アイドルウォーゲーム (エステバリス)
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2013年 ノストラダムス杯
唐突に始まるIdola's Life




 「ある日」は「唐突」にやってくるので「伏線」は放棄してもいいかな? っていう作品かもしれない。




 

 

 カタカタカタ、とパソコンを打つ音だけが木霊する。

 パソコンを打つ私は血色を変えながら一心不乱にコードを打ち続けている。

 

「はは、ははは、ハハハハハハ!! これで出来る! ようやっと、ようやっとだ!」

 

 楽器を適当に叩くかのように力強く押されるキーボード。顔はみだりに荒れ、髪や肌、目のクマなどはもう性別を疑う程手入れがなっていない有様だが、構うものか。

 

 ――世界の終わりは近い。

 

「調教機能の調整に約2日! トーンの変化や常に変わり続ける状況に対応できる機能に1週間! それをベースに『設定どおり』の性格を反映した性格設定ができるように調整するのに2週間! ハハ、フハハ!!」

 

 一心不乱に笑いながら叩き続ける私。しかし、ようやっと、という言葉が示す通りもう終わりはすぐ。雑な手の動きはそれから程なくして止み、右手の人差し指をピン、と立てる。

 

 ――力を振るえ。誰より輝く一番星と成れ。

 

「私はさぁ!恋愛は()()()()()()()んじゃなくて()()()()()()()()派なんだよねぇ!

 事故は遭うより起こす派!

 嗚呼、あと一歩!そう、そうだとも! 私の、私の――」

 

 このチャンスに恵まれてから少しずつ挟んだ休息を含めても数日間寝ずにいるせいで妙ちくりんな言葉回しになっているが、それほどテンションが上がっているという事でもある。

 そしてそのまま流れるようにカチ、という音が機械的に部屋に鳴り響く。

 押した! 押したぞ! 押してしまった!! これであとは全データが移るのを待つだけ!

 嗚呼、待っていてね。私は待てないが、待っていて! 私の、私の!

 

 ――世界の呪いを(ほど)くのは貴方達の誰か五人。

 

「私の、(アイドル)ッッ!!」

 

 いつだって人は好きな何か(偶像)追い求める(実現する)為ならば、些事なんて捨ててしまえるのだ。さあ、泉の女神の質問だって今この行動を伴って真摯に答えてやろう。

 

 ――目指せ、登れ、辿り着け。

 貴方達は我々の生存を賭けた、最強のイドラ(偶像)候補。

 

◆◇◆

 

 日本という国は今日も平和だった。

 

 経済赤字だの、赤字にならないと国が回らない国だのと言われている割には、議員が多額の資金を使って行う国会で眠るわ結局結論らしい結論をつけずに罵倒合戦に発展するわと、端から見ると滑稽極まりない光景だが、それでも日本は平和に回っていた。

 

「『しかしそれは平穏の裏にある滅びの前触れでしかない。その事実を知っているのは私を含めた、ごく少数の人間に限られている』……なんか違うなぁ。

 なんていうか、これじゃありきたりで名作感のしない導入というか、なんというか……」

 

 東京のとある場所で歩きながら携帯電話を弄る少女が一人。彼女、清水(シミズ)(ソウ)は所謂ネット小説家であった。

 小説家、といっても別に有名な訳ではない。むしろマイナーだ。お気に入り登録件数を見れば彼女が一番書いている小説のお気に入りはギリギリ四桁を行くか行かないか。所謂、『別に有名ではないけど駄作極まってるわけではない』という至って普通のネット小説家だった。

 

 何故小説家?と問われると彼女は申し訳なさそうに「暇潰し」とだけ答える。

 御大層な理由はない。ただ単になんとなく、取っつきやすいイメージがあったから取っついただけだ。事実、書いて投稿するだけなら驚くぐらいに簡単なのが小説で、しかし書く過程にまず予想外に文字数を使うのもまた小説だったりするわけで。

 

(そういう軽はずみな思考をしてるからこんな酷い出来でもなければ人に知られる訳でもない出来に収まるんだろうなぁ)

 

 小説を投稿するサイトにいる以上、ほんの少しであれ周囲の反応や自分の作品の出来映えは気にする。

 その癖満足行くまで書き込む事は暇潰しというメインスタンスに反するせいでやることはない。

 やる事為す事が大抵中途半端に終わる颯は半ば日常となった学校祭の準備の手伝いに駆り出され、疲れたなぁと思いながらも帰路に着く。

 

「そういえば今日はお母さんも仕事遅くなるんだっけ?

 どうせ何もないだろうからスーパー行くか……」

 

 何気ない日常を何気ないとすら思わない。良くも悪くも普通で、強いて言えば少しだけお人よしで自分の優先順位を下げるきらいがあって、別にさしたる興味もない癖に今日学校祭の手伝いを引き受けたのだって彼女の気質による問題だ。

 

 体型は気にしてそれなりに整っているが出不精(でぶしょう)なせいで肩を痛めながら、それが『何気ない日常だ』とだけ小説に書き残して顔を上げる。

 

 ――其処に、非日常の権化が見えた。

 

「――あ?」

 

「う、ン?」

 

 俗物的な言い回しは恐らく無為で冒涜的。女の目で見てもそう言わせしめる少女。言わば、人形の少女が右手に近場のドラッグストアのレジ袋を下げながら颯の目の前に立っていた。

 彼女はあどけない瞳で目が合った颯を見つめ、カクリと首を傾ける。

 

「どうか、しましたか?」

 

「え? あ、いえ、えっと」

 

 少女はまるでアニメでいうエフェクトがかかったような不思議な口調で問うて来たので、覚えずしどろもどろになる。

 突然目の前に人形みたいな少女が現れ、その少女が不思議な声をしているとして。なんと答えるべきかという答えを持っている程颯はアドリブに強くはなかった。

 むしろ不思議な声という奇天烈な人物とすぐ話ができるような者がいるなら早くこの場に呼び出して欲しいだなどと、おかしな方向に思考が拗れた颯はまだ冷静な方なのかもしれない。

 いや、どちらかと言うとここで褒めるべきは颯ではなく少女の非実在性少女感を台無しにしてくれる、彼女の持つレジ袋だろうか。

 

「ごめんなさい、ぶつかっちゃって」

 

「あ、いえ。むしろこっちがごめんなさい」

 

 少女はどこか感情の乗らない声でそう言う。颯はどうにも聞き覚えのあるような、しかしマトモに聞いた覚えはないような気がする不思議な感覚に襲われている。

 何か、非現実的な要素があったような。そう思うのだが目の前の少女は紛れもなく現実にあって。

 

「………」

 

 じっ、と今度は少女が颯を見つめる。人との目立った交流のない颯は気恥ずかしそうに目を逸らして返事をする。

 

「な、何」

 

「……いいかも」

 

「は?」

 

「うん、いい。決定。貴女だ」

 

「何が」

 

