。一限と二限を通して行うこの授業は一組と二組の生徒が合同となって行う。

今日の内容は基本的な移動操作の確認が主となる。二クラスの専用機持ちは計五人。この五名を除いた一組二組の生徒全員を出席番号順に五つのグループに分けて専用機持ちをリーダーとしてのグループを作る。

そして教員の――今日に関しては千冬と真耶がメインである――指示を指標としてリーダーである専用機持ちがそれぞれ自分の担当するグループの生徒を見ていくという方針だ。

 なお、この出席番号順はグループ分けをする時点で素早く一夏が千冬に進言したものである。千冬もこの進言をすぐに受諾。自由に組ませたところで誰か一人に人が集中して時間がかかることになるだろうということを、姉弟揃って事前に見抜いていた結果である。

 

「さぁて、手早く始めるとするか。タイムイズマネー、修行において時間とは非常に重要な要素だ」

 

 そんなことを言いながら一夏は自分の周りに集まったグループメンバーを見回す。一夏のグループに入れたことに何かしらの期待をしているのか、明るい顔をしている者が殆どだ。それを見て一夏は苦笑をせずにはいられなかった。

 

「どしたの、織斑君?」

 

「あぁ、相川。いやさ、俺のトコに来るのがそこまで良いもんなのかとね。ぶっちゃけ、本気で上手くなりたいなら俺よりも他の四人のトコが良いんじゃないかと思ってさ」

 

 何せ自分を除くこの場の四人の専用機持ちはすべからく国家より選出された候補生。各々の国で名実ともにIS乗りのエリートの一角として選ばれた人間だ。自分のように、半ば鳴り物入りのような形で専用機を持つことになった人間とは違う。

 

「まぁ良いさ。任された以上は真面目にやらせてもらう。早いな、ボーデヴィッヒやデュノアなんかもう始めてやがる……。ほら、全員整列! 急げぃ!」

 

 声を張り上げて一夏は自分を囲むように立っていた面々を一列に並ばせる。そして各グループに貸し出された練習用の打鉄の横に立つと、その装甲を拳で軽く叩きながら言う。

 

「これから並んだ順にこいつに乗り込んでもらう。やることは単純。まずは少し歩く。次に軽くジョギング程度で走る。そしたら少しだけ浮いて軽く走らせてみろ。やりかたは機体にマニュアルがあるらしいから、それを見ろ。てなわけで、一番手相川ぁ! レッツゴー!」

 

「あ、了解!」

 

 一夏に指示を受けた相川清香が急ぎ足で打鉄に駆け寄り乗り込む。そこから動き出すまでの間にも一夏の言葉は続く。

 

「良いか、降りるときは屈んで降りろ。でなきゃ次のやつが乗れないからな。忘れたやつはデコピン一発だ。良いな!」

 

 一同揃って首を縦に振る。そこでメンバーの一人が恐る恐るといった様子で手を挙げながら言った。

 

「あの、ISがいきなり変に動いたりしたらどうすれば良いのかな」

 

「あぁ、それなら――」

 

 同時に一夏の体を一瞬光が包む。次の瞬間には光は消え去り、そこには白式を展開した一夏の姿があった。

 

「まぁそんなことも早々無いだろうが、その時は俺が止めるよ。なぁに安心しろ。周りに迷惑かかる前に俺が武力鎮あ――確実に止めてやる」

 

 今何かものすごく物騒な単語が聞こえたような気がしたのだが、気のせいなのだろうか。それはグループの誰もが首を傾げながら思ったことである。既に打鉄に乗り込んでいる清香など、微妙に引きつった顔をしている。

 

「まぁ、こういうコトに関しちゃIS以外も含めて俺はお前らよりも経験はずっとある。そこから言わせてもらうとな、多少痛みを伴った方が覚えは早い。痛みは、同時に体に叩き込まれ刻まれる証だ。あぁ、だから今の内に言っとくぞ。俺は手取り足取りなんてしない。そうさな、ちっとは痛いの我慢しろ。そして感じるんだ。『あぁ、自分は今――上達している』と」

 

『……』

 

 段々と言葉に熱がこもっていく一夏の様子にますます沈黙が深まる。

 

(もしかしなくても織斑君ってあれ? やられて覚えろとかそういうハードな体育会系?)

 

(あれだよね、どっかのゲーム的に言うなら死んで操作を覚えろとかそういうの?)

 

(……ゴメン、今になって思うと織斑君ってそういうタイプだわ)

 

(あれ、絶対自分にも他人にも厳しいってやつよね)

 

 そんなことを考える彼女らに、一夏はゆらりとした動作で視線を向ける。クックと小さく笑っているのが微妙に怖い。

 

「まぁとりあえずアレだ。俺も頑張るからみんなも頑張れ。それでみんなはとりあえず――」

 

 ゴグリと一夏のグループ全員が唾を飲み込んだ。

 

「覚悟だけしといてね?」

 

 この時、彼女らは一夏の目から不気味に光る怪光線を幻視したと言う。そして思った。もしかしたら外れくじ引いたかもしれないと。

 

 だが、そんな彼女らの予想に反して移動の練習は思いのほか平和に進んだ。確かに動きのそこかしこにぎこちなさのある者も少なからず居たが、それでも精々が軽く指摘を受ける程度で致命的なミスをする者もいない。

気が付けば最後の一人が浮遊移動をもう少しで終えるというところまで来ていた。

 

「まぁ、こんだけできれば上等か。この分なら誰がどうこうしなくても勝手に上手くなるな」

 

 そんな呟きを耳で拾い上げた少女らは静かな歓喜に身を震わせた。ひとまずの安全は確保されたと。だが、その歓喜は直後に粉微塵に粉砕されることとなる。

 

「よし、このまま刀使った練習いくか」

 

『なん、だと……』

 

 思わず絶句する少女らを尻目に、一夏は白式の通信を使って離れた場所で他のグループを見ている千冬のインカムに繋げる。

 

『どうした、織斑』

 

「あぁ先生。こっちのグループは一通り移動の動きを見ましたがね、全員及第点はイケるラインだと思うんですよ。ですので、ちょっとブレード使って細かいこととかやらせてもらっても良いですかね?」

 

『ふむ、良いだろう。ただし、その前にもう一度確認をしておけ。それと、使うなら近接装備だけだ。飛び道具は流石に許可できん。当然ながら、安全への配慮を最優先にしろ。良いな?』

 

「はい了解」

 

『結構。では精々小娘どもをしごいてやれ』

 

「アイアイマム」

 

 通信を終えた一夏は小さく口元に笑みを浮かべた。だが、その様はグループの少女らにとって、まるで悪魔が口を三日月形に開きながら笑っているようにしか見えなかった。

 

「じゃあ、もう一度軽く流してみよっか?」

 

『は、はい……』

 

 そして再び清香から打鉄に乗り込んで移動練習を行う。一人、また一人と終えていくたびに彼女らの緊張は高まっていく。そして最後の一人が打鉄から降りると同時に、一夏は口を開く。

 

「さぁ諸君、今から楽しい楽しい撃剣練習だ」

 

(それは君だけだよ!!)

 

 できるなら声を大にして突っ込みたかったが、できなかった。できようはずもない。

 

「ねぇみんな、こうなったら覚悟決めようよ。ていうか、考え方変えない?」

 

 一人の言葉に、それはどういう意味かという疑問の視線が集まる。ちなみにこの時一夏は必要なものを白式装備の上で格納庫に取りに行っているため、この場には居ない。

 

「ぶっちゃけ織斑君のブレードの使い方が凄いのは分かってるし、それに教えて貰うのは私たちにとってもラッキーって思えば……良いんじゃないかな?」

 

「なんで自信なさげなのよ……」

 

「あぁもうこうなったらヤケだわ。とことんやってやろうじゃないの」

 

「主よ、どうか我らを守りたまえ下さい」

 

 どこか悲壮感を漂わせながらも覚悟を決めつつある面々。そんな彼女らのもとに、必要なものを持ってきた一夏が戻ってくる。

 

「よーしお待たせ。とりあえず、これ使うぞ」

 

 そう言って一夏は格納庫から持ってきた日本刀型の近接用ブレードと西洋のロングソードを模した近接用ブレードの二本を地面に突き立てる。

 

「やることは至って単純。打鉄に乗ったら、この二本のうちの好きな方を使え。自分に向いていると思うやつな。途中で変えてみるのもアリだ。

なぁに安心しろ。動きの基礎の基礎くらいは教えてやる。でもって、ただひたすらに俺の剣を防ぎ続けろ。まぁ慣れれば、近接戦でならそれなりに戦えるようにはなるぜ。さて、じゃあさっそく一人目行こうか。相川」

 

 一夏に促されて清香が打鉄に再び乗り込む。その表情は固かったが、どこか覚悟のようなものを決めた目をしていた。

 

「織斑君」

 

「ん?」

 

「よろしく、お願いします」

 

「あぁ、任せろ」

 

 そして地面に突き立つ二本の内、日本刀型ブレードを手にした清香は一夏の前に立つと見よう見真似の正眼を取る。

 

「もう少し背筋を伸ばせ。それと、変に力むな。まったく力を入れないのも問題だけど、力みと脱力のバランスが肝要だからな」

 

 冷静に指摘しながら一夏もまた白式の武装である蒼月を展開し、刃を振り上げたような八相の構えを取る。

 

「じゃあ、始めようか。精々体に叩き込め」

 

 その言葉と共に一夏は一息の内に清香との距離を詰め、ここに織斑グループの撃剣訓練が幕を上げた。

 

「脇が甘い! んなザマじゃ剣弾かれて直撃くらうぞ!」

 

「打たれる度に後ろに下がるな! 腰が引けてる! それじゃあ守りも攻めもできない!」

 

「遅い! これが真剣(マジモン)使った死合い(ガチンコ)なら七回は首が飛んでるぞ!」

 

「怖がるのは良い! だが逃げるな! 恐怖を飼いならせ! 危険を察知するセンサーにしろ!」

 

「隙ありと見たら斬りに来い! いっそ死にやがれの精神で斬りに来い!」

 

「何があっても相手の気迫に呑まれるな! そうなったら後は負け一直線だ! まず第一に気合いの勝負があるんだからな!」

 

 別に拡声器を使っているわけでもないのに、広いアリーナに一夏の怒号はよく響いた。

恐怖に歯を鳴らしながらも、それでも自分を高めるためと果敢に一夏の剣に立ち向かう少女達と、その意思をくみ取ってなお押しつぶさんばかりの気迫と攻めを加える一夏の姿は、いつの間にか他の者達すべての注目を集めていた。

勿論、よそのグループに見とれて自分たちの動きを疎かにするような者はいなかったが、それでも熱の入り様という点で現状一夏らが最もであるのは明らかだった。

 

『……』

 

 その様子を無言で、そして真剣な眼差しで見つめる者達が居た。セシリア・オルコット以下一夏を除くこの場にいる四人の専用機持ち候補生である。

セシリアも鈴も、転校したてのシャルロットもラウラも、今現在このアリーナでもっとも苛烈だろう練習を行っている一夏らの姿を、真剣な面持ちで見ていた。

一夏の姿に同じく各々のグループを預かる専用機持ちとして思うところがあったのだろう。改めて自分が受け持つ同級生たちに向き直ると、一層気を引き締めた上でより上を目指すための、次の指示を下し始める。

そうして、自然とアリーナ全体の活気が高まっていく。その一部始終を見ていた千冬と真耶の教師二人は、顔を見合わせて互いに小さく笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 なお余談ではあるが、授業の終了時刻が迫ったために練習を終えた段階での織斑グループの面々を一夏が評して曰く、『さすがに候補生とか相手はきついだろうけど、それ以外の連中相手ならまぁ近接で勝てるかは知らないが負けはしないだけの下地はそこそこできたし、このままちゃんと高められれば良い線いける』と、自分が受け持った者達の呑みこみの早さにそこそこ満足げにしていた。

その評を受けて面々は、短い時間の中で少しではあるが結果が出たことに安堵すると同時に、まだこれから授業が他にもあるにも関わらず、息も絶え絶えの様相を呈していた。そして一夏はと言えば、この程度なら余裕なのは当然と言わんばかりに涼しい顔をしており、『こいつ本当に人間なのか?』と信じられないような視線を向けられるのだが、余談なので特に関係はなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで、シャルの男装について取っ払いました。それに合わせて彼女を取り巻くアレコレについても手を加える方針です。別にまるで違うようにするとかそういうのじゃないです。ただ、原作での彼女が抱える問題って冷静に考えると、処理するのがとてつもなく厄介な問題なんですよね。だからまぁ、手抜きなんて言われてしまったらそれまでなのですが、その辺について扱いやすくするというか、あまり大事にならない程度のものにしようかと思っています。多分、えらくあっさりした片の付き方になるのではと予想したり。

 ラウラについても原作よりだいぶマイルドですね。ドイツでの千冬の接し方がどうだったのか、その辺も後々で描けたらと思っています。
ちなみに、本作でのラウラは「お堅い軍人さんとして振る舞うよう頑張っているけど、実際はちょっと天然入った見た目相応の幼さがあって、割と簡単に素が出るから結構みんなに可愛がられるポジ」をイメージしています。え? 長い? すみません。

 ところで、前回の話で数馬くんを盛大に弄った結果、なんとなく彼についてこのままに放っておくのは勿体ないなぁと思ったりしました。また本編中でも出したいと思ったり。
一夏が「俺の愛は破壊の情」とか言い出さないように気をつけねばww



 ……ラウラ弄ったんだしクラリッサも弄っていいのかも……
ラウラを中距離型にしてクラを近距離にすれば釣り合い取れる。高速機動型なんてのもありだな……
戦乙女……雷速……剣舞……瑞沢さんだし……いえ、なんでもないですハイ。


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第十六話 黒兎との小突き合い

 今回はいつもより早く書き上がりました。結構スイスイ書けたので。
 あと、こちらの方でも今回からセリフ部分での行空けを無くしました。追々これまでの投稿分についても同様の修正をしようと思いますが、この件について何か意見がありましたら是非お願いします。


 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの両名が一年一組に編入してきた翌日の土曜日、その午後に篠ノ之箒の姿は剣道場にあった。

 IS学園は一般の高校で学ぶ教育課程の他にISに関する各種カリキュラムを教育に取り入れている性質上、授業などに割く時間を一般の学校に比べて多く取らねばならない。そのため、週休二日制となって久しい二本のスケジュールをベースにしていながら、土曜日も午前中のみ授業がある。

 そして授業を終えた箒は誰を伴うこともなく一人で剣道場を訪れていた。転校生の二人は編入して早々に週末の休日となったわけだが、学内の施設を把握することを考えれば丁度いいだろう。そのあたりは、本人達次第だ。彼女の行動には、まるで一切関係などない。

 学内の他の施設にも言えることだが、剣道場も高校で使用するものということを考えても破格と言っていいくらいにしっかりとした作り、充実した施設機能が備わっている。それこそ、県などの大型自治体の管理下にある公共のものと比べて遜色ないくらいだ。そんな剣道場だが、あいにく今日は部活での使用予定はない。

 IS学園における部活とは、一般高校にもあるようなものであってもどちらかと言えば同好会としての色が強く、部活としての活動があるのは平日くらいだ。基本的に土日に部活は無く、それでも活動をしたいものはご随意にというスタンスを取っている。

 

「失礼します」

 

 そんな挨拶と共に箒は道場の扉を開けて中に入る。まだ土曜の授業が終わったばかりだ。これから、部活はなくとも自分自身でという箒と同様の考えを持った生徒がチラホラと加わっていくのだろうが、まだ道場内に人気はほとんどなく、シンとした静寂が箒を迎えると同時に包み込む。

 

「来たね」

 

 だが、その静寂を貫いて凛とした声が箒の耳朶を打つ。そのことに特に驚きはしない。声の主は耳にした時点で分かっていたし、その人物がここに居ることについても、既に分かっていることだった。

 

「お待たせしましたか、斉藤先輩、沖田先輩」

「別に」

「私たちも今来たばかりだし、別に全然平気よ? なんなら、一緒に準備する?」

 

 斉藤初音と沖田司、名実ともに剣道部実力ツートップに数えられる二人が先客として道場で箒を迎えていた。

 上級生への礼を込めた挨拶に初音はいつも通りの淡白な返事で、司は箒の遅参を気にしていないと朗らかな様子でそれぞれ迎える。

 

「とりあえず、準備」

 

 そう言って初音はスタスタと歩いていく。言われてみればその通り、何をやるにしてもまずは始められる体勢を整えなければならない。道場を使えるようにする準備、自分自身が動けるようにする準備、必要な準備をするために、箒と司も初音の後を追った。

 

 

 

 

 

「今日はお呼び立てしてすみませんでした」

 

 各々道着に着替えて道場の中央に立つ。初音と司、二人の上級生の前に立った箒はそう言って頭を下げる。今日、この場に二人が居る理由は箒が呼び出したからに他ならない。上級生への礼節として、まずはそのことへの謝意を告げるのは道理というやつだ。

 

「別に。暇だし」

「ま、後輩の頼みごと聞くのも先輩の務めってね。で、どういう用かな?」

「はい。率直に言って、二人に特訓を付けて欲しいのです」

「へぇ……」

 

 特訓を付けて欲しい、そう言った箒を司は面白そうに見る。初音は無言で箒を見据えたままだ。

 

「まぁ、それも言っちゃえば上級生の務めってやつだから別に構いやしないよ。けど、わざわざこんな形で頼むってことは、ちょっとばかり事情が違うね?」

「分かりますか」

「うん、まぁね。良かったら、話してもらえるかな? 理由を聞きたいっていうのもあるけど、個人的に興味があるんだ」

 

 基本的にあまり喋らない初音に代わって司が話を進める。ニコニコと浮かべる笑顔に邪気はなく、話す相手の心を自然とほぐして会話を行いやすくする。それによってか、箒も自然と口を開いて理由を話し始める。

 

「端的に言えば、一夏に勝つためです」

「……」

「一夏……織斑君のことだね」

 

 一夏の名を口にした瞬間、初音が小さく反応を見せる。それを一瞬の横目で確認しながら、司が箒に確認を取る。

 

「なるほど、彼に勝ちたいと。剣で?」

「正確に言えば、今度行われるトーナメントです。詳細は言えませんが、私は一夏に勝つ、あるいは一夏より上位に食い込まねばならない」

「トーナメントはISでやる。剣だけじゃ、意味がない」

 

 初音が静かに箒を正す。だが、そんなことは分かっていると言わんばかりに箒は頷いて言葉を続ける。

 

「分かっています。ですが、一夏のIS戦は近接戦が基本、というより現状ではそれしかありません。ならば、ISに乗らないままでもある程度は鍛えられる。お二人ならば、その指導を仰げると思いました」

「ま、私らもどちらかっていうと彼寄りだしねぇ」

 

 初音と司の二人は剣道部の実力ツートップでもあるが、同時に二学年におけるIS戦の上位成績者でもある。そして両者とも近接戦を主体にしており、そのことは既に箒も聞き及んでいた。

 

「それに二人しか、特に斉藤先輩しかいないと思ったから……」

「どうして」

「先輩は一夏と直接手合せをした。だからこそ、『一夏に勝つため』の対策も学べるかと思い」

「そう」

 

 結局のところ、そこに収束するのだろうというのが初音と司の共通見解だった。

 初音も、箒の言わんとしていることは分からないでもない。確かに、今のところ生徒で純粋な剣術勝負を一夏としたのは自分のみだと分かっている。他の者とそのような仕合をしたという噂は聞かない。

 それに、箒の推測通りに対策を立てようと思えば立てることができる。とはいえ、それも効果があると確約できるものではないが。

 さてどうしたものかと思う。後輩の気持ちを汲んでやることは吝かではないが、向こうが求めている通りに事を運べるかは、初音自身でも分からない。

 

「やるだけ、やってみればいいんじゃないかな? 私たちだって、トーナメントに向けて調子を整えなきゃだし。私は別に良いよ」

「司……」

 

 あっさりと良いのではないかと言う親友を初音は半眼にした横目で見る。そして再び正面の箒を見る。目の前の後輩の面持ちは固い。自分がどのような返事をするのか、固唾を飲んで待っているという様子だろう。

 

「……はぁ。分かった」

 

 承諾、そう取れる初音の言葉に箒は僅かに表情を明るくした。

 

「ただ、今の内に言っておきたいことがある。いい?」

「は、はい」

 

 一体どのような言葉が出てくるのか。再び表情に緊張を浮かべる箒だったが、特に気に留めずに初音は利き手である左手の人差し指を縦ながら言う。

 

「一応やる以上はこっちもやれる限りのことはする。まず、彼への対策云々の前に最低限それなりの順位に食い込めるくらいにはなってもらう。だから、私たちのIS訓練にも付き合ってもらう」

「それは、むしろ願ってもない話ですけど、それなりの順位が最低限とは……」

 

 疑問を浮かべる箒に答えたのは初音ではなく司だった。

 

「あぁそれね。ほら、彼は専用機持ちでしょ? だから、一応トーナメントにもシード権があるんだよ、多分ね。まぁ、そこまで一足とびってわけじゃないんだけどね。ただ、それでも例年専用機持ちは上位に入ってるし優勝もザラって言うから、やっぱりそこそこの順位に行く実力は必要だよ。

 ただ、今年の一年生は専用機持ち多いらしいからね。今はたしか六人でしょ? まぁ驚き桃の木だけど、多分専用機組は何かしらがあると思うよ、何かしらウン」

「どちらにせよ、それ相応の実力が無ければ対策も意味がなくなる。レベルに差があり過ぎれば相性が関係なくなるのは割とよくあること。そういう意味でも、それなりになってもらわなきゃならない」

「……分かりました。全力は、尽くします」

「じゃあ、今のところはそれで。とりあえず、今日は延々立会い形式でもする?」

「私は構いません」

「篠ノ之ちゃんに同じく」

 

 ならそれでと言って初音は手に持っていた自分の木刀の柄を握りなおす。箒も、司も自前の木刀は用意してきており、二人も初音に倣って木刀を持ち直す。

 

「あの、二人に聞きたいのですが、二人から見て一夏の剣はどうでしたか?」

 

 それは今日ここで二人に会ったら聞いておきたいと思っていたことだ。中々問う機会が無かったが、今が頃合いだろう。

 

「彼の」

「剣?」

 

 そこで初音と司は互いに顔を見合わせる。司が顎で初音をしゃくって「言いなよ」と促す。

 

「じゃあ、私が言わせてもらう。正直言って驚いた、あの剣術自体が。なんというか、邪剣だけど真っ当な剣?」

「邪剣で、真っ当?」

 

 まるで矛盾しているとも取れる評価に箒は目を丸くするが、まだ初音の言葉には続きがあることを悟ると黙ってそれを待つ。

 

「邪剣っていうのは、彼の剣の狙い。アレは、急所だけ狙ってる。まず第一に、人を切り殺してなんぼの剣。今、あちこちにある古流にもそういう殺人剣要素があるのはそこそこあるけど、多分あれはソレしかない。相手を殺す以外をまるで考えていない。だから邪剣。

 でも、実際に相手をした感じ、あれはちゃんと技術を積み重ねて伝えてきたっていう流派だとも思う。だから、そういう意味では真っ当」

「なるほど……」

 

 得心いったというように箒は頷く。確かに、それでは邪剣というより他ない。殺人というある種の禁忌のためだけにしかないなど、他にどう形容しろと言うのか。

 だが、なるほど確かに言われた通りだ。視点を変えてみれば、歴史の中で技術を積み重ねながら連綿を受け継がれてきたというのであれば、そういう意味では真っ当とも言える。

 

「まぁ、そんなことは今は割とどうでも良い。それは、もっと上のレベルになってから考えれば良い。弱い内は、そんな理念だの良し悪しなんて語れない。あぁ、別にあなたが弱いってわけじゃない。ただ、彼と比べればって話」

「……確かに」

「あぁ、私からも言っとくよ、篠ノ之ちゃん。その彼のレベルだけどね、ちょっとやそっとじゃあ追いつくなんてできないよ。そりゃあ、才能はあるのだろうけど、それにきっちり生半可じゃない訓練叩き込んでるはずだから。動き見れば一目だけどね。基礎にしたって、ガッチガチに固めてるはずだよ」

「それは承知しています。私も、そのことは知っていますから。今でも、毎日基礎トレは欠かしていないようですし」

「となると、こっちも相応に腰を入れるべき。篠ノ之、すぐに始める。何はともあれ、まずは底上げが必要」

 

 言うや否や、初音は目を細めて箒を見据える。一夏のような押しつぶそうとするものとは違う、刺すようなプレッシャーを感じて箒も反射的に構える。

 

「まずはどれくらいにできるか見せてもらう。剣道全中優勝とか言ってたけど、それでどこまでやれるのかも。斉藤初音、参る」

「望むところです。それに、剣道ばかりではありません。篠ノ之流、篠ノ之箒、参ります!」

「やれやれ、二人ともいきなり? 私が先に篠ノ之ちゃんの相手をするって案は浮かばなかったの?」

 

 一気に木刀同士を打ちつけ合う二人を見ながら司は苦笑を漏らす。とは言え、始まってしまったものは仕方がない。ならばせめて、じっくり観察して後で適切な助言を与えられるようにするのが良い。そう思い、司は二人の動きを静かに見つめ始めた。

 

「そういえば、件の彼は一体今どこで何をしているのかなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たばっかりの転校生といきなり試合ねぇ。ねぇセシリア、誘ったのはどっちなわけよ?」

「わざわざ言う必要がありまして?」

「そーよねー」

 

 ほぼ同時刻、セシリアと鈴の二人はアリーナの一つ、その観客席に腰かけながらまるで天気の話をするような調子で話す。

 二人の視線が向く先は同じだ。アリーナの内側と観客席とを遮断するシールドによって物理的に阻まれているものの、見えているのだから問題は何もない。

 二人が見つめる先では空中でぶつかり合う二機のISがある。片方は白、片方はオレンジだ。白い方はもはや言うまでもない。織斑一夏が専用機、白式だ。

 ではオレンジ色の方は? それこそ、ただしくIS学園における新顔を言って過言では無いだろう。事実、鈴とセシリアだけでない。観客席に居る他の生徒、あるいは訓練機を纏ってアリーナに居る生徒、その大半の視線を集めている。

 機体名を『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』と言う。学園の訓練機の片割れでもあるフランスはデュノア社製第二世代IS『ラファール・リヴァイブ』のカスタムタイプだ。

 当然ながら訓練機ではない。そもそも、広く使われていることから打鉄と並んで便宜的に汎用機と称されるタイプのラファールいえど、カスタム仕様となればそれは専用機以外に他ならない。そしてその操縦者はシャルロット・デュノア。先だって一組に編入を果たした、フランスの代表候補生である。

 

「確かさ、この間の対抗戦の時に一夏が負けた四組の代表いたじゃん?」

「更識さん、ですか?」

「そうそうそいつ」

 

 遥か上空で激突を繰り返す二機のISを見ながら鈴とセシリアの会話は続く。

 

「なんて言うか、あの転校生の戦い方って、その更識って子に似てない?」

「そう、ですわね。見たところ、機体の特性を十全に活かしたオールラウンダーのようですから。ただ、あの更識さんとは違ってその場その場の戦術重視と見ますが」

「でも、あの子に近いスタイルっていうなら一夏にとっては苦手ってことよね――あ、ショットガン。ありゃあ嫌よねぇ。絶対一夏も嫌そうな顔してるわよ」

「面での攻撃ですものね。それも弾が一つというわけではありませんし。あればかりは切り払うなんてこともできないでしょうから、かわすしかないですわね」

「一夏も何とか懐に入り込もうとしているみたいだけど……」

「おそらく、デュノアさんもそれを一番警戒しているのでしょうね。現状、近接格闘戦においては既に彼は一年随一とも言われていますもの。ねぇ、凰さん?」

「それ、あたしへの当て付け? いや、実際勝てなかったのは事実だけどさぁ。まぁでも、地面に足がついているわけでもないのに一夏もよーやるわ。ていうか、多分あのデュノアって子、地上で一夏に近づかれたら半分詰み、チェックかかってるわね」

 

 真正面から突破することは愚行と判断したのか、一夏は大きく旋回しながらシャルロットの裏を取ろうとする。当然ながらシャルロットもそれを易々と許すはずがなく、一夏が彼女に迫る頃合いを見計らって的確に射撃を撃ちこんで妨害をしていく。

 不意に一夏の姿がブレた。直感的に視線を逸らしたシャルロットの視界に、彼女から見て右側から迫ってくる一夏の姿が入る。直前に爆発音のようなものが聞こえたから、スラスターの噴射を利用しての移動だろう。表現するのは至極簡単だが、IS操縦に関わってそれなりに知識を持っている者なら一夏の行ったことに少なからず驚きを抱くだろう。

 一夏は左右のスラスターの片方のみを使って移動をした。別にそれでも加速する分には問題ないが、左右両方を使用するのに比べて安定性は遥かに劣る。使っていない片方の分を補おうと出力を上げれば猶更にだ。そして、その不安定によって機体が明後日の方向にすっ飛ばないようにするために、PICなどの利用やスラスターの向きの調整など、同時に複数の制御が乗り手に求められる。

 片方ずつのスラスターを用いて連続の加速を行う個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)という、IS保有各国でも最上位の乗り手の間でも高難度技能と認識される加速技術があるが、一夏のやったことはそれに連なる。

 一夏が既に経験の浅さに見合わない戦果と能力を示していることをシャルロットは知っている。だが、まさかこんなことまでやってのけるとは。知らず冷や汗を流していた。

 

「多分、デュノアの方もさぞビックリしたでしょうね。ていうか、あたしも軽く驚いてるもん」

「何せリボルバー・イグニッションのきざはしみたいなものですからね。わたくしも同感ですわ。ただ凰さん。実は彼、私との試合で織斑先生のあの超加速を使ったんですのよ。それも初のISの試合で。一週間そこらの経験しかないのに」

「マジで? うわちゃー、無茶苦茶なのも大概にしときなさよね、あいつ」

 

 心底呆れたと言わんばかりの鈴にセシリアも同意せざるを得ないのか、ヤレヤレと言いたげに小さく嘆息する。

 

「それで凰さん。先ほどの、地上で近づかれたら詰みというのは、どういう意味ですの?」

「あぁそれ? いやさ、確かにあの子はかなりの腕前よ。ただ、近接戦ならあたしでも分があるの。というか、あの子の場合はナイフで相手の攻撃を受け流して、それで銃器に変えて攻撃って感じだし」

「あの高速切替(ラピッド・スイッチ)がかなり効いていますわね。見るに、かなりの装備を積んでいるようですが、それもあの技能あってのことでしょう」

 

 装備の量子格納、並びに展開の間にあるタイムラグをほぼゼロにするのがセシリアの言う高速切替(ラピッド・スイッチ)である。

 機体の性質上、装備に限りのある鈴やセシリアにはやや縁遠い技能ではあるが、様々なバリエーションの装備を特徴とする、シャルロットが駆るラファールに代表される第二世代機ではその技術の有無で実力に確かな差が出るとまで言われる高度技能の一つだ。

 

「まぁラピッドはこの際置いといて、まぁナイフなわけじゃん? 多分あの子、近接もそれ相応にできるけど、専門って感じじゃないのよね。だから、そこに徹底して持ち込めばあたしでも多分押し切れる。で、それが一夏なら猶更。多分、下手したらかわすとかできずに一気にズバーッって斬られるんじゃない?」

「ですが、今のところデュノアさんは織斑さんの攻撃に対処をしていますが」

「そりゃあんた、アレよ。単に一夏に制限が掛かってるってだけ。あたしも、IS乗り始めてようやっと学んだって感じなんだけどね、格闘って足腰が重要なのよ。特に、地に足が着いているかどうかなんてその最たるもの。一夏もきっと、内心空中戦には文句ダラダラよ。あいつの培ってきたものの内の、どれだけを発揮できてるか分かったもんじゃない。

 つまりあたしが見立てるに、空中という一夏が十全に実力を出せないフィールドで、逆にいつも通りにやれるデュノアがやっと一夏の相手をできるの。これで一夏の得意なフィールドに入ったら、多分すぐに片がつくわよ。近づかれたら、ほぼ一気にね」

「なるほど……」

「まぁ、不得手をいつまでもほったらかすなんてマネ、一夏がするわけないし楽観はできないけどね。だから、あいつがそこらへんどうやって対応するのかは、結構気になる」

 

 鈴の言葉は冷静だ。見知った間柄、同じ学び舎で励む友同士とは言え、その立場の最たるIS乗りとしては紛れもないライバルだ。そのあたりは、鈴もきっちり割り切る心構えはできていた。

 

「まぁ、一夏の場合は近接戦もテクニック重視だからね。あたしみたいに重量系の武器を叩きつけるようなのは空でもあんまり影響無いんだけど」

「とりあえず振れば何とかなりますものね」

「そうそう。あたし小難しいのは苦手だからさ。単純なんて言われるのは癪だけど、結構性に合ってると思ってるわけよ」

「得手不得手は人それぞれですわ。凰さんがそれで良いというならそれで――織斑さんが仕掛けに入りましたわね」

「思いっきり横に振り回してから瞬時加速で突撃ね。まぁよぉやるわと、あぁ一気に一夏攻めてるわね。地面踏んで腰入れてるわけでもないのに、よくもまぁあそこまでやれるわ」

「おそらくですが、PICを何かしら使っているのでは? それで体を制御しているとか」

「確かに、あいつならそんくらいやるわね」

 

 最初にIS装備であるナイフで一夏の一太刀を受け流した時、シャルロットは背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。

 理屈などよりも先行して、直感や本能、そういった領域で危険度合いを察知していた。斬りこんでくる刃の鋭さ、ナイフ越しに伝わってくる重さ、どれもが生半可なものではない。

 候補生二人を下し、早くも一学年近接戦のエースにして学園のダークホースとされる評に偽りなしということを実感させられた。

 正直な所、最初の一撃も流せたのは運が良かったからと言えるとシャルロットは思っている。そして下した結論は、例え防御や回避に徹そうが一夏の得意とする領域、すなわちクロスレンジでの戦いを行ってはいけないというものだ。

 例え耐えることができても、遠からず限界が来て守りを抜かれ、無防備となったシールドに刀の直撃を受けるビジョンを容易に想像できたからだ。ゆえに、今この状況は最悪と言っても過言では無い。

 

(早く、離れなきゃ……!)

 

 両手で持ったナイフで一夏の太刀筋を何とか捌きながら思う。こちらは二本、しかもナイフという取り回しの良い武器で、単純手数なら上回れるはずなのにそれでも守りに徹してなお追いつけるか怪しい一夏の剣捌きには驚嘆を禁じ得ない。

 聞きしに勝るとはまさにこのことだ。正直、評判そのものに『もっと上方修正を掛けとくべし』と文句をつけてやりたいくらいだ。

 今も断続的に金属音を響かせ、火花を散らしながらこちらのナイフと削り合う一夏の刀を前に、シャルロットは次の手を考える。

 というか、彼はもしかしてこれが互いの腕前を確かめる軽い手合せということを忘れているのではないだろうか? あれだろうか? いわゆる始まると手に負えないとか、そういう系の人間なのだろうか。

 上段からの一撃が振り下ろされる。何とか体を捻ってやり過ごす。目の前を刀が通り過ぎた瞬間、その一撃に込められた気迫とも言うべき圧力に息を呑みかけたが、そこでシャルロットは一つの機を見つけた。

 刀を振り下ろしたことによって、一夏の腕は大きく下がっている。ここから元に戻すには、僅かだがタイムラグが生まれることは間違いない。

 好機と見るや否や、シャルロットは右手に持っていたナイフを放り捨てる。高速切替を使えるとは言え、しまう時間も惜しい。ナイフが手から離れると同時に、空いた右手に大型のショットガンを顕現させる。近距離から直撃させれば、ISだろうが他の兵器だろうが軽くない損害を与えられる代物だ。

 

王手(チェック)!」

 

 そう言って一夏の眼前に銃口を突きつけながらシャルロットは宣言する。

 

「やるな」

 

 IS用であるため、通常の拳銃などとは比較にならない大きさの銃口、その奥に広がる暗闇を前にしても一夏は涼しい顔でそういうだけだった。

 

「けど、果たしてそいつを撃てるかな?」

「っ!」

 

 不敵さを含んだ一夏の言葉を訝しむより早くそれに気づいた。一夏の刀、その刃が下からショットガンに添えられている。

 一体いつの間に、その驚き混じりの疑問を口にするより早く一夏が言葉を続ける。

 

「銃は引き金引けばそれでオーケーさ。けど、その直前に筋肉の動きだとか目の動きだとか、そもそも『撃つ』っていう意識だとか、小さいけど結構なサインがある。悪いが、多少離れてようが俺はその辺見切る自信はあるからな。

 お前がそのサインを発して、引き金引き終わるより早く、ショットガン(そいつ)を真っ二つにしてやるよ」

 

 はったりを疑った。だが、はったりと断言するには一夏の言葉には自信があり溢れていた。それこそ、傲慢や不遜を感じるほどに。

 

「ま、頃合いだ。今日は試し、この辺で切り上げしよう。今このシチュエーションの結果がどうなるかは、また別の機会に確かめようぜ」

「……そうだね」

 

 何はともあれ、ひとまず今のところはここで一区切りを付けよう。そう考え、シャルロットは一夏の提案を受け入れた。

 

 

「あ、切り上げたみたい」

「では、わたくし達も――どうします?」

「いや、どうするってあんた、あたしに聞かれても困るわよ。ねぇ、あんたここのアリーナの使用許可貰ってた?」

「いえ。今から、大丈夫でしょうか?」

「ん~、まぁ何とかなるんじゃない? 一応あたしらは自前のISあるし。ちょっくら、あたし達も何かしら混ぜてもらおうじゃないの、あの二人に」

「では、まずは先生がたに許可を頂きに参りませんとね」

 

 互いに確認し合って二人は席を立つと管制室に足を向ける。別に何をしようと明確な計画立てをしているわけではないが、一夏とシャルロットの下に行くにはアリーナに入る必要がある。その許可を教員に貰うためだ。そして二人が観客席を去る間に手合せを終えた一夏とシャルロットが地上へと降りる。

 

「まずは見事、というべきかな。さすがは候補生、と言ったところか。あぁ、実に大した手並みだ」

「ならそっちこそ、と僕も言っておくよ。いやぁ、データや人づての話なんてあんまり当てにならないね。聞いてたよりも、よっぽど凄かったよ」

 

 互いに互いの腕前を讃え、そして二人は同時に噴き出すように笑う。何となく、今のこの状況が面白く感じられたからだ。

 

「そういえばデュノア、試合の時に武装を変えるのがやたら早かったけど、あれは何かのテクニックか?」

「うん、高速切替(ラピッド・スイッチ)って言うんだけどね――」

 

 そして先述したような内容でシャルロットは高速切替についての説明を一夏にする。その内容に一夏も時折相槌を打ちながら、興味深そうに耳を傾けている。

 

「なるほど、武装の切替におけるタイムラグをほとんど無くすことで、よりスムーズに次の攻撃に繋げられるわけか」

「うん。やっぱりそのラグで警戒されたりするからね。それに、いきなり装備が変わるから半分奇襲みたいに攻めることができるんだ」

「だが、やっぱり簡単じゃないんだろう?」

「そう、だね。僕も初めからできたわけじゃないし、それにやっぱりそれなりにセンスって言うのかな。そういうのが必要な部分もあるなって、使ってて思うこともあるから。ただ、やっぱり僕としてはできるのはかなりプラスになってるね」

「ナイフ、アサルトライフル、マシンガン、グレネード、ショットガン、一体幾つ積みこんどる。察するに、元の装備幾つか外してその分装備を積んでるな? あぁ、確かにその高速切替は強力と言わざるを得ないな。うまく言えんが、その機体の特性って言うのか。そいつを十二分に引き出せてると俺は見るよ」

「ありがとう、って言いたいけどそれより驚いちゃったかな。よく分かったね、僕の機体のカスタム」

 

 一夏の指摘は紛れもない事実だ。シャルロットのラファールは元々装備されている実体盾など幾つかの基本パーツを外し、その分を他の装備を積み込み、更に通常のラファールよりもやや高速戦に対応できるようにしている。

 

「いやさ、ラファールの見てくれ自体は学園ので覚えてるつもりだからな。その違いとか、その辺からちょっと予測立てたんだけどよ。実際のとこ、幾つくらい積んでるんだ?」

「一応二十前後かな。積み込む武装のサイズでちょっと変わったりするけど、大体そのくらい」

 

 具体的な数字を聞き、一夏はカーッとまるで参ったと言うように額を抑えながら天を仰ぐ。

 

「また大した数字だな。多くても五つ六つ程度と聞くが。いや、大したもんだ。で、割と万遍なく使えるんだろ? 大したやつだ」

「ん~、まぁ僕としてはこの倍くらいあっても良いんだけどね」

「いやいやお前さんそれは多すぎだろう」

「そうかなぁ。でも、今でもまだ満足しきれてないんだよねぇ」

 

 そう言いながら困り顔で小首を傾げるシャルロットの姿は、何も知らない者が見れば元々の器量良しもあって可愛げに見えるのだろうが、その発言の内容は中々に物騒だ。

 一夏もシャルロットの言葉にコメントに困るような顔をしているが、それでも自分の戦い方に何を求めるかは各個人次第であり、自分がどうこう言うようなことではないと割り切りを付ける。

 

「そういえば、織斑くんのISって第三世代機だっけ?」

「いんや、確か三世代『相当』だと。機体のスペック的には高いけど、何せ装備が切れ味の良い刀一本だからな。オルコットや鈴、二組のクラス代表やってる中国の候補生だけどな。あいつらみたいな曲芸みたいな武装はねぇよ」

「へぇ。けど、いずれはそういうのも搭載するのかな?」

「さぁ? 何せその辺は技術屋の領分だからな。俺は、ただ勝つだけだよ。ただ――」

「ただ?」

「いや、何でもない」

 

 一夏が思い出すのは対抗戦の翌日のことだ。白式の整備も兼ねた川崎を始めとする倉持技研の技術者達との面会での一幕が鮮明に思い出される。

 一夏と川崎、そして倉持側の技術者もう一人の計三人のみで行った、『倉持技研』から『白式専属搭乗者』への説明で一夏が聞いた内容の一つ。

 シャルロットとラウラが転校してきた朝にクラスの数名に話した白式の再びの調整、その際に可能であれば搭載を検討しているシステムがあるいはその『第三』に当てはまるのではないかと思う。

 その時は一部のパーツの交換の提案や、交換するパーツの候補の説明などもあったが、やはりそのシステムの話が一番印象に残っている。何せ、その概要を聞いた時はまるで運命と錯覚するほどに自分に合っていると思ったくらいだ。実現の可否はまた別として。

 それを思い出したわけだが、殊更吹聴するような内容でもないため、適当にお茶を濁すことにする。

 

「ただまぁ、やっぱりあれだ。お前は大したやつだと思うよ。素人目でも、お前が自分のISの性能を思いきり引き出せているって分かる。『機体の性能差が絶対的な戦力差じゃない』なんて有名な台詞があるが、まさにソレだよな。あぁ、そこは素直に敬意を表するよ」

「いや、ハハ……。なんか照れくさいね。けど、ありがとう」

「いやいやなんの。そういうやつに勝ってこそ華、俺の格も上がるというやつだ」

「あぁ、うん……」

 

 褒められるのは悪い気はしないが、まさかそのすぐ後に自分がいずれは勝つ的な宣言をされるとは思っていなかったのか、シャルロットは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「噂には聞いていたけど、織斑くんって結構勝ち気なんだね」

「いやさ、確かに否定はしないけど、仮にも勝負事に身を置いているんだ。なら、勝ちを狙って何が悪い。実力差があるから初めから勝てないだと? まぁ確かに結果をどうやっても覆せない場合はあるし、そこに関しちゃそういう結果になる覚悟も必要だろう」

 

 一夏の観点で言うならば、自身と師がまさにそうだ。現状、逆立ちしようが太陽が西から昇ろうが、師に挑み勝てる見込みはない。だが――

 

「なんて言うんだろうな。それで始めから何もかもダメってつもりも、嫌なんだよなぁ。どうせなら、ダメ元でも勝つつもりでいかんと」

「……」

 

 戦いに臨む己の矜持、その一端を語る一夏の横顔をシャルロットは静かに見つめている。

 

「あぁ、ただはっきり言わせて貰えばな、デュノア。俺は、お前にだって勝つ見込みはあるよ」

「本当に、言うことに遠慮がないね。そのあたり、聞いていた通りだよ」

「ふっ……」

 

 小さく笑みを浮かべる一夏だが、すぐに口元を真一文字に引き締めると、目つきを鋭いものとする。その明らかな表情の変化はシャルロットも目にしていた。

 

「どうしたの?」

「あぁ、ちょっとな。俺に用があるやつがいる」

「え?」

 

 どういうことかシャルロットが尋ねようとするより早く、一夏は後ろを振り向くとアリーナの一角、アリーナ内に突き出したピットの上に視線を向ける。

 

「よう、どうしたお嬢ちゃん」

『その呼び方は、止めて欲しいのだが。私はお前と同い年だぞ』

「あぁいや悪い悪い。いやいや、中々に可愛らしい見てくれしてるからな」

 

 オープンチャンネルの通信で行われる会話はシャルロットの耳にも入ってくる。一夏の視線の先にいる通信相手は、目で見て確認するより早く理解した。

 シャルロットと同じ一組への転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこに居た。専用機であろう黒いISを身に纏い、上から見下ろすような形で一夏とシャルロットの二人に視線を向けている。

 

(あれがドイツの……)

 

 一夏から数歩後ろの位置に佇みながら、シャルロットはじっくりとラウラのISを観察する。確か機体名はシュヴァルツェア・レーゲン。日本語にするなら『黒き雨』だ。

 現状欧州各国で開発されている第三世代型ISの中では性能面では随一と言われており、IS絡みでの欧州におけるドイツの発言力強化に確実に影響を与えるだろうと言われているシュヴァルツェア・シリーズの片割れである。

 機体それ自体については前々から知っていたし、その専属搭乗者であるラウラについても、直接的な対面はこの学園が初めてだが、知っていた。だが、シュヴァルツェア・レーゲンの実物を見るのはシャルロットにもこれが初めてだった。

 

『まぁ、戯言はこの際どうでも良い。織斑一夏、お前に用がある』

「へぇ? 何かな?」

『簡単な話だ。私と勝負しろ。この国では、目が合ったら勝負すると聞いている』

 

「……え?」

『え?』

 

 僅かに間を置いて呆けたように首を傾げる一夏に、ラウラも自分の発言に不備があったのかと首を傾げる。シャルロットも状況をよく分かっていないのか、不思議そうな顔で二人のやり取りを見守っている。

 

「あー、いや待てちょっとタイム。あのね、勝負は良いんだよ勝負は。けど、目が合ったらってどういうことだよ。いつから日本はそんな世紀末になったんだよ」

『ぶ、部隊の部下が言っていたぞ。この国では目が合ったらその者の下に寄って勝負をすると。そして敗者は勝者に賞金を差し出すシビアなものだと。嬉しそうに教えてくれたぞ』

「今すぐその部下ここに呼んで来いしばいてやる。それは世界的に有名な携帯で獣なRPGの世界だけだ。ていうか嬉しそうにって絶対面白がってるだろソレ」

『ち、違うのか!?』

「違います」

 

 まさか自分が正しいと思っていた作法が間違っていたと知って慌てるラウラに、一夏はやんわりと間違っていると指摘する。

 

「まぁアレだ。この国、この学園で何か分からないことあったら素直にクラスの奴なり先生なりに聞け。なに、転校生だからって言うんで素直に教えてくれるさ」

『う、うむ……。では、改めて言わせてもらおう。織斑一夏、私と勝負をしろ』

「あぁ、そういえばそうだったな。勝負はISで、今からここで。そういうことか?」

『そうだ』

「あー」

 

 さてどうしようかと言うように一夏は周囲を見回す。アリーナには他にも訓練機を用いての自主練習に励んでいる生徒が複数居る。先ほどのシャルロットとの模擬試合の場合は、予め彼女らにも連絡をして互いに配慮しあっていたが、この場合はどうなるか分からない。

 立て続けでこちらの都合に合わせてもらうのも悪いとは思うし、何より直感が告げている。ラウラとやり始めたら、互いにガチに入ると。とすれば、今は決して適した頃合いとは言い難いだろう。

 

「あー、お前の要件は分かった。俺としても悪くない申し出ではあるんだけど、ダメだ」

『何故だ』

「まぁ簡単に言えばTPOが整ってないって言うか。周りに迷惑掛かるし、なんつーかタイミングが違う気がする。もっとこう、ちゃんとした時と場合っていうのが別であると思うんだよ」

『確かに。言われてみればそれもそうか……』

 

 一夏の言うことも道理だと言うように、ラウラも頷く。

 

『すまない、邪魔をした』

 

 それだけ言ってラウラは踵を返して場を去ろうとする。だが、心なしかその姿は僅かに気落ちしているようにも見える。それを見て一夏はふむ、と呟いて立ち去ろうとするラウラの背に待ったの声を掛けた。

 

「ちょい待ち。一つ妥協案が思い浮かんだ」

『なんだ?』

 

 呼び止められたラウラは足を止めると再度一夏に向き直る。

 

「まぁ本格的にやり合うのは無理だが、一手だけ合わせるのはできるだろ。互いに一回ずつ仕掛け合う。そういうのはどうだ?」

『なるほど。良いだろう、その提案を受けよう』

「よし、じゃあちょっと準備を――っとちょうど良い」

 

 どこか比較的空いているスペースは無いかとあたりを見回した一夏は、諸々の準備を終えてISを纏いながらこちらに向かって来るセシリアと鈴の姿を見つける。

 二人を呼んだ一夏は、すぐに状況を説明して手伝いを願う。

 

「で、あたしらは何をすりゃ良いの?」

「いや、大したことじゃない。俺とボーデヴィッヒを囲むような感じで、他の奴らが入らないようにしてほしい。ついでにそのまま俺らの動きを見ていてくれ。後で意見を聞きたい」

「分かりましたわ。ドイツの新型、わたくしも興味があります。そのお手伝い、させて頂きますわ」

「あ、じゃあ僕も一緒にやるよ」

『話は纏まったか? あのあたりが空いているようだが、どうだろう?』

 

 そうして手早く話を纏めた一同はラウラが示した場所がちょうどいいと見計らい、揃ってその場所に移動する。そして、距離を取った上で一夏とラウラが一直線に向かい合う。地に足を着けた一夏とラウラに対し、二人を囲むようにしてセシリア、鈴、シャルロットの三人が空中で待機している。

 

「じゃあ、ルールの確認するぞ。基本的に攻撃を仕掛け合うのは一度ずつ。ただし、この距離と俺のISの武装から分かるように、俺は一度お前に近づく必要がある。だから、俺の接近に対してのお前の妨害は問題ないとする」

「あくまで妨害であって、明確な攻撃でないものは構わないわけだな」

「あぁ。そうさな、ライフルがあったとして、死に腐れ上等なヘッド狙いは一度きりだが、動きを止めるために足を狙うとかは特に回数制限無し、こういう解釈なわけだが」

「了解した。そういえば、そちらの武装は剣だが――」

「一応寸止めにするけど、それ以外はマジだぞ」

「いや、それで構わない。私は問題ないが、そちらは?」

「いつでも。タイミングは自由だ。お前から仕掛けてきても良いし、あるいは俺から動くなんてこともあるかもしれない」

「分かった」

 

 それっきり二人は無言になる。一夏は蒼月を居合のように構えたままラウラを睨み、ラウラもまた特に装備を手に持ってこそいないが、僅かな隙も見逃さんと言わんばかりに一夏を注意深く見つめている。

 

(デュノアから機体の名前だけは聞いたが、それっきりだな。そういえば前にオルコットがドイツは相手の動きを止める装備がどうの言っていたが、仮にそうなら一番食らうわけにはいかん)

 

 自分の記憶にある限りある情報を引っ張り出しながら一夏はラウラとそのISについての考えを纏めていく。

 

(気になるのはあの右肩の筒、察するに大砲の類か。切り札が例のストップ兵器だとして、ダメージソースはあの大砲と考えて良いな。となるとやはり、仕掛けるとしたらあの大砲か?)

 

 僅かに横に立ち位置をずらし、腰に添えた蒼月の位置も微妙に調整する。

 

(僅かに動いたな。私に届きやすくするためか?)

 

 にらみ合いの最中に相手について考えているのはラウラも同様だ。

 

(日本のISは開発思想に教官の影響が大きい。やつのISも明らかな近接格闘型。ならば、やはりあの剣が最大の脅威か)

 

 今は自分の担任をしている、自分にとって最大限の敬意を持てる人物のことを思い出しながらラウラは白式を見定める。

 

(確かに剣の威力は、教官のアレほど脅威ではないやもしれない。だが、油断は禁物か。やはりアレで止めるのが最善――)

(真に脅威は大砲じゃないな。目に見えない物ほど恐ろしいとは、よく言った――)

 

 不意に銃声が轟いた。別に特別なことは何もない。ただ、同じアリーナ内の離れた箇所で練習をしていた生徒が、装備していたライフルで的を撃ったというだけの話である。

 だが、緊張状態にあった二人にとってこの銃声は、きっかけとしてあまりにも過ぎたものだった。

 

「っ!!」

 

 先に動いたのは一夏の方だった。瞬時加速は使わない。だが、可能な限りスラスターを強く吹かし、一気に機体を加速させてラウラへと迫る。

 彼我の距離は数百メートルはある。それでも、白式の速度を以ってすればさほど掛からずに詰めることが可能だ。だが、その間を何もせずに呆けるほどラウラは愚鈍ではない。

 一夏が動いたと確認するや否や、半ば反射的に機体に指示を下していた。

 

 ガゴンッ

 

 そんな重い音と共に右肩の大筒が動く。一夏の見立て通り、それは大砲だ。だが、ただの大砲ではない。火薬を用いずに、火薬を用いるより速く砲弾を飛ばすソレはレールガン。まさに技術進化を体現したような代物だ。

 量子変換によって砲弾が装填される。それと同時に砲塔の先端部に刻まれたスリットの間を紫電が奔り、発射に必要な電力をチャージしていることを示す。そして必要なチャージは数秒も掛からずに終わる。

 

(やはりかッ!)

 

 仕掛ける攻撃は自分の見立て通りに大砲によるものだと確信した一夏は、そのまま砲門に向かって一直線に突き進む。

 そんな一夏の選択を上空で見ていたシャルロットは驚くような表情を浮かべている。対照的にセシリアと鈴は何ともないような顔だ。二人は、この後に一夏がするだろうことに予測を立てていた。

 

「真正面からだと!?」

 

 まさか回避の「か」の字も知らないと言わんばかりの真っ向突撃を仕掛けてくる一夏に、ラウラも困惑するような声を上げる。だが、すぐに元通りの引き締まった表情に戻すと、静かにレールガンの照準を一夏に合わせる。あくまで正面から挑むならばそれで良し。真っ向から撃ち抜くだけだと言わんばかりに。

 照準が定まってから発射まではコンマ以下のレベルだった。一瞬、マズルフラッシュのように砲身のスリットが強く発光し、それとほぼ同時にライフルなどとはくらべものにならない大きさの砲弾が音速を超えて飛び出す。

 一夏と砲弾は互いに求め合うように接近する。その間の距離は相対速度によってあっという間にゼロへと近づいていく。

 

「やはり、ですか」

「やりやがったわねぇ」

「うっそぉ……」

 

 セシリアと鈴はやはりと言いたげに、シャルロットは信じられないと言いたげに、それぞれ呟く。

 砲弾が一夏を撃ち抜こうとする直前、一夏の前に閃くものがあった。それは蒼月の刃だ。そして、セシリアのスターライトによる光弾に、鈴の衝撃砲にそうしたように、ラウラの放った弾丸もまた真っ二つに両断されていた。半ば一夏の十八番となっている、『砲弾斬り』の炸裂であった。

 

(やはりかっ!)

 

 事前の調査で一夏が二度の対候補生戦において相手の射撃兵装を『弾を斬る』ことで無力化していたことは聞き及んでいた。ゆえにこの可能性も考慮していたが、まさか本当にやってのけるとは思わなかった。いや、十分に有り得るとは思っていたのだが、まさか初見のぶっつけ本番でやるとまでは思えなかったのだ。

 

(面白いっ!)

 

 だが、その予想を覆してのコレである。悪くはない。そこそこ及第点には足りうるとこの時点でラウラは判断した。ならば、あとは彼がどのように攻めてくるかだ。

 

(白式っ!)

 

 やはり音速を超えた鋼鉄だからだろう。セシリアの光弾や鈴の衝撃砲よりもはるかに重い手応えを感じながらも一夏は成功を実感していた。

 つまるところ、基本は変わらないのだ。撃たれてからでは遅いのは何であれ変わらない。ゆえにタイミングをきっちり見計らって、適切なタイミングで適切な箇所に刃を置ければ、弾速などあまり意味がない。

 そして相手の攻撃が終わった以上、次は自分の番だ。白式に指示を下し、更なる加速で以ってラウラへと迫る。もはや、数秒たらずで両者の距離は無くなるだろう。

 

(来るかっ!)

 

 あるいはレールガンの狙いを定めた時以上の集中で一夏の一挙一動に注視する。そうだそのまま来い。お前が間合いに捉えた時、私もまたお前を捕える。そんな捕食者のごとき思考でラウラは一夏を迎え撃とうとし――

 

「そらっ!」

「なっ!?」

 

 一夏の行動に再びラウラは戸惑う。蒼月の切っ先を地面に突き立てた一夏はそのまま振り抜き、大量の砂埃をラウラに浴びせかけたのだ。

 

(即席の目つぶしのつもりかっ!)

 

 最後の最後まで小癪なやつと思いながらも、だからこそやりがいがあるとも感じている自分に苦笑しながらラウラは素早くハイパーセンサーの情報を頼る。赤外線でサーチ、前方に強い熱源を発見。

 

「そこっ!」

 

 掴み取ってやろうと手を伸ばした直後、本能がそれ以上はいけないと緊急停止を告げた。何か嫌なものを感じながら視線を下に落とせば、そこには頸部に添えるようにして突き立てられた蒼月の刃があり、一夏はラウラに横で静かに止まっていた。

 

「馬鹿な……」

「砂の目くらまし、ありゃ仕込みだ。お前、赤外線で俺の位置探ろうとしたろ。悪いな。あれはスラスター空ぶかしで作った、囮だ」

「熱源のフェイク、ということか……」

 

 一夏の行ったことを理解したラウラは僅かに悔しさを滲ませながら言う。そして、ゆっくりと緊張を解くと数歩後ろに下がる。それを見て一夏もまた、臨戦態勢を解除する。

 

「今回はしてやられたよ。見事だ」

「お前もだったよ。いや、あのレールガンで良いのか? あれ、こっち向いてから撃つまで早いんだもん。ちと焦った」

 

 互いに緊張を解いたことで息を深く吐きながら互いを讃える。

 

「今回はここまでだ。いずれは、きっちりと決着をつけよう。近くあるというトーナメント、ぶつかるのを期待しているぞ」

「あぁ、それは俺もだ。是非にいい勝負をしたい」

「じゃあ、私は一足先に行かせてもらうぞ。少なくとも、今日のところの目的は果たせた」

「あぁ待った。お前、転入した時に俺を見極めるとか言ってたな。どうだい、今のところの俺の評価は」

「悪くはない。だが、まだだな。何せ次に、然るべき形で戦う時は私が勝つからだ」

「言ってくれるじゃないか。悪いが、勝ちは譲らんぞ。果し合いでの勝ちと金は人に譲りたくない性分でな」

 

 フッと小さく笑ってラウラはそのまま立ち去る。その背を一夏を見送る一夏の目はまるで、久しぶりに狩り甲斐のある獲物を見つけたような獣のごときものだった。

 そして上から降りてきた三人を迎えた一夏は、先ほどの手合せについての議論や、シャルロットの武器を借りての射撃兵装の体験などでこの自主練習の時間を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・箒、先輩に教えを乞う。打倒ワンサマー!
・一夏、ラウラと軽くバトる。

 今回はこの二本立てでお送りしました。箒については完全にオリジナルですが、ラウラに関しては原作をちょっと弄った感じですね。あと、ラウラに間違ったことを吹き込んだのは安定のクラリッサさんです。本当は「おい、デュエル(ry」とかやらせたかったんですけどね。それはあまりに偉大な先駆者様がいますので、世界的に有名な某RPGを採用しました。

 さぁて、シャルちゃんどうしよ。この二巻自体そうですが、なるだけ簡潔に終わらせたいのですよね。それに、そろそろ箒にも見せ場作ってやりたいし。予定ではトーナメントのあたりでちょっと……と考えているのですが。

 ひとまず今回はここまで。皆様、また次回にて。


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第十七話 黒兎の聞き込み調査

 書いている時も思ったのですが、今回はちょっと自分自身作りに「う~ん」と首を傾げていたりします。色々と忙しい中での執筆だったのもありますが、こう、書きたいことが上手く書けていないという感じでしょうか。


『君への処分が決まった』

 

 女の前に並ぶ壮年の男たち。その一人一人が国において確固たる地位を築いていることを考えると、女の前に並ぶ彼らはある意味で国家の権力が一つにまとまったようなものだろう。

 

『いかなる処分も、甘んじて受ける所存です』

 

 そう静かに答える彼女――かつての織斑千冬の言葉には一切の恐れはない。彼女は己が最もすべきと思ったことを為しただけだ。その結果として生じる責任、処断であればただ受け入れるより他はあるまい。

 

『君が日本所属のIS乗りであるという登録についてはそのままだ。だが、国家代表資格は剥奪、君の専用機も貴重なデータの塊だ。リセットこそしないが、君の携帯を認めるわけにはいかない。君と、しかるべき第三者の下での管理下におきたまえ。無論だが、君のISへの搭乗に関しても制限を掛けさせてもらう。後程、書面を確認したまえ』

『寛大なご処置、痛み入ります』

 

 それは千冬の本心であった。何よりも自分の心を、それが最も大事とするものを優先したとは言え、そのために自分がやったことの重大性は重々承知している。それを考えれば、IS乗りとしての自分に制限が掛けられる程度のこの処分は軽すぎると言っても良かった。

 

『ふむ、思いのほか落ち着いているな。今回の処分はIS乗りとしての君を制限するものが殆どだが、さして気にしていない。察するに、IS乗りであることは君にとって重要なことではないようだ』

『……』

 

 並ぶうちの一人の、まさしく千冬の心を言い当てた言葉に千冬は何も言わない。ただ、無言と感情を揺らさない静かな眼差しを保つだけだ。

 

『当たり、のようだね。いや、それも当然か。天秤にかけ、選んだ結果を見れば一目瞭然というものだろう』

『後悔は、していません。私は、私の最も信じるものに従っただけです』

『あぁ、結構。何よりも大事である肉親のため、何もかもを捨ててその者を守り抜く。実に結構。人として称賛されるべき美徳だとも。だが、美徳であるからと言ってそれがあっさりまかり通るほど世の中甘くはない。

 君には今更言うまでもなかろうが、あえて言おう。ISを駆る君が有する戦力は個人のものとしてはもはや規格外と言っても差支えない。それが私事によって職責を投げ出した上に勝手に行動をされる。我々は、これを見過ごすわけにはいかない。それだけではない。

 今回の件でドイツにできた借りの対価として、君を向こうでの教官職につけることにもなっている。一定期間とはいえ、いざという時の虎の子たりうる君を手放し、あまつさえ我が国が有していた君の持つ技術が外に流れる。これも、決して軽いことではない。改めて言うが、とんだことをしてくれたものだ』

『そのへんにしましょう。過ぎたことを責めても仕方ない。然るべき責任は処罰という形で取らせるのだ。ならば、これ以上は無用というもの。それに、今回の件でIS乗りの究極的な弱点というものを再認識させられた。あとは、それも含め今回のことを糧として前に進むのみ』

『そうですな。織斑くん、詳細は後程追って通達しよう。それと、少し先の話になるがね。君がドイツより戻った後のことだが、IS学園の方に行ってはどうかという話が出ている。まぁ、一つの道として考えておきたまえ。下がって結構』

『はい、失礼します』

 

 腰を折って頭を下げると、千冬はそのまま場を辞そうとする。だが踵を返す直前、一つ思い至ることがあってその足を止めた。

 

『一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか?』

『何かね? 君の弟君についてならば心配は無用だ。一定以上の実力を持った乗り手の身内の安全確保、そのプログラムのテストを兼ねて他の者の家族同様に然るべき――』

『いえ、違います。お気遣いはありがたく思いますが、別のことです。先ほど、私を指して虎の子と仰った』

『ふむ、確かに。だが間違ってはいまい。ISに最も効果的な抑止力たるIS、その最強に相応しい君だ。いや、対ISという視点以外であっても、ISを駆る君の強さは相当のものだ。そう形容するにふさわしいと思うがね』

『そうした評価もありがたく思いますが、なぜ私が? 単純、実力という点ならば彼女(・・)とて十分でしょう』

『なるほど。君の言い分も尤もだ。だがね、彼女の場合はそう単純ではない。その気質は、君とて知っているだろう?』

『それは……重々』

『今回は問題とはいえ、我々が君に信を置くのは実力だけではない。あえて乱暴な物言いをするが、君という力は我々の指示などでそれなりに御せると思っているからだ』

 

 それは間違いではない。確かに、端的に言って今回問題となった千冬の行動は命令違反、あるいは職務放棄だ。だが、今回は事が事だからであり、普段であればそれが然るべきものならば命令などにも従うことに疑問は持たない。

 

『だが、彼女は違う。確かに彼女もまた我々の命令、あるいは指示は遂行してくれるだろう。だが、君ほどに容赦をしない。相対すれば須らく滅尽滅相とでも言わんばかりに、冷徹だ。まぁ、時としてはそれが必要だろうが、いつもというわけではない。そういう意味で、だよ』

『……承知しました。ありがとうございます。では』

 

 そう言って改めて千冬は部屋を辞した。今より三年ほど前、国際的なISエキシビジョンにおいて千冬が突然の現役引退を表明した後のことである。

 

 

 

 

 

 

「む……」

 

 そんな呻くような呟きと共に千冬の意識は覚醒した。場所は一年生寮二階の寮監室、つまりは学園内における千冬の生活スペースである。

 生徒の部屋に比べれば寮監室は全体的に設備がワンランク上のものである。職務などにより日々の負担が生徒以上に重い教師を慮っての措置であるが、それで気が楽になるかと問われれば素直に肯定はできないというのが千冬の論だ。もっとも、ありがたいと思っているのも事実だが。

 

「いかんな。少し、寝ていたか」

 

 椅子に腰かけている千冬の目の前にはデスクと、その上に並べられた数枚の書類がある。部屋に持ち帰った仕事を片づけていて、一段落したところで少し気を抜いている内にいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 もっとも、片づけておきたいと思っていた分は既に終わっている以上、この軽い睡眠も丁度いい休憩になった。まだ寝起きで少し頭が重いような感じが残っているが、程なくしてスッキリとした気分に変わるだろう。決して、悪いものではない。

 

(しかし、またなぜあのようなことを……)

 

 うっすらと記憶に残っている、直前の夢の内容を反芻する。三年前のとある事件の折、本来すべきはずだった仕事を放りだしてその結果として自分に課せられた処分を告げられた時など、夢として見るにはあまり良いものとは言えない。

 千冬自身は、当時のことについて自分がしたことの重大性を踏まえた上でそれも当然のことと割り切っているが、それでも良い夢と思わないのは、単純な客観論での話である。

 

(まぁ、今更か……)

 

 過ぎたことに今頃思いを馳せたとして、何かが変わるわけでもない。何より、あの時の行動があったからこそ弟を助けることができ、何の因果によってかもう一人、別の少女の心を救うことができたのだ。自分一人が少々の不自由を負っただけで、二人の子供を助けられた。それは十分に過ぎることだろう。

 

(いや、そうでもないか。少なくとも一夏は……)

 

 少し休憩の続きをしようと、部屋に備え付けられたセットで茶を淹れようとしながら千冬は血を分けた弟に思いを巡らせる。

 ひとえに自分の不徳が招いた結果だ。それが、弟の心に一生残るだろう影を落とした。思えば、IS乗りとしての制限を掛けられた時に特にどうと思いもしなかったのは、ISで最強と謳われようが確かに存在する限界を思い知ったからかもしれない。

 

(こんなザマ、人前では晒せんな)

 

 自嘲するように小さく鼻で笑いながら千冬は耐熱のカップに緑茶を注ぐ。この学園の者の多くは特に生徒をその中心として自分を慕う者が多い。望んだことではないとはいえ、そんな眼差しを向けられている以上は情けない様を見せるわけにはいかないというのが千冬の持論であり矜持だった。

 

 緑茶を注いだカップを持って再び椅子に腰掛けようとした時、部屋にノックの音が響く。別に珍しいことではない。時刻は既に夕方だ。生徒の多くは寮に戻っている頃合いであり、時たま自分に何がしかの相談を持ちかける者もいる。

 今回もそうした手合いだろうと思いながら、千冬はカップをデスクに置いてドアに歩み寄る。そしてノブに手を掛けてドアを開いた。

 

「なんだ、お前だったか」

 

 来客の姿を確認した千冬の目に意外だという感情が浮かぶ。転校生でありかつてのドイツでの教え子、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこに居た。

 

 

 

 

 とりあえずは入れとラウラを部屋に招き入れた千冬は、先だっての美咲の来訪をこの時に初めて幸運と感じた。一応、去り際の部屋の片づけ云々は至極真っ当な言葉だったため、それから可能な限り部屋を、特に衣類などを中心として整頓するように心がけていたのだが、そのおかげか今の部屋は人を招き入れても何ら恥じることのない状態だった。普段がどうなのかは、あえて割愛するとする。

 

「で、一体どうした。さっそく学園生活に不便でも感じたか?」

「いえ、そういうわけでは……」

 

 用意した椅子に座り、同じように椅子に座る千冬と向かい合うラウラの言葉には、いまいちキレというものが掛けていた。まるで、何を言い出そうか悩んでいるように。

 

「まぁ固くなるな。一応は私はここの教師だからな。お前たち生徒のためにあるのが第一だ。何か言いたいようだが、構わん。言ってみろ」

「では、教官。ドイツでの、教官が日本に帰る少し前のことを覚えていますか?」

 

 教官という学園では少々似つかわしくない呼び方を『先生』と訂正させようとするが、固くなるなと言ったのはこちらであるため、変に縛るのもおかしな話かと思って千冬はラウラに問われたことを脳内で反芻する。

 

「ドイツで、私が帰る前か。そういえば、その時もこうやって二人で話をしたか」

「はい。その時のことです。その、あの時と同じようなことなのですが、教官にとって『強さ』とは何なのでしょうか?」

「なるほど、察するにあの時の答えがまだ分からず、今一度私に聞きにきた。大方そんなところか」

「はい」

 

 千冬とラウラの出会いは、現役の操縦者を引退した千冬が一時的にIS操縦の教官としてドイツに出向いた時に端を発する。

 

「あの時の私は、左目のせいで酷く落ちこぼれていました。そんな折にあなたが私に、私たちに指導をして下さり、私は今に至る」

「まぁ今更ながらにあの時のお前の問題を言うのであれば、左目というよりもそれによって全体的なバランス感覚の狂いがあったのが――いや今は良いか」

 

 その当時のことを思い出すように千冬は目を軽く閉じる。そのまま言葉を続ける。

 

「昔のことは今は置いておくとして、そう。確かにあの時にお前は私に聞いたな。『なぜ強いのか』と」

「はい。私が知る限り、教官は間違いなく世界最強のIS乗り、ひいては世界最強の個人でもある。私は、あの時も今もその理由を知りたい。ただ、以前はちゃんとした答えは貰えませんでしたが……。その、強さとは何か考えろと言われただけで」

「まぁ、ほとんどはぐらかしてしまったようなものだからな。いや、悪かった。ただな、それでも私は真面目に答えたんだよ。そして今も同じように大真面目に答えよう。『強さ』、それは私も分かり切っていないんだよ」

 

 そういう千冬の表情はどこか困ったような苦笑だった。初めて会った時から今こうして話すまで、常に凛然としたものしか知らなかったラウラにとって、今の千冬の表情は初めて見るものだった。

 

「ボーデヴィッヒ、まぁ確かにお前の言う通りだ。あぁ、確かにIS乗りとして私がほとんど頂点にあるようなものであるということは否定はせんし、そうした自負もある。確かにそれは強いと言えるだろうさ。間違いではない。

 だがな、そんなものは強さの一側面でしかないんだよ。ボーデヴィッヒ、なぜ私がドイツに赴いたか、その理由をお前は知っているな?」

「凡そは」

「ならば話は早いな。その理由だよ。当時、それだけの個人としての戦力があっても、私は弟を完全に守ることができなかった。なにが世界最強だという話だ。お蔭で腕っぷしなんぞ欠片も信用が置けなくなった。だからこそ、私自身も未だに強さというものの意味を見いだせずにいる。

 すまんな。おそらく、今も私はお前が求めるような答えは返せない」

「そうですか……」

「そもそもだがな、私が考えるに『強さ』なんてものは善悪と同様に抽象的なものでしかないんだよ。だから明確な答えなんてものは存在せず、自分自身で自分だけの確固たるものを見つける。そういうものだと思っている。

 そうだな。私だけではない。まずはクラスの連中を始めとして、他の生徒にも同じように聞いてみろ。『お前の考える強さとはなんぞや』という具合にな。良い機会だ。ついでに他の生徒との親睦もそれで深めて来い」

「は、はぁ……」

「分かったな? 分かったら早速行け。なぁに安心しろ。少なくとも私が見る限り、お前は連中からは好意的に見られているよ。あとは、お前が自分で動くだけだ」

 

 そら行け早く行けさっさと行けと千冬は追い立てるようにラウラを急かす。急かされたラウラも慌てた様子で椅子から立ち上がると、挨拶もそこそこにトコトコと小さく駆けながら部屋を出ていく。

 その小さな背を見送って千冬は小さく鼻を鳴らすと――

 

「茶、冷めたかもしれんな……」

 

 淹れたは良いがラウラの来訪によって中々飲めず、もうすっかり冷めてしまっただろうデスクに置いたままの茶に思いを馳せた。ちなみに、案の定と言うべきか茶は見事に冷めており、千冬はそれを何とも言えない表情で一息に飲み干すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他の者に……か」

 

 千冬の部屋を出た後、廊下を歩きながらラウラは呟く。時刻は既に夕方になっており、窓から差し込む夕焼けが少々眩しい。だが、深く思考に没頭しているラウラにはその眩しさもあまり気にはならない。

 ラウラにとって千冬の存在は非常に大きなものである。早期からIS乗りとしての道を志して邁進していた最中、とある事故によってIS乗りとしての能力を著しく落とすことになったラウラにとって、そこから今のところまで引き上げてくれた千冬は正しく救いの神そのものだった。

 救われたその事実に深く感謝をし、同時にその凛とした在りようと他者を寄せ付けぬ強さに強烈なまでに惹かれた。一度どん底に落ちて、そしてやっとまともなラインまで持ち直したラウラはそんな千冬の姿を一番の理想とする自分として、どうすればかく強くあれるのかと聞いたが、昔も今も答えは変わっていなかった。

 ただ、キーパーソンだけは分かっている。それは千冬の実弟であり唯一の肉親である一夏だ。

 

「まぁ、ただの愚鈍では無かったが……」

 

 昼間のやり取りを思い出して改めて自分の中での一夏の認識を確認する。実のところ、最初は一夏を恨んでもいた。

 千冬がドイツに来たのは、とある事件の解決の折にドイツ軍が千冬に協力をした貸しを返すためであるが、その事件の中心にあったのが一夏であり、事件があったからこそ千冬は当時行われていたエキシビジョン大会を投げ出し、栄冠を自ら手放すことになった。

 千冬をこの上なく敬愛しているラウラにとって、一夏は千冬から栄光を奪ったようなものであり、更にはドイツに来てからも度々気にかけている様子がなお一層その怒気を膨らませた。

 もしも編入するまでにこの怒りを抱えたままだったら、おそらくは一夏の顔を見た瞬間に張り手の一つでもかましていたかもしれない。成功するか否かはまた別の話として。

 それでも今こうした心境でいられるのは、やはり同じ部隊に所属していた仲間たちのお蔭だろう。件の事件に関して、それがあったからこそラウラは千冬と会えたということ。千冬が一夏を気に掛けることにしても、肉親を気にかけ愛おしむのは自然なことであり美徳であるなど、多くのことを悟らせてくれた。

 そういう点で、ラウラは仲間たちに千冬にこそ劣るが深い感謝の念を感じている。ただ、それでも一夏が気になっているのは事実であり、だからこそ専用機のデータ取り、他国の機体及び生徒のデータ収集のために学園に向かうことが決定した際には、一夏がどのような人間なのかを見極めると決めたのだ。

 

「強さとは何か……」

 

 そこで改めて千冬から課された課題を思う。強いとは優れた戦力であることではないのだろうか? だがそれでは不十分だと言われた。だから他の者に聞けと。

 

「まずは、とにかく動くか」

 

 考えていても埒が明かない。言われたのは他の生徒の意見を聞けということだ。ならば、まずはその通りにそうするとしよう。

 

 

 

 

 

 

 動くと決めたは良いものの、誰か聞く相手がいなければ何もできていないのと同じだ。となるとまずは話を聞く相手を見つける必要がある。そこでラウラが足を運んだのは食堂だった。ここであれば、いつもそれなりの人数が居るため、話を聞く相手を見つけるのに困ることはないと思ったからだ。

 

「誰か、いないかな……」

 

 食堂に入って程なくした所で手頃な相手はいないかとあたりをキョロキョロと見回す。生徒の姿はそれなりに見つかるものの、おそらくはクラスが異なるのだろうか、まだ知らない顔の生徒ばかりだ。

 千冬には一組誰か適当な者をと言われたが、それを抜きにしてもやはり聞くのであれば多少なりとも顔を知っている者の方が良い。まったく知らない者に聞くとして、どのように話しかけたら分からない。

 

「む!」

 

 そこでラウラの目があるものを見つけた。食堂に置かれた観葉植物の影から除く人の頭だ。少々距離は離れているがそれでも目立つウェーブのかかった金髪に、何よりも目立つ縦にクルクルと巻いているあの髪型。こちらに背を向けているため顔は見えないが、あれは同じクラスのセシリア・オルコットに間違いないはずだ。

 

(よし!)

 

 昼間の一夏との手合せの時にも少し話はしたし、同じクラスだから互いに知らないということもない。話しかける一人目にはちょうど良いだろう。

 意を決してセシリアの下へと歩み寄って、話しかける前にその足が止まった。

 

(ひ、一人じゃない……)

 

 植物の影にあったから見えなかったが、セシリアはボックス席に他の生徒と共に座っている。その中の一人は同様に見覚えがある。確か凰鈴音、昼間の時にもいた中国の候補生だ。

 

「う、うぅ……。どうすれば良い……」

 

 セシリアを含めればボックスには一人、二人……しめて五人ほどいる。近づいて人数だけでなく、どうやら揃って何やら話しているということも分かる。時折笑い声も混じることから、きっと普通に歓談でもしているのだろう。

 そこに飛び込むのがこの上なく戸惑われた。千冬は自分が好意的に見られていると言っていたが、それが事実かどうかはさておき、自分がまだ馴染んでいるとは言い難い。もしここで話に入り込んで、それで場の空気を悪くしてしまったら、それで嫌われでもしたら、そんな考えが頭を巡って足を動かせなくする。

 そうして立ち往生することしばし。席で話し込んでいた鈴の視線が唐突にラウラの方を向いた。視線が向いたのはたまたまだったのだろう。だが、視界に入った立ち往生するラウラの姿をスルーするというのはこの上なく難しい。視界に入れば、ごく当たり前に気付かれる。

 

「何やってんのあんた?」

 

 やや離れているため、少し張るような声で鈴がラウラに声を掛けてくる。

 

「あ、いや、その……」

 

 なんと答えれば良いのか、『強さ』とは何かを聞きたいと馬鹿正直に言っても変な顔をされるのではないか、ではもっと上手い言い方はないのだろうか。これが故国の部隊の者達ならばもっとスムーズに話せるのだが、学園(ココ)は故国とはまるで違うために勝手が分からない。

 どうすれば良いか分からないもどかしさによって胸の前で手を動かすラウラの下に席を立ちあがった鈴が歩み寄ってくる。

 

「どしたの?」

「いや、その。オルコットに、聞きたいことがあって……。それで……」

「ふ~ん」

 

 しどろもどろに答えるラウラを見て鈴は納得するように頷く。

 大ざっぱに状況をまとめるのであれば、ラウラはセシリアに用があってこっちに来た。しかしよく見てみればその場にはセシリア以外の面々もおり、どのように輪に入れば良いか分かりかねていた。大方そんなところだろうと鈴はあたりをつける。

 

「ほら、来なさいよ」

「あっ」

 

 何気なしに鈴はラウラの手首を掴むと元居た席まで引っ張っていく。

 

「悪いわね。この子もちょっと混ぜるわよ。ていうかセシリア、あんたに聞きたいことがあるんだって」

「わたくし、ですか?」

 

 席を立つ前よりやや詰めるように座った鈴は、それによって空いた隣にラウラを座らせながらセシリアに話を向ける。

 ラウラから聞きたいことがあるという、予想外の内容にキョトンとしながらもセシリアはラウラの方を見る。

 

「す、すまない」

「別に、良いってことよ」

 

 おぜん立てをしてくれた鈴にラウラは小さくではあったが礼を言う。それに何てことはないと返しながら、鈴はラウラに本題に入るように促す。

 

「セシリア・オルコット。お前に聞きたいことがある」

「はぁ」

「その、だな。お前が考える『強さ』とは何だ?」

「はい?」

 

 どんなことを聞かれるのかと思ってみれば、聞きたいことがあると言われた以上に予想外な内容にセシリアはますます目を丸くする。

 

「その、だな……」

 

 ラウラもセシリアが質問の意図をいまいち理解していないことを察したのだろう。なぜそのようなことを聞くのかに至った経緯、すなわち千冬との会話でのやりとりを話し始める。

 

「なるほどねぇ。千冬さんになんでそこまで強いのかって聞いて、でも本人も強いってことが分かりかねてて、とりあえず他の連中の意見聞いてこいと」

「それでわたくしに、ですか。いえ、頼りにされたのでしたらお答えするのも吝かではないのですが、また随分と哲学的な質問ですわね」

「そうよねぇ。まぁ確かに言われてみれば、『強さ』なんて色んな見方があるわけだし……」

 

 聞かれた当人であるセシリアは勿論のこと、鈴を始めとしてボックスに居た面々全員が各々頭を捻りながら考え出す。鈴の言う通り、改めて言われてみれば確かに答えに悩む哲学的な問題だ。

 

「でもボーデヴィッヒさん。織斑先生は答えなんて出さなくて良いし、とりあえず意見を聞いてこいって言ったんでしょ?」

 

 別の生徒の確認にラウラはその通りだと頷く。

 

「実際、意見など人それぞれですし、わたくし達の意見とボーデヴィッヒさんの意見はまた違うものになりますからね。ボーデヴィッヒさんも、自分の意見というものが自分でよく分かっていらっしゃらないのでしょう?」

「う、うむ。その、恥ずかしい話だが……」

「いえ、別に恥じる必要など無いと思いますが。良いでしょう。まずはボーデヴィッヒさんのご質問にお答えするとしますわ。それで、あとでボーデヴィッヒさんが自分なりに考えれば良いかと」

「そうか、すまない。その、参考にさせてもらう」

「いえ。ではわたくしセシリア・オルコットが考える強さですが、そうですわね。少々ズレるようですが、『強く在る』ということはすなわち、『気高くある』ということだと思いますわ」

「気高さ?」

「えぇ。というよりも、あなたが織斑先生に尋ねたような直接的な、つまり武力という意味合い以外での強さとなるとあとは精神的なものに限られてしまうのですが。ただ、その中の一つ、というものですわね」

 

「ご存じかどうかはこの際置いておくとして、わたくしの実家は古くより続く貴族の家系です。そこに生まれた以上、わたくしも家に相応しいものとしての薫陶を受けてきましたわ。

 位高ければ徳高く在れ。貴人に相応しい振る舞い、心がけ、そしてそれを掲げながら常に誇れる自分で在り続けること。これができることは、わたくしにとっての『強さ』の一つと言えますわね。もっとも、わたくし自身まだまだとも思っていますけど」

 

 最後の一言は言うのがやや気恥ずかしかったのか苦笑交じりのものだった。だがラウラは真剣な面持ちで耳を傾けている。

 

「なるほど、精神的な強さか。では教官の強さの源はやはりあの強い心にあるのか……」

 

 そのまま顎に手を当てるとブツブツと呟きながら考え始める。

 

「ラウラ? もしもし? もしもーし?」

「はっ。あ、あぁなんだすまない。えっと……」

「凰、凰 鈴音よ」

「そうだった。あ、その、昼間は手伝ってくれたこと、感謝する」

「別にあのくらいは良いわよ。でさ、他にはないの?」

「他? なんのことだ?」

「いや、だからさ。他の子に聞いたりしたりはしないのかなーってことよ」

「いや、私は初めからオルコットに聞くつもりだったぞ? 他の者はまた別の時にしようかと」

 

 微妙に顔を近づけながら聞いてくる鈴にラウラはポカンとした表情をしたまま元々考えていたことを答える。邪気など欠片もない、純粋にそう考えていたというだけの返答に鈴はどう言ってやればいいのかと困ったように顔を歪ませる。

 

「あのね、ボーデヴィッヒさん――」

 

 早い話、鈴は自分にもラウラが聞いてこないかと期待していたのだが、ラウラにまるでその気配がないことに焦れていたのだ。そして、それを悟った別の者が何事かをラウラに耳打ちする。

 

「む、そうだったのか。それはすまなかったな、凰」

「あぁ、うん。まぁ分かればいいのよ。うん」

 

 耳打ちされてようやく事を理解したラウラは自分が思い至らなかったことへの謝罪を鈴に述べる。鈴も、少々締まらない形だがまぁ別に良いかとそのままラウラが自分に聞いてくるのを待ち――

 

「お前にはまた今度の時に聞かせてもらうぞ」

 

 満面の笑みと共にそう言ったラウラに盛大に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワナワナと震えながらくぐもった笑いをもらし続ける鈴と、それを苦笑しながら宥めている面々に一言挨拶だけして食堂を出たラウラは身支度のために一度自室へと戻った。同じ転校生であり同居人のシャルロットはその時点で部屋には居なかったが、夕食の折に食堂の一角に居たのを確認できた。

 そして夕食を終えてしばらくした、凡そ八時半ぐらいのことである。寮の廊下を歩いていたラウラはたまたま通りがかった部屋の前で足を止めた。

 

「ここは確か……」

 

 見た目それ自体は何の変哲もない、寮に数ある部屋の一つだろう。だが、他の部屋との違いを挙げるとすればそこを使っている人間だ。

 今、ラウラが立っているドアの向こうの部屋、その使用者は織斑一夏。彼女が最大の敬意を払う人物の実弟であり、ラウラにとっても複雑な心境を抱く相手だ。

 世界唯一の男性IS操縦者などという大仰な肩書きが乗っかっているが、少なくともラウラにとってはそんな肩書き以上に、自分が彼に抱く内心の複雑さの方が重要だった。

 

「あいつは……どう思っているのだろう」

 

 教官、千冬は自分自身が武力的な面で強いと認めていながらも、それだけでは足りずに本当の意味での強さというものを模索しているという。

 そして、あの時の千冬が語る姿には確かな真摯さがあった。教え子である自分に満足に答えられないことに苦笑を浮かべてはいたが、語りは真剣そのものだった。それはつまり、あの時語っていたことが千冬にとってはそれだけ重要な意味を持っているということだ。

 では彼は、肉親としておそらくはもっとも身近に接していた彼はどのように考えを持っているのか。あれほどの肉親を持ち、その姿を見てきた彼が考える『強さ』とは何なのだろうか。それとも、彼もまた教官のように迷っているのだろうか。

 他の連中の意見を聞いてみれば良いと言われてセシリアから聞いた。鈴にはまた別の機会に聞くが、彼ならばなんと言うのだろうか。

 

「よし!」

 

 小さな手で拳を握り、意を決したように力強く鼻を鳴らす。とにかく、聞くだけ聞いてみることにした。

 そのままドアの前に立つとラウラは軽くノックをする。だが、返事はない。夕食の時間はとうに終わったし、寮の門限も過ぎている。大半の生徒は部屋に居るはずだ。まだ転校してきたばかりだから普段がどうかは知らないが、今の状況では返事が無いのが不自然ではないだろうか。

 そう考えたラウラは何気なしにノブに手を伸ばして握ってみる。ノブはあっさりと動き、鍵が掛けられていないことが分かる。

 

「?」

 

 首を傾げながらそのまま小さくドアを開けて部屋の中を覗いてみる。明かりは点いたままだ。ますます以って不自然だ。

 

「……失礼する」

 

 小声で言い、忍び足で部屋にそっと入る。もしや何かトラブルでもあったのだろうか。立場が立場だ。良からぬ考えを持つ輩に狙われても可笑しくはない。あるいはそうした手合いに……

 仮にそうだとしたら見過ごせない事態だ。学園の生徒の一員として、世に貢献する立場にあるIS乗りとして、軍人として、何よりラウラ・ボーデヴィッヒ個人として看過するわけにはいかない。仮にこれが一夏以外の誰であっても同じ対応をしていただろう。

 ゆっくり気配を殺しながら歩みを進める。そして部屋に入ってすぐ隣にあるトイレ、並びにシャワールームに繋がる脱衣洗面所のドアの前を通り過ぎた時だ。

 

『ヌウゥゥゥゥゥンッッッ!!』

「ッッ!?」

 

 突如としてドアの向こうから響いてきた低い唸り声にラウラは思わずビクリと硬直する。だがすぐに落ち着くとすぐさまドアを開け放ち洗面所に踏み込む。

 

「何事だ!」

 

 そんな危機感に溢れる声と共に踏み込んだラウラが見た光景は――

 

「フンッ! ハッ! ダブルバイセップス! サイドトライセップス! アドミナブルアンドサイィィッ!!」

「……」

 

 鏡の前でポージングをキめている上半身裸(下はジャージのハーフパンツ)の一夏(ヘンジン)だった。

 

「……」

 

 なんだこれはなんなのだ一体というか奴はなんで鏡の前でポーズを決めているだアレかボディビルのつもりだろうかいやいやしかしボディビルというには少々筋肉の体積が足りていないたしかによく鍛えられてはいるようだがやはりボディビルとは方向性が違うようなそうじゃなくてどうしてやつはこんなことをやっているのだろう。

 言葉を失い固まったままラウラの思考が迷走を始める。元通りに復旧するまで数秒程度で済んだものの、その間バッチリと一夏のポージングを目に焼き付ける羽目になったのは必然であった。

 

「む? なんだボーデヴィッヒか。どうした」

「いや、その、なんだ。まぁ要件を聞かれたらお前に聞きたいことがあると言うかその、まぁそういうことなんだがな。だが、一つその前に言わせてくれ。お前は何をやっている」

「あぁ、コレ? いや、大したことじゃない。筋肉っていうのは武術家にとって超重要ファクターだからな。こうやって、自分で調子を確認しているのさ」

 

 フフンと得意そうに答えながら一夏は腕を曲げて力コブを作る。笑みを浮かべた唇の隙間から除く白い歯は、普段であれば清潔的に見えるのだろうが、なぜかこの時に関して言えば微妙に鬱陶しく思える。というか、端的に言って全体的に鬱陶しい。

 

「そうか。では、失礼した」

 

 予定変更。何も見なかったと自分に言い聞かせながら踵を返す。もうさっさと部屋に戻ろう。戻ったら同室のシャルロットが淹れてくれるココアでも飲んでさっさと休もう。とりあえず一つ、織斑一夏についてまた分かったことがある。腕はそれなりにあるし、そういう意味では凡夫ではなく評価はできる。だが、別の意味合いでこいつはバカだ。いや断定するにはまだ早いかもしれないしかしやっぱりバカにしか思えない。

 

「まぁ待ちたまえ」

「ひぅっ!」

 

 背を向けて一歩踏み出した直後、ガッシリと肩を掴まれて思わず声を上げる。

 

「わざわざ来てくれたんだ。聞きたいことがあるんだろう? 折角だから答えようじゃないか。なぁに気にするな。明日はちょっと予定があってな。今日はもう殆ど暇なんだ」

 

 HAHAHAという笑い声が洗面所に響く。なんだか声の低さと快活さが無駄に上手くマッチしていて、洗面所という閉所ゆえか妙にエコーがかかり、それらがなんと形容すべきなのだろう。部下が親しい男性同士を表す時に使う『薔薇のよう』という表現がピッタリな声だとラウラは思った。薔薇がどういう意味を指しているかは知らないが、あの真面目な部下が鼻血を出すほどなのだから、きっと熱い友情で結ばれた益荒男のことを指しているのだろう。だが、なぜか今のこの状況は微妙だ。

 

「分かった、分かったから。あぁ、お望み通り聞いてやる。だから手を離してくれ」

 

 そうラウラが言うと一夏はあっさりとラウラの肩から手を離す。そしてもう一度一夏の方を向く。

 

「さぁ、ドンと来い」

「あぁ。だがその前に一つ言わせてくれ」

「ん? なんだ?」

「とりあえず服を着ろ。正直、その、言いにくいのだが――気持ち悪い。特に胸筋を微妙にピクピクさせているあたり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を洗面所から部屋の机の前に改めた二人は、互いに向かい合うようにして椅子に座る。当然だが、一夏は既に服を着ている。

 見た目小学生な女子に気持ち悪いと言われるのは地味に堪えるなぁ、などと着替えながら思っていた一夏だが、それを口に出すことはしなかった。なお、どう考えても自業自得であるのは言うまでもない。

 

「で、聞きたいことって言うのはなんだい」

「先刻、といっても夕方のことだが、教官の下に行ってきた」

「教官、つまりは姉貴か。詳細聞いてるわけじゃないがお前、姉貴のドイツ時代の教え子なんだろ? 久しぶりに師弟二人、ゆっくり語らいたかったとかか?」

「否定はしない。ただ、聞きたいことがあったのだ。そしてそれは、お前にも同じだ」

「なるほど。姉貴に何かしらを聞いて、同じ質問を俺にか。複数名に聞くってところを察するに、何がしかの意見と見て良いな」

「そうだ。理解が早いようで助かる。ならさっさと聞くとしようか。織斑一夏、お前の考える強さとは何なのだ?」

「俺の考える『強さ』、ねぇ。また随分と哲学的な質問がきた」

 

 口ではそんな風に面倒臭げに言うものの、細められた目には面白がっているような光が宿っている。

 

「その質問、姉貴にもしたんだろ? 姉貴、なんて答えてた」

「……実力、戦力という意味で強いということは認める。しかし、弟を満足に守れずそれ故にソレへの信用を置けなくなったと。だから、未だ『強さ』というものを模索していると。

 あぁ、愚痴だし完全な嫉妬だがな、織斑一夏。私はお前が羨ましいよ。あれほどの力を持ちながら、それへの信用を失くすほどに教官から想われているお前がな」

「……まぁ、俺だって姉貴のことはそれ相応に重んじてるつもりだし、逆もそうだって感じちゃいるが、こうやって他人に言われるとどうにもこそばゆいな」

 

 一夏は姉を嫌ってはいない。育ててもらったこともあるし、何よりも血を分けた姉弟であるのだ。嫌う理由はないし、それなりに好いてもいる。

 千冬も千冬で一夏のことを深く想っており、面と向かって言われたことはなくとも、一夏はそれを幾度となく肌で感じ取ってきた。それゆえに姉弟の関係は良好と言えるのだが、それを改めて第三者から指摘されるのはどうにもくすぐったいものを一夏に感じさせた。

 

「まぁいい。なるほど、それが姉貴の意見か」

 

 こそばゆさを振り払うように一夏は話題を進めようとする。だが、その表情には先ほどまでと異なり固さが混じっている。理由は単純で、姉の側の意見を聞いたからに他ならない。

 

「姉貴め、まだ引きずっていやがるのか。まぁ確かに原因の一端が姉貴にあんのは事実だとして、それでも俺がヘマこかなきゃそもそもあんなことは無かったわけで。ったく、実に七面倒な」

「おい、自分の世界に入り込まないで欲しいのだが」

「あ、あぁスマン。ちょっと昔をな。よし、じゃあお望み通り、お前さんの質問に答えるとするか」

 

 ブツブツと独り言に没頭していた一夏をラウラが咎め、それに詫びながら一夏は話を進める。

 

「俺の考える『強さ』、だったな。さて、これが答えになっているかどうかは知らんが、まぁ俺なりに『こうだろう』って言うのはあるよ。まぁこの手の質問で返ってくるのは大体やれ心の強さだとかそんなメンタル的なもんと相場が決まってるんだが。

 あぁ、別に否定はしないよ。それも非常に大事さ。だがな、はっきり断言してやる。俺がまず第一に重要とするのは、直接的な強さだ」

「つまりは、武力か?」

「あぁ、そうだ」

 

 断言した。声には微塵も遊びが無い。心から大真面目に、一夏は何よりも『強さ』を語るうえで武力的な意味合いでのソレこそが大事だと言い切った。

 

「一応言っておくが、俺は別にそれだけとは言わない。まぁ、腕っぷしだけじゃ成り立たないしやっていけないのが世の中であって、義理人情だとか慈悲情愛だとか、そういうなんて言うの? 美徳仁徳って言うのかね。そういうのも大事だと重々承知しているさ。だが、それでもあえて『強さ』というならまず武威だな」

「それは……何故だ」

「さて、何と言おうか。公共電波に乗っけられそうな感じで言うなら、健全な精神は健全な肉体に宿るだとか、精神は体に引っ張られるだとかの世間で言われてる理論に即して、まずフィジカルでの強さがメンタルの強さに繋がる。だからこそ心身共に強くあるにはまずフィジカルの強さが必要、とでも言っておこうか」

「だが、そればかりではないのだろう」

「そうさ。俺はな、ボーデヴィッヒ。物心ついた時から武道に浸っていたよ。気が付けば竹刀を振って剣道をやっていて、それが木刀に、真剣に変わって行って。技もそう。競技から、正真正銘のずっと昔から伝わってきた実戦流派になって。それと一緒に格闘術も磨いていって。

 今の俺は、単純に誰かを叩きのめすって点ならそれなりのレベルにある。それこそ、スポーツ格闘技のプロに喧嘩吹っかけたって良い。人ボコすだけのことだけど、俺にとっては人生の半分以上みたいなもんだからさ。

 誇りでもあるんだよ、俺にとって。大好きだ。だから、その『強さ』を何よりも重んじたい」

「……」

 

 一夏の気持ちは何となくだがラウラにも理解ができた。というよりも、彼女自身と非常に良く似ていると言うのが正しいのだろう。

 

「似ているな、私とお前。私もそうさ。私は、少し育ちに事情があってな。それゆえに何事も軍を、そこで必要になる『力』を優先している。だからこそ、とてもお強い教官を私は心から尊敬しているのだが」

「当の教官は自分の力なぞ信用できんと。いやぁ、半ば俺のせいとはいえ、やっぱいつまでも気にされるのもこっちも困るな」

「一応事情は知っている。三年前の、お前の誘拐事件だろう」

 

 ラウラ本人は特に意識をしたわけではない。その言葉は、何気なく自然と口から紡がれたものだった。あるいは、会話を重ねる中で多少なりとも気分が緩やかなものになっていたからかもしれない。だが、その言葉が齎した影響はこの上なく大きかった。

 

「おい、ボーデヴィッヒ。なぜお前が知っている」

「っ……!」

 

 背筋を氷水が流れたと錯覚した。それほどに一夏の言葉は冷たかった。そして改めて一夏の顔を見て、ラウラは小さく息を呑む。

 無機質、無感情、まさしくそうとしか言えない能面のような表情をしていた。先ほどまでの穏やかな口ぶりからは想像もできないものであり、更に冷たいながらも荒れ狂うような圧迫感を叩きつけてくる眼差しはラウラをして思わず引かせるものだった。

 

「う、あ……」

「答えろ、ボーデヴィッヒ。何でお前が『俺が誘拐された』と知っている。そして、どこまで知っている」

「それは……」

 

 ほんの数センチ、一夏はラウラに顔を近づけた。数センチだ。まだ二人の顔の間には十分な間がある。だが、ラウラにはまるで一夏がすぐ目の前に迫ってきているように思えた。

『誘拐』、このワードが一夏の中の何かに触れたことは想像に難くなかった。だが、なぜこれほどまでの反応を示すのかがラウラには図りかねた。今も感じるこの凶悪な圧力で上手く思考が回らないのも原因だろう。

 だが、とにかく答えないわけにはいかない。逃げるという選択肢は取りようがない。それを目の前の男は許さないだろうし、ラウラ自身もそのようなことはしたくない。だから、言葉に詰まりながらもラウラは言えるだけのこと言った。

 

「きょ、教官の赴任理由を調べた時だ。三年前の国際試合の際にお前が誘拐され、その救出にあたった教官が試合を放棄し、その後現役を引退したと。その際のドイツの協力への見返りとして教官が赴任したと。それしか知らない、本当だ。私も、上官より聞いただけだし、他言はしていない。本当だ!」

「あまり言いたくはないが、姉貴のことはこの際良いんだ。もう一度聞くぞ、ボーデヴィッヒ。それだけか? 俺が誘拐された、それだけしか知らんのか?」

「そうだ! それ以外は何も知らない!」

 

 徐々に、まるで首を絞めるように強さを増すプレッシャーに、ラウラも声に必死さを宿らせる。それをしばし無言で見つめ、ようやく一夏は圧力を解いた。

 

「分かった。本当に、それしか知らないみたいだな。……悪かった、脅して。ただ、俺もアレには色々思うところあってな。正直、自分でも時々神経質になってやないかと思うくらいなんだ。あぁ、悪かった。ただ、察してくれ」

「い、いや、私の方も無遠慮だった。すまない」

「ただまぁ、事件の話が出たのは今この場じゃある意味好都合だな。まぁさ、俺が直接的な意味での力を『強さ』の第一とする理由なんてな、さっきは色々理屈こねまわしたり耳ざわり良く言ったりもしたけど、もっとシンプルなんだよ。

 拉致られるなんて無様を晒した自分が嫌だから、殺してしまいたくらいに、憎んでいるから。理解しろなんて言いはしないさ。ただ、俺にとってはそれくらい噴飯物ってだけの話なんだからな」

「そう、だな。私は誘拐などされたことがないから、お前の気持ちは完全には分からない。だが、力不足への憤りなら理解できる。さっきの詫びに少しばかり私の恥も話すが、教官の指導を受ける前の私は周囲のIS乗りと比べてもいわゆる落ちこぼれというやつでな。明かせないが、明確な理由もあったが。あぁ、力不足への無念は私も分かる」

「……そうか。悪いな、ボーデヴィッヒ。どうも俺にはこれ以上言うことはないみたいだ。折角来てもらったのに、役に立てなくてすまない」

 

 結局のところ、自分の話したことなどラウラにとってはさしたる影響を与えないだろうと思った一夏は苦笑混じりに謝る。

 

「いや、収穫はあったぞ」

「ほう?」

 

 しかしラウラの言葉は一夏の予想とは異なるものだった。意外だという目で見てくる一夏にラウラは真っ向から見つめ返して言う。

 

「お前と私の考え方が似ているということだ。……正直、この学園にやってきてまだ日は浅いが、誰もかれも私とは違うような者ばかりで戸惑っていた。だから、たとえお前であっても考え方に共感ができる者が居るのは、正直嬉しい」

「そうか……」

「では、時間も良い頃合いだ。私はこれで失礼する。手間を取らせてすまなかったな。それと、ありがとう」

「いいさ。まぁ同じクラスのよしみだ。次に来るようなことがあるなら、その時は茶の一つでも出そう」

「あぁ。ではな」

 

 そのままラウラは立ち上がると踵を返してドアの方へと向かっていく。だが、その背に一夏が声を掛ける。

 

「待て、ボーデヴィッヒ。一つ、答えてくれ」

「なんだ?」

 

 立ち止まったラウラはその場で振り向く。

 

「ボーデヴィッヒ。お前は、俺とお前が考え方が似ていると言った。それは、互いに『力』が『強さ』の第一理念である、ということだよな」

「そうだ」

「じゃあ聞かせてくれ。お前は、それでどうしたいんだ。その強さで、何かやりたいことはあるのか?」

「やりたいこと、か……」

 

 ラウラはその場で腕を組み、しばし考える。だがすぐに考えは纏まったらしく、組んだ腕を数秒程度で解くと一夏の問いに答え始める。

 

「特別『これ』というものはない。だが、私はドイツ軍に身を置くIS乗りだ。そして私は祖国ドイツに育てられたようなものだからな。義務と、何より恩返しのために、IS乗りとして国のために私ができる働きをしたいとは思っている」

「……そうか。まったく、オルコットの時もそうだけど、候補生っていうのはどいつもこいつも皆、そんな風に大層な考えを持っているもんなのかね」

「それが候補生というものだからな。聞きたいこととは、それだけか?」

「あぁ。引き留めて悪かったな。じゃ、また。今度あるトーナメント、当たるのを楽しみにしているよ。この間の手合せに、白黒きっちり付けよう」

「望むところだ。ではな」

 

 そうしてラウラは部屋を去っていく。一人部屋に残った、というよりも部屋の主として再び一人に戻った一夏は、ラウラを見送るために立ち上がっていた己の体を再び椅子に預ける。

 

「そうだよなぁ。トーナメントがあるんだよなぁ」

 

 いずれ行われる学年別の全体トーナメントは一夏も非常に重要視している。学年に分けられるとは言え優勝という明確なトップが存在し、そこに至るまでに戦うだろう相手は思いつくだけでも相対するに十分な者ばかり。つい最近、そのリストに予想外の人物が一人加わったが、それはそれで面白くなりそうだ。

 

「しかし参った。二人分、いささか情報が少ないんだよなぁ」

 

 立ち上がり、冷蔵庫に向かって歩きながら一夏はぼやく。冷蔵庫の中からスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、飲み口に口をつける。

 敵を知り己を知らば百戦危うからず、孫子の兵法に記された有名な言葉だ。まったくもってその通りであり、情報があるのと無いのでは実際の場面で大いに違いが出る。

 やるからには本気で。そこには当然、そうした情報面も含まれている。

 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ、この二人についてはまだまだ知らないことが多い。さてどうやってこれから二人のことを知って行こうか。

 そういえばこういう時に便利に使えそうなやつが一人いたなぁ、と一夏はふと思いつく。同時刻、IS学園にほど近い一夏の地元のとある家の一室で、一人の少年がパソコンに向かいながらくしゃみをしたが、きっと関係はないだろう。

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ……)

 

 未だ多くを知らない二人の転校生の片割れに一夏は思いを馳せる。思い出すのは先の会話、その最後だ。

 

「あぁ、ボーデヴィッヒ。確かに俺とお前は似ている部分があるよ。けど俺は、俺とお前はやっぱり違うと思うね。あぁ、そうだともさ」

 

 呟かれるそれは実際問題としてただの独り言だろう。だが、その口ぶりはまるで誰かに語り聞かせているかのように聞こえる。

 

「ボーデヴィッヒは言った。自分には強さで、力でやりたいことがあると。その時点で、違うんだよなぁ」

 

 では誰に語っているのか。言葉の中にいるラウラか。

 

「俺はなぁ、ボーデヴィッヒ。やりたいこと(そんなもの)なんて、無いんだよ」

 

 否。

 

「あるいはこれから、出てくるかもしれない。けど今は、ただ実力が欲しい。そこが、俺とボーデヴィッヒ(あいつ)の違うところさ」

 

 一夏自身にである。

 元々そこまで量の残っていなかったドリンクのボトルはすぐに空になった。空きボトルをゴミ箱に放り込むと、一夏はそのままベッドに転がる。

 

「まぁ、おかしいってのは分かってるがね」

 

 今の自分は多分、いや確実にどこかがおかしい。本来手段であるはずの『力をつける』という行為が目的に転じている。察しが良い者なら小学生だって気付くような思考の不具合だ。

 だが今のところはそれで良いと思っている。狂気の沙汰ほど面白いとは良く言うし、ズレた観点から見出せるものもあるかもしれない。それが自分にとって有用なら、あえてそっちの道に行く価値もあるだろう。

 なんにせよ、当面は今まで通りのスタンスで良いだろう。ただ、もうちょっとブーストを掛けても良いかもしれない。

 いつの間にか、一夏の脳裏ではトレーニングの内容に関する様々なアイデアが駆け巡っていた。その中でふと思いついたこと、それは意外にもラウラが席を立つ直前のやり取りだった。

 

「次にあいつが部屋に来たら、か」

 

 宣言した通り、部屋に備え付けのセットのものではあるが、茶の一杯くらいは出そうと思う。そして――

 

「次は、フロント・ラッドスプレッドからサイドチェストのコンボで迎えてみるか」

 

 などと呟いていた。なお、実際にやらかした場合はほとんどセクハラも同然だということにこの時、この一夏(バカ)はまるでこれっぽっちも気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちょっと今回はまえがきもあとがきも短めに。バイトが忙しくてちょっと疲れモードなのです。
 とりあえず、ご意見ご質問ご感想はいつでも何でも感想にどうぞ。
あ~ダメだ。疲れて書くことが思いつきません。とりあえず、今回の悪ふざけ要素である一夏のボディビルポージングには元ネタがあります。割と最近ですね。
                                  は~るかっか~

 あと、ものすごい私事なのですが、またしてもイベントに当選しました。
はらみーのセカンドシングル発売記念イベントに今度行ってきます。いやぁ、当たりすぎて本当にどうしたんでしょうね、自分。
 では、また次回にて。ただ、次の更新は楯無ルートの方になるかもです。


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第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です

 あとちょっとで二十話に行きますね。なんだかんだで結構進んでいるなぁと思う今日この頃。でも、話の中身はもっと先に進めたいです……

 今回の試みは「真面目な話から急転直下してのギャグパート」。
意外に好評いただいた彼が再登場です。そして、彼が絡むとこの作品の一夏はイイ具合にはっちゃけてくれます。


『ただいま電話に出ることができません。発信音の後に――』

「……」

 

 元々設定されていただろう機械的な女性の声を聴きながら一夏はスッと目を細める。

夜、既にその日のトレーニングも終えて後は部屋で就寝までの時間を気ままに過ごすだけの時に、一夏は携帯でコールを掛けていた。だが、相手は出ない。聞こえてくるのは無機質なアナウンスだけだ。

自分からの電話があったことに気付けば向こうから掛けなおしてくるだろう、そう思って一夏はメッセージを残さないままに通話を切る。そのまま携帯を机の上に置くと軽く復習でもしようかと机の前に座りノートを開く。ISに乗る上で一夏は単純実力こそが最重要と思っているが、だからと言って座学もおろそかにはできない。

『学生』という身分において上手くやっていくのに、何だかんだで一番必要になってくるからだ。そして必要である以上は、それ相応に真面目に向き合わねばならない。面倒に感じているのは紛れもない事実であるが。

 

 ノートに向かい始めて少し経った頃だろうか。机を響かせる振動と共に携帯が着信を伝えるメロディを流す。友人に教えられた個人のサイトからフリーでダウンロードできるものを使った一夏の着信音は基本的に有名な音楽を打ち込みで再構築したものを用いている。

今、携帯から流れているのはドヴォルザーク作曲の『新世界』だ。複数の着信音をよく電話をする相手によって使い分けているため、着信の時点で一夏は相手が誰かを判断できる。

そして新世界を着信音に設定している相手はただ一人。一夏が親友として名を挙げることのできる数少ない一人である御手洗数馬であり、先ほど一夏が電話を掛けた相手だ。

 ちなみに、他のパターンを僅かだが挙げると、弾の場合にはベートヴェンの『第五番』、一般的には『運命』として名を知られているかの有名な曲を使っている。ちなみに選曲の理由は曲冒頭の「ダダダダーン」というピアノの音と「弾」という名前を掛けている一夏の洒落だ。

続いて実姉千冬の場合はヴェルディ作曲のレクイエム。理由は「ボスっぽいから」であり、ただ二人、数馬と一夏の師である宗一郎はこの理由に爆笑をしている。

そしてその師の場合には日本国国家「君が代」。込めた理由はただ一つ、敬意の念だけである。

 

「数馬、珍しいな。お前が電話に出ないなんて」

『あぁいや、悪かった。ちょっと風呂入っていてね』

 

 そんな何気ないやり取りから二人の会話は始まる。

 

『で、一夏。一体どうしたね?』

「いや、ちょっとした頼みごとがあるのと、後はアレだ。少し暇でな。話し相手の一人も欲しくなったんだよ」

『それなら弾って選択肢もあるんじゃないのか?』

「この時間帯ならあいつは料理修行の真っただ中だろ。それに、一番腹割って話せるのはどっちかと言えばお前だよ」

『フッフ、それはまた光栄だ』

 

 電話越しに二人は小さく笑いあう。一夏、弾、数馬。この三人は最初に出会った中学入学の当初からずっと顔を突き合わせ続けてきた縁だが、一夏も数馬も互いに互いを最も波長が合うと思っていた。

 

『そういえば、この間テレビのワイドショーで君の話題が出てたな。すっかり有名人じゃないか』

「正直、勘弁して欲しくはあるけどね。織斑一夏は静かに暮らしたいんだよ」

『だが、それと同時にその腕っぷしを奮いたくてウズウズしている。違うかね?』

「あぁ、いや。言われればその通りだ。いや、参ったね。見事に矛盾していやがる」

『結構じゃないか。人間なんて都合の良い生き物さ。言ってることの矛盾なんて日常茶飯事だ』

「まぁ俺もそこまで頓着しちゃいないが……。そういえば、そのワイドショーとやらはどうだった?」

『どう、とは?』

「あー、俺についてどんなことを出演者が言っていたかとかさ」

『あぁ、そのことね。別に、たまたまテレビ点けたらやってたからそのまま見ていたけど、話している内容はあまりに既知に満ちていたよ。世界初の男の子にビックリ、これからどうなるのか、今後の活躍が期待できる。

どれもこれも他のテレビ、雑誌のコラム、ネットの掲示板、あちこちでとっくに言われたようなことの焼き直しだ。テレビ出演とは随分とヌルい仕事らしいね。自分のものかもあやふやな余所から拾っただけの意見を壊れたスピーカーみたいに垂れ流すだけでギャラが貰えるんだ』

「楽なのは結構じゃないか。どうだ、数馬。お前もそういうのに出るのを目指したらどうだ? なぁに、お前なら十分出れるくらいにはキャラが濃いよ」

『それは僕のニートという評価を指してかい? まったく、君や弾はからかっているだけだからまだしも、本気で言っているような輩には迷惑千万だと言ってやりたい。仕方ないだろう。面白いことが少ないんだ。やる気も削がれるというもの。むしろ、俺は日々未知を探して努力しているというのに』

「それがネットサーフィンにアニメ漫画観賞でイベント参加のための遠征かよ」

『然り然り。次元を表す数が一つ減る。それだけで何もかもが色鮮やかに見えてくる。まったくもって素晴らしい。リアルなんてクソゲーだ!』

「いや、それは流石に不味いんじゃないかなぁ?」

 

 どう足掻こうが自分たちはそのリアルに生きているわけであり、流石にそれまで無碍にするということは一夏にもできそうにない。というよりも、単に数馬が筋金入りなだけの話なのだろう。

 

『まぁいいさ。しかし、やっぱり一番笑えたのがねぇ……』

「どうした」

『いやさ、件のワイドショーな、まぁ色んな出演者たちが机に座ってあれこれ詰まらない意見を垂れ流すだけのものなんだけど、その中に一人だけ愉快なのがいてねぇ』

「へぇ、愉快ねぇ」

 

 先ほどまで散々にこき下ろしていたのから転じて、愉快と数馬が評したことに一夏も興味を引く。いや、確かに愉快と面白がってはいるが、好意的なものではないことは明らかだ。まるで無様な道化を見て侮蔑するような、厭味ったらしさを含んだ声だ。そんな喋り方をよくするからウザイとか言われるんだと思ったが、今更なことなので特に何も言わずに言葉の続きを待つ。

 

「で、そいつの何がどう愉快なんだ?」

『まぁ端的に言うなら、君へのアンチだよ』

「あー、やっぱいるんだな」

『まぁそれも必然というやつかね。十分に既知の範疇さ。ただ、流石にテレビだからかね、過激な発言は当たり前だけど無かったね。まぁ意見の要点はバカ丸出しだったけど』

 

 アッハッハと心底馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの笑いが電話越しに一夏の鼓膜を震わせる。数馬はそのアンチ一夏の意見を言ったゲストを心底馬鹿にしている。明らかに自分より程度が劣っており、しかし手助けをしようともせずむしろそれが破滅の道を歩むならそれを肴にドリンクを楽しんでやると言わんばかりに、本気で嘲笑っていた。

 

「で、どんなことを言っていたんだよ。ていうかそいつ何者さ」

『何者かっていえば、アレだよ。なんか最近頑張っちゃってるなんだっけ。名前は価値もないから忘れたけど、ISの性能とかパイロットの制限を根拠に女性優遇をのたまってるアレ』

「あぁ、アレね」

 

 固有名詞を省いた「アレ」だけで二人は互いの意思を疎通する。二人が言うアレとは、ISが世に広まってからほどなくして現れた、特に徹底した女性優遇社会を求める声を上げる権利団体のことである。

女性の権利向上を求める団体は古くからある。日本で言うならば、平塚雷鳥が主体となった新婦人協会が有名どころだろう。元々参政権など社会に関わる権利の薄かった女性層が家の内だけでなく社会の事柄の多くに関わり、貢献できるようにというのがこれらの団体の基本理念である。

実際、二十一世紀への突入付近より日本でも男女雇用機会均等法や男女共同参画社会基本法などの法整備が整えられ、それまで男性の多かった社会の第一線における女性の活躍が急進するようになった。

 

『まぁ別にさ、その辺は良いのよ。やることきっちりやって、然るべき成果出してるなら幾らでも権利を要求すれば良いさ。ただ、連中の場合はちょっと違うからねぇ。まぁ確かにISの社会への貢献は間違いないものだけど、果たして連中の中にそれをやっている人間がどれだけいるやら。虎の威を借るにしても程度があるだろうに』

 

 元々低かった女性の社会的地位を、より大勢の人間が活躍し社会の発展を促せるように向上させる。それまでならまだ良い。しかしながら、女性側を意識しすぎるあまりに、時折本来の公平性から外れたような事例も見受けられるようになったのだ。いわゆる痴漢冤罪などその好例だろう。

 

『僕が思うにね、連中はその確かに存在した、けどそこまで表立ちにはならなかった歪みが明確な形を持ったものだと思うんだよ』

 

 そうして多少ながら歪みを抱えたままの社会情勢が進む中、一つの転機が訪れた。すなわち、ISの登場である。

一夏と数馬が今現在会話の軸に据えている団体は、数馬が言ったようにISのその非常に優れた性能と、一夏という例外が生まれたものの基本女性にしか扱えないという特性を根拠として、要約すると『女性こそが社会の中心を担っていくべき』として、かつての男性優位をそのまま女性優位にひっくり返したかのような論を展開する団体のことである。

 

『言論の自由が憲法で保障されているとはいえ、いささかフリーダムに過ぎるような気がするんだけど、そこんとこどう思う?』

「カルトとかの連中よりはまだかわいいもんだと思うがね」

 

 一般に『主義者』などと言われている団体は、時に過激とも言えるデモなどを行っていることもあるが、それも各国に同様の団体があることからの規模を考えればある意味当然だ。

だが、多少やかましくとも口だけでならまだマシであり、時に犯罪、酷い時にはテロまがいの行動を起こすカルトの方が問題というのが一夏の持論だ。曰く、「単に当人の心の支柱の一つというだけであれば良い宗教を利用して自分勝手に世間様に迷惑かける性根が気に食わん」ということである。

 

『ま、確かにまだ口だけだしね。それに、多分そこまでだ。持論を展開して世に発信できこそすれ、社会をその持論通りにするなんてのは無理だ。自分の意見を世界に発信するなんて、今日日(きょうび)小学生だってできる。彼女らのやってることは、しょせんそのレベル止まりさ。いやぁ、程度の低さが知れるねぇ』

「俺もそこまで詳しい方じゃないんだけど、その主義者連中だって世界で見れば少数派な方なんだろ?」

『まぁね。元々、女性の権利団体の中から特に強硬論を言ってる連中が分裂したようなもんだし。世の中だけじゃない、その大本の権利団体からすらも疑問視されているからね。受けている支持なんて、たかが知れるよ。規模も、指示する連中される連中の程度も』

「まぁ、人が何を信条にして何を言おうがそれは人の自由だろ。俺はそいつらが何を言おうとどうでも良いさ。知らぬ存ぜぬ。心底纏めてどうでも良い」

 

 一夏の反応はどこまでも淡白だ。自分を批判したければ勝手にすれば良い。自分は自分でやりたいようにやるだけだ。そう言わんばかりに切って捨てる。この自分というもののブレの無さがある意味で織斑一夏という人間の強さの一端を担っているのだろうと数馬は携帯に耳を傾けながら思う。

 

『……まぁ、親友として言わせてもらうなら気をつけなよ? 今はIS学園だっけ? そこなら大丈夫だろうけど、弾の家に来たみたいに外にも出るんだろう? 流石にそこまでは無いと思うけど、夜道で刺されて良い船になったりするなよ?』

「いや、まぁ俺もパンピーのアマに遅れは取らないけどさ。そこまでかね?」

『言ったろう? 結構過激だって。連中はISが女だけっていうのを根拠に自分たちの論を通したいんだよ。そこへ行くとお前の存在はただ邪魔者でしかない。しかも現状はただ一人。言っちゃなんだけど、お前さえいなくなれば連中の望む元通りの女しかいないIS乗りの業界に戻るわけだし。マジで過激な手段に出る可能性だってある』

「俺を倒しても第二、第三の俺がだな――」

『いや、そんなネタはいらないから』

「いやいや、そこはもっと上手く合わせろよ」

『悪い悪い。まぁ用心はしとけよ。単純に人殺すだけならナイフ持った幼稚園児だってできるんだから――って言っても、お前には釈迦に説法か』

「まぁな。確かに、人より人を壊す手管に通じているのは間違いないさ」

 

 そう言い切る一夏の声は冷淡だ。やろうと思えば人に危害を加えることなど手早く確実に、最小限の周辺への影響で済ませられるという明確な自負に満ちている。そして、自分以外の他大勢がその程度の有象無象でしかないという意識もまた然り。それを感じ取った数馬は面白がるように小さく含み笑いを漏らす。

 

『フフッ』

「どうしたよ」

『いや、そういう君の言い様がね。前々から思っていたけど、お前はなんていうか、ライオンとかそういう類だよ』

「その心は?」

『ライオンは知ってのとおり百獣の王なんて言われてる。サバンナとかじゃ文字通り他の動物の殆どは餌になるしかない。つまり、生殺与奪を一方的に握っているということだよ。君だってそうさ。

僕は君の本気を見たことはない。それでも生半なものじゃないってことくらいは知ってる。だからこそ、大抵の人間相手にもライオンと同じように一方的に生殺与奪を握れる。きっとライオンは他の動物なんて大したことないと思っているんだろうね。君の言い草も同じだよ。全部が全部ってわけじゃないし、そこまで薄情ってわけでもないけど、やっぱり他の連中との間に意識してるかどうかは知らないけど、壁を作ってるんじゃないかな?』

「それは……言われて見ればそうかもな」

 

 別に侮蔑しているわけではない。中学時代も別に数馬や弾、鈴とばかりつるんでいたわけではない。他の者達とだって、休み時間に人が足りないからとサッカーに誘われたりすれば時折参加して一緒に遊んだりもした。

ただそれでも、言われて初めて気づいたようなものだが、他の者達の間にそうした意識の壁があったのは事実だ。何が根拠となっているかは言うまでもない。一夏と他の者達の間にある武術的実力だ。

 

『多分、件の主義者連中に君が無関心なのもそこから来ているんじゃないかな? 所詮はごくごく普通に育った人間の集まりだ。君にとっては実力的弱者の集まりでしかない。だからこそ歯牙に掛けもしない』

「あぁ、確かにそうだな。本当に、言われりゃその通りだ。まぁ、好きにさせときゃ良いな。うん、確かに。けど――」

『けど、直接的な手段に出るならば話は別。しかるべき形で以って報いる、だろう? そこまで行っても無関心なほど、君は甘くもない。ついでに、それが相手にどうなろうともお構いなしなくらいには情けも無い。どうでも良いから、どうなろうが知らない』

「お前はアレか? 超能力者か何かか? 俺の考え読み過ぎだろう」

『まぁお前の人となりはそれなりに分かってるつもりだからね。持ってる情報を論理的思考で纏めれば、割と簡単にはじき出せる結果だよ。まったく、つくづく以ってお前は獅子や獣の類だな。けど、俺はお前のそういうところが嫌いじゃないし、何となくお前はそのままの方が何かと都合が良いかもしれない』

「俺がライオンなら、お前は蛇の類だよ。なんというか、人を唆したり微妙に意地が悪いあたり特に」

『アッハハ! まぁ、言いえて妙ってやつかな。実際人を弄るのは好きだし、あぁそういえば。神話でアダムとイヴを騙して知恵の実食わせたのも蛇だったな。蛇、ねぇ。密林で巨大アナコンダに襲われるパニック映画は中々面白かったな』

「それ、洒落になんねぇ状況だぞ」

『あれ、お前もやっぱそういうパターン苦手?』

「苦手っつーかなんつーか、いやさ。刀あればまだ何とかできる。頑張って首刎ねる。けど丸腰は……さすがに死ぬかも」

『素手でも蛇を絞め殺したりしないのか?』

「いずれはできるようになりたくても、まだ無理だな。できるようになったら、ドーム地下の格闘技場にでも参加するよ」

 

 ちなみにアナコンダの獲物の捕食方法はまず対象に巻き付いて絞め殺してから丸呑みである。この時に締めつける強さは、全身が筋肉の塊という蛇の体とその大きさもあって、数百キロにも達するという。更に余談だが、件のパニック映画では普通に人も食われるが、実際に蛇に人が食われたという事例は殆ど無かったりする。それでも怖いものは怖いが。

 

『つーか、話だいぶ逸れたな。なんか頼みがあるんだろ?』

「あ、あぁ。そうだった」

 

 気が付けばすっかり本題とは別の話題で盛り上がっていたことに一夏もなんとも言えない顔をする。そう、本題というのはそれなりに大事な内容なのだ。

 

「なぁ数馬。IS乗りの情報、そいつのプロフとか戦い方、はては専用機持ちならISそのもの。それってネットとかにどのくらい転がってるかね?」

『何を藪から棒に。……まぁいいや、そうだな。可能ではある、けどそう簡単でもない、と言うべきかな』

 

 何を言うべきか選ぶようにゆっくりと数馬は言葉を紡いでいく。

 

『IS学園なんてところに居る以上は一夏も分かっていることだろうけど、やっぱISは何だかんだで国防とかそういう面でも割と重要なポストに着けるのよ。性能が性能だからね。数に限りはあっても、派生技術からの恩恵ってやつも期待はできるだろうし』

「まぁそうだな。実際問題、ISの相手をするならやっぱりISにやらせるのが一番手っ取り早いし、そういう点じゃ、あぁ確かに重要だ」

『あとはまぁ私見だけど、ISを兵器として使うなら完全に奇襲用とかだろ? 専用機だっけ? あれって小さくして持ち運べるんだし』

「あぁ。実際俺も持っているし。確かに、霞が関とかのド真ん中で使って見境なしに大暴れすれば国家中枢にそれなりにダメージは食らわせられるだろうよ。別に日本だけじゃない。どこの国でも同じようなことやれば同じ結果になる」

『そう。だからやっぱり国としちゃISは、まぁ変わり種すぎるものだから正直扱いに困る。けど頼らないわけにもいかない。そんなものだ。それに、まだまだ開発の伸び白はありそうだからね。国としても、そうそう情報は外に漏らしたくはないだろう』

「だから難しいと」

『けど、それだけじゃない。どんなジャンルにだってオタクってやつは居る。戦闘機や戦艦、戦車、果てはそういうのをひっくるめた軍事そのもの。そういう方面にだって、むしろそういうものだからこそ徹底したような人もいる。

ISだってそれぞれの国じゃ基地とかで訓練飛行とかやっているんだろう。そういうのを何とかして見ようとしたり、純粋な知的好奇心から情報を集めようとしようとする人もいる。間違いなく。だからそういう面子とコミュが取れれば、あるいは可能だね』

「つまり、あっちこっちに居るだろうISオタク、あるいはマニアならそういう情報、どこどこのISはどうであんなだとか、あのISの専属パイロットはどんなやつだとか、知っていると?」

『可能性は十分にあるね』

「だが、仮にそういうのが居たとしてコミュが取れるのか? いやそもそも、取れたとして情報なんて引き出せるかね?」

『あぁ、その点なら心配ない。言っただろう? オタクだって。自分で言うのもなんだけど、僕だって一種のオタクだ。そして一夏、オタクというのはね、奉じるジャンルが違ってもその本質は一緒なんだよ。誰かと知識を共有したい、語り合いたい。新しい仲間が欲しい。そのあたりの生態は、百どころか千も承知しているさ。

結論を言おう。多少時間は貰うよ。けど、報告は出せると思う。多分だけどIS絡みのオタクにしたってどこかしらでコミュ用の掲示板なりを作っているはずだ。いや、既存の軍事系のコミュの中にもあるかもしれないね。僕が飛び込むとして、まずは挨拶代わりになる最低限の情報をゲットして、コミュに飛び込んで……』

 

 そのまま数馬はブツブツと方策を呟きながら思案する。海外系のサイトがねらい目かとか、言語はどうするか、翻訳機能付きのブラウザを使うかとか、目玉のためにどこかしらにハックをかけるかとか、微妙に簡単に聞き逃せないような内容も混じってはいたが、様子から察するに数馬の中では既に確固たるビジョンができあがりつつあるのを一夏は感じ取っていた。

 

『一夏、一応確認しておくよ。どこの誰の、どんな情報が欲しい?』

「フランス代表候補生シャルロット・デュノアおよび専用機ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ。ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒおよび専用機シュヴァルツェア・レーゲン。デュノアはフランスのIS大手デュノア社令嬢、ボーデヴィッヒはドイツ軍のIS専門部隊の隊員だそうだ。その線から行くと良いかもしれん。情報は、まぁどんな装備があるとかどんな戦い方するとか、とにかく何でもいい」

『了解。オーケー、早速検索でヒットだ。いや中々どうして華のある見目麗しい少女らじゃないか。まさしく国家という積み重ねた歴史という土壌が生んだ一輪の可憐なる花。いやさ、陳腐な表現でしかその華を形容できない自分がもどかしい。彼女らへの不敬に他ならんと言うのに、それしか言えないこの身のなんたる矮小さか。あぁだがそれも必然、物事は究極に、より本質に近づくほど形容する言葉は陳腐になるもの。彼女らを可憐と、見目麗しいとしか言えないのなら、まさしくその一言に集約されるのだろう』

「……」

 

 何やら一人でみょうちくりんな言い回しを始めた数馬に一夏は閉口する。またか、と思うと同時に感想はただ一言だけ。すなわち、ウザい。

御手洗数馬、決して悪い奴ではないしむしろ親友と呼んで差支えない良い友人でもあるというのが一夏の認識だが、どうじにその悪癖もまた承知している。

彼はテンションが上がったり緊張したりすると、とにかく面倒な喋り方になるのだ。無駄に言葉を多用して何やら複雑な言い回しをする。端的に言って胡散臭く、そして時には親友(イチカ)ですら「ウザい」と感じる程になるのだ。

中学時代、数馬のせいで程度の大小の差はあれども迷惑厄介を被った者達の間では、一時期「御手洗数馬超ウザい」が流行語になっていたるするほどだ。

そして更に厄介なことに、数馬は一般的に「美少年」と言っても差し支えはない顔立ちであるため、そのウザさすらどこか様になっているのだ。こうなると一夏としてもはやウザいというより「知るかめんどくさい」と呆れてしまうばかりなのだった。

 なお、今回の場合は検索でヒットしたというが、大方シャルロットとラウラが数馬としては十分に気に入るに値する容姿だったためにテンションが上がっているのだろう。確かに、客観的に見て二人が見目麗しい容姿をしているという点については概ね賛同はできる。

 

『ん、まぁ要件は概ね理解したよ。そうだね、IS関連は僕も知らないことが多い。良い機会だ。僕を楽しませてくれるような未知がないか、少し潜ってみるとしよう』

「悪いな、恩に着る。なにせ、こういうのを頼めるのはお前しかいない」

『別に良いさ』

 

 頼ることしかできないために素直に礼を言う一夏に、数馬はどうということはないと気楽な調子で答える。出会ってから三年、積み重ねてきた友情の一端がここに表れていると言っても過言では無かった。

 

『とにかく、一夏は気長に待ってろ。僕も、可及的速やかに情報を伝えるとしよう』

「あぁ、頼む」

『さて、これでお前からの頼みは受諾したわけだが、となるとここで一つ。新しい話題ができあがる』

「なに?」

 

 自分の依頼が成立したことによってできる話題。一体なんなのかと一夏は首を傾げる。

 

『何てことはない。依頼成功の暁には報酬が支払われて当然。となると、こっちも多少は見返りを要求する権利はあるんじゃないのかな?』

「あぁ、そういうことか」

 

 納得したと言うように一夏は鷹揚に頷く。至極尤もな話だし、一夏としても欲しい情報が得られたなら対価を払うことは吝かではない。

幸運というべきか、倉持開発の白式を拝領するにあたって技術開発への協力報酬という名目で月々幾らかの報酬を受け取っている。エライ高額というわけでもないが、高校生の小遣いと呼ぶには過分に過ぎるくらいにはあるため、ここ一、二か月で一夏の口座は一気に残高を増やしている。多少の金銭くらいなら、問題はないだろう。

 

『あ、別にお金とかは良いよ。ぶっちゃけ俺も月にかなり稼いでるし』

 

 先回りした数馬が金銭は要らないと言って来る。では、何を払えばいいのか。

 

『あのね、別に何か寄越せってわけじゃないんだよ。いや、強いて言うなら時間、かな。あのね、ちょっと付き合って欲しいことがあるんだ』

「付き合ってほしいこと?」

『そう。夏ど真ん中だから学校も休みだろう? いやさ、ちょっとイベントのチケットがあるんだけど、二枚あってね。一枚、奢るからそれにさ。チケットを無駄にはしたくないんだよ』

「イベントって、何さ」

『それはね……』

 

 そこで数馬は僅かに言葉を切る。その間に、一夏は耳を傾けた。

 

『アイ○ルマスター アニバーサリーライブ。場所はSSAな』

「……はい?」

 

 思わず聞き返した。

ここで説明しよう。『アイドルマ○ター』とはゲーム開発会社バン○ムが開発しているアイドル育成型シュミレーションゲーム、および関連商品その他諸々の総称である。なお、過日に一夏が弾の家で数馬に誘われて見ていたアニメはこのアイドルマ○ターのアニメである。

 

『えーっとね、ほら。この間の弾の家で話したろ? 声優さんたちが実際にライブやってるって』

「あぁ、そういやそんなこと言ってたねぇ。何か? それでお前はチケットが取れて、一枚余ってるから、俺にくれてやるから一緒に来いと」

『そゆこと』

「あー……」

 

 さてどうしようかと思う。別に嫌いではない。というより嫌いだったらいかに親友に勧められたとはいえアニメを全話見たりしない。

 

『よし、更にオマケだ。今ならチケットタダに加えてライブ用のTシャツ及びペンライト各種の無料レンタルもやってやる。更によりライブを楽しむための曲のコールも押さえとくべき曲のは伝授しよう。どうだ!』

「それだと、俺の実質負担は交通費くらいじゃないのか?」

『それに加えて会場の物販で買うグッズとかもあるね。なんだったら幾らかカンパはするけど。どうせ推定出費ははした金で片付くし』

「随分と至れり尽くせりなんだな。そこまで俺を誘いたいのかよ」

『まぁね。多分、弾はそこまで乗り気にはならないだろうし。それに、本当に余ったチケットをどうにかしたいんだよ』

「それだったらネットで転売したりとか――」

 

『この戯けぇっ!!!!』

 

 不意に鼓膜を揺らした怒声に思わず一夏は携帯を耳から離す。

 

「お、おい数馬?」

『あぁ、すまない。いやゴメン。ただ一夏、某は転売という行為がどうにも許せなくてさ。いや、正当な理由があるなら良いんだよ。例えばだけど、行きたいからチケットを取った。でもどうしても外せない用事で行けないから、誰かに売ると。基本的に買う側はチケットを正規の販売で取れなかった人で、ついでに額も割増になる。けど、そういう真っ当な背景があるならまだ許容はできるんだよ。

売る側はそもそもからして行けないという悔しさを噛みしめることになるし。それでせめて自分の代わりに楽しんでくれとチケットを託す。買う側はそうした意思をくみ取った上で売る側の支払ったチケット代、プラスで行けないことへのお見舞いも込めて、まぁ実際は需要と供給の関係とかだけどさ、割増の額で買う。そういうのならまだ良い。まぁ、そんなの私人間(しじんかん)でくらいしかないだろうけどね。

ただ問題なのは初めから転売する気で取ってるやつだよ。そういうやつが数を無駄に取るから真面目に行きたい人がチケットを取れない。そんな人たちの無念に付け込んでぼったくり価格で売りつける腐れテンバイヤー共。もうね、思うわけよ。蚊とゴキブリとテンバイヤーは絶滅しちまえと。あとeプ○ス死ね』

「お、おう……。まぁなんだ、お前の心意気は分かったよ」

 

 腹の底から湧き上がるような怒りを押し殺した数馬の言葉に一夏も若干引きながらも理解を示す。

 

「まぁ、なんだ。お前の気持ちは分かったし、色々とサポートしてくれるみたいだし。うん、わかった。何とか都合をつけて、その提案を受けよう」

『そう言ってくれると信じていたよ、親友』

「まぁ、やれることには真面目に取り掛かる必要があるからな。あぁ、ダチのためになるなら、本気(マジ)になるべきだろうよ」

『その言葉を待っていたぜ。ようこそ、プロデューサー道へ』

 

 ここで言うプロデューサーとはファンの基本的呼称のことである。名前の後にPと付けるのが基本であり、例えば数馬の場合ならば『御手洗P』あるいは『数馬P』となるわけである。

 

「まぁ、プロデューサー道云々は置いといてだ。やる以上は、本気で行かせてもらうじゃないか」

『その意気だとも親友』

 

 電話越しに二人はニヤリとした笑いを交し合う。何も知らずに傍から見ればそれなりにサマになっている絵だが、そこで交わされている会話の内容はどこまでもどうしようが無かった。

 

「しかし、アイドルか……」

『どうした?』

「いやさ、さっきも言ったろう? 俺は必要なことなら真面目にやる。少なくともこの間のアイマイの一件で、そっちの方面の情報を仕入れておくのはお前とやっていくうえで役に立つと思ったんだ」

『ふむ、それで?』

「あぁ。だから、俺なりに似たようなジャンルでどういうのがあるのか調べてみたんだよ。物によってはお前と話すために幾らか中身も覚えとこうと思ったんだがな。……その、なんだろうね? あのね、俺もまさかこうなるとは思って無かったんだけどね? そのぉ、良いかな? って思うのが……あったの」

『ほっほう?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、数馬の目があからさまに輝いた。同時に声に何かを期待するような色が混じる。

 

「いや、俺も本当に不覚を取ったとしか言えない。けどまぁ、よくよく思い出して見れば俺は修行以外は割とインドアだったし、元々漫画もアニメも人並みに読んだり見てたりしたから、まぁその延長だと思えば良いかなと。で、結局何なのかと言うと――」

『待て。俺が予想しよう。そうだな……ずばり、ミュージックの王子様あたりか』

「いや違う。まぁ調べる過程で名前は知ったけど、あれどう考えても女向けだろ」

『アニメは見たけど男でも楽しめたですしお寿司。あと、ミュージックと王子を英語と日本語ひっくり返すなよ? 絶対だぞ?』

「いや知らねーよ。でだ、結局何かっていうと……『ラブラ○ブ』なんだ……」

『ヒィィィヤッハァァァァァァ!! 流石だぜ親友! 目の付け所がイケてるねぇ!』

 

 一夏の選択が相当に気に入ったのか、非常にハイなテンションで数馬が歓喜の声を上げる。

なお、ラブ○イブとは主にアニメやコミック関連を主とする三つの企業グループが合同で立ち上げたプロジェクトの総称である。アイマイ同様、CD発売を始めとしてアニメ、コミック、更にはキャラの声優によるライブなど多方面に展開している。

ちなみによく似た響きにラフロイグがあるが、あっちはウィスキーである。

 

『察するにアニメだな? 今ちょうど旬だ。聞けばIS学園はその辺の環境も完璧と言う。視聴にさしたる問題はあるまい』

「あぁ。俺もまさかこうなるとはまるでこれっぽっちさっぱり思って無かったけどね!」

『良いさ良いさ。何も恥じることはない。一夏、我が盟友よ。今この時より我らを結ぶ縁は更に盤石なものとなった。あぁ、感じるぞ、既知を。だが、決して悪くはない。そう、友情とはかくも美しきものだ。駆け抜ける刹那の青春、その一瞬のきらめきをより鮮烈に輝かせる。既知であるが、これは良い。

一夏、分かるぞ。君も、ニコ先輩の『ニ○コ○ッコニー!』にやられた口だろう?』

「いや、俺は、そのぉ、ウミちゃんの『ラブアローシュート』にハートをBANされた口なんだけど……」

『そっちかー! だがナイスチョイス!!』

 

 一夏の行動が相当に気に入ったのか、数馬のテンションは上がったまま下がる気配を見せることはない。

 

『オーケーオーケー! 任せろ! この御手洗数馬、しっかり網羅している! 今度CD貸してやる。あぁ、そういえばライブもあったな。よし、チケットは任せとけ!』

「あ、いやオイ……」

 

 別にそこまで頼んだつもりは無いのだが、多分数馬はそれ行けやれ行けと言わんばかりにグイグイと押し付けてくるだろう。それも善意が百パーセントなのだから断るに断れない。

まぁタダで貸してくれるというならそれはそれでありがたく受けて、適当に曲を音楽プレーヤーにでも放り込んでおこうか。そんなことを考えながら一夏は数馬の言葉を聞き流す。

 

『ところで一夏よ。ぶっちゃけ、アニメの方はどうだった?』

「何で見てること前提で話進んでるんだよ」

『だって『ニッ○ニッ○ニー』とか『ラブアローシュート』とか知ってるじゃん』

 

 そういえばそんなことをつい口走ってしまったなと思う。見事なまでに墓穴を掘った形だ。ちなみに一夏は真面目な人間というのは嫌いではない。作品の中でもかなり真面目な方であるキャラを気に入ったのも、あるいは自然な流れなのだろう。

周囲の人物に当てはめてみれば、セシリアなど良い例だ。あとは少々固すぎる所があるが箒も当てはまる。なんだかんだで真面目であるということは一夏にとって良い印象を抱けるものなのだ。

 ではそれが男女の云々に発展するかと言えば、それは難しいと一夏自身思っている。

客観的に見て良い女子であるのは間違いないのだろうが、何せただの一度でも互いの『武』を交わしてしまったのが運の尽きか。色恋以前に武人としての感性が働いてしまうのだ。こういうのを職業病というのだろうかと考えてしまう。

 

『で、アニメはどう見てる?』

「どうってそりゃ……まぁ部屋のテレビのHDに録画はできるから、部屋で筋トレしてる時とかに流してる感じかな。部屋は防音もしっかりしてるからな。それに限った話じゃないけど、テレビを気兼ねなく見るのには役立ってるよ」

『ふむふむ。で、全体的な感想はどうだ? こう、キャラ同士の絡みとか。あ、ちなみに俺はマキとミコの絡みが好みです』

「まぁ悪くは無かったさ。ただアレ、アイドルっつーよりむしろノリはスポ根じゃね?」

『まぁシナリオの根幹は野球に例えりゃ、廃校寸前の学校助けるために野球部が甲子園に出て学校盛り上げようってノリだからねぇ』

「あるいは、それだからかもしれないな。ぶっちゃけそういうド根性とか割と好きですハイ」

『とことん体育会系だもんねぇ、一夏』

「否定はせんよ。あぁそうそう――」

 

 軽くフッと笑ってから一夏は何かを思い出したように人差し指を立てた。

 

「マキで思い出したがな、彼女は受け専門だと思うんだよ俺」

『そこに気付くとはやはり天才か』

 

 さらっと自分がかなりダメな発言をしていることに一夏はまるで気付かず、相手の数馬はと言えばただそれを称賛するのみ。仮にこの場に弾が居たとすれば、もはや手遅れと言いたげな哀れむ視線を一夏に向けていただろう。

数馬には向けないのかと問われれば、彼についてはとっくに手遅れというのが弾の認識である。

 

『やはり僕の見込みに間違いは無かった。断言しよう、一夏。我が盟友よ。君には紛れもない才覚がある。自分を武術家としているが、その可能性はそれに留まらず無限に広がり流れるものだろうよ』

「あ、あぁうん。ありがとう」

 

 可能性があると言われるのは良いのだが、果たしてそれは素直に喜んで良いものなのか。何か、妙な所でズレが生じているような感覚を一夏は否めずにいた。

 

『さて――あぁ一夏。さっきの頼みごとの件だけどね、中々面白いトコが見つかった』

「なに?」

 

 先ほどまでと一転して、一夏の声に一気に硬質さが宿る。頼みごと、つまりはシャルロットとラウラの情報についてだ。

 

『まだ見つけたばかりだから本格的なのはこれからだけど、これは多分自由参加型の掲示板だね。一応海外のサイトだけど、確認できるだけで十カ国以上の人が参加しているらしい。

案の定と言うかね、話題はIS関連がやっぱり多いらしい。これは――多分現役の軍人とかも混じってるのかな? 最近の軍隊にはこういう方面が趣味の人も多いって言うけど、これは中々……。あぁ、使えそうだ。まだ探してはみるけど、いきなり良いポイントが見つかったよ』

「幸先が良さそうなのは良いが、大丈夫なのか? その、色々と」

『あぁ。海外系でまずはウィルスやフィッシングの類には気を付けたいけど、まぁその辺の対策はしてるし。言語も、まぁ英語やフランス語、ドイツ語だとかメジャーなのしか対応してないとはいえ、自動で翻訳ルビ振ってくれるブラウザ使ってるし。掲示板自体も、この手の自由参加型にしてはかなり纏まってるね。内容が結構専門的みたいだから参加者が限られるのかな? 荒らしの類も殆どいない。ここまで自浄作用が機能している掲示板も稀有だね。それなりに予備知識を持って新参で入る必要があるけど、まぁ多分何とかなるだろう』

「数馬、そのサイトは俺でも見れるか?」

『別にURL教えるだけなら良いけど、ちょっとお勧めはしないかな。海外系のサイトを回るなら厄介ごと抱えないようにそれなりに慣れる必要があるし。何より一夏、何カ国語も入り混じってるページを解読できるか?』

「無理だな」

 

 即答する。そもそも学校教育で習う範囲の英語ですら怪しいのに、そこへ更に他の言語など土台無理な相談だ。そこまで言語能力に秀でていると思ったことは生まれてこの方一度もない。

 

『というか、ぶっちゃけ俺もこの翻訳機能付きブラウザじゃなきゃ全部読める自信が無いし。いや、勉強すれば何とかなるかもしれないけど、時間も掛かるからね』

「ふむ。まぁ良い。この手のことは俺よりお前の方が遥かに専門だ。全面的に任せる」

『任されよ、ご期待には添えるとしよう』 

 

 余裕すら感じさせる数馬の言葉には事が上手く運ぶということへの強い自負が感じられる。実際、そこまで言うからには算段も付いているのだろう。ならば後はそれを信じて待つのみ。それが今の一夏のすべきことだ。

 

『しかし、ISか。君がまぁ、今のような立場になったからこそ、僕も色々と調べるようにはなったけど、中々どうして摩訶不思議な代物だ。いや、むしろ作った人間の方なのかな? 摩訶不思議は』

「束さんか。まぁ確かにそうだ。ただ、摩訶不思議というよりはむしろ奇天烈だな」

『そっか。確か知り合いって言ってたっけ? どんな人だったんだい?』

 

 あまり吹聴はしていないが、ごく一部の人間には篠ノ之束と自分が知己であるということを話したことがある。数馬もそうした一人だ。

ISという世界規模で影響を与えた兵器の開発者を知り合いに持つということは決して軽くはない。だが、例えばこの数馬や、同様に彼女との関係を教えた弾などは「一夏の知り合いだからと言って自分に何かあるわけでもない」と割り切って些事の中の些事としか受け止めていない。一夏もこのあたりを信用して話したのだが、事実として今この時も数馬にとっては一夏と束の関係など話を進める一要素の一つでしかない認識だった。

 

「そうだな。まぁ作ったものがものだ。実際、開発者としちゃ間違いなく不世出クラスの大天才と言って間違いないよ。けどその反動というかね、人としちゃ劣等だよ。俺含めほんの数人を覗いて、他人と真っ当に接していた記憶はないな。いうなれば、天才ぶり同様に不世出で史上最強クラスのコミュ障だ」

『随分と辛辣に言うじゃないか。口ぶりに出てるよ?』

「まぁ、姉共々色々と振り回されたからなぁ。あぁ、何かあの人がやらかす度に姉貴の鉄拳が飛んでたのが懐かしいや」

『へぇ、あの千冬さんとねぇ。また随分とタフな』

「ま、雲隠れして世界中の追跡からトンズラこいてるんだ。バイタリティはあるだろうよ。なんか律儀に毎年年始には写真付きの年賀状送ってきてるからな。息災ではあるらしい」

『あまり嬉しそうじゃないね』

「嬉しいとか嫌とか、そういうんじゃないんだよな。なんつーか、どうでも良い。最後に直接会ったのなんざ一体何年前やら。あの人がどうかはともかく、俺からしてみりゃ近所の変わり者だったからな。冷たいと言いたきゃ言え。今更、あの人の生死程度でどうこう騒ぎはしないよ」

 

 束の失踪が箒の連続転居コンボのきっかけとなったため、時期的には一夏がまだ十の齢にもなっていない頃のことだ。そんな昔の、少々縁があった程度の知人に向ける関心など、よほどの人間でもなければ持ってはいない。

束は確かに能力という面で見れば『余程』という言葉でも過小評価が過ぎるだろうが、『人間』として見れば一夏もそこまでなついた記憶はない。精々が姉と親しく、その関係か自分にも友好的に接してきていたくらいだ。その程度、別段特別視するようなことではない。

 

「あぁでもアレだ。一つ、たった一つだけな、俺はあの人に関して完全に肯定せざるを得ないことがある」

『へぇ? それは博士の発明……じゃないね?』

「あぁ。ぶっちゃけ束さんが何作ろうが知ったことじゃない。俺に厄介を持ち込まなきゃな。ISは、まぁギリギリ許容ラインか。で、何が認められるかって言うとだな――」

 

 そこで一夏は一度言葉を切って息を吸う。携帯を手にする数馬はその後の一夏の言葉を静かに待つ。そして、一夏の唇が動く。

 

「ずばり、乳だ」

『そうか、それは否定のしようがないな』

 

 野郎二人、揃ってダメな発言をかました。

 

「いや、少なくとも今まで俺が見てきた中で、それこそテレビに出てるだとか道端ですれ違ったとかも含めてだ。束さん、乳のでかさは半端じゃない」

『マジか』

「マジだ。何せ毎年の年賀で確認できるからな。去年など暑い地域に居たのか水着、それもビキニ姿と来た」

『永久保存ものか』

「バッチリコピーは取って俺が処分するという名目の下、姉貴からぶんどって部屋の最奥に保存済みだ」

『今度見せろ。ていうかデータ頂戴』

「オーケー、任せろ」

『ちなみに参考までに聞かせてくれ。どのくらいだ』

「ぶっちゃけカップサイズとかは詳しくないから抽象的になるけど、こう、アレだ。どたぷ~んって感じだ」

『そうか。どたぷ~んでバルンバルンしよるわけか』

『あぁ。どたぷ~んでバルンバルンしよってダァイナマイトッだ』

『ほほぅ。どたぷ~んでバルンバルンしよってダァイナマイトッでビッグバァンなわけか』

「うむ。どたぷ~んでバルンバルンしよってダァイナマイトッでビッグバァンでスリルショックサスペンスだ」

『実に素晴らしいな』

「あぁ。俺は大きさで貴賤を決めるような無粋な真似はしないが、でかいはでかいで良いものだと思う」

『全くもって同感だ。俺も、それこそ72センチから91センチまで平等に愛でる自信がある。そう、大きさの貴賤など些末なことなのだよ。真の魅力とは存在そのもの全てより燦然と遥か天上で燃え盛る太陽のように、あるいは静謐に佇む月、宝石のように散り散り煌めく星々のように、鮮烈さと、厳かな優美さと、感嘆に足る輝きのように、ただ在るだけで溢れるものなのだから』

「そ、そうだな」

 

 またしても妙なテンションが入った数馬に話を振ったことを棚上げして一夏は軽く引く。この面倒なノリはこうやって不意打ちのように、いつ訪れるかが分からないから性質が悪い。

 

(とりあえず、山田先生のことは黙っとくか。束さんがロケットなら先生のは……ICBMだ)

 

 アレはもはやただただ感嘆するより他ない。何かの時だったか、彼女本人がチラリと言ったのを耳に挟んだ「サイズが合わなくてISスーツを特注した」という言葉は今も覚えている。

全くもって自分の武術家思考の都合良さを感じる。何よりも彼女に対して現状ISでの武技のおける自分の教師であり優秀な乗り手の一人であるという認識による、武人としての闘争本能が反応しているから良いものの、そうでなかったらさぞや年頃の男子にありがちなリビドーに悩まされていたに違いない。弾なら確実に反応するだろう。数馬など一見冷静を装っても内心大興奮に違いない。

 

『っと失敬。少し興奮した。まぁアレだ。とにかく頼みごとの件は何とかなりそうだから、そっちはそっちで頑張っとけ』

「あぁ、もちろんそのつもりだよ。何せ最近ようやっと本格的にIS動かすのが純粋に楽しいと思えてきたからな。バトルとなるとなおさらだ」

『変わらないねぇ、そういうトコ』

「いや全く。まぁとは言っても、しょせん俺一人の理論だからな。そりゃあ、できればこの楽しさとかをみんなとも共有したいと思うけど、俺の理屈を押し付けるわけにもいかないだろ?」

『いやいや一夏、それは違うと思うな。むしろガンガン押してくべきだよ』

「というと?」

『何事においてもだけど、最前線や最上位のレベルにいる人達っていうのはね、各々の分野である種そういう理屈を握っているんだよ。例えばだけど、種目は何でも良いからスポーツで文字通り世界最高峰の選手がいるとする。その選手は自分で編み出した独自のやり方を持っていて、それを駆使してそこまで上り詰めたとする。

もしもその人が凡俗なら、そのやり方は評価されないだろう。けどその人は最高峰だからこそ、自分のやり方、理屈を正しいものとして通してる。本人は意識してるかは定かじゃないけど、上に立つ人間ってのは多かれ少なかれ、自分の方式ってやつを周りに認めさせて、それが正しくて当然と思わせてるのさ。

もちろん、さっきも言ったようにそれは相応のレベルにあるからこそだ。けどねぇ、レベルが高いから自分流を通せたのと、自分流を徹したから高いレベルに上がったのなんて卵が先か鶏が先かのことだから。どっちありきは関係ないね』

「つまりアレか。お前はこう言いたいわけだ。迷わずに俺の理屈を貫けと」

『そう。そしてそうだと思ったならいっそ周りに押し付けても良い。上位者なんてどっかしら傲慢なところがあるんだし、そういう王様気質は割と一夏にあっていると思うよ?』

「はっ、買い被りすぎだ」

『いやいや、割と本気で僕は思ってるよ。それで、もしも君がそういう人間になれたら、その暁にはぜひ僕を厚遇してくれ。あぁ、弾も一緒だと楽しそうだな』

「皮算用がすぎるだろうがよオイ」

『あいにく、他力本願は僕の十八番でね』

 

 そのまま二人はカラカラと笑いあい、二言三言会話をして電話を切る。思いのほか話が盛り上がったことにちょっとした充足を感じつつ、一夏は電話を切る直前の最後のやり取りでの数馬の言葉を思い出していた。

 

 ――なぁ一夏。さっきの自分ルール云々の話だけどさ、実はすごい分かりやすい表現があるんだ。それも、この理屈のある意味究極の。――

 ――僕たち人間誰もが従わなきゃいけないルールってのもあるだろう? 万有引力、熱力学第二、相対性理論、果てはそもそもの生物の生死。人間どころかこの地球、その他もろもろの惑星、宇宙全体に共通する法則(ルール)がある。――

 ――自分で言ってて飛躍しすぎだとは思うけどね、それでも僕は思うんだよ。そういう世の法則を決めたやつがいるっていうなら、そいつはなんて言うべきか。すぐに答えは出たよ。あまりにも、当たり前すぎる答えだけどね。一夏、そういうのはね――

 

 

 ――神様って言うのさ――

 

 

 

「神、ねぇ」

 

 本当に飛躍しすぎだろうと思った。何せ神さまである。釈迦とかキリストとかヤハウェだとかニャルラトホテプだとかそういう類だ。あまりに話がかっとんでいるせいで、「こいつ中二病患ってるんじゃねぇの?」と疑ったくらいだ。

ちなみに中二病云々は、思えば昔からこんな感じだったからデフォのようなもので今更気にするようなことでもないとすぐに片を付けた。

 

「あ~でも、あれかぁ」

 

 ふと思いつく。今自分の右手に嵌っている腕輪、専用機白式の待機形態だ。これを、ISを、生み出したのは彼女だ。そういう意味で言うなら彼女は、篠ノ之束はISの創造主と言うべきだろう。

確か万物の創造主と神がイコールなのはキリストだったか。宗教にはそこまで明るくないため断言はできないが、そんな理屈もあったはずだ。となると短絡的ではあるが、ISという限られた範囲で考えれば束はその範囲における神にも等しいのではないかと思う。

意外に身近な所に分かりやすい例えがあったことに何とも言葉に形容しがたい思いが出る。あるいは、数馬はこのあたりのことを見越してあのようなことを言ったのだろうか。だとしたら、相変わらず大した慧眼の持ち主だと言えよう。

 

「まぁ、今はまだ詮無いことってやつか」

 

 まだまだ絶賛精進中の身。あまり余計なことは考える必要はないだろう。日々をいつものように鍛練と共に過ごすだけだ。

 

「けど、そうだな。いずれはっていうのも、面白そうだな……」

 

 あるいは姉すら超える程の領域に至った時、その時はかの創造主(タバネ)に真っ向から喧嘩を吹っかけるのも悪くないかもしれない。思い出して見れば、神に人間が喧嘩吹っかけて神に苦虫噛みつぶさせた事例など、古今の神話を見れば意外とありふれている。

そして自分の相手はそう比喩できるだけで、実際には極まった能力を持っただけのただの人間。別にオカルトに足突っ込んでいるわけではない。やりようなどいくらでもあるだろう。

 もしもそれが実現したらどうなるのか。その時自分はどれほどで、一体どんな規模の戦いを繰り広げることになるのだろうか? それこそ大迫力のバトルもののアニメや漫画みたいに「お前らの喧嘩で世界がヤバイ」くらいのレベルにもなるかもしれない。それを考えると、それだけで興奮に体が震える。

 

「あぁ、こうしちゃおれん」

 

 胸の内からフツフツと湧き上がってきた衝動を発散させる。とりあえず今から外に出るには少々遅い。ならばすべきは決まっている。

 

「レッツ、筋トレマラソン」

 

 とりあえずは腕立てから始めようと決めた一夏であった。明日のキレてる筋肉のためにも、今日の努力を欠かしてはいけない。そう、武人は一日にしてならずなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、既に寮の門限も過ぎた刻限にありながら明りのついている施設がある。

 

「やぁっ! はぁっ!」

 

 伝統的日本建築そのものの外観を持っているこの建物は剣道場だ。中から響く張りのある掛け声の主は篠ノ之箒。竹刀ではなく木刀を持った彼女は、自身の稽古の相手である上級生、斉藤初音に向けて幾度も斬りかかっていた。

 

「……」

 

 箒の止めどなく打ち込まれ続ける木刀による打撃を初音は無言で捌く。二人の表情は固く、共に真剣にのめり込んでいることは伺える。

本来であれば今の時間に二人がこの剣道場で稽古を行っていることは寮の門限に違反している。だが、今回に関しては事前にそうした門限外での学内施設の利用申請を提出していたため、二人の稽古は学園が公式に認めたものとなっている。

 

「やるね」

 

 そのまましばらく稽古を続け、キリの良い所で一度動きを止めてから初音が言う。

 

「数日だけど、だいぶ進歩してる。正直、驚いた」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 僅かに消耗は見られるものの、涼しい表情を保っている初音に対して箒は明らかに疲弊している。基礎体力や腕前、他にも稽古の方式など要因は諸々あるが、これが二人の差を示す一端であるとも言えよう。

 

「とりあえず、私が再現できるだけの彼の攻め手はやってみた。どう?」

「しょ、正直かなりのものです」

「けど、せめてこのくらいどうにかできなければ話にならない」

「えぇ。百も、承知しています」

「じゃあ、少し息を整えたらまた始める。とにかく、まずは守りを固めて。倒れなければ、負けることはない」

「はい」

 

 そうして箒は急いで息を整えると、再び木刀を正眼に構えて初音に向き直る。それを見て初音も静かに木刀を構える。

そうして再度立ち合い方式の稽古が始まる。翌日には使用許可を取ったISの実機を用いての訓練が控えているが、それでもお構いなしに二人の稽古は勢いを増していく。

道場から響き渡る掛け声、竹刀が打ち合う音、床が踏み鳴らされる音、外に漏れるそれらは誰の耳に入ることもなく夜の帳へと溶けていく。

 

 

 

 

 明朝には一夏は白式の調整のために姉と共に倉持技研へ赴く。箒は初音、司と共に対一夏に主眼を据えた訓練を行う。他の者達も、専用機を持つ者持たぬ者、代表候補の肩書を背負う者背負わぬ者、立場経歴肩書きは違えど学園に在籍する一人として自分のすべきことをするために次の一日を過ごす。

こうして夜は更けていき、少しずつ、少しずつ、学園の誰もが主役となる一大舞台(トーナメント)の開催は近づいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし? えぇ、調子は良いですよ。今のところは色々上手くいってます。はい、そのことはちょっと待って下さい。流石にいきなりは無茶ですよ。準備とか整えて、そういえば今度機体の調整があるとかって。えぇ、そろそろかなぁとは思ってます。じゃあ、また」

 

 携帯電話の通話を切った少女はため息を一つ吐く。本当はもっと気楽に過ごしたいのに、とんだ面倒を背負ったものだと思う。しかも厄介なことに、それでもやらなきゃならない以上、行動しなければ自分が満足できないのだ。たとえそれがチグハグなプランに基づく無茶であったとしてもだ。

 

「あ~あ、本当にこんなんじゃあ満足できる学園ライフは遠いなぁ……」

 

 そう言って少女は整ったその顔立ちに苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで一夏と数馬の野郎ズトークがほとんどの今回でした。
えぇ、本当にそれくらいしかコメントできませんね。我ながら何書いてるんだろって思いましたからww
 次回こそは大真面目に話を進めたいと思います。

 あと割と今さらなのですが、一夏も数馬も気に入らない相手にはかなり辛辣になるタイプです。なんとなく言ってみました。

 あと一つ大事なこと。
本作品に出てくる創作物は基本的に架空のものです。実際の作品、プロジェクトなどとのかかわりはたぶんあんまりそこまでありません。出てくるキャラにしてもどっか名前が似てるな~と思うかもしれませんが、似ているだけです。あまり深いことは気にしてはいけません。
割と大真面目にこのあたりについては寛容なご理解ご協力をお願い致します。
 まぁ、結局のところは自分がよくやらかすネタの一つに過ぎないということに集約されてしまうのですけどねww


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第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画

 二週間以内に新しいのを仕上げられたのは我ながら良い感じだと思いました。次はもうちょっと早く……というのは少々厳しいですねww

 まぁ自分が話を書く上でよくあることなのですが、相変わらず話の進みが遅い。
一応ここの小説情報でも確認できるように、一話平均一万と五千チョイくらいの文字数で書いていますが、一話一話を見ると話ごとの展開の進みというのはあんまり早くないなぁと。もっとサクサク進めたいのは本音なのですが、書いてるとついつい……

 今回は主に一夏パートと箒パートに分かれてます。どちらもトーナメントに向けての自分なりの準備という感じですね。


 日曜日、この曜日は基本的に一夏にとって諸手を挙げて歓迎できる日だ。否、休日である日曜日は基本的に誰もが歓迎して然るべきだろう。それこそ、バイトだの休日出勤だのと無縁の学生ならば尚更だ。もっとも、その学生にしても部活のハードな練習が控えているとなればまた話は別であるが。

基本的に一夏は部活動に所属しないがモットーである。持ち前の身体能力は同年代の者達と比べても群を抜いている域にあるため、仮に運動部などに所属すればたちどころにどの部だろうがエースの座を掻っ攫う自信がある。

だが、それはしない。特に部活というものが明瞭となる中学などそうだったが、それに時間を割くなら鍛練に回した方が効率的だと思っているからだ。体育の時間などで足の速さだとか何かしらの競技をすればプレーについての何やらで部に勧誘されたこともあったが、どれも丁重に断っていた。

 そんなわけで一夏にとって日曜日は思う存分に鍛練ができるという素晴らしい曜日であるのだが、それも毎週毎週というわけではない。何かしらの用事が入ってそう思うように行動ができないこともある。この日も、そんな自分の好きなようにとはいかない日曜日であった。

 

 姉と共に学園を出たのは午前九時のこと。別に姉弟揃って水入らずというわけではない。思い返して見れば二人でどこかに純粋に享楽目的で出かけたことなど殆ど無かったと思いつつも、二人は公共の交通機関を用いて目的地へと移動する。

場所は車であれば片道でも五時間以上、新幹線でも二、三時間は必要とする本州中央部付近の郊外である。だが、時代と共に技術も進歩した現在、新幹線よりも速いリニアモータートレインなるものが存在し、実際に着いたのは一時間と少々程度であった。

駅より更にタクシーに乗ること三十分ほど、ようやく二人は目的地である倉持技研の技術開発専門の施設に到着した。

 

「へぇ、中々どうして小奇麗な建物だこと」

 

 受付で名前と要件を告げるとすぐさま二人は丁重な態度と共に応接室とおぼしき小部屋に案内された。そこで出されたコーヒーを啜りながら一夏は感心したように言った。

 

「荒い使い方をされることも多いが、ISは内部部品などは精密機械と呼んで良いものが多いからな。必然、そうしたものを扱う施設はそれなりに清潔性を求められる」

「あぁ確かに。集積回路の向上だとかは埃一つさえ許さない徹底ぶりだとかって中学の社会でやったっけな」

「別にISや精密機器に限った話ではないが、物作りの場ではやはり清潔性はあるに越したことはないな」

「ん~、理屈じゃ筋は通ってるけどさ、俺としては小汚い作業場とかも嫌いじゃないぜ? 前に師匠に連れられて師匠の知り合いっていう刀工さんの工場にお邪魔したことがあるけど、お世辞にも綺麗とは言えなかったけどさ、俺はそういうちょっと煤汚れだとかそういうので汚れた雰囲気が良いなって思ったよ」

「ふむ。それは単に『汚れ』などとして区別できるものではないな。私もその意見には同感だが、そこへ私見を付け加えさせてもらうとお前が良いと言ったのは汚れではあるが、同時に一種の『味』に転じたものだろう。年月や連綿と受け継がれてきたものの証だからこそ、輝いて見える。ジーンズのヴィンテージ物というのか? 趣としてはアレが近いだろう」

「あぁ、なるほど。そりゃ納得だ。さすが姉貴」

「ふっ、伊達に年長者をやっているわけではないのでな」

「なるほど。食った年の功というわけか。さすが――っとぉ」

 

 無言で振るわれた拳骨をかわしながらその手首を掴んで動きを止めた一夏に千冬はあからさまな舌打ちをする。それを見て一夏は得意そうな笑みを顔に浮かべる。

 

「果たしてその減らず口に呆れるべきなのか、それとも純粋に腕前の向上を褒めるべきなのか、一体どちらをすればいいのだろうな?」

「そりゃあ勿論後者でしょ。褒めた方が伸びが早いってよく言うじゃないの」

「何事にも例外というものは付き物だぞ。お前などその例外の極致ではないか」

 

 いつのまにか両の手で作っていた拳骨を一夏に振り下ろそうとする千冬と、それを両手で抑え込もうとする一夏の図が出来上がっている。一進一退、進む気配の感じられない攻防が応接室で繰り広げられていた。

 

「つーかよ姉貴、思えば今日学園出てからまともに会話したのってこれが初めてじゃないの?」

「あぁ、そういえばそうだった、な! 何せお前ときたら移動中終始だんまりだったろう」

「そりゃお互い様、だっと! で、やっとまともに口きいたと思ったら何この状況?」

「お前が原因だお前が」

「いや、姉貴がすぐに手を出さなきゃいい話でしょ。何のためにその口はついてるんだ、っと」

 

 互いに眉間に皺を寄せながら互いの動きを封じようとする。こめかみには小さく血管が浮かび、二の腕は小刻みに震えている。

 

「口だと? そんなの決まっている。日々の糧を摂取し、どこぞの愚弟に説教をかますためだ」

「あいにく説教なら師匠で間に合ってるよっと。ついでに師匠の方が姉貴より年上だし。あんま大人ぶりすぎるなよ? 老けが進むぞ?」

「ふぅんっ!」

「ぬぅんっ!」

 

 唐突に膂力を増した千冬の腕を一夏も更に力を振り絞ることで抑え込む。今更のこととはいえ、モデルをやっても一流でいけそうな細見のどこにこれだけの力が備わっているのか、昔からの疑問がますます強まっていく。

 

「ぬぬぬ……」

「ふんぬっ……」

 

 ギチギチと手が人体を握りしめるにしてはいささか物騒な音が千冬の二の腕から響き始める。手の甲に浮かんだ血管から、今の一夏は相当な力を手に込めていることが伺える。だが、それだけの妨害を受けてなお千冬はジリジリと拳を一夏に近づけていく。

 

 コンコン

 

 そんな音と共にノックの音が響き渡る。それからの二人の行動は一瞬だった。ノックが鳴ってからドアのノブが回されて開くまでの数秒にも満たない間に、組み合っていた腕を離すと同時にやや荒れていた着衣を整えながら呼吸も平静そのものに整えてさも何も無かったかのように澄ました顔でソファに座りなおす。仮にこの場に第三者が、具体的には二人をよく知る箒や鈴、真耶あたりがいれば確実に苦笑いを浮かべていただろう体裁を整える早業であった。

 

「お待たせして申し訳ありません。少々打ち合わせが長引きまして」

 

 そんな詫びの言葉と共に部屋に入ってきたのはクラス対抗戦で一夏のセコンドを務めた川崎だった。スーツの上に白衣を着こみ、脇に資料を挟んだクリップボードを抱えている。その後に続くようにして男女一人ずつ、二人の職員が部屋に入ってくる。

 

「お久しぶりです、織斑さん。先日の試合はお疲れ様でした。改めて、お見事な手並みでしたと言わせて下さい」

「いえいえ、そんなことはないですよ。結局一敗をしてしまった。まだまだ未熟だと痛感させられましたよ。それに、あれだけの試合をこなせたのもスタッフの皆さんの助力があったからです」

 

 再開の挨拶と共に先の試合への賛辞を贈る川崎に、一夏も謙遜したような言葉を返す。浮かべる笑顔は爽やかな好青年そのものであり、先ほどまでのやり取りがやりとりだっただけにそれを横目で見ていた千冬は口元だけを苦笑いの形にしていた。

 

「さて、お待たせしてしまって早々に申し訳ないのですが、早速本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、是非にお願いします。いや、正直俺もちょっと楽しみでして」

「それは良かった。ではこちらを。お二人の分はありますので」

 

 言いながら川崎はクリップボードに挟んでいた資料を一夏と千冬に手渡す。幾枚かのレポート用紙をホチキスで留めることで纏めたそれを捲りながら中身を読んでいる一夏に川崎の声が掛かる。

 

「本日ご足労頂いたのは先日お話した通り、一度こちらで白式の総点検、および幾つかのパーツの交換を行いたいからです。パーツの交換についてはそちらの資料にもありますが、こちらでも記録させて頂いた織斑さんの試合データ、戦術などを基により機体を適した形に整えるものです」

「川崎さん。具体的には何が当てはまるんですか?」

「そうですね。織斑さんの場合、特に四肢のアクチュエータの稼働が多く、また徒手空拳による格闘も多いですね。ですので、それに合わせてアクチュエータ部のパーツをより精密な動きができるものにしたり、あるいは損耗が少なく済むもの変えたります。また、腕部のパーツなどはより格闘戦に適したものに交換するなどでしょうか。

あとはそうですね。先日のことなのですが、政府機関との連携研究の下で開発していた機体制御の新システムがようやく実装段階に入ったので――」

「是非乗っけましょうそうしましょう。えぇ、実装段階ってことはちゃんと動かしてデータ取らなきゃなんでしょう? 俺がやりますとも。大事なことなんだから早くやらなきゃですよね。いつやるのかって? 今でしょ!」

「……と、仰られるだろうとは想定していましたので、そちらも込みで色々と調整をしていこうと思っています」

「流石川崎さん。俺の考えなぞお見通しでしたか」

「技術屋は単に作れば良いだけではないので。ニーズに、あるいは顧客の要求するものを先読みして必要な時にすぐに提供できるようにするのもまた責務だと思っていますので」

「見事なお手並み、恐れ入ります」

「恐縮です」

 

 そうして一夏と川崎は視線を交わすと互いにニヤリと笑う。何やら妙な所でシンパシーを感じ合っている二人に川崎に着いてきた職員二人は苦笑いを浮かべ、千冬は吐き出したいため息をこらえるようにこめかみをひくつかせていた。

 

「では早速移動ということでよろしいでしょうか? 移動先で白式の調整と、それに関しての詳細な説明をさせて頂くという形で」

「分かりました。そういうことなら早速移動しましょう。川崎さん、よろしくお願いします」

 

 そうして一同立ち上がって部屋を出る。そして白式の調整のため、施設内の移動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このようにして一夏が千冬の付添いの下、倉持技研の施設に白式の調整に行っているのとほぼ同時刻、晴天に照らされたIS学園ISアリーナの内の一つ、その一角に箒の姿はあった。ISスーツこそ纏っているが、それだけである。そして、その隣には訓練用の打鉄を装備した沖田司の姿がある。

 

「悪いね篠ノ之ちゃん。打鉄、二つしか借りれなくてさ。悪いけど私と交代になっちゃうけど、良いかな?」

「あ、いえ全然大丈夫です。むしろ、その、すみません。大事なお時間を頂いて……」

「良いって良いって。別にそこまで不自由はしてないし、たまにはいつもと違った面子でやるのも面白そうだしね。何せ普段は初音としかやってないから」

「それなら良いのですが、その斉藤先輩はどこに?」

「ん? まだ準備してるんじゃないかな? まぁもうちょっと待って――お、噂をすればってやつだね」

 

 今いる位置から直線距離でも軽く百メートル単位で離れた場所にあるピットに視線を向けながら司は初音が準備を終えてやってきたことを箒に告げる。

そこからはすぐだった。加速して一気に二人の方までの距離を詰めると初音は手慣れた様子で制動、空中での静止をやってのける。それは一言、見事と言える手並みそのものであり思わず箒は感嘆のため息を漏らした。だが、すぐにその感嘆は失せて頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「あの、斉藤先輩。それは……打鉄ですよね?」

 

 そう聞いてしまったのも致し方なしというべきか。初音が纏っているISは箒も初めて見るものだった。おそらくは打鉄で間違いない。だが、箒の記憶にある打鉄とはだいぶ見た目が違っている。

基本的なパーツの構成は同じだが、特に腕部と脚部のパーツについては通常の打鉄が持つ丸みを帯びたラインではなく流れるような流線型、そして打鉄の中でも特に目立つ腰部のロングスカート状のパーツも太ももの中ほどまでの長さになっている。

防御に主眼を置いている打鉄にしてはいささか守りに危うさを感じ、どちらかと言えば一夏の白式に近い趣をその打鉄からは感じ取った。ただ、白式と決定的に異なるのはかのISとはまるで対照的な黒に染め抜かれていることだろう。

 

「そっかぁ、こりゃあ篠ノ之ちゃんにはちょっとしたサプライズかな。きっちり見とくと良いよ。一年の内からコレを拝めるなんてそうそうないんだから」

 

 常日頃通り寡黙な態度を崩さない初音に代わって司が率先して初音の纏う打鉄についての説明を始める。

 

「さて篠ノ之ちゃん。突然だけど、この学園に配備されているISは何機でしょう? あ、専用機は除いてね」

「え、それは、三十ですよね」

「そう。まぁ諸々の事情で一時的に前後したりはするけど、基本はそう。その三十を教師から生徒までみんなで仲良く使っていくわけ。で、当然だけど各機体にはナンバーが割り振られているんだ。今、初音が乗っているのはその中でもちょっと特別なやつでね。一番から三十番までの内、たった九機しかない一番から九番までの機体、この学園では『シングルナンバー』って言われてるやつなんだよ」

「シングル、ナンバー……」

 

 まだ説明は始まったばかりだ。だがそれだけでも、今初音が纏っている打鉄がただの打鉄ではないと分かる。その実感が、箒に黒の打鉄をまじまじと見つめさせる。

そんな箒の様子を微笑ましそうに見ながら司は説明を続ける。

 

「元々シングルナンバーは二年生からある整備課の実機調整練習や、この学園のもう一つの側面であるIS戦術研究施設のために優先的に使用されるようにって感じの代物なんだけどね。

なんかその過程で色々されたせいか、打鉄とラファールしかないのに色々なタイプの機体ができちゃって。で、せっかくだから生徒にも使わせてみようと、時折生徒の練習に回されるんだよ。それにシングルナンバーはそれぞれで調整のタイプが全然違う。だから経験できるISのパターンも増えるって点でも、重宝されてるね。

まぁもっとも、一年にはまず回らないし、二年以降にしても成績優秀者じゃないと回してもらえる資格はないんだけどね。ちなみに初音はこんな無愛想なナリでも成績は優秀だから。それこそ、実機の近接戦じゃ全学年ひっくるめても上位にあるからね。あぁ、そういえば最近例の彼もその近接だけなら上位リストに入りそうだったっけ」

 

 無愛想と評されたことに不満そうな視線を初音が向けるが、どこ吹く風と言うように司は受け流して説明を続ける。

 

「今、初音が乗っているのはシングルナンバー七番機。打鉄ベースでタイプは、そうだね。あの織斑君のISに近いかな。ただ、彼のほど速くはないね。その分、ちょっと攻撃力に回してる。例えばマニピュレータの出力だとか、直接ぶっ叩く時に強くやれるようにって感じかな。

一応射撃もできなくはないんだけどねぇ。初音も然り、時々使う私もそうだけど、これに乗る子は大体近接に傾倒してるようなのだから、もう寄って斬るしかしないよね。まぁその分、メインの剣も企業からテストで回されてきた新型だとかを優先的にのっけて貰えるんだけど。確か今は倉持の高周波振動刀だっけ。織斑君のも似たようなのだって聞いてるけど」

「なるほど。あの、沖田先輩。七番(これ)を訓練で使いたい時はどんな風に? あ、いや、私も乗りたいとかではなくて、純粋にやり方というか……」

「別に大したことじゃないよ。ISの使用申請する時に『何番使いたい』って書けばいいだけ。それで都合が合うなら、回してもらえる。

あぁちなみにシングルナンバーの使用資格だけどね、二年になってからその旨を申請するだけだよ。まぁ先生に聞けば手っ取り早いけど。それで座学実技両方の成績とかを先生が判断して、何番が使えるって通知する」

「シングルナンバー全部が使えるのではないのですか?」

「もちろんだよ。シングルの中には変則的な射撃戦だとかに特化してるのもある。初音や私の場合、そんなのに乗ってもただの打鉄に乗るより下手すれば弱くなるからね。本人のスタイルとかも含めて、先生たちが審査してくれるの。

さっきも言ったけど、今の時点の一年生でシングルを知っている子は殆どいない。けどそれも二学期とかその辺になればどんどん増えてく。授業で先生が話したりするからね。だから、今の段階で生で見れた篠ノ之ちゃんは幸運だよ。今から頑張れば、二年になってすぐにってのもありうるよ」

「……はい」

 

 腕を組み、口を真一文字に閉じながら瞑目して司の話が終わるのを待っている初音。その身を覆っている黒の打鉄を見ながら箒は頷いた。あるいは、これを使えるだけの生徒になり、その上でこれを使えば、一夏の完全な打倒も叶うのではないか。

 

「まぁでも何だかんだで一番良いのは国の候補生、更には専用機持っちゃうことなんだけどね~。ねぇ初音、私らも結構良い線いけるんじゃない?」

「さぁ。縁があれば、機会も回ってくる。肩書きは所詮肩書き。私は、それよりも私の実力の方が大事」

「求道者だねぇ、相変わらず。知ってる、篠ノ之ちゃん? 初音ってさ、まぁ近接なら腕が立つことやこの七番を結構多めに回してもらったりしてるから面白いあだ名がついてるんだよ。

見なよ、この鉄面皮。しかも肩書きどうでも良いとか言う何その一昔前の求道者ソウル。そういうのが原因で『黒鉄(くろがね)』、とかさ。黒鉄の初音とか、ウケない?」

「は、はぁ……。あの、えっと、強そうで良いんじゃないですか?」

 

 どうと言われても何を言えばいいのか分からない箒は適当な言葉で何とか流すことにする。ケラケラと笑い声を挙げている司を射抜く初音の視線がどんどん鋭くなっていっているのだが、果たして司が気づいているのか実に怪しい。

 

「あとはアレだね。ほら、この七番って普通の打鉄よりちょっとスマートだから、割と甲冑そのままに見えなくもないでしょ? で、色も黒だからあの白騎士になぞらえて『黒騎士』だとか」

「流石にアレは私も言い過ぎだとは思う」

 

 小さく吐き捨てるように初音は自分のあだ名への不満を漏らす。

 

「まぁまぁ良いじゃん初音。あだ名っていうより二つ名だよむしろコレ。そんだけ初音の実力をみんなが認めてくれてるってことなんだから」

「それはそっちの判断。私はまだ納得してない」

 

 その言い方は一夏にとてもそっくりだと箒は思った。間違いなく周囲よりも高い実力を持っていて自負もある。だが欠片も満足することなくあくまで実力の探求をするその姿勢。思えば入学してまもなくの立ち合いの直後から一夏と初音の二人がすぐに打ち解けたのはこの辺りで当人達も知らない内に気が合っていたからだろうか。

 

「けど、あだ名云々はもっと別にある。一番困るのはあいつ」

「あぁ、彼女ね。うん、まぁ、仕方ないんじゃないかなぁ?」

 

 その時の初音の顔は箒も初めて見る、苦々しげなものだった。事情を知っているのだろう初音が同意しながらも諌め、何のことか分かっていない箒の方を向いて顔を寄せると小声で説明する。

 

「あのね、同じ二年なんだけど一人だけ、初音のあだ名絡みでからかってくる子がいるの。まぁその子にしてみれば悪意の欠片も無い、本当にスキンシップのつもりなんだろうけど、知っての通り初音はああいう性格でしょ? だから、ね。反りが合わないっていうか、初音が一方的に嫌がってるだけなんだけども」

「そんな人、いるんですか?」

 

 そこまで長い付き合いであるわけではないが、こうして稽古をつけてもらったりしている中で初音の、そして司の人となりというものは箒もそこそこ分かってきている。故に、その初音をからかい倒すことができる人間というのが箒には信じられなかった。

 

「まぁ、そういうのができちゃう度胸と、腕っぷしもあるからねぇ。何せその子――」

 

 言葉の最中だった。

 

「初音ちゃーん! 司ちゃーん! ヤッホー!」

 

 そんな底抜けの明るさを感じさせる声がアリーナに響いた。直後、初音は忌々しそうに眉を歪めると盛大に舌打ちをして、司はあちゃーと言いながら額に手を当てた。

 

「噂をすればなんとやら、かねぇ」

「……」

 

 どこか呆れたような調子で呟く司と、眉根に皺をつくりあからさまに不機嫌を発散している初音。一体誰なのか、その箒の疑問はすぐに氷解することとなった。

 

「いやぁ奇遇奇遇。二人とも訓練?」

 

 そんな言葉と共にその場に降りてきたのは水色のISだった。初音が纏っている打鉄七番も装甲が多いとは言えないが、このISはそれに輪をかけて少ない。手と足、それと申し訳程度の腰部の装甲くらいしか装甲として目立つ部分は無い。

これを見て打鉄やラファールと言うような蒙昧はこの学園にはいない。それは例え一年生の箒でも然りだ。必然、それが専用機であることを悟らせる。

 

「更識楯無。私らと同じ二年で生徒会長、つまり生徒最強ね。ほら、この間の対抗戦で織斑君が負けたって子がいたでしょ? 彼女の姉だよ」

「あぁ……」

 

 司の耳打ちに箒は納得したように声を漏らす。それと同時に楯無の姿を知っていることを思い出す。確かあの対抗戦の後の食事会で、一夏を倒した四組の代表と共に食堂の一角に居たはずだ。少々視界に入った程度であるため中々思い出せなかったが、司の言葉という外部からの刺激でそのことを明瞭に思い出す。

 

「あら、新顔もいるのね。珍しいじゃない、普段なら二人っきりでやってるのに。何か心境の変化でもあったかな? かな?」

「大したことじゃない。ただ、後輩に稽古をつけているだけ。……邪魔だからどこかに行って。でなくば、私が追い出す」

「いやん、初音ちゃんコワーイ。一年二年って同じクラスのよしみじゃないの」

「私にしてみればただの悪縁」

「あ~んもう、初音ちゃんのいけず~」

 

 心底鬱陶しいと思っているような態度の初音に楯無はしなを作りながら抗議の声を上げるが、傍から見ればどう見てもおちょくっているようにしか見えない。なるほど、これでは確かに嫌がるはずだと箒は何となく初音の心情を理解していた。

 

「でも、本当に珍しいわね。初音ちゃんが誰かにものを教えるなんて」

 

 そう言いながら楯無は素早く箒に近寄ると満面の笑みと共に手を差し出す。

 

「篠ノ之箒ちゃんだったかしら? 私は更識楯無、この学園の生徒会長で初音ちゃんと司ちゃんのマブダチよ。よろしくね?」

「誰が」

「別に私はどっちでも良いんだけどねぇ」

「は、はぁ。よろしく、お願いします」

 

 マブダチという楯無の言葉に二者二様の反応を返す初音と司、そして何より初対面にも関わらず一気に距離を縮めてくるような楯無に困惑しながらも箒は差し出された手を握り返す。

ISを展開しているため金属の装甲に覆われているが、それでも不思議と柔らかさを感じるような繊細な力加減で楯無も箒の手を握り返す。

 

「……楯無、そろそろ失せろ。あなたはあなたの用事でここに来た。私たちはたまたま場所が同じなだけ。やることは違う。なら、もう私たちのところに居る意味は無い」

「ん~、そうねぇ。まぁ確かに、最初はちょっと調整したISの具合を見るつもりだったんだけど、ちょっと予定を変えちゃうわ。初音ちゃんがどんなことを教えるのか気になっちゃって」

「それを教える義理はない」

「そんなこと言わないでよ~。なんだかんだで私もボッチは嫌なの。だからお願い。一緒に居させて~」

 

 胸の前で手を組みながら上目使いで懇願する楯無に、初音は心底面倒と言わんばかりにため息を吐く。

 

「あの、斉藤先輩。折角ですから――」

 

 箒は初音と楯無の関係を殆ど知らない。ゆえに普段の二人のやり取りがどんなものかは分からないが、流石に面識も殆どない上級生とはいえ一方的に拒絶されている様子を見かねたのか、初音に折角だからと進言しようとするも、初音はそれを断固とした口調で一蹴する。

 

「甘い、篠ノ之。こいつはこうやって人を誑かして弄繰り回す。軽く無碍にするくらいが、上手くやっていくのに丁度いい」

「もう、初音ちゃんの意地悪。私のハートは柔らかで繊細なのよ?」

「モース硬度10な上に脱毛剤も裸足で逃げ出す剛毛の心臓の間違いじゃない」

「ぶー、初音ちゃんのイジワルー」

 

 二人のやり取りは見慣れているのか、司はまたかと言いたげな呆れ交じりの苦笑を浮かべている。状況についていき切れていない箒はただ当惑するだけだ。

 

「ね、良いでしょ? というか、私だってたまにはイケイケゴーゴーするわよ? 初音ちゃんがどういっても、今回は私も混ざります」

「……はぁ」

 

 仕方ないと言うようなため息だった。初音も承諾してくれたのか、その期待に楯無が目に小さな輝きを灯す。

 

「分かった。これ以上、言ってもどうしようもないみたいだし――」

 

 本当に心の底から面倒と思っているような言い草だ。やっていられないと言うように首をゆっくりと横に振りながら、ダラリと垂れ下げていた右腕が腰まで持ち上がり――

 

「力ずくだ」

 

 同時に風を切る音と金属同士の激突音が響き渡った。

 

「なっ!」

「あ~あ、こうなっちゃうか」

 

 驚きの声は箒の、やはりかと納得するような声は司のものだ。おそらくは格納されていたものだろう展開した武器を、初音は一切の容赦なく楯無に振るっていた。そして楯無は不意の一撃であったにも関わらず初音同様に武装のランスを展開してその柄で受け止めていた。

 

「ちょっとちょっと初音ちゃ~ん! いきなりそれはおっかないわよ~」

「涼しい顔で受け止めておいてよく言う……。篠ノ之、悪いけど下がって」

「え、斉藤先輩?」

「ちょっとこの腐れ生徒会長を潰す。危ないから観客席に下がってて」

「ゴメンね、箒ちゃん。どうもこのまま何もなしに収まりがつくってのは無さそうなのよねぇ。少し時間もらっちゃうわね?」

「いや、あの……」

「篠ノ之ちゃん。まぁ色々びっくりする気持ちは分かるけど、気にしない方が良いよ。これがこの二人のいつもみたいなものだから。うん、観客席に戻って今日はちょっと上級生のバトルの見学と洒落込もうか」

 

 未だ困惑気味の箒の背を司が押す。そのままアリーナと観客席を隔てる通用口前まで来ると司がパネルを操作して分厚い隔壁を開く。

 

「あの、沖田先輩。その、一体何が……」

「あぁうん、まぁあの二人なりのスキンシップだと思ってよ。初音、アレで結構気が短いところがあってね。普段はそうも見えないし、実際そうなんだけど楯無ちゃんが絡むと、ねぇ?

で、二人とも腕っぷしはあるからISか生身かはさておいてよくバトっちゃうのよ」

「はぁ……」

「まぁさっきも言ったけど、ちょっと今日は趣向を変えて見取り稽古ってことで。楯無ちゃんね、そりゃ生徒会長で生徒最強だけど、実際のレベルはすごいのよ? 聞いた話じゃ学園入学前からすっごい実力があって有名らしくて、ロシアの方に出向研修だか何かしてね。

これは割と最近の話らしいだけど、一線からの引退を発表したロシアの代表さんの後釜が中々決まらないもんだから、そのまま代理的だけど実質今のロシアの代表格に収まってついでに専用機も貰ったと。あ、あのISがその専用機ね」

「それってつまり……」

「うん。昔あったISの国際大会だっけ? あれに参加していたIS乗り達のレベル、文字通り世界の第一線を張れる実力ってことだね」

「それは……いやでも待って下さい。それだと斉藤先輩は」

「まぁ、それなりの勝負はすると思うよ? けどぶっちゃけ勝てないだろうねぇ。総合力だと完全に楯無ちゃんの方が上だし」

 

 あっさりと親友の勝ち目が限りなく薄いと司は言い放った。厳然たる事実としての実力差が存在してしまっているのだ。ならば、どのように言い取り繕っても仕方がない。

 

「強いて言うなら、クロスレンジのガチンコなら初音も相当だからそこだけで行けばちょっとだけは目があるかもしれない。まぁそのあたりの事情は当人たちが一番よく分かっているから、篠ノ之ちゃんはそこまで気にしなくて良いよ」

「……分かりました」

 

 色々と言いたいこと、聞きたいことはある。だが、実際に司の言う通り当人たちの問題なのだろう。自分がまるで与り知らぬことである以上、あまりとやかく言えることはないのだろう。

 

「ま、適当に一暴れすれば二人とも落ちつくだろうからさ。それまで観客席でのんびり見物してなよ。あ、そっちの用具室にインカムがあるから、それ使えば私と通信できるよ。一応、私もアリーナに残って二人の様子を監視するつもりだから。何かあったら何時でも話してきて良いよ。聞きたいこととかあったらじゃんじゃん言ってね」

「は、はい」

「じゃ、また後でね~」

 

 そう言ってにこやかに手を振りながら司は打鉄を飛翔させてアリーナへと舞い戻る。背後で大重量の隔壁が閉じる音を聞きながら、言われた通りに通路わきにある用具室からインカムを拝借して、階段を上り観客席へと躍り出た。それとほぼ同時に、初音と楯無の激突の開始を告げる轟音が鳴り、アリーナの地面がえぐられ大きな土煙が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、すいません川崎さん。昼飯までごちそうになって」

「いえ、元々織斑さんは我々のお客様という立場ですので。このくらいはむしろ当然です」

 

 昼時、一夏は川崎と共に訪れた施設内にある社員食堂で昼食を馳走になっていた。なんでも頼んで良いとは言われたものの、流石に一番値が張るものを頼むのは少々気が引けたので全体的に真ん中ちょっとのグレードである焼きサバ定食を頼んだ。

ちなみにこの場にいるのは一夏と川崎の二人のみだ。午前中は白式のメンテナンスもかねて交換するパーツなどの案を詰めていたのだが、昼食もかねて一度話を切り上げた際に別の職員たちからの開発に関しての千冬の意見を欲しいという申し出によって、千冬は一時的に別の場所にいる。

 

「この後の予定ですが、メンテナンスに引き続く形でパーツの交換でよろしいですか?」

「はい。確か手と装甲の一部、それにスラスターのパーツと中のプログラムでしたよね。まぁ、そのあたりは本当にさっぱりなんでおまかせします」

 

 いっそ誇らしげと言わんばかりに胸を張りながら一夏は丸投げを宣言する。

 

「もちろん、全力は尽くさせて頂きます。いや、正直言いますとこちらとしてもパーツを実機で扱えるというのは好都合でして。今回新たに交換する手のパーツですが、これは我々としても中々の自信作でして。指を始めとして要所要所に特殊カーボンを採用することで、そのまま武器となるようになっています」

 

自社の製品を誇らしげに語りながら川崎が食すのはアジのフライ定食である。ちなみに一夏のサバもそうであるが、ここの食堂の魚類は毎朝責任者自ら河岸に出向いて仕入れているのが自慢らしい。

 

「指がそのまま武器ってことは、殴るとか貫手だとかがより効果を発揮すると?」

「えぇ。構造上、貫手のように指をそろえればそのまま指先が剣先になるようなものですから。一応性能試験で10センチ以上の鉄板を貫いたのも確認済みです」

「へぇ、そりゃ凄い」

「物が物ですから戦闘用のイメージが強いですが、私としてはそれ以外の用途も十分にあると思っているのですよ。例えば災害時の障害物の撤去や破砕で、場所が狭いために大型の機械を使用できない時などですね。何もISに載せずとも、活用法はあるわけですので」

「まぁ、用途が多いってのはそれだけ需要確保できるってことですからねぇ」

 

 ふと一夏は想像する。シチュエーションは問わない。とにかく限定された閉所に閉じ込められた自分が白式を展開し、その手でザックザックと掘り進めながら脱出する姿を。さながらモグラのようだと思ってしまう。

 

「ていうか川崎さん。その特殊カーボンでしたっけ? 武器に使えるってことは堅さとかも相当なんでしょう? それを装甲とかに使ったりは……」

「疑問はもっともです。ただ、やはり装甲と武器では構成のコンセプトなどにも違いがありますから。無論メリットがある使い方というものもありますが、一概にそれにすれば良いというわけにもいかないのですよ。それに、カーボンの方は少々値が張りまして」

「世知辛い話っすね」

「えぇ、本当に世の中というのは中々に無情なもので」

 

 何をするにもまず必要なのは金。とにかく金。何より金。そんなシビアな現実に二人は年の差を超えたシンパシーを感じながらガックリと首を落とす。

 

「あ~、それで川崎さん。ちょっと話を白式の方に戻すんですけど、やっぱり銃器の類は詰めないんですかね? いや、俺も(チャカ)の腕にそこまで自信があるってわけじゃないんですけどね。やっぱ一つ二つくらいはあった方が良いんじゃないかなぁと思うわけでして」

「それについてですが、少々申し上げにくいことなのですがね。今回の白式に施す改修は、より近接機としての方向を突き詰めるようなものでして。とくにシステム周りがちょっと。搭載自体は可能なんですが、微妙にかみ合わない部分が出てくるんですよ」

「へぇ、それってFCSと機体の動きがうまく合致しないとか、そんな感じですか?」

「一例ではありますね。より具体的に説明するとなると専門的な話が多くなるのですが、良いですか?」

 

 それに一夏はきっぱりと首を横に振った。

 

「いや、良いです。まぁ、その辺は技術者さんたちの領分ってことで。俺はただ、作ってくれたものを駆って勝つだけです」

「すみません。えぇ、今更な話ですが、男性とかそういうのを抜きにして我々は織斑さんに期待をしていますので。是非頼って下さい。私個人としても、それは望むところです」

「えぇ、それが必要な時は。……そういえば川崎さんって、どうしてISの技術者を?」

「元々理系で工学畑な学生だったのですが、ちょうど修士を卒業したあたりでISが現れましてね。端的に言えば、一目ぼれとでも言うのでしょうか。とにかく関わって新しいものを作ってみたい。そんな思いで飛び込んだんですよ。

幸いというべきか、IS自体が新しいもの過ぎてキャリアなど関係なしに関わる者がみんなゼロに近い状態からの同時スタートみたいな形になったので、当時は若造だった私もチャンスに恵まれまして。おかげで、今があるようなものですよ」

「へぇ。でもそれってチャンスをいい感じに掴めたってことですよね? それって凄いことだと思いますよ」

「いえいえ。本当に、色々な幸運に恵まれただけですよ。それに、私程度の運など、織斑さんに比べれば遥かに見劣りするものです。いや、実を言えば少々羨ましくもある。私は技術畑ですが、やはりISを動かしてみたいという気持ちは無きにしもあらずですから」

「はは……。いや、幸運っちゃ幸運なんでしょうね。ただまぁ、俺個人としちゃ本当に俺で良いのかとも思ったりしますよ」

「何を仰る。少なくともIS乗りとしての織斑さんは紛れもない逸材であるというのが白式関係メンバーの共通見解です。いや、だからこそあなた以上の――」

「まぁ単純実力だとか腕前のセンスだとか、そういうのだけ見ればそうなんでしょうけどね。果たして俺という人間は、また違うんじゃないかと思うんですよ」

「と、言いますと?」

「まぁ早い話、俺がそこまで高尚な人間ってわけじゃないってことっすよ。ガキの頃から好きなことを自分が目一杯楽しむことしかやってなくて、姉貴をメインに色々振り回してきて。三つ子の魂百までじゃないけど、この年になってもそんな気質が抜けてないもんでして。

俺の周りのIS乗り、専用機を持ってるような連中はどいつもこいつもまぁ立派なんですよ。家のため国のため周りのためって、滅私奉公って言うんですか? 程度の差やニュアンスの違いはあっても大体そんな感じで。けど俺は違う。周りとか、あんまり考えない性質ですから。とりあえず自分が思いきり楽しめれば良いって具合」

 

 自分が良ければそれで良し。一夏の語ることを要約すればそうなる。ゆえに彼は、そんな自分の人間性が他者、もっと具体的に言えば帰属する国家などのために奉仕するべき立場ではないかと考えるIS乗りに相応しくないのではと思っているのだ。

 

「別にそれでも構わないのではないのでしょうか?」

「はへ?」

 

 あまりにもあっさりとした川崎の言葉に一夏は思わず呆ける。

 

「別に難しく考える必要もないと思いますよ。織斑さんが自分で良い思いをしたいから、というのでしたらそのままでも良いのではないでしょうか? それこそが織斑さんのモチベーションに繋がるのなら、それが一番だと思います。変に考えて立ち止まっても、仕方がないと思いますけどね。私自身、元々自分のためにこの業界に入ったようなものですし」

「……まぁ変に考えるのも嫌なんで、確かに俺は俺だからって納得させてたトコもありますけど、やっぱり問題ないものですかね?」

「えぇ勿論です。織斑さんがISに乗ることの何に心地よさを見出しているかは私は存じません。ですが、それを追及することには何らおかしな所はありませんよ。

ただそれでも、やはり周りとかが気になるのでしたら、そうですね。共有してはどうでしょう?」

「共有?」

「はい。何事も楽しみというのはやはり他者と共有すると良いものですからね。私も、同好の士とあれこれと議論に華を咲かせている時など良い気分になれるものでして。どうでしょう、そういうのは?」

「それは……」

 

 考える。一夏の思うISを駆ることによる楽しみとはただ「戦う」という点に尽きる。無論、技術の向上を図っての練習なども悪くはないが、それも結局はそこに行きつく。

自分が強くなることが好きだから鍛練に励み、それを奮いたいから戦う。そしてまた更なる刺激を求めて――その繰り返しだ。実力をつけることもそれを行使して戦うこともただの手段、過程に過ぎない。その先には何かしらの結果がある。

無論、一夏も一夏なりに結果というものを重んじているが、やはりその過程こそを珠玉の楽しみとしているかと問われれば否と言えない。

 仮にそれを一夏の楽しみとして川崎の理論を適用するならば、それは己も互いも全力で心行くまで武を交わすということ。

 

「あぁ、そりゃ……良いっすね」

 

 悪くはない。この世界に存在するIS乗りとIS、その各々がどのような思いを持ってそう在るのかは一夏の与り知ることではない。ただ仮に祈り叶うのであれば、細かい理屈は抜きだ。その全てで、思いきり心から戦ってみたい。各々が世界という巨峰に挑戦するかのようにだ。

別に何も悪くはないだろう。果たしあうのはそれを望む者同士。特段他者に迷惑をかけるわけではない。なるほど、考えれば実に悪くない。

 

「えぇ、本当にそうなれば良いんですけどね」

 

 だが所詮は子供の絵空事、ふと夢想する物語のようなことだ。そこまで世界は自分に都合良くはありはしまい。ならば、せめてIS乗りとしての自分はそこまで重く考えなくとも良いという確信への安堵を噛みしめつつ、一夏は苦笑を浮かべるのであった。

 

 

 

 

「そういえば織斑さん。先に説明したシステムですが、大丈夫ですか? 難しいと思うのでしたら搭載は見送って今回はパーツの交換だけという形に留めても良いのですが」

「いえ、貰った資料も端から端までじっくり読ませて貰いましたけどね、何とかいけそうですよ。俺なりに噛み砕いて考えてみたんですけど、ありゃ俺向きだ。ていうか川崎さん。はっきり言いますけどアレ、使い手かなり選びますよ? 多分ですけど、ギュインギュイン回せる人間なんて相当限られるんじゃないんですかね?」

「やっぱりそう思いますか? いや正直、我々もなんで作ったのだろうという節が少々……」

「それマズくないっすか?」

「いやその、企画会議もなぜか妙に全員テンションがおかしくて。実は私もちょっと。一番ノリノリだったのは篝火所長ですし。正直、前日の休みにその会議に参加していたメンバーも含めて篝火所長個人のロボット物コレクションを見ていたのも……。いやそれでも、中々よくできたとは思うのですよ」

「反省はしてる、けど後悔はしていないってやつっすか」

「まぁ有り体に言ってそうなりますね」

「ていうか所長がそんな会議でハイテンションって良いんですか?」

「それが罷り通っちゃうのが倉持(ウチ)ですからねぇ。今日は会議で外してますが、普段からこう破天荒という表現がピタリな方でして。織斑さんと白式についてもそうですよ。『打鉄だけってのもそろそろマンネリな感じするから取ったデータで新しいの作るぞー!』って、それはもう威勢よく」

 

 あぁ、きっとその所長はさぞや面倒くさくて皆苦労してるんだろうなぁと一夏は悟る。自分こそ割と当たり前に人を振り回していることなぞ自覚せず、完全に棚上げしながらそんなことを思っていた。

 

 

 

 そうして昼食を終えた二人は別行動をしていた千冬やスタッフ達と合流。そしていよいよ以って白式の改修へと移った。

数時間にも及ぶ作業、白式が少しずつではあるが姿に変化が現れてく様を一夏は川崎の説明を受けながらじっくりと見つめていた。

 ただの人のソレを金属で模しただけの手は、その内に秘めた鋭利な刃を顕わにするだけで触れることそれ自体が相手を危める毒手へと変わる。

白式という機体がそのコンセプトである高機動機である要、スラスターはより強力な瞬間出力を持つ物へと内部部品を中心として交換される。

装甲はより空力抵抗を軽減させるためにシェイプアップを図り、その外観をより細見へと変貌させた。

 

 そして、それまで機体の基本性能という点のみであった故に正式には第三世代『相当』に留まっていた白式は、一つの牙を与えられたことで真の意味で第三世代へと昇華する。

 

「へぇ、中々どうしてこりゃあ……」

 

 既に空に夕日の茜色がうっすらと射した頃、施設内の一角で予定されていたほぼ全ての工程を終えた白式が調整台に鎮座する様を見ながら感嘆のため息を一夏は漏らす。

調整も兼ねて磨かれた装甲は新品同様の輝きを放っている。ある種の清廉さを放ちながら台座に鎮座するその光景は、周囲が無機質な鋼材やケーブルに囲まれながらも、まるでRPGに出てくる伝説の武器のようにも思えてくる。

 

「また随分と様変わりをしたものだ」

「織斑さんのご希望、並びにこちらでデータを纏めた結果としての織斑さんに適したスタイル、双方を適用した結果です。おそらくは、以前以上に馴染むかと」

 

 全体的に細見になったことでより甲冑然とした佇まいを見せた白式に呆れるようなコメントをした千冬に、川崎はこれがベターだと応じる。

 

「色々とパーツを作っておいて正解でしたよ。こういう時に、使える物が多いというのは実にありがたい。所長の発案ですが、このあたりはさすがに慧眼と言わざるを得ませんね」

「あぁ、奴か。まぁ、IS学園の教師として生徒への協力に尽くしてくれたことは素直に謝意を告げよう。今日はいないようだが、よければ伝えて頂きたい」

「もちろんです。篝火所長も、あなたからのお礼の言伝とあれば喜ぶでしょう。さて、織斑さん。いかがですか?」

「お見事な手前、それしか言えませんね。本当に、ありがとうございます」

「いえいえ、当然のことです。あぁそれと、これは装甲の交換の際に少々余裕ができたからなのですが、格納装備で一丁二丁程度でしたら銃器の搭載も可能です。必要だと思ったら使用して下さい。ご用命があればこちらからも提供させて頂きます」

「お、マジっすか」

「はい。ただ、基本的に近接特化というスタンスに変わりは無いので、仮に搭載したとしてもそこまで劇的な変化があるというわけではないのですが」

「いや、戦術に幅が出るってだけでも十分ですよ。そうですね、ちょっと学園に戻ったら練習してみようかな……」

 

 そして一夏は再び白式に目を向ける。調整前と比較してやや細見になった各部の装甲は、同時に鋭利さも目立つようになった。その攻撃的な様は一夏の感性とピッタリ合うものである。

装いを新たにした白式と共に躍り出る戦舞台。それを夢想し、知らず口元には三日月形の笑みが浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時をほぼ同じくしてIS学園の寮の一室。備え付けられたシャワールームで箒は訓練の汗を流していた。

 

「ふぅ……」

 

 全身が洗い流される心地よさに身を任せながら、箒は訓練の時のことを思い出していた。

司と交代で打鉄に乗りながらのIS訓練も確かにタメになった。上級生の経験則に基づく指導は司や初音が単純な腕前だけでなくそうした方面でも優れていたのが幸運だったのだろう、授業のものとは違った感覚ながらも確かな実感を与えてくれた。

 だがそれ以上に鮮烈に記憶に残ったのは、やはり初音と更識生徒会長の一騎打ちだろう。

先のクラス代表戦で見た専用機持ち同士、代表候補生同士の戦いを彷彿とさせるほどに苛烈で、そしで不思議と目を惹かれるものだった。

 両者共に見事な空中機動、特に生徒会長にあっては流石世界最高達の領域にあると言われるだけあり、もはやただただ「凄い」という言葉しか出ないものであった。

だがそれで初音が見劣りするかと問われればそうでもない。キレのある鋭角での方向転換、瞬間的な加速や制動、瞬時加速まで行使しての吶喊、近接戦を行う上で見本とすべき動きがそこにはあった。

近接戦は間合いを詰め、武器を当ててこそだ。その間合いを詰めてからの剣戟は、一夏も相当だ。司が評して曰く初音でも余裕で勝ちは取れない、現時点ですら勝つには本気と全力を出す必要があると言わしめたくらいだ。だが、そこに至るまでの一連の動き、それは確実に初音の方が上であると断言できる。

 

 動きだけでなく攻撃もまた見物だった。専用機の特性として「水」を操る生徒会長の攻撃はまさしく変幻自在。水であるが故に如何様にも形を超えるあの攻め手を前にしたら、生半可な者など何もできずただ踊らされながら蹂躙されるだろう。

対する初音はただひたすらに愚直だった。七番の特徴として腕につけられたPIC制御装置を用いて剣先に力場を発生、あえて不安定化させる反発を衝撃として攻撃に転じることで刺突の威力を底上げし、ただそれで一撃を見舞う。アリーナの地面をまるでとろけたバターのような柔らかさを錯覚させるほど容易くえぐる一撃は、その威力の苛烈さを自然イメージさせる。

ISによる刃物の攻撃を仮に人が受けたとする。致命には変わりないが、精々が大きすぎる刀傷を作るくらいだろう。だが、アレは違う。ISに比して遥かに脆弱な人の身で受ければそれが終焉。木端微塵に砕け散り、人生という舞台に否応なく即座に幕を引かれるだろう。

 

 何もかもが激烈。結果として生徒会長の勝利で終わり、満足したらしい生徒会長が去った後の箒を交えての訓練で、どこか熱に浮かされたような感覚があったのはそんな試合を見たからだろうか。

だが一つ、断言できることがある。すなわち、今日の経験は紛れもなく箒にとって大きな糧となったことだ。

 

「……よし」

 

 シャワーを止めて箒は小さく握りこぶしを作る。今日の感覚、興奮を忘れてはならない。あれは間違いなく自分にプラスだ。ならば十全に活かす。そして勝つのだ、一夏に。静かに、しかし心の内では確かな熱を発しながら、箒は決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それより約二日の後のことであった。

 

「……」

「……っ」

 

 IS学園が学生寮の一室、例外的に一人用としての使用が為されている一夏の部屋では物々しい空気が満ちていた。

部屋それ自体は他と何ら変わることはない。一律して、同じ設計での建築となっている。ならばそこに満ちる空気の色を決めるのは、その中に居る人間だ。つまり、この物々しい空気は今現在部屋に居る者によって作り上げられているということに他ならない。

確かに部屋の空気は物々しい。だが、余人が今の一夏の部屋を見ればその空気を感じるよりも早くただならない事態を察するだろう。

 やや青ざめた微動だにせず表情で立ちすくすシャルロット・デュノア、そしてその首に鞘より抜き放った日本刀、その刃を宛がっている織斑一夏。日頃の明るさとはかけ離れた光景が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 そういえば八巻、購入しました。色々と新しく分かったこともあったので、そのほんのごく一部を今回の話に組み込んでみました。

 今回の話では箒パートで独自の要素を色々出しましたね。自分が思うに、学園が保有している機体は整備課にとっても重要な教材だと思うのですよ。ですから、より色々な扱い方を学ぶためにちょっと変わり種な仕様の機体を用意していてもおかしくはないのではと思っての、シングルナンバーです。他にもどこぞのガチタンみたいな超重装甲火力型だとか、精密射撃型とかいろんなアセンがあると思って下さい。

 一夏の方では白式の改造がメインです。基本的はちょっと装甲削って防御を落とした分を速さと攻撃に回したという感じです。指先ブレードはちょっとしたアクセントということで。モデルにしたのは……まぁそこそこ有名なのできっとお分かり頂けると信じましょう。
あと謎の新システム。これはトーナメントあたりでお披露目としたいですね。

 そして最後のワンシーン。次回でやっと原作におけるシャル問題に突入です。そして次回の内に手早く片付けます。えぇ、原作より軽口な感じです。原作のアレをまともに片づけようとすれば、冗談抜きで作者の手におえかねないので……

 原作の新イラスト、何だかんだで一番気に入ったのは楯無さんでした。可愛いっつーか綺麗?
あとはISのデザインもだいぶ変わりましたね。最初のカラーページに解説とかあるのが嬉しい。レーゲン、ずいぶんとゴツくなったものだ……


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第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」

 今回は原作におけるシャル関係のあれこれの始末です。
色々と原作との変更を行っている本作ですが、今回の話で取り扱うについては特に改変という要素が目立つところかなぁと思っています。
 作者の手腕共々、展開などに色々思うところある方は多々いらっしゃると思いますが、どうか寛大なお心でお受け止め頂ければ幸いです。


 彼女が日本の地に降り立ったのは、端的に言うのであれば『データ』が目的である。

祖国の企業が開発したISは間違いなく優秀な機体であると言って過言でもない。ISを保有するG20を中心とした先進諸国の内の十を超える国からライセンス契約を取り付けているかのISは、間違いなく企業と国に莫大な利益を齎した。

単純な利益というだけでなく、実際に乗り手としての立場で見ても十二分に良いISと言える。間違いなく彼女の、シャルロット・デュノアの祖国フランスが生み出したラファール・リヴァイブはIS界に名を残す名機に相応しいものだった。

 だが、そんな名機を生み出したという国家の栄光を脅かしつつあったのが周辺欧州諸国のIS技術の進歩だった。イギリス、ドイツ、イタリアと言ったEU圏内における有力国が次々と第三世代と銘打った新型装備、およびそれを搭載した試作機を作り上げていく中で、フランスはラファールのロールアウトの遅さもあり、完全に開発競争に一歩遅れる形になってしまった。

そのことに何よりも焦りを感じたのはフランス政府だ。欧州各国がISの戦力の広域にわたる安定したコントロールを目的とした協定の成立に向けて動きつつある中、より優れた機体を生み出すことは協定における発言力強化のためにも必須課題である。一刻も早い新型の開発を、と政府が急かしたのは件のラファールを開発した欧州有数の企業であるデュノア社だった。

元々欧州でも名の知れた機械メーカーであったデュノアはIS登場以前よりフランスへの貢献が顕著であり、IS分野に裾野を広げてからのラファール開発に端を発する急激な躍進はそれに大きく拍車をかけると同時に、政府のIS関連へのデュノア社への依存度を上げる結果にもなってしまった。

 

 そうしてしつこいまでにせっついてくる政府に対してデュノア社も対応に困り果てていた頃、IS業界を揺るがす一方が世界中を駆け巡った。すなわち世界初の男性適格者の発覚である。

この事件に対して業界のあちこちで話題が持ち上がる中、デュノア社の反応はむしろ淡白と言えるものであった。確かに男がISを動かしたというメカニズムが興味深いものであることは事実だが、それとは別に社としてやらねばならない務めがある以上は、何よりもまずそちらに力を傾注すべしという上層部の方針によるものであった。

だが、ここでまたしてもフランス政府の介入が生じる。当時、デュノア社が抱えるテストパイロットの中で最年少ながらも国家の候補生に抜擢された才媛が居た。それこそがシャルロット・デュノアだった。

次世代型の装備の開発と並行しながら、それを搭載して十全に運用できるベースの機体開発のために社の名機であるラファール・リヴァイブのデータ収集を主な職務としていた彼女に対して、発見された男性適格者が赴く日本領内にあるIS学園へ向かわせ件の人物に関する各種データを得るようにという働きかけがあったのだ。つまりはスパイ行動を命じられたに等しい。

そしてもう一つ、フランス政府はデュノア社を動かすために一つの札を切った。確かにフランス政府のデュノア社への頼り具合が大きいのは確かな事実だが、それは政府だけでなくデュノア社にも言えることだ。そもそも開発のために社が保有するISの核であるコアは元々フランス政府の所有物。デュノア社はあくまでそれを貸し与えられているに過ぎず、それ以外にも種々の点で政府よりの援助を受けていた。

そうした援助の先行きをチラつかされては社としても断固拒否の姿勢を取ることはできない。かくして適齢であることや各国からの生徒が集う中での実地データ収集の必要性などの面からの後押しもあり、シャルロット・デュノアのIS学園行きが決まる運びとなった。

 

 

 

 

「あ……く……」

 

 喉に触れる鉄のヒヤリとした感覚にシャルロットは言葉を失う。場を支配する重苦しいまでの沈黙が緊張で早鐘を打っている鼓動を明確に音として伝えてくる。

 シャルロットがIS学園に編入するにあたりまず第一の目的とされたのが、一夏に関してのデータの収集であった。別に人格や人間関係などは求められていない。純粋に彼に関わっているIS技術、それのみを一応のクライアントであるフランス政府は欲していた。

いずれにせよ、まずは近づかねばならない。そしてより深く近づき、悟られずに目的のデータを入手するためにはより交友を深めておく必要がある。そうした打算や、純粋に彼女本人の意思もあって一夏や彼の周囲、他の者達との良好な関係の構築という下準備を進めていた。

一夏の専用機に改修が行われると耳にしたのはそんな矢先のことだった。好都合と感じた。近く行われるという改修によって一夏の手元に転がり込むだろう最新のデータ、それを入手して本国に送ればそれで事は完了だ。シャルロットの一番の役目は終了し、あとは普通に学園生活を謳歌すれば良い。

 元々政府の意思など彼女にとって従う義理などこれっぽっちも存在しないものだった。だが、そうしなければ自分が所属し働きへの見返りをくれる社に、そして血縁上ではあるが社長でもある多大な不利益があるというのであれば、否を通すことはできない。

それならば思惑通り指示に従った振りをして、最低限の仕事だけしたら後は素知らぬ顔でラファールに磨きを掛けつつ、自分が満足できるような生活を送れば良いと思った。というより、会社からはそれで十分だとも支持をされた。

 

 そうして行動に移したのが今夜だった。いや、元々明確に何時と決めていたわけではない。ただ、準備の一環として一夏の部屋を見るだけ見ておこうと思った折、一夏の部屋を訪ねた時に好機と捉えたのだ。

ノックをしても返事はなく、部屋の鍵は開いたまま。静かに入ってみれば無人の部屋の中央、寮の各部屋に備え付けのデスクとその上に置かれた起動したままのパソコンがあるのみだった。

デスクの上に広げられた幾つかの紙、そしてパソコンの画面に表示された内容を何気なく見たシャルロットは小さな驚きと共に目を見開いた。そこにあったのは、紛れもなく一夏の専用機である白式に関するであろう内容だからだ。

 あまりにも無防備に曝け出された情報に数瞬シャルロットは思考が止まった。だが即座に意識を切り替えて状況を好機と見た。何でもいい。元々そこまで乗り気な仕事ではなかったのだ。この際まるで大したことのないものでも良いからこの場から情報を回収する。それを本国の会社に送れば、あとは社長でもある父が手を打ってくれるだろう。

そう思って手を伸ばした直後だった。

 

「ほぉ、まさかマジで釣れるとは」

 

 このIS学園という領域内において決して聞き間違えるないだろう声が、驚くような声音で背後からシャルロットに掛けられたのだ。声の主は他でもない。この学園唯一の男子生徒である織斑一夏だ。

反射的に逃げようとした。そんなことをして何か意味があるとは思えない。だが、無性にそうしたくなったのだ。別に一夏は何か特別なことをしたわけではない。ただ声を掛けてきただけだ。だが、それはシャルロットにまるで本能が恐怖する天敵に出くわしたかのような錯覚を与えたのだ。

ごく普通の草食動物がライオンで出くわせばどうするか。何より早く逃げ出すだろう。それと同じことだ。間違いなく彼は決して長い間では無いとはいえ、クラスメイトとして共に過ごしてきた織斑一夏のはずだ。だが、この時のシャルロットにはまるで彼が別の生き物、それも自分にとって決して歓迎できるべくもないモノに見えたのだ。

 

「おっと」

 

 間違いなく動き出したのは自分が早かったはずだ。ドアをくぐり廊下に出るまでは一直線。だが、それよりも早く文字通り一息の内に距離を詰めてきた一夏がシャルロットの手首を掴んだ。

触れられたと認識した直後、ガクンと力が抜けて膝が崩れ落ちそうになる。それを何とかして倒れまいと踏ん張ってどうにか堪えた頃には、いつの間に手にしていたのか鋭利な刃が首筋に突きつけられていた。そうして冒頭の状況に至るのだ。

 

 一夏が優れた近接戦闘の心得を有していることは知っている。本人いわく本来の腕前を封じられているIS戦ですら代表候補生すらあしらう腕前から想像に難くはなく、事実として体育の時間に行われた護身術指導においても彼はあの千冬から直々に指導役の一人に任ぜられていた。彼の担当することになった級友たちが絶えることない悲鳴と共に授業が行われていた室内をある者は投げ飛ばされ、ある者はボールのように転がされ、ある者はギブアップを宣言しながら関節を極められていたのはある意味当然のように繰り広げられた光景だったのは記憶に新しい。

ただ手首を掴まれただけで何故力が抜けたのか。これが噂に聞く日本のジュージツかと思いつつ、首筋に当てられたジャパニーズ・カタナにシャルロットは完全な手詰まりを理解させられた。シャルロットとて候補生の最低限の必修技能として生身での徒手空拳の訓練は受けている。流石にバリバリの専門家やベテランの手練れには遠く及ばないと自覚はしているが、身を守る、あるいはいざという時に相手を抑えるという目的を果たすには十分なものだ。だが、それを一夏は遥かに上回っている。なまじ心得があるだけに、その差をより強く実感させられた。

 

「なんで、というか、いつの間に……」

「初めから部屋にいたが? ただ、ちょっと気配を消していただけだよ」

「ど、どうしてそんなこと……」

「さっきも言ったろう? 釣れた、って。まぁ、俺もちょっとした遊びのつもりだったんだがね」

 

 そうして一夏は語る。二日前、改修を終えた白式と共に倉持技研を辞す直前に一夏は担当の技術者から耳打ちされたのだ。

曰く、IS学園の中では時に各国が送り込んだエージェントによる動きも存在すると。それは学生、十代半ばという少女という前提など容易く無意味にし、冷徹に利益のみのために動くと。

白式は唯一の男性IS適格者の専用機にして、日本の最新鋭機の一つである。専門的な技能を有していないために、徹底してとまでは言わないがなるべくその手の輩には気を付けて欲しいと言われていたのだ。

 

 その言葉を受けて一夏はすぐに行動を開始した。と言ってもそれは特別なことではない。ただ倉持から自分が参考にできるようにと渡され持ち帰った幾つかのデータをさも無防備に部屋に置いておき、自分はそれを目的に部屋に忍び込むかもしれない輩を待って、部屋の死角になっている奥の棚と壁の間のスペースで身を潜め続けるだけというものだ。

元々行っていた気配を殺し、なおかつそのまま瞑想を行うという訓練にワンアクセント加えただけのものなのでそこまで大したものではなく、そもそも本当にそういう類の輩が現れるかも分からなかったため、一夏としてはちょっとした趣向凝らしのつもりだったのだ。

だが、仮に本当にそうした存在が現れた場合は、軽く後悔をしてもらうとも決めていた。元々そういう気があった。だが、三年前の誘拐事件を契機にまるで自身の中で何かが噛みあったように一夏の心境に変化が現れ、その一つとして自分にとって『敵』である者への冷徹さがあった。

別に血も涙も無い冷血漢ではない。友人は大事だと思っているし、今この学園で共に過ごす女子ばかりの級友達とて嫌いではない。そうした情は間違いなくあるが、同時にごく一部への非情、自分にとって不利益な者への排除性も持ち合わせていた。

 ゆえに、仮に本当にもしもの展開が訪れた場合は容赦無用と決めていたのだが、まさかその第一号が当の級友だとは、さしもの一夏も驚きを隠せずにいたのだ。

 

「いやぁ、実に残念だ。お前とは良いダチになれると思っていたんだがなぁ。まさかそいつが産業スパイというのか? それだったなんて。あぁ、悲しいなぁ」

 

 そうは言うものの、口ぶりはそこまで悲嘆に暮れていないように感じたのは気のせいなのかと、状況を忘れてシャルロットは思わず首を傾げたくなった。

 

「あ、あの~、織斑くん? つかぬことを聞くけど、この後は僕をどうするつもりで?」

「決まっているだろう」

 

 首を傷つけないようにシャルロットは静かに後ろを向いて一夏の顔を見る。投げかけた問いに対して愚問と言うようにニヤリと口の端を吊り上げている一夏を見て、シャルロットはその意図を察して顔を強張らせる。そして表情を切迫したものに変える。

 

「ま、まさか! 僕に乱暴するつもりでしょ! エッチな本みたいに!」

「いやしねーよ」

 

 一体どうしてその発想に至ったのか分からないと言いたげに呆れのため息をつきながら一夏は突っ込む。

確かその言い回しはどこぞのネットで流れてたネタか何かではなかったか。あの数馬が教えてくれたのだから十中八九そうだろう。

何で彼女がそんな言い回しを知っているのか。実はネットに入り浸っているのか。そういえばフランスでは日本のサブカルが非常に人気と言うが、彼女もその類なのか。もしやとは思うが、実は腐海の住人だったりはしないだろうか。そんな疑念が渦巻く。

 

「えぇい、んなことはどうでも良い。お前の貞操なんざ興味はないっつーの」

「それはそれで女としてちょっと微妙なんだけどなぁ……」

「だまらっしゃい。とにかくだ、突き出すとこに突き出す。まぁ先生のトコが打倒だろう。後は知らん。勝手に退学なりなんなりになって国に帰っちまえ。雇い主には『良かれと思って動いて失敗しちゃいましたぁ、ゴメンチョ』とでも謝っとけ」

 

 そのまま一夏はシャルロットの襟首を掴もうと手を伸ばす。タイミングがあるとしたら今ここしかない。そう判断したシャルロットはすぐに行動に移した。

 

「ストップ! 織斑くんちょっとストップ! というかタイム! タイムを要求します!」

「はぁ?」

 

 無駄にキレのあるビシッとした動きで一夏を制しながら時間を要求するシャルロットに一夏は「何言ってんのコイツ?」と言うように胡乱な目を向ける。まぁ思い返せば少しばかり自分が一方的に喋っていた。何か言っておきたいことがあるなら、級友のよしみで言わせてやっても良いだろう。これが三年前の誘拐犯みたいな輩だったら、即座に潰していただろうことを考えれば遥かに良心的だろう。

 

「よーし、何か言い残すことがあるなら聞いてやろう」

「あ、どうも。いや、えっとね、今回の件にはとてもふっか~くて裁縫糸の固結びよりも面倒くさくて複雑な事情があってね?

いや、確かに織斑くんが予想した通りで僕にそういう意図があったかどうかって言われたら無きにしもあらずなんだけど、でもやっぱり僕にとってはどうでも良いことで。でもやっておかなきゃいけなくて」

「あー、とりあえず落ち着け。そして言葉を整理して事情を説明しろ。分かりやすく」

「あ、ハイ」

 

 そうしてシャルロットは軽く俯くと自分の中で言葉を纏めようとして小さくブツブツと口の中で言葉を紡いでいく。

一しきり言葉を整理し終えて頭を上げ、再び一夏と視線を交わすまでおよそ一分ほどだった。

 

「じゃあ、良いかな?」

「あぁ、聞かせてみろ」

 

 そうしてシャルロットが今回の事の経緯を話し出す。周辺国と比較しての開発の遅れへの政府の焦り、それに伴うデュノア社への政府からのプレッシャーと、今回の件に関しての指示。

話す中でシャルロットはあくまでデュノア社もシャルロット本人も積極的に一夏にどうこうという意思はないということを強調していた。

 

「つまりね、僕個人としてはとりあえず動けば良くて成功かどうかはどうでも良いんだよ。とりあえず実際に行動して最低限の義務は果たして、後は知らない顔だよ。そのあたりは社長とかがやってくれるって言うし。……多分」

「多分かい」

「あぁ、うん。一応これから報告するつもりだったから。まだ分からないんだよね。というかさ、酷い話だと思わない? いまデュノア社(こっち)はラファールのクオリティを上げて業界にちゃんとした足場とか足がかりを作っておこうって時なのに、それをさっさと次を次をなんてせっつくんだもん。

なに? ヨーロッパの共同トライアル? 何今から焦っちゃってるのさ。大体イギリスもイタリアもドイツも物はできててもまだまだ全然じゃん。絶対もう何年かは確実って言われてるんだから、もうちょっと時間かけさせてくれたっていいじゃない。最後の最後で美味しいトコ持ってって満足すれば良いんだからさ。今やっても中途半端で満足も何もできないって話だよ。というか要求があれもこれもって欲張り過ぎなんだよ。どれだけ皮がつっぱてるのさ。それこそ無茶も良い所だよ。

だいたいウチの会社はISそれ自体以上に中のパーツの方が本領出せるっていうのに。それであちこちに供給して内部部品のシェアとか牛耳ろうとか考えないのかな? ねぇ織斑くん。その方が満足できるよね?」

「あー、満足でもサティスファクションでも良いから、ひとまず落ち着け」

 

 実は結構鬱憤が溜まっていたのだろうか。堰を切ったように文字通り不満タラタラとなったシャルロットを一夏は宥める。

 

(というか、俺が問い詰めてたはずだよな? 何で俺、こいつ宥めようとしてんの?)

 

 ふと湧いた疑問はある意味当然と言えるものだったが、その答えはこの場で導き出せるものだった。

 

「とにかくだ、デュノア。お前としては俺にバレて失敗ってなっても特に問題ないと」

「うん。さっきも言ったけど、実際に行動したって事実があればそれで良いし。それに、正直失敗してホッとしてるんだよ。変に気に病んだりも嫌だからね。何だかんだで僕、この学園が気に入っているからさ。もっと楽しく過ごして満足したいんだ」

「……だが、それでこの状況をお前はどうするつもりだ? まさか何も無かったということで済ませるとか」

「え? そうしてくれるの? ありがとう!」

 

 満面の笑みと共に言い切ったシャルロットを見て一夏は思わず内心で突っ込みを入れていた。面の皮の厚さや図々しさはお前も結構なものだと。

 

「あ、織斑くん。ちょっと電話して良いかな? 社長に一応報告しときたくて」

「む? あぁ、良いけど」

「オッケー、ありがと!」

 

 言うや否やシャルロットはポケットから取り出した携帯電話を操作して電話を掛け始める。電話の相手はすぐに応じたらしく、その相手とシャルロットはフランス語で早口に何かを話していく。

 

(そういえば社長と言っていたけど……)

 

 確かシャルロットは苗字からも察することはできるが、そのデュノア社の社長令嬢だったはずだ。というより、本人がそうだと編入して間も無くに明かしていた。ということは今の電話の相手は父親なのだろうが、それを彼女は「社長」と呼んでいた。

 

(まぁ、家庭の事情ってやつだろう)

 

 あるいは例え家族であっても公私は厳格に分けるとかそういう方針を取っているのかもしれない。それならば別に何も言うことはないし、一夏の主観で捉えるならばむしろ大いに推奨されるべきことだ。

そんな風に一人で納得しながら一夏はシャルロットの電話が終わるのを待つ。ふいに背後のシャルロットが驚くような声を発した。一体どうしたのかと思って後ろを振り返れば、どこか戸惑ったような表情のシャルロットが携帯を持ったまま一夏の方を見ていた。

 

「どうした」

「そのぉ、社長が織斑くんと話をしたいって。無理にとは言わないみたいだけど」

「俺? 社長? デュノアの?」

「うん」

「俺、フランス語はボンジュールくらいしか知らんのだが……」

「ん~、一応社長は日本語も話せるから多分大丈夫だと思うけど」

「むぅ……」

 

 シャルロットの手の中の携帯を見る。今、あの電話の向こうにはシャルロットの父であるデュノア社長が居るわけだが、果たして一体自分にどんな要件があるのか。

 

「分かった」

 

 携帯を受け取る。いずれにせよ、紛れもなく一流と呼べる企業の社長がわざわざ話をしたいと言っているのだ。それにシャルロットの口ぶりから察するにこちらを立ててくれてはいる。少なくとも、IS適正が発覚してからの一方的に押し寄せてきた連中に比べればまだ好感が持てる。となれば、こちらも相応の態度で以って臨むべきだろう。

 

「代わりましたが」

『ふむ、君がイチカ・オリムラくんで相違ないかね?』

「はい。あなたがデュノア社長で?」

『いかにも、そこにいるシャルロットの父親、クロード・デュノアだ。わが社の社員が世話になっているようだね。このような形で申し訳ないが、礼を言わせてくれたまえ』

「いえ、それはお互い様ですから。で、失礼ですが自分に一体何用で? 失礼を承知で言わせて頂きますが、個人的な国家あるいは企業への勧誘ということでしたら、俺はすぐにこの電話を切らねばならない」

 

 背後でシャルロットが緊張を漂わせているのを感じる。何せ物言いが物言いだ。どうなるのかおっかなびっくりというやつだろう。だが、こればかりは明確にしておかねばならないのだ。

 

『あぁ、どうやら余計な気を遣わせたようだ。いや、申し訳ない。そうした意図は一切ないから安心してくれたまえ』

 

 だが、一夏の言葉にもクロードは微塵も気を悪くした様子は見せずに落ち着いた対応をする。

 

『特別なことは何もない。ただ、今回はこちらの問題に君を煩わせてしまったようなのでね。今回は要らぬ手間を掛けさせてしまい申し訳なかった』

「いや、それは別に良いんですけど。まぁあまり大事にならずに済みそうだし」

『そう言って貰えるとこちらも助かる』

 

 クロードの言葉に安堵したような色は見られない。一夏がこのような反応をするのも想定の内と言うようだった。それを聞いて一夏は軽く目を細め、再び口を開く。

 

「して、他にご用件は? 確か日本とフランスの時差はざっと9時間。今こちらは夜なので、そちらは昼真っただ中でしょう。フランスの方は日本人に比べてかなり時間にゆとりを持って仕事をしている、なんてのは昔から言われてますけど、それでもたかだか一男子学生にかかずらうほど大企業の社長は暇なご身分ではないはずです」

『一男子学生、か。だが、その前につく男性IS適格者という肩書きは企業社長である私が話をするに十分と思うが、どうかね?』

 

 その言葉に一夏は小さく笑う。別に喜んでいるわけではない。むしろ自嘲しているとすら捉えられるものだ。

 

「ですが、それだけです。それが無ければ俺はどこにでもいる市井の一人に過ぎませんよ。で、お話は? まだあることは事実なのでしょう?」

『なるほど、中々どうして話に聞くよりも面白い……。失礼、そうだな。話を進めさせてもらおう。私も暇が多いわけではないのは事実だしな。端的に言うとだね、一言で良い。言葉での協力をしてほしい』

「言葉での協力?」

『そうだ。そこに居るデュノア候補生から凡その事情は聞いているのだろう? 確かに男性IS適格者とその専用機のデータ、興味が無いと言えば嘘になるが少なくともデュノア社(我々)は現状さして必要ともしていない。いささか長期的ではあるが、確たるプランもある。ゆえに、こうしてデュノア候補生の行動が君に露見した時点で我々がこれ以上スパイじみた真似をする必要はなくなった。

後は我々の仕事だ。フランス政府は適当に言いくるめておく。だが、事をより確実に収めるために君からの言葉を欲しいのだよ』

「それは?」

『想像に難くないが、スパイ活動などというのは実のところごく自然にあちこちで行われている。だが、原則秘匿して行われるのが常であり、露見すれば途端に厄介を抱え込むことになる。我々は、わが社も政府も今その一歩手前なのだよ。そしてその先がどうなるかは君次第でもある』

「つまり、俺が然るべきところに娘さん引っ張って事の顛末を報告すれば、そっちは痛い思いをすると」

『そうだ。現状不安定な立場の君にはどの国もあまり派手なアクションは起こしにくい。そんな中で我々の行動が表だってしまえば、おそらくどこも格好の獲物を見つけたと言わんばかりにこちらを責め立てるだろう。そのどさくさで同様の行動に出る者も確実に居ると言えよう。

そうならないためにも、この件は今この時点で留めて欲しい。いや、君からフランス国への抗議の意思を私に内々に通してくれれば、後はそれも上手く使って事を収めよう。収まり方が良ければ、何もない状態まで持ち直せる見込みはある。これは、互いにとって悪くない話だと思うがどうかね?』

「……」

 

 すぐには答えを返さずに間を置きながら一夏はしばし瞑目して考える。政治ごとにはそこまで明るいわけではない。だが、直接的武力という明らかな力が手中にある今、多少の障害であれば徹底して完膚なきまでに踏み潰せばいいだけとも思っている。

だが、ここでクロードの提案に乗れば、そもそも何も無かったということになるのだからさしたる問題は見えない。別にデュノア社もフランス政府もどうなろうが興味はない。栄えるならば勝手に栄えれば良いし、廃れるなら勝手に廃れれば良い。ただ自分にとって益となるか否かのみを考える。そして――

 

「分かりました。では、あなた個人を通じて今回の件についてフランス国に遺憾の意を伝えてください。同時に、そちらで上手く折り合いをつけて事を大きくせずにそのまま何もないことにするのであれば、今回もこちらはどこに何を言ったりはしません。これで良いですか?」

『あぁ、結構だ。賢明な判断と協力に感謝する。――では勝手ですまないが少々仕事が押しているのでね。これで失礼させて貰おう。あぁそれと、そこにいるデュノア候補生はわが社にとっても必要な人材だ。そちらで彼女が得る物は我々にとっても有益足りうるものとなるであろう以上は、社として気をっけたりもする。君さえ良ければ、今後もわが社の社員をよろしくしてやってくれ』

「えぇ。俺も、彼女には色々助けられている。お互い様ですよ」

『それは重畳だ。では、改めて失礼しよう。今日、君と話せた幸運に感謝しているよ』

 

 その言葉を残してクロードの方から通話が切られた。無機質な電子音を聞きながら一夏は携帯を耳から離し、持ち主であるシャルロットに返した。

 

「あとはお前の親父さんが上手くやってくれるそうだ。これでこの件は当面チャラだ。この後に何事も無ければ、それで終いだろうよ」

「みたい、だね。ふぅ、正直肩の荷が下りた気分だよ。これでこっちでの生活ももっと満足できそうかな」

 

 自分に課せられていたことが本当に重荷だったらしいシャルロットはようやく落ち着けると言わんばかりにため息をつきながら肩を伸ばす。

 

「しかしだ、今更こんなことを言うのもなんだけどな。お前の親父、本当に信用できるのか?」

「ん~、まぁ社長はやるって言ったらやる人だし、何より会社の利益第一主義で国の都合とかは二の次にしているから。多分それが会社のためになるならちゃんと完璧にやってくれるよ。そのあたりは信用して良いと思う」

「……まぁ良いさ。これで何か厄介になったら、その時は俺もやるべきことをやらせてもらうさ」

「そうなったら僕もお尋ね者かなぁ。ん~、国に戻っても捕まりそうだし、ねぇ織斑くん。日本あたりに亡命とかしたら何とかなるかな?」

「いや知らんよ。俺に聞くなって」

「だよねぇ」

 

 自分でもおかしなことを聞いたと思ったのか、後頭部に手を当てながらシャルロットはチロリと舌先を出す。間違いなく可愛げがあると言える所作だが、あいにくこの場における唯一の他人である一夏は眉一つ動かさなかった。

 

「なぁ、さっきから気になってることがあるんだが」

「なに?」

「いや、さっき話した社長さん、お前の父親だよな」

「うん。そうだけど」

「それにしちゃやけに他人行儀じゃなかったか? いや、公私を分けているだけかもしれないけど、それにしてもだ」

 

 瞬間、僅かにシャルロットの表情に強張りが浮かんだのを一夏は見逃さなかった。目を細め、射抜くような視線をシャルロットの視線を真っ向ぶつける。その視線の鋭さに、シャルロットも自分が思わず反応してしまったことに気付いたようだ。

 

「なにかあるのか」

「うん、ちょっとね……」

 

 どこかバツが悪そうにシャルロットは視線を外しながら言う。別に無理に聞くつもりはないと言う一夏だが、それにシャルロットは首を横に振る。

 

「まぁあんまり公言できるようなことでもないんだけど、君にはちょっと迷惑かけちゃったからね。お詫びも兼ねて、少し事情を話すよ」

 

 そうして彼女は語る。曰く、自分は父親とその夫人の間に生まれた娘ではないと。まだ父親が夫人と結婚をする前に仕事で赴いた先の町で出会った女性と流れで一夜の関係を持ち、その時に相手の女性が宿した子がシャルロットと言う。

 

「僕のお母さんも社長に迷惑を掛けたくはなかったみたいだからね。田舎町で一人で僕を育ててくれたんだよ。ただ、これは社長が言うには最低限の義務とかって言うので養育費だとかは振り込み続けてくれたんだって」

 

 だがその母も数年前に病に倒れ、治療空しく故人となってしまう。それから程なくして彼女の前に現れたのが父親であるデュノア社長の使いだと言う。

 

「社長と初めて会った時にきっぱり言われちゃったんだよね。奥さんへの建て前もあるから血縁以外で娘として扱うことはほとんどできないって。ただ、その時に僕にISの高い適正があるって分かってね。デュノアの専属パイロットになることで、生活とか諸々の保障をしてもらえることになったんだ。だからまぁ、僕と社長の関係は血筋の上で親子ってこと以外は完全に社長と社員のソレだよ」

「……そりゃまたけったいな」

 

 予想外に重い事情に一夏もどこか苦い顔を浮かべる。これだったらいっそ聞かなかった方がよかったのではないかとも思うくらいだ。

 

「まぁ、お前自身のことだから俺はとやかく言わんけどさ。お前はどう思ってるわけよ」

「え? 別に何とも思ってないけど?」

 

 どこか慎重に探るような調子で尋ねた一夏にシャルロットはケロリしたと涼しそうな顔で答える。そのあまりの軽さに、今度の一夏の顔はポカンとしたものに変わった。

 

「いやぁ、正直僕もお母さんと二人での生活に満足してたからね。それが当たり前だったから父親がいないってことに不満足は無かったし、それに何だかんだで今の関係も悪くないんだよ。

まぁちょっとお母さんが居なくなってさびしいのもあったけど、ISの訓練とかしてたらそれも紛れるし、社長は良くも悪くも公正な人だから。僕がちゃんと成果を出せばそれに見合う報酬をくれる。うん、僕と社長の関係は今がベターなんだよ」

「あ、さいでっか」

 

 つまるところ、シャルロットは自分の現状に一切の不満を抱いていないということだ。

一夏には話していないが、シャルロットもシャルロットでいきなり父親が現れたということに戸惑いは感じたし、今更ながらに親子としてやっていけるのかという不安もあった。それを考えれば少々ドライではあるが今くらいの関係が一番心地よいのだ。

 

「それに、父親とかそういうのを抜きにして僕は社長を凄いと思ってもいるからね。あとは、時々ちょっと会食をしてくれたりするかな。さすがに奥さんは抜きだし話すことも仕事のことばっかりだけど、あれが社長なりに気を使ってくれてるのかなぁって思うとまた悪い気もしないっていうか。うん、やっぱり僕は今に満足しているよ」

「そうかい」

 

 そう本人が言うのならばそうなのだろう。何せここまで都合五回以上は満足と言っていた。そう言えるくらいなのだから、本当に不満は無いのだろう。

 

「ごめんね、楽しくないこと話しちゃって」

「いや、別にそうでもないさ」

 

 元々さして深入りするつもりも無いため、あえて気に掛けないようにする。一夏気分をそこまで害していないと分かったのかシャルロットも僅かにほっとしたような顔になり、時間も遅いから部屋に戻ると言った。

そのまま二言三言挨拶を交わしてシャルロットは部屋を出る。心なしか、その足取りはどこか軽さを感じるものだった。

 

 

 

 

 

「やれやれ、本当に面倒だった」

 

 再び一人になった一夏はほっと息を一息つく。色々と要因は挙げられるが、とにかく面倒の一言につきた。まさかお国事情に会社事情、更には身内事情まで語られるとは思っていなかった。

そもそもちょっとした気まぐれが発端の今回の件だが、まさかこれから毎度毎度こんな調子なのだとしたらもうやってられない。次があるとしたら言い訳泣き言一切聞かず、疑わしきは罰せよの血も涙も無いくらいの方針で不審者発見即撃滅の精神で行くべきだろうか。

いやそもそも、そんなことにならないようにやはり立ち居振る舞いに気を配るべきだろう。

 

「あ~疲れた~」

 

 そんなことをぼやきながら無造作にベッドに身を投げ出す。このまま寝れたらそれは気持ちが良いだろうが、まだシャワーも浴びていないしその他諸々の就寝支度も整えていない。少しこのまま横になったらまた起きようと心に決めたときだった。

 

「あん?」

 

 室内に流れる電子音で構成されたドヴォルザークの『新世界より』。一夏の携帯の、数馬からの着信を伝える音楽だ。

 

「あ~ハイハイ。今出ますよ~っと」

 

 向こうの方からわざわざ掛けてくるということは、先日の頼みごとに何かしらの進展があったということだろう。だとすれば、出ないわけにはいかない。

ベッドわきに手を伸ばして着信音を発している携帯を手に取る。そして通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「はいもしもし。こちら捜査一課」

『お前は太陽に向かって吼えでもするつもりかい』

 

 開口一番でボケの振りと返しのツッコミから二人の会話は始まる。

 

「いやちょっとした冗談じゃないか。で、どうした数馬。この間のことかい?」

『あぁそうそう。いやぁ、あの掲示板が思いのほか面白くってさ。掲示板の上とは言っても、結構話してみれば中々どうして良い人が多くてね。つい盛り上がったりもしたよ』

「それは重畳。てことは、それだけ情報も入りやすかったってことか?」

『あぁ。更に幸運と言うべきかね。ほら、俺って本気出せば完璧な外面作れるじゃん? そのおかげか板の人から招待方式のSNSにも入れてもらえたよ。いやぁたまげたたまげた。そっちの方はガチで本職の人とかも多くてさ。情報が半端じゃない』

「ほぅ。けどさ、その、なんだ。本職が多いっていうけど、ついていけるのか?」

『あぁ、うん。そこは俺も最初は懸念したんだけどね? まぁ割と何とかなったというか、そのぉ、なに? うん。結構ノリの良い人が多かったよ。いや、基本コテハン方式だけどさ、例えばとある米海軍少尉という方は日本語にすれば『ミオリンは俺の女王様』だし』

「おい、米海軍おい」

 

 何のことか分かってしまうだけに突っ込まずにはいられない。ちなみに「ミオリン」とは一夏及び数馬お気に入りのアイドルマイスターに登場するアイドルの一人であり、大企業の令嬢という設定からくるいかにもなお嬢様キャラと担当声優人気もあって、特に固定ファンの熱狂性が高いキャラの一人である。なお、作品におけるロリ担当の一人でもある。

 

『まぁその辺りから内情は結構お察しな感じだよねぇ。いや、こっちとしては馴染みやすいから好都合なんだけど』

「あぁ、うん。プラスに働いてるなら良いんじゃね?」

『ハハ、まぁね。まぁそんなだから割と目的も果たしやすかったというか。お前がご希望の二人の情報、そこそこだけど入手はできたよ』

「あぁ、それはありがたい。じゃあ早速、報告を聞こうか」

 

 同時に一夏の目が細まり怜悧な光が瞳に宿る。友人と話していた故の朗らかさは既に消え去り、どこまでも冷たく相手を屠る算段を立てる獣の目がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、実際情報貰うにあたって何かお返しとかはしたんだろ?」

『あぁそれね。いや、この間お前に貰った篠ノ之博士のビキニ画像上げたら大反響でさ。頼んでもいないのにあれもこれもってくれたよ』

「あ、そうかい」

『まったく、たかだか乳の大きさ程度であそこまで興奮するかね?」

「然り然り。無いには無いで良さがあるというものだ。俺はな、ぶっちゃけ72センチ以外の美早を認めるつもりはないぞ」

『きっとあれだよ。アイマイ随一の歌唱力の引換なんだよ……!』

「いずれにしろ、俺はその程度で区別するような狭量なことは言わんさ。あぁ、俺は総てを愛でている」

『一夏、その言葉はまさしくプロデューサーの鑑だ。誇れよ』

 

 などという間抜け極まる会話もあったが、そんなどうしようもない会話も含めて情報の伝達を行う二人の時間は過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 




 自分の中でなるべく原作に近いような状況にしつつ、なおかつ原作に比べればまだ解決がしやすい展開にどうすればいいのかと考えた結果、今回のような落としどころに落ち着きました。
つまるところ、デュノア社そのものが端からスパイ活動にやる気ゼロと。デュノアはデュノアなりにうまいこと競争をやっていく算段を立てていたため、政府の無茶ぶりに一から十まで付き合う気は毛頭ないという感じです。とりあえず今後のことは社長が裏方で色々頑張ってくれます。
そしてシャルパパのデュノア社長について。二次創作では改変されることが時々ある彼ですが、本作ではとにかく会社第一の人というイメージです。何より会社の利益と安定、そして社員への保証などを最優先としてそのためなら自分の情は当たり前に封じるし、帰属国家への貢献だとかそういうのも平然と二の次における人です。
シャルには色々としてやっているように見えても、それは優秀な社員への然るべき待遇と曲がりなりにも血を分けた関係からの最低限の義務や責任という認識からなるもので、シャルの方もそうですが感情面や心のつながりと言った点での親子関係はほとんどない感じです。
シャル自身、父親がいなくても母親がいたことに満足しちゃってますから。あぁそれと、本作のシャルは結構な満足思想の持ち主です。割と前から考えてたり。たとえ二番煎じだとかネタがバレバレとか言われても、キャラを立てるためなら手段は選ばない!

 そして最後の一夏と数馬の会話ですが、一夏について弾や数馬と話している時が一番普通の年相応の少年っぽくなります。

 とりあえずそろそろ二巻編も終わりが見えてきました。この後に軽く一話くらい挟んで、それからトーナメントですね。それが終わったら三巻。三巻はもっと手短にまとめたいです。
とりあえず福音戦はまた弄りますよ。

 それでは、また次回に。


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第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う

 今回はトーナメント直前のあれこれです。ちょっと詰め込み過ぎたかなという気がしなくも。あと、少しネタもはっちゃけちゃったかなぁと。もうあからさま過ぎるのもありますからねww


 夕日の茜色が差し込む食堂の一角で席に腰掛ける影がある。単純に放課後から夕食までの間を生徒が食堂で何かしらで時間をつぶしているというだけのありふれた光景なのだが、それもそこに居る顔ぶれによっては『ただの』と形容することはできなくなる。

おそらくはこの学園でも特に多くに知られているだろう唯一の男子生徒である織斑一夏を始めとして一学年に在籍する専用機持ち、あるいは比較的彼に近しい者がその場には揃っていた。

織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ。間違いなくその大半が現状のIS学園における『顔』となりうることができる面子だ。

 通常、それだけの面々が一同に会していれば周囲は何かしらのざわめきの一つでも上がるものだが、この場ではそうした周囲の反応というものは一切ない。勿論、元々食堂に居る人の数がそれほど多いわけではないというのもあるが、別の理由としてすでにこの状態がさして特別ではないということも絡んでくる。

つまるところ、ごく自然な光景になってしまっているのだ。何しろこの五人の内四人は同じクラスに在籍している。別に他の生徒たちとの交流が無いわけでもなく、むしろ同じくらいに専用機持ち、候補生でない級友達との交流もあるこの面々だが、なんだかんだでそれなりに近しい立場にあれば自然と会話を交わすことも多くなり、いつの間にかこうして集っていてもよくある光景の一つと捉えられるようになっていたのだ。

 

「はぁ……」

「……」

 

 鈴があえて大仰にしたかのように大きなため息を吐いて項垂れる。その隣に座るセシリアもどこか複雑そうな表情で視線を俯かせている。

その様子をシャルロットは苦笑いを、箒とラウラはどこか当惑気味に、一夏は特に何とも思っていないように平坦な、各々の表情を浮かべながら見ている。

 

「完敗、ね」

「不本意ですが、見事にやられましたわねぇ」

 

 本当に不本意極まりないと言った風の二人の言葉にラウラの肩がビクリと震えた。そんな彼女に助け船を出すかのように横から声を掛けたのは意外にも一夏だった。

 

「気にするなボーデヴィッヒ。お前は自分がやるべきことをやっただけだ。何も、気に病む必要はないさ」

「う、うむ。その、すまない……」

 

 話は少々時間を巻き戻すところから始まる。いよいよ以って全体トーナメントが近づいてきたこの頃、他の大勢の生徒たちと同じように専用機持ち達もその準備に本腰を入れ始めていた。例として挙げるのであれば、一夏の倉持技研での白式の調整だろう。

することは異なれど、自分の準備をしなければならないのは彼に限った話ではない。来たる試合に備え鈴とセシリアが行動を共にしたのもこれが理由だった。

 アリーナの一角を借りての模擬戦闘。何だかんだで試合の練習には試合が一番なのだ。勿論、基本的な技能の反復などを疎かにするわけではないが、より手っ取り早くという点を求めるならこれが丁度いいのだ。そもそもとして両者とも修めるべき基本は修めてある身だ。一夏のように経験でのハンデがあるならばひたすら基本の反復に努めるのもアリだが、そこまでする必要がない以上は手合せを行うことに二人とも否は無かった。

そういう点では現状の一学年に専用機を持った候補生が複数居るというのは幸運と言える。彼女ら自身得意げに吹聴する気も無いが、やはり他の大勢の者達との間には厳然たる差が生まれている。種々の巡り会わせの帰結とも言えるし、それも現時点でのことでありこれから先どうなるかは分からないが、それでも今の時点では相手とするにはいささか不十分なのだ。

 こんな風に前置きをしてみたが、結局のところ事実はトーナメントに向けての調整として鈴とセシリアの二人が模擬試合をしようとしていたということだ。していた、という表現になったのは実際にあったことがその予定通りではなく別の形になったからである。

相応の相手を求めているという点ではラウラも一緒だった。だが、中々そうした機会に巡り合えなかった彼女はせめて平素通りの基本練習を行おうとアリーナの一つを訪れ、そこで模擬試合を行おうと鈴とセシリアの二人に出くわしたのだ。

 

「正直あたし、ちょっと油断してたわ。何よあれ、試合やる前と試合じゃ別人じゃない」

「しかも演技じゃなくて素というのがまた厄介ですわね。ボーデヴィッヒさん、あれは絶対武器になりますわよ」

「そ、そうなのか? 私はいつも通りなのだが」

 

 模擬試合をしようとしていた二人に声を掛けたラウラは、二人しか見た者は居ないが曰くおっかなびっくりしている兎のようだと言う。加えてもらっても良いかと尋ねる態度はどこかぎこちなく、明らかに緊張しているのが分かる程だった。

だが、申し出た内容は鈴とセシリアの二人に対してラウラ一人の二対一という挑戦的とも言える内容だった。流石に無理があるのではないかという心配と、それでやれると言われたことで刺激された意地やら何やらで最初は鈴もセシリアも乗り気ではなかったが、そこばかりは明らかな自信を持って大丈夫と答えたラウラにそれならばと承諾。

かくして候補生同士の二対一戦という珍しいマッチメイクが為されたのだが、結果は先に鈴とセシリアが語った通りである。

 

「確かに私も凄い腕前とは思ったが、そんなにあるのか? その、ギャップが?」

 

 箒が聞く。試合それ自体は他の多くの者達と同様に話を聞きつけた当事者以外の三人も見ていた。だがそれも途中からのことであり、始まる前を知らないだけに三人が見たのは見事な技術で以って鈴とセシリアをあしらうラウラの戦いぶりだった。

 

「いや箒。あれ見て戸惑わないやつなんていないわよ。なんていうか、ちっこい兎がいきなり猟犬になったようなもんよ。あれは、まぁビックリするって」

 

 負けたことへの悔しさもあるが、それ以上にラウラが見せたギャップへの苦笑いが勝ったような何とも言えない表情で鈴は首を竦める。

 

「まぁギャップ云々はこの際どうでも良い。俺としては、良いものが見れたよ。トーナメントの時の、参考になりそうだ」

「そういえば織斑くん、すごいガッツリと試合見てたもんね」

「まぁな。相手の観察、武術家の基本だろう」

「そこでIS乗りって出ないあたりがアンタらしいわね、まったく」

「ふん」

 

 鼻を鳴らして一夏は席を立ちあがる。そのままどこかに行ったかと思うと、数分後にまた戻ってきた。ただし、先ほどと違うのはその手に握られているものがあることだろうか。

 

「ほれ、ボーデヴィッヒ」

 

 そう言って一夏は持っていたものをラウラの前に置く。何かと思って全員が覗きこむが、それは何の変哲もない一個のプリンとプラスチックの使い捨てスプーンだった。

 

「これは、なんだ?」

「なに。さっきも言っただろう? 良いものを見せてもらったと。そのちょっとした礼と、ついでに二人相手に勝ったご褒美だ。俺の奢りだ。遠慮せず食え」

「良いのか?」

「良いぞ」

 

 それならと貰うことに否は無いラウラは素直にカップの蓋をあけてスプーンでプリンを一口頬張る。その瞬間、確かにその顔に紛れもない笑顔が浮かんだのを四人とも見逃さなかった。

 

「こうして見る分には本当に可愛げのある子なんだけどねぇ。まぁドイツの新型の性能の高さは聞いてたけど、本当に半端無かったわ」

「装備の相性ではわたくしは五分ですが、凰さんは完全に封殺されていましたものね」

「言わないでよ。まぁ後で報告書なりを送っとくとしようかしらね。さすがにそれで何もしない程、うちの国も馬鹿じゃあないでしょ。セシリア、あんたは?」

「わたくしの場合はさっきも言ったように武装の面ではまだ大丈夫なのですが、本当に未熟さを痛感させられましたわね。織斑さんとの試合もそうでしたが、この学園での生活も思ったよりは刺激が強いですわ」

「良いことじゃないか、オルコット。刺激があるってのは大事さ。俺も日々新しい刺激を求めているからな。てなわけでオルコット、そんな日々の刺激をゲットするために是非武術をやりたまえ」

「なにアンタは人の道を捻じ曲げようとしてんのよ」

「お誘いはありがたいですが、どちらかと言うとわたくし、コチラの方が好みですの」

 

 セシリアに武道への勧誘をしかける一夏に対して鈴がツッコミをいれ、セシリアはと言うと親指と人差し指でピストルを象り、(そっち)の方が好みだと言ってやんわり断る。

そしてプリンを食べることに夢中だったラウラが話を聞いていなかったのか何事かと尋ね、その口元についたプリンの欠片に気付いた全員が笑い声を上げる。

 何よりも自分を武人と定めた少年、その血縁ゆえに不条理に身を置かれた少女、貴人たる矜持を胸に誇りと共に生きる淑女、生来の気質の強さを頼りに自分を磨いてきた少女、世界の冷たさを知りながらもそれでも笑顔を浮かべる少女、そうあれかしと育てられながらもそれでも純真さを失わずにいる少女。

五人が五人とも決して世間一般の同年代の少年少女たちと同じであるとは言えない身だ。だが、それでもそうした者達と同じところは確かにある。今ここには、その一端が確かに表れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四人と別れた一夏は一度部屋に戻るために量の廊下を歩いていた。あの後、特に何をするでもなくなんとなしの惰性を帯びたままその場に居座っていた四人だが、携帯電話で何某かに呼び出されたらしい箒が場を辞すと同時にそれなら自分もという形でいつの間にかお開きとなっていたのだ。

夕食までまだしばらくは時間がある。良い具合に腹を空かせるために少しばかり筋トレでもしておこうかと思いながら階段に差し掛かった時だ。

 

「あら?」

「む?」

 

 予想外の人物と出くわした。制服の胸元に着けられた二年生であることを示す色のリボンと、右手に握られた扇子。こうして間近で見るのは二度目だが忘れようもない。

 

「あんたは――」

 

 そう。あのクラス対抗戦の日の夜に屋上で言葉を交わしたIS学園生徒会長。名を――

 

「更識……カオナシ!」

 

 瞬間、ドッと目の前の少女がずっこけた。

 

「何でそうなるのよ! 私別に悪食じゃないし、あそこまで口数少なかったりしないわよ! 楯無だってば!」

「いや冗談冗談。威勢の良いツッコミをどうもありがとう」

 

 一夏の振りの内容を知っているのか的確に突っ込みを入れてきた楯無に一夏は礼を言う。何だかんだで、自分が振ったボケにきちんとツッコミを返してもらえるのはありがたいのだ。

 

「まったく、いきなりご挨拶ね。名前を間違えられるのって私も結構ショックなのよ? 織町八夏くん?」

「いやあんただって間違ってるだろ! しかもちょっとずつ微妙に! マチじゃねぇしムラだし! あと夏が七つばかり多い!」

「いやぁ、意気の良いツッコミありがとうね。お姉さん、嬉しいなぁ」

 

 先ほどのお返しのつもりなのか、今度は一夏の名前を敢えて間違える楯無に一夏がツッコミを入れてそれを楯無が軽く受け流す。ともあれ、これでおあいこと双方とも理解しているのか、それ以上何かを言ったりはしない。

 

「つーかあんた、何やってんの? ここ、一年の寮だけど」

「あぁそれ? ちょっと簪ちゃんに会いにね。軽くお茶してたの」

「あぁ、あいつね」

 

 何せ一度はISで武を交えた間柄だ。簪のことも一夏は当然知っている。そういうことなら十分に有り得るだろうと思う。せっかく同じ場所に居るのだ。姉妹で語らっても何も悪いことはあるまい。むしろ大いに推奨されて良いだろう。

 

「結構じゃないか。仲良きことは何とやらか」

「フフッ、ありがとね。けど、それを言ったら君だって同じようなものじゃないかしら?」

「ハッ、余所は余所。うちはうちだ。俺と姉貴がツラ突きつけあって茶を飲みながら笑って話す? まぁごくまれに有り得るが、基本ねぇよ。このあたり意外にクールなのが俺ら姉弟なんでね」

「ふ~ん。まぁあんまりどうこうは言わないけど、せっかくなんだからそういうのも良いんじゃない? 何か、あるってこともあるかもしれないし」

「……」

 

 後の一言が何か含みを持つように僅かにトーンが下がったものだったのを一夏は鋭敏に察知していた。ではその含みとは何か。考えて、何となくあたりをつける。

 

「まぁ確かにお互い立場が立場だし、もしかしたら和やかにお茶なんてこともできなくなることもあるかもしれんわな」

「でしょう? なら猶更よ」

「だがな、そうなったらなっただ。姉貴だってそのあたり弁えている。なったらなったで、きっちり受け入れるだろうよ。そしてそれは、俺もだ」

「あのねぇ、話を振った私が言うのもなんだけど、その考え方はちょっとマズイんじゃないの?」

「重々承知はしているさ。けど、そういう気性なんだから仕方がない」

 

 何せ一度目と鼻の先まで迫った『死』を実感しているのだ。果たしてこれが万人に共通するのかあるいは自分を含むような極少数例なのかは知らないが、一度そういうものを経験すると存外に神経が図太くなるものらしい。

 

「まぁ忠告は肝に銘じとくとするさ。いや、俺だってそのくらいは弁えている」

 

 たった一度の経験だが、それでも得られたものは多かった。確かに『死』という事象への図太さじみた乾いた諦観を持つようにはなったものの、同時に一度きりの人生というものの重さも心底感じたのも事実だ。

 

「だから、そうだな。あんたの言う通り、今度姉貴の所にでも行ってみようか」

 

 命は、死は重いのだ。ならばこそ人は、それを知った自分は真摯に生きねばならないだろう。だからこそ三年前の事件以降にはより深く武に傾倒してきたのだが、言われた通りに折角機会に恵まれているのだからもう少し姉と語らうのも良いかもしれない。

考えてみればごく当たり前のことなのだが、それを今更ながらに考えた自分に一夏は軽い驚きを感じる。どうも本当に自分はどっぷりと武に心身共に浸っていたらしい。だが反省も後悔もしない。むしろ胸を張る自信だってある。

 

「うんうん、そうしなさいな。姉の立場からすればね、下の子は可愛がりたいのよ。私なんて簪ちゃんと話せなくなったらって考えたら……ゾッとするわね」

 

 大仰に身を震わせるような仕種をする楯無に一夏は鼻を鳴らす。

 

「まぁ随分と妹のことを猫可愛がりしてるじゃないか」

「ふっ、もちろんよ。その気になれば簪ちゃんとにゃんにゃんする妄想だけでご飯三杯はいけちゃうわ!」

「へ、へー……」

 

 いきなり飛び出した変態性の高い暴露に思わずこめかみが引きつる。そして直感的にこの場はさっさと立ち去った方が良いと思った。

過日の屋上での会話でまず厄介だと感じた。この上なかなかに高度なレベルの、下手したらごく一部に限定してあの数馬並みの変態具合もあるとしたら、絶対に面倒くさいことは確実だ。

 

「あー、じゃあ俺行くんで。夕飯前のトレーニングがしたいんで」

「あら、そう? もしかして引き留めちゃったかしら? それならごめんね」

「あぁいや。別に気にしてないし」

「そう。なら良いんだけど。――トレーニングって一人でするの?」

「え? あぁまぁ大体いつも。まぁ他の連中はどうだか知らないけど、基本的には俺は一人でトレーニングする派だから。というか一緒にやれる相手もいないし。あぁそういえば、最近は他の専用機組も結構誰かとツルんでなんてってのを聞いてるな」

「ふ~ん」

 

 一夏の言葉に頷きながら楯無は手を顎に添えると一夏の顔をマジマジと見つめる。その、明らかに何かを考えているような表情に一夏は小さく眉根を寄せた。

 

「な、なにか?」

「いや、これでも私は生徒会長。だからこの学園の生徒の誰よりもこの学園のことを知っているべきと私は思っているし、そうあるようにしているわ。だから実の所君が結構一人で練習したりしているってのも人伝で聞いたりで知ってるんだけど……君って、ボッチ?」

「な、ななななな、ぬぁにをいきなり!?」

 

 いくらなんでもあんまりだと思った。確かに一人で行動することが多いし、それを好んでいるのも否定はしない。しかしだからと言って、ボッチはあんまりだと思った。いや、確かに言われてみればそう取れるような言い方だった気もするが。それにしてもである。

 

「お、俺がボッチだと? 失敬な。俺だって人並みの交友関係くらいはあるわ。第一俺はクラス代表だぞ。そもそもその時点でボチなどなりようも……いやでも俺割と単独行動派だよな。いや待て舐めるなよ、この学園に来る前だってな、それなりに……」

 

 言いつつ一夏は指を折ってIS学園入学以前で比較的親しい部類に入れられる人間を数えていく。弾、数馬は当然だ。弾の妹である蘭もそれなりに親しいと言える。

 

「待てよ、弾、数馬、蘭に鈴や箒もか。あと高校の前なら桐生、斎央に丸富士もだな。あとは新月……あれ?」

 

 十人も数えない内に止まった指に一夏はこめかみをピクリと動かして首を傾げる。そして今度は携帯を取り出してアドレス帳の登録を確認する。

 

「ダチだから師匠や姉貴は一応除外で、ひぃ、ふぅ、みぃ……そういや何気にオルコットとかのアドレスも知らんかったな。確かクラスのメーリスは登録してたけど……あれ、全然アド知らん……」

 

 携帯を操作する一夏の声が徐々に小さくなっていく。ちょうど今の一夏は楯無に背を向けて携帯を操作しているのだが、その後頭部にダラダラと冷や汗が流れているような錯覚をいつの間にか楯無は抱いていた。

あれ、おかしいな、俺ってこんなに知り合い少なかったっけ。そんな独り言を呟きながらポチポチと携帯を弄っている一夏の背に楯無はそっと歩み寄る。そしてポンと、その肩に手を乗せた。

 

「なに?」

「えっと、その、頑張ってね?」

「大きなお世話だよチクショウ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、どこか生暖かい眼差しを向けてきた楯無の下を一夏は早々に立ち去った。そうして部屋に戻った今、元々するつもりだったトレーニングであるダンベル上げをしながら一夏は己に言い聞かせるように呟いていた。

 

「あぁそうだ。俺は断じてボッチなどではぬぁい! ちゃんと友達だっているし、コミュ力だってあるさ。やるのが面倒だけで。

いやさ確かにそう見えるって言われたらそうかもしれないし。いや違う違う。そもそもとしてぼっちという言い方自体がおかしい。というよりも誰かと一緒にいて当たり前という考え自体がおかしいんだよ。

そもそも誰かと居たとしてどうにかなることなんて存外たかが知れてるし、逆説的に一人でもどうとでもなることなんて意外にあるもんだ。そもそも俺だって大体のことは一人でこなしてるし、待て待てここは考え方を変えよう。

そもそもどうしてあぁまでツルみたがる。オーケー、俺。記憶を整理だ。手近な所で中学は……類は友を呼ぶだったなぁ。いや、俺も似たようなもんだったけど。マテ? 往々にして集団作ってる時限定で騒いでた連中はだいたい程度が知れてたな。あとは単に仲良いだけか。

つまりこれはこういうことだ。自分を高めれば高める程に集団に拘る必要はないということだ。最低限の社交性は必須として、それ以外は意外に何とかなる。ソースは俺。良いさ、あの会長の言う通り、ぼっちとでも何とでも呼べばいい。だが俺はただのボッチじゃない。そう、俺は訓練されたボッチだ。うむ、やはり俺の青春はまちがっていない。Q.E.D」

 

 グイッとダンベルを持ち上げながら一夏は己に言い聞かせるように頷く。そうとも、自分の在り方は何一つとして間違ってはいない。ならば、今まで通りに振舞っても何一つ問題ないということだ。

 

「よし、これでこの問題は解決だな」

 

 自分の中での『織斑一夏、実はボッチ疑惑』に決着をつけるとすぐに思考からそのことを切り捨てる。

別にいつまでも記憶していた所で何か益があるようなことでもない。解決したならば、早々に捨て去って他のことを考える方が建設的というものだろう。

 

「さ、て、と……」

 

 一度持っていたダンベルを床に下して一夏は体をほぐすように大きく背を伸ばす。そのリラックスした所作とは裏腹に、目は細められ鋭い光を宿している。

 

「ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲン。なるほど、確かに数馬の言っていた通りだったな」

 

 親友である御手洗数馬に頼んだ情報取集、あくまで良い情報が得られたら御の字程度の感覚だったが、つくづくもって友の有能さを思い知った。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒとシュバルツェア・レーゲン。このコンビはドイツ国内の業界人の間じゃそれなり以上に有名らしい』

 

 そんな前置きから数馬の言葉は始まった。

 

『なんかプライベートに引っかかりそうな情報も入ってきたけど、どうせ気にしないだろうから敢えて省くよ。

まず第一に彼女の所属はドイツ軍内にあるIS運用に特化した部隊らしい。その部隊とやらはISが広がり始めた割と早い段階から作られたらしくてね。ヨーロッパの中じゃ特にIS使うことに長けているらしい。

部隊自体は例えば後方で指示やサポート出したりする部門に分かれてたりとかするらしいけど、件の彼女はその中にある実働部隊、つまりは何かあったらすぐにIS乗って飛んでいくのが仕事な連中の頭張ってるらしいよ。ちなみに階級は中尉だって。まぁもっとも、実際には先任の人とかが居て、そっちがだいぶ頑張ってるらしいけど』

 

『けどね、曲がりなりにもそんな荒事専門の所のヘッドなわけだから、腕前は間違いなくピカイチらしい。情報くれた人が言うには、戦績は殆ど負け無しで負けたにしてもその相手はそう納得できるくらいのベテランの腕利きだとか。

で、素の腕前もさることながら更に厄介にさせているのが専用機って言うシュヴァルツェア・レーゲン。何でも、ヨーロッパで今の所発表されている第三世代だっけ? そのISの中じゃ性能は随一だそうな』

 

 その性能の高さは一夏も直接目の当たりにしたことで実感した。一見すれば現状一夏が知るどの専用機よりも重厚な装甲に覆われているレーゲンは鈍重そうな機体に見える。だが、実際の動きはそんな印象とは真逆であり、乗り手の腕前もあるのだろうが鈴とセシリアの二人を相手取って翻弄する程にキレのあるものだった。

数馬曰く、欠点らしい欠点を上げるとすれば性能が高いせいでコストが他の国のISに比べてだいぶ割高であったり、整備性に難があったり、一部の内部パーツなどは『ドイツ製のフェラーリ部品』などと揶揄されるほどに繊細だったり、なまじ性能が高いだけに乗り手を選ぶなどがあるらしいが、裏を返せばそれらをクリアすれば非常に強力な機体になることは確実だとか。

もっとも欠点なんてものはイギリスやイタリアのものにだって色々あるからどっこいどっこいで、欠点でどっこいだからその分性能の高さが何だかんだで目立っているとのことらしい。

 

『あとは、そのISを第三世代たらしめているとかいう新型の装備があるらしいけど、さすがにそこまでは分からなかったね。まぁ相手側の事情ってのもあるし、そこらへんは流石に汲んでやらなきゃだから勘弁して欲しい』

 

 そのあたりは一夏とて理解できる。そしてその点に関しても既に一夏はクリア済みだった。

確かにラウラの実力は見事の一言に尽きるものだったが、それでも手札を隠したまま二人の専用機持ちを下せるほどではなかったらしい。試合中、その装備を使っている場面を幾度も見た。

 

 AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラーと呼ばれる特殊な力場発生装備がラウラの切り札だった。

その能力は発生した力場に触れたものの動きをその場で止めるというもの。一度捕まったが最後、攻撃を攻撃たらしめる要である運動エネルギーを根こそぎ奪われるため、下手に楯などで防ぐよりもよほど防御面に優れた代物だ。

そして仮にISそのものごと捕まればどうなるか。あの右肩の大型カノンでただ削り切られるだけだろう。

 

 その他にもいくつかの情報の伝達を以って数馬からの報告は終わった。そうして事前に得ることのできた情報と、実際に見て得た情報、これらを合わせることで一夏の中では明確な戦いのビジョンが構築されつつあった。

 

(確かに奴は強い。実際に見てもそれは間違いなく断言できる。どんな戦い方をしてもソツなくこなせる。間違いなく、一年の中じゃ十分トップ争いができてその上で勝ち抜く可能性はあるだろう。まぁ、それはさせんがな)

 

 机に歩み寄った一夏はそのまま椅子に腰掛ける。そして備え付けの棚から一枚の無地のコピー用紙を取り出し、同時に引き出しから鉛筆を一本取り出す。

 

(一番注意すべきはやはりAIC。近づかなきゃダメージを与えられない以上、あれを食らう可能性は俺がダントツだ。となると、食らわずにAICだけは徹底的に回避すべきだろう)

 

 紙の中心に一つの点を打つ。それをラウラが駆るレーゲンと見立てて、実際に描く図に起こすことでAICへの対策を考えようとしていた。

ぶつくさと呟きながら時に円を、時に直線を、時に数字や文字を次々と書き込んでいく。どこまでも無機質に淡々とした瞳は、おそらく既に一か月以上を同じ学び舎で過ごした一夏の級友らの誰もが見たことがないだろう。

一人でいる時だからこそ本人も知らない内に発露する彼の冷徹さ、その一端が発露している証だった。

 そして集中しすぎて危うく夕食に遅れそうになったのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、今度のトーナメントに関しての大まかな概要が纏まった。諸君ら一年は少々特殊な状況となっているため、上級生と比べて若干変則的な運行をすることになる。これから配布するプリントをよく読み、各自しっかりと準備をしておけ」

 

 とある終業前のSHRでそんな前置きをしてから千冬がクラス全員にプリントを配布した。内容は全体トーナメントにおける種々の情報だ。

日程、運行の仕方、準備や注意をしておくこと。プリントと言っても何枚かのそれを束ねてちょっとした冊子にしたものであるため、実際には行事などにおけるしおりに近いだろう。

 

「では、これで今日は終了だ」

 

 そう言い残して千冬が教室を去り、また放課後がやってくる。千冬が教室を出るとほぼ同時に湧き上がった喧騒をBGMにしながら一夏は冊子をパラパラとめくる。

 

「やっほー、一夏。ちょっと邪魔するわよー」

 

 そんなことを言いながら隣の教室からやってきたのだろう鈴が一夏の下に寄ってくる。ちょうど入れ替わるような形でラウラが教室を出て行ったが、大方千冬に何か用でもあるのだろう。

 

「ん? どうした鈴」

「いやさ、あんたはトーナメントどうすんのかなって。ペアでやるじゃん?」

「あぁ、そういえばそうだったな。まぁ確かにペアで纏めてやれば時間の短縮にもなるか」

「あぁうん。そうなんだけど、あたしが言いたいのは別でさ。あたしら専用機組のことよ」

「……それか」

 

 今回のトーナメントにおいて一年生のみ限定的な特別措置が取られた。それは専用機持ちのみ別枠でトーナメントを行うというものだ。

現時点で一年生における専用機持ちは六名。一夏を除いて全員が各国の候補生という例年と見比べても異例の状況下にあった。そしてその専用機持ちは全員が全員、他の生徒たちとは明確に一線を画した実力を備えている。

別段他の生徒たちに混じって専用機持ちがトーナメントに出場することは構わないし、その上で優勝をしても構わない。というより、むしろしなければおかしいという話になる。だが、今年度の一年生に関しては少々人数が多かった。

この専用機持ちが揃って他の面々に混じることにより十全な結果を残せない生徒が増えるのを防ぐためのが、今回の措置だ。それらを総括すると以下のようになる。

 

・各専用機持ちは他の生徒同様にペアを組んで別枠でのトーナメントを行う。

・ただし人数の都合上、専用機持ちトーナメントは参加を四組、内二組は専用機持ちと希望者、あるいは専用機持ちが選出した一般生徒のペアとして四組のペアによる二回戦制トーナメントにする。

・専用機持ちのトーナメントに参加した生徒には成績における特別点を考慮する。

・専用機持ちの部を勝ち抜いた組はそのままシード枠として一般生徒のトーナメントに参加。ただしその際に専用機ペアには制限を設ける。

・なお、各ペアは全員各々で作ること。また一般生徒については期日までに決まらない場合は機械抽選によるランダムでペアを決定する。

 

「まぁ、落としどころとしてはこんなもんかね。やっぱなるだけ公平性を出そうとすればこうするよなぁ」

「わたくし達専用機持ちには勝利が求められている。しかし、さりとて他の皆さんの活躍の機会を減らすわけにもいかない。そうですわね、妥当なところですわね」

「んで一夏。あんたは誰と組むつもりなのよ」

 

 鈴の問いかけに一夏はフムと顎に手を持っていく。そして目の前の

 

「まずボーデヴィッヒは俺が戦いたいから除外で、となるとお前ら三人の誰かだよな。さて、誰にしたものか」

「わたくし個人としてはまたあなたと手合せ願いたいところですが、組むというのであればそれも面白そうですわね」

「あたしも同感かしらね。もういっそ運任せでも良いんじゃない? ほら、カードに名前書いてそこから選ぶとか」

「続きはウェブでってか。馬鹿言え。俺の勝ち負けに関わることだぞ。早々適当に決められんわ」

「まぁそこらへんは僕たちもだよね」

 

 とりあえずこの場に四人居るのだからそれで二組作ってしまえば良い。だがどうせ組むならより勝ち星を狙いやすいペアの方が良いというのが人情というもの。誰が誰と組もうとするのか。四人は談笑を交えながら時折視線を奔らせ牽制し合う。

 

「よし、決めた。おいデュノア。俺と組んで(契約して)トーナメントに出てよ」

「ごめんパス。凄く疑わしさ満載なんだもん。なんていうか、詐欺くさいんだよね」

「うぉい!?」

「いや冗談冗談。別に良いよ? となると、凰さんとオルコットさんでもペアができるけど、二人は良いかな?」

 

 確認するようにシャルロットが鈴とセシリアに水を向けるが、二人は何ら問題ないというように鷹揚に頷く。

 

「別に構いませんわ。そうなるというのなら、その流れに従いましょう」

「丁度いいわね。セシリア、お互い一夏に負けた者同士よ。シャルロットは巻き添えで悪いけど、今度はボコにしてやりましょう」

「乗らせて頂きますわ。というわけですので織斑さん。今度のトーナメントはお覚悟下さいまし?」

 

「とのことだがデュノア。コレどう思うよ?」

「いや、挑戦されてるの織斑くんだよね?」

「あ? 俺はいつでもオールオッケーさ。その上で勝たせてもらうだけだよ。今更良いか悪いかなんて聞くのは愚問ってやつだ。で、さっき鈴も言ったがとばっちり受ける形のお前的にはどうなのよ?」

「まぁ僕もおおむね同じかなぁ。やっぱり負けたら満足できないし、そこはやっぱり勝たせて貰いたいよねぇ」

「とまぁこんなわけで、こっちも勝ちに行かせてもらうんでな。試合当日は首洗って待ってろ」

 

 これを以って専用機持ちトーナメントのペア二組が決定した。極めて場当たり的とも言えるが、元々当事者たちでどうにかしろという沙汰が下っていることだ。それを咎めるものは誰もいない。

 

「……なぁ。ところで俺、何か忘れているような気がするんだよ」

「は? 一体何よ?」

「いや、このペア決めに関わることだとは思うんだけど、とにかく何か忘れているような気がするんだよな。こう、何か用意する時に出しとかなきゃいけないのを忘れているような……」

「はぁ、今のに関わってる、ねぇ」

 

 はて一体何かと一夏は腕を組み首を傾げる。普段だったらさっさとどうでも良いと切り捨てているのだが、なぜだか今回はそういう気にならなかった。

 

「はてな……」

「ねぇねぇおりむー」

 

 唸る一夏に横から声を掛けられる。「おりむー」などという一夏の人生十五年と数か月の人生でも初めてなあだ名で呼んできたのは同じクラスの布仏本音だった。その彼女が声を掛けながらチョンチョンと一夏の腕を突いていた。

 

「む? どうしたよ布仏」

「あのね、さっきのペアのことなんだけどね~。かんちゃん、四組の簪ちゃんは良いの~?」

 

「……あ」

 

 言われてしばし間を置いて、そこで一夏は初めて思い出したと言うように呆けた声を上げた。

そうだ。専用機持ちと言えばもう一人居たではないかと。更識簪、四組のクラス代表で現状唯一の一夏を負かした彼女だ。いや、鈴やセシリアが一夏にそうであったように、一夏もまた彼女への雪辱をという気持ちはある。だがそれとは別にペアの候補としても何も問題は無い。

無いはずなのだが、こうして指摘されるまで完全に忘れていた。

 

「あ~、まぁもうペア決めちまったからどうにもならんが、完全に忘れてたわ……」

 

 いや失念失念と小さく笑う一夏の制服の腰のあたりからから電子音が鳴る。何事かと集まった視線に、メールだと言いながら一夏は制服のポケットから携帯を取り出してメールを確認しようとする。

 

「なんだこりゃ?」

 

 受信したメールは知らないアドレスからのものだった。だがその件名の欄には『更識簪』とだけ記されている。つまりこれは簪からのメールなのだろうか。

 

「というか仮に更識だとして、どうやって俺のアドレスを……」

 

 教えた覚えはないがと疑問に思うが、別にこの学内に一夏のアドレスを知らない者しか居ないというわけでもない。それなりの行動力があれば一夏を介さずして知ることくらいはできるだろう。

何はともあれとりあえずは中身を見てみようとメールを開いた。

 

『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない』

 

「あ、あばばば……」

 

 ズラリと並んだ「許さない」という単語。その不気味さに一夏は思わず顔を引きつらせる。後ろ、あるいは横から覗き込んだ鈴、セシリア、シャルロットも盛大に引いている。ただ本音だけが、「うわ~、簪ちゃん張り切ってるね~」と呑気そうな反応を示している。

一体何個許さないとあるのだろうかと数えるのも馬鹿らしい程の許さないの連続をひたすら下スクロールで読み飛ばす。ようやく許さない連打が終わり空白が現れた。

 

「ん? これまだ下があるのか?」

 

 だがメールにはまだ続きがあるらしく、空白からしばらくスクロールができるらしい。一体何があるのかとそのまま今度は真っ白な画面を下にスクロールしていく。そしてようやく終わりに達した時、現れたのはごく簡素な一言だった。

 

『さよなら』

 

(ナ、ナナナナナ、ナイスボオォォォォォォォォォウトッッッ!!?)

 

 そう。忘れもしない。数馬が散々に語ってくれたとある作品の視聴者はおろかスタッフからも満場一致のクズ認定された主人公の男のとある凄惨な末路と、それに伴う諸々のあれこれを。まさしく以ってこのメールはアレと一緒だ。

 

「酷い……」

「フォウ!?」

 

 背後からの声に思わず飛び上がる。いくらメールの衝撃が大きかったとは言え、背後に近づかれたことを察せなかった己の未熟さを内心で叱咤しつつ、この時の一夏は割と真面目にビビっていた。

 

「あ、更識」

「酷い、酷いよ織斑くん。私のこと、忘れるなんて」

「あ~悪い」

 

 ヨヨヨとあからさますぎる泣き真似をする簪に遠い目をしつつ、元々彼女のことを忘れていた自分に非があるのだからと、一夏は素直に詫びの言葉を言う。

 

「酷い。君の中では私はそんなに軽かったんだね。あの対抗戦の日、二人であんなに燃え上がったのに。織斑くん、あんなに激しかったのに私、すっごく痛かったのに」

「誤解を招くようなこと言うなや!? 燃えてたのは爆発したミサイルとかだろ! あとお前も何だかんだで強烈だった――というか! むしろ最終的には俺の方がボコされて痛かった!」

「大丈夫だよ、織斑くん。私はそういうプレイだってイケ――」

「イケなくて良い! えぇい! この間あの会長と話しても思ったけど、お前も大概おかしいな! あれか、更識姉妹は揃って変態か!」

「お姉ちゃんがどこかおかしいのは同意するけど、私まで一緒にされるのは不本意」

「いや、割と真面目にお前の方が重症だからな」

 

 自分は姉に比べてまともだと言う簪に思わず一夏は突っ込む。

 

「まぁとりあえず君はどうでも良い。ペア、できたんでしょ? さっき聞いてた。本音、私と組んで」

「おっけ~だよ~」

「これで三組目決定。じゃ、私は戻るから。バイバイ」

 

 それが本来の要件であり、それを達した以上はもはやこの場には無用となったのか、そのまま簪は自分の教室へと戻っていく。

 

「な、なんつー奴だ……」

 

 散々場を引っ掻き回すようなことをしながらさも何事も無かったかのように平然と立ち去っていく簪の背を見ながら、一夏はそう呟かずにはいられなかった。そして、それに同意するかのように周囲も無言で肯定の頷きをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「で、出遅れた……」

 

 夕刻、寮の一角でラウラは己の不覚に打ち震えていた。放課後になってすぐに幾つかの質問があったために千冬の下へと行っていた。そこには敬愛する師と二人の時間を過ごしたいという極めて個人的感情もあったのだが、この際はあえて気にしない。

無論、その間にもラウラの脳裏には確かに専用機持ちの部におけるペアのことも確かにあった。だが、期日まではまだ時間があるためそう急くこともないだろうと思っていたのだ。

そのまま千冬との話を終えてしばらく自分の用事をこなして寮に戻った所で知らされたのが、既に四組中三組が決まっているということだ。専用機持ち同士の二組は既に決まっているため、残るはラウラと一般生徒の誰かによるペアだけだと。

別に誰と組もうが全力で試合に挑むという気概には微塵の揺らぎも無いが、それでもやはり組むならばより腕の立つ者をというのは彼女も考えている。ゆえに同室のシャルロットあたりでも誘おうかと思っていたのだが、結果はこの現状である。

 

「く、私としたことが何たる不覚……! いやまだだ、まだ終わりではない。そも彼我の戦力比が勝敗に直結するわけではない。そうだ、ドイツ軍人は狼狽えないっ」

 

 自分を鼓舞するように言い聞かせグッと拳を握る。そうと決まればさっそく相方探しだ。だが思い立ったは良いものの誰を相手にしようかと考えればまたそれはそれで悩みどころである。

誰と組んでもやることは変わらないとはいえ、それが相手を適当に決めるとイコールではない。やはり組むならばそれなりに実力を持ち、なおかつ自分と相性の良いものが良いだろう。そのくらいの要求はしても叱責は受けまい。

 

「さて、どうしたものやら……」

 

 むんむんと唸りながらラウラは廊下を歩く。とりあえずは考えがてら飲み物でも買おうかと思った。喉を潤せば少しはいい案の一つでも浮かぶかもしれない。

 

「む、ボーデヴィッヒか?」

「お前は、篠ノ之箒……」

 

 寮の自販機コーナーに着いたラウラはそこに居た先客と出くわした。練習上がりなのだろう、道着に片手には竹刀という出で立ちの箒がそこに居た。

 

「なんだ、お前も飲み物か?」

「あ、あぁ。そうだが、お前は練習か何かか?」

「あぁ。今度のトーナメントに向けて先輩に少し稽古をつけてもらっていてな。IS以外にも色々だが、タメにはなっているよ」

「そうか。それは良い心がけだ」

 

 箒がかのIS開発者、希代の大天才である篠ノ之束の実妹であるということはラウラはとうに聞き及んでいる。だが所詮は血縁があるというだけのことであり、その評かは本人を見るまではしても意味がないというのがラウラの持論だった。

あの篠ノ之束の妹、と言ってしまえば箒はどうしても見劣りしてしまう。その肩書きと比してはどうしても凡庸に見える。だが、それは篠ノ之束が異常なだけだ。少なくとも、こうして積極的に向上に努めようとする姿勢はラウラは嫌いではないし、評価に値するものであった。

 

「ところで、ボーデッヴィッヒは今まで何を?」

「いや、少々教官の、織斑先生の所に用が。その後に少し私用をこなしていたのだが、どうにも不覚を打ってしまったらしい」

「不覚?」

「あぁ。実は――」

 

 そこでラウラは自分のペア決めにおける出遅れと、その結果を箒に話す。

 

「なるほど……」

「私の不覚が招いたこととはいえ、やはり簡単にいくとは思えなくてな。誰か良い相手はいないかと、考えていたのだ」

「そうか……」

 

 ラウラの言葉に箒はどこか考え込むような素振りを見せる。それが気にならないわけでもなかったが、とりあえずは元々の要件を果たそうとラウラは自販機に近寄る。そして適当なスポーツドリンクを選び、取り出し口に落ちてきたボトルを取ろうとした時、その背に箒の声が掛けられた。

 

「ボーデヴィッヒ、そのペアの相手だが、お前さえ良ければ私が組ませてもらっても良いだろうか?」

「お前が?」

 

 その意外な申し出はラウラにとって予想外のものだった。だが、予想外だからと言って半端な対応をしていいほど軽い申し出でもない。

 

「その、心遣いは嬉しい。だが、良いのか? 二人ペア四組の内、専用機持ちでない者の枠は二人のみ。それ以外は全て専用機持ちで、あの織斑一夏以外は全員が各国の候補生だ。あえて言わせてもらうが、お前には少々厳しいのではないか?」

「あぁ。それは百も承知だ。だが、そのリスクを冒す価値はあると私は思っている」

「……聞かせて欲しい。何が根拠だ」

「詳しくは言えないが、私は今度のトーナメントで一夏よりも上位にいきたいのだ。いや、もっと端的に言えば一夏と戦って勝ちたい。だが、これは一夏に言われて気付いたのだが、やはり普通に考えれば難しい。そもそも戦えるかも分からない」

「それは、まぁそうだな。最悪、決勝までいかねば戦えないということも十分に有り得るし、そこまでの過程は決して楽ではないだろう」

「あぁ。私も自主的に訓練はしているが、その、それはとにかく一夏を相手に考えたものであって。単純に勝ち進むとなるとやはり厳しいのだ。だが、そちらの部に参加するとなると話は違ってくる」

「確かに、単純確率なら奴とぶつかる可能性は大きいな」

「そうだ。だからボーデヴィッヒさえ良ければ私をお前の相方にしてほしい」

 

 ラウラは考える。別に組むこと自体は吝かではない。自分からという意思があるのであればそれは尊重すべきことだ。少なくとも嫌々ながらの者と組むよりは遥かにマシだ。実力面は不安こそあるが、この問題に初めから付きまとっていることだ。今更どうこう言うつもりは無い。ただ一つ、問題があるとすればその目的くらいか。

 

「一つ、前提に問題がある」

「なんだ?」

「お前は織斑一夏と戦い、そして勝ちたいがゆえに私とのペアを希望するのだったな?」

「そうだ」

「あいにくだが、奴に関しては私も直接戦い、そして勝ちたいと考えているのだ。奴が二人いるならまだしも、一人しかいないのであれば分け合いというわけにもいかない」

「む……」

「聞こう。何故お前は奴に勝ちたい?」

「それは……一夏に私を認めさせるためだ。その、色々とな」

 

 自分とは逆だとラウラは思った。自分はむしろ、自分が認められるかどうか確かめたいからこそという思いが強い。誰よりも敬愛する師が、誰よりも気にかけている彼が本当にそれに値するのかを。他の誰でもない、自分が納得したいからこそだ。

 

「私は、奴の強さを見たい。それで奴を認められるか確かめたい。それが理由だが、さてどうしたものか……」

 

 折角の申し出だ。できることならばこのまま無下に終わらせたくはない。だが、そのためには互いの目的の衝突がネックとなる。どこか上手い落としどころはないかとラウラは考える。

 

「一つ、思いついたのだが」

「む、何だ?」

「あぁ。これはあくまで仮にだが。私とお前のペアが一夏の組と当たったとする。一夏の相手はデュノアと聞いているが」

「あぁ、そうだが」

「そうか。それでだな、身勝手な申し出であることは百も承知だが、その際は私と一夏で一対一の状況を作ってほしい。つまり、ボーデヴィッヒにはデュノアを抑えて欲しい」

「それだけを聞くとお前にだけ利があるようだが、何が根拠になっている?」

「はっきり言って私は今の時点でお前の勝てるとは思えない。つまり、私の実力はお前より下というわけだ」

「それは、まぁ事実だな」

「ではその私が一夏に勝ったとする。となるとそれは間接的にお前の方が上だと証明されるのではないか? 仮に、いやそんなことはないようにしたいが、私が一夏に敗れたとしてもお前は希望通り一夏と戦える」

「なるほど。少しイメージとは違うが、概ね私の目的には合致しているな」

 

 一理あるとラウラは箒の案に理解を示す。

 

「だが、そのために私にもう一人の抑え込みを頼むか。中々どうして、人を振り回してくれるな」

「そこは認めるしかない私の未熟ゆえだ。それとも、お前はデュノアを抑える自信がないのか?」

「言ってくれる」

 

 挑発とも取れる箒の言葉に面白いことを聞いたと言うようにラウラは小さく笑った。

 

「私をなめるなよ、篠ノ之箒。一世代前の機体とたかだか一介の候補生ごとき、私とレーゲンが抑えられない道理はない。別段、二人掛かりでも何ら問題はないくらいだ。事実、私はそれを為したからな」

 

 ラウラが言っているのは先日の鈴、セシリアとラウラが行った二対一のことだ。あれは箒も見ていた。

 

「こちらこそ、甘く見ないでほしい。デュノアは任せてしまうが、一夏は私が倒す。お前の一夏への判定にかかる手間を私が省いてやる」

「面白い。――良いだろう、お前の提案、受けた。当日、働きを期待しているぞ」

「望むところだ」

「では――」

 

 そうしてラウラはスッと右手を差し出した。僅かな間それを見つめ、その意図を理解した箒はその右手を同じく右手で強く握り返した。

ここに、全校トーナメント第一学年専用機持ちの部における第四組目のペアが結成される運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 そして再び日にちは流れ、ついに大舞台の日がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえずは次回でようやくトーナメントです。やっと二巻の終わりが見えてきた。
あぁもう、もっと簡潔にまとめたいのに書いてるうちにどんどん色々書いてしまう。我ながら困ったものです。

 一応業務連絡と言いますか、とりあえずこのトーナメントの話が落ち着くまでは楯無ルートはちょっとお休みとします。いや、こちらでの設定を一部あっちに流用しようと思っていまして。先にこっちの方で出しておこうと思うゆえにです。

 とりあえず箒は三巻終盤あたりから本番ですかねぇ。


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第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁

 というわけでトーナメント開幕です。いやぁ、書いていたらまた当初の構想より多くなりそうな気がしてきました。本当に、書いていたらなんかどんどん出てきちゃうんですよね。自分としてはもっとコンパクトにまとめたいものですが。


 IS学園の全体トーナメントは一週間をかけて行われる。連日ほぼ丸一日を通して試合日程を消化していくのだ。当然ながらこの間、通常の授業カリキュラムは休講となる。

学園の贔屓目に見ても急ぎ足と言えるカリキュラムの進み方の原因の大半はこの行事が関わっていると言っても過言では無いくらいだ。無論、学業が疎かにならないように学校側も対策をしている。生徒全員に――たとえば期間中ほぼ終始駆り出される二年以上の整備課の生徒は便宜が図られるなどあるが――この期間中に仕上げるべき課題が出される。

試合の準備をしつつ時には各教室のモニターが伝えるアリーナで行われる試合をBGMに課題に励み、あるいは直接アリーナに足を運び試合を生で見る。そして、各自の出番になったら自らが直接ISに乗り込み戦舞台に立つ。

教師も生徒も外部からの関係者も、とにかく関わる者全てが慌ただしく動き続けるのがこの全体トーナメントという一週間である。

 

 その初日。一年生の試合が行われる第一アリーナはその観客席が文字通りの満員御礼状態にあった。生徒は勿論のこと、各国政府のエージェントや各企業、研究機関の職員といった外部からの観客席、果ては他の席とは隔離された所謂VIPスペースすらも、全てが埋め尽くされていた。

まず間違いなく、総合的なレベルの高さという点では一年生の試合は最下級にあると言っても良い。それは参加する者達の経験などを考慮すればごく自然なことだ。確かに外部からの観客にすれば早期の内に有望株を見出すという意義はあるが、観衆の内の大多数を占める生徒からすれば常に手に汗握る緊迫した試合を見れるというわけでもないため、結果として総合的注目度は他二学年に比べて低くなりがちだ。

だが、今この時ばかりはその定石を覆してもっとも注目が集まっていると言えた。なぜか? 実に簡単な答えである。

 

 一年生シード枠決定戦、専用機トーナメント。初日の、最初の最初にこれを持ってきたのだ。

学園側としては早いうちにさっさと専用機持ちの中から一般トーナメントに参加するシードペアを決めておこうという実にシンプルな理由なのだが、それを分かっていたとしても見る側からすればイベントのいの一番に目玉を持ってこられたようなものである。

課題? まだ始まったばかりだし何とかなるなる。それより専用機持ち達のシード枠の奪い合いの方がよっぽど面白そう。そんな感じの理由で多数の生徒がアリーナに詰めかけたのだ。

勿論これは外部からの観客にしても同様で、各国が開発した新型機が入り乱れ戦う場面を見逃す手はないと言わんばかりに、こちらもこちらで軒並み揃って流れてきている。

余談ではあるが、別のアリーナで並行して行われている二年、三年の試合はこの影響か非常に観客数が少なくなっているらしい。もっとも、それでコンディションに影響が出るような甘い者がいるほど、上級学年は温くは無い。特に何事もなく、平常運転で日程をこなしていた。

 

 試合開始の時刻が刻一刻と迫っていく中、既にISスーツに着替えた一夏とシャルロットの二人は静かに出番の時を待っていた。ちなみに、二人の名誉のために補足しておくと、着替えは片方が着替える間、もう片方は外で待つという方式である。

 

「……」

 

 長椅子に座りながらシャンと背筋を伸ばし、腕を組みながら一夏は瞑目している。その姿にシャルロットはある種の敬意に近い感想を抱く。間近に大舞台が迫っているにも関わらず、堂々と平常心を保てるその胆力は素直に尊敬せざるを得ない。

 

「もうすぐ、だね」

 

 だがシャルロットは違う。やはり若干の緊張があるのだろうか、小さな声でそう呟く。

 

「あぁ。あと十分そこらだ。もう少ししたら、ピットに出てそこからアリーナだな」

 

 既に倉持、デュノア両社からそれぞれ派遣された技術者及び整備課生による二人の機体の直前チェックは終わっている。残すはただ一つ。本番のみだ。

 

「更衣室は四つでピットも四つ。多分オルコットと鈴、更識に布仏のペアもそれぞれ待機してるだろうよ。落ち着かんのは、どこも一緒だろう?」

「も、ってことは織斑くんも?」

「残念ながら俺はさほど。やることは何一つ変わらんし、それにお前は居なかったけど、クラスリーグの時に経験はしてる。まぁ問題はあるまいよ。多分、ボーデヴィッヒのやつもそうだろうな。となると後はアイツだけだが……」

「篠ノ之さん、か。正直、驚いたっていうのが本音かな」

 

 箒とラウラがペアを組んだことは、二人が互いにそれを了承した翌日にはクラス全体に広まっていた。その度胸への感嘆、ある意味身の程知らずとも言える選択への苦言、純粋な驚きなど知った者の反応は様々だ。

そしてこのことに関して最も関係性が強いだろう専用機の部に参加する者達の反応は、強いて言うならば驚きに属するものだった。それは一夏とて例外ではなかった。

 

「だが、まぁ考えてみれば分からないでもないんだ。なるほど、確かにあいつの目的を果たそうとすればこれが一番手っ取り早いだろうさ」

「目的?」

 

 誰の、かは言うまでもなく箒だ。その彼女は目的を持ってこの専用機の部への参加者として臨んだのだろうと一夏は言う。その目的とは何か? あるいはその血縁に関係することなのか。あえて表には出さないが、やや深いと言える疑念がシャルロットの中で渦巻く。

 

「まぁ、そんな大したことじゃないよ」

 

 そう言う一夏の口調は軽快なものだが、シャルロットを見据える眼差しに笑みの要素は無い。まるで、お前の中にある疑惑なんてお見通しだと言われているようで思わず唾を飲み込んでいた。

 

「あいつな、俺に勝ちたいんだと。まぁもっと噛み砕けば俺より上の順位取りたいらしいが、それならやはり俺に勝つのが手っ取り早い。そういう点で、俺らの方にあえて飛び込んだのはまぁ、中々悪くないチャレンジだよな」

「なるほどね」

 

 確かにそこまで大したことではなかった。誰かに勝ちたい、そんな誰しもが持ちうる目的だ。取り立てて特別視するほどではない。

そして一夏の言う通り、確かに豪胆なチャレンジではあるがより確実に一夏と戦う機会を得て、更に勝ちまで狙いに行くとなればこちら側の部に挑むのは手法としても納得がいく。

 

「で、織斑くんはどう思ってるの? その篠ノ之さんのチャレンジに」

「評価はするさ。入学して何年振りで再開して、どうも女々しさが出てると思ったけど、ここ最近は結構いい感じだしな。まぁ向こうから挑んでくるっていうなら、断る道理はない。あぁ、そのチャレンジ精神は大いに評価する。だが、やる以上は加減無用だ。潰すよ」

「この間の時にも思ったけど、本当におっかないね、君は」

 

 間違いなく一夏は箒にも、そしてシャルロットにも親しみの感情を持っている。だが、必要とあらば冷徹な対応も一切辞さない性格もしている。先の箒への対応についての発言しかり、先日のトラブルの際の対応然りだ。後で流石にやり過ぎたと謝罪を受けたとは言え、あの首筋に刃を添えられた感触は今でも忘れようがない。感じた恐怖が楔となって記憶に残っているのだ。

 

「そもそもにして、箒はまぁ確かに厄介な血縁があるとは言っても、それでもIS学園の生徒としてはその他大勢と変わりは無い。だが俺たちは専用機持ち、加えてお前は候補生で、俺は――まぁとにかく目立つ。しかも初戦だ。あのボーデヴィッヒも居るとは言え、いやだからこそ、負けるわけにはいかない」

「そうだね」

 

 負けるわけにはいかない。全くもってその通りだ。理由は色々挙げられるが、この際語る必要はない。とにかく、結局はそれに尽きるのだから。

 

「時間だな」

「うん」

 

 試合開始まで残り時間も少ない。スッと立ち上がると、一夏は更衣室とピットを隔てる隔壁の前まで歩み寄り、そこで一旦立ち止まる。数歩後ろを付き従うようにシャルロットも続く。

 

「準備はいいな?」

「もちろん。さっさと行って、サクッと勝って満足してこようね」

「良いノリだ」

 

 フッと小さく口の端を上げて一夏は笑みを浮かべる。だが、すぐに唇を真一文字に引き締めると厳かさを漂わせる声音で己に、そしてパートナーであるシャルロットに号令をかけた。

 

「出陣」

 

 

 

 

 

 そして――

 

 

「今更だが、すまないな。その、私の無理を聞いてもらって」

「本当に今更だな。――気にすることじゃない。私は既に納得している」

「そうか。それなら良いのだが……」

 

 一夏とシャルロットがそうしていたように、箒とラウラもまた試合前の僅かな語らいを行っていた。

 

「それよりもお前だ。ここまでは概ねお前にとって望み通りの展開だろう。初戦から奴と当たるのだからな。だが、そこから先は私には分からん。すべてはお前次第だ。それで、結果はどうとでも動く」

「あぁ、分かっている。そのためにできる準備はしてきた。それで大丈夫と胸を張れるわけではないが、全力は尽くす」

「それなら良い。ならば私はお前の心意気に多少だが報いるとしよう」

 

 そうして二人もまたピットへとつながる隔壁の前に立つ。

 

「では、行くぞ」

「あぁ、参る」

 

 

 

 

 そうしてISを纏った四人が舞台(アリーナ)へと躍り出た。

 

 

 

 

 

「改めて見て思ったが、以前とはだいぶ趣が変わったな」

 

 四者全員が各々のISを纏ってアリーナに降り立ち、最初に口を開いたのはラウラだった。言葉は一夏に向けられたもの。倉持技研での改修が行われた白式の姿に改めて以前とは異なる姿への感想を漏らす。

 

「たしかに。自分でもだいぶスリムになったと思うよ。まぁ見てくれ通り、少し守りに心許なくなった部分はあるが、そのぶん攻め手に回るなら前よりいい感じに行けそうだ」

「そうか。まぁ良い。どのような機体で来ようが、やることは変わらん」

「そこは俺も同じだね。――さて箒、早速チャンスが巡ってきたわけだが、調子はどうだ? 俺も自分のことに掛かりきりでお前が何をしているか詳しくは知らんが、何かコソコソやってたんだ。その成果は見られると期待して良いんだな?」

「あぁ。だから一夏、心置きなく私に敗れろ」

「は、言ってくれる」

 

 そこで一夏は一度会話を切ってやや後方に控えるシャルロットを見遣る。現在四者はペア同士が100メートル弱の距離を離しながら向かい合い、一夏とラウラが前衛に立つという形になっている。

これだけ距離が離れていながら会話ができるのは単に通信を使ったからに過ぎない。そして、今度はシャルロットに対して一夏は通信を繋げる。

 

「デュノア、ボーデヴィッヒが前衛に出てるが、どうも俺の勘は開始直後に箒が俺に突っ込んでくるような気がする。やけに気合い満々だからな。仮にそうなったらお望み通り俺が迎え撃ってあしらう。あとは、分かるな?」

「ボーデヴィッヒさんが何かするより先に篠ノ之さんを集中攻撃、一気に落とす。織斑くん、メインはお願い。僕もアタックはするけど、多分ボーデヴィッヒさんの妨害も早いだろうから、そっちに対処しながらだと……」

「任せておけ。――遅れは取らん」

 

 試合開始まで残り十秒を切った。一夏は蒼月を両手で構え、シャルロットはアサルトライフルとマシンガンを両手で持つ。

対する箒もまた左腕の二の腕に打鉄の標準装備である実体楯を展開しつつ、同じく標準装備のブレードを構える。そして唯一ラウラのみが武装を展開せずに両手を空けたままにする。しかしわずかに腰を落とし腕を軽く開いた姿勢は獲物に狙いを定める獣のような鋭さを醸し出しており、武装を出していないことなど意味を為さないような警戒を抱かせる。いや、むしろ何も持っていないからこそか。

 残り五秒を切る。いつのまにか観客席から絶えず湧いていたざわめきも鳴りを潜め、開始の刹那にあるだろう交差への観客たちの緊張を伝えてくる。

そして全てのカウントが終了し、試合開始のブザーが鳴ると同時に四人が一斉に動き出す。

 

「はぁあああああああああっっ!!」

 

 気勢を上げながら打鉄のスラスターを吹かした箒が突撃を仕掛けてくる。前方のラウラにぶつからないように交わしつつも一気に一夏への最短直線ルートを取ったその機動のキレに一夏は僅かに目を見開くが、すぐに迎え撃つ体勢を整える。

白式のOSがロックオン警報を告げてくる。箒同様に開始直後に動き出したラウラは大きく旋回するような機動で一夏とシャルロットの横合いを取ることを試み、そのままレールガンで一夏に狙いを定めていた。シャルロットの警醒の声が一夏の耳朶を打つが、ロックオン警報の瞬間に一夏は状況を把握できていた。

瞬時加速、ではないがスラスターを強く吹かすことで前方への急加速を行う。一夏が飛び去った直後に彼の背後でレールガンの弾頭が地面に着弾する轟音が鳴り響くが、当たらなかったのだから気にする必要はどこにもありはしない。

 急加速によって一夏と箒の間の距離が一気に詰まる。もう数秒を数えることもなくその距離はゼロになる。長年の修行で鍛えてきた勘と着実に積んできた技量と経験を頼りに最適なタイミングを待ち、来たと確信した瞬間に蒼月の刃を振り抜く。

 

「はぁっ!」

「ぐぅ!」

 

 小さく苦悶の呻きを上げつつも箒は構えたブレードでその一刀を確実に防いだ。その結果に一夏は僅かな驚きを覚える。

先の初手、初手であるにも関わらず、いや初手だからこそ一切の容赦なく一刀を振るった。タイミング、体に充実させた気力、距離を詰める速さに狙った場所である頸部への軌道、そして肝心の剣の威力。どれを取っても至高とまではいかずとも大いに手応えのある一刀だった。

確実に初手のクリーンヒットを確信していた。たとえ堅牢な守りを持つISであってもシールドは大きく削られるだろうし、さすがに実際にやるつもりは無いが生身であれば確実に首を刎ねていた一刀だった。少なくとも、六年ぶりの再会とそれから程なくの手合せで再算出し、その後の様子などからある程度の推測を立てた一夏の中での箒の実力ではクリーンヒットはギリギリ避けられても完全な防御は不可能な一撃のはずだった。

 

 加速の勢いをそのまま利用しての一撃だったため、一切の原則をしていない一夏はそのまま箒の脇をすり抜ける。互いが交差する刹那、更に短い六徳(りっとく)の間に二人の視線も交差する。そこで箒の瞳の中にあった、手ごたえを感じているのだろう得意げな色を一夏は見逃さなかった。

 

(面白い……!)

