殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼 (里奈使徒)
しおりを挟む

プロローグ

 俺の名は、リーベル・タス・マキシマム。

 

 家族は、全員名うての殺し屋だ。暗殺を行い、生計を立てている。

 

 ただ、殺し屋と言っても誰でも彼でも殺している訳ではない。ターゲットは犯罪者達だ。この世界、犯罪者には賞金が懸けられている。悪党であればあるほど、その懸けられた額は大きい。

 

 それらを狩って財を成したのがマキシマム家だ。

 

 親父も母さんも祖父ちゃんも、都会に出稼ぎに行くノリで犯罪者をハントしていった。誰もが恐れる大悪党を赤子の腕を捻るが如く、簡単に殺していく。ターゲットの中には、八万の軍隊を支配下に置いた領主もいたが、てんで相手にならなかった。

 

 そんな伝説を残したのだ。誰に聞いても、殺し屋といえばマキシマム家。まずうちの名が挙がるだろう。

 

 

 俺の家族を紹介する。

 

 

 親父は、武芸百般。剣術、槍術、柔術……古武術から近世格闘技まで、ありとあらゆる武を極めている。

 

 全ての型を知り、全ての極意に通じる。剣でも槍でもナイフでも、どんな武器を持たせても親父は一流以上に一流だ。もちろん武器が無くても問題なし。拳一つで南極グマを殴り殺せるし、巨大象だってその尋常でない膂力で絞め殺せる。

 

 全身を筋肉で詰めていると言ってよい。

 

 体脂肪率一パーセント以下、背丈は十二尺で二メートルを越す大男だ。丸太のような手足、戦車を思わせる巨体。だからといって、動きが遅いわけでもない。

 

 嘘みたいだろ? あの巨体で、百メートル五秒を切るんだぜ。

 

 ちなみにまだ親父が若い頃の記録である。修行時代を経て、今の脂が乗っている時期に計測したら……。

 

 やめよう。まじで野菜人を地でいくのだ。

 

 次に母さんだ。母さんは、レイピアの使い手だ。一秒間に十六刺突以上は朝飯前。母さんが本気で牙突を繰り出せば、肉眼では捕らえられない。超高速カメラで撮り続けてやっと残像ぐらいか?

 

 俺も何度か手合わせをしたが、レイピアの先が点と線にしか見えなかった。

 

 笑い話でなく、まじで時を止めていると俺は睨んでいる。

 

 見かけは深窓の令嬢そのものだ。背中まで延ばされたサラサラの金髪、切れ長の瞳、白い肌に上品な口元。所作も凛として、微笑みは慈愛のオーラを放っている。

 

 そんな淑女のお手本みたいなのに、中身は親父に負けず劣らずの化物っぷり。

 

 嘘みたいだろ? こんな虫も殺さない涼やかな顔で、千人以上の賞金首を殺しているんだぜ。

 

 さらに、現役を退いたとはいえ祖父ちゃんも曲者だ。なんでも若い時、単身でいくつか国を潰したとか。国落しの称号は伊達じゃない。八万の軍勢に単身突っ込んでも、平気な顔をして帰ってきたんだとさ。

 

 リアルラ●ボーか!

 

 もちろん家に仕える執事達も一筋縄でいかない強者達だ。下っ端執事ですら、他家の筆頭執事(エース)の力をはるかに超えるといったら、その化物っぷりがわかるだろう。

 

 俺はそこの長男として生まれた。エリート暗殺一家の跡取り息子だ。

 

 一応、マキシマム家きっての天才ともてはやされている。祖父ちゃんを始め両親から、歴代最高の暗殺者になれると期待されているのだ。

 

 長男だからって、変に期待されても困る。俺をあんた達化け物と一緒にしないで欲しい。

 

 まぁ、それはいいか。誤解はいずれ解けるだろう。問題は別にある。

 

 俺は、とある依頼遂行中に事故にあった。詳細は省く。敗因は油断の一言だ。そこは重要ではない。

 

 その事故が原因で、なんと前世の記憶が蘇ったのである。

 

 頭を強く打ち、生死をさまよいながら眠ること一週間……起きてみれば吃驚!

 

 事故前にはなかった記憶が実装されていた。俺は元日本人で、どこにでもいる大学生だったようだ。死因は覚えていない。持病もなかったから、おそらく交通事故のようなものだろう。

 

 でだ。ここからが本題である。

 

 俺が今、一番悩んでいるのは価値観の逆転だ。前世の記憶が蘇り、俺の脳に、戦後民主主義教育がもろつまった平和でアットホームな思考がエッセンスされてしまった。

 

 その時の気持ちは、筆舌し難いね。

 

 平和な元日本人が、いきなり名うての殺し屋になったのだ。気持ちの整理にどれだけ大変だったか!

 

 ……はぁ。

 

 まぁ、それでもなんとか折り合いをつけたんだよ。

 

 こんな仕事をしていたのだ。命が助かっただけでももっけの幸い。今までの記憶もあるし、普通に生活できる。

 

 人生、ポジティブに行こうってね!

 

 ちなみに今までの俺。

 

 家族とほとんど会話をしなかった。事務的な仕事の話をするだけ。

 

 暗殺(しごと)するか、修行するか。

 

 俺って、仕事人間だったみたいだね。

 

 オフも、一日の大半はトレーニングに時間を費やしていた。

 

 ありとあらゆることをやったな。

 

 今なら言える。実にアホだった。いや、どっかの眉毛の太い殺し屋じゃないけど、あんなストイックな変態だったのだ。

 

 前世の記憶を取り戻し、改めて自分を取り巻く環境を見つめ直してみる。

 

 おかしいだろ。ウチの家!

 

 なぜ、生まれたばかりの赤子を崖から突き落とす!

 

 覚えている。

 

 あれは俺が生後九ヶ月の時……。

 

 ハイハイを覚えたとたんに、崖から突き落とされたのだ。

 

【獅子は我が子を戦塵の谷に落とす】ということわざがある。ウチでは、まじでそれをやるんだよ。乳幼児がハイハイをしながら、崖を登ってくるんだぜ。それをカメラを持った両親が笑顔で迎える。

 

 どんだけシュールなんだよ!

 

 ふざけんな! 怪我したらどうするんだ!

 

 ……そりゃ怪我なんてしなかったけどさ。俺もキャッキャッ言いながら崖を登った記憶がある。その時の光景は、写真で撮って家族の思い出アルバムに追加された。俺も含めて全員笑顔で、微笑ましい家族写真みたいだけどさ。

 

 基本おかしいからね。常識的にアウトだよ!

 

 それにだ。俺は三歳の時に始めて人を殺した。思春期どころかまだ反抗期も始まっていない子供に【殺し】を覚えさせるなんて鬼畜外道である。

 

 ミスって反撃されたらどうするんだ。下手したらこっちが死んでたぞ。よしんば殺されなかったとしても、ショックで心が壊れてたかもしれないのに。

 

 ……そりゃ怪我なんてしなかったけどさ。トラウマどころか次の日に普通に飯も食えてたし。殺した直後も心音、脈拍ともに正常だった。

 

 ってか三歩歩いたら、もうターゲットを気にもしていなかった。初めて殺した相手だぞ。少しは気にしてもいいはずなのに。

 

 うん、前世を思い出す前の俺、マジでやばいね。どんな三歳児やねん。

 

 と、とにかくだ。そんな感じで、誰がどう見てもウチは、虐待一家である。世間に明るみに出たら、新聞や週刊誌がバンバン叩いてた事案だよ。ただね、両親は、普通に俺達に愛情を持っているみたいだから、ややこしい。子供達を立派な暗殺者に育てるって、ガチで言ってるんだよ。

 

 親父や母さん、祖父ちゃん……。

 

 皆、手遅れだ。

 

 俺には彼らを説得する自信がない。奴らは、思想が凝りに凝り固まっている。仮に俺が、友愛や平和、ガンジー主義を唱えようものなら、病気にかかったと心配されるだろうね。

 

 

 

 俺には妹がいる。妹の名はカミラ。父親譲りの光輝く銀髪、ルビーのような真紅の瞳に長い睫、透き通るような白い肌をしている。美しい西洋人形のような容姿だ。

 

 このまま成長すれば、道行く誰もが振り返る……いや、それどころか、我慢できずに回り込んで前面から見る奴が出てきてもおかしくない。そんな超美少女になるだろう。

 

 カミラは、妖精の生まれ変わりと言っても過言ではない。そんな美少女な妹がいるのは、普通に嬉しい。前世、俺は一人っ子だった。兄妹がいる友人達を羨ましく思っていた。だから、ひとしおカミラが愛しく思えてしまう。

 

 ただ、思い返してみるに……。

 

 記憶を思い出す前の俺は、妹と事務的な話しかしてなかった。前世の価値観で言うなら、最低の兄だったね。

 

 記憶が戻ったのは幸いだ。

 

 せめて兄として、妹の教育だけはきちんとしてやらればいかんと思っている。

 俺が責任を持って、カミラを淑女に育てねばなるまい。前述のように両親に任せては、妹の人生が終わるから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 「おかしなおかしな一家」

「ぐぎゃあああ!」

「うげぇ。た、助けてくれ!」

 

 男達の叫び声が部屋に響く。屈強な男達がか弱き少女のように怯え、助けを懇願している。

 

 今、俺達はマキシマム家にお越しになったお客様のお相手をしている。家族総出で、おもてなしだ。

 うちは名うての殺し屋である。当然、敵も多い。一日に何件かこんな風にお客様が来る。その理由は様々だ。

 

 賞金を稼ぐため。

 名を売るため。

 私怨のため。

 

 ここでなぜ賞金かというと、うちはとある大国から賞金が懸けられている。その国の王様に相当恨まれていて、賞金に国家予算の一部を割り当てているらしい。

 

 国家予算って……。

 

 つまり、ウチに懸けられている懸賞金は、半端ない額ってことだ。どれくらい途方もないかというと、軽く十桁はいく。仮に家族の内一人でも殺せたら、一生遊んで暮らせるだろう。下手すれば、三代遊べるかもね。

 

 だから、危険とわかっていても、賞金目当てに挑戦するバカが後を絶たない。

 

 成功すれば億万長者だ。さらにこの上なく名を上げられる。自分の命を担保にするだけで、極上のサクセスストーリーが待っているのだ。危険とわかりつつも、欲に惑わされる奴らがわんさか沸いてくる。

 

 ……世の中、欲のために身を滅ぼす輩がどんだけ多いのよ。

 

 そんな欲ボケ連中の大半は、二流以下の腕が多い。そういう侵入者達は、うちの執事ズが対処する。まれにいる一流から一流半の活きのいい獲物だけは家族で対応するのだ。

 

 何度も言うが、これも修行のためだ。毎日、腕をさび付かせないように殺す。仕事に行かない日は、こういう侵入者達が格好の練習相手になるから。

 

 これは、マキシマム家の家訓の一つとなっている。【一日一殺】ってね。

 

 とはいえ、たかが一流、まして一流半の暗殺者では、完成された親父達の相手をするには力不足だ。せいぜい身体を動かす前の準備体操ぐらいの効果しかないだろう。

 

 今は妹カミラへの教育のためってのが一番の理由かな。

 

 カミラのために暗殺者を迎え入れている。

 

 完全にネグレットだ。それも特級に匹敵するぐらいのね。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ほら、ほら!」

 

 カミラが、満面の笑顔でターゲットの生首を見せている。生首は、恐怖で顔が歪んでいた。その男も腕に自信があって潜入したんだろうに。

 

 首から上がないが、地面に倒れている彼の体つきを見ればわかる。無駄のない鍛え上げられた肉体、プロの傭兵だな。それも一線で活躍できるくらいに。ただ、相手が悪かったね。

 

 本当、同情するよ。

 

 カミラは、そんな男をいとも簡単に屠る。

 

 見た目は、恐ろしいぐらいに美少女だ。ただ、性格も恐ろしいぐらいにイッっているね。

 

「カミラ、よくやった。腕を上げたな」

 

 親父が口角を上げ、満足げにカミラの頭を撫でる。

 

「まぁ、カミラちゃん、上手よ、上手」

 

 母さんも手を叩いてカミラの所業を褒め称える。

 

 褒めて子供の成長を伸ばすのは良いことだ。だが、そのベクトルが世間の常識と百八十度違う。

 

 あかん、もうあかん。こんなところにいたらカミラがだめになる。

 

 我慢の限界だった。

 

「こい!」

 

 生首を持って浮かれているカミラの手を掴む。

 

「どこにいくの?」

「家を出る!」

 

 カミラを連れて、部屋の出口へと進む。

 

「おいおい、息子よ。おだやかでないな」

「そうよ。外はまだ危険よ。しっかり技術を身につけないと」

「そうじゃ。カミラは、まだ素人に毛が生えた程度にすぎん」

 

 行く手を遮った父母祖父が揃って反対する。

 

 いやいや、素人が、生首をちょんぱーできるか!

 

 アンタらの基準で考えるな。叩き上げの軍人ですら、赤子になってしまうぞ。

 

「頼むから、そこをどいてくれ」

 

 部屋の出口に陣取る殺人狂達(かぞく)に懇願する。

 

「だめよ、だめだめ。カミラは虚弱なのよ。身体を壊したらどうするの!」

「そうだぞ。リーベル、思い出してみろ。昔はすぐに風邪を引いたり、日射病になったり大変だっただろ」

 

 親父達はしみじみに言う。

 

 そうだな。確かにそんな事もあった。

 

 カミラは小さい頃、よく風邪を引いたり、倒れたりしていた。

 

 でもな……。

 

 乳幼児を南極大陸や熱帯のジャングルに連れていきゃ、そりゃどうかなるだろ!

 

 ふ・ざ・け・ん・な!

 

 氷点下三十度以下の極寒の地、炎天下五十度を越す熱帯雨林を普段(・・)着で散歩してたんだぞ。鍛え上げた軍隊が完全装備で挑んでも、やばい魔窟だというのに。

 

 考えたらこの人達、とんでもない事していたのだ。

 

「あ、あのな、身体が弱いって……あんなとんでも環境に子供を連れて行ったら体調崩すに決まっているだろうが!」

 

 屈強な男でも衰弱死する。体調を崩すだけで死なないだけでも、カミラは十分に超健康優良児だ。

 

「何を言ってるか息子よ。お前は元気に走り回っていたではないか」

「えぇ、えぇ、リーちゃんはそうだったわね。やんちゃで腕白で。だから余計にカミラがか弱く思えたわ」

 

 ふーそうきたか……。

 

 まぁ、俺だってマキシマム家の血を受け継ぐ親父の子だ。スペックも半端ないことはわかっている。

 

 記憶を辿ると……。

 

 確か五歳ぐらいだったか?

 

 半袖半ズボンで南極大陸を走り回っていた。

 一滴の水も飲まずに炎天下の熱帯雨林を走り回っていた。

 

 南極熊や人食い虎とも戯れたり。

 

 うん、そんな俺と比べたらね……カミラは、すぐに体調を崩していた。

 

 合っているっちゃ、合っているが……。

 

「いくらなんでも今のカミラなら大丈夫さ。外へ出してくれ」

「だめだ。強者(ほんもの)に出会えば、未熟なカミラでは対応しきれまい」

 

 強者(ほんもの)って誰だよ!

 

 親父か? それとも母さん?

 

 今のカミラを倒せる奴なんて、俺達、家族(チート)ぐらいだよ。少なくとも、その辺の市井には、絶対にいない。

 

 親父達を見る。

 

 もろ真剣な表情……。

 

 マジで言ってやがる。

 

 こいつらの中には、よほどカミラ=病弱という図式ができ上がっているらしい。

 

 ふつふつと怒りのマグマが膨れ上がっていく。

 

「いい加減にしやがれぇええ! 外は危ない? ふざけんな。ここで教育するほうが害悪だっての。俺達は出て行く」

 

 怒りのボルテージが上がり、その勢いのまま外へ向かうが、母さんが俺の腕を掴んできた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「家出しよう!」

「放せよ!」

 

 声を荒げて引き離そうとするが、母さんは掴む手を緩めない。ぎりぎりと力を込めて圧迫してくる。

 

 これだから母さんは侮れない。にこやかな笑みを浮かべ、鬼のような剛力を見せつけてくるのだから。

 

 取りあえず、部屋を出るより掴まれた腕をなんとかしよう。

 

 反対側に力を入れて、テコの原理を使い母さんの腕を上に弾きとばす。

 

「いたっ!」

 

 母さんが小さく悲鳴を上げた。

 

「もぉ~痛いじゃない。リーちゃん、どうしたのよ? もしかして反抗期?」

 

 母さんの問いに自問する。

 

 ふむ、遅まきながら反抗期になるのかな?

 

 うん、そうだ。反抗期だよ。こんな異常事態な家族に慣れていた昔がおかしいのだ。

 

「リーベル、落ち着け。いずれカミラも外へ出す。だが、時期は俺が決める。今はまだ家の中で勉強だ」

 

 そう言って、親父が母さんと俺との間に割って入ってきた。

 

 勉強って……チャ●ンジ一年生じゃないんだぞ。

 

 殺しだぞ。S・A・T・U・G・A・I。マーダー!

 

 どこが勉強だ!

 

「親父……一般常識で問うぞ。言ってておかしいと思わないか?」

「なにがだ?」

「カミラの体力だよ。世間一般の子供と比較してみろ。カミラよりはるかにか弱い子供でさえ、外を大手を振るって歩いているんだぞ」

「リーベル、俺達はマキシマム家だ。それだけ敵も多い。世間一般の子供と比べるのは筋違いというものだ」

「そこは気をつけるさ。そういう危険からは、俺が全力で妹を守ってやる」

「リーベル、お前の腕は信用している。お前が全力で守ると言うのなら、カミラは安全かもしれない」

「じゃあ、いいだろ!」

「だめだ。万が一という事もある。いまだ未熟な娘を外に出すわけにはいかん」

「頼む。カミラの事は、俺に任せてくれ。悪いようにはしないから」

「リーベル、お前も親になれば、わかる。父さんの言っている意味がな」

 

 親父が真摯な表情でそう諭す。

 

「そうよ。リーちゃん、あなたの言うとおりカミラは大きくなったわ。でもね、親は子供がいくつになっても心配でたまらないの。今は我慢して、ね?」

 

 母さんも優しげな表情でそう諭す。

 

 

 なんだ、そのいい親をしているみたいな顔は……。

 

 ヤンチャしそうな息子を嗜める立派な親のような構図はなんなんだ!

