NEW GAME! (ぞい☆)
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何このカオスな初出社は

物心つくときから、筆を握り絵を描いていた。

窓から見える景色、何気ない日常風景、人物、キャラクター、などなど…描くものは毎日違っていた。

そんな事をしていたからだろう、小学校に上がると、美術部にお誘いがあったので、気が付いたら入部していた。

そのままあれよあれよと、中学校、高校とそのまま美術部に入部し続けたのだった。

 

その時、絵だけにしか興味なかった俺は、小・中・高の美術部の部員の影響で、アニメやらゲームやら色々ハマってしまったのはいい思いでだ…。

そして高校を卒業した俺はと言うと…。

 

 

「いやぁ…まさかイーグルジャンプに就職するとは、未だに信じられないなぁ…」

 

確かに、そう言ったものにハマっていたけども、まさかこの手の仕事を職にするとは思ってもいなかった訳で。

やっぱり作るよりもプレイする側の方が良かったのではと、今になって見ればそう思わなくもない。

でも、好きな絵で食べていけるなら、贅沢は言っていられないだろう。

 

これで俺も大人入りかぁ、もう少し子供で居たかったなぁ…時が過ぎるのマジで早過ぎてどうし様だぜ全く。

…さて…。

 

「涼風青葉です、よろしくお願いします…。涼風青葉です、よろしくお願いします…」

 

目の前で絶賛ぶつぶつしながらうろうろしている、スーツを着た中学生くらいの子が会社の入り口をふさいでいては入れないんだけど、これどうすんの?

このまま就業時間までこうしてる気なのだろうか…うーん、どうしよう、声をかけづらいんだけど。

俺も一緒にうろうろしてた待ってた方が良いのかなこれ。

 

「こら!」

 

「ひゃっ!」

 

うぉっと…びっくりしたぁ。

いきなり後ろから女性が大きな声を上げたため、目の前の中学生(仮)と同時に俺もビビッてびくっとなってしまった。

流石にそれは不意打ちじゃないですかねぇ。

 

「な~んて、ふふ。ここは会社だから子供は入っちゃ駄目よ?それで、貴方は新入社員かしら?」

 

チラッと俺の方を見て、少しばかり距離を置かれた…。

あぁ、はい…俺の格好の方が何処をどう見ても不審者にしか見えませんよねすいません…。

俺、絶賛花粉症中、マスクと花粉防止にサングラスをかけているので本当に不審者にしか見えません、ホントにありがとうございました。

 

「すみません、花粉症なのでこんな格好ですが…新入社員です、はい。出来れば通報しないでもらえると嬉しいです…」

 

「あ、あぁ…そうだったの。怪しんでしまってごめんなさい」

 

「いやいや、こんな格好してる奴を怪しむ方が正解ですよ。と言うか初出社でこんな格好してるこっちの方が申し訳ないです…はい…」

 

 

「あ、あはは…そ、それより中に入りましょう?」

 

「はい」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!私も!私も新入社員です!」

 

無事誤解も解けたことで会社に入ろうとした時、後ろにいた中学生(仮)が手を挙げて主張を始めたのだった。

って、こいつも新入社員だったんだな…何処からどう見ても中学生くらいにしか見えないんだけど。

こう言うのを童顔っていうんだったよな?

 

「あら、貴女も新入社員さんだったのね!ごめんなさい、私ったら…」

 

「わ、私こそごめんなさい!す、涼風青葉と言います。入社するって聞いてますか…?」

 

「涼風……あ、聞いてます。一緒のチームだわ」

 

「ほんと!?」

 

おーおー、どうやら本当に新入社員だったようだ。

しっかし、やっぱり同じ女性同士、話やすんだろうなぁ、どんどん話が進んでいくよ。

これは下手に口を挟むよりも、待っていた方が賢明だろうなぁ…。

 

「私はADの遠山りんです、よろしくね。それで、貴方のお名前は…?」

 

「あ、えっと、絵筆渚です」

 

「絵筆君ね?貴方も一緒のチームだから、ちょうど良かったわ」

 

うわぁお、同期と上司がどちらとも女性とは、中々居づらい空間になりそう何だけど…。

い、いや…!美術部も似たようなもんだったし、今さらどうってことない!やってやるぜ俺!

 

「私はADの遠山りんです、よろしくね」

 

なお、この後涼風がADをアシスタントディレクターと勘違いして自爆したのだが、そこは割愛していこうと思う…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがオフィスよ。皆時間ぎりぎりに来るからまだ誰もいないけど」

 

遠山さんに案内され、とうとうオフィスへと来てしまった。

ここが今日から俺の職場になるんだと思うと、柄にもなくワクワクしてしまっている。見渡せば、色々な資料が積み重なっていたり、パソコンが置いてあるデスクが見える。

…ちらって視界に入ったが、フィギュアやおもちゃが飾ってあるデスクもあったんだけど…あれも参考資料か何かに使うのだろうか…。

 

い、いや…何も純粋に絵を描きたい人の集まりというわけでもないか、ゲーム好きが高じてこの業界に入ったってオタクもいるわけだし、自分のデスクをどう使おうが何も言われないのなら、全然大丈夫なんだろう。

 

「ここが貴方たちの席、左右どっちかは決まってないから、お互いにどっちが使いたいか話し合って決めてね?」

 

後ろを見てみれば、何とさっき視界に入ったフィギュアがたくさん飾ってあるデスクの後ろではないか!

そして隣には、髑髏のマークが入った布がかかっているデスク…な、中々にキャラが濃い人が使ってそうな場所ですね!!(困惑)

 

「そうだ、何か飲む?」

 

「あ、じゃあお茶をください」

 

「分かったわ。涼風さんは何にする?」

 

「それじゃあオレンg…いやいやっ、コーヒーブラックで!」

 

キリッと効果音が付きそうなくらいの顔つきで涼風はそう言ったのであった…。

いやお前、今オレンジって言いかけたろ…絶対ブラックなんて飲めないだろ…などと内心でツッコミを入れるが、本人に向かって口にする勇気なんかはない。

 

初対面では既に不審者みたいな恰好をして会っているのだから、第一印象は最悪だ、さらに追い打ちをかける様にそんな事を言った日には…!

女子には絶対に逆らうな、ツッコミを入れるな…これ、美術部で培った経験則也…悲しい経験であった。

 

「はぁ…優しそうな人で良かった~…ね!絵筆君!」

 

「うぇ…あ、そうだな」

 

いきなり話を振られたので変な声出てしまった。

こいつ…もしかしなくてもコミュ力高いな…!俺だったらこんな不審者みたいな恰好した奴にフレンドリーに接したりしないぜ…。

 

「これから一緒に頑張ろうね!」

 

「そ、そうだな…頑張ろうぜ」

 

微妙そうな反応を示した俺に、涼風は少し不思議そうな表情を浮かべていたのであった…。

その時、何処からか女の人の声でうめき声が聞こえてきた。

つかれたぁ…もぅやだぁ…などと、中々に疲れ切ったうめき声なので、もしかしたらあまりのブラックさでここで首つりをした女性の霊が住んでいるとでも…いうのだろうか……。

とか何とか言っていたけど、仕切りの端から足が見えているので、首つりではなく過労死の可能性が高いと思ったのは秘密…。

 

とりあえず二人してしばらく固まっていると、おもむろに涼風はキーボードを持ち、恐る恐る仕切りの向こう側へと進んでいく。

お、おぉ…勇気あるなおい…

 

「おぱんつーーー!?」

 

「お前は一体何を見たんだーーーー!?」

 

初出社がとてもカオスな件…。

とりあえず俺はこのまま何も見ないようにここに座って待っていることにしよう、そうしよう…。

呻いていた人は幽霊でもなんでもなく、ここの社員らしい。

仕切りの奥で涼風と色々話していると、飲み物を用意してくれていた遠山さんが戻ってきた。

 

「あら、起きてたの?って…!ズボン履きなさいズボンを!新入社員には男性もいるって昨日伝えた筈よね!?」

 

「あ、あっれー?そうだったっけ?あはは、ごめんごめん」

 

もしや下着姿で寝てたのか…?よ、よかったぁ…涼風についていかなくて…。

新入社員、入社初日に女性の下着姿見て通報される…みたいな事件が起こらなくて。

 

「それで?もう一人の子は何処にいるの?まだ来ていない感じ?」

 

「えっと、絵筆君なr「あ、はい、ここです」」

 

「うわぁぁぁ!?不審者!?」

 

とりあえずひょっこり顔だけ出してみたらこれである。

というかこれが普通の反応だから何とも言えない…驚いた女性を遠山さんが落ち着かせるようになだめてくれてるので事なきを得た…。

 

「あっはっは!そっかそっか、花粉症だからそんな恰好してるのか!いやぁ、ごめんね?」

 

「いえいえ、これが普通の反応なので全然大丈夫です」

 

「そうだそうだ。はい、飲み物持ってきたわよ。あ、私のでいいけど飲む?」

 

「サンキュー。それで?この二人は何処の班に…ゲホゲホ!これ砂糖入ってないじゃん!」

 

「あ!逆だったわごめんなさい!」

 

どうやら間違って涼風のブラックコーヒーを渡してしまったようだ。

そのまま回ってきたブラックコーヒーに口をつける涼風だったが、涼風もむせてしまったのでやっぱり飲めないことが明るみになってしまったのであった…。

あ、この緑茶美味しいです遠山さん、あざっすーー!

 

そんなこんなで淹れてもらった飲み物を飲んで、落ち着いたところで先輩からの質問が飛んできた。

 

「二人は年いくつなの?」

 

「18です!」

 

「同じく18です」

 

「へぇ!二人とも高卒できたの!?珍しい!でも新人ちゃんは高校生にも見えないな!はっはっは!…新人君は…良く捕まらなかったな…」

 

「くっ…花粉がこんなに恨めしいと思ったことはない…!!」

 

「あ、貴女こそおいくつなんですか!」

 

「……いくつに見える?」

 

「…うっ」

 

せんぱーい、その切り返しはずるいと思いまーす。

俺に飛び火しないように知らんぷりしとこーっと思ったら、俺の事もチラッと見てくるのでどうしよう…あ、今ちょっと目が合った…畜生、逃げられなかったぜ…。

 

「あれは…『フェアリーズストーリー』のポスター!」

 

「あ、知ってるんだ。私が初めて携わったゲームなんだ~」

 

へぇ…結構前のゲーム何だけど、その無印からすでに働いてたって事は…はっ、まさかこの人!

 

「まままま、まさかみそ…」

 

「そんなに行ってないわい!」

 

あ、先に涼風がその答えにたどり着いたみたいだけど、どうやら違ったみたいだ。

良かったぁ、口走らなくて…涼風、お前の犠牲は無駄にしないぜ、たぶんな…。

 

「25だよ、私も高卒で入ったの」

 

「ああああ、あのごめんなさい!」

 

「うふふ、良いのよ気にしなくて」

 

流石遠山さん、ぐう聖ですね…え、遠山さんはいくつに見えるかって?

おっと、どうしてそんなに俺をちらちら見てくるんですか…?さっき何も答えなかったからですか?それとも男性がどう答えるか気になるんですか?