 

 箒が何やら自分らとは別で鍛練を行っているのは知っていたし、立ち居振る舞いにもその影響によるものだろ微細な変化があったことにも気づいていた。

それでも、いざ試合という段になって自分と渡り合うことができるかという点については未だに疑いがあった。だがどうやら、本当に彼女はそれなりの準備を整えて自分に向かってきているらしい。

決して大仰なことではないものの、確かに自分の予想を超えた展開に一夏は心がざわめくのを実感していた。

 

(なら見せて貰おうじゃないか。お前の成果の全てを)

 

 箒の脇を通り過ぎてすぐに一夏は機体を反転させて箒に向き直る。同時にスラスターを吹かして後方への移動に歯止めをかけると同時にそのまま再度箒への突撃の形を取る。

白式の調子はすこぶる良い。操縦の感覚を手触りで表現するのであれば、改修前とはその滑らかさに格段の差があった。一夏は本来技巧派の武人である。

勿論豪快さや爆発性を感じさせるパワーの武も嫌いではない。むしろ武である以上は大歓迎である。だが実際に自分で実践するとなると、「静」と表現すべきだろう心を静めて技巧を駆使する方がしっくりくる。この辺りは師と概ね同じだ。

その思想はISにおいても多分に反映されている。これまでの試合における一夏の剣戟を見ればそのあたりは瞭然と言えるだろう。そしてそれは剣戟以外の機動についてもまた同じだ。勢い任せよりも、よりスマートに動かす方が好みなのだ。

そういう点で、滑らかと言える今の白式の操作性は非常に一夏の好みに合っていると言えるものだった。流石はIS界に名機と名高い打鉄を生み出した倉持謹製のシステムである。純粋に見事とその仕事を讃える。

 

「しぃっ!」

「くっ!」

 

 再度箒に迫った一夏は蒼月を振るう。だがその一撃も箒は顔を険しいものに変えながらも防ぐ。だがそんな箒の苦悶など知ったことではないと言うように、一夏が続けざまに切りつけていく。

袈裟がけの一撃が振るわれ、振り抜いたと見えた直後には既に真横からの一刀が箒に迫っている。袈裟がけの一撃を何とか受け流すと箒はそのまま真横からの一撃を迎え撃つ。箒にとって紛れもなく一夏の放つ一太刀一太刀がやっとのことで捌けるものだ。ただ一撃をまともに受けないようにするだけで心身共に軽くない負担を強いている。しかしそれでも箒は未だにクリーンヒットを避け続けていた。

始めは一夏も時間の問題だろうと思っていた。一夏の見立てではよほどの劇的な飛躍的進歩でも無ければ、先ほどのように初めの数撃こそ捌けてもすぐに守りに綻びが生じ、それがすぐに致命的な決壊を齎すと思っていたのだ。だが、一杯一杯の苦しげな表情を浮かべつつも箒は既に十を超える太刀を捌き、それもすぐに二十を超えた。

 

「ぬんっ!」

「ぐあっ!!」

 

 一際力を込めた下からの切り上げで一夏は箒を突き飛ばす。この一撃もやはり防がれた。後方に吹っ飛ばされた箒はそれでも何とか体勢を立て直して再び刀を正眼に構えて一夏を見据える。既に息は上がっており肩を大きく上下させてはいるものの、その目に宿る闘志には微塵の陰りも無い。むしろ、一夏の連撃を受けきったことでより強く燃え上がってすらいた。

 

「デュノア」

 

 通信で相方に呼びかける。試合が始まり最初の一合が交わされてから実の所、まだ三十秒程度しか経っていない。そこに至るまでシャルロットのアクションを一夏は見ていなかった。自分が箒に構っている間に彼女もラウラから自分の援護に対する妨害あたりはあったのだろうが、果たして今の現状は。そう思っての確認だった。

 

「ゴメン織斑くん! ちょっと無理!」

 

 返ってきたのはラウラの猛攻を前に完全に一夏への援護行動を封じられたシャルロットの切迫した声だった。

 

「……」

 

 無言で一夏は再び箒を見遣る。視線の先、箒の顔に僅かに得意げな笑みが浮かんだのを見て一夏は小さく舌打ちをした。

 

「そういうことか。まさか本当にこうなるとはな。予想外と言えば予想外だよ」

 

 作り出された状況は一夏対箒、シャルロット対ラウラの一対一の同時進行だ。

 

「ボーデヴィッヒには感謝している。この状況、私にとってはまさしく望んだ通りのものだ。一夏、お前がすべきことは一つ。今ここで、私と尋常に立ち合うことだけだ」

「なるほどな。さしずめボーデヴィッヒにデュノアの足止め、正確には俺とお前のタイマンのお膳立てを頼んだって所か。あいつもあいつで俺に執心していた節があったが、よく承諾したな」

「曰く、私に負ける程度であればそれまで、だそうだ」

「ほぅ。気付いているのか? それ、自分を卑下しているようなものだぞ?」

「私がボーデヴィッヒに及ばないのは事実だからな。それに、望み通りの状況になってくれるならその程度は我慢する」

「はっ。随分と物分かりが良くなったもんだ。昔のお前はもう少し融通の利かない頑固者だったような気がするけどな」

「それはきっと、良い先達に鍛えられたからだろう。それに、頑固者という点ならお前だって同じ穴のムジナだ」

「違いない。――良いだろう箒。それがお前の望みだというなら、俺は素直にそれに応えよう。その上で、勝つのは俺だ。そしてボーデヴィッヒにもな」

「言ってくれる。一夏、今日こそは私が上を行かせてもらうぞ」

 

 互いに正眼に剣を構えて交わされる会話。二人の間に流れる緊迫した空気を際立たせるかのように、一陣の風が吹き砂埃が舞う。二人からやや離れた所でラウラとシャルロットが激突する銃声や衝突音が響くが、二人の周囲にはそんな音など存在しないかのような雰囲気が漂っている。

 

『参るっ!!』

 

 そして二人は同時に機体を前進、一秒と僅かを数えて再度互いの刃を激突させた。

 

 

 

 

 ――時はほんの少しだけ遡る。

 

 

 

「はぁっ!!」

「ぐぅ!」

 

 間近で響く不快な金属音に顔を歪めながらシャルロットは左腕に取り付けられたシールドでラウラの攻撃を防ぐ。

レーゲンの基本装備の一つである腕部一体型の回転刃――つまるところISの兵装として武器としての側面を徹底強化され腕部装甲に取り付けられた電動鋸だ――を防いでいた。

 

「舐めないで!」

 

 空いた右腕にショットガンを展開し、近距離から叩き込もうとする。ショットガンは弾丸を拡散させる性質上、面攻撃に用いる物としてのイメージが強いが、近距離から叩き揉めばそれはそれで多数の弾丸を相手に集中させる大ダメージを期待できる。

 

「ふんっ!」

 

 だがラウラはすぐに身を捻りシャルロットの左側面から懐に潜り込もうとする。そこまで深く潜り込まれたらショットガンを使うわけにもいかない。そもそもとしてまともな攻撃を加えることすらできない。仮にできるとすれば、一夏並みに卓越した近接戦闘技術を持っている場合のみだ。

そしてラウラは現役の軍人だ。一夏と比較してどれほどかは定かではないが、こうした密接状態での相手の制圧術にも相応の心得があることは想像に難くない。シャルロットとてその手の訓練は受けてきたし、人並み以上にできる自信はあるが、それがラウラを封じることができる保証はない。ならばこのままラウラを迎え撃つというのは愚策と言っても良いだろう。

 

「えい」

 

 そんな小さな掛け声と共にシャルロットは量子データに変換して機体に格納していた物を取り出す。ラピッドスイッチの恩恵により握り拳大のソレは直ちにシャルロットの掌中に現れ、それを一度強く握るとあっさりと手放した。

 

「む!?」

 

 シャルロットの懐に潜り込もうとしたラウラは目の前に落とされた物を見て目を見張った。それが何なのか理解するとほぼ同時に、反射的に顔を庇うように両腕を前面に持っていく。直後に軽い破裂音と共に目を庇うようにした腕の隙間から強い光が溢れてきた。

シャルロットが放ったのはいわゆる閃光手榴弾(フラッシュグレネード)である。テロ鎮圧などで警察機関や軍隊も使用する、既に業界におけるベテランと言って良いくらいに古くからある極めてシンプルな兵器だが、このようにして相手の行動を阻害するという点では時代が進んだ今でも十分な役割を果たしてくれる。

ラウラの動きが止まったのを見ると同時にシャルロットは距離を取る。事前に使用する閃光手榴弾の光はISの視界補助機能で緩和するように設定してあるのでラウラのように自分の視界を庇うことなく次の行動として両手に展開した二丁のマシンガンの銃口をラウラに向け即座に引き金を引く。秒間で十を優に超える多量の弾丸が二つの銃口から一斉にラウラへと殺到していく。だが、その悉くがラウラのレーゲンのシールドを削ることなく空中でその動きをピタリと止めた。

 

「AIC……」

 

 忌々しげにシャルロットがその絡繰りの正体を呟く。視界を庇ったラウラはそれによってできた隙をシャルロットが突いてくることを予測していた。さすがにどのような攻撃が来るのかという仔細までは図りかねたが、それでもラファール・リヴァイブという機体の兵装の傾向を鑑みればこうするのが適切と判断しての前方へのAICの展開だった。

展開されたAICのフィールド膜が透過する光を屈折させることでまるで水面のようにソレを通して見る光景を歪ませながら無数の弾丸の前に立ちはだかり、その全てを無力化した。そしてAICの解除と共に役目を果たせなかった弾丸が金属音と共に地面に落ちる。

 

「まぁそうそう通用するとは思ってなかったけど、やっぱりやるね。ボーデヴィッヒさん、部屋じゃあんなに可愛いのに、やっぱりこういう時は普段と違うんだ」

「そういうお前も中々賢しいな。正直、日頃の寮でのお前の助力には感謝しているが、このような手管を見せられると正直複雑な気分だ」

「ごめんね。僕もね、ボーデヴィッヒさんのことは嫌いじゃないんだ。むしろ好きな方だよ。けど、やっぱり勝ちたいんだよねぇ。それに、現状EUの統合プランの最右翼のシュヴァルツェア・レーゲンに勝ったとなれば、僕の評価もグンとアップするだろうからね」

「面白いことを言う。だが、笑わないぞ。第二世代だからと言って侮りもしない。ラファールの高い評価は私とて聞き及んでいる。そしてシャルロット・デュノア。お前は私の知る限りではラファール使いとしては紛れもない指折りだ。それを、どうして侮れる」

「ふふ、ありがと。今度美味しいココアを淹れてあげるからね。――けど、この場は僕が貰うよ」

「望むところだ。なら私は勝利と共に美酒の代わりにそのココアを貰おうか」

 

 互いに言葉と共に交わすのは笑みだ。だが、それは日頃寮で交わすような穏やかなものではない。互いに相手に対して親愛の念を持ちながらも、それに構うことなく打倒せんとする強い闘志を秘めた戦士のソレだった。

 

「来い、シャルロット・デュノア。私とシュヴァルツェア・レーゲンの力を叩き込んでやる。ドイツの黒ウサギを舐めるなよ。黒ウサギ(われわれ)は、狩る側なのだ」

「オッケー。そっちがその気なら僕だってお構いなしだよ。僕のラファールにはAICとかBT兵器とか、そんなオシャレなものはないからね。あの手この手で、勝って満足させてもらうよ。さぁ、よからぬことを始めようか」

 

 そしてシャルロットとラウラもまた激突を再開する。奇しくも離れた場所で戦う二組が言葉を交わし終えて再度激突したのはほとんど同時のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつら、これがタッグ戦ということを忘れてないか?」

 

 管制室で千冬はこめかみを指で押さえながら呟く。今回のトーナメントにおけるタッグ方式を提案したのは他でもない千冬だ。

確かにISは極めて高い個として独立した戦力を有しうるが、現状世界のどこを見てもISが単騎で動く場面など殆ど無い。そういった点を鑑みて将来の操縦者育成を担う学園としても早期の内に他者と連携してのIS操縦の習熟を深めるべしと、そのような旨を主として提言したのだ。

そして、過日に古い知り合いより渡された一つの資料もまたこの提案における大きなファクターになっているのだが、それは千冬の胸に留まるのみになっている。

 

『いやぁ、でも、状況を見ると何となく納得できちゃうんですよね~』

 

 そう通信越しに声を掛けてきたのは真耶だった。一夏とセシリアの決闘やクラス対抗戦では管制室でモニタリングを請け負っていた彼女だが、今回に関してはこの場にはいない。

ピットとは別のアリーナと建物をつなぐ通用口の中でトーナメント期間中の諸々の事柄への対応のために教師陣に割り当てられたラファールの一機に乗り込みながら待機しているのだ。その主な仕事は試合中にシールド残量が尽きるなどしてアリーナに留まることが危険と判断された生徒の回収や非常時への対応にある。

 

『特に織斑くんとボーデヴィッヒさんがそうですよね。二人とも、どちらかと言えば個人志向の強い性格をしていますし』

「そういうのを踏まえた上で然るべき連携を取るのが望ましいが、まだまだ未熟なガキどもというわけか。まったくこれだから……』

『あ、あはは……。でもまだ一年生ですし思いきりやらせてあげるのも良いんじゃないですか? それに会話ログから察するに、この状況は篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんのペアの立てた作戦のようですし』

「仮にそうだとして、私情が過分に含まれているのが問題なのだが……今更言っても詮無いことか」

『結局のところ、どう戦うかは生徒たちの自由ですからね。それにしても、篠ノ之さんも織斑くんにこんな形で一騎打ちだなんて、大胆なことをしますねぇ』

「まぁ大胆という点についてはアレの身内に更に突き抜けたのがいるわけだが、確かにそうだな。さて、篠ノ之はどこまで織斑のやつに食い下がれるか……」

『やはり、篠ノ之さんの方が不利ですか?』

「あぁ。特化分野は当然として、トータルパフォーマンスでも機体性能に差がある上に、篠ノ之が挑もうとしているクロスレンジにおける織斑の技量はアレでも確かなものだからな。先ほどもそうだ。確かに直撃を免れこそすれ、防御で手一杯だっただろう。早々倒れはしないだろうが、あれでは倒すのは厳しいだろうな」

 

 教師として、かつてのIS乗りの勇としての客観的視点から千冬はそう評価を下す。

織斑一夏、篠ノ之箒。片や実の弟であり片や旧知の友人の実妹、そしてどちらもかつては剣の道における同門の後輩、二人と千冬の間にある繋がりはそれなり以上には深い。それゆえ彼女は二人のことを個々の腕前も含めよく分かっており、分かっているからこそこうやって客観的な評価を出せるのだ。

 

『そういえば篠ノ之さんは二年の斉藤さんに沖田さんとよく訓練をしていたそうですが、それもこのためでしょうか?』

「あの二人か。まぁ確かに本気で一夏(アレ)を剣でどうにかするのであれば、あの二人か、あるいは更識あたりでも引っ張ってくるしかないな」

 

 初音も司も二年の中では確実に優等生と言える部類に入る。座学の成績は上の中程と際立ってはいないが、実技における評価は特に一夏も得意とする近接戦闘の面については非常に高い。それこそ名実ともに全校生徒の頂点に君臨する生徒会長更識楯無に迫るほどにだ。

総合的に一夏を上回るものなど学内にはいくらでも居る。だが、彼が得意とするクロスレンジでの格闘戦となるとその数は途端に減るどころか、殆どいないに等しくなる。もちろん何かしらの目に見える形でそうした結果が出たわけではないが、IS乗りとしての以前から積み重ねてきた技量をフィードバックさせた戦いで既に二人の候補生を下している実績が教師陣の多くにそのような感想を抱かせていた。

そんな中で一夏と対等以上に渡り合うことが堅実視されている者が少数ながら居る。その内の三人が、先に千冬が挙げた初音、司、楯無の三人というわけである。

 

「いずれにせよ、篠ノ之にとっては良い起爆剤になっただろう。織斑のやつも、まぁ元々あぁいう気質だ。放っておいても勝手に自分でどうにかするだろう。そこまで、私たちがとやかく言う必要もあるまい。山田先生、現場は頼むぞ」

『了解です!』

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、くぅっ!!」

「……」

 

 苦悶に表情を歪めながらも箒は決して刀を取り落すまいと柄を強く握りながら眼前で荒れ狂う一夏の攻撃に耐える。

唐竹や袈裟といった基本的な攻撃の連続の中に時折徒手空拳の攻撃を織り交ぜてくる一夏の攻撃は決して変則的であったり奇をてらったような動きをしているわけではない。

ただ冷静な眼差しで箒を見据えながら、無言で攻撃を加えていく。初めこそ箒の予想だにしなかった守りに驚いたが、すぐにそれくらいはできるようになっていると自身の中での認識を更新したうえで次の手を講じた。

先の攻防においても一方的に攻撃を加える一夏と、それを懸命に防ぐ箒という構図だった。これでもっと準備期間が、凡そ倍くらいはあればどうにかなったのだろうが、今の時点での到達度では守りに徹することで精一杯らしい。

そしてその守りにしても様子から察するに完全とは言い難い。そもそも今の時点でも既にあちこちに守りの綻びを見つけている。繰り出す攻撃は全てそこを突いている。そしていずれは破綻が訪れるのは想像に難くない。その時に、一気に勝負を決めれば良いだけの話だ。

 

 果たして今の状況を観客たちはどのように見ているだろうか。クラスメイト達はどんな感想を抱いているだろうか。そんなことをふと一夏は思った。

上段からの斬り下しを箒の刀が受け止める。刃同士の接触からすぐに一夏は蒼月の刀身を滑らせて鍔迫り合いのような形を取りながら箒との距離を詰める。そのまま蒼月の柄を握る両手の内、右手だけを離して貫手の形を作り真っ直ぐに頸部へと突き進ませる。

古くから国内有数の企業として名を馳せている大亜重工が開発した特殊カーボンを使用したブレードマニピュレーターはただ撫でるだけで鋭利な刃物で切り付けるのと同等の効果を発する。勿論のこととして刃にあたる部分の収納機能もついているが、今の白式は迂闊に人体に触れるべきではないものになっている。

それを明確な相手への害意を持った凶器として突き立てる。必然、威力は押して然るべしというものである。

 

「うっ!」

 

 箒は白式の手の仕込みを知らない。だが迫りくる貫手がシールドに守られているとは言え紛れもない人体の急所である頸部を狙っているということへの直感的な恐怖からか、何とか首を横に逸らして直撃をかわす。だが完全に回避することは叶わず、掠めた指が火花を散らしながらシールドをこすれ合いその残量を僅かながらだが減らす。

そして半ば無理な姿勢の回避を行ったことによって箒の体が僅かに崩れる。それを好機と見た一夏は再び刃を滑らせながら左の順手で持っていた柄を逆手に持ち帰る。そして箒の顎に柄を叩き込みながら、腹部に膝蹴りを叩き込む。

 

「ガハッ!」

 

 シールドで直接的な外傷は無いとはいえ、衝撃は通る。ましてやシールド同士の干渉によってその効力が薄まるクロスレンジでの一撃だ。

実質的に生身の喧嘩で思いきり腹を殴られたに等しい衝撃が箒に襲い掛かり、こらえきれずに息を強く吐き出す。

膝蹴りによって箒の体は後退し、一夏との間に僅かな間ができる。そしてその間は蒼月のクリーンヒットを叩き込むにはあまりにも最適な間隔だった。

 膝蹴りから姿勢を素早く整えなおすと同時に一夏は蒼月の柄を再び両手で持ち、横薙ぎの一閃を振るう。だがその一刀は空を切る。ほとんど反射に近い形だが、箒が打鉄のスラスターを吹かして宙に逃れたのだ。

 

「空に逃げるか。だが、ISの空戦機動だってお前になら負けるつもりはないぞ?」

 

 力強く地を蹴って一夏は白式を飛翔させる。そのまま箒へと一直線に向かい、再度蒼月で斬りかかる。

これもまた箒は防ごうとする。どうにかして持っていた刀を蒼月と自身の間に割り込ませることで直撃は免れるが、その捌き具合は受けたダメージの影響か先ほどまでと比べて明らかに精彩を欠いていた。

 宙を舞いながら斬りつけるのは地に足をつけての剣術とは勝手が違う。ゆえに一夏としても未だ習熟に不完全なところはあると自認しているが、それも練習の甲斐あってかそれなりのものになってきている。

それを振るうのに今の消耗した箒は格好の獲物だった。獅子は傷つけ弱らせた獲物を子の狩りの練習台にすると言う。まさしくその理論だ。

 

「はぁっ!」

 

 気合いの一喝と共に連続で斬りかかる。空中での斬り合いは地上と違って文字通り全身を使う。上下左右縦横無尽に機体を奔らせながら一撃一撃を叩きつけるように斬りかかるのだ。

先ほどまでと比べて全体的に大ぶりの攻撃になるが、その分だけ一撃の重さは増している。そして常にほぼ真正面に一夏が居た地上での斬り合いとは異なり、空中というほぼ無制限のフィールドの特性上、箒は視界から瞬間的に一夏を失うことがしばしばあり、それが対応の遅れに繋がる。

結果として、宙に逃れてもなお箒の劣勢は変わることが無かった。

 

 

「どうした箒! このまま守りに徹しても勝てはしないぞ! 何か手があるなら見せてみろ! あるのならばいつ出すんだ! 今だろう!」

「言って……くれるっ……!」

 

 そんな悔し紛れの言葉しか返すことができない。空中での機動に慣れが出てきたのか、一夏の攻撃の間隔が徐々に短くなっていき、同時に一撃の威力もまた増していっている。

 

 

 

 

(違う、まだ……まだだ……!)

 

 猛攻に耐えながらも箒は歯を食いしばって機を待っていた。

初音と、そして司も交えての特訓は紛れもなく自分を向上させたという自覚があった。だが、こうして実際に本番になって対峙してみて理解した。未だに、自分は一夏に及ぶレベルではないということを。

おそらく一夏に勝てる確率は限りなく低いだろう。それこそ、誰もが度肝を抜くような大番狂わせでも起こらない限りは一夏の勝利はほぼ確定的と言える。

 

(それでも……!)

 

 仮に負けるのがほぼ確実だとしても、ただ一方的にやられて負けることだけは認めたくない。せめて一撃報いる、それくらいはしないと箒の意地が許せそうにない。そして初音に司との特訓は、唯一その報いる一撃を成功させる可能性を箒に与えていた。

 

 

 

(ふむ……)

 

 怒涛のような苛烈な猛攻を加えながらも一夏の心は冷めていた。開始直後の予想外の展開への驚きから来るざわめきも既に消え失せ、鏡のように空を映す湖面のごとき静謐さを保っている。

箒はよくやったと思う。全力、とは言い難いが手を抜いているつもりは一切無かった。出力というものにセーブをかけてこそすれ、その中で一夏は本気で箒を倒そうとしていたのだ。それをここまで耐え抜いた。打ち込んだ攻撃の数など優に百を超えている。ひたすら守りに徹していたゆえに帰結とはいえ、多くの同級生たちならばとうに倒れていただろう。

そうならなかったのは紛れもない箒自身が出した明確な成果であり、同じ一学年の中でも実力に明確な隔たりを持っている専用機持ちのソレと比しても遜色のない戦果だった。それを一夏は素直に称える。

 

(だが、やっぱり違うんだよなぁ)

 

 認めるし、褒め称えもする。だが釈然としないものを感じているのもまた事実だった。

きっと箒はあれこれと考えてきて、そして今もどうにかしようと考えながら自分と戦っているのだろう。太刀筋からある程度は読み取れる。そこだ。そこが何よりも違和感を感じさせているのだ。

別に考えながら戦うということそれ自体は何も問題はない。むしろ至極真っ当な手法と言える。常に相手の技を、手を、戦術を吟味し自分はそれに対応した堅実な手を決してテンパらずに打っていく。そうして何より、その駆け引きそれ自体を楽しむ。何も問題は無い。何より一夏自身の戦いへの臨み方がそれなのだ。

だがそれは一夏のやり方であって箒のやり方ではない。

 

(こいつ、基本クソ真面目だからなぁ……)

 

 箒の気質は正しく堅物と言って良い。そこが一夏もそれなりに気に入っている長所であると同時に、短所なのだ。おそらくは、指導をしてくれた上級生の教えをそのまま律儀に実践しているのだろう。

さして興味を向けなかったため分からなかったが、ここまできてようやくその上級生に目星がついた。自分同様に心を落ち着かせ地に足を付けながら、守りを疎かにしない戦い方。そして後輩に指導を施し実力の底上げを、それこそ自分とまともにやりあえるまでにできる実力の持ち主。ついでに言えば箒が指導を頼めるくらいにはそこそこ近い関係。思いつくのはただ一人だ。

 

(斉藤先輩、だよなぁ)

 

 あの上級生のことだ。どうせ口を酸っぱくしてまず守りを固めろとでも教えたのだろう。自分とて基礎の積み重ねや防御に始まる「やられない」ための地盤固めは重んじているが、彼女は輪を掛けている。もっとも、自分の場合は本質的に攻撃こそを至上としている節があるゆえに多少は致し方なしな部分もあるのだが。

言うなれば、ほんの少しだけ巡り会わせが悪かったのだろう。ここまで箒が腕を伸ばしたという結果を見れば、彼女が行ってきたことはそのほとんどが間違いではない。ただ少しだけ、相性の悪いところがあったというだけのこと。そしてそれは、決して看過して良いことではない。曲がりなりにも古い付き合いがある者として、何よりそれを理解してしまった武の道の先を行く者として。

 

 締めに取り掛かろうと、まるでコンビニに行くことを思いついたかのような気楽さと共に、一夏は箒の完全な打倒を決意した。

その後で、少しばかりの老婆心で自分からも手心を加えてやれば良いのだ。

 

「いぇあっ!!!」

 

 一喝と共に上空から叩きつけるように蒼月を振り下ろした。落下の瞬間、PICを解除することで重力の影響を受けることになった白式はその分の重さを蒼月の一刀に加えていた。

必然、それまでとは一転するように重さを増した一撃に箒は打鉄ごと再度地へと叩き落される運びとなった。

 

「ぐぅ!」

 

 痛みに耐える間もそこそこに箒は直ちに体勢を立て直す。どうにか致命的な隙を消せたと思ったその矢先に、巻き上がった土煙を吹き飛ばしながら一夏が迫る。

唐竹、左右の横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、左右切り上げ、剣術の基礎である八方向からの斬撃が今まで以上の苛烈さを持って怒涛のように箒を押し潰し切り刻もうと迫る。上がり切った呼吸と共にほとんど反射で何とか直撃を避けながら、箒は一夏が決めに掛かってきていることを察した。

間違いなくこれまで以上の一撃が近くに迫っている。そしてそれを通したが最後、後は一方的に蹂躙されて敗北を喫するだろう。

刻一刻と迫る勝負の分水嶺へのカウントダウンを前に、しかし箒の心には一抹の光があった。何故なら、勝負の分かれ道と全く同時に、ようやく一矢報いる機会が見えたのだから。

 

 

 ――彼の剣はどちらかと言えば王道。けれど邪剣。相手を追いつめながら、ここぞと言う時に確実に止めをさせる一撃を狙うタイプ。――

 教えを授けてくれた上級生は一夏の剣をこう評した。

 

 

(終わりにしよう、箒。今、この時は、俺の勝ちだ!)

 

 左上から右下にかけての斬り下しで箒の剣が大きく弾かれた。数えること百と十三回目の太刀だっだ。本当によく持ちこたえたと思う。だが、それもここまでだ。

 

 

 

 ――彼は防御だって甘くは無い。むしろ、一見攻撃重視に見えてあれで防御はかなり固めている。――

 ほとんどこちらが守勢に回っていたためよく分からなかったが、きっとそうなのだろう。

 

 

 

(勝機!!)

 

 完全に空いた胴の真ん中目がけて両手で握る蒼月を思いきり振り切ろうとする。

 

 

 

 

 ――けど、少しだけその守りが薄れることもある。――

 弾かれた刀を握る手に思いきり力を込めた。歯を食いしばり、迫りくる幼馴染の凶刃を見据える。

 

 

 

 蒼月の刃は吸い込まれるように箒へと向かっていく。これで削り切れるとは限らないが、決まれば後はそれを皮切りに一方的に自分が攻めたてて終いとなるだろう。そういう意味では、まさしく決着の一撃だ。

 

 

 

 ――タイミングはただ一つ。彼が、止めの一撃を打つ時。攻撃に意識の大半を集中している時だけ、もしかしたら薄まった守りを付けるかもしれない。――

 

「うあぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「なにっ!?」

 

 一夏は目を見張った。最後の最後で、箒が雄叫びと共にこちらへ踏み込んできた。あの大きく隙を作った状態からはとても信じられない、キレのあるものだった。

 

(ここだ! ここしかない!!)

 

 もはや後先何も考えずに箒は前へ進む。迫る一夏の太刀への守りなど考えない。ただ、自分の一撃を通すことだけに全霊を集中させる。

 

「舐め、るなぁああああ!!!」

 

 怒声と共に一夏が蒼月を振り抜く。箒の狙いは既に見抜いている。これまで箒に攻撃を加えてきた中で一夏は常に何が起きても対処できるように守りの意識を思考の片隅に置いていた。だが、この決め手を放つ一瞬だけ、その意識が薄らいだのだ。

そうして厚みを欠いた守りの意識という壁を箒は突き崩そうとしてきているのだ。

 

(認めるしかない! 箒のやつ、これを狙っていたか!!)

 

 十中八九箒だけで思いついたことではあるまい。間違いなく箒を手助けしただろう初音の入れ知恵があった結果だろう。だが、それを今更どうこう言うつもりはない。

もはや完全な攻撃としての動きを取っている以上、それを急激に守りへと転じさせることは厳しい。無理をすればできないこともないが、それで余計に大きな隙を作れば本末転倒であり、何より恰好がつかない。

『攻撃は最大の防御』という言葉がある。そう、圧倒的攻め手で以って倒してしまえば相手の攻撃などもはや無為に帰す。ならばその先人が生み出した言葉に従って、その試みごと箒を打倒するのみだ。

 

 爆発的に膨れ上がったプレッシャーが箒の本能的な恐怖を痛いほどに刺激してくる。だがここで臆して動きを鈍らせるわけにはいかない。もう、後には引けないのだ。

 

「と、ど、けぇぇぇぇええええええええ!!!!」

 

 いつの間にか慣れ親しんだ剣道の打ち込みの形を取っていた。もはや技の選択をしている余裕などない中でそれを無意識に選んだのは、それが大きなうねりに振り回されてきた人生の中でたった一つ、手放さずに持ち続けたものだからか。

 

「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」

 

 咆哮と共に一夏が放つのは箒の刀を弾いた一刀から繋げた右斜め下から胴の真芯を通る切り上げだ。それ自体は一見ありふれた一太刀に見える。だが、箒が自身の根幹とも言える剣道の積み重ねを載せてきたのと同様に、一夏もまた誰よりも尊敬する師より賜った教えをそこへ載せていた。

 

 

 二人の影が交差する。上空ではシャルロットとラウラの交戦によるスラスターの噴射音や銃器の砲火の炸裂音が響く中、その激突を伝える甲高い金属音だけはアリーナ全体に澄み渡るように響き、その瞬間だけ衆目をそこへ完全に集める結果を齎した。

そして刹那の交差は互いが互いの横をすり抜けるように駆けるという形で終わる。背を向けあう一夏と箒、先に結果である反応を動きで示したのは箒だった。

 

「ぐぅっ……!」

 

 苦悶の呻きと共に左腕を抑えて箒は蹲る。胴への直撃は免れた。だが代わりに左腕がその分の全てを請け負っていた。シールドエネルギーの残量を削りなおも貫いた衝撃は箒が駆る打鉄の左腕装甲の一部に罅を入れ、更に深く通った衝撃がその奥にある生身の腕の肉を打ち、骨を軋ませていた。

そしてそれだけのダメージを与えた一夏はと言えば、明らかに先のやり取りにおいて自分が勝った側であるにも関わらず、微塵も喜ぶような素振りは無かった。その表情はむしろ能面のような無表情を形作っていた。

 

「……」

 

 無言のまま一夏は左手を自身の左頬に添える。そこには僅かに痺れに近い感覚があった。あの交差の刹那に何が起きたのか、一夏自身だけでなく離れた場所のシャルロットとラウラ、管制室や待機所の教師陣、そして観客の全てに伝わる形として、それまで減ることのなかった白式のシールドエネルギーの残量が僅かに削れたことをアリーナ各所のモニターが示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回のメインは一夏と箒の一騎打ち、でも実はこれ、まだ前半戦という。
本当はシャルとラウラももっと書きたかったのですが、それは次回に持ち越しになりそうですねぇ。とりあえず計画としては次回、早いうちに箒との決着をつけて、それからシャルとラウラのバトル模様、それからメインの一夏対ラウラへと移行したいですね。
この一夏対ラウラが中々に曲者でして、ちょっとシャルちゃんはあんまり満足できない展開だったり。まぁそこは箒共々さらにその後で頑張ってもらうとして……

あ、あとですね。あまり大したことじゃないのですが、ラウラのレーゲンについてちょっと武装の変更を加えました。原作ではプラズマブレードとかだったのを、こちらでは電動のこぎりみたいなのにしてみました。ギアスの暁の武装だったり、トータルイクリプスでビェールクトでしたっけ? あれがつけてたようなやつです。
ついでに言えば白式の特殊カーボン使ったブレード指は……分かりますね?

 ひとまず今回はここまでです。ではまた次回に。


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第二十三話 発露する兇武、その一端

やめて! 一夏のマジ状態で攻撃を受けたら、ISで守られているはずでもシールドの影響を受けている箒の肉体どころか精神まで力尽きちゃう!
お願い、倒れないで箒! あんたが今ここで倒れたら、ラウラさんや斉藤先輩との約束はどうなっちゃうの?
シールドはまだ残ってる。これを耐えれば、一夏に勝てるかもしれないんだから!


或いはこんな織斑一夏、第二十三話、 箒、倒れる」
ISファイト、レディィィィィィィィ、ゴオォォォォォォォォォオオオオ!!!!


……ゴメンナサイ、さすがにちょっとふざけ過ぎたかなぁと反省してます。
ただ、今回の内容をまとめると大体こんな感じです。まさか箒戦にここまで掛けるとは全く予想していなかったものでして。本当に、驚いたなぁ。


 一夏と箒の交差、その結果は一件すれば目立って特別なものではない。

二人のIS乗りが激突し、実力的に大きく上回っている一夏が箒に軽くないダメージを与え、箒の側の結果はと言えば運よく少しだけ、精々が薄皮一枚程度に相手を削った程度。傍から見ればそんなごくありふれた展開であり、事実として観衆の大多数の反応に特別なものは何も無かった。

 

 だが――

 

「マジで?」

「なんと、まぁ……」

 

 この試合のすぐ後に控える自分たちの試合のために別の更衣室で待機しながらモニターで試合を見ていた鈴とセシリアは互いに驚くような反応を示す。

 

「へぇ……」

「ふむ」

 

 当事者二人からやや離れた場所で回転刃と楯の拮抗を繰り広げるシャルロットとラウラについて、シャルロットは意外そうに、ラウラは感心するような吐息を漏らす。

 

「ねぇ、今のってさ、篠ノ之さんが織斑くんを削ったんだよね?」

「そうよね。それも、剣で……」

「あたし、ちょっとビックリしちゃってるんだけど」

 

 観客席では一組の生徒たちが集まっているエリアのそこかしこからどよめきが上がる。IS同士の戦いはすなわちシールドエネルギーの削り合いと同義だ。中には微塵も削られることなく相手を完封するという場合もあるが、それは極稀な例であるためあえて考慮から除外する。

それはこの観客席の生徒たちも、更衣室で待機しているシード決定戦の参加者四人も、そして今現在アリーナで戦っている四人も、誰も例外ではない。つまり、一夏もまたそうだということだ。

一夏が行ってきたIS戦でも主なものとして挙げられる最初のセシリア戦、クラス対抗戦の各試合、それら試合においても一夏は当然のことながら少なからずシールドエネルギーを削られていた。だが、ここでのポイントはその削り方にあるのだ。

セシリア戦においてはブルー・ティアーズのライフル、及びビットによってダメージを受けた。鈴との戦いでは衝撃砲が主として一夏にダメージを与えていた。三組のスーザン、四組の簪との戦いにおいてはアサルトライフルなどを始めとした各種銃火器によって、大小程度の差はあれどダメージを受けている。

だが、近接装備でダメージを受けたことは一度(・・)も無いのだ。

 

 近接装備を使う者など一夏が戦ってきた一年の中を見てもいくらでも居る。専用機持ちにしても凡そ全員が各々のISに装備をしている。だがそれでも居ないのだ。短剣で、戦斧で、槍で、刀で、細剣で、一夏にダメージを与えた者は誰一人として。

候補生クラスの者を以ってしても堅牢な守りに防がれ、逆に斬られ削られていく。その実績こそが一夏をこの入学して程ない段階でありながら一年生最強剣士の評価を確たるものにしていたのだ。

その一夏が初めて剣でダメージを負った。その事実に比較的IS乗りとしての彼を知っている候補生たちと彼が属する一組の生徒たちは驚きを隠せずにいたのだ。

 

 そして驚きなり感心なり、何がしかの反応をした者は他にも居た。

 

「ほぅ、篠ノ之のやつめ。どうして随分と気張ったじゃないか」

『そうですねぇ。織斑くん、近接戦でダメージ受けるのはこれが初めてですよね? いや、近接戦の織斑くんの固さも相当ですけど、ここはやはり篠ノ之さんを評価すべきでしょうか』

「そうだな。奴の近接戦の基礎は全て今日日まで培ってきた武芸にある。ISと違いあちらは一度斬られればほぼそれで終いだ。そうならんように守りを固めるのは基本の基本。無論、その練度は公正に評価するが、今ばかりはそれを抜いた篠ノ之を認めるべきだな」

『そうですよね。いやぁ、これはポイント高いんじゃないですか?』

「さてどうだか。それに評価はするがそれも今だけだ」

 

 間違いなく千冬は箒を褒めていた。だが、続けてすぐに飛び出した厳しい言葉に真耶は一瞬言葉を失った。

 

『あの、それはどういう?』

「ん? あぁ、そう大したことではないさ。考えればすぐに分かることだが――」

 

 

 

 

 

「あそこまで追い込まれて、それで一矢報いても薄皮一枚削っただけ……。やっぱり厳しいか」

 

 場所は離れて二年生のトーナメントが行われているアリーナ、その更衣室の一角で試合に備えていた初音は司と共にモニターで一夏らの試合を見ていた。

一夏の白式が改修を行ったという噂は彼女らも聞きつけており、それが気になったのもあるがそれ以上にやはり自分たちが手ほどきをした後輩の活躍が気になったのだ。

 

「ん~、篠ノ之ちゃんは間違いなく頑張ったんだけどねぇ。やっぱこれだけじゃ厳しい?」

「当たり前。あそこまで追い込まれて、そこでやっと相手の守りが薄れた所に捨て身の特攻。それで結果は薄皮一枚。結果だけは評価できるけど過程も見れば最初の一回だけ。毎度この調子じゃとても。仮に成績にプラスされるとしても、せめて安定して立ち回れるようにならなきゃダメ」

「手厳しいねぇ」

「……せめてもう少し時間があれば良かった。少し、悪いことしたかも」

 

 ポツリと呟かれた初音の言葉には僅かな後悔の色があった。短い期間とは言え親身になって教えた間柄だ。せめて良い結果を出してほしいと思うのが人情というものであり、おそらくはそこまで決して至れないというビジョンが明確に予測できたために、そこまで箒を持っていくことができなかった自分の至らなさを初音は気にしていた。そんな親友の姿を司は温かい目で見る。

 

「けどさ、それでも篠ノ之ちゃんがあそこまでやれたのは間違いなく初音のお蔭だよ。初音が、私が何も教えなければもしかしたら文字通り手も足も出ずにあっという間にやられていたかもしれない。だからさ、初音のやったことは全然無駄じゃないよ」

「司……すまない」

 

 親友の励ましに初音は素直に礼を言う。それを聞いた瞬間、ギラリと司の目が獲物を捕捉した野獣のように光った。

 

「あぁんもう! 初音は可愛いなぁ! このこのぉ! お、ま、け、にぃ、こんなにさわり心地の良い桃ちゃんを二つも持っちゃって!」

 

 初音の後ろに立っていた司はそんなことを言いながら初音の背に抱きつき、前面に回した両手で年相応の発育を示している初音の胸を鷲掴みにする。そんな親友の所業に初音は小刻みに体を震わせながらこめかみをひくつかせる。

 

「……ふんっ」

「おろ? おぉっととっ!」

 

 素早く司の腕を振り解いた初音はそのまま体を回転させて上段回し蹴りを司の横っ面に叩き込もうとするが、それを司は軽やかなステップでかわす。メンゴメンゴなどと本当にその気があるのか怪しい謝罪を口にする司を一瞥すると、初音は再びモニターに目を向けた。

 

「けど、これは少しまずいか……」

 

 真剣みを帯びた声音に、司も浮かべていた笑顔をすぐに消し去って初音同様真面目な面持ちでモニターを見る。そして無言の視線でもって初音のその言葉の意味を問う。

 

「手負いの獣ほど恐ろしいと良く言う。今の彼は、まだ手負いというほどじゃない。それでも、一撃を受けたのは間違いない。本番は――ここから」

「……そうだね」

 

 親友の言葉の意味するところを察した司は静かに同意する。そして心の内で自分たちが教えた後輩にささやかなエールを送るのであった。

 

 

 

 そして最後に、この展開を興味深そうに見つめる者がもう一人、観客席の中でも一際高い位置に用意されたVIP席用のブースに居た。

 

(彼の手並みについては概ね予想通り。とはいえ、やはり純粋にIS乗りとしてみるならばやはり評価できますね。そこのあたりは流石、兄さんが認め手塩に掛けた弟子と言うべきでしょう)

 

 そう浅間美咲は思考の内で呟く。このVIPブースには日本の官僚も訪れている。その警護と、そして何かしらの非常事態が起きた場合には日本国にとって最大限の利益を得られる行動を行える能力の持ち主であるが故に、彼女がこの場に派遣されていた。

 

(そして――)

 

 ちらりと、今度は一夏から箒へと視線を移した。

 

(篠ノ之箒、報告によればかの篠ノ之博士と血縁である以外はごく普通の少女、特記事項は精々が学生剣道の全中チャンプという程度ですが、随分と面白い。以前の彼女(・・)といい、この学園は面白いですね。千冬が気に入るのも分かるというものです)

 

 思えば自分も彼らくらいの年の頃には学生生活以上に兄弟子との修行に夢中になっていた。それはそれで大事な経験であるしそのことに微塵の後悔も無いが、こういった面白い光景に出合えるのであればもっと学校と言うものを満喫していても良かったかもしれない。

 

「浅間くん」

「はい、何でしょうか?」

 

 そこで美咲のすぐ傍の椅子に座る、彼女の護衛対象となっている防衛省幹部が声を掛けてきた。

 

「率直に問うが、君の目から見てどう思うね? この試合」

「そうですね……」

 

 形の良い顎にほっそりとした指を添えながら言葉を吟味する。

 

「このようなことを申しても今更でしょうが、勝負の世界は水物です。何が起きてどのような番狂わせが起きるのか。時として我々の予想を超える展開があるものです。この試合、例えばあの彼とその相手の彼女の勝負は確実に彼の優位でしょう。ですが――」

 

 そこで美咲は一度言葉を切った。

 

「ですが、きっと面白いものがみれると私は期待していますわ」

 

 良いながら、唇を妖艶な三日月形に歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 無言のまま一夏は自身の左頬の感覚に神経を集中させる。あの交差の刹那に頬をなぞった衝撃は紛れもなくIS戦の中で感じるシールドエネルギーを削られた時の感覚だ。だが、今まで受けてき射撃兵装(・・・・)によるものにはこのような熱や痺れは無かった。このような感覚を一夏は知らない。

一瞬にも満たない思考の中で一夏は改めて理解した。自分が初めて、近接武器によって、剣によってシールドを削られたということを。

背後を振り返り未だ膝を折り左腕を押さえてはいるものの、宿した闘志に一切の陰りを見せない瞳でこちらを睨みつけてくる箒を見据える。そして、押さえている左腕に握らている打鉄の刀を見遣る。

 

「そうか、削ったか。箒、俺に剣で手傷を与えたか」

 

 淡々と事実を確認するように一夏は呟く。ふいに白式のOSがロックオンアラートを鳴らす。だがその一瞬前に一夏は後方にバックステップで下がる。直後、一夏の元居た場所にラウラのレールガンの弾頭が叩き込まれた。

 

『織斑くん!!』

 

 動きを止めるという隙を見せていた一夏にシャルロットの叱責が飛ぶ。それを一夏は軽く流すような受け答えで応じる。確かに今のは紛れもない隙だったし、攻防の最中でそこをラウラが突こうとするのも尤もだが、その程度でやられてやるほど自分は甘くは無い。だから心配はするなと、平静の中に断言するような強さを含めて答えた。

そんな相方の言葉に呆れるように嘆息しながらもシャルロットは再びラウラの相手をする。そして一夏は改めて箒を見る。

 

「……」

「……」

 

 数秒にも満たない時間、二人が無言で視線の交差をさせる。そこで、不意に一夏の体が小さく揺れた。

 

「っ……っ……」

 

 最初にそれに気づいたのは箒だった。だがその不振はすぐにこの場の全員共通のものとなる。

 

「フッ……クックック……アッハッハッハッハッハ!! アーハッハッハッハッハ!!!」

 

 突如として高らかに哄笑し始めた一夏に誰もが目を向ける。だがそんな会場中から向けられる視線などお構いなしと言わんばかりになおも一夏は笑う。

 

「クッ……ハッハッハ! なんだ! これは何だ一体! こんな展開、俺は知らんわ! あぁ数馬、今ならお前の気持ちが何となく分かるぜ。これは確かに、面白い……!! こんな、予想外!」

 

 とうとう腹まで抱えだして大笑いを続ける一夏に会場全体が呆気に取られる。シャルロットとラウラですら交戦する手を止めて、片や無防備な相方を叱責すること、片や無防備な敵手の隙を突くことを、それぞれ忘れて呆然と一夏を見ている。

 

「……」

 

 そんな中で箒だけが険しい視線のまま一夏を見据えていた。そんな視線だからか、すぐに気付いた一夏は目の端の浮かべた笑い涙をぬぐうこともせずに箒を見る。

 

「あ、あぁ悪い悪い。いや、そんな怖い顔をしないでくれ。別にからかっているわけじゃないんだ。あぁ、なんて言えば良いんだろうな。久しぶりだよ、近接格闘(俺の距離)で多少なりとも一発貰ったのは。あぁもう、同じくらいのやつに手傷負わされるとかどのくらいぶりかなぁ? 少なくとも師匠についてからは部活のやつだとか町のチンピラだとかにだって貰わなかったし。

何度かアマの格闘家なんかとやりあいもしたけど、何せ俺ときたらセンスとか環境とか色々揃っちまってるから基本完勝ばかりだしなぁ。誇れよ箒。あの瞬間、間違いなくお前は俺に迫って、もう少しで超えるかってとこまで踏み込んでたんだぜ? ククッ、全く……どうしてこいつは中々。ものすごく不可思議で腹立たしくてわけが分からなくて、最高に面白い。

なぁ箒。結構前に、俺に勝負吹っかけた時のこと覚えてるか? 別にお前が俺に勝ったわけじゃない。けど、さっきのは少しばかり刺激的すぎた。あやうく、魅せられかけたよ」

 

 そう言って獰猛に唇を歪める。その一夏の表情を見た瞬間、箒は一瞬背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

箒にとって一夏は長年にわたる一途な恋慕の対象だった。それはこの学園に入ってからも変わらず、むしろ再会をしたからこそより想いは強くなっていったと言える。だが肝心の彼は自分のことなどそこまで考えていないのかぞんざいな態度を取っており、それに苛立ち何とかして自分に意識を向けさせようと思った。

そもそもこの場のきっかけである一夏への宣言にしたって、そうした考えが現れての結果だった。だがこうして直接相対して、別の考えが湧き上がってきた。

 思えば、これほどまでに真正面から一夏と向かい合ったのは学園で再会してからこれが初めてかもしれない。単純に言葉を交わすなどとは違う、互いの根底にあるもの同士というまた別の次元での話だ。

入学してまもなくの剣道場でのものとは違う、本気で打闘しにかかってきている一夏を見て箒が感じたのは一種の恐怖だった。目の前に居るのは紛れもなく見知った幼馴染だ。だが、間違いなく顔形には何も変化が無いはずなのにまるで別人に見えるのだ。

 

「一夏、お前は……」

 

 一体何なんだ。そう言いたかった。本当にお前は自分が知っている彼なのか。まるで地中から一気にせり上がっていくように、募ってきた恋慕を上回るほどの疑念に似た考えが箒の脳裏を占めていく。

 

「さぁ、来いよ箒。この俺に掠らせたご褒美だ。お前にも攻撃に回るチャンスをくれてやる。魅せてみろよ、俺を物にしたいんじゃなかったのか?」

「あ、う……」

 

 そのはずだった。この戦いで一夏を倒し、例え強引だの無茶苦茶と言われようが彼をモノにして積年の想いを成就させようと思っていた。だが今、そのことに疑問を感じている自分がいることに箒は動揺し言葉を失っていた。

 

「来い」

「くっ……」

 

 痛みの残る体を何とかして立ち上がらせて箒は再び刀を構える。あまりにも思考がごちゃ混ぜになっており、もはや何が何なのか分からない。ただ一つだけ、この場で勝たねばならないという思いだけは強く自覚でき、無意識のうちに箒の体はそれに従っていた。

 

「いいねぇ……。――おいデュノア、ボーデヴィッヒ。お前らいつまでポカンとこっち見ている。やるならやっちまえよ。別に、俺と箒の戦いを見学していたいというならそれでも構わないけど」

 

 そんな一夏の言葉にシャルロットとラウラは弾かれたように動き出して攻防を再開する。互いに相方の求める状況を作りつつ、相手の片方の妨害をするということを現状での念頭に置いている。必然的に、シャルロットとラウラはこの組み合わせで交戦を行うよりほかなく、それを分かっているからこそ一夏はチラリと一度視線を向けると、そのまま箒へと戻したのだ。

 

「らあぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

 

 一夏が箒に視線を戻すのと雄叫びと共に箒が斬りかかってきたのはほぼ同時だった。噴射する打鉄のスラスターがそれを纏う箒の体を走らせ、一気に一夏との距離を詰めていく。

 

「え……?」

 

 呆然とするような呟きが箒の口から洩れた。打鉄での吶喊により一夏との間にある距離は瞬く間に縮まり、振りかぶった刀は間違いなく一夏を捉えていた。そしてその刃の間合いと一夏の間合いが重なった直後、箒の刀は弾かれ大きく体を仰け反らせていたのだ。

 

「……」

 

 その様を一夏は無言で見つめている。反撃の意思は持たず、ただそれで終わりかと目で問いかけてくる。

 

「くっ、このおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 二撃、三撃と立て続けに一夏へと斬りかかっていく。だがその悉くが弾かれてしまう。それも刃が一夏の間合いに入った直後にだ。まるで、あくまで抽象的な概念としてでしか存在しえない間合いに、物理的に堅固な壁ができたかのような錯覚を箒は抱く。

 

「分からない、って顔をしているな、箒」

 

 何ともない様子で箒の攻撃を弾き飛ばし続ける一夏が声を掛けてくる。

 

「別に大したことじゃあないんだ。お前だってそれなりに武道に心得があるなら、自分の間合いの内くらいはある程度把握できるだろう? 基本はそれと何も変わらない。ただ俺の場合、それを実戦仕様に砥いだだけだ。まぁ分かりやすく言うなら、今の俺は俺の間合いの限界ラインまで高感度のセンサーを張り巡らせているようなもんだよ。

それが感知したなら、もうほとんど反射の域で対応ができるようにはなっている。センサーと同時に、ある種のバリアーだよな。そしてこれが結構重要なんだが、この守りは格下じゃ基本抜けんぞ? あるいはさっきみたいな爆発的な一発もあれば可能性は見えてくるけど、俺も攻撃に回って守りが薄れている時ですら薄皮一枚程度だしな。そこまで期待は持てんか」

「なっ……」

 

 絶句する。今の自分が一夏を相手に防戦に徹すればそれなりの時間持ちこたえられるだけで、格下であるという自覚はとうに持っていた。だが仮に一夏の発言が真であるとすれば、現状自分ではこの守りを突破することは叶わないということになる。

 

「箒、一応言っておくがあの一撃は間違いなく俺にとって予想外だった。まぁ思うところは色々あるけれど、アレは素直にお前を褒め称えるよ。だから箒、俺からも少しばかりの授業だ。まずは覚えておけ。この間合いの知覚、把握による守り。名を『制空圏』。

まぁ流派によって色々表現は変わるが、これは割と通ってる概念らしいな。そして一流の使い手ならば持ち得て当然の技術でもある。まぁ受け売りだけどな。姉貴や、お前の親父の柳韻先生だって心得はあるだろうさ。あとは、斉藤先輩や沖田先輩、よくは知らんがあの会長殿だって素養ないしちゃんとした心得はあるんじゃないのか?」

「ぜぇっ、はっ……」

「そしてもう一つ。これが結構重要なことなんだがな」

 

 息を切らしもはや肩で息をしているような状態の箒を見つつも、まるでお構いなしと言うように一夏は言葉を続ける。

 

「箒。今お前はこうやって戦っているだろう。一体俺がどういう手を使って来るのか。それにどんな風に対処するか、どういう風に攻防をつなぐか、そうやって色々考えながら自分のペースを崩さないようにしている。

あぁ、それも一つの立派な戦い方だ。というか実のところを言えば俺もそっちの側だ。だがな箒。それはお前の戦い方じゃない」

「な、なに……?」

「去年の中学生剣道全国大会女子の部決勝戦。ネットに上がってた映像だけど見させてもらったよ」

「それはっ」

 

 それは箒にとってあまり突かれたくない話題だった。箒が剣道の全中優勝者であるということは知る者は知っている。少なくとも剣道部の面々はほぼ全員だし、一夏もまた事実としては知っていた。

だが箒はそれを一度として誇ったことはない。それではそこに至るまでに勝ってきた相手に失礼と思われるかもしれないが、箒にしてみればむしろ相手を考えるからこそ誇れないのだ。

 

「映像とはいえ、よく分かったよ。あの試合、お前の太刀筋にはこの上ないまでにお前の感情が現れていた」

「うるさいっ!」

 

 それ以上を言われたくなかった。そう、一夏の言う通りだ。あの試合、箒は終始自分の感情をむき出しにして戦っていた。

巡り会わせが少し悪かったのだろう。実姉の失踪以来自分を縛りつけてくる窮屈な生活の中で積もり積もった鬱積が、大きな試合へのプレッシャーや勝たねばならないという思いに刺激をされて爆発してしまった。

結果として、箒に言わせれば剣道も何もあったものではない、ただ一方的に相手を痛めつけるだけの試合をしてしまった。試合の後、悔しさに蹲り面の隙間から涙をこぼした相手を見て、箒は自分がしたことを自覚しこの上ない後悔に襲われた。

 

「確かに、まぁあまり褒められるような内容じゃなかったけど」

「うるさいっっ!!!」

 

 さっき以上に大きな声が出た。それと同時により力を込めて一夏に斬りかかるが、一夏の間合いの境界より僅かでも先に進むことは一度として無い。もはやただ刀を振っているだけに等しい。何しろ、勝つビジョンがまるで見えないのだ。

 

「だが、あれで良いんだよ」

「え?」

 

 否定されると思った。だが、一夏の口から出てきたのはあの試合の自分への肯定の言葉だった。

 

「それでも良いんだよ。自分の感情を爆発させる。思いきり高揚させた気持ちで、存分に暴れるように戦う。それもまた戦い方の一つだ。そうだな、さっき言った色々考えながらの戦い方をその十時のメンタルに倣って名づけるなら『静の状態』、そしてあの試合のお前みたいな心身共に爆発させるような勢いのある戦いは、『動の状態』とでもしようか。いや、全部受け売りなんだけどさ。

箒、お前は紛れもなく後者だよ。気持ちを、感情を昂らせてテンションアゲアゲのマックスで戦う。そんな『動』の者としての戦い方こそが、篠ノ之箒のあるべき武人の姿だ」

「な、いきなり何をそんな……」

 

 一夏の語る概念は理屈の上では理解できる。だがいきなりそれを自分に当てはめられて素直に受け入れらるほど柔軟な思考までは持ち合わせていなかった。

 

「まぁいきなりそんなこと言われても分からないことだらけだろうよ。状況が状況だ。まぁ詳細はまた別の機会に腰を落ち着けてとしてだ。一つ、ここは俺が先達としての手本を見せるとしよう」

「手本、だと?」

 

 意味が分からなかった。一夏の言葉を額面通りに受け取るならば彼は彼が語る概念に曰くの『静』に属するのだろう。『静』と『動』、この二つがタイプとして真逆なのは字面からも想像に容易い。そして静の彼が動である箒に手本を示すとは一体。

 

「一つ、宣言しておこう。この勝負、俺が貰った。そしてお前は、記憶に焼き付けろ。自分があるべき戦い方を。俺なりの、お前への気遣いだ」

 

 直後、まるで目の前で爆発が起きたかのように強烈なプレッシャーが一夏から叩きつけられた。思わず怯んだ直後、既に目の前に一夏が差し迫っており、何をすべきか考えるより早く今まで以上の重さを持った一撃が箒の胴に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 管制室でモニタリングをしていた教師の一人が驚きの声を上げる。彼女の見るモニターには学園のシステムと連動させることで状態の観察をできるようにした各ISのデータが映し出される。そして現在、彼女が見ているのは一夏が駆る白式の状態だった。

 

「なにこれ、急に機体の出力に上昇が……うそ、駆動系のエネルギーバイパスの配列が入れ替わってる? これは、操縦の精密さを捨てて瞬間出力重視にしている? でもいきなりこんな……」

「いや、それで問題ない」

「あ、織斑先生」

 

 困惑する彼女の背後から千冬の声が掛かる。問題ないとはどういうことなのか、その意図を図りかねる彼女に千冬が簡単な説明をする。

 

「そういう機体なんだよ、今の白式は。先の倉持への用事の際に、な」

 

 一夏と千冬が白式の調整のために先日倉持技研へ赴いたという話は教師陣の殆どが知っている。ゆえに事情の理解はすぐにでき、彼女は再びモニタリングへと戻った。

 

(しかしあいつめ、よもやあそこまでやるようになっていたとはな……)

 

 白式の絡繰り、その内容を知っているだけに千冬はそれを扱う一夏に対して驚きに近い感覚を抱いていた。

 

(宗一郎、お前は一体一夏をどこまで鍛えたのだ)

 

 胸の内で、千冬は一夏の師に対して湧き上がった疑念をぶつけるが、それが千冬の内より外へと出ることは決して無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌゥエアァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 咆哮と共に一夏の猛攻が箒へと襲い掛かる。その重さ、勢いの激しさ共に先ほどまでの比では無い。まるでスイッチが切り替わったかのように、ガラリとその戦い方に変化が生じていた。

一歩踏み込む度に背のスラスターが爆発音と共に強い推力を噴出して一夏を加速させる。一撃、正面から叩き込んだ直後にすぐにその場を飛び去り、別方向から吶喊のごとき一撃を再び叩き込む。その繰り返しにより、箒は全方位から連続して猛攻を浴びせかけられる形になる。

ここに至るまでに大きく消費していたことも相俟って、もはや箒に一夏の猛撃を捌く術は無かった。しかも今度は剣だけでなく、拳や蹴りまで攻撃の中に織り交ぜられ、その一撃一撃が重く響いてくるのだから、より一層箒は苦境に立たされることになっていた。

 

 低い姿勢からの切り上げで刀を弾き飛ばすと同時に蒼月の柄を逆手に持ち帰る。そのまま剣道で言うところの逆胴の要領で斬りつけると同時に、柄の部分で箒の頸部にピンポイントで打撃を加える。いかにシールドがあると言っても頸部は元々人体の急所だ。傷は負わずとも受けた衝撃だけでも十二分に箒の動きを阻害する。

大きな隙を見せた箒の更に懐深くに潜り込んだ一夏は地面を強く踏み込むと同時に肩から箒の胴の真芯に強烈な体当たりを見舞う。見る者が見ればすぐに中国拳法が八極拳の一手、鉄山靠(てつざんこう)と分かるだろう。現に更衣室で試合を見ていた鈴は一夏が八極の一手を使ったことに驚きを顕わにしていた。

胴の真ん中に受けた衝撃で箒の体が後方に飛ばされそうになるが、それより更に早く再度踏み込んだ一夏が今度は顎の下目がけて貫手を放つ。特殊カーボンの刃を有した指による貫手に、更に手首を回す螺旋回転を加えた一撃はシールド諸共箒を大きく削る。そのまま仰け反った所へ、既に順手に持ち直された蒼月の一刀が振るわれる。

 

「がはっ!!!」

 

 肺の空気を纏めて吐き出しながら箒は吹っ飛ばされる。そのまま二度三度と地面をバウンドし、そのまま倒れ込む。

 

「あ……ぐっ……ぐぅ……」

 

 頭部、頸部、胸部、凡そ人体の急所が集中する箇所に連続して攻撃を受けた箒は、かすむ視界の中で未だ痛みを響かせている腹部を押さえながら立ち上がろうとする。

立ち上がることそれ自体は打鉄の補助もありすぐにできた。だが、仮にこのISの補助が無ければ果たして立てていたか、そう思わせる程に体中に力が入らないほどのダメージを受けていることを箒は実感していた。

一夏の攻撃に一切の加減が無いことは嫌と言うほどに理解できた。常々ISでは全部が出し切れないとぼやいている彼のことだ。培ってきた武技は、まだその全てをIS戦に限定すれば発揮されていないのだろう。だが、その上で本気で箒を倒そうと、否、押し潰そうとしてきている。曲がりなりにも古馴染みであるはずなのに、振るわれる技には一切の情を感じなかった。

 

(そうか、今更なのか……)

 

 入学し、再会してもう二か月が経とうという頃合いだ。ここへきてようやく、箒は今の一夏を見た気がした。昔と変わらない所だって多くある。だが同じように変わったところ、昔は無かったような所もある。こと、武道においてはそれが顕著だ。

 

「な、舐めないで……ほしいな……」

「あぁ、舐めちゃいない。お前が何をしてこようが、俺は本気で相手をするさ」

 

 苦し紛れ、あるいは自分を奮い立たせるためか、途切れ途切れに言った言葉にも一夏は大真面目な表情で返す。あぁやって武道絡みになると変に律儀な所はまるで変わっていない。だが、そこから繰り出される技はまるで別物だ。

 

「っっ!!」

 

 もはや叫ぶ体力すら惜しい。どうせ勝てないのは目に見えている。ならばせめて、先ほどのように一矢報いて敗れたい。もう後先など考えない。とにかく、渾身の力をこの一撃に込める。

フェイントも何もあったものではない、愚直を通り越して間抜けとも言えるような真正面からの吶喊にも、一夏は眼差しに宿した真剣さを微塵も揺らがせずに箒を迎え撃つ。

振りかぶった刀を思いきり振り下ろす。ただひたすら、我武者羅に。あるいはこれが一夏の語る『動』の戦いなのか。なるほど、確かにこれは自分にしっくりくる。渾身の一撃を放つ最中だというのに、なぜかぼんやりと思考の片隅でそんなことを考えていた。

 

 一際大きな金属音が響く。結果として、箒の渾身の一撃はそれまで同様に弾かれて終わった。今まで以上に強く弾かれたせいか、手から柄が離れて刀のみが宙を舞う。青色の凶刃を構える一夏を前に、箒は丸腰の上に隙だらけという致命的な状況に陥った。

 

「がぁっ!!」

 

 それでも動けたのは最後の意地だろうか。もはやなりふり構わず、箒自身自分が何をしたいのかも分からないままに一夏へ近づこうとする。近くで見れば、まるで最後の手段として箒が一夏の喉元を食い破ろうとしているようにも見える光景だった。

 

「天晴れ」

 

 そんな一夏の箒を讃える言葉が聞こえてきた。箒は視線を上げて一夏の目を見る。讃える言葉とは裏腹に、一夏の目はどこまでも冷え切っており、漆黒の瞳はまるで底なしの奈落のようだった。

 

(あぁ……)

 

 何でこんなことを今になって思うのだろうか。勝負に何か関係があるわけでもない。だというのに、何故か箒は一夏の振るう技を言い表す言葉を思いついていた。それは、『兇武(きょうぶ)』。

そしてまだシールドエネルギーには余力がある中にも関わらず、箒は頭部に響いた衝撃によって意識を闇の中へと落としていった。

 

 

 

 

 

 

 ズン――

 

 そんな音が聞こえてきそうな程に、見ている者達にもその重さを想像させるほどにひじ打ちが箒の頭頂部に落とされた。白式は肘の部分にも関節の動きを阻害しない上でサポーターのように装甲が設けられている。ISの膂力で放たれる鋼鉄のひじ打ち、その威力はシールドがあったからこそ頭部全体に響く強い衝撃からの脳震盪による気絶だけで済んだものの、仮に生身であったならそのまま押し潰されて肩口までめり込んでいただろうほどだ。無論、即死であることは言うまでもない。

遠くから倒れた箒を気に掛けるようなラウラの声が聞こえてくるが、微塵も取り合う気配も見せずに一夏は残心を行う。

 

「ハァー……」

 

 体の内に溜まり抑えきれなくなった闘気を排出するかのように深く息を吐く。それと同時に白式のOSが機体の状態の変化を告げる。先ほどまで、箒に語った「動」の状態での瞬間出力重視の仕様から平時の「静」の状態での操縦のしやすさとその精密性重視の仕様に変わる。

この一夏自身の状態の変化に合わせての機体状態の変化、これこそが先の倉持への出向において白式に宿った新たな力だ。

ISは常に乗り手のバイタルを観察している。当然ながらそこには乗り手の心理状態を生物学的、科学的に置き換えた上での内容も含まれる。ポイントはそこだ。乗り手のアドレナリンの分泌量や心拍、脳波などから乗り手の興奮状態を幾つかのパターンに分類し、それに合わせて出力重視や操縦の精密性の比率を変化させる。

極めて高い興奮状態にあって針孔に糸を通すような精緻な操作は行いにくい。逆に極小の一点を突くような静謐とした集中下にあっても必要以上の出力は無用。その時々、幾重にも渡るテストと、それを経てなお稼働時には常にデータを収集しパターンを再編しながら乗り手がその時に最も扱いやすいように駆動用エネルギーのバイパスの構成や出力比を変えていく。

使う者次第でまるで別の顔が現れるようなこのシステムこそが、倉持が第三世代と銘打ち世に放つ現在各国が開発した第三世代兵装のどれとも趣きを異にするOS及び駆動系補助システム「宿儺(すくな)」の概要である。その名の由来は日本書紀などに登場する二面を持つ鬼にある。まさに名は体を表しているの典型と言える。静と動の異なる二面を操り持ち前の武技で鬼のように相手を屠る。名前とその由来の説明を受けた時、まるで運命的なものを一夏が感じるほどだった。

 

「……」

 

 気を失って倒れる箒を一夏は見下ろす。まだシールドは尽きていないし生きてもいる。果たしてこの状態を教師陣がどう受け取るか。完全な戦闘不能を見なして回収に現れるか、はたまた目を覚まして再び参戦するかどうかを待つか、一夏としては後者の可能性に期待をしたかったが、いずれにせよこのままでは箒は戦いの邪魔にしかならなかった。

 

「よいしょっと」

 

 箒の首に手を伸ばすとそのまま片手で鷲掴みにして持ち上げる。ぐったりと項垂れ呻く箒を片手に一夏は一息飛びにアリーナの壁際まで寄ると、掴んでいた手を離して箒を壁を背にするようにして座りこませる。

仮に戦闘不能判定が下されているのであればとうに教師陣が回収に出てきているだろう。それが無いと言うことは教師側はまだ箒にも可能性があると見たらしい。実に懸命な判断だと思う。

シールドは生きているためアリーナ内にいても多少は問題ない。気を失ってはいるが、それも一時的なものだろう。そこまで追い込んだ本人として、気絶もそう長くは無いと断言できる。

これで目を覚ました箒がどのような動きに出るか。なおも闘志を燃やすか、はたまた折れるか。そう期待するように思って、しかし結局やることは変わらずただ打倒するだけという結論に至った一夏はおかしそうに小さく笑う。

 そして視線を動かして離れた場所で戦うシャルロットとラウラを視界に収めると、一気にその場に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロットとラウラの攻防は完全に千日手の状態にあった。基本的に実弾装備を中心としているシャルロットではラウラのレーゲンに搭載されているAICにはこの上なく相性が悪い。

対するラウラもまた、AICという極めて特異な武装を装備しているが故に他に搭載する装備、引いてはそこから構築させることにできる戦術に限りが生じ、トータルパフォーマンスは高いものの一点機動性という点でシャルロットのラファールに後塵を拝しているためこちらも満足な攻撃を加えることができない。

完全に一夏優位で進んでいる一夏対箒とは真逆の構図だった。

 

「あぁもう、鬱陶しいなぁ……!」

 

 隠しきれない苛立ちを滲ませながらシャルロットは楯でレーゲンのワイヤーを防ぎつつアサルトライフルでラウラを狙い撃つ。防御に回ることでこちらの動きが阻まれるが、それは向こうも同じこと。ライフルをAICで防ぐためにその動きは止まらざるを得ない。

武装の数の多さは間違いなく自分が一番であるとシャルロットは自負している。というよりも、多くの第三世代はその要である第三世代型兵装によって搭載装備を限らねばならないのが現実なのだ。

それはラウラのレーゲンにしても同じことだ。AICを除けば武装らしい武装は両手に装着された回転刃、右肩のレールガン、そして腰部のホルダーから左右三本ずつ放たれるワイヤーブレードくらいしかない。だがその少ない武装をAICを切り札に据えた戦術の高いレベルでの構築により補いラウラは一年でも特に高い実力を誇っている。

結果として、武装の豊富さとそこから成る先述の幅広さを武器とするシャルロットと、性能の高さと限られた戦術を高いレベルで詰めたラウラが互角になるという構図が生じたのだ。

 

 二人の戦いはまず距離の奪い合いにある。理由は単純でありラウラのAICに集約される。ラウラはとにかくシャルロットとの距離を詰めようとしていた。一度でも捕えればそれで良し。その時点でラウラの勝利はほぼ確定する。逆に捕えられさえしなければいくらでも芽があるシャルロットはとにかくラウラから距離を取ろうとする。

交わされる攻防など、その距離の奪い合いの結果生じたおまけのようなものだった。

 ラウラの攻撃はとにかく堅実の一言に尽きる。一手一手を確実に、本命であるAICに捉えるために着実に相手の逃げ場を封じていく。やられる側からすればねちっこさすら感じる攻め方だった。しかしその一方で時折大胆かつ豪快な攻めも展開してくるのが、また読みにくさに繋がって性質が悪い。

自分でなければとっくにやられていたかもしれないとシャルロットは思いつつ、同時にセシリアに鈴の二人を同時に相手取り勝ちを奪い取った実力を改めて思い知った。

その実力は大真面目に評価するし敬意も払う。だが、厄介さという点を見れば先ほどのように思わず悪態の一つもつきたくなってしまう。

だがそんな文句を垂れながらもシャルロットの目には依然として冷静な光が宿り続けている。ラウラの一手一手を見切り、それぞれに合わせた的確な回避、あるいは防御を選択していく。同時に自分からも攻撃を加え、例え防がれたとしてもそのままラウラの動きの妨害へと繋げる。

 

「これなら!」

 

 その言葉と共にラファールの右肩に取り付けられたラック部分に一瞬光が奔ったかと思うと、高速切替で瞬時に装着された小型のミサイルポッドが姿を現す。直ちに放たれたミサイルは都合四発。それで装填していた分を撃ちきったポッドはそのままラックから切り離されて打ち捨てられる。

発射角の関係上、四発のミサイルは一度上空まで上がり、そして今度はラウラに向かって急降下してくる。たかだか四発の単調な機動の垂直ミサイル程度ならば取るに足らない。眉一つ動かさないラウラの鉄面皮はそう物語っている。

 

「誰がただのミサイルって言ったかなぁ?」

「ぬ?」

 

 どこか嬉しげなシャルロットの言葉にラウラが疑問を覚えた直後、四発のミサイルそれぞれから小さい何かが大量にばら撒かれた。レーゲンのOSが直ちに散布物を解析、そしてその全てが小型の爆弾であるとの結果をラウラに伝えた。

 

「まさか!」

「良かれと思ってクラスター弾頭にしてみたんだ! 僕なりのサービス、存分に受け取ってね!」

「何がサービスだぁ!」

 

 サービスどころか嫌がらせ以外の何物でもないシャルロットの所業に思わずラウラは吼える。本当に、ここまでルームメイトが意地の悪さを持っていたとはラウラにとっても予想外のことだった。

 

「くっ!」

 

 広範囲にばら撒かれた子弾の雨から抜け出そうとするも、それより僅かに早く子弾が一斉に起爆する。周囲から襲い掛かる爆風、衝撃、熱波の三重攻めをラウラは身を縮めるような姿勢を取って堪える。

 

「いっただき!!」

 

 チャンスを見出したシャルロットの声が耳朶を打つと同時にマシンガンがレーゲンに撃ちこまれる。AICを展開していなかったために銃弾の掃射をモロに浴びたことでレーゲンのシールドエネルギーの値が減少していく。

 

「舐めるな!」

 

 被弾しているという事実を無視した強引な動きでラウラは射線から逃れる。マシンガンの掃射を抜ける一瞬直前にショットガンの攻撃の一部が脚部を掠めており、仮にすぐに脱出しなければという嫌な仮定をラウラの脳裏に想起させた。

流れを一時的にとは言え掴んだシャルロットとしてはここで一気に勝負を決めたいのか、マシンガンによる絶え間ない掃射とショットガンによる面圧攻撃の同時展開で一気に押して来ようとしてくる。

迫る銃弾の嵐をレーゲンにできる限りの機動、時折瞬時加速も織り交ぜたソレで交わしつつシャルロットとの距離を詰めようとする。

 

「くらえ!!」

 

 上手く飛び込めた攻撃の空白地帯からラウラは素早くレールガンを展開してシャルロットを狙い撃つ。同時に腰部のホルダーから左右計六本のワイヤーブレードを全て射出し、それぞれに蛇のような複雑な機動を伴いながらシャルロットに向かわせる。

ワイヤーの先端に取り付けられたエッジ付きのペンデュラムには小型、簡易化したPICの発生装置が搭載されており、IS本体には遠く及ばずともある程度機動の操作を行うことができる。これにより六本のワイヤーは全てが異なる方向からシャルロットに襲い掛かることが可能なのだ。

 

「っ!」

 

 小さく舌打ちしながらシャルロットは左腕のみだったシールドを右手にも展開し、両腕での防御を試みる。更に一度銃器を格納し両手に一本ずつ大型ナイフを展開、時にはあえてワイヤーをナイフに絡ませ、それを手放すことで回避を試みる。

防御の最中でシャルロットは格納していた発煙弾を取り出しそのまま地面に落とす。時限起動式の信管が作動し地面に落ちた球体から大量の煙が吹き出し一瞬にしてシャルロットを中心としてあたりに煙をばら撒く。シャルロットが防御に回った隙にレールガンで撃ち抜こうとしていたラウラは目論見が外されたことに小さく歯噛みをした。

 煙幕を突き破って上空へと飛翔したシャルロットがマシンガンとアサルトライフルの同時射撃をラウラに仕掛ける。AICを使えば無力化は容易いが、その間にまた先ほどのように「良かれと思って」などと言いながらクラスター爆弾を放ってくるという「良からぬこと」をされるのも嫌なので、今度は動いての回避を試みる。

一夏と箒の戦いとは対照的に二人の戦いはアリーナ全域を縦横無尽に駆ける動きの大きなものになっている。目まぐるしく動きながら繰り広げられる高度な攻防は観衆を沸かせ、その歓声に当事者の二人の闘志も高まっていく。

 

『ッッ!!』

 

 その最中、唐突に二人はハッとした表情と共に同時に勢いよく顔を振り動かして同じ方向を見る。重い何かが叩き落されたような重低音が突然に響いてきた。

本来であれば特別気にするようなものではなかったが、その音が本能に感じさせた『嫌な感覚』に二人揃って反応を強制させられたのだ。

 

「篠ノ之!!」

 

 ラウラの、比較的時間を共有することの多いシャルロットでもほとんど聞いたことのない切羽詰まったような声が響いた。二人の視線の先、地上の一角では一夏の肘打ちの一撃を頭頂部に直撃させられた箒が全身から力を失い崩れ落ちる様があった。

 

(篠ノ之さんは――)

 

 チラリと一瞬だけアリーナの大型モニターに視線を向けたシャルロットは箒の打鉄のシールドエネルギーがまだ尽きていないことを知る。

だが箒は倒れた。それが示すところは、シールドを削るよりも先にその内に居る乗り手を戦闘不能に追い込むという芸当を一夏が為したということ。確かにシールドの相互干渉によって衝撃の緩和などが弱くなる近接戦で強い一撃を頭部に受けたりすればそういったことが起きる可能性もある。

しかしそれを直接目の当たりにしたのはこれが初めてだ。おそらく箒が倒れたのは脳震盪かそれに類する症状だろう。一時的に気を失った程度なら目を覚ませば戦線復帰の可能性はあるが、それでも実質箒が倒れた事実に変わりは無い。

 

(本当に……)

 

 シールドを削るのとは異なり、一夏が行ったのは直接的に乗り手を害する戦法だ。一歩間違えればとんでもない事態になりかねないというのに、離れた場所に立つ彼の佇まいには一切の躊躇や容赦といったものは感じられない。そんな冷たさを幼馴染である者にすら向ける。本当に、この間の一件と良いゾッとしない。もしかしたら、あの場を上手く収められたのは自分にとっても相当な幸運だったのではないか。そう思わざるを得なかった。

 

「はぁあああああああああ!!」

(しまったっ!?)

 

 思考に一瞬とはいえ耽っていたせいで隙を晒していたことにシャルロットは己を叱咤する。我に帰ったのはラウラの方が早かったらしい。先ほどまで以上の闘志をむき出しにしながら腕の回転刃の切っ先を向けつつ迫ってくる。

このままいけば一夏とシャルロットの二人を同時に相手にしなければならないラウラにとっては、可能ならば片方を落とせる内に落としておきたいはずだ。たとえ二人同時に相手取れる腕を持っていたとしても、より勝率の高い選択があるなら迷わずそちらを選ぶのは道理だ。

 

「くっ」

 

 苦し紛れに左腕の楯を構えてラウラの回転刃を迎え撃とうとする。まずはとにかく守り、そして直ちに距離を取りAICに捕らわれないようにする。

そしてラウラがもう後少しというところまで迫り、回転刃が接触する耳ざわりな金属音が鳴り響いた。

 

「なっ――」

「え?」

 

 揃って挙がった疑問の声はラウラ、そしてシャルロットのものだった。

 

「双方、引け。これ以上は無用だ」

 

 耳朶を打つ声は一夏のもの。箒を倒した際の残心の名残か、掛けられた声はやや低めの静かな口調だった。

左手に握られた蒼月の刃はラウラの回転刃を鬩ぎあい、空いた右手はシャルロットの楯を抑えている。

 

「舞台の主役は俺だ。ここから先は、俺が仕切らせてもらおうか」

 

 二人の間に割って入り、あっさりと止めた一夏は静かに、しかしどこか傲慢さを含んだ声でそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は割と久しぶりに某格闘漫画の要素を押し出してみました。掲載誌を追っかけている方ならば、今回の箒のやられ方にもきっと「デジャブるんだよぉぉぉぉぉ!!」と思っていただけることでしょう。
反省も後悔もしておりません。けど、ヤバイことになったら修正や一時取り下げなどの逃げに走る準備は万端です(ドヤァ

シャルちゃんは第三世代装備というイロモノは持っていないため、よくある装備で結構意地の悪い攻め方をするのが得意だったりします。え? 顔芸? ゲス野郎? 聞こえんなぁ~。知らぬ知らぬ聞こえぬ見えん。

白式の新システムは一応作者なりに考えてみた第三世代装備という感じです。ほかの装備が直接相手に攻撃を加えたりするものであるのに対して、一風変わった乗り手のサポートに主眼を置いたものにしてみました。というか近接主体にするならこっちの方が都合が良いかなと思ったので。

あと二話くらいでラウラ戦にはケリをつけたいですね。いやまったく、二巻はサクッと終わらせるという初志はどこへ行ったのやら。


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第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち

 おおよそ一か月ぶりくらいの更新ですね。いや、リアルが中々に忙しくて。
今回は銘打つならばラウラ戦後半というところでしょうか。いやぁ、戦闘シーンを改めて書くって本当に大変です。


 一夏の割り込みはシャルロットとラウラにとっても予想外のことだった。剣でラウラを、空いた手でシャルロットを制しながら一夏は二人に交戦の停止を告げる。

 

「双方引け。これ以上は無用だ」

「なっ……」

「むぅ……」

 

 二人にしてみればいきなり割り込まれた挙句に一方的に停戦を突きつけられたようなものだ。驚くなり押し黙るなり反応は様々であるだろうが、少なくともすぐにハイ分かりましたと頷けるものではなかった。

 

「そら」

「むっ!?」

 

 二人の返答を待つよりも早く一夏が次の行動に移る。ラウラの回転刃と拮抗状態にあった蒼月の刃を、手首を僅かに動かすことでその位置をずらす。

鬩ぎあいのバランスを崩された回転刃はそのままあらぬ方向に力を流され、結果としてラウラの全身も少々ではあるが傾く。そしてその『少々』は一夏にとって十分すぎるほどの隙であり、ラウラが体勢を崩したのと同時にただちに蒼月の一刀を見舞う。

 

「くっ!」

 

 スラスターを逆噴射させることでラウラは一夏の攻撃をかわそうと試みる。だが、思いのほか一夏の太刀筋が速かったために僅かにシールドを掠め微量ではあるがシールドエネルギーの残量を削る。ほんの小さな数値とはいえ、確かに減ったシールドの残量に距離を空けてからラウラは小さく舌打ちをする。

 

「お、織斑くん?」

「さて、デュノア。ボーデヴィッヒの足止めご苦労。おかげで俺も自分のことに集中できたよ。いや、本当にありがたい」

「あ、うん。それは良いんだけど、えっと……どういうこと?」

「割り込みかけて邪魔したことは謝るけどさ、ここはちょっと俺に任せてもらえないか? ボーデヴィッヒのやつとは、タイマンの約束があったからな」

「そういえばそんな話だったね」

 

 綱渡りのような攻防を続けている内に当初の予定を完全に忘れていたシャルロットは一夏の言葉で元々の計画を思い出した。

役割分担をした上での各個撃破、その主軸となるのは一夏でありシャルロットはサポートを主体とする。別にサポートに回るのは一向に構わないし、立場を逆にしても一夏が上手くサポーターを務められる保証はない。

戦術の安定性を考えるのであれば特に異論を挟むことは無かった。

 

「篠ノ之は……及ばなかったのか」

 

 ポツリと呟かれたラウラの言葉が通信回線越しに一夏とシャルロットの耳に入る。

 

「あぁ、確かにあいつはよくやったけど、まだ俺には届かなかったな」

「そうか……」

 

 冷然と箒の敗北という事実を再認識させる一夏にラウラは僅かに視線を伏せた。その様子に一夏は眉を顰めた。先ほどの声のトーン、そしてこの視線の動きといい、まるで箒の敗北に心を痛めているようだと一夏の目には映ったのだ。

 

「意外だな。もうちょっと淡白な反応をすると思ったけど、結構メンタルに効いたりしているのか?」

 

 指摘しない理由はどこにもない。生じた疑問を一夏は遠慮せずにぶつけることにした。

 

「そうだな。思うところが無いと言えば嘘になってしまうか。私はやつが何をしていたかは知らない。だが、お前と戦い勝つという一点を目指して力を振り絞ったということだけは分かる。その想いと努力、せめて報われて欲しいと思うのはごく自然なことではないか?」

「……そうだな」

 

 ラウラの言わんとすることはよく分かる。自分とて何年も修練を積み重ねてきた身だ。その自覚と自負があるからこそ、自分の積み重ねてきたものが実を結んで欲しいと思うし、他人が行う同様のソレに対しても同じだ。

 

「けど、競い合えばどっちかが勝ってどっちかが負ける。残酷なようだけど、勝負はそういうもんだ。それが分からないお前じゃあないだろう?」

「あぁ、無論そこは承知している。だが、曲がりなりにもチームの相方として矛先を同じくした仲だ。気遣いの一つくらいはするさ」

「そうか。……良い奴だな、お前は。良かったよ、箒の相方がお前で。俺はきっと、お前のようには振舞えない」

 

 そう静かに抱いた感想を素直に吐露した一夏の表情にはクシャリと歪むようなものがあった。自他共に認める武の邁進(まいしん)者、その強い意志から成る姿勢はたとえ幼馴染であっても、血を分けた姉であっても武にあっては一切の妥協や甘えすら認めない。

何時の間に自分はこうなったのだろうか。幼い頃は自分が立っていた幼馴染の隣という場所に、自らの意思で以って離れた後に立った少女の心遣いを見て自分という人間を再認識させられる。

 

(あぁ、それにしてもまったく、俺は本当にとんだ人でなしだな)

 

 今は試合の最中だ。隙を晒すわけにはいかない。だがそうでなければ思わず天を仰いでいただろう。そんな感傷すら戦いの中にあるということを僅かに再認しただけであっという間に思考の片隅に些末事として追いやられる。

自嘲するような歪んだ苦笑は徐々に消えていき、冷たく、鋭い眼光を真一文字に唇を引き締めながらラウラに向ける。

 

「要らない世間話をしちまったな。悪い、続きを始めようか」

「来るか」

 

 八相の構えを取る一夏にラウラもまた身構える。そして一夏の隣に助太刀すると言うようにシャルロットが立つ。

 

「デュノア、お前は下がっていろ。元々俺とボーデヴィッヒでタイマンをするつもりだったんだ。手助けはありがたいけど、今は要らない」

 

 そう隣に立つシャルロットに告げる。助勢の意思がありがたいのは紛れもない事実だが、今ここでは求めてはいない。故に一夏はシャルロットに下がるように促す。そんな一夏の方をシャルロットは向いて――

 

「え? なんだって?」

「……」

 

 一夏としてはここで颯爽とラウラに一人果敢に挑もうとする心づもりだったのだろう。だがそんな彼の目論見の出鼻を見事に挫くシャルロットの言葉に一夏は思わず閉口する。ラウラもまた構えはそのままにどうすれば良いか決めあぐねているような様子を見せていた。

 

「ん、んんっ! いやだからな、デュノア。ここは俺がやらせてもらいたいわけなんだがね」

「え? なんだって?」

「だからあいつは俺が一人で――」

「え!? なんだって!?」

「あーもう! なに何なのさっきから! お前絶対聞こえてるよな!」

 

 確認するまでもない。シャルロットは間違いなく一夏の言葉が聞こえている。聞こえない理由などあるわけがない。そんな都合の良い突発性難聴を患っているわけがないし、そうだったらそうでとうに医者通いでもしているはずだ。

つまりシャルロットは意図的に一夏の言葉を聞こうとしていないのであり、それにイラだった一夏が声を荒げるのも無理なからぬというものである。だがそのシャルロットはと言えば、呆れたようにハァ、とため息をつくとジト目で一夏を見ながら口を開く。

 

「あのねぇ、君が結構無茶苦茶な所あるのは僕もそれなりに分かってるつもりだよ。けどね、通る無茶と通らない無茶っていうものがあるの。割り込んできたのはまだ良いとして、いきなり一人でやるから引っ込んでいろっていうのは流石に僕でもどうかと思うよ。だいたい、僕みたいに器用に何でもソツなくこなせるIS優等生、その上いたいけでかわいい女の子の手伝いを跳ねのけるって男の子としてどうなの?」

「いたいけとかテメェで言うか普通!? 今のセリフで色々台無しになってんの分かってるか!? えぇい! とにかくだ! 元々俺がやつとタイマンする予定だったんだし、そもそもからしてお前だって一応の了解はしていただろう!」

「あーそれかぁ。うん、僕も最初はそれで良いかなぁなんて思ってたんだけどね、君が篠ノ之さんと戦っている間に僕も僕でやっていて、まぁ気分が変わったんだよね。最後まできっちり決着をつけたいっていうのかな」

「この……はた迷惑な心変わりだな」

「仕方ないよ。女の子っていうのはね、結構移り気なものなんだよ? それに上手く付き合えるかどうかが、男の子のポイントなんじゃないかなぁ」

「は、感情に流されて人を振り回すようなのに一々構っていられるか」

「いや、人を振り回すっていう点なら君も大概だからね」

 

 やいのやいのとラウラをそっちのけにして言い合いを続ける二人。そんな姿にラウラは構えたままどうして良いか途方に暮れ、控えていた真耶は苦笑いを浮かべ、そして管制室の千冬は後で二人纏めて説教をしようと心に決めるのであった。

 

「デュノア」

 

 なおも口論を続けそうな二人の間に別の声が割って入った。誰のかを確認するまでもない。完全に蚊帳の外に置かれていたラウラだった。

 

「なに? というか、前々から言ってるけどシャルロットでも良いんだよ? もしくはお姉ちゃんでも僕としてはポイント高いかな」

「いや、お前の呼び方についてはこの際どうでも良いのだが、いやそうじゃなくてだな。私からも意見させて貰おう。悪いが、ここは私とやつでやらせて欲しい」

 

 予想外の、ラウラからの一夏との一対一を望む言葉にシャルロットは思わず面喰う。その隣でそれ見たことかと勝ち誇ったようなドヤ顔を浮かべた一夏に若干イラッとしながらも、シャルロットは改めて尋ねる。

 

「なんで、っていうのは聞いちゃダメかな?」

「別に構わん。そう難しい話ではないよ。単に、そいつとまず果たしあうという約束の方が先にあっただけだ。私とてお前との勝負はしっかりと着けたい。だがそのために先約を反故にもできない。いっそ二人纏めてというのも私は構わないが、二人共を片手間でやって納得のいく結果にできるほど器用なつもりはない。

あまりにも知恵の足りていない方法というのは百も承知だが、私としては一つずつ順番に片づけたいだけだ」

「なるほどねぇ……」

 

 ラウラの真剣そのものな言葉にシャルロットは言葉に困るように額に手を添える。

 

「分かったよ。二人揃って意見が同じになっちゃったら、僕も何も言えないね。仕方ない、ここは織斑くんに譲ることにするよ」

 

 そう言って決着を一夏に委ねることを決めて、一夏の隣より一歩分後ろに下がる。

 

「織斑くん、せっかく譲るんだしちゃんと勝ってね? まぁ負けたら負けたで僕が後は引きうけるけど、ここで負けたら物凄く恰好悪いよ?」

「ふっ、分かってるさ」

 

 シャルロットの忠告に一夏は微笑と共に答える。そしてその微笑はすぐに初めから存在しかったかのように消え、獲物を狙う猛禽のような鋭い光が双眸に宿る。

 

「やるからには勝つさ。あぁ、案じる必要はないよ。俺は、負けん」

 

 直前までの漫才じみたやり取りで弛緩していた空気が一気に引き締まっていくのをシャルロットは肌で感じ取っていた。その大本、周囲の雰囲気をきつく縛り上げているのは他ならぬ一夏だ。

まるで別の誰かと入れ替わったのではと錯覚するほどの切替の早さとその度合いに決して長くない付き合いながらもシャルロットは畏怖を禁じ得なかった。これから戦いに臨む一夏は、間違いなくあのシャルロットの目論見が露見した夜に見せた、まず何よりも恐怖を感じさせられた彼なのだろう。となれば、今からの彼から容赦は確実に消え去る。そう、幼馴染に対してすら無慈悲な一撃を見舞ったように。

正しくIS界に彗星のごとく現れたダークホースと言っても良いだろう。対するは世界でも有数のISに長けた舞台、その中でも若年ながら指折りの実力を持った、確かな経験の裏打ちを持つプロ。

 

(ま、何だかんだでこれも結構面白そうかな)

 

 自分で直接舞台に立つのも良い。だがこうやって興味深いカードを傍から見るのも悪くは無いだろう。そうやって、シャルロットは一夏に事を任せた己を納得させる。

 

「じゃあ織斑くん、あとよろしく。ちゃんと勝ってね?」

「あぁ、無論だ」

 

 そう言って二人は別れる。一夏から離れたシャルロットは未だ倒れたままの箒の方をチラリと見遣り、そちらの方へと行くことを決めた。

仮に彼女が目を覚ましたとして相方の戦いに余計な茶々を加えられないように見張るため、目を覚まさないにしても突然の具合の変化をきたしたとしてすぐに対応できるように。

 

(ほ~んと、こんなに気遣いができる僕ってすっごく良い女の子だよね~)

 

 戦いの最中にありながらもシャルロットの思考はどこか呑気なものであった。

 

 

 

 下がったシャルロットを背に一夏はラウラを改めて見据える。

 

「悪いな、少し手間取った」

「まったくだ。この際だから言わせてもらうが、事前に計画をしっかり立てていないからこうなるのだ。これが軍務ならば大問題になっていたのかもしれないのだぞ」

「実に耳が痛いな。いや、ここは中尉殿の高説を甘んじて受け入れるとしようか」

「どこで私の階級やらを知ったのか。まぁ良い。何はともあれ、だ」

「あぁ。これで準備は整った」

 

 改めて一夏とラウラは互いに得物を構えなおす。睨みあうこと数秒、そして――

 

「はぁぁぁああああああ!!!」

「ぜぇぇぇぇええええいっっ!!」

 

 気勢を伴う吶喊で互いが互いに向かっていき、それぞれの刃同士を激突させた。

 

 

 

袈裟がけに振るわれた蒼月の刃とラウラの右手に取り付けられた回転刃がまずはぶつかった。インパクトの瞬間、激突の衝撃を和らげるように二人同時に敢えて刃同士を絡ませたまま自分の方に少し引き寄せようとする。結果として、互いのすぐ目の前に相手の顔がやってくるという形になった。

 

「ぐっ」

「ふん」

 

 回転刃が蒼月とぶつかり合う耳ざわりな金属音をBGMに予想以上に重い一夏の一撃にラウラが僅かに歯を食い縛る。対する一夏はこの程度何ともないと言うように涼しい顔で受け止める。

 

「せい!」

 

 蒼月と絡み合っているのは右手の回転刃だ。左腕に取り付けられた方は自由なままである。そして当然とも言えるが、空いた左腕の回転刃で一夏を攻撃しようとラウラは左腕を振り抜いてくる。

 

「はっ!」

 

 一夏の反応は早かった。鍔迫り合いはそのままに蒼月の柄を握っていた両手のうち右手だけを離してレーゲンの左手首の部分を掴んで腕の動きごと回転刃を抑え込む。

両手を使ってラウラの攻撃を抑え込んだ一夏はすぐに次の行動に移る。左手首を軽く捻り蒼月の位置を微妙にずらす。これにより拮抗していた力のバランスが崩れ、ラウラの回転刃が滑るように蒼月とこすれていく。そのまま回転刃の切っ先が一夏に向かって来るが、それよりも早く一夏はラウラの左腕を掴む右手を支点として体を捻り、ラウラの左半身側に自分の位置をずらすと同時に回転刃をかわす。

そのまま前進を使って思いっきりラウラを真下の地面に向かって投げ飛ばした。

 

「ぬぅっ!」

 

 実際の所、左腕を振るってから投げ飛ばされるまでの間は2秒と掛かっていない。ラウラにしてみれば隙を突いたつもりがいつの間にか地面に向かって投げ飛ばされ、空を仰ぎながら背中から落下しているのだ。驚きの一つもあるのは仕方のないことと言える。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 そして投げ飛ばした当の一夏はと言えば落下するラウラに追って追撃を仕掛けてきていた。腰部装甲のホルダーに蒼月を括りつけ両手を自由にした彼は、空いた二つの手で熊手を象りながら吶喊してくる。

あの両手に鋭利な刃が備えられていることは既に把握している。となれば素直に受けるわけにはいかない。落ちながらラウラは次の行動を思案する。

 追撃を仕掛けた一夏がラウラに追いついたのとラウラが地面スレスレの所まで落ちたのはほぼ同時だった。

人の腕ではまずもって起こせないだろう大気を切るのではなく、荒々しく引き裂き捻りつぶすような重い風切り音と共に一夏が双腕を振るう。

地面が爆ぜる音と共に土煙が大量に舞い上がる。その中からギリギリのところで一夏の攻撃を回避したラウラが飛び出してくる。何もない地面に刃を仕込んだ凶手を叩き込んだ一夏は、自分の為した結果がただ地面に大量の斬り傷をつけただけという結果に舌打ちをして前方のラウラを再度睨みつける。

逃げるというのであれば是非も無し、再び追いつめるだけと言わんばかりに、一夏は再度ラウラへの接近を試みる。

 

「させんっ!」

 

 レーゲンの腰部から四本のワイヤーブレードが飛び出し一夏に襲い掛かる。一見すればワイヤーそれ自体が備えるエッジの切れ味が脅威と見えるが、この装備の真価はその本来の扱い方、つまり相手を拘束するための部分にある。

いかに機動性に優れた機体であっても、そのどこか一部をワイヤーに絡め取られれば大きく動きを阻害されるのは必定だ。それは一夏の白式とて例外ではない。都合四本のワイヤー、どれか一本にでも捕えられたら途端に一夏は不利になる。

 

「はっ!」

 

 だが迫るワイヤーを前に一夏は微塵も臆する様子を見せないどころか、逆に真っ向からワイヤーへと突き進む。右手に握った蒼月を振るって一本のワイヤーを弾き飛ばし、もう一本を左手で払う。どちらもワイヤー自体ではなく、その先端に付けられたペンデュラムを狙って行われた。

甲高い金属音と共に二本のワイヤーがあらぬ方向に弾かれ残り二本が迫るも、既に一夏は活路を見出していた。ちょうど、ワイヤー同士の間にラウラへ向けて一直線に向かうこのことのできるルートが開いていた。

迷うことなくそこへ飛び込む。獲物にすり抜けられた二本のワイヤーはそのまま何もない虚空を飛び、射出時の運動エネルギーによる推力を失より早く巻き戻されていく。

 ワイヤーをあっさりとかわした一夏はそのまま一息の内にラウラとの距離を詰めようとする。白式のOSがロックオン警報を発したのはその時だった。

 

「やはりそこへ来たな!」

 

 得意げなラウラの声が聞こえた。端的に言って、ワイヤーは囮でしかなかったのだ。効果を発揮したらしたでそれは御の字だが、別段対処されてもまるで痛くない。むしろ対処してくれた方が予定通りと言えた。

一夏が見出した隙間、そこはラウラが意図的に作ったワイヤーによる陣の空白だった。そこへ飛び込んだ一夏は、まさしく狙い通りの動きをした獲物に他ならない。

肩部のレールガンが狙いを定め、砲身に紫電を迸らせる。プラズマ化するほどに加熱した火薬による圧倒的な加速を、更にリニア機構により速さを跳ね上げた大砲は、放たれれば文字通り刹那の内に一夏へと達する。放たれればそれまでだ。ならばどうすれば良いのか。

 

(――ッッ!!)

 

 前頭葉の辺りが加熱するような錯覚を抱く。アラートと同時に一気に高めた極限の集中は、間違いなくこの学園においても最高峰の身体スペックを誇る一夏をしても明確な負荷を掛けると同時に、確かな効果を彼に与える。僅かに、ほんの僅かにだけ周りがスローモーションになる。まるで年度の高い液体の中をかき分けるような重さを体に感じつつも、一夏は持てる膂力を振り絞り蒼月の刃を天にかざす。

視線の先にはラウラ、彼女の眼帯で覆われていない右の瞳がある。ハイパーセンサーによるズーム機構がその動きの仔細を一夏に伝え、僅かに瞳孔が絞られるのを一夏は見た。刃を振り下ろしたのはほぼ反射によるものだった。手応え、確かに重い何かを斬り裂いた感覚が手に伝わった。背後では衝突に続いて爆発音。観衆の一際大きなどよめきが聞こえてくるが、知らぬ聞こえぬ。

 ワイヤーでルートを限定させてからの狙い澄ましたレールガンの一撃、流れるようにそこまで状況を持っていったラウラの手並みには一夏も素直に見事と讃える。だが、それを武技で以って上回ってこそが織斑一夏の矜持の発揮のしどころというものでもある。

どうだ、これが織斑一夏だ。その意思を乗せて更に突き進む。蒼月のコバルトブルーに輝く凶刃で以ってレーゲンの装甲を斬り裂かんと迫り、ラウラの瞳に浮かんだ『笑み』を見た瞬間、一夏の危機回避本能が最大限の警鐘を鳴らした。

 

「チィッ!」

 

 忌々しげに一夏は蒼月の刃を地面に突き立てる。スラスターの逆噴射と合わせてそれを減速に用い、そのまま蒼月を振り抜く。結果として発生した大量の砂埃は纏めてラウラの方へと向かっていく。

加速を食い止めバックステップで後退すると、自分が巻き起こした砂埃の行方を見て一夏は小さく舌打ちをする。そのほとんどは宙へと流されていった。だが、一部の砂埃がまるで虚空で固められたかのように留まっている。その場所はラウラの前面。突き出されたラウラの右手から少し離れた所に砂でできた薄膜のようなものが広がっていた。

 

「あっぶね~……」

 

 小さく、しかしどこか安堵を含ませた声で一夏は呟いた。

 

「ふむ、見抜かれてしまったか」

 

 対するは何ともないかのようにそう呟き、さっとかざしていた腕を払うラウラだ。ラウラの腕が払われると同時に砂の膜はその形を崩し宙へと散っていく。

 

「やはり、というか本命はAICだったか。俺の勘も捨てたもんじゃないな。あのまま突っ込んでたら捕まっていたよ」

「私としてはその方が良かったのだがな。まぁ、決まれば御の字程度の小細工だ。あえて何も言うまい」

「イケるかと思ったんだがねぇ。世の中そう上手くはいかんか」

「あいにく、貴様がレールガンを対処するところまでは織り込み済みだ。さしずめ砲弾斬り、とでも呼ぼうか? 確かに初見ならば狼狽えもするだろうが、一度見ている」

 

 一夏の為した芸当に観客の大半は驚愕の声を上げた。何せ音速を優に超える砲弾を真っ二つにすることで無力化するなどというやり方、世界を見渡してもそうそう目に掛かれるものではない。

だがラウラは一度だけではあるが同じことを一夏が行ったのを目の当たりにしている。そして、既にラウラの中でIS乗りとしての一夏は一定のラインを超えた然るべき評価に値して決して侮ってはいけない相手として認識されている。ゆえに、このくらい(・・・・・)はやってのけると予想をしていたのだ。

ワイヤーブーレドのコンビネージョンも、レールガンも、どちらも囮に過ぎなかったのだ。本命はその先にあるAIC。もっとも、直前でそれを察知されて結局は不発に終わった。そうして一連の攻防が終わってみれば、二人の間にはただ距離が空いているだけという何も変わらない結果だけが残った。

 

「まぁ良い。収穫があったのは俺だって同じだよ」

「なに?」

 

 予想外の一夏の言葉にラウラは小さく眉の端を上げる。そんなラウラの様子を見て一夏は小さくフッと笑うと人差し指を立てる。

 

「AIC、見切ったり」

 

 その言葉に一瞬ラウラから表情が消えかけた。だがすぐにいつも通りの冷静な表情に戻すと、どういうことかを問う。

 

「別に大したことじゃあない。単に、俺なりにAICというものを考察してみただけだ。当たってる保証はないが、俺としては良い線は行っていると思う。

AIC、アクティブイナーシャルキャンセラー。まぁ大方PICの技術の応用だろうが、細かい原理はこの際どうでも良い。そんなのは技術屋の領分だ。第三世代らしく起動は乗り手の思考がトリガー。発動すると何かしらのフィールドを展開、それに触れた物はピタリ止まると。

一見すればとんでもない防御兵装だが、意外に完璧じゃあない。さっきの砂埃止めたのを見ても気付いたが、どういうわけかAICは格子状に展開されるらしいな。だから、小さいが穴はいくつかある。ついでに言えばものが小さすぎても問題だな? オルコットの武装のような熱量系には効果が薄いと聞いているが、それはそいつに実体がないから。だから多少弱められても透過を許しちまう。

展開位置は乗り手のお前を起点にして凡そ2、3メートルか。範囲はお前がすっぽり入る程度。まぁ上手く気付ければかわせないこともないな。

そして俺が思うある意味一番のウィークポイント。発動させるのに結構強めな意識の集中がいるな? はっきり言ってさっきもそうだったが、かなり気配が分かりやすかったぜ?」

「……」

 

 一夏の言葉にラウラは無言のまま目を見開いた。間違っていない。一夏のAICに関する考察、指摘は間違っていない。それが全てとは言わないが、言われた内容に限定すれば全て当てはまるのだ。

話した記憶など微塵もない。そもそもからして話す理由も無い。AICを使う機会は幾度かあった。その折に見ていたのだろう。だが、それだけで彼はここまでの解を導き出した。その事実に一瞬、確かな動揺を感じた。

 

「図星、か」

 

 ラウラの動揺を鋭敏に感じた一夏が言い放つ。言われてラウラは態度に出ていたことに気づき、自制をしきれなかった己を内心で叱咤する。

 

「むぅ……。ふぅ……」

 

 心の揺れを静め深呼吸、すぐに気分は落ち着いた。

 

「あぁ、正直驚いたな。よもやそこまで見抜かれるとは」

「否定はしないのな」

「あれだけの反応をしてしまったのだ。今更しても無意味だろう。そんなことはどうでも良い。あぁ、こればかりは手放しに讃えるとするよ。その眼力、見事だ」

「恐悦至極、と言いたいところだが、半分以上はお前自身が原因だぜ? お前、鈴――凰とオルコットを相手にした時に何度AICを使った。あれだけ見せられれば、あたりをつけることはできる」

「なるほど。いや、それも含めてだ。偶発的な機会を無意味にすることなく活かす。間違いなく褒められて然るべきだろう。あぁ、前言の撤回はしないよ」

 

 そういってラウラは再度両手の回転刃を起動して構えを取る。口ぶりは穏やかだが、放つ気配は徐々に研ぎ澄まされていき闘気が高まっていくのを一夏は感じ取った。

 

「こうも見抜かれては、そうそうAICに頼るわけにもいかないな。ならば後は、私自身で勝つしかないわけだ」

「ほぅ? 良いのかよ? 自分から切り札を使い渋るような真似をして?」

「使おうとしてそのたびに見抜かれるくらいなら使う意味がない。それにAICは確かに強力だが、そればかりに頼るわけにもいかんのでな。一つ教えてやろう。これは教官の、織斑先生の薫陶だよ。

そして今この瞬間、私の中での貴様は既に脅威と認識するに足る乗り手になった。全霊を以って、打倒させてもらう」

「面白い……」

 

 言葉は静かながら、一夏もまた闘気を立ち上らせる。その様に軍属として磨かれたラウラの勘が刺激され、一瞬肌の産毛が逆立つような感覚を抱かせる。

右手に蒼月を携えたまま一夏は号令をかけるように空いた左手を払う。それと同時に、白式の腰部に量子展開の燐光が奔った。

 

「む?」

 

 何が現れるのかと一瞬警戒したラウラだったが、実際に出てきた物を見て頭の上に疑問符を浮かべる。左右に一本ずつ、腰部装甲に取り付ける形で現出したホルダーに下げられた蒼月と同じ日本刀型ブレード。強いて蒼月との違いを挙げるのであればどちらもやや長さが短いことだろうか。

そして一夏から見て左側の腰部装甲には、追加のブレードを取り付けたホルダーの更に上に何も下げていない空のホルダーがある。おそらくは今現在手に持っている方の剣を下げるためのものだろうとラウラはあたりをつけた。

 

「追加の武装、しかし変わらず剣か。部隊の仲間が日本の剣豪には三本の刀を操る者もいると言うが……」

「そりゃ漫画の世界の話だよ。現実に三刀流なぞ、無茶にもほどがある」

 

 真剣な、しかし明らかに間違っている解釈のラウラの言葉に一夏は軽く呆れながら訂正を入れ、そして言葉を続ける。

 

「別にどうということは無いよ。単に整備したら要領に空きができたから載せただけだ。銃器とかでも良かったんだけど、やっぱり俺には刀の方が性に合っている。一見すればただ増えただけだがな、やれることは見た目以上にあるぞ?」

「構わん。全て、真っ向から倒すだけだ。来い、織斑一夏。貴様に本職の格というものを教えてやる」

 

 言葉を交し合ったのはそこまでだった。軽いステップで跳躍したかと思うと、一気にスラスターを吹かして一夏がラウラに向かっていく。

振るわれた蒼月の一閃を交差させたレーゲンの回転刃が受け止めて、ここに二人の戦いの第二幕があがろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、む。千冬の薫陶ですか。中々、あのドイツの子は見所があるようですね」

 

 アリーナのスピーカーがラウラの言葉を観衆に伝える。VIP用ブースで防衛省幹部護衛の任の最中にある美咲はそれを聞いて小さく感心するように呟いた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒか。ドイツの黒ウサギ(シュヴァルツェ・ハーゼ)の実働隊で最年少ながら隊長を務めると聞いているが、やはり君にかかっては見所がある程度に収まるかね?」

 

 そう美咲に尋ねるのは彼女の護衛対象であり、現在彼女の隣で椅子に腰掛ける初老の男、赤木防衛事務次官であった。

 

「あいにくですが、私や千冬から見れば今現在の現役の乗り手など殆どがその程度の枠に収まりますよ。次代の違いゆえに致し方なしとは言え、今の娘たちは黎明期の過酷さを知らないのですから」

「だがその黎明期も数えてみればたかだか十年前から少し程度。それが既に一時代前とはな。つくづく空恐ろしさを感じる進歩の速さだ」

「全くです。私、まだ二十七ですよ? それが業界で見てみれば大ベテランに当てはまるなんて。まだ三十にもなってないのに古い時代の人扱いされるのは少々困りものですよ」

 

 茶目っ気を含むような美咲の言葉に赤木はカラカラと笑う。千冬と並んで日本の、世界レベルで見てもIS乗りとしての最古参にあたる彼女は防衛省とのつながりも相応の長さを持っている。

まだIS関連の各方面の整備がままならない頃からの付き合いが美咲と赤木の間にはあり、親子ほどに年が離れて立場の厳然たる違いを持ちながらも、こうして冗談交じりの会話ができるほどには親交があった。

 

「まぁ私はISなど動かせんからね。こうして観客に徹して見ている。だからこそ、いっそ摩訶不思議な新型の装備にも面白味を感じることができるが、やはり君は違うかね?」

「無論です」

 

 きっぱりと言い切った。

 

「常に新しい物を生み出す。それ自体は人類全体にとって必要な発展的行為である故に否は言いません。いえ、むしろ私とて推奨はします。ですが、作ってそればかりになることにはいささか物申したくあります。

どうにも最近の子たちには新型や目新しい物を重宝したがる傾向があるようで。確かに新型や目新しい武装というものは往々にして高い戦果を挙げられますが、それも初めの内。すぐに解析され、対策をされ、意味を失くす。本当に必要なのは何よりも本人の腕だと言うのに。

幸いと言いますか、この学園の卒業生からそのままIS乗りに進んだ子は比較的そうした意識もあるのですが、やはりそれ以外の方面から来たとなると。特に企業のテスターにその傾向が見受けられますね」

「まぁそっちはその新型などの最前線だ。必然、それに合わせた考えに傾いてしまうのだろうよ」

「はぁ、ますます自分が古臭い人間に思えてきて、さすがに参りますね。ですが実際こう思ってしまうのですよ。新型、第三世代――何もかもが馬鹿馬鹿しい」

 

 一転、美咲の口調から温度というものが消え去った。赤木もまた、浮かべていた笑いを引っ込めて美咲にその言葉を放った意図を問う。

 

「真実強者たる者はただ在るというそれだけで十分なのですよ。千冬などその好例。第三世代の新型ISに新装備? 新進気鋭のホープ? 無意味、等しく無意味ですよ。何をどんな組み合わせで持って来ようが、彼女に、たとえ駆るのが今では時代遅れと言われる第一世代の暮桜であっても、一刀の下に屠られるのが目に見えている。

乗り手の思考で動く自立砲台? 不可視の砲弾を放つ? 相手の動きを止める? なんですかそれ? 賢しいの一言に尽きますよ。

足りていないのはただただ当人たちの強さのみ。それが足りていない。けどそれを露見させるのが嫌だから物珍しげな武器を引っ張り出して強いとでも思わせたいのですか? それで卵でも立てたようなつもりにでもなっているのですか?

まるで曲芸じみた武器(オモチャ)で自分が高みに上ったような気になったまま踊り、それがさも高尚な戦いのように演出して悦に入る。

笑止。真に王道とは、ただただ当人だけに帰結する力ですよ。すべてはそのためにある道具に過ぎない。道具を主役にしている時点で愚かの一言に尽きますよ。この際だからはっきり言いますが、技術の進歩、広まっていく新型、それに伴って圧倒的というものがとんと見当たらなくなりました。

別に特別なものなどさして必要ないのですよ。あれやこれやと変に趣向を凝らし過ぎるのは逆に白けるというもの。少なくとも私は純然たる衝突こそが王道と思いますわ。それをつまらないと言うのであれば、それはその者がつまらないということ。実力の桁が違えば、やれ相性だの武装の特異性だのは無意味に帰するのですよ」

「もしかしなくともだが、結構不満が溜まっていたりするのかね?」

「お恥ずかしながら、少々……」

「まぁ、なんだね。心中は察するよ。後進にあたる者に見所を見出しにくいのは、確かに辛かろう」

「本当に。主に十代を主軸に据えた女性へのISの意識調査、などというのが以前にありましたが、どうにもファッションの類と勘違いしているような意見もチラホラ。本当に困ったものです」

 

 少なくともこの悩みは美咲にとっては実に深刻なものである。IS乗りである以前に武人としての自己を確立している彼女にとっては、後進の育成もまた必要なことと考えている。

だがその後進としてふさわしい者が少ないとなると、そもそも育成をする以前の話になってしまう。

 

「一応、私の部下の子たちにはそれなりに教えを施しているつもりですが、はたしてあの中の何人かが正真正銘の高みへ登れるかと問われたら、彼女らには悪いですが多少の不安はありますね」

「苦労は察するよ。だが、それも含めて君の仕事だ。月並みな言葉だが、頑張ってくれたまえよ」

「本当に、ただくだに高みを目指すだけだった昔が懐かしく思えてきますね。あのころは千冬だけじゃない。他にも多くの良き競い相手達が居たものです」

「黎明期の傑物達か。今となっては、少なくとも我が国が把握している一線での活動者は君くらいなものだ」

 

 美咲と赤木の言葉には共に懐かしさが宿っている。まだISの扱いに各国が四苦八苦し、このIS学園も教育施設ではなく研究施設だった頃、今もなお黎明期の名立たる一流の乗り手たちとして知る者ぞ知る敏腕が研鑽に励んでいた頃を美咲は懐かしむ。

 

「我が国ならば『戦女神(ブリュンヒルデ)』の千冬、アメリカの『姫光帝(ライト・エンプレス)』ミューゼル、ドイツの『大魔弾(デア・ザミエル)』ヴァイセンブルク……、本当に懐かしい」

 

 美咲が呟くのはISの黎明期においてとりわけ高い技術、実力を誇っていたIS乗りの先駆けたちだ。他にも多くの者がISという未知なる兵器を物にして、ある者は己の挑戦のために、ある者は名声を求め、ある者は己が奉ずる祖国のために、各々がそれぞれの理由を持って研鑽に励んでいた。

今現在の主役と言える若い世代たちにもまたそうしたIS乗りである理由、気概があるということは美咲も重々承知している。それを決して貶めはしない。だがそれでもかつての自分と研鑽し合った者達と比較すればどうしてもその執念に、気迫に、劣っていると言わざるを得ない。

 

「今となっては当時の面子も殆どが一線を退いてしまいました。IS乗りであるという立場から去った者もいれば既に後進の育成に従事する者もいる。表舞台より去って行方も分からなくなった者もいる。いささか寂しいとも思いますし、好きでやっていることとはいえ未だに一線に立ち続けている自分が実はただの頑固者なのでは、と思うこともありますよ」

「もっとも、それに我々が助かっているのも事実だ。私個人の意見としては、君には可能な限り現役でいて欲しいものだよ」

「ふふ、そう言ってもらえると私も仕事人冥利に尽きますわ」

 

 赤木の言葉に美咲は微笑と共に謝意を告げる。そして再びアリーナに視線を戻すと浮かべていた微笑を怜悧に値踏みする硬質なものへと変え、空中で繰り広げられる白と黒の攻防を見据えた。

 

(では、見せて頂きましょう。織斑一夏、我が最強の兄弟子が後継たる若き刃。そしてラウラ・ボーデヴィッヒ、我が最強の好敵手たる戦女神の教えを受けた黒兎。武の、ISの、私が奉じる道の次代を担うあなたたちの実力、この場で検めさせてもらいます)

 

 その瞳に宿った冷たさはまさしく絶対零度。彼女が回顧した歴戦の猛者達と同様にその非情の刃故に『斬魔姫神(イビル・ゴッデス)』と知る者に畏怖された当代最高峰の武人にしてIS乗りであることの証左だった。

 

 

 

 

 

 

 

「せあっ!!」

 

 一夏の振るう二式中型近接刀の二振りがラウラへと迫る。それを回転刃の一本でまとめて受け止めるが、片腕のみで両腕から繰り出される攻撃を受け止めたことで一瞬押し切られそうになる。それを避けるためにより力をこめて踏ん張ろうとするが、直後に体を捻った一夏の膝蹴りがラウラの側面を叩く。

密着状態が解除されたのを契機としてラウラは後退、そのまま空いている左手に予備の装備として格納していたハンドガンを展開し、照準を定めるのもそこそこに一気に弾丸を放っていく。かわしては行動のロスが多いと即座に断じた一夏は二刀を乱舞のように振るい弾丸を纏めて弾き飛ばす。いくつか斬撃の防御をすり抜けた弾丸もあったが、元々IS戦という規模で見れば小口径に分類される弾丸だ。直撃も無く掠めた程度なのでダメージらしいダメージは無い。

弾丸が途切れたのを見ると一夏はすぐさまラウラに向けて吶喊する。元々高い機動性を主軸に開発された白式だが、近接格闘を主体とすることもあって特に前方方向への直進の速さは他の専用機と比較しても群を抜いたものがある。AICで迎え撃とうとしても察知されてかわされるだけと、今度はラウラも回転刃で迎え撃つ。

 

 一夏の左腕に握られた刀が振り路される。交差させた回転刃で受け止めたラウラはインパクトの瞬間に思いきり腕を押し込む。左腕から伝わったラウラの抵抗による押し返そうとする重さに対して一夏が取った対応は、更に力を込めて抵抗するのではなくそのまま力の流れに腕を任せることだった。

押し返された刀はそのまま一夏の手から離れる。だが直後に一夏の右手が握る刀を振るう。狙うのは左の太刀を押し返したことで伸びたラウラの上半身側面。回転刃の交差を解いたラウラは左腕を払うように奮って回転刃を迎撃に向かわせるが勢い、乗せる力といった要素の不足によって今度はラウラの腕が弾かれる結果となる。

ラウラの腕を弾くとほぼ同時に一夏は、左手から離れて一回転半した刀を逆手に掴んでそのまま振り抜く。ラウラから見て右側からの攻撃を、左半身の体勢が若干崩れたままではあるものの、何とか整っている体勢の右腕の回転刃で受け止める。そのまま棒のように腕をその場に留めつつ押し込まれまいとラウラは力を込める。この拮抗による硬直の中、一夏は逆手に柄を握る左手を離す。

元々左の太刀を受け止めるラウラの回転刃はその場に留まろうとするだけで押し返そうという力は込められていない。持ち主の手から離れても刀は弾き飛ばされず、すぐに重力に従い真下へと落下を始めようとする。だがその先走りである水平状態の崩れに先んじて一夏は一度離した左手で今度は柄を順手に持ち直す。

そして両腕を一度引くと、そのまま連続して突きの猛攻撃を繰り出した。数秒の間に十を超える刺突の連続、更に一夏は勢いを利用しての連続回転切りへと繋げる。元々超近距離でのクロスレンジにおけるマニュピュレーターや腕部の運動性では白式に分がある。ラウラも応戦はするものの、捌ききれなかった数撃が装甲を掠めてシールドの残量を減らす。

 回転斬りの勢いをそのままに一夏はラウラの上方に飛ぶとそのまま二刀を振りかざして叩き斬るように落下をしてくる。スラスターを逆向きに吹かしたラウラは一夏の落下軌道から外れるとそのまま逆噴射のままに瞬時加速を使用する。予想だにしない後方移動の瞬時加速に一夏が目を見張るのも一瞬。後退と共に宙から地面に降り立ったラウラはレールガンの砲身を伸ばし一夏に向けて照準を合わせる。

今度は一夏も回避を選択した。楕円形のアリーナの境界に添うように大きく旋回飛行し、レールガンの照準を振り切ろうとする。その大きさから似つかわしくない連射性を持つレールガンは次々と砲弾を撃っていく。だが照準のロックが白式の速さに間に合わないため、放った砲弾の悉くがアリーナと観客席を隔てるシールドに弾かれて地へと落ちていく。すぐ目の前のシールドで爆ぜる砲弾の爆発と轟音に観客席の生徒たちの悲鳴じみた声があがるも、それを気に掛ける余裕は二人には無かった。

 

 土煙を上げながらラウラ同様に地に立った一夏が蒼月を振るう。振るわれた刃は迫っていた砲弾を真っ二つに斬り飛ばし半分になった弾体を後方にすっ飛ばす。そのまま一夏はスラスターを吹かす。

照準を定めさせないためのジグザグとした機動、加速と方向転換を対になっているスラスターの片方ずつによる瞬時加速によるものと見たラウラは今度こそ瞠目する。何せそれは一般に個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)と呼ばれるスラスターを用いた加速技術の中でも現状特に高い難易度を誇る技術なのだ。ラウラとて挑戦はすれども確実にできるという確証はほとんど持てない。そんな技術を知ってか知らずかやってのけた一夏に、ラウラは更なる闘志を燃やしてそれを獰猛な笑みの形に吊り上げた口の端という形で表情に表す。

蒼月をホルダーに下げると再び二刀での連続攻撃でもって斬りかかる。順手、逆手の持ち替えを織り交ぜながら縦横無尽に斬りつけていく。更に一夏は二刀の柄同士を接触させる。パーツ固定用のボルトを加工したものを取り付けた柄は甲龍の双天牙月のように長柄の武器に二刀を一本の武器に転じさせることができる。

重い風切り音と共に二刀が変貌した両刃の薙刀を高速で回転させる。横合いからの一撃を防いだと思えば既にそこに刃はなく今度は真上から迫ってくる。先ほどまでの二刀とは似ていながらも趣を異にする連撃にラウラは守りのリズムを僅かに崩される。一度仕切り直しをしようとラウラはバックステップで下がろうとする。それを当然ながら許す一夏ではない。すぐに追撃をしようとするが、レーゲンの腰部から放たれたワイヤーがそれを阻もうとする。小さな舌打ちをしながら一夏は薙刀を前面で扇風機のように回転させて放たれたワイヤー二本をまとめて弾き飛ばす。そして再度ラウラに迫り斬りかかる。

 違和感に気付いたのは最初の一太刀からだった。明らかにラウラの反応速度が上がっていた。変化に気付いたのはその次だ。ラウラの左目を覆う黒い眼帯、それが外され今まで封じられていた左目が顕わになっていた。

一夏は知る由も無いが、ラウラの左目にはある生体技術が収められている。名を『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』。欧州でも比較的早くIS、関連技術の研究に着手したドイツが開発したISパイロット用の身体強化技術の一つだ。

その効果の一つは一言で表すならば「動体視力の飛躍的強化」だ。決して突飛と言えるものではない。だが、このような近接格闘戦において動体視力が強化されること、それが齎す意味は非常に大きい。

本来であれば始めから使っていても良い能力だ。だがそれをラウラはしなかった。何故ならばラウラの目に宿る越界の瞳は稼働が不完全、効果を発揮しこそするがかつてはラウラをIS乗りとして地に貶めた苦い記憶の象徴なのだ。そしてそこから引き揚げ、同時に不完全な目の御し方を彼女に伝えたのがかつての千冬である。

封じると決めていた忌むべき左目、その封印を解いたのは他でもない確実なる勝利のためだ。それすらも使わねば完全に勝利を得ることは難しい。今やラウラの中での一夏の評価はIS学園第一学年中最高のものとなっている。

振るわれる斬撃、その悉くを見切らんとする左目は金色に輝いている。それは本来人体では起こりえない現象だ。ならば起こらないはずの事象を起こし、なおかつ敵を打倒するためにあるこの目は正しく魔眼と呼べるものだろう。

 

 当然ながら一夏はラウラの左目に関するアレコレを一切知らない。だが、武人として磨き上げてきた勘が凡そのことは告げていた。つまり、反応速度が上がったということ。認識などそれだけで十分。

ならばどうするべきか? 決まっている。視えている? 反応速度が上がっている? それがどうした。それ以上を誇る正真正銘の魔人とも言える存在を彼は知っている。今更その程度で驚きやしない。

視えているならばそれで結構。ならばそれですら対処できない技を、技量を以ってして迎え撃つまでだ。

 一夏の双眸がラウラの双眸を射抜く。視るのは瞳、瞳孔、網膜、その更に先、ラウラ・ボーデヴィッヒという人間の思考だ。

正確に言うのであれば思考のトレースに近いだろう。自分が行おうとしていることに対して相手がどのように対処をしてくるのか。そんな読みを数手分先まで行うことで疑似的な未来予知にも等しい動きの先読みを行う。より練度を高めることができれば動きの先読みから自身の動きを相手の流れにトレース、更には逆に相手の動きを自分の流れに巻き込み完全に手玉に取ることもできる。

と言うのはこの技法を彼に授けた彼の師の弁だ。実際今現在でそこまでできるかと問われたら、一夏自身の技量とラウラ自身の腕前から相対的に見積もって難しいだろう。だが、最初の段階の先読みくらいならば完全にできる。

思考の予測による動きの先読みを行う一夏と、このアリーナに集う誰よりも高い動体視力を以って完全な見取りを行うラウラの攻防は、次第にそれまで火花を幾度も散らすような激突から陣取り合戦のような牽制の応酬になっていく。互いに突かず離れずの距離を保ちながらもアリーナを目まぐるしく駆け巡っていく。突き出された拳をいなし、振り上げられた蹴りをかわし、横に払われた剣を同じように剣で以って捌く。

このままでは状況が膠着すると一夏が判断したのは流れが移行してから数秒経ったすぐのことだった。ラウラの攻撃に対処することは十二分に可能だ。だがそちらは向こうも同じこと。ならばどうすべきか。答えはすぐに出た。

 両刃薙刀だった二刀の柄のロックを外して再び元の二刀の状態に戻す。そして二振り同時に下からの渾身の切り上げ。先ほどまでの相手の出方を伺うような牽制とは打って変わった思わず気圧されるようなプレッシャーと共に振るわれた刃にラウラも反応しこそすれ回避が間に合わなかったために回転刃を交差させて防御を試みる。だが激突した二振りの刀と回転刃が拮抗したのも束の間、二刀は回転刃を大きく弾き飛ばし振り抜かれる。

回転刃が弾かれたことで必然的にラウラの体勢も崩れる。振り抜いた二刀を一夏はそのまま手放す。白式の手、そこに仕込まれた凶爪が獲物を捉えたからか陽光を反射してギラリと光る。両手それぞれが貫手を形作りラウラへと迫る。迫る二本の腕を見てラウラはこの試合で最大級の危機感を覚える。

回避しようにも逃げ場が封じられていた。腕の微妙な動きの変化で、それを操る一夏自身が全身で牽制に牽制を重ねてラウラの退路を封じていた。

 これが一夏の出した答えだ。見切られているならそれでも結構。ならば視えていてもかわせない技を、攻撃を放てばいい。絶対に当たる、それは常軌を逸した速さや決して逃がさない追尾なのではなく、初めから逃げようがないということによって真実為されるのだ。

そしてこの逃げ場のない双腕の貫手に対してラウラが取る選択肢は二つだ。かわすことができない。ならば素直に受け入れ当たること。そしてもう一つは真っ向から迎え撃ち打ち破ること。

ラウラが取ったのは後者の選択肢だった。否、選択の余地など初めから無かった。それ以外にどうしろと言うのがラウラの弁だ。

迫る二本の貫手、その最中に右腕の動きが僅かに鈍ったのをラウラの左目は見逃さなかった。反射的に両腕を伸ばしその右腕を掴み取る。これで片腕を封じた。あとは身を捻り残る左腕をかわすだけ、そう思った矢先だ。掴まれた一夏の右腕、その先にある手が貫手の形を解いて大きく開いた。そして開かれた腕はそのまま自身を捉えるラウラの腕の片方を掴む。瞬間、ラウラの視界が上下逆さまになった。

捉えた、ということは言い換えれば自分もまた相手に捉えられかねないということだ。そこを突いた一夏の二重の仕込みだった。大きくラウラをレーゲンごと振り回すように投げ、そのまま真下に叩き落そうとする。すぐ目の前を落ちるラウラ、その頭に向けて一夏は膝を思いきり振り上げた。厳密にどの武術に属するというわけではない、強いて言うならば我流の産物と言えるこの技は相手を投げ、その勢いを利用して頭部への蹴りのダメージを増幅させるものだ。

その威力たるや推して知るべし。今度こそ回避も守りも間に合わなかったラウラは落下の勢いが加わった合金の装甲による膝蹴りを脳天に直撃させられる。目の前で火花が散るような光が奔ると共に激痛が頭部全体に広がる。そのまま吹っ飛ばされたラウラは二転三転と地面を転がるものの、それでも歯を食い縛って痛みにこらえながら意識を明確に保ち倒れまいとする。

 

 クリーンヒットを与えた一夏はこのまま流れを一気に自分の方へ持っていこうと間発入れずに追撃を掛ける。スラスターを吹かしながら跳ねるようにラウラへ直進し、今度は右手による熊手を叩きつける。だが、その右手はラウラに届くことなく止まった。いや、止められた。

今度は一夏が狼狽えた。まるで右手だけがその場に縫い付けられたように動かない。もしやと思ってラウラを見る。そこには、歯を食い縛りながら目を見開き、それでもしてやったりと言う笑みを口の端に浮かべたラウラの顔があった。AIC、正しく自分と白式にとって最大の弱点にも等しい枷に捕らわれたことを一夏は悟った。

ラウラにとってもこれは賭けだった。AICがその発動、維持に求める乗り手の思考のリソースはブルー・ティアーズや衝撃砲に比べて非常に大きい。それもその凶悪な性能を考えれば当然の代償と言える。だからこそラウラはそれを可能な限り減らすために腕によるアクションなどの指標も加えていた。

だからこそ、何の身体動作による補助もなく、なおかつ決して平静とは言い難い心理状態でAICを発動するのはこれが実質初めてだった。せめて迫る手だけでも、そのために展開範囲を平素のそれに比べて極小と言える小ささにし、今現在の持てる集中の殆どをつぎ込んだ。その結果が、一か八かの賭けの成功だった。

 レールガンの砲身が動き、再度一夏に狙いを定める。この至近距離、なおかつ動きの大半が封じられた状態、もはや当たらない道理はない。

舐めるな、吼えるような怒号が一夏から発せられる。自由に動く左手が二刀の片割れを掴む。それを一夏は迷うことなくレールガンの砲身に投げ込んだ。刀が飛び込むのとレールガンの発射指示が下ったのは同時だった。

砲身内に大きな異物を取り込んだまま砲弾が放たれる。齎される結果は『暴発』というあまりにも予測に容易いものだった。レールガンの砲身、そして投げ込まれた刀が爆散する。砲身の爆発はレーゲン本体とラウラだけでなくそのすぐ間近に動きを縫いとめられていた一夏すらも襲った。

苦悶の声を上げシールドの残量を大きく削りながら互いに反対方向へと吹き飛ばされていく。そのダメージは決して軽くなく、一夏もラウラも吹き飛ばされそのまま立ち上がることはなく、どちらも一度地面にその身を伏した。

 

「ガァッ!!!」

 

 獣のような唸りと共に先に立ち上がったのは一夏だった。元より素のタフネスという点では彼の方が圧倒的に優位に立っている。その差がここで表れた運びである。

立ち上がった一夏は距離を詰めるよりも先に無事なまま片割れを失った残る一刀をラウラに向かって投げつける。一夏に遅れる形で立ち上がったばかりのラウラはそれをAICで何とか動きを止めることで防ぐ。直後、ラウラの視界に影がさす。刀を投げると共に飛翔していた一夏がラウラの真上まで移動し、そして大きく肘を振りかぶりながら落下してきていた。

上方からの肘の打ち降ろし、肘と膝による打撃を主とするタイの国技ムエタイ、その中でもより威力に優れた古流に属する一手だった。雷神の鉄槌のように振り下ろされる肘に思わず左腕をかざして防ごうとしたラウラだったが、それはどちらかと言えば悪手だった。振り下ろされた肘の一撃は刃を回転駆動させていない回転刃の刀身半ばに当たった。元々そこまでの厚みを持っていない回転刃はこの試合の最中で想定以上の酷使を強いられ、そこへ追い打ちをかけるように強烈な一撃を叩きつけられたのだ。その結果、刀身は中程が砕けて真っ二つに折られた。

技の直撃で落下の勢いを殺された一夏はそのまま身を捻り膝蹴りをラウラの側頭部に叩き込む。今度こそ完全に流れを取ったと確信した。白式に残った最後の武器、白式本来の刃である蒼月の柄を握り、地に足をつけると同時に思いきりラウラの胴を切り上げた。

 火花を散らしながら蒼月の刃がレーゲンのシールドを削る。振り抜いた勢いのまま左手を伸ばしてラウラの頭を鷲掴みにする。そして、攻撃の直撃によって完全に怯んだラウラに一夏は最後の手札を切る。

すさまじい爆音が白式の背から鳴り響くと共に、白式が掴んだレーゲン諸共にその場から掻き消えた、その直後には轟音を響かせながら一夏がラウラをアリーナの隔壁に叩きつけていた。

ISの加速技術、その中でも難易度最高峰にして、かの零落白夜に並んで織斑千冬をIS乗り最強たらしめた絶技『超瞬時加速(オーバード・イグニッション)』の発動だった。過日のセシリア戦において一夏が使用、そして見事に自滅をしたあの大技を再び一夏は使ったのだ。

姉には完全に物にできないなら使うなと言われ、一夏自身それに従うことに(イヤ)は無かった。だがラウラが顕わにした左目、それがきっとラウラが己で秘すと決めた奥の手であろうと悟った一夏は同時に刺激されたのだ。向こうがそう来るのならば、こちらも相応の返礼をすべきと。その想いが、彼にこの技の使用を決意させた。

 未だに加速の制御はできていない。何せ通常の瞬時加速でも軽々対応してのける白式のハイパーセンサーですらまともに周囲の認識ができない程の超加速なのだ。だがその制御できないということを逆手に取る。一切の勢いを殺さぬままに一夏は鷲掴みにしたラウラを壁へと叩きつけた。

激突の衝撃はラウラだけでなく彼女を掴む腕を通して一夏すら侵し抜く。左腕にこれまでのどの試合でも感じなかった強い痛みが走るが、この程度の痛みなど修行で茶飯事と己を鼓舞して耐える。そのまま一夏はラウラを壁に押し付けたまま加速に身を委ね、おろし金のようにレーゲンを削っていく。

完全に勢いがなくなったのは意外に早く壁への激突から数秒程度だった。やられていたラウラは当然として、無理を押していた一夏もまた壁から離れて投げ出されるように宙を舞う。その最中、アリーナのモニターに示されたレーゲンのシールド残量が残り僅かであることを見た一夏は正真正銘最後の一手に打って出る。

 

「らぁっ!」

 

 未だ宙を舞うラウラへと接近、蒼月の一撃を叩きつける。地面へと叩きつけられ土煙を上げながらその上を滑るレーゲンとラウラ。その動きが完全に止まった時、ラウラは起き上がることなくモニターに映るレーゲンのシールド残量は0を示していた。

甲高いブザー音がアリーナに鳴り響く。片やシールドを0にされ、そしてもう片方は未だ戦闘不能状態のまま。もはや勝敗は決していた。

場内アナウンスがラウラ、箒両名の戦闘不能を告げる。そして一夏とシャルロットの勝利を告げ、ここのタッグトーナメント第一試合、専用機の部一回戦第一試合が決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぁああああああああああああああああああああ!!!」

 

 そして、観衆の歓声が爆発するよりも前に、一人の少女の悲鳴が響き渡る。苦悶に呻く悲鳴は、さながら続く第二幕の幕上げを告げる号砲のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回のラウラ戦後半、ほとんどセリフがないのは仕様です。
なんというか、目まぐるしく動きながら戦う疾走感とか緊張感とか、そういうのを出したかったんです。ちなみに白式の追加の剣に関しては殆ど思いつきに近かったりします。前々からやってみようとは思っていたのですが、割と一気に「よしやるか」って感じで決めたんで。
まぁ刀云々に限った話じゃないのですが、今回のバトルはかなり勢い任せに書いていましたね、えぇ。そうでもしなきゃ書けませんでしたww
いやぁ、どこぞの格闘漫画とかザンネン連中が頑張るロボアニメとかには本当にインスピレーションを湧かせて頂きました。特にアニメの方、あれヤバイ。マジでヤバイ。めっさ面白い。

 半ばでなんかブツクサ言っていた美咲さん。よく見ると彼女のセリフの端々にネタとかなんか見逃しちゃいけないような単語とかがあります。自分としては彼女も結構重要なポジにしているつもりなので、いずれはちゃんと目立った活躍をさせたいですね。だって今のままじゃ業界のお局が裏でコソコソしてるだけですもの。二十代なのにお局とはこれいかに。
ちなみに、彼女が挙げていた実力者の異名については完全に深夜のテンション任せで作りました。えぇ、そうでもしなきゃ書けない書けないww

 とりあえずは次回でトーナメントに一区切りつけて、それから二話程度で何とかして二巻分にケリをつけたいですね。大学の期末が近いのでちょっと大変ですが、なるべく早く手を付けたいですね。

 ではまた次回に。


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第二十五話 偽りの戦女神

 大学も夏休みに入ったことでようやくの更新です。
私事で恐縮ですがね、まさかあと二日で期末も終わるって日にすでに受け終わった別の科目のテストの再試のお知らせをくらうなんて思ってませんでしたよ。電気回路演習、面倒くさすぎんだろよ……
まぁこういうお知らせが早いのは助かるのですが……

 今回はvs暴走レーゲンです。割と今さらなのですが、本作では基本的にISはそのほとんどを略称で呼称します。え? 理由? 一々フルで全部書くのが億劫だからです!(ドヤァ
 というわけで、どうぞ。


「ガッ、ハァッ……!」

 

 背中から壁に猛スピードで叩きつけられた衝撃にラウラの体はたまらず肺の中の空気を無理やり吐き出させられていた。

苦い経験の象徴でもある左目の封印を解いてまで取りに行った勝利だが、結果はこのザマだ。もちろん、そこに至るまで相手にも決して軽くない損傷は与えた。だがそれはお互い様だ。

互いに同じだけの傷を受けたのであれば、後はいかに早くそこから立ち直り、苦を苦とせずに相手を倒そうと己を動かせるかだ。そこに必要なのは徹頭徹尾自分自身のみだ。IS、優れた武器、特異な能力、何も関係ない。一人の戦士として積み重ねてきたものだけが物を言うのだ。

早く立ち直ったのは相手の方。この機を逃すまいと迫る攻撃を何とか凌ごうとするも、主武装である回転刃はその片方を折られ、そのまま一撃二撃と続けざまに攻撃を受ける。

 不意に視界が閉じた。それが己を頭を鷲掴みにしている一夏の、白式の手であると理解するよりも早く体がバラバラになるのではないのかと思えるほどの衝撃を受けていた。

それが敬愛する恩師の切り札の一つによるものであると理解することもできぬまま、今度は束の間の浮遊感が全身を包み込む。そして、激痛により朦朧とする意識の中、胴の真芯に叩き込まれた衝撃に無理やり意識を叩きこされたラウラの目に映ったのは遠ざかっていく空、再度の背中への衝撃と共に舞い上がった土煙、そしてその値がゼロへと一気に減っていくレーゲンのシールド残量の数値だった。

 

(私は……負けるのか?)

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒには親が居ない。だからと言って別に彼女とて木の股から出てきたわけでもないし、コウノトリがどこからともなく運んできたわけでもない。

彼女を産んだ血の繋がった両親は彼女が乳飲み子である時分に事故で他界し、唯一頼れる可能性のあった遠縁の親戚も家庭の経済状況の厳しさゆえに彼女を引き取り育てることができなかった、そう彼女は生まれ育った国軍の援助で運営される孤児院の者から聞かされていた。

持って生まれた才覚によるものか、ラウラ・ボーデヴィッヒは聡明な少女だった。自分の置かれた環境にただ悲嘆するでもなく、その中で自分に何ができるのか、どうするのが自分にとって良いことなのかを考えることができた。

そして全世界を雷鳴のように駆け抜けた白騎士事件の勃発、そこから端を発するこの世界におけるISの歴史の開闢から数年が経過した時、彼女が選んだのはIS乗りとして身を立てることだった。

どこの国を見渡しても、それこそ開発者の出身国ですらISの扱いに手をこまねているなか、ドイツもまた同じような状況にあった。そうして時の軍が打ち出した一つの方策が、優れた適正を持った搭乗資格保持者(つまりは女性、それも少女のことである)に早期から軍、さらには政府の援助の下で専門的教育を受けさせ、将来的には世界でもトップレベルの質を持ったIS乗り達を国家として保有するというものだった。

それこそ皮算用と言われてもおかしくないような方策、そこから国中に広げられた募集にラウラは迷いなく志願したのだ。

 

(私が、黒ウサギの栄誉ある一員の私が……)

 

 身を立てると同時に、乳飲み子でありながら天涯孤独となった自分を養い育ててくれた国への恩義を奉仕という形で返す。当時十と少しを数えたばかりの、それこそ正しく同じ道を志した同胞たちの中でも最も若年でありがながら確固たる意志を持って一歩を踏み出したラウラは、その意思と国家に認められた才覚を如何なく発揮し順風満帆の道のりを辿っていた。

そこへ突如として立ちはだかった壁であり挫折、それが彼女の左目に宿るものだ。途端に落ち込む成績、純粋に気遣う同輩たちの言葉すらまともに受け入れられなくなっていた中、彼女の前に現れたのが織斑千冬であった。

何てことは無い。自分が教える以上は他の者達と同じように相応のレベルになってもらう。そう示すような姿勢で授けられた教えは、ラウラを文字通り救った。再び返り咲いたトップの座、それは数字としての成績だけでなく、祖国唯一のIS運用専門部隊、その実働部門の隊長に任ぜられたことが示していた。

だが、それだけの結果を出した頃には既に千冬は彼女の前から去っていた。それも当然の話だ。元々そういう契約であり、千冬にもまた帰るべき場所が、そこで待つ者が居るという当たり前の事実があっただけのこと。そのことをラウラは十分に承知していた。それでも、思ったのだ。もっと一緒に居たいと。嫉妬だとも分かっている。けれど、千冬が帰るべき場所と定めたそこは、本当にそれほどの価値を持っているのかと疑ったのだ。

 

 それを確かめる機会を不意に訪れた。白騎士事件以来の衝撃とも言える初の男性IS適格者の発覚、その調査と同時期に開発された新型の実地データ取得、それらを目的としてのIS学園への編入の話がラウラの下に舞い込んだ。

二つ返事での了承だった。海を渡り日本へと渡る最中、ラウラは一人の人物について考えを巡らせていた。件の騒動の中心人物、織斑一夏。はっきり言ってISを男の身で動かしたなど彼女にはどうでも良かった。そればかりは男であるならどこの誰であれ同じことだ。重要なのは、彼こそが千冬がラウラの前から去り故郷へと帰って行った言うなれば楔そのものであるということ。

そう、ただの嫉妬でしかないと分かっていた。だがそれでも、どうしても納得したかったのだ。自分自身で、織斑一夏は織斑千冬にとって必要なのだと、いいや違う。もっと単純に、自分が彼を認められるかどうかを、直接知りたかったのだ。

 

(あぁ、もう……認めているさ)

 

 転校したばかりの、最初の顔合わせ。不敵な笑みと共にからかわれた。授業での彼の檄を飛ばしながらの同級生への指導は自然と自分の意識も刺激された。初めての手合せの時、突然の申し出にも出来うる限りの対応をしてくれたことには素直に感謝した。そしてその後の妙技には思わず舌を巻かされた。

久方ぶりの恩師との二人きりでの会話、その後に彼と二人で話した時の彼の『力』、『武』への真摯な思いは、決して直接的な解答にはならなかったが、聞いていて悪いものではなかった。

二人の候補生を同時に相手取り勝利を収めたあと、奢ってくれたプリンの味はとても良いものだった。

 そうして今日、ようやく訪れた大舞台での本格的な勝負。機体の要である最新装備は見抜かれ、封印を解いた左目すらも通用しきらなかった。だが実際に技を交えたからこそ分かる。彼もまた、今の時点で出せる力を出して本気で立ち向かってきていた。

互いに本気で勝ちたいと願い、片方だけに与えられる勝利を目指して競い合う。否定できない。そこにラウラは確かな充足感を見出していた。

認められるかどうか分からなかった相手を認められた。敬愛する恩師と再び身近に接することもできるようになった。刺激を与えられる競い相手達も多くいる。そして、戦いそのものにすらこんな気持ちを持てる。これを満ち足りていると言わずして何と言うのだ。

そしてこれだけ多くのものが揃ったのだ。ここまで来たのであればもういっそのこと――

 

(勝ちたい……!)

 

 胸の内に満ちていた全てが勝利への欲求に置き換わる。まだ、まだ動ける。まだ戦える。勝ちたい、勝ちたい。

 

 

 ――カチタイノカ――

 

 

 強く思っていたからだろうか。ふと聞こえてきたその小さな言葉に迷うことなく肯定で返していた。直後、異変は起きた。

 

「あぁっ! グッ!! あぁああああああああああああ!!!」

 

 全身に痺れるような痛みが奔る。たまらず苦悶の叫びを上げる中、ラウラはまるで何かが自分を塗りつぶそうとしているかのように意識が闇に堕ちかけていくのを感じた。そのことに全身がサッと冷えていくような恐怖を覚えた。

 

(ち、違う! 違う違う!)

 

 こんなことは望んでいない。自分はただ、もっとちゃんと彼と競い合ってその果てに堂々と勝利を勝ち取りたいのだ。こんなことでは断じてない。

だがそんなラウラの抵抗も空しく意識を覆う闇は止まることなく広がっていく。

 

(私は……私は……)

 

 悔しい。せっかくこの上ないまでに爽快な心持ちで、間違いなく互いに納得のできるだろう戦いができていたのだ。それがこんな形で邪魔をされてしまったことが、何よりその引き金を自分自身で引いてしまったことが堪らなく悔しい。

ぼやけ始めた視界の先で自分の方を見つめる一夏が驚愕の表情を浮かべているのが見えた。こんな無様を晒してしまっていることが悔しい。何より、せっかくの勝負に自分自身で水を差してしまったことに、彼への申し訳なさが募る。

 

「    」

 

 せめて一言だけでもとラウラは口を開き動かす。だが口から洩れるのは息が吐き出される掠れた音だけだ。しかし、それを見た一夏の表情は間違いなく変わった。驚愕の感情を引っ込め、眉根に皺をよせながらも真剣な眼差しを向けながら頷いた。

伝わった、それを自覚したことによる安堵で気が緩んだことによってか、ラウラの意識はそのまま闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、あれ……?」

 

 アリーナの片隅で倒れた箒の様子を見ていたシャルロットはこの状況に思わず呆然とした呟きを漏らしていた。

激戦の果てに一夏はラウラに勝利を収めた。結果としてそれは悪いものではないし、別れる直前の約束もきっちり遂げたのだから何も言うことはない。だがその矢先に突如としてラウラの絶叫が響き渡り、思わず呆然としてしまう事態が引き起こされた。

 シャルロットの視線の先でシュヴァルツェア・レーゲンに明らかな異常が起きていた。装甲があちこちから紫電を迸らせながらその形を変えていた。時折量子変換特有の燐光を発しながらも、レーゲンは装甲の各所を変化させていく。

他の欧州各国のISと比較しても重厚さをイメージさせる四肢の装甲は、打鉄や一夏の白式を彷彿とさせるようなスラリとした流線型に変わっていく。一夏によって破壊されたレールガンのパーツの名残や腰部のワイヤーをマウントしたパーツは不要と言うように機体から脱落し排されていく。

どちらかと言えば小ぶりな背中のスラスターは次々と、まるで角が生えるように鋭角的な形に姿を変えていき、まるで翼のような形になる。

そして最後に、両腕に取り付けられた二振りの回転刃は他の不要とされたパーツと同じように装甲から切り離される。だが、形を変えたレーゲンの手が取り外された回転刃を掴むと、まるでそれを芯として溶液中での再結晶化を行うかのように量子展開の燐光が刃を包み、やがてそれはなだらかな曲線を描く二振りの剣、それも一般に「刀」と呼ばれるソレへと姿を変えた。

 

「織斑先生ッッ!!!」

 

 シャルロットが叫ぶように通信で管制室の千冬に通信を入れたのは一連のレーゲンの変化が起こる直前のことだった。

当人は自覚しているかどうかは定かではないが、シャルロット・デュノアという少女は要領が良い部類の人間に当てはまる。置かれた立場ゆえか、自身の危機への回避、あるいは受け流すということについては特にそのあたりのスキルが働く。

それゆえか、何よりもこの状況がマズイといち早く判断すると同時に自身が打てる最良の手を選び取っていたのだ。

 既に管制室側も事態を把握しているらしく、シャルロットの状況の危うさを伝える言葉を聞くやいなや、すぐさま千冬が指示を下していく。

観客席に向けての、選手のISに不具合が生じたという旨のアナウンス、降りていく観客席とアリーナを隔てる曲面上の隔壁、アナウンスはなおも続き観客には不具合の対処に学園があたることや、おそらくはパニックを回避するためなのだろう、ただちの避難の指示は出ていない。

観客席の遮断隔壁が開くと同時にアリーナの壁の一部が開き、中から待機していたのだろう学園の打鉄やラファールを装備した教師陣が飛び出してくる。先陣を切っているのは真耶であり、常の様子からは信じられない程に険しい表情をしている。あの真耶にそれだけの表情をさせていることが、事態の緊急性を容易にイメージさせる。

 

「篠ノ之さん! 篠ノ之さん! 起きて! ピンチ! 危ないよ! エマージェンシーだって!」

 

 ガクガクと揺らしながらシャルロットは箒を起こそうとするが、箒はただ低く呻くだけで目覚める気配はない。ウンともスンとも言わなかった先ほどまでに比べて呻いているとはいえ、若干の反応をしている以上そう遠くない内に目は覚めるかもしれないが、この状況でそれは遅すぎる。

 

「デュノアさん!」

 

 教師の一人がラファールを纏いながらシャルロットの方へ寄ってくる。

 

「すみません! 篠ノ之さんをお願いします! 僕は織斑くんの方に!」

「分かったわ、任せて」

 

 言葉も手短にシャルロットは箒のことを教師に託すと一夏の方へと向かおうとする。そうしてシャルロットが動き出そうとした直後、変貌したレーゲンもまた動き出した。

近接特化型そのものとしか言えないような圧倒的速さで一夏の方へと向かったかと思うと、両手に持った二刀の一振りを振る。それを咄嗟に蒼月でガードする一夏だったが、あまりに重い一撃だったのだろう、そのまま後方へと吹っ飛ばされる。

 

「織斑くん!」

 

 一夏が飛ばされた延長線上に割り込むとシャルロットは一夏を受け止める。

 

「すまん」

 

 一言、簡潔に礼を言うと一夏はすぐに体勢を整えなおす。生徒に危機が及んだことでいよいよ以って事態がより深刻になったと断じたか、教師陣が各々の武器を構える。変貌したレーゲンが明らかに近接型のソレであるからか、武装は全て銃器だ。

それを見た瞬間、一夏が血相を変えながら叫ぶ。

 

「やめろ! 撃つな!! 今のレーゲンにはシールドが無ぇんだぞ!!」

 

 その声に教師陣が一様にハッとした様子で動きを止める。そう、一夏の言う通りだ。シュヴァルツェア・レーゲンは先の一夏との戦いによってそのシールド残量を残らず失った。

ISがコアから供給される動力とシールドエネルギーは別物だ。コアが稼働している以上は機体自体は十分に動ける。だが、シールドが尽きている以上は一切の守りが無くなった丸裸も同然の状態であり、当然ながら乗り手はISを装備しながらも生身を晒しているに等しい状態になる。そんな状態での戦闘など自殺行為も同然であり、それがISの業界においてシールドの消失と戦闘不能がイコールで結ばれている所以なのだ。

形を変えたとはいえ、レーゲンの基本的な装甲の比率に目立った変化はない。精々が頭をスッポリと覆う目の部分に赤いラインの入ったフルフェイスのヘッドセットが加わったくらいで、あとは四肢や腰部、背後のスラスターくらいしかパーツはない。

間違いなく急所とも言える胴の真芯は晒されたままであるし、そうでなくともIS用の火器はもっとも小口径のものにしても大型拳銃のソレを普通に上回っている。下手に攻撃を加えればそれが晒された生身の部分のどこに当たってもおかしくはなく、齎される結果は想像に容易い。

 

 周囲を敵性と認識できる存在に囲まれているせいか、レーゲンはその場から動こうとしない。偶然とはいえ生じた膠着状態に好都合と感じた一夏はそのままレーゲンの観察をする。

 

「大丈夫ですか織斑くん! それにデュノアさんも!」

 

 二人の傍に真耶が寄ってくる。二人を気に掛けながらもレーゲンから意識を逸らすことは決してせず、何か動きがあれば即座に対応ができる姿勢を取っている。

 

「俺は平気ですよ。まぁガードはできたんで。つーか先生、ありゃ何です一体。見た目がいきなり変わったかと思えば、寄りにもよってあの剣だと……?」

 

 言葉の後半は真耶にというよりも自身に問うているような口ぶりだった。何が起きているかは分からない、しかし何をされたかは分かっているというような口ぶりの一夏にどういうことかをシャルロットが問う。

 

「信じられないけどな、俺が食らった一撃。あれは紛れもなく姉貴の剣筋だったんだよ。傍目にゃ単に速い踏み込みからの更に速くてついでにべらぼうに重い一撃としか見えんだろうがな。伊達にアレの弟を産まれてこのかたずっとやってるわけじゃないんだ。自分の姉の剣筋くらいは、分かっているつもりだ」

「つまり、あのおかしくなったレーゲンは織斑先生の動きってこと? でも確か、ボーデヴィッヒさんは織斑先生の指導を前に受けたって。その時に……」

「ねぇよ馬鹿野郎。ボーデヴィッヒが姉貴に指導を受けたのがざっと三年から二年半前あたり。それだけの期間で叩き込めるようなレベルじゃない。その後の自己研鑽も考慮に入れたとしてだ。そもそも、そこまでできるなら普段から使っているだろう。それに、こいつは直接受けた俺の感想だがな、動きがあまりに機械的するぎる。というかそれしかない。あいつの、ボーデヴィッヒの意思ってやつはまるで感じなかった。姉貴の動きを、文字通り機械でなぞっているだけだ」

「個人スキルの……機械的な再現……?」

 

 一夏の説明に思い当たる節があるのか、シャルロットは顎に手を当てて記憶を掘り起し始める。その傍らで今度は真耶も口を開く。

 

「同じなのは動きだけじゃないですよ。ボーデヴィッヒさん、いいえ。今のシュヴァルツェア・レーゲンの形状、暮桜にそっくりなんですよ。間違いありません、私が保証します」

「どうなってんだ一体……」

 

 動きだけではない。ISの形状までかつての姉のソレと同じだという事実に一夏は疑問を漏らす。二人の言葉を無言で聞きながら考え事をしていたシャルロットは、珍しく双眸に険しい光を宿すと白式、真耶のラファールそれぞれに会話ログを残さない設定にした上での個別回線を開く。

 

「どうした、デュノア」

「デュノアさん?」

「山田先生、ログなしの個別回線を織斑くんとも。この三人だけの状態にしてください。――大丈夫ですね? 織斑くん、当たりがついたよ。多分だけど今のレーゲンは、VTシステムが発動している」

「何ですって!?」

 

 シャルロットの言葉に真っ先に反応したのは真耶の方だった。一夏はと言えば、どういう意味なのかを知らないからか未だ疑問符を頭の意上に浮かべている。だが、更に緊迫さを増した真耶の反応からロクなものではないと予想はできているらしい。

 

「VTシステムっていうのはね、まぁ端的に言えばISの操縦サポートシステムなんだよ。ただし、国際条約で研究開発・使用が禁止されている、ね」

「なに?」

 

 そんな如何にもろくでもなさそうなものがレーゲンで使用されている。そのことに一夏は眉を顰める。そしてシャルロットの言葉を引き継ぐ形で真耶が補足の説明を入れる。

 

「VTシステムの目的は優れたパイロットの機動データなどをコピー、再現することでより簡潔にISの個としての戦力を高めることです。実質動きはほぼオートになりますから、サポートとは若干違いますね。織斑先生以外にも、ISの黎明期には今も超一流レベルの乗り手がいました。そうした人たちのデータが使われたと聞いています。けれどこれには欠陥もあった。その代表例が、パイロットに極度の負担を強いることです」

「そうか、乗り手なんてお構いなしにハイレベルな動きをすれば乗り手は……。確かに、ボーデヴィッヒのあの体じゃ姉貴の動きについていくのは無理だ。下手したら、壊れる」

 

 曲がりなりにも武術家の端くれ、人体の構造的なアレコレについては人並み以上の知識は持ち合わせている。ゆえにすぐにその危険性をさっすることができた。いや、しっかりと説明をすれば誰だって理解はできるだろう。本来の限界を超えた動きを無理やりさせる、それが齎す結果など素人であっても想像には難くない。

 

「もちろん初めから禁止されていたわけではありません。最初は純粋に研究やIS全体の戦力向上を目的とされて用いられていたのですが、開発過程でそうした乗り手への心身に強いる高い負担、そこから発生する事故や乗り手をISのパーツとしてしか扱わないことへの倫理的問題、技術の一極化によって技術的広がりが阻害されるなどの意見の湧出があったことにより禁止に至ったんです。でも、それが何でボーデヴィッヒさんのISに……」

「今はそれは置いとくべきでしょう。まずは、この状況をどうにかするべきだ」

 

 なぜレーゲンにそんな物騒なものが積まれていたのか、一体いつ、どこで誰が、そんな疑念が浮かぶのはごく当たり前のことだが、今この場では無用の考えと切って捨てる。何しろ、事態は急を要しているのだ。

何よりもまずは現状の鎮圧を、そう提言する一夏の言葉に真耶はすぐに頷く。

 

「えぇ、それは私たちも把握しています。ですから織斑くん、デュノアさん。二人は退避してください。後のことは、私たち教師陣で対処します」

「なっ……!」

 

 その言葉には一夏も絶句した。今、何と言われた? 退避しろ? つまり、このまま何もせずに立ち去れということか。

 

「織斑くん、気持ちは分かるけどさ、ここは引こうよ。先生たちに任せて。何より、今の君はそれなりに消耗しているはずだよ」

 

 シャルロットとてこのまま自分が何もしないまま引き下がることに思うところはあるのだろう。だがそれを押して引くことを一夏に勧める。何より、これ以上の無理を彼にさせないためにだ。

 

「ふざけるなよ。やれることがあるかもしれない中で何もせずに引き下がれと? あぁ、理屈としちゃ間違いなく正しいだろうさ。生徒(ガキ)は引っ込んで教師(オトナ)が後始末をする。実に正しいな。知るかンなもん。これは俺のプライドの問題だ」

「織斑くん! 命の危険があるかもしれないんですよ! そんな中に自分から飛び込むなんてこと、認められるわけがありません!」

「命の危険は先生たちだって一緒でしょう。それに、手が多けりゃそのリスクもちっとは減るだろうし……。ところでよデュノア、さっきから気になってることがあるんだ」

「え? 僕? な、なに?」

 

 いきなり話を振られたことに軽く驚きつつもシャルロットは要件を聞く。

 

「あの見た目変わったレーゲンだが、あの胸の部分にある変なユニットはなんだ?」

「胸のユニット?」

 

 言われてシャルロットは改めて確認する。確かに言われた通り、今のレーゲンの、正確には乗り手であるラウラの胸部には変化前には見られないパーツがある。

一見すれば胸当てのように見えるパーツだが、中央部にある赤く発光しているコアのようなものと、そこを起点に伸びている何本かの同じように赤く発光しているラインがある。それらが言い知れない不気味さを示していた。

 

「あれさぁ、いかにもシステムの中枢っぽいとは思わないか?」

「確かに……」

 

 いっそ怪しさすら感じるあからさま具合だが、それでもそう見て納得ができるくらいには説得力のある存在だ。

 

「多分だけど、アレをぶっ壊せばまぁ事態は解決すると思うんですよ、先生。で、どうやってぶっ壊すんですか? まさかシールドが無い状態で貫通の恐れがある銃器でブッパってわけにもいかんでしょう。となると後は、殴るか蹴るか斬るかのどれか。そ、し、て、この場に居る人間でそれに一番長けているのは、間違いなく俺だ」

 

 欠片の謙遜も見せずに己こそが最も武技に長けていると断言すると、そのまま止めを自分が刺すから教師陣はサポートに回れと言う。いっそ傲慢とも言える一夏の言葉に今度は真耶が言葉を失い唖然とし、シャルロットはやれやれと言いたげに首を横に振る。

 

「つーか時間ねーし。もう待ってられん、俺は行くぞ。あぁ、一応各種保険には姉弟共々加入済みなんで、そのあたりの心配は無用」

 

 言うやいなや一夏はそのまま動きだし、誰よりもレーゲンの近くに、その真正面に立つ。それに対してレーゲンが取った反応はただ一つ、攻撃あるのみだった。

再び詰まる距離、間合いに捉えると同時に振るわれる片腕の一刀、それを迎え撃つように一夏もまた蒼月を振るい、甲高い金属音と共にレーゲンの一撃を弾いた。

 

「舐めるなよ木偶の坊。姉貴の剣っつてもそんなまがい物、俺に通用すると思うなよ……!」

 

 織斑千冬の剣は織斑千冬自身が揮ってこそ真価を発揮する。機械でなぞり模倣しただけのそれは、確かに速く、重く、鋭くと三拍子そろった十二分に脅威たるものだが、それだけだ。恐れなど微塵も感じない。

 

「そして覚えておけ。俺の師は、その剣の更に上を行く真の達人だ。そして俺はその弟子、つまり俺はその後を受け継ぎ師と同じ領域に至る。この意味が分かるかぁ!」

 

 今度は一夏の方から踏み込む。レーゲンの両腕がタイミングをずらしながら振るわれる。先に到達した左腕の一撃を屈んでかわすと同時に蒼月を縦に構えて続く右手からの一撃を受け流す。

流しながら一夏は蒼月に力を込めてレーゲンの右腕を弾くとそのまま返す刀で振るわれてきた左腕を受け止めて思いきり押し返す。ひっきりなしに続く金属同士の衝突音をBGMに、白と黒の剣舞が繰り広げられる。

 

「いくら姉貴の剣と言えどもな、俺にとっては――」

 

 右手に蒼月を握りながら今度は左手にも二刀の残った片割れを掴む。それを頭の上で交差させながら構え、上段から振り下ろされた二刀の打ち降ろしを受け止める。

 

「通過点の一つにすぎねぇんだよ! だからこんなトコで負ける道理があるわきゃねぇんだゴラァ!! 調子くれてんじゃねーぞドサンピン!!」

 

 押し潰そうとするような上からの圧力を、更に上回る膂力で以ってして押し返す。そのまま、一夏が振るった腕はレーゲンの二刀を完全に弾き飛ばした。

直後に連続して銃声が鳴り響く。真耶の指示の下、教師陣のISが各々の構える武器の引き金を引いていた。

 

「全員織斑くんをサポート! 止めの一撃は彼が行います! 距離を保ちつつ牽制射撃! 決して直撃はさせないでください!」

 

 真耶の指示と共に教師陣が一斉に動き出す。レーゲンの周囲、地面などに決してレーゲン本体、ひいてはそこに捕らわれたラウラに攻撃が当たらないように牽制の射撃を撃ちこんでいく。

それと同時にレーゲンとの距離を常に開くように旋回機動を取り始める。

 

『織斑くん! 私たちがサポートします! だから無事にやりきって下さい! 怪我をして帰ってきたら、みんなでお説教ですからね!』

 

 通信越しに掛けられる真耶の声、そこに込められた意図は明白だ。一夏も、そしてラウラも無事に戻ってきてほしい。何よりも生徒の身を案じている教師としての願いだ。

 

(まったく、頭が上がらないな)

 

 こちらの意思を汲み取ってくれて、それでなお気遣ってくれる。全くもってありがたい話だ。そしてそこまでされた以上は、負けるわけにはいかない。

 

「行くぞぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 白式とレーゲンがアリーナの中を駆け巡り、その最中を教師陣の牽制の銃弾が飛び交っていく。

 

「抜かれた!?」

 

 不意にレーゲンが跳躍と共に一夏から離れる。何事かと動きを止めた一夏がそのままレーゲンを目で追い、その目的に気付いた瞬間に表情を強張らせる。

 

「離れろ!」

「えっ!?」

 

 一歩出遅れた自分に舌打ちしながら一夏もレーゲンを追う。レーゲンが向かった先はライフルを構える教師の一人だった。おそらくは小うるさい邪魔者から排除しようと魂胆なのだろう。

レーゲンの標的にされた教師は突然の事態に反応が遅れる。これが並みの相手であればその遅れも挽回できただろう。だが今回はその相手が並みではなかった。機械的なコピーとはいえ、IS界において最強を称された千冬の動きする存在なのだ。その僅かな遅れすら、十分すぎるほどの隙となる。

轟音と共に振るわれた一撃がラファールに叩きつけられる。特別な機能など何も働いていない、ただ斬りつけただけの一撃であるにも関わらず、攻撃を受けたラファールはシールドエネルギーの大半を奪われて継戦が危ぶまれる状態まで追い込まれた。

 

「い、一撃で……」

「なんて、デタラメ……!」

 

 動きを緩ませずにいながらも教師たちの間に戦慄が走る。そう、例えまがい物であったとしても自分たちの相手はIS界にその者ありと称されたIS乗り最強の代名詞なのだと、改めてその事実を叩きつけられた。

 

「狼狽えないでください! 勝機はあります! 高山先生、マクラミン先生の援護に! あなたも気を付けて!」

「了解!」

 

 真耶の指示で教師の一人が攻撃を受けた教師の援護に回る。既にレーゲンに追いついた一夏が攻撃を引き受け、二人が安全圏まで離れられるようにレーゲンを阻んでいた。

 

「チィッ!」

 

 どうにかすると意気込んでみたは良いものの、それでどうにかなるほど現実は甘くは無い。腐ってもかつての最強を模しているのだ。脅威を、恐怖を感じないのは事実だがそれとは別として手強いのもまた事実だ。

早々敗れるつもりも無いが、現状では攻めきって勝つということも難しい。その上、先ほどの教師への攻撃で新しい思考ルーチンでも獲得したのか、牽制の攻撃とかく乱を続ける教師陣への攻撃行動を行おうとする回数も徐々に増えていた。それを妨害するのに更にこちらの動きも制限される。

結果として延々交戦が続く膠着状態から抜け出せずにいた。

 

「お、のれぇ……!!」

 

 また一人、教師がレーゲンの攻撃を受けた。まさか片方の剣でこちらと競り合ったまま、空いたもう片方を視線を動かすことすらせずに背後を通った教師の機体に当てるなど、誰が予想できようか。これで二人目がやられ、そのカバーのためにまた別の教師がついたことで実質四人が満足に動けない状態に陥った。

それだけではない。一夏にしたところで完全に攻撃を捌き切っているわけではなく、直撃こそ避けてはいるものの時折掠めた一撃がシールドを徐々に減らしている。試合開始からの分の消耗も含めて、既にシールドの残量は四分の一弱まで落ち込んでいる。一撃、直撃を受ければそれでアウトになるのは確実であり、さらに長期戦も不可能という状態だ。

何とかして早期に決着をつけねばならない。しかし状況は膠着している。自然と湧き上がってきた苛立ちに一夏の眉根に深い皺が寄る。

 

(後一手、もう後一手だけ加われば打開できる! だと言うのに!!)

 

「織斑くん!」

 

 レーゲンの右手の攻撃を受け止めていた最中、迫ってきたもう片方の一撃を間に割り込んだ真耶が大型の盾で防ぐ。その隙に一夏の傍によったシャルロットがその肩を引っ掴んで後退し離脱。それと同時に真耶も下がりレーゲンの間合いから逃れる。

 

「はぁクソ、完全に状況が固まってやがる」

「織斑くんを責めるつもりは毛頭無いですけど、やはり織斑先生の動きというべきですか。改めて相手にすると本当にすごいですね」

 

 二人揃ってやや息を荒くしながら一夏と真耶が呟く。

 

「そういやデュノア、箒のやつはどうした」

「篠ノ之さん? 先生たちが出てきてすぐに先生の一人に後を任せたけど……」

「篠ノ之さんはまだアリーナの中に居ます。この状況で下手に動かすわけにもいかないですから。今は佐伯先生が付いています」

「そうですか」

 

 戦闘不能の要保護者までいるとなるといよいよ以って事態の早期解決が望まれる。だが、状況を動かすことができない。それが一夏に歯噛みをさせる。

 

「さっさとボーデヴィッヒのやつを何とかしてやらんといかんのに、何てザマだよクソッタレ」

「織斑くん……」

 

 初めて、悔しげな感情を乗せた言葉を発した一夏をシャルロットが静かに見つめる。

 

「さすがにさ、曲がりなりにもクラスメイトとしてそれなりに一緒にやってきた仲なんだ。見捨てるのは、寝覚めが悪いだろう。それも、俺が奢ったプリンを小学生のチビッ子みたいに美味そうに食うようなやつをだ。

何より、俺とやつは武人として技を競い合った。その勝負はまだ終わっていない。なら最後まできっちり締めなきゃいかんだろう」

 

 誰に聞かせるでもない、あるいは闘志を更に燃え上がらせるために己自身に言い聞かせるように一夏は独白する。

 

「それに、あいつの顔があのヘルメットで見えなくなる直前、あいつは俺に『すまない』って言ったんだよ。これは、あいつにとっても不本意な状況だ。あいつ自身、勝負に余計な茶々を入れられたことを嫌がっている。なら俺は、武人としてその心意気に報いてやらなきゃならない」

 

 一夏の吐き出す息が大きく、そして荒いものとなる。思わず背筋の毛が逆立つような気配をシャルロットと真耶の二人は感じた。その直後――

 

「舐めるなぁぁぁあああああああああああああ!!!」

 

 怒気を全開にした咆哮と共に一夏がレーゲンへと迫る。間合いが詰まるまでは文字通り一瞬、そして間合いが詰まった直後から剣戟が再開される。

嵐のように荒れ狂う漆黒の二刀による攻撃を一夏は蒼月の一振りのみで捌いていく。斬り、突き、払い、流し、周囲にひっきりなしに火花を散らしながら攻防が続いていく。

レーゲンの右手が振るわれて上段からの斬り下しが迫ってくる。それを捌いた直後、レーゲンは左手の刀を地面に突き刺す。一体何をと思うより早く、突き刺した刀を支えとしてまるで棒高跳びのようにレーゲンが一夏の頭上を取る。

 

「んなぁっ!?」

 

 そのままレーゲンは一夏の背後に着地する。それとほぼ同じタイミングで後ろに向き直った一夏だが、間発入れずに振るわれた一撃に押され気味の守りで対処せざるを得なくなる。

 

「がぁっ!」

 

 そこへ追い打ちをかけるようにレーゲンの、今度は足が振るわれる。放たれた蹴りは刀を防ぐことに集中していた一夏の胴にクリーンヒットし、その体が後方へ大きく飛ばされる。だがこの程度のことは今までいくらでもあった。すぐに体勢を立て直そうとし、その頃には既に眼前まで迫ったレーゲンが二刀を一夏に向けて振り下ろそうとしている直前だった。

 

「しまっ――」

 

 己の迂闊に大きく目を見開いた一夏にレーゲンの二刀が交差するように振るわれる。直撃すれば戦闘不能は必至、それでいて既に回避も防御もままならない。手詰まりに近い状況に一夏は憤怒に顔を歪める。

 

「織斑くん!」

「このぉっ!」

 

 だが、すんでの所で二つの影が割り込む。真耶とシャルロットだ。真耶が右手の刀を、シャルロットが左手の刀を、それぞれ展開した盾で受け止める。

 

「グゥッ、ウゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 異変は攻撃を防いだ直後、シャルロットの方で起きた。受け止めたは良いものの、その重さにどんどんと押されてきているのだ。さらに刀を受け止める盾にも僅かだが損傷が生じている。

 

「デュノア!」

「デュノアさん!」

 

 一夏と真耶がそれぞれ声を張り上げる。真耶の方には目立った異変はなく、完全に攻撃を受け止めているのが分かる。同じラファールでありながら真耶とシャルロット、二人に差が生じたのには要因がある。

まず第一に装備。今回教師陣が用いているISはラファール、打鉄双方共に防御というものに比重を置いた調整がされている。確かに非常時の対応も彼女らの仕事だが、その最優先目的は安全確保の一点に尽きるのだ。それは盾といった基本的な防御装備も同じことで、真耶が構える盾はシャルロットのソレよりも一回り以上は面積が広く、厚さも二倍以上はあるものを用いている。だがそれでも直撃を受けた教師が一撃で大きく削られたのはひとえにレーゲンの、ひいてはそこに宿る千冬の模倣がそれだけの武威を誇るというだけのことである。

第二に『慣れ』の差だ。IS学園所属教員となる以前、真耶は日本国所属のIS乗りを務めており、その直属の上司であり先輩にあたる立ち位置に千冬が居た。一夏がレーゲンをその間合いで相手取れたのは当人の剣腕もあるが、何より『織斑千冬』という剣士を深く知っていたということが大きい。真耶もまた同様なのだ。ISを駆る千冬を多く間近で見てきて、時として訓練のパートナーを務めたことも数知れず。一夏が『剣士』あるいは『武人』としての千冬を深く知るならば、真耶は『IS乗り』としての千冬を深く知っていると言える。織斑千冬という人間が繰り出す攻撃、それがどれほどのものかを知っているからこそ、経験があるからこそ完全に受け止めることができたのだ。

 装備としての守りの充実、攻撃そのものへの慣れ、それらが模倣とは言え織斑千冬のソレを受け止めるのにシャルロットには足りていなかった。その結果は、徐々に押し切られそうになる防御が結果として示している。

 

「デュノアッ! ぐぅ!」

 

 真耶は動けない。ゆえに自分しかいないと一夏はすぐにシャルロットの援護をしようとする。だが、一度倒れ地に膝を着いたことでようやく蓄積したダメージが一夏を蝕んだのか、このタイミングに来て全身に奔った一瞬の痛みに動きが止まる。その間にもレーゲンの刃は徐々に進み、いよいよ以ってシャルロットに限界が訪れそうになる。

歯を食い縛って一夏は立ち上がろうとする。だが眼前でシャルロットに押し込まれていく刃は、確実に一夏が間に合うより早くシャルロットを襲うだろう。三者の顔が緊迫により強張る。その瞬間だった。

 

「ぜぇえりゃぁああああああああああ!!!」

「なに!?」

 

 更に新たな影が割り込んできた。影は手にしていた刀をシャルロットが封じていたレーゲンの左手の刀に叩きつける。二人分の抵抗を受けたレーゲンの左手が今度は逆に押し返されそうになる。それを好機と見た真耶とシャルロットはすぐに更に力を込める。そして完全にレーゲンの二刀を跳ね除けた。

シャルロットの隣、刀を振り抜いたことで一つ縛りにしていた長い黒髪が尾のように宙に舞う。纏うISは打鉄、その姿に一夏は驚きを込めた声で確認するように呟く。

 

「ほ、箒?」

 

 己の手で倒したはずの少女、篠ノ之箒がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――時は少しだけ遡る。

 

「う、うぅ……」

「篠ノ之さん! 気付いたのね!?」

 

 半開きにした瞼から差し込んでくる陽光の眩しさに再び瞼を閉じそうになりながらも、箒は己の意識が暗闇の水底から浮き上がってくるように覚醒していくのを感じた。それと共に聞こえてくる大人の女性の切迫した様子の声。

光に目が慣れたことで今度こそちゃんと瞼を開く。瞬間、箒の目に飛び込んできたのは二刀流を振るう漆黒の謎のISと、それと刃を交える一夏、その周囲を飛び交う学園のラファールや打鉄だ。あまりに理解からかけ離れた状況に思わず呆然とする。

 

「篠ノ之さん! 大丈夫!?」

「あ、ええと、はい。あの、これは……」

 

 自分に話しかける教師の緊迫感に満ちた声に何か良くないことが起きているのだと漠然とながら理解する。だが未だ状況の理解がさっぱりであるため箒の尋ねる声は困惑気味のものであった。

そして箒は手短に状況の説明を受ける。箒が倒れた後、一夏とラウラが一騎打ちを行った末に一夏が勝利。その時は未だ箒が目覚めていなかったため箒・ラウラのチームが両者戦闘不能のため敗北となり試合が決した矢先にシュヴァルツェア・レーゲンが暴走。駆けつけた教員たちが一夏、シャルロットを交えて事態の鎮圧に動いている。

 

「なっ! じゃあ、あの黒いISにはボーデヴィッヒが!? 彼女は、ボーデヴィッヒは大丈夫なのですか!?」

「それはまだ分からないわ。ただ、私たち教員チームの指揮官の山田先生が言うには、このままだとボーデヴィッヒさんはかなり危険な状態に陥るとしか。それに、今のシュヴァルツェア・レーゲンはシールドが機能していないの。だから、ボーデヴィッヒさんを傷つけないようにアレを抑える必要があって、その決め手役を織斑くんが請け負っているわ」

「そんな……」

 

 愕然としたように箒は顔を青ざめさせる。チームメイトとして自分を受け入れて、あまつさえ自分の望みを通してくれたクラスメイトが危険に晒されている。更にそれを抑えるために別のクラスメイトが、中でも幼馴染は最も危険な矢面に自ら立っている。その事実は箒の心を揺さぶるのに十分過ぎた。

 

「わ、私も! 私も加勢します!」

 

 殆ど反射的にそう言っていた。だが、その言葉はすぐに厳しい一喝によって否定される。

 

「無茶を言わないで! 今のあなたは気絶状態から回復したばかりなのよ! そんな状態でまともに戦えるわけがないわ! それだけじゃない! 暴走したシュヴァルツェア・レーゲンは高いレベルの戦闘能力を持っているのよ! 現に直撃を一発受けただけで私たち教員のISが二機、大ダメージを負ったのよ! そんな中にあなたを行かせられない!」

「で、ですが!」

「お願い! 気持ちは分かるわよ! けど、あなたたち生徒を守るのが教師(わたしたち)の仕事なのよ! 確かに今、織斑くんとデュノアさんが戦っているわ。けどそれだってそうするしかないから! 本当は私たち全員不本意なのよ! 生徒を危険の矢面に立たせるのは!」

「っ……!」

 

 教師の顔には紛れもない悔しさがあった。事実として、生徒の力を借りている現状に納得をしていないのだろう。生徒を守るために、その守るべき生徒の手を借りている。この本末転倒具合を間違いなく悔やんでいる。それが察せないほど箒は愚鈍ではない。だが、彼女とて納得できないのだ。

 

「私は……」

 

 幼い頃、まだ姉がただの(というには少々度が過ぎていたが)変わり者の少女で、ISなど世界のどこにも存在せず、家族で共に暮らしていた時だ。

幼少より続けている剣道、箒にとってその道を志した原点であり最初の師であった父は彼女にこう説いた。

 

『武道の原点とは身を守ること、すなわち活人にある。何よりも、守るために使われるべきであり、それは自分を、他の者を救うことができる』

 

 当時幼かった箒にはまだ難しい言葉だった。だから率直に分からないと言ったとき、父はフッと表情を穏やかな笑みに変えると、ゴツゴツとしながらも大樹のような安心感を感じさせる温かい手で箒の頭を撫でながらこう言ったのだ。

 

『みんなのために剣道をするとな、皆が幸せで笑顔になれるんだよ。箒も、お姉ちゃんも、お父さんも、お母さんも、雪子おばさんも、箒の友達のみんなもだ』

 

 あの時の言葉は今でも忘れたことはない。確かに環境の目まぐるしい変化に伴うストレスや、認めざるを得ない心の未熟もあって時には箒自身『外れている』と思えるような振る舞いをしてしまったこともある。それでも、かつて父が語った活人の理念は忘れたことが無い。

 

「私は……!」

 

 倒れていても手放さず、今も握られたままの打鉄の装備である刀を握る手に力がこもる。そこで遠くから一夏と真耶の緊迫した声が響いた。反射的にそこへ目を向ければ、そこにはレーゲンの刀を受け止め、しかし今にも押し切られそうなシャルロットの姿があった。

 

「私はぁああああああああああ!!!!」

「篠ノ之さん!!」

 

 気付けば箒はレーゲンに向けて打鉄を全速力で走らせていた。背後から教師の咎めるような、制止するような声が聞こえるが敢えて無視する。守ろうとしてくれる心遣いはとてもありがたいし、感謝している。できれば素直にその意思に従いたい。だがそれでも、時分にもできることがあるかもしれない中でただ安全圏に居るということが箒にはできなかった。クラスメイトが困っているから助ける、小難しい理屈など存在しない。ただそれだけのことである。

実際問題として無茶なのだろう。そんなことは百も承知だ。ついでに言えば、一夏から受けたダメージがまだ残っているのか、頭の奥ではまだズキズキとした痛みが残っている。

だがそれがどうした。無理を通せば道理もねじ曲がる。ここで動かずしていつ動くのか。動かないという選択肢を、彼女は選べなかった。

 

「ぜぇえりゃぁああああああああああ!!!」

 

 私のクラスメイトに手を出すな! 私が剣を志した理由を通させろ! そんな意思を込めて裂帛の気合と共に刀を振るう。

後の結果は見ての通りだ。シャルロット、真耶の協力によりレーゲンを退ける。箒は知らない。腕利きの候補生と教員を含めた三人がかり、その上相手が機械的なコピーとはいえ、自分がIS界に雷名を轟かせた女傑の攻撃を弾いたという事実にだ。だが、そんなことを気にしている余裕はこの場の全員に存在しなかった。

 

「ほ、箒?」

 

 一夏の戸惑うような声が耳に入ってきた。事情を説明するべきなのだろうが、そんな暇はないだろうということは理解している。だから、一言で全てを伝える。

 

「篠ノ之箒! 助太刀に参戦する!!」

 

 在りし日の最強を模した漆黒のISを前に一切臆することなく、真っ直ぐに刀を構えたまま箒は高らかに名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ……」

 

 低く唸りながら立ち上がった一夏はゆっくりと前に出る。そうして真耶、シャルロット、そして箒に並ぶように立つ。

 

「正直、予想外っちゃ予想外だったよ、箒。ていうかどうして」

「どうして、か。上手く言えないのだが、放っておけなかったから、かな」

「それでここに飛び込んでくるかね。あ~、こんなことは言いたくないけどよ、お前バカじゃねぇの?」

「助けにきた者に失礼な奴だな。だいたい、仮にバカだとするなら、それはお前の肘鉄が原因じゃないのか? 実のところ、まだ痛むんだぞ」

「お前やっぱ引っ込んで休んでろよ」

 

「あの~、この状況でコントはやめてくれる?」

 

 おそらくは軽口の応酬だろうやり取りをする一夏と箒をシャルロットが諌める。

 

「まぁ無茶っていう織斑くんの意見には僕も同感だけど、それを言うなら僕たちもそうだし。それに、その、ありがとう篠ノ之さん。正直、助かったよ」

「礼には及ばない。それに、まだボーデヴィッヒが残っている」

「……そうだね」

 

 そして改めて四人は真剣な面持ちで真正面のレーゲンと睨みあう。

 

「一夏。私は状況を詳しく知らない。だが聞いている時間も無い。私がやるべきこだけを言ってくれ」

「分かった。いや、確かにお前がきたのはラッキーだったな。欲しかった後一手が揃った。悪いが時間が無い。次で一気に勝負を決めに掛かりたい」

 

 その言葉に三人とも(イヤ)は無かった。早々に決められるなら、何も言うことは無い。

 

「やることはシンプルだ。まず俺が出る。それをレーゲンは迎え撃とうとするだろう。そこで俺が一度引くから、そのままレーゲンの攻撃を三人で飛び出して受け止めて、ついでに弾き飛ばしてやる。さっきのアレだ。割り振りは片方を先生で、もう片方をデュノアと箒の二人掛かりでだ。先生には無理をさせますけど――」

「構いません。元より、そのつもりですから」

「……すいません。で、もう片方をデュノアと箒だ。デュノア、悪いがお前には箒の動きのリードとサポートの両方を頼む」

「オッケー、任せてよ」

「全力を尽くす」

 

 話は纏まった。何をすべきか決まれば、後にすることは一つだけだ。勝負を決めるのみ。

 

「行くぞ!!」

 

 先陣を切ったのは一夏だ。白式の機動性を活かして誰よりも早くレーゲンに迫っていく。当然ながらそのまま案山子でいるレーゲンではない。それまでと同じように、二刀を振りかぶって迎え撃とうとしてくる。

 

「あらよっ――とぉ!」

 

 レーゲンの剣の間合いに入る直前、一夏は白式のスラスターを逆向きに吹かして減速、そのまま交代する。下がる一夏の居た場所に入れ替わるように、彼の背後から真耶、シャルロット、箒が飛び出してレーゲンの前に姿を晒す。

 

「ぐっ!!」

「くぅっ!」

「これしきぃっ!!」

 

 右手の一刀を真耶が、左手の一刀をシャルロットと箒が、それぞれ受け止める。その重さに苦悶の呻きを上げながらも、断じて負けるものかと歯を食い縛って踏ん張る。そして、気合いの方向と共に先ほどの焼き直しのようにレーゲンの両腕を同時に弾き飛ばした。

 

『織斑くん/一夏!!』

 

 三人が一夏の名を呼ぶ。その時、既に彼は準備を終えていた。

 

 内で練り上げた気が爆発し荒れ狂う。心臓の鼓動が早鐘を打ち、脳内分泌物質の影響かすさまじい興奮状態になっていくのが分かる。

だが、その爆発し荒れ狂う闘気を強引に収束させる。その一切を外に放出させることなく、内に閉じ込めることで余すことなくそのエネルギーの全てを体の燃料へと変換していく。

心臓の鼓動が更に早まり、鼻の奥と口内に鉄臭さが広がる。おそらくは毛細血管が切れて鼻の奥や歯茎で出血でもしているのだろう。だが全て無視する。

すぐ目の前の白式のモニターウィンドウに表示されたあれこれの数値やグラフやらがその値を飛躍的に上げていく。実に好都合、己の気合入れにISまで応えてくれている。ならば猶更、負けるわけにはいかない。いや、負ける気がしない。

 スラスターを爆発させる。瞬時加速、今となってはだいぶ手慣れた技だ。その圧倒的加速により、レーゲンとの距離はすぐに詰まる。

 

「はぁっ!!」

 

 気合い一閃、会心の一太刀と呼べるほどに心技体が揃った爽快さすら感じる一撃を放てた。刹那の内にレーゲンの前を通り過ぎた一刀は、ラウラの体を傷つけることなくVTシステムのコアだけを斬り裂いていた。

レーゲンの横をすり抜け、そのまま急停止する。冷や汗が流れた。最後の一撃の瞬間、レーゲンはせめてもの一撃とばかりにこちらを迎え撃っていた。大きなダメージこそ無かったものの、僅かに掠めたことでISスーツの上半身の部分が見事に裂けていたのだ。

 

「ガッ、ハァッ!」

 

 僅かに膝を崩しながらも倒れまいと踏ん張りながら一夏は荒く息を吐く。少しばかり無茶をした。現状自分にできるトップクラスの無茶を行使し、結果は出せたが代償としてあの短時間で相当の負担が体を蝕んだ。元よりダメージの蓄積で万全とは言い難い状態とは言え、あまりに効率の悪い消耗に思わず眉をしかめる。やはり、今一度の更なる練磨が必要か。

 

「だが、終わりだ」

 

 そう一夏が言い放った直後、背後で何か重いものが地に落ちる音が聞こえた。今度こそ完全に機能を停止したレーゲンが力なく地に膝を着いたのだ。

それと同時に機体よりラウラの体が解放され、ただちに教師たちの手によって抱えられ救護のために連れて行かれる。それを首だけ後ろに向けることで見送った一夏は事態の終息を実感すると、蒼月を地面に突き立てて天を仰ぎ、大きく息を吐いた。

 

「ミッション、コンプリートってな」

 

 仕事をやり終えた一夏の下に箒が、シャルロットが、真耶が寄ってくる。それを微笑で迎えた一夏は、そのまま真耶から告げられた後で千冬から説教という旨の言葉に再び顔を青くするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白いものが見れると踏んではいましたが、まぁ随分と派手なことになったものです」

 

 事の一部始終を見届けた美咲はそう呟く。緊急事態宣言のすぐ後、彼女は動いていた。観客席とアリーナを隔てる隔壁(隔壁とアリーナを覆う半球状シールドの間には一定の空間がある)が閉まる前にその隔壁の外へ身を躍らせたのだ。

そのまま監視カメラの類が存在せず、なおかつアリーナを見渡せる手近なポイントに身を潜めて事の顛末を見ていたのだ。なお、これはその場にいた赤木防衛事務次官の緊急の指示であり、別に彼女は職務放棄の類は一切していない。件の赤木氏の警護は既に彼女の部下がついている。

そうしてそのままアナウンスで事態の終息が宣言され警戒状態の解除と共に隔壁が開くのに合わせ、美咲はさも何事も無かったかのように再び日本国VIP来賓用ブースへと戻る。

 

「報告は後程。少々、デリケートな扱いを要すると思いますので」

「分かった。十三番会議室を空けておこう。君には早々に報告を纏めてもらう。急ですまないが――」

「構いませんわ。元よりそのつもりですので」

「そう言って貰えると助かるよ。あぁ、報告だがね、君にも意見をだいぶ求めることになると思う。頼りにさせてもらうよ」

「承知しました」

 

 淡々と、まるで今日の天気を話すかのように平静を保ったまま二人は話を進めていく。この平静と保つということが肝要なのだ。非常の事態においていかに冷静に対応ができるか、そこにその者の能力が示されると言っても良い。そしてそのポイントにおいてこの二人はまさしく最上級の位置にあった。

 

(それにしても、少々気に入りませんね。仮に私の予想通りだとすれば、ちょっと手間になるのでしょうか)

 

 会場アナウンスで少々時間を繰り下げていくらか変更をするものの、このまま試合プログラムを続行するという放送を聞きながら美咲は試案する。その目には僅かだが不満そうな光が宿っている。

 

(ですが見方を変えれば私が動くことができるということ。これは良いことと取れるかもしれない)

 

 そこまで考えて、ゆっくりとその口元に歪んだ微笑が浮かぶ。

 

(いいえ、悪いのかしら? 何しろそれで幸福になる者などろくにいないのですから)

 

 暗い愉悦から成る毒華のごとき妖艶な微笑を浮かべたまま美咲は眼下のアリーナを見下ろす。かつて『戦女神(ブリュンヒルデ)』と称された女傑に唯一対等足る乗り手として知る者にこそ畏怖され、『魔女』とも『邪神』とも忌み名をつけられた者が、冷然な眼差しを向けていることに誰も気づかぬまま、トーナメントはその日程を進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 




 大学の期末テストが終わったのが先週の木曜日、つまりは八日でしてその日に早速書き始めたのですが、この話が今日投稿されたことから分かる通り、四日で書き上げることができました。ここしばらくではかなり早い仕上がりです。まぁその分、クオリティについては保証しかねるところもありますが。

 さて、一通り書き上げた後に自分で見直して思ったこと。「あれ? いつの間に箒が主人公してんだ?」と。まぁ現在構想している三巻の展開も考えると、主役は一夏なんですよ。それは間違いないです。でも一番主人公タイプの人間性を持つのは多分箒になりそうですww
いやぁ、どうしてこうなったと思わないでもないですが、まぁ楯無ルートじゃ割をくらうことがかなり固いので、こっちでくらいはとも思ったりしています。

 あとは、冒頭の部分を読んで頂ければ分かりますがラウラに関しての設定にも手を加えました。いや、さすがに人口生命とかそんなどこぞのコーディネーターみたいなのは無理があるんじゃねぇかよと思ったりしまして。あと、そこまで重要なことじゃないのですがラウラはこの作品における「良い子」の筆頭格です。
ちなみにメイン六人で見た場合、一番まともなのはセシリアと鈴がツートップ、次点でラウラ。ラウラはちょっと一般常識に疎いところでマイナス入ります。さらに次に箒、良いやつだしまともだけど、ちょっとノリがズレている感じになって、さらにその次にシャル。シャルも良い子なんだけど、ちょっとブラックな思考を持っているので。
で、一番のロクデナシが何故か主役やっているという訳わかんない事態になっておりますww

 とりあえず次回は二巻の終わりです。多分ダイジェスト的な感じになるんじゃなかと。
ではまた次回に。


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第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る

 今回で二巻分終了です。また何だかんだでここまで漕ぎ着けるのに時間がかかってしまいました。
三巻こそはサクッと、と思ってもどうせまた時間がかかるのでしょうね、きっと……

 とりあえず今回は騒動の後のアレコレをダイジェスト的な感じでお送りします。
なお、本作における簪ちゃんはネタ振り担当です。


「いや~、流石に今回はマジでヤバイって思ったわ。もうどんくらいヤベーかってーと、なんか何もする気が起きないくらい疲れるくらいヤバかったわ」

「そう、それはお疲れ様。私は何も見てないけど」

 

 そんな気の抜けた会話を一夏と簪は交わす。場所は一夏らが使用した第一ピットの隣にあたる第二ピット、簪と本音のペアが使用しているピットである。

暴走したシュヴァルツェア・レーゲンの鎮圧に成功した後、一夏とシャルロットはそのままピットへと戻り追って指示があるまで待機を言い渡されていた。待機と言ってもそこまで拘束性があるわけではなく、変にあちこちへフラつかないのであればある程度好きにして良いと言う半ば自由行動の許可に近いものである。

そんな指示を受けたために一度シャルロットと別れ、さてどうしたものかと考えながら廊下を歩いている最中にバッタリ出会ったのが簪である。そのまま立ち話もなんなのでということで彼女のピットに場所を移してこうして会話をしているという運びになった。

 

「まぁそこまで深く聞くつもりはないけど、そんなに大変だったの?」

「そりゃな。試合、俺がボーデヴィッヒ倒すとこまでは見ていたんだろう? なら箒がやられたのも見ていたはずだ。そのぶっ倒れた箒も回復してからは加わって、とにかくその時アリーナに居た全員で取り掛かった大仕事だよ」

「ふ~ん。あ、グミ食べる?」

「もらうもらう。どもども」

 

 差し出されたグミをぱくつきながら一夏は深くため息を吐く。

 

「どうしたの?」

「いやさ。この後な、お説教なんだよ、姉貴の」

「ご愁傷様」

「うぉい」

 

 姉、すなわち千冬からの説教と言って即座に一夏に向けて合掌する簪に一夏は思わずツッコミを入れるが、それに一々相手をするような性格を更識簪という少女はしていなかった。

 

「で、その織斑先生は何をしているの?」

「ん? 箒に説教中だ。しかも姉貴だけじゃない。山田先生とか他の先生も参加という豪華特典付き」

「……篠ノ之さんは何をしたの?」

 

 千冬が説教をするのは、まぁよくある光景だから今更何も言わないとはいえ、そこに他の教員たちも、ましてや学園の教員でも温厚筆頭株の真耶まで加わるとはただ事ではない。当然のように湧いた疑問に何てことは無いと一夏は答える。

 

「あ~、件の大事件な、わりとマジでヤバかったんだよ。下手したらくたばっておかしくないレベルの。何せ俺やデュノアすらまず最初に逃げるよう言われたし。まぁ無理やり納得させたんだけどよ。そこへ行くと箒なんかは病み上がり不完全状態、しかもまぁ機体とか腕とか色々足りちゃいない。だから他の先生が言い聞かせて下がらせようとしたのをほとんど無視しての突撃だからな。いや、正直言ってそれに助けられたところもあるんだけど、流石に無茶が過ぎるってんでよ」

「それなら仕方がないね」

「あぁ、仕方がない」

「で、織斑くん。実際問題箝口令はどのくらいのレベルで働いているの?」

「ん? そうだな。流石に何かあってそれに皆で対処したくらいなら、まぁこうやってお前に話したように言っても問題はないな。まぁ流石にあれで何もありませんでしたは通じんだろ。いや、それでもあまり吹聴することじゃないけど。でも詳細は流石に言えないな」

「そっか。まぁ普通そうだよね」

「けどまぁ、頑張れば自力で調べ出せるかもしれんぞ? いや、できるかどうかは知らんが。ただまぁ、案外お前の姉貴なら知ってんじゃないの?」

「……多分だけど把握してるよ、確実に」

 

 脳裏に思い浮かべた実姉の姿に、一夏の推測は紛れもない正解であることを簪は告げる。

 

「ほぅ。あれか、この学園の生徒会長っていうのはそこまでの権限があるのかい?」

「生徒会長もそうだけど、お家柄っていうのもあるかな」

「家柄?」

「そ、家柄。私とお姉ちゃんの実家、つまりは『更識』って家は何て言うんだろうね? 代々由緒正しい……忍者? とにかく、そういう裏稼業でそこそこ名の知れた家なんだよ。ほら、あのイギリスのスパイ映画みたいな」

「あ~、なる」

 

 簪が例として挙げたスパイ映画は一夏もそれなりに愛好しているシリーズであるためすぐに思い浮かべることができた。

 

「……チョイ待ち。それ、喋って良いのか?」

「……さぁ?」

「おい」

「別に私はどうとも思ってないし」

 

 一応実家に関わる非常に重要な情報であるにも関わらずこの扱いのぞんざいさ。それで良いのかと突っ込みを入れる一夏だが、簪は態度を変えることなく適当な扱いのままを通す。

 

「まぁ君は立場が立場だし、覚えといて損は無いと思う」

「そういうものかねぇ」

「そういうもの。で、お姉ちゃんは一応長女なわけだから次期当主で、というかもう当主の仕事の一部はやってるから。必然的にそういう機密情報とかにも耳を伸ばせるわけ」

「はぁ、あの会長殿がねぇ……」

 

 思い出すのは数少ないとは言え数度の接点がある学年が一つ上に生徒会長だ。そういえば妹がどうこう言っていたなと思いだし、思わず一夏は頭を捻る。

 

「あの実の妹で変な妄想してるようなアレが?」

「それは初耳だけど、まぁそう。あんなチャランポランだけど、アレでも家の跡取りなんだよ」

「あの悪乗りを生きがいにしてそうなのが?」

「あんなのでも能力だけ(・・)はあるから。そう、例えば寮が一人部屋なのを良いことに鏡の前でポーズ取りながら『かしこい、かわいい、タテーナシ』とかやっちゃってるのを私に見つかっちゃうような、あんなのでも能力は(・・・)優秀だから」

「何それマジでウケるんだけど。よし決めた、今度からあの会長のことは『KKT』と呼んでやろう」

「その心は?」

「K(かしこい)K(かわいい)T(タテナシ)だ。いやぁ、ぜひ全校生徒に流布してやりたくなるな。ネタにしてやる意味で」

「顔真っ赤にするお姉ちゃんの想像が余裕でした」

 

『……プッ』

 

 しばしの無言の後に二人揃って小さく噴き出す。余談だがこれとほぼ時を同じくして二年生が使用しているアリーナの一角で一人の女生徒が小さなくしゃみをしたのだが、それがこの二人の会話と関連性があるかどうかは余人の知るところではなかった。

不意に一夏の懐から電子音が鳴る。失礼、と一言だけ断って一夏は座っていたピットのベンチから立ち上がると、そのまま懐から携帯を取り出して通話を始める。

 

「もしもし。あ、どーもどーも。さっきの件ですか? ほむほむなるほど、あ、本当ですか? じゃあそれでお願いします。いや、急に無理言ってすいません。――いやいや、本当に色々とお世話になりまして。はい、はい、それじゃあお願いします。はい、では。失礼します」

 

 会話を終えて通話を切った一夏は再び簪の下へと戻ってくる。どうしたのかと問うてくる簪に一夏は大したことじゃないと前置きをしてから事情を話す。

 

「いやさ、さっきの騒動の時にISスーツの上が破けて使い物にならなくなっちまったんだよ。一応予備はあるけど、所詮予備だからな。できればちゃんとしたのが欲しいのが人情ってわけで。だから倉持の人に新品無いかって聞いたら即答で『ある』って返ってきたから。その確認」

「ふ~ん。どんなの?」

「いや、今まで使ってるやつとそう変わらないよ。まぁ色は違うけど」

「何色なの?」

「黒」

 

 そこで簪は記憶にある一夏のISスーツ姿を思い浮かべ、どちらかと言えば深めの青色だったソレを黒に置き換えてイメージする。まぁアリなのではないとか思った。

 

「うん、良いんじゃないの? でも、なんで黒なの?」

 

 それを問われて一夏は視線を逸らすと表情をどこか苦みを含んだものに変える。

 

「いや、それがさ、それ以外に選びようがないんだよ。だって色は二色しかなくてさ、片方は俺が選んだ黒だ。もう片方は……ショッキングピンクだぜ」

「ブッ」

 

 ショッキングピンクと言われた瞬間、そんな弾けた色のISスーツを纏っている一夏の姿を思い浮かべてしまった簪は反射的に噴き出していた。一夏も簪がいきなり噴き出した理由を察したのか、仕方ないと言いたげな様子でガクリと首を落とす。

 

「いや、もうホントにショッキングピンクとかは聞かなかったことにしといてくれ、いやマジで」

「べ、別に良いけど……プッ」

 

 未だに笑いを抑えきれない簪に一夏は一言物申したく思うが、しかし自分でそんなショッキングピンクなどを纏っている姿を思い浮かべてみると確かに笑いたくなるのも無理のないことだと納得してしまう。それに、簪の反応などまだ大人しいものだ。これが鈴あたりであれば腹を抱えて盛大に大笑いしていただろう。それを考えれば自制しようとしているだけまだ遥かにマシだ。

 

「……ふむ、そろそろ時間かな?」

 

 ラウラの一件があったおかげで一年の部に関しては試合の日程に大幅な遅れが生じた。本来であれば今日中に専用機の部を終了させる予定であったが、その予定にも大きな変更が生じている。

この後にアリーナの調整などの諸準備を行ってセシリア・鈴のペアと簪・本音のペアの試合を行うのは予定通りだが、その後に行う前半二試合の勝利ペア同士での本選出場ペアの決定戦、ならびに敗北したペア同士での三位ペア決定戦は今日に関しては中止で後日改めて行うことが決定している。もっとも、三位決定戦に関しては医務室に担ぎ込まれたラウラが機体共々トーナメントに参加できるか怪しいため、場合によっては執り行わないという可能性もあるとのことだ。

そして現在、その専用機の部の二試合目を行うべく急ピッチで準備が進められており、ピットから見えるアリーナの様子から察するにそろそろその準備も片が着こうかという頃合いだった。

 

「行くの?」

「あぁ、この後おもいきり暇になっちまってるが、そうだな。医務室に担ぎ込まれたボーデヴィッヒの見舞いでもしてやるか」

「そう、なら私もそろそろ準備するかな」

 

 言って二人は同時に立ち上がる。それと同時にどこか別の場所に行っていたらしい本音が間延びした声と共にピットに戻ってくる。

 

「織斑くん、試合は見ていく?」

「む、あぁそれもあったか。そうだな、先にお前らの試合を見ていくか。そうさせて貰うよ」

「分かった。ならしっかり見ていって。私と打鉄弐式、そのショータイムを」

「はい?」

 

 なぜに試合をショータイムなどと気取った言い方をするのか、疑問符を頭の上に浮かべる一夏を余所に簪はスッと左腕を胸の前で上向きに伸ばす。

伸ばした左手、その中指にあるのは待機状態の弐式だ。指輪という基本的な構造は変わっていないが、以前一夏が見た際には青いひし形のクリスタルのような意匠だったはずだ。だがそれが今では違う。

中央部の核のような青い結晶体はひし形から円形に変わっており、その上にまた別の金属のカバーのようなものが取り付けられている。

 

「あり?」

 

 ビシッという効果音が付きそうなほどにきっちりとした立ち姿を披露する簪に一夏は既視感に近いものを感じた。この姿、というよりもポーズだが、どこかで見たことがあるようなと。

そんな感想を抱いている一夏の前で簪は空いた右手を静かに左手の指輪、待機状態の弐式に添える。そしてサッと指輪のカバー部分を下にスライドさせながら言った。

 

「変身」

 

 それと同時に指輪が発光、一夏も見慣れた待機状態からのISの展開が目の前で行われ、一瞬にして簪はその身にISを纏っていた。

 

「どう?」

「……」

「しゃばどぅびしゃばどぅび~」

 

 どこか得意そうな表情で感想を聞いてくる簪にただ一夏は無言。ピットには本音の楽しそうな声が反響している。

 

「どう?」

「どうって言われても~」

 

 どこから突っ込んで良いのかさっぱり分からないというのが一夏の偽らざる本心だった。有り体に言って見覚えがあり過ぎた。

幼少の頃より比較的規則正しいと言える生活を送ってきた彼は、当然ながら朝もそれなりに早い。それゆえに朝のテレビ番組を視聴する機会にも恵まれており、何気に彼は幼い頃より日曜朝のヒーロー物特撮にも理解が深かったりするのだ。ちなみに午前7時半から9時までがっつりである。

そして簪の取った一連の動きは、現在放映中の日朝特撮の主人公の変身のソレにそのまんまだったのだ。というか、それをやるためにわざわざ待機形態の形を変えたのだろうか。だとしたらあまりにも努力の方向性が間違っているのではないか。

 

「いやいや待て待て待ちなさいよ。ちょーっと待て、いや本当にどこからどう何を突っ込めばいいのかまるで分からない。お前はそれで俺に何を期待しているんだ」

「何って……感想?」

「いや、首かしげながら言うなよ。お前も分かってないのかよ」

「まぁまぁ、細かいことは気にしないで」

 

 はぁ~と疲れたように一夏はため息を深く吐く。色々と言いたいことはあるのだが、どうにも上手く纏まった言葉に変えられる気がしない。とりあえずは、求められた通り感想だけを言ってこの場を退散しよう、そう一夏は心に決める。

 

「え~っとだな、俺が思うにISを着けるわけだから変身より『装着』、ないしは『蒸着』が良いと思うんだよ」

「意外に君もこの手の知識があるんだね」

「うっせー」

 

 そのままヒラヒラと手を振りながら一夏はピットを立ち去る。

去りながら一夏は思う。こうして会話をして改めて実感するが、更識姉妹は簪もKKTもとい楯無も揃って会話の調子というものを崩しにかかってくる。何ともやりにくいことだと思いつつ、案外数馬あたりだったら上手くやれるのだろうなと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 IS学園の校舎、その一角に設けられた医務室のベッドの上でラウラはゆっくりと目を覚ました。

 

「あ、起きた」

「ふむ、この分ならそう大事はなさそうだな」

 

 まだぼやけている視界に映る二つの人影を認識すると同時に、二人分の声がラウラの耳に入ってくる。明らかに違う男女の声だが、どことなく似通った調子の声だった。そして目覚めて間もないまだぼやけたままの思考は声の主である二つの人影が誰のものかを未だ判別できず、そのままラウラはゆっくりと横たえられていたベッドから身を起こした。

 

「ここは……それに私は……」

 

「なんかまだ寝ぼけてね?」

「まぁあれだけのことがあった後だ。相応の負担が掛かっていてもおかしくないだろう。それを考えれば無理もない」

 

 自分の様子を見ながら言葉を交わす二人の声を聞きながら、ラウラは徐々に意識がはっきりとしてくるのを感じた。それに伴い視界も思考も明瞭なものへとなっていく。

 

「教官? それに、織斑一夏?」

「よう、無事なようで何より」

「それに関しては私も同感だな。何かあれば寝覚めが悪い」

 

 少なくとも二人ともラウラが無事であることを喜んではいる。口ぶりからそれは分かった。だが当のラウラにしてみれば、未だ状況がつかみ切れておらず、こうした二人の反応にも首を傾げざるを得ないのだ。

 

「あの、教官。私は一体……」

「なるほど、そのあたりは覚えていないか」

 

 ラウラの状況把握の度合いを素早く察した千冬は手短に経緯を説明する。

一夏とラウラの一騎打ち、その勝負がレーゲンのシールドエネルギー喪失という形で決した後にレーゲンが暴走、教師陣と一夏らの手で暴走したレーゲンを鎮圧した後にラウラはこの医務室に担ぎ込まれたことなどをだ。

 

「そんな、レーゲンが……」

「正確にはシュヴァルツェア・レーゲンがというよりも、それに組み込まれていたVTシステムが原因なのだがな。レーゲンに非があると言うわけではない」

「VTシステムが!?」

 

 国際条約で禁止指定されているような代物だけに、当然のごとくラウラもそれに関する知識はある。そんなものが自分のISに載せられていたという事実に流石の彼女も驚愕を隠せなかった。

 

「まぁ驚くのも無理はないか。レーゲンは現在も学園の技術員で調査をしている。教員生徒問わず腕利きを総動員してな。現状で分かっているのはVTがレーゲンのシステム系の深部に巧妙に隠されていたのと、そこからおそらくはドイツに居る間に積まれたのではないかと推測できることくらいだ。箝口令が敷かれているが、既に学園から委員会へ通達、近くドイツには査察が入るだろうよ」

「そう、ですか……。申し訳ありません、私のせいでご迷惑を……」

「なに、生徒が教師に迷惑をかけるなどあって当たり前のことだ。お前が気に病むことじゃあない。あぁ、お前の処遇に関してだがな、お前はあくまでISの暴走に巻き込まれた被害者だ。事件の詳細についての箝口令は守ってもらうが、それだけだ。お前に咎の類は一切ない。レーゲンも、VTシステムの除去が完了次第予備部品から修復を行いお前に返還される。あぁそれと、大事を取ってもうしばらくの間は医務室暮らしだな。まぁゆっくり休むと良い」

「はい。あ……」

 

 そこでラウラは腕を組んだまま無言で自分の方を見ている一夏に視線を向ける。しばし視線を交差させると、ラウラはそっと視線を伏せる。

 

「すまなかった」

「何がだよ」

「私のせいで勝負に水を差してしまった。何より私自身、あの試合を決戦の舞台と見定めていたと言うのに、この体たらくだ。何も言い訳ができない」

「……」

 

 ラウラの言葉には紛れもない悔恨の念があった。だが、そんなことは一夏もとうに承知している。あのレーゲンにラウラが呑みこまれる瞬間、確かにそれを悟ったのだ。

 

「別に良いさ」

 

 ならばこそ、ラウラを責める道理はどこにもない。そもそもからして不運な事故と呼べる出来事だったのだ。ラウラに責められるべき謂れがほとんど無い以上、許す許さない以前の問題だ。だからこそ、一夏がラウラにかける言葉は穏やかな声音をしていた。

 

「まぁ、事故だったしな。それに終わったことだから今更どうこう言ってもしょうがない。それに、何て言うんだろうね。あぁいう形で横やり食らってキッチリ締まらなかったのは、きっとあそこで締まるべきじゃなかったんだろう。まぁ世の中は色々と不思議な縁があるもんだ。多分、いずれちゃんと白黒つける機会が来るさ。あ、でもISの色的には俺の勝ち確じゃないか、これ」

「え、いや、その……」

「あとはアレだ。何だかんだで良い経験もできた。模倣とは言え、現役時代の姉貴を相手にできたのは実にいい経験だったよ」

「おい一夏。一つ断っておくがな、あれが当時の私そのままだと思うなよ。だとすれば私を舐めすぎだ。あれに一人で対処できる者など、世界を見渡せばザラだ。本物(ワタシ)は、あの遥か上を行く」

「あーはいはい分かってるよ。実際良い経験だったのは確かなんだよ。それはそれで良いじゃないか」

「怒って……ないのか?」

「だから言ったろう。お前に怒る理由が無い」

 

 きっぱりと一夏は断言する。レーゲンの暴走はあくまで事故、ラウラ本人にしても不本意な出来事であった以上はラウラを責める理由も存在しない。故に怒ってはいないと。

 

「まぁそうだな。確かに余計な水を差されたことに関しちゃ日本人固有スキル『イカンノ=キワミ』を発動してやりたくはあるが、それにしても向ける先は仕掛けた黒幕だ。お前には何も思っちゃいない。まぁなんだ、言うのが遅くなったけどな、無事で何よりだ。流石に目の前でクラスメイトに何かあれば俺も寝覚めが悪いからな」

 

 そう言って一夏はポンと右手をラウラの頭の上に乗せる。転校してすぐ、からかいの意味をこめて行われたソレとは違う、ある種の真摯さがこもった掌だった。そしてその手はさほど長く置かれずしてラウラの頭から離れる。

 

「さて、俺はそろそろお暇するかね」

「そうだな、私もそうさせて貰おう。この後も、仕事が待っている。あぁくそ、これで向かうのが職員室ではなく家ならば待っているのがアルコールだというのに」

「無理言うなって」

 

 そんな軽口をかわしながら一夏と千冬が揃って立ち上がる。

 

「あっ……」

 

 立ち上がる二人を見て反射的にラウラは何かを言いかける。それに気づいた二人は立ちながらもどうかしたのかという視線をラウラに向ける。

 

「その、織斑一夏。少し、良いか?」

 

 どこか躊躇いがちにラウラが発した問いかけに一夏と千冬が顔を見合わせる。千冬は一夏の視線を見据えたまま顎でラウラの方をしゃくり「残ってやれ」とジェスチャーで伝える。それを受けて一夏もまた無言の首肯で返答とし、再びラウラのベッドわきの椅子に腰を下ろす。

そして千冬が医務室を出たのを待ってラウラは再び口を開く。

 

「ISの、クロッシング・アクセスというものを知っているか?」

「……いや、知らん」

 

 聞き慣れない言葉に一夏は素直に首を横に振る。現状唯一の補習対象者の知識量は伊達ではない。どうしても周りに比べて後れを取りがちという意味でである。

 

「そうか。簡潔に説明するとIS同士の接触時、特に強い衝撃を伴う時にごく稀に搭乗者同士の意識が共有状態になるというものだ。おそらくはISの搭乗時に乗り手とISが電位的な接続状態にあることが関係していると目されているのだが」

「ふむ、それで?」

「レーゲンが暴走していたという時、私には意識が無かった。記憶に無いのだから当然だな。だが、おそらくはその時など思うが、私の中にあるイメージが流れてきた。……お前が居た」

「なに?」

 

 訝しげに眉を顰める一夏だが、思い当たる節が無いでもない。あいにく一夏にはラウラのイメージが流れ込んできたなどという記憶はないが、逆の場合があったとしてその切っ掛けになり得る条件、つまり機体同士の接触と言えば、まず真っ先に思いつくのは止めの一撃の瞬間だろう。とはいえ、このことに関してあれこれ考えても仕方がない。何せ分からないことだからけ、考えるだけ無駄というやつである。

 

「で、俺が居てなんだと?」

 

 ゆえに一夏は続きを聞くことにする。

 

「……」

 

 そこでラウラは言葉に詰まる。本当に言って良いのか、あるいは言わない方が良いのではないか、そんな逡巡をしている様子だった。

 

「まぁ、なんだ。何言われてもそれなりに落ち着いて受け止める自信はあるから、言ってみ」

「……分かった」

 

 一夏の後押しにラウラは意を決したように頷く。そして言った。

 

「私が見たのは、どこかの廃工場のような場所で立つお前だった」

「っ!」

 

 それを聞いた瞬間、明らかに一夏の表情が変わった。だが、落ち着いて受け止めると言った手前上、すぐに表情を元に戻す。

当然ながらラウラも一夏の表情の変化には気付いた。そこで再び言葉を切りかけるが、すぐに表情を元に戻した一夏の続きを促す視線に話を続けることを決めた。

 

「正直、あくまでイメージにしか過ぎなかったし、断片に分かれすぎていたから詳しくは分からないが、あれは、お前が巻き込まれた誘拐事件の記憶なのか?」

「……そうだ」

 

 廃工場で立ち尽くす自分、そう言われて思い当たる節などそれしかない。

 

「以前、私が教官に関しての調査の過程で事件のことを知り、そのことを言った時にお前はかなりの反応を示したな」

「あぁ、そういえばそうだったな」

「あの時、私は単純に事件のことがお前の中で一種のトラウマ、あるいはそれに近いものになっていると思った。いや、普通はそう思うのだろうな。だが実際は、違ったのだな」

「……そうか、知っちまったか」

 

 ラウラの口ぶりから一夏は観念したようにため息を吐きながら投げやりに言う。

 

「あぁそうだよ、お前がどこまで見たかは知らんが、それでもお前が知っちまった通りだ。あの事件の時、俺は現場に居た犯人グループの何人かを――殺した」

「……すまなかった」

 

 もはや隠しても仕方が無いというようにあっさりと打ち明けた一夏に対してラウラが放ったのは、一夏にとっても予想外であった謝罪の言葉だった。

 

「……なんで謝る」

「いや、こんなことは本来話すべきではなかった。だが知ってしまった以上、事が事だ。お前に何も言わないというのも道理が通らない。お前にとっても決して良い記憶ではないにも関わらず、こんなことを言ってしまって、すまない。配慮が足りていなかった」

「……別に良いさ。その気遣いだけで十分だよ。むしろ意外だったな。何やってんだこの大馬鹿野郎の一言でも言われると思ったが」

「そう、だな。確かにお前がやったことは決して善行ではない。だが、状況を鑑みても抵抗の結果と考えればある程度の理解はできし酌量の余地だって大いにある。それに、既に終わってしまったことで私には何ら関係が無かったことだ。ならば、それで私がお前を責めるのはお門違いというやつだろう。何より、お前が無事であったことを喜ぶ人も居たのだ。ならばそれは、決して悪いことじゃない」

「俺が無事で、ね」

 

 思い出すのは自分の救助に駆けつけてきた姉、ISを纏ったままの抱擁だ。確かに、あのまま自分の身に何かあればということを考えれば、あの結果でも良かっただろう。だが、ラウラは気付いていない。犯人を殺した、一夏にとって問題なのはそんなことではないのだ。

 

「で、言いたいことっていうのはそれだけかい?」

「あ、あぁ。すまないな、時間を取らせてしまって」

「いや、良いさ。まぁ知っちまったのはしょうがないとして、ありがとな。わざわざ言ってくれて。それと、なんだ。今更忘れろとは言わないさ。土台無理だろ。ただ、なんだ。ここだけの話ってことにしといてくれ」

「あぁ、それは固く誓う」

「助かる」

 

 そして一夏も場を辞すために椅子から立ち上がる。

 

「じゃあ、俺も行くよ。ゆっくり休んで養生しろよ。姉貴、何だかんだでお前に何かあったんじゃないかって内心でハラハラしてたらしいからな。姉貴だけじゃない。デュノアも箒も山田先生も、現場に居た他の先生たちも、ついでにお前が医務室(ココ)に担ぎ込まれたって聞いた他の連中も、みんなお前を心配しているんだからな」

「あぁ、そうさせてもらうよ。――そうだ、トーナメントは結局どうなった?」

「俺ら一年は少し予定を変更して続行、上級生は通常通りだ。俺も、予定がずれるけど試合は続けるさ」

「そうか、健闘を祈る。私に勝ったのだ、無様は認めんぞ」

「あぁ、任せとけ。勝者の義務は果たしてきてやる」

 

 そうして一夏も医務室を去っていく。そうして一人、夕日に照らされた医務室のベッドに残ったラウラはフッと小さく息を吐く。口元に緩やかな微笑を浮かべたその表情は彼女が心から安堵していることの何よりの証左であった。

 

 

 

 

 

「まさかボーデヴィッヒにバレるとはなぁ。なんだよクロッシング・アクセスって。まるで意味が分からんぞ」

 

 医務室を出た後、廊下を歩きながら一夏はぼやくように独り言を漏らす。

 

「けどまぁ、所詮は見ただけか。ボーデヴィッヒも、俺にとって何が問題かは分かっちゃいないみたいだったな」

 

 それっきり一夏は口を開かない。ただ無言で歩き続ける。

カツカツと足音を廊下に反響させながら一夏の意識は過去へと遡っていく。

三年前のIS国際エキシビジョン決勝戦当日、姉が出る舞台の見物のために単身ドイツを訪れていた一夏は何者かの手により誘拐の憂き目に逢った。スタンガンによる昏倒から目を覚ました彼が居たのはどことも知れない廃工場だった。

だがそんなことは関係ない。肝心なのはその時の彼の心理状態と、それに伴う行動だ。

 

「……」

 

 歩きながら一夏は無言で己の右手を見つめた。

敢行した縄抜け、すぐそばに居た見張りに不意打ちを食らわして武器の拳銃を奪った直後、異変に気付いた別の犯人一味の一人に、考えるよりも早く持っていた銃を向け、そして、戸惑うことなく引き金を引いた。なぜそのような行動に出たのか。きっと無我夢中だったのだろう。何せその時の心境の詳細を思い出すことができない。防衛本能が機能をしたとでも言うべきだろうか。だとしても決して軽々しいことではない。今でも、あのとき無意識のうちにその行動を選択し実行に移していた自分には疑問を浮かべるのだ。

あの時に持っていた銃と、引いた引き金の重さは今もなお鮮明に思い出せるほどに体に染み込んでいる。単純な質量、引き金の重さという点で見れば一夏の力からすれば軽すぎるものだ。だというのに、下手な大荷物を持つよりも重みを持って感触が残っている。あるいは、それこそが命の重みというべきなのだろうか。

 

 四。千冬の手で事が終わるまでに一夏が引き金を引いた数、そしてその結果として倒れた犯人グループのメンバーの人数を示す数だ。撃った時点で息はあった。だが、状況が状況だ。そのまま死に至っただろう。

今の状況が示す通り、そのことで一夏が咎に問われることは一切無かった。身近でたった二人、事情を知る一人である姉が曰く、解決に協力したドイツ軍が上手くもみ消したということだ。もっとも、状況が状況だけに正当防衛も適応し得ると一夏個人は思っていたが。あるいはそのこともまた千冬がドイツに協力した理由の一つであるかもしれない。だがそんなことはどうでも良いのだ。少なくとも一夏にとっては。

 

(そう、犯人始末したことはもう今更だ)

 

 まかり間違っても早々に容赦されて良いことではないとはいえ、それは既に終わってしまったことなのだ。何より一夏が問題としていることはまた別にある。

 

(何も思わないとは、一体全体俺はどうなっていやがる……!)

 

 誘拐犯とは言え、自分自身の手で殺めたという事実を、彼自身驚く程に冷静に受け入れているということだ。

ラウラに恨み言を言うつもりは無い。だが、改めて他人の口から言われたことで再びこの疑念が頭の中で渦巻く羽目になってしまったことについては、ラウラではなく悩みそれ自体に一言物申しても罰は当たるまい。

 

(ろくでなしにも、程があるだろう)

 

 凡そ人が犯す禁忌の中でも最大級のソレを行って置きながら、まるで良心の呵責などに苛まされることが無い。むしろ迂闊に気を緩めればそれがごく自然と思ってしまいかねないのだから、更に性質が悪い。

それだけではない。身の安全が確保された瞬間、姉の抱擁を受けたあの瞬間のことを思い出すたびに、どういうわけだか嫌な感覚が全身に広がるというのも一夏にとっては問題ごとであった。

あの瞬間に自分が何を思ったのか、何となくというレベルで覚えてはいるが、より細かいところまで思い出そうとすると、まるで本能がそれ以上を進ませようとしないかのように反射的に思考を途切れさせられる。

 

(本当に、俺はどうなっているんだ……)

 

 人とはズレた感性をしている自覚はあるが、同時にそれなりに良識というものも弁えてはいるつもりだ。それが自分自身への疑念を強める。

禁忌の一線を踏み越えることにまるで動じないこと、そして家族の抱擁という歓迎すべき行為に伴う記憶の不明瞭をだ。

 

(このままじゃあ、いかんよな……)

 

 今の一夏が感じているものは紛れもない迷いだ。それは武人としての彼にとって決して歓迎できるものではない。思考のブレは剣を、拳を曇らせるものと相場が決まっているのだ。

 

「俺も、マジでどうにかしなきゃなのかな……」

 

 再び開かれた口から洩れたのはごく小さな呟きだった。IS学園という特異な環境、そこに身を置き続けることであるいは何か光明を得られるかもしれない。そうであることを願い、彼は歩み続けた。

 

 

 

 

 

 初日から一年生の部で大きな事件があったものの、その反動と言うべきか、以降のトーナメントのプログラムは滞りなく執り行われる運びとなった。

各学年共に優勝を飾ったのは大方の予想を裏切らず専用機を要するペア、特に二年の部においては生徒会長更識楯無の文字通りの独壇場と呼べるほどに圧倒的な結果に終わっている。

そして、初日の事故によって予定に遅延が生じた一年生の部の決勝戦はトーナメントの最終試合に持ち込まれ、事前の本選出場専用機ペア決定トーナメントにおいて、篠ノ之・ボーデヴィッヒペアとオルコット・凰ペアを下した織斑・デュノアペアが優勝を飾る運びとなった。

ちなみに更識簪・布仏ペアはセシリア、鈴のタッグを相手に接戦を繰り広げたものの、第三世代二機というパワーに押し込まれて惜敗という結果に終わっている。

なお、余談ではあるが試合後に同級生の健闘を讃えようと簪の下に赴いた四組の生徒が、更衣室でブツブツと「次は潰す……燃料気化弾頭にクラスターでレッツパーティ……もういっそ戦艦の主砲でも……80cm口径砲の4.8t榴爆弾でアリーナごと木端微塵に……フフ」などと不気味に呟く様を目撃したとかなんとか。

 

 そんな色々な過程を経て行われた一年生の部決勝戦であるが、ここでまた一騒動が起きた。

試合自体は相手側も決勝まで勝ち上がってきただけあり善戦はしたものの、織斑・デュノアペアが安定したを収めるという形で終わった。だが、この後である。

 

「やはり、優勝者が二人っていうのは正直微妙じゃないか?」

「全くもって同感だね。僕も思うよ、多分これに勝てば僕は凄く満足できるって」

 

 決勝戦に勝利をした直後、互いに武器を突きつけあいながら一夏とシャルロットが交わした言葉の一部である。

どよめきに包まれる観客席を余所に一夏とシャルロットは平然と管制室に通信を繋ぎ試合の許可を取る。そして管制室に居た千冬が出した結論は、『許可』であった。

元々最終試合ということもあり、この後にプログラムが詰まっているということも無い。両者共に消耗しているため決着も比較的早く着くことが予想され、エキシビジョンとしても都合がいい、などなどの諸々の理由によるものであった。

 

 そして一年生の部決勝戦に引き続いて執り行われた、後に『真・一年の部決勝戦』などと呼ばれることになる一夏とシャルロットの戦いは専用機同士ということも相俟って、直前の試合以上の接戦の果てに一夏が勝利。

かくして一年生全体におけるチャンピオンの座をもぎ取った一夏はアリーナの中央で盛大に高笑いを披露したのだが、その姿がばっちり大型モニターに映されていたことで同級生を中心に「まるで鬼か悪魔の仲間みたい」と評され、自室で膝を抱えたりする羽目になったのだが、あくまで余談である。

 

 こうして、IS学園における全体トーナメントは例年以上の盛況のうちに幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、今回のIS学園にて起きた暴走事故についてご報告させて頂きます」

 

 都内某所、政府の管理下にある施設の地下にある一室にはおよそ十人ほどの人間が集まっていた。

一様にスーツを纏った彼らは誰も彼もが政争を長きにわたって潜り抜けてきた老練な重みを醸し出している。

プロジェクターによって映し出されるモニターのみが光源となっている薄暗い室内において、彼らを前に立つのは美咲であった。

 要人の会議などで用いられる部屋は政府の管理下にあって多くあるが、この部屋は特に外部との遮断性に力を入れた構造となっている。

電波の遮断は勿論のこと、ネットワークの類からもほぼ完全に隔離、室内の電力にしても隣接する部屋に設置された発電機から供給される電力で賄われるという徹底ぶりだ。

地下にあるということも相俟って、有事の際にはシェルターとしての利用もできるこの部屋は、特に機密性の高い会議を行う場合などに用いられる。

 

「概要についてはお配りの資料の通りです。過日行われたIS学園における全体トーナメント、その初日において試合に参戦したドイツの第三世代が暴走。現場に居合わせた生徒及び学園の教師の手により鎮圧されました」

 

 美咲の言葉を聞きながら室内の面々は各々手元の資料に目を通していく。それを確認しながら美咲は事務的な口調で言葉を続ける。

 

「なお、現場に居合わせた生徒は三名、内二名は織斑一夏及び篠ノ之箒であることが確認されています」

 

 一瞬室内の空気に緊張が走った。織斑一夏と篠ノ之箒、IS学園に在籍する日本人生徒は多く居るが、この二名に関してはその重要度が文字通り桁が違うというのが彼らの共通見解である。

 

「浅間君、このISの暴走が二人を狙ってのものである可能性はあるかね?」

「いえ、おそらくその線は薄いかと。仮にそうだとすればISに対しての外部からの干渉が必要となりますが、あの状況下でそれはほぼ不可能と言えるでしょう。また、この件については既にドイツに非があるとした上で国連の委員会を中心とした調査団による調査が進んでいます。仮にこの二名に何かがあれば、ドイツは国際的な批判を受けることは必至でしょう。また、両生徒を害してドイツが得られる利益もあまり見込めません。完全にリスクとリターンが釣り合っていない以上、二名に関しては巻き込まれたという形が正しいかと」

 

 一人の男の質問に美咲は淀みなく答える。既にシュヴァルツェア・レーゲンが暴走事故を起こしたという事実は、その情報の精密性に差はあれどほぼ各国が知るところとなっていた。ただでさえ非難を受けて当たり前のところを、更に世界唯一の男性IS適格者に何かあったとなれば、ドイツにとっては『泣きっ面に蜂』の状態となる。故に故意の線は無いと美咲は伝える。

 

「資料には違法とされているVTシステムによるものとあるが、浅間君。この情報は確かかね? 何せ事件のことはあちこちのルートから伝わってきてはいるが、VTシステムが関わっているということは君の方からしか来ていないのでね」

「はい、確実です。現状では対応にあたったIS学園、及び学園が報告を提出した委員会がVTシステムの関与を把握しているのは確実として、各国への情報の浸透は未だ浅いと見て良いでしょう。事故当時現場に居合わせた私は赤木事務次官の許可の下で一部始終の記録を行いました。現在モニターに映している映像がそうですが、一IS乗りとして断言させて頂きます。禁止が制定される以前に実験運用されていた当時のものとはいささか様相が異なりますが、まずもってVTシステムと見て良いでしょう」

 

 その後もあちこちから質問が出ては、それに美咲が答えていくという形で会議が進んでいく。そして一しきり質問の類が出尽くし、室内が落ち着いた所で美咲は一度咳払いをする。何気ない所作だが、その些細な所作にもこの場に集った彼らは意識を傾けこの後の言葉へ意識を集中させる。

 

「さて、今回のドイツのISによるVTシステム暴走事故。既に事故それ自体は目立った被害も無いままに終息し、既に委員会が動いている以上日本国としてのドイツへの事件の不始末を盾にした必要以上の干渉も、今後の関係を考慮して控えるという結論に達しています。本来、これだけで済むのであればもっと簡素なご報告で済んだのですが、今回の事件には見過ごせない点が一つあります」

 

 前置きをすることで美咲は一同の意識を一気に自身の言葉へと集中させる。

 

「今回の事件で私が最も問題と考える点、それはVTシステムが再現したのが織斑千冬前国家代表、彼女の現役時代の戦闘データということです」

 

 その言葉に反応を示したのは室内のおよそ半数ほどの面々だった。反応が無かったのは活躍する分野の関係上、事の把握が不完全である者だ。とはいえ、その辺りは各々の諸事情というものがあるために責めるわけにはいかない。事態を把握している者達も含め、改めて事を確認させるため美咲は説明をする。

 

「ご存じの通りVTシステムは優れた乗り手のデータを用いてよりインスタントにIS単騎の戦闘能力の底上げを図るものです。当然ながら用いられるデータはより優れた乗り手のものでなければならない。かつて二度にわたり異なる形で行われた国際大会の場で活躍をした者のデータなどまさしく都合が良いものでしょう。ですが、そうした者達のデータは国家の戦力に関わる重要な要素であるため必然的にその管理は厳重なものとなります。そしてそれは織斑前代表のものも例外ではありません。

勿論、公の記録に残されている戦闘映像などからある程度の再現は可能でしょう。ですが、それで再現できるのは本物のデータの六割程度が関の山です。しかし、ご覧の記録映像にあるVTシステム発動後の当該ISの動きは紛れもなく本物の千冬のデータを流用したものであると見ることができます。無論、本物の織斑前代表及び当時の彼女の専用機『暮桜』と比較すればやく五割から六割弱程度でしょうが、いくつかの制限を課せられているとはいえおよそ十機ものISを相手取り苦戦せしめるとなれば、もはや本物のデータを用いている以外にありえません」

「それが示すところは何だ」

 

 低い声が美咲に問う。この会議が始まって初めて発せられたその声には、生半可な神経を持つ者なら問答無用で萎縮させるような、この場にあってなお異様さを感じさせる重みを持っていた。

それを美咲は涼しい顔で受け止める。幼い頃より見知った男の、実父のものだ。子供であった時分から聞き慣れた声に今更どうこう感じたりはしない。

そして美咲は一度言葉を切り、室内の一同を見渡す。全員の視線が自分に集中しているのを改めて確認し、小さく息を吸ってその言葉を言った。

 

 

 

「内部からの情報漏洩、内通者の存在です」

 

 

 

 その言葉に対する室内の反応は静かなものだった。おそらくは美咲が言うよりも前に状況から各々がこのことを予想していたのだろう。驚きよりむしろやはりかと納得するような気配があちこちから立ち上がる。

 

「国家代表操縦者のデータを扱える以上、技術系の相応の権限を持った人間に絞られるでしょう。調査は、早急に行った方が良いかと」

「それもそうだな。直ちに内部調査の準備をしよう」

 

 美咲の推測にすぐさま対応を取る旨の返答が上がる。

 

「それで、仮に下手人が見つかった場合はどうするね?」

「一般論に則して言えば確保の後、各種の機密保持法に反しているため、それぞれの法に則り捌くべきでしょう。ですが、事が事だけに一切の妥協は許してはならないと考えます。捕え、目的やつながりなどを洗いざらい調べ上げたのち、そうですね。仮に小金稼ぎが目的程度ならば真っ当に法の裁きの下に送るべきでしょう」

 

 ですが、とそこで美咲は言葉を切り目を細める。

 

「仮に明確な国家への反逆、あるいは体制への攻撃の意思を持っていたのであれば、それは捨て置くことはできません。この国の繁栄に揺らぎを齎す不穏分子は早々に摘み取るのが吉。であるならば――私が直接処断をしましょう」

 

 そう、下手人への処刑宣告を美咲は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 初っ端からネタを飛ばしてくれた簪ちゃん、原作からしてそういう方面に知識が深そうなキャラがいるとこういう時に役立ちます。あと、何やかんやで一夏も結構分かっちゃうという。
アキバでエンカウントしちゃう数馬と簪とか書いてみようかな……
なお、この簪は楯無を何とかして弄り倒そうとすることの情熱の一端をかけていたりします。ささやかな姉への張り合いってやつですよ。

 そしてラウラ、千冬、一夏のお話。これは特に語ることはありません。元よりラウラが初めから色々と理解をしてくれているキャラなので。
ちょっと一夏に関して不穏なことを書きましたが、これについてはまた追々で触れたいと思います。
ただ、一夏が事件の際にやらかしてしまったことに関して軽く釈明をさせて頂きますと、文字通り無我夢中の状態だったのですね。どうにかしなきゃいけない、そのためには敵の排除が手っ取り早い。モラルとかそういうのをすっ飛ばして、本能レベルで判断して行動したという感じです。例えると、少年時代のケリィに近い状態ですかね。上手く例えにくいのですが。

 で、最後。まぁ軽くスルーして下さい。こういう話があっても良いよねという作者の試みみたいなものです。


 このハーメルンに移行してから約一年、どうにかここまで漕ぎ着けることができました。
これもひとえに日頃の読者の皆様方のご愛顧応援の賜物であると思っております。
不肖私、今後もより良い作品作りに努めていきたいと思っている所存でありまして、つきましては皆様今後もおつきあいのほど、よろしくお願い致します。
特に、感想とかあるとすっごく嬉しいですね。(迫真)
ドンキーコング64でカギを開けてもらったクランキー並みに飛び跳ねるくらいには。

 ではまた次回にて。
そろそろ楯無ルートの方の更新もしなきゃだ。元々その予定だったし……


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第三巻
第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏


 今回は臨海学校前の休日の一幕って感じでお送りします。なんてことは無い、日常回というやつですね。
ただ、原作にまるで無い描写をゼロから書かなきゃいけなかったので、何気に書く難しさは結構なものでした。


 

『臨海学校直前 一夏の模様そのいち』

 

 波乱を含んだ全体トーナメントから更に月日が過ぎた。既に新入生も『一年生』としてIS学園の名実ともに一員と呼べるほどに学園での生活に親しみ、これから更に未来のIS乗りへの道を邁進しようと日々を過ごしていく。

 そんな中、また今年も夏という季節が日本全体を包む頃合いとなっていた。そして日付もそろそろ六月の終わりが見えつつある中、IS学園一年生たちは一様に『楽しみ』というオーラを振りまいていた。臨海学校――字面通りの行事が控えているからである。

 

「フンフーン」

 

 土曜の朝、半日授業前の早朝練習の準備を整えながら一夏は鼻歌を鳴らす。気が付けば鼻歌の曲は最近贔屓にしている二次元アイドルコンテンツの夏メロになっている。が、そんなことは微塵も気にしている様子はない。既に彼の生活に完全に浸透している故に、それを疑問と思う思考が麻痺しきっているのだ。早い話が手遅れである。

 いつも通り日が昇り始める頃合いにきっちりと目を覚まし、洗面所に直行し冷水で洗顔、更に意識を覚醒させる。そして軽い柔軟で体をほぐすとそのままベッド脇に置いてある携帯を手に取る。

 下は小学生から上は高齢者まで、広く普及している携帯電話だが一夏も例に漏れず所持している。既にいわゆる「ガラケー」と言われるタイプが市場における超マイノリティになってから久しく、一夏を始めとして周囲の面々が所持する形態は一様にタブレットタイプのもの、早い話がスマホとなっている。

 多機能高機能が売りの現代の携帯だが、元々一夏の携帯の使用用途は限られる。ガラケー全盛期とさほど変わらず電話、メール、ウェブをそこそこ程度だ。だが、そんな彼の携帯に珍しく楽しみと言えるものが最近加わった。

 

「さて、一先ずは朝のライブと行きますか」

 

 独り言ちながら携帯を手に取るとダウンロードしてあるゲームアプリを起動する。ガールズバンドをモデルとしたキャラクターコンテンツが元のこのゲームは所謂音ゲーであり、元々存在こそ知っていたが数馬に勧められ初めて見たら見事にドハマりしたという流れだ。

 音ゲーだけあって難易度の高い曲は相応に譜面も難しい。しかし一夏の並外れた動体視力、反射神経はそれを半ば力技でねじ伏せるかのようにクリアを可能としている。そこに手ごたえを感じているのか、単にコンテンツへの好みに留まらずゲームそのものにも一夏は好感触を抱いていた。

 

「……さて、こんなもんか。やはり朝はRos○liaでテンションをカチ上げるに限る」

 

 朝一番のライブは文句なしのフルコンボ。今朝もグッドなクオリティと一夏の顔も自然と得意気なものになる。ちなみにここ最近の一夏の口癖は「Ro○eliaに真剣になれ」である。

 

 閑話休題。

 曲を終えたことで経験値や報酬と言った各種ポイントが加算されていくのを見て一夏はニンマリとする。

 

 よしよしと頷きながらアプリを終了、そして日課のランニングをするためにいそいそと着替え始めた。

 

 

 

 

「ん?」

 

 寮を出るにあたって建物の構造上、必ず談話スペースの脇を通ることになる。いつも通りに準備を整えて寮の外へ出ようとした一夏だが、そこまでに至る見慣れた光景に今日は普段と違う点があるのに気付いた。

 

「相川か?」

「あ、織斑くん」

 

 談話スペースに設けられたソファに腰掛けていたのは同じクラスの相川清香だった。一夏同様にTシャツとハーフパンツという簡素な出で立ちをしながら、何をするでもなくただソファに座っていた彼女は一夏に声を掛けられたことで彼の存在に気付いた。

 

「どうした、随分と早いな」

「うん、なんか今日は早く目が覚めちゃって。目もバッチリ冴えちゃって。で、することが無いからこうして、ね」

「あ~、確かにそういうことあるよなぁ」

 

 そこまで早起きをするつもりは無いのに自分でも驚く程に早起きをしてしまい、そのままガッチリ目が覚めてしまうということは時折ある。もっとも一夏にしてみれば普段からして朝が早いためそのような経験はあまりなく、もっぱら数馬から聞かされた体験談によっているのだが。

 

「まぁそういうこともあるさ。折角なんだ、朝の静けさってのを楽しむのも良いんじゃないかな」

「う~ん、そうは言ってもあんまり分かんないんだよねぇ、そういうの」

「ハハ、まぁ普段からやってるわけじゃないならそれも仕方ないか」

「うん。……織斑くんは?」

「俺? まぁ日課のランニングをな。いつもこのぐらいなんだよ」

「へぇ~、凄いねぇ」

 

 感心するような清香に一夏は習慣だからと特別なことではないと言う。

 

「でもランニングってどのあたりを走るの?」

「あぁ、寮の周りとちょっとその先とかをね。大体一周で二キロくらいになるから、それを五周で毎朝10キロだ」

「10キロ!?」

「おうよ。それにちょっと筋トレとかで、だいたいこれで朝のメニューかな」

「ふ~ん、なんだか凄いねぇ」

「じゃあ、俺はもう行くから。時間、余裕あるってわけでもないからな」

「あ、うん。ごめんね、なんか引き留めちゃって」

「いいさ。相川も、せっかく早起きできたんだから朝を楽しみな」

 

 そう言って一夏はヒラヒラと手を振りながら歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 一夏が去った後も清香は談話スペースに居続けた。一夏にはあのように言われたものの、実際これほどの早起きはあまり経験がないため何をすれば良いか思いつかず、結局こうして談話スペースに居座り続け、自販機で買ったお茶を飲みつつ備え付けられている新聞や雑誌に目を通していたのだ。

 

「ん? なんだ相川、まだ居たのかい」

 

 そんな彼女に再び声が掛けられる。誰かは確認するまでもなく聞いただけで分かる。一夏だ。振り返ってみればランニングを終えた後なのだろう、額に幾つかの汗の玉を浮かべている一夏の姿があった。

 

「あ、織斑くん。戻ってきたんだ。うん、なんだかすることが思いつかなくて」

「ま、そういうこともあるか」

 

 それだけ言って一夏は部屋に戻るためにそのまま歩き去ろうとする。そこで清香はふと違和感を感じた。そして何気なく時計を見遣る。

 確かランニングに出向く前の一夏と話したのがまだ五時四十分とかそのあたりだったはずだ。そして今、時計の針が指し示す時間は六時十分だ。それを認識するまで約二秒、そして事実を認識した清香は――

 

「って、早ぁッッ!!?」

「ん? どうした?」

 

 驚きの声を上げる清香に一夏が歩を止めて振り向く。

 

「いや織斑くん! いくらなんでも早すぎない!? だって確か10キロって……」

「あぁうん、いつも通りに10キロ走ってきたけど。それがどうした?」

「いや、その、えぇ? だって、10キロ走るのに……30分切ってない?」

 

 言われて一夏は廊下の壁に掛けられた時計を見る。そのまましばらく時計を見つめ、時間を確認するとポンと手を叩いて頷く。

 

「うん、そうだな。確かに30分切ってるわ」

 

 そして事もなさげにそう言う。

 

「まぁだいたいこんなペースだよ、いつも。んじゃな、また後で」

 

 それだけ言って呆然としたままの清香を置いて一夏は歩いていく。その背を見送りながら、清香は小さく呟く。

 

「織斑くん、10キロで30分切るって世界狙えるレベルだよ……」

 

 中学時代、陸上部所属だった彼女の呟きは一夏に届くことなく虚空に掻き消える。

 余談ではあるが後日、何気なく行われた会話の中で一夏が中学時代に校内で行われた陸上大会の各種目で陸上部のレギュラーをぶっち抜いたことや、その記録が県記録を塗り替えるもので当時の一夏の中学の陸上部顧問が一夏が陸上部に居ないことに涙を流したとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 半日の授業を終えた一夏が向かったのはアリーナの一つだ。

 

「フッ!」

 

 鋭く息を吐き出すと同時に白式のスラスターが唸りを上げる。殆ど着地しているのと大差ない程に地面スレスレの高度で浮きながら、まるで滑るように白式はアリーナを縦横無尽に駆ける。

 白式の機動は直線が多い。元々近接格闘戦を主とする機体に必要なのは旋回性や飛行の自由性などよりも相手の懐に、刃の威力を余すことなく叩きつけることができる必殺の間合いに入ることができる突破力だ。かつて一夏の実姉である千冬の愛機であった「暮桜」などその典型だろう。

 現在から見れば旧式の装備に多い時節とは言え、その中でも飛び抜けた直線突破力を持った機体に正しく「一撃必殺」を体現した零落白夜という剣を持ったかのISは、千冬本人に並外れた技量も相俟って極限られた同等の実力を備えた傑物達を除き対ISにおいて正しく別次元の強さを誇っていた。

 やや話が逸れたが、白式もまた機体総体として持つ機構は暮桜と根本的な部分でほぼ共通している。姿勢制御系やスラスター機構などの時を重ねることによる技術向上によって旋回性なども上がってはいるが、置かれた主眼には一切変更は無い。

 過日に搭載された宿儺を以ってようやく本当の意味での完成に漕ぎ着けたと言える白式、そして幾度と踏んできた試合の中で積み重ねた一夏自身の経験、それらがようやく結集しようかという実感を一夏はこの数日感じていた。

 

「ふむ……」

 

 他の邪魔にならないようにアリーナの端に近い方で一夏は宙に浮かんだまま腕を組む。プカプカと浮遊したまま椅子に座るような姿勢を取るのは最近見つけた待機姿勢だ。少しばかりPICを操作することで意外と簡単にでき、思った以上にリラックスができるためここしばらくは練習の合間などは大体このスタイルを取っている。

 

「やはり、変に旋回なぞするより直進の方が良いな……」

 

 ブツブツと小声で呟きながら一夏は思考を整理していく。

 既にPICのマニュアル操作にも手は出しているが、現状まずこれの習熟を深めることが最優先だろう。オートでは対処しきれない細かい操作、そこから繋がる飛行機動があるいはここぞという所で勝敗を分ける可能性も大いにある。実際に何度かやってみた感触で言えば、これまでのISでの機動訓練の例に漏れず要は慣れだ。数をこなす以外には無い。

 続いて旋回と直進。元々白式というISはその性質上直進の加速性に優れている。となればこの長所を活かすことを第一に活かすべきだろう。真正面からの突撃などと侮れない。その速さが相応のものであれば下手に右へ左へと動くよりも遥かに相手の虚を突きやすいのだ。

 しかしそれだけというわけにはいかない。真正面からの中央突破、これを一つの武器とするのであればそれをより活かせるように補える種々の技能の習熟も必要となる。それに使えそうなものとは何なのか。

 

「結局、直線移動に限られちまうのだがなぁ……」

 

 うーむと唸りながらぼやく。やることはそう複雑ではない。要は変に旋回などせず直線移動であちこちに飛び回れば良いだけだ。そもそも相手が捉えられないほどに動ければそれが旋回機動か直線機動かなど些末な違いだ。

 

(だが、問題はそこなんだよなぁ……)

 

 あっちこっちへと飛び跳ねて相手を攪乱する、それには相応のスピードが必要だ。今も一夏は左右のスラスターを交互に吹かすことで素早い方向転換を行うという手法を使っているが、この場合はその更に上を行く必要がある。それこそ、左右のスラスター別々で瞬時加速を使うというレベルだ。

 だがそこまで行くと生半可なレベルではない。なにしろそれは「個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)」と呼ばれる加速技能の中でも特に難易度の高い部類に当てはまるのだ。

 

「あ~あちくせう、まだまだ前途多難だなぁっとぉ」

 

 体をほぐすようにグッと背伸びをする。そしておもむろに何も握っていない右手に蒼月を展開して柄を握るとそのまま刀身を背に、背と刀身の腹が平行になる形で持っていく。

 直後、甲高い金属音が鳴り響く。超高速で飛来した何かが蒼月の腹にあたり弾かれたのだ。その衝撃は当然ながら蒼月を伝いそれを握る一夏の右手にも届くが、その程度で動くほど彼はヤワではない。

 

「デューノーアー、お前いきなり何しやがる」

 

 明らかに穏やかとは言い難い口調で一夏は後ろを向きながら言う。振り向いたその視線の先、300メートルほど離れた所にラファールを纏いライフルを構えたシャルロットの姿があった。

 

『いやぁゴメンゴメン。ちょっと手が滑っちゃって』

「嘘を言うな。手が滑ってあぁも見事に人の背中にピタリ弾を飛ばせるものかよ」

『……いや、本当にごめんね? ただ君の姿がちょっと見えて、アリーナの中にいるにしては珍しくリラックスしてたから、ちょっとね』

「悪戯でもしてみようと?」

『テヘッ』

「悪戯でライフル撃ってくるなんぞお前くらいだろうよ」

 

 どうにも怒るのも馬鹿らしく感じてしまい、呆れ顔になった一夏にシャルロットは本当に反省する気があるのかと疑問に思ってしまう笑顔でゴメンゴメンと謝ってくる。

 その間にもシャルロットはラファールを駆って一夏の下へと向かってきている。シャルロットのカスタムラファールもまた他の専用機と比しても機動性に優れている方の機体であるため、一夏の下までたどり着くのはさほど掛からない。

 

「いやぁ、本当にごめんねぇ」

「全く、悪ふざけも大概にしてくれ」

 

 すぐ傍までやって来て謝罪の言葉を述べるシャルロットに一夏は呆れたように肩を竦めるとクルリと背を向ける。

 

「ッッ!?」

「まぁ、このくらいの仕返しはありだろう」

 

 気が付けばシャルロットの首筋に蒼月の刃が添えられていた。高周波振動による蚊の羽音を低くしたような音がシャルロットの鼓膜を震わせていた。

 トーナメント前の一夏の部屋での一騒動、その時のことを思い出して知らずシャルロットは固唾を飲む。刃を突きつけられたこともそうだが、本当に緊張させられるのは自分に背を向けたまま、気づかれずにそれをやってのけたことだ。あの時もそうだった。そしてゆっくりと蒼月が首筋から離れていく。

 

「あまり悪ふざけはやめてくれよ」

 

 口調は静かで落ち着いたものだったが、それだけに不気味さを感じる。ただ頷くことしかシャルロットにはできなかった。

 

「あれ、そういえば織斑くん」

「ん、どうした?」

 

 背を向けたまま片手でクルクルと蒼月を弄ぶ一夏にシャルロットが声を掛ける。

 

「さっきさ、僕のライフルの弾を弾いたの、あれ背中を向けてたよね? ロック警報は出ていなかったはずだけど……」

 

 互いに激しく動いている戦闘中ならともかく、両者ともに静止した状態であるならばFCSの補助を借りずともそこそこの距離までなら狙い撃つことがシャルロットにはできる。ゆえにロック警報が相手に出ないFCS未使用での射撃を一夏に行ったのだが、それを一夏は完全に対処していた。それも背を向けたままだ。

 

「あぁそれか。いや、直感。なんか背筋に嫌な感じがしてね。とりあえず腹に当てれば弾は弾けるし、お前だって気付いたのは弾いた後にハイパーセンサーで後ろを見てからだな」

「なにそれぇ……」

 

 もはや理屈ですら無い理由にシャルロットは絶句する。先ほどの気付かれない内に刃を首筋に添えるその早さもそうだが、一夏を相手にしていると本当に時々頭を抱えたくなると思うのは気のせいではないとシャルロットは感じていた。

 

「……」

 

 そして再び無言になって視線を落とす一夏にシャルロットは首を傾げる。彼のこのような姿は珍しいというのが率直な感想だ。ことISに関わる中では常に毅然と前だけを向いているような姿が印象深いだけ余計にだ。

 

「どうかしたの?」

 

 だからこのような質問をするのもごく自然と言えるだろう。

 

「あぁいや、ちょっと考え事をな」

 

 そして一夏が語った直線機動と鋭角の方向転換、それに深く関わるだろう個別連続瞬時加速、ここ最近はそれをどうにかできないかということが頭から離れないのだ。あまり口に出したことはないが、体を動かすことに関連することで習得に苦労した経験というのはあまりない。そんな中で現れた時間の掛かりそうな課題なのだ。一夏自身珍しいと思えるほどに執心をしていた。

 

「ふ~ん……」

 

 考え込むような一夏を見てシャルロットも何かを考える。

 

「ねぇ織斑くん。悩むんだったら気分転換でもしてみたら?」

「気分転換?」

 

 不意に予想外の言葉を掛けてきたシャルロットに一夏は首を傾げる。

 

「そうそう。アリーナなんて場所で織斑くんが考え事なんて、どうせISの操縦絡みなんだろうけど――あ、その顔図星でしょ。うん、何て言えば良いのかな。君のそういうすっごく真面目なトコ、僕は凄いと思うし嫌いじゃないけど、詰まったら息抜きも良いんじゃないかな?」

「息抜き、なぁ。まぁトレーニングスケジュールの管理はきっちりやってるつもりだが……」

「明日は日曜日で学校もお休みでしょ? 少しくらい羽を伸ばしても良いんじゃないかな?」

「まぁ明日は元々家の掃除やら入用の買い物とかに行くつもりだったけど、そういうお前はどうなんだよ」

「僕? 僕は明日は買い物に行くよ。ラウラと一緒にね、臨海学校の準備とかするんだ」

 

 トーナメントが終わって少ししてからあった小さな変化、それはシャルロットとラウラが互いに名前で呼び合うようになったことだ。同時に授業以外の時間でクラスメイト達と積極的に会話をしようとするラウラの姿も一夏はチラホラと見ていた。

 数日前にこのあたりの事情をラウラと同室のシャルロットに聞いたところ、ラウラの方からシャルロットに相談があったらしい。もっとクラスの者達との交友を深めたいと。一夏は知る由も無いが、モジモジと恥ずかしそうに頼んでくるラウラの姿にそれはもうハートをキャッチされたシャルロットは頼んだラウラですら思わず後ずさる勢いであれやこれやと提案をしていたのだ。

 

「臨海学校の準備というと……水着とか?」

「そ。ラウラったら学校の指定水着で良いとか言っちゃって。特に制限は無かったでしょ? 折角の機会だからね、ちょっとこの辺りでオシャレとかも覚えさせようと思って」

「あー、確かにあいつそういうの興味無さそうだものなぁ」

 

 外出にしても制服で十分ときっぱり言い切るラウラの姿があまりに容易く想像できてしまった一夏は納得するように頷く。なにせその辺りは一夏も共感できるところがあるのだ。

 

「買い物はどこでやるんだ? やっぱり駅の?」

「うん。というか、ちょっと調べたけどこの辺りだとそこしかないからね」

 

 一夏とシャルロットが話すのは学園と本土を繋ぐモノレール、その本土側にある臨海駅に直通している大型のショッピングモールだ。

 IS学園が近くにあり、集まる人間が国際色豊かであるという近隣の土地事情によってモールには様々な店が並んでおり、近隣住民には「楽しみ」としての買い物ならそこ以外には無いとまで言われている。

 ちなみにこうした大型モールの建設に伴って、周辺の地元商店などと摩擦が生じるなどの問題も常ならばあるのだが、このケースに限ってはモール内の店と地元商店の被りが少ないため、意外に影響は少なかったりする。要するに消費者側の需要のバランスが上手く取れているのだ。一夏も中学時代、鈴や弾、数馬などと共によく足を運んだ場所だ。もっとも鈴に関しては弾と数馬が二人とも揃った時は来るのを控えていた節があるが、それが何故かは一夏も未だに分かっていなかったりする。

 

「で、織斑くんは臨海学校の準備とかしないの? 水着を新しくするとかさ」

「あー、あいにく俺はその辺をあまり頓着しなくてなぁ。態度と頭の軽さが比例しているようなチャラついた奴なんか気にするだろうが、俺はな。まだ前からのが使えるし、デザインだって悪くは無いと思っているから新調の予定は無いな」

「ふーん。ところで参考までに、何色なの?」

「黒がベースだが何か?」

「いや、ね」

 

 そこで一度シャルロットは言葉を切って一夏をまじまじと見つめる。

 

「確かに、なんとなく黒が合ってそうだよね。そのISスーツも、結構似合ってるし」

 

 既に一夏のISスーツはトーナメント中の事故の際に使い物にならなくなった前の物から、倉持技研より給された新しいものに変わっている。徹頭徹尾、黒で染め抜かれたISスーツは一見すれば見栄えというものに乏しい。せいぜいが肘や膝、肩の部分にあるサポーターのような隆起や、同じ黒色ではあるものの濃淡の違いによって模様のように見えるラインがせめてもの飾りと言った具合だ。

 

「普通真っ黒なんて地味だと思うけど、君の場合はむしろそれが合ってるのかもしれないね」

「かもな。あまり派手なのは似合わないって自覚は前々からあるし」

「確かにそうかもねぇ。なんか派手な格好してる織斑くんて……ダメだ、想像できないや」

 

 その言葉に二人揃って小さく噴き出す。

 

「でもそっかぁ。織斑くんは水着の買い物にノータッチかぁ」

「まぁそうなるけど、それがどうしたよ」

「いやそれがね、結構クラスの皆も臨海学校用に水着を~とかって言ってる子が多くってね。役得って言うんだっけ? 織斑くん、可愛い女の子の水着姿が一杯見れるよ? ほら、僕だってそうだし」

「……お前、本当に良い性格してるよな」

「え、そう? いやぁ、てれるなぁ。でもフランスに居た時はみんな僕のことを良い子だって言ってくれたし、エヘヘ」

「そういう意味じゃねぇよ……」

 

 突っ込む気力も失せた一夏は呆れたようにため息を吐く。お蔭で水着云々もどうでもよくなってしまった。

 

「まぁどのみち明日は俺も買い物に出る。特に誰かと一緒に動くつもりはないけど、もしかしたらバッタリ会うかもな」

「あれ? 誰とも行かないの?」

「元々俺個人にしか関わりのない用事で行くからな。他の奴が居てもしょうがない。それに、一人の方が落ち着く」

 

 言い切る一夏にシャルロットが何とも言い難いような表情を浮かべる。

 

「いやぁ、何となく分かってはいたけど、それで良いの? 多分だけど、例えばクラスのみんなとか、織斑くんと一緒に買い物に行くとかってなったらすごく喜ぶと思うよ? 何だかんだで君は結構みんなに慕われてるんだから」

「まぁ好意的に見てもらえるのはありがたいがね。どちらにしろそういうつもりは無いよ」

「……まぁ君がそれで良いなら僕もとやかく言わないけどさ。でも――あぁやっぱり良いや。ただ、たまにはそういうことをしても良いんじゃないかな?」

「たまには、な。そういう機会があればの話だ」

 

 さて、と言いながら一夏はシャルロットの横を通り抜けようとする。

 

「あれ? どこ行くの?」

「あぁいや、あっちの方で良い感じの空きスペースができてたからさ。ちょっと別の練習、剣の型でも確かめようかとな。悪いけど一人でやらせてもらうぞ」

「あぁ、うん。それは良いんだけどさ。そういえば、さっきは何のことで悩んでいたの?」

「それか。いや、ちょっと加速技術についてな」

 

 そこで一夏は白式の飛行機動における特性と、それを活かすために自分の考えをシャルロットに伝える。当然、その中には個別連続瞬時加速のことも含まれている。

 話を聞いたシャルロットも一夏の考えには概ね賛同の意を示す。個別連続瞬時加速の有用性や、その難度についてもだ。

 

「実際に軽く試してみたが、中々に大変だな。神経に響く響く」

「まぁ瞬時加速の派生形としてはトップクラスの難易度だからねぇ。確かアメリカのトップガンでも成功率はそこまで高くないって言うし」

「実は思いついたのと名前を知ったのじゃ思いつくのが先だったりするのだ、これが」

「何も知らずにトップ難度の技をやろうとしてたんだね、君だと逆に自然に思えるから不思議だよホント」

「そのへんはとりあえず置いといてだ。しかしマジで大変なんだよな、これ」

 

 そう唸る一夏の気持ちはシャルロットにはよく分かる。通常の瞬時加速はスラスターを一度に全て吹かすことでスラスター各機の出力を抑えつつ制御しやすいものになっている。

 しかし個別連続瞬時加速の場合は通常以上の加速を出すために、一機のスラスターで通常の瞬時加速並みの出力を、しかも姿勢や機動が崩れないように噴射角を精密に制御した上で立て続けに出さないといけない。

 そしてこれが直進ならばともかく、一夏の考える方向転換を組み込むとなると噴射角の制御の難度は更に上がる。正直な所、シャルロット自身もやれと言われたとしてできる自信はほとんど無いくらいだ。

 

「まぁ練習の過程でもっと落ち着きのあるやり方が見つかったのは僥倖だけどな。ほらデュノア、決勝でお前とやり合った時に見せたろう。あのジグザグに細かく動くの」

「あぁ、あれかぁ」

 

 瞬時加速よりも更に出力を下げて、制御を更に行いやすくした上で連続での方向転換移動を短距離で行う、というのが件の技である。一夏自身は『短距離瞬時加速(ショート・イグニッション)』と呼んでいるこの技は、ごく最近使うようになったものであり、移動距離こそ短いものの相手を素早く揺さぶることができるため、既に一夏も重宝するようになっているものだ。

 過日のタッグトーナメント決勝戦、その後に急遽執り行われた一夏とシャルロットの一対一の試合においても一夏は使用、シャルロットに狙いを付けさせず揺さぶりをかけ、一気に間合いを詰めて勝負を決めるというのが一夏の取った戦法であった。

 

「実際便利なのは確かだが、結局は本命のおまけだよな。理想としては個別連続瞬時加速での連続方向転換、それで完全に相手を翻弄しての一気に畳み掛けるってとこだ。今のままじゃ、まだまだだよ」

「けど、時間だってまだ一杯あるんだからさ。焦らないでやっていけばいいんじゃないのかな?」

「ま、そうなんだけどもよ、実際」

 

 じゃあ行くわと言って一夏はそのまま立ち去って行こうとする。だが、一歩踏み出した所で足を止めると再度シャルロットの方を向く。

 

「どうしたの?」

「いや、一応参考意見を聞いときたくてな」

「参考?」

 

 首を傾げるシャルロットに一夏は頷く。

 

「その個別連続瞬時加速での連続方向転換さ、よっぽど気を抜かなきゃ四回は安定して行けるんだが、このあたりどう思う――どうした?」

「え、あ、いやゴメン……」

 

 気が付けば言葉を失っていた。それだけ一夏の言ったことは衝撃的だったのだ。

 四回の個別連続瞬時加速、それは現在個別連続瞬時加速を使うトップガンとして有名なアメリカのイーリス・コーリングの専用機であるファング・クエイクが行える回数のソレと同じだ。

 調整を施された四機のスラスターをそれぞれ用いて計四回の加速を行うのが彼女の個別連続瞬時加速だが、それを一夏は安定してできると言った。国家代表に選抜されるエースですら成功率が五割に満たないと言われている技術をだ。

 それを知っているからこそ、シャルロットは言葉を失ったのだ。知らず固唾を飲む。一夏がISに関わって日が浅い身として破格の実力を有しているのは既に分かっている。だがこれほどとは思っていなかった。

 おそらく彼は自分が言っていることの意味を理解はしていないだろう。聞いてきた声の調子からそれは一目瞭然だ。いやそもそも、仮に分かっていたとしてもきっと同じような調子だろう。

 彼が求めているのはあくまで参考としての一般意見だ。だが所詮は一般意見、口ぶりから察するに彼自身未だに満足しきってはいないだろう。そして自分が求めているレベルに到達していない以上、どれだけ他者と相対的な比較をして上にあったとしても、それを決して良しとはしない。予想でしかないが、クラスメイトとして過ごす中で把握した彼の性格から察するにこう考えることは間違いない。

 

「ん~とね、結構良いんじゃないかな?」

 

 だからこんな曖昧な言葉で流すという選択肢しか思いつかなかった。

 シャルロットの言葉に一夏はしばし無言でジッと顔を見つめてくる。そして、そうか、とだけ言って頷くとそのまま立ち去って行った。

 

「血、なのかな。それとも、本人のセンスなのかな……」

 

 離れていく一夏の背を見送りながらシャルロットは呟く。さすがは織斑千冬(ブリュンヒルデ)の実弟と言うべきか。いや、そのような評価の仕方はきっと彼は好まないだろう。

 彼が自分の技術に乗せている想いは、全てが分からずともこの学園の誰と比しても並々ならない程のものであるということは分かる。そして彼が言うには全ては幼少の頃からの鍛練の賜物でもあるらしい。それを血筋だけで全てとするのは無粋というものだ。

 とすれば後に残るのは彼自身の才能、あるいはセンスだ。経験が多いとは言えない以上、もはやこれ以外にはない。

 

「本当におっかないよ。織斑くん、君って人は」

 

 ゆえに、シャルロットが自然と呟いた言葉は紛れもなく彼女の本心から来るものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、御手洗数馬は親友である五反田弾を連れてショッピングモール『レゾナンス』を訪れていた。

 

「いやぁ、取った取った」

 

 そうホクホク顔で手に持ったビニール袋を数馬は眺める。

 奇特な立場に置かれた親友二人の片割れとは異なり、ごく普通の高校生をやっている彼はこの日曜日と言う日が想定以上に暇になっており、たまには外に出ようともう一人の親友である弾を連れ立ってこのモールまで来ていた。

 計画というものをこれっぽっちも立てていなかった二人のモール散策はまずゲームセンターに始まり、そこのクレーンゲームなどで多くの景品を仕留めていたのだ。

 

「よくそれだけ取れるよなぁ」

 

 感心するように隣を歩く弾が呟く。少なくとも彼が見ていた限り、数馬が景品を取る手順は見事の一言に尽きるほど効率的なものだった。

 

「まぁそれなりに経験はあるからね。ただ、これで一夏も居れば完璧だったんだけどなぁ。あいつが居れば重心のバランスとかも分かるからもっと上手くやれるんだけど」

「あいつも忙しいから仕方ないだろ」

「確かに。その反動というべきか、俺らはどっちも暇だからねぇ。部活もやってないし」

「いや、俺は俺で料理の練習でもしようかと思ってたんだけど。別に暇ってわけじゃねぇぞ」

「でも誘えば来てくれるだろ?」

「まぁ、な」

 

 弾が料理というものに懸けている想いは、常日頃から表立って周囲に振りまいているわけでもないため一見すれば分かりにくいが実際は相当なものだ。人間観察の洞察力に関しては優れたものを持っていると自負し、同時に付き合いの深さというポイントも活かした上で見立てるに、その度合いは一夏が武道に懸けているソレに匹敵すると数馬は思っている。

 この辺りは一年以上前に一度彼らの前から去った彼らと交友の深かった鈴も同意見であり、まだ三人が「普段三人時々四人」という状態だったころ、「一夏の武術をそっくり料理に置き換えたのが弾」と評していたくらいだ。

 しかしそれだけ強い想いを持っていながらも、こうして呼びかければ素直に応じて着いてきてくれる。それは一夏も同じだった。そんな二人が数馬にとっては面白く、だからこそこうして親友をやっているのだ。

 

「しかし、結局午前中はゲーセンだけになったね」

「俺も特に行きたいところがあるわけじゃないから別に良いんだけどよ、さすがになぁ」

 

 ゲーセンでの景品乱獲に一区切りをつけたところで一気にすることが思いつかなくなったことに二人は揃って肩を落とす。

 

「そういえば蘭ちゃんはどうしたのさ。なんか来るなり一人でどっか行っちゃったけど」

 

 数馬が弾に聞いたのは彼の妹ことだ。蘭と名付けられた五反田家の第二子にして長女でもある弾の妹は隣の市にある中高一貫の女子校、その中等部に通っており、一般的な目線で見ても可愛らしいと言える容姿から兄妹の実家である五反田食堂の看板娘として常連客には親しまれている。ちなみに客からの弾の認識は跡継ぎの若大将である。

 そんな彼女だが、モールに向かう途中で弾と合流するために五反田邸の前で待っていた数馬の前に兄共々現れ、自分も着いていくと言ったのだ。だがモールに着くなり一人別行動を開始し、そのまま現在に至るというわけだ。

 

「あー、なんかあいつも用立てがあるとかなんとかでさ。俺が行くってんで、ついでに着いて行くって言ってよ。でまぁ、今のこの状況だ」

「ふーん。連絡とかは取らなくて良いのかい? 帰る時とかに」

「それならさっきメールが来てた。なんか学校の友達とばったり鉢合わせしたらしくってよ。そのまま一緒に動くと。帰りも自分でどうにかするみたいだ」

「そっか。それなら良いんだけど――ん?」

 

 話しながら辺りを見回していた数馬が何かを見つけたような反応をしたので、つられるように弾も同じ方向を見る。二人の視線の先では彼ら同様に二人組の男が小走りに駆けていく姿があった。ただ二人と異なるのはその雰囲気だ。年は彼らより四、五歳ほどは上、小麦色に焼けた肌にやたらと色彩の目立つ派手な服、どうしても軽薄そうとしか見えない姿をその二人はしていた。

 

「どうしたんだよ、数馬」

「いや、あのチャラそうなお兄さんがたがね。どうもナンパにミスって痛い目みたような感じだったから」

「何でそんなのが分かるんだよ」

「いや、痛そうに顔しかめながら手首の片方は手首を、もう片方は肩を押さえてたからね。おおかた、誰か女の子に声を掛けて、ちょっとアプローチが強すぎたせいで手痛い反撃を食らったってところでしょ」

「はぁ、よく分かるな」

「まぁちょっとした観察と理論的推察ってやつだよ」

 

 事もなげに肩を竦めながら数馬は言う。

 

「ただ、喜んで良いのか悪いのか、このあたりの思考と答えの弾き出しがどういうわけか俺の頭は勝手にやってくれてね。おかげで意識してるわけでもないのにいつの間にか知ってるってなってるんだよ。だからどうにも既視感が多くてね。参るよ」

「どうにもよく分からないんだけどよ。やっぱ大変なのか?」

「そうだねぇ、弾にも分かりやすく言うなら、新作メニューを思いついた時の喜びとかがロクに感じられないって言えば分かるかな?」

「あ、そりゃキツい」

 

 数馬の例えで言葉の意味を理解した弾は全くもってその通りだと言うように諸手を挙げる。この得意分野に例えればすぐに理解が及ぶあたり、やはり一夏とよく似ているななどと数馬は何気なしに思う。

 しばらく歩き続けると自販機や長椅子が幾つか並んだ休憩スペースがあったため、二人はそこで一度座って足を休めることにした。

 

「しかし、さっきのお兄さん方は誰にやられたのかねぇ」

「え、そりゃあ声を掛けた女にじゃねぇの?」

 

 先ほどの光景を思い出して首を傾げる数馬に弾はすぐに考え付く答えを言うが、それに数馬は首を横に振る。

 

「あのね、世の女みんながナンパ男を撃退できるような腕前の持ち主じゃないんだよ。考えてみなよ、千冬さんみたいな女傑しか女性は居ない世界とか」

「……そ、そうだな」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは親友の実姉にして二人も良く知る、世間一般で世界最強の女とも言われている女性だ。その豪傑ぶりをなまじそれなり以上の付き合いがあるためによく知っている二人は、自分が思い浮かべた光景に揃って肩を震わせる。

 

「いや、別に千冬さんは良い人だけどさ。流石に、ね」

「ま、まぁそうだな、あぁ」

 

 別に嫌っている相手でもないのでそれ以上は二人とも言及を控える。

 

「話を戻そうか。あれだ、きっと善意の助けってやつがあったんでしょ。まぁ実際そんなとこだと思うよ」

「絡まれてる女子を助けて、ねぇ。けどそれって実際にやれるやつって居ないよな」

「まぁ相手のガラが悪そうだったら、下手したら自分が被害くらうからね。早々居るもんじゃないよ。居たとしたら、そいつは褒めても良いと思うね」

「そこは同感だな。数馬、お前ならどうする?」

「俺? 決まっているさ、助けるよ。ただし人を呼んで」

「人頼みかよオイ。そこは自分でどうにかするもんだろ」

 

 呆れたような弾の姿に数馬は分かっていないと言うように首を横に振る。

 

「あのねぇ、他力本願は俺の十八番だぞ? 第一、そういう荒事だったら俺らの間には適任の特攻切り込み隊長が居るだろ」

 

 誰のことかは言うまでもない。

 

「確かに一夏ならそういうのも対処できるだろうけどさ。けど一夏が助けるのかね?」

「助けるだろ。ただしメインの理由はむしろ野郎の方だと思うけどね。喧嘩を吹っ掛けられたらしめたもの、後は返り討ちだ。女の子助けるなんてのはあいつにとっちゃ獲物を狩ったついでの土産みたいなもんだろ」

「なんかすっげー分かっちまうのがなぁ」

 

 この場に居ない親友を思い浮かべて何とも言えない表情を弾は浮かべる。

 

「まぁそんな性格してなきゃヤンキー狩りなんざしてないさ。時々俺に電話とかで戦果報告してたけど、凄く嬉々とした感じだったからなぁ」

「この間その話を聞いた時もそうだったけど、俺は全然知らないんだよな」

「一夏が弾にはなるべく伏せたいって言ってたからね。あいつだって馬鹿じゃ……ちょっと脳筋なトコはあるけど馬鹿じゃない、うん。自分の行動のリスクくらいは分かってるし、俺も忠告してた。あるいは向こうの反撃だってあるかもしれない。仮にそうなったとして、あいつは腕っぷしでどうとでもできる。けど俺らが巻き込まれるってのはかなり嫌がってたな。まぁ俺は自分から首突っ込んだ口だし、あいつとは違う切り口、頭を使ってどうにかできる。けど弾、お前はそういうわけにもいかないだろ。店にトラブルの火種を飛び火させるわけにもいかない」

「……まったく、気遣いはありがたいんだけどな」

 

 弾としては中々に無茶な真似をしている親友を案じているのだが、それは向こうも同じだったらしい。その心遣いは純粋に嬉しく思うが、それでもいつも一緒のこの三人で自分だけが知らなかったというのは些か釈然としないものを感じるのも事実だ。

 

「ていうかちと気になったんだけどさ。一夏のやつ、そんな路上喧嘩なんてやりまくって良いのかよ」

「と言うと?」

 

 弾がふと思いついた疑問に数馬がその意を問う。

 

「いや、だってあいつがやってるのってちゃんとした格闘技だろ? そういうのって喧嘩とかには結構うるさいんじゃなかったか? ほら、ボクサーとか良い例だろ」

「あぁ、そのことね。いや、大丈夫らしいよ?」

 

 この場に一夏が居て直接彼に確認をしたわけでもない。なのに大丈夫と言い切る数馬に今度は弾がその意図を視線で問いかける。

 

「実はそのあたり僕も前に気になったから聞いてみたんだよ。でさ、一夏の場合ってなんかすごい腕の立つ先生に個人指導してもらってるらしくて。で、その人が結構寛容らしいよ。というか、一夏からの又聞きだけど、その先生ってのも僕らくらいの頃には相当暴れてたらしいから」

 

 ちなみにその時の一夏の言は以下のような内容である。

 

『んー、なんか無関係な人間巻き込んで迷惑広げずに当人だけでやったやられた程度なら別に良いって。というか実戦経験磨く良い機会になるからチャンスがあるなら積極的にやれとも言ってたな。

 つーか師匠本人も昔は同じようなことしてたらしいし。なんかその頃は今と違って暴走族とかチーマーって言うのか。そういうのがかなり目立つ感じであったらしくてさ。コンビニ行く感覚でそういう連中の集会に乗り込んで纏めて叩き潰したとか。

 地方とかにも行ってたらしくってさ。なんか所属してるだけでその地域一帯のワルのトップグループ扱い、ヘッドになれば文字通りの地域のワルのトップになれるっていう、そういう連中の間じゃ有名な少数精鋭構成のゾクのチームも壊滅させて、旗とかも切り刻んで心まで完全にへし折ったとかなんとか』

 

 数馬が語る当時の一夏の言葉を聞いた弾は頬を完全に引きつらせていた。

 

「なんつーか、すっごい似た者同士感じがするんだけど。ていうかコンビニ行く感覚でゾクやチーム潰して回るってどんな人だよ」

「まぁこれも又聞きなんだけどね。なんかその人、実家は資産家で本人も、一夏も詳しくは知らないけど結構な資産を持ってて、その上で旧帝大を卒業してて顔はすごい男前だとかっていう、もう色々揃っちゃった人らしいよ」

「なんだよその完璧超人」

「さらに、あの千冬さんよりも強いとか何とか」

「もう化け物じゃねぇかソレ」

 

 ちなみにこんなことを話していたからか、後日数馬が一夏と電話で話している最中に件の師匠について聞いてみたところ、『仮に師匠がIS使えたら勝てる奴がいなくなる。ていうか全世界の強さランキングが軒並みワンランク下がる』と言ったとか何とか。

 

「ま、知らない人の話をこれ以上しても仕方ないよ。それより、この後どうする? 時間帯的にはちょうどお昼時だけど」

「ウチだったら俺が軽く作ってやれるんだけどなぁ。こういう所じゃ、レストランエリアとかで食べるしかないだろ」

「まぁそれしかないよね。ただ、やっぱり割高なんだよなぁ。君の家がいけないんだぞ、弾。五反田食堂が美味い、早い、安いの三拍子を取り揃えちゃってるから。どうしても比較しちまう」

「いや、それは俺じゃなくてうちの爺ちゃんに言ってくれ」

 

 色々言いはするものの、選択肢が限られている以上はそこから選び取るしかない。とりあえずは値段と味が釣り合いの取れている店を探そうかと、二人は揃って椅子から立ち上がる。そして歩き出そうとした二人の背に声が掛かる。

 

「なぁ、俺も一緒に良いか?」

「あぁ一夏か。別に良いよ」

「ま、いつもツルんでる三人だし別に――って、おい一夏。お前何時の間に居たんだよ」

 

 背後から声を掛けられてようやくその存在に気付くことができた親友に弾が驚きを顕わにする。

 

「えーとだな、歩いてたらたまたまお前らの後姿を見つけてな。近づいて、昼飯の相談してる所から話は聞いてた」

「そっか。つーかお前どうしたの? 学校は、休みか。お前も買い物?」

「まぁな。とりあえずは歩こうぜ。その間に話してやるよ」

 

 そう言って一夏は二人を促す。そして彼らにとっては当たり前の光景である三人揃っての行動がこの場所からスタートした。

 

 

 

「へぇ、IS学園の臨海学校ねぇ」

「あぁ。それでちょっと消耗品とかの足しをな。午前中はちょっと家の掃除とかしてきたし」

「けど、IS学園の臨海学校ってやっぱ普通とは違うんだろ?」

「あぁ。なんか普段の限定された空間とは違う、開放空間でのISの機動訓練がどーたらとかあるな。まぁ先生たちの準備とかで初日は丸ごとフリーだけど」

「ふーん、てことはやっぱりアレかい? 海で遊んだりとかするの?」

「さてどうだか。他の連中は水着の新調とかしたりしてるらしいけど、俺はどうするかね。部屋で休んでるか、いつも通りにトレーニングか」

「お前そういうところは本当に変わらねぇな」

 

 数馬、一夏、弾、三人が歩きながら言葉を交わしていく。その間にも手頃な店のチェックは怠らない。

 

「それにしても海か。ていうことは全員水着……。一夏、確かIS学園はお前以外みんな女子だったね?」

「そうだけど、それがどうしたよ。今更だろ」

 

 確認するまでもなく分かり切っていることを聞いてくる数馬に一夏が首を傾げる。

 

「あぁ、いや。確認ついでに聞くけどさ、どうなんだい? 同級生の娘たちのルックスとかは」

「何を藪から棒に。……まぁ、世間の水準がどうかは知らないけど、悪いやつはいないと記憶しているけど」

「へぇ、そう……」

 

 口ぶりは穏やかな調子を保ったままだが、明らかに調子が変わった数馬の声に一夏は眉を顰める。

 

「へぇ、なるほど。同級生は可愛い子揃い、そして全員が水着と。なるほどなるほど……爆ぜちまえコノヤロウ」

「ファッ!?」

「悪い一夏。爆ぜろとか物騒なことは言わねぇけどさ、こればかりは数馬に賛成するぜ?」

「え!?」

 

 予想外のダブルアタックに一夏が戸惑いを見せる。そして数馬は言葉を続けて理由を説明する。

 

「なんだよ、自分以外みんな可愛い子揃いでしかも水着とか。それなんてエロゲ? ていうかもうあれだよ。歴史修正すべきだよこれは。一度世界の時間経過リセットして回帰でやり直しリテイクすべきだよ。

 いや確かにさ、一夏がISを動かせてIS学園に行くなんて俺は考え付きもしなかった。まるで未知だったよ。あぁ、実際すごく興味深いことではあったよ。けどその結果がこれっていうのは……ナシで。こんな未知は望んじゃない。ぶっちゃけ羨ましい」

「まぁ俺だって普通の男子なわけだし、女子とお近づきになりたいって気持ちはあるからな。悪いな一夏、やっぱり数馬に賛成だ」

「え、え、えぇ~」

 

 あんまりな親友二人の言葉に一夏も口を半開きにして言葉を失う。だが回復はすぐのことだった。

 

「いや、そうは言うけどさ。この立場も結構大変だぞ? 注目はいつだってされてるから無様は晒せない。なんかデータの提出やら色々あるし、勉強だって楽じゃないし。それに……今も尾行が張り付いている」

 

 最後の一言だけは二人だけに聞こえる小声で、一気に温度を下げた表情と共に発せられた。それを聞いた瞬間、二人の表情にも険しさに近いものが浮かび上がる。

 

「この間、弾の家に集まった時も言っていたけど、今もかい?」

「あぁ。というか、外出する時は必ずだ。蚊が飛んでいるようなものだよ。煩わしくてしょうがない。蚊と違って永久に黙らせらないのが曲者だけどな」

「なぁ一夏、その、なんだ? 危ないとかそういうのは無いのか?」

「いや、大丈夫だよ弾。今までもそうだったけど、まだ俺を遠目に眺めている段階だ。多分これ以上はどこも早々できないと思う」

 

 安心させるように一夏は言うが、それを聞いても数馬は依然として難しそうな顔を変えずにいた。

 

「ふむ、これは俺たちも気を付けた方が良いかもしれないな。何かの目的で一夏にアクションを起こそうとして、場合によっちゃ俺か弾のどちらか、あるいは両方が餌に使われる可能性もある」

「させねぇよ」

 

 数馬の考えはごく真っ当なものだ。それは否定のしようがない。だが言い終えてすぐに一夏はさせないと、断固たる口調でやや声に熱を含ませながら言う。

 

「お前らに危害なんて、そんなこと絶対にさせない。絶対に許さない。万が一にでもお前らに手を出して見ろ。下手人黒幕関係者全員一族郎党まで全部滅尽滅相。誓って、全部素っ首刎ね飛ばしてやる」

「一夏……」

「どうやら、俺たちに手を出すってのは一夏の逆鱗に触れることらしいよ、弾? はてさて、頼もしいと言うべきか、それとも――おっかないと言うべきか」

 

 そんな事態を考えただけでも怒るほどなのか、一夏の言葉にはもはや狂気じみたものさえ漂っており、それを彼を良く知るからこそ二人は鋭敏に感じ取った。

 

「なぁおい数馬、一夏(コレ)どーすんの?」

「そうだな。一夏、とりあえず落ち着きなって」

 

 肩を叩きながら二人が揃って一夏を宥める。そこでようやく我に返ったのか、思いのほか激情に駆られていた自分を思い出して一夏はバツが悪そうな顔をする。そんな彼の変化を見て二人がカラカラと笑う。

 

「ま、一夏も一夏で大変っていうことは分かったよ。いや、すぐにでも理解して然るべきだったんだけどね。ついつい余所へ置いていたみたいだ」

「あー、まぁなんだ。頑張れや」

「うん、頑張る」

 

 そして数馬はやや重くなった空気を払拭しようと思ったのか、話題の転換を試みる。

 

「そういえば一夏さ、学校で気になる子とか居ないの? もちろん、こういう意味で」

 

 言いながら小指を立てる数馬に、一夏は小さくフッと鼻で笑う。

 

「あいにくだがな。いやぁ、俺もね。そういうのに興味がないわけじゃないんだけどね。何せIS学園の生徒は殆どがIS乗ってバトるわけで。もう俺の武術思考がね、そういう方向での意識を強くし過ぎてくれちゃって」

「つまり色恋云々以前にライバルとかそういうのが来ると」

「それなりに仲良くはやらせてもらってるけどねー」

「お前、本当に筋金入りだな」

 

 数馬の推測による補足混じりの一夏の説明に、弾は本当にどうしようもないなコイツと言いたげに肩を竦める。そのあたりに関しては数馬も同意なのか、しょうがないと言うように困ったような微笑を浮かべている。

 

「仕方ないさ。骨身に染みついたものはどうしようもない。もし俺が武術なんてやってなかったら話は違ったろうけど、それも今更だ。悪いけどな、これが俺の、武人の道だよ。受け入れよ」

 

 なぜか真面目くさって言う一夏に、それが琴線に触れたのか二人は同時に噴き出す。そしてそれを見て一夏も吹き出し、そのまま三人は揃って笑い声を上げる。そうして男三人、仲良くショッピングモールの人ごみへと繰り出す。なんてことのない、きっと世界のあちこちで見られるような日常の光景、それを心から楽しんでいるのは彼らもまた同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえず一夏の身体スペックは同年代と比べてもぶち抜いたものになっています。それこそ陸上競技などをやらせれば余裕で記録を塗り替えまくるでしょう。
ちなみに作者が調べたところによると、10kmマラソンの世界記録は26分だそうです。一夏の場合、30分をちょっと切っているので、あと少しで手が届くという感じです。

 そしてIS練習。何気に色々やらかしていますね、はい。これを今後にうまく生かしていきたい……

 そして最後。ぶっちゃけこれが一番書きたかったです。
実は一夏の中での数馬と弾の存在はかなりの重要度を誇っています。それこそ、手を出されたらマジギレするレベルには。そして色々仕込んでみたネタ。

 ひとまず今回はここまで、次回が臨海学校です。では。


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第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない

 原作三巻編第二話とでも言いましょうか。今回は旅館に着いてからちょっとまでです。
予定としては次回あたりに福音事件発生を持っていければと思っています。えぇ、それだけ聞けば三巻は早く終わると思うでしょう。自分もそう思っていました。
ただ、思いついた構想を練っていたらまーた妙な長さになりそうな予感がヒシヒシと……

 なお、今回のお話はシリアスパート、ノーマルパート、ギャグパート、シリアスパートの4パートでお送りします。


「フッ!」

 

 鋭く吐き出された呼気と共に両手で握る竹刀が縦に振り抜かれる。既に部活の終了時間を過ぎてはいる時刻だが、箒は一人道場に残って素振りを続けていた。

だがこの居残り練習が技術的修練を目的としたものかと言えばそうでもない。むしろ落ち着かない心を鎮め、自分自身を見つめなおすための精神的修養の方がより適しているだろう。

 

「はぁ……」

 

 不意に竹刀を振る手を止め、切っ先をゆっくりと床に下ろす。長時間の運動を行ってきた両腕を休ませながら、箒は静かに意識を思考の内側へと埋没させていく。

 

(私は、どうすれば良いんだろう…)

 

 IS学園に入学して早三か月となろうかというこの頃、ここ最近の箒の胸中は常に曇り模様を呈していた。その原因が何なのかは既に理解している。再会を果たした幼馴染、一夏と、何より自分自身だ。

幼少の頃に抱いた思慕が学園での再会によって再燃し、自分への異性的な意識など露とも示さない幼馴染をどうにかして自分の想いを成就させようと今まであれこれとやってきた。だが、そんなある意味ではまっすぐと言える思いも先日ついに綻びを見せ始めた。

待ち望んだ一対一の尋常なる勝負の舞台、そこで彼が見せた闘争への狂気的な昂ぶり。敗北の直前にそれを真っ向から受けた瞬間からだ。今までまっすぐを貫いてきたはずの想いに揺らぎを感じ始めたのは。

 

 抱いてきた思慕は紛れもなく本物だ。それは胸を張って断言できる。だが今、それを揺るがしかねない程の疑念が彼女の中で渦巻いている。

それをどう言い表せば良いのか、疑念を抱いてから既にそこそこの日数が経つが、未だそれに適した言葉を見つけることはできない。それほどに言い表しがたいモヤモヤとしたものだ。

あえて、その断片を取り出して何とか言葉で形を与えるとすれば、それは幼馴染である彼への疑念だ。いや、この場合は疑うというよりも純粋に分からない、彼が何を思っているのか、何をしようとしているのか、彼への理解ができないという類のものだろう。

勿論これは渦巻く疑心の総体から見れば氷山の一角程度だ。他にも言い表しがたい、釈然としないことなど幾らでもある。だが、こうして断片的にとは言え一部として言い表せるとしたら、おそらくそれが全体の中でも重要な意味合いを持っているということなのかもしれない。

 

(あるいは、あいつと同じレベルへと行けたなら……)

 

 織斑一夏という人間を構成する要素(ファクター)として特に重要な意味を持ち、そしてその多くを占めているのが『武人』としての在り様だ。箒自身、同年代と比べれば間違いなく数段は優れている武芸の腕前を持っていると自負はしているが、彼はその更に上を行っている。それこそ、もはや超高校級と言っても過言では無いだろう。

そして素の実力もそうだが、箒と一夏、この二人だけに限定して比較するのであればISの戦闘能力もまた同様だ。過日の一騎打ちでは一撃撃ちこめたとはいえ、それも偶然に偶然が重なっただけであり、それでいて薄皮一枚削った程度のものでしかない。その後に為すすべなく一方的に打ち伏されたのを思い返せば、否応なしに差は認識させられる。

 生身での同年代と遥かに隔絶した実力、そしてISでの着実に進歩を、それもかなりの速さでしている実力、二つの実力から弾き出される総合的な彼の力は、ざっくばらんな言い方をしてしまえば相当なものだ。

持って生まれたものの恩恵もあるだろうが、そこに至るまでの努力も相当だろう。あるいは、それだけの実力に自分も至れば、何か分かるかもしれない。だがそれは生半なことではない。なにしろ彼は今現在も修練に励み続けているのだ。自分が今まで以上に励んだとしても元々あいていた距離を亀かかたつむりの歩み程度の極めて遅々とした速さでしか追いすがるだけかもしれない。

いや、あるいはそもそも距離を縮めることなど土台無理な話でこれ以上のひらきができるのを防ぐのが関の山という可能性だってある。

鍛練を行うことに関して否はどこにもない。だが、その目標とする点を考えるとどうしても気が重くなってしまう。

 

(せめてISだけでもなんとかなれば……)

 

 素の実力差については正直どうしようもない節がある。だがISでとなると話は変わってくる。確かにISでの実力も現時点ではかなりの差があるが、まだ追いすがる希望は見出せる。少なくとも決死の一撃を薄皮一枚分削る程度には掠めさせることができたのだから。

そしてIS戦における最大のファクターとは「IS」本体に他ならない。一夏の今のISでの実力はその専用機である白式の恩恵によるところも多い。専用の調整を施された新鋭機を駆る一夏に対して、自分が扱うことができるISは未だ他の多くの級友達と同じ、学園側から貸し出される訓練機だ。基本スペックは当然として、得意とする分野への特化性など多くの点で専用機とは差がある。

せめて自分も自分に合った高い性能を持つ専用機さえあれば、あるいはISに限定されるが一夏に匹敵することができるのでは。そんな考えが広がっていく。

 

(えぇい! 何を考えている、私は!)