 

 違うから。

 

 前世日本の価値観で言うなら、あんた達は完全に犯罪者だよ。その所業は、新聞三面ぶち抜くぐらいのトップ記事になるからな。

 

「親父、母さん、祖父ちゃん、後生だ。俺の話を聞いてくれ。心配いらない。普通に過ごせば危険なんてないさ。そうそう強者(ほんもの)から狙われるなんてないから」

「リーちゃん、どうして? 普通に過ごすって具体的に教えて? C級賞金首を狩る程度?」

「違う。母さんは根本的に勘違いをしている」

「えぇ!! もしかしてD級? いくら安全だからってそれはだめよ」

「母さんの言うとおりだ。それではカミラを外に出す意味はない。家で侵入者を撃退していたほうがマシだ」

 

 いや、普通にって……平穏無事に、殺し無しで暮らすって意味だよ。

 

 どうしたらそういう発想になる? そして、なぜこの発想が生まれない。

 

 これ、今の俺の価値観をぶちまけたら、この人達、どんな反応を返すか。考えただけでも恐ろしい。

 

 

 それから説得を繰り返すが、両親達は反対の姿勢を崩さない。独自のとんでも理論で返し、いい親を演じる。

 

 だ、だめだ。言葉は通じるが、まるで宇宙人と会話しているようなもの。世間一般の常識を持ち合わせている気配がまるでしない。

 

 こんな両親のもとでカミラがどう成長していくって言うんだ……。

 

 カミラに向き直る。

 

 カミラは、しばし俺と両親達の会話を見守っていた。会話に加わるでもなく呆然としている。

 

 ふむ、反応が薄いな。当事者だといまいちわかっていないのかもしれない。

 

 俺はカミラの両肩に手を置く。そして、膝を曲げしゃがみ、カミラと目線を合わせた。

 

「カミラ、外に出かけたこと覚えているか?」

「お外?」

「そうだ。カミラが小さい頃、外へ出かけたことがあるんだぞ」

「うーん……覚えてない」

 

 カミラは、キョトンと首をかしげた後、首を横に振る。

 

「聞いたか? カミラはもう十歳だぞ。一度も家を出た記憶がないって……これが異常じゃなくてなんだっていうんだ! 今時、五歳の子供だって町内を歩き回るのに。CだのDだの賞金首のレベルを論じている場合じゃない!」

 

 両親達に向かって怒鳴りつけてやった。

 

「そうか。リーベル、お前はカミラに世の中を経験をさせたいのだな」

「そうだよ。わかってんじゃんか! やっと話が通じたよ」

「リーちゃんの言い分もわかるんだけどね。でも、ここだって外みたいなものよ」

 

 母さんの意見は、一理ある。

 

 うちは広い。敷地の庭だけでも東京ドーム二十個分だ。ちょっとした町だよ。それにそこらかしこにブービートラップを仕掛けてある。一流のハンターでも裸足で逃げ出すぐらいな凶悪な防犯設備が整ってあるのだ。さらに、ここにしかない獰猛な動植物達。うちの庭を散歩するだけでも、大冒険が待ち受けているだろう。

 

 だが、そういう問題じゃねぇんだ。

 

 いくら庭が広かろうが、冒険スペクタルが広がってようが、関係ない。

 

「こんな箱庭で育てたからってなんになる? 何も成長しない。人との交流なくしてどう成長していくんだ」

 

 ここで言っている人との交流は、もちろん一般人とだ。カミラには、喫茶店で友人達とお茶しながら部活動の話で盛り上がるぐらいになって欲しい。

 

「リーベル、カミラは病弱だ。お前の言い分も理解はできる。だが、今ではない。まだカミラには親の庇護が必要だ」

 

 親父は反対の姿勢を崩そうとしない。まさに頑固一徹そのものだ。

 

 俺は、そんな親父にいかに世界が広くカミラのためになるか力説した。

 

 もちろん友愛や世界平和を説いても、この両親の心には響かない。

 

 殺しどころか争いのない平和な世界で生活させたいだけなのに。本音を漏らしたら、頭がおかしくなったと病院に連れて行かれるのがオチだ。

 

 だから、両親好みの説得をしてやった。

 

 世には、知られていない強者がいる。

 

 搦め手をつくのが上手い者。

 フェイントが華麗な者。

 戦略が巧みな者。

 

 それこそ、腕力が一般人と変わらなくても強者として勝利続ける者もいるかもしれない。戦闘力の差がそのまま勝利に繋がるとは限らないのだ。

 

 権謀渦巻く世界がある。それは、家を出て実体験しないとわからない。そういう経験を積むことこそ重要。結局は、カミラの戦闘技術の幅が広がるのだ。

 

 ……ってな感じで口八丁、論理的に。無理だと主張する両親を根気よく説得していると、

 

「無理じゃないもん。僕、お外行ってみたい!」

 

 俺の話を受けて感化したのか、横からカミラが声を挙げて主張を始めたのだ。

 

 世界の強者との出会いに、琴線が響いたか?

 

 なんにせよ、カミラが外の世界に興味を持ってくれたのはありがたい。

 

「カミラちゃん、だめよ。お外は、もう少し体力をつけてからにしましょうね」

 

 母さんが優しくカミラを諭す。

 

 これ以上、体力をつけてどうするんだ。今のカミラなら、ドーバー海峡を五分で横断できるぐらい身体能力あるぞ。

 

「いやだ、いやだ。行きたい! 行きたい! お外で面白い敵を()べたい」

 

 カミラが親父達の周囲をピョンピョン跳ねながら、抗議する。はたから見たら、玩具を買ってとねだる子供みたいだ。

 

 娘には甘い両親である。だが、今回は無理だろう。

 

 俺もせいっぱい説得を試みるが、なかなか言う事を聞いてくれない。

 

 話は平行線のまま、時間だけが過ぎていった。

 

 そして、夕方となり、話はまた今度という事でお開きになったのである。

 

 だめだ。両親の説得は失敗に終った。

 

 仕方がない。こうなれば、最後の手段である。

 

 夜中にこっそり抜け出そう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「決死の脱出劇(前編)」

 深夜、皆が寝静まった頃を見計らい、カミラの部屋へと向かう。無論、館内は執事達が警護をしているが、問題ない。一応、俺は才能だけならマキシマム家一だ。執事長が出張らない限り、出し抜く事は容易である。

 

 執事達が廊下を哨戒していく。カツカツと規則正しい靴音が廊下に響いている。

 

 洗練されたその動きに無駄がない。

 

 全員が全員「侵入者は殺す」その気迫のオーラーで全身を覆っている。獲物を狙うその目は、まさに鷹だ。どんな些細な変化も見逃さないプロの目である。ここに進入するぐらいなら米国のホワイトハウスに潜入するほうがよっぽど楽だろう。

 

 ふっ、問題ない。

 

 気配を消し、足音を殺して移動する。警備員の数、目線を計算に入れながら、警備の隙をつき、カミラの部屋へと侵入した。

 

 甘酸っぱい少女特有の匂いが伝わる。

 

 ファンシーな部屋だ。

 

 熊のヌイグルミ、大きな金髪人形や衣装ダンスが備え付けてある。部屋だけを見れば、年相応な少女に見える。

 

 カミラはベットに入り、スースーと寝息を立てていた。

 

 うんうん、そうやって寝ていれば、普通の子に見えるぞ。

 

「カミラ、カミラ」

 

 起こすため、カミラの肩を揺する。

 

「う、うん……なぁに?」

 

 寝惚け眼のカミラが目を擦りながら返事をした。

 

「カミラ、寝ているところ起こして悪かったな。すぐに家を出よう」

 

「いいの?」

 

 カミラが目を見開いて驚いている。

 

「あぁ、いい」

「わぁい。おでかけ♪ おでかけ♪」

 

 カミラはベッドから跳ね起きると、スキップをしながら喜びのダンスを踊った。

 

 カミラは短絡的に考えているようだが、これから大変だぞ。うちの価値観は異常だ。世間とのギャップを埋めるのは並大抵の苦労ではないだろう。

 

「カミラ、お外では今までの常識が通用しなくなる。辛いこともたくさん経験するかもしれない。覚悟はいいな」

「大丈夫だもん。僕強くなった。お外でもお仕事(ころし)できるよ」

「カミラ、そうじゃない。お外では――」

「あぁ、楽しみだなぁ。お家の外ってどんなとこだろう?」

 

 カミラが目を輝かせて喜んでいる。

 

 まぁ、今は、よしとくか。嬉しそうなカミラの笑顔を曇らせたくない。世間の常識は、おいおい説明しよう。今はすぐにでもここを離れなければならない。

 

「じゃあ出発だ。最低限の荷物だけ持っていくぞ」

「うん、わかった」

 

 カミラは頷くと、身支度を整えていく。

 

 ハンカチ、シャツ、下着、ナイフ、仕込刀!? さらにでっかい金髪人形を背負って……って待て、待て!

 

「カミラ、最低限の荷物って言っただろ。それは大きすぎる」

「えぇ~、持っていっちゃだめなの?」

「だめだ。必要最低限のものだけにするんだ」

「これだって必要だよ。ほら、こうやって中を開けて使うんだ」

 

 カミラが金髪人形をぐぃっと押す。

 

 なにぃい!! 金髪人形がパカッっと開かれ、多くの棘がびっちり出現した。

 

 て、鉄の処女かよぉおお!!

 

 うぉ! よく見れば、これは針の椅子じゃん。

 

 舌絞め具、拘束衣……。

 

 妹の部屋がファンシーだと思ったら、拷問危惧のオンパレードだった件……。

 

「……カミラ、身支度は俺がする。少し待ってろ」

 

 俺は、カミラのリュックに肌着等、常識的な旅の道具を入れていく。

 

 ふぅ~、つ、疲れた。

 

 なんとか準備を終えた俺達は、すぐに部屋を出た。駆け足で移動する。

 

 途中、見回りの執事に見つかった。

 

 執事が反応する前にその背後に回る。手刀を首筋に打ち、昏睡させた。

 

 大丈夫、警護のパターンは把握している。

 

 あと、数分は気づかれない。

 

 家を飛び出し、裏門に向かっていると、複数の気配に気づいた。

 

「ちっ!」

 

 思わず舌打ちを鳴らす。

 

 周囲を観察する。

 

 一人、二人、三人……。

 

 暗闇から音も無く現れる。うちで雇っている使用人達だ。しかもこいつらは上級使用人(アッパーサーヴァント)上級使用人(アッパーサーヴァント)は、選抜に選抜を重ねたエリート達だ。平使用人(ノーマルサーヴァント)とは一線を画す存在である。ちなみに、うちの平使用人(ノーマルサーヴァント)でさえ、通常のSP十人分以上の働きを見せるからね。

 

 そんな上級使用人(アッパーサーヴァント)数十人に囲まれていた。

 

「なんだよ。お見通しってわけか」

「申し訳ございません。奥様から坊ちゃま達を見張るようにお言いつけをもらってまして」

 

 家令(ハウススチュワード)のエスメラルダが一歩前に進み出て、頭を下げてきた。

 

 こいつか……。

 

 違和感を感じてたんだよな。いくら俺がマキシマム家一才能があるからって、あまりにあっけなさすぎるって。

 

 エスメラルダが今日の警護を指揮していたとしたら、納得である。家族以外で、俺の裏をかき、用意周到に包囲網を成功させられる唯一の人物なんだから。

 

 くそ! 俺としたことが少し焦っていたらしい。

 

 家令(ハウススチュワード)エスメラルダ・ジェム・ラッハ。

 

 うちの化物揃いの使用人達をまとめている統括だ。二十代後半という若さながら、本邸を任されている完璧メイドである。

 

 ちなみに、元SSランクの賞金稼ぎであった。

 

 もともとは親父に懸けられている賞金目当てに潜入した。当時の執事達を出し抜き、寝室にいる親父と一対一まで持ち込んだのは、伝説だ。日に数百と挑戦しているが、誰一人親父の寝室どころか二階の階段先ですら潜入できた者はいないといえば、この偉業がどれだけ凄いかわかるだろう。今のところ、この超人的記録は破られていない。

 

 そんな凄腕の元賞金稼ぎ、わけあって家で雇うことになった。

 

 黒髪、怜悧な目、整った目鼻。ボンキュンボンとパリコレモデルを思わせる完璧なプロポーション。

 

 見かけだけで言えば、とんでもない美人なお姉さんなのだが……。

 

 中身は、とんでもない化物(チート)。曲者が多い使用人達の中でも一番相手をしたくない人物だ。

 

「どけ!」

「いけません、リーベル様」

 

 エスメラルダが行く手を遮る。半身を横身に腕を伸ばす。堂に入った構えだ。言葉は丁寧だが、腕ずくでも行かせないって感じだな。殺意とは違うが、それに準ずる闘気が溢れんばかりに膨れ上がっていく。

 

 ……蹴散らしていくか。

 

 エスメラルダは敵に回したくないほどの強敵だ。だが、俺が本気を出せば、なんとかなる。

 

 もたもたして親父達が出張ってきたほうが最悪だ。親父達相手では、力ずくで出て行くのは不可能である。

 

 とりあえず、他の執事達はカミラに任せよう。

 

「カミラ、門までかけっこだ」

「は~い♪」

「いけません、カミラ様」

 

 エスメラルダが前に出て制止してくる。そして、エスメラルダの指示で残りの執事達がカミラの行く手を遮ってきた。

 

「お兄ちゃん、どうすればいい?」

「無理やり通るぞ」

()べていいいの?」

「食べる?」

「うん、()べる」

 

 ……殺すって意味なのだろう。

 

 だが、なんだ、その欲望に直結した物言いは!

 殺しと人間の三大欲求を同列にすんじゃねぇえ!

 

 すぐにカミラを教育したい。だが、何度も言うように、今はまず家を出る事が大事だ。カミラの思想を指摘している場合じゃない。

 

「わかった。()べていいぞ」

「本当? パパ達にいつも使用人は()べちゃだめって言われてるのに」

「緊急事態だ」

「わぁい! やった!」

 

 さすがに手加減をして、この包囲網を突破できるとは思えない。カミラ、最後のお仕事(ころし)になるだろう。本当はさせたくないのだけど、これで最後だから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「決死の脱出劇(後編)」

「ふふ、ど・れ・に・し・よ・う・か・な?」

 

 カミラが心底楽しそうに獲物を見定めている。舌なめずりする肉食獣の如くだ。

 

「お、おやめください!」

 

 さすがに歴戦の戦士(しつじ)達もカミラの殺気に気後れしているらしい。

 

 まぁ、カミラ自身マキシマム家の血筋を受け継いでいるだけに相当のてだれだ。それに主人の娘だからね。怪我をさせるわけにはいかない。そんなところに、()る気まんまんで挑んでくるからな。

 

 ……同情するよ。

 

 さて、あまり向こうの心配ばかりしてられない。

 

 こちらも片手間で相手できる相手ではないのだから。

 

 エスメラルダを見る。

 

 完全に臨戦態勢だ。俺の一挙一動を見逃すまいとしている。

 

「最終通告だ。そこをどけ!」

「リーベル様、後生です。おやめ下さい。旦那様や奥様が悲しまれます」

 

 エスメラルダが申し訳なさそうに言う。遠慮がちな物言いだが、その纏っている闘気は真逆だ。力ずくでも行かせないという鉄壁の意志を感じる。

 

 ひく気はないようだな。

 

 全力でいく。闘気を上げ、足に力を込める。

 

「いくぞ、カミラ!」

「うん!」

 

 カミラに声をかけると同時にダッシュする。黒豹の如きスピードでエスメラルダに迫った。今まで昏睡させてきた平使用人達とはレベルが違う。手加減をしていたら、こちらがやられてしまう。

 

 俺は、全力でエスメラルダの身体に拳を入れ――

 

「やめんか!」

「なっ!?」

 

 突然現れた祖父ちゃんに俺の拳は、すんでのところで止められた。

 

 か、神業すぎる。

 

 繰り出そうとした本気の一撃がこうもあっさりと。

 

 祖父ちゃんの手でがっちりと右手を掴まれた。そして、万力の如く締め付けてくる。ギリギリと骨がきしんでいく。

 

 すげぇ力……。

 

 もうすぐ還暦を迎えるお祖父ちゃんの膂力じゃねぇよ。ピクリとも動けな――くはないな。ピクリはできる。

 

 どうする?

 

 祖父ちゃんだけならなんとかなると思う……多分、おそらく、メイビー、希望的観測で。

 

 俺も負けじと限界を超えた力を出せばいい。渾身の一撃とクリティカルヒットを連続で出せばなんとかなるさ。ここで祖父ちゃんに引導を渡してやるのだ。速攻で祖父ちゃんを倒し、返す刀でエスメラルダを討ち取る。

 

 あとは、そのまま脇目も振らずに出口へダッシュすればよい。

 

 そんな葛藤が頭を過ぎる。

 

 だが……。

 

 その決断は、今一歩遅かったようだ。

 

 カミラを見ると、

 

 カミラも親父に捕まっていた。背後から抱っこされ、持ち上げられている。赤ちゃんにする「高い、高い」って奴だ。

 

 ……なんてこと。

 

 祖父ちゃんを倒すのも奇跡的確率だったのに。

 

 カミラは首を振っていやいやと駄々をこねている。拘束を解こうと必死なようだが、無理だ。カミラの膂力で親父の拘束を解けるはずがない。親父は楽しそうにカミラのじゃれつきを享受していた。

 

「まったく、せっかちな奴じゃ。リーベルよ、一日も待てなかったか」

「あぁ、そうだよ。もうこうするしか道がなかったんだ。言ってだめなら実力行使しかないだろ」

 

 俺の言葉に周囲に緊張が走った。

 

 警戒を解いていた執事達が一斉に構える。

 

「リーベル、お前――」

「祖父ちゃん、みなまで言わなくていい。わかってるよ。親父達が来た時点でもう詰んでる。降参、降参。暴れたりしないから」

 

 両手を空に向けて降参のポーズを取った。

 

 無駄な抵抗はしない。

 

 親父、母さん、祖父ちゃん、超化物(チート)勢ぞろいで勝てるわけがない。

 

「そうか。安心したぞ」

「リーちゃん、あまりオイタしちゃだめよ」

 

 親父、母さんも安堵の声を出す。

 

 決死の家出も失敗に終わった。

 

 これからはさらに監視も強化されるだろう。ますます家出が困難になっていく。

 

「はぁ~もう、どうしてわかってくれないかなぁ」

 

 頭を抱えて地面に座り込む。気持ちは落ち込むばかりだ。

 

「あ~リーベル、その件じゃが、行っていいぞ」

「えっ!?」

 

 空耳か?

 

 にわかに信じられない言葉であった。

 

 本気を出せば、隣町で落とした小銭の音まで聞き分けられる聴力だけど、自分の耳を疑ってしまう。

 

「祖父ちゃん、今なんて?」

「だから、行ってよい」

 

 俺は信じられないといった表情で、親父と母さんの顔を見る。親父達はコクリと頷いた。

 

「そうか。なら行かせてもらう。でも、どうして意見を変えたんだ?」

「このまま温室で育てても、カミラのためにならん。昼間のリーベルの言、最もだと思ったからじゃ。ワシも常々、ガストのカミラへの甘やかしに懸念を抱いておったからのぉ」

 

 とんだ温室だ。どこの世界に毎日殺しを強いる家庭がある。

 

 だが、つっこまない。なにわともあれ祖父ちゃんを始め家族の賛成をもらえたのだ。これ以上の成果はない。

 

「私は今でも反対ですよ。お義父様があまりに薦めるから渋々承諾したんです。カミラは病弱なのに~」

「母さん、そういうな。俺も親バカだったようだ。実践に勝る成長はなし。家で殺しをやっても、ぬるま湯に浸り続けるようなものだ。これではカミラのためにならん。まさかリーベルに気づかされようとはな」

 

 うん、この人達、完全に勘違いをしてらっしゃる。

 

 カミラを殺し屋にさせる気は、欠片もない。俺はそういう殺伐した世界からカミラを開放しようとしているのだから。

 

 だが、それでいい。そのまま勘違いしてくれてたほうが都合がよい。真実を知られて追っ手でも出されたらたまらないからな。

 

 とにかく勘違いとはいえ、家族の許可が取れたのだ。

 

 俺達は、一旦部屋へと戻る。急ごしらえだった身支度を再度、整えるためだ。

 

 そして、出発の朝が来た。

 

 俺とカミラがそれぞれリュックを背負う。リュックの中身は、食料、テント、着替え等、旅の必需品一式が揃えてある。合計五十キロってところかな。普通は、荷馬車が必要な重さだが、もちろん俺達なら余裕で背負える量だ。

 

 他にもサバイバルナイフ、回転銃、マキビシ等、暗殺に必要な道具を執事達に用意してもらったが、それらは部屋に置いてきている。邪魔以外の何者でもない。

 

 準備は万端だ。

 

「じゃあ、行ってくる」

「パパ、ママ、祖父ちゃん、カミラ行ってくるね。バイバイ!」

 

 カミラが元気よく手を振る。俺も申し訳程度にひらひらと手を振った。

 

「おぉ、行って来い。家の事は心配するな。せいっぱい励んでこい」

「クスン、リーちゃん、カミラちゃん、いつでも帰って来ていいんだからね」

「うむうむ、成長を期待しておるぞ」

 

 親父が声高に言い放ち、母さんがハンカチで目頭を拭っている。祖父ちゃんは、どこか満足げな様子だ。

 

「「リーベル様、カミラ様、行ってらっしゃいませ。どうかご無事で!」」

 

 さらに一拍遅れて執事達も一斉に頭を下げ、挨拶を返してくる。

 

 盛大なお見送りだ。

 

 数百人が列をなして見送る。そんな中、俺達は正門をくぐった。

 

 今日、俺達は外へ、カミラにとって初となる新世界へ、新たなる一歩を踏み出したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 「ヴィゼクの慧眼」

 マキシマム家先代、ヴィゼク・マキシマムは思う。

 

 孫リーベルの初めて出した生の感情……。

 

 熟練した職人が感情を乱さず作品を作り上げるように。

 たんたんと暗殺を実行し、何事にも冷静だったあのリーベルが。

 

 それが、妹の事であれほど心を荒ぶらるせるとはのぉ。

 

 変われば変わるものじゃ。

 いや、もともとカミラを甘やかす両親に忸怩たる思いを持っておったのかもしれん。それがとうとう表面化したんじゃな。

 

 我ら一家は、殺しを生業とする。理想ばかりではまわらない。時には、小を捨て大を拾う、冷徹な判断を下すこともあろう。だが、根本では家族が一致団結し、互いに支えあう心が大切じゃ。

 

 どんな仕事でもそう、独りでは限界がある。

 

 リーベルは腕はピカイチじゃが、その辺の機微に疎い。

 家族に対して無関心で己の技術向上のみに執着しておる、そんな少々冷たい印象を持っておった。

 

 それがどうじゃ。なんとも熱い心を持っておるではないか!