 その質問に少女は微笑むだけで返答をしない。彼女は颯の手を左手でガッシリと掴むと、レジ袋を持っているものの、手透きと称する事ができる状態の右手の人差し指を自分の唇に持っていく。

 

「着いてからの、おたのしみ」

 

 卑怯な顔じゃないかと颯は思う。同性なのに思わずドキリとする容姿で、ドキリとする表情と仕草をするなんて卑怯だ。

 

「着いてからって!」

 

「言ったら、きっと聞かないから」

 

 だったら尚の事! と言いたげだったが、その指を流れるように颯自身の口元に持っていかれる。

 まるで颯のように対人慣れをしていない人への対応に慣れているような仕草で、思わず閉口してしまう。

 結局、颯はよくわからない人形の少女に連れられて何処かに向かう。

 

 大通りから正直誰も通りたくないような荒れた路地裏を抜け、誰も知らないような場所から小綺麗な建物の中に案内される。路地裏を通って来たからなのか、正直びっくりする程場違いな清潔感だった。

 

「ここ」

 

「ここって……」

 

「事務所。の本山」

 

「本山……?」

 

「そう言うとちょっと、語弊あるけど」

 

 言いながら少女はてくてくと、やはり颯の腕を掴んだまま屋内に入っていく。

 

「ここ、ちょっと変な人……? 達がいるから。ちょっとだけ注意するといいかも」

 

「かもって。ちょっとだけって」

 

「でも基本的に()()()には優しいから、そう畏まる必要はないかも」

 

「希望的観測に過ぎないかな……」

 

「私はそういうの、わかんないから……ここ」

 

 颯を連れた少女が止まったのは大仰な金色のプレートに『special room』と書かれた扉の前だった。

 何かのお偉い様なのだろうか、と思うまでもなく少女はコン、コン、コン、とドアを三度叩く。

 

「こういう古風な週刊には煩い方もいるから、入る時は3回」

 

「はあ……ノック3回」

 

『そのテンポと音調のノックの仕方はミコ? どうしたの』

 

「はい、新しい候補さんを見つけてきましたので、連れてきました」

 

『候補? ……いや悪い。サラは今旦那とネトゲやってる』

 

「また?」

 

『またよ。とりあえず入って構わないけどあの子が計画の本筋にある以上本番には入れそうにもないかも』

 

 颯にとってはいまいちとりとめのない言い回しの会話だったが、どうやら中に入るように促されている事だけは解る。

 ひとまず颯はどういう話になるのかが気になって仕方がない。突然見知らぬ女の子に人通りのない路地裏を経由してよくわからない建物に連れ込まれたと思えば偉い人と突然話せと来た。

 コミュニケーションに関して大した障害を患っていないにせよ突然そんな状況に追いやられたら誰だって何故、どういう意図で、と気になってしまうものだ。

 

「失礼します」

 

「え、っと、失礼します」

 

 堂々と入室した少女――ミコと呼ばれていた――に続いて、しかし少し遠慮気味に颯も入室する。

 そこにいたのは目に濃い隈を浮かべながら何かの書類を見ては丁寧に重ね、見ては重ね、の繰り返しをしているメガネに青い髪の女性がいた。

 ミコについても現実離れした外見だなあと思っていたが、この女性に関してもそれは当て嵌まる。ミコを人形のようだと称したが、彼女は神秘的と称するのが正しい評価かもしれない。何が、と言われると非常に困るのだが強いて言えばそういうフィーリング的な側面が大きいとでも言おうか。

 

「その子が今言ってた候補でいい?」

 

「はい。恐らくはサラちゃんが適正だと思うんですが」

 

「そうか。それでは……キミの名前を聞かせて貰いましょうか」

 

「えっと、清水颯。17歳です」

 

「では颯、と。私は……まあ名前は後にしておきます。

 まず前提として……これから話す事に幾つか言わねばならない事があります」

 

「言わねばならない事?」

 

 そう、と言うと彼女は陽射した窓を鬱陶しがるように遮光フィルムを下ろし、机を整理して肘を置き、両手を組む。

 

「一つ、この件を口外しない事」

 

「……確認ですけど、仮に言ったら?」

 

「聞きたいかしら?」

 

「いえ、イイです」

 

「殊勝でよろしい。

 二つ目、これから話す事に嘘はない。これは私達が保証します」

 

「そんなに疑わしい事なんですか……?」

 

「今の時代を生きるキミ達からすれば普通そうなるわ。

 それでも事実は事実。昔バイロンくんも言っていたわ。『事実は小説よりも奇なり』と」

 

「心に留めておきます」

 

 颯の発言の後、女性はうむ、とだけ頷いてとりとめもなく語り出す。

 

「じゃあ、颯は神話についてどれくらいの知識があるかしら?」

 

「は? 神話ですか? それなら……かじる程度には」

 

 小説のネタ探しにね、と心中で付け足す。誰かに見せるのが気恥ずかしいのでそれを口には出さないが。

 

「知っているなら話は早い。アレは基本的に全部事実よ」

 

「え?」

 

「事実よ」

 

「……はあ」

 

「信じていないわね」

 

「それはまあ、再三注意されたとはいえ、そんな事を突然言われましても」

 

 そう思ってしまう方がむしろ普通だろう。彼女にしてみればいきなり「頓珍漢な神話が事実だったんだぜ~」と言われればそんな感想が出る方が妥当である筈なのだ。

 颯の覚えが正しければ神話は様々な場所で造られていて、『神話』という全体の中に『ギリシャ神話』『インド神話』といった風に神話毎の矛盾点が無視できるようにカテゴライズされている筈なのだ。

 ようするに神話が全て事実である、という言葉を鵜呑みにするにはあまりにそれぞれの神話を掛け合わせた時の矛盾点が多すぎるのだ。

 

 というかそもそもの話、神話などは徹頭徹尾非現実的な要素だらけであまりにも説得力が感じられないのだ。

 

「わからない事もない。だが事実は小説よりも奇なりという言葉もまさしく事実なのよ。

 そもそもの話キミ達人間は色々おかしなところだらけ。神様だの神話だのを実在すると言えば否定する癖をして、神社に訪れれば神様お願いと祈り、ピンチになれば神様どうにかしてと神頼み。ダブルスタンダードもいいところだと思わない?」

 

「は、はぁ……ごめんなさい?」

  

 なんだかおばあちゃんに怒られているような感覚だ。おじいちゃんおばあちゃんに説教を貰った事のない颯にとってはどうにも初めての感覚で、怒られている筈なのにむしろ何処かしらの安心感すら感じた。

 もちろんというかなんというか、それもどうやら見抜かれていたようなのだが。

 

「しかし口だけなら幾らでも言えるというのは事実。そうね……証拠、証拠か。ミコ」

 

「はい。ミューズ様」

 

「みゅっ……」

 

 その名前を聞いてぎょっとしてしまった。その名前は確かに神話に出てくる女神の名前だ。だがその名前を彼女一人が名乗るというのは颯にとって違和感があり、それがまた別の不信感をよぎらせる。