 

やめてください、その視線は俺に効く、やめてくれ…。

 

「えっと…20歳…」

 

「同い年だよ!!」

 

「いい子ね」

 

俺がそう答えると、25歳先輩が憤慨し、遠山さんはくすくすと笑っている。

同い年に見えないのはこの差なのではないだろうか…。

 

「で、でも感動です!子供の頃に好きだったゲームを作ってた人が目の前にいるなんて!私、あのゲームでキャラクターデザイナになりたいって思ったんです!」

 

「あら、ならここにいる八神コウがそのキャラデザだったのよ」

 

今明かされる衝撃の事実!

何とこの人が、フェアリーズストーリーのキャラデザをしていた、有名な八神コウさんだったのであった!

 

「八神先生だったんですか!?」

 

「急に態度変わったなっ」

 

それはもう熱い手のひら返しであった…。

そりゃ顔も見たことのない自分の尊敬する人が目の前にいる人だったと分ったらそうなるよな、俺だってそうなる自信あるわ…。

 

「それで―?新人君は無反応だけど、びっくりした?」

 

「えーっと…ワ、ワー、ビックリシタナー」

 

「絶対思ってないだろ!?全く…無理に驚かなくていいって」

 

「コウちゃんが意地悪な質問するからでしょ?ちなみに、今日から八神が涼風さんと絵筆君の上司だから、三人とも仲良くね」

 

 

ワ、ワー、マジデスカ遠山サン…。

大丈夫かなぁ、いましがた結構失礼な反応しちゃったし、仲良くやって行けるだろうか…とても心配になってきた。

 

「が、がんばりまシュッ!」

 

「よろしくお願いします…!」

 

こうして、俺のゲーム会社の初日が始まったのであった…。

何でまだ始まったばかりなのにこんなに濃いんだろうか、疲れたよ…っ。



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先輩!それって丸投げではないでしょうか!

「それじゃあ新人ちゃん達には何してもらおうかな。3Dの経験は?」

 

「絵以外は何にも分からないんですけど…」

 

「俺は高校の時、ちまちまと3D弄ってたくらいですかね…」

 

高校の時、ゲームを制作すると言っていた友人が居て、そいつらは絵が描けないという事で、俺に頼み込んできたのが事の発端だった。

3Dの事については調べてはいたが、肝心の絵が駄目だったので、俺に3Dの手解きをしてこき使ってくれたあいつは今何やってるんだろう…。

専門学校に進学したってLINEがあったけど、元気でやっているか?俺は元気だぞ。

 

「じゃあ青葉はこの参考書の第一章をやってもらおうかな。んで渚は、この参考書を読んで分からないところはある?」

 

八神さんから参考書を受け取り、ぱらぱらと読んでいく。

ふーむ…とりあえず第一章は大丈夫だが…そこから奥となると、ちょっと怪しいな。

 

「第一章は大丈夫ですけど、その後が怪しいですね」

 

「それじゃあ渚は二章からやってみよっか!んじゃ、よろしく!」

 

そう言って八神さんは参考書を渡してすぐどっかへ行ってしまったのであった…。

あ、戻ってきた。

 

何々?俺は涼風が分からなくなったらアドバイスしてあげてと?おっふ…それって丸投げですよね?丸投げって奴ですよね?それでいいのか…先輩。

あぁ、俺をそんなに見るな涼風、分かった、分かった!できる限りはアドバイスしてやるから!

 

そんなこんなであの後、早々にチームの皆さんに挨拶を済ませそのまま仕事となった。

今年の新入社員は俺と涼風の二人だけとの事…。

ま、まぁ、一人よりはましだよな、うんうんっ。

参考書を手に、俺と青葉は自分のデスクへと座り、二人同時に大きなため息をつく…。

おお、そこまでシンクロしなくていいんですよ涼風さん?

 

さってと、とりあえず八神さんに言われたことをこなすとしますか…。

俺はそのまま参考書を広げ、読みふけるのであった。

途中、隣の涼風が、俺の隣の先輩に何か言いかけて辞めたり、後ろにいる人が模造刀?を振り始めてホントにこの会社は何なんだと思い始めたの俺は悪くないと思う。

 

「おはようございます」

 

「あ、おはようございます」

 

少しして、中々にクールそうな女性が出社してきた。

やっべ、ここ本当に女性しかいないのでは…すっげぇ居づらいんだけど、なまじ今まで同い年とか年下とかと一緒ではあったけど…こうも歳が分からない女性に囲まれるのは慣れてない…。

と、とりあえず俺も挨拶しておこう…。

 

「おはようございます」

 

「………?」

 

すたすた、するーって感じで、先輩であろうお方は自分のデスクへと向かい、座ってしまう。

流石にスルーはきついですよ先輩…うごごごご。

というか俺を見たときの表情が若干引きつってたんですけど、もしかしなくても俺のせいですか?

 

「あ、あのー…今日から入社した涼風青葉です」

 

「あ、同じく絵筆渚です…」

 

「……滝本ひふみ、よろしく」

 

「滝本さんもキャラ班なんですか?」

 

「………」

 

本当にこいつすげぇな…初対面でそこまで話しかけられるなんて、俺には絶対真似できないね。

しかし、青葉の奮闘むなしく、返答はかえってくることはなく、流石にかける言葉が無くなったのか、はたまたやばいと思ったのか、謝罪をしてやめるのであった。

 

あー…はいはい、涼風はよく頑張った…だから捨てられた子犬みたいな表情で俺を見るんじゃありません…。

ほら、ここはこうしてこうすればいいんだから、うん、そうそう。

等と、少しばかり涼風にアドバイスを送り、俺も自分のやる事を再開する。

 

しばらくして、社内メッセが飛んできた。

 

from:ひふみ☆

――――――――――――――――――――

 

さっきはごめんね!

私喋るの苦手で(。>﹏<。)

私もキャラ班だから

分からないことがあったら聞いてね!

あとひふみでいいよ!( ^ω^)

 

――――――――――――――――――――

 

この社内メッセを見た瞬間、俺は後ろにいるひふm…滝本さんの方を見てしまった!

何、このキャラの差!?すっごいびっくりなんですけど!?これは、俗にいうネット弁慶と言う奴なのではないだろうか…?

とりあえず、涼風と同時送信らしく、隣の涼風が凄い嬉しそうな、感極まったような表情を浮かべている。

俺、そんな感情の前に、驚きの方が凄くて言葉を失ったんだけど。

 

あ、また涼風が滝本先輩に話しかけた。

そしてまた惨敗した…んっんー…これって直接話しかけるよりも、社内メッセ使ってコンタクト取った方が良い感じなのではないだろうか…。

 

from:絵筆渚

――――――――――――――――――――

 

初めまして、今日から入社した絵筆渚です

こんな格好で申し訳ないです

花粉症がひどいのでこんな格好ですが

通報はしないでくださいお願いします

 

――――――――――――――――――――

 

ほい、送信っと…。

さてさて、次はこのページからやって行きましょうかねぇ…。『ピコーン』

うせやろ…。送信してからまだ一分もたってないんですけど…。

恐る恐る社内メッセを見てみると、やはり滝本さんからの返事であった、早過ぎる、俺でなかったら見逃してたね。

 

from:ひふみ☆

――――――――――――――――――――

 

通報なんてしないよ!(((( ;゚д゚))))アワワワワ

花粉症だったんだね!

最初に見たとき驚いちゃった(´・ω・`)

花粉って辛いもんね、気にしないで!

 

――――――――――――――――――――

 

やだ…この先輩もいい人…。

やっぱり社内メッセでコンタクト取った方がすんなり会話できるみたいだ。

滝本先輩は、社内メッセで、会話する…渚、覚えた。

 

チラッと滝本さんの方を見れば、何か驚いたような表情を浮かべながらこちら…もとい、涼風を見ていた。

当の本人もこれには驚いたのか、しどろもどろで何を反していいかわからないと言った表情を浮かべていた。

何やってるんだこいつ…。

 

「…何か…分からないことが…あるの…?」

 

「え、あ…はい…。でもよく考えたらわかりました、あはは…」

 

涼風、三度目の敗北…。

ため息をつきながらデスクへと戻ってきたと同時に、また社内メッセが飛んできた。

送ってきたのは八神さんだった…おぉ、ここは何か先輩らしいアドバイスを!

 

from:コウ@定時に帰りたい

――――――――――――――――――――

ひふみんへの質問は

メッセの方が良いと思うよ!

――――――――――――――――――――

 

ナイス八神さん…!隣にいる涼風が息を吹き返したように社内メッセを打ち込み始めた。

よし、これで何とかなっただろう…。

俺は滝本さんとちまちま社内メッセで会話しながら、参考書を進めていくのであった…。

 



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人のコンプレックスをーー!!(熱い掌返し)

参考書を進めていくうちに、俺は涼風の様子が気になり、ちらっと横を見た。

あるぇ…?涼風がいないぞぉ?一体どこに行ったんだ?

ま、まぁ…考えるのも野暮ってもんだし、気にしないで参考書を進めることにしよう…。

 

「渚ー、ちょっとちょっと」

 

「はーい?」

 

それから少しして、涼風を連れた八神さんが現れた。

何やら社員証用の写真を撮り忘れていたらしいので、これから撮るとの事。

八神さん…いや、何も言うまい。きっとあまりの激務で疲れててうっかり忘れていたに違いない、そうに違いない!

そんなこんなで八神さんに連いていくのであった…。

 

「じゃあここはレディーファーストって事で、青葉から。ほら、じゃあそこの壁際に立って」

 

「は、はい!」

 

「…うーん…ねぇ、一応服装は自由なんだけどさ。何で学生服なの?」

 

「やだなぁ、学生服じゃなくてスーツですよこれ!社会人の基本じゃないですか」

 

あ、あの表情、絶対見えねぇって思ってるんだろうな八神さん。

大丈夫、俺も思いましたんではい。

やはり涼風は年相応には見えない、もう中学生でも通じるんじゃなかろうかこれ。

 

「じゃあせめてスーツの正しい着方くらい覚えようぜ」

 

そう言って涼風の胸元を少しはだけさせ、ラフな格好にさせるが、これまた何を考えているかわかりやすい表情を浮かべて少し考えてから、この提案を自ら却下したのであった…。

分かり切った事でしょうに…。

 

「じゃあ気を取り直してーーー……照明が足りない…!」

 

再開するのかと思えば、そんな事を言って八神さんは何処かに行ってしまった。

あ、涼風も付いてくのか…俺は良いや、ここで待ってよう。

……あ、戻ってきた。そして一人増えてるし。あの人はさっき剣を振っていた先輩ではないですか。

何やらさっきとは別のおもちゃの剣を持ってきてるようだけど…もしかしてそれが照明代わりとか言いませんよね?

 

そして案の定、その光る剣が照明代わりに使われ、連れてこられた先輩が照明係をさせられるという状況になったのだった…。

 

 

「よーし、次は渚だな。花粉症辛いのは分かるけど、証明写真の時だけは外しなそれ」

 

「わ、分かってますって…」

 

流石に社員証もこんな写真なのは俺も嫌だっての。

ってそこ二人、八神さんと涼風、何ワクワクしながら俺がマスクとグラサン取るところまじまじと見てるんですか。

見ていても何も面白い事ないっての…。

 

若干の居づらさを感じながら、俺はマスクとグラサンを取り外す。

ぐへぇ…目と鼻が赤いからあんま録りたくないんだけどなぁ…。それで、どうして俺の顔を見て固まってるんですかね、そんなに赤くなってるんだろうか?