 

 見抜けなかった。

 このヴィゼクの目をもってしても見抜けなかったぞ。

 

 くっく、リーベルの言、なかなかに的を得ておった。

 ワシらは、病弱なカミラをいつのまにか籠の鳥として扱っておった。

 

 これではいかん。このままでは、孫可愛さでカミラの成長を殺してしまう。

 我が息子ガストも、本当はわかっておるはずじゃ。冷静に考えれば、リーベルの言に納得が行くはず。優秀な頭脳を持つ我が倅が、モノの道理を理解できないはずがない。

 

 ……娘可愛さで、眼が曇ってなければよいが。

 

 ふむ、少しガスト達と話してみるか。

 

 執事に命じ、ガストとルナさんを呼ぶ。

 

 数分後……。

 

 息子ガストとその嫁ルナさんが、我が応接室に現れた。ガストは、仁王立ちで腕を組み、睨みつけてくる。なんとも小癪な覇気を浴びせてくるわ。この眼光の前では、百戦錬磨の戦士ですら縮み上がり、我先にと裸足で逃げ出すだろう。

 

 まぁ、ワシには通じないがな。

 

「座りなさい」

 

 ガストの威圧をいなし、ソファーに座るように促す。

 

「親父、無駄だぞ」

「ほぉほぉ、開口一番それか。無駄とはなんの事じゃ?」

「とぼけるな。俺達を呼んだ理由はわかってる。親父は、リーベルの肩を持つと言うんだろ。相変わらず孫に甘いな。俺は、持論は曲げんぞ」

 

 ふん、確かに孫に甘いのは認めよう。

 

 だが、娘のこととなるとどっちが甘いのやら。普段のお前なら、こんな低落は見せておらん。リーベルに言われずともお前が実践していたはずじゃ。

 

「まぁ、そんなにケンケンするもんじゃない。座れ」

 

 ガストは、若干不満げだが、素直にソファーに腰をかける。一方、ルナさんは、立ったまま動こうとしない。

 

 ニコニコと笑顔を見せておるが……目が笑っておらん。

 

「ルナさん、とにかく座ってくれ。これじゃあ話もできんじゃないか」

「ふふ、お義父様に話すことなんてありませんわ」

「ルナさん、あまり爺を困らせるもんじゃない」

「ほほほほほほほ、困らせるような事をしているのはお義父様じゃありませんか」

 

 これは、倅以上にやっかいじゃわい。

 

 母熊から子熊を奪ってはいけないという例えがある。

 

 なるほど。実感するわい。

 

 母は強し。なんというプレッシャーじゃ。齢六十近く、死線は幾度となく潜ってきた。じゃが、ここまでのプレッシャーはなかなかお目にかかれなかったぞ。

 

 ルナさんの刺すような覇気、いや、これはもう殺気に近い。その殺気が老体に容赦なく降り注いでくる。

 

 ふ~っと息を吐く。

 

 ルナさんがリーベルやカミラを溺愛しているのは知っていた。説得は難しい。一筋縄ではいかぬのは、わかっておったが……。

 

 これは、予想以上にくるのぉ。

 

 精神が削れる、削れる。

 

 はてさて怒れる母熊から子熊をどう引き離すか。まずは、話し会いのテーブルについてもらわんとのぉ。

 

「ルナさん、意地を張らずに座ってくれ」

「おほほほ」

 

 ルナさんは不気味に笑うだけで、微動だにしない。

 

 聞く耳持たずか。

 

「……ならそのままでも構わん。だが、話はさせてもらうぞ」

「ふふ、お義父様、話す必要はありません」

「いや、必要じゃ。正直に言おう。我らは間違っておった」

「何が間違っているのでしょう。何も間違ってませんわ」

「聞きなさい!」

 

 腹に力を込め、声を発した。怒鳴り声と同時に丹田に込めた気を思いっきり放出したのである。八万の軍勢に突っ込んだ時も、これほど胆力を消費した事はない。

 

 これには、さすがのルナさんも平静でいられなかったようじゃ。脈を乱し、呼吸を荒くした。のらりくらりとかわしていたポーカーフェイスも崩れている。

 

 少し大人気なかったかのぉ。

 

「ルナさん、すまんかった」

「いえ、さすがはお義父様。老いてなお盛ん。改めて感服しましたわ」

 

 ほぉ、もう平静を取り戻しておる。

 

 この辺の妙技は、舌を巻く。とっさに倅が庇ったとはいえ、ワシの覇気を受け、ここまで早く立ち直る者が世にどれほどいよう。

 

 本当に倅は、大した嫁をもろうておるわぃ。

 

 それから……。

 

 ルナさんは、ワシの本気を感じて、態度を改めてくれた。

 

 話し会いのテーブルにはついてくれるようじゃ。

 

 ソファーに座り、その思いを語り始めたのである。

 

「お義父様は、間違ってます。カミラの戦闘技術は、お粗末です。それにすぐに油断します。とても安心して外に送り出せません。まだ私達の目の届く範囲で育てるべきです」

「ルナの言う通りだ。親父、カミラの体つきをみろ。まだまだ一人前とはとうてい言えん」

「確かにカミラは体ができておらん。幼少よりはマシになったが、まだまだ及第点に及ばんのも知っておる。技術がおぼつかないのも認めよう」

「だったら」

「じゃがな。いつまでもここでぬるま湯に浸っているわけにはいくまい。実践に勝る経験は無し。お前達も武者修行を通じて、成長したはずじゃ」

「否定はしない。外に出て、見えない景色が見えるようになる。そういう経験をいくつもした。だが、俺はある程度腕を上げてから、家を出た。カミラの腕では、あまりに心許ない」

「あなたの言うとおりです。それにお義父様、私達とは時代が違いますよ。現代は、武器も戦略もまたたくまに進化しています。気楽に武者修行できる環境ではありません」

「世の移り変わりは必然じゃ。だから、マキシマム家は、時代に合わせて技術を磨いておる。十分に対処できよう」

「それだけじゃありません。私達マキシマム家には賞金がかかっているんですよ。世界中の賞金稼ぎに狙われているんです」

「カミラは、面が割れておらん。大丈夫じゃ」

「殺しを続けていれば、いずればれます。世捨て人になるわけではないんですよ」

 

 ルナさんがここぞとばかりに攻め立てきた。

 

 マキシマム家をとりまく事情は複雑である。

 

 賞金稼ぎからの襲撃。

 犯罪者からの報復。

 武芸者からの挑戦。

 政争の具……それは枚挙に厭わない。

 

 ルナさんは、カミラが家を出た場合のリスクをあらゆる方面から示唆してきた。

 

「ルナさんの懸念はもっともじゃ。危険じゃろう。それは認める。だから、リーベルがついていくと言っておる」

「リーちゃんだけじゃ――」

「リーベルで十分じゃ。いや、リーベルだからこそ任せられる。これは、何も孫可愛さで言っているわけではないぞ。先達者としての客観的な意見じゃ。嘘ではない。家紋に誓ってもよい」

「……お義父様、本気ですか?」

「もちろんじゃ。マキシマム家の名にかけて誓おう。ワシの言葉に嘘偽りなし。破れば死をもって償う」

 

 マキシマムの家紋(シンボル)に誓う。それは、生半可な誓いではない。破れば、即座に死。それほどの重大な掟である。

 

 誓ったのは、これまで数回。

 

 いずれもマキシマム家、存亡の危機に直面した時じゃ。宿敵を必ず殺すと決めた、あのXデー以来じゃな。このような家族会議で誓うには大げさに思うかもしれん。だが、孫達が成長する大きな機会じゃ。

 

 ワシの覚悟を知ってもらいたかった。

 

 すると、ルナさんとの会話に途中から口を挟まず、目を瞑り考え事をしていたガスト、その目がかっと見開いた。

 

「親父、リーベルにそこまでの期待をかけているのか」

「もちろんじゃ。リーベルの才、わからぬお前でもなかろう?」

「むむ、それは……」

「意地をはるな。正直になれ。リーベルの底知れぬ才、我らの器では計り知れぬ。あやつに任せておけば万事問題なしじゃ」

「ふふ、そうだな。俺とした事が、娘可愛さで目が曇っていたようだ」

「結論がでたようじゃな」

「あぁ、外出を許可する」

「あなた!」

 

 ルナさんが慌てて身を乗り出し、口を挟む。

 

「ルナ、落ち着け」

「これが落ち着いてられますか! 許しませんよ。誰であろうとリーちゃんとカミラちゃんを害するものはこの私が許しません!」

 

 ルナさんが、スカイピアを取り出して穂先を向けてくる。

 

 おっ、こりゃいかん。

 

 ルナさん、本気じゃ。本気でワシらを殺る気じゃわい。

 

 家族間で血を見る事だけは避けねばならん。

 

 腰を浮かし、取り押さえにかかるが、

 

「落ち着け!」

 

 そう叫ぶや、ガストが飛び出す。ルナさんを抱きかかえ、キスをした。

 

 なんと!

 

 倅め、やりおるわい。

 

 ルナさんは、目を大きく開け、ぱくぱくと口を空けている。

 

「はぁ、はぁ、あ、あなた……?」

「落ち着け」

「は、はい」

 

 ルナさんの戦意がみるみる消えていく。

 

 まったく肝が冷えたわい。

 

 ルナさんは、普段は冷静な人じゃが、子供の事になると、とたんに激情家に変身するからのぉ。

 

 あやうく戦場になるところじゃった。

 

 その喧騒に執事達も慌てて部屋に駆け込んできたが、なんでもないと手を振って退室させる。

 

 ルナさんは落ちついて、ガストの腕の中にいる。

 

 最後の説得は、ガストに任せるか。

 

 こんな爺より、愛する夫からの言葉が何よりも聞くじゃろう。

 

 ワシは口を挟まずに二人を見守る事にした。

 

「ルナ、お前の心配もよくわかる。確かに不安だ。未熟なカミラでは、敵に足元をすくわれるかもしれん。だが、一人ではないんだ。リーベルがサポートする」

「で、でも……」

「ルナ、俺達の息子は、規格外の天才だ。自慢の息子を信じてやれ」

「そ、それはそうでしょうけど……では、執事達も何人かお供につけましょう」

「だめだ。執事達では、カミラの我儘に応えてしまう。必然甘くなる。それでは家にいるのとそう変わらん」

「……うぅ、うぅ、ど、どうしても、どうしてもですか?」

「ルナ、辛いのはわかる。だが、俺達は親だぞ。子供の成長を邪魔してはいけない。賢いお前ならわかるはずだ」

「うっ、うっ、わ、わかりました。私も母です。それがリーちゃんとカミラちゃんのためになるのなら」

 

 ルナさんは大粒の涙を流し、嗚咽を漏らしながらも納得してくれた。

 

 ほぉ、ほぉ、なんとか丸く治まったわい。

 

「それじゃあ、明日にでもリーベル達に伝えると――むっ!?」

 

 執事の気配が消えた。

 

 敵襲か!?

 

 静寂を保っていた館に、わずかばかりの波紋が広がる。

 

 いや、気配が消えたのは第二西通路廊下辺りじゃ。こんな奥深く侵入されるまで気づかぬわけがない。ワシもおれば倅もいる。どんなてだれであろうと……おっ! おっ! またじゃ。また執事の気配が消えた。今度は二人同時である。

 

 そして、間をおかずに次々と執事達の気配が消えていった。

 

 なんと鮮やかな。

 

 執事達が呻き声一つ上げずに倒れていく。マキシマム家に仕える執事は、ただの熟練者ではない。一流の中の一流。そんな鬼才を持つ者達が、血反吐を吐きながら鍛錬し、腕を磨き上げた戦闘集団である。

 

 そんな執事達が、連絡一つ送れずに倒される。

 

 これほどの腕前……答えは一つじゃな。

 

「親父」

「わかっておる。すぐに向かうぞ」

 

 リーベルが強行手段に出た。間違いあるまい。

 

 すぐさま、リーベルの後を追う。

 

 部屋を出て駆け足で進み、第二西通路廊下に到着。通路で倒れている執事達を見つけた。

 

 死んではいない。当身で一撃。ものの見事に気絶させられていた。介抱は、他の執事達に任せて先を急ぐ。

 

「ふふ」

「親父、顔がニヤけているぞ」

「当然じゃ。こんな惚れ惚れする腕を見せつけられて、ニヤけずにいられようか」

 

 殺すより生かして気絶させるほうがはるかに難しい。それをリーベルは、マキシマム家が誇る執事達でなんなくやり遂げたのである。

 

 くっくっ、末恐ろしい、恐ろしい。

 

 ただ、ここから先はさすがに難しいじゃろう。

 

 家宰のエスメラルダがいる。

 

 エスメラルダ相手では、殺さずに事を治めるのは至難の業じゃ。リーベルも覚悟を決めておろう。

 

 案の定、門近くに移動するに従って、濃密な死の気配が広がっていく。

 

 おぉ、リーベルの気じゃな。

 

 予想していたとはいえ、殺る気まんまんじゃ。殺して死体の山を築いてでもまかり通るという強烈な意思を感じた。

 

 まずい。早くリーベルを止めんと、執事達が全員死んでしまうわい。

 

 駆ける足をさらに加速させる。

 

 そして、正門近くまで到着。気配を消し、様子を窺う。

 

 眼前には、リーベルとエスメラルダが対峙していた。

 

 二人とも極限まで闘気を高めておる。うかつには飛び込めん。

 

 それにしてもリーベルめ、なんという覇気を見せる。

 

 これが齢十七の子供が放つ気か?

 

 わしも気合を入れて事にあたらねばの。

 

 リーベルがエスメラルダに集中する一瞬。周囲の警戒が疎かになるわずかの刻。そのスキに飛びかかるしかないじゃろ。

 

 そして……。

 

 リーベルが動く。

 

 今じゃぁああ!

 

 大きく目を見開き、最短ルートで駆け抜ける。神速の動きで接近、振り上げられたリーベルの右腕を掴んだ。

 

「そこまでじゃ」

 

 攻撃を制止されるとは思わなんだろう。リーベルは、少し驚いた顔をしている。

 

 この何事にもそつがない天才を少しは動揺させられたか?

 

 爺の面目は保たれたようじゃな。

 

 それから事のあらましを説明し、事態を収拾した。孫達は、旅支度のために一旦部屋へと戻っている。

 

「エスメラルダ、大丈夫じゃったか? なんなら今日は休みを取るがよい」

 

 リーベルは本気じゃった。対峙したエスメラルダのプレッシャーは相当なものであったろう。

 

「大旦那様、お気遣いありがとうございます。ですが、任務に支障はございません」

 

 さすがは我が家が誇る執事達の頂点に立った女じゃ。疲労もピークに達しているであろうに。その気骨には頭が下がる思いである。

 

「無理するでない。立っているのもやっとであろう?」

「こ、これはお見苦しいところをお見せしました」

 

 エスメラルダは頭を下げる。

 

 隠しているようだが、ワシにはわかる。

 

 リーベルの本気と真っ向勝負したのじゃ。闘気も精神力も限界以上に使ったじゃろう。

 

「いいから休め。休むのも仕事じゃ。万全の体調を整えるのもプロの仕事じゃぞ」

「申し訳ございません。大旦那様の仰る通りです。それでは少し仮眠を取ってまいります」

「うむ、そうしろ」

「はっ」

 

 エスメラルダが執事室に戻るため、きびすを返す。

 

「あ~エスメラルダ、リーベルはどうじゃった?」

 

 きびきびとした洗練された歩行をするエスメラルダ。ついその背に問う。

 

「はい、さすがはマキシマム家の跡取りでございます。正直、死は覚悟しました。これほどのプレッシャーは旦那様と戦った時、いえ、それ以上だったかもしれません」

 

 エスメラルダはそう言うと、ペコリと頭を下げて執事室へと歩いて行った。

 

 ふふ、リーベルめ、SS級賞金首で鳴らしたあのエスメラルダにそれを言わせるか。

 

 そして……。

 

 旅支度をした孫達が門を出発する。

 

 家族、執事全員が孫達を見送った。

 

 リーベルは照れながら、カミラは元気よく手を振り、その姿が遠のいてく。

 

 行ったか……。

 

 あの時、リーベルはすんなりと引き下がってくれた。

 

 もしリーベルが意地を張り、そのまま()りあっておれば……。

 

 ふふ、もしなど詮無き事じゃな。

 

 リーベルを掴んだ右手の人差し指を見る。

 

 赤黒く変色していた。

 

 折れてるのぉ。

 

 骨までイッったのはいつぶりじゃろうか。

 

 記憶に新しいのは、暴走列車と正面衝突した時……いや、あれは捻挫ですんだ。

 

「親父無理するな。それ折れているんだろ」

 

 倅も気づいておったか。

 

「あぁ、ぽっきりとな。ワシも歳かのぉ。よる年波には勝てん」

「くっく、列車も跳ね返す親父が何を抜かす。まぁ、でも親父もいい加減、落ち着くべきかな。リーベルを止めるのも俺に任せるべきだった」

「む! じゃが、あれに割って入れるのはワシぐらい――まぁお前もやれるじゃろうが……」

「親父、そろそろ年を考えろってことだ」

「そうですよ。お義父様もそろそろ骨がもろくなってきているんですから。そうだ。この際、お酒を控えましょうか。前々から思っていたんです。お義父様は深酒がすぎるって」

「お、おい、ルナさん、それは勘弁してくれ」

 

 辛らつじゃな。ルナさん、まだ怒っておるのかのぉ。

 

 くわばら、くわばら。当分はご機嫌を伺わなければいけんようじゃ。

 

 まぁ、じゃが養生はするかのぉ。孫達が、リーベルが世界最強の殺し屋となる、その日まで。まだまだ死ねんからのぉ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 「カミラの性質」

 マキシマム家を出て、ヴァンニック市に入る。

 

 改めてこの世界を説明しよう。

 

 ここはヨーロッパ大陸の東に位置している。ヨーロッパ大陸って言うと、前世の地球を思い出すが、違う。ここは、前世地球の歴史と微妙に違っている。ナポレオンはいるけど、織田信長はいなかったり。全然、知らない人物が江戸幕府を開いて天下を統一していたり。パラレルワールドと言っていいだろう。

 

 文明レベルで言えば、前世基準でだいたい西暦千九百年前半位だ。だから、スマホもなければ、インターネットはない。電話とラジオはあるけど、テレビはない。

 

 飛行機は、民間レベルではない。世界有数の大富豪、あるいは国が所有している。だから普通の旅行者は、列車で移動するのが基本だ。

 

 そして、大きな違い。どういった歴史背景を辿ったらそうなるかわからないが、殺し屋がちゃんとした職業であるのだ。もちろん全員が全員なれるわけではない。国際連盟が指定した二十の団体だけが許されている。それ以外が殺しなんてやったら普通に犯罪だからね。

 

 そして、その二十の団体は四つの上部団体に集約される。北家、南家、西家、東家。俺達、マキシマム家は、その南家に属するのだ。

 

 そんな時代背景の中、俺達はヴァンニック市からオレゴン市のある国外へと移動している。

 

 できるだけ実家から離れたい。ヴァンニック市は、マキシマム家の影響が大きいからね。

 

 速攻、交通機関を使った。列車でまずは市外へ移動する。

 

「うわぁい! お外だ。お外!」

 

 カミラは、生まれて初めて乗る列車に興奮している。靴を脱ぎ座席の上に座ると、列車の窓から外を眺めていた。小さい子が初めて列車に乗ったら、よくやる奴だね。

 

「カミラ、これが列車だ。速いだろ?」

「うん♪ まるでパパの背中に乗っているみたい」

 

 カミラがはしゃぎながら答える。

 

 他の乗客達も、カミラのその微笑ましいセリフに慈愛に満ちた表情を向けてきた。そこらかしこで「可愛らしいお嬢さんね」といった賛美の声が聞こえる。

 

 そうだよ、これだよ、これ。この風景を見たかったのだ。

 

 殺人、マーダー、キル、KILL……。

 

 ここには、そんな殺伐としたものがない。

 

 カミラの子供らしいセリフに周囲の皆が暖かな目を向けている。

 

 ふふ、まるでパパの背中に乗っているみたいかぁ~。

 

 実際、親父は、列車並みの速度で走れるけどね。カミラの言葉通りだが、まぁそれは置いておく。

 

 今は、この空間を大事にしたい。

 

 そういや俺の家族って列車並に走れるんだった。瞬間最高速度で言えば、列車よりも速い。

 

 ……近くだと安心できない。改めて、遠くに行こうと決意する。

 

 それから列車は、最終駅に到着した。

 

 俺達は列車を降り、国境を越えるため山間部に入る。

 

 それまで、いろいろな物を見て、感激していたカミラの表情が暗い。

 

 はしゃぎすぎて疲れたか?