 仰天と不信が居れ混じった目でミューズを見つめていると、何か不快そうな目で見られているのが解る。

 何か不躾な態度を取ってしまったのだろうかと思ったが、すぐにそんな筈はないと自己完結する。

 

「ならこういうのはどうでしょうか。

 ミューズ様はこれから颯さんに一つ、使い捨て(インスタント)の権能を与える。颯さんはその力をその場で使う。

 それが一番手っ取り早いし、私達も面倒が少なくて済みますよ」

 

 サラリと何かとんでもない事を言われたような気がする。権能を渡されるって。仮に事実だったらそんなトンデモパワーに自分が耐えられるかが心配なのだが。

 

「成程。それじゃあ送るわ」

 

「え、ちょっとまっ」

 

「はい完了。それじゃ、()()()()()()

 

「は? あっ―――」

 

 ミューズがそういうや否や颯の右手が勝手に動き、誰も腰かけていないボロボロのソファに手が勝手に翳されて呆気なく瓦解した。

 

「……はい?」

 

「これが私の持つ権能『造物』。それの一端……だったんだけど。

 まさかオンボロを直すついでに使わせた筈が、権能が逆転した……?」

 

「権能が逆転……そんな事有り得るんですか?」

 

「普通はない。……でも、可能性が無い事はないわ。

 いやでもまさか……こんな事があるなんて。これは無理くりにでも出てきてもらうしかないかしら……?」

 

 途端にミューズはぶつぶつと独り言を呟き出すと部屋から出ていった。会話の流れからして自分は何かをやらかしてしまったのかと気が気でなく、思わず横にいたミコに耳打ちする。

 

「わ、私何かやらかしちゃった……?」

 

「うん、まあそれはもう盛大にやったと思うよ」

 

「そ、そっか……ごめんなさい」

 

 思わず、しゅんとなるがミコはううん、と首を振るとレジ袋からコーヒー豆を取り出し、部屋の棚からカップとコースターを引っ張って四杯のコーヒーを淹れる。

 

「インスタントだけれど、あったかいのどうぞ?」

 

「ど、どうも……ごめんなさい」

 

「そういう時は是非にありがとうって言って欲しいかな」

 

 えへへ、と不思議なエフェクトが掛かった声で微笑む。本当に女視点でも卑怯な華憐さだと何度でも思わせる不思議な魅力を感じる少女だった。

 

「じゃ、じゃあありがとう……えっと、ミコちゃん?」

 

「どういたしまして颯さん。あと私はミコでいいよ。

 はい、腰かけて」

 

「あ、うん。なら私も颯でいいから」

 

 遠慮気味に腰かけた颯の隣にさも当たり前といった風にミコが座る。

 見てくれではこれが彼女の自然体に見えるのだから(タチ)が悪い。いや、本当にそうなのだろうが。再三に渡って颯の勘頼りの話になってしまうが、彼女の整い過ぎた体つきや顔立ちといいもあってか違和感がない事に違和感があるのだ。

 そんな事を思うのは申し訳の無い事だとはよくよく解っているのだが、どうにもその疑念を捨てられない自分は本当にどうかしている、と思ってしまう。

 

(いやに卑屈。私の悪い癖だよ)

 

 二人はその後も他愛なく雑談を交わしながら時間を潰す事10数分。ようやくミューズはボサボサな緑色の髪を無造作に伸ばした、どう見ても寝間着姿な女性を連れて戻って来た。

 

「待たせてごめんなさい。ワンゲーム終わるまで待たされたわ」

 

「カツ丼食うまでがFPSだっての……で、そこのがさっき言ってたの?」

 

「そうよ。ほら貴女が最適任なんだからさっさと自己紹介する」

 

「ハァ、だっる。

 え~と、清水(キヨミズ)大仏クンだっけ?」

 

清水(シミズ)颯です」

 

「あ、そうだった。アタシはサラスヴァティ―。適当にサラ子とかでいい」

 

「……本当に神様の巣窟なんだね、ミコ」

 

「そうだよ。ここはそういうとこだからね」

 

 颯とミコの反対側にあるソファに着いてインスタントコーヒーに砂糖をドバドバとなるだけ流し込んで飲むサラスヴァティー。ちょっと胃に悪そうだった。

 そしてミューズも座って、彼女は100%ブラックでコーヒーを一口含むと、真剣な面持ちで颯に向かう。

 

「さて、あれこれと長引かせても仕方ないわ。清水颯さん」

 

「え、はい」

 

 ミューズはどこからか一枚の名刺を出して颯に渡すと、メガネをクイ、と押し上げる。目の隈が隠れて美人度が少し増した。

 

「えっと……株式会社Y・H・W・H・プロダクションプロデューサー……文山(フミヤマ)(ユカリ)……?」

 

「貴女は本日付けでこのジェホプロの所属アイドルとして活動して貰う事になりました」

 

「あ、因みにプロデュースするのはアタシなんで、シクヨロ」

 

「……………………………は?」

 

 まるで意味がわからないままになぜかアイドルとしてスタートを踏み切る事になったなんて言われれば大体の人間はそう返すに決まっているのだった。

 

 






 アイカツ! の始まりも「唐突」にやって来る。



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唐突に始まるIdola's Life 2

 

 

「アイドルデビューって、ミューズさん頭がぶっ壊れたんですか!?」

 

「いや別にぶっ壊れてないけれど……というか一応神様だと認めたにも関わらず随分な口の利きようね貴女」

 

「あ、すみません」

 

「別にいいわ。突拍子もないのは事実だもの」

 

 ミューズは机の引き出しから複数枚の書類を引っぱり出すと、それをサラスヴァティーに投げ渡す。

 渡されたサラスヴァティ―は心底面倒くさそうな顔でミューズを睨むが、すぐに紙束に親指の腹を押す。

 すると紙束が一斉に飛び交い出し、紙が一つの風景を形成していく。

 

「これがアタシん権能。

 たるいからザックリしか言わんけど、『流れるものの操作と再現』」

 

 本当にザックリとしたほんの僅かな時間の解説だったにも関わらず流れて何かを象る紙は明確に姿を変える。

 それは今の地球にもいくらか存在しているもの。紙の束が再現したのは、一軒の家屋だった。

 

「これは今から大体2000年ぐらい前の地球。紀元前1年、天文学的には西暦0年と称する事の出来る時代の話よ」

 

「で、そこに生まれたのはキミら人間もよく知ってるあの聖主。事の始まりは全て、この男の生誕……いや、この男がこの時に生まれてしまった事だ」

 

「………? えっと、イマイチ話が呑み込めないんですけど」 

 

 何が言いたいのかチンプンカンプン、という風に首を傾げる颯。

 そこで彼女の隣に座るミコが上手い具合に助け船を出す。

 

「つまりかの聖主の生誕が根本的な理由で今こうして颯のアイドルデビューが決まったって事だよ」

 

「嘘でしょ」

 

「それなりにかいつまんだしこれから説明するところも聞かないとわからないけど、本当だよ」

 