 

「…なぁ、渚って、男だよな…?」

 

「…人のコンプレックスを言うのはNGですよ八神さん…」

 

どうせ女顔ですよ、何か文句あるかこらー!

はいそこ、涼風、異性として負けたとか言わない、そんな勝利嬉しくもないから!!

ちゃっちゃか撮っちゃってくださいよもー!

 

「渚は結構ラフな格好で来てるんだな」

 

「まぁ、服装自由って言われたんで、無難な格好を選んだつもりなんですけど」

 

ジーンズに長袖と言った具合の感じである。

まだ春先で、夜は寒くなるので、ちゃんと上着も持ってきているという、油断生じぬ二段構えである。

 

「よし、それじゃ撮るぞー?」

 

「ん…っ」

 

そう言われてカメラをじーっと見ているが、一向にシャッターが押されない。

八神さんや、一体どうされた…はい?潤んだ瞳でこちらを見るな?何それ理不尽で。

見ないと写真撮れないんですけど!!

等と言った騒動もあったが、社員証用の写真を撮り終えたのであった。

 

八神さんはすぐに戻ってしまったので、この場にはまだ自己紹介していない先輩と涼風と、俺の三人になってしまった。

とりあえずいそいそとサングラスとマスクをかぶってっと…。

 

「涼風さんと、絵筆くん?さん?だっけ?」

 

「は、はい!」

 

「そこは自信もって君でお願いしますよぉ…」

 

「あはは、ごめんごめん。挨拶が遅れたけど、私は篠田はじめ。よろしく。……お願いします……。ああああ!ダ駄目だ!後輩って初めてなんだよ!それに初対面だし!!」

 

おぉう…いきなりあらぶりだしたなこの人…。

それと凄い服着てますね、必殺って…知ってるか?必ず殺すと書いて必殺なんだぜ。

一体だれを殺しに行くと言うんですか先輩!!

 

「気にしなくて良いですよ、先輩なんですから、篠田先輩!」

 

「うわ!「先輩」!?何か背中が痒くなるから「はじめ」でいいよ!」

 

「分りましたはじめ先輩!」

 

「それ絶対わざとでしょ!?」

 

あ、この人結構いじりがいがある先輩だこれ。

でも後が怖いから今日はこれっきりにしておこう、まだ初対面だし。

 

「じゃあはじめさんで、私も青葉で良いですよ」

 

「ああ、よろしく、青葉…さん。いや、おかしいか、ははは」

 

「俺も渚で良いですよ、篠田さん」

 

「うん、渚くんもよろしく!渚くんもはじめでいいんだよ?」

 

「女性ですし、そこは遠慮させてください…」

 

「何や楽しそうやなぁ。丁度ええからおやつにしとく?」

 

ふと、可愛らしい服装の先輩が声をかけてくれた。

ガラガラと引き出しを開けて何かを取り出し、準備しているご様子。

ふんふん、飯島ゆんさん…はじめさんの同期とな…。

 

おぉ、あの引き出し、クロスをかけてそのまま机代わりにもなるのか、中々に小慣れてらっしゃいますね、飯島さん。

そしてふと何かに気づいた涼風が、デスクに向かいキーボードを叩き出した。

どうやら滝本先輩を誘ったらしい、何処からクッキーが入った箱を取り出したのだった。

 

「青葉ちゃんと渚くんは今は3Dの勉強中やったっけ?」

 

「はい、早く覚えて働きたいと思ってます!」

 

「俺は中途半端な知識何で、復習とかも込みこみで途中からやってます」

 

「すぐだよ!私だって覚えられたんだから!」

 

「でも、はじめったら字読むと眠ってまうから、先輩が付きっ切りやったんやで」

 

「ちょ!」

 

若者の活字離れとはこう言う事を言うのであろうか。

その先輩、良く付き合ってくれたな、ここはほんとにいい会社なのだろう。

 

「ゆん何てパソコンの使い方からだったじゃないか!」

 

「そないな昔の事忘れたわ」

 

それって篠田さんよりも駄目駄目だったんでは…。

あ、このクッキー美味いです滝本さん、あざっす。

マスクだけ外してグラサン付けたままで見たもんだから、滝本さんちょっとびくってなってた…本当に申し訳ないです…五月前には取れると思うんで…はい。

 

「今作ってるゲームっていつ発売何ですか?」

 

「いつやったっけ?」

 

「半年後だよ。噂ではそろそろ恐ろしく忙しい時間が来るんだって~…」

 

追い込み作業という物だろうか、出社初日でその脅しはやめてくれださい、想像もしたくないんですけど。

流石に新人にその言葉は恐怖ですよ恐怖。

 

「…なるよ」

 

「え?」

 

「…家に…帰れなく…なるよ…」

 

滝本さんの口調も相まってか、中々にシャレになってない事になってるんですけど。

これはとんでもない所に入ってしまったんではなかろうか…いや、ゲーム会社なんてどこもそんなもんなのかもしれない、そう割り切っておこうと思う。

 

「でも、八神さんはもう泊まってましたよね?やっぱりリーダーだから?」

 

「あの人は会社に住んでるって言った方が正しいんじゃないかな。凄いよ、数人分の仕事してるし」

 

社内のメッセではコウ@定時で帰りたいと書いてあった時はどうなんだとは思ったけど、やっぱり凄いんだなあの人。数人分の仕事やってるとか、あの人の性格だと想像もつかなかった。

俺も気を引き締めて頑張んないといけないなこりゃ。

 

「ま、性格はあれだけど。わはははは!」

 

志村後ろー!志村、うしろー!!

あ、あぁ…気づかないままに頭ぶっ叩かれて悶絶してやがる…くっ、遅すぎたんだ…すまない篠田さん、貴女の犠牲は忘れないです。

 

「青葉、渚、おまたせ~。はい、社員証」

 

「わぁ…」

 

「どうもです」

 

出来るの早いなぁ…さっき撮ったばかりで、一時間もたってない感じがするんだけど…。

もしかして写真以外はもうできてたとか…?

まぁ、そんな感じだろうな、うん。

 

「何だかホントに入社した気分です!」

 

「いや、とっくに入社してるから!休憩も大事だけど、まだ終業前何だからさっさと仕事再開してね」

 

「「はーい!」」

 

 

「それで、青葉と渚はどれくらい進んだ?」

 

「参考書の半分くらいまでは…」

 

「もう少しで参考書終わりそうですね」

 

「おお、早いじゃん!ちゃんと青葉にアドバイスしてあげたんだな、ナイス渚!」

 

「そんなにはしてないですよ、後は涼風の頑張りですよ」

 

「そ、そんな事ないよ!すっごい助かったもん!」

 

「ふふーん、仲良く出来てて何より!それじゃあ、青葉はもう少ししたら仕事振るからよろしく!渚はこれから振るから来て。細かい所は実戦で覚えて行こう。青葉もね!」

 

「「はい!」」

 

そんなこんなで、八神さんのデスクで仕事の説明を受けたのであった、

初仕事は村人を作る作業が割り振られたのであった…。



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ただ飯程美味いものは無い

「おはようございまーす…」

 

「ぐぬぬぬっ!」

 

「うぐぐぐっ!」

 

あ、ありのまま今起こってることを話すぜ…!

俺は出社して自分のデスクに向かったら、先輩二人が魔法少女チックなステッキと、照明代わりに使われていた剣を使ってつばぜり合いをしていた!

な、なにを言っているか分らねーが…俺もどうしてこうなっているか分からねぇ…。

朝からため息が出そうだった…チャンバラだとか、殺陣だとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。

もっとしょうもない片鱗を味わったぜ……。

 

「………よいしょ」

 

「お、おはよう渚くん」

 

「あぁ、おはよう」

 

とりあえず俺はスルーしておいた、こっちに気づいていないのであれば、此方から刺激を与えなければ何もしてこないし絡まれもしないだろう。

涼風が引きつった笑みを浮かべながら二人を眺めている、タイヘンダナー。

 

さ、そんな変な先輩を無視して、お仕事しますかねお仕事ー。

今日も村人を作成してリテイク、手直ししてリテイク…今日もリテイク祭りだー!

等と一人打ちひしがれながら作業をしていると思わぬ珍客が。

 

「んなーお」

 

「ちょっともずくちゃーん、もー…仕事にならないでしょー?」

 

「にゃーお」

 

ちょっともずくさん?そんなにでっぷりだから野太い鳴き声になるんですよ?さぁ、ダイエットなさい!シェイプアップして美声におなり!

てなわけで、ここのディレクターが毎日連れてきてる猫、もずくの登場。

こうして度々顔を見せては昼寝をしたりちょっかいをかけに来ているのである。

 

「ごめんなさい、でしょー?」

 

「ふっふふふ…ずいぶん手慣れてるね」

 

「うわ!?ごめんなさい!葉月さんの猫ちゃんを!」

 

「構わないよ、悪いのは仕事の邪魔をしたもずくさ。何なら、飼い主である私にも、お仕置きしてくれていいんだよ!」

 

「えっ」

 

「うわ…」

 

流石にこの発言には全俺が引いた…。

どうやらこのディレクターさん、可愛い娘好きらしいことで有名で、ここが女性塗れなのも、葉月さんが原因とかそうではないとか…。

 

「冗談さ。さ、これ以上邪魔しちゃいけないよ、もずく」

 

「なーお」

 

そう言って葉月さんがもずくを抱きかかえたが、何故かもずくはもぞもぞ暴れ、腕の中から飛び出せば、俺の膝の上へと着地した…。

え、何で俺の膝なんですもずくさんや、隣の涼風の方が万倍もいいと思うぞ、ほれ、あっち行けあっち。

いや、くつろぐなよ、俺も仕事中なんだけど?

 

「おや、絵筆くんも気に入られたようだねぇ」

 

「それって喜んでいいのでしょうか…」

 

「基本もずくは、ここの会社の人には懐いてるからね、仲間外れにならなくてよかったじゃないか」

 

くすくす笑ってはいるが、目の奥がギラギラしている…これは、捕食者の目だ…!

心なしか、グラサンの奥を覗き込まれているような気がしてならない…。

内心ビビッていると、今度こそもずくをしっかり抱きかかえ、葉月さんは行ってしまった…。

俺はこのことを忘れるために、村人作成に励んだ…。

 

 

「渚の絵って結構特徴的だね」

 

「え、そうですか?」

 

「うん、見てて面白いかも。とりあえずバランスも良いし、合格点って所かな」

 

村人作成の仕事を割り振られて三日目。

3Dの経験もあったためか、リテイクを食らい続けて三日で合格点をもらえた。

ふへー…八神さん仕事に対して厳しいですぞー。

 

「よし、じゃあこんな感じで、どんどん村人つくってよ!」

 

「ウィッス」

 

そう、これが一人目の村人なのである。

これを後何体か分らないけど結構な数作成しなければいけない、服装、髪型、目の形などの特徴を若干変えながら…。

俺の初仕事は、ゲームのとある町を賑やかにする事。

少し遅れて涼風も俺と同じ仕事に入っているが、未だにリテイクを食らって悩んでいる。

 

お互い大変ですな涼風氏…頼む、俺が結構な数描かされる前に合格点貰ってくれ(他力本願)

とりあえず次はどんな村人を描こうか考えてみるか…主人公を食わず、地味でも無く派手でもない感じ…無難な格好って考えるの難しいよな。

 

「渚くん、OKもらえたんだ!」

 

「あー、何とかなぁ」

 

「凄いなぁ…私何かまだまだだよ…」

 

「まぁ焦る必要はないと思うけど。早くしないと俺が全部描いちゃうぞー、何てな」

 

「そ、それは駄目!私だってやりきるもん!」

 

そう言って涼風はモニタとにらめっこを始めるのだった。

こうして発破かけておけばさらにやる気になるだろう…ふっふっふ、頑張れ涼風、主に俺の為に…。

あ、飯島さんからメッセ飛んできた。自分、全部やらされる思って、青葉ちゃんに発破かけたやろ…?

