最近のデバイスはわがままで困る (bounohito)
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第一話「マイバッハ工房本局支店」

 虚空に浮かぶ時空管理局本局内商業地区の中心部から僅かに外れた築三十年近い雑居ビル、その地下に小さな店があった。

 店の名は『マイバッハ工房本局支店』、年若き店主の名はアーベル・マイバッハ。

 デバイスの修理や改装を主に扱うが、カスタムパーツの製造販売からオーダーメイド品の受注まで、店舗は小規模ながら幅の広いサービスを旨とする新進のデバイスショップである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 時刻は夕暮れもとうに過ぎていた。

 普通の店ならそろそろ営業を終える時刻だが、地下にあって人工陽光さえ差し込まないこの店にはあまり関係ない。昼間シフトの勤務で帰宅途中の管理局員が上客であることを考えれば、稼ぎ時と言えなくもなかった。

 

 予約や紹介が半ばお約束であるこの種の店で飛び込みの客は珍しいが、ひと月ふた月に一度ぐらいはそういった客がやって来る。その彼らを常連に育ててこそ、店が店として保たれると言えよう。……正直に言うと、本局の商業区に限ればデバイスショップは飽和気味で、A級デバイスマイスターの看板をぶら下げていれば向こうから仕事がやってくるというような美味い話はない。

 

“出力正常、定格での動作を確認”

 

 もっとも、店主はカウンターに立たず、奥の作業場で仕事中である。

 この店はカウンターと椅子ぐらいしか目立つ物がない店舗スペースに対し、バックヤードには休憩室、整備作業台、キッチンなどが広めに取られていた。

 

“耐久予測値、伝導率誤差、ともに許容範囲内です”

「OKだね」

 

 仕事の合間にカルナログ産のコーヒーを一口。

 酸味が少なく苦みとのバランスが取れており、最近のお気に入りであった。

 

「……ん」

 

 マグカップを置いて、次のパーツを作業台にセットする。

 

 今手にしているのは、最近になって比較的注文が多く入るようになった局標準仕様のストレージ・デバイスの改造パーツで、専用プログラムと併用することにより僅かだが魔力運用効率を上げることが出来た。

 

 本局技術部の正式な性能試験と認証も通っているから、私製改造でありながら補助金が出ることもその流れを後押ししている。店に来てくれた武装局員に直接聞いた話では、それほど高価ではないので高給取りの士官以外にも手を出しやすいらしい。

 

“マスター、アリオスティ氏がご来店です”

「ありがとう、クララ」

 

 愛機クラーラマリアの声に、今朝本店から届いた新着の改造パーツのチェックを行っていた手を止めた少年アーベル・マイバッハ───若いながらもこの店の店長だった───は、よいしょと立ち上がってカウンターに立った。クラーラマリアには階段に設置した来客センサーから部屋の空調、顧客や商品、税務の管理に至るまでを一任しており、仕事の内容だけを並べればどちらが店長かわからないほどだ。

 

 程なく扉が開いて、初老の紳士が入ってきた。

 三週間ほど前に新規の注文を出してくれた大事な客である。

 

「やあ、アーベルくん」

「いらしゃいませ。

 こんばんは、アリオスティ様」

 

 アーベルは丁寧にお辞儀を返してから、バックヤードに依頼の品を取りに行った。武装隊のアリオスティ氏は父より紹介された上客で、疎かには出来ない。来客の名を知っていてもわざわざ奥まで商品を取りに行くことには、丁重に扱っているのだと示す意味があった。

 

 娘さんへの誕生日祝いと注文を受けて仕上げたカスタムメイドのデバイスは、少々手こずったが納得の仕上げである。

 飾り箱とリボンはサービスだ。

 

「こちらになります」

「どれどれ……」

 

 待機形態は女の子の好みそうなペンダント型で、デバイスコアを模した小さな青い宝石が銀地の台座にはめ込まれていた。デバイスとしてはミッドチルダ式インテリジェント・デバイスと呼ばれる比較的高性能かつ高価な型式であり、誕生日祝いとは言えおいそれと子供に買い与えるような品ではない。

 

 ワンオフのインテリジェント・デバイスは、魔力量はもちろん出力特性や資質の有無、各種適性……それら全てを勘案した上で使用者に合わせた設計と調整を行わなければ、価格なりのうま味がまったくない駄デバイスに成り下がってしまう。

 量産品として売られている汎用型のインテリジェント・デバイスは比較的誰にでも使いやすいが、性能の全てを活かしきれているわけではなく、余力を大きく取ることで受け止めているに過ぎなかった。……無論、設計の主眼を高いレベルでの汎用性に置いているのだから間違いではなく、一定以上の性能を維持しつつも量産効果で価格を下げていることにはアーベルも脱帽せざるを得ない。

 

「杖の状態も見せて貰えるかな?」

「はい、畏まりました。

 ……クララ」

 

“了解、整備者権限を行使します。

 登録型式名称マイバッハ工房Mda09-0048Ci、メンテナンスモードにてスタッフフォームを起動”

 

“Maintenance mode, Set up”

 

 アリオスティ氏の手にあったペンダントは、頂部に青い宝石持ったパステルブルーの杖に変形した。個体名称や愛称の命名は使用者の権利であり、こちらで名付けることはない。

 

 標準使用形態はカラーリングこそファンシーなパステルブルーだが、スタイルはオーソドックスな長杖型である。使用者であるアリオスティ氏のご令嬢はまだ6歳、身長に合わせて少々短めに設定してあるものの、これから成長期を迎える少女に合わせて多少の調整はデバイス側で行えるようにしてあった。

 

「アリオスティ様のご要望通りランクA相当の魔力負荷に耐える設計にしてありますが、ご本人が当初の予想を上回って成長された場合などでも、最大AAまではインナーパーツの変更のみで対応可能です。

 教育プログラムは局基準に準拠した民間用初等、中等プログラムのカテゴリーA、魔法の登録は基本的にご不要とのことでしたので、教育プログラムの範疇に入らないものは本体からは削除してありますが、こちらのメモリに初等部向けのセットが組んでありますので同梱しておきますね」

「ああ、すまないね。

 ……私が休みの日に教えて平日は練習というつもりだったが、学校で使うならそちらもあった方がいいな。

 うん、ありがとう」

 

 代金は既に振り込まれていた。……ちなみに総額428万クレジット、最新のセダンやスポーツカーは無理でも、CMでおなじみのファミリーカーならフルオプション付きで買える価格である。

 

 アーベルはペンダントに戻したデバイスを丁寧に梱包して、箱にリボンを掛けた。

 何かありましたらお気軽にどうぞと声を掛けてアリオスティ氏を送り出すと店を閉める時間になっていたが、もう少しで新着パーツの点検が終わるからとそのまま作業を続ける。どうせ店内にいるのだから同じこと、運が良ければ作業中に来店者がもう一人ぐらい来るかも知れない。

 

「なかなか目標額には届かないね」

“地道な努力が実を結びます”

 

 実家の本店───というか幾つも整備棟や研究棟が立ち並ぶ本社ほどは無理でも、もっと大きな店を持ちたいという希望がアーベルにはあった。

 

 ……そうでなくとも営業日は週に三日の半予約制、一日は完全なオフにしているが残りは管理局へ出向くか、得意先への出張営業などにあてていた。本局内にあるデバイスショップはここだけではない。不定営業の店を維持するのは、なかなかに大変なのだ。

 かと言って、管理局と縁を切るのは得策ではなかった。デバイス業界最大の顧客であり、予算は潤沢ではないと言いながらもその規模は巨大で、更には先のアリオスティ氏のように個人で注文してくれる客との繋ぎにもなった。

 

 すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、もう一杯煎れて作業を続ける。

 粗方のチェックを終えた頃、クララが再び声を掛けた。

 

“マスター、クロノ・ハラオウン氏より通信です”

「ああ、戻ってきたんだ。

 繋いで、クララ」

 

 クロノ・ハラオウンは数年来のつきあいがある友人で、難関と喧伝されている執務官試験に史上最年少の11歳で合格した英才である。所属が海───時空管理局の花形である次元航行部隊───になったお陰で、この店のある管理局本局に戻って来ることは少ない。

 それでも戻れば必ず声を掛けてくれるが、忙しいときはその通信一本で終わることもままあるほどだ。

 

 2歳年下の友人は14歳に見えないほどの童顔かつ低身長で、老け顔ではないものの彫りの深い顔立ちで上背も180センチはあるアーベルと並べば大人と子供にも見える。……果たしてこの言葉でより深く傷つきそうなのはどちらか、微妙なところであった。

 

『アーベル、久しぶりだ』

「おかえり、クロノ。一ヶ月振りぐらいかな。

 相変わらず忙しいのかい?」

『まあな。

 そっちもこの時間まで大変だな』

 

 ちらっと時計を見れば、既に23時を回っている。

 

「うん。

 流石にもう店じまいするけどね」

『そうか。

 明日、時間を取れるか?』

「明日は局の方に顔を出す予定だけど、急ぎの仕事は聞いていないから大丈夫だよ。

 君のS2Uのメンテって理由なら、優先予約で時間は作れる。

 ……実際必要なんだろ?」

 

 そうだと頷いたクロノに、了解のサムズアップを送る。

 

『ではこちらから行く。

 朝は報告と手続きで潰れるから、昼過ぎでもいいか?』

「了解。

 詳しいことは明日聞くよ」

『ああ。

 お休み、アーベル』

「うん、おやすみー」

 

 通信を切るとアーベルは作業机を片付け、明日の準備を始めた。

 彼のデバイスは局標準のレディメイド品とは違い、『色々と』面倒なのだ。

 

 クロノは少々真面目過ぎるのが玉に瑕だが、真面目度ならアーベルも負けていないとは、クロノと共通の友人ヴェロッサの言である。

 




さいどめにゅー

《アーベル・マイバッハ》
 
 A級デバイスマイスター、マイバッハ工房本局支店長
 技術本部第四技術部機材管理第二課所属嘱託技官
 士官学校本局校客員講師(デバイス調整応用論)
 魔導師ランクE、魔力量AAA

 本SSの主人公です


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第二話「機材管理第二課」

 

 

「もっと店にも本局にも近いところに引っ越したいけど……」

“試算では、嘱託技官および客員講師の収入が現状維持されると仮定しますと、店舗の四半期平均純益があと31%アップすれば、生活レベルと貯蓄ペースを下げずにマスターの希望が叶います”

「……相当に厳しいね」

 

 アーベルは、眠い目をこすりながらバスを降りた。目的地は技術本部内の第四技術部だ。第一は時空航行艦船、第二は魔力駆動炉などとそれぞれ専門があり、第四技術部はデバイスを担当している。

 本局内のテクノロジー関連部署が軒を連ねる技術本部までは、居住区でも外れにあるアーベルのワンルームアパートからは公共交通機関で約30分、時空管理局本局はそれほどに広い。何せ次元航行部隊の艦船が船体を休める巨大な港湾部分から各種施設、商業地区や民間人居住区に至るまで、巨大都市を丸ごと一つ内包しているのである。

 

 現在アーベルは、店舗営業の傍ら第四技術部所属の嘱託デバイスマイスター兼士官学校本局校客員講師として時空管理局にも籍を置いていた。

 ……正確には諸般の事情で『置かされた』のだが、こちらでの仕事が割と営業にも繋がっていることから現状に甘んじている。それに安定して支払われる時空管理局からの収入は、不安定な店の収益を補ってアーベルの生活を支えていた。

 それなりに忙しいが、贅沢は言えないと言うところか。

 

「おはようございます」

「お疲れさまです。IDチェックをお願いします」

 

 基本的には管理局区画への入退出管理や身体検査は自動化されているが、場所によっては衛兵よろしく配置されている武装局員により目視確認も行われている。

 特に技術部はその扱っている内容から、管理局としても警備を疎かには出来ないのは当然だった。

 

 チェッカーの前に立つと、表示される内容を武装局員が目視とハンドセンサーで確認する。

 

“局員ID、KMR00680-263689422。

 時空管理局本局第四技術部所属、嘱託技官アーベル・マイバッハ二尉相当官と確認されました”

 

 ディスプレイには、アーベルの写真も表示されている。ゆるい癖毛の金髪に彫りの深い顔立ち。……この写真が撮られた日は徹夜明けで、眼の下に隈があって普段よりも歳を食って見えた。失敗である。

 

 その下には出身地から所持している資格までがずらりと並んでいるが、こちらも少し気恥ずかしい。

 仕事上どうあっても必要なA級デバイスマイスターやクロノに押し切られて無理矢理取得させられた教官資格はともかく、魔法学院の初等部一年時に得た魔導師ランクEの表示はどうしたものか。……表示を変えたいだけという理由で今更戦闘訓練を受けるのも何か違うので放置してあるが、それを見るたびに多少は気が引ける。

 かと言って取り消しや返上もおかしいし、ついでに言えば、ランクアップにかこつけて武装局員の資格まで取らされては、本業が疎かになりすぎるのも目に見えていた。要するに、現状維持が一番面倒くさくないのである。

 

「ご協力感謝します、マイバッハ二尉相当官殿」

「ご苦労様です」

 

 嘱託技官研修で習ったような覚えのある敬礼の真似事をして、アーベルは技術部区画の中に入っていった。

 いつも思うが、何故こうも技術部は技術部らしさを醸し出しているのだろうと、士官学校の廊下と光量が変わらないはずなのにどこか薄暗い廊下で首を傾げる。

 

「おはようございます、主任」

「おはよう、アーベル君」

 

 第四技術部は開発からメンテナンスまでを一貫して行えるように、十数の独立した研究所や課、室と、それを支える後方部署で構成されている。デバイス関連を総合的に扱う部局だが、武装局員のみならず時空管理局に所属する魔導師のほぼ全員がデバイスを扱うことを考えれば意外に規模は小さい。

 

 いわゆる局標準のスタンダードなデバイスは開発こそ第四技術部で行うが生産、整備、修理は管理世界各地に点在する専門部署や委託企業、あるいは術者個人が行うし、こちらで直接面倒を見るエース級や準エース級の人材は人数そのものが少ない上、クロノのように航海に出ると出ずっぱりだった。予算も人員も無限ではないし、これはこれでバランスが取れているのである。

 

「おはよう、マリー。

 ……お疲れモード?」

「あー、アーベルさんおはよーございますぅ……」

 

 随分とふにゃふにゃした様子のマリー───クロノの相棒エイミィの後輩で、同僚であるマリエル・アテンザ技官───にふむと溜息をつき、アーベルは自分のデスクに向かった。嘱託で技術部に常駐しないアーベルとは違い、彼女は若手の中では腕のいい技術者としてあちこちから頼られることも多い。大方徹夜でもしたのだろう。

 課長───技術部時代の父の同僚であり、その縁でアーベルをここ機材管理第二課に引き取ってくれた───は通信画面相手に何やら怒鳴っていたので、挨拶は敬礼で済ませておく。耳を傾ければ、本部センターの経理部署の様子だ。……枠外の任務を引き受けさせられたのに必要な予算が降りてこなければ、そりゃあ怒鳴りたくもなるだろうと頷く。

 

「主任、今日は昼からハラオウン執務官が来られるそうです」

「ああ、昨夜アースラが戻ってきたんだったね。

 朝の内にアーベル君を名指しで予約が入っていたよ」

 

 早手回しで卒のないことだが、クロノはそういう性格だ。

 アーベルは主任から昼までに出来そうな仕事を割り振って貰い、しばらくはそちらに集中した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「アーベル君、ハラオウン執務官がお見えだよ」

「ありがとうございます、主任」

 

 机の下引き出しに置いてある『いつもの』私物と、部外持ち出し厳禁になっているメンテナンス・データの記録チップを持って席を立つ。

 律儀にも昼休憩直後の13時05分に第四技術部へと現れたクロノを受付まで迎えに行き、アーベルはそのまま予約を入れていたメンテナンスルームの一つへと案内した。

 

「ただいま」

「おかえり、クロノ。

 なんだかいつもよりもお疲れだね?」

「まあな。

 ……後味の悪さが格別だった」

「『世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかり』、か……」

「……執務官たる者、泣いても笑っても前を向いて歩くしかない」

 

 アーベルには執務官の仕事内容を聞く権限はないので、友人として労る気遣いを示すことしか出来ない。

 

 部屋に入ると彼のデバイスS2Uを検査槽へとセッティングし、センシングとプレシジョン・リカバリーを同時に行う。

 これは多少時間が掛かる作業だ。彼を先に座らせて持参したペーパーとドリッパーを取り出し、備え付けのティーサーバーから熱湯を拝借する。

 

 最近は子供舌でなくなってきたのか、クロノもブラックで珈琲を飲むようになった。

 口に出すと睨まれそうなので黙っているが、出会った頃はミルク入りでないと顔を顰めていたのを覚えている。それをからかったエイミィ───クロノの相棒で士官学校の同級生、現在は彼の友達以上恋人未満を維持しつつ公私に渡る補佐役を自任している───は、もちろんカフェオレを最初から要求していただろうか。

 

「そう言えばエイミィは?」

「彼女は先に休暇を取らせた。

 オーバーワークの一歩手前だったからな」

「そうか、まあ本局滞在中に時間があれば、二人して店の方にでも遊びに来てくれ。

 つい先週だったかな、ヴェロッサが義姉上のお勧めだといい紅茶を届けてくれたんだ」

 

 珈琲道具は技術部の引き出し、店のキッチン、アパートの全てに完備してあるが、紅茶道具は店にしかないのでこれは仕方ない。

 

 名前の出たヴェロッサ・アコースはクロノの士官学校時代の同級生で、軽いノリの明るい伊達男だった。いつだったかクロノが店に連れてきたのが最初で、同郷ということもあってすぐに意気投合したが、現在はアーベルと同じ本局務めでも査閲部の所属でクロノ同様あちこちを飛び回っていて忙しい。

 

「君の店は下手な喫茶店より充実してるからな。

 デバイスショップから喫茶店に看板をかけ替えても、君なら十分やっていけるだろう?」

「趣味だからね、充実もさせるさ。

 ヴェロッサがパティシエを、クロノがウエイターを引き受けてくれるなら考えるよ?」

「……酷い冗談だ」

「礼儀正しいクロノはウエイターにぴったりだし、ヴェロッサの腕前は知っているだろう?

 君は甘いもの苦手だろうけど……」

 

 普段ならチョコレートかクッキーでも添えるところだが、クロノにはこちらの方がいいかとコーヒーカップの横にミックスナッツの小皿を差し出す。

 

「ところで……っと、検査結果が出たな。

 破損なし、耐久値もまあ正常使用の範囲内、術式エラー記録なし。……の割に、ログ見るとやけに過負荷がかかってたみたいだね?」

「強敵だったんだよ。

 腕は二流だけど魔力がやたら強くてね。典型的な乱暴者だった」

「ふむー、どれどれ……」

 

 彼のデバイスS2Uはストレージ・デバイスと呼ばれるスタンダードな非人格型デバイスながら、量産機ではなく完全にクロノ・ハラオウン個人に特化したワンオフ機だ。執務官たる彼のデバイスには、武装した犯罪者を敵に回してなお圧倒する高速処理はもちろんのこと、それ以上にあらゆる環境下で所定の性能を発揮し続けることを要求される。昨日アリオスティ氏が購入した教育プログラムまで内蔵しあらゆる助言を行うという初心者向けにチュ-ニングされたインテリジェント・デバイスとは、ある意味対極に位置する実戦向けデバイスでもあった。

 

 S2Uの設計製作者はアーベルの父で、当時正式な技官として管理局に勤めていた父がクロノの母リンディ・ハラオウンの依頼で製作している。その後祖父の引退を受けてマイバッハ工房の社長就任と共に退役した父に代わり、アーベルがメンテナンスを引き受けていた。

 

 その縁でクロノとの交友が始まったのだが、出会ったその日は親たちが仲裁を躊躇うほどの激論を交わし、訓練場を借りての模擬戦へと発展したほどである。……が、それはまあいいだろう。今は親友と言って差し支えない。

 

「……ちょっとまずいか。

 クロノ、今回みたいな高ランク魔導師との戦闘はこれから増えそう?」

「確実に増えるな。

 これまでは新米執務官として守られていた部分もある。

 引き受けざるを得なくなっていくだろう」

 

 上がってきたデータを見直してみれば、確かに自動修復モードの稼働時間がけっこういい数字を出している。アウターフレームの耐久値も、許容範囲ではあっても一度や二度の戦闘で減るような数字ではなかった。

 

「……インナーパーツは大丈夫。でも最低限、アウターフレームのこことここは交換したほうがいいな。

 次の出航に間に合うかは微妙だけど、時間がとれるなら耐久力を上乗せしたアウターを作りたいところだね。

 重整備になるから、ついでに制御系も触っておきたいけど……」

「任せた。

 予定通りなら四日後に次元パトロールで本局を出航するから、次回だな」

「ん。

 取り敢えず、今日のところは予備パーツとの交換だけにしておこう」

 

 明日は明日で証言台に立つから忙しいんだとぼやくクロノを宥めつつ、アーベルは目の前の作業にとりかかった。

 

 

 




さいどめにゅー

《クララ》

 正式登録名称マイバッハ工房製ミッドチルダ式インテリジェントデバイス・タイプMda09-0004SiM-D3『クラーラマリア』
 待機状態は指輪、マイスターとしての作業を補助するリペア・モード(作業机+椅子)と、パーツや魔法のテストに使われるコンバット・モード(長杖、剣、槍、ライフル)に切り替えられる
 各種技術情報を網羅した大容量のストレージや単体での簡易な設計シミュレーションを行えるほど高機能なプロセッサを複数系統備えているが、待機状態の魔力消費も大きく、魔法の種類によっては発動までにS2Uの数十倍もかかるほど処理が重い故に総じて実戦には向かない

 主人公のデバイスです


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第三話「『デバイス調整応用論』」

 

 残念ながらエイミィと揃っての訪問はなかったが、クロノたちを乗せて出航するアースラを見送った翌日、嘱託技官、店とともに収入を支える第三の仕事をこなすべく、アーベルは本局内に開校されている士官学校本局校へと向かった。

 

「起立、敬礼、着席」

「おはようございます、皆さん」

 

 アーベルの受け持ちは、デバイスの扱いに関して正規の課程では学ばない応用と発展を主とする『デバイス調整応用論』で、客員講師として教官の末席に名を連ねていた。

 卒業単位に計上されない自由履修科目な上に、教官であるアーベルも若いせいか今期の受講者は六名と少ないが、その分目が行き届くので丁度良い。

 出会った頃のクロノと同い年ぐらいの子供から、上官から推薦されたであろうアーベルよりも年かさの下士官上がりまで、受け持つ生徒の年齢は幅広かった。

 

 授業中は堅苦しい言葉遣いを自らに課しているが、店でお客を相手にしているときと気分は大して変わらない。こちらも仕事ならあちらも任務、教官と生徒ではこちらの方が立場は上になるが、普通校では担任にあたる指導教官というわけでなし、お互い相手を尊重するというあたりに落ち着いていた。

 

 将来の管理局を背負って立つ若者達を育てる士官学校は、何も戦闘技術や指揮官教育ばかりを詰め込んでいるわけではない。本局校ではアーベルの受け持つ『デバイス調整応用論』の他にも、『管理外世界現地法概論』『結界魔法論』『魔導戦心理学講座』などの選択科目が受けられる。士官になるための必修ではないが、専門コースとも違った諸効果が認められているこれらの講座は各校ごとに異なり、特色ともなっていた。

 

「今回は予告通り、直射型魔法に適した出力調整方法とその効果についてお話しします」

 

 クロノに填められた───としか言い様もないが、アーベルはデバイスマイスターであると同時に魔力だけならAAAとクロノを上回る魔導師でもある。

 魔力量AAAと言えば普通なら一本釣りで引き込まれるか士官学校へと放り込まれるレベルだが、マイバッハ家は騎士家系ではないもののベルカでは旧家として知られる家であり、代々古代ベルカ式デバイスの整備技術を守ってきた技術者集団の筆頭格であった。それを無理矢理管理局に引っ張っては、いらぬ軋轢が生まれる。正規の技官であった父にしても、聖王教会側との技術交流という側面があったからこその正式な入局であり、そのあたりは当初より考慮されていたらしい。

 

 但しアーベル本人には、マイバッハ家保有の希少技能とも言える古代ベルカ式特化の整備適正はない。残念なことに、ミッドチルダ式魔導師であった祖母の血が色濃く出てしまったのである。代わりにマイバッハ家の血族では希なほど高い魔力を得たが、本人の将来の希望はデバイスマイスターで家族からは苦笑されるに留まった。

 希少技能の未発現こそ嫡流の長男としては致命的であったが、幸いにも弟は祖父や父親の血を順当に継いでおり、早い内に家督はそちらが継ぐことに決まっていた。放逐されたわけでも家出したわけでもなしに割と自由に過ごせているのは、このあたりの事情が影響しているのかもしれない。

 

「以上のように、等量の魔力量でも10発しか撃てないところが11発撃てるようになれば、余力を他に回せます。……無論、効率を上げすぎて扱い辛くなっては、本末転倒ですよ。

 それから訓練と調整、この二つはセットで考えるようにして下さい。

 片方だけ伸ばしては、折角のバランスが崩れますからね」

 

 しかし何が幸いするか、世の中はわからない。

 

 近年研究が進みつつある近代ベルカ式魔法体系───これは父の功績でもあるが、ミッドチルダ式魔導技術をベースにしたベルカ式魔法エミュレート・システム───とそのデバイスの登場で、ミッド式とベルカ式の両者に理解のあるアーベルは技術部で非常に重宝されていた。

 無論、士官学校で講義している内容は純粋なミッドチルダ式魔法に絞ってあり、乞われたときこそ話題にするが生徒を混乱させるようなことはしていない。

 

「講義はこれで終わりますが、質問があればいつものようにどうぞ。

 それから第四射撃訓練場を放課後まで抑えてありますから、必要があれば自由に使って下さい。講義終了後、私もそちらに向かいます」

 

「起立、敬礼、解散」

 

 授業は週一回の一コマ120分だが、アーベルは少人数である事を逆手にとって、ラスト30分を個人から質問を受け付ける時間に割いていた。

 

「教官、第四射撃訓練場はもう使えますか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「マイバッハ教官、先週見て貰ったところを調整しました!

 チェックお願いします」

「はい、どうぞ。

 クララ、接続して」

“プログラミングチェッカー、起動します”

 

 質問タイムが終わると別の枠外講義を受ける生徒達と別れ、アーベルも残りの生徒を連れてそのまま移動する。流石に射撃魔法を講義室内で実射するわけにはいかなかった。

 

「教官、どうでしょうか?」

「どれどれ……はい、概ねいいと思います。実射して予測値との誤差を修正をして下さい。

 アガートラム君は大分慣れてきたようですから、次は威力か速射の方にリソースを割り振ったプログラムを組んでみてもいいかも知れませんね」

 

 今日の講義が生かされているのかを確認しつつ、射撃訓練場で生徒達がターゲットスフィアに対して実射を行うのを見守る。

 クララをリペア・モード───簡易修理台となる作業机仕様───で立ち上げ、質問を受け付けてはデバイスへと行うべき調整やプログラムの修正個所を指示をするのがいつもの放課後、通称『補講』の一幕であった。補講は自由参加にしているので、昨年教えた上級生や彼らの友人の姿も混じっており、授業より多い十人ほどが集まっている。

 

「教官、今日の授業では収束型魔法の話題は出されなかったですけど、どうしてですか?

 あれなら魔力量の不足を補えると思ったんですけど……」

「ああ、なるほど。

 先に答えを言うと、収束型魔法は実に使いづらいから……というのが答えになります」

「使いづらいんですか?」

「はい。

 個人戦から小規模集団戦で使おうとすれば、相当な熟練を要します。

 資質の有無とも関連しますが、それこそ戦場の真ん中で棒立ちになる時間が必要なんですよ。魔力の残滓を一番残留濃度の濃いであろう戦場の中心で集めなくては、成立しませんからね。

 それに収束型魔法の中でも、特に収束砲撃は体に負担が大きいんです。

 知っておいて損はないけれど、収束技術の訓練に使う時間を他に当てた方が良いし、AからAAぐらいの魔力量があれば扱えなくもないですが、必須となる運用や制御の精密さを考えれば魔導師ランクSがほぼ必須……というのが一般論です。

 正規の授業でも教えていないでしょう?」

「そういえばそうですね。

 教官は使えますか?」

「見本程度には使えますが、友人には鼻先で笑われました」

 

 

 

 エース級や準エース級の魔導師が手にするデバイスを普段から取り扱い、彼らが行使する魔法に対しても知識が必要なアーベルは、魔力持ちデバイスマイスターとして自前でデバイスのテストが出来る強みを持ち、それを活かしてきた。おかげで通常の局員どころか、戦技教導官でさえ考えられないほどの多種多様な魔法を所持し行使できる。これこそがクロノをして当時の執務官長ギル・グレアムから口添えを引き出し、士官学校教官へと推薦させた真の理由であった。

 

 ……代わりにクララのストレージ───魔法術式を記録する為の書庫に相当するパーツ───は極端に大容量化され、専用の術式処理プロセッサを追加で与えてもまだ重く、決して実戦向きとは言えない状態になっている。

 

『はっきり言って、君の所持する魔法の種類は驚きを通り越して資料庫レベルだ。これを活かさない手はない。

 デバイス知識の伝授と共に、是非とも僕の後輩達に生の見本を見せてやってくれないか』

 

 もっとも、生徒のお手本には使えても戦闘訓練を受けていない弊害は当然あって、AAAの魔力に胡座をかいた力押しプラス初見殺しの通じる場合ならばともかく、アーベルの戦闘魔導師としての実力は総じて低かった。マルチタスクは人並み以上でも戦術の組立は出来ず、平行運用は出来ても教科書通りが精々で、座学の教官は務まっても作戦の立案から駆け引きまでを教える戦技教官にはとても届かない。魔力ランクAAAにして魔導師ランクEという経歴データは、腹立たしくもあるが実に正しいのである。

 

 もちろん、クロノとグレアム以外からはそれを期待されて推薦された教官職ではないから、誰も問題にはしていなかった。同僚である士官学校教官達からの『技官にしてはいい腕前を持ち、本業のデバイスだけでなく各種魔法や派生技術にも詳しい』という評判は、クロノの目の確かさを裏付けている。

 

 

 

「教官、いつものやつお願いします」

「ああ、もうそんな時間ですか」

「これが楽しみ!」

「先週のファイアリング・パワーサーチは俺も練習してみたんですよ」

「あはは、君は昨日の1on1で使ってたね。

 ハイディングした相手がびびってた」

 

 生徒に『お手本』を見せる。

 クロノからの頼みを、アーベルは忠実に守っていた。

 

 他人からあれほど真面目に頭を下げられたのは初めてで、『後輩達の為』と語った彼の本気に飲まれてしまったせいもある。

 

 それに魔法の研究はデバイスの開発と表裏一体であり、畑違いと云うこともない。クロノという協力者もいるし、デバイスの研究、特に制御系と言われるインナーパーツの改良やプログラム開発には役立っていた。

 

「先週は探知魔法でしたから、じゃあ……今日は捕獲魔法の変わり種でも見せましょうか。

 ……クララ」

“コンバット・モード、タイプ・スタッフにてセットアップします”

 

 一瞬だけ、アーベルの周囲に薄紫の魔力光が輝き、バリアジャケットが形成される。

 白いコート……いや、いかにも研究職な白衣にインナーは管理局正式の野戦訓練着というあまり見栄えの良くないアーベルのバリアジャケットは、今でこそ生徒達も見慣れているが初見では無言で首を横に振られることが多い。

 

 クララの方も作業机───リペア・モードを解除し、アーベルの身長より少し短い170センチほどの長い杖へと変化した。各種魔法のデータを取る目的で長杖、長槍、長剣、小銃と、管理局員が使う基本的な武装形態の殆どをクララには装備させている。

 

 お陰でクララの動作は更に重くなった上に扱い慣れているわけではないが、これも仕事の都合と割り切っていた。

 

「検証は行いましたが、一般公開は初ですからね。

 よく見ておいて下さい。

 ……バインド・シューター!」

“バインド・シューター”

 

 アーベルの発生させた魔法は、ターゲットスフィアに向けて高加速で飛んでいった。

 一見通常の射撃魔法タイプの魔力光弾は、目標に直撃すると、リング状態に変形してがっちりとスフィアを保持する。

 

「おおっ!」

「早い!?」

「……バインドって設置系の代表格なのに」

「飛ばしちゃうんだ……」

「射撃魔法と見分けつかない!?」

 

 しっかりと発動したことを確認してからブレイクして魔法を消すと、アーベルは生徒達に向き直った。

 

「今のがバインド・シューターです。

 先ほどの直射型なら魔力ランクがBあれば使えますが、少し強度に不安があります。それに誘導制御まできちんと付与することも踏まえて、やはりAランクは欲しいところですね」

 

 生徒達はしばらく考えていた様子だが、全員が自分のデバイスにバインド・シューターの術式をコピーした。試してみてスタイルに合わないようなら消せばいいし、どちらにしても新たな知識と経験は蓄積される。

 

 出し惜しみはしない。隠すぐらいなら最初から出さなければいいし、アーベルは生徒達がそれぞれ努力をして自分を高めていることも知っていた。

 魔力はそうそう伸ばせるものではないが、総合力は手数や術式、戦術で補うこともできる。彼らの努力に応え、ちょっとしたアドバイスや新しい方法論を提示して高みに引き上げる助力を惜しまないことが、アーベルの役目であった。

 

「検証に付き合って貰った現役執務官の受け売りですが、意識が防御に回った相手にならかなり有効になると聞いています。射撃魔法か何かで弾幕を張ってから、混ぜて使うといいかもしれません」

 

 初めて披露したとき訓練場に居合わせた現役執務官───クロノからは『知ってしまえば防御ではなく回避を選ぶ方に思考が誘導されてしまう。直接の効果は低いが、総合的に見て実に嫌らしい魔法だ』と、お褒めの言葉を貰っている。

 

 ちなみに翌週、受け持ちの生徒からは絶賛を、出所を知った実技担当の戦技教官からは愚痴を、それぞれ頂戴したアーベルであった。

 



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第四話「第五病棟とカルマン医務官」

 

 

 アーベルの店は、営業日が非常に不定な店として関係者や客には知られていた。勤め人は店主一人で、その彼が管理局に押さえ込まれているのでは仕方がないと思われている。

 

 今日もその不在日だが、ここ半年ほどは定休に近い外回りの日と決まっていた。

 

「店番か弟子が欲しいけど、難しいだろうなあ」

“募集はされないのですか?”

「募集そのものより、そのあとがね……」

 

 広告でも出せば、まあ誰某かが応募して来るのは分かっている。デバイスマイスターは次元航行船の船長や芸能人、管理局の執務官や武装隊員には及ばなくとも、不人気というほど忌避される職業ではない。

 問題はその維持だった。給料は勿論、師匠として教育にも責任を持たねばならない。アーベル自身、取った弟子を一人前に育てる力量が果たして自分にあるのかという疑問にも、まだ答えが見つかっていなかった。

 

 雑居ビルの地下室、その一部屋しかない今の店舗から、せめて通りに向いた表口のある普通の店を出せたら本格的に考えようか。

 

 漠然とした考えしか持てていないが、覚悟が決まっていないだけかなとも思うので、口には出さない。

 

「さ、今日も頑張ろう」

“はい、マスター”

 

 目の前には白く大きな建物が、幾つも並んでいた。

 最初にこの医療区画第五病棟を訪れたのは、半年以上前になる。

 いまも月に一、二回は通っているし、医師だけでなく仲の良くなった患者やナースとも交流が出来ていた。

 

 

 医師、看護士、患者との『共闘』───同じ一つの目標に対し、頑張っているのは自分だけではない状況───は、アーベルにも良い影響を与えていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 その日、アーベルは非常に緊張していた。

 ある意味、外回りの営業が実を結んだとも言える重要な日だった。

 

「失礼します、マイバッハ工房本局支店のアーベル・マイバッハと申します。

 第五病棟のカルマン先生とお約束しているのですが……」

 

 名刺代わりにIDを受付に示す。

 今日訪れているのは、中央にある医療区画の中でも端の方にある、長期入院患者を対象とした区画である。

 

「少々お待ち下さい。

 

 ……第五病棟総合ですか? こちら本棟受付です。

 カルマン先生にお客様です。

 はい……ええ、そうです。はい。

 ……はい、畏まりました。

 

 マイバッハさん、カルマン先生は第五病棟2Fの診察室にいらしゃるそうです。

 そのまま向かっていただいて構いません」

「ありがとうございます」

 

 受付嬢の示した地図で位置を確認、静まり返っている渡り廊下を歩いて指示された第五病棟に向かう。

 

 医者というものは大変で、約束を取り付けていても、受け持っている患者の容態が変化すればそれどころではないらしいと聞いている。内容が内容だけに、こちらとしても肩すかしを食わされたからと怒るわけにもいかず、患者の回復を祈るしかないだろう。

 

「失礼します、カルマン先生はいらっしゃいますか?」

「おお、アーベルくん、おはよう。

 遠慮なく入ってくれ」

「おはようございます、カルマン先生」

 

 カルマン医務官は40代の魔導師で、若い頃は本局武装隊直属の現場に出る医務官として最前線を飛び回っていたという少々変わった経歴を持つ。現在はこの第五病棟のナンバー2で、医師と研究者を両立させながら日々を過ごしていた。

 

 最初は機材管理第二課に訪れたカルマンに、コーヒーを振る舞ったのがきっかけだった。たまたま彼が別件で第四技術部に立ち寄った日、主任から紹介されたのだ。

 そのうち雑談から話が弾み、よかったら一度病棟に来てくれと言われて今日の訪問となっていた。管理局への勤務は店に力を入れたいアーベルには重荷でもあったが、これも一つの営業か。まったく、何が幸いするか世の中は分からないものである。

 

「アーベルくん、早速だがこれを見てくれ」

 

 アーベルが受けた仕事は、カルマンの研究を技術レベルでサポートすることだった。医療現場に於けるデバイスの可能性について専門家としての立場から助言し、また実際に機器を試作することも仕事内容に含まれている。

 カルマン医務官は、場合によっては個人的な研究に留まらず管理局医療センターの研究会議に掛け、正式な依託研究にしたいと口にしていた。

 

「ここは長期入院が必要な患者さん、特に戦傷を負った魔導師の為の病棟だと言うことを前提に、話を聞いて欲しい」

「はい」

「これは以前、患者さんに今困っていることは何かと聞き取ったアンケートの一部でね、直接的なリンカーコア障害、純粋な体力の低下、部位の欠損……理由は様々だが、身体は治っても魔力の低下を補う方法は少なくて、せめて念話ぐらいはなんとかならないかという意見が一番多かったんだ。

 それまで簡単に使えたものがいきなり使えなくなるというのは、精神的にもつらい。前を向こうとする意志を奪い取りかねないのだ」

「……」

「それから、私にはもう一つ別の事情が見えている」

「別の事情?」

「本当の重症患者は、声を出すのも辛いんだ。

 アーベル君、声を出すという行為はね、実は全身運動にも近い体力の消耗を要求される動作なんだよ」

 

 カルマン医務官の説明は続く。

 

 例えば魔力ランクAAの魔導師が魔導器官リンカーコアに重い障害を受け、仮に5ランクほどのランク低下を受けたとすれば魔力ランクE、戦闘魔導師としては致命的だが念話の使用や簡単な魔法の行使には問題がない。ところが魔力ランクB───武装隊の一般隊員クラス───から同じだけ低下すると魔力ランクFを越えたランク外、つまりは魔法が使えなくなってしまう。

 

 そもそも魔法というものは世界に広く存在する魔力素を操作して作用を発生させる技術であり、魔力ランクFとは、数値で言えば管理世界で規定されている測定方法にて平均魔力発揮値100を出せれば与えられるランクであった。訓練すれば距離は短くとも念話が出来て、攻撃魔法は無理でもデバイスを含めた各種魔導機器を操作できる最低限の魔力ランクで、これが出来れば魔導師として認定される。ちなみにアーベルは魔力ランクAAA、平均魔力発揮値は凡そ100万前後に達していたが、今はいいだろう。

 

 カルマン医務官は、一般的なデバイスほど小型でなくてもよいので、魔力発揮値が100を大きく下回っている状態でも、患者の念話を増幅、あるいは出力装置に接続が出来るようなデバイスか魔導機器を作成して欲しいのだと、話を締めくくった。

 

「魔導機器全盛の時代とは言うが、痒いところには届かないのが現状なんだ」

「なるほど……」

 

 続けて必須要件を幾つか並べ上げたカルマン医務官にアーベルが質問を重ね、仮称『医療用念話補助装置』と名付けられた試作魔導機器の仕様を決定した。

 名前が医療用念話補助『デバイス』とならなかったのは、デバイスと同じ技術が使われていても手に持って使うような機器ではないこと、後々高機能化するとしても今は念話以外の機能を考慮しないでよいこと、そして大事なことだが、当面はカルマン医務官の自弁───私的研究となるので大きな予算を割けないことが理由となっていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 あれから半年。

 患者だけでなく協力してくれるナースとのコミュニケーションを考えてクララの常用言語を完全なミッドチルダ標準言語───人と変わらない、いわゆる広い意味でのミッドチルダ語───に切り替えたり、実家にも試作機を送りつけて検証を頼んだりと、道のりは長かった。

 

 当初試作した患者には使えないほど重いヘッドギアと、胸を圧迫する分厚いブレストパッドからコードが伸びてスーツケース大の本体へと繋がっていた巨大な装置は、今ではずいぶん小型化されている。

 幾度もの改良を経たそれは、有用性を認められて医療センターから予算が付いたことで新品且つ小型のパーツや外装部品───それまではカルマンやアーベルの私物、あるいは他のデバイスショップや電気店のワゴンからかき集めた中古品から取ったパーツさえ使用していた───が使えるようになり、ようやく使用感や操作性への改良にも手を着けることになったのだ。

 

「やあ、アーベルくん」

「先生、お待たせです。ようやく出来ましたよ」

「おお! 早速見せてくれ」

 

 アーベルが学生鞄ほどの耐衝撃ケースから取り出したのは、ヘアバンドに似た入出力装置と、トランプのケースを10個ほど重ねた大きさの制御ユニットである。

 ……実は今の段階でもデバイスの待機サイズ───次元圧縮された魔導制御空間に機構の大部分を配置する───と同等の大きさに出来なくはないが、余計な機能を突っ込んで価格を上げては意味がなかった。患者に使いやすく、病院の懐にもある程度は優しくないと普及は難しいだろう。

 

「これなら患者さんも重くはないだろうね」

「ええ。

 頭部への締め付けがまずいなら、ゆるくする事もできます」

「性能はどうかな?

 小型軽量化の弊害は大きい?」

「目標の基準はクリアできたと思います。

 念話送信強度は魔力発揮値5で99%、それを制御ユニットが受け取って増幅します」

「前よりも低くなったが、実用上は問題なさそうだね」

「はい。この大きさの制御ユニットなら、ベッドのフレームにくくりつけられますし」

「よし、早速試してみよう」

 

 カルマンは内線でナースを一人呼び出すと、ヘアバンドを手渡した。

 

「キャサリンくん、新型だ。頼む」

「はい、先生」

 

 アーベルが居ることで、何をさせられるかあたりをつけたのだろう。

 彼女は診療椅子に座ってナースキャップを外し、ヘアバンドととりかえた。

 

「クララ、モニタリング」

“はい、マスター”

 

 カルマン用のモニターも別に投影し、そちらに向ける。

 

 キャサリンは魔導師ではなく、一般人である。

 先日精密に計測された彼女の平均魔力発揮値は3.2、最大値でも6前後と、この実験にうってつけであった。

 

 非魔導師の一般人にも、精密な魔力計測をすると機器に反応は出るが出力がFランクにも届かない人々が若干居る。俗に残念組といわれるグループだ。

 諦めきれずにトレーニングをする者もいたが、元となる魔力やその後の成長を考慮すると報われない場合が多い。よしんば努力が実ってFランクに到達したとしてもほんの少しだけ就職に有利で手当が付く程度、花形の戦闘魔導師になれるわけでもなかった。

 

「スイッチ、入れますね。

 ……キャサリンさん、お願いします」

「はい。

 『あー、あー、カルマン先生、アーベル君、聞こえますか?』」

 

 彼女の声と共にアーベルの耳にも念話が届き、機器が正常に作動していることが確認できた。

 こればかりは、アーベルが身に着けて試すことが出来ない。元になる魔力量が大きすぎて、特殊な制御機材でも用意しないと絞りようがないのだ。無論、実験段階では改造した通信機の発する電子音での疑似念話テストを行っている。他にも微弱な魔力を扱うので機器側にも繊細さが要求され、それを守るために魔力ヒューズとブレーカーを二重に取り付けてあった。

 

 しばらくはヘアバンドと制御ユニットの距離を変えたり、こちら側から念話を送ってみたりとテストをする。

 ちなみに対象者の弱い魔力波を確実に受け取れるよう外部からの魔力で微弱なフィールドを形成するため、手を握ったり頭に手を置いたり───患者に触れている方が、補助プログラムのお陰で特定相手への送受信時には効率がいい。患者を元気付けるという看護の基本とも重なり、むしろナースたちには受けが良かった。

 

「うん、よさそうだね」

「ですね。

 キャサリンさん、着け心地はどうでしたか?」

「うーん、念話はともかく、普通のヘアバンド、かな……?」

「はは、それは何よりです」

「まさに私たちの目指している目標だね。

 キャサリンくん、ありがとう。

 休憩中悪かったね」

「はい先生、お疲れさまです。

 アーベル君もがんばって!」

「ありがとうございます」

 

 彼女が退室すると、アーベルとカルマンは揃ってため息を付いた。

 実験は成功だったが、やはり実用化には少々遠いのだ。

 

「量産効果が望めるほど数を作っても、売れないだろうな……」

「患者さんも身体が回復すれば、リハビリと同時に魔力回復トレーニングに入りますよね……」

 

 現状、『医療用念話補助装置』の価格は、アーベルやカルマンの手間賃を考慮しない実費でも約600万クレジット、十分にインテリジェント・デバイスが買える価格だ。

 特に外部の魔力波をカットするフィールド形成ユニット、患者からの微少魔力波を選択して正確に受け取る高感度なセンサー部、弱い念話と増幅器を同調させるシンクロナイザーの価格は誤魔化しが利かなかった。

 滅多なことで必要とされない特殊な機材やパーツ───Fランク以下に対応した機材など当然ながらほぼ需要がない───は、量産されないので急激に価格が跳ね上がる。製品化するのであれば、まさかワゴンの中古品を一々探してきて手作業で作るわけにもいかない。それに小型化も出来なくなる。

 

 あれば便利だが使用条件の幅が狭く、全ての患者に使えもしない特殊機器となれば、この価格帯で果たして採算がとれるのか否か、量産効果も期待できず微妙としか言い様がなかった。

 

「ふふ、医療用で無理なら売り方を変えようか。

 デバイスサイズにすれば、持ち運びできるからね。

 非魔導師でも微少魔力持ちの恋人同士なら、街を歩きながら念話で会話が出来るかも知れない」

 

 ついでに量産化が決まれば、アーベルの手からは離れていくだろうことも予想が付いた。

 カルマンとの連名で出された特許論文によって幾らかのパテントが支払われるにしても、主な研究予算は医療センターより出されているのであちらの方が権利の比重も大きいのだ。

 

「……えーっと先生、男もヘアバンドを?」

「ふむ、つけられなくもないだろうが……」

「僕はいやですよ」

「ははは、もちろん私もだ」

 

 それでも実証実験段階で協力してくれた患者達の笑顔が以前より増えたことは間違いなく、正式採用後になんとか持ち出し分を取り戻したアーベルとカルマンは、『世の中捨てたものじゃない』と笑った。

 

 

 




さいどめにゅー

《魔力発揮値と魔力ランク》

 平均魔力発揮値をベースに、瞬間最大魔力発揮値や魔力回復量、希少技能による補正を行って魔力ランクを算出する
 魔導師の持つ魔力量の基準であり、各種術式の威力や魔導機器の出力基準ともなっている
 +や-を付けてより細かな区分をつける場合もある
 AAAランクで平均魔力発揮値約100万、Aランクで10万、Bランクで3~4万、魔導師として認定される最低限の要件を満たすFランクでは100が大凡の基準となる


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挿話「三年前」

クロノとアーベル、二人が出会って数ヶ月ぐらい経った頃のお話です


「クロノ、久しぶりだね。

 そして何より、執務官試験合格おめでとう。

 史上最年少とは恐れ入ったよ」

「ありがとうございます、提督もお元気そうで何よりです。

 改めてご指導よろしくお願いします」

 

 士官学校卒業より半年、二度目の受験で執務官試験に合格した報告を兼ねて、クロノ・ハラオウンはギル・グレアム提督の元を訪ねていた。

 

「そう言えば、配置はリンディ君のアースラにすんなり決まりそうだね」

「はい。

 流石に11歳の執務官を取りたがるような提督は少ないでしょうし、横槍も大してなかったと聞いています」

 

 亡き父クライドの上司でもあり有形無形の支援や気遣いをクロノは受けていたが、何よりもグレアムの使い魔であるリーゼアリアとリーゼロッテを幼少のクロノに宛ってくれたことには感謝してもしきれない。

 受けた恩は手土産の茶菓子などで返しきれるはずもなく、執務官としての職務を全うすることこそが本当の礼となるだろう。

 

「リーゼたちも居れば良かったんだが、別世界まで短期の教導に出ていてね。

 彼女たちも喜んでいたよ」

 

 会えばからかわれるのはわかっていたが、それでも師匠たる二人にもありがとうは言いたいところである。まあ、そちらは少し先に延びても構うまい。

 

「しかし、訪ねてくれた事は嬉しいが、配属前で忙しいだろうに……何か頼み事かな?

 合格祝いなら、ねだってくれて構わないよ」

「はい、真面目な話が半分、残りは僕の意地……でしょうか。

 もちろん、提督にご迷惑が掛かるようなことはないのですが、お力添えを頂戴したいのです」

「ほう!?

 君もようやく冗談を口にするようになったか。

 気付いているかい? 君が私にその様な提案を行ったのは、この十年でこれが初めてだよ!

 うん、何でも言いなさい。

 かなう限りの力添えをすると約束しよう!」

 

 合格の祝いを述べたときよりもなお上機嫌になったグレアムに、クロノはたじろいだ。そう言えばこの御仁、回りくどい冗句が好きだっただろうか……。

 それでも何とか自分を取り戻し、持ち込んだデータを表示させる。

 

「ふむ?」

「彼は……なんというか、士官学校時代に母を通して知り合った友人なんですが……」

 

 ウインドウを手元に寄せたグレアムは、略歴をスクロールさせて唸った。

 

 

 

 アーベル・マイバッハ。

 新暦49年生まれの13歳、出身は第一管理世界ミッドチルダ、ベルカ自治区の生まれ。

 St.ヒルデ魔法学院初等部在学中にデバイスマイスターA級を取得、卒業後は当時本局技術本部に在籍していた父の元で嘱託技官に採用。

 現在は第四技術部機材管理第二課にデバイスマイスターとして在籍。

 魔力ランクAA+(60年度認定)、魔導師ランク総合E(55年取得)。

 

 追記。

 現在は本局内民間居住区に在住、マイバッハ工房本局支店の店長も兼ねる。

 デバイス作成はミッドチルダ式のみならず、現在実地試験が進められている近代ベルカ式についても高いレベルでまとめあげることが出来る。

 古代ベルカ式デバイスについても造詣は深いが、父ほどの適正はない。だが僅かながら資質を持ち(非公式の検査では古代ベルカ式B-ランク出力)、時に技術部で重宝されている。

 デバイスプログラミングとも関連し、魔法術式開発も非凡、使用魔法は500種以上に及ぶ。

 

 

 

「……500種!?」

「はい。

 希少技能が行使要件に入るものは除きますが、驚くことに教科書通りながら『使いこなせて』いるんです。

 ただ、本人は戦闘訓練などを受けていないので、実力としては履歴書通りの魔導師ランクEかそれに近いことも間違いありません。

 ですが提督、これを見ていただけますか?」

 

 映像ファイルの検索ワードによれば、対戦者は士官学校本局校指揮官養成コース在籍中のクロノ・ハラオウン候補生と、第四技術部機材管理第二課所属の嘱託技官アーベル・マイバッハ。

 場所は第四技術部第二試射場、日時は一年ほど前であった。

 

 クロノがグレアムの眼前に浮かべた映像は、まだ彼が士官学校に在籍していた頃に録られた模擬戦の様子である。

 

 クロノにとっては懐かしくもあり、暖かくもあり、苦くもある思い出だった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

『少しでも処理速度を上げられないか?

 正直言って、僕の魔力はそれほど高くない。

 高速詠唱と発動速度の確保は、僕の魔導師としての生命線なんだ』

『だめだ。負荷がプロセッサどころかコアの処理に影響する。

 ……それ以上にこんなバランスの崩れた調整は、使用者である君の魔導師生命を削りかねないよ』

『だが……』

 

 お互いその日が初対面、その上親同士が友人とあって遠慮気味だったが、一方は10歳の士官学校生と聞いて、一方は12歳のA級デバイスマイスターと知らされて、それぞれに驚いていた。

 最初の内は相手を立てて、クロノの母親が発注したという彼専用のストレージ・デバイス『S2U』の仕様書を前に、デバイスや魔法について話していただろうか。

 喧嘩になりかけた正確な理由はもう覚えていないが、1%、2%といった小さな数字の違いについて譲らなかったことがきっかけだったような気もする。

 だが歳の近さとお互いのプライドもあって、持論の展開からディベートを通り抜けた感情論のぶつけ合いへと発展するのにそう時間は掛からなかった。

 

『いいだろう。

 現場を知らない君のその口、黙らせてやる!』

『僕も一度、自分の実力を知りたかったんだ。

 君が進んで的になってくれると言うのなら、喜んで相手になる!』

 

 ハラオウン家は代々執務官や提督を輩出してきた魔導師エリートの家系、一方マイバッハ家はベルカ自治区に於いてデバイスマイスターの総元締めとも言える旧家で、それぞれの長子たる彼らはどちらかと言えば品行方正な少年として周囲には知られていたから、双方の親は驚いて顔を見合わせた。

 だが、少年達が感情をむき出しにしつつも、ある意味冷静に───技術本部の管理下にある試射場の予約を取りつけ、模擬戦のレギュレーションを決め、双方で以後遺恨無しと覚書にサインをした───対処している。親たちはそれを受けて、第二次成長期や反抗期……あるいは青春と言われるような子供の成長に必要な一場面かと気付き、見守ることにしたようだ。

 

 場所はそのまま試射場へと移り、親のみならず手すきの技術部員が見守る中での模擬戦が始まった。

 

 先手はアーベルが取った。

 

 頭に血が上っていたとは言え、数発飛んできた魔力弾を高威力誘導型かと誤認して回避したところが、実は射撃型のビット・スフィアで容赦なく至近距離から連射を浴びてクロノがダウン。

 

 この一撃で少し冷静になったクロノは、動かなかったアーベルを機動が苦手と見てディレイド・バインドをあちこちに仕掛けつつスティンガー・ブレイドで軽く揺さぶった。しかしアーベルはデバイスを杖からライフルに変えて、射撃魔法を連射してくる。

 クロノはセンサーの数値から連射するために威力を削り速度と誘導にリソースを割り振った小威力高速誘導弾と判断、これなら十分耐えるなとシールドで受けて肉薄したところが術式を分割したシールド・ブレイカーで、その合間に混じっていたスタン・ショットで動きを止められ本命のペネトレ-ターを食らって再び墜落。

 

 クロノはリカバリーを掛けつつ一旦距離をとり、得意の射撃魔法スティンガー・レイを数発放った。

 牽制にもなっていないのか、アーベルはプロテクション系のやたら堅固な防御魔法を発動し、棒立ちのまま光弾を防いでいる。

 

 これだから魔力に恵まれた奴は!!

 

 クロノはこちらを見下ろして射撃を続けるアーベルに舌打ちしつつ、予備詠唱を悟られないように官給品の杖を掲げて高度を回復した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「ほう、防御面が自律制御で動いているな。

 ふむ、フローティング・プロテクションか?」

「はい。

 続いて僕が近づいたところでアーベルは開始位置を放棄、ディレイド・バインドの設置には気付いていましたがバインド・ブレイクにて破壊……」

 

 画面ではブレイクされたディレイド・バインドの反応を受けて、新たな設置魔法が起動した。

 

 エリア・バインド。

 薄く広げた魔力を急激に収縮させ、目標に網状のバインドを形成する捕縛魔法の一種だ。

 周囲に放散されていた魔力とディレイドバインドに隠されていたおかげでそれに気付けなかったクロノは、二つ目の仕掛けに囚われた。

 

 だが同時に、クロノが予備詠唱を終えて待機させていたスフィアよりスティンガーブレイドがラッシュ・シフト───クロノが当時持っていた最強の攻撃魔法で威力と連射にリソースを割り振った強火力攻撃───で起動し、アーベルを襲う。

 

 しかし、それはほんの一瞬遅かった。

 アーベルは既に、砲撃魔法のトリガーを引いていたのだ。

 

 爆煙が晴れると同時に、落ちて行く二人が画面を流れていく。

 射線が交わらなかったお陰で、両者の攻撃はそのまま相手に届いていた。

 

「ほう、相打ちだね」

「……はい」

 

 クロノは映像を打ち切った。

 思い出せば未だに腸が煮えくり返りそうになるが、相手は二歳年上とは言え嘱託技官、魔力こそ高いが訓練を受けた戦闘魔導師ではない。

 対してこちらは対人主体の魔法戦闘が本業の士官学校生、それも模擬戦成績なら学年で五指に入る自分が相打ちとは、士官学校の教育成果が疑われるほどの問題である。

 

「この後、間を置いて三ヶ月で二戦ほど行いましたが、やはり勝てませんでした。

 その彼は三戦目の相打ちが決まった後、手札はあっても僕に勝つ遣り口が思いつかないと、所持する魔法を見せてくれたんです。……その頃にはもう、その、『友達』……になっていましたから」

「ふむ……」

「デバイスの調整やパーツの試験に必要なので真面目に訓練したが、戦術という意味での使い方はほぼ知らないと、彼ははっきり口にしました。

 正直呆れましたが、同時にこれを活かさない手はないと思いました」

 

 振り返ってみればいわゆる『初見殺し』の典型例で、彼が犯罪魔導師でなかったことにクロノは心底感謝した。研修を兼ねて現場で過ごした半年間でさえ、あれほど迷惑な使い手には出会ったことがない。

 

 しかしながら、彼の『初見殺し』のおかげでクロノは救われてもいた。

 アーベルの使ったとあるマイナーな魔法の組み合わせと同様の手を犯罪者に使われ、上官が不予に陥って部隊が崩壊しかけたところを対アーベル用に練っていた秘策で無力化することに成功、犯人は逮捕され部隊も無事帰還できたのである。

 

 ……彼は面倒くさがるだろうが、せめて後輩達にはあのような酷い目にあって欲しくはなかった。

 

 一度でも実際に目にしていれば、現場で解決策に繋がることもあるだろうし、それはクロノの場合と同様に自身を救い仲間を救うことに直結する。同じ痛い目に遭うなら学生でいるうちに遭っておくべきで、それは将来確実に糧となるだろう。

 模擬戦ならば反省もできるが、現場では葬式に繋がるのだ。

 

 世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかりだと口にしたクロノに、彼は言う。

 

『たまには世界の方に、こんなはずじゃないって言わせてみてもいいんじゃない?』

 

 悪影響かはたまた人間的成長か、アーベルと知り合ってからのクロノは、エイミィによればずいぶん人間が丸くなったらしい。そこにヴェロッサが加わって、多角的な視点を持てるようになり柔軟性も増した。クロノ本人は気付いていないが、元から強かった正義感に程良い人間味が加わって、リンディらを喜ばせたようである。

 

「ふむ……。

 もしかしてクロノ、彼を士官学校に推薦せよと?

 しかしこれだけの実力があれば、私が推薦しなくとも、受験に必要な座学と戦術の駆け引きあたりを詰め込めば放っておいても合格すると思うが……ああ、リーゼ達を彼の教育に?」

「いいえ、提督。

 僕は彼を生徒としてではなく、教官に据えたいのです」

「教官?」

「はい。

 デバイスの知識についてはそれこそ本業で、僕も信頼しています。

 彼には授業の一環として、デバイスの活用を通して各種魔法の実演をして貰いたいと考えています。

 既に嘱託技官として管理局に籍を置いていますから身元の信用は置けますし、戦技教官ではなく座学を教える講師なら魔導師ランクは問題になりません」

 

 顎に手を当ててしばらく考えていたグレアムは、推薦状はクロノ自身が書くべきだと結論を出した。

 

「提督……?」

「考えてごらん、クロノ。

 私はもうすぐ引退の身だし、今更点数を稼いでも仕方ないだろう。

 それよりはだ、新進気鋭の執務官が推薦したその彼が実績を上げれば、君の地歩固めにも繋がると思うのだが……。

 君はまだ気付いていないかも知れないが、執務官と云う立場は結構なものなんだよ。

 無論、口添えぐらいはさせて貰おう。

 一度私のところに連れてきなさい」

 

 能力や人柄云々を確かめるよりは、部下の忘れ形見である彼が『友達』と口にした少年を見てみたいという気分が先に立ったグレアムであった。

 

 

 




さいどめにゅー

《魔導師ランク》

 魔導師としての能力評価の判断基準となる魔導師ランクは、目的達成能力や魔導技能を評価する局規定の試験に合格することでSSS~Fのランク指標が付与される
 『空戦』『陸戦』『総合』など幾つかの種別があるが、魔力ランクは純粋な魔力量、魔導師ランクは魔導師としての技量を示すもので、必ずしも魔力ランクAの魔導師=魔導師ランクAとは限らない


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第五話「執務官と女児用下着の関連性について」

 

 

 店、技官、教官と三足の草鞋を履いて相変わらず忙しいアーベルだったが、さらに彼を慌てさせる事件が起きてしまった。

 当初は巡航パトロール任務に就いていたアースラが次元震の観測された管理外世界へと派遣され、そのまま音信不通となってしまったのである。

 

 アースラにはアーベルの親しい友人、執務官クロノ・ハラオウンとその補佐エイミィ・リミエッタ、そしてクロノの母親リンディ・ハラオウンが艦長として乗艦していた。それだけに心配も一塩である。

 

 その無事が確認できたのは、本局査閲部所属の査察官でありクロノと共通の友人であるヴェロッサ・アコースが、『たまたま』店に立ち寄ってアースラと連絡が取れたらしいことを『寝言』で口にしてしまったおかげであった。

 

「クロノ君の帰港予定に合わせて本局に戻ってきたんだけど、まあ、何にしてもよかったよ」

「まったくね」

 

 ヴェロッサお手製のミルフィーユをフォークで崩しつつ、彼の義姉で魔法学院初等部時代の同級生であるカリム・グラシアから預かってきたという新作のフレーバー・ティーを味わう。

 カリムはブロンドのお淑やかなお嬢さまでその上超のつく美人だが、同級生時代の印象はほとんど残っていない。ヴェロッサを間に挟んだことで、卒業してからの方が連絡を取り合っているほどだ。

 

「心配させることだけは昔から一人前なんだよ」

「まあ……いや、ともかくありがとう、ヴェロッサ。

 僕はもうしばらくクロノとアースラの無事を祈っておくよ」

「うん、また何か解ったらまた『居眠り』でもしに来るよ」

 

 肩をすくめたヴェロッサは、もう一杯と空になった茶杯を掲げて見せた。

 

 後に聞いた話だが、クロノの乗ったアースラはこの次元震の一件から、PT事件───首謀者の名を取ってプレシア・テスタロッサ事件と呼ばれる───の主担当となったそうだ。

 二週間ほどして再び聞かされたヴェロッサの『寝言』によれば、事件その物は無事に解決したようである。

 連絡が再び取れるようになるまではやきもきさせられたし、取れたら取れたで今度は次元震の余波で航路が荒れていてしばらくは帰れないらしい。

 

 それでもアーベルは、無事ならいいかと微笑んだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 更に数週間後。

 ようやく戻ってきたアースラからクロノが通信を繋げてきたが、その第一報はアーベルを驚かせるに十分だった。

 

「アーベル、済まないがエイミィすらも手が放せない状況だ。

 私的な買い物を頼みたいんだが、構わないか?」

「ああ、いいよ。

 今日は午後からなら空けられるかな」

「助かる。

 ではメモを送るが、洗顔用具等を含む生活用品一式、適当なタウン誌と女性向けのファッション誌、そして重要だが下着も含む女児用の───」

「……は?」

 

 余りのストレスで、クロノは壊れてしまったのだろうか?

 転送されてきたメモを見れば、大半は生活用品で主に子供向けだと解る。最近の巡航艦にはペットでもいるのか、メーカーと銘柄を指定したドッグフードまで記されていた。

 

「あー、うん……」

 

 ヴェロッサの訪問より数週間、大事件だったとしか聞いていないが、それほどまでにクロノは追いつめられていたのかと、憐憫の目を向けてやる。

 

「……クロノ、君は休暇申請を出した方がいい。エイミィに代わってくれ」

「アーベル……?」

「本局に無事帰港出来た今なら、彼女とリンディさんと僕の証言があれば医療休暇の申請は受理されると思う。

 しかし、箝口令だけは敷いておいた方がいいね。

 誇り高き執務官たる君が女の子の下着を───」

「アーベル!」

 

 無論冗談だが、これは人を心配させた罰だ。頼まれた買い物が、事件中に保護した子供か誰かの為だろうという想像ぐらいはつく。

 だが、ヴェロッサはもちろん、アーベルも本当に心配していたのである。

 

「誤解だ! 僕が履くんじゃない!!

 保護観察中の少女がいて、本当ならエイミィか誰かに頼みたいところなんだけどこっちは事後処理で明後日ぐらいまで誰一人動けないんだ!!」

「OK、君の名義でしっかりと女児用の下着を購入してくるよ」

「ちょっ、アーベル!?」

「わかってる。後でね」

「おい!?」

 

 頼られた手前もあるし本当に忙しいのは通信越しにも解った。無事なことが確認できて安心もした。

 

 だがクロノ、専門店で女性用下着を買う方の身にもなれ。

 

 アーベルはそう言いたいのをぐっと我慢して取りかかっていた仕事を手早く終わらせると、営業表示を管理局出張中に切り替え店のシャッターを降ろした。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

“次に近いのは一層上のペットショップです”

「了解」

 

 商業地区の繁華街で大型ショッピングセンターに入り、指定の品を取り揃えていく。無論、下着類は店員任せで、執務官クロノ・ハラオウン名義の領収書を切って貰うことに成功した。……流石にアーベルも羞恥心を刺激されたので店員への照れ隠しを半分ほど込め、エイミィにこっそりと連絡を取って少女の身長、体型、外見を聞き出すと、ブティックのウインドウに飾ってあった初夏物の女児向けカジュアルウェア一式を購入している。

 

 平素から数十万数百万クレジット単位の取引が『普通』───普及機に比べ、ワンオフのデバイスは年収に比定されるほど非常に高価なアイテムだった───であるアーベルにしてみれば、クロノをからかうための出費としては安い。

 それに、エイミィの話しぶりからもクロノを含めたアースラのスタッフたちが件の少女を気に掛けていることが伺えたので、受け取った彼女が喜んでくれればなお嬉しいところだった。

 

「……やれやれだよ」

“何事も経験です”

 

 ついでに買った差し入れも含め、大きな手荷物をぶらさげて港湾区画に辿り着けば、アースラは次元跳躍攻撃を受けたらしく修理ドックに係留されているという。

 巡航L級8番艦アースラは、間近で見れば非常に巨大な船である。その巨体を見上げつつ手荷物の持ち込み検査を待つ間に係員と雑談を交わしたが、やはり大きな事件だったらしい。

 

「第四技術部機材管理第二課所属、嘱託技官のアーベル・マイバッハです。乗艦許可をお願いします」

『お疲れさまです、マイバッハ技官。

 今迎えを寄越しますので』

 

 検査後、程なく迎えに来た男性局員は、幾度か顔を会わせた覚えのあるブリッジオペレータである。名はランディだっただろうか。

 

「どうぞ、艦内へ。

 首脳部は全員揃っています。……というか、缶詰です」

「あー、そう言えばそんな話を……」

「まあ、いつものことですけれどね。

 あ、荷物、お持ちしましょうか?」

「じゃあ、こっちをお願いします。

 みんなへの差し入れですから、リンディさんに許可を貰ってから開けて下さいね」

「これはありがとうございます。

 ……おっと!?」

 

 ランディに手渡したのは個包装されたプチ・ショコラの詰め合わせだが、乗組員全員に行き渡らせるほどとなれば結構な数量になる。当然重い。

 

「ランディです。マイバッハ技官をご案内しました」

『ブリッジへの入室を許可します』

 

 ブリッジ内は静かだったが、実に悲惨な光景だった。

 定員配置なら戦闘時でも埋まらない筈のオペレーター席はほぼ全席埋まっており、それぞれが複数の情報ウインドウを立ち上げている。いわゆる書類仕事の追い込み状態、というやつだ。

 

「アーベルくん、いらっしゃい!」

「済まないな、急に呼びだして」

「やあ、エイミィ、クロノ」

 

 開閉音に気付いたのか、近場にいたエイミィが振り返りもせずに声を掛けてくる。クロノは簡単に片手を挙げただけだが、本当に忙しいのだろう。

 ランディも仕事があるのか、差し入れをそのままリンディ提督の机に置いて席に戻った。

 

「ついでに手伝っていってくれると嬉しいんだけどなー?」

「うん、リンディさんに挨拶してくるよ」

「ひっどーい!?」

 

 悪いねと二人に手を振って、提督席へと向かう。

 

 アースラ艦長リンディ・ハラオウン提督は、クロノの実母である。

 知らなければクロノの姉でも通るだろう若さと美貌の女提督だが、今は半分目が死んでいた。

 

「アーベル君、お久しぶりね」

「はい、ご無沙汰しています」

「お父様はお元気?」

「ええ、相変わらず工房で怒鳴り散らしてるみたいですよ」

 

 クロノの亡父クライド・ハラオウンがアーベルの父の友人でもあったとは、かなり後になってから聞いた話である。その妻であるリンディがクロノのデバイス新造に合わせて第四技術部を訪れたのは、決して偶然ではなかったのだろう。

 そして、総合力が優れているとは言え、ベルカ式デバイスが専門であった父がミッド式でなければならないクロノ用デバイスの製作を引き受けたこともまた……。

 

「いつも悪いわね。

 ……またクロノが我が侭言ったんでしょう?」

「まあ、それこそいつものことですから。

 僕も頼み事はしてますし、友達ですから持ちつ持たれつが当たり前です」

「そうね。

 でも母親にしてみれば、それはとてもあたたかで、尊くて、大事なことなのよ」

 

 机の向こうで本人が恥ずかしがっているが、アーベルにしてみればからかい半分でも嘘は言っていない。

 

「あ、こっちは差し入れのチョコレートです。

 それと、クロノが忙しそうなので……頼まれ物はどうしましょう?」

「いま時間を空けた!

 僕が預かる」

 

 クロノが席を立ち上がり、のっしのっしとこちらへ歩いてきた。

 しかし残念なことに、クロノはアーベルよりも40センチ近く身長が低いので、迫力には欠ける。

 

「了解。

 ああ、こっちは君宛のお土産。

 似合うと思うよ?」

 

 見上げてくるクロノに、アーベルはブティックの手提げ袋を押しつけた。

 しかし、タイミングよく『打ち合わせ通り』にエイミィが袋を取り上げ、中身を披露する。

 

「あっ!」

「ほほう、シルキー・ブラックを基調にしたアクティブなラインのシャツにアクア・パールのミニスカート、スカーフで夏色を補ってニーソックスはボーダーと……。

 うん、クロノくんにぴったりだね!」

「エ、エイミィ!?」

「あら、楽しそうね。

 クロノ、折角だから着替えていらっしゃい」

「か、母さんまで!?」

 

 お約束の展開である。

 下着類はこれを見越して別の手提げに入れてあるので、問題にはならない筈だ。……あれは衆人環視の元、男性がしげしげと見ていい物ではない。

 

「アーベル! ぼ、僕は着ないぞ!」

「残念だなあ。

 ま、君が着ないなら誰かにプレゼントしてあげるといいよ」

「……まったく。

 最初からそのつもりで買ってきたんだろうに……」

「もちろん、エイミィには相談したけどね」

「……」

 

 ふてくされるクロノをまあまあと宥め、じゃあその女の子にもよろしくとアーベルはアースラを後にした。

 保護観察下にあるという少女のことは気になったが、任務とは無関係なアーベルである。理由はちょっと思いつかなかったし、ブリッジ内は本当に忙しそうだったのだ。

 

 機会があればその内会えるだろうと、アーベルはクロノの頑張りに任せることにした。

 

 

 

 



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第六話「単能型ストレージ・デバイスと猫姉妹」

 

 アースラ帰還より数日、アーベルの店に新たな依頼者が現れた。

 とは言っても旧知の人物で、彼女はクロノの師匠に当たる。

 

「お久しぶりです、リーゼアリアさん」

「んもう、相変わらず堅苦しいなあ。

 流石はクロ助の親友だよ」

「あはは、たぶんあいつもそう思ってますよ。

 ……今日のお勧めは紅茶とコーヒーですけど、どちらにします?

 コーヒーはいつものやつですけど昨日封を開けたばかりで、紅茶はベルカ産の上物です」

「じゃあ、紅茶で」

 

 彼女は次元航行部隊の顧問官であるギル・グレアム提督の使い魔で、双子のもう一人リーゼロッテと共に幼少のクロノを鍛え上げたと聞いている。

 

 その縁で幾度か会ったこともあるし、何を気に入られたのか、模擬戦こそ勘弁して貰ったが魔法を見せろと試射場に引きずり出されるわ、人前で抱きついて撫でろと強請られるわで、クロノが『……恩はあるけど苦手なんだ』とつぶやいた一言に頷かされていた。

 しかし猫素体の奔放さは彼女たちの魅力でもあり、駄目だと断じることもできない。

 

 しかし実力は本物で、使い魔ながら魔導師ランクSの保持は伊達ではなく、近年は第一線を退いた提督の命を受けてあちこちの部隊へと教導や支援に出向いていると聞く。

 

「それにしても、珍しいですね。

 お店に来て貰えるのは嬉しいですけど……」

「いつもみたいに技術部でも良かったんだけど、私的な依頼だからね。

 これ見て」

「あ、はい。

 失礼します」

 

 仕事絡みとあれば、アーベルだけでなく彼女も態度が変わる。

 データを流し見れば、デバイスパーツの仕様書らしい。

 

「氷結特化のストレージ・デバイス、そのコンデンサー部分ですか……」

「他は大体用意できたんだけどね。……って言うかさ、お父様のデバイスの予備部品を主体に組んでるらしいけど、あたしはそこまで詳しくないのよ」

 

 わかんにゃいと呟いて、クッキーをつまんだリーゼアリアである。

 

 

 

 コンデンサーはキャパシター、エミッターと並んでインナーパーツでも魔法の発現に関わる主要な回路の一つで、コア、プロセッサ、ストレージで構成される制御部に対して駆動部と呼ばれていた。

 

 その中でもコンデンサーはキャパシターが受け取った使用者の魔力を一時的に蓄積、命令に応じて魔法発動部分であるエミッターへと受け渡す役目を担っている。容量は大きければ大きいほど魔法の行使が安定するのだが、術者の力量に見あわないほど大容量のコンデンサーは制御と安定に少なくない魔力を割かねばならずロスも大きい。使用者やデバイス全体のバランスを鑑みて、適度な容量のパーツを使用することが望ましかった。

 

 ……ところが示されたデバイスの仕様書は、単独属性対応どころかたった一種類の魔法───『エターナル・コフィン』と言う名のオーバーS級広域凍結魔法───の行使に特化することを要求している。

 

 ただ、そのこと自体はそう不思議でも不自然でもない。個人で所持しても使いものにならないだろうが、部隊単位で使用するなら前衛がつくから、オーバーS級の大魔法を詠唱行使する時間を確保することも十分可能だ。

 技術部でも時に扱っていたが、単独行動の多い執務官や捜査官が使うデバイスと、武装隊の隊長陣や火力担当が求めるそれにはかなりの差があることをアーベルは十分に学んでいた。

 

 

 

「魔力運用効率は局標準のデバイスに比べてさえ、ちょっとどころでなく落ちそうですけど、まあ、なんとか出来ると思います」

「おー、流石は第四技術部の秘蔵っ子!」

「ただですね……」

 

 当たり前だが、普段から慣れ親しんで扱っているデバイスのパーツとは言え、ここまで特殊な仕様だと改造にも時間が掛かるしその費用も並品の非ではない。

 

「ん?

 お財布なら大丈夫。

 お金の話は聞いてないよ」

「……では、全力で見積もりを出しますね」

「はあい」

 

 既に用意されているキャパシターやエミッターから必要なコンデンサーの性能を概算で求め、クララから各種カタログを呼びだして仮の仕様を決定する。

 能力優先、予算の限度無しという注文はそうそうあるものではない。

 

 半時間ほどかけてアーベルが仕上げたのは、エース級魔導師のデバイスに使用される大容量コンデンサーを並列二系統で運用、専用の統御プロセッサを追加して魔導砲などに使用される同調器を接続と、ある意味化け物とも呼べるコンデンサーだった。

 

 それを基本に試案を四つほど作成し、一番高い見積もりに技術料や製造費用以外のマージンを見込んだ上乗せ───アーベルの直感では、試案のままでは確実に赤字が出そうだった───を行うと、正式な受注書を作成してリーゼアリアに示す。

 

「メーカーに仮発注して在庫を抑えましたから……そうですね、半月ほど作業時間を下さい」

「半月後ね。

 ん、りょーかーい」

 

 ひらひらと手を振り、紅茶ご馳走さまーと一声残してリーゼアリアは帰っていった。契約された金額に比べれば随分と軽いノリだが、彼女たちにしてみればいつも通りなのだろう。

 

 部品だけなら在庫さえあればメール一本で届くが、ここからがアーベルの腕の見せ所である。

 

「届くまでに、設計だけは済ませておくか……」

 

 早速店の営業表示を半休作業中に切り替え、クララと連動したデバイスパーツ設計システムのプログラムを立ち上げる。仮想空間内で動作のシミュレートまでできる優れ物で、技術部に置いてある同種の装置より一世代半ほど古いモデルだが、動作が遅い他は私製改造で補っていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 それから約半月。

 アーベルは管理局出勤日以外の時間をコンデンサーの改造に当てることで、この大仕事をやり遂げて見せた。

 当初の仮案では予定していなかった魔力整流器を追加したり、正式な設計に手を着けると同調器の能力に不安が出てもう一ランク上のものに変更したりと、よくあるトラブルはいくつか発生したが、所定の能力を仕様通りに発揮して納品出来る状態になればこっちのものである。

 

 仕上がったパーツを取りに来たリーゼロッテ───リーゼアリアの双子の姉妹───から『ついでだ仕上げろ』と言われて仮組みされたデバイスを手渡されてしまったが、これはまあサービスである。

 

 アーベルがプログラムに手を入れたことで全体の運用効率は0.5%向上、安全動作域も少し広がったが、本来の設計者が誰かと言うところまでは解らなかった。むしろアーベルがその程度しか手出しできなかったということから、当初の設計段階で相当練り込まれていたと言うことが伺える。

 

 手出し出来たのはコンデンサ周りの制御を本体コアの余剰処理能力───本来ならば第一戦級のインテリジェント・デバイスに使うコアを単能型ストレージ・デバイス仕様に調整してあったので余力がある───で補助するように変更した部分のみで、情けない話だがコンデンサー部分の能力不足を別種の方法で補ったと言い換えられなくもない。

 

「ふうん、いいんじゃないの?」

「当初から動作が重くなるのはこれを設計した方もご存じ……というか、折り込み済みだったようですね。

 むしろ、重くなっても威力と封印効果の向上に魔力を割り振っている感じでしょうか?

 中隊支援用の重デバイスで、似たような物を見たことがあります」

「ああ、それに近いかもね」

「どちらにしても、このデバイス……いえ、『デュランダル』の活躍を祈ってますよ」

“Thank you, meister.”

「……うん、そうだね」

 

 若干寂しそうな顔を見せたリーゼロッテだが、ふるふると首を振ってアーベルに向き直った。

 

「ともかく、アンタはいい仕事したよ。

 あとは私たちの仕事だ」

「ええ、頑張って下さい。

 それから、ありがとうございました」

「ん?」

「これだけの大仕事、なかなか回ってこないですから。

 デバイス屋冥利に尽きます。

 グレアム提督にもよろしくお伝え下さい」

「ん。

 お父様も最近ちょっと忙しいし、本局にいないことも多いけど、ちゃあんと伝えとくよ。

 じゃあね、アンタも頑張んな!」

 

 ぺろりとアーベルの頬を舐めて、美人の猫娘は店を後にした。

 

「うん、いい仕事、か。

 ……ふふっ、クララもお疲れさま」

“はい、ありがとうございます”

 

 リーゼロッテを見送ったアーベルは珍しく彼女から褒められたことに気をよくしていたが、その年の暮れに起きたとある事件によって、この思い出は少々苦い記憶になってしまった。

 

 



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第七話「PT事件の関係者」

 

 アースラ帰還直後はアーベルもリーゼ姉妹から受けた依頼のため忙しかったが、クロノも事後処理やら何やらで追い込まれていた様子で、お互いに没交渉であった。

 

 公表されたプレシア・テスタロッサ事件───PT事件の内容は世間を大きく騒がせたし、アーベルもそりゃあクロノ達も忙しくなるかと溜息をつくに留めている。

 

 執務官はやはり大変そうだ。

 次元震があちこちで発生する中、SS級魔導師を敵に回して真っ正面から戦うような『お仕事』なのである。

 彼のS2Uはそんな状況でもよく頑張っているなと、半ば自画自賛のような感想を抱くアーベルであった。父が設計製作し、メンテナンスと改良を自分が引き受けているデバイスがそんな大事件の解決に一役立てたと思えば、感慨深い。

 

 そのクロノも忙しさに一段落ついたのか、予告無しに店を訪ねてきたのはアーベルがリーゼ姉妹の依頼を終えて数日後のことだった。

 

“マスター、クロノ・ハラオウン氏がご来店です”

「……来店?」

 

 普段は連絡を入れてくるにしても、最近は技術部で落ち合うかアースラで会うか、いっそアーベルの店ではなくレストランや本局内の喫茶室で話し込むことの方が多い。珍しいこともあるものだと、アーベルは検査槽を調整していた手を止めてカウンターへと出向いた。

 

「やあ、アーベル」

「久しぶり、クロノ。

 ちょっとは落ち着いたのかい?」

「まあな」

 

 クロノはともかく、後ろの二人につい目がいってしまう。予告無しの来店も珍しかったが、クロノがエイミィ以外の女性を連れているというのはなお珍しい。

 一人は金髪をツインテールにした小柄で内気そうな美少女、もう一人は赤毛の色っぽい美人……いや、犬耳と尻尾からして使い魔だろうか。

 

「それから……」

「ああ、アースラで預かっているフェイトとアルフだ。

 エイミィも後で来る」

「フェイト・テスタロッサ、です」

「フェイトの使い魔、アルフだよ」

 

 クララは同行者がいるとまでは発言していなかったので、アーベルは驚いていた。

 しかし『アースラで預かっている』となると、例の件で保護した少女なのではないかと想像がついたので、下手なからかいはやめておく。……よく見れば、上に羽織ったカーディガンこそ見覚えはないが、少女の服装は少し前にアーベルがブティックで購入した物だった。

 

「はい、こんにちは。

 マイバッハ工房本局支店へようこそ。

 クロノやエイミィの友達でこの店の店長、アーベル・マイバッハです。

 えーっと、簡単に言えば、デバイス屋さんかな」

「……デバイス屋さん?」

「うん。

 ああ、接客用じゃないけど、奥に休憩スペースがあるんだ。

 さ、入って入って」

「あ、ありがとうございます」

「お邪魔するよ」

 

 そういえばPT事件のTはテスタロッサだったなと思い至り、話題には出さない方がいいかと思案する。コーヒーを飲みに寄っただけだろうし、重い話題は触れないに限るだろう。

 

「クロノ、手荷物はいつものようにそっちの棚を適当に使ってくれていい」

「ああ、借りる。

 フェイトとアルフの袋も貸してくれ」

「うん」

 

 どこかで買い物……いや、彼女たちの生活用品なのだろう、アーベルにも見慣れた商業地区でも一番大きいショッピングモールの買い物袋だった。

 さも珍しそうにきょろきょろとバックヤードを見回すフェイトには、ここは修理や調整だけでなく、設計製造までするデバイス屋さんなんだと付け加える。

 

「クロノはいつものコーヒー?

 それともカリムお勧めの紅茶?」

「そうだな、今日はカリムのお勧めを貰おう」

「二人は何にする?

 コーヒーや紅茶が苦手なら、レモネードやホットミルクもあるよ」

「えーっと……」

「あたしゃホットミルクで!」

「ういー。

 カリムの紅茶にホットミルクね」

「えっと……」

“マスター、エイミィ・リミエッタ嬢がご来店です”

「了解、クララ。

 ……フェイトちゃん、決めにくかったらゆっくりでいいからね」

「フェイト、遠慮はいらない。

 お店だと思わず、僕やエイミィの友達の家だと思えばいい」

「……うん」

 

 緊張している彼女にそれは却って逆効果なんじゃないかと思いながら、店に出てエイミィを迎え入れ席に座らせる。四脚しかない椅子は全て埋まったが、元はと言えばクロノ、ヴェロッサ、エイミィ、自分───四人の駄弁り場が欲しいという理由で購入したものだったから、これは仕方ない。

 

 クロノはともかくエイミィまで制服のままで、ああ、ある意味仕事も兼ねているのかとアーベルは納得した。事件で保護された少女に、何らかの理由付けをして外の空気を吸わせにきたというところだろう。お人好し度なら、態度に現れるエイミィ以上のクロノである。

 

「あたしもカリムさんのお勧めで!」

「えっと、わたしも紅茶で……」

「はいよー、少々お待ちあれ」

 

 ミルクとお湯を湧かす間に手早く茶器を用意し、菓子皿に買い置きのクッキーなどを盛る。

 

「そう言えば、アーベルの仕事の方はどうなんだ?

 マリーからは最近忙しいらしいと聞いたぞ」

「大物は納品まで済んだよ。

 その間に溜まってた仕事は……まあ、なんとかなった」

「アーベルくんがそこまで忙しくなるって、結構凄いね?」

「ありがたい話だよ、ほんと。

 この調子で、営業の努力が成果に繋がってくれればいいんだけど……」

 

 リーゼ達やグレアム提督の名は出さない。

 いくら知り合い同士で彼らとクロノが師弟関係にあるとは言っても、顧客の情報を軽々しく漏らすようでは信用に関わる。守秘の義務は技術部だけでなく、店にも課せられるべきものだった。

 

「はい、お待ちどうさま」

「おー、いっただっきまーす!」

「あ、あの!」

「うん?」

 

 自分が座るために作業用の椅子を取りに行きかけたアーベルは、何やら勢い込んで立ち上がったフェイトに何事かと身構えた。

 

「あの、この服、ありがとうございましたっ!」

「……あー、うん、よかった。似合ってる。

 クロノをからかうダシに使ったようで悪かったね。

 今度はきちんとプレゼントさせて貰うよ」

「えっ……!?」

「よかったじゃん、フェイトちゃん!

 早速来週れっつらごー!」

「ゴー!」

「……」

 

 ダシに使われたクロノの溜息は、賑やかな彼女たちの歓声に隠れて聞こえなかった。

 軽くティーカップを掲げて労っておく。彼は小さく肩をすくめ、現状を受け入れることにしたようだ。

 

「今日はね、アーベルくんのお店をフェイトちゃんたちに教えておこうと思って、わざわざこっちに来たんだよ」

「お茶を飲みに寄ってくれるなら歓迎するけど……そうだ、フェイトちゃんはデバイスか個人端末は持ってる?

 僕が言うのも何だけど営業が不定期でね、連絡先を教えるよ」

「えーっと、今は、その……」

「アーベル、彼女は管理局の保護下に置かれている上にまだ裁判中なんだ」

「裁判中!?」

「そうだ。

 現状では、デバイスの所持はもちろん通信機器も持たせられないし、監督者なしに出歩くこともできない。念話を含めた魔法の行使も、許可が必要で制限されている。

 ただまあ、抜け道もあって……アーベル、これ」

「うん?」

 

 クロノが表示したウインドウには、保護観察児童更正協力者申請とある。

 アーベルは、軽く流し読みして頷いた。

 求められる仕事内容は、私的なものも含めて対象児童からの相談に乗ったり、監督者の行う更生プログラムに協力したりと云ったもので、一般的な地域相談員や初等学校の父兄互助会役員と大差ない様子だ。

 

「君も気付いているだろうが、フェイトはPT事件の関係者だ。

 そして僕は、いや、僕だけでなく母さんやエイミィ、アースラのスタッフも彼女を守ると決めて動いている。

 この裁判は、無罪に極めて近い保護観察で結審する方向に持って行くつもりだ。

 グレアム提督にも助力を願っているが、君にも一肌脱いで貰いたい」

 

 クロノの思惑に乗るのは少々癪だが、彼の真面目な頼み事を断る勇気などアーベルにはなかった。

 

 はっきり言って、覚悟が違いすぎるのである。

 

 それは得難い友人として心から尊敬できる部分でもあり、同時にアーベルには眩しすぎる光だった。

 ……それを認めるのが少し悔しくて、表情を隠すのに表示されたウインドウを読み進める内になんとなく彼の思惑に気付く。

 

「……つまり、専用端末もついでに用意しろと?」

「おー、さっすが話が早い!