 権能とやらで一応は納得した事柄が一気にまた胡散臭くなった。嘘臭いのと胡散臭いので汚臭がプンプンするレベルだ。ゲロ以下、下水道に溜まった汚水以下の臭いだった。

 別に颯は下水道の汚水の臭いを嗅いだ事なんてないし、金輪際嗅ぐつもりもないが。

 

「そこのミコが言う通り本題はここからよ。

 かの男の生誕っていうのは本来なら西暦0年に起こるべきものじゃないの。本来彼が生まれるべきだった年はそれからおよそ3~5年程前の紀元前4~6年。

 それでも彼の生誕は実際は西暦0年だった」

 

「生まれた頃から絶対たる神である三位一体の存在のアイツは存在確立の時象がほんの少し揺らぐだけで世界に強烈な影響をもたらした。それが―――」

 

 同時にサラスヴァティ―の権能によって再現された聖主の時代の模型図が荒れ出し、それまで緑や青に溢れていた湖畔が一瞬にして砂漠へと変貌する。

 

「今颯達人類が大きな問題として直面している環境問題や地震、津波、各国間での紛争の原因に繋がるの」

 

「…………………はい?」

 

 今度こそ「何言ってんのコイツら」という表情で3人を見てしまった颯は決して悪くない。当然、当然、超当然の等身大な反応なのだ。

 

「いや、私のアイドルデビューの理由……は1000歩ぐらい譲って置いておいて、その理由についての話題がなんで聖主生誕の時象のズレやら世界の問題数多に繋がるんですか。2週ぐらい回って最早笑い話ですよ」

 

 決して笑い話などではない事くらい3人――サラスヴァティーは微妙だが――の顔を見ていればわかる。マトモな時間喋った訳ではないにしろ、無神経に嘘を吐くような人ではないと信じられるミコですらそういう顔をしているのだから。

 ただ、それにしたって言ってる事のスケールとこの話の発端が不釣り合い過ぎて困っているのだ。

 

 まさか世界を救う為にアイドルになれとでも言っているのかと。混乱した颯はそのくらいしか考える事が出来なかった。

 

「この話は別に貴女一人に限った話ではないの。今現役で出張ってるトップアイドルや未だ大衆に知られる事なく燻っているアイドル達。

 その多くが貴女と同じ特殊な資質、人類の祖マヌの血統を特別濃く継いだ者よ」

 

「あ、因みにマヌはアタシの子。ブラフマーくんハッスルするから出血大サービス、的な?」

 

 サラスヴァティ―の再現図は洪水の中船にいる8人の人物達へと切り替わる。ご丁寧に船の一番前に立つ男に矢印が引っ張ってあり、『これがマヌ』と書いてあった。

 その説明すら面倒なのかとミューズは言いたくなったが、彼女にしてはしっかりと会話をしてくれている方なので黙っておく。

 

「えっと……で、私がそのマヌの血統を濃く継いでいるから他のアイドル同様その、多くの地球問題を解決する足掛かりになれるって事です?」

 

「そーいうわけ。

 別に西暦428899年を待ってもいいんだけどそんな事ちんたらやってたら人類(キミら)確実にアボンだし、第一さっきの聖主生誕のズレによって起きた『あるべき歴史』の改変でヴィっちゃんが世界の建て直しに失敗する可能性も否定出来ない。

 その理屈で言えば黄昏だって起こす訳にはいかない」

 

 サラスヴァティーの言葉はイマイチ真剣味がない気だるげなものだったが、ミューズがなんの訂正もしない辺り彼女の言葉に齟齬等がある訳ではない事がわかる。

 そして彼女の言葉を更に付け足すようにミコが横から口を出す。

 

「颯は『ノストラダムスの大予言』って知ってる?」

 

「う、うん。一応……

 2()0()1()4()()の元旦に恐怖の大王が降ってきて人類が滅亡するっていうアレだよね」

 

 コクリと返事をする。それなら話が早いと言って風にミコは頷く。

 

「アレね、本当に起こる事なの」

 

「恐怖の大王が降りてくる……っていうのが!?」

 

「そうなの。恐怖の大王っていうのはまさしくノストラダムスが予言した通り降ってくる。

 そしてそれは確実に地球の人類を……ううん。正しくは人類が人類である最たる所以の文明を根こそぎ奪っていくの」

 

「……それって一体……?」

 

 颯が内心で悪い冗談もほどほどにしておいて欲しいと思う反面、既に彼女の人より多少なりともお人よしな人柄が関わってしまったのだから無視する事は許されないという義務的な感情が渦巻いていた。

 彼女はこんな風に不運や不都合を自分から引き付けてしまう性質を持っていたが、今度はまさしく人類と自分の分岐点となる物事を引き付けてしまったようだ。

 ミコは静かに腕からぶら下げた人差し指を持ち上げる。

 指先の指し示すものは地面を越え、体面に座っていたミューズを越え、四人の真上にあるビルの天井すらも通り抜け、ある一点を指し示す。

 

「――月、だよ」

 

「つ、き……!?」

 

「間違いないわ。多くの神話の月神が公転軌道をコントロールしていたのだけれど、その月神は聖主の生誕以降発生した歴史の改変によって皆死に絶え、軌道のズレた月が来年の元旦に降ってくる。

 それの直撃を地球は受けて、地球の文明は文字通り無くなる。

 生き残れるのは恐らく私がさっき貴女にしたように神の権能の一部を持ったマヌの子達だけでしょうね」

 

「もっと言うと人類の文明を終わらせるユガの要素はそれだけじゃない。

 別に月の衝突を阻止したってさっき言った聖主の誕生のズレが起こした各国の紛争や地球環境の悪化が止まる訳がないだろう?

 だから今言った月の衝突阻止はあくまで目下の目標。一番の目的は全ての問題を一挙に解決する『国産みの歌』を再び人の集合無意識に植え付ける事だ」

 

 話のスケールが段々飛びに大きくなり続けている。正直颯の頭は公転軌道のコントロールがズレ出す、という辺りで内容の理解が追い付いていない。

 文系に唐突に公転軌道とか出されても困る。理系が唐突にこの本の著者の心情を書けと問いかけられるぐらい困る。

 

「え、えっと……『国産みの歌』?」

 

「そうよ。人が共通言語を持つ頃、正確にはその更に前。マヌが人類(キミら)の祖となる事が運命づけられた時にアタシら各神話の芸術神達が創り上げた()()の、文明の始点と力点を司る原初の歌。

 これを再び人類全てが共有する集合無意識に打ち込む事で再び人類に発展の力と歌が失われた事によって忘却された文明の始点であり維持という概念を再び人類に根付かせる」

 

「な、なるほど……?」

 

 一般的に広がっている神話の話にプラスアルファの事実を付け加える程度ならまだなんとか追いつける。予備知識はやはり偉大だった。

 