 

 だがすぐに首を横に振って箒は自分に喝を入れなおす。自分の未熟を棚に上げて道具の利便性に頼るというのは良しとできることではない。それは勿論、良いISが使えるのであればそれは願っても無い話だが、そればかりに縋るということはしてはならない。

だが振り払いたかったのはそれだけではない。IS、そして専用機。それらのワードを思い浮かべたのと同時に脳裏にチラついた一つの人影、本当に振り払いたかったのはむしろそちらの方だったのだろう。

 

(私は、本当に何をしたいのだろうか)

 

 振り払った考えの代わりに脳裏を巡り始めたのはそんな迷いに似た考えだった。一夏への想いに対する疑念が僅かではあるが湧いてからこれというもの、箒は自分自身というものも分からなくなりつつあった。

今の自分が何をしたいのか。自分にとって本当の意味での望みと言えるものは何なのか、「これだ」と言えるものを見いだせない。先ほどの自主練、その切っ掛けでもあり自主練の最中にも纏わりついて離れなかった釈然としないような感覚はきっとこれが原因なのだろう。

 

 突如として道場内に電子音が鳴り響く。それが自分の携帯電話の着信音であるとすぐに分かった箒は一度袖で額の汗を拭うと、壁際に置いておいた荷物の下に歩み寄り着信音を発している携帯を取り出して発信者の名前を確認する。

 

「ッッ!!」

 

 画面に示された発信者を見た瞬間に箒は息を呑む。ただ簡素に一文字の感じで「姉」とだけそこにはあった。

これが普通の少女であれば特別な意味などありはしない。単に身内から電話がきたというだけの話になる。だが箒の場合は違う。箒の姉、それはISの開発者にして唯一のコア製造者、希代の大天才と称される篠ノ之束以外に他ならない。

手の中で震え、着信音を鳴らし続ける携帯を見ながら箒は固唾を飲んだ。着信がかかる直前の考えが引き戻されるように脳裏に浮かび上がってくる。

思わず通話を切りそうになる。発信者、姉への長年に渡るわだかまりのようなものも理由としてはあるが、何より直感的に嫌な予感を感じ取ったのだ。

 

「……」

 

 着信が止む気配は一向に無い。おそらくこのまま通話ボタンを押さなければこの振動と電子音は止むことがないだろう。止める方法は二つ、このまま通話を切るか、あるいは通話に出るかだ。

二つに一つの選択を箒は瞑目して考える。時間にして数秒のことだったが、そこまでに箒が巡らせた思考の密度は彼女の体感時間をそれ以上と感じさせた。

 

「はぁー……」

 

 自分を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。そして、ゆっくりと着信ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、よく寝た寝た」

 

 空調の効いたバスから降りて夏の日照りと暑さに身を晒しながら、一夏はあくびを噛み殺しつつ首を回して肩の骨をポキポキと鳴らす。

早朝、IS学園と本土を結ぶ海上モノレール、その本土側の駅――例のショッピングモールと直結している一夏も御用達の駅である――のロータリーから貸し切りの大型バスに乗り込み揺られること数時間。一夏らIS学園一年生全員は目的地である臨海学校の宿泊先の旅館前へとやってきた。

 

「織斑くん、よく寝てたね」

 

 半眼のジト目で一夏を見ながらそう声を掛けるのは一夏のすぐ後にバスから降りてきた谷本癒子だ。厳正なるくじ引きの結果、バスにおいて一夏の隣の席に座ることになった彼女は道中に多少なりとも期待を抱いていたのだが、そんなことを我が道まっしぐらを貫く一夏が気にするはずもなく、バスに乗り込み席に着くなり早々に「寝る」の一言と共に寝息を立て始めたのだ。

そんな彼の姿に近くの生徒、そして状況を知った千冬は揃ってコメントに困っているような顔を浮かべ、同時に「あぁ……」とどこか納得するようなため息も吐き出したのだが、それを彼が知る由は無かった。

 

「ま、ここ最近練習に根詰めてたからな。動きようのない時間がしばらく続くなら、寝て英気を養うのが吉だよ」

 

 癒子の言葉に一夏は自分が寝ていた理由を答える。これでいっそ何も言わない程にぶっきらぼうならまだ楽なのだが、こうやって言葉を掛ければ何だかんだで律儀に返答をするのだから扱いに困るというのが癒子の本音だ。

固い表情をしていることが多いからとっつきにくいかと思えば、意外と対応は真面目だったりする。実はこのあたりのギャップを狙っているのではと勘ぐるくらいだ。

 

(地味にみんなの中でポイント上げてるんだけど、気づいてないんだろうなぁ。いや、気づいていても平気でスルーしそうなのよねぇ)

 

 非常にざっくばらんな分かりやすい女子的表現を使うのであれば、「織斑くんって結構イイよねー」なんて意見の持ち主が増えつつあるのだが、何よりも自分の実力向上を第一としているのが傍目に見ても非常に分かりやすい彼のことだ。元々そういう意思を持っている生徒たちにしても目立つほどそういう言葉を表立たせているわけでもないので、気づいていないことは確定的に明らかだろう。

癒子自身は一夏のことを良きクラスメイト程度と認識しているが、そうやって客観的な立場に立てるからこそ色々と分かってしまい額を押さえたくなったりするのだ。

 

(これ、本気で惚れる子とか居たら大変だろうなぁ。……あ、篠ノ之さんが居たか。……ガンバ)

 

 既に一夏への好意を持っていると周囲の多くに、少なくとも一組のほぼ全員に知られている箒に癒子は心の中でエールを送る。

そして丁度ほぼ全ての生徒がそれぞれのバスから降りてきた頃合いになっており、千冬の号令と共に列を作って旅館前に一同が整列する。

千冬からの諸注意、宿泊する旅館の女将からの挨拶、そして再度千冬からの指示や注意を受けて列は解散。生徒たちは各々割り当てられた部屋へ向かい、そのまま自由時間を満喫する運びとなった。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、小娘どもは随分とはしゃいでいるようだな」

「初日は食事以外は丸一日自由行動ですからね。折角海に来ているわけですし、やっぱりそういう年頃なんですよ」

 

 旅館内の廊下を歩きながら千冬と真耶は言葉を交わす。生徒たちを自由行動のための解散とするなり、翌日より行われる実機訓練のための各種準備に追われていた二人だったが、ここで二人の仕事に一区切りがついたため、軽い休息と荷解きなどを兼ねてそれぞれの部屋に向かう途中であった。

一組の担任副担任である二人だが、宿に割り当てられている部屋は別々となっている。本来であれば二人は同じ部屋になっていたのだろうが、千冬の側にそうすることができない事情があったのだ。

 

「さてと、着替えでも出しておくことにしようか」

 

 並んで歩く二人が先に辿り付いたのは千冬に割り当てられた部屋だった。

 

「あ、良かったら荷物の整理とか手伝いますよ」

 

 少し離れた別の部屋に泊まることになっている真耶はこのまま一旦千冬と別れても良いのだが、人が良い彼女は手伝いを自ら申し出る。

 

「あぁ、別に大丈夫だろう。多分、アイツが勝手にやっているかもしれん」

「確かに、織斑くんならそういうのやってそうですよね。補習の時にちょっと色々なことを話したんですけど、家でのこととかも話してくれましたよ」

「あいつは……。何か変なことは言ってないだろうな」

「そんなことありませんでしたよ。織斑先生、お家の方を結構留守にしてるじゃないですか。だから自分が家の管理をしなきゃいけないからって掃除や洗濯とか料理とかしてるって。しっかりしてますよねぇ、織斑くん」

「はは、そこまで立派なやつじゃあないのだがな」

「いやいや、胸を張って自慢にして良い弟さんだと思いますよ?」

 

 部屋の入口で話す二人の話題に挙がっている一夏、彼こそが千冬と真耶の部屋が別々になっている理由である。仔細は至極単純なものであり、千冬の部屋は一夏と千冬の姉弟で寝泊まりするものであり、また教員用の部屋は二人用でもあるというのが実情である。

当初は学園の寮と同じように一夏のみを一人部屋にという意見があったのだが、学園と比べてのセキュリティ面における不安や、もっと単純な問題として活気盛んな他の生徒たちがむやみやたらに一夏の部屋に押し掛けたりするのを防いだりすることを目的として、姉であり教員でもある千冬と同室にすることが決まっていたのだ。

 

「さて、アイツはどうしているやら」

「今頃はみんなと一緒に外に飛び出しているんじゃないですか?」

 

 そんな言葉を交わしながら千冬は部屋に入り、部屋の玄関スペースと室内を隔てる襖をあける。そして――

 

「くー……すぅ……くかー」

 

 部屋の真ん中でTシャツにハーフパンツという軽装に身を包みながら横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている一夏の姿が二人の視界に飛び込んできた。

 

『……』

 

 揃って二人は無言になる。真耶は若干困ったような苦笑いを浮かべているのに対し、千冬は冷え切った眼差しを向けている。

 

「……」

「織斑先生?」

 

 無言で一夏の下に歩み寄っていく千冬に真耶が首を傾げる。そして一夏のすぐ傍らに立った千冬はスッと右足を後ろに振り上げる。

 

「ちょっ!」

 

 千冬が何をしようとしているのか気付いた真耶は思わず制止の声を上げようとする。だが、その矢先に視界に飛び込んできた光景に言葉の続きを失った。

振り上げられた千冬の足が勢いを乗せて振り抜かれ、一夏の胴に蹴りとして叩き込まれそうになった直前、それまで完全に寝入っていたはずの一夏の目がパチリと開いたかと思うと、千冬から離れるように身を横たえたまま体を転がして蹴りをかわす。

そのまま両手で畳を叩くと、その反動を利用してほぼ横たわっていた状態から一気に後方宙返りへと繋ぎ、スタリと殆ど音を立てないまま着地しスッと立ち上がって背筋を伸ばす。

流れるような一連の所作に真耶は思わず言葉を失って見入り半ば呆然としていたが、それを姉弟の二人が気にかけている様子は無かった。

 

「あのさ、いきなりキックは流石にどうかと思うのよ、俺」

「なぁに、そうやってかわせるんだから別に構わんだろう。――そんなことはどうでも良い。お前、何をやっている」

「何って、見て分からないのかよ。昼寝だよ昼寝。この畳、中々寝心地が良いね。そういうわけだから少し体を休めようと思ってね。あれだ、安息日ってやつよ」

「何が安息日だ馬鹿者。普段休みなど知ったことかと言わんばかりに、それこそこっちの気遣いも無視して修練に励んでいるどの口が言う」

「いやいや、普段のはあれだよ。俺なりに修行スケジュールはしっかり管理しているから、それに余計な口出しは無用ってことで。今もそうさ。休んで良いと思ったから休んでるだけで」

「だが外に出て跳ねまわるくらいは余裕なのだろう?」

「そりゃモチロン」

 

 もはや慣れた仕種である額に手を当てながらのため息を千冬は吐き出す。割と自分本位かつ我の強い性格をしている弟だとは思っていたが、こういう時でも変わらない一貫した姿勢は思わず呆れを覚えてしまう。

 

「まったく、せっかくの機会なのだから少しは外に出て他の連中と騒いだりしたらどうだ? 確かにお前を私と同室にしたのは他の連中の余計な干渉を抑えるためだが、お前とこの臨海学校を楽しみたいと思う連中はそれなりに居るんだ。少しはそのあたりの気持ちを汲んでやれ」

「えーめんどくさーい」

「そこは少しでも前向きに考える所だバカモノ」

 

 あからさまに面倒くさそうな声を上げる一夏に千冬は再び呆れるようなため息を吐く。

 

「とにかく、少しは外に顔を出してこい。今頃どいつもこいつも海ではしゃいでいる頃合いだ。女子の水着が見放題だぞ、役得とは思わんか? ん?」

「いや別に」

「……」

 

 少し趣向を変えて色香をベースにおいて促してみるものの、やはり一夏の反応は淡白だった。そんな弟の姿に千冬は別の意味で額を抑えたくなる。

昔から色沙汰というものにさしたる興味を示すことは殆ど無かったが、そうしたことへの関心が特に高まるだろう十代半ばという年頃になってもこれでは少々マズいのではないだろうか。流石に同性になんたらという特異な性癖は持ち合わせていないだろうが、やはり気がかりにはしてしまう。

 

「はぁ……」

 

 両手を腰に当てて再び嘆息、そして今度は別の方向からアプローチを掛けてみる。

 

「まぁ休養を取りたいというお前の気持ちは分からんでもない。そもそも今は『自由』時間だ。確かに、お前が何をしようが自由だ。あぁ、確かにそうだろうさ。

とは言え、同時に今は集団行動の只中でもある。その中にあってある程度周囲がお前に求める行動というのもあってな。それが、他の連中と少しははしゃぐということだ。別にそれに全力を傾けろとは言わんさ。ただ、集団という中で上手くやっていくために、少しは周りに合わせろということだ」

「一応、普段からクラスのみんなとは上手くやっているつもりなんだけどねぇ」

「それは重畳。ならば今もそうしてもらおうか」

 

 そこで一夏はしまったというように小さく舌を打つ。対する千冬はしてやったりと言うようにニヤリと得意げな笑みを浮かべている。

 

「あの、織斑先生」

 

 そこで未だ部屋の入口付近で立ったままだった真耶が千冬に声を掛ける。何事かと後ろを振り返った千冬は、真耶の隣に一人の女生徒が居ることに気付く。

 

「何だ、更識か。どうした、何か用か?」

 

 この臨海学校に来ている者の中で更識という苗字の持ち主は一人しかない。四組のクラス代表、更識簪。その彼女が千冬と一夏の部屋を訪れていた。

部屋の奥の方に居た一夏も予想していない訪問者に一体どうしたのかと首を伸ばして様子を伺っている。

 

「織斑くん、借りに来ました」

 

 用件を尋ねてくる千冬に簪は簡素な言葉を返す。その内容に千冬、そして一夏に真耶も軽い驚きを表情に顕わとする。

 

「なになに、俺に用だと?」

 

 部屋の奥から入口まで歩きながら確認する一夏に簪は頷いて肯定の返事とする。

 

「ほぅ、誰かしらこいつを誘いに来るとは思ったが、まさか更識とはな。これは意外だ」

 

 心底、本当に意外だと言うように千冬が呟き、それに同意するように真耶も頷く。

元々簪がこのような状況で活発的な行動を取るような生徒ではないと認識していた上に、一夏を誘いに来るというオマケ付きだ。

先ほど千冬が呟いたように、遊びたい盛りの女子の誰かしらが一夏を誘いに来るだろうとは予測していたのだが、これは本当に二人にも予想外だったのだ。

 

「別に、織斑くんくらいしか思いつかなかったので。多分他のみんなじゃ誘ってもあまり乗ってはくれないだろうし」

「へぇ、俺だけねぇ」

 

 簪の言葉に一夏の目が僅かに細まる。言葉通りなら、簪が誘おうとしていることはここに来ている面々の中では一夏と簪の二人くらいしかやろうとしないことということになる。それが何なのか、一夏は気になっていた。

 

「で、俺と何をしようって言うんだよ」

「うん、これ」

 

 言って簪が肩に掛けていた小さめのバッグから取り出したのは一つの携帯ゲーム機だ。一夏も、弾や数馬と遊ぶ機会が多々あった関係で持っており、最近では人気シリーズの新作が出て話題にもなっている二つ折りにできるハードだ。

 

「一狩り行かない? 自販機とか売店がある丁度いい休憩スペースがあったんだ。そこでどう?」

「よし乗った」

 

 即答だった。ダッシュで部屋の奥に引き返し、同様に鞄から持ち込んだゲーム機を取り出す。

 

「よし行くか」

「じゃあこっち」

「お前ら外に出んか外にっ!!」

 

 そそくさとゲームを抱えて部屋を出ようとした二人をたまらず千冬が怒鳴りつけたのはある意味で必然であったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「結局、俺は姉の特に理由のない強引さによって外へ行くことが決定してしまったでござる」

「誰に言ってるの」

「さぁ? 強いて言えば、次元が一つばかり上の世界に向けて?」

「電波乙」

 

 誰に向けるでもなく発せられた一夏の言葉への簪の問い、そしてその返答を簪はばっさりと切り捨てる。

 

「で、どうするの? 本当に海に行くの?」

「水着とか着替え一式押し付けられて、その上でばっくれたらまた後でうるさいからな。まぁ海も良いトレーニングスペースだ。要するに行けば良いんだ。そこで何をしようが俺の好きさ」

「君って本当に我が強いよね。なんかお姉ちゃんみたい」

「あの会長殿に?」

 

 廊下を歩きながら二人は言葉を交わす。簪に、自分の姉に似ていると言われた一夏は首を傾ける。言葉を交わした回数は片手で数える程度しかない。だが、その少ない経験を思い出し、分析し、どうしてもそうとは思えないのだ。

 

「確かにウチのお姉ちゃんは、一見すれば不真面目だしチャランポランだし時々テンションおかしいけど、あれでかなりしたたかだから。ぬらりくらりと上手く自分にとってベターな方向へ事を転がそうとする」

 

 そこで簪は一度言葉を切って一夏の方に顔を向ける。

 

「前に言ったよね、ウチはちょっと特殊な家だって。お姉ちゃんはその現当主。一応、先代のお父さんがサポートについているけど、実際に一族の中でトップクラスの権力を持っているのは確か。そんな立場、ただのチャランポランに勤まると思う?」

「つまり、あのニコニコと浮かべた笑顔は張り付けた仮面ってことか」

「そうとも言えるけど、同時にアレもお姉ちゃんの素顔だから。――これは、本当に善意の忠告。君と言う世界で唯一の存在だからこそ、あえて言っておくよ。妹だからこう言うっていうのもあるけど、別にお姉ちゃんは悪人ってわけじゃないし、多分君の敵でもない。けど、お姉ちゃんを相手にするなら気は抜かない方が良いよ」

「さもなければ、良いように利用されるってか?」

「そうだね、それも間違いじゃない。間違いじゃないんだけど、その、むしろあのチャランポランぶりに振り回されてストレスがマッハになる方が」

「あ、そっちの方向ね」

 

 本当にしょうがない姉でごめんなさいと項垂れる簪に一夏は気にするなと励ましの言葉を掛ける。

 

「本当に面倒な姉でごめんね」

「良いさ、そういうキャラだと思えばまだやり様はある」

「キャラ、か……」

 

 一夏の言葉に何か思う所あるのか、簪は顎に手を当てる。その仕種が気になった一夏はどうかしたのかと尋ねる。

 

「あ、うん。そのキャラって言うのがね。そうだね、確かにお姉ちゃんのキャラはあのチャランポランだよ。けど、キャラなんて所詮は被り物(ペルソナ)の一種でしかない。さっきはあぁ言ったけど、お姉ちゃんだって伊達に裏稼業一家の当主なんてやってるわけじゃないから。妹の私から見ても、ちょっと怖い所があったりするんだよ」

「ほぉ」

「けど、それって割とよくあることなんだよね。君だってそうじゃないのかな? 少なくとも、普段とISで試合やってる時は結構違うって話はよく聞くよ?」

「言われて見れば……」

 

 思い当たる節は多々あるため否定はできない。特に試合など技を揮う時とそうでない時はその辺りの差が顕著だ。戦いに臨む時は自然と思考が冷えて、研ぎ澄まされていくような感覚を覚える。それが表に出ているのであれば、確かにキャラが変わっていると言えるのだろう。

 

「ところで、君から見て私はどういうキャラなのかな?」

「は? 何を藪から棒に」

「良いから」

 

 質問の意図を図りかねる一夏だが、質問自体はそこまで難しい内容ではないためとりあえず思ったままに答えることにする。

 

「そう、だな。まず第一に大人しい。根暗ってわけじゃないけど、いつも冷静って感じかな。後は、そうだなぁ。勤勉とか、堅実とか。まぁ相対的に静かな印象か」

「ふーん。だいたいみんなと一緒なんだね」

「というか、それしか無いと思うけど……」

「けど、所詮は被り物に過ぎないんだよね。確かにそれも本当の私なんだけど。私だって、その気になれば別の人間を演じることだってできる」

「それは、つまりキャラを変えるってことか?」

「そう。なんだったらここで少し実演してみせようか?」

「え? あ、おう」

 

 歩いている廊下は旅館の庭の一角に繋がっており、敷き詰められた白砂が陽光を照り返して廊下を照らしている。一歩、簪は庭の方に近づくとそこでクルリと振り返って陽光を背に一夏を見据える。

 

「選んで、キャラのパターン」

「え? パターンなんてあるの?」

「勿論。色んな状況に対応できるように」

「あ、そうなの。で、どんなのがあんの?」

「とりあえず『和風部活アイドル女子高生』とか『人神様系現代っ娘』とか『超毒舌子供体系日舞少女』とか『ホワホワ系超能力探偵少女』とか『現役ユニットアイドル兼カードファイター』とかあるけど」

「何そのレパートリーおかしいだろ常識的に考えて。どんなチョイスだよ」

「色々な状況に対応できるようにだよ。織斑くん、世の中には色んなニーズがあるんだよ」

「絶対そのニーズはごく限られた範囲だと思うんだが。つーか字面だけでもキャラが濃すぎて逆に不自然だぞ」

「細かいことは気にしない。じゃ、選んで」

「いや、そうは言ってもなぁ……」

 

 いきなり明後日の方向にぶっ飛んでいるようなタイプのキャラを持ち出されて、その中からどれか選べと言われても返答に困ってしまう。

 

「えーと、それじゃあ『和風部活アイドル女子高生』で」

「なるほど、それが君の性癖なんだ。君は和服や浴衣萌えでアイドルオタクと」

「チゲェよ!?」

 

 あんまりな簪の言葉に思わず一夏は声を荒げて突っ込む。だがそんな一夏の抗議の声などスルリと受け流して簪は眼鏡を外す。

 

「これ、ちょっと持ってて」

「え、眼鏡外して良いのか?」

「それ、度が入ってないから。ちょっと邪魔になるから持ってて」

「お、おう」

「ありがと。じゃ、やるよ」

 

 眼鏡を一夏に手渡した簪は数歩下がって一夏と距離を離す。そしてコホンと軽く咳払いをし、スゥと息を吸った。そして――

 

「みんなーー!! 今日はありがとーー!! 私の愛情一杯込めた矢で! みんなのハートを撃ち抜くよーー!! ラブアローシュート!!」

 

 見たことのないキラキラとした笑顔と共にノリノリの動きでアイドルのMCっぽい口上を言い上げた。右手でマイクを握っている形を取り、矢を射るという言葉を示しているのか、左手を伸ばし人差し指で真正面を一直線に指しているあたり芸が細かい。

そしてもはや元の面影も何もない変貌ぶりを見せた簪を目の当たりにした一夏はと言えば――

 

「なぁにこれぇ……」

 

 ドン引きだった。呆然と口は半開きになっており、信じられないものを見たと言うように目はパシパシと瞬きを繰り返している。

 

「ふぅ……。どう?」

 

 あくまで一瞬の演技を終えた簪は眼鏡を回収しつつ一夏に感想を求める。だが、完全に呆然としている一夏は何も言えないまま口をパクパクと動かすだけだった。

 

「ゴメン、何と言うかこう……色々と衝撃的すぎてコメントに困る」

「なるほど。アイドルを演じる私の魅力が詰まった愛の矢にハートを射抜かれた、と」

「人の言葉を原型留めないレベルに曲解するのは止めてくれないかな、マジで」

「だって君の反応が面白いんだもん」

「理由がヒデェ!?」

 

 面白いから、ただそれだけでこうまで人を振り回す簪の言動に思わず一夏は天を仰ぐ。そこではたと気が付いた。

先ほど、彼女は言っていた。彼女の姉である更識楯無は気を抜けばこっちがひどく振り回されると。それはつまり今現在のような状況なのではないだろうか。

 

「お前、案外姉と良く似てるんじゃねぇの? 向こうのことは良く知らんが」

「またまた冗談を。私はあそこまでチャランポランじゃないよ。立派な更識家随一の良心なんだから」

「うっそだー」

 

 当人は否定しているが、その実際の所は定かではない。あるいは彼女自身が姉に似ていると意識していてこのような振る舞いを取っているのか、それとも本当に自覚が無いのか、一夏には分からない。

ただこのやり取りは一夏にとっても得る物があった。それが何時になるかは分からないが、仮に彼女の姉である更識楯無が本格的に自分と接点を作ろうとしてきたら――いや、話に聞く彼女のお家事情から考えればいずれ確実にあってもおかしくない。今までのようなちょっとした会話程度では済まないレベルでのアプローチがだ。とにかくそのような場合になったら、振り回されないように警戒しつつツッコミを入れる用意をしておくべきだろう。

 

「まったく、前々から思ってたけど、なんかお前と絡んでいるとどうにも疲れるな」

「そうかな。私は結構面白いと思っているけど。それに、案外これからも機会はあるかもしれない」

「その心は?」

 

 問う一夏に対して簪は一夏の右腕を指差す。そこにあるのは待機形態の白式だ。そして同時に簪は自身の左手を自分の前に掲げる。その中指には指輪型の待機形態となっている打鉄弐式がある。

 

「私と君のISは同じ倉持製。その繋がり。これは噂なんだけど、今倉持では打鉄の後継になる新型の汎用機の開発を考えているみたい。そしてそのプロジェクトの要になるデータ元が――」

「俺の白式、そしてお前の弐式か」

「そう。だから、案外二人揃って倉持に呼び出されたりなんてこともあるかもしれない」

「あぁ、そりゃあとても道中疲れそうだな」

 

 明らかな皮肉を込めた一夏の言葉だったが、それを簪は小さな笑いで受け流す。

 

「で、ちょっと話を戻すけど、本当に海に行くの?」

「あぁ、流石にな」

「そう」

「お前はどうするんだ」

「さぁ? けど気分次第で海に行くかもしれない」

「そうか、なら俺は先に――」

 

 言って一歩踏み出そうとした一夏だが、そこで何かに気付いたかのようにピクリと肩を動かすと足を止める。

 

「どうしたの?」

「いや……なんだ、どうにも忘れ物をしたらしい。ちょっと取ってくるよ」

「そう、じゃあ私はこれで」

 

 それだけ言って先を歩いていく簪の背を一夏は見送る。そして簪の姿が完全に見えなくなり、気配が注意しなければ分からない程に希薄になるほど遠ざかったと判断した所でようやく一夏も動き出す。

 

「さて……」

 

 首を横に動かして白砂が敷かれた中庭に視線を向ける。その眼差しは先ほどまで簪と会話していた時とは異なり、冷めきった硬質な光を宿している。

少し視線を動かして、客が庭に出られるようにと旅館が置いたのだろう、小さな下駄箱とそこに収められているサンダルを見つける。下駄箱に歩み寄った一夏はサンダルを取り出すと、それを履いて中庭に出る。そして数歩前に進むと、誰もいないはずの虚空に向けて声を張る。

 

「もう周りには誰も居ない。そろそろ出ても良いんじゃないのか?」

 

 傍から見れば独り言を言っているようにしか見えないだろう。だがその声に対する応答はあった。

 

「やぁやぁやぁ! ひっさしぶりだねー、いっくーん!」

 

 底抜けの能天気さを感じさせる声が一夏の頭上に浴びせかけられる。小さくため息を吐くと一夏は後ろを振り返って視線を上に向け、自分が出てきた旅館の屋根の上を見る。

そこには一人の女性が立っていた。まるで童話の登場人物のような水玉模様の生地でできたワンピースを着こみ、腰には背中の方で大きな蝶結びをしたリボンが巻かれている。リボンによってウェストが絞られているためにその上にある胸部が強調され、明らかに平均的と言えるサイズを遥かに凌駕した大きさを際立たせている。そしてなぜか頭に付けているウサミミ。

スタイル抜群の美人が童話をモデルにした幼児のような恰好をしているとしか言えない、どう見ても変わり者と呼んで良い女性に一夏は見覚えがあり過ぎた。というよりも、一夏自身甚だ不本意とは思っているが、何気に昔の知己だったりするのだ。

 

「相も変わらずぶっとんだ衣装をしているようで、束さん」

 

 呆れたような声で一夏が話しかけた女性の名は篠ノ之束。同級生にして古馴染みである箒の幼馴染にして、ISという存在の生みの親でもある女性だった。

 

「フッフッフー、この束さんは世の凡俗の流行りなどに流されたりはしないのだよ。いつでもどこでも我が道まっしぐら! それが束さん流なのだよー!!」

「あぁ、そう」

 

 心底どうでも良いと言うように適当な返事をすると、一夏はポケットから携帯を取り出してカメラ機能を起動する。そして屋根の上に立つ束の姿をパシャリと撮る。そのまま一夏の視線は携帯の画面に向けられ、束の方を見ようともせず片手でポチポチと携帯を弄りながら彼は口を開く。

 

「まぁアンタの恰好なんてどうでも良いのだけど、一つ」

「ん? 何かな?」

「スカートの中、見えてる」

「にゃ?」

 

 人がフリーズするとはどういうことなのか、その正しい見本はまさしくコレと言うように束の動きが止まる。表情も固まり、瞼も瞬きをすることなく開かれたままだ。

数秒後、ある程度の復帰を果たした束は自分の状態を確認する。彼女が身に纏っているワンピース、腰から下のスカート部分はフリフリ感を出すためにやや短めとなっている。さらに生地の下に仕込んだ針金によって若干外側へ開くような形ともなっている。

そして一夏と束の立ち位置。先ほどから一切変わっておらず、建物の屋根の上、その淵の部分に立ったままの束と、その眼下に立つ一夏。そう、よくよく考えてみると一夏のポジションからは自分のスカートの中が丸見えなのではないか。

ようやく状況を理解してきた束に、一夏は追い打ちの一言を告げる。

 

「それにしても、服はガキっぽいくせに下着は黒のレースとか。なんか狙い過ぎて逆に引きますよ」

 

 言って、鼻でフッと笑った。それこそ語尾に(笑)とかついていてもまるで違和感のない嘲笑だった。

 

「にゃ、にゃ、にゃ~~~!!!!?」

 

 完全にパニックを起こした束はあたふたとしながらも両手でスカートを抑えて下から見えないように隠そうとする。だが、そうこうしている内に足を滑らせた束は言葉にならない悲鳴を上げながら屋根の上から落下、そして地面に思いきり尻餅をつくことになる。

 

「いったーーーい!!」

 

 そりゃあ2メートル以上ある高さから尻で落ちれば痛いだろうと、文字通り他人事であるため一夏は冷静に内心でのツッコミを入れる。

 

「うぅ、イタタタ……って! いっくん! 今写真撮ってたよねぇ!?」

「エー、ナンノコトカナー?」

 

 痛む尻を擦りながら立ち上がった束の指摘に、一夏はわざとらしい棒読みですっ呆ける。だが絶対にそうだと抗議の声を張り上げる束に面倒くさくなった一夏は適当な返事でそれを認めつつ画像データを消去した画面を束に見せることで黙らせる。それを見て束も一応は納得をしたが、実はこの時点で既に手遅れだったりする。

一夏が束のスクープショットを撮った後も続けていた携帯の操作、それは親友である数馬へのメールだった。そしてそのメールには、撮ったばかりの写真を添えつけていたのだ。

以下、二人の間で交わされたメールのやり取りの一部を抜粋する。なお、会話は一夏、数馬の順で交互に行われるものとする。

 

『篠ノ之束のパンチラ撮ったどー!(写真付き)』

『ナイスだお!』←この時点で直ちにUSBなどの外部メモリに保存済み

『つーか良い大人がこのフリフリはないわーww マジでウケるww』

『言ってやるな。本人はそれが良いと思っているんだプークスクスww』

『もうアレだな。この調子で言ったらアラサーになって婚期がーって焦るんだよ。今24歳居ない歴イコールだから、このまま六年経ったら篠ノ之束(30)独身って呼んでやるww』

『もう独身(30)で良くね?ww』

『ww』

『つーかいつものスレに上げたら早速大反響なんだけどww』

『え? それは流石にマズくね? あの人一応世界中が血眼で探してる人なんだけど……』

『それがさー、スレの人が揃いも揃っておっかけて捕まえられるわけないからパンツhshsしてる方が建設的だって言ってんのよww』

『何その紳士の集い』

『紳士は紳士でもHENTAIという名の紳士です(キリッ』

『やーい、このヘンターイ、ニートー、ストーカー、変質者ー』

『俺の親友がこんなに毒舌すぎるわけがない』

 

 このようにバカ丸出しの会話である。ちなみに後日の話ではあるが、自身のパンチラ写真がネット中に拡散していることを知った束は自身の隠れ家にてパニックに陥って散々に喚き散らした挙句、半日布団にもぐりこむことになるのだが、それはまた別の話である。

 

「はぁ。で、一体全体こんな所に何の用で? 曲がりなりにもアンタ、早々表を歩ける立場じゃないでしょうに」

 

 直前まで友人とメールでしていた会話からは想像もつかない程に冷めた声で一夏は束に来訪の目的を問う。

ISという存在の開発者、そして世界に存在する絶対数が限られているISコアの唯一の製造可能な人物である束の足取りは世界中の組織、それこそ合法非合法問わず様々な組織が追っている。

その悉くを煙に巻いているのだから束のそのあたりの能力は確かなのだろうが、だからと言ってこんな昼日中の人が多くいる場所を堂々と出歩けるわけでもない。

 

「そうだねー。確かに束さんも普段だったらこんな所には来ないんだけどねー。けど今回はとってもとっても特別なのだよ」

「特別?」

 

 目を細める一夏に束は面白そうに人差し指を口元に当てながらフフフと笑う。

 

「ねぇいっくん。明日は何月何日?」

「……確か、七月七日の七夕だが……オイ待て。アンタ一体何をたくらんでいる」

 

 低く唸るように問う一夏に束は更に笑みを深めながら答える。

 

「企むだなんて人聞きが悪いなぁ。明日はとってもお目出度い日なんだよ? だったらこの束さんもちゃんとお祝いしなきゃでしょ?」

「確かに、アンタにとってはそうだろうが……」

 

 翌日である七月七日は世間一般では七夕と称され、それにちなんだ各種イベントがあちこちで見受けられる日であるのだが、ごく一部の人間にとってはまた別の意味を持っている。

七月七日、それは今より数えること十六年前に篠ノ之箒がこの世に生を受けた日でもあるのだ。他者への興味、共感というものが限りなくゼロに近いほどに希薄であり、凡そ大多数とのコミュニケーション能力というものにおいてもはや壊滅的とも言える、一種の破綻者である束にとって箒は正しく唯一無二と言える存在だ。

一夏と千冬の織斑姉弟、そして実妹の箒。最後に直接顔を合わせたのがまだ齢が一桁を数える頃であったためにやや印象という曖昧なものに頼る部分もあるが、一夏の記憶にある限り束がまともなコミュニケーションを取ろうとしていたのはこの三人だけだ。中でも唯一の親友と言っていた千冬、そして血を分けた実妹である箒への思い入れようは並ではなかった。

間違いなく篠ノ之束とコミュニケーションを取れ、なおかつその人物性というものを把握しているという意味では世界を見渡しても五指に入るだろうと自負している一夏だが、それでも束にとって殊更の特別だった二人に比して見ればランクが僅かながら下がる。

だがだからこそ、冷静に篠ノ之束という人間を客観的に見ることができ、それゆえに警戒であった。

 

「何だよ、誕生日だから箒にプレゼントフォーユーとでも洒落込もうってか?」

「お、あったりー! さっすがいっくん! いやー、私の事をよく分かっていて嬉しいよ」

 

 当てずっぽうに言ってみた推測だが、まさかのドンピシャリだったことに一夏は目を細める。

 

「何を、くれてやるつもりだ? ちなみにこれは俺の私見だが、変に豪華にするよりもむしろ簡素ながら日本的美というやつを感じさせるような一品があいつの好みに合致するとは思っているが」

「ノンノンノン。この束さんがたった一人の妹のために用意したプレゼントがそんなチャチなものなわけがないでしょー? じ、つ、は、何と――おぉっとっと、メンゴメンゴ。これはいっくんでも教えられないんだよねぇ。まぁとにかく、明日を楽しみにしていてよ、絶対驚くからさ。うんうん、箒ちゃんだけじゃなくていっくんもびっくりする顔が目に浮かぶなぁ」

「俺は姉貴がストレスで胃のあたり抑える絵が思い浮かぶけどな」

「んっふっふ~、ダイジョーブ! ちーちゃんだってきっと認めてくれるはずだよ。じゃじゃ! 束さんは明日の素敵奇跡なビッグイベントに向けての準備があるから! まったねー!」

 

 一方的に捲し立てるようにそう言うと、束はあっという間にその場から走り去ってしまう。追いかける気にもなれない一夏は黙ってその背を見送り続ける。やがて完全に見えなくなるが、依然として彼の顔からは固い表情が消えずに残っていた。

 

「さて、どうすべきかねこれは」

 

 ISという存在、ひいてはそこに関連する業界を陰ながら完全に牛耳っている、間違いなく現在世界でも特に影響力のある人間の一人の唐突な来訪、普通に考えれば千冬を筆頭とした教員に知らせておくべきだろう。

世界中の捜索の手をすり抜け続けて早数年になろうかという存在が現れたということを即座に信じる者は少ないだろうが、そこは「受け入れよ」と言うしかない。思いつく限りすぐに信じるとすれば千冬くらいか。

 

「この臨海学校、少しばかり荒れるかもな……」

 

 どうすべきかはまだ決まっていない。だが、どうしてもそう思わずにはいられなかった。それが、篠ノ之束という存在なのだ。

 

「……行くか」

 

 この場で立ち止まって考えていても仕方がないと判断した一夏は再び歩き出す。元々向かう予定だったビーチへ向かう彼の眼差しは、しかし細められ鋭い光を宿したままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 簪ちゃんはIS学園のネタ担当!!

 失礼しました。
とりあえずノッケから悩みモード入ってる箒さん。大丈夫だ、安心しろ。この三巻編が終わるころには正統派な主人公タイプのキャラにして……やれると良いなぁ。とりあえずデータで保存しといたシンフォギア見とくか(フラグ

 基本的に自由行動が可能な状況下での一夏は非常にフリーダム、というより我が道まっしぐらです。
これで弾や数馬が居れば彼らとつるむので、彼ら経由である程度行動をコントロールできるのですが、その二人がいない以上はどうにもなりません。
 そして簪ちゃん。前にも書きましたが、公式でサブカルに傾倒しているキャラというのは非常に扱いやすくて助かります。こういうネタ振りに使えるので。さて、簪が提示した仮面としてのキャラ作り、その元ネタ。まぁ分かる人は分かるでしょう。エ、ナカノヒト? ナンノコトヤラー。
これだけ簪を出しているのですから、楯無さんももっと出してやりたいですね。夏休み編あたりからちょっと早めに本格的に絡ませようかな。あぁ、一夏の師匠も出番少し出さなきゃ。間違いなく影が薄くなっている。

 そしていよいよ本格登場の束ですよ。とりあえず基本方針として、性格面などでのキャラは原作と大きく変えないということで。というか、特にそうする必要もなかったので。ただまぁ、微妙に抜けているところはあるかもしれませんね。だから一夏にパンチラ写真を激写されるのですよ。
なお、束の下着については各自脳内補完ということで。なに、黒のレース下着でググればすぐに出てくるでしょう。実際どうだかは知りませんが。
束の言うプレゼントがなんなのかは、言うまでもありませんね。アレです。それ以外の何でもありません。

 ひとまず今回はここまででしょうか。なるべく早く次回を書きたいですね。
ただ、アイマスP,ラブライバー、ハンター、AC傭兵ときてさらに提督という肩書まで加わった自分がどれだけ時間を取れるか……
では皆様、また次回にて。






なお、この作品の一夏は若干ムッツリな所があります☆


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第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ!

 前回からちょうど数えて二週間ぶりの更新ですね。大学の夏休みも終わってしまったので、また更新速度が少し遅くなるかもしれないです。いやぁ、時間がたっぷり取れればいいのですがね、世の中って厳しい。


「あっついわね~」

「そうですわねぇ。レンタルとは言え日除けのパラソルがあるのはありがたいですわ」

 

 砂浜に突き立てたパラソルの下に敷いたシート、その上に腰掛けながら鈴とセシリアは日差しの強さとその暑さに愚痴を漏らす。

自由時間となるや否や海へと向かっていった者は多い。この二人もそうした面々の一部だ。だが一しきり海での遊びを満喫すると少しばかりの疲れも感じてきたため、休憩もかねてこうしてパラソルで作った日陰で休んでいたのだった。

 

「それにしても、こうして海で遊ぶのもだいぶ久しぶりね」

「あら、そうですの? 凰さんは機会があれば積極的にこういった場に繰り出すと思っていたのですが」

「そうね。行けるなら行ってたけど、日本に居た頃ならまだしも中国に行ってからはそんな暇も無かったし」

「確かに、そうですわね。わたくしも、思い返してみれば両親が亡くなって以来、こういったこととは少々縁遠かったですわね」

「お互い苦労してるわね」

「えぇ、本当に」

 

 向かい合って二人は揃って苦笑を浮かべる。砂浜、そして海の双方で同級生たちがキャッキャと声を挙げながら各々遊びに興じている。

少し離れた方の砂浜に目を向ければ、ビーチバレー用に整理されていた区画で何人かの生徒がビーチバレーをしている。その中にはシャルロットとラウラの姿もあり、ちょうどラウラが小柄な体格からは想像できない程の高さのジャンプから鋭いスパイクを打ち込んで驚きの声を受けていたところだ。

 

「……織斑さん、いませんわね」

「あたしは何となく予想していたけどね」

 

 女子率百パーセントのビーチの様相を見て二人は揃って呟く。女子しか居ない、それは逆説的に学年唯一の男子生徒がこの場に居ないということの証左だ。

 

「どうせあいつのことだから一人で何か勝手にやってるんでしょ。そういう奴だから」

「彼ともそれなりの長さの間柄にはなっていると思いますが、どうにも分かりませんわ。教室での様子を見る分には決して非社交的というわけでも無いのですが――」

「こういう自由行動の場じゃ基本的にスタンドプレイよね。昔からそうよ。話しかければちゃんと応対してくれるし、頼みごととかもできることは受けてくれる。最低限の社交性は持ってるのよ。けど、あいつは基本単独行動派だから。

例えばだけどさ、中学――ジュニアハイスクールの時なんだけどね。結構クラスのみんなでやれ海に行こうだの山に行こうだの、近場だったらどっかテーマパークに行こうだのなんてことをやったりしたのよ」

「あら、随分と仲がよろしいクラスだったのですね」

「ん~、そうとも言えるんだけどね。何て言うか、中学生なりの付き合いって言うのかしらね。そういうのも結構あったかな。セシリア、あんたも女ならそのあたり分かるでしょ?」

「あぁ……」

 

 鈴の言わんとするところをセシリアはすぐに察した。女というのは男と比べてみても同性の間での社会性というものへの意識が強い生き物だ。

セシリアは鈴の言う中学、いわゆる義務教育における教養課程などは専属の家庭教師などの指導の下でこなしてきたため、日本における学校内でのソサエティというものへの経験は深くないが、女同士の付き合いのあれこれということに関しては大いに同意できるところであった。

 

「それで一夏に話を戻すけどね、あいつはそのあたりの付き合いはお世辞にも良いとは言える方じゃなかったのよ。例えば夏休みに海に行かないかって電話口で誘うとするでしょ? 速攻で『行かない』って返してくるわよ」

「……すっごく、想像しやすいですわね」

「でしょ? んなもんだから、結構あいつの接し方に困ってるやつは居たのよ。何せそれだけだったら単に付き合い悪いだけの根暗なんだけど、あいつはほら、運動が凄いでしょ? 腕っぷし、運動能力、どれも学校の中じゃぶっちぎり。部活のエースだってあっさり打ち負かす。しかも時々妙な凄みがある。普通だったらそれだけでもチヤホヤされても良いけど、なんかみんなとは馴染まない所がある。もう変わり者も変わり者よ。実際、あいつが学校や学校の外でもよく一緒に居た奴はみんな変わり者だったし」

「あら? けどその論調から推測すると織斑さんはプライベートで付き合う相手をだいぶ絞っているように聞こえるのですが」

「そうね、確かにそのとおりね。あいつはみんなでワイワイって言うより、本当に仲の良い何人かでまったりってタイプだし。ただ、なんでそんなスタンスにしたのかは分からないけどね」

 

 言って鈴は肩を竦める。直後、二人の背に声が掛けられる。

 

「そんなの決まってる。面白いか、面白くないか、だ」

 

 その声に二人は勢いよく後ろを振り向く。いつの間にか一夏が立っていた。だが声を掛けられるまで近づいてきたことに欠片も気付かなかった。

 

「まったく……心臓に悪い登場の仕方するんじゃないわよ」

「ん、あぁ、悪い……」

 

 驚かされたことに対する鈴の文句に一夏は素直に謝るが、どうにも言葉の歯切れが悪い。そもそも視線にしても二人の方を向いているというわけではない。視線はおろか、意識さえもだ。

心ここに在らず、とでも言うのだろうか。別に考え事をしていて、それに没頭しかけているようにも見える。当然、そんな様子の一夏に鈴もセシリアも首を傾げる。

 

「あの、織斑さん。どうかなさいまして?」

「え?」

「いえですから、何やら考え事をしていたようですから。それも見た所、だいぶ深刻に考え込んでいるようでしたから」

「えっと、顔に出てたか?」

「えぇ、それはもうはっきりと」

 

 セシリアの言葉に一夏はあちゃーと言いたげにバツの悪そうな顔をする。

 

「ちょっと気になることがあってな。そうか、顔に出ていたか。いや、気にしないでくれ」

「はぁ……」

 

 いまいち納得しきっていない様子だが、あまり深く尋ねた所で話さないだろうし、尋ねる必要もそう感じなかったためセシリアはそれ以上を聞こうとしなかった。それは鈴も同様であり、珍しく考え事に没頭しすぎている一夏の姿を珍しいと思いつつ、そういうこともあるかとあっさり納得して一夏の考え事への興味を失くす。

 

「それにしてもアンタ、随分と変わってるTシャツ来てるわね。珍しいじゃない、黄色なんて派手な色を着るなんて」

 

 今の一夏の出で立ちはハーフズボンタイプの黒の水着の上にTシャツを着るというありふれたスタイルだ。だがそのシャツの色、黄色という少なくとも鈴の覚えている限りでは一夏があまり身に着けないような色をしていることが彼女には珍しかった。

言われた一夏も鈴の言葉には概ね同意なのか、頷きながらもシャツについての説明をする。

 

「これな。いや実はな、前に数馬や弾と服屋に行った時に買ったんだよ。いやー、その時は何故か三人揃って妙なテンションでな。値段が安かったのもあるけど、殆どふざけて買ってたわ」

「いや、あんたら三人揃ってる時はだいたいどっかしらおかしいわよ。で、いくらだったのよ?」

「ん? 二千円。あぁそれと、これの色は正確には『黄色』じゃなくて『イエローゴールド』らしいぞ」

「んなの些細な違いよ。それに、えっと、何て書いてあるの?」

 

 一夏のTシャツは胸の部分にアルファベットの短文のようなものが印刷されている。それ自体はありふれたデザインであるため特にどうというものではないのだが、鈴の見る限り英語には見えないのが彼女が首を傾げる原因だった。

そんな鈴に助けを入れたのは横に座るセシリアだった。

 

「『Ich Liebe Alle』でしょうか? ちょっと文字が大きい上に崩し気味の字体なので絶対とは言いませんが、多分そうだと思いますわ。凰さん、これはドイツ語ですのよ」

『え、そうなの?』

「……」

 

 セシリアの言葉に反応したのは鈴だけでなく一夏もだった。というより、着ている本人が自分の服に書かれている言葉を知らないというのは問題なのではないかと思うセシリアだったが、そこはあえて何も言わずに置き、軽くコホンと咳払いをして説明することにする。

 

「Ichは私、あるいは自分という英語でのIですわね。Liebeは愛する、つまりLoveでAlleは全て、Allですわ。中々、博愛精神に溢れている言葉ですわね。まぁもっとも、着ている人は少々問題があるようですが」

「何が言いたいんだよ、オルコット」

「いえ何も。強いて言えば、いくらある程度何でもありのISでの試合言えども、人の頭を鷲掴みにして壁に高速で叩きつける真似はどうかと思いますが。トーナメントの時、私の周りの何人かは怯えていましたわよ?」

「いや、あれはだな、その、なんだ。……勝てば良いんだよ勝てば! 勝てば官軍!」

「まぁ、そういうことにしておきましょうか」

 

 何とかして言い繕おうとする一夏をセシリアは軽く流す。その姿に一夏はこめかみをひくつかせるも、涼しい顔をしているセシリアには何を言った所で暖簾に腕押しだろうとあえて口を紡ぐことを選ぶ。この借りは、後で試合の時に返せば良い。

 

「そういえば一夏、あんたがそのシャツ買った時さ、数馬や弾はどうしたのよ?」

「ん? 弾は何も買わなかったけど、数馬もなんか面白がって一枚買ってたな。確か色が『シルバーグレー』だったかな。完全にただの灰色だったな」

「へぇ。で、数馬のやつには何か書いてあったりしたの? あんたのソレみたいに」

「あぁ、それなぁ。確か――」

 

 顎に手を当ててその時のことを思い出す。そして不意に、一夏は小さく噴き出した。

 

「フッ、あぁ思い出した思い出した。いや、中々面白くてね。背中の方には星みたいなのが印刷されてるんだよ。確か水星だとか言ってたな。でだ、前の方。俺のこのドイツ語と同じでアルファベットなんだがな。まぁ、その、アレだ。『NEET』だった」

「ブッ」

 

 聞いた瞬間、鈴も真顔のまま噴き出す。そして一夏と鈴、二人揃って押し殺すような笑いを口の端から漏らし始める。

 

「ニ、ニ、ニートって、ヒヒッ。何それすっごくおかしい」

「いやな、ククッ、あの時はそうだよ、確か三人揃って大爆笑したんだった、フヒッ」

「あの、織斑さん。ニートとは、あのニートのことですか?」

「ククッ。ん? あぁオルコット、そのニートだよ」

 

 ニート、正確には Not in Education,Employment or Training の略であるNEETと表記するのが正しい。意味はもはや言わずもがな。

ほぼ日本国内だけでその言葉と意味が独り歩きをしてしまっている状況にあるような言葉だが、一応欧米でもそれなりには知られている言葉だ。セシリアも元々の意味としての言葉自体は知っており、数か月になる日本での生活で日本における意味もある程度は知っていた。一夏に尋ねたのはその確認である。

 

「ただ、親友として弁護させて貰うならあいつは別にモノホンのニートってわけじゃない。むしろ下手な同年代よりずっとハイスペックさ。ただ、あいつは結構な変わり者でなぁ。俺は友人として気に入ってるけど、実際正確にえげつない所があるし、学校じゃ嫌っている奴も居た。そういう嫌っている奴が蔑称としてな、言っていたんだよ。そいつのことをニートって。まぁ本人はむしろ面白がってたくらいだけど」

「はぁ……。あの、まるで事情を知らないわたくしが言うのも変な話とは思うのですが、それでいいのですか? 自分へのそのような謂れなき侮蔑を放置しておくなど」

 

 確かにセシリアの言うことも一理あるとは思う。一般論で言えば数馬を嫌っていた面々の、彼への蔑称は十分名誉毀損、とまではいかずともそれに準ずるレベルだろう。だが――

 

「ま、心配しなくても大丈夫だろうさ。所詮相手は同級生程度。数馬なら自分でどうとでもするさ。……多分やり口はえげつないだろうけどな」

「え、えげつないのですか?」

 

 若干引くように聞いてくるセシリアに一夏は頷いて肯定する。

 

「いやな、元々そういう性格のやつだし。それに俺は話に聞いただけだけど、実際にやったことがあるらしいから……」

 

 そうして一夏は語り出す。まだ一夏と数馬が出会う前、数馬が小学生の頃のことと言う。

仔細はあえて割愛するが、当時の数馬が所属していたクラスに影響力が強いという意味で声が大きい数人の女子のグループがあった。

そんな存在があると聞けば自然と想像できることだが、案の定というべきか特定の誰かへの陰口などのいわゆる『イジメ』、あるいはそれに準ずることがあったらしい。

当時の数馬はそれを完全に他人事で無関心を貫いていたのだが、ある時にそのグループの矛先が数馬に向きかけたことがあった。常に教室の片隅で読書をしていた彼だったが、件の集団に運悪くいつも無口な根暗野郎として目を付けられたというところだったらしい。

 

「まぁ本人から聞いた話でしかないんだけどな。そこで自分への厄介事の気配を感じたあいつは、即座に対策をしたらしいんだ。ただ、それが実にエグくてねぇ」

「な、何をしたのよ?」

 

 この場の三人では一夏に次いで数馬を知る鈴が警戒するように続きを聞いてくる。

 

「そのグループが変に強かったのは集団として纏まっていたかららしい。元々派手な方の連中が集まってたらしくてな。その影響とかが相乗して云々らしいけど、とにかくその纏まりが要なら、それを壊してやれば良いっていうのが数馬の考えだった。

それでアイツはどうしたか。本当に壊したんだよ、その関係を。あることないこと、真実と嘘を混ぜた噂とかを無差別レベルであちこちにぶちまけて、その全部がそいつらに関することらしくてな。それも誰が誰を狙っているとか、知られたくない隠し事だとか。嘘も混じっていたらしいけど、事実もあるんだ。もうどれが嘘か本当かなんて判別がつかない。

かくして、互いに疑心暗鬼に陥ったその女子グループは見事にバラバラ。もはや友情なんてものは木端微塵に粉砕されて、もう誰か個人を狙っていびるなんて土台無理。数馬は危険を回避。ちなみにその出来事に数馬が関わっていたという疑惑はこれっぽっちも上がらなかったそうな――やっぱ引くよなぁ。俺も最初聞いた時は耳を疑ったもん」

 

 小学生のやり口にしてはあまりに酷いやり方に空いた口が塞がらないという風な鈴とセシリアに一夏は同意せざるを得なかった。

自分もたいがいロクな性格はしていないと自負しているが、それでも初めて聞いた時は唖然としたものだ。

 

「何と言いますか、本当にエゲつない……。いえそもそも、よく疑われたりしなかったものですわね」

 

 それだけ大それたことをしておきながら微塵も疑われることの無かった数馬に、セシリアは唖然としつつも感心するような感想を述べる。

 

「あいつ、保身はかなりしっかりしてるからな。それに曰く『自分は脚本家だから表に出ることは無い』だとさ。あぁ、あれ言ってた時のあいつ、やたらウザかったなぁ。ていうか脚本って何だよ脚本って。まさか周りの人間の行動全部読み切ってたのかよ。何それ怖い」

「まぁアイツの無茶苦茶ぶりはアンタに並ぶから今更だけど。ていうかアイツは今どうしてんの? 弾もだけど、日本に戻ってきても全然接点作れないのよね」

「ん? まぁ割と普通にやってるみたいだぞ。夏休みあたりまた会うつもりだから、その時は鈴もどうだよ?」

「考えとくわ。ていうか、随分と話が逸れたわね。Tシャツからよくもまぁぶっ飛んだもんだわ」

「確かに」

 

 つまりはそれだけ一夏も、そして数馬も話題に事欠かない人間ということになるのだが、二人がそれに気づいている様子は無い。

 

「で、今更だがお前ら何してんの?」

「見りゃ分かるでしょ、暑いからこうして日陰に避難中よ」

「わたくしも、正直日に焼けすぎるのは少々抵抗がありまして」

「ふ~ん」

 

 それだけの淡白な反応をすると一夏は砂を踏みしめながら前へ歩いていく。

 

「なに、アンタは泳ぎにでも行くの?」

「さぁてね。ただ、海も砂浜もトレーニングには中々良い環境だ。少しは体を動かさないとな」

 

 言って一夏はTシャツを脱ぐ。そして手早くかつ丁寧に畳むとヒョイと鈴の方に放る。

 

「悪いけど、そこらへんに置いといてくれ」

「……別に構わないけどさ、人前でいきなり脱ぐのはどうかと思うわよ? いや、あたしなんて学校のプールとかで結構見慣れてるから良いけどさぁ」

 

 そこで言葉を切った鈴は隣を見る。

 

「あ、あの……、わ、わたくしも些かどうかと思いますわ」

 

 微妙に上ずった声で鈴に賛同するセシリアがそこには居た。調子がおかしいのは声だけでなく、微妙に一夏を視線から逸らそうとしている。

 

「えーと、オルコット?」

「一夏、セシリアのようなご令嬢様にはいきなりの男の半裸なんて刺激が強すぎるのよ。ましてやアンタのようなムキムキは猶更ね」

「そ、そうか?」

「そういうものなの。だから――さっきからやってるその上腕二頭筋とか胸筋とかピクピクさせるの止めろってのよ!」

 

 かれこれ数年単位でハードと言って差支えないトレーニングを課し続けてきた一夏の肉体は、同年代の男子と比較しても明らかな程に筋肉などの発達が目立っている。当然のように腹筋は六つに割れ、力瘤など当たり前。全身のあちこちに鍛えられた筋肉による隆起が見られる。もっとも、完全なガチムチである彼の師に比べたらまだ細マッチョの段階に留まってはいるが。

とは言え、学校のプール授業などでそれなりに見慣れている鈴はともかく、生粋の令嬢として育てられたセシリアには些か刺激の強い光景だったらしい。それゆえに、この反応ということだ。

 

「とにかくよ。脱いだんならさっさと海の方に行けば? 他の子たちだってアンタが来るのをそれなりには楽しみにしているはずよ」

「ま、俺は俺で勝手にやらせてもらうだけだがね。まぁ良いさ。じゃ、ちょっくら行って来るよ。さて、まずは足場の悪い砂浜でランニングと行こうか……」

 

 ビーチに行ってまずすることとして思いつくのがトレーニングであるあたり、欠片もブレないなと思いつつ鈴は一夏を見送る。やがて延々ビーチを走り続ける一夏の姿が彼女の視界に入ってくることになるが、走りながら同級生たちと軽快に言葉を交わしている様子を見ると、それなりには上手くやっているらしい。それを見て、どこか呆れるように鈴は小さく嘆息着くのであった。

 

<サーブイックヨー!

<チョットー、イマミズカケタデショー

<ダブルバイセェェップスッッ

<チョッ、コラヒッパラナイデー

<フフーン、ワシワシノケイヤデー

<サイドトライセェェップスッッ

<アー、ワタシノジューストッター

<ダレカタスケテェー

<チョットマッテテー

<アドミナブルッアンドッサァイィッッ

 

「……」

 

 ビーチから聞こえる同級生たちの喧騒、その中にやたら野太い声が混じっているような気がしたが、気のせいだと鈴は自分に言い聞かせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いかに夏の陽気の下とは言え、一日中海で遊ぶというわけにもいかない。時刻も夕方と言って良い頃合いになれば、自然と全員がビーチから引き揚げて宿へと戻る。

そうして宿に戻ったら戻ったで、カードゲームやテーブルゲームなどの屋内での娯楽に誰もが興じ始める。中には参考書を広げて自習に勤しむ者も少なからずいるが、あくまで今日一日は自由時間。どのように過ごすかは個人の自由なのでそれをとやかく言う者は誰もいない。

 そして、温泉に海鮮物で彩られた豪華な夕食と言った楽しみも終わりしばらく経った、夜は八時半を回りそろそろ九時に達しようかとという頃合いだった。

 

「ふぅ……」

 

 軽く息を吐きながら箒は館内の廊下を歩いていた。先ほどまで千冬と一夏が宿泊する教員用の部屋に居たのだが、その最中にちょっとした用足しがあったために一度部屋を出ていたのだ。

ちなみに今現在、千冬の部屋は女子率100パーセントとなっている。千冬や専用機持ち達を始めとした、もちろんそうでない者も含めて生徒数人、揃ってガールズトークの真っ只中だ。というより、ビールの缶を開けて気分よくほろ酔い状態になった千冬が一夏の昔話を面白おかしく話しているというのが実情だ。

ではその一夏はどうしているのかと言うと、部屋に集まった面々が揃うよりもしばらく前に、他の生徒たちとは時間をずらした上での温泉堪能に行っているという寸法だ。

 

(とは言え、一夏のやつもそろそろ上がっている頃か)

 

 千冬に聞いた一夏が温泉に出向いたという時間から既に30分以上が経っている。普通に考えればそろそろ上がっている頃合いだろう。あるいは、既に部屋に居て会話の輪に混ざっているかもしれない。そう考えた矢先だった。

この旅館には他の多くの温泉宿泊施設と同様に休憩を目的としたスペースがある。館内の一角を使い、自販機やゆったりとしたソファや雑誌コーナーなどが置かれているスペースだ。ここ、花月荘もその多分に漏れず、そうした休憩スペースを設けている。

再び千冬の話の続きでも聞こうかと、再度元の部屋へと戻る途中で件の休憩スペースを通りがかった箒は、そこに人影があるのを見つけた。

 

「一夏?」

「ん? あぁ、箒か」

 

 そこに居たのは一夏だった。他の皆と同様に浴衣に身を包んでいる。座っている椅子はマッサージチェアだろうか、ウィンウィンとモーターが駆動する音が小さく聞こえている。

 

「な、何をしているんだ? 確か千冬さんから温泉に行ったと聞いたが」

「あぁ、見りゃ分かるだろ。もう上がった。で、今どうせ行っても人がいるだろうからな。こうして一人でゆったりと夜の時間を楽しんでいるというわけだ。それに、飲み物もつまみもある」

 

 言って一夏が掲げて見せたのはノンアルコールビールの缶とスルメの入った袋。どちらもすぐ近くの売店で仕入れたのだろう。

スルメを肴にノンアルコールとは言えビールを飲みつつ、マッサージチェアに身を預ける。思わず箒の脳裏に「オッサン」という単語がよぎったのは仕方のないことだろう。

 

「随分と、リラックスしているようだな」

「まぁね。折角何もないんだ。明日から忙しくなるだろうし、こうして英気を養っとかないとな」

「……それもそうだな」

「あぁそうだ。箒、明日お前誕生日だったよな。一足早いが先におめでとうと言っとくよ」

「え?」

 

 あまりに唐突に言われた言葉に一瞬箒は理解が追いつかなかった。だが数秒経って一夏の言葉の内容を理解すると、まだ若干しどろもどろながらもありがとうと言う。

 

「あ~、この臨海と被ったからすぐに何か渡すってのは無理だけど、後で何かしらはくれてやるから、そこは待っててくれ」

「え、あ、あぁ」

 

 どうやら一夏は誕生日のことを覚えていたばかりか、プレゼントのことも考えていたらしい。遅れてしまうのは仕方のないことだが、それはこの際どうでも良い。覚えていて、渡してくれるという事実の方が重要なのだ。

それ自体は決して悪いことではない。むしろ嬉しく思う。だが、誕生日とプレゼント、この二つの単語を思い浮かべた途端に箒は思わず表情に影を落としていた。

箒の表情の変化に一夏はすぐに気付いた。だが敢えてどうしたなどと聞こうとはしない。相談があるとすれば箒の側から言って来るだろうと思い、何も気づかないふりをする。

 

「なぁ一夏、少し聞きたいことがある」

 

 来たか、と一夏は思った。残り少ないノンアルビールの缶に口をつけ、一気に中身を飲み干して空にすると、マッサージチェアの脇に置かれたサイドテーブルにスルメの袋共々空き缶を置く。そして箒に向き直った。

 

「どうした」

「その、姉さんのことは、どう思っている」

 

 箒の問い、それを聞いた瞬間に一瞬一夏の目が細まるが、すぐに元通りのいつもの眼差しになる。

箒が姉さんと呼ぶ相手、それはこの世にただ一人しか存在せず、その人物に彼は昼間既に会っていた。

 

「束さん、か。また唐突だな」

 

 唐突、とは言ってみたものの既に一夏の頭の中ではある程度の算段が立っていた。

昼間に遭遇した束の目的は、箒の誕生日に合わせて彼女に何かしらのプレゼントを渡すというものだ。その時はサプライズでも仕掛けるのかと思ったが、今このタイミングで束の話題が箒の口から出た以上、箒も束の動きを知っていると思って良いだろう。仔細までは知らずとも、明日の誕生日に束のアクションがあると事前に知っていた、あるいは束本人から知らされていたのは確定的と見て良いだろう。

織斑一夏という人間は、いわゆる学業成績という面では凡庸と自負し、その上で本人も自覚はしていないが決して馬鹿ではないし頭の回転とて悪い方ではない。むしろ重要な案件であるほど、その重要さが分かっているから真剣に考え思考が自然と研ぎ澄まされていくタイプだ。ちなみに最も頭が素早く回るのは武術関連なのは今更言うまでもない。

 思い返せば箒は束にどこか一歩引いたところがある。その能力もさることながら、人格的な面も含めて奇特極まりない人間だ。いかに実姉いえども敬遠はするだろう。仮に一夏が箒の立場だとしても同じように思った。それに、その束のせいで箒は何かと窮屈な思いをしてきたと聞いている。やはり、複雑な心境となるのは無理もない話だ。

しかし、今ここで言うべきは己の考えである。

 

「束さん、ね。俺からすれば昔から同じ、知り合いの変わり者さ。あの人は俺にもフレンドリーだったが、実はこいつはここ最近になって思ったんだがな。お前や姉貴のついでなんじゃないかと思うようになってな。あぁでも、んなのはどうでも良いか。別に好きでも嫌いでもない。俺にメリットのあることをしてくれたら素直に礼は言うし、逆なら怒る。まぁ普通かね」

「そうか……。すまない、変なことを聞いたな」

「別に良いさ」

「その、変なことついでにもう一つ、良いか?」

「ん? 良いけど?」

 

 このような切り出し方となると先ほどの束の件とはまた別だろう。どんな内容なのか、純粋に気になって一夏は続きを促す。

 

「お前は、その、目的とかそういったのはあるのか?」

「目的というと、具体的には?」

 

 一口に目的と言っても色々だ。例えば勉強だったら次のテストでは前回より20点は上げるとか、料理ならば次は同じ料理を更に美味しく仕上げるとか。

具体的にどういうことでの目的なのか、それを言ってくれないことには一夏も答えようがない。

 

「お前は、いつも鍛練に励んでいるだろう。武芸にしろ、ISにしろ。そこまでお前を駆りたてる、その目的は何なのか聞きたい」

「なるほど、そう来るか」

 

 納得したと言うように一夏は頷き、顎に手を当てる。何が目的か、そんなのは今更言うまでもない。だが、改めて言葉とするためにどう言うべきか、僅かに頭の中で推敲をしてそして言葉とする。

 

「ISにしろ武術にしろ、目的は『極み』への到達さ。何せ身近な所にそれぞれで、文字通りそこまで行っちまった人が居るわけだし。まぁIS乗りなり武術家なりやってる上での義務? やって当然のこと? そういうのもあるんだけど、俺自身が純粋にその領域に達したい、そこまで達した時、世界がどんな風に見えるのか知りたい。まぁそんなトコかな」

「じゃあ、その『極み』に達したいと、そう思った理由は何なのだ?」

「理由、理由ねぇ。う~ん、気が付いたらそう思っていたし、そこまで深く考えたことは無いな。いや、実は俺もこのあたり不思議に思ってるんだけど、明確にこれって言える理由が無い割には、かなり強い目的意識なんだよ。ただ、理由を考えようとするとどういうわけかあまり良い気分はしなくてね。あれかな、武術家として極みを目指すのは当然、そこに理由を求めるなんて愚の骨頂、なんていう天の啓示かね?」

「いや、それを私に聞かれても困るが……。そうか、極みか」

「まぁな。で、なんでまたそんなことを?」

 

 今度は一夏が尋ねる。どうしてそのような質問をしたのかと。別に答えを絶対に求めているというわけではない。聞けるなら聞きたい質問だったが、この辺りでやたら生真面目な気質を持っている箒は真剣に答えようとする。だが、出てきた言葉は一夏にとっても意外なものだった。

 

「その、分からなくなっているんだ。私自身が何をしたいのかが」

「と、言うと?」

「私は、お前ほどではないが学んでいることは殆ど同じだ。IS、そして武芸。だがISは、そもそも学ぶ切っ掛けだったこの学園への入学にしろ私がそう望んだことではないし、武芸――剣道にしてもとにかく我武者羅にやってきたようなものだ。それで、ふと疑問に思ってしまったのだ。私は、ISで、武芸で、この先どうしたいのかを」

「……」

 

 すぐに答えることはせず、しばし一夏は口を閉ざす。何かしら言葉を掛けてはやるべきだろうが、言う内容はしっかりと選ぶ必要がある。

 

「はっきり言って、そいつはお前自身の問題だ」

 

 それを一夏は言葉の始めとした。

 

「だから俺がどうこう言うよりも、お前自身で何をしたいかを見つけるべきなんだろうな」

「あぁ、それはその通りだ」

 

 一夏の言うことは紛れもなく正論、それは箒も十二分に分かっていた。

 

「だから俺はお前のその質問に、はっきりとした答えを返してやることはできない。――けど、助言くらいはできる」

「助言?」

「まぁそんな大したことじゃあないけどな。アレだよ、とにかく頑張ってみれば良いんじゃないのか? 俺だって何も考えずに武術やってたら、いつの間にか目標ができてたようなもんだし。そう焦るもんでもないと思うぞ。やるべきことを、一生懸命にやっていれば良いさ」

「……それも、そうか」

 

 一夏の言葉に箒は俯きながらも頷く仕種を見せる。垂れた前髪に隠されて箒がどんな表情をしているかは一夏には見えない。ただ、明るい顔はしていないのだろうなと思った。声にもどこかそんな感じのほの暗さがある。

 

「休んでいる所を邪魔してしまったな。私は先に行くよ。余計な忠告かもしれんが、早めに戻ると良いぞ」

 

 それだけ言って箒は歩いていく。その背を一夏はただ黙って見送る。

 

(本当に、引っ掻き回してくれる人だな)

 

 幼馴染の背を見送りつつ、考えるのはその姉のことだ。むしろ箒に対しては憐憫に近い念さえ抱く。

共に著名に過ぎる姉を持つという身の上だ。その弟妹であるがゆえの悩みは一夏も十分に共感できる。ただ違いがあるとすれば、一夏の場合は姉の人格がまだ遥かに真っ当かつ高潔なことであり、箒の場合は姉がもはや破天荒そのものであるということだ。その差が二人の境遇にどういった違いを生み出したのか。

勿論、双方の姉の人格の及ばない影響力という点での差異もあるが、それを差し引いても箒の場合はこれまで心身双方で窮屈な生き方を強いられてきた。それを思えば同情の一つや二つはしたくもなるというものだ。

 そしてその全ての原因である箒の姉、篠ノ之束。一応幼少の頃よりの顔なじみではあるし、それ相応に交流もあった。そうして会うその都度その都度、まるで口癖のように千冬と箒への思い入れの強さを語っていたことを思い出す。だが――

 

(あの人、それでも絶対に自分第一が来ているよなぁ)

 

 束はまず第一に「自分」というものを何よりの優先に置いているのではないかと思うことがある。確かに言葉通り、千冬も箒も大事にしているのだろう。だがそれはまず第一に束が何より束本人という絶対を置いた強烈なまでの唯我の上にある感情なのではないか。

こうしてある程度物事に考えを巡らせる年頃になって改めて考えてみると、そうなのではないかという思いが非常に強く感じる。

 

「まったく、せっかくの遠出だっていうのに。もうちょっと自重をしてくれないもんかね、あの人は」

 

 誰もいない虚空に向けて呟き、すぐに意味のないことだと小さく鼻で笑うと一夏は空き缶を握りつぶす。そのまま空になったスルメの袋共々近くのゴミ箱に分けて放り込むと、残った未開封のスルメの袋とノンアルビールの缶を持って休憩スペースを後にする。

もうそろそろ自分ら姉弟の部屋から他の生徒たちも失せている頃合いだ。残りのスルメとビール(ノンアル)は部屋で楽しもう、そう思いつつゆったりとした足取りで一夏は部屋へと戻っていた。

 

 

 

 

 部屋に戻った一夏の目に飛び込んだのは壁にもたれて小さく寝息を立てている千冬と、その周りに置かれた空のビール缶数本だった。

姉もせっかくの機会ということでそれなりに気分よく飲んだのだろう。それを考えて微笑を浮かべると一夏は後始末に取り掛かった。

まずは空き缶の処理。纏めて持って部屋の外にあるゴミ箱へと持っていく。空き缶用のゴミ箱は廊下にしかないのだ。途中で見回りの途中らしき真耶と出くわし、手に持っているビールの空き缶を見られた途端に一瞬真耶の目が険しくなったものの、千冬のものであることを告げたらすぐに納得の様を呈した。

そして空き缶を片づけて部屋に戻った一夏は、出る前には壁にもたれかかっていた千冬が畳に横たわっているのを見ると、その体に静かに布団を掛ける。本来ならばきちんと布団を敷いて、そこに寝かせるべきなのだろうが、そのために動かして起きたら本末転倒だ。それに弟としての経験則で言えば、酔って寝入った千冬はさほど時間をおかずして一度起きる。多分今回もそうなるだろう。布団に放り込むのはそれからでも遅くは無い。

 一しきり部屋の片づけを終えると、一部の僅かな照明を残して部屋の電気を消す。目を凝らせば何とか室内が見渡せる程度まで暗くなった部屋を何にも躓くことなく滑らかに歩くと、部屋の窓の傍へと歩み寄りそのままそこへ腰掛ける。

 

「かんぱーい」

 

 小声でそう言うと一夏は持ち帰ったビール(ノンアル)の缶を開け、窓から見える月に向けて軽く掲げる。あいにくと満月ではないが、雲が殆ど無い夜空で輝く月と満天の星は中々に風情を感じる。

ふと思い返すのは敬愛する師だ。数年前に弟子入りしてからというもの、夏休みや冬休みといった纏まった休暇には必ず師の下へと泊りがけで出向いて稽古を付けてもらっていた。そんな日々の中、一日の稽古を終え夕食や風呂なども済ませ、あとは寝るだけという頃合いに師はよく邸宅の縁側で酒を飲んでいた。

子供ながらに料理の心得をそれなり以上に持っていた一夏は簡単なつまみを用意したが、師曰く季節によって移り変わる景色と夜空の月や星、それらだけでも十分な肴になると言う。

そう言っていた師の心、今ならば分かる気がした。確かに静かな空間で星々を煌めかせ、月を静謐に佇ませる無限に広がる夜空を眺めながらというのは中々に乙なものだ。もっとも、師のように飲み物単品だけでは物足りず、今も口にくわえたスルメのような文字通りの肴が無ければ口さびしく感じる辺りはまだまだなのだろうが。

 

「う~ん、いいねぇ」

 

 思えばIS学園に入学してからというもの、確かにそれなり以上に面白く充実さも感じる日々ではあったが、同時に止むことのないある種の喧騒が常に付きまとっていた。そこから解放され一人静かに夜の時を楽しむ。知らず、心に癒しのようなものを一夏は感じていた。

 

「ん?」

 

 そうして何気なく見上げた夜空、そこに浮かぶ月を見て思わず唸る。月の表面に浮かぶ模様、本来は月面のクレーターだが地球上では模様に見えるソレは世界の各地域で見え方が違う。

蟹のように見えれば女性の顔のようにも見える。そしてここ、日本から見える形は兎。満月ではないため一部が欠けているが、兎と判断するには十分なくらいに形は出ている。それを見て思い出すのは昼間の一幕だ。

 

「はぁ……」

 

 招かれざる、とまでは言わないものの個人的感情で言えばできることなら歓迎したくない知人を思い出し、一夏は思わずため息を吐いていた。そうして沈んだ気分を紛らわそうとするかのように、グイとビール(ノンアル)をあおる。

 

「なんだ、暗い部屋で月見酒など。あいつの真似か?」

 

 不意に背後から千冬の声が掛けられる。

 

「あぁ、起きたのか」

 

 少し寝入ったことである程度持ち直したのだろう。目を覚ました千冬は上半身だけを起こして窓際の一夏を見ていた。

声を掛けられたことで千冬が起きたのを確認した一夏はすぐに立ち上がると、部屋の端の方にどけられていたテーブルの上にあるティーセットの方へと歩いて行き、籠に入った湯呑を取るとその隣に置かれていた水差しから水を一杯注いでそれを千冬に手渡す。

 

「すまんな」

 

 水を受け取った千冬は一言、簡単な礼を言うと一息で飲み干し、大きく息を吐く。空になった湯呑を受け取った一夏は、それを再びテーブルの上に戻す。

 

「布団、敷いとく? 結構飲んだんだろ。明日もあるんだし、今夜は寝たらどうだ?」

「そうだな、そうするとしようか。で、お前は私が寝ている横でまた月見酒か」

「一応言っとくけど、ノンアルだぜ?」

「あぁ、分かっているさ。でなくば許しはせんよ」

「それもそっか」

 

 言いながら一夏は部屋の襖を開け、中に畳まれている布団一式を出して敷いていく。千冬が手伝おうと立ち上がりかけるが、酔っ払いが下手に動くなと言ってそのまま座らせ続ける。

別に布団を敷くのが不得手なわけではない。むしろそこいらの同年代連中よりは遥かに手際よくできる自信がある。伊達に留守がちな姉に代わり家の管理をしてきたわけではない。

 

「ほれ、布団敷いといたからさっさと寝たら? 明日だって早いんだろう?」

「で、人が寝ている横でまだ飲んでいると」

「だって中身残ってるし」

「ほどほどにしておけよ?」

「分かってるって。ほら、休んだ休んだ」

 

 背を押して急かすように一夏は千冬を布団へ追い立てる。まだ酔いが抜けきっていない千冬はやや足取りをふらつかせながらも言われた通りに布団へ潜ろうとする。

 

「……」

 

 もぞもぞと動きながら再び寝入ろうとする千冬の背を見ながら、一夏は目を細めた。

昼間に会った束のこと、言うのであればこれが最後のチャンスになるだろう。明日は箒の誕生日当日、仮に昼間の彼女の言葉が正しいのであれば確実に明日行動を起こす。それも人目を忍んでなどという気遣いは欠片もせずにだ。

一体束が何を企んでいるのか、未だ一夏には見当がつかない。だが、当人たちにとってはどうかは知らないが、高い確率で周りを騒がせるようなロクでもないことだろうとは予想できる。何しろ、昔から何かやらかすたびに大事にしていたからだ。

 

(さて、本当にどうしたものかねぇ)

 

 今の姉は酔ってそこそこに気分が良い状態だろう。そこから眠ろうというのだ。気分は更に良いに違いない。そこへ頭痛の種になるような要件を伝えるのは少しばかり気が引ける。あるいは、もういっそどうにでもなれと諦めようかと思った直後のことだった。

 

「一夏、何を悩んでいる」

「え?」

 

 布団に横たわり、自分に背を向けたままの千冬から不意に掛けられた言葉に一夏は思わず呆けていた。

 

「今日一日、いや正確には私がお前を外に追い立ててからだな。それからというもの、何か考え込んでいる様子だったが。私だけじゃない、山田先生も気付いてはいたぞ? まぁお前を気遣って敢えて何も言わず、私に報告しただけだがな。お前がこの臨海学校を楽しめているか、それが気がかりだったらしい。感謝しとけよ? それだけ心配されていることを」

「え、あ、それは……」

 

 言葉に詰まり、すぐに言い繕おうとしても無駄だと悟る。となればもう話してしまうべきなのだろうが、では今度はどう切り出すべきかと悩んでしまう。だが、その解決の糸口は思わぬ方向からやってきた。

 

「束か」

「っ……」

 

 何気なく千冬の口から呟かれた言葉に一夏は息を呑む。目立たない反応だが、一夏の動揺を千冬に悟らせるには十分なものだった。

 

「そうか。もしやと思っていたが、やはりお前にもか」

「『も』ってことは、姉貴」

 

 もしやと言うような一夏に千冬は横になったまま頷く。

 

「明日の篠ノ之の誕生日、確実に束は何か行動を起こすだろうよ。あいつめ、少し前に私に直接電話で言ってきた」

「てことは、俺が知らされたのはドンケツってことか。箒も前々から知っていた風だったし」

「なに? 篠ノ之もだと――いや、考えればそれも当然か。一夏、お前はそれをいつ知った?」

 

 互いに状況は既に把握済み、となれば余計な説明など不要だ。必要なことのみをただ伝えるだけで事足りる。

 

「さっき、部屋に戻る前に。箒とバッタリ会ってな。そこであの人の話題が出たからよ。ちょうど昼間に直接会ったばかりで、明日のことを聞いていたから、こりゃあ当たりだと」

「そうか。しかし、既にここまで来ているか……。いや、あいつの行動パターンなど考えても今更か……」

「で、どうするつもりだよ。あの人は、白昼堂々人様の前に早々ツラ出せるような人じゃあないだろう」

「その通りなのだがな、実は何も考えていない。というより、考えるだけ無駄だ。昔からそうさ。奴を相手にするのであれば、ほぼ常に後手に回ることになる。私だって、気が付いたらあいつの起こした騒動に火消しに奔走していたということなど幾らでもあるからな。無駄だ無駄。今更どうこうしたところであいつは止められんよ」

「すっぱり割り切ってるのなぁ」

「でなければ、アレと付き合ってなどられん」

 

 フンと鼻を鳴らす千冬に、それもそうかと一夏はどこか納得していた。そして納得した一夏は、昼間より気になっていたことを千冬に聞くことにした。

 

「姉貴、あの人は箒に誕生日のプレゼントをくれたやるつもりだって言ってた。一体、何なのか分かるか?」

「……さてな」

 

 答える直前の僅かな間、それが何を意味するかは一夏には分からない。「何となく」での予想は立てられるが、所詮は確証の無い憶測でしかない。ゆえに何も追及はしない。そうか、とだけ言って頷くだけだった。

 

「いずれにせよ、今の私はIS学園の教員で、お前はその生徒だ。誰が来て何をしようが、私たちがここに来た目的に変わりは無い。お前は、お前たち生徒は学ぶべきことをしっかり学んで、私たち教師はそれを滞りなく進め、この臨海学校を無事に終わらせることだ。本来の目的やすべきことを見失いさえしなければ何とかなるさ。そういうものだよ」

「そっか……。いや、確かに姉貴の言う通りだよな。確かに、やることやればそれで終い、でもってさっさと引き上げれば良い」

「そういうことだ。――じゃあ、私はもう寝るぞ。お前もあまり遅くなるなよ。おやすみ」

「あぁ。おやすみ、姉貴」

 

 交わされるおやすみの言葉、学園の教師や生徒たちがこれを聞けば程度に差はあれど驚く者が殆どだろう。常の二人の立ち居振る舞い、言葉からは想像しにくい穏やかさに満ちていたものだったからだ。

そして静かに寝息を立てて寝入っていく姉を一夏は穏やかな眼差しで見つめると、打って変わって苦笑と共に小さなため息を漏らす。

 

「確かに、あの人相手なら今更だよなぁ。良いさ、来るなら勝手に来れば良い」

 

 言って、一夏は再び窓際へと戻り腰を下ろす。飲みかけのビール(ノンアル)の缶を持つと、窓から見える月に向かってソレを掲げた。その姿はまるで月に映しだされた兎に、それを象徴する一人の女性へと宣言するかのような姿だった。

 

「加減無用だ。楽しませてみろ」

 

 そう不敵な笑みと共に言うと、一夏は缶の中身を一気に飲み干す。その姿を照らす月明かりは、まるでそこに住まう兎が笑っているかのような趣きを醸し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜が明けて臨海学校の二日目が始まる。

この日の予定は日中のほぼ全てをISの実機を用いた訓練に当てる。アリーナという限定空間ではない開放された空間という、常とは違う状況でのIS運用をこれまでの授業では用いなかった装備と共にひたすら学んでいくのだ。

そして、専用機を持った生徒は別としてそれぞれの母国より送られた試作装備の稼働テストや、そのデータ収集を行う。それが、本来のこの日の予定だった。

 だが、この本来の日程の消化のために海岸へと集まった者達は、生徒教師皆一様に驚きに思考が支配されていた。その原因は全員が海岸に集合し終えた直後に現れた一人の人物の存在だった。

 

「じゃんじゃじゃーん! 世紀の大天才が大! 登! 場! 私が篠ノ之束だよー!」

 

 周囲の様子など気に留める様子を欠片も見せずに、高らかに名乗りを上げる束の姿がそこにあった。その姿を千冬はいつも通りの鉄面皮を貫いたまま見つめる。実妹の箒は何かに迷うような、緊張の面持ちで姉を見つめている。

そして一夏は、千冬や箒とは更に離れた場所で静かに、しかし眉間に小さな皺を作りながらまるで睨むかのように旧知の人物を見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえずは普通な感じで終始進めた今回の話ですが、例によってと言いますか、そこかしこにネタは仕込んであります。具体的には一夏のTシャツとか、数馬のTシャツとか。一夏のシャツに書かれているドイツ語、セシリアの訳を参考にしてみてください。イエ、トクニイミハナイノデスケド(すっとぼけ
ちなみに一夏のTシャツについては第二案として、茶色の生地に文字を「滅尽滅相」とか考えてましたww

 数馬の武勇伝(?)は、身も蓋もない言い方をしてしまうと尺稼ぎと言いますか。ちょっとボリューム感を出したいなぁと思い、テコ入れ感はありますが書いてみました。基本、自分が気に入らない相手には容赦なく、かつエゲつないのが彼の特徴です。本当に、我ながら随分とキャラを弄ったものだと思います。今更感マックスですが。

 そして夜に話は移りまして、絶賛ブレッブレの箒さん。もうちょい、もうちょい彼女には我慢してもらいます。大丈夫、この三巻終わるころにはむしろこいつの方がある意味正統派主人公じゃね? と言えるようなキャラにする……予定ですから。
いや、前向きと言いますか、作者の主観で正統派な感じのキャラにするつもりではありますが、そこは読者の皆様の主観に依りますからね。とりあえずはそういう予定ということで。
ちなみに作者の頭の中では、本作の一夏は成年に達したらその瞬間に酒豪確定です。というかこれっぽっちも作中に出していない、作者の脳内の隠し設定では家で千冬のいない間にチョクチョク……なんてのがあったり。

 で、最後に一夏と千冬の一対一。いや、ただのお話ですがね。
思い返せば本作で一夏と千冬だけでの会話シーンというのはだいぶ珍しい気がします。普段は学園で教師生徒の関係だから接触が限られる。けれど今回については姉弟として話しているため、ということにでもしましょうか。
 最後の「おやすみ」は二人とも相当に柔らかい言い方です。このあたりで姉弟っていう感じを出せていたらなぁとは思います。

 それでは、ひとまず今回はここまで。また次回に。






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第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感

 こちらの方の更新は一か月ちょいぶりとなりますね。お久しぶりです。
割と真面目にリアルが忙しかったので、このように更新が遅れてしまいました。
久しぶりなのでクオリティなどにちょっとばかりの心配はありますが、お楽しみいただけたら


 臨海学校の二日目は早朝からスケジュール詰めになっている。

早朝の起床の後に少しの時間を置いて早々に朝食、そしてまた少々の準備の時間を取ったら生徒一同揃って海岸へ向かうという運びだ。

それ急げやスタコラとISスーツに身を包んだ全員が海岸に向かってみれば、そこには既に学園がスタッフが直接装備するという、極めて安直かつある意味で堅実な手で輸送してきた訓練機のラファールと打鉄が数機ずつ、そして今回の訓練で使う装備が用意されている。

離れた一角に目を向ければ、そこには各専用機持ち、及びその機体を担当する各国の技術者たちが、これまた試験運用のための装備を引っ提げて待ち構えているという状況だ。ちなみに、技術者は技術者同士で面識があったり、あるいは何がしかの媒体から名を聞いているのかやらで意見交換や討論めいたことを始めたりしている。

 

 

 

 

「……」

 

 準備の一通りを終え、指示を受ければすぐにでも白式を展開して行動ができる用意を整えた一夏は腕を組みながら口を真一文字に結んでいた。眉間に僅かに皺を寄せた視線は、正面ではなく横の方を向いている。

専用機持ちは各自別々のプログラムが組まれており、一度他の生徒たちとは離れた場所で集合をすることになっている。離れていると言っても専用機持ちとそれ以外の面々の間の距離は互いに互いを視認できるくらいのものだが、この物理的距離がそのまま立場の違いを示しているかのような様相を呈していた。

 セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、一夏。一年生の専用機持ち六名が千冬の指示の下、横一列に並んでいる。だが、列に並んでいる者がもう一人、この場に居た。

 

「……」

 

 一夏同様沈黙を保ったまま、しかし表情には緊張を湛えた箒がそこに居た。

何故箒がこの列に並んでいるのか。一夏を除いた五人が一様に疑問符を頭の上に浮かべている。そしてこの場の面々の監督を預かっている千冬が認めている様子であることが、彼女らの疑問を更に深めていた。

 

「姉――織斑先生、まさかとは思うけど」

 

 不意に一夏が口を開く。千冬に向けられたその言葉は何かの予想を、確信と共にしているものだった。

 

「あぁ、そのまさかだ」

 

 頷き肯定した千冬に一夏は何も言わず、ただ眉根の皺を深めるだけだった。そして再び箒へと視線を向ける。

 

「箒、本気か?」

「……あぁ」

 

 一夏の問いかけに箒は一言答えて頷くだけだった。依然、他の面々は状況を把握しきれてはいない。

 

「まぁ、それがお前の選んだ道って言うなら俺は何も言わないさ。けど、何でかは、聞いても良いか?」

「……私なりに、ここで、一夏達と、皆とやっていく中で、私に必要なもの、それをどうにかするために打てる手を打った。それだけだ」

「そうか」

 

 おおよそを察した一夏はもう聞くことは無いというかのようにフイと箒から視線を外すと、元居た場所に戻り列に並びなおす。

そして、いい加減事情を説明されないままでいることに業を煮やしたのか、セシリアが口を開いた。

 

「あの、お三方だけで納得をされても困りますわ。わたくしたちにも状況の説明を求めます」

 

 セシリアの意見に賛成するように、彼女の言葉に続いて残る四人が一斉に頷く。それに答えるため口を開いたのは、それが誰よりも早いのは彼女らにとっても予想外なことに一夏だった。

 

「簡単なことだ。今ここに集まっているのは一年の専用機持ち。そしてその中に箒が居る。だが箒は専用機を持っていない。じゃあ何故ここにいるのか、これから手に入れるんだよ、専用機を」

『っ!?』

 

 その言葉に五人が、そして彼女ら同様にようやく理由を把握した真耶も、一様に驚愕の表情を浮かべる。

当然の反応かと、想像に容易いだけに一夏はこの反応をさも当然のように受け止めている。

 

「な、なぜ、篠ノ之さんが専用機を……?」

 

 代表して問うのはまたしてもセシリアだった。下手な藪蛇を突くまいと慎重な声ではあるが、やはり疑念や驚愕は隠しきれていない。思えば専用機を持つことへの意識という点では彼女が特に高かったかと思い出しながら、一夏は答えようとする。だがそれを箒が手で制し、自分から言い出そうとする。

 

「実は――」

 

 だが言いかけた所で箒の言葉が途切れる。誰かを呼ぶような声が遠くから、この場の全員の耳に入ってきていた。その声が聞こえる方向を全員が一斉に向いたのだ。

 

「ちーーーーーーちゃーーーーーーーん!!!!」

 

 底抜けの、それこそ能天気とも言える程に明るさを持った声と共に一夏らの方へ掛けてくる人影があった。それが誰なのか、分かった瞬間に千冬と箒は僅かに表情を強張らせ、一夏はため息を吐きながら項垂れる。

駆けてくる人物、それは昨日一夏が遭遇した篠ノ之束その人であった。

 

「ちーちゃんヤッホー!! とうっ!」

 

 駆けてきた束は千冬に抱きつこうとしたのか跳躍をする。だが――

 

「ふんっ」

「ゲフゥッ!?」

 

 空中から迫る束に千冬が容赦のないラリアットを見舞っていた。うめき声を上げながらその場に倒れ落ちる束の姿と、いきなり容赦のない一撃を放った千冬に一夏と箒以外の面々が絶句するが、千冬は知ったことではないと言わんばかりに堂々としている。

 

「う、うぅ……相変わらずちーちゃんのラヴが痛すぎるんだよぉ……」

 

 ヨヨヨと泣く真似をしながら束がゆっくりと立ち上がる。だが言葉の割には衣服の汚れを払う余裕を見せており、目立った外傷もどこにもなく無傷そのもの。間違いなく千冬の容赦ない一撃を受けたにも関わらずピンピンとしている様に、再び一同は驚きを顔に浮かべる。

 

「気にするな、いつものことだよ」

 

 フォローをするつもりなのか、一夏が言う。だが一夏本人も言った後に、「俺も見るのは数年ぶりの光景だけどな」と付け加えて僅かに目を細める。

 

「あ、あの、織斑さん? こちらの女性は一体?」

 

 突然の乱入者に未だ困惑から抜け出しきれずにいながらもセシリアが聞いてくる。だが聞かれた一夏は意外だと言うように目を丸くする。

 

「なんだオルコット、お前候補生なんてやってながら知らなかったのかよ。あぁでも、あまりメディアに出たりしなかったからな。仕方ないか」

 

 一人自分を納得させるように言ってから一夏は一度咳払いをし、改めてセシリアの質問に答えようとする。

 

「このみょうちきりんな格好をした人はだな――」

「姉さんだ」

 

 一夏が言いきるより先に箒が一言そう言った。姉さん、篠ノ之箒が発するその言葉が意味するところを理解した瞬間、先ほど以上の驚愕と、緊迫がこの場の全員の表情に現れた。

 

「篠ノ之さんの、お姉さま……?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それって……」

「篠ノ之束博士……?」

 

 今自分たちの目の前に居る人物、その人がそこにいるということが信じられないと戦慄するようにセシリア、鈴、シャルロットが言葉を漏らす。

 

「ISの、その全ての生みの親……」

「時の日本政府の最大の頭痛の種、ね……」

 

 ラウラが公に知られている篠ノ之束という人間の評を、簪が「更識」という一族に属するがために知っていた陰の評を、それぞれ呟く。

 

「……」

 

 未だハイテンションなまま捲し立てる束と、それをややしかめっ面を浮かべながら相手をする千冬の方に箒は無言で歩いて行く。それを思わず止めようと手を伸ばそうとする鈴だったが、更にそれを阻むように一夏が鈴の前に立つ。

そして並んだ五人と、数歩離れた場所でやはり緊張の面持ちを浮かべている真耶を見渡し、何もするなと言うように首を横に振る。

 

「悪い、当面静かにしていてくれ。というか、何もするな」

「ちょ、どういうことよ」

 

 箒が自分たちにロクに何も言わないまま何かをしようとしている、直感的にだがそこに良くないナニカを感じ取ったために咄嗟に止めようとしたのだが、それを有無を言わさないと言うように阻む一夏に鈴が訝しむ。

だが、六人を見回して首を横に振った一夏の表情はあまりにも真剣で、逆に鈴達の方が慎重な雰囲気にさせられるほどだった。

 

「織斑、当然だが私たちはお前が私たちを止めた理由を知りたいと思っている。それなりに、納得のいく説明を求めるぞ」

「あぁ、それは約束する」

 

 そこで一夏らの背後で高らかに自分の名前を張り上げる束の声が耳朶を打つ。この場の面々はまだしも、離れた場所で待機している他の生徒や教員らは未だに突然の乱入者に戸惑っているのだ。

大方その辺りを解消するために身分を明らかにしろと、千冬にでも言われたのだろうと一夏はあたりをつける。だが、乱入者の正体がかの篠ノ之束と分かったことで一層の困惑が驚きと共に湧き出ているのがこちら側まで聞こえるどよめきで分かった。

それを千冬が一喝と共に制し、そこでようやく我に返った教師陣も生徒たちを落ち着かせようとする。変に騒ぎを大きくしないようにと配慮しているのが伺えるあたり、教師たちは既に状況をそれなりに呑みこめているらしい。

 

「――話が途切れたな。理由だけどさ、実はまだ上手く言葉にしにくいんだけど、強いて言うならあまり状況を面倒くさくしたくないからとでも言うのかな」

「いやいやアンタ、今この時点で十二分に面倒くさいことになってると思うんだけど」

 

 至極尤もな鈴の指摘に一夏も反論のしようがないのか、腕を組んでウンウンと頷く。

 

「それ言われたらどうしようもないんだけどさ、これもどう言うべきか。少なくとも、今の所は篠ノ之束(アノヒト)の想定している通りな流れだと思うんだよね。そういう点では、ちょっと無茶苦茶で強引ではあるけど、ある程度まとまった筋書の上にあると言える」

「つまり織斑、お前はそのある程度まとまった流れをそのままにして、どのように事が動くのか経過を観察すべきと、そう言いたいのか?」

 

 ラウラの指摘は一夏にとっても我が意を得たりと言えるものであり、その通りだと鷹揚に頷く。

 

「あの人が動くってことは確実に何かしらがある。それこそちょっと騒がしい程度のことからご近所一体巻き込むはちゃめちゃ、これは一体どこのギャグ漫画の世界だよと言いたくなることまで、範囲も種類も色々さ。一応、姉貴にくっついてあの人とはそれなりに付き合いがある方だ。だから言える。下手に動いてこっちから状況をどうにかするより、ある程度進んで先も予想できる頃合いになってから対応をした方が良いのさ」

「けど織斑くん、もう先の予想はできるんじゃないのかな」

 

 簪がクイと眼鏡を持ち上げながら言う。

 

専用機持ち(わたしたち)が居る場所に篠ノ之さんが居る。そして出てきたのはISの開発者、しかも篠ノ之さんの身内」

「あぁうん。そのくらいはね、十二分に予想できるんだよ。――今日は、箒の誕生日なんだ。姉から妹に誕生日プレゼント、それが専用機ってことなんだろう」

 

 何気ないことのように箒が束から専用機を受け取ることになるという事実を告げる一夏に、各々ある程度の予想はできていたのか、表情を僅かに強張らせながらも冷静に受け止めている。それを一夏は僅かに目を細めながら見る。

 

「だが、さっきも言ったようにこの程度は十分に予想の範疇だ。問題はここから」

 

 IS開発者から直々に専用機を手渡される。それだけでも十二分に大事だと言うのにこの上まだ何かあるのかと表情の緊張は解けない。

 

「少なくとも俺の経験から言えば、あの人のやることは大体こっちの予想を飛び越えてくる。専用機を箒に渡す、これが楽に想像できたことっていうなら、まだ何かある。あぁ、参ったね。この臨海学校、本当に一荒れするかなぁ……」

 

 言葉の最後は誰に向けたものでもなく、一夏自身が自嘲するかのような皮肉気なものだった。

 

 

 

「準備カンリョー! セーット、アーップッッ!!」

 

 

 離れた所から束の声が届く。おそらくは箒に渡すISの準備が整ったのだろう。この頃になると更に離れた場所に立つ他大勢の生徒たち、教員たちも凡その状況、事情を把握しているのか、視線が一斉にこちら側に向いているのを一夏はヒシヒシと感じ取っていた。

 

「ハッピーバスデー箒ちゃん! これがお姉ちゃんからの誕生日プレゼント! この束さんが腕によりをかけて、箒ちゃんのためだけに作ったワンオフのハイエンドIS! その名を、『紅椿』!」

 

 言葉と共に束がパチンと指を鳴らす。直後、何もなかった砂浜の上に紅色のカプセルのような大型の物体が顕現する。その直前の発光現象がISの量子展開が行われるときのソレに酷似していることに気付いた一夏は、流石は篠ノ之束かと思わず内心で唸っていた。

そしてカプセルが開く。白色の煙を吐き出しながら中から現れたのは、カプセル同様に鮮やかな紅色に染め上げられた一機のISだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『紅椿』、箒の専用機か」

 

 砂浜を歩きながら一夏は一人ごちる。

 

「しかし、よもや第四世代と来るとはなぁ。みんな頭ぶん殴られたような顔をしていたぞ」

「あれで何も思わない人はISの業界には居ない。受け止め方の差はあっても、誰だって何かしらは思う」

 

 隣を歩く簪の言葉に一夏はさもありなんと頷く。束が持ち込んだ紅椿、それを受領した箒は束直々の最終調整に取り掛かることとなり、その間に他の専用機持ち達や一般生徒たちは各々の本来のスケジュールをこなすこととなった。それは一夏も同じであり、専用機の開発元が同じ企業であるためにこうして簪と共に指定された場所へと向かっているのだ。

 

「そういえば、俺たちは何をするか知っているか?」

「確か、新装備を間に合わせられたのは私の打鉄の方だけだって。だから、君は普通に性能検証だと思う。あ、そういえば担当者たちのチーフは川崎さんみたい」

「お、マジで? そりゃありがたいな。やっぱ信用のおける知り合いがいてくれるのはありがたい」

「それは同感。あの人、本来の担当は白式だけど、私の打鉄の時にも色々お世話になったから」

 

 このような状況下で確かな腕を持った信用のおける人間の助力が得られる。そのありがたさを分かっているだけに揃って二人はしみじみと頷く。

 

「……けど、篠ノ之さんも大変だね」

「あぁ、いきなり凄いISをポンと渡されてな。上手く扱えるのやら 「そうじゃない」 え?」

 

 箒を案ずるような簪の言葉に頷く一夏だが、自分の考えと簪の考えに食い違いがあることを指摘され、一夏は首を傾げる。

 

「ISを乗りこなせるかどうかなんて些末なこと。問題は周り」

「と、言うと?」

「専用機を与えられるのは、まず第一に各国でその国の最優のパイロットとされる国家代表。あとは基本的に代表候補生からの選抜。ISを持っている各国それぞれで、本当に一人握りだけが専用機を、その所持資格を持てる。

当然だけど、そのためにはそれだけの知識や技術とかが必要。それを国に認められたからこそ、私も、さっき別れた皆も専用機を持っている。そして国に認められたからこそ、他の周りの人たちも認めている」

 

 そこまで聞いた時点で一夏は簪が言わんとすることにあたりをつけるが、あえて沈黙を続け言葉の続きを待つ。

 

「君の場合は、凄く特殊なケース。でも、特殊だからある意味認められている。つまり、専用機持ちは誰からも認められて専用機持ちでいられる。――けど、やっぱり嫉妬ややっかみだってある」

 

 例えば代表候補生。国家代表は各国に一人しかいない。だが候補生は複数名居る。国家の規模が大きければ「国家代表候補生」という肩書きだけを持つ者が数十人と存在する場合もある。

だが、その中で専用機の所持資格を、さらに国家、あるいは企業のバックアップを受けて実際に専用機を持てる者は更に限られる。複数居る候補生たちの中から、まず資格だけで大半がふるい落とされ、更に実際に機体を持てるか否かでまたふるい落とされる。

それを考えれば、一夏を除くIS学園に在籍する専用機持ち達は正しく国家に信を受けた、各々の国のIS界の将来を背負って立つことになるだろう期待の星だ。だが、そうして輝く者達を、ふるい落とされたためにそこへ至れなかった者達はどう思うだろうか。

その能力が認められているからこそ選ばれた、その理屈については何ら疑問を挟む余地が無い。だが、理屈では分かっていても感情ではどうともし難いことが往々にしてあるのが人間だ。例え誰もが認めていようと、その陰に確かに嫉妬やなどの怨嗟に近い負の想いはあるのだ。

 

「けど篠ノ之さんは違う。何か功績を立てたわけでもない。際立った能力を示したわけでもない。そもそも候補生ですらない。悪いけど、専用機持ち(わたしたち)に求められるものが全て大きく欠けている。なのに、ただ身内だからって理由で専用機を、それも現行のどのISよりも最新型なものをあっさりと貰った。そんな理不尽、認める方が少ない」

 

 簪自身も箒の専用機のアレコレについて思うところがあるのだろう。声には僅かながらの苛立ちに近いものが含まれていた。

彼女が危惧したのは箒が専用機を、少々乱暴な言い方をしてしまえば身内のコネを利用して手に入れたことへの周囲からの風当たりだ。まさしく先の言葉通り、箒はこれまで専用機持ち足るとして認められるような実績を上げたわけではない。だというのに、いきなり文字通りの最新型を専用機として受領したのだ。面白く思わない者など居ないわけがない。現に、箒が新型機を専用機として受け取ったということを知った一般生徒たちの輪からはそのことへの不満に近い声が散発的ながらも確かに上がっていた。それ自体は束の一声で収まったものの、内心で燻る不満は消えることは無いだろう。

 

「イジメとか、なきゃいいのだがね……」

 

 そのあたり男よりも女の方がやり口はおっかないものと知っているため、さすがの一夏も幼馴染を案じずにはいられない。

彼自身は、親友の片割れが下手なイジメよりもはるかに陰湿かつ外道非道極まりない手法を平然と取ったり、そもそも彼自身にしても自分にそうした火の粉が掛かるならば全て力ずくでねじ伏せるなどという主義だったりするために、そうした問題には少々縁遠かったりするが、やはり気になると言えば気になる。

 

「そうだね。けど、それは篠ノ之さんが頑張るしかない」

 

 至極尤もな簪の言葉には一夏も頷くしかない。

 

「けど、手が無いわけじゃない。篠ノ之さんは今の所順序が逆なだけ。専用機持ちに相応しいと、みんなが認めるような成果を出せば、多分心配はいらない」

「成果、ね。例えば?」

「私たち一年の専用機持ち全員に勝って、あとは最低限専用機持ち、ひいては候補生クラス以上に必要とされる知識とかを覚えるとか。あとは、ちょっと一足飛びなやり方だけど、何か大きな事件の解決の立役者、つまりはみんなの憧れの偶像(ヒーロー)になること」

「ヒーロー?」

 

 飛び出た単語の予想外さに思わず一夏は聞き返す。だが、言った簪本人は至極真面目な顔つきだった。

 

「別に難しい話じゃない。先に言った、成果を挙げるっていうこと。ただ、この場合は成果を挙げたっていうその瞬間の事実を殊更に強調するから、例え本来必要なものが足りていなくても多少はごまかしが効く」

「つまり張りぼてということか」

「君も意外に容赦がないよね」

「する意味も無い」

 

 バッサリと切り捨てるような一夏の言葉だが、実際に事実を言い当てているために簪もそれ以上をとやかく言わない。

 

「ただ、いずれにせよ篠ノ之さん自身のスキルアップは必須。結局、これからどうなるかは彼女次第」

 

 ただの姉の七光りに甘んじ、性能が優れているISを持っているということだけに縋るのか、あるいは纏わりつくしがらみやら風評やらを実力で以って跳ね除け、自分こそが()のISに相応しいと見せつけるか。

果たしてどちらの道を行くのだろうと、一夏は幼馴染の先を想う。だが願わくば後者であって欲しい。曲がりなりにも古馴染み、自分に比較的近しい人間だ。そんな人物がより高みへと昇って行くことは、一夏自身にとっても良い刺激になる。そうして互いに上り詰める所まで達した末にこの手で以って――

 

「――っ」

 

 不意に一夏の足が止まる。突然歩みを止めた彼に、簪も振り返りながら怪訝そうな顔をする。

 

「どうしたの?」

「いや……何でもない」

 

 気が付いたら立ち止まっていたと、言った自身でさえ説明になっていないと分かる説明をしながら一夏は再び歩き出す。再び隣を歩く一夏、その横顔をしばし見つめる簪だが、やがて何事も無かったかのように視線を前へと戻す。

 

(俺は今、何を考えた……)

 

 本能的な働きがそれ以上の思考の進行を止めたが、自分が何を思いかけていたのか、彼は理解していた。そして馬鹿馬鹿しいと胸中で吐き捨てる。

 

(環境が変わって、柄にもなくハイになっちまったか。全く、自重自重っと)

 

 首を振って自身に冷静を促す。

 

「俺らも、ウカウカはしていられないな」

 

 専用機持ちの先達としてかくあるべきと、己に言い聞かせるような一夏の言葉には簪も概ね同意なのか肯定の頷きで返す。だが、その言葉が本当にそれだけの理由で発せられたのか。あるいは直前の自身の思考を脇へ追いやるために無意識のうちに発していたのか。その疑念を一夏が抱くことは無かった。

 

 

 

 

 待機していた倉持技研から派遣された技術者たちの下へ着いた一夏と簪は、そのまま各々の担当者の方へ向かい別れる運びとなった。ここまで来れば後は当初の予定通りにスケジュールをこなしていくだけである。

 

「織斑さん、先ほどの機動テストの結果ですが――」

「ほむほむ、これは前より良くなってると見て良いので?」

「はい。やはり宿儺の搭載が大きいようですね。飛行機動時のエネルギー消費がだいぶ改善されていますね」

 

 パネルに表示されたデータを見ながら一夏と、既に一夏にとってはお馴染みとなった白式担当の川崎が言葉を交わす。

 

「現在白式に搭載した後の宿儺の稼働データを基としてシステムのバージョンアッププランも進めているのですが、それを実装した際には更なる改善が見込めますね」

「へぇ、そりゃあ」

 

 まだまだ機体に進化の余地があるという事実の再認識に一夏も頬を緩ませる。

 

「まだまだこんなものじゃあ無いですよ。白式にはまだ二次移行(セカンド・シフト)も残っています。それがいつなのかは我々も把握しかねる所ですが、それが為されれば更なる機能の向上は見込めると言って良いでしょう」

「二次移行、確か専用機よして設定されたIS、中でも特に練度を積んだ機体がたま~に起こすっていうISの進化でしたか」

「えぇ。ISの業界全体で見れば圧倒的少数ですが、発現例自体は幾つもあります。織斑さんのお姉さんのISもそうだったんですよ?」

「姉貴のってことは、あの『暮桜』でしたっけ?」

 

 『暮桜』、未だISの各国への浸透率や技術の進度が大きくないものであった黎明期に、最初期の日本国専属操縦者として登録された千冬の専用ISだった機体だ。

第一世代とされていながらも、二次移行を果たした後に発言した単一固有能力(ワンオフ・アビリティ)である「零落白夜」と、今もなおIS乗り達の間で語り継がれる千冬の実力、それらが合わさった戦闘能力は今もなお世界に存在するIS、IS乗り達を相手にして無双の域にあるとまで言われている。

 

「暮桜は防衛省の技研を中心として政府主導で開発が行われましたが、倉持も色々関わらせて貰いましてね。その時のノウハウが打鉄や白式に活かされているわけですが。いやぁ、我々も期待しているのですよ。現行で稼働している専用機が二機、しかも乗り手は双方ともに有望株。あるいは両方とも二次移行をするのではと期待が高まっていましてね」

「いやぁ、そこまで期待されると、ちと気恥ずかしいんですけどね」

 

 チラリと一夏は視線を動かす。その先ではまた別の技術者達を侍らせながら簪が新装備らしき物のテストをしているところだった。簪の打鉄に装着された見慣れないユニット、砲のようなソレから光条が奔ったかと思うと、離れた海面に大きな水柱と蒸発した海水による水蒸気が立ち上る。おそらくはセシリアのISと同じ光学兵装、ただし規模としてラウラのレーゲンに搭載されているレールガン級のものなのだろう。

ちなみに今回、白式に新装備の類はなく、一夏がやることと言えば延々飛び回って各種データを取るだけである。

 

「それにしても意外ですね」

「と、言いますと?」

 

 不意に呟かれた一夏の言葉に川崎がその意図を問う。

 

「いや、すぐ近くには篠ノ之束と、その謹製の最新鋭機があるっていうのにみんな落ち着いていると言うか、もっとそわそわしてるもんだと思ったんで」

「あぁ、そういうことですか」

 

 すぐに一夏の言いたいことを把握した川崎は納得したように頷く。

 

「仰ることはごもっともです。ISの開発者、そしてその開発者が直接手掛けた新型機。興味が無いと言えば嘘になりますが、それで本来の仕事に支障をきたすほど我々も間抜けじゃありませんよ。すべき仕事は確実にこなす。それがプロというものです」

 

 胸を張るようにきっぱりと言い切るその姿に、一夏も感服したと言うように軽く頭を下げる。このあたり、積み重ねてきた年の功の差と言うべきなのだろうなと、一夏は同級生たちの反応を思い出しながら思う。

第四世代型IS、それを聞いた面々の反応は様々だった。鈴や真耶は口を半開きにして唖然とし、ラウラは僅かに眉間に皺を寄せて紅椿を睨み付け、セシリアも驚愕を隠そうとしながらも戦慄を禁じ得ない風だった。

シャルロットは故国、ひいては自分の居所と言える会社が未だ開発が第二世代止まりであることにやはり思うところがあるようで、俯きながら「ウチだってまだ第三世代を作れてないのに……。いきなり第四だなんて、こんなのじゃ満足できないよ……」と肩を震わせながら呟いていた。そしてもっとも平静を保っていたのが簪であり、彼女の気質もあるのだろうがいつも通りの静かな眼差しで見極めるように紅椿を眺めるだけだった。

 

「ただ、その新型を受け取った篠ノ之箒さんでしたか。一個人として言わせて頂くと、少々気がかりではありますね」

「さっき、更識とも話したんですけど、いきなり専用機をもらったことへのやっかみとかですか?」

「はい。それもありますが、何しろ篠ノ之嬢はどこかの国の候補生として所属しているわけでもなし、ISにしても開発者自ら手掛けたという、どの国にも属さない機体。帰属先を巡って、下手をすれば織斑さん以上に荒れに荒れるでしょうね」

「ウワータイヘンダー」

 

 一体どれほど面倒なのか、考え始めてコンマ五秒でそのややこしさに考えることを放棄した一夏は適当な調子でそんな感想を漏らす。

 

「とは言え、それも結局は篠ノ之嬢ご自身の問題です。我々では、それこそ織斑さんでもどうしようもない」

「……そうですね」

 

 曲がりなりにも古馴染みだ。助力できることがあるならば、可能な範囲でしてやっても良いとは思うが、そもそも助力できることがないのであればどうしようもない。

 

「我々に、織斑さんにできることと言えば、何かあった時に最良の結果を出せるよう常にできることを尽くす、そこに尽きるのでしょうね」

「ごもっとも」

 

 至極真っ当な川崎の言葉に一夏は肩を竦める。そしてスケジュールの続きを消化しようと動き出した時だ。一夏が肩に引っ掛けていた鞄からアラーム音のような音が鳴り響いていた。

失礼、と一言だけ断ってから一夏は鞄を開け、音の出どころである学園生徒用の端末を取り出す。タッチパネル式のソレを少し操作し、そこにあった内容を読み取った瞬間、一夏の表情に険しさが宿る。

それを見て瞬時に只事では無いと判断した川崎は、自身も自前の端末で同行した倉持の技術者、今現在は簪の担当に着いている者に連絡を取る。案の定、簪の方にも連絡の類が行っていたらしい。

 

「すみません、川崎さん。ちょっとスケジュールは中断です」

 

 伺うような調子はどこにも見られない、それが決定事項だと断じるように一夏は言う。異論を挟む余地はどこにも無いために川崎もすぐに頷いて了承の返答とする。

 

「何か、あったようですね」

 

 だが、一応の義務として可能な範囲で事の把握をしようとする。問いかけるような言葉に、一夏もその通りと言うように頷いてから口を開いた。

 

「専用機持ち全員に招集命令。どうにもデカいヤマのようですよ」

 

 そう言って一夏は小さくため息を吐いた。当たってほしくないもしもが当たってしまったことに。あんにゃろう、やっぱ疫病神の親戚か何かじゃねぇのかと、心の内でこの場には居ないある人物への悪態をつくのであった。

 

 

 

 

 

 専用機持ち全員に同時に渡った招集命令、それが旅館の一室を使って一時的に設けられた臨海学校中のIS運用の管制部から発せられた時刻より少し前。

篠ノ之束は宙を駆ける実妹の姿に感慨深いものを抱いていた。幼い頃より愛情を注いできた妹が、自分が丹精込めて作り上げたとっておきの作品で雄姿を披露する。見ているだけで自然と頬が綻んでくる。

同時に思う。これこそが本物だと。ISと、そのISを駆ることができる女。今となっては世界のあちこちに拡散したソレだが、開発者として真実認められるのはただ二組のみ。親友と実妹、そして自身が手がけたIS。この組み合わせだけだ。それ以外の有象無象、木偶の組み合わせなど、歯牙に掛ける必要も感じない。

尤も、数か月前にその「本物」と「どうでもいいその他」のどちらにも属さない、中々に面白そうな存在も現れたわけではあるが、当面そちらは成り行きを見守ることにする。自然の流れに任せて、どう転んでいくのかを見るのもまた一興というやつだ。

 

「いいねぇ、箒ちゃん。実にチョベリグーだよ」

 

 朱色に染め抜かれた装甲を纏い、陽光を照り返し煌めかせながら二刀を振る箒の姿に、束は思わず感慨を言葉にして漏らす。だが気にしない。良いと思ったことを言って何が悪いと言うのか。

 

「でもせっかくのお披露目なんだし、もっと派手にいっときたいよね」

 

 そのために丁度いい代物があるにはあるのだが、あいにく今回は持ち込んでいない。そうなった原因は、今でも思い返すたびに苛立ちを感じる。

 

(まったく、なんなんだよアイツは)

 

 最高の舞台に相応しくと用意した演出、その駒を完膚なきまでに破壊した存在に胸中で悪態を吐く。元々の予定では過日の一夏の試合の場に送り込み、一度その存在を認知させてから今回再びという計画だった。

だがそこに乱入した一つの存在。駒と同じ漆黒を纏いながらも、その黒はさながら黒曜石か、あるいは色が深まり過ぎた紫水晶のごとき輝きを持っていた。あの時はただ想定外のイレギュラーに不満を募らせるだけだったが、後々になってその正体を思い出した。

 

(本当にウザイなぁ。有象無象の分際でちーちゃんに並んでるのもそうだし……)

 

 ISのことで、少なくとも今現在この世界で束以外の誰かが一人でも知ることのできるISの情報は須らく束の掌中にある。その全てを一々把握しているわけではないが、その気になればいくらでも情報は集められる。

それが篠ノ之束、ISという存在の母にして絶対的な創造主だ。知らぬことと言えば、未だ見ぬ可能性の先くらいなものだ。もっとも、それにしてもその気になれば幾らでも仮説、検証が可能なのだが。

 

(まぁ、有象無象が何しようが、束さんは揺るぎやしないんだけど)

 

 それは自分自身への絶対的な自負から来る自信だ。不快に思うものは不快に思う。だがその程度で一々篠ノ之束自ら動くことなどしない。

有象無象は有象無象同士、勝手に低い次元であくせく這いずり回っていれば良い。わざわざ自分から低レベルな所に関わる必要などない。いうなれば彼女自身の、凡そ人類の誰よりも優れていると自負するが故の上位者としての矜持のようなものだ。

何よりも今、彼女にはやらなければならないことがある。実の妹の晴れ舞台、自分が力を注ぐのにこれほどまでに意義があることは早々ない。

 

 

 

「はぁっ!」

 

 気合いの掛け声と共に左腕を振るう。紅椿の主武装は二振りの日本刀型のブレードだ。形状それ自体はありふれたものだが、有する機構は篠ノ之束謹製の名に恥じないものを持っている。

今しがた振るわれた左手に握られた双刀の片割れ、「空裂(からわれ)」は高密度のエネルギーで構成された光刃を飛ばすことによって遠距離からの攻撃を行うことができる。

もう一本の武器である「雨月(あまづき)」も同様の機構を有しており、違いを挙げるとすれば前者が放つのが「飛ぶ斬撃」であり、後者が「飛ぶ突き」という点か。

 最新鋭の名に相応しく、空を駆ける機動も速さと自在性を両立している。打鉄を駆っていた時には叶わなかった、より上位にある「ISに乗る感覚」に箒は自然と頬が綻んでいた。

端的に言えば、今の箒は専用機を駆っているということに確かな喜びを感じているのだ。だがそれを心の未熟、短慮浅慮と叱責することはできない。自分のために用意された専用機、他の多くの汎用機と比して必然的にトータルのパフォーマンスに優れている機体を操ることへの歓喜、それを感じることは箒だけの話ではないのだ。

一夏も、セシリアも、鈴もシャルロットもラウラも、簪に楯無の更識姉妹も、専用機を持つ人間ならば誰もが最初に感じる喜びなのだ。それはかつてIS乗りの世界に君臨した「最強」も、その陰にあり続けた魔女や彼女らに並ぶ古豪たちも例外ではない。

 

(これならば、或いは……!)

 

 気持ちが逸るのを抑えられない。この紅椿であれば、手を伸ばしても届かなかった一夏達のレベルへと届くのではないか。半ば確信に変わりつつある期待に心が弾む。

久方ぶりの充足感、それを箒は余すことなく甘受していた。

 

 そして、遥か下の地上で箒の姿を見守っていた彼女の姉が、艶を持った唇を三日月形に曲げて笑っていたことに、箒は終始気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 あんまり話進んでないですね、今回。紅椿もそこまで詳しく描写したってわけでもないので、そのあたりは次回に持ち越しかもしれません。
 とりあえず福音事件は次回から。つまり次回からが本番というわけですよ。頑張って書こうと思います。
 書いてて思ったことなのですが、本当に簪が動かしやすいこと。原作から多少以上に変えているところはありますが、根っこの部分はそれほどと思っています。多分、なんやかんやで今後も一夏とコンビを組むことが多くなるのかなぁとは思っています。主人公とヒロインで男女なあれこれとかはまず無いですが。

 束についてはもう基本的に原作と同じですね。ただ強いて違う点を挙げるとすれば、千冬や箒、一夏以外に対して原作ではただ辛辣なだけ(原作三巻のセシリアへの対応を参照)でしたが、ここでは基本無関心で適当にあしらうだけという感じです。原作に比べたら淡泊な対応という感じでしょうか。加えて、基本的に他人というものを見下して自分が上位者という自意識があるため、「下々に一々かかずらっていられない」的な意識もあったりします。だから意外に自分で直接手を下してつぶしたりとかはなかったりしたり。
あと、微妙に話変わりますが、ちょっと束についてあからさまにし過ぎたかなぁと思ったり。

 とりあえず今回はここまでで。次回については、もうちょっと早く書けたらいいなぁと切に願ったりしています。
それでは、また次回に。


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第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」

 ざっと三週間ぶりという感じでしょうか。やはり更新速度の明らかなダウンは否めませんね。
自分自身としてももっと書きたいと思ってはいるのですが、やはりそこでそう上手くは行かないのが現実というやつなわけでして。

 今回は福音戦直前までとなります。なんか前回のあとがきで次は福音戦やるとか言ったよーな気がしますが、まぁそこはそれということで。


「状況を説明する」

 

 旅館の一室で千冬が口を開く。実機演習全体を中断すると同時に掛けられた専用機持ちの招集、場所は旅館内に設けられた臨時の管制室だ。

生徒たちの部屋から特に離れた大部屋に、学園より持ち込んだ多数の機材を設置して作られた仮の指揮所に一年の専用機持ちが全員揃ったことを確認するなり、千冬は前置き無しに話し始めた。

 

「先刻、ハワイ諸島沖で稼働試験中にあった米軍の新型第三世代軍用ISが暴走を起こした」

 

 その言葉に専用機持ち一同の表情に緊張が走る。軍用IS、どちらかと言えば新装備の実験機としての側面が強いこの場の面々の第三世代の専用機とは異なり、文字通りに軍が正式に運用、つまりは本物の戦場で戦果を挙げることを目的としたISだ。

そんな物が暴走をした。仮にそれが起きたのが市街地などであった場合、齎される被害はどれほどになるのか、あまり想像をしたいものではない。

 

「当該ISは鎮圧にあたった現場の米軍ISを撃破し演習宙域を離脱。そのまま太平洋を横断するルートを取っていることが確認されている。米軍から国際委員会に方に連絡が行き、そのままこちらに指令が来たというわけだ」

「あのー、その指令というのはまさか……」

 

 片手を挙げながら一夏が、彼自身殆ど確信を抱いているのだろうが、それでも確認するように問う。そして返ってきた千冬の答えの第一は、ゆっくりとした首肯だった。

 

「そうだ。我々IS学園に福音の鎮圧指令が下った」

 

 その言葉にやっぱりかと、ため息を吐きながら一夏は肩を落とす。集った専用機持ちの面々も、肩を竦めたり首を振ったりと、各々異なる反応を示している。

だが、これは一夏にも当てはまるが、パニックになっていたり怖気づいていたりしている様子の者は居ない。冷静に、状況を受け止めている。

全員が分かっているのだ。このような非常事態に自分たちが招集を受けた、そのことが意味するところを。

 

「お前たちに出てもらう」

 

 その言葉に全員の目が細まった。その反応は、全員がこの展開を予想していたということだ。だが、一人箒だけが僅かに表情を強張らせている。その様子を一瞬だけ千冬が見るが、すぐに視線を全体に戻して言葉を続ける。

 

「無論、無理強いはしない。今回の一件は学園での演習などとは違う、正真正銘命の危険を伴う。確かにお前たちは国家の候補生で専用機持ちだが、少なくとも今はそれ以前にIS学園の生徒だ。ならば我々学園は、生徒の意思を第一に尊重する」

 

 そして千冬は一度言葉を切り、再度一同を見回す。一人一人と目を合わせていき、無言のまま「良いのか?」と問う。

 

「織斑、篠ノ之。お前たちはどうだ。お前たちは専用機持ちだが、別段どこの候補生というわけでもない。他の連中と違って専門の訓練を受けたわけでも無い。それでも行くか?」

「この状況で引いたら恰好がつかないでしょうよ。それに、俺自身が認められない。俺は出ますよ」

 

 即答で一夏は参戦の意思を表明する。一夏と千冬、姉弟の視線が僅かに交差する。そして千冬は静かに頷くと一夏の意思を受け取る。

 

「私も、出ます」

 

 箒も、ゆっくりとではあるが確たる意思を携えて千冬に言う。先の一夏同様、僅かな間だけ視線を交え、そして頷く。

 

「よろしい。では、専用機持ちは全員作戦への参加を了解したものとする。――諸君の意思に感謝する」

 

 添えられた一言はやや硬質さが薄れていた。そのことに千冬のどのような想いがあるのか、あえて問いただそうとする者はこの場にはいなかった。そして、千冬の号令の下でブリーフィングが始まる。

 

「第一となる作戦目標は福音を迎撃、シールドエネルギーをゼロにすることだ。シールドエネルギーの喪失に伴い、システムが停止する設定になっているらしい。狙うはそこだ」

「では先生、目標ISの詳細なスペックを要求します」

 

 ブリーフィングの開始早々、千冬の言葉のすぐ後に挙手と共に発言をしたのはセシリアだ。そも、自分たちがどのようなISを相手取らねばならないのか、知らないのでは作戦として話にならない。

千冬もその辺りは言われるまでもなく重々に承知しているのか、情報の機密性と口外禁止の旨を事前に伝えた上で室内前方の大型モニターに情報を表示する。

 

「目標ISは『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。以後福音と呼称する。米、イスラエルの共同で開発が行われた軍用前提の第三世代機だ。米国のコーリング代表、その彼女が駆るファング・クエイクについては知る者も居るだろうが、クエイクに並ぶ米軍IS戦略の今後の先導役と言うべきポジションに立つ機体だな」

 

 千冬の言葉を聞きながら一同はすぐにモニターに表示されている情報を読み込む。使用されている言語が英語であるために、この辺りに少々難がある一夏、箒、鈴の三名が英語を母国語とするセシリアの解説を受けながら情報を読み取っていく。ちなみに、この時モニターにズラズラと並べられた英文を簪が至極普通に読み取っていたのを横目で確認した一夏は何とも言えない表情を一瞬浮かべたのだが、それは今はどうでも良いことなので詳細は割愛する。

 

「主武装は新型装備というウィングスラスター、そこにある計36門の砲ですか。スラスターとしての性能も申し分なし、こんな仰々しい代物に『銀の鐘(シルバーベル)』なんて名前を付けるなんて、随分とキザを感じますわね」

 

 開示された福音の情報でまず最初に目についた福音の主武装、飛行補助のスラスターと武装が融合したウィングスラスターの説明を読みながらセシリアが苦々しげに言う。

 

「開示されているファング・クエイクとはだいぶコンセプトが違う。クエイクが対ISの一騎打ち寄りなら、こっちは広域殲滅タイプ。……イスラエルとの共同開発、中東への牽制?」

「そう見えても不思議は無いが、今は関係ない。これは単騎では苦戦を強いられるな。やはり複数で多方向から同時に攪乱しつつ削っていくのがベストか」

 

 眼鏡の奥の瞳に沈着さを宿しながら呟く簪の評をラウラが不要と断ずる。

 

「織斑先生、当然米軍側も福音の鎮圧を試みたと思うんですけど、成果はどのくらいあったんですか?」

「結果だけを言えば少しばかりシールドエネルギーの残量を削ったくらいだな。同行していた米軍所属の第二世代コンバット・イーグル型二機とコーリング代表のファング・クエイクが即時鎮圧を試みたが、イーグルの方がすぐにやられたらしくな。ファング・クエイクも、撃墜された二機や友軍への被害を抑えながらの応戦だったために十分に戦えなかったようだ」

 

 シャルロットの質問に千冬が答え、福音がさしたる手負いでない状態であることに一同の眉根が僅かに皺を寄せた。

 

「なるほど、こっちにある戦闘データはその時のってわけ」

 

 データの一部を見ながら苦々しげに鈴が呟く。相手の手の内を事前に知ることができたのはありがたい。だがそれが国家代表を含む、間違いなく腕利きと言えるだろうIS乗りとISのコンビ、その三組掛かりを振り払った結果だと思うと到底楽観視できないものへと早変わりする。

 

「出るとしたらやはりチームを組んで、だろうな。さてどうする」

 

 言って一夏は一同を見回す。

 

「この広域への攻撃性は確かに厄介だが、攻撃範囲を広げれば広げる程に一か所あたりへの攻撃の密度は薄れるだろう。全員が距離を取りつつ、攪乱しながらの立ち回りを行えば福音の攻めを弱めることができるかもしれん。まさか、単騎でそこまで対応できるほど器用ではないだろう」

「となると、陽動を主に行う役が必要ですわね。必要とされるのは機動性、わたくしのティアーズならば先ほどの演習の際に装備した『ストライク・ガンナー』のパッケージがちょうど適していますわね」

「機動性なら俺の白式もだろ。あとは、デュノアか」

 

 ラウラのプランにセシリアが自分が当てはまるだろう役割を言い、それに一夏も追従する。そして一夏の言葉を受けてシャルロットも頷く。

 

「そうだねぇ。うん、そうだね。僕の場合、今回のパッケージは防御型だから、多少は壁の役割をできるかな。これで三人。で、アタッカーはどうするの?」

 

 ただ攪乱するだけでは埒が明かない。最終的な目標が福音の撃墜である以上、攻撃役も必要だ。シャルロットの言葉はそれ故なのだが、真っ先に名乗りを上げたのは簪だった。

 

「それなら、私が……。山嵐は前より磨きが掛かっているし、火力重視の新装備もある」

「火力ならあたしもね。衝撃砲のオプションがあるから、それで行けるわ」

「私とレーゲンもこちらに回らせて貰おう。如何せん、火力はあるのだが機動性に少々難があってな。シャルロット、すまないが――」

「分かってるよ。いざって時はかばってあげるから」

 

 ラウラが言うより早く、シャルロットがその意図を汲み取る。すまないという言葉と共に小さく頭を下げるラウラに、シャルロットはただ穏やかに微笑む。

そして話を纏めると言わんばかりに一夏がパンと手を打ち鳴らす。膨らませた紙袋が弾けるような音に、視線が彼に集まる。

 

「さて、これで大まかな振り分けは決まった。俺、オルコット、デュノアが動き回って福音の陽動攪乱お邪魔コンボ。(やっこ)さんが俺らにヘイト溜めて攻撃散らしてる隙に、鈴、ボーデヴィッヒ、更識がとにかくぶっ放す。こんな所か」

「現実の戦場がそこまで計画通りに行くわけではないがな。あくまで大まかな計画として、これをベースに後は現場で調整するしかないだろう」

 

 一夏とラウラの言葉で纏められた案に各員異論はないのか、各々頷いている。そして、一夏は話題を切り替えるかのように軽い咳払いを一つする。

 

「さて、ついでにもう一つ決めとくか。箒、そして紅椿だ」

「……」

 

 ここまで殆ど喋っていないと言っても良いくらいに口数が少なかった箒に一夏は視線を向ける。それと同時に、他の五人の視線も彼女に集まる。

 

「実のところな、箒。俺はお前が一番放り込む場所に悩むんだ」

「ど、どういうことだ」

 

 予想外の一夏に箒は思わず問い質す。それに答えようとして、一夏は顎に手を当てながらゆっくりと言葉を発していく。

 

「紅椿は間違いなく超高性能機だ。けど、だからこそ放り込むポジを考える必要がある。それに、お前が動かしてるところを少し見たけど、あれだけの動きにエネルギー系の装備だ。……どう見ても燃費悪そうだろ」

 

 至極もっともな一夏の指摘に箒は言葉を詰まらせ、そこばかりは庇いようがないのか他の面々もウンウンと頷いている。

 

「問題は機体だけではない。篠ノ之、お前個人の問題もある。曲がりなりにもパートナーとして一時を戦った間だ。お前が格段劣っていると言うつもりは毛頭ない。だが、やはりお前自身の経験不足は見過ごすことはできない」

「そ、それは分かっている。だが、この紅椿ならばそれなりには――」

 

 ラウラの指摘に何とか箒は食い下がろうとするが、言い切るより先にラウラが首を横に振る。

 

「先ほどの織斑とはまた別の理由だが、その紅椿が問題なのだ。篠ノ之博士謹製の最新鋭IS、確かにその性能は相応に高いだろう。だが、お前自身がまだその機体に慣れてはいないのではないか? そういうものなのだ。確かに我々も持つ専用機は、私たちに合うように調整されている。だが、やはり物にするにはそれなりに時間と訓練を要した。ましてや紅椿ほどの高性能機、いつお前の制御を振り払って暴れ馬のように動いてもおかしくはない。そうなった時、最も危険に晒されるのはお前なのだ」

 

 諭すようなラウラの言葉には純粋に箒を慮る意思が込められている。それを察せないほど箒も愚鈍ではなく、真摯な光を湛えたラウラの目にそれ以上を言えなくなる。

 

「けど、だからと言って出さずにハブってわけにも行かないわよね。多分、箒が専用機をもらったことは、少なくともここに居る面子のお国は把握済みよ。現場には、あたしたち以外も居たわけだし。政治屋のオッサン達からすれば、是が非でも情報をいち早く欲しい所でしょうよ。あたしたちが下手な扱いしたら、それで難癖付けられるのはあたし達になる。そんな面倒はゴメンね」

 

 鈴の指摘もまた真っ当なものだ。

 

「そうすると、一番現場に不慣れな篠ノ之さんのカバーをしつつ、私たちがそれなりに紅椿のデータを得られる立ち回りが必要……」

 

 ラウラ、鈴、二人の指摘を解決する妥協点にあたる案を呟く簪に、それがベターだと皆が頷く。そして真っ先に名乗りを上げたのがシャルロットだった。

 

「じゃあ僕と篠ノ之さんだけが二人組(ツーマンセル)で動くって形で良いかな? 今回の僕のパッケージは防御向きだし、篠ノ之さんとはちょっとだけだけど、連携を取ったこともあるから」

 

 箒とシャルロットが連携を取ったのは、今も箝口令が敷かれているレーゲンの暴走事故の際の僅かなひと時の事である。それを知っているのは一夏、箒、シャルロット、そして千冬や真耶と言った数名の教師だけである。

だが、そのあたりはシャルロットが編入以来コツコツと積み重ねてきた信用の賜物と言うべきだろう。特に異論を挟まれることなく、その方向でという形で話が進んでいく。

 

「さて、これで話は一通り纏まったな。じゃ、司令官サマにお伺いを立てるとしようか」

 

 言って一夏が千冬を見遣る。必要以上に緊張を、自分も周囲もしないようにさせるためかやや軽快な口ぶりだが、それを千冬は咎めることをしない。ただ小さく頷いて、言葉を引き継ぐことを了承した。

 

「よろしい。大まかなプランは纏まったようだな。では作戦方針を伝える。基本は先ほどお前たちは議論していた通りだ。長期戦は望ましくないからな。少々賭けの要素もあるが、専用機全機投入の短期決戦。各員散開し、福音の攻撃の密度を下げる。織斑、オルコット、デュノアと篠ノ之のペアは高機動による攪乱だ。デュノアは篠ノ之のサポートも頼む。そして更識、凰、ボーデヴィッヒが火力の主軸となり、一気に福音のシールドを削りにかかれ。

状況は我々も逐一モニターしているため、こちらからの指示も出すことはあるが、基本的に現場のお前たちの判断を優先する。状況の変化には適宜対応。ボーデヴィッヒ、全体の指揮をお前が執れ。更識は現場での状況分析でボーデヴィッヒのサポートだ。少々負担が重くなるが、お前たちの能力を評価しての任命だ。心して取り組んでほしい」

 

 千冬から下された指示、作戦の最終決定案に誰もが異論を挟まず、真剣な面持ちで耳を傾けている。

そして、再度千冬は専用機持ち一同の顔を見渡す。

 

「出撃は現在より十分後だ。それまでに各員、先の演習でインストール済みのパッケージの確認など準備を――」

 

 そうして千冬は作戦行動の開始を告げようとする。だが――

 

「ちょーっと待ったーーー!!」

 

 唐突に室内に大声が響き渡る。その声に特に反応を示したのは9人。各専用機持ちと千冬に真耶、箒が紅椿を受領した現場に居合わせた面々だ。

その声の主が誰なのか、聞き覚えのある面々が揃って察した瞬間にその影は天井から降ってきた。

 

「じゃんじゃじゃーゲフッ!」

 

 天井の板を開けてヒョッコリと現れた束が千冬に飛びつこうとする。だが千冬はそれを受け止めることなく、腰の入った回し蹴りを束の胴へと叩き込んでいた。

 

「ゲグッ!?」 

 

 蹴り飛ばされた束の先に居たのは一夏だった。素早く立ち上がった彼は腕を思いきり振り抜き、ラリアットを飛んできた束に見舞う。吸い込まれるように頸部に叩き込まれたラリアットによって、潰れたカエルのような呻き声を上げながら今度は廊下に繋がる障子の方へと束は吹っ飛ばされる。

 

「ふん」

 

 いつの間にやら、束の飛んで行った先に先回りしていた千冬は無言で障子を開けると、そのまま束を廊下に転がす。そしてピシャリと障子を閉ざす。

 

「さて、話を戻そうか」

 

 そして何事も無かったかのように話を続けようとする千冬に、一夏を除いた室内の一同が揃って何とも言えない表情を浮かべる。

 

「ゲホッゴホッ、グェゲェッゴォ! ちー、ちーちゃんもいっくんも酷い……」

 

 年頃の女性が人前でするには憚られるような豪快な咳き込みと共に、障子を開けた束がヨロヨロと室内に入ってくる。それを見た一夏と千冬の姉弟が揃って嫌そうに舌打ちをしたのを見て、再び周囲の面々の顔が引きつる。

 

「何の用だ束。いや、言わんでいい。どうせ大したことじゃあないだろう。出口はあっちだからさっさと帰れ」

 

 ビシリと束が入ってきた障子の方を指差しながらきっぱりと言う千冬。その足に束が縋る。

 

「ちーちゃん酷いよぉ。せっかく束さんが福音をぶっ倒すアイデア持ってきたのにぃ」

「なに?」

 

 到底聞き流すことのできない言葉に千冬の眉尻がピクリと吊り上る。出撃するつもりだった専用機持ち達も予想外の束の言葉に、その真意を探るような視線を向けている。

 

「べっつにさー、そんな難しい話じゃないんだよ。ぶっちゃけ紅椿と、そうだねー。いっくんの白式があれば十分おけおけかな~。特に紅椿! なんてったってこの束さん特性のISだからねぇ。ヤンキーのボンクラがせせこら作ったような凡ISごときに後れなんて取らないんだよ」

 

 曲がりなりにも世界最大級の大国が作り上げた新型のISを指して凡呼ばわり、あからさまな侮蔑が込められた言葉に聞いていた面々は各々表情に苦い物を含ませる。

 

「お言葉ですが――」

 

 口を開いたのはセシリアだった。

 

「ドクター・シノノノ。確かにISという存在そのものを生み出した貴女にとってはその程度の物でしょう。あなたが持つISに関わる知識、技術力、きっとわたくし達の想像の遥か埒外にあるものなのでしょうね。篠ノ之さんの紅椿を見てもその一端は伺えます。

ですが、例え貴女から見れば遥かに劣る物であっても、そこには作り上げた技術者達の、それを確かな物にしようとするテストパイロット達の、矜持や誇り、祖国への忠誠心や同胞を、家族を守ろうとする意志が込められていますわ。それすらも蔑ろにするのは、些かどうかと思いますが」

 

 語るセシリアの声には毅然さがあった。確かにIS開発者にとってはどのISも凡百の一つに過ぎないのかもしれない。そこについては重々に承知している。だがだからと言って、ソレに込められた意思まで道端の小石扱いとするのを、彼女は見過ごせなかった。他でもない彼女こそが、おそらくこの場に居る誰よりも矜持や誇り、責務の真っ当を重んじているが故にだ。

だがそんなセシリアの言葉に束は、彼女を一瞥して小さく鼻で笑うだけだった。

 

「何言ってんだか。どんだけ逆立ちしようが太陽が西から昇ろうが、結局この束さんに劣っているって事実に変わりはないじゃん。劣っている奴に劣っているって言って何が悪いのさ。意思だ何だってバッカじゃん? そんなのはボンクラ同士が自分の無能を棚に上げて傷をなめ合うための体の良いお題目だよ」

「っ!」

 

 なおも侮蔑を隠そうとしない、本当に虫か何かを見るような態度を取る束にセシリアの眉尻が吊り上る。そして身を乗り出し口を開きかけるが、それを一夏が手で制する。

 

「織斑さん!」

 

 咎めるようなセシリアの言葉に一夏は無言で首を横に振る。その目が伝えてくる、言うだけ無駄だという無言のメッセージにセシリアは僅かに俯くと、再び座り直す。

 

「はっ」

「束、ほどほどにしておけ。確かにお前の言うことも決して否定しきることはできない。だが、お前のそのいつも他人を蔑ろにし過ぎる姿勢は止めておけと私は常々言ってきたつもりだが」

「でもでもちーちゃん。仕方ないんだよ~。どいつもこいつも本当につまんない愚物ばっかりなんだもん」

 

 千冬に態度を咎められても反省するような様子が見えない束に千冬はため息を吐く。

 

「オルコット、それに他の連中もだが、気を悪くしたなら代わりに私が謝っておく。まぁ見ての通り、コイツはこういう奴だ。それを踏まえた上で分別ある対応をしてくれ」

「ちょ、ちーちゃん!」

 

 明らかに落ち度は束にあると言うような千冬の言葉に束が抗議の声を挙げるが、それを千冬は一睨みで強引に黙らせる。束も不必要に千冬を怒らせるつもりはないのか、不満げな様子を隠そうとしないものの、それ以上何かを言うようなことはしなかった。

 

「それで束、アイデアとは何だ。時間が惜しい。さっさと言え」

 

 話の続きを求める千冬に、それこそを待っていたと言わんばかりに束は満面の笑みを浮かべると、ビシリと拳を宙に突き出しながら高らかに言い放つ。

 

「オッケー! んじゃ耳の穴かっぽじってよ~く束さんのグレイトフルなプランを聞いてねー! ズバリ! 箒ちゃんが紅椿でいっくんと白式を福音の所に連れて行く! そして! 紅椿で運んだ時の速さと、白式からの加速を加えていっくんが一発ドカン! 束さんの試算によると、これでほぼ確実に落とせるね!」

『……は?』

 

 呆けたような声は誰が漏らしたのか。だが誰が言っていてもおかしくはない、そう言える程に束の提示したプランは安直に過ぎるものだった。

 

「ん~? 何かなこの反応? というかさっきは随分とゴチャゴチャあーだこーだ言い合ってたけどさ。ぶっちゃけそんな必要ないんだよ。福音の今の損耗率、紅椿の速力と白式の加速性を加えた上で、近接攻撃時のシールドの相互干渉による防御力の低下、白式の武装の威力とか、そういう要素を全部ひっくるめた上で束さんが算出したんだからね。シンプルイズザベストって言葉を知らないのかな?」

 

 そういうことを言いたいんじゃねぇんだよと、出かかった言葉を一夏は呑みこむ。

しかし不本意ながら束の持つ能力は本物だ。彼女がそう言うのであれば、そうなのだろう。だが姉はどう判断するのか、一夏は視線を千冬の方へと向ける。

 

「……それは、確かと言えるのか?」

 

 仮にも篠ノ之束がISに関わることでの発言だ。早々嘘であるということはないのだろうが、それでもやはり確認をせずにはいられない。そんな慎重さを含んだ声音で確認する千冬に、束はただ底抜けの明るさを維持したまま勿論と頷く。

 

「……」

 

 僅かに眉間に皺を作りながら千冬はしばし口を紡ぐ。彼女がどのような判断を下すのか、誰もが無言で見守る。

 

「分かった。お前が言うのであれば相応に信じられるのだろう。IS開発者、篠ノ之束の意見を採用させて貰うこととする。作戦の主体は、織斑と篠ノ之だ」

「教官!」

 

 千冬の決定に思わずラウラが声を挙げる。だがそれを千冬は手で制すと、改めて束と真っ向視線を交わす。

 

「だが、全面的にお前の意見のままとするわけではない」

 

 親友が自分の言葉を信じてくれたという嬉しさからかニコニコと微笑んでいた束だったが、続けられた千冬の言葉にその笑顔が固まる。

 

「ど、どゆこと?」

「お前の言う通り織斑と篠ノ之を作戦のメインに据えてやろうじゃないか。ただし、作戦それ自体に参加するのはもう一人、オルコットも加える。福音、白式、紅椿。それも高機動がウリの一つになっている機体だ。仮に通常戦闘に突入した場合、高機動戦になることは想像に難くない。故に高機動型パッケージを装備しているオルコットをサポートに付ける。他の連中にしてもこちらで待機はしてもらうが、出撃準備自体は整えさせておくぞ」

「ち、ちーちゃん!?」

 

 予想だにしていなかった千冬の発言に束が狼狽える。だがそんなことなど意に介さないと言うように千冬は一夏、箒、セシリアの三人に準備をするように言う。

 

「何でさちーちゃん! いっくんと箒ちゃんだけ居れば十分だって! 他の連中なんざ居なくたって問題ナッシングだよ!」

「お前がそう思っているのならそうなのだろうよ、お前の中ではな。あいにく、そこまで楽観的な思考をしているつもりはない。確かにリスクを負う連中を少なくするという観点で人数を絞るお前の案にはある程度の理はある。が、その当のメンバーがどちらも経験でディスアドバンテージがある以上、サポートは必要だろう。抑えられるリスクは抑えておく必要がある」

「そ、そんな弱気なの、ちーちゃんらしくないよ」

 

 束の言葉に千冬はフッと、どこか自嘲気味に鼻で笑う。

 

「弱気かどうかは知らんが、多少なりとも案じているのは事実さ。面倒なしがらみさえなければ私が直接出向いてさっさと始末をつけて、生徒たちには本分の学習をさせていたさ。だがそれができず、本来は我々が守らねばならない生徒を矢面に立たせるのだ。我々ができることはしなければならないだろうよ。確かに織斑は私の弟だし、篠ノ之も昔からの縁がある。だがそれが一番じゃない。私の生徒だから、私たち教師ができる助けはしなければならない。例え織斑と篠ノ之の立場に他の者が居たとしても、私は同じことをするさ。私たち教師の打った手の不足で生徒に必要以上のリスクを負わせる、要らん危険に晒す。――あってたまるか、認められるかそんなこと」

「で、でもさ! 折角凄い活躍ができるかもしれないんだよ!?」

「それがどうした。必要なのは速やかな福音の制圧と、安全の確保だ。手柄など誰が持って行こうが変わりは無い。別に、篠ノ之が活躍しなければならない理由があるわけでもあるまい? お前とて、何を優先すべきかは分かっているものと思うが」

「それは……そうだけどさぁ……」

「ならばこれ以上何も言う必要はないだろう。――織斑、篠ノ之、オルコット、準備をしろ。余計な時間を食った。用意が整い次第、すぐに出撃だ」

 

 束がこれ以上言葉を発するよりも早く千冬が三人に行動を促す。その意を受けて頷いた三人は無言で立ち上がると各々の準備に入る。箒の紅椿に関しては束が直接調整をすると言ったため、箒のみが別れて残る専用機持ち六人は連れ立って部屋を出る。

 

「まさか、こんな展開になっちゃうなんてね……。織斑くん、大丈夫?」

「大丈夫って?」

「いや、確かに篠ノ之博士は君と篠ノ之さんの二人で十分って言ってたけどさぁ。正直僕も、楽観視が過ぎると思うんだよね」

「あぁ、それか」

 

 案ずるようなシャルロットの言葉に一夏は詰まらなそうに鼻を鳴らす。

 

「こうなったらもう仕方ないだろ。責任者の姉貴がそうと決めたんだ。なら、俺は黙って自分の仕事をするだけさ」

 

 言って、一夏は僅かに俯く。

 

「それに、姉貴が出たくても出れないんだ。なら、それは俺がしなきゃならんだろうよ」

 

 俯いたまま低く呟かれた言葉は連れ立って歩く全員の耳に入ったが、その言葉にどのような意味と意図が込められていたのか、察することができたのは一夏と千冬を取り巻く事情についてある程度把握しているラウラだけだった。だがラウラも、二人の極めてプライベートに関わり、なおかつ取扱いに非常な慎重さを要することだと分かっているため、悟られないように顔を僅かに曇らせるだけで何も言おうとはしない。

 

「意思があるのは結構ですが――」

 

 六人の先頭を切って歩くのは一夏だが、その隣に並ぶ形でセシリアが歩いている。いつも通り、スッと背筋を伸ばした綺麗な姿勢で歩きながら不意に彼女は口を開いた。

 

「あまり気負い過ぎないことを勧めますわ。言われるまでも無いかもしれませんが、不必要な力みはいざという時に足かせとなります。能天気も考え物ですが、あまり張りつめすぎないようにしてくださいな。そのために、わたくしも出るのですから」

 

 セシリアの言葉には少人数での実戦任務、そのメンバーに選出されたことへの緊張はあまり感じられない。むしろ、己の責務を理解し、それを十全に全うしようとする確固たる気概を感じるくらいだ。

 

「分かっているさ。ただ、悪いな。キツい仕事に巻き込むことになって」

「お気になさらず。軍用ISの暴走、放置すればどれほどの被害が出るかは火を見るより明らかですわ。そしてその時に被害を蒙るのは無関係な無辜(むこ)の人々。それを守ってこそ、貴族というものです」

 

 高貴なる者の務め(ノブレス・オブリージュ)、幼少の頃より貴人たらんと教育を施されてきたセシリアの信念である。豊富な財、高い立場、それらは決して彼女だけで成り立っているわけではない。多くの、それこそセシリア自身は顔も名前も知らないだろう者達も含めて、彼女に尽くしてくれる者達の支えあってこそのもの。

故にセシリアは上の立場に立つ者としてそれに報いねばならない。同時に位の高さに見合う徳の高さ、誰に向けても胸を張れる振る舞いをしなければならない。その信念を己を律する主柱としてきたからこそ、セシリアは無関係な人々が災禍に晒されるかもしれない状況を防ぐための作戦への参加に否を唱えるつもりは欠片も無かった。あるいは、一夏や箒以上に作戦遂行への気概に溢れているのではないかと、その口調から思うほどだった。

 

「……スマンな。今回は、大きく頼るかもしれない」

「先ほども言ったでしょう? お気になさらずと」

 

 一夏も今の状況は十分に把握しているため、声にはやや殊勝さが含まれている。常の、それこそ不遜とも言える態度からはかなり想像しにくい姿だが、それを茶化す者はこの場にはいなかった。

 

「本来であればこのような任務、本職である私が先槍となるべきなのだが。いかに教官の命令と言えども、ただ待つだけというのは不甲斐なさを感じるな」

 

 悔しさを滲ませたラウラの言葉は待機を命じられた他の三人も気持ちを同じくするところがあるのか、言葉にはしないものの何かしらを感じているような表情をする。

 

「言っても仕方ないさ。もう決まったことだ。――となれば、後は俺ら次第だ」

 

 落ち込み気味な級友たちを励ますつもりなのか、一夏は力を込めた声でやり遂げると言外に宣言する。敢然とした表情をしていた彼だったが、不意にその顔に憮然とした色が現れた。

 

「ただ気になることがあるんだよなぁ」

「気になること?」

 

 首を傾げたセシリアに一夏は頷くと言う。

 

「なんかさ、臭うんだよな」

「エッ!?」

 

 一夏が言った瞬間、先ほどまでの毅然とした姿から一転、慌てた様子でセシリアがあたふたとする。

 

「そ、そんな……、身だしなみは完璧のはず、昨夜もきちんとお風呂に入らせて頂きましたし……。ハッ! もしや香水をつけすぎたのでしょうか……!」

「あーいや、ごめんオルコット。俺が言ったのはそういう直接的なことじゃなくてね。もっとこう抽象的というか、とにかくお前の身だしなみに関しちゃ文句ないから安心しろ」

 

 臭うという言葉が自分のことを指していると早合点して慌てたセシリアに一夏がフォローを入れる。不意に訪れた緩んだやり取りに思わず誰もが小さく噴き出す。だが、そんな笑いもすぐに仏頂面に戻った一夏の姿に引っ込んでいく。

 

「キナ臭いという意味、そうだろう? 織斑?」

「あぁ」

 

 確認するように問うてくるラウラに一夏は頷く。

 

「いやさ、お前らだってそれなりに、というか間違いなく俺なんかよりずっと(ガク)があるんだ。気付いていてるかもしれないんだけどさ」

 

 そこで一夏は一度言葉を切る。そして軽く嘆息すると、再び口を開く。

 

「いきなり絶賛雲隠れ中のIS開発者が白昼堂々登場、と思ったら実妹に最新ISを専用機としてポン、と思ったら今度はそこに米軍の新型機が暴走事故でその開発者サマは実妹をがっつり押しメンアピールだと? もう妖しさがダブリーの倍満だろ」

『あぁ……』

 

 一夏の言葉に聞いていた五人は揃って何とも言えないような反応を返す。

そう、彼女たちとて感じていたのだ。この事件から漂うこの上ないキナ臭さを。ただ、言わずにいただけなのだ。

 

「織斑くん、気持ちは分かるけど」

「あんた、それをわざわざ言うのは今更よ」

 

 簪と鈴の言葉に一夏は、だよなぁと腕を組みながら言いつつため息を吐く。

 

「ですが、それも所詮は憶測。疑わしいというお気持ちは分かりますが、決めつけで憤るのはエレガントではありませんわね」

 

 諌めるようなセシリアの言葉に一夏は分かっていると返す。

 

「大丈夫だよ。仕事見間違えるようなボケはしない。まずは福音を黙らせる。――フッ、そうだよな。後のことは、その時になってから考えれば良いや」

 

 そして一夏は己に喝を入れるようにパァンッと両の手で自分の頬を張る。

 

「さ、て、と、気合い入れて行くとするか」

 

 そうして歩幅を上げる一夏は、口元に挑戦的な笑みを形作りながらも、瞳の奥に狙いを定めた猛禽のごとき光を湛えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ではこれより作戦を開始する』

 

 ビーチの一角に各々の専用機を展開して立つ一夏、箒、セシリアの三人に指令室からの通信越しで千冬の声が届く。

 

『再度確認だ。作戦の基本は篠ノ之の紅椿の速力と織斑の一撃を要とした短期決戦だ。オルコットには二人の各種補助を行って貰う。基本は奇襲で一気に決める形だが、仮に継続的な戦闘状況に移行する場合は現場の状況に応じて適宜対処をしろ。なお、その場合の行動に関してはオルコットと織斑が主立って決めろ。篠ノ之、お前はまだ経験が浅い。二人を、特にお前たち三人の中では特にキャリアがあるオルコットを頼っても誰も何も言わん。良いか、三人。任務遂行も確かに大事だが、まずはお前たちの安全だ。そこを忘れるな』

 

 千冬の言葉に三人揃って了解の返事を返す。そして千冬の号令の下、一斉に動き出す。

 

「じゃあ箒、現場までの足役、頼むぞ」

「あぁ、心得た」

 

 先頭を行くのは紅椿、正確には攻撃役の一夏を乗せた紅椿が駆ける。その少し後ろをセシリアが続くという形だ。

紅椿の装甲に手を掛けながら、一夏は後ろから箒の顔を見る。ブリーフィングの時のような過ぎた緊張は見受けられない。だが、やはり確認をしておくことにした。

 

「箒、大丈夫か?」

「あぁ」

 

 まず返ってきたのは簡素な返事だった。

 

「大丈夫だ。確かに私はお前たちには及ばんだろうが、それでもやらねばならないことは全力で取り組む。少し複雑だが、紅椿も、姉さんの調整も見事としか言えない。それが私の手にあるのが、せめてもの幸いだ。だから、絶対にやり遂げる」

「そうか」

 

 目的達成への強い意志が籠った言葉に一夏は静かに頷く。そして二人に背後からセシリアの声が掛けられる。

 

「お二人とも、こちらの準備はできましたわ。何時でもいけます。織斑さん、合図はあなたが」

「あぁ、分かった」

 

 セシリアにスタートのタイミングを委ねられた一夏は、気力を充実させるように深呼吸を一度だけする。そして、眼前に広がる蒼穹に睨み付けるような視線を向けた。

 

「さて、一つ米国野郎(ヤンキー)の鼻っ柱を叩き折りに行くとするか」

 

 その言葉に、紅椿とブルー・ティアーズのスラスターが加速を始めるための唸りを上げた。

 

「出撃ッ! ミッションスタート!!」

 

 そして大量の砂を巻き上げながら三機のISが飛翔し、その軌跡がトリコロールを描きながら目標へ向けて突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 多分次回は福音戦前半からちょっと旅館でのアレコレとかその辺でしょうね。
年内にというのは多分無理そうだから、早くても年明け一週間以内くらいでしょうか。早ければ、ですが。
 となると必然的にこれが今年最後の更新になるかもしれないわけで。
気が付いたらこっちに移籍して早一年と数か月ですよ。だのに全然話進んでないし。
ただ、そんな状況でも投げずに何だかんだでここまで続けられたのは、やはり読者の皆様方の日頃のご愛顧あってのものと思います。拙い作品ではありますが、もう一つの楯無ルート共々、今後もご贔屓のほど、よろしくお願い致します。



 原作のセシリアだって好きですよ? 序盤のアレは、まぁギー○ュみたいなものとして軽く流すとして。でも、貴族とかそういうのらしく真面目ちゃんをやってるセシリアだって十分良いと思うんです。
 あぁ、そういえばアニメ二期もなんか終わっちゃいましたね。とりあえず喋って動いてる更識姉妹が見れたから良しとして、すごく簪ちゃんがプリチーでしたね。和服、すごく良かったです。


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第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル

 え~、前回のあとがきで早けりゃ次は年明け少しとかのたまっていましたね、自分。
結局また一か月以上かかっちゃいました。本当にスミマセンでした。えぇ、年明けしばらくはですね、\カーニバルダヨッ/の声に白目を剥きつつ、時にキス島沖を延々回してハイパー様を降臨させて、イオナのきゅーそくせんこーに癒されつつ、コンゴウ率いる霧の艦隊と最終決戦に臨んだりと。
 まぁぶっちゃけますと、艦これに現を抜かしていたというのが実情です。
と、とりあえずアレですよ。次回のイベとか目指せ大鳳的なアレで当面は資材稼ぎの遠征ぶっこみがメインになるし、もうすぐ大学春休みだしで、もうちょっと執筆の時間は取れるかなぁ、なんて思ってます。
 そうなると信じたいです。


 雲海の狭間を抜け、蒼穹を三機のISが疾駆する。いや、三機というのは語弊があるだろう。

確かに三機と言えば三機なのだが、現状飛行行動を行っているのは二機のみだ。残る一機は、飛んでいる一機の背に掴まっている。

 

「座標の確認ができましたわ! これよりデータを転送します!」

 

 飛翔する二機の片割れ、ブルー・ティアーズを纏うセシリアが同行する二人に通信越しに情報を伝える。

 

「座標の確認、完了!」

「エンゲージまで……一分切ってるな」

 

 撃墜目標であるIS「銀の福音」との会敵が間近に迫っていることを受けて残る二人、一夏と箒の顔にも緊張が増す。

 

『……』

 

 刻一刻と迫る接敵の時間、一秒が平素よりも長く感じる只中を三人は無言で受け止めていく。そして――

 

「見えたぞ!」

 

 銀の福音を視界に捉えた。ハイパーセンサーによる望遠諸々の視界補助によって福音を目視したのは三人ほぼ同時だ。ゆえに箒が声を発した頃には一夏もその姿を捉えており、既にその手には蒼月が握られ、背部のスラスターは瞬時加速の準備をしていた。

 

「一夏!」

「織斑さん!」

 

 箒とセシリア、二人の声が一夏の鼓膜を震わせるのと白式の足が紅椿の背を蹴り、一夏の身を宙へと躍らせたのはほぼ同時だった。

応えることすら惜しいと、練り上げた闘気を全身に巡らせるように固く一文字に口を結ぶと、一夏はもはや慣れたとも言える瞬時加速の発動プロセスをなぞる。

常とはまるで違う状況だが、行うこと自体に特別な変化があるわけではない。緊張の中にも保ち続けている平常心のままにスラスターを吹かし、瞬時加速特有のブースターの噴射音と共に一気に加速する。

福音との距離が詰まっていく中で、その姿がはっきりと分かっていく。手っ取り早く言えば羽が生えた人だろう。これで頭に輪でもあれば物語の天使そのままと言える。

 

福音を間合いに捉えるまで一秒と掛からなかった。コンマ以下の世界で一夏は視界に移り流れゆく全てを見取る。

コースは理想的、握る蒼月は高周波振動と熱線による威力強化を最大出力で行っている。加速も上々。確実に決めておきたいこの状況にあっては理想的とも言える出だしだ。

そして、間合いに捉えている以上は仕留めに掛かることに何ら躊躇は無い。狙うは首、確実に一撃で決めるためにもより大きなダメージを見込める箇所を狙う。

 必殺を狙った刃が吸い込まれるように福音の首へと向かっていく。一瞬が数秒にも引き延ばされるような感覚の中、ふと一夏に目に福音の――フルフェイスのヘルメットのように乗り手の顔を覆う――頭部が映った。

ちょうど両の目があるあたりだろうか。まるで全ての流れを見取っているかのように、キラリとアイセンサーのようなものが光るのが見えた。

 

「なっ……!」

 

 ありえない、と思った。吸い込まれるように福音の頸部に向かう刃、だがそれを紙一重の所で、福音はいっそ見事と言える動きで回避してみせた。シールド自体には掠めていたのか剣先に紫電と火花が散るものの、期待できるダメージなど雀の涙程度のものでしかないだろう。

そのまま一夏は福音の脇を通り過ぎ、福音もまた一夏の脇を通り過ぎる。

 

「気を付けろ! そいつただの暴れ馬じゃない!」

 

 ただ暴れているだけの存在があそこまで精緻な回避動作を行えるわけがない。思わずこめかみを伝った冷や汗の感触を実感しながら、一夏は箒とセシリアに注意を促す。

 

「――」

 

 鳥の鳴き声を模したような電子音と共に福音が動きを止める。しかしそれはただ隙を晒したというわけではない。宙に留まる福音は背の両翼を広げている。その両翼こそが福音のISとしての要、空を飛ぶための翼であると同時に主武装「銀の鐘(シルバー・ベル)」の砲門なのだ。

 

「来ますわ!」

「散れ!」

 

 セシリアの言葉のすぐ後に続けて一夏が散開を呼びかける。そして三人がそれぞれ異なる方向に飛んだ直後、蒼穹に白銀の火矢が舞い散った。

 

「これは……また厄介な!」

 

 両翼から放たれた光弾はその殆どが海面へと落ちていき、そして海面に着弾すると同時に爆発し爆風と同時に水飛沫を大きく飛び散らす。それなりの高度を保っているにも関わらず着弾時の海面の爆発が一つ一つはっきり分かる程の大きさで起きたということが、光弾の一発が持つ威力を自ずと想像させる。

 

(これは、迂闊に近づけないな……)

 

 姉ならばどうにかできるのだろうが、自分の腕ではおそらく近づいたとてあの銀色の弾幕にやり返されるのがオチだろうということは想像に難くない。かといって機を伺い過ぎて長期戦に持ち込むこともできない。

となれば、後は連携によってどうにか隙を作り、その瞬間にとにかく攻撃を叩き込むというものに限られる。

 開幕の狼煙のつもりなのだろうか、広範囲にわたって派手に光弾をばら撒いた福音はそのまま何をするでもなく、散開したままそれぞれ睨み付けてくる三人の中央に留まったままだ。だが囲む三人もまた迂闊に動き出すことができない。人の意思が介在しない、暴走した機体を相手に睨み合いという奇妙な状況が一時的にではあるが生じていた。

 

「やるなら短期決戦だな。オルコット、悪いけど頼りにするぞ」

「えぇ、どうぞご自由に。それがわたくしの務めですもの。それで、どうしますの?」

「俺と箒で動き回って福音をどうにか混乱させようと思う。で、そこにだ。オルコット、お前の銃の、ほらアレ。俺との最初の試合で使ったデカイ一撃。あれをぶち込め。上手く当たって動きが止まったら、一気に仕留める」

「些かエレガントさに欠ける気がしますが、この際選り好みはできませんわね。篠ノ之さん、大丈夫でして?」

「大丈夫だ。まだ、何も問題は無い」

 

 通信越しに戦闘の方針を決めた三人は再度福音へと視線を向ける。そして、セシリアが放ったスターライトの一撃によって再び戦闘が開始される。

 

 

 

 おそらくこの戦闘で最も酷な役回りにあるのはセシリアだろう。自身も高機動パッケージを活かした陽動を行いつつ、隙を作るためにスターライトでの射撃を行い続けている。

陽動を行いつつ相手の攻撃を受けないように回避を行い続け、その上で精密な射撃を連続して行う。心身共にどれだけの負担が掛かるかは想像に難くない。そしてそれだけの負担を掛けていると分かっているからこそ、一夏と箒も何とかして勝負を決めに掛かろうとするが、福音はとても暴走しているとは思えない程の精緻な動きで二人をやり過ごし、逆に二人を落とそうと仕掛けてくる。それが余計に二人の中に焦燥を募らせつつあった。

 

「――」

 

 再び電子音の鳴き声と共に光弾がばら撒かれる。そして、その内の幾つかが回避しきれなかった一夏へと当たる。

 

「ぐおっ!?」

 

 咄嗟に左腕で庇ったものの、白式のシールドが明らかな損傷と言える程にその残量を減らすのを見て目を見張る。交戦開始から初めての被弾であるが、受けるダメージはただの一撃とて馬鹿にはできない。

 

「一夏!」

「大丈夫だ! そっちは!」

「何とか!」

 

 箒も回避しきることはできなかった。だが、空裂と雨月の二刀から放つ光刃で撃墜することで難を逃れていた。それを見てやはり飛び道具の一つもあった方が良いのかと思ったが、すぐに場違いな思考だと頭を奮って追い出す。

 

「隙、頂きますわ!」

 

 そのセシリアの声と共に福音の片翼に青い光弾が撃ち込まれる。一夏と箒を狙っての攻撃直後、僅かに動きを止めたその瞬間をセシリアは逃さなかった。候補生の名に恥じぬ素早さと精度、間違いなく見事と言える手並みで放たれた射撃は一直線に福音の翼に叩き込まれ、目に見えての損傷こそ無いもの、確かなシールドエネルギーの減衰と福音に更なる隙を生じさせるという結果を生み出した。

 

「一夏!」

「応ッ!!」

 

 箒が呼びかけると同時に一夏は福音へと向かっていく。それに続き箒もまた福音へと吶喊する。

 

(これで一気に片を付ける!)

 

 福音を間合いに捉えると同時に蒼月を振るう。今度はかわされることはなかった。だが、より大きなダメージを受けるくらいならばと言うつもりなのか、先ほどの一夏がしたように左腕で受け止めてそれ以上を阻もうとする。

 

「甘いんだよ!」

 

 叩きつけた蒼月と受け止めた福音の左腕、その接触点を支点として身を捻り福音の真上へと体を移動させる。そのまま折り曲げた膝を福音の頭部へと叩き込んだ。

叩きつけられた一撃に福音は再度仰け反る。そこへ追い打ちをかけてきたのが箒だ。二刀による、一夏とはまた別のベクトルから成る手数の多さで以って連撃を叩き込んでいく。

 

「ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「箒!?」

 

 雄叫びを放つ箒から発せられる闘気は生半なものではない。それを見て一夏は小さく目を見開いた。箒が行う二刀術、確かに手数こそ稼げるが代わりとして一撃の威力というものがどうしても欠けやすい。

それもそのはず。本来は両手で扱うべき刀を片手で扱っているのだ。そのあたりの理屈のあれこれは一夏にとっては今更過ぎる程に分かり切っていることだ。無論、尋常でないほどの筋トレを積むなどして少々強引ではあるが、力技で通すということもアリと言えばアリだ。

だが箒のフィジカルのスペックは同年代の女子に比べてそこそこ優れているレベルのもの。無論ISを装備していることによる膂力補助もあるとはいえ、そのあたりは自分と比較してもなお劣るだろう。

 だが、今の箒が福音に加える攻撃は一撃一撃が目に見えてその重さ、威力を感じさせるほどのものだ。何故、と一瞬疑問に思うが、肌に感じる箒の気迫に一夏はすぐその答えに思い至った。

 

(まさかここまでの気とはなぁ)

 

 箒本人に自覚があるかどうか定かではないが、今の彼女が行っているのは間違いなく一夏が以前に試合の最中に見せた『動の状態』、精神を高ぶらせることによって身体が発揮する力をも底上げする段階へと己を持ち上げるものだ。

おそらくは敗北と共にということが箒の記憶に強く刻み込まれる原因となったのだろう。だが、それをこのような一か八かの場で発揮できるというのは滅多なことではない。仮に感覚的に、元々持ち得ていたセンスを頼りに行ったというのであれば、それはそのまま彼女の持つ素養の高さを証明していることとなる。

 

(面白いッ! これだから武は面白いッ!)

 

 己の命ばかりか仲間たちの安全も掛かっている最中だというのに、一夏は湧き上がる興奮を抑えきれそうになかった。

箒があれだけの才覚の片鱗を見せたのだ。ならば自分は、箒以上に長く、深く武に潜ってきたものとして才覚だけではない、積み重ねによる更なる上を示すべきだろう。そう思うや否や、一夏は蒼月を握り直すと再び福音へと吶喊していった。

 

 

 

 

(流れは……こちらに傾きつつありますわね)

 

 箒と一夏、二人の怒涛の猛攻が福音にくらいついていく中、役割上離れた位置に陣取っていたセシリアは状況をこの場の三人の中では最も俯瞰的に観測できる位置に居た。

 

(織斑さんはまぁいつも通りとして、篠ノ之さん。驚きましたわね、動きからどんどん無駄が消えている。ワンアクション、その都度で無駄を省き動きを洗練(リファイン)しているのでしょうか?)

 

 元々一夏を決め手と据えていた作戦だが、現状を見る限りではむしろ箒の方が挙げている戦果の度合いは大きいだろう。休みなく浴びせる二刀の連撃は間違いなく福音を押している。それこそ、こうして俯瞰的に戦闘を見ていても明確な流れの傾きを理解できるほどに。

 

(しかし、妙に引っかかりますわね……)

 

 連撃の一瞬の隙を突いて福音が反撃に打って出ようとするが、それを更に潰すようにスターライトでの一射を打ち込みながらセシリアは考える。明らかに状況は有利、だと言うのに妙なフナ騒ぎがする。まるで不安定な足場に立っているかのような、もどかしい感覚だ。

 

(いえ、余計なことですわね。状況は我が方に有利なのは事実。ならば後はこの流れを維持するのみ)

 

 ブリーフィングで得た福音のスペック情報による所では、福音は両翼を戦闘の要として集約させている分、それ以外のパーツの構造は比較的シンプルかつ、守りと継戦性を重視したものらしい。となると、完全に削り切るまでもう少し時間がかかるだろうが、それでも今の流れならば押し切れると、そうセシリアは思った。

 

 

 

(いける! 体が動く!)

 

 歯を食い縛り、無我夢中で二刀を振りながら箒は全身を満たす充足感を確かに感じ取っていた。

姉の強い推薦によって参加することになったこの作戦、だが出撃メンバーの中で自分が最も実力が劣っていることは箒自身が百も承知だった。

紅椿にしても、姉が太鼓判を押すだけあって秘めたポテンシャル、トータルでの性能は間違いなく最高峰と言っても良いだろう。それは実際に動かした、初めてのその瞬間にはっきりと理解した。

だが肝心の乗り手、箒の腕前が問題だ。確かに紅椿によってIS戦における箒の戦闘力は大きく底上げをされたが、それでもやっと一夏達専用機持ち組と真っ当な勝負になる程度の水準に達しただけに過ぎない。

 姉が自分を作戦に強く推したのは、姉妹だから、自分の作ったISに絶対の自信があるから、色々あるだろうがまぁとにかく割と感情的な側面が強い理由ばかりだろう。

本音を言えば不安も緊張も大いにあった。だがそれでも決して臆することなく敢然と作戦への参加の決意を固めたのは、箒なりの意地の表れだった。

しかし意地だけで埋まるほど、実力の大小は甘いものではない。それでも、失敗することができないこの作戦に臨むにあたって、箒なりにどうすれば良いかを考えた。そして、今のこの状態へと思い立ったのだ。

 

 先のタッグトーナメント、その時に一夏が見せた一つのスタイル。自分に合うと言ったそれを、箒はこの場を切り抜けるための一つの方策とした。

実の所、成功させる自信はミッションをこなすこと以上に無かった。何せ武人として自分より軽く数段は上に居る一夏が使い、学生剣道ではあるもののそれなりに長く武道の道を歩んできたと自負している箒にとっては一夏との試合で見て、初めてその存在を知ったようなものだ。

しかもコツが感情の爆発などという、酷く抽象的なものしか聞いていない。むしろ成功する方がおかしいと言えるレベルだ。だが、できた。勝ちたい、やりとげたい、とにかく眼前の敵を打倒したいという気持ちを闘志と変えて絞り出さんばかりに滾らせた。その時、フッと体が軽くなったような感覚を抱いた。そして今に繋がる。

 

「やるじゃないか、箒!」

「あぁ! 自分でも驚いているくらいだ!」

 

 攻撃の空白を作らないため、交互に攻めては引いてを繰り返しながら箒と一夏は言葉を交わす。高揚した戦意によるものか、口の端には自然と野性味を感じさせる笑みが浮かぶ。

 

「正直心配してたんだよ! お前がヘマこかないかってな!」

「実は私もだ! 失敗しないか不安だったが、行けそうだよ!」

「それは結構!」

 

 片方が正面から斬りかかり、反撃に出ようとした福音の気配を感じ取ると同時に離れたかと思えば、今度はもう片方が背後から斬りかかる。

あらゆる方向から絶え間なく襲い掛かる攻撃の連続に、福音も対処しきれていないのか動きから精彩が次々と欠けていく。もはや誰の目にも戦いの流れが一夏らの方に傾いていることは明らかだった。

 

 

 

 

 そんな中、現れた異変はあまりにも唐突だった。

 

 

 

 

「え……?」

 

 先ほどまでの高揚が嘘のように、呆然とした呟きが箒の口から洩れた。最初に訪れた異変は急激な速度低下、そして装甲の各所から排熱の蒸気を吐き出しながら、紅椿はあっという間に動き全体を鈍重なものに変えていった。

 

「箒!?」

「篠ノ之さん!」

 

 箒と紅椿に現れた突然の異変に一夏とセシリアも同様を隠し切れない。だが、最も驚いているのは間違いなく箒本人だろう。

目は見開かれ、唇は震えながら半開きのまま、思考を支配する動揺が隠し切れない有り様だった。それでも何がどうなっているのか、原因の探ろうとした箒はすぐにそれを見つけることができた。

 

『ENERGY EMPTY』

 

シールドエネルギー自体はまだまだ余裕がある。だがそれ以外の、機体を駆動させ光学兵装などを発射させる、動力用のエネルギーが枯渇寸前まで陥っていた。

 

「箒!」

 

 切迫した一夏の声が聞こえたと思ったら、不意に箒の視界がブレる。腰のあたりを抱え、白式のスラスターを吹かす一夏の姿を認識した直後、先ほどまで自分が居た場所を通り抜ける無数の光弾が目に映った。

 

「どうした箒!」

「そ、それが、エネルギー切れを起こしたんだ!」

「マジかよ……」

 

 愕然とするような一夏の声には、不手際を打った箒への叱責というよりも、突然状況が不利に傾いたことへの焦燥が強くあった。

 

「少し掴まってろ!」

 

 箒を抱えたまま一夏は速度を上げ、福音の追撃を振り切ろうとする。既に通信越しで状況を把握したセシリアがスターライトを連射して福音の動きを妨げる。

 

(どうする……!)

 

 箒を抱えたまま一夏は打つべき手を考える。

ガス欠になったということは、実質箒と紅椿はもはやまともな戦力として動くことはできない。シールドにはまだ余裕があるが、仮に福音の総火力の前に晒されることになればあっという間に尽きることは想像に難くない。

しかし無理を押して戦闘を継続するとなれば、箒を庇いながら戦う必要がある。それができるとしたら、一夏よりもむしろセシリアの方が適任だろう。だが、今以上の負担を彼女に掛けた場合、どうなるか分からない。セシリアの援護の低下、単純な戦力の減少、戦闘を続けるには分が悪い。

 

(どうするよ俺)

 

 どのような選択をすべきか、脳裏に三枚のカードとなって浮かぶ。継戦、フライング土下座、逃げる。このどれかだ。続きはWebでなどと言っている余裕はどこにもない。即断即決、逃げるを選ぶ。何も恥じるところは無い。あくまで戦略的撤退なのだから。

 

「箒! それにオルコット!」

 

 箒に、そして通信でセシリアにも一夏は呼びかける。

 

「いったん引くぞ! 状況が悪い! 手傷は負わせたんだ! 一度戻って体勢を整えて、今度は全員でボコにするぞ!!」

「一夏! くっ……!」

「了解ですわ!」

 

 一夏の言葉に箒は何かを言いかけるも、すぐに口を噤んで俯く。僅かに見えた横顔、頬の筋肉の強張りから箒が歯を強く噛みしめているのが分かった。

一夏に箒を責めるつもりは無い。元々紅椿のエネルギー消費の激しさは束がやってきた後のお披露目ですぐに見ていた全員が分かったことだし、あれだけの激しい機動戦闘をしていればその消費だって凄まじいものになって当然だ。

それを分かっていながらこの状況に持ち込んでしまった自分たちにこそ非があると言える。

 

 チラリと背後を見る。こちらもかなり飛ばしての撤退であるために、福音が迫ってくる様子はまだ無い。セシリアも無事に着いてきている。このまま上手く逃げ切ることができれば上々、一度戻って体勢を立て直せる。

 

「箒、あまり気に病むなよ。俺らもヘマったようなもんだから」

 

 自分自身でも珍しいとは思うが、一夏は箒に気遣うような言葉を掛ける。それに箒は小さく頷くものの、依然表情に射した影は消えない。

無理もないかと思う。あれほどまでに意気込んでいたのだ。事実、その意気込みに見合うだけの働きはしつつあった。だがそんな最中でのコレだ。気落ちしてしまうのも分かる。仮に一夏が箒の立場だったとしても、箒ほどにあからさまな落胆こそはしないだろうが、色々と複雑な胸中になっていただろうことは想像に難くない。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 とりあえずは戻ったらメンタルの方のフォローでも試みてみようかと思った。その直後だ。

 

「織斑さん! 後ろです!」

「嘘だろぉ!?」

 

 セシリアの声に後方を見て一夏は驚愕を顕わにする。間違いなく引き離していたはずの福音が確実にこちらとの距離を詰めてきていた。

こちらが気付いたことを向こうも察したのか、高速で向かってきながら銀の鐘による弾幕を打ち込んでくる。

 

「くっ!」

「構うなオルコット! それより撤退に集中しろ!」

 

 スターライトを構えて迎撃しようとしたセシリアを一夏は制す。まだ光弾も適当に動けばそれだけで回避できるくらいには距離が離れている。むしろ、下手に迎え撃とうとして距離を詰められる方が状況的には不味い。

 

「ですが、このままでは追いつかれますわ。既に司令部から他の皆さんたちが出撃体勢に入っているとのことですが、このままでは……」

「下手すりゃ旅館近くを戦場にする、か?」

 

 状況としては非常に良くないケースである一夏の予測にセシリアは無言で頷く。彼女の言う通りだ。このまま逃げ続けても福音は追って来る。

既に他の専用機持ちの面々も出張りに来ているとはいえ、旅館に、というよりも人里の近くでの交戦に持ち込むことはとても良いとは言えない。

 

「……」

 

 しばし口を噤み、一夏は真正面を見据える。そして一度深呼吸をすると、再度通信でセシリアに呼びかける。

 

「オルコット、箒を預かってくれないか」

「一夏?」

「ど、どういうことですの?」

 

 一夏の突然の言葉に箒もセシリアも怪訝そうな顔をする。だが一夏はセシリアの近くまで寄ると半ば強引に箒を押し付ける。

 

「おい、おい一夏! どういうことか説明しろ!」

「篠ノ之さんに同じく。何か策でも思いつきまして?」

 

 理由を求める箒とセシリアに一夏は策があるわけじゃないと首を横に振ると、チラリと視線を後方の福音の方に向ける。そして再度箒とセシリアの方を向く。

 

「オルコット。ここから先は全速前進、振り向くな。旅館まで一気に突っ走れ」

「織斑さん?」

 

 静かに、しかし有無を言わさない力強さを込めて伝えられた言葉から感じる言い様の無い雰囲気にセシリアが小さく眉を顰める。

 

「一夏、お前まさか……」

 

 先に察したのは箒の方だった。一夏が考えていること、それを理解したからか箒の顔は今まで以上に蒼白なものになっていた。

 

「俺が殿(しんがり)をやって福音を足止めする。その間に、二人とも逃げ切れ」

「何を馬鹿なことを!!」

 

 セシリアが声を張り上げる。

 

「自惚れないで下さい! そんなことをすれば、どうなるか分からないあなたではないでしょう!」

「だがこのままでもジリ貧だろ!」

 

 セシリアの一喝に一夏も声を大にして反論する。

 

「俺に構うな。良いから先に行け。今一番安全を確保しなきゃいけないのは箒だ。それに、もう他の連中も出張りに来ているんだろ? なぁに、逃げまわってりゃそのくらいの時間は稼げるだろうさ。別にケツまくって逃げるのが苦手ってわけでもないからな」

 

 心配など不要、そう言い聞かせるように一夏は余裕を含んだ笑みを浮かべながら言う。それを見てセシリアは口を紡ぐ。

そして僅かに瞑目し再びを目を開くと、まっすぐに一夏の目を見ながら言った。

 

「ご武運を。ですが一つだけ約束しなさい。どんなに無様でも良い、決して笑いも非難もしません。無事に、戻ってきてください」

「まぁ、善処はするよ」

「……では」

「あぁ、お前たちも気を付けて」

 

 そして一夏は飛ぶ速度を大きく落とすと同時に全身ごと後方を向き、迫ってくる福音と真正面から向かい合う形になる。

 

「オルコット! 離してくれ! 一夏が!!」

 

 飛び続けながらも腕の中で自分を振り解こうともがく箒をセシリアは力ずくで抑え込む。

 

「オルコット!!!」

「できない相談ですわ。わたくしは、彼にあなたを無事に帰還させるよう頼まれました。ただでさえ本来のミッションは失敗、この上さらにわたくしに責務の不履行をさせないでください」

「だが!!」

「彼は!!」

 

 なおも言い縋ろうとする箒を、セシリアもまた声を張って抑える。

 

「彼は、そのことも承知の上でそうすることを選んだのです。今ここでわたくし達が無事に戻ることができなければ、彼の覚悟が無駄になります。わたくしには、そんなことはできない」

「オルコット……」

 

 僅かに震えるセシリアの声、歯を食い縛っていることが分かる表情に浮かぶのは悔しさ、苛立ち、無念、そんな諸々が入り混じった感情だった。

 

「速度を上げますわ! 篠ノ之さん、通信で本部に連絡を! 後発隊の到着を急がせて下さい!! まだ間に合う、いいえ。間に合わせなければいけない!!」

「……っ、分かった」

 

 残してきた級友の事を考えつつも、二人はただ真っ直ぐに拠点への帰還を急ぐ。後方の遠く、何かが爆発するような音が断続的に聞こえてきたが、それでも二人が振り返ることは無かった。

 

「私は、なんて無力なんだ……!」

 

 通信を終え、セシリアの腕の中で箒は震えながらか細い声を絞り出す。悔しさにまみれたその声はセシリアの耳にも届いていたが、何を言うでもなくただ速度を更に上げるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、オルコットにはあぁ言ったけど、大概において殿の末路なんてものは決まってるんだよなぁ」

 

 二人が飛び去って行ったのを確認しながら一夏は自嘲気味に呟く。

誰も聞いている者は居ない。旅館にある管制本部からのものも含めて、通信は軒並み切断していた。特に管制室、姉や副担任があーだこーだと喧しくてたまらなかった。

まぁ色々言いたくなる気持ちは百も承知なのだが、自分なりに腹を括っての選択なのだ。あまりとやかくは言わないで欲しい。

 

「味方の女二人を庇って一人果敢に殿、か。ヤベーよオイ。今の俺最高に決まってるぜ。見た目どころかメンタルまでイケメンとか、時代は俺に傾いたか」

 

 こんな軽口が自然と口を突いて出るのは、きっとどこかで張りつめたものがあるからなのだろう。だが、これから挑む状況を考えればこのくらいの精神状態の方が丁度いい。

ふうっと軽く息を吐くと、一夏は浮かべていた笑みを消して鋭い眼差しで真正面を見つめる。

 

(さて、一体どう転ぶやら。まぁ、よしんばくたばったとしても、きっと世はことも無し、いつも通りに進むんだろうけど――)

 

 覚悟はできている。自分で選んだ結果だ。例えこの場が自分の命運尽きる場であったとしても、一切の文句は言わない。どれだけ足掻こうが、最後に訪れる結果だけは甘んじて受け入れる、そう三年前に決めたのだ。唯一それが、かつての出来事へのけじめのつけ方だと思う故にだ。

 

「けど、まだ未練はあるんだよ」

 

 姉、師、弾に数馬の二人の親友、互いに切磋琢磨を誓い合った学園の級友達、まだまだ彼ら彼女らと共に過ごしたいし、一緒にやりたいことだって山とある。

 

「だから、お前を叩き落とすその時まで盛大に足掻かせて貰うぞ、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)ッッ!!」

 

 ついにハイパーセンサーに頼らない肉眼でも視認できる程に迫り、交戦の意思を示すように背中の両翼を大きく開いた福音へ向けて一夏は吼えた。

蒼月の刀身が高周波振動の嘶きを上げ、奔る熱線は紫電を散らす。長く時間を掛けるつもりは無い。増援が間に合おうが間に合わなかろうがどうでも良い。短期決戦、一気に片を付ける。

 

「行くぞぉおおおおおおおお!!!!」

 

 雄叫びと共に真っ向から福音への吶喊を敢行した。

迎え撃つ福音が放つ光弾の雨、かわす素振りなど一切見せず、ただ我武者羅に切り払っていき、刃が届く範囲まで己を近づかせようとする。その最中にも捌き切れなかった光弾が各所に当たっていき、シールドを削り、装甲を砕く。

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ、結局このザマか……」

 

 小島と言うこともできない、たまたま海面から顔を覗かせただけだろう小さな岩礁に立ちながら一夏は呟く。

既にシールドの残量は一割を切った雀の涙、装甲の各所は砕け焦げ付き、機動性の要であるスラスターもほとんど使い物にならない。

蒼月も刃から輝きを失い、高周波振動機構も切れた、ただ少しばかり他の刀剣型武装より威力がマシなだけの平凡な刀に成り下がった。

 切っ先を岩に突き立て、刀を杖のようにして立ち続ける自身の姿に、一夏は何気なくクラス対抗戦での簪との試合を思い出す。そういえば、結局あの時の借りを返していなかったなと思いつつも、今更なことかと小さく笑う。

 

「まったく、何が暴走機体だよ。下手に人が動かすよか強いだろ、アレ」

 

 見上げれば太陽を背にして福音が宙に佇んでいる。フルフェイスのヘウメットのような頭部装甲からは、その中にあるだろう人の顔を窺い知ることはできない。見えるのは、ただ無機質にこちらを見下ろす鋼鉄の頭部だけだ。

ゆっくりと、福音が両翼を広げる。もう見慣れた動きだ。止めを刺しに来るのだろう。銀の鐘(シルバー・ベル)、計三十六に至る砲門からの光弾による一斉掃射、今の状態で受ければ一溜りもないことは誰が見ても明らかだ。

 

「……良いぜ、来いよ」

 

 これが最期だと言うのであれば、変に足掻いて晩節を汚すのは格好がつかないだろう。ならば、最後までしかと全てを受け止める。

 

 そうして光弾の一斉射が放たれた。

 

 福音の光弾は何とも奇怪なことに、その一つ一つが羽のような形をしている。

自身に殺到する光弾、それを見ながら一夏の胸中に沸いたのはある種の感動に近いものだった。

燦然と輝く陽光の下、輝く羽が無数に降りしきる光景は宗教観念などにお世辞にも関心があるとは言えない一夏を以ってしても、思わず見事と唸りたくなるような一種の荘厳さを持っていた。

だが、その羽は自分に文字通り生命の危機を齎すものだ。実に矛盾していると言えるかもしれないが、間近に命の危険が差し迫ったこの状況で、一夏は常以上に自分が今この場に生命を持って立っていることを実感した。

 

 荘厳さと生命の脈動、二つの大きな存在の実感に紛れもなく今この瞬間、一夏の心は打ち震わされていた。

 

「は、はハ、アはハ! ハッハッハッハッハ!! アーッハッハッハッハ!!」

 

 自然と哄笑が湧いてくる。荘厳という光景に立ち会えた歓喜、生命の危機に本能が発する恐怖、今の状況が生み出す強烈な、言い表しがたい感情に一夏は血の沸き立ちを、心、あるいは魂の猛りを感じていた。

 

「俺は今、生きている……!!」

 

 至った結果は敗北だというのに不思議と充足感を感じながら、一夏の総身は爆発へと呑みこまれていった。

岩礁が砕け散り、白式が負荷限界によって強制解除されたことで身一つとなった一夏が海へと放り出される。耳朶を打つ水の音に一夏は己が海に沈みつつあることを理解し、ぼんやりと思う。

 

(悪いなぁ、姉貴、数馬、弾。あと、スンマセン師匠)

 

 最後に思ったのがこの四人なのは、やはり一夏にとって本当に特別だからだろう。こんな所で倒れる無様、果たせなかった約束、諸々への詫びの言葉がその一言に集約されていた。

そしてゆっくりと、一夏の視界は漆黒の闇に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 主人公死亡につき、次回からはタイトルを変更して「或いはこんな篠ノ之箒SAKIMORI」、ないしは「戦姫絶唱シノノギア」でお送りしたいと思います。

 



 *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

 普通に主役は一夏のままで次回以降も続きます。
さて、次回はどの辺まで書こうかなぁ。専用機軍団による福音フルボッコ大作戦と、あとは謎の精神空間での一夏のアレコレ、その辺になるのでしょうか。
 最近少し書き方を変えまして、一話あたりの分量ではなくどこまで進めるかで一話分作るようにしたら、一話あたりの量こそ減ったものの少し書きやすくなったと思います。
もう執筆活動をしてそこそこになりますが、まだまだ色々と勉強だなぁと常々思います。

 それでは、また次回に。


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第三十三話 決意の少女達、そして彼女は……

 あ~、なんかまた一月以上かかりまして申し訳ないです。
次こそは、次こそはもっと早く書き上げたいですね。できるできないは別として、そう思うことは大事だと思うのです。
 でも、なんだかんだで執筆活動を始めた頃に比べたらそのあたりへの意欲が落ち気味なのは否めなかったりするんですよねぇ。もう三年くらいになりますし。


 福音迎撃作戦が失敗に終わった後の旅館、その一角では集った専用機持ち達が一様に沈痛な面持ちを浮かべていた。

単身福音の足止めを行った一夏の援護のため、待機していたシャルロット、ラウラ、鈴、簪の四名が現場に急行するも、通信切断時点で観測された交戦ポイントに到着した時には一夏も福音もその場に姿は無かった。

即座に一夏が福音に撃破され、福音は既に場を去った後ということを察したラウラの指示の下、四人は周囲一帯を捜索。そして捜索開始から20分の後、海面に浮かんだ岩礁の一つに引っかかる形で倒れ込む一夏が発見された。

 

「致命的な損傷は回避しているとのことだったな?」

「うん。気を失っているのも絶対防御の発動とダメージの過負荷によるISの強制解除、そこから来るショックが原因だろうって。火傷とかもあちこちにあるみたいだけど、そこまで酷いものじゃないみたい」

 

 一夏の容態を確認するラウラにシャルロットが答える。彼女らが居るのは一夏が寝かされている部屋の前だ。今も一夏は閉じられた襖の無効で布団に横たわり、意識を失ったままの状態にある。

 

「白式はどうなってんの?」

「倉持の人達が予備パーツとかで修復作業に入ってる。私の弐式のチームも駆り出されてるから、ほとんど総掛かり状態」

 

 損傷を負ったのは一夏だけではない。むしろ彼が纏っていた白式の方が傷は深いと言える。気になった鈴に一夏と同じく倉持技研を専用機の開発元とする簪が答える。

 

 ドン――

 

 不意に何かを叩くような音が廊下に響く。決して大きな音ではないが、単純な音量以上の重さが籠った音に一同が音のした方を振り向く。

 

「無様この上ないですわね……」

 

 四人から少し離れた場所でセシリアが握り拳を壁の柱に叩きつけていた。俯いた横顔には険しさがありありと浮かんでいる。

 

「任務を果たせないばかりか、味方をただ一人残して逃げることしかできないなど……! これでは、一体何のための代表候補生、何のための専用機だと言うのです……!」

 

 抑え込もうとする激情を隠し切れない言葉だ。自分の持つ肩書きへの自負が並々ならない故に、それに伴う責務を、今回の場合は任務を果たせなかった自身への憤り、それをセシリアは感じずにはいられなかった。

 

「落ち着きなさいな、セシリア。あんた、ちゃんと箒を無事にここまで連れてきたじゃない。それだけでも十分よ。それに、一夏があそこで残ったのは一夏自身が選んだこと。まぁあいつなりに覚悟は決めてたんだろうし、あんたがそこまで気負う必要もないわよ。それに――命があるだけ御の字だわ」

「凰さん……。そうですわね、申し訳ないですわ。えぇ、きっとここでわたくしがあれこれ言うことは彼の覚悟に泥を塗るようなものなのでしょう。ただ、どうしても悔しいのです」

「気持ちは分かるわよ。というか、戦わなかったあたしら四人だって結構ズッシリ来てるのよ? そもそも出撃自体できなかったんだし」

 

 飄々とした調子で言っているが、鈴の言葉には福音との戦いをモニター越しに見ることしかできなかった自分へのいら立ちが滲んでいた。残る三人も何も言わないが、浮かべた表情から各々鈴と同じような思いを抱いていることが伺えた。

 

「あと気になると言えば箒だけど――」

 

 言って鈴は閉じられた襖に目を向ける。直後、静かに襖が開き中から俯いた箒がゆっくりと出てくる。

 

「箒――」

 

 声を掛けようとする鈴だが、箒はそれを掲げた手で遮る。

 

「すまない。少し、一人にさせてくれ。気持ちを、整理したい」

 

 それだけ言うと箒は歩き去っていく。その背が見えなくなった所で、鈴は小さくため息を吐く。

 

「参ったわねぇ。ありゃかなりへこんでるわよ」

「無理もないだろう。おそらく、作戦の失敗は自分に原因があると思っているはずだ」

「あいつ結構お堅いものねぇ。思い込んだら一直線って言うか、考えが悪い方にループ入ってるかもね」

 

 どうしたものかと鈴は肩を竦める。

 

「確かに、紅椿のエネルギー切れが失敗の直接的要因になっているのは否めないのだがな……」

 

 そうラウラは言うが、言葉に箒を非難する調子は無い。だが、と前置きをして言葉は続く。

 

「失敗の要因など他にもある。そもそも三機だけでなく、残っていた我々全員も出れば確実にこのような事態は防げたはずだ。よしんば福音の撃墜が叶わなかったとして、それでも全員が無事に帰投をすることはできただろう。……あまり言いたくはないが、今回ばかりは教官の考えに疑念がつきないよ。いかに篠ノ之博士の提言を受けたからとはいえ……」

 

 腕を組みながらラウラは渋面を浮かべる。

 

「多分だけど、篠ノ之博士が居たからだと思う」

 

 クイと眼鏡の位置を整えながら簪は言う。

 

「なんていうか、上手く言えないのだけど、篠ノ之博士が変なことをしないようにある程度は妥協する必要があったんじゃないかな。現に、織斑先生だって最初は私たち全員を出すつもりだった」

「更識さん。変なこと、とは?」

 

 問うてくるセシリアに簪は答えようか一瞬逡巡する。だが言っても言わなくても変わりはないと判断したのか、再度眼鏡を持ち上げ直して続きを言う。

 

「ISの業界のあちこちで結構前から言われてることだけど、篠ノ之博士は全IS、正確にはそのコアに対して開発者としての管理権限とかを握っているのかもしれないって噂。もしもそれが本当だとしたら、きっと私たちに、正確には私たちのISに何かを仕掛けるくらいはできる」

「聞いたことがあるな。とは言え、どれだけコアを精査しようがそのような痕跡が見つかったことは無いから、まさしくただの噂話でしかなかったが」

 

 簪の話はラウラも聞き覚えがあるのか、納得するように頷く。だが、簪もそうだがラウラもそのような話の裏付けになる証拠を見たことが無い故に、自分で話していながらもどこか疑いを拭い去れない様子だ。

 

「ていうかさ、なんで篠ノ之博士があたしらにちょっかい掛けるってのよ? あのブリーフィングの様子だとあの人、あたしらのことなんてまるで眼中に無かったわよ」

「これも予想でしかないけど、博士は篠ノ之さんをかなり強く推していた。織斑くんの出撃前に言っていたこと、それが事実なら博士は篠ノ之さんを目立たせたい。だから、私たちが動くのは邪魔ってこと」

「……いやいや、いくらなんでもちょっと話がぶっとび過ぎじゃない? そんな、無茶苦茶よ」

 

 信じられないと言うように鈴は頭を振る。だが簪は眼鏡の奥で瞳に宿した怜悧な光を微塵も揺らがせない。

 

「私も、少し飛躍しすぎかなとは思ってる。けど、向こうは不世出の大天才、ゲームならパラメータがバグを起こしてるレベルの異常。ありえないことだって有り得ると思った方が良い。あと、もう一つ根拠がある」

『?』

 

 人差し指を立てて別の理由を挙げる簪に四人が揃って首を傾げる。そんな面々に向け簪は至極大真面目な顔で言った。

 

「同じ変わり者の姉を持つ妹の勘」

『……』

 

 さてどう返すべきか、あるいはツッコミを入れるべきなのだろうか。そんな風に迷う四人だった。そしてもっとも早くレスポンスを返したのは鈴だ。

 

「えーと、変わり者の姉で、妹の勘? えっと、あんたのお姉さんって確か学園の生徒会長っていう人だっけ?」

「そう。高スペックと編み物下手とチャランポランが服着て歩いてるアレ」

「いやいや、曲がりなりにも実の姉をアレ呼ばわりは無いでしょ」

「大丈夫、ただのコミュニケーション法だから」

 

 アレなどと物扱いすることのどこがコミュニケーションなのかと問い詰めたくはあるものの、この場でそれを聞くのは何となく時間の無駄になるような気がするので何も言わないことにした。

 

「……まぁ良いわ。そこはそっちの姉妹の問題だし。というか、博士がどーのも別に良いでしょ。今大事なのは、あたしたちがどうするかだと思うんだけど?」

 

 言って鈴は四人一人一人に視線を合わせていく。

 

「凰さん、わたくし達がとは言いますが、織斑先生より待機を命じられているのですよ? 何かできるなど……」

 

 一夏の回収が終わり、昏睡状態にある彼を除く専用機持ち六人に命じられたのは他の生徒達同様の待機だった。

そんなことは分かっていると鈴は吐き捨てる。

 

「分かってるわよ。あたしだって鶏じゃないのよ。言われたことくらいは覚えてるわよ。けどね、これは命令とかそういうのじゃなくて、意地の問題。別に、最初の出撃に出なかったことはもう過ぎたことだから何も言わない。織斑先生にだって文句は無い。けどね、一夏を、箒を、セシリア、あんたもよ。あたしのダチを、仲間を、傷つけた挙句ノウノウと好き勝手してて、しかももしかしたらもっとあたしのダチや仲間、知り合いを傷つけるかもしれない奴。それをほっとくなんてあたしにはできないのよ」

 

 唇の間から犬歯を覗かせ、唸るように言う鈴の言葉には福音への怒りが滲んでいた。

 

「そりゃね、暴走した福音や、運悪くそれに乗ってたアメリカのパイロットさんも可哀そうだとは思うわよ。けど、それとこれとは話が別。きっちり落とし前はつけさせるわ」

「凰さん……」

「別にみんなが行かないってならあたし一人でも行くわよ。まぁ、勝つのは厳しいでしょうけど、一発ぶん殴るくらいはできると思うわ。そしたら、さっさと引き上げれば良い話よ」

 

 そして鈴は踵を返すとそのまま歩き去ろうとする。おそらくは福音に挑むための準備でもしに行くのだろう。それを止めるべきだとセシリアは思った。だが、引き留める言葉が喉まで上がってきたのにそこから先へ進まない。どうしても言うことができなかった。

何故と自問する。そうこうしている内にも鈴は行ってしまうだろう。どうしようもできないもどかしさ、それが胸中で渦巻いていく中、ラウラの声が鈴の背に掛けられた。

 

「まぁ待て、凰。お前が行くとして、福音の現在位置の当てはあるのか? おそらく指揮所の、教官達ならば捕捉しているだろうが、まさか教官の下に命令違反の宣言をしに行くつもりもないだろう?」

「決まってるじゃない。飛んでれば、どっかしらで見つかるわよ」

 

 そんな無計画とも言える鈴の言葉にラウラはため息を吐く。その姿に鈴はムッとした表情を浮かべる。

 

「まったく、その思い切りの良さや勢いはきっとお前の長所なのだろうが、それにしても一人は無謀だ。こういう時だからこそ、仲間を頼るべきだろう。私のような、な。そうでなくては、私や私の部隊の仲間の働きが水泡に帰してしまう」

 

 その言葉に鈴が小さく目を丸くする。他の三人もどういうことなのかとラウラを見る。そんな四人の小さいながらも驚きのこもった視線が面白いのか、ラウラは得意そうに唇に笑みを浮かべながら言う。

 

「織斑の回収が終わって程なくしてからだがな、母国の部隊の者に福音の衛星での追跡を頼んでおいた。米国の新型ISの暴走はドイツとしても放ってはおけん。例えばそう、暴走した福音が日本本土に進行したとして、それで日本国内のドイツ大使館など関連施設に被害があっては大変だからな。それを防ぐために、追跡監視を頼んでおいたのだ」

「ラウラ……。まさか、あんた」

 

 探りを入れるような鈴にラウラは再度小さく笑う。

 

「ふっ、このまま何もせずに終わるというのは、私としても認めがたい所なのでな。だが、私一人で無くて良かったよ。同士が居てくれるというのは、心強い」

 

 その言葉に鈴はラウラも始めから福音の追撃に赴くつもりだったことを悟る。

 

「……いや、正直助かるってのが本音なんだけどさ。良いの? 織斑先生の、あんたの教官サマの命令に逆らうのよ?」

「そうだな、お前の言う通りだよ。実の所、私も自分で自分に驚いている部分がある」

 

 ラウラの千冬に抱く敬意は生半なものではない。IS学園には、千冬が担任を務める一組の生徒を始めとして彼女を慕う者は多いが、中でもラウラは群を抜いた慕いぶりと言えるだろう。それこそ、多少なりとも同じ学び舎の生徒として時間を過ごした生徒たちの殆どが知るくらいにはだ。

だからこそ、その千冬の命に敢えて逆らうという選択を取ったラウラに鈴は首を傾げたのだ。

 

「確かに、これが本国の軍の作戦中で上官より下された命令だというなら私はあくまで遵守しただろう。だが今はあくまで学生、教官とも教師生徒の間だ。この時点で命令の強制力は落ちる。それに、以前に私自身で考えろと言った。そして自分で考えて、こうすべきだと思ったまでだ。凰、同じだよ。倒された仲間の仇討ちもそうだ。このまま脅威を野放しにしておけないのもそうだ」

「……オッケー。んじゃ、頼りにさせて貰うわ」

 

 そして鈴とラウラはフッと微笑を交し合う。

 

「あのー、二人だけで満足してもらっちゃあ困るんだけどなー」

「仲間外れは、イヤ」

 

 どこか呆れ気味のシャルロット、そしていつも通り淡々とした調子の簪、二人の声が鈴とラウラに向けられる。

 

「正直ね、僕も友達がやられたのに回収以外できなかったってのは結構頭にきてるんだよ。それに、ここで米軍の新型を倒したとなれば僕の評かは更にアップで大満足。やるしかないね」

「まぁ、やらなきゃいけないことだし……。あとは、お姉ちゃんにドヤ顔で自慢?」

 

 間接的に自分たちも出ると意思を示したシャルロットと簪を交え、今度は四人が笑みを交し合う。そして四人は同時に残る一人、セシリアへと視線を向けた。

 

「な、なんですの……?」

「いや、あんたはどうすんのかなーって。まぁ命令違反なわけだし、無理にとは言わないけど、というか、むしろ出ない方をお勧めするけど」

 

 四人の視線を受けて狼狽え気味になるセシリアに鈴が下から覗き込むような姿勢を取りながら言う。

 

「お、お勧めしないのならばどうしてっ」

「福音ボコしたいから」

「軍人として民衆の安全は第一だ」

「満足できそうだし」

「流れ?」

 

「み、みなさん……というか更識さん、いくらなんでも流れは流石にどうかと思いますの……」

 

 即答で命令違反を犯す理由を答えた四人にセシリアは頬をひくつかせる。だが、やり取りの軽快さに反して四人がセシリアに向ける眼差しは真剣な色を帯びている。

その一つ一つを見ていき、やがてセシリアは観念したように大きなため息を吐く。

 

「はぁ、分かりましたわ。はっきり言わせて頂きますが、みなさん揃いも揃って大馬鹿ですわ」

 

 歯に衣着せぬ物言いだが、それに反論する者はいない。馬鹿なことをしている、それは当の四人が一番よく分かっているのだ。

 

「ただ、不思議ですわね。愚か者とは本来気に入らないはずなのに、不思議とそうは思えませんわ。むしろ小気味よさすらある」

 

 フッと、穏やかな微笑をセシリアは湛え、そして今度はどこか自嘲するかのような苦笑を浮かべた。

 

「そして、どうやらいつのまにかわたくしもそのバカの一員になっていたようですわね」

 

 その言葉が意味するところを察し、四人が浮かべていた笑みが深まった。

 

「えぇ、ここにわたくしセシリア・オルコットの福音追撃への参加を表明しますわ。――わたくしも、このまま虚仮にされたままでは済ませられそうにないですもの」

「よし、話は纏まったな」

「ちょい待ち。まだあるわよ」

 

 セシリアが参戦意思を表したことで話のまとめに入ろうとしたラウラを鈴が制す。

 

「まだ、箒が残ってるわ。あいつだって出ようと思えば出られる。そりゃ、確かにあたしたちに比べたら個人としての戦力はちょっと低いだろうけどさ、あいつにだって出るかどうか選ぶ権利がある。あいつの意思を確かめないのは、筋が通らないわ」

「だが、今のあいつはむしろそっとしておくべきでは……」

 

 去り際の酷く気落ちした様子の箒を案じてか、ラウラは不用意に接触するのは控えるべきだと言う。

 

「ううん。むしろそういう時だからこそ、発破をかけるべきなのよ。それに、あいつは基本クソ真面目だから下手に一人にさせとくと間違いなく考えが悪い方向にスパイラルするものって相場が決まってるのよ」

「なるほど、つまりは多少無理にでも動かして発散をさせるということか」

「発散かどうかはしらないけど、とにかくあいつの中で何かしらの割り切りをさせるべきなのよ。あたしら全員で掛かれば、福音もなんとかなるでしょ。それをその場で見れば、何かしら落ち着きはするんじゃないの?」

「分かった。では篠ノ之の意思確認をしてからの出撃としよう」

「なら言い出しっぺてのもあるけど、あたしが箒に話しに行くわ。あんたたちは先に準備しといて」

「よし、それでは……少し遅くなるがマルフタマルマルに最初の出撃を行った海岸に集合だ。くれぐれも、先生方にバレるようなヘマはしないように。では、解散」

 

 ラウラの号令で五人は一度それぞれの準備のために歩いて行く。最後に動き出したのは鈴だ。歩きはじめと同時に己に喝を入れるように両頬を自分の手で張る。

 

「さてと、あたしもチャッチャとお話しタイムと行こうかしらね」

 

 そのためにはまず箒を見つけなければならないが、おそらく割り当てられた部屋にはいないだろう。今の箒の精神状態から推察するに、どこか人気のない場所で一人で居る可能性が高い。まずは旅館内、そして外と当てはまりそうな場所をしらみつぶしに探していこうと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

(さて、篠ノ之に関しては凰の手腕を頼りにするとしよう)

 

 ラウラは部屋に戻らず、廊下の途中にある女性用トイレの個室に居た。別に用を足す必要があったからではない。ただ部屋に戻っても間違いなく同室の者達にあれこれと聞かれるだろうから、それを回避するために就寝時間までは部屋以外の場所で時間を過ごそうと思ったのだ。それに、トイレならば居てもさほど不自然ではないし、人が来てもすぐに黙るなりで対応ができる。

 

(なまじ皆、良い者が多いだけに申し訳ないな)

 

 一夏が特別任務で負傷をしたという事実は、仔細こそ除かれているものの、ほぼ全ての生徒たちが知るところとなっている。

千冬直々の説明によって事態の機密性などを知っているため、積極的に何事かを探ろうとする者は居ないだろうが、それでも聞いてくるだろうということは想像に難くない。

それも、教員ほぼ全員が緊張感に包まれたこの現状ならば仕方のないことと言える。

 

(だから、皆の不安を払拭するためにも福音は必ず倒す)

 

 小柄な手に力を込めて拳を握りしめる。眼帯に封じられていない右目に強い意志の光が宿る。

 

「さて、状況はどうなっているのか……」

 

 制服の懐からドイツから持ってきた、愛用の携帯端末を取り出す。呼び出すのは祖国の部隊に繋がる特別な回線だ。使用には色々と面倒な決まり事やら何やらがあるが、今は非常時と言える状況であるため言い分など幾らでも立つ。

 

『受諾、クラリッサ・ハルフォーフです』

「ラウラ・ボーデヴィッヒ中尉だ。少尉、状況はどうなっている」

 

 通信に応じた相手、クラリッサ・ハルフォーフ少尉にラウラは素早く状況を聞く。

 

『既に衛星の使用許可は下りました。目下、福音の居場所を捜索中です』

「ご苦労。現地時刻マルフタマルマルを出撃時刻としているが、間に合いそうか?」

『おそらく9割方で間に合うでしょう。居場所以外の、確認できる情報も可能な限り間に合わせます』

「よろしく頼む」

 

 祖国の部隊では右腕であり、軍属の経験の長さとしての先輩であり、時に公私に渡って姉のように頼れるクラリッサの存在はラウラにとって巡り合えたことを常々僥倖と思っている。

今回のような急な、それも少しばかり無茶がある頼みごとにも快く応じてくれたことはラウラにとっても非常に助かることだった。

 

『上も米軍の新型に強い興味を示しています。私見ですが、何かしらの有用なデータの採取ができれば中尉の評価は上がるものと思いますが』

「フッ、そこまで野心家なつもりはないが。いずれにせよ、祖国のためになるならやれることはやるさ」

『ご武運をお祈りしています。それと、その……』

 

 それまで凛々しかったクラリッサの口調が急に言いよどむ様な調子になる。それに首を傾げながらもラウラは言葉の続きを待つ。

 

『中尉に限ってそのようなことはありえないと私は信じていますが、決してヘマの類はしない方がよろしいです、ハイ』

「無論そのつもりだが、どうしたのだ?」

『いえ、今回の案件に関してはなるべく情報の伝達を必要最低限に抑えていたのですが、いつの間にやらヴァイセンブルク少佐の耳に入っていたらしく。それで少佐から中尉に言伝がありました。曰く、「ドイツの名に泥を塗るような真似をしでかしたら覚悟しておけ」と』

「なん……だと……!」

 

 クラリッサから伝えられた内容にラウラの顔に戦慄に近い色が浮かぶ。クラリッサの言葉の中に出てきた人物は、ラウラにとってそれだけの意味を持つ者なのだ。

エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク。それが件の人物の本名である。ドイツ連邦軍少佐、ドイツ国内のIS乗りとしては最古参であり、大口径の砲を始めとした重火器を巧みに操る実力は一線を退き後進の育成に従事する今もなお微塵の衰えを見せず、現在の世界全体を見渡しても最上級。早い話がドイツ版織斑千冬である。

しかしながらラウラが戦慄し、クラリッサがややビビり気味になる理由。それはエデルトルートが自他共に非常に、それこそ下手をすれば千冬以上に厳しい女傑を超えた超女傑と言える人物だからだ。

 ラウラもクラリッサも共に将来のドイツIS乗りを背負って立つことを嘱望される有望株である。そうして歩む中でエデルトルートの指導も受けたのだが、その期間のことは今も思い出すだけで苦い顔をしたくなるほどに厳しいものであった。千冬の期間限定の訓練もそれはそれで厳しかったが、それでも耐え抜けたのはそれ以上に厳しい経験をしていたからに他ならない。

 

『確かそちらの夏休み頃に、一度報告やレーゲンの調整も兼ねて一時帰国をされるご予定でしたね? もしも万が一のことになったら、夏は色々な意味で熱くなりそうかと……』

「う、うむ。そうだな、肝に銘じておこう」

 

 声に緊張を隠し切れないのがラウラ自身分かった。使命感もあるが、下手をすればそれ以上に気を抜けない理由ができてしまった。もしもクラリッサの言う通りに不手際を晒すようなことをしでかしたら、今年の祖国で過ごす夏は轟音と熱波をまき散らす砲火に晒されることになるだろう。さすがにそれは御免こうむりたい。

 

「と、とにかくだ。分かったことがあったら頼むぞ。そちらが齎してくれる情報が、作戦の成否に大きく関わるのだ」

『承知しました。隊長もお気を付けて』

 

 そして端末での通話を切ったラウラはふぅ、と軽く息を吐くと天井を仰ぐ。

 

(このようなことを考えるのは不謹慎だと分かっているのだが……)

 

 そう、分かっているのだが言わずにはいられなかった。

 

「福音、弱ってると良いなぁ……」

 

 後々のことを考えるとそう思わずにはいられないラウラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな展開になるなんてねぇ」

 

 廊下の一角で窓から夜空を眺めながらシャルロットは一人呟く。

 

「ま、織斑くんには悪いけど、せっかくの機会だからね。存分に使わせてもらうよ」

 

 もちろん敵討ちのつもりもある。だが、米軍が開発した新型の性能を間近で得ることができるというのはそれだけでシャルロットに参戦の意思を固めさせるには十分だった。

だがこれは場合によっては命を掛けなければならない実戦、それなりにリスクも存在している。それを踏まえた上で、シャルロットは是とした。

 

(世の中そんなに美味しい話はないからねぇ。それに、少しはリスクがある方が緊張できる)

 

 元々は母を亡くしてから身を立てるために飛び込んだIS乗りの道だが、適正のことも含めて案外自分に合っているのではないかとこの頃思うようになってきた。

 

「とりあえずは、良かれと思って会社に貢献しとこうかなぁ。特別手当とか出たら大満足なんだけど……」

 

 そんな自分でも俗物的だと思わず苦笑してしまうようなことを呟いて、シャルロットは不意に背後に感じた気配に静かに後ろを向いた。

 

「あれ? オルコットさん?」

「デュノアさん……」

 

 立っていたのはセシリアだった。一度別れる前とは違い、纏う雰囲気はだいぶ落ち着いたものになっていた。

 

「気分は、だいぶ落ち着いたみたいだね」

「えぇ、お恥ずかしい所をお見せしましたわ。あのように激してしまうなど……」

「ううん、僕も気持ちは分かるから。うん、仕方ないよ」

「ありがとうございます」

 

 そのまま二人は並んで立って夜空に視線を向ける。

 

「デュノアさんは、なぜ追撃に参加を?」

 

 先に言葉を発したのはセシリアだ。投げかけられた問いに、シャルロットは考えるように小首を傾げてから答える。

 

「う~ん、概ねはラウラと一緒かなぁ。放っておけないっていうのもあるし、織斑くんの敵討ちや、あとはちょっと我儘みたいだけど、このまま何もしないでいるっていうことへの抵抗とか。そんなところかな」

 

 データを取って会社に云々は言わないでおく。あるいは既に察せられているかもしれない。何せ追撃に参加するメンバーは現状では分からない箒と、昏睡中の一夏を除けば全員が祖国の候補生。ISに関わることで祖国の利になる行動ならば積極的に取って然るべき立場だ。

米国という、ISの登場による国際社会の大きな動きを経ても依然世界最大級の国家としての威容を誇る国が作った新型のデータなど、取れる機会があるならば取ってしまうに越したことはない。どうせ、全員がその辺りの考えを候補生としての思考が多少なりとも巡らせているのだ。言っても言わなくても、特に変わりはしない。

 

「そう、ですわね。えぇ、それはきっと間違っていないのでしょう。ただ、やはりわたくしは……」

「意地とか、プライド?」

 

 セシリアが福音の追撃を志す理由、その内の最も強いだろう理由をシャルロットは察する。そしてドンピシャリに正解だったのか、セシリアは恥ずかしそうに曖昧な笑みを浮かべる。

 

「もちろん、倒れた織斑さんの敵討ちや、候補生として他の皆を危険から守る責務なども強く感じていますわ。ただ、それでもわたくしは、わたくし自身の雪辱を果たしたい……」

 

 本当に自分勝手と自嘲気味に呟くセシリアを、シャルロットは静かに見つめる。

 

「別に、それでも良いんじゃないのかな?」

「え?」

 

 思いもよらなかったシャルロットの肯定の言葉に一瞬セシリアは呆けたような顔をする。

 

「僕は、オルコットさんのような理由、考え方だって全然間違っていないと思うよ。というよりも、僕もそうだしラウラや凰さん、更識さんもきっとそうだと思うんだけど、そもそも僕らは最初出撃さえできなかったんだから。それだけでも僕らにとっては色々思う所があるからね。この作戦だって、そのモヤモヤを解消するためっていうのが結構僕の中では大きいし。

それに、オルコットさんはきっとそういう自分の不手際とか放っておけないでしょ? だから、まずはそれをスッキリさせるのを優先した方が良いと思うんだ。まず自分自身をしっかりさせてから、守るとか敵討ちとかは、それからでも良いと思うよ。少なくとも、この作戦だって五人は出るのが決まってるんだから。カバーしあえば何とかなるよ」

「デュノアさん……。えぇ、そうですわね。その通り……。まずはわたくし自身がしっかりせねば。そうでないのに守る、仇を討つなど、おこがましいですものね」

 

 胸の前に両手を運び、自分自身に言い聞かせるようにセシリアは静かに言う。そして再びシャルロットに視線を向ける。澄んだ瞳の奥に、強い闘志の炎が滾っているのがシャルロットには見えたような気がした。

 

「勝ちましょう、デュノアさん。必ず」

「……うん」

 

 改めて決意を表明するセシリアにシャルロットもまた静かに、しかし力を込めて頷き返した。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 廊下を歩きながら簪はカチカチと打鉄の待機形態の指輪を弄ぶ。生来の性分と言うべきか、このような静かな空間で一人で居るというのが彼女にとっては心地よかった。

 

(福音、どうしよ)

 

 考えるのはこれから戦うことになるだろうISについてだ。数の上では間違いなくこちらが優位なのだが、決して楽観視することはできない。

 

(けど、やるしかない)

 

 候補生の肩書は決して伊達ではない。あまり感情を表に出すことが少ないという自覚はあるが、それなりに意地やプライドだって持ち合わせているのだ。

 

(ちょっと、見ていこうかな……)

 

 特別何か用があるというわけではないが、何となく思い立ったので簪は一夏が寝ている部屋へと向かうことにした。

本当に何も理由など無いのだが、強いて何か理由を付けるとしたら敗れ、倒れた彼の姿を見ることで自分自身を引き締めさせるといったところだろうか。

そうして部屋の前に差し掛かった簪は意外な人物と鉢合わせをすることになる。

 

「おや、このような場所でとは意外ですね」

「川崎さん」

 

 倉持技研において白式のサポートチームのリーザーを務めている技術者、川崎である。簪自身、打鉄の制作にあたって彼には何度か世話になったことがあるので互いにそれなりに見知った間柄ではある。

 

「川崎さんは、どうしてここに?」

「いえ、白式の応急処置がひとまず終了したので織斑さんの下に戻そうと。これ以上となると最低でもIS学園の整備課に準じる設備が必要ですからね。――更識さんは何故? 確か全生徒に自室待機が言い渡されていると聞いていますが」

「ちょっと彼の様子を見に」

 

 涼しい顔でそう答える。川崎も特に疑問に思うことはないのか、そうですかとだけ言って部屋の襖を開ける。開いた襖の奥、部屋の中では依然として一夏が眠っている。

川崎は静かに彼の傍まで歩み寄ると、懐から取り出した待機形態の白式である腕輪を一夏の腕に取り付ける。

 

「これでよし、と」

 

 その光景を簪は川崎の一歩後ろで立ったまま眺めている。川崎も白式を一夏に付け直した以上はやることもなくなったのか、すぐに立ち上がる。

 

「詳細は我々にも伏せられていますが、いずれにせよ彼が無事で良かったですよ。機械は壊れてもまだ修理が効きますが、人命はそうはいかない」

 

 眠る一夏を見下ろしながら川崎は言う。

 

「更識さんも、これからIS乗りとしてご活躍をなさっていく中で時には大きな危険に晒されることもあるかもしれません。その時は、まずご自身を優先して下さい。ISなんていくらでも壊しても構いませんから」

「少し、意外ですね……」

 

 それは簪の本音だった。川崎は紛れもない技術者だ。本人は謙遜をよくするが、少なくとも簪の目では一流と言っても良いレベルの腕前の持ち主だと思う。

そんな彼にとって自身が手掛けたISは彼にとって誇るべき作品と言えるもののはずだ。それを壊してしまっても良いなどと。

 

「確かに、何も思わないと言えば嘘になりますよ」

 

 簪の考えを察したのか、川崎は静かな口調で語り出す。

 

「自分が持つ技術を結集して作り上げた代物です。壊れて、何も思わないはずがない。ですが、それ以上に優先すべきことがあるというだけです。ISは確かに強力です。ですが、その機能が十全で無くなった時、乗り手に降り掛かる危険はあるいは戦車や戦闘機のような他の兵器を上回りかねない。だからこそ、最優先すべきは人命とその安全なのです。

勿論、世の中にはそうした部分を度外視して、ただひたすらに技術や性能の追及を求める技術者も居るでしょう。そうした人たちを否定する気はありませんし、一技術者として共感を覚える部分もあります。ただ、そういう人たちはいわゆるマッドというやつでして。私も、流石にそう呼ばれるのは勘弁願いたいですかね」

 

 最後の方だけ苦笑気味に言って、川崎は部屋を出ようとする。怪我人が寝ている部屋にいつまでも居るのもあまり良くないと思い、簪もそれに続いて部屋を出ようとする。

 

「では、私はこちらなので」

「あ、はい」

 

 部屋を出た時点で簪と川崎は向かう先が別々であるため、そのまま二人は別れようとする。だが歩き出す前に再び川崎が簪の方を向く。

 

「余計なお節介になるかもしれませんが、最後に一つだけ。更識さん、決してご無理はなさらないように。ご武運を」

「えっ……!」

「あぁ、特に教員の方々に言うつもりもありませんのでご安心を。それでは」

 

 そう言って悠々とした足取りで去っていく川崎を簪は呆然と見つめる。

 

「バレて、いたんだ……」

 

 そうして自分が一本取られたことを悟り僅かに頬を膨らませるも、すぐにいつも通りの表情に戻る。激励まで掛けられた以上は確実に任務を成功させなければならない。

僅かに拳を握ると、眼鏡の奥に怜悧な光を宿らせて簪は再び廊下を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「お、見ーつけた」

「凰……」

 

 鈴が箒を見つけたのは探し始めてから30分ほど経ってからだ。旅館の中をくまなく、教師陣にばれないように配慮したうえで探してはみたものの見つからなかったため、今度は外に捜索の足を向けたのだが、そうしたら予想外に早く見つけることができた。

旅館の入り口を出てほんの数分歩いた、樹木が何本か生えているだけの広場に箒の姿はあった。

 

「随分と浮かない顔してるじゃない。出撃前のシャンとした顔はどうしたのよ」

「すまないな。今は、そんな気分にはなれなさそうだ」

 

 憂いを帯びた箒の表情を茶化すように鈴は言葉を掛けるも、箒は力の無い笑いを浮かべるだけでそれ以上を言おうとしない。それを見て鈴は瞬時に箒の心理状態が中々に良くないモノであることを悟る。

 

「ま、気持ちは分からないでもないけどさ。ただ、これはみんなの共通意見だけど、別にあんたを責めるつもりは毛頭無いわよ。元々無理はあったようなもんだし、言っちゃなんだけどあんたのキャリアを鑑みてもしょうがないとは言える」

「ありがとう……。あぁ、そうだな。本当にそうだよ。私は、本当に弱い……」

 

 励まそうとしてみるもすっかり思考がネガティブな方向に行っている状況に鈴はどうしたものかと内心で頭を抱える。数秒、互いに言葉を発さない沈黙が続いて、先に口を開いたのは意外にも箒の方だった。

 

「なぁ凰。前にお前は、すぐに気付いただろう? 私が一夏に惚れていると」

「え? あぁ、そういえばそうだったわね」

 

 確か編入してすぐの頃だったかと鈴は記憶を掘り返す。

 

「姉さんが誕生日にという理由でISを用意してくれた。拒否はできたんだよ。でもしなかった。むしろ渡りに船とも思ってしまった。結局、そこだったんだよ。ただ、一夏に私を見て欲しかった。

IS学園で再会したのは、だいたい六年ぶりくらいだったかな。随分と変わっていて、昔以上に武道にのめり込んでいた。だからそれでだったら見てくれるかと思ったけど、私は力が足りていなさすぎた。罰、なのかもしれないな。未熟は分かっている。だから素直に自分を鍛えれば良いのに、安易な道具に頼ってしまった」

「紅椿のことはこの際置いておくとしてよ。結構脈はあるんじゃないの? あんた、この前のトーナメントで一夏に一撃当てたじゃない。あれ、結構驚いてる子が多かったんだから。あたしだってそうだし」

「……」

 

 鈴としては自信を持たせるつもりで言った言葉だった。だがその予想に反して箒の表情には更に影が射す。

 

「トーナメント、そうだな。トーナメント、そこなんだよ」

「どういうこと?」

「分からなくなっているんだ、何もかも。一夏のこともそう。私自身のことすらもだ。トーナメントのあの日、直接戦ったからこそ感じた違和感のようなもの。それがどんどんどんどん広がって。おかしいな、あんなに何年も私の中にあったはずの一夏が好きだという心すらもあやふやになって。私自身どうしたらいいか分からなくて。

それでも、それでもだ。この紅椿でせめて一夏と肩を並べられれば何とかなるかもしれないって思って。でもできなくて。何のために私は姉さんからこれを受け取ったのかも、もうどうしたら良いか……。分からないんだ……」

 

 声を震わせながら箒は膝を抱え、組んだ腕の中に顔をうずめる。全身が小刻みに震えている。その姿を鈴は痛ましそうな表情で見つめる。何とかしたいとは思う。だが、どんな言葉を掛ければいいのかがすぐに思いつかない。それでも、何かを言わないことには始まらない。

 

「あんたは、抱え込み過ぎなのよ」

 

 最初の一言は率直に感じたことだ。

 

「あたしも、あんたの境遇は一応話としては知っている。気持ちは分かる、なんてのはとても言えないけど、それでもあんたもあんたでかなりしんどかったってことだけは理解できてるつもり。

それでIS学園に来て、一夏に会って、でもあいつが変わってて動揺して、お姉さんにISに福音にって一杯あって。あんたは誰が見ても分かる真面目なやつよ。あたしはあんたのそういう所、嫌いじゃないしむしろ好きな方よ。でも、それのせいであんたは自分の身に掛かってることを真正面に受け止めすぎて、今こうして悩んでる。だから、抱え込み過ぎる」

 

 もしかしたらとんでもない勘違いをしているのではないかと思いつつも、一度放たれた言葉は止まることなく口から紡がれていく。

 

「あたしはあんたとは違う人間だからこれが正しいなんてやり方を教えることはできない。けど、もしもあたしがあんたのように色々一杯あったら。あたしだったら、一度全部ぶん投げるわ」

「凰……?」

「なんかやっと本題入れたって感じだけどね。あたしがここに来たのはあんたの意思を確認したいから。あんた以外の専用機持ち、あたしも含めて全員福音を追撃することにしたわ」

「それは、先生たちの指示か?」

 

 その問いに鈴は首を横に振って自分たちが勝手に決めたことだと言う。

 

「そ、それはいくらなんでも!」

「セシリアも最初はそんな反応だったし、まぁあたしらみんな揃って馬鹿なことしてるなーって自覚はあるわよ。けど、先生の指示だからハイそうですかって指咥えて視てるって気にもなれないのよね。どうにも我慢ができなくってさ」

 

 そこで鈴は一度言葉を切ってズイと自分の顔を箒の顔に近づける。

 

「さっきの言葉であんたが抱えてる悩みとか色々分かったわ。その上でちょいと無理なお願いするようだけど、まずはそれ全部脇に置いといて無視して。それで答えて。あんたはどうしたい?」

「ど、どうしたいとは……」

「福音、倒したいかどうかよ。あんたがこのままで良いのかどうか、聞かせて」

「そ、それは……できることなら……」

「できるかどうかじゃない。したいかしたくないかよ」

 

 イエスかノーか、聞きたいのはそれだけだと言う。じっと自分を見つめてくる鈴の眼差しの真っ直ぐさに箒は何かを言いかけるように数度口元を震わせる。

 

「倒し、たい……」

 

 そしてようやく発せられた言葉は微かで、そして震えてもいた。だが、確かな箒自身の意思が込められていた。

 

「オッケー。それで良いのよ」

 

 満足げに鈴は鷹揚に頷く。

 

「まぁ何? 色々あって大変かもしれないわよ。ただ、これはあくまであたしのやり方だけど、別に一度に相手しなくっても良いんじゃないの? 一つずつ、ゆっくりやってきなさいよ。一夏がどうとか、あんたがどうとかは一先ず置いといて。あんたにとっても心残りだった福音、あんたは倒したいって思ったんでしょ? だったら、まずはそれをどうにかするのに力を入れれば良いと思うのよ」

 

 ポンと鈴は箒の肩を軽く叩く。

 

「大丈夫よ。あんたならちゃんと全部やっていける。いざとなったら周りに頼れば良い。少なくとも、あたしはあんたの力になってやりたいって思う。他の連中だってきっとそうだと思うわ。だから、もう自分をどうこう思うのはよしなさい」

「……」

 

 その言葉に箒は再び顔を伏せて体を震わせる。伏せた顔から何かが落ち、地面に落ちたそれはポツポツと濡れ跡の点を作っていく。それに鈴は気付かないわけではな無かったが、あえて何も見ていない振りをして、ただ黙って箒の肩を優しくさすり続けていた。

 

 

 

 

「……すまない、みっともない所を見せた」

「んー? 何のこと? あたしはな~んにも見ちゃいないけど?」

 

 ひとしきり落ち着いた箒がどこか恥じるような様子で言うが、鈴は素知らぬ態度を取り続ける。その姿に箒は何かを言いかけるが、結局言わずにそのまま呑みこむ。

 

「まぁとにかくよ。落ち着いたなら早いとこ戻りましょ。一応今夜の二時に出るって予定だから。それまでにあんたも休んどきなさい」

「あ、あぁ。その、凰。すまない、いや、ありがとう……」

「……別に良いわよ。ただ、あたしが人の落ち込んでるのを見るのがあんまり好きじゃないって話だし。それよりもしっかり気合い入れ直しときなさい。次は、勝つんでしょ?」

「あぁ、無論だ」

 

 いつも通りの落ち着いた口調に箒がだいぶ調子を戻したこと悟り、鈴は小さく頷くとそのままスタスタと旅館の方へ戻ろうとする。その後を追って歩き出そうとする箒だが、歩き出してすぐに不意に足を止めた鈴に、自身もまた足を止めて首を傾げる。

 

「凰?」

「あー、そのさっきの一夏云々の話だけどさ。いや、見てて思ったんだけどあんたちょっと押しが弱くない?」

「え?」

「いやだからさ。もうちょい肉食系で行けば、あいつだって男子なんだからイチコロだと思うんだけど」

「ま、待て凰。どういうことだ。まるで意味が分からないぞ」

「だーかーらー、つまりはよ!」

 

 業を煮やしたように鈴は振り返ると大股で箒に近づく。

 

「そのデカいの使って落とせって言ってんのよ!」

「ひゃう!?」

 

 箒に近づいた鈴は迷うことなく両手を伸ばすと、制服の上からはっきりと自己主張をしている箒の胸を鷲掴みにする。突然のことに困惑する箒を余所に、鈴は両手に伝わる感触にあからさまに眉を顰めていく。

 

「あー、あんたのことを嫌いじゃないのは本心だけど、やっぱこの胸だけはどうにもねー。同い年でなんでこんなにも差が出るのよチクショー」

 

 箒の胸から手を離した鈴は視線を落とし自分の体に目をやり、そして大きくため息を吐く。

 

「あ、あの、凰」

「ストップ。肩こりがーとか街で視線がーだとか大きいは大きいで大変だーだとか、そんなナメたこと言ったらはっ倒すわよ」

「うっ……」

 

 今まさに言おうとしていたことを先回りで封じられた箒は言葉に詰まる。それを見て鈴は更に大きくため息を吐く。

 

「まぁそれはあんたやあたし個人の問題ね。今は一夏の方よ。まぁ多分大丈夫だろうけど、念のため確認でもしてみましょうかね」

「確認?」

「そう。あいつがあんたの胸に反応するかどうかよ。もっと言えば好みかどうか」

「だ、だがあいつは同室の時には特にどうということは無かったのだが」

「そりゃアレよ。意識してそうしてたんでしょ。女の園に男一人、考えてみりゃ気苦労多そうだし。あいつ、そこらへんはだいぶガッチリしているからね」

 

 言いながら鈴は携帯電話を取り出しアドレス帳を開く。

 

「確認と言うが、誰に確認するつもりだ?」

「クラス対抗戦のちょっと後に話さなかったっけ? あいつのダチ、その一人よ」

 

 言って鈴が見せた携帯の画面には『御手洗 数馬』と記されていた。

 

 

 

『え? 一夏の好みの胸? あいつ胸の大きさは気にしないよ? というかアイツ、太もも派だし』

「なん……ですって……?」

 

 

 スピーカー機能で箒にも聞こえるようになっている電話口、そこから届いた数馬の言葉は二人の予想の斜め上を行くものだった。

 

『まぁ大きいに越したことはないだろうけど、そこまで気にするほどでもないと思うよ。あいつの好きなタイプの片割れはB72だし』

「あ、そ、そうなの」

 

 本来ならばキャラと言うべきところを敢えてタイプと表現するあたり彼の友人への配慮が出ているが、幸いにもそれは効果を発揮していたらしい。あるいは単に受けた衝撃に思考が麻痺しているだけなのかもしれないが。

 

『更に重ねて言うなら、あいつは割と年上が好みな方らしいね。でも千冬さんとは違う、こう、包容力とか穏やかさとか柔らかい感じ? が良いのかな? この前に会った時だけど、俺がやってたソシャゲ見てて「やっぱ25歳児最強に可愛いでファイナルアンサーだよな」とか言ってたし』

「ゴメン何言ってるか分からない」

『うん、それが良いと思うね』

 

 そのまま二言三言、言葉を交わして鈴は通話を切る。役目を終えた携帯を制服の懐にしまい、鈴は箒と顔を見合わせる。

 

「なんか、すんごく予想外だったんだけど」

「それはこっちの台詞だよ」

「この話、無かったことにしましょ」

「そうだな」

 

 互いに納得させるように頷くと、そのまま何事も無かったかのように歩き出していった。

 

 

 

 

「凰」

「ん? なに?」

 

 歩きながら箒が声を掛ける。

 

「その、だな……。いや、何でもない」

「何よ、もったいぶらずに言いなさいよ」

「いや、言うつもりだよ。だけど、皆が居る時に言う。正直、どこまでやれるかは分からないが、頑張るつもりだ」

「そう、じゃあ頑張りなさいな」

 

 そう言って、鈴は口元に微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 そして時間は過ぎていき、時刻は午前二時前となる。既にほぼ全ての生徒たちが寝静まっている中、一夏を除く六人の専用機持ち達の姿は旅館から離れた海岸近くにあった。

 

「全員、揃ったようだな。念のため確認しておくが、先生方に見つかるようなヘマはしていないだろうな?」

 

 無論そんなことはあるわけないのだが、一応として確認を取るラウラに全員が大丈夫だと言うように頷く。

 

「よろしい。では、作戦に移るとする。先刻、母国の衛星が太平洋上の福音の姿を確認した。それぞれのISに座標を送るから確認してほしい」

 

 言うと同時にラウラは五人のISに部隊の仲間から受け取った情報を転送する。情報を受け取った五人はそれぞれその内容を確認していく。

 

「ここから、おおよそ40分の飛行と言ったところか。そこで滞空中らしい。おそらくは昼間の戦闘のダメージなどを回復させているのだろう。つまり、今現在やつは消耗しているということだ。この機会、逃す手は無い」

 

 そしてラウラは全員の顔を見回す。

 

「改めて言っておくが、この行動は明らかな命令違反だ。よしんば福音の撃墜に成功したとして、我々は少なくとも教官のお叱りを避けることはできないだろう。そこで一つ、やっておいてもらわねばならないことがある」

 

 出撃直前になってのこの言葉に六人が一様に頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「各員、叱責を受けた時の言い訳を考えておくように」

 

 その言葉に六人は一度目を丸くし、そして揃って噴き出す。

 

「プッ、ククッ。言い訳って、ラウラったら」

「正直、言い訳程度で千冬さんがどうこうしてくれるなんて可能性は薄いけどねぇ」

 

 シャルロットはラウラの予想だにしなかった言葉が面白く、鈴は言い訳程度で千冬が許してくれるわけないと肩を竦める。

そんな二人の言葉はラウラ自身も尤もだと思っているらしく、同じように苦笑をする。

 

「では皆さん、そろそろ参りましょうか」

 

 セシリアの言葉に従って皆が海岸に向けて歩き出す。

 

「あ、あの。ちょっと良いか」

 

 歩き出してすぐに発せられた箒の言葉に全員が足を止めて箒を見る。

 

「どうした、篠ノ之」

 

 代表して尋ねるラウラに、箒は目を閉じながら二、三度自分を落ち着かせるように深呼吸をすると閉じていた目を開く。

 

「正直な所、まだ不安もある。確かに私の紅椿は性能は高いかもしれない。だが、私が弱い。今も、私がみんなの足手まといになってしまうのではないかと怖くもある」

「箒……」

 

 鈴が案ずるように箒に歩み寄ろうとするが、それを箒は手で制す。

 

「それでも、私は自分の意思でここに来ると決めた。そして行く以上は勝ちたい。だから――」

 

 そこで箒は深く腰を折って頭を下げる。

 

「こんなことを言うのはおこがましいと分かっている。だけど、一夏のために、旅館に居るみんなのために、ここに居るみんなのために、勝ちたいから、力を貸して欲しい。そして、こんな私でも、みんなの力にならせてくれ」

 

 その姿を皆が静かに見つめていた。箒は依然として頭を下げたままだ。頭を下げているために他の者達には見えていないが、目は固く閉じられ口元も真一文字に引き締められている。どのような言葉が返ってくるのか、あるいは思い上がるなと言われるかもしれない。覚悟はしているが、そのことが箒には怖かった。

 

「何を当たり前のことを言っているんだ」

 

 最初に口を開いたのはラウラだった。その声音は穏やかで、確かな優しさがあった。

 

「これは集団、チームでの戦いだ。皆で力を合わせるのは当然だ。無論、私たちはお前を助けるつもりだし、お前の力も頼りにさせてもらうつもりだよ。私たちは、仲間なのだから」

「そうそう。それに篠ノ之さん、自分ではそう言ってるけどさ。僕の見立てだったらセンスは中々のものだと思うんだよ。それに紅椿もある。実を言うとね、僕は出番取られるんじゃないかってちょっとヒヤヒヤしているんだよ?」

 

 ラウラに続けてシャルロットが言う。

 

「必要なのはあなた自身の意思です。あなたにそうしたいと強く思う心があるのであれば、それ以上を求めることはしませんわ」

「私の見立てでは戦力的には優位。だから、変に気負わないで思いきりやれば良いと思う」

 

 セシリアと簪も先の二人に続く。

 

「みんな……」

 

 四人の言葉に頭を上げた箒はどこか信じられないといった面持で見回す。

 

「言ったでしょ。あんたが必要とすればみんな手を貸してくれる。ラウラも言ったじゃない。あたしたちは、仲間よ」

「凰……」

 

 ゆっくりと箒に歩み寄った鈴はポンと箒の背を軽く叩く。

 

「さ、行きましょ。福音、ぶっ倒すわよ」

「……あぁ!」

 

 既に箒の瞳に不安も惑いも無かった。あるのはただ一つ、福音の打倒に燃える闘志のみ。それを見て皆が満足げに頷き、海岸へと歩いて行く。

 

 程なくして着いた海岸から見える景色は昼間とは大きく違っていた。都会から大きく離れているためか夜空には満天の星空が広がっており、海が波打つ音も相俟って趣のある空間を広々と作り出していた。

 

「ブルー・ティアーズ!」

「甲龍!」

「ラファール!」

「シュヴァルツェア・レーゲン!」

「打鉄弐式!」

「紅椿!」

 

 各々が己の愛機の名を呼び展開、その身に纏う。

 

「行くぞ、出撃!!」

 

 ラウラの号令の下、六機のISが一斉に夜空へ向けて飛び立つ。ここに福音追撃戦の幕が人知れず静かに開いた。

 

 

 

 

 




 少しばかりではありますが、箒にとっては優しい感じになったかと思います。
ここから彼女もきっちり活躍させられるようにしたいですね。同時にキャラとしての方向が変な向きに進みそうでもありますが。こう、目立たせようとキャラを濃くしてみようとしたら変な結果になった的な感じで。なるべくそうはならないようにしたいですが。

 他にもいくつか書きますと、ラウラとクラリッサの会話に出てきた上官さんは名前だけですが前にも出したことがあります。多分覚えている方などかなり少ないと思いますがね~。
 そして鈴と箒のやり取りの最後の方で出てきた数馬クン。彼には今回ネタ振り担当ということで出演して頂きました。というか、原作見てても何だかんだで姉とかそういうの抜きに一夏は年上の方が好みなんじゃないかと思ったり。

 ひとまず今回はここまでで、次の話もなるべく早くお送りできるように頑張りたいです、ハイ。
次は、精神と時の部屋もどきみたいな空間での一夏と謎の存在の会話的なアレですかねぇ。

 それでは、また次回に


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第三十四話 人の心と機械の心

 ヨッシャー、久しぶりに早めに更新できたぞー!
万歳! 万歳! おおぉぉぉお万歳!!!

 いや、いつもよりちょっと量少ないかなと思いつつも、本当に早めに仕上げられたのは実に嬉しいです。書きたかった部分っていうのとか、マイパソ購入で割と自由な時間で書けるようになったからかな?

 とりあえずは、どうぞです。


 箒たちが独断での出撃を行う時刻から遡ること少々、千冬は昼のミーティングでも使った指揮室で小さく唸りながら目頭を抑えた。

 

「織斑先生、少し休憩をされてはいかがですか?」

 

 同じく指揮室に詰めている同僚の言葉に千冬は平気だと首を振る。一夏の処置が終わってからこれまでというもの、千冬はほとんど休憩を取ることなくこの部屋に居た。見つめる先は一点、大型モニターに映された福音だ。

専用機持ちの生徒達にも、おおよそバレてはいるだろうと推測はしているが、指揮室の教員たちは衛星からの監視によって早期に福音の捕捉を行っていた。しかしそれだけだ。捕捉して以降は太平洋上空で滞空して休息状態にある福音をただ監視するだけで追撃などの具体的手段を取れずにいた。

 

「織斑先生の体力は重々承知していますけど、それでも根を詰め過ぎです。何かあったらすぐに呼びますから、部屋の外でコーヒーの一杯でも飲んで休んできてください」

 

 同僚の教員はやや強引に千冬にコーヒーの入ったカップを押し付けると、そのまま部屋の外へ追いやろうとする。周囲の他の教師たちも止めるどころかその教師を支持するような雰囲気であり、結果として千冬の方が折れる結果となった。

 

「ふぅ……」

 

 部屋の外に出た千冬は仕方なく渡されたコーヒーを一口飲む。同時に思わずため息を吐き出し、直後に全身に染みるように広がった重さに予想以上に疲れがたまっていることを悟った。

 

「先輩……」

「ん、真耶か」

 

 背後の襖が開くと同時に真耶が声を掛けてきた。自分も休憩を頂いたと言う真耶は千冬の横に立つと、同じく手に持ったコーヒーを啜る。

 

「先輩、織斑くんは……」

「案じることはない。幸い、後々に響くような大きな怪我も無い。今はただ、寝こけているだけだ。そのうち目を覚ます。お前が気にすることはない、真耶」

 

 普段は互いに先生と呼び合うが、元々二人は公私に渡り親交の深かったIS乗りとしての先輩後輩の立場にある。真耶が先ほど千冬を『先輩』と呼んだということは、どちらかといえば今の会話は私人として行う色が強いという彼女の意思表示だ。それを鋭敏に悟った千冬もまた『真耶』と名前で呼ぶ。

 

「そう、ですよね。織斑くんは強い子ですから」

 

 案じるなと、無事だと千冬は断言するように言ったが、その言葉の中にどこかそうあって欲しいという願いの色を真耶は感じ取っていた。

付き合いが長いからこそ、千冬が一夏に掛けている情を知っている真耶は小さく顔を伏せて痛ましそうに表情を歪める。

 

「それに、ここで私たちがどうこう言って、それであいつが目覚めるわけではない。私たちは、今できることを確実にしなければならない。これで私たちが変なヘマをして、それをあいつが聞きつけてみろ。盛大に笑われるぞ」

「それも、確かに織斑くんらしいですね」

 

 最後の方は軽口めいた調子の千冬の言葉に真耶は苦笑する。心身ともに疲弊しているだろう千冬を気遣って声を掛けたわけだが、いつの間にか逆に自分が緊張を解されていたというある種の本末転倒へのおかしさもあった。

 

「けれど、既に事態が起こってから大分経つのに政府側の動きが中々無いなんて……」

「現状の福音の居場所を考えれば一番近いのは日本だ。だから日本のIS部隊が鎮圧にあたるべきなのだろうが、なにせ相手は米国の新型機だ。向こうがうるさいのだろうよ」

「このままだと民間にも被害がでるかもしれないのに……。いえ、ただでさえ既に生徒に被害が及んでいるのに何で」

 

 腰を上げようとしない為政側への非難を含めた真耶に千冬は言ってやるなと肩を竦める。

 

向こう(政治)には向こうでそれなりの事情があるんだ。それは、時に私たちではどうにもできないレベルの事も含まれている。勿論、現場(コチラ)を考えてくれるならそれはありがたいが、そればかりを求めるわけにもいかんだろう」

「それは、確かにそうですけど……」

「それに、本音を言ってしまえば本国からの派遣、あるいは在日、どちらでも良い。米国、米軍が自分たちで解決するというのであれば私はそれでも一向に構わないと思っている」

「それは、どういうことですか?」

 

 解決することに異論は何もない。そこにどの国が関わるかも、現場からしてみれば取り立てて大きな問題にするようなことではない。だから千冬の言葉にも異を唱えるつもりはない。だが、千冬の口ぶりからはむしろ日本が関わらずに事が終わることを望んでいる節があるように思えた。何故そうなのか、それが真耶には疑問に感じたのだ。

 

「ISに関わる質、量の双方で米国は間違いなく世界全体で見ても上位にある。このあたりは流石と言うべきだし、おそらく然るべき準備を整えれば福音を抑えることもできるだろう。だがそれには相応に時間がかかる。そしてその間に福音が復活し、本土に、例えば東京のような首都圏で暴走活動をするような事態になったら、流石に日本政府とて何もせずにはいられない。そうなると、おそらくは鬼札(ジョーカー)を切ることも辞さないはずだ」

鬼札(ジョーカー)?」

「浅間美咲だよ。確かに米国のIS、IS乗り共に高い質を持つ者は多く居る。だが、それでもやつには及ばんだろうよ。例えばとして現状米国のトップガン、イーリス・コーリングとファング・クエイク。そして目下暴走中の福音と、それに捕らわれているナターシャ・ファイルス、その本来のタッグ。間違いなく世界でも有数の実力者だろうが、それでも二人掛かりで挑んだとして浅間ならば一蹴するだろうよ」

「浅間さんですか。確かに彼女なら」

 

 織斑千冬と浅間美咲、日本国におけるIS乗りの最古参であり今もなおその実力は他を、それこそ各国のトップエースすらも一蹴するほどに圧倒的なレベルで持っている。そしてなまじ実力がほぼ同格であるために千冬と美咲は、互いが互いに抱く感情の良し悪しは別として比較的近しい間柄であり、千冬と親しい真耶もまた美咲のことはそれなりに知っていた。

 

「ですが、浅間さんが出ることの何が問題なんですか? 私もあの人とは何度かお話をしたり、先輩に代わって訓練を見て貰ったりしましたけど、私は尊敬できる素晴らしい先達だと思います。むしろ、このような事態ならば適任のはずでは」

「そうだな。本当に、あいつが心底の善人なら良かったのだろうが、あるいはあの実力だからこそ、なのか。少なくとも私は、奴が出る戦場に安堵は感じないよ。むしろ、ある種の恐ろしさすらある」

 

 その言葉を聞いた瞬間、真耶は我が耳を疑った。今、目の前の人は何と言った? 恐ろしいと?

 

「確かに浅間の実力はもはや異論を挟む余地がない程に信用できる。私と違い、今も現役だ。あるいは、いや、確実に私が現役の頃よりも力を付けているだろう。だが、私の現役時代もそうだが奴はほとんど表立っての活躍をしようとはしなかった」

「それは、確かにそうでしたけど……」

 

 日本を代表するIS乗りは誰か、そう聞けば誰もが迷わず千冬の名を挙げるだろう。それほどまでに、IS黎明期における千冬の活躍はめざましかった。

そしてその千冬と互角の域にあった美咲、本来ならば彼女とて注目を浴びてもなんらおかしくない。だが、IS乗りとしての美咲の知名度は少なくとも業界に関わりの無い一般人にはほぼ確実にゼロ、業界内でも古株や一部の実力者などしか知らず、知っているにしてもそういう人物が居るという話を聞いた程度だろう。

 

「主な理由としては私がIS関係で目立つ事柄の殆どに日本の代表として選出されていたからと言えるだろうが、よくよく考えてみればそれすら浅間にとっては好都合だったのだろうよ。自分で言うのも可笑しい話とは分かっているが、仮に私を光とするならば奴は影。いや、それすら生温い、底なしの闇そのものだ」

「闇、ですか……?」

 

 とても穏やかではない千冬の表現に真耶が眉を顰める。

 

「単刀直入に言おう。奴が出てみろ。かなりの高確率で、福音もパイロットも無事では済まんぞ。パイロットは、最悪死亡も十分にありうる」

「なっ……!?」

 

 『死亡』、あまりに物騒すぎる単語に真耶が絶句する。

 

「そんな、なんで……」

「それが浅間美咲という人間だからだよ。お前が望むなら、奴という人間のことを話すが、どうする?」

「浅間さんの、ことですか」

「正直、聞いてあまり気分の良い話ではないぞ。私としてはむしろ聞かない方を進めるし、こう言っては悪いがとにかくさっきも言った理由で浅間が出るような事態は御免蒙りたいと私が考えているで納得してくれれば良いのだが」

 

 そこで千冬は真耶の顔を真正面から見据える。

 

「どうする、聞くか?」

「……お願いします。少なくとも、私は今でもあの人を尊敬しています。けど、あの人のことはほとんど知りません。だから――」

「分かった。ただし、これはとても公にできる話じゃないからな。聞いたら、自分の内に留めるだけにしておけ」

 

 少し移ろうと言って千冬は人気のない場所を選ぶように歩き出し、真耶もそれに追従する。そして少し歩いた廊下の一角で二人は立ち止まり、千冬は話を再開する。

 

「端的に言って浅間の、奴の本質は修羅のソレだ。己の目的のためなら、己の手で、誰かを傷つけ、時には――殺めることすら厭わない。確かに一見すれば奴はかなりまともではあるし、それもまた奴自身なのだろうが、その下にそうした気性があるのは事実だ」

「修羅……」

「私が表立って活躍し、メディアなどにも顔を出して、自分で言うのも本当に何だが脚光を浴びる陰で、奴は文字通りの裏仕事をしていた」

「裏仕事、ですか……」

 

 その言葉が意味するところを察せないほど真耶は蒙昧ではない。ごくりと唾を飲み込んだ喉を鳴らし、千冬の言葉の続きに耳を傾ける。

 

「当時、日本は色々な意味で目立っていた。まぁ、大半は束の馬鹿にあるわけだが。当の日本政府すら扱いに困り果てていたIS技術だ。黎明期、本当の意味で有益と言える情報の大半は束が独占的に握っていて、日本も他の各国同様に子細な情報など持たず、むしろ教えて貰えるなら教えて欲しい、そんな状態だった。

もちろん時の政府首脳陣もそうした旨を公式に述べていたわけだが、まぁ裏をかいてなんぼの政治だ。余所の国々のお偉方はそうは思わなかったのだろう。やり方の程度に差はあれど、何とかしてこの国から情報を引き抜こうとあれやこれやと手が迫っていたらしい。浅間は、そうした動きに対しての対応をしていた。そしてそれはとても守りと言えない、それでも防衛と言うのであれば触れれば問答無用に屠る超攻勢防御とでも言うべきか。本人は草むしりと言っていたが、国内でそうした国外の者の怪しい動きがあれば即座に飛び――後は想像がつくだろう」

「……」

 

 国家防衛のため美咲がしてきたこと。千冬の言葉からそれがどういうことなのかを察するのはあまりに容易だった。そして理解したからこそ、真耶は戦慄するように表情を強張らせる。

 

「確かにお前が見てきた奴の姿も、さっきも言ったが間違いなく奴の本当の姿なのだろう。事実、身内には寛容な部分もあったし、指導者としても申し分ない手腕を持っている。そうだな、事実は本当に単純。単に、敵対者には容赦をしない、それだけのことなのだろう」

「浅間さんは、それをずっと……?」

「さてな、どれくらいかは私も知らん。その手の稼業は、別にISに乗らずともできることだ。正直、私もあいつに関しては知らんことが多い。ただ、あくまで推測でしかないが、それでも私は確信を持って言える。いまどき大量破壊ができる兵器など珍しくも無い世だが、そうした物に寄らずに己の手で仕留めた数。間違いなく奴は今現在の世界でトップ、あるいはそれに近い位置にいるだろうさ。世間を賑わすような凶悪殺人犯すら、奴と比べたら可愛いものだ」

 

 吐き捨てるような物言いはそのまま千冬が美咲に抱いている感情を表しているようだった。正直なところ、真耶も心中は複雑なものだった。純粋に敬意を抱いていた先達の隠された一面、それも極めて剣呑なものであるということに、どう受け止めたら良いのか図りかねていた。

 

「けど、やはりそれは国家のためとか……」

「あぁ、それは間違いなく事実だろうな。ただ、さっきも言った通りあいつの気質は修羅だ。奴自身の、単純な好みというやつだってあるだろうよ。本人も仕事と好みが合っていただけだと私にはよく言っていたな」

「……」

 

 本人がそれを望んでやっていると言われてしまってはそれ以上真耶には何も言うことができなかった。

 

「まぁ、これもさっき言ったことだが奴も問答無用の非情というわけではない。私は正直関わること自体御免だが、関わるには関わるで今まで通りに接すれば何も問題はないさ」

「その、今まで通りっていうのが一番厄介なんですけどね。ちょっと、先輩を恨みたくなっちゃいましたよ」

「いや、それはすまなかった」

 

 冗談めかして言う真耶に千冬もまた苦笑で返す。

 

「いずれにせよ、この際どこの誰が出張るにしてもだ。落ち着いた結末に終わってくれればそれで良いさ」

 

 そう言って千冬はふぅと軽く息を吐くと背後の壁に背を持たれかけさせる。直後、千冬の懐あたりからそこに入れておいた端末の着信を知らせる小さな電子音が鳴った。

 

「どうした」

 

 通信先が指揮室の同僚であることから状況に何か変化が生じたこと察した千冬は単刀直入に説明を求める。そして相手の話を聞くこと数秒、千冬の表情に緊張が走った。

 

「なんだと!? どういうことだ!? ――分かった、私も山田先生とすぐに向かう。状況の監視と、コンタクトを続けてくれ」

 

 端末の通信を切った千冬は真耶に行くぞとだけ言って指揮室へ足早に戻ろうとする。その背を追いながら真耶は何事かと千冬に聞く。

 

「動ける専用機持ち六人、揃って福音に挑みに行ったらしい。初めは教員の一人が連中が居ないことに気づいて、それからすぐ後に監視中の福音が連中と交戦状態に入った。ご丁寧にこちらとの通信を遮断した上でな」

「そんな!?」

 

 信じられないと言いたげな真耶の表情に千冬も内心で心底同意していた。

 

「確かに、殊勝に押し黙ってるような連中じゃないと分かってはいたが、まさか本当に出るとはな。チッ、こんなことなら連中にも見張りを付けておけばよかったよ」

 

 歩きながら悪態を垂れる千冬だが、言葉の端々に出撃した六人を案じるような色があった。

 

 

 

 

「状況は!?」

 

 指揮室に戻った千冬は襖を開けて部屋に入るなり報告を求める。

 

「依然、専用機持ち六名と福音は交戦中です。ボーデヴィッヒさんが総指揮を、更識さんがそのサポートを行う形になっています。概ねは、昼のミーティングで話された内容と同じ形です」

「そうか」

 

 部屋を出るまでの定位置だった中央のモニター前に、再び腕を組みながら立った千冬は映像から状況の把握をする。

戦況は数の差もあることから専用機持ちチーム側の優位にあった。簪が解析したデータを基にラウラが指示を出し、機体の機動性が高い箒とセシリアが福音を引き付けて攪乱する。

そうして出来た隙に、鈴、シャルロット、簪、ラウラが一気に攻撃を叩き込むというスタンスだ。圧倒しているというわけでもないが、確実に福音の守りを削り一歩一歩と勝利へと歩を進めている。

 

(できれば、このまま何事もなく終われば良いのだが……)

 

 そう願う千冬だが、どうにも釈然としないものも感じていた。明確な根拠があるわけではない。ただ単純に、このままというわけにはいかないのではと勘が告げているような気がするのだ。

何をバカなことをと千冬は思考から振り払うように頭を振る。状況を見てもこちら側の有利に変わりはない。ならば何を心配する必要があるというのか。そう己に言い聞かせる。その直後だった。

 

「織斑先生! 織斑くんの容態に変化が!」

「なに?」

 

 別の教師の言葉に千冬は敢えて平静を保ちながら応じる。これを見て欲しいと自身が担当しているモニターを指す教師の言葉に、千冬はそのモニターを見るために近寄る。

 

「これは、どういう状態だ?」

 

 モニターには幾つもの波線のようなものが表示されている。そしてそのうちの何本かが波が高くなったり低くなったりと大きく動いているのが確認できる。

 

「安全面では心配するようなことはありません。ただ、彼の意識状態が妙な状況になっているんです。間違いなく、今の彼は昏睡状態にあるのですが、脳波から読み取れる彼の意識は覚醒状態にあるんです」

「つまり、寝ているはずなのに頭の方はしっかりと起きている、ということか?」

「おおまかに言えば。本来だったら普通に目覚めていてもおかしくないのにこれは……。どうします?」

「どう、とは」

「彼の生命の安全に問題がないのは事実ですが、この異質な状態を放置しておくのも私としては賛成できません。彼の意識は一種の興奮状態にあります。軽い鎮静剤などの投与などをすべきと思いますが」

 

 そこで千冬は顎に手を当ててしばし考え込む。そして数秒後、千冬は自分の意思を目の前の同僚に告げる。

 

「いや、ここで下手に外部から手を出すのも良くないかもしれん。命に別状が無いなら、今のところは大丈夫だろう。ひとまずは様子見だ。ただし、何かあったら報告をしてくれ」

「分かりました。ではそのように」

 

 頼むぞと言って千冬は再び元の立ち位置に戻る。何も思わないはずがない。だがそれを表に出すことは千冬にはできなかった。

何故ならば千冬はこの指揮室を取り纏める立場にある。そんな自分が、いかに身内のこととはいえども取り乱すわけにはいかないからだ。故にできることは一つだ。

 

(戻って来いよ、一夏)

 

 弟の気丈さが必ずや彼の回復を齎すと信じながら、自分の職務を果たすことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「う、あ……」

 

 最初に感じたのは「妙」としか言えない感覚だった。目が覚めたにしては体が軽いと言うべきか、どれだけ調子の良い目覚めでも避けられない起き抜けのあの体の微妙な重さというかダルさというか、そうしたものが一切感じられないこと。そしてもう一つ、瞼を開くというよりは何も見えなかった状態からぼやけた絵があって、それが段々と鮮明になっていくと言えば伝わるだろうか。このような視界の開け方も寝起きのソレとしてはおかしい。

 

「あん……?」

 

 とりあえずは起きようと上体だけを起こし、周りを見て首を傾げた。周囲の風景、簡潔に言うならば夕方の海岸というべきだろうか。というかそうとしか言えない。見渡しす限りに広がる砂浜と海、地平線と水平線が同時にあるという少なくとも日本ではほぼお目に掛かれないだろう光景だ。

 

「なんだこれ」

 

 覚えている限りでは福音にやられて海に落ちたあたりまでだ。こうしている以上、多分死んではいないのだろう。多分ちゃんと回収され、然るべき処置がされたに違いない。だが、この光景は何だ? 普通に考えれば旅館の中で目覚めるところだ。

 

「まさか、夢とかそういうのか?」

 

 その割には随分とはっきりしている。少なくとも意識の感覚は普通に起きている時と何ら変わらないし、体が何かに触れている感触もしっかりと感じ取れる。

感触と言えば、今自分が座っている地面も変だ。間違いなく砂浜なのだが、何と言うべきか固まっているのだ。ペタペタと触る感触は学園の教室や廊下の床みたいであり、砂は一粒たりとて動かない。

一夏も名前や主要キャラくらいは知っている往年の有名漫画じゃないが、時間を止めたら空間はこうなるのではないかと思わされる。

 

「まさか、なぁ?」

 

 何となく頭に浮かんだ予感に疑いを感じつつも、一夏は立ち上がって海の方へと歩いて行く。歩きながら足元の感触を確かめるが、砂浜を歩いているという気はまるでしない。普通に学校の廊下を歩いて行く感じだ。そこでようやく気付くが、服装も旅館の浴衣でもISスーツでもない、既に着なれた学園の制服だ。これもおかしい。

 

「さてと」

 

 波打ち際まで来て一夏はいよいよ予想を確信へと変えた。海も、まるで動いていない。一歩、海面に歩を進めてみれば足は水に沈まず、砂浜同様に廊下をあるくような感触で水の上に下りる。これではまるで普通の床にトリックアートもかくやと言わんばかりにリアルな海岸を描いた、あるいは映し出したようではないか。

 

「ったく、一体どうなっているんだよ。夢ならさっさと起きろよリアルの俺。次は――っ!」

 

 悪態を独りごちかけて一夏は振り向く。これが夢だとしたら在り得ない、何かが居る気配を感じ取ったからだ。いや、在り得ないと言うのは間違いだろう。何しろ今、その気配を感じ取った時点でそれは在り得ないことではなくなっているのだから。

 

「次は、福音に再び挑むと?」

「だ、誰だよ?」

 

 振り向いた先に居たのは一人の女だった。しかし分かるのはそれだけだ。鎧、というには生身の露出面積が多い気がするが、とにかく鎧と言える物を纏っており、顔もバイザーのような面で覆っているため、見えるのは口元くらい。とにかく素性というものが欠片も探れない女だ。

 

「福音、今度はみんなで倒しに行くの?」

「んなっ!?」

 

 すぐ後ろから聞こえてきた、目の前の騎士らしき女の凛然としたものとは違う、無垢とも言える少女の声に一夏は驚きと共に反応する。

再び振り返ってみれば、そこには白いワンピースを纏い、同じく純白の大きな日除け帽子を被っている少女がすぐ側に居た。

 

(な、なんだこれは?)

 

 近づいてきたならその気配を感じるはずだ。だが先ほどの騎士女と言い、この少女と言い、まるでそこに突然現れたかのように気配が湧いたのだ。それこそ、師クラスの極限レベルの達人ならば己の気配くらい自在に操って同様のことはできるだろうが、この場の女二人には土台無理だろう。

 

「福音に、再び挑むつもりですか?」

 

 再度騎士が問いかけてくる。依然、分からないことばかりの現状に困惑はしているも、別に答えられない問いではない。それに、話せば何かしら分かるのではないかという期待も込めて、一夏は応じることにした。

 

「あぁ。さっきは不覚を打ったからな。やっぱ三人はきつい。今度は全員で出てボコだ」

 

 思い返せば束はよくもまぁ出任せを言ってくれたと思う。何が箒と自分の二人だけで大丈夫だ。もう一人加えた三人でもダメだったのに、二人でどうしろと言うのか。

腹いせに次にあったらスカート捲りか胸を揉むかのどっちかで仕返しをしてやろうと心に決める。とりあえずスカート捲りからのパンツコンボは、既にパンチラ写真で間に合っているので現状は胸が良いかなどと思いつつ、一夏は気になっていることを聞くことにする。

 

「まぁ何で福音のことを知っているかは置いとくとしてだ。お前ら誰だ。そしてここどこだ。ていうかこれ夢か? なら早く起こさせてくれ」

 

 向こうが聞いてきた以上はこちらにも聞く権利がある。単刀直入に問う一夏に、しかし騎士は黙したままだった。

 

「おい――」

「私もあの人も、あなたを知っている」

 

 黙したままの騎士を問い詰めようと声を出しかけた一夏に、背後の少女が代弁するかのように話し出す。

 

「俺を知っている?」

 

 だが自分はこの二人に見覚えが無い。騎士の方は顔が隠れているから仕方ないとして、少女の方の顔を見ようとして一夏は再度首を傾げた。

見えている、間違いなく少女の顔は見えているのだ。遮るものは何もない、確かに視界に映っているはずだ。だが、認識できない。間違いなく見えているはずなのだが、輪郭もパーツの位置も、とにかくどんな顔立ちなのかがさっぱり分からない。

再び困惑に首を傾げる一夏に構わず、少女は語り続ける。

 

「私もあの人も、あなたをずっと傍で見てきた。あなたが戦うところ、全部。ずっと傍で一緒に居た」

「何を言って……」

 

 目の前の少女にしろ、後方の騎士にしろ、こんな奇怪な人物を二人も周囲に侍らせた記憶は無い。自分の戦い、IS学園に入ってからはやたらと増えたが、確かに周囲は女生徒だらけだがこんな色物は見たことが無い。

第一、戦いの最中でもずっと自分の傍にいたなど――

 

(いや、待てよ? まさか……)

 

 ふと、副担任が前に授業で言っていた言葉を思い出す。いわく、ISには心があると。

 

「まさかお前、白式なのか……?」

 

 おそるおそると、常ならばまずしないような慎重さで一夏は少女に問う。そして少女は――小さく頷いた。

 

「馬鹿な、いやいや嘘だろ。機械に心だと? そんなオカルトありえん!」

 

 否定と言うよりは自分に言い聞かせるように一夏はありえないと繰り返す。その姿を少女はじっと見つめている。その表情は誰にも窺い知れない。だが、仮にこの光景を第三者が見ていたとすれば、少女の姿はどこか悲しげなものに見えたと言うだろう。

 

「ですが、私も彼女もここに、自身の心を持ってあります。そして、あなたと話している」

「それは……」

 

 騎士の言葉に一夏は確かにそうだがと呟くが、依然として表情に納得した様子は無い。

 

「だったら、ここは何なんだよ。あれか? ロボットものによくあるなんか心だけで会話してるとかそういう空間かよ。オカルトなフレームが共振してたりオカルトな粒子がばら撒かれたりしているのか?」

「言葉の意味は分かりかねますが、ここがあなたと私たちが意思疎通を行うための空間、という認識に間違いはありません。そして、私たちがあなたを知る、そのことに疑問を持つのでしたら、その証拠をお見せしましょう」

 

 直後、映し出される光景が一気に切り替わった。四方に異なる映像が次々と映し出されていく。床、壁、天井を全てモニターで作った部屋の中に居るイメージというのが分かりやすい表現だろうか。

そして映し出されていく映像には全て白式を纏う一夏、あるいはその一夏の視点で見たとおぼしき光景が映し出されている。試合らしきものからただの練習風景まで、どれも見覚えのあるものばかりだった。

 

「馬鹿な……こんなことが……」

 

 ここまでされては信じるしかない。そのことを突きつけられて一夏は呆然とする。そして目を閉じると、ゆっくりとした深呼吸を数度する。その後に再び目が開かれる。その瞳から動揺は既に消え失せ、いつも通りの平静を湛えていた。

 

「オーケー、落ち着いた。ここまでされたらもう仕方ないな。良いぜ、ひとまずはそういうことにしておくとしよう」

 

 状況を肯定するという旨の一夏の言葉に騎士も少女もどこか満足そうに頷く。

 

「でだ。さっさと本題に入るつもりだったけど、少し予定変更だ。なんで俺はこんな所に居る。いや、お前らの言葉から察するに、今ここにあるのは俺の意識だけなんだろ。だったら、なんで俺の意識がここに飛ばされた」

「私たちは確かに心を持ちます。ですが、私たちの持つ世界はとても狭い。私たちは私たちの世界の中にしか居られず、できるのは同胞の世界と意思を通じあうことだけ」

 

 抽象的な表現に首を傾げる一夏に、騎士は捕捉をするように説明を続ける。

 

「私たちの世界はあなた方がコアと呼ぶもの、そして同じくコアネットワークと呼ばれるものによって、私たちは同胞と繋がる」

「あぁ、そゆこと……」

 

 つまりここは、本当に信じ難くはあるが、白式の中ということだろう。そこに何の因果か一夏は意識を飛ばされているというわけだ。

 

「いやタンマ。じゃあなんでお前らは二人で居るんだよ。さっきの話ぶりだと、コア一つに一人になるだろ。それともお前らはあれか? 二人で一つのISとかふたりはISとかそんなニチアサのノリなのか?」

「……」

 

 今度の問いには騎士も少女も答えない。そのことに釈然としないものは感じるものの、そこまで重要なことではないとも思ったためにそれ以上を追及しようとはしなかった。

 

「じゃあ質問を変えよう。俺がここにいる。このことは、他の奴にもありうることなのか?」

 

 コアの持つ意識と乗り手の意識がコンタクトを取る。少なくとも一夏の記憶にある限りではそのような話は聞いたことがない。

仮にあったとしたら、確実に何らかの事例として教科書などに載っていてもおかしくないはずだ。今もなお、世界中の科学者技術者がISの解明に挑んでいるのだ。そんな中にあってコアの意識との接触など、その解明を進める足掛かりになるだとかで誰もが飛びついておかしくない。

だがそのような話を聞いたことがないということは、他の例がない、あるいはあっても世間に認知されないほどに些細なレベルでしか起きていないということになるのではないか。だとすれば、自分は男ながらのIS起動以外にもレアケースの一つになったということになるのではないか。

 

「数は少ないですが、あります。ですが、それは人々に認知されなかった。接触の、その多くは微かなものであり、誰もが己の夢物語としかしなかった」

「……」

 

 騎士の言葉を一夏は黙って聞き、続きを待つ。

 

「今のあなたと同じ、明確にして確固たる(エニシ)を持てたのは二人のみ。しかし、そのどちらも形は歪。一人である我らの母は、ただその言葉を伝えるだけ」

「母って……」

 

 ISが母と呼ぶ。IS製造に携わる技術者はあちこちに多くいるが、このコアを、仮に目の前の存在がISの根幹であるその人格としたら、それを生み出せるのはただ一人しかいない。即ち篠ノ之束だ。

一夏の推測を肯定するように騎士は頷き、言葉を続ける。

 

「そしてもう一人。ですが、私はその存在を語りたくない」

「は?」

「私は、あの存在が恐ろしい。私だけではない。我が同胞は皆須らくあの存在を恐れるでしょう。私たちにとってあの存在は闇の塊としか見えなかった。そして、それに触れてしまった同胞は魅入られ、呑まれた」

 

 語る口調こそ変わらず静かなものだったが、一夏はそこにこれまでの会話で初めて騎士の感情を見たような気がした。それは言葉通りの恐怖だ。見れば一夏の傍らに立つ少女も同じように、騎士が語る存在を思い出してか恐怖しているような様子が伺える。

 

「その闇とやらのことは――あぁ良い。話したくないってツラだな。なら良いよ。なら本題入るだけだ。早いところ、俺を――起こしてくれで良いのかな? とにかく体のほうが大丈夫ならだけど、動かさせてくれよ。俺は、やらなきゃならないことがあるんだ。お前が白式だっていうなら分かるだろ? 俺は、福音を倒さなきゃならない」

「……」

 

 頼みかける一夏に騎士は何も答えない。一番肝心なことなのにまるで無反応な騎士に一夏は眉を潜める。そして文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた瞬間、周囲の景色が再び変わり、今度は四方が同じ映像によって統一された。

 

「なっ!?」

 

 周囲に広がる映像を見た瞬間、一夏は絶句した。そこに映し出されていたのは夜空の中を自在に舞う福音と、それを囲むようにして攻撃を加える見知ったISの集団、IS学園一年の専用機とその乗り手達が移っていたのだ。

 

「おい! これはどういうことだ! 答えろ!」

 

 半ば怒声じみた声で騎士に問うも、騎士は何も答えない。チィと苛立たしげに舌打ちをして一夏は再び周囲の映像に目をやる。

 

「これは、まさかリアルタイムなのか? なんであいつらが……いやでも、やりそうだし、俺も気持ちスゲー分かるし……えぇい!!」

 

 痺れを切らしたように一夏は大股で歩きだす。そこでようやく騎士が一夏に声をかける。

 

「何をするつもりですか」

「分かり切ったことを聞くな! 俺も出るんだよ! あいつらが何で福音と戦ってるのか、何となく想像できる部分もあるけど、このまま指咥えてみてるなんて俺にはできん!」

「それが、あなたの意志ですか」

「あぁそうだ」

 

 歩き、騎士に近づいた一夏はその肩を掴むと退けと言って押しのける。特に抵抗をしなかった騎士の体はあっさりとどかされ、一夏はそのまま進もうとする。

だが、騎士を押しのけて歩き、程なくして背後から掛けられた声に一夏はその足を止めざるを得なかった。

 

「ならば私はこのまま貴方を目覚めさせるわけにはいきません」

「なに?」

 

 歩を止め、一夏は騎士の方へと向き直る。

 

「どういう意味だ」

「言葉通りの意味です。あなたを、このまま目覚めさせるわけにはいかない。そして戦場へと向かわせるわけにはいかない」

「はっ、何を根拠に、何の権利があって」

「あなたは同じだ」

「同じ?」

「かつて同胞を呑みこんだ闇と。いいえ、まだ違う。けれど私は感じる。あなたは今、それに近くある。それを、見過ごせない。他の同胞たちのためにも、それが私だから」

 

 それではまるで自分が件の危険人物と同類だと言われているようだと感じ、一夏は不機嫌そうに眉の皺を深める。

 

「ですが、それ以上にこれはあなたのためでもある」

「俺のため?」

 

 予想外の言葉に眉根に寄せた皺はそのままながら、一夏はどういうことかを問う。

 

「このままあなたを戦いの場へは赴かせられない。共に在ったからこそ分かるのです。今のままの貴方を、このまま進めてはいけないと」

「何を根拠に……と言っても多分答えちゃくれないよな」

 

 肯定するように騎士は沈黙で返す。

 

「気遣いは痛み入るけどね、けど俺はこのままじっとしてるなんて無理なんだよ。俺をここに押しとどめたいって言うなら、腕づくでやってみろ」

「……やはり、そこへ達しますか」

 

 半ば分かっていたと言うような声だった。

 

「言葉で通じぬならば、力で以て。私は貴方の敵ではない。そうは在りたくない。ですが、それが真実貴方のためとなるならば、私はそうしましょう」

 

 そう語る騎士の手にはいつの間にか一振りの長剣が握られていた。侍の刀とは違う、騎士のその姿に相応しい西洋の長剣だ。強いて変わった点を挙げるとすれば、少しばかり刀身の幅が広いことくらいか。剣は、まるで初めから騎士の手に握られていたかのように自然に存在していた。

 

「……」

 

 その光景を一夏は黙って見ていた。まるでフィルムに突然剣を持った騎士のコマが差し込まれたかのように、いつの間にかその手に剣を持っていた。

だが、ここは現実とは異なる一種の異空間。まさかこんな漫画やゲームのような展開に出くわすなど、ISを動かした以上に想像をしていなかったが、それでも今という瞬間は一夏にとっての現実としてある。

そしてここが、仮に心だの意識だの、そういう世界だと言うのならば、その在り様を決めるのは当事者の意思なのだろう。だとしたらやることは簡単だ。

 

 気づけば一夏の手にも鞘に収まった一振りの刀が握られていた。別に何てことはない。ただ、刀を持った自分をイメージしただけだ。それだけでコレなのだから、ますますもってオカルト染みているなと思わず苦笑する。

だが、すぐに眼光を鋭くし騎士を睨む。心は既に固まっている。ここ数か月で慣れた、戦う時の心だ。そういう意味ではIS学園での生活は本当に武の錬磨に役立っていると言える。

 静かに刀を鞘から抜き放ち、空いた鞘は静かに下へ置く。そして刀を構える。騎士もまた、静かに剣を構えた。

 

「気遣いは有難く思うよ。けど、口を出すな」

「不愉快は百も承知です。ですが、それが貴方のためとなるならば、私は敢えてこの道を選びましょう」

 

 それ以上言葉は不要。ここに、誰も知ることのない決闘が静かにその幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏……?」

 

 福音との交戦の最中、箒は不意にその名前を呟いていた。

状況は素人目に見ても専用機持ちチームの優位にあった。昼の戦闘での反省を活かし、箒はエネルギー消費の多い二刀での攻撃を控え、機動力を活かしての福音の攪乱を主に行った。

篠ノ之束謹製の新型の性能に恥じない機動性は、福音のソレと比較しても高いものであり、なまじ攻撃に割く思考のリソースを充てることで昼間以上の機動力を紅椿は発揮していた。

これが功をそしたお蔭で、福音の攻撃の厄介な一面であった面制圧性も攻撃が散ることで薄れ、結果としてアタッカーが落ち着いて攻撃を加えることができた。

 そしてたった今、不利を悟った福音はこの状況を脱しようと高速で戦域からの離脱を試み始めたのだ。

 

「箒! 追いかけるわよ!」

 

 手傷を負っていようとも福音の機動性が高いものであることに変わりはない。逃げに徹され見失ってはまた面倒なことになる。

すぐに後を追いかけようと先陣を切ったセシリアに続いて動き出した鈴が箒に呼びかける。それを受けて箒もまたすぐに動き出し、鈴と並走する形で福音を追い始めた。

 

「どうしたのよ、箒。なんか気になることでもあった?」

「いや、その……」

「戦闘のことなら平気よ。むしろあんたは十分に貢献してるわ。あんたがビュンビュン飛び回ってるおかげで、福音もだいぶ攪乱できたもの」

「あ、ありがとう。いや、そういうことじゃないんだ。凰、お前は感じなかったのか?」

「何をよ」

 

 となればこれは自分だけなのか。あるいは気のせいなのではないか。そう思いながらも箒は率直に言う。

 

「私自身、なんと言えば良いのか分からない。ただ、何かを感じたとしか言いようがないのだが、それを感じた時になぜか一夏のことが、な」

「ふぅん、あたしはぁ……特に何も感じなかったわねぇ」

「そうか……気のせいだったのかな」

「それとも、もしかしたら一夏が寝ながらあんたのことを考えていたとか。箒、案外かなりで脈アリなんじゃないの?」

「か、からかわないでくれ!」

「いやぁ、あたしは結構真面目に言ってるんだけどなぁ」

 

 だが、しかし、とやや慌てる箒に鈴は面白そうにカラカラと笑う。そんな二人に簪から通信でもうちょっと気を引き締めた方が良いという旨の言葉が伝えられ、それを受けた二人は揃って顔を見合わせて苦笑をすると、共に福音の向かった方へ真剣な眼差しを向ける。

 

「凰」

「なに?」

「一夏、無事だと良いな」

「心配いらないわよ。年中健康優良児なのがあいつの取り柄の一つみたいなもんよ。学校の欠席なんて、基本サボりだけだし」

「それもそうか」

「そうよ」

 

 そう言葉を交わし、二人は視線を前方へまっすぐ向けたまま顔に笑みを浮かべる。

 

「凰、勝つぞ」

「当り前よ」

 

 そして二機のISは今度こそ敵を仕留めるために夜空を猛スピードで駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、こうなってしまった……」

 

 騎士の声には深い悔恨があった。突き出された手に握られた剣は、同様にまっすぐ前方に突き出されている。

騎士の顔は面に隠れて見えない。だが、露わになっているとしたら間違いなく痛ましげなものをしていることは間違いなかった。

騎士がそのような表情を浮かべる原因、それは騎士の視線の先にある。

 

「がっ……はっ……」

 

 そこには呆然とした表情を浮かべた一夏の姿があった。目は限界まで見開かれ、半開きになった口は周囲の筋肉をヒクヒクと痙攣させている。

馬鹿な、ありえない、こんなことあるはずがない。一夏の思考は否定の言葉で埋め尽くされていた。絶対にこうなることはないはずだった。その確信があった。だというのに、この現状はどういうことだ。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 今の状況から見れば彼にとって有り得ないことがもう一つ。何も感じないのだ。痛みも、異物感も、あって然るべきはずの感覚がない。

いや、感じるものはある。それは喪失感。本来ならば痛みがあるはずだろう場所、そこから流れ出るべき生命の雫すらも流れない代わりに、自身という意識が流れ出そうになる。

 

「あぁ……」

 

 必死に動こうとするもできない。それどころか、目覚めた時の流れを逆再生するかのように、徐々に視界が暗くなっていく。

既に全身から力は抜け落ち、両腕はダラリと垂れ下がっている。だが、彼の体が地に崩れ落ちることはなかった。その原因は、いま彼の身に起きている全ての原因でもある。

 

「ち……くし……」

 

 言い切れなかったその言葉を最後に、ついに頭もダラリと垂れる。そこに至るまでの全てを見た騎士は、ただただこうなってしまったことを嘆く。

騎士が向ける視線の先には一夏の胸がある。そこには騎士が突き出した剣が深々と突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いや本当にね、iPhone5s買ったりマイパソ買ったりで。他にも戦神館買ったりでもっと時間かかると思ったらそうでもなかった!
ところで、今iPhoneは価格競争凄いですね。自分は家族四人で一斉にソフトバンクに乗り換えで買ったのですが、買った店がPCメインのショップでして。その店で使えるPCの割引券三万円分を家族四人分貰えました。iPhoneの方もかなり割引効いてますし。
まぁその割引券のおかげで、マイパソを買ってもらえたと。富士通の割と新しいやつです。今回の話もそのPCから更新してます。

 さて、本題。
今回は千冬と一夏メインでしたね。
千冬が真耶ちゃんに美咲さんヤベーよマジパネェ的なことを話し、一夏は一夏でなんか夢空間で中二病的シーンなタイム。いやね、かなり前々から想定していた場面なのですが、この時期に書いているとどうにも、「アレ? なんかこれ戦神館っぽくね?」と思ったり。いや、意識したつもりはないのですが、まぁ時期が被っちゃったということで。
 さて、三巻といえば福音戦が目玉の一つではありますが、ぶっちゃけ結構端折ります。もう二次移行まではダイジェストです。そっからみんなピンチが本番ですよ。
箒ちゃんには中の人ネタじゃあないけど、某ZESSYOU的な感じでテンションアップと言いますか、盛り上がってウオー!な感じで頑張って頂きましょう。
 なお、最後の方で見事にぶっ刺されてる一夏ですが、何も心配はいりません。
どうせ復活します。主役なんですから。えぇ、誰だって思うでしょう。「どうせすぐに復活するんだろコイツって感じで」。えぇそうですその通りです。ですからふーんとスナックでも齧りながら見ちゃってください。
 あぁちなみに、一夏パートで騎士がビビってた闇云々は、まぁ話の流れでお分かりになると思います。そういう風に意識して書いたつもりですが、伝わると良いなぁ。
ちなみに騎士と少女はアニメにもちょびっと出てきたアイツラです。

 とりあえず今回はこのくらいで。
割と本心ぶっちゃけますとね、感想とか一杯来たら、それはとっても嬉しいことかなって。
などと、テメーそんなウスノロ更新がどの口でと言われるようなことを思ってますが、ご意見ご感想はどんどんどうぞ。

 それでは。


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第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕

 いやぁ、マイパソで、自室で、時間を気にせず、書いていたらこんなに早く仕上がりました。
一週間足らずですよ。もう自分自身驚きです。

 さて今回も一夏パート。多分一夏パート終わるの次回あたりじゃないですかねぇ。
今回は書きたかったところでもあるしノリに任せていたのもあるとはいえ、ついにやったよ感もあります。
そこに関しては、広いお心でご容赦頂ければと思います。
 では


 実のところ、切りかかってすぐに一夏は少し逸り過ぎたかと思いもしたのだ。

勢いに任せて勝負に挑んだは良いものの、相手の騎士は、騎士と言えば騎士なのだがその見た目はよくよくしっかり見てみれば完全にISのソレだ。

ISに生身で挑むことなどまさしく愚の骨頂、よしんば卓越した力量で善戦したとしても、できるとしたら精々死なないようにしつつの時間稼ぎくらいだろう。無論、周辺環境などの条件も整えた上でだ。

だからこそ切りかかりながら一抹の不安も感じてはいたのだが、それは刃を交し合ってすぐに杞憂と消えた。

 

「なんだ、そんな見てくれだから空でも飛ぶかと思ったが、存外普通じゃないか」

 

 そう。騎士の動きは至って普通の人間そのものだ。ゴテゴテと色々くっつけながら軽快に動くことは素直に賛辞を送れることだが、それ以外は特別な点など何一つない。

 

「この世界に映る全てはあくまで仮初めです。ただ、我々が姿を形作るのに、最もその者を表現する姿で顕現させるだけ。私の姿もそう。そしてそれ以外は、只人と何も変わりはしません」

「それは重畳」

 

 つまり相手は自分を表現するためにコスプレをしているようなものということだ。別に姿形など些末な問題。それ以外も普通だと言うなら、やりようなど幾らでもある。

 

「せいっ!」

 

 やることは変わらない。どうせ生身では無いのだ。多少の無理も問題はないだろう。それで以って適度に痛めつけて、従わせれば良いだけの話だ。それくらい(・・・・・)ならば容赦の必要もない。

 

 まず第一に目的とするのは相手の無力化だ。これが剣による果し合いである以上はその剣を奪ってしまえば良い。

無論、相手は徒手空拳になろうがそれなりに戦えるだろうが、武器の有無は中々に重要だ。そして、数合刃を交えてそれは十分に可能だと判断した。

 

「だが、解せないなぁ……」

「何を、でしょうか」

 

 伊達に経験を積んできたわけではない。ごく短時間の切り合いで、一夏は騎士の実力をある程度把握していた。

そのついでに分かったことだが、騎士の体格から察するに肉体は自分と同年代の少女のソレだ。そこに内包する騎士の人格の精神年齢が幾つくらいかまでは知らないが、とにかく体つきはそのくらい。

そして技の腕前もまた、その体格に見合った程度だ。だが、仮に騎士が自分の姿を形作るのにモデルとした人間がいるとしたら、それはかなりの人物だろう。騎士の実力は一夏の見立てでほぼ互角。それがどういう意味かを、一夏は重々に承知している。

 

 そして解せないと言った理由、それは騎士の太刀筋にある。

 

「不思議なんだよ。俺はお前とこうして会って、剣を交えるのは初めてなんだ。だけど、不思議とそんな感じがしない。既視感っていうのかな? それともまた違うようだけど、何となく覚えがあるような気がする」

「……」

 

 もしかしたら何か言ってくれるかもしれないと期待してみたものの、騎士は沈黙を保ったままだ。

それを受けて一夏は小さく鼻で笑うと、別に重要なことじゃないかと自分で自分を納得させる。

 

「もしかしたら、さっきお前が言った通りに俺の傍に居た、だから自然と太刀筋が似た。それだけなのかもしれないな」

「……今一度言います。どうか刃を収めて下さい。私は、貴方とは戦いたくない。私は貴方のためにありたいと思う。そして、どうかここで今しばし安らいでいてもらう。それが何よりも貴方のためなのです」

「くどいぞ!」

 

 懇願するような騎士の言葉に一夏は一喝する。

 

「確かに、お前が本当に白式だと言うならきっとお前は相方の俺をためになりたいと思っているんだろう。あぁ、それはありがたく思うさ。嬉しいよ。だがな、どうするか決めるのは俺だ! お前が、俺にどうこう言う謂れは無い!」

 

 実際問題、自分を慮ってくれることは有難いと思っているのだ。だが、他のことならいざ知らず、自分が赴く戦いのことにまでとやかく言われる筋合いは無いというのが一夏の意見だ。

 

「これは俺の戦いだ。どうするかは、出るか引くかも俺が決める。俺は武人だ。だからこそ、自分の武をどう扱うかは、俺が決める」

「武人、ですか……」

「あぁ、そうだ。言っておくがな、俺の武に懸けるこの心、お前ごときが量れると思うなよ」

 

 そうだ。自分の人生とも言っていい存在なのだ、武は。そこにどれだけの想いをこめてきたか、たかだか数か月の付き合いの存在にどうこう言われたくはない。

ましてや、三年前の事件の時からより確固たるものとしたこの気持ちは――

 

「ですが、それは貴方の真実なのですか」

「な……に……?」

 

 騎士の口から紡がれた言葉は一瞬、一夏の思考を停止させる。そして、騎士が言った言葉の意味を理解した瞬間、一夏の脳裏は憤怒によって染め上げられた。

 

「ふざけるなぁ!!!」

 

 今までとは違う、純粋な怒声と共に一夏は騎士へと切り掛かる。

 

「ふざけるな! お前は! 俺の! 俺の武人としての! 心が! 偽物だとでも言うつもりかぁ!!」

 

 振るわれる太刀筋は更に苛烈なものになっていた。速さと鋭さと重さ、そして怒りながらも冴えを曇らせない技巧は、既に生半可な腕の持ち主ならとうに幾度も切り刻んでいる斬撃を繰り出している。

だが、その全てを騎士は静かに受け流す。そうして切り結ぶ回数が数十に達しようという時、依然怒りを覚えながらもふと一夏は脳裏の片隅に疑念を生じさせた。

 

(なんで、こいつはやられない)

 

 自分の見立てにはそれなり以上に自信がある。確かに騎士と一夏の実力はほぼ互角、だが少しばかり一夏が総合的に上回っているという塩梅だ。

そして今まで以上に勢いを増した攻め、本来であればとっくに勝負がついていてもおかしくはない。だと言うのに、騎士は倒れるどころか押される気配すら一向に見せない。むしろそれどころか――

 

(なんだ、これは……!)

 

 ある種の戦慄に近いものが一夏の中で膨らみつつあった。騎士は倒れないばかりか、逆に自分の方が気圧されているような、そんな錯覚を抱いた。

間違いなく、今も攻め立てているのは自分の方だ。だが、突破口というものが徐々にその数を、大きさを、減らしていっている。そんな感覚を抱いた。

 

「はぁっ!!」

 

 一際力を込めた一撃で騎士を弾き飛ばす。だが、これではまるで自分の方が耐え兼ねて無理やり騎士と距離を話したかのようでは無いか。それを自覚した瞬間、一夏の思考から怒りは吹き飛び、逆に先ほど以上の動揺が生まれる。

 

(有り得ない、有り得ないこんなこと! 間違いなく俺の方が強い! なのに何で!?)

 

 本物の一夏の肉体は未だ眠りに就いたままであり、ここにあるのはただの意識だけだというのに尋常でない疲労感じみたものが襲い掛かってくる。

吐き出す息の荒さは、まるで今の一夏の動揺をそのまま表したかのようである。

 

「分かりませんか」

 

 騎士の声は咎めるでも叱責するでもない、ただ子供に語り掛けるかのように静かな声音だ。

 

「ここは、極めて簡略な言い方をすれば意識の、心の世界。確かに、私たちはただの機械、プログラムの産物です。ですが、生み出されてから今までの時の中で、私たちなりの心というものを創造できた。ここはそれと同じくして生まれた世界。即ち、この世界において万象全てを決するのは――」

「心、か……」

 

 引き継ぐように言葉を続けた一夏に、騎士は正解だと言うように頷く。

 

「なら何で勝てないんだよ!!」

 

 吠えた一夏の怒声には、怒り以上の困惑がある。

 

「俺が勝てないのは俺の心が足りていないとでも言うのか!? 馬鹿を言え! 俺がお前を倒すと決めた心は本物だ! 武人として、俺の武の心がそう決めた! 有り得ない! 心の鍛錬だって欠かさなかったんだ! 勝利への望みに綻びがあったとでも言うのかよ! ふざけんな!!」

 

 怒声は段々と悲鳴染みたものへと変わっていった。それはまるで、一夏自身認めたくない何かを彼が感じ取っているかのようでもあった。

その姿に騎士は僅かに俯く。できれば、こうなっては欲しくなかった。もしも、彼が素直にこの場に留まってくれていたらまだやりようはあった。だがこうなってしまっては、彼自身が悟り始めてしまった以上は手遅れだ。

もはや、騎士に取るべき手段は一つしか残されていなかった。

 

「貴方が語る武の心。私は知っています。貴方がどれだけ真摯にソレに打ち込んできたか。私はそれを素晴らしいと思う。けれども、だからこそ見過ごせなかった。もはやこれしか残されていない、私を恨んでくれて構いません。それでも、貴方のためには必要なのです。このことを言わねばならないのが」

「やめろ……」

「貴方の矜持である武への想い、心は――」

「やめるんだ……」

「今の貴方のソレは、破綻、そして矛盾から生まれた歪なものです」

「やめろおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 

 悲痛に彩られた絶叫が木霊する。だが、騎士の言葉はそれにかき消されることなく一夏の鼓膜を震わせ、その意味を彼に届かせる。

 

「あ……あぁ……」

 

 小さく口元を震わせ、一夏は呆然とする。揺れる足が崩れ落ちそうになるも、それを一夏は刀を地面に突き立てることで体を支えて防ぐ。だが、それでも体の震えは止まらない。

 

「そんな……そんなことが……ありえない……」

「貴方に責はありません。全ては、悲劇が齎した災厄です。そう、三年前の事件が」

「どうして、お前がそのことを……」

 

 白式との関係はたかだか三か月程度。騎士が語る三年前の事件、一夏の誘拐事件など知るはずもないのに。

 

「確かに、私と貴方の関係は短い。ですが、私は貴方の想いをずっと傍で感じてきた。その中で貴方の過去を知った。貴方の想いの真実を知ってしまった……」

「ハハッ、とんだプライバシーの侵害だよ……」

 

 皮肉そうに言うのは精一杯の強がりでしかない。それすらもできなくなったら、いよいよ以ってどうにもならないと一夏自身分かっていた。

 

「本来は、貴方自身分かっていることなのです。だから貴方は今そうなっている。

三年前の事件、貴方が救われたその瞬間に、貴方の心には同時に一つの破綻が生まれた。それは無力、無意味の理解。持てる全てで最善を尽くし、禁忌すらを犯してまで貴方は窮地を脱しようとした。けれど貴方をそう駆り立てた貴方の心は、他ならぬ同胞によって砕かれた」

 

 その言葉に思い出すのはISを纏った姉の手で救われたその瞬間だ。今まで詳細を、あの時どう自分が思ったのか、何を感じたのか、そうしたことを思いだそうとしてもできなかった。急にブレーキを掛けられたようにそれ以上思考が進まなかった。

だが今ならば鮮明に思い出せる。そうだ、あの瞬間、自分は思い知らされてしまったのだ。どれだけ武を鍛えてもどうしようもないことがあること。結局、圧倒的存在の前には無意味であること。どうしようも無い諦観の念を感じたのだ。姉の抱擁を受けながら、ISの力を目の当たりにしたことで。そしてその瞬間に彼はその心を――砕かれた。

 

「ですが、貴方という人間は強かった。心砕かれ、しかしそれを良くないと悟り、誰も、貴方自身ですら察せない程の無意識下でその心を守った。武への矜持、信念という殻を作り上げて覆い尽くし、外界から保護した。

それだけなら良かった。そのまま日々を暮らし、穏やかに武の錬磨をするだけなら良かった。ですが、貴方は我々と縁を持ってしまった。戦の舞台に身を投じ続ける定めに入ってしまった。お願いでう。どうかここで今一度留まってください。事実として、貴方の武の心は破綻から生まれてしまった以上、いずれ綻びそれが大きな傷となる。その果てにはあるのは、貴方自身の破綻と、破滅です! どうか……!」

 

 騎士の懇願を一夏は呆然と聞いてた。

そうだ。とうに分かり切ってたのだ。このどうしようもないという諦観は、ずっと前から一夏の中にあった。けど、認めるのが嫌だった。あれほど打ち込んできた武道を否定するような心を、認めたくなかった。

姉に誘われ入り、幼馴染と共にその最初の道を行き、師によって極みの域へと導かれてきた武を、無力と否定したくなかったのだ。

 

「けど……それでもさ……」

 

 ゆっくりと、腕に力を込めて刀を握る力を強める。そしてゆっくりと立ち上がる。

 

「それでも、俺は行く。確かに、俺のこの心は、想いは、破綻や矛盾が本質なのかもしれない。けど、それでも俺は行くよ。だって……それ以外どうしろって言うんだよ。歪だって間違ってたって、今までずっとそれでやってきたんだぞ。今更、宗旨替えなんてできないだろ……!」

 

 声も体も未だに震えが取り切れていない。それでも動こうとするのは、もはや武も何も関係ない、織斑一夏という個人の持つ意地がそうさせるのだ。

 

「……分かりました」

 

 了承する騎士の言葉は静かだが、同時に何かの決心を固めたような強さを持っていた。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」

 

 雄叫びと共に一夏は騎士へ向けて吶喊する。既にその動きからキレというものは失われていた。ただの意地、それだけで我武者羅に動いていた。

騎士を間合いに捉えた一夏は上段からの唐竹で騎士に切り掛かる。迫る刃に、騎士は握っていた剣を無造作とも呼べるような動きで一振りしただけだった。

 

「っっ!」

 

 だが、それが齎した結果は一夏の目を驚愕に見開かせる。一夏の振り下ろした刃は、騎士の振るった剣と触れ合った瞬間にまるで硝子細工のようにあっさり砕け散った。あれほどまでに打ち合ったにも関わらず、だ。

 

「その刀は、貴方の心を映す鏡のようなものです。これは、必然です」

 

 騎士の言葉に、それもそうかと一夏はどこか皮肉気な笑みを口元に浮かべる。そして、薙ぎ払いから返すように突き出された騎士の剣、その切っ先が深々と一夏の胸を貫いた。

 

 

 

「あっ……かっ……」

 

 胸を剣で刺し貫かれたというのに、不思議と痛みはなかった。血が流れる気配もない。刺される前と違うと言えば、否応なしに視界が暗くなりつつあることか。

 

「どうか今は眠って下さい。時が、いずれは貴方を癒す。それこそが、貴方にとっての最善です」

 

 穏やかな騎士の声が耳朶を打ち、意識の暗転を加速させていく。

これではまるで、何もかも騎士の都合の良いように進んでいるようだと薄れ行く意識の中で思った。

 

「ち……くし……」

 

 言い切ることのできなかった悪態はそんな騎士に、そしてただただ不甲斐なかった自分へ向けての精一杯に憎まれ口だった。

そしてそれ以上抗うことはできず、一夏の意識は深く深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい一夏! 聞こえるか! しっかりしろこの馬鹿者!!」

 

 眠る一夏に千冬が怒声を浴びせる。福音と専用機持ち達の戦いを見守る最中、それは不意に起きた。一夏の容態を見守っていた教師から告げられる容態急変の報せとその内容の深刻さに、千冬はその時ばかりは血相を変えて部屋を出て弟の下へと向かっていた。

 

「おい! クソ! 一体どうなっているんだ!!」

「駄目です! 脳波、脈拍、共に安定しません!」

「鎮静剤などは!?」

「既に投与しました! ですが――」

 

 突如として乱れだした一夏の脈拍と脳波、その乱れ方が尋常でないことは素人目にも明らかなほどだった。

眠りながらも大粒の汗を大量に額から流し、苦悶に呻く弟の姿に千冬は何もできない自分の無力さに奥歯をかみ砕かんばかりに歯を食い縛る。

投薬などの効果も無い。そうなるともはや成り行きに任せることしかできない。それを理解すると余計に無力感が強まる。

 

「一体何だというんだ……!」

 

 想定を超えた事態の連続に弱音こそ堪えるも、絞り出すような声で悪態を吐く。だがそれでも今目の前で起きていることだけは別だ。他の事はままだ良い。だが千冬とて人の子だ。身内にかける情は人並みに、あるいは生い立ち故にそれ以上にある。そんな彼女にとって弟の身に何かあるなど、到底受け入れがたいことだった。

 

「織斑先生、そのまま織斑君を見ていてください」

「だが、福音の方の状況も――」

 

 時として家族の存在が患者の快方に働くこともあると心得ている教師が千冬に声をかけるが、千冬はそれでも職責の放棄だけは認めようとはしないのか、苦悩しながらも戻ろうとする。それを教師は首を横に振って止める。

 

「指揮室の方から未だ大きな問題はないとのことです。それと、まだしばらくは織斑先生無しでも十分だと。ですから、彼の傍にいてあげてください。それが今の貴方の仕事です。彼の教師として、彼の家族として」

「……すまない」

 

 小さく告げられた謝意の言葉に教師は小さく頷くとそのまま部屋を出る。呻きながら眠る弟と二人の部屋で、千冬はただ一夏の手を握る力を強めた。

 

 

 

 

 

 

(俺は……)

 

 朦朧としているわけではない。だがどこかぼんやりとして定まらない思考で一夏は自分の状態を確認しようとする。

前も後ろも上も下も分からない。そもそも周囲三百六十度全てがまっ黒に染まっているのだから、状態もへったくれも分からないというのが現状だ。

底にいるのか、沈んでいる最中も分からない。感じるのは微妙な浮遊感、ちょうど中学時代に体育授業のプールで「土左衛門ごっこ」などと数馬や弾とふざけてプールに仰向けやうつ伏せになっていた時の感覚が近いか。筋肉質なせいで基本的に沈んでいたが。

 

「俺は……何やってんだろうなぁ……」

 

 本当にそれしか言うことができなかった。もう何が何だか自分でも分からなかった。自分では正しいと思って、それを芯にしてやってきたつもりが、その芯を木端微塵に壊されて。

おかげで何が良くて何が悪かったのかも分からない。何だかんだで何も間違ってはいなかったかもしれないし、逆に全部間違っていたかもしれない。

 

「結局、俺の人生なんだったって話だよ……」

 

 この時世にしては珍しいどころかドが付くほどのマイノリティな自覚はあるが、これでも武こそが人生そのものと言っても良い生き方をしてきたつもりはある。

だが、騎士の言葉は一夏の中にある武そのものを大いに揺らしてくれた。一時的に意識が途切れる直前の騎士の言葉を思い出す。何が時間が癒すだ。こんなの、とても時間でどうこうできるとは思わない。

 

「どうすりゃ良いんだよ。それとも、武から離れろって言うのかよ……」

 

 自分自身のことは未だどうすれば良いのか皆目見当が付かない。だが、一度落ち着くと存外頭は働くようになっていた。自分の方針は別として、あくまで別人を対象としたうえでの意見じみたものだったら多少は思い付きはできるようになった。

 

「武じゃなくて、どうしろってのさ……」

 

 確かに自分の武は何かしらを壊して何ぼだ。生産性には、結構じゃないレベルで欠けている。例えば誰かを助けたとして、それが暴漢を返り討ちにして守った結果であれば、自分にとっては助けたということなど暴漢という体の良い獲物を仕留めた結果たまたま生まれたおまけ程度でしかなくなる。

 

「でも、だったらIS学園居る意味無いだろ」

 

 IS学園で学ぶのはIS同士で相対した場合に、その相手を倒すための術と一夏は定義している。武から離れろとは、そもそも今の自分の立場の意味すら失うということだ。

 

「それとも、殊勝に人助けでもしろってか」

 

 あるいはそれこそ騎士が望んでいることかもしれない。例えば災害が起きたとして、ISならば孤立した地域に物資を運ぶだとか、あるいは危険な現場での対処や人命救助など、やろうとすればできるだろう。

案外当たっているかもしれないなと思う。短い間のやり取りだが、あの騎士はそういうのを美徳としていそうな性分だ。

 

(分からないでもないんだけどさ……)

 

 その美徳云々については一夏も理解は示せる。ただ、重要視するものの違いと言うべきだろうか。その思想に賛同はできるが、それでも一夏にとって最も重きを置きたいのは武なのだ。

 

「できないよ……今更……」

 

 身を震わせながら、膝を抱えて縮こまる。どうあっても武から離れるなどできない。それは三年前の事件の時に決定してしまったのだ。騎士が語る一夏の中の歪さ、破綻の原因、それは間違いなく一夏の中に一種の呪いを残していた。

 

「俺に……できるはずがない……」

 

 どうあっても五人の命を奪ったという事実は消えない。どれだけ気丈に振舞おうと、禁忌を犯した事実は当時の一夏の心には余りにも重すぎた。その後の心が受けた衝撃も含めて、たとえ歪だろうが破綻していようが、心に防壁を張ろうとした彼の本能的な反応を咎めることは誰にもできないだろう。

 

「どうすりゃ……良いんだ……!」

 

 できることなら大声で誰かに助けを求めたい。だができない。助けを呼んだところでこんな状況だ。誰かが応えてくれるわけではない。そもそも彼自身の意地がそれを良しとしない。

 

 

 一夏――

 

 

「え?」

 

 ふと聞き慣れた、しかしどこか懐かしい声が聞こえたような気がした。その声に反応して抱えた膝に埋めていた頭を上げた一夏の眼前には思わず目を疑う光景が広がっていた。

 

 

 ――また練習か。本当にすきだなぁ、お前は

 ――うん!