 今はね、検察担当者どころか本局に出たクロノくんとの連絡にも、申請書出して一々アースラの通信士席通さないと駄目なんだ」

「一応、裁判も開始されたからな。

 管理局への奉仕活動による量刑の軽減を狙って嘱託魔導師の申請も行っているが、任務外でのデバイス所持や魔法行使の制限解除にはもう少し時間が掛かるだろう。

 だが民間の更正協力者として君が間に入ってくれれば、それを理由に端末だけでも持たせることが出来るんだ。

 僕やフェイトだけでなく、その他の関係者も助かる。仕事を減らすと思って頼まれてくれ」

「うん、今はちょっと面倒なんだよ」

「だ、だめだよアルフ、そんなこと言っちゃ。

 クロノやエイミィはわたしたちのために頑張ってくれてるんだから……」

「お願い、アーベルくん!」

「まあ、そういうことだ。

 ……何分かかる?」

 

 現在位置の発信と同時に、特定の関係者あるいは組織───この場合は事件担当であるリンディとクロノ、アースラ、保護監督者に内定したグレアム提督、裁判に関連する管理局内の各部署および専任者、それに加えてアーベル───との連絡のみに機能を限定した携帯通信端末を……引き受けるかどうかではなく、何分で用意できるかと聞きやがったかこの悪友めと、アーベルは内心で毒づいた。

 

 無論、既に気持ちは決まっているのだが。

 

「……2つで15分」

「早っ!?」

「こういう小物となると、相変わらず出鱈目だな、君は。

 請求書はアースラ宛で頼む。

 僕は先に書類を作っておく」

「はいよ」

 

 一度はテーブルに近付けた作業椅子を元の位置に戻し、端末作成作業の準備に入る。

 

「えーっと、フェイトちゃん」

「はいっ」

「通信端末の形なんだけど、ペンダントと指輪どっちがいい?」

 

 作業その物は単純であった。

 ワンオフデバイスの新造に比べれば待機状態と使用形態などを考慮する必要もなく、用途も通信に限定されるので魔力駆動部分も大幅に簡略化される。

 

 彼女の所持するデバイスに機能封印処置を施して代用することも出来無くはないが、クロノの申請する書類が機能を限定した端末を用意するのに比べて数倍に膨れ上がることは想像に難くない。……更に申請が通っても、その作業を行い事後に戻すのは恐らくアーベルになる。通信端末を新しく作る方が、余程気楽で手間も掛からなかった。

 

「……ペンダントで!」

「アルフもお揃いでいいかな?」

「うん」

 

 店に在庫されている待機形態パーツからデザインがシンプルで可愛いものを選び、作業台にセットして十を越える数のナノハンドを同時に操作、不用なパーツを取り除いていく。デバイスとは違ってコアさえ必要ないし、回路上で余計な魔法の行使が一切出来ないようにしておかないと、クロノの悩みが増えてしまう。

 

 数ヶ月保てば十分すぎるかと駆動部に魔力電池と一般回線を利用する通信機器、サーチャーに使う広域座標発信器を手元に揃え、それぞれ必要な調整を施してから組み込む。あとはそのへんに転がっている適当なプロセッサとメモリを用意して必要なプログラムをクララから引っぱり出して読み込ませ、動作確認を済ませれば出来上がりである。

 

「クロノ、こっちは準備が出来たから、登録する連絡先のデータをクララに送って」

「わかった。……よし」

“受信、完了しました”

 

 アーベルは実際に約15分で仕上げたが、レディメイドの外装に指定のパーツを設計通りに組み込んで作るようなストレージ・デバイスだと、新たなプログラムを組み込む必要もパーツを改造する手間もなく、B級成り立ての経験浅いデバイスマイスターでも同じ時間で三台は組み上げられる。設計図が用意されていてパーツと道具が揃っているならば、デバイスの組立はプラモデルか知育用のブロックと大して変わらない。

 

 では何故にA級B級C級とランク分けされ大人の仕事として成り立つのかと言えば、全ての魔導師が同じ部品、同じプログラムで構成された画一的なデバイスを使わないからだ。

 クロノのような執務官とアーベルのような技官、あるいは、同じ戦闘魔導師でも砲撃魔導師と近接魔導師。全てに対応するデバイスはないし、高いレベルでバランスがとれていたとしても、それは同時に相当高価な品になってしまうだろう。

 

 プログラムの調整に始まって、規定難度の組立、修理、整備、検査が出来れば取得できるC級B級までとは違い、A級では用途や使用者に合わせた新規の設計を行えることが最低条件で取得難度が極端に上がった。

 その上で、使用される魔法や術式に合わせたプログラムの調整や新規作成、設計段階では考慮されていなかった新たなパーツの組み込み改造、製作も含めた幅広い仕事を要求される。それに見事応えてこそ一流のデバイスマイスターだと、アーベルは心に刻んでいた。

 

「はい、フェイトちゃん、アルフ」

「ありがとうございます。

 ……あ、レイジング・ハートみたい」

「レイジング・ハート?」

「えっと、と……友だち! レイジング・ハートは、大事な……友だちの、デバイスです」

「ちょっと似てるかねぇ」

「ああ、同じ赤系統だし、そういえば似てるな」

「そうだね」

 

 アーベルにしてみればコアを模した貴石をヘッドにしたただのペンダントにしか思えないが、彼女たち、特にフェイトには思い入れのある形なのだろう。

 だが偶然にしても喜んで貰えた様子で、アーベルとしても嬉しい限りである。

 

 



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第八話「アースラのお姫様」

 

 フェイト達と知り合って数ヶ月。

 彼女は未だ裁判中の身で、アーベルの店に来る時はアルフと共に誰がしかをお供にやってくる。

 

 フェイトは変わらずアースラ預かりとあって、巡航パトロール時も乗艦して艦内に留め置かれていた。事件の規模や背景を考えると、今はまだ誰かに預けるわけにもいかないと判断された様子である。

 そのうちに付いたあだ名が『アースラのお姫様』とは言い得て妙だが、アースラのスタッフ───『従者』達も進んで傅いている有様だった。

 

 フェイトはまだ9歳、素直で可愛い上にどことなく頼りない。

 皆が気持ちよく世話を引き受けていることも知っていたから、リンディ提督もそのようなあだ名がついても放置しているのだろう。……いや、彼女はアースラを城に喩えれば『女王様』で、聞いた話を総合すると誰よりも率先して猫かわいがりしている様子だった。

 ……今もアルフを対面に押しやってフェイトの隣に座っているが、アーベルには愛娘の世話を焼きたくてしょうがないお母さんという風に見える。

 

「何か言いたそうね、アーベルくん?」

「いいえ、何でもありませんよ、リンディさん。

 ……それでフェイトちゃん、さっきの続きだけど、嘱託魔導師試験が近いんだっけ?」

「うん。

 クロノに模擬戦の相手を頼んで訓練してるんだけど、一昨日なんか、いつの間にかバインドがそこら中に仕掛けてあって……」

 

 フェイトは最近、控え目な性格は相変わらずだが少しづつ年頃の少女らしい明るさが見え始め、関係者となったアーベルも皆と同様にほっと一息をついていた。

 

「ディレイド・バインドはクロノの得意技だもんなあ」

「フェイトがぐるぐる巻きにされちゃったよ」

「試験のとき慌てないようにって色々教えてくれるんだけど、ぜんぜん勝てないんだ」

 

 アーベルの煎れたミルクティーを飲みながらぷくーと膨れている様子は、確かに可愛い。妹が出来たようで、保護欲もそそられる。……その向かいで、クッキーの代わりにドライタイプのペットフードを齧っているアルフは、少しシュールだが。

 

「周りにも気を付けるようにって、注意されちゃった。

 ね、今度アーベルにも訓練してほしいんだけど、いいかな?

 クロノに聞いたんだけど、アーベルは士官学校の先生なんだよね?」

「あー……先生と言えば先生なんだけど、僕は戦技教官じゃなくてデバイスの先生だよ」

「えっ!?

 そうなんだ……」

「もちろん、フェイトちゃんのデバイス───バルディッシュのことなら相談に乗るよ。

 マリー……ああ、マリエル・アテンザ技官と違って正規の局員じゃないから技術部には週に一回ぐらいしか行かないけど、あっちにも一応籍を置いてるし」

「あれ!?

 でもヘンだねえ。

 あたしゃクロノがこてんぱんにされたって聞いたよ?」

「……えっ!?」

 

 そちらは聞いていなかったらしい。

 点目になったフェイトも可愛いなと、お兄ちゃん気分でほっこりとする。

 

「せいぜい相打ちだよ。それに今はもう何やっても勝てないだろうなあ。

 そうですよね、リンディさん?」

「ふふ、せっかくだから、見せてあげたら?」

「えーっと……」

「アーベル、見てみたいけど……だめかな?」

 

 お姫様にねだられては仕方ない。

 

 クララから記録を呼びだし、画面をフェイトに向けてやる。アーベルも十分にフェイトの従者を自任していた。

 

「アーベルちっちゃい……」

「もう4年も前だからね。

 まだ身長が伸びる前だったかな」

「そう言えばアーベルって幾つなのかな?」

「今16歳だよ。

 エイミィと同い年でクロノの2つ上だから、フェイトちゃんの7歳年上になるのかな」

「クロノも今よりちょっとちびっこかね?」

「クロノはまだまだ伸びるはずだよ。

 身長の割に、今でも僕と手の大きさが変わらないんだ」

「へえ……」

「そうねえ、クロノのお父さんも背が高かったわ」

「そうなんですか?

 あ、スティンガーレイだ!」

 

 小さな手をぎゅっと握って画面に見入る少女に、笑みを向ける。

 

『アーベル君』

『なんですか?』

『フェイトさんね、事件の最中にお友達が出来たの。たぶん、フェイトさんにとって人生で最初のお友達でしょうね』

『なのはちゃん……でしたっけ?』

『ええ、そうよ。

 でもなのはさんは管理外世界の在住で、今の状況だと裏技的な小細工をしないと手紙のやり取りも出来ないわ』

『……』

『嘱託魔導師になれば、反省および奉仕の意志有りと見なされて裁判が結審するまでの時間も短縮できるし、その後は保護観察処分を受けていても、申請を出せば管理外世界への渡航……そうね、迷惑を掛けた人達への謝罪とでも理由を立てれば、出来無くはないかしら。

 だからフェイトさんは、本気で頑張っているのよ』

 

 合間に届いたリンディからの念話に、ふむと頷く。

 

 フェイトを取り巻く複雑な状況は、更正協力者が把握すべき事柄としてアーベルにも知らされていた。

 

 フェイト・テスタロッサは表向き、希代の大魔導師にして研究者であったプレシア・テスタロッサの『娘』であったとされている。

 『産みの親』という言葉は間違ってこそいないが、正しくはない。プレシアがプロジェクトF.A.T.E.と呼ばれる記憶転写型クローン生産技術───違法研究によって作り出した実の娘アリシア・テスタロッサのクローンこそが、フェイトなのである。

 その上で彼女は、植え付けられたアリシアの記憶を『産みの親』から逆用されて歪んだ忠誠心を引き出され、手駒のように扱われて虐待を受けつつもPT事件の実行犯として活動をさせられてきたと言う。

 

 首謀者であるプレシアは死亡しているが、フェイトが自分の行動の全責任を負うべきとは思えなかった。無罪とは言えないだろうが、何も知らずに親の言葉が正しいと思いこまされ犯罪の片棒を担がされていた子供がいたとして、その罪を果たしてどこまで追求すべきかはアーベルにもわからない。

 だが法律に詳しくないアーベルでも、これは流石に情状酌量の余地はあるだろうと思うのに十分だった。

 

『もちろん、応援はしますよ。

 フェイトちゃんほんとに一所懸命だし、クロノが本気で入れ込んでますからね。

 ……職務に忠実な振りして取り組んでるけど、案外あいつ、妹が出来たみたいで喜んでやってるんじゃないかなって思うんです』

『あら、アーベル君はフェイトさんのお兄ちゃんになってあげないの?』

『お兄ちゃんだと、躾や教育にまで気を配らないといけませんからね。

 真面目で口うるさい兄貴が二人もいたら、フェイトちゃんが可哀想ですよ。

 僕はまあ、親友の妹分として甘やかすつもりです』

『……そうね。

 恋愛はもう少し先でしょうけど、今のフェイトさんには家族愛と友愛が大量に必要よね』

 

 リンディは執務官経験を持つ提督でもあるが、成熟した女性、そして子を育て上げた母親でもあった。

 意味深な溜息が、念話越しにも聞こえてきそうだ。

 

 画面に視線を向ければ、両者ノックアウトで墜ちていくアーベルとクロノが映っていた。

 

「どうだった?

 クロノはともかく、僕の方は参考になったかどうか微妙だけど……」

「ありがと、アーベル。

 クロノもすごかったけど、アーベルもすごいんだね。

 知らない魔法がいっぱいだった。

 ……もっといっぱい勉強しなきゃ」

「しっかし……アンタも割とえげつないんだね?」

「この模擬戦、二人とも正真正銘の本気だったんだよ。

 似たもの同士気にくわなかったのかなって今は思うけど、完全に頭に血が上ってたっけ」

「この時ね、ほんっとに面白かったのよ」

「ちょっ、リンディさん!?」

 

 若気の至りとは言わないが、児戯じみた行動を大人───それも親たちに見られていたという点では、恥ずかしさも倍増する。結果はともかく、その経緯はどう言い繕っても子供の喧嘩としか言い様がなかった。

 

「あら、いいじゃないの。

 フェイトさんも聞きたいでしょ?」

「はいっ!」

「……」

「あれはちょうどクロノのデバイスを新調しようかしらって、技術部に出向いた時ね。

 アーベル君のお父さんはクライド……クロノのお父さんと仲が良くて、クロノとアーベル君も仲良くなるかなって思っていたんだけれど、気が付いた時には殴り合いの喧嘩になるんじゃないかってぐらい二人とも睨みあってたの。

 でもね、一緒にいたアーベル君のお父さんといつ止めに入ろうか念話してたのに、この二人ったら、口論しながら書式も手続きも完璧にこなして試射場の予約とって模擬戦の準備を始めだして……喧嘩してるのに、そんなところは二人とも冷静なのよ。

 しばらくしたら、そのちぐはぐさが、すごくおかしく思えて……。

 模擬戦のあと、すぐに喧嘩友達から親友になっていたのもちょっと面白かったかしら」

「アーベルとクロノは、喧嘩して友だちになったの?」

「……結果だけ見れば、そんなところかな」

「うふふ、その辺はやっぱり男の子よねえ……。

 でもバインドして砲撃してその後仲良くなってって、誰かさんみたいよね、フェイトさん?」

「あう……」

 

 フェイト・テスタロッサの大事な友達、高町なのは。

 名前だけは幾度も聞かされているので、既に覚えている。

 バインドして砲撃……彼女たちの友情はそんな漢らしいきっかけで始まったのかと、今度はアーベルの方が目を丸くする番だった。

 

 ちなみに数日後行われた嘱託魔導師試験では、クロノが模擬戦の相手を勤めたようである。

 フェイトの実力はAAAランク、それに合わせた高ランク魔導師をそうそう呼びつけるわけにはいかないともっともらしい理由が付けられていたが、アーベルは単なる過保護だろクロノお兄ちゃんと口にして少々重い拳骨を貰う羽目になった。

 

 

 

 しばらくして聞いた話だが、クロノらの勧めで基礎教育と社会勉強を兼ねてなのはと共に陸士訓練校に放り込まれたフェイトは、色々と厳しい現実を学んだという。

 

「アーベル、訓練校の先生ってすっごく強いんだよ。

 なのはと二人でも全然勝てないんだ……」

 

 それは仕方ないよと、アーベルは頷いた。

 

 管理局は、慢性的な人材難に喘いでいる。

 次代の戦力育成に力を入れるのは当たり前で、その要である訓練校の指導陣に優秀な人材が投入されていることもまた、必然であった。

 

 



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第九話「緊急徴用条項・特例Ⅱ-A」

 

 

 彼女なら大丈夫だろうと周囲も太鼓判を押していたが、フェイトは無事に試験を終えて管理局の嘱託魔導師として登録された。

 一歩前進ながら、裁判終了まではこれまでと同様、PT事件の重要参考人としての立場は変わらない。そのままアースラ預かりとなった彼女は、巡航パトロール時はクロノのお手伝い、本局では裁判と、以前より少し忙しくなった。

 

「アーベルさん、こんにちは」

「いらっしゃい、ユーノくん」

 

 その裁判も大詰めであるが、アーベルの周囲ではPT事件の証人として本局に呼ばれた少年ユーノ・スクライアが店に来るようになったぐらいで、大きな変化はない。

 

 ユーノは民間協力者としてPT事件に関わっていたが、重要参考人であるフェイトのような拘束義務が科せられているわけではないので、時折訪ねてきてはアーベルの仕事を眺めて興味の向くままあれこれ質問をしてくる。

 

 彼はスクライア一族と総称される発掘技術者集団の出身で、フェイトと同い年の子供ながら責任のある立場を任されていたのだが、その発掘品が宇宙船の事故で第97管理外世界にばらまかれ、PT事件の発端となっていた。

 もっとも、この事故も後になってプレシア・テスタロッサによる次元跳躍攻撃が原因と立証されていたから、ユーノが管理責任や職務不履行を問われているわけではなく、フェイトの罪状の軽減を狙ってクロノが呼びつけただけらしい。

 

「ああ、今日はフェイトちゃんだけ呼ばれてるんだっけ?」

「はい。

 フェイトはクロノが中央の司法部に連れていきました。

 クロノに言われた書類は用意できたんで、僕は一足先に解放されたんです」

 

 なかなか理解力のある少年で、弟子でもとるなら彼のような相手がいいなとアーベルは密かに思っていた。しかし彼はミッドチルダにある魔法学院を飛び級で卒業した英才の上に、既にロストロギアの発掘責任者を任されるほどであったから引き抜くわけにも行かない。

 

「今日は来客の予定もないから、ゆっくりしていって。

 本局は遊ぶところが少ないからなあ……」

「いつもごめんなさい」

「ふふ、気にしなくていいよ。僕も話し相手が居ると楽しいし。

 クロノに責任をとらせたいところだけどフェイトちゃんの裁判も大詰めだし、彼が忙しいとエイミィにしわ寄せが行くのはいつものことだから」

 

 判決はもう少し先になるが、公判はあと少しで終わると聞いている。

 

 アーベルも先日、フェイトが友達───高町なのはと手紙越しに知り合った彼女の友人達───に宛てて、もうすぐ会いに行けることを知らせるビデオレターを送るというのでそれに付き合わされていた。……何せお姫様の頼みを断ることなど出来ないので。

 ちなみにユーノはフェレット姿で出演させられていた。なんでも向こうでは事件中に負傷して回復と魔力の節約の為にずっとその姿で生活していたおかげで、ペット扱いをされていたのだと言う。

 

 第97管理外世界『地球』は、アーベルにしてみれば少し不思議な世界だった。魔法技術が皆無で質量兵器が全盛、100を優に越える国々が一惑星の表面に割拠する割に、メンタリティなどは随分とミッドチルダに近い。聞けばミッドチルダも含めた次元世界への移住者も皆無ではなく、その子孫は管理世界に溶けこんで暮らしているし、驚くべき事にクロノの師匠筋でアーベルも幾度か会ったことのあるギル・グレアム提督の出身世界であった。

 

 食文化や作法なども国ごと地域ごとに多種多様らしいが、理解不能なほどにかけ離れてはいない様子である。現地でしばらく暮らしていたフェイトによればシュークリームはこちらで食べる物より美味しく、クロノの話だとコーヒーはアーベルの興味を惹くだろうほどの逸品が随分と安価に提供されているという。

 

 そんな世界に在住する少女たちへのビデオレターであるから、アーベルもデバイスマイスターとして紹介されることはなく、クロノの友人で機械修理工と名乗らされていた。

 

「暇だったら、デバイスでも作ってみるかい?」

「……いいんですか?」

「同じ暇つぶしでも、何か目標があった方が楽しいんじゃないかな?

 ユーノくんなら、フェイトの裁判が終わるまでにC級ぐらいは余裕で取れると思う」

 

 弟子獲得は半ば諦めていたが、興味ぐらいは持って貰えれば嬉しいなあと、アーベルは教本とともに、雑多な在庫の中から使えそうなパーツを探し始めた。

 

 しかし困ったことに、ユーノはアーベルの予想を遙かに上回って出来過ぎる少年であった。

 彼は読書魔法と呼ばれる文書情報を解析する魔法を駆使して僅か数分でそれなりの厚みがある教本を読み終え、呆れるアーベルを後目に今はもうパーツを手に取ってあれこれと見比べている。

 幾つか質問をして理解が及んでいることを確認したアーベルは、驚きつつも納得せざるを得なかった。

 

 だが、そうであれば話は早い。

 

「クララ、管理者権限行使。

 クラーラマリアはユーノ・スクライアを限定ユーザーとして認証。

 期限は現時刻より新暦65年11月末日まで」

“了解しました。

 ユーノ・スクライアを限定ユーザーとして認証します”

「えっ!?」

「うちの店で何かやろうとすると、クララ───クラーラマリアが使えないと何一つ出来ないように設定してあるんだ。

 席を交替しよう。こっちに座って」

 

 彼は間違いなく一流の人材だ。

 納期が明日となっている目の前の仕事よりも、ユーノの才能の方に興味をそそられたアーベルである。

 ……彼が帰った後、徹夜するぐらいは構うまい。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 結果から言えば、ユーノはB級デバイスマスターに十分合格できる勉強までは済ませたが、試験日が合わず資格を得ることは出来なかった。それこそフェイトの裁判が優先されるので、暇つぶしの延長を越えて彼に強要をするわけにもいかない。

 

 それでも11月中には公判が終了、判決を翌日に控えた12月1日の夜、アーベルはクロノからの通信を受けていた。

 これまでも帰港の合間に公判が行われる過密スケジュールだったが、クロノもこれで一つ肩の荷が下りるだろう。

 

『あとは判決を待つばかり、なんとか無事に済みそうな感触だ。

 色々と助かったよ、アーベル』

「まあ、協力した甲斐はあったかな。

 フェイトちゃんやユーノくんと知り合えたのは大きいよ。

 あの二人、伸びるだろうねえ……」

『そうだな。

 もう一人の高町なのはもすごいぞ』

「そうなのかい?

 まあ、フェイトちゃんが嬉しそうに話すぐらいだから……」

『君には話していなかったかもしれないが、なのはは砲撃魔導師として希有な才能を持っている。

 魔法を知ってたかがひと月で、収束砲撃を使いこなしていたんだぞ』

「……最近の子供はすごいな」

 

 アーベルが9歳の頃と言えば魔法学院の初等部に通っていたあたりで、まだまだ子供だった。

 もう家を出ることは決めていたが、A級デバイスマスターの資格も取れていなかったように思う。A級はB級C級とは一線を画する難易度で、『歩合制』の小遣いとにらめっこしつつ、勉強のためにデバイスのパーツを買い集めたりしていただろうか。

 

『君も一度会うといい。

 フェイトはこちらに居ることの方が多いだろうから、彼女もそのうち遊びに来るだろう』

「ああ、楽しみにしているよ」

『じゃあ、また明日にでも』

「うん、夜は空けておく」

 

 フェイトとユーノは結審後、即日第97管理外世界へと渡航するのだという。

 裁判終了お疲れさまパーティーは、彼女たちが帰還した後の予定だった。

 無論、フェイトがなのはに会いたいが為にこの数ヶ月間頑張っていたことは、皆知っている。裁判に忙しいフェイト本人やクロノに代わり、周囲は手土産なども用意して送り出す準備の方に余念がなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 当事者不在でも軽い食事会ぐらいはしようかと、クロノを労う意味も込めてエイミィ達と予定を立てていたアーベルは、残念ながら肩すかしを食らうことになった。クロノどころかフェイトやユーノにも連絡が取れず、これは何かあったかと思案する。

 アースラは本局に停泊しているはずだったが、そちらも作戦行動中の表示が出て取り次いで貰えない。

 

 これはどうかしたなと首を捻りながら店のシャッターを降ろし、アパートに帰る途中になってようやくクロノから通信が入った。

 

「クララ、繋いで!」

『アーベル、僕だ。クロノだ』

「何があったんだい?

 アースラにも連絡が取れなか───」

『説明は後だ。

 アースラ所属の執務官クロノ・ハラオウンは緊急徴用条項の特例Ⅱ-Aを行使し、第四技術部所属の嘱託技官アーベル・マイバッハ二尉相当官に協力を要請する。

 頼む、すぐ第四技術部に向かってくれ』

「……緊急事態なんだな?」

『そうだ。

 詳細は向こうで聞いて欲しい』

「わかった、すぐ行く」

 

 日頃から少しの無茶は通してくるクロノだが、筋の通らない理不尽はしないことをアーベルはよく知っていた。

 そのクロノが緊急徴用条項の特例Ⅱ-A───クララに調べて貰うと、期間制限無しの強制徴用であった───と、滅多なことでは通りそうもない強権を持ち出すとあってはただごとではない。

 

 自分に対する緊急徴用が正式に発令されていることを確認したアーベルは、すぐさま第四技術部へと向かった。

 

 



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第十話「ペットは飼い主に似る、デバイスは使い手に似る」

 

「嘱託技官アーベル・マイバッハ、出頭しました!

 主任、状況はどうなっていますか?」

「お疲れさま。

 急に呼び出されて驚いているだろうが、私たちにも寝耳に水でね」

「アーベルさんよかったぁ、来てくれたぁ……」

 

 直属上司である主任とマリーはこの場にいたが、他にも数名いるスタッフは姿が見えなかった。机の様子から出勤していることは知れたが、既に散っているらしい。もう夜も遅いのにご苦労なことである。

 

「さて、何処から説明したものか……。

 アーベル君、最近起きていた魔導師襲撃事件のことは知っているかい?」

「いえ、初耳です」

「ふむ。

 10月頃からかな、幾つかの世界で魔導師ばかりを狙った、似たような事件が連続していてね、これはもしかして横の繋がりがあるのかと管理局が注目し始めたのが、つい先日だ」

「流石にミッドチルダでは起きていなかったらしいですけど、管理外世界を中心に割と沢山の魔導師が襲撃されたとわたしも聞きました。

 でも……」

「うん、マリー君の言うとおり。

 そしてつい先ほどだ、第97管理外世界でも同様の事件が起きた」

 

 アーベルの眉が跳ね上がった。

 第97管理外世界とはまた、穏やかではない。

 予定では今日の昼下がり、フェイトとユーノがそちらに向かっているはずだった。

 

「その時にちょっと困ったことが発覚してね。

 ……ハラオウン執務官からは開示許可を得ているが、これは部外秘どころか特秘の扱いになるので君も覚悟してくれ」

「はい」

 

 怪我人はいるのか、事件はどうなったのか、聞きたいのをぐっと我慢して主任の目を見つめる。

 

「襲撃犯は、闇の書と思われる魔導具を所持していたそうだ」

「!!!」

 

 第一級捜索指定遺失物───ロストロギア『闇の書』。

 

 闇の書は、危険極まりないロストロギアの中でも、もっとも有名且つ凶悪な物の一つに数えられる。

 

 転生と暴走と破壊を繰り返しては悪夢を振りまく謎の存在で、正確な正体は今ひとつ不明ながら暴走した魔導機械か魔力思念体か、あるいは術者を食い殺した融合型デバイス───現代では喪われた技術で、術者と融合して変換資質や希少技能の行使さえサポートするというある意味究極のデバイス───とも言われるが定かではない。

 知られているのは、守護騎士と呼ばれる魔法生命体が当代の主人に付き従い魔力の収集を行うこと、彼らの行使する魔法が失伝したものも含め古代ベルカ式魔法であること、そして収集された魔力が一定量に達すると破壊の力を存分に発揮すること。記録には、完全破壊が不可能とさえ記されている。

 

 アーベルも、闇の書について全く知らぬ訳ではない。マイバッハ家は、古代ベルカ式デバイスも扱う家柄だ。古代ベルカの魔法についても知識としては学んでいるし、本式のベルカ式魔導師───騎士に比べれば数段落ちるが血筋の助けがあってか行使出来無くはなかった。工房で修理された騎士団のデバイスのテストなどで、幾度も試したことがある。

 

 ……付け加えるならば、前回の闇の書事件で親友クロノの父クライド・ハラオウンが犠牲になったことも、アーベルは知っていた。

 

「技官たる君たちが直接相対するわけではないだろうが、闇の書のことを念頭に置いて、くれぐれも注意深く行動して欲しい。

 君たちのバックアップが前線の局員を支えるのは、何があろうと変わりないからね」

「了解です」

「それからアーベル君の緊急の召集についてだが、そちらはマリー君に任せてある。

 彼女もハラオウン執務官から指名が来ていてね。

 マリー君、第162武装隊の件は私が引き受けた」

「お願いします、主任。明日の朝、こちらに来て貰えるそうです」

「了解だ」

「じゃあアーベルさん、早速ですけど402号に」

「わかった。

 主任、失礼します」

 

 402号───四階に20ほど並んでいるメンテナンスルームの2号室───への道すがら、マリーから説明を受ける。

 

「私たちは今後、無期限でアースラの指揮下に入ります。

 主な任務はアースラチームを支援する専属デバイスマイスターですが、アースラが得た闇の書のデータを解析することも任務に含まれています」

「そっちがメインかなあ。

 技術部から2人も投入するなんて、普通じゃないよね」

 

 マリーは正規の技官で、アーベルと同じくA級デバイスマイスターの資格を持っている。マイスターとしては譲れないが、研究者としてはアーベル以上でデバイス以外の技術にも強い。確か彼女は、総合技術資格であるメカニック・マイスターの資格も持っていたはずだ。

 

「それで早速指示が来ているんですけど……」

 

 402号室には、検査槽内で自己修復モードに入っているデバイスが待ち受けていた。

 どちらも酷い状態だ。

 

「こっちはフェイトちゃんのバルディッシュだね。

 もう一つは?」

「第97管理外世界の魔導師、高町なのはちゃんのレイジング・ハートです」

「ああ、彼女の……」

 

 両デバイス共に許容量以上のダメージを受けたのか、待機状態ながらひび割れや欠けが目立つ。アーベルの良く知る『普通』では、これほどの損害を受ける前に術者が倒れるか、あるいは……死ぬかするところを、この二つのデバイスの持ち主は耐えたのだろう。

 

 フェイトたちのことは心配だが、術者死亡ならデータのサルベージを命ぜられるから、最優先で修理が命令されるということは術者が無事であることに他ならない。安心材料が増えてほっとする。

 

「バルディッシュの方はこちらにも詳細なデータがありましたから、アーベルさんが来る前に主な予備部品を揃えてあります。

 レイジング・ハートは簡易検査のデータしかなかったんで、最低限の自己修復完了を待っての再起動後ですけど……」

「不安定なままだと下手なスキャンもかけられないか。

 どのぐらいで終わりそう?」

「持ち込まれたのが1時間ほど前ですから、最低あと30分ぐらいはかかると思います」

「こっちの機械ははやいなあ……」

「中古でも個人で検査槽持ってるアーベルさんのが羨ましいですよ」

 

 アースラからの最初の命令は、これら二つのデバイスを可及的速やかに修理せよということらしい。今の内に休憩するかと、アーベルは留守番をマリーに任せ、席を立った。

 

 購買部で簡単な夜食を仕入れて402号室に戻ると、ユーノとアルフが訪れていた。彼らもこの大騒ぎに関わっていた……というか、事件の当事者だった。

 

「そんな強い相手と戦闘に……」

「はい。

 それでフェイトは軽い怪我で済んだんですが、なのはの方が重傷で……」

「リンカーコアだっけ?

 なのははそれを抉られたのさ」

「抉る……?」

「こう、ぐっと手で胸を突き破ってさ。

 まったく、酷いことをするもんだよ!」

 

 闇の書は魔力収集を行うにあたり全く以て直接的な方法をとるのだなと、改めて陰鬱な気分を引き出される。

 

「マリーさん、修理にはどれぐらい時間が掛かるんですか?」

「実作業時間なら、丸一日と少しかな」

「そんなに早いのかい?」

「わたし一人じゃ無理だけど、アーベルさんも居るからそのぐらいよ?」

「うん。

 自己修復が発動するっていうことは、コア周り───制御系の一番重要な部分が無事っていうことなんだ。これでかなり手間が省ける。

 それにバルディッシュの方は局に詳細なデータがあるし、レイジング・ハートも……まあ、ミッドチルダ式だから極端な手間にはならないよ。

 駆動部とアウターフレームは痛みが激しいけど、ハードウェアの問題なら指定の部品を手順通りに調整して交換するだけだからね。

 ともかく、君たちも───」

 

 扉が開き、クロノたちが現れた。

 クロノと目を見交わし、互いに頷く。

 

 その後ろには手に包帯を巻いたフェイトと、彼女と同い年ぐらいの医療衣を着た少女、高町なのは。

 彼女のことは、記録映像とフェイトを通じて知っている。

 

「アーベル、済まないな」

「クロノ、状況は聞いた。

 それと、予定では遅くとも明後日の早朝には両デバイス共に退院出来るよ」

「よかった……」

「なのは、もう起きても大丈夫なのかい?」

「ユーノくん、心配掛けてごめんね。

 もうリンカーコアの回復も始まってるし、身体の方は大丈夫だからしばらくすれば元通りになるんだって」

「よかったよ、ホントにさ」

 

 少女達はそれぞれのデバイスに労いの言葉を掛け、アーベル達にも頭を下げた。

 軽く自己紹介などを交わし、デバイスの状況を伝える。

 

「アーベルさんもマリーさんもありがとうございます」

「バルディッシュとレイジング・ハートのこと、よろしくお願いしますっ」

「うん、もちろん。

 それが僕たちの仕事だ」

 

 じゃあねと手を振り、ブリーフィングがあるという彼らを送り出すと、402号室には静寂が戻った。

 

「二機とも再起動に入ったね」

「はい。

 アーベルさん、レイジング・ハートをお任せしてもいいですか?」

「任された」

 

 マリーも十分にエキスパートだが、クララによる補助がある分、解析作業とその処理はアーベルの方が早い。バルディッシュのデータは既にあるので、アーベルがレイジング・ハートを引き受けるのは当然だった。

 再起動が終わり動作の安定を確認すると、補助系に接続して情報を受け取る体制に入る。

 

“レイジング・ハートとの接続状態、良好です”

「整備者権限は通常の手順で通りそう?」

“現在リクエスト中……通りました”

「よし!」

 

 クララを介することで最低限の情報のやり取りが可能になると、駆動部は破損が激しいので後回しにして、先ずは傷みの少ない制御系の修復必要部分を確認する。

 レイジング・ハート側でも状況は把握しているのか、数系統ある処理系のうち、重い負荷を受けたプロセッサの交換を先に要求してきた。

 インテリジェント・デバイスは、高度な自己判断力と人格を有している。特に経験を経たコアを持つデバイスは、アーベルが思うに人と大して変わらない。

 デバイスも人をからかうことがあるし、マスターに声援を送ることもあれば、冗談や皮肉さえ口にした。

 

「ついでだ、プロセッサは同系統の新機種に交換しておこう。

 処理速度が早くて負荷に強い分、若干消費魔力が多くなるけど……。

 クララ?」

“マスター、レイジング・ハートは問題ないと言っています”

 

 駆動部との接続を完全に切っているので、今はクララ越しに確認をするしかない。

 プロセッサに続いてレイジング・ハートは外部記憶メモリの一時的接続を要求、クララの未使用領域を利用してエラーの発生したメモリ内にあるデータを整理し始めた。

 こうなるとこちらでやることがなくなるので、アーベルは必要になりそうな駆動系のパーツをリストアップしていく。

 両者一段落ついて破損したメモリやストレージを交換、負荷で焼き付いた情報伝達系を修復すると、彼女の制御系周辺は本来の機能を取り戻した。

 

“レイジング・ハートは再起動処理を要求しています”

「了解、再起動を許可」

“レイジング・ハート、再起動に入りました”

 

 しかしアーベルが次の作業に取りかかろうとした時、思わぬ問題が発生した。

 

 経験を積んだコアを持つインテリジェント・デバイスは、人と変わらない反応を示す。

 それはデバイスマイスターだけでなく、魔導師の間でもよく知られた事実だった。

 

「アーベルさん、あの……どうしましょ?」

「マリー、バルディッシュもかい?」

 

 両機ともに『とある要求』をアーベル達に突きつけると、これ見よがしにエラーコードを吐いて見せた。

 

 ……よくペットは飼い主に似るなどと言うが、デバイスにも時に頑固者やへたれ、猪突猛進と言うような、人柄を表す形容が似合うほど人間くさいコアに成長することがある。

 特に一癖も二癖もあるエース級準エース級の魔導師が持つデバイスには、その傾向が強い。

 

 クララ越しに幾つか質問してみるが、レイジング・ハートは不退転の構えを見せている。

 

“マスター、彼女たちは本気です。

 私からもお願いします。

 本当に必要な作業であると、私は判断します”

「……」

 

 クララを先に説得するとは……。

 マリーも呆れて溜息をついているが、アーベルの方こそ突っ伏したいところであった。

 

「……クロノに聞いてみる」

“ありがとうございます、マスター”

 

 返事は立派だしマスターの意を汲んだ風にも見えるが……。

 

『どうしたんだ、アーベル?

 ブリーフィングは終わったから今は大丈夫だが……』

 

 ……アーベルはクララに対し、クロノに連絡するよう直接命じたわけではない。

 

 うちのクララも組み上げてから早10年、立派に一人前かと大きな溜息をついて、もやもやを心の内に隠す。

 

「クロノ、こちらで問題が発生した。

 レイジング・ハートおよびバルディッシュ側からの提案もあって、両機に機体構造の強化と改造を施すべきと判断したんだけど、状況的に大丈夫かな?

 3日ほど見て欲しいんだけど……」

『3日なら問題ない。

 なのはもまだ完治には時間がかかるし、数日はフェイトも含めて休養と準備に宛てるつもりだった』

「ん。

 あと、予算がちょっとしたものになりそうなんだけど、闇の書対策の一環ってことで何とかならないかな?」

『……どのぐらいだ?』

「下手をすると、君のS2Uが新造出来る」

『おいっ!?』

「まだ正確な見積もりもできていないんだ。

 詳しい仕様書はまた後で送る。

 ……頼む」

 

 いつになく厳しい目を向けられたが、アーベルの表情に説得は時間の無駄と判断したのか、それとも闇の書を相手にするという意味をアーベル以上に理解しているのか、クロノは了承を告げて通信を切った。

 

 



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第十一話「システムCVK-792」

 

 

「わたしは組み込み予定のパーツを調整していきますから、そちらはお願いしますね」

「うん。

 制御プログラムは引き受けた」

 

 レイジング・ハートとバルディッシュが『だだを捏ねた』結果は、当然アーベル達にしわ寄せが行く。

 それでも一流のマイスター2人と一流のデバイス3機が知恵と情報と処理能力を結集したおかげか、半時間ほどで仮の設計を終えた。後は臨機応変……と言えば聞こえはいいが、行き当たりばったりである。

 

“You are the reliable meisters.(あなた方は信頼できるマイスターです)”

“No problem.(何の問題もありません)”

“私のマスターなら大丈夫です”

「……愛されてますね、アーベルさん」

「……マリーもね。

 さあ、頑張ろう。時間勝負だ」

「はい!」

 

 まずは破損個所の中でも部品の交換で補う部分と、新機構に合わせて新規に追加する部分に分け、マリーが手を着けていく。

 

 デバイスたちの主張する改造案には、相当な無理があった。本局技術部の倉庫を探して必要なパーツが足りないなど、冗談にもほどがある。

 

「もう滅茶苦茶ですよね」

「クロノのやつ、闇の書の話抜きに未来予知かなんかで僕を呼んだんじゃないかと思えてきた」

「あはは……」

 

 そこはまあ、補う手がないわけでもない。

 

 アーベルは時計を無視して実家に連絡を入れた。

 時間は夜中の3時を回っていたが、そこは今更気にしても仕方がない。

 

『久しぶりだな、アーベル。

 こんな夜中に連絡してくるとは、何があった?』

「父さん、急にごめん。

 今、局の方が大騒ぎになっててさ……。

 ちょっと急ぎの注文をお願いしてもいいかな?」

『まあ、構わんが……』

 

 父ディートヘルムは元局員でアーベルと同じ技術部の所属であったから、この手のことには理解が早い。

 

「じゃあ早速。

 CVK-792A用の予備マガジンCVK-792A6Mが5つ、CVK-792R用のスピードローダーCVK-792R6Sを5つ、同カートリッジCVK-792C12が最低60個、これは出来ればありったけ。

 あと、魔力封入機関連も揃ってると嬉しい」

『おいアーベル!?

 お前……』

 

 流石に父は専門家だけあって、型式名称を告げただけで反応が変わった。

 

「あとでメモを送るね。

 ……続けるよ。

 同じく円環魔法陣形成補助ユニットMRC-H2Aの型番2242以降を1つ、魔力刃用整流安定器Ba1624か26を揃いで4つ、それから魔導砲用の強制冷却システムでクラスDの新品があればそれもお願い。こっちで見つけたのはどれも一世代前の中古だったんだ。

 ともかく、一番大事なシステムCVK-792AとシステムCVK-792Rは魔力チャンバーやコンバーターまで含めて技術部に一式あったんだけど、肝心のアクセサリーが持ち出されちゃってたみたいで足りなくってさ……。

 うちの倉庫なら、たぶんあるよね?」

『……』

「S級のデバイス2機に、カートリッジ・システムを取り付けなきゃいけないんだ」

 

 システムCVK-792シリーズは、カートリッジシステムと呼ばれる圧縮魔力運用機構の一種で、その中でもエース級デバイス向けの大口径タイプでは最新に位置する一連の試作ユニットである。

 単発式のCVK-792S、箱形弾倉を持つCVK-792A、リボルバー構造のCVK-792Rが試作され、今年に入って静地試験が開始、現在は実装テストが続けられている。

 

 但し、問題も大きい。

 通常のデバイスは基本的に術者由来の魔力を使用して各種魔法を行使するが、カートリッジシステムでは魔力を圧縮したカートリッジを使用することによって、術者本来の魔力量を越えた強力な魔法を使用することが出来た。

 

 しかしながら元は古代ベルカ式魔法体系で利用されていたものをミッドチルダ式に応用したもので、アームドデバイスと呼ばれる非常に堅牢なデバイスでの運用が基本となっていた。それを半ば無理にミッドチルダ式のデバイスに流用しようとしたため術者およびデバイス本体への負担は大きく、暴発事故も多発したことから未だ試作品あるいは色物の域は出ていない。

 

 現在でも改良は続けられているが、小口径にしてカートリッジへの封入魔力量を減らす、余剰魔力強制排出機構を装備するなど、結局は最大の効果である魔法威力を減じる方向でしか改良が進まず、不安定さも相まって現状のまま実用するには少々不安が残っていた。

 かと言って威力の低い中口径汎用カートリッジ───こちらはCVK-792シリーズとは違って一般武装隊用の普及型───では、安定性は確保できてもエースの実力をフルに生かすことにはならず悩ましい。

 

 カートリッジシステムの使用を前提とした近代ベルカ式魔法および同型式のデバイスに於いても同様で、こちらも正式な実用化にはもうしばらくの時間が必要であった。同級のミッドチルダ式を上回る魔法攻撃力の獲得を期待されているものの、希望者を対象とした各種試験や試作機を使用したデータの収集が続けられている。

 

「ごめん、父さん。

 もう仮の予算も通ってるんだ」

『……』

「それから請求書は第四技術部じゃなくて、アースラ宛にして欲しい」

『待て、リンディさんも絡んでいるのか!?』

「うん。

 一時的にだけど、僕の上司はクロノになったよ」

『クロノ君もか……』

「父さん、とにかく大至急でお願い。

 特急料金上乗せ可で出来れば今日中、最悪でも明日の朝納品で」

『わかった。

 ……後で説明して貰うからな?』

「規定の守秘期間が開けたらね」

『フン、お前で駄目ならもっと上に聞くさ』

 

 父がわかったと言えば、それはもう何とかなると言うことだ。

 通信が切れてふっと息を吐けば、マリーが驚いたような顔をしている。

 

「さっきの方がアーベルさんのお父さん……近代ベルカ式魔法体系の基礎をまとめ上げたって言う、ディートヘルム・マイバッハ上級技官なんですよね?」

「本人が言うには、有りものを適当に切り張りしてたらなんか出来たってことらしいよ。

 研究は父さんが入局する前から進められていたし、ある程度形にしたのは父さんだけど今も発展途上だし……。

 三年前ほどに爺ちゃんが引退宣言して、工房の方に呼び戻されちゃったからね。元々聖王教会からうちの家に管理局への技術協力要請があって、跡を継ぐまでって約束だったらしくてさ。

 今でも協力体制は続いてるから聖王教会も管理局も問題にしてないんだろうけど、割と好き勝手やってたみたいで、最初は僕まで腫れ物扱いだったよ」

「伝説、残ってますもんね。

 わたしが入局したときにはもう管理局を去られていましたけど、色んな意味で尊敬してます」

「僕はほっとしているよ。

 親としてはともかく、間違っても同じ職場の上司には持ちたくないタイプだ」

 

 雑談はここまで、後はともかく仕事を進めるしかない。

 アーベルは技術部のライブラリにアクセスして、カートリッジ・システムの情報を呼びだした。

 手元にも関連資料は幾つかあったが、閲覧が制限されている資料はこういう緊急事態でもないとアーベルのところまで降りてこないのである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「兄さん、持ってきたよ!」

「おー、ゲルハルト!」

 

 翌日昼前……とは言っても二人とも寝ていないが、待望の注文品が到着した。

 台車を押してやってきたのはアーベルの弟、ゲルハルトである。

 管理局から出された正規の依頼に対してならば、マイバッハ工房の名前を使って少年が技術部に出入りすることは十分に可能だった。

 本人は兄を驚かそうと黙って来たつもりのようだが、無論、来客があれば連絡ぐらいはきちんと届く。

 

「ありがとな。……前に会ったときより随分でかくなったな?」

「そりゃ3年もすればぼくだって大きくなるよ!」

「弟さん、ですか?」

「うん。

 マリー、紹介しておくよ。

 僕の弟、ゲルハルト。

 今年初等部卒業した……んだよな?」

「うん、そうだよ。

 はじめまして。

 マイバッハ工房本社取締役特機部本部長、ゲルハルト・マイバッハです」

 

 

 

 ゲルハルトは12歳とクロノよりもまだ幼いが、これでも立派な会社役員だ。

 古代ベルカ式デバイスの整備適正を持つと同時に、彼はマイバッハ家の次々期当主でもあった。世情にあわせて企業の形態を取ってはいても、先代が会長、親方が社長、親族が役員、徒弟が社員と、良くも悪くも同族経営のデバイス工房である本質までは変わっていない。

 それでもゲルハルトは子供らしい人当たりの良さと祖父仕込みの技術力を発揮しているらしく、そこをマイバッハの看板が後押しして営業成績も社内トップクラスだと家族からは聞いていた。

 

 ……跡目を継ぐ弟の目の上のたんこぶになっては困るとアーベルが独立を決めたのは、アーベルが初等部一年生の終わり頃、ゲルハルトが3歳の時だ。

 適正無しの自分が正嫡として一族をまとめる当主に収まるよりは弟に継がせた方がいいなどと、この歳にして大人顔負けの───同時に子供っぽい思い込みも多分に含んでいる───判断を下した理由は、実に些細なきっかけだった。TVで兄弟が玉座を巡って争う歴史大河ドラマを見て、これは絶対に嫌だとアーベルは考えたのである。

 

 後にそのことを聞いた家族からは考え直せと言われ弟にも泣かれたが、その時にはもう初等部卒業前であったし、自分の力で何かやってみたいと少年らしい独立心に溢れていた上に、元より独立開業を目指して歩合制のお小遣い───子供時分、『家の手伝い』をすると仕事内容に応じた報酬を貰えたのだが、アーベルは当時既にA級デバイスマスターの資格を持っていた───を貯め込んでいたから、誰も止められなかったのだ。

 なんとか家出同然の出奔を引き留めようと家族は一致団結し、手は出さない代わりに店の名前には『マイバッハ工房』の名を冠すること、しばらくは管理局に所属して父の元で嘱託技官として仕事をこなすことを約束させられたアーベルであった。

 

 

 

「本局第四技術部のマリエル・アテンザです。

 お兄さまにはいつもお世話になっています」

「……マリー、お兄さまとか心臓に悪いからやめてくれ」

「えー!?

 お世話になってるのは本当ですし、初対面の弟さんに失礼じゃないですか」

「仲いいんですね。

 ……兄さん真面目なのはいいけど無口な方だから、心配してたんだよ」

「いや、仕事中は無口になるのが当たり前だろう。

 ところで、頼んでたものは揃った?」

「えっとね、専用の魔力封入器は工房になかったから、それ以外は」

「……そっか。

 まあ、ないなら仕方ない。こっちでなんとかする」

「大変だったんだよー。

 急ぎって言うから朝一番のリニアに乗ったし……」

「そう言えば、一人で来たのか?」

「技術部の入り口まではうちのお弟子さんたちについてきてもらったよ」

 

 駄弁ってばかり入られないので、早速到着した注文品を確認していく。

 

「へえ、車載魔導砲用の冷却器か」

「父さんが呆れてたよ。

 まさか兄さんに持って行かれるとは思わなかったって」

「父さんがカートリッジ・システムの研究続けてるのは知ってたからなあ。

 そっち方面に使える都合の良さそうな機材やパーツ、絶対手元に握ってると思ってたんだ」

「すごい読みだね」

「まあ、ともかく助かったよ。

 ほんとに急ぎの仕事だから相手もしてやれなくてごめんな。また今度遊びに来いよ」

「兄さんこそ。

 母さんとお爺ちゃんお婆ちゃんも、たまには戻ってこいって」

「ん。

 ごめんって言っといて」

「……しょうがないなあ」

 

 絶対だよと約束させられたアーベルだが、今はそれどころではない。

 納期の締め切りはあと62時間ほど、のんびりはしていられなかった。

 

 



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第十二話「Cartridge-powered」

 

 

 揃った部品をチェックしてマリーが調整と改造を加えていく間に、アーベルはカートリッジの使用に対応した魔力運用プログラムの製作に取りかかった。

 基礎的なデータが揃っていても、レイジング・ハートやバルディッシュのようなワンオフ機では個体差が激しすぎて自動調整で誤魔化せる範囲を超えている。

 

「クララ、D系統の調整が終わったら、2S07から2S14までのバイパスをもう一度シミュレーターにかけて魔力流量の適正値書き換えて」

“了解です”

「アーベルさん、バルディッシュの仮組み終わりました!」

「お疲れ、マリー。

 レイジング・ハートの方は制御系のシミュレートと調整にもう少し時間かかるから、えーっと、35分ぐらい仮眠取っていいよ。

 バルディッシュは一旦再起動、その後クララから共有分の術式制御プログラムをロードして」

「お言葉に甘えますぅ……」

“Yes, sir.”

 

 結局、納品の約束までは約12時間を余したところで、両機の修理改造そのものは概ね完了した。

 あとは実際に使ってみるしかない。

 

“Check of the system was finished.(システムチェック、完了です)”

“It was completed it without trouble, too.(こちらも問題ありません)”

“レイジングハート『・エクセリオン』、バルディッシュ『・アサルト』、両機ともに完調状態であると宣言します。

 お二人ともお疲れさまでした”

「はうあうあー……」

「お疲れさま。

 ……っと、ちょっと士官学校まで行って来るよ」

「へ?」

「昨日のうちに気付いてたんだけど、このカートリッジ、魔力が未封入なんだよね……。

 システムの試験もしておきたいし、ちょっと魔力貰ってくる」

 

 ワンオフ機ならではの問題で術者が居なければ本格的な試用試験もできないが、最低限でも両機一度づつはカートリッジを使用した魔法の行使を行う必要があった。実射を行えれば、術者の手に渡る前にかなりの修正がデバイス側で行える。インテリジェント・デバイスの強みは、この様な場面でこそ発揮されるのだ。

 

 それにしても、である。

 闇の書に対抗するのはいいけれど、これじゃあどちらが魔力を集めているのやらと、アーベルは頭を掻いた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 士官学校で手すきの教官や生徒を集めて協力を得たアーベルは、協力者各人のデバイスにカートリッジ運用プログラムを展開し、人海戦術でカートリッジへの魔力封入を行った。

 

 出来れば充電器のような型式の魔力封入装置にカートリッジをセットして自動で充『魔力』したかったのだが、技術部で見つかった関連機材は魔力駆動炉直結用のコネクター部分のみで、肝心の魔力封入装置や変換器が持ち出されていたため、このような事態になってしまっている。自作、取り寄せ、持ち出された先との往復、どれも時間が掛かりすぎると判断せざるを得なかった。

 

「うわ、ほんとに魔力吸ってる!」

「マイバッハ教官も面白いものを持ち込まれますな。

 初めて眼にしましたよ」

 

 カートリッジシステムはまだ一般には出回っていない特殊な試作品とあって、皆も興味津々の様子であった。……当たり前だがここは士官学校、新技術や新装備にはとりあえず目を通しておきたい人種が沢山いる。頭を下げて回らなくても、勝手に人が集まった。

 

「ふむ、この作業は確かに疲れるが、将来はこれが日常になるのかもしれませんね」

「魔力のロスはあれども、戦闘時にまとめて使うと考えれば戦力は確かに増加しますな」

「噂には聞いているが、実際どうなんでしょうなあ」

「教官、これでいいんですか?」

 

 おかげで試射場へと出向く頃には、授業時間中にも関わらず人集りが出来ていた。

 

 アーベルでは持て余すこと必至だが、レイジングハートとバルディッシュは仮マスターとして試用試験を許可出来るのはアーベルまで、マスターの直接指示でもない限り他の術者には触らせないと宣言している。

 ……信用されているからには応えねばならないのだろうが、こちらは仮眠2時間の3日目半、もうどうにでもなれという気分だった。CVK-792系のような大口径高威力型でなく、せめて中口径の汎用型ならここまで投げ遣りになることもなかったが、両機が『これ』と型番まで指定してきたのだから仕方がない。

 

「マイバッハ教官、スフィアの準備調いました!」

「ありがとう」

 

 右手にはデバイス・モードのレイジング・ハート、左手にはリング・モードのクララ。

 正面には、大型のターゲットスフィアが浮遊している。

 

「レイジング・ハート、クララ」

“Clearance confirmation, all O.K.(安全を確認、行けます)”

“デバイステスター起動、システム同調しました”

 

 デバイスの同時二重使用など、専用設計の併用型でもない限り魔力運用効率が悪くなるばかりで普通はあり得ないが、試用対象のデバイスを主、データ収集を行うデバイスを従とする『二刀流』は、アーベルでなくとも魔力持ちの技官にはよくあるスタイルだ。魔力運用効率が下がっても仕事の効率が上がるなら、それは正解なのである。

 

“コントロールをレイジングハートに渡します”

“I have.

 Buster mode, Drive ignition.”

 

 レイジング・ハートの説明によれば、計算上では今回行うカートリッジ1発分の魔力を足した直射型砲撃魔法ディバイン・バスターよりも、彼女のマスター高町なのはの必殺技である収束型砲撃魔法スターライト・ブレイカーの方が、威力、射程、デバイスへの負荷、術者にかかる反動の全ての点で上回っている。

 シミュレータ上では100%でも、せめて試用試験ぐらいはこなしておかないと万全とは言い切れない。

 

「ディバイン・バスター、発射準備」

“Charge start.”

“リモート・センシング・スフィア、感度良好”

“......Load cartridge.”

 

 砲撃形態───バスター・モードに変形したレイジング・ハートはがしゃんと小気味よい装填音を響かせ、カートリッジをロードした。

 これまでに体験したことのない濃密な魔力が、アーベルの周囲を支配する。

 観客からは、アーベルの魔力光である紫色の光が急に輝きを増したように見えただろう。

 

“ノックバック・ガード、展開完了”

“Cartridge experimental program version 1.03, Stand by ready.(カートリッジ試射プログラムver.1.03、準備完了)

 Charge 100%, All clear.”

 

「……ディバイン・バスター」

 

“Divine buster, Cartridge-powered”

 

 レイジング・ハートが展開した数段の円環魔法陣から、破壊の奔流がほとばしる。

 アーベルの身体は、文字通り軋んだ。

 

「ぐはっ!?」

 

 適正を持つ砲撃魔導師でもなければこれはきついだろうなと、くらくらとする頭の片隅で考える。やはりクロノやレイジングハートの話通り、高町なのははすごいらしい。

 

 クララとレイジング・ハートが『相談』した結果、このぐらいの威力と反動ならアーベルにも耐えられるだろうと結論していたが、徹夜明け抜きにしてもこれはきつい。身体はだるさを増したが、眠気も吹き飛んでいたから実に妙な気分である。

 

「ふう……」

 

 魔力光が収まると、ターゲットスフィアは跡形もなく消滅していた。……どころか、目標背後にあって防御障壁魔法が何重にも施されているはずの試射場の壁付近で、自動修復システムが起動している。

 

 見物客からは、大きな歓声が上がっていた。

 カートリッジによって下駄を履かせたとは言え、推定Sランク───高町なのはの全力射撃状態に少しでも近付けるためチャージ時間を長めにとって魔力を振り絞り、そこにカートリッジ分の魔力を上乗せした───の大威力砲撃魔法などそうそう間近に見られるものではない。

 

“データ解析、終了しました。

 測定された値は予想範囲内、プログラムのオートブラッシュアップで対応できます”

“Exchange parts are in good condition.(新たに導入したパーツも良好です)

 I have a no problem.(問題ありません)”

「了解、ご苦労様。

 僕もちょっとだけ休憩させて貰うよ……」

 

 しかしアーベルの受難はまだ終わっていなかった。

 この後には、バルディッシュのカートリッジ試用試験が控えているのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 カートリッジへの魔力封入と試用を終えたアーベルは、部屋を出たときと全く同じ姿勢で居眠りをしていたマリーを主任に任せ、出張支度をはじめた。

 

 いや、贅沢を言えば自分も今すぐ寝たいのだが、既に第97管理外世界に闇の書事件対策本部を兼ねた現地出張所が設置されている。リンディを筆頭とするアースラのスタッフはもうそちらを活動の拠点としていたから、こちらで向かうしかなかった。なんでもアースラはドッグに入れられ重整備中らしい。

 クロノからは、アーベルは現地で技術サポートと情報収集の支援、マリーは本局でアーベルのバックアップを行う方針だと聞かされていた。

 

「じゃあ、気を付けて。

 こちらは任された」

「はい、行って来ます」

 

 見送ってくれる主任にも実質マリーが抜けた分のしわ寄せが行っているだろうに、しゃんとした様子で疲れは一切見せていない。

 

 アーベルは必要な機材とともにレイジング・ハートとバルディッシュを携え、第四技術部を後にして医療施設のある中央区画へと向かった。

 待ち合わせ場所に指定されていた休憩スペースには、診療を終えた高町なのはに加え、ユーノ、フェイト、アルフがアーベルを待っていた。

 

「アーベルさん!」

「お待たせして悪かったね。

 はい、二人とも」

「ありがとうございます!

 おかえり、レイジング・ハート!」

「おかえり、バルディッシュ!

 アーベルありがとっ!」

 

 マスターの手に戻されきらりと光って答えるデバイスたちに、ほっと息を付く。

 

 レイジング・ハートもじゃじゃ馬だったが、バルディッシュも相当な暴れん坊だった。

 

 ……特にザンバー・フォームでの斬撃魔法テストは、アーベルが近接武器に不慣れなせいと巨大過ぎる魔力刃が徒となり、ターゲット・スフィアと一緒に試射場の地面をまっぷたつに割る結果となった。危なく地面の下の構造材にまで届くところだったが、防御の施された壁と違って地面というものはやたらすっぱりと切れるのだと、アーベルは新たな認識を得ている。

 

「アーベルさん、眼の下の隈が……」

「まあ、いつもよりはちょっと多めに頑張ったかな」

「アンタ、寝てないのかい?」

「一昨々日みんなと別れてから、2時間ぐらいは寝たよ。

 とりあえずリンディさんたちに着任の挨拶して、それから寝るつもり」

「お、おつかれさまです……」

「うわぁ……って、あれっ!? 

 アーベルも地球に来るの?」

「えっ、フェイトちゃん、クロノから聞いてない?」

「うん。

 エイミィも、何も言ってなかったよね?」

「クロノのことだから、驚かそうと思って黙ってたんじゃないかな?」

「そう言えば、フェイトちゃんの転入も前の日まで秘密だったの……」

 

 あり得るなとアーベルは頷き、この子達もあの不器用な上にわかりにくい親友のことをよく理解してるじゃないかと微笑んだ。まあ小さな悪戯心とともに、本当に忙しいという状況もあるのかもしれないが……。

 

「ともかく転送ポートに向かおう」

「そうだね」

 

 平常業務中の転送ポートは、基本的に有料である。

 でなければ運輸業者や観光旅行者によって際限なく使用され、運用に破綻を来すことは目に見えていた。

 無論、今回の移動のように業務に使うのであれば、局員IDのチェックによって確認がなされ、手荷物検査をパスすれば片道分のチケットが発行される。

 

「マイバッハ二尉相当官殿、こちらのラゲッジは封印されていますので通関認証コードをお願いします」

「はい、本局第四技術部から持ち出し許可を受けています。

 IDを送りますので確認して下さい」

「……受け取りました。

 はい、問題ありません」

「ご苦労様です」

 

 ラゲッジにはロッカーに放り込んであった着替えなど私物の他に、未加工ながらレイジング・ハートとバルディッシュの予備パーツ、技術部内どころかミッドチルダになら持ち出しても問題にならない工具やデバイスの予備パーツが詰め込んであった。

 

 管理外世界への渡航ともなれば、技術拡散を警戒し、各種申請を通して持ち出し許可を必要とするものは多い。デバイスも登録されていれば問題ないが、無許可の持ち出しには罰則がある。

 検疫だけで持ち込める加工食品などはともかく、生物資源もこの種の移動制限が厳しいだろうか。逆に管理世界への持ち込みも、特に質量兵器とその技術などは全面禁止されていて管理局も目を光らせていた。

 

「……よかった、医者は居ないな」

「アーベル、お医者さん嫌いなの?」

「うーん、お医者さんって言うか、渡航検診がちょっと……。

 子供の頃家族で旅行に行ったとき、第何世界……だったか忘れたけど、ミッドチルダからの渡航者には、検疫施設で全身薬剤散布を受けさせるのが義務化されていてね。

 こう、狭い部屋に入れられて、プシューって霧状のお薬を全身に……」

「うわ……」

「そのあと、にがーい薬を飲まされたのも覚えてる。

 子供にも容赦ないんだ。

 今ならその意味も重要性も分かるけど、3歳の子供にはちょっとなあ……」

「にゃはは」

 

 第97管理外世界は文明の種類こそ違えど、管理局の渡航規定に触れる風土病などもなく、暮らす分にはミッドチルダと大して変わらないらしい。特に生活方面ではほぼ同じと、両者を知るユーノは言う。

 ……そう言えば、シュークリームとコーヒーが美味しいと聞いている。現地休暇があるのかどうか微妙だったが、食事休憩ぐらいは出来るだろうとアーベルも期待していた。

 

「さ、行こう」

「おー!」

 

 転送ポートの使用それ自体は、検疫や手続きに比べて非常に簡略化されていた。オペレーターから転送先を確認されて、頷けば荷物と一緒に一瞬で転送される。

 自前で次元転移魔法をつかうなら、映画に出てくるステレオタイプな呪術使の呪文のように長い座標指定と大きな魔力消費を要求されるから、機械任せの転送ポートは実にありがたい。それに許可なく使った時の始末書や調書の作成は、非常に面倒だった。

 

「どうしたの、ユーノくん?」

「エイミィさんからだ。

 みんな、ちょっと待っててね。

 ……はい、ユーノです」

 

 二つほどポートを経由して、中継ステーションで順番待ちをしているときだった。

 通信画面を開いたユーノは、エイミィと話し始めた。

 察するに、出発の連絡か定時連絡を忘れていた様子で、なにやら頭を下げている。

 しかしその表情が、急に真剣味を帯びたものに変わった。

 

「みんな大変だ!

 海鳴の市街地上空に例の敵が現れたって!」

「えっ!?」

 

 なかなかに気が休まる暇がないらしい。

 少女達同様、アーベルも顔を引き締めた。

 

 



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第十三話「異世界の少女」

 

 

「エイミィさん!」

「来た来た!

 今、武装隊が結界張って、クロノくんが押さえ込んでる!

 みんな、すぐ出られる?」

 

 闇の書事件対策本部───マンションを借り上げた第97管理外世界現地出張所───のオペレーティング・ルームでは、エイミィがアーベルたちの到着を待ちかまえていた。

 

「レイジング・ハート!」

“Stand by ready.”

「バルディッシュ!」

“Yes sir.”

「僕も大丈夫です!」

「あたしゃいつでも行けるよ!」

「よっしゃー!

 まとめて転送するからね!」

 

 この状況で着任の挨拶もないなと、アーベルは勝手に椅子を借りて座った。

 素人の自分が戦場に立つのはほぼ無意味である。職分が違う者は、邪魔をしないことが肝要であった。

 

「強装結界に問題は?」

『大丈夫です。

 今のところ妨害もありません!』

 

 眠い。

 だが勝手に仮眠を取るわけにも行かず、戦闘を見守っていると、リンディが顔を見せた。入れ違いで、本局に戻っていたらしい。

 

「お疲れさま、アーベル君」

「ご無沙汰しています、リンディさん。

 ……失礼しました。

 第四技術部機材管理第二課所属、嘱託技官アーベル・マイバッハ、只今着任いたしました」

「着任を認めます。

 ……って、酷い顔してるわね。眼の下が真っ黒よ。

 大分無理させちゃったかしら?」

「無理も仕事のうちですから」

「……はぁ、いいから寝なさい。

 あの子達が帰ってくるまで、どちらにしてももうしばらくあるわ。

 あなたのお仕事はそれからが本番でしょ?」

「すみません」

「こっちよ、ついてらっしゃい」

 

 リンディ自らに案内され、自宅よりも余程小じゃれた部屋に放り込まれる。

 

「なんだか上等のホテルみたいですね」

「疲れをとるのも仕事のうちだもの。

 生活環境に気を使うのも、戦力維持の秘訣よ」

「はい、お言葉に甘えます」

「それから……」

「はい?」

「今は見逃してあげるけど、起きたら必ずシャワー浴びなさい」

「……ごめんなさい。

 あ、それとリンディさん、クララを端末に繋げていいですか?

 僕の権限で閲覧できるデータを寝てる間に自動で収集してくれるはずなんで」

「それなら問題ないわ」

「お願いします」

“おやすみなさい、マスター”

 

 徴用命令を受け取った日から数えて都合四日、眠気覚ましにシャワーを浴びたのが48時間ほど前だっただろうか。

 しかし今は誘惑されるまま、目の前のベッドにダイブしたアーベルであった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「おはようございます。

 バスルームはどこですか……」

 

 久しぶりにじっくり寝たアーベルは、時間も分からないままオペレーティング・ルーム───今はリビングに戻されている───へと現れた。とりあえずシャワーを浴びなくてはと、回らない頭で考える。

 ……挨拶をしてくれたのはクララだけだったが。

 

“おはようございます、マスター”

「……おはよう」

“現在は現地時間午後2時32分、戦闘配置は解除されています”

「無事に終わったのかい?」

“はい、被害はありませんでした。

 フェイト嬢は学校、リンディ提督とアルフは交替待機で就寝中、エイミィ嬢はおられますが自室で報告書類を作成中です”

「そっか。

 クロノとユーノくんは?」

“お二人は情報収集のため本局へ戻られました”

「ん。

 ……クララ、とりあえずバスルーム教えて」

“はい、右手の扉を奥に進んで下さい”

 

 ざっくりとシャワーを浴び、アーベルはようやく一心地取り戻した。

 水まわりは現地のものをそのまま使っているようだが、完全な手動および水圧式であることを除けばミッドチルダに比べても遜色ない。地方の観光ホテルがレトロ調を狙って施した内装よりも、余程味がある。備え付けのバスタブが大きく深いのを見て、アーベルは実家の風呂を思い出した。

 

「おー、アーベルくんおはよー!

 ようやくまともになったね?」

「……まともというか何というか、とりあえず眠気は取れたよ」

「何か食べる?」

「そうだなあ……」

 

「お天気がいいから外に出るのもいいかもね」

 

 背後から声を掛けられて驚く。

 グレアム提督の双子猫の使い魔の片割れ、リーゼアリアだ。

 

「アリア、いらっしゃーい!」

「エイミィもおひさ!」

「こんにちは、リーゼアリアさん。

 もしかして僕と一緒でこっちの応援ですか?」

「そうよ。

 今頃ロッテはクロ助やフェレットくんと一緒に本局の無限書庫かな。

 あのフェレットくん、掘り出し物ね」

「探索のスクライアは伊達じゃないってところですか」

 

 流石に闇の書が関わっているともなれば、アーベルのようなバックアップスタッフだけでなく、直接的な増援も半端ではない。正に大盤振る舞いだなと溜息が出そうになる。

 Sランクだけでもリンディ提督、リーゼ姉妹、AAAがクロノ、フェイト、なのは、更にユーノ、アルフに加え、本局武装隊からカテゴリーA───完全充足かつ出動準備が常に調っている第一線級の実戦部隊───の精鋭が一個中隊と、大規模な次元犯罪組織を殲滅してもなお余裕がありそうな布陣であった。

 

「そうだエイミィ、昨日の戦闘はどうだった?

 被害はなかったとだけ聞いたけど……」

「いいとこまで行ったんだけどなあ……」

「リンディとエイミィが交替で寝てられるぐらいには、成果があったんでしょ?」

「うん。

 あ、もちろん誰も怪我してないし、レイジング・ハートとバルディッシュも絶好調だったよ」

「はあ……」

 

 確かにそのような状況でもなければ、留守役のエイミィがおちゃらけていられるはずもない。こう見えて、ムードメーカーでありながら締めるところはきっちり締めている彼女である。

 

「ま、昨日の今日だし、この世界での襲撃はないでしょ。

 パターン分析には掛けてるけど、割と慎重派みたいだし……」

「ダメージは与えたのかなあ」

「……どうだろねえ。

 ま、アーベルくんはお外でゆっくりご飯でも食べておいで。

 クロ助もまだ帰ってこないだろうし」

「じゃ、そうさせてもらいます」

「アーベルくん、駅前に翠屋っていう喫茶店があるんだ。お勧めだよー。

 クロノくん曰く、コーヒーが美味しいってさ。

 あたしはシュークリームが好きなんだけどね」

「じゃあ、そこにしようかな。クロノが前に言ってた店かも知れない。

 エイミィ、地図ちょうだい」

「はーい。

 そうだ、アーベルくん」

「うん?」

「あ、た、し、は、シュークリームが好きなんだけどねー」

「……はあ、了解。

 じゃあ行って……あ」

「どしたの?」

「あー、うん。

 現地通貨持ってなかった」

「毎度ありー。両替はこちらになります」

 

 管理外世界ながら、注意点は基本的に見て解るような魔法を使ってはいけないこと、出身地を偽ること───アーベルは現地にある国家ドイツの出身で、現イタリア在住の機械修理工という設定を貰っていた───ぐらいで、後は旅人らしくこちらのことはよく分からないと主張すれば大丈夫と、エイミィは笑顔である。

 ついでに第97管理外世界独特の注意点なども軽く聞き取り、クララにも現地の一般情報と翻訳魔法をインストールしてアーベルは現地出張所を出た。

 

「ほんとにミッドと大して変わらないなあ」

“魔法文明と次元航行技術が皆無なことを除けば、文化レベルが極端に違うということもありません”

「そうだクララ、以後は念話で」

『“了解です、マスター”』

 

 マンションから一歩出たのはいいが、眺めていても仕方がない。

 クララのナビゲートに従い、アーベルはゆっくりと歩みを進めた。

 

 すれ違う自動車が化石燃料式燃焼機関であったり電動機であったり、人々の服装は派手とも地味ともつかないがどことなくミッドに比べて違和感があったりと、それなりの異国情緒に溢れた街並みを満喫する。

 

『ふふ、ただの散歩なのに、なんか楽しい』

『“マスターの出身地であるベルカ自治区とミッド中央の方が、外観の差違があるかもしれません”』

『……しばらく帰ってないもんなあ』

 

 せめて通りに向けた表口のある店を構えてから凱旋したいとは、ずっと思っている。出来れば結婚なり何なり……とも思うが、エイミィがいるクロノ、シャッハとの仲が楽しみなヴェロッサと違い、親友三人組の中では今ひとつそちら方面では成果がない。

 

『おー、あの家なんかはミッドに建っていてもおかしくないかも』

『“建築様式は似通っているようですね。

 もちろん、魔導機器の反応は一切関知できませんが”』

 

 それなりに交流のある女性と言えば、技術部のマリー、ヴェロッサの義姉カリム、おまけでフェイト、それから……エイミィとシャッハぐらいだろうか。しかし前三者にしてもマリーやカリムは恋愛にはほど遠い友好的中立に近く、フェイトに手を出せばそれはもう犯罪だ。

 自分でも奥手だとは思っているが、焦っても仕方ない。父も結婚は二十歳過ぎだった。……まだ言い訳は十分出来る。

 

『あ、交通信号もわかりやすいなあ。

 これはクララに聞かなくてもわかる!』

『“……マスター”』

『なに?』

『“マスターの隣で信号待ちをしている少女が、先ほどからマスターを見つめています”』

『えっ……?』

 

 クララの指摘にそちらを見れば、右手に立っている白い服を着た紫髪の美少女が、じっとアーベルを見上げていた。静謐さと芯の強さを併せ持っていそうな顔立ちもアーベルの好みに近いが、残念なことにフェイトやなのはと同じ年頃に見える。

 

 それはともかく……不思議そうにしているところを見ると、エイミィは何も言っていなかったが、やはり異世界人のこちらには何か致命的な違和感でもあるのか。

 若干不安になってきたアーベルは背中に冷や汗が流れるのを感じつつ、取り敢えず首を傾げてみた。何とか誤魔化さなくては、色々と拙い。

 

「あ、あの……」

「はい?」

 

 翻訳魔法は現地出張所を出るときに起動してあった。短いセンテンスながら、無事に通じている様子だ。

 

「アーベルさん、ですよね?」

「えっ!?」

『“……ご実家、ご友人、仕事関係、管理局、全てのデータに該当者ありません。

 マスターとは初対面です”』

 

 クララは実に優秀だが、流石に四角四面過ぎるかと頭の片隅で考える。訪れたこともない異世界で知り合いがいないことは、確認するまでもない。

 

「あの、わたし、フェイトちゃんの友達で月村すずかです」

「……あ!」

 

 ……いや、例外があった。フェイトの友達なら、確かにアーベルの顔を知っていても不思議ではない。

 少し前にビデオレターへ出演して欲しいと頼まれて引き受けたことを思い出すと、アーベルは肩の力を抜いた。

 

「そっか、フェイトちゃんのビデオレターの送り先のお友達だったんだね。

 はじめまして、こんにちは。

 つい昨日から遊びに来ているアーベル・マイバッハです。

 どうぞよろしく」

「こちらこそ。

 それと、驚かせてしまってごめんなさい」

「僕の方こそごめんね。

 実は最近ちょっと忙しくて、お返事は見せて貰ってないんだ」

 

 アーベルの驚き方が面白かったのかくすくすと可愛く笑う少女に、頭を掻いて弁解する。

 これは本当のことだ。

 フェイトは嘱託魔導師になっていたし、裁判も大詰めだった。そこにきて闇の書騒動と、本当に暇がなかったのである。

 

「じゃあ、わたしの顔を知らなくて当然です。

 あ、さっきまでフェイトちゃんたちと一緒だったんですよ」

「へえ。

 ……ああ、もう学校の終わる時間だったね」

「はい。

 アーベルさんはお散歩ですか?」

「何か食べようと思って出てきたんだけど、ミドリヤ……だっけ?

 そこを教えて貰ってね」

 

 図書館に行くという彼女は、わざわざ寄り道して翠屋の見えるところまで案内してくれた。今日はいつもの友達が皆用事で忙しい───フェイトとなのはは昨夜の出撃もあって疲れているだろう───ので、一人の時間を過ごしていたそうだ。

 

「それで休み時間に質問攻めになって、フェイトちゃんが困っちゃって……」

「ああ、なんか目に浮かぶなあ」

 

 歳の割に落ち着いた子で、エイミィよりも大人びているほど……と言ってしまっては彼女に失礼かも知れないが、フェイトよりはお姉さんかもしれない。無論、フェイトにはフェイトの事情があるし、アーベルもそれを知っていた。

 

「ありがとう、すずかちゃん。

 じゃあ、またね」

「はい、アーベルさん」

 

 実はこの出会いが運良くアーベルを救っていたのだが、アーベルがそのことを知ったのはしばらく後になってからのことだった。

 

 



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第十四話「喫茶翠屋」

 

 

 すずかによって案内された先にはしゃれた喫茶店があった。表にはオープンカフェを持つ、それなりに大きな店である。

 

『“ここで間違いありません。喫茶翠屋と表記されています”』

『メニューの方もその調子で翻訳を頼むよ?』

『“了解しました”』

 

 かららんと扉を開ければ、店内を見渡す間もなく眼鏡を掛けた店員───彼女はエプロンを着けていたので店員とすぐわかった───に、声を掛けられる。

 

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「はい」

「カウンターでもおよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

 

 下校時刻と重なっているのだろう、客は制服らしい揃いの服を着た女学生が大半だ。

 クララによればこの国家ニホンではアーベルと同年代で働いている者はごく少数、18歳までは殆どの者がハイスクールに通い、その後も大学に進学することが多いらしい。

 

「こちらがメニューになります。

 あの……」

「はい?」

「もしかして、アーベルさん?」

「!?

 はい、そうですが……?」

 

 さきほどのすずかはともかく、一体これはどういうことかと驚く。

 彼女もフェイトの友達……にしては、歳が離れすぎていた。

 

「やっぱり!

 わたし、なのはの姉の高町美由希です」

「なのはちゃんのお姉さん!?

 ……あ、もしかしてフェイトちゃんのビデオレターですか?」

「うん! そうでーす!」

 

 友人のみならず、家族でも回し見たということだろう。

 フェイトからの便りが大事にされていることが垣間見られて、アーベルとしても嬉しい限りである。

 

「ははは、納得です。

 実はさっきもですね、偶然ですけど通りで声を掛けられて驚いたばかりなんですよ」

「へえ?」

「月村すずかちゃんです。

 信号待ちをしていたんですが、ビデオレターで顔を見た覚えがあったからって声を掛けてくれて、お店の手前まで案内して貰ったんですよ」

「あれ?

 でも今日は、すずかちゃんもアリサちゃんも見てないなあ……?」

「今から図書館へ行くって、すずかちゃんは言ってました」

「あー、それでかあ」

 

 話は弾むがお店の方も忙しいらしい。

 とりあえず、サンドウィッチのセットとオリジナル・ブレンドを注文する。

 

「アーベル君」

「はい?」

 

 今度声を掛けてきたのは、喫茶店のマスターだった。

 お客さん、ではなくアーベルと声を掛けてきたところを見ると、このマスターも誰かの親族か知人なのだろう。

 

「はじめまして。なのはの父、士郎です」

「え!?

 あ、はじめまして、アーベル・マイバッハです」

「……あれ?

 ここがうちの───高町家の経営だってこと、もしかして聞いてないのかな?」

「へっ?」

「というわけで、こちらが妻の桃子」

「こんにちは、アーベル君。

 なのはの母、桃子です」

「は、はい、こんにちは。

 よろしくお願いします」

 

 エイミィめわざと黙っていたなと溜息をつき、アーベルは士郎たちに、昨夜こちらに着いてさっきまで寝ていたこと、天気がいいから外にご飯を食べに行けとこの店を教えられたことなどを話した。

 

「ははあ、担がれたみたいだね?」

「そうみたいです。

 なのはちゃんのご実家だとは、誰も教えてくれませんでした。

 クロノ……ああ、僕の友人がコーヒーの美味しい店があると言ってて、フェイトちゃんやエイミィからもシュークリームがお勧めと聞いていたんで、お店そのものはなんとなく知っていたんですけど」

「まあ、そうだったの。

 リンディさんたちも、海鳴に来た時は必ず来て下さっていたのよ」

 

 ごゆっくりどうぞと差し出されたコーヒーに口を付け、目を見張る。確かにこの味とこの香りでこの値段はあり得ないぐらい安いなと、アーベルはじっくり楽しんだ。

 

 現地価格で税込み300円───先ほどエイミィに両替して貰ったが、円はニホンの通貨単位で、管理局が設定した為替レートに手数料込みだと1クレジットがおよそ1円───とのことだが、自販機やファミリーレストランのコーヒーならばともかく、同じレベルの物をミッドで飲もうとすれば1000クレジットでは到底済まないだろう。

 

 ミッドチルダは農業よりも、魔法科学や重工業に比重が置かれた世界だった。輸入品は当然、関税と運賃を上乗せされる。生活必需品ではないコーヒーやアルコール類のような嗜好品への関税率がおしなべて高いのは、何もミッドに限らない。

 ミッドでも工業的手法で生産された普及品だけでなく、農園で収穫して手作業で作られる高級嗜好品としてのコーヒーも生産されているが、農業世界の名産地にはやはりかなわなかった。

 

「ふう……」

『“気に入られたようですね?”』

『うん、当たりだ』

 

 運良くアーベルの好みからそう外れていないのもありがたい。良いコーヒーと一口に言ったところで、その種類は千差万別、そこに各人の好みが加わるので正解はなかった。

 

 お代わりはサービスだと聞いてもう一杯を貰い、ついでに食後のデザートにシュークリームを注文する。

 こちらも同じく税込み300円……にしては、これも中級以上のパーラーか洋菓子店でそれなりに支払わないと出てこないレベルだ。本職のパティシエにかなうはずもないだろうが、ヴェロッサはさぞ悔しがるに違いない。

 

 だがシュークリームを口にした後コーヒーを含んだアーベルは、更に唸らざるを得なかった。

 もう一口シュークリームを口に運び、充分に味わってから再びコーヒー。

 ……間違いない。

 

 シュークリームも食べ終えてコーヒーカップも空になったのに、しきりに頷いて感心したような態度のアーベルに、士郎が声を掛けてきた。

 

「どうかしたのかい?」

「……このブレンド、もしかしなくてもシュークリームに合わせてあるんですよね?」

「ほう?」

「ブレンドとシュークリーム……当たり前ですが別物なのに、合わせて一つというか、なんというか……」

 

 士郎の目が一瞬鋭くなり、ふむと頷いて破顔する。

 

「嬉しいことを言ってくれる。なかなかそう云った表現をされるお客さんは少ないが、正解だ。

 ブレンドにシュークリームはうちの定番だからね、とても気を使っているよ。

 アーベル君はコーヒー党かい?」

「はい。

 紅茶も好きですが、どちらかと言えばコーヒー党です。

 あの、士郎さん」

「何かな?」

「不躾で恐縮なんですが、士郎さんが常飲されている豆を、常飲されている煎れ方で飲ませて貰いたいんですけれど……駄目ですか?

 ものすごく気になって……」

「はは、それならお安い御用だよ」

 

 コーヒーを看板にしている喫茶店のマスターは、当たり前だがコーヒー党であることが多い。

 その上で、店の顔とも言うべきオリジナル・ブレンドは……一番のお勧めではあっても、様々な理由からマスター好みの一番でないこともあった。

 

 翠屋ならば、先ほどアーベルが気付いたように、店のもう一つの看板であるシュークリームと組み合わせたときにもっとも高いパフォーマンスを発揮するようブレンドされている。嗜好品であるコーヒーは人によって好む味が違うということを考慮すれば、客が美味しく感じることが一番であり、確かに一つの解答であった。

 しかしそれとは別にマスターが個人的に好む味というものもあり、好みに合う合わないは別にしてそちらは経験を積んだコーヒー巧者が辿り着いた味故に、正に個性が光るのだ。

 

 しばらく待っていてくれと厨房に向かった士郎は冷蔵庫から金属容器を取り出し、冷水に浸かっていた中身を丁寧にふき取った。

 取り出されたのはネルドリッパーで、手慣れた手つきで準備がなされていく。

 

「もちろんメニューにも載せているんだが、月に二、三回でも注文が入れば多い方かな」

「そうなんですか?

 こちらの……ニホンでよく飲まれているコーヒーまでは、良く知らなくて……」

「どうだろうね?

 ロブスタのストレートは、知っていても飲む人は少ないからなあ」

 

 クララにも流石に管理外世界のコーヒー豆の味や産地の情報までは入っていなかったから憶測でしかないが、あまり好まれないタイプの豆らしい。だが、それはそれで気になるものだ。

 

「さあどうぞ。

 飲み慣れていないときついかもしれないが……」

「いただきます。

 ……あ」

「どうだい?」

「かなり個性が強いですね。このタイプは初めてです。

 でも、この苦みは割に好みかも……」

 

 普段アーベルは、ミッド中央の市街にある行きつけのコーヒーハウスで買うその店のオリジナル・ブレンドを好んで飲んでいる。幾つもの店を飲み歩いた結果でありその味には満足しているが、管理外世界の……それもストレートと言うからにはおそらくは原種か地域種であろうこの味は、アーベルに強烈な印象を与えた。

 

 だが、悪くない。

 

 先ほどの、シュークリームと合わせて一つの世界を作るブレンドが草原を吹き渡る優しい風なら、これは大地そのものだ。

 

「普通はブレンドする時、控えめに加える種類の豆だからね。

 コクも強いし苦みも強烈だ。

 でも、なにがしかの力強さを感じるだろう?」

「はい、確かに」

「私はそこが気に入っていてね」

 

 本局での仕事を終えて戻ったクロノが休憩ついでに迎えに来るまで、アーベルは士郎からニホンに於けるコーヒー事情を楽しく教授して貰うことができた。

 

 



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第十五話「束の間の休息」

 

 

 無論アーベルも、遊んでばかりはいられない。

 先ほどの外出は四日分の休憩をまとめたようなもので、警戒状態が続く闇の書対策本部での仕事は規定の交替を伴った24時間体制が基本である。

 

「おかえりなさい、クロノくん、アーベルさん」

「おかえり」

「ただいま」

「ただいまだ。

 二人ともこちらに来ていたのか」

「アーベルくんおっかえりー。

 アリアは本局に帰っちゃったよ」

 

 クロノと連れだって戻った本部は、3人増えて2人減っていた。

 エイミィが留守居役でそこに加えてなのは・フェイト・アルフが待機しており、姿が見えないリーゼアリアは武装隊の指揮所へ、リンディ提督はクロノが戻ったので交代に本局へと向かったらしい。

 

「ん、お土産」

「いやあ、アーベルくんは気が利くなあ」

「……リクエストしといてそれは酷い」

「あ、うちのシュークリーム」

「休憩にしよっか。アルフ、手伝って」

「あいよ」

 

 エイミィとアルフがジュースを配る間に、少女二人の元に行く。

 

「二人とも、休憩してる間にメンテナンスするから、レイジング・ハートとバルディッシュを預けて貰えるかな」

「点検!?

 アーベル、バルディッシュはどこも壊れてないよ?」

「うん。

 レイジング・ハートも今までよりずっとずっとすごかったの」

「あー……壊れてるかどうかじゃなくて、術者とデバイスがお互い無理に合わせてないかどうかとか調べるんだ。

 出来る限りはしたけれど、二人に返したときにはまだ実戦をくぐっていなかったからね」

 

 予想と違う負担が掛かりそうな部分は後からでも補強しなきゃいけないし、実戦データを得られたことで中身の効率が上げられるんだと付け加えて、アーベルは二人からデバイスを預かるとクララを呼びだした。

 

「ここでいいかな」

「アーベルさん、そんな部屋の隅っこに行かなくても……」

「いや、ここでいいんだよ、なのはちゃん。

 クララ」

“リペア・モード、タイプ・メンテナンスにてセットアップします”

 

「……ふぇ!?」

「……机と椅子!?」

 

 簡易作業台に変形したクララに、二人は相当驚いている様子だった。

 

 現場───個人宅を訪問する出張修理もこれに含まれる───に出向いて緻密な作業をするには、机と椅子はどうしても必要だ。デバイス内に次元圧縮された魔導制御空間を大きく取れば待機状態の消費魔力は多少増えるが、作業の利便性にはかえられない。平時は可能な限り休み、訓練時も含めた戦時には全力で魔力を消費する戦闘魔導師とは、根本的に魔力運用の基準が違った。

 

 そもそもデバイスマイスターの取得要件に、魔力は必須ではない。並列思考を利用した工具の多重操作は作業効率を極端に上げるが、それだけなのだ。

 マリーなどは非魔導師デバイスマイスターの典型で、技術部のコンピュータや各種自動工具を利用することでその差を埋めているし、研究者としてはアーベルを凌ぐ発想と観察眼を持っている。マイスター資質という意味では、そちらの方が重要だった。

 

「あはは!

 なのはちゃんたちはアーベルくんのクララが起動するところ、初めて見たのかな?」

「なのは、フェイト。

 戦闘魔導師ではあり得ないが、彼はデバイスマイスターだ。

 魔力持ちマイスターにデスクを使う者は少なくない」

「まあ、レイジング・ハートのバスター・モードやバルディッシュのハーケン・フォームと同じかな」

 

 口だけは動かしながら作業台にバルディッシュをセット、整備者権限を通してデータを呼びだし、クララがピックアップした負荷部分をチェックしていく。

 

「同じじゃないよ……」

「やっぱり変なの」

「変と言われてもなあ……。

 特定の使用目的に特化したモードを装備させるのは、不思議じゃないでしょ?」

「そうなんですけど……」

「むー……」

 

 今ひとつ納得していない二人だが、彼女たちはマイスターではない。今は奇異に見えてもその内慣れるだろうと、アーベルは会話をうち切って作業に集中した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

“Your maintenance technique is perfect.”

“Thank you, meister.”