「さっきから彼の生誕のズレがあるべき歴史のズレの始まりって言ったけれど、最初にその影響を受けたのがその『国産みの歌』よ。

 決定的なズレが生んだ時象の綻びが宇宙の『在り得た可能性』に触れ、この世界と元々歌を必要とせずとも発展を為した世界の運行が交差し、片側にあって片側にないものが徐々に、突発的にだったりゆるりとであったり、様々な経緯を辿って消失しているの。因みに『国産みの歌』は地核に溶けて地球の一部になったわ。

 それは何も2000年前の事じゃない。今もなお、消え続けているわよ」

 

 『国産みの歌』が持つ力は文明の始点にして発展を促す力点。そして発展をし続ける事で文明を維持する作用点の役割も担っている。

 始点、力点、作用点。三つ全てを担うそれが消えれば当然その三つは消え、文明は月の落下の有無に関わらず衰退してしまうのだ。

 

「え、じゃあ月の落下っていうのはもしかして――!?」

 

「察しがいいわね。貴女の予想通り交差した世界に『なかった物』の一つよ。月神達が皆死んでしまったのも月がない=月の存在を司る神々が存在しなかったから。

 ノストラダムスの予言に通り地球に恐怖の大王()が落ちればどうなるかはさっきも説明したけれど、もしこの世界に文明が消えれば向こうの世界の文明も当然私達の世界で『なかった物』となる以上消えるのは間違いないわ」

 

「厄介なのはこの性質だ。

 片側が消えればもう片側も消える。しかも消え方がどんな方法を以て消えるかがわからない以上連鎖的に他の何かを巻き込んで消える事がある。

 かくいうアタシも自分の川を連鎖消滅で消されて神威を大幅に削がれたものだ」

 

「貴女の場合はそれだけに留まってないでしょうが。

 ……ともかく、一番の目的は『国産みの歌』を蘇らせて文明の衰退を阻止する事。そしてそれを足掛かりに私達5柱の芸能神が世界をあるべき姿に修正して交差した世界の連鎖消失現象を取り除く事ね」

 

 若干キレ気味に言うミューズ。ともかく、颯でも今この世界に置かれた状況が自分達が平和で呑気に暮らせるのを許容しない事は理解出来た。

 ……のだが、解せない点が一つ。

 

「あれ? でもそれってつまり『国産みの歌』が無い事が根本の理由なら新しくまた『国産みの歌』を創り直せばいいんじゃ……?」

 

 颯の何気ない質問に2人はあー、と言い辛い表情になる。2人が言い辛いならミコに聞けばいいか、と目をミコに移す。

 するとミコはこちらの意思を孕んでくれたようで丁寧に答える。

 

「それが出来ないから復活を目的にしてるんだって。

 私も詳しくは知らないし、聞いても皆様方首を揃えて「黙秘権行使」っていうから、そこはミューズ様達を信じてあげて?」

 

「いやまあ、私も特にこうこうこれこれって疑ってる訳じゃないし……

 あー、それじゃあこれからよろしくお願いします?」

 

 人よりお人よしなのが颯のよくない所だ。個人的にあまり気が進まない事でも「キミにしか出来ない」とか「キミが頼りだ」という言葉に弱い。

 颯は立ち上がって二つのソファに挟まれた机越しにサラスヴァティーに手を伸ばす。よろしくお願いします、という挨拶のつもりだ。

 

 ミューズは彼女が差し伸べた手を見てニコリと笑い、サラスヴァティーはその手を取る。

 

「なら手っ取り早く契約の儀を終わらせよ。

 さっきからブラフマーくんが次の対戦はよってどやすからさ。

 はいついて紡いで」

 

 サラスヴァティーがそう言った瞬間、二人の足元に水色の奇怪な陣が現れる。

 もうそれなりに奇妙なものを見た颯はこのぐらいでは動じない。

 

 足元から吹く風が四人の髪を揺らしている。

 

 サラスヴァティーはとりとめなく、呼吸を思わせるように言葉を流し、紡ぐ。

 

「『我、世界を救済する新たなる五行司りし原初の水也』」

 

「『我、世界を救済する新たなる五行が水を授かりし者也』」

 

 言葉が勝手に出てくる。神と契る契約故だろうか、詳しい理由は颯にはわからない。

 

「『今ここに新たなる力の代行者に我が力を授け、世界の命運を分断(わか)つ』」

 

「『今ここに原初たる力を授かり、力及ばずとも戦い続ける事を此処に誓う』」

 

 意識せずとも口が動く。

 

「『宣誓せよ』」

 

「『宣誓を此処に』」

 

 意識は湧き上がる力の奔流に支配される。

 

「『勝ち抜け』」

 

「『勝ち取れ』」

 

 身体は溢れ出る力が焼き尽くし、異次元のナニカへと再形成される。

 

「「『『頂に登り詰め、紫天の玉座に原初の文明を捧ぐ』』!!」」

 

 意識が完全に肉体から離れ、身体は糸が切れたマリオネットのように倒れる――ところでミコが支える。

 

 その光景を見届けたミューズは自分達の命運を賭けた一世一代の大勝負の第1幕が上がる事にふと笑みを溢し、小さな声で呟いた。

 

「これで今回の参加アイドルは締め切り。

 さあ、偶像戦争遊戯(アイドルウォーゲーム)・ノストラダムス杯の幕開けよ」

 

 



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唐突に始まるIdola's Life 3

 

 

 夜の街中。颯は一時間程前に行った契約の儀の影響で地味に痛む側頭部を軽く抑えながら帰路に着いていた。

 

「っつ……なんだろこの感覚。疲れた時に時々ある頭痛に似ているような……?

 時々死ぬほど辛いっていうかなんというか」

 

 儀を終えてから颯は軽く気絶していたのだが、どうやらこの現象は神様に直接権能の一部を貰った人は皆時間の大小はあれどそうなるらしい。ミコに聞いても「私はそういうのはなかったなー」と実に参考にならない答えが返って来た。

 

「最初に強引に連れられた時もそうだけどミコは強引だ。

 私の事情も……いや、特にそういう事情はないけど、知らないで」

 

 何が強引なのかは感情に任せて喋っている節のある颯には知る由もないし言葉の不一致にも気付かない。

 まあ、そういうものだ。人が感情に任せる時なんて小説のように理論的な方が珍しい。

 

 けれども人の言葉、というものは存外相手には届く。一見第三者から見て意図のわからない言葉だとしても第二者には理解できる場合もままある。

 なので今の颯のつぶやきの意図がちょっとよくわからない人がいても問題はない。ハズ。

 

「しかしそれにしても、今日は私の人生で一番激動で中身の濃い一日だったかもしれない………あ、買い物袋事務所に置いてった……取りに行かないと」

 

 電気屋の近くでふと、ここに至るまでどうしていたのかを思い起こしているとそもそもY・H・W・H・(ジェホバ)プロダクションに所属する前何をやっていたのかを思い出す。

 すると同時に帰る時にドラッグストアの買い物袋を忘れていた事も思い出し、足を反対側に向け――ようと「したところで。

 

「颯!」

 

「ん……? ミコ?」

 