 

 いや、よそ様の子供じゃないんだ。あの程度で疲れていては、マキシマム家で一日たりとも生きていけない。

 

 カミラは無口になり、何かを耐えているようだ。

 

「カミラ、どうした? 元気がないな」

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだい?」

「お腹すいた」

 

 そうか。お腹が空いて元気がなかったんだな。

 

 う~ん……釈然としないものはある。

 

 俺達一家は、七日七晩絶食しても平気で動き回れる。水さえあれば、一か月だって可能だ。そんなマキシマム家の人間らしからぬセリフである。だが、初めて外へ出たんだ。そういうイレギュラーもあるだろう。

 

 俺は、無理やり自分を納得させる。

 

 そして、鞄に入れていたオニギリをカミラに渡す。白い米にパリッと海苔が巻いてある。少し冷えているが、簡易食としては十分に美味だ。

 

「……いらない」

「遠慮するな。お腹空いているんだろ?」

「そっちじゃない」

「そっちじゃない……食べ物じゃくて?」

「うん、こっちだよ」

 

 そう言って、カミラがクィーっと首をちょん切るジェスチャーをする。

 

 あ~そっちね。

 

 今度は納得した。悲しいことに納得してしまった。

 

 ()べたいってことか。

 

 家を出てから早三日。

 

 あれからカミラは、一度も殺しをしていない。そろそろ禁断症状が出てきたようだ。

 

 カミラは、あからさまに殺気を振りまいている。

 

  まずいなぁ。

 

  この調子だと、通行人を襲いかねない。国外に出る前に、この殺気を抑える事から始めるか。

 

「カミラ、聞け」

「なに? お腹すいた。あれ()べていい?」

 

 そう言って、カミラは荷物を背負った中年の男を指差す。中年の男は、ふーふー汗をかきながら坂道を登っていく。

 

 行商の途中なのかな?

 

 お仕事ご苦労様です。

 

 こんな一般人を殺すなんてもってのほかだ。

 

「だめだ」

「お腹すいた! すいた!」

 

 そう言って、カミラはバンバンと俺を叩いてくる。その遠慮のない拳は、確実に急所を当ててきた。しかも、大木に当てれば、それが幹ごとへし折れるぐらいの力でである。さすがマキシマム家の娘と言ったところか。相手が俺でなければ、肉を抉られ、骨を断たれ、最後にはミンチができ上がってただろう。

 

「ち、ちょっと待て、待て。落ち着け。兄ちゃんの心臓を抉り出そうとするんじゃない」

「う~う~」

 

 カミラは不満たらたらだ。

 

 目は血走り、野獣の如く獲物を求めている。先程まで、外の世界を見て目を輝かせていた可愛げな童女の姿じゃない。

 

「カミラ、聞け。お外では簡単に殺しをしちゃだめなんだ」

「やだ、やだ! お腹空いた!」

 

 カミラがさらに興奮して俺を叩く。抹殺しかねん勢いだ。さすがの俺の肌もカミラに叩かれすぎて、少し赤くなってきたぞ。

 

「カミラ! あまり我儘言うんじゃない」

「う、うぁああん! お腹空いた。()べたい。()べたい。()べられないなら、お家に帰る!」

 

 カミラが泣き叫ぶ。火がついた赤子のようだ。

 

 しかたがない。実家に帰られては本末転倒である。

 

「わかった。わかったから泣くのをやめろ。()べていいから」

「うっ、うっ。ほ、本当?」

 

 カミラが涙を指で拭きながら、こちらを見ている。

 

 苦渋の決断だ。

 

 ここでカミラの機嫌を損ねたら、実家に帰られてしまう。それでは、カミラ普通の子計画が頓挫してしまいかねん。

 

「あぁ、本当だ。だが、ちょっとだけ待ってろ。すぐに()べていい場所に連れていくから」

「早く、早く!」

 

 カミラが薬の切れた麻薬患者(ジャンキー)の如く、せっぱつまった声を出す。

 

 そうだった。俺が甘かった。

 

 カミラは、殺しの魅力にどっぷりと浸かっている。いきなり殺しをやめろと言われてもやめられるわけがない。麻薬中毒者がいきなり麻薬をやめられるかと言えば、Noと言えるだろう。

 

 薬を絶つには、徐々に減らしていくしかない。

 

 カミラは毎日、殺しをやっていた。その依存性は、言わずもがなである。

 

 早急に治療しなければならないのは、確かではある。だが、一気にやっても反発を招くだけだ。だから、殺しの回数を段階的に減らしていく。最終的には「キャー、血が出てる。喧嘩怖い、お兄様助けて!」とか言うぐらい大人しくなってくれればね。

 

 俺は期待に満ちた目でカミラを見つめる。

 

「お兄ちゃん、早く、早く。血、贓物、シュパーンしたい」

 

 そう言って、カミラは悶えながら身体を震わせている。

 

 う、うん、目標は高く持たないと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 「暗黒街に潜入せよ(前編)」

 さてさて、ここら辺で殺してもいいような、ゲロ以下の存在がいなかったか。

 

 記憶の引き出しを探る。

 

 悲しいことに俺の頭には、指名手配された世界中の賞金首の情報がインプットされている。それは顔写真だったり住所だったりターゲットの得意な戦術だったり様々だ。俺が前世の記憶を取り戻す前は、鍛錬をしているか、殺しをしているか、賞金首の情報を覚えているか、そのどれかしかしていない。青春真っ只中の十七歳のする事じゃない。

 

 実にアホだった。

 

 俺、前世と違ってイケメンなんだぞ。両親譲りの整った顔立ちをしている。ファンタジー小説に出てくる主人公ばりの甘いマスク、すらっとした背丈、身体は引き締まってて、いわゆる細マッチョだ。街角でナンパすれば、どんな美女でも九割以上の確率で成功する自信がある。

 

 ひと夏の恋、一夜のアバンチュール、憧れのマドンナとのデート、幼馴染の美少女とのキャッキャ、ウフフな展開。俺のルックスならどれも十分に可能だ。

 

 それなのに今までの俺。

 

 女?

 

 くだらん。それより鍛錬だ。死合だ。賞金首のリストを見せろ。

 

 ……こんな感じだったよ。

 

 くそ、どれだけフラグを叩き折った事か!

 

 あぁ! 今、考えれば仕事で色んな可愛い子と出会ってたのに。悪党の賞金首に苦しめられる少女達。そんな彼女達を賞金首を狩ることで救ってきた。大半は怖がられたけど、中には感動して俺にアプローチしてきた子もいたんだよ。それも凄い美少女にだぞ。

 

 俺はそんな美少女の誘いをにべもなく断っていた。実につれない、相当つれない態度を取っていたのだ。

 

 あぁ、実にもったない。

 

 本当、今までの俺は大バカだよ。

 

 世の男子高校生が好きな子の写真を眺めていた時に、俺は賞金首のおっさんの顔写真を眺めていた。

 世の男子高校生が好きな子の趣味や特技を調べていた時に、俺は賞金首のおっさん達の殺しの手口を調べていた。

 

 はは、凄いだろ。そういう次第で、俺はそんないかつい強面のおっさん達数百人以上の情報が頭の中に入っているんだぜ。

 

 か、悲しすぎる。

 

 激しい後悔に襲われたが、その経験が今回は役に立つ。それだけが救いだ。

 

 記憶の引き出しを開いた結果……。

 

 ここから一番近い場所にいる賞金首は、ボムズだな。

 

 麻薬王ボムズ。

 

 ボムズ率いるヤゴル会は、非合法な犯罪組織だ。カライム通り一帯に勢力を広げ、殺人、麻薬、売春と幅広く手がけている。たしか西家の資金源の一つになってたかな。

 

 まぁ、やりすぎてその西家から切り離されてたみたいだけど……。

 

 というのもボムズ暗殺を西家を通じて、うちが依頼されていたからだ。しかも、任務を言い渡されたのは俺。前世の記憶が戻ってなければ、今頃ボムズ邸へ暗殺に向かってただろう。

 

 俺が家を出たから、ボムズ暗殺の後任が他の誰かに決まっただろうね。そいつには悪いが、獲物は譲れない。カミラの様子を見る限り、一刻の猶予もないからね。通行人を無差別にKILLする前に殺る。

 

 ボムズよ。カミラの禁断症状を抑えるための犠牲になってもらおう。

 

 そうして俺達兄妹は、殺してもいい奴らがたむろする場所、ボムズのねぐらがある暗黒街へと足を踏み入れた。

 

 街は、ピンクのネオンが広がっている。

 

 飲み屋やバーが軒並み連なっていたり、他にもラブホや連れ込み宿が散見された。しかも、すごい色気ムンムンのお姉さんがお店の前に立ち、行きゆく男達を挑発し……これはなんていうかエロいね。

 

 なんとも如何わしい場所である。

 

 俺達、場違いそのもの。普通であれば、妹と一緒に歩いていい場所ではない。チンピラやゴロツキがわんさかいるし、絡まれる前に移動するか。

 

 ボムズの邸宅の場所は把握している。うちの優秀な執事達がターゲットの情報を念入りに調査してくれてたからね。

 

 俺達は、気配を消しながら目的地へと走る。

 

 ボムズの邸宅はすぐに見つかった。

 

 周辺とは一線を画す。ひときわ豪奢な建物だ。さすがこの地区を牛耳るドンなだけあるね。

 

 ボムズ邸宅の要所では、多くのボディガードが目を光らせていた。正門に五人、裏口に十人。向かい側の建物にも見張りが二十人以上いる。

 

 見えているだけでこれか。中はその数倍ってところかな。

 

 うん、調査どおりだ。我が執事達の優秀さに目を見張る。

 

 さて潜入するか。

 

 なかなかにガードを固めているようだけど、俺達マキシマム家の者にとっては、イージーモードである。

 

 俺達は忍者の如く、塀を飛び越え屋内に入った。屋内には予想通り大勢のボディガードがいる。

 

 う~ん、どう攻めようか。

 

 全員けちらしてもいいけど、殺生はできるだけ避けたい。

 

 よし、ひっそりと潜行するのがベターかな。

 

「カミラ、まだ突入するなよ」

 

 声をかけるが、返事がない。

 

「カミラ?」

 

 さらに声をかける。

 

 ん!? そういえば、カミラずっと静かだな。あれだけ()べたい、()べたいと騒いでいたのに。

 

 カミラを見る。

 

 カミラは苦しそうだ。はぁ、はぁ、と息を乱しながら、俺の内臓を抉ろうとしてくる。ドス、ドスゥと衝撃が伝わってきた。返事もできないほどだし、よほど血に飢えているようだね。

 

 でも、そろそろ兄ちゃん辛いぞ。さすがに血が滲んできたからな。

 

 早くボムズを探して処置をしよう。

 

 俺の身がもたん。

 

 忍び足で各部屋を探す。

 

 あちこちにボディガード達が控えていた。

 

 中にはいると思ったが、予想以上に多い。襲撃に備えすぎだ。

 

 臆病なのか、慎重なのか、両方だろうな。

 

 まぁ、ボディガードが多いのは悪い事ばかりではない。その警備スタイルから、守るべき対象の居場所を推測する事ができる。

 

 簡単に言えば、ボディガードが最も厳重にガードしている場所、そこがボムズの居場所だ。

 

 ボディガードの巡回をかいくぐり、進む。

 

 途中、どうしても衝突が避けられない地点では、ボディガードに当身を食らわせて気絶させた。

 

 

 そして……。

 

 いた。

 

 くちゃくちゃと骨付き肉を咀嚼しながら、傍らにいる少女の肩を抱いている。少女は眉を寄せ、嫌悪感に必死に耐えているようだ。

 

 ボムズの罪状の一つが、無理やり少女を拉致して自分の慰み者にしている事だ。実際にその光景を見せつけられると反吐が出るね。

 

 さらに傍らには鎖に繋がれ、ぼろぼろにやつれた奴隷。その奴隷を監督するためなのか、ムチを手にしたボムズの部下もいる。

 

 奴隷の背中は鞭で叩かれ傷だらけであった。

 

 うん、情報通りの屑だね。

 

 ギルディ。

 

 ここからは、コソコソ隠れる必要はない。

 

 俺とカミラは、ボムズの前に堂々と現れた。

 

「なんだ、貴様は?」

 

 ボムズの野太い声が響く。

 

 さて殺すか……いや、待てよ。

 

 ここで殺っておしまいって言うのは簡単だ。カミラは、ボムズを躊躇なく殺すだろう。

 

 ただ、それだとカミラは、衝動のままに殺したことになる。殺すのはしょうがないとしても、殺したのは悪人だからという認識をさせたい。

 

 コホン、一つ咳払いする。

 

 そして、一歩前に進み出ると、

 

「ボムズ、貴様の悪行もそこまでだ!」

 

 びっとボムズを指差して高らかに宣言したのである。

 

「くっく、ガキが世迷言を! ここをどこだと思ってやがる。おい、見張りは何をしてやがったぁああ!」

 

 ボムズが怒鳴り声を上げた。その声質は、暗黒街のボスらしく高圧的で殺気に満ち溢れている。

 

 数分後、慌ててボディガード達が駆けつけてきた。ボスの苛立ちを察してか、ボディガード達の顔色は悪い。

 

 数は五十人程か。

 

 ふむ、ひっそりと潜入した意味が無くなったね。

 

 即殺して、即撤退。

 

 殺し屋の基本だけど、俺は口上していたから真逆の行動だ。殺し屋としては、失格である。

 

 だが、それでいい。俺は立派な殺し屋になりたいわけではない。妹を更正させたいだけなのだ。だから、殺す意義は、丁寧に説明する必要がある。

 

「ボムズ、人身売買に違法な殺人、あまつさえ無実な少女を拉致監禁するなど言語道断。良心が痛まないのか?」

 

 まずはボムズの悪行を指摘する。

 

 これから殺すにあたって、ターゲットはこれだけ悪い事をしたんだよってカミラに教えてあげるのだ。

 

「小僧、何を青臭い事を言ってやがる。お前、俺が誰でここがどこだかわかって言ってるのか?」

「もちろんだ。それよりボムズよ、お前にも親はいるはずだ。田舎の母さんが悲しむぞ」

 

 悪い事をしたら家族が悲しむ。行いは自分だけに留まらない。大切な人にまで影響するのだ。これをカミラにもわかって欲しい。

 

「……このバカをノコノコ俺の寝室まで入れたのは誰だ? このガキともども処刑してやる」

 

 ボムズが獰猛な声で吠える。額には青筋が立っていた。

 

 うん、わかってるよ。

 

 ボムズには、良心にも両親にも訴えても無駄だってこと。これほどの屑が改心するわけがない。

 

 ただね、この手順は必要なのだ。

 

 悪人は殺す。それはいい。だが、話し合いをした上でやむをえなく殺す。殺しは最終手段だってことをカミラに教えてあげるのだ。

 

 手間だと思うよ。すぐに殺したほうが楽さ。でもね、これは人間として生きる上で大切な事なんだからね。人間と獣の違いはそこにあるのだから。

 

 うんうんと満足げに頷く。

 

 ボムズは、ぴくぴくと瞼まで痙攣し始めた。そろそろボムズの堪忍袋の緒が限界のようだね。

 

 バトルモードに移行する。

 

 わかっちゃいたけど、ものくそ短気だな。すぐに殺そうとするなんて人の命をなんだと思ってやがる。こいつは人間より獣に近いよ。

 

 暗殺に潜入した自分が言うのもなんだが、ボムズは屑だ。はっきりしたね。

 

「カミラ、そういう事だ。こういう屑だけを殺すんだ。わかったか?」

「お、お兄ちゃん、ま、まだかな。僕、も、もう我慢ができな……い」

 

 カミラが顔を上げ、苦しそうに訴える。

 

 うん、全然聞いてねー。

 

 今までの話は欠片も聞いてないようだ。

 

 ずっとうつむいてたのは、衝動を必死に耐えてたわけだ。真摯に聞き入ってたわけじゃなかったのね。

 

 ……悲しいが、これもうすうすわかってた。

 

 だけどね、どんなに勉強をしない子でも、親は勉強しなさいって叱るでしょ。言葉は、無意味だとわかってても言い続けなきゃいけないんだよ。

 

 カミラは、もうだめ、限界、早く()べたいと繰り返す。

 

  はてさてこれって、ボムズとカミラどちらが獣なんだろうか。

 

 う、う~ん、き、厳しいなぁ。

 

「ほぉ~~そっちのガキ! ガキはガキでも上玉のガキじゃないか。貴様、さっさと顔を見せておけ。あやうく二人ともぶっ殺すところだったぞ!」

 

 ボムズがニタニタといやらしい笑みを浮かべた。

 

 あ、ボムズのほうが獣だね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 「暗黒街に潜入せよ(後編)」

 ボムズがドスンドスンとその巨体を揺り動かしながら移動してくる。傍らにいた少女をはねのけ、手に持っていた肉は、無造作に床に投げ捨てた。

 

 下品で粗野で実に不愉快である。

 

 さらにボムズは、部下から注射器のようなものを受け取り、これ見よがしに見せつけてきた。

 

「それは、ドラッグか?」

「ぐへぇへへへ、そうさ。だが、ただのドラッグじゃない。ヤゴル会特製の媚薬も入れてある」

「MDMAだったか」

「くっく、お前のような小僧がよく知ってたな。そうだMDMAだよ。今からそっちのガキに打つ。狂うぐらいによがらせて天国に昇らせてやるよ」

 

 ボムズは嗤う。底意地の悪い笑みだ。そこには、自分が快楽を得るためなら、何をしてもよいとう自分勝手なエゴイズムしかない。

 

 こいつ、どれだけの少女を食い物にしてきたのか。

 

 もともと情状酌量の余地はなかった。こいつはさっさと処刑するとしよう。

 

 「カミラ、もう我慢しなくていいぞ。殺ってしまいなさい――って早ぁあ!」

 

 カミラは、脱兎の如く駆け寄り、ボムズの首を引きちぎった。ぶちんと大きな音が鳴り、ボムズの下半身が、ガクリとその場に倒れこむ。その首からは、噴水のように血が噴出していた。

 

 そして、カミラは無造作に首から上にあったもの、そう、舌をだらしなく出し、白目を剥いたボムズの生首を掲げる。カミラの表情は、とても明るい。はぁはぁと時折、息を乱している事からも興奮しているようだ。

 

 よ、よっぽと飢えてたんだな。

 

 まぁ、これでカミラの気が済むなら――って、ちょっと待てぇええ!