「うん、お疲れさま」

 

 ふうと一息ついて両機を待機状態に戻し、いつの間にか隣にいたクロノからオレンジ・ジュースを受け取る。

 

「どうだった、アーベル?」

「両機共に問題はなかったよ。

 ただちょっとなあ……」

「アーベル、その言い方だと……」

「……すっごく気になるの」

 

 寄ってきたフェイトとなのはにそれぞれデバイスを返却し、今は大丈夫と付け加える。

 

「ダメージは殆どなかったし、新しく付け加えた内部機構───カートリッジ・システムまわりも所定の性能を発揮してる。

 でも術者二人の成長がこっちの予想を超えるレベルで著しいから、一年以内……もしかすると数ヶ月内に、もう一度改良が必要になるかもってお話。

 レイジング・ハートやバルディッシュも協力してくれたし、マリーとも話し合ったんだけど、今回は時間優先だったからなあ。

 どちらにしても、レイジング・ハートのエクセリオン・モードとバルディッシュのザンバー・フォームはもう一度見直すつもりでいるし……」

「にゃはは……」

「えーっと……」

「なるほどな。

 二人はこれまで通りで気にしなくていい。

 それはむしろ歓迎すべき事柄だ」

 

 平均的データなど、このランクの魔導師───それも成長途上で一番伸びる時期がいつまで続くか読めない規格外トップエースの卵たち───には無意味に近く、デバイス屋泣かせだ。

 

「クロノ」

「?」

 

 ちょいちょいと指で合図して、念話を送る。

 

『今回は闇の書対策ってことでゴリ押しできるだろうけど、二機ともえらい金食い虫だよ。

 覚悟しておいた方がいいかもね』

 

 デバイスの修理改装は無償ではなく、術者個人への請求はなくとも部品代から人件費、果ては部隊と技術部間の移送費用まで、管理局の予算から出ていることは間違いない。

 

 通常は活動規模に応じた予算が各部隊に割り振られ、その中から所属する隊員のデバイス維持費用もやりくりされる。アースラの様な次元航行部隊は部隊規模も大きいが、割り振られる事件の規模も大きいので予算は潤沢とは言えなかった。

 そこで今回の闇の書事件のように戦力評価を上回る事件の担当となった場合、局の方から増援が送られたり対策予算が降りることになる。そこにも当然綱引きがあって、各担当者が丁々発止の大論争をするのだが……。

 

『君が寝ている間にマリーから連絡があった。

 ……技術部から送られてきた請求を見たときは、僕だけでなく母さんの顔も引きつっていたけどな』

『そうだろうね』

『この件を解決すれば、そちらの功績を盾にすることも出来る。

 次は根回しに時間がとれるだけましだろう』

『あー……頑張ってくれ』

 

 なるほど、同じ事件を使い回すわけだ。

 管理局の予算は無限ではない。その奪い合いなら、クロノの交渉術が活きてくるだろう。

 

『それでも昨夜の彼女たちの活躍を見れば、君たちはよくやってくれたとしか言い様がない。

 間に合っていなければ撃退は不可能だったろうし、僕まで魔力を蒐集されていたはずだ』

『そりゃどうも』

 

 執務官は最前線で戦う派手な姿ばかりが協調されがちだが、比重としては戦場外に於ける問題解決能力の方が余程重要なファクターとされている。

 一般的に事件が『終わった』と解釈される容疑者の逮捕や保護よりも、その後の法務や被害者への補償、報告書類の作成といった地味な仕事に手を取られるし、責任としては重いのだ。それこそ執務官補佐を筆頭に部下を上手く使えないと、たちまち仕事に潰される。執務官とはそういう仕事だと、クロノを通じてアーベルは学んでいた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「じゃあ、ちょっと本局に戻ってくるよ」

「いってらっしゃーい」

 

 なのはも帰宅しフェイトたちもベッドに入った頃、アーベルは捜査本部を後にした。余裕のある内に武装隊員のデバイスを修理およびメンテナンスするべく、必要な部品を取りに戻ることになったのだ。残念ながら武装隊には、昨夜の戦闘で被害が出ていた。データならコマンド一つで本局とやり取り出来るが、物品や人員はそうもいかない。担当の武装隊が、隊長も含め、官給デバイスを装備する隊員が大半だったことだけが救いだろうか。

 

 ついでに闇の書の騎士達が行使する魔法について、ここしばらくで得られたデータを資料にまとめる仕事もあった。この点はベルカ式魔法に理解のあるアーベルの方がマリーよりも向いているのだが、デバイスの整備が前線のすぐ後方である本部や武装隊の待機所───現地にある企業向け保養施設を丸ごと借りていた───で出来る強みが優先されている。

 

 

 

 翌日は第四技術部に篭もりきり、その翌日はまた第97管理外世界へと戻って武装隊のデバイスメンテナンスを済ませ再び本局と、忙しかった矢先。

 今度はフェイトが魔力を蒐集されたと、アーベルの元に連絡が入った。

 

 



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第十六話「無限書庫」

 

『フェイトはまだ眠ったままだが、命に別状はない。

 なのはの時と大体同じ状況だ』

「……そっか、何よりだよ」

 

 クロノからの通信は第97管理外世界に置かれた現地本部ではなく、同じ本局内のアースラからだった。アースラは無事整備───正確には定期検査に加えて艦載魔導砲『アルカンシェル』の装備───を終わり、フェイトも本局内の医療施設で検査と治療を受けた後、そちらに移されたらしい。

 

『……どこか油断していたかもしれない。

 現地本部がクラッキングされてシステムダウン、更には闇の書の騎士以外にも、また先日の協力者が現れた』

「あの仮面の男か……。

 あれも何者だろうね?」

『わからない。

 戦闘記録を解析した限りでは、ミッド系の魔導師だが……。

 それからアーベル、君は当座の仕事が終わり次第、無限書庫でユーノの支援に当たってくれ』

 

 ユーノは先日来、無限書庫───本局最奥にある情報の魔窟で、調べて出てこない情報はないと言われるが、恐ろしいことに『未整理』かつ『随時更新』───で闇の書について調査している。

 

「それは構わないけど……。

 ああ、何かあってもアースラが稼働中なら、転送は一般ポートを経由するよりずっと早いか」

『そうだ。

 ……ユーノはともかく君に出て貰うことはまずないとは思うが、万が一の場合は期待している』

「おいおい……」

『教科書通りに魔法を行使できる君なら、僕が戦術を組んで指示を出せばいい。

 それだけの話だ』

 

 クロノに出ろと言われれば、それは出るしかない時なのだろう。

 その様な事態になりませんようにと祈りつつ、やや憂鬱な気分でアーベルは頷いた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 マリー任せとは行かない闇の書の騎士の使用魔法に関するレポートをまとめあげてクロノに送りつけると、アーベルはその後を彼女に託してメンテナンス・ルームを借りることにした。

 

「レイジング・ハートかバルディッシュ用の改造パーツでも作るんですか?」

「いや、クララの方」

「どこか調子悪いんですか?」

「慣れないことをさせられそうなもんだから、ちょっとね」

「えーっと、無限書庫でしたっけ。

 大変そうですね……」

「……うん、まあ、そんなところ」

 

 闇の書対策本部───クロノからの『命令』を拡大解釈して、アーベルはクララの改造作業に取りかかりはじめた。今なら名目は通る。予算は微妙だが、通らなければ始末書と一緒に持ち出したパーツを戻せばいいだろう。

 

 まあ、本当に駄目なときは、涙を流して自弁するしかない。いや、実家に泣きつくべきだろうか。君の趣味だろうと問いつめられれば、そうだと言うしかないレベルだった。表通りに間口のある店の開店が遠のく可能性さえあるが、それでも……クロノの本気に答えねば自分は必ず後悔する。

 

「……よし。

 クララ、駆動部シャットオフ」

“了解しました。

 制御系は以後、メンテナンスルームのシステムに接続します”

 

 あまり時間を掛けてもいられないが、そこはデータも癖も知り尽くした相棒のことである。

 数時間ほどで必要な作業を終えると、アーベルはそのまま仮眠室にもぐり込んだ。

 

「じゃあお休み」

“おやすみなさい、マスター”

 

 先日の徹夜の疲れこそ抜けていたがその後も忙しく、流石に身体が無理だと訴えていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 2時間ほどで仮眠をうち切ったアーベルは、自販機の栄養ドリンクで食事を済ませ無限書庫に向かった。

 

 本局の最深部にある無限書庫を訪ねた者は皆知っているが、その奥が見えない。

 空間が歪んでいるとも蔵書に合わせて膨れ上がるとも言われているが、確かめた者は居なかった。

 

 その入り口からすぐ、分かり易い場所にユーノは浮いていた。

 ……確定された入り口付近はともかく、下手に奥まった場所に行けば遭難の恐れがあるのだ。

 

「ユーノくん、お疲れさま」

「アーベルさん!」

 

 ユーノは文字通り、本に囲まれていた。

 無限書庫の持つ能力によって書籍状に書式を調えられている情報は、数冊ごとに取り寄せられては内容を読み込まれ、再び書架に戻されていく。

 彼が先日デバイスの教本を読む時に見せたあれは、まだほんの序の口だったようだ。

 

「応援になれるかどうか微妙だけど、駄目でも魔力回復とマッサージと飲み物のサービスぐらいはさせてもらうよ」

「それはそれですごく助かります」

「クララにも技術部の倉庫にあったエース仕様の大容量ストレージをありったけ突っ込んできたから、そっちも期待してて」

 

 申し訳ないと思いつつ、彼には手を止めさせて使用する魔法を教えて貰い、アーベルは術式の解析に入った。……ミッドチルダ式に対するベルカ式とまでは言わないが、そのままではアーベルに使えないほど特殊な構成で組まれた術式だ。

 

「どうですか?」

「いっそスクライア式とでも呼ぶべきかな……」

「え!?

 そんなに複雑ですか?

 長老達に教えて貰ったものを、ぼくなりに使いやすくしたものなんですけど……」

「うん、間違いなくユーノくんには正解なんだと思う。

 ぱぱっと術式を見せて貰ったけど、六系統以上の多重思考を長時間扱えるなら、むしろ能率もいい。

 ただ、僕は長時間となると四系統が限度だから、術式を組み替えないと運用は出来ても効率がどんと落ちるかな」

 

 ユーノの使用する書籍解析魔法は、大きく分けて検索魔法、翻訳魔法、読書魔法、記録魔法の四種の組み合わせである。

 

 これを順に処理していくのだが、ユーノは分割された並列思考のうちの一系統を全体の監督に、もう一系統を検索魔法のみに割り当てていた。その上で、残り三つの魔法を一組にして、作業員役である各系統が順次処理して行くと思えば分かり易いだろうか。

 更にユーノの場合はミッドチルダ標準語以外にも現代・古代ベルカ語や旧暦時代の古語、その他世界の言語数種を修めていたから、翻訳魔法を省略できる可能性が高い。当然作業が早く終わるので、現場監督が手の空いた作業員に次の仕事を回してしまえばよかった。わざわざ作業員が自分で次の仕事を探す手間はかけなくていい。

 

 ……ちなみにユーノは最大で十系統『以上の』多重思考を使えるらしく、全体の管理に思考の枠を割り振った方が効率が上がる。しかも処理速度が恐ろしく早い。

 長時間なら四系統の維持が限度のアーベルならば、全ての魔法を一組にして並列処理する方がいい。学校で言えば、少人数の班活動とクラス全体で何かをする場合のような違いだろうか。

 

「クララ、B-2」

“部分術式B-2を仮想起動します”

 

 全体を四分割し、検索魔法をA、翻訳魔法をBと言った具合に分け、それぞれを更に単体の動作ごとに分割、つなぎ目に問題がないか確認して行く。

 ユーノから貰った複合術式は、アーベルには重すぎてそのままではまともに使えない。そこで要素ごとにばらし、再構成していくのだ。

 

 元があるので、作業自体はそれほど複雑ではなかった。現場監督が各作業員の仕事を参照する部分を省き、頭に検索魔法を付け加える程度の改変である。

 時間があるならもっときちんと検証してブラッシュアップすることもできたが、今はその時間を作業に当てた方がましだった。

 

“部分術式B-2、問題ありません”

「B-1とB-2を結合。

 AからBまでを流して」

“結合完了。単体術式AからBを仮想起動。

 ……問題ありません。指定のデータが出力されました”

「どれどれ……。

 翻訳が出来ているなら大丈夫そうだ。

 よし、通しでやってみよう」

“統合完了。仮称『書籍探索魔法』の術式を仮想起動。

 ……問題ありません。指定のデータが抽出されました”

 

 早速クララに登録を済ませて起動、実作業に入る。

 この間約15分ほど、ユーノは驚いているが何のことはない。

 

「アーベルさん、術式の組み替えってそんなに早くできるんですか?」

「元々きちんと動いてた魔法だし、新機能を付け加えたわけでもないからこんなもんだよ?

 ありものを切って貼ってしただけだからなあ……」

 

 ぼやきながらも二冊の『本』を取り寄せ、ページをめくらせる。

 流石にユーノほどの処理速度は無理だが、魔法自体は問題なく動いている様子だった。

 調子を見ながら倍の四冊に増やし、このぐらいなら長期戦───数日の連続勤務は覚悟していた───でも何とかなりそうだと確認する。

 

「クロノがアーベルさんのこと出鱈目だって言ってましたけど、何となく意味が分かってきました……」

「うーん、僕から言わせると、あいつの方が出鱈目なんだけどなあ。

 もちろん、ユーノくんもね」

「ぼくも!?」

 

 それだけ本を浮かべておいて否定するなど、ユーノには能力に対する自覚が足りていないらしい。

 同年代の友人であるなのはやフェイトに比べ戦闘魔導師としては一歩も二歩も譲るかも知れないが、彼の多重思考能力は超一流だとアーベルは判断していた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 アーベルが無限書庫の資料調査命ぜられて一週間、フェイトは無事に復帰したし、必要な資料も徐々に集まりはじめた。

 

 闇の書は、やはり一筋縄では行かないロストロギアらしい。

 本来は古代ベルカ時代───それも現在古代ベルカと一括りにされる時代よりも古い時代───に魔導研究用の魔法収集蓄積型デバイス『夜天の魔導書』として製作されたが、歴代の所有者により改変が行われ、防御システムであるはずの守護騎士システムは魔力蒐集の尖兵に、本体は際限のない転生と無限の再生機能を持つ破壊の化身へと変化させられてしまったという。

 

 これを滅ぼす手だてを捜索しているのだが、判明したことと言えば真の主人以外にはシステムへのアクセスが不可能なこと、無理に外部から操作しようとすれば主人を飲み込んで転生してしまうこと、完成しても主人を飲み込んで暴走すること。……おかげで現状ではシステムの停止も外部からの改変もできないという、手詰まりの状況ばかりが浮き彫りになっていた。

 

 だが、投げ出すことは出来ない。

 誰かが何とかしてくれるなどと、口にするつもりもない。

 

 アーベルやユーノだけでなく、クロノやリンディ、なのはにフェイト、その他にも大勢の人々が力を尽くしている。

 

 その状況で自分から背を向けるなど、恥ずかしすぎて無理だった。

 

「おはよう、ユーノくん、リーゼロッテさん」

「アーベルさん、ヒゲ……」

「……んあ?」

 

 魔力消費と肉体的疲労を勘案しつつ起きて寝て、寝ては起き、機械的に作業を続けることにも慣れてきた。

 

「……あ、忘れてた。

 まあいいや。明日シャワー浴びるときに剃るよ」

「そんなだからもてないんじゃないの?

 おヒゲのお手入れは大事だよ?」

「リーゼロッテさんは猫素体だから、そりゃヒゲないと大変だろうけど……」

「ネコ関係ない!

 人間のオスもちゃんとお手入れしなきゃっつーの!

 うちのお父様なんか毎朝きっちりしてるわよ」

 

 常駐するのはユーノとアーベルだけだが、時にリーゼ姉妹も手伝いに訪れ、休憩時間を引っかき回していく。流石に仕事中は真面目だが、その他の場面ではいかにも猫らしい。

 

「ユーノくんはこんな野暮天になっちゃ駄目だぞー。

 クロノにはエイミィがいるしヴェロッサも何とか言うシスターと距離近いのに、アーベルだけ寂しい独り身なんだよ。よよよ……」

「は、はあ……」

「泣き真似までしなくていいですって。

 どうせ僕は野暮ですよ」

「ま、ユーノくんにはなのはがいるか」

「ですよねえ」

「ちょっ!?」

 

 うん、何とも分かり易い。

 アーベルは真っ赤になったユーノを甘がみするリーゼロッテを止めるべきかどうか迷いながら、差し入れのホットサンドにかじり付いた。

 

 



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第十七話「闇の書、起動」

 

 

「クロノ、調査はこのあたりが限度だと思う。

 幾つか条件が重なれば、本当に破壊できるかも知れないところまではたどり着けたよ」

 

 12月も下旬に入ってしばらく。

 ユーノによって調査終了の宣言がなされ、アーベルも無限書庫から解放されることになった。

 

『そうか……。

 うん、ご苦労だった』

「条件はどれも厳しいが、ユーノくんの言葉ならそれが真実だろう」

『……アーベル、とりあえず君はヒゲを剃れ』

「……シャワーを浴びる時間があればね」

『許可しよう。

 睡眠を含めた十分な休息を取ってから、アースラに来てくれ』

「そっちの様子はどうだい?」

『魔導師が襲撃されることはほぼなくなった。

 ……代わりに無人世界や管理外世界で、魔力持ちの野生動物が襲われている。

 こちらも武装隊を増員したが、探索範囲が広がりすぎていたちごっことしか言い様がない』

 

 あちらも半ば手詰まりなのだろう。

 クロノからは、若干の焦燥が見て取れた。

 

 通信を切った二人は久しぶりに十分な睡眠をとるべく、無限書庫を後にした。

 

「それにしても、闇の書はユニゾン・デバイスだったのか……。

 可能性は疑われていたけど、本物の稼働機となると流石に驚きだ」

「融合型デバイスなんて、ぼくも文献の中でしか知りませんでした」

「僕もだよ。

 融合騎とも呼ばれるけど、術者と直接融合してその能力を拡大する、ある意味究極のデバイスの姿……だったかな。

 変換資質や相性の問題で適合者が少なくて、記録にも殆ど残っていないね。

 大抵は元から能力や適性のある騎士がデバイスによって術者───ロードとして選ばれるから滅茶苦茶強かったらしいけど、融合事故なんかの問題もあって廃れちゃったらしい」

「その事故の内の一つ、だったのかも知れませんね……」

 

 まあ、壊れてなかったら分解整備ぐらいはしてみたかったなと冗談を言いながら、アーベルは仮眠室へと入っていった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「アーベルさん! アーベルさん!!」

「……おー。

 おはよう、ユーノくん」

「起きて下さい! 闇の書が起動したんです!!」

 

 仮眠室の時計を見れば約束の時間にはまだ幾らかあったが、ユーノが慌てるには十分な理由だった。

 

「……うん、起きた。

 すぐ準備する」

「はい!」

 

 頭が起きてしまえば身体はついてくる。睡眠も、まあ、9時間なら普通は長いと評されるか。

 シャワーは寝る前に浴びてヒゲも剃ったが、手早くトイレだけを済ませ着替えもせずにバリアジャケットを身にまとう。流石に寝間着代わりのジャージでアースラに向かうのは問題だった。……そのバリアジャケットの外観が白衣に訓練着であるのは、解釈の違いだとしておく。

 

 転送ポートまでの移動中、ユーノにも買い置きのビスケットとパックのジュースを手渡し、二人で歩きながら朝食を摂った。

 

「よく食べ物なんて持ってましたね?」

「技術部じゃプログラム走らせては5分、シミュレーターの結果待ちに10分って具合に、中途半端に時間が空くことが多いんだ。

 購買部に買いに行く時間はないけど、小腹が空いたときに、ね。

 デバイスの魔導制御空間は元から大きく取ってあるし、魔力消費は大きくなるけどちょっとした鞄代わりにもなる。官給品じゃないから割と自由だよ」

 

 ポートに着くとIDを示し、最優先処理を申告する。

 相当な権限が闇の書対策本部には与えられているらしく、アーベルとユーノは並んでいた将官に先んじて転送ポートの使用を許可された。

 

 幾つかのステーションを経由しなくてはならない第97管理外世界とは違い、出撃中の艦船に通ずるポートは直通経路が維持されている。

 

「クロノ! アーベルだ!

 今アースラのポート!」

『ユーノもいるか?』

「いるよ!」

『そっちにアルフが向かった! ユーノは一緒に出撃してくれ!』

「お待たせだよ!」

「アルフ!」

「転移座標はあたしにまかせな!」

 

 アーベルは一歩下がり、アルフがユーノを抱えて転移するのを見送った。

 その後すぐ、クロノが駆け込んでくる。

 

「アーベル、君は予備戦力の要だ。

 後は母さん……艦長の指示に従ってくれ」

「はいよ」

 

 こちらものんびりとしてはいられない。

 アーベルも小走りでブリッジへと向かう。

 

「嘱託技官アーベル・マイバッハ、到着いたしました」

「ご苦労さまです」

 

 艦長であるリンディに敬礼をしてから、その後ろに立つ。

 出番待ちだが、特に指示がない今は戦況の把握に務めるしかない。

 

「クララ、僕の権限で閲覧できる情報、送って」

“了解しました”

 

 クララから情報を受け取りながら、スクリーンを見つめる。

 

 事件の発生は夕刻で、強力な妨害を受けて状況がつかめなかったところにサーチャーを送り込む間もなく巨大な結界が発生、その後観測された魔力量から闇の書の起動が正式に確認されたのだという。

 現在妨害は晴れたが、相対している魔導師はなのはとフェイトのみ、戦況は膠着……というよりも手の出しようがないので闇の書の動きを見守っているという状態だった。

 

 アーベルとユーノへの連絡は正式な起動確認以前だが、このあたりはクロノの機転だろう。それをとやかく言うほどアーベルもバカではない。結果は間違っていなかった。

 

 また確認された闇の書の主も、アースラ側を悩ませた。

 八神はやて、年齢は9歳。

 なのはやフェイトの友達である月村すずか───先日アーベルを翠屋まで案内してくれた少女だ───と、仲が良いのだという。

 

 世の中は、かくも残酷だった。

 

「……っ」

 

 アーベルが見守る中、状況が動く。

 

 ディスプレイに映る、巨大な魔力球。

 闇の書は、吸収した術者から得た魔法を行使することも出来た。

 

「スターライト・ブレイカーね」

「改変されている……?」

「……収束性能も高いけれど、投入魔力も大きいかしら」

 

『エイミィさん!』

『アリサたちを!』

「わかってるって!」

「対象の座標、固定しました!」

「転移先、外縁部に設定完了!」

「強制転移!」

 

 結界に取り残されていた月村すずかとアリサ・バニングス───すずかと同じく、アリサもなのはやフェイトの友達だった───が発見されたが、こちらはなのはとフェイトが無事に接触、砲撃から守りきって結界内の端の方に無事転移させられた。

 

 魔法がばれてしまったようだが、今はそれどころではない。一時的ながら彼女たちの安全が確保出来ただけでも、良しとせざるを得なかった。

 

 一方、こちらには新しい状況が届いていた。

 なのはとフェイトは到着したユーノとアルフを加えて闇の書を牽制していたが、ほぼ同時刻に妨害者として注視されていた仮面の男をクロノが捕らえたのだ。

 

 だがスクリーンには、信じがたいものが映っていた。

 捕らえられた仮面の男は二人組、しかも……。

 

「そんな……うそ……」

「リーゼ……」

『……エイミィ、アースラへ転送を』

「りょ、了解!」

 

 クロノは仮面の男の正体を、彼女たち───リーゼアリアとリーゼロッテはクロノの師匠であり、グレアム提督の使い魔としてアーベルも親交のある相手だった───であると暴いて見せた。

 冷静な態度を崩さないクロノに、何とも言えず目を伏せる。

 

 一度艦内に戻ったクロノは通信のみでリンディに報告を済ませると、艦内に留め置かれていた武装隊員を数名加え、艦橋に顔を出さないままリーゼ達を連れて本局へと向かった。

 

「彼女たちが勝手に動いた……なんてことは、ないのでしょうね」

「リンディさん……」

 

 リンディのつぶやきは、独り言のようにも、アーベルに確認することで気持ちを固めようとしているようにも思える。

 

 アーベルは少しだけ躊躇してからリンディの席に近づき、念話を送った。会話は記録に残るが、近距離の念話は慣例的に私信として処理される。

 

『すこし、よろしいですか?』

『なにかしら?』

『うちの店にも顧客に対する守秘義務はあるのですが、黙っていられる範囲を超えたのでご報告します。

 ……丁度PT事件が終わった頃、彼女たちから特殊な注文を受けました』

 

 雑談や慰めかと思いきや意外な内容だったのか、リンディは少しだけ間を置いて小さく頷いた。

 

『注文と言うことは、デバイス?』

『はい、正確にはオーバーS級の広域凍結魔法に特化した単能デバイスのパーツです。

 無論、仕様書や納品書の控えデータは残っています』

『そう、ありがとう。

 ……広域凍結魔法、ね。

 グレアム提督は……手段はともかく、ご自身で闇の書を封印しようとされたのかもしれないわね』

『……その点だけは間違いないかと。

 今ならば、あれはその為のデバイスだと確信できます』

 

 哀しそうに目を伏せたリンディの向こうでは、クロノと相対するグレアムの姿がスクリーンに映っていた。

 

「フェイトちゃん!?」

「エイミィ!?」

「フェイトちゃんの反応消失! 闇の書に吸収されました!」

 

 その報告に現場のみならず、艦橋にも悲鳴が溢れ返った。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 グレアムの告白は根の深いものだったが、クロノは対処を『任意の事情聴取』に留めると、アースラに戻ってきた。

 

 その間にも事態は動いている。

 闇の書の防衛プログラムを押しのけ、管制人格とその主───八神はやてが表に出てきたのだ。

 

 それは小さな奇跡、そして哀しみの連鎖を断ち切る最初の一手でもあった。

 

「クロノ!」

『艦長、僕も出撃します!

 アーベル、君も来い!』

「了解!」

 

 小さくリンディと目を見交わし、転送ポートへと走り込む。

 ……結局出ることになったが、ぼやくのは後でいい。

 

「遅い!」

「はいよ!」

「エイミィ!」

『わかってるって!

 でも中心部は魔力濃すぎて直接の転移は無理! 周辺部になるからね!』

「任せる!」

『二人とも気を付けて!

 転送ポート、起動!』

 

 転移魔法陣が消えると艦内の乾いた空気が霧散し、強大な魔力をのせた風に煽られる。

 主戦場は海上に移っていた。

 

「アーベル」

「なんだい?」

 

 飛行魔法を起動すると、クロノに追従する。

 全力での飛行など、本当に久しぶりだ。

 

「リーゼたちは……」

「うん」

「君を対策本部に送り込むよう、僕を誘導していた」

「……へえ?」

「ついでに……君が着任した日、やけに外出を勧められていたはずだ」

「そんな気もするけど、どうだろう?」

「魔力は高くとも戦術はからっきしの君は、闇の書の餌として最適だったらしい。

 君が現地本部を出た直後、闇の書の騎士達を嗾けたそうだ」

「気付きもしなかったよ」

 

 合間にクララへと念話を送り、戦闘準備をさせる。

 

 リペア・モードや大容量ストレージなど、戦闘に関係のない機能を一時的にオミットし、会話モードもデバイス言語に戻す。

 普段の状態は、動作は重くとも多機能で便利だ。しかし戦闘時に要求される機能ではない。今は少しでも軽くしておくべきだった。

 

「だが、結界を張って君を狩るには問題があった。

 アーベル、君は翠屋へ行く途中、月村すずかと会ったな?」

「ああ、店まで案内して貰った」

「おかげで騎士達は手が出せなかったらしい」

「……認識相手がいる状態で結界が発動すれば、間違いなく魔法がばれるか」

「彼女と八神はやては懇意だったと聞いている。

 騎士達とも面識があったそうだ」

 

 結界に取り込む必要はなくても、目の前から瞬時に話し相手が消えては騒ぎになる。その後翠屋でもアーベルは客ではなく、アーベル個人として認識されていたし、帰りはクロノが迎えに来た。道中の一番危ない部分を、彼女は偶然にも補ってくれたのだ。

 

「僕の顔を覚えてくれていたすずかちゃんは、幸運の女神かもね。

 今度ケーキでもご馳走するよ。

 だが今は……」

「ああ。

 ……全てがこれで決まる。

 決めてみせる!」

 

 クロノの決意は固い。

 本気でアレに立ち向かう気なのは、間違いなかった。

 

『クロノくん!

 フェイトちゃん無事救出!』

「わかった!」

 

 朗報に、二人で顔を見合わせて頷きあう。

 前方には、防衛プログラムの本体と思しき球形の防御結界が見えてきた。

 

 禍々しい。

 

 そんな表現を真顔で思い浮かべるなど、ひと月前のアーベルは想像すらしていなかった。

 

 



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第十八話「何よりの願い」

 

 クロノと二人現場に到着した時には、既に闇の書の騎士───いや、夜天の守護騎士ヴォルケン・リッターだけでなく、主である八神はやても脱出し、戦列に加わっていた。

 

『あと15分ないよー!』

 

 はやてと管制人格によって切り離された闇の書防衛プログラムの暴走を止める手だては、現在二つ。

 

 一つはアースラに装備された魔導砲アルカンシェルを使い、消滅させること。

 もう一つは、クロノがグレアム提督から借り受けたデュランダルで凍結封印すること。

 

 だがこの地上に向けてアルカンシェルを放てば付近一帯は消滅、推定数十万人の被害が出ることは間違いなかった。

 対して凍結封印ならば被害は少ないが、八神はやても同時に封印され闇の書防衛プログラムは『一時的に』止まる。だがそれは、問題の先送りにしかならなかった。

 

『あと10分!』

 

 アーベルはクロノの『オプション』として、軽く挨拶をしただけで後は黙っていたが、何故か守護騎士たちはアーベルに微妙な視線を送っていた。

 動きやすさと丈夫さを考慮された訓練着に、着慣れている分扱いやすくて防御力も十分に与えた白衣は非常に便利なのだが……。この戦いが終わったらバリアジャケットはデザインを変更しようと、心の片隅で考える。

 

『暴走開始まで、あと2分!』

 

「……で、結局力押しか」

「言うな。

 僕も無茶苦茶だとは思うが、これが一番成功率が高い」

 

 作戦を受け入れ承認はしたが、クロノは今ひとつ納得していない様子だった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 作戦は、素人のアーベルにも分かり易い単純なものだった。

 

 力任せに防衛プログラムをぶちのめして本体コアを露出させ、アースラのいる軌道上に強制転送、魔導砲アルカンシェルにて消滅させる。

 八神はやてと守護騎士は既に防衛プログラムから切り離されており、同時に消滅してしまうことも封印されてしまうこともない。

 

 だから───。

 

「来るぞ……」

 

 防衛プログラムの起動が合図となり、戦いは始まった。

 

 恐怖は……無いわけではないが、ここには親友がいて、フェイトがいて───逃げるという選択肢は選べない。

 

「アーベル、君は……いや、君だけではないが、この戦いは火力勝負だ。

 固定砲台になったつもりでいい、最高の攻撃力をたたき込んでくれ」

「了解。

 クララ、コンバット・モード」

“Combat mode, Type Cannon.”

 

 クララは砲身長が2メートルはある太くて長い本体と後方に突き出した反動吸収部に、照準器と持ち手とショルダーパッドを取り付けた姿に変形した。旧暦時代の質量兵器に喩えれば、個人携行兵器でも最大級の火力を持つ化学反応型の反動相殺砲や対装甲兵器に若干似ているだろうか。

 

「……なんだその奇怪な仕様は!?」

「クロノが『万が一』って言うからわざわざ作ったのに、その言い方は酷い……」

 

 バインドで拘束された防衛プログラムが味方の攻撃で怯んでいる隙に、準備を整える。このコンバット・モード・タイプ・キャノンには、先日のレイジング・ハート試射時のデータもフィードバックしてあった。

 

「チャージ開始」

“Charge start.”

 

 反動の相殺こそ考慮したが、術式は極端な威力偏重、貫通重視で組んでいる。

 クロノのおまけで戦場に出るなら、機動力と手数が武器の彼を補う立ち位置こそが自分には求められると出した答えがこれだった。

 

“Charge 40%, Second magic-amplifier drive ignition(魔力充足率40%、副共振器起動)”

「クララ、カートリッジ・ロード」

「おい!?」

“Load cartridge.”

 

 先日、レイジング・ハートとバルディッシュの改造時に見つけた単発式カートリッジシステムCVK-792Sは、目を付けていたアーベルによってクララに組み込まれた。ほぼ使われなかった大容量ストレージが対無限書庫用の切り札だったとすれば、こちらは対闇の書用の切り札である。

 

「バレル展開、後方確認」

“Barrel open, Safety system stand-by.(バレル展開、安全機構作動)”

 

 クララの前方に弾殻形成用、精密照準用、魔力圧縮用、加速用と4つの大型円環魔法陣が展開され、同時にアーベルの背中から緩衝用の三対六翼の羽根が、後方にも反動吸収用の円形魔法陣が広がる。

 ……特に白衣から広がる天使の翼は、見た目こそ滑稽だが効果は高い。ありものの流用でデザインを触っている暇がなかったのは、まあ仕方がないだろう。

 

“Charge 100%, All O.K. ”

「はあ……。

 次に攻撃が途切れたら、すかさず撃ってくれ」

「了解」

 

 フェイトとシグナムの連撃を受けて、一瞬防衛プログラムが動きを鈍らせ、再生に入る。

 あんなものを受けて、『一瞬』。

 それが闇の書の、闇の書たる由縁。まともではない。

 

「……今だ、アーベル!」

 

 ザフィーラが砲撃しようとする触腕を切り裂いた。

 その間隙を使わせて貰う。

 

「貫通の強撃、ピアシング・ストライク!」

“Piercing Strike.”

 

 アーベルの発したトリガー・ワードによってクララの前方で紫紺の魔力球が急速収縮、そのまま一直線に防衛プログラムに向けて発射された。

 同時にアーベルは展開した翼で衝撃を吸収発散、それでも相殺しきれなかった反動で数メートルを後退させられる。

 

 発射された魔力球は紡錘状の先端を形成し、紫色の光槍となって防衛プログラム本体を貫いた。

 また一瞬、動きが止まる。

 中枢を貫く槍に、防衛プログラムの動きは更に鈍った。

 

「はやてちゃん!」

「狙いが着けやすなったな……。

 石化の槍、ミストルティン!」

 

 本命のコアには届かないが、防衛プログラムが再生に使う『間』は連続攻撃を受けて確実に長くなっていた。

 

『ダメージ入れた側から再生されちゃう!』

「だが攻撃は通ってる。

 ……悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ。

 凍てつけ!」

“Eternal Coffin.”

 

 反動を受けた身体を労りながらクロノに目を向ければ、しばらく前に聞いたような名の術式に驚く。

 彼が手にしているのは、間違いなくデュランダルだ。グレアム提督から拝借……いや、託されたのだろう。

 

 凍結したのを幸い、間を空けずになのは、フェイト、はやてによる三重強火力攻撃が決まり、目的の本体コアが露出した。

 

「つかまえ……た!」

「長距離転送!」

 

 ユーノらによる転送後、アルカンシェルが地球軌道上で放たれた。

 重い沈黙と焦燥感の後、エイミィから通信が入る。

 

『防衛プログラムの消滅を確認!

 お疲れさまでした!』

 

 アーベルは、大きく息を吐いた。

 勢いに飲まれたまま戦場に出たが、足を引っ張らなかっただけで充分だと自画自賛しておく。

 

「……いつの間にあんなもの仕込んでたんだ?」

「無限書庫に行く直前かな。

 君が意味ありげに『万が一の時は頼む』って言ってたからね。

 これはちょっとまずい事態だと思ったんだ」

「……相変わらず君は出鱈目だな」

「君ほどじゃないよ。

 ね、デュランダル?」

“Hello meister. And, I'm good condition.”

「……おい。

 何故デュランダルが君を知っている!?」

「リンディさんには話したけどね、一部パーツの設計製造と最終組立は僕がやった」

「……まあいい。

 そのあたりは後で聞く」

 

「あ!」

「はやて!?」

 

 魔力切れを起こしたのか、ユニゾンを解除して倒れ込んだはやてに、アーベルらも駆け寄った。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 防衛プログラムは消滅、最終戦闘での犠牲者ゼロ。

 持てる力を全て出し切り、健闘したと言えるだろう。

 

 気が抜けていたのは、はやてだけではなかった。

 あれだけの戦闘の後だ、皆も疲れ切っている。

 

「遠からず、私は再び主はやてを食い殺そうとするだろう」

 

 だからこそ。

 

 夜天の魔導書の管制人格───リインフォースの発言は、皆の心を打ちのめした。

 

 

 

 場所をはやての病室から会議室に移し、対策が練られる。流石に疲れたなどと口にする者はいない。

 

「防衛プログラムの無限再生能力が問題か……」

「書の完成後に主が意志を保ち、同時に、その声に応える魔導師と騎士が揃っていたなど、僥倖だったとしか言い様がない。

 二度はなかろう」

 

 先ほど対防衛プログラム戦に参加したメンバー以外に、はやてとのユニゾンを解いたリインフォース当人とリンディ、エイミィがその話し合いに加わっていた。

 だが淡々としたものだ。

 リインフォースは消滅を望み、その方法も皆に示した。

 

「時間も大して残っていないのだ。

 ……本体が防衛プログラムを再生する前に、何とか頼みたい。

 今ならば簡単に消滅できる。

 主はやての無事が、私の何よりの願いだ」

「シグナムたちも……その、消えてしまうの?」

「いや、私たちは残る。

 防衛プログラムを切り離したとき、リインフォースが侵蝕を警戒して守護騎士システムも切り離したそうだ」

 

 だが闇の書改め夜天の魔導書の破損部分は致命的、本来の姿は既に管制人格からも喪われているので修復のしようもないという。

 

「元がなければ、あるべき姿に戻しようもないか……」

「消えずに済むならそれに越したことはないが、消滅することで主を救えるのなら、融合騎たる私にはそれも一つの幸福だ」

「ユーノ、無限書庫で夜天の魔導書の原型プログラムを捜索できないか?」

「出来る……とは思う。

 ただ……情報量から考えて、必要な要素が揃うまでに何日かかるか何ヶ月かかるか、想像もつかない」

「間に合わないな。

 防衛プログラムの復活まで、どれほど遅くとも数日かからないはずだ」

 

 達観した様子で否定するリインフォースに、何とも言えない空気が漂う。

 アーベルも、彼女を救えればとは考えていた。

 

 悪意ある改変に、心を縛り付ける鎖。

 望まれてこの世に生まれ、望まぬ生を送らされた哀しきデバイス。

 

 戦争という背景があったとて、同じデバイスマイスターとしては彼ら改変者たちを怒鳴りつけたい気分だ。

 

 だが、あまりにも時間がなさすぎる。

 

「なんとかならないのか?

 その、休眠させるとか」

「無理だ。

 防衛プログラムの復活後は繰り返しになる。下手を打てばリンクの切れた主を死亡状態と認識し、そのまま手順通り吸収して転生するぞ。

 ……主はやてを巻き込んでは同じことだろう。

 それに書の完全破壊は、防衛プログラムの消えた今しかない」

 

『“......Master.”』

『ああ、ごめん。

 クララ、戦闘状態解除』

『“……通常状態に復帰します。

 マスター”』

『なに?』

『“リインフォースを助けてあげられないのですか?”』

『……時間さえあれば、何とかなるとは思う。

 でも、ユーノくんじゃないけど、本当に時間が足りないんだ』

 

 時間があれば、そしてある程度の情報があれば、本当に何とか出来るだろう。

 それこそ祖父や父を頼ってもいい。場合によっては管理局だけでなく、聖王教会の力も借りられるだろう。

 

『“……レイジング・ハートやバルディッシュの願いには応えてあげたのに、消えずに済むならそれに越したことはないという彼女の願いには、応えてあげないのですか?”』

『クララ、でもね……』

『“時間がないと理由を付けて、諦めてしまうのですか?”』

 

「クララ!」

 

 思わず声を上げてしまい、アーベルは注目を浴びた。

 

「どうしたんだ、アーベル!?」

「アーベルくん、クララに何かあったの?」

「あ、いや……ごめん」

“レイジング・ハートやバルディッシュの願いには応えてあげたのに、リインフォースの願いには応えてあげないのですかと、マスターに聞いただけです”

 

 しれっと許可無く発言をするクララに、アーベルは溜息をついた。

 

 だが。

 アーベルの想いもクララとそう変わるものではない。

 

 ふむと微苦笑したリインフォースは、クララに目を向けた。

 

「お前は心優しいデバイスだな、クラーラマリア」

“マスターほどではありません”

「……そうか。

 だが先達として言わせて貰えば、デバイスが主を悩ませては本末転倒だぞ?」

“マスターの後悔を少しでも減らす努力を行うことも、相棒たるデバイスの務めです”

「フフ、それを言われると立つ瀬がないな」

 

 

 

 自分には何が出来る?

 使える手札は何がある?

 本当に必要なことはなんだ?

 

 アーベルは悩み抜いた。

 

 自分はデバイスマイスターだ。

 そしてクララだけでなく、リインフォース本人、彼女のマスターはやて、守護騎士達、そして彼らをとりまく人々の協力も間違いなく得られる。

 

 本当に必要なことは、『彼女』を残すこと。

 

 夜天の魔導書に、過去の能力を取り戻させることではない。

 

 つまり、夜天の魔導書を残す必要は……ない!

 

 ……何とかなるか?

 いや、なんとかする!!

 

 

 

「……ねえ、リインフォース」

「なんだ?」

「……時間はどのぐらい残っているかな?

 最低限の確定した時間が知りたい」

「少しぐらいは過ぎてもいいが、安全圏は翌朝から昼前というところだな」

 

 駄目で元々。

 だが、今はもう、最初からごめん無理などとは言いたくない気分だ。

 

 アーベルはリインフォースも含めた全員に、概案を並べ立てていった。

 

 



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第十九話「『闇の書』の消滅と本当の始まり」

 

 アースラ内部は、再び作戦時のような活気を取り戻していた。

 なのはとフェイトは本番に備えて休憩、騎士達ははやてを見舞っている。

 アーベルは舷側に向けて窓のある部屋を借り、作業の準備に入った。

 

「しかし、本当に出来るのか?

 リインフォースも発想の転換だと驚いていたが……」

「……出来る。

 今ほどマイバッハ家に生まれて良かったと思ったことはない。

 デバイスとは、使い手の選択肢を広げる存在。……父さんや爺ちゃんの教えだよ」

 

 クロノは作戦指揮官として、アーベルの準備作業を見守っている。

 アーベルは艦中央のメンテナンスルームから移設した工具や作業台を点検、配線や配置に問題がないか確認していた。

 実はクララがもう一方の主役となるので、使えないのである。

 

「クロノ、失敗なら僕ごと部屋をパージして放り出してくれ。

 転移でアースラの転送ポートに帰れるよう、準備はしてある」

「アーベル、君が出来ると言ったら、出来るんだ。

 僕はそれを知っている。

 ……もちろん、僕も転送の準備をした」

 

 やれやれと肩をすくめ、はっぱをかけてくれたのはいいがその根拠のない自信は何処から出てくるんだと、手だけは止めずに問いつめる。

 

「失礼する」

「……リインフォース、来たか」

「もうちょっとゆっくりでもよかったんだよ?」

「主の寝顔は心に焼き付けた。

 それに……」

 

 彼女の後ろから、車椅子に乗ったはやてが現れた。更に後ろには、守護騎士達だけでなく、なのはやフェイトの姿も見える。

 なのはとフェイトの役どころは、失敗の場合にパージされたこの部屋を封印し、時間を稼ぐことだった。

 

「はやて、起きても大丈夫なのか?」

「クロノさんありがとうございます、大丈夫です。

 それから、アーベルさん……」

「うん。

 ……聞いてくれた?」

「はい。

 ほんまに、ほんまにありがとうございます……」

「しばらくは……はやてちゃんにもリインフォースにも我慢させてしまうけど、何とかいい方法を考えてみるから、ちょっと時間を貰うね」

「はい」

「では、主はやて。

 『また後ほど』お会いしましょう」

「うん。

 リインフォースも頑張ってや」

 

 リインフォースはまだまだ何か言いたそうな主人を部屋から追い立てると、小さく頷いた。もう少しなら余裕もあったが、時間が余っているとは言い難い。

 

「じゃあ、はじめようか。

 リインフォースはそのベッドに寝て」

「了解した」

「クロノ、そっちの準備は?」

「問題ない」

「よし。クララ、頼む」

“システム同調しました。

 コントロールをマスターに渡します”

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 リィンフォースを救う。

 

 目的はこれで間違いないのだが、では『救われたリインフォース』の状態とは、どうあるべきなのか?

 アーベルはこの一点に思考を集中した。

 

 現状の何がよくないかといえば、壊れた本体を無限に再生し、都合の悪い状況を認識すると次元を越えて転生してしまう防衛プログラムである。

 

 しかし幸いにして、リインフォースはデバイスであった。

 管制人格として本体と直結しているが、本体その物ではない。暴走しているのは後付けされた防衛プログラム部分と、その直接支配を受ける本体だった。管制人格であるリインフォースが止めようとしていることからも、その点は理解できる。

 不可分とされているのは、制御部分や魔導の行使を行う駆動部だ。切り離せばデバイスとしての機能は失われてしまうだろう。

 

 だが、それでいい。

 夜天の魔導書の機能は、この際喪失してもいいのだ。

 

 主たる八神はやては、当初より一貫して魔導書としての闇の書には拘っていなかった。

 

 一騎当千百戦錬磨の守護騎士達も、命令を強制された事はあるとは言うが、『新聞読んでんとはよお風呂入り』『途中で味見せえへん子は料理禁止や』『子供は夜更かししたらあかん』『もふもふするから動かんといて』『今日は全員揃って買い物行くで』……。

 はやてが魔導に触れてからも、しっかりもののお姉さん、優しいお姉さん、元気な妹、頼れるお兄さん兼座敷『狼』───家族としての扱いしか受けていなかったという。

 

 そこに魔法一つ支援できないデバイスが加わっても、いいではないか。

 

 アーベルは、無限書庫で使われなかったクララの大容量ストレージ部分に管制人格の『人格』部分のみを移植してはどうかと提案し、それは受け入れられた。

 

 リインフォースはクララの内側で窮屈な思いをするが、はやてや騎士たちがアーベルとクララのところに来たならば話をするぐらいは出来る。管理局の許可が下りれば、そのうち別の独立したデバイスに移せるかも知れない。

 

 

 

 ……だが、アーベルとクララ、リインフォース以外は知らない真実も存在する。

 

 

 

 廃棄される抜け殻───本体には、実は何一つ改変を行わない。

 

 正確には、リインフォースはクララ搭載の大容量ストレージに『移植』されるわけではなく、人格部分とその記憶領域のみが『転写複製』されるのだ。

 

 アーベルが当初提案した人格部分の移植は、リインフォースによって早々に拒否されていた。

 もしも皆に語ったように完全な移植をして本体から管制人格───明確に防衛プログラムを抑えようとする意志───が喪われてしまえば、枷を解かれた防衛プログラムは復活を企図して活動を開始するだろう。

 ……よって消滅する瞬間まで、本体側のリインフォースは眠った振りをして侵食を抑え続ける。

 

『思い出のかけらの他は何も残せない筈だったのだから、十分すぎる。

 転写完了と同時に本体側人格の外部接続を切れば、経験や記憶は新しい私に連続されるだろう。その意味では、ほぼ完全な移植と変わらない。

 それに私はデバイスだ。

 ……人と違って複製されることなど、日常だぞ?』

 

 そう言って、彼女は念話越しに笑った。

 

 リインフォースの願いは、確かに叶う。

 だが同時に、リインフォースは永遠に喪われる。

 

 墓に持っていく秘密など、持ちたくはなかった。

 だがアーベルは、彼女の願いに応えることを決めた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「リインフォース、どうかな?」

「良さそうだ。

 作業に集中するぞ」

「了解」

 

『世話になったな、誇り高き鍛冶師よ。

 感謝する』

『うん……』

 

 モニターをにらみつつ、アーベルはこれでよかったのかと未だに自問していた。

 

 超一流のデバイスマイスターならば、彼女を封印同然にクララに押し込めるようなことをしなくとも、本体を廃棄せず夜天の魔導書として完全修復することもできたのではないかと思ってしまうのだ。

 出来ることを精一杯やったと、果たして言えるのか。

 アーベルにとっては、今この瞬間こそ、闇の書事件の本当の始まりかもしれなかった。

 

「クロノ……」

「どうした?」

「君がよく口にする『世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかりだ』って言葉の本当の意味が、ようやく僕にも分かりかけてきたかもしれない」

「……そうか」

 

 クロノは大きく溜息をついた。

 モニターには、ストレージ容量の30%が消費されたことを示す赤いバーが点滅していた。

 

「しかし、よくもこう都合良く大容量のストレージなんて積んでいたものだな?

 下手をすると、君の提案が通ってアースラの管制装置から魔導記憶媒体を流用したとしても、あるいは本局まで必要な機材を取りに戻ったとしても、間に合わなかった可能性が高い」

「闇の書対策本部にいた執務官殿のお手柄だよ。

 無限書庫でどんなデータを押しつけられるか、作業内容も含めて不明だったからね。とりあえず慌てないようにと準備したんだ。

 ……ちょっと無茶したけど」

「ああ、カートリッジ・システムも積んでいたな」

「あー、あれはそうでもない。

 レイジング・ハートを試射した時のデータ持ってたから、何とかなるってわかってた。

 それよりストレージの方が問題になるかも。

 クロノ、結果は任せるから、口添えして貰ってもいいかな?」

「……内容による」

 

 ストレージの占有率は76%で止まり、モニター上にはリインフォースによるプログラムの再処理が開始されたと表示された。事前の概算では72%だったが、この程度のオーバーで済んだのは幸いだ。

 

 高級なインテリジェント・コア一つ分の思考記憶領域をストレージに展開した場合の二十数倍の占有量に達しているが、彼女は稼働年数も長いのでこれも予想通りである。無論、ミッド式ならここまでの容量は必要ないが、真正古代ベルカ式のリインフォースではフォーマットが合わず、大きな下駄───クララが持っていた近代ベルカ式に使用するエミュレートシステムの基礎プログラムをリインフォースの指示で調整した───を履かせて規格を調えなくてはならなかった。

 

「いまリインフォースが使っているストレージ部分なんだけど、第四技術部の倉庫にあった最新型のエース級デバイス向けの新品、全部突っ込んだんだよね」

「……待て。

 全部って、幾つだ?」

「4ダース、計48個」

「よ、48……!?」

 

 クロノは職務中であるにもかかわらず、呆けた顔で椅子からずり落ちた。

 口にしたアーベルも、どれほどの無茶かは分かっている。

 

 ミッドチルダ式のエース級デバイス───例えばレイジング・ハートやバルディッシュ───に使うなら、48機分の記憶領域に相当するのだ。

 

 但し扱うデータが多くなれば、プロセッサの支援があってもデータ流量の増大でコアの処理能力に負荷がかかるから、大容量だから必ずしもいいとは限らない。検索も遅くなるし、高速化にも並列処理にも限度があった。

 少なくとも0.01秒や0.001秒の違いが生死を分ける戦闘魔導師は、扱える魔法術式や機能が増えるとしてもこのような仕様のデバイスを嫌う。少しでも早く、少しでも軽くが彼らの身上だ。

 

「何とかならないか?

 借用と持ち出しの申請はもちろんしてある。

 ……あ、もしかすると、課長のところで止まってるかもしれない」

「今更駄目とは言えないじゃないか、この確信犯め!」

「リインフォースの件がなかったら、点検して使用記録や運用評価と一緒に戻すつもりだったんだけど……」

「当たり前だ!

 それにしても48個か……。

 限度ってものがあるだろう?」

「結果良ければ全てよし、だよ」

「君の引き起こした結果をよく見ろ!

 よくはないだろ!」

 

“なんだ、喧嘩か?”

 

「リインフォース!」

『移植作業、終了しました。彼女には一時的に発声優先権を与えています。

 平時の魔力消費量も大幅に増加しますが、クラーラマリア本体の活動および使用には問題ないと思われます』

「うん、クララもお疲れさま」

 

 作業台上のクララがリインフォースの声を発し、メンテナンス・システム側がクララの声を発した。

 コアの処理能力とプロセッサの割り当てをクララが操作し、シミュレーション通りの切り替えが出来ているという。無論、リインフォースにクララの持つ内部機構を直接操作する能力はないから、受け取った音声情報をクララ側で処理して駆動部の発声回路にリインフォースの声を出させるといういささか遠回りな方法を取らせていた。

 

「どんな感じだい、リインフォース?」

“実に不可思議だ。

 別の器に封じられるなど、想像すらしたことがなかったからな”

「そっか」

“……だが、悪くない気分だ”

「……そっか」

 

 たぶん彼女は笑っているのだろう。声にも心なしか、明るい要素が混じっていた。

 あとは寝台の上の抜け殻───本体部分を消滅させれば、闇の書はもう悲劇を起こすこともない。

 

“全機能を暴走停止に振り向けてある。

 手早く葬ってくれ”

 

 ……これで、彼女の望みに応えたことになるのだろうか。

 

 

 

 新暦65年12月25日、午前8時。

 

 ストレッチャーで運び出されたリインフォースの抜け殻は、念のため凍結封印処理を施されると、クララに間借りしたリインフォース自身の示した手順に従って完全消滅させられた。

 

 



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第二十話「裁定を待つ者たちの午後」

 

 

 長い一夜が明けたその朝、『闇の書』消滅を確認後……とは言えアースラ内では夜明けも夕暮れもあったものではないが、事件終了に伴う報告会議が行われていた。

 

 なのは達は家に返されているしユーノも休息中、守護騎士は取り調べなどもあってアースラに留め置かれていたが、それでも全員が同じ部屋で過ごせている。はやては昼から病院に行くが、クリスマス会にも呼ばれているそうだ。

 ……はやて達の行動の自由については、対防衛プログラム戦での活躍とその後の態度からリンディとクロノが保証人として名乗りを上げ、海鳴市周辺での行動を許可していた。クロノなどは、フェイトの一件で色々と手続きの隙をつく術を手に入れていたらしい。

 

 会議室に集まっているのは、管理局に所属する関係者であった。

 対策本部長兼総指揮官のリンディ、現場指揮官のクロノ、現地本部司令エイミィ他、武装隊の隊長、災害対策チームのリーダーに混じり、アーベルも後方支援要員の代表として呼ばれている。

 

「こちらの報告は以上です」

「ご苦労様」

 

 幸い、広域結界を張り巡らせていた武装隊のお陰で第97管理外世界の被害は微少に留まり、事後に投入された災害対策チームによってそれらも復旧済みだった。

 

 最終戦の結果だけ見れば、最良に近い。

 

 だがそこに至るまでの過程では、魔力蒐集を受けた者もいれば怪我をした者もいる。

 グレアム提督による妨害と工作も、問題になるだろう。

 

「さて、マイバッハ技官」

「はい」

 

 アーベルも少しばかり無茶をしたし、厳罰とはならなくても始末書ぐらいは覚悟していた。……始末書よりは請求書の方が余程恐ろしいが、そのあたりも含め、今後は本局と対策本部の話し合いの後に下される裁定を待つしかない。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 午後も遅くになって、守護騎士達が取り調べから戻ってきた。

 

 アーベルもその頃には報告会議───後半はリンディとクロノによる小言大会になっていた───から解放されたので、クララとリインフォースを切り替えながら話を重ね、休憩スペースでのんびりと今後について考えていたところだ。

 

「おかえり」

“戻ってきたか”

 

 アーベルは襲われそうになったと後から聞いたことを勘案しても、複雑だなとは思えても守護騎士達に対して特に含むところはなかった。リインフォースから聞かされた『闇の書』の成り立ちやその後を考えれば加害者にして被害者であり、今は正統な騎士───ベルカ文化に於いて尊敬すべきとされる存在───に相応しい態度の片鱗さえ見られる。

 個人的には古代ベルカ式のデバイスを触らせて欲しいとか、使う術式を見てみたいというぐらいで、他には……強いて言えばシャマルは幾分ましだが、後の三人はちょっと無愛想な同僚というあたりで、そこはなんとかして欲しいだろうか。はやての人当たりの良さか、あるいはリインフォースの図太さを見習って欲しいところである。

 

 ……第一、前回の事件で父が殉職した親友や、自分よりも年下の少年少女達があの態度を取っていて、自分が何を言えるものではなかった。

 

「はやてちゃんはクリスマス会?」

「はやてはすずかやアリサに、魔法の話をするって言ってた」

「なのはちゃんとフェイトちゃんも一緒だから、きっと大丈夫よ」

「邪魔にならぬよう、ザフィーラが護衛についている。

 主はやての送迎と……ザフィーラの監視役は、テスタロッサたちが引き受けてくれた」

「そっか……」

“アーベル、クリスマスとはなんだ?”

「なのはちゃんからは、第97管理外世界の風習で元は宗教行事だったそうだけど、プレゼントを贈りあったり、皆で集まってケーキを食べたりするお祭りだって聞いたよ」

“ふむ、時代と共に移り変わったのだろうか?”

「かもねえ……」

 

 クララが気を利かせたのか、今はリインフォースが表に出ている。

 

 アーベルはなのはから聞いた話から、聖王降誕祭のような行事かなと理解していた。

 ベルカの聖王降誕祭は、昼間は学校で聖歌を歌ったり教会で偉い人の話を聞いたりと堅苦しいが、夜は家族で祈りを捧げ、美味しいものを食べるのだ。

 

「アーベル、少し聞いて欲しいことがある」

「なにかな?」

 

 シグナムは改まった様子で姿勢を正した。シャマルとヴィータも微妙な表情でこちらを見ている。

 ……最終戦の直前、似たような表情を向けられただろうか。

 

「今月の上旬になるが、我らは貴殿を襲おうとした。

 運悪く……いや、この場合は運良くか、主はやてのご友人月村すずか嬢と貴殿が接触したので諦めたが……」

「昨日、クロノから聞いた。

 グレアム提督の使い魔姉妹の方が責任重そうだけど、全体を通して考えると微妙なんだよなあ……」

 

 彼女たちの話を聞くまでもなく、責任の所在も含め、犯罪示唆に威力業務妨害と、色々とデリケートな問題を含んでいた。餌にされかけたことは流石に文句の一つぐらいは言いたいところだったが、そこも含めて全てをクロノに一任している。

 しかしリーゼたちが後押ししなければ、アーベルがここに居なかった可能性は高い。リインフォースも救えたかどうかわからないし、状況は似て異なったものになっていただろう。

 

 だが結果だけを見るなら最良に近いとも言えるわけで、アーベル個人としては襲撃未遂を考慮してもお釣りが出る。

 古代ベルカ式デバイスの使い手複数と知り合えたどころか、最近まで稼働していた純正融合騎の管制人格と自由に世間話が出来る現状は、決して口には出せないが……徹夜の疲れを吹き飛ばす程楽しくもあり、心躍る気分さえ引き出されていた。

 

「リーゼ達のやったことが決していいこと正しいことじゃないってのは、もちろん理解は出来る。……出来てると思う。

 でもね、割と結果オーライって言うか……未遂だし、突っ込まれるまでほっといていいんじゃないのかなって、僕は思ってる」

「そのような軽々しいことでは……」

「うん、まあ、それだけじゃなくて……。

 クロノの思惑も絡んでるから、あまり余所では言わないようにねって……これは僕からのお願い。

 それで手打ちにしない?」

 

 手打ちと言うには譲歩が過ぎる部分もあるが、クロノの思惑と自分が持ち出したストレージの行く末を考えれば、このぐらいは当然という気分もある。

 

「……クロノ執務官の思惑?」

「うん。

 僕も詳しくないけど、管理局も一枚岩じゃないんだよ」

「アーベルは局員じゃねえのか?」

「僕は嘱託の技官なんだ。

 本業はデバイスショップの店長だよ」

「戦闘魔導師ではなかったのね」

「魔力持ちだからたまに引っぱり出されるけどね。

 話を戻すよ。

 ……それでクロノ達も頑張ってるし、派閥主義なんて軽々しく口に出来ないけど、残念なことに何かと足を引こうとしてくる人達もいるんだ。

 だから隙をつっつかれないように、内幕はどうあれ今回の事件は大団円でおさめないと駄目なんだって」

「……大団円とは言うが、主はやてはともかく、我らは間違いなく罪を犯しているぞ?」

「うん。

 クロノはそれでも温情主義を盾にとって、なんとかこの事件を出来る限り丸く収めようとしている。

 今朝消滅した『闇の書』に、全ての悪を押しつけてね」

「……」

「今ここにいる『リインフォース』に、じゃないからね。そこは間違えないで欲しい。

 それはともかく、一番ありそうなのは減刑と引き替えに社会奉仕……はやてちゃんも含めた君たちの管理局への協力かな?」

「それは主も口にされていた」

「そっか……うん。

 そこでクロノの思惑なんだけど、この事件を丸く収めて、みんなちょっとづつプラスになるようにしたいって考えてるみたいだ。

 管理局そのものには闇の書事件解決の喧伝による管理世界全体への影響力向上、クロノやリンディ提督には事件を完全解決に導いたという功績を盾に取った派閥の躍進、グレアム提督は……立場その物が微妙だけど、聞いた限りでは基本的にクロノと同調している。同じく、管理局の影響力が大きくなれば、被害者への補償なんかも充実の方向に導けるって聞いた。

 そしてもちろん、はやてちゃんたちには管理局に奉仕することで罪の軽減と同時に社会的安定が保証される。……クロノは家族思いでね、全力で守るはずだから」

 

 クロノが家族の幸せについて敏感な原因が、前回の闇の書事件である……などとは言わない。それはクロノが心の折り合いを付けるべき問題であり、同時にアーベルの手前勝手でお膳立てをするなど親友を見くびっているにも等しい。また、当事者のどちらにとっても……今は早すぎるだろう。

 納得したようなしていないような表情の騎士達に、アーベルは付け加えた。

 

「どうかな?

 彼の身を守るためにも、思惑に乗せられてやって欲しいんだ」

 

 それまで黙り込んでいたリインフォースが、再び口を開く。

 

“烈火の将、そして騎士達よ。

 葬った私の抜け殻───『闇の書』に責任の全てを押しつけることで、丸く収まるのだ。

 同じ戻らぬものなら、有効に使え。

 それに……執務官殿やアーベルの苦労を水泡に帰すなど、たとえ主が許しても私が許さん”

 

「ちょ!?」

「リインフォース?」

“アーベル、お前は自分の思惑を伝えないのか?”

「いや、まだ実現できると決まった訳じゃないし……」

「アーベル、貴殿の思惑とは何だ?」

 

“アーベルは、私のデバイスとしての再生……それも融合騎としての復活を考えている”

 

 アーベルの心を余所に、リインフォースはあっさりとばらした。

 表情が伴っているなら、得意げであるに違いない声音である。

 

 世間話ついでに思うところをお互い交わしたのは、つい先ほどだった。

 現時点では実現の可能性がごく薄いので口止めをしていたような気もするが、彼女の中では無かったことになっているらしい。

 

 最近のデバイスは本当に言うことを聞かない連中ばかりだと、大きな溜息をつく。……いや、古くても同じか。

 

「……何だと!?」

「出来んのか!?」

「アーベルくん!?」

 

 詰め寄ってきた守護騎士達を落ち着かせ、アーベルは秘めていた思惑とやらを表に出した。

 

「検討中って言うよりは、まだ机上の空論に近いんだけど……」

「でも、リインフォースはもう魔法を使えないって言ってたじゃんか」

「今はね。

 下手に残すと危険もあったし、言い訳が出来なくなる。

 今だって、術式だけ与えても行使出来ないはずだよ」

“運用部分は全て切り捨てたからな。間違いない”

「順を追って話すけど、うちの家───マイバッハ家はベルカの旧家、それもデバイスマイスターの家系なんだよね」

“……私も初耳だぞ”

「まあね。……僕に古代ベルカ式デバイスの整備適正はない。出来無くはないけど、効率は格段に落ちる。

 とまあ、そんなわけで多少は融通も利くし、不完全ながら知識や資料もあるから、余所に任せるよりは上手く行くと思う。

 ユーノくんたちも協力してくれるはずだし、君たちもリインフォースの復活なら手伝いを頼んでも引き受けてくれるよね?」

「ったりめーだろ」

「はやてちゃんも、喜んで協力してくれるでしょうね」

「でも、ちょっと問題もあるんだ。

 具体的には……お金が足りない」

「金かよ!?」

 

 うげーという顔のヴィータに、情けない顔で頷く。

 シグナムとシャマルも微妙な顔つきだ。

 

「うん。

 はっきり言って、デバイスはお金がかかる。

 そりゃあストレージ・デバイスの入門機やそれに近い規格パーツなんかだと、ちょっと頑張れば子供でも買えるよ。

 でも、実戦機やエース機となると、そうもいかない。

 言いにくいんだけど……例えばリインフォースが今居るクララのストレージ部分、管理局の倉庫から無断に近い形で持ち出したんだけど、これが1個3500万の48個で16億8000万クレジット」

「……それじゃあわかんねえよ」

「ちょっと大きすぎて、ねえ?」

「あー……翠屋のシュークリームを毎日100個づつ食べても150年は余裕で大丈夫な金額」

「すげえ!!」

“書から切り離したお前達はただ人と変わらぬ。

 そんなに喰えば間違いなく腹をこわすぞ、紅の鉄騎よ……”

「……そんなわけで、個人じゃちょっと出しようがない。

 もちろん真正古代ベルカの未使用デバイス・コアなんて何処探しても出てこないだろうし、新規に開発となると製品の比じゃない金額が掛かる。

 そこでお金をそれなりに持ってるところに、気持ちよく出して貰おうかなって考えてた」

「具体的にはどこなのかしら?」

「管理局と聖王教会。

 うちの実家でも……無理すれば出せなくはないだろうけど、後ろ盾にはちょっと弱いから技術的協力って形で参加して貰うことになるかな」

 

 

 

 ……真正の古代ベルカ式デバイスを技術体系込みで復活させられそうなんですが、どうですか。研究費、出してみませんか。

 管理局魔導師にも適性の持ち主がいれば、大きく戦力が伸びますよ。

 教会騎士団も数の少ない継承デバイスのみならず、新造品の配備ができるようになります。

 今なら当時の技をそのまま受け継ぐ騎士が、指導してくれるかも知れません。

 

 宣伝文句としては悪くない。

 

 

 

「管理局と聖王教会は協力って言いながら、実際そこまで踏み込んだ協力はされていないんだよね。……以前はそんなに仲良くなかったってのもあるけどさ。

 そこをちょっと引っかき回してみようと思ってるんだ。

 アームド・デバイスの試験機作って技術を確立、そしてある程度の世間への浸透と普及。

 その間に平行して、無限書庫でユニゾン・デバイスの技術資料の収集。

 こっちも試験機がいるかな……?

 どちらにしても、技術が確立してからなら……リインフォースも安く、しかも安全に復活できるだろうね」

“道理は通っているな”

「はやてちゃんには言ってもいいかな。でも当面は動きようがないから、10年単位で待つようなつもりでいてほしい。

 クロノには触りだけ話をしたけど今はそれどころじゃないし、管理局も聖王教会も首を縦に振るとは限らないからね。

 僕だって君たちと同じく裁定を待つ身だし、駄目で元々、無理ならまた別の手を考えるよ」

「えっ!?」

「待て、何故貴殿が裁かれるのだ!?」

“シュークリーム150年分の機材を手前勝手に持ち出したからな。

 つい先ほども、尋問並の小言を執務官殿と艦長殿から並べ立てられていた。

 ちなみにその執務官殿もだ、主や我らを庇おうと尽力しているのみならず、この件では局から小言を貰う立場と聞いている”

「アーベルくん、あなた……」

「すまぬ、何と言えばいいのか……」

「……ほんとごめん」

「リインフォースの件がなかったら、こっそり手続きして戻すつもりだったんだけどなあ……」

“おかげで私は執務官殿やアーベルに頭が上がらぬのだ”

「なのにこの態度なんだよ。

 みんなからも言ってやって」

 

 当面は事件の収束に全力で掛からねばならない。

 全てはその後、余裕が出来てからの話になる。

 

 そう言えばもうひと月も店を閉めっぱなしだなと、アーベルは机に突っ伏した。

 

 



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挿話「プレゼント」

 

 アースラ艦内は、事件の後始末のために動いていた部署も、今は休息に入っていた。

 艦内時間で午前1時過ぎ、奥まった場所にある取調室の机には、アーベルの煎れたインスタントコーヒーが湯気を立てている。

 それじゃあ始めようとクロノは頷き、アーベルは右手を差し出した。

 

“ふむ、どこから話したものかな……。

 時系列に沿うがよいか?

 それとも、執務官殿の用意した質問に従うがよいか?”

「時系列順に話して貰って、後ほど質問をさせて貰おう」

“了解した”

 

 取り調べ対象はクララに封じられたリインフォースで、魔力さえ供給して貰えるなら寝てもいいぞとは言われたが、とてもそんな気分にはなれなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

“製造された当初のことは、それなりに覚えているな。

 賢王歴の25年、春分日だ”

「……けんおうれき?」

「クロノ、ベルカの諸王時代は王国ごとに暦が異なっている上に、各王の即位と崩御で暦年が変わる。しかも誰もが正統を標榜してるから、国の名は全部ベルカだ。

 後からデータベースで調べないと特定は難しい……って言いたいところだけど、戦争で記録その物が喪われているかもしれない。

 下手すると、リインフォースが考古学上のミッシングリンクの一部を埋める可能性さえあるよ」

「……君はベルカの魔法学院出身だったな」

「初等部までだけどね」

 

 後ほど調べたところ賢王と名乗ったベルカの王は4人いて、リインフォースの出身地などは特定できなかった。

 

“私は旅する魔導書『夜天の魔導書』として作り出され、あらゆる魔導を記録することが役目とされていた。

 戦場はもちろん、各地の賢者や隠者の元を主と共に訪れ、魔導術式を記録していった”

「初代主の名は?」

“真名は知らぬ。

 私は書の導師と呼んでいた”

「それじゃあ特定は難しいかも。

 書の導師って魔導書専門のデバイスマイスターのことだよ……」

「そうか……」

“ともかく、初代主の頃も世はなべて事もなしなどとは間違っても言えないような戦続きでな、書の導師が王ともども戦に倒れ、私は二代目の主……敵国の騎士に使われることになった”

 

 初代主は戦によって世界が炎で包まれても後世にあらゆる術式が残るようにと夜天の魔導書を作ったが、新たな使い手にそのような気はなかった。

 

 そのままでは戦闘に使いにくいと、次々に改変が繰り返された。

 数代の主を経る内に、大威力の術式に耐える頑強な駆動系や抵抗する相手から強制的に蒐集を行うプログラムが追加され、書を守るための防衛機構や当時の騎士を魔導複製した守護騎士システムも備えられていった。

 

 リインフォースも行動に枷を填められ、あらゆる意味で主に忠実な管制人格として『再利用』されている。魔導書の内側で記録と観察を繰り返す日々は、それ以来永遠のように始まったのだと言う。

 

「リインフォース、君はその頃から自由意志を封じられていたのか?」

“考える自由だけはあったぞ。

 ……狂う自由こそなかったがな”

 

 思わずクロノと顔を見合わせる。

 

「もしかして、守護騎士達も……?」

“彼女らは、私以上に酷い扱いだったやも知れぬ。

 主への絶対服従を刷り込まれ、騎士の心を内に殺したまま書の防衛プログラムと連動し、魔力と術式の蒐集を機械のように行っていた”

 

 リインフォースたちが人間でないからと、頷けるはずがなかった。

 彼女たちもまた、犠牲者だろう。

 

“だからこそ主はやてより、人に魔法を向けるなど以ての外、力もいらぬ、ここを我が家と思い自由に、そして平和に暮らせと『命じられた』彼女たちは、恐ろしく戸惑った。

 そして守護騎士らが人の心、騎士の心を取り戻し始めたその時、主の足が動かぬ原因が闇の書その物にあると気付いて、悲劇が繰り返されようとしたのだ。

 彼女たちは書の転生に伴ってほぼ白紙での再起動を繰り返してきた故、断片的な知識はあれど、書の完成後に主がどうなるかなど知らなかった。

 ……今回はこの様な結末となったが、未だに信じられない、と言うのが正直なところだ”

 

 過ぎたことだ、などと一口に言えるわけもない。

 彼女は数百年をその苦悩の中で過ごしてきたのだ。

 

“話を戻そう。

 気付いた頃には、改変の重ねすぎで防衛プログラムが私どころか主の命令さえまともに受け付けず、ただ一つを除いてほぼ無意味だった”

「ただ一つ?」

“最後の改変……いや、改悪後か。

 書の暴走が確定的になり……幾度も転生を繰り返している内に、蒐集が終了し書が起動するその時───防衛プログラムが待機から目覚めるまでのその一瞬だけ、夢見など使わず主人に直接声を届かせることが可能だと、かなり後になってから気付いた。

 ……だがこれも、同じく無意味だったかもしれぬ。

 大抵その頃には魔導の圧力に狂わされたか、欲に囚われていたか……あまり歴代主人の悪口を述べたくはないが、初代以来まともな出会いを出来た主は居なかった。

 いや、まともだった者も闇に飲み込まれ、狂わされ、堕とされたと言うべきかもしれぬがな……。

 救い出す手段も、時間も、ありはしなかった。

 私はせめて主が心安らかに逝けるよう、暴走が始まり防衛プログラムが主を食い殺すまでの時間、望みの夢を贈ることしかできなかったのだ”

「……その意味では、はやてちゃんは奇跡だね」

“まったくだ。

 貴殿らが傍らに揃っていたことも、やはり僥倖と言うより他はない”

 

 リインフォースの満足げな声に、アーベルとクロノは再び顔を見合わせた。

 クロノは表情を引き締め、アーベルは少しだけ目を閉じる。

 

「……リインフォース、前回の事件のことはどこまで覚えている?」

“……表に出ていた時間のことなら、大凡はな”

「そうか、では頼む」

 

 彼女の口から語られた内容は、凄惨なものだった。

 クロノは流石に亡父が最期に関わった事件とあって詳細を知っていたようだが、前代の主はとある管理世界に住んでいた魔力が強いだけの子供で当時わずか7歳、書が起動する前は両親と普通に暮らしていたらしい。

 それが狂ったのは書が起動した時、突然現れた守護騎士達と両親が争いになり、血が流れてしまったことだった。

 

 その先はアーベルも知っている。

 

 主人の心神喪失により守護騎士達が暴走、手当たり次第に魔力を持った人々が襲われ、蒐集が進むと同時に死者が増えた。

 管理局は可能な限りの艦隊と魔導師を急遽差し向け、激しい戦闘の末に一度は鎮圧を成功させたが……時既に遅く、書は蒐集を終えていた。

 

 封印されたかに見えた闇の書は巡航L級2番艦『エスティア』───クロノの父、クライド・ハラオウンが艦長を務めていた───内にて暴走、再封印を試みたが逆に艦の制御を奪われてしまった。

 艦長は全乗員に即時退艦を命令、自分は居残ってエスティアのコントロールを取り戻そうと腐心したが、装備していた魔導砲アルカンシェルが僚艦に向けられるに至って艦隊司令にエスティアの破壊を進言せざるを得なくなり……。

 

“……艦長は通信を切った後でさえ、少しでも時間を稼ごうと手を尽くしていた”

「……そうか」

“そして大事なことだが……執務官殿”

「なんだ?」

“艦長の名はクライドと言ったか”

「……!」

“絶句は『リンディ、クロノ、すまない』、だった”

「知っていたのか、君は!?」

“二人揃っていれば嫌でも気付く。

 義理を果たしたなどとは間違っても言えないが、確かに伝えたぞ”

「……いや、ありがとう」

 

 アーベルは……嗚咽する親友に顔を向けることが出来ず、寝た振りをした。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 次の日にはクロノもいつも通りの表情で職務に戻っていたし、アーベルもその夜のことは、以後一切口にしなかった。

 数日してリンディからも小声でありがとうと言われはしたが、それだけである。

 

 

 

 ……第97管理外世界では、闇の書を完全破壊したその日は親しい誰かにプレゼントを贈る日だという。

 

 悲劇の連鎖を止め、はやてとリインフォースを救う為に尽力した二人の母子への……11年越しの父親からのプレゼントだったと、無理にでも思いたいところだった。

 

 



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第二十一話「甘くて苦い『最良の未来』へ」

 

 アースラが第97管理外世界を離れ本局へと航路を取ったのは、事件が終焉を迎えた3日後、12月28日の夕刻だった。対策本部の解散までは現地本部が残されるので、人の行き来は途絶えていない。

 

「もう一度ぐらい、翠屋のコーヒーを飲みに行きたかったんだけどなあ……」

「贅沢を言うな。

 君は武装隊の現地待機所に行って、地上の空気を吸えただろ?

 僕なんかずっと艦と本局の往復だぞ」

 

 クロノとリンディは本局と往復して折衝を行いつつ帰還までに必要な一次報告書類の作成、エイミィは現地本部とアースラを往復しつつ、武装隊待機所の閉鎖や現地本部の出張所への改組をにらんだ手続きなどに手を着けはじめていた。

 

 アーベルは対策本部解散前の一仕事として、派遣されていた武装局員のデバイス整備を行っている。慣例として、借り受けた彼らをそのまま返すことは出来ない。事後の現地休暇1日に加え、任務中に使用した装備の整備や修理を行って元の状態に復することは最低限の礼儀でもあった。

 おかげで気付いたときにはもう出航時刻だ。

 

「そうだ、本局から君への裁定が出たんだが、聞きたいか?」

「……なんでまたそんなに早く?」

「本局側は事件解決の成果を早く表に出して最近関係が拗れているミッドの地上本部を牽制したかったし、こっちも有耶無耶なうちに要望を押しつけたかったし……色々だ」

「そっか、色々か。

 もちろん、聞かせて貰うけど……」

 

 ここ数日、クロノやリンディが幾度も本局と往復していたことは、アーベルも知っていた。やや憂鬱な気分で神妙な態度を取ると、沙汰を待つ。

 

「最初に闇の書対策本部在籍中に於ける君の評価だが、僕や提督だけでなく、武装隊や災害対策チームからのものも含めてすこぶる良かった。特に任務達成率については出撃やその後の対応もあって、通常ではあり得ない数値になっている。

 しかしだ。

 ただ一点、例の大容量ストレージの大量持ち出しは流石に問題になった。

 申請書類は調っていたが、君の裁量を大きく越えていたことは分かっているな?

 通常なら、始末書どころか収監されても不思議じゃない」

「もちろん」

「だが、同時に君は結果も残しているし、今更リインフォースを処分してストレージを技術部に戻すという選択肢は選べない」

「……うん」

「そこで表向きは管理局からの招聘に応えるという型式になるが、君にはこちらの世界にどっぷりと浸かって貰うことにした」

「うへえ……」

 

 罪を問われなかっただけでもましかと、アーベルはため息を飲み込んだ。

 大容量ストレージを返却するという選択肢がなくなってしまった以上、贅沢は言えない。

 

「言うなれば司法取引に近い相殺だ。

 本来なら持ち出しの経緯は君の責任、使用の経緯は僕の責任と別に扱うのが妥当だろうが、有耶無耶にする為にこちらでまとめて預からせて貰った。

 ……次はないぞ?」

「うん、わかってる」

「ならいい。

 それでだ、リインフォースの件は報告こそ上げたが、やはり本局側も堂々と表に出せないと判断した。

 結局、『今後得られそうな利益』をちらつかせて対策本部の正式な命令に基づく貸与物品とすることを認めさせ、時期を遡って情報収集任務に必要な機材として処理したんだが……本当に苦労したんだからな?」

「ごめん……」

 

 この親友、やはりただ者ではない。

 

 買い取りどころか、下手な難癖でもつけられれば業務上横領に問われる可能性すらあったところに、この結果を引っ張ってくるのだ。彼の手腕には恐るべきものがある。

 ……クロノを敵に回すことだけは絶対にやめようと、アーベルは心に誓った。

 

「まあ、経緯はともかく、あれは実質的に君のものとなった。もちろん、カートリッジ・システムもだ。

 そして局へ供される利益、もとい君の今後だが……具体的には第四技術部に新しく立ち上げられる課の課長に就任して貰うことになった。

 これは決定だ」

「へ?」

「本局技術本部第四技術部第六特殊機材研究開発課。

 設立目的は、真正古代ベルカ式デバイスの研究および再現」

「……通るのか!?

 うちの親父でさえ目を逸らしてたんだぞ?」

 

 古代ベルカ式デバイスとその魔法の扱いは、管理局と聖王教会との関係を端的に表していた。以前よりはましになったが、これまで両者は協力とは口にしながら対立ではないギリギリのレベルで関係を保っていただけに過ぎない。

 

 だからこそアーベルも、10年単位の苦労を覚悟していたのだが……。

 

「通した。

 政治的な毒物には同じ毒をぶつけるのが一番だろう?

 それに毒は薬にもなる。

 ……ともかく、課長待遇だから身分は上級技官、それも二佐相当官だ。

 喜べ、僕よりも高い階級だ」

「待ってくれ、僕は正規の局員ですらない。

 大体、課長なんて言ったら管理職でも上級職だろう!?」

「大丈夫だ。

 課と言ってもカテゴリーCの小さな課だし、本局が正式に検討した上での承認なら誰も問題に出来ない。政治家上がりの司政官や法務官なんていきなり将官だぞ。教会との関係に気を使ったにしても、君なんかましな方だ。

 実際、事件云々を抜きに、君───いや、君の父上もだが、高い評価を受けているからな。おかげで上の方もあまりごねなかった。

 ストレージ48個と引き替えに君が毎日出勤するなら、安い買い物だと判断されたんじゃないか?」

「他人事だと思いたいなあ……」

 

 こっちには正に高い買い物だったと頭を抱える。

 ……ただより高いものはない。

 

「君はもう少し自己評価を上方修正すべきだな。

 それに僕としても……入局してくれとまでは言えないが、君が出世してくれると非常にありがたいんだ。

 アテンザ技官も『こちら』をよく助けてくれるが、彼女も忙しくてな……」

「だろうねえ……」

 

 ちなみに彼の言う『こちら』とは、ハラオウン閥のことである。クロノの父クライドが殉職したことで往事の影響力こそ潰えたが、リンディがぎりぎりで踏みとどまり今はクロノが羽ばたきつつあった。

 

「まあ、出世は後からでもいい。

 強制入局とその後の奉仕による相殺という提案もあったんだが……流石にマイバッハ家の長男にそんなことをすれば、君の実家どころか教会が黙っていないだろう?」

「うん、多分」

「嘱託のまま常勤ということに譲歩させたが、ついでに説得は僕が行うということになって、貸しも一つ増やせた」

「はいよ」

「最期にもう一つ……すまないが、流石にいまある店は閉店して貰わざるを得ない。

 志願者採用ではなく民間技術者の招聘という形になっているから、君には規定に照らし合わせた保証金が用意されるだろう」

「そっか……」

 

 新店舗の夢は遠のいたどころか、どこかへ吹き飛んでしまったらしい。

 代わりに当座の希望はほぼ満額にて叶いそうで、罪に問われることもない。そちらを以て良しとするしかないだろう。

 

 だが、クロノの示した身の振り方は、確かに最良でもある。

 

 店は諦めざるを得ないが、リインフォース復活への道筋は立っているし、アーベル自身にも古代ベルカ式デバイスへの興味はあるから全く文句はない。不義理をしている実家への手土産にも十分過ぎるだろう。父どころか、祖父すら喜び勇んで駆けつけてくるかもしれなかった。

 

「うん。

 任せたと言ったのは僕だし、クロノが思う最良の結果を引き出してくれたんならそれでいいよ」

「だがアーベル、君の夢は……」

「諦めるとは言ってないさ。

 技術部で結果出したら、自由度も上がりそうだしね。

 それにもう数日は、君が上官だろう?

 部下は素直に従うものだよ」

「……すまない」

「いいって。

 どちらにしてもリインフォースのことはどうにかしなきゃならなかったんだし、僕が責任者に就くならその方がいい。

 ちょっと順番が変わっただけだ」

“面倒をかける。私からも詫びを言わせて貰おう”

「気にしない気にしない。

 それに、格好いいじゃないか。

 本物の古代ベルカ式デバイスの復活だよ?

 デバイス技術史に名を残すなんて、そうそう出来るもんじゃない」

“……もう出来た気でいるのか?”

「そのぐらいの気概でないと、デバイスマイスターなんてやってられないよ」

 

 実際、政治的な手枷足枷さえ取れたならば、ユニゾン・デバイスはともかくアームド・デバイスの復活はそう難しくないんだと、クロノ達に補足する。

 とぼけた様子のアーベルに気遣いを感じたのか、クロノは小さく溜息をついて頷いた。

 

 だが、その心配は無用だということを、クロノは知らない。

 首が回らなくなるかと気鬱が続いていたところに、古代ベルカ式デバイスの復活などという大仕事がやってきたのだ。

 それこそ店など後回しにしても十分お釣りが来るなと、アーベルは内心で拳を握りしめていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 年が明けた新暦66年1月6日、闇の書対策本部は正式に解散し、メンバーはそれぞれ新しい道に向けて歩き始めた。

 

 まず対策本部の中心となったアースラは、リンディ以下全員が任務完遂に対する功績を以て階級章に星あるいは線を増やし、その努力が報われた形になっていた。

 執務官など正しくは資格であり階級ではないが、評価や勤続年限に応じた等級も内規されているし、表向きにも新人執務官に与えられる三尉待遇から小型艦や大規模な部隊指揮を任される一佐待遇まで幅広い。クロノは今回の功績で三佐待遇の執務官となり、着実に父親の後を追っている。

 

 グレアム提督の処分は、依願退職という灰色の決着を見ていた。彼が告白した闇の書封印計画のうちで、罪に問われそうな内容は報告義務の怠惰、事件発生後の捜査本部へのクラッキングと数件の捜査妨害や犯罪教唆、そして八神はやてをも含んだ凍結準備。デュランダルの開発は私費を投じて行われていたし、はやてへの経済支援や手紙のやり取りは罪ですらなかった。

 クロノは取り調べの後に、それまでの功績と計画内容を鑑みて罪一等を減じ一階級の降等処分、今後も管理局にて贖罪を含めた精勤をという決着を望んでいた。しかし本人は退役と収監と裁判を主張して平行線、間に入った本局の同僚やかつての部下がなんとか説得をしてこのような仕儀となっていた。今後は使い魔共々故郷に腰を据えて、はやてへの援助を続けながら余生を送るという。

 グレアム提督本人と会うことは出来なかったが、リーゼ姉妹が店を片付けていたアーベルの元に現れ、小さな詫びとキスマークを残していった。騒ぎ立ててもクロノが困るだけだし、結果も上々だ。まあいいかとアーベルは肩をすくめてその一件を記憶の彼方に押しやった。

 

 なのはは家族とも話し合い、正式に嘱託魔導師試験を受ける事を決めたようだ。彼女なら受からないと言うこともあるまいし、未来のエースとしても嘱望されている。何よりレイジング・ハートの整備費用が局持ちになることは、彼女とアーベルにとっては重要かもしれない。

 フェイトはもうしばらく拘束奉仕期間が残っているが、新たに彼女はフェイト・テスタロッサ『・ハラオウン』として、リンディ提督の義娘となる予定だった。今年いっぱいぐらいはアーベルも更生協力者として、彼女の頑張りを見守ることになるだろう。

 ユーノはその能力を評価され、無限書庫の司書として正式に入局することが決まっていた。当初の所属こそ本局の施設部とされていたが、元となる部局がないので実質は彼がトップである。あの一週間はアーベルにとっては地獄だったが、ユーノはあの最中にも知識の探求者として楽しみを見出していたと言う。本人が望むなら何も言えない。能力からしても天職だろう。

 

 

 

 八神はやてと守護騎士達は、少々複雑だ。

 

 はやて本人は状況や行動を詳細に調査されたものの、結局は事件の重要参考人ながら被害者と認定され、処分は罪を伴わない一般保護観察に留まった。当人が『闇の書』の主人となったのは力を渇望した結果ではなく偶然であり、魔法を知ってからも蒐集を指示していないし、暴走を止めるきっかけを作った事件解決の功労者でもある。

 

 守護騎士達は、前回11年前の暴走とそれ以前の事件については罪状の追求を免除された。服従が刷り込まれていた上にリセットされてしまった騎士達に、以前の記憶はほぼない。また同時に、管制人格としては無力化されながら記憶を保たざるを得なかったリインフォースの証言が管理局の記録とほぼ一致、前主人が防衛プログラムに浸食された結果の蒐集および暴走と裏付けがなされていた。

 

 だが今回分については、酌量の余地はあっても不問とは出来なかった。死者こそなかったが『自主的な』蒐集による被害者は数十名にのぼるし、器物損壊や保護動物への襲撃も誤魔化しようがない。

 

 その彼らは魔法生命体であり、兵器として扱うか人格を持った個人として扱うかについては、本局側と捜査本部側で論争となった。廃棄処分にしてしまえという過激な意見さえあったが、即戦力として申し分ないこと、闇の書という枷を解かれた本人らに反省と贖罪の意志があること、更には彼らの主八神はやてが強力な魔導師でありなおかつ希少技能を持つことから、本局運用部のレティ・ロウラン提督が名乗りを上げ、一旦はひとまとめにして彼女に預けられることになった。

 

 本局上層部の意向と対策本部の強力な後押しで結果ありきとされた即決の非公開裁判も終わり、今後は必要な教育───主人のはやては管理外世界の出身で魔法を知らず、騎士達は更生もさることながら現代の常識を知らない───を受けながら、贖罪を兼ねた平和への奉仕を行うのだという。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 一方のアーベルはと言えば……。

 

「アーベルさん、すごい出世じゃないですか」

「……マリー、代わってくれる?」

「いやですよ」

 

 新暦66年、2月も半ば過ぎ。

 本局技術本部第四技術部第六特殊機材研究開発課───第六特機は、現在の処どこにも存在しなかった。

 辞令はすぐに出たがアーベル個人の異動手続きや仕事の引継も済んでおらず、予算を申請しようにも根拠となる計画書すらなく、課員の募集はその後になるから誰も手伝ってくれない。

 仕方がないのでこれまで通り元々所属していた機材管理第二課の机をそのままにしてもらい、そこで設立準備に当たっていた。

 

 店は一ヶ月の休業の後、顧客には惜しまれつつ閉店してマイバッハ工房も退職した。工具類や作業台をアパートに詰め込んだので、最近は技術部の仮眠室で寝泊まりしている。

 ただ、アーベルとしても少々惜しかったので、技術部や両親と相談の上で『マイバッハ商会』を新たに設立して社長に就任、出向という型式を取っている。現状ではペーパーカンパニーに近いが、デバイスパーツの購入時に領収書が切れて節税が出来る、技術部で処理しにくい個人的依頼を受けたときにそちらが使える等、小回りがききやすい。

 

 第五病棟のカルマンの元には、今も時折訪れていた。事情を話すと出世を祝われたが、内心は複雑だ。デバイス仕様の小型機器の試作にも手を着けていたが、そちらは少し先送りになりそうだった。

 

 士官学校での授業も続けている。生徒達はアーベルが闇の書事件対策本部に徴用され、そちらに出向していたことを知っていた。補講の合間に幾度も武勇伝をねだられたほどだ。無論、一ヶ月の臨時休講は正規の命令によるものでお咎めはなく、学校側からも来年度以降の講義を望まれていた。

 

「店の開店より大変そうだな、これは……」

「そうなんですか?」

「うん。

 予算や備品の調達から研究目標の設定まで……色々あるけど、とりあえず事業計画書の作成が先かな」

 

 計画書を提出したら審査が終わるまでは休暇を取って、もう一度翠屋のコーヒーを飲みに行こう。

 アーベルは腰を伸ばしてぱきりと言わせ、再びディスプレイに向き直った。

 

 



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第二十二話「再会」

 

 

 新暦66年の3月も終わり頃。

 闇の書事件が終息してから三ヶ月が経過していた。

 面倒は色々あったが事後の混乱も概ね沈静化し、日常が戻っている。

 

 4月から新設される第六特機も雛形が出来上がり、アーベルもようやく出張と言う名の休暇を取れていた。

 

「こんにちはー……って、誰もいないか」

“一番はやいフェイト嬢とアルフの帰還が今夕です”

 

 闇の書事件に際して用意された現地本部は、第97管理外世界の管理局出先機関になるはずが、いつの間にかハラオウン家の所有する自宅となっていた。質量兵器全盛の世界に正式な出張所の開設は時期尚早と判断されたのか、それとも判断『させた』のかは不明瞭だが、大事件が続いたこともあって非公式ながら連絡事務所としての役割も備えているという。

 

 用があるのは八神家だが、そちらの転送ポートは管理局により八神家専用にロックされていて使えない。仕事絡みなので書類を調えれば許可は下りるだろうが、用意するのが面倒だったのと翠屋に寄ることだけは決めていたのでこのような成り行きとなっている。

 

 戸締まりはキーコードを預かっていたクララに任せ、アーベルは以前歩いた道を思い出しながらマンションを出た。

 

『流石は地上。随分と季節感があるなあ』

『“本局と比べるのはどうかと思います”』

『ショッピングモールのウインドウ見て判断するのが普通だもんな……』

 

 時刻は昼過ぎ、散歩や買い物には丁度良い陽気である。

 人通りも多い。

 

 その中の一人に、アーベルは視線を引き寄せられた。

 

「……あ」

『“月村すずか嬢ですね”』

 

 近寄って声を掛けようとする前に、すずかの方でも気が付いたのか、こちらに向けて手を振ってくれた。

 

「お久しぶりです、アーベルさん!」

「すずかちゃん、こんにちは」

「遊びに来られたんですか?」

「うん。

 やっと休みが取れたんだ。……名目はお仕事だけど。

 すずかちゃんは……って言うか、ああ、こっちの学校も春休みなんだっけ?」

「はい。

 今日も……図書館です」

「ん?」

 

 ちょっと寂しそうな様子に、首を傾げる。

 

「お友達がみんな忙しくて……。

 アリサちゃんはアメリカだし、なのはちゃんたちは……」

「あー……。

 今日は講習受けてるんだっけ」

「そう言ってました。

 アーベルさんも、魔法使い? なんですよね?」

「うん。

 ……すずかちゃんは魔法のこと聞いてるから、話してもいいか。

 魔法使い───魔導師でもあるけれど、本業は魔法使いの杖屋さんなんだ。

 デバイスってわかるかな?」

「レイジング・ハートやバルディッシュ、ですか?」

「そうそう。

 言葉にするとデバイスマイスターっていうお仕事なんだけど、デバイスを作ったり、整備したり、修理したり、わがままを聞いたりする人」

「ぷ……」

「みんな笑うけど、最近のデバイスはほんとわがままなんだよ……。

 っと、ごめん。

 長話になっちゃったね」

「いえ、今日は本当に時間が空いちゃったんです。大丈夫ですよ」

「じゃあ、今から翠屋に行くつもりなんだけど、すずかちゃんも来る?

 丁度お礼もしたかったし……」

「行きます!