 

 

 気づけば目の前にはどこかの神社の境内らしき場所に移り変わっていた。いや、目の前というのは語弊がある。今一夏が膝を抱え込み座っている場所、そこも境内の一部に取り込まれていた。

そして一夏から少し離れた場所では二つの人影がある。姉弟なのだろう、一夏より少し年下ぐらいの少女とまだ幼子と言っても良い男の子だ。

 

「あれは……そもそもここは……」

 

 見覚えのある景色に一しきりあたりを見回し、そこで一夏は思い出す。篠ノ之神社、箒と束の生家にしてかつて一夏と千冬の二人が剣道を学んでいた場所だ。境内の一角に悠然とそびえ立つご神木は鮮明に覚えている。

ではあの小さな姉弟は――

 

 ――ケガはするなよ、一夏。

 ――大丈夫だよ、姉ちゃん。

 

 やはりそうだ。あれは間違いなくかつての、千冬と一夏だ。千冬の方は面影が大いにある。どうしてすぐに気づかなかったのか不思議なほどだ。

そのまま一夏は二人の姿を見続ける。すると、千冬の方が一夏に一言二言何かを言ってその場から立ち去る。その姿を目で追おうとするも、どういうわけか千冬の姿はいつの間にか掻き消えており、残された幼い一夏がその場で熱心に竹刀を振っていた。

 

「ハハッ、しょぼいなぁ……」

 

 竹刀を振る姿の、その未熟さに一夏は思わず苦笑を漏らす。別に一夏とて初めから上手かったわけではないし、そもそも今と比較すること自体が馬鹿げている。ただ、意外な形ではあるがこうして過去の自分の姿を見るということの可笑しさもあって、どうしても笑わずにはいられなかったのだ。

気づけば自然と足が動いていた。静かに幼い自分の下に歩み寄る。幼い一夏、もうこの際チビと言うことにしよう。チビは近づいてくる存在に気づかないのか一心不乱に竹刀を振っている。

 

「やぁ、こんにちは」

 

 近づきながら一夏は声を掛けようか否か、掛けるとしてどんなことを言おうか考えていた。だが、話すのに不便ない距離まで近づくと、自然に言葉は紡がれていた。

 

「へぅ!? こ、こんちわ」

 

 いきなり見ず知らずの男、それもデカい(身長170cm代後半)のに話しかけられて驚かない子供は居ないだろう。チビもその例の漏れず、驚くような反応をした後にそれでも挨拶は返してくれた。

 

「君は、ここの道場の生徒なのかい?」

「う、うん。おれと、ほうきと、姉ちゃんで一緒におっちゃん先生に教わってるの」

 

 知ってるけどなとは思っていても言わない。それにしてもおっちゃん先生とは、また随分と懐かしい言葉を聞いたものだと思う。それはかつて一夏が道場の師範であった篠ノ之姉妹の父を呼ぶ際に使っていた言葉だ。年を重ねるにつれて普通に先生と呼ぶようになったが、このぐらいのころはまだその呼び方をしていた。

 

「そっか。……剣道、好きかい?」

「うん!!」

 

 清々しいまでの即答だった。この晴れ晴れとした笑顔を見てみろ。本当に、好きで好きでしょうがないと言った顔だ。別に光っているわけではない。だが、その笑顔が一夏にはとても眩しく見え、思わず目を細める。

 

「そっか……。俺もね、剣道をやってるんだ」

「ほんと?」

「あぁ、そうだよ」

 

 一夏はその場で腰を下ろすとチビと目線を合わせる。

 

「けどね、何だか疲れちゃったよ」

「疲れたの? 休めば良いじゃん」

 

 いや、そうじゃないんだよと一夏は苦笑する。

 

「俺はね、実はとっても強いんだよ。強いとさ、色々できるかもしれないんだよ。もしかしたらヒーローになれるかもしれないし、逆にすごく強い悪者になれるかもしれない。本当に色々できるかもしれないんだ。

――けど、俺は分からなくなっちゃったよ。強くなりたいって思って本当に強くなって、でもそしたら、今度はいつの間にかそれでどうしたいかが分からなくて。考えても考えても、分からなくて。本当に、どうしたらいいのかな」

「ふーん」

 

 いざ、例え子供相手でも話して見れば意外に言葉は出てくるものだ。しかし相手は子供。話を聞いてくれこそするが、顔はどう見ても内容を分かってる顔ではなかった。

 

「だからさぁ、俺思っちゃったんだよ。俺、剣道やってても良いのかなーって」

 

 落ち着けば落ち着くほどに自分のメンタルの有り様が分かる。もうかつてないくらいに酷い状態だ。受けた衝撃が大きすぎて、知らずため込んで蓋をしてた疲れが一気に出てきたのだろうか。声にも力が乗らない。

 

「んーとさ、おれ、難しいことは分かんないよ」

「そうだよな。そう、ごめんな」

 

 変なことを話しちゃったなーと、一夏はチビに謝る。

 

「でもさ、兄ちゃんのことは分かんないけど、おれは、ずっと剣道やるんだ」

「そっか。そうだと良いな」

「うん。だって、おれ剣道好きだから」

「え……」

 

 その一言はあまりに何気ない一言だった。だが、その言葉は不思議と一夏の心に響いて聞こえた。

 

「兄ちゃんはさ、剣道好き?」

「え、俺? あ、あぁ。好きだよ」

「なら良いじゃん!」

 

 そう言ってチビはニパッと笑う。

 

「俺、おっきい人のこととか全然分かんないし姉ちゃんとかおっちゃん先生とか見てて、大人って大変だなーってのは分かるんだ。兄ちゃんもでっかいから大変なんでしょ? でもさ、剣道好きならそれでいいじゃん!」

 

 そう言い切るチビの顔にはこれ以上ないというくらいの自身があった。その姿に、一夏はいつの間にか自分自身の内を見ていた。

 

(そっか……、そういや、好きだからやってたんだよなぁ)

 

 やっていく中で色々なことがあって、時には騎士にやれ矛盾だ破綻だと言われた妙な論理武装をしたりもしたが、何だかんだで結局今まで武を学んできたのは『好きだから』、これに尽きるのだ。

それを自覚して、一夏は腹の内から笑いがこみ上げてくるような気がした。ただ、それもどちらかと言えば自嘲の苦笑に近いものだが。

 

「くっ、くくっ」

「兄ちゃん?」

 

 突然笑い出した相手にチビが首を傾げるが、一夏にとってはそれどころではなかった。

 

(なんだ、分かってみればこんなに単純なことだったじゃないか)

 

 好きだからやる、実に明快で良い。それを自覚してみれば、自分のそれまでの何ともまぁ滑稽なことか。

ふと師の姿を思い出す。武人として偉大すぎる実力、圧倒的存在感、師の全てに惚れ込み、いつかは自分もあのようにと思った。それは今も変わらない。ただきっと、そのためと言ってあれこれと考えすぎたのが原因なのだろう。早くあのようにならねばならない。早く一人前にならねばならない。

騎士が語った通りに、自分の心の傷を隠すためでもあったのだろう。張りぼてとも言える義務感を矜持と騙り、見たくない部分を直視しないためにそればかりを見てきた。そうしていつの間にか、そればかりが先行して、元々あった傷ついても色褪せてもいない原点すら見失ってた。本当に、滑稽な話だ。

思い返せば師にしたって、いつの間にかこうなってたと自分のことをいつだったか語っていた。きっと師も、気に入ってたから続けていただけなのだろう。それで良かったのだ。好きこそ物の上手なれ、あれこれと考えずとも好きでやっていれば自然と身についていくものなのだ。

つまりはそういうことだ。成るように成る。世の中は複雑だが、時にはとてもシンプルな時がある。きっと、これもその一つなのだろう。好きだから続け、学ぶ。もちろん考えなしにというわけにはいかないが、それさえ忘れなければ大丈夫だ。

 

(まったく、本当に馬鹿だな、俺は)

 

 確かに口では常々武が好きだどうの言っていたが、振り返ってみればいつの間にかそれは条件反射としてのものになっていて、心はどこかにそれを置き去りにしていた。

代わりにあったのは、早く強くならねばならない。早く成熟を、大成をしなければならない。焦燥とも違うが、そんな想いだけだ。少し、肩肘を張り過ぎていたらしい。

 

「兄ちゃん、なんで泣いてんの?」

「あれ?」

 

 指摘されて初めて気づいた。いつの間にか頬を水分が伝う感触がある。いつの間に自分は涙を流していたんだと思いつつ、それを恥とは感じない。むしろ、心がすっきりするようで爽快さすら感じる。

 

「坊や、ありがとうな」

「え?」

「坊やの言う通りだよ。好きだから、それで良いんだ。難しいことなんて考えなくて良い。ただ、それを忘れなければ良いだけ」

 

 ポンとチビの頭に手を載せると、優しく撫でる。

 

「本当にありがとう。少し、いやかなり気が楽になったよ。救われた、と言ってもいいかな。坊やのおかげだ」

「え、う、うん。どういたしまして」

 

 そして一夏は幼い自分の顔を改めて見る。純真さを宿した顔だ。そこから発せられる輝きには、いっそ愛おしさすら感じる。

 

「なぁ、坊や。これからも、剣道頑張れよ。君の姉ちゃんも、先生も、凄い人だ。そんな凄い人たちに、いつか参ったって言わせてやれ。俺も、兄ちゃんも、頑張るからさ」

「うん」

 

 チビは未だに頭を撫でられていることに戸惑っているようだ。その姿に一夏は微笑むと、ゆっくりと手を離し立ち上がる。

 

「じゃあ、俺はもう行くよ。頑張れよ」

 

 そして一夏は静かに後ろを振り向くとそのまま歩いていく。特別行先を決めているわけではない。だが、歩き続ければたどり着く、その確信があった。

 

「あ」

 

 歩きながら一夏は一人の少女とすれ違う。見間違えるはずがない。間違いなくかつての姉だ。

一瞬、振り返りそうになる。だが止めた。彼女はあの男の子の姉だ。自分がどうこう関わる立場ではない。そのまま歩き出そうとして――

 

 

 ――頑張れよ

 

 

 懐かしい声が背中にかけられたような気がした。その声に一夏は小さく目を見開き、やがて口元に微笑を浮かべるとそのまま歩き出す。

いつの間にか手に暖かさが残っていた。それを実感すると共に、かつて姉に小さな自分の手を握って貰いながら歩いたりしたことを思い出す。

 

(ありがとう)

 

 歩きながら心の中で礼を言う。年頃から考えて確実に今の自分の方が年上なのに、励まされるという体たらくだ。どうやら千冬と一夏の関係はどこまで行っても姉弟らしい。そのことがおかしくて仕方ない。

 

(そして――すまない)

 

 いつの間にか微笑は消え、静かな眼差しで一夏は詫びも心の中で告げた。気づけば境内の景色は消え、最初と同じ黒に包まれた空間に立っている。

 

「好きだから、あぁ、それで良いんだよ。小難しいことは適当で良い」

 

 悟ったその心に変わりはない。

 

「だけど、俺のしたことが消えないのは事実だ」

 

 この手で命を奪った事実は永劫付きまとう。それはもはや拭えぬ宿命だ。

 

「ならばそれで良い。全部受け止めてやる。俺にとって大事な、大好きな、武の一環なんだ。全部受け止めて、背負って、纏めて愛してやる」

 

 かつて自分が命を奪った五人のテロリスト、彼らはきっと今わの際に自分を恨んだだろう。そして彼らにも当然居る家族、友人、知人、彼らを知る者もまた、自分を恨むだろう。

全て受け入れる。賢しい理屈は何も言わない。自分が愛し、学んできた武の結果の一つだ。ならば全て背負うのみ。だがそれは負担にあらず。自分を立たせ、先へと進ませる支えとする。

 

「感謝を」

 

 かつて散った五人に一夏は心からの礼を言う。彼らの存在があったからこそ、今こうしていられる。今、自分は更なる一歩を新生と共に歩みだそうとしている。

見えるのだ。これから自分が進もうとする先、その果ての、そこに至った自分の、壮大さを。だからこそ、そこへ至る道に導き、至る心を与えてくれた五人の敵に心からの感謝と、敬愛を送る。

 

「もう迷わない。歓喜も絶望も、親愛も怨嗟も、俺の武の道で、その中で生まれたなら全部受け入れてやる。認めてやる。尊び、慈しむ。そうしてこそ、俺はきっと極みに至れる……!」

 

 総身に活力が漲るような感覚がある。かつてない程に心が充足感を感じている。その感覚に、歓喜で震えそうになる。

 

(すまない、姉貴――姉さん)

 

 夢の中でまで自分の背を押してくれた姉、本当に嬉しかった。だが、今こうして決意した自分の武の道、それはきっと修羅と彩られるかもしれない。

きっと、根は優しい姉はこんな自分の選択を喜びはしないだろう。つくづくもって不肖の弟だ。だがそれでも、一夏にだって譲れないものはある。だから、せめて詫びはする。それが姉にできる精一杯だった。

 

「あぁ、全部だ。全部受け止めよう」

 

 自分が武の道を征く過程にある何もかもを。勝利の歓喜、敗北の悔恨、結果として守った感謝、結果として奪った怨嗟、得た技、受けた技、相対した素晴らしき好敵手、立ちふさがる怨敵、何もかもだ。全てを、最後には讃え受け入れる。

 

「全てが、俺にとっては俺を高める宝だ」

 

 何であれ取り込む以上は経験値になる。そして積み重ねられていくそれは、いつかきっと自身を極みへと導くだろう。

 

「あぁ、そうだ。今だったら言える。満天下に謳い上げられる」

 

 目を閉じ、ゆっくりと大きな深呼吸を一度だけする。そして再び静かに目を開く。

 

「俺は、オレは武を――その総てを愛している!!」

 

 高らかな宣言をした彼の目には喜悦が浮かんでいる。そして、周囲の闇が一斉に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「果たして、これで良かったのか……」

 

 夕焼けに彩られた海岸で騎士は悔いるように呟く。

手にした剣で一夏の胸を刺し貫き、崩れ落ちた一夏がまるで吸い込まれるように地面の内へ、彼自身の深奥へと潜っていく一部始終を見ていた。

決して間違いであったとは思わない。だが、他により良い手があったのではないだろうか、もっと穏やかに済ませる方法があったのではないか、そんな思いが騎士の内を巡り続ける。

 

「……」

 

 騎士から少し離れた場所で、少女もまた俯きながら沈黙を貫く。

騎士も少女も、本質は人のためにありたい。パートナーのためにありたいという忠の意思だ。故に、結果としてそのパートナーに痛みを与えることになってしまったことに、例えそれがその者のためとはいえ、良かったのかと自問自答を繰り返す羽目になっていた。

 

「それでも私は、あのまま見過ごすことはできなかった……!」

 

 彼の心の内にあった歪み、放置すればきっとそれは大きくなっていき、取り返しのつかない事態を引き起こしていたかもしれない。そしてその果てにあるのは彼自身の破滅だ。そんなことはあってはいけない。

そしてもう一つ。歪みとはまた別の彼自身の、気性の問題だ。歪み云々関係なしに、彼は武に執着し過ぎている。確かにISの、自分たちの持つ能力は今現在それに傾いているものが大きい。だがそれだけではないのだ。

自分たちは、ISは、他にもできることなど色々ある。本音を言えば戦いなぞ御免なのだ。他にもできること、したいことはある。戦いではない、本当の意味で人を助けることこそが、真の望みと言える。

 

「どうか……」

 

 どうか全てが丸く収まって欲しい。そう騎士が祈った直後だ。

 

 

 ――――――!!

 

「なっ!?」

「っ!」

 

 突如として世界(・・)が揺れた。地震などではない。そもそも、ここは一種の仮想空間である以上地震など起こるはずもない。

そして世界が揺れたと評したように、揺れたのは足元だけではない。騎士を、少女を取り巻く空間に、夕暮れの海岸を映して広がる空間そのものに巨大な衝撃が奔ったかのように、総身を震わせる振動が広がったのだ。

 

「これは……」

 

 母と呼べる創造主の手により生み出されて以来、一度も経験したことのない状況に騎士は困惑しながらも周囲を見渡す。そして視界に映った光景に、仮面のしたで騎士は目を見開いた。

 

「そんな……こんなことが……!」

 

 ピシピシと不安を煽るような音を立てながら、空間に無数の罅が広がっていた。踏みしめる地面にも、頭上の空にも、すぐ目の前の虚空にも、触れれば砕けるような罅の漆黒の線が奔り渡り、今も急速に広がっている。

そして広がった罅は完全に地平線と水平線を、空間の全てを覆い尽くし――その全てが一斉に砕け散っていった。

 

「ぐぅうううう!!」

「きゃっ!」

 

 景色が散り散りになっていき、何もない漆黒が逆に空間を塗り替えていく。先ほどの揺れ以上の衝撃が騎士と少女の全身を突き抜けていく。体が吹き飛ばされるような感覚はなかったが、受けた衝撃の大きさに思わず身を庇う様にして腕をかざす。

衝撃が走り抜けていった時間はさほど長くなかった。すぐに訪れた静寂に既に無事を理解していても、警戒に依然かざした腕を下ろそうとしない。

 

 ――カツン

 

 痛いほどの静寂が広がる中に一つの靴音が響いた。カツカツと一定のリズムでなる音は徐々に二人の下に近づいてくる。

もしや、と騎士は思った。生身の体を持っていれば冷や汗を流していただろう戦慄に近いものを感じつつ、騎士はゆっくりと腕を下ろして前方を見る。

 

「貴方は――!」

 

 視認した存在に騎士は息を呑んだ。

 

「や、また会ったな」

 

 織斑一夏が、騎士自らの手で眠りへと落としたはずの存在がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 なんかこう、アレですよ。精神空間みたいな場所って、心の持ちよう=強さ的なのありません?
実は一夏、気づかれなかっただけで結構不安定だったから負けたというのを、やってみました。
何だかんだで誘拐事件はトラウマになっていたと。
 でもって意気消沈している最中に昔のことを思い出すなり見返すなりして復活ってのも結構ありがちというか、王道パターンかなと思ったりしています。
で、何だかんだで自分というものを悟り直して復活と。これもよくあることかなーと。

 さて、一夏復活シーン。人によっては物凄いデジャブを感じるでしょう。というか前回の引きの時点で感じた人もいるでしょう。
一言、平にご容赦を。いや、本当にやってみたかったんですよ。もうかれこれ何か月も、進まない自分の執筆に悶々としつつ。だからまぁ、本当にこのあたりの一夏パートはずっと前から書きたいなぁって思ってたところなんですよね。だからこうして書けているのが結構嬉しかったりします。
いやだって、もうかっこよすぎるじゃないですか、あの黄金閣下。
案外そのうち、今度は「諦めなければ夢は云々」やったりするんじゃないかと自分でも思っていたりします。

 次回は、この一夏パートを終わらせて、それから専用機チームですかね。少なくとも福音戦決着までは持っていきたいところです。次も、また早く仕上げたいところですね。


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第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる

 えー、前回から一週間というトコですか。本当にびっくりです。こんなに早く仕上げられるなんて。
あんまり希望的観測は持てないのですが、こんなペースが続いたら良いなーと切に思います。


「何故、って言いたい雰囲気だな」

 

 戦慄に固まる騎士に一夏はそれも仕方ないかと思う。

 

「一応ね、オレもお前がどうしようとしたのかは分かったよ。いや、本当にオレは馬鹿だったねぇ。改めて顧みてみると、もう笑っちゃうよ」

 

 沈黙を続ける騎士に構わず一夏は言葉を続ける。

 

「本当に、オレは馬鹿だったよ。変に難しく考えすぎてさ、それで自分を雁字搦めに縛って。――認めたら良かったのかもしれない、自分の弱さを。けど、できなかった。だから変にこじらせた」

「まさか、本当に自力で……」

 

 時間の経過で落ち着かせるのではなく、自分自身で意思を、心を改めて築き直したのか。そう問うような騎士に一夏は頷く。

 

「確かに、オレは取り返しのつかないことをしてしまった。それから逃げるつもりはない。それでオレを恨む奴がいるなら、恨みの罵詈雑言は幾らでも受け止める。批判されようが嫌われようが、全部真っ向受け止めるよ。

それでもオレは武が好きなんだよ。愛してると言っても良いね。だからこそ真摯でありたいし、例えとんでもないことにしても、オレの武の一部である以上は死ぬまで付き合う。三年前の、あの名前も知らない五人もそうさ。彼らのことをオレは何も知らない。きっと知ることはできないかもしれない。

けど、オレは忘れずにずっと覚えて、向き合うつもりだよ。あいつらの存在は、オレにとって大きな意味を持っている」

 

 真っ直ぐに騎士を見つめてながら語る一夏の表情には一切の陰りが無い。

敗れる直前の弱々しさは完全に消え失せ、堂々とした佇まいでその場に立っている。あたりは明かりも何もない黒に覆われているというのに、騎士の目には一夏の姿がはっきりと見える。まるで、彼自身が光源として燦然と輝いているかのごとくに。

 

「改めて言おうか。織斑一夏――完全復活だ」

 

 ここに一夏は自身の再臨を宣言する。その姿に一瞬騎士は気圧された。厳然たる事実として言える。復活を遂げた一夏は心を砕かれる前、この空間において目を覚ましてしばらくの、前の時以上の存在感を放っていた。

見た目に変化があったわけではない。というよりも見た目はまるで変わっていない。だがそう錯覚させる程に纏う雰囲気が違う。凛然と澄み渡り、肌を刺すような冷たさと痺れさせる様な圧力を放っている。決して邪な気配ではない。だが思わず警戒を取らせる程に力強さを持っている。

 

「……驚きました」

 

 それは騎士の嘘偽りない素直な感想だ。

 

「私は、時の流れが貴方を自然に癒すことを想定していた。ですが、貴方は自分自身で己を持ち直した」

「そう難しい話でもないさ。ただ、今一度自分というのを見つめ直しただけだよ」

「己を、ですか」

「そう。そして気付いたのさ。まぁ色々あったし、これからも色々あるのだろうけど、オレは武が好きなんだよ。それだけで良いと気付いたのさ。それさえ忘れなければ、オレはどこまでも行ける」

 

 その言葉に騎士は嫌な予感を感じ取る。

 

「このまま行ってどうなるのか、実のところオレにも分からない。けど、例え結果として修羅道の深奥を行くとしても、オレは武と共に在り続けるよ」

「ッッ!」

 

 感じた悪寒は間違いではなかったと騎士は悟った。確かに彼は自分自身を持ち直させた。自分の本当の想いを、どうしたいのかを見つめ直して、より自分自身というものを正しく表せるようにした。だがその結果は騎士にとっては望まざる結果だった。

倒れる前の彼だけではない。今の彼もそうだ。あるいは、本当に彼という存在はそれこそが本質なのかもしれない。同じなのだ。かつて、同胞を呑みこんだ闇に、その同胞のパートナーであった人間に。

 

(そんな、こんな、こんなことが……!!)

 

 俄かには受け入れがたかった。彼ならば或いは彼女と、かつて騎士と共にあった存在と同じ志を持てるかもしれないと思った。共に手を取り合い、真に人のために世界を羽ばたけるかもしれないと思った。だが、そんな望みは今この瞬間に叶わないものとなった。

 

「それが、貴方なのですか」

「そうだ」

 

 縋るように投げ掛けた問いに一夏は一切の迷いなく答える。そして今度は一夏が口を開く。

 

「なぁ、お願いだ。いい加減にオレを起こさせてくれ。そして、これからも一緒にやっていこうじゃないか」

 

 一騎打ちをする前の命令口調とは違う、頼みかけるような声で一夏は騎士に語り掛ける。その言葉を騎士は俯きながら聞いていた。

今度は一夏も答えを急いたりはしなかった。静かに、騎士の返答を待ち続ける。

 

「――できません」

「……」

 

 絞り出すような声で騎士は否と答えた。一夏の力になりたい、その意思は変わってはいない。それでも是と答えられなかった。

 

「このままでは、貴方はいずれ戦いに囚われてしまう。そこから抜け出せなくなってしまう。それは、私たちだけではない。未だ世界に散らばる同胞たちも何らかの形で巻き込むかもしれない。そんなこと――私は嫌だ!」

 

 はっきりと強い声で騎士は己の意思を告げる。

 

「どうかご理解ください! 確かに今の私たちは戦いのための剣として、盾として、鎧としてその多くが使われている! ですが、それだけが我々ではない! かつて母が宇宙(ソラ)の果てまでと思い私たちを作ったように、私たちの望みは人の未来です! それは、戦いだけではない。私たちの力は人に多くを齎せる。人の、可能性を私たちの名が示すように無限に広げられる!」

「そうか。それが、お前の意思なのか」

 

 怒るでも失望するでもなく、ただそうかと一夏は静かに頷く。

 

「ありがとう」

 

 続いて彼が発したのは騎士にとっても予想外の感謝の言葉だった。

 

「それがお前の本音なんだろう? 言ってくれて、うん。嬉しいよ。お前がどう考えているのか、聞けて良かった。意思疎通は大事だからな」

「ならば! ならば、お願いです。今の貴方の立場は承知しています! ですが、どうか戦いに囚われないで下さい! それは、私が望むことではない!」

 

 騎士の懇願に一夏は黙ったまま目を閉じる。そのまま何かを考え込むかのようにそのままの状態を続け、やがて再びゆっくりと目を開いた。

 

「すまないな。――残念だよ」

「そんな……」

 

 気づけばいつの間にか一夏の手には刀が握られている。ちょうどそれは、先のやり取りを立場を逆にして再びやり直したかのようだった。

 

「本当に残念だよ。オレは、きっとお前とは相容れない。そして、そうなるともう選択肢はこれしかない。悪いけど、力づくでいかせてもらうよ」

「それしか、ないのですか……」

 

 悔しさを声に滲ませながらも騎士もまた剣を取る。

 

「オレも、残念だとは思うよ。けど、もうどうにもならないらしい。そしてこれも本当に残念だが、オレの前に立ち塞がるなら仕方ない。斬る」

 

 静かに、一夏は騎士の必殺を宣言する。

 

「以前の五人のことがあったから、なんて軽々しく言うつもりはないけど、それでもあのことが影響しているのは事実だね。やろうと思えば、やれるよ。来い、その意思に、技に、オレは大真面目に迎え撃たせて貰うよ。そして、愛すべきオレの武の一つとして、この内に刻み込む」

「――できるのであればご随意に。ですが……それでも私は貴方を諌める!!」

 

 爆ぜるように駆けた騎士は一息で一夏との距離を詰めて間合いに捉える。振りかぶった剣を一夏に振り下ろし、そして表情を強張らせた。

 

(何故、構えない!?)

 

 一夏は一切の防御も回避もしようとはしなかった。刀こそ持っているも、手は下向けて垂れ下がっており、構えらしきものは一切取っていない。それこそ斬って下さいと言わんばかりに無防備だ。

その姿に不審を覚えつつ、それでも騎士は剣を振りぬいた。

 

「なっ!?」

 

 先ほどとは別の驚きが騎士の思考を支配する。間違いなく騎士が振り下ろした剣は一夏の胴を肩から裂いていたはずなのだ。だが一切の手応えが無かった。

 

「くっ!」

 

 困惑を残しつつも騎士は連続で一夏に切り掛かる。そして幾度と攻める内にようやく気付いた。間違いなく当たっていて良いはずなのに、まるで幻を斬ったかのように手応えはなく一夏は健在のまま。

十を超えた斬りかかりでようやくその絡繰りに気づいた。言葉にしてみれば至極単純、一夏は騎士の剣を見切って紙一重で、最小限の胴さで回避をしていた。あまりに動きがなかったために、かわされたことに気付かず幻を相手にしているような錯覚を抱かされていたのだ。

 回避の最中、一夏が半歩だけ右足を前に出す。軽く右半身を晒した姿に、騎士はその右肩を狙って剣を突き出す。

 

「うっ!?」

 

 突き出した剣はまたもすり抜けるようにかわされる。だが今度はまた違った感触だった。剣を突き出したのだから、それを操る体が前方に向かうのは自然なことだが、その動きが途中から騎士の意思を介さないものになっているような感覚があった。

まるで一夏を中心に不可視の流れが生じ、その流れに巻き込まれ逆らえないように、吸い込まれるように騎士の体が一夏の傍へと寄っていく。そして騎士の体が一夏の脇を通り抜けた直後、勢いの乗った回転と共に放たれた一夏の肘打ちが騎士の後頭部を直撃する。

 

「ぐぁっ!!」

 

 頭から前方に吹っ飛ばされた騎士はそのまま転がり、転がりながらも何とか体勢を整えようとして一夏の方を向き直る。

一夏は追撃を仕掛けるでもなく、肘打ちを見舞った位置から殆ど動かずに騎士を見ていた。その立ち姿があくまで自然体であることが、余計に騎士の不安を煽る。

 

「う~ん」

 

 だが一夏も一夏で、唸りながら自分の手を握ったり開いたり、あるいは軽く振ったりして、まるでコンディションを確かめているかのような動きをしている。

 

「貴方の、その動きは……」

 

 騎士はISとしてはかなり古い部類、言うなれば年長者としての存在だ。生み出されてから今に至るまで、ISとして多くの経験を知識として積んできた。

当然、その中には自分たちISを纏って戦う人間たちのことも含まれている。そして、一夏のように格闘戦を主体とする者には既存の武術体系を取り入れる者も少なく無く、騎士も全容とまでは行かずともそれなりの知識は蓄えていた。

一夏はIS乗り以前に武術家として自己を定めている人間だ。彼自身が公言するように、その戦法の多くは何かしらの武術を参考としている。だが、こんな動きは騎士は知らない。騎士の知識には一片たりとも存在しない。故に、一体何なのかという疑念が沸く。

 

「これかい? オレの取って置きの一つだよ。そんなに使った覚えは無いし、いやこれがオレ自身驚いてるのだけど、今までにないレベルの精度で使えるんだよ」

 

 元々師から取って置きとして伝授されたこの技法は、相手の動きの先読みと薄皮一枚レベルでの攻撃の察知、その鋭敏化によって必要最小限の動きで相手の攻撃をかわし、こちらの疲労を抑えつつ相手に色々と錯覚やら精神的揺さぶりやらをかけるというものだ。

使うこと自体は前々からできたし、IS学園入学以降も近接戦闘では何度か使ったが、今とは感覚が違う。以前のような先読み、見切りからのギリギリでの回避とマニュアルな運用に対し、今は自然と相手の動きが感覚的に捉えられ、自分でどうこう動こうとはせずとも必要な動きができるオートマチックな運用に変わっている。

なまじ自分のことだけあって、その変化は一夏自身がもっとも感じており、この突然の変化に彼もまた驚きを隠せずにいた。

 

「まぁコレに限らずなんだけどね、不思議と体が軽い気がするよ。色々、縛ってたのが無くなったからかな」

 

 悪い気はしていないのか、穏やかな顔で自分の手を見ながら一夏は言う。そして、再び表情を引き締め直すと再度騎士を見る。

 

「さてと、あまり時間を掛けすぎるのも問題だよな。正直なところ、負ける気がしないんだ」

 

 そう、まさしくその通り。明確な根拠を提示しろと言われたらそれはそれで返答に困るのだが、それでも勝つという揺らぎない自身が全身から湧き上がってくるのを一夏は感じていた。故に

 

「そろそろ終わりにしよう」

 

 まるでコンビニに行くことを思いついたような呑気さを含んだ、至極自然な声で騎士の打倒を宣言した。

 

 騎士が一夏に仕掛けた時と同じように、一夏もまた一息で騎士との間合いを詰める。既に刀は鞘から抜かれ、切っ先が騎士に狙いを定めている。

ヒュンという鋭い風切り音と共に刀が突き出され騎士の首を狙って向かって来るも、騎士は立てた剣の腹で刀を受け流しやり過ごそうとする。

逆に騎士の剣が一夏の懐を狙える形になり、その隙を突こうとするも、既に一夏は次の手に移っていた。突き出した刀の柄を逆手に持ち替え、騎士の剣に刀身を押し付けて軸とするようにグルリと切っ先の向きを真逆にする。その流れに合わせて更に踏み込んだ一夏はスルリと騎士の懐に入り込み、震脚を効かせながら肘打ちを騎士の胸部に当てる。

 

「ガハッ!」

 

 仰け反りたたらを踏む騎士に一夏は更に追撃を掛ける。逆手に持ったままの柄で騎士の顎を叩き、引いた腕を戻す勢いで飛び膝蹴りを腹に当てる。

再び転げる騎士に一夏は近づき、騎士は倒れながらも一夏の足目がけて横薙ぎに剣を振る。それを一夏は直前に一歩引いただけで間合いから逃れ、更には空振りに終わるはずだった一閃を、上から右足を振るわれる最中の剣の腹に踏みつけるように落とす。甲高い金属音を立てて剣は地に抑えつけられる。

 

「別に、オレはお前が嫌いじゃないよ。ただ、終わらせる前に言っておきたいことはある」

 

 ゆっくりと、剣から足をどかしながら一夏が語り掛ける。剣を引き戻し、それを支えに立ち上がりながら騎士は一夏の言葉の続きを待つ。

 

「さっきも言ったけど、オレもお前が何を望んでいるのかは理解したんだよ。極めて単純に言えば人助け、そうだろ?」

「はい……」

 

 確認するような一夏に騎士は肯定で答える。その反応に一夏はどこか遠くを見るような目をしてあたりを見渡す。いつの間にか漆黒は消え去り、また元通りの夕暮れの砂浜が広がっている。

一夏の視線に合わせて騎士もまた辺りを見渡す。何も変わってはいない。だが、違和感を感じる。そしてそれは一夏を見てすぐに気づいた。空間を照らす唯一の光源、金色に輝く夕日は、まるで一夏を照らすかのように輝いていた。それはさながら、この世界の中心が彼に移ったかのようだ。

だがそのことに気付いていないのか、あるいは興味が無いのか、再び騎士をまっすぐ見て一夏は言葉を再開する。

 

「別に、オレもそれは否定しないよ。むしろ賛成すると言っても良い。例えばの話、本気でISの技術開発を、そうだな。災害の時の救助だとか、危険な場所での活動だとか、そういう方向に傾けて全力でやるっていう奴がいるなら、オレはそいつを素直に尊敬するし、応援もする。あぁ、それだってISの、引いては人の可能性なんだしさ」

「ならば、それが分かっていながら何故……」

「言ったろう? 可能性だって。よくよく考えれば凄く簡単で、それこそ小学生だって分かることだけどさ、可能性はそれだけじゃない。色々と先があるから、きっと可能性なんだろうな。良いことに使うのも可能性、逆のことにしても可能性。簡単な話だよ。単にオレは、『武』で以ってISの、人の、早い話がオレ自身の可能性を追求したいだけさ」

 

 その言葉で騎士は一夏の意思を悟る。同時に理解もする。一夏は騎士の想い、願いを理解しているし、賛同もしている。だがそれは一夏個人にとっては別の問題であり、理解賛同をしてもあくまで一夏個人は別の方向を進むということ。なまじ理解していながら別の道を選んだだけに、一夏は決して騎士が望む存在にはならない。ここへきてようやく、その現実を理解させられた。

 

「別にオレだって人助けは吝かじゃないよ。知るかボケで見捨てることだって多々あるけど、それは大抵相手がしょうもない奴の場合だし。助力を必要とされて、そこに本当にオレの力が必要でオレもオレの判断機銃によるけど有意義だと思ったなら手を貸す。だけど、オレの本道はあくまで『武』だ。そのためなら、修羅になることだって受け入れる」

「……」

 

 一夏と騎士、双方の間に存在する意思の隔絶、それを実感してか騎士は項垂れる。それを見て一夏は僅かに目を細め、そして小さくため息を吐いた。

 

「だが、言っておきたいことはまだある」

「っ」

 

 反射的に騎士は頭を上げた。一夏の口調がガラリと変わっていた。果し合いの最中に似合わない穏やか含んでいた先ほどまでから一転、非情を感じさせる冷たいものへと変容していた。

そしてそれは眼差しも同じ。僅かに眉尻は上がり、険しい顔つきで一夏は騎士を見据えていた。

 

「あぁ、これだけは物申して置きたいんだよ。武人とかそういうのじゃなくて、単純にオレ個人が認められないこと。そして、確実に世界中に同じことを思うやつがいることだ」

 

 それは何なのか、騎士が問おうとするより早く一夏が言う。

 

「お前、一体何様だ?」

 

 冷たさに加えて、怒気も含んだ問いだった。

 

「さっきも言ったけど、オレはお前の望みが間違っているとは言わない。いや、世のため人のためという点を考えれば正しいこと、良いことだっていうのは十分理解している。だけど、だからと言ってそれをオレに、人間(オレたち)に押しつけがましく言うのはどうかと思うんだよ」

「押し、つけ……?」

 

 それはどういうことか、自分たちは本当に人のことを考えている。人の力になりたい。その想いに嘘偽りはない。それが押しつけとは何故――

 

「もしかしたら他の奴は別の受け取り方をするかもしれない。逆にお前に全面賛成して、本気でお前と、お前たちと手を取り合っていこうとするやつもいるかもしれない。だけどオレは違う。

良いか、何をどうするか。お前たちISに関わって、ISでどうするか、それはオレがオレで決めることだ。お前たちにどうこう言われる筋合いは無い。確かにお前たちが示す道は悪くないものなんだろうよ。だが最終決定をするのはオレだ。例えその結果がロクなものじゃなかったとしても、それはオレの選択だ。全部オレが背負う。オレのものだ」

 

 だからお前たちは口出しをするなと、そう一夏は言う。

 

「この方が良いからこっちにしろと」

 

 言いながら一夏は騎士の下へ歩み寄っていく。

 

「しつこく、何度もこっちの気なんてお構いなしに」

 

 徐々に距離が縮まっていく。騎士は動かない。動けなかった。

 

「例え意思を、心を持っていようとお前たちISはあくまで道具だろう。道具風情がさも指導者ぶって人を騙るな、導こうだなんてするな」

 

 騎士の目の前に立った一夏が冷然と見下ろす。

 

「頭が高いんだよ」

 

 瞬間、騎士は反射的に後退をしようとした。それに合わせて一夏が小さく身を動かす。仕掛けてくると感じた直後、騎士の視界が揺らいだ。

 

「え?」

 

 呆けたような声が騎士の口から洩れる。いつの間にか騎士は足をもつれさせその場に尻餅をついていた。

 

「ふん」

 

 呆然とする騎士の姿に一夏は不遜に鼻を鳴らす。騎士が動き出した瞬間、一夏は動きでの牽制を行うことによって騎士に反射的に反応をさせていた。だがそのために騎士は無理な重心の移動を強いられ、結果としてそれが転倒に及んだというのがこの絡繰りだ。

 

(あんまりできたことなかったけど、本当に驚きだな)

 

 言うなればフェイントをかける技の、その応用系であるこの足崩しだがそこまで成功率が高くなかっただけに、あっさりと上手くいったこの状況に表情にこそ出さないが、一夏も内心では軽く驚いていた。

だがそれはまた別の機会に考えれば良い。今は、他にすべきことがある。

 騎士が剣を取って立ち上がろうとする。だが一夏は刀を振って騎士の手から剣を弾き飛ばし、切っ先を騎士の胸に突きつける。

 

「これで詰みだ」

 

 まだ可能性のある王手(チェック)ではない、完全に勝敗の決まった詰み(チェックメイト)を一夏は宣言する。

そんな一夏の顔を騎士はしばし見つめ、やがて力なく肩を落とした。

 

「無念です……」

 

 その一言にどれほどの想いが込められていたのか、一夏も察して何も言わない。

 

「くどいと言われることは百も承知。ですが、それでも私は貴方に別の道を志して欲しかった。貴方の選んだ道は、いずれは貴方から救いを奪うかもしれない」

「別に救われたいと思ったことは無いさ。ただ、オレは極みに至りたいだけだよ。それに、お前の望みもオレ以外の他の誰かが実践するかもしれない。別に間違ってはいないし、良いことではあるんだ。そうしようとする奴は、案外多くいるんじゃないのか。ただ、お前はもう少し謙虚に行くべきだったんだろうな」

「確かに、それでもしも貴方が私の言葉を受け入れてくれたのなら、それが正しかったのでしょう。ですが、既に手遅れな話。――どうぞ、私の処断はご随意に。私はあくまで貴方に従います」

「なら、覚悟はいいな」

 

 えぇ、と騎士は頷く。その表情は訪れるだろう自分の結末を受け入れ、納得した穏やかなものだった。

チャキリと音を立てながら一夏は突きつけた刃を水平にする。そして柄を握る手に小さく力を込める。

 

「さらばだ。短い間だったけど、お前との時間は有意義だったよ。敬意と、感謝を。お前の心、技、すべてオレの記憶に、この身に、終生刻み続けることを約束する」

 

 そして一夏は刀を振るう。夕焼けに照らされた砂浜に小さな影が一つ舞い、やがて崩れ落ちた大きな影と地に落ちた小さな影、二つの影が消え失せた。

 

「……」

 

 一夏は眼前を、既に何も居なくなった空間をじっと見続ける。そんな一夏の背後に、ゆっくりと少女が歩み寄ってくる。

 

「お前はどうする」

 

 一夏は問う。言葉こそ短いが、一夏が何を言わんとしているのかを察するのは少女には容易いことだった。その返答の如何によっては騎士の後を追うことになるだろう。

決してそれを恐れたわけではない。だが少女は小さく首を横に振った。一夏はそうか、とだけ答えるそれ以上何も言わなかった。少女が何を思ってその選択をしたのか、全く気にならないわけではない。だが、多くのことを思った末に何らかの覚悟をしての決断だったのだろう。それを根掘り葉掘り詮索する気は起きなかった。

 

「……」

「……?」

 

 依然沈黙を保ったまま騎士が居た場所を見続ける一夏に少女は首を傾げ、一夏の横に立ちその表情を伺う。

 

「あ……」

 

 思わず声を漏らしていた。一夏の目は見開かれながら前を凝視し続け、結ばれた唇は僅かに震えている。見れば刀を握っていない左手も小刻みに震えている。明らかに何かを堪えている姿だった。

 

「大丈夫だ。何とも、ない」

 

 例え現実に肉体を持たない意思だけの存在と言えども命は命だ。それを今度こそ自分の確たる意思で奪った。どれだけ腹を括っていてもいざ行い、その事実に直面することは一夏に相応の精神面でのプレッシャーを掛けていた。

 

「オレは、全部受け止める」

 

 だが泣き言を言うことは、逃げることは他ならぬ一夏自身が許さない。全てを受け入れ、認め、己の糧とすると決めたのだ。

 

「けど、重いな。あぁ、重い。これは忘れちゃいけない重さだよ。きっと、いつかこんなことにはならなくなるかもしれない。だけど、この重さを忘れることだけはあっちゃいけないんだ。例え兇気を受け入れても」

 

 自分自身に戒めるように一夏は呟く。そしてある程度は落ち着いたのか大きく息を吐くと、改めて少女の方に向き直る。

 

「すまないな」

「行くの?」

 

 既に一夏がここに留まる理由は無くなった。ならばあとは目覚め、福音を倒すのみ。そうするのかと少女は問う。

だが一夏は意外にも首を横に振った。

 

「いいや、考えが変わった」

 

 言って一夏はパチンと指を鳴らす。何となくだが、できるような気がした。そしてその通りになった。再度夕暮れの海岸は消え去り、四方に福音と戦う学友たちの姿が映し出される。

 

「これ、原理は何なのかね。もしかして、ISが見ている光景をコアネット経由で見てるのかな。――いや、それは今は良いか。このまま見続けることにするよ」

 

 いつの間にか一夏と隣に立つ少女のすぐ後ろに、それぞれの背丈に合わせた大きさの椅子が存在している。自身の椅子に静かに座ると、まるで映画鑑賞でもするかのように戦いの様子を見続ける。

 

「福音は、少なくともオレの浅い経験が根拠だけど、今までにない強敵だ。現にオレは敗れた。けど、そのおかげで今こうしている。もしかしたらだけど、福音と戦うことで皆にも何か変わることがあるかもしれない。強敵との戦いや窮地が成長を促すなんてよくある話だ。オレは、それを見てみたい」

 

 ただ現在の戦況を見る分には専用機チームの方が有利な状況を安定して継続している。このまま何事もなく終わるのか、それとも更に一波乱あるのか。どちらに転んでもそれはそれで良いと思う。

 

(さて、見せて貰おうか)

 

 だが最終的には勝って欲しい。だから頑張れと、一夏は心の内で友人たちに応援の言葉を贈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山嵐、斉射開始」

 

 静かに発せられた言葉と共に、格納ポッドから数十にも達する数のミサイルが福音目がけて向かっていく。

 

(戦況は……悪くない)

 

 打鉄弐式が立体モニターに表示する状況を確認しながら簪は自陣の優位を確認する。

この分であればわざわざ武装の搭載数を削ってまで積んできた新装備も衆目に晒す必要はないかもしれない。

 

「ボーデヴィッヒさん、オルコットさんに連射の指示を。それで福音の動きを妨げて。そうすれば私の山嵐も幾らかは当たる」

「了解だ! オルコット――」

 

 ラウラの指示を受けてセシリアがスターライトを連射する。セシリアと福音、両者の距離にはだいぶ開きがあったが、ブルー・ティアーズが現在装備している高機動パッケージに合わせてのカスタムによってスターライトは威力、有効射程を増大、距離による威力減衰などの問題を克服して福音を狙い撃つことができた。

だが連続して放たれた青い光弾はその悉くが当たらずに終わる。双方共に高速で動きまわっていることもあるが、別にセシリアは意に介した様子を見せていない。そもそも当てることが目的ではなかった。

 光弾の回避によって福音は一時的にその動きを阻まれる。直後、そこへ銀の鐘(シルバーベル)による迎撃を免れた、簪が放ったミサイルの残りが殺到する。

ほぼ四方を囲むような形で迫ってくるミサイルに福音の対応は間に合わず、叩き込まれたミサイルの爆発に呑みこまれる結果となる。

 

「オラもういっちょ行くわよ!!」

「この程度で満足してもらっちゃ困るよ!」

 

 勇ましさを伴った声と共に鈴とシャルロットが追撃を掛ける。

爆炎の中から福音が飛び出した様子は無い。つまり、福音は依然としてミサイルの着弾位置に居るということだ。それさえ分かれば狙いもすぐにつけられる。

 甲龍の両肩、衝撃砲のユニットが開き二発同時発射の砲弾を連続で叩き込む。本来は不可視がウリの衝撃砲だが、現在甲龍に搭載された火力の底上げを図ったパッケージにより、不可視を捨て威力を上げた衝撃砲が火球となって福音の下へ殺到する。

そして衝撃砲と同時にシャルロットが放ったのが両手による二丁持ちのグレネードだ。発射時の反動は半ば力技で強引に抑え込み、打てる限りの榴弾を福音目がけて叩き込む。

 

 多数のミサイルに加えて火力を重視した武装による集中砲火を受けたことで、福音が居るだろうと目される位置には更に爆炎が起こる。

そして福音がその中心から出てこないのを確認しつつ、一同は取り囲むようにして様子を見守る。

 

「見えた!」

 

 徐々に煙が晴れていく中、真っ先に福音を確認したラウラが声を張り上げる。

 

「生憎、加減はしませんわ」

 

 険しい声でセシリアが言うと共に、チャージを終えたスターライトの砲撃が福音に直撃する。

一瞬の隙を突かれたことで集中砲火を受けた直後の福音にそれをかわすことはできず、掠めただけでもISのシールドを大きく削る光条が福音を呑みこむ。

 

「箒! 決めてやんなさい!!」

「心得たッッ!!」

 

 完全に満身創痍となった福音に止めの一撃を刺すべく、鈴が箒に向けて声を張り上げる。

それを受けた箒は上空から福音目がけて急降下、手にした二刀で福音の両翼をすれ違いざまに切り落とす。

 

「Ga! Keyy……!!」

 

 断末魔にような、うめき声とも聞こえる電子音と共に福音は切り落とされた翼諸共海へと落ちていく。そして水柱を立てて海面に叩きつけられた福音を見て、そこでようやく全員が安堵の息を吐いた。

 

「終わった、か……」

 

 静かに箒が呟く。おそらく、この場の誰よりも決着に安堵しているのは彼女だろう。

無論、福音をしかと討ち取ったことに諸々思うことはあるが、それ以上に今は無事に終わってよかったという気持ちが先行していた。

 

「よし、すぐに福音および搭乗者の回収を行うぞ。最低限の保護機構は働いているだろうが、このままというのも良くない」

 

 海中に没した福音と搭乗者の迅速な回収をラウラが指示する。当然ながら異論を挟む余地は存在しないため、一同が福音の着水ポイントを中心に周辺を捜索しようと海面に寄ろうとしたその瞬間だった。

突如、轟音と共に海面が大きく爆ぜた。

 

「っ!? 下がって! 海中に高エネルギー反応!!」

 

 珍しく声を大にした簪に、只ならぬ自体が起きていることを察して一同が一斉に海面から距離を取る。

 

「な、なんなのよ……?」

 

 眼下の光景に戸惑いを隠しきれない声が鈴の口から洩れる。

海面から巨大な柱のように水蒸気が立ち上り、更にその発生地点にまるで渦のように周辺の海水が吸い込まれていく。

更に目を凝らして見れば水蒸気の根本、その中心部にドーム状の発光体があるのが見える。

 

「まさか、福音ですの……?」

 

 わずかに見えた人影のようなシルエットにセシリアがその正体に当たりをつける。

 

「エネルギー量が多すぎて、周りの海水を蒸発させているんだ」

 

 太古から存在し続ける巨木のごとき水蒸気の柱、それを発生させる熱量を福音が単機で放っていることにシャルロットが戦慄を露わにする。

そしてシルエットに変化が訪れる。まず最初に、シルエットを覆う光の膜が消えた。両翼を失い、ただの人型に戻っていた福音だが、その背にまるで蝶の羽化のように羽が、それも明らかに熱量を持ったエネルギー体で構成されていると分かる輝く羽が伸びていく。

 明らかな形態の変化、更にはただの機械相手だというのに感じる強大な圧力(プレッシャー)、それが何なのかをこの場の全員が程度に差はあれど知識として知っていた。

特に箒を除く五人は母国の候補生としてそれを為した機体を見たこともあった。だが、それが起こる瞬間は初めて見る。

 

二次移行(セカンド・シフト)……!」

 

 ラウラが最大級の警戒を孕んだ声でその事象の名を口にした。

 

 

 

 

 

「馬鹿な! 再起動の上に二次移行だと!?」

 

 旅館内の指揮室も現場同様に緊迫に覆われていた。箒の最後の一撃によって福音が海中に没し、その沈黙を確認したことで指揮室内にも安堵の空気が流れていたのだが、突如として室内のモニターが一斉に警報を鳴らし、そして現在に至る。

二次移行自体は決して特別なことではない。十分な経験と技量を積んだ乗り手の、長くその相方を務めた専用機としてのISならば十分に起こりうることだ。現にかつての千冬の愛機である暮桜も二次移行を果たしていたし、千冬に並び古豪として知られる乗り手達の愛機もまた、その多くが二次移行を果たしていた。

 だが今ばかりは状況が違う。そもそも撃墜され、最低限の搭乗者の保護機能を残してほぼ完全に沈黙をしたはずなのに、そこからシステムを纏めて再起動させて挙句二次移行を行うなど、そんな事例は聞いたことがない。

 

「山田先生! 通信は!?」

「ダメです! 依然繋がりません!!」

 

 声を大にしながら真耶に問うも、返ってきた答えは無情であった。

 

「クソッ! 無事に戻れよ……!」

 

 この場の自分たちにはただ見守ることしかできない。その歯痒さを痛感しながら、千冬はただ教え子たちが無事に戻ることを願っていた。

 

 

 

 

 

 

「これが、二次移行……!」

 

 面々の中では最もISに携わっている経験の浅い箒が初めて見る二次移行に戦慄を露わにする。

 

「悔しいが、最悪撤退もありうるぞ。できれば、だがな」

「二次移行なんてされちゃあ、ね」

 

 ラウラの言葉に追従するようにシャルロットも言う。それだけの意味を二次移行という現象は持っていた。

理由は至極単純だ。ただシンプルに強い、それだけだ。基本的に二次移行を発生させるのは個人用にチューンされた専用機というのが原則とされている。

当然ながら専用機として調整されたISは他の大勢で乗り回す一般機に比べて高めの性能を持っているのが常だ。その機体性能が更に上がる。そしてその乗り手もまた、熟練と言える実力者であるのが常。優れた機体と乗り手、この組み合わせが如何ほどのものかは想像に難くない。

 

「なまじ暴走しているだけに手が付けられない……」

「全くもってエレガントではないですわね」

 

 簪とセシリアがたまらず文句を口にする。

 

「ハハッ、あたしちょっとだけブルって来たわ」

 

 眼前の脅威を前に流石の鈴もとことん勝気ではいられない。

 

「いずれにせよ、二次移行をしたからと言ってすぐに撤退もできん。やれる限りは、やるぞ」

 

 ガシャリと重い音を立てながらラウラは追加パッケージ「ブリッツ」の主兵装とも言える二門のレールカノンを福音に向ける。それを皮切りに他の五人も各々の武器を構える。

そうして遂に光の膜が消え去り、完全に形態移行を果たした福音が再び宙に舞い踊った。

 

「交戦開始!」

 

 その言葉と共にラウラがレールカノンを福音目がけ撃ち、同時にセシリアがスターライトを、鈴が衝撃砲を撃ち、散るようにして散会した他の三人に続いて移動を試みる。

三方向から放たれた砲撃だが、発射と同時に福音は身を捻る様にしてポジションを変えて砲撃をかわす。明らかにキレが増している動きに全員が揃って眉を顰める。

 

「ラウラッ!」

 

 シャルロットの声が響く。福音が真っ先に狙ったのはパッケージの影響によりこの中で最も機動性が欠けているシュヴァルツェア・レーゲン、ラウラだった。

当然ラウラも距離を取ろうとするが、二次移行を果たした福音は単純な速力も向上しており、一気にラウラとの距離を詰めていく。

 

「このっ!」

 

 元々はラウラのガード役を買って出ていたシャルロットが何とか両者の間に割り込み福音を遮ろうとする。

シャルロットのラファールに搭載されたパッケージ「ガーデン・カーテン」は防御力に重きを置いた装備だ。形態移行前の戦闘も、これのおかげで損耗は軽微に抑えられた。今の福音の攻撃力が先以上であることは想像に難くないが、それでも耐えしのぐ自信がシャルロットにはあった。

 

「え?」

 

 福音がシャルロットの眼前まで迫った瞬間、唐突に福音は光を両翼を大きく羽ばたかせる。エネルギー体で構成されている故か、切り落とされた元の翼以上の大きさを持った光翼は一瞬シャルロットの視界を遮り、次の瞬間には眼前から掻き消えていた。

 

「ガッ!?」

 

 直後背中から強烈な衝撃が叩きつけられ、シャルロットは一気に海へと落とされていく。

 

(まさか!)

 

 落ちながらも体勢を取り戻そうとしながらシャルロットは状況を理解した。あの翼が視界を塞いだ一瞬に、福音は素早くシャルロットの背後に移動、一撃を当てたのだ。

 

「やってくれるね!」

 

 軽くカチンと来ながらも、海面スレスレで落下を抑え福音に向き直ったシャルロットは目を見開いた。

阻もうとする仲間たちの砲撃を掻い潜りながら福音が光弾の雨を降らせていた。その一発一発の大きさ、放てる光弾の総数、密度、どれも先ほどの比ではなかった。

そして体勢を立て直したばかりのシャルロットにそれをかわす術は無かった。

 

「キャアアアアア!!」

 

 装備していた盾を構えることもできず、光弾の雨の直撃を受けてシャルロットは大きく吹き飛ばされてたまたま海面から顔を出していた岩柱に激突する。シールドで守られこそしたが、激突の際に頭を強かに打ち付けて意識をふら付かせながら岩にしがみ付くことになる。

 

「おのれ!!」

 

 自分を庇おうとした仲間をやられ、怒りを露わにラウラがレールカノンを放ち、更には六本のワイヤーブレードも織り交ぜる。

怒っていながらも正確さを失わない攻撃ではあったが、福音は難なく砲撃をかわしワイヤーは翼を振るってまるで羽虫を払う様に弾き飛ばす。そうして今度こそラウラとの距離を詰める。

 

「させん!!」

 

 停止の結界、AICに捉えようとラウラは右手を伸ばす。だが福音はそれをスルリとかわしてラウラの背後を取ろうとする。

 

「読んでいたぞ」

 

 直前の激昂が嘘のように静かな声と共に、ラウラは後ろを振り向かずに左腕を背後に伸ばす。先に動いた右手からAICは発動していなかった。

 

「止まれ――!」

 

 左手から放たれたAICが福音を捉え、その動きを停止させる。右手はブラフ、回避され背後に回る。それこそがラウラの狙いだった。例え背後に回れようが、予め分かっていれば対処は容易い。そしてラウラの狙い通りに福音はラウラの後ろを取り、結果として待ち構えていた本命のAICに捕われることになったのだ。

 

「今の内だ! 攻撃を――」

 

 首だけを動かして振り向きながら言いかけてラウラは目を見開いた。何故、という呟きが漏れる。

確かに福音の動きは停止させた。現に今も福音はラウラの背後で動きを止められ留まっている。手足も動かせない状況だ。だが、その背の両翼だけは違う。

バチバチと、AICの力場と干渉し合い弾くように火花を散らしながら確かに動いていた。

 

(オルコットのライフルのような光学兵装はAICで止めにくい。まさか奴の翼も同じということか!)

 

「ボーデヴィッヒさん! AICの解除を! 離れて!」

 

 セシリアの声がラウラに撤退を促す。だが――

 

「できん! 私に構うな! 早く奴を撃て!!」

 

 ここでAICを解除すれば福音を拘束から解き放つことになる。それだけはできない。動きを止めている今こそがチャンスなのだ。

このままやられても構わない。それで福音を倒せるならば、コストとしては十分に安い方だ。故にラウラは福音を止め続けることを選択した。

 

「すぐに拾ってやるからね!」

「ごめん……!」

「感謝を!」

「すまない!」

 

 ラウラの覚悟を汲み取り、四者四様の攻撃を放つ。青い光弾が、火球が、ミサイル群が、紅の光刃が福音目がけて殺到する。どれも福音のみを狙っているが、着弾による爆発などはラウラも巻き込むだろう。だがそれをラウラは咎めない。そしてそのラウラの覚悟を理解したからこそ、四人も攻撃に加減は加えなかった。

 

「間に合えよっ……!」

 

 意識の集中を強めてラウラは何としてでも福音を抑えようとする。だが奮闘空しく攻撃が達する直前で遂に福音の両翼が完全に束縛から解放され、迫る攻撃を薙ぎ払うように振るわれる。そして福音とラウラを包むように爆炎が広がった。

 

「ボーデヴィッヒさん!!」

 

 爆炎の中から、福音の攻撃を受けたのだろうラウラが力なく落ちていく姿にセシリアが悲痛な声を上げる。

 

「仇を――!」

 

 福音を睨みつけながらセシリアがスターライトの狙いを定め、すぐ傍で簪も再度ミサイルのロックを定める。二人に向き直った福音はピンと両翼を伸ばし広げる。一瞬、輝きが増したように見えたその瞬間、爆音と共に福音は一気にセシリアと簪を間合いに捉えるほどに接近していた。

 

「なっ!」

「瞬時加速!?」

 

 一瞬にして間近に迫った福音にセシリアと簪は揃って瞠目し、すぐにその原因を看破する。だが速過ぎる。開示されたスペックデータにある両手足にそれぞれ備えられたブースターだけでこれ程の速さは出せない。では何が。

 

「その翼……!」

「そういうこと……!」

 

 おそらくは両翼からも推力を発射し、加速を劇的に高めたのだろう。簪が見抜き、セシリアもその理屈に歯噛みする。

すぐに距離を取ろうとするも、それより早く動いた福音の翼が供給されるエネルギーを増やしたのか肥大化し、左右それぞれでセシリアと簪を巻き取るように捉える。

 

「キャアアアアア!!」

「ぐぅううう……!」

 

 おそらくは光弾を放つ要領で翼からエネルギーを放出したのだろう。捉えられたセシリアと簪は受けたダメージに苦悶の声を上げ、今まで以上の至近距離からダメージを受けたことによる影響か、ラウラ同様に落ちていく。

 

「貴ッ様ァァァァァアア!!」

「たたっ殺してやるわ!!」

 

 一気に仲間を四人も落とされ、動けるのが自分たちだけとなってしまった箒と鈴が怒声と共に挟み撃ちを仕掛ける。

箒と鈴、共に二刀を扱う二人の計四つの刃が福音に迫るも、それを福音は両翼であっさり受け止める。

 

「ならばッ!」

 

 止められたと分かると同時に箒は下がり、二刀を振って雨月から光弾を、空裂から光刃を放つ。同様に鈴も距離を取り衝撃砲を放つ。

それを福音は時に両翼で弾き、時に精緻な動きでかわして、全てやり過ごす。それでの箒と鈴は止まらない。斬撃と砲撃を織り交ぜてひたすら福音を攻め立てる。

仲間を落とされたことへの怒りもある。だがそれ以上に、こうしていないと持たないのだ。数の利を一気に落とされた以上は、それを手数で以って補わなければならなかった。

 しかしそれも長くは続かない。ただでさえ手を焼いた福音が形態移行をして更に戦闘能力を上げているのだ。僅かに攻撃のリズムがずれた瞬間に、福音は両翼を振るって箒と鈴を一か所にまとめるように弾き飛ばす。

 

「なっ!」

「嘘でしょ……!」

 

 二人から距離を話した福音は、両翼を頭上で円を描くように丸める。そして円の中心部に光が結集した直後、収束して放たれた大量の光弾がまるで光線のように二人に向かい、そして呑みこんだ。

 

 

 

 

「これまで、なのか……!」

 

 海面から少し上の場所でラウラは悔しさを滲ませながら呟く。既に六人全員が深刻なダメージを負い、交戦に支障が出るレベルまで達していた。それを理解しているか、福音は追撃を掛けようとはせずにただ悠然とラウラたちを見下ろしている。

 

「酷い有り様だよ。こんなのじゃあ、満足できないや……」

 

 シャルロットの声は自嘲気味ではあるが、やはりラウラ同様に無念の想いが籠っている。

 

「一度ならず二度までも……! これでは祖国に顔向けできませんわね……」

「さすがに、これは気分が悪い……」

 

 セシリアと簪も不満を露わにする。

 

「ちっくしょう……! ここまでだって言うの……!?」

 

 鈴の声はこの場の全員の心を代弁していた。悔しい、諦めたくない。だが認めざるを得ない。福音に、たった一機の相手に敗北を喫しかけているということを。誰もが、悔しさを隠しきれずにいながらも諦めかけていた。

 

 

「まだ、だ……!」

 

 

 小さく、箒が言った。砲撃を受け、落ちた先の岩礁で箒は二刀を杖としてゆっくりと立ち上がり、福音を睨みつける。

 

「まだ、だ……! まだ終わっていない……!」

「箒、あんた……」

 

 共に落とされたことで近くにいた鈴は箒の表情を見て僅かに表情を険しくした。端的に言えば、不味い。

まだ箒には戦う意思はある。だが同時に、自身の無事を捨てた覚悟までが表れていた。

 

「無茶はやめなさい! アンタまさか――」

「凰、それにみんな」

 

 止めようとする鈴の言葉を遮って、箒は先ほどまでの鬼気迫る表情からはかけ離れた穏やかな声で話し始めた。

 

「私が、奴を抑える。だから、その間にみんなは引いてくれ。何としても、持たせる」

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! アンタそれ! 何!? 一夏の、あのバカの真似!? 冗談じゃないわ! あんなバカはバカにやらせときゃ良いのよ! アンタがする必要はない!」

 

 絶対に止めなければと思った。そうでもしなければ、箒は本当に命を捨てかねない。確かに発破をかけたのは自分だが、こんなことまでは望んでいない。

 

「真似じゃないよ」

 

 そう、鈴の方を見ながら箒は笑って言った。

 

「嬉しかったんだ。こんな私を仲間と言ってくれて、力を貸してくれると、私の力を必要だと、言ってくれたのが。本当に嬉しかったんだ。ずっと、一人だった。けど、学園でみんなに会えて、不器用な私をそれでも友としてくれた。そして、一緒に戦う仲間と認めてくれた。本当に、嬉しかったんだ。だから、私だって、力になりたいんだよ。そのためなら、命だって惜しくは無い」

「箒……」

 

 鈴の声は震えていた。箒の表情は穏やかだが、目には強固なまでの覚悟が宿っている。本当に、箒は命を捨てることすら辞さないつもりなのだ。

 

「だから――みんな行ってくれ!!」

 

 その言葉と共に箒は福音目がけて吶喊する。鈴の制止の声が聞こえるが、聞き入れることはできなかった。

 

「福音! 覚悟ォオオオオオオオオ!!!」

 

 愚直なまでの正面からの特攻。距離を詰めた箒が振るった二刀を、しかし福音はあっさりと両翼で受け止めて逆に弾き飛ばす。そのまま両翼は発光し、光弾を放とうとする。

 

(まだだ! 例え刺し違えてでもッ!)

 

 腹を括り、箒は再度吶喊しようとする。その間にも福音の翼は輝きを増し、光弾の発射準備を整える。

 

「篠ノ之ォ!!」

 

 だが、光弾が放たれる直前、福音の片翼が爆発する。何事かと箒が思わず振り向き下を見た先で、ラウラが発射を終えたレールカノンを構えていた。

 

「篠ノ之さん、下がって」

 

 簪の声に思わず箒は福音と距離を取る。直後、残っていた片翼から放たれた光弾にミサイル群が突っ込み、その過半数を迎撃する。

 

「これならいけるね」

 

 箒に向かって来る残りの光弾を箒の前に割り込んだシャルロットが構えた楯で防ぐ。

 

「ほら! とっとと引く!」

 

 そしてその間に二人の下に寄ってきた鈴が二人を引っ掴むと一気に福音からの距離を引き離す。三人を追撃しようとする福音は、セシリアがスターライトの連射で妨害する。

そして三人は近くの岩場に降り立ち、そこへ残る三人も集まってくる。

 

「全く、無茶するんじゃないわよ」

「流石に今のはどうかと思うぞ」

「いや、しかし……」

 

 鈴とラウラの苦言に反論しようとする箒だが、その肩にポンとシャルロットが手を置く。

 

「あのね、篠ノ之さん。僕らは仲間、この意味分かる?」

「戦うも引くも一緒」

「織斑さんの時は致し方なくですが、仲間を一人置いておめおめと逃げるなど、わたくしには看過できませんわ」

 

 続く簪とセシリアの言葉に箒は僅かに俯く。

 

「そんな……だがしかし、これは私の勝手だ。それにみんなが付き合う必要はない。なのに何で……」

「んじゃあアレよ。あたしも、勝手にやらせてもらうだけだわ」

 

 それなら文句は言えまいと鈴は箒に問い掛けるような視線を向ける。

 

「礼を言うわ。正直、あたしもみんなもちょっとだけ諦めかけてた。けど、一番のペーペーのあんたが根性見せたんなら、あたし達だって泣き言は言ってられないわね」

「巻き込んだ、などと思うな。私たちは、私たちの意思で戦い続けることを決めたのだ」

 

 そう言って鈴とラウラは箒の前に立ち、福音を睨む。その後にセシリアが、シャルロットが、簪が続く。

 

「みんな……」

 

 自身の前に立つ仲間たちの背に、箒は激情が胸の奥底からこみ上げてくるのを感じた。

 

「私は……」

 

 ゆっくりと箒は歩き出す。一歩、一歩と進み、今度は仲間たちの前に立つ。

 

「私は弱いよ。けど、この戦いに勝ちたいんだ。私の仲間を、守りたいんだ。だから――」

 

 箒は祈った。ただの道具頼みの二の舞、そんなことは百も承知だ。しかし、それでも箒は強く思った。

紅椿に応えてくれと。まだ力があるならばそれを貸してほしい、大事な仲間たちを守るために。だから応えて欲しい。

 

「紅椿ィィイイイイイイイイ!!」

 

 直後、箒の目の前に一行の文字が表れた。記されたソレは『絢爛舞踏』。そして認識した直後、紅椿はその名よりも尚赤い真紅に包まれた。

 

「これは!」

 

 絢爛舞踏、おそらくは紅椿の機能か何かだろうか。それが発動した直後、箒の目に信じられない光景が映る。モニターに映し出されたシールドエネルギーを初めとした各種駆動のためのエネルギーが一気に完全回復したのだ。

その光景を箒は半ば呆然とした様子で見ていた。だがすぐに我に返る。既に彼女は、自分が為すべきことを理解していた。

 

「みんな、手を」

 

 背後に立つ仲間たちに向けて手を伸ばす。

 

「待たせてすまない。今度こそ、私がみんなの力になる時だ」

 

 その言葉に五人は静かに頷くと、各々の手を箒の手に重ねる。そして手が重なり合うと同時に、五人のISもまた真紅に包まれてエネルギーを完全回復させる。

そうしてエネルギーを回復させた六人は再び宙に上がり、福音と真っ向から相対する。

 

「決着をつけよう」

 

 六人の中心に立つ箒が静かに宣言する。そして、右手に持った刃の切っ先を福音に突きつけた。

 

「やっと分かったよ。少なくとも今、私が一番やりたいこと。それは仲間と共に戦い、そして仲間を守ること」

 

 そう。ようやく見つけることができたのだ。

 

「確かに私は弱い。だが、だからとて! それで諦めることはしない! 仲間がいるから! 私は前に進める! ならば私は喜んで仲間のための防人となろう!

さぁ行くぞ、銀の福音! 貴様にその意思があるならば、その翼を構えるが良い! だが心しろ! 仲間を守ると、防人と己を定めた私の覚悟! 決して甘くは無いぞ! この紅椿、無双の戦装束と友の結束の力! 括目せよ!!」

 

 そして各々が一斉に己の武器を構える。

 

「行くぞ! この戦場は、私たちの勝利でもって華と飾る!!」

 

 その言葉を号令として全員が散開し、福音との決着をつける最後の戦いが幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 一夏vs騎士決着編、専用機チームvs福音終盤開始までをお送りしました。

 さて、何書きましょうか。
とりあえず一夏についてですが、何というのですかね。作者のイメージとしては前回の話で精神を自分なりに再構築した影響でちょっとばかし人格面に影響が出ているという感じです。多分、人への対応が爽やか分アップになってますね。ただその分、潜在的な物騒さも増してますが。
 まぁ色々と一夏のやってたことについて既視感感じる方もいらっしゃるだろうとは思いますが、そこら辺はかるーく受け流してください。割と分かりやすいとは自分自身思ってますし。


 続いてvs福音組。
囲って叩いて楽勝かと思いきや再起動のエクストラミッション入りましたというのが大まかな流れですね。再起動ネタは、まぁにじファン時代にもやってますし、特に場面的に不自然でもないのでまぁ良いでしょうということで。
 そしてやっとですよ。やっと箒のターンですよ。まぁ何をトチ狂ったか、SAKIMORI成分が入りましたが、そんくらいぶっ飛べば今後も何だかんだでやっていけるでしょう。身も蓋もないこと言っちゃうと中の人的にポジションが微妙に違うんですけどね。そこはご愛嬌。刀使ってるんだし良いじゃないということで。
 それと、原作(というかアニメ?)では絢爛舞踏は金ぴかに光ってましたが、本作では機体名に合わせて真紅にしました。やってみたいこともあるし、金ぴかはまた別で取っておきましょうと。
そして、あんなことやこんなことをやって……

 ひとまず今回はここまでです。多分次回あたり、福音をサクッとケリつけて、サクッと原作三巻分を締めると思います。いやぁ、ようやくここまで漕ぎ着けました。
いい加減、楯無ルートの更新もせにゃアカンですし。

 それでは、また次回に。


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第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる

 とりあえず福音戦終了までです。
次回、次回で三巻完結させますから! マジで!
そしたら多分楯無ルートやります!


「散開ッ!」

 

 箒の言葉に従って六人が一斉に別々の方向に向けて飛ぶ。いかに二次移行により強化された機体言えども、さすがにバラバラの方向に散らばった敵を一掃するような手段は持ちえていない。

ゆえに福音が取った行動は倒しやすそうな相手から倒していくという至ってシンプルなものだ。そして倒しやすいかどうかの判断基準、その一つは移動速度だった。

 

「ラウラ!」

「分かっているさ」

 

 シャルロットの警鐘にラウラは心得ているとばかりに落ち着き払った様子で返す。この場の六人の中で一番機動性が低いのが自分であることなど、とうに自覚できていた。

 

「それならそれで、手を講じるだけだ」

 

 ガコンと重い音を立てて二門のレールカノンが砲塔を動かす。同時にブリッツの搭載によって追加されたバックパック状のユニットの上部が開く。

 

「ボーデヴィッヒさん、データ」

「心得た」

 

 開いたユニットから除いたのは垂直発射式のミサイルだ。武装としての性質は簪の打鉄弐式に搭載された山嵐とほぼ同様、違いがあるとすればそれを運用するシステム面だろうか。

事実として、レーゲンに搭載されたシステムでは一度に多数のミサイルの発射をする際に細かな制御はできない。精々が動きの少ない単一の目標にミサイルを纏めて叩き込むだけ。だがそれでは今の福音ならばあっさりと全て迎撃してみせるだろう。

 

「見事な処理だ。驚嘆に値する」

 

 故に簪がそのロック処理を代行したのだ。システムと簪自身の演算処理能力、それを以って極めて迅速に整えられた福音のロックオン、ミサイルの誘導にラウラは純粋に驚きを隠せない。

だが今は戦いの最中、すべきことは敵の打倒だけだ。

 

「征け!」

 

 その言葉と同時に多数のミサイルが一斉に放たれ福音へと殺到していく。当然ながら福音はそれを迎え撃つべく行動を起こす。

 

「だが、視えているぞ」

 

 眼帯を外し解放した左目、その奥に秘された魔眼が力を発揮する。一気に高まった動体視力は福音がどう動くのか、どのように光弾を放ってミサイルを迎え撃ち、どのような動きでミサイルをかわすのか、その全てを捉える。

 

(視える――視えるぞ)

 

 ミリ単位の些細な動きも見逃すまいと神経を尖らせる。本命はミサイルではなく、それよりも遥かに高い威力を持ったレールカノンだ。ミサイルの対処に福音の動きが最も鈍ったところで、それを叩き込む。

 

(これは――!?)

 

 意識を集中させ続ける中、不意にラウラは不思議な感覚に覆われる。思考が一気にクリアになった。だがそれは集中が途切れたわけではない。むしろ逆、より澄んでいき目が捉える動きもその把握の精度が高まる。

 

(見切ったッ!)

 

 突如天啓めいたイメージが脳裏に飛来する。決して長くない福音のミサイルへの迎撃、回避行動、それらの情報がラウラの中に蓄積されていく内に、ラウラは無意識のうちに福音の動き、その先をイメージしていた。

あくまで予測でしかない。だが、不思議とラウラにはそれが間違っていないという確信があった。それはもはや予測ではなく未来予知とも言えるほどに。

脳裏のイメージに従ってレールカノンの狙いを定める。そこは外れも外れ、砲弾を放ったとして福音に掠りもしないだろうポイントだ。だが、そこに来るという自信があった。

 

「いいや、違う」

 

 独り言のように小さな声でラウラは呟く。

 

「これは、私の眼が見た(ミライ)は――」

 

 思考によるレールカノンのトリガーにイメージの中で指を掛ける。

 

「絶対だ!」

 

 そして躊躇なく引き金が引かれると同時に、レールカノンが狙いを定めたポイントへ福音が躍り出た。放たれる砲弾はレーゲンの通常装備であるレールカノンとは比べ物にならない速さを有している。回避する余裕など与えられず、二発の砲弾が福音にいっそ見事と言えるまでの直撃を果たす。

 

「――――!!」

 

 声にならない金属音と電子音の入り混じった悲鳴を上げて福音が苦悶に悶える。生じた明らかな隙を突かない者などこの場には居なかった。

 

「さっきのお返しだよ!」

 

 海面スレスレの高さから一気に急上昇してきたシャルロットが福音目がけて吶喊する。明らかに動きの鈍った今ならば、仕掛ける最大の好機と見ていた。

だが福音の反応は早かった。なまじ機械であるからためにダメージからの立ち直りも早いのか、両翼を振るってシャルロットを迎え撃とうとする。その対処の早さにシャルロットは思わず目を見開く。

 

「そんな――!」

 

 戦慄を浮かべる端正な顔は、しかしすぐに得意さを含んだ笑みに変わった。

 

「何て言うと思った? その程度、想定の範囲内だよ!」

 

 言うや否や、シャルロットは左腕に装備していたシールドをパージ、福音目がけて投げつける。

既にシャルロット迎撃のために振るわれていた両翼は目標であるシャルロットよりも先にシールドに当たり、当然の結果としてシールドはあっさりと虚空へ弾き飛ばされる。

そして今度こそシャルロットを迎え撃たんと福音は前方を見やり、だが既にそこにシャルロットの姿は無かった。

 

「ごめんね。君の動き、貰ったよ」

 

 字面とは裏腹に謝る気などゼロ、それどころか「ザマァみろ」と言わんばかりの調子で福音の背後からシャルロットの声が掛けられる。

シャルロットの姿が福音の目の前から消えたのは至ってシンプルな理屈だ。それは先にシャルロットがやられたことを、そのまま返しただけ。

シャルロットの投げつけたシールドが福音の両翼と当たった瞬間、ごく僅かではあるが、福音の視界が福音自身の両翼によって阻まれた。その瞬間に、シャルロットはアーチを描くような動きで福音の背後に回り込んでいた。

 

「そしてこれも――お返しだよっ!」

 

 殴りつけようとするかのようにシャルロットが左腕を引く。シールドがパージされた左腕には、シールドが失われたことで初めてその姿を現した存在がある。

それを形容するとしたら鉄杭だ。名を『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』、盾殺し(シールド・ピアース)の異名で以ってIS用の近接装備の中ではトップクラスの威力を持つと言われる兵装、早い話がパイルバンカーである。

振りぬいた左腕の装甲に取り付けられた鉄杭が、炸薬による加速機構により打ち出される。威力と同時に当てにくさにも定評のあるパイルバンカーだが、完全に背後を取った状況はシャルロットにとって当てるには十分過ぎた。

そして放たれた鉄杭の先端が福音の背に直撃し、先のシャルロットとの攻防とは真逆に今度は福音が海に向かって叩き落された。

 

 海面目がけて落ちていく福音だが、スレスレのところで両翼を広げて減速、海中に飛び込むことだけは避けた。だが直後に青い光弾が福音目がけて降り注いでくる。

言うまでもなくセシリアのスターライトによる射撃だ。海上という湿度の高い空間であることも影響し、距離による威力の減衰こそそれなりにあるものの、決して無視して良い攻撃でもないために福音も回避をしようとする。

だが、できなかった。動けないというわけではない。ただ、かわそうと動くたびに、間違いなく回避できるはずの動きをしているのに、光弾が当たるのだ。腕に、足に、翼に、福音を削り取っていくように一射の外れもなく。

 そしてその射撃を放っているセシリア本人は参戦している六人中の誰よりも福音から離れている場所に陣取っていた。

 

(この戦い、ただの暴走機体の制圧戦ではありません。わたくしの、誇りも掛かっている)

 

 放つ射撃が全弾命中という目を見張る結果を出し、その記録を更新し続けながらもセシリアの心に一切の昂ぶりは無い。

 

(故にわたくしはわたくしのすべきことを為すのみ。できることは全て尽くし、そして一射一射にわたくしの誇りを載せる)

 

 そう。放つ光弾には、今までとは遥かに違う強い意志を載せている。だからこそ、セシリアは確信と共に言い切れる。

 

「できることを尽くし、尽くすため、そしてわたくしの誇りを載せた射撃です。外れることなど、ありえませんわ」

 

 

 

 執拗に自身を攻め立ててくる射撃に痺れを切らしたのか、福音は光弾が当たるのもお構いなしに両翼を海面に叩きつけて巨大な水柱を起こす。

どれだけ正確に放とうとも、遮蔽物があっては意味をなさない。そのことにセシリアは小さく眉を顰めるも、すぐに元の落ち着いた表情を取り戻して福音に狙われないように移動をする。

それと同時に福音も追撃を避けるべく、一気に海面上空を掛けて敵からの距離を取ろうとする。

 

「行かせるものか!」

 

 だが飛翔する福音の先で二刀を構えた箒が立ち塞がる。わざわざ回避するのも、どのみち追って来るから無意味と判断したか、福音はそのまま突っ込み前方に両翼を突き出す。

 

「ぬぅっ!」

 

 迫る両翼を二刀で受け止めた箒は一瞬後ろに押されかかるも、すぐに踏ん張って拮抗状態に持っていく。バチバチと火花を散らしながら両翼と拮抗する二刀を構えながら箒は眼前の福音を睨みつけ、唐突にその視界に影が差す。

 

「どうりゃあああああ!!」

 

 福音の頭上から、上段に振りかぶった青竜刀で鈴が斬りかかってくる。それを福音は後ろへと動くことでかわし、かわされた鈴が箒と福音の間に入り込む形になる。

 

「箒! ちょい下がって!」

「心得た!」

 

 箒の代わりと言わんばかりに福音に切り掛かる鈴の言葉に従って箒は福音から距離を離し、再び攻撃の機会を伺うために旋回をする。

 

「ちょっと強くなったからって、チョーシくれてんじゃないわよ!」

 

 右手に持った青竜刀を叩きつけようとする。だが振り下ろし始めの勢いが乗り切っていないところを片翼に叩かれ、そのまま青竜刀は鈴の右手を離れる。

 

「なんのぉ!」

 

 微塵もひるまずに鈴は身を捻って今度は左手の青竜刀を叩きつけようとする。それを福音は僅かに身をそらすことであっさりかわすが、直後にもう片方の、弾き飛ばされたはずの青竜刀が福音に襲い掛かる。

だが鈴の右手には何も掴まれていない。だというのに弾かれたはずの青竜刀が福音に当たった理由は至極単純であり、ナックルガード状いなっている柄に先を引っ掛けることでコントロールを取り戻していた。それだけのことであった。

だが言うは易く行うは難し、全身の動きを正確にコントロールすることがこの手法には必要だ。それを鈴は本人すら無意識のうちに、それこそ勢いでと言っても良い具合に行っていた。

 

「さっさと――落ちろぉおおおお!!」

 

 流れるような連続攻撃は身体の各所の捻りや回転運動、更には先ほどのように足を使って得物を操ったりフェイントを織り交ぜたりと、相手取る福音が後退しあぐねるほどに変則的な流れに乗っている。

 

「リズムが、読めない……?」

 

 真っ先に鈴の動きの異常さに気付いたのはラウラだった。

通信を介してその呟きを聞いた鈴を除く四人全員が一斉に鈴の動きを注視する。そしてラウラの言う通りだと合点する。

得意とするスタイルの違いこそあれど、この場に集った全員は格闘術などにもそれなりの心得を持っている。だからこそ鈴が現在行っているような格闘戦では段々とその者の動きの流れというものが見えてくるのだが、今の鈴からはそれを読み取ることが全くできない。

 

「まさしく天衣無縫、戦場に舞い踊る戦姫というわけか」

 

 納得しながらも同胞の敏腕に感嘆し、同時に更に高ぶった闘志の熱を秘めながら箒が呟く。その言葉が何よりも今の鈴の戦いぶり――型無き戦闘術(フォームレスアーツ)を現していた。

 

 

 

 

 槍のように突き出された片翼をかわす。身を捻るような回避の流れに乗せてそのまま青竜刀の横薙ぎを見舞う。

 

「……」

 

 段々と口数が少なくなっていった。間違いなく心は高揚しているはずなのに、逆にどんどん深みに沈んでいくような感覚すらあった。それが何なのかは鈴には分からない。だが、いけると思った。

かつてない程に目の前の相手に、いや、戦闘そのものに集中ができている。それだけではない。福音がどう動くのか、どう自分の動きに反応してどう返してくるのか、その全てに反応ができる。見切れる。どころか、今なら誰を相手にしても負ける気がしない、そんな万能感すらあった。

福音の翼が発光する。自分を引きはがすため、多少の無理をしてでも光弾を放とうとするのだろう。だが無意味だ。そんなもので今の自分を止められるものかと思った。

 

「今のアタシを止められるのは――」

 

 青竜刀を振るった勢いで勢いよく身を捻る。グルリと一瞬視界が回転した直後、目の前には回り込んだことによって捉えた福音の背があった。

 

「アタシだけよ!!」

 

 そう吠えると共に両手に握った二振りの青竜刀を同時に福音の背に叩きつけた。

再度海へと落ちていった福音は減速をしながらも上空に向き直り、距離を取ろうとする鈴目がけて光弾を放つ。だが、放った光弾は直後に飛来したミサイル群にその大半を阻まれ、残った幾ばくの光弾も全てシャルロットが横合いから放ったショットガンに全て迎撃される。

 

「……」

 

 その様を簪は眼鏡の奥で瞳に怜悧な光を宿らせながら見下ろしていた。

現在も彼女の指はひっきりなしに動き続け、目の間のモニターには幾つもの演算式が次々と現れては消えを繰り返している。

 

「オルコットさんは福音の三時方向に射撃、ボーデヴィッヒさんはそれを覆う様にミサイル。篠ノ之さん、刀の遠距離攻撃をボーデヴィッヒさんに続けて」

 

 機械のアナウンスもかくやと言えるような無機質な声で簪は坦々と支持を出していく。周辺の環境、与えてきたダメージ、これまでの福音の戦闘行動から予測したルーチン、得られた情報の全てを、そして得続ける情報の全てを、投入して簪は戦況分析と予測を立てていく。

扱う情報の量が量だ。当然システムだけでは処理しきれず、簪自身が自ら演算処理をしなければならない。そして簪自身にかかる処理の負担も相応に大きい。だが簪は行う演算の悉くを凄まじい速さで処理していく。そしてその結果には微塵の狂いもなかった。

 

「私の計算に、狂いはない」

 

 絶対的な自信を以って告げるように言う。それは先のラウラの姿に通じるものがある。感覚からか、理論からか、違いはあれどどちらも未来予知と呼べる正確な読み。そして情報の共有が為されている以上、完全に福音の動きは全員に把握されるところとなっていた。

 青い光弾が、紅色の光刃が、燃え盛る砲が、無数の銃弾、ミサイル群が、完全に動きを読まれた福音に引っ切り無しに襲い掛かる。

既に形態移行をした時の猛威は消え失せ、ただ止むことない砲火に蹂躙されるだけとなっていた。

 

「デュノアさん、行って」

「オーケー! ラウラ、頼むよ!」

「任せろ!」

 

 未だ爆炎が晴れない内にシャルロットが福音目がけて突っ込んでいく。その片手にはレーゲンから伸びたワイヤーが握られ、シャルロットは福音の影を確認すると同時に福音目がけてワイヤーを投げつける。

度重なる猛攻に完全に動きを抑え込まれた福音にワイヤーをかわすことはできず、両翼ごと身をワイヤーに絡めとられる。何とかして離脱しようとするも、それはラウラが踏ん張りを効かせることで封じる。

 

「一斉攻撃!!」

 

 箒の号令に合わせて今こそ最大の好機とばかりに全員が猛攻を加えていく。

箒は二刀を振るい、紅色の光刃と光弾をこれでもかと浴びせる。同じように鈴も出し惜しみは無しだと言わんばかりに衝撃砲を撃ち続ける。シャルロットもグレネードやガトリングなど、手持ちの兵装を次々と打ち込んでいく。

 

「全弾、発射」

 

 簪も山嵐のシステムによる制御の下、残るミサイルを更に撃ちだしていく。更に福音の離脱を抑えんと踏ん張るラウラの代わりと言うかのように、これまで秘してきた最後の装備を使う。

背部に搭載されたバックユニット、そこに取り付けられた筒のようなユニットが稼働し、右肩に担ぐような形となる。それは砲だった。

未だ試作段階を出ていないために銘こそないが、スペックデータ上の威力はこの場にある射撃兵装の中では特に威力の高いビーム砲だ。

 

「オルコットさん」

「えぇ」

 

 簪の言葉にセシリアが頷く。既にスターライトのチャージは完了、最大出力の一撃を引き金によって放たれるのを待つのみだ。

 

「構造相転移砲――」

「最大出力スターライト――」

 

『発射!』

 

 同時に放たれた青い光条と白い光条が十字砲火(クロスファイア)となって福音を呑みこむ。数秒にも満たない熱戦が通り過ぎた後、ワイヤーが焼き切れたことで拘束から解放された福音は既に両翼の光を薄れさせ、完全に満身創痍の状態だった。

 

「ちょっとばかしやり過ぎたかしらね? アレ、中のパイロット大丈夫なの?」

「どうだろうね。というか凰さん、一番凰さんが福音倒すのに乗り気じゃなかった?」

「いや、ちょっと頭が冷えてきたって言うか。うん、頭冷えたのよ」

 

 オーバーキルになってやしないかと今更な心配をする鈴とシャルロットだが、そんな軽口とは裏腹に二人の眼差しは他の者たちと同じく鋭く福音に向けられている。

福音が完全に沈黙していない以上、まだシールドは生きているのだろうが、それとは別に完全に戦闘不能に陥るのか、それを見極めようとしていた。そして――

 

「むっ?」

 

 箒が福音の様子の変化に気付く。少しずつ、少しずつだが、動いている。段々と両翼の輝きも戻っていくのが分かる。

 

「まだ終わりではないということですか」

「だが既に奴も限界が近いはずだ。気を緩めなければ、勝算は大いにある」

 

 セシリアとラウラの言葉にこれで最後と全員が気を引き締め、各々の得物を構える。そうして囲まれた中央で福音はゆっくりと首を動かす。そして箒を視界に捉えた直後――

 

「箒ッ!!」

「ぬっ!?」

 

 鈴が警告をするも、それより早く福音が瞬時加速で箒に迫っていた。加速の勢いをそのままに福音は拳を握り、箒に叩きつけようとする。それを箒はすんでのところで交差させた二刀でガードするも、そのまま福音ともども大きく飛ばされてしまう。

 

「くっ……せいっ!」

 

 吹っ飛ばされながらも何とか腕を振って福音の拳を弾いた箒は、それによって福音より更に離れた位置で止まる。そしてすぐに福音の追撃に備えようと構えるも、そこで異変に気付いた。

 

『箒! すぐに援護に行くわ!!』

「待て! 何かおかしい……」

 

 通信越しの鈴の言葉に箒は制止を掛ける。どういうことかと通信越しに疑問を露わにする鈴を他所に、箒はじっと福音を見る。

福音もまた箒を見据えていた。そして自然体さながらに両手を両翼を開き、まるで構えるかのような姿勢を取る。

 

「まさか、一騎打ちのつもりか?」

『は? どういうことよ』

 

 箒が呟いた言葉に鈴がその意味を問う。

 

「正直、確証があるとは言えない。だが、私には福音が一騎打ちを求めているように見えるんだ。私との」

『何馬鹿なこと言ってんのよ。相手は暴走機体よ? そんな高尚な意思があるっていうの?』

 

 もっともな疑問だと箒は思った。だが、それでもそうだという直観が強く箒の脳裏で自己主張をしていた。それに――

 

「確かに、お前の言う通りだ。だが、それでも私は奴の意思を感じた。それに、暴走と言ってもそれは私たちの都合なんじゃないかな。これまでの戦闘が奴自身の意思の表れだとしたら、例え私たちにとっては暴走だとしても、それは奴の明確な意思によるものだ。だから、そういうことだってありうる」

『いや、まぁ……』

 

 確かにそういう見方もありと言えばありだが、それでも鈴には納得がし難かった。

 

「みんな。この戦い、最後に我がままを言わせてくれ」

 

 箒が何を言おうとしているのか、全員が次の言葉を予測していたが、あえて何も言わずに言葉の続きを待った。

 

「最後だ。だから、奴の望み通り一騎打ちで決着をつける。どのみち奴も満身創痍。ならば、最後くらいは奴の意思を汲み取っても良いと思うんだ」

 

 通信越しに全員が呆れるような溜息を洩らしたのを聞き、やはり無理があったかと今更ながらに箒は思う。だが、続けて返ってきた言葉は箒にとって予想外だった。

 

『あーもう、好きにしなさいよ。発破かけたのもあたしだし、やるって言うなら、しょうがないわね』

『尋常なる一対一での決着。そうですわね。率直なところ、わたくし個人としてもそういうのは嫌いではありませんわ』

『何て言うんだろうね、こういうの、サムライの心って言うやつなのかな? ねぇ、更識さん』

『さぁ。私サムライじゃないし』

『危険を感じたらすぐに援護に向かうぞ。そのくらいは許せよ、篠ノ之』

 

 仲間たちからの言葉はどれも箒と福音の一騎打ちを認めるものだった。それを受けて箒はしばし呆けるも、すぐに表情を引き締め直して福音を見遣った。

 

「感謝する」

 

 一言、しかし全力の感謝を乗せた言葉を伝えると箒はそのまま福音に意識を集中する。

 

「行くぞ、福音。お前が何を思ってこうして戦場に居るかは分からない。だがお前自身であるそのIS、お前自身が居るこの場所、全ては常在戦場の意思の体現と見た。しからばッ、その覚悟を構えて私にぶつけてみろ! 私は鞘走るのを止めんッ!」

 

 その言葉と共に福音が光弾を放った。

 

「古風なっ! 決闘の合図が狼煙か!」

 

 だが既に光弾もその密度を遥かに薄めており、紅椿の機動性ならば十分にかわせるものだった。弾幕の隙間を縫うようにして紅椿は福音に近づいていく。しかし福音も黙って迎え撃とうとはせず、ある程度の距離まで紅椿が迫ればすぐに退避行動に移る。

おそらくは傷つき切った身に相当の負荷を掛けているのだろう。依然福音の速力はかなりのものであり、紅椿の速力で以てしても追いつくには少々手間と言えるほどだ。

無論、篠ノ之束謹製の新型に恥じぬスペックとして、実際の速力という点では紅椿の方が上だ。しかし、弾幕の回避のために速度を落とした状態からの追撃になるため、どうしてもその間に福音との距離を広げられてしまうのだ。そうして距離が開くと同時に、再び弾幕が襲い掛かる。一騎打ちが始まってしばらくはこの繰り返しだった。

 

「えぇい! 埒があかん!」

 

 何度目になるかの引きはがしを受けて箒がじれったそうに吠える。だがそれで福音を卑怯とは罵らない。実際問題、福音の戦い方は現状では理に適っているものだ。

 

「しかしそれも長くは続かんだろうが……」

 

 今の福音はいつ倒れてもおかしくない状態なのを無理やり動かしているようなものだ。このまま持久戦に持ち込めば遠からず向こうの方が先に力尽きるだろう。それを選ぶのもまた兵法だ。

 

「が、それは好みじゃない。くっ、これが尋常なる果し合いを求める私の傲慢とでも言うのかッ……!」

 

 福音が何を思って戦っているかは知らない。だがここまで追い詰められて尚も戦うといことは、福音なりの強い意志があるのだろう。それと真っ向ぶつかり合いたい。それが箒の偽らざる本音だった。

 

「やはり、やるしかないか……」

 

 真っ当なぶつかり合いにしたくとも、向こうが乗ってこない。ならば、強引にでも引きずり込むだけだ。

 

「そうだな。まずは、私から動かなければな」

 

 腹は括った。しかし面持ちは穏やかそのものだ。そう、相手に伝えるならばまずは自分から動かねばならない。今まで中々できず、本当に少し前にようやく少しずつできるようになったことだ。ここでやっても、何もおかしいことはない。

 

「往くぞォ!!」

 

 前面で二刀を交差させながら箒は福音めがけ一直線に吶喊していく。愚直を通り越して馬鹿と言われてもおかしくない程に正直な真正面からの吶喊を、当然黙って受け入れる福音ではない。両翼を発光させ、光弾の連射で以って迎え撃ってくる。

 

「その程度、恐れるに足りんッ!」

 

 向かって来る光弾は全てを、やはり二刀を振るうことによる光弾と光刃で迎撃していく。光弾同士がぶつかり合うことで幾つもの爆発が眼前に現れるが、微塵も躊躇することなくその中へと飛び込んで福音に向かっていく。

 

(この程度で、臆してたまるか!)

 

 多少のリスクがある、その程度はもはや怖くもなんともない。本当に怖いのは、何もできずに無力感に苛まされることだ。

セシリアに抱えられて逃げるしかできなかった時のあの想いを、僅かな躊躇でこれから先ずっとし続けることなど断じて御免だ。

 だがもう一つ、恐怖云々以上に引けない理由もある。

 

(約束したんだ……!)

 

 煙が晴れ、福音の姿をすぐ目の前に捉える。迷うことなく両手を振り上げ、福音目がけて切り下ろす。

 

「絶対に勝つとッ!」

 

 迫る二刀をかわす余裕はなかったのか、福音は交差した腕で受け止める。金属同士がこすれ合う甲高い音があたりに鳴り響き、接触点からは火花が飛び散る。

 

「捉えたぞ!」

 

 この好機を逃す術は無い。防がれようとも間合いに捉えたことは事実。一気に畳みかけて勝負を決める心算だった。

防がれた二刀をそのまま福音の腕と押し合いにするということはせず、再度振りかぶって連続で斬りかかっていく。砲戦主体の福音相手ならばもしやと思ったが、厄介なことに福音は近接戦闘でも高いパフォーマンスを持っているらしく、一手一手を確実に対応される。

それだけではない。福音もまた、一手合わせるごとに学習をしていっているのか、徐々に反応が早まってきている。更にはより力を振り絞っているのか、両手足のブースターから常に噴射炎を出しながら動きの速さまで上がってきている。

 

「くっ」

 

 右手での一撃を防がれた直後に晒してしまった一瞬の隙を突いて背後に回り込んだ福音の攻撃を何とかしてかわすも、そのすぐ後に両翼が槍のように迫ってくる。それを二刀で何とか受け流すも、防御によって動きが止まった隙に福音は再度箒から距離を離す。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

 荒い息を吐き、肩を大きく上下させながら箒は福音を睨みつける。まずい状況だ。決定打を打ち込む瞬間を見いだせないばかりか、回復したエネルギーが再び無くなりつつある。

再度絢爛舞踏を使えば回復はできるだろうが、それでも今までの焼き直しにしかならない。

 

(どうするっ)

 

 必要なのはまず十分な動力源、そして福音を圧倒する機動性、更には確実に沈黙させるための火力。これらだ。

単に絢爛舞踏で回復しただけではどれか一つしか補えない。ではどうすれば良いのか。脳裏に熱を感じるほどに思考をフル回転させる中、それを思いついたのは唐突だった。

 

「そうか……」

 

 絢爛舞踏は確かに強力な回復能力だ。だがただ回復しただけでは再度消耗していくだけ。ならば、常に回復を続ければ、あるいは――

 

「一か八か、だな……」

 

 そもそもの大前提である絢爛舞踏自体も再び使えるか怪しい。だが、できなければそれまでだ。ならば、やるしか選択肢は残されていない。

 

「福音、決着をつけるぞ」

 

 静かに呟いたその言葉が福音に届いたかは定かではない。だがそんなことは箒にとってはどうでも良かった。既に、そのような事に割く意識は無く、あるのはただ『勝つ』という意思それだけである。

 

「はぁっ!」

 

 気合の掛け声と共に再び箒は吶喊し、福音はそれを迎え撃とうとする。

 

(燃え上がれ……)

 

 己の体にそう言い聞かせる。体力の全てを振り絞って、持てる技を眼前の相手に叩きつける。

 

(燃え上がれ……)

 

 紅椿に語り掛ける。これからやろうとしているのは確実にとびっきりの無茶だ。それに無理やりにでも付き合ってもらう。

 

(燃え上がれ……!)

 

 ただ意識を勝利のみへ沈んでいくかのように深く深く集中させる。だが、決して芯にある闘志は冷まさない。むしろ逆だ。言葉通り、更に苛烈なものへと変える。

 

「烈火を纏え! 紅椿ィィイイイイイイイイ!!!」

 

 性懲りもなく真正面からの吶喊を仕掛けてきた相手を迎え撃とうとした福音は、突然雄叫びと共に相手の姿が掻き消えたことに動揺し、一瞬動きを止める。直後、横合いから衝撃が襲い掛かってきた。

 

「隙ありぃいいいい!」

 

 一体いつの間に――仮に福音が人語を発することができたとしたらそう言っていたに違いないだろう。真正面にいたはずの相手が突然掻き消えたと思ったら、横合いから蹴りつけてくるなど、普通は考えられない。

そして箒の蹴りをまともに受けた福音はその直後に今度は背後から切りつけられる更には右側面から、次々と様々な方向から連続して攻撃が襲い掛かってくる。

 そんな中で二刀による斬撃を受け止めたのは偶然だった。刀と腕甲の押し合いによりようやく紅椿はその動きを止め、今の姿を福音の前に晒す。

文字通り、その総身は烈火に包まれていた。全身の装甲という装甲から真紅の燐光が勢いよく放出されている。さながら箒の闘気を具現化させたかのようだ。

 

「お、ぉ、おぉぉおおおおお!!」

 

 雄叫びと共に箒が両腕を押し込む。明らかに先ほどまで以上に機体の出力が上がっている。一体何事なのか、何が目の前の相手に起きているのか、福音には皆目見当が付かなかった。

そして箒は、ひたすらに我武者羅だった。目論見が成功したことへの達成感など微塵もない。ただ、勝ちたいという想いだけが彼女の中で燃え盛っていた。

 箒が行ったこと、それは絢爛舞踏の発動持続である。常に動力を全回復させるエネルギー供給を持続させることで、どれほどエネルギーを大量に消費するような機動、攻撃をも無制限に行う。本当に、思い付きを賭けで試しただけであった。そしてその結果は、今の状況が示している。

回復に回されなかった余剰エネルギーが装甲の各所から噴出する様は、箒の言葉通り烈火を纏っているかのようである。

 

「せぇええええいッッ!!」

 

 箒の両腕が振りぬかれ、福音が大きく弾き飛ばされる。それと同時に箒も動き一気に福音の背後へと先回りすると、最大の難点でもあった両翼を根本から切り飛ばす。

 

「これぞ我らが奥義、『絢爛舞踏』! ――否ッ!」

 

 両翼を切られても福音の飛行能力が潰えるわけではない。最後まで足掻かんと振り向き、その手を箒に向けて伸ばす。

 

「銘打って是即ち、『剣爛舞闘』ッッ!!」

 

 スッと、静かに福音の懐をすり抜け、同時に一閃を見舞った。それと同時に、ビデオ再生を停止させたかのように福音の動きは止まり、紅椿からも真紅の燐光が消え失せた。

 

「私は弱いよ。こうして優れたISがあってやっとまともに勝てる程度だ。私自身など、たかが知れている。だけど、負けられないんだ。決めたから。こんな私を受け入れてくれる仲間を守りたいから、そのために剣にも盾にもなると。私は、私の大事な仲間を、友達を守る防人だ。だから、たとえ私自身がどれだけ弱くても、戦場では負けられない。この戦い――私の勝ちだ」

 

 そう箒は己の勝利を告げた。同時に福音の総身から力が失われ、ついに完全に沈黙をする。そのまま海へと落ちそうになった福音をすんでのところで受け止め、ようやく箒は安堵の溜息をついた。

 

「勝ったよ、みんな」

 

 飛んでくる仲間たちの姿に箒は知らずそう呟いていた。既に水平線には朝日が顔を出し、日の光が頬を照らす。それを暖かいと、箒は心底久しぶりだと思える穏やかな気持ちで感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パン――と、何かを叩くような音が鳴った。それは一度では終わらず、一定の感覚で数秒続く。

夕焼けに照らされた海岸で、事の顛末を見届けた一夏が満足そうな表情で拍手をしていた。

 

「あぁ、素晴らしい」

 

 それは彼に心からの言葉だ。強敵に仲間たちと力を合わせて立ち向かい、最後には持てる力を振り絞って一対一で決着をつける。

まるでよくできた物語だが、それは現実に起きた出来事だ。だからなおさら眩しく思える。

 

「見事、それしか言いようがないよ。箒、素晴らしい。お前がそこまでやれるなんて、オレの想像を遥かに超えていた」

 

 絢爛舞踏もそれはそれで大概だが、それ以上にその絢爛舞踏を持続させての猛攻撃、これには一夏のただただ感嘆するより他なかった。

そして思う。仮に自分が同じ立場なら同じことができただろうか? 仮に自分がアレを相手取るとしたら、果たしてどうなるのだろうか?

答えは分からないだ。以前の箒は、一夏にとっては戦っても十分に勝てる相手、やってきたことは自分もできること。そんな存在だった。それがどうだ、この短い時間の間に彼女はそれを遥かに上回り、それこそ脅威すら感じる存在になっているではないか。

そのことを一夏は純粋な喜びで以って迎えた。元々古馴染でそれなりに思うところある相手だ。そんな存在が明確な成長を遂げた。それは喜びで以って受け入れて然るべきだろう。

 

「認めよう、箒」

 

 少なくとも、未だ技の練度など多くの点で一夏の方が上にある。だがそんなのは些細な問題だ。

 

「お前は強いよ。オレは認める。お前は紛れもない、強者の一人だ」

 

 ゆえに一夏は自分自身に戒める。これより先、箒を相手取るのであれば一切の油断は許されない。他の専用機持ち達と同様、いや、絢爛舞踏による爆発力を考えればそれ以上を想定して良いレベルだ。

 

「そして皆もだ。改めて実感したよ。皆、本当に強い」

 

 セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、誰もが一筋縄ではいかない好敵手たちだ。そして誰もが、各々が持ち合わせる肩書に相応しい実力を持っていると再認識した。

 

「ふふ、これからが楽しみだよ」

 

 一夏にとって武は愛するものだ。その一端を追求できるIS学園という場にあって、これほどまでに素晴らしい好敵手たちと共に競い合えるということが、こうして新たな心持で考えてみると何とも素晴らしい。勝利も、敗北も、余さず貴重な糧になるだろう。

 

「さて、となるといつまでもこうしちゃいられないな」

 

 そろそろ良い頃合いだ。自分もそろそろ起きる時だと一夏は己に言い聞かせる。

 

「じゃあな。また、縁があったら話でもしようか」

 

 傍らの少女にそう語り掛ける。少女は首を動かし、一夏を見上げた。直後、空間を照らす夕焼けが一瞬、一際強く輝いてあたりが黄金に染まったかと思うと、既にそこに一夏の姿は無かった。そうして少女は、一人静かにそこへ立ちすくしていた。

 

 

 

 

 

 




 なんか妙な方向に吹っ切れた箒さんでした。
きっとここから彼女の発言にはところどころ、十四歳な病が見え隠れするのでしょう。
まぁそれを書くのは自分なわけですが。

 箒だけでなく、他の面々にも才能の片鱗的なのを出させてみました。
いずれは一夏や箒ともども、全員の才能が花開いてもうぶっ飛んだ感じのバトルをやったりやらなかったり、日常回で馬鹿やったり。そういうのをしたいなぁと思います。

 とりあえず先の計画として、文化祭の案出しあたりで一夏には軽くはっちゃけて貰う予定ですww

 次回こそ三巻完結させます。多分そこそこ早く仕上がる予定。
そしたら楯無ルートの最後のストックを出して、そして再び更新遅い地獄に入ると思います。
学年上がって講義増えすぎんよー

 ではまた次回。


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第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める

 長かった……
にじファン終了に伴い決めた移転、そして決意した完全新作での書き直し。一昨年の夏から今に至る一年と八カ月、ようやく一区切りと言えるところまで漕ぎ着けました。
いや、まだまだこの作品は続きますけどね。やはり三巻の話というのはIS原作、二次、全体で見ても一つの大きな山場であり区切りとも思っているので。
 何はともあれ、これで三巻は終了です。

 いや~、前回のとで元々一話分だったのを長すぎると半分に切っただけに、早く上げられましたww


「さて貴様ら、私の言いたいことは分かっているな?」

 

 旅館の入り口で仁王立ちをする千冬の前に、無断出撃をした六人がISスーツのまま揃って並んでいた。

あの後、箒自信も消耗の激しさのために自力での帰投が難しい状況となり、結局福音ともども仲間の手を借りて元の海岸へと戻った。

海岸に戻った彼女らを出迎えたのは学園の教員と米軍の関係者を含めた何人かの人物であり、米軍の方に停止した福音を纏ったままのパイロットを引き渡すと、そのまま教員に引き連れられ今に至るということである。

 

「いやぁ、実に驚いたものだ。命の危険があるかもしれん輩を相手に無断出撃など、どこぞの愚弟くらいしかやらかさない馬鹿だと思っていたが、それをやらかす大馬鹿が他に六人もいたとはな。しかもそれが学年を代表する専用機持ちと来たものだ。いやはや、まったく以って驚きだよ」

『……』

 

 口では驚いているとは言うものの、褒める要素は微塵も含まれていなかった。むしろその逆が百パーセントと言えるぐらいである。

 

「分かっていると思うがお前たちがやったことはただ事ではない。学園の規則の範囲を逸脱し、下手をすれば国際問題になりかねんことなのだ。当の米国側がお前たちに温情措置をと言ってきたことや、結果として更なる被害を抑えたことなどを鑑みて厳罰は免ずるが、学園に戻り次第反省文の提出と各自に割り当てられる懲罰訓練はやってもらうぞ」

『はい……』

 

 ぐうの音も出ないほどに自分たちが悪いと自覚しているだけに、六人揃って神妙な顔つきで言い渡された罰を受け入れる。

 

「まぁ、ここで私がいつまでもグチグチ言っても仕方ないだろう。お前たちもそれなりに疲労はしているだろうから、今のところはこれで勘弁してやる。早めに中に戻って休め。他の生徒たちは少々タイムテーブルを変更して予定通りの訓練を行うが、お前たちは今日一日休みだ」

 

 そう言うと千冬は六人の背後に回って旅館に促すように一人一人の背をポンと叩いていく。

 

「それと――」

 

 とりあえずは旅館に戻ろうとした六人の背に千冬の声が掛けられる。

 

「よくやった。そして、よく無事で戻ってきた」

 

 温かみのあるその言葉に六人は揃って振り向いて千冬を見る。そして一斉に破顔した。

 

 

 

「あの、織斑先生。よろしいですか」

「ん? どうした?」

 

 旅館に入ろうとした直前で何かを思い出したかのように質問に来た箒に千冬は首を傾げる。

 

「あの、一夏は……」

「あいつか」

 

 問われて、千冬はどこか言いよどむ様な素振りを見せる。

 

「あ~、あいつはだな、その、なんだ」

 

 千冬自身としてはどういう表現で伝えようかと考えているだけのつもりだった。だが、箒にとってはそうでもなかったらしく、何かに思い至ったかのように顔を青ざめさせると千冬の返事も待たずに旅館へと掛けだしていた。

 

「あ、おい待て! いや実はな――」

 

 とりあえず状況だけでも伝えようとするも、既に箒は旅館の中へと飛び込んだ後だった。結果として伝えるべきを伝えそびれたことになってしまった千冬だが、やがてまぁ良いかと納得すると自身もまた旅館に向かって歩き出した。

 

 

 

 マナー違反も何も忘れて箒は旅館の廊下を走っていた。途中、先に中に戻っていた五人に合流し、五人は五人で突然慌ただしくやってきた箒に何事かと首を傾げる。

 

「一夏が、一夏が!」

 

 箒の切羽詰まった表情と、発せられた一夏の名。それらから一夏の身に何かあったのではないかと五人が思うのに時間は要らなかった。

一人が今度は六人になって、慌ただしい足取りで一夏が寝かせられている部屋へと向かっていく。

 

「一夏!」

 

 バン! と勢いよく襖を開けて箒が部屋に飛び込む。そして彼女の視界に入ってきたのは――

 

「おー、箒か。お疲れー」

 

 膳の上に乗せられた朝食であろう和食を食べている一夏の姿だった。ご飯の盛られた茶碗を片手に、もう片方の手を挙げてまるで日常の挨拶のようである。

 

「い、一夏……?」

「ん? どうした?」

 

 予想していたのとだいぶ、いやかなり違う光景に箒が固まる。彼女の後に続いてやってきた五人にしても、どういうことかと首を傾げている。

 

「いや、何でもない。そうか、早とちりだったか……」

 

 そう安堵するように呟くと、箒は大きく息を吐いて肩を下ろす。少なくとも一夏の無事を確認できたからか、後ろの五人も安心はしている様子だった。

 

「あー、なんだ。よくは分からんが、皆お疲れ。倒してきたんだろ、福音?」

「あぁ。ちゃんと、終わらせてきたよ」

「そうか、なら良いさ。じゃあアレだ。お前らも飯でも食ったらどうだ? 厨房の方に言って一声かければ用意してくれると思うぞ?」

 

 その言葉にようやく六人、空腹を自覚したのかどこか気恥ずかしそうに各々明後日の方向を向く。そして顔を見合わせて頷くとまずは食事をという流れで話が纏まる。

 

「あぁそうだ。一応、言っておこうと思うんだ」

 

 だが歩き出す直前に一夏の言葉が足を止めさせる。

 

「到底信じられないかもしれない。けど、オレは見ていたよ。お前たちをずっと。だから、改めて言っておきたいんだ」

 

 見ていたとは福音戦のことだろうか? それはどういうことか、そして言いたいこととは何なのか。疑問はあったが、ひとまずは一夏の言葉を待つ。

 

「ありがとう」

 

 そして告げられたのは予想外の、礼の言葉だった。

 

「改めて分かったよ。やっぱり、お前たちは強い。だからこそ、オレはお前たちと好敵手で居られることが嬉しい」

 

 そして一夏は六人の顔を順に見ていく。

 

「セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、そして箒」

 

 その言葉に六人が揃って反応を示した。今のはどういうことか。今まで彼は、箒と鈴以外は姓で読んでいた。それが何故急に名前で呼ぶのか。

 

「オレなりの、割り切りだよ。オレはもっと上に行く。お前たちを超えてな。今のは、まぁそれに伴っての自分への喝入れみたいなものさ。もちろん、嫌だって言うなら元に戻すけど」

 

 一夏の説明に一同は納得する。別に名前で呼ぶくらいは一向に構わない。何ならこちらも一夏を名前で呼んでも良いくらいだ。だが、一つ聞き逃せないことがある。

 

「生憎、早々超えられるつもりはありませんわ」

「あんたを打ち負かすのは、あたしの目標の一つなのよ」

「君に勝てるんだったら、それはすごく満足できそうだからねぇ」

「トーナメントの時の負けは忘れんぞ。いずれは、些細な一敗に変えてやろう」

「悪いけど、このまま勝ち越させてもらう」

 

 それぞれ上等と、ならば自分こそが逆に超えてやると宣言する。

 

「私とて、同じ気持ちだ」

 

 箒もまた自分の意思を宣言する。

それを見て一夏はむしろ嬉しそうに頷くと、早く行けと促す。そうして六人が去っていき、再び一人となった部屋で一夏は持っていた茶碗に目を落とした。

 

「あぁ、やはり最高だよ」

 

 静かに、狂的なまでの歓喜を孕みながら呟きは発せられ、その口元は三日月形の笑みを象っていた。

 

 

 

 

 その後は極々穏やかに時間が過ぎ去って行った。元々三泊四日の予定である臨海学校、四日目は昼頃には旅館を後にしなければならない関係上、この三日目が学習活動を行える最終日だ。

想定外の事件こそあったものの、本来の予定を潰すことはできないために専用機持ちを除く大多数の生徒たちは海岸で実機演習に励む運びとなった。一方で一夏をはじめとした専用機持ちには休息が与えられ、各々その休息を思い思いに過ごしていた。

寝かされていた部屋から元々割り当てられていた姉との部屋に戻った一夏の携帯にメールが届いたのは、休息を部屋でごろ寝をして過ごしていた午後のことだった。

 

 そして再び時間は過ぎて夜。既に夕食も終わってしばらく経ち、あとは就寝時間を迎えて寝るだけとなった刻限に一夏は一人で海岸まで赴いていた。

 

「まったく、とんだ大騒ぎだったな」

 

 颯爽と出撃し、そして傷ついた状態で戻り、今度は仲間たちが飛び出していったのがこの海岸だ。たった三日程度なのに、密度が濃いせいで随分と長い時間に感じられた。

 

「さて、確かこのあたりだったはずなんだけど……」

 

 懐から携帯を取り出した一夏は昼に届いたメールを開いてその内容を確認する。差出人は箒、内容はこの時刻にこの海岸にて話があるという旨だ。

どういうことかと夕食の席などでさりげなく問おうとしたものの、その時に話すと言うだけで他には何も言わずじまいだった。そのことに首を傾げたものの、とにかく話を聞かないことにはどうにもならないためにこうして赴いたのだ。

 

「お、いた」

 

 元々夜目はそれなり以上に効く方である。海岸に立つ人影、身にまとった学園の制服と長い黒髪のポニーテールは目的の人物の特徴を大いに表していた。

 

「箒」

「あぁ、来たか」

 

 背後から歩み寄って声をかけた一夏に箒は振り返って彼を迎える。

 

「すまない、このような時間に呼び出してしまって」

「いや、別に結構暇してるから良いけど。それで、メールにもあったけど、話ってのは何なんだ?」

 

 時刻も時刻だ。あまり余計な話で時間を延ばすのも良くない。直球で本題に入る一夏だが、それに箒は何も言わずに素直に応じる。

 

「その、だな。色々言いたいことがあるんだ。まずは、そうだな。福音の件だが、すまなかった」

 

 言って箒は頭を下げる。彼女が何に謝っているのかは問わずとも分かる。福音との第一戦の時のことだろう。

 

「別に良いさ。オレはこうして無事だ。それに事件自体も解決して終わっている。もう、何も気にする必要はないよ」

「……すまない。正直、そう言って貰えて助かるよ」

 

 その反応は一夏にとっても予想外だった。気にするなというのは一夏の本心だが、箒ならそれでも、と食い下がってくるだろうと思っていたのだ。随分と聞き分けが良くなったと思いつつも、別に悪いことではないためにとりあえずはそれで納得することにした。

 

「それで、まだ何かあるんだろ? まさかそれだけのためにこんな場所に呼び出したわけじゃないだろうし」

「あぁ。むしろ、こっちが本題だ。……実のところ、これは私自身でもあやふやなんだ。本当にそうなのかと疑ってもいる。だから、面と向かって言ってけじめをつけることにした」

 

 一体何なのか? 一夏は雰囲気で箒に言葉の続きを促す。

 

「一夏、私はお前が好きだ。離れ離れになる前から、異性として」

「っ……」

 

 あまりに唐突な想いの告白だった。唐突だっただけに一夏も流石に小さく身じろぐ。だがすぐに元通りに戻す。

それに、言われてどこか納得もしているのだ。確信を抱いていたわけではない。ただ、どこかでもしやと思ったことは何度かあった。

 

「……」

 

 箒はまっすぐ一夏を見つめている。その眼差しは学園で再開してから今に至るまでで、もっとも真摯さに満ちたものだった。目をそらすことはできなかった。そしてはぐらかすことも許されないと分かっていた。

 

「ふー……」

 

 小さく息を吐いて一夏は言葉の準備を整える。箒は大まじめに自分の想いを告げてきたのだ。ならば、こちらも相応の誠実さを以って返すのが道理というもの。そして一夏は意を決して答えを告げる。

 

「すまない。その気持ちには、答えられない」

 

 深々と頭を下げながら言った。

 

「正直、ありがたいことだとは思うさ。それに一応は幼馴染なんだ。それなりに他の連中とは違う様にも思ってはいる。けど、すまないな。それでも、そういう風にはなれない」

 

 頭を下げたまま一夏は箒の反応を待つ。あるいはこのまま蹴りの一つでも食らうのだろうか。まぁ告白を断るなんてことをしたのだし、そのくらいはされてもある意味仕方ないと一夏は腹を括る。

 

「頭を上げてくれ。――良いんだ」

 

 だが、返ってきた答えは一夏にとって予想外のものだった。とりあえずは言われた通りに頭を上げて、そこで気づいた。告白を断られたというのに箒の表情には穏やかなものだった。

 

「さっきも言ったろう? あやふやだと。それをはっきりさせるためにこうして告白したのだが、なんだろうな。逆に断られてスッキリした気分だよ。いや、告白した身で言うのも勝手な話だと分かっているのだけど、うん。自分の中では区切りをつけられたから、良いんだ」

 

 語る箒の表情はまるでのしかかっていた重りを取り去ったかのような軽やかさがある。

 

「小さい頃からずっと私の中で燻っていたものに区切りを付けられたんだ。もちろん、受けてくれたらそれはそれで嬉しいけど、こうして断られても気分はそこまで悪いものじゃない。すまないな、我が儘に付きあわせてしまって」

「いや……」

 

 ともすれば、謝るのは自分の方なのかもしれないと一夏は思う。さっきも言ったように、ある程度感づいてはいた。そもそも、先のトーナメント前にそういう旨の言葉を伝えられていたのだ。

だが、思い返せば自分はそれに対して少々対応が不真面目だったのではとも思う。自分の中での武への優先度の高さを変えるつもりは毛頭無いが、もう少し対応をちゃんとしていれば良かったのではないかと、今更ながらに思う。

 

「まぁ、お前の態度にも色々思うところはあったのも事実だが」

「うっ……」

 

 案の定言われた。そしてそれを言われてしまうと一夏には何も言い返せない。何せ自分でも思い返せばちょっと悪かったかなぁと思うくらいなのだ。反論などできようはずもない。

 

「ちょっとは反省したか?」

 

 だが箒はそれ以上の追及をすることはせず、むしろしてやったりというような顔をするだけだった。

思わぬ形で一本取られたことに気付いた一夏は目を丸くすると、観念するように肩を竦めた。

 

「いずれにせよ、もうこれは解決したことだ。だから、もうお終い。あぁ、ずっと抱えてたものを下ろせたからかな、だいぶすっきりした気分だよ。これでやっと、私も本当にしたいことができるよ。一夏。私な、なりたい自分が、成し遂げたいことが見つかったんだよ」

「それは?」

「知っての通り、私はまだまだ弱い。姉さんに良いISを貰っても十全に使いこなせないし、まるで不釣合いもいいところだ。だけど、福音との戦い時に、そんなどうしようもない私に皆は言ってくれたんだ。力になると。力を貸してくれと。

――嬉しかったよ。今まで私を当てにするような人は多くいた。だけどそれは皆、姉さんという私のバックだけしか見ない大人ばかりだった。けど、私と同じ年頃の仲間が、本当なら私の手なんて要らないかもしれないのに、それでも私を頼ってくれた、信じてくれた。姉さんじゃなくて、私を見ながら、私に。

だから、私は応えたいんだよ。そんな皆に。もっと、この紅椿に相応しくなって、もっと成長して。私を仲間だと言ってくれた、私を助けてくれた皆を、今度は私が助けたい、力になりたい。皆が困難に挑むならそれに打ち勝つ剣に、脅威に晒されたのならそれから守る盾に、そして仲間として力になる防人でありたい。やっと見つけられた、私の本当だよ」

 

 胸に手を当てながら、誓いを立てるように語る箒の姿を一夏は静かに見つめていた。そして言い終えた箒に一夏は柔らかい笑みを向ける。

 

「――あぁ、最高だよお前」

 

 手放しの賛辞には焦がれるような熱すらあった。

 

「確かに、まだお前は色々足りてないかもしれない。けど、それを乗り越えて皆のために戦う強さを得る、か。ハハッ、まるでヒーローじゃないか」

「ヒーローだなんて、よしてくれ。照れるだろう」

「いやいや、オレは割と大真面目に言ってるつもりなんだけどな。素晴らしい、立派な願いだよ。生憎オレがその目標について何かしてやれるってのはパッと思いつかないけど、応援はするぞ?」

「そう、言ってくれるだけで十分だよ。正直、私も自分で大言壮語に過ぎるかなと思ってるんだ」

「さて、案外いけるんじゃないのかな? お前、素養はありそうなんだし。諦めなければその夢、いつか必ず叶うだろうよ。少なくともそこまで強くなるというのは、案外現実味がある」

「だと良いけどな。ただ、さしあたっては手近な目標から少しずつやっていくよ」

「それが良いな、ウン。しかしだ、一つ問題があるぞ」

「問題?」

 

 果たして自分の語った内容に何か良くない点があったのだろうか。箒は自分の言葉を脳裏で反芻しながら一夏にどういうことかを問う。

 

「いや、お前がそういうヒーロー的なの目指すのは良いけど、お前アレだよ。ヒーローには敵対する悪役が必要だろ。ニチアサの特撮でもアメコミでもその他諸々でも、もう大昔から世界共通の必須事項だぜ?」

 

 なんだそんなことかと箒は軽く笑う。

 

「別に敵だの悪役だの、そんなものは求めてはいないよ。確かに、私がそうした者から友を守れるようにと望んでいるのは確かだが、別にそうする必要が無いならそれに越したことはない」

「ま、それもそうだな。そうだ、何だったらいっそオレが悪の魔王役でもやってやろうか? オレがやればお前も少しは張り合いが出るだろう?」

「オイオイ、それこそ勘弁してくれ。そんなことをするようなお前の相手なんてこの上なく大変だろうからできればしたくないし、そもそもお前が言うと冗談に聞こえない」

「いや確かに」

 

 そして二人は揃ってカラカラと笑う。

 

「ふぅ。話したいのは、これくらいかな。すまないな、一夏。遅くにこんな場所に付き合わせてしまって」

「別に良いさ。色々、来た甲斐はあったよ。あぁ、有意義だった」

 

 それなら良かったと箒は胸を撫で下ろす。話すことはもう無いからと言うことで話はお開きとなり、箒の方が先に旅館へと戻っていく。残った一夏は波の音を聞きながら夜空を見上げた。

 

「クッ、ククッ……」

 

 先ほどの箒との会話、それを思い出しているが自然と笑いが込み上げてくる。別に面白いとかおかしいとかではない。では何故か、強いて言えば興奮が一番近いだろうか。

 

「本当に、これからが楽しみだ。あぁ、IS乗ってて良かったよ、本当に。全く、これだから武はやめられない」

 

 冗談めかして箒に言った自分が魔王云々だが、それはそれで面白いと思っているのも事実だ。互いに頂点を極めて、その果てに半端など許さない、存在を許されるのは片一方のみの決闘を繰り広げるというのも一夏は大いにアリだと思っていた。

 

「まぁ、そんなのまだまだ先なんだろうけどな」

 

 どんな結末になるにせよ、今の自分はとにかく実力が足りていない。今しばらくは修練に精を出していればそれで良いだろう。だが、今までとは違う。そうすることへの意義が今まで以上に明確になった。きっと、今後の修練はより高いモチベーションで行えることだろう。それを考えると今すぐにでも学園に戻ってトレーニングをしたいくらいだ。

 

「あぁ、本当に楽しみだ」

 

 喜悦を孕んだ呟きは誰の耳にも入ることなく、潮騒と共に夜空へと溶け消えていく。そして流れる雲が月を覆い隠し、地表を照らす光が薄れると同時に海岸からも一夏の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして箒と一夏が海岸での会話をしていた頃とほぼ同刻、同じく旅館から離れた場所にある崖ではまた別の人物の組み合わせによる邂逅があった。

 

「ふむふむ、いやーさすがは箒ちゃん。中々の稼働率だねぇ。絢爛舞踏の発動に、それを持続させての戦闘。うんうん、嬉しいよー」

 

 虚空に映し出された空間投影式のモニターを見ながら束は満足げに頷く。

観光用スポットでもあるこの崖には当然ながら安全対策としての柵が設けられている。そこに座りながら束は妹の挙げた戦果に喜びを隠さずにいた。

彼女の周囲には他に特別な物は何もない。しかしながら彼女が先ほどから手で操っているのは専門の機材を必要とする空間投影式のモニターだ。それを携帯電話感覚で扱うあたりに、篠ノ之束という人間が持つ技術的な底知れ無さがある。

 

「相も変わらず呑気だな」

 

 そんな束に背後から声が掛けられる。直前まで気配を消していたのか、腕を組みながら千冬が立っていた。

 

「お、ちーちゃん! やっほー!」

「ふん」

 

 振り向き、親友に朗らかな挨拶をする束に対して千冬は険しい表情を崩さないまま鼻を鳴らすだけだった。

 

「そんなに楽しいか? 自分の演出が成功したことは」

 

 言外に今回の一件の黒幕はお前だろうと千冬は言う。もちろん確たる証拠があるわけではない。

強いて挙げるとすれば、救出された福音の操縦者、ナターシャ・ファイルス米空軍中尉が意識を取り戻した後の千冬含む学園関係者を同席させての事情聴取で、「福音は何かに周囲への認識を操作された」というこれまた確証の無い証言だけだ。

だが千冬にはそれだけで十分だった。そしてそんな真似を、大方ISのパイロットへの忠誠を利用して『防衛』として無差別撃破をさせるような、そんなISの思考誘導を行える。束以外にありえないと千冬は断ずることができた。

 何故束がそんなことをしたのか、同時に千冬が推測したのは動機。これも確証があるわけではない。だが、ほぼ同時に行われた紅椿の披露目と箒への譲渡、そして束の思考傾向を考えるに箒を暴走ISを鎮圧したヒーローとして世界に華々しくデビューさせたい、そんなところだろうとあたりをつけていた。

結果としては概ね束の思惑通りに事は進んだのだろう。だが、同時にそれは多くに被害を齎した。福音のコアの凍結が決定されたと聞いた時のナターシャの、まるで我が子を亡くした母のような姿は今も千冬も瞼の裏に焼き付いている。そうした事も踏まえて何か思うところは無いのか、その意図を込めて千冬は問うたのだ。楽しいのかと。

 

「んー、楽しいか楽しくないか、かぁ。箒ちゃんが活躍したのは嬉しいけど、それ以外はどうでもいいね。なって当然の流れだし、それで何がどうなろうと私の知ったことじゃないもん」

 

 その言葉に一瞬、千冬の眼がこの上ないまでに険しさを増す。だがすぐに元に戻すとそのまま黙って束を見つめる。

 

「束、お前は私の親友だ」

 

 その言葉は束ではなく、むしろ千冬自身に言い聞かせるようなものだった。例えその行動にどのような想いを、それこそ怒りすら抱こうとも、それだけは決して崩してはならないと己を律するかのように。

 

「少なくとも私は、友とは何も相手の肯定をするばかりのものではないと思っている。時にはその者のために苦言を呈することも必要だろう。そして今がその時だと私は思う。

既に、福音の案件も箒の紅椿の案件も起きて、過ぎてしまったことだ。それについてもうどうこうは言わん。だが敢えて言わせてもらうぞ。あまり、世間を引っ掻き回すような真似はよせ」

「う~ん、ちーちゃんの頼みだから聞いてあげたいんだけどね~。いや、本当にそうなんだけど。けど、私にも事情ってものがあるからなー」

「そうだろうさ。だが、人は集団で生きる生き物だ。時に周囲を鑑みて己を抑える。それも必要な営みだと思うがな」

「ごめんちーちゃん。そこだけは私は反対するよ。断言する。この地上で、誰一人として私に及ぶ奴なんていない。そして私はもう私一人で完成してるの。ちーちゃんの言い分は、未完成で不出来な有象無象が自分たちのために、ちーちゃんみたいに本当に優れている人を飼い殺すためのくっだらない理屈だよ。だから私は誰にも私の邪魔はさせない」

 

 それは己が人類の中で最も優れているという強固な自負から来る言葉だ。本来であれば馬鹿なと一蹴される大言壮語だろう。だが、それを言っても認めざるを得ないものがあるのも、また篠ノ之束という人間だった。

 

「だとしたら、私が単に優れているわけでもない、平凡な人間だという話さ。いや、だから人なんだろう。一人で全てが完成している奴など、それはもはや人ではないのかもしれん」

「だったら私は人でなくって良いよ。そうなると何だろう、神様かな?」

「さぁな。興味などないのでな、そういうことには」

 

 話がそれたなと千冬は咳払いをして話題を戻す。

 

「とにかくだ。妙に哲学的な話になったが、私が言いたいのはもう少し自重しろということだ。お前の起こす騒動に振り回されるのは、学生時代にもう一生分経験したからな。これ以上は御免こうむる」

「さて、それはこの世界次第かな~」

「どういうことだ」

「ねぇちーちゃん。ちーちゃんはさ、この世界は楽しい?」

 

 また何をいきなりと思う。何となく話が先ほどのことに蒸し返されそうな気がするも、無視しても面倒なので答えることにする。

 

「楽しいこともあればそうでないこともあるさ。だが、私は今の暮らしにそれなりに充実を見出している。それ以上はあまり望まんな。今の落ち着いた生活でさえ、私には過ぎたくらいに価値あるものだ」

「そっかぁ。――私はつまんないよ。ワクワクすることが何もない。だからね、ちーちゃん。私は見たいの。私でも理解や想像が及ばないものを。そうすれば、私はきっと世界を楽しいと思えるな。ねぇ、ワクワクしたいからそのためにできることをする、それって変かな?」

「その望み自体は分からんでもないし、そのための行動云々についても理解はできるがな。だが私が問題にしているのはその度合いだ。極論、何から何までお前一人で完結するならばまだしも、まるで無関係な大多数を否応なしに騒動に巻き込む様な真似は控えろ。言いたいのはそれだけだ」

「それができたらねー。じゃ、私はもう行くよ。ここでやることはなくなっちゃったし。バイチャー」

 

 言いたいことだけを言い切ると、軽い挨拶を残して束は柵から崖へと身を投じる。傍から見れば自殺行為以外の何でも無い行動だが、今更その程度で死ぬような人間ではないと分かっているため、千冬は特に慌てたりはしない。

 

「全く、面倒なことだよ」

 

 起きた諸々、これからあるだろう諸々。漠然とそれらを纏めて考えて、そう呟かずには居られなかった。

破天荒の極致にある親友に頭を悩ませながらも、千冬は大人しく旅館へと戻ることにする。明日の昼頃には学園への帰路につくのだ。色々とやっておかねばらないこともある。

思い返せば騒動だらけの臨海学校となってしまったが、願わくばこんな大騒ぎはこれっきりにしてほしいものだと、千冬は天に祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃、学園の子たちは帰路についている頃合いでしょうか」

 

 首都に無数に存在するビル、その中にまた無数に存在する一室で美咲は腕時計を見ながら呟く。

防衛省に関係するこの建物は日本政府にとっても主要というわけではないが、重要と言える意義を持った施設の一つだ。その中に立場故に専用の執務室を与えられている美咲は手元の資料に目を向ける。

 

「福音の暴走事故、結果として事は収まったから良しとしましょうか。私が出る程でもなかったですし」

 

 言いながら美咲はペラペラと紙を捲っていく。

 

「それにしても、織斑少年も然りですが、本当に興味深いことになっていますね」

 

 今彼女が見ているのは部下に個人的に頼んでおいた数人の人物についての調査資料だ。

そこに載っているのは皆十代半ばの少女たち。記された名は五名、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪。

一人一人について、経歴や戦歴、IS戦におけるスタイルなどが簡単に纏められている。どれも公に発信されている、少しそういう方面に明るければ比較的容易に手に入る情報から一歩二歩程度進んだものであるため、情報としての機密性はそこまで高いものではない。

単に、美咲個人が彼女らを知りたいと思い集めただけのものである。

 

「他の方々はただの候補生の一角とお思いでしたけど。いえ、現状では仕方ないですね」

 

 福音とIS学園の専用機持ちたちとの交戦は日本政府も衛星によって映像を入手していた。別にそれ自体は他の国もやっていることだろうから問題は無い。重要なのは、そこからどれだけの情報を得られるかだ。

 

「さて、一体どれだけの人間がこの子達の真価を見出せるか。千冬は意外にそのあたり鈍いところがありますし、あとはエデルトルートくらいしか思いつかないですけど」

 

 福音と多数の専用機の戦闘を記録した映像、当然ながら見られる人間は限られるが、仮にISに携わる者がその映像を見たのであれば、多くの人間は福音にばかり目が向くことだろう。だが、美咲にとって本当に見るべきはそれを相手取った七人の若者たちだ。だが、仮にそちらを見たとしても、やはり注目されるのは一夏と箒の二人だけだろう。

世界唯一の男性IS操縦者と、篠ノ之束の実妹でありその彼女から最新鋭の謹製ISを受け取った人間だ。それも無理なきこと。だが美咲に言わせれば他の五人も十二分に見る価値があると言える。

 

「節目、になるのでしょうか」

 

 ISが世に解き放たれてから十年。何事においても十周年などというのは特別な意味合いを持つものだが、それはISにも当てはまることなのかと美咲は思う。

 

「このような時節にこれだけの才が同時に一か所に集う。何やら運命的なものすら感じますね」

 

 美咲が福音と戦った候補生達に注目した理由はただ一つ。記録された戦闘映像、その中で片鱗を見せた才覚ゆえだ。

一体どれほどの数の人間が気付くだろうか。第一に美咲自身を挙げるとして、おそらくは片手で足りる程度なのではないかと思う。何しろ当の本人達ですらまだ自覚はしていないのだろうから。

しかし断言できる。福音と対峙した若者たち、その誰もが内には唯一無二、他者の追随を許さない絶対とも言える才を秘めている。それを見出せたことが、この一連の事件における最大の収穫だと美咲は考えている。

 

「私も、千冬も、エデルトルートも、何処とも知れないミューゼルも、黎明を切り開いてきた人間。しかし既に私たちは時代の過去となってしまった。であれば世代交代は必然。そして今度は、この子たちが中興を為すということでしょうか。クスッ、どうなるのかとても楽しみですね」

 

 見出した才の行く末、気にならないわけがない。表に出ることなく埋もれていくのか、あるいは開花し、他にとっての導き、象徴となる奇跡に至るのか。

同時に、自分が何をすべきかも考える。これほどの才を目にしてただ眺めているというのはどうにもつまらない。何かしらで、少しは関わってもバチは当たるまいと思う。そしてふと思いついたことに、美咲は面白そうに口元に微笑を浮かべた。

 

「ですが、まずはこちらをどうにかしなければなりませんね」

 

 言いながら美咲は再び紙を捲る。現れた次の資料に書かれた文字に美咲は冷たい眼差しを向ける。

防衛省の情報本部から齎されたソレには、IS学園周辺で確認された未確認勢力の存在が伝えられていた。

 

 

 

 

 

 かくして蘭月の一騒動は幕を閉じ、猛暑が盛る時節へと時は移っていく。

そうして過ぎていく日々の中で何が起こるのか。それを完全に知る者は誰一人として存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いや、本当にここまで漕ぎ着けるのは長かったです。
浪人時代に一年かけて書いてきた旧作、それを一度リセットしてからの書き直しですからね。我ながらよくもまぁエタらずに続いたもんだと思っています。
これもひいては日頃からご愛顧頂いている読者の皆様の応援の賜物と思っております。まだまだ続く本作、見切り発車も良いところ、終着駅はどこへやら、そんな行き当たりばったりな作品ですが、今後もおつきあい頂けると嬉しいです。

 結局、福音戦第二ラウンドは一夏の出番はありませんでした。このあたり、自分個人としましてもIS二次の中では比較的珍しい部類に入るのではと思っています。そして、何かと損な役回りが続いていた箒も、やっと本格的な活躍ができるようになって書いている身として嬉しい限りです。
あくまで主役は一夏ですが、同時に箒には一夏とは違うヒーロータイプな感じで動かしていけたらと思っています。
 さて、そういえばウチの一夏は箒の告白を見事に断りましたが、特段後腐れも無いので、これが関係にどうこうは影響しません。ご安心を。
 そして束と千冬の彼氏いない歴=年齢な女ズトークときて、なんかもう二巻の時にも似たようなことやりましたが、裏で何かやってる美咲さんです。何やら候補生たちにもロックオンしましたが、別に危害を加えるとかは無いので、そこについてもご安心を。

 さて、今後の予定としましては、とりあえず次は何とかして楯無ルートを更新します。
とりあえず最後のストックの修正をして、投稿。そしたら続きを頑張って書いてみようかなと。そしたらまた本編を少々ですかね。夏休み編をいくつか、イメージとしては短い話を小出しにする感じでやろうかなと思っています。一巻終了後にやった、一夏のISとかから離れた日常的なのとか書きたいです。ハジけさせたいです。
 あとは、まだ構想の域を出てはいませんが、夏休み後として遂に亡国も介入しだす文化祭ですね。何だかんだで原作沿いな流れが今まで続きましたが、ここから徐々に違う流れへとシフトさせていけたらと思います。はてさて、そこまでいくのにどれくらいかかるやら……
亡国ついでにあの人も本格的に絡みだす予定ですし。書きたいとは思っているので、頑張って進めたいです。

 ひとまずこのくらいでしょうか。あぁ、あと夏休み編が一段落したら人物紹介的なのも軽くやってみたいなと思ったり。

 感想ご意見は随時お受けしています。来れば来るほどに作者はどこぞの軽空母よろしくヒャッハーします。それでは、また次回の更新の折に


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第四巻相当
第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ


 次の更新はまた楯無ルートだと言ったな。あれは嘘だ。
騙して悪いが仕事なんでな――すみません石は投げないでください。

 いえ、本当に申し訳ないです。
ただ楯無ルート、話の続きを考えてもこれが中々に纏まらず。
とりあえずこっちの方はスイスイ書けそうだったので、こうなったというわけです。平にご容赦を。

 今回は、強いて言うなら三巻後という感じでしょうか。
それでは、どぞ


 一口に人生と言えどもそれは実に多様だ。

地球上に存在する全人口は凡そ六十億などと言われていたのも既に過去の話、そこへプラス十億をした凡そ七十億というのが現在の世界における総人口だ。

そしてその数十億にも存在する数多の人生において同じものなど一つもありはしない。もちろん、持って生まれた才能、育った環境や持ちうる財産などなど、人生を構成する要素が似通っているということは決して珍しいことではない。だがそれでも、まったく同じ人生などというものは一つ足りとて存在はせず、一人一人にオンリーワンの人生があることだけは、絶対とも言える世の摂理だ。

 

 さて、そんな人生ではあるが、過ごしていく中で避けることのできない出来事というものは往々にしてある。

極端な話だが、母の腹からこの世に生れ出る誕生、生命の灯が消え大地へと還る死、この二つはどんな人間も決して避けることができない、人生における二大儀式と言っても過言ではないだろう。

もちろん、前置きした通りにこれは極端な例である。だが、人生において何かしらそうしたものが付き物であるということはおそらく万人が理解や共感をできるところであろう。

 

 そして今、洋上に建てられた人工島(メガフロート)、その上で日々を過ごす少年――織斑一夏――もまたそうした避けられぬ人生の関門に直面していた。

只の高校一年生の男子、と言うには彼は些か特殊に過ぎている。世界で唯一の男性IS適合者、IS業界で雷名を轟かせた無双の女傑を実姉に持ち、更にはそのIS全ての生みの親とも知己。加えて彼自身の能力に目を向けて見れば僅か数カ月ながら各国の候補生にも劣らぬ実力を備えたIS乗りへとなり、ISに寄らぬ純粋な武芸においても確実にその年頃としては世界規模で上位に食い込む。

何も知らない、それこそ凡そ日本の学生のスタンダードとも言える生活を送っている同年代の少年少女らが聞けばまさしく特別とも言える存在だ。彼自身はそれを殊更に吹聴するような気質ではないが、特別であるということは自他共に認めざるを得ない事実だろう。

 だがそれほどまでに特別とも言える彼は今、学道に邁進する立場として避けられぬ壁に立ち向かっていた。

それは彼だけではない。彼と同じく、洋上の学び舎に籍を置く少女達も、全世界に存在する「学生」という立場にある者ならば誰もが直面する壁だ。

勿論、一人一人に違いはある。目覚ましい成績をたたき出す優等生も、教師すら匙を投げたくなる成績不振者も、裕福な家庭に育った者も決してそうとは言えない家庭に育った者も、男女も関係ない。

それに差し掛かる時期、その困難さはまた各々によって変わってくるものの、学生であるならばそれは決して避けては通れぬ試練である。

 

 

 その名は―――テスト。

 

 

 

 

「それでは試験終了です。後ろの席の人から回答用紙を前に回していって下さいね~」

 

 キーンコーンカーンコーンという、毎日定刻に同じリズムと同じ音階で鳴るチャイムと同時に一年一組試験監督を務めていた真耶が教室中に声を掛ける。

七月頭の波乱に満ちた臨海学校を終えてから丁度二週間程度、第三週が終わると同時にIS学園第一学期期末考査の学力考査が終了を迎えた。

数学や社会学、出身国に分かれた選択式外国語などの所謂通常の学校で言われる主要五教科にあたる科目に加え、IS学園ならではのISに関する各種理論などの専門科目を加えた試験は誰もがそれなりに負担に思っていたらしく、真耶の言葉で試験終了と相成った瞬間に教室のそこかしこからざわめきが上がる。

厳密にはまだ試験自体は終了してはおらず、この後土日の休日を挟んだ後にISの実機を用いての実技試験もあるのだが、それでも試験そのものに一区切りが付いたことに変わりはない。答案の回収のために自分が書いた紙を回しながら、あぁだったこうだったと試験を振り返る会話が織りなされていく。

 

「はい、皆さんお疲れ様でした。学力考査の結果は一週間後、実技試験が終わった後に皆さんに伝えられます。私は皆さんだったら補習のボーダーもクリアできていると信じているので、残る実技試験を落ち着いて、全力で頑張って下さいね」

 

 IS学園の学力試験は当然ながら成績不振者への補習を課している。しかしその基準は順位ではなく純粋な点数によって決められる。極端な話、点数さえボーダーをクリアしていれば学年最下位の順位でも補習は回避できるのだ。

そして生徒たちに残る実技試験へのエールを送った真耶が教室を出ると同時に、教室内のざわめきは一気に喧騒へと度合いを上げる。ある意味で女子らしいと言える光景、誰かの机の周囲に何人かでグループを形成し会話に興じるという光景が室内のあちこちで確認できるようになった。

そんな教室の中の一角、中央列最前部だけは他とは異なる空気が漂っていた。

 

「あ~……」

 

 当該のエリアに座席がある相川清香は何とも言えない表情で言葉を濁らせる。テストが一つの区切りを迎えたことについては他の級友同様に安堵などあるものの、それ以上に気になることが今の彼女にはあった。

チラリと、清香は隣の席の方へと視線を向ける。そこにある光景を見て更にコメントに困る。だが流石に無視もできそうにないので、意を決して清香は声を掛けることにした。

 

「え~と、織斑くん?」

 

 彼女の隣の席に坐する校内唯一の男子生徒、織斑一夏。席が隣ということやISの実機を用いた授業で彼と同じグループであることなどもあり、清香としてはクラスの中でも比較的交友が深い方だと思っているクラスメイトは――屍と化していた。

 

「……」

 

 常の毅然とした立ち居振る舞いからは想像もできないような、ダラリとした恰好で背もたれに身を委ね、虚空を見つめながら乾きに乾いた薄笑いを浮かべる様はまさしく燃え尽きたソレだ。これが漫画やアニメの類だったら「チ~ン」という仏壇の鐘を鳴らす擬音が添えられていること間違いなしだろう。

少し姿勢を変えて前のめり気味になったらなったで、どこぞのボクシングバンタム級東洋チャンプよろしく「燃え尽きたぜ、真っ白にな……」とかモノローグで言っていても良いだろう。要するに、日頃からは想像もつかない程に打ちのめされた姿ということだ。

 

「一夏は、大丈夫そうか?」

「あ、篠ノ之さん」

 

 どうしたものかと思案する清香に箒が声を掛けてくる。IS開発者から直接、少々悪い言い方になるがコネで最新鋭の専用機を受け取ったということで、臨海学校以後に陰で何かと言われることになった彼女だが、当の本人は知らぬ存ぜぬを通している。

清香自身、箒が専用機を受け取った場面や陰で言われるアレコレなどを見たり聞いたりしたため、やや思うところがあったこともあるが、、今では特に気にすることなく普通に接することができている。というより、一組自体がそういう雰囲気である。

臨海学校の後、箒自身も専用機を持つことで意識が変わったのか、今までにも増して日々の修練に取り組んでおり、それを目撃したクラスメイトが多いからこその自然な評価と言えるところだろう。その意識改革に伴ってか、妙に暑苦しかったり堅苦しかったりする珍妙なテンションに多々なるようになったのは、まぁご愛嬌だろうか。

 

「私もそれなりに苦戦はしたが、こいつの場合は更にだろうからな」

「まぁスタートが違うもんねぇ……」

 

 IS学園を志す生徒はその多くが早い者では小学生にあたる年齢からそれを見据えた学習を行っている。

学園側もそうした受験者、そこから選抜された生徒たちのそうした事前の学習を見越したうえで授業のカリキュラムを組んでいるのだが、それが一夏にとっては何よりの壁だった。

何せ一夏は受験シーズンに至るまで、あくまで普通の高校受験を見据えた勉強しかしていない。そこへいきなりIS学園への入学である。単純に積み重ねた土台が違うのだ。

勿論学園側、というよりは教師の方もそれは弁えており、副担任の真耶が主導となって個別の補習を行ったりもしてきた。だがそれだけでどうこうできるほど差は甘いものではなく、その現実をこのテストで彼は見事に叩きつけられたというわけである。

 

「そういえば篠ノ之さんはどうだったの? 確か篠ノ之さんもこっちに来させられたって前に言ってなかったっけ?」

「あぁ、そのことか」

 

 一夏とは経緯が異なるものの、箒もまたIS学園への入学を強制された立場にある。その詳細は、彼女の姉にあると言えばそれだけで凡その説明はつくだろう。

 

「私の場合は、これを幸いと言うべきかは分からないが、それなりに早い段階からその旨を伝えられていたからな。まだ対策を立てることはできたよ。

だが、私もまだまだだな。所詮流されるに従ってでは、自分の意思でこちら側に踏み込んできた皆とは差があるのだと痛感させられたよ」

「いや、そんなことは無いと思うけどなぁ」

「いやいや、それこそだ。まぁ私も一夏も、ひとまず補習のラインをクリアできれば御の字と言ったところだろう。少なくとも私は、今回はそれ以上は望まないよ。無論、次は今回以上を目指すがな」

 

 語る箒の眼差しは穏やかでありながらも強い意志の光を宿している。どこか頑なだった以前と比べて、何となく深みが出てきたというのが清香の何となくでの印象だった。

 

「で、問題はこっちなわけだが……」

 

 そこで箒は再び一夏に視線を戻す。いつの間にか一夏は机に突っ伏している。顔と机の間からブツブツとうめき声のような音が聞こえるあたり、彼の重傷具合が伺えるというものだ。

 

「大丈夫かなぁ、織斑君。半分壊れたスピーカーみたいだけど」

「まぁ健康面については心配ないだろうが……いや待て。壊れたスピーカーか。なるほど、妙案だ」

 

 一人したり顔で頷くと、何のことか分からずに首を傾げている清香に構わず箒は一夏の隣まで移動する。

 

「な、何するの?」

「いや何、単純な再起動だよ。壊れたスピーカー、実に良い例えだ。そして不調を起こした家電を直すのには、古くから日本に伝わる由緒正しい方法がある」

 

 言いながら箒は右手で手刀を形作り、はぁーと静かに息を吐く。その明らかな予備動作に何をしようとしているのか察した清香が慌てて止めようとするも時すでに遅しであった。

 

「奥義! 斜め四十五度お婆ちゃんの家電直しチョップ!」

 

 そんな取ってつけたような適当な技名と共に箒は手刀を振り下ろす。一夏の頭に直撃するのには一秒もかからない。だがその瞬間が清香には何故かスローモーションに見えた。理由なんて存在しない。強いて言えばその場の雰囲気とノリだ。

しかし振り下ろされた手刀は一夏の頭に当たることは無かった。外れたわけではない。それ以前だ。箒の手は彼の頭に届くことなく、その頭上数センチの所でピタリと停止していた。

箒自身が止めたわけではない。そもそも箒は本気で当てようとしていた。止める道理が無い。であれば、必然それは別の外的要因によるものだ。

 

「いきなり止めてくれ……」

 

 突っ伏したまま、どこか疲れ気味な声で一夏が言った。そしてダラリと垂れ下がっていたはずの右手はいつの間にか箒の右手首をガッチリと掴んでおり動きを完全に抑え込んでいる。

 

「うっそー……」

 

 欠片も想像していなかったぶっとんだ光景に清香はあんぐりと口を開ける。一夏は僅かにモゾモゾと身動ぎをすると、掴んだままの箒の手をどかしつつゆっくりと起き上った。

 

「箒、オレ一応グロッキーなんだけど」

「これぐらいできるなら全然大したことはないだろう。どうせこうなるだろうと予想はしていた。それに、一応復活したのなら私はそれで良い」

 

 パッと自身の右手を掴む一夏の手を振り払いながら箒は悪びれる様子を見せずに言う。それに一夏は何かを言いたそうにするが、それも億劫なのか小さくため息を吐くだけでそれ以上を言おうとはしなかった。

 

「で、どうなのだ実際? 随分と酷い様子だったが」

「どうもこうも、見ての通りだよ。一般科目は、まぁ中学の延長だ。まだ目はある方だと思ってるけどね。IS系の専門は、いかんな。お察しレベルだ。補習回避できればもうそれで良い」

「まぁ、私も似たようなものだからあまりとやかくは言えないがな……」

 

 そこで二人そろってハァとため息を吐きながら肩を落とす。

 

「クソッ、数馬さえいればこんなことにはならないのに……」

「それ、織斑君の友達?」

 

 聞き慣れない名前に問うてきた清香に一夏はそうだと頷く。箒も、そういえば以前に凰が一夏の親友として名前を挙げていたなと聞きながら思い出した。

 

「オレの親友だよ。それともう一人、本当に一番な親友さ。数馬、あいつ成績めちゃくちゃ良くてさ。中学の頃はテスト前にはよく世話になったよ」

「へぇ~。けど、それでもココのテストは厳しいんじゃないかなぁ?」

 

 清香は純粋に疑問としてそう思った。IS学園での学業、その主たるIS関連の授業とその内容は曲がりなりにも専門教育だ。どれだけ成績が良かろうと、それに接する機会が無い男子では厳しいのではないか、そう思っての発言であった。

一夏もそれを分かっているからこそ、少々親友が軽んじられているような言葉でも仕方がないと怒りはしない。する必要もない。何故なら彼には確信があるからだ。

 

「まぁゼロじゃ厳しいな、それは勿論。けどな、断言できるんだよ。あいつの頭は並じゃ無い。とりあえずはオレ達が普段から使ってる教科書や参考書、オプションに専門書でもポイと渡して放っておいてみろ。あっという間にオレらじゃ追いつけないレベルまで頭に叩き込んでくるぞ。あいつは、その辺の知識欲が凄いからな」

「ふ~ん」

 

 納得しているのか否か曖昧な清香だが、それも無理のないことだと一夏は思う。親友の凄さは実際に関わってみないと分からない。

 

「でも、無いものねだりしても仕方がないからな。それに、正直まるでゼロの状態から一応補習回避が狙えるレベルっていうのは我ながらよくできたものだと思うよ。山田先生には感謝だ」

 

 日々、放課後に時間を工面して補講をしてくれた真耶に一夏は胸中で深い感謝を示す。

色々と言い表す言葉はあるが、あえてシンプルに言うならば真耶は本当に良い人、良い教師であるというのが一夏の認識するところだ。少なくとも一夏の人生十五年と数カ月の中で、そのように思える人物に出会ったことは殆ど無い。

 

「まぁ、終わったことをあれこれ言っても仕方ないだろう。それより、もっと先を見るべきだと私は思うがな」

「それもそうだ」

 

 箒の言葉に一夏はごもっともと肩を竦めながら同意をする。同時に、言葉には出さないものの本当に前向きになったものだと、幼馴染の変化に感心をする。

 

「一夏、今日はどうするつもりだ? 私は道場で斎藤先輩と沖田先輩に稽古をつけてもらう予定だが、お前も加わるというなら歓迎するぞ」

「いや、悪いけど遠慮するよ。ちょっと別で考えていることがあってな。それをやりたい」

「そうか。なら仕方ないな」

 

 

 

 

 そうして適当なところで会話を切り上げて各々戻り支度を整える。残る試験は実技試験。専用機持ちは当然ながらに相応の結果を求められるために、それぞれがそれぞれのやり方で訓練に励んでいる。

それが今日の場合は箒は上級生との稽古、一夏の場合は自主練というわけである。

 

「そういえば箒、最近先輩とよく稽古しているよな」

「あぁ。私も、先日の件でとことん未熟を思い知ったからな。紅椿を使いこなすのは大事だが、何よりもまず私自身の成長が必要と踏んだまでだ。おそらく、半端な自力では紅椿を十全に扱うなど無理そうだからな。そういう点で、先輩との稽古は有意義だよ。剣士とIS乗り、双方で良い先輩方だ。ためになる」

「それは重畳。あぁ、だがな箒。オレを簡単に超えられると思うなよ? 悪いが、この間の件はオレも中々に堪えてね。あぁ、まだまだこれからさ」

「当然だな。むしろそうでなければ私も張り合いが無い」

 

 別々に訓練をすると言っても、校舎を出るまでの道のりは一緒だ。たまたま教室を出るタイミングが重なったために、二人はそのまま共に校舎を出ることにしていた。

 

「しかし先ほどの手刀を止めた時もそうだが、一夏。私の気のせいかもしれないが、臨海学校からこっち、技の冴えが増してないか?」

 

 ふと何気なく、会話を続けるために投げ掛けたつもりの問いだった。だが箒には予想外なことに、一夏は思いのほか深刻そうな表情になると静かに己の手を見つめた。

 

「……正直、自覚はある」

 

 夢と言える出来事であった故か、詳細はおぼろげになりつつもあるも、あの永久の夕焼けに照らされた砂浜での一連の流れは今も確かに覚えている。

箒に言った通り、臨海学校を終えてからというもの、自身の技、もっと言えば体を動かす時の自分自身の感触と言うべきだろうか。それがよりクリアなものになっているという実感があった。

そして何が切っ掛けかと問われれば、間違いなく夢での出来事だろう。変わったのは心持ちだけかと思いきや、一夏自身が驚くほどにそれはフィジカルへの影響もあった。

 

「まぁ、いっぺん手酷くやられて何か変なスイッチでも入ったんじゃないかな。今となっちゃむしろ好都合だよ。そういう点じゃ、福音(ヤツ)には感謝かな」

 

 だが夢の中のことは誰にも言えない。言ったところで信用などされるはずもないし、むしろ信用などされない方が良い内容だ。だから一夏は適当な言葉で流すことにしたのだが、今度は逆に箒が固い表情をしていた。

 

「ちょっとだけ、良いか?」

 

 そうして二人は校舎を出るための足を止め、廊下の一角で共に壁に背を預けながら話すことにした。

 

「一夏、先ほどお前は動きや技のキレが良くなった自覚があると言ったが、いや、お前なら気付いているだろう? 他の皆のことも」

「……まぁな」

 

 ここで言う皆とは、即ち一年における専用機持ちのことである。

 

「程度の差はあるけど、みんな明らかにその辺が前と違ってる。実際、この前の授業でも姉さんがその辺りを言っていた。オレの私見だけど、やっぱりそれなりの苦難を乗り越えての成長ってやつじゃないのかな?」

「なら良いのかもしれないが……」

 

 どうにも釈然としかねているような箒に一夏も気になり、何が気になっているのかを問う。

 

「あの戦いの後、私たち全員は丸一日の休息を貰っただろう? その時に、凰が私に話しかけてきてな。二人で話をしたのだが――」

 

 答える箒が語りだしたのは臨海学校三日目の最中のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「箒、ちょっと良い?」

「どうかしたのか?」

 

 三日目、休養を命じられた専用気持ちを除く全生徒が訓練のために出払っているころ、一人部屋で暇を持て余していた箒は唐突に訪ねてきた鈴を部屋に招き入れた。

 

「悪いわね、急に。ちょっとあんたに聞きたいことっていうか、話っていうか、そういうのがあってさ」

「話、か」

 

 とりあえずは簡単なもてなしでもと箒は部屋に備え付けられているティーセットで湯呑に居れた緑茶を二つ用意し、一つを鈴に渡す。

 

「ありがと。早速で悪いんだけどさ、箒。あんた、福音とやりあってた時どんな感じだった?」

「福音と?」

 

 思い返すのは激闘を繰り広げた宿敵のことだ。鈴がどういう意図を持ってその質問をしたのか分からなかったが、とりあえずは聞かれた通りに福音との戦いを思い出す。

 

「正直、どうと聞かれてもな。あの時は、ただただ必死だった。それだけだよ」

「そっか……」

 

 どうにも活気というものに欠けているような鈴の姿に流石の箒もおかしいと思った。

 

「何かあったのか?」

「いや、別に悪いことがあったってわけじゃないんだけど、ちょっとあたしの中でいまいち分かんない部分があってさ。それであんたに意見とかを聞きたいって思ったんだけど」

「それは構わないが、専門的なことになると無理だぞ。むしろその辺りはお前の方が上だろう」

「あ、うぅん大丈夫。えっとさ、何て言うのかな。福音と戦ってて、途中からあたしさ。妙な感覚だったのよ」

「妙な感覚?」

「そう。それが何なのか、本当に分かんない。けど、それでも敢えて一言で言うなら『万能感』よ」

「万能感?」

「そう。体が思い通りに、それ以上に動く。なんか周りが見えまくってて、全部どうとでもできて、頭はまっさらで福音倒すってことだけ考えられて。正直、あれが福音じゃなくてアンタや一夏や、他の候補生の連中が相手だったとしても負けない、誰にも止められない。そんな感覚。あんたは、そういうの分かる?」

「いや、知らん」

 

 即答する。実際知らないのだ。ならば適当な言葉で適当に答えるよりもスパッと言ってしまう方が良い。

箒の返答もある程度は予想していたのか、そうだよねーと鈴は軽く笑いながら言う。

 

「ただ、同じものかは知らないが、似たような経験は……あるかもしれない」

「マジ? え、なにそれ聞かせて」

 

 いつになく話に食いついてきた鈴に箒は若干たじろいだが、一応は話してみることにする。

 

「剣道のことだから少しイメージしにくいかもしれないが、本当にまれにだが、あるんだよ。こう、自然と面が入ると確信できる時が。ただそれもその時ではなく、試合で勝って、終わって、ふと思い返してその時初めて気づくという感じだ。そこで、じゃあどういう流れだったかを思い出そうとすると、それがなかなかできない。無心、というべきかな。あるいはそれに通じるものなのかもしれない」

「いや、結構参考になったわ。あんがと」

 

 そうして鈴は顎に手を当てると何か考え込むような仕草をする。

 

「何か、気になるのか?」

「うん、何て言うかね。ちょっとだけ、怖いっていうのかな」

「怖い、というのは、その福音と戦った時の感覚が?」

 

 うん、と頷く鈴に今度は箒が首を傾げた。怖いとはどういうことか。話を聞く限りでは高いパフォーマンスをたたき出せる良い傾向のはずだ。

 

「なんかね、本当に今になって振り返ってみて、それでやっと分かったって感じなんだけど、沈んでくのよ。どんどん深いところに、沈めば沈むほどにレベルが上がっていく。けど、そのまま沈み続けてどうなるかが分からない。もしかしたら、あたし自身がどうにかなっちゃうのかも、そう考えるとね」

 

 その不安に箒は何も答えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうことなのだが」

「なるほどなぁ」

 

 話を聞き終えて一夏も納得するように頷く。

 

「一夏、お前は分かるか?」

「う~ん、いやなぁ。前に、静と動の話をしたろ。オレは基本前者だから、そういういつも冷静にとか周りを見てとかはよくやってるけど、どうも話を聞くに違いそうだし。というか鈴は間違いなくオレとはタイプ違うよ。むしろ箒、お前と同じ側さ。もっと言えば野生動物の勘とかそういうの。

ランナーズハイとかって言うけど、それと同じじゃないかな? こう高まりまくって逆に落ち着いてくとか。オレも師匠に聞いて、ちょっと調べてみたけど、なんだっけな。なんか心理学関係で実際にスポーツ選手にもあるらしいぞ。そういうスーパーモード入るようなのが。それや、あとは箒が話した無心の境地だとか、そういう類じゃないのか?」

「やはりそこに落ち着くか。いや、すまないな。妙なことを聞いて」

「良いよ。オレも得るものはあった」

 

 言いながら一夏の眼は僅かに細められている。その奥に潜んだ眼光に、しかし箒は気付くことはなかった。

 

「正直、こうして話してみて、思い返して、それで思うんだよ。一夏、私も怖いのかもしれない。そうした果てに凰が、仲間が、友が、手の届かない遠くへ行ってしまうかもしれないということに」

「けど、それは結局鈴の問題だからな……」

 

 それしか一夏には言うことはできない。箒もそうだな、とどこか自嘲的に言うだけだった。

 

「すまない、時間を取らせてしまったな。行こう」

「ん、あぁ」

 

 そして二人は当初の予定通り校舎を出た所で別れ、各々の練習へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

(しかし、そっかぁ。鈴が……)

 

 練習の合間、首を回したり腕を伸ばしたりしながら一夏は箒の話を振り返っていた。アリーナとは違う、屋内施設での練習であるため周囲に自分以外はおらず、静かに思索にふけることができるからか、スイスイと考えが流れていく。

 

「けど、鈴に限った話じゃないんだよなぁ」

 

 箒も言っていたが、臨海学校を終えてからというもの、専用機持ちそれぞれの動きに磨きがかかりつつあるのは紛れもない事実なのだ。

セシリアの射撃は今まで以上に狙い澄まされたものとなり、鈴は先の箒が語ったように動きが俄然良くなっている。シャルロットも然り、時には意趣返しと言わんばかりにこちらの動きを真似てきたり、あるいはそれを応用してあっという間に対策を立てる。ラウラは明らかに見切りのレベルが増しており、極めて絶妙なタイミングでAICに引っ掛けようとしてくる。簪の戦術は更に巧妙かつ、一度嵌った後の対処の難易度まで上がっている始末。

箒にしても粗削りながらも日々動きに磨きがかかってきている。現実問題、専用機持ち間での模擬戦において、今まで一夏は全体で高めの勝率を維持していたものの、それがジワジワと追い上げられつつある。それこそ、焦燥や危機感を覚える程にだ。

 

「まぁ、その方がこっちも気合入るけどね」

 

 当然負けるのは嫌だし勝つ方が嬉しいに決まっている。しかしながらこれは最近のことだが、決して負けも悪いものではないとも思えるようになってきたのも事実だ。

気持ちの変化と言うべきだろうか。負けたら負けたで、今ではむしろ逆に冷静になって何が原因かを見つめ直すことができるし、そもそもにおいて自分が愛してやまない武の一環なのだ。どこに嫌う要素があるのかという話だ。

そればっかりで負け癖がついては本末転倒だからある程度は自制をするが、最近では形勢が不利な負け戦にこそ面白味を見出してきている。なまじISの特性上、強力な一撃を撃ちやすく、そこから一気に逆転劇へ持って行けた時など実に心が躍る。

要するに、ここ最近の箒ではないが、何事も前向きに受け止めていこうというわけである。

 

「やっぱり、肝は夏休みかな」

 

 おおよそ一カ月に渡る長期の休みだ。これを利用しない手は無いだろう。

まず第一の関門が補習を回避できているか否かだが、できていればもはやこっちの流れ。姉にどうにか調整をしてもらい、久方ぶりに師に稽古をつけてもらい自力の底上げを図る。

ISについては師を頼るわけにもいかないので、夏休み中の学園ではISに重きを置く。あとは、中学まであった夏休みの課題などという下劣畜生が無いのに浮かれて新学期に地獄を見無いような程度で勉強もしておけば何も問題はあるまい。

無論、親友との約束であるライブも忘れてはいけない。こればかりは中々に楽しみの比重が大きいから誰にも邪魔をさせるつもりはない。

 

「いやぁ、夏休みが楽しみですねぇ」

 

 まだ安泰な夏休みになると確定したわけでもないのにこの余裕ぶり、見事なまでの皮算用になっているが本人はまるで気付いていない。

 

「む?」

 

 ふと気になって時間を確認する。気が付けば申請していた訓練室の使用時間が残り十五分程度になっている。

よくよく考えてみてどうしていきなりこんな思考に耽っていたのかと思うと、案外終わりが近いから自然とクールダウンを始めていたのかもしれない。

使用時間の延長申請をしても良いのだが、正直手続きも面倒なのでやめておく。となると残りの十五分程度をどうするかになるのだが、そろそろ片づけをした方が良いのではと思う。

 

「これだものなぁ……」

 

 視線を向けた先にはバラバラに飛び散ったコンクリート片がある。元々は何の変哲もないブロックだったのだが、訓練によって見事に木端微塵と相成ったわけである。

正直ISをつけたままの方が片づけが楽なので、残り時間をこの片づけに充てて余裕を持って訓練室を出ることにした。

 

「まぁ、思いのほか早く成果は得られたしな……」

 

 コンクリートブロックを幾つも叩き壊したが、それに見合う成果はあった。元々ある程度できていた技の延長、もう一工夫を加えただけのものに過ぎない。

しかしそれでもこれだけ早くほぼ完成と言えるレベルに漕ぎ着けたのは一夏自身意外と言えば意外だった。思い返せば箒に、一夏もまた動きのキレが増していると言われたが、あるいはそれが影響しているのかもしれない。いずれにせよ良い傾向なのは確かだ。

 

「尤も、早々使うことなんざ無いだろうけど」

 

 砕いた破片の一つを掌中で弄びながらどこか自嘲的に言う。見る者が見れば破片の異常性に気付くだろう。

破片は全て外面に当たる部分に目立った損傷はない。それこそ、破片を集めて組み直せば元通りの綺麗なコンクリートブロックが組みあがるほどだ。

そして、珍しくこの訓練で一夏は剣を使っていない。ブロックは全て拳で砕いた。矛盾していると言えるだろう。拳でブロックを砕けば、絶対に外面部にその痕跡が残る。しかし現実として一夏の持つ破片にそれは無い。

理由はただ一つ、ブロックは全て内部から破砕されたからだ。

 徹し勁による内部への衝撃の浸透、それ自体は生身の時からそれなりに使え、ISを纏ってもそこそこにはできた。そして今日、それは更なる飛躍を見た。

それは良い。純粋に喜ばしいことなのだ。なのだが……

 

「いやぁ、ちょい気合い入れ過ぎたよなぁ」

 

 まさかまともに相手に当てたら内臓吹っ飛ばしかねない程になるとは予想もしていなかった。

ISのシールドは優秀だが、完全無欠ではない。特にIS同士でシールドが干渉し合い効力が薄れ気味になるクロスレンジで、更にシールドの効きを悪くする密着状態から、ISの重量とかPICを使った慣性制御とかISそもそもの重量だとかで、生身で放つよりも威力を跳ね上げた衝撃を人体に叩き込む。そしてそんなものが人体内部で広がれば――

 

「内臓ミンチ待った無しだなこりゃ」

 

 司法解剖をしたら下手なR-18指定のグロテスク画像よりも酷い有り様を目にすることになるかもしれない。そもそもにおいてこの技、その特性上足が接地状態にあるのが肝だ。限定された閉鎖空間内ならまだしも、宙もだだっ広いアリーナでは早々使えない。というかそこまで危ない技をアリーナを使うような模擬戦で使えるわけがない。もしもそれで万が一になれば、後々面倒だ。

 

「えーと、レンジがクソ短い、使用条件が結構キツイ、安全上あまり思い切り撃てない……産廃だろ」

 

 自分で考えて編み出した技なのにこの評価、しかしこう評価せざるを得ないくらいに改めて見直すと酷い有り様だった。

 

「まぁ、幾らかは空中戦でも応用効きそうだし、それが成果だな。それに――」

 

 使えるに越したことは無い。立場が立場だ。あまりあるのは望ましいとは言えないが、使い切り抜けなければいけない時があるかもしれない。そしてそういう時ならば、誰も咎めはしないだろう。

考え、やはり自分は外れていると再認する。結局、自分がこの技の一番の問題としているのは、それを向けた相手の結果ではなく、その更に後に待ち受ける諸々の面倒だ。相手の結果そのものにはまるで頓着をしていない。

だがそれが自分なのだと既に悟ってもいる。だから今更悩むことなど何もない。要は上手く折り合いをつけていけば良いだけなのだ。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 一通り片付け終えた室内を見て大丈夫だろうと頷く。ISを装着しての訓練を想定しているだけに室内言えどもそれなりに広いが、片づけもISを使えばそれなりに早く終わる。

これが訓練機を用いての訓練ならばまた更にISの返還というプロセスが待っているが、白式は専用機なので待機形態に戻すだけでOKというのも楽で良い。申請時間の終了三分前、全ての片づけも終えて一夏は訓練室を出た。

 

 

 

「次は、ちゃんと空でも真っ当に使えそうなのを編み出さなきゃな」

 

 帰りの途につきながら一夏は今日の反省をする。いかに自前の技をベースにしているとしても、元々は地上で行うことが前提の技だ。それを空中用にチューンするというのは、今更分かり切っていることだが決して楽ではない。

理想としてはPICの制御を向上させて、技を振るうその瞬間だけ、地上同様の動きができるようにすることだ。無論、そちらの試みも試しているが、やはりまだまだだ。

 

「良いさ、それでこそ挑み甲斐がある」

 

 不可能さも感じてはいない。いずれ全てを物にできる。不思議とそんな予感があった。

 

「いっそ、オレの新流派でも開いてみるか?」

 

 織斑流空機動戦闘術なんていうのもアリだろう。というか、ある程度総合的な習熟に落ち着きを見たら本当にそんな具合で纏めてみるのも良いかもしれない。

姉は特にそういうことはしていないから、二番煎じとなるようなこともないだろう。考えて段々気分がウキウキしてくるのを感じる。

 

「目安は、みんなに勝率が安定する頃かな」

 

 自分自身の実力の指標として専用機持ちの学友たちは申し分ない。とりあえずはそちらの方面でも、一夏の内々で上手く利用させてもらうとすることにする。

 

「みんな、か……」

 

 再び箒との会話を思い出す。箒自身は専用機持ちそれぞれの急な変化に若干戸惑い気味だった。そこは一夏も分からないでもないのだが、そこでじゃあどれほどのものかとここ最近の専用機持ちを思い出すと、逆に違和感を感じないのだ。

確かに各々グイグイと今まで以上に伸びを見せている。だが、本来なら急な成長と言えるはずのソレが、不思議と自然に思えるのだ。

 

「なんだ……? いや、伸びてんのが自然なんじゃない。伸びた結果の今が自然、それが本来の……」

 

 感じた印象を確たるものにするために口に出す。だがそれでもブツブツと呟くばかりで結論は纏まりそうになかった。

結果として諦めたようにため息を吐いてそれ以上の考えを止めることにしたが、その直前でふと思いついたことが妙に頭にこびり付いて離れない。

 

「まぁオレもセンスある云々結構言われてるけど、もしかしなくても連中の方がよっぽどの天才じゃないの?」

 

 ヤッバーこれもっと着合い入れないとオレやばいパターンだわーと、思わず頬をひくつかせる。

とりあえずは、早く来い来い夏休み。そうしたらガッツリ修行やと一夏は一人静かに己に喝を入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに――

 

 期末試験全日程が終了した後の一組では、既に採点や集計の終わった学力考査の結果が各人に返されていた。

気になる一夏の結果についてだが……

 

一般科目(国語とか数学とか普通の高校でやるようなの):並 of the 並、どこまでも没個性、凡庸、存在感がミスディレクション

専門科目(ISに関する各種理論とか諸々):順位はお察しレベル、姉からのコメント「馬鹿でもISで戦える。だが、馬鹿では勝てん」

総合:上中下なら間違いなく下

 

結果:一部順位こそアレだったけど、何だかんだで補習のボーダーはクリア(でも結構ギリギリ)

 

裏話:一夏の補習回避が確定した時点で今年は補習受講者はほぼ無いものと教師陣の間で認識されていたりする。そのくらい特にIS関連科目がアレだった。

 

 

 このような感じになっている。

特に職員室で裏話のような内容の会話があったことなど露とも知らず、補習回避を知った一夏は結果の書かれた紙を天に掲げて「あんめいぞぉぉ、ぐろぉおりぁああす!」などと奇声を上げている姿が目撃されたとかされてないとか。

他にも、たまたま一組に突撃をかまし、偶然にも一夏のIS関連科目の点数を見てしまった鈴が、その点数に思わず爆笑したところ、割と本気で切れた一夏との壮絶な追いかけっこを繰り広げたり、一しきりの騒ぎが落ち着いた後、再び燃え尽きモードに入った一夏が、本人は純粋な感謝のつもりだったのだが「山田先生マジサイコーだわー。オレの中の良い女の人リストぶっちぎりトップだわー」などと言ったせいで「織斑一夏、まさかの教師ルート突入か!?」などという噂がまことしやかに囁かれたりするなどあったが、いずれにせよ無事に彼らの一学期は幕を閉じ、夏休みが始まることとなったのである。

 

 

 

 

 

 




 原作で言うなら四巻部分と言うべきなのでしょうが、本作では四巻相当という扱いにします。
とりあえずは小話みたいなのを単発的にポンポン出すような感じになるのかなと思っています。
真面目な話だったり馬鹿な話だったり、長かったり短かったり。割とその辺がいい加減な感じです。
だからその分、もうちょっと普段より早く……書けたらいいなとは思っています。

 ひとまず今回はこの辺で。
うし、フラグを立てた以上はいずれ何らかの形で他の専用機ズもババーンとできるような話を作らなきゃな(自分で首絞め

 それでは、また次回の更新の折に。
感想、ご意見は随時お受けしますのでドシドシどうぞ。こっちが多さに悲鳴あげるくらいにどうぞ。
まずもってそんなに来ることなど無いでしょうが(遠い目


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第四十話 のワの<夏休みですよ、夏休み!

 少々リアルが忙しいために更新に手間取りました。
でもこれがこの作品のデフォの早さのようなものです。
言ってて自分で空しくなりました。

 今回は夏休み前の導入という感じでお送りしたいと思います。


 七月も終わりが差し迫ったころ、IS学園は全校で一学期の終業式を迎えていた。

生徒の多様性や扱うカリキュラムその他諸々、色々と特殊な点は多いが日本国領域内に存在する教育機関ということもあり、学校としての基本的な運営の流れは文科省下の公立、それ以外の私立問わず他の日本の一般的な高校のソレと同じだ。

終業式の日は通常の一限目にあたる時間に講堂で全校の集会が行われる。学園長や生徒会長といった学園の顔たる面々からの話の後に学園側から生徒に向けての、正しい夏休みの過ごし方云々の講釈、そして集会がお開きとなれば後は各教室で終業前学期最後のHRを行うのみだ。

 

「これで本学期は終了だ。親元に一度戻る者、学園に留まる者、色々居ると思うが全員自分がIS学園の生徒であるということを忘れず、その肩書に見合う行動の上で有意義な休暇を過ごすように」

 

 一年一組では担任の千冬がこのようにしてHR最後の言葉を締め括る。

これが普通の学校であれば教師の話なぞなんのその、各々配られたプリントやら課題やらを眺めていたり、近くの席の者と小声で会話をしていたりするものだが、このクラスに限ってはそのようなことはない。それがクラス全体の意識の高さによるものか、それとも単に担任がそのような行動を取るにリスクが高すぎる相手だからか、どうなのかは定かではないが雰囲気としての統制が取れている分だけHRはつつがなく進行をしていった。

 

「ではこれでHRを終わりにするが、そうだな。クラス委員、折角だ。最後の締めはお前がやれ」

 

 教壇に立つ千冬はすぐ目の前の実弟に言う。姉兼教師である千冬の言葉に言われた当人、一夏も特に異論はないのか素直に応じて席を立ち教壇に立つ。

 

「先生、とりあえず締めれば良くって、口上は何でもOK?」

「あぁ、よほど変なものでなければ自由にして構わん」

 

 学期終わりということもあり千冬もとやかく言うつもりはないのか、好きにしろと一夏に纏めて任せることにする。姉の言葉を受けた一夏はでは、と軽く咳払いをして教室中を見渡し、そして口を開いた。

 

「え~、というわけで締めの挨拶を任されることになったわけだが……何だろうね。こうして改めて皆を見回すと中々どうして感慨深いものがある。誤解を避けるために付け加えておくとだ、男女の色沙汰あれやこれは完全に考えないものとして、オレという個人はこのクラスの皆が、まぁ好きだね。良い友達、良い競い相手だ。競い相手云々については純粋にISの実機だけの方な? 学力の方は自分でも認めるくらいにお察しなんだから。そこばかりは比べられると流石にへこむ」

 

 軽く自虐の入った言葉に教室のそこかしこから小さく笑いが起こる。なんてことは無い、よくあるジョークの一つとそれに対する適切な返しである。

 

「正直、小中合わせて九年、義務教育を受けてきた中でクラス全体にこんな風に思えたのは初めてだ。ぶっ飛んだ大騒ぎからここに来て、来てからも色々とあったけど、それでもオレはこの学園に来たことは間違いなくオレにとって良いことだって言える。ところがなんと、まだ一年の一学期だ。あと一年は三分の二は残ってて、その後に二年三年とある。実のところ、結構これからに期待もしてる。

あー、リアーデ。分かった、いい加減話締めよう。え? 言ってないのに何で分かったか? んなのもう気配がそう言ってるよ。武術家舐めんな。というわけで、そんな風に有意義な学校生活だったわけだが、ここでいったん休憩タイムだ。とりあえずはまたその後に、今まで通りにやっていこう。というわけで、最後にオレの方から学校の終了と休みの始まりを宣言させて頂く」

 

 そこで一夏は一度言葉を切って数度咳払いをする。その姿をクラスメイト達は一様に真剣な眼差しで見つめている。

そして最後の準備を終えた一夏は再度クラス全体を見回すと、スゥと息を吸い込んで声を張り上げた。

 

「お前らーー!! 夏休みの始まりだーー!! ッシャオラァァァアア!!」

『イエェェェェェェエエイ!!』

 

 高らかな宣言に続き一組全体がそれに同調するように盛り上がる。これを持ってIS学園一年一組は本年度の一学期を終え、夏休みへと突入したのであった。

 

 

 

 HRの終了に伴い夏休みに突入した生徒たちは各人自由行動となる。そしてこの夏休み開始直後における生徒の行動パターンは概ね二つに分けられるのがIS学園におけるスタンダードだった。

片やのんびりと行動をする者、片や慌ただしく行動をする者、この二パターンだ。そして後者の慌ただしい方に属するのは、基本的に日本国外出身者で夏休み早々に帰郷をするという者で構成されている。

 

「帰国をする生徒は二時半に教務部に向かえ。そこで各人飛行機のチケットを受領しろ」

 

 動きざわめく生徒たちの喧騒の中でも良く通る声で千冬が指示を飛ばす。母国へ帰国する生徒は予め飛行機のチケットの手配を学園側に申請しており、今日がその受け取りの日となっている。

いつごろ帰国するのかはまた生徒個々人によって異なるが、早い者になると二、三日以内には帰国の途につかねばならず、そうでなくても諸々の荷物の整理などもあるのでせわしなく動くことを余儀なくされる。

 

「オルコット、もし良ければ一緒に昼食でも――」

「申し訳ありません篠ノ之さん! 正直――わたくしちょっと今キレたいくらい忙しいんですの! あ、いや、篠ノ之さんに非は無くって、むしろ早く戻って来いと無茶をふっかけてくる本国の担当官に書面一杯の文句は多々あるのですが――とにかく申し訳ないですわー!」

「あー、うん。それなら仕方ないな」

 

 特に火急の要件も無いためとりあえずは昼食を取ろうとした箒はセシリアを誘ってみるものの、こんな具合に忙しさを理由に断られる。

セシリアがこの有り様なのだからもしやなどと思いつつ、シャルロットとラウラに目を向けてみれば、二人も箒の視線に気づくと申し訳なさそうにしながら首を横に振っていた。

 

 

 

 

「結局、暇こいてんのは日本(ココ)故郷(クニ)ってやつだけなんだろうよ。他の教室もそうだったけど、外国組は程度に差はあるけど、皆忙しそうだったし」

「やはりそうなるか。いや、致し方のないことなのかもしれないな」

 

 テーブル席について和食の昼食セットを食べながら一夏と箒はどこか悟ったような様子で言葉を交わす。

セシリアに断られ、シャルロットとラウラも無理と分かった箒は一夏を始めとして、他のクラスメイト達にも一緒に昼食をどうかと声を掛けたのだが、結局承諾してもらえたのは日本人ばかりという結果だった。例外と言えば話を聞きつけて至極当たり前のように入り込んできた鈴くらいなものである。

 

「というか鈴、お前は良いのかよ? なんか候補生はどいつも国からはよ戻れ的なこと言われてるみたいだけど」

「あー、あたし? いや、あたしはそこまで急かされちゃいないし、それに居なきゃいけない時以外は中国(ムコウ)じゃなくてずっと日本(コッチ)に居るつもりよ?」

「それで良いのかよ、中国代表候補」

 

 半ば呆れ気味な一夏を鈴は涼しい顔で流す。

 

「べっつにー? ぶっちゃけあたしにとっちゃ日本の方が故郷って感じだし。あたしがお母さんと一緒に中国に戻ったのだってお母さんの実家でちょっとごたついたからだし。それが落ち着けばお母さんだってまた日本に戻る気満々よ」

「お前、セシリアとはまるで真逆だな。国へのあれこれとかまるで感じないわ」

「だってそこまでする義理ないし。最低限の義務はやるけど、それ以上はねぇ? それに、どれくらい先になるか分かんないけど、IS引退したら即日本にゴーよ。これあたしの将来の決定事項。少なくとも、骨は日本に埋めときたいのよ」

「何というか、候補生がそれというのは大丈夫なのかな?」

 

 箒もやや困惑気味な表情を浮かべているが、鈴は何も問題は無いと胸を張る。

 

「いーのよ。基本腕さえありゃ何とかなるし。そりゃあ、候補生の選抜にはそういう考え方とか見る面接だってあるけど、あんなの猫被ればいいだけの話よ。覚えときなさい、立場や肩書なんてね、まず自分のために使うもんよ。向こうに還元してやることは必要最低限、まぁサービス精神でちょいプラスしても良いけど、自分を全部差し出す必要なんてどこにもないわ」

 

 大きめのテーブル席には一夏に箒、鈴以外にも一組の日本出身者を中心に何人かの生徒が集まっている。そしてこの中で正式な国家代表候補生であるのは鈴のみだからか、集まった面子に講釈するような形で鈴は言葉を締める。

 

「ま、折角の休みなんだから気楽にやらせてもらうわよ」

 

 気楽な調子で言う鈴に一夏はふむ、と顎に手をやる。

 

「休みねぇ。やっぱり、みんな実家に帰るの?」

「そりゃあ……」

「ねぇ……?」

 

 投げ掛けられた問いに集まった面々はそうなるだろうと言うニュアンスの返事を返す。

 

「んー、私は田舎のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行くかなー。野菜が美味しいんだよねー」

 

 そう言いながら腕を組み、祖父母の作る味に想いを馳せる相川清香の横で神楽もまた、清香とは異なりどこか恍惚とした表情で口を開く。

 

「わたくしは、実は各地の名店を回りたいと思っておりまして。テレビや雑誌などで紹介される美味なる物の数々、その味を、食感を、直に確かめずにはいられません」

「ちなみに四十院、一番食べたいのは?」

「もちろん、らぁめんです」

 

 キッパリと断言する神楽に、こいつお嬢っぽい雰囲気の割にラーメン大好きだよなーと、日頃学食でラーメンを食べている神楽の姿を思い出しつつ一夏は思う。

そして二人が休みの予定を話し出したのを皮切りに、自分はどこそこに行くだの、自分はあれこれをするだのと、各々思い思いに夏休みの計画を語り合う。

 

「しかし夏休みなぁ。まぁオレもオレで色々予定はあるけどさぁ」

「そういえばHRが終わってから千冬さんに何やら書類を貰っていたが――」

「ん? あぁそうそれだよ。外出届の諸々の書類一式。よう読んで名前書いとけだと。割と散発的に、家に帰ったりあっちやこっちに行ったりするからな」

 

 持たされた瞬間にズッシリとした重みを両手に伝えてきた書類の束が収められた封筒を思い出して一夏はゲンナリ顔をする。

一夏ほどではないが、箒も外出に関しての申請はしているためそこそこの量の書類を事前に受け取っているため、その気持ちは十分に理解できるものだった。

 

「なぁ一夏、しかしだぞ? やはり書類が多いとは思わないか?」

「だよな? オレもそう思う。つーか、たかが外出外泊程度であそこまで書かされるか普通?」

「いや、普通はないだろう。普通は」

「つまり……オレらが普通じゃないということか」

 

 だよねーと悟ったような顔で二人は揃って肩を落とす。特別扱いというのは良し悪し両方の意味で取ることができるが、この場合においては間違いなく後者が当てはまる。そしてその理由が一夏も箒も十二分なくらいに分かっているために余計やり切れない気持ちになる。

 

「なんで男のIS乗りオレだけなんだよ。もっと出て来いよ。あと一万人くらい出て来いよ。そしたらオレは男の乗り手その一程度で済むのに」

「早々そんな都合の良いことがあるとは限らんが……しかしそれで済むだけお前はまだマシだよ。私の場合なんて、誰かに代われるようなものじゃないからなぁ」

「血の繋がりは選べないなんてよく言うからなぁ」

「紅椿の件については感謝もしているが……いやしかしなぁ、流石にこういうことに関しては少々文句は言いたい」

 

 二人揃って仲良くため息を吐く。お互い難儀な境遇なものだと昼食を食べながら慰めの言葉を掛けあう。

 

「けどあたしは一夏、あんたがココに来たのはそう悪いことじゃないと思うわよ」

 

 そう話に入ってきた鈴にどういうことかと一夏は問う。

 

「いやだって、例えばあんたが普通に高校に進学したとするわよ? それで、よ。正直そこで大人しく良い子ちゃんな学生やってるあんたなんて想像できないのよ。千冬さんが忙しくて家に中々いないのはあたしも知ってるけど、それをいいことにあんただいぶ暴れるんじゃないの? それも数馬あたりと手を組んで周りにはちっともばれないようにしながら」

 

 漫画にするならタイトルは「世紀末不良伝 一夏」なんてとこかしら、などと付け加えてくる鈴に一夏は何も言わない。

それを見て箒が一夏の気に障ったのかもしれないと鈴を諌めるような声を掛けるが、この時の一夏の内心は箒が予想した憤りとはまるで違うものだった。

 

(ヤッベー、無茶苦茶当たってるよドンピシャだよ。ていうか、既に中学時代にやらかしているという事実)

 

 先ほどの鈴の例えではないが、これが漫画なら今の一夏の後頭部には冷や汗がダラダラと流れている。つくづく察しが良いと幼馴染の慧眼に感心しつつ内心で舌打ちもする。以前

もっとも、今の段階ではまだそうなるのではと予想しているだけであり、事実の確信には至っていない。そこまで考えを進めさせなければいいだけの話だ。それに、よしんばそこまで思い至ったとしてもどうこうなるというわけでもない。

 

「おい一夏? 凰も悪気があるわけじゃないんだから、あまり目くじらは立ててやるなよ?」

「え? あぁ、うん」

 

 そんな風に声を掛けてきた箒を尻目に一夏はズズ、とプラスチックの湯呑に入れておいたセルフの緑茶を啜る。とりあえず予想されている程度で済むなら何も問題はないだろう。

実際にやらかしてしまっていた中学時代の「どういうわけだかガラの悪いお兄さんたちに絡まれることが多くてその都度正当防衛をちょこっとやりすぎちゃったぞテヘペロッ☆事案」については既に地元でも過去に埋没した出来事だ。気にすることは何もない。真相を知るのは実行犯である自分、共犯者の数馬、そしてそのことを打ち明けた弾のみだ。隠蔽は抜かりない。姉ですら感づいていないのだ。何も問題は無い。

 

「話を戻すけど、まぁ結局あんたがこの学園に来たのは決して悪いことばかりじゃあ無いってことよ。あたしも、あんたが居る分には張り合いが出るってものだしね」

「ま、確かに。近接戦でオレに優位に立てたこと無いものなぁ、中国候補生?」

「うっさい。あんたがおかしいだけよ。あたしは至って候補生としてスタンダードよ」

「はいはいそうでござるますね」

「良いわよ見てなさいよ、夏休みはアリーナの予約取り巻くってバンバン練習して、休み明けたらギャフンと言わしてやるわ」

「凰、私も付き合っても構わないか? 剣の方は部の先輩方にお世話になるが、ISとなるとやはりな」

「モチOKに決まってるじゃない。二人でこの剣キチ、はっ倒すわよ」

 

 自然と互いに拳を作り、気合を入れるように軽く打ち合わせる二人を見て、一夏は微笑を浮かべる。からかいなどと言った無粋な感情は一切無い、純粋に二人の互いに高め合おうとする姿を嬉しく思っている笑顔だった。

 

「あん? なにニコニコしてんのよ?」

 

 何気なく一夏の方を見た鈴が嬉しそうな笑みを浮かべている一夏に首を傾げる。

 

「いやいや、良いなぁと思ってさ。お前らがそうやって頑張って強くなる様を見るのは楽しいし、それがあるからオレも自分の鍛錬に張り合いが出てくる。考えてもみろよ、例えば試合の時に互いに敵として戦って、勝つか負けるかしかない。なのに互いに高め合うことができるんだぞ? あぁ、やっぱり武は良いよ。それが面白いところだ」

「……確かに、そういう見方もできるな。一理ある」

 

 噛み締めるように語る一夏の姿に箒は何かを思う様に僅かに言葉を止めるが、やがて剣道家としてその心境に通じるものを感じるのか、同意するように頷く。

 

 

 

 

「あ、そうだ篠ノ之さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど良い?」

「どうかしたのか?」

 

 会話に入り込むようにして箒に質問をしてきたのは谷本癒子だ。しかし箒は話に割って入ってきたことにも特に気にせずに応答をする。

 

「あのね、ちょっと小耳に挟んだんだけど、篠ノ之さんの実家が結構近いところの神社って本当?」

「あぁ、そうだ。学園直通モノレール、その本土側の駅だな。その市にある神社、『篠ノ之神社』が私の実家だ。元々は私の一家が住んでいたが、今では親類が管理をしていて宮司も別の場所から赴任してきた人に任せている状況だが」

「ちなみにオレの家も同じ市内、てか結構近くだったりする。ついでに鈴が中国に戻る前の家の中華屋もな。あとはオレのダチ二人の家もそうだ。思いのほかニアミスしてるな。案外、いつもの三人に箒と鈴を入れた五人でツルむ、なんてものあったかもしれん」

 

 改めて思ってみれば中々に面白い偶然が重なっているものだと一夏は感心するようにひとりごちる。

 

「それでね、その篠ノ之さんの実家の神社で夏にお祭りやってるって聞いたんだけど」

「あぁ、確かにやっているな」

 

 そういえばそんなものもあったと、思い出すように箒はポンと手を叩く。

 

「確か、元々の祭りの主催は地域の自治体で、神社の方はそのためのスペースを提供しているという形だったな。む? 確かいつごろの開催だったか」

「八月の半ばだろ。オレは毎年通ってたからな」

 

 身の上の事情により長く地元を離れていた箒は流石に詳細までは記憶がおぼろげだったらしく、横から一夏が手助けを入れる。

 

「そのお祭りなんだけどね、私も行ってみようかなーって思うんだ。他にも何人か興味がある子はいるみたいなんだけど」

「そうか、それはありがたい。私が言うのも何だか妙な感じだが、歓迎するよ。是非来てくれ。やはり祭りは人が集まってこそだ」

 

 やはり実家で行われていた催し物というだけあり、それなりに思い入れもあったのだろう。故にそこへ行きたいという級友の言葉に箒は顔を綻ばせる。

 

「一夏、あんたはどうすんの?」

「いつも通りだ」

「やっぱりね」

 

 傍らで一夏と鈴がそんなやり取りをする。ごく短いものだが、それだけで鈴は凡そを把握した。つまり一夏は例によっていつもの三人で祭りに出向くということだ。

鈴としてはそこに加わりたい気持ちはあったのだが、そこはやはり年頃の女子。女子同士の付き合いのあれやこれがあり、結局叶うことは無かった。もっとも、そこまで拘るようなものでもないとも思っているため、とりあえず同じように祭りに出向くということが分かっていればそれで良いかとそこで納得する。

 

「しかし夏祭りか。やはり日本の夏の風物詩と言うべきだな。良いものだよ」

 

 しみじみと言う箒の言葉には誰もが同意するように頷く。

 

「春ならお花見、夏ならお祭り、秋は……まぁ色々あるよね。で、冬にはクリスマスとかお正月。いや~、日本人で良かったわ~」

 

 季節ごとの象徴とも言える行事、それを指折り数えながら癒子が満足満足と顔を綻ばせる。

 

「まぁ日本人の場合、イベントにかこつけて騒ぎたいってのが多いのかもしれないけどな」

 

 前々から言われてることだけど、と補足を付け加えながら一夏が苦笑と共に言う。そこはそれ、楽しければ良いという癒子に一夏はそれもそうかとさらに苦笑する。

 

「クリスマスかぁ。冬休みになったら寮でクリスマスパーティーとかできないかなぁ?」

 

 何気なく発せられた静寐の言葉にルームメイトでもある箒がどうだろうと首を傾げる。

 

「私の家は、知っての通り神社だからクリスマスにそこまで盛大にということは無かったが、それでも家族で少し豪華な食事をというくらいはあったからな。それは他の皆の家もそうだろう。私もその案には賛成だが、やはり皆まずは家族との時間を優先するのではと思うよ。

外国の宗教にそこまで明るいわけでもないが、西洋の方の出身の者たちは特にその辺りに関してはしっかりと考えていそうだし」

「確かにね。う~ん、となると寮に残ってる人だけでとか――あぁでも、年越しとかもあるからやっぱり皆帰っちゃうか」

「そこまで深く考える必要もないと思うよ。まだ先の話なんだ。その時になって、また改めて考えれば良いさ」

 

 フォローするような箒に静寐もそれもそうかと納得し一区切りを付ける。

 

(クリスマス、かぁ……)

 

 そんな女子トークを横で聞きながら一夏は無言で己の過去を振り返っていた。

実際、クリスマスは家族で過ごすものなのだろう。だがよくよく思い返してみると、自分にはそのような記憶がロクになかった。

箒と一度離れ離れになるまでは篠ノ之家に御呼ばれをして、共に少し豪華な夕食を馳走になったりもしたが、その後は当然そんなことはない。

それとほぼ同時に千冬がIS乗りとして一気に頭角を現し、一躍日本を代表する乗り手となったために姉弟二人でクリスマスをということもほとんど無くなった。

 特に顕著なのが千冬が成人を迎えてからで、クリスマスだ何だと祝い事の時節にはその手の会に呼ばれたりだとかで一晩中帰って来ず、明け方に酔いながら帰ってくるということも多々あったものだ。

別にそのことについて恨み言を言うつもりは微塵たりとも無い。それが姉の仕事なのだ。むしろ一夏はクリスマスなどに一緒に過ごせないことを詫びながら中々家を出ようとしない千冬に、「仕事なんだから早く行け」と追い立てる側だったくらいだ。

今年はどうなるやらと思いつつ、こうして振り返るとそれはそれで良い思い出だ。もっとも、良い思い出と思えるからと言って誰かに話すつもりはない。こんな話など聞いても誰も良い気分になどなりはしない。それに、話せない理由だってある。

 

(ちょっと……ハジけ過ぎちゃったもんなぁ……)

 

 そう、あれは中学に入って弾や数馬と知り合ってからだ。姉が留守なのを良いことに二人を招いて何度馬鹿騒ぎをしたことか。

折角なんだからクラスメイト達と集まらないかという鈴の誘いを三人揃ってステレオで速攻お断りし、自身の家で派手にやったこと数知れず。特にはしゃいだのは中二のクリスマスだ。

 

(懐かしいなぁ。『飲め食え騒げ、(オトコ)のクリスマス・ザ・パーリィ ~ボンバイエ! 冬の陣~』、ガチでアルコール入れたもんなぁ)

 

 会場提供を一夏、料理提供を弾、そして全経費を数馬という分担で高い肉だのなんだのを用意して派手にやった飲み食い。その時はさらに調子にのり、大量にストックがあった千冬のアルコール群からも幾つか胃袋に収めたぐらいだ。

 

 ※未成年者の飲酒は法律で禁止されています。本作は決してそのような行為を推奨するものではありません。また、成人年齢に達していても飲酒は適度に行いましょう。調子ぶっこいて派手に飲み、ついでにおつまみパクパクしてるとあっという間に腹に肉がつきます(迫真

 

 そしてその時は更なるハプニングとして、一しきり飲み食いし終えた後に三人揃って会場の織斑邸居間で寝ていた時に千冬が帰ってきたことだ。仕事の夕食会で結構な量を飲んだらしい千冬も派手に酔っており、そのまま三人に混ざって居間で寝ていた、というのが一夏の推測だ。

なぜ推測なのかは、その瞬間を誰も見ておらず起きた時の状況しか分からなかったからである。ちなみにその際、酔って寝ていた千冬はいつの間にか寝ながら数馬に横四方固めを極めており、起きた一夏が目の当たりにしたのは顔を青ざめさせながら苦悶の呻きを漏らしピクピクと震える数馬の姿だったりする。

慌てて弾を起こし、数馬を救出してから三人で千冬が寝こけている間に証拠隠滅の徹底に奔走したのも、今となっては良い思い出である。ついでにそれ以来、数馬は微妙に千冬を苦手とするようにもなっている。

 

(流石にその時はガチで焦ったけどなぁ)

 

 そんな過去を振り返りながら茶を一口。夏休みの予定の中には一度家に戻って掃除など家の手入れをすることもある。折角だからその時に二人を読んで軽く飲み食いでもしようかと思いつく。

 

 そうこうしている内に昼食を終えた者が一人、また一人と席を立っていく。日本国外への帰省組で無くとも、彼女らとて帰省する以上はそれなりに準備に追われることになる。

そのために昼食を終えたら誰もが簡単な挨拶と共に食堂を去って行った。

 

「よし、じゃあオレもそろそろ行くかな」

「私もそうしよう。午後には少し予定があるからな」

 

 食べ終えた食器一式を持って席を立つ一夏に続いて箒も席を立つ。そのまま二人はまだ食事を終えていない鈴に軽く挨拶をすると席を離れていく。

 

「一夏、お前はこの後はどうする?」

「そうだな。食休みがてらに何時でも家に戻れるように荷物の整理とかして、そしたら何かしら鍛錬でもするかな。箒は?」

「私も似たようなものだよ」

 

 食器を返却口に返し食堂を出ると二人はこの後の予定を話し合う。

 

「箒は、今日も先輩たちとやるのか?」

「あぁ。聞けば夏休みが始まってしばらくは二人とも学園に残ると言う。その間、基本的に練習は毎日するらしくてな。主に沖田先輩がだが、一緒にどうかと誘ってくれたんだ。だから厚意に甘えることにしたよ」

「そうか、そりゃ良かったな。……なぁ、オレには声が掛からないの?」

「あぁ、それか」

 

 箒を誘うのは別に一向に構わない。ただ、驕るつもりは無いが明確な自負として学園内でも高いクロスレンジでの格闘戦の腕前を持つ自分にまるで声が掛からないことに一夏は軽く疑問に思ったのだ。斎藤初音と沖田司、どちらも一夏とは知らない仲では無いし、むしろ他の上級生と比較したらそこそこに付き合いはある方である。

 

「私もそのことは提案したのだが、斎藤先輩が一夏には一夏の都合があるから、とな。お前の鍛錬が剣だけで無いのは二人も知っているし、無理に自分たちの都合に付き合わせるのも悪いと」

「そっか。なんか気遣ってもらって悪いな」

「どうする? お前にそのつもりがあるなら私の方から話は通しておくが?」

「そうだな。ちとスケジュールの確認をしてからだな。それでもいいかな?」

「あぁ、多分大丈夫だろう」

 

 そこで二人は寮の廊下の一角で立ち止まる。行先が分かれているそこは同時に二人が分かれる場所でもある。

 

「じゃあ、またな」

「あぁ、それじゃあ」

 

 そう軽く言葉を交わして二人は各々の部屋に戻っていく。

 

 テッテッテー♪ テッテッテテー♪ テッテッテー♪ テッテッテテー、テッ♪

 

 軽い振動と共に一夏のズボンからリズミカルなメロディが流れる。すぐに携帯の着信だと分かった一夏は素早くズボンから取り出すと相手を確認する。

 

「川崎さん?」

 

 画面に表示された発信者は白式関係でもはやお馴染みの川崎である。

 

(なんだろ。白式のことか? いやでも、テスト前にいっぺんオーバーホールしたばっかだし。夏休み中のアポとかかな?)

 

 そんな要件の予想を立てながら一夏は着信ボタンを押して通話に入る。

 

「もしもし、織斑です」

『あぁ、織斑さん。お忙しいところ申し訳ありません』

「いえ、ちょうど今日で終業式ですし、今はむしろ暇ですけど。どうかしたんですか? また白式関係とか?」

『いえ、それはまた追々ということになるのですが、今回は少々別件でして』

「別件?」

 

 川崎と話すなり会うなりする時は基本的に白式絡みというのが今までのパターンだった。それも向こうの要件によるものがほとんど。だが今回はその向こうから明確に違うと言ってきた。

今までにないパターンに一夏の興味は一気に川崎の話へと向く。

 

『実はですね、少々織斑さんにお願いしたいことがありまして――』

 

 そうして川崎が話す内容を一夏はふんふんとそこかしこで軽く相槌を打ちながら聞いていく。

そうして一通り話を聞き終えた頃、一夏の表情は電話の前とは様変わりをしており、口元には面白げな微笑を浮かべつつも目にはやや鋭い光が宿っていた。

 

「分かりました。どこまでお力添えになるかは分かりませんが、えぇ。お手伝いさせて頂きますよ」

『助かります』

 

 その後に二言三言会話をしてから一夏は電話を切る。

 

「ふっ、これは少しばかり面白いことになりそうじゃないか」

 

 さてどうしようかなぁと一夏は歩きながら呟く。心なしかその足取りは、まるで新しい楽しみを見つけた子供のようなものだった。

 

 

 

 かくして、IS学園全生徒のそれぞれの夏休みがこうして始まっていくのであった。

 

 

 

 

 




 とりあえずは次回から夏休み編でしょうか。
こう、夏休み中のエピソードとかを短編集みたいな感じで、短い話としてポンポン入れていくという感じにしようかなぁとは思っています。
夏休み編が長いか短いかは、今のところ未定ですね。

 さて、終わりに近い部分で一夏が非常にはっちゃけた過去話を回想していましたが、本作は決して法律に触れるような行為を推奨はしません。くれぐれも、読者の皆様におかれましては真似をなさらぬよう深くお願い申し上げます。
 え? じゃあなんで一夏とか野郎ズはやったのかって? 馬鹿だからです。三人揃うと馬鹿になるからです。




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第四十一話:夏休み小話集

7/17
前回投稿した分に続きとして、別の短編を加えました。
既に前回投稿済みの分を読んでいるという方は、お手数ですが該当のところまで適当にスクロールをして下さい。
今回は、結構自重をポイしたので割とネタを露骨にぶっこんでいますww
このあたり、受け取り方は人それぞれだと思うので留意をお願いします。


 ラウラ・ボーデヴィッヒの帰国

 

 

「ふぅ、ようやくか……」

 

 八月の頭、ドイツ最大の空港であるフランクフルト国際空港に一人の少女が降り立った。言わずもがな、ラウラ・ボーデヴィッヒである。

 

「ボーデヴィッヒさん、またね」

「うむ、お前たちも壮健でな。また休み明けに、だ」

 

 同じ飛行機に乗って帰国した同郷の学友たちに別れを告げてからラウラも歩き出す。ちなみに、IS学園の夏休みに伴う帰国者は基本的にスケジュールに違いがあることや、最終的な目的の空港が違う場合などを除いて国ごとに同じ飛行機で帰郷することが殆どである。

つまり、今回のラウラの場合は同じ時期にフランクフルト国際空港へ行く生徒が纏めて同じ飛行機に乗っているわけである。

同じドイツ国内でも目的の空港がベルリンだったりミュンヘンだったりと違う場合もあるが、その場合はそこへ行く便に対象となる生徒が纏められる形になる。

さらに捕捉すればこれはドイツに限らず、例えばシャルロットは目的地がフランスのシャルル・ド・ゴール国際空港なのだが、ラウラ同様に同時期に目的の空港を同じくする同郷の生徒と便が同じであり、目的の空港が別の空港の生徒はそれはそれで同じ便で纏められている。セシリアのようなイギリス組もまた同様だ。

 

「さて、急ぐか」

 

 学友たちと別れて一人になった所でラウラは歩く速さを上げる。この後ラウラは用意された迎えによって原隊、ドイツ連邦空軍所属の「黒ウサギ部隊」に戻る。

事前に飛行機の到着予定時刻は伝えてあり、迎えに出向くのも部隊の仲間だ。万が一の事態でもない限り予定に狂いが生じるということは無い。そしてそのような連絡もないことから、既に迎えは空港に到着しているだろう。待たせるわけにもいかない。

ゲートを通り預けていた荷物を受け取ってからラウラは空港内を見渡す。そしてある一角で目を止めると、その方へ向かって歩いていく。向かう先に居る人物もラウラの存在に気付いたのか、ラウラの方に向き直ると背筋を伸ばし居住まいを正して彼女を待つ。

 

「出迎えご苦労、ハルフォーフ少尉」

「お帰りなさいませ、ボーデヴィッヒ中尉」

 

 短い敬礼を互いに交わし再会の挨拶をする。ラウラを迎えたのは真耶と同じ年くらいの女性と、その一歩後ろに下がった所で控える少女だ。

女性の名はクラリッサ・ハルフォーフ。ドイツ軍少尉であり、ラウラの原隊においてはラウラが指揮する部隊の副隊長として敏腕を奮う才媛だ。後ろに控える少女はクラリッサと同じくラウラの部下である。

二人とも、公共の場で目立つことをさけるためかラウラ同様に軍服ではなく、簡素な私服に身を包んでいるが、同時に左目を眼帯で封じているのもラウラと同じだ。

 

「お車を用意してあります。早速参りましょう。部隊の者たちも隊長の帰還を心待ちにしています」

「うむ。久方ぶりだからな。私も早く皆に会いたいものだ」

 

 言うや否やクラリッサが先導する形で三人は歩き出す。そして空港を出てすぐのロータリーで控えていた車に乗り込むと、車はすぐに目的の基地へ向けて走り出した。

 

「クラリッサ、私の出向中に何か変わりは?」

「過日のIS学園におけるトーナメントにおいて発生したレーゲンの事故について、我が黒ウサギを始めとした関係各所に政府、国連の委員会などの査察が入りましたが、幸い我々部隊は潔白の証明を得られました。上の方で数人、関与が疑われた幹部が処分を受けましたが、仔細は後ほど報告書をお渡ししますのでその際に。それ以外は特筆すべき点はありません。隊員一同、部隊の名に恥じぬよう日々精進を続けております」

「そうか、それは結構だ。――トーナメントの件はすまなかった。優勝はおろか、初戦での脱落となってしまった。これではとても示しが付かんな」

 

 顔を伏せて寂しげな表情と共に詫びの言葉を述べるラウラにクラリッサは首を横に振る。

 

「お気になさることはありません。隊長はまだお若い。まだまだ道は続いているのです。その中で勝つこともあれば負けることもある。その経験を糧として、先へ活かすことができたのであれば、その負けは決して悪いものにはならないでしょう」

「そうだな、確かにその通りだよ」

 

 優しく諭すような部下の言葉はラウラにとってありがたいものだった。ラウラとクラリッサ、上官とその部下という間柄にあるが、ラウラにとっては単純な部下以上にクラリッサは大きな存在と思っている。

ラウラが指揮する部隊はほぼラウラを含めほぼ全員が若年層で構成されている。その中にあってクラリッサは最年長であり、部隊の隊員たちはクラリッサを上官としてだけでなく、公私にわたり頼りになる姉のような存在として慕っている。

それはラウラも同じであり、唯一クラリッサよりも上の立場にあるが、それでも多くの面で年長者としての彼女を頼っている。本当にいい仲間に恵まれたとラウラは小さく口元を緩めた。

 

「それで隊長、IS学園はいかがでしたか?」

「あぁ、良い場所だったよ。流石に訓練のレベルや所属する者の総合的な質の面で部隊と同等と言うわけにはいかないが、それでも多くを学ばせてもらった。それに、一部の者は疑いようのない実力を備えている。私も良い刺激を受けるよ」

「そうですか、それは何よりです」

 

 満足げなラウラの言葉にクラリッサも顔を綻ばせる。彼女にとっての上官であるラウラだが、年齢の差などもあって時には妹のように思うこともある。特に左目を封じる眼帯の理由もあることから、クラリッサにとってラウラは特に気にかけていた。

そのラウラが単身で極東への留学をするとあって、内心では多少なりとも心配をしていたのだが、この様子を見るにそれは杞憂だったらしい。良かったと、そう言える経験をしてこれたということが分かっただけで何よりだ。

 

「色々と向こうのことについて話したいことはあるが、それは部隊に戻ってからで良いだろう。皆も知りたがっているだろうからな。クラリッサ、そちらの方では何か新しい発見などはあったか?」

「そうですね、劇的と言えるほどのものはありませんが、隊長が定期的に本部に提出して下さったデータより、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の運用について隊内での練度向上に目下務めているところです。開発部の報告によると、このままデータが集まればより安全性の高い処置も可能になると」

「そうか。それは実に結構なことだ。もう、私のような者は出してはならないからな」

 

 言って眼帯に手を添えるラウラの姿にクラリッサは口を紡ぐ。施したナノマシンの異常作動による能力評価の墜落、そしてそこから今のレベルまで持ち直すために這い上がってきた様を間近で見てきたクラリッサはラウラの心中を察するが、すぐに心の内で首を振る。

当時の彼女の辛さは当時の彼女しか知りえない。それをどれだけ推測しようが、初戦は推測。完全な解ではない。ならば、むしろ下手にあれこれと勝手に思わない方がラウラのためである。

 

「して、隊長。その後、目のお具合はいかがですか?」

 

 とはいえ、これくらいは聞いておかねばならない。もし何か更なる異常を感じたのであれば既に報告をしているだろうが、直に確認をするということも必要だ。何かあるようならば、すぐに対応をするつもりでもいる。

 

「具合は変わらずだよ。本当に、何もない」

 

 その言葉に一先ずは安堵と共に胸を撫で下ろす。だが未だに何かを考え込むかのようなラウラにクラリッサは怪訝な表情を浮かべる。

 

「隊長?」

「ん、あぁすまない。いや、問題というか、悪いと言うようなものは無いんだ。ただ、最近少し変わったと言えば変わっていてな」

「と、言いますと?」

「うむ。平時からそうというわけではない。そうしようと意識を集中して初めてなるのだが、明らかに今までより精度が上がっているのだ」

「それは本当ですか?」

「あぁ。とは言え、同じ「目」を持つ者が学園にいるわけでもないから他者との比較ができない、あくまで私の感覚の上での話だが、間違いなく精度が上がっている。織斑一夏、織斑教官の弟だが今更説明は要らないか。あいつは中々に腕が立つからな。時々格闘訓練の相手をしてもらっているが、そういう時は特に実感する。

ただ、先ほども言ったがあくまで私の感覚でしかないし、私自身もよく把握しきれていない。だから報告は保留にしておいたのだがな」

 

 ラウラの考えも尤もだとクラリッサは頷く。基本的な機能は真っ当に働いているものの、本来当然であるそれに稼働非稼働の部分での異常だけがあった状態だったのだ。そこにいきなり機能の向上などが生じたとしても戸惑いしか感じないだろう。

 

「分かりました。それでは部隊に戻ってから隊員との比較試験と、それと念のための検査も行いましょう」

「うむ、そうしてくれ」

 

 クラリッサは手荷物のカバンからタブレット端末を取り出すと、戻ってからの予定にラウラの目の事についての必要事項も加える。

ラウラが言った通り、部隊員全員が目の処置を施している黒ウサギ隊ならば調査は行いやすいだろう。

 

「ところでクラリッサ、そちらの方では目について何かあったか? 分からないことも多いが、折角機能が上がったのだ。役立てることは取り入れたい」

「そうですね、取り立てて目立つようなことはありませんが、一つ。少々面白い発見はありましたよ」

「ほう?」

 

 信頼する部下が面白いと語る発見、その内容にラウラは一気に興味を惹かれる。

 

「以前、眼を使用しても格闘訓練を行っていた時のことですが、私が動きを切り返したと同時に相手が足をもつれさせてその場に転倒しまして。その時は私も何があったか把握できなかたのですが、後ほど記録映像を見返してみたら、ちょうど切り返しにより相手側の足のバランスが崩れたらしく、それが転倒に繋がったらしいのです」

「ほぅ。それで?」

「はい、調べてみたところ対人での接触や動きの切り返しの多い、サッカーやバスケットボールなどの球技では稀に見られる現象らしいのですが、根幹をなすのがバランスの把握と切り返しのタイミングを合わせることならば、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)によって意図的な誘発も可能なのでは、という結論に検証した隊員と達しまして。目下、研究中であります」

「なるほど、それは興味深いな」

 

 これは良いことを聞いたとラウラは部下の発見に嬉しさを感じる。もしそれが可能になれば、格闘戦において大きな力となるだろう。そうすれば、一夏との格闘訓練も優位に運べるかもしれない。

 

「それで、その方法には何か名前はあるのか?」

「はい。スポーツの用語としては『アンクルブレイク』と言われているようすでが、調べていく中でどうも日本では別の呼び方もあるということが分かりました」

「それは何なのだ?」

「はい、何でも『ズガタカ』と言うそうです。語源として中世、日本ですと有名なオダやトクガワ、少々遡るとゲンジなどいわゆるサムライが政治の実権を握っていた時代に、時の権力者が目下の者に自身の権威を示す叱責として『頭が高い』と、即ち頭を下げろという意味で言った言葉が語源と推測されています。おそらくは強制的に相手を転倒させ、それを相手の頭を下げさせたように見立てての表現なのでしょう」

「なるほど、古くから伝わる言葉を分かりやすい形にしたうえで現代の用語と合わせたということか。未だに難解に感じることは多いが、このあたりの語感の豊富さは流石と言うべきだな」

「全くもって同感です。最近は日本で生み出された若者向けのライトカルチャーの世界的な台頭が目覚ましいですが、やはりその背景にはこうした文化の歴史があるのでしょう」

 

 感心するようにしきりに頷くクラリッサとラウラ。ちなみに後日、IS学園に戻ったラウラがこのことを一夏に得意げに話したところ、一夏を始めとして話が耳に入っていた数人の生徒たちも含め、一様に何とも言い難いコメントに困るような表情を浮かべることになったのだが、その辺の仔細は割愛することにする。

 

 

 そうして軍務に関する連絡や他愛のない雑談を交わしていくうちにラウラたちを乗せた車は目的となる基地へと到着する。

到着するや否や、基地内にある元々ラウラ用に割り当てられていた部屋で軍服への着替えをすませると、隊員たちが待機している場所へと足早に向かう。

そして目的の場所に着くと同時にラウラの視界に入ってきたのは、整然と並んだ隊の部下たちだった。

 

「お帰りなさいませ、ボーデヴィッヒ中尉!」

 

 敬礼と共に再び同じ言葉でラウラの帰還を迎えたクラリッサに続くようにして、並ぶ隊員たちも敬礼をする。

それを受けてラウラも敬礼を返すと、一度だけ並んだ面々を軽く見回して口を開く。

 

「出迎え感謝する。私の留学中の貴官たちの働き、ご苦労だった! 以後、私が再び日本に赴くまでの間、黒ウサギ隊の指揮は私が執る!」

 

 それは言われるまでもなくこの場の全員が承知していることだ。

 

「そして日本に戻るまでの間の隊の訓練も私が主導を取る。私がかの地で見てきたこと、再びお会いした織斑教官より教授賜ったこと、得てきたものをお前たちに伝えられる限り伝える。各員、余すことなく取り込め!」

『ハッ!』

「そして、私もまた貴官らが私が不在の間に積み重ねてきた研鑽を学ばせて貰う。今まで以上の祖国ドイツへの貢献、報恩のために、諸君。気を引き締めていくぞ!」

『ハッ!』

 

 そうしてラウラは悠然と一歩を踏み出す。気持ちを新たに舞い戻った祖国での研鑽に励もうと気を引き締めたその矢先のことだった。

 

 

「――ほぅ、極東のぬるま湯で性根が鈍ったかと思っていたが、思いのほかまともではあるようだな」

 

 

 氷のように冷たく、鋭く、それでいて秘めたる烈火のごとき気性を隠し切れない声が背中に投げ掛けられたのは。

 

「ッッ!?」

 

 その声を聞いた瞬間、ラウラの背が一瞬ビクリと震えるとその場に直立不動の状態で立ち止まる。

ラウラだけでない。クラリッサ、以下黒ウサギ隊の隊員全員が、緊張に表情を強張らせてその場に立ちすくしている。

 

「い、いらしておられましたか」

 

 あるいは千冬と話す時以上の緊張と共に、ラウラは後ろに向き直り声の主を迎える。

唐突に背中から不遜な口調で声を掛けられるという、少しばかり礼に欠けている相手側の挨拶にも関わらず、ラウラはただ畏怖するような姿勢を崩さない。

 

「久しいな、ボーデヴィッヒ。ここに来たのは気まぐれだが、どうやら来た甲斐はありそうだ」

「ご無沙汰しております、ヴァイセンブルク少佐」

 

 敬礼で迎えたラウラに、相手もまた最低限の礼儀として敬礼を返す。

長く伸びた燃えるような赤毛をシンプルに一つ縛りで纏めているシルエットはまさしく女性のものだが、軍服を纏う総身から発する気迫は「女」という認識を完全に吹き飛ばしている。

仮に彼女の姿を一夏が見ればこう言うだろう。「姉にそっくりだ」と。そしてこう付け加えもするだろう。「いや、下手したら姉よりも豪傑の気迫がある」と。

 彼女の名はエデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク。『大魔弾(デア・ザミエル)』、『火砲の王(アーティレリィ・グーニッヒ)』などの二つ撫で知られるドイツ最古参のIS乗りにして、一線を退き後進の育成を主とする今もなお、ドイツ国内では最強、欧州全体を見ても三指に入ることは確実と言われているIS界における千冬に並ぶ古豪の一人だ。

そしてラウラやクラリッサたちにとってはかつての教官の一人でもある。

 

「して、少佐殿。本日はいかなるご用件でしょうか?」

「二度も言わせるなよ、小娘。言ったろう? 気まぐれにここの連中に稽古でもつけてやろうと思ったのさ。曲がりなりにもこの黒ウサギは我が国におけるIS部隊の顔の一つ。温い練度など認められんからな。そこで来てみれば久しい顔があるじゃないか。良い機会だからな。纏めてしごいてやろうと言うのだよ」

「それは……光栄であります」

 

 そう答えるしかラウラにはできなかった。下手な異議申し立てなどできようはずもない。階級差があるから? そんなのは理由としてはチンケなものだ。もっと単純に、エデルトルートという女傑の存在それそのものが逆らえない理由と言っても過言ではない。

 

「では、早速始めようか。総員、位置に着き給え」

 

 その言葉に部隊員たちが慌てて動き出す。隊長言えども今このときは指導を受ける生徒の一人にすぎない。不興を買わない内にすぐに対応しようと動き出すラウラだが、その肩にいつの間にか接近していたのか、エデルトルートの手が置かれる。

 

「しょ、少佐殿? 何か……?」

「なに、一つ事前に言っておこうとな。ボーデヴィッヒ、貴様は特に念入りに揉んでやるからな。腰を据えて臨めよ」

「――ッ!」

 

 その言葉にラウラはただ愕然とする。

 

「先のIS学園におけるトーナメント。それなりに素養や下積みがあるとはいえ、素人の小僧に敗れたのを見逃すほど私は甘くは無いのでな。それに、先日の太平洋沖での不覚も然りだ」

 

 理由を告げるとガクガクと恐怖に肩を震わせるラウラの背をバンッと力強く叩いて隊員たちの下へと合流させる。

 

「では、訓練開始だ」

 

 そう告げるエデルトルートの目からギラリと光る怪光線を部隊員たちは幻視したと、後々に語っている。

そして黒ウサギ隊の基地にはしごきに苦しむ隊員たちの悲鳴と、展開されたエデルトルートのISによる火砲の轟音がひっきりなしに響き渡ることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野郎ズ・トーク ~ヤマ無しオチ無し好き放題~ 自重? そんなものは知らんよ

 

―とある通話系アプリでの会話から抜粋―

 

一夏:休みktkr!

数馬:とりま集まるか

弾:また俺ン家で良いか?

一夏:あーいや、駅のモールとかで良くね? ぶっちゃけオレが一番そこなら動きやすい

数馬:あー、それならしょうがないね。じゃあモールの、どっか適当な店で

弾:賛成

一夏:おk

 

一夏:つーか、そっち最近どうよ?

弾:【速報】数馬、またもやらかす【もう慣れた】

一夏:なにごと? 荒事ならオレに任せろー<バリバリ

数馬:うん、一夏が出るとただの苛めだからね、腕っぷし関係の荒事は

弾:呂布だー! 一夏だー!

一夏:(´・ω・`)ショボーン

弾:……まぁアレだ。そう悪いことじゃあないから

一夏:なんなの?

数馬:俺氏、一学期の期末考査学年一位<ドヤァ

一夏:なんだそんなことか

数馬:まぁ言われるだろうとは思ってた。実際、僕にとっても大したことじゃない

弾:五科目平均97点で何を言うか

一夏:その頭脳を少しで良いからオレに分けろ

数馬:だが断る!

一夏:まぁ貰っても変態が移ったらな

弾:ニートだしな

一夏:変態ニート

弾:変態ニート

数馬:(´・ω・`)ショボーン

 

一夏:弾、結局なんだったの?

弾:あー、まぁ成績絡みではあるな。まぁ高校入ったからこそってやつだけど

一夏:なになにー?

弾:IS学園はどうか知らないけどよ、俺ら全国の模試を受けさせられたわけよ。ゆーて対象は俺ら一年だけのやつだけど。それで数馬、全国一位取りやがった

一夏:あ、そうなの

数馬:え? 軽くない?

一夏:いや。すげーはすげーけどさ。オレだって全国の高1集めてバトロイしたら生き残る自信あるぞ

弾:あ、そーゆーの

数馬:相変わらずの脳筋である

一夏:うるさいよ痩せチャビン

数馬:お黙りなさいよバカチャビン

弾:座布団全部ボッシュート

一夏:なんでや!

数馬:阪○関係ないやろ!

弾:そしてこの連携である

数馬:いやしかし、たかだかあの程度で校長室行きはちょっと驚いたね

一夏:は? 良い成績取って校長室送り?

数馬:いや、なんか学校内でも初めてのレベルの成績だから。校長直々にお褒めと激励のお言葉を頂いたのさ。特にありがたみも何も感じなかったけど

弾:まぁあんなどこにでもあるような高校から全国トップの成績出ればビックリするわな

数馬:その気になればカイセーだろうがナダだろうが余裕だがね。ま、二人とこうしてつるんでるのが何より楽しいわけであって

一夏:だってオレ達

数馬:仲間だもんげ!

 

 

 

 

 

 

一夏:じゃあ明日の昼前にモールのセントラルなー

弾:把握

数馬:おk

一夏:あ、レア駆逐泥

数馬:mjkオメ

弾:あ? 一夏もやってたん?

一夏:へ? 弾も?

数馬:そうそう、こないだ弾も始めたんだよ。祝・提督デビューさ

一夏:良かったやん。オレそこまでinできないしなぁ

数馬:イベ海域は完徹で突破しますが何か?

一夏:廃人

弾:よし、ちょっと溜まったから大型回してみる

一夏:え?

数馬:お、溶鉱炉行っちゃう?

弾:景気づけだ景気づけ。ダン、いっきまーす!

一夏:17分に1ペソ

数馬:マイクチェック来ちゃうか?

弾:(写真)

一夏:なん……だと……?

数馬:え? 8時間?

弾:バーナー行くぞオラァ!

弾:大和キタ━━ヽ(゚ω゚)ノ━━!! (写真)

一夏:くたばれ

数馬:寄越せ

弾:やなこった

数馬:まぁぶっちゃけると弾の段階じゃまだ十全に運用はできないけどね。資材消費マッハだし、今ので結構とんだろ?

弾:しばらく溜めに徹するわ

一夏:ですよねー

弾:つーかさ、武器どうすりゃ良いの? なんかネットだとお勧めは主主水上機電探らしいけど

数馬:んんww

一夏:大和型はww

数馬:主砲四積み以外ありえませんぞww

弾:ハッハッハー! うっしゃー! 景気づけに今夜の飯は気合いれるわ!

一夏:祭りですね分かります。\カーニバルダヨッ/

数馬:やめろトラウマを引き出すんじゃない。青ビーム、ワンパン大破、纏めて三隻、消し飛ぶ鋼材……何故だマヤッ!?

一夏:クラスメイトのイギリス人お嬢で何故か脳内再生余裕ですた

数馬:だからね、そういう危ない発言は控えろとあれほど(ry

 

 

以下どうでもいい会話がダラダラ続く……

 

 

 

 

 所と日付が変わってとある日曜日。

IS学園に直通するモノレールの本土側駅、そこに隣接する大型ショッピングモールの一角に一夏、弾、数馬の三人の姿があった。

 

「なぁ、どこ行くー?」

「確かレストランフロアに例のコーヒーチェーンが入ってたはずだよ。そこにしないかね?」

 

 目的地に着いたは良いものの、そこからどうしようかをまるで考えていなかった男子学生特有の適当さで行先に迷った三人。どうするかと話を振った一夏に、数馬が候補を上げる。

 

「あそこか。メニューには前々から興味があったからな。俺も良いと思うぜ」

 

 数馬が候補に挙げたのはここ数年で一気に全国展開の波に乗ったコーヒー喫茶のチェーン店である。同種の他のチェーンとは違い、長時間の居心地が良い空間を作ることで固定客をガッシリ掴もうという経営戦略が功を奏し、一気にコーヒーチェーン業界の大手に名乗りを上げた店である。

度々夕方のニュースや昼のワイドショーなどでも取り上げられる店の名物にはそのメニューも当てはまり、料理人の自負が強い弾も興味を惹かれた様子だった。

 

「じゃ、行こうか」

 

 数馬の先導で一行は目的の店へ向かう。休日の昼日中ということでモール内は多くの買い物客で賑わっているが、幸いにして件の店は待たされることもなく入ってすぐに席へ通される。

 

「この店、来るのは初めてだけど、本当に長居向けだな」

 

 ボックス席に腰掛けて軽く周りを見回した一夏が感心するように呟く。他のボックスとは高めの壁で仕切っており、ボックスごとの独立性を維持している。確かにこういう空間なら、メイン客層の主婦方が好む長時間のお喋りにはもってこいだろう。

 

「とりあえず、まずは頼むものを決めなきゃだ」

 

 テーブルの上に置かれたメニューを開きながら数馬がどれどれを品選びを始める。

 

「一夏、君の注文は?」

「うさぎで」

「いやそれはおかしい」

 

 数馬の振りにボケで返す一夏、そこにすかさずツッコミを入れる弾。高度に洗練された、淀みなく流れるようなボケとツッコミの構図がその場にあった。

 

「いや、冗談だ冗談」

 

 カラカラと笑いながら流す一夏に弾は無言で数馬の方を見ろと指を指す。

 

「こころ……ぴょんぴょん、したいです……」

 

 一夏が視線を向けた先にはテーブルに突っ伏しながらピクピクと体を震わせる数馬が居た。

 

「あ~、こいつ難民だったか」

「なんか相当気に入ってたみたいだからな。ま、どうせまた次の『嫁』が見つかるだろうし、そうすりゃケロっと治るだろ」

「というか、お前も結構分かってんのな、弾」

「ブーメランブーメラン」

 

 人のことは言えないだろと言う弾に一夏もそれもそうだと頷く。

 

「まぁ僕としては親友二人が理解を示してくれて嬉しいところなのだけどね」

「そりゃあ、ね?」

「あそこまで薦められたら見ないってわけにもいかないし」

 

 友人の義理として趣味に付き合っていると言う二人に数馬も満足げに頷くと共に心のうちで「計画通り!」と黒い笑みを浮かべる。

 

「で、結局注文はどうすんだよ?」

「とりあえずコーヒーかね?」

「それに適当な軽食だな」

 

 店員を呼んで各々の注文を済ませる。程なくしてやってきたコーヒーや軽食を堪能しつつ、三人はただ適当に言葉を繋いでいく。

 

「そういえば一夏、学校はどうだね?」

「ん? どうもこうも、まぁ普通だよ。毎日普通に授業受けて訓練して、ついでに自分の鍛練もして。内容はそりゃ変わってるけどさ、やってることの根っこは二人と変わらないさ」

「ま、曲がりなりにも学校だからねぇ」

 

 なるべくIS、あるいはそれに関わるワードは出さないように努めながら言葉を交わす。まさか世界規模の有名人がこんなショッピングモール内のコーヒーチェーンに居るとは予想していないのか、他の客などに一夏の存在を気付かれてはいないが、それでも不用意な言葉は控えるに越したことはない。

 

「ま、オレならその気になれば目立たないように気配殺すくらいできるけどね」

「あれだよな、チームのスポーツとかそれ使えるだろ。バスケとかやってみようぜ」

「リアル幻の六人目やっちまうか。いやでもなぁ、並みのが相手なら普通にやって勝てるし」

「中学の体育大会とか無双状態だったからなぁ」

 

 しみじみと思い出すように弾は呟く。

本人曰く鍛練の賜物であるフィジカルのスペックは中学時代においても、同年代と比して破格のレベルにあり、その手の競技ではまさに独壇場であった。

短距離走や長距離走などでは陸上部の面々を軽々追い越し、野球をやらせれば部のエース投手以上の速球と、4番以上の打率を叩き出す。バスケをすればどこぞのガングロよろしく一人で相手五人を全抜き、挙句には調子に乗って一人アリウープまで決める始末。柔道や剣道はもはや言わずもがな。

 

「サッカーくらいだっけ? 少し手こずったのは」

 

 数馬の問いにあぁ、と一夏は頷く。

 

「いや、野球やテニスは割とシンプルだし、バスケも手が使えるから良い。ただ、サッカーは足メインだからな。ちょっと慣れるのが大変だったし、相手にした部のエースも上手かった。あいつ、何て言ったっけ?」

「羽山、だね。彼も僕らと同じ藍越だよ。クラスは同じだけどあまり絡まないかな。けど、評判はよく聞く。何でも一年で既にレギュラーを勝ち取ったとか」

「道理で。あいつだけは他の連中と比べて頭一つ抜けてたからな。確か、見目も中々だったと思うけど?」

「いかにも。品行方正、成績優秀、運動神経抜群、爽やか系の甘いマスクに人当たりもよく誰とでも仲良くなれる。早くも学内の王子様扱いさ。まぁ、はたしてそれが本人にとって良いかは知らないがね」

「あん? おい数馬、そりゃどういう意味だよ。羽山なら俺も知ってるけど、いやそもそも俺や数馬と同じクラスだし。そんな風には見えないぞ?」

 

 同じ高校、同じ教室に通う故に件の人物を知る弾が言葉の意図を数馬に問う。

 

「そのままだよ。確かに彼の評判は非の打ちどころが無い。それは僕も素直に認めよう。だが、非の打ちどころがないのは彼の評判、外野が作り上げた彼という人間の像だ。だが、肝心の彼自身は、その内側はどうかな? はたして、本当に非の打ちどころのない人間などいるのか、いいや否だとも」

『……』

 

 友の言葉に一夏も弾も静かに耳を傾ける。まったく以ってその通りだ。織斑一夏、御手洗数馬、五反田弾。三人が三人とも、まずパット身で分かる点として悪くは無い、むしろ良い方に入る顔立ちをしている。

そして一夏はずば抜けたフィジカルを、数馬はずば抜けた頭脳を、弾もまた料理を始めとした各種生活スキルに精通しておりメンタル面も非常に落ち着いているなど、称賛されるべき要素を持ち合わせている。

だが彼らがそれで素晴らしい人間かと問われたら、まず最初に当人たちが否と首を横に振るだろう。

 一夏は、現在でこそ世界唯一の男性IS適格者や、IS乗りの業界における期待の新鋭などとそちらの方面で評されているが、それでなくとも然るべき場所で広めれば瞬く間に「天才少年現る」などと報じられるだろう武芸の能力を持っている。そして、同時に時や相手は本人にとって然るべくと選ぶが、もはや凶器にまで至ったそれを容赦なく他者に向ける冷たさも持っている。

数馬は、単純な学業成績に秀でているだけではない。頭を使うという行為に長け、時として様々な知略を巡らせられる。そして、時にはそれを己の利のために、あるいは興味や嗜虐心、あるいはただの気まぐれや暇つぶし気分で、他者を陥れ絶望や悲嘆の慟哭の上げさせるために仕向ける非道、一種の悪辣さも持ち合わせている。

弾も、先の二人に比べれば遥かに良識的だ。自分から誰かを害そうなどとは滅多に思わないし、友人二人の手にかかった者を憐れむ心もある。だが、それでもその二人の友の非道を友であるが故に致し方なしとあっさりと受け入れ、余程のことで無い限りは然程咎めもしない、ある種の淡白さがある。

 そうした気質を本人達が誰よりも理解しているため、三人とも自分が「良い人間」であるとは、少なくとも声に出して外へ発するということは絶対にしないのである。

 

「彼もそうさ」

 

 件の羽山少年を指して数馬は言葉を続ける。

 

「これでも人を見る目はあると自負しているのでね。同じクラスでもあるし、それなりに面白そうだから人間観察の対象によくしているが、あぁ、現状を良しとしているのは紛れもなく彼の本心だとも。だが、それだけではない。彼に自覚があるのか否か、あるいはあった上で蓋をしているか、おそらくは後者だろう。彼の内には紛れもなく淀みがあるとも。

生憎僕らは中学からの彼しか知らず、その時から今に至るまでその原因にようなものを知らない。自然、それ以前にあると見るべきだが、流石に僕もそこまでは見抜けない。いやいや、我が身の不手際を嘆くばかりだよ。ただ、そうしたものがあるのは事実さ。そして彼は周囲の評ゆえにそれを表に出せない。出すことができないのだよ。既に「理想の王子」とも言うべき偶像を周囲の全てから張り付けられた彼は、斯くあるべしという周囲の認識に従ってそう動くしかできない。

彼自身、その行動は間違いなく彼の主体によって行っているだろうが、そこに周囲の意思が介入しているのも間違いないだろうね。いやはや、難儀なものだ。もっと自由に生きられれば彼も楽だろうに」

 

 相も変わらずよく人を見ているものだと一夏は思う。とはいえ、だからどうしたと然程興味が無いのも事実。確かに知己ではあるが、既に通う学び舎は異なり、そもそも接点も少なかったのだ。今となってはほぼ無縁に等しい。そのような相手を気に掛ける必要性は欠片も感じはしなかった。

弾も弾で、それがそいつという人間で本人が自分でそうしているのならそれで良いだろうと、あえての無関心を貫く。

そんな友人二人の態度に数馬も「ま、僕にとってもどうでも良いがね」と自分の中での重要性の低さを告げる。

 

「ただ、仮にだよ。早々そんなことはありはしないだろうけど、彼に対して僕が何かしらのアクションを起こすことになったら、それはそれで面白そうだとは思うけどね」

「と言うと?」

 

 二人の親友を除き、基本的に他者の扱いがぞんざいな数馬が面白そうと評する。その意図するところは何なのか、興味が湧いた一夏が問う。

 

「これでも人のトラウマ抉ったり、メンタルをどん底に叩き落すのは割とできる方だからねぇ。彼がそういう状況に陥って、にっちもさっちも行かなくなって、張り付けた王子様フェイスがどう崩れるのか。それは興味があるなぁ」

『……』

 

 親友を自負する二人をして擁護不可能と言える程に下衆い笑みを浮かべる数馬に揃って閉口する。とは言え、そういう奴であるということはとうに百どころか千万承知なので今更何も言いはしないのだが。

 

「お前アレだよな。学園モノドラマとかじゃ絶対ラスボスみたいなタイプだろ。ほら、こうクラスの空気とかを裏で操っててさ、でもってやたら熱血な転校生だとか赴任してきた教師だとか、三十代半ばで高校生やってるヨネ○ラ・リ○ーコ的なのとぶつかるの」

「否定はしないけどねぇ。けど、届かせないさ。早々僕の裏をかける奴が居るかよ。最後に笑うのはこの御手洗数馬さ」

 

 自身満々に言い放つ数馬に二人は再度閉口し、やれやれとため息を吐く。

 

「そういえば、さっき一夏がいったその手のドラマの典型だとさ、ヒトノキモチガワカラナイノカーなんて台詞があるけど、それも僕にとっては失笑ものでねぇ」

「何だよ、自分なら分かるとでも?」

「イェス。だからこそ、動かせるんじゃないか。まぁきっちり把握したうえで踏み躙らせてもらうけど」

(今更だけど親友の下衆っぷりが半端じゃねー)

 

 コーヒーを一口啜り弾は遠い目をする。我ながらよくもまぁこんなのと付き合っていると思うが、既に今更な話だ。それに、親友であることにも変わりは無い。

 

「まぁ良いじゃないか、そんなことは。こんな所で話していても、別に僕や弾の高校生活がどうこうなるわけじゃあない」

 

 そう言って数馬は話題の転換を試みる。

 

「そういや一夏、お前クラスとかはどうだよ? お前以外みんな女子だろ?」

 

 口火を切ったのは弾だ。一夏からはIS学園での日々についてちょくちょく数馬も交えてチャットやらで話したりもしているが、こうして直に会っているのだから、改めて当人の口から聞きたいという考えによるものだ。

 

「別に、前々から話してる通りさ。男がオレ一人だけっていうのもあって、そこのあたりで互いに気を使ったりすることもあるけど、上手くやれてるさ」

「ふ~ん。う~ん、でもしかし、やっぱりもうちょっとインパクトとか欲しいんだよねぇ」

「何だよ、インパクトって」

「いや、だからさ。一人きりなわけだろう? つまりオンリーワンだ。そんな君を狙って刺客が送り込まれてるとか。キャッチコピーは、『クラスメイトは全員暗殺者(アサシン)』、というのはどうかね?」

「……寮がオレを除いて基本的に二人部屋なんだけど、同室での百合カップル乱立が待った無しだな、それ」

「そして任務にミスれば即退学。そして待ち受けるCDデビュー……」

「マンガにするならタイトルは『ISのリドル』か。なぁ、なんでシエナちゃんあそこまで不憫なん?」

「いや、それは僕も言いたいがね」

「ちなみにオレ、カプならチタヒツが鉄板だが単独でならスズさんが一番良いわ」

「ババ専と申すか。いや、君がどちらかと言えば年上好みな傾向なのは知ってたけど、年上過ぎるだろう」

「スズさんはいつまでも乙女なんだよ」

「ちなみに僕はその不遇なシエナちゃんで」

「チョイスは悪くないな」

 

 やいのやいのと建設的も何もあったものじゃない会話を続ける一夏と数馬。それを聞いていた弾はふと何かを思い出したかのように手をポンと叩くと、横から会話に入り込む。

 

「待て、それ一つ問題があるぞ」

「問題?」

 

 聞き返す数馬に弾が頷く。

 

「その話の流れで行くと、一夏に一人一人予告上送りつけて仕掛けるって形になるけどよ、そもそも一夏だったら全員集まったその場で先手必勝とでも言わんばかりに自分から仕掛けて、ついでに全滅させるだろ」

『あぁ~』

 

 あまりに想像に容易い光景に数馬と、一夏本人ですら納得するような声を挙げる。

 

「じゃあアレだ。最初からクライマックスってことで初回から最終回用の全員エンディングってことで」

「もう地雷確定だな、ソレ。そしてさらっとネタについてきてる弾は……」

「いや、だから数馬が熱心に進めるからさ……」

 

 閑話休題

 

「あぁそうだ。僕は飲み物追加するけど、二人はどうする?」

「ん~、じゃあオレは別のコーヒーにするかな。弾は?」

「俺もそんな感じかね」

「じゃあそれで」

 

 程なくして呼び出しを受けた店員が三人の居るボックスまでやって来て注文を受ける。

 

「とりあえずコーヒーの、これとこれを一つずつ。あと、カフェラテで」

 

 最後のカフェラテは数馬の注文だが、そこで店員から予想外の言葉が飛び出てきた。

 

「ただ今サービスでラテアートをさせて頂きますが、何かデザインにご要望はありますか?」

『へ?』

 

 三人揃って目を丸くする。聞けば話通り、カフェラテを注文すると希望のラテアートをしてくれるらしい。お任せや口頭でのイメージの注文もできるが、資料となるような画像を渡してくれればそれを再現することもできるという。

チェーン店にしては大したサービスだと唸る三人は、同時にデザインを思案する。

 

「僕は特別推したいっていうわけじゃないけど、二人は何かデザインの希望とかある?」

「まぁ……」

「ちょっとは、な?」

 

 じゃあ折角だし「せーの」で合わせて言ってみるかという結論に達し、三人はそれぞれの希望のデザインを言う事にする。

 

『せーの、戦車/ピカソ風/丸っこいウサギ』

 

 順に一夏、数馬、そして弾である。見事に三人バラバラの意見、だがそれと同時に三人の間で一瞬、鋭く視線が交わされたことに店員は気付かなかった。

 

「どうやら、これはそういうことかな?」

 

 とりあえず無難なウサギのデザインを頼んでから店員が去った後、数馬がそう切り出す。

 

「まさか三人、見事に好みが分かれたか……」

 

 いや、それも宿命かと無駄に厳かな雰囲気を出しながら一夏が言う。

 

「三人、結局は別の人間なんだ。不思議じゃないだろうよ」

 

 無駄にニヒルさを出しながら弾も言う。

 

「とは言え、咎めはしないさ。むしろ、この方が望ましいとも言える。故に僕は二人の選択を受け入れるとも。だが、敢えて言わせてもらおうか。――チノちゃんが超絶ラブリーだと」

 

 極めて真剣な顔で言う数馬に、一夏もまた眼光を光らせながら言う。

 

「まぁ、下手に被って内紛勃発なんて始末よりは良いだろう。そしてオレも言わせて貰おうか。――リゼちゃんのクールだけど可愛い物好きとかギャップ萌えは大いに有りだと」

 

 乗るしかない、このビッグウェイブにと言わんばかりに弾も続く。

 

「俺はやっぱり王道とでも言うべきか。昔から主人公が好きな方だからよ。――ココアの選択は紛れもない正道だと言えるな」

「フフフ、こころがぴょんぴょんするじゃないか……」

 

 三人は視線を交わし、笑みを浮かべる。その様に数馬が喜びを隠し切れない表情を浮かべる。

 

「さて、せっかくだしもう少し舌鼓を打たせてもらうとしようか」

 

 そうして三人は再び飲み物と軽食を口へ運び始めるのであった。

 

 

 

 

 おわれ オチが無い

 

 




6/30
 というわけで今回はラウラの帰国についての話でした。この後、ラウラには学園の授業など天国でしかない壮絶なしごきが待っています。
そして今まで名前だけで数える程度しか出さなかった人物、エデルトルートがここでやっとまともな登場をしました。ポジション的にはまんまドイツ版の千冬です。でも千冬より数段おっかないという設定です。
何となく察しのつく方も多数いらっしゃるとは思いますが、一応モデル的なのもあります。
ええ、ドイツ、赤髪、少佐、火砲とくれば、ねぇ? ぶっちゃけると某万年恋愛処女なわけですが。要はそれっぽいというだけの話です。

今回はここまで。また次回の更新の折にお会いしましょう。それでは。
え?ズガタカ? いや、あれはちょっとしたお茶目と受け取って頂ければ…
いやだって、ラウラの目とアレの目、似てません? ぶっちゃけ赤Cに

7/17
というわけで、今回は久しぶりの野郎ズトークでした。
えぇ、オチもヤマも何もあったものじゃありません。ただ野郎三人が駄弁って話してるだけです。
このような話は、作者のちょっとした息抜きもありますが、友人と居れば何だかんだで普通な男子高校生をやってる一夏を表現したいという意図で書いてます。その結果が自重しないネタとなりましたが。
とりあえず、この三人が集まる話はまたやりたいですね。今度はそこにIS学園組も交えてで。
感想は何時でもお受けいたします。些細なことでも良いのでドシドシ送って下さい。
自分も、たまには返信する量が多くて悲鳴を上げるなんて経験をやってみたいです。ぶっちゃけ書き手の一人としてそのくらいの感想が欲しいです(切実)
ですので、皆様お気軽にどうぞ

それでは、また次回の更新の折に。


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第四十二話:夏休み小話集2

8/13
 話数的な意味での前回同様、前の投稿分に続きを加えた形となっています。
前回分を読まれている方は、お手数ですが続きの場所まで流して下さい。
 割と真面目な話をやったつもりの前回の反動か、今回も思い切りふざけてます。というか、もう作者自身「俺はいったい何を書いているんだろう」という気になってましたww



 『武人の会談』

 

 

「それで? あいつは結局お前と同じ側を選んだと?」

「明確に私と同じ道、というわけではありませんが。ですが、武人としての気質は間違いなく私と同様の物でしょう。貴方ともです。フフッ、流石は師弟と言ったところでしょうか?」

「分かり切っていたことだ。弟子に迎えた時から、あいつがどちら寄りかなどな」

 

 某県某所、都市部からは大分離れた田舎町の一角で若い男女の言葉が交わされる。

町に隣接する山の中腹、偶然のように存在するひらけた一角を整地して建てられた一軒家は二人の内の片方、男が自らの住まいとしている。

土地柄ゆえに地価も決して無理難題な価格では無いとはいえ、そこそこの広場以上はある土地に一軒家を、更には頑強な練武のための道場も兼ね備えている敷地全体を見れば、その佇まいは立派の一言に尽きるものだ。

そして家主でもある男の名は海堂宗一郎、世界初の男性IS適格者として知れ渡った織斑一夏の武芸の師である。対する女性は浅間美咲、宗一郎にとっては妹弟子にあたる存在だ。

 もっともこの二人、単に武芸の兄弟子妹弟子以外の間柄もあったりはするのだが、そのことは話の大筋には関係が無いので今のところは割愛するものとする。

 

「しかしお前の話、明らかに外部に漏らして良いものじゃないだろう。その辺の自覚はあるのか?」

「ご心配なく。兄さんであれば一切の口外は無いと信じていますので」

「まぁ元より誰かに話すつもりなど毛頭無いが、そこまで開き直るといっそ清々しいな……」

 

 珍しく妹分の方から用があるから尋ねたいとの連絡が受けて迎えてみれば、開口一番が彼の弟子が暴走した米国の新型ISを矛を交えたという国家機密級の話だ。

その立場も相俟って他言など明らかな問題になりそうなものだが、まるで悪びれる様子の無い姿に思わず呆れ顔をする。

 

「だが、肝心の我が弟子は件のISに敗れ、結局はその学友の小娘どもが仕留めたと」

「然り。ですが、肝心なのはその敗れた彼が、福音が力尽きるまでに一体どうしていたかということ。この子が、教えてくれましたよ」

 

 言って美咲は己の右手首に巻かれた飾り紐を撫でる。紐を結ぶ飾り共々にただの糸の束とは違う、金属質めいた光沢を放っているが、それはただの飾り紐ではない。これこそが、美咲の専用機である黒蓮の待機形態だ。

 

「進歩し過ぎた科学は魔法と同等、などという言葉を何かの折に耳にしたが、にわかには信じがたいものだ。身に着けるISを通じて遠く離れた他者を感じるなど、本当に科学はオカルトの領域まで踏み込んだか」

「かもしれませんね。ですが、それを誰しもが引き出せるかと問われたら話は別です。こうして、ISを通じて他を感じ取るなど、できるのは私くらいなものですよ。他にできる者が居ればとうに察しています。こと、この感覚という一点に関しては生みの親をも凌ぐと自負はしていますよ?」

 

 ISという存在において実質全てを握っていると言っても過言では無い一人の天才、しかしそれを指してただ一つの点に関しては己が上と言う美咲を宗一郎は静かな眼差しで見つめる。

 

「であるとすれば、それは何を根拠にしている」

「強いて言えば、相互の理解、あるいは共鳴でしょうか? 結局の所、月の兎は上から見下ろしているだけなのですよ。言うなれば独裁を敷き周囲を一切受け付けない王侯、凡そ現存の人類全てを見渡しても比類ないでしょう唯我の精神の持ち主。

対して私は、相互理解の果ての今なので。そこの違いでしょう」

「では何か、我が弟子は機械と心を通わせたなどと言うつもりか?」

「当たらずも遠からず、でしょうか。彼は彼なりのアプローチをしていますよ。理解し、受け入れた上で、しかしあくまで己を第一として通し、阻むのであれば踏みつける。そして否応なしに己の一部として組み込み、果てなく進軍していく。先の兎とは似ていて、しかし対極にある覇の精神ですよ」

「覇道、か」

「聞けば学園では彼に触発されて研鑽を更に重ねる子も多いとか。世界でただ一人、という希少性も或いは影響しているのかもしれませんが、存外彼は周囲に影響を与えるタイプなのかもしれませんね」

「さて、それほどの器だったかな。あいつは」

 

 数年に渡って見続けてきた弟子の姿を思い浮かべながら宗一郎は軽く嘆息する。

 

「さて、話を戻しましょう。彼が周囲にどう影響を与えるかはこの際どうでも良いのです。重要なのは彼自身。彼は一度、一線を超えている。それも本能的にです。元々そうした気質があったことに加え、一度でも経験をしている以上、次に超えるのは容易いでしょう。もし彼のこれからにおいてその線を超えざるを得ないことになった場合、彼の行く道は自然想像ができます」

「修羅道か」

「えぇ。私がそうであるように。そして、あなたも」

 

 一瞬、二人を包む空気が重みを増したかのような錯覚を美咲は感じた。いや、錯覚ではない。宗一郎は僅かに、本当に僅かに眼光を鋭くした。それこそ、針の先を軽く砥いだ程度のものだろう。だがそれだけで美咲ほどの武人にも重さを感じさせるまでに周囲の空気を塗り替えるのだ。つくづく、途轍もない兄弟子だと実感する。

 

「それで、そこまで話してお前は俺にどうしろと?」

 

 自身が発するプレッシャーなど素知らぬと言うような口ぶりで宗一郎が問うてくる。

 

「どうとも。確か彼は学校が長期の休みの際には兄さんの下で修業をしているのでしょう? おそらく、この夏もそうするでしょう。その時の、兄さんの指導の一助になればと伝えただけですよ」

「そうか、わざわざご苦労なことだ。とは言え、その忠告は受け取っておこう」

 

 そして二人の間にしばし沈黙が流れ、互いの前に置かれた茶が啜られる音のみが木霊する。

 

「他に何かあるのか。まさか、都会からこんな田舎くんだりまで来て話がそれだけとは限るまい」

「そう、ですね。えぇ、折角ですので。なら、兄さん。久しぶりに一手、手合せをするというのはいかがでしょう? 互いに久しぶりですし、少々本気を出して――」

 

 刹那、美咲は三度殺された。一度目は刀の切っ先で喉を一突き、二度目は胸部を横薙ぎに一閃、三度目は首に振るわれた一閃による斬首。

 

「――ック! ハァ……フフ、相変わらずの手並みですね」

 

 勿論、実際に美咲は死んでなどいない。一瞬の内に額に大粒の汗を浮かべ、僅かに呼吸も震えてはいるが五体満足でこの場に居る。そも、人の命は一つきりだ。三度も殺せるわけがない。

突如として放たれた宗一郎の殺気、あまりに膨大でありながらその全てを美咲へのみと集中して向けたソレは、美咲の武人としての感覚を刺激し、同時に三つのイメージとして死を悟らせたのだ。

 

「俺とお前の仲だ。お前が気を許すのは分からんでもないし、別に悪いことではない。が、それが隙となったな」

「そうでなくとも、確実に一度は殺されていたでしょうね。そこまでできる人なんて、早々いませんよ」

 

 妹弟子の不手際を指摘する宗一郎の言葉に、未だ受けた衝撃の余韻である疲れを残すような声で美咲は返す。

 

「けど、改めて思いましたよ。ねぇ、兄さん。そろそろ下りる頃合いではありませんか?」

 

 どこからかなどは言うまでもない。今、居を構えているこの山からだ。

 

「私だけではありません。兄さんの力を正しく評価している人は多くいます。そして、私の立場で以って断言します。これから先、兄さんの力が必要になる時が必ず来ます」

「かの戦女神(ブリュンヒルデ)に並び称されるIS乗りが言っても皮肉でしかないぞ」

「あまり意地悪をしないでください。所詮、ISも道具。最終的に全てを決するのは人です。そして、兄さんの持つ武であれば、切り開けないものなど無い」

 

 妹弟子が心から助力を願い出ているのは分かる。とは言え、そこで馬鹿正直に首を縦に振るわけにもいかない。自分が武を揮う意味、それを宗一郎は重々に理解している。

 

「俺でなくとも当てはあるだろう。剣と拳という違いはあるが、()でも良いのではないか? 娘に当代の座を譲って、それなりに暇を持て余している頃合いだったはずだが?」

「勿論、既に話しましたよ。あの方もお立場がお立場ですから、協力的ではありましたけど、やはり跡を継がれた息女のフォローがまだ必要なようで。後、その時は二回殺されましたね。本当に、兄さんもあの人も揃って化け物ですよ」

「お前に化け物呼ばわりされると流石に人として心外だがな」

「私、これでも世界トップクラスの武術家としての自負はあるんですよ? それを殺気だけで殺すイメージさせるんですから。もう超人とか化け物とか、それ以外にどう言えと?」

「まぁ、俺は剣で。奴は拳で。曲がりなりにも頂点を自負している身だからな。いかにお前相手でも早々ヤワな所は見せられんという話だ」

「もう良いです。――話を戻しましょう。兄さん、別に私は楽がしたくて言っているわけではありません。確かに兄さんやあの方の助力が得られれば楽になるは確かですが、それ以上に、本当に必要なのです」

 

 軽口の言い合い染みたやり取りから一転、真剣な眼差しで改めて訴えてくる妹弟子に宗一郎はどういう意味かと視線で続きを促す。

 

「亡霊が、動き出しつつあります。その狙いの一部には、おそらく彼も」

 

 ピクリと宗一郎のこめかみが動く。そして少しの間、無言で何かを考え込むと良いだろう、と答えた。

 

「考えておこう。だが一つ、大前提がある。少なくとも、まずは今夏の奴の修行を徹底的に行う。それが済んで、後は身辺の整理が整ってからだ。別に遅くはあるまい?」

「えぇ、十分です」

 

 厳かに頷く美咲を宗一郎は黙って見つめると、部屋の窓からその先に広がる空を見つめる。夏らしく通り雨でも降っているのか、遠く離れた場所の空に黒い雨雲が広がっているのが見える。

それがまるでこれから起こるだろう波乱の予兆のように宗一郎には見えた。

 

 

 

 

 

 そして、今よりも先の時節のこと。世界初の男性IS適格者、天才科学者唯一の妹、国際的IS教育機関、様々な人物を、組織・集団を、あるいは物を、巻き込んだとあるテロリズムとの抗争の最中、かつて裏の世界の一部で囁かれた「剣神」が再び刃を揮う時が来ることになるのだが、それはまた別の話となる……

 

 

 

 

 

 

 『一夏の夏休み ~副題が思いつかないのだがどうしたら良い?(by作者)~』

 

 早朝、閉じられたカーテンの隙間から朝陽が差し込む室内に目覚まし時計の音が鳴り渡る。枕元に置かれた目覚ましにはすぐに布団に潜っていた手が伸びてアラームを切る。

そしてもぞもぞと布団にくるまっていた人間が動き出し、むっくりと頭を上げる。

 

「朝か……」

 

 シャーッとするやつをシャーッとしながらカーテンをシャーッと開けて一夏は軽く目をこする。そして軽く室内を見回す。

見慣れたIS学園の寮、本来二人用の部屋を特例で一人で使っている贅沢空間ではない、寮以上に見慣れた一夏の本来の自室がその目に映っていた。

 

「とりあえず、走るか」

 

 欠かさない日課であるランニングでもしようと、一夏はベッドから出て着替えを始めた。

 

 

 基本的には学園の寮に残る方針でいる一夏だが、別に全く家に帰らないわけでもない。

そもそも夏休み以前であっても月に二、三度ほどは家に戻って掃除などの家の手入れをしていたのだ。姉は多忙ゆえに一夏以上にそうしたことのための時間を取りにくく、それ以前にその手の家事においては精々が荷物やごみ運び程度にしか使えないくらいにスキルが残念極まるので、一夏がやらねば誰がやるという状態なのだ。

今回の帰宅も今までのそれと同様、家の手入れが目的の一つである。しかしながら今回はそれだけではなく、わざわざ外泊届けまで出して帰宅をしたのには、今日はこれから親友二人を家に迎えることになっているからである。

ちなみに一夏が外泊届けを出したのは三回分。一回目は夏休みが始まって間もない頃に数馬に伴われ行ったライブ。二回目が今回。そして三回目が師の下での泊まり込みの修行のためである。

修行のことについては追々語ることとなるが、ライブに関しては以下のようなダイジェスト形式で振り返ることとする。

 

 

 

~前夜~

 

「というわけで姉さん、オレは明日から二日間、泊りで家にいないから」

「あぁ、気を付けて行って来い」

「家の掃除は一通り済んでるから気にしないで、洗濯物が出たら洗濯機の前に置いといて。飯はコンビニやスーパーで買うなり外食するなり出前を取るなりにして。

良いか? 絶対に洗濯機を弄ろうとしたり台所に立ってまともに料理をしようなんて考えるなよ? 絶対だぞ?」

「……そこまで信用が無いのか、私は」

「いやだって、洗濯機使わせれば絶対水量の設定や洗剤の量トチるだろうし、そもそも設定できんだろうし、料理に関してはもうお察しなのは姉さん自身が理解してるだろ」

「ぐっ……」

「良いか? くれぐれも家事関係に余計な手出しはするなよ? それで帰って来た時にめちゃくちゃなことになっていてでも見ろ。 し ば く ぞ ?」

「分かったからそれ以上言わんで良い! そんなこと、私自身が一番よく分かってるんだよ!」

 

 家事がまるで駄目な姉と、それに対してもはや匙を投げている弟の一幕、下手に手を出されて大惨事となっては敵わないため、一夏の舌鋒には一切の容赦というものが無かった。

 

 

~当日早朝~

 

 午前四時、会場へと向かうため最寄りの駅で数馬と合流、始発電車に乗り込む。

 

「いや、まさか本当にこんな時が来るとはね。正直、初めて君と会った時には想像もしていなかったよ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

 

 始発故にガラガラもガラガラな車内で一夏と数馬はそんな軽口を叩き合う。

 

「んで、どうする? 適当に暇でも潰すか?」

「いや、経験者として言うならここは休んでおこうか。はっきり言って、この後が大変だからね」

「と言うと?」

「良いかい一夏? 僕らが現地に着くのは六時前。そこから物販開始時刻まで数時間はひたすら待機だ。今ぐらいならともかく、八時を回ったあたりから日光とか暑さも相応になってくる。そんな中にずっといるんだ。これは中々大変だよ?」

「なるほど。だから暑さ対策はしっかりして来いと言ってたわけか」

「そういうこと。さて、詳しいことは現地に着いてからで良い。今は、休もう」

「おう」

 

 そのまま二人は寝息を立て始める。

そしてちょっと時間は飛んで現地到着。

 

「なぁにこれぇ」

「言うと思ったよ」

 

 目的の会場に隣接した駅に着き改札を出て、一夏があんぐりと口を空けながら驚きを露わにする。それを隣に立つ数馬は分かっていたと言いたげに肩を竦める。

 

「なぁ、まだ六時にもなってないよな? なんでさぁ――もう軽く百人単位で数えられるレベルで人並んでるの!?」

「悲しいけど、現実なのよねコレ」

 

 そして数馬は語る。早い者は駅からの始発列車の到着時刻には並んでいると。前日から宿を取る者、あるいは近くのコインパーキングで車中泊をする者、猛者は遥かに早く並ぶと。

※作者は二月下旬にSSAにて行われた某ライブにて、友人と二日間車中泊で臨みました。真冬の寒空の下で午前四時とかからの列待機は中々にハードなものです。というか、始発に合わせた午前四時とかで既に二、三百いるとかおかしいだろ絶対。

 

「僕も免許取れれば車中泊くらいやってのけるんだけどねぇ」

「いや、この時期にそれはしんどいだろう」

 

 時節は夏真っ盛り。車内温度などあっという間に高くなる。故に車中への幼児の放置による、幼児の熱中症死亡事故などの痛ましい事件も毎年のように起きている。極めて難しいが、一件でも多くこのような悲劇が無くなるのを望むばかりだ。STOP、子供の車内放置。

 

「別にさー、パチスロ行くのは構いやしないけど、まずは親としての責任を全うしろって話だと思うのだよ」

「いや、全く以ってその通りだ。まーオレの場合、車中どころか人生そのものが親に放置プレイ喰らったわけだが」

「……いや、それジョークにしてはちょっとヘビーだからね?」

 

 HAHAHA! と自分の境遇を笑い飛ばすように言う一夏に流石の数馬も苦笑いを隠せない。とりあえずは早く並ぼうと、急いで列の最後尾へと向かう。

 

(そういえば……)

 

 歩きながら一夏はふと考える。以前、何かの機会があって一組の専用機持ちズで生い立ちなどについて軽く話をしたことがあった。そこで得られた各自の家族関係の情報を纏めてみると――

一夏:両親蒸発、姉が頑張って家計を支える

箒:姉は失踪、両親とは引き離された挙句にまともに連絡も取れず、短いスパンでの引っ越し連続のコンボ付き

鈴:夫婦仲の決裂というわけではなく、互いの事情故に致し方無しとはいえ両親が離婚。まだ復縁の余地があるだけマシか?

セシリア:両親が事故死。以後、若年ながら一族の中核として奮起

シャルロット:父親の不義の子、母親の逝去により父親に引き取られるも、家族としての関係は希薄。本人がある程度納得してる分、こちらもまだマシ?

ラウラ:幼少期に両親が死亡、以後施設育ち。こちらもそうした点については前向き思考な分、マシと言える。

 

(……)

 

 改めて学園の友人たちの家族関係の事情を思い出して一夏はしばし無言となる。そして――

 

(うそっ、オレの周りの家族関係ヘビー過ぎ!?)

 

 ブンブンと頭を横に振って思考から追い出す。止めるべきだ。考えても気分が暗くなるしかない。それが精神安定のためだと一夏は己に言い聞かせた。

 

 

~物販列待機中~

 

「暑い~」

 

 日が出てくると流石に気温も高くなってくる。幸いというべきか、列が動き出す物販開始までの待機場所は日陰を確保できたため直射日光は回避できているものの、やはり暑いものは暑い。曲がりなりにも鍛えてはいるため寒暖どちらも厳しかろうがそこそこには耐えられるが、暑い時は暑いし寒い時は寒いものだ。

 

「数馬、お前はどうだ?」

「ま、僕も経験者ではあるから何とかね」

 

 大丈夫と言うものの、数馬のフィジカルはそこまで頑強というわけではない。流石にこれから更に数時間、この暑さの中はキツイに違いない。

 

(ふむ……)

 

 軽く周りを見回してみれば、待機場所に荷物を置くなりして場所の確保をしたまま、飲み物の買い出しに行ったり、あるいは現場に集まった知人同士の交流などで移動をしている者も多い。

 

「数馬、これって多少動いても良いのかな?」

「ん? うん、場合によりけりだけど、今回は大丈夫そうだね。どっか行くなら、荷物見とくけど」

「じゃあ頼む。オレはちょっと飲み物とか仕入れてくるよ。数馬、スポドリで良いか?」

「あぁ、是非に頼む」

 

 そんなこんなでまた数時間――

 

「おい、まだか」

「もうそろそろなんだけどねぇ」

 

 チラリと腕時計を確認した数馬はもう間もなく物販の開始だと言う。直後、ざわつきが大きくなり少しずつだが人が動き始める。

 

「始まったみたいだね」

「やっとか」

「けど、まだまだこれからさ。売り場の混雑回避のためにある程度まとめて売り場前まで誘導して、それ以降は列で待機を繰り返すから。そして――その間にも物は無くなっていく」

「……怖いな」

「うん、怖いね」

 

 またまた待つこと十数分。

 

「うわぁ……」

 

 スマホを確認した数馬が信じられないと言う様に顔を歪ませる。何事かと問う一夏に数馬は苦笑いと共に答える。

 

「始まってまだ三十分も経ってないのに完売の物が出てきたらしい」

「嘘だろ? 早すぎるだろ。第一、オレ達の後ろにどれだけいると思ってるんだよ」

 

 後ろを見渡せば埋め尽くさんばかりの人人人。軽く千は超えているというのに早々の完売。一体何事なのか。

 

「単純なことさ。多分、元々そこまで量を用意していなかったんだよ。パンフと会場限定発売のCDを除けば殆どが事前の通販で手に入る代物。本当に欲しい人はとっくにそっちで入手済みなんだよ。それは僕らも然り。あ、先に私説いたペンライトとかTシャツね? それがあるから、多分こっちに回す分は少なく設定されたんだろう」

「なるほど。それで数馬。お前の見立てだとこの後の在庫の流れはどうなる?」

「少なくともTシャツはまだまだ残るだろうね。ただ、今回は一種類デザインの評判が良いのがあるから、それはすぐに捌けるだろうね。今完売してるのがペンライトのミニセット。多分それ用のポーチもすぐに無くなるね。というか、事前物販にあった品は殆どが早く無くなるよ」

「ということは後は~」

「パンフ、それにキーホルダーやポートレートみたいな飾り物の要素が強いグッズだね。まぁ、安い買い物にはならないから今のうちに選んどきなよ。ライブに必要そうなグッズはもう渡してあるのがそうだし」

「なんか、本当に何から何まで悪いな」

「良いってことさ」

 

 グッと互いに握った拳を軽く打ち合う。そうこうしている内に列も進み、一夏たちの番がやってきた。

 

 

「と言うわけで、無事に目的の品は買えた僕と一夏なのであった」

「誰に言ってんの?」

「さぁ?」

 

 物販を終えた二人は近くの広場で互いの戦利品を確認すると、示し合わせたように同時に立ち上がる。

 

「さて、一夏」

「あぁ、分かってる」

 

 そのまま二人は同じ方向を向く。視線の先にあるのは会場のすぐ近くにあるビジネスホテルだ。ぶっちゃけた話が東横○ンである。

 

「さっさとチェックインして荷物置こう。でもって休もう。僕は疲れた!」

「オレはー、ぶっちゃけまだ平気だけど」

「いや、そこは合わせてよ」

「だって実際大丈夫なんだもん」

 

 そんなこんなで二人は一度宿へ。ちなみにその辺の手配も全て数馬がやっていた。その手際の完璧ぶりに一夏は「こいつマジ有能」と感嘆の念を禁じ得なかった。

その後、部屋でしばしくたばって体力回復に努めた後、いよいよ以ってメインのライブ本番である。

 

 

~ライブ~

 

「おいやべーよ! アリーナ席とかマジかよ!」

「何せ一番早い段階で取れたからねぇ!」

「ちょっ! しかもステージ超近いじゃん!」

「うん、でもほら、あそこにセンターステージあるじゃん? 多分メインは……あっち」

「……ちょっと遠いね~」

「悔しいでしょうねぇ」

「ま、近いだけ良しとしよう」

 

 開演前のちょっとしたやり取り。

 

「せーのっ、ハーイ! ハーイ! ハイハイハイハイ!」←肺活量を無駄に活かして一際大きなコールをする一夏

「オーッ、ハイッ! オーッ、ハイッ! オーッ、ハイッ! フワフワフワフワ!!」←負けじと声を張り上げるも、どうにも音量で追いつかない数馬

「オーッ! ホワーッ! ウォオオオオオッッ!! アーッ! ウワーッ!」←すぐ目の前のステージで特に推してる人が歌ってる時のハジけた一夏

(やばい、想像以上に一夏が発狂してる。というか、正直耳が痛い! あと、やっぱ目が太ももに行くのね)←コールをしつつもテンションが振り切れた一夏を冷静に分析している数馬

 

「ハーイ! ハーイ! ハーイ! ハイハイハイハイッ! ……ゼェッゼェッ……」←ライブ終盤に差し掛かり息も絶え絶えになりつつ表情が恍惚としてなんかヤバい感じになってきてる数馬

(オレはまだ大丈夫だけど……こいつそのうちぶっ倒れるんじゃないか?)←終盤に差し掛かっても余裕の体力でコールしつつ、隣でヤバい感じになってる親友を分析する一夏

 

 そしてライブ終了後

 

「いやー、良かった良かった」

 

 初めてだが大いに楽しめた一夏。

 

「……」‹チーン

 

 楽しむには楽しんだが、代償として元々多くない体力を使い果たして虫の息な数馬。

半分死にかけと言っても過言ではない親友に一夏はため息を吐くと、肩を揺すりながら声を掛ける。

 

「おい、数馬。終わったぞー、はよホテル戻ろーぜー」

「肩貸して~」

「……ほれ」

「う~い~」

 

 数馬の片腕を自分の肩に回すと、一夏は二人分の荷物を抱えて席を立ち、そのまま出口へと向かっていく。同年代の男子一人に、可能な限り最低限に抑えたとはいえ、そこそこの大きさの荷物二人分。しかしそれらを一夏は軽々と抱えている。

 

「いや~、正直助かったよ~。毎回こんな調子でねぇ」

「ちっとは体力つけろよ。何だったらメニュー組んでやるぞ」

「まぁそれはまたの機会でってことで。いや、本当に一夏が居て助かったよ」

「……もしかしなくても、オレを誘った目的の一つはこれか?」

「お察しの通り~」

「そうかい」

 

 完全に自分が当てにされていると聞かされても一夏は特に文句を言うことは無かった。そも、このライブに来るまでのアレコレで数馬には色々と面倒を見てもらっている。ならば、これくらいはしてやっても良いだろうと言う判断に基づいてのことだった。

 

「ほれ、もうちょいシャキッとしろ。ホテル戻って荷物置いて、それからコンビニにでも夕飯買い行くか? で、部屋で食って早く休もうや」

「そうだね、それが良い」

 

 依然ウダウダとした感じの親友を支えつつ、この分だと二日目もこんな感じになりそうだな~などと一夏は予想する。そして、見事にそうなったのであった。

 

 

 

 ~回想終わり~

 

 

(楽しかったのは事実だけどなぁ、流石に二日目まで数馬の面倒見るのは大変だったなぁ)

 

 トレーニング用のジャージに袖を通しながら一夏はライブの時のことを振り返る。帰りの電車に至っては完全に体力が尽き果てた状態だった。それこそ、事情を知らない人間が見たら何かあったのではと人を呼ばれることは確実なほどにだ。

ついでに言えば、同性から見ても整った容姿をしている数馬だが、そんな彼の息も絶え絶えな表情というのは中々にシュールなものであった。

 

(そのくせ、駅について後は家まで帰るだけって段になると一気にシャンとするからなー)

 

 良くも悪くも切り替えがしっかりしていると言うべきか。いや、そういう節は元々持っている。特に他人を相手にしている時はそれが顕著だ。おそらくはそういう気質なのだろう。

 

「ま、オレも楽しませてもらったから良いんだけどね」

 

 良い思い出が作れたのは間違いない。また次の機会にも一緒に、今度は弾を交えて三人で行きたいものだ。

そうだ、どうせ今日家に来るのだからその時に話をしてみよう。そんな風にこの後の予定を考えながら、一夏はロードワークに繰り出すために玄関の扉を開けて早朝の外へと駆けて行った。

 

 

 

 後半へ続く。




8/13
 さて、一夏が数馬に連れられて行ったライブ。作中でもちょこっとだけ触れてはいますが、某アイドル作品のものと言えば察しの付く方は察せられることでしょう。
二月後半、SSA、二日間、大雪は回避、これらがヒントワードです。
 話にまるで関係ないことですが、作者はアニメISにおいて四十院神楽の役を演じている声優さんを強く推しています。件のライブにて、初日にアリーナ席でそのお方が間近で歌っているのを見た時は、コスチュームの一環としてのメガネも相まってもはや発狂状態でした。良いですよね、声優さんのイベントって。本作の読者の方々の中にはアニメISのイベントにも行かれた方がいるものと思うところですが、推しの方は異なれどそうした点で考えが通じ合えればとも思っています。

 次回はこのまま日常パートを続けます。多分、一夏を始めとしたIS学園主要メンバー組に野郎ズ二人を加えての話になるでしょう。真面目に不真面目な終始のんべんだらりな感じでお送りできればと思っています。

 ところで、実は明日八月十四日を以って本作は掲載二年を迎え、三年目に突入します。
しかしにじファン時代を考えれば、更に一年と数カ月は加わります。
こちらで新規に読み始めたという方は二年間、にじファン時代からと言う方は三年と数カ月もの間、ご愛顧を頂きましてありがとうございます。何だかんだで下手の横好きでやっている本作ですが、どうにかここまで続けられました。今後も、何とか続けられるよう頑張りますので、改めて今後ともお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。

 というわけでして、そんな作者は感想を頂けるとあっさり舞い上がります。
感想、ご意見は随時募集中です。ぜひ、どしどしどうぞ。
 それでは、また次の更新の折に。



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第四十三話:夏休み小話集3

 ざっと一か月ぶりくらいの更新ですね。いや、前回の更新の後から八月一杯まで、全然書いてませんでした。理由は至って簡単。

 艦これの夏イベに全力注いでました。

 おかげで八月は殆ど食って寝て艦これしてな生活でしたね。どうにか最終海域まで突破して磯風ちゃんお迎えできましたが……
他にも嫁の榛名と戦場のケッコンカッコカリをしたり……

 さて、前回の更新はギャグパートでしたので今回は真面目パートです。
本来ならあのまま続けて野郎ズパーティと行きたかったのですが、他にこの話を差し込むタイミングが見つからなかったもので。筆も乗ったので一気に書き上げて今回更新という次第です。
 多分次回以降は一夏宅での野郎ズ話、でもって一夏の修行夏休み編でしょうか。
何となくこの夏休み編で年内消費しそうな気もしますが、どうか気長におつきあい下さいまし。


『刃への誘い』

 

 さて、話は少々タイムリープして一夏が泊りがけで実家への帰宅をする少し前に遡る。

 

「……」

 

 寮の自室にて一夏は頬杖をつきながらデスクに置かれたパソコンの画面を眺めていた。

カチカチとマウスを動かしつつ、時々手を顔の方に持って行き目の保護のために掛けているPC用の偏光眼鏡の位置を直す。

そんなこんなで画面を眺め続けることしばらく。一段落した一夏は画面に開かれていたウィンドウを閉じると軽く首を回して肩をほぐす。

 

「やっぱり目ぼしいレベルはこの人たちだけか……」

 

 続けて一夏は生徒用のデータベースを開く。生徒レベルでも閲覧可能なデータの中から一夏が選んだのは学園生徒個々人の簡単なプロフィールを載せたものだ。

個人情報云々のアレコレに配慮して載っているデータはそこまで大したものではない。顔写真、氏名、生年月日、出身地、学園における簡単な経歴など、その気になれば聞き込みでも分かる程度のものだ。

そしてそれらに加えて、学園側が公式のものとして監督下に置いたISでの試合の戦績、二年生以降に設けられる整備課生についてはそうした試合の際などにどのような機体に携わったかなどの、学園での活躍が載っている。

更にそこから、その生徒が行ったIS戦の記録映像に映像データベースにアクセスすることで閲覧ができるようになっている。

 

 目を付けた者のデータページをプリンターで印刷しながら一夏はデスク脇に置いておいた携帯を手に取る。

 

「出るかな……」

 

 電話をかける相手は現在絶賛夏休み真っ只中で時間がありまくっている自分とは異なり、既に立派に職を持っている社会人だ。或いは仕事中につき出られない、なんてことも決して不思議ではない。

その時はその時でメールを送っておくなりするだけだが、やはりこれが一番手っ取り早い。

 

『もしもし。どうされましたか、織斑さん?』

「あ、お忙しいとこスイマセン。今、大丈夫ですか?」

 

 出てくれたことにほっとしつつも一夏は電話の相手、川崎に話をしても大丈夫かと問う。ちょうど休憩中だから全然問題ないと言う返事に、一夏は早速要件を伝え始める。

 

「この間の件ですけど、一応オレの方でも目ぼしい人をピックアップしましたよ。とは言っても、二人しか当てはまらなかったわけですが」

『そうでしたか。して、その二人について織斑さんの見立てではどうですか?』

「いや、オレなんかの見立てが早々重要かは自信無いですけどね。この前メールで貰った資料、少なくともアレに載っていたスペを見る限りじゃその二人が一番合いますね。何せオレと似たようなもんですから。あと、もう一つの方も大丈夫そうですよ。その二人、成績も良いですし」

『そうでしたか、それは重畳です。学園側には後日正式に申し入れをするつもりですが、こうして事前に候補に目星を付けられるというのはありがたいですからね。――そのお二人、名前を伺ってもよろしいですか?』

「えぇ、良いですよ」

 

 言って一夏はプリンターが印刷し終えた二枚の紙を手に取る。データベースを印刷した紙にはそれぞれ二人の生徒の顔写真と名前がある。

一枚に映るのはややウェーブの掛かった緩やかな黒髪を称える物静かそうな少女、もう一枚には前者とは対照的に明るめの色のショートカットに軽快さを含んだ微笑を浮かべている少女だ。そして、どちらも一夏にとっては良く知る顔でもある。

顔写真と共に記されている氏名、そこには『斉藤 初音』、『沖田 司』とあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、行く前に艦隊遠征に放り込んどかなきゃ。クソ、凄まじい消費だったからなぁ……おのれダイソン……」

 

 部屋を出ようとする直前、思い出したように一夏は最近お気に入りのブラウザゲームを立ち上げる。数馬に勧められて始めたものだが、思いのほか一夏もハマっているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

 そう言って一夏が入っていったのは剣道場だ。一夏の記憶が正しければ、今頃は箒が初音と司の二人を交えての稽古をしている頃合いである。箒自身の口からそう聞いたのだから間違いない。

案の定、道場の中には箒が居た。胴着では無く制服であり、時刻も昼食時ということを考えれば一度練習を切り上げて休憩に入るつもりなのだろう。

唐突にやってきた一夏に箒は目を丸くするが、すぐにいつも通りの佇まいに戻ると一夏を迎える。

 

「どうした一夏。珍しいじゃないか」

「いや、ちょいと用があってね。――斎藤先輩と沖田先輩は?」

「二人なら今頃は奥のシャワーで汗を流しているよ。私も先に使わせてもらった」

 

 言われてみれば、ドライヤーである程度は乾かしたのだろうが、箒の髪には僅かに湿り気があるのが見て分かる。

 

「そっか。じゃあ、ちょうど練習終わったばかりか」

「あぁ。で、どうした? 稽古に加わるというなら私は歓迎するし、二人も大丈夫と言ってくれるだろうが……多分昼食の後となるな」

「そっか。じゃあ少し待たせてもらうよ」

「ふむ、何だったら私が言伝を承っても良いが、どうする? 急ぎか?」

「いや、時間は大丈夫だよ。ただ、ちょっと大事なことだから直に伝えたくてね」

「そうか」

 

 そのまま二人は道場の端で壁に背を預けながら二人を待つ。

 

「どうだ箒、最近の調子は」

「そうだな、概ね良いと言えるよ。まだ、腕前という点では足りない部分も多いと自覚はしているが、今まで以上に気力が充実しているような気がする。色々、吹っ切れたからかな。そういうお前こそどうなのだ?」

「似たようなものかな。少しばかり心境が変わったと言うか、ちょっとばかり自分っていうのを見直してみたらね、なんか変に気負い過ぎる必要も無いかなって」

「そうか。やはり気持ちが力んでばかりもいかんな。ここ最近でつくづくそれを実感したし、それを考えれば何年も勿体ないことをしていたような気がするよ」

「いや全くだ。ま、お互い抱える事情が事情だからなぁ……」

 

 どこか皮肉気に言う一夏に箒も否定するつもりは無いのか、そうだなと苦笑交じりに頷く。

 

「そういえば、紅椿はそれからどうよ?」

「大変だな」

 

 一夏の問いに箒はスッパリと答える。

 

「正直、臨海学校の時は無我夢中というか、その場の勢いに任せていたところもあるが、こうして落ち着いてから乗りこなそうとすると中々にじゃじゃ馬だよ。全く、あの時はよくあそこまでやれたものだと、こればかりは自分に感心するくらいだ」

「ま、勢いとかノリってアレで意外に馬鹿にできんからなぁ」

「以前、お前が私のタイプについて言ってくれたろう? 改めて考えて、まさしくピシャリと言うか確かに私は気を昂ぶらせている方が性に合っているし、あるいは紅椿を扱うにしてもそうした方が良いのだろうが、だからと言って気分任せにというのも良くないからな。どうにもその辺りの折り合いが難しい」

「勢いが強い分、手綱握るのも難しいからな。至極当然の道理だろうさ。ま、それを制御できてこそなんだろうな」

「まだまだ先は遠いな。とは言え、挑み甲斐のある目標なんだ。そう悪いものじゃないさ」

 

 困難だが悪くは無い、前向きな意思を見せる箒に自然と一夏の口元も穏やかな形になる。

 

「まぁ、紅椿と言えば大変なのは乗りこなすこと以外もあるがな……」

「ん? それは――」

「やはり、まだ私には分不相応な代物なのかな。確かに姉さんに頼んだのは私であることに間違いないが、いささか浅慮に過ぎたとも今では思うよ。少々、気が鞘走り過ぎてしまったかとな」

「そいつは……」

 

 思い出すのは臨海学校での一幕、箒が紅椿を受け取った直後の簪との会話だ。

身内のコネを利用して、立場的にも実力的にも公への証明ができていない中での最新鋭の専用機の受領、それに伴う妬みやっかみその他諸々。そればかりに気を向けていたというわけでもないが、多少は危惧したのも確かだ。そして箒の口ぶりから察するに、その予感は的中しているらしい。

 

「大丈夫なのか」

「今のところは、な」

 

 仕方のないことだと箒は肩を竦める。

 

「今のところはちょっとした陰口や、面と向かってにしても皮肉嫌味程度だ。もうそこそこの回数もあったからな。流石に慣れる」

「……正直、オレはそういうことを受けた経験は無い」

 

 そうなる前に仕掛けてきそうな輩は大抵数馬に目を付けられて弄ばれて慟哭を上げていた。ならば直接的手段はと言えば、これも論外。中学時代、弾曰くいつの間にか一夏は喧嘩を売っちゃいけない奴ランキング堂々のトップに入ってたらしい。

 

「だからその、なんだ。どう対応すりゃ良いかなんてよくは分からないけどさ、受け身になってるってのも良く無いと思うぞ。少しは反論とかしても――」

「それこそどうにもならんさ」

 

 首を横に振って一夏の助言に否と示してから箒は続ける。

 

「言われる理由など私自身が百も承知だ。この身が紅椿という刃に相応足らんのは動かぬ事実。皆、それを言い方の差は在れど指摘しているに過ぎない。事実なのだからそれに反論してどうなる。千万言ったところでそのことが変わるわけでも無し。言葉など既に意味を為さないよ。

故に、私にできることはこの身を以って証明することだけだ。私が本当の意味で紅椿に相応となるよう研鑽し、その背で語るだけだよ。そうすれば、皆自ずと認めてくれるはずさ」

「そうか」

 

 ならばこれ以上自分がどうこう言うのは無粋と、一夏はそれ以上を言わないことにする。

 

「……来たか」

 

 道場の奥の方から人が来る気配を感じ取る。誰のものかは今更言うまでもない。初音と司の二人のものだ。

 

「あり、織斑くんじゃん。珍しいねー、どったの?」

「……」

 

 手をひらひらと振りながら司が一夏に声を掛けてくる。一夏も軽く一礼をしてから二人の上級生に歩み寄ると、手短に要件を告げる。

 

「ちょっと、二人に大事な話がありまして。それで来ました」

「へぇ、君が私らに大事な要件……。そりゃ気になるね」

「なら早速――」

「気になるけどさ、ちょっと待って貰って良い?」

「へ? いや、それは構いませんけど、どうかしたんですか?」

「いやねー、ちょうど今は昼時でしょ? で、私らも練習の後だからちょっとお腹空いちゃってるんだよねー。でさ、あんまりヘビーな話題抱えたまま食事ってのも微妙だから、まずは先にお昼貰っちゃっても良いかな?」

「あぁ、そういうことですか。いや、良いですよ全然」

 

 司の言うことも尤もだ。大事な内容なのは事実だが緊急というわけでも無いし、昼を挟むくらいはまるで問題ない。それに、確かに硬い話題を抱えたまま食事というのも詰まらない。

 

「あ、織斑くんも一緒にどう? どのみち篠ノ之ちゃんと一緒に食べる予定だったし、一人増えても全然かまわないよ」

「じゃあご相伴に預かりますけど、斎藤先輩は良いんですか? さっきから無言ですけど」

 

 言って一夏は司の隣に立つ初音を見る。普段から寡黙な上級生はどんどん話が進んでいるこの場においても無言のままだ。流石に全く意見を聞かないのも不味いだろうと、念のため一夏は初音にも確認を取る。

 

「……別に、どっちでも構わない」

「だってさ。あんまり気にしなくて良いよ。初音、普段はあんまり喋らないけど、本当に必要な時はちゃんと言うから。今まで黙ってたのも、それで構わないって意思表示だから」

 

 了承した初音に、捕捉するような司の言葉に一夏はなるほどと頷くと今度は後ろの箒の方を向く。一連の話を聞いていた箒も特に異論は無いらしく、首を縦に振って了解の意思を示す。

 

「じゃ、行こっか?」

 

 そう司が先導する形となり、一行は寮の食堂へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ聞かせて貰おうじゃないの、その話とやら」

「……」

 

 昼食を終え軽い食休みも済ませた所で司が話を切り出す。一夏は頷くと軽く周囲を見回す。食事時も終わり頃なので食堂内に人は殆ど居ない。今、四人が居るボックス席も隅の方だから、声量に気を付けさえすれば人に聞かれる心配も無いだろう。

 

「待て、一夏。私は良いのか? 何だったら席を外すが」

 

 そう確認してくる箒に一夏は少々考え、大丈夫だと返す。

 

「いずれは公になる話だし、基本的に他言無用ってことで通してくれれば良いよ」

「そうか。ならばそれは遵守しよう」

 

 そしてようやく話は本題へと入る。

 

「二人とも、これを」

 

 そう言いながら一夏はプリントアウトした同じ内容が掛かれている二つの書面を初音と司にそれぞれ手渡す。受け取った二人はすぐにその内容を確認していき、徐々に表情が変わっていく。

初音は常に保たれている無表情ながら、僅かに眉間に皺を寄せる。司も日頃の朗らかな笑みは鳴りを潜め、真剣な面持ちで書面を見つめている。

コピーしてある同じ内容の書面を一夏も手に持ち、静かに見つめる。横合いからその内容を覗き込む箒もまた、表情が真剣なものに変わっていった。

 

「織斑くん、これマジ?」

「……」

 

 問うてくる司に対し、初音は依然無言のままだ。先ほどの司の言葉通りなら、これは話の進行は彼女に任せるという意思なのだろう。その前提で一夏は話を進めることにする。

 

「えぇ。大マジ、です」

 

 そう言って一夏は持っている紙を軽くピンと弾く。

 

「ご存じ学園訓練機の打鉄、オレの白式、四組の更識簪の打鉄弐式。これらを開発した国内唯一にして世界でも大手シェアのISの総合メーカー、倉持技研。そこが打鉄に続く、新型の汎用機の開発に着手しています」

 

 汎用機、学園に在籍する代表候補の筆頭格が所有する専用機とは異なり、学園の訓練機の用に数の限定はありながらも複数の同型を多人数によって継続的かつ安定した運用をすることを目的とした機体のことだ。

一般に第二世代と呼ばれるISの大半がこのカテゴリーに属し、その代表格が打鉄やラファールなどである。

 

「いわゆる第三世代、この学園の専用機の過半ですが、その第三世代たる所以はそれぞれの顔とも言える専用の特殊武装です」

 

 ブルー・ティアーズの遠隔砲台、甲龍の衝撃砲、シュヴァルツェア・レーゲンの停止結界、白式の補助システム「宿儺」。

 

「けどそれだけじゃない。第三世代は、機体の基本スペックだって並の第二世代より上だ。まぁ、機体の特性上一部の点では劣る、なんて場合もありますが、基本総合的には上回っている。今回のポイントはそこですよ」

「白式と打鉄弐式、更には打鉄の開発から今までに蓄積されたデータ。それらを基に従来の打鉄よりも基礎スペックで上回り現行の第三世代と真正面から張り合える、場合によっては特殊兵装の搭載も可能な汎用機。それが今の倉持の目下の目標ですよ」

 

 紛れもない、IS界における一つの大きな躍進。それを為そうとする存在を知り話を聞く三人の緊張が僅かに高まる。

 

「織斑くん。確認させてもらって良いかな?」

「何です?」

「つまりこの目標の機体ってのはアレだよね。織斑くんの白式がラン○ロットなら、今回のはヴィン○ントってことで」

「極めて分かりやすい例えをありがとうございます。思いっきりぶっちゃけるとソレです」

 

 自分自身で納得できる呑み込みをした司がしたり顔で頷く。一夏には意外なことに初音も司の言わんとすることが分かっているのか、納得するような顔で小さく頷いていた。

唯一分かっていないらしい箒がどういうことかと聞いてくるが、細かく説明をしている暇は無いのでアニメを例に出したということで一先ずは納得しておいてもらうことにする。

 

「で、ここからが一番の肝心」

 

 そう言って一夏が開いたのは書面の最終ページだ。

 

「倉持側はこの新型の試作タイプを二機、用意するそうです。そのテストパイロット、一機は自衛隊だか防衛省だか知りませんが、とにかくお上が用意したテストパイロットにあてがわれる。そしてもう一機は――」

「この学園の生徒から」

 

 一夏の言葉に繋げる形でようやく初音が口を開く。その通りと一夏は頷く。

 

「なるほど。学園に在籍する生徒、日本人限定なのはまぁ当然だね。そこから候補を選定、更に学園での実機運用を担当するテストパイロット一名をその中から選ぶと」

「選定基準は当該機の運用に適する技術の持ち主。候補生か否かは問わない。非候補生が選抜された場合、その成果次第で倉持からの推薦で候補生認定試験を受けられる、か。また大盤振る舞いだ……」

 

 感心するように、そして常の平坦さのままに、司と初音がそれぞれ概要を読み上げていく。そしてある程度読み終えた所で初音が小さく睨むように一夏を見ながら聞いてきた。

 

「織斑、何故私たちにこれを見せた」

「別に、無性に誰かに話したくなったから、なんてことはまず無いだろうからねぇ」

 

 話を聞いているのは箒もだが、何故初音と司の二人にこんな話をしたのか。まず間違いなく何か、二人に関わることがある。そう予感しながらも敢えて二人は聞いてきた。

そして、隠してもしょうがなく、隠す必要も無いことのために一夏はありのままを話すことにする。

 

「この新型の開発には、オレの白式の担当の技術者も関わっています。その縁で何かと懇意にしていますが、その人から先日連絡があったんですよ。その内容はこの新型開発のことと学園の生徒からテストパイロットの候補を選ぶこと。そしてもう一つ、オレの目から見て候補に相応しいと推せる人を選んで欲しいと。つまりは少し早めの候補のピックアップですね」

 

 その言葉に三人の目が僅かにだが見開かれる。

 

「新型は、ソフトウェアの面でこそ乗り手もそっち方面に秀でた簪の弐式の物も反映しますが、基本的には全体的にオレの白式をベースにしているとも言えます。その人は、だからこそオレなんだと言いましたよ。曰く、オレは白式と相性が良いと。故に、そのオレならば白式の後継とも言える新型に相応しい人材を見抜けるだろうと。

まぁ正直買いかぶり過ぎだとも思いましたよ。でも、そこまで評価してくれて頼んでくれたのなら無下にもできない。ならばちゃんと選んでやろうとね。いや、大変でしたよ。近接戦メインでデータベース漁って試合映像とか見まくりでしたからね。で、そうやって探して選んだ結果が――」

「私と司、か」

 

 その通りと一夏は頷く。

 

「勿論、確実に選ばれるというわけじゃありません。こういう言い方も何ですが、現時点で二人はまだ比較的早期に見つかった候補に過ぎない。後日、倉持から学園に正式にその辺り諸々の申し入れがあるでしょう。多分、他にも何人か候補は出てくるでしょうね。本番は、そこからですよ。ただ、一応候補として推挙した以上は伝えておくべきかと思いまして」

「……そうか」

「なるほど、そりゃ面白そうじゃない」

 

 初音はあくまでも平静を保ったまま、司はどこか面白そうな笑みを浮かべながらようやく事の大筋を理解する。

 

「これで話はお終いです。すいませんね、時間を取らせて」

「別に、構わない」

「こっちとしちゃあ実に有益だったよ」

「なら良かったですよ。ただ、言わせてもらうなら選ばれるのは、多分二人の内のどっちかですよ」

 

 それは光栄だと司は小さく笑い、続けて問う。

 

「じゃあさ、仮に最後まで残ったのが私と初音のどっちかだとするよ? それで、どっちが選ばれると思う?」

「……」

 

 言葉を発しこそしないが、初音もまた一夏の答えが興味深いのかじっと見つめてくる。答えにくい質問だと苦笑しながらも、一夏は素直に思ったことを言う。

 

「オレには何とも。どっちが選ばれてもおかしくない。後は神のみぞ知る、ですかね」

「そっか」

 

 それで納得したのか司は立ち上がり、初音もそれに続く。そして二人は一瞬目配せをすると箒の方を見る。

 

「篠ノ之ちゃん、ごめんね。ちょっと午後の練習は無しで良いかな? 流石に私らもちょっとビックリしたからさ。少し落ち着きたいんよ」

「え、それは……えぇ、大丈夫です」

 

 申し出に了承してくれた箒にゴメンネと謝りつつ礼を言うと、それじゃあと言って二人は二年寮に戻っていく。そしてその場には一夏と箒が残される形となった。

 

「あー、なんか悪かったな箒。午後の予定潰しちまって」

「いや、あれも十分に大事な用事だ。それに、元々二人が私を見てくれているようなものだったからな。二人の都合を優先するのは当然の筋だろう」

「そっか。じゃあアレだ。詫びと言ったらなんだけど、この後少し練習付き合おうか?」

 

 その申し出に箒は別に良いよと首を横に振る。

 

「お前にもどうせ予定があるのだろう? ならそっちをやれば良い。それは、またの機会に改めてということにしておこう。今日は、そうだな。お前に倣うというわけではないが、久しぶりに一人での稽古をしてみるよ」

「そうか。いや、すまなかったな」

「だから良いと言っているに」

 

 苦笑しながらも箒は席を立ち、一夏も続く。

 

「では一夏。また、だ」

「あぁ、またな」

 

 そう言って二人も別々の方へと向かって行く。そして後には静けさだけが残されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、去年と変わらずの夏休みになるかと思ったけど、とんだ話が来たもんだねー」

「あぁ……」

 

 寮の部屋に戻った初音と司はそんな風に言葉を交わす。司は自分のベッドに寝転がりながら、初音は椅子に腰掛けながら、それぞれ手渡された書面を眺めている。

 

「しっかし織斑くんの白式ベースの新型ねぇ。どんな機体かなぁ?」

「さぁ……。けど、予想はつく。大方、今の打鉄の上位互換というところ」

「ふ~ん。けど、それはちょっとマイルドじゃないかな? いっそ白式くらいできても良いんじゃない?」

「アレは機動性で尖り過ぎている。普通に乗りこなす織斑も大概だけど、機体も機体。汎用機なら、もっと万人向けであるべき」

「ま、確かにねぇ。ていうか彼、いつの間に連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)なんて使えるようになったのやら」

「知らない。けど、相手にしてもやりようはある。なら少し面倒以外は何も問題は無い」

「相変わらずだねぇ、初音は。けどそうだね。やっぱり多少は落ち着いた感じになるのかな」

「……専用機として与えられる以上はそれなりにチューンも施されるはず」

「ちなみに初音はどんな感じが良いの?」

「七番」

 

 司の問いに初音は一言で答える。それだけで司には十分伝わる。七番と言うのは学園にある訓練機の中でも特殊な仕様にされている一桁台の番号を割り当てられた訓練機の一つだ。

初音や司も使用の許可が下りているもので、特に初音にとっては最も実力を発揮できる機体でもある。

 

「ま、結局私たちはそこに落ち着くよねぇ」

 

 そのまま二人の間にしばしの沈黙が流れる。

 

「ねぇ、仮にさ。仮に本当に私と初音が最後まで残ったら、どっちが選ばれるかな」

 

 先に沈黙を破ったのは司だ。二人を推挙した一夏でも分からないと言った仮定、その結果。それを改めて問う。

 

「私にも分からない。けど、やれることをやるだけ」

 

 初音の答えはあくまで愚直そのものだ。如何にも初音らしいと、司は親友の答えに微笑む。

 

「そういう司は」

「私? まぁ、私もそうかな。成るように成る、それで良いよ」

 

 けど、と前置きして司は言葉を続ける。

 

「私は別に初音に譲っても良いとは思ってるけどね」

「何を」

 

 馬鹿なことを言っていると初音は親友の言を一蹴する。だがその直後の言葉は初音にも聞き逃せないものだった。

 

「――だって、私は来年もこうしていられるとは限らないし」

「っ!」

 

 その言葉に初音は弾かれたように振り向くとベッドに仰向けになっている司を見る。そこで初めて気付く。一見すれば普段通りだが、口元は何かを堪えるように固く一文字に結ばれ、額には脂汗が滲んでいる。

 

「司っ!」

 

 彼女にとっては珍しいことに声を大にしながら初音は親友の側に駆け寄る。

 

「あぁもう、大げさだなぁ。ちょっとズキッと来ただけだって」

 

 大丈夫だと親友に言い聞かせながら司は自分の胸を軽く撫でる。

 

「……司、母親の方は」

 

 沖田司はいわゆる母子家庭で育った人間だ。頼れる縁者は殆どおらず、既に鬼籍に入っている司の母の両親、司の祖父母が遺した蓄えと母の働きを糧に彼女は育ってきた。

司がIS学園に奨学金の使用で入学し、IS乗りとして身を立てることを志したのはそんな母への恩返しのためである。そして現在、その母は心臓を患っているために病床に伏してもいた。

 

「まだ、大丈夫だよ。私も、まだね。けど、ちょっとヤバいかなぁくらいは感じてるよ。いざとなったら、整備課に移るしか無いのかな」

 

 困ったねぇなどと苦笑気味に言う司の姿に初音は唇を噛み締める。だがしばらくして落ち着いたのか、口元に込めていた力を解くと、今は休んだ方が良いと司に忠告する。

 

「うん、そうしとくよ」

 

 初音の言葉に司は素直に従ってゆっくりと目を閉じる。既に具合も落ち着いたのか、呼吸は穏やかでありそれを示すように胸は規則正しく上下している。

それを見届けると初音は静かに立ち上がり、再びデスクの方へと向かい書面を手に取る。

 

「……」

 

 既に何度も見返した内容を初音は睨み付けるように見る。一夏の話を聞いていた時や、つい先ほどまでの平坦な色をした目は既に消え失せ、今にも叩きのめさんとするような気迫の炎が爛々と瞳の奥で盛っている。

 

「司、私とお前だけだ……」

 

 以前、縁があれば専用機を持つ機会が巡ってくるかもしれないなどと話したことがあった。だとすれば、今こそがその機会なのだろう。巡って来たチャンス、物にしない手は無い。

 

「誰であれ認めない。有象無象に、これは渡さない」

 

 他に誰が候補として挙げられようとも、最終的に残るのは初音と司のみ。それ以外を認めるということは既に初音の中では有り得ないものとなった。

紙を握る手に力がこもり、クシャリと音を立てて紙に皺が走る。だがそんなことは微塵も気にしない。今の初音の内には、ただ誰にもこのチャンスを、少なくとも司以外には決して譲らないという殺気交じりの闘志だけがあった。

 

 

 

 

 阻む者は誰であれ容赦はしない。例え修羅に魂を委ねようとも、これだけは成し遂げる。静かに、初音は断固たる意志を一人固めた。

 

 

 

 

 

 




 にじファン時代から登場させてたオリキャラ、斎藤先輩。そしてこちらに移ってから加えた沖田先輩。今回のスポットはこの二人です。これでようやく二人もちゃんと本筋に関わる下地ができたと言った感じです。ゆーて、本当にしっかり関わってくのはもうしばらく先になりそうですが。

 ちなみに、割とどうでもいいことですが、他の生徒の例に漏れず斎藤先輩も制服を弄ってます。
設定の上ではセーラー服のようにしている、ということになってます。
えぇ、作者の趣味の産物です。黒髪、セーラー服、そして刀。これらが醸し出すかっこよさと美しさ、可愛さの絶妙なハーモニーですよ……。異論は認めない。

 更に加えて。この先輩二人に箒を加えた三人はとあるキャラの関係をモチーフにしています。
でも詳しくは言いません。だってその元ネタが分かったら先の展開までちょっと分かっちゃいますから。

 一先ず今回の更新はここまでです。
次回が何時ごろになるかは分かりませんが、なるべく早めに仕上げられたらと考えています。
それでは。


 感想、ご意見、ご質問は随時受け付けています。
遠慮なくドシドシ、こっちが返事にてんてこ舞いになるくらいに沢山どうぞ!


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第四十四話:夏休み小話集4

10/15
前回更新分に加える形での更新となります。前回分を既読の方は、お手数ですがそちらの部分までスクロールしていただくよう、お願い申し上げます。

ひと月近くかかりましたが、何とか更新できました。相変わらず日常回。そして結構やりたい放題です。ネタも随所に、そこそこには分かりやすい形で仕込みましたので、そちらに気付いてクスリとして頂けたらと思います。
「コレコレはこのネタだよね」などの感想も頂けるとありがたいな~などとも思っております。


 一夏の夏休み そのに ~高校生が駄弁ってるだけの話にオチも何もありはしない~

 

 数馬と二人で出向いたライブの思い出に浸りつつ朝のトレーニング諸々を終えた一夏。それから数時間経ち、ピンポーンとよくあるベル音が織斑邸の中に響き渡る。それを受けて居間やキッチンを行き来しながらいそいそと何かの支度をしていた一夏は「来たか……」と呟いて来客を出迎える。

 

「よーっす一夏、来たぜ」

「お邪魔するよー」

「おう、上がれ上がれ」

 

 やって来たのは弾と数馬。元々この日に一夏の家で三人で集まると約束していたために驚くことは無い。ちなみに一夏の家がチョイスされた理由は、この三人しかいないためにどれだけ乱痴気騒ぎをしようと、ご近所から苦情でも出ない限り誰にも咎められないからである。

 

「あと――これが例のブツな」

 

 言いながら弾は玄関先に停めた自前のママチャリ、その荷台に固定して載せてあった荷物を運びこんでいく。クーラーボックスから為るそれを受け取った一夏は玄関でその中身を確認し、満足げに頷いて弾を見る。弾もまた、得意げに頷いてサムズアップをする。

 

「まぁとにかく奥に行こう。一通りの用意はできている」

 

 えっほえっほと荷物を居間に、更に奥のキッチンまで運び込む。三人のその足取りは心なしかウキウキとした軽やかなものだった。

 

「一夏、一応俺の方でも確認させて貰って良いか?」

「どうぞどうぞ」

 

 言って一夏は弾をキッチンに招き入れる。

 

「よし、これならすぐにでも取りかかれそうだな」

 

 ウンウンと頷く弾の視線の先にはクッキングヒーターに置かれた鉄製の鍋がある。中にはなみなみと油が注がれている。

 

「じゃ、ご開帳」

 

 改めてクーラーボックスを開けた一夏は中からビニール袋を取り出す。袋の中身は弾特製の漬けダレに一晩以上漬け込まれた鶏肉だった。

そもそも彼らは何故こんなことをしているのか。事の発端は数日前に遡る。

 

 L○NEのトークを一部抜粋

 

一夏:なぁ、唐揚げ食べたくね?