はは、ばれてーら…。

 

とりあえず、一切の動揺を隠せないままそんな事ないですと返信しておいた。

若干真横から視線が飛んできてた気がしたけど、俺はそっと気づかないふりをして村人作成に精を出すことにした…。

 

「それで、やりきると言った直後にこっちの絵をチラ見してるのはどうなんですかねぇ涼風さんや」

 

「うぐ…っさ、参考程度に何処が違うのか見てみたいなーと…」

 

「最初から言えよなー、今一人目の村人のデータ開くから」

 

「あ、ありがとう!」

 

おう、存分にありがたみ、そして恩に着るが良い!

俺が困ったときに頼れるカードは何枚持っていても困らないからな、はっはっは!

あぁ…真後ろと真横から痛い視線が…篠田さんと飯島さんがめっちゃ見てる。

そんなこんなで、涼風にちまちまと助言をし、村人を描いてはちまちまリテイクを食らいつつも二体目を作成し終え、そのデータも見せて参考にさせると言った事を繰り返して早四日。

 

トータル一週間が経過し、涼風はようやくOKをもらい、一人目の村人作成にまでこぎつけたのだった。

八神さんがあまりにリテイクを出すもんだから、目に見えて意気消沈仕掛けてたな。

その時遠山さんが涼風に声をかけて一緒に帰ってたっぽいし、その時何か助言したんだろうな、次の日…つまり今日にはOKをもらって嬉しそうに報告してきた。

多めのリテイク食らったのって八神さんがそれだけ期待してるってのと、仕事に関しては妥協しない性格が合いまったって感じなんだろうなあれ。

 

俺も頑張りますかねぇ…とりあえず今は、目の前の村人を涼風と一緒に描いて行く事から…。

八神、俺はあと何人描けばいい…!

 

 

 

□□□

 

 

「それでは、ちょっと遅くなっちゃいましたが。涼風青葉ちゃんと絵筆渚君の新人歓迎会を行いたいと思います、乾杯!」

 

『かんぱーい!』

 

「今日は会社のおごりだから、皆好きなだけ飲んで食べてね!」

 

え、今日は全員好きなだけ食べていいのか!?

あぁ、しっかり食え。

おかわりもいいぞ!!

遠慮するな、今まで働いた分食え。

 

うめうめ…って、あぁ!?八神さんそれ俺のにくぅぅぅ!おのれ八神コウ!俺が大切に育てていたお肉をよくも!よくも!

といった具合に、あれから数日後、皆が仕事をいつもより早めに切り上げ、これより!新人歓迎会を行う!と言った感じだ。

 

って篠田さぁぁぁん!それ俺が育ててたネギぃぃぃ!くっ、だったら俺は豆腐食っちゃうもんね!…グラサン曇って前が見えねぇ…。

 

「青葉、渚!入社祝いにこれ食べてみ?」

 

「え、何ですか?」

 

「嫌な予感しかしないんで涼風に上げちゃってください」

 

「まぁほれほれ」

 

おー、良かったな涼風、憧れの八神さんにあーんしてもらって。

どうやらロシアンたこ焼きだったらしく、見事に涼風はからし入りの物に大当たりしたようだ、おめでとう涼風っ。

え、ちょ…涼風さん?ナズェミテルンディス!!や、やめ…そのたこ焼きを俺に食わせようとするな…お、おい、や、やめ…ヤメローーーー!むがむが!?

 

「くっそ辛ぇ!?」

 

「はははは!渚も大当たり!しっかし青葉ー、ずいぶん大胆だなぁ?」

 

「え?……あっ!!」

 

げほ、うぇっほ!マジ辛いんだけどこれ!とりあえず俺は自分の飲み物を一気飲みして辛さを紛らわす…。

うぐぐ…覚えとけよ涼風、この屈辱は万倍にして返してやるからな…。

それで、どうして顔を赤くして固まってるんだろう…?なーんて、そんな鈍感系主人公じゃないんで、理由は分ってる。

 

恥ずかしいならやるんじゃないっての…無言で割りばしを渡したら物凄い速さでそれを受け取った…俺の心に痛恨のダメージ!!

おのれ涼風、俺に身体的ダメージを与えるだけでは飽き足らず、精神的にもダメージを…!

 

「青葉ちゃんと渚君はこういう飲み会初めて?」

 

「は、はひ!」

 

「そうですね、親戚が集まってどんちゃん騒ぎってのが飲み会に入るのなら、まぁ何回か?」

 

「というかまだお酒飲めへんもんね~」

 

「え!?もう酔ってる!?」

 

すでに出来上がった飯島さんが涼風に絡んでいる。

おぉ、怖い怖い、俺は絡まれないように気を付け…あ、飯島さん?どうして身を乗り出して俺にロックオンしてるんですか?あ、やめてください!あ、困ります飯島様!グラサン取らないでくださいアー!!

 

「いっつも思っとったんやけど、いつまでサングラス付けとるんやぁ!」

 

「腫れてる目を見せたくないと言う男心をくみ取ってください飯島さーん!!」

 

くっ…サングラスを取られてしまった…悔しい!

いきなり分捕られたので、店内の灯りが目に染みる…うげぇ…ちかちかする…。

そして凄い視線を感じるんですけど何ですかー!!

 

「おー…渚くん、可愛らしい顔してるんやねぇ、いい子いい子」

 

「ちょ…飯島さん、撫でるのやめましょ…っええい!見世物じゃないですよ!散れ散れ!」

 

「そうそう、この前社員証用の写真撮った時に取らせたんだけど、女の子みたいな顔してるよな」

 

「ちょっと意外ね」

 

「…そっちの方が…怖く…ない…から…驚かなくて…済む…ね」

 

上から八神さん、遠山さん、滝本さん…。

ええい人のコンプレックスをまだ弄るかこの人―!

それで何が意外なんですか遠山さん!あらあらって感じでくすくす笑ってないで、飯島さん止めてー!

最後に滝本さん!ほんとに毎日びっくりさせて申し訳ございません!!!

そんなこんなで、飯島さんが俺のグラサンを掴んだまま眠りこけ始めたので、真っ赤な目を晒したまま俺は鍋をつついた…。

 

「あれ、葉月さん!」

 

「ちょっと覗きに来たよ。涼風君、絵筆君、どう?ちゃんと歓迎されてるかい?」

 

「はい!歓迎していただいてます!」

 

「鍋うまいです」

 

「それは味の感想では…って、絵筆君!やっとその可愛らしい顔を出す気になったんだね!」

 

お、おぉ!?何だこの人、いきなりテンション上がったぞおい!?

ほら、先輩方(飯島さん除く)が若干引いてる気がするんですがっ。

その空気を察してか、わざとらしい咳払いをして気を取り直したのであった。

 

「聞いたよ、もうNPCキャラ作成したんだって?」

 

「あ、はい!でも絵筆君に比べたらまだまだで…」

 

「俺は経験あったわけだし、3D触れ始めてなら速い方だろ」

 

「ま、渚もまだまだだと思うけどなー。青葉も精進しろよ」

 

「相変わらず八神は素直じゃないね。素直に凄いって言ってあげればいいのに」

 

そうだそうだー!もっと言ってやってください葉月さん!(便乗)

おっと…葉月さんと一緒に俺も睨まないでくださいよ八神さん…。

 

「涼風君、絵筆君、八神は素直じゃない上に、実はナイーブだから、優しくしてあげてねぇ」

 

「は、はぁ…」

 

「ナイーブ…」

 

「もう帰ってくださいよぉ!ここはキャラ班の歓迎会なのぉ!それと渚!後で覚えとけ!」

 

「忘れました!!」

 

「私モーション班なんですけどぉ~」

 

「そこ二人!話をややこしくしない!」

 

篠田さんと一緒に怒られてしまった…解せぬ…。

いやいや、仲間みたいな感じで俺を見てるんですか篠田さん。

叱られ仲間とかそんな不名誉なもの嫌ですぞっ。

 

それからすぐに、葉月さんが本当に帰ってしまった。

何やらもずくが拗ねるとかで、飼い主は大変だなぁ…。等と呑気に思っていたら、鍋の肉を全部葉月さんに食われていたでござる…。

おのれおのれおのれおのれ!!いつの間にぃぃぃ!!

 

そこから酔っ払い共が彼氏彼女いるのかと言う定番の質問コーナーになったが、あえなくみんな撃沈。

遠山さんが八神さんに熱視線を送っていたのはきっと俺の見間違いか何かだろう、そうに違いない…。

皆が出来上がっている中、滝本さんだけは平然とお酒を飲み続けてるんだけど…滝本さんマジ酒豪…。

 

おい涼風、お酒は二十歳になってからだぞ!飲んじゃいけないんだぞ!ホントに飲みそうになったので、俺が止めておいた…未成年飲酒、ダメ、ゼッタイ!

 

「えーそれではもうお開きみたいなんですが、二次会来る人!」

 

「私はゆんを家まで送って帰りますー!」

 

「あれ?ひふみ先輩もういなくなってる…」

 

「わたしはいけます…!」

 

何このカオス。

というか滝本先輩のステルスっぷり何なの!?忍者なの!?アイエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?

って、もういない滝本さんはどうしようもないけど…篠田さんと飯島さんだけってのは危ないのでは…。

 

「すいません、俺も二次会は遠慮しときます。篠田さん達の方に着いてきます」

 

「おー!送り狼になるなよー!あははは!」

 

お黙り酔っ払い!!

駆け足で先に行った篠田さんを追いかける。

合流するとびっくりした表情で見られたが、理由を話したら今度は申し訳なさそうな顔をされた。

 

「いやー、ごめんね渚くん!今までもこうしてゆんを送ってたんだけど、そろそろ何かあったら怖いなーって思っててさ」

 

「いえいえ、方向は一緒ですし、ついでと思えば全然」

 

「渚くんって変わってるのに、変なところ真面目だよね」

 

「それ褒めてます?けなしてます?」

 

「あははは…これでも褒めてるつもりなんだけど…」

 

失礼するなもう!ぷんぷんだぞ!