 でも、お礼……?」

「それこそ長くなりそうだから、向こうで話そうか」

「はい」

 

 いかがわしい場所に誘ったわけではないしその気もないが、親友の実家が経営する店なら信用もあるのだろう。

 彼女はにこにこと楽しそうな様子に転じて、アーベルの提案を受け入れた。

 

「いらっしゃいませ……って、あら!」

「士郎さん桃子さん、お久しぶりです」

「こんにちは」

「お、アーベル君じゃないか!

 それにすずかちゃんも!?

 一緒に来たのかい?」

「はい。

 すずかちゃんとは、また道でばったり会いました」

「なんか出世して偉いさんになったんだって?

 なのはやクロノ君から聞いたよ」

「あれはクロノに無理矢理押しつけられたんですよ……」

 

 今日はすずかもいるのでテーブル席にして貰い、ロブスタのストレートと、すずかの希望でキーマン・ティーと日替わりのケーキを注文する。

 

「でもお礼って、なんですか?

 道案内……?」

「道案内も助かったんだけど……えーっと……」

 

 まさか襲撃されそうになった時、お守り代わりになってくれたとも言えない。

 だがそのお陰で、リーゼ達の企図した守護騎士による襲撃が未遂に終わり、当事者とクロノ以外が知らずに済んだことも事実だった。

 

「魔法関係のお話も絡むから全部は言えないけど、すずかちゃんが僕に声を掛けてくれたことがきっかけで、何人もの人が助かったんだ」

「え……?」

「もちろん、僕もね。いや、僕が一番助かったのかな。

 あー……すずかちゃんが道案内をしてくれた時、歩きながらお話ししたおかげでスピードがちょっとゆっくりになったから、そのままだと起きていた事故が起きないで済んだ……みたいな感じかなあ。

 ごめんね、こんな言い方で……。

 でも、本当に感謝してる。ありがとう、すずかちゃん」

 

 戸惑うすずかにきっちりと頭を下げる。

 襲撃が成功していれば、グレアム提督に灰色の決着を押しつけることは難しかったかもしれない。はやてや守護騎士達も一頃に比べてかなりうち解けてくれたが、今のような関係にはなっていなかっただろう。

 ……卵が先か鶏が先かはともかく、彼女らの強力なサポートなしにアーベルの今後の予定は成り立たないから、襲撃が未遂で済んだことはひとつの幸運となった。

 

「お待たせしましたー。

 って、すずか、どうしたの?」

「えーっと、お礼、言われちゃった」

「お礼?」

「うん。

 あ、アーベルさん、翠屋でアルバイトをしているわたしの姉です」

「月村忍よ。

 よろしくね。

 ……あなたがなのはちゃんたちの言ってた偉い人?」

「アーベル・マイバッハです、はじめまして。

 あー、その、偉い人は勘弁して下さい……」

 

 すずかの姉は、悪戯っぽく微笑んでアーベルに視線を注いだ。

 アーベルは大きく息を吐き、天井を見上げて視線をかわした。

 

「アーベルさんも魔法使いなのよね?

 一度私にも魔法を見せて貰えないかしら?」

「お、お姉ちゃん!」

「忍、流石にそれは不躾だろう」

「えー!?

 なのはちゃんったら恥ずかしがって見せてくれないし!

 チャンスよ、チャンス!」

 

 もう一人現れた青年も、やはり魔法のことを知っているらしい。

 

「忍が迷惑を掛けたな。

 高町家の長男、高町恭也だ。よろしく」

「ああ、なのはちゃんのお兄さん!

 こちらこそお世話になっています、アーベル・マイバッハです」

 

 テーブルを賑わせてから仕事に戻る二人を見送り、すずかと顔を見合わせて、なんとなく溜息をついて苦笑する。

 

「ごめんなさい。

 お姉ちゃん、興味のあることには食いついて離れないんです……」

「知られているから見せるぐらいはいいんだろうけど、ここではちょっとね。

 でも、見えない魔法なら今も使ってるよ」

「えっ!?」

「翻訳魔法がちゃんと働いてるから、こうしてすずかちゃんとお話が出来るんだ」

「あ……」

「フェイトちゃんなんかは苦労してるんじゃないかな?

 魔法越しに言葉は通じても、ちょっとした生活習慣の差とか微妙な例え話までは埋まらないからね」

「フェイトちゃん、国語はちょっと苦手みたいです」

「なるほど……」

 

 会話を続けながら、余人に見えない魔法で彼女が体感できそうなものを思い浮かべてみる。

 ……インヴィジブル・バインド───ステルス属性の見えない捕縛魔法が真っ先に浮かんだが、そんなことをするぐらいなら翠屋のバックヤードを借りて宙に浮かぶ方が遙かにましだ。

 

『クララ、微少魔力測定プログラムを起動して』

『“了解しました”』

 

 こんなことではそれこそ礼にもならないだろうが、少しでも彼女が楽しめるような何かが……。

 

「そうだ、紹介しておくね。

 僕の相棒、クラーラマリア」

「……指輪?」

「うん。

 レイジング・ハートはペンダント、バルディッシュならエンブレム。

 待機状態は、アクセサリーにすることが多いかな。

 はい、どうぞ」

 

 彼女の手に、クララを乗せる。

 無論、アーベルが命じない限りは飾り石のついたプラチナリングのままで、机や杖に変化することはない。

 

「……普通、ですね」

「うん。待機状態は普通であることが一番に求められるからね」

 

『“簡易測定、魔力反応ありました。

 測定最大値18”』

『へえ……』

 

 病院での仕事もあって、クララには微細魔力測定術式とともにセンサー類も搭載していた。

 今計測したすずかの魔力量はランクFにさえほど遠いが、念話補助機器なら十分すぎる。

 

「すずかちゃん」

「はい?」

「……今ね、実はもう一つ魔法を使ってみたんだ」

「えーっと……?」

「すずかちゃんが魔法を使えるかどうか、魔力の測定をしたんだけど……」

「あ!

 前になのはちゃんがしてくれました。

 でも、魔法は使えないって……」

 

 しゅんとした様子のすずかに小さく頷いたアーベルは、もう一つ指輪を取り出して見せた。

 

「うん、すずかちゃんには普通の魔法を使えるほど大きな魔力はなかった。

 但し、全くのゼロでもなかったよ」

「え!?」

「普通の魔法はちょっと無理かな。でも機械の補助があれば、使える魔法もあるんだ。

 逆に魔力があっても体質の関係で使えない人もいるけど……それはまあ、今はいいか」

 

 不思議そうにも期待しているようにも見えるすずかに、アーベルはもう一つの指輪───試作したデバイス仕様の念話補助アクセサリー───を取り出して見せた。

 

「説明するより、体験して貰った方がいいかな。

 すずかちゃん、こっちの指輪を……ごめん、成人男性用につくったから大きすぎるね。

 手に握ってもらえる?」

「はい……」

 

 クララを指に填めたアーベルは、ふむと頷いて念話ではなく口で指示を出した。

 

「クララ、念話補助プログラム起動」

『“起動しました。

 ……フィールド構築完了。

 魔力供給、接続状態、共に良好です”』

 

 指輪を握ったすずかの右手を、そっと左手で包み込む。

 身長に見あった大きさをしている自分の手に比べ、あまりにも小さいのでアーベルは戸惑った。ついでに言えば、恐ろしく柔らかい上に触り心地もいいので少々照れくさい。

 

「今からすずかちゃん宛に、念話……口を動かさずに言葉を伝える魔法を使ってみるね」

「はい」

 

『もしもし、アーベルです』

「!!!」

『聞こえたら……って聞こえてるみたいだね。

 驚かせちゃった?』

「はい!!

 でも、すごい……」

 

 興奮気味のすずかを落ち着かせつつ、次のステップへ。

 

「今度はすずかちゃんから念話を送って貰おうかな。

 口を動かさないで、僕に伝えたいことを思い浮かべてみて」

 

 重篤な患者の補助用、それも念話特化に仕上げてあるから、術式のサポートも自動で行われる。内部の魔力電池またはサポートプログラムを読み込んでいるデバイスとその術者による魔力供給にて動作するので、中継は出来るが僅かにタイムラグがあり、専用プログラムを読み込んだデバイスや魔導端末なしに他の誰かと直接念話をすることが出来ないのも難点だ。

 無論、元になった念話補助装置も対象者同士の接触が必要だし、改良点はまだまだある。

 

『これで、いいのかな……!?

 聞こえますか、アーベルさん?』

「聞こえてるよー。『おめでとう。せっかくだから、このまま話そうか』」

『はい!』

 

 いい笑顔だと、向けられる方も嬉しいものだ。

 ここまで喜んで貰えるなら少しはお礼になったかなと、アーベルも相好を崩して微笑んだ。

 

 



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第二十三話「念話」

 

 

 喫茶翠屋のテーブル席にて手を握り合ったまま、アーベルとすずかの念話は続けられていた。

 

『元々この指輪は、病院の先生と協力していた研究の成果なんだ。

 お喋りが出来ないほど大怪我をして魔力も弱ってしまった患者さんと、念話でお話が出来るようにって作った機械の改良版でね』

『魔法って、そんなことも出来るんですね……』

『空を飛んだり力持ちになったりすることも出来るけど、地味な魔法も多いよ。

 例えば……そうだ、クララ』

『“はい、マスター”』

『え、だ、誰!?』

『“はじめまして、月村すずか嬢。

 マイスター・アーベルのデバイス、マイバッハ工房製ミッドチルダ式インテリジェント・デバイス、クラーラマリアです。

 どうぞクララとお呼び下さい”』

 

 動作光を一瞬だけきらりと輝かせたクララに、すずかの視線が注がれる。

 

『はじめまして、クララ。よろしくね』

『はい、よろしくお願いします』

『うふふ、こちらこそ!

 あ、そう言えば、レイジング・ハートとバルディッシュも挨拶してくれました』

『うん、レイジング・ハートは割とお喋りかな。……頑固者だけど。

 代わりにバルディッシュは寡黙で、ほんといいコンビだよ。

 ……っと、ごめん。話を戻すと、今のは念話を中継する魔法術式を起動してみたんだ。

 僕とすずかちゃん、僕とクララ。この二つの念話を一つに統合って言うかクララを通る念話をオープンに接続して……ね、地味でしょ?』

『でも、素敵だと思います。

 わたしは将来、工学系の勉強をしたいなと思ってるんですけど、こんな小さいのにちゃんとお喋りが出来るなんて……』

『デバイスの中でもインテリジェント・タイプは、だいたいこんな感じかなあ。

 性格は色々だけどね。

 工学系に興味があるなら、いっそこっちの世界に来てデバイスマイスターでも目指してみる?』

『……そんなこと、出来るんですか!?』

 

 期待を込めてじっと見つめられると、口から出任せとも言えない。

 マルチタスクを駆使して色々と考えてみる。

 

『クララ、管理局法の技術関連と管理外世界関連の法規をちょっと参照してみて。

 管理外世界からの留学とか特定個人への技術情報の開示って、どうなってるかな?』

『“基本的には不可能ですが、特例条項も豊富ですね。

 マスターが最大限の努力をした上で、すずか嬢の側で幾つかの条件を満たしていただければ、許可が下りる可能性は高いと思われます”』

 

「ほんとに!?」

 

 大きな声を上げたすずかに、実に微笑ましそうな高町夫妻、苦笑しながら頷いている恭也、にやにやとしている忍に美由希と、店中から注目が集まる。

 その中から忍がこちらにやってきた。

 

「あ、その、ごめんなさい……」

「すーずーかー?」

「お姉ちゃん、えーっと……」

「さっきから見てたんだけど、ずーっと黙ったまま二人で見つめ合っちゃって、まあ……。

 おまけに指輪、握りこんでたでしょ。……結婚でも申し込まれた?」

 

 腰に肘を宛て、ちょっと威嚇するような笑顔で見下ろしてきた忍に、アーベルとすずかは我に返った。

 念話中で手は握られたままだったし、二人の顔も非常に近い。

 

「けっ……!?

 ち、ちちちちち違うの!

 綺麗だなって思ったけどそうじゃなくて指に填められない大きさでちょっと残念だったけど素敵な指輪でアーベルさんも格好いいけどクララもわくわくさせてくれてそれで───」

「はいはい。

 前々から年上趣味だとは思ってたけど、ちょっと早すぎない?

 すずかはまだ9歳でしょうが……」

「はう……」

「ところで……アーベルさんって、ロリコン?」

「ロリコン?」

「お姉ちゃん!!」

『“データにありました。

 正確にはロリータ・コンプレックス、少女への性愛嗜好やその───”』

「違います!

 そりゃすずかちゃんは可愛いと思いますけど、僕にその手の趣味はありません!」

「か、かわいい……!?」

「ちょ、すずか!?」

「忍、落ち着け」

「すずかちゃんにまで先越されるとか……」

「桃子、なのはもそのうち、あんな初々しいデートをするのかな?」

「なのはもそろそろお年頃ですもの。

 でもお相手、いるのかしら……」

 

『……ちょっとは落ち着いたかな』

『そう、ですね……』

 

 騒ぎの間も繋がれ続けていた二人の『手』こそが問題だったのだが、それぞれに放すのが惜しい気分を持っていたから、これは仕方がないだろう。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 客足が増えてきたおかげで、騒ぎが収まってしばらく。

 外野が静かになったのはいいが、なんとなく会話が途切れてしまい、きっかけがつかめなくなっていた。

 

『……』

『……』

『アーベル、今大丈夫か?』

『ひゃっ!?』

『シグナム?

 すずかちゃん、ちょっとごめんね』

『は、はい』

 

 アーベルはタイミング良く外から念話が入ってきたのに合わせ、気分を切り替えた。オープンなままにしていたから、シグナムの声もすずかに届いたようだ。

 

『む、念話中だったか。

 失礼した。

 ところで今のは主のご友人、月村すずか嬢ではないのか?』

『ああ、シグナムは面識あったね。

 もう本局から帰ってきたの?』

『私とザフィーラはな。

 来て貰ってもいいぞ』

『了解。

 そうだ、すずかちゃん連れて行っても大丈夫?』

『主の帰りはもう少し遅いと聞いているが、お喜びになられるだろう。

 ところでアーベル』

『うん?』

『何故魔力を持たぬすずか嬢が念話に混じっていたのだ?』

『ちょっとした裏技』

『……まあいい。

 では待っているぞ』

『はいよー』

 

 渡航の目的はコーヒーと、八神家の家族勢揃いへの一助である。

 別の大容量ストレージを備えたデバイスを用意してリインフォースを独立させることは、管理局だけでなくクロノからも止められていた。

 

『お待たせ。

 聞こえていたと思うけど、八神はやてちゃんところのシグナム』

『はい、知ってます。

 ……わたしも行って大丈夫なんですか?』

『うん。

 まだお昼の2時過ぎだから、すずかちゃんも中途半端な時間になっちゃうでしょ?

 お仕事の話もするけど九割以上は遊びだし、誰も困らないよ』

『じゃあ、一緒に行きます!』

『そうそう、今日ははやてちゃんの家に泊めて貰う約束なんだ。

 いっそすずかちゃんも泊めて貰えば?』

『いいのかな……』

『何度もお泊まり会してるって聞いてるけど……。

 でも、おうちの許可はちゃんと貰ってね』

『はいっ』

 

 一旦手を離し、姉に声を掛けて何やら話し込んでいたすずかは、満面の笑顔でアーベルの元に戻ってきた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「あそこの角を曲がったところです」

「家に行くのは初めてだけど、全員と面識があるんでまだ気楽かな……」

 

 八神家は閑静な住宅街の中にあって、アーベルの抱いた中流以上の庭付き一戸建てが並ぶベッドタウンという答えは概ね正解だ。

 チャイムを押すと、シグナムが出迎えてくれた。

 

「アーベル、すずか嬢」

「直接会うのは久しぶりだね、シグナム。いいところだなあ」

「こんにちは、シグナムさん」

「うむ、上がってくれ」

 

 リビングに通され、ザフィーラとも対面する。

 寡黙な魔狼は、日当たりのいい場所を占有していた。

 

「それとすずかちゃん、ここでは念話が使えなくなるけど、ごめんね」

「それは大丈夫ですけど……」

「じゃあクララ、お願い」

“久しいな、剣の騎士、蒼き狼”

「リインフォース……」

 

 持ち逃げもないかとテーブルにクララを置き、デバイス側の声真似ではないと気付いて不思議そうなすずかに手短な説明を加える。

 

「リインフォースははやてちゃんのデバイスなんだけど、ちょっと事故があってね、うちのクララに人格を移し替えたまま、まだ復帰できなくてそのまま僕が預かってるんだ。

 それで……リインフォースが表に出ている時は処理をそちらに振り向けないといけなくて、クララも外部のサポートがないと機能が使えなくなるから、さっきみたいに念話の補助も止まっちゃうんだよ。

 僕だけだと、細かなコントロールが出来なくてね……」

 

 クララに二系統目の発声部や駆動系を入れることは、技術的には簡単なのだが、リインフォースは機能の一切を使えないとしている対外的な言い訳もある。危険視などされて横槍を入れられる方が余程面倒くさいので、ため息を繰り返しながら現状を許容していた。

 

「あ、それで……」

「うん。

 今日はリインフォース復帰の準備と、あとはまあ、八神家の家族団らんに彼女が加われるようにって」

「アーベルさん、やさしいんですね」

「わがまま言われると弱いだけなんだろうなあって、自分では思ってるよ」

“それが無茶でも叶えてしまうところがアーベルのアーベルたる本質であろう?

 謙遜するな”

「リインフォースはもう少し遠慮ってものを覚えようね?」

「あはは……」

 

 まあ、それでも。

 古代の融合騎が自分に対して気を許してくれている今の状況は、マイスターとして誇らしくもあり、個人としては照れくさくも楽しくもあった。

 

「ただいまー。

 あれー!?

 すずかちゃん、遊びに来てくれてたんか?」

 

「あ、はやてちゃん!」

「よう、アーベル」

「おー、ヴィータも久しぶり」

“主はやて、おかえりなさいませ”

「うん、リインフォースもおかえりなぁ」

 

 家主が帰ってきて一気に賑やかさを増した八神家は、帰宅したばかりなのに呼び出されたフェイトやアルフ、なのはも加え、急遽バーベキュー大会が催されることになった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「へ?

 すずかちゃんも念話使えるようになったん!?」

「ほんとにー!?」

「えーっとね、今は駄目なんだって」

「残念……」

 

 やはり外で食べる肉は旨いなと、串に刺されたロース肉にかじりつく。これほどゆったりとした気分にひたれたのは、いつ以来だろう。アーベルはここ最近を振り返って、小さくため息をついた。

 設立準備は目の回る仕事量を要求されたし、休暇を終えれば第六特機は本格的なスタートを迎え、また忙しさに追われることになる。今日の息抜きはアーベルにとっても貴重だった。

 

“主はやて、方法はあります”

「どないしたらええの?」

“まず、アーベルとクララより関連する術式を蒐集なさって下さい。主ならばクララ側で行っている補助術式を希少技能にて改変併用することで、通常の念話同様に行使することができます。

 またシグナム達の剣では書式の違いから不可能ですが、クララと同じミッドチルダ式である小さな騎士達の杖ならば、術式の転写が可能です”

「なるほど、その手があったか!

 ナイスアイデアだ、リインフォース」

“クララ、交替してくれ”

 

 ここにあるデバイスは、なにもクララだけではない。

 さあどうぞとアーベルは皿を置き、ためらいがちなはやてに頷いた。彼女の希少技能行使は以前にも見ていたので、不安はない。

 

「……ええんですか?」

「うん。

 前に検査でやってたでしょ?

 あの時僕もいたし」

「あー、そうでした。

 ほな失礼します」

 

 強制的な蒐集と違い、抵抗しないならば苦痛やダメージが殆どないことは確認している。

 ほんの十数秒で必要部分の蒐集は終わった。

 

「アーベルさんを本気で蒐集しよう思たら、ごっつ時間掛かりそうな感触やった……」

「それはまた今度ね。

 はい、すずかちゃん、指輪」

「お借りします」

“レイジング・ハート、バルディッシュ、術式とサポートプログラムを送りますので受け取って下さい”

“Ready......completed.”

“Get set......finished.”

 

 さあやってみようと一斉に黙り込んだ少女達だが、手を繋いだまま笑顔になったり驚いたりしているので、上手く行っているのだろう。

 

「なあ、アーベル」

「ヴィータ?」

「仕事はいいのか?」

「帰りがけに5分もあれば済むから、今はいいかな。

 みんな楽しそうだし、目的の半分はそれだよ」

「そっか。

 ……お前も、もっと食っていいんだからな?」

「もちろん」

 

 ……どうやら気遣われているらしい。

 アーベルは素直に新しい串へと手を伸ばし、はやて特性のソースが染みた鶏モモにかじりついた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 少女達のお泊まり会ともなると無論アーベルに出る幕はないが、夜になるとパジャマパーティーと称して寝室に集まった彼女達に遠慮して、大人組はリビングでコーヒーなどを嗜んでいた。

 

「なんかごめんね。

 家族で過ごして貰うはずが大騒ぎにしちゃって……」

「いや、むしろ助かった」

「最近は主も管理局に詰めていることが多くてな……」

「あたしらも即応待機や座学で、護衛の一人以外はばらけちまう」

「……はやてちゃん、自分から息抜きをしない方だから。

 四月からは小学校にも行けるし、少しはましになるかしら」

「あー、こっちでお膳立てする方がいいのか」

 

 9歳の少女に何をさせているのかという部分と、それに応えるはやての努力には、少々申し訳ないと思う面もある。

 

「アーベルくんのところはどう?

 第六特機は上手くいきそう?」

「何とかなるんじゃないかなあ……。

 シャマルたちには期待してるよ。

 もちろん、クラールヴィントたちにもね」

“Ja.”

 

 シグナムら守護騎士の助力も必要だが、それ以上にデバイスたちの協力を得られなければ話にならない。シグナムのレヴァンティン、ヴィータのグラーフ・アイゼン、シャマルのクラールヴィント、この三機の古代ベルカ式アームドデバイスの構造解析が第六特機の第一歩となる。

 

 設立後はその成果をひっさげて教会側に出向き、協力を要請する算段も立てていた。教会騎士団に残る数少ない稼働機の調査も、個人的な伝ながら予定の内に入っている。

 

 ……あとはまあ、世間に揉まれながら走り回るだけ。

 つまりは、いつもと変わらないのだ。

 

 



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第二十四話「指輪と約束」

 

 

 リビングのソファを借りて寝ていたアーベルは、夜更け過ぎ、何とはなしに目を覚ました。

 久しぶりに楽しく騒いだせいか、まだ感情が高ぶっているのかもしれない。

 テーブルの向こうに寝ているザフィーラを起こさないように……と言ってもこちらが身を起こした時点で気付いているかも知れないが、そっとリビングを出てキッチンへと向かう。

 

「え!?」

「きゃっ!?」

 

 こんな夜中に誰かと思えば、流し台のところでコップを手にしたすずかが驚いた顔をしていた。ごめんと二人で謝って顔を見合わせ、せっかくだからとバーベキューの際に残ったオレンジジュースを冷蔵庫から拝借する。

 

「すずかちゃんも眠れなかった?」

「はい。

 春休みで夜型になっちゃったせい、かな……」

「あー、学校始まるときつかった思い出が……」

「ふふ、アーベルさんも夜更かしさんだったんだ」

「なんかねー、夜の方が仕事はかどるんだ。

 初等部の頃は家の手伝いをするとお小遣い……って言うか今考えると出来高制のお給料に近いけど、それが貰えてたから、とにかく稼ぎ時だーって長期の休みはずっと工房に篭もってたかなあ」

「やっぱり、デバイスの?」

「うん。

 自分の店を持ちたいなってずっと頑張ってて、ようやく叶ったのが13の時でね、最初はお客が来ないから大変だった」

「あの、13歳でお店って、持てるんですか?」

「え!?

 こっちだと持てないの?」

 

 どうやら常識に大きな違いがあるらしい。

 すずかの説明によれば、同じ第97管理外世界でも国によって違いがあり、ニホンでは9年間の義務教育がほぼきっちりと行われているという。しかもその間、特例を除き就業には厳しい制限があるようだ。

 大半の子供がハイスクールまで通うとは知っていたが、アーベルの想像とはずいぶん違った。

 

「へえ……。

 ミッドチルダでももちろん教育の権利は守られているけど、行きたい人が行くって感じかなあ。義務じゃなくて権利だからね。

 僕も学校は初等部までだし、クロノなんか初等部を中途で辞めて士官学校に行ってる」

「中学校に行く人、少ないんですか?」

「んー、全体の人数ならそっちの方が多いかなあ。

 でも、途中で専科のある学校に移る子も多いね」

 

 昼間は止まってしまった話題が今はすらすらと出てくることに、アーベルは驚いていた。

 デバイスにはじまって、子供の頃、故郷のこと、今の生活と、すずかにあれこれを語り、逆に彼女の家族や学校生活のことを楽しく耳にする。

 忍に結婚するのかとからかわれたのを思い出して赤面しそうになるが、彼女との距離感は、実に心地よい。

 

 16歳と9歳はありなのか?

 

 いや、その歳の差があるからこそ、こちらも余裕を保っていられるのかもしれない。

 真顔で将来を考えそうになって、慌てて頭から追い出す。

 

「アーベルも喉乾いたの?」

「あー、うん、お肉、たくさん食べたからなあ」

「じー……」

「な、なにかな、はやてちゃん?」

「なんや楽しそうやなあ思て。

 ……邪魔やった?」

「そ、そんなことないよっ!」

「にゃはは。すずかちゃん、お顔が真っ赤だよ」

 

 ……だから連れだってトイレに降りてきたなのはとフェイト、はやて───彼女の足は徐々に快方へと向かっていたが、家の中では魔法が行使できるとは言え今しばらくは介助が必要だ───が、じっくりと二人の様子をのぞき見てにやにやとした後に声を掛けたなど、気付かなかったのである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 翌朝も、朝食は大騒ぎになったしそれはそれで楽しかったのだが、はやてたち魔導師組には講義が、シグナム達にも仕事が入っている。

 いつまでも遊んではいられない。

 

「おじゃましました」

「またね、すずかちゃん」

 

 このまま別れるのは、少し惜しい気がする。

 ……再会の約束をするなら、今しかないか。

 

 後で考えると、『大失態』でありながら『大正解』だったが、勢いに任せてそこまでは考えていなかったアーベルである。

 

「すずかちゃん!」

 

 迎えに来た車へと乗り込んだすずかに、アーベルは例の指輪を乗せた手を伸ばした。

 それを見つけたすずかが、しっかりとその手を握る。

 周囲の目は、不思議と気にならなかった。

 

『アーベルさん?』

『今度遊びに来るときには、すずかちゃん専用の指輪作っておくから』

『……!』

『これは約束に預けておくね』

『はいっ!!』

 

 ……管理外世界の住人であるすずかに対する魔導具の無許可譲渡は少しばかり問題が出るかも知れないが、最悪、紛失したとでも言い訳すればいい。

 彼女から貰った明るい笑顔と元気な返事の方が、アーベルにはずっと価値があった。

 

 走り去る車に手を振っていたアーベルが一仕事を終えた気分でふっと息をついて振り返ると、そこには笑顔の少女達……もとい、小悪魔が三匹。

 角は元から見えないが、尻尾も隠していたらしい。

 

「なあ、アーベルさん」

「な、なにかな、はやてちゃん?」

 

「えーっと、『今度遊びに来るときには』?」

「『すずかちゃん専用の指輪作っておくから』……」

「『これは約束に預けておくね』とか、どこの映画て聞いてもかめしません?」

 

 思わず右手のクララを見やる。

 

「クララっ!?」

“いいえ、私ではありません”

「にゃはは。

 昨日の晩、もっと簡単にみんなでお話できるかなーって術式組み替えたら、できちゃったの」

「ほんますごいなあ、なのはちゃんは」

「一人が手を繋いでいれば、2メートルぐらいなら大丈夫なんだよ」

「今のんはアーベルさんがすずかちゃんと手ぇ繋いどったから、自動で聞こえたんやろなあ」

 

 ……小悪魔の中に、術式構築的な意味で本物の悪魔が一匹混じっていたらしい。

 クロノが以前、魔法と出会って一ヶ月足らずで収束魔法を組み上げて使いこなした天才となのはのことを評していたが、もっとまじめに聞いておけば良かったとアーベルは悔やんだ。

 

「ちょう話聞かせて貰おかなあ?」

「まずは馴れ初めから、なんだよね?」

「うん、順番が大事なの!」

 

 守護騎士達は役立たず……どころか、我らは主の元にありと旗色を明確にして、にやにやとこちらを見ている。

 味方はどこにもいないらしい。

 

 ともかく空気を変えようと、リビングに関係者を追い立てたアーベルは、ちょっとお仕事の話があるからと話題を封じた。

 

「これは第四技術部に出入りする為のゲストID申請、こっちは協力依頼と解析調査承諾の書類ね。

 これにサインして貰わないと、僕の仕事が始まらない」

「あ、逃げた」

「逃げたの」

「ここで逃げたらあかんやん……」

「……リインフォース、復活が遠のきそうだけど止めなくていいの?」

“ふむ、主のご様子が実に楽しげで私も心地よい。

 見ているだけで喜びが溢れてくる”

「あー、そうですか……」

 

 はやてはデバイスを持っていないが、調査と解析の次にくる試作品の実証実験段階では活躍して貰うことになる。ザフィーラははやての護衛兼サポートだ。

 

「せやけど、アーベルさんは見かけから言うて24、5。

 んですずかちゃんがわたしらと一緒で、誕生日来るまではまだ9歳。

 ごっつ犯罪臭いんやけど、そのへんどないなんです?」

「ちょっと離れ過ぎなの……」

「待って、僕は16だよ……」

 

「……えっ!?」

「うそや……」

 

 その日最大の衝撃が、八神家のリビングに走ったかもしれない。

 フェイトだけがうんうんと頷いている。

 

「わたしは知ってたよ。

 アーベルはクロノの二つ上で、エイミィと同い年」

「……ほんまなん!?」

「おねーちゃんより年下……」

 

 フェイトには聞かれて答えたような覚えもあるが、なのはとはやては信じられないものを見たような表情でぽかんとしている。

 

「ほらはやてちゃん、さっさとサインして。

 でないと講義に遅刻するよ?」

「わたしとフェイトちゃん、今日はお昼からなの」

「え、朝からなんわたしだけか!?」

 

 八神ファミリーから書類を回収すると、追い出されるようにしてなのはは自宅に、アーベルはフェイト、アルフと共にハラオウン家へと向かった。はやてが嘱託魔導師から正規の局員になれば八神家の転送ポートも余人への開放が為されるかもしれないが、今はまだ波風を立ててまでするべきことでもない。

 

「アタシなんかからすれば、16って言われたら16、みたいなもんだけどねえ……」

「アルフは3歳ぐらいなんだっけ?」

「フェイトに拾って貰う前から考えると、そんなもんかな」

 

 人間体の外観はナイスバディのワイルドな美人だが、アルフの年齢はそのあたりである。無論、狼として考えるならそろそろ大人だ。

 

「7歳差なら、ありなのかな……?」

「フェイトちゃん、お願いだからその話題からそろそろ離れて……」

 

 こっちも問題だった。

 ……素直なフェイトは素直すぎて、なかなかに扱いが難しいのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 本局に戻ってなのは達と別れてのんびりと半休を過ごし、仮眠室で一泊して明けた四月。

 

 本局技術本部第四技術部第六特殊機材研究開発課───公式略称『第六特機』は、晴れて発足を迎えた。

 居並んだ部下を前に、最初の挨拶を行う。

 

「えー、課長のアーベル・マイバッハです。

 どうぞよろしく」

 

 第六特機は課でこそあるが、カテゴリーはCでその規模は極小だ。カテゴリーAに属する次元航行部隊総司令部作戦課のような課長が将官級で影響力も組織も大きい課ではなく、カテゴリーBに属する麾下に固有戦力を持つ実働部隊のような職掌が広い課でもない。

 扱う内容故に制度上は課でなくてはならずとも、同列に並べて語るには無理があった。課長もキャリア組ではなく招聘された民間技術者だが、本局が認めれば大抵の無茶は通る。

 

 アーベルと第六特機の場合は、研究によって得られそうな技術が無視し得ない内容であったと同時に、闇の書事件の落としどころの一つとして利用できそうなこと、聖王教会側から物心両面での援助が比較的簡単に引き出せそうであること等、正に『誰も損をしない』状態をクロノが画策し本局がそれに乗った結果と言えよう。

 

「第六特機設立の目的は、古代ベルカ式デバイス製造技術の復活、その中でも融合騎───ユニゾン・デバイスの製造を最終的な目標に掲げています。

 これまでは禁忌扱いされていましたが、政治的な逆風は順風に変化しつつあります。

 ご存じのように、数は少ないながら聖王教会などには真正の古代ベルカ式デバイスを使う術者や騎士は居ますし、今もある程度の整備や修理は可能ですが、失伝している技術の方が多いのです。これを復活させることがまず一つ。

 もう一つは、研究を通して他の部局が担当している近代ベルカ式デバイス並びに近代ベルカ式魔法体系の開発に寄与することです。こちらは得られた成果の中から適宜譲り渡すことになるので、普段は特に意識せずとも構いません。

 もちろん、デバイスの整備や改造と言った第四技術部が全体で預かっている一般的な業務も、依頼があれば行うことになるでしょう。

 また仕事柄、聖王教会との関係が深く成らざるを得ないことから、細いながらも円滑に動くパイプ役としても期待されています」

 

 第一段階は現存する真正古代ベルカ式デバイスの調査解析、第二段階は模倣による古代ベルカ式デバイスの設計製造、第三段階はユニゾン・デバイスの設計製造。

 目的達成後に課が解散するのか、それとも整備や改修、研究を引き継いで存続するのかまでは決まっていない。可能なら一般的なレベルにまで技術情報の開示条件を引き下げて各地の技術系部局でも整備が行えるようになれば、アーベルの手を離れるので楽なのだが……。

 

「では、続いて課員各自の自己紹介をお願いします」

 

「主任研究員のマリエル・アテンザです」

 

 第四技術部の上層部や技術本部の人事担当者と相談した結果、正規の技官は当初一名と制限されてしまった。そうでなくとも頭数の足りない研究者を、新しい課にぽんぽんと引き抜かれては困るという。課長にされて分かったが、嘱託技官は数が多くとも常勤者は少なく、技術はあってもこなせる仕事量の関係で使いにくいらしい。それもそうだと我が身を振り返り、アーベルは溜息をついた。

 無論、本局内の派閥闘争とはあまり縁のない技術畑だが、多少は影響もある。アーベルも言うなればハラオウン閥にして聖王教会の息がかかった人間で少し揉めたらしいが、開設当初に波風を立てる愚は理解していたから、しばらくは解析ぐらいしか仕事もないので必要に応じて増やせばいいかと受け入れている。

 

 マリーについては、下手な人物を送り込まれるよりは、気心も知れている上にエイミィの後輩である彼女が来てくれれば一番だと、前所属の課長や主任───当然というか、彼らは父の元同僚や後輩であった───にも薦められた。彼女の抜けた穴については、何とかするそうだ。

 ちなみに本人も、面白そうだからという理由で第六特機参加には当初より前向きであった。

 

「マイバッハ工房からの出向になります、ゲルハルト・マイバッハです」

 

 こちらはこちらで、やはりその過程では揉めている。……協力の要請こそ即答だったが、祖父、父、弟の『儂が行く』『俺が行く』『ぼくが行く』という主張は平行線を辿った。古代ベルカ式デバイスの整備技術を守ってきたマイバッハ家にすれば千載一遇の機会であり、個人的な興味も満たされるから誰もが行きたくて仕方がなかったのである。

 結局、一族の当主や現社長が仕事を放り出せるはずもなく、ゲルハルトが大手を振ってアーベルの元にやってきた。同時にマイバッハ工房とも研究協力の提携を結んでいるが、こちらは言うまでもないだろう。

 

 他にも設備の維持を担当する整備員のシルヴィア・アチソンと書類面で課を支える事務員のエレクトラ・リンザー───両名共にクロノが間に入ってロウラン提督から紹介された───が配属され、この日、総計五名の小さな課はスタートした。

 

 



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挿話「素行調査」

 

 

 明らかにどこか浮ついた様子の妹、妹を迎えに行ったノエルの証言、そして極めつけはこの小さな騒動の遠因が自分にあるということ。

 

 月村忍は沈黙の降りた部屋の中、これは一体どこに結果を持っていくべきかと、明晰な頭脳をフル回転させつつ小さく溜息をついた。

 

 

 

 昨日妹と共に翠屋に現れた青年の顔だけは、忍も知っていた。

 だからまあ、妹との同席については特に気にも留めていなかった。妹の親友達があちこち───アリサのアメリカ行きはましな方で、なのはなどは次元を越えた別世界───に散ってしまい、春休みの昼下がりに暇をしていたのだろうと解釈した。

 

 だが気付いた時には、どこか内気で常に控えめなはずの妹は、あろうことか青年の手を握って楽しそうな表情を浮かべていた。忍の知る限り、すずかとそれなりに会話を保てる男性は、彼女が気を許している士郎、恭也、親友アリサの父デヴィッドぐらいで同年代の少年はほぼ全滅、強いて付け加えるなら時折送り迎えをしてくれるバニングス家のショーファー鮫島氏のみ。それが手を繋いで長時間、しかも楽しげにとなると……あり得ないとしか言い様がない。

 

 数ヶ月前、何とはなしに妹やその友達と同席していた時に見た、恭也の妹なのはの友人から送られてきたビデオレターに映っていた機械修理工の青年は、実直そうに見えたが忍にとってはそれだけの存在である。

 三ヶ月ほど前に翠屋まで道案内をした、とは聞いた覚えがあった。だが、やっぱりそれだけだ。

 

 その青年と妹は、テーブルの上でしっかりと手を繋いだまま───それも指輪を握り込んで───笑ったり驚いたり見つめ合ったり、楽しげな恋人同士のじゃれ合いから音だけを抜いたような、少しばかり不可思議な雰囲気を漂わせていた。

 

 それを自分は半ば面白く思わず、いらぬ方向にからかってしまったのがいけなかったのだろうか。

 ところが妹はからかわれていた最中でさえ、その青年の手を離さなかった。

 

 だが、その表情には少しだけ心当たりがあった。

 

 忍は。

 恭也と付き合う前、彼を見ていた自分を思い浮かべてしまったのだ……。

 

 

 

「忍お嬢さま、そろそろお時間です」

「はあ……。

 とりあえず行って来るわ。

 今日のところは、あなたとファリンに任せるから」

「畏まりました」

「士郎さんや桃子さんに聞けば、少しは彼の情報も手に入るだろうし……」

「はい」

 

 幸せそうな顔で何やら思い浮かべている妹に視線を向けると、忍は装いを調えて───なにせアルバイトとは言え恋人に会いに行く日なのだ───複雑な内心を抱えながら家を後にした。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 喫茶翠屋に到着しても、忍のもやもやは静まらない。

 

「恭也」

「ん、忍」

 

 ロッカールームでエプロンを身に着け、手早く店に出る支度を整えて厨房に向かうと、恭也が皿を洗っていた。

 こちらを見つけて、ふむと頷く。

 

「……なんだかよくわからんが」

「え?」

「内にため込むのはよくないぞ」

 

 それはそうだが、気持ちの整理がつかないのである。

 恋人だからお見通し……というわけではなく、表情に出過ぎていたのだろう。

 

「すずかちゃんのことか?」

「……どちらかって言うと、アーベル君のことね」

 

 ……何故あの青年だったのかは、忍にも分からない。情報が少なすぎる。

 だが最初から切り捨てるという選択肢は、既になかった。

 あのすずかの表情を見てしまった自分に、それは出来ない。

 

「恭也から見て、どう?」

 

 再びふむと頷いて、恭也は皿を洗っていた手を止めた。

 

「普通、だな。

 根は善良、こちらの世界に戸惑いはあっても、含むところはないだろう。

 魔法使いだとは聞いたが、戦人のにおいはない」

「それも問題だったわね……」

 

 青年は文字通り住む世界の違う人間───異世界人だった。

 

 ……実る恋もあれば、実らぬ恋もある。

 

 それが単なる小さな恋ならば忍はすずかをからかうにとどめ、成り行きに任せていただろう。少々歳は離れているが、異世界人でも……まあ、究極的には構わなかった。遠縁の親族には狼男だっている。

 

 しかし忍は、本能的に嗅ぎ分けた。

 この恋は遠くない将来、愛になる。

 

 自分にとっての恭也のように、すずかにとって彼がそうなり得るのか否か。

 

 大事な妹の気持ちは尊重するべきだったが、ただでさえ月村の一族は背景が複雑なのだ。

 

 愛を為したその先の闇に踏み込んでも、しっかりと立っていられる心の持ち主ならいい。

 だが青年が闇を拒否し、あるいは闇に飲まれた時。

 

 すずかはどうなってしまうだろう。

 

 愛があるから大丈夫とは、言えない。

 愛を覆してしまうほどの秘密が、月村にはあった。

 

 普通の愛では足りない。

 だが……。

 

 ……だんだんと、自分が何をしたいのかわからなくなってきた忍である。

 

「丁度いい。

 聞いてみたらどうだ?」

「へ?」

「クロノ君はアーベル君の親友だと聞いている。

 そうだな……見合い前の素行調査とでもつければ、理由は立つんじゃないか?」

 

 恭也の指差す先には異世界人クロノ・ハラオウン───アーベルの友人が、カウンターで静かにコーヒーカップを傾けていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 士郎と桃子に事情を話して───流石に未来の義娘の真面目な願いはすぐに受け入れられた───許可を取ると、エプロンを外した忍は紅茶を片手にクロノの隣に座った。

 

 

「こんにちは、クロノ君。

 ちょっといいかしら?」

「こんにちは、忍さん」

 

 椅子に腰掛けた時には、既に士郎まで手を空けてカウンターの正面に位置している。忍のフォローに恭也達が送り出してくれたのだろう。このような事態に於いて高町家の連携は恐ろしく手際がよく、同時に隙がない。

 

「なんでしょうか?」

「昨日ここに来たアーベル君のことなんだけど……」

「……もしかして、指輪の件ですか?

 こちらでも頭を抱えているところなんです」

「あらま」

「ふむ……」

 

 あちらでも問題になっているらしい。……もっとも、クロノが複雑な表情を見せた理由が、アーベルの犯した管理外世界への魔導技術拡散条項の違反を恐れてのものだとは気付くはずもなく、忍は単に結婚の約束を早まった親友に頭を痛めているのかと解釈した。

 

「実はこちらもなんだ。

 うちの恭也と忍ちゃんが付き合っていることは知っているだろうが、卒業後に結婚も決まっている。

 そしてすずかちゃんは忍ちゃんの妹だ。

 ……お見合い前の調査的な意味で、アーベル君の情報を出来うる限り教えて貰えないだろうか?」

「見合い!?」

 

 一瞬ぽかんとしたクロノは、ぽんと手を打って深く頷いた。

 違反ばかりを気にして目を背けていたが、指輪を渡した───フェイトから聞いたが赤面するような告白付きで───とは、つまりはそう言うことであり、家族間のやり取りも必要と気付いたらしい。無論士郎や忍には、少しばかり恋愛に疎い朴念仁な少年に映った。

 

「遠からず、そうなる可能性が高いのよね……。

 もちろん、当事者二人に無理強いはしないし、気持ちの問題が先よ。

 ただ、そうなったときの準備はしておきたい……というところなの」

「すずかちゃんはなのはの親友でもあるし、アーベル君は真面目な好青年だとは思うが……そちらの世界の人間では調べようもない。

 出来ればリンディさんやエイミィちゃんからも話を聞かせて貰って、多角的に彼の人物像を浮き上がらせたいと思っている」

「そう言うことでしたら、喜んで」

 

 真っ正面切って問われたわけだが、その内容は次元世界の事情や管理局の機密とは無関係で、クロノを安心させた。納得の出来る理由である。……ついでに言えば応援する気にもなっているし、いつもエイミィとの仲をからかわれている意趣返しも無いわけではない。

 

 聞き上手な喫茶店のマスターは、あれよあれよと言う間にアーベルの情報を揃えていった。

 

「16歳、かあ……。

 年下だとは思わなかったわ」

「その歳にしては、随分しっかりとしているね」

 

 実家は伝統ある工房を経営していて、地域ではそこそこ影響力のある旧家であること。

 デバイスマイスター───魔法の杖の製造や修理を手がける職人───として既に十分な能力を持ち、管理局に招聘されて課を任されるほどの逸材であること。

 性格は温厚で面倒見もいいが、時に周囲を驚かせる選択肢を躊躇無く選んでみせること。

 女性に関しては淡泊……というより仕事一筋でその余裕がなく、名家のお嬢さまや同僚とも関係は良好ながらそちら方面には今ひとつであること。

 

「先日起きた事件の事後処理を決定する会議で彼に課を任せると提案したとき、高官から概ね反対が出なかったぐらいには実績や背景を持っています」

 

 話を聞く限りでは人柄も悪くないし、エリートコースを歩む優良物件と聞こえなくもない。

 異世界は事情が異なる様子で、目の前のクロノなど14歳で大勢の部下を従えて警察官のような仕事をしていると言うから、アーベルの状況も似たようなものなのだろう。

 

 月村の裏事情───人外の力を持ち、人の血を吸う呪われた存在『夜の一族』のこと───を勘案しなければ、それこそ話をまとめに掛かってもいいほどだ。

 

 だからこそ、忍の心中では複雑さが増した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 アルバイト後、忍はわざとゆっくり歩きながら、集まった情報をあれこれ思案していた。

 

 だが結局は堂々巡りで、すずかとアーベルの気持ちが固まってから、アーベルに全てを受け入れる気があるのどうかを確かめ、判断を下すしかないのだと気付く。

 最悪破局でも相手は異世界人、町中でばったりと会って気まずくなることもないだろう。ある意味気楽だ。

 

 どちらにしてもアーベル・マイバッハは当面忙しいらしいし、こちらも一族のごたごたにケリがついたとも言い難い。

 

 それにすずかはまだ9歳、この四月に小学四年生となったばかりだ。

 いざとなったら年齢を盾にして時間を稼げばいい。

 

 次に状況が動くまでは静観すると決めた忍は、ようやく普段の表情を取り戻した。

 

 

 

 しかし帰宅後。

 

 あまりにも表情がふやけたまま戻らない妹に、こちらで状況を動かすべきか否か、いらぬ悩みを抱えることになった忍だった。

 

 



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第二十五話「第六特殊機材研究開発課」

 

 

 第六特殊機材研究開発課───第六特機は第四技術部本棟の5階、その端の方に占有スペースが与えられている。

 

 事務室には人数分の机が運び込まれ、メンテナンスルームにも倉庫から引っぱり出された型遅れをマリーが改造した解析機器や工作機械に混じり、アーベルの私物である作業机や検査槽が並んでいた。他に更衣室と兼用の準備室はあるが、それきりである。

 もちろん課長室などない。来客時には第四技術部の持つ応接室を借りる予定で、既に話がついている。

 

 しかし第六特機は、開設早々難問にぶち当たっていた。

 

「これは流石に無理は通せないと思うんですけど、どうしましょう?」

「兄さん、いっそ先に教会に話を通した方が……」

「うーん……」

 

 ようやく開設されたはいいが八神家の面々はそれぞれに忙しく、第六特機による長時間の拘束───デバイスをコアも含めて休眠させ、精査分析機器で緻密なスキャニングを行うのに必要な時間───を言い出せる状況にはなかったのである。

 

 贖罪を含んだ奉仕であるが故に、本局実働部隊とは組織系統の異なるため予約も取れない。緊急出動に備えた本局待機と同時に矯正教育も行われており、その予定を崩すのも得策ではなかった。

 教育期間が終了あるいは正式な入局後であれば正規のルートで要望を通せるが、今横槍を入れるとクロノどころかロウラン提督にまで迷惑が掛かってしまう。

 

 だからと実績のないまま教会騎士団に声を掛けるのも、決して良い策とは言えない。

 マイバッハの家名一つで真正の稼働機を『管理局に』貸し出せなどとは、礼儀知らずにも程がある。

 

「……よし」

「兄さん?」

「ゲルハルト、お前は出戻りになるけど、無期限でマイバッハ工房に出張してくれ。

 仕事の内容は、工房と協力してありったけの古代ベルカ式デバイスの資料を引っぱり出すこと。

 見つけた資料は、データの形でこっちに送ってくれればいい。

 僕は無限書庫に出向いて、同様に資料を集める。

 マリーは技術部が既に持つ資料とつき合わせながら、両者をまとめて新たに第六特機専用のデータベースを作成して欲しい」

「うん、わかった」

「了解です」

「順序が逆になるけど、後で必要になるからね。

 今はこちらに専念して欲しい」

 

 ゲルハルトも父や祖父には敵わないだろうし、アーベルも全くの素人ではないが専門はやはりミッドチルダ式であり、エミュレートシステムである近代ベルカ式ならまだしも純粋な古代ベルカ式となれば知らないことも多い。マリーにしても同様だ。

 資料収集を通じ、先に知識面だけでも充実させるのは悪い選択ではなかった。

 

 早速手続きを済ませてゲルハルトを送り出すと、マリーが少し困り顔を向けてくる。

 

「どうかした?」

「えーっと……前の課でも承認して貰ってたんですけど、わたし、ちょっと別のお仕事も抱えてるんですよ……」

「うん?」

「アーベルさん、課長になったから情報開示レベルが極端に上がったと思うんですけど、データベース探検とかしました?」

「……いや。

 そんな余裕無かった」

「じゃあ、わたしが指定するキーワードで検索してみて下さい」

 

 彼女がそっと告げたキーワードは、『戦闘機人』。

 ディスプレイに表示された開示条件は中将以上の高官と、特例として一部の関係者のみ。アーベルの局員IDは……困ったことに通ってしまった。

 

 ごくりと唾を飲み込んで情報を読み進めるアーベルに、マリーが補足を加える。

 

「事の発端が違法研究なのは間違いないんですが、じゃあ保護された子はどうするか……。

 放り出すわけにも行きませんし、知らぬ存ぜぬでは管理局の存在意義が問われます。まして保護された子に罪はない……というわけで、本局の特務が動いたんです」

 

 アーベルも戦闘機人という言葉ぐらいは知っていたが、その中身となると眉唾物のオカルトチックな都市伝説に結びつく内容ばかりで、旧暦以前にも研究は行われていたとバラエティ番組で見た覚えがある程度だ。人工臓器や再生治療からのスピンオフ技術ですらないと、切って捨ててもいい。

 

 しかしディスプレイには、遺伝情報を操作され鋼の骨格と人工筋肉が適合するように調整された素体を用いることで、拒絶反応もなく機械部分と生体の融合が行われ、あまつさえ成長までするという『本物の』戦闘機人についての詳細が表示されていた。

 

「元になった違法研究は、残念ながら摘発時の研究者の死と共に失われてしまいました。だから保護された子たちの体調管理───メンテナンスは、今も手探りな部分も多いんです。

 そこで数名の技官が内々に指名されて、子供達の専任となりました。わたしももちろんその一人です。

 秘匿された任務ですから所属も元の配置のままで、これまでも要請に応じて動いてきました」

 

 これは自分の手に余ると、アーベルは大きな溜息をついた。

 リインフォースの件でさえ丸抱えするにはきついのに、これはどうしたものだろうか。

 

「……マリー、僕は何をすればいい?」

「突然出張したり研究室に子供を連れてきたりしても、見逃して下さいっていうことです。

 ほんとにそれだけなんで、どうかよろしくお願いしますね」

 

 もう検査機器もこちらに移管される予定ですしと、マリーはほっとした様子で告げた。そちらの予算や整備は本局持ちで、第六特機は新しい隠れ蓑として利用される様子である。

 これではどちらが課長やら、わかったものではない。

 

「はあ、すっきりしました」

「うん?」

「秘密を心に持ってるのって、苦しいんですよ。

 ……アーベルさんなら、わかりますよね?」

「そりゃあ、まあね……」

 

 管理局にどっぷり浸かってもらおうと言ったときの、何とも言えないクロノの顔を思い出す。ハラオウン閥の技術系トップにアーベルを据えてしまいたいというのが、彼の本音だろう。

 

 教会に話を通すだけならヴェロッサがいるし、技術スタッフにもマリーがいる。しかしアーベルが、もう一つ上に位置していることも間違いない。ヴェロッサはカリムの義弟だが、グラシア家の血筋ではなく出自は孤児だ。マリーは十分に優れているが、技術部内での政治的影響力ではアーベルに及ばなかった。

 

 クライドの殉職により一度は霧散しかけ、中道且つ現場優先で温情主義と、本局主流派とは相容れるはずもないハラオウン閥は、ギル・グレアムの庇護の元ようやく巡航艦一隻を身内で固められる程度まで力を付けてきた。

 PT事件に続いて闇の書事件を解決に導いた今、グレアムは局を去ったものの上り調子と言っていい。このあたりでしっかりと地盤を固めておきたいところなのだろう。

 

「まあ、乗るしかないか」

「はい?」

「あー、うん。

 ……無限書庫に行って来るよ」

「はい、いってらっしゃい」

 

 いつか守護騎士達にも言ったが、アーベルも『ちょっとづつ得をする』中の一人なのだ。

 当面は、流れに乗るのが正解だった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「ユーノくん、無限書庫に用事があるんだけど、今大丈夫?」

『大丈夫ですよ。

 あ、ぼくもちょっとアーベルさんにお願いがあって……』

「はいよー」

 

 ユーノには途中で私的に連絡を入れ、手土産にもならないだろうが適当に買った差し入れなどをぶら下げて無限書庫に向う。

 

「……ん?」

 

 入り口の手前で違和感を覚え、首を傾げる。

 正面の案内表示に大きく『無限書庫』とあるのは変わらないが、その下に『司書室』『司書室受付兼事務室』と新しい名前が追加されていた。元は倉庫か個室だったろう場所に、前はなかった受付窓が取り付けられている。

 

 春は異動の時期、先に入局していたユーノとは時々連絡を取っていたが、仕事の話はお互い『忙しいね』『忙しいです』と苦笑するばかりで、アーベルも無限書庫に増員なり改組なりが行われたとは知らなかった。

 

「失礼します、第四技術部第六特機課のアーベル・マイバッハと申しますが、ユーノ・スクライア氏をお願いします」

「はい、室長よりご訪問はお伺いしております。

 どうぞ」

 

 内心でユーノも出世したのかと驚きつつ司書室に入れば、アーベルと同じく『一番偉い席』に座っているユーノの姿があった。

 

「ユーノ君も出世したねえ」

「あはは……。

 クロノがどうしてもと頼むので、まあ、しょうがないかなと。

 でもおかげで、僕の自由度が少しだけ上がりそうです。ちょっとは研究にも時間を割けるかなあ……」

「僕と似たようなもんだね。

 まあ、頑張るしかないか。……それにしても机多いね?」

「昨日からですけど司書さんが10人と事務員さんが2人、配属されました。

 今は無限書庫そのものに慣れて貰うことを兼ねて、入り口付近の地図作製をお願いしています」

「迷ったら一大事だもんなあ……」

 

 無限書庫を遺跡に見立てた発掘作業のようなものかと、彼の方針に頷く。

 通路さえ確定しておらず『未整理』の状態で情報が並んでいるのなら、確かに遺跡と大差なかった。

 

「そう言えば、アーベルさんの用事って何ですか?」

「無限書庫に出入りする許可を貰いたいと思ってね。

 目的は古代ベルカ式デバイスの情報一般、可能なら夜天の魔導書の基礎データ」

「あ、リインフォースの……」

「うん。

 今のところは至急じゃないから、許可さえ貰えれば自前でやるよ。

 構わないかな?」

 

 ユーノには到底敵わなくとも、アーベルも書籍探索魔法は使える。彼に手伝って貰えれば早いだろうが、それでは時間潰しの意味がない。

 

「それでしたら今日からでも大丈夫です。

 アーベルさんの司書資格はすぐ用意しますので」

「ありがと……って、司書資格?」

「事故を起こされるよりはこちらで完全管理した方がいいと言う話になって、施設部と協議した結果、昨日付けで司書資格の保持者と規定の条件を満たした許可者以外は入庫禁止になったんです。

 僕が来る前ですけど、本当に探索チームから遭難者が出ていたみたいで……」

「……あれって都市伝説じゃなかったんだ」

 

 アーベルさんなら試験は無意味ですから注意事項だけ読んでおいて下さいねとディスプレイを向けられ、その場で司書資格の発行が行われた。

 流し読めば、室長の直接承認または規定の能力検定試験に合格した者を司書とすると書かれてあり、管理局法にも新たに無限書庫専任司書に関する法規が作られている様子だった。併記されている注意事項の大半は公共の図書館と大差ないが、危険回避や情報秘匿に関する項目は無限書庫ならではである。

 

「お待たせしました。

 認証をお願いします」

「ありがと。

 ……2番目?」

「はい、今は僕とアーベルさんだけが正式な司書資格保持者です。

 仮の試験も用意は出来たんですが、実はまだ司書試験を受けるところまで誰も行ってなくて、司書さんには室長承認で仮の許可を出してるんですよ。

 最低限の内容に絞ったんですけど、昨日付けで入局した新人さんも多いし、何も教えていないのに試験に受かれなんて言えません。

 アーベルさんは術式渡してすぐ実働に入れたっていうか、術式組み替えちゃうぐらいですから、まあ……」

 

 組織も立ち上げ直後でメンバーも配属されたばかりとあれば、こうもなるかと頷く。昨日も挨拶の後、半日は書庫の見学と説明、残りはユーノによる講義で終わったらしい。

 

「そう言えばユーノくんの方の用事は?」

「例の改造した書籍探索魔法の術式を譲って貰いたいのと、出来れば司書専用のデバイスを開発して欲しいんです。

 ただ、こちらに配属されてきた人は、魔導師ランクの一番高い人でもランクEの魔力量Dで、Fの人が大半ですから、そこも考慮して貰えると助かるんですけど……」

「あれかあ……。

 術式の譲渡はもちろん構わないけど、ユーノくんの魔法を僕用に組み替えただけだからそのままじゃ運用が難しいかも。最低でも魔力量Aは必須だからね」

「やっぱり……」

「ともかく、デバイスの件は了解したよ。

 課に戻ってから、術式と一緒に考えてみるね」

「はい、お願いします」

 

 ユーノにはデバイス開発を依頼する申請書を作って貰い、その場で了承する。

 

「ユーノくんも専用デバイス、作るかい?」

「そのうちお願いするかも知れませんけど、今は大丈夫です。

 予算も余裕がありませんし……」

「……納得」

 

 第六特機は古代ベルカ式デバイスの製造技術確立が目的で設立されているが、アースラ関係者のデバイス整備など、第四技術部の他の課同様、技術部の掌握する一般業務もアーベルとマリーの異動に伴って引き継がれていた。

 

 



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第二十六話「無限書庫司書室」

 

 

 無限書庫を訪ねた翌日、アーベルは再びそちらでユーノと向かい合っていた。

 マリーには呆れられたが早速試作機2機を仕上げ、新たに『司書魔法』と名付けた術式をひっさげての訪問である。

 

 事務用デバイスなら、戦闘に耐え得るような設計も必要ない。今回は使う魔法もほんの数種類と限られているから、内部の効率化も計りやすい。

 それでも、元になった術式プログラムを可能な限り分割して低魔力消費の直列術式───並列動作部分を極力減らして単位時間当たりの消費魔力をギリギリまで押さえ、作動下限付近では更に術式運用速度を落とすことで安定した動作を確保した───を組み上げ、間に合わせている。 

 

「え!?

 もう出来たんですか?」

「レイジング・ハートやバルディッシュの改造に比べれば、全然大したことないよ」

 

 講義中だったのか司書が全員揃っていたが、デバイスと改良された術式の方が重要とのことですぐに通されている。

 

「こちらはいつも僕がお世話になっている、技術部のアーベル・マイバッハさんです」

「皆さんはじめまして、第四技術部第六特機課長、アーベル・マイバッハです。

 頻繁にお邪魔すると思うので、今後ともよろしくお願いします」

 

 苦笑したユーノが、アーベルさんは僕よりも偉い二佐相当官ですから失礼のないようにと付け加える。ちなみにユーノは司書室長として、やはり二尉待遇の文官になっていた。

 

「ちなみにマイバッハさんは司書資格をお持ちです。

 皆さんが使う予定の司書用デバイスと、魔法術式の改良もお願いしました。

 と言うか、お願いしたのは昨日なんですけどね……」

 

 場が一瞬だけざわめいて、緊張に代わって尊敬のまなざしを向けられたアーベルはたじろいだ。

 

「では、デバイスの説明をお願いします」

「了解です」

 

 無論アーベルもユーノ相手とは態度を切り替え、彼女たちには顧客や士官学校生を相手にする気分で応対する。

 

「えー、皆さん注目して下さい。

 とりあえずこちらがタイプⅠ、魔力量FからEの魔導師に対応した試作の司書魔法特化型ストレージ・デバイスです。

 登録魔法は軽量化した検索魔法、翻訳魔法、読書魔法、記録魔法の四種だけですが、その代わり平均魔力発揮値が100あれば確実に作動、余剰魔力は全て処理速度のアップに回せるように設定しました」

 

 司書用デバイスの見た目は両方とも薄型のブレスレットで、メタリックな外装にナンバリングがちらりと見えるシンプルな形状だ。待機形態がそのまま使用形態になるので、杖や剣に変形はしない。

 

「このタイプⅠは、うちの司書さん全員が使えますね」

「うん。

 微少魔力の運用については前にちょっと仕事で……って、それはまあいいか」

「マイバッハ課長、質問してもよろしいですか?」

「はい、どうぞ?」

 

 新人らしくまだ制服に着られているという感じの少女が、元気よく手を上げた。

 

「魔力発揮値100でも動くとの事ですが、例えば500の場合とでは速度アップの他にどのような差があるのでしょうか?」

「概ねありません。

 しかし投入される魔力が100ぎりぎりだと、かなり処理が重くなります。もちろん、スキャナを使って手作業で読み込むよりはよほど早いのですが……。

 元はAランクの魔法を細かく分割することで動かせるように術式を組んでいますので、その点はご了承下さい。

 ランクE対応のチャンバーにチャージャーを組み合わせてあるので、魔力をある程度チャージしてから使うという裏技もあります」

「ありがとうございます」

「これなら仕事の進みが全然違うと思います。

 ぼくも低魔力消費の読書魔法を組んでみたんですが、B位までしか落とせなかったんで……」

「ユーノ室長は大魔力を効率的に活かす方が得意ですから!」

「そうですよ! 落ち込まないで下さい!」

 

 ユーノは既に、司書達の心をがっちりと掴んでいるらしい。

 見かけが頼りないので支えなきゃと思われているのか、配属された司書が全員女性でしかもユーノより年上なおかげで弟認定でもされているのか、微妙なところだが……。

 

「それからこちらのタイプⅡは魔力量D以上の人向けで、先ほどの四種の魔法の他に、統合型の司書魔法が入れてあります。

 魔力は相応に消費しますが、かなりの速度で処理が可能です。もちろん、マルチタスク対応にしてありますので、必要に応じて切り替えて下さい。

 室長、こちらは各術式を入れた記録媒体です。

 例のAランクバージョンも同梱してありますので」

「何から何までありがとうございます」

「自前のデバイスを持ち込んでいる人は、ユーノ室長から借りてこちらからコピーしてくださいね」

 

 一応実際の動作を見てからということで、書庫内に移動する。

 第六特機と同じくまだ実働にはほど遠いのだが、彼女たちからも新しい仕事への高揚感は感じられた。

 

「わ、はやっ!?」

「スキャナよりいいね!」

「私にもできましたー!」

「おおっ、アンリエットすっごーい」

「次、あたし!」

 

 動作は問題ない様子だが、姦しいことこの上ない。

 女子校の教室に放り込まれたかと錯覚しそうになる。

 

「昨日は検索魔法だけ覚えて貰ったんですけど、検索範囲狭めても消費魔力が多すぎて、主任のメルヴィナさん以外へろへろになっちゃったんですよ」

「デバイスの支援無しだと更にきついか。

 本格的に考えようかな……?」

「何をですか?」

「魔力電池を使った司書用デバイス。

 ……司書さんたち見てて思ったんだ。

 戦闘魔導師が魔力電池をバックアップ以外に使わないのは瞬間出力が低すぎるからだけど、ここでなら案外使いやすいかも、って。

 例えば武装隊だと魔力量Bランク───魔力発揮値3万4万あたりが最低ラインで、そこに魔力電池の魔力50や100を足してもあまり変化無いけど……」

「……あ!」

「でしょ?

 100に100を足せば倍になるよ」

「行けると思います!

 それに魔力電池なら、帰りに魔力封入器と接続しておけば毎日使えますよ!!」

「……それ、いただき。

 じゃあ、早速その線で考えてみるよ。

 今のやつはどうしようか?」

「ぼくもさっき考えていたんですが、試験内容の見直しも含めて、司書資格の試験用に使いたいと思います。

 そっちは魔力電池無しの方がいいかなって」

「了解」

 

 使用感も含めた問題点を司書達から聞き取り、アーベルはあれこれと改良案を考えながら第六特機へと戻った。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 司書用デバイスは翌日までに改良と修正を済ませ、魔力電池搭載型に対応したチャージクレードルもおまけで作って共に数日の試用期間を取っている間に、アーベルの元には全く別の角度から新たな問題がやってきた。

 

『アリサも念話使えないかなって』

『一人だけなしはかわいそうなの』

『ものすごい勢いで食いつかれてしもたんです……』

「いや、念話補助アクセサリーがあっても、使えるかどうかは魔力次第なんだけど……」

 

 本局内から通信を繋げてきたのは、なのは・フェイト・はやての魔導師三人娘である。

 そう言えば彼女たち仲良し五人組で一人だけ、外国に行っていたので先日のバーベキュー大会に参加していなかった子がいたなと思い出す。

 

『あんな、アーベルさん』

「うん?」

『すずかちゃんからも宜しゅうに言われてるんですけど、何とかしてもらわれしませんやろか?』

「……」

 

 それを言われると、非常につらい。

 

 いや、嬉しいには嬉しいのだが、目の前の何かを期待する少女魔導師たちを見ていると、喜びよりも、拒否は出来ないのだろうなという義務感が先に来る。

 ……もう1機追加で念話補助アクセサリーを用意するとなると少しどころではない出費になるが、そこはもう考えても仕方がなかった。

 

「あー……週末までにこっちも準備調えておくから、アリサちゃんも含めて日曜日の予定、フリーにしておいてくれるかな?

 それと場所ははやてちゃんの家、借りてもいい?」

『了解です!

 あ、うちの家、他の人にも転送使えるように許可降りたんで、アーベルさんも大丈夫ですよ!』

「そりゃ助かる」

『うちの子らが大人しゅう……やのうて、真面目に頑張ってくれたみたいで、ロウラン提督が計ろうてくれはったんです!』

「そっか……。

 よかったね、はやてちゃん」

『はい!』

 

 出撃待機と更生教育の両立はきついだろうに、守護騎士達も頑張っているようだ。

 

 だがアーベルは、ここまでの会話がほぼ無意味……いや、単に理由を付けてすずかに会いたかっただけと気付いてしまった。

 自分で自分を騙してどうしようというのか、情けないこと甚だしい。

 

「……ところでさ」

『はい?』

『どうしたんですか?』

 

「実はすずかちゃんから指輪をちょっと借りてアリサちゃんが試してみれば、一発で念話可能かどうかわかるんだけど……」

 

『……あ』

『ああーっ!?』

『それもそうや。しもたな……』

 

 まあ、今週は大丈夫だなと頭の中の予定表を参照し、後で連絡頂戴ねとアーベルは通信を切った。

 

 ……実はここからが大勝負なのである。

 

 

 

 アーベルは数日の内に小改良を加えたアリサ用のペンダント型、すずか専用として『特別製の』リング型と、2機の念話補助アクセサリーを作り上げ、更には法務に詳しいクロノ、こういう場合何かと役に立つエイミィも引き込み、リンディの承認……というか後ろ盾を得て仲良し五人組にはばれないように極秘の計画を完璧に仕上げた。

 

 

 

「ほんと、何やってるんだか……」

「はい?」

 

 不思議そうなマリーの視線を受け流し、アーベルはその週最後の日報───こんなものも課長になった途端容赦なく量が増える───を付けはじめた。

 

「……いや、うん、何でもないよ」

 

 幸いアリサの方も補助があれば念話が使える程度には魔力があった様子で、気楽な気分で八神家を訪問できる。

 

 あとはまあいつも通り、なるようになるだろう。……と、思いたいアーベルだった。

 

 



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第二十七話「次元世界への扉」

 

 

 予定を入れていた日曜日、アーベルも少々落ち着かない心持ちながら八神家の転送ポイントへと降り立った。

 裏庭の一角だが、周囲からは目立たないように庭木で囲われており、勝手口へと踏み石が続いている。

 

「あー!」

「来た!」

「アーベルさん!」

 

 挨拶代わりにひらひらと手を振り、誘われるままにリビングへと案内される。

 

「待っとったんですよー」

「うん、待ちくたびれちゃったね」

「主とご友人は昨日から泊まりがけでな」

「あー、なるほどね」

「たぶん、アリサちゃんよりもすずかちゃんの方が待ってたの」

「言わないで、なのはちゃん……」

 

 リビングには五人組の他にも、シグナムが新聞を片手にコーヒーを飲んでいた。今日ははやての側についたシグナム以外、他の守護騎士は本局待機だそうである。

 

「はじめまして、アリサ・バニングスです。

 ……色々噂は聞いてます、アーベルさん」

「あー……。

 よろしく、アリサちゃん」

 

 ……ちなみにすずかは目を合わせた途端真っ赤になって俯いてしまったので、実はまだ話せていない。

 

「あの、それから……わがまま言って、ごめんなさい」

「それは気にしなくていいよ。

 ただ、念話の方は魔力次第だったから、僕もほっとしてる。

 ともかく、試作品が動いたんなら大丈夫だよ」

 

 微少魔力測定プログラムを起動したクララを指から抜いて、アリサに手渡す。

 アーベルとしても後々の改良のためにデータは集めておきたいので、小さな手間も欠かさないようにしていた。

 

“簡易測定、魔力反応ありました。

 測定最大値12”

「うん、これなら問題ないね」

 

「なのはの魔力はどのぐらいなのよ?」

「え、えーっと……」

「なのはは最大発揮値なら300万越えてたと思う」

「さ……!?」

「なのはちゃんそんなに!?」

「にゃはは……。はやてちゃんはもっと凄いよ」

 

 盛り上がる少女達にストップと声を掛け、先ずはアリサにペンダントを渡す。

 

「デバイスと同じ外殻だから、それなりに強度はあるよ。普通のアクセサリーと同じように、乱暴に扱わなければ大丈夫だ。

 それからなのはちゃんとフェイトちゃん、はやてちゃんには、支援プログラムの追加をお願い。

 ……すずかちゃんのも同じ仕様なんだけど、魔力電池を搭載していてね、時々二人のアクセサリーに魔力を供給して欲しいんだ」

「アーベル、どのぐらいの量?」

「三人の魔力ならほとんど消費無し、かな。

 ここと翠屋さんで念話するよりは疲れないと思う」

 

 アーベルははやてを手招きして蒐集させ、クララもレイジング・ハートとバルディッシュにプログラムをコピーさせる。

 

「さて……えー、すずかちゃん」

「ひゃい!」

 

 そこまで照れられても困るが、同時に嬉しくもある。

 ……にやにやとあれこれ期待するギャラリーがいなければもっと良かったのだが、彼女たちダシにした部分もあるのでここは我慢するしかない。

 

 以前と同じように、指輪を手のひらに乗せて差し出す。

 

「えーっと、はい」

「あかんあかん。

 アーベルさん乙女心わかってへんやろ?」

「すずかも、ほら」

「は、はずかしいよ……」

 

 結局、すずかの左手薬指に指輪が填められるまでに、余計な数分を消費した。

 その頃にはアーベルの顔も真っ赤になっていたが、仕方がない。……気恥ずかしさと嬉しさで、声が上擦りそうになる。

 

『クララ、開放モードで念話繋いで。

 ……すずかちゃん、アリサちゃん、聞こえる?』

『聞こえます!』

『あたしにも聞こえるわ!!』

『わたしも聞こえるなあ』

『成功なの』

『大丈夫、だね』

『ちなみに魔力電池を搭載したことで、すずかちゃんとアリサちゃんの間でも接触式念話が出来るようになったから』

『すっごーい!』

『フルに使っても1回の魔力補充で一週間以上は保つはずだから、適度に補充してね』

『はい』

『ありがとうございます』

『それにしてもや……』

『どうしたの、はやてちゃん?』

『リビングで顔つき合わせて黙り込んでるんもシュールやなあと……』

 

 ひとしきり念話を交わし、口を使った会話に戻す。

 

「実はね、すずかちゃんとアリサちゃんにはもう一つお土産があるんだ」

「お土産?」

「なんだろ?」

「わたしらには?」

「はやて……」

 

 持ってきた鞄から、紙の書類が入った封筒をそれぞれに手渡す。

 表にはミッドチルダ標準言語で管理局と書かれているが、中身はニホン語に訳されていた。

 

「二人とも、一度ぐらいは管理世界に行ってみたいと思わない?」

 

「行きたいです!」

「行きたいに決まってるわ!」

「うん、だろうなあとは思ってた」

「アーベルさん、そんなこと出来るの!?」

「管理外世界からの渡航許可を取るのはかなり条件が厳しいって、クロノも言ってた。

 わたしも一度、頼んでみたことあるんだ」

「そやろなあ……」

 

 勢い込む二人に対し、魔導師組は懐疑的だった。

 

 ここでは口に出さないが、アーベルを含めた大人組もそれなりに苦労したのだ。クロノには関連法規とその解釈および特例を調べて貰い、条件を満たせるようにエイミィやリンディの手を煩わせていた。半ばアーベルのわがままだが、色々とからかわれながらも協力が得られたことで、この計画は前に向けて進んでいる。

 

「もちろん、そのまま連れて行くことは出来ないから、二人にも頑張って貰わないといけない。

 袋の中身の一番上を見て貰えるかな?」

 

 それぞれの袋から取り出されたのは、渡航条件取得計画と書かれた予定表である。

 

「ちょっと難しいけど、順序立てて話すから聞いていてね。

 最初に……いまの二人は、偶然魔法に巻き込まれた事件性情報開示対象者っていう区分でね、魔法のことは多少説明してもいいけど、向こうに連れていく事は出来ない立場なんだ」

「事件って、クリスマスのあれ……ですか?」

「うん。

 だからこれをもう一歩進めて、管理外世界在住民間協力者の資格を取って貰いたい。これが第一段階ね。

 理由はこちらで用意したけど……魔導師組の三人が、管理局の活動と現住世界での実生活が両立しやすいように補佐をする、っていうことにしておいた。

 現地法に於ける義務教育期間中って言うのも、かなり後押しになりそうかな。

 でも安心して。自己紹介を兼ねた作文を書いて貰うぐらいで、試験なんかはないよ。

 リンディ提督の引きもあるから、審査はほぼ通ると思う。

 それと民間協力者に登録されるまでは、さっきのアクセサリーのことはこの場にいる人以外には内緒ね」

「はい」

「わかりました」

「第二段階は何をするんですか?」

「時間を使うこと、かな。

 三ヶ月ぐらい問題なく過ごせれば、局からの信用度評価が自動的に一つ上がる。同時にその時間で、ミッドチルダ語を学んで貰いたいんだ。

 渡航の準備だから、とりあえず簡単な挨拶が出来て、基本的な単語が分かれば大丈夫。……こちらの世界の言語でびっくりするほど似通った言語があるし、聴覚や発声器官の都合で最初から会話不可能ってことにはならないよ」

「英語に似てるから、多分大丈夫なの」

「そうなんだ……」

「慣れてきたら、フェイトちゃんに翻訳魔法を切って貰って、たくさんお話しするといい。

 彼女には母語だから、発音も綺麗だよ」

 

 封筒には、エイミィ謹製の小冊子『今日から学ぶミッドチルダ標準言語・初級編』と、現地───第97管理外世界の記録媒体に録画された日常会話集も入っている。

 

「そして第三段階。

 二人には、うちの会社に入って貰う」

「会社?」

「うん。

 マイバッハ商会……って言っても社長は僕で社員はゼロ、今は休業中の会社なんだけどね。

 二人のお仕事は第97管理外世界……地球の現地調査に協力して貰うこと。

 民間協力者なら、雇うにしても審査が甘くなる」

「現地調査?」

「わたしとすずかは、何をさせられるんですか?」

「後付なんだけど、二人にはこちらが出す条件に合う品物を探して、買ってきて貰おうかなって思ってる。

 本とか、食器とか、服とか……普通に手に入る物に限るつもりだから、難しくない」

「それなら大丈夫です」

「任せて頂戴!」

「もちろん代金はこちらで用意する。お給料はこちらの通貨にすることも出来るけど、貯めてミッドに来たときのお小遣いにすればいいかな」

「ん?

 そやけど、アーベルさんはそないなもん買い集めて、何する気なん?」

「売る」

 

 本や食器などというものは、それだけで好事家───あるいは好事家を相手にする店に売れる。異世界製の本ならば読むだけでなくインテリアとしても利用されるし、食器や服飾品は微妙な形状の違いや用法、デザインなど、安い物でも値段の割に文化の差異が現れるので好まれた。

 どちらも大きな利益にはならないが魔力波による完全消毒殺菌が可能な品物は審査も短時間で済み、この場合は名分の方が必要なので損をしなければそれでいい。

 

 逆に花の種などは管理外世界固有種の遺伝情報として貴重で利益も大きいが、審査も厳しいので非常に面倒だった。食料品も手に入れるのは楽だが、法令を満たすような保存と管理を行うとなると急激に面倒を引き起こすので、自分たちで消費するならともかく最初から除外している。

 

「ぶっちゃけると、会社が実働してますよっていうアピールが出来れば、それでいいんだ。

 今度はそれを盾にして商用での渡航申請をすれば、恐らくは通る」

 

「行けるんだ……」

「絶対行くわよ、すずか!」

「もちろんだよ!」

 

 とりあえずは、『世界』を知って貰うことが肝心だ。

 上手く話を進めていけば、事業を理由に次元間通信機や転送ポートの設置も出来るだろう。

 すずかにはその先、デバイスマイスターへの道も拓けるかもしれないが、そちらはまた後日でいいかとアーベルは話を締めくくった。

 

 ……急いては事をし損じる。

 

 アーベルは、ここで焦ってはいけないと自らに言い聞かせていた。

 

 実はすずかに渡した念話補助アクセサリーには、クララによるすずかとアーベル専用のスクランブル念話機能───流石に念話のだだ漏れはもう勘弁して欲しい───も搭載しているのだが、この状況で教えてもその秘密がばれるばかりで、今は大人しく笑顔を眺めているしかなかったのである。

 

 



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第二十八話「実働開始と予算の壁」

 

 

 先日の八神家訪問ではすずかとほとんど話が出来なかったアーベルだが、あれ以来、手紙のやりとりが出来るようになった。この件に関しては魔導師組が非常に協力的で、時には守護騎士達が代理で手紙を携えて第四技術部の前までやってくる。

 

 その守護騎士達だが月が変わった5月、なのは、フェイトにつられるように正式入局したはやてが後押しとなって更生教育も終わり、晴れて自由の身───フェイトと同じく自由行動の許された保護観察期間付きの管理局員───となった。

 

 今しかない。

 

 アーベルはこのタイミングで素早く動き、研修が始まるまでの数日を先に押さえて守護騎士達を交替で第四技術部へと呼んでいた。

 今日は最後のヴィータ───ザフィーラはデバイスを持たない───の訪問が実現し、これでアーベルも少しばかり肩の荷が下りるだろうか。

 

「待機状態の解析、終了です」

「じゃあヴィータ、ハンマーフォルムをお願い。

 マリー、システムの再セッティングはどのぐらい?」

「第六特機にデータを移す時間も含めて3分少しです」

「起きろアイゼン。ハンマーフォルム」

“Jawohl.

 Hammerform.”

「よし、寝ろ」

“......Ja.”

 

 第四技術部自慢の精査分析機器は分子・原子レベルでの構造解析も出来るが、現界部分と魔導制御空間内の両方に展開する魔力素の分布───魔力運用回路の多次元構造解析こそが本領で、デバイスには分解整備時と同じく半休眠状態に入って貰う必要があった。

 それだけに使い手もデバイスも、おまけに仕事をしているはずのアーベルたちもが退屈だが、これが終わらないと話にならない。しかも待機状態のように現界部分が小さいなら時間も数分で済むが、使用形態となると数時間から数十時間を要する。

 

 無論、グラーフ・アイゼンのギガント・フォルムは当初より解析を諦めていた。時間もさることながらスキャニング・システムに入る大きさではないと、対防衛プログラム戦で共闘したアーベルは知っている。

 

「話通りに退屈だな……」

「リインフォースの為と思って諦めてね。

 ついでに言えば、グラーフ・アイゼンのパーツも製造できるようになるし、悪いことばかりじゃない。

 カートリッジだって、再生品や模倣品じゃなくて本物の新造品が手に入るようになる予定だよ」

「……おう」

 

 夜天の魔導書から切り離された守護騎士達のデバイスは再召喚による再生機能を失い、最早普通のデバイスと変わらない。その情報さえ、こちらに回ってきたのは開示許可が下りた先月末であった。

 

「平行作業で悪いね」

「いいよ。

 だってそれ、はやてのデバイスだろ?」

「うん。

 デザインはこれって、リインフォースからリクエストがあった。

 外観だけは防衛プログラム戦の時に使ってたのと同じだよ」

 

 ロウラン提督からは、はやて用デバイスの作成を正式に要請されていた。

 しかし現段階では古代ベルカ式デバイスの手当がつくはずもなく、はやて、リインフォース、クロノ、ロウラン提督他、関係者と幾度かやり取りを交わし、蒐集という希少技能のお陰で『使えないことはない』ミッドチルダ式の魔法のみに対応したストレージ・デバイスを用意することになった。無論、魔力量S対応のストレージ・デバイスなど既製品があるはずもなく、調査の合間にアーベルがこつこつと設計している。

 

「……お仕事中のグラーフ・アイゼンには悪いけど、なんか食べる?」

「……貰う。

 ストロベリーのアイスがいいな」

「わたし、買ってきましょうか?

 ちょっと購買部行きたかったんで……。

 モニターお願いします」

「了解。

 課の名義で買ってくれていいから、ストロベリーのアイスと、それからクッキーか何かお願い」

 

 モニターと言っても、異常がないか見ているだけの退屈な作業だ。いや、異常があれば警告音が鳴るので、居眠りさえしていなければじっと見ている必要さえない。……局の規定なのだ。

 

「そうだ、ヴィータは研修先決まった?」

「正式にはまだだ。

 あたしはどこでもいいって言ったんだが、たぶん、守護騎士全員が一旦アースラに集まる」

「クロノは自前で戦争出来そうなぐらい戦力揃えてどうするんだ……」

「お前もそう思うか?」

「だって研修中のなのはちゃんフェイトちゃん、アルフだけでも過剰なのに、来週からはやてちゃんもでしょ? もちろんクロノにリンディさんも乗ってるよね?

 ……そこにヴォルケンリッターまでって、海の事情にはあんまり詳しくない僕でもおかしいと思うよ」

「クロノは研修期間中だから問題ないっつってたけどな。

 なんでもリンディ提督がアースラ降りて、クロノが艦長になるらしい。その準備だってさ」

「……えっ!?」

「知らなかったのか!?」

 

 割と頻繁に連絡を取っているはずだが、最近はすずかとアリサの話しかしていなかった気がする。精力的に動いているのはアーベルだけではない……いや、一番仕事に身を入れていないのは自分かもしれなかった。

 

「お前がすずかといちゃついてた間に、こっちだって色々あったんだよ」

「……それを言われると肩身が狭いな」

「なあ、ほんとに結婚すんのか?」

「今すぐはどうかと思うけどね」

「当たり前だ、馬鹿」

 

 ヴィータの質問は直球そのものだが、嫌味もないので素直に答えを返せる。これがクロノやはやてあたりなら、無論アーベルは逃げ出しただろう。

 

「最初に会ったときも美少女だなとは思った。けど、一目惚れじゃなかったのも間違いない。

 ……でも話をしてるうちに、こんなに会話の波長の合う相手は初めてだって気付いて、手を離すのが惜しくなった。

 まだ3回しか会ったことないのに、そんなことばかり考えてる」

「ふーん。

 ま、いいんじゃねえのか?

 すずかも前より楽しそうだぞ」

「何よりだよ」

「それをよく、はやてにからかわれてるけどな」

「……はやてちゃんには手加減するように言っといて」

 

 今はクララも魔導回路設計シミュレーターを立ち上げつつスキャニングルームのシステムに接続されて『お仕事中』なので、リインフォースは表に出られない。お陰で多少は静かだった。

 

「そう言えば、グラーフ・アイゼンの前に解析したレヴァンティンとクラールヴィントを比較して、一つ分かったことがあったんだ」

「あん?」

「2機とも術者を選ぶどころか、シグナムとシャマルに適合するよう調整されて後から作られたんじゃないかって話になった。

 リインフォースは既に出来上がっていた守護騎士システムを組み込まれただけだから製作過程まではわからないって言ってたけど、たぶん、グラーフアイゼンも同じだろうね」

「でもよ、逆にあたしらが調整されたって可能性もあるぜ?」

「それも考えたんだけど、プログラム側じゃなくて制御部分の魔導回路側にその痕跡があったんだ。

 普通は後付で個人調整する部分だから交換可能なはずが、一体型になってたよ。

 もちろんヴィータが使う分にはその方がいいんだけど、マイスターの立場で言わせて貰うとすっごい贅沢な造りだ。

 こんな注文、一度でいいから受けてみたいなあ」

 

 ミッドチルダ式ならば完全にプログラム由来で形成される魔導回路が、ベルカ式では物理部分を伴った堅牢な造りになっている。この回路周りを汎用化すると誰にでも使いやすいがデバイスも術者も全力が発揮できず、個人調整すれば特定の術者にしか使えなくなるが同等のミッド式魔導師を上回る力を行使できた。

 この点こそがベルカ式最大の特色であり、同時に廃れた原因ともなっている。……有り体に言えば、手間が掛かりすぎるのだ。

 

「……よくわかんねーけど、アイゼンはあたし専用だってことだろ?

 そんな当たり前のこと、わざわざ調べるような事じゃねー気もするぜ」

「そう言われると、そうかもしれないけどね……」

 

 騎士とデバイスマイスターでは、デバイスを大事にする気持ちは同じでも、その中身はまったく相容れないのかも知れない。

 まあいいけどなと、ヴィータは丁度帰ってきたマリーからアイスをふんだくった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「兄さん、マリーさん、ただいま!」

「ご苦労さん」

「ゲルハルトくん、お帰りなさい」

 

 一ヶ月半の長期に渡ってマイバッハ工房での資料収集を終えたゲルハルトが第六特機に戻ってきたのは5月も半ばが過ぎ、守護騎士達のデバイスの調査が終わって調べがつきそうなデータが粗方揃い、はやてに『シュベルトクロイツ』と名付けられた杖───リインフォースに言わせれば自分で提案しておきながら質の悪い模倣品、アーベルに言わせればはやての大出力のおかげで出来の割に手間暇がかかった代物───が手渡された時期だった。

 

 祖父や父の後押しもあったが、ゲルハルトは十分以上に活躍していた。特にありがたかったのは数種に渡る駆動部の資料や、貸し出しこそ無理だったが教会騎士団に現存する貴重な真正の古代ベルカ式デバイス───弟の同級生の兄が継承していた───の稼働データなどで、おかげで出張期間は余計に延びたが、成果としては期待以上のものが得られている。

 

「こっちはどうだったの?」

「予定通り、3機分の詳細なデータは揃ったよ。

 あと無限書庫で、デバイス名さえ不明のツヴァイハンダーフォルム───両手剣型デバイスのアウターパーツの設計図の一部も見つかった」

「兄さんの友達の騎士の人とは会ってみたかったな……」

「その内遊びに来るよ。

 正式にうちの課が整備任されることになったし。

 お前の方が適任だから、その時は頑張ってくれ」

「うん、楽しみにしてる」

「でだ……」

「ええ……」

 

 アーベルとマリーは、顔を見合わせて頷いた。

 

「いよいよ、古代ベルカ式アームドデバイスの設計に入りたいところなんだが……」

「その前に、解決していない問題があるんですよ」

「えーっと?」

「各部のパーツは解析から素材や構造も判明して、新規の設計もほぼ目処が立ったけど、作る予算がない」

「稼働状態にあるデバイス・コアの調査が出来たおかげで、こちらも同じく製造の目処は立ちました。でも、魔導回路結晶培養プラントどころか、その改造予算さえどこにもありません」

「古代ベルカ式専用の整備台も導入しなきゃなあ……」

「……兄さん、第六特機の設立目的そのまんまのお仕事なのに、ダメなの?」

「試算したんだけど、お題目だけで引き出せるような金額じゃなかったんだ。教会を説得するにも現状じゃ厳しい。

 ミッド式なら評価基準も定まってるけど、こっちは未知の領域だからなあ。

 どこかで実績作るか強力な後押しがないと、このままじゃ無理だ」

「予算って、どのぐらい?」

「ロールアウトまで持っていこうとすれば、通しで300億クレジット以上はかかる」

「そんなに……!?」

「概算で309億クレジットですねー……」

「予算請求の交渉に行った時、技術本部長と第四技術部の部長と経理課長から切々と現状を語られて、丁寧に書類を差し戻された。

 ……きちんと実績作って、上手いこと本局や教会のお偉いさんを引っかけてみせろって励まされたよ」

「真摯な応対にむしろ驚きましたけど、笑い飛ばされて頭ごなしに突っ返された方が気分的にはましだったかもしれませんね」

「上役がまともな人物だったのは非常にありがたいけど、別の意味で苦労もするよね」

 

 単に1機のアームドデバイスの製造実費なら、そこまで高くなることはないと予想されていた。個々のパーツが特注になろうと、現状でも精々が数千万クレジットから最大でも数億クレジットで収まるだろう。

 しかし生産から運用までのインフラを一気に調えるとなると、当初は小規模でもこのぐらいにはなってしまう。

 

「とりあえず、出来そうなところから手を着けて実績積んでくことに決めた。

 ゲルハルト、こっちは正式な許可取れたから。

 とんぼ返りになるけどすぐ工房に戻って、父さんに渡してくれ」

「えーっと、『古代ベルカ式標準型カートリッジの量産について』……え!?