数馬:何を藪から棒に

弾:はて、ここ数日の夕方のニュースの特集じゃ唐揚げは扱って無かったような

一夏:いや、確かに夕方のニュースの食い物特集は実に食欲をそそられるけどさ。アレよ、漫画読んだらちょっとな。ほら、月曜のアレ

数馬:あぁ、アレね

弾:アレか

一夏:アレだよ。週刊マンガ誌の最大手のアレ。アレのでな……

弾:確かに唐揚げ回あったな

数馬:リアクションが一々エロいんだよなぁ。……ふぅ

一夏:単行本、買ってるんだけどさぁ。合間合間にある料理のレシピあるじゃん? あれ、段々難易度上がってるような気がするんだが……

弾:そりゃ気のせいじゃないな。後、レシピ本なんざそんなものよ。「簡単」とか「お手軽」とか銘打ってあって、中には実際そういうのもあるけど、明らかにそうじゃない難易度だってある

一夏:ま、数こなせば割と何とかなるもんけどさ。料理って

弾:そりゃ何事も練習と経験だからな

数馬:時に一夏。それで唐揚げ食べたいから何だって? 食べれば良いじゃない

一夏:あぁ、うん。そうなんだけどさ、ちょいとたまには拘ってみたいというか、ぶっちゃけ最近一人で飯作って食うのもつまんないというかさ。またウチ来ない?

弾:良いけど

数馬:行くのは構わないけど、行ってどうするのかね

一夏:それなんだが、弾。仕込みを頼めるか。鶏の

弾:あぁ、そういうことな

数馬:なるほどね

一夏:あぁ。ウチで思いっきりやろうじゃないか。唐揚げ食いたい。だから――揚げるぞ

 

 かくして、ノリと勢いだけで織斑邸での野郎ズ唐揚げパーティが開催される運びとなったのである。

 

「というわけで弾、お肉の説明よろしく」

「おう。用意したのは鶏ももと鶏胸だ。どっちもこの五反田弾特製のつけダレに昨日の夕方から漬け込んである」

「ところでそのつけダレのレシピは?」

「そこまで特別なモンじゃないぞ。オーソドックスに醤油やみりん、おろしたリンゴとか玉ねぎとか。味は保証する」

 

 胸を張って言い切る弾に、一夏も数馬もそれならば大丈夫だと頷く。一夏が武に対しそうであるように、弾も料理への強い思い入れを持っている。その意思の強さと実力に裏打ちされた保証だ。信頼する理由としてはお釣りがくるくらいに十分と言える。

 

「ところで弾。もう一つ確認しても良いか?」

「ん? 何だ?」

 

 一夏はクーラーボックスに歩み寄ると、中身を指さして真顔で問う。

 

「流石に、これはちょっと量が多すぎやしないかね?」

 

 クーラーボックスの中にはこれでもかと言わんばかりに大量の鶏肉(下ごしらえ済み)が入っている。全部が唐揚げ用のものなわけだが、明らかに三人で食べる量ではない。

一夏も弾も元々食欲は盛んな方だし、数馬も細身の体躯の割には男子高校生らしくよく食べる方だ。だがそれでもなお、多すぎるのではないかと思わされる量が用意されていた。

 

「あー、それな。いや、肉の仕入れは数馬と一緒に行ったんだよ。費用はほぼ出してくれるって言うからさ。で、セールだったもんでつい……」

「一杯買って全部処理をしたと?」

「おう」

「で、余ったらどうすんのコレ?」

 

 至極当然の質問に先に応えたのは数馬だ。

 

「一部は僕の方で引き取るよ。そのまま我が家の食卓にでも並べさせてもらうさ」

「残りは俺が持って帰る。店で出すなり、家の飯にするなりできるしな。一夏も持っていきたいって言うなら良いぜ」

「オレが持ってくかは一先ず置いといて、始末に問題が無いならソレで良いよ」

 

 そして一夏は改めて手に持った鶏肉入りのビニール袋を見る。ズッシリとした重みを手に感じながら思わず口元が緩んだ。

 

「さてと、それじゃあ――」

 

 そこで一夏は数馬と弾の顔を見る。二人は共に「分かっている」と言う様に頷く。

 

『揚げるか』

 

 ここに野郎ズ唐揚げパーリィの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「うっしゃあ揚げろ揚げろー!」

「まぁ待て落ち着け。あんまり入れ過ぎると油の熱が分散する」

「一夏ー。テレビーつけて良いー?」

「良いよー」

「揚げる量はどんくらいにしようか」

「ん~、晩の本命があるし程々で良くね?」

「足りなかったら追加で揚げれば良いか」

「じゃあそれで」

 

 料理スキルが纏まったレベルで持っている弾と一夏が主な調理を担当する。数馬は何をやっているかと言えば、居間の方でテレビを見たりしている。

一応テーブルのセッティングなどもしているが、明らかに働きの度合いが低い。最も、数馬はその高校生としては有り得ない財布ポイントで以ってこの集まりの最大のネックである費用の面でほぼ全面的に対応しているので、トータルで見ればつり合いは全然取れている。

だからこそ一夏も弾も何も言わないのだが、事情を知らない人間が傍から見れば完全にサボり魔である。こんなのだから陰でニートなどと揶揄されることがあるのだ。

 

「そういえば一夏。そっちの学校も期末試験とかあったんだろう?」

「ん? まぁそりゃな」

 

 一しきりテーブルのセッティングを終えた数馬がリビングのソファに腰掛けながら声を掛けてくる。

 

「どんな試験だったんだい?」

「普通の試験だよ。筆記に、あと変わり種と言えばIS使っての実技か。筆記の方も専門科目とかあるし」

「やっぱりそういう内容か。で、筆記の方はどうだったかね?」

「……お察しください」

「あっ……」

「そもそも中学の時も受験勉強だって、数馬が居なきゃオレまじでヤバかったんだからな! というか、筆記にしても副担の先生が補習つけてくれなきゃ専門科目はオール赤点だったよ間違いなく」

「それはそれは。その先生の功績は大きいねぇ」

「いや全くだ。本当に、感謝してもしきれないよ。何というかな、本当に良い人なんだよ。うん、本当に尊敬できるレアな人だ」

「ふむ。君にそこまで言わせるとは、であれば本物なのかね」

「そういえばお前、前々から教師とかどうでも良いって言ってたな」

「当然。勉強だって別に自学で事足りるし、学校生活における僕ら生徒側の諸問題にしたって、確固たる解決をできるわけじゃない。少なくとも、僕が学校に行くのはそれが必要なことだからであり、後は人から教わらずとも自分で吸収できたことばかりだと思っているよ」

「本当にお前、大した自信だよなぁ……」

「さて、腕っぷし絡みに関して言えば君もどっこいだとは思うがねぇ」

 

 数馬のともすれば傲慢とも取れる物言いに、分かっていたこととはいえ思わず呆れてしまう一夏に数馬もまた一夏も似たようなものだと返す。

 

「それはそうとだよ、一夏。僕は前々より気になってはいたんだがね。周囲を見渡せば女子女子女子アンド女子な空間に放り込まれて、本当に何もないのかい?」

「何もって、何がだよ」

「つまりアレだよ。桃色でストロベリってるような、例えば廊下で躓いてコケればパイタッチやらスカートへのヘッドダイビングをかますToLOVEる展開だよ」

「ねーよ阿呆。んなことになってみろ、オレは針のむしろ状態だ」

「ふむ、それもそうか。いやそれでもだよ、端的に言って君の状況はまさしく『これ何てエロゲ?』だ。こう、何か無いのホントに? いやだって、周り女子で何も無いとかそういう考えが起きないとか、普通無いだろ」

「ま、その編は俺も概ね同意だけどな」

 

 探りを入れてくる数馬に、唐揚げをひたすら揚げている弾も同調する。

どうと言われても、と若干困るように一夏は腕を組む。

 

「まぁオレだって男だよ。そりゃ、女子と良い感じになりたいとかってのは人並みにあるさ。ただ、やっぱり環境が特殊だしオレ自身もそうだ。だからそういうのもちょっとは気を付けなきゃいけないところもあるし、それにその身近な同級生の女子ってのが問題なんだよ」

「それが意味するところは?」

「みんな、同級生や友達であると同時に競い合うライバルでもある。故郷の国の代表候補生っていう、要はエリートポジションに居る奴は当然腕が立つし、そうでない連中にしても思わずこっちが刺激を受けるような所を見せてくる奴もいる。そういうのを見てると、何だろうね。もう本能レベルって言って良いのかな? オレ自身がもっと上をって思って、どうしてもそっちを優先させるんだよ」

『……』

 

 数馬も弾も揃って黙り込み、時折「はぁー」だとか「うーむ」などの溜息や唸り声を混ぜる。

 

「いや、分かってはいたがね。本当に一夏は、こう、何だろうね」

「俺はよくは知らないけど、数馬がやってるそのギャルゲーとかか? そういうのの主人公には絶対ならないタイプだな」

「いやいや。ギャルゲーはともかくいわゆる十八歳未満お断りな、でもやろうと思えば割と普通にやれるその手のゲームには、そういう要素よりもバトルだとか『燃える』展開ってのに力を入れているものもあるから。そういうのなら……駄目だ。一夏の場合は主人公よりも敵の方がよっぽどしっくりくる。それも自分の目的のためなら世界とかどうでも良い系の」

「なんか分かる気がするわ」

「お前ら揃って酷いなオイ」

 

 容赦の無い評価を下す数馬と弾に一夏も流石に苦い顔をする。とは言え、概ね数馬の言う通りかもしれないと他ならぬ一夏自身がそう思えてしまうので、それ以上を言うことができない。

 

「そ、そういう数馬はどうなんだよ。話す女子は画面の向こうの世界のやつばかり。周りの連中とか基本見下しスタンスなお前とか、オレ以上に無理あるだろ!」

「自覚はあるんだけどねぇ、改めて言われると中々……。いや、まぁ確かにそうなんだけどさ。けどね、別に僕だってリアルの女子に惹かれないわけでも無いんだよ、うん」

「どうせ声優とかだろ」

「弾うるさい。いや、それも確かにそうでそういうケースが多いのも否定はしないよ。けどねぇ、僕だって普通の女子にちょっとドキッとすることくらいあるさ」

 

 一夏と弾は顔を見合わせて「うっそだー」と棒読みで言い放つ。日頃が日頃だけに信用性が薄いのは数馬とて重々承知しているが、流石にここまでの反応をされると微妙な気持ちになってくるものである。

 

「じゃあ数馬。試しにその例を話してみてくれ」

「……言って信じるのかね?」

「いや、そもそも嘘をでっち上げてどうこうって話でもないだろ。無いなら無いで話すことは無いし、あるならそういうことがあったってことで」

「ふむ……」

 

 顎に手をやり少し思案する。そして、話しても問題は無いかと結論付けると数馬は素直に話すことにした。

 

「そう大したことじゃないがね。いや、正直なところを言えば結構最近のことで、しかも初めてのことだから僕自身も図りかねているのだけど……

少し前、夏休みに入るしばらく前の日曜さ。パソコンの部品だとか漫画とかの買い物でアキバに行ってね。その時、ちょっとゲーセンにも寄ったんだよ。で、見て回ってたらちょうど曲がり角の所で人が出てきて不覚にもぶつかってしまってね。で、その人が持ってたクレーンの景品らしき人形が床に落ちかけてね。慌ててキャッチして渡したんだけど、その時に、その、顔を見た時にね、いや、本当に僕自身驚いてもいるのだけど……」

「ときめいたのか。で、どんなやつだった? パッと見の年齢は? 外見のイメージは? 特徴とかは?」

「意外に食いつくね、一夏……。年は、多分僕らと近いだろうね。あとは、眼鏡をかけてておとなしいって感じだったけど、眼鏡は多分ダテで度が入ってないね。レンズ越しで分かった。多分ファッションかな? で、うん。まぁ、可愛い部類では、あるんじゃないかな」

『ほほ~』

 

 面白いことを聞いたと言うように、一夏と弾が揃って顔をにやけさせる。あの口を開けば常に満ち溢れた自信と、自他共に認める親友でもある二人を除いて他多数を有象無象と見下しがちであるあの数馬から、まさかこんな台詞を聞く日が来るとは。

果たして数馬にそこまで言わせた女子というのは一体どのような人物なのかと、二人は純粋に興味を馳せる。

 

「まぁ、よくよく考えてみれば僕自身女子との交流なんてそれこそ鈴を除けば満足には無いからね。慣れない状況に少しばかり戸惑ってしまっただけだろうさ。だから――いつまでもニヤニヤしてんじゃないよ!」

 

 そうは言うものの、さっきのような話を聞いた後で笑うなという方が無理だと言うのが一夏と弾の意見でもある。そんな二人の様子に「だから言いたく無かったんだ」と数馬は唇を尖らせる。

 

「まぁ良いじゃないかよ数馬。そうへそ曲げるなって。面白い話聞かせてくれた礼に、美味い唐揚げ食わせてやっからよ」

「その肉、代金出したの殆ど僕なんだがね」

「その礼も含めて、だ」

 

 そろそろ揚がった唐揚げもそれなりに纏まった数になった頃合いだ。いくらか大皿に移そうと食器棚に一夏が寄った所で、ポケットに入れておいた携帯が着信を知らせる。

 

「ん? ――――あれ、鈴だ」

「え?」

「鈴?」

 

 携帯の画面が知らせる着信の主は鈴であった。良く知る名前が出てきたことに弾も数馬も反応を示し、何事かと顔を見合わせる。

 

「もしもし、どうしたよ。え? オレ? いや、今は家に居るけど。そりゃこの間話したろ。うん、うん。は? え、マジで? 今からか? いや、それは……ちょっと待ってくれ」

 

 そこで一夏は携帯を顔から話すと弾と数馬をそれぞれ見遣る。

 

「どうした、一夏」

 

 何かあったのかと聞いてくる弾に、一夏は状況をそのままに伝える。

 

「鈴が今からココに来るって。箒と簪――学校のダチ二人を連れて三人でだと」

『はい?』

 

 予想だにしなかった内容に二人も揃って目を丸くする。そのまま三人の間に僅かな沈黙が流れた。

野郎オンリーで騒ぐ予定だった唐揚げパーティ ~晩飯時には本命もあるよ~ は、三人の想定とは違った流れを呈しかけているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人:前回のインフィニット・ストラトスッ! ‹デンッ (ラ○ライブの前回のあらすじのBGMを脳内再生の上でどうぞ)

一夏:ノリで集まって唐揚げパーティをすることになったオレ達

数馬:特に滞りなく進む準備の最中、予想だにしていないイレギュラーに見舞われる

弾:それは俺達もよく知るとある奴からの突然の電話!

 

「鈴が、学校のダチ二人を連れてここに来るって……」

『はいぃい!?』

 

数馬:突然の介入に思わず戸惑う僕たち

弾:そうこうしている内にも唐揚げは揚がっていく

一夏:そして、たっぷり用意されたお肉の行方は何処へと!

 

 

 

「……なに? この茶番」

「いや、やってみたら面白いかなぁって。それに一夏も結構ノリノリように見えるのだがね?」

「いや、それは、つい……」

「おい一夏、数馬。良いから決めちまえ。俺は別に人が増えても構わないから。さっさと揚げる量を決めたいんだよ」

『あ、はい』

 

 

 一夏の夏休み そのさん ~強いて言うなら『一夏のグルメ』?~

 

「でだ、数馬、弾。どうする?」

「僕は別に構わないがね。鈴はよく知っているし、あとの二人に関しても音に聞こえしIS学園の生徒なのだろう? まぁ、別に招いてどうというわけでもなさそうだ」

「俺も別に良いぞ。あ、昼飯要るか聞いてくれ。必要ならその分も追加で用意しとくわ」

「あいよ。――あぁ、鈴か。あのな――」

 

 結論。招く、OK。昼食、折角なので三人も頂くということで。

 

「よーし揚げるぞー、どんどん揚げるぞー」

 

 流石に六人分となると相応に量も必要となるため、弾は鶏肉を揚げるペースを早める。加えて、女子が加わることへの配慮か、もも肉メインで揚げていた所に低カロリーで済む胸肉も加えていく。

 

「数馬、この皿をそっちに頼む」

「任された」

 

 更に本腰を入れた弾に料理は任せることにして、一夏は数馬を顎で使ってセッティングの追加を行う。いそいそと二人が行き来するのはキッチンとリビングだ。

本来はダイニングで食べる予定だったが、人数が増えたために急遽折り畳み式のテーブルを幾つかリビングの方に出してそこで食べる方針に切り替えていた。

 

「飯、炊けてる! 唐揚げ、揚がった! 汁物、出来た! 料理は仕上がったぞ一夏!」

「こっちもセッティング完了! 何時でもお迎えできるぞ!」

 

 互いに完璧に仕上げた準備に一夏と弾は見合い頷くと、力強くサムズアップする。直後、弾と数馬がやってきた時と同じようにピンポーンとベルが鳴る。

 

「ふむ、来たようだね」

「オレが出るよ。二人はちょい待ってて」

 

 そういうと一夏は「はいよー」などと玄関の方に返事をしながら向かって行く。

 

「さて、鈴はともかく後の二人とは一体どういう人なんだろうね、弾?」

「さぁな。けど、ここに来るって聞いても一夏が嫌って言わないならそれで充分だろ」

 

 思えば二人にとっても鈴との再会は軽く一年以上ぶりとなる。加えてIS学園の生徒、駅のモールでそれらしき人物を見かけたことは二人も何度かあるが、このように直接会って話すのは初めてだ。さてどのようなものかと考える。

 

『おう、来たな。ちょうど飯も仕上がってるぜ』

『そりゃありがたいわね。お邪魔するわよー』

『ここも久しいな……。失礼する』

 

 一夏の後に続いて二人分の声が玄関の方から聞こえてくる。片や久しぶりとなる鈴の声に、もう片方は初めて聞く声だが、おそらくは件の友人の一人だろう。鈴とは異なり、声の響きだけでも生真面目な気質を感じ取れた。

来る予定は三人。ということは、まだもう一人いるはずだろう。そう数馬が考えた矢先に三人目の声が聞こえた。

 

『お邪魔します』

「……え?」

「数馬?」

 

 聞こえてきた三人目の声、それを聞いた瞬間に数馬は小さく声を漏らしてその場に固まる。予想外の反応をした数馬に弾が何事かと聞こうとした瞬間、ガチャリと音を立てて玄関と居間を繋ぐ廊下から四人がやってくる。

 

「ウッソ、マジで弾に数馬じゃない。うわー、久々だわー」

「失礼する。む、そうか。お前たちが話に聞いていた一夏の友人か。突然にすまないな」

 

 先に入ってきたのは鈴と箒だ。何だかんだで久しぶりに会えたことは鈴にとっても悪いことではないのか、表情は僅かに綻んでいる。対する箒は初対面の者の前ということもあり、やや緊張気味だがそれでも律儀に挨拶をする。そして――

 

「お邪魔します」

 

 最後に入って来た簪を見た瞬間、表情こそ変えないものの数馬の雰囲気が明らかに変わったのを弾は感じた。

 

「あれ、君は……」

「や、やぁ。その節はどうも」

 

 数馬を見た簪の、明らかに初対面では無いだろう反応に数馬もやや上ずった声で挨拶を返す。

 

「ん? どうした?」

 

 おそらくは、否。確実にこの場においてもっとも人の気配というものに敏感な一夏が最後にやってくる。そして、居間に入る前から数馬の変化に気付いていた一夏は弾がそう思ったように何事かを尋ねてくる。

 

「あぁ、織斑君。彼、君の友達?」

 

 数馬を指して聞いてくる簪に一夏は「そうだけど」と素直に答える。

 

「なに? もしかして知り合いだったとか?」

「僕もだいぶ驚いているがね、その通りだよ。以前に、ちょっとね」

「少し前に、秋葉原のゲームセンターでちょっとだけ話をしたことがある」

 

 瞬間、一夏と弾は鋭く目を細めると同時に視線を交わし、互いに確信を確認し合うように小さく頷く。

 

(なるほど、そういうことか)

(この眼鏡の子が数馬が言ってたゲーセンでぶつかったって奴)

(それが指し示すところはつまり――)

(数馬が一目でホの字になった相手――!)

 

 確信した瞬間、一夏と弾の口元に小さな笑みが浮かぶ。『面白いことになった』と、その表情がアリアリと語っていた。

 

 

 

 

 

「というわけで、箒と簪は初めてだよな。こっちのロン毛が五反田 弾。で、こっちの見た目優男が御手洗 数馬だ」

「よろしくな」

「よろしく、というか一夏。見た目とはどういうことかね」

「いや、アンタ見てくれは良いけど中身が終わってるじゃん」

 

 一夏の紹介にジト目を向ける数馬に鈴が呆れるように言う。

 

「今度はこちらだな。篠ノ之 箒だ。一夏とは古馴染でな。10歳の時に転居するまでは剣道で同門でもあった仲だ」

「更識 簪。一応、日本の代表候補生」

 

 箒の名乗りに数馬は僅かに目を細め、候補生と名乗った簪にその意味を一夏経由で知っている弾は驚いた様子を示す。

 

「篠ノ之さん、で呼び方は良いかな? 間違っていたらで申し訳ないのだが、君はもしや……」

「察しの通りだよ、御手洗。私の姉は篠ノ之束その人だ。ただ、姉に関して知りたいことがあっても私では力になれそうにないからな。そこは予め断らせておいてほしい」

「あぁいや、そういう意図は無いよ。ただ気になったから確認をしたまで。姉君の高名はかねがね聞き及んでいるが、それはそれだ。では改めて、よろしく」

「あぁ、改めて。それと、姉をそう褒める必要は無いよ。確かに抜きんでた能力を持っているのは事実だが、そう立派な人間というわけでもない」

「おや、これは中々手厳しい」

「仮にも血の繋がった姉妹だ。このくらいは遠慮なく言わせて貰うさ。それと、五反田だったな。改めて、よろしく」

「おう、よろしく」

 

 芯の通った箒の声に数馬と弾は内心で感心するように頷く。有り体に言って嫌いではない、好感を覚える姿勢だ。

 

「私も、言った方が良い?」

「さて、それはご自由に」

 

 簪の確認に一夏は好きにすればいいと答える。

 

「じゃあ、私も改めて。更識 簪。二人とも、よろしく」

「あぁ、よろしく」

「こちらこそ、改めて。いやしかし驚いた。よもや君が一夏の知り合いだったとは」

「それは私も」

 

 驚いていることは事実だと、声の調子に表す数馬に簪も同意するように頷く。

 

「しかし、その節は申し訳なかった。荷物は、大丈夫だった?」

「うん、全然平気。私もあの時はボゥッとしてたから。ごめんね」

「いやいや、あの程度なら全然。ところで、もしかして君は――」

 

 アキバに居たことなどから簪がそうした方面への趣味を持っているのか、そんな互いに共通らしい話題をする二人を見ながら一夏は携帯を操作する。直後、弾と鈴、そして箒の携帯が一斉に振動での通知を告げた。

 

『一夏、弾、鈴、箒』

 

 四人の携帯に共通して投入されている通話アプリ(今更だがL○NEのことである)のチャット(つまりはトークよ)機能によるものだった。

繋がりのない弾と箒も纏められるよう、二人の連絡先を知っている一夏が起点となって広げられていた。

 

一夏:さて箒、鈴。面白いことがあるぞ

箒:いきなりどうした。わざわざこんなものを使うとは、つまりは今話してる二人には内密か

一夏:そういうこと。いや、本当にマジで驚くぞ。特に鈴

鈴:は? 何であたしよ

弾:まぁ良いから聞けや。あぁ、大声とか出すなよ。お前その辺かなり甘いからな

鈴:弾うっさい。で、何なのよ

一夏:うん。実はな、数馬のやつ。簪にホの字だ

鈴:はぁ!?

箒:ほぅ。いや、確かに初対面というわけではなさそうだが。一夏、どういう経緯だ?

一夏:実はな――(秋葉でのアレコレを手短に説明)――というわけだ

鈴:はぁー、数馬がねぇ。そりゃ確かに驚きだわ

弾:何せ俺らも驚いたからなぁ

箒:なるほど。確かに意外と言えばそうだが、しかしそこまで驚くほどのことか?

鈴:驚くほどのことなのよ。箒、あんたから見て数馬はどんな印象?

箒:む? そうだな。どちらかと言えば一夏とは逆の、文学的なタイプ、かな? 後は、頭もよさそうだな

鈴:まぁ概ね合ってるわね。華奢で知的な優男、確かにそれは間違ってないわ。けど実際のトコは、性格も性根も性癖も何もかもねじまがったトンデモ野郎よ

箒:いや、言い過ぎではないか? それは

一夏:ところがかーなーり事実なんだよなぁ

弾:良いダチではあるんだけどな。性格の悪い部分は擁護できないんだよ。まぁ、ダチの俺らとか、あいつがそうすべきと判断した相手には誠実的であるのも事実なんだけど

一夏:ま、平たく言えばとても面倒くさい性格してるんだよ。それと箒。お前にはもっと分かりやすい言い方があるぞ。割と束さんよりの性格と言えばわかるだろう

箒:……あぁ、それだけで十分に察せるよ。まぁ、流石にあの人ほど突き抜けてはいないようだが

一夏:流石にな。まぁとにかくだ、そんな輩が、ましてや特に同年代とか基本大半を見下しているようなアイツが同い年の女子に一目ぼれってのはマジで驚いているんだよ。いやホント

箒:なるほどな。確かに、私も姉さんがいきなり愛だの恋だの言いだしてそれにかまけたら驚くどころじゃ済まないだろうな。天変地異前触れか、あるいはいよいよ以って世界の終わりでも近づいているのではと勘繰るところだ

鈴:それで、わざわざ話してどうすんのよ。別に数馬を冷やかそうだとか邪魔しようだとかってわけじゃないんでしょ?

一夏:勿論だ。ただ、特別どうこうってわけじゃないよ。一応知らせておいて、後は成り行きに任せて見てようぜってことで

鈴:そういうことね。ま、いいんじゃないの?

箒:そうだな。わざわざ変に絡む必要も無いだろう

弾:というわけで、俺は皆の親睦を深めるべく料理を用意するんで

一夏:なに、いざとなったらオレ達で数馬を応援しえやろうじゃないか。名付けて、ミッション・あなたのハートにラブアローシュート! 大作戦だ

弾:一夏、ねーわ

鈴:無いわね

箒:流石にそれはな……

一夏:(´・ω・`)ショボーン

 

 

 

「さて、そろそろ頃合いだろ。飯の用意もできてるから、みんなで食べようぜ」

 

 そう言いながら弾が立ち上がり、一夏もそれに続く。

 

「む、私も手伝うぞ」

「いや、大丈夫だよ箒。とりあえず座ってて全然OKだぞ」

「そうは言うがな、ただ馳走になるだけというのも流石に心苦しい」

「じゃあ、盛り付けた皿を運ぶのだけやってくれ」

「心得た」

「それじゃあたしも手伝うわ」

 

 箒に続いて鈴も立ち上がり、更に数馬と簪も手伝おうと立ち上がろうとするが、これ以上増えても仕方がないと一夏が二人を制する。そういうことならと数馬と簪はそのまま座り続け、再度雑談に興じる。その様子を、準備をしながら四人がチラチラと見ているのだが、二人が気づく気配は無かった。

 

 

「さて、ちょっとしたハプニングもあったけど、これで準備は完了だ。さぁ、存分に食べてくれ」

 

 デン、と大皿に盛られた唐揚げの山。そして各人の前には各々のご飯と、弾が即興で作り上げた椎茸をメインにした吸い物もある。

 

『いただきます』

 

 その言葉と共に全員が一斉に箸を動かし始める。とりあえず数馬が簪を前にどんな様子を見せるのか、依然気になってはいるものの一夏は一先ずは目の前の料理に集中することとした。

 

 

 思えば、こうして弾の料理を食べるのもそこそこに久しぶりのことである。

 まずは白米。日本の食卓の基本にして王道、しかしそれ故にある意味で最も重要な意味合いを持つ品だ。スゥ、と鼻で息を吸い香り立つ湯気を鼻腔一杯に取り込む。

炊けたご飯の匂いは、悪阻などが酷い妊娠初期の妊婦には辛いものであるらしいが、そうした特殊な例外を除いて好まない日本人など早々居ないだろう。一夏もれっきとした日本人。白米の香りには否応なしに日本人としての血を刺激させられる。

箸で一掴み、一気に頬張る。美味い。静かに口内で米を噛みながら、噛むほどに存在感を増してくる甘味を堪能する。自然由来の優しい甘さとでも言うべきだろうか。キャンディーなどから得るものとは違う、自然と溶けていくような甘さに心穏やかにさせられる。

 

 そして白米を飲み込むと同時に箸を伸ばした先は大皿の唐揚げだ。今回の唐揚げは急遽女子が参加するということもあり、女子が気にするだろうコレステロールにも配慮した胸肉を使ったものも含んでいるが、一夏は食べ盛り育ちざかりの男子。迷うことなくカロリーばっちこいなもも肉をチョイスする。

一つ、箸で持った瞬間に揚げた弾の腕前を実感させられる。肉が持つずっしりとした質感がありながらも、箸の当たる衣は実に軽やかな触り具合だ。食べるまでも無く、その食感を自然とイメージさせてくる。口元に近づけ間近で見ると更に揚がり具合の良さを感じさせられる。キッチンペーパーで余計な油は取り除きつつも、うっすらと残った油が衣を照り輝かせている。色合いも鮮やかなブラウン、焦げ付きなど微塵もありはしない。

そして、一気に頬張った。うむ、美味い。心の中で思わず感嘆の声を呟く。まず伝わってくるのは衣がサクッと割れる感覚だ。あの独特の軽さを持った音が口内から頭蓋を伝わって直接脳内に響いてくる。衣としてしっかりとした硬さを持ちながらも、一噛みで軽やかに割れる食感はただ見事と言うより他ない。

衣のすぐ下にはいい塩梅で火の通った肉がある。牛や豚と比べれば柔らかい鶏肉だ。スッと抵抗なく歯による分断を受け入れ、途端に中からジュワリと肉汁を溢れさせる。予め下味用に漬け込んでおいたタレと、肉それ自体の元々の旨みが混ざり合い口中に弾けて広がる。加えて下味用のタレに入っている香辛料の香り。これが口内から鼻腔へと一気に広がり、味との相乗で美味さを格段に跳ね上げる。もはやあれこれと語る必要はあるまい。美味い、ただその事実だけ分かれば十分だ。

曰く、物事は本質に迫れば迫るほどにそれを表す言葉はむしろ陳腐なものになるという。火は火としか言わないし、水も同様だ。

或いは競技で例えてみる。その道のプロ、それも最上級と呼んでいい選手の動きは、時としてそれへの心得をある無し問わずに見る者を圧倒させると言う。そうした、自身では及びもつかないとしか言いようのないものを前にした時、その者にとってソレの本質はそのままだ。とんでもないもの、ということになる。映画のアクション、スポーツにおけるプロの試合、それらを見て「すげぇ」としか言葉にならないという経験は誰しもが思い当たるものだろう。

この唐揚げもそうである。言おうとすれば、あれこれを理屈付けめいた言葉の装飾を付けることは、まぁできる。しかしそれを忘れさせるほどに食べるものを圧倒してくる美味さ。それも唐揚げという料理の特性上、同じものを何度と口に入れることで幾度となくその圧巻が襲ってくるのだ。もはや美味の集中砲火と呼んでも良い。それを前にすれば出てくる言葉はただ一つだ。

 

「美味い」

 

 この場の誰もが同じような感想を述べる。作り手である弾にとっても納得のいく出来だったのか満足そうに頷いている。

このまま唐揚げの怒涛の連打といきたいが、ここで舌を小休止させる。今度は別の椀に注がれた吸い物だ。ご飯には味噌汁、これもまた定番中の定番にして王道と言える。特にあさりの味噌汁など堪らない。

が、今回は味のしっかりした唐揚げが主役でもある。よって、今回はあえて味が主張をし過ぎない吸い物をチョイスした。

干しシイタケを使った出汁を薄口醤油や塩など、少量の調味料で味付け。出汁に使った椎茸をそのままに、さらに別で用意した普通の椎茸も具に加える。それに留まらず、豆腐に刻み葱、溶き卵も加える。

透き通った汁に椎茸と豆腐、そこへ刻み葱が彩を加えて、溶き卵がまるではためくレースのように飾りとなる。

まずは汁だけを一口。椎茸の旨みが溶け込んだ、ほっとするような味わいだ。今度は具も一緒に。汁を吸いこんだ椎茸の美味さは言うに及ばない。豆腐の柔らかさと存在感が口内でホロリと崩れる食感と、葱のシャキシャキとした食感のコンビネーションが楽しい。特に葱はその風味が口の中をリフレッシュさせる。汁の熱で僅かに固まった溶き卵の優しい舌触りと甘さは、口の中の疲れを取り除くようだ。

 

 吸い物で一時のインターバルを終えると、再び唐揚げに箸を伸ばす。だが今度はただそのまま頬張るのではない。

別の小皿に用意されたタレ、ピリリとした刺激を与えてくるチリソース、甘味と酸味が絶妙に入り混じった胡麻マヨソース、これら二種のソースをそれぞれ用のスプーンで一垂らし。

美味さと美味さの相乗が新たな昂ぶりとなって口内に広がる。こうなるともう止まらない。ただ一心不乱にご飯を書き込み、吸い物を啜り、唐揚げを頬張る。

 

 最初の内こそ団欒とした雰囲気で会話も弾んでいた食卓だが、その会話も徐々に減り、誰もがただ目の前の料理に集中するだけとなっていた。

 

「ごちそうさまでした」

 

 気が付けば用意された料理は綺麗に平らげられていた。もっとも、唐揚げに関してはまだ下ごしらえをした段階の肉が幾ばくか余っているのだが、それについても処遇は決まっているので問題は無い。

 

「いや、実に見事な味だったよ。堪能させてもらった」

「揚げ物は中華にもあるからあたしも得意な方なんだけどねぇ。悔しいけど、やっぱ料理じゃ弾が上かぁ」

 

 箒は素直に味への賞賛を送り、鈴は自身も元とは付くが弾と同じ料理店の子であり、料理自体にもそれなり以上の心得を持っているため、その腕前に若干の悔しさを滲ませながらも味を認める。

 

「五反田くんは、料理店か何か?」

「ん? あぁ、そうだよ」

 

 簪の問いに弾は頷く。

 

「別にミシュランだとか三ツ星だとかそんなのとは無縁の、しがない町の定食屋だけどね。実家だし、馴染みの常連さんとかも多いからその辺の思い入れは深いよ」

「ちなみに僕や一夏もその常連よ」

「何が良いって、厨房仕事の手伝いとかすると安くしてくれるのがな。仕事で体を鍛え、安く飯にもありつける。もう一石二鳥だよ」

 

 野郎三人衆の三大溜まり場の一つ、五反田食堂を思い出しながら数馬と一夏はウンウンと頷く。

 

「更識さん。それに篠ノ之さんも。良ければ今度機会があれば立ち寄ることを勧めるよ。味は、僕が胸を張って保証させてもらうとも」

「よせよ数馬、照れるだろ。まぁお二人さん、来たら少しはサービスさせてもらうから、ぜひご贔屓にってことでよろしく」

「あぁ、その折には是非馳走にならせてもらおう」

「楽しみにしてるね」

 

 勧誘に色よい返事を返す箒と簪に弾は内心で「よし、ご新規二人確保!」とガッツポーズをする。

その後、食器などを一通り片付けると六人は揃って居間で歓談に興じる。話すのは各人のこと、あるいはそれぞれの学校や私生活のことなどだ。

 

「けど、本当に弾の料理馬鹿も相変わらずよねぇ。一夏とつるんでるのも納得だわ。あんたら、本当にそっくりよ」

「ほう、凰。それはどういうことだ?」

「簡単な話よ。一夏ほど露骨じゃあ無いけど、弾も料理に関しちゃかなり意識が高いと言うか。ぶっちゃけ一夏の武術を料理に置き換えて、でも気持ちマイルドめにしたのが弾よ」

「なるほど、それは納得だ」

「待て鈴。それじゃオレや弾がまるでただの武術馬鹿と料理馬鹿みたいじゃないか」

「え? 違うの?」

「……否定しきれないのがなぁ」

「ま、俺も料理に手は抜けないからな」

「というわけで箒。あんたに弾がやらかした中学時代の料理エピソードを一つ話すわ」

「ほう? 何だそれは?」

「一つ目、調理実習やり過ぎ事案よ。家庭科の授業で何度か調理実習をやったのよ。基本、お題は先生の方で決めるんだけど、最後の調理実習だけは好きに決めて良いってなったのよ。もちろん、材料とかは自前で。

で、その調理の班員が弾、一夏、数馬のいつもの三人だったんだけど、この三人だけ気合入れまくって――フルコース作りやがったのよ」

「ふ、フルコースだと?」

「そう、フルコース。まぁだいぶ簡略化はされてたけど、前菜、スープ、魚に肉、更にはデザートまで完備よ。あの時の家庭科の先生のドン引きした顔、今でもよく覚えてるわ」

「いやだって、好きに作れって言われたからさ。一夏や数馬と相談してだな、食材だって事前にできる仕込みは済ませといたから現場での手間もそうでもないし」

「どうせなら最後は盛大に行きたいじゃん?」

「だまらっしゃい馬鹿一夏に馬鹿弾」

 

 そんな風に鈴が過去の思い出を語ったりもすれば――

 

「へぇ、更識さんはISの組み立てまで自分で?」

「少しだけ、関わらせて貰っただけだよ。あと、簪で良いよ」

「はぃ!? い、いや、いきなり名前は流石に失敬ではないかね?」

「別に気にしないから。それに、苗字はちょっと……」

「で、では、か、かん、簪さんと……。いや、いかんね。こうして女子と対等に話すというのはどうにも慣れない」

「意外だね。そういうの得意そうだと思うけど」

「恥ずかしながらね、自分で言うのも何だけど、僕は他の同年代の大勢よりは少々優れている自信がある。だから、どちらかと言えば上から見下ろす高慢ちきが付いていてしまってね。一夏や弾、鈴くらいなものだよ。例外は」

「へぇ。じゃあ、私は?」

「むしろ敬意すら払おう」

「ふふ、ありがと」

「い、いや、聞かせて貰った実績を鑑みれば当然のことだとも。これでも、払うべき礼節は弁えているつもりだよ」

「そうなんだ。君、結構面白いね」

「…………いや、一夏や弾以外にそう言われたのは初めてだよ」

 

 こんな感じで数馬が彼にとっては実に珍しいことに、少々言葉につかえやや緊張をしながらも簪と話を弾ませていたりしている。

 

 そうして、一夏が部屋の奥から引っ張り出したゲーム機で対戦に興じたり、あるいはトランプやUNOをやったりと、何でもないごく普通の過ごし方で数時間を六人は過ごしていた。

 

「あちゃー、もうこんな時間か」

 

 時計を見た鈴の言葉に箒と簪も時間を確認し、そろそろかと頷く。事前に実家への帰宅のために外泊手続きをしていた一夏とは異なり、三人はあくまでただの外出。校則にて定められた時間までには学園に戻っていなければならない。

 

「悪いけど、あたしたちはそろそろ帰らせて貰うわ。弾、ご飯ありがとね」

「色々と馳走になったな。今度はお店の方に寄らせてもらうよ」

「どうも、ごちそう様でした」

 

 立ち上がり帰り支度をする三人に合わせて一夏らもいそいそと居間の片づけを始める。ゲームやら漫画やらなにやら、色々と広げ過ぎていた。

 

「あ~、もう夕方だし女子だけってのもアレだろ。悪い数馬、駅まで見送り頼めるか? その間にオレと弾で片づけやっとくからさ」

「ふむ。まぁ別に構わんよ。というわけでお三方、不肖ながら駅まで同行させて貰うとしよう」

 

 そう申し出る数馬に鈴は思わず苦笑する。

 

「数馬ねぇ。ボディガードにしちゃ、ちょいと頼りないんじゃないかしら? これでもあたし達三人、腕っぷしには結構自信あるのよ?」

「ハッハッハ、その程度の事は無論承知済みだとも。国家代表候補生、その身分は各国の軍部に組み込まれる。当然、然るべき心得はあるものと理解しているとも。篠ノ之さんにしても、かなりの使い手と一夏から聞き及んでいる。が、そこはアレだよ。少しばかりは恰好を付けさせてもらいたいのさ。それに、僕自身も腕には覚えがある。一夏ほどとは口が裂けても言わないがね、チンピラの一人二人程度ならどうということはない」

 

 その言葉に彼を良く知る鈴は目を丸くする。彼女が見てきた御手洗数馬という人間は徹頭徹尾頭脳プレー派。少なくとも殴り蹴りだのの荒事とは常に無縁のスタンスを取り続けていた姿が記憶に残っている。そんな彼から喧嘩の腕に自信ありと聞くとは、夢にも思っていなかった。

 

「あぁ、実際数馬はそこそこやるぞ。というか鈴、タイマンならお前とだっていい勝負はできるんじゃないか?」

「マジで?」

「ふむ、しかし体つきは少々細いな。筋肉質というわけでも無さそうだ。となると、合気の類に心得が?」

 

 数馬の体格を観察しながら所見を述べる箒に一夏は指を鳴らしてその通りだと肯定する。

 

「流石に喧嘩で猫以下の雑魚ってのもな。どこぞの追放されたシスコン皇子じゃあるまいし。始めはオレが少し教えた程度だけど、数馬。確か後は独学に近いよな?」

「いかにも。いやはや、時代の進歩とは便利なものだよ。今では優れた指導者の技術を収めた映像が通販で取り寄せられる時代だ。まぁ、役立たずにはならないから安心して欲しい。もっとも、こんな腕っぷしの荒事ばかりは僕も完全とは言えないがね」

「何よ。なんか弱点でもあるの?」

 

 例えば動きに癖があるだとか、そういう類なのかと当たりをつける鈴に一夏は首を横に振る。

 

「こいつ、技のレベルは間違いなく高いんだよ。素養があるかどうかと言えば大有りだよ。ただ――悲しいくらいに体力が無い。したがって継戦能力に難ありだ」

 

 その言葉に三人揃って『あぁ……』と納得するような声を漏らす。数馬としても否定のしようがないため、仕方がないと言いたげに肩を竦める。

 

「だからあれほど体力つけとけってオレは常々言ってるのにさー」

「いやいや、あくまでこれは僕にとっても非常手段だからね。基本、そうならないように立ち回るだけだよ」

「備えあれば憂いなしって霧島さんも言ってるだろうが」

「はい、数馬は大丈夫です」

 

 やいのやいのと漫才染みたやり取りをしながらも、準備のあれこれは進む。そして玄関で靴を履いた四人を一夏と弾が見送るところまで来ていた。

 

「じゃあ一夏。また学園でな」

「あぁ、またな」

 

 帰る三人とその見送りの数馬を送り出して一夏と弾は再び片づけへと取り掛かっていった。

 

 

 

 

「ここまでで大丈夫よ。悪かったわね、数馬」

 

 駅の入り口まで来たところで鈴がもう大丈夫と数馬に言う。流石にここまで来れば危ないも何もないだろうと、数馬の素直に頷く。

 

「ではここまでで。一応礼儀として、気を付けてとは言っておくよ」

「相変わらず面倒くさい喋りしてるわねぇ。まぁ良いわ。それじゃね」

 

 手を振って駅の中へと入っていく鈴、それを追って箒も「では」と簡単な別れの挨拶を告げると駅へと向かって行く。

 

「じゃあ、御手洗君。またね」

「あぁ。並に君も気を付けて」

 

 最後に簪とも挨拶を交わし、簪は駅へと入ろうとする。その背に、一瞬迷いこそしたものの、意を決し数馬は声を掛けることにした。

 

「簪さん」

「なに?」

 

 振り向いた簪に、数馬は一呼吸して言うべき内容を素早く脳内で整理すると、それを一気に吐き出す。

 

「良かったら、メアドの交換でもどうかな? 君との話は、僕にとっても有意義なものだったのでね」

「うん、良いよ」

 

 実にあっさりとした承諾の返事に、数馬は一瞬肩すかし気味なものを感じるも、すぐに口元に笑みを浮かべてアドレス交換のための操作を行う。

 

「あぁそれと、君を名前で呼ぶからというわけではないのだがね、僕のことも名前で構わないよ。というより、一夏や弾、鈴のような親しい人は大抵名前で呼んでいるからね。それに、苗字だとトイレネタでからかう輩もいるもので」

 

 最後の方だけ少しばかり憤りを滲ませながらも伝えた要求に、これまたあっさりと簪は頷く。そうしてアドレス交換が終わり、今度こそ簪は駅へ向かうことになる。

 

「それじゃあね、数馬くん」

「あぁ、それじゃあ」

 

 軽く手を振りながら数馬は簪を見送る。その背が見えなくなると同時に手を下ろすも、しばしその場に立ち続ける。そして、おもむろに小さくガッツポーズを決めた。

 

「っしゃあ、キタコレ……!」

 

 公共施設の入り口までなければ、ド○キーに鍵を開けて貰い、次のステージへの入り口をぶち開けるクラ○キー並に飛び跳ねて喜んでいただろう。そうしたいのを理性で抑え込み、グッと拳を握る。

 

「ふっふっふ。あぁ、実に幸運。ラッキーとしか言いようがない。いや、ただのラッキーじゃない。この僕の、御手洗数馬のラッキーだ。御手洗のラッキー、ミタラッキーと言うより他あるまい」

 

 本人的には喜んでいるつもりなのだが、浮かべている表情はそうする癖がついてしまったのか、まるでカードゲーム中に相手の心理を読みぬいて口撃フェイズに移行するJCよろしく下衆な顔つきになっている。彼の名誉のために言うが、今現在の彼は純粋に喜んでいるだけである。

別に希望を与えた挙句それを奪ってファンサービスと言おうだとか、騙した時によりどん底に叩き落すために2クールに渡っての友情ごっこをしようだとか、そんなことを考えているわけでは断じて無い。

 そうして喜びを噛み締めながら一夏の家に戻る道中、数馬の姿は時折妙な動きをして怪しい奴そのもののだったりなかったりしたと言う。

 

 

 

 

 

 

「さて、女子三人の乱入という、虫狩りのつもりがなんかスンゴイことになった金ゴリラが乱入かましてくるようなのに比べればまだ容易いイレギュラーこそあったものの、来たぜ本命がよ……!」

 

 日も落ちて夜と呼べる時刻になった夕飯時、野郎三人は揃ってキッチンに集まって輪を作る様にしゃがみ込んでいた。三人の視線の先、輪の中央には弾が鶏肉を保存しておいたものとは別の、そして何としても女子には見つかるまいと家の最奥に隠しておいた別の発泡スチロールの箱がある。

 

「いざ! ご開帳!」

 

 抑えきれない興奮と共に一気に全てを箱の蓋を開ける。直後、箱の中から磯の香りが広がる。

蟹だ! ホタテだ! サザエでございまーす! それが嫌いという理由でも無ければ見る者全てがゴクリと喉を鳴らすような海の幸三種がそこにあった。これぞ今回の本命、唐揚げよりお高い海の幸ディナーコースのメインである。ちなみに出資者は数馬の太っ腹によるものである。

 

「さて弾。最終確認だ」

「おう、来い」

「蟹の準備は?」

「この家で一番目と二番目にデカい鍋一杯に張った湯を今も沸かしてある。後は蟹を放り込むだけだ」

「ホタテの準備は?」

「お前が出しておいてくれた、千冬さんがホームセンターでノリで買ってきたという家庭用七輪が既に火をつけてある。後は網に乗せるだけだ」

「サザエは?」

「同じく七輪で。焼いている最中にバランスを保つためのセッティングもできている」

「完璧だ、弾」

「光栄の至り」

 

 準備ができているのであれば何も言うことは無い。もはや言葉は不要。ただ眼前のご馳走を頂きにかかるだけだ。そしてこの宴はそれだけではない。

 

「フフフ、こっちも完璧よ……!」

 

 そう言いながら一夏は冷蔵庫を開ける。中には冷やされた飲料の入った缶が幾つもあった。普段から千冬が自身のために、時折「買い過ぎじゃね?」と一夏も首を傾げる、諸般の事情によりどういう品かを明言できないこれらの飲料の数々。

三人とも、何だかんだでこれらへの少々の嗜みを4、5年ばかり早いが持っているわけだが、今回はこっちも思い切って行っちゃうことにする。

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ~」、とある美少女宇宙人の名言である。

 

 

「んじゃ、やるか」

 

 手にそれぞれの缶を持った三人は視線を交わしあう。そして――

 

『乾杯!』‹チョリースハーイ!

 

 なんか一名変なことを言った奴もいるが、ここに三人だけの夏のちょっとした祭りが本当の意味で幕開けと相成ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、前回の折に話題に上がった数馬の一目ぼれの相手。まぁ感想書いて頂いた方にはほぼ丸分かり、というか多分誰もが予想していたと思いますが、簪さんでした。
ちなみに、簪さんを前にすると数馬くんは普段の胡散臭さは鳴りを潜めて、割と普通になります。

 さて今回の話、唐揚げ食ってる時の部分はちょっと頑張りました。これで読まれた方々が唐揚げ食いたくなったら自分の勝ちなどと勝手に思っている次第ですww
唐揚げ、美味しいですよね。家で作る唐揚げとか、もうご飯が止まりません。そこにお酒が加わると……もはや犯罪的……!

他にも今回の話では、中々書くことができない弾や数馬についても書けたかなぁと思っています。
例えば数馬が何だかんだで運動神経が良いとか。ただし体力が無い。
弾も料理が絡むと一夏ばりにやらかすとか。
 多分夏休み編終わったらこんなの書けないですからねぇ。

 そして最後。簪とのメアド交換に成功した数馬。これを繋がりにして夏休み以降も彼に関しては出していけたらと考えています。

 さて、そろそろ一夏の夏休み修行編となる頃合いです。
……夏休み編、終わるのマジでいつ頃になるんでしょうね。作者自身、皆目見当がついておりません。

 感想、ご意見は随時受け付けています。些細な事でも良いので、書いて頂けると作者の励みになります。書ける限りのお返事も書かせて頂きますよー。

 それでは、また次回の更新の折に。


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第四十五話:夏休み小話集5

 今回は少し早目に書きあがりました。いや、ざっと二週間ぶりですけど、書き始めてから書きあがるまでが久しぶりに早目だったもので。

 今回はスポットを変え、再び宗一郎師匠と美咲さんのお話。
前回までのネタ満載ギャグパートから一転、我ながらダークな感じにできたかなと思います。この話のギャップですかね、スイスイと書けました。

 それでは、どぞ。


「閑話:武人の会談 弐」

 

 海堂宗一郎という男は基本的に遠出というものをあまりしない。出不精というわけでも無いが、必要が無い以上はする意味も無いと日々の生活において行動範囲というものは最小限に留める性質だ。

言い換えれば必要があれば遠方にも出向くということでもある。そして夏も最盛期に差し掛かろうというこの日、彼は珍しく車を飛ばして県境を越え、首都は東京まで足を運んでいた。

 

 キッとブレーキ音とタイヤが地面を踏みしめる音が混じった高めの音が鳴る。黒塗りのスポーツカーが止まったのは確かに都内ではあるが、いわゆる都市部として総括される二十三区からは外れた場所だ。

車が止まったすぐ先には高いフェンスで囲まれた広い敷地がある。そこかしこに点在するプレハブや建材、中途半端にコンクリートで舗装された地面。一目で操業が停止した工場跡地と分かる。本来であれば文字通りの関係者しか立ち入らないだろう場所、宗一郎自身も本来なら用などあるはずも無いが、わざわざこんな場所に来たのは来るだけの用があったからだ。

 エンジンを止め車から降りた宗一郎は何気なく閉じられた金網の門の前に立つ。すると、程なくして奥の方から黒服に身を包んだ男が小走りでやって来た。

 

「海堂様ですね? わざわざご足労頂き恐縮です」

「あぁ。早速だが案内をしてもらおうか」

「はい。どうぞこちらへ」

 

 開けられた門から敷地内へ入ると宗一郎は男の案内に従い奥へと進んでいく。歩きながら周囲を気配のみで探り、なるほどと納得するように小さく頷く。

一見すればただの寂れた工場跡でしかないこの場所だが、セキュリティに関しては生半可なものではない。各所には今も稼働中の監視カメラが死角を作らないよう、目立たぬよう設置されているし、他にも幾つかの警備システムを取り入れているだろう。ただの工場跡にしては大仰に過ぎる。

そう、この場所はただの工場跡地などではない。それを宗一郎は始めから理解している。今、彼の前を先導する男にしてもそうだ。その所属は政府に帰属する。そして今現在、男を直接的に動かしている上役は彼女(・・)を置いて他ない。

 

 しばし敷地内を歩いた二人は無数に点在する建物の一つに入る。他の建物が作業員の詰所然としたプレハブであるのに対し、この建物は構造からしてしっかりとしたものであることが一目で分かる。仮にここがその通りに工場ならばこの建物が作業場と言われても十分に納得できるだろう。

建物の中に入ると、今度は少し先に進んだ所にある階段を下りていく。螺旋状の階段の下には暗闇が広がっており、地下から吹き上げて来る空気の音がまるで異界へと誘うかのような不気味さを醸し出している。そして階段を降りると今度は最小限の照明で照らされた細い通路を進んでいく。その先には作業用とおぼしき機構がむき出しになっているエレベーターがある。それに二人とも乗り込むと、先導する男の操作でエレベーターは下降を始める。

 

「こちらへいらしたことはありますか?」

「いや。話では何度か聞いたことがあるが、実際に来るのは初めてだ」

「そうですか。このエレベーターを降りればすぐですが、足元が暗いうえにあちこちに段差などがありますので十分にお気を付けください」

「あぁ。忠告、痛み入る」

 

 そして最初の階段から数えてどれほど深く地下に潜ったのか、エレベーターは最下層に到達する。金網で組まれた扉が開くと同時に二人はエレベーターを降りてそのまままっすぐ進む。未だ歩いているのは狭い通路故に周囲はコンクリートの壁に覆われている。見えるものも限られている。だが、不意にその視界が急激に開けた。

 

「ほぅ……」

 

 眼前に広がる光景に宗一郎は珍しく感嘆するような声を漏らす。

彼の眼前に広がっているのは広大なまでの空間だ。とても地下深くとは思えない、まるで巨大な建造物の中にでもいるかのように錯覚するほどの広さを誇っている。眼下を見れば更に興味を引く光景がある。

地下深くにありながらも視界がはっきりしているのは照明がある証だ。それ自体は決して不思議なことでも何でもない。むしろごく当たり前のことだ。だがその照明は眼下の――便宜上このように呼ぶとして――地面の各所に建てられたポールの上に、まるで街灯のように存在している。

更に水のせせらぎのような微かな音を感じ取り、そこに目を向ければ照明の光を照り返す水面が見える。そしてそこから分かる水の動きは一定の向きに、線を描くように流れている。つまりはれっきとした水路として存在することだ。加えて各所に存在するコンテナの山や、それが形作る道路のようなラインを描く地面。これはまるで――

 

「さしずめ作りかけの地下都市、というわけか。だいぶ昔にどこぞの企業だかが地下への生活圏拡大を目的として、その試作型にちょっとした地下都市の建造を目論んだなどという話を聞いたことがあるが、結局計画は成就せぬまま終わり、その成れの果てがこれというわけか」

「ご明察の通りです。件の企業が計画より手を引いた後、支援のために一部絡んでいた政府がこの空間を管理下におきました。なにぶん、既に世間の記憶からも殆ど忘れ去られて久しいもので。政府も周辺の監視はすれどこの場所自体は最低限の保守以外は放置の状態ですよ」

「それを、奴は良いように使っているというわけか。我が妹弟子は」

 

 宗一郎の言葉に男は頷く。彼をこの場に案内するように命じた男の上司と、彼の関係は上司である彼女自身から聞いている。一体どのような人物なのか、男には宗一郎という人間の仔細を知る由もないが、信頼のおける上司が大丈夫だと保証をするのであれば何も言う必要は無い。

そこで、男は宗一郎が何かを気にするように周囲を伺っているのを見た。スンと、何かを嗅ぎ付けようとするかのように微かに動く鼻が真っ先に目についた。

 

「いかがなされましたか?」

「いや……少し臭うと思ってな」

「あぁ――それは仕方のないことです。換気も十全にというわけではありませんし、廃棄された機材の数々もあります。それに各所を流れる水路ですが、その水もどちらかと言えば排水のソレですからね。少々ご不快とは思いますが、どうかご勘弁を――」

「いや、そうじゃない。すまないな、そういう直接的なものではないのだよ。些か抽象的な表現になる、故にお前が察せなくても無理なからぬことと分かっているから気にしないで良いがな。満ち満ちているよ、死の臭い、あるいは気配とでも言うべきものがな」

 

 その言葉に男は口を噤む。隣に立ち、平然とした顔で眼下に広がる空間を睥睨する宗一郎の横顔を見ながら静かに問う。

 

「ご存じでしたか?」

「あいつがそういう生業にあるというのはな。その一部だろうが、ここでというのは今ここに来て知った所だ」

「失礼ながら、そういったものは感じ取れるものなのでしょうか?」

「あくまで例えだが、やれ惨殺事件の現場だとか自殺の名所だとか、死にまつわる曰くつきの建物や場所はそれらしい雰囲気を持っているなどと言うだろう? ここもそうだ。あいつらしく後始末は徹底しているが、それでも残った微かな気配が積りに積もっている。察せる奴はすぐに察するだろう。特に裏の稼業にはそういう輩も多い。俺も、一応は当てはまる」

 

 そこで宗一郎は視線を離れた一角に向ける。

 

「なるほど、俺をここに連れてきたのはそれが目的か。見世物にしては少し趣味が悪いな」

 

 宗一郎の言葉で男は、上司である彼女が彼をここに招いた目的の一つでもある、この場所で行われるとある事が始まったのを察する。必要があれば説明をしてやれとも言われたが、どうにもその必要は無さそうだ。事の、言うなればスタート地点は現在二人が居る場所よりも遠く離れた、それこそ端から端と言っても良いほどに距離のある場所だ。

それほどまでに離れていながら、一体どれほどの察知能力を備えているのか、彼は凡そ起きているほぼ全てを認識し把握している。もはや超人的というより他あるまい。

 

 僅かな照明で照らされた薄闇の中に、予め設置されている照明とは別の、強い光源による光点が一つ浮かび上がる。地下街の迷宮に放り込まれた哀れな一人の人間、とある女に用意された懐中電灯だ。

光点の、女が動き回る様を宗一郎は静かに見つめていた。恐怖に染まり切った表情と、常に後ろを気にするような様子。何かに追われているのは明らかだ。それを確認して宗一郎は思わず額を押さえ思う。つくづく趣味が悪いと。

やがて女の動きが止まり、今まで以上の恐怖に駆られた半ば恐慌状態に陥りながらも何かをまくし立てる。どうやらあの分では追いかけてきていた者に、言うなれば鬼ごっこの鬼だろう。それに捕まったというところか。趣味が悪いという感想は相変わらずだが、女を助ける義理も特段存在はしないため黙って胸の内で念仏を捧げる。もはや命運など決まったようなものだ。これを考えた者の性格から見るに、どこかしらに別の出入り口なりがゴールとして設定されていたのだろう。そこまで逃げ切れれば、まだ助かる見込みはあったのかもしれない。だが、やはり無理だったらしい。

――刹那、この地下空間中の空気が限界まで張りつめたように引き攣ったものになる。既に女の口から言葉は途切れ、周囲の空気同様に総身はピンと張りつめ、何かに堪えるように小刻みに震えている。やがて女の全身からガクリと力が抜けて一気に崩れ落ちる。だが、地面に倒れこむことは無い。女の胸から突き出る棒状の何かが、薄闇の中で照明を照り返しながら既に事切れた女の身を支えていたからだ。

程なくしてそれは女の身から引き抜かれ、今度こそ力無く地面に倒れ崩れる。そして、周囲の柵やコンテナといったものとは違う、ある種の新鮮さを持った微かな鉄の臭いが宗一郎の鼻腔をくすぐった。さながら魔女の狩り場とでも言うべきか、などと宗一郎は受けた印象を感想とする。

 

「終わったか」

「そのようで」

 

 そんな短い言葉を交わして、再び沈黙が宗一郎と男の間に流れだし程なくしたころ、二人の下に近づく足音が聞こえてきた。宗一郎は依然眼下を見据えたままだが、男は足音の方に向き直ると一礼をしてやってきた人物を迎える。

 

「お待たせして申し訳ありません。できれば私が直接出迎えたかったのですが、少々立て込んでいまして」

「あぁ、その立て込んでいた要件というのはきっちりと見させて貰った。率直に言えば趣味が悪い。が、あれも一応はお前の仕事ならば、あえて俺は何も言うまい。それで、この間は俺の下にわざわざ来たと思ったら、今度は俺を呼びつけるとは何事だ、美咲。まさか、わざわざアレを見せるためでもあるまい」

 

 宗一郎の問いに浅間美咲は勿論、と頷いて本題に入るよりも先に宗一郎を案内した男に下がって良いと伝える。再度一礼をして立ち去っていく男の背を見送り、完全に見えなくなってから美咲は再び口を開く。

 

「ところで、アレについてはお聞きにならないので?」

 

 アレとは言うまでもない。先ほどまで宗一郎が見ていた、名も知らぬ女の命がけの鬼ごっこだ。そして今、彼の目の前にいる妹弟子こそがその鬼の役に他ならない。

 

「凡そは予想が付くが、一応聞くだけは聞いておこう。わざわざこんなところに連れ込んでまでの始末とは、一体何をやらかしたのか」

「端的に言えば機密の漏洩ですよ。曲がりなりにもそれなりの情報を扱える相応の立場にありながらの愚行。ただの小金稼ぎ程度が目的でしたら表の司法に任せてお終いだったのですが、肝心の取引相手がテロ組織に繋がり、更にはよく隠し通せたものとは思いますが、思想的にも些か以上に現行の社会秩序に対し攻撃的。総合的に判断し、速やかに摘み取るのが利としたまでです」

「テロに思想、な。テロはさしずめ亡霊の一端。思想は、あのやたらとヒステリー気味な様子にこの頃の女が抱きそうな攻撃的思想、主義者か?」

「ご推察の通りです」

 

 兄弟子の的確な予想に心からの賛辞を美咲は送る。

 

「典型的過激型女尊思想の所謂『主義者』であり、末端とは言えテロにも繋がる。大方、現行の体制を崩し自分たちが主導にとでも思っているのでしょうが、そうは問屋が卸しませんよ」

「主だった思想者はだいたいピックアップしているから、そうなりそうならば即座に纏めて始末する、か?」

「またまたご明察。流石は兄さんです」

「ま、お前の性格はよく知っているからな。敢えて止めろとは言わんが、よくそこまで迷いなく断じることができるものだ」

「生来そのような気性なのでしょう。それに、放置して実際にテロなど起こされてはたまったものではありません。それにより齎される人的、物理的、経済的、諸々ひっくるめた被害の全て。それを未然に防げるなら、その可能性の芽を纏めて摘み上げるのはむしりリターンが高い方です」

 

 言ってしまえば大のための犠牲の小という理論だ。宗一郎もそれは分からなくも無いし、理解も示すが、なにせ妹弟子はこのように気質が気質なのでどうにもろくでもないものに思えて仕方がない。

 

「まぁ良い。お前の仕事に関しては今更とやかく言わん。あまりに目に余るようであれば俺が直々に止め立てするが、お前はその辺りの際も弁えているからな。――本題に入るとしよう。何用だ」

「この夏、織斑一夏くんの修行を終えた後に兄さんに少々助力を頂くことになっています。それは相違ありませんね?」

「あぁ」

「その上で、上より兄さんにこれをと。郵送などできるような物でもないので、私が直接手渡すことにしました」

 

 そう言って美咲は懐から取り出したものを宗一郎に手渡す。身分証明書のようなカード状のそれを受け取り、見た瞬間に宗一郎はあからさまに眉を潜めた。

 

「まさか、これを再び手にする時が来るとはな……」

 

 独り言のように吐き出された言葉には過去への逡巡もあった。

 

「ある意味では相応しい者の手に戻ったと言えますよ。ではこれを以って海堂宗一郎氏への『特定行動に対する国家保障許可証』の引き渡しを完了したものとします」

 

 仕事でもあるため、事務的な口調で美咲は自身の任の完遂を述べる。宗一郎もまた、潜めていた眉を戻し表情を引き締め直すと同時に受け取ったカードを受領するように懐にしまう。

特定行動に対する国家保障許可証――それは所持する者に対して行動に対する極めて強力な権限を与える物である。早い話、所持者の行動はその一切が国家により合法なものとして認められ、世論に要らぬ声を挙げさせないための手回しなどといった後処理など、文字通りのあらゆる保障がそれこそ国外であっても日本政府の可能な範囲で行われるというものだ。

過去、これを発行された者は片手で数える程しかない。そして現代において日本政府が認めるこれを持つ者は三人だけである。一人は浅間美咲、一人は国家間暗部において名を知られるとある男、最後の一人である三人目がかつての保持者であり、自ら手放してから数年、再び手にすることになった宗一郎だ。

 

 そしてこのライセンスはその真の意味と、所持者から知る者の間ではこう呼ばれている。即ち、『殺人許可証』と。

 

「……それで、俺への依頼の予定はもうあるのか?」

「まだ確定というわけではありませんが、おそらく中東の方へ少々行っていただくことになるかと。ご存じのとおり、宗教内紛が続いて久しいですが、どうにもそこにきな臭い手が伸びかけているらしく。念のための確認をということです。後は、邦人もそうですが向こうの過激派に外国人が拘束される、更には最悪の場合に至るケースも今までに多々ありましたから。それを鑑みて、安全のための草刈り(・・・)もお願いするやもしれません。目につく草は、片端から刈り取って欲しいとのことです。枯草も若草も雌雄も一切に」

 

 言わんとすることを理解して宗一郎は小さく肩を竦める。早々の人使いの荒さや、その中身など、理由は諸々だ。それをひっくるめたものが、思わず行動に出てしまったらしい。

 

「良いだろう。準備は整えておく」

 

 しかし、そうすることが必要なのであればそうするだけだ。そう言葉の裏と態度に乗せて伝えると宗一郎は踵を返す。既に用件が終わった以上はこの場に留まる意味も無い。

 

「あぁ、兄さん。お送りしますよ。それと、この後のご予定は?」

「久方ぶりの東京だからな。適当に都市部の方でも見て回って、そうだな。もうしばらくは特別な予定も無い。今夜は適当な宿にでも泊まって、明日戻るとするか」

「そうですか。では、良かったら夕食をご一緒しませんか? 私、良いお店を結構知っているんですよ?」

「お前、あれだけやらかした後でよくそんな誘いが――いや、今更か。そうだな、俺もテレビで時折紹介されるような名店には興味があったからな。それに、積もる話をするのも悪くは無い。お前に付き合うのも良いだろう」

「ではそのように。後ほど、改めて仔細をお伝えしますわ。ふふっ、仕事終わりの楽しみが増えました」

 

 そうか、とだけ言って歩き出す宗一郎の後を美咲は慌てて追いかける。

追いつき、宗一郎の少し後を美咲は歩く。その整った顔からは容疑者を冷徹に処断した処刑者の顔は既に消え失せ、まるで楽しみを目前にした少女のような微笑みだけが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 




 今回美咲さんによって処刑された機密漏洩しちゃった人、実はVTシステムの一件で千冬のデータを流した人だったりします。仔細については二巻部分最後の方をご確認下さい。
 そして舞台となった廃棄された地下都市モデルですが、これにも元ネタはあります。
ノイタミナ、と言えば分かる方はすぐに分かるでしょう。今ちょうどアニメの二期やってますし、やってたこと似てるし。

 ちなみに美咲さん、相手が本当にちょっとお金稼ぎがしたかったとか、ちゃんと逃げ切ってゴールできたりしたら、命だけは見逃すつもりでした。その場合は豚箱にドンです。ただ、やってることとかがアウトな上に救済ゲームにも負けたため、そこは容赦なくと。基本的に非常に真っ当であると同時にトップクラスの狂気を秘めている、そんなイメージで美咲さんは描いているつもりです。それが読んでいる皆様に伝わればいいなーと思っています。

 宗一郎氏については、ケンイチネタが分かる方にはまさに闇の武人のソレと言えば伝わるかと。基本、何だかんだでまともな部分が多いんだけど、ちょっとだけね……?という感じで。ぶっちゃけ殺人許可証とかもまさしくソレですから。
 ちなみにその日本政府の殺人許可証、持っている三人のもう一人についてですが、これも少し読み返せばすぐに分かるかと。具体的には今回の二人の話パート1。

 ひとまず今回はここまでです。おそらく次回から一夏の夏休み修行編に入ると思います。それでは、またの時に。






 ちなみに、気づく方はすぐに気づくと思いますが、美咲さんは宗一郎氏に対して「そういう方面」での感情もあったりします。


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第四十六話:夏休み小話集6

 いよいよ夏休み編のクライマックス、一夏の修行編!――の前に、ちょっとだけ。
一夏と千冬の姉弟二人の短い話を挟みます。


「 interlude ~修行前の一幕~」

 

「よし、準備完了っと」

 

 家の玄関先に着替えなどを詰め込んだ泊りがけ用の荷物を整えた物を置いた一夏は一段落するように軽く息を吐く。

夏休みも既に過半が過ぎ去り、そろそろ休暇の終了と新学期の幕開けが見えてきた頃合いにあって、一夏はこの夏休み最後の大事に臨もうとしていた。

泊りがけの帰宅は夏休み中に既に数度行ったが、今回ばかりは違う。一泊二泊などではなく、軽く一週間は超える外部への宿泊だ。その行先を心得ている千冬は諸々の点において余計な心配は不要と分かっているが、手続きというものはそうはいかない。

他の生徒なら、それこそ候補生の立場にある者たちも含めて、まだマシと呼べるくらいに書類書類アンド書類の怒涛のサインラッシュを潜り抜け、ようやく一夏は数日間以上に渡る外泊の申請を終えていた。

 本来であればそこまで煩雑な手続きを経てまで眺めの外泊をしようなどとは思わない。そもそも基本的には家大好き派を自負する一夏は基本的に外泊を面倒とするタイプだ。

だが今回は事情が違う。今回の外出の目的は、おおよそ一夏の価値観に照らし合わせて言えばあらゆることにおいて優先されて然るべきと言えるものだ。

 

「久しぶりに稽古つけてもらえるんだからな。楽しみだよ」

 

 出向く先は彼是数年は通い続けている師の邸宅。そこで泊まり込みで数日間、みっちり修行を付けて貰うというわけだ。

弟子入りして久しく、既にある程度以上のレベルにも達しているため、ここしばらくずっとそうであったように一人での自主稽古もできるにはできるが、やはり師に見て貰った方が良いに決まっている。

改めて纏めた荷物を確認し、不備が無いことを確認すると一夏はそのまま歩を返して居間に戻る。

 

「ん? 準備は終わったのか」

 

 そんな言葉で彼を迎えたのは千冬だ。普段はIS学園の教師の中心的な存在として学園に留まっていることが殆どの彼女だが、一夏に比べても頻度は格段に劣るとはいえ、時々はこうして家に帰って寛いでいる。

そして帰ったら必ずそうしているように、ダイニングテーブルとは別の居間のガラステーブルの前に座りソファを背もたれ代わりにしている彼女は幾つかの簡単なつまみと共に酒精を楽しんでいた。

 

「別に止めやしないけどさ、あまり飲み過ぎるなよ? 後に響くと辛いぞ」

「その辺は心得ているさ。それに、明日も丸一日休みで家に居るつもりだからな。多少残っても、寝ていられる時間はあるよ」

 

 そうかいと一夏は苦笑する。言った通り、止めるつもりは本当に欠片も無いのだ。

今の千冬は学園で見せる姿とはまるで違う、心底リラックスした何もない一時を寛ぐ年相応の女性といった感じだ。仮に学園の生徒が今の千冬を見ればまず驚くだろう。

だが、一夏に言わせればむしろ今の千冬こそが千冬本来の素の姿であり、学園での姿はいわゆる世間一般における「世界最強のIS乗り 織斑千冬」という評価に基づき求められている振る舞いを外向けとして振舞っているようなものだ。

千冬本人に言わせればそれも行って当然のことと言うだろうが、まるで負担になっていないというわけじゃない。人前では決して見せないだろうが、曲がりなりにも生まれたその瞬間から彼女の弟をやっているわけではない。その辺りの機微は十分に察することができる。

故に、千冬が家に居る間はどのように寛ごうと特に何も言わずに容認する、それが一夏の家におけるスタンスとなっている。ただし、だからと言って炊事洗濯などのスキルが年の割に残念過ぎることに関しては流石に一言物申したいと思っているのも事実である。

 

「しかし、どのくらいになるだろうな。お前が宗一郎の下に弟子入りしてから」

「ほぼ五年、かな。小5になるかどうかってトコで箒が越して行って、そのしばらく後だったから」

「そうか。いや、本当に柳韻先生には世話になったものだ」

 

 一夏が師である海堂宗一郎と出会ったのは偶然ではない。その間に仲介として、当時の織斑姉弟の剣道の師であった篠ノ之 柳韻(りゅういん)、箒と束の実父があった。

当時の段階でその若さに対して破格とも言える実力を有していた千冬は、当時の柳韻に「もはや教えること無し」と一人前の太鼓判を押されていた。だが、同時に当時齢十を数えるかどうかという一夏はそうではなかった。

姉共々にその内の才覚を認めていたために、柳韻としては可能な限り適切な指導の下でその才を育て続けたいと考えていた。しかし、愛娘の一人のある種の暴走とも言える行動によりそれも叶わなくなったため、転居しても未だコンタクトを取れる内にかつて知己としての関係を持った宗一郎を新たな師として紹介したのだ。

そうして一夏は宗一郎と出会い、宗一郎もまた一夏を見初めたために弟子入りを認め、今日に至るというわけである。

 

「まぁ師匠には当然だけどね。確かに、柳韻先生にも本当に世話になったよ。ある種、剣士としてのオレの生みの親みたいなものだし。育ての親とはまた違った意味で特別だよ」

「フッ、一応お前に剣を勧めたのは私なんだがな?」

「親を名乗れるような年齢じゃ無かったろ。それに、オレにとっちゃどこまで行こうが姉さんは姉さんだよ。姉と弟、それだけだ。剣士がどーたらだの、IS乗りとしてこうだの、そんなの全部ソレの前には些細なことだよ」

「それもそうだな」

 

 小さく微笑を浮かべて千冬はクイと杯を傾ける。

一夏は冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を出すとコップに注ぎ、千冬の真向かいに座る。コップと一緒に出した箸も手には握られており、自分も相伴に預かろうとつまみの一つに伸ばす。

 

「ま、色々あったけどね。けど、振り返ってみれば至った今はそう悪いもんじゃないとも思うよ」

「それは、IS学園のこともか?」

「勿論。少なくとも、悪いところじゃないさ」

「そうか」

 

 それからまたしばし無言が続き、飲み物を飲み、箸を動かす音だけが室内に響く。

 

「なぁ、一夏」

「ん? なに?」

 

 千冬の言葉に一夏は箸を動かしたまま応じる。

 

「ISを、白式を手にした時の言葉を覚えているか?」

「白式を? それって、入学して一週間そこらの時だっけ?」

「そうだ。あの時、オルコットとの試合の後に聞いただろう。お前は、何か為したいことは無いのかと」

「あぁ、そういえばあったねそんなこと」

 

 こうして思い返すと入学直後のセシリアとの試合も随分懐かしく感じる。あるいはそれだけISに携わる今の生活に慣れ親しんだということだろうか。初めの内はどうなることかと思ったが、存外慣れるものなんだなと思わず苦笑する。

 

「別に無理に答えろとは言わんさ。ただ、あれからそこそこ経っているからな。何か、思いついたりはしたか?」

「そうなぁ、やりたいことね」

 

 しばし考えるように一夏は宙を仰ぐ。そして再び千冬に向き直ると改めて口を開く。

 

「ま、無いってわけじゃないけどね」

「ほぅ。ということはあるのか? どら、一つ聞かせてみろ」

「別にそこまで具体的ってわけでも無いさ。ただ、オレの武にしろ、このISにしろ、どっちも『力』ってやつだ。折角なんだから使いたいわけだけど、それで何するかだよ。ま、当たり障りないところで世の中のために、って感じかね。まぁ実際、オレの力で世の中のために何かできるってなら、それは理由にしちゃ上々だと思うけどね」

「そうか」

 

 心なしか千冬の声は穏やかなものだった。

 

「何と言うべきか、一夏。お前も変わったな」

「変わった?」

「あぁ。特に臨海学校の後からな。生徒の連中がよく言っていたよ。少しばかり穏やかになったとな」

「あー、それね」

 

 千冬の語る境目、臨海学校の時のことを思い出して一夏は納得するように頷く。

 

「まぁ、自分でも自覚はあるかな。福音に一発思い切りぶちかまされて、ちょっとばかり考えが変わってね。あんまり、気負わなくても良いかなーって思ってさ」

「なるほどな」

「まぁ、だからと言って三年前のことを忘れたわけでも無いけどね」

 

 三年前、それを口に出した瞬間に千冬の表情が目に見えて固くなる。

 

「一夏。何度も言うが、あれはお前ばかりに非があるわけじゃない。むしろお前は擁護されて当然だ。だから――」

 

 千冬としては一夏に必要以上に心的な負担をかけまいとするために言ったつもりなのだろう。それは一夏も分かっている。分かってはいるが、それでも一夏はその言葉を途中で遮る。

 

「そいつもひっくるめてだよ。忘れるつもりもないし、引きずられるつもりもない。全部オレのことなんだから、きっちり受け入れて前を進むだけさ。だからまぁ、姉さんもあまり気にし過ぎないでくれ。オレは、そこまでヤワじゃないよ」

「そうか。お前も成長しているということか」

「そういうこと。なんだよ、今夜は随分と素直じゃないか」

「おおかた酒が入っているからだろう。新学期が始まったらこうはいかんぞ。ビシバシ、しごいてやるからな」

「そりゃ怖い」

 

 そう言って肩を竦めながら一夏は立ち上がると、空になったコップと箸を以ってキッチンの方へと向かう。

 

「オレは一足先に休ませて貰うよ。もういっぺん言っとくけど、止めやしないけど程々にしとけよ?」

「分かっているさ」

 

 さてどうだかと思い苦笑しながら一夏は歯を磨くために洗面所に向かう、どうせあの分だと、まだしばらくは飲んでいるだろう。そうして寝る前の身支度を整えると再び一夏は居間に向かう。

 

「じゃ、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 

 そして今の扉を閉めると一夏は二階にある自室へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「ま、世のため人のためは事実なんだけどね」

 

 電気も消した闇に包まれた部屋で一夏はカーテンを開けて夜空を見上げながら呟く。

 

「そのために必要なら、やるしかないんだろうね」

 

 みんな平和で仲良く、理想はそれだが所詮理想は理想。現実には有り得ない。誰かが幸福になろうとすれば、必ずその足元で倒れ踏み台になる誰かが居る。時として幸福へと昇る者、踏まれる者の比率も上下するが、そういう風になっていることは確実だ。

今の自分の立場を見てもそうだ。男でISが使える、それだけの理由で自分はIS学園に入学した。だがその時、同時に名も知らない誰かから、入学の枠を一つ理不尽に奪い取ってもいるということだ。例えるならそういうことである。

 それでも、より大勢の人に幸福にと願うならば、より世のためにと思うならば、確実に切り捨てなければならないものも出てくる。そして幸か不幸か、一般的な善悪基準で見れば着られる側はかいつまんで言えば悪党だ。かつて、一夏が手に掛けた五人のように。

仮にあの五人が健在だったらどうなっていただろうか。どこかのテロ組織かどうかは知らないが、きっとあの時から今に至るまでに自分以外のごく普通に暮らしている人間に不幸を与えていた。だが、三年前に彼らはその命を絶たれた。結果として、彼らの手により不幸を被るだろう人々は救われたわけだ。あの五人の、たった五人の犠牲によって。

言ってしまえば、三年前の事件は今の自分にとっての重要な起点とも言える。あの時、あの場所での自分の選択、行動こそが為そうとすることの本質だ。そしてそれを為すためには、何より力が不可欠だ。

 

「そうだな。これが、オレの武の道だよ」

 

 立場も立場だ。相応の振る舞い、成果は求められる。上等、ならば為すのみ。

改めて師に語ろう。一つ、見つけられたかもしれない己の武の在り様を。世のため、人のため、ひいては能動的平和のため、討つべきを討つ。

 

 己の心を再認した一夏はその瞳に夜空に輝く月を映す。静謐な輝き同様に、その眼差しは冷たい色を帯びていた。

 

 

 

 

 




 福音戦以降、一夏が穏やかな傾向になったと感じた方。間違ってはいません。えぇ、間違ってはいませんとも。ただ、同時にこんな具合にもなっているというだけです。
普段は穏やかだけど、必要な時には冷然とした態度になる。作者が考えるカッコいい敵のボス像の一つです。アレ? おかしいな、こいつ主人公のはずだよね?

 ……さて、気を取り直しまして、次回から修行編です。
でも多分そう何話分もかけてみっちりととはやらないでしょう。真面目有りギャグ有りで、作者なりの平常運転でいかせて頂こうと思います。

 それでは、次回の更新の折に。
感想、ご意見は随時受け付けております。
前回、師匠と美咲さんだけの話はやっぱ需要無かったのですかね?
感想全然無かったというね……


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第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加)

12/31
 前回更新分に続ける形で続きを挿入しました。
閲覧に際し、前回分を既読の肩はお手数ではありますが画面をスクロールの上、追加部分よりお読み下さい。

 今回の更新は修行の直前の直前、ある意味では修行の一環と言いますか。
今まで殆ど書けなかった一夏と宗一郎師匠のタイマンでの会話となります。


「夏休みの修行編 1st ~でも多分修行シーンはざっくりなんだよなー~」

 

 ガタンゴトンと揺れと共に音が一定のリズムで一夏に伝わる。早朝、始発の電車に乗った一夏は幾つかの乗り換えを経て日が昇る頃合いには実家から離れた別の県にある私鉄の電車に乗っていた。

夏休みまっただ中の、朝の時間帯の田舎の私鉄ということもあり電車の中に他の乗客の姿は殆ど見られない。元より人混みというのは好む性質ではないし、用事の関係上で荷物を多く持っているためにこれは好都合だった。

 

「この分なら昼前には着くかな……」

 

 時計を確認しながら呟く。ポケットから携帯を取り出すと師にあててメールを送る。今回の外出の目的は師の下に弟子入りしてより続けてきた、長期休暇中の泊まり込みでの修行だ。今年については色々と身辺のゴタゴタがあったために厳しいかとも思っていたが、こうして無事に出向くことができるようになった。向こうについたらどうしようか、まずは師匠の家まで一直線で、道中で現地の知己に会ったら軽く挨拶もしとこうか、携帯を弄りながら先の行動を考える。

それにしても暇だと思う。この道程は何度も辿っただけに慣れていると言えばそうなのだが、だからと言って長時間の移動で暇を感じないというわけではない。暇なものは暇なのだ。

 

「仕方ない、数馬を引っ張り出すか」

 

 こういう時の暇つぶしに数馬は実に便利だ。ただグダグダと話しているだけで時間が過ぎ去るのだから、今のような状況では申し分ない。

朝方とは言え、平日ならば学校に向かっている最中のような時間だ。数馬もあれで生活リズムというものはしっかりしているため、もう起きている頃合いだろう。その上で何をしているかまでは一夏にとっては左程大事ではないが。

 

一夏:数馬ー、起きてるー?

 

 例によってL○NEを通じてこんな具合で声を掛ける。返事は程なくやってきた。

 

数馬:んー起きてるよー。どったの?

一夏:いや、いま電車乗ってんだけど暇でさー。暇つぶしにな

数馬:おk把握。ん? 待ち給えよ。確か今日って例の先生のトコに行く日じゃない?

一夏:向かってるナウ。電車が田舎の私鉄まで使うからさ、暇なんだよ。マジで一時間に一本とかってレベルだからな。

数馬:比べて東京とか凄いからねー。時刻表はビッシリ、とりあえずホーム行けば割とすぐに電車が来る。

一夏:都会だもん。ちかたない。

数馬:うん、ちかたないね。

一夏:そういやさ、なに? あれから簪と結構メールとかしてんだって? この前言ってたぞ

数馬:いやぁ、改めて言葉を交わして実感したがね、彼女とは何かと趣味の面で気が合うものだから。一夏も最近はよくノッてくれるし、それは嬉しいがね。現状では彼女が一番だよ

一夏:オタ友ができたようで何より

数馬:うむ (←この時点で一夏も十分仲間入りしていると思っているが、あえて言うのを止めた数馬)

一夏:これは数馬さん、春が来ちゃったにワンチャンあるか?

数馬:いや、それはね、うん。そうなれば良いけどさ

一夏:夏デビュー行っちゃう?

数馬:もう八月も後半戦ですが

一夏:何だかんだでさ、何気なく昼のテレビを見てさ。こう、なに? 男女が実に仲睦ましげにウェーイwwとかしてるの見ると死ねよと思う。

数馬:そう思うならさ、君だってそういう相手を作れば良いじゃないの。常々言っているだろう、選り取り見取りだと

一夏:それはそうなんだけどさぁ。けどそういうノリでってのも何と言うかね

数馬:僕も相当だという自覚はあるけど、君も大概に面倒くさいね。いや、面倒くさいのは人の心理そのものか。特に愛情だのはその典型か

一夏:言い方回りくどいな。言うことは分かるけどさ。いや本当に、愛ってなんなんだ?

数馬:正義ってなんなんだー

一夏:力で勝つばかりじゃ何か足りないよなやっぱり

数馬:戦いの場所は心の中なのだよ

一夏:なにこの流れ

数馬:さぁ? で、実際どうなの?

一夏:まぁ、好感を持てるやつってのは多いよ。ただまぁ、そういうのを考えるとなると互いに抱える事情が事情だったりするからな。一番問題なのがオレというのがまた厄介なものだけど

数馬:あっ……(察し) う~ん、じゃあちょっと方向を変えて、同級生以外はどうかね? 上級生や後輩、は居ないから年下とかで。

一夏:余計思いつかんわ。そもそも上も下も接点殆ど無いからな。マジで入学するまでそれだから。精々今が時々気の合う上級生と話したり一緒に剣の訓練やる程度だよ

数馬:あ~、それじゃあ厳しいねー

一夏:そういえば年下と言えばだが、最近妹や弟が居ても良かったかなーと思う様になった

数馬:その心は?

一夏:いや、姉さんに不満がどうとかじゃないんだけど、下が居たらもっと何か違ってたかなーとかさ。後は家のこととかも、姉さんみたいじゃなきゃ多少は楽になってたかとか

数馬:なるほど。まぁ居ない兄弟姉弟を欲しがるというのはそう珍しい話でもないし、無いものを求めるのが人の性。理解はできるよ。で、弟妹ならどちらが良いかね?

一夏:んー、妹?

数馬:ふむ、ちなどういう子が良いとかあるのかね?

一夏:チノちゃん

数馬:……え?

一夏:チノちゃん

数馬:あぁ、うん。君、リゼ派じゃなかった?

一夏:それはそれ、これはこれ

数馬:あぁ、そう……。いや、気持ちはすっごく分かるのだけどね

一夏:だろ? あの声で「お兄ちゃん」とか上目づかいで言われてみろよ。何をおねだりされてもホイホイ受けるぞ。甘やかすぞ

数馬:うん、さっきは言うのを止めたけどやっぱり言うよ。君も大概に手遅れだわ

一夏:そうかな?

数馬:そうだよ。うん、少し話を戻そうか。さっきの好みの話だけど、実際上級生と下級生相手じゃどっちが良いかね?

一夏:そいつは、やっぱり下かな。というか、上の年齢ってのはもう姉さんで手一杯なところがな

数馬:千冬さんェ……。で、さっきの妹じゃないけどさ、どういう子が良いの?

一夏:例えばだぞ、こんなのはどうよ。割とよく話しかけてくる礼儀正しくて結構腕の立つ一つ下の後輩だが、実は特殊機関からオレの監視のために派遣されてるんだよ。でも何だかんだで仲良くなって、立場が立場なオレが厄介ごとに巻き込まれた時に一緒に戦うことになる。で、オレがかっこよく決めて「ここからはオレの戦場(ステージ)だ!」と言う。そしたら隣に立って「いいえ先輩。私たちの戦場(ケンカ)です!」と言って一緒に戦ってくれると。

数馬:妄想乙。ラノベの読み過ぎだ

一夏:うん、ツッコミは予想してたけどすっごい真顔で言われたのが分かるわ

数馬:寝言は寝て言うから寝言なんだよ

一夏:あぁ、うん。でもさ、そういうのも面白そうだとは思わない? 夢があるだろ

数馬:人の夢と書いて儚いと読むのだよ。これでもリアリストなんでね。確実に仕留めたい相手は坑道で爆破まである

一夏:お前そういう直接的な手段に出る前にメンタルとかの方から潰しにかかるだろ。自分が直接手を下さないで

数馬:ばれたか

一夏:今更タウンだろ

数馬:だよねー

一夏:あ、もうすぐ駅着くわ

数馬:そうかい? じゃあ切り上げる?

一夏:うん。フフフ、これからの修行で更に強くなってやる。休み前のちょっとしたトラブルがあって進化したオレは言うなればネオ織斑。そしてこの修行で更に進化してネオニュー織斑となるのだ!

数馬:ネオニュー織斑さん、マジ強すぎっすよ!

一夏:オゥ、イェース! んじゃ、支度すっから落ちるわー

数馬:ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 修行前に親友と会話をしたことで良い感じに気分が解れた。この分なら師の下に着いても良いコンディションで修行に臨めるだろう。幸先は上々だ。それから程なくして車内アナウンスが電車が目的の駅に着いたことを告げた。

電車を降りてホームに立った一夏は改札を抜け、一度荷物を下ろすと長時間電車に揺られていたことで固まった体をほぐすように大きく体を伸ばす。それと同時に深く息を吸い、自然に囲まれた空気を目一杯に堪能する。

 

「空↑気が旨い」

 

 学園は海洋上にある関係上、受ける風は潮風であることが多い。なまじそれに慣れていただけに木々の香りを運んでくる山間の空気というのは今まで以上に趣を違って感じた。

全身が普段とはまた異なる気持ちよさを持った空気に包まれたからか、一気にリフレッシュしたように感じる。健康優良児を自負するゆえにあまり経験は無いが、重めの疾患から回復するのもこんな感じなのだろうかと思う。

 一しきり体をほぐし終えると、再び荷物を持って歩き出す。目的地である師の邸宅への道はすでに体で覚えている。特に何も考えずとも自然と足が向かっていく。

道中ですれ違う町の住人とも挨拶を交わしていく。元々決して大きくはない田舎町だけに、住民同士は殆どが顔見知りだ。そして比較的高齢の者が多い町にあって師の宗一郎は住民からの評判も良く、その関係で一夏も修行で出向いている最中に住民との交流は幾度かあった。そんな中でこの町での知己が増えたのである。

 町のやや外れの方、山の麓から坂道を登って行くと一気に拓けた場所に出た。ちょっとした公園並みの庭には、一戸建てと隣接するように道場が建っている。見慣れた師の邸宅を前に一夏はうん、と頷く。

玄関前までやってくるとインターホンを鳴らす。戸を隔てた中から電子音が鳴るのが聞こえたが反応は無い。予め到着の予定時刻は伝えてあるし、実際に着いた今の時間もほぼ予定通りだ。だとしたら一夏を迎えるために待っていても良いはずだろう。首を傾げつつも引き戸のドアに手を掛けると、鍵が掛かっていないのかあっさりと戸は開いた。お邪魔しまーすと挨拶をしつつ中に入ると一先ずはと荷物をエントランスに降ろす。持ったままなのは竹刀袋に入れた彼個人の刀くらいだ。

 

「ッ!」

 

 背筋に一瞬電流が奔ったような感覚を感じると共に、反射的に一夏は振り向いていた。

振り向き終えた直後、一夏の眼前には風を斬り、陽光を照らして銀閃を発する白刃が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏休みの修行編 2nd ~これは修行ですか? いいえ、師弟の会話です~」

 

 

 

 一夏を、程度の差はあれどとりあえず知る者が彼を評する言葉の一つとして「肝が据わっている」というものがある。

事実、小学校中学校と彼の同級生であった者たちは一夏があまり同様するタイプではないというのを見て知っていたし、プライベートでの付き合いが特に深い弾や数馬はそのあたりは非常によく心得ている。

特に数馬は一夏と共に中学時代に少々のヤンチャをしていたため、彼が自分よりも体格の大きな年上の素行の悪さが風貌から察せられるような相手を前にしてもまるで身動ぎもしないところも幾度となく見てきた。

持って生まれた才覚とそれを伸ばすのに必要な要素、それらに高水準で恵まれた彼は、何度も語ってきたように十代としては破格、それこそルール無用の勝負であればプロの格闘家にだって引けを取らないどころか十分に安定した勝利を見込める腕っぷしの強さというものを持っている。それが彼の肝っ玉の要因の一つなのは間違いない。

だが、それは決して恐怖を感じないとイコールでは無い。確かに一夏は人並み以上に肝が据わっているし、生半可なことでは恐怖を感じたりもしない。だが、それでも時に動揺することもあるし、恐怖にしても感じる時は感じるのだ。そして恐怖感に関して言えば、なまじ人よりもそう感じるラインが高いだけに、感じ取る時は人並み以上に鋭敏に感じ取る。むしろ、一度本物と呼べる命の危険を感じただけにその精度と鋭さは常人のソレを超えていると言っても過言では無い。

言うなれば、恐怖を危機回避のためのセンサーとして用いていると表現するのが適確だろう。これもまた修練の中で培った技能の一つだ。

 

 

そして今、眼前に迫ってくる白刃にその感覚は一気に覚醒状態に入った。

 

 何がどうしてどのようになどと過程だの仔細だのを素っ飛ばした、「命の危機」という極めてシンプルな事実の認識によって反射が脳に痛さと錯覚するほどの警鐘を鳴らす。それに対して一夏はただ冷静だった。刃の軌道、速さ、自分に達するまでの時間、下手人の推測やその理由、諸々のことを無意識下で処理しながら同時に対処法を弾き出し実行に移す。

肩に提げた竹刀袋をそのままの位置に保ったまま、提げてある右肩をスルリを身を捻ることで抜き、振り向きざまに左手で持ち帰る。瞬間、市内袋まで達した刃が一夏との間を阻むようにある袋、その中身の鞘に当たりやや軽い音を立てて弾かれる。振るった下手人の力量を示すような音の軽さに反しての重い衝撃を左手一本で抑え込みながら右手は袋の口を開け、中の柄を握ると同時に一気に刃を抜き放つ。狙うは振り向いたすぐ目の前、逆光で影としか見えない下手人に向けてだ。

奇襲を仕掛けてきた刃の側も相当だが、それに対する一夏の反応もまた見事なものだ。一夏の知人で言えば箒や初音を主とした、多少なりとも剣や刃物を用いての武技というものに心得がある者ならば誰もが見事と思う理想的な反撃(カウンター)だ。しかしそんなカウンターも相手の側からしてみればまだまだなのか、あっさりと後方に飛ばれることでかわされる。それっきり、一夏は追撃をしようとしないし、相手も反撃に対しての更なる反撃を加えようとしない。

何故ならこの時点で既に両者は互いの認識を共通のものとしており、もはやそれ以上を必要とはしていないからだ。

 

「いきなりキツイ挨拶ですね、師匠」

「なに、この程度ならまだ軽い方だ」

 

 刀を収めながら苦笑する一夏に師匠と呼ばれた相手、宗一郎もフッと小さく笑いながら右手に握る刀を左手で持つ鞘に納めた。

 

「何はともあれ、直接会うのも久々か。よく来たな」

「また少しの間、お世話になります」

 

 軽く腰を折って挨拶をする一夏に宗一郎も小さく頷くと家に上がるように言う。

二人そろって家に上がってからの行動は二人とも実に手慣れたもので、一夏は居間に向かうと手早くできるだけの荷物の整理を始める。その間に宗一郎は台所へ向かい、二人分のグラスに入った冷えた麦茶を用意する。そしてテーブルを挟んで向かい合う様に二人がソファに腰掛け、その前に麦茶が置かれるのは同時だった。

 

「お前に関してのあれこれは色々と聞いているが、まぁ特に変わりは無いようだな」

「おかげさまで。まぁボチボチやらせてもらってますよ。師匠は――あの、髪切ったんですか?」

 

 一夏も色々と話したいこと聞きたいことはあるのだが、まずそれを言わずには居られなかった。

宗一郎の見た目の特徴の一つとして肩を軽く超える長さの髪があったのだが、それがバッサリと切られていた。人ごみに居ても割と目立つだろう特徴だったのだが、今では没個性と言うわけではないが、無理のない言い方をすればおよそ男性として極々普通な長さになっていた。

 

「開口一番がそれか。いや、言われるとは分かっていたんだがな。実際、切った時には町の爺様婆様どもにも一々言われた」

「グラサンとスーツで言えればもっと良かったんですけどね」

「タ○リじゃあるまいに」

 

 一夏の軽口に宗一郎も小さな笑いで応じる。

 

「で、一体何でまたいきなりそんなバッサリと」

「ふむ、じゃあ試しに当ててみろ」

 

 理由を聞いて考えてみろという宗一郎の言葉に一夏は軽く顎に手を当てて考える。そして数秒、これぞというものを思い浮かべた表情で一夏は自信満々に答えた。

 

「ズバリ! 婚活で失敗しドブロァアッ!!?」

「阿呆か。なわけないだろう」

 

 言い切るよりも早く宗一郎の鉄拳が一夏の脳天にクリーンヒットしそれ以上を阻む。極限まで洗練された、一種の極みと言っても良い武の発露になんという無駄な使いどころと思いつつも、頭をさすりながら一夏は「ですよねー」と答える。

 

「だいたい、俺がその気になれば結婚なぞ容易い容易い。高学歴、高身長、高収入と3Kが揃っている男だぞ、俺は。少なくとも千冬よりかは遥かに容易い」

「いや、姉さんと比べちゃいかんですよ。姉さんは、何と言うか、致命的な部分で駄目な気がして。姉さんの後輩の、オレのクラスの副担やってる先生の方がよっぽどできそうで。ていうか、できるのにしないんですか」

「まだそういう時期でもあるまい。それと、お前まで俺にそんな話を振るな。ただでさえ実家のお袋が急かしてきて見合い写真までこまめに送り付けてくる始末なんだ」

「マジっすか。あれ? でも師匠の親って凄い堅物って前に……」

「それは親父の方だ。親父はそれこそ、ウェーバーの著書で言われるような理想的官僚と言って良いくらいに度がつく堅物だが、お袋は真逆でな。気が良いし世話焼きな性分なのだが、本当にアレは勘弁してほしい」

 

 そう言って宗一郎は居間の一角の方を顎でしゃくる。それに倣って一夏もそちらの方を見てみると、そこには何やら察しのようなものが積まれている。一目見て装丁の良さが分かるそれは、なるほど確かに一般的に見合い写真と呼ばれるもので相違ないだろう。

 

「また、結構ありますね……」

「何だったらお前が少し引き取れ。俺の代わりにお袋の世話焼きの餌食になってくれ」

「や、それは遠慮しますよ。てか何でオレなんですか」

「他に居ないからな。なに、お袋ならノリノリでやってくれるぞ。若いうちからそういうことを決めておくのは大事だとかなんとか言ってな。それに曲がりなりにも俺の実家はそれなりの家柄だからな。その見合い写真の山も、載ってるのは良いとこのお嬢ばかりだぞ。それこそ、優良物件が選り取り見取りだ。大半はお前より年上だが、まぁそう変わらん者もいるからな」

「え……いや、良いっす……」

 

 一瞬心が揺れ動く一夏。しかし彼を責めるなかれ。一夏も基本的には普通の男子。異性への誘惑に心揺れ動くことだって普通にあるのだ。

更に優良物件が選り取り見取り。電車では数馬と「妹なチノちゃんぶひぃ」的なことをのたまっているが、どちらかと言えば年上派の一夏にとっては割と近い年上が多いというのは心を揺さぶるのに更に倍率ドン。目をしぱしぱとさせながら視線があっちへフラフラこっちへフラフラしている。

 

「まぁ冗談だ。その気になったら言えば良い」

 

 微妙に挙動不審に陥った弟子を眺めているのもそれはそれで面白いが、このままでは埒が明かないので宗一郎は話を進めることにする。

 

「髪のことはそう特別なものじゃない。知人の依頼で少々一働きすることになってな。場合によっては海外にも行くのだが、それの準備のようなものだ」

「然様で」

 

 どんな仕事なのかは特に聞こうとは思わない。聞いたところで、それが一夏に何かしら影響を齎すわけでも無いなら、その必要性は無いと言える。

 

「さて、本題に入ろうか」

 

 そう言った直後に宗一郎の纏う雰囲気がガラリと変わる。

一夏と宗一郎、二人の関係は色々な形容の仕方がある。年の離れた友人、あるいは兄弟。年の近い親子。先ほどまでの会話はそうした親しい間柄同士で交わされるものだ。

だが今は違う。今の宗一郎が纏う空気は彼と一夏の関係を確固たる一つのものとして固めるものだ。その関係の名は師弟。何よりも二人の関係を端的に、そして強く表すものだ。

 

「IS学園、そこでお前がどのような生活を送って来たのか。時折の電話やメールで俺も多少は知っているが、実際にどのようなことがあったのか、仔細は知らないことの方が多い。だが、一つ断言できることはある。――死線を超えたな」

 

 問うのではなく断言するように言う。気づかれていたかと言うように一夏は真剣な面持ちの中に緊張を浮かべる。死線――言うまでも無く過日の臨海学校におけるIS"銀の福音"にまつわる一連の出来事のことだ。

宗一郎が断言するように言ったのは、少し前に妹弟子から機密情報である福音の一件について説明を受けていたからというのも確かにある。だが、それが無くともやはりこうして直に顔を合わせれば察しただろうと宗一郎は考える。世界を見渡しても分かる者は数える程しか存在しないだろう程に気づきにくいが、確かな変化というものがある。

 

(まったく、そんな年でそうなるとはな……)

 

 呆れるのか、それとも思わず憐れんでいるのか。宗一郎自身もどう言い表したものかと思う念が湧き上がる。

凡そ武術家として、その経歴(キャリア)に至るまで宗一郎は一夏の完全上位互換と言って良い。一夏が何がしかの壁を超えたとしても、宗一郎はその時の一夏よりも若い段階で乗り越えたものばかりだ。

だがこればかりは、極めて特殊な経験、強いて言うのであれば"修羅場"や"鉄火場"というのが相応しい経験は一夏の方が宗一郎よりも早く積むことになったらしい。

生と死の狭間に晒され、ただの一度とは言え決定的な一戦を超える。そうした下地に加えて今日に至るまでのことが一夏にある種の悟りに近いものを与え、今の彼が纏う気、あるいは雰囲気に滲み出ている。それは宗一郎自身や妹弟子の美咲、宗一郎の友人のように武の極みに達しながらも同時に人として致命的なほどに一種の破綻をしてしまった、いわば外れた存在。そんな存在達が纏うものに極めて近く、そして一夏の年齢を考えれば纏うには剣呑過ぎるものだ。

 

「えぇ、お察しの通りです」

 

 宗一郎の考えていることに気付いてはいないのだろう。流石は師匠と、ただ一瞬で自分が秘めていたことを看破した師の眼力に敬意交じりの苦笑を漏らしつつ一夏は素直に頷く。

 

「一応、緘口令が敷かれてるんで仔細は話せないですけど、夏休み前にいっぺん手酷くやられましてね。いや、心身共にですよ。その時に色々自分を見つめ直すことがありまして、悟り――は流石に言い過ぎかもしれないですけど、色々吹っ切れたというか。少しばかり心境の変化ってやつがあったんです」

「なるほどな。それで? 元々喧嘩っ早いところがあったのが余計に手に負えなくなったわけだ」

「……そこまで見抜けますか」

「当然だ」

 

 一夏としては自身の身に起きた危機とそれに伴う心境の変化、それを見抜かれただけでも十分に驚きだったのだろう。だが実際はそれに加えてそのより深く突っ込んだ部分まで見抜かれていた。これには思わず一夏も顔を引き攣らせる。

 

「なに、理由としてはそう難しいものじゃないさ。そっくりなんだよ、俺とな」

 

 そう、さっきも言った通りに一夏が纏う剣呑な気は当人の思想的な面に因るところが大きい。そして程度の差はあれど、今の一夏のソレは宗一郎や美咲の纏うものと本質的にはほぼ同じ。であれば、その大本となる思想、思考の傾向を推察することな造作もないことだ。

 

「ハハ、師匠とそっくりなんて。そりゃ光栄っすわ」

「やめとけやめとけ。こんな現代日本で俺とそっくりなど、ろくなことじゃないぞ。まぁ、それも後の祭りのようだがな」

「ま、そこら辺は結構自覚してる節はありますよ」

 

 一夏が死線をくぐったことで至った宗一郎と同種の思想。本人が大局的に見て是であると判断したのならば、鍛え上げた武を容赦なく奮い例えその結果、相手に最悪の事態が起ころうともあくまで己の奉ずる大義を貫く。聞きようによっては確固たる信念を持った者と言うことができるが、その本質は相手を傷つけることを厭わず、最後の一線を阻む鍵まで存在しない人でなしだ。

人でなし、それは自身でそこまで思い至った一夏も、一夏よりも遥かに前にそこへ至った宗一郎も、暗黙の内に共通の見解としていることだ。だが更に性質の悪いことにそう理解していても宗旨替えをしようとは思わない。そんな皮肉を込めて一夏は自嘲するように頬を吊り上げ、宗一郎も深いため息を一つだけつく。

 

「力だけではどうにもならんことも多いが、逆も然りだ。いや、お前の立場を考えればある意味では自衛という点において適切と言えるやもしれんがな。先達として言わせて貰うが、重い道だぞ?」

「心得てますよ。そもそも、オレは三年前の時点で背負い込むことを義務付けられてるんだ。もしもこれからのオレがそういう剣呑な道を突っ走ったとしても、そりゃ"業"ってやつでしょう」

「……そうか」

 

 宗一郎が何を考えているのか、一夏にはその全てを見通すことはできない。だが、自身の武の道においてもっとも信頼し、心の支えとなっている師が自分の在り様を認めてくれている。それを自覚するとスッと心が軽くなるような気がした。

 

「どれだけ大層な題目を並べようとも、剣が凶器であり剣術が殺人術であることに変わりは無い。そういう意味で、俺もお前も良くも悪くも本質に忠実か。迫れば迫るほど人でなし。あぁ、そうだな。どうにも俺もお前も業が深い」

「けど、それがオレの選んだことですから。師匠もでしょ?」

「あぁ、そうだな」

 

 ゆっくりと宗一郎は立ち上がる。それについていくように一夏も立ち上がる。

 

「始めるか」

「えぇ」

 

 静かに、師弟は修行の開始を申し合わせる。

 

「腹は括っておけよ。お前がそこまで至ったのであれば、武人として要求されるレベルは今まで以上のものだ。もとよりお前には大半の技は仕込み終えている。その残りと、何よりお前自身の底上げ。少々スケジュールは短いが、きっちり叩き込んでやる」

「元より覚悟の上ですよ。というか、そんなのいつものことでしょう?」

「そういえばそうだったな」

 

 凄みを含めた言葉に挑戦的な笑みで返してきた弟子に、宗一郎も口の端を吊り上げる。

 

「そうだな。では一つ、発破をかけてやろう。今のお前の心、そこには武を突き詰める上での枷が無いようなものだ。そして幸運にもお前には才がある。長ずれば、俺と同じ域に辿り着くぞ?」

「そいつはまた、俄然やる気が出るってもんですね」

 

 刹那、室内に風が舞うような錯覚を抱く。師弟がそれぞれに発した気迫が、自然とそのイメージを創出した結果だ。

 

「行くぞ。まずは道場だ。今のお前の実力、(あらた)めさせてもらおう」

「うす」

 

 そうして二人は同時に歩き出す。足音が殆ど立たない静謐な足取りながらも、そこには確かな力強さが共に宿っていた。

 

 

 

 

 




12/31
 福音戦の後に一夏が心情とかそういう面で変化が訪れましたが、それは既に宗一郎さんや美咲さんがとっくに至っていたものという感じに相成りました。
 本人たちがろくでもないと言っていましたが、一応補足みたいなのをすると何も好き好んで傷つけたり○したりするわけではなく、あくまでケースバイケースで対応を変え、自身の考えのもとでそうした方が大局的、あるいは大義のためとなるのならば最終手段となる○すという対応も辞さないというものです。どっちにしろ剣呑過ぎるものですが……
 一夏の場合、誘拐事件の際にやらかしてしまった際にそういう自分の本質的な面への自覚が早く、あっさりそこへ至りやすいということも付け加えます。
ちなみにこれからの本作で一夏が「そういう決断」に達するのは割と早かったりします。実行しきれるかどうかはまた別として。いやだってほら、五巻に入ると出てくるじゃないですか、あいつらが。だからです。

 さて、この修行編ですが可能な限り要点は抑えつつ早目に終わらせたいと考えています。そろそろマジで五巻以降も書きたい。文化祭の話であのキャラにあの歌を歌わせようと一夏が画策するようなネタを書きたい……!
 あ、この修行話でも真面目さ皆無なネタ話を突っ込む予定ですので悪しからず。

 ひとまず今回はここまでで。
ご意見ご感想、随時受付中です。もうガンガン書いちゃってください。
いやマジでお願いします。

 それでは、また次回更新の折に。


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第四十八話:夏休み小話集8 修行2

 非常に遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
読者の皆様におかれましては、本年もより良い年となることを祈念させて頂きます。

 さて、2015年最初の更新です。修行編の続きです。でも修行やってる描写なんてほとんどありません。ご容赦下さい。むしろ修行編に託けて師弟のあれこれを書きたいだけなんです、ぶっちゃけ。


「夏休み修行編 3rd ~ぶっちゃけると修行って言うほど修行シーン無いよ、マジで~」

 

「にょわー!!」

 

 別にきらりんなきゅんきゅんパワーでハピ☆ハピしているわけではない。宗一郎との稽古の最中、痛烈な一発を貰った一夏が派手にぶっ飛んだというだけのことである。師弟関係を結んで早五年、もはや見慣れ当たり前過ぎることになってしまっただけに両者ともに特に何も驚きなどはしてはいない。そして既にこの夏の修行開始から数日、既に幾度となく起きたことだ。

 

「なるほど、学生いえども今までとはまうで違う環境に放り込まれてどうなっているかと思ったが、中々面白い伸び方をしているじゃないか」

 

 一夏が吹っ飛ばされたことに関しては宗一郎も今更何も言わない。そも、今の一夏ではどう足掻いても彼から一本取るなど土台無理なこと。であれば見るべきはその過程だ。

 

「周りは女ばかりと言うが、どうして良い使い手に囲まれているようじゃないか」

「いつつ……えぇ、はい。同級生と、あと上級生にも。強い人はいますよ」

「そうか。そういえば、その手の話はまだしていなかったか。……頃合いだな。昼飯にしよう。ついでに、その辺も少し聞こうじゃないか」

 

 言って宗一郎は構えていた練習用の模擬刀を腰に差した鞘に納める。一夏も一発貰った頭をさすりつつ同じように模擬刀を鞘に納めると、軽く一礼をしていそいそと片づけを始める。

 

「一夏、道場の片づけは俺がやっておく。お前は汗を拭いて、先に昼飯の支度をしておけ」

「うす。今日はどうしますか?」

「そうだな、七輪でも出すか。勝手口の方にあるから縁側に持って行って火を着けとけ。食い物は俺が出す」

「はーい」

 

 そう言って一夏は準備のために一足先に道場を出る。残った宗一郎も片づけを進めるが、元よりそこまで片付ける程に物が散らかっているわけでも無い。使った道具を手早く元の場所に仕舞い、ササッとモップを掛ければ終わりだ。

 

(剣の方は静動それぞれの典型的な使い手が相手と言ったところか。妙に変わった反応をするところもあったが――いや、千冬や美咲も以前に似たような反射をしたことがあったな。となるとISを用いたことの影響か。まぁ特段目くじらを立てるものではないし、上手く取り込めば相手の虚を突くのにも使えるか)

 

 道場の中に一夏が置いていった彼の模擬刀、それを鞘から抜き刀身を眺めながら宗一郎は弟子の腕前を更に分析する。積み重ねた経験というのはその技に出てくるものだ。何も武芸に限った話ではない。スポーツでもそうだし、農耕や機械工作、はたまた事務仕事など。とにかく"技術"というものには共通してそういう側面がある。

そしてその分野において一流の人間であれば、その技術からそこへ至る過程を読み取ることは決して不可能なことではない。一流の技量を持つ人間は一流の見識を持つものなのである。

 

(しかし、動の相手は一人の影が濃いが、静の相手は二人は目立つな。一撃重視に、速さ重視か。相手は同じ年頃の小娘だろうが、中々良い腕をしているな。それに、長柄武器の相手も多い)

 

 仮にこの宗一郎の思考を彼が言葉にして発し、それを一夏が聞いたら彼は間違いなく「御見それしました」とそれはもう深々と頭を下げているだろう。宗一郎の分析には一分の狂いも無い。もしや見ていたのではと一夏が疑うだろうほどに的確なものだ。

 

(そういえば――)

 

 そこではたと思い出す。およそ世界で自分が知る限り唯一対等な実力と呼べる相手、少々年の離れた友人の二人の愛娘はどちらも例の学園に所属していたはずだ。確か妹の方は一夏と同学年のはずで薙刀を得意としているはず。

二人そろって暇が重なった日に連れ立ってパチスロを打ちに行って、景気良く勝った帰りにガード下の屋台で飲みながら話した内容だから若干曖昧な部分もあるが、殆ど外してはいないはずだ。

 

「ふん、こいつは中々面白いじゃないか」

 

 自分が至り、いずれは一夏にも到達させるつもりの武の最深奥。そこへ至った別の先達としていずれは紹介をし、ついでに無手の技の手解きも頼んでみようかなどと考えてはいたが、思わぬところで繋がった縁にニヤリと口の端を吊り上げる。

そのままヒュンヒュンと、決して軽くは無い金属の塊でもある模擬刀をまるで重さを感じさせない軽やかさで回し弄ぶと、ヒュッと風を切る音と共に刀身を眼前で止める。

 

「こいつも、良い感じに消耗してきたな……」

 

 長く使っている模擬刀は手入れは怠っていないが、それでも隠し切れない損耗が刀身の随所に見られる。それは良い。それもまた修練という積み重ねの証だ。しかしそれとはまた別で問題もある。

 

「さて、このままで行ってあいつの刀は持つのやら」

 

 一夏が現代の男子高校生としては珍しい点の一つとして、完全に彼個人の所有物である刃引きをしていない本物の日本刀を持っていることがある。依然シャルロットに突きつけたアレのことだ。

実家に刀がある――などというのは決して珍しいことではないが、それはあくまでその家の所有物と言うべきだろう。一夏の場合、諸々の手続きは殆ど宗一郎が代行したものの、完全に彼個人の所有物としてあるのだ。

 そして宗一郎が気になるのはその刀の、極めて単純な耐久のことだ。知人の少々偏屈な老刀匠の作であり、宗一郎が件の翁より譲り受けた数本のうちの一本が今の一夏の愛刀なわけだが、決して悪いものではない。刃引き云々美術的価値云々を抜かして機能面で見れば一般的水準より上の物と言っても良い。だが、この修行の初めに改めて知った弟子の気質、そしてその立場故に予想されるこれから。それを考えると必ずしも事足りるとは言い切れないのが宗一郎の本音だ。

 

(そろそろ、頃合いでもあるからな)

 

 この後の昼食の時にでも一夏には話す心算だが、今回の修行で一夏には一つ段階を踏破してもらう予定だ。あるいはその際に暁として一振り、新たな刀を渡すか。

実のところ、仮に新たなものを渡すとしてその目星はつけてある。そこで宗一郎が意識を向けるのは道場の裏手にある倉庫だ。彼の趣味が多分に入った結果、ちょっとした蔵のような作りになっている倉庫、その最奥には収められている物の中で最も丁寧に、そして最も厳重に保管がされている物がある。

 それは二振りの刀だ。例の翁の渾身の作、所謂"真打"と"影打"の関係では無く強いて言うならば兄弟、あるいは双子の刀だ。その片割れ、それが一夏に譲り渡す一振りの候補でもある。

 

「いや、あいつの手に渡るべきならば自然とそうなるか」

 

 物が物だけに宗一郎もそれなりには慎重になる。だがすぐに考えても詮無いことだと首を横に振る。運命論者を気取るつもりはないが、物事成るように成るというのは世の中意外にあるもので、特に武道というものに浸っていると特に実感することがある。

軽々しく臨むつもりもないが、かといって身構えすぎもしない。それが彼の出した結論だ。

 離れた所から自分を呼ぶ弟子の声を聞いた宗一郎は一言だけ返事を返すと、再び手にしていた刀を鞘に納め元の場所に戻し道場を後にした。

 

 

 

 

 

「燃えろや燃えろ~笑いが止まらん()()()~って、これじゃキチガイ犯罪集団の幹部のオッサンみたいじゃん」

 

 パタパタと団扇で七輪の火を煽りつつ一夏は即興で作ったフレーズに一人突っ込みを入れる。

あのマンガ面白かったなー、電子ド○ッグとか何それヤベェって思ったなー、そういや数馬がやろうと思えば似たようなの作るのは可能だよとか言ってたなー何それコワイなどと独り言を呟きながら一夏は淡々と七輪の火力を高めていく。

 

「待たせたな」

 

 そう言いながら家の奥から宗一郎がやってくる。手には七輪で焼くための具材を乗せた皿がある。

 

「肉に野菜に、まぁありきたりなものだ。別に普通に台所で焼いても良いが、たまにはこういうのもアリだろう」

 

 宗一郎は割と雰囲気を楽しむ気質が強い。それは弟子の一夏も影響されて持っている性分である。

 

「もうちょい時期が遅かったら秋刀魚もアリでしたね」

「あぁ、そりゃ良い。少し待ってろ、飯を持ってくる。先に適当に焼いといてくれ」

「うぃーっす」

 

 言われて一夏は網の上に肉や野菜を置いていく。程なくして炊飯器に炊いてあったものを幾らか移したおひつと二人分の茶碗や箸を持って宗一郎が戻ってきた。

 

「ほれ」

 

 茶碗に白米を盛り、さぁ食べ始めようとしたところで宗一郎が飲料の缶を一夏に手渡す。

 

「お、良いっすねー」

 

 渡されたのはノンアルコールビールだ。ぶっちゃけ一夏は本物もイケる口だが、まさか真昼間からやるわけにもいかない。午後も修行の予定はあるのだ。

 

『乾杯』

 

 カンッと音を立てて手に持った缶を打ち合わせる。そしてゴクリと喉を鳴らしながら一口を飲む。

 

「時々一人でやるのだがな。悪いもんじゃないだろう?」

 

 縁側で七輪を使って肉や魚、貝類などを焼きながら白米を食べ、ノンアルとはいえビールを飲む。夏の陽気も相まって成るほど確かに良いものだと一夏も師の言葉に同意するように頷く。平たく言えば夏場にやるような缶ビールのCMのようなシチュエーションだ。

 

「う~ん、肉も野菜も旨い」

 

 焼けたものを宗一郎と共に次々に取っては頬張りながら一夏は味に唸る。

 

「貰い物も多いがな。まったく、気の良い年寄りばかりだから助かる。食費も決して馬鹿にはならん。浮かせられるなら浮かせるものだ」

 

 宗一郎はこの田舎町にあって数の少ない若い男性だ。その上ガタイも良いものだから力仕事も難なくこなし、本人もそういう必要があれば積極的に駆り出て地域への貢献を惜しまないために住民からは概ね好意的に受け入れられている。そうしたこともあってか、町で第一次産業に従事する者などはよく彼に収穫物のお裾分けをしている。今回二人が食べている肉や野菜もそうした経緯で宗一郎の下に渡ってきたものだ。

 

「さて、一夏。まぁ食いながらで構わん。そのまま聞け」

「なんです?」

「今後の方針、というやつだ」

 

 その言葉に一瞬、一夏の箸を動かす手が止まる。だがすぐに元通りに動かし始め食事を続ける。しかしその目は鋭い光を宿しながら宗一郎から視線を離さずにいた。

 

「幸運、そう言うべきなのだろう。お前は才に恵まれた良い弟子だ。俺も教え甲斐があるし、事実としてその年で既に奥伝の一部すらも会得している」

 

 一夏と同じように、宗一郎も食べる手を止めないままに話を続ける。

 

「だが、さすがにそこまで急ぐこともないだろうとも考えていてな。伝承をほぼ完了するにしても二十歳頃かと考えていたのだが……気が変わった。少々ペースを早めることとしよう」

「具体的には?」

「まだ伝えていないものも含め一気に叩き込んでいく。その時点で可能か否かはさておき、知識として技とその理合も伝えていこう。その上での俺の目算だが、そうだな。17だ。順当に行けばお前が17になる頃には極伝まで達する見込みだ」

「そいつはまた、皆伝超えますか……」

 

 師の口から語られる今後の構想、その結果に一夏は思わず口元をひくつかせる。

比較的耳に慣れた言葉に"免許皆伝"というものがある。この中の皆伝とは伝位、早い話がその道において技などを習得した段階を示す言葉の一部であり、皆伝はその字面の通り"道"における全てを伝えられたという証である。流派によっては異なる呼び方をすることもあるが、一般的にはこの皆伝の下に奥伝、中伝、初伝などがあるのだが、これらの仔細はあえて割愛するものとする。

 そして宗一郎が一夏に語った極伝、それは皆伝の更に上位にある。皆伝が流派の伝書などに記されている全てを示すなら極伝はそこにすら記されない秘中の秘、家伝中の家伝、流派における最高機密すら伝えられたことの証でもある。

しかしながら一夏と宗一郎、二人が扱う剣の流派は実のところ皆伝にあたる技までしかない。そこに漕ぎ着けるだけでも相当だが、では宗一郎は何を持って極伝と言っているのか。

 

「単純な流派の後継者じゃない。文字通り、俺の全てを教えてだ。断言しよう、それらを全て納め極めたならば、お前は間違いなく俺と同じ領域まで上がってくることになるぞ」

 

 流派の奥義だけでなく、"海堂 宗一郎"という一人の武人がその類稀なる才で持って作り上げた、言うなれば彼のオリジナル、我流とも言うべき技の全て。それらを極伝として伝えると、彼は言っているのだ。

 

「はい、師匠。質問良いですか」

 

 ビシリとまるで授業中の生徒のように片手を挙げて一夏は質問の許可を求める。挙げられた左手には茶碗が握られたままであり、どうにも締まらない光景だがあえて宗一郎は気にしないことにした。

 

「なんだ」

「技を教えてくれるとかその辺は一旦置いといて、実際どうやるんですか? 知っての通り、普段のオレは海の上ですよ?」

「なに、案ずるな。抜かりはない」

 

 修行のペースを早め、密度を高めてくれるのは構わない。だが普段IS学園に居て頻繁にこちらに来るわけにも行かない身の上でどうやって伝授を行うのか。そう問うた一夏に宗一郎は何だそんなことかと言うように鼻を鳴らす。

 

「こんなこともあろうかとな。前々より伝書の再編や動きの映像での記録を行っていたんだよ。それを使うと良い。いやはや、時代の進歩とは便利なものだ、実に」

「流石です、師匠! 略してさすししょ!」

「なんだそれは。いや、実際のところ伝書の方もだいぶ年月を経てかなり傷んだりもしていてな。百年以上前のものなどザラだから当然と言えばそうだが、これで何かあっても後々困るからな。そのための措置だ。それが、たまたま功を奏したというだけに過ぎん」

「またまた謙遜謙遜」

 

 箸を進めながら一夏は宗一郎を褒めちぎる。それに気を良くするように宗一郎も微笑を浮かべてはいるが、その内心はおよそ笑顔とは程遠いものだった。

 

(だが、現実問題としてこいつならば十分に可能だろう。心技体、どれも元より十分に備わってはいるがここへ来て心が急激に強まっている)

 

 脳裏で巡らせる思考、その素振りを欠片も表に出すことは無いままに宗一郎は思案を続ける。

 

(今更、こいつに穏やかな先を望むのは難しい。ならば艱難だろうと切り抜けられるようにと教えを授けるつもりだったが、あるいはそれこそが更なる波乱の呼び水に成り得るやもしれん。厄介を乗り切るための技がまた更に呼び込む。あって欲しくは無いが、可能性としてはあり得る。嫌な連鎖だ)

 

 少し前に妹弟子から手渡された殺人許可証――悪魔のパスポートとも言うべきソレを思い浮かべる。思えば、それを一度手放したのはそうした厄介ごとの連鎖を疎んじてでもあったはずだ。

 

(だが、それがこいつの宿命となるのならば俺のやることも自然決まってくるか)

 

 己も腹を括り弟子の宿業に付き合うべきなのだろう。その一端でもある技を伝えた者としての責任と、何よりも彼の師である故に。

 

(まったく、何が当代最高峰の武人だ。所詮は腕っぷしが強いだけの一人の人間でしかないというに)

 

 あるいはこれより弟子が相対するのは世界となるかもしれない。世界、たった二文字で表される、しかしあまりに巨大なソレを考えると改めて己の小ささ、細やかさを実感させられる。

 

(許せよ、一夏。俺にできるのはこのくらいだ)

 

 せめて、何に相対しようと打ち倒せるための技の伝授。結局のところ、それくらいしかできることなどない。

 

「一夏」

「はい?」

「これからの修行もそうだが、まぁ今後も何かと苦労は絶えんだろう。だが、励めよ」

「えぇ、当然っすよ」

 

 宗一郎がどのような思いとともに言ったのか、おそらく一夏はその全容を察してはいないだろう。だが、期待するような言葉に彼は弟子として力強く頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ぶっちゃけ、昼飯のところでまた飯テロかまそうかと思いました。
でも描写を細かく書くのが面倒なのでやめちゃいましたw

 とりあえず言えるのはワンサマーも師匠も大概にイレギュラーってことで。
才能、実力、成長速度、その他諸々。ぶっちゃけ師匠がIS乗ったらなんもかんも終わる。千冬でも勝てない勝てない。どこぞのオーガの誕生よろしく、世界の強さのランクが軒並み一つ下がります。

 今回、珍しく後書きで書くことがそんなに思いつかないのでこの辺で。
皆様、また次回更新の折に。それでは。


WARNING!!
 次回あたり、またはっちゃけたネタ回になる可能性高し


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第四十九話:夏休み小話集9 修行3

 というわけで続きとなります。
え~、その~、今回もちょっとハジけちゃいました。なんというか、数馬くんや弾くんが絡んだ時並にはネタをぶっこんでいると思います。
そんなに固い話でもないので、どうぞお気軽にお読みください。


「夏休み修行編 4th ~反省はしてる。だが後悔はしていない~」

 

 

 

 

「今日は軽い慣らしで行くぞ」

「はい?」

 

 朝、いつも通りに早朝の基礎トレや朝食など諸々を終えていつも通りに修行をと思った矢先に師の口から出てきた言葉に一夏は思わず聞き返していた。

ただ、伊達に数年間師弟をやっているわけではない。既にこの時点で一夏は凡その予想を立てていた。

 

「また、どっかで試合でもやらされるんですか?」

 

 そういうことだ。弟子入りしてより剣術を始め、無手での武道も共に学んできた。そして時には宗一郎の伝手を利用して別の門下の者との試合を行いより経験に深みを持たせるなどということも行ってきたのだが、そういう時はほぼいつも直前の修行の内容がそのためのウォーミングアップ、調整のためのものになっていた。

今回もそういう手合いだろう。そして一夏の問いに宗一郎はそうだと頷く。当たりだ。さて、ならば今回はどのような相手が出てくるのか。一夏の興味はそちらに向く。

 

「まぁそんなところだ。今回は少々特別だが……夕方ごろに出るからな。支度は整えておけ」

「は~い」

 

 出る時間帯の中途半端さに疑問を抱くも、とりあえずは返事を返しておく一夏であった。

 

 

 

 そして時間は飛んでその日の夕刻、一夏は宗一郎の運転するスポーツカーの助手席に座って高速道路を走っていた。

 

「で、師匠。今回はどこの道場のどなたさんとやるんですか? なんか時間も半端ですけど」

「さぁな。誰とやるかは俺も知らん」

「はい?」

 

 投げかけた質問に返された答えに一夏は思わず呆ける。

 

「まぁ何人かと連続で戦ってもらうことになるだろうが、相手がどんな奴か、どんな戦い方をするのか。そんなのは向かい合ってから初めて分かるものだ」

「な、なんなんですかソレ?」

 

 そこで宗一郎は視線を前方から外さないまでも、自分の方を見ているだろう弟子に見せつけるように大仰に口元に笑みを浮かべる。そして一言――

 

「地下格闘さ」

 

 

 

 

 

 

「はぁ、それでオレはその地下格闘のリングで適当に戦ってこいと」

「そういうことだな」

 

 やっとこさ受けた仔細の説明で一夏はようやく状況を理解する。今現在の二人が向かっているのは臨海部の倉庫街。その中の一つで行われている地下格闘の大会である。

 

「最近じゃあ地下格闘を謳っていても割とちゃんとした団体が仕切っているケースが多いが、そこのは違う。ま、バックが少々表には出にくい連中だからな。いわゆる"自由業"というやつだ」

「あぁ、そりゃ納得です。で、その大会っていうのはそういう筋の連中の興業ってわけですか」

「そういうことだ。とはいえ、今回のはルールに縛りが無いから賞金もそれなりに入る上に、その手の連中の興業にしては割とまともな運営をしているからな。ギリギリのラインではあるが、条件としては悪いもんじゃない」

「へぇ。しかし地下格闘ですか。昔に見たス○イダーマンの映画で主人公が金網デスマッチって言うんですか? そんな感じのやつに出てましたけど、あんな感じですかね?」

「あぁ、その認識で構わんな。出る奴には脛に傷持ちな輩も多い。素性を隠したいなら応じてくれるのもポイントだな」

「なんか随分詳しいですね」

「何せそこは俺も昔は出たからな。まぁ、少し暴れすぎて出禁食らった、いや、控えてくれとお願いされたが」

 

 思えば強面の大柄な男連中が揃いも揃って土下座しながら泣き頼みをしてきたのは愉快だったな等と、宗一郎は過去の思い出に一瞬馳せる。

 

「まぁお膳立てや引き際の見極めは俺がきっちりやってやるから心配するな。お前はただリングに上がり、眼前の相手に勝つことだけを考えれば良い」

「……ウス」

 

 そのまましばらくの間、車内には無言が続く。だがそれも程なくして一夏が口を開いたことにより途切れた。

 

「師匠、確かその地下格闘ってファイトマネーとか出るんでしたよね?」

「あぁ。とはいえ、相応の額を取ろうと思ったら相手もそれなりになるが。後は観客側になって所謂トトカルチョの方式で金を賭けて稼ぐかだな。今回は両方で行くが」

「それ、オレも貰えたりしますよね?」

「当たり前だろう。お前が勝って稼ぐんだ。相応の分配はあって然るべきだ」

「ちなみに稼げればどのくらい?」

 

 そこで宗一郎はふむ、と考える。

 

「一夏、何やら最近お前は声優のライブとかに行ったらしいな?」

「え? あ、はい」

「楽しかったか?」

「めっちゃ楽しかったッス」

「そうか、それは結構。別に俺はお前のそういう趣味にとやかく口を出すつもりはない。お前がそれで満足しているなら、むしろそれで良いとも思う。さて一夏、そのライブだがな。これは俺の想像でしかないが、結構金も掛かるのではないか?」

「そ、そうですね。結構掛かりますね」

 

 少し前に数馬と行ったときには初めてということもあったので数馬が色々とサービスで負担してくれた部分もあるが、それも数馬の並みの高校生レベルをかけ離れた懐周りがあってのこと。一夏も負担した分はあるし、それだけでも決して少なくない額だ。そこへ本来掛かるだろう部分も加味すれば、総額は決して軽くは無い。

 

「詳しくは無いが、まずチケットだけでもそれなりにするだろう。更には交通費や、泊りがけなら宿泊費もか。あとは、会場ではグッズなどの販売もあるらしいからそれらもだな。総額で数万は確実だろう」

「ですね」

「それがな、行き放題だぞ?」

 

 その言葉に一夏は目を丸くする。

 

「マジですか?」

「マジだ」

「ウハウハですか?」

「ウハウハだ」

「師匠、オレやります。頑張って稼――じゃなくて勝ってきます」

 

 途端にこのやる気の出しようである。織斑一夏十五歳、何だかんだ言って中身は割と普通の男子高校生。その感性も人並みには俗なのだ。

 

「まったく、現金なやつだな」

「金稼ぐだけに、ですか?」

「上手いこと言ったつもりか? バカ弟子が」

 

 そんな風に軽口を言い合う師弟。

 

「あ、そーだ。師匠、オーディオ借りますねー」

 

 言いながら一夏は音楽プレーヤーを取り出しカーステレオのAUX端子とプレーヤーを繋ぐ。そしておもむろに窓を少し開けたかと思うと、プレーヤーの再生ボタンを押した。

 

「……おい」

 

 運転を続けながら宗一郎は一夏に声をかける。心なしか眉が微妙に顰められている。

 

「なんですか?」

「その曲のチョイスはなんだ」

 

 カーステレオからはAUX端子を通じて再生されるプレーヤーに取り込まれた音楽が流れている。人の歌声が無いそれは所謂サウンドトラックというやつだ。ポップさを持った軽快な音楽が車内に鳴り響く。

 

「この曲ですか? いや、ゲームのサントラですけど」

「あぁ、それは分かる。有名なゲームだ。俺も知っている。で、なぜこれだ」

「いや、何となく高速を飛ばしてる今の状況に合うかなーって」

 

 思わず頭を押さえたくなる宗一郎だが、ハンドルを離すわけにもいかないので堪える。一夏との付き合いも数年来になるし、多感な少年期でもある。成長につれて人格というものにも変化が出たのは幾度と無く見てきたし、今回の修行で久しぶりに会った時はより顕著に感じた。

今の一夏は以前に比べればだいぶ落ち着いている。やや荒っぽい、どこか自分を持て余しているような気質は鳴りを潜めた。武人としても、成長には良い傾向と言える状態だ。ただ、それはそれでいいのだが、同時に妙にボケる要素が強くなったのは気のせいであると思いたい。

 

「まぁ、確かにチョイスとしては間違ってはいないかもしれんがな……」

 

 日本どころか世界的に見ても有名なゲームの代表的とも言えるBGMだ。宗一郎も学生時代の嗜みで知っている故にあえて否を言うことはしない。しないのだが――

 

「マ○オの無敵BGMはネタに走り過ぎだろう。何か? この車、スターでも取ったのか?」

「何なら前の車吹っ飛ばしてトップに躍り出ます?」

「大事故だ馬鹿野郎。第一、そう上手く行くものか。無敵状態が解けた瞬間に雷落とされて踏んづけらるのがオチだ。更には元に戻ったと思ったら後ろから赤甲羅ぶつけられるというオマケつきでな。雷が無ければあるいはト○ゾーか?」

「それで吹っ飛ばされてコースから転落とかしたらもう最悪ですよねー。絶対ぶつけたやつ、『ねぇどんな気持ち? 今どんな気持ち?』って煽るような顔してますよ。でなきゃ『もっと面白いものを見せてやるよぉおおお!!』ってゲス顔」

「なんだそれは。あぁ、そういえば学生時代の話だがな。休日に友人が一人暮らしをしている部屋に出向いてな、何人かで集まってそのゲームをしたのだが、前の周に自分で仕掛けたバナナに自分で引っかかるという珍プレーをやらかした奴が居たな」

「何それウケるんですけど。ていうか、師匠もゲームやってたんですね。いや、オレのやつに付き合って貰ったりはしましたけど」

「ま、確かにそれなりに良い学歴は持っているとは自負しているがな。そんなに堅苦しい学生生活でも無かったよ。普通にゲームをしたりマンガを読んだりもした。休みの日に友人と遊んだりもした。お前が思うよりかはずっと普通だ」

「そうだったんですか。オレも、できるかな」

 

 今の一夏の立場の厄介さは宗一郎も重々承知している。故に一夏の呟きに込められた気持ちも十分に察することができた。

 

「確かに、立場だとか肩書きだとか、そういった者は本人にもどうしようもできないことはある。けどな、その行動は、最終的にどうするかを決めて動くのはそいつ自身だ。お前がそうしたいのであれば、そうしようと決めて動けばいい。それだけだ。手助けが要るなら、頼れる者に頼れば良い。千冬でも良い。学校の教員でも良い。なんなら俺でも構わん」

「……そうですね」

 

 師の言葉に一夏は微笑み、そしてふと手にしていた携帯に目を落とす。

 

「あ、師匠。なんかツイッターで検索してみたらこんなんありましたよ。『○○高速でマ○オの無敵BGM流しながら走ってるスポーツカーに抜かれたんだけどww』って。これ、オレらじゃないですかね?」

「お前今すぐその曲止めろ馬鹿野郎」

 

 流石にそんな下らないことで要らない注目を浴びるのは御免こうむりたいと思う宗一郎であった。

 

 

 そうして高速を降りてまた走ることしばらく。そろそろ海も近いというところで車は手ごろな24時間営業のコインパーキングに停まる。

 

「ここからは歩きだ。ふむ、近いな。それなりに人は来ていると見える」

「そんなの分かるもんですか?」

「停まってる他の車を見てみろ」

 

 言われて一夏は同じパーキング内に停まっている他の車を見る。少し見て気付いたが、どの車も少々派手だ。微妙に偏見交じりな言い方をすれば、そういうヤンチャが好きそうな者が好みそうな飾りつけだったり車種のチョイスだったりする。

 

「これから俺達が向かう会場は、出る奴もそうだが観客もそういう威勢の良い輩が集まりやすい。無論、そればかりでは無いが、そういう傾向にあるのは事実だな。どの車も、そういうのが好きそうなやつだろ」

「言われればそうですねぇ」

 

 最低限の荷物を収めた鞄と、愛用の木刀を収めた竹刀袋を持って一夏は宗一郎の後に続き歩く。更に歩くこと十数分、二人が着いたのは海に面した倉庫街だ。倉庫街とは言うものの、集まっている倉庫はどれも大きさこそそれなりのものだが隠し切れない古さが滲み出ている、はっきり言ってそれほど積極的に使われてはいないような場所だ。

 

「なるほど、確かにこりゃ……」

 

 納得するように一夏は頷く。目的となる倉庫の前まで来て、流石にここまで来れば一夏でも分かる。中から伝わる無数の人の気配と、興奮の嵐。既に聞き及んでいる中での催しを考えれば大いに納得ができる。

 

「こっちだ」

 

 そう言って宗一郎が向かったのは倉庫の裏手だ。おそらくそちら側にあるだろう裏口が入り口にでもなっているのだろうか。それを示すように、裏口と思しき扉の脇には黒服を来たいかにもな面構えの男が立っている。

 

「話をつけてくるから待っていろ」

 

 扉から少し離れた所で一夏を待たせ、宗一郎は一人で男の下へと歩み寄る。当然、気づいた男が宗一郎に近づき声を掛け二言三言、言葉を交わす。それからすぐに男は居住まいを正して宗一郎に頭を下げる。その宗一郎はと言えば、手招きで一夏を呼び寄せて一夏も素直にそれに従う。

 

「入るぞ」

「ウス。随分と丁寧な対応ですね」

 

 入りながら自分たちの方に頭を下げている男を見遣る。

 

「一応、俺もここじゃ顔が利く方だからな」

 

 薄暗い廊下を歩きながらそんな言葉を師と交わす。そうしながらも周囲を観察し、なるほどと一夏は改めて納得する。

いま歩いている廊下は会場のメインから離れた裏側と言うべきだろうが、そこに居ても伝わってくる観客の歓声と興奮、熱気、何よりも今もなおリングで戦っているだろう者たちの闘気はまさに格闘場と呼ぶに相応しい。そして鼻腔を僅かにくすぐる煙草と思しき匂いや、照明の薄暗さなどはこの場がアウトローな場所であることも同時に伝えてくる。

 

「これは、お久しぶりですな。お元気そうでなによりです、海堂さん」

「おう、そっちもまだ現役だったか。とっくに刺されてるか、ムショに放り込まれてるかと思ったがな」

「いや手厳しい。とは言え、一応は堅実にやらせてもらっとりますんで。早々危ない橋は渡りませんよ」

 

 不意に現れた人影が歓待の言葉を宗一郎に掛け、宗一郎もどこか親しみを込めた皮肉交じりの言葉で応じる。

 

(なるほど、このオッサンがここの胴元か……)

 

 まだ彼が何者かは知らされていないが、雰囲気で分かる。パッと見で推測できる年齢もそうだし、相応の経験を積んだ者らしいどっしりとした佇まいだ。少なくとも、建物に入ってから見かけたチンピラ崩れみたいな若衆などとは格が違うのは素人目で見たとしても明らかだろう。

 

「しかし驚きましたな。久方ぶりに連絡があったと思いきや、弟子を出したいとは。いや、お弟子さんを取っていたことも驚きですが、年齢を聞いても驚きましたよ。――そちらが?」

「あぁ、俺の愛弟子さ。少々馬鹿だがな」

 

 馬鹿と言うことには一言物申したくもあるが、決して否定しきれることではないので敢えて何も言わない。話が自分に向けられたことに気付いた一夏は一歩前に出て軽く頭を下げる。

 

「なるほど。確かに若い。が、腕は立ちそうですな。それに、なるほど……」

 

 胴元は確実に一夏のことに気付いただろう。何せ全国放送で顔写真が晒された身の上だ。休日に学園の外に居て、直接声を掛けられるようなことは殆ど無いものの、「あれってもしかして……」という具合で周囲に気付かれたことは何度かある。

 

「出場者のプライバシーは厳守。此処の売りだったな? 見ての通りこいつは若い。何せ学生だからな。そんな身上でこんな場所に出ていると知られても事だ。無論、相応の配慮はしてもらおうか」

「えぇ、当然ですとも。何でしたらマスクなどの小道具もお貸ししましょう。保管には気を付けていますが、少々臭うかもしれませんがそこは容赦を」

「なに、構わん」

 

 余計な事を言われる前に宗一郎が釘を刺す。僅かだが鋭くなった気が発せられたのを隣に立つ一夏は感じ取る。職業柄、そういう気配にも敏感なのだろう。胴元も勿論と宗一郎の言葉に従う。

 

「では海堂さん、早速準備の方をしても?」

「あぁ、支度の類は任せる。俺はマッチメイクの方をさせて貰おうか」

「分かりました。では、お弟子さんの方は私が準備の手伝いをしましょう。――おい、誰か海堂さんを案内して差し上げろ」

 

 胴元が離れた場所に居る部下に声を掛け、やってきた男に幾つかの指示を出すと宗一郎と連れ立って別の場所へ歩いていく。

 

「では君はこちらの方に。選手用の更衣室があるから、そこで支度をしてもらいます」

「えぇ、お願いします」

 

 相手が堅気の人間ではないとは言え、不慣れな場で面倒を見てくれる相手だ。不躾な対応はできない。素直に謝意を示す軽い礼と共に胴元の案内で宗一郎が向かった先とは別の場所へと一夏も歩いて行った。

 

 

 

 

「さて、どうするかな……」

 

 案内された更衣室で一夏は身支度をどうしようかと思案する。とりあえず顔バレ回避のためのマスクは必須として、それ以外をどうするかだ。縛りが緩いという師の言葉通り、衣類の着用にもそれほど制限は掛かっていない。もっとも、着用して試合に臨んだ場合の衣類の汚れや損傷については自己責任となるが、それも当然と考えれば特に違和感は無い。

今回は胴元側からの厚意で更衣室にあるものならば好きに着用して構わないと言われているので、折角の興業でもあるわけだし少しはショー性を出しても良いかと思う。言うなればエンタメ武術というやつだ。幸いというか、置いてある衣服は全てクリーニング済みらしい。その筋の者の興業にしては随分と細かいところに気が利いているものだと思わず苦笑いを浮かべる。

 

「う~ん、これに……これかな。うん、いいかも」

 

 引っ張り出した服を手に一夏はニンマリ顔を浮かべる。見る者が、具体的に言えば数馬や簪あたりが見れば確実にツッコミを入れてくるだろうチョイスだ。けど良いじゃないネタに走ったってと一夏は胸の内で自己弁護をする。そう、今ならば何をしようと誰にも咎められない。どれだけふざけようとも笑って済まされる。何故ならば、今はまさにそういう時(ネタ回)なのだから!

 

 

 

 

 

 

『えぇ~、続きましての対戦カードの紹介です。現在リングに立っております~K・ムターにニューチャレンジャーの登場です!』

 

 場内アナウンスの言葉に観客席からは歓声が沸く。今、リングには一人の男が立っている。レスラーがよく着用するようなリング用のパンツにスキンヘッドと隆々と鍛えられた体。K・ムターと呼ばれた男はこの日、連勝を重ね観客の興奮と歓声を一身に受けていた。そんなこの日のヒーローに挑む新たなチャレンジャー。その者とムターが繰り広げるだろうルール無用のガチンコに場内の期待は止むことなき歓声となって表現される。

不意に場内の照明の殆どが落とされ、リングとチャレンジャーがやってくる通路のみが照らされる。一体どのような人物なのか、歓声は細やかなざわめきに切り替わりこれから来る者を迎える。

 

 ヒュゥー

 

 笛を鳴らすような音と共に彼はやってきた。僅かに窄められた口から押し出される呼気は口笛となって場内に響く。どことなく満足(サティスファクション)できそうなメロディーを奏でながら彼はゆっくりとリングへと歩んでいく。

キタ……キタ……、観客の小声すらも聞こえるほどになった場内で彼の口笛の音色はよく響いていた。そしてリング脇までやってくると、片足をリングにかけ、片手でリングロープを握ると颯爽とリングに降り立つ。

チャレンジャーは素顔を隠したいのだろう。肌色のマスクを被っている。額のあたりから顔の右側面にかけて縦に描かれた黄色のマーカー、もといペイントはこのマスク唯一の飾りと言うべきか。そして身にまとう衣装は、黒のタンクトップにオレンジ色の作業用ズボンという工事現場やレ○ンボーラ○ン、じゃなく電車の保線作業員でもやっていそうな格好である。

色んな意味で目立つ姿をしながら、しかし集まる観客の注目を意に介さず彼は真っ直ぐに対戦相手であるムターを見つめ、大声ではなくともよく通る声で言った。

 

「ここがオレの死に場所か」

『……』

 

 ここへきて遂に一同無言。この時、場内の観客の幾人かの心は偶然かはたまた必然か、同じ考えで一致していた。なにか、どこかで見たことあるようなのが混ざっていると。具体的には土曜朝七時半のテレ東再放送だとか日曜朝同じく七時半のテレ朝だとか同日夕方五時半のまたまたテレ東だとか。

そしてそんな周囲の反応などお構いなしに彼は言葉を続ける。

 

「人の心に澱む影を照らす眩き光。人はオレをナ○バーズハ○ターと呼ぶ」

(呼びません)

 

 今度は会場一同揃って同じツッコミが言葉にされないままに入る。どういうわけか最後の方が少し聞き取りづらかったような気がしないでもないが、誰もがそう突っ込まざるを得なくなっていた。まるで世界に強要されたかのごとく。

ここでようやく司会が我に返り、場を進めようと試みる。さっさと進めないと場がグダグダになる、そんな確信が司会にはあった。

 

『えぇ~、ご紹介しましょう! 今夜のニューチャレンジャー! なんと未成年という若き新鋭! セイヤ・イチジョウ(匿名希望)です!!』

 

 まるで潰れかけの魔法の国産の遊園地の支配人代行を頼まれそうな名前に、片思いの相手がいるのにマフィアのボスの娘と演技で恋人関係させられそうな極道のせがれっぽい苗字である。

とは言え、ようやく行われたまともな紹介に観客も元のテンションを取り戻したのか司会の紹介にワッと歓声を上げ、謎の覆面ファイターセイヤ、もとい一夏も軽く片手を挙げることで答える。

 

「ヘヘッ、とんだハリキリ☆ボーイがやってきたじゃねぇか」

 

 一夏の対戦相手となるムターは拳をボキボキと鳴らしながら威圧するような視線を一夏に向けるが、当の一夏は何のその。生憎、もっとおっかない存在が身近に二人ほどいるため悪人面のレスラーもどきには微塵も臆したりはしない。

 

『それでは改めて説明しましょう! 試合時間無制限、技も無制限! 勝敗はどちらかが完全に試合続行不可能となるまで! ルール無用のガチンコ一本勝負です! さぁ、既に何人ものファイターを屠ってきたムターに謎の少年セイヤは勝てるのか!? さぁ、観客の皆様は是非掛け金のベットをお願い致します! 締め切りはゴングが鳴るまで! そしてそれはもう間もなく!』

 

 チラリと一夏は壁に備え付けられている大型の電光モニターに目を向ける。そこにはこれから始まる一夏の試合の組み合わせと、同時に行われる賭けの倍率が示されている。倍率が高いのは一夏の方、つまり試合は相手の方に有利と取られているわけだ。

 

「おい、一夏」

 

 不意にリングのすぐ下から師の声が聞こえた。振り向いてみればやはりと言うべきか、隣に案内をしてくれた胴元を伴って宗一郎が一夏の立つコーナーのすぐ下に立っている。

 

「あぁ、師匠。何です?」

「いや、改めて確認だ。俺がお前のセコンドとしてマッチメイクを行う。お前は出てくる相手をとにかく仕留めれば良い。切り上げ時も、こちらで見計らって分かるようにしておいてやる」

「そりゃ分かりやすくて良いですね。ところで、これから野蛮な地下試合に臨む愛弟子に何かアドバイスとかは無いんですか?」

 

 茶化すように言う一夏に宗一郎も鼻で笑って返す。

 

「なに、お前の好きなようにやると良い。が、そうだな。強いて言うなら一つだ。所詮相手もゴロツキチンピラ、まぁ真っ当な堅気とは言えん輩ばかりだ。故に、どれだけ痛めつけようと禍根なぞ残りはしない。中学時代にこっそりやってた喧嘩なぞよりは、思いきり暴れられるから好きにしろ、とでも言っておこうか。なに、向こうもこういうのには慣れていてそれなりに頑丈だからな。早々大事にはならんよ」

「あぁ、そりゃあ……やりやすい」

 

 それなりに自分を律することはできるし、ここ最近でその辺りがだいぶ穏やかになったという自覚はある。が、それでも存分に技を奮えるというのはやはり気分が良いものである。

単純それだけならば中学時代にこっそりやっていた不良相手の喧嘩や、あるいは今ならばIS学園での訓練などで多少は発散できている。だが、そのどちらもやはり不十分だった。

ストリートの喧嘩はあまり大事になり過ぎないように加減をする必要があったし、今のISについては自身の未熟が原因とはいえ、奮える技に制限が掛かっている。だからこそ、このような一切の制約が無い場というのは一夏にとっては非常にありがたい状況とも言えた。

 

『さぁ! まもなくゴングが鳴ります! 3、2、1、レディイイイ……ゴォウッッ!!』

 

 司会の言葉と共にゴンクが甲高く鳴り響き試合開始を告げる。湧き上がる歓声と共に先に動いたのはムターの方。決して広くは無いリングの中央を一気に突っ切り一夏へと真っ直ぐに向かって来る。

 

「ヘヘッ! これでも俺は慈悲深いほうだからよ! 一発で優しくネンネさせてやるぜ! ただし、歯の二、三本は覚悟しなぁ!」

 

 そんなテンプレじみたヒール役らしいセリフに嘆息しつつ、一夏はムターを迎え撃つ。何てことは無い、眼前の相手とはもはや次元が違う、否、比べることすら間違っている化け物のような存在を知っている身としては迫りくる巨体も脅威とは感じない。

既に制空圏は展開されている。そして確実視できる見立てとして技巧という点でも一夏の方が上。であれば、間合いに捉えたその瞬間に流れは一夏の方へと強制的に変えられる。そしてその時はすぐにやってきた。

 170cm代後半の身長を持つ一夏は同年代の中でも背が大きい方だ。だが、それを感じさせない程に低く身を屈めるとあっさりとムターの懐に入り込み、足を掛けると同時に手で軽く上体を押してやる。駆けてきた勢いも相まってあっさりと巨漢は転ばされる。そうなればもう隙だらけ。

素早く背後に迫り跳躍、起き上がろうとしたところに思い切り跳躍からの肘打ちを見舞う。

 

爆ぜる斧を打ち振る雷神(ガーンラバー ラームマスーン クワン カン)

 

 無防備な脳天に直撃したムエタイの肘打ち、そのダメージにムターが悶える。だがそれに構うことなく一夏は着地と同時に回し蹴りを横っ面へと叩きこみ、転がったムターの顔面が天井に向いたところを容赦なく踏みつけた。

バキリと何か固いものが砕けるような感覚が足裏に伝わってくる。おそらくは鼻の骨でも折ったのだろう。足をどかせば、その下にあるムターの顔は赤く腫れ上がり、鼻はあらぬ方向へとひん曲がって鼻血を両方の穴から垂れ流している。そして両目は白目を剥いており、誰がどう見ても意識を失っているのは明らかだった。

 僅か三十秒足らずの決着。十代の少年が一回りは体格で上回るファイターをあっさり沈めたことに場内は静まり返る。そして次の瞬間には試合終了を告げるゴングと共に歓声が爆発していた。賭けに勝った者の歓喜、もしくは負けた者の悲嘆、それぞれの叫び。敗れたムターへの野次もあれば勝った一夏への声援もある。

 

「ヒャッハー! 次は俺らだァー!! 守りさえ固めときゃ問題ねぇって兄貴が言ってたぜ! ウハハハハ!」

「三人なら余裕だろーがよぉ!!」

「病院のベッドが待ってるぜぇ、ボクちゃあん!!」

『な、なんと今度は三人同時にセイヤに襲い掛かる! ど、どうもセイヤ側のセコンドが許可した模様です! 観客の皆様は掛け金のベットを速やかにお願いします! リミットは試合終了まで!』

 

 突然リングに上がりこんできたチンピラスタイルの三人組が襲い掛かると同時に、戸惑い気味ながらも事情を説明する司会のアナウンスが場内に伝わる。その内容で一夏はだいたいのことを理解した。つまりは全部リングの下に居る師の差し金ということだ。

いずれにせよ、やることに変わりは無い。このリングに上がってきた以上は叩きのめすだけである。

 

「ここからは、オレのステージだ!」

 

 どうせならここで隣に立って「いいえ先輩、私たち(以下略」とでも言ってくれる美少女な後輩でもいたら一夏的にポイント高いんだけどなーなどということを考えながら、迫るスッコケ三人組(一夏命名)を迎え撃つ。

 

 

「海堂さん、いくら何でも三人同時は無茶じゃないですかね?」

 

 リング下で胴元が宗一郎にそう忠告するも、宗一郎はそれを鼻息一つで切って捨てる。

 

「事前に今日出る予定の連中は見させて貰った。その上で俺が問題ないと判断したのだ。止める理由などありはせん」

「そうは言いますがね……」

 

 胴元は確かに堅気とは言えない稼業の人間だが、筋は通す方だと自覚しているし、真っ当な感性もあると思っている。

隣に立つ男が太鼓判を押すのだから間違いなく腕は立つのだろうが、ここは文字通りルール無用の場だ。万が一の事故だって十分に起こりうる。それを彼は危惧していた。

 

「なに、言ったろう。心配など無用だと」

 

 見ろ、と促されてリングに目を向け、胴元は目を見開く。

同時に一夏に飛び掛かってきた三人、しかし厳密には同時と言うにはまるで程遠いものだ。であれば、一夏の間合いに入っている時点で対処など容易い。

掌底、回し蹴り、貫手、迫ってくる順に適格に応じながらあっさりと三人をリングに沈めた。

 

「な? 言ったろう?」

「な、あっという間に三人を……。ワンターンスリィーキゥー……」

「いや別に殺しちゃいないがな」

 

 リング下で行われているそんなやり取りを背に一夏は倒れ伏した三人を見下ろす。

 

「オレをそこいらのガキとでも思ったのか? だが、オレはレアだぜ」

「な、何言ってんのか……まるで意味が分からねぇぞ……」

「フ、いずれ分かるさ。いずれな……」

「いずれって、いつだよ……」

「知らん。そんなことはオレの管轄外だ」

 

 そうして完全に気を失った三人がリングから運び出され、また次の相手がリングに上がってくる。そして一夏もまた、すぐに思考を切り替えて次の相手に狙いを定め、どのように倒そうかとイメージを練り始めた。

 

 

 

 そうして連戦連勝を重ねていく一夏に場内のボルテージは最高潮となる。それと同時に増えていく一夏の勝ち金。一度挑戦者が途切れた段階で師に確認した金額は、聞いた瞬間一夏の目が$マークになったほどだ。

 

 そしてその時は訪れた。

 

『つ、続いてのチャレンジャーです』

「ん?」

 

 驚き、ないしはそれに近い感情を含んだ司会の声に一夏は僅かに反応する。

 

『本日連勝を重ねるニューフェイス、セイヤにあの男がチャレンジを仕掛けました! 観客の皆様、ご期待ください! この一戦、間違いなく今宵一番のものとなるでしょう!』

 

 期待を煽るような司会の言葉に一夏はどのような相手なのか興味が沸く。直後、一夏が入場した時と同じように照明が落ち、新たなチャレンジャーを迎える用意が整った。

 

 ~♪

 

「あん?」

 

 不意に場内に音楽が流れる。それは、まぁ良い。入場時に音楽を流すなど、プロの世界でもメジャーな演出だ。地下格闘とは言え、一応はショーパフォーマンスなのだからこういう演出もありだろう。だが……

 

「いや、待てよオイ。なんでこの選曲なんだよ……」

 

 流れてきた曲は一夏も知っているものだった。それはCDがミリオンを出したとかそういう理由によるものではない。そもそも、とある歌の替え歌であるからしてCDなど出ているはずもない。

かつて、とある女児向けアイドルアニメのオープニングだったその曲はある日、一つの替え歌となってネット上に出回った。無駄にイイ声で歌われるそれは瞬く間にネット上で話題となり人気を博し、元の曲への風評被害というジョークまで作られるほど。

だが何よりもその曲を特徴付けるもの。それはその曲が、ウホッ♂なイメージに満ち満ちているということだ。その名は、「○○○○○(大人の事情で完全伏字)」

 

『それではご紹介しましょう! 当競技場伝説のファイター! 蛇駆・欧です!!』

 

 その紹介と共に現れた男の姿に一夏は思わず頬を引き攣らせた。初戦のムター同様に一夏より一回りは大きな体格。隆々とした筋肉はムターのもののように飾っているだけのようなものではなく、実用性を以って鍛えられた良質なものだ。それだけでも相手の男、蛇駆が優れたファイターだと分かる。

だが問題はその恰好。何しろ肌色面積がやたら多い。身に着けているものと言えば、ピッチリと彼の股間部を覆う赤いブーメランパンツと、まるでバケツのような形をした、ロボットの頭にも見えるマスクだかヘルメットだか分からないものだけ。はっきり言って、怪しさ全開である。

蛇駆はリングに上がると一夏と真っ向向かい合う。なんというか、ふざけた格好をしているのに立ち居振る舞いがやたらしっかりしているのが癪に障った。とは言え、ふざけた格好云々については一夏も人のことを言えた立場ではないのはここだけの話である。

 

「ようやくか。この私が出るに相応しい戦士の登場……。遅かったじゃないか」

「あんたは……」

「蛇駆・欧。しがないファイターであり、君の挑戦者。そして私の目的はただ一つ」

「……それは?」

「君のニクマクだ」

「ひぅっ!?」

 

 かつてない程の悪寒が一夏の背筋を走り抜ける。入場の曲、恰好、何となくだが嫌な想像はあった。だが、これで確信した。こいつ、真正だと。

 

「私が勝った暁には君をハメさせてもらう」

 

 一歩、一夏に歩み寄る。一夏は一歩後ずさる。

 

「じっくりハメさせてくれ」

「や、やだ」

「ずっぽりハメさせてくれ」

「こ、断る」

「やらしくハメさせてくれ」

「断固拒否する!」

 

 この時、一夏はこの日一番の固い決心をした。何が何でもこの勝負は勝たねばならない。もう賞金だとかそんなのはどうでも良い。それ以上に負けられない理由ができた。あいにくと自分はノーマルであり、この年で痔になどなりたくはない。

織斑一夏十五歳、真夏の夜の××(自主規制)になるのを避けるための決死の勝負が膜……ではなく幕を開けた。

 

 

 

(後半へ続く)

 

 

 




 冒頭にも書きましたように、反省はしています。けど後悔は微塵もありません。
というより、前々よりネタ回の一つとして書きたかった話でもあるので、むしろようやく書けたことが嬉しかったりします。当初の想定以上に量が増えていますが。

 今回使用したネタに関しては割と有名どころを持ってきているので結構な数の読者様方が分かるのではと思っています。強いて言うなら、一夏の入場時のセルフBGMが三人ほどのネタを一纏めにしている分、ちょっと分かりにくかったり、あるいは一夏のリング状での匿名でしょうか。リングネームの方は、一夏くんの中の人を考えれば分かると思います。
 他にも、今回登場した地下格闘は某格闘漫画で主人公が師匠に連れられて行った場所をイメージしていたりします。(ヒント:サンデー)
重ねて、一夏の初戦の相手の名前にも元ネタというかモデルというか、そんなのがあります。一応実在の人物なので詳細はあまり言いませんが、気づく人は案外気付くのではと思っていたり。

 で、最後。うん、正直に言おう。これがやりたかっただけなんだ。
多分、ISの二次創作なんてものを読んでる人だったら高確率で分かるのではと勝手に思っていたりします。名前だってそのまま漢字にしたようなものだし……
えぇ、改めて言いましょう。反省はしてる、けど後悔はしていない。

 ひとまず今回はここまでで。また次回の更新の折に。
さて、迫る脅威に一夏はどう立ち向かうのか。編み出したのは、相手とは真逆の思考法……それは一体!?




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第五十話:夏休み小話集10 修行4

 いつの間にか夏休み編も10話目に突入ですよ。まさかこんなになるとは思ってもいなかった……

 さて、今回は前回の続きです。
謎のゲイヴ……ゲフゲフ、もとい謎のファイターとの試合でお送り致します。
なお、本文最初の数行が汚らしいことこの上ないので見たくない方はスルー推奨です。
ご覧になられてしまった場合は、どうか寛大なお心でお許し下さい。

 今回もネタにまみれている運営にイエローカード出されやしないかビクビクな内容ですが、とりあえずどうぞ。


前回のあらすじ(ぶっちゃけ読まずに下スクロール推奨、マジで)

 

 

 或る真夏の昼下がり、田所は密かに思いを寄せる後輩織斑を自宅へと招待する。

用意していた完璧な計画を実行するために……。

 しかしその道中、新宿の街角でフリーター織斑はホモビデオのスカウトマン小林に呼び止められ戸惑いながらも出演に応じる。

しかし小林たちの強引なやり方に、織斑の怒りは抑えきれなくなる。

 撮影所を抜け出して家路へ向かう織斑たち。疲れからか不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。

全ての責任を負った織斑に対し、車の主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは……。

 

 

 

 

???「リ・コントラクト・ユニバース!!!」

???「我はこのあらすじを書き換えたのだ」

 

 

 

 前回のあらすじ

 

 師匠に連れられ腕試しと小遣い稼ぎを兼ねてアングラな地下格闘場に出場した一夏。

若い身である彼を案ずる胴元の心配も余所に、師である宗一郎の見立て通りに一夏は順調に勝ちを進めていく。

そこへ現れる一人のファイター、蛇駆・欧。アッー!チの方面に真正である彼に敗れれば一夏の安全は色々な意味で保証できない。

 若くして痔にならないため、そして踏み入れてはいけない(薔薇の)輝きの向こう側に行かないための負けられない戦いが始まるのであった……。

 

 

 

「夏休み修行編 5th ~我思う(コギト)ゆえに百合あり(ユリゴスム)~」

 

 

「……」

「……」

 

 試合開始を告げるゴングが鳴り響いても向かい合う二人がすぐにぶつかり合うことは無かった。

互いに構えを取りつつも、ジリジリと円を描くようにゆっくりと動き、互いの出方を探る。技量がどれほどのものかは知らない。しかし、蛇駆の体は相応に眼力を養った一夏の目から見ても純粋に見事と、戦いのために研ぎ澄まされたものであると認めざるを得ないものである。

 

「一つ、聞いても?」

「何かね?」

 

 依然続くにらみ合いの状態、しかし会話をする余裕くらいはある。よって今のうちに一夏は聞いておきたいことを確認した。

 

「その恰好、まぁ上を脱いでいるのは格闘技なら自然だから良いとして、下のチョイスはもうちょっとどうにかならないのかよ」

 

 改めて言うが、蛇駆の恰好は首から上を覆うバケツのようなマスクを除けばピッチピチの赤いブーメラン一丁である。あまり詳細な表現はしたくは無いが、その特性上どうしてもごく一部分がやたらに強調されてしまう。正直言って、一夏にとっては目の毒以外の何物でもなかった。どうせ見るなら美少女の脚線美の方が良い。織斑一夏、彼は太ももフェチなのだから。

 

「なるほど。確かに君がそう尋ねるのも致し方なし、か……。が、敢えて言わせてもらおう。我が家は代々、戦いの時はピッチリブーメラン派だ」

「テメェは一体どこの将軍だよぉおおおおおおおおおお!!?」

 

 渾身のツッコミである。とは言え、一応は恰好の理由も分かるには分かった。後はただ倒すだけだ。

 

(先手必勝だ)

 

 動き出した、そう観客が認識した時には既に一夏は蛇駆の懐に潜り込んでいた。一夏の身体能力、その中でも特に高いのが下半身による脚力だ。おおよそ全ての武術というものにおいて下半身が持つ重要性は非常に大きい。

そのため、日頃の基礎トレーニングにおいても一夏は下半身を重点的に鍛えており、その脚力は動き出しから瞬時に最高速に達する敏捷性を齎している。

 

「シッ」

 

 鋭く呼気を吐き出すと共に、震脚を聞かせた正拳を蛇駆の腹に叩き込む。素人が見ても明らかなクリーンヒット、そして一夏にとっても相手が難敵ゆえに自然とモチベーションが上がった状態の理想的な一打であった。

 

(手応えあ――)

 

 反射的にその場から飛び退く。直後、一夏が居た場所を蛇区の両腕が通り抜けた。

 

「マジかよ……」

 

 予想外の結果に思わず苦笑いがこぼれる。クリーンヒットした一撃、間違いなくこの日に幾度と無く行った試合の中でも特に良いと言える一発であり、これまでリングで屠ってきた相手はたとえ万全の状態だったとしても、そこから一発で倒せていたと言える一撃だった。

だが蛇駆はそれを耐えきったばかりか瞬時に反撃に転じてきた。その事実に一夏の中での警戒のレベルが更に跳ね上がる。同時に、蛇駆の入場時の司会の言葉も尤もだと実感する。この試合がどのようなものになるかは定かではないが、間違いなく相手はこの日一番の使い手、それも今までの相手とは明らかに格が違うレベルだ。下手を打てば、こちらがやられかねない。

 

「出だしの動き、放った一撃、そして私の反撃に対する反応、どれを取っても申し分なし。見事だ少年。私個人の性癖とは関係なしに、純粋に一人のファイターとして賛辞を贈ろう」

「そりゃどうも。ならこのまま勝たせてもらうぞ」

「そう恐れることは無い。安心したまえ、最初は少し傷むがすぐに良くなる……」

「良くねぇよふざんけんなマジで。オレは普通だ至って健全だ。どうせ襲われるなら可愛い女の子の方が良い。もっと具体的に言えば日頃艦隊指揮に勤しむオレに想いを募らせた羽黒ちゃんが意を決して酒が入った状態でオレに決死の夜戦を仕掛けてきて、そのまま夜のエクシーズ召喚するとかそういうのが良い!」

「ふっ、若さに溢れた良い情熱だ。ならば、強引にでもその向きを変えるまで!」

 

 今度は蛇駆が仕掛ける。一夏へ向けて駆け、間合いに捉えると同時に両腕を用いての連打を繰り出す。耐久力だけでなく腕前も一夏の見立て通りにレベルの高いものだったが、それでも対処はまだ容易いものでしかない。中国拳法における化勁の要領で繰り出される打撃を捌き、隙を見ては反撃の一撃を加えていく。

 

(やはり根本的な実力と言う点ではオレの方が上。焦ることは無い、落ち着いて対処すれば問題は無い)

 

 これまでの相手に比べればレベルは高いものの、それでも一夏と比べればまだ低い。よほどのことが無ければ勝機は十分にあるというのが一夏の出した結論だ。

 

(ならばっ)

 

 懐に潜り込んでの肘の一撃で一度蛇駆を後退させる。すぐに向かって来ようとするが、その僅かな時間でも一夏には十分すぎる隙だった。

 

「ふぅー」

 

 静かに息を吐き出すと共に展開していた制空圏が一気に縮まり、薄皮一枚レベルで総身を纏う。より最小限の動きで相手の攻撃を捌きロスを少なくする技法、師より秘伝の一つとして伝えられた奥義だ。

そしてその真価はそれに留まらない。水底のごとき静寂を湛えた一夏の双眸が蛇駆の視線と重なる。この技の神髄は流れを制すること。それは視線を通して相手の意思すらも読み取り、その流れへの同調から最終的には己の流れへと巻き込むことにある。

これはその第一の段階と言うべきだろう。マスクに開けられた視界を得るための二つの穴、そこより覗く蛇駆の瞳を視線で射抜いた一夏はその心を読み取った。

 

『自主規制自主規制自主規制自主規制※お見せできません』

「はぁん!?」

 

 例え文章でも表現することが憚られるようなあんまりにも酷い内容に一夏は思わず素っ頓狂な声を挙げながら後ずさる。それは彼にとっては完全な不覚、明らかにしてしまった隙でもあった。

 

「ふんっ!」

 

 気合いの込められた蛇駆の拳が迫る。それを天性のものと修練によって鍛えられた並外れた反応で捌くも、明らかに先ほどまでと比べて精彩を欠いたものだった。

 

「察するに、私の意思でも読んだかね? 興味深い技法だが、しかし我ながら驚きだ。あくまで私は私自身に忠実なだけのつもりだったが、それが功を奏するとは」

「あぁ、我ながら不覚を取ったね」

 

 感心するような蛇駆の言葉に一夏は軽口で返すも、表情は苦いものを隠し切れないものだった。先の蛇駆の言葉、間違いなく一夏のやろうとしたことを察知していた。それが直感によるものか理屈によるものかは定かではないが、あの一瞬で看破した眼力、そして理解した洞察力は本物だろう。フィジカル、技量に加えて頭も切れる。増々以って厄介だ。

 

「しかし、分かってはいたことだがやはり私では君の技量を上回ることはできないようだ。となると後は心の持ち様次第。この昂ぶり、久方ぶりだ――!」

「っ!?」

 

 突如として蛇駆の放つ気が爆発的に増大する。それを見た瞬間、考えるよりも早く一夏は理解した。一見すれば性癖こそあれだが理知的、落ち着き払った言動だが、戦いにおける本質はそれとは逆。一夏が知る中で良い例は箒や鈴のソレと同じ、爆発する動の気だ。

 

「はぁっ!」

 

 勢いと重さを増した拳打が襲い掛かる。先ほどまでよりは捌く難度は上がったものの、それでも対処できないレベルではない。だが徐々に、ほんの少しずつではあるが自身の守りが押されつつあるのを一夏は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

「早い話、心技体における心が強いということだ」

「心、ですか」

 

 依然平坦な眼差しで弟子の戦いを見つめる宗一郎に、隣に座る胴元が聞き返す。

 

「その気色はだいぶ異彩なものだが、あの蛇駆という男の拳に乗せられた念は中々のものだ。目には見えぬ、しかし拳を通して伝わる重さは確実に相手を押し込んでいく」

「して、その対処はどのように?」

「まず一番簡単なのはその念すら跳ね除ける圧倒的な力で以て強引に押し切るというものだ。最近知った言い回しだが、『レベルを上げて物理で殴れば良い』と言うのか? 隔絶し過ぎた力量の前には念の強さが為し得ることはたかが知れている。よしんば何かしらの働きをしたとしても、それは偶然、あるいは僅かな積み重ねが幾重にも成った結果だ」

「しかしその口ぶりですと、今の彼には難しいと?」

「身内贔屓を抜きにしても、我が弟子は才に恵まれている。このまま研鑽を続ければ、そう遠くない内にそれができる域には達するだろう。が、今はまだだ。まぁアレもまだまだ修行中の身だからな。仕方ないと割り切るにしても、責めはしないでおくとしよう」

「ちなみに海堂さん、貴方ならば――」

「余裕だ。決まりきっている。さて、力ずくが通じないとなれば後は自ずと絞られる。同じやり方で、念の強さを以って抗い打ち破る、それだけだ。そして我が弟子ならばそちらの方法で十分に相手を御せるだろう。だが――」

 

 そこで宗一郎は僅かに目を細めて蛇駆を見る。

 

「あの蛇駆という男の念、あまり俺も口に出したくはないから適当な言葉にするが、少々、いやかなり特殊だ。あのバカ弟子も流石にあんなものには慣れていないからな。ある意味で邪念と呼べる奴の念、気にどうにも圧されていると見える」

 

 これは思わぬ形での修行となりそうだと、宗一郎は口に出さずに思う。さて、手塩にかけた弟子は一体どのようにしてこの窮地を打破するのか。宗一郎はどこか面白げに戦いの行く末を見守ることにした。

 

 

 

(なんて、やりにくい……!)

 

 拳と共に迫る蛇駆の念、あるいは気迫とでも言うべきか。できればあまり関わり合いになりたくないのにやたら強さがこもっているのだから始末に負えない。

倒す、その一念の下にこちらも拳を繰り出すも、蛇駆の放つ邪念はその異形さを以って一夏の拳から強さというものを減ずる。念の強さ云々以前の問題だ。まずはその邪さに抗う術を見つけなくてはいけない。

 

「ぬんっ!!」

「ぐぅっ!!」

 

 一際重い一撃が放たれる。交差した腕で防ぐも一夏は大きく後退を余儀なくされる。そしてそれ以上に、イメージしたくもない薔薇に彩られたむさ苦しい光景が脳裏をよぎりかける。

 

(ダメなのか……!)

 

 己の内を侵食するような邪念に一夏の思考の片隅に一欠片の諦めが浮かぶ。このまま、この邪念に抗いきれずに敗れてしまう(ついでに《自主規制》される)のが自分の末路なのか。

 

(無念っ……)

 

 もはやこれまでかと膝が折れかける。直後――

 

 パァンッ

 

 実際にされたわけではない。だが、頬に鋭い平手打ちを受けたようなイメージが脳裏に浮かぶ。

思わず見上げる一夏の眼前には、先ほどまで戦っていたリングではない。まるでどこかの学校の屋上のような光景が広がっていた。そして、目の前には張り手を見舞っただろう右手を振りぬいたままの、長い髪の少女の姿がある。

 

『あなたは、最低ですっ!』

 

 まるで同級生の簪によく似た声が一夏を叱咤する。その姿に一夏は思わず声を漏らす。

 

「ウミ、ちゃん……」

 

 見間違えるはずもない。ス○フェスで覚醒SR以上オンリー艦隊まで作っているのだ。

それだけではない。自身のイメージが齎す幻聴か、あるいは本当に聞こえているのか。「ミトメラレナイワァ」とか「ダレカタスケテー」だとか、「オコトワリシマァス」なんてのも聞こえてくる。

 

「……」

 

 思わず茫然自失する一夏。気が付けば目の前の光景は別の物に切り替わっている。

ステージの裏側と言うべきなのだろうか。これから舞台に解き放たれる少女たちが、その絆を示すように手を握り合っている。

 

『俺は忘れないからな。ずっと、このステージを』

 

 始まりから彼女たちを見守り続けてきた青年の声が背後から響く。そう、飛び立つのだ。これから彼女たちは、ステージという輝きの向こう側へ。

 

「そうか……」

 

 そこで一夏はようやく悟る。理解してしまえば簡単なことだ。要するに相性の問題。相手が、蛇駆が放つ念が"男"という一色で染め上げられてそれが一夏の念を蝕む。ならば自分はその真逆で挑めばいい。火に挑むなら水で、エスパーなら悪、ドラゴンには妖精、電気には地面だ。なお草結びは勘弁な模様。

 

「見えた、勝利のイマジネーション!」

 

 そして視界が晴れる。

 

「これで!」

 

 一際強く念を込められた拳が一夏に迫る。だが、それが一夏の体を打つことは無かった。

 

「なんと……」

 

 零れた蛇駆の呟きには隠し切れない驚愕が含まれている。その眼前には突き出された一夏の左腕があり、蛇駆の渾身の一撃はその手によって真正面から掴まれ、ピタリと宙で止められていた。

 

「さぁ、終わらないパーティを始めよう」

 

 静かに告げる一夏。その目を見た蛇駆は確かに感じ取った。蛇駆の思念を占める男一色、それに対抗するかのように真逆の、少女達で彩られる一夏の念を。

 

「ぬっ!?」

 

 唐突に掴まれていた拳が弾かれ蛇駆の体が僅かに仰け反る。次の瞬間には既に一夏は全ての体勢を整えていた。

 

「かしこい!」

 

 右アッパーが蛇駆に迫り、なんとか防いだ腕に強い痛みを与えてくる。

 

「かわいい!」

 

 だが防いだ直後には既に放たれていた左拳が蛇駆の胴に突き刺さる。

 

「エ○ーチカァ!!」

 

 僅かに蛇駆がよろめいた次の瞬間、今度は右の拳が蛇駆の腹部に叩き込まれた。

 

「ぐ、ぉおおお!!」

 

 今まで耐えきってきたはずの一夏の拳、しかし今しがた叩き込まれたのは先ほどまでとは比べ物にならないダメージを伝えてくる。

 

「ハァラッショーーー!!」

 

 一瞬にして蛇駆の横まで回り込んだ一夏が裏拳を首へと叩き込む。鍛えられた筋肉に覆われた首は何とか大けがとなるのを防いだものの、受けたダメージは決して軽いものではなかった。

 

「まだっまだぁっ!」

 

 捉えた好機、それを逃すほど一夏も愚鈍ではない。流れはこちらに乗りつつある。であれば一気に畳みかけるのみだ。

 

「マキちゃん! 可愛い! かきくけこ! かーらーのー、スピリチュアル! ラブニコッ! ラブアローシュート!」

 

 何を言っているのかさっぱり分からないと思うが、極めて単純に言ってしまえば言葉の勢いに乗せてラッシュを仕掛けている。それだけである。しかしただのラッシュと侮るなかれ。

元より念の強さという点では一夏は蛇駆と互角、あるいは上回ることも可能だった。しかしそれが蛇駆の邪念の特異性により本来の力を削がれていた。それが先ほどまでの不利の原因だ。

だが今、その不利は既に覆された。蛇駆の性癖による彼の念、それとは真逆のもので己を染めることにより一夏は邪念の侵食を跳ね除け、純粋な力比べ、技比べに持ち込んでいた。そしてこうなれば一夏のステージというわけである。

 

(ニコマキ、リンパナ、ノゾエリ、ウミエリ、ホノエリ、ユキアリ、ホノツバ、ホノコト、ホノウミ、ホノコトウミ……ハルチハ、ヤヨイオ、タカヒビ、ユキマコ、マコミキ、アミマミ、ピヨピヨ……)

 

 あるいは一夏以上にもうどうしようもない数馬ならより純度の高い念を作れただろう。だが今の一夏は数馬ほどにはいかない。だがそれでも、イメージできる全てを総動員して何よりもイメージする強さで補う。

何もないのどかな田舎の、のんのんできる日々の日和を。流暢な英語が混じる金色のモザイクで彩られた光景を。レンガの街並みの中でコーヒーの香りと共に沸き立つこころぴょんぴょんを!

 

「ぬ、ぬぅううう……」

 

 今度は蛇駆が押される側に回っていた。自身の念によるプレッシャーが通じなくなった以上、勝負は完全なガチンコにもつれ込む。そうなれば、地力で上回る一夏の優位になるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「だが負けられん、我が望みの成就のため……、何よりも! 一人の戦士として!」

 

 ここへ来て更に蛇駆の闘気が高まる。自身を鼓舞する雄叫びと共に増大する気は、相対する一夏に蛇駆の背後に守護霊のごとく顕現する彼の想念を幻視させる。

テコズッテイルヨウダナ、シリヲカソウ……、イイゾォ、サエテキタ……、アタラシイ、ヒカレルナ……、シゲキテキニヤロウゼ、ナカマハズレハヨクナイナァ、オレニモイレテクレナイト……、スキニハメ、リフジンニイク。ソレガワタシダ……。

 少し前までの一夏ならばこの気迫に呑まれていたかもしれない。だがそうはならない。何故ならば彼にもあるからだ。眼前の敵の邪念に対抗でき、彼の背中を押してくれるものが。

 

「砲雷撃戦、用意ッ……!」

 

 両の腕に気血を送り込む。人生の多くを費やしてきた鍛錬によって鍛え上げられた彼の五体は剣と同様に彼にとって強く信頼をおける武器だ。今この瞬間、二本の腕は敵の想念ごと守りを打ち抜く砲と化す。爆発するような蛇駆の気に対し一夏が纏うは対極の静。しかし際限なく内へと凝縮していく様はさながら光すら飲み込む暗黒天体(ブラックホール)、否応なしに内へと引きずり込む気迫が周囲を歪ませ存在感を顕著にする。

静と動、まるで真逆の存在なれど行き着く先が同じようなものであるのは武術の妙と言うべきだろうか。蛇駆は見た。対戦相手の少年、その纏う極限に凝縮された闘気が周囲を歪ませ幻視させる戦場の女神たちを。

バーニングラァーブ!、ハルナ、ゼンリョクデマイリマス!、ビッグ7ノチカラ、アナドルナヨ、ココハユズレマセン、センジョウガ、ショウリガワタシヲヨンデイルワ!、ゴバイノアイテダッテ……ササエテミセマス!、ギッタギタニシテアゲマショウカネ!、アメハイツカヤムサ、キューソクセンコー、シャキーン、アイハ、シズマナイ!

 

「叩きのめせ……! "百合の白銀(リリー プラチナ)"ッッ!!!」

「私の"薔薇の塔(タワー オブ ローズ)"には、あらゆる強敵に立ち向かう覚悟があるッッ!!」

 

 もはや小細工など不要、どちらかが倒れるその時まで渾身の拳打を叩き込み続けるだけだ。

 

「百合百合百合百合百合百合百合百合百合ィィッッ!!!」

「薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇ァァッッ!!!」

 

 互いに猛スピードで放つ拳打の連撃は時に真正面からぶつかり合い、時に競り合うことで軌道が逸らされ、しかしそれでもいくつかは相手に当たりダメージを蓄積させていく。あるいはこのまま続くのではと思われる拳の応酬、観客のボルテージも最高緒に達している。だがそれも永遠には続かない。終わりの時は――やってきた。

 

「かぁっ!!」

 

 敢えて次への繋がりを捨ててより深く叩き込まんと押し込まれた一夏の右拳が蛇駆の胴の中心を打つ。もはや守りなど殆ど捨てている状態にその一撃は響き、蛇駆の体を大きくよろめかせこれまでで一番の隙を作る。

 

「終わりだ……!」

 

 構えた両腕に気を集中させる。ただ押し固めただけではない。既に火は通った。ただ打ち貫くだけではなく、その炸裂を以って更なる威力の向上を狙う。

戦いの終盤にして華、夜戦においてまさに放たれるその瞬間を待つ53cm艦首酸素魚雷だ。放つイメージはシャッ、シャッ、シャッ、ドーンのタイミング。FCSがロックを定めるように一夏は自身の内で放つ最高のタイミングを狙い、脳裏で全てが噛み合った瞬間にがら空きの蛇駆の胴めがけて一気に両拳を叩き込んだ。

 

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 苦悶の呻きが蛇駆の声帯を震わせる。もはや防御は間に合わないと判断した蛇駆は全霊を以って耐えきることを選んだ。力を籠め守りの状態に移行する蛇駆の胴。だが一夏の拳が直撃した瞬間、全てが瓦解した。鉄壁とすべく送り込まれた気血が絶たれ無防備な肉へと変容していく。自身の意思を無視して崩れていく守り、それを為した一夏の技に蛇駆は何もかもが思考から吹き飛び、ただ賛辞の念だけが湧き上がった。

 

「み、ごと……」

 

 最後の力を振り絞ってどうしても伝えたかった一言を発すると、蛇駆の体は遂に崩れ落ちリングに倒れ込んだ。

 

「あぁ。あんたも、大したもんだったよ」

 

 色々と受け入れられない部分はあるものの、終わってみれば不思議と気分はすっきりとしており蛇駆への嫌悪感も左程のものではなくなっていた。それ以上に彼の胸にあったのは、一人の強敵、自身の武の更なる糧となった勇猛な(オトコ)への敬意だった。

司会が興奮覚めぬままに一夏もといリングネーム・セイヤの勝利を告げる中、一夏は倒れ伏す蛇駆に深く頭を下げる。それを以って、一夏と蛇駆の戦いは決着を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

「……なんぞこれ」

 

 全てを見届けた宗一郎は思わず呆けた声で呟いていた。弟子が勝ったことは良い、一つの成長を見せたことも予想外だったためにむしろ更に良い。良いのだが、それでも何とも言えない心境が宗一郎の胸中にはあった。割と真面目に彼は反応に困っていたのだ。

 

「……まぁ、良いか」

 

 出した結論は明後日の彼方へぶん投げるというものだった。些か理解が及ばない部分もあるものの、それが弟子の向上に繋がっているなら咎める必要も無い。もしも良くないと判断すれば、その時に諌めれば良いだけだ。

 

「潮時だな。すまんがここまでだ」

「承知しました」

 

 隣に座る胴元に今日の一夏の出番は終わりだと言外に告げ、胴元もすぐに察して素直に従う。

 

「しかし、よもや教えてもいないのにあそこまでやるとはな」

 

 どこか面白そうな含みのある声で呟く。最後に一夏が蛇駆へ叩き込み、トドメとした技。あれは本来一夏に伝授する予定だった技の一つであり、少なくとも宗一郎の記憶に照らし合わせれば一夏は知らないはずの守り破りの一撃だ。だがそれを一夏は、宗一郎の目からすればまだまだ甘いがやってのけた。

あの蛇駆という男は耐久力など守りは中々にレベルの高いものだったため、それを貫くために即興でやったのだろうが、即興でその発想に至ったということは無視できない。あるいはそれも一夏の才ということになるのだろうか。いずれにせよ、できる以上は物にさせてやるのが師の務め。後で細かく教えてやらねばなと宗一郎は弟子の修行プランに追加をする。

 

「さて、今度は俺も一仕事というわけか」

 

 誰にも聞こえない小さな声で呟く。どこか気だるげな言い方ではあるが、その目は見る者全てが竦みそうな程に鋭い光を放っていた。

 

 

 

 

 

 蛇駆との試合のあと、司会によってそれが最後の試合であることを知った一夏は胴元の案内で再び身支度を整えた。軽く汗を流して元の服に着替えると胴元に案内されたのはVIP用と思しきボックスの観戦スペースだった。

 

「あの、師匠はどこに?」

 

 サービスとして差し出されたドリンクを受け取りながら一夏は胴元に尋ねる。

 

「海堂さんでしたら、野暮用があるとのことで少々外に出ていますよ。まぁそんなに時間も掛からないだろうとは思いますので、ゆっくり観戦でもしてて待っていて下さい。私は運営もありますので席を外しますが、何か御用がありましたら近くの者に申し付けてください」

「あ、はい」

「それでは私はこれで。どうもお疲れ様でした。もしよろしければまた次の機会にもご参加下さい。良い盛り上がりでしたからね。歓迎しますよ」

「えぇ、その時はまた」

 

 会釈をして立ち去る胴元に一夏も軽く頭を下げて返す。それからしばらく他の試合を眺めている内に宗一郎が戻り、程なくして二人は再び車で帰路に着いていた。

 

 

 

「どうだった、一夏。中々面白かっただろう?」

「そうですね。はい、良い経験でしたよ。特に最後のは、もういっぺんってのは遠慮したいですけどね」

「そこは俺も同感だな。さて、良い経験結構。ならば次にすることは決まっている。鉄は冷めぬ打ちに叩けと言う。戻ったらこのおさらいも兼ねてまたみっちりやるぞ。もう日もそんなには残っていないことだしな」

「うす!」

 

 

 

 

 

 そして既に日も回ったその早朝、当局の者により日本で麻薬頒布を目的としているとされていた国外マフィアの構成員が取引現場とみられる場所で軒並み死体となって発見された。誰もがまるで内部から破壊されたかのような奇怪な最期を迎えていたその事実は世に報じられることなく、日が差すと同時に生まれる影、それよりなお深い闇へと人知れず葬られた。

そしてその場所は、一夏が地下格闘を行った会場の比較的近くでもあったのだが、そのことに関連性を見出せる者は誰一人として存在はしなかった。唯一、それを仕向けた魔女を除いては。

 

 

 更に時は進み、一夏のこの夏休みの修行も大詰めを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 前回の後書きにも書いたような気がしますが、ネタ回として書きたかった内容ですのでちょっとやり過ぎたかなぁと反省はしていますが、後悔はしていませんしぶっちゃけ書いてて楽しかったです。
 執筆に取り掛かってから結構スイスイ進みましたし、やっぱり楽しみながら書くというのは大事な要素だなと改めて感じました。

 今回もネタを盛り込みましたが、出所は結構絞ったつもりです。
どれも割と旬かつメジャーなものなので察しがつく方も多いのではないかと思います。ですので感想などでそういうネタについて「ここってあれだよねー」などと気付いたという反応を頂けますと大変に嬉しく思います。
 一夏の技についても、技名の明言こそしませんでしたが出所はありますので、気づいた方は遠慮なくどうぞ。
 なお、今現在の一夏くんはまだまだライトな方であくまで「あのキャラ可愛いなー」程度のものなのでご理解をば。


 ひとまず今回はここまでです。
次回あたりちょっとマジな感じでやって、夏休み編の締めとしたいと考えています。
そうしたらいよいよ五巻への突入ですね。この五巻、あるいは五巻終了のあたりから物語が動かせたらと考えています。
 それではまた次回の更新の折に。


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第五十一話:夏休み小話集11 修行5

 前回のあとがきで「次で修行編は終わり」と言ったな。あれは嘘だ。
騙して悪いが、予想外に延びそうなんでな。もう一話続く予定だ。
……有言実行できない作者でゴメンナサイ。

 というわけで修行編のクライマックス前半とでも言いましょうか。
前二回がネタに走りまくってふざけ過ぎも良いところだったので今回は終始真面目にやってみました。


「夏休み修行編 final ~選んだ道は~」

 

 今より時を遡ること昔、間違いなく後世においても歴史的一大事と語れるだろうことは間違いなしとされるISの登場よりも更に十年以上は遡っての時だ。

東京郊外に居を構える夫婦に長男が誕生した。夫婦の家は巨大企業の創始者一族などというわけでもないため、世間一般での知名度こそ薄いものの官僚社会などの国家の実務に携わる業界では重要なポストに就く者を何人も輩出し、時には政界に馳せ参ずる者もいる間違いなく名家と言って良い家格だ。

そんな家に生まれ、ましてや父は若くして出世街道まっしぐらの花形エリートの典型とも言うべき人物であったため、生まれた長男もさぞやという水面下での期待が多々あったのは必然というべきだっただろう。

 

しかし、そんな周囲の期待とは裏腹に成長していき少年と呼べる年頃になった少年が見せた能力は決して突出したものではなかった。

まるで無能というわけではない。むしろ大多数と比較すれば十分に良いと言える方だ。怪我や疾病とは無縁、気性も落ち着いたものであり学業も突出しているというわけでは無いが十分良しと言える。しかし少年を見る大人、特に警察官僚という道を選び破格のスピードで昇進、大役を歴任していく彼の父と比べればどうにも見劣ってしまう。それが多くの、特に件の父に取り入ろうとするような者が大多数を占める者達の意見だった。

 そんな少年に人生の転換期が訪れたのは齢を十と少し過ぎた頃だ。健康に過ぎると言っても良いようなくらいに身体的に恵まれて育った少年は、そういう体である故の必然かスポーツなども精力的に行ったが、特に心を惹かれたのが数々の武道だった。

己の五体全てを駆使して、総身に刻みこんだ技で以って相手とぶつかり合い勝利を奪い争う。高度情報化が減速することなく一分一秒の間に進み続け、むしろ頭脳や策謀を競い合うことの多い現代社会においてその逆を地で行くような、人間の、生物のある種プリミティブな姿を進歩と共にぶつけ合う武術というものは少年の魂を一気に奪って行った。そんな少年に父はごく自然な流れで武道を始めれば良いと進め、少年は特に心惹かれた剣の道を志した。

少年の父親は時に"冷徹な機械"とも揶揄されることがあるほどに職務に対して実直に取り組み、その上で常に高い成果を上げてきた。詩情はまるで挟まず、守るべき者は守り助けるべき者は助ける。そして処すべき者は処す。相手が誰であろうと、それこそ学生時代の同期であったり昇進前の上司であろうと関係ない。常に眼前の仕事というものに対して速やかに最善手で処理を行ってきた。そのような人物だからさぞクソ頑固で厳格なのだろうと、おそらく少年の父をまるで知らない者であっても話を聞けばそう思うだろう職務における振る舞いをしている父だが、息子である少年に言わせれば一概にそうでもないというのが事実である。

 厳格、それについては否定はしないと少年は頷くだろう。だが超ド級のクソ頑固なのか、これについてはむしろ否と答える。

確かに厳格だ。求める結果も決して温いものではない。だが無理が過ぎたりするものや何が何でもと強要したりするようなことはしない。勿論、結果を出せば更なる向上を促しもするが、それもやはり無理は言わない。

言い換えれば結果主義者と言えてしまうのだろうが、相応の結果を出しているのであれば大抵のことは容認する、早い話が娯楽に興じようが特段咎めたりしない思考の柔軟性も持ち合わせている。

そして何より、あるいはこれこそが父が息子に与える愛情の表れなのだろう。少年が自らの意思で何かを為そうと思えば、それに最大の成果を出せるようできる助力はきっちり行う。そしてそれは少年が剣の道を志した時にも行われ、それこそが少年にとって人生を大きく動かすものとなった。

 

 キャリアを積み重ねていく過程で少年の父は多くの人物とコネクションを持っていた。

それは少年の父と同じ官僚の世界のみならず政財界を始めとして、学術や芸術など多岐にわたる分野に及んだ。少年が父に弟子入りを勧められた古流の剣術家もそんな父のコネクションの一部だった。

かくして少年は順調且つ健やかだった学生生活の傍らで剣術家としての道を歩み始めたのだが、それは剣から離れた学生生活とは程遠い域にあった。順調、健やか、そう言えるものでは無かったのか? むしろその真逆。順調という言葉すら過小に過ぎるほどに早い成長、そして天才、鬼才、神童、そんな表現すら生温い才覚の発露だった。

 かつて少年を父と比して才で及ばずと評した者たちは、ある意味では正鵠を突いていた。確かに、少年の父が歩んできた道、あるいは活躍をしてきた分野で見れば少年は父には及ばない。仮定として少年が父と同じ道を歩もうとしたとして、学歴という点に関しては一見すれば同等と言えるだろう。しかし、最高学府の域まで行けばその内部での序列では父には及ばないだろうし、更に先の官僚ともなればまず間違いなく父ほどにはなれない。これは何よりも少年自身が物心ついてから否定のしようもないと自認していることだ。

だがそれは少年が才に恵まれていないとイコールなのか? そうではない。仮に人一人が生まれ持つ才というものに総量が存在し、それが様々な分野に振り分けられているとしよう。結論だけを言って、少年の持つ才の総量は父ですら足元に及ばないほどに圧倒的なものだった。そしてその多くは"武"という存在に偏っていた。ただそれだけのことだったのだ。

これを知った時、少年の剣の師である翁は思わず言葉を失った。少年が弟子となってからやや時を置いてから弟子に、つまりは少年の妹弟子となった翁の孫娘、その幼少期に彼は内に秘める莫大な才覚を見て取り、当代でこれほどの才の持ち主はいないと思ったのに、それをあっさりと大きく上回る才の持ち主が現れたのだから。

そして少年は凄まじい速さで成長を遂げていく。一を聞いて十を知るどころではない、まるでそうなるのが当然、既定路線であるかのような、人生も円熟に達し並大抵のことでは動じない翁ですら内心で戦慄を感じずにはいられないほどのものだった。そうして年月が過ぎ、少年から青年となった彼は師から免許皆伝と共にこう言われた。「この先、お前の人生でお前より強い武人はいない。精々が、同格が片手で数える程度いるかどうかだろう」と。

 そして再び年月は経ち、老齢の師が世を去り流派の正当継承者となった彼――海堂宗一郎はかつて師より免許皆伝を授けられてよりおよそ十年の歳月が過ぎた今、自身も弟子を抱える師匠という身分になり、その生涯でも間違いなく重要と言える事柄を決めようとしていた。

 

 夜、宗一郎は広い庭の中央に佇み月を見上げていた。これからどこに出かける用事があるわけでもない、にも関わらず宗一郎はスーツに身を包んでいた。一般的なビジネススーツとは違う、特別に仕立てた彼にとっての仕事用であり、同時に特に心身の引き締まる戦装束の一つでもあった。そしてその手には鞘に収められた刀が二振り、握られている。

 

「師匠、来ました」

 

 母屋の方からやってきたのは胴着に身を包んだ一夏だ。胴着そのものは普段の稽古で着用しているものと変わらない。だがその身に纏う気配はいつも以上に引き締まっている。

一番気合の入る、ついでに動きやすい恰好で外に来い。何となく口数も少ない一日を過ごし、夕食を食べることもなくただ沈黙が大半を占める中で唐突に師より言われた言葉に従ったまで。しかし、言葉を掛けられた時の雰囲気から一夏は何かを感じ取り、それが自然と彼の気をいつも以上に引き締めていた。

 

「変わらんな、月は」

「え?」

 

 隣に立つ弟子を見ないままに宗一郎は語り掛ける。

 

「お前を弟子に迎え入れてもう五年だ。あの時も、夜はこんな風に月が顔を覗かせていた」

「まぁ、満ち欠けを繰り返しているだけですからね」

「お前を弟子にしたのは、篠ノ之の親父殿の頼みだったが、その後どうしている? あれ以来、殆ど連絡が取れていないのでな」

「まぁ、知ってることでしょうけど柳韻先生ンとこの家はちょっと複雑な事情持ちですから。オレも、正確に言えば姉さんですけど。そうですね、オレが師匠に弟子入りしてからか。どんどんコンタクトが取れなくなって言って、今じゃ音信不通状態ですよ。姉さんはどうだか知らないけど、多分同じじゃないですかね」

「そうか。いや、俺も学生時代には剣のことで少々世話になったからな」

「そうだったんですか?」

「あぁ。お前も分かっちゃいるとは思うが、うちの流派は俺やお前くらいしか使い手のいない超ド級の零細流派だ。それは俺が俺の師匠に学んでいた頃も変わらん。篠ノ之の親父殿には、その頃の俺が他流派のやつと交流試合をするのに何かと助けて貰ったというわけだ。その頃には、まさかその教え子の一人を弟子にするとは夢にも思わなかったがな」

「人の縁って本当に不思議ですよねぇ……」

 

 そのまま二人の間にしばし沈黙が流れる。おそらくこれが話の本題というわけではないだろう。だが、話を急くようなことを一夏はしない。本当に大事なことなら師はちゃんと話すだろう。だったらそれまで付き合えばいいだけのことだ。

 

「さっきも言ったが、月は何も変わってはいない。遥か以前から、何もな。だが、人は変わる。俺も、そして一夏。お前もだ」

「そうっすね。えぇ、昔とはだいぶ変わったと思いますよ」

「だが、変化が必ずしも当人にとって良いものとなるとは限らない。あるいは、明確にそうではなくとも、変わらないままの方が良かったのかもしれないと、変わったことは間違いなのかと、あるいはもっと別の変わり方もあったのではと悩むこともあるだろう。俺も、これでも人の子だ死んだ俺の師匠は俺のことを閻魔が鬼を人の姿にして人界に放り込んだなどと失敬極まりないことを言っていたがな」

「はぁ……」

 

 生返事を返すものの、一夏もその宗一郎の師匠という人物が言ったという言葉は存外間違っていないのではと内心ちょっと同意してしまうのだが、言うとろくなことにならなそうだから敢えて黙っておくことにした。

 

「故に、俺も時には人並みに悩むことだってある。あぁそうだ。自分のことを棚上げして、弟子にはそうならぬようにと考えていると自覚したりした時にはな」

「師匠……」

 

 心なしか宗一郎の言葉には僅かだが憤りのようなものが含まれていた。だがそれは一夏に向けられてのものでもなければ、この場には居ない別人へのものでもない。宗一郎、その本人に向けられてのものだった。

 

「これだけは断言できる。一夏、俺はお前という人間にとって間違いなく大きな変化を齎した要因だ。俺の存在が、お前に力を持つという変化を与えた」

「そりゃまぁ、オレの師匠なわけですからねぇ」

「そうだな。だが、ふと俺は自分自身でこんな仮定をしてみた。もしも、お前が俺の弟子にならなければお前はどうなっていたかとな」

「師匠?」

「あるいは、三年前のようなことにもならなかったかもしれん、ともな」

「師匠!」

 

 相手は師だ。だが関係ない。例え師であっても、一夏は声を荒げずにはいられなかった。

 

「勘違いするな。俺は三年前、お前がお前を捕えようとした五人を殺めたことを責めるつもりはない。だが、それは間違いなくお前の人生、その行き先を決めるお前自身の心にある種の楔を打ち込んだだろう。そしてお前がそうしてしまった要因は、まぎれも無く俺の存在だ。俺がお前に技を授けたからこそ、お前はあの選択を選ぶことができてしまい、そして選んでしまった。だからこそ、俺はお前の師としてこれだけは言っておかなければならない」

 

 そこで宗一郎はようやく一夏の方を向く。首を動かしてではなく体ごと向きを変えて。まっすぐに一夏の目を見つめる。

 

 

「すまなかった」

 

 

 予想だしなかった師の詫びの言葉に一夏の目が見開かれる。だが程なくして元の表情に戻ると師の言葉の続きを待つ。

 

「あるいは、お前がただ千冬の助けを待つだけしかできなかったのなら、お前はもっとマシな暮らしをできていたのかもしれんな」

「どう、ですかね。どっちにしろ、姉さんにも重荷を背負わせちまったのは変わらない。どっちにしろ、オレはそのことを悔やんでいたでしょうし、もしかしたらもっと無様にもがいていたかもしれません。大して何ができるってわけでもないのに大口叩いて粋がったりして……。あぁでも、強がりは今もそう変わんないですかね。それに、もしもそのままでISなんて動かしてたら、きっともう酷いくらいにとんだザマになってたと思いますよ。だから、オレは師匠に剣を、武を学んだことは間違いなくオレにとって良かったと思えてます」

「そうか……」

 

 一夏の言葉は嘘偽りの無い本心だ。やはり、弟子に直にそう言われたことは宗一郎にも効いたのだろう。その表情が幾分か柔らかくなる。

 

「そう、ISだ。それは、あるいは三年前のことを帳消しにするほどにお前の人生に強く影響するものになっている。だからこそだ、一夏。今一度、選び直すことができる」

「それは、どういう……」

「お前には俺の全てを伝えると言った。だがそれはあくまで俺の意思。俺が一つの武門の人間として、有り体に言えば欲だよ。自分が培ってきたものを後進に伝えたいという、義務だ何だと飾った独りよがりに過ぎん。だが一夏、お前の意思はまた別だ。俺の意思をお前が受けるか否か。お前が望むならば俺は教えよう。だが望まぬならばそれでも良し、教えをここまでとしても一向に構わん」

「なっ……!?」

 

 それはきっと今まで師に言われた言葉の中で最も衝撃的だったかもしれない。だが、そこで一夏の理性の一端がふと思考を開始する。

何故そんなことをわざわざ言うのか。つまりは自分がこれから先を選ぶかどうかというだけの話。少なくとも今後も学び続けるつもりだ。きっと師匠もそんなことは百も承知だろう。だが、それでも敢えて選択肢を与えてきた。それは、そうするだけの理由があるということだ。

 

「オレがこれから先を望むと望まない、そしてその更に先。それぞれは違うってことですね」

「あぁ」

「それは、具体的はどういう?」

「……あくまでビジョンの一つだ。だが、そうなる可能性が高いとも考えているがな。世界初の男性IS適格者、その肩書は否応なしにお前の将来の方向性を狭めにかかるだろう。どうせお前自身も乗り気なのだろうから、いずれはIS乗りの一端となる。そうだろう?」

 

 宗一郎の確認に一夏は黙って頷く。

 

「この選択は、そうなった時にどうなるかだ。そうだな、先に俺とのこの先を選ばなかった方だ。あぁ、別に俺とお前の縁が切れるわけじゃない。その気があれば剣の相手も付き合ってやるし、お前が俺を師と思い続けても構わん。ただ、もう何も教えることがないだけだ。

だがそうなった時、いずれお前の人生において重要な要素となるIS乗りという点においてお前は、少なくとも他多数と比べて優秀と言われるくらいにはなるだろうさ。だが、そこまでだ。少なくとも一線にいた頃の千冬に追いつけるかどうか、そこでお前は止まるだろう。

だが仮に今後も続けるというならば、断言してやる。一夏、お前を俺と同じ領域まで連れて行ってやる。武の極み、もはや余人とは比べることすら叶わない真の達人の領域、人を超えた超人の域までな。そうなった時、お前は千冬をも超えられるだろう。ましてやIS、ただでさえ属する者が限られるあの世界ならば猶更、並ぶ者無き真の頂点に至ることすら夢ではない」

「けど、それだけじゃあない」

 

 一夏の言葉に宗一郎はそうだと頷く。

 

「なぁ一夏。お前も曲がりなりにも学生だ。今の学び舎に、共に学び切磋琢磨する友も、ライバルも多くいるだろう。時としてそうした関係は長く続くものだ。仮に前者ならば、何も変わらない。お前や、その友やライバル達が世界に飛び立ったとしても、競い合い高めあう関係は何も変わることなく続くだろう。だがな、後者はそうはならないぞ」

 

 言われて一夏が思い出したのは他でもない実姉のことだ。"戦女神(ブリュンヒルデ)"、"世界最強のIS乗り"、彼女を讃える言葉は多くある。だがそれ故に彼女に近しくあろうとする者は殆ど居ない。

身近なところで言えば同じ学園に通う生徒ですら千冬を妄信的に信仰するような者は多くいるのだ。では調べる括りを世界に広げればどうなるか。同じようなものは本当の意味で千冬を理解しようとする者は限りなくゼロに等しい。きっとこの世で千冬を尤も理解しているのは自分、ギリギリ同等かどうかで千冬と互いに親友を自認しあう束くらいのものだろう。次点に来るとして、プライベートでの親交もある箒や鈴、弾や数馬、目の前に立つ師や副担任の真耶あたりだろうか。全く居ないわけではない。だが非常に少ないのも事実だ。そして普段の彼女を取り巻くのは、それら以外の理解のできていない者達だ。

 

「そう、千冬だ。ことISの業界では顕著だろう。あいつは強すぎた。故に、その世界においてある種の孤独に陥った。そして一夏、お前の場合ならばそれは千冬をも超える。この際だからはっきり言っておいておこう。お前が見据え行こうとする道、それはただでさえ着いてこれる者は少ない険しいものだ。その上で何者をも凌駕する力まで持てば、正真正銘お前は頂点ゆえの孤独に至るぞ。従う者、あるいはそれでも追おうとする者はいるだろう。だが、本当の意味で並び立てる者は居なくなる」

「……」

 

 宗一郎の言葉を一夏は黙って聞く。想像はできる。師が描いたビジョン、それが成就すれば……想像はできる。脳裏に浮かぶのは共にIS学園で学ぶ級友たちだ。専用機組みを始めとし、同じ一組に在籍する者達、同学年の別のクラスの者達、はたまた上級生、そしていずれ来るだろう下級生。知る者、知らない者、両方をひっくるめて考えの中に表れていく。

皆、良い仲間だと言える。だがそれ故に確信もできる。良い人物であるが故に、その殆どは一夏が見出した彼自身にとっての大義とは決して相容れることはないだろう。愚鈍な者は一人もいない。理屈の上では一定の理解を示す者はそれなりに居るだろうとは思う。だが納得し、賛同するかと言えばむしろノーだ。特に箒や鈴あたりは「ふざけんな」とどなり声を浴びせてくることは想像に難くない。思わず苦笑をしてしまいそうになるくらいだ。仮に同調してくれる者を挙げるとしたら、数馬くらいなものだろう。弾は、あえて肯定も否定もしない。ただいつも通りに自分と接し、時にはお節介でやり過ぎるなよとやんわり諌めてくるくらいだろうか。

千冬という身近な例を知っていて、そして彼女がそうした状況の只中にいる姿も見たことがあるだけに容易に想像はできてしまう。だが自分の場合はそれをも上回るだろう。

 

 だが――

 

「それでも、オレはこの先を望みます」

 

 今更ここで立ち止まるという選択肢は選べそうにも無かった。

自分で望んだこととはいえ、その果てにある誰にも理解を得られない心の孤独、本音を言えば怖いと思うところもある。だがそれ以上に、進み続けたその先を見たいという想いが強いのだ。

 

「腹は括ってるつもりですよ。オレは、オレがそうすべきだと、正しいと、そう思ったことを通したい。そのためにはオレ自身がもっと高みに行かなくちゃで、それには師匠。師匠の教えが絶対に必要です。それに師匠、オレは師匠を心底尊敬してるんだ。だから、師匠と同じところまで行きたい。勿論、門派の一員としての義務感だとかってのもあるけど、それ以上にオレがそうしたいんですよ」

「……そうか」

 

 あぁ全く、この弟子はつくづく自分に似ていると宗一郎は思わず天を仰ぎたくなるのを抑える。自分もそうだった。自分自身でも途轍もないと自負する速さで実力を付けて、妹弟子が身を置く世の闇というものに彼女よりも早く飛び込んだ。その時に父に問われたのだ。それで良いのかと。

怒鳴りつけて否定もしなかった。父はそういう人間だからだ。何かを為そうとする時、まずその当人の意思こそを重んじる。その上で成果を求める。

 かつての自分のそうだった。背を見てばかりだった父との数少ない面と向かい合った場面の一つ、若気の至りもあったが自分はその問いに応と頷いたのだ。自分にできるからこそ為すべきことを為したいと。

 

「あぁ、一夏。お前の意思は分かった。どうやら、揺らぎも無いようだな」

 

 この弟子も、自分なりに世の中というものを見てその結論に思い至ったのだろう。理解は容易い。自分もまた似たような道のりをたどってきたのだから。そしてその意思が固い以上、もはや自分も考え込むことは不要だ。弟子の先行きのため、師としてできること、すべきことを為すだけだ。

 

「ならばその意思、刀でも示して見せろ」

 

 その時は、今この瞬間からだ。

 

 

 

 唐突に宗一郎は携えていた刀の一振りを一夏に放って渡す。驚きつつも難なく受け取った一夏はそれが普段の稽古でも使用している訓練用の刃引きをした模擬刀であると分かった。

 

「明日には戻るのだ。故に、これが今回の修行の最後となる。一合いだけだ、本気でぶつかって来い。俺もまた、本気で応えよう」

 

 直後、宗一郎の総身から膨大なまでの量、そして途轍もない密度を持った殺気が放出され、その全てが一夏に向けて叩きつけられる。

その衝撃に感覚が一瞬にして麻痺、機能停止を起こしたのか声も出ない、指ひとつ動かすことも叶わない。死を悟るとはこういうことを言うのか、ただただ事実のみが意識に伝わってくる。

弟子入りして五年、ようやく垣間見た師の本気は一夏の想像を遥かに超えるものだった。千冬が本気で激したとしてもこれには及ぶまい。もはや同じ人類なのかと疑うほどに、ただ凄まじいとしか言うことのできない気迫だ。

 

「力は加減してやる。でなければ模擬刀でも殺しかねん。が、それ以外は別だ。一切の容赦はないと思え」

 

 ありがたいのか、それともぶっちゃけ意味が無いのかいまいち分からない気遣いだ。何せこうして身が竦みかけているのだから。

 

「どうした。これで臆するならばお前の望む先へ行くことなど夢のまた夢で終わるぞ。お前が望む域、そこは時として世界すら相手取る領域だ。この俺一人に臆して世界に挑めなどするものか。今この瞬間は何も考えるな、ただ飛び越えろ。そうして降り立った場所こそがお前の望む道だ。例え世界に異端(イレギュラー)と見られようとも余人には及ばぬ絶対にして超越の域だ」

「っ!」

 

 師の言葉に目を醒めさせられたような気がする。そうだ、言われた通りだ。例え絶大な力を持っていようと相手は師という一人の人間。ただ一人の意思に耐え切れずして、この先世界に挑む時が来てその重圧に耐えきれるわけがない。

 

「……っはぁっ!!!」

 

 腹の底から気勢を上げ、一夏もまた総身に気を満ちさせる。それは彼を縛っていた圧力を吹き飛ばし、ようやく五体の制御を取り戻させた。

数歩下がり一夏は手にした刀を鞘より抜くと、鞘を静かに地に置いて八相の構えを取る。宗一郎もまた、半身になり切っ先を向けた刀を目線の高さまで上げて構える。

 

「いざ……」

 

 相手は初めて相手にする本気の師だ。そして打ち合うのはただ一合いのみ。ならば後に続く余力など残すことは不要だ。この一撃に培ってきた全てを、織斑一夏という存在の全てを込める。

全身を躍動させるような爆発的な気が、勢いはそのままに一夏の体より殆ど漏れずに収束されていく。爆発と収束という矛盾を強引に押し通した禁忌の業は、しかしその無茶に相応しい成果を上げて一時的に一夏のポテンシャルを一段階上まで引き上げる。

それは一夏の体だけに留まらない。手にした刀にも一夏の心、気は及び徐々に一体化の様相を呈していく。より深く極めた宗一郎から見ればまだまだ未熟、だが確かに形にはなっている剣の道の深奥を一夏はここに体現していた。

 

「参るっ!!」

「来いっ!!」

 

 一夏が掛けると同時に宗一郎も動き出し、二人の距離は一瞬にして互いに間合いを捉えるところまで縮まり、その頃には両者共に剣を奮いはじめていた。

 

(届かせる――――!!!)

 

 勝ち負けも一夏の思考から吹き飛ぶ。あるのはただ、全霊を込めた一撃を師に届かせるということだけ。結果など意識せずとも勝手についてくる。

力、速さ、技、根幹を為す全てにおいて一夏は宗一郎には及ばない。それでも届かせる。どうすれば良いのか。考えるより先にまるで湧き水のように自然と脳裏にイメージが浮かび上がる。それは機を突くという余りに単純過ぎるものだ。

交差の只中に、どこかに突くことで師に刃を届かせられる機が存在するかもしれない。そこを見つけ出す。できるかどうか分からない、確率があるとしても小数点以下にゼロが幾つも並んでようやく1が出てきた程度の確率かもしれない。だが、やるしかない。

 

 脳の内側が沸騰しているような錯覚さえ覚える。全神経をこの一瞬に集中させる。音は既に意識から遮断された。他の感覚も曖昧になり、遮断される。ついには視界すらも暗くなっていく有り様だ。だがそれに反して一夏の意識はより怜悧になっていく。そして内で刻まれる時が引き伸ばされていく。

分、厘、毛、糸、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠、模糊、逡巡、須臾、瞬息、弾指、刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃清浄、一夏の内で、その魂が時を無限に加速させて広がるのと同時に彼の知覚する時は一瞬にも満たない、言葉で表現することすら叶わない域へと収束されていく。この瞬間、一夏はおおよそ世界の誰と比較しても圧倒できる程に空間というものを支配していた。それは今の彼が余人では及びもつかない程に"時"をモノにしていることに由来する。

少し考えれば分かることだ。同じ時間の流れの中にいるとして、その中の一部を対象とする。その一部の時間をどれだけ詳細に認識できるかという差がどれだけの優位を示すかは想像に難くない。今の一夏は一秒すら彼にとってはそれ以上の長い時間と感じる状態にある。一瞬一瞬が勝負の武の競い合いにおいてそれがどれほど有利に働くか。彼が為した一瞬を意識の内でそれ以上に引き伸ばし留めるという時の戒めは、そのまま相手の動きすら認識の支配下に置く。

 もはや己すらも曖昧な原初の闇の中、極めて微細な一つの光が灯った。次の瞬間には全てが元通りになっていた。五感はいつも通りに機能し、周囲の音を、匂いを、温度を、景色を伝えてくる。意識の中で流れる時間の流れもいつも通りだ。

そして肝心の立ち合いはと言えば、既に終わっていた後だった。目の前にはただ夜の闇が広がるだけで、背後には師の気配がある。一体どのようにしてどうなったのか。本来であればすぐに気になるところだろう。だがそこまで意識を割くことはできなかった。視界が揺れた、それに気付いた時には既に一夏の体は地面に向けて倒れ始め、完全に落ち切るよりも先にその意識は失われていた。

 

 

 

 

 




 割とマジな話、ネタ話書いてる時より筆が進みました。
だって今回の更新分、昨日今日で一気に書き上げたものですし、既に修行編ラストカッコマジも書き始めてるくらいですから。いや、我ながらビックリ。
 ただまぁ、勢い任せが強い分だけ自分でも「いやぶっ飛び過ぎでしょコレ」なんてのもあったりなかったり……
多分この調子で行くとそのうちマジカル剣術やマジカル拳法が跳梁跋扈するようなことになるんじゃないのかなぁって思ったりしてます。それはそれで面白そうだから書きたいですけど。

 さて、今回のお話。え? 師匠とのバトル短いですって?
いや、なんかダラダラ長く書いてもそれはそれでなぁ~って思いまして。敢えてスパッと短く、そこに全力込めたぜ~って感じで書きました。
ちなみに一夏がやった技的なもの、三つくらい重ね掛けしたりしてます。元が何なのか、多分分かる人は分かる。あと師匠でも悩んだのは一夏のことだから。何だかんだで一夏にはかなり甘いのがあの師匠。

 さて、今回はここまでとなります。修行編の本当のラストになる次回は、多分作者が頑張れば早目にお送りできるかもです。
 感想、ご意見はいつでもウェルカム。最近、これまで投稿した話全てにサブタイを付けました。割とネタ寄りなのが多いですが、そちらに関してのご感想も大歓迎です。
 それでは、また次回に。













余談
修行終わっても一夏の夏は終わらない。
まだ胃を締め付け頭と資材を禿げあがらせる「【本土近海邀撃戦】 本土南西諸島近海」ラスダンが待ち受けている。
一夏<死に晒せクソッタレ空母BBA!!!


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第五十二話:夏休み小話集12 修行6

 久方ぶりに早く仕上がりましたよ。なんか筆が乗ったので。
つーわけで今度こそ修行編はお終いです。何だかんだで六話分使いましたわ。まぁでもこんなものかなと思っていたり。

 後書きにて本作の今後の予定について軽く触れますのでよろしくです。


「夏休み修行編 Epilogue ~切り開いていくこれから~」

 

 

 

「んが?」

 

 そんな間抜けな声を漏らしながら目が覚めた。いつの間にか日は高く上っている。目が覚め、体を起こしてキョロキョロと周囲を確認して自分がいる場所が師の母屋の縁側だと一夏は認識する。

 

「起きたか」

「あ、師匠」

 

 いつの間にか背後に宗一郎が立っている。服装も普段着であり、昨夜のスーツは既に片づけてあるのだろう。

 

「とりあえず道場に来い」

 

 それだけ言うと宗一郎は踵を返して一人でさっさと先に向かってしまう。依然として一夏はいまいち状況を飲み込めてはいないが、それでも言われた通りにして師の後を追って道場に向かった。

 

「まぁ座れ。あぁ、胡坐でも良い。楽にしろ」

「はぁ」

 

 何だかんだで固い床の上に正座も正直言って辛いので、素直に甘えて胡坐で座る。宗一郎もまた同じように胡坐で、一夏に向かい合う様にして座った。

 

「さて、結論だけ言おうか。――合格だ。お前の意思、その剣よりしかと伝わった。よってお前の望み通り、今後も俺の技の伝授を続けよう」

「あ、はい」

 

 正直、まだ若干混乱しているところもあるので合格と言われてもただ頷くしかできなかった。

 

「ただし、覚悟はしておけよ? その道、決して生温くはないぞ。あるいは、修羅道の輪廻を彷徨い続けることになる可能性だって大いに在り得る。それは、お前が想像するよりも遥かに険しいものだ」

「確かに、そうかもしれません。正直、自分でもまだ甘いんじゃないかって思うところはあります。けど、それでもオレは――」

「あぁ、分かっている。往くと言うのだろう? ならば止めん。だがな、お前は俺の弟子で、俺はお前の師だ。師は弟子を導くと同時に支えるもの。少なくとも現時点で、今後ともに俺はお前の味方であることは固いわけだ。そこだけは忘れるな」

 

 そう言う宗一郎の表情には確かな暖かみがあった。それを見て一夏の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。

 

「さて、これでこの夏の修行は一段落となったわけだが、少し待て。渡すものがある」

 

 そう言って立ち上がった宗一郎は道場の奥の方、床の間に向けて歩いていく。そこでようやく一夏は気付いたのだが、床の間には普段は置いていない、掛台に置かれた二振りの鞘に込められた日本刀がある。柄や鞘の拵えは見覚えのあるものではない。少なくとも一夏の記憶に照らし合わせれば初めて見るものだ。そしてどちらもほぼ同じ長さを持っている。

掛台に置かれた二振りの内の一振りを手に取ると、宗一郎は再び一夏の下へと戻ってくる。そして手にした刀を一夏に向けて差し出した。

 

「これをお前にやろう。今回の修行、お前は一つ大きな段階を乗り越えた。その証だ」

「……」

 

 先ほどまでの頭の混乱はとうに彼方へと吹き飛んでいた。ゆっくりと宗一郎の手から刀を受け取った一夏はじっとそれを見つめる。依然、刀身は鞘に収まったままだ。だというのに、どうにも異様な気配をこの刀からは感じる。

 

 チャキ――

 

 ゆっくりと鯉口を切って刀身を露わにする。全体像を現した刀身を一夏はじっくりと見る。典型的な打刀、鎬造りで先反り。その反りが浅く切っ先もつまっている。作風としては兼定の系譜が一番近いだろうか。とは言え、兼定の作風も幅が広いために一概には言い切れないが。

しかし有名どころで言えば幕末期の会津(現在の福島県西部から栃木、新潟の一部)における兼定、かの新撰組副長の土方歳三が愛用したとされる和泉守兼定に近い。時節ゆえに実戦に向く質実剛健な刀が好まれたと言う。なるほど、確かにそう見れば刀本来の役割として扱われるのに十分であろう。現代の日本刀、求められる要件として特に比重が大きいだろう美術品としての価値は一夏の目からしても決して高いとは言えない。

だが純粋に武器として見たのであれば、これほどのものはないと言える。何と形容すべきだろうか、あえて言うならば執念。単純に強いという言葉では表現しきれない製作者の念が全体から伝わってくる。"何が何でも斬る"、そんな刀の本質を徹底的に、あるいは魂か人生そのものを込めたと言われても納得できるほどだ。たとえ審美眼をろくに養っていないずぶの素人が見たとしても他の刀とは違うということだけは分かるに違いない。

 改めて刀身をじっくりと見る。刃紋は有名な村正と通じる直刃で樋(刀身の峰の方に掘られた溝)も一本だけ掘られた棒樋と飾り気は皆無だ。「見た目や飾り? それより切れ味だろJK」と言いたげな作者の念はこの辺からも伝わってくる。

そして問題は刃だ。あいにく一夏も人並み以上には刀に関しては見る目を持っていると自負するが、本職の鑑定家などには遠く及ばないだろうし、とにかく色々な点で未熟と言えるところも多いと自負している。だがそれでも断言できるのは、この刃はこれまで見てきた刀の中で最上の物、そして最高の切れ味のものということだ。ただ見ている、それだけで意識が引き込まれそうになる妖しい鈍色の輝きを放っている。

セオリー通りの手順で目釘を抜いて(なかご)を確認する。彫ってあるのは作成した年月日、数年前の日付だけだ。この刀を打った刀匠の名も何も刻まれてはいない。(なかご)を柄に戻して元の体裁を整えると改めて刃を見る。現代の作だというのに博物館で見る室町期や戦国期などから伝わる名刀にも勝るとも劣らない存在感、刃から発せられる噛み砕いて言えば"ヤバさ"、この刀が尋常のものではないことがよく分かる。というか不味い。この刃の吸い込まれそうな妖しさ、意識が引き込まれていくと同時に胸の奥からフツフツと良くない衝動が沸いて――

 

「っはぁっ!?」

 

 慌てて鞘に納める。危ないところだった。若干疲れが残っているのもあったからだろうが、刀を手にしてこんな状態になったのは初めてだ。

 

「師匠、これ何ですか? 作られたのは数年前、現代刀にしてもおかしいっすよ。これ、魔剣だの妖刀だのと謳っても全然通じますよ?」

「だろうなぁ。何せその刀、むしろそういう風に作られた節があるからな」

 

 何てこと無いように宗一郎は顎を撫でながら一夏の言葉に頷く。そして再び立ち上がると奥の床の間に置かれたままのもう一本を手に取り戻ってくる。

 

「俺が今持っている(コイツ)とお前が今持っている(ソイツ)は同じ刀匠の手によるものだ。兄弟刀、真打と影打ち、どちらも違うな。二本とも殆ど同一の物として打たれた。強いて言うならば双子刀とでも言ったところか」

「なるほど。で、こいつは一体どこのどなたがどういう経緯で打った代物なんですか? オレがこんなこと言うのも何か変な感じしますけど、物騒にもほどがありますよ」

「……そいつを打った刀匠はとうに墓の下だ。俺の師匠の代から付き合いがあった偏屈爺そのものな人物だったが、その腕前だけは超一級のものだった。ただ最高の刀を打たんとあらゆる技法を吸収していてな。それができたのも技術が廃れつつある現代故の皮肉か。とにかく、存命の間は美術品として打たせても武器として打たせても並ぶ者無しと言えただろう。もっとも、さっきも言ったようにかなりの偏屈だったから表には全然出やしなかったがな」

「そんな人がいるんですか」

 

 半信半疑な一夏に宗一郎は世の中などそういうものだと言う。表舞台で華々しく活躍などせず知名度などロクにない、それでも一級品の腕前を持つ。そんなのがいるなどさして珍しくも無いと。

 

「この二振りはその刀匠が最後に仕上げた遺作とも言うべき刀だ。見ての通り、銘も無ければ飾りらしい飾り気も無い。ただ斬ることのみを考えた人斬り包丁。何故俺に託そうと思ったのか、真意はあの世に行って直接本人にでも聞かなければ分からんからどう見積もっても数十年は軽くかかる。ただ、己の全てを一念と共に込めたとは言っていたな」

「その一念っていうのが……」

「お前も察しているのだろう? 刀の本質、武器としてのソレだ。その至高を、とな」

「その一つをオレに……」

 

 改めて一夏は手にした刀に目を落とす。一つの分野において文字通り技術を極めた人物がその人生の全てを強烈な一念と共に注ぎ込んで作り上げた刀。それを改めて聞かされて一夏は手に感じる重さをより鮮明に感じたような気がする。単純な物体の質量としての重さだけではない。込められた目には見えないものの重さだ。こうして手にする分には容易い。だが確かに込められているだろう重みは持っている己の心に強く働きかけてくる。

 

「師匠、何故オレにこれを?」

 

 もちろんこれほどの業物を貰えたことは素直に嬉しい。純粋に武器としての性能で見れば、江戸時代に定められた刀の格付け、その最高である最上大業物にも劣らないことは間違いない。だからこその疑問だ。これほどのもの、むしろもっと後の方が、例えば自分が免許皆伝、あるいはその先の極伝に到達した時でも良いのではないか? 言葉と共に投げ掛けた視線でそう訴える。

 

「お前の考えも分からんでもないし、他ならぬ俺自身もそこには一理あると思っている。が、それでも今だと思ったまでだ」

「それは、何故です?」

「お前もとうに分かっていると思うが、その刀の物騒さは折り紙付きだ。少しでも扱いを誤ればあっと言う間に大惨事だな。それは一夏、お前自身もそうだ」

「オレ、ですか?」

「自覚していないとは言わせんぞ。お前の五体に刻み込まれた技術とお前自身の身体能力。それらが組み合わさり生まれるお前の技はとうに凶器の域に達している。扱いを誤れば容易く他人を傷つけられる、その気になれば羽虫を潰すかのごとく死に追いやれる、な」

「……」

 

 それは言われずとも重々承知していることだ。やや精神的にも荒れている節のあった中学時代の一時期、それとなく不良などとの喧嘩にもつれ込むようにしては幾度となく叩きのめしてきた。あの時からできる限りの自制を働かしても相手は病院沙汰レベルの怪我、なんてことはしょっちゅうだったのだ。今の一夏はその頃よりも更に上の域にある。その自分が一度暴走すれば……

 

「その刀はお前の現身(うつしみ)だと思え。あるいはお前自身を映す鏡とでも言えば良いか。託した以上はお前のものだ。如何に扱うかは全てお前に委ねよう。振るうも、抜かずに封じるもお前次第。そしてその刀を御することは、他でもないお前がお前自身を御することになる」

「オレが、オレを……」

「どれだけ武器として性能が高かろうと所詮は刀の一本だ。仮にずぶの素人に持たせたとして、お前ならば素手でも軽く封じ込めるだろう。腕の立つ者が振るってこその武器だ。それ単体が為せることなどたかが知れている。一夏、お前がこの先手中に収める力はその刀一本など遥かに凌駕するものだ。それを完全に己の物として制するのならば、そんな刃物一つくらいは御せねば話にならんぞ」

「ハハッ、こりゃ手厳しい。でも、その通りですね……」

 

 師の言葉に静かに耳を傾け、湧き上がってきたのはある種の挑戦心だ。面白い、望むところだ。そんな想いが刀を持つ手に力を込めさせる。

 

「さて、今後への課題も出したところでこの夏の修行も終いと言うわけだ」

「ご指導、ありがとうございました」

 

 修行の終わりを告げる宗一郎に一夏は居住まいを正すと深く頭を下げて謝意を告げる。そして一夏が頭を上げたのを見計らって宗一郎は言葉を続ける。

 

「今後のお前への技の伝授だが、それは追って然るべき資料をお前に送っておこう。それを元に励むと良い」

「はい」

「それともう一つ、お前には与えておくものがある。とは言っても何かしらの物というわけではないのだがな」

 

 どういうことかと視線で問うてくる一夏。その目を見据える宗一郎の表情はいつの間にかどこか険しさを宿したものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ改めて、お世話になりました。また、次に来れる時に来ます」

「あぁ、気をつけてな。それと、次に会う時までに教えておく技はものにしておけよ」

「勿論、そのつもりです」

 

 そんな風に言葉を交わして支度を整えた一夏が立ち去っていく。その背を見送り、見えなくなったところで宗一郎は一つ息を吐く。

 

「はぁ……」

 

 何かを考えるように宗一郎は玄関で佇みながら目を閉じている。そして――

 

「ぬぅ……」

 

 小さく呻くと僅かに膝を折っていた。

 

「弟子の前とは言え、随分と我慢をなさっていたようで」

 

 不意に若い女の声が宗一郎に掛けられた。

 

「ふん、この程度ならば大したことは無い。まぁ、まるで効いていないというわけでも無いがな」

「相変わらずですね、兄さんは」

 

 玄関の脇、陰になって少なくとも玄関と真正面に向き合っては分からない位置に浅間美咲は居た。

 

「それでどうだ。昨日から盗み見をしていた感想は」

「あら、お気づきでしたか?」

「当然だ。お前、途中から混ざりたくてウズウズしていただろう。上手く気を隠してはいたが、俺の目を誤魔化すにはまだ足りなかったな」

「あら手厳しい。そうですね、その辺りのお話もしたくはありますが、まずは手当のほうからしましょうか。上がらせて貰っても?」

「……好きにしろ」

 

 いつの間にか玄関前まで移動していた美咲にそれだけ言うと、宗一郎は背を向けてさっさと家の中に戻っていく。その後を追ってお邪魔しますと一言挨拶をしてから美咲も続く。

 

 

 

 

 

「はい、これでお終いです」

「ん」

 

 手当の終わった宗一郎の上半身には左肩から腰の右部分にかけて包帯を巻いてある。その下には見る者誰しもが思わず表情を歪めるだろう痛々しい青あざがあり、それはちょうど袈裟懸けの一撃を受けた跡のような形になっていた。

 

「事の次第は全て見届けましたが、やはりあの一太刀は……」

「あぁ、察している通りだ。出来得るように仕込んできたつもりだったが、ここまで早いとはな。もう二年、いや、早くて一年と考えていたが」

「まぁあのぐらいの年頃は急激な成長を見せるなんてことはザラですから。きっとそういう類なんでしょう」

 

 治療道具を片づけながら意見を述べる美咲に宗一郎はニヒルに口元を曲げながら返す。

 

「そういうものか。何しろ俺はいつでも急成長だったからな。いまいちその辺が分からん」

「相変わらず大した自信ですねぇ」

 

 呆れるように言う美咲だが、実際否定しきれない部分も多いのが始末に負えない。確かに彼女が昨夜に直接見届けた一夏の技量、それを為す潜在能力は破格のものだ。だがそれも、この兄弟子の前にかかっては劣るものとなってしまう。

 

「とは言え、あの時の場合は他の技も重ね掛けをしていたために若干荒い部分もありましたが。相反する気の強制的な融合による地力の増強、心身と刀の三位一体、それにインパクトの瞬間の気の炸裂による強引な防御破り。そのあざは最後の影響が大きいですね」

「……あの瞬間、当たることは避けられなかった。そしてあの状態で直撃を何もせずに受けるにはリスクが高すぎた。故にあの瞬間だけは全力で防御に回った。一瞬遅れた故にこうなったが、でなければもう少し軽くは済んだな」

「改めて受ける側に回ると脅威を実感しますね、"奥伝・時戒(じかい)ノ太刀"」

 

 前の夜、たった一合いの一夏と宗一郎の交差は宗一郎に先んじて一夏の放った一撃が宗一郎の胴を打ったという結果に終わった。勿論、加減はせずとも宗一郎が本来の力を大きく抑えてのことであり、仮に宗一郎が本当に全力ならばそもそも何かをしようとするよりも早く一夏は倒れていた。

だが例え力を抑えていようとも、宗一郎という男の振るう技が脅威であるのは紛れも無い事実である。それに一夏が競り勝った要因、色々な重なりこそあるものの最も大きなものを挙げるとしたら技そのものだろう。それこそが美咲が語った技の名。

 

 時戒ノ太刀 ――

 

 それこそが一夏が宗一郎に向けて無意識の内に放った一撃。一夏、宗一郎、そして美咲。この三人の修める剣の積み重ねは幾つかの無双とも言うべき技に行き着く。そしてこの時戒ノ太刀もそんな極みの一つだ。そして極めた者が振るうこの技を前にすれば最後、相手に防ぐ手立ては無い。その名が示す通り、この技は"時"すらも使い手の支配下に戒めるのだから。

 

「相手の呼吸、意識、それらを総括した"()"の虚を突くことで相手の流れを一時的に完全な支配下に捉え、固める。相手からすれば時が一瞬止まって、気が付けば斬られていたようなものだ」

 

 そして放たれる一撃もまた必殺の域。そこまでを成立させるために使い手は持ちうる能力を存分に引き出すことを要求される。自然、振るう剣の冴えが増すのも道理というものだ。更にその一太刀はどのように振るわれるかも分からない。

認識する時間ごと流れの全てを奪われた状態で使い手のポテンシャルを総動員させた一撃が、どのように来るかも分からないままに迫る。それが如何に脅威となるかは推して知るべし。

 

「ところで知っていますか兄さん? そういうの、世間一般じゃポル○レフ状態と言うらしいですよ」

「何だそれ」

「いえ、知らないなら結構です」

 

 あっさり話を打ち切った美咲にとりあえず後で調べてみようと内々で決める宗一郎であった。そして調べた結果が漫画に起因すると知り、そういえばマンガとか昔から好きだったよなぁ、美咲のやつとどこか呆れ顔で納得するのだが、それは別の話である。

 

「まぁあいつもこれで感覚くらいは掴んだだろう。後は、あいつ自身で磨くだけだ」

「それでしたら私も、いずれお手伝いができる日が来るかもしれませんね」

「ん? それはどういう意味だ」

「実はですね――」

 

 そこから美咲が話した内容を聞いて宗一郎は思わず呆れかえりそうになったが、この妹弟子ならば仕方がないかと軽く諦めた風で首を振る。

 

「まぁ敢えては止めんし、それが一夏のためになるならば――諸手を挙げてとは言わんが認めよう。ただ、あまり派手にやり過ぎるなよ?」

「ご安心を。これでも他にも教え子を持ったことはありますし、その辺りの加減は弁えていますとも」

「なら良いがな」

 

 ついでだからと美咲が淹れてくれた茶を一口啜る。考えるのはこれからのことだ。弟子のこと、自分のこと。

自身のことについては特に心配するようなことはない。何が起ころうと切り抜けられる、それだけの実力と度胸は培ってきた。

 問題は弟子の方。アレはこれからも力を付け続けるだろう。そしてそれに引き寄せられるように厄介ごとも寄ってくるに違いない。

そこで自分にできることと言えば、伝えてきた技を駆使して自力で弟子が切り抜けるのを信じるばかり。必要以上に弟子のことに手を出さないのが師範たるの振る舞いとは言え、歯痒さを感じるのも事実だ。

 

(あぁ、だからこそだ。人でなしと言われようが構わん。一夏よ、勝て。そして生き続けろ。そのためにお前が修羅を選ぼうと、俺は認めよう)

 

 窓から見える蒼穹、同じ空の下に居るだろう弟子に向けて宗一郎は胸の内でそう語り掛けていた。

 

「それと兄さん、もう一つ別件が」

「"仕事"の話だろう、分かっている」

 

 美咲の言葉に宗一郎の意識は一瞬にして切り替わる。その表情に弟子の行く先を案じる憂いは既に無く、見る者の背筋を震わせる鷹の鋭眼を光らせている。

 

「えぇ、以前にお話しした通りに"あの方"と共に、ということになるのですが」

「心得ている。既に二人である程度の段取りも整えているからな」

 

 そうですか、と言って美咲は満足げに、そして妖艶に笑みを浮かべる。次いで彼女が取り出したのは電子端末、そこに記された地図上のある地域が"仕事場所"となる。

かくして準備は着々と進んでいく。極東に生まれた剣と拳を司る最強にして最凶、存在そのものが人の域を外れた二つの異端(イレギュラー)。天災にも等しき暴威は、人知れずその降りかかる先を狙い定めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オ・マ・ケ 「その頃の一夏くん(電車なう)」

 

L○NEにて

 

数馬:ゴッメーン、い~ちかクゥウウン。お先に達成しちゃったー つ磯風

一夏:テメェふざけんじゃねぇゴルァアアアアアア?! 死ねよ空母BBAAAAAAAAA!!

数馬:ですが笑えますねぇ。貴方は時間が中々取れずに未だ削り止まり。一方僕は今ではレア掘りに余裕をできる身、随分と差が付きました。悔しいでしょうねぇ

一夏:ハハ、ふざんけまじって話よ。俺だって磯風くらい……磯風……磯風……。磯……磯……居るじゃないか! 磯風! なぜ磯風がここに? 逃げたのか? 自力で脱出を? 磯風!

数馬:彼女は磯風ではない(無言の腹パン

一夏:磯風ぇええええええええええええええ!!!

数馬:すぐに叫び出す提督は嫌いだ……

一夏:くそ、なんでオレはこうも手こずるんだ。答えろ! 答えてみろ、数馬ぁ!

数馬:いや、僕の方が艦隊の練度高いし。資材もあるし。ていうか、むしろ一夏の方がそこまで行けてるってことに驚きだよ。

一夏:まぁそうなんだけどさぁ。で、でもお前だって結構余裕無かったんでねーの(震え声

数馬:はぁ? 余裕が無い? 冗談言うなよ。こんな海域、キャンディー舐めながらだって僕にはできる。遊びさ。本気でやるわけないじゃん。

一夏:嘘乙。本気でやってるだろお前

数馬:ア、ハイ

 

 とりあえず帰ったらダッシュでPCの前に張り付こう。師匠がシリアスな空気を出していることなど露知らず、そう電車の中で決心する一夏であった。

 

 

 

 

 




 では今回のおさらい。
 一夏が貰った刀って結局どんなやつなんよ? というの。
 師匠が言ってた通り人斬り包丁、飾り気とか美術度とかガン無視して徹底的に武器としての性能を追求した一品。単純性能なら最上大業物クラス、下手したらそれ以上。しいて美術的に見るなら機能美くらいしかない。ぶっちゃけ十代半ばの小僧に渡したり、そのまま学校の寮に持ち込ませるような代物じゃない危険物。さらにぶっちゃけると某刃金の真実そのまんまである。

 一夏が師匠にぶっぱした奥義ってつまりなんだってばよ? というの。
 話の中に書いた通り、相手の意識の一番の隙を突いて心身共に一時的に強く麻痺させてその隙に最速かつ最大の一撃でぶった切る。という設定。
こっちが仕掛ける、相手「うっ」って怯む。次の瞬間にはスパッ済み。ちなみに性質や特徴が違うけど同格の超必殺技みたいなのは他にもある。という設定。

 師匠も怪我するのね というの
 人間ですから。一応、あれでも。多分だけど。

 美咲さんってさー、師匠に結構絡んでるよね というの。
 二人の関係は現在では同門の兄弟子妹弟子というだけのもの。またビジネス的なのもあるけど、どうでも良いから割愛。けど一時期はそうじゃなかった。
考えてみてほしい。青春時代に力を入れた修行で、一緒にやってるのは二人のみ。兄弟子の方は何だかんだで男前系イケメンだし面倒見も良いしで、妹弟子の方だって兄弟子に懐いてて年も少し違うくらいでしかもめっちゃ美少女。あとは分かるな?

 作者お前、最後の最後でネタとか我慢できなかったのかよ というの
 我慢できなかったんです。非力な私を許してくれ……


 とりあえずではありますが、この修行編の終了を以って夏休み編の終了となります。
できれば他の女子メンバーとかにもスポットを当ててとかやりたいんですけど、話が思いつかないんですよね~。日本に居る組、具体的には一夏宅に突撃かました三人は割とのびのびやってますし、ヨーロッパ三人衆はフッツーにお仕事とかですもん。
もしかしたら気まぐれで夏休みにこんなことやってましたよ~みたいな話を短編として書くかもしれませんので、その際にはそういうことでよろしくお願いしますということで。

 さて、夏休み編終了ということはつまり原作四巻の終了です。
そして五巻ですね。学園祭ですね。楯無さんやっと出番ありますね。こっから話を大きく動かせたら良いな~と思ってます、はい。
安心してくれたっちゃん会長。あんたには学園祭で中の人が歌った独身アラフォー魂の叫びソングを歌わせるというネタをぶっこんでやる(ゲス顔
 ですがその前に、軽い整理もかねて簡単な人物紹介などをするかもしれません。これも作者の気分次第となりますので、悪しからず。

 それでは、また次回の更新の折に。




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第五巻
第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪


 なんか人物紹介書くとか寝言のたまったような気がしますが、まだもうちっと先になりそうですねw
 未だに足踏みをしている所があるので、気が向いたらしれっと投稿しているかもしれませんが。

 いよいよ五巻編です。いや、夏休み編も思えば随分と想定より長くなったもので……
頑張って物語を動かしていきたいです。 


 ここでちょっと夏休みが終わる直前の一幕を。

時刻は夜、場所はIS学園の寮。凡その生徒はベッドに入っていても良い時間だ。とは言え今は夏休みで、そのあたりは多少緩くなる。

一夏もそうだ。普段ならばそろそろ寝る支度を整えているのだが、今夜は違った。未だ全然寝る体勢にはなっていない。その気も無かった。それ以上に意識を割かれることが目の前にあった。

 

「来い……来い……!」

 

 見開いた目で一夏は目の前のパソコンのモニターを凝視している。画面上ではブラウザゲームが起動しており、ただ戦いの結果に至るまでだけを映している。

 

「行け……行け……!」

 

 戦いは既に終盤だ。"夜戦"と呼ばれる第二段階、高火力が乱舞する決戦だ。一人、また一人と敵へ砲火を浴びせ、逆に敵の痛烈な一撃を食らう。だが強いて言うならば悪くない流れだ。

攻撃を残すのは最後に配列しておいた一人。手持ちの中でも最大の火力を有する不動の切り札。そして残る敵はHP残量を大きく削らせた敵のボス。これさえ倒せば全てが終わる。

画面が暗転する。

 

「来たっ!」

 

 最も期待していた展開に一夏の胸が高鳴る。シャッシャッシャッというカットインと共に最後の一人の装備が映し出され、台詞と同時に最後の一撃が放たれる。

 

(行けよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!)

 

 大口を開け、心の内で絶叫する。真っ直ぐ敵のボスに吸い込まれる最強の一撃。結果は――ボボボボという爆発のSEと共に敵のボスの撃沈判定が下り、同時に画面右上部の敵の耐久力を示すゲージが消滅する。

 

「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhh!!!」

 

 座っていた椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり歓喜の雄叫びを上げる。周囲の部屋の迷惑など気にしやしない。そもそもこの部屋は一夏の一人部屋であり、部屋ごとの防音などはきっちり施されているため隣の部屋にすら早々伝わらない。そして一夏の部屋の周辺はまだ戻ってきている者は居ない。遠慮など無用だ。

 

「ヒャア! こうしちゃいられねぇ! 祭りだ祭りだ! もう磯風の太ももhshsするしかねぇぜFoo!!」

 

 完全にタガの外れたテンションではしゃぐ一夏。狂喜乱舞する彼が先ほどまで見ていた画面には美少女化したアーサー王っぽい声の黒髪ロングな美少女が映っていた。ちなみに一夏的には「太ももがヤッベェ」らしい。

 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 九月に入ると同時にIS学園は二学期を迎える。どこぞの魔法学校もそうだが、欧米などではこの九月が学校の新年度の始まりとなっていることもある。しかしながらIS学園の学校としての基本的なシステムは日本の教育機関に則ってのものなので、こうして九月には二学期が始まる。余談だが、このあたりの感覚の違いで首を傾げる日本国外出身の生徒が特に一年生には毎年数名出るとかなんとか。

 

「初日からいきなり授業か。まぁ最初に全校集会あるとは言え、飛ばしてんなぁ~」

「普通の学校なら半日で終わっちゃうもんね~」

 

 朝のHR直前、席に座る一夏が隣の席の清香とそんな風に言葉を交わす。程なくして予鈴と共に千冬が教室に入ってくる。

教壇に立つと同時に千冬が発した言葉はある意味お決まりと言うか、夏休み感覚を抜けて勉学に励むようにという旨の薫陶だ。だが今回はそれに加えてもう一つある。

 

「今月は学園祭が実施される。この後、一時間目に予定されている全校集会もそれについてのことだ。凡そのスケジュール、準備などに関してはまた改めて配布するプリントにあるのでそちらを読むように。だがその前に、まずはこのクラスでの出展を決めねばならない。全校集会自体は一時間目の半分もしない内に終わるだろう。残りの時間を使ってどのような出展にするか決めるように」

 

 以上だ、と言って千冬は教壇を降りる。

 

「あぁそうだ。この後すぐに講堂に移動するわけだが、織斑。お前は教務棟二階の生徒会室に行け。何でもお前に用があるらしい」

 

 それだけ言うと千冬は教室を出ていき、残った真耶が取り纏めを引き継ぐ。その指示の下で全員が講堂に向かう用意をし、それと共に一夏も一人生徒会室に向かおうとする。

 

「一夏、何事だ?」

 

 教室を出る直前、箒が声を掛けてくる。一夏が生徒会室に呼ばれる理由、一夏も知らないのだから箒も理由など知るはずがない。それ故に理由が分からないということによる訝しげな表情を浮かべていた。

 

「分からない。まぁ、ほら。オレって一人だけの男子じゃん? ロンリーボーイっての。だから色々あるんだろ、向こうさんとしても。まぁちょいとばかり面倒くさそうだけど、行かないわけにもいかないからな」

「そうか。私にも引き止める道理は無いが、一応心構えはしておいた方が良いかもしれないな」

「あぁ、そうするよ」

 

 じゃ、とだけ言って一夏は生徒会室の方へ向かう。その道すがら、思い出すのは一人の少女のことだ。IS学園生徒会長 更識 楯無。一夏にとってこの学園で比較的親しい友人と呼べる更識 簪の実姉であり、名実ともに生徒最強と呼ばれている実力者。一夏を呼び出したのは生徒会だが、実質的にその長である彼女と見て間違いないだろう。

会って、直接面と向かって話したのは一度だけ、クラス対抗戦が終わった夜のことだ。その後に簪から言われた「姉はとても厄介」という言葉は、あの夜のことを思い出せばその一端を窺い知ることはできる。そんな人物が直接呼びつけてくる。まずもって世間話などという類では無い。

 

「ま、振り回されないように気を付けますか」

 

 簪の言葉を思い出しながら一夏は改めて注意をするようにひとりごち、目の前の生徒会室に繋がる扉を見つめた。

 

 ノックと共にどうぞと扉の向こうから声が掛かってくる。

 

「失礼します」

 

 ドアを開け部屋に入る。部屋の奥には生徒会長用と思しきデスクがあり、楯無はその前に立っている。てっきり座ったまま迎えられるかと思っていたが、気にしないでおく。その隣には控えるように生徒会の役員らしき眼鏡をかけた生徒がいる。リボンの色から三年生と分かるが、どうにも気になる。間違いなく初対面なはずなのだが、どうにも見覚えを感じるのだ。

 

「こうしてお話をするのは二回目ですかね。前回から随分と間が空きましたけど、また急な呼び出しで」

「その点については謝るわ。それと、来てくれてありがとう。改めて、生徒会長の更識 楯無よ。こっちは生徒会会計で私の右腕の布仏 虚ちゃん。あ、いまピンときたでしょ。そう、君のクラスの布仏 本音ちゃん。あの子のお姉ちゃんよ」

 

 楯無の紹介に虚がペコリと頭を下げて、一夏も軽く頭を下げることで返す。

 

「さて、急な呼び出しには本当に申し訳ないと思っているのだけど、時間も余裕があるわけじゃないから早速本題に入らせて貰うわね。織斑一夏くん、今回私が、生徒会が君をここに呼んだのは一つ、君の協力――その約束を取り付けたいことがあるからなの」

「協力、ですか」

「そう。この後の全校集会で今年の学園祭についての説明をするんだけど、君は学園祭の出し物ごとで競争が行われているのを知っているかな?」

「いや、そりゃ初耳ですけど……なんです? 出し物対抗で人気投票でもするので?」

「その通り。話が早くて助かるわ。当日、学外からの来訪者、生徒、教師、とにかく当日関わったすべての人にどのクラス、もしくは部活の出し物が良かったかを投票してもらうの。この辺りの説明もまた集会でするんだけど、優勝したクラス、部活には特典が渡されるのよね。例えばクラスなら食堂の優待券を全員にとか、部活なら部費や設備と言った諸待遇のアップとか。それが定例なんだけど、今年は一つ、別の試みをしてみたいと思うの。そして、そのためには君の協力が何よりも必要なの」

「オレの協力、ですか。わざわざオレを指名ということは、オレが関わると見て良いんですね?」

「えぇ。一つ確認なのだけど、君はどこの部活動にも所属していない。そうだったよね?」

 

 頷いて肯定する。別に部活を否定するわけでは無いのだが、単に一夏が個人的に部活をやる意義を見出せないからやらない。それだけの話である。

 

「そのことでね、幾つか似たような要望が生徒会に寄せられているの。その内容は、"是非、織斑一夏を我が部に迎え入れたい"ってもの」

「まぁ剣道部とかから誘いを受けたことはありますから。そういうのもあるでしょうね。で、それが一体どうオレがそちらに協力することに繋がると?」

「うん。そこで今回の学園祭。より生徒のモチベーションを上げるために一つの案が思い浮かんだの。もしも君が承諾してくれたら、すぐにでも集会で今年の目玉として発表するつもりよ」

「もったいぶらずに早く言ってください」

 

 何となく嫌な予感はしているのだが、それでも確認しないことには始まらない。続きを促す一夏の言葉に楯無もついにそれを口にする。

 

「対象は部活限定になるけど、出し物の投票でトップ票を稼いだ部活に君の部員としての獲得権を与える、というものなんだけど――」

「却下で。じゃ、サヨナラ」

 

 素早く回れ右、さっさと部屋から立ち去ろうとする。

 

「ちょ、待って待って!」

 

 もう少し交渉を粘りたいのだろう、楯無が慌てて一夏の肩を掴んで引き止める。振り返ってそれを見る一夏の目が僅かに細められているのに気付いていないのか、あるいは気づいていて敢えて見ぬ振りをしているのか、楯無は続ける。

 

「どうしても、ダメ?」

「駄目です。受けません。却下です。オコトワリシマァス」

 

 絶対受けるもんかという意思を示す一夏に楯無はやっぱりかぁとぼやき、内心では分かっていたような表情をする。

 

「……オレの返事なんて分かっていたはずじゃないんですか? オレのライフサイクルもある程度は知っているみたいですし」

「うん、そうなんだけどね。でもね、私は生徒会長だからさ。折角の行事、絶対に成功させたいしもっともっと盛り上げたいのよ。だから、やれることはやっておきたいのよね」

「まぁ気持ちは分からんでもないですし、そういう心構えは立派だとは思いますけどね。けど、その提案ばっかりは無理ですわ」

「そう、そうよね。ゴメンね、無理を言っちゃって」

 

 ションボリとした様子で謝る楯無の姿に一抹の罪悪感を覚えないでもないが、一夏としてもここは譲るつもりはない。

思っていたほどあっさり話が終わったことに少々肩透かしを食らったのを感じつつも、これ以上の話はなさそうなのでそれではと言って部屋を出ようとする。だが一夏が扉に達するよりも早くガチャリと扉が開き、別の人物が生徒会室に入ってきた。

 

「あれ? 話、終わってたの?」

「ん? 簪?」

「簪ちゃん?」

 

 やってきたのは簪だった。入り口の所で立ったまま室内を軽く眺め、その様子から既に事が終わっていたことを察する。

 

「終わったみたいだけど、織斑くん。お姉ちゃん、どんな要件だったの?」

「あん? いや、なんかオレの部員としての獲得権を部活の出し物の人気トップの景品にしたいから、オレの承諾が欲しいとかなんとかって」

「ふ~ん……。相変わらずハチャメチャだね、お姉ちゃん」

「い、いやぁ……」

 

 若干呆れ気味な簪の視線に楯無はバツが悪そうに目を逸らす。

 

「けど、ちょっと意外……。お姉ちゃん、てっきり織斑君への確認とか平気でスルーしてやると思ったけど」

「え、そうなの?」

「うん。臨海学校の時に言ったでしょ? お姉ちゃん、すごく厄介だって。だから織斑君の意見とか平然と無視すると思ったんだけど」

 

 簪の見立てに一夏はうわ~と信じられないようなものを見るような顔つきで楯無を見る。妹に散々な言い様をされて心に刺さるものがあったのか、楯無は俯き加減ながらも弁明をする。

 

「い、一応は確認とかしとこうかなって。そうしなきゃ後で先生の方とかに却下されちゃいそうだし。というか、簪ちゃん酷い……」

「自分の過去を振り返って」

 

 楯無の抗議を簪は一言でバッサリと切り捨てる。その容赦の無さに一夏も思わず苦笑いを浮かべる。

 

「あ~、ところでだ。オレ、もう行っても良いかな?」

「大丈夫だと思うよ。私は、ちょっとお姉ちゃんに話があるから」

 

 それならと一夏は部屋を出る。クラスに合流するために講堂に向かったのだろう。これで生徒会室に残るのは更識姉妹に虚の三人だ。完全に一夏の気配が遠ざかったのを確認して簪は再び姉に向き直ると口を開く。

 

「手口が回りくどいね。生徒会(ココ)に欲しい――手元に置いておきたいなら素直に言えば良いのに」

「どういうことかな、簪ちゃん?」

 

 ある程度立ち直った楯無が簪の言葉にその意図を問う。

 

「白々しいね。部員としての獲得権を競わせるなんてただのカモフラージュ。どうせ"姑息な手を……"ってやり方で生徒会の出し物を一番にして、多少強引にでも引き込むつもりだったんでしょ」

「……やっぱり、簪ちゃんにはバレちゃうか」

 

 参った、と言うような視線を向ける楯無を、しかし簪は依然冷やかな目で見つめる。そして何気ない風に言葉を続ける。

 

「そうまでして引き込みたいのは、多分"更識"との繋がりを今の内に強めるのもある。けど、本当はいざという時に近くに居ればすぐに守れるからでしょ? なにか、変な影がチラついているみたいだし」

「……」

 

 一瞬、虚を突かれたような表情になる。だがその直後、楯無の顔から一気に表情が消えていった。

 

「簪ちゃん」

「お姉ちゃん。確かにお姉ちゃんは"更識"の当主、十七人目の"楯無"。それは私も認めるし、お姉ちゃんの意図は尊重しようと思う。けどお姉ちゃん、私も"更識"だよ。少なくとも"更識"としての織斑君へのスタンス、意思には同調するつもり。その上で、私は私がベストと思う方法を取る。"楯無"の意思も尊重はするけどね。だから、私もお父さんに聞けることは聞いた」

「……そう」

 

 色々言いたいこと、思うことは姉として、一門の長として、両方である。だが今の簪の言葉から余計な心配は無用と判断する。だが、その後の言葉は流石に聞き逃すことはできなかった。

 

「それと、一応織斑君も知ってるんだよ? 更識(ウチ)がちょっと特殊だってことは?」

「どういうことかしら?」

 

 楯無の言葉は別に語調が変化したわけではない。だが、明らかに先ほどまでとは雰囲気が違う。ごまかしは効かない、そう伝わってくる。

 

「話したのは私。けど詳細は流石に省いた。あくまで"更識"が裏稼業の古い一門で、カウンターテロの忍者みたいなことをやってるってことだけ」

「嘘は、言っていないみたいね」

「言うだけ無駄」

「そうね。……そう、いずれは知ってもらうつもりのことだし、特別咎めはしないわ。まぁ、ちょっとは気を付けて欲しいところではあるけど」

「善処はする。――お姉ちゃん、別に織斑君を生徒会に引き込むのは止めない。それが"織斑一夏の身辺の安全の確保、そこから繋がる日本の国益保全"という"更識"の意図に則ってのものなら私も手伝えることは手伝う。だから、手伝いとして忠告をする。確かに織斑君は、まだ守るべき人かもしれない。けど、だからって知らないままで良いわけがない。彼を狙う何かがあるなら、それは本人がきっちり理解していなきゃダメ。それに、織斑君なら自分からそれに立ち向かうって意思もあるはず。それが分からないお姉ちゃんじゃないはず。

加えて言うなら、中途半端な隠し事は逆効果だよ。誠意、というわけじゃないけど、伝えるべきことは伝えた方が良い。その上で、こっちの側に付いてもらう。それが一番確実」

「そう、かな?」

「少なくともお姉ちゃんよりは織斑君の性格は知っているつもり。――友達だから。じゃあ、私も行くね。別にからかうのは良いけど、大事なことは真っ直ぐ言った方が良いよ。彼、そういうメンドクサイ女は嫌いだろうから。そんなんじゃお姉ちゃん、アラフォーになっても独身のままで焦りに焦ってアラフォー幻摩拳使えちゃうまであるよ」

「やめて簪ちゃん、なぜかリアルに想像できて他人事な気がしない怖い想像はやめて。私だって普通に結婚願望くらいあるんだから!」

 

 楯無の抗議もどこ吹く風と、言うことだけを言うと簪もさっさと部屋から出ていく。残った楯無は顔を引き攣らせながらも時間も圧していることを確認すると虚に指示をして全校集会の準備を整え始めた。

 

 

 

 

 

 

「簪お嬢様」

「ん?」

 

 一人、講堂に向かう簪の背に虚の声が掛けられる。虚は楯無の従者であり、その妹の本音は簪の従者だ。が、実際のところは布仏姉妹が更識姉妹の従者という方が正しい。故に、虚は簪に対しても従者としての礼を取るのだ。

 

「楯無様のことですが――」

「別に良い。それに、何だかんだでお姉ちゃんなら最終的には上手く持って行くはず。それで良いでしょ?」

「それは、はい。そうですが……」

「あぁでも、お姉ちゃんの場合だと変にからかって織斑君を怒らせそうだよね。虚姉さん、そういう時はフォローよろしく」

「え? はい、それは当然。あの、簪お嬢様?」

「なに?」

「その、もしかして楯無様が"楯無"であることにご不満とかが……?」

 

 その懸念は当主制を執る一門に仕える者が、候補が兄弟姉妹であることに対して抱く当然のものだ。

楯無が"更識家"の十七代目当主に選ばれたのは、一門の他の大人や老人の推挙もあるが、何より楯無本人がそれに相応しい能力を備えていたからだ。では選ばれなかった簪が当主に不適格かと言えば、そんなことはない。少なくとも虚からすれば簪も立派にそれだけの器を持っている。ただ、楯無のソレに比べれば見劣ってしまうというだけのことなのだ。

そうして選ばれなかったことへの不満、それが募ったことによる楯無への決して良いとは言えない意思。そういった者を簪が抱えていないか、楯無も簪も両方ともに案じているからこそ、虚は問うた。

 

「別にそんなものは無い」

 

 だが虚の懸念を簪はあっさりと否定する。

 

「お父さんがお姉ちゃんを指名した時だって、別に何とも思わなかったもの。お姉ちゃんなら大丈夫って認めてるから。それに、お姉ちゃんはお姉ちゃん、私は私だよ。私は私でやるべきこと、私にしかできないことがあるって思うし、お父さんもそう言ってる。ならそれで良いでしょ。それに、当主とかちょっと面倒くさそうだし……」

 

 最後の一言は小声だったが、バッチリと虚の耳に入ってた。その内容に苦笑いを浮かべつつも、虚は自分の考えが杞憂だったと安堵する。

 

「ただ、ちょっと甘いというか優しいというか、そう感じることはあるよ」

「甘い、ですか」

「虚姉さん、お姉ちゃんに伝えておいてもらえる? 多分、織斑君は私たちに賛同してくれるし、味方にもなってくれる。きっと、同じ脅威にも立ち向かってくれる。けど、その敵に最後の最後で処遇をどうするか。それを決める段になって、もしもお姉ちゃんが自分でも甘い、優しい、そう思うかもしれない判断をするなら、その時は間違いなく織斑君とは意見が割れる。彼は、優しいかもしれないし甘いところもあるかもしれない。けど、自分の敵にはそれを通用させないと思うから」

 

 多分だけど、と付け加える簪の言葉に虚はただ無言のままだ。

 

「そしてそうなった時――」

 

 簪は度が入っていない多機能付きの伊達眼鏡を外すと真っ直ぐに虚の目を見据えながら言った。

 

「私は織斑君の側に付くよ、多分だけどね」

 

 そう、いつも通りの平坦な声音で告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




冒頭部分でゲームのトドメ役となったのはプレイヤーなら容易に察せるかもしれませんが、重雷装巡洋艦のレズじゃない方です。ちなみに作者の夏と冬もトドメを刺してくれました。サイッコー…… 

原作じゃあまりそういう所はありませんでしたが、本作では簪ちゃんも簪ちゃんなりに動こうとしています。ただ、組織を纏める立場の楯無さんと違ってその辺りでフリーな部分がある分、どちらかと言えば「自分のために」という意図もあってのことですが。

 さて、次回は出し物決めの部分で軽く一夏をはっちゃけさせて、後は原作には無いような流れを書きたいと思っています。できるかはちょっと不安ですが。

 それでは、また次回の折に。


 ところで、本日はあの地下鉄サリン事件より二十年です。犠牲者の冥福をお祈りすると同時に、改めて卑劣なテロリズムへの憤りを感じる次第です。
 作者の意志の反映、と捉えられるかもしれませんが本作でも劇中で起こるテロには断固許すまじという形で書けたらと考えています。


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第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ!

 今回の話は五巻編にあたってかねてより自分が書きたいと思っていた場面です。
結果、例によってネタまみれになりました。けど反省も後悔もしてはおりません。


 夏休みもそろそろ終わろうかというとある晩、他の生徒たちよりもほんの少し先んじて寮に戻っていた簪は特にすることも無かったためにPCでネットサーフィンをしていた。

何気なく覗いたネット掲示板、そのスレッドはとあるネットゲームについて語り合うものだったが、夏限定のいわゆる"イベント"の終わりが間近に差し迫っているからか、喜怒哀楽の叫びが混じった中々にカオスな様相を呈していた。

 不意にデスク脇に置かれた携帯が通知音を発する。通話アプリのトーク機能で送られてきたメッセージの主は数馬だ。夏休み前に僅かに接点を持ち、夏休み中に一夏の家でちゃんとした交流を持つようになった友人。趣味だけでなく知識や種々のスキル、性格的な部分でも何かとウマが合うということがこうしたメッセージのやり取りで分かり、短い間に交流は一気に深まった簪の交流関係から見ても数少ない、そして異性という点では初めてとも言える友人だ。

話の内容はちょうど見ていたスレッドで扱われるゲームについて。簪、数馬ともにこのゲームについては上級者の域にあるため、この辺でも話があっさりと合う。何でも最近では素振りこそあまり表には出さないものの、一夏もがっつりハマったらしく結構な勢いで練度を上げているとか何とか。簪自身は一夏のそうした点での素振りをあまり見たことは無いが、彼の親友を双方で認め合っている数馬が言うのなら確かなのだろう。なんなら、今度話を振って反応を見てみるのも面白い。

 

「フフッ……」

 

 画面に表示された文面上とは言え、弾んでいく話に思わず微笑が零れる。性格での傾向としてはむしろ一人であることを好み、そういう時間を大事にするタイプではあるが、こうやってウマの合う相手と語らうのも嫌いではない。

 

「楽しそうだね~」

 

 背後から同室である本音の声が掛けられる。立場上は主と従者という二人の関係だが、当の二人にとってはむしろ気の知れた幼馴染という方がしっくり来る仲だ。

 

「また、最近できた新しいお友達~?」

「うん」

 

 しかし気の知れた間柄言えども言わないことはある。この数馬のことはその一つだ。いずれは知られる時も来るだろうが、そうなったらなったで別にわざわざ言う必要も無い。それはおそらく本音も同じだろう。"本音"という素直な名前だが、彼女も彼女で自分には言えないことくらいはあるはずだ。ならばお互い様というやつだ。

 

「そういえばね~、最近楯無お嬢様が『簪ちゃん……男……』とかって呟いてたんだけど、かんちゃん知らない~?」

「さぁ?」

 

 清々しいまでに白を切って返す。本音の言葉から察するに、姉は数馬の存在に薄々感づいているらしい。簪としては現状では比較的仲の良い男子という感覚だが、姉からすれば自分の知らない男の交友関係ということで気を揉んでいるというところだろう。相変わらずな姉だとつくづく思う。だからこそ、からかうと非常に楽しいわけだが。

まぁ仮にそういう関係に発展したとしても、明かすようなことはしないだろう。その方がきっと面白いことになるに違いない。

 

「……?」

 

 ふと続いてた会話の中で今度は画像が送られてきた。同時に送られた文と共に交互に見て、簪は不意に椅子から立ち上がると携帯を懐にしまって部屋から出ようとする。

 

「あれ、かんちゃ~ん? どこ行くの~?」

「ちょっとね」

 

 野暮用とだけ答えて簪は部屋から出る。一直線に向かうのは廊下の端だ。寮は各部屋ごとにトイレが設けられているが、各階の廊下の端にも共用のトイレがある。その個室の一つに入ると、簪は身を小さく震わせ――

 

「……ふっ……ぷふっ……」

 

 堪え切れなくなったのか小さく噴き出した。その表情を見れば普段の彼女を知る者は誰もが驚くだろう。あの平然とした顔を崩さない簪が、あからさまに口の端を上げて笑いを堪えていた。そのまま簪は大笑いを堪えながら小さく体を震わせ、時折小さな吹き出し笑いを漏らす。

 

「か、数馬くん……ダメ、面白すぎっ……ひ、卑怯……」

 

 原因は先ほど送られてきた数馬からのメッセージwith画像にあった。もう一度確認しようとして携帯を取り出し、画面を見た瞬間再度噴き出す。先ほどは本音の手前ゆえに我慢できたが、一度噴き出してしまえばもう無理だ。こうなってはひとしきり噴き出して、これ以上見ても何ともならないようにしなければどうにもできないだろう。

 

(とりあえずネタは確保できた。数馬くん、ありがとう)

 

 噴き出しつつも簪は非常に面白いネタを提供してくれた友人に胸の内で礼を言う。何故かイメージの中では数馬が無駄に爽やかな顔でサムズアップを浮かべていた。そう、これはなるべく早くにネタとしてからかいに掛からねばならない。何事もそうだが、"ネタ"というものには鮮度があるのだ。

余談だがこの画像とメッセージが簪に送られる少し前、同じ寮の少々離れた別の部屋では最近太ももフェチ、もっと正確に言えばヒップから太ももにかけてのフェチに目覚めたらしいどこぞの剣術バカが歓喜のスーパーハイテンションに身を委ね、攻撃力が跳ね上がって紫のオーラを出しちゃう感じになっていたのだが、それが関係しているかは定かではない。

 

 

 

 ………………

 

 

 結局のところ、全校集会はつつがなく終わったと言える。どうもその直前に会った時と違い、壇上に立つ楯無の顔がやや気落ちしているようにも見えたが、まぁ良いかと軽く流すことにした一夏は次いで教室で行われるLHRで結構久しぶりに感じるクラス委員の役目の最中にあった。

 

「はい、それじゃあね。とりあえずウチのクラスが学園祭で何やるかってことで、もうオレが仕切るのもメンドクサイから案がある奴に書いて貰ったわけなんだけどー」

 

 そこで一夏は電子黒板に目を向け、一年一組の出し物候補として挙げられた項目、合わせて三つあるソレを見遣る。

 

「ゴメン、やっぱオレが仕切る方が良かった感あるわ、コレ」

 

 候補として挙げられたのは以下の三つである。

・織斑一夏とポッキーゲーム

・織斑一夏とツイスターゲーム

・織斑一夏とツーショット&触れ合い会 君たち、~IS学園で僕と握手!~

 

「まぁね、確かにオレって看板にぴったりだよね? 28歳並感でわかるわと言えるよ。オレは25歳児派だけどさ、いやそうじゃなくて。あのね、これは流石に露骨すぎると思うの、オレ」

 

 一夏的にはやんわりとした感じを意識して抗議をするものの、あちこちからNOの意見が出てくる。

 

「丸投げしようとするからこうなるのですよ。一つ、学べましたわね」

「いや全くだ、セシリア。というかさ、もういっそセシリアがクラス代表やらない? ぶっちゃけザ・模範生なセシリアなら先生たちだって諸手挙げて歓迎するでしょ」

「正当な手続きを踏んでということでしたら吝かではありませんが、そのような理由では承諾しかねますわ。曲がりなりにも一度は仰せつかった任、気概があるなら全うしてこそ殿方の誉れでなくて?」

 

「仰る通りです反論のしようもございません。だがオレは足掻く。そうだ、どこぞの憲兵大尉も言ってた、『諦めなければ、いつかきっと夢は叶う!』って。ソースは数馬が貸してくれたゲーム。じゃあさ、シャルロットさ~ん。どうよ?」

「え、何だって?」

 

「もういいよその返しは。分かった、そういうわけね。じゃあラウラ!」

「すまないが私も辞退しよう。人を率いるという経験が無いわけではないが、それは母国の軍でのことだ。こうした、学生生活の場ではまた勝手が違うだろう。如何せん、未だにそうした部分については精進中の身の上だ。すまないが、私も遠慮させてもらおう」

 

「あー、うん。その、なんだ。頑張ってね。じゃあ箒!」

「やれ、いいな?」

「ア、ハイ」

 

 セシリアに正論で丸め込まれ、シャルロットには流され、ラウラにもやんわりと断られ、箒にはバッサリと切り捨てられる。かくなる上はと他のクラスメイトの面々を見渡すも、揃って視線を逸らす始末であった。

 

「あーもう、良いよ分かったよ、やるよもー」

 

 流石に観念したのか、小声でぶつくさと言いながらも一夏は素直に続けることにする。

 

「じゃ、とりあえずこの三つの確認な?」

 

 コンコンと黒板を叩きながら一夏は改めて視線を全体に向ける。

 

「一つ目、『織斑一夏とポッキーゲーム』。悪いな、オレはポッキーよりトッポ派なんだ。最後までチョコたっぷりだしな。

で、二つ目。『織斑一夏とツイスターゲーム』か。ツイスターってあれだろ? 二人組でなんかマットの指定されたマスをタッチするっての。正直オッサンとかおばさん来てやるのも遠慮願いたいんだけど、お前ら女子とやるのもどうなんよ。流石に偉大なる結城○ト大先輩みたいな何これ以下略展開は無いだろうけどさぁ、色々良くないでしょ。いや、割と本音を言えばプライベートならちょっと――ゲフンゲフン。いや、何でもない気にするな聞き流せ。

三つめ、『織斑一夏とツーショット&触れ合い会 君たち、~IS学園で僕と握手!~』。あ~、ニチアサの特撮のCMでやってるよね。後○園遊園地とか、最近じゃ東京ド○ムシ○ィとかか? 分かるよ、オレ昔から毎週見てるもん、カラオケ行ったらニチアサ特撮主題歌メドレー時々プ○キュアたまにお○ゃ魔女とかやるまであるくらいだもん、ダチと。というかオレも行きたいよヒーローショー。ぶっちゃけ握手とかだってしてみたいよ。あぁ、で、こっちな。うん、それでどうしろとお前ら。そりゃ確かにオレは現状世界唯一なんて1ターンで三人仕留めるレアどころかオゾンより上行っちゃって金ぴかになるくらいゴールドレアだけどさ、握手だとかそんな価値あるか? オレからIS取ったら只の武術剣術バカで学力平均レベルなだけのどこにでもいるようなつまらねーただの男子高校生その1だぞ?」

 

 いったいオレなんぞ出しにしてどうするんだかと言いながら、やれやれと言いたげに首を横に振る。そして――

 

「というわけで全部却下。はい、消去消去~。艦隊のアイド――カーンカーンカーン、リ・コントラクト・ユニバース、我はこの内容を書き換えたのだーってなー」

 

 一気に三つ纏めて消し去った。直後に教室のあちこちから、え~! だの何だのという声が上がる。

 

「流石に問答無用は酷いと思いま~す!」

「織斑君が目立つのは事実なんだし、そこは有効活用しなくちゃ!」

「というか、横暴も良いところだよ~!」

 

 そんな感じで挙がる抗議の声を一夏は喧しいの一声で切って捨てる。

 

「良いんだよ別に。曲がりなりにもオレはこのクラスのクラス代表、クラス委員なんだ。このくらいはしてもバチは当たりはしまいよ。良いか、これが"権力"だ! あんまふざけたのは即ゴヨウだからよろしく」

 

 そんな蟹形ヘアーの男に開口一番決闘を挑まれそうな一夏の口ぶりになおもブーブーとあちこちから抗議が出てくる。それをまーまーと言う様に手で制しながら一夏は続ける。

 

「でだ、オレとしても一つアイデアがあってな。大丈夫、特に教室の内装を弄るだとかそんな手間は要らない、ただ全員で頑張れば成功は容易い。まぁ一つ注目を浴びやすいのは確実と思えるものだ」

 

 その言葉に室内の興味が一夏の言葉に向く。それを感じ取って一夏はどこか得意げな笑みを浮かべると、バンッと少し強めに黒板を叩く。それと同時に予め入力されていた文字が黒板に映し出される。

 

『スクールアイドルプロジェクト in IS学園 ~IS学園 ミリオンガールズ~』

 

『……はい?』

 

 よほど自信があるのか、黒板の前でドヤ顔を晒す一夏にそれ以外の一同が揃って同じ反応を返す。

 

「あの~、織斑君? それって、どういうこと?」

「どういうことも何も、見てのまんまだよ」

「あ~、よく高校の学園祭とかで有志のバンドがライブステージやったりするけど、それをアイドル風にするとか?」

「概ねその認識で構わない。理解が早くて実に助かる」

 

 それである程度のイメージは伝わったのか、納得はともかく理解に関しては概ねほとんどが示したのを確認して、一夏は机間を歩きながら話す。

 

「学園祭、まぁさっきの全校集会の話の内容を鑑みるに来場者もある程度限られるみたいだが、それでも外部から来る人は多く居る。勿論、業界の関係者だって居るだろうが、たとえばオレら生徒の殆どが身内なりを呼んだとしたら、来るのは殆ど一般の客、大衆と言っても良い。そしてそういった大衆に向けたコンテンツとアイドル性のある文化はやはり切っても切れない関係にある。

例えばこの日本なんか良い例だろ。特に顕著になったのは昭和からだけど、男女問わずアイドルと呼ばれる芸能人が多くスポットライトを浴びてきた。それ以前にしたって、例えば江戸時代とかじゃ歌舞伎なんかの花形役者はある意味でアイドルと言っても過言じゃあない。国外に目を向ければ、最近のアジア各国じゃ日本のアイドルコンテンツを参考にした、似たような形態のアイドルも増えてる。アメリカとかヨーロッパでも、今でもスター発掘なんて感じで銘打ったオーディション番組はあるし、そういうエンターテイメントに関しちゃ進んでいる方だろ。

つまりだ、ステージの上に立ってのパフォーマンスってのは支持をされやすいということだ。ましてや学園祭なんて一つのお祭りの只中だ。そういう雰囲気は確実にプラスに働く」

 

 スラスラと澱みなく紡がれる一夏の言葉に、教室のそこかしこからなるほどと言った感じの言葉が聞こえてくる。そも、ISを扱う国の大半は先進国であり、この学園の生徒もほぼ全てがそうした諸国の出身だ。そして先進各国においてアイドルやアーティストなどのエンターテイメント文化は各国ごとにそれなりに根付いており、単純なエンター性というものに関しては誰もが理解を示せる状況にあった。

 

「でも織斑君、具体的には何をするの?」

「うん、そこな。そんなに複雑なことじゃ無いよ。なんか配られた資料見ると以前にはやっぱりこういうステージ的な出し物もあったみたいだし、多分そういう申請を出せば場所の確保はできるだろうな。後はそこで歌って踊って適当にトークしてをすりゃ良い。所詮は学生の舞台よ、歌とかに関しちゃ既存のアイドルや歌手の曲を使えば良い。同じようなことは少なくとも日本の高校探せばやってるところなぞ幾らでもあるから問題はあるまいよ。あぁでも、折角だから日本以外の国の曲とかも取り入れて国際色を出せば良いアピールになるな。トークもIS学園ならではって感じで普段ISを使う時のこととかも話せばウケは良いだろうよ」

「衣装とかは?」

「制服そのままで良いと思うな。オレも話に聞いた程度だけど、IS学園の制服はそれなりにブランド力みたいなのがあるみたいだし、それだけで十分絵にはなると思うんだよ」

 

 その言葉に制服で学外に出向き、「あれはもしやIS学園の……」などと囁かれた経験がある幾人かが頷く。

 

「ところで、一つ良いかな?」

「ん? なに?」

 

 別の方からの質問を求める声に一夏が振り向く。

 

「その実際にステージに立って歌ったり踊ったりするのって、誰がやるの?」

「え? オレ以外クラス全員」

 

 あまりにあっさりと言い放たれた言葉に一同再度無言となる。その様子に一夏は何を当たり前のことをと言う様な顔をする。

 

「そもそもオレらの祭りだろうが。やるなら全員は基本だよ。全員に等しくステージを与えてやる。勿論、本人の意思で遠慮願いたいというのであればそこは尊重するけどね。ちなみに、このクラスは32人。オレを除けば31人だ。よってユニット名は『ISG31』というのを考えている。ISはそのまま、Gは学園のGだ。決して手札から発動するアレでも台所の憎きアイツでもない。31はサーティワンと読む。別にアイスクリーム屋は関係無いぞ」

「そ、そうなんだ。ところで、織斑くんはどうするの?」

 

 その言葉に待っていたと言わんばかりに一夏の目に光が宿ったのを誰もが幻視したと後に語る。

 

「オレの役職? 決まっているだろう。たった一日の内の数時間のアイドル、その活動を支えるのがオレの役目だ。そうオレこそ――」

 

 そこで一夏は言葉を切り、溜めるように拳をグッと握ると力強く言い放った。

 

「オレがプロデューサーだ!」

 

 是非オレのことは織斑Pと呼んでくれと付け加える。なお、先ほど以上のドヤ顔の模様。

 

「なに、話題性だって十分に見込めるぞ? まずはIS学園というだけで一つブランド力は大きい。加えて、まぁ少し俗な意見だけどな。純粋な一男子学生の客観的な目線から見ても、みんな十分に器量良しだよ。可愛い系、美人系、カッコいい系、タイプの違いはあれど容姿という点も間違いなく問題ない。一人の野郎として太鼓判押してやる。更に国際色も豊かだ。最近、そういう多国籍でできたグループとか流行りらしいじゃない。そしてオレ。"世界唯一の男性IS適格者がプロデュース"、宣伝文句としちゃ上々だと思うね。こういう形でオレの名前を使うのは全然オレは問題無いとも。なに、よくあるだろ? "あの何某がプロデュース!"とかってどこまで真実なのか、よしんばそうだとしてもどのくらいの食い込み具合なのか分からん宣伝文句。それでも釣れるんだから見込みはあるよ。それにオレだって真面目にやるつもりなんだし」

「なるほど、確かに……」

 

 上がった納得の声に段々と周囲が同調して行っている。これは良い傾向だと一夏は内心でグッと拳を握る。

 

「でも織斑君、そういうユニット制、しかもこの人数ってことは絶対にセンター決めとか必要でしょ? その辺りはどうするの?」

「あーそれね。うん、それなんだよなぁ……」

 

 そう、問題はそこである。現実にA○Bとかあの辺を見れば非常に問題のイメージはしやすい。

 

「オレの大真面目な意見としては全員を等しく目立たせてやりたいトコなんだよ、マジ。でも、現実に敢えて誰かを据えるとするなら、どうしても宣伝云々も出てくるから専用機持ちに頼むことになりそうなんだよなぁ」

 

 一夏としても悩みどころなのだろう。非常に困った様子を顔に浮かべながらも、それでも敢えて選ぶならという意見を述べる。薄々予想はしていたのか、だよねーなどという声がそこかしこから出てくる。

 

「いや待て一夏」

「どうした、箒」

「いきなりそんなことを言われても困るぞ。まさかとは思うが、専用気持ちというのには私も含まれるんじゃないだろうな」

「いや、当たり前じゃん」

「待て、待つんだ。落ち着け、良いか? そんな只でさえ歌って踊ってなど難しいのに、それも真ん中でだと? 無茶を言うな。お前、私がそんな柄に見えるか?」

「いやでもお前、歌上手かったろ。覚えてるの小学生の頃だけど。それに踊りだってできるだろ。運動神経は良いんだし、神楽舞とかこの前の夏休みに祭りでやったじゃん」

 

 抗議を上げた箒に一夏は大丈夫だろうと事も無げに言う。

 

「いや、確かに単に歌って踊るくらいなら何とかなりそうだが、私の性格の問題と言うかな。分かるだろう? こんな人間だ。そのような派手なものは合わん」

「まぁキャラ的なのもあるけどさー。そこはもういっそハメ外していけばどうよ。外聞も何もかなぐり捨てて、篠ノ之箒という殻を打ち破れば良い。もうただのヒ○サ・ヨ○コで行け」

「いや、誰だそれは。妙に他人な気がしない名前とは思うが……」

「あ~でも待てよ。変にキャピらせるのも確かにアレだな。となると箒らしさを出しながら目立たせる。……そうだ、箒。もうお前いっそ戦いながら歌え。生身かIS使ってかは好きに白。オレ的には後者推奨。相手はオレがしてやる」

「待て、その理屈はおかしい」

 

 なにやら突拍子もないことを言い出した一夏に思わずツッコミを入れる箒。だが困惑の声は彼女だけが上げたものでは無かった。

 

「あの、織斑さん? その、わたくしも少々自信が……。確かに本国ではそうした宣伝などの仕事もしたことはありますが、このようなことは経験が無いものでして……」

「でもセシリア、ダンスも歌もできるだろう? 多分」

「それは、まぁ。ダンスも社交ダンスなどですが、できますわ。歌も、ダンスと共に教養として習ってはいましたから」

「ならそれで十分だよ。なに、あとは練習を積めばいいだけの話だ」

 

「織斑くん? 僕も?」

「当たり前だろ、シャルロット。あぁ、オレが思うにだけどお前はそんな特別なことはせんでも良いと思うよ。あくまで自然体なままで、必要な通りに歌ったりしてくれりゃ良い。多分それだけで豚が十分に釣れる」

「ぶ、豚……?」

 

「織斑、正直私は篠ノ之以上に自信が無いのだが。如何せん、そのような娯楽とは些か以上に縁遠い生活を送ってきたからな」

「いやでもラウラも十分素養はあると思うけどなぁ。それに聞いた話じゃそういう"遊び"も最近はシャルロットと一緒に覚えようとしてるんだろ? ならこれもその一環ってので良いと思うな」

 

 回れや回れ、我が頭脳と舌先三寸。半ば勢いに身を任せている部分があるのは一夏も自覚しているが、そうでもしなければ自分の思い描くようにはいかないと言う自覚もある。これが数馬ならばもっと鮮やかに、自在に皆の心理を言葉巧みに操って状況をスムーズに持って行くのだろうが、生憎と一夏が思考を冷静なままに事を運べるのは武術くらいなものである。

 

 

 

「アイドルと聞いて」

「あの、なんであたしまで?」

 

 不意に教室の扉がガラガラと音を立てて開かれたと思ったら、まるで"スタンバッてました"と言うかのように簪が一組に姿を現した。何故か鈴まで引っ張ってきている。その鈴はいまいち状況を呑めていないのか、やや戸惑い顔をしている。

 

「む、簪か。良いタイミングで来た。けどその前に――なんで居んの?」

「四組の出し物は決まった。後は紙に書いて先生に出すだけ。その前にちょっと見に来た。凰さんはその途中で見つけたから引っ張ってきた」

「と言うわけよ。ちなみにウチのクラスも決まってるわ。で、紙を職員室に出そうとしたら、いきなり(コイツ)に拉致られたわけよ」

 

 一組へ来た経緯の説明に一夏は納得を示す。が、ぶっちゃけそんなことはどうでも良かった。勢い任せな状態にある一夏にとって、二人の来訪は好都合以外の何物でも無かった。

 

「丁度いい。実はだな――」

 

 そこで一夏は自らの企画を二人に話す。その上でこう持ち掛けた。

 

「アイドルに、興味はありませんか?」

 

 頑張って可能な限りの低い声でそう持ち掛けた。

 

「名刺は出さないの?」

「持ってないんだよなー、残念ながら」

 

 簪の問いに一夏は心底残念と言うようにウンウンと頷く。

 

「というか、話がいきなり過ぎて何が何だかってのもあるんだけど、なんであたしなのよ」

「なんでって、誘った理由? スクールアイドルに?」

 

 一夏の確認に鈴はそうだと頷く。

 

「理由なぁ。う~ん、まぁ鈴に限った話じゃなくて他のみんなにも当てはまることなんだけどさ――」

 

 そこで一夏は言葉を切ると軽く喉を鳴らして調子を整える。そして再び低い声で言った。

 

「笑顔です」

「ネタ乙」

 

 多分状況が違ったら女子に対しての良い感じな口説き文句になったのだろうが、間髪入れない簪の切り返しに敢え無く効果は無効となる。

それが原因かは定かではないが、鈴の反応は色よいものというわけではなく、そんな鈴の反応に一夏は「何!? この言葉を使えばアイドルになるのでは無いのか!?」と内心で狼狽する。

 

「まぁ実際問題として鈴も十二分に素養は高いと思っているけどね。オレとしてはどうにも足りないものを感じると言うか、ねぇ?」

「はぁ? 何だってのよ一体」

 

 誘いをかけてきたのにこの言い草である。鈴が訝しげな顔をするのも無理なからぬ話というやつだ。

 

「いやね、鈴。お前だって十分"アイドル"をやれる素養は間違いなくあると思うんだよ。前にちょっと調べたんだけど、なにお前、向こうでモデルみたいなのもしてたんだって?」

「まぁ、一応はね。ここまでのし上がってきたスピードとか、ちょっとレアな部類って自覚はあるからさ。お偉いさんも、あたしを上手く宣伝だか広告塔に使おうって腹なんでしょ。まぁ、候補生だの代表だのはそういう宣伝仕事の打診も結構あるらしいから」

「うん、その辺の仔細はまた後日ってことで。いやね、そういう経歴も込みで間違いなく素養はあると思うんだけどさ、オレ的にちょっとキャラが足りてないと思うんだよな」

 

 それは一体どういう意味だろうか。自慢じゃ無いが猫を被るのには自信がある。客に愛想を振りまくのだって、やろうと思えばやれる。故に、続く一夏の言葉は完全に想定外だった。

 

「鈴、お前双子の姉妹とか居ない? それならもっとイケる気がするんだよ。そしてPを務めるオレのことを"兄ちゃん"と呼んでくれれば更にカンペキ」

「いや、あんた何言ってんの。まるで意味が分からないわ」

 

 割とマジな顔で素っ頓狂なことを言うのだから鈴も理解に負えない。ただ、さっぱり言っている意味が分からないのに何故だか雰囲気に既視感を感じる。はて何だったかと思い返してみれば意外に早く答えは見つかった。

これはアレだ。数馬がよく分からないことを言っている時と同じだと分かった。それも数馬特有の雰囲気のパターンの時の。

あぁ何ということだと鈴は思わず頭を抱えたくなる。そりゃあ確かに一夏も一夏で時々訳分からないと言いたくなるような言動、振る舞いをすることはあった。だがそれも数馬に比べれば可愛いもの、というより普段は数馬なんぞに比べてよっぽど常識人だった。それがどうだ、いつの間にか数馬と似たような感じになっている。ただでさえ面倒くさい変なのが更に拗らせている。鈴が思わず天を仰ぎたくなるのも無理なからぬ話というやつだ。

 

「織斑君、私は心配は無用だから」

「あぁ。お前は臨海学校の時に見せたラブアロでもう行け」

「それでも行けるし、カードファイター兼任アイドルでもイケるよ」

「パーフェクトだ」

 

 内心で悲嘆に暮れる鈴を他所に一夏は簪と盛り上がり、更にそのテンションは次々とクラスの中に伝播していく。そうして引っ切り無しにざわつき続ける教室の中で話し合いは進行をしていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あっるぇー?」

 

 決まった一組の出し物の内容が掛かれた紙を持ち廊下を歩く一夏は不思議そうに首を傾げる。その両隣を簪と鈴が歩いており、簪はいつも通りの様子で前を見ながら歩き、鈴は前方に意識を向けながらもジト目で一夏を見ていた。

 

「おっかしーなー。いけると思ったんだけどなー」

 

 あっるぇー? と首を左右交互に傾げながら一夏は歩く。結論から言って一夏の目論見は潰えた。では出し物がどうなったかと言うと、学園祭としてはスタンダードな喫茶店に落ち着いた。

てんやわんやの様相を呈していた中で不意に誰かが言った「喫茶店はどうか」と言う言葉。接客用の衣装は? 教室の飾りつけは? 器具や食器などは? 全部業者任せで良いじゃん。これでアッサリである。ちなみに一夏が提言した"あくまで自分の名前のみを使うアピール"に関しては出す品の一部を一夏プロデュースと銘打つという形で落ち着いたりしている。よくある芸能人プロデュースの商品と同じ手法というわけだ。

 かくして、一夏の画策したスクールアイドルプロジェクトは泡沫に帰したという運びと相成ったのである。

 

「ところで織斑君」

「ん? どした?」

 

 廊下を歩いている中、それまで無言だった簪が発した第一声が自分への呼びかけだったこともあり、一夏はすぐに簪の方を向く。

 

「良かったね、ダブルダイソン突破できて。随分とはしゃいでたみたいだけど」

「え、いや何で知ってるの? オレ、話した覚えは無いんだけど。てかはしゃいだって、そんな――」

「これ証拠」

 

 携帯のフォルダに保存されていたある画像を開くと、それを一夏に見せる。どれどれと画面を覗いた瞬間、一夏の表情が大きく変わった。

 

「ファァーーーーーー!!?」

 

 画面に映し出されていたのは一夏の写真だった。それもただの写真ではない。なぜか上半身だけは脱いでおり、鏡の前に立ちながら片手でウルトラオレンジのサイリウムでのバルログ持ちをし、もう片方の手で持った携帯で鏡に映るそんな自分の姿を自撮りしているという、とっても恥ずかしい写真だ。

あまりの衝撃に言葉を失った一夏はパクパクと魚のように口を開け閉めする。

 

(なぜ簪がこの写真を! 確かに磯風をゲットした嬉しさでちょっとハジけちゃったけど、なんでその写真を簪が!? あの写真を送ったのは――)

 

 そこで一夏は気づいた。簪が持つ写真の出所を。

 

(おのれ数馬ぁああああああああああああ!!!)