 

 慌ててカミラの首根っこを掴む。

 

 カミラは、ボムズの生首を地面に投げ捨てると、今度は、ボムズの傍らにいた少女にまで手をかけようとしていたのだ。

 

「なんで止めるの! ()べていいんでしょ!」

 

 ふーふーとカミラは、猫のように怒りを露にする。

 

「カミラ、()べてもいいと言ったが、この子はだめだ」

「えぇ、なんで? もっともっと足りない!」

「だめだ」

「やだ、やだ。もっともっと!」

 

 手足をバタバタさせてカミラが騒ぐ。

 

 ちっ。なまじ腹がふくれたものだから、余計に殺気だってやがる。

 

「カミラ、この子はだめだけど――」

 

 部屋にいるボムズのボディガード達を見る。

 

 彼らは、口を開けて驚いていた。ボムズが注射器を持って意気揚々と近づいてきたとき、ニヤニヤと下卑た笑みを見せてたくせに。今は、生まれたての小鹿のようにプルプル震えている。

 

 こいつらは、ボムズの命令とはいえ嬉々として少女達を食い物にしてきた。ボムズと同罪。ボムズがゲロ以下なら、こいつらはゲロである。

 

「ほら、あいつらならいいぞ」

 

 ボムズのボディガード達を指差す。

 

「わぁい!」

 

 カミラが満面の笑みを浮かべて、奴らに突撃した。

 

「ま、待って――ぎぁあああ!」

「ひぃいい!? や、やめ。腕が腕が!」

 

 カミラが、縦横無尽に暴れまわる。その度に、ボディガード達が悲鳴を上げ、その命を散らしていく。カミラは、ただただ無心に、引きちぎった首から噴出される血を浴び続けていた。

 

そして……。

 

「ぷっはぁああ! 生き返ったよ。うんうん、久しぶりのご飯は美味しいね」

 

 カミラはにこやかにそう答える。

 

 全身血だらけ。服は真っ赤に汚れ、その美しい銀髪にも朱が交じっていた。そんな状態にもかかわらずカミラは動じない。指に垂れる血を舐めながら、恍惚とした表情を浮かべているのだ。

 

 ……ドン引きである。

 

 とてもお嫁に出せない所業だ。

 

 あ、頭が痛い。

 

 なんて声をかけたらいいのやら。

 

 俺が妹の所業に動けないでいると、残ったボディガード達は、カミラの所業にビビッているようで微動だにしない。周囲は、凍りついた土壌のようだ。ピンと張りつめた空気の中でカミラの鼻歌だけが聞こえる。

 

「ふん♪ ふん♪ まだ浴びたりないなぁ」

 

 カミラはそう言うと、一人の男の前に移動する。

 

 そして……。

 

 ぶちっ!!

 

 雑草を狩るかのごとく、その男の首を引きちぎった。先ほどと同様に首から血がシャワーのように噴出する。

 

「あ、あ、あ!」

「ひ、ひぃ!!」

 

 男の小さな悲鳴。そしてガチガチと歯がなる音が聞こえる。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。カミラだけが笑い、他は金縛りにあったように動けず、ただただ震える。

 

 カミラは、次々と首を狩り血のシャワーを浴びながらご満悦な様子である。皆、その様子を見ているだけ。絶対的強者の前では、弱者は何もできないというが本当のようだ。

 

「ふん♪ ふん♪ ふん♪ あ!? お兄ちゃんも浴びる?」

「あ、浴びない」

 

 俺は、血の伯爵夫人じゃねぇぞ。

 

「僕はもう少し欲しいかな」

 

 物騒なセリフを吐いて、カミラは残ったボディガードのところへ向かう。

 

 うん、少しばかり彼らに同情する。でも、悪党になったのは自己責任だしね。しょうがない。

 

 よし、もう戦闘はカミラに任せよう。

 

 俺は……。

 

「ねぇ」

「ひ、ひぃい!」

 

 声をかけたとたん、腰を抜かした少女が後ずさりをした。

 

 うん、まぁ、そうだよな。

 

 カミラの狂乱を見て、普通の人が平静でいられるはずがない。

 

 ガクガク全身を震わせている少女に、自分達が賞金稼ぎだと明かす。少女も悪人を捕殺する賞金稼ぎの存在を知っていたのだろう、謎の殺戮兄妹の正体が判明し、いくぶん落ち着きを取り戻した。

 

「あ、あの、ありがと……うございます」

 

 少女が深々と頭を下げる。

 

「いやいや、仕事だから。大した事してないよ」

「いえ、それでも感謝してます。あの男から解放して頂いて、本当に。うう、本当にありがとうございます」

 

 少女は、大粒の涙を流しながら嗚咽する。

 

 ……そこまで好意を寄せられると、心苦しい。

 

 仕事でなく、妹の禁断症状を抑えるためにここに来た。ただの成り行きである。

 

「いや、本当に気にしないで。それより、帰り道わかる?」

「はい、わかります。ただ、着の身着のまま拉致されたので、お金が……」

 

 少女が気落ちした声で説明した。

 

 俺は無言で立ち上がると、目星をつけていた部屋に入り、家捜しをする。

 

 そして……。

 

「それじゃあ、はい」

 

 俺は、ボムズが溜め込んでいた財貨をバックに入れ、そのバックを渡す。宝石、現金、金塊、諸々だ。かさばらないように宝石が主である。時価数億は、下らないと思う。

 

「えっ!? いいんですか!」

「うん、いいよ」

「で、でも、勝手に着服するなんて、できません」

「いいから、いいから。辛い目に遭ったんだから、慰謝料だよ。これでも足りないぐらいだ」

「受け取れません。いくら悪人の物だからって、それを盗むのは、悪い事です」

 

 辛い目に遭ったというのに。人間性を忘れていない。

 

 いい子だ。凄いいい子だ。こういう人には幸せになって欲しい。

 

「悪い事じゃない。法律で認められている正当な報酬だよ。何しろボムズ捕殺に辺り、情報提供に協力してくれた」

「私、情報提供なんてしてません」

「してる。ボムズの悪事を話してくれただろ? 報告書を書く時にずいぶん助かるんだ。賞金稼ぎってのは、事後処理も大変なんだ。その裏づけを証明するだけでも人手間かかる。それを被害者の証言という形で、ずいぶん省いてくれたからね。そのお礼だよ」

 

 本当は、そんな制度はないんだけどね。

 

 その手の情報は、調べきっているし、国際手配された時点で生死は問わない仕組みである。

 

 情報提供で意味のあるのは、ターゲットの居場所や趣向、特技といったところか。

 

 そういう情報を集めるため、情報提供者を募り、手間賃を渡す賞金稼ぎもいる事はいる。でも、それはその道の諜報員(プロ)に依頼するのであって、一般人にはない。仮にあったとしても、その殆どは、スズメの涙程度の報酬だろう。要するに、法律で定義されていないので、情報提供者への報酬は、賞金稼ぎの些事加減一つなのだ。

 

 今回は、俺の独断で百万ドル相当の報酬を与える事にした。

 

 大丈夫、大丈夫。法律なんて所詮はこじつけだよ、こじつけ。

 

「で、でも、こんなに……」

 

 少女は、困惑している。

 

「これでも足りないぐらいだよ。いいから受け取りなさい」

「本当にいいんですか?」

「もちろんだ」

「うっ、うっ、あ、ありがとう、ございます。これで母も弟も救われます」

 

 話を聞くと、この少女、あまりに不幸すぎる。父親は、彼女が小さい頃に他界。病弱な母と幼い弟がいるらしい。彼女は、一家を支えるため、朝、昼、夜と掛け持ちで仕事をしていたとのこと。そんな一心不乱に働いていた勤労少女を、ボムズは、容赦なく拉致したらしい。

 

 ボムズめ、こんないい子を拉致するなんて非道すぎる。

 

 そして、こんな理不尽な目に遭いながらも、彼女は、他に同じように拉致された少女の安否を気にかけてたようだ。

 

 なんていい子だよ。

 

 幸せになって欲しい。

 

 少女の健気な心にほだされる。

 

 カミラにもこの少女の話を聞いて欲しい。

 

 チラリとカミラを見る。

 

 カミラは、ご満悦の様子だ。あれから増援がきたようで、増えたボディガード達を締め上げている。「ぎゃあ!」とか「うげぇえ!」とか悲鳴が飛び交い、この空間に暴虐の嵐が吹き荒れれていた。

 

 カミラの所業を少女から背中で隠せる位置に移動する。

 

 カミラが事を終らせるには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 今まで殺伐とした話ばかりしていたから、この少女と話をしたい。そんでもってカミラの事も愚痴って、相談したくなってきた。

 

 少女と身の上話しに花を咲かせる。

 

「そうですか。親に無理やり……。あんな小さな娘まで……やめられないんですか?」

 

 少女の無垢な質問に心がときめく。

 

 そうだよ、これが普通の反応なんだよ。どこの世界に十歳の娘に殺しをさせる家族がいる!

 

「俺もやめさせたいと思っている。人を殺して金を稼ぐなんて間違っているよ。まっとうな仕事じゃない」

「そんなに自分を責めないで下さい。それでも、それでも私はあなた達のおかげで助かりました。あなた達が、こんなに嫌な、すごく嫌な事なのに無理をして……うぅ、うっ」

「泣かないでくれ。嫌で最低だと思っていた仕事だが、そう言ってもらうだけで救われる」

「リーベルさん、カミラちゃんを連れて、私の地元に来ませんか?」

「えっ!?」

「改めて助けてくれたお礼がしたいです。それに、私のバイト先ですけど、仕事を紹介できると思います」

「本当かい?」

「はい、大した仕事じゃないかもしれませんけど……」

「いいよ、いいよ。殺し屋なんかより百倍いい。ありが――」

「お兄ちゃん、楽しかったね♪」

「ぶっ! こ、こら、カミラ」

 

 空気を読まないカミラのセリフに場が凍りついた。

 

 どうやら事が終了したようだ。

 

 カミラがウキウキ顔で俺達に近づいてきた。

 

「ア、カミラちゃん、だね? さっきは助けてくれてありがとう。でも、いいのよ。そんな無理しないで」

「何が?」

「だから、賞金稼ぎの仕事……辛いんでしょ」

「辛くないよ。すごく楽しい。はぁ~すっきりした」

 

 ぐほっ! 痛恨の一撃をくらった。

 

 カミラは、俺達が嫌々殺し屋をしているという話を正面からひっくり返してきた。

 

 少女は、不審げに俺達を見つめている。

 

「え、え~とね、これは、つまり洗脳が行き過ぎたというか、カミラはよく仕事(ころし)をわかっていないんだ。何もわからずに殺しを強いられているんだよ」

「ひどい。前、お兄ちゃん、お仕事上手くなったって褒めてくれたじゃん。カミラもだいぶわかってきたって」

 

 ぐはっ! なんて爆弾発言を!

 

 少女が目を見開いて驚いているじゃないか!

 

 明らかに疑いの目を濃くしている。

 

「ア、カミラ、いい加減な事言うんじゃないぞ」

「いい加減じゃないよ。先月、僕の誕生日に言ってくれたのに」

 

 先月!?

 

 俺が前世を思い出す前だ。俺が殺人機械(キラーマシーン)だった頃……。

 

 記憶を掘り起こす。

 

 ……うん、言ってたね。

 

 思い出した。

 

 眉毛の太いゴル的な殺し屋だった俺、必要最低限の会話しかしなかった俺が珍しくその日、カミラを褒めたのである。誕生日だったからリップサービスも多少含んでた気もしないでもない。

 

 カミラは嬉しそうだったね。

 

「え~と、それは、その……」

「言ったよね? 嘘だったの?」

 

 カミラが悲しそうな顔をする。

 

 まずい。カミラの心を傷つけてしまったか。

 

「あ、言った。確かに言った。ごめんな、兄ちゃんボケてたよ。嘘じゃないぞ。カミラ成長したな」

「くっ!?」

 

 少女が短く唸る。その目には、疑いに加えて軽蔑の眼差しがプラスされていた。

 

 うぉお、こちらを立てれば、あちらが立たず。

 

 嬉しそうなカミラはさておき、今度は少女に向き直る。

 

「え、え~とね、聞いて、聞いてくれる? すべて誤解なんだ。前世の自分がね……」

「……もういいです」

 

 少女のトーンが明らかに下がった。完全に少女の信頼を失くしたようである。

 

 うぅ、だってさ、だってさ、嘘はつけないじゃん。

 

 確かに言った事は言ったもん。これを誤魔化したら今度はカミラの信頼を失くしてしまうからね。

 

 かといって、少女に前世も含めて正直に全てを打ち明けたとしても、理解されるとはとうてい思えない。

 

 しかたがない。説明できる部分だけは正直に話そう。

 

「こ、これだけは言える。俺は嫌なんだ。これは確実」

「今度は、お兄ちゃんも()べていいよ。お兄ちゃん、僕よりも食欲旺盛だもんね」

 

 ブフォ!! だからちゃぶ台をひっくり返すなって!

 

 カミラは、いかに俺が自分よりも殺しが大好きで、いかに殺しが上手いのか、楽しそうに話す。

 

「ア、カミラ、やめなさい」

「あ~そっか。さっき止めたのは、お兄ちゃんがこの子を()べるからだね。いいよ、我慢する。僕見てるから」

 

 カミラは両手で頬杖をついてニコニコと笑顔を浮かべている。

 

 少女は首を横に振りながらl信じられないといった表情で俺達を見ていた。

 

 う、うん、わかる、わかるぞ。悲しいが君の気持ちはわかる。

 

 仲良くしようとしてて実は殺そうとしてたなんて、とんだシリアルキラーな兄妹だよな。

 

 だが、全ては誤解なんだ。

 

 俺のモットーは、人類皆兄弟、平和が一番だ。将来の夢は、公務員で、可愛い嫁さんをもらって、地道に働くことだぞ。

 

 だから、そんな目で――。

 

「ねぇ、()べないの? なら僕がもらうね」

「カミラ!」

 

 慌てて妹の口に手で塞ぐ。

 

「そ、それじゃあ、君、身体に気をつけるんだよ。そのお金は自由に使っていいからね」

 

 これ以上話しても、こじれるだけ。無理やりその場をあとにした。

 

 くぅ~せっかく友達になれそうだったのに。

 

 カミラは、あっけらかんとしている。自分の発言がどれだけ少女をドン引きさせたのかわかっていないのだ。

 

 この調子で社会に紛れてやっていけるのだろうか。

 

 本当に人として生きて欲しい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話「暗黒街のチンピラ達へ」

 ボムズの暗殺は、あっさりと終了した。助けた少女に誤解されたが、当初の目的は達した。カミラも久しぶりの殺しに満足げな様子である。

 

 くっ。こんな事で喜ばせたくなかったのだが……。

 

 まぁ、世の中のためになったのだ。巨悪が倒され、救われた少女もいる。それでよしとしよう。

 

 ボムズの邸宅を出た。

 

 街は、まだ静けさを保っている。じきに暗黒街のボスの死が知れれば、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなるだろう。

 

 巻き込まれたらたまらない。さっさと街を出る。

 

 イースト通りを抜け、駅に向かっていると、

 

「ここから先は、通行止めだ」

 

 大男三人が、足を広げ通せんぼしてきた。その顔はニタニタと下卑た表情を浮かべている。

 

 ったく、次から次へと……。

 

 血まみれのカミラを綺麗にして、替えの服に着替えさせ、バタバタ出てきた。賞金首殺害後の処理手続きも大変だったし、何よりカミラの更生について頭を悩ませていたんだよ。来る時よりも気配察知がおざなりになっても仕方がないだろ。

 

 自分に言い訳をしてみる。

 

 はぁ~もうトラブルはこりごりだってのに。

 

 この辺にたむろしているゴロツキかな。有名な暗黒街なだけあって、さすがに治安が悪いね。

 

 ふむ、振り切って進むか、それとも別の道を探すか。

 

 穏便に済ませるには相手にせず、別の道を探したほうがよい。

 

 だが……。

 

 背後を振り返ると、複数の男達がわらわらと現れて俺達を囲んだ。

 

 完全に通路を塞いでいる。

 

 無視はできそうにない。

 

 人数は……。

 

 ひぃ、ふぅ、みぃ……十五人、さらに通路奥にもチンピラ十数人がヘラヘラと薄ら笑いをしながら、様子を窺っていた。

 

 さて、どうしようか?

 

 殺すのは簡単だ。こんな素人のチンピラ程度、俺であれカミラであれ簡単に屠れるだろう。それこそ道端に咲いている花を摘むようにだ。

 

 だが、それをやってなんになる?

 

 この先、邪魔する奴を指先一つで殺していけば、死体の山ができるだけだ。

 

 それではなんのために、カミラを実家から引き離したかわからない。今は、暗黒街のボスをぬっ殺し、カミラの禁断症状も治まっている。非常事態ではないのだ。

 

 カミラに我慢を覚えさせる第一歩だね。できるだけ殺しは控えさせよう。

 

「あ~君達――」

「きゃはっはは、運が悪かったな小僧! ここは俺達キラー団のアジトだぜ」

 

 見るからに頭が悪そうな男が、頭の悪いセリフをほざいている。実にモヒカンが似合いそうだ。

 

 こんなバカ相手に話が通じるか……。

 

 い、いや、大丈夫。

 

 話せばわかるに決まっている。人は動物と違って理性があるんだ。それをカミラに教えたい。

 

「コホン、君達そこを通してくれないか? 嫌がらせはやめてくれ」

「はは、なんだこいつ? 今の状況をわかってんのか、コラ!」

「お願いします。そこを通してください」

 

 ペコリと頭を下げる。人に頼み事をする時は丁寧に。基本だね。

 

 カミラ、見ていろ。

 

 これが社会に出るって事なんだ。社会には、理不尽がまかり通っている。時には我慢をして、大人な対応をしなきゃいけない事もある。感情のままに拳を振るってはいけないんだよ。

 

 俺が手本を見せてやるからな。

 

 チンピラ達に対するイラつきを抑え、さらにお辞儀を深くした。

 

 こいつらだって人間。低姿勢で必死に頼み込めば――

 

「てめぇ、ぐだぐだ能書きたれてんじゃね。さっさと出すもの出しやがれ。痛い目にあいてぇのか?」

 

 うん、さすがに通りがかりの旅人を恫喝するような屑である。道徳心に訴えても無駄のようだ。

 

 ならば……。

 

「君達、恐喝は犯罪だ。牢屋に入ることになるぞ。下手をしたら縛り首だ」

 

 法の倫理で攻めてみた。

 

 するとチンピラ達は、一瞬ポカンとした後、顔を見合わせて笑い出したのである。中には、腹を抱えて笑っている者までいた。

 

 ゲラゲラと笑うチンピラ達にイライラが募る。

 

「何がおかしい! 俺は本気だ。お前達が恐喝を繰り返すなら、すぐにでも警察を呼ぶからな」

 

 俺の脅しに一人のチンピラが前に出てきた。

 

「けけけ、お前、田舎者だな。ここら辺は警察の管轄外だよ。上前をはねる役人はいても、まじめに働くようなバカはいねぇよ」

 

 げぇ! そうなんだ。

 

 さすが暗黒街のボスが自由に振舞っていた町なだけある。

 

 腐ってるね。

 

 それじゃあ国家権力で脅しても無駄か。それどころか被害者である俺らが逆に捕まる可能性だってある。

 

 う~ん、説得は無理そうだ。

 

 だからと言って、殺すというのはあまりに短絡すぎる。それをカミラに教えなければならない。

 

「カミラ、こういう場合はわかるか?」

「うん、()べる」

 

 さっき()べたばかりだというのに、カミラは躊躇無く言う。

 

「違う。手加減だ」

「手加減?」

「そう、()べてはだめだ。言ってわからない馬鹿は、叩いて(しつけ)をしてあげよう」

「うん、わかった」

「俺が手本を見せてやるから。ちゃんと見ておくんだぞ」

「は~い」

 

 カミラが手を挙げて元気よく返事をする。

 

「けけけ、お前らバカか! 抵抗しても痛い目に遭うだけだぜ」

「カミラ、こいつを見ろ。知性のない顔だろ。これはな自分の将来について何も考えず、欲望のままに生きた結果だ。カミラはそんな大人になるんじゃないぞ」

「は~い♪」

 

 小馬鹿にされたチンピラのこめかみに青筋が立った。チンピラ達の脅しに恐怖せず、それどころか小生意気な態度を取る俺達に腸が煮えくり返ったようだ。

 

「て、てめぇえ! さっきから聞いてれば、舐めやがって!」

 

 チンピラの一人が殴りかかってきた。

 

 素人の力任せの攻撃である。間違っても当たらないし、当たったとしても相手の拳が壊れるだけだ。俺は、そのアクビが出そうなスピードのパンチを受け流し、その勢いのまま地面に転がす。

 

 チンピラはしたたかに地面に打ちつけられた。

 

 相手の力を利用したいわゆる合気である。自分の力を込めていないので、大した威力ではない。

 

 大した威力ではないのだが、それなりに痛いだろう。何せチンピラは思いっきり殴りかかっている。その力がそのまま跳ね返ってしまった。チンピラは苦しそうに呻いている。

 

「やろう、やりやがったな!」

 

 仲間がやられ、チンピラ達は怒りの表情に一転する。続けざまにチンピラ達が襲ってきた。

 

 同じようにチンピラ達を地面に転がす。

 カミラも俺の投げ技を見よう見真似で使い、チンピラ達を地面に転がす……いや、ちょっと違うな。カミラは自分の力も込めているから、俺の倍以上の威力を出していた。

 

 だから手加減って……まぁ、いいか。

 

 チンピラ達は、確実に骨をいわしていた。カミラによって容赦なく骨を砕かれ、チンピラ達の絶叫が周囲に響く。

 

 そうして……。

 

 俺達兄妹が、チンピラ七、八人を地面に沈めた地点で、チンピラ達の表情に一切の余裕がなくなった。

 

「とうとう俺達を怒らせやがったな」

「あぁ、多少腕があるからって舐めやがって!」

 

 残りのチンピラ共がポケットからナイフを取り出す。刃渡り四十センチのサバイナルナイフだ。

 

 確か英国製のベインズナイフだったっけ?