 ちょ、兄さん、これ……模倣品じゃなくて、本物の!?」

「……現物は教会にあっても技術部には流れて来ず、技術部に精査分析技術はあっても教会はこれまで管理局を頼みにしていなかった。

 第六特機はそこをつっついたんだ。

 誰もが知らず知らず腫れ物扱いにしてた聖域だったけど、それこそうちなら大義名分持ってるもんな」

「これで少しでも風通しが良くなるといいんですけど……」

 

 だが問題は、予算の八割は食うと見込まれるコアの製造設備だった。

 

 デバイス・コアの製造は、基本的に魔導回路結晶を培養プラントで成長させてそこから切り出すのだが、ベルカ式デバイス・コアはミッドチルダ式と似たような造りでも、微細構造も違えば基本組成も違うことが調査によって判明している。そうでなくとも高価な培養プラントを専用に改造しなくてはならない上に、出来上がるコアは古代ベルカ式専用とくれば、どうやって予算をひねり出していいものか。

 

 今は何を言っても、300億もの大金を引き出すには説得力がなさすぎるのである。

 

 



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第二十九話「デバイスが欲しい子と痛いのが嫌いな子」

 

 目標、309億クレジット。

 今すぐの予算獲得は無理でも、ただ書類を眺めているわけにはいかない。

 第六特機は、着実な実績を積み上げていく必要があった。

 

「おじさん、目が寄ってる」

「スバル! おじさんじゃなくてお兄さんでしょ!」

「……ごめんなさい」

 

 だが現実には、アーベルはマリーに懇願されて、事務室で子供二人の相手をしていた。

 別に第六特機が第六託児所になったわけではない。彼女たちはギンガ・ナカジマとスバル・ナカジマ、例の『戦闘機人』の少女達だった。

 

「これが一番難しいところなんだよ……」

「ふーん?」

 

 マリーはマリーで忙しい。

 ミッドチルダに在住する彼女たちを迎えに行き、課に戻っては検査を行い、また今日中に自宅まで送らねばならなかった。今は予想より身長が伸びていたスバルの為、交換予定になかったインナーパーツの調整を超特急で仕上げている。

 

 ゲルハルトは実家に出張中、整備のシルヴィアは何かと世話になっている前所属───機材管理第二課から要請があって応援に向かい、事務のエレクトラは先週の休日出勤を埋めるために代休を取っていたから、必然、アーベルが相手をするしかなかった。……無論、そうなるように調整をしていたのだが、マリー以外に話すわけにはいかない。

 

 ちなみにアーベルの目が寄っている理由は二人にアイスカフェオレを作っていたからで、コーヒーとミルクとシロップの比率をどうしたものかと迷っていたのである。

 エイミィが好むような大人向けでは苦みが強く、かと言って……リンディに出すようなものは子供向けですらない。コーヒー党を自負する身としては、小さな仕事にも全力で取り組むべきと言うプライドもあった。

 

「はい、お待たせ。

 あっちのテーブルに行こう」

「はーい!」

 

 上のギンガが8歳で下のスバルが6歳、知らなければ戦闘機人だなどと想像すらしないだろう。

 ただ、知った上でも驚くべき事はあった。外に食べに行くのは時間がないと言うことで技術部の部内食堂からデリバリーを取って済ませたのだが、小さい体で二人ともアーベルの三倍は食べる。現在実家に戻って追加の調査───マイバッハ工房の伝を使った情報収集───を行っているゲルハルトと比べれば、五倍は食べていたかもしれない。

 

「へえ、ギンガちゃんはシューティング・アーツかあ」

「はい! お母さんに習っているんです」

 

 ギンガは管理局ミッドチルダ地上本部所属の捜査官である母親、クイント・ナカジマの影響を強く受けている様子だった。ちなみに父親も地上部隊の所属でこちらは非魔導師の士官と対照的だが、ハラオウン家と似たような管理局一家とも言える。

 

「ストライク・アーツをやっている友達ならいたっけ」

「シューティング・アーツはちょっと違うんです。

 そのままだとDSAAの公式ルールじゃ違反になっちゃうって、お母さんが言ってました」

「あー……お仕事用ね」

 

 DSAA───ディメンジョン・スポーツ・アクティビティ・アソシエイションは世界的に有名な魔法戦競技会を運営する団体で、中でもインターミドル・チャンピオンシップは少年少女には特に人気の大会だった。アーベルも出られない歳ではなかったが、流石に練習もなしに勝ち進めるほど甘くはないだろう。TVに映る地元選手の応援がせいぜいである。

 

「スバルちゃんもシューティング・アーツ?」

「わたし、痛いのは嫌い……」

「アーベルさんは何かされてるんですか?」

「二人の歳ぐらいの時は、デバイス一筋だったなあ。今もだけど。

 僕も痛いのはちょっと……」

「いっしょだ」

 

 そうだねえと応じて、頭を撫でてやる。

 スバルは好みでないようだが、アーベルも魔法の行使ならともかく格闘となるとさっぱりだ。身体強化系の術式も、発動こそ出来るが砲撃や高機動戦闘以上に使えない。

 

「お待たせ、スバル!」

「あ、マリーさん」

「これでもうムズムズしなくなると思うよ。

 さ、もう一回メンテナンスルームに行こうね」

「はーい」

「アーベルさん、もうしばらくお願いします」

「はいよー」

 

 今日のところは元よりマリー優先のシフトを組んである。第四技術部より遥か上から内々のお達しがあるのだから、業務日誌上は休業同然でも問題はなかった。

 

 妹が連れて行かれてしまって寂しそうなギンガに、さてどんな話題を提供するかと思案する。

 しかしギンガは、アーベルが考える以上にしっかりとした子だった。

 

「アーベルさん」

「うん?」

「わたしもお母さんみたいなデバイス欲しいんですけど、デバイスって高いんですよね?」

「色々だなあ。

 練習用ならちょっと頑張れば買えるのもあるし、一番高いのはミッドの中央でも大きな家が建つぐらいするねえ……」

「そんなに……!?」

 

 デバイス専門と聞けばそうくるだろうなあと、アーベルはいつも用意している答えを口にした。……このままデバイスの話題で引っ張れば、スバルが帰ってくるまでは間が持つかもしれない。

 

「まあ、それは横に置いて……ギンガちゃんのお母さんのデバイスって、どんなタイプなのかな?」

「あ、はい。

 こう、両手にはめて、ギューンって回って、ガシャンってなるやつです」

「両手に填める……!?

 えーっと、手袋の大きい奴みたいな?」

「そうです!」

 

 手甲型とは珍しい。

 しかし、先ほど聞いたシューティング・アーツとの相性は良さそうである。

 

「データぐらいはあるかな……。ちょっと待っててね」

「はい?」

 

 不思議そうなギンガを手招きして机に向き直り、アーベルは技術部のデータベースを呼び出した。、デバイスの形状一覧からその他を選択、技術部謹製の一点物から市販品まで出てきた中から各種の身体直接装着型デバイスを表示して彼女に示す。

 

「似たようなのはあるかな?」

「えーっと……あ、これです!」

 

 拳装着型アームドデバイスに反応を示したギンガに、画像を拡大して見せる。

 

「ここがギューンって回って、カートリッジがガシャン! って」

「……カートリッジ!?」

 

 現状、カートリッジ・システムを装備したデバイスは珍品に入る。ましてミッドの陸上部隊所属の使い手なら、それこそ……。

 

「あ、まんまこれだったのか。

 非人格式拳装着型アームドデバイス、『リボルバーナックル』。

 ……ああ、間違いないや」

「どうかしたんですか?」

「ここを見てご覧。

 ギンガちゃんたちのお母さんの名前がある」

「あ!」

 

 近代ベルカ式デバイス試用試験選抜者、クイント・ナカジマ准陸尉。

 設計技官の欄には、アーベルの父ディートリッヒ・マイバッハ。

 

 技術屋として興味を惹かれるままに諸元表を呼びだしてみれば、リボルバーナックルのカートリッジ・システムは、アーベルやなのはたちの試作型大口径タイプとも、シグナム達が使う古代ベルカ式標準タイプとも違い、各種の動作試験用に作られた中口径汎用タイプと呼ばれる近代ベルカ式とミッドチルダ式共用のシステムであった。

 

 

 

 アーベルらの使うシステムCVK-792のカートリッジは、最低でもAAAランクの魔力と術式運用能力が前提で封入魔力量も相当大きい。だがそんなものをAランクBランクの魔導師───武装隊所属の標準的な魔導師は大凡そのあたり───が使えば、扱いきれなくて暴発するのは当たり前、デバイスの破損どころか後遺症の残る怪我をしても不思議ではなかった。

 しかし術者に合わせて封入魔力を減らしてやれば、少なくとも動作試験は出来るし機器も安く上がる。一般隊員の能力を底上げするという面では、期待も持てた。

 

 父ディートリヒが直接関わっていた汎用型のシステムCMM-182は、カートリッジへと封入する魔力量をプログラム側でコントロールし、封入魔力量を術者に合わせて可変する型式にしたことが特徴だ。隊長陣から新人までが同一のカートリッジを使えるなら、量産効果と同時に補給の簡便化を期待出来る。現場では使い捨てになってしまうカートリッジこそ安価でなくては話にならないから、この点は重要だった。

 

 現在は仕様もほぼ固まり、実用試験と小改良が平行して行われている最中だ。

 誰もが使えて環境に左右されることなく所定の能力を発揮し、補給と整備が容易でコストも安くなければ正式採用されない一般武装局員向けデバイスとそのパーツ類は、時にエース向けデバイスの設計製造よりも開発費がかかるほど、管理局には重要な位置づけなのである。

 

 

 

 しばらくして……とは言っても、小一時間ぐらいは間があっただろうか。

 練習用のデバイスならご両親の許可があれば作ってあげるからとギンガに約束させられた頃になって、スバルとマリーが戻ってきた。

 

「おねーちゃん!」

「スバル、ほら!

 お母さんのデバイス!」

「ほんとだー」

 

 それにしても人間、何処でどう繋がっているか分からないものである。

 

「アーベルさん、約束ですからね!」

「うん、待ってるよ」

 

 ギンガたちは、3ヶ月に一回ぐらいはこちらに来るという。

 再会を約束した二人をマリーが送っていき、第六特機には静けさが戻った。

 

 




さいどめにゅー

《中口径汎用カートリッジシステムCMM-182》

 カートリッジの瞬間最大出力がAAAランクとエース向けに設計されたシステムCVK系統に対して、出力を押さえてB~A+の可変式とし、武装隊の使用する標準デバイスにも導入出来るようにと設計された
 出力が弱い分コントロールも容易で使用者への負担も軽くなることから、多連装マガジンと連続撃発機構を組み合わせたエース向け仕様のシステムも計画されている


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第三十話「騎士カリム」

.

 

 平常業務で出来るのはこのぐらいかと、ゲルハルトを通じてマイバッハ工房に古代ベルカ式標準カートリッジの量産体制───それまでは故障品を回収して手工業的手法で再生するか、質の劣る模倣品の生産が細々と行われていた───を構築する為の技術支援を決定し、それが軌道に乗った頃。

 

「おー。

 ゲルハルト、どうした?」

『ごめん兄さん。……捕まっちゃった』

「は?」

『お久しぶりね、アーベルくん』

「……カリムさんも。いつも紅茶、ありがとね」

 

 ゲルハルトから通信がと思えば、背景をよく見れば高官の執務室のような上等の個室である。

 画面にはゲルハルトに代わり、聖王教会騎士団の騎士カリム・グラシアが映っていた。後ろに控える彼女の護衛にして友人、シャッハ・ヌエラにも軽く会釈する。

 

 カリムはSt.ヒルデ魔法学院初等部時代の同級生で以前からの顔見知りだが、クロノを通して彼女の義弟ヴェロッサと親しくなったことから、卒業後の方が何かと縁づいていた。今では父の元、教会幹部として忙しい日々を送っているという。

 

 捕まったと言ってもゲルハルトの身に危険はないし、カリムからお茶を飲みましょうと言われて断れるほど立場は強くないから仕方がないというだけである。兄の友人であるだけでなく、関係は良好でもグラシア家とマイバッハ家では格が違いすぎた。

 

「でも、直接通信してくれるなんて珍しいね。

 何かあった?」

『何かあった、じゃありません!』

 

 画面越しにカリムが大声を上げたので、アーベルは少し驚いていた。後ろでシャッハが苦笑していることから折り込み済み……あるいは、彼女が声を荒げるのに相応しい何かがあるのだろう。

 

『昨日シャッハが、ゲルハルトくんと会ったのよ。……それも、教会騎士団の資料室で』

「うん、弟には調査を依頼しててね。

 あれ?

 でも、きちんと教会本部と騎士団に話を通して貰ったし、局からも問題ないって……」

『ええ、ええ、そうですとも。

 これ以上なく、正しく話は通っているわ。軋轢のないように根回しも済まされた上で、書面も正式に交わされていました。ゲルハルトくんにもこちらの担当者にも、きちんと確認を取っています。

 ……でも、私の耳には一切入っていませんでした!』

「……あ、何か拙かった?」

『アーベル殿』

「シャッハ?」

『騎士カリムは拗ねていらっしゃるのです』

「え!? なんで?」

 

 笑って付け加えたシャッハに不思議そうな顔を向けると、カリムはぷいと横を向いた。

 

『クロノ・ハラオウン殿は近々一艦を任されると聞きますし、貴殿はこの春より技術部の課長に就任されました。ヴェロッサも……さぼり癖は変わらない様子ですが、着実に成果を上げているようです。

 皆様が管理局にて大きく羽ばたかれようとしているその時、自分の知らない内に騎士団と関わりがある管理局のお仕事を内緒で進められているなんて、騎士カリムは自分一人だけ置いて行かれるんじゃないかと───』

『シャッハ!』

 

 どちらかと言えば、教会騎士団の儀式司祭にして自治政府中央評議会の監査役員と、要職を二つながらに兼ねるカリムに男三匹やっと追いつきはじめているというのが正しい気もするが、彼女は若年と侮られながらも相当上手くやっている。

 カリムは慈愛に満ちたその人柄も武器だが、聖職者にして無闇に正道を振りかざさない自制心こそが彼女を彼女たらしめていた。……実に手強いのである。

 

 画面の二人がじゃれあいをやめてこちらを向く。

 

『アーベルくんは、騎士の剣……古代ベルカ式デバイスを復活させようとしているんですって?』

「うん。

 とりあえず、今はカートリッジの量産が可能になったってところ」

『こちらでも驚いていたのよ。

 これまでは1つ1つが高価なこともあって可能な限り回収せよと命じていたのが、つい最近あなたのご実家から、以前よりも安価で、しかも真正同等の新品が供給可能になったと連絡があって……。

 騎士達はこれまで制限されていたカートリッジの使用が広く解禁になったので、それはもう凄い勢いで訓練に励んでいるわ。……シャッハもね』

『アーベル殿、この一件だけでも我ら一同、貴殿には幾ら感謝しても足りません』

「役に立ったのなら何よりだよ。

 本局技術部の解析機器なんて、民間どころか教会が使いたいと言ってもこれまでは無理だったし、丁度いい機会だったからね。

 最悪、秘匿指定を受けて止められるかと思ったけど、融和策の一環として、局側からの開発援助がない条件での民間委託なら許可取るのもそう難しくなかった。中身が中身だし……」

『教会側……正確にはマイバッハ工房も、既にカートリッジ製造技術は持っていましたものね』

「模倣品だったけどね。

 上の方は、いまなら恩着せがましく許可を出せるとでも思ったんじゃないかな?」

『それを口にしたのが、管理局の課長さんにしてマイバッハ工房の御曹司でなければ、もう少しなるほどと思えたかも知れないわ』

 

 くすくすと笑うカリムに、ようやく機嫌が戻ったかなとほっとする。彼女の機嫌を損ねたとあれば、大抵後からヴェロッサが訪ねてきてねとねちと文句を言われるのだ。

 

『そうそう、ゲルハルトくんからは、四月に課が開設されたばかりなのに、もう非人格型のアームドデバイスなら作れそうだって聞いたけれど……』

「うん、人格型もいけるよ。

 そもそも技術的に難しい事じゃないってことは、こっち側……マイスターたちには知られてた。

 管理局、聖王教会、そこに加えて戦争で滅んだベルカの技術……。

 政治的な意味で誰もが面倒を忌避して、分析や調査をやらなかった、いや、させなかっただけだもん。

 これまでは交流もそれほど深くなかったし、教会側も貴重な稼働機を管理局に貸し出すなんてところまでは踏み込めなかったはずだよね?」

『ええ……』

「逆に管理局も、精査分析技術とその機材は持っていても、余所に使わせるなんてやっぱりあり得なかった。……色々あって、自前で真正の古代ベルカ式デバイスを3機も用意しちゃったけど」

『闇の書事件のことね?』

「うん。

 しかも運のいいことに……って言い方にちょっと問題があるかもしれないけれど、クロノが完全に押さえ込んだ。

 ついでに言えば、古代ベルカ式デバイス生産技術の復活ってお題目付きで、技術方面は僕に丸投げされてる。

 まあ、下地があったればこそだけどね。

 うちの父さんとか」

『ディートリヒ殿?』

「そう。

 父さんが管理局に出向いた頃だってまだまだ風当たり強かったらしいし、出来そうなこと探してたら近代ベルカ式なんてものの担当になったって言ってた。

 いまじゃ正式採用機の試用試験が最終段階に入ってるし、基礎技術も一般に開示されてるから、教会にも近代ベルカ式の使い手が増えてるって聞いてるけど?」

『はい、その通りです』

『そうだったの……。

 管理局との距離が近づいたと感じるようになったのは、確かにここ数年のことね』

「だからこのタイミングで、僕が功績をかっさらうことにした」

 

 功績や名誉その物は……正直に言えば、自分の中ではあってもなくてもいいものだ。いや、どちらかと言えば面倒かも知れない。褒められて良かったねで物事が完結するのは、子供のうちだけだ。

 だが、リインフォースの復活にあらゆる成果を集積しなくてはならない今は、それが大量に必要だった。……まだカリムらに告げることは出来ないが。

 

『ゲルハルトくんからは、予算があればすぐにでも何とかなりそうって聞いたのだけど、どうなのかしら?』

「解析も済ませたし、仮の設計も暇なときに手を出したりしてる。技術的な問題はほぼないよ。

 そっちに話を持って行けるのは、実績積み上げて、管理局と教会、両方が納得できるようにまとめてからと思ってはいたけど……」

『この通信も、非公式ながら交渉の前段階に至っているのではなくて?』

「まあ、そうとも言えるかも。

 出来たデバイスは欲しいと言って貰えるだろう……って勝手に思ってるけど、309億クレジットなんて大金、いくら教会でも今の段階じゃちょっと厳しいんじゃない?

 管理局の技術本部でも無理だった。

 派閥争いの意地悪で断られたならまだ動きようもあったんだけど、真面目な話、実績のない課に大型プロジェクト並の予算を回す余裕なんて何処にもない。

 うちの部長は、新しい課なんだから任務も凝り固まっていて評価も定まっている他の課と違って逆に手もある、まずは実績を作れって励ましてさえくれた。

 僕もそれ以上は何も言えなかったよ……」

 

 政治的な綱引きで本局に予定外の16億を出させたクロノにしても、闇の書事件の完全解決にプラスして、腕は抜群にいいがベルカの旧家出身で手が出せなかったアーベル・マイバッハの管理局への一本釣りという好条件があったからこそだ。

 アーベルが急く物でもない300億を出してくれと頼んでも、相応の後押しなく出てくるわけがない。

 

『ね、アーベルくん』

「うん?」

『教会なら、動かせるかもしれないわよ?』

「……え?」

『少なくとも、教会騎士団は大騒ぎになる。

 カートリッジの大量供給だけでもありがたいのに、剣そのものが手に入るとなったら……どうかしら?

 剣の数が足りないことは、アーベルくんも知っているわよね?』

『教会の保有する剣の継承を諦めざるを得ず、ミッドチルダ式、あるいは最近ものになりつつある近代ベルカ式を無理に使っている騎士も多いのです。

 正位の騎士が少ないのは選抜と競争が厳しいだけでなく、剣そのものが足りないことも理由の一つですから』

「……でも、それにしても300億だよ?」

『それはこちらで集めましょう』

「へ……?」

 

 カリムは今、なんと言った?

 

『アーベルくんは来週、予定を空けられるかしら?』

「あ……あーっと……、うん、少々の予定があっても、教会の正式要請なら技術部は何も言ってこないと思うよ」

『そう。

 じゃあ来週、そちらに行くわ』

「……えっ!?」

 

 カリムはベルカ自治領を代表する名家のお嬢さまで、その上既に教会の幹部である。同級生でヴェロッサを通じた親交がなければ、アーベルもこれほど親しげに接していい相手ではない……つまりは、そう簡単に管理局を訪問できるような人物ではなかった。

 

『表向きは……そうね、古代ベルカ式カートリッジの量産化技術を復活させた時空管理局の尽力に対して、聖王教会並びに教会騎士団から感謝の意を伝えるっていうことにしておこうかしら。

 でも本当は、騎士の剣についての交渉よ。

 第六特機の課長さんは、その下準備をお願いね。

 出来るだけ偉い人を交渉の場に引っ張ってきてくれる?』

「……ちょっと待って。

 カリムさんは今、どの立場でしゃべってんの?

 明らかに教会騎士団の儀式司祭とか中央評議会の監査役員ってレベルじゃないよね!?」

「それはどちらも返上したの。

 今は教会騎士団の第一正司教よ」

「……は!?」

 

 第一正司教は総騎士団長、参謀長に続く教会騎士団のナンバー3、聖職者のトップ───軍上層部の武官と文官を区別して制服組と背広組などと言うが、騎士団では差詰め甲冑組と法衣組か───である。

 

 いつの間にと思う反面、元から血筋が良いところに能力と努力が合わさったとき、それがどうなるのかは考えるまでもない。

 まだまだ彼女に追いつくには先が長いらしいと、アーベルは肩をすくめて降参した。

 

 



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第三十一話「策士カリム」

 

 

 その後一週間、アーベルは第六特機を放り出して、教会使節の受け入れ準備に奔走した。

 

 ともかく上に話を通して、偉い人を引っぱり出す算段とやらを調えねばならない。

 まずは直属の上司である第四技術部の部長に報告し、そのまま技術本部長のところになだれ込む。

 

「マーティン部長、教会騎士団の、それも第一正司教と言えばこっちなら誰に相当するんだ?」

「さてさて、統幕議長か作戦本部長か……。

 どちらにしても、技術部の手に負える相手じゃありませんな」

「急な話で申し訳ありません……」

「いや、マイバッハ課長、君はよくやった」

「その通りだ。

 こちらでどうにかは出来ないが、確実に技術部の手柄にもなるだろう。

 それは来年度の予算獲得に影響する」

「前にも話したが、技術部は管理局の花形ではなく、次元航行部隊や本局武装隊のようにはいかない。

 どうにかしてやりくりしているのが現状だ。

 しかも仕事柄、評価はされても目立つような手柄などそうそう立てられないときている」

「余裕もないしな」

「まったくです」

 

 本部長と部長は現状を笑い飛ばし、全面的な協力と関連部署への働きかけを約束してくれた。出自だって実力の内、それも上手く使ってこそだと肩を叩かれる。

 ……もっとも、その手柄を武器に技術部全体の予算をどうにかしたいと二人が考えていたなど、アーベルには思いもよらなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 一週間後、アーベルは目の下に黒い隈を作っていたものの、大騒ぎの末に調えられた受け入れ準備も終わり、教会の所有する次元航行船が本局に入港してきた。

 

「総員、聖王教会使節団に対し敬礼」

 

 この船にはカリムどころか総騎士団長が同乗してきたのだが、既に事態はアーベルの手を大きく離れており、借りてきた儀礼用の制服を着て部長と一緒に歓迎式典の隅っこにて引きつった笑顔を浮かべているしかない。

 

 対する管理局の方も、本局統合幕僚会議議長ミゼット・クローベルを表に出してきた。

 雲の上の存在と言うか、アーベルなどにしてみれば、間違っても偉い人を呼んできてと言われて呼んではいけないような相手である。本部長のコネが効きすぎたのか、教会が騎士団長を出してきたことに対して局が過剰に反応したのかは、判断がつかなかった。

 

 ……技術本部長と共に挨拶に行ったとき、何故かアーベルの手持ちから翠屋のブレンドを持参して振る舞うようにと命ぜられその通りにしたが、統幕議長たる彼女がどこからそんな情報を手に入れてきたのかは恐くて誰にも聞けていない。

 

「お会いできて誠に光栄であります」

「遠路ようこそいらっしゃいました」

 

 和やかなままにVIPらは予定の席へと足を進め、会場には安堵の空気が流れる。

 

 

 

 カリムは何をどうやったのか騎士団どころかしっかりと教会本部まで動かし、マイバッハ工房も抱き込んでこの席に望んでいた。

 教会騎士団の一行は、挨拶と剣───デバイスの為だけに足を運んできたのではない。300億クレジットの技術開発資金提供と同時に、管理局への戦力派遣を打診してきたのである。

 

 教会騎士団は管理局の掲げる次元世界の平和維持へ協力する名目で、大手を振って貴重な実戦経験の場を得られる。

 同時に、デバイスの供給によって今後膨れ上がると予想される戦力の増大にも言い訳を用意できた。

 

 資金提供の方も、教会からの条件付けはあったものの最終的には合意に達している。

 管理局はミッドチルダ式魔法体系と同デバイスについて熟成した技術とバックアップ体制を持っていたから、古代ベルカ式デバイスはあれば便利だが無理をしてまで揃える必要のない存在だ。近代ベルカ式のように、既存のインフラを補えばそのまま使えるわけでもない。アーベルらの試算はともかく、本局側は300億クレジットの投資に見あうほどの戦力向上は認められずと判断していた。

 

 しかし投資のリスクは教会側が負担、局側から提供される代価は実質的にはアーベルの調べ上げたデバイスの情報とその後の協力のみで、成功すれば技術が共有出来て古代ベルカ式デバイスも手に入るというなら、話は別物に変化する。

 

 後から聞いた話だが、カリムは300億を集めるのにまず騎士団内部を焚き付け、その勢いを教会本部にぶつけた。教会としても騎士団は自治を守る大事な戦力であり、大看板だ。無論、その根幹に関わる古代ベルカ式デバイスの稼働機の少なさは広く知られており、改めて聞くまでもない問題だった。

 

 だが流石の聖王教会も、緊急事態でもない計画に対し一気に300億を投入出来るほど財政に余裕はない。

 

 そこでカリムは一計を案じ、最終的には全額を教会が出すにしても、寄付金を集めるのではなく教会債として公募することを提案した。あなたの投資で皆が憧れる教会騎士団がより強くなりますよ、というわけである。

 ……誰がブレインについたのやら、子供でも買える数百クレジットの少額面から企業向けの大口まで、ベルカ自治領だけでなく次元世界各地に散らばる聖王教の信者すべてを巻き込む一大計画だ。

 

 債権の償還についても、様々な要素を組み合わせてあった。

 小口のものには、利子の代わりに歴史上の諸王や騎士物語に出てくるような英雄、現在騎士団に所属している騎士、あるいは彼らの使う『剣』のブロマイドカードが添付される。個人向けの特別な大口枠には、新造されるデバイスの引き渡し優先権が設定されていた。

 しかも管理局と正式に協定が結ばれれば、すぐにも動き出すという。

 

『アーベルくん、これはお祭りなのよ。

 次元世界の各地に離れて暮らす信者が一つの目標に向かって一丸となる機会なんて、そうないわ。

 騎士達は皆の声援を背に受けて、ますます頑張るでしょう。

 お金を出してくれた人達は、騎士の活躍を見て笑顔になるの。

 どう、素敵でしょう?』

 

 仕掛け人となったカリムは笑っていたが、この状況を一週間で用意して見せた彼女はクロノ並の政治的策士だと、アーベルは冷や汗ながらに頷いた。

 ……最初から頼み込んでいれば、もう少し楽な気持ちで仕事に挑めたのか否か、微妙なところである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 上層部同士の会談などは関係なかったが、流石に第六特機への表敬訪問や現状についての公開質疑などもあり、アーベルも幾度か表に立たされる羽目になった。

 ……ここ三日ほど、不眠不休だったような気もする。

 

「やっと帰ったか……」

「お疲れさまでした、アーベルさん」

 

 実務レベルでも話は進んでいる。

 この計画最大の大物である古代ベルカ式デバイス・コアを生産する為の魔導回路結晶培養プラントは、マイバッハ工房が引き受けてゲルハルトが責任者を任される事に決まっていた。これだけで資金の八割方が消費されてしまうが、初期投資こそ大きいものの稼働してしまえば他の大手デバイス・メーカーが持っているプラントと大差ない。

 代わりにマイバッハ工房は借りた設置資金を返済することになるが、こちらは教会債償還の資金源となる。手間を考えれば利益は微々たるものだが、技術的には一歩も二歩も優位に立てるし、ベルカ式マイスターの筆頭格たる矜持もあった。

 

「このごたごたが終わったら、いよいよユニゾン・デバイスに向けて動きたいところだね……」

「そうですねえ」

“10年はかかるんじゃなかったのか?”

「こっちだって予想外だよ」

 

 試作から量産化についてのアウトラインも決まっていた。

 基礎技術は公開情報とされ、ミッド式や近代ベルカ式同様に管理局と教会、そして世間一般のマイスターにも広く公表される。

 当初の数点については、第六特機だけでなくマイバッハ工房も参加して新たなスタンダード・タイプの雛形となる試作品を数機作り、騎士団と管理局でテストされる予定だった。その後は騎士団用量産機の生産、マイバッハ工房以外のデバイス工房へのデバイス・コア販売や基礎技術の指導を経て、完全にアーベルの手を離れる。

 

「ともかく、プラントの設置と改造が順調に行われても、最初の非人格型デバイス・コアが出来上がるのは8月の頭、人格型の方はその後です。

 アーベルさんの方は、ユニゾン・デバイスの資料調査にかかりきりになりますよね?」

「いや、先にはやてちゃんの杖をなんとかしてやらないと……。

 彼女が来るたびに改良してるけど、適性のないミッド式の杖と魔法をないよりましで無理に使ってるもんだから、魔法の種類によってはランクが2つ3つ落ちてしまうんだ。特に誘導系はどうしようもない。

 まあ、細かいコントロールが必要ない広域殲滅魔法をどっかんどっかん使う分には杖いらないから、はやてちゃんの独壇場らしいけど……」

「高速機動のフェイトちゃん、大威力砲撃のなのはちゃん、広域殲滅のはやてちゃん、みんなすごいですよねえ」

「彼女たちもなあ……。

 最近の魔導師は、みんなデバイス屋泣かせすぎて困る」

“デバイスもと付け加えたいような口調だな?”

「……リインフォースはその筆頭だって言う自覚、そろそろ持とうね」

 

 アームド・デバイス製造の目処がついた今、ユニゾン・デバイスの実現に向けて本格的に動きたいところだ。

 しかし……状況が動いたら動いたで、勢いが強すぎて予定が狂うのが最近のアーベルであった。 

 

 



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第三十二話「それぞれの門出」

 

 

 新暦66年7月の頭、アーベルは久々にアースラへと呼ばれていた。

 手には花束を幾つも持ち、正装をしての訪問である。

 

 仕事の方も落ち着いたとは言い難いが、一番手間暇の掛かりそうなデバイス・コアの生産は実家に丸投げできたし、ともかく大手を振って課の目的に邁進できるようになったことは素晴らしい。

 

「お疲れさまでした、リンディ提督」

「あら、ありがとう」

 

 リンディ・ハラオウン提督は本日付けでアースラを降りて中将へと昇進、本局の内勤へと任務を変える。

 

 代わってアースラの艦長に就任したのがクロノであった。

 

「おめでとうございます、クロノ・ハラオウン『提督』」

「ああ、ありがとう」

「……ところで、どんな魔法を使ったら、半年で三佐待遇の執務官から提督になれるんだい?」

「努力と根性、かな?」

「はは、でもほんとすごい。

 これでずっと目指してた親父さんに並んだじゃないか」

「これから、だよ」

 

 珍しく冗談を言うクロノに花束を押しつけ、柄にもなく握手を交わす。

 

 

 

 実際、クロノはよくやっていた。……いや、無茶苦茶だった。

 

 明らかに過剰な戦力───アーベルの良く知る魔導師三人娘に加えて守護騎士たち───を半ば強引に集めると、研修中の看板をぶら下げて批判を回避したばかりか、広域犯罪組織の強制捜査や宇宙海賊退治など、幾つもの『力技で処理できそうな問題』に火消し役としてアースラを向かわせ、解決に導いていったのだ。

 

 当然、昇進の話も出てくる。

 

 彼女たちの研修が終わるこの日、リンディの本局転属に合わせて既に得ていた大型次元航行艦の艦長資格───執務官と同じく階級ではなく、受験条件を満たすのも難しい超難関の資格───をそれまでの功績と共に表返して一足飛びに准将へと昇進、同時にアースラの艦長へと就任した。

 

 リンディとクロノそれぞれに艦を任せるという話さえそう無茶ではなかったが、グレアムが退職して穴が空いた本局中枢に新たな足がかりが欲しかったこともあり、リンディは次元航行部隊から異動して本局総務部に籍を置くことを選んでいる。

 

 

 

「アースラでの研修終了おめでとう、高町なのは武装隊士官候補生、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官補佐、八神はやて特別捜査官」

「ありがとうございます!」

「ありがとう、アーベル!」

「八神はやて、がんばります!」

 

 彼女たちも、明日付けでそれぞれの道が拓ける。

 在住世界の現地法───義務教育下にあってあと6年は平行して学校にも通うが、局員としては卵の殻を尻に付けた雛鳥から、巣立ちを控えた若鳥に扱いが変わるのだ。

 

 なのはは促成の前線士官教育を受けた後、本局の航空武装隊に配属される。本人は戦技教導隊入りを目指していたが、いきなり戦技教官を飛び越えてその上の戦技教導官になれるはずもない。自分を磨いて機会を待つのが正道、しかし彼女ならそう遠くない将来夢が叶うだろうと皆が思っている。

 

 フェイトはそのままアースラに残る。艦長となったクロノは簡単に動けない。内側を支えるのがエイミィなら外を支えるのがフェイトで、その仕事を通じて執務官への道のりを歩むと彼女は決めた様子だった。

 

 はやては候補生の名こそ早々にとれたが、今後しばらくは現場に配属されての実地研修が続く。当面はミッドの地上部隊を幾つか回ると聞いていた。できれば彼女の研修期間中に、シュベルトクロイツをもう少しまともな品に改修したいところである。

 

 エイミィは一見これまで通りだが、リンディが艦を降りクロノがトップになったことでアースラの実質的副長として責任は重くなった。

 

 守護騎士達もそれぞれの道に進む。

 シグナムとヴィータは航空武装隊、シャマルは本局の医療本部預かりとなった。ザフィーラはロウラン提督の直接指示により待命中となっていたが、実質的にははやての補佐兼護衛として活動する。

 

「そう言えば聞いたぞ、アーベル」

「聞きましたよ」

「いきなりだったよね?」

 

「マイバッハ二佐、入局おめでとうございます!」

 

「ありがと。

 ……嘱託の名は残しておきたかったんだけどなあ」

 

 これまでは何かと理由を付けて誤魔化してきたが、流石に300億の資金援助を受けた大プロジェクトの総責任者が嘱託技官では問題だったらしい。

 

 直属上司のマーティン部長はおろか技術本部長や技本の人事課長、アーベルの出世が嬉しいクロノにもせっつかれたし、ロウラン提督さえ直接足を運んできた。ここまでは教会との関係を鑑みて穏便なお誘いだったが、とどめに後ろ盾たる父ディートリヒとカリム───先日の件で彼女は教会本部の管理局担当兼任となり、ついでに管理局にも名を連ねて少将待遇の理事官となっていた───から説得されては回避のしようもない。

 

 ここに士官教育さえ受けていない二佐が誕生したわけだが、本人以外の誰もが望めば……いや、困らないどころか得をするなら、それは天下を押し通ってしまう。

 もっとも小隊指揮の資格すら持っていないので、実働部隊を任される事はないだろう。後付で士官学校に通えと言われなかっただけましで、教え子と一緒に訓練場を走らされるのは流石に勘弁だった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 艦長交代ともなれば休暇がつくらしく、一旦解散した後、その日の午後は本局内の商業地区にあるホテルの宴会場を借り切って、立食形式のパーティーが行われた。無論、アーベルの他にもロウラン提督やヴェロッサなどが呼ばれていて、ハラオウン派と近縁派閥の交流会的側面も色濃い。

 

 三人娘ももちろん参加していたが、今は酒乱で有名なロウラン提督から逃げるようにして、アーベルやユーノとともに会場の隅で固まっていた。

 

「一応、お休みは取れたの」

「クロノには無理を言っちゃった」

「流石に三連休は無理やったわ……」

「了解。

 じゃあ、決定と言うことで」

 

 7月後半、少しだけすずかとアリサの旅行計画を前倒しして、5人揃ってベルカ観光をすることが決まっていた。アーベルも旅行のバックアップをするが、デバイス・コアが届く前で丁度いいだろう。

 すずかとアリサはその前後数日もアーベルの実家に泊まる予定で、ついでにお前も帰ってこいとアーベルも家族から念押しされている。実家以外にも教会本部には顔を出しておいた方がいいかと、訪問の予定も立てていた。そちらはゲルハルトの方が円滑に対応できるかとこれまでは弟任せでいたが、一度ぐらいは挨拶をしておくべきだった。

 

「ユーノくん、一緒に旅行できなくて残念だね」

「ごめんね、なのは。

 最近、やっとまともに動くようになってきたところだから、いまはちょっと厳しいかな」

 

 ユーノも無限書庫の運営が本格化し、アーベル以上に忙しいと聞いていた。司書達は領域を確定しては調査と整理を行い、データベース型式にして情報を保存するという作業を繰り返しているという。

 外部からの調査依頼もぽつぽつと入り始めたが、専任で担当するには司書の数が根本的に足りていない。ユーノが直接出るのは緊急性の高い調査に限られていたが、ある情報の関連情報は書棚の近縁な位置に存在する可能性が高いという法則性が彼によって発見されていなければそのような調査すら出来なかったのだから、これは彼の手柄にして足かせとも言えようか。

 

 アーベルも見つかったら連絡が欲しいとユニゾン・デバイスを含む古代ベルカ式デバイスの情報を請求しているが、ユーノには無理をさせられないし、こちらも何かと立て込んでいる。今の段階では砂漠で金の粒を探すようなもので、望みは薄かった。

 

「ベルカ自治区って、どんなところなんですか?」

「うーん……一言で言えば、田舎の観光地」

「身も蓋もあらへん……」

「中心部は賑やかだけど、ちょっと離れると海鳴よりずっと静かだよ」

「有名な結婚式場があるって、エイミィが言ってた」

「中央大聖堂が特に人気かな。宗教画で飾られた綺麗な天井があってね。

 他にも湖の畔とか森の中とか、好みで選べるようになってるよ」

「へー。

 ところでアーベルさんのお勧めは?」

「……友達の家が私有してる教会。

 文化財指定を受けている上に個人所有だから普通は使えないけど、遊びに行ったときに見せて貰ったことがあるんだ」

 

 そこはグラシア家の敷地内にあるので、一般の観光客は見学すらできない。

 ちなみにクロノとエイミィの結婚式は絶対にその教会で行おうと、カリム、ヴェロッサ、アーベルの間で密約が結ばれている。

 

「アーベルさんとすずかちゃんもそこ使うん?」

「……ノーコメントで」

「あ、逃げた」

 

 じゃあそう言うことでと、アーベルは逃げ出した。

 そのままヴェロッサやクロノのところに向かう。

 

「アーベル」

「逃げてきたね?」

「見てたのか。ちょっと分が悪かった……」

「月村すずか嬢のことでもからかわれたのか?」

「まあ、僕もその件に関してはからかいたくてしょうがないんだけどね。

 すずかちゃんって、9歳だっけ?」

「今年10歳になる。

 アーベル好みの物静かな美少女だぞ」

「へえ、一度会って見たいな」

「僕好み……って、あー、いや、うん、間違いじゃないけど……。

 そのへんで勘弁してくれ。

 でないとエイミィやシャッハにあることないこと言いつけるぞ?」

 

 親友二人が言葉を詰まらせている隙に、傍らにあったテーブルからジンジャーエールを取り寄せる。

 

「まあそれはともかく、これからは仕事も大きくなる分、僕たちも頻繁に会えなくなるな……」

「それが大人になるって言うことさ」

「違いない」

 

 その視界の片隅で、レティ・ロウランがくだを巻いてリンディに絡んでいる。

 ああ見えて本局運用部の人事責任者で、子供までいるいい年をした大人なのだが……。

 その向こうでは、機関士の一団が肩を組んで何やらがなり立てていた。

 どうやら転属になる同僚を惜しんで隊歌を歌っているようだが、酔っているお陰で何を言っているのか分からない。

 

 ……いや、いい大人だからこそか。

 

 アーベルは知っている。

 本局運用部の仕事が滞って他部署に影響が出たなど、ただの一度も聞いたことはない。

 クロノがアースラの稼働状態について渋面を作っていたのは、定期整備中に緊急の出動命令が下った時ぐらいだった。

 

 彼らは騒ぐべき時に騒ぐという分別を知り、その通りに実行しているのだ。

 

「……あれが大人?」

「……どれも大人だろう」

「……違いない」

 

 三人は顔を見合わせ、小さな溜息を爆笑で隠した。

 

 



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挿話「大人と子供」

 

 

 すずかちゃんへ。

 

 お手紙ありがとう。

 そちらはもう大分暑くなってきたようですね。

 僕もたまには地上に降りたいです。

 

 今日はユーノくんに呼ばれて彼の仕事場へ行きました。

 無限書庫は図書館の親戚みたいな区画ですが、一番奥には誰も行ったことがないほど広い場所で、ユーノくんはそこの館長さんみたいなお仕事をしています。

 春先に比べて司書さんはちょっと増えたけど、仕事は倍に増えたと言っていました。

 うちも人手は増やしたいけど、どこも厳しいみたいです。

 

 もうすぐ夏休み、旅の準備は済みましたか?

 会えるのを楽しみにしています。

 

 アーベル・マイバッハより。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 なのはがアーベルから預かった手紙は、日曜日を間に挟んで月曜の朝、すずかの元へと届いた。

 

「なんて書いてあったの?」

「今日はユーノくんのところに行ったんだって」

「アーベルさんて、手紙は苦手みたいやな」

「日記帳じゃないんだからって、誰か言ってあげれば?」

「うーん……」

「でもでも、わたしたちが帰る前に返事書かないといけないから……」

 

 少女達は若干落胆しつつ、その手紙を大事そうに鞄へしまい込んだすすかに目を向けた。

 学校にいる間は、夕方渡した手紙がなのはたちの手で本局のアーベルの元に運ばれ、一番早いときは翌日、任務の都合で第六特機に立ち寄れないこともあるが、遅くとも一週間以内にはすずかの手元に返事が戻ってくる。

 但しメッセンジャーが帰る前に返事を託すことになる上に、中身が余人に見られている前提とあって、甘い言葉はほとんどない。

 

「旅行の方は、あたしらもなんとかなったんよ」

「急ぎの一泊旅行になるけど……」

「新人さんだからちょっと大変なの」

 

 既に『働いている』魔導師組は、揃って大きく溜息をついた。

 すずかたちも少し前から『働いている』が、学校帰りにホームセンターやショッピングモールへと寄ったぐらいで、あまり働いているという実感はない。

 

 アーベルの指示で買った荷物はずっとため込んでいたが、今のところは生き物や観光地の写真集が数冊、キャラクターのついた子供用のフォークやスプーンが数点、ついでに文房具が少々と、子供でも持てる重さに収まっていた。旅行の時、直接預かるらしい。

 アリサなどは実家が会社を経営しているせいか本格的な輸出入にも興味があるそうで、いつか独立してやるんだからと息巻いている。

 

「そやけど、ベルカてどんなとこなんやろなあ。

 あたしもベルカ式の魔法は使こてるけど、ようわからへん」

「アーベルは田舎の観光地って言ってたよね」

「来週になれば、いやでもわかるんでしょ?

 とにかく今回の旅行は、観光よりも次元世界を知ること、友達と一緒に思い出を作ることが目標ってアーベルさんは言ってたわ」

「翻訳機兼用の個人端末も、今のうちに慣れておくようにって預かったし……」

「ミッドチルダ語も大分覚えたからいらないって言ったんだけど、何かあると困るからって」

「……そう言うところに気ぃ配るんは、やっぱり大人やなあ」

「ま、せっかくお膳立てしてもらったんだし、精一杯楽しまなきゃ」

「そうだね」

 

 旅行の予定は、まずは海鳴を出発して本局経由でミッドチルダの中央までは転送ポートを使い、リニアレールでベルカ自治領に入ってアーベルの実家に一泊。

 翌日はアーベルが仕事がてら教会に行くので、そちらの観光コースを見学。

 3日目にはようやくなのはたちが到着するので、5人揃って一日遊ぶ。アーベルは仕事だ。

 4日目、魔導師組は昼には戻るがやはりアーベルはこちらでの仕事が残っており、工房などを見て回る。

 5日目は初日と逆の行程で、海鳴へ帰還となっていた。

 

「でも、心配なのはすずかよね」

「わたし……?」

「前にはやての家であんた、アーベルさんと全然話せてなかったでしょ?」

「あ、あれは、その……」

「そやったなあ」

「にゃはは……」

「すずか」

「フェイトちゃん?」

「アーベル、やさしいから大丈夫だよ」

「うん……」

 

 すずかもアーベルの心配はしていない。たぶん、前に会ったときと同じように、笑顔を向けてくれるだろう。

 ……心配なのは、自分がそれに耐えられるかどうか、であった。

 

 

 

 自分は歳の割に大人びていると、すずかは自覚していた。

 

 姉がアーベル・マイバッハや次元世界に対して、遠ざけておかなければならないような存在どころか、私も旅行に行きたいと妹の心配ではなく純粋な魔法への興味全開でだだを捏ねるぐらいには気を許していることも知っている。

 翠屋でアリサやなのはがアーベルのことですずかをからかっていても、士郎ら大人達が話題を遠ざけようとせず、適度に相槌を打ち、適度に大人らしい意見を述べ、適度に雰囲気を和らげようと見守ってくれていることも気付いていた。

 

 だから、恋をしてはいけない、とは思わない。

 歳の差も……思ったよりは近かった。

 恭也と出会った姉のように恋人───つがいとして、幸せがつかめる可能性もなくはないだろう。

 

 がっしりとしてかたいけれど、あたたかで大きな手。

 念話……はじめて『心』を繋げた相手、そして素敵な魔法使い。

 波長が合うのか、異性との長話があれほど楽しいと思ったのもはじめてだ。

 すずかは誰にも言っていないが、アーベルと同じくデバイスマイスターを目指したい、同じ道を歩きたいとさえ思っている。

 

 今では自分がアーベルに好かれていると、自信もあった。

 逆に自分がどうしようもなく惹かれていると、自覚もあった。

 

 普段は高校生と同い年とは思えないほど『大人』のアーベルも……プライドを傷つける一言かもしれないが、恋については自分と大差ない心の持ち主だった。

 ある意味健全で、ある意味年相応、おかげで釣り合いがとれているのではないかとさえ思うのは、すずかの贔屓目だろうか。

 

 だからこそ。

 

 それが言えなかった。

 それが聞けなかった。

 

『わたしは夜の一族───吸血鬼ですが、それでもわたしを愛してくれますか?』

 

 たった一言。

 

 それがすずかの……。

 

 

 

 

 放課後、珍しく用事がない魔法使いたち───旅行の休暇を取るついでに示し合わせて休みを取ったらしい───と翠屋でお茶などをするのは、しばらく振りだった。

 

 すずかの気分は今ひとつ晴れていなかったが、アリサもふくめた彼女たちは大事な友達だ。

 いまも自分を心配した彼女たちに、顔をのぞき込まれていた。

 

 自分だって、友達が沈んだ様子をしていれば心配するのだ。

 だからこそ、彼女たちに心配を掛けたくはない。

 

「……ちゃん、すずかちゃん!?」

「えっ!?」

「すずか、あんた最近どっか行きすぎ……」

「ごめんね、みんな」

「でも、気持ちは分かるよ」

「うん」

 

「なあ、すずかちゃん」

 

 珍しくまじめな声のはやてに、すずかは内心を押し隠した。

 普段の明るい態度に隠れているが、彼女はああ見えて感受性が強く人の気持ちにも敏感で、実に観察眼の優れた『役者』である。

 

「……はやてちゃん?」

「アーベルさんのこと心配……いや、ちゃうな、すずかちゃんが歳の差か他のことか、なんか気にしてるんはわかる」

「……!」

 

「そやけど、アーベルさん見くびったらあかんよ」

 

「はやて?」

「はやてちゃん!?」

「……」

 

 思いもしなかった言葉に、すずかは声を失った。

 うん、と一つ頷いてはやては話し始めた。

 

「ずっと黙っとこか思てたけど、すずかちゃんには……ううん、みんなにも聞いて欲しなった。

 ……冬にな、事件あったやんか。

 魔法の話と一緒に、うちの子らがなのはちゃんとフェイトちゃんを襲った話をしたと思うんやけど……覚えてる?」

「……うん」

「あの時な、シグナムらはアーベルさんも襲おうとしててん」

「えっ!?」

「はやてちゃん、そんなの聞いてないよ!?」

「わたしも……」

 

 同じ魔法使いのなのはとフェイトさえ聞いていない話……。

 どういうことだろうかと、続きを促す。

 

「私も大分後になってから聞いて、冷や汗出たけどな。

 まあ、未遂やってんけど、アーベルさんは事件中にもう知っとったらしい。

 一番おっきい戦いの前に聞いてて、そやのに何も言わんとうちの子らと仲良うするどころか、リインフォース助けてくれはったんや」

「はやてちゃん」

「ん?」

「アーベルさんが襲われそうになったのって、もしかして、クリスマスの少し前かな?」

「そうや。

 ……すずかちゃん、心当たりあるんか?」

 

 あるどころか、全ての始まりの日だ。

 

「わたしがアーベルさんと初めて出会った日だよ」

「そやったな……」

「2回目に会ったとき、わたしが翠屋まで道案内したお陰でみんなが助かった、ありがとうって……。

 なんのことかわからなかったけど、そのことだったんだね」

「……シグナムらはすずかちゃんが一緒におったから、手え出されへんかったんや。おかげであの子らの罪もちょっと軽なった。

 ありがとうな、すずかちゃん」

「うん。

 ……でもね、はやてちゃん。

 そのおかげでアーベルさんと仲良くなれたと思うの」

「そやったら、嬉しいなあ」

 

 はやては少し肩の力を抜いて、寂しげに笑った。

 

「その上や……」

「まだあるの?」

「冗談めかして偉いさんになってしもた言うたはるけど、あれもうちらのせいなんよ。

 リインフォース助けるための道具はアーベルさんが用意してくれはったんやけど、別の理由で持ってはった道具でな、ほんまは管理局に戻さなあかんかったんや。

 そやけど……リインフォースが使こてしもたから戻されへんようになって、クロノさんと二人してほとんどの責任丸被りしてくれはってん。

 言葉は悪いねんけど道具と引き替えに課長、文字通りの身売りやな……」

「そ……!」

「おかげで古代ベルカの……えーっと、昔のデバイス研究し放題て笑ろてはるけど、店も畳んでしまいはったし、その流れで今度は正式入局……真相はそんなとこなんや。

 わたしもどないしてあの人に詫びて……いや、ちゃうなあ、報いてええんか、正直わからへん」

「はやてちゃん……」

「せやけどな……その状況でほんまに楽しんで研究してはるところがあの人の凄いところや言うのんは、最近ちょっとわかってきたかなあ」

 

 自分はアーベルの何処を見ていたのだ……。

 彼は、すずかが考えるより遙かに大人だった。違う、すずかが子供なのか。

 確かに見くびっていたのは自分だなと、唇を噛む。

 

「なあ、すずかちゃん」

「はやてちゃん……?」

「すずかちゃんの悩みが何処にあるんかはわからへんけど、こっちがふざけたりせえへん限り、どんなことでも真面目に受け止めてくらはるんちゃうかとわたしは思う。

 ましてやすずかちゃんのことやしな。

 でも……わたしもな、アーベルさんてちょっと子供やなあて思うときあるねん」

「えっ!?」

「すずかちゃんとおる時や。

 全然落ち着かん様子で目ぇ泳いでるし、ええ格好しよてチャンス狙ろてるんもばればれやな」

「それはあたしも思ってたわ」

「やっぱり、そうだよね」

「うん! うん!」

「な、子供やろ?」

 

 すずかちゃんも気ぃついてるかもしれへんけどなと、はやてはいつもの笑顔ですずかを見た。

 

「すずかちゃんもやけどな」

「もう! はやてちゃん!!」

 

 はやてはいつも、一言余計だ。

 だが今日は、それが嬉しかった。

 

 

 

 その日は休暇中の魔法使い達に手紙を預けることなく、今晩書くから明日お願いとすずかは翠屋を後にした。

 

 心のもやもやは、少しおさまったかもしれない。

 だが代わりに、自分もいつかは彼と真っ正面から向き合わねばならないことを、すずかは自覚した。

 

 でも今は子供らしくても構わないのだろう。

 『その時』までに、大人になればいいのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 アーベルさんへ。

 

 お手紙は今朝、なのはちゃんから貰いました。

 アーベルさんもいそがしいのに、いつもありがとうございます。

 

 旅行の準備はもう出来ています。

 お姉ちゃんには早すぎるって笑われました。

 今度はアーベルさんが海鳴に来てくれると嬉しいな。

 うちの家はなのはちゃんたちに猫屋敷って言われるぐらい、ネコがいっぱいです。

 もふもふしていると、幸せになれるんですよ。

 ぜひアーベルさんにも、うちの子たちと仲良くなって欲しいです。

 

 この手紙のお返事より先に旅行の日が来てしまいそうですね。

 もう夏休みのスタートが楽しみで仕方ありません。

 

 すずかより。

 

 



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第三十三話「次元世界の入り口へ」

 

 

 アーベルが満を持してハラオウン家に到着したのは、私立聖祥大学付属小学校の夏休みが始まった翌日であった。

 

「おじゃまします」

「いらっしゃい、アーベルくん」

 

 迎えてくれたリンディの服装だけでなく、部屋のそこかしこに夏の装いが見え隠れしている。

 無論大人に長い夏休みはない。実戦部隊ではないアーベルやリンディ───彼女は艦長時代に貯めた有給を消化中───などはまだ融通が利く方で、クロノなどはアースラの行動に左右される。

 

「二人とも揃ってるわよ。

 フェイトとアルフは昨日からアースラね」

 

 フェイトは正式にハラオウン家の養女となり、リンディもフェイト『さん』とは呼ばなくなって久しい。

 この旅行について、リンディにはすずかとアリサの家族を説得して貰っていた。すずかの姉である忍もかなり行きたがっていたそうで、何とか丸め込んだらしいが……しばらくは頭が上がらないかも知れない。

 

「お待たせ、二人とも」

「こんにちは、アーベルさん。

 旅行中はよろしくお願いします」

「こちらこそ、アリサちゃん」

「ほら、すずかも……って、やっぱりか」

「えと、あの……はぅ」

「あー……」

「ほらアーベル君、男の子でしょ。

 こういう時こそしっかりエスコートしてあげないと」

 

 呆れるアリサと非常に楽しそうな様子のリンディに、アーベルはやれやれと肩をすくめて閉鎖念話モードを起動し、真っ赤になって俯いたすずかの手に触れた。

 

『すずかちゃん』

『……!』

『……どうかした?』

『えーっと、その……』

『うん』

『アーベルさんが目の前にいると思うと、照れくさくて、恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなくなるんです』

『念話だと普通な気もするけど……?』

『……あ。

 はい、でも、ちょっと……』

『そっか。

 無理しなくていいからね』

『ごめんなさい』

『……ちなみにね、すずかちゃん』

『はい……』

『僕もすずかちゃんと手を繋いでいると、照れくさくて、恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなくなる』

『……!!』

『すずかちゃんの前だから格好つけて、なるべく顔には出さないように努力してるけど』

 

 ばっと顔を上げたすずかの顔が、少し腰をかがめていたアーベルの真正面に来る。

 

「ちょっとづつ、頑張ろうか?」

「はい!」

 

「アーベル君、腕を上げたわね。

 今の念話、聞き取れなかったわ……」

「えーっと、ごちそうさま、でいいのかしら?」

 

 さらっとすずかに平常心を取り戻させたアーベルに、リンディとアリサはそれぞれの言葉で感心して見せた。

 

 簡単に旅行中の注意事項を伝え、二人にIDカードを手渡す。

 

「身分証とお財布が一緒になった大事なカードだよ。

 旅行が終わっても何かと使うし、無くさないようにね」

「はい」

「じゃあ、そろそろ出発しよう。

 頼んでおいた荷物はどれかな?」

「はい、これです」

 

 それほど大きくないボストンバッグ───これもアーベルの注文だ───に、本や服が入っている。ちなみにアーベルは身一つで、何も持っていない。仕事関連のものも含め、当座の着替えなどは既に実家へと送りつけていた。

 

「じゃあリンディさん、ありがとうございました」

「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」

「ここで靴に履き替えてね」

「いってきます」

「お邪魔しました」

 

 にこにこと手を振るリンディに礼を言い、アーベルは稼働状況を確認して転送ポートを起動した。

 

「ひゃっ!?」

「わっ!?」

 

 次の瞬間には、もう中継ポートの到着ロビーである。

 

「へ、もう終わり?」

「えーっと……」

「ようこそ次元世界の入り口へ……ってね」

 

 友達の家から一瞬にして転移では逆に有難味がないかも知れないと、アーベルは思い至った。

 とりあえず入国手続きを済ませようと、カウンターに並ぶ。

 

「えー、アーベル・マイバッハさん……っと失礼しました、マイバッハ二佐」

「いまはプライベートなので、お気になさらず。

 この子たちは私の連れで、今回が初めての渡航なんです。

 商用ですので、商品については通関手続きもお願いします」

 

 自分は局員IDの上に、手にしている荷物も名義上はアリサたちが商用で持ち込む『商品』だ。

 

「アリサ・バニングスさん、月村すずかさん、両名共に第97管理外世界出身、マイバッハ商会社員……はい、こちらでも確認がとれました。渡航許可も下りています。

 では、こちらの書類にサインをお願いします」

「わたしがするわ」

「うん」

 

 持ち込んだ荷物はチェックとともに魔力波による殺菌消毒こそ受けるが、問題がなければこの場ではサイン───端末への個人認証一つで済まされる。税は期末に会社の口座から引き落とされるので、この場での金銭のやり取りはない。

 

「手続きがアメリカ行くより簡単だったわね……」

「海外旅行だと待ち時間も長かったよね?」

「自動化してないと、すぐ列が伸びちゃうよ。

 それにミッドや本局のポートと違って、この中継ポートは一度に沢山の人が来るわけじゃないからね」

 

 転送を二回ほど繰り返すと、そこはもう本局のポートだ。

 アーベルにも覚えがあるが、中継ポートはどこも同じ様な造りで初回はともかく感動は薄い。

 

「はい、本局到着っと。

 せっかくだから、ちょっと寄っていこう。

 待合所には大きな窓があるんだ」

「流石に人が多いわね」

「賑やか……。

 同じような制服の人が殆どですね?」

「うん。

 本局に来る人は、大抵お仕事だからね」

 

 本局ポートは規模ももちろん大きいが、付近一帯では敬礼も免除されているほど人の出入りも多くて混雑が絶えないのだ。

 自販機コーナーでジュースなどを買って、二人に渡す。ロビーの一層上には名店街などもあるが、食事は充実していても展望廻廊の長さが数百メートルはある待合室の迫力には負けていた。

 

「うわぁ……」

「すごっ!

 これ、宇宙!?」

「これは次元空間だよ。

 僕らが言う宇宙とは、少し違うかな。同じように『うみ』とは言うけれど……」

 

 待合室は吹き抜けになっていて、漆黒の宇宙空間とは違い様々な理由から色合いを変えて見せる次元空間が目の前に広がっており、その手前には港湾区画に出入りする次元航行船が行き交っている。

 はじめて見た時はアーベルも感動した。純粋な力強さと美しさが、そこにはある。

 

「こんな景色、初めてよ!」

「でも、ほんとに綺麗……」

 

 ひとしきり景色を眺めてから、インフォメーションセンターの端末で本局の説明などをして、ユーノに連絡を入れる。

 

『やあ、すずか、アリサ』

「ユーノくん、こんにちは!」

「ついに来たわよ!」

『うん、二人ともおめでとう』

「ユーノくんもお仕事ごくろうさま。

 今大丈夫?」

『はい。

 司書室からは離れられませんけど、来て貰う分には大丈夫です』

「はいよー」

 

 三人はラゲッジスペースに荷物を預け、ポートの売店で適当に差し入れを選んで無限書庫へと向かった。食品の持ち込みは信じられないような理由で揉めることがあるので、今回はあめ玉一つ持ってこないようにと二人には念を押している。

 アーベルもリンディとなのはに頼んだ翠屋のコーヒーぐらいしか『輸入』していないが、初回は少々面倒だったと聞いていた。

 

「こっちはほとんど人がいないんですね」

「なんか下校時刻前の学校みたい」

「元々用事のある人が少ないからねえ。

 ……ああ、ここだよ」

 

 受付には話が通っていたのか、すずかとアリサもIDカードの確認だけでそのまま司書室へと通される。

 

「ユーノ、元気?」

「ひさしぶりだね、ユーノくん」

「いらっしゃい、ふたりとも」

 

 ユーノは書庫内をモニタリングしながら、報告書を作成していた。

 司書達は前線たる書庫内で司書魔法を使い、司令官ユーノがそれをまとめるのだろう。第六特機にも言えることだが、至急の仕事はともかく、個人の技量で組織を回すのは弊害も多いと知られている。

 

「流石にフェレット姿でお仕事してるわけじゃないのね」

「アリサちゃん……」

「する時もあるよ」

「えっ!?」

「……冗談だと思ったのに」

「遺跡の発掘調査ならそっちも多いかな。

 身軽だし、狭い場所にも出入りできるからね。

 やたら撫で回されるからあんまりやらないけど……」

「だってあんたの撫で心地、良すぎるのよ」

『ユーノ室長!』

 

 モニタリングウインドウからサブウインドウが立ち上がり、興奮した様子の司書が映った。仕事優先は仕方がない。すずかもアリサもそこはわきまえている様子だった。

 

「ごめん、ちょっと待ってね。

 はい、ユーノです」

『室長! ついに出ました!

 ユニゾン・デバイス、出ましたよ!』

「ほんと!?」

『はい!

 エルメラが間違えて今日の予定じゃないところ掘っちゃってたんですが、まとめてごそっと出てきました!

 いやー、やっとこれでお世話になりっぱなしのマイバッハ課長にもご恩返しが出来ますよー!』

「アーベルさん!!」

「ユーノくん!!」

 

 アーベルはユーノとがっしり握手した。

 これは旅行どころではないかもしれない。

 

『あ、マイバッハ課長もいらっしゃるんですか!?

 丁度良かった!

 望天の魔導書っていう融合騎の資料です。

 後はエルメラに代わります』

『エルメラです。

 えーっと、望天の魔導書は参謀型で、直接攻撃よりも儀式魔法や索敵に優れているって序文には載ってました。

 難しいところは読み飛ばしましたけど、翻訳前の文型から類推すると、そう古くないんじゃないかと思います』

 

 古くない資料……時代が新しいなら後期型ということになる。アウトフレームの小さい妖精型だろうかと、アーベルは先に調べがついている情報から類推した。

 

「それにしてもエルメラさん、ずいぶん詳しいね?」

『あたし、歴史マニアなんです!』

「アーベルさん、ともかくこの資料、急いで集めますから」

「いや、あー、実は急いでもらっても、僕の方が動けないんだ。

 そうだなあ……来月の下旬でも早いぐらいかな」

『それなら室長に出て貰わなくても、私たちで間に合うと思います』

「ユーノくん、エルメラさん、頼んでもいい?」

「はい、もちろんです」

『おまかせください!』

 

 今すぐにでも手を着けたいが、デバイス・コアが仕上がってくればアーベルも当面暇はなくなる。

 ともかく一つ、光明が差したのだ。

 今のうちに十分羽根休めをしておこうと、傍らのすずかに視線を向けた。

 

 



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第三十四話「マイバッハ家」

 

「ごめんね、仕事の話になっちゃって」

「大丈夫ですよ」

「そうそう。

 それにしてもユーノ、あんなにいっぱいの女の子に囲まれてお仕事してるのね」

「内勤はどうしても女性の方が多いかな」

 

 アーベルたちは連れだって転送ポートに戻り、今度こそミッドチルダへと降りた。

 

 本局とミッドの間には次元航行する客船も就航しているものの、料金も高い上に時間も掛かる。船旅は船内イベントにも趣向が凝らされていて眺望も素晴らしいのだが、今回の旅行では諦めた。

 

 空港、市街、各地方への案内板を横目に、人の波をかき分ける。

 

「ここが第1管理世界ミッドチルダ。

 僕の故郷の玄関口だよ」

「なんていうか……都会ね。その、普通の都会」

「あんまり地球と変わらない、かな?」

「あはは、僕も海鳴に行ったときそう思ったなあ。

 よく見ると少しづつ違って面白かったんだけどね」

 

 ここでもIDと荷物のチェックだけは要求されたが、本局よりは簡便な手続きとなっていた。

 そのままインフォメーションセンタ-までぶらぶらと歩き、リニアレールのボックス指定席を予約する。こちらでも子供達は夏休みに入っていたが、平日の昼間とあって駅のコンコースも通勤時間のような混み具合ではない。

 

「車より揺れないんだ……」

「確かに、地味なところですごいわね」

「二人とも、お昼はどうする?

 景色を見ながらビュッフェで食べてもいいし、向こうに着いてからならお店もたくさんあるよ」

「アリサちゃん、お腹減ってる?」

「んー、どっちでもいいわね。

 というか、どっちも魅力的」

「お薦めは……僕の馴染みの店かな」

 

 じゃあそれでと口を揃えた二人に頷く。

 到着時刻は昼1時過ぎ、少し遅いが許容範囲だ。

 

 しばらくすると二人が居眠りをはじめたので、アーベルも目を瞑ることにした。

 自分にとってはほぼ四年ぶりとなる故郷だが、あまり気負った気分でもないのは、弟は第六特機にいるし家族とも頻繁に連絡を取っているからだろう。

 ……本局からベルカ自治領まではポート1つと直通リニア1本、中途半端に近いのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 ベルカ自治区の中心部には行かず一つ手前の駅で降りると、石造りの建物が並ぶ古風な街並みが広がっている。

 

「ヨーロッパの古い町みたいね」

「うん。

 でも、綺麗」

「景観にはうるさいんだ。

 条例もあってね……」

 

 観光が主産業になってるからなあと、アーベルは手慣れた様子で広場を抜けてタクシーを拾った。

 

「運転手さん、ヴィルヘルムシュトラッセのリンデンバウムまで」

「はいよ! 

 リンデンバウムも有名になったもんだねえ。

 兄さんたちは初めてかい?」

「僕は里帰りだけどね」

「ははは、なら知ってても不思議じゃないか」

 

 気さくな運転手に道のりを任せ……とは言うものの、歩いても30分はかからない距離、数分でタクシーは止まった。

 

 テイクアウトがメインのリンデンバウムは、歴史こそ古いがそれほど高級な店ではない。どちらかと言えば地元の若者の胃袋を支える存在で、アーベルも友達と映画などを見に市街へと来たときに利用していた店だった。

 

「レバーケースゼンメルのセットを3つ」

「あいよ。

 飲み物は?」

「そうだな……」

 

 女将は全然変わらないなあとアイスのハーブティーを注文し、オープンカフェのテーブルで待っていて貰った二人のところに向かう。

 静と動、実に絵になる二人だ。

 

「はい、お待たせ」

「えーっと、お肉のパテ?」

「あ、オープンサンドにするのね」

「正解。

 ……ついでに言うと、僕の青春の味」

「へえ……」

「友達と街まで遊びに来て、お腹が空いたらこの店に寄るのがお決まりだったかな。

 だから二人にも、この味とこの風景を知って欲しかった」

「わたしたちの翠屋みたいな場所なのね」

 

 そうそうこの味と幾分懐かしさを感じながら、少しだけ変わった風景───リンデンバウム向かいの映画館は改築中で、その向こうの洒落たブティックは店の名前が変わっていた───を確かめていく。

 

「そうだ、迎えに来て貰わないと。……クララ」

“ライナウアー様でよろしいですか?”

「うん」

 

 待つほどのこともなく、家宰のライナウアーがウインドウに現れる。

 もういい年のはずだが、一向に衰えを感じさせない彼だった。

 

『アーベル様、ご無沙汰しております』

「ライナウアー、久しぶり』

『ずいぶん背がお伸びになりましたな?』

「うん。

 ライナウアーも元気そうでよかった。

 ふふ、まだまだ勝てそうにないなあ」

『私はいつも通りでございますとも。

 今どちらに……ああ、リンデンバウムでございますね。

 もうお迎えに上がってもよろしゅうございますか?』

「うん。今食べはじめたところだから、ゆっくりでいいよ」

『畏まりました』

 

 通信を切ると、二人がきょとんとしている。

 

「どうしたの?」

「……アーベルさんって、お坊ちゃん?」

「鮫島さんみたいな人だった……」

「どうだろうなあ……」

 

 アリサの家は鮫島氏───ボディ・ガードも兼ねるアリサ専属のプライベート・ショーファー───がいるし、すずかの家もメイドがいたはずだ。

 マイバッハ家は確かに古い家だし経済的にも恵まれているとは思うが、グラシア家などに比べるといささかどころでなく見劣りしたし、住み込みの使用人は多いが特殊すぎて疑問符がついた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「お待たせいたしました、アーベル様。

 こちらしか空いておりませんで」

「構わない。

 ありがとう、ライナウアー」

「おっき……」

「……もしかして、私用!?」

 

 ここで黒塗りのリムジンでも迎えに来れば格好もつくのだろうが、ライナウアーが乗ってきたのは三列34人乗りサロン付き、4軸12輪の大型バスだった。ちなみに観光会社の払い下げを自社改造───工房には仕事柄、あらゆる種類の機械に強い人材が数多く揃っている───したものである。

 ぽかんと見上げる二人の荷物をトランクルームに置いて、アーベルは適当な席に座るよう促した。

 

「では、出発いたしますぞ」

 

 市街地を抜けてハイウェイを走ること約20分。

 インターチェンジを降りれば、そこにはマイバッハ工房の本社社屋や各工房が見えてきた。中身は最新だが、外観は条例に従って本物の石造りである。

 幾つか見慣れない建物もあるが、アーベルが里帰りしていないうちに建て増しされたらしい。そのうちのどれかは、コア培養プラントだろう。

 

 バスはそれらを横目に市街を抜け、森を背にした一際大きな建物───アーベルの生まれ育ったマイバッハ家本邸に向かって行く。

 

「ああ、見えてきた」

「……あれが?」

「すご……」

 

 見かけは前庭を持つ四階建ての旧様式、部屋数は200を優に超えるが半分ほどには内弟子と言う名の社員達が住んでいたから、創業者一族が社員寮に暮らしているようなものだと笑い話にすることもあった。

 故に家宰のライナウアーは寮長で、メイドたちは寮母さんである。世話をする人数が多いから、必然的にメイドの数も多い。アーベルも子供の頃からその賑やかな大家族の中で育ってきたから、自分の家がそれなり以上の旧家だという自覚が今ひとつ足りていなかった。

 

「……アリサちゃん、ど、どうしよう?」

「前庭どころか森まであるわね。

 まるっきりヨーロッパの離宮じゃないのよ、これ……」

「見かけは大きいけど古い建物だし、うちの家族だけで住んでるわけじゃないからなあ」

 

 玄関前には数名のメイドと共に、母ゲルトラウデの姿が見えた。

 少しは懐かしい気分で、家を出る前のことを思い返す。

 

「母さん、ただいま!」

「アーベル!」

 

 つかつかとアーベルに近寄ったゲルトラウデは、笑顔でアーベルの耳を引っ張った。

 すずかとアリサはそれをぽかんと見上げている。……そうなるだろうと予想されていたのか、ライナウアーやメイド達は特に反応は示さなかったが。

 

「……行ったら行ったで帰ってこないわ連絡はしないわ、あげくにあっちの世界にどっぷり浸かって出世までしたんですってね?」

「母さん、ものすごく耳が痛いんだけど。……物理的にも精神的にも」

「痛くしてるんですもの。

 まったく、誰に似たのかしら……」

 

 お客様がいらしてるからここまでにしてあげますとようやくのことで開放され、すずかとアリサを紹介する。

 

「アーベルの母ゲルトラウデです、可愛らしいお客様。

 騒がしいところだけど、ゆっくりしていらしてね」

「お世話になります、アリサ・バニングスですわ、奥様」

「月村すずかです、よろしくお願いします」

 

 旅行前に、彼女たちが第97管理外世界からの来客で、ミッドチルダ語とこちらの常識に不慣れであることは予め話を通してあった。家族だけでなく、デバイス持ちのメイドも翻訳魔法を使っているはずだ。

 

 それはともかく。

 

「まあ、あなたがすずかちゃんなのね!」

「えっ!?」

「母さん!?」

 

 何故母がすずかの名を『特別な意味合いで』知っているのだろうか……?

 だがそれを問う間もなく、母が指示を飛ばす。

 

「グレーティア、ケートヒェン、お二人をお部屋にご案内してさしあげて」

「畏まりました」

「ちょ、母さん?」

「アーベル、あなたはまずお爺さまとお婆さまにご挨拶していらっしゃい。

 私はお客様と青雲の間でお茶をしていますから」

「……はい、母さん。

 すずかちゃん、アリサちゃん、すぐ戻るから母さんにつきあってあげて」

「い、いってらっしゃい、アーベルさん……」

「またあとで……」

 

 やれやれと肩を落として母とメイドに二人を委ね、アーベルは祖父らのいる部屋を聞き出すとそちらに向かった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 祖父からはよくぞやったと褒められて古代ベルカ式デバイスの設計案や展望についてあれこれと尋ねられ、祖母からは昔のように頭を撫でられて、30分ほどは放して貰えなかった。

 

 二人のことが気に掛かるのでまた夕食時にと部屋を辞し、急ぎ足で青雲の間───いくつかある応接室の中でも身内を招くのに使われている部屋───に向かう。

 

「おう、アーベルお帰り!」

「二人も彼女連れ帰ってきたんだって?」

「ただいま!

 でもごめん、急ぎなんだ!」

「しゃあねえなあ」

「デバイスのことも後で聞かせろよ!」

「わかってる!」

 

 すれ違った兄弟子たちとハイタッチを交わして、青雲の間へと一直線。

 

 すずかたちが、母からいらぬ事を吹き込まれていなければいいのだが……。

 アーベルの心配は、募るばかりだった。

 

 



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第三十五話「聖王教会」

 

「ごめんね。騒がし過ぎて驚いたんじゃない?」

「……ちょっとはね」

「すごかったです……」

 

 夕食後、彼女たちも疲れているだろうと少し時間を置いてから、家族で使っているサロンへと彼女たち案内して祖父らを改めて紹介した。今はそれぞれの客間に送っているところだ。

 

 

 

 夕食は歓迎と紹介の意味も込めて、大食堂にて行われた。

 当主である祖父を筆頭にマイバッハ家とその一族に加え、本社勤務でここに住み込んでいる社員と言う名の内弟子80人ほどが一堂に会するとなれば、まだまだ子供の彼女たちが疲れても仕方がない。

 

 帰郷の挨拶を済ませるついでに、彼女たちに手を出せば管理局からエース級魔導師たちが巡航艦ごと飛んできて、工房を更地にした後アルカンシェルをぶち込むだろうと脅したアーベルである。ひとしきり笑いが収まってから、教会本部と騎士団がそれを支援するはずだと付け加えて彼女たちのマイバッハ家訪問が管理局と教会の融和の産物であることを示し、ありもしない政治的な意味も含ませて牽制しておくことも忘れない。

 

 ……しかし母には参った。

 

『すずかちゃんは、アーベルのお手つきですからね』

 

 一瞬だけ場が凍り付き、大きな歓声。

 祖父から乾杯を仕切るよう命ぜられたアーベルは、もうどうにでもなれという気分でワインを飲み干したような気がする。

 その後すぐ兄弟子達からもみくちゃにされたので、よく覚えていないのだ。……ちらりと見えたすずかの笑顔だけは、しっかりと記憶に刻んだが。

 

 母がすずかのことを知っていた理由は、あっさり判明している。

 故クライド・ハラオウンと仲の良かった父を通じて知り合ったリンディとは、アーベルが生まれる前からのつき合いだと言われれば、それもそうかと頷くしかない。

 

 ちなみに青雲の間で何があったかは、恐ろしくて聞けていなかった。

 アーベルが駆け込んだときには三人とも笑顔だったが、すずかの頬に若干冷や汗が流れていて、アリサと母が実に『いい笑顔』でこちらを見ていたことは確認している。……ここでお茶をしているからと呼ばれたのは自分だった気もするが、女性だけのお茶会に男の乱入は無粋と追い返され、しばらく廊下で待ちぼうけをする羽目になった。

 

 

 

 いくら広くとも、部屋から部屋まで何十分と歩くようなことはない。

 客間へはすぐに到着した。

 

「何かあっても、枕元の端末を使えば夜勤の誰かが応対してくれる。

 翻訳魔法は導入してあるから、デバイス持ちのメイドだけじゃなくて、通信越しなら誰とでも話せるよ。

 ああ、こことそっち……かな?」

「はい、そうです。

 おやすみなさい、アーベルさん、すずか」

 

 ぽんとすずかの肩を押してにやりと笑ったアリサは、自分の客間にさっと入ってしまった。

 ……彼女なりに気を使ってくれたらしい。

 

「ア、アーベルさん」

「うん」

 

 そのすずかは今朝ハラオウン家で見たときのように火照った顔をしていたが、なんとか声を絞り出そうとしているようだった。

 彼女の頑張る姿に敬意を表し、待つことしばし。

 

「お……」

「……すずかちゃん?」

 

 すずかは突然顔を上げると、華奢な腕からは想像もつかない強さでぐいっとアーベルの手を引いた。

 バランスを崩したアーベルはたたらを踏んで前屈みになり……。

 

「おやすみなさい!」

 

 すずかはそのまま客間に走り去った。

 大きな音を立てて扉が閉じられる。

 

 

 

 ……倒れ込んだ時に打ち付けた腰骨よりも、口付けられた頬が、熱かった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 翌日、旅行の2日目。

 すずかは気まずい風もなく普段通りだったが、今度はアーベルの方がいけなかった。

 彼女の顔が、いや、唇がまともに見られない。

 仕事前にこれはいけないと、なんとか表情を保つ努力をする。

 アーベルは教会本部への訪問が今日の仕事であり、彼女たちはその間見学を行う。

 この訪問にはマイバッハ工房側の担当者として、ゲルハルトも同行していた。

 

「兄さんが教会本部に行くのって、何年ぶり?」

「さあなあ……。

 初等部の社会見学以来かも。

 あの頃は、工房での仕事も内勤だったし」

 

 当時アーベルは本社第二工房の技師として主に仕事をしていたが、外回りの担当者が取ってきた依頼を指定の納期通り間に合わせるために走り回るのが常だった。営業の重要性を認識したのは、店を持ってからである。

 

「グレーティア、聖庁の前で止めてくれるかな」

「畏まりました」

 

 黒塗りの社用車───今日は運良く空いていた───が聖王教会本部の敷地に入って数分、最奥に近い場所にある大きな建物の車寄せに止まる。

 

「お久しぶりです、アーベル殿、ゲルハルト殿」

「お迎えありがとう、シャッハ。

 紹介しておくよ。

 こちらは月村すずかちゃんと、アリサ・バニングスちゃん」

 

 大きな建物に緊張しているのか、二人の表情は硬い。

 まあ、シャッハならほぐしてくれるだろうと軽く自己紹介を交わして彼女に二人を預けると、アーベルはゲルハルトを連れ、別のシスターについて聖庁の奥へと入っていった。

 

 すずかとアリサはアーベルの客と言うことで、案内のついた特別な見学者として扱われている。宗教云々はともかく、聖王教会の所有物には教科書に登場するような有名な建物や美術品、歴史的遺物も多いので、必然的に一般に開放されている場所も多いし見所も多かった。

 観光に力を入れすぎだと揶揄されることもあるが、一番多い観光客は次元世界各地に散っている信者たち、次が結婚式と観光を兼ねたカップルとその招待客であり、概ね好評となっている。

 

「おはよう、カリムさん」

「おはようございます、騎士カリム」

「いらっしゃい、アーベルくん、ゲルハルトくん。

 アーベルくんには繰り返しになっちゃうけど、よろしくね」

「そりゃあ、もちろん」

「緊張する……」

 

 一度カリムの執務室へと寄り、そのまま更に内奥の議場へと案内される。

 今日の訪問は挨拶とは言いつつも、後回しにされていたプレゼンテーションも兼ねていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 プレゼンテーションは既に動き始めているプロジェクトとあって根回しも済まされており、その後の質問も純粋な技術面での疑問や今後の展望についてのものが多かった。

 概ね好評だったが、教会騎士団の本気具合も垣間見えてアーベルも驚いている。騎士団の知り合いなどカリムやシャッハ以外に誰かいたかなというぐらいで、彼女たちは既にそれぞれ真正のデバイス───剣を継承していたから、古代ベルカ式デバイスへの熱望度が今一つ伝わっていなかったことも原因かもしれない。

 

 コア培養プラントは数日前に実働を開始、第一ロットは来月頭に製造が完了する予定だった。各種検査の後に第六特機を含めた関係機関へと配付され、試作機の製造に使われる。

 

 そのプラントの費用である教会債の発行予定も既に決まっており、コマーシャル映像まで用意されていた。

 その第一弾は訓練する騎士見習いと汗を拭くタオルを差し出す新人シスターという非常に分かり易いCMであるが、デバイスがアップになるカットが挿入されていたり指導するのが総騎士団長自らであったりと、イメージ戦略もばっちりである。

 

 これがカリムの言うお祭りかと、アーベルは妙に納得した。

 

「試験開始は来月8月の中旬より、当初教会騎士団には非人格式の剣型4機が配備される予定となっております」

「人格式もその後、順次お届けする予定ですが、こちらは非人格式以上に長い試験期間が見込まれますので、そちらもよろしくお願いいたします」

 

 騎士団長との会食後には教会本部の重鎮であるカリムの父やその他の聖職者とも挨拶を交わし、予定が終了する頃にはアーベルも少々身体が堅くなっていた。ゲルハルトは当初から工房の方に来客の予定があったから、昼に迎えが来て帰っている。

 

「お疲れさまでした、アーベル殿」

「シャッハもね」

「お二人をお迎えに行きましょうか。

 いまは騎士カリムのお部屋で、午後のお茶を楽しんでおられるはずです」

 

 シャッハに背を押されて執務室に戻れば、カリムとともにすずかとアリサが待っていた。

 聖王教会名物のチョコレート菓子の甘い香りが、微かに残っている。

 

「失礼いたします」

「お疲れさま、アーベルくん、シャッハ」

「カリムさんもありがとう。

 二人とも、どうだった?」

「素敵なところでした。

 あんな大きいのに細密な壁画とか……」

「ほんと、すごかったわね。

 すずかったらぼーっと見とれちゃって」

 

 朝に比べて緊張も消えたのか、二人は幾分くつろいだ様子でアーベルを安心させた。

 

「二人とも、改めてありがとう。無理言ったね」

「いいのよ。

 アーベルくんを忙しくさせちゃったのはこちらだし……」

「まあ、それは巻き込んだ僕にも原因があるということで……」

 

 この共闘で教会騎士団は念願が叶い、アーベルも目的に一歩近づいた。

 クロノが示した、皆が少しづつ得をして誰も困らない状況を作るという考え方は、アーベルにも大きな影響を与えている。

 だがそこに至る道筋が極端に短くなったのは、父ディートリヒも含め様々な人々が教会と管理局の融和の為に尽くしたという経緯があってこそだった。

 

 



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第三十六話「大事な日」

 

 

 すずかとアリサが来訪して3日目。

 今はもう、すずかとも気まずさはなくなった。

 昨夜、少しばかり勇気を出して、一昨日のお返ししてみたのがよかったのかもしれない。

 

 ……ついでに仕事絡みで『ちょっとしたお願い』を頼んだのだが、恥ずかしいとは言われながらも無事に協力を得ることが出来ていた。今すぐはともかく、後々活きてくるはずだ。

 

「ああ、あれだな」

 

 朝食後、アーベル達は駅まで魔導師組を迎えに来ていた。

 

 はやても車椅子を使わず、今は浮遊魔法で移動している。最近はリハビリのお陰で少しは歩けるようになってきたそうだが、魔法の補助が表に出せない第97管理外世界での生活は大変らしいと聞いていた。

 

「こっちよー!」

「すずか! アリサ! アーベル!」

「おまたせなの!」

「おー、メイドさんや。

 ……アーベルさんやっぱりお坊ちゃんやったか」

「はやてちゃん……」

 

 彼女たちは早朝海鳴を出ての強行軍だが、旅行とあれば元気いっぱいにもなるだろう。

 三人組を荷物ごとワゴンに放り込み、そのまま移動する。

 

「昨日は大きな教会を見学したの」

「すっごく綺麗だったよ」

「今日はどこに行くのかな?」

「本日はカレンベルク城の観光、その後昼食を挟みまして、ヴォーツェル湖畔での散策を楽しんでいただく予定です」

「アーベルさんはお仕事?」

「僕はこの後工房に戻るよ。

 ちょうどカレンベルク城へ行くハイウェイの途中だから、無駄足にもならないし」

 

 彼女たちはこれから5人で観光に向かうが、アーベルには仕事が入っている。

 そこでドライバー兼案内役として、メイドのケートヒェンを丸1日彼女たちに付けることにしていた。知らない土地でさあ遊べと言われても困るだろうし、流石に子供5人を放り出すという無茶は慎んだ。

 

 インターチェンジを降りて工房の入り口で手を振って見送り、さっと頭を切り換える。

 今日は工房のマイスター達と、古代ベルカ式デバイスについて今後の展開や方向性を話し合う大事な会議が控えていた。父だけでなく祖父も出席するし、この出張旅行の一番重要な仕事である。

 出席者はほぼ顔見知りで気心は知れていても、その内容は工房どころか、古代ベルカ式デバイスの将来と盛衰に直結しかねない。昨日とは違う意味で気が抜けなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 丸一日会議室に縛り付けられて帰宅すると、夜も遅くになっていた。

 5人はお茶などをしているというので、顔だけでもだしておこうかとそちらに向かう。

 

「あ、帰ってきた」

「ほら、すずかちゃん」

「わたしらが言うよりアーベルさんも嬉しいて」

「がんばって、すずか!」

 

「お、おかえりなさい」

 

「た、ただいま」

 

 また何かやってたなと憮然とした表情を作って彼女たちの方を見れば、頬を押さえて俯いてたすずか以外は目をそらした。顔がにやついているところを見れば、新婚夫婦っぽく挨拶させたかったというあたりだろうか。

 まあ、このぐらいの悪戯ならいいかと部屋付きのメイドに軽い夜食を頼み、自分も話に混ざる。

 

「あー……そっちはどうだった?」

「お昼はね、名物の鱒のパイをみんなで食べたんだよ」

「すっごく楽しかったです!」

「五人で旅行も初めてだったから」

「そやなあ」

「お土産も一杯買ったの。

 魔法具はやめておいた方がいいですよって、ケートヒェンさんに注意されちゃったけど……」

 

 それは仕方ないかと苦笑する。転送ポートで押し問答するよりはましだろう。

 子供向けの玩具やそこらで売られている土産物や日用品でも、管理外世界への持ち出しが禁止───特に第97管理外世界は魔法文化がないので規制ランクが高い───されているものは多かった。

 

「でも、お城はいい眺めでした!」

「アーベルさんのうちまでお城やとは思わへんかったけどな……」

「にゃはは。わたしもちょっとびっくりしたの」

「ところでアーベルさんは今日、何やってはったん?」

「今日は実務者会議ってところかなあ。

 短期の予定は古代ベルカ式デバイスの製造で間違いないしそれが第一歩なんだけど、その後はどの方向で進めようかってね。中長期の計画も教会と管理局に承認は貰ってるけど、実際に動くのは第六特機とマイバッハ工房だからその具体的な中身を話し合ってた」

 

 他のデバイス工房と連携を取るのは決定済みでも、デバイス・コアを売ってそれでお終いと言うわけにもいかない。管理局と騎士団での運用状況からのフィードバックも必要だ。

 

「面倒なんだ……」

「難しそうですね」

「訓練と座学の方がたぶん楽なの」

「んー、ましな方だと思うんだけど……」

「そうなんですか?」

「予定の仕事はほぼ滞り無く動いてるからね

 工房に任せきりだったけど、古代ベルカ標準仕様のカートリッジ・システムも目処が立ったし、試作品用の各パーツも発注分はほぼ出来上がってる。

 あとは組んでテストするだけだよ」

「上の人は上の人で、大変なんやなあ」

「ユーノもお仕事忙しそうだったし……」

 

 促成教育中の准尉に執務官補佐の見習い、研修中の特別捜査官。

 さて自分とどちらが忙しいかと言えば、微妙である。アーベルは少なくとも、自分で予定を立てられる立場だった。

 そう言えば朗報が一つあったなと切り出す。

 

「まあでも、一番大変なデバイス・コアの製造プラントはもう稼働中だから、リインフォースの復活も……最初考えてた予定より、ずっと早く実現するかもしれない」

「ほんまですか!?」

「うん。

 ユーノくんのところでね、ユニゾン・デバイスの資料が出てきたんだ。

 そのままは使えないだろうけど、大きく前進かな。

 はやてちゃんは古代ベルカ式の使い手で魔力も大きいから、ちょっと手伝って貰うことになる。

 任務と任務の合間にこっち側から手続き取って、しばらく第六特機に出向して……いつとは言えないけど、早ければ数年内にそんなことがあるって心づもりだけはしておいて欲しい」

「……了解、です、マイバッハ二佐」

 

 戯けた様子で敬礼するはやての顔が、涙もないのに泣き顔に見えた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 翌日、パジャマパーティーをしていたという眠そうな魔導師達を送り出し、アーベルはすずかとアリサを伴って工房へと出向いた。

 彼女たちには退屈かと思ったが、デバイスに興味津々のすずかだけでなく、アリサまでが面白そうな表情を隠さずにいる。

 

 デバイス・コア培養プラントをその目で見て、アーベルもいよいよかと気を引き締めた。

 合間には第六特機との提携について内容の更新を行ったりと、彼女たちを誰かに任せる場面も多かったが、社内には見学者用のコースやデバイスの博物館もあり、退屈だけはさせずに済んだようである。

 

「観光地とかじゃなくてごめんね」

「でも、地球じゃ絶対見られないものばっかりで、むしろ本命?

 これぞ別世界! って感じで、わくわくしましたよ。

 うちのお父様連れてきたら、ものすごく喜びそう」

「アリサちゃんの言うとおりです。

 お姉ちゃん、すっごく来たがってたし……。

 わたしも……あの、アーベルさん!」

「すずかちゃん?」

「わたし、デバイスマイスターになりたいです!」

 

 突然の宣言だったが、思いの外真剣なすずかの様子にアーベルはたじろいだ。

 きっかけは間違いなく自分だろうが、彼女は本気だ。

 

「アーベルさん、わたしも決めました」

「アリサちゃんも!?」

「うちは会社を幾つも経営してるんですが、わたしは将来、家を継ぐつもりでいます。

 マイバッハ商会の社員という立場を借りて、その勉強をさせて貰ってもいいですか?」

「うちの商会……?」

「はい!

 最初は今までと同じ、子供の買い物しかできないと思います。

 でも本当はそれが大事なんだって、気が付きました」

 

 アリサも本気だなと、アーベルは頷いた。

 ならば自分は、それに応えてやらねばならない。

 

 彼女たちは今年10歳になる。しかしそれを理由に拒否する気は、毛頭なかった。アーベルは10歳当時のクロノという、彼女たち以上に覚悟を決めた少年と出会ったことを鮮烈に覚えている。

 

「うん、二人の希望はわかった。

 二人のご家族だけじゃなくてリンディさんたちにも相談が必要だけど、どちらも絶対に無理、ってわけじゃないと思う。

 僕も……局の仕事が中心になっちゃうけど、なるべく応援するよ」

 

 これは早速リンディたちに相談した方がいいかと帰りの予定を少しずらすべく、第六特機で帰りを待っているマリーへと、アーベルはその日の内に連絡を取った。

 

 



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第三十七話「旅行の終わりに」

 

 

 すずかたちが将来の目標を宣言した翌日、旅行最終日の5日目。

 アーベルの家族や大勢の住み込み社員に見送られ、彼女たちはベルカ自治区を後にした。

 

「今度はもうちょっとのんびりでもいいわね」

「でも、楽しかったね」

「うん!