 ついさっきまで合わせていた顔がまた颯の前に現れた。彼女、ミコは特に息を切らした様子もなく颯の下まで走ってくる。

 ミコははい、と颯に丁度これから回収しようと思っていたレジ袋を差し出した。

 

「忘れてたでしょ。

 ダメだよ? サラスヴァティー様は近くにある食べ物なら何でも食べようとするピザ派なんだから気を付けないと」

 

「サラっと毒吐くねミコ……

 それはそれとしてごめ……ありがとうね」

 

「うん。よろしい」

 

 レジ袋を受け取るとミコはニコリと笑う。人に簡単に笑顔を向けるとその内異性との関係で難儀しそうだな、なんて特に異性との関わりもない颯が柄にもなく思ってしまう程ミコという少女は笑顔が似合いだった。

 

(そういえばこの前ギリシャ神話の神様の石膏彫刻について調べたけど、確かあれ曰く当時のタマ金は色欲とか醜さが大きさと直結するっていう美的価値観だったから小さいのが逆に価値あったんだっけ……

 ちょっとわかるかもしれない。ミコのおっぱい大きかったらなんか嫌だな)

 

 清水颯という女の趣味はどちらかというと男性的だった。

 そのせいか彼女の思考回路は乙女よりオヤジ寄りだった。

 女性だって興味本位で男性の性についてとかは調べたりするし、それで実物の写真とかを掴まされたら恥ずかしがりながらもなんだかんだ見る。

 しかし颯は違う。彼女は男が男性器の写真を見た時のなんとも言えない、ともすると「うわキモ」と自分のマグナム砲(ないけど)を半ば否定するような感想と共にブラウザバックするタイプだ。

 そんな彼女が「どうしてギリシャ彫刻の金的はこんなピストルサイズなんだろう。AV男優は業務で使うマグナムなのに。ゼウスとかどう考えてもロボットアニメの銃サイズの銃口からナパーム弾発射するようなもんじゃん」なんて疑問に思い調べ出すのはある意味ではごくごく自然な帰結だった。

 そして調べ終えて改めてゼウスやポセイドンが身の潔白を示すようにキュートなミニマムな事に失笑を禁じえなかった。

 

 話が逸れた。ともかく颯はミコを見てギリシャ彫刻のように『小さいから美しい』『デカいのは醜い』というものの理屈もなんとなくわかってしまった。

 三人で一番信頼が置けるとかそういうのでいつの間にやらミコの評価はうなぎ登りだ。

 

(っていつもの変なネタ探しの過程での妄想ならともかくこんな頭おかしい妄想にミコを巻き込むのはお門違いでしょッ!)

 

「わっ!?」

 

 バチンッ、と自分の頬を叩く。予想外に痛かった。

 突然自分の頬を全力ではたくのでミコがビクン、と驚く。だがすぐに颯を心配する顔になってミコは頬を両手で抑える。

 

「って大丈夫颯!?

 もう、サラスヴァティー様に権能を貰ったばかりでリビルドしたてなのに!」

 

「大丈夫じゃないかもわからないかも……思ってたよりずっと痛い……」

 

 他にどこか痛くない!? と言いながら額やら腕やらを確認しているが、オッサンの颯にとっては諸々の行動で痛みなんて吹っ飛んでいるので問題ない。

 むしろミコが颯の身体をべたべた触る度になんとかしておっぱいの小さい起伏見えないかなとか鎖骨とかつむじとか見ようとしている。

 当たり前だがそんなやましい事は心配してくれているミコに失礼だから言わないし、言いたくない。颯はムッツリだった。

 

「もう、新しい身体に慣れてからこういう事してよ。明日からレッスンがあるからね?

 心配性なんだから、私」

 

「控えます……はい」

 

「うん。よろしい……じゃ、私はここでね?

 私と同じで心配性なの。家の人」

 

 一通り颯の身体をまさぐって確認を終えたミコは安心したように笑うと颯の身体から離れる。

 彼女の後ろで光るテレビが光っている。

 それは颯が一度だけ興味本位で見た事のある恋愛ドラマだった。その主演女優は鷽飼(ウソガイ)風理(カザリ)、ドラマや女優、男優の名前に疎い颯も知っている程の有名人だ。

 

(もしかしたら今後あんな人とも会うかもしれない人生を歩む事になるんだよね、私)

 

「……颯~、そ~う~、聞いてるの?」

 

「あ、うん。聞いてる聞いてる! それじゃあまた!?」

 

「……うん。また明日」

 

 ビックリしてつい反射的に手を振り、名残惜しそうになる颯に対してミコはちょっと怪しいものを見るような顔をしてからまた、またいつもの笑顔で手を振る。

 そして颯は家に向かってまた歩き出したところで彼女の友人から一通の連絡が届いた。

 

「あ、レンジから。なになに?

 ……『俺の股間はどうやら俺を愚者だと定めたらしい。でけぇ』……知るか。

 ていうか文章力! もうちょっと捻れ!」

 

 ミコの身体からやらしい妄想に発展してから数分も経たない間に颯は同じ話題を蒸し返されてちょっと萎えた。

 

◆◇◆

 

 とある土曜日の明朝。燕城(エンジョウ)連二(レンジ)は日課の特撮ヒーロードラマの前日復習を行っていた。

 連二は特撮ヒーローが大好きだった。覚えがある限りで初めてヒーローをカッコいいと思ったのは2歳で、なろうと思ったのが4歳。それでなれない事に気付いたのは6歳の頃。しかし『なれる可能性』がある事を知ったのは10歳の頃の話だ。

 

 10歳と言えば少し大人ぶる少女と楽しいものは楽しいと断じて子供の趣味を大事にする少年とで別れる少しばかり難しい年頃。

 大体その頃連二の周囲は特撮から離れ、ゲームの可愛かったりカッコよかったりする怪獣を捕まえて悪の組織と戦ったり怪獣バトルしたり、他の男子達より少し大人になるのが早かった少年であれば逆に怪獣を狩るゲームにハマり出して裏技で自分が最強になったりするのに愉悦を覚える頃だ。

 

 だけれど連二はこの頃になっても特撮ヒーローへの憧れは残ったままで、妹が変身ヒロインのグッズのみならず連二の影響で特撮グッズまで要求しだした頃から両親に「そろそろこんなの止めたら?」と自分達の財布事情と連二の友人付き合いを心配した打算と親心が入れ混じりながら忠言されるぐらいだった。

 だけれど、身体が少女でも心が少年だった幼馴染と特撮で盛り上がるのが楽しかったし、そんなお言葉を戴く頃にはもう『ヒーローのなり方』を知っていた連二は両親のそんな言葉を自分の夢の為に封殺し続けてきた。

 

「ん~、『ベルトライダー月光』第14話も傑作だ……何が駄作だバンピー共、俺はこの作品に秘められたアクターの方々や主演の松風さんの熱演に惚れ惚れするぞ……」

 