とまぁ、こんな具合に篠田さんと他愛もない会話をしながら飯島さんを送り届け、最終的に篠田さんも送り届けると言う所まで行った俺をほめたたえてくれ…。

あ?甘い話?ねーよそんなもん、散れ散れ。




読んで分かった方もいると思いますが、原作とアニメをごっちゃ混ぜにしてしまった回になっちゃいました…。
最初のはじめとゆんの下りとか、歓迎会の葉月さんの下りを入れたかったがために、こんなことになった、正直すまなかった

色々改編もしてるので、お見苦しい箇所があったかもしれないです、申し訳ねぇ


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財布を忘れて愉快な篠田さん+α

「それ青葉ちゃんのモデル?」

 

「ああ、そうだよ。今モーション付けてるんだ。待機モーション何だけど、どうかな?」

 

「せやなぁ、せっかく可愛いモデルなんやから、もっとキュンとするようなのがええんとちゃう?」

 

「きゅんん~?」

 

現在進行形で、涼風のモデルの動きを付けている話が進んでいる。

隣の涼風は何処か居心地が悪そうなそうでないような表情をし、もじもじそわそわと落ち着かないご様子。

後ろをちらちら見たり、モニタに視線戻したりを繰り返したりしていて、非常に気になる…。

 

「こないな感じ?」

 

「ちょっと媚びすぎじゃない?」

 

「……」

 

「?」

 

「わ!」

 

「え、なに!?」

 

何をそんな挙動不審でいるんだ涼風氏…。

見たいのならはっきり見ればいいのに、そして飯島さんが何か悪い顔をしているのを俺は見逃さなかったので、面白そうだから何をするか見ていよう。

 

「へー、これが会話モーションなんやー」

 

「……」

 

「へー、これが歩行モーション?」

 

「………」

 

「へー、これ「意地悪しないでください!!」ごめんね~、青葉ちゃん素直やからつい」

 

そう言いつつも何も反省してない様子でクスクスと笑っている辺り、楽しんでんなぁ。

まぁ俺も涼風の様子をみてゲラゲラ笑ってるんだけどな!

いたたたた!!涼風!篠田さん御用達の照明剣で俺を叩くのやめて!

 

てい!真剣白刃取り!!

どうだ、恐れ入ったか涼風青葉ぁ!ヴゥーハッハッハー!

 

「…ドヤ顔してるとこ悪いんやけど渚くん…失敗して顔に当たっとるで…」

 

「言わんといてください飯島さん…慈悲など要らぬ!!ぐわー!?要らぬと言ったが追撃せよとは言ってないぞ涼風!目が―!目がぁぁぁ!」

 

あいつ、顔にぶつけたままライトのスイッチ入れやがったんですけど!

やっと花粉症が収まって、目の腫れとかもおさまってグラサンとおさらばした矢先にこんな仕打ちを受けるとは!!

仕返しに、今度涼風より先に出社して、こいつのアンダーザデスクを占拠してキノコ栽培してやる!

 

ひゃっはーーーー!!キノコは友達ぃぃぃ!

あ、今日の夕飯はキノコの入った味噌汁母ちゃんに作ってもらおっと、後で早速メールしておこう…。

 

「あの、ちょっと見せてもらってもいいですか?」

 

「え?良いけど…たいしたことないよ?」

 

「いえ、遠くから見ててもキャラが生きてるみたいに動いててずっと気になってて…はじめさん凄いなって」

 

「ま、まぁね!でもちょっと努力すれば青葉ちゃんでもできるよ~」

 

篠田さんってわかりやすいよなぁ…チョロそうだし、悪い男とかに捕まらないか心配だわぁ。

あ、八神さんと目が合った。うんうんって頷いてるので、話を合わせる様に俺もうなずいておく。

 

そんで何か八神さんがこっち来たんですけど、え?タブレットペン買いに行って来い?

あ、俺じゃなく涼風と篠田さんが、俺は行かなくても良いんです?そう言うのは下っ端の仕事なのでは。

何ですかその空気読め的な視線は!

えーえー分かりましたよ!お留守番してますよー!

 

何故かはわからないが、お使いはさせてもらえなかったので、仕方なく俺は仕事を進めることにした。

あー、お仕事楽しいなー!

 

「あー、せやった…渚くん、この前はありがとうな」

 

「お?何ですか藪から棒に」

 

涼風と篠田さんがお使いに行かされてから少しして、飯田さんにお礼を言われてしまった。

これと言った身に覚えがないので首をかしげてしまう。

俺の思い出せないといった様子を見て、恥ずかし気に顔をそらしながら、この前の歓迎会で酔いつぶれたときの事を言われ思い出す。

 

そういや、篠田さんと一緒に送って行ったんだった、思い出した思い出した。

あの後眠気がピークだったから、帰ってすぐ寝て忘れてたわ、ありましたね―そんな事、あ、気にしなくてもいいですよ。

 

「せやけど、歓迎会なのに迷惑かけてもうたし…」

 

「んー、まぁここだけの話なんですけどね?二次会に連れて行かれそうだったからってのが理由ですよ?」

 

こそこそっと八神さんには聞こえないように、飯島さんに伝える。

それを聞いてか知らんが、何故か笑われてしまった。ええい、なぜ笑う。

 

「いや…渚くんも、そんな気遣いできるんやなーって、ぷっ、ふふふ…っ」

 

「失礼な先輩ですね、さっきのは紛う事なき本音ですよ」

 

「はいはい、分かった分かった」

 

何ですかその、私はお見通しみたいな返事はー!

何だか見透かされてるようですっごい悔しいんですけど!悔しいんですけど!

ジト目で飯島さんを睨んでいればお菓子をいただいてしまった、わーい!渚、お菓子好きー!

 

……はっ!?餌付けされている!?くっ、おのれ飯島ゆん…恐ろしい子…!

等と思いながらも、貰ったお菓子をもぐもぐしながら仕事を進めようとデスクを振り返ろうとした時だった。

 

「……飯島さん飯島さん」

 

「んー?どないした渚君?お菓子のおかわり欲しいん?」

 

「待って、俺そこまで子供じゃないですよ!?って、そうじゃなくて…あれ、篠田さんの財布ですかね…?」

 

「えー…?……ほんまや、はじめの財布や…もしかして忘れたんか!?」

 

「これ、届けた方が良いですかね…?」

 

「んー、まぁ忘れた方が悪いとちゃう?うちはほっといてもええと思うけど」

 

「そっすか?じゃあそうしましょう」

 

「決まりやね!」

 

何処までも薄情な二人組なのであった。

ちょっと飯島さんと仲良くなれた気がしたぞー、わーい、嬉しいなー。

それからしばらくすれば、涼風が慌てて戻ってきた。どうやら篠田さんが財布を落としたと勘違いして探し回っていたらしく、とりあえず来た道に戻って探していたらとうとう会社に戻ってきてしまい、もしかしたら会社に―みたいな思いで入ったら、あったという事だ。

 

ちなみに、涼風も財布を忘れていたという、一体どうやって買い物をする気だったのかと問い詰めたくなったけど、我慢した。

ほれ、篠田さんが待ってるからさっさと戻っていきな。

 

涼風がまた外に出ていくと、一連の騒動を見ていた、俺、八神さん、飯島さんが、若干呆れたような表情をしてため息をついてしまったのは、言うまでもない…。

 

そして帰ってきた篠田さんは、キャラが崩壊していた。一体何があったんだこの人に…。

飯島さんに指摘されたら叫びながら何処かへ走り去ってしまった。

というか仕事しろぉ!!



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ボディーにしな、ボディーに

「渚ー、あんた仕事に遅れるわよー!」

 

「ふげ…あー…もう朝かぁ…」

 

目覚まし母さんで、今日の朝も何とも気持ちが良いとは言えない起床をする。

昨日はつい背景とか思いついた人物絵とか描いてて寝るの遅かったからまだ眠い…。

でも会社遅刻するのはやばい…起きてエナドリでも決めようと思う。

 

もぞもぞと気怠い体を起こしては、着替えて下に向かい、もそもそと朝食を食べる。

朝は手軽に食えるパンが楽でいいわぁ…。

 

「あんた、今日は遅くなるの?」

 

「あー…分かんない、今日の仕事の進み具合によるかも、遅くなるようだったらメールするわ」

 

「んー。あ、献立をメールするのだけはやめなさいよ?キノコの味噌汁飲みたいって送られてきた時は、仕事中にこいつ何やってんだって正気を疑ったもんよ」

 

どうやらあのメールは不評だったらしい。

あの時はそういう気分だったから仕方がないんだ、許せおかん。夕飯の味噌汁美味しかったから、また今日も作ってくれおかん。

食パンを食べきり、上着を着て会社へと向かう。

 

いつも会社に向かう時、毎日見てる代わり映えのしない風景を見ながら歩くのが俺の毎日の日課になっている。

ふつふつと絵を描く意欲が沸いて来る。仕事で描くって言うのはまだ慣れないけど、そこはもう少しでなれるだろう。

何しろ入社してまだ一か月もたってないからなぁ。

 

それでもあの会社、色々濃いんだよなぁ…先輩たちが…。

まぁ変にお堅い人たちよりかは退屈はしないし、こっちも気楽でいいんだけど、男が俺一人だけってのもなぁ。

慣れているとはいえ、それでも目のやり場に困るときもあるってわけよ。

 

等とぐちぐちと考えながらも、会社まであと少しって所で、篠田さんとばったり出くわした。

俺を見かけるなり駆け寄ってきた、朝から元気ですなぁ篠田さんや(しみじみ)

 

「おっはよー渚くん!」

 

「おはようございます、篠田さん。珍しいですね、こうして出社中に出くわすの」

 

「ホントだよー、いつもこの時間?」

 

「そうですね、もう少し早い時もあれば、のんびりって時もあるので、バラバラですね」

 

「そっかそっか。意外にしっかりしてるんだね!」

 

その意外はいらないんだけどなぁ。

みんなして俺をほめる時は意外意外と…俺だってちゃんとしてるんだぞー!!

どいつもこいつも失礼しちゃうよ全くっ。

 

他愛のない会話を続けていれば、気づいたらもう会社が目の前に。

誰かと話していると移動するのも早く感じるよなぁ、これから仕事かと思うと、もう少しゆっくりでもよかった気がするが…。

 

「あれ、珍しいじゃん、はじめと渚が一緒に出社って。何だ何だー?カップルかー?」

 

出社して早々、昨日も会社に泊まっていたであろう八神さんと出くわし、おもちゃを見つけたような表情を浮かべたかと思えば、ニヤニヤしながらそう言われた。

やれやれ、その歳でそんな子供じみたことを言うなんて…それだから八神さんは八神さんなんだ、ねー?篠田さん?

 

「な、ななな!何を言ってるんですか八神さん!渚くんとは途中で出くわしただけですって!ねっ!渚くん!」

 

「アッハイ」

 

うっわー、何でそんなに慌ててるんですか篠田さん。

そんなんだから八神さんの格好の餌食になるんですよ…実際、何の反応もしてない俺よりも、大慌てしている篠田さんの方を見てにやにやしてるし、八神さん。

 

そんな大慌ての篠田さんを俺はスルーして、自分のデスクに着く。

渚はいじりがいがないなーっとか言われた、どうせ弄りがい何てないですよーだ!!

 

「やーい女顔ー!」

 

「やーいパンツ女―!」

 

「上司に向かってその口の利き方は何だー!!」

 

「調子乗りましたすんません!!」

 

人のコンプレックスをまたいじり始めたので、思わず言いかしてしまったらめっちゃ怒られた件。

くそ…この人が上司だって事を一瞬頭から抜け落ちていたぜ…。

とりあえずぺこぺこと頭を下げて事なきを得たのであった。

 

そしてふと気づけば始業時間が五分前と差し迫った所で気づく、涼風、飯島さん、滝本さんが未だに姿を現さないのである。

よもや遅刻か?と考えていれば、八神さんも同じことを考えていたらしく、物珍しい顔で三人のデスクを見ていた。

 

「まだ連絡がないから、少し遅れてるんじゃないかしら?」

 

「三人も遅刻何て気が緩んでるのかな…ちょっと厳格な態度で接するべきか」

 

「出来るんですか?」

 

「出来るよ失敬な!それと渚、何も言わず私を見てにやにやしない!」

 

「えー?してませんけどー?」

 

「現在進行形で!してるじゃん!このー、見てろよそこの二人!私がびしーっと言ってやる!」

 

えぇー?ほんとにござるかぁー?