 すずか、冬休みもまた旅行よ!」

「もちろんだよ!」

 

 レールウェイでミッド中央に戻り、観光もせずハラオウン家に直帰する。

 昼過ぎには到着してしまったが、これは彼女たちの為でもあり、アーベルの都合でもある。

 

「エイミィ、久しぶり」

「ただいま戻りました!」

「ただいまです、エイミィさん!」

「三人とも、おっかえりー!

 旅行、どうだった?」

「えっと……最高!」

「まだ実感がないですけど、すっごく楽しかったです!」

 

 ハラオウン家のポートでは、今日は代休というエイミィが三人を出迎えてくれた。クロノは本局の会議に呼ばれているらしく不在だ。

 とりあえずリビングへと通され、艦長時代に貯めた有給を消化中のリンディにも加わって貰い旅行の思い出も交えて今後を話し合う。

 

 すずかが目指すと決めたデバイスマイスターも、アリサの希望である本格的な商業活動にしても、一時的な渡航と頻繁な往復では手続きの煩雑さと立場の保持に差が出ることは明らかだった。

 

「そうねえ……」

「何かいい手はありませんか、リンディさん」

「身元の方は、今もアーベル君が引き受けているわよね?」

「はい、もちろん」

「じゃあ簡単よ」

「へ?」

「アーベル君、マイバッハ商会の本社はどこにあるのかしら?」

「名前だけですが、今は僕のアパートです」

「転勤して通勤者になったのなら、毎日通っても不思議じゃないわよね?」

「……あ」

「もうアリサさんもすずかさんも、本局どころかミッドも訪れているんですもの。

 申請手続きは面倒でも、不備がなければ通るわよ」

 

 今回の旅行、確かに名目は商用だった。

 ベルカ自治区のアーベルの実家に行ったのも、関連会社であるマイバッハ工房への訪問としていたはずだ。

 

「……いっそアリサさんかすずかさんのおうちに、もう一つ転送ポート作るのはどうかしら?」

「はい?」

「転送ポート!?」

「うちのポートもはやてさんのところのポートも、基本的には個人宅の専用ポートよね」

「あ!」

「エイミィ?」

「公式の局用ポートということですか、提督?」

「そうよ。

 お二人が管理局に籍を置く必要まではないでしょうけど、局からの依託で運営って言う型式にして、管理者をマイバッハ商会にしてしまうの。

 余所からの渡航依頼も殆どないはずだし、逆に商会は今後、アリサさんたちが頻繁に使うわよね」

 

 なるほど、本末を都合良く転倒させてしまうわけだ。

 

「ポートはリンディ提督の言うとおりでいいとして、ついでに次元間通信機の方はもっと簡単だよ」

「そうなの?」

「1つはポートを理由に設置すればいいもん。こっちは局から補助も出るはずだよー。

 もう1つは……えーっと、マイバッハ商会『地球』営業所でも開設すればいいかな。

 本社と営業所で通信が出来ない会社なんて、あり得なくない?」

「……それもそうか。

 僕は難しく考えすぎていたのかもしれない」

「あたしは最初からそのつもりだったんだけどなー」

「え?」

「だってアーベルくん、渡航も通勤も、身元がはっきりしてて理由があるなら、手続きは大して変わらないよ」

 

 にへっと笑うエイミィは通信士官としても優秀だが、執務官補佐として法務にも事務にも詳しい。普段はお気楽でも、クロノの片腕は伊達ではないのである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 二人を一度家に帰す為にバニングス家から車が来て、アーベルもついでに乗せられてしまった。

 

「鮫島、今日、お父様のお帰りはいつ頃かしら」

「特別な御用はお伺いしておりませんので、いつも通りかと存じます」

「ありがと。

 アーベルさん、それじゃあ午後8時ぐらいにお願いします」

「アリサちゃん、帰りのこともあるからノエルに送って貰うようにするね」

「頼んだわよ、すずか」

 

 少女達の家族を説得するという『戦い』が、今始まる。

 ……いや、そこまで気負う必要はないかと、アーベルは小さく微笑んだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 第一ラウンドは、月村家で行われた。

 

 マイバッハ家の本邸ほどではないがそれなりに大きな屋敷で、話通りネコがいっぱいうろうろしている。

 アーベルは客間に通され、遊びに来ていた高町恭也と共にその内の1匹を膝に抱えてすずかと姉のやり取りを見守っていた。

 ……いや、そのつもりだったのだが、いつの間にかすずかの用件は有耶無耶になり、なぜか魔法を披露するという話になっている。

 

「ほんとに浮いてるー!」

「改めて目の当たりにすると、不思議なものだな……」

 

 とりあえずわかりやすいものがいいかと、リクエスト通り浮遊魔法でふらふらと浮きながら、これでいいのかと首を傾げたアーベルである。

 

「アーベル君、もっとこう、ズバーンでドカーンな魔法はないの?」

「おい、忍……」

「部屋の中でそんな魔法使ったら、滅茶苦茶になりますよ……」

 

 すずか専任のメイド、ファリンがわざわざ運んできた資源ゴミ───ホールトマトの空き缶を相手に、極小魔力で貫通型の誘導弾をぶつけ、穴を空けていく。……破片を飛び散らせると掃除が面倒そうだったので、空き瓶は勘弁して貰っていた。

 

「へー、ちゃんと穴空いてるわね」

「おねえちゃん、あの、デバイスマイスター……」

「あー、いいわよ。

 だってすずかはもう、『決めちゃった』んでしょ?」

「!!

 う、うん、そう、だけど……」

「ならしょうがないじゃない。

 転送ポートもうちの方がいいわね。

 アリサちゃんのお宅より、うちの方が人の出入りは少ないでしょ」

「うちのなのはもそちらと往復しているし、フェイトちゃんやはやてちゃんも同じなんだろう?

 そこにすずかちゃんやアリサちゃんが加わるだけ、だからなあ……」

 

 すずかが決めたのなら、保護者である姉の方に文句はないらしい。恭也も妹や友達が一緒ならと、特に疑問視はしていないようだ。

 

 勢い込んで説得に向かったものの、不戦勝に近い目的達成に、すずかはアーベルへと困り顔を向けた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 第二ラウンド、夕食後のバニングス家。こちらの家も相当な豪邸だった。

 ちなみにすずかも同席している。

 

「ほう、君がアーベル君か。

 娘だけでなく、シロウからも噂を聞いているよ」

 

 アリサの父デビッド・バニングスは鷹揚に頷いて、娘の希望は基本的に認めると、最初に発言した。

 同時に異世界への興味と心配もあるようで、あれやこれやと質問をされる。

 

「ほう、では税務や財務はほぼ機械任せなのかね?」

「もちろんです。

 でなければ煩雑すぎて人手がかかり、却って赤字になってしまいますから。

 毎日の入力さえ欠かさなければ……とは言っても、専用端末があればほぼ放置で大丈夫です。もちろん、確認は必要ですが、それこそ期末ごとの株の配当や役員報酬の理想値算定まで、全部自動でやってくれますよ。

 違法な取引などを考える人には不評などと影では言われていますが、僕らには関係ありません」

「それならアリサも、一番複雑な部分について一から教育を受ける必要はないかな?」

「はい、アリサちゃんとすずかちゃんが一番苦労する点は、こちらの世界とあちらの世界で異なる常識、でしょうか?」

「む?」

 

 衣食住に限っては、『大体一緒』としか言い様もない。

 しかしながら、やはり微細な部分では異なるところも多かった。

 

「倫理や道徳は似通っていますが、やはり異なります。

 私も向こうでは当たり前の魔法の行使はこちらだと行えませんし、各世界によっても異なりますが、質量兵器はともかく……例えば本局なら、こちらではスタンダードだと思われる燃焼性ガスを燃やして火を使う調理器具などは、申請せずに持ち込もうとするだけで逮捕されます」

「ガス調理器具がかね!?」

「ミッドチルダなら大丈夫なんですが、各世界や地域によっても相当に異なるんですよ。特に本局は厳しめです。

 似たような物はありますけど、最低限、ホームセキュリティシステムと魔導接続出来ない物は、こちらの安全基準が満たせなくて使用禁止です」

「お父様、本局は大きな宇宙コロニーみたいなものよ」

「飛行機よりもずっと大きな船が、豆粒ぐらいに見えるんです」

「……なるほど、理解は出来るが我々の常識とは確かに異なるようだな」

 

 コロニーなどこちらではまだまだ先の話だと、デビッドは頷いた。

 

「話を戻しますが、アリサちゃんにはいっそ、社長を引き受けて貰ってもいいかなと考えています」

「しかしそれでは君が大損のようだが……?」

「私も正規の局員となりましたから、実質的には戻れなくなりました。

 その予定じゃなかったんですが、廃業して全てを無駄にするよりは、使って貰った方が遙かにましです」

 

 デバイスマイスターも貿易も、観光旅行とは違いもっとしっかりした下準備が必要だ。

 すずかとアリサの件は、しばらくこちらの常識を学ぶことで話を落ち着かせ、本格的な活動は転送ポートと次元間通信機の設置後と決められた。

 

 



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第三十八話「ナカジマ家」

 

 長い休暇……もとい、出張を終えたアーベルは、久々に第六特機に顔を出した。

 急がなくてもいいと言ったはずが、既に無限書庫からは望天の魔導書の資料が届いている。ユーノが頑張ってくれたらしい。

 

「マリーもお疲れさま。

 明日からはゆっくりしてね」

「はい。

 ここでずっと、望天の魔導書のデータを読んでいたい気持ちもありますけど……」

「来月の上旬にはデバイス・コアが届くから、次にいつ休めるかわからないよ?」

「それもそうですねえ。

 今日は今日で、ギンガとスバルが来ますし」

「今日はお父さんがこっちまで連れて来てくれるんだっけ?」

「そうですよー」

 

 昼前までは、アーベルも不在中に溜まっていた仕事を片付けていた。

 約束の時間になって、マリーとともにロビーまでナカジマ父娘を迎えに出ると、地上部隊の制服を着た中年の士官に連れられた少女達はもちろんすぐに見つかった。

 

「二人とも、いらっしゃい」

「こんにちは、ギンガ、スバル!

 ナカジマ一尉、ご無沙汰しています」

「マリーさん、おじさん!」

「こ、こら、スバル!」

「アーベルさん、お父さんもお母さんも賛成してくれました!

 デバイス、作って下さい!」

「うん、後でお話ししようか」

「はいっ!」

 

 少女二人はマリーに連れられ、いつものメンテナンスルームへと向かった。面倒事は先に片付けて夏休みの後半は遊ばせてやりたいという親心も、多少は含まれている。

 

「どうも、度々娘達がお世話になっとります。

 ミッドチルダ地上本部陸上警備部隷下陸士第112部隊副隊長、ゲンヤ・ナカジマ一等陸尉であります」

「はじめまして、ナカジマ一尉。

 本局技術本部第四技術部第六特機課長、アーベル・マイバッハ二佐です。

 ……ぽっと出の技術屋なので、あまり階級は意識されないで下さい」

 

 非魔導師ながら本物の前線士官なんだろうなと、厳つい顔に頼もしさも覚えながら、いや、ほんとに仕事の都合で押しつけられただけなんですよと頭を掻き、食事でもいかがですかとアーベルはゲンヤを外に連れ出した。

 

「申し訳ありませんな。

 ……陸士の制服だと目立ちますか?」

「あー……お考えのようなこととは、若干違います。

 なかなか外には出られないので、単に外食の理由に使わせて貰っただけです」

「はあ……?」

「お気に入りの店がこの少し先にあるんですが、常勤になってから外食の機会が殆どなくなってしまいました。

 それに本局と言っても技術部は独自路線に近いですから、あまりお気になされないで下さい。

 『りく』にはむしろお世話になっているというか……」

 

 『うみ』と『りく』と『そら』───次元航行部隊と地上部隊、それから航空隊を中心とする本局武装隊の反目はアーベルでなくとも知っているが、正直なところ余所でやってくれというのが技術部の総意に近かった。アーベルなどはハラオウン閥で仕事こそ『うみ』絡みの物が多いものの、聖王教会がバックについているし政治的混乱までは技術部に持ち込んでいない。

 正確に言えば、やりたいことに予算を出してくれるところが技術屋にとっての正義かもしれなかった。

 

 嘱託時代にはよく通っていた洋食屋の扉をくぐり、とりあえず形だけとノンアルコールビールの入ったグラスを合わせる。この店はハンバーグに掛かったデミグラスソースと食後のコーヒーが美味いので、アーベルのお気に入りだっだ。

 

「では、内勤士官や転属組ではなく、純粋にデバイスマイスターでいらっしゃる?」

「はい、そうです。

 親子代々のマイスターですよ。

 親父も元局員で……この間、ギンガちゃんたちと一緒にちょっと驚いてたんですが、ナカジマ一尉の奥さん、クイント・ナカジマ准尉の『リボルバーナックル』もうちの親父が設計してます」

「ほう……。

 それは親子二代でお世話になります」

「いえ、こちらこそ」

「それでですな……」

 

 ゲンヤは代金の心配をしていた様子だが、それはアーベルの方で断った。こちらの勝手な約束もあるが、父の設計を改めて検証し、一度ぐらいは自分も近代ベルカ式アームド・デバイス、それも珍品の部類に入る手甲型のデバイスを作ってみたいという誘惑に駆られたせいでもある。

 ついでに予算の方も、課から出せる理由を思いついていた。

 

「うちの課は近代ベルカ式デバイスの開発支援も業務に含まれていますから、その一環として訓練用デバイスを作るのに問題はありません。

 代わりにギンガちゃんには使用感や不具合と言ったレポート───いや、感想文でいいかな、それを提出して貰えば大丈夫です」

 

 そういうことならばとゲンヤが納得し、アーベルも、もしもスバルちゃんまで同じ希望をしても大丈夫と、太鼓判を押した。

 

 通常の運営予算内から出しても問題ない。……というか、現在リボルバーナックルしか手甲型近代ベルカ式デバイスの資料が存在しないので、それが複数になるだけでも相当にありがたいのである。

 

 

 

 男二人、食後のコーヒーをじっくり味わって第六特機に帰ると、メンテナンスの方はまだ終わっていなかった。デリバリーの請求が課に来ていたので、食事は済ませたのだなと知る。

 

「僕も手伝えればいいんですが、流石に『あっち』は門外漢でして……」

「いえ、ご理解戴いていることをありがたく思います」

 

 することもないので設計ソフトを立ち上げ、仮に組んだギンガ用デバイスの設計概念図を見せてみる。

 

「基本スタイルはリボルバーナックルからカートリッジ・システムを抜いて、駆動部分にリミッターを掛けたようなものになります。

 普段のメンテナンスもほぼ同一になりますし、変にデザインを弄くるよりも、お揃いの方が喜んで貰えるかなと……」

 

「あ、お父さん!」

「ただいま!」

 

 デバイスの話、地上部隊の話などをしながら時間を潰していると、ようやくマリーが二人を連れて戻ってきた。イレギュラーは無かった様子である。

 

「マリーもお疲れさま」

「いえ。

 ……あ、それってギンガのデバイスですか?」

「うん」

「わたしの!? もう?」

「アーベルさん、ずるいなあ」

「へ?」

「わたしもギンガの専属、狙ってたんですよー。

 ……よし、こうなったらスバルのデバイスはマリーさんが作るからねー!」

「えー、わたし、いらないよ!?」

 

 約束した者勝ちだなと、アーベルは胸を張ってみせた。

 早速クララによる簡易検査をギンガに行い、魔力波形などのデータを取る。

 

「来週には出来上がるけど……どうしようかな?

 持っていきましょうか?」

「……よろしいんですか?」

「その後がちょっと忙しくなりそうなんで……えーっと、この日なら大丈夫かな。

 ギンガちゃんはデバイスの名前、考えておいてね?」

「はい!」

 

 カレンダーを指差しながら、デバイス・コア到着予定日の前々日あたりを示す。

 ゲンヤも頷き、納入日も無事決まった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 一週間後。

 アーベルもミッドチルダの市街地に降りるのは、随分と久しぶりであった。

 先にいつものコーヒーショップで豆を買い求め、手土産には甘い物がいいかと別の店でケーキを用意する。

 

「アーベルさん!」

「おじさん、こんにちはー!」

 

 最寄り駅の指定された出口から降りれば、二人がこちらに手を振っている。

 後ろの女性がたぶん、クイント・ナカジマだろう。二人にそっくりだ。

 ……彼女たちがナカジマ家の養女になった『経緯』は、アーベルも聞いていた。

 

「ミッドチルダ地上本部首都防衛隊所属、クイント・ナカジマ准陸尉であります!」

 

 旦那にしたのと同じような挨拶を返し、スバルを肩車してギンガに手を引かれナカジマ家に向かう。

 道々雑談などを交わしながら、アーベルも父の作ったデバイスを見てみたいなどと頼んでみた。

 

「へえ、じゃあアーベル君はマイバッハ技官の息子さんだったのね。

 ……言われてみれば、眉毛のあたりとかそっくりかしらね」

 

 ナカジマ家に着くと、早速ブルーの半透明多面体キーホルダーを取り出し、自分はクララをメンテナンス・モードで起動させる。

 

「ギンガちゃん、名前は決まった?」

「ラビット!

 うさぎさんの、ラビットです!」

「はい了解。

 クララ、頼む」

“固有名称『ラビット』、使用者ギンガ・ナカジマ。

 ……登録完了です”

 

 ストレージ・デバイスは素直でいい……というわけでもない。

 負荷が掛かっていても限界までは文句一つ言わないので、こちらで面倒を見てやらないといけなかった。使用者登録やその後の調整も、全て術者かマイスターの手が必要となる。

 

 その分動作も軽くて魔法の発動も早いので、クロノのようにインテリジェント・デバイスの利便性を理解していながら、ストレージ・デバイスを愛用する者も多い。もっともクロノは、今後前線に出ることが減りデスクワークが多くなれば切り替えるべきかそれとも併用すべきかと、多少悩んでいるようだが……。

 

「ほい、出来上がりっと。

 はい、ギンガちゃん」

「ありがとうございます。

 ラビット、セットアップ!」

“Set up.”

 

 デザインはほぼリボルバーナックル同様であり、ギンガの容姿も相まってちびっ子クイントとも言うべき姿が披露された。バリア・ジャケットまでは登録していないので、両腕にデバイスが装着されただけに留まる。

 

「えいっ!」

 

 しばらくは一人で練習していたが、ギンガはクイントを相手に組み手をはじめた。

 その様子をモニタリングしながら見守る。

 

“マスター、調整は必要ないと思われます”

「うん。……心配はしていなかったよ」

 

 無論、組上げ時の部品間違いやデータの誤入力など、人為的なミスは起こりうるので注意は払うようにしているが、設計図どころか稼働データが参照できた実用機をベースにスペックダウンした練習用デバイスの設計で凡ミスを出しているようでは、大手を振って一人前のマイスターを名乗れない。

 

「……やっぱりスバルちゃんもデバイスいる?」

「んー……いらない!」

 

 組み手をじっと見ていたスバルは、それほど考え込みもせず即答した。

 質問をしたアーベルも、そりゃあそうかと頷くに留める。

 

 ……彼女の目の前では、母の魔法拳が姉を容赦なくぶっ飛ばしていた。

 

 




さいどめにゅー

《ラビット》

 第六特機製の非人格式拳装着型アームド・デバイス
 現役の管理局魔導師で捜査官クイント・ナカジマの同型式のデバイス『リボルバーナックル』をベースに、彼女の娘であるギンガ・ナカジマの練習用デバイスとしてデザインされたもの
 『リボルバーナックル』に装備されていたカートリッジ・システムはオミットされ、制御系の処理能力も意図的に低く押さえられていながら、戦闘機人であるギンガの高い出力成長を考慮してアウターパーツとインナーパーツの一部は同等品を使用している

 ネーミングは、旧軍の爆撃機『銀河』の尾輪が試作車に用いられたラビット・スクーターより拝借


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第三十九話「試用試験」

 

 

「いよいよ来ましたねえ」

「ああ。

 ……とは言ってもパーツの準備は既に出来ているし、整備台も中古ながら届いていたからね」

「あれは助かりましたよ。

 マイバッハ工房様々です」

「だからかな、今更感が強いよ」

「あはは。

 気分はもうユニゾン・デバイスの方に向いてますもんね」

 

 マイバッハ工房のプラントで製造された非人格型古代ベルカ式デバイス・コアの最初期ロット10個のうち、3つは第六特機に回された。所属する研究者1人につき1個と実に分かり易い。

 

 解析や資料集めはかなり前に終わっていたから、設計も早くに完了してパーツの発注も済んでいた。基本の動作プログラムなどは、今回は剣型とあってレヴァンティンから流用されていたし、デザイナーの個性が出て一部現代風にアレンジあるいはオミットされた部分もあったが、構成も似通っている。

 後は実際の組み上げと、本格的な試用試験前に所定の性能が出ているかどうかテストを行うのが、アーベル達の仕事であった。

 

 今回は競争試作という型式だが、本命はアーベルの父ディートリヒ、対抗で祖父メルヒオル、大穴が弟ゲルハルトとアーベルは見ていた。ミッド式なら父ともいい勝負が出来る自信はあったが、本職の上に整備適性を持つ3人相手には少々分が悪い。

 

 もっとも、第六特機の担当は騎士団ではなく管理局側で、試作機は本局が預かることになっていた。

 

「流石にもう1個くれとは言えなかったなあ……」

「はやてちゃんの分ですか?」

「うん」

 

 いかにアーベルでも3つあるから1つ流用、というわけには行かず、次回分から1つ回して貰えるように話は通してあった。こちらも管理局の取り分だが、そのあたりはクロノとリンディに手を回して貰っている。はやて自身のSランク魔導師という肩書きも、この際は有利に働いた様子だ。

 

「まあいいか。とっとと仕上げてしまおう」

「そうですね」

 

 気分はともかく、ようやく実機という形で世に示せるのだ。

 前進には違いなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 翌日、アーベルは第六特機製のベルカ式デバイスをテストすべく、白衣に訓練着で技術本部の持っている射爆場に立っていた。……バリアジャケットのデザイン変更を忘れていたが、いい代案も思いつかなかったのでそのままである。

 

「アーベルさん、こっちは準備完了です」

「はいよー。

 クララ?」

“デバイステスター起動、システム同調しました”

 

 マイバッハ工房時代、必要に迫られてクララのテスター機能を古代ベルカ式にまで対応させた時は今回の設計以上に面倒だったが、今となっては懐かしい思い出だ。

 

 手の上に、小さなペーパーナイフのようなキーホルダーを乗せる。

 

「『SRD6-NP01』、起動」

 

 素っ気ない型式名称で呼ばれたアーベル設計のデバイスは、一瞬でその姿を現した。

 外観は反りのない片手剣で、鍔にコアを表す丸い宝石様のデザインをあしらっただけの、シンプルなアームドデバイスである。

 

 ぶん、と格好をつけて振ってみるが、決して様にはなっていない。

 

 ……本当ならば、レヴァンティンの主人シグナムを呼んで使い具合を聞きたかったのだが、彼女が予定を明けられるのは来週になると聞かされていた。

 

 ちなみに古代ベルカ式魔術への適性が中途半端なところにクララによるテスタープログラムが間に挟まり、デバイスの方も汎用の魔導回路で非効率と相まって、今日のところは魔力量換算で最大Cランクとミッド式より4段階も落としたテストしか行えない。動作試験としては微妙だが、やらないよりはましと割り切らざるを得なかった。

 

「せい……のっ!」

 

 とりあえず幾つかスフィアを切り刻み、マリーと意見を交わして一旦テストを終了する。

 

「今のところは予想通りですねえ……」

「魔導回路を汎用に設計したせいもあるけど、やっぱりパワーがないなあ」

「本試の時はゲルハルトくんが調整してくれる予定なんですよね?」

「うん。……それまでは仕方ないか。

 はやく丸投げしてしまいたいよ」

 

 続いてマリーの設計による『SRD6-NP02』のテストも行う。

 こちらはNP01よりも幅広の長い刀身が特徴で、両手持ちとなっていた。

 

「……重い」

「えー!?

 でもでも、レヴァンティンより軽いはずですよ?」

「僕を本物のベルカ騎士といっしょに考えないでよ……」

 

 何せ関係する担当マイスターへと配付された試験機の要求仕様書は極薄く、『種別は非人格型古代ベルカ式アームド・デバイス』『形状は剣』『実用強度はAAランクに対応』『単発式カートリッジ・システムの搭載』『開発予算はデバイス・コアとカートリッジ・システムを除いて1機当たり3000万クレジット以内』と、それだけしかアーベルは記していなかった。

 当初からハードルを高くしすぎては、多分ろくでもないことになる。今後を占う意味でも、自由度を高くして可能性を追求すべきだった。

 

「次が本番ですね」

「この為にシグナムを呼びたかったんだけどな……」

 

 NP01の薬室カバーを開き、慎重にカートリッジを装填する。

 カートリッジ・システム単体での静地試験は既に行われていたし、基本的にはレヴァンティン搭載のシステムを模倣して弾倉を外しただけの量産原型で、信頼性が当初より重視されていた。

 

「NP-01、カートリッジ・ロード」

 

 薬室内でカートリッジが爆発、濃密な魔力でNP-01の刀身が覆われる。がしゃんと排莢された撃発済みカートリッジも、濃い紫色の魔力残光を残して地面に落ちた。

 

 ベルカ式の標準カートリッジは、総魔力量こそCVK-792系統と大して変わらないが、瞬発力が違いすぎる。……アーベルには、それがはっきりとわかった。

 

 だが、今更止めるわけにも行かない。

 

「火炎直撃……」

 

 ベルカ式独特の、中央に剣十字を戴いた三角形の魔法陣がアーベルの足下に展開される。

 

「フレーメン・ヴェルファー!」

 

 フレーメン・ヴェルファーは騎士団でも使われ、近代ベルカ式にも既にエミュレートされている基本的な古代ベルカ式の攻撃魔法だ。火炎属性の直射型射撃魔法で、威力は術式に込められた魔力量に依るから、このテストにもうってつけだった。

 

 トリガーワードと共に、NP-01を100メートルほど先のターゲット・スフィア目がけて振り抜く。

 猛禽とも太い鏃とも見える炎の魔法が、高速で飛んでいった。

 

 爆散。

 

 威力は申し分なさそうだが、果たしてどうだろうか。

 NP-01から魔力が霧散し、常態へと復帰する。

 

「アーベルさん、今のフレーメン・ヴェルファー、AAは出てましたよ!」

「そんなに!?

 ああ、でも僕の側のロス考えてもそのぐらい行くか……」

“マスター、NP-01の魔導回路に不具合が発生しました。

 物理部分に複数箇所の亀裂が見られます”

「自動修復……って、ああっ!?

 そんなもんつけてない……」

「人格式じゃないと、あの手の細かなプログラムはコントロール出来ませんからね……」

「マリー、NP-02のカートリッジ試験はどうする?

 壊れると分かってて続けるのもなあ」

「そうですねえ……」

“部分的にはSランクに匹敵する魔力流量が認められました。

 想定以上の負荷が破損の原因です”

「……汎用型の回路は再設計の必要がありそうだね」

「はい……」

 

 ……今日のところは、アーベルの敗北かも知れない。

 その日のテストは中途で終了し、二人で射爆場の片付けを行う。

 

 ゲルハルトがプラントに取られていなければ魔導回路の適切な調整なども短時間で行えたのだが、あちらも余人に任せることなど出来なかった。

 またマイバッハ工房にもカートリッジ・システム本体の試作や試験を頼んでいたし、いまはアーベル同様に古代ベルカ式デバイスの設計製造にも忙しいだろう。

 

 本局にも課員の増員───出来れば古代ベルカ式に適性のある魔導師───を要請していたが、そう簡単に見つかるはずもなく、これは教会に相談して一時的に騎士か騎士見習いの従者を派遣して貰う方がいいかもしれないと、技術本部もアーベルも判断していた。

 

 それにしても、本局は第六特機が作り上げたデバイスを3つとも預かると言うことだが、一体その先、何処の誰がテストをするのかは開発責任者のアーベルでさえ調べがつかない『機密』である。

 その為にも汎用型として仕上げざるを得なかったのだが、なんとなく、あまり楽しくない予想がアーベルの脳裏にはちらついていた。

 

 



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第四十話「収監」

 

 

 納期の前日まで試験を続け基礎データの収集と小改良を繰り返すこと数度、試作の非人格型古代ベルカ式アームド・デバイスは無事に本局へと引き渡された。

 引き取りに来た相手の所属さえわからなかったが、正規の手続きは通っていたし、第四技術部のマーティン部長も同席していた。これではアーベルも口を噤まざるを得ない。

 何も言わないアーベルに部長も小さく頷いて、納品はそれで終了した。

 マリー同様納得は行かないが、これも仕事だ。

 

「まあ、しょうがないですよねえ……」

「……」

 

 マリーも眉根を寄せていたが、アーベルも気分は同じ様なものだった。

 ここで騒ぎ立ててクロノや教会にまで迷惑が掛かっては、リインフォースの再生も遠のいてしまう。何のために実績を積んでいるのか考えれば、本末転倒である。

 本気で偉くなってやろうかと埒もない考えが浮かぶが、ここは我慢が正解だ。

 ゲルハルトには、ごめんと通信越しに謝った。

 

 祖父や父ら、マイバッハ工房で作られた方は無事騎士団に引き渡され、こちらは担当騎士に合わせて個人調整が為された後、各種テストが行われていると聞く。

 しばらくして第六特機の方はどうなのかと聞かれて、『偉い人が持っていった』と口にするしかなかったのは少々情けないが、元局員の父には想像がついたようで、以後は弟にさえ問われることはなくなった。

 

 ちなみに半月後、人格型デバイスも同様に持ち去られたのだが、アーベルは余計なことは何も言わなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 しかしこの一件は、大事件に発展してしまう。

 

 8月も終わり頃、ベルカ式デバイスについて一通りの仕事が終わったので、そろそろユニゾン・デバイスの準備に取りかかろうかと、マリーに相談していたときだった。

 大きめのノックと共に課に入ってきたのは、数名の武装隊員を連れた中年の士官である。

 

「本局査閲部、カルペンティエリ査察官であります。

 マイバッハ二佐、貴官にはとある嫌疑が掛けられております」

「は?」

「どうぞ、我々とご同道下さい」

 

 その場にいたマリーや事務員のエレクトラも、不安そうに成り行きを見守っていた。

 令状を持った本物の査察官では、抵抗も何もない。クララをカルペンティエリ三佐に預け、両脇を抱えられるようにして連れ去られると、第四技術部の前に待っていた本局ブルーの護送車に押し込められる。

 

「やあ、マイバッハ課長」

「部長!?」

 

 マーティン部長はいつもの調子だが、姿勢よく腰を掛けて両脇を武装隊員に固められていた。

 これはデバイスの件だろうなと、天井を見上げて大人しく対面式の席に座り込む。運が悪かったのは、自分と部長だけのようである。

 

「無駄口は禁止だそうだよ」

「……了解です」

 

 肩をすくめるマーティン部長に対し、やれやれと同意してアーベルは溜息を一つついた。

 

 

 

 連れて行かれたのは本局の中央区画でもやや人の気配が少ない査閲部───用もないのにそんな場所に行きたがる者はいない───の、その中でも特に人のいない収監施設のようであった。

 アーベルもここが親友ヴェロッサ・アコースの所属先だとは知っていたが、近づいたこともない。

 

 部屋は部長の隣だが壁越しに話が出来るはずもなく、アーベルは素っ気ない造りのベッドに寝ころんだ。

 

「……暇だ」

 

 丸一日昼寝をしていたようだが、壁がせり上がって出てくる三度の食事と自動消灯でそれを知る事が出来た程度で、取り調べさえないことが逆に苦痛だった。

 嫌疑なら嫌疑でとっとと晴れてくれればいいのだが、接触さえないので手の打ちようもないのである。

 

 

 

 もう半日ほど余計に過ごしたアーベルの元に、ようやく『人間』が現れた。

 

「アーベル君、そのベッドの寝心地はどうだった?」

「ヴェロッサ!?」

 

 ヴェロッサの手にクララが乗っているのを見つけ、ほっと安心して受け取る。

 少なくとも取り調べなら友人である彼が来るはずもなく、クララをこんな場所で取り出す必要もない。

 

「無事の釈放おめでとう。

 嫌疑は晴れた……って言いたいところなんだけど、ほんとは嫌疑じゃなかったりして」

「……は?」

 

 そのまま別室へと案内され、部長と再会する。

 こちらも無事に開放されたらしい。

 

「やあ、マイバッハ課長」

「……お疲れさまです、部長」

 

 ワゴンに乗せられたときと全く同じ調子の部長に、苦笑が漏れる。

 アーベルも安心したせいで、少し肩から力が抜けていた。

 

「……ヴェロッサ、説明」

「まあまあ。

 もう一人来るから……ほら来た」

「クロノ!?」

 

 部長の姿があるためか、きちんと敬礼して入ってきたもう一人の親友に驚きを隠せない。彼が査閲部に顔を出すなど、それこそ珍しいはずだ。

 

「お疲れさまでした、マーティン部長」

「ハラオウン提督こそお疲れさまです」

 

 互いに握手を交わすクロノと部長に、アーベルは首を傾げた。

 だが、二人が共ににやっと笑ったところを見ると、これは相当前から仕組まれていたものらしいと想像がつく。

 

「種明かしをするとね、うちに来て貰ったのは嫌疑の為ではなく、保護するためだったってことだよ」

「割と危なかったんだからな」

「まあ、厄介の種は、第六特機設立の前からあったんだがね」

「……部長?」

「掻い摘んで言うとだね───」

 

 ぶっちゃけてしまえば、聖王教会との蜜月を快く思わない管理局至上主義者の中でも強硬派の将官───次元航行部隊の中将でクロノの間接的な上司───が暴発寸前だったらしい。

 公文書偽造、業務上横領、犯罪者幇助、争乱準備集合、公務執行妨害etc。今は子飼いの士官数名や流しの傭兵魔導師と共に逮捕され、既に取り調べも始まっているという。

 持って行かれたデバイスも、強制捜査を受けた将官の自宅で見つかったそうだ。

 

 この一件、一番危なかったのはここしばらくで教会と協力して成果を上げてしまった第六特機とその上の第四技術部で、部長とアーベルは査閲部で直接保護、第六特機の他の面々も課長収監を理由に待機休暇を取らせるとこっそりアースラに退避させて艦を訓練名目の航海に出し、第四技術部には査閲部の息の掛かった武装隊の一隊が第六特機捜査の名目で警備にあたっていたという。

 マイバッハ工房の方にさえ、ヴェロッサ経由で内密に警告と要請を受けた教会騎士団が、デバイス整備の研修と偽って騎士を常駐させていたようである。

 

 内偵はほぼ済んでいたから、査閲部はアーベルとマーティン部長を収監命令───マーティン部長、クロノ、査閲部で話し合われた結果、収監の理由は業務上横領に決まり、カリム経由で教会上層部にも偽装収監の内諾を得ていた───によって保護、後顧の憂いを断ちきり、同時に偽情報をそれとなく流して暴発のタイミングを誘導、最後はヴェロッサら実働部隊が動いてしっかりと証拠を押さえ逮捕に踏み切った。

 

 もう半日逮捕が遅れていれば、古代ベルカ式デバイスを証拠品にした偽装テロと、それによって教会の評判を落とすという自作自演の暴虐が起きて、物言わぬアーベルと部長の死体が添えられていても不思議はなかったと三人は締めくくった。

 

「でも、そんな簡単に暴発するような人が……中将になれるのかい?」

「……中将になるのは簡単じゃないぞ」

「もちろん、暴発させるのもね。

 大変だったんだよ、ほんと。

 仕掛けその物も面倒だったけど、査閲部の独断による暴走とそれに伴う逸脱行為……なんてことにされたら元も子もないから、次元航行部隊の総司令部だけじゃなくて、総監部にもお墨付き貰ってきたぐらいだし……」

 

 アーベル君が寝ている間こっちは不眠不休だったんだよと、ヴェロッサは肩をすくめた。

 

「……アーベル」

「うん?」

「管理局───自分の勤め先が一番だという気持ちは、僕にも理解出来なくはない。

 だがそれは、他者を貶めて得るものではないし、他者を排除する理由にしてはならないと思う」

「全く以てハラオウン提督の仰る通りだね。

 ともかく、未発で済んで良かった。ロウラン提督から注意を喚起されたときは肝を冷やしたが……。

 陰謀だのテロだのは、技術部には無縁と思いこんでいた私の失態でもあるがね」

「そちらにご迷惑が掛かる前に手を打つのが、査閲部本来の仕事であります。

 部長には色々と手伝っていただきまして、申し訳ありませんでした」

「気にしないでくれたまえ、アコース査察官。

 部下を守るのは上司の役目、そうだろう?」

 

 ふふんと嘯く部長に、自然と頭が下がる。

 普段は温厚な紳士で通っているマーティン部長だが、今に限っては歴戦の勇士にさえ見えてしまうアーベルだった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 元より嫌疑ではなかったので、解放前に行われた事情聴取もデバイス受け渡し時の様子や収監時に不備がなかったかと云った内容に限られ、事件について口外無用と書かれた書類にサインしたアーベルは即日開放された。記録にも残らないらしい。

 

 デバイスの開発も教会との融和も、元を正せば管理局が承認した上での命令や判断だが、それを快く思わない者も同じ管理局にはいる。話までは回ってこないが、やはり教会側にも聖王教会至上主義者がいるはずだった。

 今回は部長や友人が何も言わず助けてくれたし、自分も間違ったことをしていたつもりはなかったが、もう少し身辺には気を配るべきなのだろうか。

 今回の一件は綺麗に片付いたとは言え背景そのものは根深い様子だし、次がないとは言い切れない。

 これが大人になるということなのかなと、アーベルは一人寂しく笑った。

 

 数日してデバイスも全て返却されたが、今度は自分たちで実用試験を出来る腕を持つベルカ式の使い手を局員の中から探すところから始めねばならない。これはシグナムの出番かなと、彼女の予定を抑える手続きを進めているが、少し先になりそうだった。

 

 

 

 9月に入り、休業中に何故か増えていた書類仕事を片付け、ようやくはやて用のデバイス・コアが届き、新しいシュベルト・クロイツの設計に取りかかった頃。

 マリーが嬉しそうに、技術本部から回ってきた命令書をアーベルへと差し出した。

 

「アーベルさん! 許可! 許可降りましたよ!!」

「ん? なんの許可?」

「ユニゾン・デバイスの製造許可です!」

「……えっ!?」

 

 自分はシュベルトクロイツの設計───はやての将来を見越した魔力量SS対応のデバイスとあって、一筋縄では行かなかった───に追われていた為に、日常業務の大半を彼女に丸投げしていた。

 そしてユニゾン・デバイスの製造は、第六特機の設立目的……日常業務の範疇に入っていても間違いではない。

 

 だがアーベルには、正直言って想定外の事態であった。

 

 



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第四十一話「順風」

 

 

 ユニゾン・デバイスの製造許可───それは同時に、予算が承認されたことも意味する。

 流石に挨拶と確認ぐらいは必要かとマーティン部長の元を訪れ、アーベルは製造試験機1機と性能評価試験機1機の予算が認可されていることを確認した。

 

「ユニゾン・デバイスの設計製造は第六特機の設立目的であり現在の目標なんだから、無論私も知っているとも。

 しかしだ、ユニゾン・デバイスなんて私たちでも名前を知っていれば上出来、実物どころか資料さえ殆どないところにまともな内容と裏付けを伴った計画が提出されたわけだから、まあ、こちらも真面目に検討するわけだ。

 だが私もあの後は事件の後始末で手一杯だったし、今日になって本部長から呼ばれたものでね。……実は少し慌てた。

 君はデバイス・コアの生産が始まって以来多忙だったと聞くし、例の一件もあった。ともかく、先月だったか先々月だったか、第六特機から上がってきた中間報告書、あれが決め手になったようだよ。

 もちろん、こちらの都合で提出時に色好い返事が出来かねたことは、君も知っているね?」

 

 設立目的に対して実現の為の計画を提出することは、義務である。

 無論、先月はほぼアームド・デバイスに追われていたが、こちらはこちらで重要度も高く目的の一つでもあったから、アーベルらが趣味にかまけてさぼっていたわけではなかった。

 

「しかしだ、そこにもう一つ、無視できない要素が加わった。

 先日の一件だ。

 あれは外から見ればまさしく管理局の失態、しかし教会との連携は今後ますます重要になってくるから上は焦った。急いで得点を稼ぐなり何なり、管理局は教会と蜜月を続ける気がありますよと、態度で示さなくてはならなくなったわけだ」

「……もしかして、この事件で僕が丁度目立つ位置にいたものだから、そのまま使ってしまえと?」

「まあ、そんなところだろうね。

 管理局のデバイス行政を預かる我が第四技術部としては、喪われた技術の復活には興味もある。

 君も予算が向こうから自分で歩いてきたんだから、断る理由もないだろう?」

「はい、もちろんです」

 

 今ならあの馬鹿者に感謝しても罰は当たらないかも知れないねと、部長はとぼけた様子でアーベルに笑顔を向けた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 数日後、新規ユニゾン・デバイスの設計アウトラインと同時に、生産設備についてどうしたものかと頭を悩ませていたアーベルの元に、ようやくシグナムがやってきた。

 この日のために、わざわざ地上からゲルハルトを呼んでいる。あちらもデバイス・コアの増産に忙しいが、今日ばかりは第六特機を優先させた。そのついでにはやても呼んだが、こちらは『真』シュベルトクロイツの最終調整を行うためだ。

 

「以前から声を掛けて貰っていたのに済まなかった、マイバッハ二佐。

 研修中の名札は取れたが、今度はスクランブル要員として逆に忙しくなってしまったのだ」

「いや、無理を言ってるのはこちらだし、今回はきちんと航空本部も通してるからこれも任務だよ。

 ご協力に感謝する、シグナム三尉」

 

 ふむとお互い頷いて敬礼を解き、にやっと笑う。

 

「こら!

 わたしは無視か!」

「あ、いや、その、主はやて、公務の場合順番というものがありますので……」

「八神はやて特別捜査官、貴官の階級は現在准尉相当ですから、先にシグナム三尉と挨拶しないことには鼎の軽重が問われます……ってね」

 

 部外者はいないながら、はやてとシグナムの出張は正式な要請と召喚であり、本局にも通している。

 それに普段からすずかとのことを散々にからかわれているので、たまには逆襲してもお釣りが来るはずであった。

 

 ちなみに現在、はやての護衛兼補佐として意図的に無任所とされているザフィーラを除き、シグナムとヴィータは航空隊の三尉、シャマルは二尉相当の医務官と、階級がそれぞれ主人を上回っている。

 

「まあお遊びはこのぐらいにして……」

「ちょ!?」

「シグナムは初めてだったよね、こちらは嘱託のゲルハルト・マイバッハ技官。

 見ての通り、僕の弟だよ」

「はじめまして、騎士シグナム! 騎士はやて、お久しぶりです!

 ゲルハルト・マイバッハです!」

「ああ、よろしく」

「お久しぶりですー」

「古代ベルカ式デバイスの整備に限れば、はっきり言って僕よりもゲルハルトの方が腕は確かなんだ。

 何より整備適性持ちだし、教会騎士団にも出入りしていて多数の真正古代ベルカ式デバイスを肌で知っているよ」

「……ほう?」

「アーベルさんよりすごいて、それほんまにすごいなあ……」

「頑張りますので、よろしくお願いします!」

「うむ、元気なことだ。

 ゲルハルト技官、今日はついでにレヴァンティンを見て貰ってもよいか?」

「喜んで!」

「ゲルハルト、先にレヴァンティンを整備させて貰え。それとシュベルトクロイツも頼む。

 レヴァンティンの魔導回路の写しはこっちにもあるけど、お前なら実物見た方が早いだろ?」

「うん。

 手持ちの6機とも、全部騎士シグナム用にしちゃっていいんだよね?」

「もちろん。

 忙しいのわかっててゲルハルトを呼びつけた最大の理由だからな。

 粗方の調整はしたけど、今日はお前が頼りだよ」

 

 はやてとシグナム、ゲルハルト、マリーがメンテナンスルームに向かうと、仕事中には珍しく、クララがリインフォースを起動させた。

 

「どうかした?

 ……ゲルハルトには君のこと秘密だから、はやてちゃんやシグナムへの伝言なら手短にね?」

“いや、違う。

 アーベルも知っていると思うが、融合機の件だ”

「ああ、心配しなくてもいいよ。

 いきなりはやらない」

“書の管制人格と融合騎の違いは理解しているだろうが……もうひとつ、注進を忘れていてな”

「……なんだい?」

“主はやては無論純粋なベルカの騎士だが、その能力は蒐集によって今後も拡大される。

 言うなれば、ベルカの騎士にミッドチルダ式の魔導を学ばせているようなものだが、主はやてに限っては、適性は希少技能によって考慮せずともよいという真に都合の良い状態だ”

「……つまり?」

“資料のまま作っても、ミッドチルダ式魔導の行使に問題がある不完全な融合騎に仕上がるだろう、ということだ。

 それもにもう一つ、試験機の魂の提供者はどうするつもりなのだ?

 半端な魔力の持ち主では、ただの愛玩融合騎が出来上がるぞ?”

「それでもいいんだけどね……」

 

 ユニゾン・コアは人格型デバイス・コアに特殊な方法───無限書庫で見つかった望天の魔導書の製作基礎データから判明していた───でリンカー・コアに相当する人造魔導魂を刻んでやらねばならないが、その時に魂の提供者とも言うべき術者の協力が不可欠であった。これを行わないと、単体での魔導行使どころか自律行動もおぼつかない無意味なユニゾン・デバイスが出来上がってしまう。

 

 しかも重要なことに出来上がった人造魔導魂の魔力量、資質、特性などは、基本的には提供者の能力に比例する。おまけに融合適性まで支配されるが、提供者はともかくその他の魔導師や騎士に融合して能力を存分に発揮できるかどうかは、出来上がってから調査するしかなかった。

 

「いきなりはやてちゃんを魔力提供者にするのは、僕だけじゃなくクロノ達も反対している。

 ……僕しかいないだろうね」

“そう言うだろう、とは思っていた。

 そこでだ、少しクラーラマリアの力が借りたい”

「クララの?」

“現在の私は一切の魔導を使えない。

 だがな、経験や知識を伝えることは出来るのだ”

 

 リインフォースの提案はアーベルを驚かせるに十分だったが、その内容には筋が通っている。

 アーベルは二つ返事で了承して、彼女の意見をユニゾン・デバイス試験機の構想に組み入れた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 レヴァンティンの整備と新造デバイスの調整を終えた三人が戻ってくると、先日と同じように射爆場に出向き、シグナムにデバイスを使って貰う。

 

「兄さん、フレーメン・ヴェルファーしか登録されてなかったんで調整ついでに魔法増やしたけど、よかったんだよね?」

「助かるよ。手間が省けた。

 シグナム、壊れ物じゃないけど手加減してくれよ?

 これらのデバイスはレヴァンティンをベースにしてるけど、使用術者の魔力ランク想定は最大AAなんだ」

「了解した」

「はやてちゃんも魔法の試し撃ちは構わないけど、広域殲滅魔法はだめだからね。

 ここ、あんまり広くないからなあ……」

「了解ですー」

 

 その後非人格型3機、人格型3機の計6機の試用試験が順に行われたが、シグナムはやはり凄い。彼女の言う手加減にも数段階あるようだが、全て同等同質の魔力投入でテストされている。

 

「こりゃあ僕が培養プラントに出向して、最初からゲルハルトとシグナムに全部任せていた方がスムーズに結果を引き出せてたかな……?」

「アーベルさん、課長が課に居ないとお仕事回りませんよ?」

「やっぱりマリーに引き受けて貰った方がよかったなあ。……今更だけど」

「いやですよ」

「わたし、やりましょか?」

「……ものすごく助かるけど、Sランクの魔導師を前線からポンと引き抜くだけの政治力をどこから持ってきたらいいか、はやてちゃんは心当たりない?」

「さあ……?」

 

 得られたデータとシグナムによる使用感や警告を突き合わせ、それぞれのデバイスに評価を付けていく。

 

「どうしてもレヴァンティンと比べてしまうが、各機とも想像したほど頼りないものではなかった。

 このまま実用品としても問題なかろうが、使い手としては両手剣と片手剣を同列に語ることも出来ない」

「となると……騎士さんに選んで貰うのが正解、でしょうか?」

「結局は騎士に合わせた調整をしてこその、古代ベルカ式デバイスですし……」

「……開発よりも、調整や整備が面倒そうだなあ。

 集中して運用してくれなんて、こっちから言えるわけない」

「そんなの、教会騎士団ぐらいだろうね」

「エース級デバイスの1カテゴリー、みたいな感じになりそうですね」

 

 各重要拠点に整備や調整ができるマイスターを配置して一般化しようなど、インフラの整備に金が掛かりすぎて夢のまた夢である。

 そりゃあ本局が300億の投資は高すぎると結論するわけだなと、アーベルは天を仰いだ。

 

 



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第四十二話「製造試験機UDX-01」

 

 シグナムの力を借りてテストを行った6機のデバイスは本局ではなく技術本部預かりとなり、しばらくは試用を希望する管理局所属のベルカ式適性持ち魔導師───騎士に随時貸し出されることで落ち着いた。ゲルハルトはここでも活躍し、シグナム用に調整された魔導回路を外して、アーベル設計のそれよりもロスが少なく耐久性と効率に優れた汎用型回路を取り付けている。

 

 第六特機には試験への立ち会いの他、事後にレポートと改造案、要望書などが回ってくるぐらいで、大事にならなかったのは幸いだ。無論この状態では本来の力は発揮できないが、個人調整された機体を用いての試用試験を希望する魔導師にはマイバッハ工房に出向いて貰う型式を取っていた。

 時にはマイバッハ工房に丸投げもしていたが、ゲルハルトをプラントに取られ、今のところ実働する技官が2名とあっては仕方がない。ユニゾン・デバイス開発の承認は降りていたものの、リインフォースの件が部外秘に近いこともあって、増員については強く言い出せないでいた。

 

 だが今は、ともかく開発の許可が下りているのだ。

 上の機嫌が良いうちに結果まで出しておけば、後々に繋がるだろう。

 

「で、アーベルさんはリインフォースの意見に賛成と?」

「まあね。

 クロノやロウラン提督とも話し合ったけど、メリットもあるよ」

 

 今日のところは試験もなく、第六特機は平常営業だ。

 アーベルは技術本部に提出するアームド・デバイス試用試験の報告書作成に追われ、マリーはユニゾン・デバイスの製造手順書をチェックしながら問題点を洗い出していた。

 

「能力の中庸な、あるいは低い機体になってしまうけど、逆に言えば扱いやすい。

 ……例えば古代ベルカ標準のカートリッジとの対比になるけど、管理局スタンダードに決定しつつある中口径の汎用カートリッジみたいなものかな。

 大抵の試験が僕と製造試験機だけで済ませられるのもいいし……それにまずは、何と言っても実際に作ってみないことにはね」

 

 

 

 大凡の仕様はリインフォースの意見が反映され、基礎となるコア周りは古代ベルカ式、制御系と駆動系はミッドチルダ式と古代ベルカ式の二系統併存とされた。

 最初の1機から駆動系統を統合してハイブリッドタイプとするのは、流石に敷居が高すぎる。そこでユニゾン・コアを魔導書の管制人格に見立て、本体の制御系と駆動系に対してストレージ・デバイスあるいは魔導書本体同様の運用を行うように設計を改めていた。副産物として、許可を出すことでクララのコントロールも出来るようになってしまったが、アーベルが使う限り特に問題はない。

 

 また、元となった望天の書に比較すれば製造試験機『UDX-01』の出力目標は数分の一と下がってしまうが、同時に設計や製造の難度も下がるので、製造技術の実証や経験の蓄積という意味では正しくもある。……リインフォースの件を考えれば、ここで躓くわけにはいかない。

 ついでに希少技能故に両対応が必然となるはやて用融合騎を見越したテストも兼ねているが、本来がミッドチルダ式魔導師であるアーベルにも都合が良かった。

 

 更に中庸な機体として完成をさせることは述べたが、後から大容量ストレージを備えた魔導書型デバイスをそれぞれに付け加える。これはユニゾン・デバイス本体に組み込まないことで本体側の処理能力の割り当てを減らし、性能を低下させ過ぎないための措置としてリインフォースより進言を受けていた。

 

 

 

「僕の場合、古代ベルカ式の魔法も使え無くはないけど、やっぱりミッド式がメインだからなあ。

 リインフォースの入れ知恵がなかったら、無理を押し通して製造試験機まではやてちゃんに頼ってたかもしれない」

 

 調整されたユニゾン・コアと人造魔導魂の定着には、ベルカ式での魔力操作が求められていた。ミッド式の評価AAAよりも能力は格段落ちるが、幸いアーベルはベルカ式の魔力操作も出来無くはない。

 

「出来上がる試験機は、多少総合性能が落ちても両対応でないと困るからね」

「アーベルさんがいいならそれでいいですけど……。

 もちろん、はやてちゃんの為……リインフォースの為って意味合いもありますものね」

「うん。

 それに、完成前はともかく、完成後も大きな魔力を吸われ続けるのは、普通の魔導師なら嫌がるよ。

 使い魔ともちょっと違うし……」

 

 技官の自分なら、仕事に影響するのはデバイスのテストぐらいである。マイスターが余所から必要十分な能力を持ったテスターを呼ぶのは、マリーのような非魔導師のデバイスマイスターにとってはごく当たり前のことだ。アーベルも先日、要望書を出してシグナムを呼びつけている。

 

「まあ、そんな部分まで含めて、誰かが試さなければならないなら僕が適任だ。

 広く普及してからはともかく、魔力量AAAの戦闘魔導師に最大半年ほど魔導師を休業してくれなんて……局が認めても、普通は本人に罵倒されるのがオチじゃないかな」

「納得して応じてくれる魔導師なんて、最初から理由があるはやてちゃんぐらいでしょうね……」

「僕だって『半年ほどC級マイスターとして仕事してくれ』なんていきなり言われたら、多分喧嘩になるよ」

「あはは、わたしもです」

 

 ちなみに魔力量AAAは割と便利なステータスだったんだなあと、しばらく後、製造中になってから振り返ることになるアーベルだった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 デバイスマイスターにしてメカニックマイスターの資格も持つマリーを侮っていたと言うべきか、9月中旬には、ユニゾン・デバイス専用の調整槽からフレーム作成の手順書まで、粗方の準備が整ってしまった。

 ……堂々と表には出せないが、彼女は違法研究者が遺した戦闘機人計画の後処理に関わっている。望天の魔導書の製作データとリインフォースの助言をヒントに、そちらの技術から幾つか発想を引っ張ってきたらしい。

 

「デバイスと言っても、ユニゾン・デバイスは機械でありながら人造魔導師的な側面もありますよね」

「……確かにね」

「しかもベースはデバイスです。

 それに気付いたから、着目点をそちら寄りにしてみたんですよ」

 

 彼女は簡単に言うが、ここまでくるとアーベルにもお手上げである。

 後は大人しく責任者兼実験材料に徹するかと、肩をすくめた。

 

 しばらくは、どちらにしても忙しくなるだろう。

 先に済ませてしまえと地上に戻っていたはやてに通信を繋いで、簡単な説明を行っておく。

 

『へー、ほなアーベルさん、しばらく魔導師お休みするん?

 ……あ、わたしもか』

「うん。

 しばらく先になるけど、はやてちゃんにもお願いすることになる。

 それも『2回』、ね……」

 

 いきなりリインフォースを移植するのは、政治的にも心情的にも問題があった。

 

 そこで製造試験機のデータを活かしたはやて用のユニゾン・デバイスをSランク魔導師素体の性能評価試験機という名目で製造し、その後リインフォースは別口で復活させる予定としている。

 いきなり『闇の書』と瓜二つのユニゾン・デバイスが復活しては、こちらが幾ら別物だと口にしたところで非難されても仕方ない。安全度をアピールする期間は必要だと、クロノからも釘を刺されていた。

 

“主はやて、流石に段階を踏まざるを得ませんでした。

 申し訳ありません”

『謝ることあらへん。

 アーベルさんとリインフォースがようよう考えてそないなった言うんやったら、それでええんよ』

「ありがと。

 ともかく、ユニゾン・デバイス製造中は、強制的にリミッターを掛けられたような状態になるってことだけ、覚えておいてね。

 捜査本部を通して事前の通達は出すし、強制捜査なんかは外して貰えるとは思うけど……」

『了解ですー』

 

 自分の進退や評判はともかく、これほど信用されているなら失敗は許されないなと言い聞かせておく。

 気負ったところで状況が変わるはずもないが、気を引き締めることでやる気はわき出てくるものであった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 その翌日。

 アーベルの体調も良いし、マリーも既に準備を整えている。

 製造を開始することに、躊躇いはなかった。

 

「そうでした、アーベルさん」

「うん?」

「インナーは望天の魔導書をベースにしたミッド・ベルカ両対応で決まりとして、アウターフレームはどうします?

 そのまま望天の魔導書の外観にしますか?

 明日までなら変更ききますけど……」

「……僕の中では勝手に決まってたんだけど、いいかな?」

「えーっと?」

 

 なかなか言い出せなくてそのままにしていたが、今更隠してもしょうがないのでクララからとあるデータを呼び出してマリーの端末に送る。

 ……先日の旅行中、すずかから外観を借りる許可と同時に、必要なデータも既に取っていた。

 

「あー、すずかちゃんですか……。

 まあね、そんなことだろうと思ってましたよ。

 それにしてもすずかちゃん、よくデータ収集させてくれましたね?」

「……本気で頼んだら、許可くれた」

「愛されてますねー」

「……」

「……あ、拗ねた」

 

 ユニゾン・コアに対して魔力供給を強制的に行うサポート・アミュレットを腕に填め、アーベルは無言で調整台の上に寝転がった。

 

“サポート・アミュレットとのリンクを形成。

 各機能、全て正常に作動中”

「それじゃ、始めますね」

「……うん、よろしく」

 

 機器に作動ランプがともり、アーベルも目を瞑った。

 自分を取り囲むセンサーやスキャナーが発振する極小の魔力までは感じ取れないが、アミュレットからはごっそりと魔力を吸われていく。

 ベルカ式に対して効率が悪いアーベルは、ここで限界近くまで頑張らないと後がつかえてしまうのだ。

 

 

 

 アーベルの平均魔力発揮値はミッド式AAA、数字にすれば100万弱に相当した。

 ここから一定量の魔力を数ヶ月間吸わせるのだが、少なければ人造魔導魂の成長度が悪くなり、多ければ提供者側に何かあった場合対応できなくなる。

 今回は実証実験も兼ねているので無理のない範囲での最大量、約5割の魔力を提供することに決めていた。予定では3ヶ月から4ヶ月、最大半年ほど1段半から2段階のリミッターを掛けると思えば、デバイスのテストが人任せになる以外、日常生活にもそれほど影響はない。

 

 ミッド式換算で約50万の常時魔力消費はアーベルの魔力回復量と安全係数を勘案した最大の数値だが、それとは別にもう一つ大きな制約もあった。

 望天の魔導書の製造データにも記されていたし本番前の機器動作テストでも確かめられたが、提供された魔力の大半は魔導回路の書き込みや維持、保護フィールドの形成に消費され、更にはミッド式メインであるアーベルの魔力では変換ロスが大きく、約10%のみが人造魔導魂本体の形成に使われる。

 

 つまり上手く出来上がっても、アーベルを提供者とした今回の場合、ユニゾン・デバイス単体の能力値は魔力量B、上手く行ってもB+が限界と最初から決まっていた。

 

 無論構想段階では、魔力駆動炉からの補助供給で魔力を補う、時間が掛かっても完全なミッド式ユニゾン・デバイスとして再設計するなど、様々な案も考えられている。

 しかしシステム上、魔力波形のみならず個人の持つ資質の変換まで要求されるとなると技術的蓄積もなく、流石に一から研究する時間も予算もない。また相談したマーティン部長から、あまり強いといらぬ警戒を生むと注意を喚起されたこともあって、自主的に制限をかけていた。

 

 

 

「お疲れさまです、アーベルさん」

「こっちは寝てただけだよ。

 マリーこそお疲れさま」

「もう動き回って貰っても結構ですよ。

 ……この階の中だけですけど」

 

 3時間ほどで、マリーは基本作業を終えた。

 ちなみに調整槽内で人造魔導魂形成と同時に回路が成長を続けるユニゾン・コアがフレームに移植されるまでの一週間、アーベルは第四技術部5階にて軟禁同然の状態で過ごすことが当初より決まっている。

 

 ……課室や廊下、トイレ、シャワールームにも専用の魔力中継器を設置することを思いつかなければ、本当にメンテナンス・ルームから出られないところであった。

 

 



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第四十三話「子育て」

 

 ユニゾン・コアの製造に着手して1週間。

 魔法の使用禁止以外別段困ったこともなく、課内で出来るアームド・デバイスの設計や書類仕事を片付けていればあっと言う間である。

 ただ、仕事を終えて『家に帰る』という行為が、精神衛生上極めて重要であると認識できたのは、良かったのか悪かったのか。

 

「缶詰も、これでようやく終わりか……」

「あはは、お疲れさまでした」

 

 アーベルとマリーの前にある調整槽の中央には、膝を抱えて眠る身長30センチほどの少女───なのはやフェイトなどには、人形サイズのすずかに見えるだろうか───が浮かんでいた。

 長い長い道のりの筈が、多くの人々の努力と幸運と偶然によって極端に短くなったことは、『彼女』がいまアーベル達の目の前に存在することで証明されている。

 

 コアの方はもう自律稼働も確認出来ていたし、一昨日からは言語や一般知識、各種魔法術式についても、記憶媒体に接続させて読み込みと最適化処理を始めていた。

 現在はそれらを終了して再起動中、あとは駆動部分との魔導接続───フレームを通しての活動開始を待つのみである。

 

「あ、いいみたいですね。

 再起動、終了しました」

“こちらでも確認しました。

 異常な値は見られません”

「……うん。

 起こそうか」

「はい」

 

 調整槽の蓋が開けられてしばらくすると、少女は目を開いた。

 まだ初回起動シークエンスの最中なのか、ぼーっとこちらを見つめている。

 

「おはよう、『ユリア』」

「……」

 

 古代ベルカ式ユニゾン・デバイス製造試験機SRD6-UDX-01……と素っ気ない型式名称もあるが、彼女にはすずかからユリア───Juliaは『若々しい』を意味するベルカの古語であると同時に、その音はすずかの母語でリーリエ、『百合の花』の意味を持つ───という名も、姿と同時に贈られていた。

 

「……あー、ゆっくりでいいからね?」

 

 こくんと頷いたユリアは、調整槽から本当にゆっくりと抜け出てふらふらと浮き上がり、アーベルを目指して宙を泳いできた。随分と危なっかしいが、最初はこんなものかと静かに見守る。

 

「ロード……」

「うん!?

 ああ、サポート・アミュレット?」

「……あったかい」

 

 アミュレットから彼女のコアに向けて発せられる魔力波が、気持ちいいのだろうか。

 季節的にもユニゾン・デバイス的にも寒さは感じないだろうが、そのままではちょっと目のやり場に困るので、アーベルの腕───正確にはアミュレットを枕にして寝ころんだ彼女に、予め用意していたハンドタオルをかけてやる。もちろん彼女にはブランケットほどの大きさとなるが、サイズは丁度良い。

 

「……寝ちゃいましたね」

「……そうだね」

“ユリアは現在、外界から受けた刺激を反芻しつつ、駆動系の最適化処理を行っています。

 人間で言う睡眠、それも夢を見ているのに近い状態です”

「まだ起動したてだし、寝かせておいた方がいいか……」

「あ。

 そっちの準備、してませんでしたね。

 ……ベッドとか人間用でいいのかな?」

 

 マリーの言葉に、しまったなと頭を抱えたアーベルである。

 

「衣服はバリアジャケット生成術式を応用すればプログラミング上で解決できますけど、生活用品はどうしましょうか……?」

「金属加工と樹脂加工で対応できる範囲なら、デバイスのアウターフレームと変わらないから僕が幾らでも作るけど、裁縫が絡むと流石に無理だなあ。

 玩具屋はともかく、ドール専門の店なんて本局の商業施設にあったっけ……」

 

 ユリアは人間と比較しておよそ6分の1から7分の1サイズ、もちろん大きさが合うからと『実用』に耐えるかどうかも分からなかった。

 早々に人間の子供と変わらないフルサイズのフレームを装備させた方が彼女の為だろうが、今度は維持に余計な魔力を必要とするわけで、人造魔導魂が安定期に入るまではフェアリーサイズで暮らして貰うしかない。

 

 緊急用の待機状態───アクセサリー・モードも備えてはいるが、あれではユリアの能力が発揮されるはずもなく、彼女の安全が脅かされたときに幾らかでも役立てばいいと備えただけで、常用は考えていなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 さらに一週間ほどかけて、知識はあっても常識がない状態を何とかするべく、アーベルは『子育て』に励んでいた。

 

 ユリアはまだ人造魔導魂が成長中で余力がなく、浮遊魔法の他にバリアジャケットの展開と念話の行使はできるようになったが、試験が出来るほどは安定していない。

 

 その間を教育にあてているつもりなのだが……。

 

「ロード」

「うん?」

「アイスクリームがたべたいです」

「……だめ。

 あれはおやつの時だけだよ」

「えー!?」

「ほら、今は誰も食べてないでしょ?」

「……はい」

 

 しょんぼりとした様子でスカート───今はマリーが用意した各種バリアジャケットデザインの中から、パステルブルーのシンプルなワンピースを着ている───をぱたぱたするユリアの頭を撫でてやる。

 マリーはともかく、整備員のシルヴィアと事務員のエレクトラももう慣れた様子で、くすくすと笑うばかりで助け船も出してくれない。……昨日彼女たちから貰ったプチ・ショコラやオレンジ・グミで餌付けされたのか、今日などはユリアの方から挨拶に行っていたが、このままではお菓子をくれた誰かに着いていきそうで心配だ。

 

 すずかはもちろん、私的な友人知人への紹介はまだ出来ないが、今後もアーベルと行動を共にすることだけは間違いない。家族のような、あるいはクララとはまた違った位置づけのパートナーとなるのだろうと、アーベルは思っている。

 

“ユリア”

「クララ?」

“あなたがもう少し育ったら、マスターはシュークリームというお菓子を食べさせてくれると思います”

「しゅうくりいむ?」

“私は味を知りませんが、マスターが一口食べて表情を変えるほど美味しいようですから、ユリアもきっと美味しいと思うはずです”

「そうだなあ……。

 ユリアの試験が全部終わってフルサイズのアウターフレームに慣れたら、旅行がてら食べに行こうか?」

「はい!」

 

 そのクララは最近子育てに慣れたのか、近縁の話題を振ってユリアの気を逸らすという高等なテクニックを使うようになった。実に気の利く相棒である。

 四六時中一緒にいるのでアーベルには気の休まる暇もないが、子供を持つ世の父母はこんな苦労を重ねているのだろう。

 

 アパートに帰るときにもポケットに入れて連れていったが、あれは何ですかこれは何ですかと見える物の殆ど全てに食いついてきた。……の割に公共バスの車内ではずっとポケット内に隠れ、念話に切り替えてくるほどである。

 

 まあそれでも、時にデバイスだということを忘れそうになるほど可愛いのも間違いない。

 容姿や声はもちろん……いや、それも含めてかどうかは口に出さないが、やはり自らの魔力を分けた存在という部分は大きかった。

 リインフォースは『魂』と口にしていたが、どこかしら似ている部分もある。

 ……指摘されるまで気付かなかったが、欠伸や身体を伸ばす時の仕草などはアーベルそっくりだそうだ。

 

「今日は何食べようかな……」

「おさかな!

 おさかながいいです!」

 

 うちのユリアはデバイスで、産みの苦労や赤ん坊の夜泣きがオミットされているだけましかなと、ずいぶん失礼なことも同時に考えていたアーベルだった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 ユリアが第六特機内での生活にも慣れてきた頃、人造魔導魂も成長してCランクを越え単体での攻撃や防御など負担の大きい魔法行使も成功、ユニゾン試験が行えると踏んだアーベルは彼女を無人世界へと連れ出した。

 

 ここは大規模な演習にも使われるのだが、何よりも少々大きな威力で魔法をぶっ放そうが、融合事故を起こそうが、人的物的な被害が極小で済む。……本局内でそんな事態を引き起こすなど、考えたくもない。

 

「だ、第六特機課所属ユニゾン・デバイス試験機UDX-01、ユリアでありますっ!」

「次元航行部隊所属、アースラ艦長クロノ・ハラオウンだ。

 よろしく、ユリア」

 

 緊張は隠せなくても、初対面の人にきちんと挨拶出来るようになったのは進歩かなと、肩の上でアーベルの髪の毛を掴んでいるユリアを撫でてやる。

 

 周囲に他者の姿はない。

 幾つかの観測スフィアや中継器が浮いているだけだ。

 

 そちらを通し、技術本部や本局にも映像が流れていた。

 直接視聴する人数こそ少ないが、そのほとんどは将官級である。

 

『観測態勢、問題ありません』

「了解。

 クロノ、頼んだよ」

「ああ」

 

 クロノは頷いて飛翔し、所定の配置についた。

 

 融合事故にも色々あるが、暴走した場合、クロノにはアーベルとユリアを凍結封印して貰わなくてはならない。経験に裏打ちされた実力やアーベルからの絶大な信頼と同時に、彼にはデュランダルという封印に適した切り札がある。……はやてに消し飛ばして貰ってもいいのだが、その場合は葬式に直結しそうなのでアーベルも最初から遠慮していた。

 

“ユリア、シミュレーションでは100%を達成していますから、落ち着いてやれば大丈夫です”

「ありがと、クララ。

 ……よし!

 ロード、行きます!」

「うん。

 せーの……」

 

「「ユニゾン・イン!」」

 

 融合は一瞬だった。

 魔力光が収まったのを確認して、手を振ったり足踏みしたりと身体を動かしてみるが、特に違和感はない。多少拍子抜けしたまま、データを流し見る。

 

『ロード、これでいいですか?』

「……あー、うん、たぶん。

 クララ、そっち側で異常はないかな?」

 

 念話のようでいて少し違う、脳内に直接語りかけるユリアの声に、最大の問題は解決されたかなと一人頷く。

 

 まだ大きな魔法は行使しない。

 これは第一回目の試験だ。慎重すぎて困ると言うことはなかった。

 

“……概ね正常ですが、少し気になる点がありました”

「えーっと?」

“具体的には、マスターの出力特性に大きな変化が見られます。

 予測の範囲を大きく越えて、古代ベルカ式適性が伸びている可能性があります”

「……ああ、ユリアを通す分は古代ベルカ式に適合して魔力が組まれるのか」

“はい。

 クラーラマリア側をアイドリング出力、ユリア側をマキシマム出力に設定した場合、マスターが全力で魔法の行使を行えない現在でも、推定で古代ベルカ式Aランクの魔力発揮値を確保できます。

 ユリアの人造魔導魂が予定の成長を遂げればAAA、マスターのほぼ全魔力をベルカ式として出力可能と思われます”

「よし。

 クロノ、マリー、こっちは概ね問題ない。

 そっちからはどうかな?」

 

『こちらでも魔力暴発のような現象は感じられない。

 君の髪色が紫になっただけだ』

『こちらもユニゾン時の魔力放散が予想値を数%上回った程度で、ほぼ問題ありません』

 

 その日は飛行魔法と、低ランクに絞った魔力誘導弾で実験を行ったが、飛行魔法は速度こそ伸びなかったものの軌道が正確になり、誘導弾はアーベル本来の能力を大きく超えた誘導能力を発揮した。

 

 




《ユリア》

 技術本部第六特機製古代ベルカ式ユニゾン・デバイス製造試験機SRD6-UDX-01、愛称はユリア
 ミッドチルダ式・古代ベルカ式両対応の中距離支援型で人造魔導魂出力はB+、魔力提供者はアーベル・マイバッハ

 製造技術の確立を目的として試験製造された機体であり、各種製造機器の調整用としても供されている


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第四十四話「6人目の課員」

 

 

 ユリアが魔力発揮値でBランクを越えた10月も半ば、単体稼働試験やユニゾン時のデータ収集も本格的になってきた。

 その頃には技術本部の持つ本局内試射場でのテストも許可されていたので、カートリッジを使う試験でなければわざわざ無人世界まで出掛ける必要もなくなっている。

 合間にナカジマ姉妹がメンテナンスに訪れていたが、ユリアの人見知りも少しだけ影を潜めた様子で、すぐに仲良くなっていたことはアーベルを喜ばせた。。

 

 

 彼女の能力や適性も、徐々に確定され始めていた。

 

 元になった望天の魔導書が参謀タイプ、その上アーベルの魔力をベースにしたせいか、ユリア単体としては古代ベルカ式の支援型で、中距離の誘導制御型射撃魔法と補助魔法が得意だ。

 ここまでは開発時に予想された通りで、範を取った望天の魔導書の能力も十分に再現されている。

 

 ユニゾン時にはロード───ユリアにとって最も適性の高い融合相手であるアーベル───の能力底上げにまわるが、ベルカ式への対応以外にも、直射型射撃魔法の命中率に劇的な改善が見られたり、誘導弾の数がやたら増やせたり、探知魔法は索敵範囲こそ伸びなかったが恐ろしく精密な探知を可能にしたりと、支援型の名に相応しい十分な能力を発揮していた。

 

 攻撃魔法の威力こそアーベルが非ユニゾン状態で行使するそれと大差なかったが、運用に関しては精緻を極めている。クロノをして、このままアーベルとユリアを士官学校か航空武装隊に放り込み、戦闘魔導師教育を施して前線に送り出した方が管理局全体の利益になるかもしれないと言わしめていた。

 

 今のうちに他者とのユニゾン試験も済ませておきたかったが、残念ながら現在のところ、アーベル以外に融合適性を持つ魔導師は現れていない。

 ゲルハルトあたりならいけるかとわざわざ呼びつけたのだが、適性判定はD───能力を最大限に活かせるロード候補ならA、適合して魔法行使に問題がなければB、融合のみが可能なC、無理ならD───と、近しい血族なら大丈夫かと見込んでいたアーベルらの推理は外れてしまっていた。

 

 

 

 最近はスイーツ以外のことにも興味を持ち始めたのか、アーベルがデバイスパーツの設計をしている様子をじーっと見つめていた彼女に、後々役に立つかなとデバイスマイスターの知識も学習させている。無論、情報をデータとして読み込めるユリアのこと、一から教える必要はなかった。

 

「ユリア、デバイスマイスターC級取得、おめでとう!」

「これでユリアも本格的に第六特機の一員ね」

「がんばったね、ユリアちゃん」

「ありがとうございます、マリーさん、シルヴィアさん、エレクトラさん」

 

 実際の作業となると経験不足が邪魔をするようだが、それでも学習開始一週間弱でデバイスマイスターC級を取得、一部のプログラムはアーベルも納得するほどのものを組めるようになってきた。但し教科書から少し外れるとまだ行き詰まってしまうようで、B級の取得はもう少し先になるだろう。

 

 

 

 ちなみにユリアが受けたデバイスマイスターC級試験の裏では、少しばかり余計な問題も浮上していた。

 果たしてユニゾン・デバイスは一般的なデバイスと同じ管理局の『備品』なのか、という問いかけである。

 この疑問を抱いたのはアーベルら開発者側ではなく、挨拶を兼ねてユリアの披露に行った先、運用部レティ・ロウラン提督の部下であった。

 

 管理局行政上、ユリアは第六特機の『備品』で、管理責任者はアーベルとなっていた。

 これはデバイス関連の法規に基づくものだし、特に疑問を抱くようなことではない。彼女は第六特機によって開発されたデバイスで、製造過程こそ複雑だったが、事務手続きや開発の経緯は物言わぬ非人格型アームド・デバイスと何等変わるところはなかった。

 

 ところがユニゾン・デバイスは外観も人間に近く、自己判断能力と単独行動能力を有していて、自由意志も存在している。アーベルらも彼女の起動後、ユニゾン・デバイスとはそのような存在だと認識して子供に物を教えるように接していたが、予備知識のない運用部の部員には不思議に思えたのだろう。

 

 それを見ていたロウラン提督が、面白がって煽ったのがいけなかったかもしれない。

 面談という名のおやつタイムを取って提督はあれこれとユリアに質問を繰り返し、法制度上も魔導師が使役する使い魔と同じかそれに近い立場にする方がいいと、一人勝手に結論付けた。

 

 特にロウラン提督は、アーベルらの対応と現在の生活環境に問題はないが、書類上で備品扱いをされている現状はデバイスとしては正しくとも外部から見て管理局への心証を悪くするかもしれないことを気にしていた。ユリアの外観なら、心理学に基づいた対人関係の円滑化も見込める。ユニゾン・デバイスに対する世間の認識が今ひとつ定まっていない現在、権利として確立しておく方が今後のためにもなるだろうと押し切られてしまった。

 

 だが、ユリアと彼女に続くであろうユニゾン・デバイスの権利が拡大されるのなら、多少面倒でもこちらに異存はない。

 一週間ほどしてアーベルもユリアと共に本局の会議室に呼び出され、オブザーバーとして問われるまま質問に答え資料を提示した結果、彼女は第六特機の『備品』から6人目の『課員』になり、おまけでファミリー・ネームもつけられユリア・マイバッハ三等空士として正式な局員になった。

 

 

 

「よしユリア、記念に写真撮ろうか」

「写真?」

「ユリアと一緒で、デバイスマイスターを目指している人がいてね。

 その人に贈ってあげたいんだ」

「えーっと、すずかちゃんですか?」

「……へ!?

 ユリア、なんですずかちゃんがデバイスマイスターを目指してるの知ってるの!?」

「マリーさんたちが教えてくれましたよ?」

「ぐっ……」

 

 対面するまでは内緒にしておこうと思っていたのだが、ユリアの手前、にやにやとVサインで写真に混じろうとするマリーたちを怒るわけにも行かない。

 集合写真のついでに仕事風景として課長席に座らされ、同じように課長席のデスク上で小さな事務席に座るユリアとの写真も撮られる。

 

 彼女の机と椅子はアーベルの自作で、ホームセンターで買ってきた樹脂の板をデバイスのアウターフレームを作る工作機で加工し、細部をデバイス修理用のナノハンドで仕上げた物だ。

 ちなみに課室の書類棚の上には専用のクローゼットがあり、彼女の私物とも言えるアーベル手製の小さな食器類やハンドタオル───何故か彼女のお気に入りとなって持って行かれてしまった───がしまい込まれている。

 

「ロード、わたしもすずかちゃんに会いたいです」

「今はちょっとなあ。

 僕も会いたいけど……」

 

 手紙のやり取りは、魔導師三人娘たちがそれぞれの仕事に忙しくなったせいもあり、二週間に一度が限界に近くなっていた。彼女たちが本局に立ち寄ることはあっても、アーベルが出向いて接触する暇もない。

 代わりに次元間通信機と転送ポートの設置が秒読み段階に入っているので、そちらの問題はなんとか解消されようとしていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 11月も半ばを過ぎてユリアは完全な安定期に入り、魔力量も予定のB+に到達していた。それでもしばらくは彼女に関する報告書などをまとめながら注意深く見守っていたが、人造魔導魂の成長が止まったことを受けて、アーベルのアミュレットから行われていた魔力供給も停止している。

 

「やっと本式の試験も出来るなあ」

「アーベルさん、リミッター状態でしたもんね」

「意外に頼ってたのがわかったよ」

 

 彼女の人造魔導魂の成長が早くに止まった理由は、どうも当初から魔力量Bランクと目標が低かったことに主要因があるらしい。

 逆にはやての時はかなり長い試練になりそうで、予定表を修正することになった。

 

「一応はやてちゃんのユニゾン・デバイスも、予定通り許可が下りてるけど……」

「これ、リインフォースにまで繋げるのは難しそうですね……」

 

 ユリアは確かに、アーベルらの予想を超えて優秀だった。

 

 しかし同時に、専用調整槽やメンテナンス・クレードルなどの設置、製造の手間、維持管理に必要なバックアップ・クルーの確保まで考慮すれば、術者とデバイス、そして既存のバックアップだけで完結できる通常の魔導師とは比較にならない時間と資金の投資が必要となっている現状は、とても手放しに喜べたものではない。

 

 今後の改良次第ではエース級魔導師の相棒として普及する可能性は秘めていたが、それこそ管理局のデバイスに対する基本方針を覆すような『何か』が必要であろう。

 

 例の事件がなければ、これを引き出すのに何年かかったか想像もつかないアーベルであった。

 

 



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第四十五話「下準備」

 

 

「えー、本日より第六特機課に出向となりました、八神はやて特別捜査官です」

「同じく、ザフィーラだ」

“主、ご無沙汰しております。蒼き狼も久方ぶりだな”

 

 新暦66年12月の半ば過ぎになって、はやてが第六特機に赴任してきた。

 次の配属先が決まるまでの期間をロウラン提督を通してアーベルの方で押さえたのだが、なかなか苦労もあったらしい。

 同時に第97管理外世界での義務教育が冬休みに入るので、彼女にも都合がよかった。

 

「研修中やったから行け言われたら行くしかないし、捜査官ちゅうより地区司令部直轄の魔導砲みたいな扱いも多かったんです……」

「……そりゃお疲れさまだなあ」

「けど、それはええんです。

 ほんまに必要や言うんは、何回も呼ばれてるうちに分かってきました。

 陸て、割とぎりぎりなんですよ。

 ……ほな海に余裕があるんかて言われたら、やっぱりぎりぎりやと思いますけど」

 

 捜査は二の次で員数外の支援戦力として火消しに回ることが多く、はやては事件の捜査や解決よりも戦闘の直接的終結に活躍していたらしい。

 司令部からも直属の上司からも、ついでに支援を受けた部隊からも感謝されたが、特別捜査官の研修としては可もなく不可もなくであったそうだ。

 

「そや、アーベルさん……やのうてマイバッハ課長!

 はよユリアに会わせて欲しいんですけど!」

「ごめん、今昼寝中」

「えー……」

 

 アーベルは書類棚の上を指差した。

 そこにあったクローゼットの脇に、以前はなかったマリーらによる手製のカーテンが掛けられている。

 

「生まれたての頃よりは短くなってるけど、一日2回の昼寝はまだ必要なんだ。

 情報の再処理と駆動部の微調整は仕事の内だから、大目に見てやってね」

「わたしもお世話するとき、覚えとかなあきませんね」

 

 そのまま仕様の通達や製造予定の確認、細部の決定に入る。

 アーベルも驚いたことに、現時点で彼女の平均魔力発揮値はアーベルの10倍以上に達し、今もまだ成長を続けているという。戦術や魔法運用も評価に入る魔導師ランクはともかく、魔力だけならもうすぐSSに手が届きそうと聞いては、開いた口が塞がらない。

 

「さて、魔力の投入量と出来上がりなんだけど、ほぼ完全に僕が任されている。

 でも……うちの上司だけでなく、クロノやロウラン提督にも相談したんだけどね、政治的な制約の方が問題なんだ。

 弱すぎても困るけど、強すぎると今度は上から危険視されるかもしれない」

「難しいんですねえ」

「あまり人造魔導魂が強大すぎるとフレーム強度とか中身の設計を根本から見直さなきゃならなくなるから、僕としてはその名目に甘えておこうかと技術者らしからぬ誘惑に駆られたりもする」

「アーベルさんはどのあたりが都合いいんですか?」

「はやてちゃんと融合することを考えると、運用面からは魔力は少しでも強い方が望ましい。

 その上で基本はサポートに徹する支援型として、単体では強くないと『見せる』方がいいかなと思ってる。

 あとは、リインフォースの入れ智恵」

「リインフォースの?」

“はい、我が主。

 少々小ずるいのですが、同じ二段構えなら状況も利用するべきと考えました。

 ハラオウン提督やロウラン提督には苦笑されましたが、大筋では認めて戴いております”

「ふうん……。どないすんのん?」

“主を中核とした、戦力運用システムの構築を目指します”

「……わたし?」

 

 自分を指差すはやてに、アーベルは頷いて説明を付け加えた。

 

 

 

 現在のはやてを戦力運用の面から見た場合、古代ベルカ式非人格型アームド・デバイス『シュベルトクロイツ』を用いて魔法を行使する広域殲滅型魔導師『八神はやて』、となる。シュベルトクロイツは、多機能ではないが信頼性の高い魔法発動媒体として装備されていた。

 

 普通の魔導師ならこれで充分だし、通常はデバイスの最適化や本人の努力による能力向上を目指すわけだが、第六特機はここにユニゾン・デバイスという別種のサポート・ユニットを追加するのが仕事である。

 ユニゾン・デバイスが演算補助や魔力運用効率といった面から本体である八神はやてが持つ能力を劇的に向上させるであろうことは、アーベルとユリアの試験で確かめられていた。

 

 だが能力は十分以上と見積もられる『ユニゾン八神はやて』も、戦闘経験という点では今ひとつ補いようがない。彼女に他者と同じく経験を積ませてもいいのだが……ここにちょうど都合の良いものがと、リインフォースは考えた。

 

 リインフォース自身だ。

 

 はやてを中核として、演算補助と魔導行使を行う新ユニゾン・デバイスと、戦術指揮官役のリインフォースを統合し、共有ストレージとして『夜天の書』『蒼天の書』を付け加え、シュベルトクロイツはユニゾン中でも三者に等しく利用される魔法発動媒体として改造する。

 

 また……こちらは予想される事だが、シグナム達ヴォルケンリッターは魔法生命体としてはやての魔力を元に生成された経緯を持つから、ユリアに対するゲルハルトとは違い、新ユニゾン・デバイスあるいは新生リインフォースとの融合適性も高いのではないかと、期待されていた。

 

 もちろん、これだけの戦力を野放しにすることは出来ない。

 有事の際には本当の『切り札』として、予算から責任から使用許可から、クロノが全てを預かることになっていた。

 

 

 

「……アーベルさん、リインフォース、丸投げしてもええかな。

 こんがらがってきたわ」

「……。

 幾つか変更点もあったと思うんだけど、リインフォースから質問や要望は?」

“聞いていた限りでは問題ない。

 私は素案の作成者だからな。

 主を取り巻く状況を分析し、熟考した結果だという自負はある”

「前に任せたて言うた通り、その辺は信頼してるんよ」

 

「ロード……」

 

「あ、起きてきた」

「すずかちゃん、昨日学校で見た時よりえらいちっこなったなあ……」

“あ、主……”

「ちゃうちゃう。

 これは初対面の時、絶対言わなあかんて決めとったんや!」

 

 以前、ボケとツッコミがどうのとはやてに力説されたような気もするが、彼女の信奉する、アーベルにはよくわからない笑いの理論的には必要な行為らしい。

 

 それはともかく。

 昼寝から起きたユリアはふわふわとやってきて、いつものようにアーベルの肩に座り込み……そこで来客に気付いた様子である。

 

「……?

 はっ、お客さん!?

 はわわわわ、えーっとえーっと……」

 

 10秒ほど慌てていた彼女ははっと我に返り、腕を振って寝間着代わりのTシャツにショートパンツから一瞬で空士の制服に着替えた。

 

「失礼しました!

 第六特機課所属、ユリア・マイバッハ三等空士であります!」

 

 切り替えの早さは見事だったがよくあるホームコメディのようでもあり、容姿も相まってはやてにはかなり受けた様子だった。

 

「八神はやて特別捜査官です。

 ユリア、よろしゅうなー」

「はいっ!」

「それからこの子はザフィーラ」

「……あ、知ってます!」

「へ!?」

「む!?」

「深い深い森に住んでいる、魔法の狼ケーニヒスヴォルフ・デア・ブラウヴァルト!

 額の貴石様魔導感覚器が特徴で、すごく強いから森の王様なんですよ!

 あれっ!?

 でもロード、どうして第六特機に森の王様が……?」

 

 きょとんとするはやてたちに、ユリアは三等陸士として貰った最初の給料で、動物図鑑のデータチップを買ったのだと補足する。生まれたてであらゆることを知りたい気持ちが押さえられない彼女には、大事な宝物となったようだ。

 

「……ああ、ザフィーラのことを直接知ってたわけやないんね。

 ちょっとびっくりしたわ」

「ユリア。

 我はザフィーラ、主はやての守護獣だ」

「守護獣?」

「ミッドチルダ式で言うたら、使い魔みたいな感じなんよ」

「使い魔さんなら知ってます!

 無限書庫のフェレットさんみたいな人のことですよね?」

「……少し違う」

「えー!?」

 

 ザフィーラは肯定も出来ず、アーベルに助けを求める視線を送った。

 はやてはもちろん、腹を抱えて笑っている。

 

「……ちょっと待ちなさいユリア、それは誰から聞いたの?」

「ハラオウン提督です」

「クロノか……。

 あー、ユリア、ユーノ君はフェレットにもなれるけど、使い魔じゃなくて変身魔法が使える人間なんだ。

 失礼にあたるから、本人の前では絶対に言っちゃ駄目だよ」

「あんなユリア、ザフィーラも人間になれるんやでー」

「おおー! 森の王様すごい!」

「ちょ、はやてちゃん!