 

 切れ味抜群で、どこぞの軍隊では正規品として重宝しているとか。

 

 まぁ、俺達に言わせれば、幼児から爪楊枝を向けられている気分だ。当たっても、痛くない。刺さらない。まぁ、まず当たらないけどね。

 

「ねぇ、本当にやめてくれないか。いい加減にしないと温厚な俺でも怒るよ」

「うるせぇ! まずはそのスカした顔を切り刻んでやんよ」

 

 はぁ~結局戦闘は避けられないか。

 

 まぁ、いい。十分に話し合いをした。それが大事だ。

 

「これ以上はまじで大怪我するぞ。怪我をしたくなかったら、俺達の事はほっといてくれ」

 

 最終通告を宣言後、俺達はチンピラ達を無視して、その横を通ろうとする。

 

「ま、まちやが――ぐはっ!」

 

 掴もうとしてきた右腕を掴み、本来曲がる方向とは逆にねじった。

 

 チンピラは腕を押さえてもがいている。

 

 確実に骨を折ってやった。

 

 ナイフを出してきたからね、さすがに反撃レベルを上げてるよ。

 

「僕も、僕も!」

「カミラ、わかってるな」

「うん」

 

 カミラもチンピラ達の脇を横切ろうとして、チンピラの腕を掴む。

 

 そして、そのままねじ――。

 

 ……切っちゃったね。チンピラの腕がプランプランと明後日の方向に曲がっていた。

 

 複雑骨折……。

 

 完全に右腕が使い物にならなくなっていらっしゃる。

 

 そのチンピラは、うめき声を上げながら、地面をのた打ち回っていた。

 

 ……ギリセーフかな。

 

 う、うん、だってね。恐喝するほうが悪いよ。仮に相手が俺達じゃなかったら、一般人が酷い目に遭ってた。ってか、こいつらの言動から察するに、既に半死半生の目に遭った人だっていっぱいると思う。

 

 自業自得だ。

 

 こいつらも悪事に加担するのが、どれほど危険か身を持って知っただろう。

 

 殺してしまわないか、汗だらだら、内心冷や汗ものだけど……。

 

 だ、大丈夫。

 

 きっとなんとかなる。

 

 無理やり納得し、うんうんと頷く――って待て、待て!

 

 何、首までねじ切ろうとしている!

 

 首はだめだ。首はっ!

 

 カミラの手加減が止まらない。あろうことかチンピラの首を、本来曲がる方向とは逆に曲げようとしていた。

 

 思わずダッシュしてカミラにとび蹴りを喰らわせた。

 

 だから人として生きろって!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話「カミラと食事をしよう!」

 ……昨日はひどかった。

 

 暗黒街のボスを殺し、その取り巻き達も殺し、帰りにはチンピラ達を半殺しにした。一歩間違えば、チンピラ達もあの世へ旅立っていたね。

 

 昨日だけで、どれだけの命が露と消えたか。

 

 ふぅ~。

 

 深く重い溜息をつく。

 

 知らなかった。知らなかったよ。

 

 カミラに殺人の禁断症状が現れるとは思いもしなかった。

 

 これって何? カミラには、数日おきに殺人させなければならないってこと?

 一般人を襲うなんて論外だし、旅を続けるには、常に悪人のリストアップをしとけってことだよね?

 

 ふざけんな! どれだけ旅のハードル高いんだ。賞金稼ぎやめれねぇえじゃねぇかよ!

 

 はぁ、はぁ、はぁ、それにだ。

 

 カミラと俺とで、手加減の意味がこれほど隔絶しているとは思わなかった。

 

 あいつ手加減って意味わかっている?

 

 手加減で人を殺そうとしてんじゃねぇえよおお!

 

 俺が飛び蹴りして止めなければ、チンピラ達確実に死んでたから。

 

 首をねじ切られそうになって、チンピラ達すごい恐怖を感じたのだろう。最後には、すげぇ感謝をされたな。涙をだらだら流しながら、悪事は二度としないと必死に誓ってくれた。

 

 うん、改めて考えるとひどい。

 

 この調子で旅を続ければ、いつか悲劇が起きるだろう。それだけは避けなければならない。

 

 カミラの禁断症状、手加減の件も然り。俺は何も知らなかった。これも日頃のコミュニケーション不足が原因である。

 

 よし、今日は、妹と腹を割って話す。

 

 カミラと面と向かって食事をして歓談するのだ。

 

 これまでマキシマム家では、誰それを殺したとか、心臓の抜き方はどうだとか、完全にイッた奴らの会話しかしていない。

 

 俺は妹と健全な会話をしたいのだ。今こそ、本当の家族のスキンシップを図る。

 

 という次第で俺は、カミラと一緒にとあるレストランの前に来ていた。食事を楽しみながら、会話にいそしもうと思っている。

 

「カミラ、昨日は蹴ってごめんな」

 

 まずは、暴力を振るった事を詫びる。ああしなければ、チンピラの命が確実に消えていたのは確かだ。緊急事態ではあったが、暴力は暴力だからな。変なシコリを残してしまえば、この後のスキンシップに支障が出てしまう。

 

「なんで謝るの? 僕、お兄ちゃんに蹴られて凄く楽しかったよ」

 

 カミラは心底不思議そうに答える。

 

 うん、ご近所さんが聞いたらとんでもない誤解をされそうだ。

 

「カミラ、やめなさい」

「やっぱりお兄ちゃんは違うな。パパもママも全然本気で遊んでくれなかったんだもん。あんなに激しく蹴られて僕、凄くドキドキしたよ」

「よ、よし、この話は終わりだ。さぁ、入るぞ」

 

 通行人が少なくて助かった。

 

 警察を呼ばれる前に、俺達はレストランに入る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 お店のボーイが声をかけてきた。

 

 店内は、そこそこ賑わっている。客層も品があり、少し格式が高くみえた。ドレスコードとかありそうな雰囲気である。

 

「あ~食事がしたいんだけど、この服で大丈夫かな?」

「問題ありませんよ」

 

 ボーイはにっこりと笑みを浮かべ返事をすると、席まで案内してくれた。景色が綺麗な窓際の席である。

 

 カミラが小さいから、気を利かしてくれたのかな。

 

 俺とカミラはテーブルに座ると、適当に料理を注文した。

 

「そういえば、朝からろくに飯を食べてなかったよな」

「うん」

「いっぱい食べていいからな。お腹ペコペコだろ」

「ふふ、お兄ちゃんまだ一日だよ。全然我慢できるよ。あと三日だって大丈夫」

 

 カミラは得意げに言う。

 

 うん、そうだな。

 

 俺達一家は、七日絶食したとしても平気で動き回れる。たった一日絶食したからと言って何ほどの事もない。

 

 ただね……空腹を我慢できるのなら、殺人衝動も我慢して欲しかった。そっちは全然耐性ないんだな。

 

 それからしばらくとりとめのない会話をしていると、料理が運ばれてきた。

 

 小牛のフィレステーキ。

 

 出来立てで肉から湯気が出ている。スパイスの香ばしさが鼻腔をくすぐった。

 

 美味しそう。

 

 ナイフとフォークを手に取る。ナイフで肉を切り分け、フォークで一刺し、口に運ぶ。

 

 うん、旨い。

 

 肉汁が溢れて舌を刺激する。香辛料と肉が絶妙にマッチしていて、食が進むぞ。

 

 さらに二口、三口とフォークで刺して食べる。

 

 カミラは、サーモンのアルミ焼きを注文した。アルミを取り、ナイフとフォークを使って、綺麗に食べ始めた。

 

 誤解しないで欲しい。

 

 カミラは、首チョンバーして喜ぶようなシリアルキラーな子だ。だが、基本的なテーブルマナーは、抑えてある。殺しを生業とする異常な一家ではあるが、こういう教育もちゃんとしてあるのだ。

 

 一応、うちは、爵位も持っている貴族だしね。

 

 料理は、さらに運ばれてくる。

 

 海老、蟹、帆立などなど……。

 

 カミラは、行儀よく食事を続けていた。

 

 うんうん、百点満点とはいかないが、十分に貴族令嬢として通じる。

 

 強いて指摘するとしたら、出てくる料理に目移りするらしく、フォークを迷わせているところぐらいかな。好奇心旺盛なカミラらしい。少しマナー違反だが、子供のうちはそれで十分。変に飾るよりずっとよい。

 

 実に微笑ましいではないか!

 

 周囲のお客さんも俺と同じ気持ちらしい。カミラの食事風景を見て、暖かな目で見守っている。

 

 これだよ、これ。

 

 これこそ俺が求めていたものだ。

 

 このお店全体を覆う心地よい空間!

 

 よし、下地は十分だ。このまま会話をヒートアップさせていこう。

 

「カミラ、お魚好きか?」

「うん♪」

 

 カミラは、香ばしい匂いを漂わせるサーモンを頬張りながらにこやかに答える。

 

「そうか。そうか。カミラがいい子にしてたら、これからもどんどん美味しいお店に連れて行ってやるからな」

「わぁい!」

 

 カミラが笑顔で喜んでいる。

 

 おっ、カミラが食の楽しさに気づいてくれたか!

 

 そうだよ。本来、これが正解なのだ。殺しを楽しむなんて論外も論外、大論外だ。歳相応な少女らしく美味しいものを食べて喜んで欲しい。

 

「カミラがそんなに喜んでくれるとはな。うんうん、兄ちゃんも家から連れてきたかいがあったよ」

「うん、僕もお外に出てよかった。楽しい!」

 

 おし! いい感じだ。このままキチガイ一家の事は忘れて欲しい。世の中には、殺しより楽しい事がいっぱいある。それをわからせるチャンスだ。

 

 このいい流れに乗る。

 

「それじゃあ、次はどこに食べに行こうか? カミラの好きなところでいいぞ」

 

 カミラがグルメにはまるなら、とことん付き合ってやる。

 

 趣味はグルメ。

 

 いいじゃないか!

 

 世界中の名店を食べ歩いても構わない。暗殺家業を忘れてくれるなら、経費で「億」かかろうと安いものさ。

 

 カミラは、俺の話を聞いて楽しそうに考えている。

 

「うんとね、え~とね~」

「あせならくてもいいぞ。ゆっくり考えなさい」

「どこでもいいの?」

「あぁ、兄ちゃんに任せとけ!」

「じゃあ、軍隊!」

 

 ん!? こ、こやつ今、何を?

 

「カミラ、そこは食事処じゃないぞ。わかってるよな?」

 

 嫌な予感バリバリだが、あえて抵抗したい。

 

「うん、わかってるよ。ご飯はもういいや。もっと軍隊(おいしい)もの()べたい!」

 

 くっ、やはりか……。

 

 昨日判明したが、カミラの「たべる」は、食するじゃなくKILLするって意味合いが強い。

 

 カミラは可愛いからグルメレポーターにでもなれば、応援してやれたのに。

 

 まぁ、そうだよな。そんな簡単にカミラの快楽殺人(シリアルキラー)が治れば苦労しないか。

 

 カミラは、楽しそうに「軍隊! 軍隊!」と連呼する。

 

「カ、カミラ、わかった。わかったから、そんなに騒ぐんじゃない」

「じゃあ軍隊連れてってくれるの!」

 

 冗談じゃない。死ぬ気か?

 

 祖父ちゃんの伝説、八万人の軍隊に突撃した話に感化されたのだろう。

 

 無謀すぎる。

 

 あれは世界最強と唄われた祖父ちゃんだからできた話だ。俺達兄妹が同じ事をしても、せいぜい五万人ぐらいが関の山である。作戦によっては八万人もいけるかもしれないが、それでも大きなリスクがつきまとうだろう……って何を真面目に検討している!

 

 これは論外、検討に値しない話だ。

 

「……カミラ、軍隊はまた今度見学に行こう」

「えぇ~!」

「後で連れて行ってやる」

「後っていつ?」

「いずれな、いずれ」

 

 そう言って、無理やり話を終らせる。

 

 ふ~。

 

 椅子の背もたれにどっとよりかかり、大きく溜息をつく。

 

 そんなに簡単に人は変われないもんな。

 

 わかってたよ。

 

 カミラが三度の飯より殺しが大好きだって。

 

 胸の内に、暗雲が漂ってくる。

 

 思わずテーブルをトントンと指で叩いてしまう。

 

 ……おっけい。まだ大丈夫。

 

 カミラは、親から強制的に殺しをやらされてただけ。何よりうちに進入してきた暗殺者を返り討ちにしただけである。無辜の民を殺したわけじゃない。

 

 まだまだカミラは救える。

 

 よし、切り口を変えよう。

 

 まずは敵を知り、己を知れば百戦危うからずだ。

 

 カミラの情報収集が先決である。

 

「カミラは、今までどんな感じだった?」

「どんなって?」

「だから、今までの生活だよ。兄ちゃんは、カミラがどんな風に暮らしていたか知りたい」

 

 パンを千切って口にほおり込み、笑みを浮かべて世間話をする。

 

 趣味、特技、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな科目、嫌いな科目……。

 

 カウンセリングをするにあたり、最低限の情報を入手するのだ。

 

「え~とね、毎日殺()べてた」

 

 そうだな。毎日、賞金稼ぎが来てたもんな。

 

 それは知っている。

 

「そうか。大変だったな」

「ううん、全然大変じゃないよ。つまんなかった。みんな、死んでるんだもん」

 

 悲しい事だが、殺し屋として育てられた俺には、カミラの話が理解できる。

 

 死んでいるとは、つまり目が死んでいるという意味だ。まぁ、侵入者の大半は、家のスケールに圧倒され、度肝を抜かれる。

 

 ましてカミラと戦わせる挑戦者は、万が一を考慮して親父か母さんが選抜する。事前にぼっきりと心の牙を折られてただろうね。

 

「それで他には?」

「あとは鍛錬」

「そっか。最近はどんな鍛錬をしていたんだ?」

「三階から飛び降りてた。すごく退屈だったよ」

「そ、そうか」

「お兄ちゃんは、断崖の絶壁から飛び降りてたんでしょ。いいな~」

 

 そう、俺はカミラの歳になる頃には、高度三百メートル以上もある崖からダイブをしていた。百獣の王ライオンですら我が子を抱いて逃げ出すような高度の崖だ。それも毎日だぞ!

 

 我ながらよくやってたよ。完全に幼児虐待だ。

 

「カミラ、お前は羨ましがっているようだが、崖から飛び降りたっていい事なんて何もなかったぞ」

「そんな事ない。僕もやってみたいのに。パパもママも危ないからってさせてくれないんだよ」

「それは親父達が正解だ」

「ちぇ、お兄ちゃんもそう言うんだ。パパもママも代わりに三階から飛び降りてなさいって、全然つまんないよ」

「そ、そうか」

「電撃も浴びせてくれなかったんだよ。お兄ちゃんは六歳の頃から雷に打たれてたんでしょ」

 

 そう、俺は絶壁から飛び降りる事の他に、雷に打たれていた。雷雲が現れたら、避雷針を持って外へ行かされるのだ。

 

 この辺の地域の雷雲は、真っ黒でかなり雷を溜めていた。体感的に一億ボルトぐらいあったんじゃないかな?

 

 ……我ながらよく死ななかったよ。完全に幼児虐待だ。いや、そんな言葉じゃ軽すぎだ。幼児虐殺だね。

 

「あ~カミラ、あれもそんないいもんじゃないぞ」

「そんな事ない。僕もやってみたいのに。パパもママも危ないからってさせてくれたないんだよ。雷の代わりに滝に打たれてなさいって、全然つまんないよ」

 

 カミラは口をとがらせて不満を言う。

 

 うん、まぁ雷ほどじゃないが、うちの庭にある滝だってなかなかのものだぞ。ナイアガラの滝並にすごい水圧がかかるからな。

 

「カミラ、滝だって捨てたもんじゃないぞ」

「それだけじゃないよ! フグを食べたときも僕だけ仲間外しされたんだよ」

 

 そうだった。うちではフグを内臓まで食べる。要するにテトロドトキシンに対する耐性をつけるのだ。

 

「カミラ、そんなに美味しいものじゃないぞ」

「僕も食べたいよ。それなのにパパもママもだめだって。お腹を壊さないように青酸カリにしときなさいって。甘やかしすぎだよ。僕のポンポン丈夫だよ。差別だ、差別!」

 

 カミラはヒートアップして声高に叫ぶ!

 

 うん、やめろ。もういい。お腹いっぱいだ。

 

 こんな公共の場所でマキシマム家の闇を話すんじゃない。

 

 ほら、周囲のお客さんも見てみろ。

 

 崖から飛び降りるとか、電撃を浴びるとか、荒唐無稽で信じちゃいないだろうけど、危ない話をする変な兄妹だとドン引きしている。

 

 あれだけ暖かかった空気も、こんなにさめざめだ。

 

 これだよ、これがマキシマム家の闇だよ。ただ話をするだけでも、周囲に悪意しか撒かない。

 

 飛び出してきて正解だな。

 

 何代にもわたって、殺し屋家業をしてきたつけだ。子々孫々まで不幸だよ。

 

 カミラの話を聞いて改めて思った。

 

 これは酷い。酷すぎだろ。

 

 仮に俺がマキシマム家の党首になったら、絶対に殺しを廃業してやる。まっさきに家族全員の殺人許可証(マーダーライセンス)を破棄させてやるもんね。

 

 まぁ、継いだりはしないけどさ。

 

 とにかく、妹の意識改革だ。上は両親から始まり下は末端の使用人にいたるまで、息を吸うように暗殺をしてきた。こんな環境で育ったのだ。妹の会話が偏るのも当然である。

 

 なんとしても妹の洗脳を解かなければならない。

 

 そのためには、どうすればいいだろうか?

 

 会話はもちろんする。だけど、やっぱりセラピストとかいたらベストだろうね。カウンセリングのプロに診てもらうのも手かもしれない。

 

 もちろんセラピストが()べられないように、俺が隣で監視してなければいけないけどね。

 

 そうやって考え事に没頭していると、周囲からヒソヒソと話が聞こえた。まだ俺達の噂をしているね。

 

 まぁ、あれだけ変な話をしていたらな。

 

 変に目立ってしまった。

 

 こういう時、耳がいいのも考えものだ。聞きたくない事まで聞こえてくる。ちなみにどんな噂をしているかというと「家出」「非行」「虐待」の三つだね。

 

 おぉ、きしくも当たっているじゃないか。そう俺達は親の虐待から逃げてきているのだ。

 

 ……警察に通報されたら面倒だな。

 

 客の会話を盗み聞きしながら、様子を探る。善意の誰かが通報に走れば、すぐにレストランを出なければならない。

 

 そうして会話を盗み聞きしていると、ある貴婦人のグループから「聖人」というキーワードが聞こえてきた。

 

 現代の生きた聖人。

 難民を救う英雄。

 子供達の救世主。

 

 ん!? これって、この聖人に話を聞いてもらったら効果があるんじゃないか?