おっと、ガチ睨みされたのでもうからかうのはやめよう…首にされたらシャレにならないでござる…。

そんなやり取りをしてすぐに、三人が出社してきた。

 

特に息を切らしていないところを見ると、途中であきらめて歩いてきたのかね?

んん?でも涼風の鼻が赤いのはなぜだ?もしかして転んだとかか?

 

『おはようございます』

 

「あ!おいおい、遅刻だってのにずいぶんのんびりしてるね。自覚はあるの?」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「特に青葉!まだ入社一か月もたってないのに、学生気分じゃ困るよ!」

 

「はい…!」

 

おー、しっかりと注意してる…まるで上司みたいだ!?

あ、ちょ、何でこっち見るんですか…いや、睨まないでください、俺は何も悪くないですよ、心の声が悪いんです、無実なんですはい…。

 

「…コウちゃ…会社の…前…までは…」

 

「…ん?」

 

「青葉ちゃんがさっき転んでしもて、カバンの中身を拾うてたら遅くなってしもたんです…」

 

なるほど、だから鼻が赤いのか。

ちょっと痛々しいから絆創膏でも恵んでやろう、えっと、絆創膏絆創膏…。

 

「…え?ちょっと、こけたって大丈夫なの?」

 

「へ?」

 

「それで鼻が赤かったのか……。そ、それならそうと早く言ってよ!勘違い…しちゃったじゃん…」

 

八神さんの顔がみるみる赤くなっていく。だから!何で俺を睨むんですか!何も言ってないでしょ!

良いからさっさとこの場をどうにかしてください!

上司の務めですよ!俺は絆創膏探しで忙しいんです!

くそぅ…俺が何をしたって言うんだ…事あるごとに俺にヘイトが向いている気がする。

 

「…青葉はいつも頑張ってるし、学生気分とは思ってないよ。でも…一応上司だし…とはいえ、酷い事言って…ごめん…今日の所は遅刻じゃない事にしといてあげるけど、三人とも遅刻届出す様に!」

 

「は、はい…」

 

「それと渚は後でしばく!!」

 

「だから俺何もしてない!!」

 

最後の最後まで俺にとばっちりが来ていてとても解せぬ。

もしかして八つ当たり入ってません?ねぇ、そうですよね?何で目をそらすんですか八神さん?八神さん!八神さーん!!

 

くっ、一体何でこんなことになったんだ!そんなにパンツ女って呼ばれたのを根に持っているというのか八神コウ!(間違いなくそれが原因)

 

「お、おはよう、渚くん」

 

「ん、おはよう。ほら、絆創膏やるよ、鼻に張っとけ、生憎と消毒液はないから、傷を綺麗に洗ってからな」

 

「ありがとう…朝から騒がしくしちゃってごめんなさい…」

 

「何で俺に謝るんだよ。ま、遅刻は誰にだって起こる可能性あるもんだし、次に生かせ」

 

「…うん!」

 

少しは元気は出ただろうか、鼻を綺麗にして絆創膏を張った涼風は、遅刻届をさらさらと書いて八神さんに渡しに行ったのだった……が!

 

「…で、これは何なのかな…?」

 

「え…遅刻届ですけど…」

 

「そうじゃないよ!!何で遅刻理由が青葉もゆんも『寝坊』なの!?これじゃあ帳消しにできないじゃん!!」

 

『…あ』

 

「書き直し!」

 

わー、丸く収まったと思ったら全然収まってなかったぞぉ…。

さっきよりもこじれてる気がしてならないんだけど。

ふっ…俺は学習する生き物だからな、もう何も口を挟まないし、何も考えないようにしておこう。

 

「そしてひふみちゃん…これは何…?」

 

「…朝…ごはんが…おいしくて……つい……」

 

「んなこと聞いてないよ!まず書類に顔文字描かないでよ!ああもう反省して損したー!渚ー!一発殴らせろー!」

 

「今俺殴りたくなる要素何処にありましたーー!?八つ当たり辞めてください!!」

 

なんでじゃーー!?

この一日、八神さんの俺に対する当たりが強まる一方だったとだけ言っておこう…。

次の日になったらこそっと八神さんに謝られて、缶コーヒーをおごってもらったのは、俺と八神さんの秘密となった。

 

そしてその日、今度は遠山さんが俺に対するあたりが強くなった気がしたのは、きっと気のせいだと思う…思いたいです…思わせてください…。



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人のお金で焼肉食いたい

「皆さん休日って何してるんですか?」

 

いつも通りお仕事中にティータイムと洒落込んでいた時に、ふと涼風が唐突に脈絡もなく疑問をぶつけてきた。

その話題が出たとたんにここにいる内二人が目を逸らしている。

お、一体どんなやましい事を休日にしてるんですかね?(ゲス顔)

 

「内緒や」

 

「え、即答?」

 

「何か言えない理由でも~?」

 

「内緒なもんは内緒やの!」

 

「やましい事があるに十万ジンバブエドル」

 

「渚くぅん?」

 

「アーキョウモコウチャガオイシーナー!」

 

飯島さん、マジでキレる、五秒前…。

そうなる前にこれ以上は茶化さないと俺は固く心に誓った…、あぁ、飯島さんが淹れてくれた紅茶は今日も美味しいです。

等と飯島さんに射殺さんとばかりの視線を向けられつつも、優雅に紅茶に口をつける。あれ、おかしいな…手が震えてるぞ…春とはいえまだ寒い日があるんだなー(棒読み)

 

そして率先して弄っていた篠田さんも、休日は何をしているのかと問われれば、これまた露骨に目をそらして秘密とのたまったのであった。

 

「渚くんは休日何やってるの?」

 

「俺は外に出て背景を見たり描いたり、家ではゲームとかそんな事ばっかしてるぞ?」

 

しれーっと特に何も考えずに淡々と述べれば、何こいつに合わない事してんな見たいな表情を一斉に浴びた。

何これ解せぬ…あんたらはちったぁ俺の事をそろそろ意外意外と思うの止めません!?

入社してもう一か月になるんですよぉ!?

 

「渚くんってもっとこう…常人には理解しがたい趣味を持ってるのかとばかり…」

 

「蟻の巣穴に水流したりとかな」

 

「あー、やってそう…」

 

「…さ…流石に…それは…言い…過ぎじゃ…」

 

俺氏フルボッコ過ぎて涙も出ない件。

お?喧嘩か?良いぞ、その喧嘩かってやろうじゃねーか!後悔すんなとオラァ!!

五秒後には血で染まる事になるぜ?俺の血でなぁ!!

 

たぶん篠田さんが持ってる剣とかで簡単にやられそうだから笑えないんだよなぁ…何で職場なのにそこまで武器がそろってるんですか、バイオハザードにでも備えてるんですか。

あ、後滝本さんは天使ですね、おらそこのお三方、大天使フミエルを見習いなさいよ、超絶天使ぞ?超絶天使ぞ?

 

「俺だって普通の趣味を持ち合わせてますよーだ」

 

「でも本当に意外だよ。渚くんって、仕事外でも絵を描くんだね」

 

「まぁな。好きな事を仕事にしてるからって、それだけで済ましたくないし。好きなもんだからこそ、自由にやりたいって時もあるじゃん?」

 

そう真面目な事を言い返せば、ポカーンとした表情でこちらを見ている。

何でそうなるのかと小一時間問い詰めたいんですけど…。

 

俺でも心はあるんですよ!?言っときますけど俺の心は鋼でも無ければ防弾ガラス製でもないんですよっ。

血潮は鉄で心はガラスでできてるんですよ!だと言うのにあんたらはぁ!

 

「…いやぁ…渚くんに真面目な言葉って…似合わへんな!」

 

「人の真面目な返答聞いての感想がそれってどうなんですか…」

 

ナギサ、オウチ、カエル。

おうそこ三人、罪の擦り付け合いするんじゃねーやい。

小声で「ほら、あんな事言うから渚くん拗ねちゃったないですか」とか「う、うちが悪いん…!?」とか「そうだよ、謝った方が良いってゆん!」等など話されてるようですけども?

 

ぜーんぶ丸ぎ声なんですけどねぇ!!

それをしり目に大天使フミエルはと言うと…。

 

「…渚くん…の…考えは…凄い…良いと…思うよ…」

 

控えめに言っても天使かな?

いや、控えめに言わなくてもこれは天使ですわ…滝本さんの優しさが染み渡っていくぅ…。

そんなこんなでティータイムが終わり、各自仕事に戻っていきました…先ずは謝罪しろぉ!!

 

□□□

 

 

 

「青葉ちゃん、渚くん。はいこれ」

 

「何ですかこれ?」

 

「えっと、どうもです?」

 

今日も一日元気に仕事だー!バリバリ―!と気合十分に作業に取り組んでいると、遠山さんから紙を手渡された。

紙には給与明細と書かれていた。

おー、今日って給料日だったのか…いやぁ、何を買いましょうかね。

 

「青葉ちゃんと渚くんは初給料ね」

 

「はい!バイトもしたことないので、ホントに初です!」

 

「俺もバイトとかしたことないんで、初めてですね」

 

「でも、振り込みだとやっぱりこういう明細書だけなんですね」

 

「ん?」

 

「だってお給料と言えば、封筒の厚みで「おっ、今月は多いな!」とか「少ない…」って、一喜一憂するものかと」

 

「青葉ちゃん、ホントに10代?」

 

遠山さんの苦笑いも分かるっちゃ分かるんですけど…すいません、涼風の言い分も分かっちゃうんですよ。

昔のアニメの会社での、給料のシーンとかって大体そんな感じだったりするので。

初めての給料なのはわかるけど、給与明細を受けとって見るだけでは、何とも実感がわかない。

 

これが初給料だからなのか、はたまた給料という物に夢を持ち過ぎていたのか…。

まぁ、自分の通帳を見て振り込まれているお金を目にしたら、嫌でも実感がわくんだろうけど。

 

「で、でも貰っていいんですかね…まだこれしか作ってないのに…しかも残業代まで…」

 

「そう!だから青葉ちゃんは、早く会社に貢献できるように頑張らないとね!渚くんもだよ?」

 

「アッハイ」

 

いきなり先輩らしい事を言いだしたので少々…いや、かなり面食らってしまった。

どうした篠田さん!それじゃあまるで先輩みたいじゃないですか!あ、先輩でしたね、さーせん。

 

「そして会社から評価されれば~、お給料も上がるわけですよ!」

 

「は、はぁ…はじめさんお給料上がったんですね」

 

「あ、分かっちゃった?ちょっとだけねぇ~」

 

この先輩、結局は自慢したいだけだったのだろう。何とも分かりやすい先輩ですな。

まぁ、給料の使い道も、篠田さんのデスクを見れば簡単にわかってしまう。

 

「どうせデスクのおもちゃに全部消えるんやろ」

 

「良いだろ別に!!」

 

俺の心でも読んだかのように、代弁してくれる飯島さん。

さっすが、ここぞとばかりに篠田さんを的確に落としていくスタイル!嫌いじゃないですぜ!