 話をややこしくしないで!」

 

 大仕事を前に緊張感のないこと甚だしいが、これぐらいの息抜きははやてにもさせてやるべきと、いつか八神家のリビングで会話したことをアーベルは思い出していた。

 

 

 

 ちなみにその後、ザフィーラがユリアを背に乗せて第四技術部内を移動する姿が見られるようになった。

 ユリアももちろん嬉しそうであったが、後からはやてに囁かれたところによれば、ザフィーラの方でもユリアを気に入ったらしい。

 

 ……彼は誇り高き魔狼だが、初対面の相手からは『犬』扱いされることが日常であり、いらぬ警戒を周囲に与えるのもどうかと渋々ながら状況を受け入れていた。

 その点、説明前からザフィーラを『狼』として認識したユリアは、彼の中では特上の友好度にて接すべき相手とランク付けされた様子である。

 

 



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第四十六話「ツヴァイ」

 第六特機にはやてが出向して数日、特別捜査官任務から外れたことで彼女の体が休まり、丁度学校も冬休みに入った日がユニゾン・デバイス製造の開始日とされた。

 

「ここに寝ころんだらええんですか?」

「そうよ。

 ほんとに寝ちゃってもいいわよ?」

「お言葉に甘えさせて貰いますー」

「はやてさん、がんばれー!」

「ありがとうなー」

 

 作業自体は二度目とあって、マリーにも幾らか余裕がある。

 逆にアーベルは初めてで、邪魔をしないように注意深く見守っていた。

 手順は知っていても、ユニゾン・デバイス開発についてはマリーが主でアーベルが従である。

 

「うん、もう安定しました。

 はやてちゃん側の余力を大きく取っていますから、アーベルさんの時より魔力管理は安全度を高く設定できそうです」

「今更だけど、やっぱり無理しすぎてたかな……」

「変換効率もよくなかった分、許容値の最大近くまで頑張って貰いましたもん」

 

 自分は5割の魔力を提供していたが、はやての場合は2割の提供ながら新ユニゾン・デバイスの魔力量設定は最大AAと、かなり力を余していた。

 

 

 

 はやてを魔力提供者としたユニゾン・デバイスは、『リインフォース・ツヴァイ』と名付けられることに決まった。リインフォースの妹分だからこの名前とはやてが告げたとき、リインフォースも嬉しそうな様子で『では姉の私はリインフォース・アインスですね』と返している。容姿の方も、リインフォースの子供時代を類推したものとなった。これならば闇の書と同一視されまいと、関係者にも話を通してある。

 ちなみに製造開始後はクララがはやてのモニタリング管理を行うので、リインフォースはしばらく表に出られない。彼女がリインフォース・ツヴァイとまみえるのは誕生後しばらく、ツヴァイの人造魔導魂が安定期に入ってからになる予定だった。

 

 仕様は魔力量A+からAA級の古代ベルカ式支援型融合騎とされ、同時にはやての莫大な魔力を効率よく運用するために、ユリアではベルカとミッド1系統づつだった駆動系をベルカ式連動並列4系統+ミッドチルダ式2系統とし、フレームや駆動部、魔導魂外殻にもはやての大魔力に耐え得るよう大幅な強化が行われている。

 

 単体での戦闘能力向上は、検討こそされたが特に重視する必要はないと結論されていた。それでも魔力量A+からAAと言えば本局武装隊でも目立つほどの魔力保持量であり、エース級とは言えないが十分以上の能力である。

 細かな部分では、ユリアの稼働データもフィードバックされているし、専用のリンクも設定していた。

 

 

 

 ……無事に作業も終了したが、S級にはS級なりの問題も出た。

 

「アーベルさんの時は魔力供給ラインが細くなり過ぎないかって心配したこともありましたけど、はやてちゃんだと過剰供給の方が心配です」

「だなあ。

 ベースもAA狙ったから、安定期までに2ヶ月と見積もったのは正解だったね」

 

 はやてには念のため魔法の使用を極力避けてもらい、その上でアーベルの時には必要としなかったブレーカー機構も取り付けていた。最初から分かっているのに提供者の魔力供給が多すぎて機械やユニゾン・コアが壊れましたなど、言い訳にもならないのである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 年が明けて新暦67年1月。

 予定より二日遅れで、調整槽からリインフォース・ツヴァイが出されることになった。

 

 はやてには可哀想だが、機密の塊である技術部は用でもないと人の出入りには制限もあり、遊びに来るというだけで許可を出すわけにもいかない。なのはやフェイトどころか、今回はヴォルケンリッターの来訪さえ最初から断っている。

 

 なのは達が来られるのは第四技術部入り口まで、それに対してはやては本棟5階から動けない。通信は許可されていたが、アーベルがすずかからの手紙と引き替えに、はやての用意した地球向けビデオメールをなのは達に手渡しするような場面もあり、この時にユリアも紹介している。

 

「アーベルさんから先に聞いとったけど、完全にこの階から出られんとなると結構きつかったです。

 車椅子時代で慣れてると思とってんけどなあ……」

「……もう1回、頼むね」

「はーい。

 また勉強道具持ってきますわ」

 

 古代ベルカ式Sランク魔導師の彼女はデバイスのテスターとして是非とも第六特機に欲しい人材だが、人造魔導魂形成のために魔法の使用が制限されている現状では、調整槽の傍らで安静にして貰うのが一番の仕事である。

 事務仕事を無理矢理作り出してもよかったが、そうなると今度は課の方の仕事が無くなってしまう。おかげではやてに対して第六特機から与えるような仕事は、特になかった。

 そこで事情を話してユニゾン・コア調整中は好きにしていいと伝えると、はやては学校の宿題を早々に終わらせ、資格試験の勉強を始めたのである。

 

 取り敢えずと彼女が手を着けたのは、小隊指揮官資格だった。

 各種ある前線士官向けの資格では基礎中の基礎で、士官学校の指揮官養成コースでは卒業要件にも入っているが、戦術の構築、状況分析、人員配置、各種書類の作成から予算の適切な処理まで一通りの内容が包括されているだけに、いきなりとなると敷居が高い。前線士官として出世するなら最初の難関とも言える資格であり、足がかりでもある。

 

 はやては贖罪に奔走し、同時に組織から翻弄される家族を守る為、出世を決意したようだった。小隊指揮官資格が取得できたら、次はキャリア───幹部候補を目指すと息巻いている。

 

「余計に2日掛けたけど、安定して良かったよ。

 人造魔導魂B+とAAの差、ってところかな」

「極初期、ユリアの時に比べて成長が遅かったのは、形成時の基礎構造がはやてちゃんの大出力に対応する為だったから仕方ないですけど、予想より時間がかかっちゃいましたね……」

「大器晩成言うやつですねえ」

「自分で言っちゃうし……」

 

 それぞれに口は動かしながらも、作業の手は止めない。

 リインフォース・ツヴァイの再起動の終了を確認し、調整槽の蓋を開放する。

 

「……?」

「おはよう、お寝坊さん」

 

 リインフォース・ツヴァイはふらふらと調整槽から浮かびあがり、はやての元に浮いていった。

 何もないとは思っていたが、ほとんどユリアの初回起動と変わらない様子に、アーベルもユリアとともにほっと一息つく。

 

「大丈夫みたいですね」

“はい、こちらも問題ありません”

「ユリアは何か感じる?」

「んー……わたしとロードみたいに、はやてさんと同じ魔力のにおいがします」

「それが感じ取れるなら十分だよ」

 

 はやての腕に抱かれて眠るリインフォース・ツヴァイを、ユリアがのぞき込んでいる。

 また新たな子育てが始まるなと、アーベルは苦笑した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 三日ほどは順調ながらも気が抜けず、ユリアの時と同様に昼はマリー、夜は自分とモニターを続けていた。

 

『マイバッハ課長、こちらは第四技術部受付です』

「はい、なんでしょう?」

『本局総務部のリンディ・ハラオウン中将がいらっしゃっています。

 面会のご予約はないんですが……』

「それはまた……。

 ともかく、すぐ行きます。

 応接室を一つ、押さえて貰えますか?」

『了解しました』

 

 そりゃあ本局の偉いさんが来ればアポ無しでも話を通さざるを得ないだろうなと、若干冷や汗の出ていた事務員に同情する。

 

「ユリア、おいで!」

「ロード?」

 

『はやてちゃん、今大丈夫?』

『はいな、アーベルさん?』

 

 内線ではやてを呼びだし、下にリンディが来ている事を教える。

 

『そら挨拶しとかなな……。

 着替えたらすぐ行きますから、アーベルさん時間繋いどいてください』

 

 アーベルはユリアを肩に乗せ、そのままエレベーターに乗った。

 受付ロビーに到着して見回すと、リンディよりも先にすずかの姿が目に入る。

 

「すずかちゃん!?」

「あ!」

「アーベルさん!」

「こっちこっち!」

 

 すずかの他にもアリサ、なのは、フェイト、アルフの姿がある。

 仕事でここを離れられないアーベルやはやての為に、リンディがサプライズで手配してくれたのだろう。

 軽く会釈して、ユリアを促す。

 

「ほらユリア、ご挨拶」

「はい、ロード!

 第六特機課所属、ユリア・マイバッハ三等空士であります!」

 

 ……何故か拍手が送られた。

 ユリアはすずかの方を見て、嬉しそうな顔をしている。やはり客人の中では、一番気になる相手なのだろう。

 

「本局総務部、リンディ・ハラオウン中将です。

 はじめまして、ユリア」

「えーっと……わたしたちもいいのかしら?

 私立聖祥大学付属小学校4年生、アリサ・バニングスよ。

 よろしくね!」

「同じく、月村すずかです。

 会えて嬉しいよ、ユリア」

「わたしとフェイトちゃんはついこの間、会ってるの。

 はやてちゃんには会わせて貰えなかったけど……」

「すずかのお手紙持ってきた時だね」

「だけど、ほんとにすずかそっくり」

「そうだね。

 ユリア、おいで」

「はい!」

 

 すずかが両手の平を差し出すと、ユリアはその上にちょこんと座った。

 

「ずっとずっと、会いたかったんだよ」

「わたしもです!」

 

 ああ、これが見たかったのかもしれない。

 アーベルは二人を見て微笑んだ。

 

「お待たせやー!

 リンディ提督、お久しぶりです。

 みんなも来てくれたんやね、ありがとうな」

「マイスターはやて、おきゃくさま?」

「はやてちゃん!」

「この娘がリインフォース・ツヴァイや。

 このお正月に生まれたとこやから、大目に見たってな」

 

 大勢の客にきょとんとするリインフォース・ツヴァイ───リインに、客人達の笑顔はさらに大きくなった。

 

 




さいどめにゅー

《リインフォース・ツヴァイ》

 技術本部第六特機製古代ベルカ式ユニゾン・デバイス性能評価試験機SRD6-UDX-02、愛称はリイン
 ミッドチルダ式・古代ベルカ式両対応の中~遠距離支援型で人造魔導魂出力はA+、魔力提供者は八神はやて

 Sランク魔導師素体ユニゾン・デバイスの実証実験機も兼ねており、大出力にも耐える強固な設計が特徴


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第四十七話「建前と布石と」

 

 賑やかな客人たちは、ユリアの成長とリインの誕生を祝って帰っていった。

 二人も楽しかったのだろうが、今は疲れて一緒のベッドに寝ている。

 

 すずかとはほんの少ししか話せなかったが、今日のところはサプライズだったし、ユリアたちの紹介は過不足無く果たせていた。来月の末には次元間通信機と転送ポートの設置が行われると正式に決まったし、次回を楽しみにしておくことにする。

 

「とりあえず、はやてちゃんも今週末にはうちに帰っていいし、出向中の勤務先はここだからね。

 魔法の使用もリインがBランクぐらいの出力になってきたら、大威力の魔法じゃない限りは大丈夫だと思う」

「その後はテスト漬けでしたっけ?」

「リインの魔力量Aランク到達を目処にユニゾン試験、本格的なテストはそれからかな」

 

 リインはユリアより成長に時間が掛かりそうだと、はやてに両者の成長記録と比較図を示してこの後の予定を伝える。

 

「はやてちゃんが初等部に通っている時間は、ペンダント───待機状態で過ごして貰うことになるから、ユニゾン・コアや人造魔導魂の成長には影響出ないけど、駆動部の最適化や経験って意味では更に時間が必要になるかな」

「家でようさん遊ばせたらなあきませんね」

「第六特機だと、どうしても仕事優先になっちゃうからなあ」

 

 第六特機の居心地が悪いとは言わないが、ここは職場であり休憩所ではない。くつろいでいないと言う気分はどうしても出てしまうわけで、ユリアたちにもよろしくないことはすぐ想像がついた。

 故にアーベルも用がなければ泊まり込みはしないし、こまめにユリアを連れてアパートに帰っている。

 

 彼女たちがもう少し大人になるまでは、親であるアーベルやはやてが守ってやらねばならない。

 今は躾や教育よりも甘やかすことが優先になっているが、デバイスと言えどもメンタリティは生まれてすぐの子供と変わらぬ彼女たちに、大人と変わらない論理と思考を要求するのはまだ早かった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 翌週になってはやては住み込みから通勤に切り替え、第六特機も次期ユニゾン・デバイス───リインフォース・アインスの設計案に取りかかり始めた。

 

 直接手を着けるのはしばらく先になるが、クロノが既にアースラの『備品』として予算を付けたのだ。このあたり、わかっていて押し通すところが彼のやり口であり、名目と本音を使い分けた彼の勝ちであった。

 

 ユリアと同等の魔力量Bランクの支援型ユニゾン・デバイスとして、早々に許可も下りている。少々問題が起きても単体での能力が低いなら鎮圧も容易……とは誰も口にしなかったが、本局の意図はアーベルらにも見えていた。

 

「早くて夏前、かなあ」

「リイン次第ですねえ」

 

 しかし、それは決して間違いとは言えない判断である。得体の知れない新カテゴリーのデバイス、それも曰く付きの代物を復活させようと言うのだから、本局の反応は妥当かつ自然だった。

 むしろ本局が許可を出しやすいように状況を誘導した、クロノやロウラン提督の交渉力が光っていただろうか。

 

「リイン、おやつを買いに行く時間です」

「はいです!」

 

 最近はユリアたちにも、第四技術部内はほぼ自由に行き来させている。

 ザフィーラに乗って購買部で買い物をする姿は、ある種の名物になっていた。

 彼女たちは課にいた全員の注文を聞いていくが、そこはデバイスらしくモニターさえ空中に浮かべていない。

 

「ザフィーラ、いくですよー」

「うむ。

 主、行って参ります。

 ユリアも乗れ」

「ありがと、ザフィーラ。

 ロード、いってきます!」

「はいよー」

「気ぃつけてなー」

 

 リインの成長は著しく、はやての緊急時以外の魔法行使禁止───極初期は安静にしておかないと出力が上下して人造魔導魂の成長に悪影響が出る可能性があった───もあり早々に出力Bランクを突破、しかしながら第97管理外世界ではペンダント状態での生活が常態とあって駆動系の出力調整が間に合わず、単体試験は予定より少し先に延びそうだった。

 

「そやけど、リインフォース───リインフォース・アインスの型式はどないしますん?

 なんか揉めてたんですよね?」

「こちらで決定した仮の仕様は、あとで本人に相談するとして……。

 はやてちゃんとリイン、シュベルトクロイツ、夜天の書……はまだ完成していないけど、そこにヴォルケンリッターを加えた全部を統合運用する戦術統括デバイスとして加える予定だよ。

 簡単に言えば、指揮官をはやてちゃんとしたスペシャル・タスクフォース、その副官兼オペレーターかな」

「スペシャル・タスクフォース……特殊任務部隊でしたっけ?」

「うん。

 名前は大仰だけど、単にチームだと考えて貰っていい」

 

 戦力評価がコストパフォーマンスに見あうかどうかはともかく、本局の───正確にはハラオウン閥の切り札的存在として、彼女たちには役に立って貰う。リインフォースの提案にクロノ達が乗った形だ。

 

 PT事件や闇の書事件のような、次元航行部隊の巡航艦でも手に余るような大規模な事件は、近年増加していた。彼女たちは、平素は各部隊に散って通常の任務、緊急時には仮称ヤガミ・タスクフォースとして前線に出るのだ。

 

「……わたしでも、大丈夫ですやろか?」

「召集された場合でもクロノが直属の指揮官になると思うし、彼は他者に切り札を渡すほど馬鹿じゃないよ。何かあるまで、見せもしないんじゃないか?

 実戦力として成り立つのはリインフォース……リインフォース・アインスが、リインとはやてちゃんの『扱い』に慣れてからが勝負だろうけどね」

「ちょっと気ぃ重なってきたなあ」

 

 もちろんなのはちゃん達にも内緒ねと、アーベルは念を押した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 2月に入ってすずかの家にも次元間通信機が設置され、ほぼ毎日やり取りが出来るようになっていた。第六特機に勤務中でも検閲を通せば私信も送受信できるが、仕事の邪魔はよくないと、すずかは自主的にアーベルのアパート宛───一般回線を経由してから、クララが受け取りをする───に送っている様子だ。

 

「今日はリインと一緒にストロベリーのパイを食べたんですよ。

 はやてさんが持ってきてくれました」

『はやてちゃん、料理上手だもんね。

 美味しかったでしょ?』

「はいっ!」

 

 次元間通信機の本体価格はともかく通信料金はそれほど高くないので、アリサと併せて2人分の通信費ぐらいは気にする必要もない。渡航の方は子供の小遣いとは行かないが、こちらもアリサ社長のマイバッハ商会が軌道に乗るまではアーベルの給料で十分すぎる。……A級デバイスマイスターの手当と課長の職俸を足した二佐の給料は結構な金額で、ワンルームアパートから官舎『ではない』一戸建てに引っ越してハウスキーパーを雇っても、まだまだ余裕がありそうだった。

 

『アーベルさんは、来月末、お休みありますか?』

「んー、1日ぐらいなら大丈夫かな。

 その頃にはユリアも連れていけると思う」

「ロード、わたしもすずかちゃんのおうちに行けるんですか?」

「うん。

 フルサイズのアウターフレームも、その頃なら慣れてるだろうし……」

『楽しみにしてるからね!』

「はい、すずかちゃん!」

 

 通信が悪いわけもないが、直に会えるというのはまた別格なのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 3月、既にはやては出向期間を終え、今は本局の内勤───捜査本部の資料室へと配属されてそちらで仕事をする傍ら、週に2度はリインの検査と試験の為に第六特機を訪れている。

 リインは無事にランクA+を越える魔力量で安定したが、現在も微妙に成長を続けているので、はやてはサポート・アミュレットと共にリミッター状態が続いていた。今月末か来月頭には開放されるだろう。

 

 しかし同時に、3月は課の業務が予定以上に忙しくなってしまい、アーベルも状況に振り回されていた。ミッドチルダ地上本部のデバイス部署へと出向いて古代ベルカ式デバイスの取り扱いについてプレゼンテーションを行ったり、目的を半ば達成した第六特機の今後について技術本部と本局で意見の調整が行われたりと、あちこちへと顔を出す仕事も多かった。

 

 おかげでリインフォース・ツヴァイ───リインを取り巻く日常生活環境を視察すると理由を付けて、そこに現地休暇を足した第97管理外世界への旅行を計画していたが、それは結局3月末のたった1日になってしまっている。

 時間を作れただけましかなとぼやきながら、アーベルは旅支度をした。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「ロード、ここが『地球』、ですか?」

「そうだよ」

 

 アーベルがユリアと手を繋いで転移した先は、すずかの自宅である。

 今はユリアも外見年齢7、8歳に見えるフルサイズ・フレームを自在に操り、短時間ならば普通の子供と変わらない運動能力を発揮していた。但し魔力消費が大きくなるため、フルサイズでは魔力ランクC相当に出力が制限されてしまうという欠点もあり、必要時以外は身長30センチのピクシー・フレームで過ごさせている。

 地球には妖精種族などいないし、魔法すら表には出せない。リインもフルサイズ・フレームを装備するまでは、はやての登校中や来客時には待機状態で過ごすことを余儀なくされていた。

 

「いらっしゃい、アーベルさん、ユリア!」

「すずかちゃん!」

「こんにちは、すずかちゃん」

「お待ちしておりました、アーベルさま。

 それからはじめまして、ユリアさま」

「こんにちはです、ユリアちゃん!」

「ノエルさん、ファリンさん、お世話になります」

 

 ほらご挨拶とユリアを促してひとしきり談笑し、そのまま車で翠屋まで送って貰う。八神家にも訪ねるが、今夜はすずかの家に泊めて貰うことになっていた。

 紹介が済んだのでユリアは指輪形態に変化、魔力消費を押さえさせる。

 

“この車はどこにいくんですか、すずかちゃん?”

「今日は一番にね、シュークリームを食べに行くんだよ」

“すっごく楽しみです。

 ロードは意地悪で、購買部でもシュークリームは売ってるのに、地球に行くまではダメって許可くれなかったんですよ……”

「意地悪じゃないよ。

 ユリアが一番最初に食べるシュークリームは、翠屋のシュークリームって決めてただけ」

「アーベルさんらしい……。

 でもユリア、ほんとに美味しいからね」

“はい!”

 

 少し離れた場所に車を止めて貰い、翠屋まですずかと手を繋いで歩くことにした。帰りは八神家まで迎えに来て貰うことになっている。

 

「あそこが翠屋よ」

“本局のお店より賑やかです”

「ディスプレイの様子がちょっと違うね。

 ウインドウの飾りつけやメニューに、本物の天然紙とか使われてるものなあ」

 

 アーベルとすずかは、手を繋いだまま翠屋の扉をくぐった。

 

 



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第四十八話「誘拐」

 

 

 翠屋で高町家の面々とすずかの姉忍にもユリア───フルサイズ・フレームの稼働時間を少しでも短縮するために、シュークリームを食べる間だけ変化させることにした───を紹介し、相当驚かれた後にシュークリームとコーヒーを堪能する。

 

 忍はしばらく何やら考え込んでいたが、ユリアを膝の上に乗せて宣言した。

 

「話には聞いてたけど……流石異世界ね。

 ユリア、私のことは『お姉ちゃん』って呼んでいいからね?」

「忍お姉ちゃん?」

「そうよ」

 

 デバイスであることは予め話してあったが、流石にこの場で妖精サイズになるわけにもいかず、それは今度のお楽しみと言うことにしてもらう。

 ただ、ユリアの方で食後に少し魔力運用ログに波が出てきたので、素早くトイレを借りて待機状態の指輪に変化させることになってしまった。紹介さえ済めば無理してまでフルサイズに拘る必要はないし、すずかと手を繋いでいれば三者での念話が出来るので問題ない。

 

 ご馳走様でしたと礼を言い、またの再会を約して今度は八神家に向かう三人だった。

 

『ロード、次地球に来られるのはいつですか?

 シュークリームは食べられますか?』

「あはは、シュークリームはともかく……いつになるかなあ。

 すずかちゃんが夏休みに入るぐらいに、こっちの手が空いてればいいんだけど……」

「また旅行行きたいねって、アリサちゃんたちとはお話ししてるんですよ。

 去年の旅行は、ほんとに楽しかったです」

「事前に連絡さえ貰えれば、来て貰う分には全然構わないよ。

 うちの実家はあんな感じだし、母さん達も大歓迎……って言うか、また連れて帰ってこいってうるさいぐらいだからね。

 ただ、僕が休みを取れるかどうか……」

「アーベルさん、忙しいですもんね」

 

 たははと溜息をつき、すずかの手を握りなおす。

 

 

 

 残念なことに、アーベルの昇進も絡んで課の改組はほぼ決定していた。……しかも、忙しくなる方向で。

 

 聖王教会と時空管理局の融和への貢献も含め、大幅に予定を上回り過ぎた成果は流石に無視できないと、本局も技術本部も判定している。

 当初、両者の協議で俎上に上がっていた内容は、成果と比較しつつ第六特機の規模と担当する任務の範囲をどうするかだった。

 

 現在、管理局の持つ、ユニゾン・デバイスを含む古代ベルカ式デバイスについては、技術の管理から設計製造、運用試験の分析までを含め、ほぼ第六特機のみで対応している。

 第六特機を開発専任にして主に古代ベルカ式デバイスを扱う新しい機材管理部署───一般整備や改造、技術指導も含めた日常業務を預かる課や室───を立ち上げても良かった……のだが、そうなると今度は一佐への昇進が内定しているアーベルが浮いてしまう。

 

 アーベルがキャリア組にしろ叩き上げにしろ、正規の士官であれば階級に応じて別の内勤部局への転属も考慮されるが、横滑りで階級だけが立派な技術屋では仕事にならないことぐらい本人でなくても理解できたし、何のために管理局は高い給料を払ってアーベルを雇用しているのかということにもなりかねなかった。

 

 そこで第六特機をベースに、現状に合わせた少し大きめの課に改組したいというのが技術本部と本局の意見であるが、少しばかり食い違いもある。

 

 技術本部は第六特機を中核にして新しい機材管理課───仮称『機材管理第六課』を立ち上げ、カテゴリーBの新課設立で第四技術部の対応力強化と予算の充実を図りたいと考えていた。

 

 本局は成果を上げた第六特機をこれまで通り残して研究開発の中核とし、今後予想される古代ベルカ式デバイスの一般浸透に合わせて導入や運用は各地のデバイス部署に一任したい様子である。現地部隊に実働を任せることで本局側の予算圧縮も図れたから、成果と併せて一石二鳥だ。

 

 両者は平行線を辿っていたが、ここで横から口を挟んだのがカリム・グラシア理事官───正確には聖王教会である。

 

 管理局内での古代ベルカ式デバイス使用者の増加は、得られる成果や技術的蓄積と同時に、騎士団が派遣する騎士達も整備を受けられ易くなる環境が整うことを意味した。

 今は本局預かりの小さな分遣隊のみが試験的に稼働し、アグレッサーや臨時の増援として活躍しているが、専任のデバイスマイスターも居らず整備施設もない現状、トラブルが起きた場合はデバイスごと騎士を交代させて補っている。現在は所属する指揮系統の違いから声も掛けられない第六特機からのバックアップが受けられれば、騎士団側としても運用に幅が出るし稼働率も上げられるとカリムは主張した。

 

 無論、無償であるはずもない。

 教会騎士団が世話になるのですから、当然、第六特機の予算の一部を教会側で補うことになるでしょうと、彼女は静かに宣誓の挙手をした。

 

 融和はそのものにこそ金銭を伴わなかったが、教会側は教会側で管理局内での勢力伸長と同時に聖王教への理解の浸透を企図しており、管理局も大筋でそれを認めている。

 

 管理局の勢力は大きいが、必ずしも盤石ではなかった。管理世界へと大きな影響力を保つためには、次元世界中のあらゆる場所に信者が存在する教会勢力の利用は非常に有効なのである。その為の代償としてポストの一つや二つを与えるぐらいは簡単だし、融和が破綻するなら切って捨ててしまえばいい。

 

 技術部の一課長の人事など、現場レベルではともかく遥か上から見下ろせばその程度のものだった。

 

 

 

 夏休みの1日ぐらいはなんとしてもひねり出してやると、アーベルが意気込んだ時。

 

『“マスター、警告します”』

『どうしたの、クララ?』

『“不審な人物に囲まれています”』

『不審人物?』

 

 流石にすずかは一瞬固まったが、アーベルが手を引いて何でもない振りをして歩みを進める。

 ここは住宅街だが、確かに住人には似つかわしくない黒服が前方にいた。ちらりと振り返れば後方にも同様の黒服がいて、いつのまにか怪しげなワゴン車も止まっている。

 

 正面の一際大きな体躯の黒服に視線を送れば、凄みをきかせた笑みで彼は頷いた。

 あっと言う間に取り囲まれる。

 

「抵抗は無意味だ」

 

『アーベルさん、ど、どうしましょう?』

『ロード……』

『魔法さえ使えれば大丈夫、と言いたいところだけど……』

 

 今向けられている拳銃───質量兵器ぐらいはアーベルも知っているが、その威力はどのぐらいかなど、正直言ってわからない。それに自分だけならともかく、すずかの身の安全が第一だ。

 

 そのまま車に乗せられ、手を縛られる。

 後ろから着いてくるセダンも彼らの仲間だろう。

 

 身体検査は簡単なもので済んだ。アーベルがこちらの通貨を入れていた財布と、すずかの携帯端末が取り上げられている。

 普通はデバイスを取り上げるのが先だろうにと考え、ここが異世界だったと改めて感じ入るが、人質への対処も違うらしいと納得した。

 

 同時に危機感も半ば霧散してしまったが、それはまあいいだろう。

 最悪、魔法を自由に使用すれば現在の状況は解消される。……その選択肢を選んだ場合、後々問題が長引いてしまうことは明白で少々躊躇いはあるが、いざとなったら腹を括ってやるしかなかった。

 

『ユリア、すずかちゃんも僕も大丈夫だから、そのまま指輪形態で大人しくしてなさい』

『はい、ロード!』

『クララ、リンディさんにクローズドで遠距離念話』

『了解。

 ……マスター、ご不在のようです』

『あらら』

 

 中央の座席に並んで座らされたが、後部の二人は銃を抜き身で握っていた。

 前席の大男も銃を持っているが、今は携帯端末でどこかに連絡している。

 

 はやてはこちらにいる筈だが、彼女は今全力で魔法が使えない。

 アーベルはすずかを庇うようにして、彼女と自分の頭をくっつけた。

 

『……落ち着いた?』

『はい。

 アーベルさんがいっしょですから』

 

 くすりと笑うすずかに、アーベルも苦笑を向ける。

 

「随分と余裕だな、月村すずか。

 フン、二回目で慣れているのか?」

『……二回目?』

『……前にも誘拐されたことがあったんです。

 その時は、アリサちゃんが一緒でした』

 

 助手席から振り返った大男を、すずかは気丈にも睨み付けた。

 なかなかどうして、すずかは波瀾万丈な人生を歩んでいるらしい。歳の割に落ち着いているのもそのせいかと、埒もないことを考える。

 

「おい、兄ちゃん。

 日本語、分かるか?

 Can you speak Japanese?」

「……それなりに」

「いいね、手間が省けた」

 

 大男はそれきり黙り込んだ。

 

 この誘拐、自分が原因ではなくすずか絡みであることはわかったが、それだけだ。

 2回も娘が誘拐されるほどの資産家と言われれば、まあ納得もできる。

 

 車は小一時間ほど走り続け、アーベルとすずかは山奥にある別荘地らしき場所で降ろされた。

 しばらく歩かされ、並んでいる中でも一際大きな別荘、その地下室に押し込められる。

 

「ようこそ、月村すずか」

「……誰、ですか?」

 

 移動はもう無いという意味か足まで縛られている最中に、痩身の中年男が声を掛けてきた。

 見るからに後ろ暗い雰囲気とその年齢、人に命ずることに慣れた口調から言って誘拐犯のボスかなと、一挙一動を観察する。

 

「名乗っても意味はないが……月村安次郎や氷村遊のことなら多少知っている、とでも言えばわかるかね?」

「!!」

「まあ、私自身は吸血鬼ではない。……残念だとも思わないが。

 ただ、利用させて貰いたいだけだよ。君たち一族の持つ資産や技術をね」

 

 言いたいことだけを口にして、ボスは帰っていった。

 

 吸血鬼とはなんぞと考える間もなく、入れ代わりに先ほどの大男が入ってくる。

 車内で見せた剣呑な様子は全くないが、それがかえって不気味だ。

 

「へえ、兄ちゃんもずいぶん落ち着いてるもんだ」

「……そりゃどうも」

「それとも兄ちゃん、あんたも月村が吸血鬼の家系だと知っていて、その態度……ああ、その方が納得出来るか」

「はぁ!?」

「ありゃ、知らなかったのか!?」

 

 アーベルと大男は、互いの見解の相違に思わず顔を見合わせた。

 すずかは……僅かに唇を噛んで目を伏せ、アーベルから離れた。

 

 第97管理外世界侮りがたしと、小さく溜息をつく。

 

 誘拐犯がまともな大人かどうかは別にして、誘拐の理由に吸血鬼を掲げるのは、いくら管理外世界でも少しおかしいとアーベルも思う。

 戯れ言と切り捨ててもよかった。

 しかし、すずかの様子からして……事実なのだろう。

 

「おいおい……。

 知らずにその余裕って、兄ちゃん、あんたもお雇いのボディガードか何かかい?」

「この状況だからなあ。

 ……どうとでもとってくれ」

 

 アーベルは投げ遣りに応え、ごろんと寝ころんだ。さりげなく、すずかの側に寄る。

 大男は肩をすくめ、大人しくしてないと色々困るから頼むぞとぼやいてから、部屋の扉を閉じた。

 

 すずかはまだショックから抜けていない様子だったが、今は時間が惜しい。

 

『クララ、封時結界』

『封時結界、発動します』

 

 見られて困る誰かがいないなら、魔法の発動に躊躇いはなかった。

 二人の周囲だけを覆うごくごく小さな結界を発動させ、念話を繋ぐ。

 

『はやてちゃん!』

『……アーベルさん、どないしたんですか?

 待っててもけえへんから、翠屋さんに電話しよか思てました。

 もしかして、デート長引きそう?』

『ごめん、ちょっとトラブル。

 誘拐されちゃってね、今から逃げるところなんだよ』

『……は!?』

『ミッドに転移するから、後で連絡した時にフォローお願いしたいんだけど、頼めるかな?』

『そら、かめしませんけど……』

『じゃ、ごめん。

 また後で』

 

 近距離転移プラス飛行魔法での脱出も考えたが、追いかけられて騒ぎになっても困る。質量兵器の正確な威力まではアーベルも知らないので、自分の防御魔法が通じるのかどうかも不安だ。

 しかも、転移の準備など何もしていない。一番無難なハラオウン家も含めて座標データは持っていないし、その算定にも時間が掛かりそうだった。

 

 だが手札には、もっと安全確実な方法がある。

 

 次元世界への転移だ。

 

「アーベルさん。

 あの、わたし……」

「あー……っと、すずかちゃん。

 取り敢えず逃げてからにしよう」

「……はい」

 

 今はすずかの安全が第一だ。後の面倒は、後でいい。

 

 アーベルは暗唱できるほど良く覚えている座標を、次元転移魔法に織り込んで発動させた。

 

 



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第四十九話「夜の一族」

 

 

 アーベルがすずかを連れて転移した先は、第1世界ミッドチルダの北部にあるベルカ自治区の端の方、マイバッハ家の別荘だった。セーフハウスとしても機能できるように作られていたから、見かけ通りの山荘ではない。

 

 最後に訪れたのはまだ初等部の頃だったが、何一つ変わっていないことを確認して肩の力を抜く。

 

「……ふう。

 もう心配ないよ、すずかちゃん」

「……ありがとう、ございます」

「ユリアも戻っていいよ」

「はい、ロード!」

 

 ここでなら魔法の行使に制限はない。

 さくりと縄を切って、すずかも椅子に座らせる。

 

「すずかちゃん、大丈夫ですか?」

「う、うん……」

「連絡……っと、先に何か飲み物でも用意しようか」

 

 すずかの顔色は、あまり良くない。

 食料庫からパックのミネラルウォーターを取り出し、粉末ジュースを溶かし入れる。有難味は甘くて飲みやすいことだけだが、今はそれでいい。……小さなコップがなかったので、ユリアにもフルサイズのフレームを取らせた。

 

「さて……」

 

 アーベルは先ず実家に連絡を入れ、迎えを出して貰うことにした。セーフハウスにも使われる山荘だけあって、とても歩いて街まで出ようなどと思えない距離に位置している。

 

 続けて本局に繋ぎリンディに状況を報告、善後策を練ってはやてや第六特機にも連絡を入れて、戻るまでのプランをまとめ上げた。彼女は第97管理外世界在住の現役局員では最も階級が高く、いわば顔役である。

 相手は質量兵器で武装した現地の犯罪者勢力で緊急避難は通るにしても、無許可の次元跳躍魔法行使に加えて、現地在住の協力者も無断で連れてきていた。書類上の面倒は、早期に手を打っておくにこしたことはない。

 

「今晩はこっちで一泊になると思うけど、忍さんにも連絡入れて貰えるように頼んだし、流石にあの誘拐犯達もここまでは追いかけてこないよ。

 もう大丈夫だからね」

「はい。

 あの……」

「……ああ、うん」

 

 そう言えば、もう一つ問題が残っていた。

 

 ……吸血鬼については、どうしたものだろうか。

 

 

 

 すずかはゆっくりと絞り出すようにして、吸血鬼───夜の一族のことと、それが引き起こしている様々なトラブルについて語った。

 

 夜の一族は単なる吸血種に留まらず、筋力が人を越えて強かったり記憶操作や直感、長命と言った特殊能力の持ち主も多く、巷間への露見を嫌うと同時に社会的に身を守る為、特殊なテクノロジーや大きな財産を保持していた。月村家はそんな夜の一族の一家系で、海鳴周辺の裏側───人にして人にあらざる者たちの町内会的なものらしい───を統べている家だった。

 

 しかし、過ぎたる技術や資産は争いの種となって、すずかの両親は早くに『事故死』していたし、忍も大怪我を負ったことがあると言う。心から信用できる親族は叔母ぐらいしか居らず、二人が誘拐犯から名前を聞かされた月村安次郎や氷村遊は一族の中の敵対者で、今はこの世にいないそうだが、決して争いが絶えたわけではなかった。

 

 そんな夜の一族も、縁者、つがい、連れ合い、友……様々な呼び名をするが、『人間』と夜の一族であることを知られた上で関係を保つこともある。

 拒否されれば一族の記憶を消してそのまま忘れて貰い、承諾が得られれば……身近な例ならすずかの姉忍となのはの兄恭也のように、恋人としてそのまま結ばれることも多いらしい。

 

 

 

「なるほどね。

 ……忍さんが魔法に寛容どころか、食いつくわけだ」

「あの……それだけですか?」

 

 今にも泣き出しそうで、それでいて困ったような顔を向けるすずかに、小さな笑みを向ける。

 答えはもう、決まっていた。

 

「話を聞きながら、ずっと考えてた。

 すずかちゃんになら、血を吸われてもいい、って」

「……えっ!?」

「生命の根源と言う意味なら、魔力も血液もあまり大した違いはないって僕は思った。

 ……思ってしまったんだ」

「……」

「魔力ならユリアにさんざん吸われたし、はやてちゃんの蒐集もある意味魔力の吸収かな。

 フェイトちゃんところのアルフなんかは使い魔だから、ほぼ常時フェイトちゃんとリンクして魔力を吸い上げてるよ」

 

 完全にすずか贔屓へと傾いている心のせいだろうか、魔力が血に置き換わるだけならあまり大した違いがないような気がしていた。

 

 闇の書事件があれほど問題とされたのは、災害もさることながら強制的な魔力蒐集という手段によるところも大きい。

 しかしながらアーベルも幾度か体験していたように、分かっていて吸収あるいは蒐集されるなら心理的負担など無いに等しい。カートリッジへの手作業による魔力封入の方が余程手間だし、正直言ってだるかった。

 

「まあ、それは後付で。

 ……すずかちゃんが好き。だったら、それでいいかなって」

 

「!!!」

 

 すずかも先ほど口にしていた。

 恭也は夜の一族のことを知っていて、忍と恋人にあるのだ。

 自分がそれを為せない、とは思わない。

 

 そして、すずかのことを些細なこと一つでも忘れたいかと自らの心に問えば、それは否とはっきり答えを出せた。

 

「嬉しい、です」

「うん」

「わたしも、アーベルさんのこと、大好きです……」

「……ありがと」

 

 どちらともなく立ち上がって手を伸ばし、指を絡める。

 

 ……すずかが少し背伸びをしたのに合わせて、アーベルは少し屈んだ。

 

「……ん」

「……ふう」

 

 ユリアがこちらを見ているが、構うものか。

 アーベルは、そのまますずかを抱きしめた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

『そう、状況はわかったわ。

 とにかくすずかが無事なら、それでいいのよ』

「うん。

 お姉ちゃん、心配かけてごめんね……」

『本当に幸運だ。

 アーベル君、感謝する』

 

 忍とはすぐに連絡が付いた。

 ……それこそ、口づけの余韻を十分に味わう暇も無いほどだ。

 

 もう既に、身代金と共に様々な要求が突きつけられているらしい。

 とんだ道化よねと忍が笑い飛ばして見せる横で、恭也が頷いている。

 

『連中、最近静かだと思ってたらこれよ。

 ま、はやてちゃんから先に連絡貰ってたから、それほど慌てなかったけどね。

 それで、本物の誘拐犯アーベルくんからの要求は?』

「あー……。

 要求と言うかですね、手続き済ませてすずかちゃんを月村家にお返しできるのは、どんなに急いでも明後日の昼前になります。

 無断の渡航になっちゃったんで、きちんと処理しておかないと少し問題になるんですよ。……夏の旅行とか。

 そこだけ認めていただけるなら、他は何も」

 

 特に事務処理で不手際を起こしてすずかだけが次元世界への渡航が出来くなってしまうと、夏休みの旅行やその後のデバイスマイスター留学などの計画に影響が出て非常によろしくない。

 

『ふうん、明後日か……。

 こちらからの譲歩なんだけど、一週間ぐらいそちらで預かっていて貰えないかしら?』

「お姉ちゃん!?」

『すずか、こっちはちょっとどころじゃない騒ぎなの。

 始業式には間に合わないけど……そっちなら間違いなく安全でしょ?』

「う、うん……」

『アーベルくん、お願いしていいかしら?

 ……その間に叩き潰すから』

 

 忍は恐い笑顔で凄んで見せたが、その後ろで恭也が深く頷いているところを見ると、二人とも怒りは頂点に近いらしい。

 すずかと二人、顔を見合わせる。

 

「では……そちらから連絡を貰い次第、すずかちゃんをお返しするということでどうでしょう?」

『妥当なラインね。

 あーあ、このぐらい物わかりのいい誘拐犯なら、いくらでもすずかを誘拐してくれていいんだけど……』

「あはは、もう一つぐらい要求した方がいいんでしょうか?」

『んー、誘拐犯からの要求なら仕方ないわね。

 何かご希望は?』

「じゃあ……。

 今後忍さんのことを、お義姉さんと呼ばせて貰ってもいいですか?」

『ちょ、ちょっとアーベルくん!?

 えっ?

 すずか!?』

『ぶっ……』

 

 忍は先ほどまでの落ち着きはどこへやら大きく取り乱し、恭也は爆笑を我慢しているのか、後ろを向いてしまった。その肩が小刻みに震えている。

 

「お姉ちゃん、恭也さん。

 アーベルさんは、全部受け止めてくれたんだよ」

『ほう……』

『……一族のことも?』

「うん!」

 

 心の憂いをすっかり吹き飛ばしたすずかの笑顔は、アーベルにも輝いて見えた。

 

 



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第五十話「二人の一週間」

 

 

 実家で一泊した翌日、アーベルは一旦本局へとすずかを連れて戻った。

 そのまま預けておく選択肢もあったが、主に二人で一緒にいたいという気持ちが優先されている。

 

「……ごめんね、すずかちゃん」

「……た、たのしかったかな?」

 

 事情を聞きつけた母からは危なくそのまま婚約させられそうになったが、流石に相手方の了解をとってからと忍を防波堤に使い、逃げ出すようにして実家を後にしている。……婚約は時間の問題という気もするのだが、もうしばらくは余計なしがらみのない恋人気分でいたかった。

 もちろんユリアもマイバッハ家の新たな一員として、暖かく迎えられている。祖父などは、元よりデバイスはマイスターの子供のようなもの、可愛い曾孫が出来たと大喜びだった。

 

「ロードとすずかちゃんは、いつ結婚するのですか?」

「あぅ……」

「……そうだなあ」

 

 もちろん具体的に話をしたこともなかったが、すずかは義務教育を終えた後もハイスクールには通うつもりのようだし、姉と同じく大学に行くかもしれない。

 

 いつになるかはわからないが、仕事が落ち着いたら家でも買おうかという考えが脳裏を過ぎる。

 

 アーベルも先行きは不透明だ。

 昇進したからと、素直に喜べるわけもなかった。

 

 

 

 本局に到着したアーベルは、まず自分のアパートへと向かった。

 私服で重要区画内を闊歩するのは、流石によろしくないのである。

 

「ごめんね、適当に座ってて」

「はい。

 あ、ユリア、このかごはユリアのベッド?」

「はい!

 ロードが選んでくれました」

 

 アーベルは制服を手に洗面所へと向かった。

 

 ユリアの稼働───誕生以来、部屋の掃除にだけは気を使っていたが、壁際には運送業者のロゴが入った引っ越しケースが幾つも積まれていて、はっきり言えば見栄えもなにもない。店を閉めたのは去年だが、トランクルームを借りるにも中途半端な量で、かと言って処分するのも惜しいと、課に持ち込まなかったデバイス整備機材を部屋にそのまま置いていた。

 

「買い物にも行きたいけど、ごめんね」

「大丈夫です」

 

 実家では夜の内に洗濯物を頼んで事なきを得たが、こちらではそうもいかない。……甲斐性も見せておきたかった。

 

「こっちのエリアは僕もほとんど来ないけど、本局の中枢部でリンディさんの職場だよ。はやてちゃんの居る捜査本部とも近いかな。

 なのはちゃんはもっとあっち、武装隊の区画。フェイトちゃんはクロノの船に乗ってるから、指の差しようがないけどね」

 

 課よりも先に本局のリンディの元に寄り、調書を取られることにする。

 アーベル一人なら事務的に応対されてお終いだったのだろうが、すずかに気を使って貰ったのか応接室が用意されていた。

 

「現役の管理局員が拉致されたという点は看過し得ないけれど、アーベル君が行使した魔法は念話と時空転移だけで、すずかちゃん以外には見られていない、と……。

 連絡も早かったし、アーベル君の方は規定通りの調書と報告書だけで問題ないわ」

「ありがとうございます」

「現地の武装犯罪組織は、忍さんがなんとかするって仰られたのよね?」

「はい。

 ……叩き潰す、と」

 

 すずかと顔を見合わせて、苦笑いをする。

 思わず誘拐犯達の無事を祈りそうになるほど、忍たちの怒りは凄まじかった。

 

「そ、そう……。

 後で、お話を聞いておかなくちゃいけないわね。

 それで、すずかちゃんのお世話はアーベル君がするの?

 それともご実家に?」

「多少は地球にも近いですし、本局内で過ごして貰います。

 ついでに第六特機で仕事でもして貰えれば、退屈もしないかなと……」

「お仕事?」

「ユリアの情操教育です。

 すずかちゃんの保護も兼ねていますけど」

「なるほど。

 適任だと思うわ」

 

 そのままアーベルは報告書の空いた部分を埋め、リンディはすずかの書類を作成を行い、無事、すずかの滞在は認められることになった。

 

 

 

 その足でようやく第四技術部へと向かい、リンディのところで作った書類を受付に通してすずか用のゲストIDを発行してもらう。これで来週までは、彼女も第六特機の一員となる。

 部外秘の機密についてはIDによるロックもかかるし、公私混同と横槍が入っても大丈夫なよう名目も用意した。後はまあ、課長たる自分がしっかりしていればいいかと、サインを入れる。

 

「あの、マイバッハ課長」

「はい?」

「もしかしなくても、ユリアちゃんのモデルさんですか?」

「……そうです」

 

 技術部内に限っては、受付嬢に名を知られているぐらいにはユリアも有名人だった。先日はリンディもいたから声を掛けられなかったのだろうが、これは少し騒ぎになるかもしれない。購買部や食堂でからかわれる程度で済めばいいのだが……。

 

 そのまま5階の第六特機へと案内して、マリーらに紹介して回る。

 翻訳機は使っていない。

 

「こんにちは、はじめまして。

 月村すずか、です」

 

 時々つっかえるが、すずかも日常会話なら十分にこなせていた。旅行に行くからと学びはじめて1年弱、彼女が如何に頑張ってきたか伺い知れる。

 

「ようやく連れてきてくれたんですねえ、アーベルさん」

「そうそう、みんな待ってたんですよ」

 

 ガールズトークに押され気味で腰が引けてしまうが、先に仕事内容と注意事項を説明する。

 

「ユリア、すずかちゃんを購買に案内してあげて。

 ついでにみんなのおやつを買ってきてくれるかな?」

「はい!」

 

 大事な注意は決められた部屋以外には勝手に入らないことと、興味が湧いても機械類には触らないことぐらいだが、基本にして重要なことだ。あとはユリアと一緒に過ごして、話をするなり遊ぶなりして貰えばそれでいい。

 

 ……誘拐されたショックは、アーベルが一緒だったこともあってほぼ皆無と見える。しかし、カウンセリングまでは必要なくても、やはり少しは気に掛けておくべきだった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 誰にでも出来そうですずかにしかできない仕事は彼女の心の平穏にも好影響を与えるかなと一人ごち、技術部を定時に出て当座の着替えや生活用品を買い込んだ帰りのこと。

 

「……へ!?」

「……え?」

「ロード、すずかちゃんも一緒に住むんじゃないんですか?」

 

 その意味をよく分かっていないユリアはともかく、アーベルは同居など流石に言い訳がきかないと別にホテルを取る気でいた。時が満ちるまで手を出す気はなかったし、外聞というものもある。第一、色々と誤解を招きかねない。

 

 しかしすずかの方は、ワンルームアパートで一緒に住むものと思っていたようだ。……そう言えば、マグカップや歯ブラシ、パジャマも買い物の中に入っていただろうか。

 

「う……」

「……う?」

「腕枕、してほしいなって……」

「そりゃ……うん、すずかちゃんが、そう言うなら……」

 

 テイクアウトの総菜とバゲット、朝食用のヨーグルト等を買い込んでアパートに戻るが、一緒に帰るという行動に、アーベルの心は温かな気持ちで満たされた。

 照れくさくもあるが、将来の日常かもしれないと思えば感慨深い。

 

「さっぱりしました」

「ロード、おまたせです」

「すずかちゃん、それ……?」

「借りちゃいました」

 

 食後、ユリアとシャワーを浴びたすずかは何故か買ったパジャマではなくアーベルのシャツを着ていたが、TVドラマで『そういうシーン』を見て憧れていたらしい。おませさんなことである。

 

 ベッドは体格のいいアーベルにあわせたサイズで、それだけは幸いだっただろうか。

 

「おやすみなさーい!」

「おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 

 ユリアが目を閉じたのを確かめてから、どちらともなくキスをして眠りに入る。

 腕に感じるすずかの体温に、一週間耐えきる自制心は……どうだろうか。

 

 ……実際にはユリアという良心回路が働いて、何もなかったのだが。

 

 



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第五十一話「改組命令と新人達」

 

 

 すずかが課の雰囲気にも慣れた一週間後、約束通り地球から連絡が来た。

 

『すずか、アーベルくん、こっちは無事に解決したわ。

 思ったより手間取ったけど、根こそぎぶっ潰してやったから』

『月村家どころか、海鳴に手を出してくるような連中さえ、当分は出てこないだろうね』

「お、お疲れさまです……」

 

 たった一週間で、忍は本当に犯罪組織を潰してしまったらしい。

 彼女の傍らに恭也だけでなく士郎がいることからしても、間違いないだろう。

 報告書を出さなければいけないので、そちらでお話を伺わせてくださいと締めくくる。

 

「もうちょっと、ここにいたかったかな」

「僕は嬉しいけどね」

 

 この一週間は、確実にアーベルとすずかの距離を縮めていた。

 

 彼女も慣れたもので、口調もどこかしら柔らかくなり、出会った頃とも違うたった一人だけの位置を自然に作り出している。

 マリーら課員には口から砂糖吐いていいですかとからかわれたが、まあ、その様な距離だった。

 

「C級の試験を受けられるところまでがんばりたかったけど、間に合わなくて残念。

 はやくユリアに追いつきたいな……」

 

 すずかもこの一週間の滞在で、ユリアに追いつこうとデバイスマイスターの勉強を始めていた。アーベルがC級を取得したのは初等部に入ったか入らないかの頃だが、彼女とは下地が違う。

 しかしすずかは将来工学系の勉強がしたいと口にしていた通り、理解力は悪くない。専門用語の多さは携帯端末を辞書代わりにすることで乗り越え、今はもう、ユリアと一緒にテキストを読んであれこれと意見を交わせるぐらいになっていた。

 

「C級は初等部の子たちでも受ける子が多いから、月に一度、休日にも開催されてるよ」

 

 次は予定を立てて来ればいいんだと、頭を撫でてやる。

 名残惜しいが、まさか本当に誘拐してしまうわけにもいかない。

 

 ちなみにアーベルは、未だ血を吸われていなかった。

 すずかは真っ赤な顔で俯いて話しにくそうだったが、吸血衝動に駆られるのは女の子の日が来てから───大人になってからの話ということで、それ以上問いつめるわけにも行かず何となく納得している。

 

 

 

 翌日、アーベルは約束通り、家まですずかを送り届けた。

 

 ……この時、一族の血とはまた別の『月村家の秘密』に驚かされたのだが、アーベルは今更だしまあいいかと軽く流しておいた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 アーベルも、この一週間遊んでいたわけではない。

 一佐へと昇進した代償に、課の改組拡大について本局運用部と聖王教会連名の意見書を突きつけられていた。

 減った仕事は士官学校の客員講師ぐらいだが、任務の先行きが不透明では引き続き講義を続けるわけにもいかない。

 

「これは、うん……」

「準備期間が長いのは救いですけど、ちょっと無茶ですよね……」

 

 マリーとともに頭を抱えるが、解決には自分たちが手慣れたテクノロジー以外の方法が必要だった。

 予算規模は技術本部が熱望していたカテゴリーBの課に準じており、増員も認められている。……そこはまあいい。マーティン部長や本部長から技術部の予算の少なさは幾度も聞かされていたし、恩返しにもなるだろう。

 教会が希望する、騎士団から分派された部隊のデバイス整備についても、ある意味当然と受け止められる。

 

 しかしその後ろが問題だった。

 第六特機は名前を変え、技術本部直下の独立組織に改組されるらしい。……『らしい』というのは、関係者による検討会議を立ち上げ改めて規模や設立目的を論じるべきと意見書に記されていたからであり、当面は現在与えられている第四技術部本棟5Fの一角にてこれまで通り活動せよとのことだった。

 

 しかしだ、その研究所に教会騎士団管理局分遣隊の駐屯地と古代ベルカ式デバイスに対応出来るマイスター養成の為の教育施設を併設させ、アーベルを顔役に据えたいと言われては、逃げ出したくもなってくる。

 

 だがアーベルも、哀しいことに自分の立ち位置はある程度理解できていた。

 管理局内にある教会勢力の中では、カリムに次ぐナンバー2なのである。ちなみにクロノを頂点とするハラオウン閥ではもう少し下に位置するが、既に重要人物の一人に数えられていた。

 

「クロノとカリムさんは僕を押せるところまで押したくて、本部長やマーティン部長は第六特機の拡大に大賛成、本局の偉いさんは適度な落としどころを狙ってるけど、ロウラン提督の話だと基本的には教会との融和が達成できれば否はないらしいね。

 あ、僕の味方いないのか、これ……」

「わたしもアーベルさんの出世は賛成ですよ。

 予算と権限が増えると、色々やりたいこと出来そうですから」

「……マリーにまで裏切られた」

「応援してますからねー」

 

 研究所が出来たらマリーを副所長に任じて、仕事を丸投げしよう。

 そして自分こそ、研究三昧の日々を過ごすのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 もちろん、そんな夢物語が実現する気配はなく、マリーはリインフォース復活の準備に、アーベルは第六特機の将来に忙しいままだった。

 

“そうか、予定も決まったか。

 アーベル、主はいつおいでになる?”

「来週からまた泊まり込んで貰うことになる。……僕もだけど」

「クララとリインフォースがいないと、お仕事になりませんからね」

「ロード、リインも来ますか?」

「もちろん」

 

 今月中には、リインフォース───リインフォース・アインスを形に出来る予定で、アウトフレームのデータや内部の仕様もマリーが頑張ってくれたお陰で決定済みである。

 

「今は課の方でいくらでも仕事があるから、暇だけは感じないだろうけどね」

 

 設立会議の方がどれほど忙しくとも、本業を疎かに出来るはずもない。

 通信による会議参加は、協議もされずに認められた。

 

「来週と言えば、新人さんも楽しみですよね」

「人事まで他人任せでちょっと情けなくはあるけど、ロウラン提督の推薦なら問題ないと思う。

 どこの誰が来るか分からないにしても、選考や事前の調査をしなくていいだけでも相当ありがたいよ」

 

 とりあえずこちらの要求したマリーの補佐をする技官1名と、課の事務を引き受けているエレクトラとは別にアーベルの秘書役となる事務官1名の増員要求は通っていた。

 本格的に研究施設の雛形が出来上がれば、教官や運営要員も集めなくてはならないが、今は『現在』の負担が軽くなって将来の礎になればそれでいい。

 

 あとは仕事の合間合間に次の仕事を過不足無くこなせるよう、一歩一歩地歩を固めながら進んで行くしかなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「八神はやて特別捜査官、出戻ってまいりましたー」

「本日付けで第六特機課に配属されました、グリフィス・ロウラン三等空士であります!」

「同じく、シャリオ・フィニーノ三等空士です! よろしくお願いします!」

 

 はやて到着と同日に現れた新人ははやてより年下の9歳が二人、クロノと同じく初等部中退組だ。よく親が許したな……と言うか、少年はロウラン提督の息子、少女はその幼なじみだと言う。

 訓練校を卒業したばかりの新人で、一般研修───戦闘魔導師のそれに比べて極端に短いが、内勤職員は民間企業と同じく現場で覚えろ式の教育方針で、研修は基礎の基礎のみに限られている───を終えた最初の配属先が第六特機だった。

 縁故人事には違いないが、何を思って息子を第六特機へと預ける気になったのか、ロウラン提督に直接問い質してみたいところである。同じ預けるなら、管理局の花形である次元航行部隊にもクロノという信頼と実績のある人物が居るはずなのだが……。

 

「ロウラン三士が事務官で、フィニーノ三士が技官、と。

 マリー、フィニーノ三士の教育は任せたよ」

「了解です」

「さて……。

 本当なら新人歓迎会……と行きたいところなんだけど、八神特別捜査官と僕は、今日から最大240時間の予定で課内拘束となる。

 今日はほぼ見学になるけど、第六特機の特殊性について学んで貰おうかな」

 

 はやてには色々と理由をつけて初等部の授業を休んで貰っていたし、第六特機も準備を整えている。

 新人が来るからと予定を延ばすなど、あり得なかった。

 そのままメンテナンス・ルームへと移動する。

 

「すごいです!

 ユニゾン・デバイスが2機も揃ってるところが見られるなんて!」

「こらシャーリー、失礼だろ!」

「シャーリー?

 ああ、シャリオでシャーリーなのね。

 わたしもそう呼んだ方がいいのかしら?」

「ありがとうございます、嬉しいです!」

「マリエルさんのマリーと同じですね」

「リインも本当はリインフォース・ツヴァイなんですよー」

 

 賑やかな女性陣にたじろいでいるグリフィスだが、内勤に女性が多いのはここだけではない。比率で言うなら第六特機は出向中のゲルハルトまで含めれば男女比は3対4、はやてとデバイス2機を含めても3対7で、ずいぶんましな方なのだ。

 

 無限書庫の司書室など、春の増員で男女比は1対20を越えていた。そろそろ施設部から独立させて無限書庫のみで一つの部門とするべきなどと、まことしやかに話が出ているという。ユーノは相変わらずの様だが、木石ではないだけに少し心配だ。

 

「……では、課長自ら試験を?」

「予定も立てやすいし、試験のたびに戦闘魔導師を回して貰うのは、結構手間なんだ。

 第六特機は身軽が身上、って言うか、課員5名で3人しか居ない技官の一人を出向させるとそれしか選択肢がなかったからなんだけどね。

 もちろん、これからはそうも言っていられなくなる。

 グリフィス君たちは、その第一歩なんだよ。

 ロウラン提督は何か仰ってたかい?」

「母は、マイバッハ課長の言うとおりにしていれば、結果は後から着いてくると言ってました」

「……」

 

 それはまたとんでもない信用のされ方だなと、アーベルは口には出さず頭を掻いた。

 

 

 



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第五十二話「復活」

 

 リインフォース・アインス製造開始の翌日。

 仕事の合間に、新人教育が始まった。

 

 マリーの預かったシャーリーの方は技官希望で、当面はひたすらデバイスマイスター、あるいは技術屋として純粋に鍛えてやればいいが、グリフィスの場合はそうもいかない。本人の志望とその後まで考慮しておかなくては、ロウラン提督に顔向け出来なくなる。

 

 おかげでメンテナンスルームは時ならぬ混雑中だ。

 魔力波の転送エラーを減らす意味でも中継器を通さないこの場所は都合が良く、魔力提供者のはやては机を持ち出して引き続き小隊指揮官資格の勉強を継続、マリーはモニタリングの傍らシャーリーにマイスター試験の問題を出題している。

 アーベルはクララが仕事中で動けず、グリフィスを呼んで面談中だった。

 

「そうか、グリフィス君は叩き上げでの出世を狙っているのか」

「母からは、『お前は四角四面な性格だから、現場を知っておかないと将来必ず酷い軋轢を起こす。ついでに言うなら、失敗してはいけない場面で失敗するタイプだ』と、きつく言われました。

 初等部の中途退学と入局は、すぐに認めて貰えたんですが……」

 

 身内にも容赦ない評価だなと、アーベルはロウラン提督の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 アーベルのような技術者やはやて達に代表される高ランク魔導師の一本釣り、あるいはカリムなどの政治的綱引きによる登用でもない限り、入局したての新人は当初三士か各種候補生と相場が決まっている。

 その候補生も卒業後尉官に任命される士官候補生と、三士スタートの訓練校修了者では出世にも仕事にも差がつく。

 また一般採用でも、初等科中退と大学卒ではその後の扱いの差───学士号は高等教育修了を証明する資格で昇進にも影響し、更には各種試験に免除項目が設けられていることもある───からやはり後者の有利は否めず、入局後自主的にスキルアップと言う名の勉学に励む者も多い。

 

 そこに魔導師ランクの高低、前線士官か後方勤務か、キャリア試験の合格者か否かといった大筋に加え、派閥の羽振りや功績の評価が複雑に絡み合って、管理局の昇進システムは成り立っている。年功はそのまた後ろだが、家族手当を含めた厚生面の充実で補われていたから、階級が低いからと給与まで低いわけではなかった。

 決して正しいかどうか、ではない。その様にして成熟してきたのである。

 

 グリフィスなどはスタートこそ三士だが、将来は比較的明るい。親が現役将官でもあり、アーベルの見たところ、当人も理解力に優れていて前向きだ。

 翻ってアーベルなど、政治的な理由でも働かない限り今後退役するまでまともな昇進はほぼあり得なかった。技術畑とは言っても、上層部へと食い込むには技術力よりも政治力の方が優先される。……そもそも技術者の階級と当人の持つ技術力はイコールで結ばれるものではなく、出した結果の評価が階級を押し上げているのであって、その逆ではない。

 

 技術部も、第六特機に理解のある本部長でさえ生え抜きではなく、部長級も半数は本局キャリア組であり、そこで必要とされる能力は官僚機構での立ち回り───如何に予算を引っ張ってくるかという部分が大きな割合を占めていた。

 反対に純粋な技術屋が殆どの部下にしてみれば、都合良く予算を引っ張ってくる上司など神にも等しい。提出された開発計画書の出来がどれほど良くても、予算が通らなければ無意味なのだ。

 

 

 

「ん、了解。

 とりあえず、近日中にデバイスマイスターのC級と、事務系の……そうだな、総合とまでは言わないから、何か資格を取って貰おうか。

 デバイスマイスターの方はここで仕事をするのに必要な専門用語を覚えるついでだと思って貰えればいいから、B級の受験までは考慮しなくていいよ。

 ユリア」

「はい、ロード?」

「グリフィス君もデバイスマイスターの勉強をするから、手伝ってあげてね」

「了解です!」

「事務の方はどこに行っても役に立つからね。

 あとは……そうだなあ、第六特機でのグリフィス君の立ち位置なんだけど、実質的には僕の副官みたいな立場になるから、そのつもりでいて欲しい」

「えっ!?

 入局半月の僕が、一佐の副官って……」

「もちろん、何も教えていないのに、最初からきちんとやれなんて言わないから」

 

 正式な補佐役や副官なら最低でも尉官であるべきとされているが、鞄持ちなり研修中なりの名目を立てておけば誰も文句を言うまい。

 グリフィスは頭を抱えているが、自分は入局初日から二佐だった。さてさて気分はどちらが楽だろうかと、彼の復活を待つ。

 それに人の余裕がないことも確かで、信用という意味では最初から特上のグリフィスは適任であった。

 

「予定だと二、三ヶ月後に第六特機は大きく衣替えをして独立の研究機関、それも実戦部隊まで持つ大きな組織に改組される。……僕らが出撃するわけじゃないけどね。

 そこまでは決まっているけど詳細はこれから詰めて行くところで、先行きは僕にも不透明だ。

 自信を持って言うべきじゃないけど、混乱することだけは間違いない」

「はい」

「それから……」

「……はい?」

「間違っても、上役が仕事をしているからと無理に仕事を作らないこと。

 最初は戸惑うかも知れないけど……例えば、夜の内に巡航艦が入港して技官は緊急召集、朝方デバイスの整備を終えてそのまま仕事なんてこともたまにある。一々気にしていたら、体が保たないよ。

 ついでにもう一つ、不明瞭な理由で公休や出張を命令することもあるけど、その場合は素直に従って欲しい。

 ユニゾン・デバイスなんかは珍しいだろうし製造技術も外に出せないけど、時々それ以上のモノを扱ったりもする。

 これは第六特機だけじゃなくて、技術部の誰に対しても同じ事、そう言うものだと思って貰うしかない……って僕も言われてる」

 

 神妙な表情で頷くグリフィスに、僕なんか査閲部から護送車が迎えに来たことがあるよと付け加え、アーベルは肩をすくめた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 人数が増えて賑やかになった第六特機だが、時は進んで4月の下旬。

 予定の枠内にぎりぎり収まった8日後、リインフォース・アインス───リインフォースは目を覚ました。

 

 

 

 リインフォースが自らの器となるユニゾン・コアにどのような細工を施したのかはアーベルも書類上で確かめていたが、他者に応用は出来ないなとわかっただけで今ひとつ活用出来そうになかった。

 

 人造魔導魂など、はやてからの魔力を調整槽内のコアと連動したクララが一旦受け取り、リインフォース・ツヴァイの製造時に得られたデータと自身の経験を元に出力はB級ながら非融合時でもSS級の魔導行使に耐える魔導魂外殻を形成、リインフォースの指示でクララが注意深く仕上げていったという。粗方出来上がったところでリインフォースはクララ側のストレージに広げていた自分自身をユニゾン・コアに転写して元データを消去、リインフォース・アインスとして彼女は無事に復活していた。

 

 独立したユニゾン・デバイスとしては出力Bクラスの支援型、単体融合時にはユリアに準拠した能力を期待される。

 はやてに対してアインスとツヴァイのダブル・ユニゾンを行った場合には、ヤガミ・タスクフォースの参謀兼副官として全体指揮も担う予定とされていた。

 

 ……結局、当初アーベルの企図した『夜天の魔導書』としての復活ではなくなってしまったが、周囲のみならず当人からの反対もあって断念せざるを得なかったのは心残りである。

 ちなみに外見年齢はツヴァイの8歳前後に対してアインスのそれは12歳頃としてあり、夜天の書ともリインとも区別が付くよう自主的に設定した様子だった。

 

 

 

「……リインフォース、お待たせやったな」

「いえ、大変ご迷惑をお掛けしました。

 アーベル、マリエル、それにクラーラマリア、随分と世話になった」

「10年掛からなかったなあ。

 流石は『祝福の風』だよ」

「おめでとう、リインフォース」

“あなたが復活したことは同じデバイスとして実に喜ばしく思いますが、あなたと一緒に過ごせなくなるのは寂しいですね。

 ……少し複雑な気分です”

「私もだ。

 別れを惜しんでくれる気持ちはありがたいが、そうもいかぬ。

 だがクラーラマリアと共にあった時間は、私にも貴重な経験と心の平穏を与えてくれた。

 改めて感謝する」

 

 もうしばらく、人造魔導魂が第一次安定期を迎えるまでははやてと共に第六特機で預かるが、魔力が弱く不安定なこと以外は今も問題ないらしい。

 彼女は少しだけ背の低い他はそっくりな妹に抱きつかれながら、ユリアと握手を交わした。

 

「ああっ、混ざりたい……」

「シャーリーまでデバイスになると、わたしの仕事が増えるから駄目よ」

 

 人間をデバイスに移植する方法は、幸いにしてアーベルも知らない。

 ……ただ、絶対に無理かと言えば、知りたくもなかった知識───プロジェクトFに於けるクローン体への記憶転写や戦闘機人製造技術───が邪魔をしてはっきりとした解答を出せなかった。

 

「でもアーベルさん、これでクララの大容量ストレージが無事空きましたから、後は『望天の書』『夜天の書』『蒼天の書』に移植するだけですね」

「最初の目標だけは、なんとか改組前に終えられそうでよかったよ」

 

 リインフォースが去ったクララのストレージ部分は取り外され、パーツ本体に本格的なベルカ式対応の改造を済ませた上で、書籍型ストレージ・デバイスに組み込まれる。

 ハイブリッド・フォーマットと名付けられたミッド・ベルカ両対応の術式記録能力を備え、クララの支援を受けたリインフォース自らが最終調整を行う予定の3機は、『望天の書』がユリアに、『夜天の書』はリインフォースに、『蒼天の書』はリインに、それぞれ与えられる予定だった。

 ちなみにこれでもまだまだ余るので、余剰分はクララに戻して使うことをアーベルは考えていた。

 

 これでしばらくは、設立会議に集中できるかと考えていたのだが……。

 

「……まさか教会騎士団よりも先に声を掛けてくるなんて、思いもしませんでした」

「流石に予想外だったね。

 ともかく、準備しておかないと……」

 

 ミッドチルダの地上本部からユニゾン・デバイス製造についての問い合わせが舞い込んだのはその翌週、はやてが出向を終えてリインフォース姉妹とともに第六特機を去った翌日だった。

 

 




さいどめにゅー

《リインフォース・アインス》

 技術本部第六特機製古代ベルカ式ユニゾン・デバイス増加試作機SRD6-UDX-03、愛称はリインフォース
 ミッドチルダ式・古代ベルカ式両対応の中~遠距離支援型で人造魔導魂出力はB+、魔力提供者は八神はやて

 基本構造は量産原型機として中程度の能力を持たせつつ、ダブル・ユニゾン時に高ランク魔導師の大魔力を分割制御して効率的な運用を行えるよう設計された


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第五十三話「地上本部と騎士ゼスト」

 

 リインフォース復活より数日。

 はやてとリインフォースのモニタリングは『蒼天の書』を受け取ったリインが引き継いだので、アーベルは早々にユニゾン・デバイス関連から開放されていた。

 

 お陰でミッドチルダの地上本部への出張も早まったが……。

 

「ゲイズ少将、それは本局に言うべき事であって、技術部に言われても困ります」

「だが出せる範囲はこれが限界である。

 マーティン部長、これは飲んで貰わねばならぬ最低限の条件だ」

 

 地上本部からの要求はユニゾン・デバイス実用機の製造と、実にストレートなものであった。製造技術こそ現段階では秘匿されているが、報告書類の一部は通常の手続きを経て公開されている。

 何かと世話になっている第四技術部長マーティン少将───管理局のデバイス行政の総元締めでもある───とともに地上本部を訪ねたはいいが、のっけから値引き交渉が始まるとはアーベルも思っていなかった。

 こちらも最低限、製造に関わる実費だけは地上本部に負担して貰わねばならない。何もメンテナンス設備の償却分まで負担せよとまでは言っていないのだが、はやてやナカジマ一尉から僅かながらに聞いていた通り、地上部隊の懐事情は苦しい様子だ。

 

 だがアーベルも、自信を持って仮の見積もりを提出している。

 使用者が純粋な古代ベルカ式の使い手と聞いていたので、ユリアをベースにミッド式対応部分をばっさりと切り捨て、魔力ランクAとB両方の仮案をマリーとともに仕上げていた。設計に手間を取られなかったし、経験の蓄積によって試行錯誤が省かれている分試験費用が圧縮され、価格も大幅に下がっている。あとは成長中の魔力制限期間に大きな開きがあるので、都合に合わせて選んで貰えばいいと思っていたのだが……。

 

「うちはそちらと同じく、本局と丁々発止のやり取りをして予算を引っ張ってくるような部署ですからな。

 こちらでは補いようもありませんぞ」

「む……」

 

 地上本部からは、部長相手に熱弁を振るうミッドチルダ地上本部首都防衛隊レジアス・ゲイズ総参謀長の他にも、ユニゾン・デバイス使用予定者として首都防衛隊特別捜査部よりゼスト・グランガイツ一尉が同席している。目つきの鋭い大男だが、挨拶を済ませると黙して語らぬを地でいくように黙り込んでしまった。

 

「だがそちらは教会からのてこ入れとやらで、予算が潤沢だと聞く。

 ここは局全体の為と考え、そちらを……」

「あれもうちの自由になるものじゃありません。

 本局を通して聖王教会の財務監督官の承認付きで降りてくるような代物に、どうユニゾン・デバイスの予算を潜り込ませよと?

 元より自由になるなら、うちが先に使わせて貰いたいところです」

「……」

 

 議論は平行線を辿っていたが、終了間際に少しだけ進展した。マーティン部長は本局を通して教会に掛け合ってみること───正しくはアーベルを通してカリムを動かすことだろうなと想像がつく───を約束し、ゲイズ少将も予算以外での補強ならば前向きに検討すると、両者が少しづつ折れたのだ。

 

 緊張感と圧迫感の割に大した進展も無かった数時間が終わると、ゲイズ少将は職務に戻りマーティン部長も直帰したが、アーベルは別室で待ちぼうけだったグリフィスと合流してグランガイツ一尉に連れられ、特別捜査部へと向かっていた。

 

「マイスター・アーベルはマイバッハ家のご出身か。

 メルヒオル殿なら私も存じ上げている」

「騎士ゼストのお名前は私も存じていました。

 お会いできて光栄です」

 

 アーベルも直接の面識はなかったが、その名だけは知っていた。

 正確には騎士ゼストのデバイスを、である。

 

 彼の愛機『雪原の狩人』ヴァイス・イエーガーは、比較的数が多い真正の槍型アームド・デバイスでも、特に大柄な作りが特徴的だった。それに騎士団外の個人所有とあれば、自然アーベルの目を引く。

 

「レジアスがどう動いて今回のような仕儀に至ったのか、一介の騎士たる俺には経緯など想像もつかぬが、なにがどうあれ融合騎は製作されるだろう。

 貴殿には迷惑かも知れぬが、よろしく頼む」

「はい、頑張ります」

「昨今の情勢を考えれば、俺にも否はないがな。

 ……ここだ」

「失礼します」

 

 駐屯地らしき場所で車は止まり、騎士ゼストについて隊舎へと入っていけば、うちの根城だと案内された先には予想外の人物がいた。

 

「うそ、アーベル君!?

 なんで隊長がアーベル君を───」

「馬鹿者!

 他部隊の上官、それも一佐に対し何たる態度か!!」

 

 騎士ゼストからがつんと遠慮なく殴られて涙目を浮かべているのは、クイント・ナカジマであった。……本当に痛そうだ。

 そういえばと、旦那の方は所属を聞いていたが、彼女の配属先までは聞いていなかったことを思い出す。

 

「知り合いでも職務中は気を引き締めろ」

「……うう、ご無沙汰しています、マイバッハ一佐殿」

「お、お久しぶりです……」

 

 表情の選択に困りつつ、騎士ゼストにはクイントの娘さんたちと友達なのだとだけ、伝えておいた。間違っても、戦闘機人である娘さんが縁で知り合ったなどとは口に出来ない。

 他にも魔導師としては珍しい召喚師、メガーヌ・アルピーノ准尉を紹介される。ブースト・デバイスなど実物を見るのはアーベルも初めてで、興味の赴くまま視線を注いでしまったが、仕事を思い出して手に取ることは諦めた。

 

「では頼む、マイスター・アーベル」

「了解です。

 ロウラン三士、君も来てくれ」

「はい、課長」

 

 クイントとメガーヌを加え、ゼストは屋外の訓練場へとアーベルを案内した。

 そう広くはないが、お披露目だけなら問題はない。

 

「クララ、杖」

“コンバット・モード、タイプ・スタッフにてセットアップします”

「お待たせ、ユリア」

「はい、ロード!

 ……ユニゾン・イン!」

 

 右手中指のクララと、左手薬指から外れて待機モードを解除し肩に乗ったユリアを起動させ、ユニゾンを行う。

 

「ああっ、せっかく可愛かったのに……」

「クイント、あなた何を言ってるの?」

 

 外野から何か聞こえたような気もするが、ユリアの紹介はお披露目が終わってからでいいだろう。

 

「騎士ゼスト、私は魔力こそAAAを持ちますが、魔導師ランクはEに過ぎません。

 その点を留意の上でご評価願います」

「うむ」

「では……。

 クララ、ユリア。

 ……フォース・シューター」

“フォース・シューター”

『コントロール、行きます!』

 

 砂山に立てられた廃材らしい鉄骨を敵に見立て、16発生成した誘導弾をランダム機動で分散させてから全く同一の箇所に当てていく。威力はごくごく絞ってあるので鉄骨は音が鳴って凹んだ程度だが、もちろんユリアによる精密誘導補助がなければ、アーベルにこの数の誘導弾は扱えない。

 

「すご……」

「いい腕ね」

「……確かにな。

 素人には思えない精密な制御だ」

「現在製造可能なユニゾン・デバイスは中距離から遠距離が得意な支援型に限られますので、誘導制御や術式補助が主体になります。

 術者の変換資質を底上げするようなタイプもあるとは聞きますが、資料さえなく技術が確立しておりません」

 

 リインフォースから聞いた話だが、剣技のサポートや付与術式を得意とする近接型、大規模な儀式魔法に特化した儀式型など、ユニゾン・デバイスには幾種類も型式があったそうだ。また同じ魔導書型───連動する管制人格が本体である魔導書を行使するタイプ───にも望天の魔導書のような参謀型から夜天の魔導書のような魔導収集蓄積型まで、分類が不可能なほど用途によって分化していたと言う。

 

「ふむ……。

 マイスター・アーベル、手合わせを願おうか」

「……はい?」

「ちょっと、隊長!?」

「うわー……」

「無論、先ほどの貴殿の言は理解している」

 

 最低限、手加減だけはしてくれるらしい。

 階級は上でも、格下は間違いなくこちらだった。ベルカに於いて歴戦の騎士は尊敬の対象であるとアーベルは刷り込まれていたし、自然と頭が下がるものだ。騎士ゼストはその中でも最上級の部類にはいるだろう。

 

「……お手柔らかに願います」

「心得た」

 

 アーベルもタイプ・ランサー───長槍に切り替え、帰ったら弟に自慢してやろうなどと余計なことを考えて気を紛らわしながら合図を待つ。

 なに、闇の書の防衛プログラムに相対したときのことを思えば……。

 

「始め!」

 

 クイントの手が振り下ろされ、両者は……動かなかった。

 

 騎士ゼストは初手を譲る気でいた為に。

 アーベルは初動の遅さに加え、間髪入れぬ一撃を警戒しシールドを発動した為に。

 

 こりゃあ一筋縄では行きそうにないなと、眼光の鋭くなった騎士ゼストと視線を交わせる。

 

 訓練場の規模から言って、カートリッジは使えない。

 ……それでもあの時よりは数段ましかと気を取り直し、アーベルは長槍を握りしめた。

 

「……」

「……行きます!」

「うむ」

 

 身体強化を掛けて高速飛行、アーベルは一気に距離を詰めた。

 

『クララ、一撃離脱後僕の背後にディレイド・バインド!

 ユリアは誘導弾の準備!』

『“了解です”』

『はいっ!』

 

 槍ごと吹っ飛ばされないようにとだけ考えつつ、接触する手前で直射弾を数発。

 

『ユリア!』

『はいっ!』

 

 ゼストが得物を一閃して防ぐ間に中威力の精密誘導弾を複数生成、ユリアが教科書通り顔や胸を狙い、アーベルはそのまますり抜けようとした。

 

『“ディレイド・バ───マスター!”』

「ふん!」

「うぐっ!?」

『きゃっ!!』

 

 当たり前だが、槍は長い。

 振り回すのには剣よりも時間が掛かる。

 

 しかし騎士ゼストは、首都防衛隊にその人有りと謳われる当代有数の手練れだった。

 

 その場で誘導弾を断ち切るとヴァイス・イエーガーを振り回さずに引き戻し、穂先近くを握って大きく横に突き出した。 

 

 回避はもちろん、シールドも間に合わない。

 アーベルの槍は穂先が明後日の方向を向いている。

 

 ヴァイス・イエーガーの石突きは、自然とアーベルの腹を抉った。

 

 

 

「ロード!」

「気が付かれましたか?」

「……ごめん、二人とも」

 

 ユニゾンを解いたユリアと若干焦った様子のグリフィスにのぞき込まれ、気絶していたことに気付く。

 寝かされていたのは待機室のようだ。訓練場から移送されたらしい。

 

「クイントにはわきまえろと言っておいて本局の一佐ぶっ飛ばすとか、隊長は何考えてるんですか!!

 勝つにしてもやりようがあるでしょうが!

 また本部から嫌味言われても知りませんよ!」

「模擬戦はマイスター・アーベルも納得されていた。

 ……何の問題がある?」

「あー、もう!

 そう言うことじゃありません!」

 

 怒鳴り散らしているのは大人しめに見えたアルピーノ准尉で、騎士ゼストもどこかしら居心地が悪そうである。クイントの方はまた始まったとでも言うように、ティーカップを手にしていた。

 

「あ、アーベル君が起きた」

 

「騎士ゼスト、申し訳ありませんでした」

「……何故貴殿が謝る」

 

 心底不思議そうな目で見られたが、こちらも使用予定者へのプレゼンテーションの一環という任務を完遂出来なかったとも言えた。

 勝敗はともかく、『ユリアの実力を見せる』という一点に於いては大失態である。

 

「どうも、その……」

「ふむ?」

「私が気絶しなければ、騎士ゼストがアルピーノ准尉からお小言を貰うこともなかったかな、と……」

 

 少しだけ冗談を混ぜて頭を下げたアーベルに、そんなものかとでも言う風にゼストは頷き、クイントとアルピーノ准尉はベルカの男共は常識が通じないと呆れた。

 

「ところでマイスター・アーベル」

「はい、騎士ゼスト」

「先ほどの手合わせだが、何故恐れを感じなかった?」

「恐れ、ですか?」

「加減はしたが、クイントやメガーヌでさえ開始の合図と共に我が闘気を感じ緊張を隠せなかったにも関わらず……貴殿には、彼女たちと同程度の緊張しか見受けられなかった。

 素人だから騎士の強さを知らぬのだとも思えず、冷静な目は自暴自棄にも蛮勇の持ち主にもほど遠く、正直、判断に困った」

「本物の騎士に稽古を付けて貰えるとあれば、ベルカの少年ならそれだけで心が奮い立つものです」

「ふむ……」

「それに……騎士ゼストには大変失礼ながら、闇の書事件の現場にいた時ほど絶望的ではないぞと、自分を鼓舞しました」

 

 『あの時』───闇の書事件そのものは非公開の機密情報ではないし、アーベルの出撃も記録に残されている。

 

「……記録映像なら見たが、確かにあれに相対した経験の持ち主であれば納得出来る。

 あの事件はSランク魔導師を含むエース10名近くを投入してやっとの事で勝利を得たと聞くが、マイスター・アーベルも居られたのか……」

「はい。

 固定砲台でいいからと、現場に駆り出されました」

 

 リインフォースもクロノも口にしていたが、同じメンバーを揃えて次も勝てる保証がないような戦いなど、二度とは経験したくないものだった。

 

 



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第五十四話「改組発令」

 

 地上本部訪問後に行われた第三回の設立会議、その終了後。

 本局中央区画の会議室から戻ったアーベルは、多少ならぬ頭痛を感じながら課員を集めていた。

 

「……ゲイズ少将があそこまで切り込んでくるなんて、ほんと、予想外だった」

「まとまりそうな気配は濃厚、ということですか?」

「うん、枠組みが大筋で決まった。

 ゲイズ少将の思惑は露骨だったけど、中身もまともだったから押し切られちゃったっていう感じかな。

 にこやかに、とまでは行かなかったけど、本局、技術本部、聖王教会はミッドの地上本部を話に加えることに賛成した。……僕の意見は封殺されてるも同然だけど、実務レベルでの調整に入った」

 

 先日の交渉を足がかりとして設立会議への参加権をもぎ取ったミッドの地上本部は、こちらの意見調整が終わらぬ内にぽんと札を切ってきた。

 第六特機の為に空いた施設───かなり大規模な部隊も飲み込める駐屯地───を丸々提供するという、正に大盤振る舞いの一枚である。

 

 その点だけを見れば、露骨ではあるが悪い話ではない。

 本局内には余剰施設などほぼないし、各部署による使用権の奪い合いも激しかった。ミッドであれば多少僻地にある駐屯地だとしても、民間のインフラも管理局によるバックアップ体制も十分である。

 そのおかげで、本局も教会も技術本部も───十分な検討の末ではあるが───大筋で地上本部の検討会議への参入を認めてしまっていた。

 

「はあ、なるほど……」

「ミッドならいいかって、思っちゃいますよねえ」

「部長曰く、問題のすり替えだってさ。

 ユニゾン・デバイスをダシにうちと関係を持って、教会からの援助を引き出したかった、ってところらしい」

「でも課長、ミッドの地上本部って、教会とも疎遠っていうかあまり何処とも手を結びたがらなかったんじゃ……?」

「タカ派の上にミッド至上主義者の少将にしてみれば、非常に不本意ながら……ってところじゃないのかな。

 『理想と志だけで平和の維持は出来ない』ってさ」

 

 事なかれを絵に描いたような本局施設部の将官は横に置いて、地上本部から画面越しにでも野獣のような凄みを隠しきれていなかったゲイズ少将と、同じく教会本部から通信で参加して演劇に使うマスクさながらの笑顔を張り付けていたカリムのやり取りは、正直言って心臓に悪かった。

 

 議長役として場をまとめていたロウラン提督のように、あるいは、約束は果たしたとばかりに泰然自若としていたマーティン部長のように、あの場でなお自然な表情を浮かべていられるほどの度胸でもあればもう少しはこちらの希望───アーベルはなるべく小規模な組織を望んでいた───も通せたのかも知れないが、無い物ねだりに過ぎる。

 自分は技術屋であって政治家ではないと、改めて痛感させられていた。同じ畑違いでも、騎士ゼストに真剣勝負を挑む方が余程気分は晴れやかで気持ちも入るだろう。

 

「アーベルさん、それでうちはどうなるんです?」

「第六特機そのものは研究開発部隊に昇華、第四技術部から技術本部の直下に移管されることが正式に決まったよ。

 と言うわけで、課のミッド行きがほぼ決定になった。……但し、今のところそちらに向かうのは僕とグリフィス君、それからユリアだけになるかな」

「あら?」

「わたしたちも居残りですか!?」

「セキュリティの問題も含めて、転送ポートを設置すべきかどうか、ユニゾン・デバイス関連技術は技術本部内で管理する方がいいのか……そのあたりを、技本と本局の間で再検討中なんだ。

 うちもアースラ『とか』、投げ出せない担当業務があるし……」

「……あー、そうでしたねえ」

「引っ越しが決定するまではどちらにしても平常営業で、シャーリーは研鑽兼ねてマリーの補佐を継続、シルヴィアとエレクトラにも引き続きこちらで業務を続けて貰うよ。

 こっちは仮の分室になるかな。

 もちろんゴーサインが出れば、全員ミッド行きだよ」

 

 デバイス整備を担当しているアースラやなのは達のこともあるが、戦闘機人関連の秘匿業務があるマリーはそれこそアーベルの勝手には出来ない。彼女一人きりというのも拙いので、シャーリー達も置いていくことになりそうである。

 

 しかし転送ポートの設置には、一つだけ問題があった。設置作業その物はそれこそすずかの家にさえ置けたように、それほど難しいことではない。

 だが政治的な観点からは、故意に本局や地上本部との距離を遠ざけておくべきか否かという、複雑な判断を求められるのである。

 

「課長、僕たちはミッドのどこに行くんですか?」

「場所は地上本部が用意してくれた元駐屯地で、ミッドの北西部だったかな。

 部隊の統廃合で空いたらしいけど、丸々一つ無償提供だって。……これはほぼ決定ね」

「おおー、太っ腹!」

「でも統廃合で空いたなら、設備とかも古いんじゃないですか?」

「だろうなあ。

 仕事絡みの機材はともかく、備品は期待できないかもね」

 

 執務室の内装から隊員寮のシャワールームまで、築何年かは知らないが、あまり期待は出来ないと見ていい。規定の最低限ぐらいを想像しておくのが丁度良いだろうか。

 

「そこにまず、現在本局に貸し出されている教会騎士団の分遣隊が加わる。

 本部もうちに設置される予定」

「あれ?

 本局は騎士団の戦力を手放しちゃうんですか?」

「うん。

 微妙なんだけど、ここはミッドの地上本部に対して売れる恩の方を取ったって、ロウラン提督は仰っていたね。

 カリムさんも、自治領と同じミッドだし一つ所に落ち着けるならその方が疲労も減るからって、やっぱりOKしてた」

 

 これまではアグレッサーだの増援だのと世界間の移動も頻繁で、なかなかに忙しかったと聞いている。出動回数は増えそうだが、活動範囲が狭くなり事件規模も小さくなるので、負担は若干減ると予想されていた。

 

「次いで教育施設の方なんだけど、これはちょっと厄介かもしれない。

 ……規模は小さいけど、学校になっちゃったんだよ」

「うわあ……」

「卒業までの1年で、古代ベルカ式デバイスの基本整備と個人調整が行えるようにするのが目標なんだけど、そこに技術本部がもう一枚札を切った」

「はい?」

「近代ベルカ式コースも併設されるんだよ……」

「そう言えば、まだありませんでしたっけ?」

 

 陸士訓練校のような基礎教育までは行わないが、生徒を預かることには変わりない。……しかも教育計画は、アーベルに丸投げされる予定だった。

 

「で、今のところ決まってるのはたったこれだけ。口を挟む隙もなかった。

 ともかく、目先の大仕事は騎士ゼスト用ユニゾン・デバイスの完成、それが終わったら夏にはミッドに引っ越しだから、みんな、頼むね」

「はい」

 

 流石に締めるところは締めないといけない。

 アーベルも立ち上がって答礼を返した。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 第六特機に正式な改組命令が下ったのは約一ヶ月後、6月に入ってからのことだった。

 もっとも、中身については『検討中』やら『意見調整中』などの注釈がついた計画書が大半で、その上アーベルの自由に決められないと来ていたから困りものである。

 

「騎士ゼストの検診ついでに、ちょっと下見に行って来るよ」

「はい、いってらっしゃい」

 

 地上ではストライカーと呼ばれるほど手練れの騎士は、どうにも忙しいらしい。

 ユニゾン・デバイスの製造許可と予算は既に降りていたが、彼の第六特機への出向期間をどこで取るかが問題だった。騎士ゼスト本人も多少申し訳なさそうだったが、彼が悪いわけでもないからこちらとしても文句は言えない。彼の職務に関係する事件を起こす犯罪組織こそが諸悪の根元と、心中で罵るしかなかった。

 

 いつものようにグリフィスを連れて、地上本部の直通ポートに降り立つ。

 本局の人工光とはどこか違う自然な陽光は、やはり気持ちがいい。

 

「一佐殿、自分は陸上警備部本部車輌隊、セドリック・ミルトン一等陸士であります。

 本日の運転手および、旧287部隊駐屯地のご案内を命ぜられております」

「よろしく頼みます」

 

 本部では運転手付きの公用車が用意されていて、アーベルらはそちらに乗せられた。

 幌の付いた局標準の四輪駆動車だが、出してくれるだけありがたい。

 だが……。

 

「出撃中でしたね……」

「こればっかりはなあ」

 

 特別捜査部は大捕物でもあったのか、ゼストの部隊以外の部隊もほぼ留守だった。全力出撃など余程のことだと詳細を聞いてみたが、作戦中のことで回答も貰えず、受付にメッセージを残し研究所予定地に車を回して貰う。

 

「陸上警備部旧第287部隊駐屯地、か……」

 

 旧287部隊は今年4月に解隊されていた。

 先日取り寄せた資料によれば陸上警備部の隷下にあって、往事は駐屯地周辺の広大な地域───但し、山野と海が大半を占める───を管轄にしていたとある。治安維持はもちろん最重要の任務だが、山火事の消火や森林警備、救急搬送、そこに加えて他部隊への支援が大きなウェイトを占めていたらしい。

 また付随する大きな演習場は後になって設けられたそうで、担当地域が広い割に管轄区域の人口が少ない事を逆手に取って、新人研修先に使われていた名残だという。

 

 それだけの部隊が解散に至った理由だが、これは極めてわかりやすい。

 予算に勝てなかったのである。

 統廃合は近隣部隊に戦力と担当地域を分け与える形で行われ、訓練機能は更に田舎の部隊へと移された。

 

「ミルトン一士は287部隊の所属だったんですか?」

「はい、4月に部隊が解隊されるまでは、そちらの所属でした」

 

 アーベルらを乗せた車はクラナガン市街を抜けて幹線道路から田舎道に入っていったが、幸いにして四輪駆動車がフルパフォーマンスを発揮するような荒れ道ではなく、隊舎まではゆるやかな舗装道が続いていた。

 もうすぐですとミルトンに声を掛けられて窓の外を見れば、目の前に海が大きく広がっている。

 

「クラナガンから車で3時間と少しか。

 割と奮発して貰った感じだ」

「最寄りの街まで往復するのは大変そうですね。

 演習場併設ですから市街地から離れているのは納得できますけど、僕はまだ自動車免許の取得まで年齢が……」

「休日以外の買い物はPXで済ませるしかなかったよ、ロウラン三士。

 見ての通り坂道が多いから、自転車はお勧めしない」

「はあ……」

「んー、私用って言うか共用できる中古車でも購入して、誰かに任せるかな」

「まあ、慣れるとどこでも変わらないもんだとは思いますが、さっきの街はリニアの駅や空港もあるんで里帰りは楽でしたよ」

 

 旧287部隊駐屯地は閉鎖されていたが、流石に警備担当者ぐらいは常駐していた。部隊はなくなっても建造物や設備は歴とした管理局の資産であり、浮浪者に住み着かれても困るのだ。

 

 常駐の警備員も元287部隊所属のようで、ミルトン一等陸士とは旧知らしい挨拶を交わしていた。

 

 先ずは外観と、各施設を外から回る。

 

「技術本部が10個ぐらい入りそうですね」

「たしかに滅茶苦茶広いなあ……。

 ミルトン一士、287部隊の規模はどのぐらいでした?」

「多いときでも150人ぐらいだったと思います。

 定数はもっと多かったらしいですが、詳細は存じません」

 

 隊舎は地方庁舎のような作りの3階建てで、余裕はありそうだった。思ったほど古びた様子はない。

 そこに加えて航空棟とヘリポート、車両整備棟、倉庫、隊員寮、少し離れて船舶区画がならび、奥手に大きく訓練場が広がっている。

 

 それぞれの機密や職掌の違いから混乱が起きては困るので、贅沢を言えば研究所、騎士団、学校は建物ごと分割したかったところだ。

 しかしながら、必要ではあっても予算が通るかどうかは微妙だった。

 

 



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第五十五話「早すぎる死」

 

 新たに研究所となる旧287部隊の駐屯地の見学を終えたアーベルは、再び地上本部へと戻っていた。

 

「ミルトン一士を借りていられる内に、もう一度連絡だけ入れておこうか。

 まだ作戦中の可能性もあるけど……」

「グランガイツ一尉殿ですか?」

「うん。

 クララ、特別捜査部につないで」

“了解です。

 ……どうぞ”

 

 内勤らしい局員相手に要件を告げてしばらく。

 

 さんざん待たされた末に帰ってきた回答は、アーベルを驚かせるに十分だった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

『行方不明……!?