 

 おぉ、おぉ!!

 

 思いつきに身が震える。

 

 こうしちゃいられない。

 

 俺は思わず席を立ち、聖人の話をしていた客の前まで移動した。

 

「な、なに?」

 

 貴婦人達は、驚いている。

 

 まぁ、噂をしていた当人がいきなり現れたらね。

 

 マナー違反かもしれないが、なりふり構っていられない。

 

「突然すみません。ぜひ、その話を詳しく聞かせてくれませんか!」

 

 俺は、貴婦人に頭を下げて頼んだのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話「カミラとのお約束!」

 周囲のお客さんはドン引きしているが、かまわない。カミラが更生するかどうかの瀬戸際である。このチャンスをふいにしてなるものか。

 

 俺は、深々と頭を下げ続ける。

 

 すると貴婦人達は、根負けをしたのか、聖人について色々話をしてくれた。

 

 聖人の名は、ビトレイ・グ・シャモンサキ。御年五十歳、アメリカ出身の白人である。

 

ビトレイは、もともとは不動産を経営するやり手の社長だったらしい。若くして成功。全米にいくつものビルを建て、貸しビル業、ホテルを経営し億万長者になったとか。

 

 ビトレイ三十歳にして、年収十億以上を稼ぐ大富豪の仲間入りをしたのである。

 

 まさにアメリカンドリームそのものを歩んできたビトレイだが、そこで気づいたんだって。自分は成功した、次に考えるのは、周りにいる恵まれない人達だと。特に、子供達を助けなければならないと固く決心をしたんだそうだ。

 

 ビトレイ四十歳、そこで天命を知る。慈善団体シュトライト教を設立。今までの資金を投げ打って、恵まれない人達に救いの手を差し延べているとか。

 

 いいねぇ~♪

 

 財を成し、社会的地位を築く。そこまでの富豪なら世にいくらでもいる。それこそ世界長者番付のランキング百に入っているような奴らだ。

 

 ただビトレイは、そこで終らなかった。

 

 周囲に目を向け、弱者を救おうと考えたのである。

 

 まさに聖人。

 

 そんな立派な人の尊い教えに触れれば、カミラの情操教育に役に立つ。人を食い物にしか見えないカミラに命の大切さ、慈愛の心が芽生えるかもしれない。

 

 ビトレイは、この町から数百キロ離れたクォーラルという街にいるとのこと。

 

 すぐに向かいたいが、まずはカミラに人として生きていくためのルールを覚えさせる。世間一般の常識を教えるのが先だ。

 

 クォーラル市は、比較的大きな街である。街が大きければ、人も多い。人が多ければ、その分、人とのかかわりが増えてくる。このままカミラに何も教えず街に入れば、どれだけ死傷者が出るかわからない。

 

 わかりやすく丁寧に。カミラに人としての道を説く。

 

 テーブルに戻ると、カミラに向き直る。カミラは海老を手に取り、器用に皮を剥いて身を食べていた。

 

「カミラ、話は変わるが、明日宿を引き払う」

「うん、わかった」

「次の行先は、クォーラル市だ。比較的大きな街だから、カミラもきっとびっくりするぞ」

「本当! 楽しみ!」

「あぁ、楽しみにしていろ。ただし、街に入るに当たり守ってほしい決まりを教えるからな」

「は~い」

 

 カミラが左手を挙げて元気よく返答した。

 

「よし、いい返事だぞ。まず、俺達は、殺し屋という(さが)を隠さなければならない」

「どうして?」

 

 頭をコテンと傾けて可愛らしい。その姿は、虫を殺さぬ可憐な少女そのものである。実際は、虫どころか人の首をチョンパーするほどのお転婆娘だけどね。

 

 あぁ、中身も外見相応だったらどんなに嬉しかったかね。

 

 ……まぁ、愚痴ってもしかたがない。決して感情的にならずに説明を続けよう。

 

「カミラ、俺達が殺し屋、ましてマキシマム家出身なんて言おうものなら、目立つ。自由に行動できなくなるぞ。カミラも自由にお外で行動したいだろ」

「自由……」

「そうだ。自由だ。カミラが好きな時に好きな場所に行けなくなるってことだ」

「それはやだ」

「だろ。なら理解できるな?」

「うん、わかった。内緒にする」

「よし、いい子だ」

「えへへ」

「でだ、ここからが重要だぞ。出身を隠すという事は、気軽に人を殺せなくなるってわけだ」

「えぇ、どうして~?」

 

 カミラは、あからさまに不満を表す。

 

 予想どおりの反応だ。カミラが好き勝手に人を殺さないように、ここが説得の山場である。

 

「カミラ、よく聞け。出身を隠すという事は、殺人許可証(とっけん)も隠すということだ。つまりなんの理由もなく人を殺したら、お尋ねものになる。警察に追いかけられたくはないだろ? せっかくお外にでたのに、そんな目にあいたくないよな?」

「ううん、鬼ごっこ楽しいよ。そんで、飽きたら()べればいい!」

 

 カミラはあっけらかんと言う。

 

 これだから殺人鬼(シリアルキラー)は嫌なんだ。どんな会話をしても、最終的に殺しに結び付けようとする。

 

 落ち着け、落ち着くんだ。

 

 粘り強く説得しよう。

 

「カミラ、それじゃあきりがないだろ? そいつらは、いつまでも永遠におっかけてくるんだぞ」

「そうなの!? 楽しそう。ずっとずっと()べられるんだね!」

 

 カミラは、目を輝かせて言う。

 

 うん、失敗だった。

 

 生命の尊厳、命の尊さを訴えても、今のカミラでは理解できないだろうから、自由に遊べなくなるぞって理論で押したのに。

 

 敵がいればいるほど喜ぶ。たくさん殺したい、そんな体質の者には、逆効果な説得であった。

 

 う~ん、で、あるならば……。

 

「カミラ、殺しよりもっともっと楽しいことを教えてやる」

「本当に!」

「あぁ、クォーラル市は大きな街だ。カミラの知らない楽しいものがたくさんたくさんあるぞ」

 

 遊園地、サーカス、動物園、祭り……。

 

 家に引きこもっているだけではわからない。外ならではのアトラクションだ。

 

 小さな子供なら誰しも大好きなもの。カミラだって、何か一つぐらい興味を引くものがあるはずだ。とにかく殺しより楽しいものがあると気づかせてやるのだ。

 

「お兄ちゃん、早く街に行こう。僕、楽しみ!」

「そうだ。楽しみにしておけ。ただし、俺が言った決まりをきちんと守ること」

「うん♪」

「じゃあ、簡単な決まりから教える」

「は~い」

「まずは、お兄ちゃんとの約束第一条、俺の許可なく人を()べてはいけない」

「わかった」

「本当にわかったのか?」

「うん」

「じゃあ復唱しろ」

「許可なく、()べてはいけな~い」

「じゃあ二つ目だ。()べる時は手を――」

 

 それから人として最低限守らなければいけないルールを教えた。

 

 カミラは復唱して返事をしてくれたが、本当にわかってくれたのだろうか?

 

 すれ違う通行人も桁違いに多くなる。

 

 俺の許可なく()べる事は厳禁だと約束させた。いきなり通行人を襲う事はないはずだが……。

 

 不安は尽きそうにない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話「熊さんと遊ぼう(前編)」

 聖人に会いにクォーラル市へ。

 

 俺とカミラは列車とバスを乗り次ぎ、スウェーデン国境付近のエルフスボリまで来ている。ここまでくれば、クォーラル市は目と鼻の先である。

 

 な、長かった。

 

 いや、そこまで日数をかけたわけではないが、精神的に疲れる旅だったからね。何せ途中でカミラが殺しの禁断症状を訴えるから、水戸黄門宜しく、各地の悪党を狩りながら旅をしたのだ。手間がかかってしょうがなかったよ。

 

 と、とにかくエルフスボリまで来たのだ。

 

 目的の都市まであと少し……。

 

 だというのに俺達は、地中海から内陸へ五十キロほど入った、ここ、エルフスボリの山間地点で足止めをくらっている。

 

 というのもここ数日、獰猛なクリズリーが山道に出没し、旅人の安全を脅かしているからだ。安全が確保するまでは全面通行止めで、封鎖は解かれないそうだ。

 

 クォーラル市へ通じる道はここしかない。

 

 実に困る。

 

 もちろん抜け出すのは容易だよ。マキシマム家にとって、この程度の封鎖、脅威でもなんでもない。腕ずくだろうが、こっそり潜入しようが、どちらでもうまくいく。

 

 でもね、今、俺はカミラに社会の常識というものを教えている。社会の常識では、法は順守すべきものだ。緊急事態でもない限りは、法は絶対に犯したくない。だから他の行商人達と同じように大人しく通行が許可されるのを待っているのだ。

 

 幸い関所前には、休憩できる施設が立てられている。皆、そこで事態を見守っていた。俺も、カミラと一緒にその施設で待機させてもらっている。

 

 皆、ピリピリしてるねぇ。

 

 緊張しているのが否が応でもわかってしまう。まぁ、熊の脅威に素人では対応しようがないだろうし、しかたがないか。

 

 休憩所では、熊についての噂でもちきりだ。

 

 やれ人を食い殺しているとか、一頭でなく群れで襲ってきているとか、名うての狩猟ハンター達が幾人もやられているとか。

 

 本来、熊は刺激しなければ、大人しい動物である。だが、冬籠りに失敗した熊は、要注意が必要だ。通称「穴もたず」という奴だね。この状態になった熊は、非常に凶暴になる。

 

 今回出没した熊もその「穴もたず」の線が濃厚だ。実際、俺達がここに到着するまでに、討伐隊が六度組織され、六度とも壊滅の憂いにあっているそうだ。

 

 現在は、七度目の正直で、ロックというベテランの狩猟者が率いるチームが討伐に赴いている。このロックさん、昔、人食い虎を退治した功績で、国から勲章をもらっているそうだ。近隣住人からも信頼が篤い。最後の砦だ。

 

 そして……。

 

「や、やられたぁああ! ロックの旦那もやられたぞぉお!」

 

 見張りをしていた青年が叫ぶ。

 

 それから担架で運ばれてくるロックさん達。

 

 ロックさん、血まみれで息も絶え絶えだ。全身傷だらけ、特に胸の傷が酷い。かろうじて生きているといったところか。ロックさんの部下達は、即死だね。呼吸は完全に止まっている。死因はショック死かな。顔面が熊の豪腕で深々と抉られている。相当な圧力だっただろう。

 

「あぁ、なんてことだ。ロックさんもやられたのか」

「あの腕利きのロックさんが信じられねぇ」

「ロックさんの傷を見たかよ。ひでぇもんだ」

「これでここら辺りの有名な狩猟ハンターは全滅だ」

「あぁ、もう軍隊に出動してもらうのがいいんじゃないか」

「それより、この辺も安全とは限らないだろ。逃げるべきじゃないか?」

「そ、そうだな。熊が下山して襲ってくるかも……」

 

 周囲がざわざわと騒ぎ始めた。

 

 荷を抱えた商人は、何日も足止めをされて顔面蒼白だ。商談でもあるのか、役人に詰め寄っていた。また、ここまで避難してきたのか、親子連れもいる。母親がぐずる子供を必死になだめていた。他にも口喧嘩する人達や、絶望でうなだれている人達もいる。

 

 近隣住民、足止めをくらっている旅行者、商人、通行を制限している役人達、共通していることは一つ。

 

 全員が恐怖に怯えきっているという事だ。

 

 妹以外は……。

 

「熊さん♪ 熊さん♪」

 

 カミラがスキップしながら踊っている。人食い熊が現れたと知って、一人浮かれているのだ。お前は、どこぞの戦闘民族か。

 

「そこ、さっきからうるさいぞ!」

 

 中年のおっさんが怒鳴ってきた。余裕がなく、ピリピリしているのが伝わってくる。

 

「すみません」

 

 素直に頭を下げて謝った。

 

 何人も犠牲者が出ている事件なのに、カミラの行動は不謹慎すぎる。

 

「ったく、下手したら皆お陀仏かもしれんってときに子供は暢気なものだぜ。緊急事態だってわかっちゃいねぇ」

 

 中年のおっさんがそう言って管をまく。どうやら誰でもいいからイライラをぶつけたいみたいだね。それからも、執拗にカミラの態度を注意された。

 

 俺はひたすら平謝り。

 

 とうのカミラはというと……。

 

「ねぇ、お兄ちゃん、僕ここにいるの飽きちゃった。早く出発しよう」

 

 この始末である。

 

 朝からの騒ぎをまるで理解していないらしい。通行止めだって説明したよね。

 

「カミラ、まだ通行止めだ。しばらく待たなきゃだめだぞ」

「えぇえ! 早く熊さんのところに行きたい」

 

 空気を読まないカミラの発言に場が凍る。

 

 カミラ、さっきからその熊さんに皆がピリピリしているんだぞ。もうちょっと周囲に配慮をな――。

 

 カミラを見る。まるでわかっていない顔だ。

 

 ふぅ~。

 

 白い目で見る住人達にいたたまれず、カミラを連れて外へと飛び出した。

 

 風がひんやりと吹いている。

 

 ま、まぁ、いいや。

 

 カミラにとって、空気を読んだ発言をするのはまだまだ難しすぎるだろうからね。それにしても、カミラが人殺し以外でここまでテンションを上げるとは意外だった。

 

「カミラは、熊が好きなのか?」

「うん、大好きだよ!」

 

 カミラは、即答する。

 

 そうなんだ。不謹慎だが、人殺しが好きというよりはマシである。

 

「早く熊さんに会いたい。僕だけ熊さんと遊んじゃだめだっていつも留守番だったでしょ」

 

 そうなのだ。うちの一家は、時折南極に熊狩りに行く。

 

 肉食獣最強と名高い南極熊をイチゴ狩感覚で狩っていくのだ。気分はキャンプ感覚である。

 

 装備は軽装。武器なんていらない。虎だろうが熊だろうが、素手でいわせるほどの変態一家だからね。マジな話、ツキノワ熊程度なら拳一つで仕留めるぞ。

 

 俺もよく親父に連れられて熊殺しをやったな~。

 

 意外に簡単だった。熊って鈍重だし、そこまでパワーもない。

 

「そうだったな。カミラは、いつも留守番だったもんな」

「うん、退屈だった」

「じゃあ、カミラは熊を仕留めた事ないのか」

「ううん、あるよ」

「えっ!? うちの庭に熊なんていたっけ?」

 

 マキシマム家の庭は広い。

 

 断崖絶壁の崖に、急流すぎる滝、世界保健機構にBランク危険種設定された動植物百種類以上……。

 

 人口的に設定されたトラップだけでなく、自然界のトラップもある。

 

 多様な動物もその一つ。ほとんどが獰猛な肉食獣だ。だが、熊はいなかった気がする。せいぜい大型の狼程度だった。

 

「あのね、内緒だけどね。パパが熊さんプレゼントしてくれたの」

「親父が?」

「うん、始めは反対したよ。カミラには危ないから狼にしときなさいって。でも、お願いお願いってずっと言ってたら、パパがね、誕生日に熊さんをこっそり持ってきてくれたの」

「そ、そうか」

 

 親父はカミラに甘いからな。

 

 娘のおねだりには、逆らえなかったようだ。

 

「私、熊さん大好き。他の動物はすぐに壊れちゃうから、つまんないもん」

「そ、そうか」

「うん、いつもママに隠れて遊んでたんだよ」

 

 もう、熊の縫いぐるみ感覚だ。

 

「まぁ、母さんに見つかったら処分されちゃうからな。それでその熊を仕留めた事があったのか」

「うん、もっともっと遊びたかったのに残念だった。一緒に、抱いて寝てたらね、いつのまにか死んじゃってた」

 

 なるほど。ヘッドロックで絞め殺したわけだね。

 

 これだからチート一家は困る。

 

 さてさて、腕利きだというロックさんも討伐に失敗したようだし、そろそろ俺が出張るか。

 

 熊退治は俺がやる。

 

 違法に侵入する事になるけど、しかたがない。俺も先に進みたいし、何より色々な人達に迷惑がかかっているみたいだからね。

 

 これは緊急事態と言えるから、法を犯してもよいだろう。

 

 人の味を覚えた熊なんて害獣でしかない。さっさと殺すにかぎる。

 

 そうだ。侵入する前にロックさん達の傷跡を確認しよう。爪の大きさや形から、群れの数や種類を特定できるかも。

 

 俺は、ロックさんがいる救護室に向かう。

 

 ロックさんは全身を包帯でぐるぐるに巻かれていた。

 

「あ、あぁ。く、くそ、あのば、化物」

「ロック、無理してしゃべるんじゃない。傷口が開くぞ」

「だ、だめだ。はぁ、はぁ、は、早く」

 

 ロックさんは大怪我にもかかわらず、身体を起こし必死に何かを伝えようとしていた。包帯が血で滲んできている。医者のお爺さんが懸念した通り、傷口が開いたのかもしれない。

 

「なんだ、何を伝えたいんだ?」

 

 医者のお爺さんがロックさんの必死な様子にただ事ではない事を察したのだろう。ロックさんの言葉を聞き洩らさないようにと、その耳元に顔を寄せる。常人なら、小声すぎてそのお爺さんしか聞こえないだろうけど、俺の聴力なら問題ない。

 

 ロックさんはぼそぼそと言うと、そのまま力尽きて倒れてしまった。

 

 ロックさんの言葉……。

 

 し・ろ・か・ぶ・と。

 

 何かの比喩かな?

 

 医者のお爺さんは、ロックさんの言葉の意味を知っているようだ。口をパクパクさせて驚いている。

 

 そして、あわてて医務室を飛び出して行った。

 

「た、大変じゃぁああ! 大変じゃぞおお!」

「どうした、爺さん?」

「ロックの遺言だ。今回のあれは、し、白カブトだ。軍隊を呼ばんと無理じゃ」

「ひ、ひぇええ! し、白カブトだって!」

「な、なんてことだ。二十年前の悪夢が再び俺達の前に……」

「で、伝説の羆が蘇っちまった。俺達は、もう終わりだぁ」

 

 近隣の住民の皆さんがヒステリックに叫ぶ。誰もが、恐怖を一層深くしているようだ。

 

 ふぅん、伝説のヒグマねぇ~。

 

 俺と同じような旅行者や商人の人達は、白カブトを知らない。その伝説のヒグマについて近隣住民の人達に話を聞いている。

 

 白カブト……。

 

 話を統合すると、二十年前に頭の天辺に白い毛が混ざった大熊が人を襲ったそうだ。獰猛にして残忍。多くの人々が犠牲になったという。その時も、腕利きの狩猟ハンターが討伐に向かったのだが、そのあまりの巨体と肉厚に普通の銃では歯が立たず、全滅したそうだ。結局、中央から軍隊を呼んで大量の重火器を使ってなんとか追っ払う事に成功したみたいなのだが……。

 

 聞く限りでは、南極熊よりは手ごわそうだ。

 

「でっかい熊さんっ!!」

 

 カミラが、目を輝かせて声高に叫ぶ。テンションはハイマックスのようだ。今にも山を駆けあがり、走り回りそうな勢いである。

 

 だから空気を読もうねって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話「熊さんと遊ぼう(中編)」

「でっかい熊さん♪ でっかい熊さん♪」

 

 カミラは、小躍りをしている。

 

 白カブトの情報がよほどカミラの琴線に響いたのだろう。

 

「カミラ、落ち着け」

「わくわく♪ わくわく♪」

 

 聞いちゃいねぇ。

 

 これほどのテンション、始めて殺しの禁断症状を我慢した日以来かも。

 

 まずいぞ。

 

 俺が口を酸っぱくして言い続けた事が、カミラの頭からすっぽり抜けている。

 

 これは封鎖を突破して、独りで白カブトを捜しにいかねんぞ。役人がカミラを止めようものなら、即座に殺すだろう。

 

「緊急事態だ!」

 

 思わず叫ぶ。

 

「だからそういってんだろうが!」

 

 おっさんが怒鳴る。俺まで怒られてしまった。

 

 まぁいい。

 

 まずは、カミラを落ち着かせる。

 

「カミラ、カミラ!」

 

 スキップしているカミラの肩を数回叩く。テンション高めのカミラの意識を戻すため、少し強めに叩いた。バシィ、バシィと衝撃音が響く。

 

「お兄ちゃん、痛い」

 

 カミラが少し非難めいた声を出す。痛かったようで肩をさすっている。

 

「あぁ、ごめんよ。だが、落ち着いたようだな」

「まったくお兄ちゃんは乱暴だな」

 

 どの口が言うと言いたいが、ここはぐっと我慢する。カミラの暴走を防ぐのが大事だ。

 

「あぁ、カミラ、白カブトだが――」

「うんうん、お兄ちゃん、早く、早く行こう!」

「カミラ、だめだぞ。おとなしく待ってような」

「えーやだ! でっかい熊さん見に行きたい!」

 

 これはいつもの我儘の比ではない。是が非でも行くという強烈な意志を感じる。説得は、骨が折れそうだ。

 

 う~ん、どうするか?