 視聴が終わると手早く歯磨き、着替えを終わらせて一人で朝食。

 妹は寝坊助なので土日は必ずと言っていい程の頻度で真昼に目覚める。

 とはいえ、朝に起きる事だってある。そうなると家事が悲惨で火事を以前に起こしかけた妹は「はよ作れ」だの「妹を餓死させる兄のクズ」だのと言ってくるから妹の分の朝食も作らねばならない。

 

「可愛い妹にそう言われちゃ作らないと兄のメンツが丸潰れだぜ」

 

 連二は端的に言ってシスコンだ。

 料理だって妹の為に覚えた。

 家事だって妹が面倒な事をしなくてもいいようにと連二が覚えた。

 勉強も連二が教える。

 連二はどうしようもないくらいシスコンだ。

 

 今日も今日とて土曜の朝早くに起きる確率3%以下の妹の朝ご飯を準備し、軽い準備運動を済ませたら毎朝の日課であるランニングと軽い筋トレをこなす。ヒーローになる為の必須トレーニングだ。

 以前一度だけ幼馴染にランニングしている姿を見られた時「がんばれよ~」と素晴らしく誠意の籠っていない激励を貰った事がある。

 

「足んねぇ……全然足んねぇ……もっと身体つけねぇとベルトライダーになれねぇ……」

 

 ヒーローになる方法とは即ち、俳優になって特撮ヒーローの役を射止める事だ。

 ベルトライダーの新作オーディションはだいたい本放送の半分を終えた頃。話によるとその頃には既に変身アイテムの音声を担当する声優の仕事は既に大体終わっているとすら聞いた事がある。

 そのオーディションは一か月後の10月。

 役者(アイドル)としては新入生もいいとこな連二にも当然というか幸運というかオーディションの選考に呼ばれている。

 燕城連二にとって一世一代の大勝負。連二はオーディションの話をプロデューサーに貰った翌日から一層己の肉体を磨き続け、身だしなみや自分に一番似合う髪型など、自分を少しでもよく見せようとありとあらゆる努力を惜しまなかった。

 

「やあレンちゃん、今日も早いねえ」

 

「あ、トメちゃん。

 ウッス、世界の人気者になる為の惜しまぬ努力ッス!」

 

「そんなに頑張らなくてもアタシらはレンちゃんが人気なのは知ってるのにねえ」

 

「いえ、俺はもっともっと色んな人に俺を見て貰いたいんス。

 そんな俺にチャンスが来たんス。頑張らなきゃ嘘ッスよ!」

 

「そう? じゃあ、頑張ってね」

 

「ウッス!」

 

 連二は目上の人と話をする時に無意識に喋り方が変わるタイプの人間だった。ついでに言うと、それはベルトライダー第12作目、連二達には直撃世代な作品の主人公の癖でもあった。

 燕城連二はカタチから入るタイプなのだった。

 ベルトライダーの人を助ける事に理由を求めない在り方をこそ憧れた連二からしてみればそれは当然の帰結だった。

 

 朝の運動を終わらせて家に帰ると、珍しい事に妹が既に起きて朝食に食らいついていた。

 まるで逃げる川魚を追いかける鳥のように全力でししゃもを食べる彼女の姿を見ているとついつい魚を自分の手で口に運ばせたくなってくるのだが、これは余談だ。

 

「おはよう陽菜。今日早いな」

 

「んにゃ、なんか起きたの。今日はレン兄に何か起きそうな予感がする」

 

「ええ……マジかよ」

 

「大マジ。私の勘は3割当たるし。それがレン兄の事なら確実に当てる自身アリ」

 

 勘弁してくれよ、なんて言いながらも連二は妹と喋れて感無量なので気にしない。

 流れた汗を洗い落とすべくシャワーを軽く浴びて身だしなみチェック。

 すぐに風呂場から出て身支度を済ませる。今日はプロダクションに新人が来るとかなんとかで、丁度今日は暇だった連二はプロデューサーに呼び出されていたのだ。

 

「陽菜、俺今日プロの方行くから」

 

「えー、じゃあなんか買ってきて~」

 

「何さ、なんかって」

 

「それを考えるのが兄の仕事だよ~」

 

「りょーかい」

 

 これも陽菜のいつもの習慣だ。連二の調べによるとこういう時彼女は出来るだけカタチとして残る物を好む傾向にある。

 よく理由がわからない。兄失格モノだと連二は自虐する。しかして連二はこの時の自分の選択で妹の期待に沿わなかった事が無い。何度親友に話したかもわからないがこれは連二の誇りである。

 

(ッし。今日も上出来ハンサム)

 

 身だしなみを司るのは粗雑な役から人の見本までこなすヒーローの当たり前。ヒーローは丁寧さと豪快さを兼ね備えねばならないのだ。

 ヒーローを目指す少年は今日もヒーローを目指して一直線なのであった。

 

◆◇◆

 

 その日は土曜日だった。

 颯は前日の食事後に両親に「なんかアイドルになった」と伝えてみたところ、両親は颯自身がビックリするくらい反対しなかった。

 むしろ「いつか応援に行かないとねぇ」だの「武道館ライブ楽しみにしてるぞ~」なんていうアイドルの卵以下のアイドル知識の颯ですらちょっと待てと言いたくなるくらい楽観的で超ハードルの高い要求をナチュラルにされた。

 

 まあそれはそれとして、颯はこの日から改めてアイドルとしてデビューする事になった。昨日ミコに案内された通りの道を進んでプロダクションのビルに向かう。

 こうして改めて、明るい時間帯にビルへの道を通って気付いたのだが、よくよく見るとビルへの道は路地裏にしては整備がしっかりしていた。

 ゴミがないのは当たり前として、カラスや野良猫、果てはなんだかガラの悪いお兄さんお姉さんが蟻の子一匹いない。

 

「これも神様の権能とかなのかな……? っと、ついたついた」

 

「あ、待ってたよ颯」

 

 ビルの入り口前には柱に背を預けるようにミコが立っていた。言葉から察するに彼女はいつからかここで颯が来るのを待っていたようだ。

 特に目元や身体の疲れは見られないし、そこまで待たせていないな、と内心で安心する。

 

(ちょっとうまい事言ったかも……)

 

 颯はギャグセンスもオヤジだった。

 

「ごめんね……じゃなくてありがとねミコ。いつから待ってたの? 言えばもうちょっと早く来てたのに」

 

「ついさっきだよ。昨日は儀が終わってすぐに帰しちゃったからそういえばって」

 

「ああ、そういう。改めてありがとだね」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 ミコの道案内で颯はビルの中を進む。階段を数階分登り、昨日入った部屋よりいくらか手前の階で止まるとポツンと点在するドアの前でミコが立ち止まる。

 

「ここだよ。今日は他の人たちは朝からお仕事だったり夜まで撮影だったりで一人しかいないけど、よろしくしてあげてね」

 

「ミコは私の保母さんか何かか」

 

「保母さんって、わりかし古臭い言い回しだね」

 

「知ってるミコも大概だと思う」

 