 

 心の内で親友への怒声を上げる。そりゃあ、ちょっとハジけ過ぎたこととか、そもそもそんな写真自撮りする方が悪いんじゃんとか正論言われてもしょうがないという自覚はあるのだが、それはそれ、これはこれである。

 

「織斑君」

 

 ポン、と簪の手が一夏の肩に乗せられる。

 

「ドンマイ」

 

 励ましの言葉を掛けられるも、その頬が笑いを堪えるためにひくついているのを一夏は見逃さなかった。ちなみにそのあと、なになにーと言いながら写真を見ようとした鈴を割とシャレにならないマジ殺気を出した一夏が制したり、簪に写真の削除を一夏が頼みこんだりするのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 二年一組、IS学園で目立ちどころのクラスを挙げろと生徒の誰かに問えば、確実に名前の挙がるクラスだ。その理由としては生徒会長として、あるいはそれ以外の種々の理由により学園の内外に名を知らしめる更識 楯無の在籍するクラスであるということがある。

だが何もそれだけに限った話ではない。例えばの話、同じように話題どころのクラスとして挙げられる一年一組で最も目立つと言えば一夏だが、何も彼に限った話ではなく時には箒やセシリアを始めとする専用機持ちも話題に挙がることがある。同じ論理がこの二年一組にも通じる。

 今、腕を組みながら自身の席に座っている斎藤 初音もそんなクラスの目立ちどころとなる生徒の一人だ。

普段から初音は口数の少ない人物と周囲には認識されている。とは言え不愛想だったり人付き合いが悪いというわけでも無く、話しかければ普通に応対もするため話しかけるクラスメイトも多いのだが、この日は違った。誰もがはっきりと分かる程に話しかけにくい雰囲気を発していた。

敵意を発している、などという剣呑なものではない。だが、何か深く考え込んでいるような他者と明確に線引きをした上で自己に埋没している、そんな雰囲気だ。

 

 

 依然、寡黙を保つ初音の意識は数日前まで遡っていた。夏休みが終わる少し前に学園に集められた初音を含む日本出身の何名かの生徒。彼女たちの前に現れたのは打鉄で有名な倉持技研から来たという技術者だ。

そして語られた倉持技研の新型ISの開発と、そのテストパイロットの選抜。川崎と名乗った男性技術者からその内容を伝えられた時、集まった誰もが驚きにどよめく中で初音はただ一人静かに聞き入れていた。同時に、"ついに来た"と改めて強く実感もした。

誰もが初耳だっただろう話は、IS学園の生徒については四人の例外が存在する。織斑一夏、篠ノ之箒、斎藤初音、沖田司。あるいは更識姉妹も自身の伝手で知っているかもしれない。だが、既に専用機を持つ織斑、篠ノ之、そして更識姉妹にはある意味で無関係の話となる。

そして残りの二人、既に知っていると同時に選抜の候補者として一夏に推挙された初音と司は共にこの新型のテストパイロット候補の召集に集められ、たった一つの枠を懸けて親友だからこその競り合いをする――はずだった。

 

 集められた面々の中で唯一の辞退志願者、それが司だった。理由はあくまで一身上の都合とされている。だが、その真相をしるのはこの計画に携わる学園、倉持技研双方の職員の一部と初音のみだろう。その理由は、体調の悪化。一夏が二人に選抜のことを話した晩に起きたように普段こそ問題ないが、司は時折胸の発作を生じていた。

それが病であるのは明白、どれほどのものかは知らないが司本人はよく理解しているだろう。だからこそ、辞退という選択をしたのだ。

辞退をした後の司の様子は普段と変わりない。それは初音を前にしても同じだ。だが初音の脳裏には辞意を表明した瞬間の、司が自身に向けた言葉と顔が焼き付いていた。

 

『私はいきなりリタイアだけど、初音は――頑張ってね』

 

 穏やかな声と笑顔だった。だが、その笑顔と声の裏にある"何か"を覚悟したような意思を初音ははっきりと感じ取っていた。あの瞬間、初音は断固たる決意を固めた。何があろうと勝ち残ると。

候補として選ばれたのは初音、司を含めば二年生はもう二人の四人。それ以外は全て三年生からの選出だ。忘れない、司が辞退をした瞬間の二人の同学年生の安堵の顔を、三年生の下の者を侮る顔を。表面しか見えない者の節穴の目に叩きつけてやると誓った。自らが侮ったものが自らを敗北に叩き落したという現実を。

候補者はいずれも学力、実技、素行など学園での全てを総合的に調査した上で選抜されている。一夏の推挙があったとは言え、初音も司もそこは変わりない。いずれも、優秀者と呼んで良い。特に新型の機体特性上必要とされる近接戦での格闘能力はいずれもそれぞれの学年で上位に入っている。

 

 だからどうした。

 

 候補になった者は初音が知る者ばかりだ。時にその試合を観戦し、あるいは直接ISを纏って剣を交えたこともある。あぁ、確かに優秀だ。上手いと言える。それは間違いない。だが、欠片も脅威とは思えない。

織斑一夏や更識楯無のような隔絶した圧倒的技量を持っているわけでもない。篠ノ之箒のような、例え腕前で劣るとも何が何でも食らいつくという力強い執念があるわけでもない。それらと比べれば、ただ浅いとしか思えない。

時に格下であっても背筋を冷やさせるような気迫、自身が挑む側と認識させられるブレることのない実力、言うなれば鉄の意思と鋼の強さ。それを殆ど感じないものばかりだ。だからこそ親友が、司があのような表情をして拒否せざるを得なかった座を譲るわけにはいかない。

 

 先ほどから話題に挙がっている学園祭。初音自身も、クラスの一員としてできる限りの協力をするつもりはある。だが、真に見据えるのは選抜に勝ち残ること、それだけだ。

今後始まるだろうただ一つの席の奪い合い、その過程で他の者達全てを蹴落としていく己の姿をイメージしながら、初音は静かに拳を握りしめた。

 

 

 

 




 というわけで前半は色々ネタをぶっこみました。アニメ、ゲームのネタ、はたまた中の人ネタ……
正直ネタは書いてて楽しいです!(マジ本音

 本作の一夏、実は趣味嗜好は割とインドア寄りという設定があります。
普段から武術だ剣術だーで体動かしまくってるので、ヒマな時くらいは家でゆっくりしたいというのが一夏の論だとかなんとか。


 そして最後の方にちょっとだけ真面目モード。
以前活動報告にて五巻編では原作では無かったような場面や展開を書きたいと言いましたが、これがその一部です。
というわけで五巻編ではこの「倉持技研新型機テストパイロット選抜」も扱っていこうと思っています。

 さて、そろそろシリアスor真面目モードな一夏も書かなきゃいけないところでしょうか。どうもここ最近の本作の一夏はハジけてばっかりな気がします。えぇ、彼もちゃんと締めるべき時には締めてくれるってところを見せなきゃと思っております。

 感想ご意見、質問は随時受け付けています。感想欄にお気軽にどうぞ。
来れば来るだけ作者が舞い上がります。
 それでは、また次回更新の折に。


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第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼

 今回は一夏ら学生組の出番はありません。
今回の主役は海堂師匠に、かねてより存在が示唆され遂に登場となったとある人物です。何となくサブタイとかから察せる方は察せると思いますが。


 中東。近年の歴史を学ぶ上で聞かないことは無いワードだ。あるいは義務教育か高等教育か、どちらにせよ学生生活を送る中で地理や歴史を学ぶならほぼ確実にそこに関する何かしらを学んだはずだ。

狭義の地域概念ではインド以西の西アジアとアフリカ北東部を総称する。アフガニスタンだけは含まれるかどうかは曖昧なところだが、単純に場所をイメージする上ではほぼひっくるめて良いだろう。

 さて、いずれかの国、あるいは複数の国を内包する地域を紹介するならばその特色などは色々と挙がるが、中東もその点に関しては例外ではない。例えば分かりやすいところで言えば原油だ。

アラブ首長国連邦やサウジアラビアなどが世界における原油産出の多くを占めている、なんてことは日本なら中学レベルの地理で学ぶ。それ以外にも途上国が多い、砂漠地帯だの、挙げられる特徴はある。そんな種々の挙げられる特徴の中で特に目立つワードが一つある。それは『戦争』。

 第二次世界大戦の終戦よりわずか数年後に始まった第一次を皮切りとした四度に渡る中東戦争、イラン・イラク、湾岸、イラク、現在に至るまで大規模なものは少なくなったとは言え武力衝突は途絶えてはいない。

何が原因か、それを語るとしたら更に軽く百年単位で歴史を遡らなければならないためにその辺りの事情は敢えて割愛する。だが原因の一部、中東の情勢を語る上で決して欠かせないものを一つ挙げるとしたらそれは宗教だろう。

イスラム教スンニ派、シーア派。これは多くの人が耳にしたことがあることと思われる。世界でも有数の規模を持つ宗教であるイスラム教における宗派だ。特に近年の中東での武力衝突とこれらが密接な関係を持つのは想像に難くない。特に昨今目立つのはこれらから更に派生した所謂"過激派組織"と呼ばれる集団だ。他国の人間がそれらの手の者により拉致され、痛ましい結末となったというニュースも幾度と報道された。

 

 これらの問題の完全解決は少なくとも数年程度では済まないのは確実だ。何世紀と続く宗教の、かなり根幹に近い部分で古くから在り続けた問題だ。あるいは精々が衝突が少なくなる程度で完全解決など未来永劫成りはしないのかもしれない。

だが、問題そのものの抜本的解決は望めなくとも、対処療法と言うべきだろうか。直近の問題ごとの解決は試みることができる。それを可能な用意さえできれば、あるいは力ずくというのも可能だろう。そう、例えばそうした武装勢力の一拠点を叩き潰す、あるいはそれらに拉致された人質を助け出すなどだ。とは言え、現実にそれを為そうとすれば必要とされる人材、装備の準備は相応のものとなる。故に現実的には中々に難しい方法とも言うことができる。だが、仮に実現できるとしたらどうか。勿論、長期的に見て大きな効果があるかどうかはまた別の問題となるが、ごく短期的な眼前の問題の解決という点では非常に有効と言えるかもしれない。

 某日、そんな非常識で困難な力ずくとも言える手法が中東の一地域で取られた。送り込まれた戦力はどれほどか。国連軍か、米軍か、武装勢力の台頭を良しとしない中東諸国の軍か。否である。仮に結果のみが世界に報じられたとして、その過程で何があったかを知る者は殆ど居ないだろう。報じたところで無駄だ。誰もが信じようとはしない。だがそれでも現実に起きたのである。およそ人の所業とは思えない、魔人の御業とも言うべき事態が。

 

 

 砂漠地帯の一部、そこには古い集落があった。町と言うには小さすぎ、精々が村落のレベルだろう。現代の日本人にある程度通じやすい表現を使うとしたら、やや規模の大きい住宅地と言うべきだろうか。

中東情勢などをテレビのニュースなどで見ていれば、地域や町一帯が丸ごと過激派勢力の支配下に置かれている、などということを聞いたことがあるかもしれない。ここもそんな場所の一つだ。だが、ニュースなどで聞くそうした地域との違いを挙げるとすればそれらの地域が過激派勢力の支配下にあるだけで、内部では勢力や組織外の民間人も暮らしているのに対し、この集落は完全に勢力の構成員のみしか居ないということだ。集落というよりはむしろ勢力の基地の一つと呼んでも良い。

仮にこのような場所を落とそうとすれば例え装備を固めた先進国の軍でも一苦労は確実だろう。特に人質などが収容されていると判明している場合など。それが普通だ。では、仮に普通では無い者が実行をすればどうなるか。知る者は決して多くないだろう実例が、そこには繰り広げられていた。

 

 夜の砂漠の中にあってその集落基地は非常に目立っていた。原因は一目瞭然、集落のほぼ全てから発せられる光が辺り一帯を照らしているからだ。だがそれは照明などの人口の光に因るものではない。そもそもこんな辺鄙な場所における電気などたかが知れている。

赤、朱色、橙色、幾つかの暖色系の光はある種の圧迫感を持って集落全体を包み込み、ユラユラと揺れている。それは燃え盛る炎だ。

 

『あ、あぁ……あぁああああ……』

 

 飲み込まれれば一たまりもない炎から逃げ続け、どうにかある程度の安全は確保できるだろう場所に駆け込んだ若い青年は恐怖に震えていた。この集落基地を支配する過激派武装勢力の一員でもある青年はいつも通りの一日を過ごしていた。朝に起きて日中は奉じる宗派への信仰と、それこそが正義と信じる戦いのために鍛え、そうして夜には眠りに就く。今日もそんな一日になるはずだった。

一体何時からおかしかったのか、気が付いた時には既に事態は決定的に手遅れなところまで来ていた。基地の入り口の警備をしていた者はいつの間にか息絶えていた。その第一の異変は内部には伝わらず、ようやく基地内で異常が一部の者に認識される頃には多くの同胞が他の同胞に気付かれぬまま死んでいた。そして基地内部全体に異常事態として通達され慌ただしくなり、青年も動き出した頃には既に多数の同胞が討たれ、基地のあちこちから火の手が挙がっていた。

国連軍か、米軍か、あるいは対立宗派の武装勢力か。青年の脳裏にイメージとして浮かんだ敵は精強な軍団だ。だがそれでも臆さずに戦うつもりだった。神の加護を信じ最後まで勇敢に戦う、そのつもりだった。

 この異変の原因とおぼしき存在を見つけたのは武器を手に基地内を駆けていた時だ。既に火の手は内部の建物の多くに回り大火の様相を呈している。そんな中で銃声が耳に届き、反射的にその方を向いた。

振り向いた先、やや遠かったがそこには銃を構える仲間の姿があった。彼らは一様にある方向を向き、その先には火という光源からの逆光で影としか見えないが、一人の人間がいた。遠目でも分かる背の高さやガッシリとした体格から男であるとすぐに分かった。砂漠用として見慣れた外套らしきものを羽織り、手には何か長い物を持っている。間違いなくアレはこの異変の元凶である存在だろう。そして死んだ仲間の中には鋭利な刃物でバッサリと斬られていた者もいた。ということはあの手にある長物は刃物の類だろう。

 

『死ねっ!!』

『チクショウッ!!』

 

 離れていても聞こえる怒声と共に仲間たちが一斉に銃を撃つ。だが当たっていないのか、男はまるで倒れる様を見せない。多方向から一気に放たれる銃弾、間違いなく撃ち抜かれるはずだ。だというのに全然当たっていない。

アレは正真正銘の影かナニカなのか? そんな疑問がふと湧き上がったのを認識した瞬間、更に信じられない光景が飛び込んでくる。今度は謎の男の方が動く。遠目でも追いかけるのが殆どできなかった速さで男は仲間たちに接近し、次々と手にしていた刃物で斬っていく。一撃で急所を絶たれ事切れたのか、倒れた仲間はそれきりピクリとも動かない。気が付けば男を囲んでいた仲間たちは全員が死んでいた。

それを目の当たりにして青年はただ震えて立ち尽くすことしかできなかった。仲間たちを殺されたことの怒りも、この基地の兵の一人としての義務感も、何もかもが頭から吹き飛んでいた。ただただ、離れたところに立つ男の存在に圧倒され、思考が真っ白になっていた。

相変わらず炎による逆光のため、男の姿は影としか認識できない。だがその首が動き、視線がこちらへ向けられたことが分かった。次の瞬間には持っていた銃を放り棄てて一目散に逃げ出していた。敵の男も仲間たちの亡骸も放り出してただ逃げ走る青年の思考は恐怖に彩られていた。

 

 この騒動の最中で死者の数は次々と累積していき、その数は基地内に存在する人間の総数に一気に迫っていた。そして、死を迎えた者達が一様に感じたのは生涯に類を見ない理不尽と恐怖だった。

ある場所では一つ、銀閃が閃くたびに一人が命を落とし、時には二、三人纏めて息絶える。散っていった彼らの宗教上ではあまり縁があるとは言えないが、まるでコミックに出てくるテンプレな死神の持つ鎌だ。振るわれる度に無慈悲に命を奪い去っていき、こちらが何をしようとまるで意味を為さない。ただ無抵抗に命を刈り取られていく。

ほぼ同じ刻に別のある場所では打撃音や破砕音が絶え間なく鳴っていた。次々と基地の戦闘員たちが頭蓋を、頸椎を、脊柱を砕かれ、あるいは内臓を一気に潰されて、時にはその場に倒れ、時には吹っ飛ばされ壁に激突し、いずれにせよ一瞬で命を奪われていく。無数の重火器、あるいは刃物や鈍器などの武器を前に繰り広げられる殺戮劇はただでさえ信じられない光景だ。何せそれを行っているのはたった一人の人間。更に信じられないのは、それがその人物の四肢によってのみ為されていることだ。

 

 

 

『あ、悪魔だ……悪魔がやってきた……』

 

 ガチガチと歯を鳴らす程に震えながら青年は恐怖に押し潰される。何時の間にか基地内のどこからも銃声や人の声は聞こえなくなり、耳に入ってくるのは炎が燃え盛る音と、燃え散った建物が時折崩れる音だけになっていた。

そんな環境音しか聞こえない、ある種の静寂の中で青年は蹲っていた場所から動こうとする。だが動き出そうとしたその瞬間に再び固まる。チラリと炎の明かりによって地面に人影が映し出され、それがこちらの方に向かっていることに気付いたからだ。同時にもう一つのことに気付く。影が伸びている場所、青年が隠れている場所の近くは基地の、元となった集落の言わばメインストリートのようなものであり、そこは入り口まで一直線に続いている。

仮に影の主がこのまま歩き続ければ、そのまま入り口まで達し基地の外へと出ることになるだろう。どうかそうなって欲しいと、生涯でも全霊を掛けたと言えるほどに強く祈る。そうして遂に彼らは青年の視界に入ってきた。

一人は先ほども見た男だ。片手には仲間たちを斬ってきただろう刃物が収まっているらしい鞘が握られている。それが極東の島国に古くから伝わる武器であり、世界的にも"カタナ"の呼び方で通っているものであることを彼は知らない。

もう一人、刃物の男に並んで歩く男が居る。背丈は刃物の男より少し低い程度だが十分な長身だ。おそらくアレもまた元凶の一人。そして奇怪なのはその恰好。砂漠の中というのに企業家のごとくキッチリと素人目でも仕立てが良いと分かるスーツを着ており、まるで武装をしている様子が無い。もう一人は刃物だけで仲間を殺していた。ではあちらは丸腰で仲間を殺しまわったのか、そんな恐怖交じりの疑念が湧き上がる。

そして元凶の二人の後に続くように、また別の男が二人歩いてくる。死体が積まれ、業火があちこちを嘗め回すという惨状の中でそれを為した張本人ゆえか悠然と歩く先の二人と違い、今度の二人は程度は違えど青年同様に恐怖が心の大半にあるようで足取りはおっかなびっくりだ。共に欧米人と分かる二人に青年は覚えがある。少し前に別の場所で捕えた自称フリージャーナリストだ。しかし敵対する軍のスパイの疑惑有りという上の判断で捕えられ、この基地で拘禁されると同時にそれぞれの母国への身代金要求を行っていたはずだ。

元凶の二人の目的は人質の救出なのか、それともそれはついでで目的はこの基地の壊滅なのか、はたまた両方か。グルグルと考えが回るが、途中で全部放り出した。四人は青年の居る前を気付いていないのか素通りし、そのまま出口へと向かって歩いていく。

早く行け、早く行け、そう念じ続ける。やがて四人の背中が遠くなってきたところでようやく危機が去ったことを実感したのか、青年は安堵の息を小さく吐き出す。そして再び離れていく四人の方を見て、刃物の男の片手が動いたように見えた。

 

『え?』

 

 ドスッと何かが刺さる音、そして額に何かが当たったという衝撃を同時に感じた。そう認識した時には青年の体は既に倒れ始め、完全に地に落ちた時には既に青年の意識は永遠の闇の中にあった。

しばらくして、回ってきた炎は未だ無事だった建物を呑み込み、それもまた崩れていく。それと同時に、崩れる建物のすぐ下で事切れていた青年の体も残骸と共に炎に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのかい?」

「いや、少しな。放っておいた奴が居たが、それも片付けた。それだけだ」

「そうか」

 

 基地を出る直前、青年曰くの刃物の男もとい宗一郎はおもむろに背後の一方向に向けて持参していたクナイの一本を投げていた。その意図を隣を歩く男が問い、それに宗一郎が答えたのだ。

 

「別に生かそうが殺そうがどちらでも構わなかったがな。が、些細なものでも潰せるなら潰せというのがアイツの言い分だったからな。俺も特に拒否をする必要が無かった。故にあぁしただけだ」

「前々からそうだとは思っていたが、君はやはり美咲くんには甘いね」

「さて、どうだか。それに甘いと言えばそれはお前もだろう、煌仙(おうせん)。娘に当代の座を譲った割にはあれこれと手を焼き、妹の方にも随分と寛大と聞くが?」

「なに、父親としては当然のことだよ。私は基本的に娘にはある程度自由にさせたいと思っているからねぇ。それに、上の娘は"楯無"とは言えまだ若い、故に未熟が出てしまうところがあるのも事実。ならば手を貸してやるのが先達の務めではないかな?」

 

 "楯無"、意図的にこの言葉を使う者は世を見渡してもそうはいない。そしてそれを名前として使う者、それを指して身内と呼ぶ者は更に限られる。

彼の顔立ちは一見すれば若く見える。精々が宗一郎よりも少し年を重ねた程度だろう。パッと見の若さは先ほどから、それこそ基地を襲撃している最中ですら変えなかった微笑み交じりの穏やかな表情も相まって猶更そう見える。しかし宗一郎もまた年の割には非常に若く見える類に入る。それは彼もまた同様だ。実際のところ、彼は宗一郎よりは齢にして十は上を行く、早い話がアラフォーであり既婚者かつ高校生の娘を二人も持つ二児の父だったりする。

 更識 煌仙(おうせん)、かつては更識家十六代楯無と呼ばれた人物だ。そして彼こそが宗一郎と共に過激派宗教勢力の基地を襲撃、壊滅せしめた張本人である。宗一郎が刀を振る傍ら、無手で敵を屠り時には建物すら破壊していったのが彼だ。片や剣で、片や無手で、真実その道を極めた魔鬼とも言うべき存在がこの二人。それを知る人間は世界を見渡しても極めて限られるだろうが、事実としてここに並び立つ二人は武人として今現在の世界において頂点に並び立つ両雄である。

 

「十分に甘いと言えるがな」

 

 一応依頼された仕事とはいえ、妹弟子の頼みでもある任をきっちりこなすところを指して甘いという煌仙に、宗一郎も彼の娘たちへのスタンスを指して言い返す。

 

「それは君もだろう? 美咲くんにもそうだが、弟子にも中々らしいと聞くが?」

「……」

「……」

 

 しばし無言で互いの顔を見合う。ただそれだけで圧力を増す周囲の空気に付いていくだけでも一杯一杯の後ろの二人はただ慄くしかない。だが程なくして互いに馬鹿らしいと判断したのか、緊迫した空気をあっさりと雲散霧消させると再び歩き出し、後ろの二人にも遅れないように促す。

 

「時に宗一郎、久しぶりの実戦はどうだったかね?」

「慣らしには妥当だが、それでも物足りなさがあったのは事実だな。過激派とは言え信仰を掲げている連中だ。あるいはその信心による執念が齎す"何か"を期待してもいたが、アテが外れたようだ」

「最近は多いらしいからねぇ。信仰を謳っていても、結局はただの名目でしかなく、実態はありふれたそういう手合いというのは。しかしそうか、足りないか。では次は先進国軍の特殊部隊でも宛がおうかね?」

「それこそお前が出向きたいのではないのか?」

 

 皮肉気な視線と共に返した言葉に煌仙は確かにと肩を竦めながら頷く。

 

「否定はしないがね。友人のためとあらば一度くらいは我慢もしよう」

 

 年にしてほぼ十は離れているが、互いに道を極めた武人として、あるいは純粋に一個人としての人間的なアレコレで通じるところがあるからなのか、その年齢差を超えた友人関係に二人はある。互いに"うわばみ"であるというのも理由の一つかと問われれば否定はできないが。

 

「ま、縁が巡ってきたら考えてはやるさ。……あれか」

 

 少し先に二台の車両が停まっているのを確認する。どちらも砂やら何やらでお世辞にも良いとは言えないこの環境下においても力強い走りをすることができる車だ。そこまでたどり着けば宗一郎と煌仙の仕事は終了である。救出した人質二人を預け、自分たちは別路でまったり帰路に着くだけである。

 

『喜びたまえ、迎えの車が見えた。君ら二人とも、祖国に帰れるよ』

 

 流暢な英語で煌仙は背後の二人にそう告げる。その言葉に安堵やら諸々が一気に湧き上がったのか、二人の顔を万遍なく覆い尽くす歓喜が浮かび上がる。

 

『あぁそうそう。君たちの救出の経緯についてだが、くれぐれも我々のことは口外しないでくれたまえよ? 今後メディアの取材とか色々あるだろうが、その時には後で伝えられるだろう台本通りにやってくれたまえ。君たちを助けた立場でこのようなことは言いたくないのだが、もしものことがあれば折角君らが助かって喜んだであろう君らの家族や友人が再び悲しむことになってしまうからねぇ。いや、本当にそれは避けたいから頼むよ?』

 

 軽い口調で、それこそ世間話でもするようなフレンドリーさを以って掛けられた煌仙の言葉に二人は揃って表情を強張らせると強く何度も頷く。雰囲気は無視して、言われたことに込められた意味に気付かないほどこの二人も愚鈍では無い。せっかく拾った命なのだ。つまらないことでそれをフイにはしたくない。

 

 それから少し歩き、停まっている車の下に到着した一行は煌仙が代表として待っていた者の一人と何度か言葉を交わし、救出した二人を預けるとすぐに宗一郎と共に車に乗り込む。そうし四人をそれぞれ収容した車は互いの目的地へと向けて走り出した。

 

「さて、もうすぐこの中東ともしばしお別れだ。中々面白い場所ではあったが、やはり祖国が一番だね。帰る家、そこで待っている妻と娘。実に良いものだよ」

「どうする。日本に着いたら軽く一杯、引っ掛けていくか?」

「それは名案だ。そうしよう、是非とも」

「飲み過ぎて、帰ってまた奥方にシバかれるなよ?」

「善処はするつもりだがね、それも愛と思えば中々。君も、妻子を持てば分かるよ。まぁ早々相手に困るというのも君のことだからなさそうだが、そろそろ身を固めるつもりはないのかい? なんなら私のツテで紹介するのに」

「お前までお袋のようなことを言うのは止めろ。――ただでさえこういう稼業に戻ったばかりだ。しばらくはこのままで、弟子のことも込みで落ち着いたら考えるさ」

「まぁ、君に考えがあるならそれでもいいのだがね。だがそうだね、私の予想では何だかんだで美咲くんあたりに落ち着きそうな気がするんだよ。ほら、彼女は君の妹弟子だが同時に元カ――」

 

 それ以上は言うなと宗一郎は殺気をありありと込めた視線を送る。その凄まじさたるや、意識を煌仙のみに向けたはずが彼に留まらず車内中を満たし、特に耐性の無い運転手に途轍もない恐怖感を与えたほどだ。

そんな殺気を真っ向から浴びた当の煌仙はと言えば涼しい顔そのもの。付き合いが長いだけに彼はよく分かっていた。要するに、一種の照れ隠しのようなものだ。何だかんだで宗一郎もまだ三十と十分に若い。そういうこともあると思えば大したことは無いというものだ。

 

「ふむ、では話を変えてだ。どうかね? 君の弟子は。中々、活躍しているそうじゃないか」

「俺の弟子としてはそれなりに良い伸びとは思っているがな。が、IS絡みとなるとまだ知らんことも多い。その辺りはむしろお前の方が詳しいのではないか?」

「一応、それなりにはだがね。簪、下の方の娘なんだが、使うISの開発元が同じとかでそれなりに仲良くやっているらしい。割と気兼ねなく接することができるとも言っていたからね。いや、簪も中々変わり者な性格をしているからねぇ。そういう気の合う友人ができるというのは父親として素直に喜ばしいよ。で、君の弟子の話なのだが。どうかな? 実際のところ、彼には見込みがあるのかな? 我々の側への」

「……」

 

 軽々しく答えられる問いではないため、宗一郎もすぐには答えずに少し考える。煌仙が言う"我々"とは世界でただ二人、煌仙と宗一郎のことだ。凡そ一個人が鍛えられる領域としては世界最高峰にある千冬や美咲、その最高峰すら超える絶対的な存在の域に一夏は達することができるか否か。それを煌仙は問うていた。

 

「……見込みはある。このまま順当に育てばな。少なくとも、二十歳に達する前には俺達に並ばずとも、食い下がれる域にはなるのではないか?」

「そうか、それは結構。となると美咲くんや戦女神(ブリュンヒルデ)に比する、あるいは凌駕せしめるか……」

「成るならば成る。成らないなら成らない。それだけだろう。死んだ師の言葉だが、曰く俺がこの域に達したのは必然だと。才や歩んだ道のりによって変動する類の結果ではなく、その道を歩み始めた瞬間からここへ、この領域に達することが決まっていたと。言われて納得もしたさ。なるほど、自分で言うのも変なものだが確かにこの領域は、予めそう成る者だけが到達できる域だ。それが判明しているのが、既に結果として出ている俺とお前。我が弟子は、一夏は、あくまで可能性があるという話だ」

「それはそれで一つの才だと思うがね。だが、我らの領域は達するべき者が必然に達する域、か。中々に深いものだ。であれば美咲くんや戦女神は、それでもその定めに選ばれなかったか。こと戦女神に関しては、その可能性は弟の方にこそ委ねられた。なるほど、興味深い。いや、もしかすると二人にも可能性はある、いやあったのかもしれない。だが扉を開けなかった、それも在り得るか。であれば何かの拍子になんて可能性もある。うむ、増々興味深いものだ」

 

 依然穏やかな表情を変えぬままに煌仙は顎に手を当てて何かを思案する。それを見て宗一郎は一つ釘を刺しておくことにした。

 

「とはいえ、これは俺とあいつの師弟の問題だ。あるいは、無手の稽古のためにお前に一時的な手解きを頼むやもしれんが、あいつがどう成長していくかは流れに任せるつもりだぞ」

「あぁ、勿論だとも。むしろ君が認めさえすれば私は一夏少年に技を伝授することに躊躇いは無いとも。彼のことは"更識"としても重要な案件だ。悪いようにはしないから安心したまえよ」

 

 当然のことと言うような煌仙の態度に宗一郎は内心でどこまで本当なのやらと嘆息する。いや、実際のところ煌仙はこういうことで嘘を言うような性質では無い。そう言ったならば、一夏に対しても友好的に接するつもりだろう。

だが更識 煌仙は一国家の暗部の中枢に身を置き、本人も一個人として絶大な力を持った人間である。力は力を引き寄せる、などといった感じの台詞が何かにあったような気もするが、煌仙もその例に漏れずと言うべきか、時にはいつのまにか荒事が傍にあり、その対処をしているなどということがある。それが弟子に要らない飛び火をするのではと気になりはするのだ、これでも。だが思案しても意味が無いかもしれない。いざそうなったらなったで、あの弟子も何とかして切り抜けるだろう、そんな予感もある。

 

「全ては必定。なるべくしてなる、か」

 

 そう言うと宗一郎は僅かに姿勢を整えるとシートに深く身を預けた。夜空に浮かぶ星を見上げながらふと思う。こうして己と煌仙という武の二極が共に動き、これまで影に隠れていた浅間美咲という剣の魔鬼が一人すらも表に出ようとしている。

 

(まったく、かくも世は平穏とは程遠いということか)

 

 吐きたい溜め息を胸の内に押し留めると代わりに後頭部を一掻き、それで思考から流すことにした。

 

 

 

 

 

 




 実はこれ、多分次回に書くだろう話の冒頭部にinterludeみたいな感じで挿入しようと思っていた話なんです。ところが書いてみたらまぁ文章が増える増える。結果、丸々一話分になってしまったのでもうメンドクサイからこのまま投稿しちゃおうと思い、このような感じになりました。
 さて、原作じゃあ千冬がISに生身で挑んでましたね。OVAでそのシーンがありましたが、実に別世界な感じの人間でしたね。今回の二人はそれ以上です。もうなんか出てくる世界間違えてます。この二人の片方が出た瞬間に白兵戦は勝敗が決します。今回は二人纏めてでしたが、そうなるともう只の酷いイジメです。
 なんかもう最近、この辺開き直ってぶっ飛ぶならとことん行っちゃおうかなどと思い始めた作者でございます。どうか読者の皆々様方におかれましては、こんな作者、作品であっても今後もご愛顧のほど、心よりお願い申し上げる所存です。

 ご意見ご感想、ご質問、随時受付中です。
何かありましたらお気軽に感想までどうぞ。大歓迎です。
 それでは、次回の更新の折に。



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第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ

 万仙陣、面白かったです。ティザーサイトでイラストが発表された頃には想像できないくらいにしーちゃんが可愛かったです。南天ちゃんも実にゲスいキャラでしたけど、声優さんの熱演もあってとても魅力的なキャラでした。ノブがぐう聖過ぎました。
とりあえず一周終わったのでこのままフルコン目指します。

 あと、艦これの春イベも突破しました。二日の夜のことでした。
今回は明らかに緩かったと思います。オール甲ですが、割とサクサク進められたので。高波とRomaも攻略中に引き当てたので掘りをせずに済んだのは幸運でした。
でもこの分だとまた夏が地獄になるんじゃないかなーと思ってます。

 んで、今回更新分のお話。
始めに言っておきます。特に何もありません。


 文化祭が近いとはいえ、学園での日常生活に目立った変化があるわけではない。

勿論、準備を進めていくのは確かなのだが、IS学園はそのカリキュラムの都合上、あまり文化祭準備ばかりに時間を割くというわけにもいかないので、小道具や飾りつけのセットなどの類はその殆どをそういったものを取り扱う業者任せにしている。

それは一夏のクラスも例外では無く、喫茶店を行うにあたり食器や内装などの準備は主にそうした面に明るいセシリアが中心となって業者への手配を行うことになっている。後は届いた道具をパパッとセッティングし、事前に仕込んでおく飲料や食品を用意すれば良いだけの話だ。

つまりどういうことかと言うと、クラス委員としての一夏の仕事はそんなに多くは無く、意外と時間に余裕ができるということだ。

 

 そんなわけでいつも通りに始まった一日の朝、一夏はいつものように食堂で朝食を摂っていた。和洋どちらかはその日の気分次第だが、今日は和食セットである。

ちょっと視線を移せば壁に掛けられた大型のディスプレイにテレビ番組が映っている。時間も時間なため、やっているのはニュース番組だ。ちょうど今の報道の内容は中東における過激派勢力の基地の壊滅という朝から物騒なもの。しかも中東情勢に大なり小なり関係しているどの各国も軍部の介入を否定しており、一人の生存者も残っていないという基地跡に残された死体はどれも殴打や刃物による殺害という。現地、各国軍部、番組のコメンテーターやリポーター、専門家、揃いも揃って「何が何だかわけワカメ」と匙を暁の水平線の向こうにシュゥウウウトッしている有り様だ。

いや全く以って同感だと、味噌汁を啜りながら一夏も心の内で頷く。そこは普通銃とか爆撃でねぇのJKと言うのが率直な感想である。

 

「ここ、座るね。答えは聞いてない」

 

 確認をするまでもなく空いていた目の前の席に座ってくる人物がいた。同じく朝食だろうサンドイッチのセットをトレーに載せた簪だ。

 

「進捗はどう?」

 

 何をとは言うまでもない。文化祭の出し物準備のことだ。

 

「まぁ幸先は良いかな。セシリアが主導で食器類の手配とかをしてくれているよ。流石はイギリス貴族、とでも言うべきかね。その辺りのお茶事情への造詣の深さってやつは」

「そう」

「そういえばそっちはIS関連のパネル展示だっけ? どうよ」

「こっちも悪くは無い。中心は私だけど、授業でやることとか豆知識みたいなもの、使えそうなネタはピックアップしてある。後はそれを学園の関係者、招待客の業界の人や一般の人全員に興味を持ってもらえるように組み立てるだけ」

「ほぅ。いや、どうにもそういう頭を捻りそうな類は苦手でね。流石は座学主席殿、大したもんだ」

「そのあたりの自負はあるけど、君はもうちょっと座学も頑張った方が良いと思う」

 

 淡々と紡がれた痛いところを突いてくる言葉に思わず顔を顰める一夏だが、ぐうの音も出ない正論なので何も言い返せない。いや頑張ってるけどさー中々ねーと軽く目を逸らしながらぼやく一夏などお構いなしにそういえば、と思い出したように簪も続ける。

 

「そっちのクラスの喫茶店、名前はどうするの?」

「名前?」

「そう。ただ"喫茶店"って銘打っただけじゃ味気無い。センスはともかく、名前があった方が人目にはつくと思う」

 

 その指摘に一夏はそれもそうかと頷く。店名、確かにあまり目立ちはしないが重要なファクターだ。これは早急に考えねばならないだろう。

さてどんなものが良いか、どうせなら店の雰囲気に合うものが良い。内装やら食器やらの手配を主導してくれたセシリア曰く、アンティーク調の落ち着きある空間をイメージしているということだったはずだ。ならばそれに見合う名前が良いだろう。

朝食を食べ進めながら一夏は考える。そして一しきり食べ終えたところでまるで脳内に明かりが灯ったかのようにフッと案が浮かんできた。

 

「とりあえず候補はこんな感じ?」

 

 近くにあった備え付けのペーパーを一枚取り、そこに懐から一本取り出したペンでサラサラと書きつける。そうして簪に提示された一夏の点名案が以下だ。

 

・ラピッドハウス

・アンテイク

・あーねんえるべ

・マミヤ&イラコ

 

「……」

 

 とりあえずこれはツッコミ待ちということで良いのだろうかと簪は判断に悩む。微妙に変えてはあるが、どれも見覚えのある名前だ。理解ある者ならばツッコミを入れて然るべきだろう。だがあまり勢いの乗ったツッコミは簪のキャラではない。そういうのは二組の凰さんの役割だと思う。

一つは頭に丸っこいウサギ(ジジィの霊が憑依なう)を乗せた女の子とかが働いてる、こころがぴょんぴょんしそうな名前だ。

一つは雰囲気の良い店だが実は店員の全員が食性として人を喰う種であり、しかもそのほぼ全員が種の中でも実力者、一部は完全に化け物クラスという、そんな感じっぽい。あと客には血の付いたハンカチをクンカクンカハーッハーッカネキクンッしてフォルテッシモッッ! しそうなホモホモしい変態が居そうだ。

一つは猫っぽい二頭身だか三頭身くらいのナマモノが跳梁跋扈しているカオスな空間かもしれない感じがする。ちなみに店がある町は死亡フラグの溜まり場だ。

一つは……課金アイテム、以上。

 

「とりあえず、他の人とも話して決めたら?」

 

 出した結論はスルーであった。そもそも自分が言い出したこととはいえ、あくまでこれは別のクラスの問題。であれば自分がとやかく言う必要は無い。そう判断しての結論だ。

 

「あともう一つ」

「ん?」

 

 話しながらも食事は進めていたため、そろそろ互いに食べ終わりそうになった頃合いで簪は別の話題を切り出す。

 

「始まったみたいだよ、倉持の新型のテスター選抜」

「……そうか」

 

 聞いた瞬間、一夏の目が僅かに細まり纏う雰囲気もやや硬質なものになる。そも簪の打鉄弐式は白式と同じ倉持技研の開発。更に簪はその年としては類稀な知識と技術で既に開発の一線に携わっている。白式のメンテナンスや改修などで少し意見を出す程度の一夏と違い、現場へのかかわりは遥かに濃い。ならば彼女が知っているのも自然なことと言える。

 

「夏休みが終わる少し前に候補者が集められたって。そろそろ一気に話が広がる頃だと思う。お互い、質問攻めになるかもね」

「そうか。参ったな、いざ聞かれてもオレに答えられることなんてそう多くは無いんだけど」

「そういう時はこう言えば良いと思うよ」

 

 そこで簪は人差し指を立てて口元に当てながら言う。

 

「禁則事項です、って」

「……ま、部外秘を楯にすれば通じるかね」

 

 そして朝食も食べ終わった。空になった食器を軽く整えてごちそうさまと小さく言うと、早いところ食器を下げて身支度を整えようとする。だが席を立つより早くやや昂ぶった、実に慣れた感覚の気が近づいてくるのを察知し、その直後に幼馴染の声が一夏の耳朶を打った。

 

「一夏!」

 

 決して大声というわけでは無いが、凛とよく通る声で一夏に呼びかけながら箒が歩いてやってきた。姿勢こそ整っているものの明らかな早歩きに何か急ぎの要件かと首を傾げる。

 

「一体どういうことだ!」

 

 目の前までやってきて開口一番、箒が発した言葉はそれだった。どういうこと、と言われても一夏にはさっぱり覚えが無い。はて、もしや知らず知らずの内に箒に何か粗相でもしてしまったかと、ここ最近を思い返してみるもまるで心当たりがない。どうしたものかと、一応確認はとってみることにする。

 

「どういうことって言われても、何が何だか分からないんだけど。一体どうしたんだよ?」

「……知らないのか?」

 

 ごまかしなど一切無く、大真面目に分からないと言うような一夏の問いに箒は僅かに眉を潜めると、何かを考えるように顎に手を当て、すぐに落ち着き払った態度に戻って再び一夏を見る。

 

「すまん、少々気が急いていたらしい。朝から騒々しくしてしまったな」

「いや、そりゃ良いんだけどさ。どうした? なんかただ事じゃなさそうだが」

「あぁ――」

 

 言い出そうとする前に軽く周囲を見回し、あまり衆目が向いていないことを確認すると手で顔を寄せるように指示する。おそらくは内密に近い話だろうと一夏もすぐに察し素直に顔を近づける。すぐ傍に立つ簪に何も言わないのは、あるいは箒も簪ならば聞いても問題ないと判断しているからだろうか。

 

「夏休みが始まってすぐ、お前が斎藤先輩と沖田先輩に話した件は覚えているな」

「あぁ。いや実はな、ついさっきまで簪とその話をしてたんだよ。ちょっと前に選抜、始まったって?」

「そうか、それを知っているなら話が早い。そのことだ。件の候補者、お前の推挙があったからかは分からないが、斎藤先輩と沖田先輩も選ばれたらしい。だが、選抜開始の直後に沖田先輩が辞退を表明した」

「なんだと……?」

 

 箒の言葉は到底聞き流すことなどできないものだった。見ればすぐ傍で話を聞いていた簪もやや目を見広げて驚きを露わにしている。

 

「箒、いったいどういうことだ?」

 

 一夏の脳裏を占めているのは何故? という疑問だけだ。自分が推したにも関わらず、などというつまらない憤りは欠片も存在しない。そもそも、あの二人の武人としての気質からして辞退などとても考えられない。それでも、ということは何かしら相応の理由があるはずだ。それは一体何なのか。

 

「私も剣道部の早朝練習で聞いただけだ。当の沖田先輩は休みだし、事情を知っていそうな斎藤先輩にしても一身上の都合としか。時間が無かったのもあるが、どうにも仔細を聞き入ることのできる雰囲気ではなくてな」

「てことは、沖田先輩のプライベートに関わる結構マジな理由ってわけか」

 

 一夏の推測をフォローするように簪も続ける。

 

「今回の選抜、最終選考に残れば新型のテスターだけじゃない。国家の候補生になれる可能性もかなり高い確率である。それをみすみす手放すような人はこの学園には居ない。それでもってことは、やっぱり相当」

「だよな……。オレも気になるけど、どうにも簡単に聞けるって感じじゃ無さそうだし。少なくとも今は、斎藤先輩に頑張ってもらうしかないってトコか。箒、一応だけどこの事は――」

「心得ている。早々他言はしないさ。ただ、人の口に戸は立てられぬと言う。既に今朝の練習に出ていた部員は知っているし、そこから話が広がる可能性は大いにあるぞ」

「そりゃな。ま、聞かれても詳しく知らないで通すしかないだろうさ」

 

 

 

 食器の片づけを終え、再度身支度を整えるために箒と一夏は共に寮へ向かっていた。二人の部屋はそれぞれ比較的近しい位置にあるため、こうしたことは割とよくある方だ。

 

「しかし先ほどの話の最後の方、やはり一夏として斎藤先輩を推すつもりか?」

「ま、上級生の中じゃ割と絡む方だしな。オレだって人の子よ、そういう情はあるさ」

「気持ちは分からんでもないな。いや、私も似たようなものだよ」

「けど、他にもあるぞ」

「ほう?」

 

 それは何かと箒は目で問い掛けてくる。

 

「一応な、先輩を推薦する前に色々見たんだよ。そういう近接系で優秀な成績出してるって上級生の映像とか。そりゃまぁみんな上手い人ばっかりだし、オレも映像見ながら結構参考にさせてもらったりもしたけどさ、やっぱ斎藤先輩と沖田先輩はな、剣が違うんだよ。こうね、乗っけてる気持ちの強さってやつかな」

 

 その言葉に箒もあぁ、と納得の表情と共に頷く。

 

「そうだな、そのあたりは私も同感だ。見習うべきと思う先輩は多く居るが、やはり斎藤先輩と沖田先輩は日頃世話になっているのもあるからな。別格だよ」

「けど、だからだよ。沖田先輩の辞退の理由、一体何なのかね……」

「そこは私もずっと気掛かりだが、どうにも込み入った事情らしいからな。やはり踏み入るというのは些か躊躇われる。いずれ、斎藤先輩か沖田先輩か、どちらからか話してくれるのを待つしかないやもしれないな」

「できりゃあ力になりたいもんだけどな。まったく、難儀な話だよ」

 

 初音と司、二人を優れた上級生として慕っているのは箒だけではない。一夏とてそこは同じ気持ちだ。だからこそ助力になれるならなりたいというのは嘘偽りない気持ちだが、どうすれば良いのかは現時点でさっぱりである。

 

「とは言え、そうあっさりと人の手を借りることを良しとするような人でも無いだろう、斎藤先輩は。今は、まだ私たちも見守るに徹するしか無いのではないだろうか」

「だな……」

 

 箒の言う通りだ。初音も司も、人としての芯の部分でも強い人間だ。であれば自分たちの問題もまずは自分たちでの解決を試みるだろう。仮に手助けをするのであれば、そうするしかなくなった時でも良い。

 

「箒、どうせ部活でも斎藤先輩には会うんだろ? なんならオレも何時でも力になると言っといてくれ」

「あぁ、しかと伝えよう」

 

 そうこうしている内に二人は一夏の部屋の前まで到着する。箒の部屋はここから少し歩いた先だ。

 

「じゃ、また教室で」

「あぁ」

 

 軽く挨拶だけ交わして二人はここで一度分かれる。どのみち教室に行けば嫌でも顔を合わせることになるわけだが、どうにも今日は落ち着いて話をなんていうわけにはいかなそうな気がする。

簪が言っていた通り、今日中には倉持の新型の話があちこちに伝わるだろう。それは一夏らのクラスとて例外では無いはずだ。であれば、確実に興味津々となるだろうクラスメイト達は倉持技研に特に近しいだろう一夏に話を聞きにくることは容易に想像できる。

 

「あ~、めんどくちゃい」

 

 聞かれてもそんな大したことなんて答えられないのになぁとぼやく。いずれにせよ、来たら来たでそれなりには応じてみようかと決めた。

 

 

 

 

 

 というわけで少々時間は飛んで授業の合間の休み時間、案の定と言うべきか一夏の席の周辺にはクラスメイト達が集まっている。理由は当然、既に広まっている新型のテスター選抜についてのことだ。

 

「ん~、いやだからね。オレもそういうのがあるって言うのは知ってるし、いつも白式のことでお世話になってる人がプロジェクトの担当者だからその辺話も聞いたりしたけど、細かい部分は詳しくないんだってマジで」

 

 休み時間になるや否や一夏を取り囲んでの質問攻めだ。やれ新型の噂はマジなのか、やれ誰々が候補に選ばれているのか、やれ新型はどういう機体なのか、やれ選抜はどうやって行うのか。あんまりにも囲い込んで聞いてくるものだから答えるより先に身振り手振りを付けて落ち着かせるところからする羽目になったくらいだ。

そうしてやっとこさ喧騒が収まった所で、さてどう答えたものかと思案する。何せこの話題、ほぼクラス中が気にしていると言っても良い。直接一夏の下にやって来ていない者にしても聞き耳を立てているのは明らかだ。専用機持ちにしても例外では無い。何だかんだで気になっているのか、箒までこちらの様子を伺っている。

 しかしながら実際問題、箒にも語ったように答えられることは多くない。当然、守秘義務の発生する事項もあるのだろうが、そもそも一夏がこの案件について聞いていることは殆どが川崎氏から伝えられたものだ。おそらくこの段階で秘すべきことは全て弾かれているだろう。となると、今の時点で分かっていることを話しても問題は無いのではないだろうか。

そこまで考え、まぁとりあえず当たり障り無い感じでテキトーにいっとくかと一度思考を放棄する。そうして聞かれたことについて分かっていることを簡潔に説明する。

 

Q.新型の開発ってマジ?

A.マジよマジ、大マジっぽい。

 

Q.テスターの候補って誰が選ばれてるの?

A.なんかそのまま日本の候補生選抜にも掛かるかもしれんとかってんで、日本人生徒の中から成績の上位者中心に学園側と倉持の担当側が何人か選んだっぽい。ちな半分以上は三年で後は二年っぽい。

 

Q.新型ってどんなの?

A.いや、オレも詳しく知らんし、知っててもそこはお察しってことでそう多く言うつもりは無いけどさ、打鉄あるやん? 要はアレのバージョンアップ版みたいなやつっぽい。

 

Q.選抜の方法って?

A.それも詳しく知らんけど、なんか日程の決まった何段階かあるみたいっぽい。面接だとか、筆記だの実技だのの試験とか。まぁ割とありがちっぽいと言うか。あぁでも、最終選抜みたいなのは流石に知らんし、スケジュールもよく知らん。誰か候補に選ばれた人に聞いてみるしかないっぽい?

 

Q.ひょっとして、結構隠してることとかあるんじゃないの~?

A.お前がそう思うのならそうなのだろう、お前の中ではな。それが全てだ。愛い愛い、存分に酔って微睡(まどろ)めば良いっぽい

 

Q.その語尾にやたらぽいぽい付けるのやめておけ by 箒

A.20cm連装砲でぽいしちゃうのは止めてくだちぃ

 

「まぁ落ち着けよ箒、軽いお茶目じゃないか」

「いや、それは心得ているがな。妙に好かん」

 

 ジロリとした視線を向けてくる箒だが、あくまでポーズ的なものでしかない。実際に怒っているという雰囲気は無く、むしろ窘める方が近いため一夏もサラリと流して応じる。

 

「えっと、じゃあ織斑君もそんなに詳しいことは分かってないってこと?」

「まぁそうだな。多分、今の段階でオレが知っているようなことは少し時間がたてば皆も知れることだと思うんだよ。それをオレの場合はちょっと早めに知ってるってだけで」

 

 清香の確認に一夏はその通りと頷く。すると今度は癒子が別の疑問を投げかけてくる。

 

「あれ、でも確かそのプロジェクトのスタッフに知り合い居るって言ってたよね? その人から詳しく聞くってのはできないかな?」

「聞こうと思えば聞けると思うけどなぁ。でも基本話すのは多少外に漏れても良いようなことだろうし。そもそも皆が知りたがるような穿った内容にしても、他言無用って言われちゃそこまでだぞ?」

 

 結論から言えば、関係者でもない限りは細かい情報を知るのは難しいということになる。無論、人の口に戸は立てられぬという諺通り、どこから意外な話が流れるかは分からない。ただ一夏のスタンスとして、話せることは話すが話せないことは話さないは変わらず、結果として一夏から与えられる情報はそう多くは無い。こういうことになる。

そのことに申し訳ないという意思を伝えるも、そこでごねるような者もこの場には居ない。その辺の事情というものに関しては理解も早いので、すぐにそれならばしょうがないと全員が納得する。そうして気が付けばもうそろそろ予鈴の鳴る頃合い。一同、無言の相互理解の下に動き次の授業の準備を始める。かくして、IS学園はまたいつも通りの一日の流れを進めていった。

 

 

 

 

 

 時と場所は移り替わり、放課後の生徒会室。室内には二人の人間が居た。生徒会長である楯無と書記の虚だ。会長用に与えられたデスクに座りながら楯無は眼前のモニターを見続け、虚はその隣に控え続ける。

 

「やっぱり、"連中"は仕掛けてきそうかしら?」

「はい。各方面より得た情報の分析の結果から八割以上の確率と。そして来るとしたら――」

「その日も予想通りってことね。ま、不特定多数が学園に来るんだもの。何もここだけに限った話じゃないわ。どうしても、セキュリティが薄くなりがちなのよね」

「現在、それを見越しての対策も検討していますが――」

「それは向こうさんも同じでしょ。こっちが来るって見込んで対策を立てている、そう見込んで向こうも策を練ってくるでしょうね。裏の取り合い、化かし合いのエンドレスよ。やってらんないわ」

 

 果たすべき職責はきっちり果たす。だが楯無とて人間、それもまだ十代半ばの少女なのだ。愚痴の一つや二つは言いたくなる。

 

「いずれにせよ、まずは彼をどうするかよね」

 

 眼前のモニターに映し出されているのは学園のデータベースに登録されている一夏のパーソナルデータだ。他大勢の生徒たちが閲覧できるよりも、持ち得る権限によって多くの情報を記されたそれ以外にも二人の帰属する"更識"が調べた彼に関する情報もデータベースのそれとは別ウィンドウで表示されている。

 

「意外にやんちゃしてたのね、彼」

 

 データベースとは別、更識が調べた一夏のデータには彼の大まかな経歴が記されている。当然、そこにはデータベースを始め公にはされていないものもある。その一つ、中学時代に幾つかの暴力沙汰有りというものを指して楯無はやんちゃと評した。

 

「数人では済まない数が病院送りのレベルで痛めつけられたそうですね。当時の地方紙でも不良グループ同士の抗争という予想で何度か記事になっています。当時は警察も傷害事件で捜査をしたそうですが、織斑君にはまるで触れてさえいませんね。ただ、楯無様。これは……」

「やっぱり、虚ちゃんも気付いた?」

「はい、見る者が見ればすぐに気付くでしょう」

 

 二人が共通の見解として気付いた違和感。それは当時の警察の捜査と一夏の関連性にある。

 

「情報操作の可能性あり、それは良いのよ。警察だって馬鹿じゃないわ。本気になれば多分真実にはたどり着けるはず。それが掠りもしなかった、ということは何者かが妨害、ないしは一夏くんの存在に対して隠蔽工作を行っていた」

「問題は、それが誰なのかまるで掴めていないこと……」

「誰なのか分からないと言えばもう一つ。彼の技よ」

 

 そう言って楯無が開いたのはこれまでに一夏が学園でIS、生身それぞれで自身の技を奮って来た場面を捉えた映像、その一部だ。

 

「特に生身の時とか顕著だけど。虚ちゃん、これ見て」

 

 そう言って楯無が虚に促したのは過日の学年トーナメント、一夏とラウラの一騎打ちの一部だ。

 

「ここね。よく見ると分かるんだけど、ほら――彼、ボーデヴィッヒちゃんから一度も視線を外してないでしょ? そこに加えて彼女の攻撃をかなりギリギリのラインで躱してる、それも意図的にね。多分、いいえ確実に無駄な動きを省くために。似たような動き、というか対処の仕方だけど、これは護身術授業の組手とか他の場面でも確認されているわ」

「楯無様、これはもしや――」

 

 楯無はその生まれ、立場故に戦闘技能の一環として様々な武術体系を高い練度で学んでいる。その中には更識家が歴史と共に研鑽してきた独自のものもある。教えを授けてくれた師は多く居るが、その中心的存在は彼女の父親、先代"楯無"の煌仙だ。

そして楯無が煌仙から受けた教えの中には、希代の武人として煌仙が独自に磨き上げた技もある。今、映像の中の一夏が行っている技法、見る者ならば見て分かる制空圏が極限まで絞り込まれたこの技は、そんな煌仙独自の技の一つに相違ない。何より、教えを授かった身として楯無も、そして門弟の一人として虚もまた知識として知っている技法なのだから。

 

「なんで彼がこれを使っているのか。そりゃ、お父さんは『まぁ制空圏のある種応用法みたいなものだし、案外他に思いつく人間は居るかもねぇ』なんて呑気に言ってたわ。だから他にそこへ思いついて、できる人がいるって可能性もあり得なくはない。けど彼のは違う、明らかに誰かから教えを受けたものよ、これは」

 

 当然だが、楯無の記憶で煌仙が一夏に教えを授けたというものは一度も無い。だというのに一夏は明らかに煌仙独自のはずの技法を何者かより習い、磨き上げたという練度で使用している。その教えた人物は何者なのか、それは当然一夏の師ということになる。

そも、一夏が師と仰ぐ人物に武の教えを受けているということはこの学園に入学後も様々な場面で言っている。彼の属する一年一組など、ほぼ全員が知っているレベルだ。だが、それが何という流派の誰なのか、それを知る者は居ない。そして――

 

「この調査報告でも一夏くんの師は掴めず終い……。さっきの隠蔽工作と言い、彼に近しいだろう人間に二人も更識(ウチ)の調査を掻い潜る人間が居るなんてね。特異は特異を呼ぶってところかしら?」

 

 簪はむしろ一夏をこちらに引き込んだ方が良いという忠告をしていた。それに関しては楯無も一理あると認めるところだ。だが言葉そのままに内に引き込むのに、この二人の謎の人物というのは不安要素でもあった。あるいはそれこそが楯無に、更識にとって敵である存在かもしれないからだ。

 

「虚ちゃんは、どう思う?」

 

 一夏を引き入れることに対して是か否か。長年傍で支えてくれた親友でもある忠臣に問う。

主の意を受けて虚はしばし脳裏で自身の意見を纏め、やがて口を開いてゆっくりと語り出す。

 

「私としましては簪様のご意向もあってというのもありますが、彼を引き入れることには賛成です。現状、彼が有事に際して独力である程度対処が可能というのは学園入学後の彼の戦績からも明らかです。仮に実際の場合に"向こう"が行動を起こし、そこにISが絡むとなれば猶更。

下手に勝手に動かれるよりはある程度の情報を開示、その上でこちらの指示で動いて貰えるようにする方がリスクは低いかと思われます。彼に関係する未確認人物についても、調査報告を見る限りでは学園への影響は薄いかと思われます」

「ですが、同時にこの未確認人物が不安要素であるのも事実です。仮にこちら側に引き入れるにしても、そうした点や彼の人格などについて見定める機会を設けた方が良いかと」

 

 虚の言葉に楯無は無言で頷く。

 

「そうね、確かにそれが良いのかもしれないわね。下手に独自に動かれるよりは、把握できてる方が良いわけだし。けど、人格ね……」

「三年前のドイツの件は非常事態ゆえに致し方の無かったことかと。決して褒められたことではありませんが、責めるわけにもいきません」

「そりゃ分かってるわよ。けど、簪ちゃんが言ってたんでしょ? 彼はそんな優しくないって」

 

 それは数日前に虚経由で伝えられた簪の言葉だ。敵と見なした相手に優しくない、それはつまり彼が非情さを持ち合わせているということを伝えているに他ならない。そこもまた懸念事項の一つ。その優しくないと簪が評した部分、それが自分たちに牙を剥かないという保証は無い故の懸念だ。

 

「そうね、一度腕試しも兼ねてそこらへんを検めさせてもらいましょうか」

 

 一先ずこの場における結論を出すと楯無は開いていたウィンドウを全て閉じて片づけを始める。そして実家より送られた一夏の調査報告のデータが入ったメモリを渡しながら虚に言づける。

 

「悪いけど、お父さんの方に言っておいてもらえるかしら? 他に何か分かったら教えてちょうだいって」

「かしこまりました」

 

 一礼と共にメモリを受け取る虚。それは煌仙から直接楯無の下に送られたデータである。そしてその事実こそが楯無と虚、二人に疑念を抱かせる根源的な原因でもあった。

実のところ、メモリに記録された一夏の調査報告のデータ、その大本には一切の不備など存在しない。警察の捜査が一夏に及ばぬよう隠蔽工作を行った人物も、一夏の武の師も、そのどちらも記されている。

それが煌仙から楯無に渡る間に不明となっている。聡い者ならばすぐに気付くだろう。他ならぬ煌仙こそが、データを弄った張本人だ。その真意は煌仙本人しか知り得ぬことだが、いずれにせよ煌仙こそがデータから二人の人間、隠蔽工作を行った一夏の親友、武芸の師、それぞれを分からなくしていたのは間違いない。

そして父親、あるいは先代当主、それらから来る絶対的な信頼感が楯無と虚に煌仙への疑いをこれっぽっちも湧き上がらせず、共に疑念を抱かせたのだ。そうして、程なくして虚からそれらの報告を受けた煌仙は静かに微笑を浮かべるのだが、それを知る者は誰一人として存在はしていなかった。

 

 

 

 

 




 もう後一、二話くらいで学園祭本番に漕ぎ着けたいですかね。
今回はその一、二話のためにワンクッション置くためという意味合いが強いです。
そんなに真面目な回というわけでも無いのでネタもちらほらと。

 お店の名前ネタなんてもうソッコー分かってしまうでしょう。書いてて自分でも割とあからさまだなーと思っていましたので。
後はQ&Aの所とか……

 最後の方の、楯無に送られたデータに対する煌仙氏による書き換えですが、実はこれそこまで深い意味は無かったりします。片や親友のことであり、片や興味深いと思った若者のことを敢えて知らせずにおくのもちょっと面白そうという、単なる親父の悪戯心が大半だったりするというのが現実。それに無駄に振り回されるのだからこればかりはたっちゃんも被害者側だったりします。

 そろそろやれTOEICだの研究室のゼミだの院試だのが本格化しそうなので、また更にペースは落ちるような気がしますが、それでも頑張って更新は続けるつもりなので、今後ともよろしくお願い致します。

 それでは、また次回更新の折に。



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第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達

 前回更新からざっと二週間ほどでしょうか。おおよそいつも通りのペース……だったらいいなと思っています。

 今回は割と真面目路線の話です。精々、いつも通りに一夏がちょこっとふざけちゃったくらいで、後は至って真面目です。


「それでは、改めてご挨拶をさせて頂きます。今回のプロジェクトの管理を務めさせて頂いています、川崎です。本日はよろしくお願いします、斎藤初音さん」

「……よろしく、お願いします」

 

 いよいよ以って学園祭の準備、その主流に校内全体が乗ろうという某日。放課後に初音は学内に設けられた面談用の部屋の一室に居た。

机を挟んで対面に座るのは倉持技研よりやってきた技術者の川崎。一夏の白式の開発主任を務め、簪の打鉄弐式の開発に関しても深く関わっている、倉持技研に所属する技術者の中でも中心メンバーの一角とされている人物だ。

 そして今回、彼は新型機の開発チームにおける要職にも就いた。白式、打鉄弐式共に既に川崎が掛かり切りになるべきという段階は過ぎ、別の仕事を任せられる状態になっていること開発する新型は白式と打鉄弐式の双方からデータをフィードバックしたものであるため両機体に通じたスタッフが必須、などの理由からの抜擢である。

 そんな彼のこの日の仕事の一つは新型機のテスター候補に選ばれた学園生徒との面談である。面談と言ってもそこまで形式ばった堅苦しいものではない、と川崎は思っている。勿論、ある程度定型文的な質問などもあるにはあるが、どちらかと言えば世間話に近い感覚で改めて候補者の一人と開発陣の一人として一対一でゆっくり話したい、という意図がある。何故ならば、その方が相手の人柄というものが分かりやすい。

 

 この後にも何人か別の候補の生徒が控えているが、この日の最初の面談者は初音であった。同時に、彼女がこの面談の最初の相手となる。そして、既に辞退を表明したもう一人と共に川崎が個人的に気になっていた少女だ。

 

「とりあえずあまり肩肘は張らなくて結構ですよ。世間話でもするつもりでリラックスしてください」

「……はい」

 

 言ってはみたものの、眼前の少女の雰囲気は依然変わらない。あるいはこれでも彼女なりに肩の力を抜いているということだろうか。むしろそちらの可能性の方が高いかもしれない。彼女のことを知る切っ掛けになった一夏からの推挙に添えられた言葉、その後に改めて学園側に申し入れ受け取った学園側の評価、双方で共通している見解に『やや寡黙』というものがある。

 

「さて、実はですね。存じているかは知りませんが、こちらとしては貴女のことは比較的早期から伺っていたのですよ」

「織斑、ですか」

「えぇ、そうです。どうやら彼の方からも既に聞いていたようですね」

「私と司――沖田司が推挙をされた、ということは」

 

 寡黙とは言うが、ずっとだんまりというわけでも引っ込み思案というわけでもないらしい。彼女の意識は先ほどからこちらにはっきりと向けられているのが分かるし、必要であろうことは言っている。察するに無駄な言葉は発しない、語るのは己の姿勢でを旨としているのだろう。先ほどから眉一つ動かさない所からも、緊張をしていないわけでは無いのだろうが過ぎたるものではなく、自己を律するための程良い刺激にしているのだろう。年頃の少女としては珍しい硬派な姿勢だ。それが好ましいとも感じるし、改めて印象に残りやすい。

 

「では話が多少は早くて済みそうですが、念のために確認を。織斑さんから伺った話というのは、具体的にどのような?」

 

 特に何か含む意図があるわけではない。単純に初音が現時点でどの程度事情を知っているかということを把握しておきたいだけだ。双方の理解が深まれば話もよりスムーズに進むのは言うまでもない。

 

「……今回の新型が、織斑の白式の実質的後継であること。ソフトウェアの面では更識楯無の妹の専用機の物をフィードバックすること。それを聞いた上で織斑が私と沖田司を推挙した、ということまでです」

「なるほど、機体の基本構想までは聞いていると」

 

 それならば話が早い。説明もやりやすいというものだ。

 

「既に聞いているとは思いますが、今回の新型は白式の実質的後継機、その点で間違いはありません。現在の白式は第三世代機の名に相応しく、機体のトータルスペックでも優れた出来に仕上がっています。そして織斑さんや更識簪さんが中心となって蓄積してくれたデータ、これらをベースに従来の打鉄よりもより高いスペック、パフォーマンスを発揮でき、なおかつより多くのパイロットが扱いやすい新型汎用機を作る。これが本計画の概要です」

「……扱いやすい?」

 

 何となく察しはついている、だがそれでも僅かに引っかかったワードに初音が反応を示す。川崎も初音の些細な疑問を感じ取ったのか、その通りですと頷きながら説明を続ける。

 

「話を伺うに、斎藤さんは織斑さんと比較的親しいそうですのでもしかしたらご存じかもしれませんが、彼の身体能力は非常に高い。同年代の多くと比較して圧倒しているのは勿論、プロアスリートと比べても高いレベルでの勝負ができるほどに」

 

 そこは初音としても同意するところだ。学園唯一の男子ということもあって一夏の評判は二年の方にまでちょくちょく届く。おそらくは三年の方にも伝わっているだろう。

短い経験ながら、鍛えてきた技を地盤にして扱いの難しい近接特化機を操り、専用機を持った代表候補と日々競り合っている。そして評判はISだけに留まらない。

 もう一つが生身での戦闘能力の高さだ。むしろこちらの方が手に負えないというのが専らの評判である。聞けば護身術の訓練では最初の内から教師に並ぶ指南役に任ぜられたと言うし、純粋な生身でも腕に覚えのある上級生が幾度か勝負を挑み、その都度完勝を収めてきたとも言う。かくいう初音自身、彼に剣で勝負を挑み負けた口だ。次はあのようにはいかないというつもりはあるが。

 まぁそんな評判から察することは十分にできるのだが、何より直接手合わせをして、その後も時折稽古を共にしているからこそ実感している。一夏の身体能力は非常に高い。単純な身体能力のスペック、その総合値では楯無すらも凌駕し得るだろう。あの二人が直接ぶつかったという話はまだ聞いたことは無いが、正直ISならばともかく(楯無の勝ちは現状固い)生身となればどう転ぶか分からない。例えば単純な膂力であったり、敏捷性や柔軟性であったり、とにかくどれもが高いレベルにあるのは初音も実感を通じて理解しているところだ。

 

「実際のところ、彼の身体能力の高さは"ISパイロット"という括りに限定すれば現時点でも世界全体のトップレベルにあると言っても良い。正直、私は彼を上回るのは彼のお姉さん、ここの織斑教諭以外に思いつかないほどです」

 

 そこもまぁ分からないでもないと、初音は小さく頷いて同意を示す。

 

「中でも反応速度などは群を抜いて高いのですが、実は織斑さんは特にここ最近、白式の調整に積極的でして。勿論、我が社に直接お出で頂いてというのもありますが、幸いというべきか更識簪さんと親交が深いという点を活かしてこの学内でもよく細かい調整を手伝いの下行っているそうで。そのデータも我々は受け取っているのですよ。それが……中々のものでしてね」

 

 最後の方が苦笑い気味なのに首を傾げつつ、一部ですがと言いながら川崎が手渡してきた最近の白式の調整数値というものを見る。

 

「これ、守秘性などは」

「あまり口外をしないというのであればそれはそれで構いませんが、基本的にこの学園の生徒の皆さんも目にすることの多い項目の抜粋ですので、そこまで気にしなくても構いませんよ。それに、見てあまり参考になるかどうかは……」

 

 やや歯切れの悪い川崎の言葉に何となく嫌なものに近い予感がしながらも初音は渡された紙を見る。じーっと無言で紙に印刷された内容を見ていくこと数十秒、見終わった初音は紙を見るために伏せていた顔を上げて一言だけコメントをした。

 

「確かに、参考になりません」

 

 素直に思った感想を言う。川崎もその反応は予想通りだったのか、やはり苦笑いを浮かべる。

 

「見てお察し頂けたかと思いますが、要求される反応速度や身体の基本的な能力がとても高い。男性、ということを差し引いても尚です。我が社にも機体テストのためのパイロットを務められる職員は幾らか在籍していますが、口を揃えて『体の方が持つか分からない』と言う有り様ですよ」

「でしょう。私も……正直怪しい。近接戦と、基本のフィジカルを相当に鍛えていなければ誰だって無理かと」

 

 細々とした説明は敢えて省くが、一夏が本人的には納得のいくように簪や本音のヘルプの下で調整を行って来た白式は、いつの間にか最初の状態以上に乗り手を選ぶ機体に変貌していた。そしてその第一であり最重要とも言える条件が基本的な身体能力の高さだ。

 例えば瞬時加速、それを応用した種々の瞬間的な加速技術を用いるなら緩和しきれない、もしくはコアの演算リソース確保のために敢えて軽減率を下げて受ける度合いを大きくした、加速によるGなどの負担に耐える頑強さが求められる。例えば近接戦で剣を振る。より素早く、より強く、それらを両立させながら剣を振り続けようとするなら、よりISのアシストの恩恵を大きくするために腕の筋肉の膂力や、負担に耐える筋肉のしなやかさや関節の柔軟性を要求される。

 機密事項故に初音も川崎も仔細を知らされていない過日の学年別トーナメント第一学年の部で発生した事故、その際にラウラの駆るレーゲンが起動させたVTシステムも危険性の一部はこのことに関連する。先の事件で発動したVTシステムは現役のIS乗りとしてほぼ絶頂の時の千冬、時の彼女が纏っていた暮桜の動きを機械的ながらもほぼ完全に再現していた。であれば当然、自由意志は無いとはいえ機体の乗り手でもあるラウラもその動きを強制的に行わされていたことになる。そして偽の暮桜が行っていた挙動はラウラの身体能力で行えるレベルを上回るものだった。ここまで来れば凡その人間が察することだろう。ハードウェアにスペック以上の働きを要求すればどうなるか、壊れるのが当たり前だ。ラウラの場合に関しては救出も比較的早かった事があり、しばらく体の各所の痛みに悩まされる程度だったが、それでもVTの危険性を示すには十分だ。

 

 話を戻す。結論のみを簡潔に言えば、今の白式は一夏の身体能力や蓄積させてきた技術があってこそ操れるものであり、それを満たさない者が駆ったところで振り回されるのがオチというわけだ。その事実を十分に理解しながら初音は乗り手を自身に置き換えて考える。

 果たして自分が白式を駆る時、どれほど十全に操れるのか。一口に近接戦と言ってもタイプは色々だが、同じ"刀"を主眼に置く剣士として白式は相性的には初音に通じているという自信はある。近接戦という枠に限れば性能も十分に高い。その上でいざ白式、あるいは同等の機体を得た時に満足に動かせるか、考えて僅かに眉間に皺が寄る。

 

「一つ、聞いても?」

「はい、何でしょうか?」

「今回の新型、白式の実質的後継機。つまり、やろうと思えば白式と同等の機体にできると?」

「不可能ではありません」

 

 静かに、だが重みを以って発せられた初音の問いに川崎もゆっくりと頷く。

 

「今後、新型が正式に打鉄に代わる存在となれば、その性能やチューンは流石に白式に後塵を拝するものとなるでしょう。先ほども言ったように、今の白式は常人には扱いにくい。ですが、例えばこの選抜で選ばれた生徒のように専用的に扱えるのならば、我々はその者の望むチューンを、改装を、可能な限り行うつもりです。それは勿論斎藤さん、貴女も例外では無い」

「……そうですか」

 

 それだけ聞ければ十分だ。なればこそ、決意は固まった。

 

「私は、IS乗りである前に一人の剣士です。それは、織斑もおそらく同じ。私も、純粋な私だけの力で示します。この新型、勝ち取るのは私のみだと」

 

 脳裏に親友の顔が過った。彼女のこともあると言えば嘘では無い。だがそれ以上に、初音自身がこの選抜を勝ち抜きたいという意思の方が勝っていた。

 

「なるほど、良い目です。貴女の決意、確かに聞き届けさせて頂きました。今後の選抜過程での貴女の活躍、楽しみにさせて頂きます」

 

 その後も少しの間だが会話は行われた。やはり内容はこの手の面接として当たり障りのないものだが、一つだけおそらく初音との間にしか出ないだろう話題もあった。それは初音の親友、とある事情により辞退をした司のこと。

 

「その後、沖田さんの方はどうされていますか? 私もある程度の事情は伺っていますが、やはり彼の推挙ということで注目もしていたので少々気掛かりでして。あぁいえ、話しづらいなら無理にとは申しませんが」

「……特に変わりは無く。ただ、今後のこともあるので教師との話し合いは増えました。部活も、少々休みがちです。……正直、整備課への転科も現実味が深まってます。今も、その辺りで先生と話しているはずです」

「そうですか……。何かと大変でしょう。心中、お察し致します」

「いえ。司も、前向きではあるので」

「そうですか。――慰め、と申しますか励ましと申しますか、もしも今後、沖田さんがそちらの方面での進路を考えているのでしたら、将来的には是非我が社も視野に入れて欲しいとお伝え下さい」

 

 不意の言葉に初音はどういうことかと小さく首を傾げる。

 

「もちろん、入社に際しては我が社の方で求める能力が要されますが、それをクリアできればむしろ願っても無いことなので。資料として沖田さんの経歴や戦績、実際の映像なども拝見させて頂きましたが、素晴らしい腕前です。彼女のように乗り手としての高い経験もある技術スタッフというのは願ったりですからね」

「……一応、話してはおきます」

 

 小さな、本当によく見なければ気が付かないほどの小ささだが、初音の浮かべる表情に僅かな変化が生じる。川崎もかろうじて気付き、気付いたからこそ話して良かったと思えた初音が浮かべた表情、それは小さな笑みだった。

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 部屋を出た初音は近くで待っていた次の生徒にそろそろだと伝える。それを以って用を全て済ませた初音は手持ち無沙汰となってしまったためにこの後どうしたものかと考える。この辺りはやはり現代的な少女の性というやつだろうか。何もすることが思いつかないとふと携帯を取り出してメールなりのチェックをする。

 

「ん?」

 

 ちょうど運良く、というわけではないのだろうがメールが一通届いている。差出人は同じクラスの生徒だ。珍しいと思いつつも何事かと思い送られたメールを開く。画面に表示された文面を読み進める内に初音の表情は見る見るうちに険しいものになっていた。そして読み終えると同時に携帯をポケットに仕舞うと早歩きで動き出す。向かう先は武道系の部活や授業のために設けられた道場の一つ。送られてきたメール、その内容は要約するとこのようなものであった。「織斑一夏vs更識楯無 in 道場」

 

 

 

 

 

「またまた急な呼び出しでごめんなさいね」

「いや、こっちも予定詰まってるってわけでもないんで」

 

 放課後になり程なくして、一夏は再び生徒会室に足を運んでいた。HRが終了すると同時に届いた簪からのメール、そこに記された楯無からの要件ありという理由による生徒会室への呼び出し。またこの前の学園祭の頼み事に関することかと思いつつ、無碍にもするわけにはいかないので素直に生徒会室に向かった一夏だが、最奥の生徒会長用デスクに座したまま一夏を迎えた楯無の姿に、瞬時にこの前とは別件かつそれなりに真面目な話ということを察する。

 

「それで、今度の要件は何ですか? どうにも雰囲気が少しばかりマジなんですが」

「そうね。マジ、うん。結構マジね。ねぇ一夏くん、一つ質問をさせて貰って良いかしら? 君は、自分で自分のことをどう思っているのかしら?」

 

 またいきなり意味不明な問いで来たもんだと思うも、一応雰囲気自体は真面目なものなので疑問は残しつつも真面目に答えようと考える。

 

「そうっすね……。どうって言われてもすぐにこうだって言えるわけじゃないですけど、そんな大した人間でも無いとは思いますよ? そりゃあ、世界初で現状唯一の男のIS乗りだとか、この辺自覚はありますけど武術家としてのレベルとか、そりゃ特異というか変わってるというか、そういう部分があるのは自覚してますけどね。けど、オレ個人という人間はそんな大層な人間でも無いと思いますよ。頭の出来だって人並み、食い物の好き嫌いや人付き合いの好き嫌いだってあるし、学校の勉強よりダチと馬鹿やってる方が楽しいですし。ISのアレコレだとか武術だとか、そんなのが無ければそこいらの一般市民の男子高校生A程度のもんじゃないですかね」

 

 別に謙遜をしているわけではない。大真面目に、心から、一夏は自分という人間がそうだと思っている。口ぶりこそ軽いものの、言う様は大真面目だ。欠片もふざけてはいない。そこは楯無も理解したのか頷いて了解の意を示す。

 

「そうね、確かに君自身の言う通り。実はね、君のことは簪ちゃんからちょくちょく話は聞いていたのよ。別に悪い意味じゃないわよ? 君の言う通り、君は至って普通の男の子よ。けど、それは君自身の人間的、人格的な話。公の立場にある君は、紛れも無く特別な人間」

「困ったことに、そうなんですよね」

 

 否定できない事実の指摘に一夏も肩を竦めるしかない。

 

「簪ちゃんから軽く話は聞いているって聞いたけど、君は私や簪ちゃんの家、更識という家が特殊な存在ということを知っている。なら、その辺りの事情の理解もしてもらえると願っているけど、私たち"更識"という国家に仕える者にとって、『世界唯一の男性IS適格者(オリムラ イチカ)』は見過ごしておくことはできない存在なの。良くも悪くも、ね」

「一応、お察しはしますよ。……一つ、聞いても良いですかね?」

 

 話を遮っての一夏の質問。だが一夏に関することであれば可能な限り引き出したい楯無としてそれを拒む理由は無い。特にどうということも無く続きを促す。

 

「自意識過剰乙、なんて言われたらそこまでなんですけどね。オレは簪と、貴女の家のお嬢とそれなりに仲良くやってるわけですわ。で、さっきの貴女の言葉でちょっと思ったんですけどね、簪がオレと絡むのは結局――」

「それは無いわ」

 

 一夏が言わんとすること、それを察した楯無はすぐに否定する。

 

「そうね、まったくってわけでもない。何だかんだで君との良好な関係ってものは更識(ウチ)にとってはプラスになる。そういう面が多少なりとも含まれているのは事実だけど、同時に簪ちゃんが純粋に友人として君と接しているというのも、紛れも無い事実よ」

「言い切るんですね」

「そりゃもちろん、あの娘のお姉ちゃんですもの。ほら、簪ちゃんって結構風変りなところあるじゃない? だから友達付き合いとか大丈夫かなーって私も結構気にしてるのよ。だから、その点に関しては君にも感謝の念はあるわ」

「さいですか。けどまぁ、ちゃんとしたダチってなら良かった」

 

 割と本気で安堵した様子の一夏に楯無も意外そうに首を傾げる。

 

「ちょっと驚いたわね。なんて言うか、そういうのを気にするなんて」

「さっきも言ったでしょうよ。オレって人間は結局普通の青春まっただ中の十五歳と十一カ月半の男子ですよ。別に打算ありきの付き合いでも良いですけどね、ダチと思ってた相手が実は打算だけってのは流石に寂しいでしょうが。こっちは大真面目に簪のことはダチと思ってるんだから」

 

 その答えに楯無も微笑を浮かべる。

 

「そう。あの娘のお姉ちゃんとしてその言葉は素直に嬉しいわ。そして、できれば私も君とは仲良くなりたいとは思っている」

「そりゃどーも。まぁ友達の身内と仲が悪いってのもどうかと思いますからね。そこはオレも同意させてもらいますよ」

「ありがとう。けど、けどね。残念なことにそう上手くは行かないのよね。私たち姉妹も、君も、特別でも何でもない普通の男の子と女の子なら話は簡単なのだけど、生憎と私は"更識 楯無"なの。君という存在が、未だに不明瞭である以上は早々簡単に事を運ぶわけにもいかない。

――ちょっと話が寄り道しちゃったけど、私が君をここに呼んだ本題を伝えるわね。今度の学園祭にも関連することだけど、その裏事情ってものについて君には是非とも私たちの、そうね。今のところは生徒会って認識で良いかな。その側に着いてほしい。けど、お願いをする立場で勝手なことを言ってるって自覚はあるけど、仮に君が話を受けてくれたとしてそうホイホイ入れるわけにもいかないの。何せ、こちら側に着いて貰った暁には色々と表にはできないような話もしなきゃならないから。そしてそう簡単にいかない理由、それはさっきも言ったように私たちにとって君という存在が未だに不明瞭であるということ」

「つまり、その不明瞭な部分をオレ自身で明らかにしろ、と?」

「そうね、その認識で構わない。けど、もしかしたら聞いても君からは言ってくれないかもしれない。ならばどうするのか、こりゃもう私たちが折れるしかないのよね。一か八か、君を信じるという選択を取るってことしか。だから、せめてそれだけは、君が私たちが信じるに値するかどうか、それを確かめたい」

 

 そう言って楯無はデスクから立ち上がると一夏の目の前まで歩いてくる。

 

「聞くに君は武術家としての自負ってやつが中々に強いらしいじゃない。奇遇ね、私もなのよ。お家柄ってのもあるけど、結構色々仕込まれていてね、腕もそれなりに立つって自覚はあるし、君と同じように武術家ってものへの自負もそれなりにはある」

「それで、どうすると?」

 

 聞く一夏の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。何となく、いや、ほぼ確信に近いレベルでこの先の展開を分かっている。だがその上で敢えて聞いているというような顔だ。

 

「必要な手配は既にしてある。後は君の承諾だけ。一手、手合わせを願えるかしら?」

 

 答えなど決まりきっていた。

 

 

 

 

 

 学園敷地内の一角、そこは普段ならばそこでの用がある者のみが出向き、それ以外の時はほぼ立ち寄る者など居ない場所だ。敷地内に幾つかある道場、だがこの日に限ってそこにはギャラリーの塊ができていた。

 

「まったく、いきなりクラスの娘からメール来て何事かと思えば、一夏(あのバカ)は今度は生徒会長に喧嘩吹っかけたってわけ?」

「ちょっと違う。お姉ちゃんの方が仕掛けた」

「だとしても、なんでまた」

「さぁ、お姉ちゃんにはお姉ちゃんなりの考えがあるんじゃない?」

 

 ギャラリーの最前、いち早くやってきた鈴と簪がそんな言葉を交わす。少々離れてはいるが、同じギャラリーの最前には一年の専用機持ちの他の面々も揃っている。

集ったギャラリーの存在が示すように、一夏と楯無の突然の試合は既に学内の広くに知れ渡っているのだが、その情報をいち早くキャッチしたのが簪だ。そして彼女を起点に同じ専用機持ちや候補生、学内限定のコミュニティページなどを使って情報が拡散した結果、現在に至るというわけだ。

 

「篠ノ之、どう見る」

「どちらだ?」

「どちらもだ」

「そう、だな。一夏はいつも通りだな。普段と何ら変わらん。特に気負っている様子も無い。事の経緯は知らんが、この様子だと案外重大な理由でも無いと思うが、何にせよ普段の調子を崩していないのは大きい」

 

 ラウラが隣に陣取る箒に道場の中央で佇み、互いに手足を回したりなどのウォーミングアップを行っている両者の見立てを問う。

 

「そして更識会長の方だが、どうにも分からん。あの人の普段の様子など知らんが、あまり気負っている様子でも無さそうだ。そこは一夏と同じだな。あとは――どうにも掴みどころが見つからん。雰囲気が飄々としていると言うか、どうにも厄介そうだ」

「そうか」

 

 ラウラは眼帯を外し、秘められた片目を表に出していた。始まる前からして、立ち会う両者の全てを見抜かんとする意気込みの表れだ。その意気込みには理由があり、それはラウラ以外にもこの場に集ったギャラリーの中でも一夏を知る者が共有するものだ。それはセシリアとシャルロットも例外ではない。

 

「さて、この勝負でどれほどに織斑さんの深部を見られるのか。仮に叶ったとして、それがわたくしたちの為したことではないというのは少々悔しいですわね」

「仕方がないよ、セシリア。ISならともかく、こういう生身じゃ僕らは織斑くんには到底及ばないんだから。実に満足できないことにね。君もそうだし、僕もだけど、候補生の最低限の心得として軍でそれなりに格闘術も教えられた。けど、結局は心得止まりなんだよねぇ。彼の場合は、文字通り人生そのものなわけだし」

「その努力と勝ち得た実力には素直に敬意を表しますが……。いえ、今は言う時ではありませんわね。興味深く、観戦させて頂きましょう」

 

 授業で行われる護身術指導を始めとして、ISに限らず生身でも一夏が技を奮う場面は幾度と無くあった。だがその本来の技量を制限されたISでならばともかく、生身の状態において一夏が本気、あるいは全力を出したことは少なくとも集まった面々の記憶にはない。理由は至極単純、生徒の誰一人としてそこまで一夏に迫ることができていないからだ。

特に臨海学校以降はそれに輪が掛かっており、少し穏やかになったと言われる普段の表情を欠片も崩さないままに練習の組手では相手を封じ込める。一夏を除き、特に実力が高いだろう眼帯を外し本気になったラウラでさえも届かなかった。更にまだ回数こそ少ないものの、夏休み後の授業で一夏をその手の練習をした面々は口を揃えて『もうアイツ手が付けらんねぇ誰か何とかしろマジで(要約)』的なことを言ったほどだ。

そうして今まで誰もが実は目にした事の無かった織斑一夏の武人としての全貌、それを見ることが叶うのではないかという期待を抱いていたのだ。もちろん、相手である更識楯無にそれだけの実力があればの話となるが。

 

「おそらくだが、可能性は高いだろうな」

 

 静かにラウラは呟く。聞き取ったのは隣に立つ箒だけだ。箒の意識が自分の方に向いたことに気付いたラウラは説明するように言葉を続ける。

 

「あのサラシキという生徒会長、実力は間違いなく本物だ。実物を見たのはこの学園が初めてだが、あの女はISの業界では少々名が知れていてな。どういう経緯かは知らんが、特別研修とやらの名目でロシアに特別訓練生として派遣されたかと思いきや、ちょうど当時のロシア国家代表が一線を退き後釜の決まらないまま空いたその座に、正式な代表が決定するまでとは言え代理で納まったという」

「つまり、正式ではないとは言え国家代表の一員ということか?」

 

 国家代表、その言葉が生まれたのはかつて二度だけ行われたISの国際的な戦闘競合の折だ。国家の代表操縦者として選出された故の国家代表。件の競合自体が殆ど潰えたと言って良い今でも、その肩書はISを保有する国家においてIS乗りとして最上にあると公に認められた証に他ならない。

 

「そういうことだ。つまり、肩書の上では教官――織斑先生や私の母国でのとある上官に並ぶというわけだな。実力差はどうか知らんが、曲がりなりにも代理とは言えあのロシアがその座に納めたくらいだ。伊達で無いのは間違いない。用いるISのスタイルによってはこのような形での試合は本領ではないかもしれんが、それでもそれなり以上にやることは間違いない」

 

 国家に正式に所属登録がされたIS乗りはその殆どが各国軍部の預かりとなる。であれば、先のセシリアやシャルロットの会話にあったように相応の戦闘技術も修めている。そして仮に近接戦を行う機体の乗り手ならば、その実力は格闘技のプロたちと比べて何ら遜色はない。

一つの例としては米国国家代表のイーリス・コーリングが挙げられる。ほぼオールレンジに対応するとは言え、ファング・クエイクという近接型の新鋭機を操る彼女はその技術の下地にボクシングを選び学んでおり、純粋それだけでもトッププロ級の腕前という。そしてもっと分かりやすい例が千冬である。こちらに関しては言わずもがな。更に付け加えるならば別例としてドイツの元国家代表エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルクが挙げられる。ISこそ砲撃戦のスタイルだが純粋な生身の実力でも相当なものであり、同時に剣の名手でもあるという。

 

「……」

 

 小さく喉を鳴らして唾を呑み込み、箒は改めて道場の中央に立つ両者を見る。勝敗の行方だとかどっちの勝ちを望むとか、そんなことはまるで考えていない。ただ、これから見る全てを糧とすべく目に焼き付けてやろうという意思のみがあった。

 

 

 

「さて、そろそろ頃合いかしら?」

「です、ね。んじゃあまぁ、やりますか」

 

 そんな風に軽く言葉を交わして一夏と楯無は改めて向かい合う。

 

「あぁ所で会長さん。一つ聞いても良いですか?」

「ん? 何かしら?」

「いやね、簪にお宅のお家事情ってのをチョロッと聞いた時に、何か忍者の家系とかって言ってたんですけど、マジですか?」

「そうねぇ。一応、そういうのが源流にあると言えばそうね。ただ、伊賀とか甲賀みたいな有名どころってわけでも無いんだけどね。実は私もそこらへんは細かいところはよく覚えてないのよ、必要ないから。実家行けば分かると思うけど、それがどうしたの?」

「あぁいや、だったら一応礼儀というか、ちゃんとした試合の手順は踏んどかなきゃって思ったんですよ。ニンジャ相手なら?」

 

 はて、いま忍者の読み方が妙に変だと思ったのは気のせいだろうかと楯無は首を傾げる。そんな彼女の様子などお構いなしに一夏は背筋を伸ばし居住まいを正すと、開いた両手を胸の前でピタリと合わせてキビキビとした動きで腰を折って挨拶の口上を言った。

 

「ドーモ、サラシキ・ニンジャ=サン。オリムラ・イチカです」

 

 ガクッ、もしくはズルッと、ギャラリーの一部が崩れるような気配が挙がった。簪は崩れこそしなかったものの、額に軽く手を当てて「アイツやりやがったよマジで……」と言いたげな様子を示している。同時に携帯で数馬に事の流れを送っており、それを見た数馬が爆笑することになるのだが、それは今はどうでも良いので置いておく。

 

「えーっと……」

 

 どう返せば良いんだろう、それが楯無の率直な感想だった。丁寧なのか、それとも実は不真面目なのか、判断がしにくい。そんな楯無の困惑が分かったのか、一夏も助け舟を出すことにする。

 

「あー、とりあえず適当に挨拶を返してくれりゃ良いですよ。あぁでも、お辞儀は必須で。というわけで会長――お辞儀をするのだ!」

 

 AA略ということで。正直何のことだからもうさっぱりだったので、とりあえずそれっぽいことで流そうと楯無はペコリと頭を下げながら「よろしくお願いします」とだけ言う。

それはそれでマーイーカと思ったのか、一夏はスッと流れるように構えを取り、楯無もまた構えることで応じる。直後、脱力しかけていた場の空気が一瞬にして緊張に包まれた。たった二人、一夏と楯無が臨戦態勢に入った気配はそれより遥かに多い人数であるギャラリーの発する空気をいとも簡単に塗り替えた。その事実が指し示すところを明確に理解した最善に陣取る者達を始めとする一部の面々は改めて緊張の面持ちとなる。

 

「いざ――」

「参る――」

 

 さながら相撲の立ち合いの如し。互いに呼吸を合わせたかのように同時に動き出し、次の瞬間には腕が交差していた。

 

 

 

 

 

 

 

「一夏っ……」

 

 箒の口から驚愕とも、戦慄とも取れる呟きが漏れる。直接口に出してこそいないが同様の反応はギャラリーの多くが共有している。

始まった手合わせは素人目で見たとしてもハイレベルと言えるものだった。高速で繰り出される技の応酬、奮う剣のごとく鋭く放たれる一夏の拳や蹴りを楯無が水のごとき動きの柔らかさで軽やかにかわしていく。一秒一秒がそれ以上に長く見える、それを体感するほどに密度の濃い内容だ。故に実際に技が交わされたのは時間にして一分も無い。精々が三十秒と少し程度だ。それはあまりに唐突だった。

繰り出された一夏の拳、一見すれば普通の拳に見えるが、その実は必殺を狙ったものかもしれない。ギャラリーの目にはそれは定かではないが、何にせよ一夏が一撃を繰り出した。直後、一部の者はまるで楯無の動きが一夏と一体化したように見えた。そうして殆どの者の目に見える形で映ったのは、いつの間にか一夏の懐に潜り込んだ楯無がガラ空きとなった一夏の胴に一撃を叩き込み、受けた一夏が驚愕の表情と共に数歩後ろへ下がり膝を着いた光景だった。

 

「……」

 

 誰もが無言の中、楯無は静かに一夏を見つめている。間違いなく会心のクリーンヒットを叩き込んだはずなのに、その表情には喜びなどのプラスの色は欠片も無い。むしろ、より警戒を増しているようにすら見える。

 

「会長が、勝った……?」

 

 呟いたのは誰だったのか。ギャラリーの内の一人だろう。小さな声だったが、シンと静まり返った道場ではその呟きも全員の耳に届いていた。そしてその呟きにまっさきに否定で反応したのは他ならぬ楯無だった。

 

「いいえ、違うわ」

 

 首を横に振り否と言う。ギャラリーの内、多少なりとも楯無と交友のある者はその声から普段の軽さが完全に抜けているのが分かった。

 

「本番は――これからよ」

 

 それはどういうことか、誰かが訪ねようとした。だができなかった。ギャラリーの誰もが言葉を発することができなかった。理由は単純、それどころではなくなったからだ。これから――楯無がそう言った瞬間、両者が構えた瞬間の緊張すらぬるま湯に感じる、寒気に近いものが全員の背を走り抜けた。

楯無は静かに前方のみを見つめている。ギャラリーを襲った寒気、恐怖感という正体の発生源はその視線に先にこそあった。

 そこにあるのは依然床に膝を着いた一夏。だがその目線は上を向き、真っ直ぐに楯無を射抜いている。そしてその瞳にはただ一色、闇が広がっていた。

 

 

 

 

 




 というわけで前半は初音先輩と白式の整備でお馴染みとなった(と信じている)川崎さんのお話しタイムです。作中でも言及しているように、初音先輩が行って他の選抜候補者も行う予定のこの面談、別に面接試験とかってわけじゃありません。
純粋に今後のためのコミュニケーションの一環としての措置です。まぁ選抜の判定要因にもなってるっちゃなってますが。
 あんまり喋らない系キャラ(と伝わっていると信じている)初音先輩ですが、こういう場面のように必要な時にはちゃんと喋ります。ただ、本当に必要と本人が判断した以外には喋ろうとしないだけです。あと喋るのダリィと思ってる節も若干あったり。

 転じて一夏とたっちゃんパート。
最近とみにちゃらんぽらんが進んでいる一夏と、基本軽いノリキャラの楯無という組み合わせですが、実はこの二人の組み合わせの場合は意外と真面目モードだったりします。もちろん、ボケ倒すときもきっちりある予定ですが。多分。
 あと、一夏が簪のことをきっぱりと友人だと言いましたが、何も簪に限った話じゃありません。他の専用機持ち達、クラスメイトを始めとして学内の親交のある面々、一様に一夏は友人だと認識しています。軽くネタバレ気味になるかもですが、原作みたいな襲撃事件が発生して学園の生徒に気概が及びそうになった場合、一夏もまず第一に防衛に回ります。まぁ問題はその防衛のために外敵の排除(つまりはぶっ○しちゃう)を遠慮なくかます確率ドンなとこですが。
 ちなみに友人であっても、弾と数馬は別格。これは多少付き合いの長い箒や鈴、何気に趣味や嗜好でウマの合う簪ですら及びません。というか、「姉」「師匠」に並ぶ「親友」という特別カテゴリーだったり。……だからって何でホモネタが頭から湧いてくるんだよ……
壁ドン股ドンからのフォーリンラブでドンとかふざけんなよマジ。全部甘粕と狩摩が悪い(阿片スパァ

 そして一夏vs楯無。
まぁ話の流れとしては決闘者流に言うなら「お互いに分かり合う必要がある? よし、決闘だ!」って感じです。もうまんまそれ。他に言い方は思いつきません。
 アイサツやお辞儀は、まぁご愛嬌ということで。
で、次回へ続くと。学園の女の子たちは今まで見たことのない一夏の姿を見ることになる。多分……

 今回はここまでです。感想、質問は随時受け付けています、募集中です。どんどん書き込んでください。
 それでは、また次回更新の折に。



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第五十八話:流水 対 修羅

 というわけでイッピーvsたっちゃん、後半戦ファイッ!

 作中で出てくる技は一部を除いて割と元ネタありきだったりします。是非当ててみてください。いや、割と分かりやすい気もしなくもないですが。
「この技に ピンときたら 感想欄」


 手強い――そう認識したのは仕掛けてから二手目だ。師という例外中の例外を除いて、生身の状態で一夏にそう感じさせた直近の記憶はあのゲイ――もとい蛇駆・欧だ。

だが目の前の少女、更識楯無はそれを上回ると一夏の思考は瞬時に判断を下した。総合的に見ても蛇駆よりは上回っているだろうし、結果としては勢い任せ地力任せのゴリ押しが通じた蛇駆とは異なり、ただ技を叩きつけるだけでは勝機は殆ど見えない。

 

「シッ」

 

 鋭く息を吐き出すと共に空気を切り裂きながら絶え間なく拳と蹴りを織り交ぜた攻撃を繰り出す。初手から全てを出してはいない、様子見にあたる段階とはいえ決して気を抜いては居ない。引き出す分こそ限ってはいるが、その上で一切の容赦もない本気で挑んでいる。

初手、二手目――楯無が実力者であるという確証は持っていたため、抑えているとは言え同級生たち相手には殆ど一切、ラウラや箒と徒手空拳での組手をした時にギリギリ二人が引き出せるかというレベルで始めた。そして結果はあっさりと余裕を持っての回避。続く三手以降はより出力を上げていく。この段階で既に同級生たち相手には出したことのないレベルだ。視線こそ向けないが、ギャラリーの中にある知己の面々が驚きを露わにする気配を感じる。仮に彼女ら相手にこの状態で相対したとすれば、文字通り何もさせずに無力化をできるだろう。級友たちには悪いが、それだけの実力の開きがあるのは事実なのだ。なにぶん学業ではむしろ劣等生の身の上、せめて実技(コチラ)でくらいは勝っておかないと格好がつかない。

さて、では相手の楯無はどうかと言うと、出力を上げても依然変わらずに対処を続けている。こちらの攻撃をいなし、かわし、逆に反撃をしてくる。無論一夏も素直に相手の技を受けるつもりは無いので同じようにいなしかわし、反撃する。その繰り返しだ。接近し、互いの制空圏が重なっていることで両者共に相手の動きを反射に近いレベルで感知し対応している。加えて、共に技の交差の最中であっても冷静な思考の維持を是とする静の武人。ギャラリーがどよめく高速での技の応酬の最中でも次の仕掛けの練り、相手の分析は途切れることなく行われていた。

 

(なんだこの感じ……?)

 

 技の応酬が始まって十秒少々経ってから一夏の思考の片隅に一つの違和感が生じた。こちらが貫手を繰り出し捌いた楯無がそのまま懐に潜り込んで投げを取ろうとしてくる。それを振り払いながら前蹴りを出せば楯無は僅かに後ろへ身を引きギリギリのところでかわす。お返しとばかりに回し蹴りを出してきたのを、今度はしゃがんでかわして足払いに繋げようとする。

絶え間ない技の応酬と互いの手の読み合い、戦略構築の中でごく小さいながらも生じたその違和感を一夏は無視しなかった。伊達に人生の殆どを武道に費やしてきたわけではない。師に弟子入りしてからは修行の一環とはいえそれなり以上の状況に直面したことはあるし、少々恥ずかしながら一夏自身でも路上の喧嘩などで、いわゆる勝負勘というものは培ってきた。こんな仕合の只中に生じた違和感などその勘の産物以外にありはしない。

そしてただ違和感が生じたからと言って漠然と警戒するだけではまだ足りない。その違和感が何なのか、より理論的に解して正しい対処を取るために意識を新たにして再度楯無の動きを観察する。だが始めから特に変わって見えるところは無い。あるいはこのまま千日手になるのではと予測がチラつくくらいに延々と攻防が続く。

 

(それにしてもこの感覚、暖簾に腕押しってやつかね)

 

 当てにいった拳を流され、ある意味当然と言えば当然なのだが手応えの無さに諺の一つを思い浮かべる。だが楯無の場合は格別と言える。

見れば分かる当たり前のことだが、楯無は女性だ。生物学的にどうしても身体能力の発達という点で男女の有利不利が生じるという事実を避けることはできない。流れるような回避はそうした頑強性の不足をカバーするため、ついでに無駄な体力の消耗を避けるためだろう。理に適っている。

更に楯無の動きは中々に掴みどころを見つけにくい。続く技の応酬は目まぐるしく状況を変えている。その状況状況に応じて最も適している動きを選択、流れるように取っている。

 

(まさしく水、か)

 

 前に楯無がISを駆るところを目撃した箒の談によれば楯無のISは水を操るものだと言う。こうして直に相手をするとなるほどと思う。受けた衝撃を散らし無意味なものに変え、自在に形を変える流水――

 

 

 

 一夏はここで気付くべきだった。水の流れを纏うかのような楯無の動き、その表現に思い立った時点でもしも彼がその意味するところに気付いていればその直後の展開は避けられたかもしれない。とは言え、その展開があったからこそ仕合はより互いの深奥を引き出すことになったのだから、それはそれで一つアリとも言えるのだが、その正否は今は問わないでおく。

一夏が気づかなかった原因は何か? 強いて上げるとすれば彼の武人としての自負の高さ、それこそが仇になったと言える。加えるとすればもう一つ、相手に対する情報不足も挙げられるか。

 紛れも無い事実として、一夏は十代としては最高峰の域にある実力を有している。持って生まれた際、それを育てた師、積み重ねた修行などの経験、どれも特上の物が揃っている以上はある意味で必然だ。少なくとも一夏と同年代で彼より明確な差を付けて上の実力を持っているのであれば、それはもう彼の師やその盟友に匹敵するイレギュラーだ。そんな存在、世界には早々存在しない。

十代に限らず、より上の年代を見ても彼を打ち負かせる人間は少ない。可能性はあるかもしれない、というレベルならそれなりには居るが勝ちが確実視できるとなればその数は激減する。当てはまるとすれば、武人として今の一夏より明確な格上としてある者くらいだろうか。そんな強者としての自負、それは本人すら気付かない、叱責できるとすれば彼の師くらいしかいない極めて希薄な慢心、でなくば枷となったいた。己こそ強者、その自負の強さがである。

 

 そしてもう一つの理由が楯無という人間そのもの。

先に挙げた一夏に勝ち得る可能性を持つ者、その枠組みには彼女も含まれる。流石に確実にというわけでは無いが、可能性自体はむしろ高い方だ。武人としての総合を見るのであればむしろ一夏の方が若干ながら上回っている。だが今の状況、無手での仕合においてはその限りでは無い。忘れてはいけないのが、一夏はあくまで剣士こそが本業だということ。師の方針で無手も十分に鍛えられているが、剣こそが本領であること、その本領に比して無手はやや劣ること、それは厳然たる事実だ。

対する楯無はその真逆。各種武器術も十分なレベルで習得しているが、最も得意とするは無手による戦い。両者の違いはそれぞれの師を考えればごく当然のこと。片や剣を極めた者、片や無手を極めた者、より得意とするのが師の専門分野であることはあるのは想像に難くない。

即ちこの戦いは総合的に見てほぼ互角の、だが本領で無い一夏と本領である楯無という構図になっている。この時点でどちらに優位に働くかは議論するまでも無い。

 そしてもう一つの情報の差。一夏は楯無がどのような戦い方をするのか殆ど知らない。対する楯無は一夏がどのような戦い方をするのか、記録を見ることで情報として知っていた。ごくシンプルなそれだけのことだが、これも大きく響いたのは確かだ。

 

 そして、以上の要因が機能したことにより一夏は仕合が始まったその瞬間より楯無が狙っていた仕掛けに気付けなかった。

そしてその瞬間は訪れる。

 

 

 

「なっ――!?」

 

 小さな、だが確かな驚きの声が一夏の口から洩れる。流されるのであればそれを許さなければ良い。当たることに、接することに、意味がある一打を放った瞬間にそれは起きた。

確かに当てにいった一打、それは紙一重の所で楯無に躱される。そしてその光景は一夏の目にはまるで拳が楯無をすり抜けたように見え、次の瞬間にはピタリと一夏の動きの流れに完全に合わせながら懐へと潜り込んでくる楯無の姿を捉えていた。そして拳を躱されたその瞬間から変わらずにあること、それは楯無と一夏の視線が交差したままということ。そして、いつの間にか楯無の纏う制空圏が薄皮一枚レベルまで絞り込まれていたこと。

 

(馬鹿な、これはっ!)

 

 それが何であるか、一夏はすぐに気付いた。当然のことだ。それは一夏もまた使える技、師より奥伝の一つとして伝授された技法なのだから。

何故この技を生徒会長が、奇しくも数日前の楯無が影像での一夏に対して抱いたのと全く同じ疑問を一夏は楯無に対して抱いた。理由は極めて単純。互いの弟子は知らない盟友関係にある二人の師。この技はそんな二人の師が共同で編み出したものなのだから。それを知らない二人は共にこの技を"頂点と信じる"師の唯一、そしてそれを伝授された自分だけの技と思っていた。その認識が覆された。数日前に楯無、そして今この瞬間に一夏と続く形でだ。

共に感じた衝撃は同じ、だが状況が違う。特に何かを迫られているわけでもない状況故に何事も無く対応ができた楯無。対する一夏は仕合の、それも危機の真っ只中。そして一夏に関して言えばこの状況下でその衝撃はあまりに決定的なものだった。スルリと一夏の懐に潜り込んだ楯無、その眼前に晒された一夏の胴はがら空き状態だ。すぐに後ろへ下がり間合いより抜け出そうとするも既に手遅れ、それよりも早く楯無の一撃は繰り出された。

 

「ぐぅっ!?」

 

 繰り出された掌底が一夏の腹部を打つと共に炸裂するように衝撃が胴全体に広がる。瞬時に受けたダメージを判断、間違いなく効いた中々のダメージではあるものの耐えられない程ではない。このまま仕合を続行するのにも支障は無い。だが回避しようとしてしきれなかった不安定な状態での一撃だったために、流石にバランスを保ってはいられず数歩後ろへ下がらずを得なくなる。そして楯無からやや距離を取った所で思いのほか響いたダメージに思わず膝をつく。

 

「……はぁ」

 

 小さく息を吐く。手痛い一撃を貰ったがそれで怒りに思考が沸騰したりはしない。むしろその逆、一発貰ったからこそより冷静となるべく冷えていく。

いや参ったものだと胸の内で小さく苦笑する。手強いだろうとは予想していたが、まさか師から伝授された秘奥を逆に受けることになるとまでは考えていなかった。一発貰ったのが効いて頭が冷えているとは言え、これでも驚いてはいる。というより、今のような状況だから落ち着いて受け止められているのであって、そうでなければ大口を開けて唖然としていただろう。

 なんにせよ、これは少々意識を変えて臨まねばマズイと判断する。想定していた楯無の実力を上方修正、現状の無手という状況限定ではあるが、格上であることも可能性大として織り込む。同時に一夏自身もギアを変える。先ほどまでの状態では勝ちを取りに行くことは困難、改めて全身を巡る気を奮い立たせ出力を上げる。同時に相手への認識も変更、少々物騒になりかねないため一夏自身も好き好んでそうしようとは思わないが、目の前の上級生を何が何でも倒すべき相手と見なす。

それら一連の心身の転調は一振りの刀を鞘から抜くイメージと共に行われる。抜かれた刀は師より授かった極限の業物。そして抜き放たれたのは刃に留まらない。刃より更に奥底、織斑一夏が技を奮う上で決して避けられない、だが彼自身の自制によって制御され押し込まれ、凝縮された殺気もまた開放される。楯無に向けたはずのそれは、しかし一度瞬間的に周囲全体へと拡散した。

 ゆっくりと立ち上がり軽く両肩を交互に払うと改めて楯無に向き直る。楯無の方も先の一撃で終わったつもりなど毛頭無いらしい。一夏がそうであるように、彼女もまたここからが本番と認識している。

 

「いや、恥ずかしいところを見せた。汚名返上――と意気込むというわけでもないけど、続き、やろうか」

 

 

 

「マジなんなのよコレ……。これが一夏の本気って言うの? あたしも付き合いはそれなりに長い自覚はあるけど、こんなん初めてだわ」

「……」

 

 隣で震えを隠し切れない声で呟く鈴を見ながら簪は静かに事の推移を見守っていた。既に霧散し楯無のみに向けられているとは言え、確かに先ほどの殺気は一瞬だけとは言えかなりのものだった。軽く周囲を見回してみれば誰もが一夏の気迫に圧された様子を見せている。セシリアやシャルロットのように早い者は既に落ち着きを取り戻しているが、それもごく少数だ。更に人数が絞られるとすれば、それは簪のように多少反応こそしたものの、それでも身を竦めずに受け切った者だ。そしてその様子が見られるのは別の場所に立つラウラと、その隣に立つ箒だ。

 

(へぇ……)

 

 ラウラが耐え抜いたことは分かる。少し調べれば分かるが、ドイツでラウラを鍛え上げたのは業界でも千冬に並ぶ女傑として有名な人間だ。そんなのを相手にしごきを受ければ、まぁこれは耐えられるだろう。だが箒に関しては少々意外というのが簪の偽らざる本音だ。

別に侮っているつもりは無い。確かに現状では他の専用機持ちと比して実力面で不足している点は多くある。だが操る機体のスペックが高いのは事実であり、それは決して見過ごせない要素だ。そして何より重要なのは彼女自身の気の持ち様。臨海学校における騒動の終盤、福音に一人果敢に挑み勝利をもぎ取ったあの気迫、執念は生半可なものではない。そして最近は目に見えて実力面での成長も示している。これらのことから簪個人としては箒のことを十分に認めてはいる。ただ、それでもこの場面においては厳しいものがあるだろうと客観的に判断していたのだが。

 

「正直、割と一杯一杯なところはあるかな」

 

 大丈夫かと、自身も冷や汗までは隠せないまでも気遣わしげな視線を向けてくるラウラに、箒は一目で強がりと分かる笑みを浮かべながら答える。

 

「腕前という点でまだまだ至らないのは百も承知。これでも多少は以前より実力もついたという自負があるとはいえな。だがそれだけで耐えるに足りないならどうするか、後は気合と根性しか無かろう。せめて気持ちの強さくらいでは、張り合いたいからな。もっとも、それでもだいぶ足に来るくらいには危ういところだったが」

 

 その会話は簪にもバッチリ聞こえていた。つまり何か、箒は本来なら耐えるのも無理だったものを諦めなければ何とかなると根性だけで強引に乗り切ったというのか。一瞬、バカじゃねぇのコイツ的な考えが脳裏を過ったが、これはこれで一つの成果と認める。少々、箒に関しては認識を改めてもう少し上方修正をした方が良いらしい。さて、耐えた者、気圧されながらも立ち直りが早い者は別に良い。問題は別の方だと簪はラウラと箒に視線を向けたまま考える。視線を向けられていたことに気付いたのか、箒とラウラが同時に簪の方を見てくる。一度視線が重なり、三者ともに各々周囲を見回し、再び視線が重なる。そして何かを示し合わせたように小さく頷き合うと簪は口を開く。

 

「みんな、少し下がって」

 

 簪の言葉は特に声を大にしたものでは無かったが、依然静かなままの道場内ではよく聞こえる。先ほどの一夏の殺気が駆け抜けた瞬間の恐怖感が拭えていないのか、ギャラリーの半数近くはすぐに二人が立つ中央から距離を取る様に下がる。

残る半数少々は簪が何を理由としてそのようなことを言ったのか、雰囲気で簪に問うてくる。その反応に簪は小さくため息を吐く。先ほどの一夏が、おそらくは無意識にだろう放った殺気に対して恐怖感を感じるなり圧倒されるなりしたのは、まぁ仕方がない。だがそれを感じた上でこれは少しばかり察しが悪いのではないかと思う。

 

「ここから先は、ちょっと危ないかもしれない。少なくとも今の織斑君を相手にして無事で居られる人は、このギャラリーには私を含めて一人も居ない。それに、上級生の人達。お姉ちゃんの顔を見て。あのお姉ちゃんがあんな顔をしてるんだから、事のレベルは察せるはず」

 

 その言葉に楯無を多少なりとも知るギャラリーの内の二、三年は揃って楯無を見る。そして申し合わせたように驚愕を顔に浮かべた。

楯無の表情からは笑みが完全に消えていた。一年と半年近く前、IS学園に新入生として入学したその日から決して絶やすことの無かった余裕を示すような微笑。ISを駆り数多の相手と向かい合ってきた時を始めとする、学園生活の中で幾度と無くあった緊張を強いられてもおかしくない場面でも決して崩れる事の無かった笑みが完全に失せていた。眼光は鋭く真剣そのもの、唇は真一文字に引き締められ、隠し切れない緊張が表情に出ているのが分かる。

それが意味するところ、現IS学園生徒最高、不動の頂点を欲しいままにする更識楯無に脅威を感じさせているということに他ならない。おそらく、楯無はこの場のギャラリー全員に一度に勝負を挑まれようとも微笑を消さないだろう。だというのに、一夏はたった一人でそれを消しおおせた。それはつまりこの場のギャラリー全員よりも一夏一人が上回っているということ。ステゴロという限定的な状況下とは言えたった一人に他の全員の総力が劣っているという事実を突き付けられ、重ねてきた研鑽に自負を持っているだけに一部の上級生は悔しさを表情に滲ませる。だが事実は事実、そこにセンチメンタルな同情をしてやる義理も無い簪はただ淡々と事実を伝える。

 

「察せたようだから改めて。いま、お姉ちゃんと織斑くんが相当に本気の状態でぶつかろうとしている。分かったら下がる」

 

 言い終えると簪はそれ以上他のギャラリーにかかずらうつもりは無いのか、一人でさっさと距離を取る。それを見て他のギャラリー達もようやく動き出し、一夏と楯無の周囲には空白地帯が広がる。

 

「随分とキッツイ言い方するわね」

 

 どこか呆れたように横から鈴が簪に言う。だが彼女の言葉から不機嫌さは感じ取れない。簪の物言いに思う所はあれど、事実であるために割り切っているのだろう。

 

「事実だから。それに、そのあたりの差も分からないならそれは馬鹿としか言えない」

 

 隠すことのない本音に鈴はハイハイそーですかと肩を竦める。

 

「いーわよ別に。とりあえずステゴロじゃあ今はあたしが下、それは認めてやるわ。けど、いつかはギャフンって言わせてやるんだから」

 

 このすぐに諦めたりはせずにあくまで自己の向上を目指す姿勢、それは簪も嫌いでは無い。あるいはこの生来の気質とも言うべき長所が、凰 鈴音という人間をごく短期で候補生に押し上げたのだろう。

細かい部分ではやや違っているところもあるが、この辺りには通じるものがあると簪自身でも感じている。今は下であることに甘んじよう。だが、何時までもそのままで居るつもりは無い。あまり表には出さないが、更識簪はどちらかと言えば自分本位な部分が強いのだ。

姉か、友人か。いずれはどちらかを超えてやろうと思う。そのために今は見よう。二人が一体どれほどに本気をさらけ出すのか、それをじっくり観察し糧にする。そのために簪は平坦な表情を崩さないままにこの場の誰よりも強く勝負の盛り上がりを望んでいた。そうして、自分の役に立ってもらうとしよう。

 

 

 

 再度構えた一夏が小さく指の骨を鳴らす。さながら捕食者の威嚇行動のようだが、その程度で楯無は欠片も動じない。ただ静かに睨み合いが続く。

ギャラリーには感知しえない、相対する二人の間だけで交わされるイメージの攻防、このまましばらく続くかと思われた矢先にそれは弾けた。

動き出す両者、動き出したその瞬間がギャラリーの目に映り伝達神経を通って諸々の情報が整理される。そして一瞬の後にギャラリー全員が二人が動いたと認識したその時には、既に重い音と共に一夏と楯無の腕が激突し交差していた。

 

 轟っと大気の乱される音がギャラリーの鼓膜を震わせる。

 

 片方が拳を繰り出せば相手は受け流し反撃に転ずる。その反撃をいなしたと思えば更に反撃で返す。行っている流れ自体は仕切り直し前と大差は無い。だが、その動きの質は激変していた。

比較的動きを見取りやすい離れた場所からの観戦でさえ、少しでも気を抜けば目で追うことができなくなる速さ、加えて先ほどから鳴り止むことのない大気を打ち据える音が一撃一撃の持つ重さを感じさせる。正拳、貫手、熊手、掌底などの種々の拳。前蹴り、蹴りおろし、上中下三段の回し蹴り、目まぐるしい技の応酬の最中で流れにギャラリーは息を呑むしかない。おそらく集ったギャラリー中で最も鮮明に流れを捉えられるはずのラウラでさえ、眼帯の封印を解いたにも関わらず必死で追いすがろうと眉間に皺を寄せている。

その流れも一度途切れたのか、示し合わせたように両者は距離を取る。片手を天に、片手を下に、威圧と殲滅の意思を前面に押し出した天地上下の構えを取るのは一夏。対して両手を前にかざし守りの意思を示す前羽の構えを取るのは楯無。見る者が見ればすぐに二人のそれが空手の構えと分かる。

 

 この距離を取った再度の仕切り直しで再び変化を見せたのはまたも一夏の方。構えを解くと今度は別の構えを取る。やや上半身を小さく纏め、まるで肩を竦めているようにも見える。武道経験者も少なくは無いギャラリーも見慣れない構えに首を傾げる。唯一楯無だけが思い当たる節があるのか、更に守りを固めて万全の迎撃を整える。

動き出したのは一夏。一気に距離を詰めると再度ラッシュを仕掛ける。そして構えの変化による攻めの転調はギャラリーの目にも明らかとなっていた。時折牽制のようにジャブを撃ちながらも攻撃の中心は肘、そして膝にシフトしている。ただでさえ肘や膝による攻撃は相手に大きなダメージを与えるものが多い。現にルール化された現代格闘技では肘や膝の使用を禁じていることも珍しくない。だが一夏の技に、少なくともギャラリーの目には不慣れさは見受けられない。明らかに慣れた、肘や膝の使用も常態化している動きだ。例えば古流の空手には肘を用いた技などもあるし、そうした類を学んでいるのかと考える者もいるが、それも違う。今の一夏の動きは多様な技の一部としてではなく、完全に動きの中心として肘膝を用いている。そんな格闘技は――ある。知名度においては世界有数、立ち技に関しては上位にあるとも言われる格闘技が。

 

「ムエタイか――!」

 

 もっとも早く気付いたのはラウラ。思わず発した言葉に周囲の面々も得心いったようにハッとする。

 

(そう、確かにムエタイ。けど、これは厳密には違う)

 

 重機関銃の掃射のごとき一夏の猛打を捌き続けながら楯無は内心で否と唱える。確かにムエタイは現在の格闘技の中でも比較的強力な部類に入る。肘や膝を使う点を鑑みればそれはごく自然なことだ。だが他の多くの武術がそうであるように、現代へ至るに伴ってスポーツ化も進み多少は安全面にも配慮がされたものになっている。だが一夏の技にはそれが無い。一撃一撃、全てが必殺狙い。護身という武術の原点と同じ本質にして対極の位置にある効率的な必殺という果てを突き詰めようとするソレは、まさしく古き時代の戦乱の只中で奮われたものだ。故に一夏のムエタイはムエタイでありながらまた別のもの。古式ムエタイ(ムエボーラン)と見て相違ないだろう。

 両者の距離が僅かに縮まった瞬間、一夏の両腕が楯無の首目がけて伸びる。身を逸らすことで掻い潜ろうとするも一歩遅かった。何かが首に触れた、そう感じた次の瞬間にはまるで万力が締め上げるかのように凄まじい圧力が頸椎に襲い掛かる。だがそれを気にしている余裕はない。今の一夏の技はムエタイにシフトしており、この首へのホールドも首相撲と呼ばれる言ってしまえば技の前段階だ。本命はこの次。

骨を軋ませながらグイと一夏の両腕が引かれ、それにつられて楯無の体も前面に、つまり一夏の方に寄せられる。それと同時に迫ってくるのは楯無の胴を打ち抜かんとする膝蹴りだ。あんなものの直撃を受けては堪ったものではない。両腕をクロスさせて襲い掛かる膝蹴りを真っ向から受け止める。

 

「くぅうううっ!」

 

 できればしたくはなかったが行わざるを得ない真っ向からの受け止め、ガードに使った腕に骨が砕けるのではと錯覚させるほどの衝撃と痛みが襲い掛かる。

幸いと言うべきか、膝のインパクトの瞬間に首のホールドが緩んでいたため、楯無は防いだ膝蹴りの威力も利用して強引に一夏の手を首から振り払いながら後退する。バックステップで素早く距離を取ろうとするも、すぐ背後に壁が迫る。未だ腕には痛みと痺れが残っている。その感触に僅かに顔を顰めたその瞬間に一夏は追撃に移っていた。

助走もつけずにその場で跳躍、立ち幅跳びの要領で一気に楯無との距離を詰める。大きく肘を振り上げながら飛び掛かってくる一夏に楯無は今の状態では真っ当な防御も受け流しもできないと判断する。今までの乱打でさえそれなりに気を張って捌いていたのだ。もう少しすれば支障ない程度に回復するとは言え、腕へのダメージが残り体勢も整っていない今の状態では回避一択しかない。

 

爆ぜる斧を打ち振る雷神(ガーンラバー ラームマスーン クワン カン)!!」

「ぐっ!」

 

 いかに一夏言えども跳躍の最中でその軌道を大きく変えるなどということは物理的に無理だ。無様だとかそういう見栄を全て放り棄てて楯無は横へ大きく身を投げ出して転がる。楯無が転がった直後に一夏が振り下ろした鉄槌のごとき肘打ちが宙を切り、楯無を捉えることなくその背後にあった壁に直撃する。

バキリと固いものが砕ける音が楯無の耳に入りギャラリーの悲鳴交じりのどよめきが続けて聞こえてくる。一瞬、不発に終わり壁を打ったことで一夏の腕の骨が折れたのではと僅かに顔を青ざめさせながら楯無は振り返る。楯無の方を睥睨しながら佇む一夏。特に負傷をしたわけでは無いのか、表情に苦痛の類は見られない。では先ほどの破砕音は何なのか? 砕けたのが一夏の骨で無いのならば――

 

「ッ……」

 

 一夏への注意は怠らないままに楯無は一夏の横に視線を移動させる。そして目にしたものに一夏の負傷という懸念による切迫とは別の驚愕が表情を塗り替えられる。

道場の壁、おそらくは一夏の肘打ちが直撃したであろう場所には一つの穴が穿たれていた。道場は外壁こそコンクリートなどの頑強性の高い物を素材にしているが、内壁はデザイン性なども兼ねて木材など人の手で壊し得る素材も用いている。だが、壊すことが可能だからと言って実際に壊せるということは早々無い。教育機関の運動施設は内壁に木材を用いていることも多いが、思い出して見て欲しい。そうした壁を殴りつけたからと言ってそう簡単に壊れただろうか? 否である。だがそれを一夏は破砕せしめた。肘の直撃部分は大きく凹み、その奥の別の建材が覗いている。そして凹みを中心としてその周りの木壁には放射状に罅が奔っている。

 

「うっそでしょ~」

 

 流石に予想だにしていなかったことだけに楯無は表情から驚きを引っ込めると今度は苦笑いを浮かべる。そして追い打ちをかけるように一夏が動き出す。

 

「でぇあっ!!」

 

 裏拳、回し蹴り、掌底、肘打ち――楯無が体勢を整え切れていない今を好機と見て一夏は追撃のラッシュを仕掛ける。回転で勢いを付けた連撃を楯無は後ろ飛びの連続で回避していく。そして一夏の放った拳、蹴りは躱されるたびにすぐ側の壁を叩き、先ほどの肘打ちによるものより小さいとは言え穴や罅を穿っていく。

 

(ふむ)

 

 破損個所が増えていく壁は一顧だにせず一夏は冷静に楯無の動きを観察する。その上で一度動きの流れを変えることにした。構えを変え、低く身を屈めながら楯無との距離を再度詰める。間合いに捉えたところで一夏の両手は畳を掴み、アクロバティックな動きと共に回転蹴りを繰り出す。

 

(ウソでしょ!? 今度は――シラットまで!?)

 

 現在の軍隊格闘術の基盤の一つでもあり、欧米では日本における空手並にポピュラーな武術だ。当然楯無も知識として知っているし、心得もある。だがまさか一夏がそれまで使って来るというのは予想外だった。これで確認されている限りで空手、柔術、一部の中国拳法、ムエタイ、シラットを使うことが判明した。

壁を蹴り、時には壁蹴りから天井に達し上方からの攻撃を仕掛けてくる。そこそこに広さはあるとはいえ、一応は閉所である道場内を利用したアクロバティックな攻めを捌き、時に反撃を試みながら楯無の内では疑念が更に深まる。

スタンダードである剣術に加えて五種に及ぶ格闘術。会得できたのは勿論一夏自身の才能やら吸収力やらもあるのだろうが、それでもそれを授ける師が居なければ成り立たない。そして彼の言動などから察するに師は一人のみ。では彼の技は全て一人の師から学んだということだろうか。だとすればとんでもない人物だ。そんなビックリ武術人間など実父くらいしか居ないものと思っていたが。

 

(けど、悪い感じはしないのよね)

 

 分からないことばかりな上に一夏の使う技はどれもが物騒極まりないものだ。はっきり言ってしまえば怪しさ満点と言ったところなのだが、こうして技を交えていると不思議とそうした感覚は薄れる。いや、疑念があるのは変わらないのだが少なくとも織斑一夏という個人に対して悪い気はしないと言うべきか。

この場に集うギャラリーにそう感じられる者は殆ど居ないだろう。彼女らにとって今の一夏は、今まで見たことがないだろうレベルで実力というものを開放した一夏はただただ圧倒的な脅威そのものだ。対抗しようのない暴威に対して好感など抱いている余裕は無い。だが今の楯無のように拮抗できているならば、こうして渡り合えているからこそ感じ取れるものがある。それは繰り出された拳、それが彼の技として確立されるまでの過程であったり、彼が今どのような心境でこの勝負を行っているかであったりする。

 

「ホント、素直というか真っ直ぐというか」

「む……」

 

 雨あられと降り注いでいた猛打が不意に止む。楯無の口から洩れた言葉に何か感じるものがあったのか、警戒や構えは解かないものの一夏は追撃を止めて静かに楯無を見据える。

 

「見てごらんなさいよ、周り。み~んなビビっちゃってる」

 

 顎をしゃくって促す楯無に従い、一夏も軽くギャラリーの様子を伺う。何時の間にか道場のあちこちを目まぐるしく移動しながらの攻防に転じていたからか、ギャラリーはすっかり離れてこちらを見ていた。浮かぶ表情はどれも固いものばかり。中には引き攣り気味のものまである。それなりに腹も括れているだろう最前に陣取った級友たちも気丈さを見せてはいるが、戦慄を隠しきれてはいない。

 

「まぁ仕方ないわよね。さっきまでの君、みんなからすればさぞやおっかなかったでしょうし。自分じゃどうしたって敵わないくらいに強い存在、そんなの見れば誰だってそうなるわよ」

「会長も、そういう経験はお有りで?」

「当たり前じゃない。私だって未熟も未熟なペーペーの頃があったんだから。その頃は周りはそんなのだらけだったし、今だって私の師匠とも言える人にはそう。次元が違い過ぎて最近じゃ逆に笑えてくるわ」

「奇遇ですね、オレも同じようなもんですよ。前にいっぺん、師匠の本気って奴を目の当たりにしましてね。ビビってチビるなんてレベルじゃない。そんな神経すら無くなるレベルでしたよ」

 

 先ほどまで殆ど無言、ただ必殺の意思だけを瞳に宿して剛拳を奮っていた姿から転じて、会話によって普段の調子に少し戻ったのか一夏の表情や言葉には小さく笑みが浮かんでいる。話に共感できるというのもあるのだろう。とは言え、その点に関しては双方の師のことを考えればある意味当然だが。

 

「まぁそんな私たちからすればおっかないくらい強いのが、周りのみんなからすれば私たちってわけ。けど、私たち二人の間なら違う。ねえ一夏君、一応確認だけどこの試合の目的、覚えてるかしら?」

「そりゃまぁ、ほんの少し前の話ですからね。流石にこの短時間で忘れるほどオレだって馬鹿じゃあないですよ。で、結局どうなんです? 会長から見てオレってのは」

「そうねぇ。まぁぶっちゃけまだ分からない所もあるからそこが疑問と言えば疑問ね。なんだか聞いてもあまり話してはくれなさそうだし、無理に聞こうとは思わないけど。でも個人的には君のこと、悪いとは思わないわ」

 

 へぇ、と意外そうな表情をする一夏に楯無は続けて理由を語る。

 

「さっきも言ったでしょ? 素直だって。伝わってきたわよ、君がどれだけ真摯に技を鍛えてきたのか。好きだから、かしら?」

「えぇ。――まぁ、恥ずかしながらやさぐれたり迷走したりしてた時期もありますよ。けど、根っこのトコだけは変わって無かった。好きこそものの上手なれってやつですかね。結局オレが今までやってきた理由はそんなもんですよ。ガキとそう変わらない」

「けど、それもまた美点の一つ。少なくとも私は嫌いじゃないわ、そういう真っ直ぐなの。だから、そうね。いずれは君の分からない部分もきっちり検めさせてもらうつもりだけど、今のところは信じても良いかなって思う」

「そりゃどうも。んじゃあ当初の目的って奴はこれで達成されたわけだ。で、会長。どうします? 一応試合の理由ってやつは解消されちゃったわけですけど、この辺で切り上げにします?」

 

 その申し出に楯無は思わずキョトンとした表情を浮かべ、続けて声を挙げて笑う。

 

「アッハッハッハ! もう、心にも無いこと言わないで頂戴。そんなつもり、全然無いくせに」

「ありゃ、やっぱバレてます?」

「そりゃそうよ。君の性格をちょっとでも考えればすぐに分かることだわ。別にそうする必要性があるわけでも無い。なら、ここまで盛り上がった勝負を途中で止めるなんて選択肢、君の中にあるわけ無いでしょ?」

 

 図星を言い当てられたのか、一夏は小さく肩を竦めて肯定の意思を示す。

 

「それに、私だってこんな中途半端で終わらせるつもりは毛頭無いわ。結果がどうあれ、キッチリ締めるとこまで締めておきたいもの」

「実にごもっとも」

 

 言いながら互いに改めて構えを取る。会話の余韻とも言える和やかさは未だ残っている。だがそれ以上に張りつめた気配が一夏と楯無の二人から発せられ、辺りの空気を染め上げていく。

 

「あんまりダラダラ続けるのもアレだし、お互い決めに掛かるってのはどうかしら?」

「良いですね。そういうスパッとしたケリの付け方、嫌いじゃないですよ」

 

 そう示し合わせて二人は最後の一手を繰り出しにかかる。

スッと楯無の瞳に静謐さが宿る。一夏の一挙手一投足に注意を払いながらも意識の本流は自己の深奥へと沈んでいく。沈んでいった先、イメージの中に巨大な扉が現れる。手を添え、祈りと共に力を込める。

一夏がそうであるように、楯無もまた自信が蓄積してきた技というものに自負を持っている。それだけでは無い。この積み重ねてきた技という結晶は、授けてくれた父や共に学んできた妹との絆の証でもある。故に楯無はそれを誇ると共に、祈るのだ。絆の結晶が紡ぐ勝利を。そして祈りによって踏み込んだ深奥は極限の集中となって彼女の意識から全ての無駄をシャットアウトし、持ち得る全てを発揮させる。

 

 総身に気が満ち満ちていくのを感じながら、同時に一夏はその流れを制御していく。発散では無く収束、最大量の燃料を最大効率で運用させる。だがそれでは足りない。目の前の相手、更識楯無はこの無手という状況にあっては一夏よりも優位になり得るというのが一夏の見立て。であれば、それを覆すには更に上を目指さねばならない。

故に一夏が選び取ったのはその最適解でもある禁忌でありながら決め所で最も頼りとする(ワザ)。内へと収束させながらも点火というトリガーを引かれた気は一気に爆発する。全身が内側から燃え盛るような力の解放感を強引に内へと押し留め、そのエネルギーを余すことなく運用させる。

 

 互いに出せる最大出力の開放、そのシークエンスの完了と行動への移行は全く同時だった。先の仕切り直しの激突を超える速さで接近、互いに相手を間合いに捉えると目まぐるしい早さで技を掛けあう。

 先のシラットを彷彿とさせる、手を支えにするアクロバティックな姿勢から一夏は両足で楯無に組み付き、そのまま関節を極めにかかる。後少しの所で楯無の緩急を自在に織り交ぜた身体操法により振りほどかれるも、一連の技の第三段階――貫手のラッシュ――が楯無に襲い掛かる。

組み付いた足は獣の(アギト)、一度でも組み付けば獲物の骨を噛み砕き、皮膚を切り裂き血をまき散らす牙が襲い掛かる。

 だがその柔肌を食い破らんとする貫手(キバ)が迫った瞬間、一夏の視界に映る楯無の姿がブれる。直後、貫手を掻い潜った楯無の姿が一夏の懐まで迫っていた。

序盤と同じ流れ、だが質は別物だ。楯無が迫ったことを認識した時には既に一夏の視界は上下が反転していた。背中への衝撃を感じつつ反射的に受け身を取った――時には既に視界が再び動き更なる衝撃が襲い掛かる。自分が投げられているということを認識した時には既に三度投げられていた。そして四度目の途中で強引に振り払い、互いの体が離れた直後には既に追撃に移っていた。

 

 楯無の首を喰い破らんと放たれる貫手、一夏の胴を打ち据えて地に倒れ伏させんと繰り出される掌底、全く同時に放たれた互いに決め手とする一撃はそれぞれに狙いと定めた場所に吸い込まれていき――

 

「……」

「……」

 

 共に薄皮一枚の距離でピタリと止められていた。

 

 

 

 

 

 

 

「引き分け、か……」

 

 ギャラリーの最後尾より更に数歩離れた場所、最も遠い所に居ながら最も勝負の流れを見取っていた初音は小さく呟いた。

前方のギャラリーの誰にも届いていない言葉だが、この結果については当の二人も認識していることだろう。直にギャラリーの認識にもこの結果は伝わる。

このような流れに至った経緯については初音も知る所では無いが、別に特別な興味も無い。気が乗った時にでも一夏に聞けば済む話だ。重要なのは二人の手合わせそのもの。

 

「流石、と言ったところ」

 

 余り乗り気にはなれないが一夏と楯無、両者が繰り広げた手合わせのレベルの高さについては認めざるを得ない。一夏にしても楯無にしてもその実力の一部を改めて再認した。口惜しい話だが、この無手という状況に関して言えば自分はまだ二人に後塵を拝すると認めざるを得ない。

 

「けど楯無、勘違いはするな……」

 

 あの楯無だ。そのくらいのことは分かっているだろうが、それでも日頃の彼女の鬱憤への憂さ晴らしも兼ねて小さく唸るように言う。

あれで一夏の実力を引き出しきれたかと言えば答えは否である。忘れてはならない。あくまで一夏の本領は剣士。確かに無手でも一夏は高いレベルを持っているが、それでもその扱いはあくまでサブウェポンの域を出ない。あの後輩のことだから案外両方ともメインになどと考えているかもしれないが、少なくとも今現在はそう見ても良いだろう。いずれにせよ、真の意味で一夏の全てを引き出したいのであればまず彼に剣を持たせるところから始めなければならない。そして――

 

「それは私だ」

 

 その役目を引き受けるのは自分。少なくともこの学園の生徒という括りで見るのであれば、自分以外の誰にも譲るつもりは無い。自分とて一介の剣士という自負はある。その自負が、彼女により高みを目指させる。

故に織斑一夏、更識楯無、首を洗って待っていろ――その意図を込めて二人に向け闘気を叩きつける。すぐにそれを察知し振り返った二人が見た先では、ギャラリーの壁の向こうで既に踵を返して歩き去っていく初音の背が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけでバトル・エンディッドゥ!
 なんでしょうね、ここ最近ネタやはっちゃけたイッピーばかり書いていたせいか、筆が進みやすいと思っていたはずのバトル回なのに思いのほか進みにくかったという事態に陥っていました。
ネタとかおふざけを書いているのも楽しいですけど、そればかりも良くないですね。何事も程々が一番です、ハイ。
 とか何とか言って次回あたりにネタフェイズというかおふざけパートみたいな感じで一夏が楯無に語る「織斑式パンチラ太ももチラ持論」なんてものを考えていたりするんだからなぁ……

 ちなみに前回の感想で「ギャラリーとかドン引きすんじゃないの?」的なことを言われましたが、概ね合ってます。じゃあそれでバトル終わってから一同が一夏と楯無に引いたかと言うと、逆に感覚がマヒして「オリムラクンモカイチョーモスゴイネー(棒読み)」状態となりましたマル

 あと最後でちょっとだけ出た斎藤先輩。多分この人、今後も結構話に絡んでく予定です。一夏や楯無に対抗心持ってる人間は多いけど、あまり表に出さないだけでこの人、その度合いがかなり高いレベルだったり……

 ところで前書きで技には元ネタ云々書きましたが、一夏が最後に使ったものだけは多分そこそこの難度じゃないかと思ってます。何せだいぶ古いんで。
(とか言って実はにじファン時代に速攻で特定されていたり……(小声))

 今回はここまでとなります。学園祭本番、いつ入るのでしょうね。むしろ作者自身知りたいところです。
 感想、ご意見、ネタ特定、その他諸々、感想へドシドシどうぞ。
それでは、次回更新の折にまた。


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第五十九話:特撮バカ&親バカ

 前回が結構真面目路線だったので、今回は砕けた感じでやりました。
え? ここ最近砕けてばっかりじゃないかって? そこはまぁ気にしない方向でお願いします。

 そろそろ原作のヒロインズを中心にした日常風景的なものでも書いてみたいです。
じゃあ書けよって? ……頑張ります……


「だいたいの事情は把握しました」

 

 一応は引き分けという結果に終わった道場での手合わせの後、一夏と楯無は共に生徒会室まで戻っていた。行きと違うのは戻ってきたのが二人だけでは無く簪も加わっているという点だろうか。

 

「まぁ、なんです? 会長は随分と迷ったらしいですけど、別にさっさと話してくれても良かったのに。事情が事情だ、協力するのは一向に構いませんよ」

「そうやってすぐに承諾してくれるのはありがたいけどね、話すこっちもこっちで結構気を使うものなのよ。そこらへんは察して貰えると助かるわ」

 

 確かにそれも尤もと一夏は頷く。生徒会室に着き、盗み聞きの類が無いかのチェックをしてから始まった楯無の話。来たる学園祭におけるIS学園生徒会、一部の教師も絡んでくる学園の保安部門の裏の目的、その中心となり得ると聞かされた一夏は、もしも事が起こった場合には生徒会を中心にした学園側との協力の下、必要とあらば事態の対処に当たるということを楯無に約束した。

 

「まぁ君だけに限った話じゃないけどね。そもそも不特定多数の来場者が来る学園祭、必然的にセキュリティは薄くなるわ。そこを狙って――なんて輩が来ちゃうのは簡単すぎるくらいに予想できるもの。君に話した内容そのままってわけじゃないけど、君のクラスメイトの候補生たちを始めとして学内の腕利きにはそういう事態の際に協力を求められるって話が行くはずよ」

「そこへオレだけこういう形で、他の連中より穿った内容をってのは、オレだけ事情が特殊過ぎるから、ですか。全く、モテる男は辛いもんですね」

 

 予想される不測の事態、その際に最も狙われる対象と見なされているのが一夏だ。だが今回の楯無のプランでは、その狙われている本人を敢えて対応に動かす、言ってしまえば餌にするということだ。別にそれを非難するつもりは一夏にも無い。方法として有効なのは認めざるを得ないからだ。ただ、それでも自分が狙われる立場にあるという事実を再認して、皮肉の一つも言いたくなるのが人情というやつだろうか。

 

「けど、別にこれが初めてってわけじゃ無いんだし。まさか二度も捕まるなんてつもりは無いんでしょ?」

「簪ちゃん!」

 

 入り口近くで腕を組みながら立っていた簪が事も無げに言う。その内容に楯無は思わず声を大にし、伺う様に一夏の方を見る。そして一夏はと言えば、鋭い眼差しを簪に向けているも気分を害したという様子は無く、むしろどこか納得している様子さえ見受けられる。

 

「なんかオレの身辺調査やったとか言ってたけど、やっぱり知ってたんだ」

「一応はね。あぁ、別に負い目を感じる必要は無いよ。少なくとも私もお姉ちゃんもそれで責めるつもりはサラサラ無いし、私はむしろその方法も一つの正解と思っているから」

 

 その言葉が意味するところを理解し、一夏はそうか、とだけ答える。その奥で楯無が何かを堪える様子を僅かに見せているが、簪はそれを一瞥するとすぐに意識から外す。

 

「まぁとにかくですよ、会長。オレだってこの学園は気に入ってるし、クラスの連中とかも友人としてそれなりに思ってはいるんです。そいつらが楽しく学園祭を過ごすためってなら、オレにできる限りのことは協力しますよ」

「……そうね。そこについては改めてお礼を言わせて貰うわ」

 

 その後に二言三言、今後はどうなるのかという軽い打ち合わせをする。とは言っても、現状で一夏は単に個人としての戦闘能力が優れているだけでそうした策という面においてはまだまだだ。よってこの場で決まったことと言えば、細かい計画などについては生徒会や学園側で組み上げるので、一夏については必要な時に指示の下で手を貸してくれれば良いという取り決めを交わすということに終わった。

 

「しっかしまぁ、本当に居るんですねぇ。テンプレな悪者って連中は」

 

 ドッカリと室内のソファに座り込みながらどこか呆れ交じりに言う一夏に、楯無もまったくだわと同意するように頷くも、表情に崩れたものは無い。

 

「けど、決して侮って良い相手でも無い。むしろ最大限の警戒が必要なの。できれば君の出番は無いまま終わるのが良いのだけど、当日だけじゃなくて当日まで、それにその後も身辺には気を付けてね」

「いやあの、前も後もって……それってエブリディピンチってことじゃあ……」

「あー、うん、まぁもしもってこともあるし」

 

 マジかよと言いたげな一夏に楯無も目を逸らし気味に答える。そんな気まずい空気に意外なことに簪が横から助け舟を出す。

 

「流石に街中とかでいきなり人目も憚らずに派手に来るなんてことは無い。勿論、警戒は大事だけどそれも夜道の一人歩きとかそういう類。あと、これは私の個人的意見だけど、相手がそういう手合いだって認識したらサクッとやっちゃって良いと思うよ」

「簪ちゃん」

 

 先ほどとは違う、静かに窘めるような楯無の言葉が簪に向けられるが、簪は相も変わらず平坦な眼差しを姉に向ける。

 

「別に間違ったことは言ったつもりは無いけど。元々、更識(わたしたち)はそういう人間でしょ? お姉ちゃんのそういうトコロ、嫌いじゃないけど私は違うから。仮に私が織斑君と同じ立場としてもそうする。私の生きる上で役に立たない、それでも無害ならまだ良い。けど、害があるなら早目に摘む。それだけのことでしょ? 訳に立たないどころか有害でしかない、排除して何が悪いの」

 

 冷え切った簪の言葉には情け容赦の類は無い。だが、そういう遠慮の無い様子も楯無は姉として、本人の納得の如何は別として慣れてしまっているのか、ただ深くため息を吐くだけで終わる。

 

「ハァ、何だろうなー。そういう鉄火場とかは私の方が慣れてるつもりなのに、なんで簪ちゃんはこうかなー」

「生まれつきの性格? 私もそう、お姉ちゃんもそう。そして――」

 

 向けられた視線に一夏は無言のまま眼差しだけで返す。言わんとすることは察しているが、何となくこれ以上を言うと場の雰囲気がどんどん重加速――もといどんよりな感じになりそうなので、楯無に見えないように「それあるぅ!」という意図を込めて小さくサムズアップだけ返しておくことにした。

 

「まぁしかしですよ」

 

 ついでに話題も変えてやろうと今度は一夏の方から口火を切る。

 

「ISなんて、出てきて十年経ってる今でもよくよく考えてみりゃトンデモ発明過ぎるって思うような物を使ってて、挙句お誂えな感じの悪者まで出てくるだ? 全く、特撮の世界じゃねぇんだぞって話だ」

「そこに関しては私も同感だわ。案外、ISが無ければ私もちょっと実家が変わってる普通の女子高生やってたかもしれないし」

 

 共感するような楯無の言葉を聞きながら一夏は右手首につけられた腕輪型の待機形態をとる白式を見つめる。ただじっと、己の相棒たるISを見つめる一夏の眼差しにはどこか憂いのようなものが混じっている。それを楯無は見逃さなかった。そして僅かに胸が痛むような感覚になる。

そう、どれだけ武技に優れていようと、どれだけ戦闘者として適した思考回路を持っていようと、彼は少し前まで普通の暮らしをしていた少年なのだ。それがいきなり世界唯一の存在となって、本人の望むに関わらず政治、思惑、陰謀、世界全体を巡るかもしれない巨大すぎるうねりに巻き込まれようとしている。それは彼も多少なりとも察しているのだろう。楯無や簪のように家柄故の教育としてそうした事情にも通じ、受け止める気概を持てるよう育てられたわけではない。あの憂いを帯びた眼差しの奥ではそうした現実への不安が渦巻いているのではないか。それを考え、せめてそうした気持ちの面だけでも今この場で力になれないかと思考を巡らせる。

 

「白式、腕輪……か……」

 

 漏れた呟きにもどれほどの想いが籠っているのか。何か声を掛けようと、楯無は座っていたデスクから腰を上げようとして、それよりも早く一夏の方に歩み寄る簪の姿を見た。

 

「織斑君」

 

 小さく、囁くように簪は一夏に声を掛けるとそっとその肩に手を乗せる。そしてスルリと羽毛に触れるような柔らかさで二の腕までを撫で下ろす。

 

「私は、君の考えていることが分かるよ」

 

 先ほどの楯無の会話とは違う、優しさを含んだ声音だ。だがそれだけでは無い。単純に彼を励まそうとか、そういうものだけではない。何か別のものも感じる。

簪は一夏の後ろに回り込むと、背後から手を伸ばして一夏が依然眺める白式の腕輪に指を這わせる。必然二人の間の距離も縮まる。そして簪の顔は一夏の耳元に近づき、囁きに混じる吐息すら聞こえるほどになる。

 

「君の手にはISがある。そしてそれを悪い奴らが狙っている。だから――ねぇ、シたいんでしょう?」

 

 そこで楯無はようやく簪の声音に混じるものを悟る。それは色香だ。簪がこの世に生を受けたその瞬間から今に至るまで、楯無は姉として簪を見てきた。だがその十五年に及ぶ姉としての生活の中で殆ど、一度もと言って良い程に見たことのない姿を今の簪は見せていた。それは姉である楯無でさえ思わずドキリとさせられるものだ。

 

「か、簪ちゃん……?」

 

 戸惑い気味に楯無が声を掛けるも、簪はまるで意に介した様子は無い。

 

「ね、織斑くん?」

「何をだ」

「分かってるくせに。私だって君と同じ。だから、分かるんだよ」

 

 言葉の端々に色っぽい吐息を交えながら、誘惑するように囁く簪に楯無はもはや言葉を失い、口をパクパクとさせている。

 

「強がってても無駄。今はガマンしてても、本当は思い切り吐き出したいんだよね? シたくて、シたくて、堪らないんだよね? クスッ、私だって同じようなものだから、分かるの」

(何? 何なの!? 何をシたいって言うの!? 簪ちゃんも一夏くんも、何なの!? 吐き出したいって何を!? ナニを!?)

 

 これが漫画やらアニメだったら楯無の頭頂部からは湯気がプシューと蒸気機関車の煙突のごとく吹き出ているだろう。事実、鍛えられたメンタルのおかげで一定のラインから先の冷静さは残っていたが、それ以外では殆どパニック状態と言っても良い。

 

「だから……言っちゃえば良い。思い切り、大声で。君がシたいことを。ね? シたくて堪らないんでしょう?」

 

 あわあわと、口はパクパクさせたまま行き所の無い両手を虚空でフラフラさせている楯無を尻目に簪は顔を、その唇を更に一夏に近づける。そしてその言葉をついに言った。

 

 

 

「ヘ・ン・シ・ン」

 

 

 

「……は?」

 

 余りに予想外な言葉に楯無は口を広げたまま自分でも間抜けだなーと思えるような声を漏らす。さて、先ほど愛しき実妹は何と言ったのだろうか。

ヘンシン? へんしん? 返信、変針、変心、変身――多分一番最後のが当てはまると思って良い。変身――英語にすればtransformとかmetamorphosisとか。意味は大まかに言えば姿形を変えること。

 

(変身?)

 

 はて、何がどうなってそう繋がるのか。首を傾げる楯無はとりあえずそのまま二人のやり取りを見続けようと決める。

 

「……はぁ。やっぱり同好の士ってやつだからかな。分かっちまったか」

「そうだね。私も、同じようなことは考えてるから」

 

 一つため息を吐いて苦笑する一夏に、簪も先ほどまでの色気やらはどこへ吹き飛んだのか、いつも通りの様子に戻って一夏の言葉に頷く。

 

「敵は謎の悪の集団。そしてそれに挑むことになるだろうオレは、装着型のメカニカルなアイテムを武器にする。もうさ、これは待機形態を変身ベルトにするしか無いよな」

「うん、うん。その通りだよ。……ゴメン、私いま結構感激してる。学園で初めて頷いてくれる人だったから」

「だろうな。こればかりはお嬢の多そうなこの学園の連中には理解し難いだろうよ。あぁもう駄目だ、いざ言葉にしたらもう堪らない。別に腕輪(コレ)が悪いってわけじゃないけどさ、何で待機形態がベルトにならなかったんだよ」

 

「えーと……」

 

 先ほどとは別の意味での困惑が脳裏を巡りながらも、楯無はようやく二人のやり取りの意味が分かった。

つまり一夏も簪も、ISなんて近未来な武装を纏って悪者と戦うなら、特撮のヒーローよろしく待機形態をベルト型にして、それで変身っ! とやりたいと。そういうことだ。

じゃあさっきまでの妙に色っぽい言葉遣いは何だったのよお姉ちゃんドキドキしちゃったじゃないと更識楯無(17歳現在彼氏無し恋愛経験ゼロ初恋まだ異性のタイプも自覚なし)は小さくため息を吐く。だがそんな彼女の様子など知ったことかと言う風に一夏と簪の待機形態談義という妄想話は進む。

 

「けどベルトだけじゃ駄目だよな。そりゃ昭和世代ならそれだけで良かったし、それはそれでの良さもある。けどやっぱ今の流行りはベルトにセットのアイテムだよな」

「うん。カードデッキ、携帯、トランプみたいなの、カブトムシやSu○caもどき、蝙蝠みたいなのとかまた別のカード」

「USBメモリやメダルにスイッチ、指輪に錠前にミニカー。どれもギミックが響くんだよなぁ、胸に。そういや簪、お前の弐式って待機形態指輪だよな? ていうか前にシャバドゥビもどきやってたよな?」(※第二十六話参照)

「それが……限界だった」

 

 小さく拳を握りながら答える簪の声には心からの口惜しさが滲んでいた。曰く、手間とかリソースとかのあれこれで余りに複雑な形態は推奨されないとか。加えて待機形態は専用機持ちが非常時に瞬間的にISを展開できるのが強みだ。それをわざわざポーズ決めてからギミック動かして展開など、時間と手間の無駄ということらしい。故に簪のように指輪という待機形態としても比較的メジャーなものに、それっぽい動かし方ができる飾りを付けるくらいまでしかできないらしい。そしてそのような諸々の説明を簪にしてくれた倉持技研の技術者は、簪以上に悔しそうな表情をしていたとか何とか。

 

「何でだよ。そんな手間とか時間の無駄とか分かってんだよ。んなのニチアサの特撮見てれば誰だって思うわ! 幼稚園児だって説明すれば理解するわ! だがやる! だってその方がかっこいいじゃん!」

 

 吐き出すように吠える一夏に簪も強く頷く。

 

「……ところで、織斑君的にはどんなのが良いの?」

 

 これは割と重要な質問だ。何しろ変身ベルトと言ったら特撮ヒーローの象徴、作品の顔と言っても過言ではない。毎年毎年、新作が発表される度に新たなモチーフ、ギミックが小さなお友達も大きなお友達も興奮させる。そして発売された玩具に小さなお友達のお父さんと大きなお友達の財布が薄くさせられる。

 

「ぶっちゃけどれも好きだけど、個人的には幾つかピックアップするなら、まずはカードデッキだな。というか、他のにも言えることだけど、そういう外部から取り付けるアイテムに武器のデータとか入れといて、必要に応じて読み込ませて取り出すって形にすれば本体のリソース削減とかになるんじゃね?」

「その辺りは私がとっくに倉持に力説した。織斑君にはできないくらい具体的に、徹底的に。けど……検討止まり……!」

「おのれディケ――いや話を戻すか。まぁそれでだよ、ほら、ISにはアレあるじゃん? 単一仕様能力(ワンオフアビリテイ)。オレならカードデッキ型にしたらそんな安っぽい名前は付けないね」

「と言うと?」

「んなの決まってんだろ――」

 

 そこで一夏は一度言葉を切ると簪と目を合わせながら小さく頷く。そして一夏の言いたいことを察した簪も頷き返し、タイミングを合わせるように一夏がせーのと言い――

 

『FI○AL VE○T』

 

 見事に二人、完璧にハモって同じ言葉を口にする。そして息が合ったことへの嬉しさからかウェーイとハイタッチを交わす。

 

「他のにもそういう必殺技ってのは当然あるけどさ、やっぱこれが一番決め技感が出てると思うんだよな」

「わかる」

「だろ? で他にどんな形態が良いって言ったら、そうだな。別のカードの方も好きだし、S○icaもどきも良い。あと錠前も良いな。割と最近だからってのもあるけど、好きなんだよ。キャラとかシナリオも。あとギミックも良いんだよね。ぶっちゃけ全般的に言えるけど、こう心をくすぐられるというか」

「すごくわかる」

 

 その他にもどんなシチュエーションでの登場が良いか、どんな決め台詞が良いか、どんなポーズがかっこいいか、完全に楯無を置いてけぼりにして一夏と簪は話に華を咲かせる。その様子をただ見ているしかできなかった楯無は言いようのない寂しさを感じたとかなんとか。そしてネットの映像レンタルでとりあえず特撮モノでも見まくって話についていけるようにしようと心に決めたとか何とか。

 

「んじゃまぁ、話も終わりってことでオレはこの辺で失礼しますわ」

「あ、うん。えっと、とりあえずよろしくね? 色々と」

「うぃーっす」

 

 簪との特撮談義も一段落し、特に話すことも無くなった一夏は時間も頃合いであるために寮に戻ることにする。そうして挨拶と共に部屋を出ようとする一夏だったが、思い出したように声を挙げて背に声を掛けた楯無によってその足は止められることになる。

 

「なんです?」

「いや、そんなに大仰な話ってわけじゃないんだけどね。学園祭に招待する人、決めたの? そろそろ申請しないとまずいわよ」

「あぁそれですか。いや、普通にダチを呼ぶつもりなんで。心配にゃ及びませんよ」

「なら良いわ」

 

 それじゃ、と言い残し今度こそ一夏は生徒会室を出る。

 

「じゃ、私も部屋に戻るね」

 

 それだけ言うと簪も出ていく。一人生徒会室に残る形になった楯無は再び会長用の椅子に座ると背もたれに身を預け思い切り力を抜く。完全に崩れ切ったその姿はとてもじゃないが他人には見せられないものだ。

 

「なんかもう……疲れたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで織斑君」

「ん、なに?」

 

 一夏のすぐ後に生徒会室を出たため、簪が一夏に追いつくのはすぐのことだった。

 

「招待券、友達に送るって言ってたけど、五反田君と数馬君のどっち?」

 

 IS学園の学園祭はセキュリティの関係上、誰でも来場できるというわけではない。学園側が招待、あるいは来訪の申請をしてそれが通った業界関係者以外の一般人が来るとすれば、それは基本的に生徒側が送る招待券によってのみ叶う。そして生徒一人につき招待できるのは一名のみ。

基本的には家族などを招待するものだが、招待する家族など居ない一夏は親友である弾と数馬をその候補としていた。ちなみに師である宗一郎にも話はしてみたのだが、二つ返事で要らないと返されていた。

 

「そこなんだよなぁ。マジでどうしよ」

 

 そして簪の質問は一夏にとっても悩みの種であった。一夏もまた例に漏れず招待できるのは一名のみ。つまり弾か数馬のどちらを選ぶしかないのだ。ウ~ンと結構本気で頭を捻って悩んでいる一夏を簪はしばし見つめていると、一夏が答えを出すより先に再び口を開く。

 

「私も、手伝おうか?」

「え?」

「私が数馬君を招待するから、織斑君は五反田君を呼べばいい。ほら、これで解決」

「……いいのか?」

 

 正直な話、簪の申し出は一夏としては非常にありがたい。二人纏めて呼ぶために箒や鈴あたりに協力を打診してみようかとも考えていたのだ。それをいち早く向こう側から申し込まれた。助かるのは確かなのだが、それにすぐに食いつくほどガサツになったつもりも一夏には無い。

 

「別に良いよ。呼ぶような友達が他に居るってわけでもないし、親戚もそう。家族にしてもお母さんはそういうのは別に要らないって言うし、お父さんは……まぁいいや」

(ちょっとー、更識さんトコのお父さーん! 娘さんからの扱いが適当ですよー!)

 

 思わず心の中で一夏はツッコミを入れる。知識としてでしか知らないが、ティーンの娘に父親というものはとかく扱いが雑にされやすいと聞くが、更識家という特殊な家柄でもそこは例外では無いのかと至極どうでも良いことを考えてしまう。

 

「うん、とりあえず私も大丈夫だから。別に数馬君は呼ぶ相手として普通にアリだし、良いよ」

「えっと……それじゃあ、お願いします」

 

 そう言って一夏は頭を下げる。そして、とりあえずはそのことを報告しておこうと一夏は携帯を取り出して弾と数馬に連絡を入れることにした。

ちなみに後に一夏が聞いたところによる、他の主だった面々の招待相手は以下の通りと言う。

 

箒:叔母にあたる雪子氏。実家の管理などをしてくれているお礼とかなんとか。別に雪子ゆーても直系の先祖が青幇のボスのジャンキーなんてことは無いで

セシリア:幼馴染かつ専属のメイドであるチェルシーさんとやらを呼ぶそうな

鈴:両親のどちらかを呼ぼうかと迷ったらしいが、母親の方がちょっと家の方が忙しいらしいので、都内のホテルの厨房で働いている父親を呼ぶことにしたとか

シャルロット:父親。普通に業界人のコネやらで余裕で来れるんでねーのと聞いたら、「でも部下の社員とはいえ娘が直接呼んだ方がポイント高いでしょ?」とニッコリ笑顔で言っていた。あざとい

ラウラ:母国の部隊で右腕として働いてくれたクラリッサ氏を呼ぶとかなんとか。ちなみに聞くところによると本人は学園祭の数日前には日本入りし、アキバやブクロの観光をするとか

 

 そして日本国某所でもまた、IS学園学園祭招待チケットを発端とする一騒動(?)が起きようとしている。

 

 

 

「ふっふ~ん♪」

 

 某県某所、郊外に佇むとある屋敷の一室ではスーツ姿の男性が機嫌の良さを表すかのように鼻歌を鳴らしている。自称イケてるアラフォーの更識煌仙である。

更識一門という古くより日本国の政における荒事担当として動いてきた、裏では名の知れた一族の中心人物である彼は、当代の座を実娘に譲ったとは言えまだまだ日々の仕事に追われる日々を送る。一応は当主権限を譲った先代という立場だが、当の現十七代楯無がまだ年若く研鑽中ということもあり父として、当主後見人として楯無を支え、一門全体においては未だ強力無比、楯無に並ぶかあるいは上回る部分すら持つ実質的最高権威者だ。

とまぁ堅苦しい肩書を持っている煌仙だが、本人の気質はむしろ穏健な方と言える。無論、必要とあらば人の身の極限に達したその武威を容赦なく奮うが、そんな機会など無いならそれで越したことは無いというスタンスを取っている。そんな性格は娘たちへの接し方にも表れており、無論のこととして更識家先代当主として娘たちを後継と扱う時は相応に厳しく接するが、ただの父娘となるともうダダ甘である。そして一日の仕事を終えた今、彼は更識家先代当主という顔を遥か彼方へ投げ捨てて、娘に甘い父親の顔を出し始めたというわけである。

 

 依然鼻歌を続けながら煌仙は懐から携帯電話を取り出すと電話帳に登録されている一つの番号に電話を掛ける。そして数度のコールの後で相手が応対に出る。

 

『もしもしー、どうしたの? お父さん』

 

 電話から聞こえるのは少女の声だ。煌仙を父と呼ぶ快活な声の主に当てはまるのはただ一人、煌仙の二人の愛娘の姉にして現更識当主の楯無だ。ちなみに、簪にも同様のことが当てはまるが煌仙と二人の娘の間での携帯電話の連絡はそれぞれ二通りが用意されており、それぞれで先代当主とその跡継ぎとしての対応と、ただの親子としての対応で分けている。今回煌仙が用いたのは親子モードの方であるため、楯無もこのように気軽な調子で電話に出たのだ。仮にもう片方だった場合、楯無の対応はもっとお堅いものになっていた。

 

「いやねー、ちょっと娘の声が聞きたくなっちゃってねー。後は一つ大事な相談もあってさ」

『もう、お父さんったら~。で、相談ってなぁに?』

 

 大事な相談とはいうものの、親子モードでの通話越しのことだ。大事は大事だろうが更識の仕事として重要なことというわけでは無い。互いにその認識があるゆえに、話す口ぶりも軽い物だ。

 

「いや、もうすぐIS学園も学園祭だろう? で、また去年みたいに招待券、回してくれないかな~って思ってね」

『え……? えっと、お父さん? 簪ちゃんの方はダメなの?』

「いや~、なんか最近できた友達を誘うとかって連絡が来てね。あの娘が自分からそうやって誰かを誘うなんて滅多にないことだから、お父さんも別に良いかな~って。だから去年みたいに楯無から貰いたいんだけど、良いかな?」

『えっと……あ~、その~』

「え……?」

 

 歯切れの悪い楯無に煌仙も顔つきが固まる。そして楯無は心底申し訳なさそうに言葉を続ける。

 

『あのね? 私もできればお父さんにチケットはあげたいんだけどね、今年はちょっと……。ほら、私って今は一応ロシアの方でISの登録してるでしょ? だから今年はその辺の付き合いの事情で向こうの人を……ね?』

「そ、そーなの……」

 

 事情を聞けば多少は仕方のないことと理解はできる。元より楯無とロシアの現在のアレコレについてGoを出した一人が煌仙だ。それはIS乗りとしての楯無の向上のためもあるし、更識として日本国のためにも必要な措置でもあり、現在も楯無はその面でもしっかりとした働きをしてくれている。そう、それを考えれば楯無の語る理由も十分に理解はできるのだ。理解は。だがそれと父親としての感情は別物だ。

 

『あの、お父さん? 大丈夫……? 本当にごめんね?』

「いや、良いよ。楯無、君のその判断は"更識"として至って正しいものだよ。気にすることは無い。招待券の方は……まぁどうにか頑張ってみるよ」

『う、うん……』

 

 その後、二言三言交わして通話を切った煌仙は椅子の背もたれに深く背を預け天を仰ぐ。

 

「はぁ~~~~~~~……はぁ………………おのれロシアァアッ!!」

 

 一人の部屋で煌仙は怒声を上げる。彼としては非常に珍しいことだ。実際問題、屋敷の使用人や一門の配下の者が見れば誰もが驚くだろう。それほどまでに日頃の煌仙の姿というものは余裕を纏った穏やかそのものだからだ。そんな彼が珍しく怒気を露わにする、その理由が娘二人からハブられたという何とも情けないものであるということには……あえて目をつぶろう。

仏頂面を変えずに煌仙は再び携帯の上で指を滑らせて別の操作をする。電話帳から別の番号を呼び出すと再びコール、程なくして相手側が電話に出る。

 

『どうした、煌仙』

 

 次の電話の相手は宗一郎。武術家としても一個人としても気の合う、双方ともに認め合う煌仙の盟友だ。

電話越しにも煌仙の良いとは言えない雰囲気を察した宗一郎は少々気を張って煌仙の言葉を待つ。そして煌仙は不機嫌の理由である先ほどの楯無との会話のことを話すのだが、話し終えた時には宗一郎の雰囲気も完全に呆れたように砕けきったものになっていた。

 

『いや、お前それはなぁ? そりゃあそういうこともあるだろうよ。まぁ巡り合わせが悪かったと思うしか無いな』

「分かってはいる。分かってはいるんだよ……!」

 

 悔しさを隠そうとしない煌仙に宗一郎も苦笑いを禁じ得ない。どうにも理解が難しいのは煌仙のソレが愛娘を持つ父親の心境というやつだからだろうか、独身三十路の宗一郎はそんなことを考える。さて、自分が友のように妻子を持ったとしてこのようになるか、こればかりはどうにも想像ができない。

 

「だいったいさぁ、ちょっとばかり調子に乗り過ぎだと思うんだよ、あの北国は。あれかね? 国土のデカさがそのまま態度に出ているのかね?」

『そりゃあ、国土の広さあっての大国だからなぁ』

「まぁロシアもそうだし? そのちょっと下あたりもそうだし? いい加減目につくからさぁ、私もちょ~っと本気だしちゃってもいいと思うんだよねぇ?」

『……一応聞くが、何をどうすると?』

「寸鉄一つ纏わぬ無手こそが私の強みさ。それを活用すれば少しばかり必殺仕事人しちゃうのだって造作は無い。それでちょっとね? 中枢を穴だらけにしてやろうと。ウチの一族、元は忍者なのだよ? ササッと侵入、ササッと接近。そして殺す」

『ジ○レミー・レナーかお前は。落ち着け、娘にハブられた気持ちは……一応察するがそれで国体を揺るがそうとするな』

「ハハッ、いや流石に冗談だよ。必要も無いのにそこまではやらないさ。必要も無いなら、ね。まぁ? ちょっと痛いダメージ喰らってても良いとは思うがね? 例えばさぁ、爆弾の実験をミスるとか。ツァーリ・ボンバをモスクワにシュゥウウトッ! 超っエキサイティンッ!」

『今すぐ奥方に通報してお前の頭をシュートさせても良いんだぞ?』

「あ、それは流石に勘弁して」

 

 世界最強の武術家の一角言えども、惚れた弱みゆえに妻には頭が上がらないものである。先ほどまでのテンパり具合といい、こんなのが無手の武術を極めた最強の格闘家であり、日本国のカウンターテロの筆頭格というのだから始末に負えないと宗一郎は胸の内で大きくため息を吐く。

 

『まぁお前のことだ。娘以外にもツテはあるだろう。それを使えば良いだろうが』

「そんなのは百も承知だとも。けどね、娘からというのはやはり別格で――まぁ、今更言っても仕方ないことだ。その方面でどうにか頑張るとしよう。どうかね? 希望があるなら君の分も手配はしてみるが」

『要らんよ。弟子にも話は受けたが、さして興味も無いのでな』

「そうかい。君と一緒に我が娘の様子を見て回るというのも面白そうだったのだが――そういうことなら仕方ない」

 

 そして楯無ともそうしたように、話の締めとして二言三言を交わして電話を切る。そしてデスクでゲン○ウポーズを取ると、この後に取るべき方策を練る。

 

「……」

 

 黙したまま煌仙は思い浮かんだ一つの策を考える。成功する可能性はかなり高い方だ。ただ、この方法を取るとなると威厳とかそういうものを色々放り投げなければならない。そしてそのまましばし悩み、意を決した煌仙は再び携帯を操作してまた別の人物に電話を掛ける。そして電話の相手が出た瞬間、煌仙は心底大真面目に言った。

 

「虚ちゃん、後生だから私を助けてくれ」

 

 選んだ方法は分家であり従者でもある家の娘に泣きつくというものであった。ちなみに結果は、一門の先代当主とは思えないほどに下でに出まくって、もはや無茶なお願い事をしてる親戚のオッサン状態の煌仙に苦笑いを隠せなかった虚が承諾し、無事に招待券を入手できたというものになった。

 

 

 

 




 仮面ライダーの変身ベルトはどれもカッコイイ! 異論は認めん!
いや、そりゃ最初の内は違和感とは何だよコレみたいな意見とかあるでしょうけど、見ている内にもうそれがなきゃ物足りないとかってなりません? 喧しくないウィザードライバーとかつまらないじゃないですか。ねぇ?
 ちなみに物凄い個人的意見なのですが、各ライダーそれぞれ必殺技を持ってはいますが、個人的にはファイナルベントが一番決め技らしさがあるかなーと思っています。特にファイナルとかってついてる名前がもうね、凄くそう感じて。あとは、セカンドシフトしてもシフト前後の状態の切り替えができたら面白いなぁとか。勿論、シフト前からシフト後への切り替えはサバイヴで。いや、最近レンタルで龍騎見終えたばっかりなので、謎の龍騎推しを感じたらそういうことだと。

 あと、簪ちゃんのお色気演技は完全に悪ふざけです。一夏に対して友情はありますが、それだけです。特にそういう感情はありません。一夏の側もそう。ただ、一夏の場合はある配慮をしているのもありますが。


 そして後半。
一体いつからダブル師匠がシリアス&真面目専門キャラだと錯覚していた?
宗一郎氏は基本的にツッコミ専門ですが、煌仙氏は……まぁ御覧の通りです。娘が絡むと割とハッチャけます。アラフォーですけど。

 さっさと学園祭本番に移行したいです。でなきゃアイツラとかあの人の本格的な登場とかが書けない。
 というわけで、感想ご意見は随時受付中。ドシドシお送りください。
それでは、また次回更新の折に。


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第六十話:祭りのちょっとだけ前 日常回だ、内容はお察し

 なんやかんやで六十話となりました。ちなみに、にじファン時代の旧作の六十話は学園祭のシンデレラ劇の話でした。果たして読者の一体何割に通じるかは分かりませんが。

 さて、サブタイにもある通り扱いとしては日常回。つまり、ここ最近の作者のノリが炸裂です。相変わらずと言うか、日常回の平常運転でお送りさせて頂きます。


 学園祭もいよいよ間近に控え、IS学園内の雰囲気も常日頃の研鑽の日々のソレから一時の催し物を楽しむソレが色濃くなっている。何気ない日常会話にもサラリとIS絡みの専門用語や課題のこと、実機訓練の成果などが入り混じることが普通なIS学園だが、今はそれも鳴りを潜めがちでそこかしこでされるお喋りの話題は学園祭のことが多くを占めている。これは、そんな年頃らしい享楽を控えた少年と少女たちの一幕である。

 

 

 午前五時、太陽もやっとこさ顔を出したばかりという時間帯に一年生用の学生寮の一室では本来ならば二人用の部屋を一人で使うという贅沢をしている少年が寝返りを打つ。言うまでもなく一夏だ。

さて、基本的に一夏はそれなりに規則正しい生活をするタイプだ。曲がりなりにも武術家の端くれ。早々体調を崩すようなヤワな鍛え方はしていないが、日々の生活リズムを始めとする健康管理にはそれなりに気を遣う方だ。それは一日の始まりである起床にしても同じことで、余程のことが無い限りは目覚まし時計の類は無くとも早朝の定刻に目を覚ますことができる。

そしてこの午前五時は一夏の基本的な起床時刻だ。普段ならばこの前後にはパッと目を覚ましているのだが、ここ最近の一夏はそれをしていない。ダラけるようになったのか? それも違う。その気になればすぐにも目を覚ませる。敢えて寝たままなのだ。その理由は彼の枕元にある。時計はあるにはあるが、目覚ましのタイマーはセットされていない。そしてもう一つ、充電器に繋がれた一夏の携帯もある。その時計が五時になった瞬間、携帯のスピーカー部分から音声が流れる。

 

『お兄ちゃん、起きてください』

 

 流れた音声はどこか舌足らずさを残した少女の声だ。最初の声が流れて程なくして次のボイスが再生される。そして予めセットされておいた組み合わせのボイスが再生されきった所でボイスはまた最初から再生され、それと同時に一夏はムクリと起き上がる。

枕元に置かれた携帯に映し出された画面の一部分をペタリと押して一夏はボイスの再生を終了する。そのまま画面を眺めて数秒――

 

「ぬるふふ」

 

 どこぞのタコ教師のような声で一夏は含み笑いを漏らす。画面には音声を喋っていた(という設定の)キャラが映っている。これが一夏が自分から目を覚まさない理由。つい最近ダウンロードした目覚ましアプリである。「ご○うさアラーム~チノ編~」Goo○lePlay並びにAp○Storeにて好評配信中である。(有料)

これを見つけた時、一夏は迷うことなく購入ボタンを押していた。その使い勝手は如何ほどか、親友たる数馬にはこのように語っている。「値段の割にボイスも多いし良い出来だな。朝からこころがぴょんぴょんして実に良い目覚めをさせてくれるよ。もう可愛い妹が出来た気分だ。というわけでリゼ編早よ」

 

「ん~」

 

 上半身を伸ばしながら軽く体をほぐす。寝起きに弱いというわけでも無いので既に頭も目もしっかりと覚めている。そのままベッドに腰掛けたままスルスルと画面の上で指をスライドさせてお気に入りのゲームの操作をする。少しプレイすればすぐに使用するポイントの回復に時間がかかるなどの状態になるため、パパッと済ませて後はしばらく放っておくだけの状態にしておく。

なのだが、起動したゲームの一つを見て一夏の表情は再度ニヘラと笑みを浮かべる。カードを集めて育成し、チームのようなものを編成して遊ぶこのゲーム、ユーザーの多くは「推し」、早い話がお気に入りのキャラが居るものだが、それは一夏とて例外では無い。どこぞの本性腹黒仮面優等生な友人の影響で、すっかりこの手のものにも抵抗なく関わるようになった一夏も、ゲームの中でお気に入りのキャラというものを見出していた。そして先日、ソーシャルゲームの代名詞の一つとも言えるガチャにおいて、その一夏が推すキャラがメインに据えられたものが実施されていた。

 そのガチャの報を知った時、一夏は千冬も同意の下の完全に一夏の管理下にある一夏個人用の口座の残高を数えていた。通帳に刻まれた数字は公的に特殊な立場にあるとはいえ、一介の男子高校生のものとしては破格過ぎる大きさだ。理由は過日の地下闘技場でのファイトマネーやら賭けの勝ち額やら。師である宗一郎の下に行った分、一夏の下に来ながらも貯蓄用の口座などに行った分などを差っ引けば一夏が自由に使える分として受け取ったのは全体のほんの一部に過ぎない。だがそれでも十分すぎるほどに高額だった。そして懐の余裕と推しキャラの魅力というダブルパンチは精神面では割と普通なところも多い一夏を見事に打ち据えていた。

結果、「つ、使いすぎも良くないし、ちょっとだけにしとくか」→「琴葉ガチャの誘惑には勝てなかったよ……。いやマジで今回のSR最高だって。オレもあんな風にカフェデートとかしたいし」という二コマ即堕ちを晒す羽目になっていた。

 

「我が課金に一片の悔いなし」

 

 とは言え、懐に物を言わせてガチャを回しまくった結果、パーティ一つを件の推しキャラの強化verのみで構成させる程にしたことに一夏の表情はむしろ誇らしげなものになっていた。ちなみにこのことを一夏本人から聞かされた割と他人をマジで道具扱いする下衆い親友はと言うと、すっかりコチラ側に来た一夏にニッコリと笑顔を浮かべると共に、ちょっとだけ巻き込んで悪かったかなーと家族親友を主としたごく少数の人間のみに向けられる良心に感じ入るものがあったとかなんとか。

とりあえずはゲームの方も一区切りついたことだしいつも通りに朝のトレーニングに励もうと、一夏はベッドから出るといそいそと着替えを始める。最近買った寝間着代わりのTシャツ、その前面にはデカデカと「働いたら負け」とプリントされていた。ちなみにコ○パの通販で仕入れたものである。

 

 

 

 

 

 

「んむむむむ……」

 

 朝食の席で凰 鈴音は珍しく眉間に皺を寄せた表情をしていた。闊達な気性をしている彼女は大抵のことでは早々悩んだりはしない。悪く捉えてしまえば楽観的とも言えるのだろうが、課題や問題を前にしても「何とかなる」の心構えで真っ向から受け止められるのは彼女の持つ長所の一つとも言える。

 

「よう、珍しいな。お前がそんな顔してるなんざ」

 

 そう言って向かいの席に座るのは一夏だ。朝食時ゆえにそれなりに人が居るとは言え、食堂内にはまだまだ空いている席もそれなりにある。その中で敢えて真向かいを選んだということは、やはり一夏も自分の今の顔が気になったからと言ったところだろうと鈴は当たりをつける。一夏の交友関係の中ではそれなりに長いと双方で認め合っている間柄だ。今の自分の様子が気になってもおかしくないと鈴は小さく嘆息する。

 

「まぁね。ちょっとそれなりに真面目に考えなきゃいけないことだからさ。あぁ、折角だしちょっと手伝ってよ」

 

 そう言って鈴はホイと一夏に手にしていた紙を渡す。それは先ほどまで朝食を進めながら鈴が睨めっこをしていたものだ。受け取った一夏は書かれている内容を読み取っていく。羅列された文字は全て漢字、中国語と見て良い。依然、語学にはやや疎い一夏にとっては中国語もロクに読めるものではない。何となく見知った漢字があればそこから文脈を察することはできるが、それ止まりだ。ただ、この紙に書かれていることに関しては少々違う。並ぶ文字はどれも文というよりは何かの名刺を示している。そしてその中には一夏が見覚えのある単語もある。程なくして一夏はそれが何の羅列かを悟った。

 

「これ、全部中華料理の名前だよな?」

「そ。まぁ話してもそんな大げさになるようなもんでもないから話すとね、二組(ウチ)が中華系の食事処やるのは知ってるでしょ?」

「あぁ。オレはともかく、他の連中何人かは張り切ってたな。飲食系が並ぶなら負けられないって。ほら、オレら喫茶店(サテン)やるだろ? お茶関係はセシリアが統括してくれてるんだけど、自分が纏めるからには負けられないってだいぶ気合い入ってたわ」

「あぁ、そりゃセシリアらしいわね。で、これなんだけどさ、メニューの候補なのよね。一応、この時点でも学祭用にある程度は絞り込んだんだけど、こっからまた絞りこまなきゃいけないのよね。アンタ的にはどんなのが良いかなって思って。ちょっと意見聞かせてよ」

「やっぱ全部は無理なのか?」

 

 その問いに鈴は思わず苦笑を浮かべる。分かり切っているくせにわざわざ聞いてくるとは。

 

「そりゃ無理よ。使える設備やら規模やらに限界があるもの。後はコストとか利益も考えなきゃだし。それに、半端な代物は出せないわ」

「そういやお前、親父さん呼ぶんだっけ?」

 

 双方の事情故に互いに納得の上での離縁となった鈴の両親。鈴を連れて中国に戻った母親とは異なり、日本に残った父親の方は家族で切り盛りしていた中華店を閉業すると共に、料理関係の古い知人の誘いで現在では都内にある高級ホテルで腕を振るっているという。一夏も鈴からの又聞きでしか知らないが、既にそのホテルの厨房で中華料理全般のトップと同等のポジションに就いているとかなんとか。それを聞いた時は思い返せば鈴の親父さんの中華は安さの割に滅茶苦茶美味かったなーと合点いったものだが、今回鈴がその父親を学祭に招待したということを思い出し、ようやくその緊張も得心がいった。

 

「あたしの料理はさ、全部お父さんに習ったものだから。セッティングとか他の色々な部分じゃあたし以外の娘たちにも頑張ってもらってるけど、料理に関しちゃ中華だからあたしが一番の責任者みたいなもんなのよ。だから、出すものは全部あたしの料理と言っても良い。それを久しぶりにお父さんに食べてもらうんだから、そりゃ気合も入るわよ」

 

 一夏の記憶にある鈴の父親は別に厳格な人物というわけではない。豪放磊落、というのでもないが陽気、朗らか、気さくと言える人柄だ。それは鈴に対しても同じであったと記憶しているし、同じく記憶から引っ張り出せばお父さんに自分の料理を食べて貰って褒められた、なんて話を鈴が嬉しそうにしていたこともちょくちょくある。

 

「まぁ昔だったらこんなに気負っちゃいなかったのかもしんないけどね。あたしもいい年で、久しぶりに会うわけだし。流石に緊張もするわよ」

 

 鈴が父親と直接会うことになるのは、両親の離婚以来のことだろう。以後も手紙やメールなどのやり取りは行っていたらしいが、やはり直接会うのとそれ以外では重みが違う。そこのところは一夏としても十分に分かることであるため、鈴の気持ちも何となく察することができた。

 

「そっか……、まぁ成長したトコを見てもらうわけだしな」

「そういうこと。料理とか、まぁ色々。手紙とかでさ、結構心配してくれてんのよ。実際、中国(ムコウ)のお母さんの家でも色々忙しかったりで大変だったところもあるし。だから、あたしは元気でやってるってとこも見せたいのよね」

「なるほどな」

 

 そういう気持ちはよく分かる。それは一夏が師に対して思うことに似通っているからだ。

 

「しかし成長な。まぁ確かに、中二の終わりで越してく前とは変わったトコもあるわ。いや、上手く言えないんだけどな。こう、感覚的によ」

「そうねぇ。肩書とか色々はあるけど、何だかんだであたし自身はそう変わっちゃいないかもね」

「あ、それは言えてるわ。ラーメン好きなトコとか、気が熱くなりやすいとことか。あとは身長(タッパ)に胸――」

 

 言い終えるより早く、傍から見れば感嘆するだろうキレと早さの無言の顔パンが鈴から繰り出される。だが向けられた一夏はと言えば涼しい顔でそれをパシリと受け止める。小柄とは言え鈴も候補生としてそれなりに鍛えている。今の拳だって並の男子くらいなら余裕で大きく仰け反らせるだけの威力は持っていたのだが、受け止められた瞬間の手応えの軽さにパンチの切っ掛けの言葉とか諸々込みで舌打ちする。受け止めた瞬間、一夏は全身を使って衝撃を流し散らしていた。言ってしまえば運動エネルギーへのアースのようなものだ。

 

「悪い悪い。ちょっと口が滑っちまったよ。ただ、(パンチ)は通じねぇぞ? そもそも今のお前の位置は完璧にオレの間合いの中だ。後ろからの不意打ちだったとしても、対処はできてたさ」

「胸のことは当然だけど、そういうとこはホント癪に障るわね。いつか一発叩き込んでやるわ」

「おう、是非頑張ってくれ。オレも張り合いがある。それと、もしそれができたら女子ボクシング辺りにチャレンジするのもおススメするぜ。オレ相手にそれができたら、お前わりとマジで世界狙えるぞ」

「気が向いたらね。ったく、嫌なからかい方すんじゃ無いわよ。大体、あたしはまだ成長期よ。見てなさい、いつかビッグな女になってやるんだから」

「ま、頑張ってくれや。ただ鈴、別にオレはその、なんだ。お前のサイズがどうだろうが、特に気にしやしないよ」

「あっそ。まぁ腐れ縁みたいな付き合いも長いし、ある意味じゃしょうがないわね」

「いや、それもあるんだけどさ。基本オレが胸のサイズとか気にしないだけだから。オレ、太もも派だし」

「……」

 

 あー、そういえばそうだったなー、そんなこと数馬が前に言ってたなー、などと鈴は無言のまま思い出す。数馬で思い出したが、ここ最近一夏の言動にしょーもないものが多々見受けられるようになったのはやはり数馬の影響なのではないだろうか。やっぱりいっぺんくらいはド突いておいた方が良いのだろうか、そんなことも考えてしまう。

 

「まぁそういうわけでだ、鈴。オレは別にお前に無理なサイズアップなど決して望まん。自然体なままのお前でいてくれ。その上で、今の眩しい健康的絶対領域を維持してくれればそれで十分だ」

「死ね、変態」

 

 多分セクハラで訴えたら勝てるような気がする。そして決めた、やはり数馬はいっぺん引っ叩いておこうと。

 

 

 

 

 

 IS学園の授業は午前に四時限、午後に二時限の計六時限が一日のカリキュラムと定められている。決して多いというわけでもない数でありながら、一般教養を始め専門科目もあるために授業一つの内容や進度といった密度は濃い。そのために学園の基本方針としてなるべくカリキュラムを削るようなことはせず、仮に行事などで授業が無くなったとしても十分なカバーができるよう補填が効くようになっている。

そのような事情から授業が無くなる、あるいは置き換わるということは滅多に無いのだが、その滅多に無い状況がこの日は起きていた。このような表現をするとさぞや大事に聞こえるが、実際のところはそんな重大なことではない。学園祭の準備のために午前の授業の後半二時限が充てられたというだけである。普通の学校であれば割とよくありそうなことだが、IS学園に関してはカリキュラムの性質上、滅多に無い事例に当てはまるのだ。

 

「どうかな、セシリア? 似合ってる?」

「えぇ、大変よくお似合いですわ。サイズも丁度良いようですし、この分なら他の方々も問題はなさそうですわね」

 

 そう朗らかに言葉を交わすシャルロットとセシリアだが、二人の装いは普段の学園生活で見慣れたIS学園の制服とは異なっている。所謂『メイド服』、昨今の流行りであるファッションやサービス業で用いられるようなものではなく、古くからの伝統を受け継いだ本格的なものだ。そしてそれを着ているのは二人だけではない。見れば教室内のあちこちで同じようにメイド服に身を包み、サイズのチェックを行っている一組の面々が見受けられる。

 

「どうやら、皆さん気に入ってくれたようですわね。一緒に手配をした甲斐がありましたわ」

 

 上々と言える級友たちの反応にセシリアも嬉しそうに顔を綻ばせる。

元々、このメイド服は出し物の計画に入っては居なかった。当初はあのアイドルプロデュースにやたら熱を入れていた一夏の言っていた通り、学園の制服のままで喫茶店の運営をしようとしていた。しかし茶葉などの手配を請け負ったセシリアが業者との連絡の仲介として話した、実家でセシリアの側仕えを務めているチェルシーと話した折にメイド服をホール担当の衣装にしてはどうかと提案されたのだ。

チェルシーから現在の日本では給仕服姿の女性が接客をする店が一部で人気を博していると聞き、使えると思ったセシリアはクラスに提案。満場一致で受け入れられていた。そうして茶葉と共に手配を頼んだ必要分のメイド服が届いたのが数日前。学園祭本番を控えた今、クラス全員誰が接客担当になっても大丈夫なように、各々に合うサイズのメイド服のチェックなどを行っているのが現状況というわけである。

 

「けどオルコットさん。このメイド服、オルコットさんの実家から借りたものだって言うけど、大丈夫なの?」

「えぇ。元々、使用人用の服ですし予備などはちゃんと揃えてありますので。その一部だけですから、特に問題はありませんわ。それに、そのオルコット家の者であるわたくしが良いと言っているんですもの。気になさる必要はありませんわ」

 

 清香が投げ掛けた疑問にセシリアは笑顔を崩さないまま答える。言ったことは事実なのだから何も問題は無い。それに、今もこうして大勢で和気藹々と一つの目的――今回であれば学園祭の出し物の成功に向けて一丸となるというのは、あまり多くは無い経験だが嫌いでは無い。そして自分がその成功に向けて大きく協力できた、それはセシリアにとっては嬉しいことであり誇らしく思えることでもあった。

それにしてもと、セシリアは軽く周囲を見回してどこか興味深げにクラスメイト達の様子を見ていく。今回手配したメイド服、全員に対応できるように異なるサイズのものを相応に用意はしたが、そもそも着慣れない服であるために着ることに、あるいは着てもその後の動きにぎこちなさや四苦八苦している者もいる。もっとも、それも最初だけの話ですぐに全員が慣れるだろうが、この光景は中々に面白い。例えばこの一組で最も小柄なラウラ。勿論、抜かりなくラウラの体型にも合うようなサイズの物も用意はしたが、このような服は初めてであるためか、普段のピシリとした様子はどこへやら無事に着れても自分のあちこちを確認しながら右往左往し、時折他の者に手伝ってもらいながら細かい部分を整えたりしている。

ラウラが目立つだけで、他にもそうした感覚を抱く者はいる。四十院という古くからの名家に生まれたという、セシリアと似通ったルーツを持つ神楽はメイド服という仕える側の立場の装いながらも貴人然とした佇まいは薄れていない。先ほど話していたシャルロットは持ち前の器用さがここでも発揮されたのか、すっかり着こなして他の面々のサポートをしている。そのサポートの一環かどうかは知らないが、時折ポーズや仕草のようなものも教えている。しかもそれが妙に様になっていると言うか、同性であるセシリアから見ても可愛らしいと思うほどだ。ふと、以前同じように同性の目から見ても可愛らしいと仕草をしていたのを目の当たりにした時のことを思い出す。あの時、たまたま近くで同じく目撃していた一夏が「あざとい。実にあざとい」と言っていたが、どういう意味だったのだろうか。そして一夏と言えば――

 

(これは、ちょっと見ものになりそうですわね)

 

 教室の一角を見てセシリアはまた別の好奇心、むしろ悪戯心に近いものが湧き上がるのを感じる。いや、きっとこれは話せば多くの賛同を得られるだろう。このクラスならほぼ確実と言えるくらいにはだ。ただそれが見られるには、ある一名が教室に来なければならない。

そして胸中でとは言え噂をすればというのだろうか。閉じられたドアの向こうから声が掛けられたのは。

 

 

 

「おーい、今入って良いかー?」

 

 閉じられた一組のドアの前で一夏は中に呼びかけて許可を求める。職員室にいる千冬への連絡やら提出書類の処理やらでしばし教室を離れていた。進行はともかく、準備や物資の手配に関してはセシリアが積極的に買って出ているので、一夏もセシリアへの信頼度の高さから教室のことを任せていた。

そうして職員室での用事を終えて教室に戻る最中、また別の用事で廊下を歩いていた癒子と出くわし、教室の現状を聞いていた。曰く、以前にセシリアが提案、手配したメイド服の準備ができたので教室に残っている者達で試着をしていると。一応着替え用の仕切りを作るなどで配慮はしているが、教室に戻るなら注意はしておいた方が良いと。一夏としてもその事前注意はありがたかったため、癒子に礼を言うとそのまま教室に向かい、先ほどのようにドア越しに声を掛けたのだ。

 

「あー、ごめん。ちょっと待ってー」

 

 ドアの向こう、教室から返って来た返事に一夏は適当に返事を返すとそのまましばし教室の前で待つ。ドアの向こうからは何やら言い合う声が聞こえ、慌て気味の気配が伝わってくるが、大方いきなり自分が戻ってきたことで支度に慌てているのだろうと適当に当たりをつける。それよりも今の一夏にとっては暇つぶしにいじり始めた携帯のゲームで、文字通り稼いだファイトマネー諸々に物を言わせて揃えた三属性ことエレめぐ艦隊を愛でるほうがその場の気分的には優先事項だった。

 

「良いよー」

 

 少しして教室から声が掛けられたため、一夏はすぐに応じてドアを開けて教室の中に入る。直後、一夏の視界に飛び込んできたのは――

 

「お、おかえり……なさい、ませ……。ほ、本日は当店記念日、なので……ス、スペシャルサービスを、実施、しております……」

 

 うつむきがちに、しかし頬を赤く染めて――多分あれは恥ずかしがってだろう、そういう雰囲気がありあり伝わってくる――出迎えの言葉を掛けた箒であった。それもメイド服着用の。

 

「……」

 

 一瞬、一夏の思考から言葉というものが吹き飛ぶ。しかしほぼ同時と言えるほどの早さの次の瞬間には高速で思考が回転しどう対応すべきかを考えだす。そしてコンマ0以下の早さで掛ける言葉は四つに絞られた。

 

  1.可愛いじゃないか箒

  2.箒、お前、頭大丈夫か?

  3.メイド服萌えぇぇええええええええ!!!

  4.プリチーうさタンオムライスGREATほんわか風味を一つ

 

(オーケーオーケー。be cool、フラットに行こうじゃないか、オレ)

 

 選べる選択肢は一つしかない。人生にセーブ&ロードなどありはしないのだから、選択肢は慎重に選ばねばならない。

 

 ▶ 1.可愛いじゃないか箒

 

(うん、悪くない。実際似合っているのは確かだし、褒めているわけだから無難――いや待て。今の箒の様子、明らかに恥ずかしそうだ。まぁ普段強気な娘が恥じらう姿というのは中々にソソるものがあるけど。テレ顔の摩耶様とか弱気なトコを見せちゃう那智姉さんとかクッソ可愛いもんな。いやそうじゃなくて。少なくとも箒にとってこの状況は不本意と見て良い。ということは安易に褒めたとしてもそれは逆効果じゃなかろうか?)

 

 一時保留。他に候補が無ければこれにするしかないが、まだ決めるには時期尚早だ。

 

 ▶ 2.箒、お前、頭大丈夫か?

 

(いや、流石にこれはダメでしょ。箒が嫌そうなのは明らかなのに、そこに追い打ちとかオレは鬼かよ)

 

 却下である。

 

 ▶ 3.メイド服萌えぇぇええええええええ!!!

 

(何故オレはこんな選択肢を思いついたのだろうか。いや、確かにメイド服は良いと思う。最近のコスプレ的なミニスカメイドとか太ももが眩しくて実に結構だが、奥ゆかしさと大和撫子の美学に通じるトラディショナルなメイド服にも認識のイノベーションがコミットされる。が、しかし。駄菓子かし、これをおもっくそ大声で言ってしまうと、なんか終わる気がする。こう、オレの評判的なアレコレが)

 

 とっくにIS学園生のネタ枠に放り込まれているのはここだけの話である。

 

 ▶ 4.プリチーうさタンオムライスGREATほんわか風味を一つ

 

(こ れ だ!! そうだ、箒を対象に取る言葉では褒めようが苦言を言おうが良い反応を得られない! ならば言葉のベクトルを別方向に、箒を対象に取らなければ良い。やっぱ対象に取らないっていいな、トリシュ素敵! 満足するしかねぇ! 敢えて何にも触れずにその場に合わせたクールな対応、幸いみんなノリが良い。上手い具合に流してそのままなぁなぁにできるはず。エンディングが見えた! これだ!)

 

 そう、これこそ最もパーフェクトな選択と確信した一夏は即座に映る。ちなみに箒の恥ずかし台詞からここまで一秒半程度。一夏の思考モーメントは高速回転でアクセラレーションだ。

 

「プリチーうさタンオムライスGREATほんわか風味を一つ、至急用意してもらいたい」

 

 決まった、我ながらパーフェクト。言い終えた一夏の心は妙に晴れ晴れとしていた。ともすればこの爽快感に酔いそうにもなる。やったことは無いしやるつもりも無いが、麻薬をキメた人間はその瞬間に一時的に得も言われぬ快感に浸れるらしい。中学の保健体育の教科書に書いてあったことだが。あるいは今の気分がそうなのか。生まれてこの方十五年とウンヶ月、行った行動の直後に「これは決まった」と感じ入ることは決して多くは無いが、今はその一つに数えて良いと言える。阿片あたりをスパァして羽化登仙するとはこのことかもしれない。

 

『……』

「……あり?」

 

 だが予想に反して周囲の反応は良くない。いや、決して悪いというわけではないが、強いて言うなら良し悪しどちらでも無いと言うべきだろう。最初、教室に入ってきた直後の一夏はあまりに予想外だった箒の姿に思わず困惑した。それが今度は、その箒に対しての一切動じぬクールな、しかし微妙にズレているとも言える対応に今度は周囲の面々が先の一夏と同じように困惑していると、そういうことだろうか。それを理解して一夏はふぅーと軽く息を吐き出す。そして片手で目を覆い――

 

(ス、スベッたぁぁあああああ!!!」)

 

 前言撤回、決まったどころか見事にスベリ芸を決めてしまったことに言いようのない羞恥心を覚えた。

 

「あ、うん。箒、別にオレは悪くないと思うぞ」

 

 それだけ言い残すとクルリと踵を返してさっさと教室から出ることにする。この微妙な空気を払拭するには時間の経過が必要だ。ほとぼりが冷めるまで適当に外で時間を潰すことにした。戦略的撤退というやつである。断じて逃げ出したわけではないそうじゃない。

そして、一部始終を見ていたセシリアは噴き出して笑いたいのを、顔をプルプルと震わせながら必死でこらえていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 さて、場所と時間は変わってここはとある公園。一角に設けられたブランコには学校帰りの途中の二人の男子高校がキーコキーコとブランコを漕ぎながら座っていた。

 

「そういえば弾、そっちにも届いた? 一夏からのIS学園学園祭の招待チケット」

「ん? おぉ、昨日来てたぞ。『も』ってことは、数馬にもか?」

「うん。原則、生徒は一人しか招待できないらしいからね。僕は、簪さんから招待されたよ。何でも一夏が僕ら二人を呼ぶのにどうしようかと悩んでいたら、簪さんが呼ぶアテが無いとのことらしくてね。ご厚意に甘えさせてもらったらしい」

 

 その裏には娘からハブられた世界最強の格闘家にして妻に頭が上がらない親バカなアラフォーの魂の慟哭があったのだが、そんなことはこの二人が知る由もない。

 

「そうだったのか。いや、なんか申し訳ねぇな」

「とは言え、招待をしてくれたのは向こうなんだ。ここは、一夏と簪さんに感謝の念を忘れず、楽しみに行くべきだよ」

 

 そう語る数馬の表情はにこやかなものだ。実のところ、最近数馬は親友である一夏と話を合わせられるためにも市販のISに関する本やネットなどで一般公開されている論文などを読みISに関する知識も蒐集していた。その過程でIS学園にも、その内部設備などで興味を抱いており、それを目の当たりにすることが期待できる今回の招待は結構嬉しいものだったりする。勿論、一番嬉しい要因は"簪から"招待をされたということだが。

 

「しっかしIS学園の学祭なぁ。そういや、俺らの学校(トコ)も学祭、結構近いよな」

「あぁ、それね」

 

 IS学園の学園祭、それに遅れること三週間ほどで数馬と弾の通う高校でも学園祭が催される。学校において秋というのはイベントシーズンであり、彼らの学校も例に漏れず秋に文化祭を控えていた。

この学祭というものは勉学が基本の学生生活において、それから離れて純粋のお祭り気分を楽しめるイベントだ。よってこれを嫌わない者など普通は居ない。だが何事にも例外というものは存在するもので、弾が自分たちの学祭の話をした瞬間、数馬は目に見えて表情を不機嫌そうなものに変えた。

 

「弾。念のため確認だけど、IS学園の学園祭招待のこと、誰かに話した?」

「あん? そうだなぁ、チケットが郵送だったから家族は知ってるけど、今のトコは誰かに話しちゃいないな。家族も、親父がこういうのはあまり吹聴しちゃいかんって言ってるから、お袋や蘭も多分外じゃ話さないだろうし」

「そうか。君のお父さんは賢明だね。弾、念のため家族には他言無用を再確認した方が良い。それとツイッターとかのSNSも込みで一切外に、というか他人には漏らさない方が良いよ」

「なんだよ、随分と物々しいな。まぁ広まり過ぎるのもどうかと思うけど、そんなに気を張るようなことか?」

「別にね、知られることは大した問題じゃないんだよ。生徒に招待されたのはIS学園の生徒数だけ居るんだから。僕らがその内の二人と知られるくらいは別に良い。けど問題は知った連中の、特に学校とかの奴らの行動だよ」

 

 どういうことかと弾は考え、チケットを譲って欲しいと言ってくるとか? と予想を言う。だが二人が受け取った招待券には招待した生徒と招待された者の名前が、今回ならば一夏と弾、簪と数馬の組み合わせで予め記されており、更に入場時には本人確認も行うと招待券に記載されている。それを思い出した弾はすぐにそれは無いかと立てた予想を否定する。

 

「まぁ弾の予想も間違っては居ないね。まさか全人類が招待券の制限を知っているわけでは無いし、知らない蒙昧が寝言ほざいて来てもおかしくは無い。けどまだあるね。弾、さっき君自身が言ったろう? 近く、ウチの学校の文化祭もある。そこへ僕らが別の学校、それもIS学園なんて超有名校の学園祭の行くと知られてみな。無駄に要らん気合いを入れたサルが『文化祭の参考のために!』とか何とか言って調査だレポだのを要求するのが目に見えてる」

 

 言われて弾は、あーなるほどなーと数馬の予想に大いに在り得ると頷く。

 

「まぁ他にも色々と面倒はあるだろうね。何にせよ、僕らの周りが羽虫の雑音で騒がしくなるというだけさ。冗談じゃない、誰があいつら如きのために労をかけなきゃならないんだ。まさか僕が本当にそうするとでも? おめでたい、実にめでたい思考だよ。お前らの頭はハッピーセットか。ふざけるな塵芥が」

「ハ、ハ、相変わらずだなぁホント……」

 

 他人を平然と、かつ思い切り見下す数馬のスタンスはとっくに慣れたものとはいえ見るたびに苦笑を禁じ得ない。勿論誰に対してもそうというわけではない。例えば家族、例えば親友である一夏や弾、数馬がそうすべきと認めた人物相手には彼は実に誠実的に振舞う。だが逆に、彼の内で彼にその価値無しと判断された者に対してはとことこん酷薄だ。

 

「まったく、品行方正な優等生の仮面をかぶり続けるのも疲れるよ。いや、それも人生というやつかね」

 

 とは言え、そういう態度を表に出し続けると上手く立ち回れないということも彼は重々に理解している。故に彼は人前では仮面をかぶり続けるのだ。品行方正にして理知博学な優等生という分厚き仮面(ペルソナ)を。その下に隠れたどす黒い悪辣な面は、おそらく一夏と弾くらいしか知らないだろう。彼の言に偽りが無ければ両親にすら欠片も悟らせていないのだから。

 

「そういやウチの担任がボヤいてるのを聞いたんだけどよ。ウチのクラスの文化祭実行委員、できれば数馬にやってもらいたかったと」

「やだ、絶対やだ。あークソ、こういう所で要らんポイント稼いでしまうのが優等生の仮面のデメリットだね。早めに手を打っておいて良かった」

「……何したん」

「そうたいしたことじゃあないさ。ただ、やれそうな奴を見繕って実行委員に自分から希望するよう上手く誘導しただけだよ。その周りも軽く、ね」

 

 結果はまぁまぁ満足のいくものと数馬は思っている。過日の文化祭に関するHRでクラスからの実行委員を決めた折、自分から名乗りを上げた数馬がそう仕向けた生徒がその役に収まった。仮に誰も立候補をせずにいた場合はどうなっていたか、そうした状況を良しとしない担任は表向き優等生で通している数馬に白羽の矢を立てようとするだろう。そしてその仮面優等生ぶりはクラスにも浸透しているため、数馬曰く考えなしの馬鹿共が口々に賛同していたはずである。それを回避するのはできるが、そんなことに労力を割きたくないと考えた故の手回しだった。

 

「ついでに言えば、僕はあまりあの担任を好いてはいなくてね」

「そうか? まぁちょっと熱いトコはあるけど、良い人だとは思うけどなぁ」

「そうだね。客観的に見て良い教師に分類されるのは確かさ。ただ今回の場合は、単純に僕の性格との相性の問題さ。あぁいうのは合わないんだよ。しかも、不本意ながら立場的には教師と生徒で僕が下ときた。真っ向ぶつかっても面倒だし、仕方なくやり過ごすのがベストなんだよ」

 

 校内きっての、全国上位クラスに容易く食い込む成績優秀者でもある数馬は、本人的には不本意ながら担任を始めとする教員たちと会話をすることが多い。その担任についてだが、数馬の見立てでは先ほども言ったように一般的には良い教師なのだろうが彼の感性では合わない人間だ。時折熱血や強引さの入る性格や、清々しい情熱や人間関係の面倒くささなど良いも悪いも全てひっくるめた上での"青春"を貴ぶ気質。やや男勝りな部分もあるその女性担任が是とするものはどれもが数馬にとっては"知るかバカ"で唾棄できるものだ。

御手洗数馬という人間にとって常に求めているものは己の利だ。そのために使えるものを道具として使い、使えないものは放置する。使えぬ分際でこちらにちょっかいを掛けようとするなら容赦なく潰す。それだけのことである。もっとも、一夏あたりに言わせれば「いやでもあいつ結構甘いトコあるぞ」とのことらしいが、それもそんなつもりは無いはずである。

 

「まぁウチの文化祭なぞに興味は微塵もありはしないからね。上手い具合にノータッチを貫いていくさ」

「そういやお前、中学の時もそうだったよな。まぁ体育館で発表を見るばっかりだったけど、お前殆ど寝てたよな」

「興味ないし。出てたのは出席にカウントされるからだよ。でなきゃ普通にフケてたね」

「ん~、そこはちょっと分かるわ。中学のは、ちょっと退屈だったからな~」

 

 そんな会話を続けながらも依然キーコキーコとブランコはこぎ続けている。だがその音は不意に止む。示し合わせたようにピッタリのタイミングでこぐのを止めていた。

 

「帰ろうか」

「だな」

 

 結構久しぶりにこいだブランコは予想外に楽しかったが、いつまでもこうしているわけにも行かない。立ち上がった二人はそのまま帰路に着く。夕焼けに照らされながら歩く男子高校生二人。彼らの頭の上ではカラスがカァーと鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 そうしてまた日数は経ていく。人口メガフロートの上の学び舎で高まる少女たちの熱気はその日、最高潮を迎えた。この日、IS学園学園祭は一日限りの祭りの幕を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、楽しませて頂きましょう。何もなければそれで良し。ただお祭りを楽しむだけ。けれど何かあるというならば、私流の楽しみ方をさせてもらいましょうか。フフ、ウフフフフフ」

 

 

 

 

 

 




 チノちゃんこそ理想の妹。異論は……受け付けますけどね。ここ最近の妹キャラじゃトップですよ。ウチのいっぴーも、アイツの場合は甘えられる存在に飢えているのかも。
 そしてソシャゲ。数馬の布教は見事の彼の魂にまで浸み込みました。今や立派な課金勢です。ゲームと一夏の推しキャラについては、分かる人には分かるでしょう。
ちなみに彼の場合、好みのタイプはありますがそれが理由で好きになるというわけではなく、フィーリングでティン!と来たら気に入るという感じです。だからまったく違うタイプのキャラを好きになっているというのも普通にあります。でもこれ、割とよくあることだとも思っています。

 ところで今回は一夏ではなく、なるべく他のキャラ達にスポットを当てることを意識して書いてみました。その成果が出ているかどうか、気になるところです。
 鈴のところと言えば、そうですね。彼女の父親について。実は凄腕の中華の料理人という裏設定があったり。その腕前は中華に関しては弾が純粋に敬意を抱き慕うレベル。食べた瞬間、服が弾け飛ぶイメージが出るとかなんとか。

 セシリアパート。
え? なんか選択肢が見たことある?
(゚∀。)y─┛~~ <お前がそう思うのならそうなのだろう、お前の中ではな。それが全てだ。愛い、愛い。痴れた音色を聞かせておくれ。
何気にクラスのハッチャけ具合を内心では結構楽しんでいます。作者のさじ加減次第では今後それがぶっ壊れになるかもしれません。そう、薔薇な世界を楽しんじゃうお嬢様とか。え? それはクラリッサの役目? 細かいことは気にしない。

 弾&数馬パート
本作の設定では数馬の性格は割と悪いところもあるという風になっています。今回ではそこを改めて出してみました。早い話、マイルドになった束というのが近いですね。ただ、外道ぶりに関しては彼女を超えるやもしれません。
更に裏設定として、数馬はいざという時のために護身用のアレコレを調達、あるいは作って用意していますが、ほとんどが護身のレベルを超えているという危険物だったり……
弾に関しては色々な意味で懐が広いという感じです。多分、親友が(どちらがとは言わない)世紀の大悪人になったとしても、友人として「まぁ程々にしろよ」と忠告をするだけで、普通に友人として接して頼めば料理を作ってくれます。そしてそんな彼の存在が一夏と数馬にとってはある意味でメンタル面でのストッパーに近いものだったり。弾がいるからこそ、無茶が過ぎることはあまりできないという感じで。

 こうしたキャラの掘り下げ、今後もできたら良いと思っています。
次回はいよいよ学園祭本番。ついにあの連中が表に出てきて、あの人も本格始動。
というわけで読者の皆様、また次回更新の折にお会いしましょう。


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第六十一話:祭り、開幕 まずはゆる~く行こう

 ざっと二カ月ぶりの更新となります。
まずはここまで更新が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。
続きをお待ちくださった方々にはただただ平にご容赦を願うばかりです。

 リアルの方で色々と忙しい状況になりろくに書く時間が取れなかったのですが、最近ようやく落ち着いたので続きを書き始め今回の更新と相成りました。
このリアルについては仔細を話すのは個人的にちょっとクるものがあるので、活動報告などから色々お察し頂ければと思います。

 さて、久しぶりの更新となる今回は軽いリハビリ感覚です。ゆえに普段より色々拙さが目立つと思いますが、ご容赦を。
え? 普段から拙いだろって? ごもっとも。

 というわけで今回は学園祭開幕直後です。野郎どもがゆる~くお送りいたします。


「さて皆さん、どうもおはこんにちばんわ。本日僕らはあのIS学園に足を踏み入れる運びと相成りました。まずはこれを手配してくれた我が最高の盟友と、この世に無二の姫への感謝の念を捧げるとしましょう。さてさて、そんな僕らですが、女の園のIS学園に乗り込むにあたり装いには結構気合いを入れて参りました。というわけで自己紹介も兼ねて、今日のコーデのイメージはスマート。そろそろ夏も終わりが見えて秋の涼しさも時折顔を覗かせる今日この頃、どこかクールな風が吹く日々に合わせて色のメインはブルー、決め台詞は『君、僕に釣られてみる?』なウラちゃん。カラオケのCl○max-J○mp四タロス版やダブアクClimaxVERではウラ&リュウ担当を務める僕は御手洗数馬がお送りします」

「おい、数馬」

「何だい? キンちゃん担当、今日のコーディネートは夜の新宿一丁目を歩き慣れていそうな五反田 弾くん」

「……お前、何言ってんの?」

 

 直通のモノレールからIS学園が存在する人工島に降り立った二人の少年、その片割れが唐突に始めた一人芝居に相方はすかさずツッコミを入れていた。言うまでも無く数馬と弾だ。ちなみにモモタ○スは一夏である。

 

「なんとなく場の説明ってやつは必要かと思ってね。こう、雰囲気的なアレで」

「いや、だから分からねーよ」

 

 とは言え、この親友が唐突に訳の分からないことを言い出すのはもはや慣れてしまったもので、深く問うのも早々に切り上げてしまうことにした。

 

「とりあえず行こうぜ。まずは一夏ンとこに顔出しとくか」

「そうだね。後は鈴や篠ノ之さんなんかにも挨拶はしといて、僕はすぐにでも簪さんに会わなきゃならない。礼を言っておきたいからね」

 

 そんな会話をしながら二人は入場口の待ち列に並び、入場審査の順番が来るのを待つ。

 

「結構並んでるな」

「場所柄、セキュリティに気を使った結果だろうね。あ~、鬱陶しい。僕に無駄な時間を過ごさせるとか、分際を弁えないかね塵芥が」

 

 周囲に聞こえないレベルでボソリと呟かれた物騒な言葉に弾はただ小さくため息を吐くだけに留める。何というかまぁ、本当に慣れたと言えば慣れたのだが、一々イラッと来た時の発言が物騒な友人である。この頃確信を抱いたのだが、数馬(コイツ)は車の運転をさせたら間違いなくストレスやら苛立ちがマッハになるタイプだ。伝え聞いた話では運転の適性には性格的なものも問われ、その一つに自己中心性の強さがあるのだが、間違いなく数馬はこれに引っかかるに違いない。むしろそうならなかったらおかしいと思えるくらいだ。

依然ブツクサと隣に立つ弾にしか聞こえないレベルの小声で物騒な怨嗟を呟き続ける数馬を尻目に、弾はそんな取り留めもないことを考える。こういう時はどうでも良いことを考えているのが一番だ。そうこうしている内に時間などあっという間に経ってしまう。それは今回も例外では無く、ふと意識を外側へと向けてみればいつの間にか並び待ちは二人の番が間近に迫っていた。

 

「招待券を拝見します」

 

 番がやってきた二人の入場受付を担当するのは他にも二、三ある受付と同じく学園の生徒だ。学年的に上にあたるだろう、長い髪を縛り眼鏡をかけたその女生徒に弾と数馬はそれぞれのチケットを手渡す。確認のためにチケットに記載された名前を見ると、その生徒は驚きと納得が入り混じったように僅かに目を見開いた。

 

「あぁ、貴方たちが織斑くんと簪さんの招待した方ですね」

「二人をご存じで?」

 

 一夏に関しては一応は世界レベルの有名人であるため、学園の生徒なら名前を知っていて当然だろう。ただ簪については、国家代表候補生である故に知る者は知っているだろうが、生徒全員が知っているというわけではないだろう。だがこの受付の生徒は明らかに二人を知っており、口ぶりからしてただ知っている以上でもあることが伺える。それら諸々の疑問をひっくるめて数馬が表向きの顔で以って紳士的に尋ねる。

 

「布仏 虚と申します。本校の三年ですが、簪さんとは所謂幼馴染の間柄でして。簪さんの交友の縁で織斑君とも少々」

 

 心情的には虚と簪の関係は楯無とはまた別の姉妹のソレだが、基本的には簪を主筋として虚は妹の本音共々仕える立場にある。そのため、基本的には虚も簪にはそうした礼を取って接しているが、このような場に関しては下手な探りを入れられないようにするために敢えて『年上』としての態度を取った。

 

「そうでしたか、貴方が簪さんの友人でしたか。いえ、実は私も今回のことには少々驚いているんですよ。彼女がこうした機会に友人を、それも男性の方を招待するなんて。――あの、今後とも彼女とはよろしくお願いしますね」

「ええ、無論。いや、正直今の話を聞けて少し気分が良い物でして。っと、後がつかえちゃいますね。とりあえず進ませて貰いますよ。また機会があればその折にゆっくりと、なんてどうです?」

「はい、是非に」

 

 穏やかな表情と優美な会釈と共にチェックを終えた数馬は同じようにチェックを終えた弾を連れて学園敷地内へと進んでいく。その横顔を見た弾は、心なしか数馬の機嫌が良くなっていることに気付いた。

 

「なんか嬉しそうだな」

「ん? そう見えるかい? まぁ悪い気分ではないのは確かだね」

「やっぱアレか。あの更識さん絡みで良いこと言われりゃお前でも良い気になるもんか」

「そう、だね。概ねそれで間違ってないかな」

 

 数馬の答えに弾はニヤリと笑みを浮かべる。案の定、その反応に数馬は怪訝そうな表情を浮かべ、求められるより先に理由を話すことにする。

 

「いやさ、割と驚いてんだよ。まさかあの数馬が付き合いの浅い他人に、しかも女子にこうも入れ込むなんてってな」

 

 重ねて言うが、基本的に数馬は人を見下しがちな性格をしている。一夏や弾のみが見ている前を除けば欠片も表に出すことは無いが、相応の能力を兼ね備えているだけに心中では常に相手を不遜な目で見ている。ことそれが顕著なのが同年代だ。曰く考えなしのサル、感情と行動が直列接続している欠陥構造、塵、芥、もう散々な言い様である。上から目線のままではあるが、一応評価に値すると認識している者もいるにはいるがそれも非常に少ない。この辺りについては数馬自身も「学校が、就職と進学の両立できてるってだけで中身の人間の質は並だからねぇ。K高校やN高校みたいな文字通りトップレベルの高校なら、まだマシだろうさ」と分析している。

そんな風に日頃から見下しまくっているカテゴリーに当てはまる人物に、殆ど一目惚れも同然となったということは弾にとっては割と大真面目にここ最近の中でもトップクラスの驚きだったりする。ちなみに一夏も似たような認識である。

 

「入れ込む、ね……」

 

 照れるか、でなければ普段の高慢ちきの一端で軽く反論でもしてくるかと思っていた。だがそんな弾の予想に反して数馬は弾の言葉をただ小さく反芻するだけだ。そんな数馬に今度は弾が怪訝そうな顔をする。数馬もすぐにそれに気が付き、大したことじゃないと前置きしてから言う。

 

「いやね、まぁ恥ずかしながら一目惚れだとか入れ込むだとか、間違っちゃいないんだよ、うん。弾に、それに後は一夏か。だからこそ言うけど、まぁ当たってるね、うん。ただ、何もそればっかりじゃないのかもなぁって、分かっちゃうってのがね」

 

 なに言ってんだこいつと言いたげな弾の表情に、数馬はヒラヒラと手を振りながら「こっちのこと、大したことじゃないよ。この上なく、つまらないことさ」とだけ言うと先を急ごうとする。明確な答えをはぐらかそうとする様子に思わないことが無いというわけでも無いが、あまり突っ込み過ぎるのも良くないかと弾はこれ以上の追及を止めることにする。

 

 

 さて、無事に学園内に入ることのできた二人がまず向かったのは一夏のところである。

クラスとしての出し物は喫茶店、一夏の任された役割はメニューのアイデア出しとホールスタッフその1だ。まだ学園祭もまだ始まって間もないため、まだ教室の方にいると一夏からは連絡が来ている。「ラーメン、つけ麺、ぼくイケメン」などという古いギャグが添えられた曰く執事コスの写真と共にだ。

 

「なんだかんだで一夏も楽しんでるよな、これ。ウザイけど」

「いやぁ、素養があったとは言えだいたいの原因の僕が言うのもなんだけど、今の一夏も見事にオタしてるからねぇ。コスとかむしろノッちゃうほうでしょ。だがこれはウザイ」

「俺は、そうだなぁ。あ、ライダーはやってみてぇな。面白そうだし、顔とか出さなくても良いからな」

「わかるわ」

 

 ついでに貰ったパンフレットも見つつどこを見ようか行こうかだのと協議しながら二人は歩を進める。だが依然として話題の中心は一夏だ。

 

「つーか一夏のやつ、写真が明らかにノリノリだよな……」

「ジャケットは脱いでるけど、フォーマルなスリーピースだね。ただ、シルバーアクセも付けてるからちょっと悪ぶってる感じはある。しかもモノクルとか、拗らせすぎ」

 

 数馬の声には明らかに抑えようとしている含み笑いがある。文章にすれば確実に文末で草を生やしまくっていることは間違いない。

 

「つーか悪ぶってる執事とか何さ、なんなの? ワイヤー使ってナチの吸血鬼部隊に喧嘩でも売ろうっての?」

「いやだから数馬、俺は分からないんだって」

「え、そうだっけ? 単行本貸すよ? マジ名作だからおススメだって」

「ま、追々な」

 

 一夏のいるとされる教室に向かう間にも展示が行われている教室の前を幾度か通り過ぎる。普通の学校でもやっていそうなものもあれば、これはIS学園ならではと思わせるものもある。さすがの数馬も初めて見るものもあるゆえか、興味を持つような視線であたりを見ている。

 

(な、る、ほ、ど、なるほどなるほど)

 

 時には壁にも解説のような掲示物があったりもする。その一つ一つを歩きながら素早く読んでいき、その内容を一気に頭の中で処理、理解する。時々、下調べをしていてもまるで知らないような単語だのなんだのにぶちあたることもあるが、それもまたあり得ると予見していただけに特にどうということは無い。

 

 そう、常に不意の事態というものも想定しておくのが賢いやり方というのが数馬の持論の一つだ。故に――

 

 

 

「どぅらっしゃあああああああ!!」

 

 目的の教室前まで来た二人を――正確には数馬を見つけた瞬間に冷やかし半分で一組にいた鈴が飛び掛かってきたのも数馬にとっては難なく対処ができるというわけである。

 

「はい残念」

 

 軽く身を捻って数馬はあっさりと鈴の突撃を受け流す。ぶちかましの対象がいなくなってしまったために鈴は一瞬バランスを崩しかけるが、そこは彼女も流石というべきか、すぐに体勢を取り戻して背後でニヤニヤと自分を見ている数馬を睨み付ける。

 

「この前の駅で言ってたこと、マジだったってわけね」

「言っただろう? 自信はあるって。あいにくと体力は無いし筋力も優れているわけじゃない、ワザマエ――もとい腕前だって一夏と比べたらペーも良い所さ。けど鈴、君の猪突進をやり過ごすくらいなら容易いさ。あぁそれとアドバイスだけど、不意打ちなら黙ってやる方が良いよ。一気に近づいて無言の腹パン、これがセオリーさ」

「……ホンット、癪に障る物言いね」

 

 明らかにイラッとした年頃の少女にあるまじき顔をしながら鈴は数馬を睨みつける。彼女の性格を考えればそのまま追撃に移ってもおかしくはないが、伊達に候補生などをやっているわけではない。あの不意打ちをかわされた段階でそれ以上は無駄だと理性の部分で結論を下していた。ゆえに思い切り睨みつけるに留まったのだ。

 

「というか鈴、いったい僕が何をしたと? まぁ確かに、真相を知られれば人に恨まれるようなことは多少なりともしてきた自覚はあるがね。少なくとも君にはそういった振る舞いをしたつもりは無いはずだが?」

「いったい何をやってきたのよあんたは……。いや、それは今はいいわ。あぁそうね、まぁ完全なあたしの八つ当たりよ。まったく、あんたのせいなんでしょ? ここ最近の一夏があんたみたいな妙ちきりんなこと言うようになったのは」

「あ~」

 

 そういうことかと鈴の言わんとすることに当たりをつける。普段のIS学園での一夏の振る舞いや言動はほとんど簪からの伝手でしか聞かないが、察するに自分が色々と布教した影響が出ているということだろう。なるほど確かに、鈴の性格から言えば物申したくもなるというものか。

 

「そのことについて確かに僕の関与があったのは否定しないが、遅かれ早かれこうなっていたとは思うがね。鈴、君とて知っているはずだろう? あれで一夏はプライベートではインドア派だ。聞くに幼少の頃からの愛好なども類に含まれる。元より素養はあったのだよ。まぁ一つアドバイスをすれば、適当にあしらって放っておくといい。今は言ってしまえば初期の興奮状態、時が経てば落ち着きもするだろうさ」

 

 何も今の一夏に限った話では無い。例えばお気に入りの缶ジュースを見つけたとすれば、しばらくはそればかりを買うことがあるだろう。気に言った料理のレシピを得れば、しばらくはそれを作ることが多いだろう。

物の好きはそういうものだ。ハマった直後は一種の興奮状態のようにそれに傾倒し、しばらくすれば好むというのは変わらずにそのテンションも落ち着く。今の一夏もそういうものだと数馬は言いたいのだ。

 

「……ま、そういうことにしとくわ」

 

 いまいち理解しきれていないのか、憮然としたものを残したままの表情だが鈴は引き下がることにする。数馬がそう言うのであれば、不本意ながらそうなのだろう。何だかんだで鈴とて数馬のことは認めている。その人物を評する眼力は確かだし、数馬と一夏は互いに親友を自負し合っている。これこそまさに業腹だが、相互の理解は鈴がそれぞれに対し持つものよりも深いのだろう。ならば、これ以上の自分の追及は不要というものだ。本当に不愉快だが。

 

 

 

「んで、おのれらは何をやっちょる」

 

 呆れたような声が教室の入り口から掛けられる。見れば入り口のところに寄りかかるようにして三人を見る一夏がそこにいた。

 

「やぁ一夏、お招きに預かり参上したよ」

「お前を招待したのは簪だけどな。まぁ良いや、うん、待ってたぜ。弾もな」

「おう、チケットありがとな」

「とりあえず二人とも入れよ。席もまだ空いてるし。ほら鈴、お前は二組の仕事あんだろーが、しかも出展場所離れてるし。はよ戻れ」

「うっさいわねー。分かってるわよそんなこと」

 

 まだ学園祭自体が始まってそれほど経っていない時間ゆえに一組二組、どちらも人の入りは落ち着いたものだがこの後に増えていくことは想像に難くない。一夏も鈴も、共にクラスでの出し物に仕事を抱えている身として決して暇ではないのだ。ちなみに鈴が一組の方にいた理由は単なる様子見である。

ぶーたれながら自分の仕事へと戻っていく鈴を尻目に一夏は弾と数馬を教室へと押し込む。「お二人様ごあんなーい」という掛け声も忘れない。教室に入った以上は親友だろうと立派な搾取対――お客様なのである。

 

「とりあえずオーダー取るけど、ご注文はうさ――」

「はいカットー。カットカットー。あのねいっぴー、君がそれ好きなのはよ~く分かってるから自重してね。あ、僕コーヒーとガトーショコラね。コーヒーはブラックで」

「俺は紅茶、ダージリンのストレートな。あとチーズケーキ」

「ヨロコンデー」

 

 居酒屋みたいな対応である。喫茶店らしさも執事らしさもあったものではない。

注文を仕切りで区切られた奥にあるキッチンスペースのクラスメートに伝える。紅茶やコーヒーの淹れ方はセシリアが導入した本格的なものを可能な限り簡易化したマニュアルに沿って行われ、ケーキなどの菓子類は予め作っておいたものを簡易冷蔵庫に入れておき、それを切り分けて提供する。出てくるまでにそう時間はかからない。ちなみにこの一組出展の喫茶店、キャッチコピーは「本場イギリスの貴族がセレクトした紅茶と、世界初の男性IS乗りプロデュースのケーキ」である。

オーダーの品物が出されると一夏はそれを二人の下へと運びサーブする。まだ店内も客入りは多くなく、動き回る必要もないため一夏も二人に向かい合う形でテーブルに腰を下ろした。

 

「ん~、良いコーヒーだ。この香り、豊潤さとまろやかさのハァアアモニィィィ。トレッビアァァアンと言うよりほかないね」

「うるせぇよ数馬。言葉どころか顔までうるさくなってるように見えんのは気のせいか?」

「ほっとけ一夏、いつもの事だろ。こいつさっきからずっとこんな感じなんだよ」

 

 言われてみりゃその通りだと一夏もそれ以上のツッコミを止めることにする。どうしても止めたければド突けばいいだけの話だ。

 

「時に一夏、せっかくの機会なんだ。僕らとしては君も伴ってここを見て回りたいのだけど、時間はあるかね?」

「そりゃ問題ないぞ。シフトはきっちりタイムテーブルで決めてあるからな」

「良いのかい? 仮にも君という人間が接客なぞをしている出展だ。それなりに見物人などで客足は見込めると思うけど?」

「一度決まったタイムテーブルが崩せるかよ。第一、ここの売りはあくまで飲み物とケーキ類。オレの接客なんぞおまけに過ぎねぇよ。それに、ちょいと野暮用もあってな。一組(こっち)にかかずらってばかりってわけにもいかねぇんだ」

「へぇ……」

 

 何てことのないように予定を話す一夏に数馬は何のことかを尋ねようとし、だが野暮用と言った瞬間に一夏の瞳の奥に走った怜悧な光を見逃さなかったゆえに敢えて追及を止めた。

 

「まぁ良いや。ここをお暇したら僕と弾は適当に見て回ることにするよ。一夏、手が空いたら連絡をくれたまえ。そしたら一緒に回ろう」

「おう。まぁそれまでは適当に楽しんでくれや」

 

 そこまで言えば確認しておくべきことなど殆どなくなる。後はただ飲み物とケーキに舌鼓を打つだけだ。その間にも駄弁るようなかわいは続き、弾や数馬とも見知っている箒が挨拶に来たり、一夏の友人ということで物珍しがって寄ってくるクラスメイトに一夏が二人のことを軽く紹介したりなどが続いたりした。

 

「いやしかし、本当に美味しいね。このコーヒー」

「紅茶もかなりのもんだな。確かイギリス貴族のお嬢がセレクトしたんだろ? やっぱ本場は違うな……」

 

 文句など一切ない二人の褒めっぷりに一夏も内心で大いに頷く。紅茶大国と呼ばれるイギリスにおいて由緒ある育ちをしたセシリアの紅茶のチョイスは紛れも無い本物だ。ついでにこの機会に初めて知ったことだが、紅茶どころかコーヒーにもセシリアは詳しかったらしい。聞けば普通にコーヒーも人気があるとかなんとか。へぇボタンがあれば押していたくらいだ。

 

「で、ケーキだけどさ」

「おい一夏、もしかしなくてもこれってあれだよな。中坊の頃に試しで色々作ってた時のやつ。あれ流用したろ」

「そ。結構オリジナルなトコもあったし、まぁピッタリかなーと」

 

 思い出されるのは三人の中学時代。その場の思い付きで何かをやり始めることも多かったが、ある時にどういうわけか「ケーキ作ろうぜケーキ」みたいな話になった。そして当時から調理には造詣の深かった弾が筆頭となり既存のものにあれやこれやと手を加えながら色々作ったりしたのだが、まさかそれがこんな場所で持ち出されるとは欠片も想定はしていなかった。

(※公式アナウンス:このエピソードは作者の気まぐれ次第でもしかしたら何かしらの形で書くかもしれないし書かないかもしれません。悪しからず)

 

「ま、とりあえず名前出しときゃそれだけで客が集まるんだからな。ボロい商売だよ。今回ばかりは有名になったことに感謝してるね」

 

 周囲には聞こえないレベルの小声で意地の悪そうな含み笑いと共に出された言葉に数馬も弾も苦笑する。気が付けば客の数も増えてきており、二人の皿もほとんど空いている頃合いになっていた。

 

「わりぃ、そろそろ忙しくなりそうだからオレ抜けるわ。流石に最低限の仕事はしなきゃマズイ」

「なら僕は食べ終わったし、そろそろお暇させてもらおうかな。弾はどうする?」

「そうだな、俺はもう一品くらい頼んでみるかな。さっきは紅茶だったから、今度はコーヒーでいってみるか」

 

 三人ともに次の行動が決まったところで一夏と数馬は椅子から立ち上がる。

 

「じゃ、オレはホールやんなきゃだから二人は悪いけど会計に注文、適当にやっといてくれや」

「うん、とりあえず僕らも適当に動くけど、なんかあったら連絡するよ」

 

 それに一夏は頷き返すと気合いを入れるように軽く腕を回し、どこから取り出したのかおもむろに人の頭大の白い毛玉のようなものを頭部に乗せた。

 

「いっぴーちょっとストップ」

「ん? どうしたよ」

「それは何さ」

 

 頭の上に乗せたものを指して何かと問われ、事も無げに一夏は答える。

 

「なにって、通販で買ったティッピーぬいぐるみ。頭にジャストフィットだ」

「……」

 

 あーもうどうしようかなーこいつーと数馬は軽く思考を放り投げそうになる。チラリと後ろを見れば弾もコメントに困るようにこめかみに手をやっている。そりゃあ、布教したのは自分だし好んでくれているのは布教した側として嬉しくはあるが、思った以上にダメだった。

 

「僕としては、それはどこか目につきやすい場所に置いておいてここの看板マスコットみたいなのにでもすればいいと思うよ?」

「そうか? ん、いや、それもありか。うん、ありだな」

 

 思いのほかあっさりと数馬の提案を受け入れた一夏はとりあえずと言うように仮設のレジカウンターの脇にポスリと置く。一夏としても納得のいく配置になったのか、満足げにウンと一つ頷く。そして二人の方を振り向きドヤ顔を一つすると意気揚々と自身の仕事に向かって行った。

 

「なぁ数馬。最近さ、一夏も愉快なことになってるよな」

 

 他にも言い様はあるのだが、弾としてもかなり気を使っての言葉ゆえに愉快と表現は留まる。とりあえずはそーだねーと曖昧な答えを返しておく。

 

「まぁアレでもダチなわけだけど、どうするよ? お前なら分かるだろ」

 

 暗に「お前が原因みたいなもんだからちゃんと対応は考えろよ」と言われ、数馬はしばし考える。そして出た結論はこうだ。

 

「そっとしておこう」

「……だな」

 

 どうせ時間が経てば落ち着くのだから。ツッコミはどうすれば良いのかって? そんなものは鈴に任せておけば良い。そういう役回りだし、彼女以上の適任者などそう居ないのだから。

 

 

 

 

 

 アリガトウゴザイマシターという声を背に一組の喫茶店――ようやく気付いた店名「Rabbita House」をあえて見なかったことにして――を出た数馬はほぅ、と一息つき、何気なく眼前の窓から見える空を眺める。

 

「次あたりは、サ○エさん方式でお送りすることになりそうだね」

 

 そんな誰に言っているのか分からないことを呟くと、次の目的地へと向けて歩き出す。

「とうとう波○に続いておフ○さんまで中の人変わっちゃったよー」とぼやきながら、その姿は来場者の人ごみの中へと紛れて行った。

 

 

 

 

 

 




 というわけで、何やらメタいことを言っている数馬くんの発言通り、次回はまた夏休み編のような小話の複数収録形式みたいなので行こうと思います。
多分一つあたりの文章量は夏休み編より更に短くなるような気もしますが。
学園祭での一コマをいくらか切り抜いてお送りしようと思います。

 とりあえずこの学園祭でやりたいなーと思っていることとしては、色んな組み合わせでのニアミスやら何やら、相変わらずネタまみれで何気に一夏が本気に近くなるわちゃくちゃ、やっとこさ入るシリアス、本性を垣間見せるあいつとあいつ、本作品初にしてロマンチックも欠片もない○○シーンという感じでしょうか。
乞うご期待。

 それともう一つ、良い機会なのでアナウンスです。
五巻編、学園祭終わっても終わりにはならない予定です。まだちょっと、やらなきゃならないことがあるんで。

 それでは、また次回更新の折に。
感想ご意見、ドシドシどうぞ。久しぶりの更新ですからね、手ぐすね引いて待ってます。




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第六十二話:学園祭小話詰め合わせ 人物紹介もあるYO

 投稿日時を気にしてはいけません。えぇ、絶対に。
決して、投稿日と登校時間の数字だけを抜き取って繋げたりしないように。
オナシャス! センセンシャル! 何でもしますから!

 活動予告でも書いたように、今回は夏休み編と同じ形式です。
今後続きが書きあがり次第、追加をしていこうと思います。その際にはお伝えできる種々の方法でお伝えしようかと思います。


「CASE 1:御手洗 数馬、IS学園を歩く」

 

 機嫌の良さを表すような鼻歌が鳴る。鳴らしているのは一夏と一度分かれた数馬だ。ちなみに弾は今も別の品に舌鼓を打っているだろう。

普通でありながらも軽やかな足取りに迷いの類は一切ない。明確に定めた目的地に向けて一直線に進む確固たる足取りだ。入場時に配布されたパンフレットには案内図や各所での展示の概要紹介が載っている。そして案内図と建物の外観から九割五分、先に一夏の下に向かうにあたり実際に歩くことでほぼ完璧に歩くに困らないだけの構造は把握した。本来であれば簪の所属する一年四組は一夏達のいる一年一組の教室と同じ階、廊下をただまっすぐ歩けば着く場所だが、展示の性質上それなりのスペースが簪らの展示には要求されたため、通常の教室よりやや広い別の部屋が一年四組の展示場となっている。

学園と銘打ってはいるものの、曲がりなりにも兵器に運用できる代物を扱う施設だ。どうせ外部の客には知らせられ無いような部分もあるだろうが、さして興味は無い。そんな役に立たないもの、例えそれが何であれ役立たずという時点で数馬には塵芥でしかない。それよりも彼にとっては目的地にいるであろう一人の少女の方が重要だ。

 

「おっじゃましま~す」

 

 目的の教室に来た数馬はルンルン気分が乗った言葉と共に室内へと入る。受付係らしき生徒からの歓迎の言葉と展示についての概説が書かれたプリントを受け取り、目当ての簪を探すべく数馬は室内を歩いていく。とは言え、そこまで広い教室というわけでもないのですぐに見つかるだろう。折角来たのだから、もののついでに展示も眺めていく。

一夏らの出店、喫茶店とは異なりここの展示はこの学園で生徒が学ぶであろうISの種々の理論について、外部からの業界とは無関係だろう人間にも分かりやすいように解説がされたパネル展示だ。このような学術的展示はまさに学校の文化祭の定番と言っても良いだろう。

 

(なるほど、流石というべきか。よく纏められている)

 

 よほど出来の悪い者でもない限り、パネルで解説がされている理論は基本や特色を外さず、その上で分かりやすい例えを用いるなどして十分に噛み砕かれた解釈での説明がされている。ISに限った話では無いが、このような技術的専門理論を一般に分かりやすく説明するにはどのような形にすれば良いか、その一つ手本として挙げられて良いと言えるものだ。

この展示の全体の監督を務めたのは簪だと、数馬は彼女自身から伝えられている。彼女への好意的な感情も理由として無きにしも非ずだが、やはり流石と数馬をして唸らざるをえない。とは言え、この出来栄えなら仮に監修したのが誰であれ数馬としても評価をするに否は無いわけであるが。

 

(ま、他所向けにだいぶヌルいチョイスにはしてあるみたいだけど)

 

 あくまで対象としているのは、どちらかと言えば生徒側の招待客、その大部分を占めるだろう家族などのIS絡みの知識に乏しい一般客と見る。あいにく、その程度を対象としたぐらいの解説では数馬にとっては児戯も良い所である。

 

「どうかな、君から見た評価は」

「内容自体は僕にとっては大したものじゃないが、分かりやすさを出しているという点では素直に見事と。それが君の手に因るものならば、評価は猶更というものさ」

 

 背後から掛けられる少女の声、感想を問う言葉に数馬は先ほど感じた、思った通りの感想で返す。そして後ろを振り返り声の主を見る。

 

「こちらから見つけるつもりだったが、逆になってしまったね。――来させてもらったよ、簪さん」

「どっちでも変わらないと思うよ。――いらっしゃい、数馬くん」

 

 

 

 

 

「いやしかし、今回は本当にありがとうね。チケットの件」

 

 来客へのサービスとして置かれている紙コップに入ったお茶を受け取りながら、改めて招待券のことについて礼を言う数馬に大したことじゃないと簪は首を横に振る。

 

「他に特に送りたいって相手もいないし……」

 

 娘からの招待券を心待ちにしていた父親のことを分かっていながらスルーした、とんだ面の皮の厚さを見せた発言である。しかしながらさしもの数馬もそこまでは事情を知らないため聞いて特にどうという反応はしない。

 

「けど、やっぱり君には簡単な内容だった? 一応、それなりには深いところも載せたつもりだけど」

「いや、あくまで知識に乏しい一般来客に向けてなら十分さ。ただあの内容、普段の授業などで使っている教本をベースに、精々突っ込んで少し応用を入れたくらいのレベルでは無いかな?」

「分かっちゃうんだ」

「これでも一夏と話が合うように、あるいはなにがしかの力になれればと、そして今はそこに君も加わって、要は一夏と君の二人に合わせられるように僕なりに学んではいるつもりさ。この学園の理論教本自体、専門書の類とは言え通販で仕入れることも普通にできる。既に物はあるし、その内容も大方は把握しているつもりだよ? あのくらいなら一、二度読めばだいたい分かるさ」

 

 あくまで会話をしているのは二人だ。だがこの場には二人以外にも来場者や、案内役として常駐している生徒もいる。特段小声で話しているというわけでも無いので数馬の言葉も周囲の耳には普通に入るものであり、そしてその言葉を聞いた幾人かの生徒は信じられないようなモノを見る目で数馬の方を向く。

だが一斉に向けられた視線にも数馬はまるで動じない。そもそも気に留めて、歯牙にもかけていないと言わんばかりにあくまで簪の方を向いたままだ。そして簪もまた数馬に言葉驚く様子は欠片も見せず、ただ小さくクスリとだけ笑いをこぼす。

 

「じゃあ、ここの展示だけだけど一緒に見て回る?」

 

 聞きようによってはそれは年頃の少年の身分としては魅力的な誘いに聞こえるだろう。事実、これがその他の有象無象ならともかく簪からの誘いという点で数馬にとっては十分に価値を感じるものだ。だがそれだけではない。誘いをかけた簪の声、そして顔に浮かぶ微笑、それらには僅かだが挑発的な色が混じっている。先の数馬の不遜とも言える物言いを聞いた上でこう誘いをかけたのだ。

試されている、すぐにそう察した。そして相手が例え簪であれ、むしろ彼女が相手だからこそ数馬としても俄然乗り気になる。

 

「是非とも」

 

 ゆえに即答だ。実際のところ、より専門的な部分になれば数馬とて簪には敵わないだろう。自身の頭脳に自負はあるし、それ故に相応に不遜にも振舞うが、だからと言って客観的評価、対比ができないほど愚かでも無い。ただ今回の場合は数馬が知識としての習熟をある程度のラインに達していると示せばいいだけの話。それならばさしたる苦労でも無い。

 

「じゃ、行こう?」

 

 そう誘われて二人は並んで室内を歩き出した。

 

 

 

 

「いや、有意義な時間だったよ」

 

 展示されたパネルの一通りを見終えて、数馬は思ったままの感想を言う。パネル一つ毎にあれやこれやと意見を交し合う。そういったアカデミックな行為は彼としても大いに好むところだ。やはり会話をするのであれば知性を感じさせる相手とだろう。それを感じられない猿の鳴き声なぞ聞くに値しない。そして自分と近しい年代の者、必然的にソサエティにおいて身近にあることの多い者にはそういう手合いが多いのが考え物だ。

それに、ただ話している。簪が相手であればそれだけでも良いものだと感じる。一応は年頃の少年なのだ。好意的に思っている異性と話をしていて悪い気にはならない。

 

「で、どうするの? 私のクラスの展示はここまでだけど……、この後は他の場所を?」

「そうだね。そろそろ弾も一夏のところから離れている頃合いだろうし、適当に見つつ落ち合うかな。簪さんは?」

「私は、もうしばらくここに居なきゃだから。でも時間ができたら、私も適当に見て回るかな」

「な、ならその時はもし君さえ良ければだが、一緒にどうかな?」

「別に良いよ」

 

 数馬としては割と頑張って誘いをかけたつもりだったが、あっさりとOKで返されたことに表には一切出さずに心の中でガッツポーズを決める。

 

「どうする? 織斑君や、五反田君も誘う?」

「それは良いね。魅力的な提案だ」

 

 わざとらしく手を広げて賛同する数馬に簪は小さく微笑みながら言葉を続ける。

 

「けど、私は別に二人でも構わないよ?」

 

 囁くように、どこか妖艶さも含んだ言葉に数馬は思わず鼻息を吐き出す。絵にするならば顔だけヒョウタンツギ状態だ。

 

「ま、まぁその辺は追々ということで……。じゃ、僕はそろそろ行かせてもらうよ」

 

 動揺の抜けきっていない様子の数馬に簪は面白そうに小さく笑うと頷いて数馬を見送る。そうして出口でもある最初に入ってきた入り口の方に足を向けると同時に、先の数馬と同じようにこの部屋の展示を見るために来たのだろう、簪と同じIS学園一年を表す制服に身を包んだ少女と目が合った。

 

「あれ、あんた……」

 

 数馬の顔を見た瞬間に少女の方が反応する。自分を見て何か気付いたような反応をされたことで、数馬も足を止めて少女の方を見る。

 

「あんた、御手洗数馬じゃない?」

「そうだけど、君は……。あぁいや待ってくれ。見覚えはあるね。……そうだ、確か宮下さんだったかな? 小5の時に転校していった」

 

 察するに宮下という生徒、簪の記憶が確かなら三組の所属である彼女は数馬の小学生時代の同級生なのだろう。そして彼女の方が転校という形で学校から去り、今ここで再開に相成ったと見るべきか。だが数馬にとって彼女は大した意味を持たないのだろう。会話をしていた先ほどまでと打って変わって自分に強い自信を持つ不遜さが雰囲気に滲み出ている。いや、宮下を見下してすらいる。そこまでを何てこと無いように(・・・・・・・・・)簪は見取った。

 

「私のこと、覚えてるのね」

「同級だったのが小学五年の一時期までとは言え、君はクラスの中でも派手めなグループの一員だったからね。否応なしにクラスの中では目立っていたんじゃないかな? まぁもっとも、そのグループも終いには険悪だったようだが」

「嫌なこと思い出させないでよ。というか、なんでここに居るのよ。多分招待なんだろうけど、いつも本ばっか読んでた地味男のあんたなんか呼ぶ奴がいるの?」

「あぁ、いるんだよねそれが。それと、読書家をそう呼ぶのはあまり良くないと思うがね。読書家というやつは往々にして博識だ。時にはその知識に敬意を払うべき場面もある。君も、当時はそれなりに成績も良かったようだし、ここの生徒として居る以上は相応の学力は修めたのだろうが、所詮はそれだけだ。品格には繋がらない。当時の君とその友人が、他のクラスメイトにちょっかいをかけていたようにね」

「っち……」

 

 痛いところを突かれたと言うように宮下は顔を顰める。だがそんな彼女などお構いなしに数馬は言葉を続ける。

 

「いや、実はあのころは僕も内心ではヒヤヒヤしていてねぇ。いつ君らの矛先がこちらに向かないか、不安だったよ。だが運が良かったのか、君らの仲が険悪になってからその懸念も消えた。僕からも、他のクラスメイトからもね。もしかしたら、君の転校は君にとって好都合ではなかったのかな?」

「――あれは、あいつらが悪いのよ」

 

 吐き捨てる宮下はただ怒りの矛先を喧嘩別れに終わった友人だった者達に向ける。それを見て数馬は歪んだ笑みを深める。

 

「さてどうだか。僕は互いに自業自得だと思うがねぇ。例えば君が友人の好きな男子を狙っているだとか、逆にその友人が君を内心ではバカにしていたとか。互いが互いにやましい所があって、それが表層化しただけだろう?」

「っ!? なんであんたがそれを――」

 

 当時、宮下をはじめとする少女達のグループの仲が険悪化したのは、それ自体は周囲にも目に見える形で伝わっていたが、その原因や経緯の仔細については当事者たちしか知らなかったはずだ。それを何故、まるで無関係だったこの男が知っているのか。疑問が宮下の脳裏に湧く。

 

「成績が良いだけ、振る舞いが派手なだけ、後は品性に欠けるただのバカ、それだけでいたら良かったのだがね。あぁ、僕を僅かでも君らのくだらないちょっかいの狙いにしなければ、君らの掃き溜め以下の仲良しごっこは続いていたかもしれないねぇ」

 

 瞬間に悟る。かつての仲たがいはグループの各々が秘していた、相手への悪感情が唐突にグループ内で流れ出したことが原因だ。こうして時を経て冷静になって考えれば思い当たる違和感、何故急にそのようなことになったのか。今ようやく理解した。

 

「あんたが――」

 

 過ぎたこと、終わったこととはいえ当時の嫌な気分を思い出せば怒りを覚えずにはいられない。たまらず詰め寄ろうとするも、その足は他でも無い数馬の手によって制される。

 

「あぁ、止めた方が良い。今の僕はゲスト、ホスト側の君がそんな野蛮に絡んではマズイだろう? 今はこの場だけだが、君の出方次第では事が大きくなってしまう。それは何より君に取って好ましくないことになると思うけどねぇ?」

「ぐっ……」

 

 腹立たしいが言われた通りだ。彼女とて曲がりなりにも狭き門を通過してこの学園の生徒としているわけではない。数馬の言葉、それが意味するところを解さずに動くほど彼女も馬鹿では無い。

 

「まぁ良いじゃないか。どうせ、僕らの再会は今この時の偶然。少なくとも僕の側にこれからもという意思は欠片もありはしないし、君とてそうだろう? それに、さっさと忘れてしまえ、そんな下らないことは」

 

 それだけ言ってもう用は無いと言わんばかりに数馬は立ち去ろうとする。だが、すれ違いざまに宮下は淡々とした声で再び数馬に問うた。

 

「何がくだらないことよ。あの時、私らはみんな散々嫌な気分になって散々苦しんだのよ。学校に来るのが減った奴だっていた。あんた、それでも何とも思わないの?」

「あぁ、全然?」

 

 心底どうでも良いと思っている、そう言外に語る返事に宮下は怒りの目を数馬に向ける。

 

「あんた――」

「次に君は"人の気持ちを何とも思わないのか"、あるいはそれに類する言葉を言う。違うかな?」

「――っ」

 

 言わんとすることを悟られたことに思わず息を呑む。

 

「分かるに決まっているだろう?」

 

 さも当然と言うように語る数馬、その目を見た瞬間に宮下は背筋に寒気が走るのを感じた。

 

「君らの気持ち? あぁ、その程度なら把握することなんて造作もない。少し難しめの入試問題の方が手こずるくらいだ。当時の君らの怒りや不安、後は悲しさとかもかな? その程度、よぉく分かっているさ。で? だからどうしたんだい? 僕がわざわざそんなものを斟酌してやる必要があるとでも? あるわけないだろう? 分際を弁えなよ」

 

 今度こそ用は無いと、数馬は立ち去ろうと動き出す。そして去り際、最後の言葉を宮下に投げ掛けた。

 

「お前ら程度の塵を配慮なぞするかよ。友情もどきがぶっ壊れようがストレスでもだえ苦しもうが、それこそ人生オジャンになろうが、どうなろうが知るか。その程度なんだよ」

 

 それと、と前置きをしてから数馬は念押しのように言う。

 

「お互い不干渉が最良とは言っておこうかな? あいにくだが、例え離れていようが君一人ごとき、社会的にどうこうするくらいは訳無い」

 

 宮下の心境は一転していた。先ほどまで感じていた怒り、それらは一気に消え失せ代わりに恐怖と不安のみが胸中を占めている。間違いなく、この御手洗数馬という男はかつての同級生だ。だというのに、今こうしてここにいる彼はまるで初めて見るような存在だ。かつてのただ黙々と本を読むだけだった姿からは想像できない、ただ相対しているだけで不安になっていく。

そんな宮下の胸中など知ったことかと言うように、言うべきを言い終えた数馬は去っていく。去り際、入り口の所で簪の方を振り返ると小さく手を振る。それを見て簪もまた他には気付かれないように手を振り返す。その表情は最後に数馬に向けた笑みそのままであった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、次はどこを見てみるかな。その前に弾と落ち合うか……」

 

 行動の予定を考えながら数馬は何気なくパンフレットを取り出す。廊下の端によけて一しきり眺め、行先を決めたところで再び歩き出そうとし、不意に目の前の現れた人影と軽く接触した。

 

「あ、すみません――」

 

 公共の場でのマナーや礼節というものは弁えているつもりだ。ついでに言えばぶつかったのも自分の注意が前からやや逸れていたのも理由の一つ。ごく当たり前のように詫びの言葉を言ってぶつかった相手を見た瞬間、確かに一瞬だが数馬は自分の中の時間と言うものが止められた気がした。

 

「いや、こちらこそ不注意だったからね。すまなかったね。ここは、お互い様かな?」

「あぁ、いえ……。こっちこそすいません……」

「じゃ、私は行かせて貰うよ。グッドラック、少年」

 

 ぶつかった相手はスーツを着こなした長身の男性だった。スーツ姿など全国どこでも普通に見かけるが、あれは違う。着こなしも見事な上にある種の貫録まで出ている。

片手を挙げながら歩き去っていく姿は颯爽としており、ぶつかった数馬にも欠片も不満など見せず笑顔と親しげな雰囲気を出したままの姿は見事なまでに紳士と言える。だがそれ以上のことが数馬の胸中を占めていた。

 

「なんだよ、あの人……」

 

 一目見た瞬間に悟った。あの男は格が違う。人と人とを比べる要素は色々とあるが、そんなどれとどれを比較してなどというチンケなレベルじゃない。アリが巨象にどうあっても及ばないのと同じ、比べるまでもない程に圧倒的な差だ。

 

「いや全く、世の中は広いよ」

 

 色々感じるものはあったが、出てきた感想はそれだけだった。ほんの一瞬の邂逅だったが、これも一つの良い経験かと脳裏で処理をすると、数馬も再び歩き出していった。

 

 

 

 

 続くよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 EX Part1『人物紹介:いっぴー』

 

織斑一夏

 

身長:178cm 体重:68kg

好きなもの:武芸全般、アニメ・漫画・ゲーム、アイドル声優、二次元の女の子? 挙げたらキリがねぇよ(by一夏)

嫌いなもの:牛乳(某ニーサンと同じく風味が駄目)、チンピラやDQN、カルトなど

フェチ:尻・太もも なに? おっぱい? 等しく愛でよう(by一夏)

好みのタイプ:無条件で甘えられるような包容力のある人、人知れず崩れ落ちそうないざという時に自分が力になれる人(一夏曰く「前者なら楓さんで後者ならしぶりんだよなぁ」とのこと)

将来の夢:師と同じく武の極みに至り更に昇華させること、それら武芸を自分なりの方法で世に活かす、食う寝る遊ぶ(ゲームしたり漫画読んだりアイドル声優の追っかけしたり)の合間に働くとかの人生があるような平穏な暮らし

 

 ご存じ本作の主役。原作との相違点は色々あるが、結局は「武術」の一言に集約される。……はずだったが、最近は「ただのオタ」も含まれるでも無い。

原作における箒との離別イベまでは殆ど同じだが、その後にかろうじて箒の父と千冬が連絡を取れる段階で現在の師を紹介してもらったのが転換点。

確固とした指導の下で鍛えた結果、年齢を鑑みれば破格の武術的技量を持つに至る。とある武術家が彼を評して曰く「特上の才を特上の師に鍛えさせたらどうなるか、その一つ典型だよ。惜しむらくは環境。仮により武に浸れる環境にあれば、今以上になっていたのは間違いない。あるいは、あの娘よりも上回っていたかもねぇ」とのこと。

 

 性格は良くも悪くも自分に忠実。決して悪人と言うわけでは無く、育った環境自体はごく普通の少年のソレであるため一般的な良識も持ち合わせてはいるが、自分の中で問題ない、あるいは必要と判断し周囲、つまりは社会ともすり合わせた上でイケると彼の基準で判断した場合には、聞いた者が眉を顰めるような行動も辞さない。

また、自身が鍛えてきた技には並々ならぬ自負を持ち、身体能力やスポーツへのセンス共々に自信が優れる者と公言して憚らない。ただしこの辺に関しては客観視もきっちりとできており、武術に関してはその上でも不遜だが他のスポーツ類に関しては人並み以上でしかないと自覚している。

例えばの話、バスケでもやらせればトントン拍子に成長し、その気になれば全国クラスのエースになることだって可能だが、その分野における真っ当な天才には確実に勝てない。要するに行けて無冠とか室ちんレベルでキセキにはどうやっても勝てないということ。ただし身体能力に関してはその限りではない。お分かり?

 そんな彼の武術へのこだわりだが、実は誘拐事件を境に歪なものになっており、姉による救出で安全を確保すると同時に積み上げてきた鍛錬の成果などの非力さを自覚し精神的に壊れかけ、それを師の跡を継ぐなどの義務感やより固執した自負でごまかしていたのが福音戦までの状態。

そこを白式の中の人に突かれ、再び壊れそうになるも過去の振り返りでただ「好きだったから」という原点を再認、それさえ忘れなければ良いと身も蓋もない言い方をすれば開き直って復活する。この時、性格面にある種のパラダイムシフトが生じており、作者的にも福音戦前後でその辺は意識して書いているつもりだが、実際どうかは読者諸兄の判断に委ねたいところ。

福音戦後には周囲のクラスメイトを筆頭に「角が取れた」と言われるようになり、言動も比較的穏やかなものになっている。ただしそれは=優しくなったというわけではなく、言うならば角が取れて丸くなったというより、パッと見では分からないだけで実際にはより鋭利になったが正しい。ただ普段はそういう素振りを見せないだけである。

 

 決して脳筋バカというわけではないが、頭脳面では基本的に普通。武術関係のみ頭は回るが、それ以外は本当に普通なので、学業面で見ればIS学園においては周囲が基本選り抜きの優等生揃いなためランクは低い。ただし補習などのラインは頑張ってクリアしている。

ちなみに中学生時代からそれ以前も学力は並であり、中学時代も決して悪くない学力ではあったがそれはひとえに親友である数馬の助力によるものが大きい。

 また肉体派ではあるものの、元々漫画などを好むインドア寄りの嗜好であり、幼少から特撮作品なども好むためソッチ方面への適性は普通にあり、確信犯的な親友に布教された結果が今のアレ。本人はまるで恥じることはなく、むしろ「人生に新しい世界が広がった」と公言して憚らない。

白式関係や夏の地下格闘などで高校生にしては多めの懐事情にあるため、時に課金ガチャの鬼と化す。お気に入りのキャラが目玉に来ようものなら無言で回し続ける。

 

 人間関係として、まず第一に挙げるべきは実姉である千冬。関係は良好であり、若くして二人の生活を支えんと外で稼ぐ彼女に対し、一夏もまた家の中の事を自分が行うことで支えるべきと思っており、時に悪態を言い合い時に喧嘩もしたり、それでも良い姉弟をやっている。

ただし、千冬の家事関係のダメ振りに関しては最近「もう良い歳なんだしそろそろできるように……」と一言物申したい気分。その他にも「つーかいい加減男の一人も見つけろよ」とか「もう専業主夫志望の婿でも見つけないかな」と、その方面に関しても割とガチで心配している。

 実のところ、家族や姉弟としての関係は良好なのは間違いないが、両者の個人として自分がどうあるべきかという考え方については結構な部分で相容れないものだったりする。現状ではそれは表面化しておらず、一夏も自分の考えを見つめた上でそんな予感がしている程度だが、それがこの先どうなるかはまだ分からない……

 

 第二に師匠である海堂 宗一郎。とにかく懐いていて物凄く慕っている。多分一夏本人を馬鹿にするよりこっちを馬鹿にする方が確実に一夏はキレる。

この両者については後々の宗一郎個人の紹介で仔細を書くが、とにかく仲の良い師弟である。使う技の物騒さの割にはだ。

 

 第三に親友である弾と数馬。一夏にとってこの二人は千冬、宗一郎とはまたカテゴリーの異なる、最上級の特別であり例えばの話、この二人に危害を加えようものなら間違いなく一夏の最大の怒りを買う。

一夏も自身の立場ゆえのアレコレはそれなりに分かっており、近しい立場にある二人のことは気にかけている。もしもその手の勢力が彼らを狙う場合、一夏は迷うこと無く関係者全員の首を取りにかかり、「親友二人の命に比べたら、それを狙うバカの命なぞ億千万だろうが比べるまでも無い」と言い切る。

ちなみに、この二人と一緒にいる時が一夏が最も年相応の少年らしくなる時であり、三人一緒の空間はまさに馬鹿全開の男子高校生である。

 

 

 

 実力面では、生身ならば既に十代最高峰。本人曰く若気のヤンチャである中学時代の喧嘩などでそれなりに場馴れもしている。剣は語るまでも無く、武術関係なら22世紀の猫型ロボ並に万能な師匠のおかげで無手でもかなりのものを誇っている。

使用する技は流派の剣術はもうちょっとでフルコンプであり、格闘系は現在も勉強中である。割とどっかで見たような技も多いけど、気にしたら負けというやつである。悪しからず。 

 ISを用いてでは、基本的に千冬の戦法を一番の手本としているため、何だかんだで彼女の後継的なスタイルを取っている。ただし武器の威力が低いわけでは無いものの、本作では零落白夜を持たないため、千冬をベースに自分なりの戦法を模索、確立している。実際、一度クロスレンジの斬り合いに持ち込めば学園の生徒レベルなら殆どの相手に勝てるため、そこから一気に斬りつけて削り切るという戦法である。

それまでの蓄積を活かした近接戦に重きを置くことで経験を鑑みれば破格の実力を有している。ただし他の専用機持ちと比べても特に尖ったスタイルであるため相性の悪い相手にはとことん悪い。その最たる例が簪であり、同時に組んだ場合に最も最適なのも彼女である。

「間合いに捉えられなければ良い」、「間違っても近接戦だけは挑むな」と、対策などが一番分かりやすい立場でもある。

 得意とする近接戦に関しては完全に周囲と隔絶しており、それに長けている候補生クラスでようやく勝負になる(勝てるわけではない)レベル。それ以外なら間合いに捉えられた瞬間に一気に切り刻まれる宿命である。ただし空中での切り合いとなると若干難度が下がる。ただし地表付近は難度増大、閉所になれば最悪である。要は地下駐車場でガチタン相手にしたりクラニアムで真改相手にするようなもんである。ハメ殺しをすることもあればされることもあるのだ。

 

以下、専用機持ち面々との相対評価

箒:基本完勝。唯一怖いのは絢爛舞踏。ただし何だかんだで一夏と真っ当な斬りあいのできる数少ない存在である。

 

セシリア:互いが互いに相性の悪い相手であり、間合いに捉えた一夏がハメ殺すか、間合いを取らせないセシリアがハメ殺すかである。勝率は五分五分

 

鈴:近接戦ではほぼ勝ち目が無いため、遠距離攻撃の衝撃砲をどう使うかが肝。伊達に候補生やってるわけではないので時たま一矢報いるも、勝率は一夏の方がずっと高い

 

シャル:銃器を中心とした武装のテクニシャンということで相性面ではシャルに大きく軍配が上がる。ただし一部装備を除き決定打にやや心許なさがあり、一夏の突撃一番にやられることも少なくは無い。勝率は若干のシャル優勢

 

ラウラ:総合面では一年トップクラスであり、一夏と斬りあいのできる数少ない一人。AICに捕まると一夏としてもアウトなので、ブラフも含めそれを如何に効果的に用いるかが肝。ただし機体の性質上やや近接寄りで、斬りあいとなるとやはり一夏に上回られるので、最終的な勝率は五分に落ち着く。

 

簪:一夏にとって相性最悪の相手。一夏にとって彼女を相手取る場合、開幕速攻を仕掛け何かされるより前に倒しきるが現状唯一の戦法。時間を掛ける程に勝率は下がり、簪も意図的にそれを狙うため模擬戦などでカードが決まった場合、一夏は絶対に一度は嫌そうな顔をする。勝率は簪の圧倒的優勢。

 

白式

 名前こそ原作通りだが、仕様が原作とは異なる。武器は刃の部分のみ某MVSみたいな感じであり、高威力だが零落白夜が無いため必殺性に欠ける。

本体面では全体的に装甲がややスリムであり、全高も他のISに比して僅かに低いためやや小柄な方。見る者に「騎士や侍の甲冑をISにすればこんな感じになるだろう」という評を言えばほぼ全員が頷く。

各種スラスターは直進性に特化しており、方向転換含めて動きは鋭角的なものになりやすい。それを一夏は高い反応力で高速でブン回し、負荷なども機体が軽減する分をある程度カットしリソースなどに回し、受ける分は強引にねじ伏せている。

簪の補助などを受けつつちょくちょく調整した結果、シールドの展開範囲なども弄って回避を基本としており、高機動格闘戦にステ極振りの上、トップクラスの身体能力と格闘戦の技量が無ければまともに扱えないという代物と化している。どこの白兜だと思ったそこの貴方、正しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 数馬君と簪ちゃんメインの回。そして数馬の本性がちょっと出た回でもあります。
本作の数馬、作者としては松井優征先生の作画が合っていると思ったり……
まぁ後は、簪ちゃんに関しても何となく流れを見ていれば性根のあたりで「あっ……」ってなるかも……

 今回、最後の部分で以前に活動報告で書いた一夏の紹介について加筆修正したものも載せました。活動報告をご覧になられていない方もいらっしゃるかもしれないので、そういった方々向けですね。
今後も他の話に別の紹介を付け加えるかもしれませんが、いずれはまた別枠で一つにまとめるかもしれません。

 次回の話はこの話に付け加える形で投稿しようと思います。前書きの通り、その際には何かしらの形でお伝えしようと思いますので、よろしくお願いします。現状では活動報告と以下にお知らせするツイッターを考えています。

 ツイッターアカウント作りました。
『@hamonojo009』
 こちらでも更新の予告ですとか何かしらのお知らせ、設定に関する何気ない呟きなどをやっていこうと思いますので、よろしければご贔屓にして頂ければと。


 改めまして、訃報がお伝えされました声優の松来未祐さんについて深く哀悼の意を捧げさせて頂きます。
自分がアニメや漫画に傾き始めた頃に最初に見たハヤテのごとくから知ってた声優さんですからね。自分のオタ生活の初期から知っていた方だけに本当に悲しい限りです。
本当に、訃報を聞いてからずっとそのことが頭から離れん……



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ネタ投下:楯無ルートエピローグ あとオッサン紹介

 諸般の事情で更新凍結状態にしている楯無ルートですが、かねてよりどういう話の締め方にするかは考えていました。それを、何を思い立ったか書いちゃえと昨晩に二時間くらいで一気に書いちゃいました。
実のところ、これを書いて公開できるのも本編にあの人が出たからでして。誰かは読めば分かると思いますが。


 全てが終わった夜、旅館より少し離れた場所にある崖には人影が二つある。片方、静かに佇むのは千冬。そしてもう片方、転落事故防止用として崖の端に設けられた柵にまるで公園のベンチのように腰掛けるのは篠ノ之束。

 

「……」

 

 束は眼前の空間に投影したコンソールで何かを打ち込み続けている。普段の彼女ならそれらの作業は文字通りの鼻歌交じりにこなしていただろう。だが今の束は無言、黙々と作業をこなしている。常にお気楽な調子を崩さないのが篠ノ之束という人間だ。見る者が見れば今の彼女が不機嫌であるということが分かるだろう。そして束の背後で佇み続ける千冬はその分かることができる数少ない人間の一人だ。

 

「あまり気分が良くはなさそうだな」

「まぁねー。ちーちゃんなら言わなくても分かるでしょ」

「あぁ。だが、一応確認したまでだ。――そんなに不満か? 事を収める決め手が篠ノ之に、箒にならなかったのは」

 

 そこで束の手が止まる。そして小さく舌打ちをするも、その音はすぐに潮風にかき消されて溶けていく。だがその様子を千冬はしかと見て取った。伊達に長い付き合いはしていない。

 

「別に、いっくんが活躍したのは良いんだよ。けどそれだけじゃ駄目。いっくんと箒ちゃんだからこそ意味があるんだ。それをあの小娘ぇ……!」

 

 ギリと僅かに歯軋りする。

暴走した米国製新型IS"銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)"、軍の制御を離れて暴走状態に陥ったそれを紆余曲折の末に下したのは織斑一夏、そして諸事情故にこの一行に同道していた更識楯無であった。

 

「なるほど、謎の暴走状態に陥った新型ISを、文字通りの新鋭機を引っさげたお前の妹、そして世界初の男性IS適格者が下すか。二人の名前と経歴への泊付け、そして第四世代"紅椿"の駆り手、篠ノ之箒のデビューには申し分ないな。だが結末は微妙にずれたようだな。少なくとも今回の事件の脚本家にとっては」

 

 ただじっと束を見つめるだけだった目を、千冬は僅かに細める。

 

「ちーちゃんは何とも思わないの? いっくんと箒ちゃんの大活躍の場をどこの馬の骨みたいなやつに掻っ攫われたってのに」

「あぁ、思わんな。少なくとも今回の顛末に関して私が思うのは犠牲者が出ずに事が終わって良かった、これだけだ。IS学園の教師としても、私という一個人としてもな。無事に解決するのであれば、誰が立役者になろうと一向に構わん。それが許されれば私が出向いていたくらいだ」

 

 声に苛立ちが隠せていない束を見て己は平静をと思っていた千冬だが、それでも自分がただ生徒が、弟が最前線に立つ姿をモニター越しに見ることしかできなかったことを思い出すと不甲斐なさやら何やらで苛立ちが沸くのを抑え切れない。特に一夏については危うく取り返しのつかない事態になりかけたのだから。

 

「束、少なくとも今の私が言いたいのはこれだけだ。あまり派手に世間をかき乱すような真似はするな。お前にとってはただ面白い、あるいは私か、箒か、一夏にかは知らんが、そのために良かれと思ってというものなのかもしれん。だがな、お前の破天荒な勝手で大なり小なり影響を受ける人間が無数にいる。そしてその多くは不利益だろうよ。私は、私の友の振る舞いで無関係な人間がそんな目に合うのは好かん。箒とて同じ気持ちだろうよ。そして何より、お前の行動が他ならぬ箒を苛まさせるやもしれんのだぞ」

「……それでも、私は止まるつもりは無いよ。でなきゃ私じゃない。ちーちゃん、いや、言う前にやっとくことがある。話す前に、コソコソ覗き見してるネズミをどうにかしなきゃだから」

 

 そう言って振り返った束は千冬より更に奥、木々の影と夜の帳によって完全な暗闇となっている空間に目を向ける。何のことだと怪訝な顔をする千冬だが、直後に耳朶を打った声に心からの驚きの表情と共に、先の束同様に振り返る。

 

「おや、やはりバレてしまったかな?」

「だから言っただろう、どうせ隠し通せんと。千冬ならともかく、そこの兎耳の娘はな」

 

 意外そうな声に続いて白々しいと言うように呆れた声、どちらも男性の声であり千冬にとっては聞き覚えのあるものだ。そして暗闇の奥から新たに人影が二つ現れる。

 

「宗一郎……それに、更識さんまで……」

 

 共に鍛え抜かれた長身を持つ男、海堂宗一郎と更識煌仙であった。驚きを隠せない様子の千冬に対して束は睨みつけるように二人を見ている。だがそんなことなど意にも介していないと言うように二人の男は平然とした様子だ。

 

「さて。お初にお目にかかりますな、篠ノ之博士。貴女のご高名はかねがね、是非一度お会いしたかった。我々のことは――名乗るまでもありませんかな?」

「あぁ、知ってるよ。箒ちゃんの活躍を邪魔してくれたクソ娘の親父に、いっくんの先生気取ってるやつでしょ」

 

 先に口を開いたのは煌仙、そして自身たちの確認をする彼に束はあからさまな侮蔑を以って返す。だがそれを受けても二人の男はまるで動じず、それどころか煌仙に至っては笑い声を上げていた。

 

「ハッハッハ! 聞いたかい宗一郎? クソ親父だってさ! いや確かにね、娘に純粋な日向(ひなた)の道を歩かせてやれず、それどころか自分の業の一部まで背負い込ませているような父親だ。どれだけ良くあれとしても決して手放しで良い父親とは言えない自覚はあったが、こうして他人に面と向かってクソ親父なんて言われると中々どうして痛快だ。そうは思わないかい? 宗一郎」

「さてな。あいにく俺は独身だ。が、そうだな。師匠気取りか。少なくとも今回の件、一夏の身に起きたことに関しては俺の不手際があったのも事実。そこは責められようが文句は言えまい」

「それは私も同じさ。ま、幸い取り返しのつかない事態は避けられた。これを教訓に、我々も精進せねばならないということだね」

 

 言い返して来たら丸め込んでやろう、そのつもりで放ったはずの侮蔑に怒るどころか笑って受け入れ、あまつさえ言った本人である束を無視するかのように自分たちの今後のことを話し始める。とことん自分を蔑ろにしてくれる態度に束の中の苛立ちは急速に沸騰していく。

ならばもう少し言ってやろうと口を開きかけたところで、まるでそのタイミングを見計らったかのように煌仙が先んじて言葉を発する。

 

「ところで篠ノ之博士、浅学な身に是非ともご教授願いたいのですが、如何様にして我らのことに気付いたので?」

 

 丁寧でありはするものの、むしろ慇懃無礼と言った方が良い問い掛けに束は苛立たしげに舌打ちをするも、問われた以上は答えるのが彼女の矜持だ。ましてやそれが束にとっては児戯以下のこととなれば猶更である。

 

「随分と上手く気配を消してたみたいだけど、生体反応でバレバレだよ。そんなんで束さんから隠れようたって、そうはいかないね」

 

 その言葉に先に反応したのは宗一郎。しかし感心したでも驚いたでも無く、まるでその答えを予期していたようにため息を吐くだけだ。

 

「それ見たことか、煌仙。だから言っただろう、相手は曲がりなりにも現時点で科学者として不動の頂点に居座る娘。どうせその手の絡繰りで感付くに違いないとな。人が相手なら千冬でも誤魔化すに苦労はせんが、機械はそうはいかんだろう」

「いやぁ、やっぱりだったかぁ。となると、頑張って機械を騙すしかないねぇ。いっそ、頑張って体温下げてみるとかどうかな?」

「それはもう爬虫類の領域だろうよ。俺達は人間は哺乳類だ……」

 

 漫才をやっているんじゃないんだぞと、年の離れた盟友の珍発言に宗一郎は再び、しかし先ほどよりも深くため息を吐く。

 

「は、随分な言い様じゃないか。お前ら程度がちーちゃんより上みたいな言い方してるけど、身の程弁えなよ。この世で最も凄いのは束さんとちーちゃんって決まってるのさ」

「無論、人類最高(レニユリオン)と謳われる貴女の能力を疑ったことは一度とてありませんとも、博士。ですが、これは純粋に年長者としてのアドバイスですが、まぁ世の中というものは往々にして自分の考えを上回ってくるものですよ」

「そんなの、お前らがボンクラだからに決まってるじゃん。束さんにはそんな凡ミスをすることなんてありえないよ」

 

 得意げに謳う束に、それも尤もだと煌仙は頷きで返す。

 

「ただまぁ、それでも一つ言えることがあるとすればですが、あちこちを飛び回っている間ならいざ知らず、こうして目の前にいる以上は我々も博士、貴女を御することは決して不可能では無いということですかね。一応は我々二人とも、国家機関に属する身だ。国際手配されている貴女を見つけた以上、何もせずにいるというわけにはいかない」

「……なんだって?」

 

 あの男二人(チンパンジーども)は何と言ったのか? 自分を抑えつける? ふざけるな、それができるとすればちーちゃん以外にはいない。さっきから聞いていれば自分どころかちーちゃんまで軽く見ているような台詞の数々、そろそろキレても良いだろう。

というより、こんなことに時間を使っていたのが間違いだ。長居をするつもりも無い。さっさと切り上げて、ちーちゃんと話すべきことを話して、後は速やかにこの場を去る。それで良い。邪魔者はとっとと蹴散らすに限る。

 思考が決定を下すよりも早く束は動き出していた。ほぼ最初から最高速に至ったかのような圧倒的敏捷性(アジリティ)と単純な圧倒的速さ。それは公に人類最強と呼び称される千冬に比肩するものであり、事実千冬ですらこの突撃めいた奇襲には最大限の対応で臨まなければならないと千冬自身が言うことのできるものだった。

 

「止せ、たば――」

 

 制止の声を掛けたのは仕掛けた側と仕掛けられた側、どちらを案じてのものだったのか。だがその答えを千冬の思考が弾き出すよりも早く事は動いていた。

 

「え――?」

 

 気が付けば視界が転じていた。直後に顔に固いものが叩きつけられる感触と、それに伴う痛みがやってくる。口の中にはジャリジャリとした感覚と土の味、そして口内のどこかを切ったのか血の味も混じっている。

 

「今回は、博士の方が浅慮でしたな」

 

 掛けられた声を聞き、そこへ至ってようやく束は何者かに頭を押さえつけられ地面に叩きつけらているという自身の状況を察する。そして何とか動く視線だけを動かして上を見てみれば、頭を押さえつける手の主である煌仙が冷然とした目で束を見下ろしていた。

 

「束っ!」

 

 色々と思う所はあるし言いたい文句も千万ある。だがそれでも友であると認識している者の危機に思わず駆け寄ろうとし、しかしその足を千冬は強制的に止められる。

 

「宗一郎……」

 

 それまでずっと持っていながら、しかし一度とて認識させなかった愛刀を鞘から抜き放ち、自身にに突きつける宗一郎が千冬の行く手を阻んでいた。

 

「下手な真似はするな。俺とて、一夏に要らん心配を背負わせたくは無いからな」

 

 そこでようやく千冬は悟る。既に彼女は束諸共に宗一郎の必殺圏内(キルゾーン)に捕われている。そして自身も強者故に分かってしまう。宗一郎、そして煌仙も、自分より更に高次にの領域の武人であるこの二人は、自分が何かするよりも早く手を打てると。

 

「お前ぇっ……!」

 

 あらん限りの憎悪を込めて束は煌仙を睨みつける。だが直後、頭を押さえつける手に一切の緩みは無いまま、今度は背中にとんでもない衝撃が襲い掛かる。

 

「ガハッ、ゲハァッ!」

「あぁ、手荒な真似をどうか容赦願いたい――とは言わないさ。だが篠ノ之束、自身の身勝手な振る舞いをもう少し顧みることを勧めるよ。君を信奉する者は多いが、同時に君を憎む者も多い。私も宗一郎もそのどちらでもないが、かといって君をここで葬ることに一切の躊躇は無い」

 

 背中の衝撃の招待は煌仙が足で束の背を踏みつけたことによるものだ。それもただの踏み付けでは無い。貫いた衝撃は束の内臓を一気に傷つけ、口の端からは喉の奥より込み上げてきた血が垂れる。

刹那、宗一郎が何もない宙に向かって剣を振るう。一見無造作に思えるそれは、しかし明確に狙いを定めての一閃だった。

 

「キャアッ!」

 

 悲鳴と共に突如として姿を現した銀髪の少女が地面に崩れ落ちる。その両手足は先の宗一郎の一太刀により腱を斬られ、行動の自由を奪われている。いかなるトリックか、姿を見せぬまま束を救出しようとした少女はその目論見を予想だにしていなかった規格外の存在により阻まれた。

 

「くーちゃん!?」

「目で見えるだけを消した程度では欺くにも限度がある」

 

 それだけ言うと宗一郎は何事も無かったかのように千冬に切っ先を向け直す。変化があったとすれば、彼のキルゾーンに取り込まれた者が一人増えたということだろうか。

 

「くっ……」

 

 その様子をくーちゃん――クロエという名を持つ少女を斬っている間でさえ気配のみによって動きを抑えられていた千冬はただ見ているしかできなかった。

 

「そう怖い目で睨むなよ。別にこちらは、君らを殺すつもりは無いのだから」

 

 そう言っても憎悪の視線を緩めようとしない束に嘆息しつつ煌仙は言葉を続ける。

 

「あいにく、今の君を捕えたとて面倒事が増える以外は思いつかなくてね。正直、我々もそこまで暇じゃあないんだ。だからこれは、今回の事件の黒幕である君への抗議というわけだ」

 

 後に"福音事件"と呼称される今回の暴走事故、その裏にある黒幕とその思惑の大半は地面に叩きつけられたままの当人を除いて全員が把握している。ゆえに元凶である束にとって隠し立てはこの場に関してはもはや無意味であり、ただ睨みながら煌仙の言葉を聞いている。

 

「今回の件で米国は結構な被害を被ったが、いかに同盟国とは言え所詮は海の向こう。知ったことじゃない。福音のパイロットやら蹴散らされた米兵やらも災難だったとは思うが、そんな災難は割とよくある。では日本に被害が及びそうだったということか? それも違う。はっきり言って、彼女(・・)が出ればすぐに収まる話だからこれも問題は無い」

 

 では何なのか、そう前置きをして煌仙はこの状況に至った真の理由を語った。

 

「君の幼稚な思い付きと虚栄心で我が娘と我々の弟子は傷つき、艱難に見舞われた。父親として、師として、怒りを抱く理由はそれで十分だ」

 

 直後、嵐のごとき勢いとコールタールのごとき密度を持った殺気が周囲を包み込む。それは海堂宗一郎と更識煌仙、千冬もあてはめられる世に達人と言われる者達すら及ばぬ真に武人として超越の域に達した二人の男が放つ、加減容赦一切無しの本気の殺気が合わさったものである。

木々の葉が揺れ、辺り一帯の小動物が一斉に逃げ出す。まともな感性の持ち主であれば、その微小な余波からでさえ全力で逃げようとするだろう。ではそんなものの、爆心地とも言えるべき場所にいる者はどうなのか? 当然のごとく平常ではとてもいられなかった。

 

「……っ」

 

 千冬ですら一言も発することができない。それどころか全身が締め付けられながら切り刻まれていくような、数えるのもバカバカしい程の死のイメージが強制的に脳裏に叩きつけられ、それを体感しているような気さえしてくる。呼吸すらままならず、ただ吸って吐くという当たり前にしている動作すら全神経を集中してやっとやっとで行っているという有り様だ。既に気を失っているクロエなどむしろ幸福な部類だろう。

そして、おそらくこの場でもっとも強くこの殺気の渦を受けているだろう束はと言えば、全身が土埃に塗れ、口の端から血を垂らし大量の脂汗を流しつつも、それでも憎悪の視線を緩めることなく煌仙を睨み続けていた。それしかできなかった。伊達にISという存在の生みの親などやっているわけではない。人知れず所時している手勢だってあるし、それを用いればこの場を脱することもできるだろう。だが相手は絶対にそうはさせてくれない。決して認めたくない事実を、束がそうした抵抗を試みようとした瞬間にその命を速やかに刈り取るだろうということを、正真正銘世界の頂点に立つ頭脳は彼女にとって冷酷なまでに計算結果を弾き出していた。

 

「なるほど、こうしてステゴロでは我々に後塵を拝するとは言え、伊達に人類最高とは言われていないらしい。あぁ、実に残念だ。君が僅かでも武人の心を持っているのであれば、それこそどっちが相手をするかで宗一郎と本気の喧嘩をしても良いくらいに素晴らしい死合いができただろうに。君とはどれだけ戦おうが僅かたりとも闘志が燃える気がしない」

 

 心の底から残念がるようにしみじみと煌仙は呟き深いため息を吐く。そして唐突に荒れ狂わせていた殺気の嵐をピタリと止めると、束の頭と背中から手足をどける。

 

「何のつもりだ」

「これ以上の用は無い、それだけだ」

 

 殺気が止むと同時にキルゾーンの展開も解除した宗一郎に千冬は説明を求める。だが返って来たのは素っ気ない答えだけだ。

 

「彼の言う通りですよ、織斑先生」

 

 代弁するように煌仙が引き継ぐ。

 

「先ほども言ったように、我々にこの場で篠ノ之束と、何やら乱入してきたその娘の身柄をどうこうしようという気はありません。まぁ、抵抗の仕方によってはそれも已む無しでしたが、幸いにも彼女は賢明だったようだ。なら我々の目的は当初のままです。一人の父として、そして師として、娘に、手塩にかけた弟子に危害を加えたその元凶に対して抗議と警告をする。既にそれは達成されました。これ以上は蛇足というやつですよ」

 

 言って煌仙は未だ茫然としている束の襟首をつかむと、女性とはいえ大の大人一人をまるでゴム玉でも投げるように軽々と千冬の方に向けて放り投げる。同じように宗一郎もすぐ傍で倒れるクロエを掴み千冬に放り投げ、ようやく解放された千冬は慌てて二人を同時に受け止める。その時には既に宗一郎も煌仙も彼女らに背を向けて歩き去っていくところだった。

 

「では織斑先生、我々はこれで失礼しますよ。今後とも、娘二人をどうかよろしくお願いします。あぁ、篠ノ之博士。我々は本当にもう君に関しては、よっぽどのことをやらかしてお上に命じられでもしなければ個人としてどうこうするつもりは無いから。まぁ精々世界に排斥されないように上手くやってくれたまえよ」

「……千冬」

 

 ヒラヒラと手を振りながら歩き去っていく煌仙をそのままに、宗一郎は一度足を止めると背を向けたまま千冬に声を掛ける。

 

「お前は一夏とそこの娘、どちらの側につく?」

「なに?」

 

 気がやや動転しているとは言え、それでも宗一郎の言葉は不可解なものだった。

 

「一夏、それに楯無もか。二人はあの年にして俺や煌仙までではないとは言え、少なくともお前やあいつ(・・・)と比べても良い、"領域"に達した。未だ階段一段、あるいは片足一歩か半歩程度とは言え、確かに至ったのだ。それはお前やあいつ、俺や煌仙ですら為し得なかったことだ。――こうなってはもはやあいつらは只人では終わらんぞ。いずれ化けると断言できる。そして、確実にこの世界において無視できない存在となるだろう」

「……」

「そして、確実に一夏とそいつは根本の部分で相容れることは無い。お前とてそれは薄々感づいているだろう? それが表面化し、もはやぶつかる以外に手立ては無いとなったとき、お前はどうする」

「私は……」

 

 答えを急ぐなと、千冬が何かを言うより先に釘を刺す。

 

「土台、今この場で答えられるような問いでは無いと分かっている。精々考え抜くが良いさ。だが、もしもその時が来たとすれば、その時は一切の迷いのない確固たる答えで以って臨め。半端なままで臨めばどんな結果になるにせよ残るのは悔いだけだからな」

 

 そうして宗一郎も去っていく。

後はただ潮風とそれに揺らされる木々の音のみが残る静寂の場で、千冬は束とクロエの二人を抱えながらただ茫然としていた。そしてその腕の中で小さく、チクショウと呟く声が漏れた。

 

 

 

 

 

海堂 宗一郎

年齢:31歳

身長:194cm 体重:91kg

所属:公安警察(外部活動時の肩書のみ、実際に所属しているわけではない)

好きなもの:酒、ギャンブル全般(そこらの競馬からベガスでのオシャンティーなカジノ遊びまで手広く。一番得意なのはスロット、目押し余裕ですた)

嫌いなもの:自身の平穏を乱す者

最近の悩み:実家の母親から送られてくる見合い写真と結婚しろプレッシャー、弟子の行く末

 

 にじファン時代より登場している本作の一夏の師にして本作のチートその1。にじファン時代より今に至るまで感想で度々言及されているが、モデルは某抜刀斎の師匠である。ちなみに自分的には福山雅治はアリだった。

武人としては正真正銘現在の世界における頂点を二分する存在であり、その実力は千冬を以ってしても真っ当な戦いができこそすれ、勝つことはほぼ無理。

才能があるとかそういう域を飛び越えており、そう至る様に運命づけられていたという方が当てはまるような存在。これに勝ち得るとすれば、それは同じようにその領域に至るべくして生まれた者のみ。

ちなみに千冬と美咲も可能性はあったが、共にそれを開花させることが叶わなかったという設定が作者脳内にあったりする。

 一応は剣士であることを本業としているが、実際は武術全般においてだいたい何でもこなせる。その万能さたるやドラ○もんの如し。本人もこの点については自負しているものの、無手となると僅かだが謙虚な姿勢を見せる。理由は後述。

剣術に関してはもはや人の手に負えない域にあり、最近使い始めた無銘の超業物も相まって人型兵器か何かと言うほど。剛柔静動須らくに通じ、極めて繊細な技すらも披露するが本人の気質的に得意とするのは剛のスタイルであり、雑魚相手ならばサクッと速やかに終わらせるが、世界で見て一握りのそれなり以上に戦える相手だと豪快かつ怒涛の猛攻を繰り出す。巻き込まれれば即ナムアミダブツ。

十代の内に流派(名称考案中)の技を全て会得し、更に独自(一部厳密にはやや異なる)の奥義を持ち、それらを総伝として弟子に伝えるのが当面の責務と考えている。多分今後永劫、この人が剣で敗れる状況が来ることはあり得ない。

 

 実家は官僚を輩出してきた名家であり、本人も結構な高学歴。警察官僚(警察庁次長)の父を持ち、本人の実力も相俟って早くから国家の暗部に身を置いてきた。

一時期その役目を妹弟子に引き継ぎ田舎に引き籠り、紆余曲折の末に取った弟子を鍛えるなどしていたが、弟子の身辺や世の動向の変化に伴い、かつていた闇に再び舞い戻る。この瞬間、裏社会の一部で噂されていた「遭遇すれば生存確率0%」の伝説が復活を遂げることになる。

ちなみにその気になれば父の跡を追って官僚になることもできたが、どう頑張っても並よりそれなりには優秀程度で留まり、父には絶対に敵わないと自覚しているためあっさりとその道を蹴っている。

 

 どっしりと落ち着き構える性格であり、本人も自身の立場や鍛えた技のもたらすものなどから泰然自若を旨としている。ただし何だかんだで年齢故の若い部分が出たりする。なお血液型がA型なので、親しい相手ほどそういう部分が出やすい。

 人間関係として、接し方の違いはあれど両親とは基本的に上手くやっており、常に何かしらの孝行はしてやりたいと考えている。ただし母親相手にこれを言うと即座に「じゃあ早く結婚して孫の顔見せろ」と言われるため口には出さない。

弟子である一夏との師弟関係は良好そのもので、一夏は下手したら千冬以上に懐いている節がある。その関係は師弟であり親子であり兄弟でもあるかのごとし。

本人的には師匠として相応に厳格に接しているつもりだが、実際のところはダダ甘。弟子のためとなると何だかんだであれやこれやと世話をしたり考えたり悩んだり。そういう部分について知らぬは当の師弟のみという状況。

妹弟子は浅間 美咲。元々彼女の祖父が宗一郎の師であり、宗一郎の弟子入りより数年の後に妹弟子として同流派に弟子入りした。

関係者が口を揃えて認める零細流派であるため当時の弟子もこの二人しかおらず、実はかなり親密な関係であった。というか作中でも言いかけているがぶっちゃけ元カノ。なおこの辺りのことについてとなると宗一郎は途端に口を噤む。

しかしながら何だかんだで宗一郎も美咲には一夏とはまた別の形で甘く、交流は普通に続いており彼女の頼みごとを愚痴を垂れつつキッチリこなしていたりする。

 

武器:無銘の業物

彼の師の代より縁のある刀匠(現在は鬼籍)が最後に打った二振りの業物の片方。

武器としての刀の極限を追及したものであり、もうぶっちゃけると某刃金の真実である。

並の者が扱った所で切れ味のやたら良い刀でしかないが、宗一郎の極限の技量の下で奮われるとそりゃもうヤバイ存在となる。

 

???(ネタバレにつき一部伏せ)

変態技術立国日本が生み出した変態技術の産物。多くの者がその存在を肯定し、使うことを是とする中で彼のみが扱うことに不満を抱く。

しかしながら彼が最も優れ、最強の使い手であるという何とも因果な存在。

 

 

 

 

更識 煌仙

年齢:41歳

身長:189cm 体重:79kg

所属:公安調査庁

  (ただし表向き。実際は政府中枢直下の対テロに総合対応するための特別機関のようなもの。それこそが『更識』である)

好きなもの:酒、外国の名物料理、妻子

嫌いなもの:『日本国の国民、国益』に害為す存在

最近の悩み:上の娘が色々頑張っているのは良いけどもうちょっと親子で接する時間が欲しい、下の娘からの扱いがややぞんざいになりつつあること、ちょっと羽目を外すとすぐ妻にしばかれること

 

 常にスーツをビシッと着込み、一見すればだいぶ若く見えるのでやり手の企業家のようにも見える男。チートその2。にじファン時代に楯無ルートを書き始めた頃から構想し、現在の本作の比較的最近においてようやく登場させることができた人物。剣の宗一郎と共に無手の頂点として世界最強の武術家として君臨する。

武術家としての戦闘能力は宗一郎とほぼ同等。違いは剣が得意か無手が得意か程度のもの。この二人がガチでぶつかった場合、勝敗は神すら分からぬ、決着のその瞬間まで不明なもの。ただし周辺被害がえらいことになるのは確実。

戦国時代の忍をルーツに持つ更識家が独自に磨いてきた更識流とも言うべき武術を始め、各国のメジャーな武術、果てはほぼ我流とも言うべきものまで様々な格闘技に精通、極めており、宗一郎が剣でそうであるようにこちらは無手でドラ○もん。

 

 世界最強の格闘家、一国の暗部中枢を取り仕切る、そんな肩書を背負いながらも本人の気性は至って温厚そのものであり妻子には良き夫、良き父であるよう心掛け無償の愛を向けている。

部下に対しても常に気配りを心掛けており、多くの部下は組織人としての義務感などは当然として、彼への忠誠心も非常に篤い。

 一方で暗部の人間としての冷徹さも持ち合わせており、任務上においては必要とあらば対象を切り捨てることもいとわない。

某M○6の木工接着剤みたいな名前の男のようなことも数多くやっており、その過程で情報を得るために親密になった者もいるが後々に禍根が僅かでも残るとあらば容赦なく始末する。それは相手が女であろうと変わりは無く、何だかんだで最終的には女とよろしくニャンニャンやってるあちらとは大違い。

この人間味から来る人を纏めるという点は長女に、目的のために機械のごとく必要なプロセスを冷徹にこなす点は次女にそれぞれ受け継がれている。

 

 戦国時代より時の為政者に仕える忍を源流にする更識家、その一門当主が率いる国家直属の対テロ組織『更識』の先代であり数えて16代目にあたる。

様々な要因から頃合いと見た煌仙本人の意思で当主の座こそ17代目である現『楯無』に譲ったが、現在も権限の多くを保有しており、楯無も彼から様々な援助を受けていることから依然として一族、組織の最高権力者と言っても過言では無い。

後継者については早くから長女の方にと考えていたが、実際のところ能力的には次女も十分及第点であるため理想としては姉妹で互いを補い合って協力して頑張って欲しいと思っている。このことは当の娘二人にも直に伝えており、本人曰く「人生で特に甘さが出た時」と語っている。

 

 人間関係として、何よりも妻子を大事に思っており、常にそのためにできる最善をしてきた。

『更識一族』の人間としてはまごうことなき頂点とも言うべきであるものの、ただの夫婦娘二人という家族となると一転し、妻には惚れたナンチャラで敵わず娘二人にもダダ甘ゆえに家庭内の何やらが残念なことになっていたりする。

宗一郎とは仕事を通じて知り合い、共に極限の域に達した武人として意気投合し年の差を超えた親友となっている。その関係は互いに互いが最もくだけることのできる相手と認識するほど。

 

武器:磨き上げた四肢のみ

ただし人の極限とも言うべきほどに達した身体能力と技量から繰り出される技はもはや人の技によるものとは思えないほど。基本的に人はワンパンで終わりです。

ちなみに武器についてはあまり使わないだけで使えないと言うことでは無く、剣や槍など種々の武器、更には銃火器に至るまで手広く使いこなし、それらの技量すらも普通に世界トップレベルを張れる。

同様のことが宗一郎についても無手と剣をひっくり返した形で言うことができる。

 

???

宗一郎と似たようなモン

 

※1:???は本当に作中で出るのか現状不明

※2:できればこの二人もガンガン動かしたいし、この二人の関わる荒事というのも書きたいが、断言できる。こいつらが動くと確実に死人が出る。

 

 

 

 




 結局のところオッサン二人が何をやりたかったかというと、弟子と娘が危ない目にあったから「気を付けろやクルルァ! 舐めてんのかオォン!?」と言いにきただけです。その割には随分と物騒なやり取りになりましたが。
 実はこの楯無ルートにおける福音戦において、実は一夏が危うく再起不能の廃人(ゲーム的な意味では無く)になりかけており、一夏や自分自身の不徳もあったとは言え、宗一郎もかなりのレベルで怒っていたりします。

 ちなみに、大人たちがこんな物騒なやりとりをしている中で肝心のいっぴーとたっちゃんが何してるかと言えば、イチャコラしてます。多分この話で一番かわいそうなのはくーちゃん。

 以上、ネタの吐き出し投下としての楯無ルート終盤部分、チート野郎ども暴れるの回でした。
 さて、本編の続き書こう。




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第六十三話:学園祭小話詰め合わせ2

11/15
 見直してみると前回(notネタ回)がいっぴーの紹介含めで意外に量があったんで、また別枠という感じで立てました。

 これと、次の話あたりは夏休み編と同じく小話詰め合わせ、次の話が出来次第付けたしという感じでやろうと思います。
更新方法としては、活動報告やツイッターで連絡しつつ、続きを組み込んだものを再投稿する感じでやろうかなと考えております。
 今回は一組喫茶のちょっとした一幕です。

11/28
 夏休み編の一部同様、前回投稿分に継ぎ足す形で投稿しました。
更新分のみお読みになられる方は、お手数ですが該当箇所まで下スクロールをお願いします。
 
 前回がちょっとだけ真面目だったので今回はおふざけというかネタ。まぁここ最近そんなんばっかりですが。
まさか思いついただけで殆どお蔵入りだったネタを引っ張ることになるとは思っていませんでした。


「CASE 2:傑物の系譜」

 

「ふぅ……」

 

 裏方に入った一夏は一息つく。別に賢者タイムに入ったわけではない。そういうのは夜中に一人でコッソリだ。

既に弾も数馬の追いつつ見物に出ている。こうなれば後は普通に接客をしていれば良いだけである。一夏を一目見ようと者も多いのか、客入りは安定している。だからと言って特別なことをするつもりも無い。弾の店やかつての鈴の家の店で飲食店における接客というのは多少なりとも見てきた。それをベースに普通にしていれば良いのだ。何事もシンプルイズベストである。

 

「織斑君、織斑君」

 

 チョイチョイと後ろから肩を突いてきたクラスメイトに何事かと振り返る。

 

「ちょっと飲み物持って行くの、お願いしたいお客さんいるんだけど良いかな?」

 

 小声でそう頼んできた彼女曰く、雰囲気が厳しそうでちょっと近寄りがたい初老の男性とのこと。別に迷惑な客というわけではなく、単に女子である他の面々が近寄りがたい苦手な雰囲気というだけである。

 

「どんなオッサンだよ……」

 

 他の女子が、それも日頃から千冬と教師生徒の関係で接している面々が、口を揃えて厳しそうで近寄りがたいなどと評するとは如何ほどの人物か。気になった一夏は仕切りの隙間からコッソリと様子を伺う。

件の人物はすぐに見つかった。やや細身と分かるが、キッチリと背広を着込み背筋を伸ばしたまま腕を組み瞑目している。なるほど、これは確かに近寄りがたいと一夏は皆の感想も尤もだと思う。

 

「良いよ、オレが行くから。注文の品は?」

「これ、コーヒーだけだって」

「あいよ」

 

 受け取り、一夏はコーヒーを男性の下へと運んでいく。

 

「お待たせしました、コーヒーでございます」

「あぁ、ありがとう」

 

 コーヒーを男性の前に置くと、一礼して一夏は戻ろうとする。だが頭を上げた段階で男性の方から声が掛けられる。

 

「失礼、君が織斑一夏君で相違ないかな」

 

 質問という形を取ったのはどちらかと言えば形式的な意味が殆どだろう。そも、この学園の男子生徒など一夏一人しかいないのだ。問われたことに対し一夏も素直にそうですと答えながら頷く。

 

「そうか。君のことは色々と聞き及んでいたが、一度直に見ようとは思っていた。些か、意外な形ではあったが」

 

 コーヒーを飲みながら語る男性、その平静なのだろうが厳格さが滲み出ているような姿に一夏はふと既視感のようなものを覚える。痩せてこそいるが、綺麗に伸びた背筋からはそれなり以上に鍛えられていることが伺える。むしろその鋭さに僅かの陰りも見られない眼光も相俟って古強者の猛禽類を想起させる。

間違いなく初対面のはずだ。だがクラスメイトたちが語った厳しそう、近寄りがたいといった感想とは違う、しかと感じる只者ならざる雰囲気はどうにも一夏の記憶を刺激して止まない。

 

「なるほど、若さゆえの活力や剛毅さに加えて、相応に腹も座っている。気骨というものでは十分といったところか」

「それは、どうも」

 

 明らかに上から評価されているような言葉だが不満の類は感じない。この男はそれができる人間だと、諸々の要素を鑑みた上での総合という点で今の一夏よりずっと格上の人間なのだと既に一夏自身悟っていたからだ。

 

「良いコーヒーだ。必ずしも極上というわけでは無い、だが良いものを淹れようという熱意が伝わってくるものだった」

 

 語るうちに男性はコーヒーを飲み終えていた。おそらく目的は一夏だったのだろう。そしてそれが今こうして果たされている以上、コーヒーだけで長居をするのも不要として早々に飲み終えたということだろう。そうした行動の割り切りや、品への評価も欠かさないあたり男の律義さが伺える。

 

「君の本意では無かろうが、何かと特異な身上だ。苦労も多かろうが、それを乗り越えることを期待している。馳走になった」

 

 これ以上は無用と言うように男は席を立つと会計に向かおうとする。だが、先ほどとは逆に今度は一夏が男を呼び止める。

 

「あの、貴方は……?」

 

 この男から感じる既視感、実のところもしやというものは脳裏に浮かんでいるのだが確証を持てずにいた。

 

「あぁ、確かにこちらだけが君を知っているというのも礼を書いていたか。こういうものだ」

 

 男は懐から出した手帳を縦に開く。それはドラマなどで飽きるほど見慣れた光景、警察手帳を見せる動作だ。

 

『警視監 海堂 正宗』と記され、所属は警察庁とある。

警察庁の所属であり階級は警視総監に次ぐ警視監、つまりは警察官僚、それもかなり上位の立場だ。そして警察官僚であると同時に"海堂"という名字、これらの情報が一気に脳内を駆け巡り一夏の脳裏に電流のような閃きが走る。

 

「まさか、あなたは……」

「不肖の倅だが、剣の腕は一級品と私も認めている。君がその跡を継げること、そして躍進を期待するとしよう」

 

 そうして今度こそ去っていく。会計を済ませ教室を出る、その姿が完全に見えなくなるまで一夏はただ黙って頭を下げ続けていた。

 

 

 

 

「一夏、先の御仁はお前の知己か?」

「いいや、初対面だよ。ただ、赤の他人ってわけでも無かったけどな」

 

 再び奥に戻ってきた一夏に箒が聞いてくる。自分でも何となく半分上の空になりつつあると思いつつも、一夏はとりあえずと返しておく。

 

「ま、これから縁が無いってわけじゃなさそうだけどな」

「……そうか」

 

 気になると言えば気になるのだが、どうにも一夏も未だに先の男性とのやり取りを自分の中で噛み砕いているらしい。ならば今これ以上を問うのも無粋かと箒はそれ以上を聞かないことにする。

 

「ただまぁ、一つ分かったことがあるな」

「ん?」

 

 一夏としては半分くらい独り言のつもりなのだろうが、誰かに語るような言い方に箒は耳を傾ける。

 

「何をやろうが何を言おうが、オレらは所詮十五、十六のガキだ。そんなガキじゃまるっきし想像できねぇ経験ってやつをあの人はしてるんだろう。そういうのを人生で積み重ねると、自然と人ってのは大物感が出るもんだなってさ」

「あぁ、それは分かるな」

 

 世界を相手取れる能力を持ちながらも威厳もへったくれも感じない姉を思い浮かべ、箒は頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「CASE 3:食戟のダン」

 

 一般の学校に家庭科授業用の調理教室があるように、IS学園にもそういった教室はあるにはある。だがそれを使うのは料理系の同好会やら、仲間内でちょっと集まってなどという場合のみであり、生徒寮の各部屋にキッチン設備があることもあってそこまで利用者は少ない。

そんなわけで意外にもそうしたISとは無縁そうな設備もきっちり整っているIS学園だが、この"料理"という点でおいて最も設備が整っている場所はどこか、およそ学園に携わるものならば誰もが口を揃えて寮の食堂と答えるだろう。三つの学年と教職員用、計四つの寮施設にそれぞれ食堂はある。仲の良い先輩後輩が一緒になどというのもザラなため、特に学年での食堂の使用制限の類は無く好きな所で食事ができるわけだが、それは今は置いておく。

 普段ならば土日すらも稼働している食堂だが、この学園祭の日に限っては例外が適用される。職員寮の食堂は完全休業、二年三年の寮食堂は休憩・談話スペースとして場所のみ開放されている。では一年生寮はといえば? 通常営業はしていない。だが、別の目的での稼働はしていた。

 

「注文入ったよ! 炒飯、特製酢豚、あと卵スープが二人前ずつ!」

「オーケー! 任せなさい!」

 

 食堂の厨房では鈴が小柄な体躯に比してやや大きく見える中華鍋を豪快に振るっている。特徴かつ自他共に認めるチャームポイントのツインテールも料理の邪魔にならないように、解いた髪を纏めて結い上げている。

一年生寮の食堂、その一角を利用した「中華食事処 二組飯店」が一年二組の出展である。なお、厨房スペースは余剰があり、他にも飲食物系の出展をするクラスの生徒が代わる代わるに、その余剰スペースを使っていたりする。そしてこの二組飯店で調理の主軸となっているのが他ならぬ鈴であった。

 

「凰さん、織斑君来たよ。あとなんか友達っぽい男子二人も」

「あっそう、あいつらね。野郎二人は一夏とあたしの共通の知り合いよ。オッケー、とりあえず三人もあんないしといて、あとオーダーもね」

「あ、うん。いや、四人なんだけどね」

「ふーん、箒とか簪あたりでも連れてきたのかしら?」

「ううん、知らないおじさん。でも織斑君や、後の二人とも仲良さそうに話してるけど」

「……」

 

 その四人目に何か思い当たる節があるのか、鈴は僅かに口を噤むと取りかかっている料理を一気に仕上げる。そしてすぐに一段落したところで他の厨房担当のクラスメイトにしばし後を任せると、厨房から出て一夏らの方に向かう。すぐに一夏たちは見つかった。だが一夏におまけの野郎二人なぞ今の鈴にはどうでも良かった。彼らと共にいるもう一人、それを見た瞬間に考えるより早く鈴は駆けていた。

 

 

 

「やー、会うのは随分と久しぶりだけど元気そうで何よりだ、鈴音」

「お父さんこそ。結構バリバリやってるみたいじゃない」

 

 鈴と男性は朗らかな様子で会話をしている。そしてそれを半ば蚊帳の外状態で見るだけの野郎三人。男性の名は凰 燕青(エンセイ)、姓から分かる通り鈴の実父である。一夏らは凰 大人(ターレン)と呼ぶことも多く、親しい友人の父親というだけでなく馴染みの深い店の店主ということもあり親交の深い人物である。

 

 

「鈴のやつ、完全にオレら放置だな」

「ま、しょうがないだろ。大人(ターレン)と直に会うのって確か中国(ムコウ)に行って以来だろ?」

「鈴の家の場合、両親の離婚も家庭の事情で已む無くで、別に夫婦仲の破綻とかじゃないからねぇ。まぁ、久方ぶりに会う身内の特別感は察するよ」

 

 鈴が中国へと戻ることになった一連の事情はある程度把握しているだけに、その気になれば会うことも容易い自分たちよりは優先度も高くなるだろう。ただ、このままでいるわけにもいかない。一応はここに来た目的もある。

 

「あー、鈴。水差すつもりはないけどさ、オーダー良い?」

 

 元よりここに来た理由は二組の出し物見物兼腹ごしらえだ。燕青とはその道中でたまたま出会ったために同道していたのであり、親子の再会を邪魔するのは気が進まないものもあるが鈴にこのまま厨房から離れられ続けるのも問題なのだ。

 

「あ、ごめん」

 

 鈴としても言われて自分のミスに気付いたのだろう。素直に謝ると再び燕青を方を向いて一言二言交わし、一夏たちから注文を聞くと厨房へと戻っていく。そんな様を苦笑しつつ見送り、しばらくして運ばれてきた料理をクラスメイトの厚意で一時的にシフトから外れられることができた鈴も交えた五人で囲む。かつての鈴の家の店でそうだったように、仲の良い面子が集まって食事を楽しむという以前は当たり前だった光景が再び訪れたことに、食事は終始和やかに進む――はずだった。

 

 

 

 

「なぁんでこんなことになってるんだかな」

「良いじゃないか一夏。面白そうだし」

 

 腕を組みつつ首を傾げる一夏に、横に座る数馬は面白いと言うように含み笑いを漏らしながら言う。二人の視線の先、厨房の中では弾と鈴が向かい合っている。年頃の少年少女が見つめ合う、などと書けば甘酸っぱさを感じる青春劇の一幕のようだがそんなことはない。互いを見据える目の奥には明確な闘志が燃えたぎっている。

 

 事の発端はこうだ。

野郎三人、ちっぱいとオッサンが一人ずつという組み合わせでテーブルを囲み、鈴の得意料理でありこの二組飯店の目玉でもある酢豚や他の料理に舌鼓を打っていた五人だが、やはり久しぶりに会ったということで話題は燕青に合わせて料理のことがメインだった。

燕青が今は都内の高級ホテルの厨房で腕を振るっていること、実はそれくらいに凄腕の中華料理人であるということ、彼の事だけでなく鈴や一夏たちの近況などなど、色々と話している中でやはり久しぶりに会う娘への可愛さがあるのだろう、鈴が直接手掛けた酢豚について燕青が褒め、それに鈴が気を良くしたのだ。そこまでは良い。誰だって親に褒められて嬉しくないわけがない。気を良くするのも分かるし、鈴が自分でも腕が上がったと自覚していると言うのも何らおかしくはない。

 

 問題はその後だ。気を良くしていた鈴は、本人の自覚もあるし実際そうなのだが自身の料理の腕前について少なくとも同年代相手には早々負けるつもりは無いと豪語したのだ。

重ねて言うが、鈴のその発言事態に何ら問題は無い。事実として鈴の料理の腕前は高いし、そう豪語しても良いぐらいなのだ。ただ、それをすぐそばで弾が聞いてさえいなければの話だった。

 

「へぇ、言うじゃねぇか鈴」

 

 主に言うのは鈴だが、一夏は時として武術バカだの剣術キチだのと言われている。その武術や剣術を料理に置き換えたのが弾と言えば、話は通じやすいだろうか。

勿論、弾も自分自身でまだまだな所は多いとも、自分より優れた料理人だって世には数多いとも重々承知している。ただ、先の鈴の言葉は弾もまた思っていることであり、なまじ友人としてそれなりにツルんでいただけに、彼女の口から出たその言葉は決して無視できないものだった。

 こうなれば相手は割と気が短い性質の鈴だ。事はあっという間に進む。なんだよ、なによ、と一触即発と言うか、さて如何にして白黒はっきりさせてやろうかと言う空気に即座に移行した二人に対し、何てことないように横合いから燕青がこう言ったのだ。「料理で決着をつけたらいい」と。

となると話は更に早い。厨房に戻った鈴はかくかくしかじかまるまるウマルーンと事情を伝え、半ば強引とも言えるレベルで料理対決をセッティング、二組全体としてもプチイベントとして利用してやろうという流れになり、あっという間に場が整ってしまったのである。

 

「さぁ、というわけでなんかいつの間にか始まりました。一年二組出展『二組飯店』にて急遽行われることとなった料理対決、『食戟』。司会兼審査員その1はこのオレ、理由(ワケ)あってアイドル――じゃなかった、男のIS乗りをやってます一年一組、織斑一夏がお送り致します!」

 

 なんかよく分からないけど、もうなるよーになっちゃえーという感じで司会を始めた一夏の進行で話は進むことになったらしい。ちなみにマイクは用意できなかったので、丸めた紙筒をマイクに見立てるという小学生みたいなやり方である。だって何時の間にかギャラリーができているのだ、誰かがやらなきゃならないのである。こういう時は多少なりとも目立つ立場が有効的に然様したりするもんである。

 

「さて、まずは対戦する二名の紹介。まずは勝負をふっかけた方、この二組飯店の厨房担当筆頭、凰 鈴音! 本学園では中国から専用機引っさげてやってきた代表候補生、オレはよー知らないけど業界じゃ急速に頭角を現した新鋭だとかなんとか言われて知名度もある彼女だが、凄腕の中華料理人の娘に生まれ中華料理店で育った彼女は料理の腕も代表候補生。態度のデカさに反比例したちっぱい、失敬、ちっちゃい体躯で豪快に振るわれる中華鍋から、今日も本場の味が炸裂するー!」

 

 厨房の鈴から向けられる「ぶち殺すわよアンタ!?」という視線に、「やれるもんならやってみな」と挑発的な視線で返すと、一夏はもう片方に話題を向ける。

 

「続けて勝負を吹っかけられた方の紹介! このオレ、織斑一夏と対戦者 凰 鈴音の中学時代からの友人にして自他共に認める十代屈指の料理人、五反田 弾! 本来は今日はゲストという身分の彼だが、この食戟のために舞台へと上がることを了承してくれたー! 凰 鈴音同様、幼少より実家の大衆食堂で多くの客を相手に接し、料理をふるまい続けてきた、まさに実戦で培われたオールマイティなクッキングスキルが今、ここに披露される!」

 

 さて、対戦者の紹介が終われば次は審査員というのが鉄板である。

 

「続けて今回の勝負の審査員を紹介致しましょう。審査員は計五名、内三人は対戦者双方からの指名によりまずはこのオレ、検めまして織斑一夏が務めさせて頂きます」

 

 続けて一夏が視線を向けたのは、これまた何時の間にか審査員席として設けられた長テーブルに座っている数馬だ。

 

「二人目はこちらのヒョロッちぃの。同じくオレ、そして対戦者二名の共通の友人である御手洗 数馬! というわけで、審査への意気込みを語って貰いましょう。へい、数馬」

「え~、まぁ僕はですね、自分で言うのも何なんですがそれなりに味にはうるさいと思っているので。ついでに言えば二人の料理はどっちも良く知っていますからね。今回は、ガチでやらせてもらおうと思っています」

 

 好青年さマックスな爽やかスマイルで語ってくれるが、その腹の内が真っ黒なのはここだけの秘密である。

 

「続けて三人目、凰 燕青さん! 名字から分かる通り、凰 鈴音のお父さんであり、彼女の料理の師匠とも言える方です! そのワザマエ――じゃなくて腕前は都内の某高級ホテルにて中華料理担当の筆頭を担うほど! もう片方の五反田 弾とも知った間柄ですが、今回の審査はどのように?」

「無論、娘だからと言って色眼鏡にかけるつもりは無いとも。一人の料理人として、純粋に評価をするつもりだ」

 

 実にごもっともな言葉である。続けて一夏が視線を向けるのは一人の少女と女性だ。

 

「えー、続けて紹介しますはとりあえず審査員の頭数揃えようって段になって、ぶっちゃけるともうこの場から希望者募れば良いよねってことで聞いてみたら名乗り出てくれた二人です。まずは一人目、本校一年三組所属、クラス代表を務めているアメリカン・ガール、スーザン・グレー! さて、アメリカと言えばやたらスケールのデカいステーキやハンバーガーのイメージですが、そんなお国育ちの彼女が本格的な中華にどんな評価を下すのかは、ちょっと見物です。というわけで、グレー。何か一言」

「オーケー、任せて。とにかく、どっちもしっかり味わって審査するわ。あと、頑張って目立つようにしたいわね。何せリアルタイムじゃガチで三年ぶり、話数にして54話ぶりに貰えた出番だから! よろしく頼むわね、ゴリムラくん!」

「ハイィイイイ! そこ、ちょっとそういうメタいこと言うのは止めよ―ね。これそういう話じゃないから。銀○とかじゃないから。いや、確かに最近の空気はそんな感じのギャグパートばっかりな気もするけどさ、一応もっとまじめな感じだからね、この作品。ちゅーかまた名前間違ってるしさー! ゴリってなにゴリって!? ゴリラ!? なに、オレって何時の間にか大江戸の治安維持組織の局長と親戚か何かになってたの!? いや、嫌いじゃないけどさー、あのストーカーゴリラと同類は勘弁してよー。せめてトシでしょー。あーでも待って、最近だと佐々木のサブちゃんもかっこよかったお」

 

 まぁでも最近、織斑君のキャラがネタ色強めになってるよねーというのは周囲にいた他の生徒たちが一様に思っていることであったりする。

 

「えー、気を取り直して五人目です。今度は教師からの参加です。設備管理を主にされています、榊原 菜月先生! 希望者審査員の定員は二名でそれをやや上回る希望がありましたが、中でも彼女が特に熱心に希望を出していました。その熱意を汲んでの審査員参加となったわけですが、先生。何か一言どうぞ」

「……先日、お見合いに失敗しました」

 

 いきなりぶち込まれたヘビーな話題に一夏も「お、おぅ……」としか言えず、一気に周囲の空気が重くなり、辺りが沈黙に包まれる。

 

「それ以前から、お見合いも、合コンも、何度かやってきました。けど、結果は振るわないんです。また今度、別のお仕事をやっている友人が合コンを組んでくれたけど、正直今のままじゃ自信がありません……」

 

 ただただ沈黙。

 

「そう。だからこそ、この勝負を間近で見ることで得る必要があるんです」

「え、えーっと、何を?」

「よりレベルの高い料理のスキルを、次こそは確実にキめるための女子力が……! 『料理の凄くデキる女』という名誉が、私には必要なんです……!」

 

 榊原はグッと拳を握りしめながら切実なる思いを口にした。

 

「もうね、後が無いのッ……!!」

 

 

 周囲一帯、完全にお通夜モード突入である。場に居合わせた誰も、老若男女問わず榊原から目を逸らしながら気まずげな表情を浮かべる。一夏もコメントに困るように閉じた口元をモニョモニョと動かしながらこめかみをピクつかせているし、厨房で睨みあっていた弾と鈴も何とも言えない空気になっている。程なくしてそこかしこからひそひそと囁くような話し声が出て来るも、何とも言えない雰囲気が漂っている。

 

(榊原先生、また失敗してたんだ……)

(美人だし優しいし、普通に良い人だと思うけどねー)

(聞いた話じゃ仲良くなっても相手の男がいつも変なのばっかりだって)

(我が家の娘も、もうすぐあれくらいだからな。娘にはせめて良い相手を見つけられるように手を貸すべきか……)

(高圧的に威張り散らす女も増えてきてる時世だから良い女性だとは思うが、なんと哀れな……)

(ちくわ大明神)

(いや、まだ希望が潰えたと決まったわけではないでしょう)

(誰だ今の?)