 

「それに資料にもなってるし、現に八神さんがよく持ってくし…特にこれ!これがあるだけで仕事がはかどるんだ!」

 

「好きやなそれ…」

 

ブゥンブゥンブゥゥン…っと電子音を響かせて振われるそれは、八神さん御用達の照明剣である。

手慣れた手つきでブゥンブゥンっと振り回しては、少年っぽい笑みを浮かべて楽しそうにしているのであった。

 

今仕事中何そんなことしていいのだろうか…あ、八神さんがちらちらとこっちを見ている、しかしそれに気づかない篠田さん!

え?俺が注意しろって?いやいや、ここは上司である八神さんがするべきでしょうよ、あちょ…。

 

くっ、丸投げしてそそくさと自分の仕事再開し始めたのあの上司…。

 

「ついでに西洋剣もあります!」

 

「なんでもありますね」

 

「くっ、殺せ!」

 

「いきなり何言うてんねん渚くん」

 

「失礼しました、くっ殺と出てしまいました」

 

というか何でデスクに西洋剣あるんですか。

篠田さんはジョブにモーション班とは別に、女騎士でもあるんですか。

一体いつそのジョブに転職するんですか、教えてください!!

 

「うわっ、細いのに凄く重い!!こ、こんなのよく振り回せるな…」

 

「でしょ?鉄の塊だからね」

 

「あっ!」

 

ぐらっと重さに負けて、そのまま篠田さん一直線に西洋剣を振り下ろしてしまう涼風。

篠田さん絶体絶命にピーンチ!!

とはならず…そのまま手に持っていた照明剣を使って、涼風の攻撃を何とか受け止めたのであった…。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

「ホントに役に立ったなぁ…」

 

「ほんまやなぁ…」

 

「……はじめー、私にも西洋剣貸してくれるかぁ?」

 

「すいませんっしたぁ!!」

 

流石にあんな鉄の塊で攻撃されたら流石の俺でも大怪我してしまうのでNGの方向でお願いします飯島様…。

とりあえず謝り倒して事なきを得たのであった。

 

「お給料の査定は年に一回だから、青葉ちゃんも渚くんも、来年には昇給してるといいわね」

 

「評価っていい仕事をしてれば上がるものなんですか?」

 

「青葉ちゃんだとまだ与えられた仕事をこなしてくれればそれでいいわね。でも目の前の仕事以外にもどれだけチームに貢献できたかも大事よ?ちなみに、青葉ちゃんや渚くん、キャラ班はキャラリーダーのコウちゃんとADの私が評価して社長に報告するの」

 

「貢献…なんだか難しいですね」

 

「入社一か月目何だし、そう難しく考えなくてもいいんじゃないかー?務めてれば嫌でも貢献しなきゃいけないとき来るだろうし」

 

「渚くんの言う通りよ。今から考え過ぎても、かえって周りが見えなくなっちゃうものだしね。だから、青葉ちゃんが良いと思ったことをまずやってみてね」

 

でも、渚くんはもう少し考えようねぇ?っとにっこりと言われてしまい、ウッスと答えることしかできなかった俺は決して悪くないと思うんだ…。

どうも遠山さんからは、時たま標的にされることが多いんだけど、何でじゃろか。

 

これも全部、八神コウって奴のせいなんだ…だから俺はそこまで鈍感じゃないって言ってんでしょもーっ。

 

「八神さんって仕事には厳しいし大変だよねキャラ班」

 

「そうか、モーション班のリーダーは八神さんじゃないですもんね」

 

「…そう言えば、素朴な疑問なんですけど。篠田さんってどうしてこのブースなんですか?」

 

俺がそう言えば、ドキッとした表情を見せてすぐに、しょぼんと落ち込んでしまった。

あ、俺地雷踏んだ奴ではこれ…あ、あ…お、俺をそんな目で見るな、見るなあぁぁぁぁ!!

気が付けば、遠山さん、涼風、飯島さんからじぃぃっと見られていた、こっわ…。

最近謝ってばっかりだなぁ俺ぇ!!

 

「ごめんね…私もね、モーション班のぶーすにいたいんだけどね…ごめんね…」

 

「ちょ!?誰も何でいるのみたいな質問してないですよ!?」

 

「モーション班の席が余ってなくてね…まぁ、お隣だし」

 

そんなざっくりした理由でモーション班のブースに押し込んでよかったのだろうか。

ブースを拡張するとかは思いつかなかったのかなぁ、いや…これだとマジで篠田さんに失礼だし、もう考えるのはやめておこう…。

 

「初給料は何に使うか決めてる?」

 

「え?あぁ…何にしましょう…全然考えてなかった…」

 

「私は服やったなぁ」

 

「好きなキャラのフィギュアにすれば思い出が残るよ!!」

 

「ちくわ大明神」

 

「うーん…ちょっと待ってください、誰ですかいまの!?」

 

先輩方の初給料の使い道を聞いては、ますます悩み始めた。

んー…俺もどうすっかな…家にお金入れろとは言われてないし、かと言って自分で全部パーッとつかうのも、なんか違うし。

とりあえず、家族とご飯にでも食べに行くとか、そっち方面に切り替えて、残ったのは貯金って事にしておこう。

 

「やっぱり貯金…ですかね」

 

あ、涼風と被った。

堅実だけど一番いいのが貯金だよなぁやっぱり!

老後の蓄えとか必要じゃないですかー!あ、でも新作のゲームとか出たら買っちゃうかもしれない…。

 

「渚くんはどうするの?」

 

「んー…家族にご飯奢って、残りは貯金って考えてたんだけど、とりあえず保留」

 

「後輩二人はどっかの給料全部おもちゃにつぎ込む先輩と違って偉いなぁ」

 

「わ、悪かったね!親孝行とか貯金とか考えないで!」

 

はは、煽りよる。

そんな初給料で何を買ったのか話に花を咲かせていると、混ざりたかったのか八神さんも隣のブースからひょっこり現れた。

あるぇ、さっき仕事しろみたいな視線俺に送ってませんでしたっけ貴女…。

 

「遠山さんは何に使ったんですか?」

 

「あ、私も気になる~、何に使ったの?」

 

「え、覚えてないの!?信じられない!?」

 

「へ?…えぇ…?何かあったっけ…何でそんなに怒ってるの…!?」

 

一体何をしたんだ八神さん。

今にも泣きそうな顔してるんですけど遠山さんが、せんせー!八神さんが遠山さんの事を泣かせましたー!

キッと俺の事を一瞬見てきたので、これ以上は何も余計な事は思わないでおこう…何でいつも俺の考えてる事わかるだ…。

え?顔に出てる?お前は分かりやすい?ハハ、ワロス。

 

「何渚くんを見てるのぉ?一緒に日帰り温泉に行ったでしょ~?」

 

「いたたたた!そうだったそうだった!」

 

おっと痴話げんかが始まったようだ。

周りのみんなも、うわー、また始まったよ、早く付き合っちまえよみたいな表情を浮かべながらその喧嘩を見ていた。

最終的に、何処に行こうか決めたことすらあいまいに覚えていた八神さんが、遠山さんをさらに怒らせて逃げだすと言う結末を迎えたのであった。

 

そんなんだから貴女はいつまでたっても八神なんだ!

 

「せや、渚くん、同期なんやからそろそろ青葉ちゃんの事下の名前で呼んであげたらどうや?」

 

「え、何でいきなりそんな事になったんですか」

 

「そうそう!だって渚くん、いつまで経っても下の名前で呼んでくれないじゃん!私達は良いとして、せめて青葉ちゃんだけでも呼んであげたらどうかな?」

 

いやいや、いきなりの展開で着いて行けないんですけど。

どうしてこうなった…ほら、涼風も何か言ってやれ!うん…うん…ほら、涼風も無理に呼ばなくていいって言ってるじゃないですか!

 

言っておきますけどねぇ、俺は男子何ですよ?男なんですよ?同期だろうが何だろうが、男性に下の名前呼ばれるの嫌がる人もいるんだし…え、嫌じゃない?出来ればでいいから呼んでほしいと…?

 

はっはー、さっきの言葉はどうしたんだい涼風さんや。

ぶっちゃけ、渚くん可愛い顔をしてるから、男性だって今思い出した…?

 

おい、俺の顔について何かあるなら聞こうじゃないか!

 

「はぁ…はいはい、分かった、分かりましたよ…呼べばいいんでしょ呼べば…青葉」

 

「わー…渚くんに下の名前で呼ばれるの…ちょっと変な感じ」

 

「呼べと言われてその感想はないでしょーよ!?」

 

相変わらずここでの俺の扱いって珍獣みたいな扱いされてるよね。

そんなに俺って変な子?いや、自覚はあるけど、そんな変人レベルで変な子ではないと自分では自負してるんだけど!

 

何故か周りはくすくす笑ってるし…ちくせう、何かい俺の心は砕かれなければならないんだ…。

さめざめと泣きそうなくらいに傷心になってるなか、涼風…改め青葉が、滝本さんに同期がいるのか質問していた。

 

別のチームにいるそうだが、離れ離れで寂しそうと青葉が口にすれば、滝本さんは「別に…喋らないし…」っとばっさり切り捨てた。

結構コミュニケーション取ってくれる良い先輩なんだけどなぁ、滝本さんって…勿論社内メッセでだけどな!!

 

「ちなみにひふみんは初任給何に使ったの?」

 

「…コ…プレ…」

 

「え?」

 

あ、いつの間にか八神さんが戻ってきてる。

滝本さんの初任給の使い道?私、気になります!

 

「…コスプレ…衣装に…」

 

「え!?うそ!写真ないの!?」

 

「…ひみつ…」

 

うせやろ…人としゃべるの苦手なのに、趣味が凄いアグレッシブ…。

普通そう言う人って人前でそう言う事出来ない人ではなかったというのか!

 

いや、偏見が過ぎるなこれは…しっかし、社内メッセでのキャラと言い、滝本さんの趣味と良い、驚かされてばっかりだなぁ…。

あ、八神さんが滝本さんの事に興味津々になったもんだから、遠山さんがむくれてる。

 

「ま、まぁ貯金もいいけど。何か思い出に残る事をしておくのもいいと思うわよ。忘れちゃう人もいるようだけど…」

 

「はぁ…そうですよね…何か考えます」

 

「俺もそうしまーす」

 

この日、俺は家に帰り、今度の仕事の休みの日に、家族と飯を食いに行く事にした。

くっ…ここぞとばかりに焼肉を選ぶとは、流石俺の親、がめつい…っ!




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そもそも性別を認識されていないのでは

「青葉ちゃん、渚くん、お昼どうする?私達はお弁当買って来るけど」

 

「全然終わりそうにないので、休憩できそうにないです~」

 

「弁当持ってきてるんで、ここで食べようかと」

 

仕事がひと段落した後のご飯っておいしいよね!!

今日もうちのオカンお手製の弁当を持参してきているので、お昼代はかからないのだー、なっはっはー!!

べ、別に、一緒に食べる奴がいないからいつもぼっち飯してるわけじゃ、無いんだからね!