 ミコと喋っている時はすごく気が楽だ。

 2人は別に2日間で共通の趣味を見つけたとかそういう訳ではないのだが、颯始点だとどうにも気楽に話が出来る。

 颯はこれを2人の波長が合っているのだと結論付ける事にしたのだが、なんて事はない。これは単にミコが聞き上手で上手く彼女と会話を合わせられただけの話だ。

 付け加えるなら、颯は少なくともミコの聞き上手っぷりに気付かない程度には人と話さない人でもあった。婉曲的な表現をもう少し続けるとしたら、颯はちょっと人が寄り付きにくいタイプでもあったのだ。

 

 ともあれ、二人は室内に入る。そこにはマンガを読み耽っている一人の男がいた。

 その男は颯の姿を見ると「んんっへっぇ!?」なんていう発音に困る謎の言葉を発した。 

 颯もその気持ちはよくわかった。彼女自身も男がそんな意味不明の言葉を言わなければ「んんっへっぇ!?」と言っていた自身がある。

 

「おまっ、颯!? なんでこんなとこにいるんだよ!?」

 

「それはこっちの台詞なんだけどね、愚者マグナム(レンジ)

 

「てめえ、後で覚えてろよ」

 

 愚者マグナムは昨日の意味不明な会話を蒸し返された事に逆ギレする。

 マンガを片手に彼、燕城連二が吠える。吼えること野犬のごとし。

 二人の会話にきょとんとなったミコは首を傾げている。

 

「えっと……二人は仲良し?」

 

「「なかよしこよしッ!!」」

 

「おお、息ぴったり」

 

 思わずぱちぱち、と可愛らしい拍手を一つ。示し合わせてもいないのにいっぺんに質問されると同じ回答を出すのは幼馴染故か。

 

「失礼するわよ。……三人ともいるわね、結構」

 

「あ、ミューズさん……とどちら様?」

 

 丁度二人が完璧な連携を見せた時、ミューズが赤い髪と同色の軍の偉い人が着るような軍服を纏った男を一人引き連れて部屋に入って来た。

 月桂樹の冠っぽい物を被った男はよいしょ、なんて言いつつその冠っぽい物を大層大事そうにして座る。

 誰だかはわからない。だがその特徴的な被り物と先日サラスヴァティーに権能の一部を授かったからなのか、彼の放つ奇妙な感覚を颯は感じ取れたせいで彼を即座に少なくとも人間ではない事を察知した。

 

「紹介するわ。

 彼はアポロン。昨日颯がサラと契約したように、彼もまたそこにいる燕城連二をはじめとした多くのアイドルと契約した私達の同胞の神よ」

 

「アポロン……本当に神様のるつぼって感じ」

 

「うん、今……あー、ミューズに紹介された通り、アポロンだ。よろしく……っと、じゃあさっそくはじめよう」

 

 アポロンは颯に挨拶をすると、すぅ、と息を吸ってキッと目つきを鋭く変える。

 

「私はIdola's live計画主導者、アポロンだ。

 これからキミ達、神々の権能を授かったアイドル達に大事な話がある。

 あ、この御神託は全世界の権能持ちアイドル達にはリアルタイムで直接脳内に語り掛けているのであしからず。

 忙しい時に語り掛けてたらゴメンネ。電波ジャックしちゃってるから後で苦情受け付けるよ。ミューズが」

 

「受け付けないわよ」

 

 無慈悲にも却下される苦情受付にきっと全世界のそれなりの数のアイドルが涙した事だろう。

 しかし彼等は神。基本的に人智の及ばぬ領域での思考を行う存在なのだから文句をつけられてもきっと納得のいく対応はされないだろう。敗訴確定のNo! 逆転裁判である。

 

「大事な話というのは他でもない。実は昨日の段階を以て我々が掲げ、キミ達が目指す目下の目標、月の落下阻止を果たす為に必要なアイドル、総勢36と14000人が揃った。

 揃ってから実に半日のタイムラグがあったが、それは計画の為の最終調整時間だ。申し訳ない」

 

 直前までの少し軽さすら感じる態度とは一転してアポロンは荘厳に演説を始める。

 先程の電波ジャック、という言葉から恐らく彼は声を届けるアイドル達の視界情報もジャックしているのだろう。彼は両手を広げ、己の言葉に正当性を持たせるかの如く、確信めいた言葉選びを巧みに行う。

 

「しかし我々の地球と諸君等の誇る文明を、そしてかの果てに存在するもう一つの地球を救うべくも! 私、太陽神にして芸能を司る神アポロンがキミ達に救済の礎となって欲しいと願おう!」

 

 堂々たる演説。彼が多くの場数を踏んでいる事を伺わせる、自信に満ち溢れた姿は参加者の心を滾らせる。

 太陽の神は伊達じゃない。太陽とはそれそのものが地球の発展に尽くした地球への奉仕の象徴。

 でありながらも太陽が人に畏怖される理由こそは此処に在る。圧倒的な輝きを以て人々に存在を誇示する奉公にして道標の事象化でもある。

 

「そして一つ告白しよう! 諸君等の知る偉人達。彼等の多くもまた私の力によって輝き、讃えられるに称する偉人と昇華された者達であるッ!

 東は日輪の子豊臣秀吉! 西は救国の聖女ジャンヌ・ダルク!

 人類史に名を連ねる彼等と等しく同じ好機を諸君等は手にしたのだ!

 栄光が欲しくば貪欲たれッ!! 己の名を世界に刻み付けたくば己の声を握りしめたマイクで世界へと発信せよッ!

 『アイドルウォーゲーム・ノストラダムス杯』の開催を此処に宣言する!

 諸君等の救済を願う声は海を越え、宇宙(そら)を越え、次元(とき)を超え! 我等希の神話創世の父神カオスの下へも召されるだろうッ!!」

 

「ッ……! く、ゥ……!?」

 

 その言葉を皮切りに颯達の脳に大量の情報が送り込まれてくる。

 『アイドルウォーゲーム』とは何か。覇者を決めるのは如何様にするのか。

 恐らく軽く列挙するだけでも契約をしていなければ圧倒的な情報量に脳味噌がやられていた事は想像に難くなかった。

 情報量の苦痛に耐えかねて横を見るとミコと連二も同様に苦し気な顔をしており、苦しいのは自分だけではなく36と14000のアイドル達も同様なのだとわかると、不思議とアポロンへの畏怖と殺意で苦しみを堪え切れた。

 

 演説を終え、軽く額を拭う仕草をしたアポロンは『ペーネイオスの超おいしい水』という超胡散臭いラベルが貼られた水を飲んで一息吐き、ポツリと呟いた。

 

「演説の参考に昨日アニメ見返しまくってよかったぁ……」

 

 最終調整時間ってお前の演説のかよ、と思うのと同時にちょっとカッコいいと思った演説がアニメの受け売りだと知った颯は一気に大量の情報を送り付けられた兼だとかの諸々も合わせて、一瞬だけ割と本気の殺意をアポロンに向けた。

 

 



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