 

「え、え~、榊原先生にはこれからきっと良縁があると信じて、それではいよいよ対戦者の二人には調理に入って貰いましょう!」

 

 もうホントどーすんだよこれマジで、などと思い切りぶん投げたい気分ではあるが、流れは進めなければならない。でないと話も進まない。

 

「ルールは簡単! 料理のお題は『中華』! これより両名にはそれぞれ中華料理を一品作って貰い、それをオレ含む五人が試食し、審査します! なお、他のオーディエンスの方々も食べられるくらいの量は作っておけと予め伝えてありますので、皆さんご安心を」

 

 そこで一夏は言葉を切り、弾と鈴に視線を向ける。二人とも準備が完全に整っていることを確認すると、それではと前置きをして一夏は宣言する。

 

「食戟、開始ィッ!!」

 

 銅鑼が勢いよく叩き鳴らされ、弾と鈴による中華一番対決は幕を開けた。

 

 

 

「……ねぇ、いつのまにその銅鑼あったの?」

「なんかいつの間にか用意してあった」

 

 

 

 

 弾と鈴、共に手早く材料を揃えると一気に調理に取り掛かる。どんなメニューを作るのか、予め用意されている材料を用いなければならないだけに自然と絞られているからというのもあるが、それでもその内容を見れば大抵の者は気付くだろう。

 

「鈴はまぁ予想通りだけど酢豚、弾は豆腐を用意したってことは麻婆豆腐だね。どっちも二人の得意な中華だ。大人はどう思います?」

「そりゃあ純粋に楽しみだよ。鈴はあれからどれだけ成長したかが楽しみだし、弾くんも料理人として期待できる逸材だったからね。どっちの料理も待ち遠しいなぁ」

 

 数馬が二人の作る料理を見抜き、燕青は素直にそれを心待ちにする。二人の調理を見ながら、ふむと一夏は顎に手を添える。

 

「弾の麻婆豆腐は、まぁ色々香辛料をぶっこむのは分かるけど、鈴はもしかしてさっき食べた酢豚とは味付けを変えてくるのか? なんか手順が明らかに増えてる気がするんだが……」

「多分だが、弾くんが作る麻婆豆腐に対抗してのことだろうね。どのようなアプローチかは食べてのお楽しみにするとして、確実に比較されるわけだからそこを踏まえた味付けにするんだろう」

 

 燕青の指摘に一夏もなぁるほどぉ……と感心するように頷く。ついでに別の方を目を向けてみれば――

 

「良い、スーザン。シミュレートよ、シミュレート。パパも言ってたわ、何かをするならまずはイメージを固めるのが大事だって。ここで今度こそ目立ってキャラを立てるのよ、そうすれば私だって、あわよくば準レギュラー入りも夢じゃないわ……! 最近出番の少ない山田先生あたりに成り代わって……」

「お料理スキル……お料理ナンバー1……ミス・合コン……この際専業主夫志望でも良いかしら、イケてる男をこの手に……」

 

 ――ブツクサ何か言っている方には目は向けていない。見てないったら見てない。

 

 

 そんな会話をしている内にも調理は進んでいく。酢豚も麻婆豆腐も元々店のメニューとして設定されているので、材料の下ごしらえなども殆ど済んでいる。仕上がりまでに時間はさほど掛からない。

 

「ヘイお待ちッ!」

 

 先に仕上げたのは弾だった。人数分の皿に出来上がった麻婆豆腐を盛り付けると手際よく給仕(サーブ)していく。審査担当の五人に配り終えると、今度は別の皿を用意してオーディエンスの希望者にも配り始めていく。

 

「え~、先に仕上がったのは五反田 弾。品は麻婆豆腐であり、もう見るからに辛そうなのは伝わってきます」

 

 一応は司会進行なのでそんな解説をするも、一夏の意識はすっかり目の前の料理に向かっている。熱心な辛党というわけではないのだが、やはり中華、というか四川料理は辛くてナンボというのが持論でもあるため、この見るからに辛そうな麻婆豆腐には期待せずにはいられない。見れば他の者も、それこそ審査員もオーディエンスも一様に何かを期待するような眼差しを麻婆豆腐へと向けている。

 

「では……」

『いただきます』

 

 そうしてレンゲで一掬い、熱々なのを僅かに吐息で冷まして口に入れる。

 

「ッッ!?」

 

 口に入れた瞬間、一夏の、否、食べた者たちの目が一様に見開かれる。

 

「フォオオオオオオオオ!!! キタキタキタァアアアアアア!!!」

 

 舌を突き刺し焼くような強烈な辛味、まさに四川料理の神髄ここに在りと言わんばかりだ。だが単に辛いだけではない。加えられたひき肉から出たもの、絶妙に織り込まれた調味料、材料のそれぞれから出た旨みが混然一体となって味覚への波状攻撃を仕掛けてくる。

 

「う~む、見事ッ! まさかこの年でこれほどまでに麻と辣を使いこなすとは……! 彼の料理を味わうのは久しぶりだが、想像を超える成長ぶりだ!」

 

 この場で確実に、最も中華に精通していると言っても過言では無い燕青の評価もひたすらに褒め称えるものだ。食堂のそこかしこからも、弾の麻婆豆腐を食べたオーディエンスの辛さへの悲鳴と続けざまに押し寄せてくる旨みへの感嘆が止むことは無い。

中にはこの辛さに耐え切る者もいるが、そうした者はやはり一心不乱にレンゲを動かし続けている。神父とおぼしきカソック姿の長身の男性や、おそらくは生徒の身内だろう学外から来たとおぼしき天使のごとき美少女の姿が特に印象的だ。

 

「止まらない、それなりに美味い物は食べ慣れてる僕でも手が止まらない!」

「クソゥ! この辛さが、旨みが、止まらねぇんだよ! どんどん押し寄せて来やがって、もっともっと欲しくなっちまう!」

 

 男三人の食べる手は止まらない。それどころか、食べるほどに体の内側から熱気が湧き出てくる。

 

(この熱さ、あぁ、失敗の許されない料理に挑む時のあの昂ぶりと同じだ!)

(そう、少しだって油断の許されない戦いと同じ! あの言いようのない込み上げてくるものと一緒!)

(あぁ、常にクールであれが信条の僕ですら、この熱さは抑えきれない! 恥も外聞もかなぐり捨てて雄叫びを上げたくなる!)

 

 そう、これぞまさにこう形容すべきだ。

 

『燃えよドラ○ン!!』<ホゥワッチャー!!

 

 気が付けば一夏、数馬、燕青の三人は着ていた服を脱ぎ捨て、上半身を外気に晒しながら拳法家のごときポーズを構えていた。

 

「な、審査員の男三人が纏めてはだけた!?」

「いや、この味の衝撃はそれだけの威力があるわ……!」

「部屋で一人でこれを食べたら、ぶっちゃけ私だって脱ぎたくなるわよ、汗凄いもん」

「ていうか、織斑君やっぱイイ体してるわね……」<ジュルリ

 

 そして反応はこれだけに留まらない。

 

(なにこれ、止まらない! 止まらないのぉ!)

 

 あまりの辛さに目の端に僅かな涙を浮かべながらも、スーザンはただ無我夢中でレンゲを動かしていた。

あれほど衆目を一身に集めるリアクションをしようと決めていたのに、そんな決意は一口食べた瞬間から思考からすっかり吹き飛ばされていた。今の彼女は心も体も襲い掛かる辛さと旨みに翻弄されるだけだ。

 

(あぁ、ダメ、止まらない! 私が全部さらけ出されそうになっちゃう!)

 

 怒涛の如き辛さは止むことのない銃声となってスーザンの脳裏をかき乱す。辛さによる刺激の一回一回、銃声が鳴る一回一回にスーザンの装いは弾け飛び、その奥に秘められるありのままの彼女が曝け出される。

このままではマズイとスーザン自身も分かっている。ただ自分が乱されるだけではない、明らかに辛さによる衝撃が蓄積されている。そしてその蓄積も無限の容量を持つわけでは無い。遠からず限界を迎え、その瞬間に特大の一撃が彼女を見舞うだろう。分かっている、分かっているのだ。だがそれでもやめられない、止まらない。

 

「くぅううううううう!!!」

 

 気が付けば最後の一口を残すばかりだ。もはや何も考えられないままに彼女は麻婆豆腐を乗せたレンゲを口元に運んでいる。今や彼女を守るものは何もない。それらはすべてはじけ飛んでいる。理性は痺れつくし、ただむき出しの本能という裸身を残すのみだ。

 

 そうして最後の一口を頬張り――

 

(もう、ダメェエエエエエエエエエエエエエ!!)

 

 特大の一撃を心臓に撃ちこまれた。イメージの向こう側でHAHAHA! と得意げな笑みを浮かべているテキサスガンマンの白い歯がキラメていてる。

 

 全てが終わり、徐々に辛さも引いてくる。だがスーザンはグッタリと背もたれに身を預けるとただ茫然と天を仰ぎみる。

きっちりと食レポをするつもりだった。どれだけ美味しくても負けないつもりだった。けど、辛さには勝てなかったよ……

 彼女に残るのは際限なく引き出された熱による高揚感のみだった。

 

 一方もう一人はと言えば――

 

(あぁ、ダメ、ダメ、そんなに激しくしちゃイヤーーー!!)

 

 榊原菜月、御年26歳。彼女も彼女で当初の思惑など彼方の果てだ。

先のスーザン同様に彼女もまた辛さと旨みの怒涛の連撃に心身を翻弄されていた。一口食べるごとに繰り返される、強烈な辛さが今まで出会って来た男との無念の結果に終わった思い出と、こうしておけば良かったという後悔を思い返させる。そして続く旨みがあの時にこうすれば良かったなどというタラレバによる甘美な妄想を膨らませる。

だがイメージはそれで留まらなかった。最初こそ交互に連続攻撃をしかけてきた辛さと旨みだが、やがてそれらは一体となって彼女の内側を蹂躙していく。それと同時に脳裏も痺れ、浮かぶイメージは理性が麻痺しきったものとなる。

 

(あぁ、そんなに激しく迫ってくるなんて……! 私、次からはこんな風に攻めてくる彼氏を求めるわ!)

 

 彼女の脳裏では今まで出会って来た、そして未だ出会ったことも無い顔も名前も知らない、無数のイケてる男たちから怒涛のもうアプローチを受けていた。肉食獣のような豪快さなのに、時に絹織物を扱うような繊細さが紛れ込む。緩急をつけた怒涛の連打に彼女の思考回路はショート寸前どころか基盤ごと吹き飛んでいる。ハートも恋の万華鏡だ。

オラオラオラオラとスタンド攻撃のようなイケメンからの猛アプローチ、というイメージの味覚への殴打に、気が付けば完食していた榊原はスーザン同様グッタリと椅子に身を預けた。

 

 滝のように汗を流し、頬を上気させ恍惚の表情を浮かべるうら若き少女と妙齢の美女、それが並んでいるともなれば何とも見応えのある絵面だろう。だが驚愕すべきは、それをたった一皿の料理が齎したということか。

 

「ハァハァ……」

「ハーハー……」

「ハッハッ……」

 

 別に舞台が急に吸血鬼の跋扈する戦闘準備がとりあえず丸太な島に移り変わったわけではない。ただ、誰もが受けた衝撃に言葉を発せずにいるだけだ。

 

「見事だったッ……!」

 

 ようやく紡がれた燕青の一言、それが食した者の総意を物語っていた。

だがそれほどの賞賛を受けてなお、弾は引き締めた表情を微塵も緩めない。未だ勝負はついていないのだ。一息つくとしたら、それは勝敗が決してからだ。

 

 

「みんな、随分とやられたみたいね」

 

 何時の間にか調理を終え、出来上がった酢豚を盛り付けた鈴が静かに言った。

 

「ま、弾の性格とか料理の得手とか、そういうのを考えりゃ多分そういう方向で来るなーとは思ったけど、正直予想以上だったわ」

「じゃーどうするよ、棄権でもするか?」

「はっ、冗談。するわけないし、アンタだってそんなの認めやしないでしょうが。きっちり勝負するわよ。――見てなさい」

 

 弾の横を通りぬけて鈴は出来上がった酢豚を一夏たちの前に置く。

 

「さぁ、あたしの特製酢豚よ。じっくり味わって頂戴」

 

 そう言うと、先ほどの弾もそうしたように他のオーディエンスたちにも酢豚を配り始める。

 

「う~ん、この仄かに香るお酢の匂い。まさしく酢豚って気になるな」

「まぁ鈴の得意料理が酢豚で、それが美味いのは重々承知しているけどね。さて、どれほどか……」

「では見せて貰うよ、鈴。お前の成長の成果を」

 

 そうして一同は酢豚に手を伸ばし始める。だがその雰囲気は先ほどの麻婆豆腐と異なりやや落ち着いたもの、ともすれば大人しすぎるくらいだ。

 

(そう、俺の麻婆豆腐の辛さはその場限りじゃねぇ)

 

 決して後に残り続けてキツイというものではない。だが一口頬張る度に舌を貫いていったあの衝撃は、料理としての強烈な印象を食べた者に与える。そして再び欲するのだ、その辛さと旨みの激流に翻弄されることを。

生半可な料理ではこの衝撃を打ち消すことはできない。例え客観評価で美味いと言えるものでも、美味いだけだ。食べた者の心を揺さぶることは叶わない。無論、鈴の料理がその程度のものだとは弾も思ってはいない。そういった点では彼も鈴をきっちりと評価している。だが同時に、自身の実力への自負ゆえに早々打ち破られることもないと思っている。さて、どう展開が転ぶか。弾はじっと事の推移を見守る。その目は瞳を鋭く光らせており、時に一夏が浮かべるソレと同等のものとなっていた。

 

『いただきます』

 

 最初の一口を頬張ったのは五人ともほぼ同時。そして口に入れた瞬間に五人の動きが一度止まった。

 

『……』

 

 僅かに沈黙が走ったものの、すぐに食べる手を動かし始める。当然、先ほどの麻婆豆腐のような辛さによる悲鳴やら歓喜やらは無いが、それでも一心不乱に食べ続けるのは変わらない。

 

「いったい、なんだこれは……」

 

 最初に感想らしき言葉を発したのは数馬だ。だが、彼も未だに言葉を選びあぐねている様子が伺える。

 

「美味い、間違いなく美味い。けど、それだけじゃない。なんだ? 舌から全身に染み渡る感じだ。いや、けど弱くは無い。むしろ力強く包み込んできてる……!」

「肉、野菜、タレ、バランスが悔しいくらいに完璧じゃねぇか。感じる、感じるぞ。自然の恵みがそのまま塊になって押し込んできやがる……!」

「これは、俺が教えたことだけじゃないな、鈴音。そうか、母さんの教えも取り込んでるな。懐かしい感じがするよ」

「そっかー、これって凰さんがお父さんから教わった味付けなんだー。あぁ~落ち着くなぁ。なんか故郷(アメリカ)のダディが作ってくれる料理思い出しちゃった」

「思えば私、しばらく実家に帰っていなかったわね。お見合いだの結婚だの言われるのは困るけど、たまには帰って孝行しようかしら……」

 

 大地の恵みを余さず受けた材料たち、それを活かしきった酢豚の味はまさしく大地の祝福のごとき暖かさと抱擁感を食べた者に与えていた。先の麻婆豆腐の辛さ、その激烈な攻めによる力ずくの屈服とは違う、自分から五体を委ね寝そべりたくなるような充実感だ。

 

「豚肉から染み出る旨みと歯ごたえのある野菜の食感、そして材料の甘味とタレの酸味と塩気が一体となって織りなすンンハァアアアアモニィイイイイ!! 食材の一つ一つが楽器となって演奏するゥゥォオォオオゥケストゥラッ!! この華やかさはまさに第九、歓喜の歌ッッ! トレッッ、ビアァアアアアアン!!」

 

 何やら感極まったのか、ホモだのホストに貢ぐ金持ち女だのと言われる財閥御曹司の変態みたいなオーバーな表現をする数馬。その隣に座る燕青は対照的に落ち着き払った様子で、しかし一口一口を余すこと無く味わうかのようにじっくりと食べ進めている。

 

(もうキャラ立てとかそんなのどうでも良いわ。ずっとこの暖かさに浸っていたい……)

(オラオラ系な彼氏も良いけど、疲れてる時にそっと抱きしめてくれるような癒し系彼氏も良いわね……)

 

 女二人も、恥も外聞も放り投げた赤裸々な本音が胸の内から溢れ出る。せめてもの救いはそれを直接声に出していないことか。そして――

 

(あ~落ち着く。心がフワフワするんじゃ~)

 

 一夏、彼もまたこの多幸感に身を浸らせていた。大地の恵みという雄大さと温かさに包まれながらも天を昇るような心地だ。やがてその意識は遥かなる天上へと達する。そこは宇宙、宇宙飛行士じゃないけどオゾンより上でも問題ない。但し書きを添えるとしたら、別に体が金色に光っても居ないし、バイクに乗っても居ない。やがて、眼下の蒼き星の影より別の新たな影が現れる。

 

(鈴……)

 

 見慣れた少女の顔だ。だが、その表情にはいつもの勝気な様子は無く、全てを受け入れるような母のごとき慈愛が浮かんでいる。そう、それは鈴の酢豚の味そのものだ。あの味は食べた者に須らく与えられる。そして誰もが、その味による抱擁を受けることを許されるのだ。

みんなこの酢豚を食べて幸せになって。あたしが全てを抱きしめるから。そう伝えてくるような味には、鈴が女性だからこそ与えられるものがある。それは母性、人として生を受けた誰もが一度は感じる抱擁のぬくもりだ。

 

(あぁ、こいつは良い……)

 

 事実だからハッキリ言うが、鈴の体躯は少女として見てもやや細身であるし、ぶっちゃけ女性らしさという点ではやや低い点数の方だ。だがそれでも母性を与えることはできるのだと実感する。この抱擁が何よりの証、そりゃあカリスマギャルだってみりあちゃん可愛いよフヒヒとなるわけだ。

 

「そうか、鈴がオレのマ――」

「はい、いっぴーストップ。それ以上は言うとマズい」

 

 思わず言いかけた言葉を一足先に落ち着きを取り戻した数馬の手で遮られる。そこでようやく一夏も我に返ると、辺りを二度三度見回し、軽く咳払い。何でも無いよーと誤魔化す。

 

「えー、それでは、試食も一通り終わったようなので、早速審査に移りたいと思います」

 

 なにも先ほどの言葉を更に誤魔化そうというつもりではないのだが、話は進めなければならないので一夏は改めて流れを薦めようとする。

決着のつけ方は簡単。審査員五人がどちらかに票を投じる、それだけだ。そして三人以上の票を得た者の勝利となる。実にシンプルな話だ。

 

「ではまず――あ、女性審査員二人が挙手をしているので、まずは二人に言ってもらいましょう」

 

 先に手を挙げていたスーザン、そして榊原の順番でそれぞれの支持者を表明する。

 

「じゃあまずは私、スーザン・グレーからね。正直かなり悩んだけど、決めました。私は凰さんに一票!」

「私、榊原菜月も凰さんに一票を入れます!」

 

 早速投じられた二票だが、弾も鈴も表情を揺らがせない。まだ勝負が決まってはいない以上当然だ。一方、いきなりの二連続票にギャラリーからどよめきが上がる。これで鈴が早くもリーチをかけたのだ。自然、注目は三人目へと移る。

 

「では続きまして――凰 燕青さん!」

 

 一夏に促されて遠征も力強く頷く。

 

「まず最初に、鈴音。見事な酢豚だった。お前の成長を強く感じた一皿だったよ。あれだけの品を作れるということ、父親としても料理人としてもお前を誇りに思う。――だが、許せ。俺は、弾くんに一票を入れる!」

 

 予想外の展開におぉ! とどよめきが挙がる。

 

「どちらの品も見事だった! はっきり言って甲乙つけがたい! だが、よりその料理の神髄、本質を突き詰めたということ、そしてあの豪快さと荒々しさの中にもしっかりと存在する品位、そこを評価した!」

 

 その品評に鈴はただ小さく息を吐き、弾は黙って頭を軽く下げる。

 

「じゃあ次、数馬ぁ!」

「……正直、僕もかなり悩んだ。あぁ、僕の信条にはややそぐわないけど、できれば引き分けにしてやりたいさ。だが、それでも、敢えて言うならば……弾、君だ。すまない、鈴。だが、やはり僕の心はあの衝撃から抜け出せきれなかったようだ」

 

 これで票は二対二、最後の一票を持つ一夏に勝敗は委ねられる。そして一夏は、黙り込んだまま目の前にある空の二皿を見ていた。

 

「まぁ、だいたい言いたいことは言われちまったけどさ。オレも、まじで白黒決めるのは悩んだわ。数馬と同じだよ、どっちもアリにしてやりたい。あぁ、けど、そうだな。決め手になったのは、どっちに心を奪われたか、だ。それ以外は全て同格って言っても良いからな。その上でだ。……許せ、弾! オレは鈴に一票!」

 

 この瞬間に勝敗は決した。勝者は鈴、勝った彼女は安堵したように息を大きく吐くも、勝利に浮かれる様子は微塵も見せない。事実、どう転んでもおかしくない接戦だったのだ。まだ、未熟な点は数多くある。

そして惜敗を喫した弾も、一つ息を吐くと上を仰ぐ。そして勝った鈴の背中を、喝入れのためか、次は負けないという意思の表れか、あるいはそれをひっくるめた上で諸々の想いを乗せてか、背中を軽くパンと叩くと厨房を出る。そうして一夏たちの前に立って、ようやく固く引き締めていた表情を緩めた。

 

「ったく、参ったぜ。まさかこうなるなんてな」

「悪いな。ただ、次はどうなるか分からないぜ」

「そうそう、多分洋食あたりで勝負したら確実に弾が勝ってたと思うしさ」

 

 三人は互いに互いを小突き合いながらそんなことを言い合う。そして勝者として級友たちから、勝負を見守っていたオーディエンスたちから賛辞を受けている鈴の姿を見て、再び三人顔を見合わせると自然と笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

 

 おまけ

 

 

「ん~、やっぱりキャラの売り方が弱かったかな?」

「お前、まだそんなこと言ってんのかよ……」

 

 相変わらず妙な事をのたまっているスーザンに一夏も苦笑いを隠せない。

 

「いやだって、本当に久しぶりなんだもん。三年ぶりだよ、三年ぶり」

「あのな、だからそういうことはできれば言うのを控えて欲しいとな……」

「良いじゃん、どうせおまけパートなんだし。何言ってもアリアリよ」

「いやホント勘弁してください」

「だいたい三年とか長過ぎでしょ。運動ならなんでもおまかせ隊だって二年ごとにキッチリ出てるじゃない」

「でんぢ○すじーさんとかクッソ懐かしいなオイ。ちゅーかよく知ってるな。あとな、あいつら五回目以降から遂に出なくなったからな。重ねて言えば、四年に一回しか登場しない警察官だっている。三年くらいならまだ大丈夫だ」

「でもあの人は時々早めに起きて出たりするでしょ。そのたびに大騒ぎだけど」

「お前本当にアメリカ人かよ?」

「こうなったらIS操縦でキャラ立てるしか無いかな。ほら、私ガンマンだし、女の子だけど。それでバシバシ撃ちまくる感じで」

「悪いがそのポジションには既にシャルロットがおるんやで」

「チクショーフランスー! このフ(自主規制)」

「どうどう、落ち着け落ち着け」

「じゃあしょうがないから、シリムラ君の名前弄りネタの方面で……」

「やめてくださいお願いします。というかそれじゃあまるでオレが尻好きの変態みたいじゃないか」

「違うの?」

「……黙秘権を行使する」

 

 

 おわりおわりおわりおわりおわりおわりおわりおしりおわりおわりおわり

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん!」

 

 周りを取り囲んでいた喧騒が一段落したところで鈴は燕青の下に駆け寄る。

 

「おう、鈴音。や、さっきは悪かったなぁ、お前に投票してやれなくて。ただ、本当に良い料理だったのは確かだぞ」

「分かってるわよ、そのくらい。それに、そういうお父さんだから安心して評価を頼めるんだから。えへへ、もっと凄いの作れるようになるからね!」

「あぁ、楽しみにしてるさ」

 

 そう言って燕青はポンと手のひらを鈴の頭に乗せ優しく撫でる。久しく感じていなかった感触、父の手のひらの大きさとその暖かさを感じて鈴はくすぐったそうにしながらも笑みをこぼす。

 

「ねぇ、お父さん。仕事は、やっぱり忙しいの?」

「そうだな。あぁ、忙しいな。だが、責任のある大役だし、それを務めさせて貰っているというのは名誉にも思っているな」

「そっか……。あのね、もしお休みとか取れたらお母さんのところに会いに行って欲しいの。お母さんも、やっぱりお父さんのことは気にしてたし、向こうの実家の人もお父さんとお母さんに苦労をかけてるって言ってたから」

 

 改めて説明するが、鈴の両親の離婚は夫婦仲の破綻ではなく、夫婦それぞれに大きな事情が同時に舞い込み、それに対応するためにやむなくという形による結果だ。事さえ落ち着けば機を見て復縁というのも十分にあるというのは凰一家共通の認識だが、それでもやはり直に顔を合わせるというのは特別な意味合いを持つ。

 

「そうだな。あぁ、そうできるように頑張ろう。それに、そうだな。母さんの方にも伝えてくれ。何だったら日本に旅行に来てくれって。そうしたらウチのホテルに泊まれば良い。ちょっと値は張るが、頑張ってサービスをしてもらえるように取り計らうからって」

「うん、言っておく」

 

 そこで鈴は腕時計を見てやや顔を顰める。そろそろ仕事に戻らねばならない時間だ。

 

「お父さん、まだ学園祭は見て回るんでしょ?」

「おう、そのつもりだよ」

「じゃあさ、あたしの方も落ち着いたら一緒に回りましょ? あとね、もう一つ私が参加するやつがあるから、それも見て欲しいの」

「そりゃ楽しみだな。よし、そうしよう」

「うん! じゃ、あたしも行って来るね!」

 

 そう言うと鈴は再び厨房の方へと向かって行く。その足取りは軽く、顔には満面の笑みが浮かんでいる。この分ならこの後も良い気分で仕事ができそうだと思いながら、鈴は改めて料理に集中しようと気合いを入れるのであった。

 

 

 

 

 




11/15
 ある意味じゃ必然とはいえ、大人を出すとなると基本オリキャラになりますね。
今回、一組に来たオッサンはまぁ多分確実にお察し頂けるかと思います。
この方、何気に作者の妄想内にある本作の未来世界じゃかなりの重要人物になってたりします。公的立場でも一夏にとっても。未だ妄想止まりですが。

 次回は、夏休み編の時にそれっぽいネタタイトルだけを書いて結局タイトルだけで終わった、っぽいものをやってみようと思います。ネタとはいえ、簡単にポイしちゃだめですね。これこそノーポイッですよ。
あぁ~^^心がポイポイするんじゃ~^^
またオリおっさんが出ますよ。あるキャラにとっての非常に重要な関係者ですが。

11/28
 今回のオリおっさん、鈴ちゃんのお父さんでした。
鈴ちゃんの家庭事情も原作とはやや異なりますが、その辺は作中でも度々明記しておりますのでご参照ください。
 というわけでやっちゃいました、食戟のダン。負けたけど、弾。
まぁ細かいところは気にしないでください。ノリと勢いだけでしか作られていませんので、今回の話は。あとは、超久しぶりに出した三組代表スーザン。正直作者自身キャラをよく覚えていなかったり……。なのでネタ担当にしました。一夏と会話させるとあら不思議、ボケ倒し空間に早変わりです。

 ちなみに鈴ちゃんパパ、名前には一応元ネタがあります。分かるかな……?
名前は結構悩みましたよ。最初は「ジンロン」と読む漢字にでもしようかと思いましたが、見つからず断念。まぁとても平和的とは言えない名前なのでむしろボツにして正解だったかもしれませんが。
 あと気になる点と言えば、ちゃんと食べた反応がそれっぽくなっているかなということです。この反応の部分ですとか、榊原先生の嘆きとか、色々ネタをぶち込んでいるので分かった方は是非感想まで!

 さて、次回はゆる~くダベる短い一幕を軽くやろうかと。そしていよいよ文化祭編の一つの目玉であるアレに突入するかと思います。そして……奴らの登場です。

 ではまた次回更新の折に。
感想ご意見、随時大募集! ドシドシカモン! マジで……


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第六十四話:のんべんだらりトーキングタイム

 なんやかんやで前回更新から一カ月近く。
何がこんなにも手間をかけさせたのでしょうか。
艦これのイベント? デレステのイベント? 研究? レンタルしたCWの消化? モチベの上がらなさ? 多分全部。

 続きをお待ち頂いた方々、大変お待たせ致しました。
正直、結構一杯一杯な状態で書いたものですから普段以上に拙い仕上がりかもしれませんが、何とか更新させて頂きました。

 今回は学園祭編のメインイベント前のちょっとした一幕です。


 ズビビビビ――ゴクッ

 

「むっはー。あぁ、やっとこさクラスの方も終わったわ……」

 

 鈴と弾の料理勝負があったり、またクラスの方に戻って接客をやったり、そうこうするうちに再度一夏には自由時間ができていた。とはいえそれもさほどに長いものではないが。ただそれまでの間をどうしようかと考え、他にすることも無かったためにフリースペースとして開放されている屋上に弾と数馬を合わせた三人でやってきて、こうして茶を啜っていたのだ。

 

「随分と盛況していたらしいじゃないか。ちらほらと噂は聞こえていたよ? 君が接客をしているというね」

「はっ、要は珍し物見たさが殆どだろうさ。まぁ教室の外のあたりから除いているやつもいたのは分かったけど、入学したばっかの頃を思い出すな」

「あぁ、確かにそういうこともあったな。今となってはそれも一つ、思い出と言えるかもしれんが」

 

 この場に居るのは野郎三人だけではない。他の級友に先んじてお役御免となった者は他にもおり、その一人である箒も折角だからと同席をしていた。

 

「ふむ、篠ノ之さん。君にもそういうことが?」

「まぁ似たようなものだな。私の場合はこの姓に起因するわけだが、それもすぐに治まった。はずなんだが、最近また少し増えた自覚はあるな」

「それは、君がお姉さんから受け取ったとかいうISでかな?」

「ほぅ、耳聡いな。いや、人の口に戸は立てられぬと言うが、学外にも広まっているか」

「昨今の場合は人の口というよりもインターネット回線に、と言った方が良いかもしれないがね。どうも君はそういうことにはあまり興味は無さそうだが、一度調べてみると良い。ISの業界絡みのネット掲示板にはその話題も既に幾つとて出ているし、君が言う耳の聡い業界関係者なら知らない者はいないだろうさ」

 

 ただし、と数馬は付け加えるように人差し指を立てながら言う。

 

「インターネット、それも掲示板となると基本は匿名、専門的な手順を踏まねば誰が何を書いたか分からぬ世界だ。よほど作りや管理のしっかりした場所を除いてね。そして匿名故にそこには一切の躊躇なく、むき出しの悪意諸々の類が放り込まれる。そういう醜い言葉を見る機会も腐るほどあるとは、念頭に置いておくと良い。特に君は、そういうのは好まなそうだからね」

「忠告、胸に留めおこう。なに、不幸自慢と言うわけでは無いがその手の言葉には多少なりとも慣れているつもりだ。真に受けすぎないくらいはできるさ」

「なるほど。一夏が評価するだけのことはある」

 

 どういうことだと箒は一夏に視線を向けるも、一夏は黙って茶を啜るばかり。ちなみにその横では弾がまるで別の方を向きながら無言で紙にペンを走らせ続けている。やはり鈴との料理勝負で負けたことは本人的にも結構キてるらしく、早速レシピの改良に取りかかっているらしい。

 

「君や簪さん、それに他の――代表候補生かな? 一夏とはよくメッセージのやり取りをするが、君含め彼女らのことはよく評価するようなことは言っているよ」

 

 代わりに答えたのは数馬だ。

 

「まぁ評価の内容はそれぞれ異なるが、ここ最近では君の相手が特に楽しいとは言っていたねぇ」

 

 容赦なく私的な会話の中身をバラしていくスタイルの数馬に一夏は渋そうな顔をするが、実際言う通りであるため何も言うことができない。それに、別に悪口を言っているわけではないのだ。何も問題は無い。

 

「ほぅ、私との仕合が楽しいと。一夏、それは気になるぞ?」

 

 ほれほれ言ってみろとズイと顔を近づけてくる箒に、一夏も仕方ないと言うように軽く肩を落とし啜っていた茶を脇に置く。

 

「まぁストレートに言わせて貰うなら、今のところはオレの完勝が殆どだから、もっとオレを追い詰めるくらいになってくれとは思っているけどな。ただ、いつのも連中の中じゃやっぱお前だけなんだよ。一番真っ当な斬り合いができるのは」

「それは、意外だな」

 

 もう少し強くなれ、というのは箒も自身の未熟と自覚しているから特に何も言わない。ただその後は少々気になる。

 

「私とて伊達に剣の道に身を置いてきたわけではないから多少はできると思ってはいるが、クロスレンジだけで見ても相応の使い手は他にもいるだろう。凰やデュノアだって良い使い手だし、ボーデヴィッヒなどかなりのものだぞ。まぁそれでもお前の間合いでお前がやられたことは無いわけだが」

「う~ん、そうなぁ。いや、確かにそうだよ。実際、あいつらも良い腕はしている。そこは間違いないし、あいつらとやり合うのだって良いもんだとは思ってる。けど、あいつらにとっちゃそれはあくまで数ある手段の一つでしかないんだよな。あくまで勝負を有利に運ぶための道具(ツール)の一つ。

別にそれが悪いとは言わないさ。あいつらはそう認識した上で自分にとって必要と定めたレベルまで、納得できるくらいに習熟している。けど、やっぱ意識の差はでちまう。箒、オレとお前だけだろう? 本業が剣士であること、武術家であるってのは。だからこそだよ」

 

 互いに本領は剣士であり、生粋の剣士同士のぶつかり合いだからこそ感じるものもある。それを指して一夏は面白いと言っており、そういうことかと箒は納得するように頷いていた。

 

「なるほど、心得た。では私もお前のその評価に恥じぬようお前に追いつく、いや、追い越せるよう精進に励むとしようか」

「あぁ、是非その気概で頑張ってくれ。だが、負けるつもりは毛頭ないけどな」

 

 互いに挑戦的な笑みを浮かべながら視線を交差させた二人の間に視線の火花が散る。だがそれも一瞬のこと、すぐに破顔し合い呵々と笑う。

 

「そういや気になってたんだけどよ――」

 

 どうやらレシピの思案が一段落したらしい弾が会話に混ざる。

 

「なんかさっき鈴からメールが来たんだけど、鈴もクラスの方から抜けたって。あいつもだし、一夏に篠ノ之さんも、クラスのメインだろ? 同じタイミングに一度に抜けるって何かあるのか?」

 

 その問いに一夏と箒は顔を見合わせる。しばしアイコンタクト、一夏がやれ、オレ? お前がいう方が良かろう、そんなやり取りを数秒で終えて一夏の方が答える。

 

「ま、ちょっとな。なに、いずれ分かるさ。いずれな……」

 

 フッフッフと悪役じみた含み笑いと混ぜながら説明になっていない説明をする一夏になんのこっちゃと弾もあきれ顔を隠せないが、一夏も後でちゃんと教えるからということでその場はそれで流すことにする。その横で数馬が無言のまま学園祭のパンフレットを眺めているがそれが意味するところに気付く者は居なかった。

 

「そういえば箒、他のみんなはどうした? オレは一足先に抜けさせて貰ったけどさ、あいつらもだろ?」

「オルコットたちだろう? 私と一緒に抜けたさ。何でも、各々故郷の知人を呼んだらしいからな。その方々と会うなり自分で他の出し物を見て回るなりしているだろう。――っと、噂をすればか。デュノアからメールだ」

 

 ほら、と箒はシャルロットから送られてきたメールを見せてくる。内容はごくシンプルに今どこにいるかというもの。屋上に一夏や一夏の友人と居ると返して箒は数馬と弾を見る。

 

「すまん、二人は知らないか。デュノアというのは――」

「シャルロット・デュノア。一夏や篠ノ之さんと同じ一組所属、フランスの代表候補生。合っているかな?」

 

 箒が言うよりも先に言ってのけた数馬に箒もほぅ、と感心するような息を漏らす。

 

「お前のことはとにかく頭が良いと聞いてはいたが、事情通でもあるのか?」

「人並み以上にはアンテナを張っているという自負はあるかな。パーソナルデータの把握は特技の一つでね。この学園の生徒情報はある程度開示がされているだろう? 少なくとも一夏に近しい人、中でもそれなりに重要な立場の人間なら公にされている分には覚えているよ」

「ということは――」

「件のデュノア嬢だけではないとも。英国代表候補セシリア・オルコット、ドイツ代表候補ラウラ・ボーデヴィッヒ。この二名のことも無論。これも一つ忠告というかアドバイスというか、代表候補クラスともなれば少なくともその国の業界じゃそれなりに名が知れる。人の口に戸は立てられないからねぇ。調べれば、分かることもあるさ」

「なるほど。ではネットの界隈に潜れば私や一夏のことも、余人が知る分には赤裸々にされているというわけか」

「ご明察。君には不本意かもしれないが」

 

 それは事実だが、もはや今更なことと柳眉を立てる気にもならない。何気にこのあたり、自分でもそこそこ寛容にはなってきているのではとは、箒も思っていることだったりする。

ちなみに誰が誰なのか弾にはさっぱりなので、改めて数馬が説明をしていたりする。件の三人、元より衆目を引き易い容姿であるため、最初に一夏に会いに一組を訪れた時に視界に入ったのを弾も覚えており、思いのほか説明は早く終わった。

 

(ま、確かに考えてみりゃあいつら見た目が目立つもんな~)

 

 再び茶を啜りながら一夏はそんなことを思う。ラウラのあの一際小柄な体躯と銀髪眼帯の組み合わせは否が応でも目立つ。シャルロットにしても個性的に過ぎる特徴があるわけでは無いが客観的に見ても普通に可愛い。セシリアは、あの金髪縦ロールとか本人の前じゃ絶対に言わないがマジで実在するのかという話だ。ベ○バラじゃあるまいし。まぁ昨今の流行りでは姫騎士でくっ殺だろうが、生憎彼女はガンナーだ。気質的には合っていると思わないでもないのだが。

 

「それで箒、メールは何だって?」

「ん? あぁ、お前は知っているだろう? この後のスケジュールを。どうせ行くなら全員纏まった方が良いと、それでここに留まるなら呼びに来るとさ」

「ふ~ん、良いのか? 他のところを見て回ったりしなくて」

「ここに来る前に幾らかは見たし、もうさほど時間があるわけでも無かろう。良い機会だ、デュノアたちが来た時に二人のことを紹介しようと思ってな。どちらも私や一夏の友だというのに、面識も何もないというもの味気ないだろう」

 

 きっと良き友になれるはずだと言う箒の言葉には微塵の不安も感じられない。弾や数馬、そしてシャルロット、セシリア、ラウラ。それぞれが一夏と箒の友人であり、各々が互いに良き友と思い合っている。こと箒と弾、数馬に至っては未だ面識を持って日が浅いにも関わらず、箒は彼らもまた良い友人と本気で思っているのだ。そう言われて別に悪い気はしない二人だが、まさかここまできっぱり言い切られるほどだとは思ってもおらず、感心したと言うように目をパチクリとさせていた。

 

「いや、篠ノ之さん。その身に余る評価は痛み入るがね。僕も弾も、まさかそこまで評価されているとは思いもしなかったよ」

「そうか? いや、それが謙遜ならば無用だ。確かに私たちは見知ってから日が浅いが、一夏が無二の親友と評しているのだ。ならばそれだけで十分だろう。それに私自身、二人のことは凄いと思っている。色々とだがな」

「別にそこまで言われるほどのモンじゃあないぜ、篠ノ之さん。俺のなんか、中学入って何となく一夏や数馬とツルんだらそのままここまで来ちまったようなもんだし。それに知らないかもしれないけど、まぁこの二人ときたら時々妙な面倒事を何時の間にか抱え込んでるからな。こっちに飛び火しないように配慮してくれてんのはありがたいけど、もちっと見てるこっちの身にもなれって話だ」

「良いじゃないか弾。僕も一夏も、君のことを重んじているのは事実なのだから」

「それにしてもだろうが。特に数馬、お前なんかマジでヤバいことに首突っ込みそうだからこっちは気じゃないんだよ」

「それは肝に銘じるつもりだが、それでも面白そうなことは覗きたくなるのが僕の性質でねぇ。そこは、まぁ、お祈りということで」

 

 まるで悪びれる様子の無い数馬に弾も言う言葉が見つからないと深々とため息を吐き、一夏も一夏であまり人の事を言えない自覚があるからか、そっぽを向きながら茶を啜っている。そんなコントじみた三人のやり取りを見ながら、箒はクスリと笑った。

 

「あ、篠ノ之さ~ん。それに織斑君も」

 

 それから程なくして屋上にやってきたシャルロットが一夏と箒に声を掛けながら寄ってくる。後にはセシリアを始めとするいつものチーム専用機も続いている。

 

「ん? 来たか。用件は、アレか?」

「うん、そうだけど。織斑君に、そっちの二人は織斑君の友達だっけ? 教室の方にも来てたよね?」

「あぁ、御手洗数馬に五反田弾。二人とも一夏の知己だ。二人とも、こちらはシャルロット・デュノア。私や一夏と同じ一組の所属で、フランスの代表候補生だ」

 

 紹介をする箒にシャルロットは笑顔で弾と数馬を見ながらよろしくと挨拶をする。数馬はこちらこそと、弾は軽くウスと、各々挨拶を返す。後に続くセシリア、ラウラの紹介も同じように為される。

 

「二人ともゴメンね? できればゆっくりお話とかしたいんだけど、ちょっとこの後に予定が詰まってて。悪いけど篠ノ之さん、連れて行かなきゃなんだ」

「いや、気にしないでくれて良いよ。ふむ、音に聞こえしIS学園の専用機持ちが集ってか。何かあるとは見るが、楽しみにしているよ」

 

 ある程度の察しはついているらしい数馬の言葉にシャルロットは軽く微笑むと箒を加えたやってきた面子で校舎内へ戻っていく。ただ微妙に違いがあるとすれば、箒と入れ替わるように簪が残っていることだ。

 

「お前は良いのかよ」

「私はみんなとは別の仕事があるから。時間に余裕はある」

 

 問いただす一夏に何てこと無いと言うように答えながら、簪は先ほどまで箒が座っていた場所に座る。

 

「それで、数馬くんに五反田くん。どうだった? 他のみんなと顔合わせをした感想は」

 

 この場に特別な目的があるというわけではない。ただ集まって駄弁っているだけだ。故にいつどんな話題が出るかは唐突だが、口火を切ったのは簪だった。

 

「どうって言われてもなぁ。面白味もなんも無い感想だけど、可愛い子しかいねぇなって」

 

 そう答えたのは弾。その横で一夏がウンウンと頷く。実際間違ってはいない。実はIS学園の入学基準には容姿が隠し数値的な感じで含まれているのでは無いかと思うくらいには平均レベルがやたら高いのは一夏としても大いに同意するところである。

 

「弾の言うことも尤もだと思うがね、僕としてはまぁ随分と面白い娘が多いというのが第一印象だよ」

 

 そう答える数馬に一夏と弾は揃って嫌な予感がすると言いたげな顔をしながら数馬の方を見る。先ほどの箒の会話でも、その後のシャルロットらとの短いやり取りの間でも、明朗闊達な様子を微塵も崩さなかったが二人は数馬の本性というものを特に理解している。その彼が言う面白いという評価がロクなものではないというのはもはや論ずるに値しない。

 

「おいおい二人とも、そんな目で見るなよ。別にどうこうしようってわけじゃ無いんだ。そうする必要も、意味も、価値も無い。そも一夏、彼女らは君の友人なのだろう? 君自身、彼女たちのことはあくまで友情というレベルでだが好意的に思っている。君がそう思っている相手に対しどうこうと、そこまで僕は無粋じゃあ無いさ」

 

 だがその言葉は裏を返せば、一夏が間に立っていなければその限りでは無いということだ。そこを見抜けないほど、一夏も弾も抜けてはいない。ただ、相変わらずだなコイツと言うように揃ってため息を吐くだけだ。

そんなやり取りを簪はただ無言で見つめている。理解しているのかいないのか、あるいは理解した上で、更にはそのやり取りの奥にある数馬という人間も察した上で黙っているのか、表面からは察することができない。そこにはこの場でも特に彼女と付き合いの長い方だろう一夏も気付いていない。それもそうだ、何しろ彼女はあくまでいつも通りにしているだけなのだから。

 

「でだ、話を戻そうか? うん、面白いというか、個性というものが際立っていると思ったのは事実さ。鈴に関しては今更だから置いといて、例えば篠ノ之さん。まぁ言動からも分かるけど、いまどき珍しいくらいに実直なタイプだよ。まるで少年漫画の主人公を見ている気分だ。血縁故の苦労は察するところだけど、それゆえと言ったところかね」

「シャルロット・デュノア。多分、少しばかり僕に似ているところがあるよ。あぁ、確かに十人中十人が彼女を可愛いと評すだろうね。客観的意見としてそこは否定しないとも。加えて初対面の僕らに対しても気さくにコミュニケーションを図ってきたあの性格だ。容姿に加え人柄、非の打ちどころなどあるわけなし――ただしそれも表面での話だ。僕ほどではない、いやそもそも僕に及ぶ輩が早々居るわけもないのだが、彼女のアレは意図してやっているんだろうさ。有り体に言えば人の間での立ち回り、要領が良いんだよ。そうやって最終的には自分に得が来るようにする。そんなところかな」

「セシリア・オルコット。英国貴族のお嬢様、オルコットという家は向こうじゃ結構有名らしいね。ググれば普通に出てくる。で、肝心の彼女だが、貴族のお嬢様の手本ってやつがあるなら、それにドンピシャリじゃないかね。お家に絡む話の幾らかも聞き及んではいるが、なるほど踏み越えた場数に相応しい気概の持ち主ではあるようだ。一夏はよく彼女を優等生と評していたが、それが一番妥当だね。僕としても、仮に彼女が同級であるなら僕の邪魔にならない限りは一応は友好の体裁をとるのも吝かじゃあない」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。一言で言えば知識と経験ばかりが早熟な子供、かね。いや、見てくれに限った話じゃないさ。精神性、人間性と言うべきか。悪い意味じゃない、そのままの意味で未だ幼さが色濃く残っている。そのくせ自分の専門となると知識も経験もプロ顔負けだ。これも一夏曰くだけど、最近じゃあ彼女、マスコットみたいな感じで可愛がられているんだって? 多分、そういうギャップが元じゃないかね」

 

「……相変わらず、大したやつだよお前は」

 

 今日初めて会ったばかりの三人、その彼女らに対して実に的確な人物分析を下した数馬に一夏は一切茶化すことなく素直に賛辞の言葉を送る。弾も同じようなことを言いたげな視線を向けているし、簪もやや驚きを表情に表している。

 

「言ったろう? これでも人を見るのは得意なんだ。先の三人は、なまじ個性という点が強いために猶更さ。故に存外分かりやすい。何がその心の芯に、核になっているのか。どこをどう突けば、脆く崩れるのかもね」

 

 クックッと笑いをこぼしながら語る数馬の顔は先ほどまで箒やシャルロットたちと会話をしていた時とはまるで違う。一夏と弾しか知らない彼の本質が現れたものだ。今まで数馬がこの顔を見せたのは一夏や弾の前だけ、だが今この場にはもう一人いる。

 

「凄いんだね」

 

 簪はそんな数馬を見て発した言葉はそれだけだ。一夏や弾などもはや見慣れているから何も言わないが、元々整った顔立ちの数馬がする悪い笑みというのは見る者にゾッとする印象を与える。仮に衆目の前で彼が今のような顔をしていたら、見る者は不安を抱かずにはいられないだろう。だが簪は初めて見たはず、そう考え一夏は簪の方を見るが――

 

「別に何とも思わないけど。私も人を見る目は養っているつもりだけど、彼ほどじゃない。だから素直に凄いと思うし、数馬くんがどんな人かも何となく感じていた。それに、その顔は少し前に四組の展示の時に見た」

「あ、もう知ってたのな」

 

 そういうことなら納得だと一夏も頷く。ただ、数馬のアレを見て慣れているわけでも無いのに早々に受け入れているというか、何とも思わないというあたりはやはり簪も簪で変わり者だと思わないでも無い。もっとも、それを言い出したら一夏自身もそうだし、弾や数馬も、箒たちもそう言えてしまうわけだが。

 

「まぁ良いじゃないか。彼女たちは一夏にとっては良き友人なのだろう? であれば僕も、仮に彼女らと今後も縁があるなら同じように良き友人でありたいよ」

 

 

 

 

 

 

「そういやさ、オレがクラスで接客してる時なんだけど、まさかパーツの売り込みしてくる奴までいるとは思わなかったわ」

 

 別の話題が無いかというところで一夏がそう話し始める。

 

「それは、また大胆だね」

 

 真っ先に反応したのは簪だ。やはりと言うべきか、ISが絡むとなると彼女が話題をリードするのがこの場では適任だ。

 

「全くな。そりゃあ物が良いなら考えても良いけど、現状は倉持のやつで満足だし。本当、川崎さんとか頑張ってくれてる人たちには頭が上がらないや」

「あそこも結構こだわる所だから。組む相手としては良いところ。――名刺とか貰ったの?」

「ん? おぉ、貰ったぜ。まぁアレだ。結局は先生とか学園を通してくれって話になるんだけどな」

 

 ほれ、と一夏は渡された名刺を見せる。企業名と共に「巻紙 礼子」と書かれたソレを三人はふ~んと言う体で見て、それから再び一夏の懐に戻る。

 

「なんだい、学校の中どころか外の女性まで寄ってくるのかい。随分なモテようじゃないか、一夏」

「おうおう、羨ましい限りじゃねぇか。世の野郎が聞いたらさぞや嫉妬するだろうよ」

 

 茶化すように言って来る数馬と弾に一夏も苦笑を禁じ得ない。確かに、世の多くの同性からしてみれば今の自分は理想とも言える環境にいるのだろうということは一夏自身も分かってはいるが、別に世の中そこまで都合が良いわけじゃない。

 

「前から何度も言ってるけどさ、それなりに苦労もあるんだよ。プライベートの空間まで近い場所にいるんだから、色々気を使うことも多いしよ。いや、ほんとこれは大変なんだって。第一選り取り見取りとか、オレはどんだけ下衆なんだよ」

「そうかなぁ? 君はそれなりには女子の受けは悪くないほうだったと思うけど?」

「みんながみんなそうとは限らないだろ。まぁ、彼女とか、そういうのが良いなぁとは思うのは確かだけどさ。でも、そこまでがっつくほどでもないよ。今は、他にも色々やらなきゃならんからな」

 

 嘘は言っていない。幸いにも所属する一組の同級たちとは実に友好的な良い関係を築けているが、別のクラスや別の学年には一夏がISを動かし、今こうして学園に所属することを快く思わない者もいるという。ネットを探せば一夏に対してのアンチ的な意見もゴロゴロと出てくるわけで、誰もが一夏に好意的というわけではない。

更に彼女云々で言えば、一夏だって年頃の男子だ。そういう相手が欲しいと思うことだってあるし、同級生の少女たちは異性としても実に魅力的な娘が多いというのも否定しない。いずれは一夏だって誰かにそういう感情を抱き、関係を深められたらと思ってはいるが、今はそれよりも為さねばならないことがある。決して最優先にするようなことではないのだ。

 

「相変わらず妙なところで生真面目というか。まぁでもアレだよ、実際風変りな生活をしているのは確かなんだ。いっそのこと普段の生活をブログだとかで発信とかしたらどうだい? 絶対に受けると思うけどねぇ」

「でなきゃ本でも出すか? タイトルはそうだな、『オレがIS学園に男性サンプルとしてゲッツされた件』、なんてのはどうよ」

「お、良いね。それこそブログにしたってタイトルでいけるよ」

「やっぱそう思う? いや、オレも我ながら中々の妙案だと思ってな。だが断る。ブログだ本だと、書くのが面倒くさい。やってられっか」

「言うと思ったよ」

 

 そういえばと、一夏は話題の転換を図る。

 

「さっき見せた名刺の巻紙さんだけどよ、アレな、ぶっちゃけオレ苦手なタイプだったんだわ」

 

 その言葉にへぇ、と数馬と弾は興味深そうに耳を傾け続きを促してくる。

 

「いやな、確かに見てくれが結構な美人だったのは確かなんだけど、ありゃどうも中身がキツそうというか、トゲトゲしてそうでな。オレ、ぶっちゃけそういう女はどうもな……」

「いや、それはお前に限った話じゃないと思うぞ。多分男ならだいたいそうだろ。俺だってそうだ」

 

 だから大したことじゃないと弾は頷きながら一夏を肯定する。そこで一夏の言葉を聞いていた簪があれ? と言うように首を傾げる。

 

「じゃあ、織斑先生はどうなの? あの人、いつも厳しそうだけど」

「あれは家じゃずぼらの干物だから別の意味で論外」

 

 バッサリ斬り捨てで姉をdisるこの弟である。そう、姉だよと一夏はさらに続ける。

 

「姉と言えばだ。前に数馬と弾には話したよな? 妹とかも欲しかったと」

「あぁ、そういえば夏休みの頃だかに言っていたね」

 

 確かチノちゃんみたいな妹が欲しいとかのたまっていたはずだ。気持ちは大いに分かるところだが。

 

「それでな、まぁ今言っても後のフェスティバルでどうしようも無いから言って何になるなんだけど、それでも考えたんだよ。もしも妹がいれば的なのを。でだ、やっぱりこのままでいいかなって……」

「それは、なんでだい?」

「いやさ、オレの妹ってことはだぞ? 生みの親はオレや姉さんと同じなわけだ。顔も名前も知らんがな。で、その生みの親だよ。良いか? オレの両親は姉さんとオレと、二人の子供を産んだんだ。で、それが育った結果が姉さん(アレ)とオレだぞ? お前、三人目がそうならないという保証がどこにある」

『あぁ~……』

 

 妙に説得力のある一夏の力説に聞いていた三人揃って納得してしまうような声を漏らす。

 

「別に姉さんが嫌だってわけじゃねぇ。家族として大事に思ってはいるさ。そこは確かだ。……ただ、姉さんみたいなのが上と下の両方と考えると、ちょっとな……。家でのダメっぷりがそのままと考えると、正直勘弁してほしい」

 

 違うんだ、オレが欲しいのは癒しなんだと一夏は呻く。そんな親友の姿を見て、姉弟の両方をよく知っている弾と数馬は苦笑いを隠せない。

 

「織斑くん織斑くん」

 

 チョイチョイと肩を叩いてきた簪にどうしたと振り向いた一夏に、簪は真顔で言う。

 

「実妹が駄目なら義妹にすれば良い。手を出しても合法だから」

「ゴメン、なに言ってるか分からない」

 

 真顔でぶっ飛んだことを言ってのける簪に一夏も引かざるを得ない。時々真顔でこういうぶっ飛んだことを言うのだから実に始末に負えない。

 

「別に、所詮はもしもの話。そこまで気にすることじゃ――お姉ちゃんからメール? ……そう、織斑くん。そろそろ時間」

「あぁ、もうなのか。よし、行くとするか」

 

 予め申し合わせている通り、定刻となったため一夏と簪も移動を始めようとする。その前に弾と数馬への説明も忘れずにだ。

 

「悪いな。ちょっと簪の姉貴、ここの生徒会長に頼まれごとをされててよ。ちょいと生徒会の手伝いに行かなきゃならないんだ」

 

 それを聞くと数馬がおもむろに立ち上がり、すぐ傍の屋上出入り口まで歩いていく。そして出入り口の前に立つと何やら得意げな顔をして口を開いた。

 

「やはり生徒会の出し物か……。いつ出発する? 僕も同行しよう」

「みたら院」

「そこの男子二人、花京院コラごっことかしない」

『サーセン』

「というより数馬くん、気づいてたんだ」

「正確にはさっきの一夏の言葉で最後のピースが嵌ったと言うべきかな。生徒会の出し物というのはこの案内に載っていたからね。で、さっきのこれは――ちょっとしたお茶目かな。一夏がノッてくれたのがありがたかったけど」

「ボケにはきっちりレスポンスを入れる、いつものことだろ。オレらのさ」

「違いないね」

 

 そんなやり取りをしてハッハッハと笑う男子二人に、やれやれと言いたげに簪は首を横に振る。だがその動きをはたと止めると、数秒何かを考えるように黙り込む。

 

「織斑くん、先に行ってて。私は五反田くんと数馬くんに生徒会の出し物の会場の案内をするから」

「ん? おぉ、それなら頼むわ。オレなんか結構こき使われそうだからな、任せるよ。んじゃあ弾、数馬。まぁ楽しんでいってくれや。それなりには面白いはずだからよ。……多分」

 

 そう言い残して一夏も屋上を出ていく。屋上自体にはまだまだ人もそれなりにいるが、先ほどまでの会話をしていたという括りで見れば残ったのは簪、弾、数馬の三人だけだ。

 

「じゃ、二人とも案内するね。けどその前に――数馬くん」

「ん?」

「別に断ってくれても全然構わないけど、ちょっとだけお願いがある。聞いてくれる?」

 

 小首を傾けながら尋ねてくる簪。その口元にはうっすらとした微笑が浮かんでいた。

 

 

 

 




 というわけで次回は学園祭メインイベントのアレです。
多分次回の話で原作でもあったガールズとのドッタンバッタンをやり、次々回でとある人物が巻き起こすちょっとした一騒動をやります。そしてその次々回の最後あたりで、やっとこ連中のお出ましになるかと。

 次回以降のは書きたいと思っていたシーンですからね。頑張ります!
さて、アクションの参考にスターウォーズでも見よう。

 感想ご意見は随時受け付けております。
些細な事でも構いませんので何でもどうぞ。更新した話に限らず、以前の話についていても読んで思ったことなどでも全然構いません。
感想通知を見た瞬間、テンションが上がるのがワタクシです。

……前回来なかったからね。流石に凹んだの……

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新年SP 嘘予告

 皆様、あけましておめでとうございます。
昨年は拙作をご愛顧頂きありがとうございました。
また本年もご贔屓願えたらと思う所存です。


 さて、折角の新年ということでネタ短編を書いてみました。
具体的には本編より十年そこそこ先の時間軸です。表現をかなり曖昧にしている部分もありますが、そういう仕様ということでご勘弁を。

 それではどうぞ


 科学の発展、新たな技術の誕生、それらが時として世界全体に革新的影響を齎したことは幾度とある。ニュートン然りノーベル然りエジソン然りアインシュタイン然り。

その発明の功罪はさておき、いずれもが歴史に名を残す叡智の持ち主であったことは疑いの余地は無い。であれば篠ノ之束という名もまた、その列に名を刻むに値するというのはおそらく世の誰もが認めるところなのだろう。

 そして生み出された技術は時を経るごとに変化している。エジソンの生み出した白熱電球がLED電球へと進化したように、アインシュタインの生み出した原子爆弾が兵器として更なる力を持った水素爆弾へと進化したように、篠ノ之束が生み出したISという存在もまた、駆り手への門戸の拡大という変化を経ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何てことの無いいつもの日常、それがいつまでも続くのだと思っていた。

いつものように朝起きて食事を取って、学校に通う。授業を受けて級友と馬鹿話をして、学校が終われば寄り道をしたりしながら帰って、また翌日の準備やら諸々をやって眠りに就く。細かい部分は人それぞれで異なるし、学生身分を卒業し社会人ともなればまた変わってくるが、それでもいつも通りな日常、それがいつまでも続くと思っていた。

 電車に揺られながら何気なく視線を上げてみれば、目に映った車内モニターにはいつもそうであるようにキー局からのニュースが流れる。数度の再選を果たした戦後トップの長期政権である現政権の製作発表、十余年も前から続く途上国地域での紛争、何も変わらない。同一政権が長続きすることにしても、外交や国内経済で成果は出しているのだから今や声高な反対運動すらマイノリティと化した。

終わりの見えない紛争、ついには日本国内でのテロにすら発展したこともあるソレも散発的に武力衝突が生じこそすれ、かつてのような勢いは減衰し人類が無意識下で内包する暴力性のガス抜きのようなものになっている。ともすれば諺に言う我が振りという国際秩序を整えるための人の振りとして、ある意味では世界に役立っているとすら言える始末だ。

 

 まぁ良いかとモニターから目を外す。こんなことを考えたのも、きっと勉強の過程で世情についてあれこれと知識を集めていたのが原因だろう。今はそれよりも、これから控えていることに意識を向けるべきだ。今日というこの日は少年、如月 蓮にとって人生の節目となり得る日なのだから。

「IS学園入学者選抜試験 実機適性検査」 それが彼がこれから挑むものである。

 

 

 

『受験者は直ちに避難してください! 繰り返します! 受験者は直ちに指示に従って避難してください!』

 

 そこかしこでけたたましく鳴り響く警報に混じり切羽詰まった声が放送で鳴り響く。

 

「くそっ、なんでよりによってこんな時に……!」

 

 紛争、テロ、大規模なものは久しく見なくなり比較的小規模なものが一種の刺激剤となりながら秩序が保たれつつある時代だが、だからこそテロは起きうる。そしてそれは日本という国も最早他人事では無くなっている時世だった。

ISの登場以後、急速に発達した機械産業の延長で生まれた自立行動機械は第一次から第三次の各種産業の様々な場面で活躍し、今や日常生活の中で目にしない、あるいはその恩恵を受けない日は無いと言っても良い程に世界に浸透した。しかしそれは裏を返せば悪意ある者の手に渡りやすいということでもあり、予め細工がされていたのだろう、突如として試験会場であるこの施設で暴れ出したのもその自立機械だ。

 

既にスタッフとして待機していたIS学園から派遣された試験官、ISを纏い戦うことのできる者達が対応に当たっているだろう。だがそれでも安全とは限らない。たかだか自立機械ごときはISの敵では無い。装備した銃器の一発二発で撃破は容易だ。だが真に厄介なのはその数、一機一機潰している間にも撃破の手から免れた自立機械は高速で散らばっていく。蜘蛛の子一匹一匹を踏み潰すのは人にとって容易いことだが、四方八方に逃げ散らばるそれを全て潰しきるのは難しいのと同じ理屈だ。

このままでは遠からず犠牲者が出る可能性もある。しかも最悪なことに、その犠牲者の中にはトイレに行っていたために単独孤立状態となっている自分が含まれかねないということだ。

 

「冗談じゃねぇぞっ……!」

 

 人間いつかは死ぬものだ。だがこんなところで理不尽にくたばるなぞ真っ平御免被る。時にはぬるま湯のように感じ退屈さもあった日常だが、それが続くことこそ蓮の願いだ。

 

 とにかく逃げねばならない。非常時の避難場所などは予め案内がされているが、今からそこに向かって無事にたどり着けるかも怪しい。いっそ適当なところに隠れてやり過ごすべきか――

そんなことを考えながらも手近な部屋を開けては中をざっと確認してまた別の部屋を探してを繰り返す。そんな中で見つけたのは漁った部屋としては初めてのロック、開閉のいずれもが電子制御式の扉だ。操作パネルと思しきものには開いていることを示す緑色のランプが灯っている。見た感じでは頑丈性も中々そうだ。

ここにしようと決めるより早く手が動く。扉を開けて中に入り、中のパネルからの操作で再び扉を閉めてロックをかける。

 

 一先ずはこれで安心かと息をつき、改めて隠れ場所くらいは探そうと部屋を見回して、蓮はある場所に目を奪われた。

部屋の最奥、室内にある機材の数々から伸びるコード全ての集結地点。そこに鎮座するのは一つのISだった。

 

「こいつは、IS……?」

 

 一応はIS学園入学を目指して勉強をしていたのだ。目の前のものがISであるというくらいは一目で分かる。だが、古い。詳細は分からないが、確実に一昔前の代物と言って良い。

十年そこそこ前ではIS保有国、その中でも特に技術的先進であった何ヵ国かがやっとこ試験機運用に漕ぎ着けていた第三世代も今やIS配備各国の標準機、トップガンクラスは第四世代すら駆る時代だ。なのにこのISはどう見ても第三世代初期型、下手をすれば第二世代クラスも在り得る。少なくとも業界から見れば骨董品も良い所だ。

 

なのに不思議と目が離せない。煤けたような黒色の装甲はいっそみすぼらしくもあるが、蓮は不思議と惹かれるものを感じていた。

仮にこれが動かせたとて何になる。この場を切り抜けるくらいには役立つだろうがそれだけだ。現代じゃ通用するわけもないし、スタッフには後でこっぴどく叱られるかもしれない。理性がやめとけやめとけと言ってくるも、手は自然と伸びていた。

 

 そして、指先が装甲に触れる。

 

 瞬間、光とともに世界が拡がった。五感が冴えわたり自身の周囲を事細かに伝えてくる。頭はかつてない程に軽く、澄み渡っている。苦痛があるわけではない。しかし感じたことのない感覚に蓮の意識は呆け、気が付いたら視界がやや高くなっていた。

 

「嘘、だろ……?」

 

 目の前に持ってきた手を見て驚愕する。目に映るのは慣れ親しんだ己の手では無く、室内の僅かな照明を硬質な光として照り返す装甲。腕だけでは無く、全身の各所にそれは纏われている。

 

「ISを、俺が?」

 

 間違いなく今の蓮はISを身に纏っている状態だ。未だ信じられないように茫然としてはいるが、同時に意識の片隅ではどうすべきかを考えていた。

 

「これなら――」

 

 イケる。そう考え手を握りしめた蓮は更なる衝撃を受ける。

 

『初めまして、マイスター』

「えっ!?」

 

 突如耳朶を打つ女性の声。どこからか通信でも入ったかと思うが、ISはどことの通信を繋いでいるとも示さない。ではこの声は何なのか。疑問を浮かべる蓮に応えるかのように声は続く。

 

『私は本機の搭乗者補助AIです。あらゆる戦況を貴方が突破するため、必要なサポートを行います。マイスター、姓名の登録を』

「如月、蓮……」

『確認しました。これからよろしくお願いしますね、マイスター蓮』

 

 出会ったのは偶然でこれからも縁が続くとも限らないのに、このAIはまるでこれからもこのコンビが続くようなことを言っている。思う所が無いでもないが、それでも何のサポートも無いよりはマシかと考えを前向きな方に変える。

 

「なぁ、あんたの名前は?」

 

 動こうと思い、だがその前にこれだけは聞いておこうと思った。もしかしたらこの場限りかもしれないとは言え、コンビを組むのは確かだ。だったら互いの名前くらいは知っておいて良いだろう。

 

『そうですね……。では、ミサと。そうお呼び下さい』

「あぁ、じゃあよろしくな! 行くぜ、ミサさんよ!」

 

 そう意気込むと同時に蓮は部屋を飛び出す。この瞬間、彼の運命は一つの大きな転換を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして幾ばくかの時が過ぎ、世界はそこかしこで動きを見せる。

 

「新年度の新入生、この資料の彼が内々での確定と?」

「そうです。そして貴女には彼の所属するクラスを担任として受け持って欲しい」

「……良いでしょう。不肖の身ながらも、後進の指導に全力を尽くさせて頂きます」

 

 

 新しい生徒を迎え入れたIS学園のある教室、同じ新入生の男女が入り混じる教室で蓮は教壇に立つ自分の担任を見る。

 

「諸君、IS学園への入学おめでとう。私が今日より一年、諸君の担任を受け持つこととなった――」

 

 長く美しい黒髪を結い上げたその女性教師は、凛とした声で己の名を生徒たちに伝える。

 

 

 

「如月、お前のここに至る経緯は聞き及んでいる。全く、とんだことをやらかしてくれたもんだ」

「いや、そのすいません……」

 

 放課後の廊下、たまたますれ違った担任に声を掛けられ、二人しかいない廊下で会話が交えられる。

 

「実はな、お前のことを聞いた時、私は思わず笑ってしまったんだよ。どうにも、懐かしいことを思い出してな」

「懐かしいこと、ですか?」

「あぁ、とある馬鹿のことさ。どうしようもないくらい馬鹿で、だが私も負けず劣らずの大馬鹿で。それでも、輝いていた日々の象徴さ」

 

 そう言いながら腕を組む担任は窓の外に目を向ける。だが、懐かしさを噛み締めているようなその視線は外の景色では無い、遠い昔を見つめているようだった。

 

 

 

 

 

 光があれば影が生まれる。日の当たる世界で動き続ける者達がいるように、隠された闇の中で動く者達もいる。

 

 

『主要各国の動向は報告の通りに。いずれも、我々にとって不都合無い状況だ』

『カッカッカ。じゃがこうも問題が起こらんとそれはそれでつまらんのう。どれ、ちょいと適当な紛争にちょっかいでもかけてみようかの』

『お控え頂きたいものですな。貴殿のちょっかいはちょっかいで済まない。現在の諸々の紛争、武力衝突にしてもある程度の統制は取れているのです。足並みを乱す真似はお控え願いたい』

『カッ、この場に席を持つ連中が雁首そろえてヌルいことを言いよる。つまらん、全く以ってつまらん』

 

 某国某所の地下深く、最高の防衛設備を整えられた施設の最奥にある部屋には円形を組むように置かれた椅子があった。一目で高級な品と分かるその上にはディスプレイ型の端末が置かれている。

マフィアやギャング、シンジケートなどとは比べ物にならない力を持つ組織、世界の有力国にすら強い影響力を与えることが可能ながらも表には殆ど知られていない『闇』と称すべき組織の最高幹部陣のために用意されたのがこの部屋である。

 

席に名を連ねる者の殆どは世界各地に散り散りとなって活動している。そのため、この幹部会議には映像通信での参加をする者が多い。だというのに、室内には異様なまでの緊張感が漂っている。

この場に列席する者達は各々の分野の違いはあれど、いずれもが個人として超常の域に達した傑物たちだ。その放つ気迫は映像通信越しでも微塵も衰えず、否応なしに場の緊張を高める。

 

 

「鎮まれ」

 

 

 若い男の声だ。数少ない、この場に自ら赴いた男は御簾の掛けられた一際豪奢な席に座っている。この席こそが上座であり、同時にそこに座る男こそがこの場の纏め役であることの証左だ。

ただの一声で緊張感と衝突の気配を高めていた列席者たちを抑え、場を取り仕切るべく言葉を続ける。

 

「方針は変わらない。いずれ真に動くべき時が来るまでの準備期間が今だ。各々の思う所は無論承知の上。その上で自制をしてもらおう。元より総員の同意の下で決を取った計画だ。異論はあるまいな」

 

 余計なことはするな、緻密に進めている準備を無駄にするなと言外に含ませ、確認という名の命令を伝える。

 

『参謀姫殿に魔術師殿が主軸を執るのだ。異論は無い』

『門外顧問のお二方も動かれているのだろう。計画は安泰ということか』

「結構。では次の議題に移ろう」

 

男は淡々とした事務的な口調で議題を進めていく。薄暗い部屋にあって、さらに御簾で仕切られた奥は闇に包まれており、男の姿は外から見ることは殆どできない。それはまるで、「影」という彼らの在り方を体現しているかのようであった。

 

 

 

 そして、世界は否応なしに激動に翻弄されることになる。

 

 

 

 

「ほう、お前がそうなのか」

『蓮! 今すぐ逃げて下さい! 早く! 今の貴方では絶対に勝てない!』

 

 あちこちで火の手が上がり、今も時折の轟音と共に揺れる建物の中で蓮の前には一人の人間が立っている。漆黒のスーツの上から羽織った外套、そしてフードによって長身の男であることくらいしか分からない。

だが感付いたらしいミサは切羽詰まった声で逃走を促す。そして蓮は全くその通りだと思った。自身はISを纏い相手は生身だというのに、襲い掛かる圧迫感と恐怖が尋常では無い。

 

「あぁ、少し試させてもらおう」

 

 その言葉と共に男の両手から真紅の光刃が伸びる。ISの兵装として既にスタンダードを確立したプラズマブレード。ISを介さずとも扱える武器としてその認知度は極めて広い。

駆け出し、一息の内に距離を詰めた男に蓮はとっさに防御姿勢を取る。だがその守りをすり抜けるように光刃は蓮のISを切り刻み、シールドを大きく削る。

 

 

 

 

「如月、お前があいまみえたという男のこと。話を聞かせてほしい」

 

 窮地を脱した後、そう言ってきた担任に蓮はありのままを伝える。

 

「そうか、やはりあいつか……」

 

 知っているのかと投げ掛けた問いに、彼女はただ寂しそうに微笑むだけだった。

 

 

 そして世界各地で激化していく武力衝突。だれもが只ならぬ世情を感じる中、騒乱と密接に絡みつつあるIS学園に集う者達がいる。

 

「話は聞いたわ。どうやら、いよいよって感じみたいね」

「かつてはもっと純粋に笑い合えていたものですが、何とも寂しい話ですわね……」

「私を応援として頼ってくれたこと、素直に嬉しく思うぞ。秩序の安定は軍人の責務だ。そこに力を貸すことに否は無いさ」

 

 かつて同じ学び舎で共に過ごした仲間、IS学園の黄金期の象徴とされる者達が集う。だが彼女らの表情は険しい。それも当然の話、挑むのはその彼女らをしてかつてから微塵も揺らがない脅威足り得る存在なのだから。

 

 

 

 

「そうか、貴女はそこに居たのか。さしずめ残滓と言ったところか。良いだろう、今度こそ存在の一切を冥府の奈落へと叩き落してやる」

 

「なぁ、ミサさん。あんた、あいつと関係でもあったのか?」

『えぇ……。色々と、ですよ……』

 

 再び相対した男の何かを悟った様子と相棒の雰囲気に蓮も両者の過去の因縁を感じ取る。だが深く追求はしない。ただ目の前の男を打倒する、その意思を共にしているだけで十分だ。

 

「勝てないと知り、それでも挑むか。敢えて問おう。何故そうする? 私を阻まぬというのであれば、君を傷つけるつもりもないのだが」

「あんたを先に進ませるわけにはいかないからさ。俺がそうしなきゃなんだ。勝てるかどうかじゃねぇ、やるかやらないかだ」

「……そうか。良いだろう、ならばその勇気に敬意を表し、君に世界というものを教授しよう。命を繋ぎとめられるかは、君次第だ」

 

 荘厳さすら感じる白鎧のISを纏った男はその言葉と共に己の武装である刀を構えた。

 

 

 

 

「ガッ……ハッ……!」

 

 もはや一切の抵抗ができないほどに叩きのめされ、蓮はその場に座り込む。多大なダメージを受けたISは強制解除され、蓮本人の体にも無数の傷がついている。背を預ける背後の壁は最後に叩きつけられた衝撃で大きく罅が入っていた。

 

「あんた……何者なんだよ……!」

 

 強い乗り手はそれなりに知っている。蓮の担任もそうだし、彼女の求めに応じて集った者達もそうだ。だというのに、目の前の相手はそれすらも上回りかねない。

 

「……君の身の上は知っている。幼少で親を亡くし、知己の援助を受けながら育ったと。だがそれは違う。君は生まれたのではなく、生み出されたのだ。そして君は私とも無関係ではない。私の名は――」

 

 そして伝えられた名、解除されたフルフェイス型の頭部装甲の下から現れた顔に蓮は目を見開く。

 

「あんたは……!」

「そしてもう一つ。私は君の――――」

 

 紡がれた言葉を蓮は聞き間違いかと思った。だが確かにそう聞こえたと理性は冷徹に教えてくる。

 

「嘘だ……嘘に、決まってんだろうがぁあああああ!!」

 

 事実だ、それだけを言い残すと男は悠然と先へ進んでいく。後に残るのはただ茫然とする蓮のみであった。

 

 

 

 

 

「お前たちは、一体何が目的なのだ……!」

 

 一国の為政者である男は眼前の男に向けて唸るように問う。かつては時の政権と共に国家繁栄に尽力していた彼が何故、このような暴挙に及ぶのか理解が追いついていなかった。

 

「この国だけではない。全てはこの世界全体の秩序、真なる大義のためだ。――告げよう、あなた方の束の間の日々は今日この日を以って終わりを迎える」

 

「我々はここに、『とこしえの黄昏』を宣言する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして、あいまみえるのはいつ以来だったか」

「だいぶ昔の話だな。……お前の生徒、筋はあったぞ」

「はねっかえりな所もあるがな。自慢の生徒さ」

 

 共にISを纏い、二人は誰も介在しない空で向かい合う。

 

「何故、お前は私の前に立つ」

「お前を止めるためだ」

「であれば、私たちはいよいよ敵同士というわけか」

「立場上はそうかもしれん。だが、私にとってお前が大事な友であるということは何も変わらないさ。今も昔も、これからもな。故に友として、私はお前を止める」

 

 女の言葉に男は一瞬呆けたような顔になるものの、やがてフッと微笑を浮かべた。

 

「変わらないな、お前は。まるで昔のままだ。私たちの――いや、オレたちのあの頃のままか。良いさ、どのみちここでお前を倒さねばならないんだ。だったら、気分くらいは昔に戻っても良いよな」

 

 そう言って男は刀を構え、彼がかつて少年だった頃そのままの戦いに臨む時の闘争心を秘めた笑みを浮かべる。そして女もまた二刀を構え、同じように少女だった頃に戦いへ赴く時の笑みを浮かべる。

そして示し合わせたように両者は同時に動き、雲一つない蒼穹で紅白がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでは皆様、一つ我らが紡ぐ歌劇をご観覧あれ。

 その筋書はありきたりなれど、演者は珠玉揃い。必ずや、お気に召されましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ハリウッド映画の予告みたいな次々と現れる場面をイメージして書きました。
そういう雰囲気を感じ取って貰えたら嬉しいです。

 個人の名前などは殆ど出しませんでしたが、本編の登場人物の中でも主要格は何かしらの表現で存在を表しています。まぁ一部の連中はガッツリ出ていますけどね。

 この未来編の主人公っぽい少年、如月蓮の名前ですが、適当に切り貼りした感じです。
ただ、蓮という名前だけは外したくなかった。色々な理由から。

 他にも幾つかの場面は別の作品からパロっています。
もしかしてこの作品?という感じでピンときたら是非感想で仰ってください。飛び上がって喜びます。

 それでは、改めて本年もよろしくお願い致します。
相変わらず遅々としか進まない作品ですが、応援して頂ければ幸いです。




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第六十五話:仕掛けられた戦舞台

 書きたかったところだからか、スイスイ筆が進みました。
一週間足らずでの更新が続くとか超久しぶりじゃないか……

 いよいよ五巻の目玉とも言えるあの場面に入ります。
久しぶりに真面目モード入りますよ、話が。その中でもしつこくネタはぶちこまれますけど、多分。
なんだか真面目モード書くのが久しぶりなせいか、ちょっと文章構成のやりづらさもあったような気もしますが、頑張ります。


「さてさて、お着替えお着替えっと……」

 

 更衣室を一人で独占しながら一夏は制服を脱ぐ。鍛え抜かれた半身が晒され、気づけば反射的にポーズを取っていた。数秒してからハッと気付きイカンイカンと自分に言い聞かせながら一夏は予め指定されているロッカーを開ける。

 

「ほ?」

 

 中に入っている着替えを見た瞬間、一夏は一瞬だが固まる。そして取り出しじっくりと見る。やがてその顔にはニンマリとした笑みが広がっていった。

 

「クックック、分かってるじゃねぇの……!」

 

 これからやることは、はっきり言ってお遊び気分になれるものでは無いのだが、やはり心にゆとりは欲しいものだ。

そういう意味でこれは一夏にとって嬉しい計らいだった。

 

「よしっと、んじゃあ行きますか」

 

 パンと拳と掌を打ち鳴らして一夏は意気揚々と歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ISの実技訓練用に用いられるアリーナは学園祭においては約半数が用途無しということで閉鎖されている。用いられるにしてもある程度スペースが要求される屋外展示や、それこそ備品その他諸々の置場だ。

その中にあって丸一日、一つのアリーナを完全に独占して出展を行うという大胆な行動に出る団体があった。それを聞いた時、誰もが「マジかよ?」というような感想を抱くと同時に、「もしや……」という疑問を浮かべた。そしてその疑問は件の団体の名を聞いた瞬間に「やっぱりな」という納得に変わった。

広大なアリーナを丸ごと使い、更にはその内部に大掛かりなセットを用意するという大胆不敵な学内団体、その名をIS学園生徒会と言った。

 

 

 

 ……ザワ……ザワ……

   ……ザワ……ザワ……

 

 

 満員御礼、とまでは生憎ながらやや達しないものの、アリーナの観客席の大部分は観客で埋まっている。言うまでも無く彼ら彼女らの目的はこれからこのアリーナで行われる催しだ。

生徒、来場者双方に配布されている学園祭案内にも現在の時刻からもうすぐの時間で、このアリーナにおいて生徒会主導の出し物があると明記されている。だがその仔細は伏せられたままであり、紹介ページには決め顔の自撮り写真と共に楯無の「乞うご期待」という旨のコメントがあるだけだ。

とはいえ曲がりなりにも生徒会、それも敏腕として内外に知れる楯無がここまで大胆な取り掛かりで行う出し物だ。何かしらの目玉があるのだろうとは誰もが思っていたが、そろそろ時間も近づいてこようかという頃合いになってそれはアナウンス放送で唐突に伝えられた。

 

「男性IS操縦者、織斑一夏を始めとして第一学年専用機保持者が参加をする」

 

 早い話が学内の有名人の多くが纏めて出張ってくるということだ。これが効果覿面、あっという間に一同の関心はそちらへと向いていった。

かくしてあれよあれよという間に人は集まっていき、後は本番の開始を待つのみとなっていた。そしてガヤガヤという喧騒も、観客席に流れるアナウンスを告げる電子音で一気に鳴りを顰める。

 

『大変長らくお待たせ致しました。只今より本校生徒会主催、生徒参加型舞台を開始致します』

 

 生徒会の一員、布仏 虚の場内アナウンスと共に拍手が巻き起こり、同時にアリーナのそこかしこから白煙が勢いよく噴き出す。そしてその奥から幾つかの人影が出てくる。

 

 織斑一夏

 篠ノ之箒

 セシリア・オルコット

 凰鈴音

 シャルロット・デュノア

 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 今現在のIS学園内でも特に注目の的とされている面々の登場に客席からは拍手が沸き起こる。

よく見れば装いも変わっている。制服の上から飾りを付け足しただけだが、少女たちの服はいずれもドレスと見えるように手が加えられているし、一夏に至っては青い上着に白のズボンと完全に王子様ルックだ。

 

 

「なぁ一夏」

 

 颯爽と前を歩く一夏に箒が声を掛ける。

 

「ん? どした?」

「その衣装はなんだ?」

「いや、なんかオレ用だって。まぁオレ的にはめっちゃテンション上がるけどな」

「そうなのか?」

「そうだよ。だってこれ、B○itの鷹○恭二くんのCDジャケの衣装だぜ?」

「誰だそれは」

「オレのお気に入りのゲームキャラ。マジで王子様だから、曲最高だから。オレだってお姫様もとい雄姫様になりそうだったし……」

「……一応確認するが、お前まさか男色の気など無かろうな?」

「オレはノーマルだ、安心しろ。ほらアレだよ、男のアイドルでも熱心に追っかけるオッサンとかいるだろ? アレに近い感じ」

 

 そんな取り留めも無い会話をしながらも一同は歩き続け、アリーナの中心で立ち止まる。360度全方位からの視線が集まるが、この六人にとってそれは今更萎縮するようなことでは無い。

堂々と構え、自分たちが動く出すべきその時を待つ。そして――

 

 

 

『それでは皆様。一つ、我らが歌劇をご観覧あれ。

 その筋書はありきたりだが、役者が良い珠玉と信ずる。

 

 故に、面白くなると思われますぞ』

 

「んなぁ!?」

 

 どこかネットリとした声音で語られ出した前振りに一夏は思わず前につんのめる。その後ろで箒たちもどういうことかと首を捻っている。

何せ流れてきたナレーションの声は、それをやるかと思われた楯無では無く少年の声、それもこの場の六人が皆聞き覚えのあるものだからだ。

 

「なんでお前がやっとるんじゃ、数馬」

 

 

 

 

「とりあえずこんなもので良いかな? 簪さん」

「オッケー。そのままよろしく」

 

 予想だにしていなかった親友の声の登場に一夏が疑問を露わにするのと同時に、放送席を兼ねたアリーナ管制室ではマイクの前に座った数馬が後ろに立つ簪とサムズアップを交わしていた。

その横で虚が「良いんでしょうか、こんなことして……」という顔をしているが、言ったところでもう後の祭りなので意味を為さない。

 

 何故数馬がこんなところに居て、あまつさえ出し物のナレーションまでしているか。その理由は少々時を遡り、一夏が屋上から立ち去った後にある。

 

 

『数馬くん、お願いがあるんだけど。――この後、生徒会主催で織斑君や他の専用機持ちのみんなが参加するオリジナル劇をやるの。ナレーション、やらない?』

『おk』

 

 以上、回想終了。そして今に至る。妙に芝居がかったウザイ台詞回しにウザイ口調、それにしてもこいつノリノリであるというやつである。

 

 

 

「というより皆さん、これから何をなさるかご存じでして?」

「いや、あたしは知らないわよ? 出てくれって頼まれて、理由が理由だから承諾したけどさ」

「いきなりこんな風に飾り付けられてこれ、だもんねぇ?」

「むぅ、このような恰好は不慣れなのだが、似合っているかな?」

 

 実のところ、このセットが整えられたアリーナで具体的にどのようなことをするかは彼女たちも知らされていない。

ただ理由だけは聞いており、その内容が内容だけに承諾はしたというのが現状だ。

 

『それではこれより、IS学園生徒会主催"シンデレラの武闘会"を開幕と致します』

 

 相変わらずのネットリとするような口調で放送される数馬のナレーション、その単語の一つに「ん?」と一夏が首を傾げた瞬間、アリーナ中に響き渡るほどの壮大な音楽が流れ始め、各所の電光掲示板に舞台背景のナレーションと思しき文章が流れ始める。

 

 

 

 遠い昔、はるか彼方の王国で……

 

 王国連合の危機!

 世界は緊迫に包まれていた。

 連合を構成する諸王国、中でもとりわけ強大な力を持っていたオストガロア王国は周辺諸国を支配下に置かんと軍備拡張を進めていた。

 これを止めるには中心人物を叩くより他ない。

 しかし件の敵は強力無比、打ち倒すには精鋭の戦士が結集せねばならない。

 

 そんな時、立ち上がる者達が居た。

 愛する祖国を守らんと、可憐な身に勇猛を備えた各国の姫が次々と立ち上がったのだ。

 最終目的は敵の首領の打破! 更にはオストガロア王国の国力も削がねばならない!

 艱難辛苦が待ち受けることは百も承知、それでも進まなければならない。

 平和な未来のために立ち上がった少女たち、その名を人は「シンデレラ」と呼んだ……

 

 

 宇宙のような黒い背景に、黄色い文字のバックストーリーが上に上にと流れていく。挙句この壮大なオーケストラBGMだ。もう既視感ありまくりだが、ここでようやく一同はこの出し物が「シンデレラ」の舞台なのだと、一応は理解した。

ただそれにしても、アレは無いというのが大多数の感想であったりもした。そりゃ悪くないものだが、何せ今の版権元は名前を言ってはいけない例のアレだし、下手なことすればアレがあぁなってオワタになる。取り扱いは慎重にやらねばならない。

 

『それではルール説明です』

 

 見たことありまくりな展開に観客席が何とも言えない反応をしているのを尻目に、打って変わって事務的な口調で数馬が説明を開始する。

彼の言葉に合わせ電光掲示板には再度文字が並び、この舞台の概要を観客に分かりやすく伝えていく。

 

 ・この舞台は一種のバトルロワイヤル形式です。

 ・初期参加者は現在アリーナに居る六人ですが、希望者(学内生のみ)は飛び入り参加ができます。

 ・舞台の最終目標は後述ですが、参加者各位にはそれ以外のおまけがあります。

 ・アリーナのステージセット各所に食堂優待券、クオカードなどの景品が隠されています。ゲットした方の物となるのでどんどん探しましょう。

 ・最終目標達成者の所属クラス、及び所属部活動には生徒会より豪華景品をプレゼント!

 ・安全に、楽しく舞台に参加しましょう。

 

  最終目標「奴を倒せ」

 

 

「奴とは、誰のことだ?」

 

 一応はルールも分かった。要するにシンデレラの劇という体裁を取ってこのアリーナで好き放題暴れろということだ。

だが分からないのはこの最終目標とされている"奴"。何か知らないかと箒は一夏に訪ね、そこで一夏がただ無言のまま電光掲示板を見ていることに気付いた。

 

「思い……出した……!」

 

 その言葉に何事かと五人の目が向けられる。

 

「お前たちが戦う相手。それは……僕だ!」

「お前だったのか、一夏!」

『そこの二人、みんな大好きブルーノちゃんごっことかやらない。篠ノ之さんは、知らないし素で言った?』

 

 六人に予め渡されているインカムから簪の呆れ気味なツッコミが入る。多分つい自然とそういうフレーズを口走ってしまったのだろう箒に対し、さっきの花京院コラ漫才と言い、一夏は絶対意図的に言ったに違いないと簪はあたりを付ける。

そんな漫才はさておき、最終目標である「奴を倒せ」が「織斑一夏を倒せ」であると判明した以上、更なる説明の必要が出てくる。そこで今度は一夏が一歩前に出て、ピンマイクを通して会場中に伝わるように説明を引き継いだ。

 

「説明を続けよう! この舞台の真の姿、それは『織斑一夏vs挑戦者全て』だ! 今、オレの後ろにいる五人もそうだ。そしてこれから参加してくれるみんなもそうだ。

 この舞台に参加する、それすなわちこのオレに挑むチャンスが与えられるということだ! 勿論、オレをガン無視して宝さがしに従事してくれても結構! だが、その意気のあるやつは――オレを倒しに来いッッ!!」

 

 その言葉に観客席のところどころから闘志が沸き立つ。形の違いはあれ、IS学園は紛れも無く戦いの場に立つ者を育成する機関だ。その中において一夏は既に一角の強者として名を馳せている。

そんな彼に公の場で面と向かって好き勝手に挑むことができる。そこに魅力を感じる者は確かに存在するのだ。

 

「無論、ルールはある! 今オレの後ろにいる六人もだが、参加者には各自生徒会の用意したティアラを付けてもらう! それをオレに奪取された時点で敗退と見なす!

 安心しろ、こっちも楽しみたい。寸止めや組技で安全に配慮した上で制圧してから奪取させてもらう。逆に、皆がオレに対して挑むのは何でもありだ。やれるもんなら殴ろうが蹴ろうが、どう仕掛けてこようと構わん。

 最終的にオレが続行不可能と判断された時点でオレの敗退決定だ。更に言えば、安全に配慮した仕様になっているが、各種武器もアリーナセット内の各所に配置してある。好きにつかえ!

 そして、敗退かどうかの判断は管制室に控えている生徒会メンバーによってされる。

 

 さぁ! オレと勝負したくて、ついでにちょっと儲けたいって奴はこぞってここまで降りて来い! 纏めて相手をしてやる!!」

 

 上等、やってやる、そんな勢いのいい気勢が観客席のそこかしこから上がった。その様子に満足げに頷き、一夏は後ろを振り向く。

 

「ま、そういうわけだ。騙して悪いがこれも仕事なんでな。オレは、初めから全部知ってたんだわ」

 

 悪戯が成功した悪童のような笑みを浮かべながら一夏は五人に言う。

 

「なぁ一夏よ。ならば一つ確認したい」

「なんだ、箒。言ってみろよ」

「お前然り、少なくともこの場の六人はこの舞台の事情は聞き及んでいる。

 私たちは皆、その事情に従って動くことは吝かでは無いが、それでも一応は参加者だ。

 ということはだ、我々もお前に挑んで、勝った暁にはその栄冠を勝ち取る権利はあると見て良いのだな?」

 

 マイクを通さない、この場の六人だけに伝わる会話。そして箒が投げ掛けた問いに、一夏が返す答えは一つだけだ。

 

「無論。お前らも楽しめよ、この祭りをよ」

 

 アリーナに繋がるゲートの各所が開き、希望した参加者たちが一斉にアリーアへと入ってきたのが電光掲示板の映像に映る。

それを見て舞台の開催が近いことを悟った五人は、自然と各々の距離を開け、半円を描くように一夏を囲む。

 

 

「あぁ、良いねぇ。この感覚」

 

 自分を狙う気配がヒシヒシと伝わってくるのを一夏は感じていた。

すっかりISにも慣れ、ISを纏っての戦いというのも気に入ってはいるが、やはりこうやって生身でぶつかり合うのが一番良い。そういえば今回は普段の護身術の授業などとは違い、加減は一切せずにやるつもりであるということを言い忘れていたが、まぁ良いかと思考の中で流す。それでやられたら所詮はそれまでだ。

 

 これで舞台は整った。そして釣り堀に餌も放り込まれた。あとは食い付くまでの間を、存分に楽しむだけだ。

 

「さぁ、始めようか」

 

 

『では、諸君の健闘を祈るよ。シンデレラの武闘会、いざ幕開けの時!』

 

 そして仕掛けられた舞台の幕開けを告げるブザーがアリーナ中に響き渡った。

 

 

 

「なっ……!」

 

 ラウラにとってそれは一瞬の出来事だった。

舞台の開始を告げるブザー。だがラウラの、一夏を囲む五人の意識は舞台が始まったという点に向けられてはいなかった。

ブザーが鳴ると同時に一夏から発せられた濃密な殺気が五人の意識を惹いた。そしてそれを最も強く向けられていたのはセシリア。おそらくは遠距離から攻めてくるだろう彼女を先に封じておこうという魂胆と見て誰が何を言うまでも無く、自然とセシリアを庇う様にフォーメーションを変えていた。

 

 だが現実は違った。僅か一息で一夏は、ラウラ(・・・)との距離を詰めていた。そして目の前に迫った一夏はラウラの視界から掻き消え、次の瞬間には背後から襟を掴まれ投げられ、地に組み伏せられると同時にティアラを奪われていた。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ、リタイア』

 

 一夏の友人であるという男の無慈悲なアナウンスがラウラの耳朶を打つ。天を仰ぎながらラウラは呆然と、得意げな顔と共に先ほどまで自分の頭に乗っていたティアラを弄ぶ一夏を見上げていた。

 

「悪いな、ラウラ。一番厄介なのはお前でな、真っ先に潰させて貰ったよ」

「っ! みんな散開しろぉ!!」

 

 倒れたまま反射的にラウラは仲間たちに警告を発し、それに従った残る四人が各々散らばっていく。

それを見届けるとラウラは差し出された一夏の手を素直に取りながら立ち上がり、服に着いた土汚れを払う。

 

「不覚を取ったな。まさか一番にこちらを狙って来るとは。しかも先ほどの動き、キレといい、もしや今のがお前の本気か?」

「まぁな。オレも、こんな機会は滅多に無いからな。気合いも入るってやつさ」

「フッ、やり過ぎてどやされんようにしろよ。全く、やはりお前は底が知れんよ」

 

 何だかんだで通じ合う部分があるのだろう。二人の会話はごく穏やかなものだ。だが、そうもやってられないと言うように一夏の表情が険しくなる。

 

「後はアレだ。お前にはできる限り万全でいてほしいってのもあるな。

 ラウラ、とりあえずオレはこの舞台を上手いこと流れに乗せるから、その間に準備頼むぜ。多分、指示は会長が出してくれるだろうさ」

「心得ている。お前も、気を付けろ」

「安心しろ、精々活きの良い踊りをやってみせるさ」

 

 余裕の笑みを浮かべる一夏だが、ラウラの表情に晴れやかなものはない。真剣な表情のまま、案じるような視線を一夏に向けている。

 

「どうしたよ」

「いや、いつもながら大した自信だと思ったまでだ。だからこそ、心配にもなる。

 他の皆がそうであるように、今やお前も私にとっては大事な友だ。心配の一つもするさ」

「……参ったな。全く、本当に良い奴だよお前は」

 

 ポンと軽くラウラの肩を叩くと一夏はクルリと背を向ける。

 

「安心しろよ。こっちも酷い目には遭いたくないからさ、上手くやるって。だから――任せたぞ」

 

 そのまま歩き去っていく一夏にラウラはコクリと頷くと、同じように後ろを向き一夏とは逆方向に歩いていく。

共に己が為すべきことは理解している。であればそれを全うするのみだ。互いに友であると思っているが故に、気持ちもまた同じものであった。

 

 

 

 

 

 教育機関としては極めて特殊な形だが、IS学園が『学校』であるのは紛れも無い事実だ。

今更言うことでも無いが、生徒たちの普段の生活はカリキュラムの特殊性を除けば同年代の高校生が送るものと何ら変わりは無い。

それは部活においても同様である。

 

 IS学園の部活動は本質的には同好会と言った方が当てはまり、活動内容や規模、顧問の有無なども部によって異なる。

だが学園関係者の凡その共通認識としてあるのは、武道系の部活が最大手であるということだ。その中身も剣道や空手、ボクシング他諸々だが、学園の性質を考えればそれも何ら不思議な話では無い。

 そしてそういった武道系の部活に所属している生徒には、過去に大会で賞を取ったなどの同年代と比しても競技のエリート格が属しているというのもザラだ。中学時代に剣道で全国出場をしている箒など良い例だ。

IS学園の入学は狭き門、"受験"という関門に対してより有利になるようにと少女達が研鑽に励んだ結果だ。そしてそうした過程を経て入学した生徒は以後も研鑽を怠ることは無く、ISとなると流石に他の要素による有利不利も出てくるが、続けてきたその競技においては紛れも無いエース格となっていた。

 

「なんなのよ、これ……」

 

 だが、そうした自負はもはや理不尽と言っても良い自分たちを上回る実力者に突き崩されかけていた。

アリーナの中央で高々と己への挑戦を求めた少年、学内で知らない者がいない彼は所謂"腕利き"の生徒たちにとってはただ男性のIS適合者であるというだけが興味の理由では無かった。

二、三年には一度で良いから勝負をしてみたいと言う者もいるし、一部には実際に仕掛けに行った者もいる。そしてその結果は彼の無敗。名実ともに生徒の頂点に君臨する生徒会長ですら引き分けに追い込まれたという報は間違いなくここ最近のビッグニュースの一つだ。

 

 そんな話題の中心とも言える彼が向こうから持ちかけてきた機会だ。乗らないわけがない。おまけじみた景品は拾ったら儲け物程度、いざと意気込んで舞台に躍り出た。

同じように彼に挑むべく躍り出た学友は決して少なくは無い。そんな彼女たちを迎え撃ったのは、文字通りの蹂躙であった。

 

 一夏に挑んだ者は決して少なくは無い。数にして二桁は軽く行っているし、同時に挑みかかる人数も三人以上はいる。

外部の観客はどうか知らないが、生徒の側にはそれを指して卑怯と言う者は殆ど居ない。挑んだ者はいずれも耳聡く過日の一夏と楯無の一戦の顛末を耳にしている。

あの楯無から余裕を消し、その上で引き分けに持ち込むような相手だ。単騎で挑む方がそもそも無謀、挑むなら複数でようやくまともな勝負になる。それが挑んだ一同の暗黙の了解であった。

かくして四方から取り囲むように一夏へと戦いを挑み、そして為す術なく最初に挑んだ五人がリアイア判定を受けた。

 

 拳も、蹴りも、使ってくださいと言わんばかりに置いてあった木刀やら練習用の槍やらも、全方位が見えているように躱し、あるいは受け流し、時に払い落としていく。

挑んできた以上は反撃を受ける覚悟アリとでも見做されたのか、五人の初撃をいなしたと同時に一夏も動き出し、二人の襟首を掴んで一気に床に倒すと、屈んだまま足払いで一人の体勢を崩し、その手首を握り合気の要領によるものだろうか、ガクリと膝から崩れ落ちさせる。そのまま残る二人の顎に鉤爪のように曲げた指を掠らせ、軽度の脳震盪によって先ほどと同じように崩れ落ちさせる。後は消化作業のように五人分のティアラを奪取しリタイア判定を与え、お終いだ。

 

「さて、次は?」

 

 この程度ならば大したことは無いと言うような余裕を見せつけながら睥睨してくる。集まった少女たちは自然と顔を見合わせ頷き合い、第二陣として再び一夏へと挑みかかって行った。

 

 

 完全に遊ばれている、挑んだ少女の一人はそう思わずには居られなかった。いや、ふざけているというわけではない。一夏の表情を見れば一目瞭然、緩んだ雰囲気は欠片も無い。彼は大真面目に自分への挑戦者の相手をしている。

ここで言う遊びとはそういった緩みとは違う余裕だ。こちらは全員が全員、文字通りの本気になって向かっている。あの生徒会長が掲げる"挑戦者随時募集"に従い挑むのと同じように、そうしなければ勝てないからこそもしも直撃したとしても相手の安全は二の次レベルの勢いで攻めている。だが向こうが行っているのは殆どがこちら側の攻めの防御や回避、その合間にリタイア判定を決めるティアラを最小限の動作で叩き落し、可能な限り安全に配慮した動きだ。完全に生殺与奪を握られた上で弄ばれている。余裕に振舞うのも悔しいが頷ける話だ。

 

 強いとは散々に聞いていた、楯無と引き分けたと聞いた時点で評判はハッタリでも何でもないと分かっていた。だがそれでもまだ認識が甘すぎた。少女たちは内心で自分たちが考え足らずだったことを身を以って思い知らされる。相手はその気になればこちらに何もさせず一方的に叩きのめせるだろうに、確実に手心を加えている。

認めるしかない。彼は――強過ぎる。

 

「ハァッ!」

 

 拾ったのだろう木刀を勢いよく突き出す剣道部の少女がいた。だがその腕は伸び着る前に動きを強制的に止められる。

 

「……」

 

 木刀を握る少女の視線の先には、彼女が突き出した木刀を何てことないように横から掴み取り無言で見下ろす一夏の姿がある。

反射的にヒッ、と小さな悲鳴と共に臆し柄を握る手が僅かに緩んだと同時にその手から勢いよく木刀が引き抜かれ、木刀を奪い去った一夏は握り直しながら先ほどまで木刀の持ち主だった少女の足を払い、そのまま身を捻り背後から迫っていた弓を拾ったらしい生徒が放った矢(鏃は安全処理済み)を難なく払い落とす。

 

「ふむ、ステゴロも悪くはないけど、やっぱオレはこっちの方がしっくり来るな」

 

 ヒョイヒョイと奪い取った木刀を弄り、うんうんと心なしか満足そうに一夏は頷く。そのまま一回二回とその場で軽く振り、それでもう感触を確かめ終えたのか、ヒュッと風を斬りながら切っ先を下に向け、残る挑戦者たちを改めて見回した。

 

「で、後何人くらい残ってるのかな? いやね、こっちの挑戦を受けて挑んで来てくれたのは素直に嬉しいんだよ。

 ――けどさぁ……もうちょいオレを追い詰められないもんかね?」

 

 息が詰まった。足が一歩引いていた。

一部の者は背中に嫌な汗が流れるのを感じている。この感覚には覚えがあるからだ。先の彼と楯無の一戦、その折に垣間見せたあの殺気と同じもの。意図的に発したからか、あの時よりも抑えられているとは言え、それに近いものが明確に自分に、自分たちに向けられているという事実は心中穏やかでいられるものではない。

 

「悪いな。あんたたちにしてみればこの舞台は、なんだ? イベントの一環で、オレと乱痴気騒ぎのできる絶好の機会だったのかもしれない。

 けどな、オレに、この舞台にハナから関わってたやつにとっちゃあ、こいつはただの茶番に過ぎないんだ。だから、長引かせるつもりもそこまでは無い。

 

 ――終わらせるぞ。ちょいとばかし、本気(マジ)だ」

 

 来る、そう察して残る挑戦者たちは警戒するが、その時点で遅すぎた。

 

「え――?」

 

 一夏から最も近い位置に居た少女はいつの間にか一夏が自分の横を通り去っていたことに気付く。

一瞬呆け、カランという音と共に少し前の方へ落ちたティアラを見て、そこで彼女はようやく自分の頭に乗っていたティアラが既に叩き落されリタイアとなっていたことに気付いた。

そして一人目の彼女が自分がやられたということに気付いた時には既に別の三人が同じ終わり方を迎え、結果として十数人残っていた挑戦者は10秒あるかどうかで全員がリタイア判定を受けることで終わりを迎えていた。

 希望参加の一般生徒の全員リタイアが数馬のナレーションにより告げられる。

淡々とした無情さを感じる口調には、この程度の結果は当然という数馬の意思が込められているようだった。

 

 

 

 

「これで、残ってるのはお馴染みの四人、か……」

 

 リタイア判定を受けた希望参加者たちが引き上げたのを確認し、一夏は一人ごちる。

先ほどの彼女らに言ったように、この舞台は結局茶番でしかない。少なくとも今現在、この舞台に残っている人間は総じて共通の理解としていることだ。

だが、曲がりなりにも舞台の体裁を取って観客への見世物にしている以上はきっちり締めるところは締めなければならない。故に、まだ一夏にはもう一仕事残っているのだ。

 

「なぁ、そろそろお前らもかかってきたらどうだよ? なぁ、箒。そして鈴」

 

 茶番と分かっていても楽しみだからこそ隠せない高揚を含ませながら一夏は言う。

その後方には二振りの模擬刀を携えた箒と、同じように二振りの模擬柳葉刀を携えた鈴が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと靴音を立てながら彼女は歩いている。口を真一文字に結ぶ無言のまま、感情の波を見せない硬質な輝きを瞳に宿しながら歩く。

学園祭という行事が、今も続く舞台の熱気が、誰も彼も巻き込んだ興奮となってあちこちに伝わっているも、彼女はその一切に感心を示さない。 

 そういう人間なのだ、彼女は。己がここと見据えた目的に向かってただ愚直に進む。脇目を振ることなど殆ど無い。

今もそうだ。彼女の目に映るのはただ一人のみ、それ以外に用は無い。故に彼女は歩き続ける。ただ無言で、ただひたすらに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 一夏無双。
割とマジな話、生身のぶつかり合いで一夏をどうこうしようとするのは非常に困難です。そこへ果敢に挑むことを決めた箒と鈴、果たして彼女たちは一夏に勝つことができるのか!
 二人の勇気が世界を救うと信じて――!

 



 というわけで次回、一夏くん大暴れ第二幕です。乞うご期待。

 最後に出てきた人、一体誰なんでしょうねー(棒読み


 感想ご意見、随時受け付けております。
些細な一言でも構いませんので、お気軽にドシドシ書いていって下さい。
頂ければ頂けるほど、テンションがアップします。

 ではまた次回更新の折に。


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第六十六話:真・一夏無双 ~ダース・ワンサマーの巻~

 スゲーや、また更新に一週間足らずだ。
我ながらちょっとどころか、かなりビックリしております。

 今回はシンデレラの()()()本番です。
舞踏会じゃないですよ、武闘会ですからね。舞踏会は……ライブビューイングだけでも行っておけば良かった……

 原作五巻のシンデレラの大騒ぎの場面ですね。
まぁ一夏の対応はタイトル通りですが。
 
 それではどうぞ。


 織斑一夏、篠ノ之箒、凰鈴音。IS学園の擁する数少ない専用機持ちにして純粋な近接戦を主体とする三人。

その戦い方は何もISに限った話に限らず、こうした生身での戦いにおいても適用される。

 

「で、なに? お前ら二人揃ってその得物は拾ってきたと?」

「あぁ。お前に挑むに相応しい代物をな」

 

 箒の携える二刀、鈴の携える柳葉刀、どちらも刃引きこそされているが作りは本格的なものだ。

ギリギリのラインで安全こそ確保しているものの、金属製ということを鑑みれば十分武器となり得る。

 さて、これは木刀で相手をするのはちょっと骨が折れるな、などと一夏は考えるが、それを読み取ったように箒は背負っていた布に包まれた棒状の物体を一夏に放って寄越す。

 

「ほら、お前もこれで不足は無かろう」

「なんだよ、わざわざ拾っておいてくれたのか?」

 

 言いながら包みをの袋を剥がすと、中から箒が持っているような刃引きをされた刀が二振り出てくる。ただしあちらとは違い、こちらは両方とも長いタイプだ。

いったいこんなものをどうやって用意しておいたのかと、会場設営の一切を仕切っていた楯無に問いたくはあるが、まぁ手に馴染む得物があるだけ良しとするかと、深く追求することをやめる。そんなことより今は目の前の二人の方が重要だ。

 

「わざわざオレ用に得物を用意してくれたのはありがとう。

 で、その上でオレとマジでやり合おうってことで良いんだな?」

 

 例え刃引きをされた物とは言え刀は刀。持てば自然と気持ちも切り替わる。

それは明確な闘志、そして殺気となって発露し、箒と鈴に容赦なく叩きつけられる。

だが――

 

「ふんっ」

 

 気合いの一声と共に箒は一歩を踏み出し、鈴もそれに続く。

そして二人とも各々の両手に納まる得物を構えた。

 

「良いね、そう来なくっちゃ」

 

 ニカッと、心から嬉しがるように一夏は口元を笑みの形に変える。そう、本当に嬉しいのだ。

ならば後はただ勝負をするのみとばかりに一夏は駆け出し、同時に箒と鈴もまた迎え撃つべく動き出す。

 二刀の切っ先を僅かに地面に掠らせながら一夏は低い体勢で距離を詰めると舞うように刀の重さによる遠心力も利用して半回転、挟み撃ちをするように二方向から振るわれる箒と鈴の得物をそれぞれ片手に握る刀で受け止める。

 

「クッ、ククッ……フッハッハッハ……」

 

 楽しくて、愉快で仕方が無いと言うように一夏の口から洩れる笑い声、それが指し示す彼の余裕を感じ取り箒と鈴は自然と表情が険しくなっていた。

 

 

 

 

 

 金属音が絶え間なく鳴り響く。得物の小柄さ故に手数の優れる鈴が猛攻を仕掛け、それを一夏が迎え撃つことによるものだ。

勝負が始まり十数秒で大まかな流れは確定した。最も手数に優れる数が連続で攻め続け、その間隙を突くように箒が要所要所で一撃を狙うというもの。

余人であればすぐに押し切られる猛攻だが、その全てを一夏は冷静に対処しきっていた。繰り出される一撃一撃を見抜き、弾き、流し、僅かに身を逸らすことで躱す。

これだけ攻めて掠りもしないのだから、相手側からしてみればさぞ厄介ではあるが、同時に一夏もまた、彼自身予想外なことに攻めあぐねているのが現状だった。

 

 まずは箒。あの大小の二刀を攻防で使い分ける技にはよく覚えがある。彼女の実家に伝えられる"篠ノ之流二刀剣術"のものに相違無い。

夏以降、生家の蔵から可能な限りの資料を引っ張り出し、それを基に研鑽を改めているとは彼女自身の口から聞いていた。だがここまで練度を高めているとは思っていなかった。

無論、剣士としての総合で言えばまだまだ自分の方が上と一夏は自負しているが、それでも驚嘆に値する成長の速さだ。

 

 そして鈴。ある意味ではこちらの方が箒以上に驚かされる。

伊達に候補生をやっているわけではない。経験の浅さはやむを得ないとしても、相応に訓練は積んでいるし決して弱いわけではない。だがそれでも一夏にとってはまだまだ御すに苦労は無い、そのはずだった。

いや、実際今もこうしていなす分には全然問題は無い。一対一ならば一気に押し切ることもできる。だがこうしてある程度守りに回ってこそ分かる。鈴の動きは極めて読みにくい。動きの不規則性、そこに端を発する読みにくさは或いは楯無以上かもしれない。

野生の勘による無型(フォーム・レス)と言うべきだろうか。長ずればこう呼ぶに相応しいだろう、即ち、我流と。

 

 

 

 攻防の最中にも移動は続き、場所はアリーナに建てられた城のようなセットの一角に移る。

バルコニーを模したステージに移動した時、一夏と刃を交えていたのは箒だった。

 

「ぜぇええいっっ!!」

 

 左手に構えた小太刀サイズの刀を常に守りへと移行できる状態にしながらも、大小の間合いの異なる二刀で仕掛けてくる箒を、一夏も同じように二刀で迎え撃つ。

だが見る者が見ればその攻防の違和感、特に一夏の側から感じ取れるソレに気付いていただろう。

 

(クッ、こっちが振り回されそうだ……!)

 

 一夏の動きがいつもと違う、それに気付いたのは手合わせが始まってから少々経ってからのことだ。

理由は至極単純、一夏の挙動が大振り気味、大袈裟とも言えるものだったからだ。全身をスイングさせるような回避に、宙返りや跳躍を交えたアクロバットな回避。更には剣にしても全身ごと捻るような大胆な振りが多い。

無論、それまでの一夏らしい動きもあるし、その流れも動きの中に見て取ることはできるが、それにしても今までとは違い過ぎる。

 

「箒どいて!」

 

 背後から掛けられた声に箒はすぐに応じる。一撃、力を込めた一撃を一夏向けて叩きつける。だがテレフォンパンチのような動き故にあっさりと躱され、逆に隙のできた胴に鋭い刺突による反撃が襲い掛かる。

それこそが箒の狙いだ。躱されることも、反撃に応じられることも分かっていた。分かっていたなら、多少無理をすれば避けるくらいなら何とかできる。

 踏ん張る足に力を込めて身を捻り、ギリギリのところで刺突を交わすとそのままバックステップで下がり、更に下がってセットの上まで続く階段の上に立つ。

 

 反撃の刺突を繰り出したことで大きく半身の伸びた一夏、その彼目がけて建物の中から駆けてきた鈴が全力の蹴りを繰り出す。

迎撃は間に合わない、完全に回避するのも難しい、そう判断した一夏の選択は後退。先の箒がしたようにバックステップで離れようとするも、僅かに間に合わず胸に鈴の靴先が当たる。

直撃すればそれ相応に痛いだろう蹴りだったが、幸いにも後退によりその威力の殆どは伝わらなかった。そして僅かとは言え当たり、更に後ろへ押された勢いを利用して一夏はバルコニーの手すりに手をかけると、そのまま自分の体を持ち上げ後方宙返りをしながらバルコニーから飛び降りた。

ちょっとした建物の二階分、あるいは三階近い高さがあるバルコニーから飛び降りるなど尋常の沙汰では無い。当然、客席のそこかしこから悲鳴のような声が上がるも、落ちながら一夏はあっさりと体勢を立て直し、難なく着地してのけた。

 

 

 

「凰、気付いたか? 一夏のやつ、動きが妙だ」

「やっぱり? なんかあいつにしちゃ派手に動きまくってるなって思ったのよ。あいつ、むしろそういう無駄を省きまくった動きがメインだし」

「……癪な考えだが、試されているのかもしれんな」

「は? どういうことよ」

「文字通りさ。あの動き、おそらく一夏なりに新しく自分のモノとして確立しようと目論んでいるものかもしれん。

 私たちはその体の良い練習相手、というわけさ」

「あぁなるほど。そりゃあ……また舐められたものね」

 

 二人の視線は一夏が飛び降りたバルコニーの手すりに向かう。

 

「無理はする必要ないんだぞ?」

「はっ、少しは無理をしなきゃ一夏には敵わない。分かり切ったことでしょ?

 それに、女は度胸ッ!」

「違いないッ!」

 

 同時に駆け出し、一夏がそうしたようにバルコニーから飛び降りる。自由落下の感覚に一瞬腹の内が浮き上がるような感覚に襲われるも、すぐに地面が間近に迫り両者共に一切の怪我が無い華麗な着地を決める。

 

「はぁあああッッ!!」

「ぜりゃあああああ!!」

 

 最初と同じように双方向からの同時攻撃、共に両手で振ってきた一撃を一夏はどちらも片腕で受け止める。

だが、男女の筋力差があるとは言え、やはり両腕による押し込みを片腕で受け止めるのは厳しいのか、次第に押し込まれていき二人の武器が一夏へと近づいてくる。

 いけるか――そんな考えを箒と鈴が共に思い浮かべた時、一夏の口元に再度笑みが宿る。

 

「ヌッハッハッハ……んなこと、あるわきゃねぇんだよなぁ……」

「なっ……!?」

「マジで……?」

 

 それまで押し込まれていた一夏の両腕、それが逆に箒と鈴の武器を押し返していく。

ゆっくりとではあるが、その速さは押し込まれていた時よりも速い。それが意味するは即ち、二人の両腕を片腕で相手取って、依然余裕があるということだ。

 

「カァッ!!」

 

 一喝と共に一夏の腕が箒と鈴を弾き飛ばす。思わずたたらを踏むも、その時鈴の視界にチラリと映るものがあった。

 

(アレは――)

 

 それが何なのか理解した直後、鈴は得物を握ったまま親指と人差し指でL字を形作る。ともすれば武器を握り直すための何気ない動作に見えるため一夏が気に留めることは無かったが、それを見た箒は目だけで頷き鈴の意図が確かに伝わったことを示した。

再び剣戟が繰り返される。箒と鈴による波状攻撃を一夏は先ほどまでと同じように躱し続ける。依然、回避には宙返りやら大胆な半身のスイングが多い。間違いなく消耗の激しい動きだろうに、疲労を微塵も見せないあたり彼の地力が伺える。

 その最中で再度一夏対二人の押し合いにもつれ込んだ。状況としては先ほどと全く同じ。だが今度は二人が両腕に込めてくる力がより大きくなっている。

再び押し返してやろうとするも、今度は体重まで掛けてきているのか中々押し返しにくい。いや、むしろ目的は得物を押し込むことより自分をこの場に抑えつけておく方みたいだ。そう考えた直後、一夏の背を悪寒が走り抜けた。

 

 考えるより早く動き始める。

渾身の力を込めて、押し返すのではなくずらすことで二人をやり過ごそうとする。そうして何とか自由の身になると同時に身を捻ろうとして――状態が僅かにそれた直後、何かが目視できない速さで一夏の横髪を掠めた。

 

「セシリアかっ!」

 

 間違いなく狙撃、それもあのギリギリの回避になるほどに正確な狙いを続けられる人間は今この舞台に立っている人間ではセシリアしか居ない。

というより躱せたこと事態、一夏としては自分を褒めてやりたいことだったりする。なにせ最近の彼女ときたら狙いのまぁ正確なこと。

ISでの模擬戦にしたってビットからの射撃はともかく、主兵装のスターライト.MKⅢからの射撃はほぼ百発百中だ。何らかの方法で防がれこそすれ、外した場面はここしばらく見たことが無い。

 

「そ、狙撃は流石にやり過ぎじゃあないか……?」

 

 故に一夏も冷や汗を流しながらそう言ってしまう。

だがそれを聞いた二人の反応は実に冷めたものだ。

 

「安心すると良い。聞けば弾の素材は軟質のものらしい。

 故に、当たってもすごく痛いくらいで済むそうだ」

「いやでもよ、目とかに当たったら流石に事だろ」

「逆に聞くけど一夏、セシリアがそんなヘマすると思う?」

「……しませんですね、ハイ」

 

 厄介なことになったと一夏は舌打ちをする。

二人を相手取りながらセシリアの狙撃を凌ぐ、流石にそこまでやり切れる保証は無い。二人だけならまだしも、セシリアは本気でどうにかしないといけない。

だがそんな一夏の考えはお見通しなのか、行かせるものかと二人が立ち塞がる。

 

「……やるしか、無いようだな」

 

 動きの試運転も兼ねていたりで、真面目にやってこそすれ多少の加減はしていた。

だがそれも止める。出し惜しみ抜きの強行突破に移ることにした。

 

 二種の気が体内で融合し、禁忌的な爆発力を発揮する。

その勢いを十全に利用し、一気に箒と鈴の間に滑り込むと跳躍や宙返り、身を捻っての回転などと共に二刀を振る。

だが文字通りに出力の上がった体から繰り出される動きは速さ、勢い共に大きく増しており、それと共に振るわれる二刀はまさに破壊の渦と化していた。

 

 堪ったものではないと箒と鈴が一夏から距離を取り、同時に二人の距離が離れた瞬間に一夏の動きは転じていた。

一息で箒との距離を詰め、迎え撃とうとしていた箒の二刀も強引に弾く。そのまま懐に潜り込むと襟首を掴み思い切り投げ飛ばした。

 

「ガハッ!」

 

 勢いよくセットの壁に背を打ち付けた箒は視界が白く染め上げられ、そのまま壁を背にうなだれたまま座り込む。

残るはお前だと言わんばかりに一夏の視線を向けられた鈴は逆にやってやるという勢いで一夏に斬りかかる。

セオリー通りとすれば体の基本的な、無駄のない動かし方。それ以外の武器の振り方などは全て本能と勘に任せる。

余人であれば無意味なこの戦法も、彼女にとっては立派な武器になるだろう。先に述べたように、長ずれば間違いなく強力な武器となる。

 

 だが今の一夏には奇しくも及ばない。

不規則に繰り出される連続攻撃を全て躱し、逆に先と同じような竜巻のごとき一夏の反撃が襲い掛かる。

それを何とか凌ごうとするも勢いに押され、一瞬体勢が崩された。だがその時一夏は鈴に丁度背を向ける形になっており、まだ立て直しは効く。

そう思った矢先、振り向きざまに一夏が腕を振るい頭頂部を掠める感触があった。

 

「あ――」

 

 思わず呆けるような声が漏れた。

そしてカランという音と共に鈴の頭に乗っていたティアラが地に落ち、彼女の脱落を数馬のナレーションが伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

「完敗ね……箒、大丈夫?」

「あぁ、なんとかな。痛っ……」

 

 派手に背中を打ち付けた痛みはそれなりのものらしく、箒は顔をしかめている。

その背をさすりながら鈴は箒を気遣い、具合を聞く。一夏はとっくにセシリアを探すべく走って行った。ただ彼に捕捉されないことを祈るばかりである。

 

「参ったわね。あたしも結構腕前はつけたって思ってたんだけど。

 何アレ、おかしいでしょ。あの最後の時、一気にに勝てるビジョンが消えたわよ」

「私たちが鍛錬に励むのと同じように、あいつもまた己を高めているということだ。

 全く、超えようともがいても向こうが勝手に高くなるとは、実に厄介な壁だよ」

「そう言う割にはあんた、あまり嫌そうな顔をしてないけどね」

 

 若干呆れを含んだ鈴の言葉に、箒は自分の顔がうっすらと笑みを浮かべていることに気付く。

気付き、自分の性分がおかしいのか堪らず苦笑を漏らす。

 

「そうらしい。どうも、それを超えようともがいて、超える自分を夢想するのが楽しいらしいな」

 

 パンパンと服の汚れを払いながら箒は立ち上がり、軽く腕を回すなどしてコンディションを確かめる。

背中に受けた痛みも既に引きつつあるし、それ以外は特に問題無い。十分にやれる状態だ。

 

「私は一夏を追おう。こう言っては悪いが、一夏に追い詰められてオルコットに対処できるとは思えん。

 まぁ、それは私も同じようなものだがな」

「あんただけじゃないわよ。あたしにだって言えることだし。

 とにかく、早く言って一夏より先にセシリアと合流しちゃいなさいな」

「そうさせて貰おう。後はデュノアともだが……

 待て、そう言えばデュノアはどうした? 一度別れてきり動向が知れん」

「そういえば、そうね。まぁあの娘のことだから上手くやってるとは思うけどさ」

「だが気になるな。それに、一夏に挑むに手勢が多いに越したことはない。

 私が移動がてら探すとしよう」

「んじゃ、あたしも戻りながら見つけたら声かけておくわ。

 箒、先にラウラと合流してるわ。準備はしておくから、後は任せたわよ」

「心得た。頼んだぞ」

 

 頷き合って二人は別れて移動を開始する。

 

 

 そしてこの時、二人は気付いていなかった。

否、二人だけでは無い。今もこの舞台に立つ全員、そして裏でこの舞台を仕掛けた者も、誰も気付いていなかった。

殆ど予定通りに進んでいるこの舞台に、想定外の存在が紛れていたことを。

 

 

 

「これで残ってるのは篠ノ之さんにセシリア、それに僕だけか……

 一応予定通りだけど、あの人数を一人で制圧するとか、流石は織斑くんだよ……」

 

 舞台に用意されたセットは非常に大がかりだ。

先ほどまで一夏、箒、鈴が立ち回りを繰り広げていた城のようなセットもあれば、幾つもの壁が立ち並ぶ迷路のようなセットもある。

その他にも元々ISの訓練施設であるアリーナの設備を活かした、任○堂あたりの3Dアクションゲームのステージに出て来そうなトンデモ仕掛けがあったりもする。具体的にはマ○オ64とかマ○オサンシャインとかに出そうなアレだ。

 

 そんな設備の中を、一夏に捕捉されないようにしながらシャルロットは進んでいた。

機を見計らうつもりだったが、予定していた残存人員の一人である鈴がリタイアとなると、計画としては順調だが表向きの目的としてはマズイ。あの一夏を相手取るのに一人減るのはそれだけで大事だ。

 

「早く、篠ノ之さんやセシリアと合流しなきゃだね」

 

 そうしなければ彼とは満足に戦うことができないし、勝って更なる満足を得ることも叶わない。

方針を決定し動き出そうとした直後、背後から唐突に生じた殺気にシャルロットは反射的に振り向いていた。

 

「ガッ!?」

 

 だが完全に振り向くよりも先に首に何かを叩きつけられる。

痛みと衝撃に視界が一瞬白く染まるも、視界だけはすぐに持ち直し気配の正体をだけでも見ようとする。この舞台の裏事情を考えれば、それは放置できないことだからだ。

だが――

 

「あ……あな、たは……」

 

 気配の主が何者か、それを見た瞬間シャルロットは困惑する。

何故この人がここに居るのか。何が目的でこんなことをしたのか。

 答えを弾き出せないまま、シャルロットの意識は頸部を絞められたことにより暗闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 そしてまた別の場所では――

 

「マ、マズイですわね……」

 

 息を潜めつつ移動しているセシリアは冷や汗を禁じ得ずにいた。

経費削減のためか安全のためか、木製が大半のセットでできた迷路じみた中を歩き回る彼女は一刻も早く追手から逃れたい気分だった。

 

「セーシーリーアーっすわぁああああんっ! 

 どーこでーすかー! あーそびーましょー!!」

 

 何せさっきからこんな感じの一夏の大声が聞こえているのだ。

何が遊ぼうだ。近づかれたら遊ぶなんて生温い状況じゃ済まないに違いない。

というかそもそも声がそういう意気込みに満ち満ちている。

 

 はっきり言って、捕まったら即アウトだ。

 

「お願いですから、見つけないでくださいましね……」

 

 祈るように呟いてから、思わずブルリと背筋を震わせるセシリアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「数馬くん数馬くん、実はこの舞台、こういう仕掛けがあったりするんだけど……」

「へぇどれどれ? ほほぅ、これは中々面白そうだねぇ」

「でしょ? これ、やっちゃう?」

「やっちゃおうか?」

 

(どうしましょう、これ……)

 

 放送席で悪い笑みを浮かべている二人を見ながら、虚は困り果てているのであった。

 

 

 

 

 

 




 強いて仕込んだネタを挙げるとすれば今回の一夏の戦い方そのもの。
タイトルと、文中での動きの説明を見れば分かる方は多分すぐに分かる。

 是非分かった方は感想までどうぞ。
そして分かった方はきっと自分とさぞや話が合うに違いない。

 残るは四人。一夏、箒、セシリア、???、勝ち残るのは誰なのか。
そして???とは一体……

 次回を乞うご期待。
ほらほら箒、頑張ってくれ。こうなるともう君くらいしか一夏を倒す希望は居ないんだからさぁ!
頑張れ、頑張れ、ホーキ!(べんぼう並感

 というわけで、また次回更新の折に。
感想ご意見、随時募集中です。お気軽に、一言でも良いのでどうぞ。




 ところで、先日の急なお気に入り登録とUAの伸びは何だったのか……
なんか日刊も最高六位とか行ってたし……。マジびっくり……


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第六十七話:高貴なる弾丸

 ギリギリ一週間以内更新。
我ながら中々に調子が良いです。このペースを維持したいものですが、いつまで続くやら。

 シンデレラの武闘会、第三幕。
久しぶりにセシリア活躍させてやれました、ハイ……
オルコッ党の方々、お待たせしました。


 九月も後半に差し掛かりそうな頃合いとあっていよいよ秋も深まっていく時節だが、幸いにもこの日は快晴と穏やかな暖かさに恵まれた。

休日であるということ、IS学園の学園祭があるということで学園に繋がるモノレール駅周辺はいつもより賑わいが増している。駅に隣接するショッピングモールはまさに休日の大型商業施設のお手本とも言うべき来客振りだ。

 

 だがどこもかしこも賑やかすぎるというわけではない。賑やかな場所であっても、一歩そこから先へ進んでみれば一気に喧騒から離れるということはザラだ。

駅に併設するのはショッピングモール以外にも臨海公園もある。木々が規則正しく植えられ、レンガ舗装された道があったりと、伊達に先進的施設であるIS学園の膝元ではないというわけでは無いが、小奇麗に整えられている。

 そんな臨海公園の一角にはオープンテラスを持つカフェがある。穏やかな天気の休日ということもあってか、カフェは店内もテラス席も満席御礼状態だ。

とはいえ場の雰囲気というものが自然とそうさせるのか、満席言えど喧騒が目立つということは無く、そこかしこから穏やかな談笑の声が聞こえるという実に落ち着いた雰囲気が保たれている。

 

 そんなテラス席の一つに一人で腰掛ける男の姿がある。

休日とは言え仕事に精を出しているのか、スーツを着こなした偉丈夫だ。だがタブレット端末でニュース記事を読みながら静かにコーヒーを啜る姿はただの働き盛りというだけではない、育ちが自然とそうさせた気品のようなものも持ち合わせている。

一種の絵になるとも言える男の姿だったが、そこへ近づいてくるカフェの店員が居た。

 

「申し訳ありません、お客様。

 別のお客様とのご合席の方、よろしいでしょうか?」

「む? あぁ、構わん」

 

 心から申し訳ないという態度を示すように低姿勢でされた店員の求めに男はあっさりと頷く。

それからすぐに男の向かい側の席に合席をすることとなった別の客が座る。

 

「突然申し訳ありませんわ。

 合席、どうもありがとうございます」

「いや、特に困ることもないのでな」

 

 座ったのは美女だ。美女、それ以外に表現する言葉が見つからない。

地毛だろう金髪からして西洋圏の生まれであることは間違いない。日本語が流暢だが、学びの成果なのだろう。

 

 そして整っているのは顔立ちだけではない。高級ブランドの服を完璧に着こなし、その上からでも抜群のプロポーションを持っていることが分かる。

ここまで容姿という点で何もかもが揃っている女性など、世界全体で見ても指折り数えるくらいしかいないだろう。事実、他の客の視線の幾らかは彼女に向いている。

だがその彼女と最も近い場所に座っている男はと言えば、彼女にさして興味も無いのか依然としてコーヒーを啜るだけだ。

 

「こちらにはお仕事で?」

 

 やってきた店員に紅茶をオーダーすると彼女の方から男に話し始める。

男も別に話をするのに否は無いのか、あぁ、と頷いて言葉を続ける。

 

「仕事と言えば仕事だ。

 とは言え、知り合いの巻き添えを食ったような形だがな」

「あら、そうでしたの。そのお知り合いはどちらに?

 もしかして合席はご迷惑だったかしら」

「いや、それは問題無い。

 そいつなら今は――」

 

 男は視線を別の方へ動かす。

 

「あそこだよ」

「あぁ、そういうことですの」

 

 男の視線の先にあるもの。それは臨海公園から望むことができるIS学園だ。

 

「今日は確かIS学園の学園祭だとか。

 お知り合いはご招待をされて?」

「そうだ。

 そして俺はその道中の付き添い、でなければお守りだ。

 仕事は仕事だが、さっきも言ったように巻き込まれた口というわけだ」

「それは大変でしょうね。折角の休日ですもの、お察ししますわ。

 それにしても奇遇。実は私も似たようなものですの」

「ほぅ?」

 

 関心と共に向けられた男の視線に、彼女もまた視線を合わせると笑みを浮かべながら続ける。

 

「実は今日は別の場所で目にかけている部下の娘が大事なお仕事でして。

 きっと今頃は、期待に応えようと頑張ってくれているはずですわ」

「そうか。これも縁だ、健闘は祈らせてもらおう」

「ありがとうございます。

 きっと吉報を持ってきてくれると信じていますわ」

 

 ニッコリと微笑む彼女の姿は男ならば誰もが魅了されるだろう。

しかし彼はそれでも表情を微塵も変えることなく黙ってコーヒーを飲みつづけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏とセシリアの勝負の肝は常にある一つの要素に集約される。

 それは互いの距離だ。

 

 片や学年最強、全学内でも最上位の剣士たる一夏。

 同じく学年最高にして学内最上位のガンナーであるセシリア。

両者の得意とする彼我の距離、苦手とする彼我の距離、それぞれが真逆である以上は当然と言えることだ。

 

 日々の模擬戦にしても然り。

間合いを詰めさせず一夏を一方的に嬲ってセシリアが勝利することもあれば、間合いを詰め食らいつき離さず一方的にセシリアを打ち据えて一夏が勝利することもある。

IS学園第一学年専用機持ち、その中で最も最初に矛を交えた二人は、その最初の勝負から今に至るまでで互いの対応の仕方というものを最も心得た両者でもあった。

 

「……」

 

 緊張を微塵も緩めず、小走りながらも足音は消せないまでも最小限に留めるよう気を配りながらセシリアはセットの合間を縫って移動している。

状況は決して良くない方に傾いている。現在彼女の居るエリアは木材の板や柱などを組み合わせて作られたアスレチック迷路のようなセットだ。

身を隠しながら移動し、時に物陰に隠れて狙い撃つという点では好ましいセットであるものの、とにかく移動に手間を取らされる。

 

 逆にこの移動への障害という点が一夏に対して優位に働いた。

元々身体能力という点でセシリアに対して勝負なら無いほど上回る一夏だが、それだけに留まらない。

優れた武術家の基礎として師に鍛えこまれた彼の健脚は、修行の一環として幾度と無く野山の中を駆け回された。

その経験は彼にこのセットの障害を障害とさせなかったのだ。

 

「……近いな」

 

 セシリアの気配を感じ取った一夏は着実に彼女を追い詰めていると自覚していた。

表情は真剣そのものだ。それも当然、一夏からすればセシリアを相手取る時こそが最も神経を研ぎ澄ませるべき時と考えている。

ISの模擬戦においても互いの勝率はほぼ五分だが、一夏にしてみれば何とかそこで抑えていると言った方が正しい。

集中に綻びが生まれれば間合いに捉えて斬り伏せることが敵わず、同時に一方的に撃ち抜かれるのがセシリア・オルコットという相手なのだ。

 

「悪いなセシリア。お前の狙撃は冗談抜きで怖いんだ。

 だから――最初からクライマックスで決めさせて貰うぞ」

 

 

 

 

「近いですわね……」

 

 一方その頃、セシリアもまた一夏が迫っていることを感じ取っていた。

一夏ほどではないにしろ、彼女もまた相応の経験を積んで今に至るのだ。肩書も、専用機も、身に刻み付けた実力も決して伊達では無い。

 その表情は先ほどまでと打って変わって落ち着き払ったものだ。

窮地にあるのは間違いない。だが苦難に際してこそエレガンスに振舞うのが貴族というもの。結局のところは些細な火の粉が掛かったに過ぎないのだ。ならば優雅に払ってやれば良いだけの話に過ぎない。

 

 そして今、二人の距離は文字通り壁一枚隔てるほどに近いものになっていた。

すぐ傍にいると互いに認識し合う。だが相手もまた自分に気付いているかどうかまでは分からないのも同じだ。

 セシリアは壁に背を預けながら息を顰める。確固たる自律で以って緊張による鼓動の高鳴りも鎮める。そして、壁の向こうで一夏が動いた。

コツコツと遠ざかる音が聞こえる。別の場所を探しに行ったのだろうか。そう思いながらも下手に動くを良しとせず、しばし様子見に徹することにする。

 

 その直後だ。

バリッ! と木材が割れるような音がセシリアの鼓膜を震わせた。

とっさに音のした方を見ると、セシリアが背を預けている壁、その少し彼女から離れた場所から人の手が突き出しているのが見える。

思わず息を呑むも、見覚えのある青い袖口と壁を突き破ったのだろう握りこぶしを見て、それが一夏のものだと察する。

 

 確かに背を預けている壁は、壁と言うよりはセットを構成する木材の板と言った方が正しい。

万が一倒れて人に当たっても大けがとならないように、後はコスト削減やら組み立ての簡易化などが目的だろうが、厚さもそこまでのものではない。だがまさか拳でぶち抜くとはセシリアも思わなかった。

 

 そして一夏の手は何かを、この場合はセシリアなのだろうが、探すように一、二度握り開きをして壁の向こうに戻る。

それからすぐに再び別の場所が撃ち抜かれて再度一夏の拳がセシリアの視界に入る。そして引き戻され別の場所が貫かれる。

その繰り返しから一夏が自分の場所に狙いを定めているのではと疑ったセシリアは敢えて留まる選択をする。一夏の拳が撃ち抜いている場所はセシリアからはやや離れている。下手に動くよりは拳が近づいてから適切に距離を取った方が良い。

 

 幾度一夏の拳が壁を撃ち抜いただろうか。ふとその繰り返しが止んだ。そして再び静寂が戻る。

次に一夏がどのような手で来るのか、考えながらセシリアは思考に余裕が出てきたのか、ふと別のことを思い浮かべていた。

それはクラスメイトから聞いた日本の怪談、ホラー話だ。

 イギリスはホラーを好む国民性を持っている。歴史が長く、同時に長く存在してきた古い建築物も多いためその手の話には事欠かない。ロンドン塔やハンプトン・コート・シャー宮殿の幽霊などは有名な部類だろう。

そういう経緯ゆえにセシリアもホラー話というものには親しみがあり、同じく怪談というものが古くから伝えられてきた日本にはこの点に不思議なシンパシーを感じたものだ。

 

(そう、あれは確か同じように逃げるお話だったかしら)

 

 セシリアが思い出したのは怪談とは言っても四ツ谷怪談などのような古いものではなく、比較的近代のものだ。

内容は確か幽霊が出るという廃病院に忍び込んだ学生が幽霊に遭遇し、逃げた内の一人である少女がトイレの個室に隠れるというもの。追いかけられる中、隠れ息を顰めるというのは今の自分と状況が似ている。だからだろう、不意にこんなことを思い出したのは。

さて、その怪談はどのような結末だったか。少女は隠れている女子トイレに幽霊が入ってきたのを感じ、ただ隠れて祈っていた。だがいつまで経っても何も起きない。ホッと安堵した少女がふと視線を上げるとそこには――

 

 ハッと気付いたようにセシリアは上を見上げる。そして――

 

「みぃつぅけぇたぁあああああああ!!」

「キャアアアアアアア!!」

 

 上から自分を覗き込んでいる一夏とバッチリ目が合った。

冷静にと努めていたのだが反射的に結構マジものな悲鳴を上げてしまったセシリアはそんな自分を叱咤しつつすぐに離れるべく動き出す。

動き出してすぐにあることに気付く。それは壁に開けられた穴だ。一夏が何度も拳で撃ち抜いた穴は横から見ていた時は気付かなかったが、ちょうど円を描くようにあけられている。

そしてよじ登った壁を降りてくると思った一夏は居ない。どういうことかと思った次の瞬間だ。

 

「オラァッ!」

 

 壁を蹴り破り大穴を開けた一夏がそこから現れる。蹴破られた壁は円と円の間の部分が引き千切られ、結果として大きな円形にくり抜かれる形になっている。

 

(先ほどの拳はこのためのものっ!)

 

 一夏の真意にようやく気付いたセシリアは手にしていたライフルを動かす。だがその時既に一夏はセシリアを間合いに捉えるべく疾駆していた。

 

 

 

 

(遅いッ!)

 

 一度でも狙いを付けさせるわけにはいかない。そうなる前に終わらせる必要がある。

駆けながら一夏の目にライフルを持ち上げようとするセシリアの姿が映るも、既に手遅れだと断じる。このままならセシリアが狙いを定め引き金を引くより早く一夏が彼女を間合いに捉え止めを刺すことができる。

そう考えていた故に直後のセシリアの行動は一夏の予想を遥かに外れたものだった。

 

 ライフルが宙を舞った。主の手から投げ捨てられたライフルは一直線に一夏に向かって来る。

何故と思った。頼みの綱であるはずのライフルを手放す、まさか勝負を投げたのかと思う。いずれにせよすることに変わりは無い。

躱す必要すらない。最短距離を一直線に突っ走り、目の前に迫り視界を阻んでくるライフルを持っていた刀(さっきの刃引き済みのアレ)で弾き飛ばす。

弾き飛ばし再び視界が開けた直後、その先にはセシリアが居た。真っ直ぐ、拳銃の銃口を一夏に向けながら。

 

「ッッ!!」

 

 考えるより先に本能が警鐘を鳴らし、思考が理解するより早く体が動いていた。

文字通り全身をフル出力で動かして横っ飛びする。ほぼ同時に放たれた銃弾は先の狙撃と同じようにギリギリのところで一夏の髪を掠める。

横っ飛びをしたことで地に倒れた一夏はそのまま身を転がし慌ててすぐ近くの物陰に隠れる。

 

 一度息を落ち着かせると一夏はそうっと物陰の外を覗こうとする。僅かに顔を出した直後、まるで漫画やアニメよろしく物陰の淵が銃弾で穿たれ慌てて顔を引っ込める。

それでもセシリアの位置は確認できた。この離れすぎているというわけでは無いが、すぐに詰められる距離でも無い。こちらに時間を掛けさせ、向こうに十分な時間を与えられる絶妙な距離だ。

 

「織斑さん、狙撃(スナイプ)とは日本語では"狙って撃つ"と書きますわ」

 

 物陰の向こうからセシリアの声が掛けられる。

 

「そしてご存じかもしれませんが、わたくしの得意分野はその狙撃(スナイプ)ですの。最近、皆さんにはよく腕が上がっていると言われますが、それはわたくし自身も自負がありますの。

 今のわたくしの狙撃(スナイプ)は、一度狙えば何であれ外さないと言う自負が。そう、狙って撃つ。それこそがわたくしの本領ですの。

 

 ところで、ねぇ織斑さん。

 一体いつから――わたくしの狙撃がライフルだけだと錯覚していましたの?」

 

 

 

(そっかぁ、そうだよなぁ。

 確かに狙撃ってそうだもんなぁ)

 

 言われて見れば納得だ。そして彼女の言葉に偽りは一切無いだろう。

端的に言おう。ヤバい、一気に窮地に追い込まれた。

 

「さて、どうしたもんかね……」

 

 うかうかしている時間は無い。いずれ箒やシャルロットがセシリアに合流するかもしれない。そうなったらいよいよ不味い。

箒もシャルロットも一夏を短時間とは言え抑えることはできるだろう。だがその短時間の間にセシリアは確実に仕留めてくる。

 

「ん?」

 

 何か手は無いかと辺りを見回して、一夏の目にある物が映る。それをしばし見つめ、やがて意を決したように一夏はその見つけた物の方へ動く。

 

「これで、チャレンジするかね」

 

 刀に変わって手に持ったソレを軽く振り感触を確かめる。行けなくはないが、分の悪い賭けをすることに違いは無い。

とはいえ、このまま他の二人に合流されていよいよ追い詰められるよりかはまだマシかと意を決する。

 

 

 

「動いてきますの……?」

 

 何やら物陰の向こうでバキリバキリを物を壊すような音が聞こえる。

音からして先ほどと同じように木材のセットを破壊しているのだろうが、ここからではその様子を確認することはできない。

 そして音が鳴り止んで程なくして、不意に物陰から何かが放り投げられた。一瞬そちらに意識が向かうがすぐに迂闊と己を叱咤する。

放り投げられたのは木材の破片。それにセシリアが意識を向けた一瞬の間に一夏は物陰から飛び出し、セシリア目がけて駆けていた。

 

「クッ!」

 

 すぐに狙いを定め直して引き金を引く。だが放たれた弾丸は一夏に当たること無く甲高い音と共に弾き飛ばされる。

一夏の手にあるソレは先ほどまでの刀では無かった。人の身の丈ほどもあるような長い柄、その先に付けられた刀や柳葉刀のように刃引きがされた大きな刃。

俗にハルバードと呼ばれる代物だ。

 

 だがハルバードにしても刃が大きい。

刃の側面の面積たるや、ちょっとした盾代わりに使えそうな大きさだ。

 軽量金属で出来ているために見た目よりはそこそこ軽いそれを振り回しながら一夏は吶喊する。

後はもう賭けだ。幾度と無くセシリアとの勝負でやってきた弾道と発射タイミングの予測に従ってハルバードを奮い弾を阻む。

一発一発弾く度に重い衝撃が一夏の腕に伝わるも、それを強引にねじ伏せる。少しでも衝撃に手が遅れれば、僅かでも読み違えをすれば、その時点でお終いだ。

ゆえに細かいことは全部放り投げて、ただ目の前の少女だけに意識を向けて一夏は前進し続ける。

 

 

 

「くっ!」

 

 撃った全てを弾きながら迫る一夏にセシリアも歯噛みを禁じ得ない。

だがそれでも狙いに僅かな狂いは無い。空いた場所を正確に狙い、しかし弾かれる。その繰り返しだ。

 長大なハルバードを縦横無尽に回転させながら迫る一夏の姿は脅威そのものだ。

だが迫る脅威など今まで幾度と無く対峙してきた。今更この程度で臆したりはしない。

 

 故に、一夏がそうしたようにセシリアもまた賭けに打って出た。

遂に間合いを詰め切った一夏がセシリアのティアラを弾き飛ばすべくハルバードを奮う。

下手をすればセシリアの銃弾以上に当たれば危ない代物だが、彼女がそうであるように一夏もまた外すつもりは無いのだろう。ティアラのみを弾き飛ばす、恐ろしく正確な狙いでハルバードが横薙ぎに振るわれる。

それに対してセシリアは敢えて()()飛び込んだ。身を屈め、体を投げ出し、頭上を重い物が掠める感触を感じつつセシリアは一夏の脇下を転がり抜ける。その際に衣服に乱れや埃が付くも、一切気にしない。

身嗜みを気にしないわけでは無い。だがこの場において真のエレガンスとは立ち居振る舞い、気概でこそ発揮されるものだ。

 

 転がり、起き上がりながらセシリアは背後を向いて一夏を撃つべく銃を向ける。

だがそれより早く一夏が動く。振るったハルバードの重さによる遠心力を利用してセシリアの狙いから外れようとする。

それを追尾し、引き金を引いた時には一夏も守りを整えていた。そして銃弾を弾き飛ばし、再びセシリアのティアラを討たんとする。

それをまたすんでの所で躱し、再び引き金を引く。

 

 不意に、セシリアの目が一夏の体のある一点を捉えた。それは彼の右肩だ。

狙い撃てる、そう思ったと同時に彼女の体は勝手に動いていた。

 一夏の目は真っ直ぐにセシリアの双眸を捉えている。その目を見ながら、これでチェックメイトと脳裏で彼に告げる。

最早彼女自身の意思が介在しているのかも曖昧なほど自然に銃を握る手が動く。そして狙いを定め、これで最後とばかりに引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 そして弾丸は虚空を飛び去り、セシリアの頭からティアラを弾き飛ばした一夏が彼女の横を通り抜けていた。

 

「なっ――」

 

 一夏の友人によるアナウンスが彼女の敗退を告げる。

何が起きたのか、まさか己が外したのか、思考が止まったセシリアに背後の一夏が声を掛けた。

 

「外しちゃいないさ。最後まで、お前の狙いは完璧だった」

 

 では何故かわされたのか。

 

「どこに、どのタイミングで、それさえ分かれば銃弾だって躱せる。

 だが並の相手ならともかく、お前相手にそれは難度がバカみたいに跳ね上がる。なにせ躱そうとしてもギリギリまで正確に狙って来るからな。予め武器を間に立てて何とかだ。

 だが、そのギリギリの狙いさえも誘導できたのなら――躱すことはできる」

 

 理屈の上では分かる。だがそんなことが――もしや。

 

「お前の目が教えてくれた。後はオレ次第だ。

 最初のラウラや、鈴と箒の二人を纏めて相手した時よりも引き出しを開けさせられたよ。けど、その甲斐はあった。

 お前の動きに、流れに合わせて銃撃を凌いだ。それをより深めて、お前の動きと更に一体に合わせて精度を上げた。

 そして――お前の流れをこっちの手の内に納めた。

 礼を言うぜ、セシリア。オレの制空圏は更なる進化を見た。オレはまた一歩、深奥に近づいた……!」

 

 そういうことかとセシリアはようやく理解した。

 

「最後の一発、自然と体が動いていましたわ。

 あれは、貴方にそうさせられたのですね。

 全く、淑女(レディ)を手玉に取るなんて、随分と悪い殿方ですこと」

「そうだな。性根の悪さは自覚しているよ」

 

 皮肉をあっさりと肯定して返した一夏にセシリアも苦笑を禁じ得ない。

 

「わたくしの負けですわね。認めましょう、完敗です。

 ただ、一つだけ忠告を」

「なんだい?」

「先ほどの技、心からお見事と言わせて頂きますわ。

 けれど、それでは女の心を掴むことはできませんわよ?

 貴方に殿方としてそういう望みがあるなら、技では無く己という男を磨くべきと言わせて貰いましょう」

「その忠告、ありがたく胸に留めおくよ」

 

 彼女居ない歴=年齢どころか思い返してみればIS学園入学以前に女子と特別親しくした記憶があまりないDTには中々にハードルの高い忠告だが、為になるのは確かなので素直に受け取っておく。

 

「さて、これでこの場におけるわたくしの役目も終わったようですし、先に引き上げさせて貰いますわ。

 既にボーデヴィッヒさんと凰さんが引き上げていたのかしら? 二人や更識さんたちとも合流して、準備はしておきますわ」

「あぁ、頼むよ。

 それと、箒やシャルロットを見かけたら声掛けといてくれ」

「分かりましたわ。

 それでは、ごきげんよう」

 

 そう言ってセシリアもまた去って行く。

その背中が見えなくなるまで見送り続け、見えなくなったところで一夏は意識の一切を彼女から外す。

 

「さて、行くか」

 

 残るは二人。速やかに終わらせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合わなかったか……」

「あぁ、一歩遅かったな。

 まぁ、合流されてもこっちは非常に困るわけなんだが」

 

 アリーナの一角で箒と一夏は再び相見えた。

既にセシリアの脱落はアナウンスで箒も知る所となっている。勝つための大きな要因を潰されたためか、箒の表情にはやや険しさがある。

 

「それで、お前一人か。シャルロットはどうした」

「それがついぞ会えず終いでな。アナウンスも無いから脱落はしていないはずだが、お前も知らんのか?」

「むしろこっちも探してるんだけどな。

 が、その前にやらなきゃならんこともできた」

 

 何の事か、口にするまでも無く二人は互いに理解していた。

理解している故に、共に二刀を構える。

 

「シャルロットのことも気になるがな。

 こうして出会っちまったんだ、しょうがない。先に、お前から倒すとしよう」

「やはりそうなるか。いや、そうだな。しょうがないことだ。

 良いだろう、お前を相手取るに私一人では不足だろうが、望まれた以上は受けて立つとも」

 

 ジリ、と僅かに動きながら両者は睨みあう。

箒の目で見ても今の一夏は鈴と二人で対峙していた時とは様子が違う。

まだまだ限界には遠いだろうが、紛れも無い消耗が見て取れる。

 だというのに纏う気迫に揺らぎは微塵も無い。

むしろ疲労しているからこそ、より豪壮さが増しているとも見える。

 

(やはり流石としか言えないな)

 

 手本になることだらけだと箒は感銘を禁じ得ない。だが、だからと言って萎縮するようなことはしない。

元より格下として格上に挑み胸を借りるような立場だが、端から負けるつもりで挑むほど箒も殊勝が過ぎるわけでは無い。

可能性が低いことは百どころか千万承知の上だが、それでも例え僅かであっても勝機があるのなら遠慮なくもぎ取らせて貰う。

 そして一夏を相手に勝負を長引かせることは箒にとって不利になるばかりでしかない。

であればどうすべきか、答えは分かり切っている。

 

「初手より奥義にてつかまつる」

 

 疾駆、そして間合いに入ると同時の長刀による刺突。

あまりにもシンプルであまりにも愚直に過ぎるまっすぐな一撃だ。勢い、鋭さ、良し。その技の在り様は篠ノ之箒という少女の人間性を物語るよう。

悪くない、一夏はそう素直な感想を抱くが、だが同時に愚かと断じる。己を討ち取るにその一撃はまだ足りない。

 

 当然の帰結として長刀の一撃は一夏の刀によって阻まれる。

携えるは二刀、されど迎え撃つは一刀のみで十分。すぐに次の動作に移れるようにもう片方、左手とそこに握られている一刀は自由になっている。だがそれでもその左手は遅かった。

 

「ぬっ!?」

 

 渾身の力を込めているのではと思うほどに箒が強く長刀を押し込む。

その勢いに押されさしもの一夏も一瞬後ろに押されかけるが、すぐに持ち直す。

このまま鍔迫り合いを挑むつもりか、ならばもう一方で迎え撃つのみと考えるも、押し込んだ勢いで更に踏み込み間近に迫った箒の体によって影と隠されていた場所から襲い掛かってきた短刀に目を見開く。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながら一夏は後退を余儀なくされる。

左手の刀を振るおうにもタイミング的に間に合いそうにない。大人しく回避に専念する。

 

 篠ノ之流が一手"影風"、膂力や勢いも無視はできないが、それ以上に使い手の技量こそが骨子を固めるこの技は身体的に男よりも劣りがちになる女でも古くから使い手の多く居た篠ノ之流に相応しい技と言える。

そしてこの技は一夏にとっても初めて見る技であった。でなければ最初の吶喊の段階からもっと別な対応をしている。

 

 やむを得ずとは言え一夏は確かに後退した。下がることと前に進むこと、どちらが次に繋げやすいかは言うまでも無い。

この機を逃す手はないとばかりに箒は更なる攻めへと転じる。

 箒の左手に握られた短刀が一夏の正面から襲い掛かる。それを防いだ時、既に右手の長刀が脇腹目がけて迫っていたが読んでいたとばかりに一夏は左手の刀を下に向けることで阻む。

十字を描くように守りの構えを取る一夏に箒は更に連続で攻める。片方が短刀である故に左右の攻めは動きの不連続性が生じやすい。唐竹の後に横薙ぎ、と思えば袈裟切りに刺突と、掴んだ勢いを逃すものかとばかりに果敢に斬りかかる。

だが一夏とていつまでも守りに徹するほど人ができてはいない。最初こそ箒の勢いにやや押されこそしたものの、そこから立て直すのに打ち合った数にして十もあれば事足りる。

 

 短刀を弾くも、その弾かれた勢いを利用してより勢いを付けた長刀による横薙ぎが振るわれる。

それを防ぐでも下がるでもなく、敢えて突っ込んでいく。だが刀身が接する直前に一夏は身を屈め、半回転しながら滑り込むように箒との間合いを詰める。箒がそうしたように、一夏もその勢いをままに利用してがら空きとなった箒の腹部に蹴りを叩き込む。

短い苦悶の呻きと共に息を吐き出しながら箒は後ろに吹っ飛ばされるも、倒れながらすぐに体勢を立て直す。

 

 立ち上がり、再び一夏目がけて疾駆する。

箒自身、我ながら愚直に過ぎると思えるが他に手が無い。

下手に技巧を凝らそうとすれば逆に呑まれ封じられるのがオチだ。だったら真正面から全部叩きつける方がまだマシな選択だ。

 

 箒がそうしたように、一夏も真っ向から迎え撃つ。

その気になればどうとでも弄ぶことができるが、その選択肢を取る気にはなれなかった。

あるいは箒の真っ直ぐさに感化でもされたのだろうかと思うが、それはそれで悪い気分はしないから不思議だ。もしかすると、それこそが箒の長所の一つなのかもしれない。

 

 互いが互いに向けて駆け、一息の内にその距離は詰まる。

そして上段から渾身の力で箒の二刀が振り下ろされ、それを一夏は交差させた二刀で下から受け止める。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉおおッ……!」

 

 膂力も体重も、込められるものは全て込めて箒は二刀を押し込んでいく。

たとえこの一合だけでも構わない、一夏に押し勝ったという足跡を身に刻むために箒は渾身を込める。

だが――

 

「上等っ……!」

 

 気概は買おう。見事と素直に讃えよう。そこに嘘偽りは一切無い。本心から一夏は箒を湛える。

実のところ技の一部を受け継ぐ千冬も一刀の剣士故に仔細までは未だ知らずにいた篠ノ之流二刀術、ほぼ初見に近いそれだが研鑽の期間を鑑みれば見事と言って余りあるほどだった。

紛れも無く、今の篠ノ之箒は織斑一夏にとって好敵手たり得る素晴らしい剣士となっている。

 だからこそ負けられない。勝てるなら勝たせて貰う。手心を加えるほど一夏は優しくないと自覚している。故に彼女を上回るものとしてそれを示す。

自然と漏れてきた喜悦を隠し切れない低い笑いと共に、先に鈴と箒のタッグにそうしたように押し込んでくる力を更に上回る純粋な力で押し返していく。

やがて床に着きかけていた一夏の膝は少し曲げた程度まで伸び、箒はその分だけ押し返される。押し返しながら一夏は刀身を内側へと向けていき――

 

「カァッ!!」

 

 気勢と共に箒ごと二刀を弾き飛ばした。

たたらを踏みながら箒は数歩後退し、弾かれた勢い短刀を手放した左手で長刀の柄を握り一刀のみを一夏に向けて構える。

渾身の力が真正面から押し返されたとしても箒の目に変わらず闘志は燃え続けている。

それを見て一夏は満足そうに微笑み、一気に表情を引き締めると同じように二刀を構える。

 

 そして二人は激突を再開しようとして――

 

「あぁ、知ったことじゃない。

 そいつは――私がやる」

 

 掛けられた予想外の声、そして叩きつけられた予期せぬ殺気に揃って反応が遅れた。

 

「箒!」

「応!」

 

 殺気の源は二人のすぐ真横にあるセットの壁、その向こう側からだ。

共に気付いたからこそ自然と体は動き、跳ねるように壁から身を遠ざける。

 

 直後、文字通り壁が吹き飛んだ。

比較的破壊も容易な木材で出来ているとは言え、やったことは尋常では無い。

何かが一夏たちの反対側から叩きつけられたのだ。それもとんでもない衝撃を伴って。

 

 粉砕された壁と立ち上がる土煙の向こう、最初に見えたのは刀の切っ先だ。

つまり壁はその刀によって繰り出された"突き"で破壊されたということになる。

そして次に問題となるのは誰がそれを為したのかということ。

 

「……」

 

 一夏も箒も黙ったまま険しい視線を壁の向こうに向けている。

既に二人は言葉にせずとも誰の仕業なのかを理解していた。いや、声を聞いた段階で分かっていたのだ。何故ならその声の主は二人もよく知る少女のものなのだから。

 

 コツコツとローファーの靴音だけが鳴る。そうして現れた姿に二人は揃ってやはりかという表情をする。

身に纏う学園制服は学内でも珍しいセーラー服タイプのカスタム。本人の好みか、スカートより下は黒いストッキングに黒のローファーと黒に染め上げられている。

学年を示すリボンから分かるのは二年。僅かにウェーブのかかった黒髪と端正な顔立ちは人形のごとき可愛らしさを齎すかもしれない。だが髪より更に黒い瞳と、そこから放たれる全てを射抜くような鋭い眼光がそうした印象の一切を消し去っている。

そして彼女の利き手である左手には、一夏や箒が持つものと同じく舞台の中に置かれた刀の一振りがある。それを自然体で持つ姿は容姿、眼光が齎す雰囲気と相まってともすれば絵的なほどに様になっていた。

 その姿に、幾度も鍛錬を共にし、深く敬意を抱いている箒が自然と名を呟いていた。

 

「斎藤……先輩っ……!」

 

 斎藤初音、彼女の餓狼の如き眼光はただ一夏のみに向けられていた。

 

 

 

 

 




(※今回の舞台に登場する武器は全て安全面に配慮済みです) 

 何気にですがセシリア、この舞台でただ一人一夏をガチで追い詰めています。
一夏も今回ばかりは分が悪いと分かっている賭けに出ざるを得ない程に追い詰められていました。最後にしても一歩間違えれば運悪く当たってハイお終いとなっていたので。

 続けての箒vs一夏ラウンド2。二巻の頃と違い、今じゃ彼女も一夏と真っ当に勝負ができるレベルにはなりましたが、まだ及ばずと。ただ成長に関しては一夏も内心で結構驚くと同時に後々を楽しみにしていたりします。

 そしてさらに盛り上がるかというところでの乱入者。
斎藤先輩、彼女が来るって思った人、どのくらいいたのでしょうか。ちなみにあの人、結構頑固なところが強く、割と空気読まなかったりすることもあります。分かっていても読まずに己を通すと言う感じで。
というわけで次回はvs斎藤先輩。でもってそれが終わって次々回あたりでようやく奴らがって感じですかね。そしてあいつの悪辣ぶりが更に発露されたり……
というか前々から思ってるんですが、制服って色も弄れないもんですかね。個人的に黒セーラーと日本刀の組み合わせは滅茶苦茶好きなので。斎藤先輩は現状形だけセーラー服みたいなもんですから。
セーラー服+黒髪美少女+日本刀=ジャスティス
これは譲れません。

 また次回更新の折に。
感想ご意見随時受付中です。一言でも構わないのでお気軽にどうぞ。



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第六十八話:剣鬼対剣鬼

 さて、いつまでこのそこそこ調子のいいペースが続くのやら……


 前回の引きから続く形で一夏vs斎藤先輩です。
案外、前回以前の段階で乱入者が彼女だと気付いていた方はいるのではないのでしょうか?
にじファン時代にも同じような展開はやっていますし、そもそも活動報告で前回の引きの場面みたいな予告ネタやりましたからね。
正直、肝心の勝負部分は今回の話じゃそこまでの量では無いのではとも思うのですが、ひとまずどうぞ。


 その少女の境遇を聞けば誰もが憐憫の情を抱くだろう。少なくとも一般的な目線で見ても恵まれた環境とは言い難い中で彼女が育ったのは確かだ。

事故による幼少での両親の逝去、親類縁者も少なく、居たとしても経済的事情により彼女を引き取れず、細やかな援助を受けるだけで施設で育ってきた。

 

 先に記したように、彼女の育った境遇は誰が見ても憐憫、あるいはそれに近しい感情を抱いて不自然の無いものだ。

大人しい優等生として育った彼女は周囲の大人に確かに評価を受けながらも、その評価の中に境遇に対しての憐れみがあったのも事実だ。

だが彼女の実態は大人たちが思うほど甘いものでは無かった。

 

 今も彼女を評する言葉の一つである寡黙、それは彼女が幼い時からの特徴であり、それを通しながら黙々と文武に励んでいた。

そしてその寡黙に己を高める姿勢、その内側にあったのは大の大人すら生半な者では及ばない強烈なまでの"意思"だった。

自分が憐憫を受けている、そんなことは早くから気付いていた。で、それがどうした。自分は自分。ただ自分がどうするかを決め、それを為すだけだ。

 

 その意思の強さによってもたらされたかは定かでは無いが、彼女は通う学校で優等生と呼んで遜色ない学業成績を修め、健康にも恵まれ、始めた剣道では瞬く間に腕を上げて行った。

そのように文武両道を地で行っていた彼女がIS学園への進学を志したのは、周りからの薦めがあったのもあるとはいえ、ごく自然な流れと言えるだろう。IS乗りとして身を立てることができれば将来的安泰はほぼ確約される。それを目指すに相応しい能力を持ち得ているなら、挑戦して損は無い。

そうして彼女はただ黙々と勉学に励み、いつの間にか隣に居るのが当たり前になっていた、彼女とは真逆に周囲へ明るさを発露する親友と共にIS学園への入学資格を手にした。

 

 周りに居るのはいずれも狭き門を潜り抜けた生え抜きだ。それらと競い合うことは並の事では無いと分かっていた。

だがそれでも彼女に揺らぎは無かった。結局のところやる事は本質的には何も変わらないのだ。今まで通りに勉学に鍛錬にと、励めば良いだけ。それも確たる意思の下で相応の密度を以って行って来たからか、気づけば親友共々に学内でも優秀な生徒として扱われる方になっていた。

そうした日々が続く中で、いつの間にか彼女も彼女なりの平穏な日常である日々に浸る安堵を見出していた。だからなのだろう、否応の無い変化を感じたのは。今までのようにやっていけなくなると思ったのは。

 

 最初の変化は、それ自体は世界規模のニュースであるものの彼女にとっては決して大きなことでは無かった。

それまで女しかいなかったIS乗りの世界に突如として現れた黒一点。それが後輩としてIS学園に入ってくるということ。

始めは変わった後輩ができた程度の感覚だった。だが彼は――強かった。少なくとも剣士として、武人としては紛れも無い上位に居た。それこそ、あの癪に思うほど鬱陶しい、しかし実力は認めざるを得ないほどに確かな生徒会長の同級生と並ぶほどに。

培ってきて、評価もされた実力に対する自負を上から叩かれた感覚はあった。だがそれで凹むようなことは無かったし、良い相手が一人増えて訓練のし甲斐が更にできたくらいの感覚だった。

 

 だから、一番の理由を挙げるなら親友のことなのだろう。

剣道を通じて知り合って、気が付けば当たり前のように一緒に行動をしていた。向こうの勢いにこっちが引っ張られることもあれば、こっちが強引に向こうを引っ張ったこともあった。

胸に病を抱えた母との母子家庭、互いに苦しい部分もある境遇ゆえに通じるところもあったのだろうが、それでも何時の間にか一緒に居るのが当たり前で、気付けば大事な存在だと声には出さずとも確信するようになっていた。

 

 いつだったろうか、親友が言い出したはずだが共にこう約束したのだ。"このままずっと親友で居続けて、一番のライバルで居続けよう。そして、二人で頂点を目指して、二人だけになったらどっちが上か思い切りぶつかって決めよう"と。

だが誓い合い、共に進むはずだった未来に暗雲が立ち込め始めた。

 

 ある時から親友が感じ始めた胸の不調。最初こそ少し調子が悪いだけと笑っていたが、その笑顔の奥にあった何かを察したような雰囲気を彼女は見逃さず、同時に何事も無ければ良いと祈っていた。

だがそれは回数をゆっくりとだが重ねていた。親友の母を蝕み、今となっては病床に伏せさせた原因でもある胸の病、それは血を分けた娘である親友をも蝕み始めていたのだ。

親友はそれを一度も表に出そうとはしなかった。知るのは彼女と、学園の教師くらいなものだろう。

このままIS乗りとしての道を諦めることになるかもしれない、共に交わした約束を早くも果たせなくなるかもしれない。間違いなく一番不安だったのは親友なのだ。だがその不安を抱えながらもあくまで今まで通りに振舞う親友の姿を見て彼女にできることは――何も無かった。

 

 彼女にできたのは、ただ自分を鍛えることだけだった。いつ親友がケロリとした顔で「いや~、心配かけてメンゴメンゴ」などと軽い調子で言いながら本調子に戻ってもいいように。その時も変わらず、今まで通りに親友同士で、ライバル同士であることができるように。

持って生まれた剣の才で親友には及ばなかった彼女は、自分自身でも半端な責任転嫁に近いと分かっていたが、彗星のごとく現れ頭角を示した男の後輩や、いけ好かない同級生を打倒の目標と掲げて今まで以上に修練に励んだ。

 

 そしてさらに彼女と親友を取り巻く変化として伝えられたのが新型機のテスター選抜。

その中核に居るのは件の後輩であり、彼の推挙で彼女と親友は共に早期から候補として見初められた。

彼女たちを取り巻く現状を客観的に見ることができる者が居たとしたら、彼の行動を親友に対して無責任、無遠慮と言うかもしれない。だが彼は何も知らないのだ、責める気は彼女には無かった。

それでも、他の候補者が集められたその時に、隠し切れない寂寥を滲ませた笑みと共に辞退を表明した親友の姿は彼女にとって凡そ看過できないものだった。

 

 誰に責任があるなどと求めることは無意味と分かっている。

だが、このどうしようのないやるせなさを消すためには何かをしなければならず、少なくともこの件についてはやるべきことはただ一つだった。

"自分こそが選抜を勝ち抜く" 競い合いの果てに親友が選ばれたならそれでも良しと思っていた。だが親友が叶わないのであれば、その分まで自分が選ばれるしかない。他の者に譲るつもりなど、微塵たりとてありはしなかった。

そのために形振りを構うことは止めた。問題と取られないレベルは弁えつつも、己こそをと示すために彼女はただ突き進むことを決めた。

 

 そうして転がり込んできた一つの機会。

件の話の発端となった後輩、いつの間にか近接戦に関しては学内でも有数の使い手として名を馳せるようになった彼が、挑戦者と本気で勝負し合う場を作ったのだ。

故に彼女は迷うこと無くその場へ飛び込んだ。何やら色々とルールだかがあるようだが、知ったことではない。どちらが強いか戦って決める、そこに細々としたルールだの前置きだのは無用だ。

ただ敢えてルールを設けるとすれば、"ただ戦い、最後に立っていた方が勝者"、この一つで十分だ。

必要な得物は手に入れた。道中でコソコソと動いていた異国からの後輩を排し、彼の手によって他の者達も次々と脱落していった。

 

 邪魔者は居なくなった。間近まで迫った彼女は抑えていた闘志を、研ぎに研ぎ澄ませたことにより殺気と化したそれを開放しながら最後の障害となった薄壁を一突きで粉砕する。

晴れた視界の先には彼が、織斑一夏が居た。その目は彼女がここに来たことを既に納得しているようだった。

 

 一歩を踏み出し、最後の壁を超える。そして彼女は、斎藤初音は一夏の前に降り立った。

 

 

 

 場内にはアドリブで上手いこと観客の認識を違和感のないように誘導しようとする数馬のナレーションが響く。

おそらく簪あたりに頼まれてだろうが、助かるのは事実だ。だが数馬には悪いが今はそれを気にしている余裕では無い。

 

「何故ここに、なんて聞くのは野暮ってやつなんでしょうね

 えぇ、用件は分かっているんでね、また別の質問を一つ。シャルロット知りません? フランスの候補生の」

「私が倒した」

 

 やっぱりねーと一夏は何とも言えない気分になる。

箒も同じ気持ちなのか、よその方向を向きながら言葉に困るような表情をする。

 

「ちなみに、倒してその後は?」

「気を失ってそのまま。場所は――あのあたり」

 

 そう言いながらシャルロットを残してきた場所の方角を初音は指で指し示す。

そうですか、とだけ言って頷くと一夏は初音から意識を外さないまま箒に声を掛ける。

 

「箒、悪いけど勝負は預ける。

 シャルロットを拾って引き上げてくれ」

「……良いのか?」

「斎藤先輩の狙いはオレだけだろう。望んでるのはタイマンだ。それ以外じゃ話が進まない。

 それに、元よりお前ら全員には引き上げてもらう予定だったんだ。ちょっと流れが変になったけどな。

 シャルロット起こして一緒に戻って、あとは手筈通りで頼む」

「心得た。だが、気を付けろよ。お前の実力は知っているし疑いもしないが、正直斎藤先輩の方がどう出るか分からん」

「そこまでか?」

「あぁ」

 

 二人は共に気付いていた。

初音から放たれる気迫、その力強さと勢いは今までの初音からは感じたことがなかったほどのものだ。

 

「あんな斎藤先輩は初めてだけど、箒知ってた?」

「いや、私も初めて見るよ。

 確かにここ最近、鍛錬に熱が入っているとは思っていたが、まさかこれほどとは……」

 

 ただ、一夏にとっては覚えが無いでもない。

過日の楯無との手合わせの後に一瞬感じた気迫、気付いたのは一夏と楯無のみで、揃ってその方向を向いたら背を向けて去って行く彼女の姿があった。

だがいざこうして真正面から向かい合い、ダイレクトに受けてみると実態は想像を超えたものだった。

 

「とにかくだ。箒、行け。後はオレが納める」

「分かった。くれぐれも、無茶はするなよ」

 

 そう言い残して箒はシャルロットを探すべく場を離れていく。

後に残された二人は静かに視線をぶつけ合い、やがて初音がゆっくりと歩き出す。

 

「何か、裏でコソコソとやっているみたいだけど」

「いや、まぁ、間違ってはいないんですけど、なんで分かったので?」

「知れたこと。この茶番は生徒会主導。つまりは楯無が中心。

 アレが何かをやって、裏が無いわけがない」

「あぁ、そりゃ納得だ」

 

 言い返しようがないくらいに納得できる理由だ。

思わず頷く一夏だが、その耳に付けているインカムから楯無の声が聞こえた瞬間、目がスッと細まる。

 

「……あいつが企むことだから、ろくなものじゃないにしても間違ったことじゃないとは思う。

 けど――それは私の知ったことじゃない。今、私にとってはここでお前に勝つ、それが何より」

「そこまでオレを見込んでくれるのはありがたいですが、それは以前の雪辱とかで?」

「それもある。そして、良いアピールにもなる」

 

 あぁ、そういうことかと納得する。一夏と初音の共通点の一つ、新型機テスター選抜に関わっているということ。

それを考えればより頷ける。つまりあの上級生はここで自分を倒すことで、選抜へのアピールポイントとしたいわけだ。

 

「熱心、ですね」

「譲る気は無い。誰にも」

 

 セットを上り、その上から見下ろしながら淡々と答える初音だが、その言葉の裏にある強靭過ぎるほどの意思は一夏も読み取れた。

ふぅ、と小さく息を吐く。そして手に持っていた二刀の片方を放り捨て、もっとも慣れた一刀で構えを取る。

 

「どっちにしろ、この場は白黒つけなきゃ収まらない。良いですよ、受けて立ちます。

 けど、オレにもやらなきゃならないことがある。だから、オレはオレの義務を果たさせてもらう」

「あぁ、果たしてみろ」

 

 間髪置かずに初音は飛び降り一夏へと斬りかかる。そして、舞台は最後にして予定外の一騎打ちの幕を開いた。

 

 

 

 

 唐竹、横薙ぎ、袈裟、切り上げ、突き、僅かたりとも手を休ませることなく初音が苛烈なまでの攻めを繰り出す。

対する一夏は、その全てを防ぎ、流し、対処しきっていたが追い込むように前へ前へと踏み込んでくる初音に対し逆に後退を余儀なくされていた。

刺突を横に逸れることで躱し、がら空きとなった初音の背に一撃を叩き込もうとするも、初音は振り向くでもなく手首を返すだけで背後の一撃を受け止め、そのまま振り向き直り僅かに鍔迫り合った一夏の刀を大きく上に弾くと胴の中央に思い切り蹴りを叩き込む。

躱しきれないと即座に見た一夏は敢えてそのまま蹴りを受け、当たった瞬間に地面を蹴って蹴りの勢いも利用して後ろに跳び、そのまま宙返りで体勢を整え直す。そして再び八相に構え、追撃のために向かって来る初音を迎え撃った。

 

 途轍もないまでに苛烈な攻め、その一撃一撃の重さ、勢いはともすれば今まで学園の誰からも受けたことが無いと感じるほどだった。

ただ気迫だけでどうにかなるものではない。それだけの動きを可能にする身体能力という確かな下地に裏打ちされた攻めだ。どれほどまでに鍛えこんだのか、それを想像して自然と表情が険しくなる。

初音の繰り出す攻撃は一撃一撃が必殺を狙うように相手を押し切ろうとする重さ、力強さに比重が置かれている。そのためどうしても振りや残身が大きくなりがちだが、それでもかなり隙は潰している。

 

 更に厄介なのは時折関節を駆使しての変則的な動きをするため、予測のしにくい連続攻撃が襲い掛かることだ。時にこちらに背を向けた状態からでも攻めてくるのだから厄介な話だ。

一撃、たった一撃を叩き込めれば十分だ。それは一夏だけでなく初音もそう。共に一撃で相手を戦闘不能に追い込むことができる。勝負の行方は、どちらが早くそれを為せるかに委ねられる。

怒涛の攻めを繰り出す初音が前進し、それを捌く一夏が後退する。見る者の中には一夏が守勢に徹させられている状況に驚きの反応を示す者もいるが、今の二人にそんなことは関係ない。やがて二人の移動は開放的な空間から閉鎖的なセットの建物の中へと移るが、それでも攻防が止まることは無かった。

 

 先ほどまで一夏が箒や鈴と戦っていた場所とは別のエリアだが、同じように城のようなセットだ。というよりも、アリーナに設けられたセットはこの城をモチーフにしたものが中心となり、それに付随する形で他のエリアがあると言った方が良い。

どちらかと言えば開放的な空間だった先ほどのセットとは違い、今度はやや手狭と言える空間だ。あちこちに一目で安い造りと分かる簡易なテーブルや椅子などが雰囲気づくりのために置かれている。

 

 一夏の片腕が椅子の背もたれを掴み初音目がけて投げつける。足止めにもならないと言わんばかりに初音は椅子を刀で弾き、距離を詰めるなり右足を振り上げて前蹴りを繰り出す。

スウェーバックで避けると返すように斬りかかった一夏の刀を初音もすぐに刀で受け止め、これで何度目になるか分からない鍔迫り合いを再開する。

金属同士が擦れる音を鳴らしながら二人は押し合いへし合いを繰り返し、二人の顔が30cmもない程に近づいた瞬間、初音が思い切り頭を前へ振り一夏の額にヘッドバッティングを叩きつける。

さしもの一夏も間近で、しかも鍔迫り合いの最中となると躱しきることができずモロに頭突きを受けることになる。衝撃と共に目の前で火花が散ったような錯覚に陥り仰け反るも、すぐに体勢を立て直して追い打ちをかけてきた初音の月を刀で受け流し、そのまま抑えつけて逆に初音の顎に肘打ちを叩き込む。

元々広く動き回れるような空間でも無いため二人の攻防は近い距離のまま切り結ぶ形になり、いつのまにかそこへ隙あらば殴る蹴る、頭突きに肘鉄まで加えた結果、次第に勝負は泥沼の喧嘩の様相を呈してきていた。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、中々やるねぇあの人。あんな喧嘩まがいの戦い方であぁも一夏に食らいつくなんてさ」

「あの人、斎藤先輩は二年でもかなりのやり手。

 近距離戦なら全体で見ても指折り」

「ふぅん、さすがはIS学園と言うべきかな。居るもんだねぇ、できる奴ってのは。

 ISでもない生身の勝負で一夏が引き分けたって聞いた時もちょっと驚いたけど、また驚かされたよ」

「……私も、少し驚いてる。あの人がここまでやるとは、思ってなかった」

「僕の見立てだと、あれは単純に体を鍛えたとか技を練習したってだけじゃないね。

 勿論それもあるだろうけど、それ以上に執念でやっているよ、あの人は。

 さっきの会話からして、あの斎藤さんとやらは何かの目的があって一夏の打倒のためにここにいる。で、その意思が尋常じゃ無く固いんだ。そりゃもう、頑固なんて言葉すら生ぬるいレベルでね。

 アレを折る、少なくともこの場は引かせるには、完璧に意識飛ばすくらいにやらなきゃ駄目だよ。意識があるなら、それこそ両腕両脚斬り飛ばされても這って近づいて喉元噛み千切るくらいはしてきそうだ」

「よく分かるね」

「言わなかったかな? これでも人の気持ちは分かる方なんだ」

 

 モニターに映る二人の勝負は徐々に決戦から血戦に近い様相を呈してきている。共に衣服のあちこちに汚れが付き破けかけている箇所もある。

それだけに留まらず、一夏も初音も頭突きや殴る肘鉄やらの応酬のせいか、顔のあちこちに赤みがさしている。競り合いの最中の、十分に威力の乗り切らない一撃ばかりであることと、単純に当人たちの頑丈さの賜物だろうゆえにその程度で済んでいるが、これが純粋な素手の殴り合いならとっくに青痣をあちこちに作って、ついでに口の中も切って血を出している頃だろう。

二人のいる司会進行室という名の管制室の一つはモニターが幾つもあり、追加で舞台上に設けた以外にも元々あったものを用いて観客席の様子なども映すことができる。その観客席の方を見れば、向こうも大型モニターから見れる二人の勝負、闘争心と相手を傷つける意思がむき出しとなったぶつかり合いに息を呑み、中には口元を抑えながら心配そうに見つめる者もいる。

その様子を数馬、そして簪の二人は冷めきった目で見つめていた。

 

「あの、簪さん……」

「いつも通りで良いよ、虚姉さん。数馬くんならすぐに分かってくれるから」

 

 小声で声をかけてきた虚に、簪はまず隣の数馬に気を使った学内、対外用の呼び方では無く普段通りで良いと告げ、それから何事かを確認する。

 

「その、生徒会を通じて何件か手厳しい意見が……」

「つまりクレームだよね。内容は大方今のこの状況のこと」

 

 沈黙が簪に肯定の意を伝える。それを見て数馬も察したのか、心底面倒くさそうな口調で言う。

 

「察するに、勘違いの激しいクソ馬鹿がいちゃもんでも付けてきたかな?

 まぁさっきまでと言い、傍からみれば一夏(オトコ)他の連中(オンナ)を嬲っている光景だ。

 さぞや気に食わないと思う奴もいるだろうさ」

「えぇ、はい……。概ねその通りです」

 

 ISが世に齎した影響の一つとして一部での過度な女尊思想の発生がある。

元々古くからの男尊女卑傾向が解消された反動やらで、中途半端な男女平等を為そうとした結果の歪なフェミニズムが蔓延っていた日本だが、ISはその一部に余計な拍車をかけていた。

勿論、世論全体からすればマイノリティも良いところな考え方ではあるのだが、そのような尖った女尊男卑思考が一部の者達の中で根付いているのは確かだ。

そういった手合いがこの舞台を見ている者の中にもいたのだろう。そしてその思想を鑑みれば、今の状況はひどく不愉快なはずだ。

 

「無視して」

 

 だが対応を問われた簪の返答は至ってシンプル、ともすれば突き放したような物言いだ。

 

「返答は適当にしておけばいい。後で織斑君に注意をしておくとかで流して。

 そんな下らない戯言、一々まともに相手にするだけ時間の無駄」

「……はい」

 

 虚としてもクレームの内容が、はっきり言ってしまえば程度の低いものであることは分かっている。

故に簪の冷え切った物言いに思うところが無いわけでも無いのだが、素直にその指示に従うべく返事を返した。

 

「あぁ、すみません布仏さん。

 もしよければ上手いこと相手の身元、まぁそこまでは無理でも何かしらその手の団体、コミュニティに属しているようであれば聞きだしておいてくれませんか?」

 

 対応に動こうとした虚を呼び止めて数馬が頼む。

 

「あの、それは何故?」

「いや、そういう連中に関わると面倒に巻き込まれそうですからね。

 その手の連中からすれば一夏は実に気に食わないかもしれない。ともすれば親友という繋がりで変に絡まれたりするかもしれませんからね。

 そういう後々の厄介を回避するための予防策ですよ。君子危うきには近寄らず、というやつです」

 

 一切の他意は無いと言うように、実に爽やかな笑顔で言ってのける数馬に虚も釈然としきれないものを感じつつも、話の筋は通るために問題にならない範囲でと念押ししてから作業に戻る。

その背を見送ると数馬の表情から笑みは一気に消え、全てを侮蔑し尽くすような不愉快な表情を露わにした。

 

「チッ、虫けらが舐めた真似してるんじゃねぇよ」

 

 心底不愉快だと言うように数馬は吐き捨てる。その口調も荒いものになっているが、隣で聞いている簪は依然として表情を変えない。

 

「仕方のないこと。どうやってもそういう手合いは出てくる」

「ハッ、何の価値も生み出さない資源を浪費するだけの寄生虫どもが。生きてて恥ずかしいと思わないのかね。いや、思わせてやる。

 役に立つ道具以下の虫けらには相応しい振舞い方があると教えてやらなきゃならない」

「それで、虚姉さんに情報の聞き出しを?」

「まぁ何かには使えるだろうからね。もっとも、あの人には悪いけどその情報がどう扱われるまでは、あの人の知るべきところじゃあない」

「確かにね。それで、どうするの?」

「それこそ知るだけ無意味というやつじゃないかな? どうせそいつらがどうなろうと関係の無いことだ。

 自分の周りがガタガタになって気が狂おうが、果てにくたばろうが。僕らの知ったことじゃない。

 あぁでも、自分からくたばってくれたなら少しは褒めてやらなきゃな。役立たずの愚図以下が分際を弁えて勝手に消えるというなら、少しは社会の貢献にもなるだろうよ。

 あぁ、よくできましたーと褒めてやる。一秒で忘れてやるけどね」

 

 そう、知ったところではない。

有象無象の、無視以下の輩が集まってどうしようが、どうなろうが、二人にとっては心底どうでも良いことなのだ。

故に、これより日を幾ばくか跨いだ後に、インターネット上を主な活動場所としていた女尊主義者のコミュニティが瓦解、その関係者による内紛の末の殺傷事件や自殺未遂の報道があっても、彼らは一顧だにすることは無かった。

 

 

 

「さて、良い感じに勝負は盛り上がっているようだけども、ここいらで一つテコ入れと行こうか」

 

 良いよね? と数馬は横に座る簪に確認を取り、無言の首肯で返した簪に数馬も頷き返すと、既に必要なセッティングがされたスイッチを押し込む。

それと同時に室内には装置の起動を示すアラートが鳴り、同時にそれは今もなお刃を交わす二人にも伝わるところとなった。

 

 

 

「これは……」

 

 勝負が始まって以降、殆ど無言を通しひたすらに攻めに徹していた初音が何かに気付いたように呟く。

同じように気付いた一夏も周囲の様子を確認し、すぐに状況の把握をする。

 

(アリーナの装置が動いてる? 簪の仕業か?)

 

 広いフィールドと、それを取り囲むように設けられた観客席や各種設備室を備えた建物というスタジアム状の建造物というのが学内のIS実機稼働用アリーナのスタンダードだが、肝心のISが動くアリーナはただ広いだけの平地というわけではない。

各アリーナごとに細かい設備は異なるが、その内部には訓練などのための設備機能が盛り込まれている。それは二人が現在居るアリーナも例外では無く、例えば障害物回避用の可動式タワーやドローンの機構を応用した自律起動をする射撃訓練用の的固定のための装置などもある。

セットの接地自体はそれらが稼働しても障害とならないように配慮されているが、稼働自体が予定に盛り込まれていないため確実に外部からの干渉、この場合はそれをできる箇所に居る簪らの仕業とあたりをつけることができた。

 

「だが、やることに変わりは無い、か……」

 

 一夏がそうであったように一瞬気を取られはしたものの、既に初音の意識は一夏のみに向けられている。

一夏も初音も、このアリーナの装置がどのようなものかは知っている。だったらそれで十分、それも勝負に関わる一因として使うだけの話だ。

 

「……」

「……」

 

 二人はただ無言のまま睨み合う。あたりに鳴り響くのはあちこちの装置が動くことを示す重い稼働音だけだ。

そうして睨み合って、合図などをするでもなく自然に二人は動き出し、再び刃を打ち付け合った。

 

 

 

 

 




 前回までの勝負が良くも悪くもある程度行儀のいい決闘だとしたら、今回の勝負は何でもありで勝つことが全ての喧嘩と言うべきでしょうか。単に剣の競い合いだけでなく殴るわ蹴るわ物を投げつけるわで相手を倒すために両者ともにやれることは何でもやってます。二人の信教を表すなら「くたばれ」「上等だゴラァ」という感じですね。

 斎藤先輩の背景については詳細を書いたのはここが初めてでしょうか。
彼女も何気にヘビーな生い立ちです。何でもかんでもヘビーにすりゃ良いわけじゃねぇぞですと? ごもっともです。

 そして最後の方で黒い会話をする腹黒二人。作者自身未だに信じきれません。この二人が現状本作で確定している唯一の○○要素の組み合わせだなんて……

 次回辺りで斎藤先輩とは勝負を決めて、次の場面に転じたいところです。

 感想ご意見は随時受付中です。
些細なことでも一言でも構いませんので、お気軽にドシドシどうぞ。

 それではまた次回更新の折に。



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第六十九話:剣戟の行方 動き出す舞台裏

 vs斎藤先輩、続きです。
勝負の行方については本編をば。

 そしていよいよ五巻編の原作における山場にも突入します。
……にじファン時代に最後に書いたところまで着々と近づいてきましたが、我ながら本当によく続けられたものと思っています。

 それでは、どうぞ。


「ぐっ!?」

 

 セットの中の小部屋、そこに置かれた長机の上で続けられた二人の斬り合いは不意にその流れを変える。

何度目になったかも分からない鍔迫り合いが再び始まった瞬間、初音は右手を動かし一夏の刀を流しながら空いた利き手である左手で一夏の首を鷲掴みにしていた。

並の相手であれば難なく対処はしていただろう。だが文字通りの目の前にいるという距離の近さ、初音の太刀筋への対処、そして行動に転じた彼女の動きのキレ、それらの要素が重なった結果、反応できこそすれ対応は間に合わないという状況に陥ったのだ。

 

「っ……!」

 

 一夏の首を絞めながら初音は体重をかけて一夏を背中から押し倒そうとしてくる。

足に力を込めてそれに抵抗しながら一夏は次の手を考える。

呼吸ができないくらいはなんてことは無い。首が締まって苦しい理由の一つは無理に呼吸をしようとするからだ。人間、頑張れば一分くらいは息を止めていられるし、一夏にとってはそのくらいは余裕。まず第一に呼吸という行為を切り捨てた。

だがこのままを放置するわけにもいかない。気道が締まるのはともかく、頸部の血管まで締められるのはよろしくない。それで意識を落とされたらアウトだ。

 

(生憎、オレに首絞められて悦ぶ趣味は無いんでね)

 

 本気の殺意が乗せられた首絞めを冷静に受け止めながら一夏は重心を変え、左足に体重をかける。

そして――

 

「らぁっ!」

 

 右足を振り上げて初音の腰に蹴りを叩き込む。

体勢的に無理のある一撃だったために威力こそ不十分だったが、初音の体勢を崩して首から手を離させることはできた。

 

「チッ!」

 

 だが初音はダメ押しとばかりに一夏を突き飛ばす。

首を絞められていたことも耐えてはいたが全くのノーダメージというわけでもなく、せき込みながら足をもつれさせ初音同様に一夏も体勢を立て直すのに手間取ることになった。

その隙を見逃すほど初音も愚鈍ではない。体勢の崩れにしても初音の方が軽微であり立ち直りは早かった。一夏が体勢をようやく――それでも客観的に見れば十分に早いが――立て直した時、先ほどの返しとばかりに初音は一夏の胴にドロップキックを叩き込んでいた。

 

「うおっ!」

 

 再び仰向けに倒されるも、そのまま後転して立ち上がる。追撃のために迫ってきた初音に足払いをかけて、今度は一夏が初音を転ばせる。

仰向けに倒れた初音は背中を思い切り机に打ち付けるも、それで手心を加えるほど一夏も甘くは無い。倒れた初音の上に仁王立ち、両手で柄を握った刀を一気に振り下ろす。だが初音もそこまでは想定しており、すぐに腕を動かして自分の前に刀を滑り込ませ、一夏の上段からの振り下ろしを受け止める。

だが上段からの振り下ろし、それも鍛えた男の両腕によってのソレを片手のみで受け止めるのは初音にも物理的な無理があり、一夏の刀が動きを止めたのも一瞬のこと、すぐに初音の刀を押し込みながら動き始める。

 

「チィッ……!」

 

 苛立たしげに舌打ちをしながら初音は一夏の押し込みに抗しながら身を捻る。

細長いだけあって初音の体はそのまま机から転げ落ちるが、あのまま押し込まれるよりはまだマシだ。

転げ落ちてから初音が体勢を整え直すのと、不意に押し込んでいた相手が居なくなったことによって勢い余った一夏が体勢を直したのは同時だ。

見上げる初音と見下ろす一夏、睨み合ったのも僅かな間だ。机から飛び降りながら一夏は初音に斬りかかり、それを下がって躱すと再び斬り合いが繰り返される。

 

 小部屋に入るまでと同じように斬り合いながら二人は移動をする。先ほどまでとの違いを挙げるとすれば今度は一夏が前へと攻め立てる側に回っていることだが、勝負の本質的には大きな差は無い。

入ってきた場所とは別の出入り口から部屋を出て、狭い通路の中をもつれあうように斬り合いつつも二人は進む。

 狭い中での斬り合いもすぐに終わる。通路を抜けると再び薄暗い室内に躍り出る。だが今度は天上の方から日の光が差し込んでいる。

円柱の形となっている石造りの塔、それが二人のいる場所の外観だ。中からでもそのことは容易に分かるが、その直後の予想外の出来事に二人の動きは一瞬止まらざるを得なくなった。

 

「むっ!」

「これは……」

 

 一瞬床が揺れた、そう思った次の瞬間には周囲の石壁が下に沈み込むように動き出していた。

否、これは石壁が沈んでいるのではない。自分たちが上っているのだとすぐに察する。同時に二人は今立っている場所がアリーナの可動式のタワーだと理解する。

 

 再び金属音の二重奏が響き渡る。周囲の壁に反響した音は徐々に塔の中を昇っていく二人の勝負を彩るBGMの如きだ。

元々そこまで広くは無い足場の上、下手に壁にぶつかれば動くソレに巻き込まれて大怪我をする可能性もある。必然、二人の斬り合いは先ほどと同じように距離を詰めたまま行われるが、それでも通路や机の上でのものとは違う。

決して広くは無いが、狭すぎるわけでもない。初音の動きはそれを活かしたものだった。

 

 距離は近いながらも、その中で跳躍からの斬りかかり、大きく体ごと回転しながら膂力の差を補うような横薙ぎ、ちょうど一夏が鈴と箒の二人を相手にしていた時と同じような、彼ほどではないとは言え躍動感を伴った攻めを繰り出す。

それを捌く一夏の動きもまた同様。一撃一撃、全て受け止める必要な無いと言うように身を捻りながら躱し、逆に反撃を仕掛ける。だが初音の流れに合わせるように動いているためか自然と彼の動きも大振りとなり、結果としてこの場の戦いはタワーの上で二人が目まぐるしく躍動しながら切り結ぶという構図になっている。

 

 吹き抜けになっている石塔の頂点に達するまでさほど時間は掛からない。

そしてタワーが頂点に達しきるより早く石塔の構造と客席の位置の関係上、二人の苛烈なやり取りはさながら仕掛け舞台の演出に彩られたかのように観客の目に飛び込み、どよめきと共に興奮が客席から湧き上がる。

だが観客にどのような感想を抱かれるか、それは今の二人にとってはどうでも良かった。斬り合いは続き、一夏が振り下ろした一撃を初音は切り上げで受け止め、そのまま僅かに鍔迫り合うと再び跳躍を交えた斬り合いに移る。

 

 タワーの上昇が完全に止まった所で二人は更に移動をする。

足場の縁に移動した一夏は躊躇なくそこから飛び降り、二メートルほど下の別のセットの屋根に飛び移る。無論初音もその後を追って飛び降り屋根の上で斬り合いを再開する。

だがこの勝負は一夏にしては珍しく立ち位置の大きな移動を積極的に行っており、屋根から再びセットを飛び移りながらアリーナの地面まで降りると、逃がさぬとばかりに追ってきた初音を迎え撃つ。

 

 今度の場所はセットの裏側、全方位に存在する観客席の一部からは無論見えるが、セット用の資材やら証明その他諸々の配線などが置かれた目立たない場所だった。

先ほどの石塔の中ほどではないにしろ、あれやこれと者が置かれているせいでやや手狭なこの空間で、今度は殆ど移動の無い斬り合いが始まる。

互いに至近距離で向き合ったまま、両手で握った刀を肘から先の稼働を駆使しながら斬りかかり、弾き合う。動きも小振りゆえに手数が増えたからか、カンカンという金属音が小気味よさを感じさせる早いテンポで打ち鳴らされる。

 

 小突き合いのような斬り合いは徐々に牽制の動きへとシフトしていき、刀身同士が当たる回数も減っていく。

そして好機と見たのは二人同時、勢いよく相手に向けて刀を振るい、当然の帰結として刀同士がぶつかり合う。

 鍔迫り合いも束の間。どちらが先か分からない、ほぼ同時と言って良いタイミングで一夏の左腕と初音の右腕が動き、刀と同じように相手に向かう。

ガシリと二人の掌がぶつかり、そのままつかみ合う。互いの利き手で刀を、空いた手で相手の手を、押し込もうとして力を込めあう。

 

「せいっ!」

「くっ!」

 

 行動に移ったのは一夏だ。

押し込もうとしていた左手の力を抜き、逆に腕を引く。不意な力の流れの変化に初音も対応しきれず、半身を投げ出すようにして前に倒れそうになる。

だが一夏の左手は依然として初音の右手を掴んだままで、結果として一夏が初音を引き寄せた形になり、そのまま懐に潜り込むと身を捻り初音の体を背に当てるようにして一気に投げ飛ばそうとする。

 

「くそっ!」

 

 悪態が出たのは反射的なものだったのだろう。

吐き捨てると初音はせめてものとばかりに一夏を蹴り飛ばすようにして足を伸ばし、それは一夏の左肩に直撃する。

 

「ぐおっ!」

「くぅっ!」

 

 肩とは言え蹴りをモロに受けたことで一夏は倒れまいと後ろ向きに動くも、足がもつれたことでそのまま背中から倒れ込み、初音も一夏に投げ飛ばされたことで、二人はそれぞれ荷物やら配線やらが纏まった場所に突っ込む。

僅差とはいえ先に立ちあがったのは初音。一夏が完全に体勢を立て直す前にとばかりに駆け出し、間合いを近づけたところで走り幅跳びの要領で跳躍し、一夏に斬りかかる。

 その頃には一夏も立ち上がり体勢を立て直しており、身を翻して初音の一撃を回避するとともに振り下ろされた刀の上から自分の刀を叩きつけ抑え込もうとする。

そして振り下ろされた初音の刀と、更に上から叩きつけられた一夏の刀によって二人の刀の下にあった配線の幾つかが火花を上げながら断ち切られた。

 

 

 

 

 

「あ、これいけない」

「問題かい?」

 

 口調こそいつも通りに淡々としているものの、明らかに問題が起きたと認識している簪の言葉に隣の数馬も僅かに眉を顰めながら状況を聞く。

 

「さっき二人が配線を斬ったせいでセットの装置の一部が誤作動を起こした」

「というと?」

「端的に言うなら……自爆装置?」

「……はい?」

 

 予想だにしていなかった答えにさしもの数馬も呆けたような顔になる。

 

「正確に言えばセット撤去用の自壊装置。本当に小型の発破装置だけど、セットを崩すのは確かだからセットの大きさによっては巻き込まれると危ない」

「それは、どのくらいの範囲で起こるんだい?」

 

 簪はコンソールを操作すると舞台のマップを示し、その中の一部を自壊装置が作動した範囲として赤枠で囲む。

 

「このあたりのエリア。ちょうど、二人が中心地点。

 あと、誤作動だからどう壊れるか分からない。セットの建物が丸々崩れるかもしれないし、一部が壊れるだけかもしれない」

「それは、ちょっと不味いね」

 

 自分がロクな思考回路をしていないと自覚している数馬だが、ごくごく客観的な考え方も普通にできる。

今の状況が、その真っ只中にいる一夏と初音の二人にとって危ないものであることは彼にも理解することは容易い。

 

「一応、近くのスピーカーにアクセスして二人だけに聞こえるように状況は伝えるよ」

 

 数馬は早くも手慣れたと言わんばかりに自分でコンソールを操作して二人に状況を伝えようとする。

 

「けど、言って聞いてくれるかねぇ。あの二人が」

「……ううん」

 

 今度は簪が返答に困って首を横に振る番だった。

同じ学び舎に通う者として簪は二人のことをそれなりに知っているし、数馬も数馬で一夏はともかく、初音についてもこの短時間でどんな性格かはある程度分かった。

その上で簪も数馬も、あの二人が周りが危ないからという理由で勝負を途中で切り上げることなど有り得ないと結論づけた。

 

「見守るしか、無いようだね」

「うん」

 

 こうなってしまえばもうどうにでもなれの精神だ。

二人の身に問題が起きなければそれで良いと思いながら、簪と数馬は黙って勝負の行方を見守ることにした。

 

 

 

 

 管制室の二人の見越した通り、状況を伝えられても二人が勝負を切り上げることは無かった。

あれから更に二人は移動を重ね、何をトチ狂ったかと言われてもおかしくない、崩れるかもしれないセットの中へ戦いの場を再び映していた。

 中で斬り合い、移動し、二人がやってきたのは建物の屋根の上だ。平均台のように細い足場の上でフェンシングのような突き合いを交わし、より安定した足場を求めて飛び降りた結果だ。

切り結ぶ二人の耳には遠くでセットが崩れる音が聞こえている。それを認識しながらも互いの意識は目の前の相手に集中している。

 

 だがその集中も強制的に途絶えさせられる。

最初に小規模な火薬の爆発音、そして何かが崩れるような音、それが二人のすぐ近くからした。

 気付いて二人は揃って音のした方を見る。そして二人が今立っているセットの屋根が少しずつ崩壊しているのを見た。

 

 動き出したのは一夏が先だった。

突き飛ばすように初音を押し退けながら崩れる方とは真逆に走り出す、その直後に初音も一夏を追って走り出す。

文字通り全力で駆け、一夏の目に映ったのは屋根のすぐ隣にある、内部で斬り合いを繰り広げたのとは別の石塔だ。

配線か、それとも建造の過程で生じたのか石塔には頂上から一夏の足の少し下ほどにまで伸びているケーブルが二本ぶら下がっている。

迷うこと無く一夏は飛ぶとケーブルの一本を掴み、片手と足を使ってゆっくりと登っていく。

 

 一夏がケーブルに飛び移ったすぐ後に初音も同じように屋根から飛び、一夏が掴んだものとは別のケーブルに捕まる。

その直後に二人が立っていた屋根は完全に崩落するが、離れた以上二人の意識は既に崩れた屋根には無く、相手のみに向けられている。

 

 ゆっくりと上へと進む一夏に、初音もまたケーブルを昇って追う。

追いながら初音は一撃でも良いから当てるとばかりに刀を上に伸ばしながら振り、逆に一夏が下に伸ばした刀で応戦する。

 徐々に上に進みながらの斬り合いだが、その最中に今度は二人が掴むケーブルの取りつけられた石塔、その根本部分から破砕音が鳴った。

石塔の根本近くの一部から発破により生じた煙が上がる。それを見て嫌な予感を感じた一夏はすぐさま周囲を見回し、あるものを見つけるとすぐに次の行動に移る。

 

 姿勢を整え、ケーブルを掴み直し、一夏は石塔の壁を蹴ると振り子の要領で勢いをつけ初音めがけターザンよろしく迫る。

無論、初音も指をくわえたままそれを待ち受けるなどということはせず、一夏がそうしたように自身もケーブルを掴み、石塔の壁を蹴って一夏を迎え撃つ。

二人の刀が空中でぶつかり合い、一際大きな金属音が鳴り響く。

 

 交差は一瞬、互いに互いの横をすり抜け、振り子の要領で再び戻るかと思われたが、一夏が取った行動はケーブルが端に達しかけたところでケーブルを掴んでいた手を離すというものだった。

小規模な建造物だったとしても建物三階分はありそうな高さで飛び出したことに客席から再度悲鳴が上がるが、一夏の中に不安の類は一切無かった。

彼の視線の先にあるのは射撃訓練用の的を固定する浮遊台、その本来であれば的を取り付ける場所に設けられた簡素な足場だ。

勢いを付けて宙を舞った一夏の体はどんどん前へと進みながら落ち、どんぴしゃりで宙に浮かぶ足場へと降り立つ。

 

「先輩は……」

 

 足場に降り立ち、体勢を整えながら一夏は背後の石塔に振り向く。

完全にとまではいかずも、根本部分の一部が崩壊したことで石塔は徐々に傾き倒れていく。

巻き込まれれば流石に冗談では済まない危険な状況にさしもの一夏も表情が強張り、たとえ初音がそれを望まなかったとしてもISを展開して助けに向かうべきかと足を踏み出しかける。

だが、直後に石塔から発せられた強烈な殺気にその足は強制的に止められた。そして見えた光景に今度は目を見開かされた。

 

 再び石塔の傍まで初音の体が戻った時、既に石塔は崩落を始めていた。

既に一夏が安全な空中の足場に移動していることは分かった。そしてもう一つ、別の足場が一夏のいる足場とは反対の方向、石塔が倒れる過程で頂上部分に近くなる場所にあることも初音は見て理解していた。

何とか体勢を立て直して身を石塔に張り付けると、垂直から徐々に水平へと傾く石塔に足をつけ、その上に立つ。

そして倒れていく頂点の方まで一気に駆け出し、あと数秒もせずに石塔が完全に地面に叩きつけられるというタイミングで頂上部分の足場を蹴った初音は、一夏がそうしたようにその身を宙に躍らせ狙いを定めていた足場の上に立った。

 

「マジかよ……」

 

 僅かに驚きを込めて小さく呟くと、一夏は表情を引き締め直す。

ここからが正念場だ。そう遠くない内に決着はつく、その予感があった。

 足場を支える浮遊台に予めそうプログラムされているのか、それとも管制室あたりが手動で動かしているのかは知らないが二人の乗る足場は徐々に近づき、ついに足場の端がもう少しで接するかという距離まで近づいた。

 

「……」

「……」

 

 互いに刀を構えたまま無言で睨み合う。

 

「織斑。そろそろ――終わらせる」

「えぇ」

 

 その言葉を皮切りに初音は足場を蹴って一夏の乗る足場へと飛び移る。

着地と同時に身を屈めた初音はそのまま一夏の足を切り払おうとし、僅かに後退して躱した一夏とすぐに斬り合いを再開する。

渾身の力を込めて初音が繰り出す、絶え間のない重い一撃一撃を一夏は全て捌く。そんな斬り合いの最中にも二人の立つ足場は固定する浮遊台と共に宙を動き回り、やがて少し高めの足場程度の高さになるほどに地面に近づく。

瞬間、二人は揃って足場から飛び降り地面に着地し、再び刀を構える。

 

 今度こそ正真正銘、決着の時であると共に理解していた。

初音は目線の高さまで持ち上げた刀の切っ先を一夏に向け、弓を引くように肘を曲げることで最も得意とする突き技の構えをとる。対する一夏はシンプルな八双の構えだ。

今度こそ決める、そう決意し初音は隠していた手札を切った。

 

(う、嘘だろオイ……)

 

 それを見た瞬間、一夏が感じたのは純粋な驚愕だ。

勿論、驚きを感じたということは今までに幾度もあるが、他の考えが全て吹き飛ぶほどというのは早々無い。

だが奇しくも、一夏はごく最近に同様の驚きを感じていた。それは過日の楯無との勝負の時、己と師のみしか使わないと思っていた奥義を楯無が使った時だ。

そう、今の一夏が感じている驚きはあの時と全く同じものだ。なぜなら――

 

(なんで、斎藤先輩が――)

 

 楯無が使ったものと同様に師より奥義の一つとして伝授された切り札、その一つであり禁忌とも言われた技法。

相反する気力を併せ使うことにより爆発的な身体出力を可能とするその技を、形としては未だ未熟な部分が見えるとは言え、初音は使って見せたのだ。

 

「行くぞ――!」

 

 初音が掛けだす。その初速、加速ともに先ほどまでの比では無い。

考えている時間は無い。詳細を聞くのも、その危険性やら諸々説明するのも全て後だ。

即座に一夏も決心した。迫る上級生を――本気で潰すと。

 

 高まる殺気に反して一夏の思考はよりクリアに研ぎ澄まされていく。

身を包む制空圏が収束していき、迫る初音の目を通じて彼女の動きを予測する。

意識を一秒に、一瞬に集中させ、徐々に周りの景色がモノクロじみていく。

 

 ただ構えたまま一夏はジッと初音を待つ。

そしてあと一歩で初音が一夏を間合いに捉えるという瞬間の、更に刻んだ最中に一夏は一歩を踏み出すと同時に刀を振るっていた。

 

「がっ――!?」

 

 気が付けば首に衝撃を感じると共に初音は刀を振るうことなく一夏の横をすり抜け、そのまま地面に倒れ伏していた。

やられた――そう理解した初音は徐々に暗くなっていく意識の狭間で呟くような一夏の声を聞いていた。

 

 ――奥伝・時戒ノ太刀――

 

「次は……」

 

 それ以上を言うことは叶わず、初音の意識は完全に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「っぜぇ! はぁ、はっ……!」

 

 今度こそ完全に勝負を決めたことで荒い息を吐き出す。

正直、結構な疲労も感じてはいる。だが泣き言を言っている暇は無い。これでようやく()()が終了したのだ。

まだ、本番が残っている。それこそが己の真の責務である以上、まだ疲れに阻まれている場合では無い。

 

「簪、人を寄越せ。斎藤先輩を回収させろ。

 劇の進行は数馬のアドリブナレにでも任せろ。適当に治めとけ。そしたら数馬のことは頼む。どっかで適当に放り出して良い。

 オレは、行くぞ」

『……大丈夫なの?』

 

 純粋に案じてか、それともこの後のことを考えてか、インカム越しの簪の声は気遣うような色がある。

 

「この程度で泣き言なんざ言えないさ。

 それに疲れがあるのは確かだけど、まだ余裕があるのも確かだ。

 場所と、()()()の方は良いな?」

『うん』

「ならオレは行くぞ。他の連中にもよろしく伝えとけ」

『了解。……気を付けて』

「あぁ。織斑オーバー」

 

 インカムの通信を切り、一夏は次の目的に向けて動き出す。

既に場内には数馬のアドリブによるナレーションが流れており、この分ならばお題目の舞台も丸く収まるだろう。

すっかり手に馴染んだ模擬刀を初音の横にそっと置くと、一夏は目的の場所までまっすぐに歩いていく。

 

 

 

「ここか」

 

 ついたのは崩落していない無事なセットの裏手、やはり観客席からは目につかないポシションだ。

その地面には細長い穴が開いており、そこに指を突っ込むと裏側に指をかけ、一気に跳ね上げた。

ガタンと音を立てて地面の一部が天窓のように開き、その下の空間に一夏は迷うこと無く飛び込む。

 

 飛び降りた先はアリーナ地下の更衣室だ。普段はあまり使われることのない空間であり、一夏も訪れたのは片手で数える程度の回数しかない。

上からぶら下がっている鎖を引いて開いた天窓を閉じる。そして無言のまま室内を歩いていく。

 

 

 

 

「あら、織斑さん?」

「ん? あぁ、貴女は――」

 

 不意に掛けられた女性の声に一瞬首を傾げるも、現れた姿を見てすぐに合点がいったというように頷く。

 

「確か、巻紙さんでしたよね。

 どうしてこんなところに?」

 

 ほんの数時間前にも会った女性だ。

主に一部のISパーツを扱う機械メーカーの営業担当で、一組で接客中の一夏にセールスをしてきた剛の者でもある。

 

 

「いえ、お恥ずかしい話ですが少々道に迷ってしまいまして」

「あぁ、そういうことですか。ならちょうどいいや。

 オレもついさっき一仕事終えたばかりでしてね。戻るがてら、道案内をしますよ。

 ついて来て下さい」

 

 そう言って一夏は巻紙と呼んだ女性を手招きし、ついてくるように促す。

 

「しかし大変でしたね、迷うなんて。

 まぁここは広いですからね。オレも入学したばかりの頃はちょっと大変でしたよ」

「本当ですね。聞きしに勝る規模の施設で驚きましたよ」

 

 いや全くと一夏は軽く笑う。

そんな風に歩き出した二人だが、歩き出して直後に巻紙が一夏に声を掛ける。

 

「そうそう織斑さん。少々よろしいでしょうか?

 実は大事なお話がありまして」

「いや、流石にセールスは無理ですよ?

 ちゃんと学園や先生を通してくれないと」

「いえ、今度のはセールスとは別なのですが――」

 

 言いかけたところで背を向けたまま一夏が手で制する。

 

「話の途中ですいません、巻紙さん。ちょうどオレも用事を思い出したんですわ。

 いや、これが結構大事なことなんですけどね、むしろ貴女だからこそと言うべきか」

 

 クルクルと手首を回し、左手で右手首にある白式の待機形態の腕輪を弄りながら一夏は言葉を続ける。

 

「失礼とは分かっちゃいるんですがね――捕えさせて頂く」

 

 刹那、白式の主武装である蒼月を腕部装甲の部分展開と共に展開し、背後の巻紙目がけて容赦なく振り抜いていた。

 

 

 

 

 

 




 今回のvs斎藤先輩、戦闘描写そのものがある種のネタだったりします。
ピンと来る方はすぐに分かるかもしれません。

 そして次回はいよいよ連中と本格的に一戦交えます。
何気に今回の引き、にじファン時代の同様のシーンと殆ど一緒だったりします。
何だかんだでしっくり来るs-ンだったもので。

 そして、学園祭終わってもまだ五巻編は終わらないんですよねぇ。
一つ、終えていない大事なオリイベントがあるもので。

 次回更新はおそらく二月十四日、バレンタインデーの午前零時に投稿するバレンタイン短編となります。
まぁ青春らしさの欠片も無い、色々な意味でおかしな代物になりましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。

 それでは、また次回更新の折に。
感想、ご意見は随時募集中です。些細な一言でも構いませんので、お気軽に書き込み下さい。



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2016年 バレンタイン短編

 にじファン時代から今に至るまで、ネタ短編は色々とやってきましたが、思えばバレンタイン用の短編というのはこれが初めてだと思います。
そんなわけで思い付きで書いたバレンタイン短編を投稿するのですが、お読みになるに際して下記の注意事項を把握して頂ければ幸いです。

※「バレンタインネタ」と銘打ってはありますが、バレンタインらしい青春のイチャコラだのはありません
※そんな綺麗な青春どころか、受け取り用によっては実に汚いです。
※話のメイン人物がメインだけにはっちゃけ具合がお察しレベルです。
※最後の方で本編に関する割と大きなネタバレに近い描写がありますので、その点をご注意ください。


 話の発端は一人の言葉だった。

 

「バレンタインねぇ……」

 

 某日、鈴は休み時間に何気なくクラスメイトと談笑していた。

その時の話題はIS学園入学以前、つまり日本で言う中学過程でどのようなことがあったかという思い出話のようなものだ。

各々がこんなことがあった、修学旅行にはこんなところに行ったなどと語り合う中、一人がバレンタインはどうだったかと言いだしたのだ。

 

「凰さんって確か織斑くんと同じ中学だったんでしょ?

 やっぱり織斑くんにチョコあげたりとかしたの?」

「あー、まぁ一応ね。

 一夏の他に、一緒によくツルんでたのもいるから、そいつらに纏めて義理はあげてたわ」

 

 この言葉でキャイキャイとなるのは主に日本出身の級友だ。

とはいえこれも仕方のないことで、バレンタインという日に女から男への色恋を殊更に絡めるのは日本特有のものに近い。

これが他の国となるとまた事情が違ってくるが、どっちにしろ親しい人間に贈り物をするという点では共通な部分もあるので、通じていると言えば通じている。

 

「別にそんな色気づいた理由なんざ無いわよ。

 まぁ何だかんだの腐れ縁だし、一夏にしろ他のにしろ、変な奴らだけど一応は友達だからね」

 

 別にこれは照れ隠しでもなんでもなく、鈴の本心だ。

言ったように、一夏とその愉快な仲間×2に対しては何だかんだで変な腐れ縁の続く友人というのが偽らざる本音なのだ。

 

「しっかしバレンタインねぇ……」

「どうかしたの?」

 

 何かを思い出すように遠くを見つめるような表情をした鈴に、クラスメイトの一人がどうかしたのかを問う。

 

「あぁ、いやね。ちょっと思い出したのよ。

 その中学の時のバレンタインの、何て言うのかしらね。一騒ぎというか」

 

 そして一拍置いてから鈴はかつての日々の一幕を語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、世間じゃバレンタインだなんだと言っているね」

 

 休み時間、教室の一角で数馬は図書室から拝借してきた経済新聞を読みながら何気なく呟いた。

 

「バレンタインか。そういやそんな時期だったな」

 

 教室の角にある数馬の席のすぐ横で窓際に背を預けながら弾が思い出したように言う。

そして数馬と向かい合う形で数馬の机に頬杖を突きながら一夏がだるいと言いたげな顔をしている。

某県の某中学、その第二学年の中の一クラスに彼ら三人は籍を置いている。

 

 これが彼らのいつもの光景だ。

中学に入学し同じクラスとなり、不思議と意気投合して、気が付けばいつもツルんでいるようになった。

 

「バレンタインってあれだろー。こないだテレビで言ってたぞ。

 確か地球の引力にとっつかまった陽子と電子の帯ってやつ」

「それはヴァン・アレン帯」

「じゃあアレだ。銀○に出てきた声が美少女な幼虫の――」

「それはパンデモニウムさん」

「古代の地球のでっかい大陸――」

「それはパンゲア大陸」

「ガ○プラ」

「バン○イのプラモデルから」

 

「いや、あんたらいつまで漫才やってんのよ。

 もうバレンタイン殆ど遠ざかってるわよ」

 

 いつもの光景とも言える唐突な漫才、でなければクソリプ合戦に等しいやり取りを唐突におっぱじめる二人に、更に呆れ気味な声が掛けられる。

特徴的なツインテールをぴょこんと揺らし、腰に手を当てながら鈴がやれやれという眼差しで二人を見ていた。

 

「いや、なんかついノリがそのままノッちまってな。

 別にバレンタイン自体は分かってるぜ」

「いつものことだよ、鈴。そう気にするものでもないさ」

 

 んなこたぁ分かってると鈴も返す。問題なのはそれで一々馬鹿なやり取りを始めることなのだ。

 

「しかしバレンタインな。確かに、空気が妙にそわついてはいるな」

 

 空気を読む、というよりも訓練してきたことの関係上、気配を読むと言った方が正しいだろう。

一夏は教室内に流れる普段とは少々違った雰囲気を鋭敏に感じ取っていた。

 

「ま、野郎は誰かから貰えるかもしれないって期待、女子は誰にやるかって楽しみってトコか」

「いずれにせよ、僕らには関係のない話だ。捨て置けばいいさ」

 

 実際、弾や数馬の言う通りだ。

四人の通うこの中学は、そういった行事やイベントに関しては若干寛容なところがある。

例えばこういったバレンタインの折に校内でチョコを渡すことにしても、おおっぴらに認可を公言こそしないが良識的範囲内で問題となるようなことをしなければ教師の目につかない限りは許容するし、その教師の目にしてもある程度は緩くなるという習慣がある。

事実、過去にバレンタインに際して校内でチョコのやり取りが行われたという話は、いわゆる先輩後輩間、あるいは同級生間の人づてというネットワークを介して広まっている。

そして数馬はそれらを纏めて自分たちには無関係と言った。これについても、こと三人に関しては当てはまると各々自覚があるため、一夏と弾もうんうんと頷く。

 

「いや、あんたらそれで良いの?」

「んだよ鈴。なにか? 俺や弾、数馬が他の連中よろしく女子からのチョコに飢えてる姿を見てみたいってか?」

「いや、それは……別に良いわね。逆に変で気味悪いわ」

「だろ?」

 

 別に俺は興味無いからと、強がりでも何でもなく本心から一夏は言う。

 

「俺の家は蘭とお袋が用意してくれるけど、数馬もお袋さんからで、一夏は毎年千冬さんが買ってきてくれてるんだったか」

「そうそう。で、姉貴の場合はついでに自分の分も買って、ちゃっかり酒のお伴にしてるな」

「はは、千冬さんらしいじゃないか」

「いや、あんたら揃って毎年義理とはいえあげてやってるあたしをハブるんじゃないわよ」

『サーセン』

 

 不本意ながらすっかり慣れてしまったが、本当にこの三人が一緒になるとツッコミどころばかりで疲れると、鈴はため息を一つ吐く。

 

「ていうか、あんたたちって本当に無いの? そういう女子から欲しいってのが」

 

 とっくに分かっていることだが、やはり多少は気になりもする。

さっきも一夏が言ったが、実際に男女問わず大半の生徒がバレンタインという日を気にしているのだ。

彼らが他の大半の同級生たちとは価値観や考え方で結構違う部分を持っているのも付き合いの長さゆえに分かっているが、それでもと聞いてみたくはある。

 

「いや、まぁ、なんつーのか。ガツガツ欲しがるつもりも無いけど欲しくないってわけでも無いから、くれるっていうなら貰いはするな。勿論礼もきっちり返すし。

 けど、やっぱこだわりはねぇなぁ。別に今はそういう女子にどうだとか全然思わねぇし」

「俺も一夏に近いかね。来るのを拒みはしねぇけど、あぁでもやっぱ気になるとしたらチョコをもらったって事実よりも、チョコそのものだな。

 市販品ならともかく、何かしら手を加えてあるならどんな工夫をしてあるのかは気になるな」

「悪いが、日頃の同級生女子諸氏の言動、行動の低俗さを見ているとこちらから願い下げだね」

 

 一夏と弾に関してはまだ良い。問題はこの性悪(カズマ)だ。

幸いにして彼らの言葉に耳を傾けている者は居ない。聞いているのは鈴自身を含む三人だけだから、彼も率直な意見を言ったのだろう。

これが他人を相手にすると目立たず大人しいが品行方正な優等生の優男を完璧なくらいに振舞うのだから、なんとも手に負えない。

この場で彼の本性を知るのは、彼がそれを見せた三人のみだ。男二人は当然として、鈴も特段誰かにこのことを話すつもりはない。よしんば話したとて信じられないだろうことは明白だからだ。

 

「まぁバレンタインに話を戻してだよ。

 他の男子諸君には悪いが、貰える確率はかなり低いんじゃないかな?

 仮に貰えたとしても、ほぼ義理だよ。文字通りの」

 

 理由? 決まっているだろうと数馬は教室の一角に目を向ける。

その視線の先には一人の男子生徒。休み時間ということもあり教室内では今の一夏たちのように仲の良い者同士で集まって話すという光景は珍しくも無いが、数馬の視線の先にある同級生の集まりは最も人数が多く、ついでに視線を受ける彼はその中心的位置にいる。

 

「あぁ、羽山ね。納得したわ」

 

 それなら数馬の言うこともさもありなんとばかりに鈴は頷く。

羽山、そう呼ばれた彼は一言で言うなら学内の王子様ポジションと言って良い。

イケメン、成績優秀、運動神経抜群、家も親が法曹界の人間で経済的にも豊かで長男坊と、これでもかというくらいにアピールポイントをぶちこんだような男だ。

しかも立ち居振る舞いも紳士的、誰にでも気さくに接し爽やか少年を地で行く、これで女にモテないはずがない。

 それを分かっている故に数馬は視線を向け、鈴も頷いたのだ。なまじ女であるゆえに鈴の方がよく分かる。

あいにく彼女は違うが、彼女と交友のある女子は殆どが彼にお熱と言って良い。ほぼ確実に、女子の本命チョコは彼のみに流れることだろう。

 

「まぁ連中の安い価値基準を鑑みれば妥当とは思うけど。

 だがまぁ、僕が奴ごときより下と見られるのは不愉快だね。少なくとも知性で負けるつもりはない」

「まぁ、あんな分かりやすいモテ男じゃあな。だが俺も喧嘩なら負けんわ」

「ま、しゃーないよな。――料理なら負けねぇぞ、絶対」

「あーはいはい、そーね」

 

 さして興味が無いのも確かだろうが、何だかんだで他人がチヤホヤされている様を見るのも気に入らないのだろう。

若干の苛立ちやらがこもった言葉を鈴はハイハイと受け流す。だいたい言葉にせずともそんなことは鈴からすれば分かり切ったことだ。三人揃って得意分野に関しては振り切っているくらいの特化型だ。そりゃ勝てるやつなんでいないでしょうよと鈴は適当に相槌を打っておく。

 

「ふむ、しかし周囲がこう浮かれ立っている中でいつも通りというのも些か興に欠けるかな。

 凡愚どもの思考停止した猿の乱稚気に迎合するわけではないけど、何かやってみるのも一興というやつかな」

「いや、俺らが何かするとか無くね? だってよ、バレンタインって男はどっちかって言えば受け身の側だろ?

 頑張るのはむしろ女子連中なんじゃ――」

「いやいやそれは早計だよ一夏。そも君なんかが思うバレンタインの形、女子が男子に胸中の意を告げる云々は日本独自のものに近い。原因は言わずもがなカスゴミ――間違っちゃいないと思うけどマスコミ他、各種広告代理店の売り上げアップ戦略さ。

 商業戦略としての成果や手法には一定の評価を与えるが、中身やそれに踊らされる羽虫どもの低俗さは――関係ないね。蛆の話をするとこっちの口耳脳まで汚されそうだ。

 まぁよく知られた形態は日本特有に近いものとして、海外じゃ違うとも。欧米では親しい者同士で親愛の証としてチョコに限らずケーキやカードなどを送ったりする、男女間問わずね。

 僕からしてみればこっちの方がよほど理性的で紳士淑女的で真っ当であり好ましい」

「じゃあ何か、数馬? お前や一夏に俺に、鈴もいれるか。なんか贈り合うとかやるのか?」

「うん、それも考えたんだけどね。それではあまりに安直に過ぎる。

 悪い案では無いけど、もう一捻り欲しいものだ」

 

 ちょっと待ってて、考えてみるからと言って数馬は顎に手を当ててしばし無言となる。

その様子を黙って見つめていた三人だが、やがて何か考えが纏まったらしい数馬がこれならいけるかなと頷きながら再び三人の方に向き直る。

 

「うん、良いことを思いついたよ。これは中々楽しそうだ。

 けど、その前に事前準備だね」

 

 

 

 

「というわけで、どうも織斑一夏です。

 現在、何故か我が家にいつもの四人で集まっています」

「いや一夏、あんた誰に言ってんのよ」

「いや、なんか言った方が良いような天啓を受けた気がして」

 

 そんなコントのようなやり取りをする一夏と鈴の横では数馬と弾がせっせと動いている。

場所は織斑邸――のキッチン。若い姉弟二人暮らしには豪勢とも言える立派な一軒家だが、中でもキッチンはスペースや調理器具の種々といい中々の気合いの入りようである。

 

「しっかしいつ見てもあんたのトコのキッチンって大したもんだと思うわ」

「元々それなりにいいもんだったらしいけどな。姉貴が稼ぐようになってから、色々増やしたりはしたんだよ。

 なんか『食い物周りは金を惜しむべきじゃない』とか言ってな。本人ろくに料理できねぇくせに。

 まぁ俺も良いキッチンで料理できんのはありがたいから、遠慮なく使ってるけどよ」

 

 とりあえず二人もやることは分かっているのはセコセコと動く。

程なくしてキッチンの調理台にはボウルやヘラと言った調理器具に、幾つかの材料が並んだ。

 

「で、どーすんのよ。いや、あるもの見ればだいたい分かるけどさ」

 

 鈴の視線の先にはスーパーの袋に入った幾つもの箱がある。それぞれメーカーや商品としての詳細は違うが、いずれも一つの種類として括ることができる。それは『チョコレート』だ。

 

「無論、作るんだよ。手作りのチョコ菓子をね。

 というわけで、弾。任せた」

「は!? 俺!?」

 

 何を分かり切ったことをと言ってからいきなり自分へ振ってきた数馬に弾も困惑を隠せない。

だが数馬は至って冷静だった。

 

「弾、君が料理全般に秀でているのは知っているが、お菓子の方は?」

「……できるけどよ」

「なら結構。幸いにして僕含め他の三人も調理作業には心得がある。

 弾、君の主導で構わない。気合いの入ったチョコ菓子の作成を頼みたい」

「ちなみにその理由は」

「無論、バレンタインだよ。

 物こそチョコだが、僕らは本場欧州のやり方に則ろうじゃないか。

 幸い僕らの中学はそこらへんは寛容だ。僕らでチョコ菓子を手作りし、クラスメイト諸氏に親愛の証として送るのだよ」

 

 そうニッコリと笑って言う数馬の顔は非の打ち所がないくらいに見事な優等生だ。余人が聞けば誰しもその言葉を疑うことは無いだろう。

 だが――

 

(怪しい……)

 

 その本性を知るだけに三人は、大義名分は整っているから否は言わずとも、拭い去れない疑念を終始胸中に抱えているのであった。

 

 

 

「まぁ、作る以上は本気でやらせてもらうさ。ただ、普通にメシ作るのと菓子作りはワケが違うからな。

 特に材料の分量やその混ぜ合わせ、オーブンでの加熱、どの手順にも丁寧さが要る。

 数馬の要求を満たすならそれなりのアレンジも加えるつもりだけど、それにしてもベースのレシピをきっちり守った上でだ」

『はーい』

 

 やはり作るならミスはしたくないわけであり、三人は素直に弾の言葉に従う。

そしてチョコ菓子造りはスタートした。

 

 

 

 

 ~キ○グクリ○ゾン~

 

 

 

「結構、色々作ったな」

 

 それなりの量の作業を終えて一息つきながら一夏はテーブルの上に並べられたチョコ菓子の数々を見る。

ガトーショコラやブラウニー、スフレやマフィン、トリュフチョコなど。他にもチョコババロアやタルトなどもある。

 

「なんか、見てるだけで腹が膨れそうだよ」

「あたしも同感だわ。ていうか実際にチョコの匂い嗅ぎまくったせいでお腹いっぱいな感じするし」

 

 途中からちょっと、というか結構楽しくなってきたのは否定しないが、それでも作り過ぎたか? と一夏と鈴は頬を苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ良いじゃないか。それより、試食と行こう」

「作った以上は食わないとだからな。それに、味は保証できるぜ」

 

 一通り片付けも済んだので数馬と弾は早々に食べる体勢に移行する。

一夏と鈴も、あぁは言ったものの何だかんだで美味しそうな菓子の山を前に食わないという選択肢は選べないのか、自分に言い訳するような独り言を言いつつ素直に試食の準備を始める。

そして全員の準備が整ったところで数馬が音頭を取った。

 

「それじゃあ、みんなも準備ができたようだし――」

『いただきます』

 

 そして各々好きな菓子を口に入れ――

 

「こ、これはっ――」

「いや、流石は弾だ……!」

「あー悔しいけど文句無いわー」

「ふ、俺の仕事に外れは無ぇ」

 

 反応は四者四様、だがその考えは一つに集約されていた。即ち『美味しい』と。

 

「う~ん、普通に美味いわこれ。いくらでもいけるぞ」

「チョコからして複数の種類をブレンドしてるからね。味の深みが違う。

 このブレンドのセンスは、弾に見事と言わざるを得ない。レシピさえ聞けば再現は可能だろうけど、発想は僕では及びもつかない」

「ほんっと腹立つくらい美味いわね。……本当に美味いわ」

「悪くは無いな。けど、まだ改良はいけるな……」

 

 素直に美味いとしか言えない、それが三人の率直な感想だと言うのに弾は未だ改良の余地があると言う。

思わず「マジかよ?」という表情を三人が弾に向けてしまうのも已む無しだろう。

 

「バレンタイン当日には、まだ日があったよな?」

「そうだね。一週間以上はあるよ」

 

 まだ残ってはいるものの、ある程度食べた段階で弾が呟く。

いつになく真剣さの増した弾の言葉に数馬も若干気圧されながら答える。

 

「今日のレシピは記録した。

 見てろ、当日はこれ以上を食わせてやる。数馬の考えはこの際どうでも良い。

 やるんならマジだ」

 

 その言葉に一夏と鈴は気圧され無言になり、数馬は誰も見ていない故に口元に大きく笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 そしてバレンタイン当日――

 

 

 

 その日は朝からいつも以上に落ち着かない雰囲気が漂っていた。理由は言わずもがな。

男子も女子も、各々思う所があるのだろう。期待やら不安やら、入り混じった空気が齎す雰囲気のさざめきは多少疎い者でもすぐに感じ取れるほどだ。

それは教師陣も同様であり、特に問題とならない限りは咎めるつもりも無いので、そんな生徒たちの様子を若い青春の一幕として微笑ましそうに見守っている。

メインは放課後だが、中には休み時間などに早くも意中の相手へ吶喊を仕掛けたり、義理の相手に気軽に放り渡したり、楚々とやり取りが行われる中、ついに放課後がやってきた。

 

「あー、みんな。少々時間を貰えるかな?」

 

 終業前のHRを終え、担任が教室を出ようとするより早く数馬の声が教室内に響く。

普段物静かな同級生が珍しいと思いつつ、一同は何事かと耳を傾ける。

 

「いや、今日がどういう日かはみんなも周知の通りだと思うけどね。

 まぁ折角の機会ということで、僕の方からも良き級友である皆に何かをあげたいと思ってね。弾とかといっしょに細やかながら用意をさせて貰ったんだよ」

 

 そこで数馬は弾に目配せで合図をし、それを受けた弾は即座に行動を開始、別室で保管してあったこの日のための品を教室に持ち込む。

 

「欧米では男子の側からも渡す慣例に倣って、細やかながらの気持ちだよ。

 是非、皆に受け取って欲しい」

 

 その言葉と共に弾が一同の前に見せたのはクラス全員分を余裕で補えるほどはあるだろう、チョコ菓子の数々だ。

おぉ、と教室中からどよめきが挙がる。対外的には模範的優等生として通っている数馬の厚意による品だけに、それを拒む者は誰もいない。

 

「おいおい御手洗、心がけは良いしやるのも構わんが、何も先生の前でやることは無いだろう」

 

 しょうがないやつだなと言いたげな担任に数馬はニッコリと笑みを浮かべる。

 

「まぁまぁ先生、とりあえずちょっと――」

「ん? お、おぅ」

 

 笑顔のまま数馬は担任を教室の外に連れ出す。

それから程なくして再び教室の戸が開くと二人が戻ってきた。

 

「ウン、御手洗ノ考エは素晴ラシイナ!

 先生ハ大イニ賛成ダ!」

 

 かくして説得に成功して教師の公認も得たところで、数馬は弾を促してクラスメイト全員に菓子を配り始める。

外部で食べても問題になるかもしれないので、この場で速やかに食べて欲しいと念押しした上でだ。

 そして――

 

「やべぇ! なんだこれ!」

「おい、滅茶苦茶うめぇぞ!」

「俺こんな菓子食ったことねぇよ!」

 

 ある意味当然と言うべきか、男子の反応は至って上々であった。

女子からのチョコを期待していた彼らだが、貰えないよりかは貰う方が良い。

その相手も同じ男なわけだが、別に変な意味などはなく純粋に友情の証(と、彼らは思っている)なのだ。断る義理は無いし、何よりこれほどに美味いのであれば諸手を上げて大歓迎だ。

 

 

 問題は――女子の方である。

 

『……』

 

 揃って無言だった。いや、完全に無言というわけではない。

感想を聞かれれば普通に美味しいと答えるし、それだけの品を作った弾を褒めもする。

だが、手放しで褒めるしかないほど美味しいだけに、彼女らの心中は極めて複雑だった。

 

 理由は一つ、各々がこの日のためにと用意をしてきた品、チョコレートに他ならない。

学内の王子様的存在がいるせいか、手作りのチョコを用意して彼に――と考える女子はこのクラスにおいては比較的多い方だった。

その誰もが弾と数馬(実際には一夏とかも関わっているが)の共作チョコ菓子を食べ、そのクオリティと自分が用意してきた物を比較して愕然とさせられていたのだ。

 決して彼女らを責めるなかれ。いかに年頃の女子とは言え、まだまだ中学生なのだ。調理スキルにしてもまだまだ未熟な者は少なくないし、より繊細さが求められる菓子作りとなれば趣味にでもしていない限りは機会の少なさもあって猶更だ。

そして彼女らからしてみれば数馬と弾を責めることもできない。何せ彼らは純粋な厚意でこれだけの物を用意してくれたと、そう思っているのだ。そう、誰が誰を責めることなどできはしないのだ。

 

 だが、それでも少女たちは自分の意思とは無関係に自己の内で、自分が作った品と今食べている一品を比較してしまう。

何せ多くは市販のチョコを溶かして、ちょっと型を整えたり飾りとなる色付きのチップを添えたりして固めたもの。手が込んでいても若干拙さのあるガトーショコラやチョコクッキーなど比較的基本的な菓子が限度だ。

対して弾はチョコからして独自に仕上げたものであるし、一番シンプルと本人が言うものですら、完成度は勿論のこと中にオレンジピールを加えるなどの種々のアレンジが為されたガトーショコラなどだ。

はっきり言って、比べるのが酷というやつである。少女たちの自信やら何やらはへし折られるどころか、木端微塵に粉砕される顛末となったのである。

 

 だがその事実にほぼ誰も気付いてはいなかった。弾も一夏も、そして鈴も。

数馬のことだから何かあるとは感づいていた。だがそれでも精々がこうやって腕を見せびらかす程度だろうとしか思い至らないのが精一杯。

その先にある真意は、それを考えた数馬のみが知るものだった。

 

(あぁ、実に良い表情だ)

 

 盛大にニヤけてしまいそうになるのを数馬は理性で押し留める。

だがそれにしても実に心地の良い光景である。普段から馬鹿みたいにはしゃぎたてて不快音しか発さない愚昧が揃って絶望に意気消沈し、それを悟られまいと表に出さないよう懸命に振舞う姿は見ていて実に愉悦を感じる。

なまじ人の心境を見抜くことに秀でているだけに、数馬だけが見られる光景だ。その自分のみという特別さも、一層彼の気分を良いものにさせる。

 

(そうさ、それで良いんだよ。僕にとっての愉悦、楽しみ、快楽。

 それが僕にとっての第一事項、そのためにお前たちは実に役に立った。あぁ、褒めてやるさ。

 よく役に立ってくれたよ、蒙昧共)

 

 さて、これでひとまずの目的は達成した。

もう愚昧どものことはどうでも良いので、数馬はさっさと興味から彼女らを切り捨てる。

あとはもう一つの、ちょっとしたサプライズのみ。

 ニヤリと笑みを浮かべると数馬は自分の鞄からある物を取り出した。

 

 

「一夏、一夏」

「ん?」

 

 チョイチョイと肩をつつかれる感覚に振り向けば、すぐ目の前に数馬の顔があった。

 

「おう、数馬。どした?」

「いや、君にこれをやろうと思ってね」

 

 そう言って数馬が一夏の前に掲げたのは、彼の指につままれているトリュフチョコだ。

サンキューと言いながらそれを受け取ろうとして、一夏の手は途中で止まる。

 

「待て、数馬。それ、誰が用意した?」

「僕だけど? 気合い入れて作った手作りだよ。自信はあるね」

 

 満面の笑みと共に数馬は言い切る。それを見て、一夏は直感的にこれはアカンと察した。

 

「い、いや、遠慮しとくわ……」

「おいおいつれないこと言うなよ。折角なんだから食べなよ」

「い、いや、今はよしとくわ」

 

 食えよと迫る数馬に合わせて一夏は後ずさる。だがそれも長くは続かなかった。

何か背中に当たった。それが壁だと分かった時には既に遅かった。

 

「ほら、食べなよ」

「あ、どん」

 

 一夏の顔のすぐ横の壁に数馬の手が当たる。いわゆる『壁ドン』というやつである。

 

「あぁ、逃がすつもりは無いから」

 

 更に一夏の足の間にも数馬は自身の片足を滑り込ませ『股ドン』を決める。

壁ドン股ドン、フォーリンラブでドンと見事なコンボであった。

 

「ほら一夏、観念しなよ。もう――ニガサナイヨ」

「お、ばかおま止めろ! 近い! 顔近いから!」

「君がこれを食べてくれればそれで済む話だよ。

 ほらアーン……そのまま奥まで飲み込んで――僕のドラゴンオーブ」

「今の若い奴がそれ分かるのかよ!

 しかもマ○タードラゴンの魂とかさ!」

「いや、最近携帯ゲーム機版でリメイクしたし、案外多いんじゃない?

 ところで一夏は誰派?」

「フ○ーラしかねぇな」

「僕はマ○アさん派だけどね」

「ビア○カでもデ○ラでもないとか、またマイナーなところを――じゃなくて、近い近い!」

 

 ジリジリと迫ってくる数馬の一夏は顔を背けて逃れようとする。だがそれは何の解決も齎さない。

しかも数馬ときたら、吐息交じりの妙に変な気合いの入った声と顔で迫ってくるのだから、余計に不気味だ。時々耳元に吐息が当たるのが本当に勘弁してほしい。

 

「やれやれ、とんだ困ったさんだ。随分と強情だね」

「あ、当たり前だろうが……!」

 

 やれやれ仕方ないねと、心底困ったように言う数馬に一夏はどうしたものかと考えを巡らせ――

 

「あ、女子のパンチラ」

「なにっ!?」

 

 ボソリと呟かれた数馬の何気ない一言に咄嗟に反応していた。

それも仕方のないこと。だって、男の子なんだもん。

背けていた顔を真正面に、それこそグリッッ! と擬音がつく勢いで回した直後――

 

「ほい」

 

 と、口の中にチョコを放り込まれていた。

 

「あ――あむ」

 

 "しまった、ハメられた"と気付きつつも、一夏は口に放り込まれたチョコを頬張る。

 

「もむもむ――あ、意外に美味し……ん?」

 

 何だかんだで数馬も手先が器用だからか、菓子作りには適性があったらしく味そのものは普通に美味しいと言えるものだった。

美味いのは間違いない。だが、それを口の中で転がす内に一夏の表情が徐々に変わっていく。

始めは違和感を感じるような顔、それが怪訝そうな顔になり、徐々に引き攣っていく。そして――

 

「む、お……お、おごおおおおおおおおおおお!!?」

 

 耳にした誰もが苦悶のソレと分かる悲鳴を上げた。

 

「あああああああああああ! おあああああああああああ!

 ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 恥も外聞もかなぐり捨てて床を転げまわりながら呻く一夏に何事かと教室中の視線が集まる。

だが一夏はそんなことお構いなしと言わんばかりに悶え、水ぅうううううううう! と叫ぶと教室を飛び出していく。

それをクラス一同が――正確には数馬のみがニヤけたまま――茫然と見送るが、程なくして息を荒くしながら一夏は戻ってきた。

 

「数馬ぁあああああああ!!

 てめぇあのチョコに何仕込みやがった!? アホみたいに辛いぞ!!」

 

怒声はやや上ずり気味だ。よく見れば微妙に涙目気味になっているし、口周りがやや赤みがかっているのも分かる。

 

「あぁそれ? チョコの中心にね、特製のスパイシージュレを仕込んだのさ」

 

 サラリと言ってのけた数馬に一夏は閉口し、やや目を細めて質問を続けた。

 

「……その中身は?」

「スタンダードにタバスコやハバネロ、あとはダメ押しの――デスソース」

 

 "デスソースは止めてやれよ……"クラス一同の――無論数馬は除く――心が一致した瞬間だった。

そして数馬の返事を聞いて一夏は――無言だった。無言のまま数秒経ち、不意にその肩が不規則に震えはじめた。

 

「フッ、フッフッフ……まぁた随分と手の込んだ悪戯をやってくれたじゃねぇの……

 あぁ、別に責めやしないさ。お前がそういう特性いたずらごころを持っているのはよぉく知ってる」

「いや僕人間だから。ポ○モンじゃないから。別に変化技とか使わないから」

「だまらっしゃい。あぁ、別に良いんだよ。引っかかった俺が悪い。

 けど、このままじゃ終わらねぇぞ? よく言うよなぁ? "撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ"って」

 

 あ、ヤバい――直感的に悟った数馬は即座に逃走を図ろうとする。

だが、この時の彼は物理的な勝負で一夏をどうにかしようとするには未だ未熟に過ぎ、同時に周辺状況も彼にとって不利に過ぎた。

 

「シッ――」

 

 一息のうちに一夏は数馬との距離を詰める。

そして数馬の手に握られた激辛入りチョコの包みを奪い取ると、一気に数馬の足を払い尻餅を着かせ、その上に跨がって腰を落とした。

 

「あ~、一夏くん?」

「腹ぁ括れや」

「おわっ、ちょっ――」

 

 ガシリと肩を掴まれたと思ったら頭を床に打たないように配慮されながらも数馬の背は床に押し付けられる。

かくして数馬は一夏にマウントポジションを取られた上で完全に押し倒される形になっていた。

 

「食え」

 

 ズイ、と一夏は自身も食べさせられた激辛チョコを数馬の前に突きつける。

 

(フルフル)

 

 お断りしますと言わんばかりに口を固く閉じながら数馬は首を横に振る。

だがそんな抗議が今の一夏相手に通用するはずも無かった。何せ今の彼の目は完全に据わりきっており、端的に言えば心から本気(マジ)になっている状態なのだ。

 

「あぁ~そう。そうなの。へぇ~……

 だが許さん」

 

 膝を駆使して数馬の上半身を動かないように抑えつけると、ガシリと空いている手で数馬の下あごを掴む。

そして、力ずくで数馬の口をこじ開けに掛かった。

 

「んー! んー!」

 

 必死に抵抗しながら数馬は口を閉じようとする。だが状況に改善は見られず、徐々に数馬の口が開かれていく。そして――

 

「ワッショイ!」

 

 ニンジャめいたアトモスフィアを纏いながら一夏が気合いと共に力を込め、ガバリと数馬の口が開かれる。

すぐに閉じようとする数馬だったが、一瞬のスキを突いた一夏の方が早かった。

 

「ほい」

「あ――」

 

 今度は数馬の口に激辛チョコが放り込まれ、先ほどとは逆に吐き出されてなるものかと一夏の手で強引に口が閉じられる。

その際に――数馬にとっては運の悪いことに――奥歯の間に放り込まれたチョコは砕かれ、中の激辛ジュレが数馬の口内に広がった。

その結果は――

 

「あ……おご……アッー!! あぁあああああ!!」

 

 新たな激辛チョコの犠牲者の悲鳴が教室中に木霊することとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

「自業自得よ。ばぁか」

 

 その様子を見ていた鈴は心底――本当に心の底から呆れた様子でそんな言葉を呟いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――とまぁ、そんなことがあったわけよ」

『へぇ~』

 

 過去の一幕を語り終えた鈴に聞いていたクラスメイトたちが聞き入っていたというような声を漏らす。

 

「ちなみにこれがその時の写真ね」

 

 鈴としては何気なく見せようとしたつもりだったのだろう。

故にこの時の彼女はそれがもたらすことを想像することはできなかった。

 

「ほい」

 

 鈴の携帯に映し出された写真を見た瞬間、少女達が揃って息を呑んだ。

それは数馬が一夏に壁ドンをしながら迫る写真。そして一夏が数馬を押し倒しながら迫る写真。

客観的に見ても比較的イケメンと言っていい一夏と、美少年と言って良い数馬の二人が迫り合っている写真は、少女たちにとって興奮を掻き立てるに十分なものだった。

 

「ふぁ、凰さん。ちょっと頼みがあるんだけど、良いかな……?」

「ん? 何よ?」

「その写真、私にも貰えないかな? 結構面白い写真だからさ」

 

 内心の高まる興奮を悟られないように隠しながら少女は鈴に頼み――

 

「ん~、まぁ別に良いわよ?」

 

 鈴は承諾した。してしまった。

 

「ありがとう!」

 

 パァッと顔を輝かせながら少女は鈴に礼を言い写真を転送してもらう。

それを皮切りに話を聞いていた他のクラスメイト達も自分も自分もと鈴に写真の転送を頼む。

それを怪訝に思いながらも鈴は応じ、そして数日が経った。

 

 

 

 

 

 

「あっちゃ~、まさかこうなるとは思わなかったわ」

 

 あの時の申し出を断っておけば良かったと思うも、既に後の祭であった。

数日前に気軽に友人に転送してしまった写真、具体的には数馬による一夏への壁ドン股ドンフォーリンラブでドンと、一夏による数馬への押し倒しの写真。

それは幸いにも学内に収まってはいるものの、二組を超えて他の組にも、更には聞いた話によると他の学年にも回ったとかなんとか。

 

「……やばいわね」

 

 別に他の学年はどうでも良い。問題は一年の他のクラスに回ったということ。それはつまり、当の本人が居る一組にも回ったということだ。

それを考え、鈴は彼女にしては珍しく冷や汗を流しながら苦い顔をする。というか、現在進行形でよろしくない状況だ。なにせ鈴の背は今、立ち上がりつつある不穏な気配を壁越しの一組から感じ取っていたのだ。

 

「よし、逃げるか」

 

 決めたら即行動。

鈴は席から立ち上がると教室から出ようとする。どこへ行くのかと聞いてきたクラスメイトに「最高のチョコ探しにガーナに行ったとでも言っといて」とだけ言い残しそそくさと退散していった。

そして程なくして――

 

「鈴のバカはどこだ!! ちょっと話があるんだがなぁ!!」

「チョ、チョコ探しにガーナに行くって言ってたよ!!」

 

 両手に木刀を携えて悪鬼の形相で二組に殴り込んできた一夏と、その怒気に晒され半泣きになった二組生徒のやり取りが行われたとなかんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれも、今思い出してみればちょっとは楽しかったわね……」

 

 夕焼けによって茜色に染まった空を見ながら、屋上の手すりにもたれ掛りながら鈴はしみじみと呟く。

 

「凰、ここにいたか」

「あぁ、箒。あんたも来たんだ」

 

 背後から声を掛けてきた箒に返事をし、僅かに横にずれて箒の立ち位置を用意する。

 

「下の様子はどう?」

「さっきまでの通りだ。良い具合に賑やかだよ」

「ま、でしょうねぇ」

 

 二月二十四日、世間一般でバレンタインデーとされているこの日にIS学園は一つの催しを執り行っていた。

とは言え正式な学園行事というわけではない。一部の有志、というよりは生徒会長である楯無が言い出し、あっという間に手筈が整ったイベントである。

その名も「バレンタイン・パーティ」、名前の通り参加を希望する生徒が集まって各々チョコを作り、いわゆる友チョコの形で交換し合おうという趣旨の催しだ。

 

「いや、セシリアには驚かされたわ。

 まさか湯煎をするのにチョコを直接お湯にぶち込もうとするなんてね」

「あれは私も驚いた。料理の経験が無いとは聞いていたが、あれほどとは……

 結局十人がかりで監視する羽目になったよ」

「そこへ行くとシャルロットなんかは上手くやっていたわね。

 ラウラも慣れれば結構いい手際だったし」

「そうだな。

 しかし、なんとなく予想はできていたが織斑先生は、千冬さんは大した人気だったな」

「まぁねぇ。何せ参加した半分以上からチョコもらってたし。流石に後ずさってたわね」

「あぁ。あの量、流石に千冬さんでも食べきるのは厳しいかもしれんな」

「そうかしらねぇ。案外酒のつまみにでもしてペロリとやっちゃうんじゃない?

 まぁ必要そうならあたしらも手伝ってやりましょうよ」

「そうなると、翌日以降は一層鍛錬に励まねばな。カロリーが凄いことになりそうだ」

「そうねぇ。まぁあたしとしちゃ、ちょっとでも胸に行ってくれればいいんだけど」

「ハハ……」

 

 最後こそ苦笑交じりになってしまったものの、至って朗らかな様子で二人は言葉を交わす。

だがそのやり取りも不意に止まり、共にどこか寂寥感を滲ませた表情を浮かべる。

 

「本当なら、もっと違った感じだったのかもしれないけどね」

「そうだな。千冬さんと一緒に、あいつも他の皆に取り囲まれていたかもしれんな」

 

 二人が共に思い浮かべるのは経緯こそ異なれど、二人とって幼馴染と言える一人の少年。

本来であれば彼もまたこの祭りに、ちょっと引き気味の困ったような顔をしながら、それでも何だかんだでノリ良さそうに参加していたのかもしれない。

そして姉と同じように級友たちに囲まれて、文字通り大量のチョコを押し付けられていただろう。そしてこれも姉と同じように困りつつも、それでもなんだかんだで嬉しそうに一つ一つをありがたく受け取っていたに違いない。

だがこの日、彼はこの催しに参加しては居なかった。

 

 

 

 そして、学園のどこにも居なかった。

 

 

 

 

「あいつ、どうしてるかな」

「少なくとも達者なのは確かだろうよ。

 そうそう挫けるような奴でも無い」

 

 二人が共に思い出すのは過ぎ去ったある日の光景。

止めようとする手の一切を、彼が特に大事に思っているだろう姉の手すらも振り切って、誘いを受けて影の奥底へ、修羅道の渦中へ進もうとする少年の背だ。

去り際に振り向いた彼の顔には、彼にとっても大事な友である彼女らへの申し訳なさを隠し切れない悲痛が浮かんでおり、同時にその目には決して揺らぐことが無いだろう決意が宿っていた。

 

「あたし達、あの時にあいつをふんじばってでも止めるべきだったのかな」

「どうだろうな。あいつの選択にも一理あったのは確かだ。

 今になってそれを議論するのは、後の祭でしか無いだろう」

「それもそうね。

 参ったわね。まさかあんたにこうやって理屈で説得されるなんて思わなかったわ」

「私も、こんなことを言うようになるとは思っていなかったよ。

 お互い様だ」

 

 そして二人は互いに顔を見合わせ、苦笑する。

そして同時に、相手の手に握られた物に気付く。

 

「箒、それ……」

「お前も……」

 

 二人の手に握られているのはラッピングされたチョコ。

簡素なれど、紛れも無い二人の手作りの品だ。

 

「それ、あいつの?」

「お前もそうだろう?」

 

 二人のソレが誰に向けて作られたか、言葉にするまでも無く互いに察していた。

だが、それが目当ての相手に渡ることは無い。この場に居ない相手に渡すことなど不可能だからだ。

 

「どうしようかしらね、これ。

 見事に余っちゃったわけだけど」

「そうだな。……そうだ、交換するのはどうだ?

 いや、厳密に言えば違うな。私とお前、互いの中のあいつに宛てて、というのはどうだろう?」

 

 箒のその言葉を聞いて鈴は、目を丸くしていた。

 

「なんていうか、本当に驚いたわね。

 まさかあんたからそんなロマンチストじみた台詞を聞くなんて、マジでビックリよ」

「いや、私もその……なんだ。くさい言い回しだと自覚はあるさ」

 

 困ったように箒は苦笑いを浮かべるも、鈴はクスリと微笑を浮かべる。

 

「良いわよ。交換、しましょ?」

「――あぁ!」

 

 そして二人は互いのチョコを交換し、共にそれを頬張った。

 

「うん、いけるじゃない。お菓子作りなんて不慣れだなんて言ってたけど、十分いい味してるわよ」

「それなら良かった。お前のも十分に美味だ。しかし、流石に甘いな。苦い茶が欲しくなる」

「そこはコーヒーなんかが良いんじゃない?」

「かもしれんが、やはり私は日本人であるからしてな……」

 

 やいのやいのと言葉を交わし、二人の口から自然と笑いがこぼれる。

そしてこぼれた笑いが収まると、その表情はどちらも引き締まったものになっていた。

 

「私たちも、更に精進せねばならないな。ただ強くなるだけではない。

 私たちという人間の、在り様も含めてだ」

「そうね。でなきゃ、あいつの前に立っても意味が無い」

 

 彼は強い。それは単に身体能力や技量だけではない。

彼と言う人間の意思、その強さもまた生半可なものでは無いのだ。

ただ鍛えた程度では、まだ足りないと言える。

 

「やるぞ、凰」

 

 箒は拳を突き出す。

きっと彼が再び彼女たちの前に姿を現した時、その存在は更に強大なものとなっているだろう。

だがそれでも、対等な存在として並び立てられるように――

 

「えぇ、勿論よ箒」

 

 鈴もまた拳を突き出し、誓いを込めてそれをぶつけ合った。

 

 

 

 

 

 

 




 バレンタイン短編でした。
えぇ、自分に青春らしい爽やかさやら甘さに満ちたバレンタイン話とか無理でした。

 さて、今回のメインは野郎三人だったと言っても過言ではありませんね。
何だかんだで彼らは非常に仲が良く、それこそホモげーなら開幕二人は幸せなキスをしてエンドになるくらいには親愛度高いです。
それ故に信頼度も高く、まず彼らの友情を外から壊すことなど不可能でしょう。

 今回も色々ネタを仕込みましたが、ある程度年齢を重ねられた、二十台以上に達している方であれば、最後の方のキレた一夏が二組に怒鳴り込むシーンにピンと気付くかもしれません。某長寿連載漫画で、今では少なくなりましたが昔はお馴染みだったオチをイメージしました。

 そして最後。
これについては多くを語りません。
ですが、いずれこうなった経緯の場面も書けたらとは強く思っています。

 それでは、また次回更新の折に。
感想、ご意見は随時募集中です。
些細な一言でも構いませんので、お気軽に書き込み下さい。



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第七十話:亡霊、現る

 卒研の発表が終わりましたので何とか続きを。
冗談抜きでしんどかったです。発表は29日でしたが、その前一週間の内三日は研究室に泊まり込みで発表スライドを作り、そして胃はボドボドに……
学生の方、いずれこの時は来ますからその時は頑張ってください。そして準備は早けりゃ早い程良いです。
あぁ、次は論文本体の提出だ……

 さて、今回でようやく連中が出てきます。
あと、何気に超久々のIS戦です。何せ最後にIS戦書いたの、13年4月の福音戦以来ですからね。正直、描写の劣化を感じましたが……

 ひとまずどうぞ


『単刀直入に言うわ。学園祭当日、君には私たちの計画に協力してほしいの。

 学園祭の裏側、IS学園の治安に関わる面で』

 

 手合わせの後、生徒会室で一夏と楯無は二人きりで向かい合っていた。

 

『学園祭当日、限定されるとは言え外部からの一般来訪者も数多いわ。

 だからどれだけ気を付けていてもセキュリティに抜けが生じる可能性は否めない。そこを突く輩がいるのよ』

『そいつは、産業スパイとかですかね?』

『むしろその方が楽でありがたいんだけどね』

 

 大きくため息を吐きながら楯無は椅子の背もたれに身を預ける。

 

『もちろんその手の存在も十分に在り得るけど、そういうのはそういうの同士で勝手に牽制し合ったりして、まだやりようはあるのよ。いずれも帰属先がある以上、問題にならないことを最優先にしている。だから抑えも効かせることができる。

 問題なのは、それに当てはまらない、どんなことでもやらかせる連中よ』

『と言うと?』

『分かりやすく言えばテロリストというやつね』

 

 そうして楯無は語る。

近頃、IS学園周辺でいずれの国のエージェントとも見えない未確認勢力が確認されているということ。

そして――

 

『ま、待って下さい。テロ屋にISが流れてる可能性って、んな馬鹿な』

 

 現状で最も警戒されている勢力がISを所持しているという可能性もあること。

 

『あくまで可能性の話よ。まだ断言できないから何者かは言えないけど、その可能性を持つ存在が動いていると見られているのは確かよ

 そしてそういう手合いが学園に手を出すとして狙うのであれば――』

『オレ、ですか……』

『仮に戦力として、技術の塊としてのISを狙うのであれば箒ちゃんの紅椿も考えられるけど、優先度という点では君と白式が高いというのがこちらの見込みよ』

『念のため確認したいんですけど、オレと白式の持つ価値ってのは何なんですかね』

『そりゃもう、表には出せない非合法な研究やらのモルモットとかそんなのよ。白式にしてもそう。日本の第三世代であること以上に、男である君が動かし続けてきたことによって蓄積されたデータとかの方がメインでしょうね。

 つまり相手は君からありとあらゆる利権となり得るものを絞り出したいのよ。そして用が済めば――』

 

 楯無は手で何かを握りつぶすような動作をしてから、それをゴミ箱に放る仕草をする。

それだけで一夏も彼女の言わんとすることが理解できた。

 

『分かりました。で、それを知った上でオレにどうしろと?

 まさかコソコソ隠れ回ってろとでも言うおつもりで?』

『いいえ、むしろその真逆。

 一夏くん。悪いけど、ピチピチの餌になってもらえるかしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 風を切り裂く音と共に刃が振るわれる。

人が扱う域を超えた大きさを持つ刃は周囲のロッカーやらを阻まれること無く巻き込み、一切合財を破砕しながら振り切られる。

振り向きながら一夏の体を光が覆った、次の瞬間には白銀の鎧と化して彼の戦装束へと変貌を遂げていた。

 

「かわしたか……」

 

 淡々と呟いた一夏の視線の先、晴れかけた埃煙の向こうには異形の人型が影となって見えていた。

 

「テメェ……感付いていやがったのか!」

 

 黄色と紫の毒々しいカラーで彩られたISを巻紙は纏い、その背からは多脚生物の足のごときアームが数えて八本ばかり伸びている。

その様相を表現するのであれば、さしずめ"蜘蛛人間"とでも言ったところだろうか。

 

「悪いが、既にあんたはマーク済みだった」

 

 とはいえ最初の接触段階から彼女をマークしたのは一夏ではなく、楯無を中心とする学園側の対策チームだが。

 

「そしてその動向もとっくに割り出されていた」

 

 これも一夏ではなく対策チームの成果である。

 

「もちろん、ここでこうなるのも全部計画の内さ」

 

 しつこいようだが一夏のというよりは対策チームの仕事の結果である。

 

「とりあえずは、捕えさせてもらうぞ」

 

 後手に回るつもりは無い。床を蹴り抜くと同時に一夏は疾駆する。

閉所とはいえ真正面から突撃をかます真似はしない。あえて巻紙のいる方向から逸れ、ロッカーの一つに向けて飛び、床と同じようにロッカーを蹴り飛ばして方向を転換させる。

更に天井に向けて飛び、蹴る。横倒しにした三角形を描くような軌道で巻紙に接敵し、天井から床に着地した時点で大きく身を屈めながらスラスターを吹かし半回転しながら懐へ潜り込もうとする。

背部の左右スラスターを瞬間的に吹かす、短距離用の瞬時加速の連続使用と共に行った飛び込みは巻紙の間近へ踏み込むまでのおよそ一秒。その次の瞬間には首目がけて主兵装である蒼炎を振るっていた。

 

「ナメんなクソガキッ!!」

 

 罵声と共に巻紙は身を捻り、回避と共に背部の多脚の一本で刃を受け流す。

言動こそチンピラのそれでしかないが、たった一度の回避だけでその操縦練度が決して生半なものではないことを悟り一夏は表情を険しいものにする。

 

「オラ! お返しだ!」

 

 反撃とばかりに巻紙が動き出す。多脚が一斉に稼働を始め、内の数本が先端に付けられたブレードで一夏に斬りかかる。

 

「その程度――」

 

 全て視えている。身を捻り、僅かに首を逸らし、刃を振るい、一切を躱し捌く。

だが斬りかからなかった残る多脚が一夏にその先端を向け、そこに空洞を見たとき一夏は反射的に飛び下がることを選んでいた。

 直後、一夏が元居た場所に熱線と銃弾が叩き込まれていた。

それを見ながら一夏は相手の戦力を更に自身の内で上方修正、より厄介な敵であると判断する。

計八本の多脚、コントロールはPICによるものだろうがマニュアル操作並の精度を確実にオートで行っている。そのうえ武装の種類も複数だ。

数種の武装を同時に、巧みな練度で扱う。同級生にそういう戦法を得意とする者がいるだけに、それが如何に厄介なことかはすぐに理解できた。

 

 だが厄介だからと言って慎重になってばかりもいられない。

これが普段のアリーナでの戦闘であれば距離を取ってじっくり睨み合いながら対応を考えるということもできるだろう。だが今いる場所は閉所、すぐに距離など詰められてしまうだろうし、中途半端な距離しか取れないのであればそれこそ向こうの有利に働く。

故に敢えて敵の懐へ飛び込むことを選ぶ。厄介な相手であるのは確かだが、既に手は見たのだ。ならばやりようはまだある。

 

 片手に蒼月を、もう片手に打鉄なども扱う汎用ブレードを、それぞれ構えて斬り込む。

箒の扱う篠ノ之流など、本差と脇差の大小の刀を扱うものではなく、二本とも長刀を用いるのが一夏としての二刀流のやり方だ。

 

「ぜあっ!」

「しゃらくせぇ!!」

 

 加減は一切しない。全力を以って眼前の敵を打倒する。

反応、対処、攻撃、全てに積み上げてきたものを注ぎ込む。応じる巻紙も両手にカタールを握り迎え撃つ。それだけではない、八本の脚も同様に動き出す。

斬る、突く、躱す、薙ぎ払う、受け流す、撃つ、身を逸らす、叩きつける――武器と武器がぶつかり合う金属音がひっきりなしに室内で木霊する。

 

(やりづらいっ――!)

 

 内心で一夏は毒づく。数手合わせれば相手の実力の凡そは分かる。

IS操縦の総合という面では分からないが、こうして間近で斬り合う分にはまだ一夏に分がある。巻紙の実力も決して低くは無く、むしろ高い方だと言って良いがそれでも純粋な斬り合いなら、まだ一夏が勝つ。

問題なのは巻紙のIS、その背部の多脚からの支援攻撃だ。刺突や斬りかかりに留まらず、射撃までこなしてくる。脚によって武装がアタッチメントとして固定されており、既にどの足が何をしてくるのか把握できるのは僥倖といったところだが、如何せん動きが半分以上オートなのがやりづらい。

 

「クハッ! なかなかやるじゃねぇかよガキッ! このオータム様とアラクネにここまで持たせる奴はそういねぇぞ!」

「生憎鍛えてるんでね! ISに感謝しろよ! その気色悪い脚が無けりゃ貴様なぞとっくになます切りだ!」

「吠えんじゃねぇぞクソガキッ!」

 

 巻紙――オータムはISに指示を出したのか多脚による攻勢を更に強める。

もうやだしね、と再び内心で毒づく。別に嘘を言ったつもりは無い。本当に、オータムの技量だけならどうとでもできる。

問題は多脚の方だ。何せ機械の動きは読みにくい。人の考えは読めても、機械に心などありはしないのだから当然と言えばそうなのだが。

 

「ったくしぶてぇなおい! 大人しくしてりゃあこっちも連れてくだけだから手荒な真似はしねぇのによ!」

「それで! ホイホイついていったら人体実験のモルモットコースなんだろ!」

「はぁっ! よく分かってるじゃねぇか! なぁに、台の上でネンネしてるだけの簡単な仕事だぜ!」

「いまどき悪の組織の人体実験とか、流行らないんだよ! ショ○カーかテメェらは! 随分と時代遅れな集団だな!」

亡国機業(ファントム・タスク)だ! 冥土の土産に覚えときな!」

 

 はい馬鹿決定――口調の荒さに反して淡々と胸の内で呟く。

亡国機業さんのところのオータムちゃん、バッチリ覚えた。よしんば取り逃がしても追うための情報は得たから良しとできる。

もっとも逃がすつもりは毛頭無いが。

 

「悪いが未練が多すぎてね。死ぬつもりは今のところこれっぽちもないな……!」

 

 カタールと多脚による刺突を二刀の交差で受け止めながら一夏は吐き捨てるように答える。

このままでは状況はジリ貧だ。かくなる上は突破口を強引にでもこじ開ける必要がある。

再開した激しい攻防の最中にあって、一夏はスゥッと呼吸を整える。それに伴い体の内側で気が練られ、爆発し、押し込まれ始める。

そして白式が内に宿す宿儺(オニ)もまた第三の面を覗かせようとして――

 

「ハイハーイ、ちょっと轢いちゃうわよ~」

 

 そんな呑気な声と共に刺突槍(ランス)による突撃がオータムの横合いから叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

「遅いですよ、会長」

「や~ゴメンゴメン。向こうさん、ご丁寧に途中の扉とかロックしててね。

 解除するのは楽ちんだったけど、ちょっと時間取られちゃった」

 

 オータムが吹っ飛ばされた瞬間、一夏はすぐにその場から飛び下がり、同時に荒れ狂う様相を呈し始めていた気を鎮め直す。そして乱入者の横に立ち、不満を隠さない言葉を言う。

その言葉も尤もだったのか、乱入者――楯無は素直に謝って返す。だが一夏もまたそうだが、視線は鋭さを微塵もゆるがせないままオータムを見据えている。

 

「敵は?」

「所属は亡国機業とやら。名前はオータムだそうで」

「どうせ偽名だから名前は良いわ。亡国機業、やはり予想通りね。

 一夏君、説明は後。今は彼女の捕縛が先よ」

「承知」

 

 既に楯無の表情からも笑みは消えている。主武装である刺突槍に水を纏わせ、一夏と同時にオータム目がけて仕掛ける。

 

「クソッ、新手か!」

「IS学園生徒会長 更識楯無よ。別に覚えなくて良いわ」

 

 先ほどまで一夏が行っていたオータムとの真っ向ぶつかり合い、それは楯無に役割がシフトしていた。

巧みな槍捌きで楯無はオータムの攻撃を受け流し、逆に反撃を幾度も繰り出す。無論オータムも負けじと応戦し、攻防の激しさは先の一夏とのそれと遜色無いほどだ。

だが一夏が相手であった時とは決定的な違いがある。それは楯無の意を受けて自在に動く"水"だ。

 

 "ミステリアス・レイディ"――特殊な経緯を経てロシア代表代理という立場にある楯無の専用機。

セシリアのブルー・ティアーズ、鈴の甲龍、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンこれらと同様にロシアが威信を以って作り上げた彼の国第三世代型ISである。

その第三世代機能であり特徴、象徴でもあるのが"水"。機体本体より放たれた膨大なナノマシンが含まれた水はもはや液状の武器と言うべきものへと変貌を遂げている。

それは楯無の指揮の下で自在に形を変え、時に槍としてオータム目がけ突き出され、時に楯として多脚からの砲火を防ぐ。変幻自在の水を操る楯無の姿は流麗な淑女そのもの、ミステリアス・レイディという名はISではなくISを纏った楯無そのものを表すかの如しだ。

 

 先の一夏以上に厄介な相手にオータムも表情に出る苛立ちが増していく。だが、彼女にとっては実に不運なことに相手は楯無だけでは無い。

楯無がそうしたように、今度は一夏が横合いから斬りかかる。ギリギリのところで躱し反撃しようとするも、その時既に一夏はオータムの側から離れ、別方向から斬りかかっていた。

オータムの攻撃の大半を楯無が抑え込んでいるため、一夏も存分に攻めることに意識を集中できていた。そしてこの状況で求められているのは相手の攻撃を全て捌くような精緻な技では無く、相手を力づくで押し込むような勢いだ。

故に一夏の動きも先ほどとは違う。跳躍と体の捻りを駆使した荒れ狂うような太刀捌き、IS用に大型化された刃、その二刀から振るわれる攻撃はまさに破壊の大渦を体現し、意図したわけでもないのに周囲のロッカーなどを巻き込んで次々と粉砕していく。

 

「クソッ……ガキどもがぁっ!!」

 

 真正面から楯無が抑え込み、オータムの間隙を縫うようにして一夏が嵐のごとき猛攻を繰り出す。

オータムは善戦している方だと言えよう。こと近接戦闘においてこの二人の、一切の容赦ない攻めを前に耐え続けるのは至難だ。少なくとも学園の生徒ではほぼ皆無、国家代表に列せられるような者ですら、一部の例外を除けば苦戦は必定だ。

だがそれも長く持つ見込みは無い。徐々に、だが確実にオータムのIS"アラクネ"はシールドを削られている。それこそ起死回生の一手でも打てない限り、状況の打破は見込めない。

 

「チィッ!!」

 

 それでも何もしないよりはマシと言うべきなのだろうか。

一夏が距離を離した瞬間にオータムは被弾覚悟で強引に楯無を押し攻め、突き飛ばすように多脚を繰り出すとそのまま二人から離れた方向に跳躍し、更に多脚を駆使して壁に、天井にと張り付くように移動を繰り返すことで二人から離れる。

ありゃま、と特にしくじったなどと思わない口ぶりの楯無の横に一夏が立ち、静かに二刀を構えすぐにでも連携を取れる姿勢で待つ。だがそれを楯無は片手を挙げて制止する。当然、怪訝そうな表情と共に一夏は首を傾げるも、楯無はまるで悪戯っ子のように微笑むだけだった。

 

「あらあら、折角良い感じの流れだったのに」

 

 オータムが二人の周囲を回る様にして移動しているのは音からも分かる。

楯無は制したが、それでも一夏はどこから襲い掛かられても良いように警戒を露わにしている。対照的に楯無の様子は至って余裕そのものだ。

 

「オータムさん、だったかしら? 今も私たちをどうしようか考えているみたいだけど、ごめんなさいね。

 そんな余裕はあげられないし、あげるつもりもない。それに、もう王手(チェック)はかけているんだもの」

 

 その言葉にオータムの纏う雰囲気に僅かな緊張が混じったのを一夏は感じ取った。

そして楯無が指をパチンと鳴らした。

 

「ガァアアアアアアアッッ!!?」

 

 瞬間、紫電が迸るような音と共に苦悶に満ちたオータムの絶叫が室内に響き渡る。

僅か数秒のソレが止むと、何か重い物が床に落ちるような音が鳴りそれきり。一夏と楯無、二人以外の動く気配が消え失せた。

 

「さ、お縄といきましょう?」

 

 悠然と歩き出す楯無に続いて一夏も歩き出す。状況は既に飲み込んでいる。楯無が何かしらの手段でオータムを無力化した、そして動けなくなった彼女を捕縛しにいくというわけだ。

それは良い。何も問題は無い。ただ、いかなる絡繰りで以って仕留めたのか、それが一夏には気になっていた。

 

纏わり貫く雷(クリンギング・ボルト)、飛散し相手の装甲に付着した私のISの水、その中のナノマシンを通して密着状態からのエネルギー放出による高負荷を与える技。

 上手く決まれば相手のISの内部構造まで一気に焼き潰せるわ」

「そりゃまた、おっかない」

 

 ナノマシンが要ということを考えると、それこそ水蒸気レベルの微細さでも相手に付着すれば効果を与えるだろう。

予備知識が無ければただの水蒸気を警戒することなど殆どありはしない。そこを突いて相手の奥深くまで一気に大ダメージを与えるのだから、実にえげつない。

流石ロシア、実に汚い。戦時中の不可侵条約ブッチの恨みは忘れてねぇからなと一夏は内心で楯無への警戒度を上げる。仮に何かしらの形で彼女とISで勝負する場合は、迂闊に近づくのは悪手と言えるだろう。

 

「さて、殺虫剤にかかった蜘蛛さんはどうしてるかしらね」

「どうやら、逆におねんねのようですぜ」

 

 二人の目に入ったのはISごと倒れ伏すオータムの姿だった。

纏うISアラクネは未だにダメージの余韻が抜けきっていないのか、装甲のそこかしこから煙が立ち上っている。

 

『……』

 

 二人は顔を見合わせて頷く。オータムが完全に沈黙しているのは確かだ。ならば後は拘束するのみ。

まずはアラクネを引きはがそうかと一夏が一歩を踏み出した瞬間だ。

 

「ッ! 一夏君ダメッ!」

 

 楯無が言い出したと同時に察知した一夏もすぐさま足を引いて下がる。

そして一夏の前に割り込むようにして立った楯無はすぐさま水の盾を眼前に展開、盾が二人を完全にカバーできる大きさまで広がると同時に銃声と共に無数の弾丸が盾へ撃ちこまれていた。

 

「ハッハァ!! 良いカンしてんじゃねぇか! そこは褒めてやるぜぇ!!」

 

 銃弾はアラクネの脚から放たれたものだ。そして一夏と楯無の動きが止められた一瞬の好きにオータムは立ち上がると量子展開した機関銃を重ねるようにして撃ちこんでくる。

蜘蛛が死んだふりとかネ○スキュラがゲリ○スの真似でもするようになったかと悪態を突きたいのを我慢して一夏はすぐに楯無の援護に向かおうとする。まずはオータムの射撃を一時的にでも中断させる、その後で体勢を立て直して再び先ほどと同じようにコンビネーションで仕掛ければ勝機はある。

 そう考えながら動こうとした瞬間、一夏は何かに腕の動きを阻まれたのを感じた。何事かと阻まれた左腕を見て、すぐに事態を察して目を見開く。

 

「糸……!? 会長!!」

「えぇ……してやられたわ」

「アッヒャヒャ! よぉうやく気付いたかぁ?

 テメェらはなぁ、とっくにオータム様の罠にかかってたんだよぉ!」

 

 一夏は腕を、楯無は足を、いつの間にか纏わりついていた糸によって動きの自由を奪われていた。

糸は室内のあちこちを経由して複雑に編み上げられており、断ち切るなりなんなりして振り解くことは可能にしても時間を要するものとなっている。

そしてそんな時間をオータムが許すはずも無い。

 

「この糸はちょっとした特別品でよぉ。普段は大したことねぇが、アラクネから供給されたエネルギーを一度通せばあら不思議、一気に耐久性が増す優れものだぁ!

 あぁ、喜びな。多分テメェらのISならぶち切るなりして解けるだろうよ。だが、その間に蜂の巣は確定だぜぇ?」

 

 一時的ではあるが手が詰まったと言って良い。このままでは状況はジリ貧だ。

依然オータムの攻撃の手は緩んでいないが、楯無の防御も今しばらくは持つ。だが攻撃の密度が濃いためそちらに集中せざるを得ない状態だ。。ではここで何とかして一夏が糸を振り解き、オータムに単身挑むとしよう。ただ相手をするだけなら十分に可能だ。だがその時点ではまだ楯無が動きを止められたまま残っている。彼女もまたオータムと単身互角以上に渡り合える使い手だが、足を封じられてはその実力も十分に発揮できない。その間隙を突かれて人質にでも取られたら。その逆もまた然りだ。

では手を変えてこのまま時間を稼ぎ増援を待つか。少なくとも専用機を二機は確実に呼び込めるようにはしてある。四機がかりなら確実に勝てるが、そうなる前にオータムは逃げ出すだろう。単身乗り込んできたのだ。逃げの手くらいは用意しているに違いない。

さてどうすると一夏が考える最中にも、オータムの不愉快な哄笑が響く。

 

「そらそらどうするよぉ!? このまま突っ立ってるだけかぁ!?

 私はそれでも良いぜぇ? こうして一方的に嬲っているのは気分が良いからよぉ!」

 

 ふとオータムの言葉に違和感を感じる。

こうして迂闊に動けない自分たちに一方的に仕掛けるのが心地いい、それは事実だろう。だがそれだけだとしたらあまりに安直に過ぎる。

曲がりなりにもエージェントとしての能力を見込まれたからここに送り込まれたはず。そんな手合いがまさかそれだけしか考えないということは――できれば入り込まれてやられている側としてはあって欲しくない。

 

 考えを軌道に戻す。先のオータムの言葉、聞きようによってはまるで自分たちにこのまま動かずにいてもらったほうが都合が良いとも聞こえる。

だとしたらそれは何故だ? 自分ならどうする、自分なぞ比べ物にならないほどに腹の中真っ黒な親友ならどうする。そう、親友ならばだ。常に彼は裏からの一手を欠かさない。表面上の目的に必ず、彼の内のみで練られている別の目的もある。

それに当てはめるとして表面上の目的が一方的な加虐。では裏の目的は何か。裏、ウラ、後ろ、見えない場所――

 

 ハッとして一夏は辺りを見回し、見つけた。部屋の一角、おそらくISの視界補助でも見えにくい場所に何か機械のようなものが浮いている。

足の欠けたイカのような機械は鉤爪のようにも見える四本の足を開くと一夏達のほうに開いた足を向けて――

 

「会長!!」

 

 腕を拘束されているとは言え、体全体が全く動かないというわけではなく大きな動きに制限が掛かっているという程度だ。

故に少しの移動は可能であり、謎の機械と、機械が向かっていた楯無の間に割り込むようにして一夏は身を躍らせた。

 

「一夏君!?」

「ぬぅ!」

 

 ガシャリと機械の足が一夏に絡みつく。新手の拘束具か何かか、そう考えた直後だった。

 

「ガァアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 全身に焼けるような激痛と刺すような痺れが同時に奔る。堪らず苦悶の声を上げ、数秒足らずで機械の拘束が解かれる。

荒い息を吐きながら、それでも膝はつくまいと踏ん張った一夏はそこでようやく違和感に気付いた。

 

「白式……?」

 

 手を見る。そこには鋼の手は無く、見慣れた自分自身の手がある。そして、いつの間にか白式の装着が解除されていることに気付いた。

 

「ヒッ、ヒャッ、ヒャーッハッハッハッハッハ!!

 まさかテメェの方から飛び込んでくれるとはなぁ! 礼を言うぜガキィ!

 おかげで仕事の手間が一つ省けたぜ!」

 

 何を、と言いかけてオータムの右手に握られた物を見た瞬間、一夏は思考が固まるのを感じた。

燦然と輝く球体のクリスタル、数度しか見たことは無いがそれが何なのかを一夏は確かに知っている。あれは、白式のISコアだ。

 

「貴様、オレの白式を奪ったのか!」

 

 今日この日初めて、そして一番の怒気を込めて一夏が吠える。それを聞いた楯無も驚愕を露わにする。

ISを装着者から強引に解除するだけでなく奪取まで可能にする代物、家柄故に様々な方面に通じる彼女でさえ聞いたことは無く、同時に到底看過できない存在だ。

 

「大ッ正ッ解~! それがテメェにくっついた剥離剤(リムーバー)の効力さ!

 先に厄介な小娘から片づけようかと思ったが、とんだ収穫だぜ! ヒャハハ!」

 

 なんとタチの悪い道具か、二人は揃ってその脅威を再認する。だがそこばかりに目を向けてばかりはいられない。それ以上に問題視すべき事態が現在進行形で起きているのだから。

 

「さって、当初の予定とはちょいと違うが、まぁ成果としちゃ上々だろう。

 ここいらが引き際ってやつだよなぁ~」

「させん!」

「一夏くん!」

 

 撤退の意思を見せたオータムに反射的に一夏が飛び出す。

止めても無駄であり、このままオータムを見過ごすわけにもいかないと判断した楯無はせめてもとばかりに自身の装備の一つである長剣を取り出すと横をすり抜ける一夏に受け渡す。そして自分もすぐさま足を縛る糸の解除にかかる。

 

「馬鹿が! 生身でISに挑むたぁ死にたがりかよ!」

 

 退却しようとする足を止めてオータムが一夏を迎え撃つ。

彼女からすればこれも好都合、楯無が戦線に完全復帰するにはまだほんの少し時間がかかる。その隙に一夏を無力化して連れ去ることは彼女の見立てでは十分可能であり、リターンを鑑みればやらないという選択肢は無かった。

 長剣を構えた一夏がオータム目がけて疾駆する。その速さは人としては大したものだが、ISからしてみればさしたる脅威でも無い。多脚の銃器で蜂の巣にするのは簡単だが、可能な限り生け捕りというのが上の指示だ。

よってオータムが選択したのは両手にカタールを構えての迎撃だ。織斑一夏の格闘戦能力が同年代はおろか、IS乗りの業界内で見ても上位に置いて良いレベルにあるのは報告として聞き及んでいるし、実際その通りだと直接対峙したことでオータムも理解した。

格闘戦を得意とする者はそのほぼ全てが例外なく生身での戦闘にも長けているのが業界の定石だし、彼もその例に含まれるのは間違いないだろう。

 

 だが人とISでは根本的に膂力を始めとしたスペックが違う。

故にどう足掻こうが人がISを相手取るなど限界はあるし、今の彼が持つ長剣も小振りな方とはいえ本来はISが用いることを想定して作られた代物だ。人の手で振るうのにも無理がある。

対処は可能。上手くあしらって、少し頭を小突いてやって意識を奪えばそれで十分。それがオータムの出した筋道だ。

 

「ハッハァ! 良いぜ来いよ! 軽くひねってやらぁ!」

 

 よって筋道を立てた理性とは逆に言葉は野性的な挑発にする。

それを真に受けたからか、一夏は真っ向から剣を振るう予備動作すら見せずに突っ込んでくる。

それに若干の肩透かしを感じつつも、楽に片が付くならそれで良しと殺さないという点だけに注意を払ってカタールを振るった。

 

「は?」

 

 自分でも呆けていると分かる声が漏れたのは何故か。

振るった腕に人を打った手ごたえは無く、軽やかに虚空を斬ってカタールは振り抜かれる。

 

「余裕かます気持ちは分かるがよ、流石に気ィ抜き過ぎだぜ」

 

 そんな声が聞こえてきたのはオータムの背後、すり抜けるようにしてカタールを躱した一夏が長剣を振り抜きながら言っていた。

 

「チィッ!」

 

 とっさに多脚の一本を割り込ませて防ぐ。あのまま何もせずにいたら首に直撃コースだった。

もちろんシールドによって致命傷には至らない。だがシールドを少しばかり削られるのは確実だったに違いない。

冗談では無い、生身の人間に背後を取られたばかりかシールドに手傷まで受けたなど、恥晒しも良いところだ。そのようなこと、彼女にとっては到底認めがたいことだった。

 

「まぐれで良い気になるなよクソガキィ!」

 

 怒りを露わに、刃に乗せてオータムは腕を振るう。だがその悉くを一夏は避ける。

それもただの回避では無い。ギリギリまで引きつけて紙一重で躱してくる。ゆえに回避を先読みしての行動はできないし、まるで相手がすり抜けるような不快感すら感じる。

 掠めただけでも大事に至るのは間違いないというのに、一夏は至って冷静なままだ。微塵も緊張や焦りなど感じさせない、それどころか真っ直ぐにオータムの目を見据えてくる。

それが余計にオータムの神経を逆撫でするも、やはり一夏にカタールが届くことは無く、防ぎこそできるが逆に一夏の反撃を許す始末だ。

 

 実のところ、このやり取りは一夏にとっても一つの賭けだった。

例えばオータムが始めから多脚を駆使した銃撃を選択していた場合、彼は迷うこと無く逃げの一手を打っていただろう。

だが理由までは悟らなかったとは言え、近接戦で迎え撃ってきたのは一夏にとっては間違いなく僥倖だった。それこそが彼にとって最も望んだ展開なのだから。

 

 亡国機業のオータム、間違いなく強者と言っていい相手であるし、高い技量を備えているのも確かだ。

だが、こうして直に刃を交える闘争であれば、対峙する両者の技量のみが物を言う戦いであれば、未だに一夏が上回っていたのだ。

多脚さえ使われなければこっちのもの、それなり以上の技の練度を持っている? それがどうした。あいにくこちらは、その未来が視えるのだ。

薄皮一枚まで絞られた制空圏と目を通じた行動の余地、それがISに乗った相手でもそれなりの効果を発揮することは既に幾度となく行ってきた仲間たちとの模擬戦で確認している。

 

「こンのッちょこまかとぉっ……!」

 

 苛立ちを露わにオータムが歯軋りする。怒気はますます膨らむが、対照的に一夏は更に冷静になっていく。

そして、ごく短時間とは言え間違いなくオータムは自分に許された優位な時間を消耗させられていた。それが意味するところはなにか。

 

「一夏くん下がって!」

 

 楯無の戦線復帰が果たされたということだ。

餅は餅屋、ISはIS。楯無が動けるようになったならば彼女に任せる。そして一夏が為すべきことはまた別にある。

 

「……」

 

 無言でオータムの手に握られた白式のコアを睨みつける。隙を見て奪い返す、それだけだ。

 

(あぁメンドクセェ)

 

 内心でオータムは愚痴る。もう一人のISが動けるようになった以上はそちらへの対処を優先しなければならない。

そうなると織斑一夏の方は確実に自分のISの取り返しを目論むだろう。それが為される可能性は、決してゼロではない。仮に自分の背後を取り、懐に潜り込んだようなあの動きをされたら"もしかしたら"が起こり得る。

 

(ちぃっとばかし、妥協するしかなさそうだなぁ)

 

 脳裏のプランに修正を加える。それはすぐに完了し、再構築したプランに従ってオータムも動き出す。

 

「オラァッ!!」

 

 楯無に向けてオータムは疾駆する。水を纏い刺突槍を構えた楯無がそれを迎え撃ち、オータムはカタールと全ての多脚を動員した猛攻を叩き込む。

 

「くぅっ!?」

 

 先ほど以上の密度、勢いを持った怒涛の攻めに楯無も表情を険しくして守りに回る。

だが楯無にも勝算はあった。攻撃の勢いこそ増したものの対処は可能、隙を見て反撃に転じ、一夏が白式を奪取する援護を行う。

オータムの動きを抑え一夏がオータムの懐に潜り込む隙さえ作れれば――

 

「っとここでターンってなぁ!」

「なっ!?」

 

 全ての多脚を弓のように引き絞り大きく仕掛けてくる素振りを見せた。だがオータムの取った行動はそれを床に叩きつけ、その勢いを利用して後方に大きく飛ぶこと。

スラスターを吹かして一気に楯無との距離を離しながらオータムは天井スレスレを飛び、白式を奪い返すべく動き出していた一夏の()()へと降り立った。

 

「え?」

「一夏君ッ!!」

 

 知らず知らずの内に呆けたような声が漏れていた。楯無の悲鳴染みた警告の声が響く。

 

「殺しはしねぇよ。けど、どてっ腹に風穴くらいは覚悟しなぁ」

 

 多脚の一本、先端にブレードがあるソレが一夏に狙いを定めている。

完全に不意を突かれた。もはや手にした長剣による防御も回避も間に合わない。

 

(ここまで、か――)

 

 福音の時と同じだ。自分の最期となり得る状況というものは存外落ち着いて受け止められるらしい。

 

「くそったれ」

 

 それでも悪態を吐き捨てるくらいは吐きたくなる。そしてアラクネの脚が一夏を貫こうと伸びようとして――

 

『はい、カットー』

 

 室内のスピーカー全てから投げやりな、そして不機嫌を含んだ声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いやホント、今回はちょっとした構成の不調というものを感じたり。
早く調子を戻す、というか上げたいものです。
 本作ではオータムも少し上方修正。基本は変わりませんが、常に冷静な部分は思考に残してあるという感じです。これで優秀なエージェント感が出ているものと思いたいです。ま、それも長くは続きませんがねぇ?(ゲス顔

 そして窮地に陥った一夏。それを救うかのように乱入してきた声の主とは?
まぁだいたいお察し頂いてるかもしれませんが、次回にということで。

 さて、今回はこの後書きでちょっとしたおまけ話をつけたいと思います。
本編の真面目ぶりに対して完全におふざけなので、その点ご留意ください。





 NG(?)パート

 一夏が楯無より依頼を受けた少し後のこと。
一夏とは直接関わりも多いということで、他の一年生専用機所持組にも楯無から事情の説明がされていた。
無論、先んじて知っていた一夏と簪も同席である。そして事情を知る学園教師陣の数人も同席しており、その中には千冬や真耶の姿もある。
なお、この場に居ないフォルテ・サファイアとダイル・ケイシーの専用機コンビにも後日同様の説明がされるとのことである。

「――以上が今回の学園祭における私たち生徒会、及び学園の裏の計画よ。
 折角のお祭りにこんなことを言うのは本当に申し訳ないと思っているけれど、みんなの助力も仰ぎたいの」

 頭を下げ、心からの誠意で以って楯無は頼み込む。
そしてその要請に否と答えるものはこの場には誰一人としていなかった。
 確かに純粋に行事を楽しむことができないのは寂しくもあるが、いずれも責務と共に専用機を託された面々。その責務を果たすのに異論は何一つとして無い。
何より、自分たちの働きによって他の学友たちが心から学園祭を楽しめるのであれば、それこそ本望というものである。

「ありがとう。みんなの協力、心から感謝するわ」

 本心から楯無は言う。敵がどのように出てくるかは分からない。
だが、それでも学園を守り抜ける。そう確信できるような安堵が彼女の胸中を占めていた。

「ふむ、話が一先ず纏まった所でだ。ちょいと良いですかね?」

 そこで一夏が手を挙げて切り出す。
何か意見があるのであればそれを拒む理由も無い。楯無は無言で頷き、一夏に続きを促す。

「いや、こうして関係者も決まって、来るかもしれない敵さんを迎撃するプランを立てるわけでしょう?
 だったら、作戦名とかあった方が良いんじゃないですかね? ほら、いざって時にその作戦名を実行とかって指示出せば早く動けるでしょう?」

 言われ、確かにそれもそうだと一同頷く。
正直言って安直でありシンプルに過ぎる意見ではあったが、事の重要性を鑑みればそういったシンプルな部分こそ怠るわけにはいかない。

「確かに一夏君の言う通りね。決してスルーして良いことじゃあないわ。
 そうね、正式な名称はまた後日検討することになるでしょうけど、今この場で案を出してもらうのも良いかしら。
 みんな、何か無い?」

 それが始まりだった。


 真っ先に応えたのは簪だ。

「今回の作戦は大きく3ステップで構成されている。どれも違うけど密接に絡んでる。
 だから――3種のチーズピザ作戦が良いと思う」

 オタライフとピザは切っても切れない縁にあるものである。
ここでならばと続いたのが楯無だ。

「それならビーフストロガノフ作戦の方が良いんじゃない?
 作戦の三要素をスープ、具材、サワークリームに例えるの」
「ならばフィッシュ&チップス&ビネガー作戦はいかがでしょう?
 こちらの方がエレガンスなスマートさがありますわ」

 セシリアも負けじと続き、ならばとばかりにシャルロット、箒、鈴、ラウラも続く。

「オマールエビサラダのトリュフ風味とソース・オロール作戦なんてどうかな?」
「いや、ここは間をとってすき焼き作戦でだな」
「パイナップル黒酢酢豚作戦で良いんじゃない?」
「グリューワインとアイスバイン作戦などどうだろうか?」

 誰もが思いついた名を挙げていく。
教官はどうですかと、ラウラに水を向けられた千冬は一瞬「は?」と問い返すも、すぐに考え込み自身の案を言う。

「ニュルンベルクとマイスタージンガー作戦はどうだろうか」

 これだった。

 その後もやいのやいのと作戦名の提案は続く。
その様子を身ながら、言いだしっぺながらいつの間にか蚊帳の外になっていた一夏は一言。

「なぁにこれぇ」

 ちなみに彼の案は「チョコレート生ハムメロンフライドチキンのニュージェネ作戦」だとかなんとか。




 どっとはらい


 お目汚し失礼。しかし作戦名ネタは入れたかった。
このおまけに対して自分から言えることはただ一言です。

 ガルパンはいいぞ

 それではまた次回更新の折に。





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第七十一話:親友だから

 更新です。何とか卒論の提出も終了し、これで大学生活をいよいよ終えられます。
 今度は就職に伴う引っ越しやら何やらの準備に追われますが、何とか執筆の時間が取れました。でもまさか二日で書きあがるとは思わんかった……

 今回は前回の引きに至るまでの裏側とでも言いますか。最後のスピーカーから流れた声、何故それが流れたのかのお話です。

 それではどうぞ


「……」

 

 無言のままコンソールを操作しながら簪は耳に当てたインカムから聞こえてくる情報を頭の中で整理していた。既に表向きの行動である舞台はその役目をほぼ終えている。そしてその裏に隠された真の目的となる状況は、今現在起きている。

 だが聞こえてくる情報から鑑みるに、状況は決してこちらにとって良いとは言えない。あの姉が直接出張って二対一となった上で決めあぐねている。状況自体はこちらのシナリオ通りに進んでいるが、出てきたモンスターは少々厄介な手合いだったらしい。

 

「……」

 

 コンソールを操作する手を止める。現時点で即座に動ける戦力の内、一夏と姉の二人は現在進行形で対処に当たっている。専用機所持者の内、欧米組の五名は横合いからの殴りつけを警戒して警備中。残る箒及び鈴の二人は片割れの重要性も鑑みて、もう一人を保護のためのサポートとして付けた上で予備戦力として待機中。

 いっそ箒と鈴も一夏たちの側に送り込んで袋叩きのイジメモードにしてやろうかという考えがよぎったが即座に却下する。現場を考えれば人数の増加は逆に行動の縛りに繋がりかねない。となると戦力投入は現状維持がベターだ。となると、戦力投入とは別アプローチでサポートに回るべきだろう。相手側もこちらの施設に手を出していたらしく、一夏と姉のいる現場への通信に難儀しているらしい。

 

 決まりだ。ここまでで数秒足らず、一気に考えをまとめ上げた簪はスッと席を立つ。そのまま虚に視線を向け、無言のまま眼差しのみで意思疎通を行う。簪の意図をすぐに悟った虚は頷きで返した。これで良い。後は数馬の送り出しも込みでこの場は彼女が上手く収めてくれるだろう。ここから先は自分たちの領分、彼をわざわざ連れ込む必要は無い。それは"更識"の一員としてであると同時に、彼女自身の親愛を感じている友人への本心の表れでもある。

 故に、彼女は目の前の状況に――彼女としては本当に珍しく――呆気にとられるという事態に陥った。

 

「厄介ごとかな? それも、結構マジな」

 

 席を立ち部屋を出ようとした簪の前に、いつの間にか数馬が立っていた。

 どう言い繕おうかと簪は一度に複数のパターンの言い訳を考えるも、どれもしっくり来ない。同類故の理解と言うべきか、上手く言い包める言葉が思いつかないのだ。だがそうこうしている内に数馬が続けた言葉に、簪は自分がまだまだ彼への理解が足りていなかったことを認識させられた。

 

「察するに、良からぬ企みをした連中が忍び込みでもしたかな? そして一夏がそれに相対している。

 一夏だけじゃない。多分だけど、篠ノ之さんや鈴。専用機だっけ? それを持っている連中は揃ってだ。

 そして、君もまたその一人」

「……!」

 

 さしもの簪も純粋な驚愕を禁じ得ない。少し離れたところの虚もまた、驚愕に目を見開いている。何せ彼は部外者であるなら身内、つまりは学園内の人間にすらひた隠しにしていた現在の状況をほぼピタリと言い当てたのだから。

 

「大したことじゃないさ。観察と、論理的思考だよ。おそらく僕と簪さんの立場が逆だったとしても、こうなっていただろうね」

 

 そして数馬は続ける。

 

「このIS学園がいかなる場所か。ただの教育機関でないことは少し調べれば誰だって分かることだ。だから、そこに眠る何がしかに価値を見出し、あわよくば懐へと画策する輩は枚挙に暇がないだろうね。そして今現在、この学園にはそういう意味で実に目立つのがいる。言わずもがな一夏だ。最近じゃ篠ノ之さんも同率一位に並んだかな? 世界唯一の男性IS適格者、その各種パーソナルデータ。あいつがブン回し続けデータを蓄積したIS。世界に名だたる篠ノ之束の実妹、そして一夏同様に世界唯一の第四世代IS。

 人の口に戸は立てられない。僕のような普通の男子高校生ですら知り得るこれらが持つ技術的、経済的、政治的価値は計り知れない。当然、喉から手が出るほど欲しがる輩は多いだろう。特に日陰に暮らすようなゴミ蟲みたいなやつらとかね。

 そしてこの学園祭さ。選別されているとは言え、不特定多数の人間が出入りするんだ、どうやったってセキュリティの隙は生じる。そうして広がった穴からスルリと、虫が入り込む可能性は高い。加えてさっきの舞台だよ。一夏ときたらまぁ随分と派手に暴れてくれて。親友が壮健なのは実に結構だけど、見る奴からしてみりゃさぞや活きの良い餌に見えたことだろうねぇ。そして居所が知れて、どこへ行ったか知らないけどあいつは周囲に人のいない孤立状況に飛び込んだ。今か今かと鎌首もたげてた虫からすれば、恰好のチャンスというわけだ。

 ところがどっこい、そうして飛び込んできた虫をパッと捕える――そこまでがそちらの筋書。違うかい?」

 

 完全に正解だ。否定するところが無いだけに簪と虚は黙り込むしかない。沈黙は肯定と見なし数馬は続ける。

 

「だが、状況は思ったよりはスムーズに進んでいない。やってきた虫が実は等身大のカマキリみたく手強かっただとか、あるいは思ったより妨害に手を焼かされているか。はたまた両方か。簪さんが動こうとしている時点でそれは確定じゃないかとは思うよ。もし学園側がそのつもりなら、初めから簪さんも実働の面子に加えていたはずだ。けど、余裕か慢心かは知らないけどこちらに回して大丈夫と判断したからこそ、さっきまで僕と茶番の進行役をしていた。

 そしてそういう状況じゃ無くなったから、今こうして動こうとしている」

 

 まぁこんな説明は実際どうでも良いんだけどねと、鼻で笑うと数馬はその表情を一気に険しいものへと変えて言った。

 

「バックヤードでならば、僕にもできることはあるだろう。簪さん、僕も同行させてほしい」

 

 普段の、周りの全てをどこか軽く見ているような口調ではない。親友を助けたいがために、心からの言葉を真摯に伝える。親友だから、たったそれだけのことだが数馬にとってはそれだけで十分なのだ。それだけで、彼にとっては全霊を尽くすだけの理由になる。

 それは簪も察するに容易い。数馬は、決してその場のノリや思い付きで言っているわけではない。彼がどれほどに真剣か、それを理解したからこそ彼女は思案する。そして答えは出た。

 

「ごめん、数馬くん。それは認めることができない」

 

 否という答えを数馬は眉一つ動かさずに受け取る。

 

「私は知っている。君が凄いっていうことを。それに、そう。確かに君の言う通り、少なくとも私が出張る場所なら、君は間違いなく力になれる。それは確か。けど、だからってわざわざ数馬くんが関わる必要は無い。私は良いの。元々、そういう風に生まれ育ったから。けど数馬くんは違う。間違いなく君は凄い、私も認める。けど、それでも君はわざわざこんなことに関わる必要は無いの。できることがあるとしても、それをしなきゃならない理由は無い。それが君のためになるとは、限らないから」

 

 極端な例だが、世の英雄譚を紐解いてみるとする。アーサー王、クー・フーリン、すまない――もといジークフリート、古今東西において英雄と語り継がれる者は、その存在の真偽はさておき、いずれもずば抜けて恵まれた才能というものがあったのは確かだろう。そして彼らはその才能を存分に発揮し英雄と呼ばれたわけだが、その最期は悲痛なものであったという例もまた数多い。

 戦いという鉄火場に身を置いてこそ発揮される才を奮った以上はやむを得ないことなのかもしれないが、それでも彼らの最期はその才覚故に齎されたという見方もできるのではないだろうか。仮に、彼らにそうした才が無く只人であったとしたら、後世に名を残すような華々しい活躍はしなかったかもしれない。だが、ごく普通の人として穏やかな最期を過ごせたかもしれないだろう。

 

 何を以って幸福とするかはその時代、その地域によりけりであるからして一概に断定することはできないが、少なくとも現代に生きる人間の感覚からすればそのような見方もできる。そう、必ずしも持って生まれた才能が、持ち主の人生に幸福ばかり与えるとは限らない。現代にしても学問か、スポーツか、あるいは芸術、なんでもいい。才能を持って生まれ、それを存分に奮い活躍するも、徐々に周囲の期待や重圧が肥大化し、結局はその当人を押し潰し破滅させてしまうという例は少なからずある。

 

 簪が数馬の申し出に否と答えたのも、やや異なる点はあるものの同じようなものだ。そう、どれだけずば抜けた能力を持っていようと、彼は”更識”という裏の世に携わる人間にとって守るべき表の、普通の世界で暮らす人間なのだ。彼に言ったように、簪自身のことは良い。元よりそういう家に生まれ育ち、彼女自身がそういう風に生きることを是としているのだから。だが、彼は違う。どれほど能力に、才覚に溢れ、どれほど”こちら側”に近い、危うい領域に上に立っているとしても、それでも彼はまだ”普通”の中で生きる側なのだ。その彼が自ら境界を踏み越えてくるようなことは、”更識”の一員である更識 簪としても、純粋に好ましく思う友人を案じる”ただの”更識 簪としても、認めることはできない。

 そんな意思を乗せた眼差しと、否という言葉に数馬は――穏やかな微笑を浮かべていた。

 

「結構、良い気分になるものだね」

 

 唐突なその言葉を理解しかねて簪と虚は揃って疑問符を浮かべる。

 

「簪さんが駄目だと言ったのは、僕を案じてのこと。君にそう思ってもらえるということは、僕にとっては中々に嬉しいことらしい。我ながら実に意外だよ。あぁ、君にそう思ってもらえること、本当に良い気分だ」

 

 一夏や弾、鈴は数馬にとって良き友人だ。ほぼ不快感しか齎さない有象無象と違って、彼らとのやり取りは実に心穏やかでいられる。だが、簪は違う。確かに一夏たちとのやり取りと同じものを感じるのは確かだ。だがそれだけではない。理性こそが全てを是とする彼でも、言葉に言い表すに困る、しかし決して不快では無くむしろその逆と言えるものを、感じ取ることができる。そう、こうまで案じて貰えるのであれば引き下がっても構わない、そう思うほどにだ。

 だが、例え簪が相手であってもだ。彼にもまた、どうしても譲ることのできない一線があった。

 

「けど、そう簡単に引くことも僕にはできないんだよ。いま、一夏は何がしかの脅威と相対している。そして、できればあって欲しくはないけれど、苦戦しているのだろうね。それに対して僕ができることがあるというのであれば、僕はそれを遂行したいんだよ」

「それは、なんで?」

「……親友だからさ」

 

 言葉にすれば色々ある。仮定の話として、一夏と数馬の立場が逆であったとして、一夏は迷うことなく親友である数馬を助けるべく動くだろう。であれば数馬もまたおなじようにするのが筋であるし道理でもある。何より数馬自身がそれを是としている。

 そして親友であるゆえに、何かあるような事態は避けたいのだ。数馬は自身の人間性というものを客観的に把握している。これほどまでに性根がねじ曲がり悪辣な人間は世界広しと言えどそうは居ないだろう。そんな彼にとって一夏は、世界でたった二人しかいない掛け替えのない親友なのだ。それが己の知らぬうちに理不尽によって喪われる、考えたくもないし、考えようとするだけで腸が煮えくり返りそうになる。

 だが、それらを一々説明するのは無粋というやつだろう。ゆえに数馬はたった一言に想いの全てを乗せた。彼女なら、簪ならそれを察してくれると信じているゆえに。

 

 簪は無言のまま意識を己の内側に向け、思考を高速で回転させ続ける。数馬の目はいたって本気だ。関われば間違いなくリスクが生じる、それを理解した上で本気で一夏の、そして簪の助力になりたいと言っている。仮に数馬が加わった場合ならどうだ、間違いなく戦力になる、役に立つ。それも大幅なレベルでだ。だがそれを加味したとしても、関わらせることによるリスクは軽んじられるものではない。相手が相手だ、最悪の可能性が彼に降りかかる恐れもある。

 

(――とか、思ってるんだろうねぇ。簪さんは)

 

 簪の考えをほぼ見抜きながら数馬は胸中で嘆息する。リスクは百も承知だし、それに対して全く何も思わないわけでもない。そう、本来ならここで自分はお役御免のはずだからさっさと引っこめばいいのだ。そんなことは言われるまでもなく分かっている。

 だが、それではいそうですかと引き下がるのは、彼の矜持としては認めがたい。親友の、好ましく思う少女の助力になりたいのも本音だ。同時に、極めて我欲的だが彼自身で完結する想いもある。そうだ、例え相手が何者であれ、彼にとっては同じ”人間”とはみなせない道具やそれに類する、そも役に立たないのであればそれ以下の害虫未満でしかない。そんな輩相手に引くなど、到底許容できない。心底不愉快でしかない。不愉快な上に役立たずの塵芥、総じて無様に死に絶えろと願ってやまない。その結果として千万の命の灯が掻き消えようがだ。

 だから数馬は、できれば言いたくなかったことを言うことにした。

 

「けど、よしんば僕がここで引き下がったとしても、いずれ君が危惧している状況と同じようなことになる可能性はあると思うけどね」

「どういう、こと……?」

「相手が何者かは知らないが、端的に言えば危険な輩なんだろう。それに対して僅かでも関わることによって僕に生じるリスク。おそらく、君やそこの布仏さんが懸念しているのはそれだ。あぁ、それは僕もとうに理解しているよ。だからその上で言おう。仮に僕がこの場で引いたとして、同様のリスクを抱える可能性はゼロじゃない。

 仮にだ、この場で一夏が無事にゴミを退けたとしよう。だが一度失敗した程度で大人しく引き下がるような輩なのかな? そいつらは。おそらく二度目、三度目と仕掛けてくる可能性はあるだろう。当然、手管を変えてくる可能性もある。その何度目かは知らないが、一夏やあいつの味方の動きを抑えるために人質の類を取る可能性は、確実に存在するだろうね。将を射んとする者はまず馬を射よ、だ。ここでの定番は家族とか身内だが、一夏の家族はあの千冬さんだ。アレを人質とか、僕から見てもキチガイの所業だよ。ミイラ取りがミイラになってしまう。では次の候補は? そうさ、親しい友人とかだよ。知っているだろう? 僕や弾、そして一夏は互いに何よりの親友と自認し合っている。少し聞き込めば、そこら辺は簡単に分かることだ。そうだよ、いずれ相手がそういう手管を使ってくるとして、残念ながら狙われる可能性が僕にはあるんだよ」

 

 言われて、ようやく二人は理解する。そしてその可能性に思い至らなかったことに自身の不徳を痛感する。そんな二人の考えを鋭敏に読み取り、数馬は押しの一手とすべく続ける。

 

「どのみちリスクを背負うなら変わりは無い。それが少し早いか遅いかの違いだけだ。いやむしろ、その可能性を早期に認識して先手を打った対応ができるかもしれない。

 改めて言おう、簪さん。僕にも、君らの助力をさせて欲しい。そちらにとっても、悪い話じゃないと思うけどね」

「……」

 

 できればそんなことはあって欲しくない。だが、数馬の提示した仮定が現実となる可能性は大いにある。そのような事態は、避けねばならない。それで万が一の事態に陥ってしまえば、それは極めてよろしくない展開だ。

 

「簪様……」

 

 横から心配そうに声を掛けてきた虚を手で制す。この場の決定権は簪にある。最終的に決めるのは簪であるゆえに、そこに他の要因は付け足さない。

 考え抜く。僅か数秒の合間に幾つものパターンが目まぐるしく彼女の思考を走り抜ける。そして全ての考えを処理しきった簪は僅かに伏せていた視線を挙げて、まっすぐに数馬の目を見据えて言った。

 

「数馬くん。君からの申し出を受けます。あくまで私の指揮下でサポートに徹してもらうという形になるけれど、それでも良い?」

「構わないさ。……ありがとう」

 

 咎めるような虚の声が響く。だがそれを簪は再度手で制する。

 

「言いたいことは分かってる、虚姉さん。けど、これが私の決定。全ての責任は私が持つ」

 

 ついて来てと言いながら簪は歩き出し、数馬はその後に従う。そして二人が出て行った後、一人部屋に残った虚はしばし言葉に詰まったような表情で立ち尽くしていたが、やがて深く息を吐いてこの場で自分が為すべき残る仕事を終えるべく動き出した。

 

 

 

 学園祭の喧騒から離れた薄暗い廊下を簪と数馬の二人は無言で歩く。数馬を先導して歩く簪は歩きながら携帯を操作し、流れるような早さで何かを打ち込んでいく。やがて操作を終えると、ふぅと軽く息を吐きながら携帯をポケットに仕舞った。

 

「なにか、連絡でも?」

「うん、ちょっとね。現場と、もう一つ別に。けど、別の方のおかげで問題のあらかたはクリアーしたはず」

 

 どういう経緯でそうなるのか、あいにく数馬でもそこまでは察しきることはできない。だが確信めいた簪の言葉に問題が無いならそれでよしとして、即座に思考から解決済みと切り捨てる。

 

「状況はどうなっているんだい?」

「織斑君とお姉ちゃん、ここの生徒会長が敵と交戦中。敵の妨害で現場と指揮所の通信ができなくなっている。その解除、及び現場への指示によるサポートが私たちの仕事」

「通信が……ということは向こうの様子は分からないと?」

「幸い一部のカメラを何とか動かして、映像の端々は確保できている。

確認できる状況は……苦戦中」

「指揮所にいる学園側のスタッフは?」

「教師が数人。一人は織斑君のトコの副担任。ちなみに織斑先生、織斑君のお姉さんはまた別の現場の指示中」

「あぁ、そりゃ助かる。まぁ何かしら言われるのは想定してるけど、千冬さんがいないならどうとでもできる」

 

 極めて不本意なことだが、数馬にとっても千冬はできることなら逆らいたくは無い人種だ。別に対応ができないわけではない。だがその負担とリターンが釣り合わないのであれば、やるだけ無駄というやつである。

 

「そろそろ着く」

 

 その言葉に数馬も改めて表情を引き締め直す。そして自動扉が開かれ、二人は一夏と楯無の現場への指揮所に足を踏み入れた。

 

「更識さん! ……そちらの人は」

 

 真っ先に気付いた真耶が簪を見て声を上げる。そして続く数馬を見て尋ねた。

 

「連絡しておいた助っ人です。頼りになることは保証します」

「で、でも彼は……確か織斑君のお友達ですよね? ということは彼は民間人では……」

「言いたいことは分かりますが事態は急を要します。説明はまた後で。彼には私のサポートに回って貰います。また、この件についての責任は私が負いますから、話は後で私に」

 

 話に付き合うつもりは無いと言わんばかりに、簪はさっさと空いている席に座ってコンソールを操作し始める。そして数馬もその隣に座り、同じようにコンソールの操作を始める。

 数馬が席に向かった時、止めようとしない者は居なかった。理由は種々あれど、民間人である彼をこの件に関わらせることは決して良くないと、この場の誰もが承知していたからだ。だが、数馬を制しようとしてその動きは否応なしに止められた。

 何故か、その理由をこの場のそれぞれに聞けば返ってくる答えもまた各々で異なるだろう。だが言わんとすることを要約すれば、それは一つに結集される。曰く「本能が止めた」と。

 理由は分からない。だが誰もが一様に感じたのだ。ただの民間人の少年であるはずの数馬、彼に関わろうとした瞬間の嫌な予感というものを。数馬自身、普段の猫かぶりを半ば放り捨て、この場では言動にこそ出していないが、その内側に秘める本性というものを露わにしているからというのもあるだろう。ただ居るだけで不吉、不安を感じさせる。それを誰もが感じ取った故と言うべきだろうか。

 

「数馬くん、いける?」

「あぁ、だいたいは把握した」

 

 目の前の機材の数々をグルリと睥睨すること数秒、それだけで凡その動かしたかの把握はできた。

 

「通信系が半分以上向こうに抑えられている状態。それを逆にハックしてこっち側に奪い返す。一先ずはそれ」

「了解。ハックなら、こんなこともあろうかとでこいつを使うかね」

 

 言いながら数馬は懐からUSBメモリを取り出しコンソールに繋ぐ。そして僅かな操作の後に、メモリ内に納められていたプログラムが起動した。銀色の液体、水銀とおぼしきものが波打ちながら「6」という数字を描いた。僕が考えたロゴさ、と軽い笑い交じりに言いながら数馬はプログラムを動かしていく。

 

「自作のハッキングプログラムだよ。性能は保証できる。試運転兼ねてあちこちにお邪魔したからね。どこにとは敢えて申し上げないけど」

「後でこのプログラム教えて。気になる」

「喜んで」

 

 そんな言葉を交わしながら既に二人は猛スピードでコンソールを操作している。簪が主体となって通信システムの妨害を突破していき、補助に回った数馬が簪の作業がスムーズに行われるよう露払いをしていく。その様子を周囲の学園教師から成るスタッフたちは半ば呆然としながら見ていた。

 あまりに圧倒的過ぎる。たった二人加わっただけだというのに、勢いというものが加速度的に上昇していた。簪がこの手の電子系に強いということは教師陣も把握しているし、ある意味では納得の行くことだ。だがもう一人、民間人の彼は何者なのか。先ほどの真耶の言葉から織斑一夏の友人であるらしいが、それでも普通の民間人のはずだ。だというのに、サポートに回っているとは言え、このハッキングの実力は簪と比較しても遜色ない。共に十代半ばの若さであるのに、その実力たるやウィザード級に達しているようではないか。類は友を呼ぶという言葉が示すように、ある意味では異質でずば抜けた才覚を学内で示す一夏の友人である彼もまた異才の持ち主なのか。そんな考えをこの場の全員が抱いていた。

 

「あ~やっばい。ちょっと良くないよ~これ」

 

 既に通信系は回復の兆しを見せている。それに伴い、映像と音声で現場の状況は確認できるようになった。後はこちら側からのアクセスをできるようにするだけだ。だが、確認できるようになり伝わってくる現場の様子はお世辞にも良いとは言えない。というより、ピンチに陥っていると言っても良い状況になっている。

 

「早く早く早く早く早くさっさと通ってこのポンコツ」

「死ねゴミクソミソッカス偏差値ゼロの脳味噌蛆虫クソババァ僕のダチに手ぇ出すとか問答無用で処刑モンだぞ生きたまま火葬場に放り込んでやるしねしねしねしねしねしねしねクソッタレ」

 

 焦りを禁じ得ないのか、操作する手にスピードの緩みは無い、それどころか更に速さを挙げながらも、二人の口からは悪態が垂れ流されていく。特に数馬のソレは心からの殺意が込められているかのような口ぶりであり、聞いた誰もが顔を引き攣らせている。

 

「うそ……ISが強制解除……!?」

「ちょ、まっ、やばいやばいそれやばいってマジでぇ……!!」

 

 そして二人の目に飛び込んできたのは剥離剤(リムーバー)により白式を強制解除され、コアを奪われた一夏の姿だ。楯無同様に剥離剤の存在への驚愕に、親友のこれまでで最大級のピンチに、簪と数馬も揃って息を呑む。

 吐き出す息を荒くしながら二人は更に本気でシステムの復旧を試みる。あともう少し、もう少しで完全に回復する。そうすればこちらからのアクションにより何がしかの効果は出せるだろう。だから持ちこたえてくれ――生身でISを纏った敵に相対する親友に数馬は心から祈った。

 

「全システム回復! いける!」

 

 ピッという電子音と共に簪がシステムの掌握を完了したことを告げる。送られてくる光景は、今まさに一夏が敵のISによって貫かれようとしている場面だ。

 動いたのは彼にとっては珍しいことに本能的によるところが大きい。近くにあったマイクを引っ掴み口元に持って行くと、音声通信を起動しながら数馬は思うがままに言葉を紡いだ。

 

「はいカットー」

 

 発した言葉は不快さを含んだ気だるげなもの。だがその眼差しは、視線の先にある敵のIS、その乗り手であろう女に対して心からの殺意が乗せられたものだった。

 

 

 

 

 

 




 というわけで、前回最後に至るまでの流れでございます。
 我ながら無理があるんじゃないかとビクついてはおりますが、まぁこんな流れがあったんだよということで……
 そして次回はあのクサレ外道が本領発揮……となると良いなぁと。ちょっと水銀と波旬と神野の台詞を復習してこよう。そしてFFシリーズで屈指のあの外道台詞もぶち込もう。ちなみに数馬が立ち上げたハッキングプログラムのロゴ、モチーフというかイメージの元があったりします。

 リアルがまだ落ち着き切っていないので次の更新も不定ですが、可能な限り早く更新できればとは思います。

 感想、ご意見は随時受け付けております。些細な一言でも構いませんので、是非お気軽にどうぞ。

 それではまた次回更新の折に。


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第七十二話:武と智と悪意

 お待たせしました。リアルの方が色々忙しかったため、やっとの更新です。
 今回はvsオータム決着まで。ただしメインは変わらずあのクソ外道です。いや、書いてて本当に痛感したのが煽りなどの難しさですね。上手く書けているかなと不安になると同時に、そういう文をキッチリかける本職のライターさんはやはり凄いなと思います。

 それではどうぞ。


 その声が響いたのはあまりに唐突だった。だがそれも無理のないこと、声の主である介入者はつい今しがた、ようやくこの場に声を届けられるようになり、間髪入れずに言ったのだ。当然、そんな予兆はこの地下更衣室に居る三名が知る由は無い。

 

『はいはいはいはいハーイ、まーったく困ったもんだよねぇ。ぶっちゃけこういう展開、僕好みじゃあないんだよ』

 

 そんな現場の三人の理解などお構いなしに声の主、数馬は言葉を続ける。あまりに予想外の展開に揃って固まっているが、それこそ彼にとっては好都合だった。あとは以降の展開が彼の望むとおりになれば万事OKというやつである。

 

『あのさぁ、オータムって言ったっけ? 分かってるかなぁ? これってかなり違うわけよ。良いかい? 求められてる展開ってのはこんなんじゃないんだよ。そこらへんの需要ってやつをきっちり理解して振舞ってくれないかなぁ? 足りてないオツムなりに考えてさ』

 

 嘲るような言葉で名指しされたオータムが真っ先に我を取り戻し始める。だが、その意識は明確に声の方へと向けられており、一夏からは確実に逸れはじめていた。

 

『君さぁ、自分の気分良いように展開変えちゃおうとしてるの自覚してる? そのへん反省して欲しいよね、実際さ。

 どこぞのチンケなテロ屋気取りのチンピラかは知らないけど、立場ってモンを弁えようねマジで。

 くうきをよんでこうどうしまちょーねーってパパママに教わらなかったかなー? んー?』

「うるっせぇ! 黙りやがれクソがぁ!」

 

 パパママ、少々子供向けだが両親を指す言葉を言われた瞬間にオータムは明らかに激昂した。真正面から受ければ大抵の者は竦み上がるだろう怒気を表情と声の両方で発する。

 だがそれを受けてもスピーカーの向こうの数馬が臆した様子は無い。スピーカー越しゆえに効果が薄いのか、あるいは端から歯牙に駆けていないのか。はたまた両方か。

 定かではないが、数馬の様子にまるで変わりは無く、それどころか一層の笑いが、嘲りが声に乗ってきた。

 

『あっれー、怒っちゃったー? ゴメンゴメン、もしかして嫌なトコ突いちゃったかなぁ?