 

たまーに篠田さん、飯島さん、青葉と一緒に食べるし…ボッチじゃねーし。

 

「仕方あらへんなぁ、せめてこれだけでも食べとき」

 

社畜御用達のバランス栄養食、カロリー〇イト!!

某蛇さんも言ってたな、カロリー〇イト、うますぎるぅ!って、ちなみに俺は、仕事中にあれに手を出したらもう終わりだと思っている。

延々に終わらない納期、作業…etc。あぁ、考えたくない…。

 

「この御恩はいつか必ず!」

 

「ははは、倍返しでええよ」

 

「おい」

 

サラッと倍返し要求してくるあたり飯島さんらしい…。

この人絶対バレンタインとかもお返しありきで周りに配るタイプだ、絶対…。

ひっ、目が合った…!毎度のことながら、何でおれの考えてることがわかるんですかここの人達…。

え?顔に出てる?わかりやすい?くっ…ポーカーフェイスを取得してやる!

 

「じゃあお昼休憩の渚くんは、青葉ちゃんが分からへんようになったら、教えてあげる事っ」

 

「さーて、俺も弁当買ってこよっと」

 

「持ってきてる言うたよねぇ?」

 

がしっと肩を掴まれ、にっこりと笑みを浮かべてらっしゃる飯島様。

助けて篠田さん!ヘルプ!へぇぇるぷ!

くっ、目をそらすな!俺の視線に気づいてるんだろ篠田さん!

 

逃げられないと悟った俺は、飯島さん命令で飯を食いながら青葉の作業をちょいちょい手助けすることとなった。

俺を尻に引くのやめませんかいい加減…。

 

「あはは…ごめんね、渚くん」

 

「知ってるか?魔王には勝てないんだぜ…」

 

あぁ、おかんの弁当美味しいよ…あれ、おかしいな、この煮物しょっぱいぞ?

もー、おかんったら、また味付け濃くしたわねぇ…くっ、目から汗が止まらねぇ…。

 

がつがつと弁当を食らっていると、青葉が栄養食をもぐもぐ食いながらじっと滝本さんを見ていた。

こいつはどうしてこんなに滝本さんを見つめるの好きなの?

あ、滝本さんが視線に気づいてびっくりしてる。

 

『わー!?』

 

滝本さんのイヤフォンが外れ、流していた音楽が社内に響き渡る。

結構大音量で聞いてるんですね滝本さん…耳可笑しくなりますよ?

 

「な…何か用…?」

 

「い、いえ。ひふみ先輩はお昼ご飯食べないのかなって」

 

「もう家で食べちゃったから…」

 

「へぇ凄い、私そんな余裕ないです」

 

「宗次郎と一緒に…食べたくて…」

 

「宗次郎!?」

 

あれ、滝本さんまさかの彼氏持ち宣言。

くっ、リア充め、そりゃ家でご飯食べたくもなりますな!とまぁ、勝手に爆発!とか考えていたけど、話を聞いていればどうやらハリネズミの名前が宗次郎というとの事。

 

ペットの名前かーなどと青葉がびっくりしたような笑い方をしながら、見せてもらっているハリネズミの画像を見て可愛いーっと呟いている。

俺も見せてもらったけど、可愛いから、第一印象はたわしだけど。

 

「何だ、宗次郎って言うからてっきり彼氏さんか何かと」

 

「かれ…し…?男の人がいると…気が休まらないから…」

 

「あ、分かります。ちょっと緊張しますよね」

 

「男に生まれてごめんなさい……」

 

まさか俺がいることによってこの二人にストレスを与えていたとは…なぎくぼは机の下にでも帰って出てこないようにしますね…。

なんてことを言えば、涼風と滝本さんが俺の顔をじーっと見てしばらくきょとんとしたかと思えば、ハッと何かを思い出したような表情を浮かべた。

 

「渚くん…男の人だったね…」

 

「素顔見てからあまり違和感なくて、忘れちゃってた」

 

「そもそもとして男と見られていなかった…だと…!?」

 

この顔が憎い!!

いや、でも青葉はいいとして、滝本さんが意識せずに仕事できるならよかったのか?

何だろう、超複雑なんだけど、嫌われたり距離置かれるよりかはましと思えば、何にも言えない…。

 

「他にもあるよ」

 

「わ、可愛い!」

 

「凄いしかめっ面ですね」

 

「でしょ…そこがまた可愛い…」

 

「ハリネズミって懐くんですか?」

 

「ううん…いつも巣穴に…隠れてる…凄く…臆病…」

 

ペットは飼い主に似るとはよく言うけど、ここまで性格が似るのも、ある意味凄いと思う。

いやでも、ハリネズミは臆病な性格って言われてるし、似てるのではなく、同じ性格だったというのが適切だろうか…。

まぁ、そんなこと考えても特に意味はないのだが。

 

「でも…素手で触れるくらいには…慣らしたよ…?」

 

背中らへんを摘ままれて持ち上げられてるハリネズミ事宗次郎は、どれも大体はしかめっ面な表情で写真に写っていた。

一体何が不満何だい宗次郎や…こんな綺麗な飼い主さんに買われてる時点で相当勝ち組なんだぜお前…。

 

そして次の写真に写ったのだが、宗次郎と一緒に映っているのが、今まで一度も見たことがなかった滝本さんの笑顔も一緒に映っていた、これは良い物が見れた。

 

「あ、ひふみ先輩が笑顔」

 

「……!忘れて…」

 

「お金!?」

 

「それあかん奴!」

 

ババッとカバンから財布を取り出して二千円を青葉と俺に差し出してくる滝本さん…。

人にお金渡すほど恥ずかしかったのか…とりあえず滝本さん、誰にも言わないんでお金締まってください。

他の人に見られたら物凄く誤解されるんで…。

 

特に八神さん、あの人に見られたらいろいろ言われそうで怖い、主に俺にばかり…。

たぶん青葉は注意で済むだろうが、俺に関しちゃ肉体言語も入ってきそうで怖い。

 

「いや…だって…こんな顔…」

 

「そんな!笑顔も素敵じゃないですか!」

 

「え…?」

 

「だって凄く優しそうで、これなら話しかけやすいのに」

 

「青葉はとりあえず、用があるときは社内メッセ使おうな?」

 

いつもじっと見ては滝本さんに驚かれてる気がるんだけどこいつ。

青葉は反省した様子もなくえへっと笑みを浮かべるだけだった、こいつは後でシバく、絶対にシバく…。

青葉にそう言われた滝本さんはカァァっと顔が真っ赤になっていき、もじもじそわそわし始める。

 

「おかしく…ないんだ…?」

 

「とんでもないです!」

 

「渚くん…も…?」

 

「うぇ…。いやまあ、初めて見ましたけど、綺麗でしたよ?」

 

「あ…う…」

 

あ、もっと真っ赤になった。

もう少し言葉を選ぶべきだったか、我ながら何とも似合わない言葉を言った気がする…俺もちょっと恥ずかしくなってきた。

穴があったら入りたい!!

 

じゃあ、と滝本さんが呟き、そろそろとこちらと向けば、ぎこちない笑みを浮か始めた。

だがそれも数秒と続かず、速攻顔を両手で覆って隠してしまった。

 

「う~~~~~~」

 

「いや!できつつありましたよ!」

 

「もう少し頑張りましょ!」

 

「無理…」

 

「うーん、じゃあ…私を見ずに宗次郎君を見ましょう!スマイル~、スマイル~」

 

「スマイル…」

 

宗次郎の写真を見ながらどうにか笑顔を作ろうとするが、それでもうまくいかず、青葉は滝本さんの口元を手で引っ張って無理やり口角を上げていく。

あ、顔が笑ってるのに目が笑ってないってこう言う事を言うんだ…。

 

所で、俺は一体何を見せられながら昼飯を食ってるんだろう…一体全体どうしてこうなったのか皆目見当もつかないんじゃが…。白米美味しい。

 

「何やってんだ…?」

 

昼飯を買いに行って、戻ってきたであろう八神さんに、バッチリその姿を見られてしまった。

まぁ俺はご飯食べてるだけだから何もしていないのでセーフ。

 

「青葉、昼飯は?」

 

「あ!そうでした、終わってなくて休憩なし何でした!」

 

「抜きかよ…じゃあおにぎり一個やる」

 

ぽいっとおにぎりを投げ渡し、それをわたわたとお手玉しながらもなんとかキャッチする。

八神さんがちゃんと上司してる、珍しい物を見た、明日は槍でも振るのかな…。

 

「何かすみません…ゆんさんにもスナック貰ってりでてん八神さんにも今度倍返ししますね!」

 

「あだで返す気か」

 

「え?」

 

やられたらやり返す…倍返しだ!!

良いぞもっとやれ青葉!そのまま本当に倍返ししてくれていいからな!

おっと、八神さんと目が合った、俺は何も考えてません、考えてませんよ八神さん…だからそのペンタブをそっとデスクに戻してください…話はそれからです…。

 

「それで?渚はここで昼飯か?」

 

「何処かに行って食べるより、ここで食べた方が楽でいいんですよ」

 

「まだ若いんだから、食堂に行くくらいしたら良いじゃん。すぐ老けるぞー?」

 

「いやー、重みが違いますね、言葉の」

 

「渚ぁ、一発いっとくか?」

 

「わ、わー、八神お姉さんわかーい!」

 

「分かれば良いんだ、分かれば」

 

そう言って満足気に振り上げたこぶしを下してくれた。

あぁ、今日も八神には勝てなかったよ…これで一体何回目の敗北だろう、そもそも上司を弄ろうとしてる俺が悪いと言われれば言い返せないや。

 

「忙しい時は出社前に何か買っとくんだね」

 

「はーい」

 

八神さんも仕事があるからか、いそいそと自分のデスクへと戻っていった。

あ、俺もさっさと昼めし食っちまわないと…、休憩終わっちまう。

半分食べ終わっていた弁当をそそくさと口に運んでいると、何故か滝本さんが青葉の事をちょんちょんと優しくなでていた。

しかもさっきの写真で見た時よりも数段優しい笑顔付きでだ。

 

わぁお、滝本さん凄い大人っぽーい。

青葉が面くらった表情浮かべて滝本さんを見つめていれば、それに少し驚いて手をばっと引いてしまった。

 

「あ…!ごめん…」

 

「い、いえ…」

 

今日は珍しい物をたくさん見れて、俺満足…。

って、そんな達成感なんかどうでもいい、俺は昼飯を食いきるんだー!

止まっていた手を再び動かして飯を食らう。

 

ちょんちょん…、っと不意に頭に優しい感触が当たったのに気づき、ちらっと見れば、何故か俺も滝本さんに撫でられてた…何を言ってるかわからねぇg(以下略)

 

「えっと…何で俺も…?」

 

「さっき…こっち見てた、から…撫でられたかったのかなって…」

 

「そんな事はないですけど…というか俺、男なんですから、危ないですよ?」

 

「……?渚くんは…渚くん…だよ…?」

 

ワッツ?

え、何これ、俺は俺って新手の言葉遊びですか?それとも何かのなぞなぞですか?

あ、ちょ、そのまま自分のデスクに戻らないで!?その言葉の真意が知りたいんで戻ってきて!滝本さん!滝本さーん!!

こうして、俺は昼ごはんが食べきれず、お昼休みが終わってしまったのだった。



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