 えっ!?

 グランガイツ一尉が?』

「……うん。

 ユニゾン・デバイスの件どころか、研究所のことまで問題が出るかも知れない」

 

 しばし悩んでからマリーに連絡を入れたアーベルは、予定の白紙化までありうると溜息をついた。

 

 そのまま本局へと戻り、ロウラン提督にも同じ事を告げて善後策の協議に入る。

 

「こちらにはまだ連絡がないけれど、確かにミッド地上本部の上の方は緊張しているようね……。

 ああ、これかしら?」

 

 アーベルに、ロウラン提督の手元をのぞき込む権限はない。

 無言で彼女が情報を読み終えるのを待つ。

 

「……ふうん、部隊が一つ全滅したのに、それほど大事件になってない……いいえ、公にはされてないみたいね。

 特別捜査部の名簿から本日付けで転属の上殉職している局員は14名。そのうち死者は12名、行方不明者2名。

 グランガイツ一尉指揮の機動捜査隊は、全滅と見るべきかしらね。

 士気の低下や影響力を考えると、地上本部の判断は順当と言えなくもないけど───」

「ロウラン提督!?

 全滅って……え!?」

「きゅ、急にどうしたの、アーベル君!?」

「部隊が、全滅……ですか?」

「そのようよ。

 転属者……いいえ、殉職者はグランガイツ一尉の隊に集中している。内勤の通信士や事務官以外に、隊の生存者はないわ。

 ……知り合いでもいたの?」

 

 ロウラン提督も痛ましそうな様子だが、アーベルの顔色はますます青くなった。

 

 騎士ゼストの部隊には、先日知り合ったアルピーヌ准尉の他にも、ナカジマ一尉の妻でギンガとスバルの母親、クイント・ナカジマもいたのだ。

 

 

 

 一度課に戻ってマリーにクイントの死を告げ、ナカジマ一尉に連絡を取って貰う。

 ギンガとスバルは、憔悴した様子のナカジマ一尉の後ろで毛布にくるまったまま眠っていた。泣き疲れてしまったのだろうと、想像が付く。

 

『マイバッハ一佐、アテンザ技官、ありがとうございます。

 検死が優先されるとかで、まだ妻は戻っておりません』

「……」

『妻は本部の、それも普通の陸士部隊じゃ太刀打ちできねえようなのを相手にする部隊にいたんで、覚悟は……半分ぐらい出来てました。

 ちょっと早すぎるんじゃねえかって気は、せんでもありませんがね……』

 

 忙しいだろうと葬儀の日だけ聞き取って通信を切ったマリーは、アーベルへと赤い目を向けた。

 

「……アーベルさん、3日ほどお休み貰ってもいいですか?

 ギンガとスバルのことが心配で……」

「いいよ。第六特機も開店休業になってしまったからね。

 ……葬儀には僕も出る。

 それと、人手が必要なら声掛けて」

「ありがとうございます」

 

 地上部隊の関係者も多いだろうし、制服に喪章はやめて葬礼服の方がいいだろう。

 この際だし新調しておこうと、アーベルはその日何度目か分からない溜息をついた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 2日ほどして、アーベルは再び地上に降りた。

 騎士ゼストのことも気に掛かるが、彼はまだ生存の可能性が完全にうち消されてはいない。行方不明の2名は彼と、もう一人はアルピーノ准尉だった。

 

 クイントの葬儀は滞り無く行われた。ナカジマ一尉は余程慕われているのか、彼の部下達が率先して葬儀を取り仕切り、ギンガとスバルの面倒をマリーが見ている様子である。

 

 クイントの友人も数多く弔問に訪れていたが、管理局員───同僚はほぼ見かけていない。

 連絡こそナカジマ家に届いているものの、多数が彼女と同じく鬼籍に入っているし、秘匿任務の多かった職場という側面もある。……死出の旅路は寂しくないだろうが、それは何の慰めにもならなかった。

 

「マイバッハ一佐」

「……ナカジマ一尉」

 

 お互い静かに敬礼を交わし、溜息をつく。

 

「ご迷惑をお掛けしましたな。

 アテンザ技官を寄越して貰えたお陰で、娘達も早くに落ち着いたようです」

「いえ、それぐらいしかできませんでしたから……。

 こちらも仕事絡みと言うか……あの日は、騎士ゼスト───グランガイツ一尉をお訪ねする予定でミッドに降りていました。

 実はグランガイツ一尉が行方不明になってしまったことで、その後の予定までが完全に宙に浮いて、うちの課は開店休業も同然なんですよ」

「……本局の技術部が、地上の部隊と行動を?」

 

 不可解だという表情のナカジマ一尉に、騎士ゼストとはデバイス開発の件で時々連絡を取り合っていたことを話す。

 

「夏からは僕もミッド勤務になる予定だったんですが、グランガイツ一尉の行方不明が響いて、先行きがわからなくなりました」

「そうでしたか……。

 妻は……仕事のことは、家ではほとんど話しませんでしたからな。

 ……妻のいた部隊は、グランガイツ隊長も含めて全滅だったそうです。

 表向きは事故による殉職ですがね」

「はい、存じています。

 治安上の混乱と士気の低下を避けるため、と聞きました」

「まあ、そんなところでしょうな」

 

 寂しげに笑って、ナカジマ一尉は空を見上げた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 クイントの葬儀から更に数日、騎士ゼスト用ユニゾン・デバイスの製造準備は凍結していたが、ロウラン提督を通じて地上本部へと確認を取ったところ、代わりの候補者を選定中との回答があった。

 

 ……ユニゾン・デバイスが間に合っていれば、騎士ゼストは行方不明にならずにいただろうか。

 いや、時期を考えれば魔力供給の必要な成長期間中で、現状よりも酷い被害になっていたかもしれない。答えの出ない問いかけだった。

 

 しかし……地上部隊ではSランク魔導師などただでさえ珍しいのに、古代ベルカ式となるともう探しようがないに等しい。そこでアーベルと同様なミッド式の高ランク魔導師から、ベルカ式の魔力出力にある程度資質がある者を選抜するというのだが、実際は計画の無期延期に近かった。

 

 ただ、地上本部もせっかくつかめそうな金ヅルと戦力───教会からの支援をみすみす手放すのは惜しいという気持ちがあるようで、研究所開設に関してはそのままとわざわざ回答が来ている。

 

「……とまあ、こちらはこんな感じです」

『そうですか……』

 

 それら報告と管理局内部での利害調整がようやくにしてまとまり、ロウラン提督の執務室から教会本部に連絡を入れた頃には、事件より1週間が経過していた。

 

『ロウラン提督、わざわざありがとうございます。アーベル君もご苦労様。

 こちらもユニゾン・デバイスを使う騎士の選定は進めていますが、少し先送りになりそうなのです』

「了解です。

 アーベル君、そちらは任せていいわね?」

「はい、提督。

 カリムさん、うちの現状は勿論知っているだろうけど、出来れば引っ越しが終わってからだと助かる。

 理由になるかどうかは解らないけど……」

 

 製造は分室となる現第六特機をそのままつかえばいいだろうが、アーベルも立ち会いが必要だろう。

 

『お言葉に甘えさせて貰うわね。

 ……それから通信を借りてしまうようで申し訳ないのですが、ロウラン提督、少しお願いがございます』

「何でしょう、グラシア理事官?」

『第12管理世界───フェディキアに、急遽高ランク魔導師を派遣していただきたいのです。

 身内の恥を話すようで恐縮ですが……』

 

 カリムが語ったところによれば、フェディキアにある聖王教会中央教堂所属のとある幹部が大きな不正を働いているようで、内偵を進めているらしい。

 ところが上手く尻尾をつかめないので、管理局が何かを嗅ぎつけたという筋書きで、外部からの圧力が欲しいのだという。

 

『地元の企業や犯罪組織とも良くない繋がり方をしている様子で、大きなお金が動いていると、こちらは見ています』

「役どころとしては……管理局から凄腕の魔導師がやって来た、何か探っているぞ、と思わせればいいのかしら?」

『はい、正に』

 

 ぽんと手のひらを合わせて、カリムは笑顔で頷いた。

 彼女はアーベルと同い年とは思えないほど、ここぞと言うときの度胸が座っている。

 

『数日後には私も現地に向かいますので、よろしくお願いいたします』

「地元企業や犯罪組織にも関連するとなれば、管理局の職分にもなります。

 理事官のご配慮に感謝しますわ」

 

 ああ、そういうことかとようやくアーベルも得心した。

 

 管理世界各地に於ける治安維持の一目標───犯罪組織の捜査と撲滅は、決して教会の仕事ではない。

 教会側は失態である不信心者の排除行うと同時に自浄作用の発露を世に示し、管理局は犯罪組織の摘発によって得点が得られる。

 

 カリムは管理局の面子を立てて見せ、ロウラン提督はそれに乗ったのだ。

 

 



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第五十六話「口止め」

 

 

 新暦67年も半分が終わって7月に入り、アーベルも気分を切り替えた。

 ずるずると騎士ゼストやクイントの一件を引きずっていても、良いことはない。方々と連絡を取りつつ、仮称の取れた『本局技術本部第406研究所』の開設に向けて動いている。

 

 割り振られたナンバーは大きいが、決して技術本部が400幾つもの研究所を持っているわけではなかった。400番台は第四技術部───デバイス関連の研究部署に割り当てられており、末尾の6は第六特機の6をそのまま持ってきただけである。連番でないことは実状を知らない者への混乱を誘うと同時に、管理局の組織を大きく見せるというはったりの定番だ。

 

 アーベルは実際にあちこちの部局を渡り歩くようにして訪問を重ね、人材の引き抜きを始めている。第六特機の立ち上げでさえロウラン提督やクロノ、前課長らの手を煩わせていたが、今回はその比ではない。

 

 主任医務官にはカルマン医務官にまで口添えを頼んでシャマルを引っ張り込む手配を続けているし、教官の一部は実家に頭を下げて兄弟子を送って貰えるように話を付けた。運営に必要なグラウンド・スタッフ───隊員の日常生活を支えるのに欠かせない縁の下の力持ち───については、騎士ゼスト行方不明の今頼れそうな人物がナカジマ一尉しか思いつかず、恥を忍んで声を掛けている。……その上で地上本部の許可も必要だが、下準備と根回しには気を使う必要があった。

 

 それでも足りなかった内勤組は、困ったときのロウラン提督やクロノ、マーティン部長のみならず、ヴォルケンリッターにさえ知り合いに誰か居ないかと泣きついている最中だ。

 

 ……すずかとは連絡を取っていたが、旅行のついでにこちらで会うのは少々難しく、泣く泣く訪問を断っている。アーベル抜きで実家に寄るのも躊躇われるので、ミッドとは別の世界に遊びに行くと聞いていた。

 

 そんな忙しい折にマーティン部長から入った通信は、だからこそアーベルを困惑させた。

 

 

 

 すぐに来てくれと言われて向かったマーティン部長の執務室には、本局の将官がアーベルを待っていた。

 白髪頭に小柄な体躯の老人だが、レジアス・ゲイズ少将とは異なった方向での威圧感を放っている。

 

「第六特機課長、アーベル・マイバッハ一佐であります」

「本局総監部、ラファエル・ソミュア中将だ。

 掛けたまえ、マイバッハ一佐」

「失礼します」

 

 総監部と聞いて、アーベルも緊張を新たにする。

 マーティン部長も普段より幾分硬い表情だが、それはソミュア中将がただの将官ではないからだ。

 

 総監部は時空管理局最高評議会───管理局組織図の頂点に位置する最高意志決定機関───の提示する大方針を受けて管理局を実際に統括執行する部局であり、技術本部はおろか、次元航行部隊の総司令部よりも上位の組織である。普段は年頭に出される年次報告や白書ぐらいにしか名前が出てこないが、実質的に管理局を動かしている存在であった。

 

 ……つまり、第六特機とはほぼ縁がないわけで、本当に何用だろうかと内心で首を傾げつつ、神妙な顔を保つ。

 

「マイバッハ一佐、貴官は昨年来古代ベルカ式デバイスの開発に携わり、短期間に期待以上の成果を上げた。

 のみならず、聖王教会との協調に於いて中心的役割を果たしていたことも、報告が上がっている。

 まことに喜ばしい活躍振りだ」

「ありがとうございます」

「マーティン少将も同様、管理局デバイス行政の頂点に立つ者として過不足無き働きぶりである」

「過分なご評価、感謝いたします」

 

 酷い前置きだなと、再び表情を引き締める。

 ……このような物言いをされた場合、大抵は後で落とすと相場は決まっていた。

 

「しかしながら改めて評価を進める内、ユニゾン・デバイスについて重要な指摘があった。

 いや、報告書を検討するまで誰も想像し得なかったと言うべきか、総監部でも会議の俎上に上がった当初、意見が分かれたのだが……」

「……」

「ユニゾン・デバイスは自由意志を持つが、行使者には忠実。……そうだな、マイバッハ一佐」

「はい」

「うむ。

 現在までに製造された3機については、報告書の検証並びに内部調査、何れも問題は見あたらなかった。

 行使者の方も、マイバッハ一佐は急な入局要請によく応えて結果を出している。八神特別捜査官も例の事件が心理的影響を与えているのか、現在は滅私忠勤と称して良いほどだ」

 

 ソミュア中将は、真っ直ぐにアーベルを見据えた。

 

「しかしながらその点が正に問題であると、最終的には判断された。

 貴官や八神特別捜査官、あるいは行方不明となったグランガイツ一尉だけが使えるのならば、話はここで終えられる。

 しかしだ、万が一犯罪組織がユニゾン・デバイス技術を取得した場合、これに対処するには将来に於いて重大な問題が発生してしまうと判断せざるを得なかった」

「……犯罪者が作り出したユニゾン・デバイスは彼らに忠実と、そういうことですな?」

「その通りだ、マーティン少将。

 元より一般的なデバイスとは成り得ぬ上、1機当たりの製造費用はその特殊性も相まって現在のところ非常に高価だが、性能その物は確かに悪くないと我々にも思えた。忠誠心も含めてな。

 ……同様に犯罪者もその技術は欲しがるだろう。

 特に問題視されたのが、マイバッハ一佐の『ユリア』だ」

 

 思わず目を見張ったアーベルに、ソミュア中将は重々しく頷いた。

 

「純粋なミッド式ユニゾン・デバイスへと発展する可能性を、第六特機は世に示してしまったのだよ」

「……」

「我々管理局は常に最悪のシナリオを想定し、十全に対処することが求められるのだ。

 ……例えば、局がその技術に基づいて多数のユニゾン・デバイスを配備したとする。

 これで一時的には戦力比が優位に推移するが、当然ながら技術の拡散を助長するだろう。また、その後犯罪組織や各管理世界と敵対する叛乱者のような連中の手に渡る可能性を否定できないことも、やはり問題だ。

 そして量産と配備の開始後20年以内には、現在と比較して最大4.22%も戦力比が悪化してしまうと、こちらでは予測している。

 同時期にマイバッハ一佐が携わっていた古代ベルカ式デバイスについては聖王教会との融和による抑止効果も考慮に入れて、逆に一般化を推進すべきとの評価が大勢を占めたのだがな」

「……」

「付け加えるならば、過日の聖王教会に対する失点の尻拭いとしては十分に役割を果たしたが、これ以上は対価に見あうほどの成果を引き出し続けることが困難と見ている。

 融和についても追加の投資が必要であれば、今後は通常の古代ベルカ式デバイスに対するものに傾注すべきだと、こちらは判断を下した」

 

 

 

 技術者にとっては当たり前だが、技術というものは社会が存在する限り遅かれ早かれ拡散していくものと決まっている。

 

 仮に現在の管理局の戦力を100、犯罪者の戦力を1として、量産されたユニゾン・デバイスの配備で管理局の戦力が110に増加したとしても、例えば犯罪者側が同じ技術で戦力2に増加したならば、戦力比100対1が55対1になったのだからそれは失策を意味する、というわけだ。

 

 技術本部は管理局の持つ技術の向上を目的に掲げ日々邁進しているが、それは本局の意向に沿ったものでなくてはならなかった。でなければ予算も降りてこないし、警告や強制介入もあり得る。それ以前の段階で、いくら有用でも人倫に反する研究───例えばクローン魔導師量産化技術、例えば戦闘機人生産技術───は排除されているが、これはまあいいだろう。

 

 つまりは、完成したユニゾン・デバイスを技術以外の面から多角的に検証した最高評議会と総監部は、テクノロジーの発展と拡散によって現状を崩すことは得策ではないと判断を下したのだ。

 

 

 

「こちらの決定を伝えよう。

 貴官らには申し訳なく思うが、最高評議会および本局総監部はユニゾン・デバイス技術の開発中止と、製造が決定していた聖王教会騎士団用の1騎を除く今後一切のユニゾン・デバイスの製造中止を決定した。これは聖王教会側も既に承諾している。

 同時にその技術は特Ⅰ級の秘匿指定とし、貴官らおよび関係者には、研究内容の口外禁止並びにデータの厳重封印と欺瞞を命ずる。

 また生産されたユニゾン・デバイスについては現状維持とし、マイバッハ一佐が監督せよ。八神特別捜査官の管理下にある2機と聖王教会用の1機についても、マイバッハ一佐が責を負うものとする。

 なお来月1日を以て、ハワード・マーティン少将は中将に、アーベル・マイバッハ一佐は准将に、それぞれ昇進することを伝えておく。

 詳細はこちらにまとめてあるが、疑問点や問題点があれば今月中に総監部まで問い合わせるように。

 以上だ」

「了解であります」

 

 マーティンの真似をするように、アーベルは勢いよく立ち上がって敬礼をした。

 

 

 

 ソミュア中将が退室した後も、アーベルはマーティン部長と並んでソファに座ったまま無言でしばらく過ごしていた。

 部長は中将が残していったデータファイルを流し読みしている。

 アーベルは一度大きく深呼吸をしてから、自分の心臓の音を聞いていた。

 

「……なあ、マイバッハ課長」

「……はい、部長?」

「我々は、幸運だな」

 

 言葉とは裏腹に苦い口調の部長に、そうですねと肯定するべきか、どうでしょうと流すべきか考えがまとまらず、アーベルは曖昧な表情を向けた。

 この一件については、部長に迷惑を掛けたという気分も大きい。

 

「そう、なんですか?」

「もちろんだとも。

 少なくとも研究は評価され、中止に至るだけの理由も提示された。

 普通は頭ごなしに命令が届いて、それでしまいだよ。

 おまけに口封じのつもりか昇進までついてくるとなれば、幸運だとしか言い様がない。まあ、君の分には教会への詫びも入っているだろうが……。

 それに、ユリアが無事で良かったじゃないか」

「はい、それはもう。

 ……でも、あれだけの命令を与えておいてユリア達がそのままというのは、少し整合性が取れていない気もします」

 

 内容から言えば、ユリアに加えてリインフォース姉妹の封印を同時に命ぜられても、まったく不思議ではなかった。……マーティン部長の言うように、幸運だったのか。

 

「そこは抜かりない様子だよ。

 こちらに詳細が書かれている」

「……失礼します」

 

 部長の指差した部分を読めば、ユニゾン・デバイスの開発中止には表向きの理由がしっかり用意されていた。

 

 昨年度に遡って開発費の欺瞞を行い、費用対効果の劣悪さを表看板に掲げる。1機当たりの価格や整備費用は数倍に水増しされ、技術の再現には成功したが研究の継続と発展には疑問が残ったと世間に印象づけたいらしい。その為の見せ札として、彼女たちはそのまま運用させるそうだ。

 

「地上本部へのフォローもあちら任せでいいようだし、我らも日常に戻ろうではないか。

 なあ、マイバッハ『准将』?」

 

 なんとも酷い気分だが、宮仕えとはこんなものらしい。

 アーベルには部長の表情を真似て、苦笑いを返すしかなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「───と言うわけでね、将来を見越すなら戦力比の悪化はまずいってことらしい」

「滑り込みやったんですねえ……」

「ほんとにね」

 

 これは話をしておく必要があるなと、リインフォースのユニゾン試験も終わりに近づいた頃、別室にはやてを呼んで少し時間を取り、アーベルは口に出来る範囲で事情の説明を行った。リインはユリアに連れられ、席を外している。

 

「でも、理由はわかりますけど、ちょっと納得いかへんかなあ」

「ですが主、融合騎完成後に行われた再検討の結果ということであれば、確かに筋は通っております。

 政治的理由も……当然あるでしょうが、それは元より抗し得ぬもの、今回は勝ち逃げでよろしいかと思います」

 

 当のリインフォースはほっとした様子も憮然とした様子も見せず、ピクシーフレームに合わせたカップで優雅にカフェオレを楽しんでいた。

 

 彼女たちの使う生活用品の殆どは、アーベルらの手製だ。……ユリアに必要な小物を作るとき、最近はとりあえず3つ用意するようにしていた。

 

「そやアーベルさん、話変わるんですけど……」

「うん?」

「こないだちょっと出張行った先で、カリムさんっちゅう人のお世話になったんですよ。

 アーベルさんの同級生やてことで、名前だけはすずかちゃんアリサちゃんから聞いてたんですけど」

「……ああ、なんか高ランク魔導師を派遣して欲しいって言ってたっけ?」

「たぶんそれですー。

 言うても、メモ渡されて順番に観光地やない場所を回ってたら『お疲れさまでした、無事終了です』て連絡来て、それでしまいやったんですけどね」

 

 教会幹部と地元犯罪組織の癒着がどこかの世界で問題になっていたなと、ロウラン提督とカリムが話していたことを思い出す。

 

「それで今度、教会の本部に招待して貰えることになったんですよ」

「へえ?」

「リインフォースの昔話聞かせて欲しいて言うたはりました」

「ああ、戦争で喪われた歴史の一部、その生き証人だもんなあ……」

「代わりにアーベルの昔話が聞けるそうだ」

「……等価には思えないんだけど?」

 

 まあ、宜しく言っておいてと、アーベルは肩をすくめた。

 

 古代ベルカの『夜天の王』の名を継ぐはやてと、ベルカの末裔が拠り所とする聖王教会。

 好を結ぶのが遅すぎたぐらいだが、『闇の書』に絡む事情もある。

 橋渡しの一助になれただけでも幾分気楽だった。

 

「そうだ、アーベル」

「なに?」

「私も話しそびれていたことが一つあってな」

「ん?」

 

 カップをソーサーに置いたリインフォースは浮かび上がり、アーベルの肩に座り込んで人の悪そうな笑顔を向けてきた。

 

「どないしたん?」

「えーっと、リインフォース……?」

「クララ、いけるな?」

“貴方の提案に基づいてこちらでも精査しましたが、問題は見受けられませんでした。

 適正値A、ユニゾン可能です”

「うむ。

 ……ユニゾン・イン」

 

 止める間もなかった。

 ラベンダーの魔力光が部屋に満ち、アーベルの髪が水色に染まる。

 

「ちょ!?」

「へ!?」

『フフフ、驚いたか?

 人造魔導魂の形成にも制御系の雛形にも、アーベルとユリアのデータが使われているからな。

 出来ることは解っていたのだ。

 ……適正値がAに達したのは私にも予想外だったが、まあよかろう』

 

 脳裏へと直接響くリインフォースの得意げな声に、アーベルは頭を抱えた。

 

 



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挿話「参謀総長執務室にて」

 

 

「間もなく到着されます」

「フン……」

 

 オーリス・ゲイズは不機嫌さを隠さない父レジアスには見えないように、こっそりとため息をついた。

 以前から予定されていたことでも、本局の若造───それもオーリスよりもまだ若い10代で、将官への昇進が決定している───がこの地上本部へと挨拶にやってくるというのなら、これも仕方のないことか。

 

「失礼します。

 マイバッハ一佐をご案内いたしました」

「……」

「入室を許可します」

 

 黙り込んだレジアスに代わってオーリスが返事をすると、総務課の後輩に連れられた背の高い青年が現れた。本局の士官服に身を包んでいるが、どことなく飄々とした態度に多少警戒感を強める。

 

 アーベル・マイバッハ一佐は現在18歳、本局技術本部に在籍しており、本来は純粋な技術屋だという。

 

 本局では、彼のような若手の高級士官は珍しくない。局員経歴データで見た写真よりもかなり年かさに見えるが、そこはまあ、どうでもいいだろう。執務官上がりの若い提督など、そこら中に転がっている。

 

 但し、地上に降りてくるとなると話は別だ。

 

 ここしばらくの活躍もあって、昨年二佐で入局───過日世間を騒がせた『闇の書』事件に於いて多大な功績があったそうだ───したはずが、新たに作られる研究所の所長に推挙されて来月には本局総監部のごり押しで准将昇進となれば、胡散臭いなど通り越して真っ黒としか言い様がない。

 

「先日振りであります、少将閣下。

 お時間を取らせて申し訳ありません」

「うむ。

 ……掛けたまえ」

「ありがとうございます」

 

 父と若者が敬礼を交わす間に、オーリスは壁際の内線を操作して、控え室にインスタントコーヒーを用意させた。業者数社に相見積もりを取らせた上で納入させた『本物の』特売品だが、同時に地上本部の認可した正規品でもある。父は元から嗜好品には拘らないし、嫌味に取るなら取ればいい。……いい物が飲みたければ構わないと私物の持ち込みは許可されていたし、予算に余裕がないのは本当だった。

 

 オーリスは自らの仕事を終えると、後はレジアスの後ろに控えて若者の一挙一動を観察しはじめた。後から意見を聞かれることは目に見えていたし、彼女自身もマイバッハ一佐には注意を払うべきと考えている。

 彼は先日、技術本部の上司と一緒にこちらを訪れたそうだが、本部内では特に目立った言動はなかったと聞いていた。

 

「研究所の方はどうか?

 駐屯地を用意しただけのこちらはともかく、本局や教会騎士団からの要求が二転三転して調整が間に合わず、未だ予定が立たぬと連絡を受けておるが……進展はあったか?」

「はい。

 確定した発足予定日にほぼ全ての準備が間に合わないことは、先日の会議で皆様に承認していただいた通りですが……」

 

 ミッドチルダへの着任予定者からの挨拶という名目で時間を取ったレジアスだが、実質は先日の会議の延長戦に等しい。

 地上本部としてもレジアス個人としても、見極めがつかなかったのだ。

 

 ただ、オーリスの見るところ、マイバッハ一佐はエリート思想に凝り固まった魔導師ランク至上主義者でも、趣味と仕事の区別が付かない技術馬鹿と言われる人種でもないようだった。入局以前は店舗に勤務をしていたとあって、人当たりも悪くない。

 

 大体、ミッドチルダ地上本部の総参謀長という肩書きはともかく、内も外も強面として有名な父を前に自然体でいられるだけでも大したものだ。本局から来た大抵の『若造』は、父の前に萎縮してしまうか、逆に虚勢を張っていらぬ手間を呼び込むか……そのあたりが相場なのだが、一佐は多少の緊張こそ見えるがそれだけだった。

 

「それから、新設の研究所と言うことで随分気を使っていただいた様子で、ありがとうございました」

「うむ……?」

「騎士団の派遣に必要な輸送隊や内勤部隊の提供ももちろん助かりましたが……最寄りの陸士部隊になる陸士108の部隊長にゲンヤ・ナカジマ三佐を配置して下さったのは、ゲイズ少将のご指示ですよね?」

「いや待て、儂は知らんぞ!?」

「えっ!?」

「オーリス!」

「はっ!」

「人事部のチャールストン部長に確認を取れ」

「直ちに」

 

 ……どうも、雲行きが怪しくなってきた。

 人事部に連絡を入れつつ、父と一佐の会話に耳を傾ける。

 

「ミッドの地上では、ナカジマ三佐か、行方不明になられた騎士ゼスト……グランガイツ一尉ぐらいしか、頼れそうな人物が思い浮かばなかったもので……」

「……貴官はゼストと仲が良かったのか?」

「直接お会いしたのは先日の会合の後の一度きりですが、あの時、騎士ゼストは私に稽古を付けて下さいました」

「ほう?」

 

 マイバッハ一佐がグランガイツ一尉を貶めたりしなかったことに、オーリスは小さく安堵した。

 同じベルカの出身で教会の息が掛かっているから、というだけではないらしい。それどころか心底落ち込んだ様子を見せた一佐に、父の方が戸惑っている。

 

 現在行方不明中のゼスト・グランガイツ一尉は父の親友で、正真正銘、地上部隊の切り札だった。オーリスも小さな頃から知っているし、人柄も、局員としてのありかたも含め、尊敬すべき人物と心に刻んでいる。

 

 だが……先日ここを訪れた本局武装隊の将官は、部隊の全滅と行方不明の報を聞き、Sランクの魔導師と言えども地上本部の所属では所詮その程度などと、さんざんに腐していったのだ。……それも、父の耳には直接入らぬようにしていたのだから尚更始末が悪い。

 

 そのような子供じみた嫌味も、こちらは唇を噛んでやり過ごさねばならなかった。

 何故なら嫌味と言う名の餌には大きな釣り針が仕掛けられており、引っかかって激昂した者を手繰るための糸もついているのだ。

 

『はい、人事部総務です』

「こちら参謀総長執務室、オーリス・ゲイズ二尉であります」

 

 人事部長からはすぐに返答が来た。

 ナカジマ三佐の名は、マイバッハ一佐の交友関係を洗った時に出たらしい。軋轢が酷い場合には潤滑油にもなるだろうと、チャールストン部長が自ら推挙したようである。

 簡単に聞き取ったが元から新部隊長人事の候補に挙がっていたそうで、多少の迷走はあったものの、人事権を歪めるほどの無茶な配置転換ではなかったと言う。

 

「本当に分からないことだらけなんですよ。

 先日も公用車に四輪駆動車を選ぼうとして、ナカジマ三佐には呆れられました」

「……であろうな。

 将官用とあれば、車種も規定で限られる」

「併設の演習場が広いので、四駆の方がいいと思ったんですが……。

 今、陸士108の車両整備隊の力を借りて、廃車から再生品を作って貰っているんです」

「再生品だと!?」

「はい。

 ……あの、何かまずかったですか?」

 

 会話の合間を見計らって報告しようとしていたオーリスも、これには呆れた。

 普通はやれ新車を用意しろだの、特注の内装に仕上げろだの、ミッドに幾つか存在する本局所属部隊の高官共は口うるさい注文ばかりを並べ立てるのだが……。

 

 無論、こちらも抵抗はしたいが、『各地の地上本部は、管区内に駐留する本局所属部隊の円滑な行動を支援すべし』という管理局の内規が枷になっていた。

 これを盾にやりたい放題をする彼らは、侮蔑を込めて寄生虫と呼ばれている。

 

「うむ、あー……いや、まずくはないが……。

 何故わざわざ廃車を再生したのだ?」

「と言われましても、予算の都合が……」

「貴官は本局の息の掛かった一佐、それも転属後は将官なのだぞ!?

 地上本部に命じれば、公用車など運用費付きで用意出来ると言うのに……」

「えっ!?」

「知らなかったのか!?」

 

 父に問われるままマイバッハ准将が語ったところに因れば、技術本部から研究所開設および初年度の予算として提示された額は、聖王教会からの援助も含めてかなり奮発して貰った事も間違いないが、残念なことに研究どころか部隊運営に支障が出かねない金額だったらしい。

 

「……『型遅れでも完動品は割に渋い顔をされるが、ジャンク品なら施設部や装備部も大抵の申請を通す』と教えて貰ったので、ナカジマ三佐や本局勤務の友人に助けて貰いながら、なんとか必要な機材をかき集めているところです。

 幸い技術系の伝なら沢山ありますし、小物なら自前でなんとかなりそうなので……」

 

 ミッドチルダに本局技術本部隷下の本格的な研究施設が開設されるのは技本406が初めて───最高評議会直属の秘密研究所などは除く───でその様な方面での指導もなく、知り合いの将官の大半が次元航行部隊では地上に駐屯部隊や施設など持つはずもないので、やはり慣例や内規の申し送りはされなかったそうである。

 

 父も驚いていたが、同じ本局でも、いわゆる本局の本流たる次元航行部隊や武装隊と、その外れに位置する技術本部では大きな落差があるようだ。

 

 地上本部に対しては、本局所属の部隊に対する優遇措置など知らなかったこともあるが、デバイスの試験にも使える大きな演習場付きの駐屯地を丸々一つ用意して貰えたし、技術本部が本局と同一視されている現状では後ろ盾も含めた何処に対しても言い出しにくかったと、一佐は頭を掻いた。

 

 そのあたりまでを聞いて、父も態度を飾っていたのが馬鹿らしくなったらしい。彼を真似るようにして頭を掻いて唸り、椅子に深く座り込んで渋面を作った。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「……オーリス」

「はい」

 

 時間になってマイバッハ一佐が退出すると、レジアスは冷たくなったコーヒーを飲み干してから、大きく自分の頬を叩いた。

 

「彼をどう見る?」

 

 正直に言えば、ますます分からなくなったというところだが、返答をしない訳にもいかない。

 得た情報から類推と分析を進めつつ、父の求めに応じる。

 

「一佐ご自身は、悪しき慣例どころか、未だ管理局にも染まり切れていないと見受けられます。

 垣間見られた内面も、腹芸の出来ない……失礼、普通の若者と申し上げていいでしょう」

 

 一佐がミッドに着任するきっかけとなったユニゾン・デバイス製造技術───現在は最高評議会より秘匿指定を受けて開発計画が凍結されている───は立案から実行まで全てが一佐の主導によるもので、技術者として一流であることは疑いない。

 

 また先ほど父は、グランガイツ一尉が行方不明となった強制捜査が戦闘機人事件に関連するものだったと鎌をかけ、一佐の反応を見た。

 どうやら『知っている』様子から、戦闘機人技術についてある程度の情報を開示されている立場らしいとわかる。ただ、機密の中でも表にされている面───彼の第六特機は保護された戦闘機人素体のメンテナンスを行っていた───しか彼は『知らない』ようだった。

 無論、こちらに抱き込めるとは思えないが、改めて調査する必要があるだろう。 

 

 背景の派閥色は確かに強いが、闇の書事件での活躍、古代ベルカ式デバイスの復活と、上から言われるままに与えられた仕事を成功に導き、今の状況を作り上げてきたと言えなくもなかった。

 

 そこに本局総監部などという横槍が入っているから複雑化して見えるが、技術者としては優秀でも士官としてはまだまだ未熟……個人の評価としてはそのあたりだろう。

 

「ですが……一佐の背景たるハラオウン閥、技術本部、聖王教会も、それを望んでいるのではないでしょうか?」

「ふむ……?」

 

 技術本部や聖王教会が、揃って勢力の躍進を望んでいることは間違いない。騎士団と学校、目立つ二枚看板はそれぞれの勢力が強力に後押ししており、校舎や隊舎の新築も決まっていた。

 

 ではその成果にして象徴と見える技本406の役割とは、一体何か?

 

 解りよいのが、本局主流派とは距離を取っているハラオウン閥の対応だ。

 一佐も含め、第六特機の中核人事に関しては、こちらがほぼ握っていた。

 

「確かに成果は求められているでしょう。

 ですがハラオウン閥にしてみれば、欺瞞や虚勢、裏工作などは必要がない、あるいは害悪になると推察できます。

 あちらも今後の試金石と知っていて……それも教会が絡んでいるとなれば、下手な小細工は出来ません。自分で自分の首を絞めることになります」

「つまりはお題目通りの成果を上げることこそが、真の目的となるか」

「はい。

 我々……ミッドの地上本部が一枚噛んだ影響も大きいかと思われます。

 裏に何かあるにしても、一佐と技本406は見せ札であろうかと」

「ふむ……」

 

 技本406そのものは、今のところ裏が見えない。

 健全な運営で大変結構なのだが、それこそが不気味とも言える。

 

 

 

 もっとも、本当に裏などありはしなかった。

 

 教会幹部になることが生まれたときから決まっていたカリムや、小さな頃から執務官を目指し法務だけでなく人間心理や派閥構造にも詳しいクロノ、査閲部所属の査察官としてそれこそ裏仕事が本業のヴェロッサとは違い、そちら方面でまともな訓練も指導も受けていないアーベルに対しては、派閥の都合や政治的な意味を含めた秘密の仕事など、間違っても『任せられない』のである。

 

 技本406が表看板に掲げた通りの業績を上げるなら、それでよかった。

 後は後ろ盾がそれぞれに成果を引き取って、交渉の種にするなり何なりすればいい。

 アーベルは資質的に陰謀向きとは言えないし、彼の持てる力を最大の効率で活かそうとするなら、ハラオウン閥だけでなく、技術本部や教会にも今の型式が最も都合がよかったのである。

 

 

 

 渋面を作ったゲイズ少将は、大きくため息をついた。

 

「……では、最高評議会の意を汲んだ本局総監部の動きはどう見る?

 先日の通達を見る限り、一佐の准将昇進はほぼ奴らの独断であったようだが……」

「そうですね……。

 まだ取り込まれていないようには見受けられましたが───」

 

 

 

 本局総監部は、尻尾のない悪魔にも思えた。

 いま父を悩ませている戦闘機人についても、あれらの息が掛かっている。話を持ってきた総監部の将官自身がそう話したのだから、間違いない。

 

 ……正しいことと、間違っていること。

 

 子供向けのヒーロー番組ならばそれはとても分かり易い善悪の象徴なのだが、社会は───いや、時空管理局が、そのような図式を許しはしない。

 

 例えば、デバイス。

 ミッドチルダ式ストレージ・デバイスは、性能の差こそあれ、管理局員だけでなく犯罪者までもがよく使う一般的な道具であり、技術である。

 魔力のないオーリスには使えないが、世間一般に慣れ親しまれているし、ありふれていた。

 

 では両者に等しく使われるデバイスは、管理局が使えば正しくて、犯罪者が使えば間違いなのか?

 

 模範的な解答ならば、『その通りである』『使う者によって異なる』などとなるだろう。ナイフや車でも、同じ様な答えが返ってくるかもしれない。道具や技術に善悪はなく、使う者の意志が反映される。あるいは人の手によって定められた都合───法により、合法あるいは違法となった。

 

 翻って戦闘機人技術は、人造魔導師製造技術などと同じく、人倫を踏みにじっている故に『間違っている』とされた技術だ。

 しかし、次元世界の人々を守ることこそが存在意義であるはずの管理局が、裏では手を回してそれを使おうとしていた。

 

 犯罪者検挙率の増加が見込めるだの、次元世界の平和と秩序に寄与するだのと理由をつけたところで、オーリスにも割り切れないものがある。

 父はその葛藤を飲み込もうとしているようだが、本局総監部が戦闘機人技術に注目しているという裏側は、グランガイツ一尉にさえ話さなかった。

 

 では両者に等しく使われようとしている戦闘機人技術は、管理局が使えば正しくて、犯罪者が使えば間違いなのか?

 

 ……マイバッハ一佐に対する総監部の反応は、意外とそのあたりに起因するのかもしれない。

 

 主導が本局か技術本部かはわからないが、正規の命令によってユニゾン・デバイスの開発が行われていたことは間違いなかった。

 ではそれが中止───地上本部どころか教会が一枚噛んだ状態での開発凍結命令───となると大きな理由が必要になってくる。

 

 表向きの説明とされたユニゾン・デバイス配備後20年で訪れるという対犯罪者戦力比の悪化という理由は欺瞞と切って捨てたいところだが、こちらはレジアスの命を受けた地上本部作戦課による内密な検討でも、似たような解答が出ていたのだ。

 

 執務室に上がってきた報告書には、確かに重大案件への対処能力の向上は見込めるものの、双方の戦力増加によって事件一つあたりの被害や鎮圧にかかる予算が増加の傾向に収束し、結果的に管理局の首を絞めかねないと結論されていた。

 

 だがこの報告書に、レジアスらは首を捻らざるを得なかった。

 重大案件への対処能力の向上とは即ち本局保有戦力の向上であり、予算への圧力などは、本局以外へと圧力をかければ何とでもなりそうな気もしてしまうのだ。

 あの連中が時空管理局全体と本局とを天秤に掛けた時、全体を取るのかとと問われれば、レジアスは真顔で否と答えるだろう。

 

 本局の予測は、確かにある面で正しくある。

 しかし本局と地上本部で辿り着いた答えが微妙に違うところは不気味で、ならば別の理由が隠されていそうな気もするのだが……その先となると、お手上げであった。

 

 

 

「十中八九、ユニゾン・デバイスの開発中止命令に絡んだ何某かの口止めかと思われますが、一佐が自ら地雷を踏んだのか、それとも踏まされたのかまでは、何とも……」

「どちらにせよ、こちらは正面から受けざるを得ない、と言うことだな」

「はい」

 

 相手が正道を武器とするならば、こちらも正道をもって受けねばならない。

 

 ……これはフェアプレイ精神や騎士道精神、人権人倫に因った価値観の発露ではなく、痛い腹の探り合いをする場合の最も基本的な対抗手段が、たまたまクリーンに見えてしまうだけのことである。

 

「オーリス、しばらく出向いてくれるか。

 これだけ目立つ相手なら、真意を探ろうとしても労力に見あう成果が出るとは思えぬ。

 どちらかと言えば、こちらの隙を見せぬ為の防波堤、あるいは今後を見越した協力体制……いや、言葉を飾っても仕方あるまい、援助の確立と言った役割になるが、頼んだぞ」

 

 技本406がまともな成果を上げようと努力するなら、しっかりと乗ってしまえばいい。それは父の目指すミッドの平和に寄与するだろう。

 

 逆に後ろ暗い成果を求めようとするならば、それこそ彼らの失策だ。本局との交渉材料に使えるなら、ありがたいことこの上ない。

 

 どちらに転んでも、地上本部にはうま味がある。

 

「はい、ご命令とあらば」

 

 査察や短期の出向はこれまでも数をこなしてきたけれど、裏事情を含みながらも与えられた仕事がほぼ書面通りとなるのは初めてかしらと、オーリスは異動後のあれこれを思い描いた。

 

 



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第五十七話「技術本部第406研究所」

 

 問題の8月1日。

 技術本部第406研究所はミッドチルダ西部、旧陸士287部隊駐屯地に開設された。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 ……引っ越し前にリインフォースの再調査なども済ませておきたかったが、流石にそんな余裕はない。

 

 彼女の話では、はやてとのユニゾンを見越したSS対応の魔導魂外殻を形成する時に、ユリア製造時に使用されたアーベルのデータが基本構造の根幹部分に流用されていることに気付いたのがきっかけだったという。

 クララ内にあったアーベルのパーソナルデータを参照して、これは簡単な調整で行けると、効率的なユニゾンに寄与する魔導回路の物理部分を魔導魂に刻んでいったそうだ。リインに比べれば、本体出力を落としながらも同等のSS対応の魔導魂外殻を装備しているため、回路部にかなりの余裕があったと彼女は涼しい顔である。

 マリーにも報せなかった……と言うより、実作業に当たっていたクララにさえ内密にしていたようで、余計な部分は複数系統ある各種環境に対応した予備回路の一つとして偽装されていた。リインフォースに曰く、『私の』切り札であり保険でもあるらしい。

 

 妹も恐らくはユニゾン可能と言われ慌ててリインも調べてみたが、意図的な操作は行われなかったにも関わらず───ユリアの基本設計が流用されているからなとリインフォースは断言したが───、恐ろしいことにこちらも融合適性Bを記録してしまった。

 

『調整すれば適正値Bぐらいは出ると思っていたところがAだったのだ、未調整ながら基本設計がほぼ同じ我が妹がBを出しても不思議はなかろう。

 ユリアのデータを設計の基礎にする限り、適正の度合いはともかく大概の融合騎はアーベルに適合するはずだぞ。

 なに、ばれても管理に必要な調整モードだとでも言っておけばよい』

『簡単に言わないでよ……』

 

 ユニゾン・デバイスは開発凍結命令が出ていたし、どちらにせよ表には出せない。

 

 知らないフリを決め込むしか、選択肢は見つからなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「所長、全員揃いました」

「うん」

 

 所内では備品が何もない倉庫の次に広い隊舎入り口ロビーに集まっている人数は、アーベルとグリフィスにユリアを加えてもわずか10名ほどで、本格的始動にはほど遠い。

 人員も装備も揃っている騎士団の分遣隊は呼ぶだけなら呼べるが、隊員寮が修理改築中で食事の手配さえままならない状況では、本局の現宿舎に留まって貰うより他はなかった。

 

「皆さん、楽にして下さい。

 所長のアーベル・マイバッハ准将です。

 技術本部第406研究所───公式略称『技本406』は、本日正式に開設の運びとなりました。

 えーご覧の通り……」

 

 閑散としているロビーには、民間の建設業者が動かす重機の音と震動が響いている。

 

「今まさにスタートを切ったばかりですが、仕事の方は我々が準備を終えるのを待ってくれません。

 ともかく、出来ることから一つ一つ、片付けて行きましょう」

 

 他に言うべき事はない。

 いや、形だけの発足ではこれしか口にしようがないと言うべきか。

 

 今日にしたところで、内勤の数名とグラウンド・スタッフ───以前のアーベルと同じく嘱託だが専門職ではなく、職員募集に応じてきた民間人───のみがアーベルの前に並んでいた。

 

 

 

 部隊なり基地なりが新規に発足する場合、通常ならば発足日前に設備と人員を整え隊内での連携訓練ぐらいは済ませるし、初日から実働に応える能力が要求された。当日着任してくるのは、慣例的に認められている他部隊からの出向組と、前任地で重職にあることが少なくない隊長陣、逆に入局したてで期日ぎりぎりまで教育期間中であることが多いまっさらな新人と相場が決まっている。

 

 だが技本406は総監部より早期の発足とその喧伝が第一に求められていた上に、そもそも正式な開設命令が発令されてからも内容が二転三転し、旧第六特機とアーベルはまともに準備を調えることが出来なかった。

 これは直属上位組織である技術本部だけでなく、本局も教会も、ついでに地上本部も認めており、多少の優遇措置を考慮されている。

 

 技術本部は来年開校で5月に生徒受け入れを予定している専科学校について、拡充の方向で新たに話をねじ込んできた。

 主導したマーティン部長に曰く、古代ベルカ式はともかく、近代ベルカ式デバイスは当初予定の試用試験がほぼ終了し、そろそろ本格的にマイスターの数を揃えておかないと運用に支障が出るらしい。ついでに実戦部隊と同じ建物で長期間の教育を行うのは問題があると、校舎の建設をアーベルに命じて予算を承認している。

 

 本局は分かり易かった。

 関係した各組織の顔を潰さぬよう書類上の研究所発足日が条件を満たすなら問題ないと、総監部の意図を正確に見抜いた運用部のロウラン提督が頷いてそれでしまいだ。

 

 教会は騎士団分遣隊が僅かに難色を示したが、力技で解決している。

 間借りでは落ち着けぬので新しく専用の隊舎を建てると言いだし、それには予算がついていた。敷地内の邪魔にならぬ場所ならアーベルも問題にはしないし、ありがたいが先に来る。

 

 地上本部はそれら状況には口を挟まなかったが、恩を売れば援助の呼び水にでもなるとでも思ったのか、運営に必要な内勤部隊と輸送部隊を、装備付きで寄越すと言ってきていた。……こちらは後でナカジマ一尉に聞いて分かったのだが、旧287部隊の解隊で他部隊に吸収された主要装備や武装隊と違い、本部預かりとなって浮いていたものを押しつけただけらしい。

 

 ここにシャマルやグリフィスなど、『身内』を加える形で研究所の運用がようやく出来ることになるのだが、自分もマリーも本来は技術屋であり、可能なら内勤部隊のまとめ役が欲しいところであった。

 

 

 

「では、解散!」

「敬礼!」

 

 この規模の部署が全員で自己紹介を交わすのは異例の事態だが、初日に集まったのがこの人数ではお互い支え合うしかなかった。

 

 来週には第一陣として警務隊が着任するし、騎士団の隊舎と専科学校の校舎は来月完成で、それまでには隊員寮も含めた生活環境を整えなくてはならない。

 本局直通の転送ポートも設置が決まり、開通後にマリーら現分室のメンバーやシャマルらも異動となる予定だ。

 合間には、業務計画の立案から教本の作成までが控えている。

 この忙しない状況に対してはアーベルも小言の一つでも言いたいところだが、その様な贅沢は許されなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 無論、中身も調っていないからと、外回りを後回しにすることもできない。

 

 アーベルは研究所開設初日より数日をかけ、民間のハイヤーを借りて近隣部隊への挨拶に赴いた。公用車の準備さえ出来ておらず、一時的措置としてレンタカー会社から小型トラックとワゴン車を借りて業務に使っている。

 

 いっそヘリの方がよかったかなと思うほど遠かった駐屯地もあったが、ミッドに近い方向にある部隊は一日で二つ三つ回れるほどの近距離にそれぞれが位置していた。人口密集地には、地域警邏隊の本部とともに、陸士部隊が置かれていることが多くて助かる。

 

 閲兵式まがいの出迎えを受けることもあれば、受付でしばらく待たされると言ったこともあり、陸士部隊と言っても一括りには出来ないようである。本局の若造が何をしに来たという目で見られることも多く、本局と技術本部は、本局と地上本部ほどに組織間の温度差があるのだと小さく主張せざるを得ない場面もあった。

 

 だからこそ、一番近い陸士108部隊を最初に訪問し、最後にもう一度挨拶に向かったアーベルである。

 

「よう、どうだった?」

「なんとか無事に。

 103部隊は事前情報を貰っていて助かりましたよ、ナカジマ三佐。

 本局と地上本部の方は形式的なもので済みましたから、それほど気を使わなくても良かったんですけどね」

「俺にしてみりゃ、そっちを気を使わないお前さんの方がおかしいがな。

 103のノースブルック二佐はガチガチのミッド至上主義者、おまけに教会嫌いで有名だ。

 ま、乗り越えたんならそれでいいさ」

 

 

 

 ゲンヤ・ナカジマ一尉改めゲンヤ・ナカジマ三佐の陸士108部隊長就任には、必然の他にもちょっとした偶然が含まれている。

 

 ゲンヤの昇進と転属は、勤務状況や本人の希望から翌年春以降と見られていた。

 しかし先月、前108部隊長が強制捜査の指揮中、密輸入された質量兵器で狙撃され、長期入院を余儀なくされてしまったことが変化を与えている。地上本部の人事部は幾人かの士官を玉突き式に転属あるいは昇進させようとしたが、その中にゲンヤの名前も混じっていたらしい。

 

 そこに技本406の新設という話が舞い込んで、話を無駄に大きくしてしまった。本局の肝いりで設立され、聖王教会どころか総監部さえ関わっているなどという『黒い噂』がある研究機関など、詳細を知らなければ迷惑千万甚だしい。

 地上本部の人事担当者は、新任所長マイバッハ准将の情報収集を命じて趣味嗜好から交友関係までを調べ上げたが、さんざん苦悩したあげくに丁度適任の人物が転属予定者名簿に載っていたことを知って頭を抱えたという。

 

 くれぐれも問題を『起こさせないように』と念押しされたと笑うゲンヤ───ユリア、ギンガ、スバルに起因するちょっとしたきっかけもあって、その頃には年と階級の離れた同僚のような関係になっていた───に、アーベルも融和が目的ですからこちらこそ気を使いますよと笑みを浮かべた。

 

 

 

「しっかし……本局肝いりの新設部隊と言っても、懐事情はこっちと似たようなアレなんだな。

 ちょいと認識を改めたわ」

「学校の方は技術本部、騎士団は教会がそれぞれ予算を出しています。

 研究所の方にもちょっとはおこぼれがあるんですが、割と貧乏なんですよ。……本部も教会も奮発してくれたんですが、厳しいところです」

「ふむ……」

「まあ、次元航行部隊並の予算と一緒に、同じ様な任務を与えられても困りますけどね」

「違いない」

 

 こちらは元より技術部署だし、闇の書と同級の重大案件に対処せよ、その為の予算は与えてあるだろうと言われても困るのである。

 陸士部隊としては標準的な戦力を有する陸士108にしても戦闘部隊の魔導師は最高で陸戦型A+、一定以上の事件には地上本部が采配を振るうし、予算規模はそれこそ技本406と比べるまでもないほど小さかった。

 

「特機扱いのデバイスにしても、基本的には依頼側の部隊から予算出して貰って整備します。

 うちが予算から何から用意して、モニターを頼む代わりに押しつけることもありますが……」

「おかげでこっちは助かるがな」

「うちも助かってますよ」

 

 

 

 技本406は、陸士108と業務提携を結んでいた。

 こちらから108を支援するのは本格的に始動してからとなるので、今は前借りの形だ。

 

 陸士108は運営の準備さえ整っていない技本406に対し、有形無形様々な協力を行っている。ナカジマ三佐のみならず所属隊員の個人的なコネクションまで総動員して、予算に余裕のない技本406に抜け道を案内していた。

 

 例えば、基本的に管理局の部隊が使用する装備は、規定の条件を満たした申請を通して装備部、施設部などから受け取るのが通例である。デバイス1個と時空航行艦船1隻はこの点に於いては同列で、必要と認められさえすれば幾らでも支給・交換されたし、規定の耐用年限がくれば返納して新品に交換する、あるいは延命改修して寿命を延ばすなどの措置が取られた。

 

 同時に返納された装備は予備品となるのだが、この扱いが色々と複雑なのである。

 再整備が施されて予備役となるものもあれば、ジャンクとして民間に払い下げられたり、共食い整備の対象になって部品取り用に倉庫でそのまま眠るものもあった。艦船などは使える装備やパーツを回収された後、実艦的として訓練に使われてから廃棄処分になることも多い。

 

 しかし複雑ということは抜け道もあるということで、アーベルはグリフィスを自分の代理人にして陸士108に机を一つ間借りさせて貰い、装備の調達を丸投げしていた。

 

 警務隊の運用するアーベルの公用車───広い演習場でも走り回りやすいように四輪駆動車を選ぼうとしてゲンヤから呆れられた───は地上本部の整備部で眠っていた廃車扱いの大型セダン3台から部品を融通して108の整備員が組み上げた再生品だし、小さなものでは執務机からその上の隊内用通信設備まで、ほぼ全てを世話になっている。

 本局や地上本部のバックヤードだけでなく、民間に人手を送って放出品さえ漁っているが、管理局が放出した物を管理局が再び買い入れているわけで、どうにもちぐはぐだ。だが多少型遅れでも、その方が手っ取り早い上に装備部担当者の顔色を気にせずに済むなら、アーベルには正解だった。

 

 

 

「騎士団の分遣隊が来るのは来月だったか?」

「ええ、隊舎の完成後になります」

「ちとうちの若い連中に稽古付けて貰えるよう、頼んでみちゃくれないか?

 高ランク魔導師なんて、こんなコネでもないとそうそう呼べるもんじゃなくてな……」

「アグレッサーの要請はこれまでもあったそうですから、たぶん大丈夫だと思いますよ。

 顔合わせもまだなんですが、カリムさん……っと、理事官からは、分遣隊には騎士団も結構な手練れを送り込んでいると聞いています。

 棒立ちで砲撃するだけなら、僕でもお手伝いできますけど……」

 

 あー、それでも随分助かると、ゲンヤは頭を掻いてにやりと笑った。

 

 




さいどめにゅー

《本局技術本部第406技術研究所》

 本局技術本部がミッドチルダ地上本部より旧陸士287部隊駐屯地施設の提供を受け、第1世界ミッドチルダに新設した研究所
 設立目的は古代ベルカ式デバイスの研究および普及
 本局、技術本部、ミッドチルダ地上本部、聖王教会と複数組織が設立と運営に関わっており、融和のテストケースとしても期待されている

隷下組織

 研究開発室(旧第四技術部第六特殊機材研究開発課)
 機材管理室

 本局技術本部付属技官養成校ミッドチルダ校

 聖王教会騎士団 管理局分遣隊

 ミッドチルダ地上本部陸上警備部 第2871業務隊
 ミッドチルダ地上本部陸上警備部 第2872通信管制隊
 ミッドチルダ地上本部陸上警備部 第2873警務隊
 ミッドチルダ地上本部北部航空輸送隊 第6001輸送隊


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第五十八話「模擬戦とその思い」

 

 

 早速頼むとそのまま訓練場に引っ張っていかれ、たまには体を動かすかとアーベルもその気でバリアジャケットをまとった。

 

「じゃあユリア、さっきの作戦通りに」

「はい、ロード!

 がんばります、ゲンヤさん!」

「ユリア、お前さんが要だからな。しっかり頼むぞ」

「はいっ!」

「それから、ネタばらすのは講評後な」

「そりゃあまた酷い仕打ちを……」

「なに、ちょいと連中の慢心ってやつを折っときたくて、わざわざ頼んだんだ。

 それぐらいでなきゃならん」

 

 白衣じゃ感づく奴が出そうだからその下の訓練着だけにしてくれるかと、ゲンヤは人の悪い笑顔を浮かべた。

 

「丁度いい、休憩中だ」

「……あれが、休憩ですか?」

「あの様子じゃ遊びが半分、クールダウンが半分ってとこだ」

 

 訓練場に出れば10名ほどの武装隊員が二手に分かれ、フラッグ戦───相手の旗を奪った方が勝ち───を行っている。連携の訓練と同時にレクリエーションも兼ねているのだろう、隊員達は笑顔だった。

 

 アーベルの顔を知っている者がこの場にいればゲンヤの計略は成り立たなかっただろうが、彼ら武装隊員は待機所で過ごすか現場に出るか、あるいは訓練をするのが主な仕事で、用でもないと事務室や部隊長室に顔を出すことはない。

 

「あ、部隊長!」

「おう。

 精が出るな」

「ういっす。

 そちらは?」

「見ない顔ですね?」

「406の新任さんでな、ロウラン三士の『同僚』だ」

 

 ちなみに406は新規に発足したばかりでアーベルも新任であり、広い意味ではグリフィスの同僚であることも間違いない。

 正しい情報でありながら間違った解釈を与えるゲンヤの口振りに、上手いもんだなあと感心する。

 

「マイバッハ『三等空士』であります!」

「おう、よろしくな!

 エル・シノア・エクセール陸曹だ」

 

 ゲンヤの入れ知恵、その一。

 ユニゾンしてアーベルの肉体コントロールをユリアに渡し、そのまま自己紹介。詐欺に近いが、アーベルは自分の意志で話してはいない。

 

 エクセール陸曹は陸士108のエースで現在15歳、武装隊の要だと聞いている。但し、個人戦闘力と鼻っ柱は強いが今ひとつ注意に欠け、捜査や情報収集を疎かにしがちとのことだった。

 そろそろ理不尽な壁にぶち当てて一皮剥けさせてやる時期なんだと、ゲンヤは笑っていた。

 

「マイバッハ三士は、去年入局したばかりのルーキーだそうだ」

「へえ……」

「お前らも同じ面子じゃ飽きるだろ?

 お互いにいい刺激になると思って、ちょいと無理言ったんだわ。

 こう見えて滅茶苦茶強いらしいが……エル・シノア、お前なら勝てるか?」

「そりゃその辺のルーキーに伸されるようじゃ、この陸士108の最強は名乗れませんよ」

「エル・シノアは入局前、DSAA主催のクラナガン・ジュニア・リーグで年間3位に輝いたほどの近接魔導師だが、どうだ、マイバッハ三士?

 勝てそうか?」

「……はい。

 大丈夫だと思います」

「吐いた唾は飲めねえぞ?」

 

 ユリアはアーベルの身体を動かして、しっかり頷いて見せた。隊員達から失笑が漏れ、ゲンヤも苦笑いをしている。ユリアを煽ることで、その実108の武装隊員らの慢心を助長しているのだろう。

 

 この間に彼女は108部隊の通信端末から外部へと回線を繋ぎ、DSAA関連の動画を収集してエクセール陸曹の成長予測と戦力評価、傾向の分析を済ませていた。調べた情報はDSAA公式サイトの選手名鑑やネットに掲載されている動画であり、局の機密ですらなく違法行為にも当たらない。

 ちなみに局員名簿によると、エクセール陸曹は陸戦のA+で長杖を得意とする棒術使いと記されている。

 

「マイバッハ三士、飛行はするなよ?

 流石に飛んで射撃じゃ訓練にならん」

「了解です」

 

 ゲンヤの入れ知恵、その二。

 飛行は禁止と先に宣言。同時に、その他の魔法は一切禁止していないところがミソである。飛ばないルーキーなら大丈夫、ついでに射撃というキーワードを最初に与えておき、思考を誘導することも目的に入っている。

 

「お互い、何か質問はないか?」

「大丈夫です」

「戦ってみりゃわかりますって」

「……そうか」

 

 ゲンヤの入れ知恵、その三。

 面子に拘って聞かなければそれまで、聞けばマイバッハ『三士』は、得意技は誘導弾で魔力量Bランク、魔導師ランクは未取得ですと、素直に答えていただろう。どちらにしても罠となる仕掛けであった。

 

 そのまま訓練場の中央にでて、エクセール陸曹と対峙する。

 前置きはない。

 

 エクセール陸曹は長杖型の局標準デバイス、こちらもそれにあわせてタイプ・スタッフを選択する。

 但しエクセール陸曹は棒術使いであり、デバイスによる不利はむしろこちら側かもしれない。

 

「よし、両者準備はいいな。

 ……始め!」

 

 予想通り……というか、それしかあり得ないのだが、エクセール陸曹は身体強化を掛けて左右に回避機動を取りつつ、こちらに向けて突っ込んできた。

 

「クララ!」

“エリア・バインド、マキシマム・パワー”

 

 対してマイバッハ『三士』───ユリアは、クララを行使してエクセール陸曹を回避機動ごとバインドの効果範囲に取り込んだ。魔力量AAAに胡座をかいた理不尽極まりない力技だが、その理不尽にぶちのめされることで彼は成長するんだとゲンヤは口にしていたから、ユリアも素直に全力を出している。

 

「げっ!?

 なんだこれ?

 抜け……抜けねえ!?」

“コンバット・モード、タイプ・キャノン”

「チャージ開始……カートリッジ!」

“カートリッジ・ロード”

「待て、クソッ!

 その魔力はなんだよ、おい!?」

 

 もがくエクセール陸曹を真っ直ぐ見つめ、マイバッハ『三士』は悠々と魔力のチャージを開始した。

 本来なら薄紫の魔力光が、高圧縮されて暗紫色となって行く。

 マイバッハ『三士』は、しっかりと保持した魔力球をエクセール陸曹へと向けた。

 

「いくよ、クララ! 貫通の強撃……」

“ピアシング・ストライク”

「ア、だ……ヒィ!?」

 

 あの時クララに新たな部品を配し、知恵を絞って魔法を組み上げたアーベルは知っている。

 ピアシング・ストライクは対闇の書戦用に作った貫通重視の直射型射撃魔法で、クララ側で手加減───収束率は闇の書の防衛プログラム相手に放ったときの数百分の1程度───はしているが、元より対人戦に使うような代物ではないのだ。

 

 これは酷いなと、思う間もなかった。

 

 アーベルなら降参するかと聞くところ、ユリアは何の躊躇いもなく『約5メートル』の至近距離でエクセール陸曹を打ち抜いた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「おー、気がつきやがったか」

「部隊長……」

 

 呼ばれた医務官と共に回復魔法を掛けていると、しばらくしてエクセール陸曹は目を覚ました。

 アーベルならもう半日ぐらい寝ていたかも知れないが、彼は戦闘慣れしているのだろう。医務官もいつものことと、簡単に診察をして隊舎に戻ってしまった。

 

「さて、講評と行くか。

 エクセール陸曹」

「はい」

 

 ゲンヤが名を呼ばずに姓と階級で呼んだところを見ると、ここからはお仕事タイムらしい。

 

「マイバッハ三士は強いと、俺は予め口にしたが?」

「……はい」

「もう一度やって勝てるか?」

「……たぶん、無理です」

「何が足りなかった?」

「……わかり、ません」

「お前らからは何かあるか?」

 

 エクセール陸曹は酷い落ち込みようだが、これも予定のことである。

 ゲンヤは隊員達を巡に眺め、感想を聞いていった。

 

「マイバッハ三士のデバイスに、二段の変形があるとは思いませんでした」

「あのバインドは自分も見たことがありません」

「あれが、噂のカートリッジ・システムですか?」

 

 ふんふんと頷いていたゲンヤは、アーベルに目を向けた。

 

「マイバッハ三士は正真正銘、去年入局の魔導師ランク未取得だったな?」

「はい」

「戦闘経験は?」

「ありません。模擬戦も今回が2回目です」

「えっ!?」

「マジか?」

 

 今日のところはバインドして砲撃と、作戦も何もあったものではないが、初の模擬戦にも慌てず、指示されたとおりに過不足無く魔法を行使できたという点ではユリアに及第点を与えていい。

 

 これもアーベルがゲンヤの提案に頷いた理由の一つである。ユリアに経験を積ませたかったのだ。

 いきなり戦場に放り込まれることはないだろうが、クロノあたりに呼びつけられれば否と言えるわけもない。そしてクロノは使えるものは何でも使う主義とアーベルは非常に良く知っていたし、先日の騎士ゼストとの模擬戦で……幾らか思うところがあった。

 

「じゃあ種明かしと行くか。

 ユリア・マイバッハ三士、もういいぞ」

「はい!」

 

 ユニゾンを解いて、バリアジャケットから局の制服に戻す。

 

「技術本部第406研究所、研究開発室所属、ユリア・マイバッハ三等空士であります!」

「技術本部第406研究所所長、アーベル・マイバッハ准将です」

「ちょ!?」

「げ……」

「准将閣下!?」

「……ぶ、部隊長、これは!?」

「まあ、ぶっちゃけると、お前らの……先入観で物事を量る悪い癖を正したくてな、頭下げて訓練場までご足労願ったんだ」

 

 アーベルの肩の上で敬礼をするユリアとその下の肩章に、隊員達の顔は驚愕に染まった。

 慌てて立ち上がり敬礼する彼らに、アーベルも答礼を返す。

 

「企画立案はナカジマ三佐ですから、くれぐれもそこの処は理解して下さいね」

「ま、そういうわけでな、ちょいとお前らに、捜査の基本ってやつを思い出して貰おうと考えたわけだ。

 ユリア・マイバッハ三士はユニゾン・デバイス……って言ってもわからねえか、魔導師と合体する妖精さんだと思っとけ。

 で、単体ならこの嬢ちゃんは魔導師ランク未取得なんだが、ユニゾンすると術者の魔力を自在且つ精密に運用出来る。

 准将は確か総合Eランクでしたかな?」

「ええ、そうです」

「いや、失礼ですがあれでEってのはあり得なくないですか?」

「自分が力入れて破れなかったあのバインド、軽く見積もってもAAはあったと思うんですが……」

 

 ゲンヤはアーベルと顔を見合わせ、はあっと溜息をついた。

 あちゃあと額を押さえている隊員は気付いた様子だが、エクセール陸曹他数名には、これも引っかけ問題だと伝わらなかったらしい。

 

「エル・シノア、さっきから言っとるだろう。

 先入観で物事を量るな」

「クララ、僕の局員経歴出して」

“了解です”

「エクセール陸曹、僕は正真正銘、総合Eランクの魔導師だ。

 これで納得できるかな?」

「ええ、た、確かに……」

「それは初等部の頃、学校の授業で取った資格なんだ。

 以来一度も更新していない。マイスターには必要がないからね。

 でも今は……魔力量だけはAAAに届いたよ」

「AAA!?」

「そりゃエルがバインド破れねえわけだ……」

「……あ!」

「そういうことだ、エル・シノア。

 ご本人の前で言うこっちゃないが、見事な欺瞞だ。

 まあ、そこにちょいとユリア嬢ちゃんってフレーバーを加えて、間違いではないながら見せかけの挨拶を頼んだ。俺があんな態度とってたのも、その助長ってやつだな。

 技本406は戦闘部隊じゃねえって、お前らは思ってたろう?

 そんな先入観なんぞあてにならんってのは、これでわかったはずだ。

 捜査でそんなことにならねえように、普段から相手疑ってかかる癖つけとけよ。

 ……命に関わるからな」

 

 

 

 ……なんと度量の広い人物なのだろう。

 

 

 

 愛妻を亡くしてまだ数ヶ月と経っていないのに、ゲンヤはそれを口に出来るのだ。

 小さな悲しみを同時に感じつつも、部下たちをクイントのような目に遭わせたくないというゲンヤの心の内は、アーベルにもしっかりと伝わってきた。

 

 



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第五十九話「戦力と思惑」

 

 

 9月の半ば、騎士団分遣隊の隊舎と付属専科学校の校舎が完成し、技本406とアーベルは忙しさを増した。

 

 いや、それまでもすずか達の訪問を断らざるを得ないほどあちこち飛び回っていたのだが、その比ではない。研究などに手を着けられるはずもなく、毎日のように本局や地上本部、陸士108部隊と往復している。

 おかげで教官陣が到着するまでに、研究所『以外』の準備はほぼ間に合わせることが出来そうだ。

 

「所長、ヘリがもうすぐ到着します」

「10時過ぎだっけ?」

「はい、そうです」

 

 装備の調達が粗方終わり、ようやくグリフィスも陸士108部隊から戻されて研究所に復帰している。

 

 予算を示してこれが欲しいと言えば済むものでもなく、装備部に書類を出せば向こうから持ってきてくれるわけでもない。ジャンク品の現状渡しでも、担当者立ち会いの確認作業と書類の作成は必要だ。その上で整備や修理に必要な部品や消耗資材の手配を行うのだから、108の部隊員達の協力を得てなお面倒で複雑だったろうに、彼はとても4月入局の新人とは思えないほどよくやってくれていた。

 

 彼を伴いヘリポートまで騎士団を出迎えに行くと、手すきの整備員らはもう整列している。

 

「ロード、見えてきました」

「うん」

 

 やがて重いローター音が響いてきて、管理局ブルーの重輸送ヘリコプターが、アーベルらの前に姿を現した。

 ちなみにこのヘリも、アーベルらと並んでヘリを待つ整備員たちも、地上本部からのてこ入れである。ヘリと整備員、ついでに余っていた内勤部隊を送るだけでベルカ騎士が援助金付きでついてくるなら安いと判断したらしい。……特別捜査部のゼスト隊が壊滅した影響で、急遽戦力の補填を必要としていた側面もある。

 

「奮発したねえ」

「……ヘリが必要なほど遠いところに出撃しろってことなんじゃないでしょうか?」

「違いない」

 

 降りてきた第一陣の騎士団員は10名ほどでうち正騎士は3名、その他の騎士や事務職、通信士などのバックアップ要員はもう一度ヘリが迎えに行く予定で、こちらに来るのは総員20名ほどの一隊だった。

 

 隊長格の騎士は真正デバイスの継承者であるが、アーベルは敬礼しそうになる気持ちを押さえ、軽く会釈をすると後は大人しく待っていた。

 

「総員、整列!」

 

 こちらの気分では騎士の方が立場は上な気もするのだが、もうそのような事態ではなくなっている。

 

 ……幾度と無く辞退したのにも関わらず、分遣隊の指揮権はカリムの手からアーベルに移ることが決まっていた。カリムも騎士団本部と管理局の調整に忙しいし、現場に近い者の方がよいだろうという配慮もある。

 

「聖王教会騎士団管理局分遣隊、騎士隊長オトマール・オーレンシュタインであります」

「技術本部第406研究所所長、アーベル・マイバッハです。

 騎士オトマール、お会いするのは初めてですが、弟より幾度と無くお話を伺っております。

 先日はありがとうございました」

「お役に立てたのなら幸いです、マイスター・アーベル。

 我が弟とマイスター・ゲルハルトは同級生、兄上殿のお話はよく伺っておりましたよ」

 

 騎士オトマールは、以前ゲルハルトが手に入れてきたデバイス稼働データの提供者であった。

 彼が引き連れてきた騎士や従士、従軍司祭、おまけで先行してやってきた地上本部からの連絡士官に、ユリア、グリフィスらこちらのメンバーを紹介する。

 

「ミッドチルダ地上本部より派遣されました、オーリス・ゲイズ二尉であります。

 お久しぶりです、マイバッハ閣下」

「先日以来ですね、ゲイズ二尉。

 お世話になります」

 

 しばらく無言で視線をかわし、お互いに小さく頷いて敬礼を解く。

 

 幾らかでも話の通じそうな相手が送り込まれてきたことで、仕事は忙しくなりそうだがそれ以外の面では多少気楽になるかもしれない。

 彼女の父ゲイズ少将は自身の評判や本局との軋轢など意に介さず、地上世界の平和について真剣に考えている様子だった。地上本部から出される援助の要求はカリムに丸投げ───アーベルにそちら方面の権限はないので、元より都合のいい連絡係であることは自覚していた───すればいいし、技術協力なら技本406の本業で成果に直結するのでこちらから『営業』を仕掛けたいところである。

 

 ついでに言えば、オーリス・ゲイズ二尉を手元に置くことは、地上本部の上の方にホットラインが引けているのと同じ事になるので、少なくとも余計な横槍が入る可能性が減った。

 

「ロウラン三士、皆さんを寮にご案内して」

「了解です」

 

 隊列を組んで隊員寮へと向かう彼らを見送り、アーベルは騎士オトマールを連れて執務室へと向かった。

 これまではカリムを通して打ち合わせをしていたが、今後はアーベルに丸投げされている。

 

「本局での扱いはどうでしたか?

 騎士カリムからは、アグレッサーや各所への火消しで忙しかったと伺っています」

「無理な要請はありませんでしたが、補給や整備の面で問題がありました。

 剣や槍が破損などすれば、団員ごと送り返すのが常でしたよ。

 騎士カリムからは、その点だけは随分ましになるだろうと聞いております」

「もうすぐ弟もこちらに呼び戻せそうですから、デバイスの整備や補修については改善されるかと思います。

 ただ今度は逆に、出撃や出張で忙しくなるかもしれません。

 少し、ご説明いたします」

 

 

 

 管理局が地上本部を置く管理世界では、事件規模に合わせて出動する部隊には大きく分けて四段階のレベルがあった。

 

 軽犯罪や一般的な治安維持には、各都市どころか街区ごとに派出所を持つ地域警邏隊がまず出動する。武装も貧弱だが地域に密着した対応を得意とする、いわゆる一般的な『おまわりさん』だ。

 

 彼らの手に負えない重犯罪や規模の大きい事件───例えば密輸や人質を伴う立てこもり、質量兵器を使用した犯罪、大規模災害、テロリズムといった特殊な案件───には管轄区域の陸士部隊に出動要請が出され、そちらが対処する。準軍隊とも言える陸士部隊は地上本部の主戦力であり、捜査から治安出動までを部隊単位で行える指揮および補給系統を持たされていた。

 

 その陸士部隊が連携してさえ持て余すような事件には、地上本部から虎の子とも言えるストライカー級の魔導師を擁した本部直属の首都防衛隊や航空隊と言ったエリート部隊が出撃し、事態を鎮圧する。

 

 それでも駄目なら今度こそ本局や他の地上本部から武装隊や次元航行艦船が呼ばれることになるが、縄張り意識からくる反目や遺恨もあり、紆余曲折の末に発令、あるいは本局側の判断で強制発動されることが殆どだった。

 

 そこで騎士団分遣隊の扱いだが、これまでの本局の要請による出動からミッドチルダ地上本部のそれに切り替わることで、事件規模は小さくなるが出動回数が増加するのではないかと思われていた。

 

 また、要請があった場合の命令系統も問題だ。

 基本的には地上本部の要請をアーベルが受諾し、騎士団分遣隊を派遣することになっている。

 だが近隣の陸士部隊から応援要請があった場合は、優先順位はともかく、そちらにも応えなくてはならないだろう。

 その為に連絡士官と言う名の調整役がいるので、そちらに押しつける関係を早々に作ってしまえとは、ゲンヤらしいアドバイスであった。

 

 

 

「なるほど。

 小分けして回す方が良いかも知れませんね」

「そこは騎士オトマールにお任せします。

 それから分遣隊の指揮も、当然ですが騎士オトマールにお願いすることになります。

 お聞き及びとは思いますが、私は戦闘魔導師でも騎士でもなくただのマイスターで、部隊運営や戦術面の教育は一切受けていません」

「はい。

 しかしながら騎士カリムに曰く、マイスター・アーベルは武門の出ではないが、管理局とベルカの両方を知り、却って騎士の見えぬものまでよく見える。その方針の示す先にある意味を理解し、適切な運営を心がけよ……と命ぜられております」

「カリムさんは何を言ってるんだ……」

 

 頭を抱えたアーベルに対し、騎士オトマールはくすくすと笑った。

 年上かと思っていたが、意外に若いのかも知れない。

 

「そう言えば、騎士カリムとはSt.ヒルデの同級生でいらしたとか?」

「卒業してからの方がつきあいはありますけどね。

 局に出入りするようになってから、彼女の義弟、ヴェロッサ・アコースと親しくなったんです」

「ああ、彼ですか。

 一度、分遣隊に差し入れを持ってきてくれましたよ」

 

 まあそれはともかくと、ゲンヤから聞いた地上部隊の現状や最近の動向に加えて、技術本部を去り際に仕入れた本局の思惑なども披露する。

 

「地上はとにかく高ランクの魔導師が不足しがちで、本局の武装隊と地上の陸士部隊とでは、比較にならないほどの差があります。

 では適度に入れ替えてバランスを取ればいい……というわけでもなくて、陸が10の戦力で常に15の働きをさせられていてへとへとなら、海は100の戦力で有事の200に当たるのが本領。それ故にどちらも戦力を調えようと努力し、それがかえって相互の不理解や軋轢を拡大してきた、と言えるかもしれません」

「難しい問題ですな。

 騎士団も……時に問題は起きますが、まだしも上手く行っている方かと思えてきました」

 

 アーベルは陸の10と海の100、その間で上手く動き回ることが求められていた。ハラオウン閥は完全に海だが、教会しかり技術部しかり、管理局内部の派閥争いからは距離がある。地上も含めて等しく利益を分配しなくては、反対にこちらが火種の元になってしまうだろう。常道を進みつつ発言力を蓄えていくことこそが、最も軋轢の少ない道と言えた。

 

「ともかく、何かあれば私か、私が居なければロウラン三士に言付けて下さい」

「了解であります」

 

 何はともあれ、近日中には分遣隊も本格的に始動する。

 面倒が起きなければいいがと、アーベルは退室する騎士オトマールを見送った。

 



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第六十話「学びの季節」

 

 

 騎士団分遣隊が技本406に派遣されてから1週間、ゲルハルトも後任にコア培養プラントを任せて研究所に戻ってきた。騎士団のデバイスについては弟に丸投げ……と言うわけにも行くまいが、個人調整に関しては適性もあってアーベルの比ではない仕事が出来る。この状況では頼らざるを得なかった。

 

 分遣隊が教会サイドの仕事なら、付属の専科学校───正式名称は『技術本部付属技官養成校ミッドチルダ校』に決まった───は管理局の領分である。

 こちらもその要となるハリス一尉が、校舎完成後すぐに着任して来た。

 

「お久しぶりですな、マイバッハ教官、いえ閣下」

「ご無沙汰しています、ハリス主任、いえ、設立委員長。

 閣下は慣れませんので、どうぞ教官と」

「お言葉に甘えさせていただきましょう」

 

 彼はアーベルが士官学校本局校で講師をしていた頃、主任教官を務めていた教育畑一筋の内勤士官であり、付属専科学校の設立委員長───開校後には校長───を務めて貰うことになっていた。

 当初はアーベルを校長に据えるという話も進んでいたが、流石に仕事が回らないと様々な理由を並べ立てて抵抗し、これを回避している。

 

 他の教官も追々着任してくるが、いまは任地で仕事の引継の傍ら、新しく用意する教科書の執筆や教官資格の取得に手を取られている。以前よりアーベルも局に報告書を上げていたが、そのまま使おうにも技術資料にしかならず、手直しを自らに迫っていた。

 

 開校は来年だが、積み上がっている仕事は教育目標の設定から受験者の選定方法、教科と教材の準備まで、人集めの方も教官陣以外に事務官や教務官など総勢で20余名は必要と、やることは山ほどあった。

 

「マイバッハ教官、技術本部からの要求はご存じと思いますが……」

「はい。当初は古代ベルカ式コース10名、近代ベルカ式コース20名の卒業生を要求されています。

 卒業時要件は従来のミッドチルダ式B級デバイスマイスター相当、新規設計までは要求しないが、基本的な整備、修理に加えて個人調整が出来るように鍛え上げよと命じられています。

 こちらは先日の連絡会でも、変更なしとのことでした。

 近代ベルカ式コースは技術本部にも経験を積んだ技官がおりますし、教官陣もほぼ選定済みですからいいのですが、古代ベルカ式の方はこの個人調整が実は問題でして……」

 

 人数は少なく思えるが、ミッド式デバイスとの普及比率を考えればどうだろうか。……もちろん、アーベルがいくら反論を並べようとも変更はない。

 

 またその要求も、理論と実際を知っていれば出来無くはないが、アーベルでも未だ苦労する代物であり、整備適性なしでは教育に相応の時間を取られてしまうと予想がついていた。

 何とか最初の半年で基礎を終え、残りの半年は教会騎士団のデバイス整備で腕を磨いて貰う予定である。この為に受験資格はB級マイスターを必須とすることを、当初より計画書には書き記してあった。とりあえず、専門用語の半分以上は一から教えなくて済む。

 

「私は無論、デバイスには詳しくありませんが……。

 なるほど、マイバッハ教官は適性をお持ちでない?」

「はい。

 出来無くはありませんが、整備適性持ちに比べてどうにも効率が落ちます。

 場合によっては適性の判定を行った上で、授業を分けた方が良いかなと思わざるを得ません。

 特に実物に触れることが出来る実習時間と生徒達が試行錯誤に使える時間は、多めにするべきと考えています」

 

 実家の兄弟子の助力で粗方まとまった授業計画の試案を、ハリス一尉に手渡す。

 

「ふむ、考慮しておきましょう。

 基本は、適性を持たないマイバッハ教官のご経験を理論立てて効率よく整理し、教育に取り入れること、適性持ちの生徒がいた場合は……」

「適性持ちの講師にマンツーマンで指導させるか、場合によってはうちの実家……マイバッハ工房に留学または実習扱いで出向いて貰うのが、生徒のためにも良いかと思います」

 

 理論の学習などは同列であるにしても、デバイスや使用者に対するアプローチや回路の調整方法から違ってくるのでは、双方の生徒によろしくない。

 

「講師として呼ぶ予定のマイバッハ工房の技師にも、適性を持つ技師と持たない技師がおります。

 持たざるを前提としてカリキュラムを組むように依頼は出してありますので、ハリス主任には生徒達に負担が行きすぎないか、許された予算内時間内で卒業要件が満たせるかどうか、監督をお願いします。

 ……あー、それからですね、マイバッハ工房から講師役に呼んだ技師達には少し注意して下さい」

「……それは?」

「彼らはデバイスを弄くるのも好きですが、弟子を育てるのも好きなんです。

 それはもう馬鹿正直で、熱血で、真っ直ぐで……悪い事じゃないんですが、どちらも行きすぎてしまいそうで……」

「ああ……なるほど」

 

 こちらに来る2人の名を名簿に見つけた日、アーベルは多少重めのため息をついていただろうか。

 デバイスに対しては真剣に向き合うし、その態度に裏表はなく、教えを受けた弟弟子達にも慕われている。それは間違いない。

 ただ……少しやり過ぎてしまうのが心配なのである。

 

「そちらは何とでもなるでしょう。

 一番大事な教育への情熱をお持ちなのですから」

「ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

 

 当面の予定は教育内容や人事の調整等実務に必要なピースを埋めていく事が主体であるが、近隣にある訓練校への挨拶や開校式の準備など、面倒くさい仕事も着いて回る。

 

 こちらも丸投げに近いが、学校の運営など流石に片手間とは行くまい。

 ハリス一尉が来てくれて助かったと、アーベルは一息ついた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 寮に帰れば、今はもう夕食も普通に出てくる。前準備は大変だったが、寮は熟考と検討の末、所属全部隊の共用としていた。

 男女の境界はともかくセキュリティ問題は流石に一筋縄では行かなかったものの、融和というお題目が通っている。

 

 時に問題となるが、プライベートルームである寮内に局の機密を持ち込むことは、当然ながら規定で禁止されていた。それでも『事件』が後を立たないことは周知の事実で、今更表立って取り上げることもない。……まあ、本局の技術本部、ミッドの地上本部、ベルカの聖王教会と並んでいれば、お互いに『お行儀良く』するしかないだろうとは、顛末を聞いたクロノの言である。

 

「おつかれさまです、所長、ユリアちゃん」

「ただいまです、アイナさん!」

「アイナさんもお疲れさまです」

 

 アーベルに限らず、寮生活最初の数日は有志の買い出し部隊が手に入れてきたテイクアウトの総菜を食べていたが、これは厨房の改装工事が未了だったことが原因である。

 本部となる隊舎の食堂も人員増を見越して同時に改装させていたが、未だに引っ越しの予定が立たない研究部署はともかく、騎士団分遣隊の実働には間に合わせないと、顔が立たなかった。

 

「ん、ユリア」

「ありがとうございます、ロード」

 

 適当な席について、自分の皿からユリアの分を取り分ける。

 

 今夜は大振りのハンバーグステーキにセルフィーユとチーズのサラダ、キャロット・スープ、そこに自家製のパンと、スタッフの習熟と設備の充実振りを感じさせるメニューであった。

 

 アーベルはクロノからの入れ知恵で、毎日違う席で食事を摂るようにしている。

 中心人物が席を決めるとそこが『特等席』になってしまい、交流に壁が出来るぞと言われていた。

 

「お疲れさまです、所長」

「ゲイズ二尉、こんばんは」

「こんばんは、であります!」

「はいこんばんは、マイバッハ三士」

 

 最初は地上本部所属の士官と遠慮もあっただろうが、技本406は本局の青、地上本部の茶、それぞれの制服に加え、騎士服の教会騎士さえうろうろしている。マリー達が来れば白衣の者も増えるだろうか。

 

「どうぞ座って下さい。

 冷めてしまいますよ」

「ありがとうございます」

 

 彼女は今日、地上本部へと赴いていたから、顔を会わせるのは昨日振りである。そちらの報告を聞かねばならない。

 

「あちらはどうでしたか?」

「はい、大筋で了承されました」

「お疲れさまでした。

 教会の方は内諾が取れていますから、あとはロウラン提督か……」

「技術本部の方はよろしいんですか?」

「好きにしろと言われています。

 正確には、教会騎士団が絡む指揮系統の問題に大きな口出しはできないし、所長が私のままなら別にいいだろう、ということらしいです」

 

 アーベルは、内勤部隊のトップにオーリスを据えてしまおうと画策していた。

 

 グリフィスはこちらの無理にもよく応えてくれているが、入局半年の三士ではまだまだ学ぶべきことの方が多かったし、その階級では指揮権までは預けられない。

 

 彼女はゲイズ少将の娘で地上本部とは大きなパイプを持っており、勤務評定を見る限り内勤士官としての評価も上々である。何を考えて彼女を……いや、技本406は警戒されているんだろうなとすぐに思いついたが、ただの連絡士官として使うにはあまりにも勿体なかった。

 

 猫の首に鈴を付けるかのように情報部上がりの胡散臭い士官でも送られて来たならこちらも身構えるが、主流派高官の娘をそんなくだらないことに使い潰すはずもない。それでも幾らか警戒感はあったので、内偵とまでは言わないがヴェロッサにそれとなく話を振って調べて貰い、ゲイズ少将が私人としてはいわゆる『親バカ』の類であると確認も取っていた。

 

 あとは派閥間の調整さえアーベルが引き受けるなら、少なくとも技本406に限っては都合がいいのである。

 

 

 

 昼は事務仕事に加えて教科書の執筆に時間を取られ、夜は忙しい……と言うわけではないが、それ以外のイベントが集中していた。

 

「そっか、落ちちゃったか……。

 残念だったね」

『うん……』

 

 画面の向こうでとほほ顔をしているのはフェイトである。

 彼女は先日受けた執務官試験にて、残念ながら不合格となってしまっていた。

 

 その報告がアーベルのところにも来るのは、もう任期満了で放免されていたが、保護観察児童更正協力者として保護者の一人に名を連ねていたからだろう。律儀なフェイトは義務教育の成績表も見せに来るので、それとなく相談やアドバイスにも乗っている。

 

「まあ、クロノも1回目は落ちてたし、実務を何年も積んでから受けるのが普通の難関資格だからなあ。僕もA級マイスターの取得には3年ぐらい掛かったっけ……。

 よし、次も頑張ろうか。

 1回じゃ、諦めないよね?」

『うん。

 ふふ、クロノも同じ事言ってくれたよ。

 次も頑張れって』

 

 だろうなあと頷く。

 過保護な『お兄ちゃん』は、そういう方面での応援は惜しまないし、ついでに妥協もしない。

 

「でも、みんな試験続きだね。

 なのはちゃんはSランクを目指して訓練を重ねてるそうだし、はやてちゃんもこっちにいるときは小隊指揮官受けるって頑張ってた」

『すずかはデバイスマイスターのお勉強、アリサも自分が取れそうなミッドの資格を探してたよ。

 アーベルは資格増やしたりしないの?』

「僕はユーノ君と同じで、資格を作る方に追われてるよ。

 来年半ばを目処に、ベルカ式デバイスマイスターの資格を制度化しないといけなくなっちゃった」

 

 近代ベルカ式魔法および同デバイスは、ミッドチルダ式のそれをベースにプログラム上でエミュレートするというシステム構成から、現行のデバイスマイスター資格の付帯項目とすることで話が決着していたが、古代ベルカ式デバイスマイスターの方はそうもいかない。養成校の古代ベルカ式コースの卒業要件にも入れられていたから、結局は技本406に丸投げされていた。

 

 ……これでユニゾン・デバイスのコースまで追加されていれば、どうなっていたことか。

 

「個人で……ってことなら、運転免許が欲しいかな。

 研究所から街までが、ちょっと遠いんだ」

『車はわたしも乗ってみたいかな』

 

 みんな試験に振り回されてるねと、アーベルは微笑んだ。

 

 



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