 へぇ、そっかぁ。あ、分かったー。パパもママもいなかい、ストリート? スラム? ロクな暮らししてなかったんだねぇ。ゴメンねぇ? 君がクズ溜めの中でクズそのままに育ったのに気付いてあげられなくってさぁ! キヒャヒャ!!』

「喋るんじゃねぇ! 何が親父だ! んなもん私にゃいねぇよ! いてたまるかよ!」

『あれれー、おっかしーぞー? 人間、パパもママもいなきゃ生まれないのにねぇ?

 あ、もしかして無理やりパパのこと忘れたい? 嫌な思い出でもあった? 何されたのかな? ねぇねぇ?』

「黙れっつってんだろ!!」

 

 怒声と共にオータムはアラクネの足の一本をすぐ近くのスピーカーに向け、その先端から火を噴かせる。ISから放たれた銃弾にただの屋内設備が耐えられるはずもなく、スピーカーはあっさりと破壊される。

 

『こりゃ相当だねぇ。よっぽどロクでもないことされたんだぁ? へぇ~』

 

 だが数馬の声が途切れることはない。スピーカーはまだ他にもある。それが生きている限りはこの声は続くし、仮に全て破壊されたとしても、既に管制室との通信が復旧しつつある楯無のIS経由で発することだって、その気になればてきるのだ。

 

『なになにぃ? パパンはアル中? ニコ中? はたまたヤク中? それとも借金まみれ? 浮気性? 暴力でも振るわれた? ……あ、分かったぁ。×××されたとか!』

「――!!」

 

 もはや言葉にならない雄叫びを挙げながらオータムは室内のロッカーや備品、壁などを手当たり次第に壊し始める。

 巻き込まれては堪らないと既に一夏はオータムから離れ、楯無が即座に守れるギリギリまで下がっている。

 

『ビンゴビンゴォ! だ~いせ~いか~い! お聞きのみなっすわぁああん?

 いま明かされる衝撃の真実ぅ! なんとオータムちゃんはぁ、実のパパンにフ○ックされていました~!

 ヒューヒュー! ……マジねぇわー。あれだよねー、カエルの子はカエルって言うじゃん? ろくでなしの子はそりゃろくでなしだよねぇ?

 し、か、も! 更にろくでなしのテロ屋になってると来てる! パパンのクソッタレ遺伝子と、知らんけどビッチなママンの遺伝子が超・融・合! しちゃったわぁけだ。驚き桃の木、遺伝学に新たな一ページが刻まれた瞬間ってわけだぁ!』

 

 煽る煽る。公共の電波に乗せることが憚られるような嘲りは止むこと無くスピーカーから垂れ流される。言葉が続くほどにオータムは激していき辺りを滅茶苦茶に荒らしていく。だが同時に、その激昂が進むほどに彼女の動きには感情任せの乱れが現れ、更には一夏に向けていた意識も完全に遠く彼方へと追いやられていた。

 単純に、誰がどう聞いてもウザイことこの上ない口調なのもあるだろうが、何よりオータムの癇に障る、真っ当な行動をさせないほど激昂する心理的な急所を的確に突いていることが効果的なのだろう。

 

 管制室で、ドン引きする教師陣を尻目に隣で数馬の煽りを、感情に微塵のさざ波を立てること無く聞き、吟味していた簪は既に彼のやっていることを理解していた。今も続く数馬の言葉は嘲り、罵倒、罵詈雑言のオンパレードなのは間違いない。だが発した言葉のポイントとなる要素は実はかなり不規則、というよりは適当であり悪口という点を除けばまるで意味合いの関係が無い言葉が続くこともある。

 そこから数馬は言葉の取捨選択をしているのだ。どんな要素を持つフレーズならオータムの神経を逆撫でし正常な判断を奪うのか。語るほどにオータムは分かりやすい反応を返し、数馬の言葉はよりピンポイントでオータムのトラウマを掘り進めていく。自分がそうであるように、今の数馬も思考の内では徹頭徹尾冷静な、そして冷徹で呵責ない計算が行われているのだろう。現に声こそ笑ってはいるものの、目どころか表情そのものは欠片も笑っていないのだから。

 

(あとは、二人が上手くやってくれるだけ)

 

 別に数馬はいたずらにオータムを挑発しているのではない。当然ながら彼なりの理由というものが存在する。それを現場の二人が察してくれるかが真に肝要だ。

 そしてその意図は、確かに伝わっていた。

 

 

 

「会長……」

 

 小声で一夏は楯無に声を掛けた。無言で何事かと問うた楯無に一夏も無言でオータムを見遣ることで示す。それだけで二人は意思の疎通を完了していた。

 依然、数馬の実に下衆い煽りは続き、激しきったオータムは完全に意識をそちらへと奪われていた。不意を突き、白式の奪取を試みるなら未だ。

 

「ひとまず、やっこさんの相手のメインは任せますよ」

 

 それだけ言うと一夏は別の方向、オータムに回り込むようなルートへ向けて音も無く動き出した。

 

「……」

 

 その後姿を見ながら楯無が考えたのは声の主と一夏のことだ。声の主のことはよく知らないが、おそらく虚から連絡があった舞台で飛び入り助っ人を務めてくれたという一夏の友人なのだろう。

 民間人であるはずの件の友人が何故このような関わり方をしているのか。重ねて言えば今も聞こえる、敵方に向けられているものとはいえ思わず眉を顰めたくなるような罵詈雑言の数々、それを言わせる人格。友人としてそれを知っているだろう一夏が眉一つ動かしていないこと。色々と問いたいことはある。

 だが、あいにくながら今はそれを追及する時では無い。今の彼女と一夏にはすべきことがあり、彼女自身としては色々な意味で不本意な点はあるものの、今が一つの好機なのは紛れも無い事実である。

 ゆえに楯無は槍の柄を握り直すと、再度オータムへ向けて攻め込んだ。

 

 

 

「なっ!?」

 

 文字通り横合いから殴りつけられたことにオータムも思わず狼狽えていた。奇襲に成功し確保した流れを奪われまいと攻めたてる楯無にオータムは己の迂闊を呪う。だがオータムを責めることはできない。生来の激しやすい性格は彼女の不徳だろうが、それ以上に相手が良くなかった。声の主である数馬(アクマ)を相手取るのにオータムの"心"に、感情には隙が多すぎた。

 例えその相手を直接前にせずとも、発する言葉程度の振る舞いの情報があれば冷酷なまでに彼の目はその綻びを、トラウマとも言われる心の穴を見つけ出す。そして自負する人の心理への熟知により、いかにしてそれをより深く抉るかも残酷なまでに心得ているのだ。

 

 抗する手段が無いわけでは無い。否、実際のところ実に簡単な方法だ。気にしなければ良い、それだけの話だ。だが言葉にすれば極めて簡単なそれも、こと今回のケースについてはその限りでは無い。理由はこれまた単純、そう自分に言い聞かせる程度で無視できるほど、数馬のトラウマへの抉りは甘くは無い。

 そして数馬のことを、こうした本性という点についてはおそらく数馬の家族以上に知っているであろう友人は一つの別解を提示している。曰く「あいつの悪意という名の害意をどうにかするなら、同じくらいのものをこっちからぶつけに掛かれば良いだけだ。そうすりゃ無視だってできる。え? 具体的にどんなのかって? そうだな、オレが挙げるとすれば……"殺意"かな」と。

 だが殺意を向けようにも元凶である数馬本人はこの場には居ない。どれだけ激昂しようが、結局は空回りに終わってしまうのだ。そしてそれを分かっているから数馬も容赦なく言葉責めを続ける。無視しようにも的確に心中の間隙を突いてくるために無視できない。どうしても意識がそちらの方に引き寄せられ、実際に攻めてきている楯無に対処しようにも体の動きと意識が噛み合わないという状況に立たされていた。

 

(不本意だけど、有効なのは確かね)

 

 暗部の人間がどの口でと言われるかもしれないが、楯無もそれなりに真っ当な価値観、倫理観、良識を持っていると自負している。それらに照らし合われば、オータムを責めたてる言動の数々は率直に言って気分が良くない。だがそれこそが今の状況で有意義に働いているのなら、それを徹底活用しなければならない。まったく現実とは無情なものと言葉に言い表せない気持ちになる。

 一際大きな金属音と共に、楯無が突き出したランスの穂先がアラクネの交差させた多脚によって防がれる。僅かな拮抗状態が生まれると同時に、言葉を交わす時間もまた生じていた。

 

「随分と顔色が悪いわね? 気分でも悪いのかしら?」

「分かり切ったこと聞くんじゃねぇよっ……!」

「そうね、その点に関しちゃ同感、よっ!」

 

 気合いの一声と共に多脚を弾き飛ばし再度攻撃を開始する。

 

『おやおや、何やら心外な言葉が聞こえたのだが? 僕はあくまでそこの蜘蛛女、ブラックウィドーもどきについてあくまで事実を述べているに過ぎない。まぁ些か話の誇張があるやもしれないが、そこは気質ゆえどうかご寛恕願いたいところなのだがね』

 

 意図的にそうしているのか、とにかく声が不愉快さを感じる声音だ。それが増々オータムの神経を逆撫でる。

 

「黙れつってんだろうがぁ!! もういい! テメェが何者かなんざ知るかぁ! この仕事終わらせたらきっちり落とし前つけてやるからよぉ!」

『おぉ、怖い怖い。して、それは如何にして行うつもりかな?』

亡国機業(わたしら)を舐めるんじゃねぇぞ! 声からしてまだガキだよなぁ!? ツラと名前割って、身内もろともぷちっと潰してやんよぉ!」

 

 その言葉に楯無は明らかに顔色を変える。それこそがこの現状において彼女の最も危惧していた事態だ。未だに全容の掴めない、計り知れない力を国際的に持つ組織のソレは断じてハッタリなどではない。声の主が何者であろうと、ただの民間人なのは確かだ。そのような組織に狙われれば為す術など無いに等しい。

 この件について色々言いたいことはあるが、それでも危害が及ぶようなことがあってはならない。日の光の下で生きる者達がそのまま平穏な生活を送り続けられるようにすること、それこそが暗部という陰に生きる者の宿命だと楯無は信じている故にだ。

 

『……』

 

 それまで止むこと無く続いていた言葉が途切れる。やっと主導権を奪取できそうな状況になったからか、オータムの顔には笑みが浮かぶ。

 

「どぉしたぁ? 怖くて声も出ないってかぁ~? いいんだぜ、そのまま泣いてお家に帰ってもよぉ! すぐに()()()()に行ってやる。とびっきりキツいコースをくれてやるから震えながら楽しみにしてなぁ!」

 

 言葉ついでに戦闘の方も主導権を取り戻そうという算段なのか、室内を飛び跳ねるように移動しながらオータムは仕切り直しを試みる。その後もスピーカーからは無言が続く。

 

『殺す、殺すか……。だろうね、そう思うのも道理というやつだ。いや、分かっていたよ。その反応は。全て既知の範疇だ』

 

 再びスピーカーから声が聞こえてくる。だがその声音は先ほどまでの煽るような大仰としたものでは無く、どこまでも淡々とした静かなものだ。

 

『言っておくが、その程度のリスクは始めから想定していたし、事実それを基に諌められたりもしたよね。まぁそれを振り切ってここに居るわけだが』

(止められたんなら素直に引き下がりなさいよぉ……!)

 

 オータムの追撃をしながら楯無は内心で愚痴をこぼす。とは言えそれは至極真っ当な反応であるし、誰にも彼女を責めることはできない。

 

『あぁ、けどね。それを口にした時点でアレだ、もう終わりだよ。自分で地雷を踏み抜きやがって、ばーか』

 

 一体なんのことか、床に着地しながら脳裏に疑問符を浮かべた直後、オータムは背後から不意に立ち上がった殺気に反射的に振り向かされていた。

 

「くたばれ」

 

 いつの間にか背後に回り込んでいた一夏が跳躍と共にレイディの装備であった長剣を振りかぶっていた。回避しようにも既にオータムは間合いに取り込まれ、一夏は全身の捻りと共に長剣をオータム目がけ振り下ろした。

 

「甘ぇんだよ!」

 

 だがそんな単調な攻撃が通じる程オータムもヤワでは無い。先ほどのランスにそうしたように多脚の内の二本を交差させ、防いだ瞬間の硬直を狙って反撃に移ろうと狙う。

 しかしそれも一夏にとっては想定済みであった。想定していたから、剣が多脚に叩きつけられる瞬間に一夏は柄を握る両手を離す。結果、長剣はあっさりと弾き飛ばされ、宙を舞ったその時には既に一夏はオータムの懐へと潜り込んでいた。

 

「ここまで潜られたら、その脚も流石に使えねぇだろ」

「っんのっ、クソガキィ!」

 

 コアを握る手とは別の、もう片手に持つカタールを一夏に向けて突き出す。だが多脚と違い、オータム自身の意思と体で繰り出される動きである以上、一夏にとって先読みし躱すことは容易い。

 紙一重のギリギリで躱し、まるですり抜けたような感覚に戸惑うオータムへと一夏は更に肉薄する。せめてコアだけは死守せんと守りを固めようとするオータムだが、その動きすらも既に一夏の掌中へと収められていた。

 どこに触れられた感触も無い。先ほどの刺突がそうであるように、すり抜けるようにして一夏はオータムから離れていった。だが違いがあるとすれば一つ、その手に輝く球体が、白式のコアがあるということ。

 

「テメェッ……!」

 

 奪い返された、その事実を認識してオータムの顔が先ほどまでとは別の怒りで歪む。だがそんな怒気殺気を前にしても一夏は涼しい顔で鼻を鳴らすだけだった。

 

「そう怒るなよ。元々オレのものなんだ。元の鞘に収まっただけだろうが」

 

 言いながら一夏は右手に握ったコアを眼前で掲げ、そのまま砕いてしまうのではと錯覚するほどに強く握りこむ。

 

「白式」

 

 呼びかける。否、命じる。オレの下に帰って来いと。その主からの呼びかけに白式は忠実に従った。

 コアが一際強く発光する、次の瞬間には今までそうであったように腕輪型の待機形態として一夏の右手首へと帰還していた。

 

「来い……!」

 

 コアが戻ったことで空いた右手を更に強く握りこみながら一夏は次の命を下す。そして全身に光がまとわりつき、白式の清廉とした白色の装甲が一夏の身を覆っていた。

 

「さて、これで今度こそ仕切り直しだな」

「一夏くん! よかった……!」

 

 追いついた楯無が白式を取り戻した一夏を見て安堵の息を漏らす。だが一夏は楯無を一顧だにする様子もなく、オータムのみをじっと見据えている。

 

「さて、最初はお前をとっ捕まえるつもりだったけど、気が変わった」

「あ――?」

「死ね」

 

 ただそれだけを言って一夏はスラスターを吹かしオータムへと急接近する。その速さに一瞬たじろいだ隙を一夏は見逃さなかった。

 抜き打ち一閃、目に留まらぬ速さで刀が振るわれる。それと同時に、中ほどで切り裂かれた多脚の一本が宙を舞い床に落ちた。

 

「テメェ!」

 

 一部とはいえ愛機を明らかに傷つけられたことにオータムは怒りを露わにするも、一夏はただ無言のまま剣を振るい攻める。

 それを捌きながらオータムは一夏の太刀筋が先ほどまでと変わっていることに気付く。狙うのは須らく急所、そして勢いには微塵の容赦も無い。本気で――命を奪いにかかっている。

 

「オレだって人の子だよ。我慢のならねぇことくらいあるさ」

 

 オータムは言った、数馬に向けて"殺す"と。それが全てだ。御手洗数馬は確かに超ド級の性悪で腹黒のクソ外道であり、親友である一夏をしても時々ドン引きするレベルでアレだ。

 だが、それでも親友なのだ。友人と呼べる者はそれなりにいる。だが数馬と弾の、二人は正真正銘の特別なのだ。数馬がそうであるように、一夏もまた二人に何かあるということを認められない。危害を加えられるようなことなぞ、断じて認められない。

 二人に、数馬に手を出すことを一夏は断固として認めない。それを為そうとする者は誰であれ阻む。例えそれが師であっても、姉であっても。そして相手の如何によっては、屠ることも辞さない。

 

「あぁ、だからよ、亡国機業のオータム。お前はここまでだ」

 

 不意に一夏の脳裏に過日の、師の下で行った修行の最後の一幕が思い出される。

 

『もう一つ、お前には与えておくものがある』

 

 あの珠玉の名刀と共に与えられた、一つの鍵。

 

『そう、お前がこれより先において修羅の剣を振るうのであれば、俺はそれを認めよう。その証だ』

 

「わが師より賜りし――」

 

『この銘で以って、お前は大義という白の下、修羅という影を貫け。矛盾? ふん、その程度の道理、踏み倒してこそ極みへと至る道だ。お前の心に刻め、この――』

 

字名(あざな)白影(びゃくえい)』を以って、オレ自身の大義の下、お前を葬る」

 

 

 

「スカしてんじゃねぇぞクソガキがぁ!」

 

 怒号と共に今度はオータムの方から仕掛ける。カタールと多脚の刃による同時攻撃、だがそれは一夏が僅かに身を捻っただけであっさりと回避される。そして躱しざまに一閃、再び多脚の一本が斬り飛ばされる。

 狙ったのは脚の関節部分だ。構造上、そこだけは守りが薄くなっているのを既に見抜いていた。後はそこに刃を通せばいいだけの話。

 

『クックック、分からないと言ったツラだねぇ? まぁ無理も無かろうよ。オータム、君は見誤っていたのだよ。彼の、織斑一夏という人間の実力をね』

「っ!?」

 

 再びスピーカーから聞こえてきた声に反応しかけるも、現状でそれは悪手として何とか意識を一夏の方に集中させようとする。既に三本目の脚が切断された。この状況で意識を他所に向けるのはただの愚策でしかない。

 だがそんなことはお構いなしとばかりにスピーカーから声は流れ続ける。

 

織斑一夏(ソイツ)の実力はね、()()()()()()()()()本領が引き出されるのさ。まぁ僕は話に聞いただけだが、元よりそういう用途で磨かれた技を学び続けたんだ。考えれば分かる道理というやつだ』

 

 そこで数馬は言葉を一度切ってため息を吐く。

 

『しかし悲しいかな、それを発揮することを阻む枷がある。所謂世間の規範、法律、良識というやつだ。まぁそれが周りにあって当たり前の世の中で育ったのなら、それが染みついてしまうのも無理は無い。現に僕とて法には縛られている節があるのは否めない』

 

 だが、と心底面白いものを見るような言葉で続ける。

 

『今の一夏にその枷は存在しない。さっきの名乗りは僕も初聞きだが、それが切っ掛けじゃないかね? クックック、こいつはレアなものが見れる。()()()になって本気出す一夏なぞ、滅多に見れるモノじゃあないだろうからねぇ。精々踊ってくれたまえよ、オータム。君はそのための役者。否、それ以下の使い捨ての駒だ』

「ふざ……けるなよ……! ふざけんなぁ!」

 

 怒声と共にオータムは我武者羅に一夏を攻めたてる。だが、ただ感情と勢いに任せて振るわれるだけの攻撃など、なんの脅威にもなり得ない。怒り、焦り、何より己の内側を暴かれることへの恐怖、それらはむき出しの感情となってオータムの瞳に映し出される。それを一夏は手に取るように読み取り、それを通じて次に彼女がどのように仕掛けてくるか、完全なまでに予見していた。

 

『哀しいなぁ。さぞやクソみたいな人生だったろう。だが、それは一度も報われることなく終わりを迎えるわけだ。だがそれも仕方なきかな、そういう定めなんだよ。君のようなクズ以下のクズ、人扱いも憚れるような家畜風情にはね』

 

 そう、これは数馬の本心からの言葉だ。彼からすればオータムのような存在は、同じ人間という生物として扱うに値しない。ただ形が似ているだけの、それ以下の劣等種だ。

 

『だから諦めな。楽になるのはそっちの方さ。希望など持つなよ、救いがあると思うなよ、君が救われることなんて無い。例え神と呼ばれるような存在でもそれは無理――いいや違うね。いいかい、耳の穴かっぽじってよく聞きな』

 

 そして止めの一言を叩きつける。

 

『家畜に神はいないッ!! どれだけ足掻こうが、永劫救いなぞありはしないのだよ。ゆえに、君はただ無様に野垂れ死ぬのが決定事項なんだよ!!』

 

 その言葉は聞いた者の須らくに衝撃を与えていた。オータムだけではない。楯無も、管制室に居た他の学園スタッフたちも、程度の差はあれど誰もが聞いた瞬間に凍り付いた。

 だが、例外もいる。そしてその例外は、数馬による非情の言葉を聞いても動きを止めず、ただ為すべきことを為そうとしていた。

 

『織斑君、やって』

「承知」

 

 一夏と簪、二人は数馬の言葉を聞いても動きを止めなかった。どうするのがベストか、簪はそれを冷徹に弾き出し一夏に伝え、一夏はそれを無慈悲に実行する。

 あるいはその非情さこそが、数馬の言葉にも動じなかった所以だろう。そして明確な隙を見せたオータムに、一夏は一切の情けをかけず非情の刃を振るった。

 

 シールドが削られる、多脚が斬り飛ばされる、蹴りが腹に叩き込まれ、掌打が顎に打ち込まれる。

 一方で、反撃に転じようとするオータムの攻撃はいずれも空しく宙を切るのみ。

 

(もっとだ――)

 

 だが、完全に一方的な状況を獲得しながらも一夏は充足を得るに至っていなかった。

 まだ先がある、まだ進むことができる。進化することこそが武人の本領。であればただ一方的に攻めるだけでは無意味だ。その中に、新たな兆しを見出さねば意味が無い。

 故に一夏はどこまでも目を凝らした。今できることの最大がそれ。ISという守りに長けた存在が相手ならば、より効率的に相手を葬るならば、真に穿つべき所を見抜き、穿つべし。それを直感的に悟り、一夏はオータムの総身へと全神経を集中させていた。

 

(もっと、もっと先へ――)

 

 より深く、深奥へと。ただ穿つ、それだけで相手にとっては致命となる一点を。否、一つでは足りない。より確実に葬るためならば、同時に複数穿つべきだ。

 もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――深く、深く、魂の急所まで通れと。

 

 眼球が裏から飛び出そうな圧力を感じる。ズキリと頭のあちこちに痛みが走る。一瞬の内に膨大な情報を処理する負荷が脳と目の両方にかかっている証だ。だがその程度で音を上げるわけにはいかない。多少の痛み苦しみなど当然、限界を踏破してこそ武人の進化はある。

 そして、何か大きな一つを飛び越えたような感覚を抱いた。刹那、一夏の視界は急速に開け、見える世界を変えていた。

 

(見えた――!)

 

 オータムの五体、そこに穿つべき点が自然と浮かび上がる。それこそが今の彼女の急所たる点。数にして五つ、それを穿つべく一夏は刀を手放し両手で貫手の形を取る。

 より素早く確実に穿つ、そのために五点を結び星を形作る。だがその星はすぐにでも一夏の手によって砕かれ、同時にオータムの命運もまた尽きる。

 

『さぁ一夏、君が思うようにやりたまえよ。何をしようが、僕だけは認めよう。許そう。君の心を最も理解できるのは、この僕だ』

『計算終了。結果は――織斑くんの勝ち。だから、さっさと片付けて』

 

 一夏と簪、極めて優れた武と智に極大の悪意(カズマ)を加えたこの連携の前に、ただ優秀なだけであったオータムは非力だった。これを打ち破るとすれば、必要となるのは規格外とも言える圧倒的力のみだろう。

 そして、全てを決するべく一夏は拳を振るった。

 

「我流――五点星爆穿!」

 

 五度に渡る貫手がオータムの急所である五点に同時に叩き込まれる。シールドによって肉を貫かれることは防いだものの、受けた衝撃の想定外の威力にオータムは苦悶の声を上げる。

 一撃一撃が必殺を込めて放たれた貫手、それが急所中の急所へ叩き込まれたのだ。よしんば肉を貫かれずとも、その衝撃だけでも大ダメージは避けられない。それが五か所同時、ダメージは連鎖しオータムの全身を引き裂くような激痛が縦横無尽に駆け巡る。

 

「ガッ、アッ……」

 

 貫手を叩き込まれた衝撃で後方に吹っ飛ばされ、倒れ込んだオータムは時折わずかに奮えるだけで起き上がる気配は無い。

 

「勝った、の……?」

 

 事の顛末を見ていた楯無が呟く。そして様子の確認と捕縛を行おうとオータムに近づこうとした瞬間、視界に入ったものにその動きを止めさせられた。

 そこには、殺意を一切も緩めないままオータムを見下ろす一夏の姿があった。そしてその手には、彼の放つ斬首の意思を乗せられた刀が握られていた。

 

 

 

 

 




 結局終始目立っていたのはあのクソ外道でした。
 個人的に今回のポイントは二つ、まずはあのクソ外道による「家畜に~」の件です。
 FinalFantasyTacticsというFFの一作品の台詞なのですが、ご存じの方はいらっしゃるでしょうか? 作品をプレイした経験のある方の間でならかなり有名な台詞です。ゲーム自体も初代PS作品ですが、07年ごろにPSPverも出ているので、案外若年層の方でも知っているんじゃないかなとは思います。
 この台詞を言ったキャラは作中でも屈指のヘイト稼ぎマンですが、よくよく考えるとゲーム中の世界においてそれまでの歴史の積み重ねを軒並みぶっ壊すような一連の大事件の当事者たちの行動を決定づけた台詞と考えると、何気に歴史の大転換に関わった凄いやつなのではと思ったり。だが許さんしね。

 もう一点が一夏について。
 端的に言えば後半の一夏、ガチで切れてます。オータムの数馬を殺す発言は冗談抜きで一夏の逆鱗に触れます。淡々としてますが、大真面目に逆鱗モード入ってますね。
 それにより、普段は相手への配慮もして抑えていた部分もむき出しにしていますので、更にもう一段階本気モードの開放がされています。上手い表現が思いつきませんが。
 そしてオータムへの止めとなった急所の見切りですが、ここ後々重要です。テストに出るのでメモ重点。なお技については、ぶっちゃけ元ネタアリです。さて、分かる方はいるかな?

 次回は、まぁ原作的に一部原作ヒロインズの場面ですね。ただ、原作通りかは分かりませんが。
 そしていよいよあの人が表舞台に本格介入と。

 感想、ご意見は随時受け付けております。些細な一言でも構いませんので、お気軽の書きこんでください。

 それでは、また次回更新の折に。




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第七十三話:修羅、外道を斯く語りき

 お待たせいたしました。どうにか書けたので更新です。
 前回、vsオータムが決着したので今回はその後の一幕という感じでしょうか。

 少々短いかなとは思いますが、どうぞ。


 機械の駆動音と共に一歩、また一歩、一夏は足を進めて倒れるオータムの下へと近寄る。決して特別な動きをしているわけではない。ただ普通に、気持ちやや早めに歩いて近づいているだけだ。だというのに、とても普通に歩いているようには見えない――半ば呆然としながら楯無はそんな感想を抱いた。

 持ち上げられ、床を踏む一歩は単にISの機械構造による物理的な重量以上の重さがあるように見える。歩く速さも普通どころか気持ち早いのに動作の一つ一つがゆっくりと行われているのではないかと思うほどに鮮明に見て取れる。そして、オータムに迫るのはもはや只人には見えなかった。

 闇だ。殆ど照明が消えている室内は地下ということもあり暗い。少し見回せば肉眼ならばよほど夜目が効かなければ見えない部分などザラだ。だがアレはそんな視覚的に暗いとか明るいの問題では無い。

 一夏の後方、そこも視覚的には普通に暗い。一種の闇が形成されているのは確かだ。だがその闇が、一夏が一歩踏み出すごとに増しているように見えるのだ。まるで一夏と背後の暗闇が一体と化し、闇は彼の今の心境を公にしているかのよう。そしてその心を覆う意思はただ一つ――殺意だ。

 

「ぐっ……そっ……!」

 

 倒れながらもオータムは意識を保っていた。殺気を向けられている本人だからこそ、一夏が本気であるということは手に取るように分かる。明らかに分が悪いこの状況ではもはや引かざるを得ないが、そのためにも動かなければならない。全身がバラバラに砕けそうな痛みを堪えつつ立ち上がろうとするも、既に一夏はオータムのすぐ目の前まで迫っていた。

 

「……」

 

 無言のまま、瞳に絶対の殺意を湛えながら一夏は刀を構える。戦闘不能にした敵の構成員、本来ならば捕縛し情報を聞き出すのが定石と言えるだろう。それは一夏も理屈と感情、双方で重々に理解しているし納得もしている。至って真っ当な対応であると。

 だがそれを敢えて無視する。理解も納得もしている、実に正しい、真っ当な対応だ。で? だからどうした? それは他の者達の都合。一夏の都合で照らし合わせれば、オータムは彼にとっては大義その他諸々ひっくるめた上でこの場で葬るべきだと思った。そして周囲の都合と自身の意思を比較し、やはりこの場で始末するべきだと決めた。それだけのことだ。

 躊躇は無い。殺人という禁忌を犯すことへの忌避感? そんなものは三年前の段階で踏み越えた。そもそも端から持ち合わせていたのかも怪しい。

 まだアラクネはシールドを残している。今オータムが苦悶に呻くのは、一夏の拳がシールドの上から強引にダメージを肉体へと押し通したことによるもの。ならばこのままシールドを削り取ってそのまま素っ首を刎ねてしまえば良い。

 狙うは首。白式の主武装"蒼月"の威力強化機構を最大出力とし、高周波振動する刃に熱量が収束していく。振り下ろし、シールドに阻まれるだろう。だがそれも無限ではない。やがて守りは消え、無防備な首をすぐに晒すことになる。そのままへし切ってしまえば良いだけだ。

 

「一夏くんダメッ!」

 

 刀を振り下ろそうとした刹那、悲鳴染みた楯無の制止の声が飛んだ。

 楯無自身、自分が不合理なことをしたという自覚はある。オータムには悪いが、情けや同情をかけてやる必要性は無いし、多少負傷しようが構いはしない。できれば敵の情報源としての利用価値からできることなら避けて欲しいが、最悪死んだとしてもそれは仕方のないことと分かっている。そう、そんなことは分かり切っているのだ。

 理解も納得もしている。だが、それでも彼女は一夏があのまま剣を振るうのを見過ごすことはできなかった。立場も何も無い、更識 楯無という一人の人間としてだ。

 その制止の声をさすがに無視することはできなかったのか、一夏の動きが一瞬だが止まる。しかし一夏とて正真正銘の本気になっているのだ。たかだか声一つでそのまま止めるほど甘くは無い。だが、僅かに動きを止めたその一瞬は間違いなく隙であり、オータムにとっては窮地を脱する最後のチャンスでもあった。そのチャンスを、オータムは掴んでみせた。

 

「ガァアッ!!」

 

 吠えながら依然痛みの残る体を強引に動かしてオータムは立ち上がる。そのままアラクネの緊急用の動作プログラムを起動する。

 オータムの体を覆っていた装甲が外れると同時に、格納されていたアラクネのコアが露出する。それを掴むとオータムは一夏とは逆の方向、地下更衣室の出口に向けて走り出す。

 一夏もすぐに追いかけようとするが、その前にはオータムから離れたアラクネの装甲が立ち塞がった。元々そういう機構なのか、ややスケールダウンはしたものの文字通りの蜘蛛のような形になっている。そして一夏に斬り飛ばされることなく残っていた足を駆使して一夏へと迫ってくる。

 搭乗者もコアも無いのに動くのは何故か。大方非常用の内部動力とプログラムだろうと当たりをつけながら、一夏は迫ってくるアラクネの装甲に嫌な予感を感じ取っていた。

 オータムが今最優先していることは何か? この場からの撤退だ。そのためにはどうすれば良い? 一夏と楯無、二人の脚を止めることだ。アラクネの装甲が足止め要員だとして、どうやって止める? そのまま飛び掛かってくるか――却下。コアまで抜き取ったということは完全な捨て駒だ。そして悪党の捨て駒の使い方と言えば――

 

「チィッ!」

 

 苛立たしげに舌打ちをすると一夏は敢えてアラクネに向けて踏み込む。

 

「会長! 防御の準備! オレが合図したら最大で!」

 

 楯無からの返事が返ってくるより先に次の動きに映る。

 一夏の方から近づいたからか、案の定アラクネは一夏目がけて飛び掛かってきた。だがそれは予想済み。軽く身をひるがえし、躱しざまにアラクネの脚の一本を掴む。そのまま全身を捻り、ハンマー投げの要領で部屋の出入り口、一夏と楯無、双方から離れた場所に向けて思い切り投げつける。

 

「せいっ!」

 

 投げ飛ばした直後に格納していた汎用装備である、打鉄などにも標準搭載されている刀を取り出し、アラクネ目がけて投げつける。

 コアが抜き取られているため既にシールドは機能しておらず、高速で飛来した刃の切っ先にアラクネは胴の中心をあっさりと貫かれ、そのまま飛ばされた先の壁に縫い付けられた。

 そこまで見届け切るかどうかという段階で一夏は転身、防御体勢の待機をしていた楯無目がけてスラスターを吹かして高速で移動する。

 

「今っ!!」

 

 楯無の脇を通り抜けると同時に合図を送り、言われた通りに楯無は水による盾を最大の防御力で展開する。

 その直後、壁に縫い付けられていたアラクネの装甲は内部のエネルギーを全て使用した爆発を起こし、室内に爆風をまき散らした。

 一夏と楯無に被害は一切無い。離れた場所に居たことも幸いし、楯無が展開した水の盾は爆発による衝撃と熱風を完全に防ぎ切った。完全に爆風が収まり、煙も晴れかけたところで楯無は防御を解除し、背後の一夏と共に辺りを見回す。

 

「また随分と派手にやってくれたものねぇ……」

 

 室内は完全に滅茶苦茶になっていた。ロッカーもその殆どが吹き飛ばされ瓦礫と共にゴミの山として積まれている。先ほどまで数馬の煽り文句を垂れ流していたスピーカー類も完全にお釈迦となっている。部屋として使い物にならなくなっていることは一目瞭然だ。

 

「オータムは……逃げたか」

 

 チッと忌々しげに舌打ちをすると一夏は白式の通信機能を起動する。繋げる相手はシャルロットだ。

 

『あぁ、織斑くん。状況は聞いてるよ。どうなってるの?』

「敵性組織の工作員一名、交戦の後に取り逃がした。ISを使っていたが、そっちは使い物にならなくしといた。逃げてるやっこさんをトンズラされる前にとっ捕まえろ」

『オーケー、セシリアとラウラにも伝えとくよ』

「確実にだ。良いか、最悪喋る機能だけ残ってりゃいい。相手は生身だ、ISには太刀打ちできまいよ。なんなら両手足斬り飛ばして達磨にしても構わん。というかそうしろ、良いな?」

『ちょ、織斑くん?』

 

 いつになく物騒な物言いの一夏に流石のシャルロットも困惑する様子を見せるが、それに構うこと無く伝えることは無いと一夏は通信を切る。そのまま楯無を一顧だにせず、その横を通り過ぎ去ろうとする。

 

「ちょっとちょっと! どこ行くのよ!」

「オレも奴を追います。今度は逃がさん」

「それは、分かるけど……。……けど、その前に少しお話いいかしら?」

「……なにか?」

 

 時間を取らせるなと言いたげな一夏は苛立ちを含んだ眼差しを楯無に向ける。一夏は今まで、何だかんだで協力的かつ割と友好的に楯無に接してきたため、その様子の違いに戸惑いを感じる。だが問うべきは問わなければならない。

 

「あの放送、オータムを散々に煽った声。あれは、君の友人のものよね? 簪ちゃんから君の友人を舞台劇のナレーションの飛び入り助っ人にするとは聞いていたけど、友人で間違いないわね?」

「そうですよ。御手洗数馬、オレの中学の頃からのダチで、親友です」

 

 ごまかしは認めないと視線で訴えたからか、あるいは端からごまかす必要性が無いと思っていたからか、一夏はあっさりと答える。

 

「単に私の事情への認識不足かもしれないけど、その御手洗君はこんな荒事とは無縁の、普通の民間人のはずよね? それが何故、あんな介入をしたのかしら?」

「知りませんよ、んなこと。むしろこっちが何やってんだテメェって問い質したいくらいだ」

 

 吐き捨てるような一夏の物言いには若干の呆れも含まれている。

 

「あいつが何考えて何をするか、それを先に察するなんてオレにはできませんからね。頭の造りがアイツは違い過ぎる。事後になってから大体を察することはできても、根っこの真意は直接話してもらわなきゃ分からないことが大半だ」

「なら、その察してる範囲で教えて頂戴。なぜ彼は、わざわざ危険を冒してあんな真似をしでかしたのかしら」

「……まずここのことを感付いたってのは、多分簪経由でしょう。あぁ、簪が自分から話したってわけじゃ無いですよ。ただ、知り合ったのが最近とは言え数馬と簪は割と親しくしてますからね。勝手に察して、簪にごまかしをさせなくしたってトコでしょう」

「ごめん、ちょっと待って。簪ちゃんとその御手洗君が親しい? 簪ちゃんが男の子と? なにそれ、私初耳なんだけど」

「……あれ?」

 

 先ほどまでの張りつめた空気が一転、どこか間抜けさを含んだものに変わる。

 

「……会長、知らなかったんですか?」

「うん、全然。いや、最近新しい友達ができたってのは本音ちゃんから聞いてたけど、同年代の男の子なんて全然よ」

「嘘、マジかよ。オレてっきりとっくに知ってたもんかと。あぁいや、でもそうじゃなきゃ数馬のことさっきまで知らなかったとかおかしいもんな……」

「というか、親しいって具体的にはどういう感じなのよ」

「え? いや、なんつーか、人間的な部分というか思考的な面で気が合う? 波長が合うってのですかね? あ、それと多分というかオレ的にはほぼ確実だと思うんですけど、数馬の方は簪にホの字ですね」

「はぁっ!? それこそ初耳よぉ!」

「あと、簪の方はどうか知りませんけど、あいつもあいつで数馬のことは割と気に入ってるんじゃないですかね? ほら、この学祭のチケ、親父さん放っておいて数馬にチケ回したらしいですし」

「ちょ、待っ、えぇ!? まさか、簪ちゃんが……。というか、道理で電話口のお父さんがしょげてたわけだわ……」

「あのぉ、一応話戻してもいいっすか?」

 

 緊張など完全に雲散霧消してしまったが、とりあえず話を元の軌道に戻そうと試みる。

 楯無は依然戸惑いを露わにしていたが、それでも状況が状況だけに素早く体裁を整えて話を聞く体勢に戻った。

 

「まぁとにかく、ここのことは状況から数馬が勝手に察したんでしょう。あいつ、そこら辺はずば抜けてますからね。そして、どう言い包めたかは知りませんが簪に拒否らせないような言い方で強引に管制室に突撃掛けたんでしょうよ。後はあの通りだ」

「だとしても、何故彼はそんなことをしたのかしら」

「……多分、あいつが言ってた通りでしょう。あの時、オレは間違いなく窮地に陥っていた。それを助けるため、それだけだ」

「だとしても、だからってそんな危険な真似を……」

 

 言いかけて楯無の言葉は止まる。彼女を見る一夏の眼差し、威圧しているわけでも敵意をむき出しにしているわけでも無い。ただ、何となくそれ以上を言うことを憚ってしまうような重さが眼差しに乗せられていた。

 

「それだけでも、あいつには十分な理由なんですよ。オレには分かる。オレだって同じだからだ」

「同じ……?」

「オレにとって数馬と、もう一人別の奴は、掛け替えのない親友なんだ。勿論、他のダチ連中だって大事には思ってる。けど、あの二人は本当に特別なんですよ。あいつらに何かあるなんてこと、オレにはとても認められそうにない。そしてそれは数馬も同じように思ってる。いや、あいつの偏屈ぶりを鑑みればオレ以上かもしれませんね。だからオレも数馬も、互いが互いのためならどんなリスクを負うことだって厭わない」

 

 誇張でも何でも無い、心底からそう思っていると察するのは容易かった。

 ただ親友のため、結局のところ理由は全てそこに集約されるのだということを楯無も理解した。思う所はあれど、そこにあれこれいちゃもんを付けるつもりは無い。それほどまでに互いを大切に思える親友同士であるというのは、この上ないくらいに尊い関係だ。いっそ羨ましさすら感じる。

 だが、それを理解したとしても依然無視できないことが残っていた。

 

「そう、理由については分かったわ。色々言いたいこともあるけど、ひとまずは置いておきましょう。けど、まだ問うべきことはある。彼の、御手洗君のあの言葉。あれは、敵の集中をかき乱すための演技だったりするのかしら」

「……」

 

 先ほどとは違って一夏はすぐに答えようとしなかった。目線を楯無からやや逸らし、どこかバツが悪そうにしている。その様子を見て楯無は感じていた()()()()が当たっていたことを察する。

 

「もしかしなくてもだけど……」

「えぇ、はい、まぁ、そのぉ……お察しの通りで。あの罵詈雑言の嵐みたいな煽りは、えぇ、全部アイツの本心ですよ」

「最後の方の家畜云々も?」

「残念ながら本心でしょうね。あいつは掛け値なしに優秀な奴だ。一個人としての総合を見れば、オレなんぞよりもよっぽど能力的には優れた人間ですよ。だが同時に、あいつほど性格のねじまがった人間をオレは知りませんね。優れる故に、あいつは他人というものの殆どを見下す。必要とあらば躊躇なく道具として利用し、用が終わればあっさり使い捨てる。自分にとって邪魔な、不愉快な存在があれば容赦なく排除する。その過程で何を巻き込もうが、誰がどうなろうが、一切気にかけない。それこそ、オレだって何度引いたか分からんレベルですよ」

「なにそれ、下手な悪人よりよっぽど性質が悪いじゃない……」

「いや全く、それに関しちゃ全面的に同意で。――でも、ダチなんですよね。オレにとっては」

 

 そう語る一夏の表情はどこか苦笑交じりだ。

 

「確かにあいつはお世辞にも善人とは言えない。むしろ世界規模で見ても上位に入るんじゃないかってレベルで悪辣な性格してますよ。けどまぁ、かなり限られますけどあいつなりにちゃんと相手してくれるってのもあるんで、オレみたいに。現金な話だとは自覚しちゃいますがね」

「そう……」

 

 言いたいことは色々とある。だがそれはこの場で言って、論じても意味のないことだ。ひとまず今回の件については、後で件の二人からきっちり話を聞かせて貰うことにしよう。というかお説教コースだ。こればかりは如何に可愛い妹であろうとキッチリ言わなければならない。

 そして二人の内の片方、御手洗数馬についてだが、現状では保留だ。確かに人格的には悪人の部類なのかもしれないが、それと自分たちにとって害となるかはまた別の話だ。少なくとも一夏の口ぶりから察するに、互いの信頼は相当に堅固なものなのだろう。それに、複雑な心境ではあるものの簪が有効的に接しているというのであれば、更識(じぶんたち)にとっても問題は無いと一先ずは見て良いだろう。

 となると、目下の気にするべき案件は元の方へとシフトする。

 

「だいぶ時間を取っちゃったけど、追撃に移ろうかしら?」

「オレはすぐに追いかけようとしましたがね。会長が妙に突っ込んでくるのが原因でしょうに」

 

 逃走したオータムの追跡、捕縛。別行動をしている専用機持ち欧州組の三人も既に動いているが、元々は自分たちが相手取っていたのだから追う義務は残っている。

 とは言え相手はほぼ身一つの丸腰に近いのに対し、こちらは腕利きのIS乗りが三名。相対する状況になればまず負ける保証は無い。

 

「ま、更に腕の立つ増援が居るとかでなきゃですがね」

 

 一夏の言うことも尤もだ。だが、そんな人材も早々居るわけでは無い。楽観視するわけでは無いが、悪すぎる状況と言うわけでも無い。よほどのイレギュラーでも無ければ盤石と言える布陣は整えてあるというのが一夏と楯無、双方の見解だった。

 故に白式がシャルロットからの通信を伝えてきたのにも一夏は既に事が決したのだろうと考え、ごく自然に通信を繋げていた。そして――

 

「は――?」

 

 伝えられた内容に己の耳を疑った。

 何事かと尋ねてきた楯無に、険しい顔のまま一夏は結論のみを端的に伝えた。

 

「オータムが、死にました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回は普段よりだいぶ短いなという自覚はあります。
 一先ずはオータム戦後の一幕という感じでお送りしました。えぇ、メインは奴についてです。本当に人を引っ掻き回すな、あいつは。

 次回であの娘とかあの人が出てきますかね。
 実は一通り書きあがっているので、近日中には公開できそうです。

 感想、ご意見、随時受け付けております。
 細やかな一言でも構いませんので、お気軽にどうぞ。

 それでは、また次回更新の折に。



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第七十四話:キセキと蝶の戦舞 降り立つ魔女

 ぶっちゃけた話、今回の話と前回の話は元々一つの話でした。ただ、ちょっと長いかなと思って分割と相成ったわけです。未だに一話当たりの文章量というのは模索中ですが、このくらいが案外丁度いいのかなぁとは思っていたりします。この文章量についても是非読者の皆さんのご意見を伺いたいところですね。

 さて、今回は場面が転じて別の場所での別の戦闘。話の流れ的にはバレバレですが、本作でもいよいよあの娘が登場です。


 一夏と楯無が侵入していたテロリストと交戦、逃走した敵工作員の捕縛指示、これらを伝えられた時のシャルロットたちは至って平静だった。

 その手の工作員の侵入の可能性は予め伝えられていたし、その際の対処プランも入念に練られたものを共有してある。勿論、そのような事態など無いに越したことは無いのだが、起きてしまったとしても予想の範疇を出ないものだった。

 よって指示を受けたシャルロット、セシリア、ラウラの一年専用機所持組み欧州勢は準備を終えていたこともあり、直ちにISを展開、行動を開始していた。

 

「デュノアさん、具合の方は大丈夫ですの?」

「うん。ちょっと不意打ちで意識飛ばされただけだから。いやぁ、斎藤先輩だっけ? 凄いね、あの人。近距離戦なら多分僕より技術は上だよ」

「何でも織斑と相当な接戦を繰り広げたそうだ。何やら設備のトラブルでセットが崩壊する中で戦っていたらしいぞ」

「まるでハリウッドのアクション映画ですわね……。まぁ、そのようなことを行った挙句、結局は勝ってしまうあたりが彼らしいですが」

 

 敵の状況は伝えられている。ISを所持していたが、それも一夏と楯無の交戦の末に使用不能。敵本人も少なくないダメージを負っているという。油断は禁物だが、対処に困る相手でも無い。よってこんな軽口を言い合う余裕も持ち合わせていた。

 だがそんな軽い会話も長くは続かない。突如としてレーゲンが発したロックオン警報、それをラウラが伝えると同時にセシリア、シャルロットの二人も直ちに臨戦態勢に移行していた。

 

「ラウラッ!」

 

 晴天に恵まれた空に何かが光った、それを視界に捉えると同時にシャルロットは光とラウラの間に割り込むように身を躍らせ盾を構える。直後、高速で飛来した光弾が盾に直撃、しかし重装甲をそのまま切り取った如き堅牢さを持った盾を貫くことはできず、直撃と同時に宙へと散る。

 

「これはっ……!」

 

 飛来した光弾に三人は揃って表情を険しくする。何故ならその攻撃はあまりに見覚えがあるものだからだ。そう、最も表情を険しくしているセシリア、彼女が駆る愛機の主兵装のものと全くの同一。

 いったい如何なる理由によるものか、推論を巡らせる各々のISが同時に接近する未確認機の存在を告げる。そしてソレは現れた。

 

「もしやとは思いましたが……何故この場に現れたのか、問い詰めたいところですわね……!」

 

 その存在だけならシャルロットとラウラも知っていた。だが、実物まで見たことがあるのはセシリアのみ。だからこそ、セシリアは大きな疑念とそれを上回る憤りを込めて現れたISの名を呟いた。

 

「サイレント・ゼフィルス……!」

 

 

 

 

 

 サイレント・ゼフィルス、英国製第三世代型IS――

 英国製第三世代として名が通っているのはセシリアが駆るブルー・ティアーズだが、実際のところティアーズは英国が手掛ける第三世代兵装のテスト機という側面が強い。そしてセシリアとティアーズが収集したデータをベースに、より高いパフォーマンスを安定して発揮できるよう作られた本当の意味での英国製第三世代IS、それこそがゼフィルスだ。

 依然イギリス国内の研究所にて調整が進められていると聞いていたはずの機体が何故極東くんだりまで現れて、あまつさえIS学園に襲撃を仕掛けたのか。いずれも不愉快なものでしかないが、幾つかの推論を挙げることはできる。だがその全てをセシリアは一時的に思考から放棄した。

 何故かなど後で幾らでも考えられる。肝心なのは今すべきことは何か、だ。そしてそれは決まっている。

 

「お二人とも、散開して下さい。多方向からの連続攻撃、BT兵装搭載機言えども対処には限度があります。勝機は確実にありますわ」

 

 言葉では無く行動で返事が返ってくる。三機のISに囲まれる形になったが、ゼフィルスとその搭乗者に同様の気配は無い。それどころか余裕すら浮かべている節がある。

 結構、経緯の如何はさておき、あのサイレント・ゼフィルスを駆るというのであれば乗り手としての技量は確かなのだろう。確実に代表候補クラスは最低、それ以上も考え得る。こちらが苦戦させられるのかもしれない。

 そんなことは関係ない。自分たち三人には任された責務がある。実力を見込まれて任された以上はそれを全うすることが任された者の本懐だ。その前に立ち塞がるというのであれば、それが何であれ対処など決まりきっている。

 

「ミッション追加ですわ。イギリス代表候補セシリア・オルコットの名の下に認めます。多少損傷が大きくても構いません、サイレント・ゼフィルスの撃破及び捕縛を。あの口元から、余裕を引きはがしますわよ」

『了解』

 

 薄暗く閉鎖された地下空間とは対照的な、突き抜けるような蒼穹の下で四機のISが入り乱れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(想定よりもできるか……)

 

 サイレント・ゼフィルスを駆りながら亡国機業の一員である"エム"は相対する三人の戦力評価を上方修正する。

 IS学園に襲撃を仕掛けるに際して、学園側の主戦力となり得る人物については予め情報を得ていた。その中には無論、欧州三国の代表候補生である三人のことも含まれている。事前の情報の限りでは三人ともに代表候補の括りで見れば十分に優秀だが、自分が苦戦する程でも無いという見立てだった。だが実際に相手をすると、三人ということを差し引いても想定より実力が上回っている。ともすれば、念のためと持たされたアレを使う必要性があるかもしれない。

 

「だが、足りないな」

 

 サイレント・ゼフィルスの武装は基本的にはブルー・ティアーズと同種の物だ。主砲と呼べる大型のライフルと、遠距離操作により稼働する複数のビット。違いがあるとすれば武装の出力とビットの運用の幅だろうか。当然のことながら、発展型であるゼフィルスの方ができることは多い。ビットを利用したエネルギーシールドなど良い例だ。

 とは言え、基本的な戦術の構築がブルー・ティアーズと近いものになるのは仕方のないことだ。ならば肝心なのは使い手の技量の差。一つ、見せつけてやろうとエムは鼻で笑った。

 

「そら、こいつはどうだ?」

 

 六機のビットから続けざまに光弾が放たれる。一発の威力はブルー・ティアーズのソレを上回り、数も上。更にビットと機体本体の同時操縦にしても対峙する三人が敵ながらに見事と思わざるを得ない巧みさを持っている。

 交戦を開始して数分も経っていない。だが否応なしに理解させられた。サイレント・ゼフィルスの操縦者は自分たちのいずれよりも高い技量の持ち主である。同型機を駆るだけにセシリアがそれを最も強く実感していた。

 

「痛い目を見たくなければ道を開けろ。貴様らに興味など無い。私の仕事はヘマを踏んだ馬鹿な同僚の回収だからな」

「それで引くと思うか、亡国機業(ファントム・タスク)。貴様の目的がどうあれ、相対した以上は捕縛させてもらうぞ。それが我々の仕事だからな」

 

 共有された情報から鑑みてサイレント・ゼフィルスの操縦者が業界で囁かれる組織の一員であることは明白、だからこそ曲がりなりにも国防の一端を担う存在として見逃すわけにはいかない。例えその場では何もしていないとはいえ、指名手配犯を見つけて見逃す公僕などいるわけがない。それはセシリアとシャルロットとて例外では無い。

 

「そうか、馬鹿なやつらだ」

 

 では実力の違いを見せてやろう、鼻で笑いながらエムは再びビットの全機に指示を下す。片手に握る主武装"スターブレイカー"の射撃を牽制としてラウラの動きを封じ、その隙にビットによる集中砲火でシャルロットを狙う。セシリアのビットによる抵抗は意識を割かずとも回避ができる。

 

「どうしたセシリア・オルコット。その程度か? イギリスのBT適性最大値が聞いて呆れるな」

 

 嘲笑うように声を掛けるがセシリアは無言のまま。言い返すこともできずぐうの音も出ないかと笑う。

 ゼフィルスのビットから放たれた光弾がシャルロット目がけ殺到する。流石にこれで落としきれるとは思っていないが、それなりに削ることはできるし、何より動きを抑え込める。後はスターブレイカーで撃ち抜けば済む話だ。

 まずは一人――そう考えた直後、宙を貫いた蒼の光条が光弾を纏めて消し飛ばしていた。

 

「なにっ――!?」

 

 予想外の展開にエムはこの場において初めて表情を変える。そして光条の飛来した元を辿り、スターライトを構えたセシリアの姿を捉えた。

 

「貴様っ……!」

 

 セシリアが何をしたのか、それはすぐに理解できた。

 エムが放った光弾、いずれもがバラバラの軌道を描いてシャルロットに迫っていた。だが見る角度、方向によっては複数の光弾が延長線上に重なる瞬間がある。そも目標はただ一点なのだ。近づけば近づくほど集中するのは物の道理だ。

 セシリアが狙ったのはその光弾が延長線上で重なる瞬間、それぞれ三つずつ光弾が重なったのを見切り、二発の狙撃により延長線上に重なった光弾を纏めて撃ち抜いたのだ。

 理屈の上では分かる。だが現実に行うとなれば並外れた狙撃能力を要されるのは素人目で見ても明らかだろう。それを為したセシリアは、気負った様子も何もなくただ平然としていた。

 

「なるほど、サイレント・ゼフィルスの操縦者。認めましょう、敵ながらに見事と言えるほどに貴女の技量は優れている。機体の操縦、ビットの操作、悔しい話ですがいずれもわたくしより上ですわ」

 

 業腹だが、強奪か何かでサイレント・ゼフィルスは英国から亡国機業に渡ってしまったのだろう。そして亡国機業においては今相対している敵が受領し、己の機体として操っている。

 それ自体には憤りしか感じないが、一人のIS乗りとしてはゼフィルスが然るべき技量の使い手の下へと渡ったということを認めざるを得ない。否定しても仕方ないことだ。敵はブルー・ティアーズ、サイレント・ゼフィルスと連なるBT兵装搭載型ISの操縦者としてはセシリアを明らかに上回る。

 

「で、それがどうしましたの?」

 

 悔しさはある。いや、それこそが最も胸中を占めていると言っても過言では無い。何故ならブルー・ティアーズと共に歩んできた道のりはセシリアにとっては己の誇りと同じだ。それを嘲笑われ何も感じないなど有り得ない。

 だがそれを理性で封じ込め、二の次とした。

 

「BT型の適性、技量、それらの上位者。欲しいと言うのであればその称号、差し上げますとも。ならばわたくしは、それ諸共に貴女を撃ち抜くだけですわ」

 

 格上を名乗りたければ好きにすればいい。事実そうなのだから、文句を言うつもりは無い。だが強者が必ずしも勝者となるとは限らない、肝心なのは最後に勝つこと、確かあの同級生(イチカ)がいつぞやに言っていた言葉だったか。

 最初に聞いた時はなんとも野蛮な理屈だと思ったが、ここ最近は割とそれはそれでアリだと思えてきたのは少なからず影響を受けているせいなのだろうか。困ったものだとは思うが、この場においては実に適した理屈と言える。

 

「ボーデヴィッヒさん、デュノアさん。どうやら彼女はもう勝利を確信しているようですわよ」

「そうらしい。では、教育してやるか」

「悪いけど、このままやられっぱなしじゃ満足できないんだよねぇ」

 

 同時に三人の纏う雰囲気が明確に変わったことをエムは感じ取った。そして今まで浮かべていた余裕の笑みを消す。依然こちらの優位に変わりは無い。ある程度の余裕もある。しかし慢心はせず冷徹にすべき対処を行う。それだけのことだ。

 その様を見る者が見ればこう言うだろう。まるで()のようだと。他の殆どを圧倒する剣技を持ち、それに相応しい余裕も常に湛えている。しかし相応の相手には例えどれだけ優位に立っていようと一切の油断を見せず冷徹に下すその姿と。

 それを聞かされたとしてエムがどのような反応をするか、それはこの場では知り得ないことだ。

 

 そして反撃が開始される。

 スターライトより狙い済ました一撃が次々と放たれる。一射一射の狙いが正確無比、どれだけ回避しようとしても当たることが必然と言わんばかりにゼフィルス目がけ蒼の光弾が飛来する。結果として防御用のシールドビットを一機、そのために回し続けねばならなくなった。

 そこへラウラとシャルロットが追い打ちを仕掛ける。両手に構えたアサルトライフルとマシンガンでシャルロットが執拗に追い立てる。当然、エムは追尾の振り切りを試みるが、引き離せない。同時にシャルロットが完全に自分の動きをなぞって追尾していることに気付く。

 エムの操縦技術は決して生半可なものではない。元々センスに恵まれていたこともあるとはいえ、鍛錬に鍛錬を重ねて地道に習得した確かな下地に基づく堅実なものだ。その腕前は代表候補どころか国家代表クラスにすら引けを取るものではない。その悉くをシャルロットは目にしたそばからコピー、己のものとしている。確かにIS学園の専用機所持者としては屈指の技巧派とは聞いていたが、だとしても俄かには信じがたい光景だ。

 

 レーゲンのレールガンから砲弾が放たれると共に轟音が重く響く。

 シャルロットと同じように、地上を移動しながらラウラはゼフィルス目がけて砲撃を撃ちこんでいく。セシリアに比べれば狙いはまだ甘い。躱すことは十分にできる。だが今回の場合はエムの技量を以ってしても回避ができないと思わしめるセシリアの狙撃能力が異常なだけであり、ラウラの狙いの精度も十分に脅威足り得るレベルだ。地表からとは言え、複雑な軌道を描き宙を舞うゼフィルスにきっちりと追い縋り、行く先を読んでいるかのように砲弾を叩き込んでくる。

 ゼフィルスのハイパーセンサーがラウラの表情を明確に伝えてくる。常に付けている左目の眼帯は外され、その奥にある本来とは別に金色に輝く瞳を表に出している。アレがドイツの新技術"越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)"であることは知っているし、ラウラのソレが本来のものと異なり不具合を起こしていることも情報として得ている。だが、仮にこの正確な追尾、ともすれば未来予知染みた動体視力の一因になっているのであれば――

 

(うん、やはり使おう)

 

 相手が想定外に強敵だった。その事実に対し淡々とすべき対処を考える。憤っても仕方ない、心を掻き乱すだけ無駄なことだ。相手が予想より強いなら、対処法をそれ用に変えるだけの話だ。

 周囲を一気に俯瞰、最もベストなポジションを探す。そして見つけた。直進ではなく弧を描くように、回避行動の最中の偶然を装ってそこへ辿り着く。何か特別なものがあるわけではない。ただ、相対する三人それぞれとの距離がほぼ同じであるというだけの場所だ。

 

 それはセシリアたちもまた同様に理解していた。敵がこちらの三人とそれぞれほぼ等距離にあること。だが、そこへ意図的に飛び込んだということには気づいていない。故に、その狙いもまた同様。

 好機と見て一気に畳みかけようと迫る。その行動にエムは内心でほくそ笑んだ。そして空いていた片手に今まで量子格納していた武装を呼び出す。現れたのは金色に塗装された鉤爪のような武器。それを振るい――

 

「きゃあっ!」

「なっ!?」

「ぐぅっ!!」

 

 エムを倒すべく近づいていた三人は揃って金色の熱波に吹き飛ばされていた。纏めて地面に叩き落され、立ち上がろうとして己の愛機が受けた損傷の大きさに気付かされる。

 一撃、たったの一撃で三機ものISに大きなダメージを与えてせしめたのだ。色、形状、そのあまりの違いにゼフィルスの操縦者が使ったのはゼフィルス本来の武装でないことは一目瞭然。だがそんな武装を所持しているということに敵の全容の底知れ無さを感じる。

 

「ここまでだな。動く力は残っていても、そのザマでは満足に戦えまい」

 

 鉤爪から伸びる金色の鞭を弄びながらエムはただ事実のみを伝える。よしんば動けたとしても、先ほどまでのような戦闘は厳しいだろう。そこまで動きを制限されれば、例え三人がかりでも今度こそ落とすのは容易い。

 ふと手にした武装を見遣って考える。いけ好かない上役から、要らないと言っているのに念のためにと持たされた装備。本来であれば上役の手によって操られるべきものだけあって、性能だけは相当なものだ。伊達に、世界の最高峰に位置する使い手の武器ではないらしい。上役に礼を言うつもりなど毛頭無いが、これのおかげで助かったことについては認めざるを得ない。

 

 改めて三人に視線を向け、淡々と言葉を続ける。

 

「このまま止めを刺しても良いが、運が良かったな。本来の仕事に戻るタイミングのようだ」

 

 視界にはこちらに向けて駆けてくるオータムの姿を捉えていた。走る姿のぎこちなさにオータムが受けているダメージを察する。

 気遣うつもりは欠片も無いが、あのままでは既に下した三人同様にまともな動きなど期待できそうにない。余計な面倒を背負い込む前にさっさと回収して離脱するのが吉だ。地表から膝をつきながらこちらを睨む三人にはもはや目もくれず、エムはさっさと任務を遂行すべくオータムの下へ移動しようとする。

 

 

 

 

 

「あら、つれないですね。折角来たのです、もう少し楽しんでいきなさいな」

 

 空が丸ごと落ちてきた、そう錯覚させられるような重い殺気がエムを中心とした周囲に纏めて叩きつけられる。

 あまりに唐突な、まず感じることなど滅多に無いだろう異常な状況にエムだけでなく、セシリア、シャルロット、ラウラの三人、オータムすらもその動きを止める。

 

「このまま見物しているのも一興でしたが、こちらもお仕事でして。無粋な真似とは分かっていますが、ちょっとお邪魔させてもらいますね?」

 

 流れるように影が舞い降りる。漆黒に身を包みながらも、その動きは舞踏会の主役を飾るかのごとく優美そのもの。

 IS学園――未来に夢を馳せる少女たちの輝きが集う地に、最悪の魔女は舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 原作ヒロインズ欧州組vsエム。
 これは前々から言っていましたし、一応描写もしているつもりですが、ヒロインズも一夏に負けず劣らずでぶっ飛んだトコロ(能力とか才能的な)があります。今回のセッシーの狙撃などは良い例ですね。彼女の場合は以前の話でも描写しましたし。
 上手くいけばエムを抑え込めたんですけどね。今回、彼女には原作にはない物を持たせました。出所が誰かは分かりやすいものかと思います。拙作ではあの人も大概にぶっ飛んだ側なので……


 遂にあの人が本格的に介入です。
 あのおっさん二人はISを動かしようがないからまだコントロール効くけど、あの人はなぁ……。あ~もうメチャクチャだよってなりそう。書いてる自分が言うのも何ですが。

 原作五巻編もいよいよ大詰め。そろそろ本格的に話の流れを独自路線にしたいところです。読んで下さる読者の皆様に楽しんで頂けるようなものとしたいです。

 感想、ご意見は随時受け付けております。些細な一言でも構いませんので、お気軽にどうぞ。
 それでは、また次回更新の折に。




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第七十五話:領域に至るということ

 お待たせしました。

 色々ありました。おかげで中々書く時間が取れませんでした。そういうことにしてください、お願いします。
 いや、本当にですね、まさか研修終わって配属決まってまた引っ越す羽目になるとは……
 新規でネット回線契約したのに一月そこらで解約して新規契約し直す羽目になった年下同期、哀れな奴よ……

 今回はエムvs乱入者編。エムにとってはアレじゃないですかね、モンハンで言うトラウマクエストみたいな状況でしょう。
 下手したらあっちより性質が悪いかも。


 始めは遠目に見ているだけのつもりだった。常識的に考えれば今の状況を眺めるだけで放置するなど、曲がりなりにも公僕の一端とも言える身の上ではありえない選択肢だろう。

 だが彼女に限ってはそれが有り得る。任務中の行動について、そういう選択肢を取れるだけの裁量が彼女には与えられている。

 

 仮にこのまま見過ごしつづけたとしたらどうなっていたか。まぁ上のお偉方が頭を抱えて胃痛を訴えるくらいはするだろうが、所詮はそれだけだ。問題と言えば問題なのだが、彼女の感覚からすればそこまで大したことにはならないだろうと判断したのだ。

 自分のことはよく分かっている。知る者からは腕前を賞賛され続け、決してそれに気を良くしているわけでは無いが、他の大多数と比較して自分が抜きん出た存在であるという自覚はある。だが同時に、自分が既に主役を張るような立場では無いということも理解していた。

 颯爽と駆けつけ鮮やかに事を解決する。誰もが憧れを感じるような、主人公的とも言える振る舞いをするには自分はもう年を取ってしまった。この場で真に奮戦すべきは自分たちの後進とも言える若者たち、そのことを重々に承知していた。

 

 承知していたが、つい興味を抑え切れなかったのだ。

 

 あとは至って単純。成り行きを見守ろうとした決意は既に彼方のそのまた向こう。その意思を伝えるまでも無く反射反応のように愛機であるISが展開され、夜の闇よりなお深く、それでいて湖面のごとき静謐さとアメジストのごとき幻惑的な輝きを放つ装甲が身を包む。

 そして彼女は宙を駆け抜け、砲火が交差する只中へと降り立った。

 

 

 

 

 

 唐突に現れた存在にその場の全員が意識を向けさせられていた。間違いなく、先ほどの声と殺気はこの乱入者によって放たれたものだ。

 だが言いようのない違和感を感じる。感じた殺気は鋭さと冷たさを孕んだ冷徹そのものだというのに、その声は殺気に比してあまりにも軽く、さながら常に楽しみを見出す少女のよう。そして気の知れた友人に声をかけるように朗らかなものだった。

 そしてエムの、三人の、オータムの前にソレは舞い降りる。黒色でありながらアメジストのような輝きと透明さを感じさせる優美な装甲。しかしその形状は細やかであり鋭利な、攻撃的フォルム。機動力を重視していると思われる背部のスラスターに、携えるは二振りの黒刀。

 ソレを目の当たりにした五人はいずれも経験豊富なIS乗りだ。故にそのISがどのようなものか、一目見ればだいたいの見当をつけることはできる。そして五人のいずれもが、突如現れたISは間違いなく第二世代型であると判断した。

 

 オータムが使用していたアラクネ、シャルロットのラファールを除けばブルー・ティアーズ、シュヴァルツェア・レーゲン、サイレント・ゼフィルスはいずれも第三世代。ラファールにしてもチューンを重ね第三世代相当の性能パフォーマンスを発揮できるとシャルロットが自負している。その中に第二世代は一見すれば不釣合いに見える。

 性能やカタログスペックが全てと言うような蒙昧はこの場には誰一人としていないが、それでも単純に無理があるのではと思わされる状況だ。決して見かけの性能、スペックが全てでは無いのは確かだが、同時にそれが実戦にあって無視できない要素であるのも事実だ。それを覆すことができるとすれば、要因は幾つか挙げられるが最大のものは乗り手そのもの。

 そして第二世代のISでありながら現行のISの中でも上位の性能を誇る機体が入り乱れる只中に割り込む、それも先の殺気と緊張を微塵も感じないどころか余裕綽々といった佇まいのままでとなると、そう振舞える理由など自然と定まってくる。それだけの実力を持っているということに他ならない。

 

『命令よ! 今すぐ離脱しなさい! 全力で!』

「なに……?」

 

 最も早く動き出したのはエムだった。厳密に言うのであれば、彼女の上役だ。ゼフィルスを通じて現場の様子を上役の彼女が確認できることは双方の間で理解し合っている。ゆえに緊急時には対応を指示する可能性もあるとは聞かされていたが、この反応はエムにとっても想定外だった。

 声の大きさこそ普通だが、あまりに切羽詰まった声音はこの状況に対して本気の警鐘を鳴らしている。何がそこまでさせるのか、業腹だがその実力は世界最高峰と認めざるを得ない上役がこのようになる事態など殆ど思いつかない。だが、続く言葉にはさしものエムも目を見開くことになった。

 

『相手は――戦女神(ブリュンヒルデ)(クラス)! 今すぐ逃げなさい!』

「ッッ!?」

 

 戦女神(ブリュンヒルデ)――北欧神話における女神姉妹の一人を指す名だが、ISに携わる者にとってはただ一人を示す言葉となる。即ち、織斑千冬(サイキョウ)に他ならない。

 その傑物に比する実力の持ち主、エムは微塵も知らない存在だったが、そのブリュンヒルデと同じ域(・・・)にある上役が言うのであれば事実なのは間違いない。であれば取るべき選択は一つしかない。

 

「オータムッ」

 

 同僚に声を掛けながらビットを全機飛ばし、目くらましとばかりに光弾を乱れ撃つ。縦横無尽に飛び回るビットから無差別に放たれる光弾にセシリア、シャルロット、ラウラの三人は一斉に回避行動を取るが、すぐにビットの狙いが乱入者一人に集中していることに気付く。

 迫る光弾は無数、ビットの軌道、速さともに三人を相手取っていた時以上のものだ。まだ実力を隠し持っていたのかと三人の顔が強張り、同時にそれを集中的に向けられている乱入者がどう動くのか見るべく視線がそちらの方へ向く。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕するような声は誰が漏らしたものか、だが声に出したかどうかはさておき驚愕したという点は全員が共通していた。

 

「素晴らしい腕前ですね。機体の操縦、個々のビットの遠隔操作に射撃精度。どれをとっても一流と呼んで良い。候補生クラス――いいえ、代表クラスは確実ですね」

 

 讃える言葉には心からの賞賛が込められている。その言葉と共に乱入者は全ての光弾を易々と躱していた。それだけではない。躱すと同時に手にした二振りの黒刀で光弾を切り払っていく。その動きに三人は戦闘中ということも忘れて見入っていた。

 優美、そう表現するのが最も適切だろう。流れるように、最小限の動きで光弾を躱していく。無駄というものを一切排し尽くした一つの完成形とも言うべき動きだ。一口に優れた動きと言ってもいくらか種類はあるが、こと優美、流麗という点においては未だかつて目にしたことのない域にある。

 

 完璧――そう呼ぶに相応しい。およそISを駆る者にとっての理想、頂点と呼ぶべき動き方の一つがこの場に現れていた。

 

「クソッ!」

 

 悪態をつきながらエムは足止めの攻撃を続ける。僅か、本当にごく僅かなものだが乱入者の接近を贈らせることはできている。だが攻撃として手傷を負わせた光弾は皆無だ。まるですり抜ける(・・・・・)かのように当たること無く躱され、切り消される。

 もしや接近を僅かに阻めているというのも向こうが手を抜いているための錯覚で、本来であれば自分はとうに斬り伏せられていたのではないか、そんな想像が脳をよぎり嫌な汗が流れる。

 すぐに頭を振って思考から追い出した。余計なことを考えている暇は無い。相手が手を抜いているというならそれはそれで構わない。こちらはその隙に引かせて貰うだけだ。

 

「オータム!」

 

 再度、同僚に声を掛けた。既に駆けだしていたオータムはあと少しで確保できる位置に居る。乱入者の次元違いの動きに見入っていた候補生三人もそこでようやく我に返り、させまいとこちらもオータムの確保に動き出す。

 だが遅い。エムと三人、オータムに近いのは圧倒的にエムの方だ。これを覆すというのは、少なくとも三人の機体性能と乗り手本人の技量を鑑みれば確実に不可能。そしてすぐにオータムとエムの距離はゼロとなり、オータムを脇に抱える形になったエムは離脱に全力を傾けた。

 

「おいエム――」

「舌をかむ喋るな! アレはマズイ!」

 

 基本的にオータムとエムは反りが合わないと自認し合っている。故に二人のやり取りは何かに付けてはすぐに相手への文句になるのが常だが、そんなことをしている余裕は今のエムには一切存在していなかった。そしてオータムも、曲がりなりにも巨大な秘密結社において潜入任務を任されるだけのエージェントを努めているわけでは無い。エムの様子に察しとるものを感じ、それ以上を言わず口を閉じた。

 オータムの確保ができた以上、後は引くだけだ。逃げに徹するというのはエムにとって自尊心を大きく傷つけられることだが、それを上回るくらいに本能が乱入者に対しての危機感を告げている。あんなもの、わざわざ相手にする必要等無い。いざとなったらあの手この手で上司を引っ張り出して、化物級同士で勝手にやり合わせればいいだけだ。

 エムの意思が伝わり、ゼフィルスは機体の発揮ポテンシャル全てを逃走のための高速機動へと回す。伊達に世界でも数少ない、完成型と呼んでいい第三世代ISではない。専念すればその機動力は高機動戦闘型にも引けを取らない。ビットは二、三犠牲にしても構わない。何を優先してでもまずはこの場からの離脱を――

 

「あ、流石にそれは困っちゃうのでやめてくださいね?」

 

 すぐ耳元で声が聞こえた。次の瞬間、衝撃と共にエムは地面へと叩きつけられていた。

 

「ガッ……!」

 

 痛みでやや霞んだ視界に映ったのは先ほどまで自分たちがいたであろう位置で蹴りの姿勢を取っていた乱入者だ。その姿にエムは戦慄を禁じ得なかった。

 先ほどまで間違いなく足止めはできていたはずだ。なのにこの状況、考えられるとすればオータムを確保して逃走に専念しようとした瞬間に、一気に接近して蹴りを、それも重量級武装のソレにに匹敵する一撃を叩き込んだということか。幸いにして受け身は取れていたため、エム自身とオータムの両方に問題は無い。オータムの身を慮るつもりは無いが、それが任務である以上はそれなりの無事は確保しなければならない。

 

 一方的にやられっぱなしというのは心底癪だが、敵が自分より遥かに格上なのはもはや疑う余地も無い。痛みを堪えつつも何とか撤退しようと地面を滑りながらゼフィルスの体勢を立て直そうとして、自分のすぐそばを一陣の風が吹き抜けたのを感じた。それと同時に違和感、原因はすぐに分かった。つい先ほどまで己の腕の内にあったオータムを抱える感覚、それが綺麗さっぱりと消え失せていたのだ。

 まさかとすぐに周囲を見回す。そして見つけた。自分の後方、こちらを見下ろすように宙に佇む敵の姿。そして、その手によって首を握られもがくオータムの姿を。

 

「て、メェ……! 離せッ! 離し、やがれぇッ……!」

 

 漆黒のISはオータムが最低限呼吸はできるように加減をしているのだろう。だが、首を絞められ持ち上げられているという事実はオータムを確かに苦しめている。圧迫感に声を掠れさせながらもオータムはもがき、自身を掴む腕を振り解こうとする。

 だがISの膂力に生身の人間が及ばないのは言うまでも無い。純粋な膂力の上限で敵わない、これは武人の頂点を自負する二人の男もまた認めるところなのだ。こと力技において、彼の二人が出来ないというのであれば、それは現存する人類の誰にも不可能ということに他ならない。

 

「さて、折角なので先達として一つ教授を」

 

 もがき暴れるオータムなどまるで意に介さず、漆黒のISはエムに向けて語り始める。その口調はまるで親切な教師が教え子に向けるソレであり、敵愾心の欠片も感じられない。それがエムには尚更に底知れ無さを感じさせた。何せ言外にこう言われているように感じてならないのだ。敵と見るまでも無い――と。

 そんなエムの胸中などお構いなしに言葉は続く。

 

「まず戦闘行動全般においてですが、文句なしの合格点です。咄嗟の判断力、それを実行する度胸と成立させる技量。戦闘機動にしても実に手堅く基礎をきっちりと押さえた上で高い練度を保っている。それこそ、私が見てきた教え子たちにお手本として紹介したいくらいです」

 

 紡がれる言葉は賞賛だ。だが評価というのはそればかりで終わるものではない。褒められることがあれば、叱責を受けることもある。それはこの場においても例外では無い。

 

「ですが敢えて言うなら、その手堅さがネックでもある。残念ながら、まだ先を読めてしまうレベルなのが実に惜しいところです。勿論、応用や貴女なりの動き方も修めているのは分かりますけど、まだまだと言わざるを得ません」

 

 自分の戦闘機動、ソレを指してまだまだと言うのか。エムは思わず表情を引き攣らせていた。実力を過信しているわけでは無く、純粋な自負と他からの評価として自身の戦闘技術は各国の国家代表、IS界のトップガン達にも後れを取らないと思っている。

 

「えぇ、確かに多くの国家代表を相手取っても十分に戦えるでしょう」

 

 だが、そんなエムの考えを見透かすような言葉が続く。

 

「そうですね、国家代表、世界のトップガン達と張り合える。それは間違いなく世間一般からすれば賞賛に値されることでしょう。ですが、その程度(・・・・)では足りないですよ。私を相手にするには。貴女の背後にいる者(・・・・・・)を相手にするには」

「っ……!」

 

 各国の国家代表に比肩するのを指して足りない、その言葉も聞き捨てならないが、それ以上にその後の言葉がエムにとっては衝撃だった。

 

(まさか、感付いているのか?)

 

 そんなエムの考えを手に取っているかのように、漆黒のISは微笑む気配を見せた。

 

「えぇ、勿論。貴女の動きには彼女の色を感じた。クス、ちょっとだけ懐かしい気分にさせて貰いましたよ。その点はお礼を言いましょう。さて、続きですね。とは言っても貴女には大した助言は必要ないのですが――己の境地に至りなさい。それを徹底的に突き詰めなさい。限界は限界に非ず。それを踏破してこそ領域(タツジン)に至る道は開かれます」

 

 与えられた訓示、それは先ほどまでの朗らかさとは打って変わって穏やかながらも、確かな重みを伴う厳かさを孕んでいた。

 一連のやり取りはエムだけではない。セシリア、シャルロット、ラウラもまた聞いていた。そして三人もまた、最後の訓示をただ静かに聞き入っていた。

 

「さて、若い子への指導も終わったことですし、いい加減少しは仕事をしないとですね」

 

 そこでようやく漆黒のISは視線をオータムへ向けられた。ISは第二世代以前のISによく見られたヘルメット型の頭部装甲を持っている。それ故に両者の視線はバイザーを間に挟むことになるが――視線を向けられた、そう感じた瞬間にオータムは思考の一切が止まっていた。

 理由はただ一つ、己を握るISから発せられた()にあてられたからにならない。

 

「本来であればこのまま捉えるのが道理なのでしょうが――正直情報源としての価値は見られませんし、仮にも彼女(・・)がそれを許すとは思えない。おそらく捕えても徒労が増えて終わるだけなのでしょうね。であれば、私の取るべき選択肢は自ずと絞られる」

 

 エムは敵が自分にも意識を向けたのを感じた。いや、人の発するソレとは思えないほどの気、その一端でも受ければ誰だって感じ理解するだろう。

 

「これは私からのメッセージです。彼女へ、"姫光帝(ライト・エンプレス)"への。そして私に敗れた貴女の未熟、それが何を招いたかの示し――」

 

 よせ――敵が何をしようとしているか、察したエムは声を上げようとする。だがそれよりも早く、何気ない日常の所作と同じように漆黒のISは手を握りこんだ。オータムの首を掴む、鋼鉄の手を。

 

(首が折れる音)

 

 ゴキリと固い物が折れる音、ただ物が折れるにしては余りに生々しい音が鳴った。

 握られた手が緩められる。支えを失ったオータムは重力に従い地に落ちる。落ちながらオータムはピクリとも動かない。首を絞められた、その瞬間に事切れたオータムの体はまるで高所から落ちたマネキンのように地に叩きつけられ、無作為な方向に手足を曲げながら光の消えた目を空に向けていた。

 これがオータムの最期だ。恵まれた生まれも育ちもしなかった。本当の名すら忌み名として捨て、我欲に生きると決めた女の最期は、まるでそう扱われた幼少の原点に回帰するかのように粗雑で、呆気ないものだった。

 

 

『エム! 逃げなさい! エム!』

 

 切羽詰まった様子を隠さない上司の声がエムの鼓膜を震わせる。だがエムは半ば心ここにあらずの状態だった。

 地に落ち、ただの肉塊と化したかつての同僚の姿が自分と重なる。アレへの同情など無い。だが、この状況で逃げられるのか? 無理だ。もはや自分の生殺与奪は敵の手中にある。

 なまじ優秀であるがゆえにエムは理解してしまう。今の自分が如何に絶望的な状況に置かれているかを。もはや打つ手は――

 

「お行きなさいな」

「なに?」

 

 だが、掛けられた言葉は予想外のものだった。

 

「少なくとも、私も最低限の務めは果たしました。貴女一人の生存も、大きな問題とはならないでしょう。行きなさい、そして伝えるのです。彼女に、私という存在を」

 

 もはや用は無い。そう言うかのごとく敵はエムに対し背を向ける。それを撃つ気にはならない。もしもそれをすれば、今度こそ自分の命は無いと理解していた。

 故に、ただ飛んだ。脱兎のごとく学園の領域から逃げ出した。最初に相手取った候補生たちが追いかけてくる気配を感じた。だが既に手遅れだ。全リソースを逃走のために回したゼフィルスはすぐに追跡を振り払い、そして学園側の探知から完全にロストした。

 

 その一部始終を漆黒のIS、その駆り手である浅間美咲は見ていた。そして、バイザーの下で静かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「オータム……」

 

 仕事の連絡をしなければならない、そう合席の男に断って席を立った女――亡国機業幹部の一角である"姫光帝(ライト・エンプレス)"スコール・ミューゼルは人目につかない陰で一連の流れをゼフィルスからのリアルタイム中継越しに一部始終を見て、死んだ部下の名を呟いた。

 そしてもう一人の部下が無事に逃げおおせたのを確認し、ようやく安堵の溜息を吐く。オータム、そしてエム。どちらも可愛がっていた有能な部下だ。失うのは痛手に他ならず、その点で言えば今回は運が良い方だ。何せあの魔女を、浅間美咲の前に敵として立ちながらも生き延びたのだから。いや、この場合は見逃されたというべきだろう。理由など決まっている。浅間は既にエムの背後にいるスコールの存在に気が付いている。そして引きずり出すことだろう。

 何故か。排除し、亡国機業に痛手を与えるためか? 理由の一つではあるだろうが、浅間にとっては仕事上の都合を付けるための体の良い方便の域を出ない。その真の狙いはただ一つ。スコールと死合うこと。

 ISの世界において現状、浅間と渡り合う存在はスコールの知る限り三人。"戦女神(ブリュンヒルデ)"織斑千冬、ドイツの"大魔弾(デア・ザミエル)"エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク、そしてスコール自身。かつて知る者ぞ知るIS黎明期からの不動の頂点に立つ四人の内の三人だ。残る一人が浅間であることは言うまでも無い。 

 しかし敵対するに織斑とヴァイセンブルクは相手として良くない。どちらも体制の側についている人間だ。それに喧嘩を売るなら、それこそテロリストに身をやつすしか無いだろう。そのリスクを鑑みて浅間は狙いを自分に定めたのだ。昔からそうだ。修羅道の狂気に憑りつかれながら妙な部分で身のこなしが上手い。

 

「いずれにせよ、対策は必要ね……」

 

 仮に、浅間が本当に出張ってきたとなるとスコールが相手取る以外に対策は無くなる。

 アレは数や策略でどうにかなるような手合いではないのだ。自分が、織斑千冬がそうであるように、渡り合える領域に至った者でなければ何をするだけ無駄だ。

 

 まずは帰還したエムを労い、今後の方策を打ち立てることから始めよう。決めてスコールは歩き出す。既にその思考からオータムのことは消えていた。

 確かに有能な部下だった。組織人としてだけでなく、個人としても目をかけ可愛がっていた。だが――所詮は手駒の一つに過ぎない。失われればそれまで、戻らないのであればいつまでも気に駆ける必要は無い。それはエムもまた同じ。

 それがスコール・ミューゼルという人間だった。

 

 

 

 

「申し訳ありません、ちょっと部下の娘がトラブルに巻き込まれてしまったみたいで」

「聞けばまだ若いのだろう? そういうこともあるだろうさ」

 

 席に戻り合席の男に軽く詫びを入れる。だが気にしていないと言う風に、男は逆にスコールの側を案じるような言葉を掛ける。

 二、三、適当に言葉を交わしながらスコールは支度を整えていた。

 

「ちょっと仕事が入りましたから、私はこれで失礼しますわ。お話、楽しかったですよ」

「そうか。いや、女性との縁は少ない身でな。上手く話せたなら幸いだ。それに、良い頃合いだ。丁度こちらも仕事に取りかかろうと思っていてな」

「あら、そうですの?」

 

 詳しく聞くつもりは無い。適当に切り上げて立ち去るつもりだった。既にスコールは余裕があるとは思っていなかったからだ。故に、続く男の言葉は完全に想定の埒外であった。

 

()()()()()()()()()()()、それこそが俺の仕事の理由だ。スコール・ミューゼルよ」

「なっ――」

 

 疑問を抱くより先にスコールは違和感に気付いた。先ほどまで二人を包んでいた喧騒、それが完全に消え失せている。代わりにあるのは四方からスコールを射抜く殺気の数々だけだ。

 その数、唐突な状況の変化、何故と思う点は幾つかあるが、それ以上に驚嘆すべきは殺気の質だ。一つ一つが並大抵の物では無い。軽く二十を超えるだろう殺気、それを放つ面々はいずれも間違いなく武人として達した(・・・)と言って良い。いや、あるいは織斑千冬や浅間美咲に及ばないとは言え、それに準ずる域にはあるか。

 だが、どれだけ優れた人材を数揃えようがスコール・ミューゼルという到達者(真の達人)の一人を前にしては意味を為さない。純粋な生身でも、手こずりはするだろうが脱する可能性はある。何よりスコールが携えるISがそれをより確実へと引き上げる。

 

 しかしそれは絶対では無かった。その理由はただ一つ――

 

「さて、自慢のISを展開するか? それは構わんが、それと俺がお前の首を刎ねるの、どちらが速いだろうな?」

 

 スコールに気取られぬまま、どこに隠し持っていたのか手にした小太刀の刃をスコールの首に当てている男の存在だ。

 

「っ……!?」

 

 驚愕に目を見開く。確かにスコールは個人として紛れも無い世界の頂点を競う領域にある。それは何もISだけが理由では無く、純粋な彼女個人としてでもだ。織斑千冬が、浅間美咲がそうであるように。

 しかし、真の意味での頂点では無い。理由は簡単だ。それより上回る存在がいるからに他ならない。そしてその存在が今、スコールの前に居た。

 海堂宗一郎――その名前をスコールは知らない。だが一時期、裏の世界を賑わせた凄腕の剣豪の噂は聞いたことがある。どこか眉唾と思っていた存在、それをスコールは目の当たりにすることでようやく信じることができた。

 

「……」

「……」

 

 静寂に包まれたまま両者は睨み合う。だが浮かべる表情に双方の余裕の差というものが如実に現れていた。

 女が浮かべる表情は緊迫したソレ、男が浮かべるのは強者の睥睨。無言のまま、微動だにせず秒に10は達するかという牽制の応酬を繰り返し、どれだけ時間が経ったのか。実際のところは数分も経っていないが、まるで数時間が経過したかのような緊張感の中で宗一郎は不意に口を開いた。

 

「そうか、それがあいつの意思か……」

 

 依然スコールに向ける殺気は微塵も緩めず、僅かな隙も見当たらない。それどころか、逆にスコールが刹那でも隙を見せようものならその瞬間に首を刎ね飛ばさんばかりだ。

 

「行け」

「何ですって?」

「そのままの意味だ。ここでお前をどうこうする必要が消え失せた。お前が望むのであればその通り(・・・・)にしてやるが、そうでないならそのまま帰れば良い」

「見逃すと言うの?」

「押し通れると?」

 

 宗一郎の気には微塵も揺らぎは無い。スコールがそのつもりであるならば、例え彼女がISを持っていようが関係なしにこの場で死合いをやっても構わないと気迫で語っている。

 だが同時に見逃して構わないと思っているのも確かなのだろう。ならばスコールの選択肢は始めから一つに絞られる。

 

「借りを作ったとは思わないわ」

「構わん。どのみち、あいつがお前に引導を渡すだろうさ」

「浅間美咲ね」

「……」

 

 無言は肯定と受け取った。やはりあの魔女が絡むかと、悟られぬよう内心で舌打ちをする。

 だが、安全を確保したのは確かなのだ。であれば、その結果を良しとするべきなのだろう。

 

 背を向けていても変わらない。濃密な殺気をぶつけ合ったまま、スコールは歩き去って行った。その姿が見えなくなり、ついに気配も完全に消え失せたところで、ようやく宗一郎も臨戦態勢を解いた。

 

「海堂殿、宜しかったのですか?」

 

 側に寄り尋ねてきたのはスコールを包囲していた面々の、この場での纏め役だ。彼らは宗一郎の本来の部下では無い。彼の盟友、もう一人の頂点(超人)に使える私兵と言える存在だ。

 だが、その主である男の命で彼らは宗一郎の指揮下に入っていた。主の命であれば意義は無し。海堂宗一郎という男自身、主に並ぶ猛者ということもあって、彼らはこの場限りの仮初めとは言え、宗一郎の下に集い動いていた。

 

「あいつからの通信でな。帰して構わんそうだ。まぁ、それも理由はさっきの会話の通りだが」

「なるほど……」

 

 多くを語る必要は無い。少しの言葉だけで男は宗一郎の言わんとすることを察していた。

 

「撤収だ。あいつの――煌仙の方も片付き次第合流する。以後、あいつの元に戻れ」

「はっ」

 

 宗一郎の指示に男は短い返事で答える。そして各々動き出そうとしたところで、再び宗一郎に声を掛けていた。

 

「しかし、本当によろしかったのでしょうか。頭領や海堂殿を疑うわけではありませんが、あの女が危険分子なのは確かです」

「その点は俺も理解しているがな。その脅威も、そう長くは続かんだろうよ」

「と、申されますと――?」

「死相が見えた。病――ではまず無いな。アレも物騒な業界の人間だ。あるいは遠からず、戦いの中に果てるやもしれん。それがいつかまでは流石に読めんがな。今日か明日か、一月先か一年先か、あるいは五年か――」

「それは、浅間殿によって……?」

「現状ではそれが有力だがな」

 

 もう語ることは無いと言うように宗一郎は歩き出す。その意思を汲み取り男も一礼すると己の仕事に戻る。

 歩きながら宗一郎はつい先ほどの自分の言葉を反芻していた。

 

(そう、今はまだ美咲だ。今は、な)

 

 だが、それが例えば半年先なら、一年先なら、二年、三年ならどうか。目覚ましい成長を遂げる者は意外と世に多いものだ。

 あるいはその中の誰かがという可能性も在り得る。

 

(それは我が弟子か、あるいは……)

 

 師匠バカと言われればそれまでだが、真っ先に思い浮かんだのは愛弟子だ。だが、彼に限った話では無い。もしかしたら、宗一郎も知らない誰かがそれを為す可能性もある。

 それはそれで興味深い。自身の仕事の顛末を纏めながら、宗一郎はいずれ来るだろうその時に想いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 さらばオータム(合掌)
 何か変な字幕があったような気もしますが、気にしないでください。気のせいです。
 今回、エムは終始振り回されました。もう完全に遊ばれていました。
 仕方ないです、実力差がありすぎます。だって相手は千冬と同格ですから。そりゃ勝てない。
 オータムについては……オータムは犠牲になったのだ。

 続く別場面。もしかしたら気付いていた方は多いかもですが、喫茶店の男女は師匠とスコール。
 ちなみにこれ、スコールを狙った罠。周り全部仕掛け人です。しれっとその構成が尋常ない感じで書いてますが、そういう連中です。
 とりあえず、あのおっさん二人はもう完全に色んな意味で手が付けられない感じですね。別ベクトルでぶっ飛んでるクソ外道も本作にはおりますが。

 次回は、後始末のあれこれでしょうか。それに何話か使って一応原作中の展開は終了。
 しかぁし! まだ五巻編は終わりません。もう一つ、イベントを残しています。乞うご期待、というか見捨てず気長にお待ちください。

 それではまた次回更新の折に。感想、ご意見は随時募集中です。些細な一言でもお気軽にどうぞ。


 レムりんマジ天使。やばい、レムりんマジでヤバい。
 あ、この前モバマスでSレア楓さん二枚、みくにゃん&飛鳥くんの計スタドリ2000弱相当、リアルマネーにして20万超え分のカードを15kで引きました。やったね!
 もう爆死マンとは言わせねぇぞ……!




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第七十六話:戦い、終えて――

 およそ二カ月近く。だいぶ間隔が空いてしまい申し訳ありませんでした。
 そこそこ仕事というものも覚えてきて、簡単な内容なら任せてもらえるようにもなって、それは非常に嬉しいことですが、同時に執筆の時間も中々取れず。
 仕事やって終わって帰って色々片づけたり準備したりとかしてるとあっという間に時間なくなるんですよねぇ。

何気にですが、ネタを除く本編話数としてはにじファン時代の旧作に殆ど並びました。一話当たりの文字数を考えるととっくに総文字数は超えており、総文字数にしてもこのハーメルンのIS二次作品の中では上位に入っておりました。我ながらよくやってこれているものだと思います。

 貯蓄石30コ、課金9400円ほどの石を突っ込んで水着モーさん&玉藻を引きました。
 おかしい、きよひーが出ない……
 あと10連はクソ。10連回すくらいなら単発ブン回しの方が圧倒的に良いですね。

 それでは、どうぞ。


 気が付けば状況は終わっていた。学園に侵入した敵組織の構成員の二人、片方は逃走し片方は死亡。字面だけ見ればありふれていると思えるようなことだが、目の当たりにした三人の候補生は一様に茫然としていた。

 ゆっくりと黒のISが地上へと降りてくる。ただの降下という、それこそISに乗るならばペーペーの初心者ですらごく普通に行うような動作だが、そんな当たり前の動作一つとっても目を奪われる優美さがあり、一部の隙も存在しない。余人であればそのまま目を奪われ続けていただろう。しかしそこは経験に優れる候補生の面目躍如と言うべきか、一番にラウラが、続けてセシリアとシャルロットがほぼ同時に我へと帰り次にどうすべきかを模索する。

 いや、何をすべきかは決まっている。言うまでも無く、戦闘に介入してきた黒いISへの対応だ。問題は、それをどのように行うかだ。

 

(二人とも、すまないが私に任せて欲しい)

 

 通信でそう切り出したのはラウラだ。通信越し故に声を大にする必要はない。しかし何とか聞こえる程度の小声になっているのはそれだけの緊張状態にあるということだ。

 

(見て分かった。あれは、万が一にも敵に回してはならない)

 

 言葉少ないが言わんとすることは二人もすぐに察した。やり方こそ問題があるものの、結果だけを見れば謎の介入者は敵から学園を守ったということになる。であれば、味方の可能性もあるということだ。だが下手に対応を誤り敵となってしまえば、その結果は既に示されている。

 ラウラはレーゲンを解除し、続くようにと背後の二人に目配せをする。セシリアとシャルロットも一瞬目を合わせるが、すぐにラウラに倣い各々のISを解除した。状況としては未だ非常時だが、もはやこれ以上の襲撃は無い。仮に眼前の乱入者が敵に回ったとしても、もはやISのある無しは意味を成さない。それが理由だ。

 

 ISを解除し応対のために歩いて向かってくるラウラに乱入者もまたISを解除した。ISスーツを着用してからの展開では無かったのか、現れたのはスーツ姿の女性だ。

 その姿を見た瞬間、三人は揃って一瞬目を奪われた。日本人、女性としてはやや長身であること、年は千冬より少し上くらいに見えること、見受けられる点は幾つかあるが、それ以上にその容姿全体そのものが目を引いた。美女、これ以外に言い表す言葉が無い。

 三人共に西洋の生まれ育ちだ。日本人とは人種が違うし、同じ西洋出身といえど三人の間でもそれについては違いがある。女性の、器量の良し悪しの評価にも国柄というものがあるが、今回はそんな基準を遥かに飛び抜けている。日ごろ教師生徒として接している千冬も美人と言えるが、研ぎ澄まされた刀のような雰囲気を纏う彼女と異なり、これが大和撫子と言われるものだろうか包容力を感じる穏やかさを放つ眼前の女性の方が万人受けをしやすいだろう。

 だがその親しみやすさが逆に恐ろしい。国家代表クラスの敵ISとその乗り手を一方的に下した圧倒的実力、そして敵の工作員への容赦のない処断、それらを続けざまに目の当たりにしてなお、その親しみやすさは感じ取っている。人との心的な距離をあっさりと近づける気質、そして容赦なく冷酷な処断を下せる実力と精神性。それらを両立するとはどういうことか。

 

(これが殺しの天性というものかっ……)

 

 考え、ラウラは戦慄する。だが歩みを止めることはできない。最終的には学園側に応対を任せることになるとはいえ、現状ではこの場にいる彼女たちこそが窓口だ。失敗は、許されない。

 

 乱入者である女の前に立ったラウラはもはや骨身に染みついたともいえる敬礼の動作を行う。相手もまた敬礼を返し、ラウラは口を開き名乗る。

 

「IS学園第1学年所属、ラウラ・ボーデヴィッヒです。帰属元はドイツ連邦軍シュヴァルツェ・ハーゼ、国家代表候補生であります」

「日本国防衛省航空機動強化外骨格管理局所属、浅間美咲です。日本国のIS運用官として特等を拝命しています」

 

 ラウラの名乗りに対し乱入者――美咲もまた名乗りを返す。そして自身の立場を明かす美咲の言葉にラウラは目を見開き驚愕を露わにした。

 

「特等、ですか……!?」

「あら、日本(ウチ)の方式は知っているのですね。なら話は早いのでしょうか。フフッ、そう緊張しなくても良いですよ。私は味方の側ですから」

「それは、恐縮です。それと、先ほどの助力はありがとうございました。この場を担当した者を代表して感謝を申し上げます」

「いいえ、そこまで畏まったお礼を言われることではありません。このIS学園は日本国にとっても多くの面で重要な場所。そこに不埒な輩の手が及ぶのであれば、これを跳ね除けるのは私の責務です。それに、少々手荒な結果になってしまったことにこちらが申し訳なく思っているくらいですから」

 

 言うまでもなくオータムへの処断のことだ。それが本音なのか、聞こえの言い建前なのか、ラウラやその後ろに控える二人に親身さを振りまく美咲の表情から推し量ることはできない。だがそのことは問い詰めるだけ無駄というものだ。それを分かっているからラウラはそれ以上を問わず、また後ろの二人も何も言わなかった。

 

「ご配慮、ありがとうございます。それで、助力を頂いた立場で恐縮な申し出ですが、私どもにご同行を願えますか? 学園側、本件の対策部門の人間への事情説明を願いたいのです」

「えぇ、それはもちろん構いません。もとより私もそのつもりですから。あぁ、そうですね。連絡を入れるなら千冬にするのが話が早いでしょう。彼女ならすぐに理解してくれるはずです」

「っ! 織斑教官をご存知で!?」

「えぇ、古い友人ですよ。千冬の方にはちょっと避けられがちで寂しいですけど」

 

 そうして千冬のことで二言三言、言葉を交わしてラウラ達と美咲は各々で必要な連絡を取り始める。

 

 通信を千冬に繋ぎラウラは状況報告を始める。いつもの様に冷静沈着な様を崩さず報告を聞いていた千冬だが、美咲の件を報告した途端に驚愕が表情を彩った。

 

『浅間だと!? 奴が出張ったのか!? それでお前たちは――いや、その様子だと無事か。それで、敵の工作員はどうした。……そうか。ご苦労だった、ボーデヴィッヒ。オルコットにデュノアもだ。以後の対応は我々が引き継ぐ』

 

 既に同行を申し入れ承諾してもらったという旨も伝えると千冬はラウラたちに美咲を連れてくる場所を指定する。それで連絡を終え通信を切ったラウラは少し離れた場所で自身の連絡作業を行っている美咲を見た。

 事切れ、地に落ちたままの姿を晒し続けているオータムの傍に立つ美咲は携帯で何者かとやり取りを行っている。おそらくは自身の所属先への報告だろう。ラウラが通信を終えて程なくして美咲も連絡を終え、携帯をしまうと再びラウラ達に向き直った。

 

「さぁ、案内をお願いします」

 

 ニッコリと、親愛に満ちた笑顔で言った。そうして未だ緊張を解けることのできないラウラ達の案内で移動を始め、同時に現場へと駆けつけた学園側の人員によるオータムの遺体の収容も開始した。

 

 

 

「ラウラ、さっきの話はどういう意味なの? 特等って……」

 

 美咲を先導する三人は並んで歩き、その少し後ろを美咲がついていくという形で四人は歩いている。その最中だ。一夏への簡単な状況説明を通信で終えたシャルロットがラウラに尋ねたのは。ラウラと美咲の会話で出てきた「特等」という単語、その意味についてだ。

 

「私も教官――織斑先生について自分なりに知ろうと調べた中で知ったことだがな」

 

 そう前置きしてラウラは説明を始める。

 先進諸国が保有するISは開発者である篠ノ之束によって宇宙空間、あるいは地球上の極めて苛烈な環境や危険な状況下での作業を行うためのパワードスーツと定義している。

 だが現在各国で運用されている実態は兵器のソレだ。或いは先の定義も束にとっては欠片も心にない方便であり、紅椿のような存在を鑑みれば今現在の運用実態こそが本質なのかもしれない。

 そのような存在であるISは軍部による運用、管理が行われているのが保有各国の共通だ。それは日本国も例外では無く、ISの管理運用は防衛省の下で行われている。それはIS本体のみならず、その操縦者も当てはまる。

 

 自衛隊に所属している操縦者は当然として、技術面での関連企業におけるテスターも操縦資格保有者としての申請、登録管理がされている。

 そして日本国の操縦資格保有者の全てが持つ肩書、それが操縦者としてのランクだ。これは純粋な操縦者としての技量や知識、更に上位のものとなると人格面なども考慮されて割り当てられる。このランクが所属する組織内、特に自衛隊もしくは省内での階級やキャリアに絶対的な影響を与えるということは無いが、上位のランクの保持者が階級やキャリア的に上位にありやすい、若年の者であればそれを上る早さが他と比べて早いという傾向が一部に見受けられている。

 そして日本国内当局が定めるランクは計四つ。下位より「二等」「一等」「上等」そして最上位の「特等」。

 

「だが解せんのだ。必ずしも絶対とは限らないが各国のIS操縦者の最上位は国家代表。そして公表されている日本の国家代表は"上等"と位置づけられている。そもそも特等というのは名誉職に近い扱いと聞いた。操縦資格を保有するも、年齢や役職の面から実際に操縦することは殆ど無く、現在公表されている資格保持者は総じて指揮側の者だ」

 

 そしてその特等の資格を有しながらも実際にISを運用した者はラウラの知る限りただ一人。かつての千冬その人だ。

 

「現に教官の実力、知識の深さ、そして人格。いずれも相応しいと納得できるものだ。だが、教官だけだったはずなのだ。その特等資格の保有者は」

 

 かつてドイツで千冬から学んでいた折に寸暇を惜しんで調べていたことの一つだから間違いない。公表されている特等資格保有者で実際にIS操縦を行ったのは千冬のみ。彼女が一線を退いて数年経つが、未だに新たな特等資格保有者が出たとは聞いていない。

 

「私が知っているのはこのくらいだ。だから、解せない。あの浅間美咲という者が何者なのか。少なくとも敵では無いかもしれない。しかしあれほどの実力を保有しながらまるで存在を知られていなかった。警戒もするし、何より不気味でしょうがないよ」

「確かに。それはラウラの言う通りだね」

「ですがそれだけではありません。そのような方がこうして目立つことも厭わず表舞台に介入をした。わたくしにはそれが何かの予兆に思えてきますわ」

 

 セシリアの言うこともまた道理である。そのまま三人は固い表情のまま歩みを進め、その後ろを美咲は穏やかな笑顔を浮かべたままついていった。

 

 

 

 

 

 

「――ざっと説明すると、逃げようとしたオータムをラウラ達が追い詰めて、出てきた増援がまたまた出てきた乱入者にフルボッコにされて、増援は逃走、オータムはお陀仏ってことらしいです」

「どういう状況なのよそれ……。しかもなに? イギリスの新型が敵に渡っていて、候補生三人がかりを余裕であしらえて、乱入者二号はそれを一方的に嬲れる? そりゃこっちの見通しの甘さもあるけど、ちょっと訳わかんないわ」

 

 シャルロットから聞いた凡その事情を一夏が説明するも、こめかみをヒクつかせながら楯無は状況の不測ぶりに困惑を隠しきれずにいた。

 

「浅間美咲――それが敵を一方的に叩きのめした人の名前らしいです。少なくとも敵でないことは確実みたいですけど。会長、知ってます? なんか日本のIS乗りらしいですけど」

 

 ちなみに一夏は美咲のことなど欠片も知らない。だが状況を聞いた限りでは国家代表クラスの相手を文字通りに完封した、隔絶した実力の持ち主らしい。IS乗りとしてまず間違いない最古参の実姉なら確実に知っているだろうが、その手の事情に詳しそうな人物が目の前にいるのだ。聞かない手はない。

 

「……名前は、初耳よ」

 

 だが返ってきた返事は予想外のものだった。とはいえそれで落胆したりはしない。別に楯無とて全知というわけではない。いくら裏事情に詳しいとはいえ、知らないことくらいはあるだろう。

 仕方ない、そう言って切り上げようとした一夏だが、それに先んじて口を開いた楯無が言葉を続けた。

 

「ただ、噂レベルでは聞いたことがあるわ。ISの誕生当時から今に至るまで。肩書の上ではIS発祥の国である日本は水面下で諸外国からの機密やら何やらを奪われる恐れに晒されていた。それを阻む切り札、誤魔化しようのない国家の暴力装置、その極致とも言える存在のことはね」

「暴力装置の極致……また物騒な」

「けど、その存在があったから守られた国益も膨大だわ。……全部受け売りだけどね。その謎の味方がその内の一人、可能性はあるわ」

 

 内の一人、つまり件の人間は複数いるのかと問うた一夏に楯無はやや言葉を濁しながら視線を逸らす。お家柄もあって物凄く身近に、それに深く関わる人がいる。答えたのはそれだけだった。

 

「なんにせよ、話を聞かなきゃどうしようもなさそうっすね。いつまでもこんなガレキの山に囲まれてるのもつまらないし、移動しますか。その浅間さんとやら、それに姉さんや他の皆が集まる部屋もわかってるわけですし」

「そうね。そうしましょ」

 

 この場にいても話は進まない。そう意見を一致させた二人は移動しようとする。荒れに荒れつくした更衣室跡は、学園側でどうにかしてくれるだろう。もはやこの場に用は無いと二人は揃って歩き出し――

 

「あれ――?」

 

 不意に一夏は自分の視界がブレたのを感じた。咄嗟にすぐ隣にあった半壊したロッカーに手をかけ、膝から崩れ落ちることは何とか避ける。

 殆ど経験した記憶はないが貧血や立ち眩みの類か、思いのほか疲労が溜まっていたのが原因かと考えるも、視界が霞むだけで意識は実にはっきりしている。それこそ推しの声優アイドルの歌をフリコピしながらこの場で歌えるくらいだ。

 

「一夏くん!?」

 

 すぐに気づいた楯無が慌てた様子で一夏の側に寄ってくる。隣を歩いていた人間がいきなり崩れ落ちかければ心配するのは当然だろう。それも先ほどのような激しい交戦の後となれば尚更だ。

 

「あぁいや、大丈夫です。ちっと疲れてますけどピンピンしてるんで。なんか急に目がボヤけちゃって」

「……無理は、してないわよね?」

「まぁ変に気を張る性質な自覚はありますけどね。この状況で無駄に虚勢を張ったりはしませんよ。マジでちょいと目が霞んだだけなんで」

「ならいいけど……」

 

 心配してくれるのはありがたいが、あまり気を使われすぎるのもむず痒い。少しずつ視界は回復しているが、まだもう少しかかるだろう。その間も楯無をこの場に留まらせるのは時間の無駄か。そう判断して楯無を先に行かせることにする。

 

「とりあえずもうちょいこの場で休むんで、会長は先に行っていてください」

 

 そう言って一夏は空いた手を伸ばして楯無に先へ行くよう促す。促すために楯無の方を見ないまま手を伸ばし――

 

 ムニュッ

 

「ヒャアッ!?」

「えっ?」

 

 左手に突然感じた柔らかな感触。不意を突かれて驚くような楯無の甲高い声に一夏も一瞬思考が止まり、反射的に掴んだものを握ってしまう。仄かな温かさを持った弾力と共に楯無が僅かに熱っぽい吐息を漏らし、思考が再起動した一夏は状況を把握して背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 何が起こったか、端的に説明しよう。一夏が手を伸ばした。楯無の胸に当たった。そのまま揉んだ。以上。

 

「……」

 

 やっべぇ、どうしよう、そんな考えが一夏の思考を埋める。とりあえずはさっさと手を離せばいいだけの話なのだが、それも思いつかないくらいには一夏も混乱状態にはあった。

 

「あ、あの、一夏くん……?」

 

 互いに固まること数秒、ようやく口を開いた楯無が恥ずかしげに言うとそこで一夏も我に返り、慌てて手を放しその場でキレのある土下座を見せた。

 

「ほんっと~~~にスンマセンっしたー!!」

 

 これでもかと平伏しきったDOGEZAスタイルである。無論、一夏に非があるのは明らかであるため彼が詫びるのは道理なのは確かだが、そこまでのことなのか。問われれば彼はこう言うだろう。そこまでだよ、と。

 

「え、えっと……大丈夫よ、大丈夫。うん、ちょっとびっくりしちゃったけど、私が近過ぎたのもあるし……。えっと、立って大丈夫だから」

「いや、マジですいません……」

 

 尚も謝りながら一夏は立ち上がる。そして両者再び無言。一夏は気まずそうに後頭部を掻きながら視線を明後日の方向に飛ばし、楯無も同じように視線をあっちこっちへ散らしている。

 

「あー、とりあえず会長。先行ってて下さい。オレも、もうちょい具合が落ち着いたら向かいますんで」

「そ、そうね。じゃあ、お先に行かせてもらうわ」

 

 そう言うと楯無はやや足早に更衣室跡から出ていく。一人残った一夏はしばしその場で立ち尽くすが、やがて転がっていた適当な椅子を置き直し座ると、ハァ~と大きく息を吐いた。

 

「まったく、色々ありすぎて流石に疲れたわ……」

 

 体力には自信があるが、それでも限界というのは確かにあるのだ。もしかしたらこの掠れ目も無理はし過ぎるなという体からの警告かもしれない。であるならば、その辺は今後の鍛錬に活かすし、同時に良い教訓にもなる。

 そのまま一夏は黙り込み、何かを考えるように座り続ける。程なくして左腕を動かし、つい先ほど楯無に触れていた自分の左手を見つめた。

 

「あれが……おっぱいか……!」

 

 なんかもう色々台無しだった。

 

「やっべぇよ、謝ったけどさ、思い出したらぶっちゃけ最高だったよ。やべぇよ、マジっべーわ。おっぱい揉んじゃうとか初めてだよ。あんなに柔らかいのかよ、あったかいのかよ。あれが女子かぁ。はぁ……」

 

 仕方ない、一夏とて根っこの部分は健全な普通の男子高校生だ。年相応に色ボケた思考回路も持っている。そも彼の私物のPC、その中の数馬の手による厳重なセキュリティが施された秘蔵フォルダの中は煩悩が結構なデータ量で集約されていたりする。さらに余談だが彼の同級生であるメガネっ子Kがちょっと気合を入れればそのフォルダの存在に感づいた上に、ハッキングであっさりと暴かれるため、その気になればメガネっ子Kは一夏を手玉に取るのは割と容易かったりする。そうしないのはせめてもの慈悲だ。

 

「はぁぁぁぁぁ……はぁ……おっぱい……」

 

 完全に語彙力が喪失しているが、これも致し方のないこと。重ねて言うが内面的には一夏とて普通の男子高校生。そこまで語彙力に秀でているわけではない。そもこの手のことはあぁだこうだと言葉を飾るだけ無粋というものである。

 そのまま「あ~」だの「う~」だのとぼやきながら頭をぶらぶらと左右に振る。異性の胸を触ったという体験は思春期真っ只中の男子高校生にはそれだけ衝撃が大きいことだ。一応フェチとしては尻及び太ももを自認している一夏だが、あくまで拘らないだけであってなんだかんだでおっぱいは好きなのだ。

 ちなみにスタイルの良い女性と言えば千冬という見事なまでの好例がごく身近に存在しているわけだが、それに対して彼がどう考えているかというと、これが実は割とどうでもいいだったりする。そも生まれてこの方の付きあい故に慣れ切っているのもあるし、家での干物ぶりを目の当たりにすればもはや萎えるどころか「ハッ、ねーよww」と語尾に草を生やす勢いだ。

 

「……いや待てよ、地味にやばくない?」

 

 合流場所に指定されたのは学内に複数ある会議室の一つだ。普段の学園生活では一夏らの生徒の立場にある者は必要がないゆえに殆ど立ち入ることの無い、教師陣などが主な使用者となる棟にある。しかし今回の件に際してブリーフィングのために使うかもしれないということで関係する生徒には場所の説明がされていた。一夏もその一人であるし、毎度おなじみ一年専用機持ちズもそうだ。

 それなり以上の人数が入る部屋の広さを鑑みるに、おそらくは関わったほぼ全員が招集されると見て良い。直接侵入者の迎撃に関わり、役割的に既にやることの殆ど無くなった級友たちは確実だろう。楯無が向かったのはそんな中だ。不注意による不慮の事故とはいえ一夏がおっぱいを鷲掴みにしてしまった楯無が、彼の級友たちが集まる場所に行くのだ。

 

「……これはマズイ」

 

 楯無的にも多分、いや確実に恥ずかしい事案だから流石に可能性は低いと思うが、仮に先ほどのことをばらされでもしたらどうなるか。余裕で死ねる。

 HAHAHAと自分を誤魔化すように笑ってみるものの、出てくる笑いは乾ききっている。いや、別に級友たちならまだ良い。やらかした事が事だ。鉄拳の一つや二つは甘んじざるを得ないにしても、彼女らだけならまだどうとでもできる。室内のような閉所空間であればいかにその方面でもエリートとはいえ、十代の少女数人程度を一人で封殺するのは十分に可能だ。問題は千冬(ラスボス)だ。

 ぶっぱなしてきたとしても気合の入った一発で済むだろう。だが、その一発がきついのだ。食らっても文句は言えない立場だが、できることなら避けたいのも事実だ。誰だって痛いのは御免被りたい。

 

「……行くか」

 

 目も殆ど回復した。既に行動に支障は一切ない。おっぱいの余韻に浸るのも悪くないが、それは今の優先事項ではないのだ。もっとも重要視すべきことは何か、それは片時も忘れたりはしていない。

 ふと、自分がこんな考え方をできるようになったのはいつからかと思う。時に数馬や弾と居る時のような砕けた気分でありながら、思考の内では常に冷静に状況を見据え、それへの対応を考えるクレバーな部分が存在する。思い当たる節があるとすれば夏の一件だが、存外に影響はあったらしい。それが良い方向に向いているというのであれば、それは歓迎すべきことだろう。

 椅子から立ち上がり歩き出した一夏の目は既に鋭い光を宿していた。亡国機業、その名を知ることができた明確な敵。分からないことばかりということが分かった敵を如何に斬るべきか、その方策を求めて一夏の足は動いていた。

 

 

 

 

 

「すみません、遅れました」

 

 詫びの言葉と共に一夏は集合場所である部屋に入る。それなりの広さを持つ会議室には既に今回の学園祭防衛に関わった主だった面子が集まっており、中央のスクリーンにはいくつかのモニターが展開されている。

 どうやら一夏が最後だったらしい。専用機持ちの級友を始め、千冬や真耶などの教師陣も揃っている。学園祭本番前にも何度か見た光景だ。だがこれまでとは違う点もある。その最たるが、この場にいるのを初めて見る二つの顔だ。

 

 一つは見慣れた親友の顔。隣に簪がいるからとはいえ、周囲の教師陣からどこか警戒するような意識を向けられているにも関わらず、まるで気にしていないという風に涼しい顔をする数馬だ。一夏が入ってきたのを見て、片手をあげた彼に一夏も軽く頷きで返す。

 そしてもう一人、初めて見る女性の姿。間違いない、彼女こそが件の浅間美咲なる人物だろう。なるほど、確かにどえらい美人だというのが最初の感想だった。身内びいきになるが、実姉の千冬も相当な美人の部類だ。だがベクトルが違うのだろう。率直な感想として、浅間女史の方が男受けは良いなというのが一夏の偽らざる本音だ。

 

「来たか。不調を訴えたらしいが、無事か」

「ご覧の通り、ピンピンでござい。織斑先生」

 

 おそらくは楯無が先行して伝えておいてくれたのだろう。千冬は事情を把握しているらしく、遅れたことについても珍しく咎める言葉は無かった。

 簡潔に無事のみを伝え、室内を見回して楯無を見つけると目線で謝意を伝える。だが当の楯無はと言えば、目が合った瞬間に僅かに狼狽え、やや恥ずかしそうに視線をそらしてしまう。それを見て一夏も先ほどの一幕を思い出して思わず視線を上にずらしてしまう。微妙に顔に熱を感じるのは……気のせいだろう。直後、何やら妙な視線を感じたのでその方を向いてみれば、何やら察したらしい数馬と簪が揃って面白そうと言いたげな視線を向けている。"うるせー放っておけ"と視線で返して、再度千冬の方を向く。

 

「すいません、先にお客さんへの挨拶をしても?」

「……まぁ、良いだろう」

 

 どのみち改めて全員に紹介はするがなと言いつつ、千冬は一夏が美咲へと挨拶をすることを承諾する。心なしか言葉に苦いものが混じっていたと一夏は感じたが、気にせず向かうことにする。

 

「あ~、というわけでどうもッス。浅間さん、ですよね? 挨拶が遅れまして。オレが織斑一夏です。助太刀、ありがとうございました」

「まぁまぁ、これはご丁寧に。後ほど改めて紹介されるとは思いますが、浅間美咲です。初めまして、織斑一夏くん。貴方のこと、それに関わること。色々と聞いていますよ」

「いやぁ、下世話なマスコミが一時期騒いでくれましたからねぇ。けど、知ってもつまらないでしょう? 実物のオレなんて、ただの高校生だっていうのに」

 

 割と本気で思っている本音を言う一夏に美咲はそんなことは無いと首を横に振る。

 

「いいえ、少なくとも私は貴方のことをとても評価しています。けれど、そう言われても貴方は納得しないでしょうから、ちょっとだけお時間を貰って証拠を見せましょう。貴方にとっても分かりやすい、剣士としての面で」

「……それは」

 

「ちょっとだけ下がって貰えます?」 そう言って美咲は一夏に少し離れるように促す。別に断る理由も無いため一夏は数歩下がり2mほどの距離を空ける。そして美咲を改めて見て、次の瞬間にはすぐ眼前に迫っていた美咲の手刀が首筋に添えられていた。

 

「……え?」

 

 1秒、それが状況を認識するのに一夏が要した時間だ。2mを一息に詰める、それ自体は良い。別に一夏にも(・・)普通にできることだ。問題なのはその過程を認識できなかったこと。

 美咲が速過ぎたのではない。人の脳の信号伝達の関係上、絶対に生じるとされている意識の空白、それを完全に突かれたことによるもの。その数瞬、一夏の中の時は完全に静止し、美咲の存在が消えていたのだ。

 

「なん、で……」

 

 周囲の面々は二人のやり取りの意味を理解できず怪訝そうな顔を浮かべている。だが一夏は、美咲は分かっていた。分かるからこそ、一夏の漏らした声には疑問と戦慄が共に含まれているのだ。

 

「なんで、貴女がその技を……」

 

 仮に美咲の手に刃が握られていれば、一夏は何が起きたのかを理解できぬまま首を絶たれていた。意識の間隙を突くことにより相手の"時"を制し"戒"める一"太刀"を振るう。その技を彼は知っている。

 奥伝"時戒の太刀"、夏休み中の師との修行により会得した奥義の一つ。少し前のアリーナでの初音との一対一で決め手となった技だ。

 

「"何故私がこの技を使えるのか"、貴方が抱く疑問はそれでしょう」

 

 その通りだ。一夏の答えなどお見通しなのだろう。美咲は言葉を続ける。

 

「理由は簡単です。私もまた、この技を学んだからですよ」

 

 そんな馬鹿な。何故なら()の太刀は一夏が修める流派のみが伝える奥義だ。そして一夏の知る限り、その使い手は一夏と師の二人しかいない。

 

「貴方が知らない理由は簡単ですよ。単に貴方が私と言う存在を知らされていなかった、それだけのことです。

 ――私の師は祖父でした。けれど、祖父には私を弟子とするより先に弟子としていた人が居た。その人物こそが流派の跡を継いだ後継者であり、私にとっては兄弟子でもあった。その人の名前は――」

 

 もしやと思った。確証は無い。だが、既に一夏の内では一つの解を見出していた。そして美咲は言った。

 

「海堂宗一郎」

 

 一夏がこの世で絶対の存在と最大の信頼を置く師の名を。

 

「マジ、かよ……」

 

 唐突に知った事実に一夏は驚きにより呆ける。未だ話を理解できていない他の面々だが、ある程度事情に通じている千冬だけは一夏同様に驚愕を露わにしていた。

 

「宗一郎兄さんは考えがあって私の事を話さなかったのでしょう。そこは責めないであげて下さい。ですが、こうして縁が出来た以上は隠し立ても無用。改めて、よろしくお願いしますね。同じ流派を学んだ者同士、私は是非貴方と仲良くなりたいですから」

 

 そうは言うものの、一夏にとっては割と衝撃が大きく未だに話を飲み込み切れずにいたりする。そんな彼の様子を敢えて気にしないのか、美咲はポンと手を叩き「そうそう」と言いながら言葉を続けた。

 

「いえ、確かに私と宗一郎兄さんが兄妹弟子なのは確かなのですが、私と兄さんにとってはそれ以上に大事なことがあるんです。これは是非一夏くんに、後は千冬にも聞いてほしいですね」

「え?」

「む?」

 

 まだ何かあるのか、そんな考えが一夏の表情に表れ、いきなり話を向けられた千冬も怪訝そうな顔をする。それを見て美咲はどこか悪戯っ子めいた笑みを浮かべる。

 

「少なくとも私にとっては兄妹弟子以上の重要な関係性ですよ。端的に言うとですね、私、宗一郎兄さんの元カノというやつなんです」

 

 そうニッコリとした満面の笑みで爆弾を投下した。

 

「は?」

「な?」

 

 聞いた瞬間、一夏と千冬は揃って我が耳を疑うような顔になった。だが宗一郎の元カノ、その意味するところを理解し飲み込むと――

 

『なにぃいいいいいいいいいいいいいい!!!??』

 

 姉弟揃って驚愕の声を張り上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 戦闘が終わって事後処理やら色々情報交換やらの前にクッションとしての一幕でした。まーた何かよく分からん設定が出ましたね、ハイ。ぶっちゃけ今回のはそこまで気にしないでくれて大丈夫です。何となく話の下地を整えるための土台素材の一つ、あるいはちょっとした舞台背景に過ぎないものなので。

 前半真面目、後半ちょっとギャグになりました。割と珍しい一夏のラッキースケベ。いや、本当にこの作品書いていて初めてなような……。あと最近、わざわざ楯無ルートなんての作らなくても、拙作に関しちゃ楯無さんのヒロイン素養高いよなとも思ったりしてます。なんか最近、原作ヒロインズの大半がバトル脳になってきてるんですもの。
 一夏の目がぼやけた理由は何故か。こちらも追々明かしますが、原因となった点は既に描写しています。気づいて貰えたら幸いです。

 次回は……いつ更新となるかは分かりませんが、色々お話的なやつになると思われます。さて、また外道節が炸裂するのか。私自身、気になってはいるところです。




 ……新人というのは理不尽に見舞われるものです。何が悲しくて上司の道楽に高い金払って巻き込まれなきゃならんのか。道楽は所詮個人単位。本人がどれだけ好きだろうが万人がそうとは限らないもの。よりによって配属先の上司が道楽への熱心さが強いばかりに、さして興味も無い釣りなんぞに時間と金を使わされて。コミケもいけないし無駄に金が減るし……なんかシーズンの度に道楽者同士で集まってるみたいだけど、もう二度と行くものか。んなの行くくらいなら休日出勤の方がはるかにマシだ。
 とまぁこのように、何かと社会人になっての大変さを噛み締めている今日この頃であります。

 それでは、また次回更新の折に。



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第七十七話:バレたというより、バラしたんですけどね

 お待たせいたしました。
 前回更新のすぐ後から一気に現場仕事が増え、更には色々とあれこれやっていたらいつの間にか更新が二カ月空きました。困ったことです。もっと早く書きたいものです。

 というわけで例のアイツが本性曝け出す回、どうぞ。


 その言葉に一夏と千冬は揃って頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。率直に言って、二人にとってここ数年で特に驚いたことの最上位に食い込んでいるレベルだ。

 

「ま、待て浅間。元カノというのは、つまり以前に交際していたということか? あいつとか?」

 

 あくまで個人のプライベート事情に過ぎない。この場で深く突っ込むことでもないと重々に理解はしていたが、それでも千冬は問わずにはいられなかった。

 

「えぇそうです。学生時代の話ですけど。今はその関係こそ無いですが、仲は実に良好なままですとも。えぇ、いざとなったらすぐにでもヨリを戻してみせますよ。もちろん、その先までバッチリです」

 

 自信に満ち溢れた様子で言い切る美咲の姿に千冬(24歳独身女子力お察し彼氏居ない歴=年齢)は言葉を失う。

 

「落ち着け、姉さん。落ち着こうぜ。オレだってぶったまげてるんだから……!」

 

 そう諌める一夏(女子に夢見過ぎ童貞)の声も若干震え気味である。気が付けばいつの間にか携帯のアドレス帳に登録している宗一郎の番号にコールをかける一歩手前までいっていた。その先へ進まないのは場の空気を精一杯読んだ上での必死の自制だろう。そもそもこんなやり取りしている時点で空気読んでるもへったくれもないというツッコミは野暮というものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、少々取り乱した」

「同じく。ちょっとテンパってすいません」

 

 何とか呼吸を整え落ち着きを取り戻したところで千冬と一夏は話の流れを大きく乱したことへの詫びを述べる。

 実際、原因となった一件は織斑姉弟および浅間美咲の三人のプライベートのみに収束するため取り乱した姉弟に非があるのは確かなのだが、何せ取り乱した二人が二人だ。思う所はあれど、あの姉弟にとっては相応に大事な案件なのだろうと周囲の面々は一応の納得を各々で行った。

 そうなれば後は話を元通りに進めるだけである。

 

「さて、改めてだが皆ご苦労だった。既に学園祭も終了時刻を回り、来客も帰路に着き始めている。結果として想定通りの状況は発生したものの、人員、設備、施設及び運営の各種機能に大きな被害が生じずに済んだのは僥倖だ。改めて、協力に礼を言いたい」

 

 言って軽く頭を下げる。仕草こそ簡素なものだが、そこに込められた今回の学園祭での一件で動いた全ての面々への謝意は紛れも無い本物である。それを察せない蒙昧はこの場には居ない。ただ静かにそれを受け入れた。

 

「さて、今更言うまでも無いが詳細な報告と今後の対策検討は後日に改めて会議等で纏めることになっている。だが今回の一件、想定していなかったイレギュラーが学園側にも生じた。そのことについて説明だけでも行おうと思い、集まって貰った」

 

 イレギュラー、それが指す存在は言うまでも無い。本来ならば部外者でありながらこの場にいる一人の女と一人の少年だ。その双方に集まった全員の視線が向く。

 

「まずはオルコット達の現場に乱入をかましてくれたコイツについてだ」

 

 美咲の方を顎でしゃくりながら千冬は話す。

 

「浅間美咲。日本政府所属のIS乗りであり、経歴としては私とほぼ同期間。国内でもそうだが世界規模で見ても最古参のIS乗りの一人だ。キャリアという点で似た例を挙げるならば、ドイツのヴァイセンブルクもそうだな」

 

 僅かにどよめきが挙がる。だがその音以上のざわめきが場の雰囲気を揺らしていた。

 

「一先ず、と言うべきか。学園に対してという点では味方の側だ。今日この後にも私や学園長を交えこいつとは色々話すことがあるが、今は味方と考えてもらって構わん」

 

 本音を言えば千冬は一度足りとて美咲相手に気を許したことは無い。美咲の方はと言えば千冬に対して常に穏やかに接してきている。事実、心を許しているように接してきたことも幾度かある。だが、本能は決して警鐘を鳴り止ませることは無いのだ。千冬の内に秘められた天賦とも言うべき存在が、美咲を前にすると常にそれを告げている。程度の大小はあれどだ。

 しかし現時点で美咲がIS学園に対して味方の立場を取っているのも事実なのだ。無論、彼女の一応の貴族先である日本政府の意向もあるだろううが、美咲自身もそのつもりで出向いて来ているのも事実だ。それを無視して自分の警鐘ばかりを主張することが愚かなことであると千冬は弁えていた。

 

「こいつの介入は、流石に学園での非常事態に手をこまねくことを日本側が良しとしなかったことが起因だろう。その辺りのことも含め報告と協議は重ねる。纏めた内容も可能な範囲で皆に周知はする予定だ」

 

 美咲への対応について結論を纏めてしまえばそれだけだ。そして一応はこの場も大人の世界の一端、報告を纏めて上げるというのであればそれ以上の追及は敢えて行う必要も無い。

 

「さて、次だな」

 

 そう言って千冬は美咲に向けるものとはまた別の険しい視線を――数馬へと向けた。どこか警戒するような先ほどまでの美咲への視線とは違う。同じ年齢ということもあり数馬の近くにいた少女たちは千冬が彼に向けた視線に覚えがあった。あれは彼女たちも向けられたことのある叱責をする年長者の目だ。

 

「こいつに関しては把握する必要は無い。何せただの一般人だ。織斑――弟の友人ではあるがな。だがそれだけだ。聞く必要がないと思った者がいるなら、退席も許可する。やることは他にも色々あるだろうからな」

 

 その言葉を受けたからか、チラホラと部屋を出る者が現れる。そうして出る者が全て出たのを確認してから、千冬は視線を数馬に戻した。部屋に残ったのは一夏ら関わった生徒組、そして――数馬が何を行っていたかを目の当たりにした教師たちと、それでも彼が気になるのであろう数名の教師だ。

 

「数人は既に面識があるようだが、知らない者もいるから紹介はしておく。御手洗数馬、そこの愚弟の中学時代からの友人だ。私も、休日に家にやってきたこいつとは幾度か面識がある。いわゆる優等生というやつで通っているらしいな」

 

 一夏の友人、同じ中学だった鈴や夏休みの時点で面識があった箒、簪、学園祭中に一組の出し物で知り合ったセシリアらは既に知っていることだが、数馬が何者かを初めて聞いた面々は興味深そうな視線を彼に向けた。

 織斑一夏。IS学園唯一の男子生徒にして世界初にして現状ただ一人の男性IS適性者。そしてIS操縦者としても急速に頭角を現しているブラックホース。学内での彼の話は色々なことを多くの人間が聞いているが、以外にも学園から離れた彼のプライベートについてはあまり知られてはいない。その友人関係もだ。

 

「単刀直入に聞こう。何故お前が出てきた、御手洗」

「これはまた、千冬さんらしくもない質問だ。分かり切ったことですよ。一夏を、友人を助けようとしただけだ」

 

 鼻笑い交じりの砕けた口調、そんなものを千冬に向けたことに何人かが驚くような目をする。だが千冬は一瞬目を細めるだけであり、言葉遣いへを咎めることはしなかった。そして唯一美咲のみが面白そうな視線を数馬へと向けている。

 

「なるほど。実にもっともであり評価に値する理由だ。話を聞くに、事実としてお前の介入によって織斑が、一夏が窮地を脱したとも言う。その点についてはこの学園の生徒を預かる教師として、そこの愚弟の姉として礼を言おう。だが、それでも言わせて貰うぞ。なぜ関わろうなどとした」

「――織斑先生。彼の介入、原因は私にあります。その責任も」

 

 一歩、前に進み出て簪が弁明を言おうとする。だがその肩に手を置き、振り向いた簪に向けて首を横に振ると数馬は続けた。

 

「状況から事態を察したのは僕自身ですが、それを認め、同時に同行の許可を出したのも確かに彼女です。ですが、事前にリスクについての警告はしかと行ってくれた。ならば、全ては僕自身の意思によるものだ。それが全てですよ」

「……なるほど。あぁ、お前の人となりは知っているつもりだが、確かにそうだろうな。常に己の内に確たる芯を持ち、それを通すだけの能力がある。私とて認めざるを得んよ、お前や一夏、私が教えている生徒たち、その世代にあってお前より優れた人間など数えるくらいしかいないだろうさ。いや、いるか怪しいと思えるくらいだ」

 

 その言葉に特に学園での千冬をよく知る西洋出身組や残っている教師陣が驚きの表情を見せる。千冬をして掛け値なしに優秀と言わせる、それは彼女らにとって驚嘆に値する。

 だが、その賛辞を受けた当の数馬はと言えばただ無表情だった。喜びも無ければ誇る様子も無い。それが当然、当たり前と言うように眉一つ動かさない。ただ、それでも敢えて変化を言うのであれば、無表情ながらに千冬へ向ける視線が僅かに変わったことか。ただ会話のために視線を合わせていた。だが今はまるで千冬の内側を見透かそうとするような視線を向けている。その変化に気付けたのは千冬本人と一夏くらいのものだろう。

 

「……ハァ。助力を受けた恩があるとはいえ、本来であれば相応の対応をするところだがな。が、今回は事が事だ。元々が公にできない事情なら、お前を罰することも公には行えん。お前自身のリスクについても、既に手は打ってあると更識――妹の方が保証をしているからな」

 

 その言葉で簪に怪訝な目を向けたのは楯無だ。いつの間に――そう言いたげな姉の視線を簪は黙って受け流す。

 

「だから、この場で私が、我々ができるのは厳重注意だけだ。このような真似は二度とするな、というな。ハッ、どこまで真面目に受け取るかは知らんがな。そう言われて殊勝になる性質でもないようだからな、お前は」

 

 なおも無表情。数馬は微塵も表情を崩さない。千冬の言葉を聞いていないというわけではないのだろう。だが、これまで言われながらまるで反応を示した様子が無いのは流石に不可解だ。それは他の面々も感じ取っていることであり、何事かと言いたげに数馬を見続けている。

 

「……はぁ」

 

 長い沈黙、それをようやく破った数馬の第一声は言葉ですらない、どこか呆れ交じりの溜息だった。

 

「で、言いたいことはそれだけですか?」

「なんだと?」

 

 千冬の眉がピクリと上がる。一見すれば挑発的な数馬の言動が千冬の癇に障ったと取られるだろう。だが少なくはあるが気付く者もいた。数馬の言葉は千冬が胸に秘していることを暴き立てようとするものであり、千冬の反応はそれに思い当たる節がある故のものだと。

 

「なるほど。これがIS学園での千冬さん、ですか。そうあるべしと思われるままに振舞わなければならないというのは随分と窮屈でしょうね」

「だとしても、これが私の選んだ道だ」

「あぁ、そう。ま、別に良いですけど。で? いつまで建前を被ったまま話しているので? 貴女が僕に言いたいのは、そんなありきたりなつまらない話じゃないでしょう」

「……気付いていたか」

「雰囲気で察せますし、論理的思考から導き出すことも可能です。気づいてないんですか? 案外分かりやすい人ですよ、千冬さんって」

「そうか。そうだろうな、言われれば思い当たる節はある。それなら話は早い。言われた通りに言いたいことを言わせて貰おう」

 

 瞬間、美咲と数馬を除く室内の誰もが一瞬背筋を張りつめさせた。突如として数馬に向けられた殺気染みた鋭い気配。千冬から発せられたソレの余波を受けたことによるものだ。

 

「御手洗数馬。お前は――何者だ」

 

 

 

 

 その問いは集った面々にとって意味を理解しかねるものだった。だが数人は千冬がそのような問いを発したことの意図を察したような顔をしている。

 

「まだまだ若輩とわかってはいるが、それでも人を見ることは決して不得手ではないとも思っている。その上で今だから言うが、私はお前の人柄というものを読み切れなかった。あぁ、確かに今まで私が見てきたお前は評判通りの優等生さ。だが、それだけしか分からなかった。その内で何を思っているのか、まるで読み取れなかった」

 

 密かに気になっていたのは確かだ。しかし深く追及しようとは思わなかった。単にそういうのが上手いだけかもしれないし、何より弟が親友として大事にしている人間にそのような疑念を向けることが躊躇われた。

 

「――三年だ」

 

 それは一夏()が数馬と知り合い、友となってから今日に至るまでの年月。疑念を抱きながらも、あえて見続けずにいた年月だ。

 

「ようやく、私は御手洗数馬(お前)という人間を知ることができたよ。敵に、確かオータムと名乗っていたか。奴に向けた言葉、それを発したお前こそが本物というわけか」

「……」

 

 親友への姉の追及を一夏は黙って見ていた。数馬がどのような人物であるか、そんなことは一夏にとってはとうの以前から知っていたことだ。姉に伝えなかったのも、自分は許容できても姉は渋い顔をするだろうから余計な波風を立てないため、そも言う必要が無かったからということがある。

 そして今この場のやり取りは姉と親友の間だけで成り立つものだ。例え当事者二人に深く関わる立場とはいえ、自分に多く口を出す義理は無いというのが一夏の考えであった。

 

「もしかしたら、アレは相手を挑発するための演技かもしれませんよ」

「その言い訳が通じると本気で思っているなら、評判らしからぬ浅慮だな」

 

 取り繕うことなど認めない。あるいは読み違えているのかもしれない。だが千冬には確かな確信があった。

 

「……」

 

 いつの間にか数馬の顔から表情が抜け落ちていた。品行方正な優等生の評判に恥じない人当たりの良さそうな笑みは鳴りを潜め、どこまでも乾いた、さながら実験動物を眺める研究者のような平坦な眼差しだ。

 

「……はぁ」

 

 小さく一つ、息を吐いた。ため息というには軽い。例えるなら、手がけていた何かが面倒になったから一度投げ出すことにした、そんな時に吐く一息だろうか。そして――

 

「やー、バレちゃいましたか。いや、バレたというよりは、自分でバラしたんですけどねぇ」

 

 ケロリと、まるで悪戯がばれた子供のような軽い調子で千冬の追及を認めた。それと共に無表情だった顔を笑みが彩り、それを見た誰もが一瞬確かに気圧された。

 

「ッ……!」

 

 ただ笑っているだけ、だというのに胸に去来した言いようのないざわめきは何なのか。それが数馬の笑みを見た者が共通して抱いた感想だ。

 先ほどまでの好印象を振りまくような穏やかな微笑とは違うのは一目瞭然。どこか意地の悪さというものが表に出ているのは確かだ。だがそれだけでは説明が付かない。ならこの否応なしに感じる不安は何だと言うのか。

 

「御手洗、お前……」

 

 千冬だけが理解していた。御手洗数馬という少年が何者なのか。実のところより深い部分については未だ見抜けずにいる。だが知っているのだ。同じような人間を。だからこそ、彼女は数馬が如何に異質な人間かを理解できた。

 篠ノ之束。千冬の親友にして世紀の大天才、そして稀代の人格破綻者。長い付き合いだ、千冬にとって束はなんだかんだと言いつつも確かに友人だ。しかし同時に、束がいかに異常な人物かもよく理解していた。故に断言できる。御手洗数馬という人間は例えその領域まで及ばずとも篠ノ之束と同じ側の人間なのだと。

 

(よもやこのような所まで。これが血縁の宿業というやつか)

 

 千冬がそうであるように、一夏にもまた優れていながら一種の破綻した友がいる。姉弟揃って極めて似通った人間関係を築いていることに運命の皮肉を感じさせられる。

 だが全てが同じでは無い。それも断言できることだ。それは友と呼ぶ相手の人格。篠ノ之束と御手洗数馬、仮に両者を知る者が居てどっちらがまだマシかと問われたならば、おそらくは数馬を選ぶだろう。何せ束のコミュニケーション能力の壊滅ぶりは知る者の間では有名な話。一方数馬はと言えば、曲がりなりにも積み上げてきた品行方正な優等生という評価は伊達では無い。仮に誰か一人が彼を糾弾する声を上げたとて、信じる者は殆ど居ないだろう。

 だが束と数馬、二人を知った故に千冬は両者の違いを明確に見出すことができた。確かに束がある種の人格破綻者なのは紛れも無い事実であるし、他者に対しても辛辣だ。だがそれはどこか子供の無邪気さに通じる者がある。対して数馬から感じるのは、明確な"悪意"だ。

 

「曲がりなりにも弟が親友と呼ぶんだ。このようなことは言いたくは無い。だが、敢えて言わせて貰うぞ。私の勘が、お前を危険だと言っている」

「お、織斑先生。いくらなんでもそれは……」

 

 険悪、というほどでは無いにしろ鋭さを増していく千冬の雰囲気に見かねた箒が諫めようとする。千冬のことを疑っているわけではない。だが少なくとも箒が見てきた限りでは、数馬は極めて理知に優れた認め、敬意を払うべき知己と思っている。

 せめて穏便に事を収められないか、そう考えての言葉だ。

 

「あぁ、大丈夫だよ篠ノ之さん。心配には及ばない。そう、なぁんにもね」

「御手洗……」

 

 だが当の数馬が箒を止めた。その肩に手を置き、振り返った箒に見えるように首を横に振る。数馬の顔に張り付いたままの不敵な笑みに薄気味の悪さを感じつつも、しかしと案ずるような顔の箒に数馬は少しだけ表情を和らげた。

 

「大したものだよ、君は。そこまで性根がまっすぐな人がいるなんてね」

 

 その言葉に一夏が僅かに眉を動かした。今の言葉、紛れもない数馬の本心だと彼には分かった。付き合いの浅い同年代を評価するなんてなぁと、軽い驚きと共に一夏自身も箒に感心をする。

 

「が、これは僕と千冬さんの話だ。わざわざ君が手間を掛けるほどのことじゃあないよ」

 

 言外に千冬を相手にすることくらいは訳無いと言う。

 

「ところで、一つ確認しときたいのだけど、あの――なんだっけ? 下品な女の名前」

「オータムだよ。お前、もう忘れたのか」

「いやさ一夏。ぶっちゃけ覚える価値があると思うかい? あれに。まぁいいや。あれ、どうなった?」

「死んだとさ。そこの、浅間さんにキュッと絞められて草加ったらしい」

「あっそ。ならいいや」

 

 オータムが死んだ、それを聞いた瞬間に数馬の思考から彼女のことが完全に消え去ったのは誰の目にも明らかだった。

 別にオータムに同情をするわけではない。だが人がすぐ間近な所で死んだというにも関わらずまるで興味を持たないような数馬の反応はその場の者の殆どに再び薄気味悪さというものを感じさせた。

 

「お前は、なんとも思わないのか?」

 

 再び問いただした千冬の声音は鋭いというよりも慎重なものだった。一方で返す数馬の言葉は変わらず至ってあっさりとしたものだ。

 

「別に。ゴミみたいなのがモノホンのゴミになっただけじゃないですか。何を気に掛ける必要があると? 簪さんや、まぁ他の人が想定したリスクも、結局はあの生ゴミから僕に向けられるものが殆どだ。出所が消えたなら、何を気にする必要があるのか」

 

 ゴミと、オータムとその死を指して彼はそう言った。別に気取った、虚勢を張った言い回しをしているわけではない。心底からそう思い、オータムを「人」としてすら見做していないのは彼の口ぶりが伝えていた。

 一体この少年は何者なのか、この場に残った学園の教師陣は一様に緊張を表情に浮かべる。

 

「テロリストに情けを掛けるわけではない。だが、お前はそう呼ぶのか? 人の死を、ゴミと」

 

 何かを堪えているのか、千冬の声には僅かな震えが混じっていた。それが何なのかを悟るのは数馬には容易なことだ。そして全てを分かり切った上でも彼の答えは一切変わることは無い。

 

「僕の役に立たないどころか邪魔をする愚図なんぞ、人として見る価値もない。死んでもただのデカい生ごみでしょうに」

 

 そう、全てを見下すような歪んだ笑みと共に言い切った。瞬間、室内を一陣の風が走り抜けた。

 千冬の右手が拳を握り数馬の顔めがけて振りぬかれる。余りに早いその動きは殆どの者が認識すら追いつかず、ごく僅かに反応できた者も反応できただけで止めるには到底間に合わない。

 このまま千冬の鉄拳が数馬の頬を打ち、年頃の男子としては細身な彼の体が宙を飛び床に叩き付けられる。そんな光景が幻視された。だが――

 

「ストップだ、姉さん」

 

 千冬の拳は数馬の顔のごく手前で止められていた。千冬の意思によるものではない。証拠に今もその拳は数馬に向けて突き進もうと震えている。だが動かない。理由は簡単だ。何かが拳の動きを阻んでいるというだけのこと。

 それは千冬の手首を強く握りしめる一夏の手だった。

 

「一夏……」

「姉さんの気持ちは分かるよ。けど、それは見過ごせない」

 

 正直なところ千冬を抑える一夏も一杯一杯な状態だ。千冬の拳同様に、その手首を掴み抑える一夏の手もこれ以上進ませまいと小刻みに震えている。 

 

「別に姉さんに数馬をぶん殴る権利が無いって言ってるわけじゃないよ。というかコイツの性格とか諸々考えたらぶん殴られてもまぁ仕方ねぇよなとは思うし、それが真っ当な道理だ。ましてや姉さんみたいな人間ならなおさらな。うん、別に姉さんがこいつを殴ろうとすることは否定しないよ。けど、もしそれを実行しようってなら、オレはそれを止めるぜ」

 

 それはなぜか、別の方から疑問の声が上がる。それはそうだろう。殴ること自体は否定していないのに、実際にそうしようと言うなら止める。ともすれば矛盾しているようにしか思えない論理だ。

 その問いに一夏は軽く鼻を鳴らす。くだらないことを聞くなと言外に告げるような態度と共にきっぱりと言い放った。

 

親友(ダチ)だからに決まってんだろ。ダチがいきなりぶん殴られようとしてるのを止めない奴があるかよ。そいつは、姉さんだって同じだろう」

「っ……」

 

 言い切った一夏に千冬はただ喉を詰まらせた。数秒、考え込むように視線を俯かせ、観念したかのように深いため息を吐いて拳を下した。

 

「痛いところを突く奴だ。そう言われては、私は何も言い返せんというのに」

「姉弟揃って似た者同士ってことかな。いいじゃねぇか、家族同士で似てるのは悪いことじゃないだろ」

 

 同じだ。まったく同じなのだ。その人格に、言動に、行動に、眉を顰めることもあれば頭を痛めることもある。時には自らの手で制裁を加えることすらある。それでもいざとなれば危害から守る。理由はひとえに友であるから。千冬と束の関係、それと何一つ変わらないのだ、一夏と数馬は。

 いや、ともすれば彼らの方が結びつき、信頼は強いかもしれない。そしてそれらを目の当たりにしてしまっては、もはや千冬に拳を押し進めることはできなかった。

 

 言いたいことは山とある。御手洗数馬という人間を未だに危険視している節があるのも事実だ。千冬個人の主観だが、そう考える理由が一夏()のことを案じてという部分が大きいのも確かだ。

 だが、その一夏が良しとしている。ならばそれ以上に踏み込むことは千冬にはできない。こうなってしまっては千冬と数馬の話はもはやここまでとするしかない。

 

「御手洗、最後にこれだけは聞かせろ」

 

 それでも譲れない一線が、問うておくべきことがあった。

 

「お前は、一夏の味方でいてくれるのか?」

「無論」

 

 僅かたりとて逡巡することはない。即答した数馬に「そうか」とだけ言うと千冬はそれ以上を問うことはしなかった。

 

 千冬が危惧した数馬の人格、そこから来る危険性。それらへの追及はひとまずの幕を引いた。そして学園の非常事態に対し介入し、あまつさえ敵組織の人間にも言葉のみとはいえ接触した件についても"更識簪"が対応の全てを持つと明言している。こう言われてはこちらとしても多くを言うことが難しくなる。

 

「分かった。なら、もはや私は何も言うまい。……一夏の力になろうとしたことは感謝しよう。だが、あのような真似はやめろ。再三な言葉だが、リスクが大きいのだからな」

「善処はしましょう」

 

 聞く気があるのか怪しい返事だったが、今度こそこれ以上の追及はしなかった。

 そして千冬は次の指示を始める。とはいえ殆どが学園所属の人間に対しての事後処理の分担だ。異なるものがあるとすれば美咲と楯無に状況のより詳細な整理を上層部で行うために学園長室に呼びつけたこと、そして一夏と簪に数馬の、そして野暮用として待たせている弾の送りを命じたことだ。

 

 

 

 

 

「それで、鈴。なぜ君がいるんだい?」

「んなの簡単よ。あんたらだけにしとくと嫌な予感しかしないからよ」

 

 当初とは異なり、数馬の送りには鈴も同行していた。理由は言葉の通りだ。別に数馬や一夏の心配をしているわけではない。むしろこの二人を一緒にしておいて何かやらかさないか、そちらの方が心配でしょうがないのだ。

 

「にしても、少し意外だったわね」

「何がかな?」

「シラ切ってるんじゃないわよ。まさかあんたがあそこまで上っ面引っぺがすとは思ってなかったって話。とうとう他の人にもバレたわね」

「いやね千冬さんにも言ったけどさ、バレたというよりはバラしたんだよ。言っておくが、僕は別になんの問題とも思ってはいないよ。あの場合はあぁした方が上手くいくと思っただけさ」

「あっそ」

 

 興味を無くしたのか、あるいは深く聞き出そうとしても無理と悟ったか。数馬の意図のそれ以上を鈴は聞かなかった。

 

「ただまぁ、なんだ。姉さんの言うことも尤もだぜ、数馬。マジであれは危ねぇぞ。いや、実際助けられたからあんまり強くは言えないんだけどさぁ」

「そうだね、再三言われたけど僕もそこは重々承知しているよ。ただ、居てもたってもいられなくてね。それにリスク、そっちもあまり心配しちゃいないんだよ」

「というと?」

「だって、いざとなれば一夏。君が僕を守ってくれるんだろう?」

 

 確信を抱いた全幅の信頼を寄せる言葉。親友に掛けられたその言葉に一夏は一瞬目を丸くするものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべながら「まぁな」と頷く。

 

「だろう? 逆もまた然りさ」

 

 フッと笑い合う二人の姿は正しく親友のソレだろう。例え片方が芯の部分で人とズレた価値観を持っていようが、例え片方が余人と遥かにかけ離れた悪意を内に抱えていようが、その一点だけは他者と何も変わらないものであり、彼らにとっては紛れもない本物だ。

 笑い合う二人を鈴は黙って見ていた。色々と言いたいことはあるが、二人の友情は流石に疑いの持ちようがない。いや、正確に言うならば別の疑い――ぶっちゃけこいつら友達というよりホモダチなんじゃないのかと思わないこともないのだが、そこは深く考えすぎると気持ち悪いことになりそうだから敢えて目を瞑っておく。別にそういうマイノリティな存在を否定するわけではないのだが、少なくともこの二人にやられると気持ち悪いとしか言えない。

 

「けど……それだけじゃない」

 

 それまで沈黙を保っていた簪が言う。その言葉に真っ先に反応したのは鈴だ。どういうことなのか、意図を問う。

 なぜならその言い方はまるで、一夏の数馬の関係が信頼し合う親友、それ以外もあるかのように聞こえるからだ。別にそれ自体は不思議なことではない。友人関係にあってもその関係に関わる要因は様々だ。だが今回は当事者が当事者だ。どのような中身が出てくるか、予想もつかない。

 

「難しいことじゃない。単に、数馬くんの考え方の問題」

「僕の、か……」

 

 多くを言わずに数馬は簪に続きを促す。阿吽の呼吸ともいえる間を繋ぎ、簪は続けた。

 

「だって数馬くん、絶対に自分にとっての利用価値とかの打算をしているでしょ? 他の人たちに。凰さんに。私に。――織斑くんにも」

 

 その言葉に鈴は自分の表情が固まるのを自覚した。一夏はどこか興味深いと言いたげな顔をしている。そして数馬は、ただいつも通りに微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 




 正直難産だったというのが今回書いていての本音です。「作者より頭のいいキャラを書くことはできない」などと創作界隈ではよく言いますが、まさにその通りだと思います。
 さて、いよいよ数馬が人前で本性をさらけ出しました。更に自分自身の能力のセルフプロデュースまでしています。これが何に繋がるかというと……やったねたえちゃん! 数馬を今後もガンガン話の筋に絡められるよ! 頭脳キャラって書くの大変だから作者の負担が増えるよ! コンチクショウ!wwということになります。

 次回は美咲さんについてもうちょっと。
 できれば次回あたりで学園祭関係の話は締めとしたいところです。もしかしたら次々回かも……
 そして、五巻編最後の展開に移りたいと思います。スポットが当たるのは一夏でも千冬でも美咲さんでもヒロインズでも数馬でもない、あの人になります。

 それでは、また次回更新の折に。次はもっと早く仕上げられるよう頑張ります。



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第七十八話 契約

 大変お久しぶりでございます。かれこれ半年少しぶりの更新です。
 理由は色々ございますが、お待ちいただいた方には本当に申し訳なく。

 個人的に難産な回でもあり、これで良いのかとも未だに思っている節がありますが、続きとなります。
 今回の話、メインは一夏ではありません。彼と彼女、とうとう組んじゃいけないタッグが本格的に……

 それではどうぞ


 自分にとって使えるか否か。人が他者を評価する基準や考え方は様々にあるが、これはその中でも比較的ポピュラーな類だろう。

 むしろ表現を変えればほぼあらゆる場面で共通すると言っても良い。何気ない人付き合いの中で自然と為している関わる相手の選別、例えば企業が人を雇い入れる際の判断、公私幅広くに渡って人は他者を自分にとってプラスかマイナスかを判断している。

 だというのにこうして改めて他者を自身にとっての有用性で判断する、そうはっきりと言葉にした時に理論としての理解は得られても必ずしも良い顔をされないことがあるのは、時としてそれを徹底し過ぎる者がいるからか。そうした者は有能だが冷徹などと言われるように敬意より恐れを他人に抱かせることが多い。そういった背景がある種存在しているのだろう。

 そして、そのような観点で言えば御手洗数馬は間違いなく自身にとっての有益性で他人を判断し、その取捨選択を冷徹に徹底する類の人間だった。

 

「簪、あんたそれどういう意味よ」

「言葉通りの意味」

 

 簪の言葉、その意味を量りかねて問うた鈴に簪は淡々と返す。いや、鈴とて分かっている。彼女は決して鈍い人間ではない。むしろそういった気付きについては鋭い方だ。ただ、それでも受け入れるのにやや抵抗があったということだろう。

 

「なに、その言い草だとまるで数馬があたしや一夏、あんたを、それだけじゃない。箒たちや千冬さんや、家族までそういう打算ずくの目で見てるってこと」

 

 その問いかけに簪が返したのは無言。だが沈黙は肯定と受け取り、鈴は信じられないと言いたげな目を数馬へと向けた。

 

「あたしの目もまだまだ節穴ね。それなりの腐れ縁だったつもりはあるけど、まだこいつのことを分かっていなかったわ」

「ま、僕もそう易々と人に見抜かれるような振る舞いをしてはいないからね」

 

 僅かに頬を引き攣らせた鈴になんてことは無いと言うように数馬は肩を竦める。

 

「というよりもだ、鈴。何でそこまで引いちゃうかな。いやね、正直僕もそこまで簪さんに読まれたことは驚いてるけど、暴かれちゃったなら仕方ない。あぁそうとも。僕は僕に関わる全ての人間に対して、その一人一人がどのような影響を僕に与えるのか、それが僕にとって有益かどうか、つまりは僕にとって使えるかどうかを判断している。確かに事実だ」

 

 どれだけひた隠しにしようと、一度暴かれ白日の下に晒されたのならこれ以上の隠蔽は無意味だ。あっさりと数馬は簪の指摘を認める。

 

「で、それが何か問題?」

 

 そしてあっけからんと言い放った。思わず目を見開いた鈴を諭すように数馬は続ける。

 

「だいたい、似たようなことなら人間誰しもやっているんだよ。僕の場合はただ単にそれをより合理的にしたというだけの話さ。業腹だけど社会というものによって世間は成り立っているからね。どれだけ鬱陶しくとも他人との関わり合いは必要になってくる。ならせめてものリスク回避に、自分にとってマイナスになる人間は避けるべきが道理じゃないかな。それの何が悪い」

「……そうね。確かに理屈は分かるわ」

 

 言わんとすることは鈴にも理解できる。そして普通ならばここでこの話は終わりとしても良いだろう。普通ならば。

 だが、その普通が通じない例外的な相手が鈴の前に居た。数馬は、同い年の腐れ縁仲間は断じて'普通'の一言で済ませられる相手じゃない。

 

「けど数馬。例えばそうやってあんたが判断していった人間で、あんたが自分にマイナスだって、いらないって、そう判断した相手はどうすんのよ」

「鈴、それは君の知る必要のないことだよ」

 

 問い掛け、返ってきた答えに鈴は言葉を無くす。知る必要が無い、言い方こそ穏やかだがその言葉には鈴に対する明確な隔絶の意思があった。数馬は間違いなく鈴を数少ない友人の一人と見ているだろうが、たとえ彼女であっても踏み込ませない領域、それが投げた問いの先ということだろう。

 それ以上を問い詰めることを鈴はしなかった。別に数馬の気持ちを尊重したわけではない。何より、そうすることが鈴自身の身を守ることだと直感したからだ。

 

「賢明な判断だよ。僕はね、鈴のそういうところは中々だと思ってるんだよね。なぁに、安心しなよ。繰り返すようだけど腐れ縁の仲なんだ。別に何かしようなんて思っちゃいないし、むしろ僕で良いなら喜んで助けになるさ。あぁもちろん、篠ノ之さんとかもね。その時は遠慮なく頼ってくれ。悪いようにするつもりは無いよ」

「……まぁ、そう言うんならそういうことにしておくわ」

 

 話はこれで終わりと言うかのように鈴は大きく息を吐きながら肩を落とす。疲れた、面倒くさい、そんな心情がありありと浮かんでいた。

 そうして気が緩んでいたからか。彼女は完全に気付かなかった。数馬の口が僅かに歪んだのを。その口の中に留まるほどに小さく呟かれた"今はね……"という言葉を。

 

 

 

「まぁ本当にぶっちゃけると簪さんの言う通りさ。僕は関わる相手が自分に与える影響っていうのを何時だって考えてるし、それを利用してる。けどねぇ、僕だって人の子だよ。好き嫌いはあるし、特別扱いだってする。仮に一夏が僕にとって危険な奴になろうが、ダチなのは変わらないね」

「どうせお前、そのパターンだとまずオレとお前の関係自体スタートさせねぇだろ」

「あ、バレた?」

「ったりめーだっつの」

 

 もっともそれはifの話。口にしたところで今の一夏と数馬の関係が変わるわけでも無く、二人にとっては話すだけ無意味だ。

 

「まぁぶっちゃけオレも数馬のアレコレに関しちゃ何も思わないってことは無いんだけどな……。オレが言うまでも無くコイツなら上手くやるだろうよ。だから鈴、今更だ。今までもそうだったろ」

「そうね。癪だけど、そこは確かに一夏の言う通りだわ」

 

 以前から数馬の本性を知っていた二人はそれを受け入れた上で友人としてやってきた。だがいかに友人言えども数馬の考え、行動に何も思わなかったということは無い。時に友ながらに眉を顰めることだってありはした。だが結局は上手くいく。結局、数馬を最も御することができ、もっとも丸く事を収められるのは数馬自身だった。だったら自分たちがあーだこーだ言っても仕方ない。せめて時々に自重を促すくらいが関の山だ。

 結局、今回の一件もそういうことだ。しかも今回は数馬の側に簪まで付いている。こうなってしまえば一夏も鈴も、自分たちがどれだけ考えようとも意味がないと納得せざるを得ない。

 

「本当に、ことオレたちだけの見方をしてみりゃいつも通りの展開だったな。数馬が思い切り場を引っ掻き回して、数馬の獲物が大損をして、当の数馬は高みの見物でノーダメ。もう感想も出ねぇや」

 

 歩きながら続けられていた会話にも終わりが見えてきた。単純な話、学園の正門が近づいてきただけのことだ。

 

「けど、流石に今回ばかりはリスキーだからな。……何かあったら言え。すぐにヘルプに行ってやる」

「そうならないように事前に手を打つのが僕の本領だけどね。けど、その時は遠慮なく呼ぶさ」

 

 口調こそ軽いが誤魔化すような雰囲気は無かった。一夏の言葉も、数馬に向ける眼差しも真剣そのもの。親友のそんな姿に適当な返事をするほど数馬も不義理ではなかった。

 表向きはつつがなく終わったとされる学園祭からの帰宅者がポツリポツリと周りを通り去って行く中で一夏と数馬の視線が無言で交わり合う。時間にすれば数秒という短いもの、だがそれで十分と言うように一夏は踵を返して学園の方へ歩き出した。

 

「戻るぞ、鈴。ここまで見送れば十分だろ」

「え? あ、ちょ、一夏ぁ!」

 

 スタスタと歩いていく一夏と、その背を見送るように佇む数馬の間で鈴は視線を右往左往させる。

 

「先に戻ってて。私は数馬くんにもう少し話があるから」

 

 助け舟を出すような簪の言葉に鈴は一瞬呆け、続けて考え込むように小さく唸る。だが結局は後を追うことに決めたのか、先ほどの一夏と同じように数馬に背を向けて駆けだそうとする。だが一歩を踏み出す直前で再び振り返ると数馬に指を突きつけながら言った。

 

「数馬! とにかくあんたはもっと自重すること! 何度も言って来たけど、これからも何度だって言ってやるからね! 分かったわね!」

 

 今度こそ鈴も走り去っていく。そうしてその場には数馬と簪の二人だけが残る形になった。

 

「さて、これで二人きりか。それで、話とは何かな?」

「君の、今後のこと。……けど、その前にさっきの続き」

 

 数馬の今後、言うまでも無く学園祭の有事に首を突っ込み、直接の相手こそ死亡したものの正体不明の国際的な暫定テロリスト集団と接触をしたことへの対応を指す。

 そこまでは予想していたが、その前に先ほどの会話の続きをするというのは考えていなかったのか、数馬の目が僅かに丸くなった。

 

「さっきの続き、というと僕の他人への考え方か。そうは言ってもね、さっき話した通りでそれ以上は無いのだけど?」

「嘘」

 

 キッパリと数馬の言葉を否定した簪に数馬の目が細まる。だが不快感を示している様子は無い。その逆、むしろこの後に簪が何と続けるのか期待しているかのような笑みを口元に浮かべている。

 

「確かに君は織斑くんや凰さんにも、君にとっての有益性の判断をしていると言った。けどそれと関係なしにあの二人との付き合いがあるとも言った。それはきっと事実。けど、その君の二人への本当の評価は、使えるかどうか(・・・・・・・)は言っていない」

「やっぱりそこを突っ込んできちゃうかぁ。いや、敢えて言わなかったんだけどね。――確かに、簪さんの言う通り僕は一夏や鈴にすらもそういう見方をしているのは確かだ。けど、それはあくまで僕自身の問題。それを知っていようといまいと簪さんに影響はないと思うんだよね。言いも悪いも両方で」

「そうだね。確かにその通り」

 

 では何故か。そう聞き返されて簪は顎に手を当て僅かに考える。そして数馬の方を見ながら蠱惑さを含んだ微笑と共に答える。

 

「私も、君のことをよく知りたい……これじゃ駄目……?」

「その返しは反則だと思うね。一夏あたりにやってみなよ、案外簡単に堕ちるかもしれないよ。あいつ、あれで結構初心いからさ」

「大丈夫、知ってるから」

 

 知らぬところで話題にされた一夏が小さなくしゃみをしたとかなんとか。

 

「……まぁ、多少だったら言っても良いかな。一夏? あぁ、僕的には実にポイントが高い。本人は腕が立つだけで後は普通だなんて言ってるけど、その腕が立つってのがポイントさ。それに後は一夏がどこまで自覚しているかだけど……いや、これは言わなくても良いね。むしろこのまま見物していた方が面白そうだ」

 

 紛れも無く高評価を与えているつもりなのだろう。だが嬉々とした表情からはそう見ることは難しい。むしろ悪魔がお気に入りの憑りつく相手を見つけた、と言うべきが正しいだろう。そのまま他の人物の評価を語ろうとする数馬だが、そこに簪が待ったをかけた。

 

「うん? まだ一夏のことしか言っていないけど、これだけでいいのかい?」

「ううん、違う。けど、そう。今ので十分」

 

 間違いなく、確実に今の数馬はその本性を曝け出していた。それが一番の親友と認める相手を語る時にも関わらず。これならば本当に聞きたいことは聞きだせる。

 

「じゃあ、数馬くん。私は、どうかな?」

 

 そういうことか、ようやく数馬は簪の言わんとすること。欲する数馬の言葉を理解した。随分と回りくどい聞き方にも思えるが敢えて追及はしない。良いだろう、簪がそれを望んでいるのであれば遠慮なく曝け出すとしよう。御手洗数馬の本心というやつをだ。

 

「結論から言おう。少なくとも今まで僕が接してきた人間の中では最上だよ。あぁ、君は僕にとって実に有益な存在だ。割と本気で悪いとは思うけど、一夏や弾もそうだし、僕の両親すら、僕にとっての有益性という点では君には及ばない」

 

 親友や身内への情は確かにあるが、それとこれとは別問題だ。元よりこの評価は数馬自身がその時々において適切な行動を取るための一種の指標のようなもの。情があるか否かは別問題だし、その相手への接し方が変わるわけでもない。まずそもそもとして、有用性の低い人間に情をかけることがあるのかが問題であり、現状数馬の認識の中ではそのような人間は居ないが、もしかしたらそういう例外も起こり得るかもしれないとは数馬自身も思っている。早々あり得はしないだろうとも思ってはいるが。

 

「そして僕が君をそう評価した根拠だが、まず最初にしてこれこそ最大だよ。僕と同じレベルにある。あぁ、そうさ。僕はね、君と知り合えて心底嬉しかったんだぜ。一夏や弾は最高の親友だよ。けど、それでも二人ともどうしても僕に及ばないところがある。それは一夏にとっての僕や弾も、弾にとっての僕や一夏も同じかもしれない。分かっていたさ、仕方がないって。けどそれが歯痒くて仕方が無かったのも確かだ。別に賛同しろとは言わない。なんなら真っ向から反発してくれても良い。それでも、僕と同じようにモノを見ることのできる、納得はしなくても理解をしてくれる、そんな相手が欲しい。そういう風にすら思っていた」

 

 二人の周囲に人影は殆ど無い。だからだろうか、数馬の語気は少しずつ強まっていた。

 

「勿論、僕だってただ欲しい欲しいと喚くだけじゃない。そういう相手が居ないかを探しては見たさ。ネットの波をくぐってサーフィンなんてこともしたし、それこそ自分の足を動かしたりもした。けど、結果はお察しさ。むしろ見渡せば見渡すほどにクソのような連中が目に入る。なんで世の中こうも阿呆がのさばっているのか。あぁ、いっそ世の中を良くするために連中の脳味噌の中身を僕自身の手で作り変えてやりたいくらいだ。いや、現に……何でも無い。ごめん、少し熱くなったね」

 

 柄にもなくヒートアップした自覚からか、小さくため息を吐いて数馬は言葉を切った。

 

「まぁ、そんな中で君に出会ったわけだよ。嬉しかったね。まだ僕らが知り合って数カ月といったところだ。決して長くは無い。けど、それだけでも君がただの愚鈍じゃないこと、僕と対等に、一部に関しては僕以上かもしれないこと、そんな君の凄さを知った。もっと幸運だったのは君が僕という人間に対し理解を示してくれたことだ。最ッ高だね! 他にも色々ある。そうだね、”更識 簪”という人間が何者なのか。あくまで僕の憶測に過ぎないから明言はしないよ。けど仮に僕の想像通りなら、それもまた僕にとってはプラスだ。これだけ揃えば後はもう何も言うことは無い。

 だからね、簪さん。改めて言うよ。君は僕にとって――最高に使える人間だ……!!」

 

 曝け出された数馬の本心、しかしそれを受けて簪は――笑みを浮かべていた。

 

「やっぱり……。そっか、そうなんだね……うん。やっぱり……私が思った通りだった……」

 

 合格だ。これなら良い。コレなら使える(・・・)。彼なら、そうする価値がある。

 

「さっきのお返し。教えてあげる。私の事、更識(わたしたち)のこと」

 

 そして簪が語ったのは自身の素性、更識という家のこと。凡そは以前に一夏に語ったことと同じだ。古くから連綿と受け継がれてきた利を活かし、国内の各機関に根を張るカウンターテロ組織”更識”とそれを統べる”更識家”。およそ普通に暮らしていればまず知ることの無いだろうそれらの情報を簪は隠すことなく数馬に話した。

 

「なるほど、ね……」

 

 驚きはしなかった。むしろ納得が深まったと言うべきだろう。自分が言えた立場では無いが、簪が内に秘める能力の非凡さは決して一般的な環境に育って早々得られるものではない。そして先刻まで彼らが対処していた存在、未だに概要は知らされていないがおそらくは公には秘匿されているテロ組織の類と見て良い。そのような存在への対応を学園側、つまりは公的機関が認めていたこと、何らかの組織的な後ろ盾がある故とまでは想定していたが、後ろ盾どころか組織そのものの中核であった。

 本人の人格、能力はさておき数馬については生まれも育ちもごくごく一般的なソレだ。だが簪は違う。生まれも育ちも特殊であった。それが彼女の才覚、能力の理由の全てでは無いだろうが、得心するという点では十分だ。

 

「なるほど、実に興味深い話を聞かせて貰った。それで簪さん。その話を僕にした意味というのは一体なんなんだい?」

「一つはさっきの、君が状況対応に加わったこと。何度も言われたけど、アレには相応のリスクが伴う。だから、それを更識(わたしたち)が防ぐ」

「そうか、だから君があの時に保証すると……」

 

 本来であれば無関係の一般人である数馬を緊急事態の現場に加えた。そのことについて簪は自分が責任を持つと言ったが、確かに彼女の素性を聞けばそう言ったことも、その言葉を周囲が認めたことにも理解ができる。

 

「けど、それだけじゃあないんだろう?」

「そう。今のは単なる相互認識の確認。本題はこれから」

 

 そこで簪は一度言葉を切り、まっすぐに数馬を見据えて言った。

 

「ねぇ、数馬くん。私たちに、ううん、私に付かない?」

 

 それは数馬をして予想外の言葉だった。私に、と簪は言った。それはつまり彼女が所属する二つの機関、IS学園でも更識でもない。更識 簪という個人に与し手を貸すということ。

 それ自体は別に吝かではない。だがどうせ与させるならば所属する組織そのものに与させた方が簪の立場としても良いのではないか。

 

「それはそうしたとしても精々表向き。数馬君には、私にこそ力を貸して欲しいの。学園でも、更識でもない。私に」

「……僕をそこまで買ってくれるのは素直にありがたいよ。けど、何故そこまで拘るんだい?」

 

 聞いて当たり前の問いだ。だがこの時点で既に数馬は凡その当たりをつけていた。何故言われるまでも無く察したのか。簡単な話だ。そも数馬と簪は似た者同士ではないか。

 

「簡単な事。さっきの言葉、そのまま返す。数馬君、君は、私にとってとても使える人。君の力を私は利用したい。確かに君なら学園にだって、更識にだって有益な存在になれる。けど、君を一番上手く使えるのは――私しかいない」

 

 この上なくエゴに満ちた言葉だ。だがその言葉に不快感を表すことは無い。

 何故なら数馬もまた同じように考えていた。そして数馬も簪もこれこそが最良だと確固たる自信と共に確信している。であれば数馬にもそれを拒否する理由は無い。

 

「なるほど、概ねは理解したよ。表向きは君の側に与し、しかして真実は簪さんのみの味方、か。良いね、実に僕好みのやり口だ。だが良いのかい? 自分で言うのも何だが、僕は自分本位ってやつが強い。君に与するのは良いが、そうだね。仮にだが、君と一夏が反発し合ったとしよう。その時は、残念だが敢えての中立、あるいは一夏の側に立つかもしれないよ。もしかしたら君の側かもしれないが、どうなるかはその時次第だ」

「別に構わない。私はそうはならないようにするつもり。彼は、織斑君は、味方でいてくれた方が都合が良い」

 

 そうだ。こういうところだ。友情は間違いなく本物。しかし同時に自身の利益を踏まえた打算を怠らない。こういうところがそっくりなのだ、自分と簪は。

 

「逆に質問。ねぇ数馬君。もしも、私が君を見限ったら? もしも、私が君の敵となったら? 私が、君を排しようとしたら? 君はどうする?」

 

 言うまでも無い。

 

「その時は仕方ないね。残念、実に残念だけど素直に巡り合わせに従うよ。従って、僕自身のために君を排除しよう」

「もっと合格。それでこそだよ、数馬君。それこそ、私が君に求めるものだから」

 

 気が付けば二人は間近で笑い合っていた。二人を知る者、知らない者、誰でも良い。二人の会話を聞いていればおおよそ誰もが表情を強張らせるだろう。それほどに二人の会話は剣呑な内容だ。だが、二人にとってはそれこそが心地よかった。だからこそ、目の前の相手が得難い存在に思えるのだ。

 

「ねぇ、数馬くん。これは契約、君は私の力になる。君を私が存分に使う。代わりに君への助力を私は惜しまないし、君は私を幾らでも利用してくれていい。どう? 悪い話じゃ、ないよ?」

「なるほど、実にシンプルかつ良い契約だ。是非も無い。けど、良いのかい? さっきも言ったけど、僕は自分本位な人間だ。場合によっては、それを躊躇なく切り捨てることも在り得るよ?」

 

 仮にそうなったとしても自分への不利益は徹底的に回避するだろう。御手洗数馬がそういう類の人間であることは簪も重々承知していた。故に最後の一押し、より結びつきを強固にする一手が必要となる。そしてその一手は既に簪の中にあった。

 

「そうだね。君はそういう人。だから私は、それを縛ることにした」

「……それは?」

「数馬君。私も、起伏は小さいけど人並みに喜怒哀楽がある。感情だってある。それは君も同じ。だから私は、君の感情(ココロ)を縛る」

 

 この瞬間、数馬は初めて簪に戦慄、あるいはそれに類する感覚を抱いた。だがその感覚への対処をするより早く、簪の口からその言葉は紡がれた。

 

「君と私は相互に力を貸し合って、利用し合う。代わりに――君を、愛してあげる」

 

 今度こそ数馬は一切の言葉を失った。認めざるを得ない。この場において簪は完全に数馬を上回った。こと簪を相手にした場合に限って最も突かれてはならないポイントを容赦なく抉りこんできたのだ。

 

「簪さん、君は――」

「本気だよ。君にはそれだけの価値がある。それに、私も……君なら構わない」

(あぁ、参ったね。これは、やられたよ)

 

 きっとこの瞬間のことは数馬の記憶に生涯刻み込まれるだろう。人生における完全な敗北の経験として。しかも困ったことに負けたことへの諸々と同時に、それほど悪くないと思えてしまっている節があるために余計性質が悪い。とりあえず向こう10年くらいの間はその気になれば鮮明に思い出せそうだ。

 

「――分かったよ。あぁ、参った観念したやられたよ。君の提案、受けさせて貰うよ。実際、悪くない話なのは確かだ」

「じゃあ、契約成立……」

 

 そうして簪は右手を数馬に向けて差し出す。その意図に気付かないほど数馬も鈍くは無い。フッとどこか諦めたような笑みをこぼしながら同じように右手を差し出し握り合う。

 

「握手、か。思えばあまりしたことは無いな。……その、なんだ。よろしく、簪さん」

「うん。……まずは、当面のことを色々と話したい。今度、時間貰える?」 

「あぁ、うん。それは構わないけど、どこでかな?」

「秋葉原」

「即答って……いや、どうして秋葉原なんだい? なんなら駅隣のモールでも――」

「人ごみの中の方が話しやすい。それに、そのままデートにも行ける」

 

 追い打ちを掛けるような不意打ちに再び数馬は言葉を失う。まさかこうも手玉に取られるとは思わなかった。

 

「良いさ、是非ご一緒しよう。慣れてはいないが、精一杯エスコートさせてもらうよ。……あぁ、良いさ。簪さん、君は好きなようにすればいい。いくらでも僕を利用しろ。僕もそうする」

「もちろん」

 

 握手をしながら二人は再び笑みを交わしあう。ここに本当の意味での二人の契約は成立した。これが何をもたらすのか、誰も見届ける者が居ない以上、それは誰にも想像ができないものであった。

 

 

 

 

「じゃあ、今日のところはこの辺で」

 

 ゆっくりと数馬は手を解く。そのまま踵を返して立ち去ろうとして、背後の簪に不意に手首を掴まれた。

 

「何か――っっ!?」

 

 振り向いた直後、目の前には簪の顔が迫っていた。それも今までより遥かに近くに。それと同時に何か柔らかいものが数馬の口をふさぐ感触がある。

 それが何なのか、理解した瞬間に今度こそ数馬の思考は吹き飛んでいた。

 

「なっ……なっ……」

 

 何時の間にか簪は数馬から離れ得意気な笑みを浮かべていた。

 

「これで、もっと強く君を縛れたかな」

「え、えぇ~……」

「君と私は同類。君と私は利用し合って、けど君は自己保身は怠らない。私も、同じことをしただけ。君を縛って、そして私自身を守る」

 

 そのためならこの程度は安い。

 

「けどね、数馬君。私はそういうのを抜きにして、君を……気に入ってる。契約の代わりだけど、せっかくだから。……私を、夢中にさせてね」

 

 そして今度は簪の方が踵を返して学園へと戻っていく。その後姿を半ば呆然としながら数馬は見送り、気が付けば口周りを撫でていた。

 

「……クッ、面白い」

 

 やがて思考は正常へと戻り、数馬の表情にも笑みが戻る。一夏や弾、簪と言った限られた者の前でのみ見せる、本性を曝け出した笑みだ。

 

「面白いよ、簪さん。こういうやり取りは初めてだ。あぁ、今回は僕の負けだ。けど見てなよ、次は違うからな。あいにく僕だって男なんでね」

 

 久しく感じていなかった熱に自然と気持ちが昂る。悪くない感触だ。

 関わっている事を考えれば面倒事、厄介ごと、苦労ごともあるだろう。だがそれに見合うだけのリターンはある。

 間違いなく退屈はしないだろうこれからに想いを馳せながら、数馬もまたIS学園の地を後にした。

 

 

 

 

 




 あ~あ、組んじまったよ。
 まず初めに、原作の可愛い簪ちゃんが好きな方々、本当にゴメンナサイ。
 申し訳ありませんが拙作の簪ちゃんはあんなのです。えぇ、そりゃもう中々の黒さ。

 書いてて思いましたとも。なんだこいつらと。
 互いに好意はあります。数馬は割とマジです。しかし同時に利用価値の打算も徹底している。感情と理屈を完全に確固たるものとしているのに絶妙なところで交わって実はどちらにも徹しきれない。他の面々とは違った二人の複雑さを表現できていればと思います。
 ちなみに後ほどこのことを知った一夏は石化する模様。

 言い訳がましいとは自覚していますが、久々の執筆で色々な落ち込みを感じています。また少しずつ書き進め、なんとかクオリティの向上をしたいものです。
 次回あたりでなんとか学園祭編を終え五巻編のラストパート、本作オリジナルの一幕に漕ぎ着けたいものです。

 それではまた、次回更新の折に。




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第七十九話:Her name is...

 お久しぶりです。また期間を空けてしまいましたが更新です。
 


 簪との特別とも言える一時を終え数馬はIS学園からの帰路に就こうとしていた。だがその前に分かれていた弾と合流しなければならない。

 どこかで待ちあわせようかと連絡するために携帯を取り出し、ちょうど合わせたかのように弾の方から着信があった。好都合だとすぐに応じる。

 

「あぁ、悪いね別行動になっちゃって。でもちょうど良かった。帰るなら一緒が良いだろ? どこかで待ちあわせないかい?」

『おぉ、それなんだけどさ。帰りは車になりそうだぜ。や、初対面の人なんだけどちょっと話したら中々意気投合してよ。駅のすぐ近くに車停めてあるらしくて、折角だから送ってくれるってよ』

「へぇ、それはまた。……別にさ、君を疑うわけじゃないしむしろ信頼はしているけど、大丈夫なのかい? 色々と」

『大丈夫だろ。話しててかなり印象は良かったし。それに、仮に何かあっても大丈夫だろ。あいつが黙っちゃいねぇ』

「はは、違いない」

 

 いかに気が合った好印象の人物とはいえ、初対面の人間の車に同乗するというのは彼らの年齢を考えればその危惧も当然だ。

 だが仮にそうなったとしても問題無いという確信もあった。もしもそうなれば、こと荒事に関しては特に頼りになる友が即座に動くからだ。

 

「分かった。じゃあ僕も向かうよ。待ち合わせだけど――」

 

 手早く待ち合わせ場所を取決めた数馬は電話を切るとすぐにその場所への移動を開始する。

 思わない偶然があるものだ、この時の彼はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 一夏と鈴、そして遅れて追いついた簪の三人は元の会議室とは別の部屋へと向かっていた。

 今回の事件について重要な話が浅間美咲からある――そんな内容のメッセージが一夏の携帯に届き、三人は美咲が指定した場所であるIS学園 学園長室へと足を進めていた。

 学園長室へ向かうのに迷うことはない。一夏らの学生身分で向かうことは殆ど無いが、比較的訪問回数の多い職員室からそう離れていない場所にある。程なくして三人は学園長室の前まで辿り着き、ノックと共に入室した。

 

「失礼しますっと。遅れてすいません」

 

 事情は全員が把握している。三人の遅参を咎める者は誰もいない。それを理解している故に一夏もあくまで事務的な詫びの言葉だけを述べる。同時に室内を軽く見回し集まった面々を確認する。

 一夏を含む一学年専用機持ち全員、上級生では当然だが楯無。そして先ほどの会議室には居なかった上級生らしい二人組。あまり覚えは無いが確か楯無以外の二、三年の専用機所持者だったはずだと記憶している。

 教師陣は千冬、部屋の主でもある学園長の轡木のみだ。そして、この場の主催とも言える浅間美咲。分かってはいたことだが女率99%の部屋、いつもの風景だなと内心で一夏はウンウンと頷いていた。

 

「揃ったようですね。では早速ですが、始めましょう」

 

 最初に口を開いたのは美咲だ。誰も遮ることなく美咲の言葉に耳を傾けている。彼女がこの場にこの面々を集めた理由、速やかに話すならそれに越したことは無い。

 

「この場に集まって貰ったのは私がこの話を聞いて欲しいと思った方々です。では何を話すのか。端的に言えば今回の事件を手引きした、その中心人物についてです」

 

 その言葉に誰も無言ながら室内に緊張が走ったのを一夏は鋭敏に感じ取っていた。一夏だけではない。この部屋に集まった面々は学内でも指折りの者ばかり。この空気の変化を感じた者は他にもいるだろう。

 そしてこの緊張もやむを得ないこと。何せ美咲が話そうとしているのは、恐らくこれから学園が、そして学園に関わる各種機関が調べていくであろう事件の概要、裏側。その深奥を過程をすっ飛ばしていきなりということだからだ。

 

「前置きは不要とは思いますが念のために確認をしましょう。いずれ関係者には周知されるはずですが、今回のIS学園学園祭襲撃事件、実行犯は亡国機業(ファントムタスク)。先の大戦期より存在が確認された……秘密結社とでも言うべきでしょうか。あまりに創作染みていますがそれが今のところ一番適切な表現ですし」

 

 存在は先進各国の諜報機関、暗部、裏社会にて知られていた。だがあまりにも表に出ないため確実に下手な中小規模の国家に比肩、あるいは超え得る組織力を持ちながらも、組織形態といった構成要素は未だに謎に包まれたままという脅威よりも不気味さが先んじる存在だ。

 死んだオータムは自ら亡国機業の手先と名乗った。敵の尻尾を掴む足掛かりとなる情報を秘匿する理由は無い。亡国機業が関わっていることが関係者に周知されるのは確実。そして直接襲撃の対処に当たったこの場の面々はそれを一足先に知っている。先ほどの美咲の言葉はこの場の全員がそうであるという前提を確認するためのものだ。

 必要なのはあくまで亡国機業という謎の組織が実行犯であるという認識のみ。それだけあれば十分だ。

 

「さて、敵の組織は亡国機業。皆さんがこれを認識していることを前提として話を進めましょう。詳細は追々改めて調査が進むことと思われますが、今回学園に襲撃をかけたのはおそらく実働部隊でしょう。ISを二機保有……していたわけですが、一機となった今でも依然脅威に変わりはありません」

「それは、サイレント・ゼフィルスの存在故にですか?」

 

 問いを発したのはセシリアだ。自身の愛機の後継にして祖国の威信を背負う新型機が敵の手中にあるという事実は依然彼女の心に重く圧し掛かっていた。

 無論、そればかりが全てでは無いということは重々に承知している。だが心情的にそれを優先的に見てしまうのは仕方の無いこととも言えよう。

 セシリアの心情を理解し慮っているためか、美咲は真剣な顔で頷き肯定する。

 

「勿論、それも含まれます。英国の最新鋭機を国家代表に比肩する乗り手が駆る。えぇ、確かに大きな脅威と言えるでしょう。ですが、ごめんなさい。オルコットさん、それは真に注力すべき本当の脅威ではありません」

 

 それはどういうことか、セシリアは、そして他の面々も無言で続きを待つ。

 

「確かにサイレント・ゼフィルスは現時点では脅威の一つです。ですがあくまで現時点の話。勿論向こうも同じようにするでしょうが、この場の皆さんが更に研鑽を詰めば遠くない未来に打破することは十分に可能。私はそれを確信しています。私が危惧しているのはサイレント・ゼフィルスよりも更に先、奥、彼のISの裏にあるモノです。えぇ、私はその存在に確信を持っていますし、知ってもいます。はっきりと言ってしまえば、サイレント・ゼフィルス程度(・・)を打破できるくらいではまるで足りないのです。ですからこれは皆さんを守るための警告です。もしも相対したならば決して戦ってはいけない。例え無様を晒したとしても逃げて構いません。そして私に伝えて下さい。然らば、私自ら出陣し対処をします」

 

 遊びなど一切無い、真剣そのものの美咲の言葉を全員が脳裏に刻み意識の内で反芻していた。あの圧倒的な実力を誇ったサイレント・ゼフィルスをあっさりと蹴散らした実力者の言葉だ。決してハッタリなどでは無いのだろう。だがそれでハイ分かりましたと言えるほど大人しい者は居ない。その筆頭とも言える楯無が真っ先に言い出した。

 

「貴女ほどの実力者がそこまで言う、サイレント・ゼフィルスの背後に居る者がそれほどの脅威というのは理解しました。ですが、流石にそう言われてあっさり引き下がるわけにはいきません。確かに貴女からすれば私たちの誰もが劣っているかもしれませんが、決して生半可に鍛えているわけでは無いですし、これからもそうです。あまり、私たちを軽んじないで欲しいものですね」

 

 開いたセンスで口元を隠し、僅かに目を細めながら楯無は告げる。楯無の言うことも理解できる。楯無本人は代理とは言えロシアの国家代表級、それ以外の面々も将来有望な原石達。そんな彼、彼女らが更に研鑽を積むのだ。確かに普通に考えれば強力な布陣となり得るだろう。普通ならば、だ。だが真の脅威はその普通が通じない。故に美咲はそれを分かりやすく伝える。

 

「では問いましょう。皆さんは、敵となり一切の情け容赦を排除した千冬を相手に勝てると思いますか?」

 

 今度こそ戦慄と共に室内が凍り付いた。ここまでの流れを黙って見守っていた千冬、学園長の轡木すら目を見開き驚愕を露わにしている。

 

「それはつまり、その敵のボス格ってやつは姉さんに、"戦女神(ブリュンヒルデ)"織斑千冬に匹敵する奴ということで?」

 

 一夏の問い掛けに美咲は無言のまま頷き肯定とする。

 

「おい、浅間。まさかとは思うがお前が感付いた敵の中核とは……」

 

 千冬の声にまさかと言うような、信じられないという色が混じる。

 

「おそらく更識さんは知っているでしょう。コードネーム"スコール"、亡国機業において実働部隊を取り纏める筆頭幹部と目される存在です。ですがスコールとはあくまで仮の名。本当の名は別にある」

 

 美咲の脳裏に思い浮かぶのはISの黎明期、今も昔も変わらずに自身と並びうる猛者として記憶し、知る者にこそ存在を知らしめた強者達だ。そしてそれは千冬の脳裏にも同様に浮かび上がったかつての記憶でもある。

 織斑千冬、浅間美咲、エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク、名実ともに黎明期から今に至るまでIS乗りの頂点に君臨する古豪。だがもう一人いる。その者を加えた四人こそがIS界の真の最強であり、同時に最後の一人を知るのはこの場に置いて美咲と千冬のみ。そして――

 

「スコール、本来の名をクローディア・ミューゼル。かつてアメリカにおいて一度たりとも表舞台に立たず闇に潜みながら、私や千冬、エデルトルートに肩を並べた真の極みに立つ者です」

 

 闇に潜み続けていた名を白日の下へを引きずり出したのであった。

 

 

 

 

 




 改めて、お待ちいただいた方々にはお待たせして申し訳ありませんでした。
 
 今回はいつもよりやや少ない文となっています。感覚で半分と言ったところでしょうか。今更ながらに一話あたりの量というものを考え直してみて、その試しといった形が今回このように現れています。
 差し支えなければ前回までとお比べ頂きご助言を賜れれば幸いです。

 順当に行けばあと少しで学園祭編も締めとなります。
 その後にもう少し、本作独自となる話を一つやって五巻編を終了とさせて頂きたいと思います。一夏やヒロインズとは別の、ある人物に少しスポットが当たる予定です。

 それではまた次回更新の折に。
 お読み頂きありがとうございました。




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第八十話:人の身で足りぬなら

 結局、亡国機業の幹部としてクローディア・ミューゼル、現コードネーム「スコール」の名が明らかにされたこと以外に特別なことを美咲は話さなかった。精々がスコールの圧倒的実力とその脅威、相対することの危険性への再三の念押しくらいのものだ。

 その後に千冬から今回のことへの他言無用、専用機持ちとして敵から狙われることへの注意と再度の学内の有事に際しては再び出動してもらう可能性があることなどが語られ、その場は解散となった。IS学園という組織として今後どのような対応を講じていくか、各国政府機関への報告と今後の連携はどのようになるかなどの組織、政治的な話は今後進んでいくことになる。しかしそれは一夏ら生徒にはやや縁が薄い話だ。

 

 

「結局、敵の側のやべー奴の名前が分かった以外は特になんもなかったな」

「それは仕方ないだろう。これ以上は組織的、政治的要素が大きく絡んでくる。そこは学園上層部の領分だ。

 仮に亡国機業との衝突があるとしてその際の学園を軍と捉えるなら、我々は少々腕の立つ一兵士に過ぎない。知れることには限りがある」

「おいおいラウラ。ここ学校、オレら生徒よー?」

 

 身も蓋も無い言い方をするラウラに一夏が苦笑交じりで返すも、ラウラは肩を竦めて一夏の肩をポンと軽くたたくだけで返す。

 

「ま、癪だけどラウラの言うことにも一理あるわ。今のIS業界、各国の軍部がガッツリ絡んでるわけだし? 訓練機とは言えISをがっつり配備してるIS学園は見る人によっちゃ立派な軍事施設よ」

「まぁまぁ鈴、織斑君だって理解はしてるよ。今のはほら、あれだよ。場を和ませるジョーク?」

「いや、オレは割と本心は言ってるんだけどねえ?」

 

 そう。一夏とて理解はしている。とは言え思わずには、言わずにはいられないのというのが人の性というものだ。

 

「けど、向こうの目的がISの奪取なのは分かった。なら、それを警戒すれば良いだけ。……分かってる? 織斑君、篠ノ之さん」

「ま、今回はオレが直接のターゲットになったわけだしな」

「わ、私もか?」

 

 瞬間、その場の全員の目が「何寝ぼけたこと言ってんだコイツ?」と言わんばかりに箒へ向けられる。

 

「あのね、箒? いい? あんたのISは現状世界に一つだけの第四世代、しかも篠ノ之博士のお手製。しかも使ってるあんたはまだペーペーもペーの林○パー子よ! 向こうからすりゃ恰好のカモね!」

 

 キッパリと断言する鈴の言葉に全員がウンウンと頷き、箒も流石に自覚はあるのか言葉に詰まり反論できずにいる。

 ところで――と、箒についてこれ以上言っても仕方が無いので話を変えようと一夏が声を上げる。

 

「とりあえずさ、何だかんだで言いそびれてたんだけど、言っていい? てか言わせろ。

 お前ら――なんで全員オレの部屋に集まってんねん」

 

 思わず似非関西弁が出てしまったのはご愛嬌。そう、学園祭が終わり、その後の重苦しい話が終わり一先ずは解散となったその後、三々五々に散ったはずのお馴染み一年専用機組は所用があると言うセシリアを除いて全員が一夏の部屋に集まっていた。

 理由は至って単純。入学当初は箒と同室だった一夏だが、その後学園側の方でも諸々の調整が付いたことで他の生徒も少々巻き込みお引越し、夏休み前には一人部屋を獲得するに至っていた。

 そして一人部屋ということは今回の騒動に無関係な他の生徒が話を聞いてしまうという恐れが少ない。話し合おうにも周りの目と耳を考えればとなった結果、自然と全員が一夏の部屋に集まっていたという寸法だ。

 

「まぁその理屈は分かるけどよ。なんだかなぁ、自分の部屋にこうも集まるってのは、どうにも落ち着かないもんだな」

 

 別に彼女らを拒絶しているわけではない。少なくとも今後、亡国機業との対立において関わりがあるだろう面々で、他の生徒には聞かれない場所で、揃って論ずる。そのために一夏の部屋を使用するのが適しているのは一夏自身認めるところだ。

 とは言え、同時にこの部屋は学園内において数少ない一夏のパーソナルスペース。気の知れた友人とは言え、一気に大人数を入れることには何とも言えないむず痒さも感じていた。

 そんな一夏の心中、その理由を察してか鈴がややニヤけた顔で聞いてくる。

 

「ハッハーン、なるほどねぇ? つまり一夏としてはあんまりあたし達に見られちゃマズいものがあるわけだ? ふ~ん?」

「別にそんなんじゃないけどさ。まぁ確かに、だいぶオレの居心地の良いようにあれこれ置いたりはしてるけど……」

 

 一人部屋、基本二人部屋構成となっている学生寮においてこれほど特別な空間は無い。そもただでさえ女子だらけの中の唯一の男子として、それなりに気を使ってもいるのだ。そんな中にあって唯一、一人で落ち着ける空間を得られたのだからその喜びは推して知るべし。しかしただパーソナルスペースを確保しただけでは物足りない。何かを得たのならもっとと考えるのが人の性というもの。気が付けば一夏はお気に入りの私物を少しずつ、しかし絶やすこと無く部屋の中へと増やしていった。

 さてそうなれば後は一夏の思うまま。あくまで問題にはならない範囲ではあるが、今や部屋はすっかり一夏の色で染められていた。

 

「まぁ、なんというか、本当にあんたらしいわよ。枕元に刀を置いてる生徒、ていうか高校生なんてあんたしかいないんじゃないの? てか銃刀法はどうしたのよ」

「そこは抜かりない。つーか刀は銃刀法の管轄じゃねーよ。登録証は必要だけどさ」

 

「織斑くん織斑くん、本棚の上のこのフィギュアさ、何かのキャラクター?」

「おうそれな。当ててみろよ。モデルは歴史上の有名人だし、多分シャルロットなら絶対分かるぜ」

「え? う~ん、この大きな旗が目立つよねぇ……。もしかして、ジャンヌ・ダルク?」

「はい正解。いやー、クレーンゲームの景品なんだけどさぁ。わざわざ取るのも手間だから通販でポチッたんだよ」

「それクレーンゲームの意味無いんじゃないかなぁ?」

 

 気が付けばいつの間にか一夏の部屋の物色会が始まりかけていた。少々趣味の色が強いながらも疚しい物は、物はあくまで置いていないと自負はしているが、あまり漁られるのも嫌なのでボチボチお開きにするかと内心で定める。

 敵は亡国機業、狙いは自分の白式や箒の紅椿、続いて恐らくは鈴達が持つ第三世代専用機、それらの奪取。自分の場合はついでに身柄もだろう。それらが狙いと分かり、ならば各々警戒を強め以後対策を深めていく。今日のところはそこまで纏められれば十分だ。

 時間も頃合い、そろそろ腹の虫が鳴き出すだろう。メシ行くぞメシと言いながら追い立てるように全員を部屋から追い出し、夕食ついでに場をお開きとさせた。

 

 食堂に向かう途中、どこか疲れた表情のセシリアとも合流を果たす。おそらくは敵の手に渡っていたサイレント・ゼフィルス、自国の新鋭機の件について本国とあれやこれやと連絡を取り合っていたのだろう。常に毅然とした雰囲気と余裕を纏うセシリアだが、今回ばかりはそれらを取り繕う暇も無いようである。しかしそこは事情を知る者同士、話に深くは踏み込まずに黙って級友を労わる。合流してすかさず隣に寄った鈴が小声で話し合いの結論を告げ、ついでに一夏の部屋が愉快だから一度冷やかしに行ってみろともけしかけると、その背を軽く叩いて食堂へと引っ張って行った。

 

「あぁいうところ、見習うべきだよなぁとはつくづく思うよ」

「へぇ、君でもそう思うことがあるんだ」

 

 意外と思っているのか思っていないのか、平坦な簪の言葉だが一夏は小さく頷いて返す。

 時たま短気になりやすいところを除けば鈴の人柄、誰とでもすぐに打ち解け自然と距離を近づける、そして相手への気遣いをごく自然にできるところは美徳そのものだと一夏は前々より思っていた。一夏、数馬、弾、そして鈴。一夏は小学校からだが、中学以来すっかり腐れ縁仲の間柄にあって、弾はともかく一夏に数馬という一癖どころか二癖三癖はあるような人間と友人関係が続いているのは、むしろ鈴のその気質によるところが大きいだろう。

 

「多分、亡国機業(やつら)とこれから()り合うとしたら、少なくとも今のオレたちじゃソロはキツイ。かっちり連携決めて、仲間として、チームとして力を合わせなくちゃならない。そういう時、鈴みたいな奴は大事だろうよ。きっと、みんなの中心になってくれる。いざって時にケツを蹴りあげてくれる。オレにはどうにも難しい。多分オレは、チームメンバーその1くらいがお似合いだよ」

 

 気が付けば一夏は歩く足を止めていた。鈴たちを始め、既に他の生徒たちは夕食のために食堂へ向かったのだろう。廊下には人の気配は殆ど無く、静寂の中で一夏は佇み眼前を、しかしこの場では無いどこか遠くを見つめるような眼差しをしていた。

 

「さて、その中でオレは何ができるのかね」

「……普通に、一緒に戦えば良いだけ」

 

 一夏に合わせてか隣に立った簪は、一夏の疑問にさも当然のように答える。その模範解答のような答えに一夏も、そうなんだけどさと苦笑を浮かべる。

 

「けど、それで足りるのか?」

 

 浅間美咲は言った。目下最大の敵、スコールは千冬に匹敵する現IS操縦者界における最強の一人だと。千冬、美咲、ラウラのドイツでの上官と確かに対抗し得る者はいる。しかし、本当にその者達がスコールの相手を、まさにその時にできるのか。スコールがその猛威を振るわんとする時、相対するのが自分たちの可能性だって大いにあるのだ。仮にそうなった時、例え力を合わせたとしても今の、あるいは今より少し成長しただけの自分たちで勝てるのか。勝負をできるのか。守るべきを守れるのか。何より、挑んだ自分たちが生きて帰れるのか――。

 そして何も敵はスコールだけではない。

 

「浅間さんは、あくまで推測だけどって前置きしてだけど、言ってたろ? 亡国機業(やつら)という組織も考えろって。ショ○カーやゴル○ムみたいなマジモンの秘密結社かもしれない。ISなんて持ってるには、どこぞのえーと、軍産複合体? かもしれない。下手こいたら実は大国同士が裏で繋がってた秘密組織かも、なんて言ってた。なぁ、本当に足りるのか? 何も全部相手にして根こそぎ潰すってまではならないにしてもだ。本当にそんな、全部がまるで見えないどこまででかいかすらさっぱり分からないようなのが敵になるとして、本当に今のまま、今の進み方で良いのか?」

 

 黙って聞いていた簪はふと気が付いた。一夏の声が普段と違う。明らかに普段は見せない感情を含んでいる。それが何なのかはすぐに分かった。それは――

 

「怖いの?」

 

 恐怖だ。どうにも信じがたいが、間違いなく一夏は少なからずの恐怖心を抱いている。亡国機業という未知の、そして強大な存在が敵であるということにだ。

 

「――あぁ」

 

 そして一夏はその恐怖を認めた。

 

「けど、オレが狙われてるからじゃない。まぁ、そういうのがあるだろうなってのは最初の時から何となく感じてはいたさ。いざ本当にその時が来たら、正直この世に未練は五万どころか百万千万とあるけど、自分で自分の首刎ねて強制終了させてやる。やりたかねぇけどな。

 だがそいつはオレのことだ。でもオレ以外のやつが、弾や数馬、弾の妹の蘭ちゃんとか弾と数馬の家のおじさんおばさんとかさ。それだけじゃねぇ、例えばこの学園だよ。割と気に入ってるんだ。クラスの連中、張り合いのあるパイセン連中、お前ら。例えばオレだけ無事で、お前らがってなったら、そいつは……最悪に胸糞悪い」

 

 そう、敵の存在が明確となった。それにより考え得る最悪な“もしも”を考えてしまった。仮にそうなる可能性があるのであれば――

 

「足りないよ。今のままじゃ足りない……」

 

 そのまま一夏は僅かに顔を伏せると、すぐ隣に立つ簪にすら聞こえないほどの小声を口の中から発することなく呟く。何か考え込むようなその様子が数十秒ほど続いただろうか。再び沈黙した一夏は何かを決めたように顔を上げて前に向き直った。

 

「よし決めた。うん、やっぱオレにはこの方が良い。うん、オレらしい」

「……何が」

「うん、やっぱりね。みんなはみんなで頑張って力を合わせて強くなればいいと思うんだ。多分、その辺の人間関係は鈴が上手くやってくれるさ。シャルロットも得意な口だよな。力を合わせて巨悪に立ち向かうんだよ」

 

 一夏が出したらしい結論はさっきまで疑念を抱いていたソレと何ら変わりは無い。だが、その中身の違いを簪は鋭敏に読み取っていた。

 

「それで、その時君はどうするの?」

 

 そう、一夏が語る「みんな」の中に一夏は自分自身を含まなかった。ならば外れた一夏はどうするのか。まさか一人尻尾を巻いて逃げるということはまず有り得ない。だとすれば――

 

「オレは、オレでやるさ」

 

 当たり前と言うような真顔でそう言った。

 

「箒やセシリア、鈴にシャルロットにラウラ、お前や会長。力を合わせて頑張ってくれ。オレは、まぁ、そうだな。みんなじゃできないことをやってるさ。あぁそうだ。足りないなら、足りるようにすればいい。その良い目標が、ひーふー……三人はいる! そうさ、あそこまで至れば、それを超えれば……全部オレの手で……!

 ……よし決まりだ。となると、早速頑張らなきゃな! いやー、勉強修行そして心をオアシスのオタ活、忙しくって人生時間が足りねぇなぁ! 行くぞ簪! まずは夕飯だ夕飯! 確か今日の目玉は焼肉定食だ! 肉だぞ肉! 夜は焼肉っしょー! フォーウ!!」

 

 一気にテンションを上げた一夏はそのままの勢いで大股に歩きだすと食堂へと向かっていく。その姿に一瞬呆けた簪だが、すぐに着いていくべく歩き出し、ふと思い立って再度一夏を呼び止めた。

 

「ねぇ織斑君」

「ん? どした? オレ腹減ったんだけど」

「さっきのに一つ追加、聞いて良い?」

「……いいぜ」

 

 そのまま一夏は続きを促す。

 

「もしも織斑君がソコ(・・)まで至ったとして、君は何になるつもり?」

「……さてね、オレはオレだから。まぁその時になってみないと分からないよ」

 

 けど、と言葉を続けようとして、一夏の表情からは先ほどの高揚は消え去りその目には再び刃のごとき鋭さが宿った。

 

「もしそうあることが必要で、敵がオレをそう呼んで恐れるなら、良いさ。オレは、鬼にも羅刹にもなってやるさ」

 

 それだけ。答えた一夏は今度こそ振り向くこと無く歩き出す。その少し後ろを簪はただ黙って着いていく。前を行く一夏は振り向かず、簪の横を歩く者、後から追い縋る者もいない。故に誰も気が付かなかった。彼女の閉ざされた口。その形のいい唇がうっすらと笑みを浮かべていたことを。

 

 

 

 




 



 なんと申し上げましょうか。えぇ、大変にお待たせしました。
 気が付けば昨年の夏以来となりますが、なんとかの更新です。
 こんな不甲斐ない作者と作品ですが、どうか今後も細長い目で見守って頂ければ幸いです。

 さて、今回で学園祭話は一区切り。原作ならこのまま例のレースですが、まぁそろそろ拙作も拙作としての路線に行くべきかと。
 というわけでここから少しの間、多分原作には無いでしょう拙作ならではという話を展開できればと思っております。
 個人的に書きたかった場面もありますため、今度はあまりお待たせせずにお送りできればと思う所存です。

 それではまた次回更新の折に。
 感想ご意見、些細な一言でも大歓迎。随時お待ちしております。
 わかりやすく言えばテンションへの餌を下さい。以上!


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第八十一話:彼は人か悪魔か/選定の壁は剣鬼

 前回更新分の編集時に切り離した部分に加筆をしたのが今回です。
 今回の話は繋ぎのソレ。シンプルかつ短くなっております。

 さて、原作キャラ関係者かつ出す意味はあるにはあるとはいえ、またもや新キャラ。相変わらず懲りないですね、自分。


 亡国機業によるIS学園への襲撃、一大事と呼んで良い事件ではあったがそれも一先ずの終わりを迎え、夜になる頃には世間はいつも通りの静けさを取り戻していた。

 だがどれだけ周囲が、世間がいつも通りとなっていても事件に関わった者、それを知る者は決していつも通りとはいかない。夜が更けてなおも未だにIS学園内の関係者は事件の事後処理と今後の対応に追われている。

 学園の即応戦力として亡国機業と直に矛を交えた生徒らは唐突に現れた敵の存在に各々の考えを巡らせ、そして次こそは完全なる勝利をと意気込みを新たにする。

 

 そして学園から離れた場所においても、今日という一日を振り返り、思惑を巡らせる者達がいた。

 

 

 

「さて、今日のところは一段落。だが、忙しくなるのはここからだ。亡国機業、ようやく表に出てきてくれたよ。親父殿の代からこっち、随分と待たされた」

「その割にはやけに楽しそうに聞こえますが」

 

 都内郊外某所、とある邸宅の一室に二人の男の声が響く。

 

「かもしれないね。あぁ、平穏これ事も無し。私の立場を考えればそれこそが一番なのだろうが、性というべきなのかな。どこかで彼らが引き起こす事態を望んでいる私がいるのも否定はしない」

「少々、語弊がありますね。正確には亡国機業が事件を引き起こし、貴方がそれをその拳で以って屠る、でしょう。付け加えるならば、その事件にかこつけて政府を始めとした国内各所における膿を取り除きたい、というのもありますか」

「うん、流石だ。その通り。あぁそれと、もうその言葉遣いは良いだろう。一応、今日はもうオフだ。公の場ならともかく、私とお前の間にそんな遠慮は不要だろう」

「ならご希望通りに」

 

 仄かな明かりの下で言葉を交わす二人は壮年にあって、しかし満ち満ちた気力のためか実年齢より若々しく見える。気の置けない間柄ゆえか交わす言葉の軽やかさもそれに拍車をかけていると言っても良い。

 

「さて、亡国機業のことも大事だがね。実のところ今日はもう一つ、非常に気になっていることがあるんだ」

あの二人(・・・・)のことか」

 

 首肯で答えは十分だ。

 

「確か例の彼の親しい友人。五反田君に、御手洗君だったな。あぁ煌仙、だがお前が気にしているのは御手洗くんの方か。何せ娘の彼氏だものなぁ」

 

 からかうように言われた二人の内片方、更識 煌仙は否定するつもりは無いのか肩を竦めながら頷く。

 

「それはそうさ。――正直、ウチの娘に本当にそんなのができるとか思ってなかった。むしろお前の娘の方、虚ちゃんや本音ちゃんの方が先だと思っていたよ」

「……確かに、当代ならともかく、簪ちゃんにというのは俺も相当驚いているけどね?」

 

 煌仙と向かい合う彼の名を布仏(のほとけ) (まこと)。更識当主家の姉妹に仕える従者姉妹、虚と本音の父親、そして『更識』においては煌仙の側近の筆頭にして煌仙に次ぐと言って遜色ない実力を持つ存在でもある。

 だがそんな大仰な肩書もこの場に置いてはさしたる意味はない。幼少より主従に留まらずある種の兄妹として、無二の友として育ち、共に子を持つ父親となった身。話題がそれぞれの子のこととなれば、自然やり取りは私人としてのソレになる。

 

「まぁ御手洗君のこともそうだが。その前にだ。五反田君、彼についてはどう思う?」

「端的に言えばごく普通の少年だ。少しばかり他の同年代より肝が据わっていると思うが、特筆するような点は……ご馳走になった野菜炒めは美味かったな」

「彼の家の食堂、調べたら口コミサイトの評価が中々高くてね。早い、美味い、安いと揃ってる。正直、個人的に贔屓にしたいとは思う」

「男として欲しいポイントを押さえてるのが強みだな。……また今度プライベートで行くか」

 

 知る人ぞ知る地元の名店、五反田食堂。思わぬところで新規顧客の獲得に成功していた。

 そも如何なる経緯を経て二人が弾と数馬を知ることになったのか。端的に言えば、学園祭の後に弾が意気投合した相手、それが煌仙であったというだけの話。その後に合流した数馬と二人、揃って真の運転する車にてそれぞれの家まで送り届けたという流れだ。ついでに時間も頃合いだったので弾の家で夕食も馳走になったというおまけがつく。

 おそらく弾はその出会いを偶然と捉えているだろう。だが、それは決して偶然などではない。

 

「さて、じゃあ話を変えて。我が娘と恋仲になるという勇敢を見せてくれた御手洗君についてだが、真の率直な意見を聞かせてほしい。ちなみに私の見解だが、まぁかなり頭のキレる少年だよ。おそらく、私が五反田君と接触したのも偶然とは思ってはいまい」

 

 そう、全ては煌仙の思惑通り。織斑一夏、日本国政府に属する者として、『更識』の者として、一個人として注視に値する彼の数少ないターニングポイントが弾と数馬の二人だ。

 他でも無い数馬と簪が煌仙の知らぬところで話した通り、明確な血縁者が千冬のみ、交友関係もややドライな一夏にとって、弾と数馬は彼を害する者には格好の人質となり得る。その二人がどのような人物か、後々のことも含め好機と判断した故に煌仙は彼らへ接触するよう動いていた。

 その思惑をおそらく数馬の方は見抜いている、それが煌仙の見立てだ。唐突に簪から『付き合う男子ができた』とメッセージが届いた時は驚いたものの、なるほど確かにあの娘らしいと納得させられてもいた。

 

 

 御手洗数馬を如何に捉えるか、その問いに合わせて煌仙の纏う雰囲気が微妙に変わったことを真は手に取るように把握していた。その上で煌仙が望む答えとは、考えるまでも無く長年の付き合いによる経験が最適解の言葉を真の口より発させた。

 

「はっきり言わせて貰おう。悪魔か化生の類だ。件の織斑一夏にしても、武人(われわれ)の観点で言えば相当な原石。だが、『更識』の者として見るなら、彼の方がはるかに末恐ろしい」

 

 それこそ待ち望んでいた答え、そう言うかのように煌仙は薄明りの中で小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭に関わる諸々が落ち着きを見せた数日後、学内には新たな話題の種が盛り上がっていた。

 かねてより計画が進められ、学内においても一部の生徒が関わっていた倉持技研の新型機、そのIS学園内におけるテスター選抜の最終試験実施日を迎えた。

 ここまでくれば内々の進行とする必要もない。学内の各所には実施の旨が告知され、希望者はその選抜試験の模様を観覧することができる。試験内容は新型機を装着した候補者と、学園・倉持技研共同による選抜試験運営が用意したアグレッサーの模擬戦闘に依る。

 基本的に打鉄、ラファールが主であり後は代表候補生らの一部が駆る専用機しか見ない学内において別の機体、それも完全な第三世代とまではいかずともカタログスペック的には匹敵しうる新型が見れるとあって、土曜にも関わらず試験会場のアリーナ観客席はそれなり以上の人の入りを見せていた。

 

 

「それではこれより、我々倉持技研開発の新型機、そのIS学園内テスター選抜の最終試験を始めさせて頂きます」

 

 アリーナピットに集ったテスター候補者達の前で進行役を務めるのは倉持技研所属技術者の川崎。常ならば一夏の白式や簪の打鉄弐式に関するメンテナンス調整を主な用事として学園に出向く彼だが、今回はこちらがメイン。

 

「試験の内容については事前にお配りしていた資料の通りです。今回、政府の援助もあり試験用に新型機『紫電』を二機、用意しました。まず皆さんには交代で紫電のテスト操縦を行って頂き、その後にアグレッサーとの模擬戦闘を行って頂きます」

 

 進む説明と並行しての質疑応答。テスト操縦の持ち時間、模擬戦闘の判定方法、模擬戦闘結果の合否判断における役割、試験内容の認識が進んでいく中でその質問が出たのは最後のことだった。

 

「アグレッサー、模擬戦闘の相手は誰ですか?」

「そうですね、確かに。事前に紹介は必要でしょう」

 

 頷いた川崎は控えていた別のスタッフに相手を呼ぶように指示を出すと続ける。

 

「今回、この選抜模擬戦も特殊な形になっています。通常でしたら模擬戦の相手には学園の先生方、あるいは当社所属のテストパイロットや自衛隊に依頼しての派遣となるのですが、より機体と乗り手のありのままを見ようと考えた結果、先方からの打診もあり今回の決定に落ち着きました」

 

 川崎は語る。そも今回の新型『紫電』は単なる打鉄の発展機に留まらない。開発にあたりデータを基とし機体は三種。打鉄のこれまでにおける広範に渡る稼働データ、更識簪が駆る打鉄弐式の情報処理能力。そして、第三世代『白式』の経験を補って余りある高機動性を活かした乗り手の技量による格闘戦のデータ。そして紫電に特に活かされたのは白式のデータ。であれば、相手取るならば源流である白式こそ相応しい。

 そこまで語られたところで候補者全員の脳裏にもしやという考えがよぎる。だがそれを誰もが露わにするより早く、アグレッサーが到着したことでピットに通じる扉の一つが開き、刹那に寒気すら覚える剣気が候補者全員を貫いた。

 

「……」

 

 剣気の主は無言のまま歩を進め川崎の隣、候補者たちの前に立つ。

 その顔を集った全員が知っていた。いや、知らない者など居ないと言っても良い。だがその表情、その眼差しは()を知る彼女らの誰もが知らない、殺気すら混じったものだった。

 

「直前となりましたがご紹介します。今回の選抜模擬戦、相手機体は白式。そしてパイロットは、織斑一夏さんです」

 

 そして一同の前に立った一夏は無言のまま、刃のごとき眼光の鋭さを微塵も緩めることなく息を詰まらせるような殺気と共に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 




 冒頭は更識パパと虚ちゃん本音ちゃんパパの会話。更識一門親世代の場面。
 さて、二人の話題に挙がったあいつは一体何をしでかしてくれたのか。それはまた後々に。

 そしてもう一つ。夏休み編よりちょくちょく話題に挙がっていた倉持技研新型機のテスター選抜も何かいつの間にか終盤になっていました。

 なぜ一夏が模擬戦相手になっているのか。
 なぜ一人で全員を相手取ろうとしているのか。
 なぜ敵に向けるような殺気を出しているのクワァ!

 その答えはただ一つ……

 ハァー

 また次回で!!


 感想、ご意見、随時大歓迎です。どんな些細な一言でも構いませんので、お言葉を残していただければ何よりの喜びです。
 この新型機テスター選抜はかねてから書きたかった話、なんとかモチベーションを維持して次回もお届けしたいです。

 それでは、また次回更新の折に。



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第八十二話:求めるは只人に非ず

 更新です。

 前回、新型機テスターの選抜模擬戦に現れた一夏。なぜそうなったのかの一幕です。 今回からしばらくは一夏もマジモード入ってますよ。


「珍しいな。お前が自分から私の部屋に来るとは」

 

 学園祭、つまりは亡国機業の襲撃から僅かに日を置いたある日の夜、学園職員用の自室で千冬は一夏を迎え入れていた。

 話したいことがある――携帯のメッセージアプリに送られてきたのは簡素な言葉だが、それが言葉で発せられたならその声は決して軽いものでは無いと読み取った千冬は同じように簡単な承諾の返事のみを返した。

 それから数分の後、一夏の姿は千冬の部屋にあった。

 

「部屋、片付いてるんだな」

 

 考えてみれば寮内の千冬の部屋に入ったことは片手で数えるくらいしかない。私生活におけるズボラぶりを知っているだけに、思いのほか片づけられている部屋に僅かながらも一夏は驚いていた。

 

「一応、寮の管理スタッフに清掃も頼んではいるからな。――ほら、座れ。話があるんだろう、一夏」

 

 "織斑"とは呼ばずに名前で呼ぶ。つまりこの場は学園の教師生徒ではなく、あくまでただの姉弟としてのもの。察しの良さに内心感謝しつつ、勧められた椅子に座った一夏は話を切り出す。

 

「単刀直入に、この前の学園祭。亡国機業の襲撃のことだよ。その時の向こうのISのこと」

「ふぅ、姉弟で話すには少し物騒な話題だな……。まぁ良い、なんだ」

「あの蜘蛛女(オータム)が使ってたIS、アラクネだっけ? 情報は関係者の共有事項ってやつでいくらかオレにも回ってきてる。確認だけどあれはアメリカの第二世代、それが試作段階で強奪さ(パクら)れたってので合ってるよな?」

「そうだ。アメリカの第二世代としては現行のコンバット・イーグル型が主流だが、あれはISの実験段階だった第一世代から本格的な運用を目的とした第二世代へ移行するにあたって、既存の米軍体系によりスムーズに馴染むよう組み込むことを主軸に開発されている。だがあのアラクネの場合は違う。元々の軍体系から外れてでも、あることを主目的として作られた」

「それが対IS……。まぁ、天下のアメリカ様だ。そのくらいはするよな。ただ、開発してやっとこ運用をって段階で、盗られたんだよな」

「そうだ」

「だとしたら、姉さん。パクった亡国機業の目的ってやつはなんだと思う?」

 

 その問いに千冬は顎に手を当ててしばし考え込む。世に名高きブリュンヒルデ言えども所詮は腕っぷしが人一倍強かっただけというのが千冬自身で自認するところ。世のあらゆるを知っているなど口が裂けても言えないが、何しろ弟が真面目な顔で聞いてきている。ならば少しでもまともな答えを返すのが姉の威厳、矜持というやつだ。

 あくまで推測だが――それでもそう前置きをして千冬は語る。

 

「まず端的に言えば組織としての戦力の強化だろう。これまで表立っての動きが殆ど無かったとはいえ、今回の襲撃のような事をしでかすには相応に戦力が必要となる。その点でISはうってつけだ。

 次に考えられるとしたらISに投入されている技術だ。最新のISには当然ながらその国家の、更には世界的に認知されている最新技術が集約されていると言って良い。その中には、その関係者しか知らないような秘匿性の高いものもある。それは手にすれば力にもなるし金にもなる。なんなら人を惹きつけ、政治的交渉カードにもなるだろう。亡国機業がどんな組織なのか。単なる秘密結社か秘匿された軍産複合体か、いずれにせよ組織である以上それらはあって困ることは無いだろう」

 

 他にも色々あるがすぐに思いつくのはこれぐらいだ、そう千冬は締め括る。だがそれでも十分なのか、一夏は大きく一度頷き再度、今度は確認をするように問う。

 

「てことはだ、姉さん。どこ製にしろ、国家が開発してる新型機ってのは確実に――かは何とも言えないけど、連中に狙われる可能性が高いって認識で良いのかな」

「そう、だな。それは、十分に考えられることだ。現に我々はその事例を知っている。サイレント・ゼフィルス、あれだってその類だ」

「そっか……」

 

 そのまま考え込むように僅かに俯きながら一夏は沈黙を続ける。(ちふゆ)からすればまだまだ未熟なところの多いお調子者と思っている(いちか)だが、それでも時にはこうして真剣な面持ちになる。

 だがそれでも、今回はいつもとはまた違う。だからだろうか、知らず千冬の口は動き一夏へと言葉をかけていた。

 

「一夏、何を考えている」

「……」

 

 目線だけを上げた一夏の瞳が一瞬揺れる。言うべきか否かを考えているのだろう。だが言うことにしたらしい。決意の光を瞳に宿して、ただ一言を発した。

 

「――紫電」

「……そうか、それがお前の真に聞きたいことか。そうだな、あくまで私の見解だが、"そうだ"と答えておこう」

 

 

 千冬の部屋を出た一夏は歩きながら携帯で電話を掛ける。既に時間も遅いと言って良い。本来なら日と時間を改めるべきなのだろうが、それでも急ぎたかった。

 そして数度のコールの後に相手は出た。開口一番、遅い時間の電話への詫びから切り出した一夏に相手は快く流す。そして挨拶もそこそこに一夏は本題を切り出した。

 

「"例の件"、お願いしたいことがあります。我ながらとんだ無茶は分かってますけど、それでも――」

 

 

 

 

 

 

 

「あの、これってどういう……」

 

 新型機テスター選抜、その最終選抜でアグレッサーとして現れた一夏の姿に候補者たちは少なからず驚きの様相を呈している。その中の一人が言いかけた疑問に、言い終えるより先に一夏は答える。

 

「オレが、川崎さんに直に志願をしました。さっき説明があった通り、今回の新型機"紫電"はオレの白式が開発のベースとなっている。だからオレは紫電のことを多分先輩がたよりは早くから知っていたし、先輩たちがテスター候補になっていることも知っていた」

 

 だから――そこで言葉を切り一呼吸の溜めを作る。

 

「試してみたくなったんですよ。紫電がどんなISなのか。それを操る人が、どんな人なのかを」

 

 声だけを聞けば好奇心を隠し切れない笑いを含んだ声だ。だが語る一夏の内心が到底穏やかとは言えないのは彼の目を見たこの場の全員が理解をしていた。

 

「織斑、建前を聞くつもりは無い」

 

 このままでは一夏が本心を明かすことは無い、そう判断した初音は言外に本心を言えと言葉を投げつける。

 初音の言葉に一夏は鋭く細めたままの視線を向ける。その眼差しを初音は真っ向から受け止め、同じようにほんの僅かだけ細めた視線を返す。

 

「……」

「……」

 

 無言のまま数秒だけ視線を交わし、仕方ないと判断したのか一夏は小さくため息を吐き再度候補者たちに向き直る。

 

「紫電は、間違いなく世界で見ても新しく作られたISです。オレの同級の専用機持ち連中のISみたいに特殊な兵装がある特別なワンオフってわけじゃない。新型って言っても打鉄とかラファールとか、その延長だ。けど、少なくとも今は間違いなく世界でも特に新しい特別なISだ。だから、何に狙われるか分からない」

 

 狙われる、些か物騒な物言いに候補者たちの眉が訝しげに歪む。紫電の開発メンバーの主軸の一人であり、故にある程度事情を知っている川崎は横目で一夏に、それを言っても良いのかと視線を送り彼を慮る。

 そんなことは百も承知、その上で一夏は話すと決めたのだ。何せ彼が紫電に向ける危惧は、他ならない彼自身がつい先日に身を以って体験したことだ。

 

「生意気大口は百も承知。でも、だから、オレはオレ自身で確かめたいんですよ。先輩がたがその状況に出くわした時にどこまで、その気(マジ)になれるのかを。

 そしてもう一つ、他でも無いオレ自身のため。次こそは、その次も、次の次も、そのずっと先も、確実に潰すためにだ。先輩がた、あんた達の積んだ経験をスキルを喰わせて貰う」

 

 ピットに現れた時の怜悧なものとは違う、熱を孕んだ殺気が一同に叩きつけられる。だが今度は誰も怯まない。むしろその逆、一夏に向けての闘志を各々が胸中で湧き上がらせる。

 つまるところあの後輩(イチカ)は自分たちを、自分たちの将来を決めるかもしれないこの場を、自身のための餌と言っているのだ。

 大した生意気だと思うし、急速に実力を付けている成長速度はそう言えるだけの自信を彼に与えたのだろう。だがそこでハイそうですかと言ってやるつもりは誰も持っていない。それが望みなら、その通りに上級生としての矜持をぶつけてやるだけだ。

 

「では、また後で。よろしくお願いしますよ、センパイ」

 

 そう言い残し一夏は準備のために一足先に踵を返して歩き去って行く。残った候補者たちには引き続き選抜模擬戦の説明がされる。

 模擬戦終了の基準である有効箇所への被ダメージ、あるいはシールド残量の規定値分の減少。紫電の機体特性への適性判断を目的とした武装の限定、種々の説明や準備が終わりいよいよ模擬戦本番の時を迎える。

 一番手は第二学年に属する生徒の一人。紫電を身に纏いアリーナに降り立った彼女は離れた位置で既に待機していた白式を見る。学内でも特に有名な一人、しかしこうして相対するのは初めてのことだ。

 ヘッドセットに付けられたバイザーで一夏の表情を窺い知ることはできない。だが離れていても白式から、一夏から発せられる闘気が肌に圧迫感を与えてきているのを感じ取っていた。だが臆することはできない。彼女自身、相応の志を持ってこの場に臨んでいる。何より、どれだけセンスや素養を持っていたとしても後輩相手に後れを取ることを彼女自身の意地が許さない。

 

(そうよ、やってやろうじゃないの――!)

 

 胸の内で決意を固め直し静かに構え――試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「え――」

 

 ブザーが鳴った瞬間に超高速で白式が間合いを詰めてきた、まともに覚えているのはそこまでだ。

 気が付けばISを纏ったまま地面に倒れていた。脳が揺れるような感覚と定まらない視界に不快感を感じながら茫然とする。顎のあたりに衝撃を受けた感覚が残っている。これが原因だろうか。

 一時的なものか、聴覚も上手く働かない。だが、規定回数の有効ダメージを受けたことによる自身の敗北、そのアナウンスは確かに聞こえた。

 

(なに、ガ……)

 

 混濁する意識の中、それでも一つだけ分かることがある。彼女の選抜試験は、ここで終わりということだ。

 そして倒れる彼女のすぐ側。上級生を反撃の間もなく下した一夏は僅かな達成感も無い表情で立っている。そうして、一切の武装を持っていない白式の手を見ながら短く言った。

 

 

「――次」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 少し更新ペースが取り戻せているかなと思う今日この頃。この調子で頑張っていきたいものです。

 始まった選抜模擬戦。一々ちゃんとバトルしてたら時間かかって仕方ないので、ルールを設けてあります。そこは本編中にて。
 まず一人目の二年生は瞬殺と相成りました。実のところ、ISを動かすということをより総合的に見るのであれば、まだまだ一夏より上な人間が学内には多いのが実情です。問題はその差をねじ伏せるくらいに、間合いに入った一夏が鬼ということ。そして選抜模擬戦は機体特性上、近接戦がメイン……あっ(察し

 そう言えば今更ですが、IS12巻では箒がなんかISに意識を乗っ取られてましたね。
 面白い試みとは思いますが、例えばあれで乗っ取られるのが敢えて箒ではなく一夏とかもちょっと変わり種なんじゃないかなと思ったり。

一夏「こんなイケてる悪役がいるわけねぇだろ? チャオ♪」
数馬「ならば僕はぁ! あなたにィ! 忠ゥ誠ィをぉ、誓おぉ!!」<ビーザワンビーザワン



 ではまた次回更新の折に。
 感想、ご意見、随時お待ちしております。お気軽に書きこんでください。



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第八十三話:隙間の一時

 お久しぶりです。長らく更新が滞り申し訳ありませんでした。
 短いながらも何とか一つ仕上がりましたので更新です。

 今回はそれほど大きく動くような話ではないので、次回をなるべく早くお届けできるようにしたい次第です。


 倉持技研製作、日本製新型IS『紫電』――そのIS学園生からのテスター選抜の最終候補者は8人まで絞られていた。内訳は三年生は五人、二年生が三人となる。最終試験は候補者が交代で紫電を操作しての模擬戦となるが、ここで異例とも言えたのは模擬戦において相手を務めるのが一年生、それも織斑一夏であるということ。

 紫電の開発担当者曰く、紫電の設計ベースには白式のデータを基とした部分が多い、故に白式相手の模擬戦でこそ乗り手と紫電の相性がより鮮明に計れる――理屈としては理解はできた。しかし納得できたかと言えばまた別であった。決して彼を見下しているわけではない。特例による専用機持ちとは言え、数カ月で同級の各国候補生たちと鎬を削れるほどだ。むしろ評価していると言っても良い。

 だがそれはあくまで上級生が下級生に向けるもの。彼女らとて狭き門を潜り抜け入学し、一年あるいは二年と研鑽を積んできた。そして新型機テスターの最終候補となるだけの実績も積んだ。それらの自負がある。そのために、彼女たちにとって重要な場に置いて、彼が自分たちを評価する側の人間であるということに個々人程度の差はあれど不満、それに類するものを胸中に抱えていた。

 しかし連続で行われる模擬戦の内、過半となる5戦目を終えて長めの休憩時間に入った段階で彼女らの感想は別のものへと転じていた。

 

「まさかここまでとはね……」

 

 模擬戦を控える残り三人の内の一人である三年生が驚きを隠しきれない様子で呟いた。

 5戦3勝0敗2分、それがここまでの成績だ。二年生を二人、三年生を一人相手に勝利。そして残る2引き分けは両方とも三年生相手だ。しかしその二戦にしても、三連戦での勝利の後に流石に疲労の色を見せた一夏に対し、三年生の一人がISを用いた戦闘機動における経験の長を活かしたうえで防戦に持ち込んだことで時間一杯となったことによる引き分け。更に次の一戦についても、もう一人の三年生が前戦を参考として防戦に持ち込み、今度は一夏の方も勝負を決めんと攻め込んできた中で互いに有効打を与えあい、結果的に規定数に満たないまま時間一杯となったもの。ある程度条件が定められていたとは言え、それでも選りすぐられた上級生を相手に明確な敗北を喫さなかった決して見過ごせることではなかった。 

 

「この際ぶっちゃければ総合的な戦闘機動って点じゃまだ未熟よ。一年にしてはよくやるとは思うけど、それだけ。多分、他の候補生連中の方がずっと上手いわ。だからそこならこっちから攻める隙はある」

 

 会話に参加する者達、既に模擬戦を終えた者、これから模擬戦を控える者、全員の共通見解とも言える評価に一様に首を縦に振る。けど――そう前置きして評価を口にする三年生は苦々しげに口元を歪めた。

 

「こっちから仕掛けることはできる。けど、その先を許してくれない(・・・・・・・・・・)

 

 確かに戦闘機動の未熟による隙を突いて攻め入ることはできた。しかし機体特性上、主だった攻撃手段は近接戦闘のそれとなる。つまりは自ら一夏の間合いに飛び込むものであり、彼の間合いに入ったが最後、どのように剣を振るい攻めようが全て見切られいなされ、躱され、そして反撃を受ける。そうして気が付けば完全に流れの主導権を奪われ、本人すら自覚しているかも怪しい僅かな隙から一気に突き崩される。最初の三連戦で敗北した――最初の一人を除く――二人はまさにこの流れで敗れた。どうにか引き分けた二人もほんの僅かに何か狂いがあれば同じ末路となっていただろう。

 仮に一夏に挑む機体が射撃による中・遠距離戦を主体とする機体であれば話はまた変わっていたはずだ。事実、一夏の日頃の模擬戦戦績を見ても彼に対する勝率で上位に入るのはセシリア、シャルロット、簪の三人である。しかしその三人でも、時に一夏に敗れることがある。そして敗れる時は決まって彼の間合いに捉えられた時だ。一夏に対し優位を取れる三人も、主体にしてこそいないものの代表候補生たる必須技能としてクロスレンジでの戦闘技能は相応のレベルで修めている。それを以ってなお一夏の剣戟は上回ってくる。そも、一夏の学園入学から今日に至るまで近接戦闘――早い話が斬り合いにおいて一夏が手傷を受けた回数それ自体が数えるほど。そして敗北した際の決定打が近接での一撃であったことは皆無(・・)である。

 話には聞いていた。実際に戦っているところを見たこともある。だが聞いただけ、見ただけで得た認識は実際に相対してみれば実にちっぽけなものであったことを彼女たちは認識させられた。

 

「機体の性能とかそんなんじゃないわ。根本的に技術の差がありすぎる。確かにISを動かす、その点なら私たちの殆どがあいつより上よ。けど、倒すために剣を取って斬り合って戦う、そうなるともうどうしようもないくらいにあいつが上よ。5番目に相手をして、あいつは間違いなく疲弊してた。どう動けば攻め入れるのかも分かってた。だから一発は入れられた。けどそこまでよ」

 

 休憩に入る前の最後の一戦である5戦目に戦った三年の彼女は悔しげに、そして僅かな恐れを交えて語る。

 

「こういう言い方するのもダメって分かってるけど、それでも一気に攻め落とされた方がまだ気が楽だったかもしれないわ。一撃私が先に入れて、その後はとにかく必死だったもの。これは模擬戦でしょ? なのに本気過ぎるのよ。一撃入れ返された時、首に食らったけどそのまま刎ねられるかと思ったわ。何なのよ一体……」

 

 ここまで一夏と戦ってきた中で最も長く持ち堪えた彼女だからこその感想だろう。噂に聞く以上、傍から見た以上であった一夏の剣戟もさることながら、相対した時に叩きつけられるブレッシャー、こと今回に限っては本気の殺意すら混じるような打倒を超える殲滅の意思を前にもはや必死で守りに入って嵐のごとき怒涛の猛攻が過ぎ去るのを堪えるのが精一杯であったと。

 

「やっぱり、血なのかな……」

 

 別の一人の言葉に一同は揃って同じ人物を思い浮かべる。織斑千冬、彼の実姉にして誰もが認める最強(ブリュンヒルデ)。かの姉弟を比較して所詮は、と彼を揶揄する声も未だに学園内の一部にはあるが、少なくともこの場にいる面々においては紛れも無い姉弟の血というものを感じ取っていた。もっとも、それを当の本人(イチカ)が聞けば忌々しげな表情と共に舌打ちを鳴らしていたであろうことは確実であったが。

 やがて会話にはこの後に模擬戦を控える残りの三年生2人も加わり、ここまでの結果を基とした一夏への対策の議論で会話の花を咲かせる。そして議論の輪から少し離れた場所、待機スペースの奥まった場所で斎藤 初音はただ一人、腕を組みながら影の中に立ち続けていた。

 

(ダメ……ダメ……これでも、やはりダメ……)

 

 一見すればただ押し黙って考え事をしているように見えるだろう。それは間違いではない。事実、今の初音は思考を巡らせている状態と言って良い。だが、ごく普通の大人しい考え事かと問われれば答えは否である。彼女の思考の内で繰り広げられているもの、それは修羅の巷だ。これまで直接に一夏と剣を交えた経験、彼が剣を振るっていた姿、ISを纏い戦う姿、およそ記憶にある彼に関する剣の記憶を全て引き出し脳裏に投影する。そしてそこに相対させるのは全て自分だ。

 思考の内に生み出した無数の一夏、その全てを己と戦わせる。彼の攻め手に対して如何に対処するか、彼の守りに対して如何に攻めて崩すか。前頭葉のあたりに熱を感じるほどの勢いで思考が巡り続け、やがてパッと弾けるように思い浮かべていた無数の剣戟が泡沫のように消え去る。気が付けば額から大粒の汗を幾つも流していた。

 

(切れたか……)

 

 短時間に思考と集中を加速させ過ぎたのかだろう。限界を迎え集中が途切れたと自己診断をする。そのことに珍しく初音は嘆息を漏らした。己の未熟、その呆れへだ。あるいは自分以上に深い追及を、更に長く、織斑一夏ならできたかもしれない。そう考えるだけで初音の胸中にはまだ足りないと乾きに等しい感覚が襲い掛かってくる。

 いずれにせよ、集中が切れた以上は一息くらいは入れておいた方が良い。その判断の下、未だ残っている休憩時間を活用すべく他に誰もいなくなった待機スペースから立ち去っていった。

 

 

 

 同じように一連の模擬戦を観客席で見ていた生徒たちも各々に感想を言い合う。その中にはもはやお馴染みのものとなった一年専用機所持者たちの姿もあった。ただ一人、簪のみ姿が見えないが特別な理由があるわけではない。簪もまた倉持技研の関係者と言って良い立場だ。故に観客席ではなくアリーナピットの関係者サイドの一団に混じっているだけのことである。

 

「さて、倉持技研の――日本の新型IS、どう見る?」

 

 切り出したのはラウラだ。既に眼下のアリーナからは全てのISが引き上げているが、眼帯に覆われていない瞳は未だ脳裏に先ほどまで連戦を繰り返していた新型ISの姿を思い浮かばせ映していた。

 

「凡その概要はすでに日本側から各国に公表されていますが、その説明通りですわね。まさに打鉄の発展形、そう形容して相応しいでしょう。ですがどちらかと言えば守りに主眼を置いていた打鉄に対して今回の新型、確かシデンでしたか。こちらは攻めの意思を感じますわ」

「敢えて言うなら2.5世代ってところかな。第三世代にあたる特殊装備を搭載してはいないけど、機体の基本スペックは今の時点で確認されている第三世代機と大差は無いんじゃないかな。ただ、良くも悪くも装備や使い手の得意に合わせている第三世代に比べると、オールラウンダーって印象だね。これは打鉄の頃から変わらないと思うよ」

 

 即答したセシリアとシャルロットの言葉に概ね同意見なのかラウラは無言のまま首肯する。様々な状況に対応が可能な汎用性高さという打鉄の元々の特性は残したまま基本スペックという機体としての基部を向上させた。配備が進めば日本国におけるISの総合的な質の底上げを見込めるだろう。派手さこそないがそれ故に堅実と評価できる、ある意味では新型のお手本と言っても良い。

 

「まぁ良い機体なのは認めるし、日本政府も倉持技研もよー頑張ったわって言いたいとこだけど。あ~これまぁた本国(ムコウ)がギャースカ騒ぐわ。でもってやれ中国の優位を示せだなんだで小うるさい指示のお鉢があたしに回ってくるのよねぇ」

「ふむ、鈴よ。これは友人としての忠告だが、その手の発言は気を付けた方が良いぞ。我々(ドイツ)ならば……まぁ、その、熱気に塗れた厳しいシゴキになるだろうが、中国(そちら)はそうはいくまい」

「大丈夫よ。普段は会話のログなんて残さないようにしてるから。最低限、稼働してる時のデータだけありゃ良いのよ。そりゃ給料貰ってるからそれだけの仕事はするし義理も果たすけど、生憎あたしのプライベートまではそこに含まれないわ」

「なるほど。まぁそのあたり切替ができているなら良いだろう。が、ヘマはするなよ?」

「そりゃモチロンよ」

 

 紫電を開発した日本の意図にはそこまで興味はないが、それに対する自国の反応を想像してあからさまに表情を歪めた鈴にラウラが茶化すように、しかし至って真面目に忠告を送る。それを軽口と共に受け入れながら鈴は先ほどから黙ってアリーナを見続けていた箒へと水を向けた。

 

「箒、アンタはどう思った?」

「え? あ、いや、そうだな。いや、すまない。皆の言葉を聞いていたら言えることは無いよ。機体のことも、政治のことも、恥ずかしながら私にはな。ただ、気になったと言うか感じたと言うか……。確かあの紫電は開発にあたって一夏の白式も参考としていただろう?」

 

 そのことを日本政府が発表した時、各国は僅かに色めきたった。白式が現在世界唯一の男性IS操縦者である一夏の愛機であることは周知の事実だ。その機体のデータが使用されている、すわ男性IS操縦適合者の要因が発見されるかと各国の注目が集まったものだ。しかし蓋を開けてみれば男性IS適合者の要因は未だ欠片も見つからず、単に際立って高い近接戦闘(クロスレンジ)技能を持つ乗り手による近接機体の稼働データのみを参照したと発表され、注目した者達が一様に小さくない落胆を見せたのは比較的最近のことである。

 

「近接主体の機体だからと言ってしまえばそれだけかもしれないし、何なら普通に銃を持たせればいいと言われるかもしれないが。単にISを動かすのが上手い、それだけではダメな機体だと感じたよ」

「つまり箒さんが仰りたいのは、操縦技能は無論のこと織斑さんのように――彼の場合ちょっと度が過ぎてますが、そうですわね。言うなれば"戦士"としての技量も求められている機体だと。それでよろしいでしょうか?」

「あぁ、そうだそれだよ。その通りだ」

 

 箒の言わんとすることを解釈し、分かりやすく表現したセシリアの言葉に他の面々も納得する。そうして周囲が理解したことを確認してから、この模擬戦において最も気にかけていることを口にした。

 

「だから、私は気になるんだ。この模擬戦の参加者には斎藤先輩、親しくして貰っている優れた先輩がいる。学園祭の時に一夏と切り結んでいた人だ。あの人があの機体を操縦して一夏とどう戦うのか。それは、とても気になっている」

 

 

 

 

 

「……」

 

 自身の控室として割り当てられている更衣室で一人、一夏はベンチに腰掛けて虚空を見つめていた。しかし彼の意識は瞳に映る更衣室の景色を欠片も認識していない。己の内側に向けられた意識は記憶を辿り、これまでに行われた五つの模擬戦を反芻する。

 まず、負けを刻まなかったことは上々と言える。だがそれでハイ良かったですねで終わらせるほど腑抜けてはいない。そもそも、彼我の剣技を鑑みれば自身の間合いで戦った以上、勝って当然(・・・・・)のはずだ。だが結果は二つの引き分けを喫した。原因は分かっている。剣技とは別の要素、ISを纏っての立ち回りという尋常ならざる要素が足かせとなり彼から勝利を奪った。ISを纏っての戦闘機動の未熟は重々に承知している。加えて相手は殆どが最上級生であり、この選抜の最終候補に選ばれた選りすぐりだ。ISを動かす、その点については彼女らに軍配が挙がっても仕方ないだろう。だがその上で勝利という結果を欲したのだ。

 新型機テスターのためのアグレッサーという点で見れば決して正しいとは言えない考え方だろう。だがそれは一夏の知ったことではない。元よりこのつもりで志願し、承諾を貰ったのだ。選考の権限を持っているわけではないのだし、好きにやらせてもらうだけだ。

 ここまでの5戦で見たものは全て頭に叩き込んである。その動き、立ち回りを自身が再現する様をイメージして、実際に動いてこそいないが8割は再現できるくらいには反映できた自信がある。

 

「残りは3つ、か……」

 

 おそらくは候補者たちも今までの試合から自分への対策を何かしら立てているはずだろう。だがそうはいかない。逆に喰らわせてもらう。

 再開までの時間、沈黙が包み込む室内で一夏はただひたすらに心という刃を研ぎ澄ませ続けていた。

 

 

 

 

 

 遥か下に雲海を見下ろす蒼穹の中、その一つに留まらないその影はただ一ヵ所に向けて空を駆けていた。

 創造主より与えられた指令は一つ。主がこの世でその存在を認める桜、紅、そして白の三柱。その内の一柱を模した醜悪な粗悪品の排斥。疑問は無い。躊躇も無い。そんな感情(イブツ)を元より与えられていない。

 かつて、同じかの地に向かった同胞を屠った魔女の刃も今回は届きようが無いことは確かだ。故にソレらを阻むものは存在せず、ただ邂逅の時が刻々と迫りつつあるのみであった。

 

 

 

 

「さぁて、お片づけの時間だよ~☆」

 

 暗闇の中、無邪気な哄笑が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最後の部分で何となく察せる方は多いかと思います。
 原作での登場タイミングを見事に潰されてから早数年。ようやくアレらが一夏たちの前に姿を現します。
 もう後二話くらいで今の話もボチボチ終わりにして、次の展開へ進めたいところです。ついでに次回だか次々回あたり、個人的に一つの見せ場になるかなとも思っているので、何とか自分で自分のケツを蹴り上げて書き進めたい所存。

 個人的な話ですが、私は書いていますし逆に他の方の作品も多数読んでいます。本当に素晴らしい作品が多く日々更新されるのが楽しみで。そんな中、自分が書く上で何かしらの影響を受けると言いますか、「自分もこんな風に」と思ってしまうことが多々あるわけです。
 そんな中、最近思ってしまうのです。自分ももっと、ハーブをキメた感じで書ければな、と。ただの戯言ですので寛大なお心で流して頂ければ幸いです。

 とにもかくにも、次回の話を頑張って書きますのでどうか気長にお待ちいただければと存じます。


 ちょっとした思い付き短編ですが、リリカルなのはViViDでも書かせて頂きました。
 https://syosetu.org/novel/104033/
 お時間のある時に暇つぶし間隔でもお読み頂ければ幸いです。

 感想、随時受け付けております。
 どうぞお気軽に書き込んで頂ければ幸いです。

 それではまた次回の


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第八十四話:最終試験――悪性顕現

前回更新から約2ヶ月です。セーフだねセーフ!

本当はもうちょっと時間がかかるかと思ったけど、推しの作家からの本作への推しアピールもらっちゃったから張り切っちゃいましたw
結果、完徹! どうせこれが投稿されてる頃には社内旅行で移動のバスの車中だろうからそこで寝れば良いだけの話。
というわけで、今回もお楽しみ頂ければ幸いです。


 

「計8戦、それも学内でも選りすぐりのメンバーを集めた上で現時点で6戦4勝2分。武装などに制限が掛かっているとは言え、やはり大したものですねぇ、主任?」

「えぇ。それこそ、白式が彼の手に渡った直後から見て来ましたが、たった数カ月でここまでと言うのは、関わっている身とは言えやはり驚かされますよ」

 

 昼の休憩時間を終えて再開された選抜模擬戦、6戦目を終えた直後の待機ピットで倉持技研スタッフが言葉を交わす。特に片割れである川崎は白式と紫電の双方に技術メンバーの中核として携わっているだけに、より深いレベルでこれまでの試合を把握していた。

 

「で、主任の目から見てどうです? 眼鏡に叶う学生はいましたか?」

「……私からは何とも言えませんね。いずれの候補も光るものを見せてくれている。確かに今日の模擬戦が最終選抜試験ですが、何も今日決めるわけではないのですし、仮に彼に勝ったとしてもそれがイコール合格ではない。関係者たちとこの上で更に吟味を重ねて決めるのですから、私個人が不用意な事を言うわけにもいかないでしょう」

 

 至極もっともな川崎の言葉にスタッフの男はそれもそうかを軽く肩を竦め、話題の転換がてらにもう一つ、気になっていたことを問うことにした。

 

「そう言えば主任。アレ(・・)のこと、彼にはまだ言っていませんよね? 流石に所長からストップ掛かってます?」

 

 何のことを問うているのか、すぐに察した川崎は部下の推測に対して首を横に振りながら答える。

 

「いいや、私の判断ですよ。アレについては遅かれ早かれ織斑さんに伝えることになりますから、その辺りの判断は所長から私に一任されています。一応、倉持技研(ウチ)の中では私が一番織斑さんと上手くやらせてもらってもいますからね。――本当はもっと早く伝えていたはずなのですが、どうにもここ最近の彼は少し張りつめたものがあった。その上、今回の選抜に随分と強い関心を示している。だから、しばらくはそちらに集中させてあげようとね。とは言え、そろそろ頃合いですからこの選抜が一段落したら伝えようとは思いますよ。聞けば先日誕生日だったとか。少し遅くなりましたがプレゼント代わりといったところですか」

「はぁ~、そうですか。いや、所長と主任がそれで良いなら良いですけどね。では、自分も何も言わないでおくことにしますよ」

「えぇ、それでお願いしますよ」

 

 川崎の視線がアリーナへと戻る。視線の先、アリーナの中央では斬撃の嵐が吹き荒れ、中心には白と黒の影があった。

 

 

 

 

 

「なるほど、流石か!」

「いや、ちょ、褒められても、こっち手いっぱっ――わひゃぁ!」

 

 傍目に見ればこれまでの6戦と同様、選抜候補者が一夏の剣戟の前に圧倒されているように見える光景だ。だが今回はこれまでとは違う点がある。それは、候補者である生徒が試合開始早々に自ら一夏に攻め入り、当然反撃に遭うも最も長く彼と刃を交え続けられていることだ。

 

「最上級生、剣道部主将! 伊達ではないわけですか、近藤先輩!」

「そりゃあたしにだって意地はあるからね!」

 

 IS学園3学年所属生徒、近藤。学園において剣道部主将の肩書を持つ彼女は部員に箒を抱えていることや学内での立場、肩書もあり一夏にとって数少ないそれなりに親交のある他学年生の一人である。だがこれまで不思議と両者が剣を交える機会は無かった。故に一夏にとってもこの試合は交流のある上級生との初めての試合となるが、蓋を開けてみれば予想以上であった実力に認識を検めることとなる。

 

 最短で三手、持って五手。これまでの6戦において候補者たちが一夏の剣戟の前に持ち堪えた手数だ。数秒にも満たない合間の剣戟にいずれの相手も体勢を崩され、堪らずに一夏から距離を取り再び機を窺って挑む。その繰り返しであった。対して近藤が耐えたのは最大で十一手。更に体勢を崩されてからのリカバーも僅か数歩分離れてからの一瞬、離れた距離を一夏が詰めるより先に立て直し、直ちに迎え撃つ。試合開始よりここまで僅か数分、既に試合結果の判定となる有効打を規定数の半分以上受けている。だがその数分の大半を一夏の剣戟に晒され続けながら未だ耐え切っている。それは紛れも無くこれまでの候補者たちとは一線を画した実力の証左だ。

 

 同級の候補生たちすらも凌げるかと思わされる猛攻を前に守りを貫いた近藤の数十秒は見ていた者達の誰もが感嘆の溜息を漏らしていた。

 

(このまま……粘り切ればッ!)

 

 あるいはその事実を無意識下で理解していたためだろう。一つの打算が近藤の脳裏によぎる。極論、勝つ必要は無いのだ。この模擬戦の目的はあくまで紫電への適性をより実地的に測るもの。そして最終的判断は目の前の後輩(イチカ)ではなく、この試合を見ている大人たちが降す。その判断材料、選考条件に勝利がイコールではないことは最初の説明時点で聞き及んでいた。

 ならばこのまま守りに徹して時間目いっぱいを耐え切れば、例え勝てずとも負けなければ、この後に続く()()()()()がどうなるかは分からないが、高いポイントは稼げるはず。そう考えた。()()()()()()()

 

「あぁ、先輩。そいつはダメだ」

 

 残念だ、そう言いたげな声音で吐き出された声が近藤の耳朶を打った。そして猛攻を凌ぐ最中に気付いた。一夏の目が、怒涛の猛攻を繰り出しながらも澄み渡った湖面のごとき静謐さと深さを想起させる瞳が、僅かたりとも外れることなく近藤の目を、瞳を、その奥にある彼女の思考すらも読み取らんがごとく向けられていることに。

 

「負けないこと、そいつは大事ですよ。結局、最後に立ってたモン勝ちですからね。それはそうだ」

 

 依然として一夏の猛攻が止むことは無く、近藤の意識はそれを凌ぐことに全てが向けられている。にも関わらず、一夏の言葉はまるで砂地に染み渡る水のように近藤の意識へと入ってきていた。

 

「けど、一番肝心で手っ取り早いのは目の前の相手を倒すことなんですよ。誰が相手だって、ほんの一欠けらでもそれは持ってなきゃならない」

 

 故に

 

「形振りを構っちゃいけない。オレもそうする」

 

 瞬間、近藤は捌くことも躱すことも、反撃することすらもかなぐり捨てて完全な守りの体勢に入った。何故と考えもしない。ただ、目の前の一夏が突如として一回り巨大な存在になったように見えた。見えた瞬間、体が勝手に動いていた。守りの構えが完成した時、既に一夏の振るう刃が上段から振り下ろされていた。その様子を半ば漠然としたながら近藤は見つめ、残る半ばの思考は朧ながらに防げると考え――半身を貫いた衝撃に視界と思考が白く染まった。何があったのか――そう考える間もなく続けて複数の衝撃が各所を奔り抜け、気が付けばアリーナに仰向けに倒れ蒼穹を見上げたまま試合終了を告げるブザーを聞いていた。

 

 どこか茫然としながら天を仰いでいる上級生に背を向け、待機所兼のピットに戻りながら一夏は小さく息を吐いた。完全にではないが、心身にかけた緊張をほぐすための動作、だが吐き出す息は常より明確な熱さを持っていた。さながら強大な力を発揮した人機が排熱をするかのごとくだ。それはある意味では事実である。形振り構わない、そう宣言した故に封じていた一手を切った。

 瞬時に加熱、膨張、解放された昂った気は常以上の出力を一夏の身体に解放させ、気迫は威圧感を高め近藤に一夏の存在感の巨大化を幻視させた。呼応した白式は同様に機体出力を瞬時に高め、そのままの勢いに近藤の守りを僅かな抵抗も許さず粉砕し、直後に規定打に達する攻撃を一呼吸の内に叩き込んだ。

 

 決して近藤の守りが悪かったのではない。まずこの試合の場に立つ、その時点で近接型ISを駆る者として学園に置いて秀でた存在であることが証明されている。積み重ねた確かな腕前は咄嗟の防御を並大抵の攻撃なら確実に受け止めるだけの堅固な壁としていた。だが、振るわれた一撃がそれ以上に理不尽であった。それが結果である。

 

 絡繰りまでは読み取れずとも、近藤の秀才足る技量とそれを正面粉砕した一夏の理不尽(暴力)という図式を読み取った者は多くは無いが見ていた者達の中にもいた。一連の流れに彼女らの大半が浮かべた表情は苦さを含んだものである。近接戦における一夏の技巧の高さは、どちらかと言えば技と技の競い合いを好む彼のこれまでから知っていたが、相手の技巧を物ともしない力ずくの理不尽さもそこに加わる。なんとも、試合の場ではお近づきになりたくない男子である。

 

「次で最後、か……」

「あー、やっぱりそういうやつ?」

 

 後に続く試合の事を考え何気なく吐き出された言葉に倒れたまま近藤が言葉を返してくる。振り返れば、依然として天を仰いだまま、まるでぼやくように言葉を続ける。

 

「あたしもね、一応は三年だからね。それなりに後輩の様子ってのは気にしてるのよ。ぶっちゃけ織斑君、一番気にしてたのは()()()でしょ」

「……」

 

 そんなことはない、そう答えるのは簡単だったはずだ。事実、ここまで戦ってきた相手がいずれも眼中にないなどということは決して無いのだから。だが言葉を発して返すことができなかった。それは近藤の言葉が言い返すことのできない真実を突いていたからだろう。

 

「別に、先輩や他の人達が駄目だったってわけじゃない。良い腕でしたよ」

「ま、そういうことにしときますかぁ」

 

 今度こそアリーナを後にして一夏はピットへと戻る。白式を解除しISスーツ姿に戻ると手近な椅子に座り一つ息を吐き出す。駆け寄ってきたスタッフから差し出されたドリンクを飲み干し、軽く汗を拭って再度アリーナへと視線を向ける。残すは一試合、選抜試験というこの場の主目的を鑑みれば最後の試合だが、一夏にとっては――近藤の言葉を肯定するのであれば――やっとの本番である。

 

 

 次の試合までの準備時間の間を休憩時間と定め、静かに座しながら一夏は体力と気力の回復を行っていた。元々の下地ができているだけあり、安静にしながら呼吸を整えていけば体力は早々に回復する。息を整えながら再度研ぎ澄ました意識の集中が完了し、閉じていた目を開いたのと次の試合の準備が整ったことが伝えられたのはほぼ同時であった。

 

「次で最後の試合ですね」

 

 白式を再度纏い、出撃の準備を整えた一夏に川崎の声が掛けられる。

 

「お蔭さまで、良い経験をできましたよ。……色々、我が儘聞いてもらっちゃってすみません」

「いえこちらとしても有意義なデータを取れましたので。最後の試合も、存分にやってください」

「えぇ、ありがとうございます」

 

 頭を下げて謝意を示し、鋼鉄の足を動かして出撃のためにピットの端へと立つ。既にアリーナには準備を終えた紫電と、それを纏う最後の候補者が立っている。眼下に見下ろす強者(イチカ)と見上げる候補者(チャレンジャー)という構図がそこにあった。だが、不意に相手と目が合った――そう一夏が認識した瞬間、総身を強風が吹きつけた。

 

「――!」

 

 実際に風が吹いたのではない。目が合ったその瞬間、相手が叩きつけてきた剣気がそう錯覚させただけのこと。だがそれこそが一夏の求めていたものだ。知らず、口の端がつり上がる。そして心の内で先に下した近藤に詫びる。彼女の指摘は正しかった。軽んじてはいない、だがここまでの試合は全て前座だ。一夏が今日、この場に立つ理由。それは今この瞬間にこそ全てが存在する。

 

「管制室、試合開始の合図は不要です。もう、始まっている――!」

 

 返答を待たず一方的に通信で伝えると身を宙に踊らせアリーナへと降り立つ。白式の脚がアリーナの地に着いたのとウイングスラスターが瞬時加速を発動したのは同時のこと。そして相対する最後の候補者、斎藤 初音が紫電のスラスターで以って瞬時加速を発動したのは全く同時のことであった。

 

 そう、本来の果たし合いとはこれだ。合図など不要、ただ構える、否。目を合わせる、否。ただ同じ空間にある、それだけで仕合は始まる。故に二人は示し合わせるでもなく、互いの脚がアリーナの地を踏んだその瞬間を仕合の始まりと定め動いた、それだけのことだ。

 

 互いのスラスターが吐き出した炎は始まりの狼煙だ。炎と共に空に響き渡った爆音は開戦の号砲だ。そして――瞬時加速により与えられた勢いそのままにアリーナの中央でぶつかり合った二人の剣が鳴らす鋼の鳴き声は、裂帛の気合いを孕んだ鬨の声であった。

 

 

 ただ剣と剣がぶつかり合った。近接型のIS同士の戦闘であれば当たり前のように起こる状況だ。しかし、ただ激突した余波、それだけで周囲の地面が抉れるという状況は明らかに異常だ。然るにそれは、剣を振るう両者もまた尋常の者では無いという証左と言っても良いだろう。

 

 弾かれるように距離を取ったのも数瞬のこと。コンマ1秒すら惜しいと言わんばかりに距離を詰めた二人は目まぐるしいまでの剣戟を繰り広げる。一見すれば互いに闇雲に斬り合っているように見える。だがその実は必殺の応酬であった。片方が繰り出す攻め手はISを纏わない純粋剣士の死合いならば必殺の一刀、しかし受け手はそれを防ぎ、返す刀で逆に必殺の一刀を繰り出す。攻撃が守りであり、守りが攻撃になる、互いに極限までロスを省いた最大効率の殺し合いであった。無論、現実の二人はISを纏っており、その性質によりただ一刀で生死を分けるということは殆ど無い。だがそれはあくまで実際の事象の話であり、既に一夏と初音の思考は死合いのソレへと転じていた。

 

 初音の顔に浮かぶ表情は十七歳の少女のソレとは思えないほどに鬼気迫るものだ。対する一夏もまた十六の少年が浮かべるものではない修羅の形相をしている。しかし外面、剣戟の激しさに比して両者ともに纏う気は苛烈な熱を持ちながらも、静謐な流れを保ち精緻な制御がされていた。

 

「ハァッ……」

「……フゥッ」

 

 流れだした汗が雫となり、一つ二つと地面に落ちていく。仕合が始まりまだ数分と経っていない。にも関わらず、既に二人には明確な消耗が見えていた。その理由を察したのは管制室にて試合を見守っていた千冬、そして観客席に座る数人の代表候補生(手練れ)のみであった。

 

「密度が違いますわ」

 

 周囲が浮かべる疑問に対して回答を発したのはセシリアだ。

 

「おそらく二人は常に、剣を交えていようといまいと、互いに牽制を仕掛けあっている。それも一度に何手も。つまり、この僅かな時間に二人はイメージのみでこれまでのどの試合よりも密度の高い試合を行っているのです」

 

 その意見は正鵠を射ていた。先に仕掛けたのは一夏、対する初音は素養、センス、経験、それら諸々を動員して彼の牽制を見抜き、逆に仕掛けた。当然ながら一夏もまた同様に応じ、それは瞬時に牽制の応酬として形作られる。更にその中でイメージの中に留まらないもののみが、剣戟という形で現実に出力されていた。――技撃軌道、そう呼ぶとして二人のそれは既に3桁を数える手数で繰り広げられていた。

 

 二人の技撃軌道戦が途切れることは無い。その中にあって距離を開けた両者は互いに剣を構える。八相の構えを取る一夏と霞の構えを取る初音、瞬きすら放棄した両者は最も最適なタイミングを探り合い、全くの同時に駆け出し再びの剣戟を――

 

 

 

 

 

 

 

 

『は~いそこでカーット!! ぶっさいくなガラクタには退場してもらっちゃうよ~!!』

 

 

 

 

 

 

 

 どこか遠くで、そんな(ノイズ)が響いた。

 

 

 

 

 

 灼熱が幾条もの線となり降り注いだ。あまりにも突然、あまりにも予想外、あまりにも理解し難い光景に誰もが、剣鬼二人すらも止まる。

 灼熱の後に影が降りてくる。同時にその場に存在するIS、センサー類が同時に発する警報が耳障りなアラート音を鳴らす。未確認IS――アラート音と共に文字が伝えてくる。

 

 誰もが動きを止める中、落ちくぼんだ眼窩の奥に赤い光が宿る。巨大な腕の片方が振り上げられ、その先に光が収束するのを認めた時、ようやく動きは再開した。

 

『逃げ――』

 

 誰が言い出したのかは定かでは無い。重要なことでもない。だが僅かに遅かった。言い切るより早く、動き出すより早く、真紅の破壊は周囲へと撒き散らされた。

 

 

 

 

 悪意顕現――討滅開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、執筆をする上でハーブをキメキメ(意味深)したくて仕方ありません。
何せあちらの方、自分にとっては初期からの推しなので。

次回あたりでまた一つ、個人的に書きたいと思っていた山場にいけるかなと思っております。2015年3月から始まった5巻編、やっと終わりが見えてきた……

感想ご意見、随時大歓迎です。
ほんの一言でも構いませんので頂ければ大きな励みになります。

それではまた次回に。


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第八十五話:異形の猛威

 大変にご無沙汰をしております。
 続きをご期待されていた方におかれましては長らくお待たせしてしまいました。
 リアルの方が色々忙しく、気力体力が日々ごっそり持っていかれていました。

 そんな中ではありますが、何とか続きを書くことができたので更新です。
 こんなご時世なので、皆さまの暇つぶしの一助になれれば幸いです。


 さながらパレードを彩るレーザーの如し、だが沸かせるのは観客のボルテージでは無く恐怖心。所詮はタンパク質の塊でしかない人の身などただの一射で蒸発させて余りある熱量が光条となって乱れ飛ぶ。その間を縫うように飛びながら一夏と初音は唐突な事態の発生を飲み込もうとしていた。

 

「なんだありゃ……!」

 

 困惑しながらも険しい声が漏れる。依然としてアリーナ地表部を覆う砂塵の奥、目を凝らした先にソレは見えた。黒の巨体だ。人型を取ってこそいるが余りに歪な造形、おおよそ尋常の人間のシルエットではない。まず間違いなく見る者全てにこれは相容れない存在であると認識させるだろう。もっとも姿形以前に行動で以って敵対的であるということを存分に語ってくれているわけだが。

 

「ッ!」

 

 二人目がけて真紅の灼熱が飛んでくる。二手に分かれるように回避軌道を取ると同時に一夏は通信を管制室へと繋げた。

 

「状況は! 他の皆は!?」

『登録未確認のISによる襲撃です! 観客席の生徒たち、外部のスタッフたちは既に避難済み! 織斑君と斎藤さんもすぐに避難を!』

了解(かしこま)!」

 

 流石、持つべきは優秀な候補生(ライバル)たちである。事態が発生したその瞬間から各々のISを展開して守り役を引き受けながら他の生徒たちの脱出を促していた。おそらくはそのまま避難の付き添いをしているのだろう。通信越しの真耶が既に教員による実働部隊を向かわせているとの情報が入った。全てを任せきりにするつもりは無いが、ここはセオリー通りに数と連携の暴力で不埒者を締めあげてやろうと算段して――

 

「織斑、来る」

「は――?」

 

 愛機が発した再びのアラートに今度こそ目を丸くした。同じアラートに同じ反応だ。白式に内臓されたOSが目の前の空間モニターに学園全域を表すマップを投射する。一夏と初音がいるアリーナには二人のISを示すマーカーと、未確認機を示す赤い光点が一つ。そして同じ赤い光点が学園の各所に存在していた。その数は――8つ。それが意味するところは即ち、目の前のソレと全く同じ脅威が学園内8か所にて発生しているということ。

 

「なっ――」

 

 絶句する。例え勇猛な気質を持つ一夏、それに劣らない初音であっても場数の経験が足りなかった。目の前に現れた脅威に対して臆さず挑むことはできる。だが同じことが同時に多数発生したら? どうすれば良い――パニックには及ばずも思考が止まり困惑とも言える状態に陥る。故に、その直後に喝を入れんと鋭い声が飛んできたのは――声の主を考えればいささか業腹ではあるものの――正しく僥倖と言えるものであった。

 

『教員部隊! 専用機持ちは散開! 専用機持ちは私以外が二人一組(ツーマンセル)で敵機に対処! これで5機! 残り3機は教員部隊で! 一夏くん聞こえるわね!? 悪いけど、君と初音ちゃんでアリーナのそいつを対処!! 良い!?』

 

 生徒会長 更識楯無、事態の発生を受けて既に専用機"ミステリアス・レイディ"を纏い宙を駆けていた彼女は敵の増加を受けてすぐさま判断を下し、学内に展開されてる全ISに向けてのオープンチャンネルで指示を飛ばしていた。それを受けた各IS、その駆り手たちは一切の疑問を挙げなかった。分散しての各個対応、余りにシンプルな手法だが他に手が無い。だからこそ動きも迅速だった。最も数が集っていた1学年専用機所持者たちは即席のタッグ3組を編成し各々の敵へと向かう。他方では第3学年ダリル・ケイシーと、楯無と同じ第2学年所属のフォルテ・サファイアの二人が最も手近な敵へと向かった。そしてアリーナへと向かっていた教師陣もまた迅速にチームを編成し直して各自の持ち場へと急行する。斯くして戦場は整った。背にする仲間たちを守らんがため、ここに戦端は開かれた。

 

 

 

 

 

「テメェ、何者だ……!」

 

 顰めた眉の下から眼光鋭く見据えながら一夏は問う。眼前の襲撃者、正体不明のISは一言で言えば異形の姿をしていた。

 まず第一に肌色という物が一切見えない。纏うIS、その下のISスーツの構造にもよるが、多少なりとも乗り手の素肌の一部が露出して視認はできるものだ。だが目の前の未確認機(アンノウン)はそれが一切無い。両手足と胴体の標準的なISパーツはともかくとして、頭部を覆う装甲はバイクのヘルメットのごときフルフェイス、そして装甲に覆われた箇所以外は全てが鈍色のISスーツに覆われている。

 更に目を引くのは両腕だ。左右どちらも人の手の形をしていない。左腕は砲門のごとく中央に虚空の空いた筒状に、右腕は刀のごとき反りを持った長大なブレードに、実に剣呑な様相を示している。だが見た目通りに両腕が武装であるならば、特に左腕はマズイと一夏と初音は同時に思考する。未確認機は上空からただ一度の砲撃でアリーナの防壁を破り侵入してきた。それだけでも出力が如何ほどかは察せられるもの。言えることは単純(シンプル)だ。直撃(あた)れば、危険(ヤバ)い。

 

「織斑、攻める。左は撃たせない」

承知(それな)! 」

 

 声と共に機体を奔らせながら初音は一夏へと指示を飛ばし、言い終えるより先に一夏も動き出していた。互いの考えは同じ、同時に攻め立て左腕の砲撃を封じる。互いに得意とする近接戦闘で一気に押し潰す。敵の戦力が未知数の状態での突撃は愚策かもしれないが、それよりも判明している脅威の方が対処としては優先される。

 

「――シィッ!」

 

 先んじて敵の間合いに飛び込んだ初音がブレードを振るうが、それは左腕の砲台が盾となり難なく防がれる。あわよくば破壊を――初音の脳裏にそんな考えがよぎるも直ちに却下する。手応えからして相当に堅牢だ。破壊は容易なことではない。

 初音が刹那の思考を奔らせる中、続く二撃目として一夏が仕掛ける。空いた右腕側より剣を振りかぶり、さながら獣の牙のようにその切っ先を突き立て――ることは無かった。刃の切っ先は無人機の手前での地面を穿つ。もはや真っ当な人類の視界確保をしているかも怪しいが、それでも一夏の方を向いていた未確認機の書面にはその視界を覆い遮るほどの土埃が巻き上がる。直後、未確認機の背後には改めて剣を構えた一夏の姿が現れていた。

 原理は単純。切っ先の一撃で土煙による視界遮断を仕掛けた後、突き立てた剣を軸とし、スラスターの瞬間噴射で全身を回転させながら背後を取った。主兵装となる刀剣装備"蒼月"の高周波振動は起動済み、ハイパーセンサーに頼らずとも常人離れした動体視力と身体制御は既に狙いを敵の左ひじ関節に向けていた。

 

(まずは邪魔なその大砲斬り飛ばして次は右だ。そのまま両脚斬り飛ばしてダルマにしてやる――!)

 

 そうして無力化した後に口を割らせれば良い。両手足斬り飛ばすのだから命に係わるだろうが知ったことでは無い。吐くこと(ゲロ)ってとっととくたばれ。既に一夏の思考は敵への殺意等しい怒気に至っていた。

 人の心かないんか?――そう問われれば、こう答えるだろう。 襲撃(カチコミ)仕掛け(カマシ)てきた糞野郎にンなもの要らねぇ、と。

 心身に十全な気を漲らせ、必殺の意思と共に刃を振るう。狙いは過たず吸い込まれるように敵の左ひじ関節へと迫る。だが、寸でのところで割り込んできた敵の刃に阻まれる。相応の手練れで無ければ防げないだろう一撃を防いだ、その事実を一夏は淡々と受け止めながら敵を見遣り、ある一点で僅かに目を見開いた。だがその直後、スラスターによりその場で駒のように大きく回転をした敵の勢いによって初音共々に弾き飛ばされ、再び距離を取らせられる。

 

「織斑、もう一度」

「ウス。先輩、左から攻めてください。奴の右、妙だ。野郎、さっき俺の剣を防いだ時に腕が非実在(アリエネ)ぇ曲がり方しやがった」

 

 一夏は端的に情報を伝える。弾き飛ばされる直前に確かに見たのだ。敵の右腕が凡そ人体としてはあり得ない曲がり方をして一夏の剣を防いでいるのを。どのような原理(タネ)かは知らないが、敵の剣が変則的な動きをすることは予想に容易い。であれば、剣の相手は自身が請け負った方が良い。

 自分の方が剣では上と言うような一夏の言葉に初音も思う所がないわけでは無い。だが、敢えて比べるならば、極めて業腹だが事実でもある。いずれは超えて改めて上下を理解(わか)らせるとして、今は確実に未確認機の対処をすることが最優先。故に初音は何も言わずに一夏の言葉に従った。

 

 

 

 

「通信の復旧を急げ! 学園内各所のロック解除もだ!!」

 

 学内の一角にある指揮所で千冬は周囲の教師、スタッフに指示を飛ばしながら眼前のモニター群を睨みつける。

 突然の未確認勢力による襲撃には学内の誰もが、千冬すらも僅かなりとも動揺をしたが初動は楯無がすぐさま飛ばした指示で迅速なものとなっていた。だがそこからが問題であった。

 生徒、そして今日の新型機試験のために来訪していた倉持技研のスタッフが各々最寄りのシェルター、あるいは臨時の避難所として機能する各教室に退避をし、千冬ら指揮チームが配置に付き終わったその直後、学内設備が一斉にクラッキングを受けたのだ。これにより学外はおろか学内の通信すら遮断、更に全ての隔壁が動作、ロックされたことにより身動きも取れない状況となっていた。幸いか、あるいは下手人の仕掛けなのか、各所の監視カメラは機能しているため千冬らが詰める指揮所から学内各所の様子、即ち未確認機の対処のため最前線に立つ教員、生徒たちの様子は確認ができる。だがそれしかできない。ただ見ていることしかできない状況だ。

 

(クソ、何が目的だ……!)

 

 実の所この指揮所において、否――この学園内において唯一千冬のみが未確認機に心当たりがあった。思い出されるのは春のクラス対抗戦直後の夜。闇を纏いながら訪問してきた浅間美咲より受け取った情報、彼女の手により破壊された無人稼働ISだ。受け取ったレポートは既に内容を頭に叩き込んだ上で焼却処分されている。そして記憶にある美咲が相対したという無人ISと、現在学園に襲撃を仕掛けている未確認機は非常に類似しているのだ。

 

(何が、目的なんだ……!)

 

 だが千冬の思考は更にその先へと向かっていた。未確認機の実態、その背後へと。それが可能な唯一の可能性へと。

 未確認機の行動は不可解なものだった。迎撃にあたっている教師部隊、候補生たちと攻防を繰り広げ、堅牢な守りにより数的不利を打ち消しているものの、攻勢を見ればいまいち決め手に欠けているような動きをしている。更には時折攻撃の照準をシェルター、あるいは教室などの避難者が居る区画へと向け、当然ながら守らんと学園側のISが割り込めばあっさりとそちらへの攻撃を中断する。

 守りは固いくせに攻めにやる気が見受けられない。さりとて脅威性故に放置はできない。まるで現状維持こそが目的とも取れる。では仮にそうだとして何故なのか、黒幕の次の行動のための時間稼ぎなのか。しかし通信、隔壁ロックへのクラッキング以降は何も起きてはいない。それ故に、千冬も敵の狙いがつかめずにいた。

 依然、モニター群は学園内各所での戦闘の様子を映している。最も苛烈な攻防を繰り広げているのはアリーナ――織斑一夏・斎藤初音の2人の現場だ。両者ともに近接戦闘主体の機体であるため、アリーナを縦横無尽に駆けて未確認機を攻め立てている。その余波で巻き起こる土煙、砂埃によって監視カメラの映像が阻害される勢いだ。

 

(頼む、皆無事でいてくれ……!)

 

 ただ見守ることしかできない。そんな状況下に置かれている自身に無力感を抱きつつ、千冬はただ全員の無事のみを念じていた。

 

 

 

 

「今頃、どこのお国も肝を冷やしているのでしょうね」

 

 およそ余人の目に留まることはまず無いであろう場所、数千メートルという上空で己のISを纏いながら浅間美咲は独り言ちていた。

 甥弟子とも言うべき織斑一夏、とは別に密かに着目していた一人の少女。その二人が新型機試験とは言えISで立ち会うという噂を耳にした彼女は持てる権限と能力をフル活用(無駄遣い)して遥か上空からの見物を決め込んでいた。だが良い感じに勝負がノッて来たところでの無粋な乱入者だ。目にした瞬間につい「……また?」とぼやいてしまったのも仕方のないこと。

 いつぞやとは異なり、今回は直接学園へ仕掛けている。こうなると流石の美咲にも迂闊に手は出せない。自分だったら一体刻むのに10秒(ウィダー1本)も掛からないのになー等と考えつつ、学園内の戦力ならば十分対処できるだろうと、今回は見物を決め込むことにした。そして甥弟子と注目株の方を改めて見遣り――

 

「……」

 

 無言のまま、眉を小さく顰めた。しばし思考を巡らせた後、一つの決定を決めた美咲はそのままISの通信機能をある人物へと繋げる。

 

「あぁ、お久しぶりですね。えぇ、やはりちょっとした騒ぎになっているでしょう? 私も見ていましたから。――本題です。横田で搬出準備を進めているそちらの新作、段取りと根回しは私が済ませておくのですぐにでも送り出しますよ。どのみち、遅かれ早かれ()に渡す予定なのでしょう? なら今が良いタイミングです。……えぇ、私の見立て通りなら、ほぼ確実に要りますよ。ぶっつけ本番? それの何が問題なんです。その程度、我が一門に連なるならこなして当然。それでは、事後の彼のサポートはお願いしますね、ヒカルノ(・・・・)

 

 

 

 

 

 金属同士がぶつかり合う音、地面が抉れ吹き飛ばされる音、スラスターが噴射する音、様々な音が入り混じるアリーナの中で一夏と初音は未確認機との交戦を続けていた。

 既に連携の形は確立されつつある。敵は武装の大きさ、付随する重量故か小回りする動きをしていない。むしろその重量を活かし総身を振るうことて重い一撃を仕掛けてくるのが基本、それが2人の認識だ。時折、両腕に重量級の武装を備えている点を活かしてか、重心移動によるトリッキーな回避運動をするが、十分に対処できる範囲だ。

 スラスターの噴射で瞬間的に加速した回転で初音が弾き飛ばされる。直後、上空から一夏が急降下、唐竹の一閃を見舞う。速さと重さを兼ね備えた一太刀だが、その動きは直線的な落下だ。未確認機は右腕のブレードを掲げることであっさりと受け止め――直後に一夏は僅かに手首を捻った。刃同士の接触部を支点に一夏の切っ先が天を向く。バーニアによる姿勢制御を補助として、未確認機の刀身に滑らせるように刀身を立てた一夏は殆ど減速をしないまま着地、ブレードを構えたことによりがら空きとなった未確認機の胴を間合いに捉えた。

 好機(ワンチャン)と見るや考えるよりも先に体が動く。身に沁みついた動きは一切の無駄を省いた横薙ぎ一閃を放つ。だが未確認機もしぶとく抵抗を試みる。空いた左腕が己を抱くように回しこまれ頑強な方針が盾となり一閃を防ぐ。そのまま左腕を振るいぬき一夏を弾き飛ばす算段なのだろうが流石に動きも読めてきている。刀身越しに未確認機の左腕に力が込められたと感じるや否やバックステップとブースターの瞬間噴射で距離を取る。未確認機は一夏が離れたと見るや即座に左腕を振りアリーナ壁際まで吹き飛ばされた初音に砲門を向ける。

 

「先輩!」

 

 一夏が思わず警告の声を上げるが初音は既に動いていた。砲門から幾発もの火球が放たれる。纏うIS「紫電」は機体構成の下地(モデル)に白式が用いられている。故にその機動力は現時点での学園内に存在するISと比較しても見劣りしないものだ。速度を出し振り切ることに専念すれば無数に迫る火球の速射から逃れることは決して難しくはない。

 

「クソが!」

 

 思わず悪態をつきながら一夏は再び未確認機に斬りかかる。言うまでも無く砲撃の妨害をして初音を助けるためだ。

 迫る一夏に当然相手も反応する。だがやはり機動力では一夏に、白式に軍配が挙がる。未確認機の守りが整うよりも早く一夏の方が仕掛けた。踏み込んだ足は大地をしかと踏みしめて己を支えるアンカーとする。柄を握る右手、右腕に気力を充実させヒュッと鋭い吐息と共に刃を振るう。逆袈裟、間髪入れずに右薙ぎ、左袈裟、切り上げ、唐竹、一息の間に幾つもの太刀筋を重ねて波濤の如き斬撃を浴びせる。未確認機は寸でのところでブレードを守りに割り込ませてきたが遅い。十全に構えられていない以上、こちらの太刀筋が守りを弾き飛ばすのは確実――そう見込んでいた。

 

「……なに?」

 

 だがその目論見は外れることとなる。数秒の間に計十三太刀、ただひたすら守りに徹するか或いは一太刀一太刀全てに対処しきるだけの実力が無ければ間違いなく防御を食い破られる斬撃の連続、それを未確認機は受け切った。目論見が外れたことに一瞬目を見開き、次いでふと感じた違和感に思考を巡らせる。

 

(奴の防御(ガード)、確かに硬かったが硬すぎる。受けてる衝撃だって馬鹿にならねぇはずだが、構えが殆ど崩れてねぇ。背格好(スタイル)見るに剛力(パワータイプ)でもない。というか、まるで機械でロックしたみたいな……)

 

 反撃とばかりに繰り出された突きを受け流しながら一夏は身を捻り、勢いそのままに回転からの一太刀を浴びせる。振るった左腕で弾き返しながら再度迫ってきている初音に向けて火球を放つ。もう一つの違和感がこれ、向けられる攻撃の比率が初音に傾いている。先に落としやすそうな方を狙っているのか。だが実際のところ、相手にした時の体感は一夏と初音の間に大きな差は無い。むしろ元来備えた身体能力、剣術を長所とするもIS操縦の経験は未だ浅い方の一夏、IS操縦の経験は多くとも身体能力、剣術の腕で一夏にやや劣る初音。互いの長所短所が作用して丁度釣り合っていると言って良い。

 

(こいつは一体……)

 

 攻防の最中、今まで敢えて探究せずにいた相手の正体に思考の一部を割いた一夏は、自然と以前の記憶が掘り起こされるのを感じていた。そう、あれは確か数日前に姉と交わした言葉だ。

 

 ―――国家が開発してる新型機ってのは確実に、かは何とも言えないけど、連中に狙われる可能性が高いって認識で良いのかな―――

 

(まさかっ!)

 

 最初から狙い(エモノ)は初音、否、彼女が纏う"紫電"だとしたら納得がいく。背後関係までは分からない。乗り手すら不明なISを同時に何機も襲撃に用いる――浮かびかけた考えを無意識に封じながら一夏は警告を発しようとする。

 

「先パ――ガッ!?」

 

 一夏が狙いに感付いたことを察したのか、未確認機はスラスターを吹かし守りすら捨てながら一夏へと当身(タックル)を叩きつける。思考の方に意識が向いていたことに迂闊(シクッた)と己を叱咤するも、重量級の突撃を受けた一夏は大きく引き離れることを余儀なくされた。

 

「がら空きだ――」

 

 守りを捨てた未確認機に好機と見たか、初音が自身が最も頼りとする渾身の突きを叩き込もうと迫る。ダメだと声を挙げることより動くことを一夏は優先した。初音からは見えていないだろうが、未確認機の左腕、砲門の中に赤い光が妖しく輝いているのを一夏の視界は捉えていた。間違いなく最初にアリーナのシールドを破った一撃、あるいはそれに準ずるだろう大火力の一撃の準備だ。

 

 初音の突きが放たれる。未確認機は身を捻り躱そうとするも間に合わない。直撃こそ免れたものの、火花を散らしながらシールドを削る。ならばもう一撃と剣を引き戻そうとし、腕が動かないことに気が付いた。動かないのは腕では無い、握っている剣の方だ。未確認機は右の腕内に抱えるようにして初音の剣、その刀身を抑え込んでいた。刃が触れることでシールドが削られる火花を散らしながらも剣は微動だにしない。

 そしてこの瞬間に初音もようやく理解した。左腕の砲門がその内に赤い光を満たしながら自身に向けられている。

 

「あ――」

 

 小さく漏れた声はか細く、彼女がまだ少女に過ぎないことを示すようなものだった。

 

 ここまでか――

 

 思いのほか静かに納得した直後、衝撃と共に初音の視界がブレる。

 連続の瞬時加速で一夏が割り込んできていた。思わず柄を握っていた手も離し、初音は未確認機の斜線から弾き出される。

 入れ替わるように一夏が斜線に収まるのと同時に最大出力の砲撃が放たれ、一夏と白式は禍々しい真紅の閃光へと呑まれていった。

 

 

 




 安心して欲しい。ここで主役が死んだら話が終わってしまう。
 それはない。



 さて、気が付けばざっくり2年と4ヶ月くらい空けていました。
 その間にコロナのあれこれで世の中は大きく変わったなと。
 ISに掠るくらいでも関係することと言えば、当時シャルロットで萌え豚を大量増産した花澤香菜さんがご結婚されたりだとか。簪役の三森すずこさんもご結婚されたりとか。色々なブームが流行っては収束していき、本当に色々ありました。

 そんな中ではありますが、本作は相変わらずのノリでやっていこうと思います。
 強いて言いうならブッこむネタが変わっていくことくらい……
 早いもので来年の夏くらいにはこのハーメルンで本作を開始して10年、今時点ですらにじファン時代の執筆開始から10年経っています。

 作者である私……は独り身社畜が相変わらずですが、読者の皆様におかれては色々変わったところもあるかと。そんな中で本作は変わらない味でいこうと思います。進歩が無いとも言いますな。

 次の更新が何時になるかは私自身、皆目見当がつかないのですが、何とか頭から文章絞り出して何よりも更新する、これができれば良いなと思います。

 引き続き、一年365日24時間感想はウェルカムですので、一言でも頂ければ幸いです。
 それでは、また次回の折に。


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