 

 もともと熊退治は俺独りで行くつもりだった。カミラが寝入ったスキにこっそり山中へ侵入して、残らず殲滅する予定だったのだが……。

 

 ふむ、今回はターゲットは人ではない。害獣である。よく考えれば、たとえカミラが暴れたとしても被害は害獣のみだ。

 

 多少、自然は壊れるかもしれないが、許容範囲だろう。それならカミラを連れて行っても問題ないかな。

 

「わかった。じゃあ、連れてってやるから俺のいう事をちゃんと聞くんだぞ」

「は~い♪」

 

 カミラが元気よく手を挙げて返事をした。

 

 さてさてじゃあちょっくら行って、片付けてくるとしよう。

 

 俺とカミラは休憩所を出ようとするが、

 

「君達、どこに行く気だ?」

 

 周囲の人々の何人かが俺らの行き手を遮ってきた。彼らの表情は固い。

 

 ふむ、しまった。

 

 あれだけカミラが大声で騒いだのだ。俺達が熊を見に行くという会話は丸聞こえだったのだろう。

 

「あなた、まさか妹の癇癪に負けて山に入る気じゃないでしょうね? 死ぬわよ」

「そうだぞ。少しぐらい大丈夫だろうとか思ったら大間違いだ」

「うむ、判断を誤ってはいかん。だいたい君達、親はどうしたんだ? もしかしていないのか? それなら私が保護してやってもいいぞ」

 

 彼らは、てこでも行かせない気らしい。必死に俺らを止めてくる。

 

 白カブトの脅威に震えているだけの人もいれば、こうやって他人の心配をしてくれる人もいる。

 

 彼らは善人だ。

 

 おそらく兄妹二人きりで旅をしている俺達に対し、気にかけてたんだろうね。

 

 これはこっそり潜入は難しくなった。

 

 彼らに当身を食らわせるのは、忍びない。かといって振り切って進めば、心配をかけるだけである。中には俺らを追いかけてくるほどのお人よしもいるかもしれない。

 

 ……殺人許可証(マーダーライセンス)を見せるか。

 

 俺達がマキシマム家の人間だと伝えれば、心配させずに済む。マキシマム家の名は、伊達ではない。俺達のような子供でも強者だと認識してくれるだろう。

 

 う~ん、でもなぁ~。

 

 ここでライセンスを使うと、あっというまに噂が広まる。ただでさえ銀髪美少女とイケメンハンサムな美少年の二人組みだ。行く先々で俺達の正体がばれてしまうだろう。

 

 ただでさえ、二人組みの凄腕賞金稼ぎの噂が立っているのだ。俺達の水戸黄門活動のせいでね。正体がばれないように慎重に慎重に後処理をしてたのに、これだ。

 

 人の口に戸がたたないとは言ったものだ。

 

 うん、ここで殺人許可証(マーダーライセンス)を使えば、情報は確実に拡散される。

 

 そうなれば、殺しの依頼をされたり、何よりマキシマム家に懸けられている莫大な賞金目当てに暗殺者が殺到するだろう。俺が目指している平穏な生活が遠のいてしまうのは明白である。

 

 それならば……。

 

「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫です。こんな若輩者が、言うのもなんですが、熊退治は俺達兄妹に任せてもらえませんか」

「何を言うんだ! 君達死にたいのか!」

「そうだ。勇気と無謀をはき違えたらいかん!」

 

 彼らは血相を変えて反対する。

 

「実は俺達、マタギの一族なんです。熊を殺すことに関しては右に出る者はいません」

 

 そう、マキシマム家である事さえばれなければいい。俺達は強者、マタギの一族とする。

 

「……本当か? じゃあなぜ銃を持っていないんだい?」

「疑問は最もです。銃はこれから行く街に修理のため預けてあるんです。その銃を受け取るため、俺達は旅をしていたんですよ」

 

 俺の嘘八百な言葉を住人の皆さんは、半信半疑、いや、八割以上疑っている。まぁ、そうだろうな。俺の見た目は、線の細い貴公子タイプだからね。とても逞しいマタギの一族には見えないだろう。

 

「皆さんも、言葉だけでは信用できないでしょう。論より証拠。誰か銃を貸してもらえませんか? 腕前を証明してみせます」

 

 すると、一人の男が進み出て、背負ってた銃を渡してきた。

 

「オラもマタギだ。怪我で討伐隊の選抜から漏れてしまったが、腕をみる自信はある。おめぇがそこまで言うのなら、それで証明して見せろ」

「お安い御用です」

 

 銃を受け取ると、手慣れた動作で銃の玉込め確認等を行う。

 

「ほぉ~素人ではないようだな」

「えぇ、マタギの一族だから当然です」

 

 マキシマム家では、一通りの武器の扱いについて習う。銃もしかりだ。

 

「ん、じゃあ、あれさ撃ってみろ」

 

 マタギのお爺さんは、三百メートル先にある木を指す。

 

 俺は狙いを木の枝に絞り、

 

「ふっ、その綺麗な枝を吹っ飛ばしてやるぜ」とばりに引き金を引いた。

 

 ダダァアアンと轟音が鳴り響き、弾が枝に命中する。小枝は、どさりと地面に落ちた。

 

 さらに俺は連射して、次々と小枝を打ち抜いていく。

 

「お、おぉおお、凄い腕だ。ほ、本当だった」

「あんな子供なのに、信じられない」

 

 周囲からどよめきが起きた。

 

「こ、こりゃたまげた。うん、ロックさんに負けず劣らずの腕じゃ」

 

 マタギの爺さんが目を見開いてうなる。

 

「それじゃあ、この子に任せてみても、いいんじゃないかな。もういつ襲われるか、不安で不安でしかたがないんだ」

「う、うん、これほどの腕ならもしかして、いけるかも」

「待ちなさいよ。いくら腕がたってもまだ子供よ。しかも一人でなんて無理に決まってる」

「そうだ。ロックさん達でも全滅したんだ。俺達の身勝手な願望で、若い命を危険にさらすわけにはいかない」

 

 周囲の人々からあーだこーだと賛否両論の意見が挙げられた。

 

「あ~ご心配して頂かなくても大丈夫ですよ。俺は伝説のマタギの一族ですから。特に、生きた伝説と呼ばれている祖父直々に指導してもらいましたから」

「で、でもね。万が一ってこともあるのよ」

「そうよ。白カブトには銃が効かないみたいじゃない。いくら射撃に自信があっても無理よ」

 

 ご婦人の方々が特に心配をしてくれる。ありがたいことだ。

 

「問題ありません。銃が効かないのは、その分厚い肉に阻まれるからです。俺なら弱点である眉間を狙います。それに何より無理は絶対にしません。基本は様子を見てくるだけですから」

 

 そう言うと、しぶしぶながらも納得してくれた。

 

 銃の腕前を見せたこと、何より藁にも縋りたい気持ちもあるのだろう。皆、俺に期待を寄せている。封鎖を担当している役人も然り。応援のめどもなく、少しでも熊の情報が知りたいのだろう、簡単な手続きですんなり通してくれた。

 

 俺とカミラは、そのまま山道に――

 

「ち、ちょっとちょっと妹さんがついて来てるわよ。危ない」

「そうだ。君、お兄ちゃんが戻るまで大人しく待ってなさい」

 

 うん、そうだね。俺は許可されてもカミラは止められるだろうね。外見だけなら、カミラはまだ小学生なんだもの。仕方がない。

 

 カミラは、止めてくる人達にあからさまに不満の眼を向けている。

 

 まさかKILLしないよな?

 

 お兄ちゃんとのお約束第一条「許可なく人を()べてはいけない」を忘れたとは言わせないぞ。

 

「お兄ちゃん」

 

 カミラがこちらを見てくる。どうやら第一条を忘れてはいないようだが、熊と会わせる約束も忘れていないようだ。

 

 カミラが無言で訴えてくる。

 

 止めてくる人達をなんとかしろってことだな。

 

 わかってるよ。お兄ちゃんは約束を守る。

 

「あ~実はですね、うちの妹もなかなかの腕なんですよ。伝説と呼ばれたうちの一家でも天才と呼ばれているんです」

「本当かい!」

「信じられん。こんなに小さいのに……」

 

 周囲の大半が俺の言葉を疑っている。

 

「本当なんです。また論より証拠ですね」

 

 さっきと同じように銃を受け取り、カミラに渡す。

 

「カミラ、ちょっとその銃で腕前を見せてやってくれ。そういしないと彼らが納得しないんだ」

 

 俺が説明すると、不思議そうに銃を見つめるカミラ。ペタペタと銃を触り、銃口を覗いたりしている。俺と違い手慣れている感がない。なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。

 

「ど、どうした? 銃ぐらい扱えるだろ? 親父達に一通り習ったよな」

 

 小声でカミラに耳打ちする。

 

「お兄ちゃん、これどうやって使うの?」

 

 ま、まじか!

 

 一体全体、カミラの教育って何をしてきたんだ? いや、まぁ暗殺教育なんて別にしないならしないほうがいいんだけどさ。

 

 うっ。せっかく話しをあわせてきたのに。周囲がざわざわと騒ぎ始めてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話「熊さんと遊ぼう(後編)」

 皆の視線が痛い。

 

 銃を扱った事もない子供を熊狩りへ連れて行こうとしてたからね。

 

 俺はカミラにそっと近づき、

 

「カミラ、銃を撃った事なかったのか?」

 

 周りに聞こえないように小声で訊いた。

 

「うん、ママがね、銃はジャムるからナイフを使いなさいって」

 

 また過保護なのか、虐待なのかわからない心配をする。

 

 そりゃ弾詰まりをする危険性はあるけどさ、何千回に一回程度の確率だぞ。それにリボルバーならこの問題は、関係ない。

 

「うちに回転式小銃(リボルバー)あったよな。あれもだめだったのか?」

「あれはいいって。でも、祖父ちゃんが反対した」

「祖父ちゃんが?」

「うん。銃は、三アクションもかかるから武器には不向きだって。僕も遠くから攻撃するのは好きくない」

 

 ……事情はわかった。

 

 近くから殺すのがいいって……相変わらずの殺人狂である。

 

 ふ~。

 

 空を仰ぎ、溜息をつく。

 

 事情はわかったけど、どう皆に説明するか?

 

 この空気をなんとかしないと、カミラを連れて行けない。

 

 しばし熟考する。

 

 そして……。

 

「あ~皆さん、誤解のないようにお願いします。カミラが説明した内容を端的に説明しますね。つまり、カミラは村田銃を扱った事がないって言ってるんですよ。愛用の銃でなら遅れを取りません」

「違うよ。お兄ちゃん、僕は銃よりナイフで殺――」

「あ~ゴホンゴホン! なんでもありませんよ~」

 

 慌ててカミラの口を右手で塞ぐ。これ以上、ややこしくするんじゃありません。

 

「み、皆さん、とは言ってもカミラは天才です。謙遜しているようですが、妹はどんな銃でも自在に扱う事ができます。論より証拠、見ててください」

 

 俺は、村田銃をカミラに持たせて撃つように指示をする。

 

 もちろん基本的な撃ち方は、周りに聞こえないようにこっそり耳打ちした。カミラはこくこくと頷いている。カミラは頭がイッてはいるが、頭が悪いわけではない。

 

 基本の撃ち方さえ教えれば、理解は早いのだ。並以上の成果を出せる。これである程度の腕前を周りに見せつけられるだろう。

 

 最初はそうだな~。

 

 周囲を見るに、北側にある大木が適当かな。距離にして三百メートルちょっと。風は、無風に近い。初心者にはお手頃だ。

 

 とりあえずカミラには、木の枝でなく木の中心に当てるように指示をだそう。

 

 だ、大丈夫。

 

 カミラは、マキシマム家の娘だ。チート一家の血が流れている。止まった的に当てるぐらい初見でもどうにかなるよ。

 

 ……外したら、愛用の銃じゃなかったから調子が出なかった事にしよう。そして、ある程度練習すれば、問題ないと言えばいい。

 

「じゃあカミラ、あそこの木を狙――」

 

 ズガァアアンと鉄砲音が響く。

 

 カミラが説明途中で銃をぶっ放したのだ。さらに「バン♪ バン♪ バン♪」とリズミカルに唄いながら銃を撃つ。まるで小学生が、買ってもらった銀玉鉄砲で遊ぶような感じに。

 

「こ、こら、カミラ、いきなり撃つんじゃない。おもちゃじゃないんだぞ。ちゃんと狙って――」

「た、たまげたぁあ。その娘っ子もとんでもない腕だ」

 

 俺の発言を遮り、マタギのお爺さんがでかい声で叫んだ。周囲の人々も、ポカンと口を空けている。全員、唖然としている様子だ。

 

 いったい何がどうなって――ん!?

 

 おぉ!

 

 カミラの射線上を見る。

 

 そこには……。

 

 鳥類保護団体が卒倒しそうな勢いで、野鳥がパタパタと地面に落ちていくではないか!

 

 カミラが次々と野鳥を撃ちまくっているのだ。

 

 ツグミ、ヒヨドリ、ムクドリ、トビ……大空を舞う全てがカミラの餌食である。

 

 あんな適当な構えで。

 あんな変なリズムに乗って。

 

 ……これだからチートは怖い。

 

 とにかく計画通りだ。カミラの腕前を皆に見せつけられた。

 

「皆さん、見てのとおりの実力です。俺達、マタギの兄妹に任せてください。熊の様子を見てきますが、無理はしません。心配は無用です」

 

 そう宣言するや、

 

 ボロが出ないうちに。

 カミラが野鳥から人にターゲットを変えないうちに。

 

 俺達は、山中へと足を踏み入れたのであった。

 

 山中に足を踏み入れ、死臭が強く発する場所へ急行する。もちろん、銃は途中で置いてきた。

 

 あんな轟音がするものを撃ってたら、獲物に逃げられてしまう。

 

 俺達は、銃よりもナイフ、ナイフよりも素手のほうが勝手がよいのだ。

 

 そうして山中をくまなく探していると……。

 

 見つけた。

 

 数十頭の群れを率いた大熊。通称白カブトだ。情報通り、頭の天辺が白い毛で覆われている。鋭い牙には、狩猟ハンター達を食い殺してきたせいか強く死臭が漂っていた。

 

 ふむ、凄いな。

 

 突然変異なのか、身長は十メートル以上だ。南極熊よりもでかいぞ。体重も二トンを軽く超えてるだろう。また、その分厚い毛皮を見るに、なるほど銃弾が効かないわけだ。あれだけ肉厚があると、ほとんどの衝撃を吸収してしまうだろう。

 

 うん、こいつを見たら親父が喜びそうだな。嬉々として、剥製にするだろう。そして、玄関にかざるんじゃないか。

 

 わくわく♪ わくわく♪

 

 うん……「わくわく♪」って擬音がもろ背後から伝わってくるぞ。

 

 背後を振り返る。

 

 カミラの眼が輝きに溢れていた。

 

 どうやら血は争えないらしい。カミラも白カブトを見て、これまでにないほど興奮している。うん、間違いなくカミラは父親似だね。

 

 もう誰であろうと止められない。カミラは、その本能のまま白カブトにぶつかっていくね。

 

 白カブトに、ほんのちょっとだけ同情してしまう。

 

 そんな白カブトだが、ギロリと俺達を睨み続けている。そして、軽く吠えると、従っていた熊達が俺達を囲むように移動してきた。

 

 おいおい、熊のくせに連係までできるのか。

 

 これは驚いた。

 

 そして……。

 

「がぉおおおおんん!!」

 

 白カブト達が、咆哮を挙げて襲ってきたのである。

 

 今まさに戦端が開かれたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話「白カブト、死す」

 白カブトが咆哮しながら、襲ってくる。

 

 背丈十メートル以上の大熊が、時速六十キロ相当で突っ込んでくるのだ。この白カブトを前にすれば、百獣の王と呼ばれるライオンですら、尻尾を巻いて逃げ出すのではないだろうか。

 

 それくらいの迫力はある。咆哮一つとっても、他の熊とはものが違う。

 

 これはある程度、分別がつく狩猟ハンターなら戦いはしなかっただろう。逃げの一手を考えただろうね。

 

 だが、逃げ出そうにも背後は、白カブトが率いている熊達で囲まれている。前方は白カブトだけであるから、活路を見出すとしたら正面からって考えるかな。

 

 なるほど、これが白カブトの作戦か。

 

 なかなかにえげつない。ロックさんもこの手にやられたのだろう。

 

 よく見ると、白カブトの身体には、いたるところに銃弾がささってある。狩猟ハンター達の玉砕を受けた傷だろう。銃弾が効かないというのはマジみたいだね。白カブトの肉厚で、弾が途中でストップしているのだ。

 

 白カブトは、自分の防御に絶大の自信があるみたいだね。実際、それだけの狩猟ハンターを仕留めてきている。自信の裏付けもできているのだろう。

 

 前方から突進してくる白カブト……ニヤリと(わら)っているように見えるのは気のせいではあるまい。

 

 馬鹿な人間がまたノコノコ俺に食われにきた、そう思っているのかもしれない。

 

「まぁ、お前がそう思うんならそうなんだろう――」

 

 俺は、神速で白カブトの懐に入る。

 

 そして、

 

「お前ん中ではなぁあ!」

 

 そのどでっぱらに拳を叩き込んだのであった。

 

「がぁが!?」

 

  白カブトの動きが初めて止まる。その表情には、驚愕の文字が浮かんでいた。

 

「痛いか? まぁ、俺の拳は弾丸より強いからね」

 

 今までハンター達から受けてきたダメージが、子供のお遊びだと思えるぐらいに感じているはずだ。

 

「あ、あ、お兄ちゃんだけずるい!」

 

 カミラがピョンピョン跳ねて抗議している。

 

「カミラ、少し待て」

「え~どうして?」

 

 カミラが頬をふくらまして不平を露わにした。

 

 まぁ、不満だろうな。だが、ここに来るまでに俺は一つ考えてみた。

 

 人を襲う害獣白カブト、これは問答無用で殺していいと思う。人に仇をなす獣など駆除対象だ。

 

 ただね、さっきカミラが撃った野鳥の件……。

 

 木に撃てば済む話を、わざわざ野鳥をターゲットに選んで撃ち殺したのである。

 

 俺も「人でなくてよかった。成長したなぁ」とか思っちゃったけど、いやいや、鳥とはいえ生き物を無闇に殺生してはいけない。

 

 カミラには、色々教えてきた。

 

 人は無闇に殺してはいけない。どうしても殺したいのなら、悪人にする。これはカミラも理解してくれたと思う……多分、おそらく、希望的観測で。

 

 今度は、動物についても教える。

 

 動物だって無闇に殺してはいけない。食べる分まではいい。だが、それ以外は控えるべきだ。

 

 さっき撃ち殺した野鳥についても、きっちり焼き鳥にして食べる事にしよう。白カブトについても、殺してハイ終わりにしたくないなぁ。

 

 これも熊鍋にするか。

 

 うん、無駄な殺しはしない。遊びで殺すなんてもってのほかだ。それをカミラにも教えてからにしたいのだ。

 

「あぁ~カミラ、熊さんと遊ぶ前に一つ大事な話しがある」

「もぉ~お兄ちゃん邪魔しないでよ。早くでっかい熊さんと遊びたいのに」

「待て待て待て。大事な話だ。聞かないなら、遊ばせないぞ」

「ちぇ、わかったよ」

 

 カミラはふてくされながらも、聞く姿勢を取ってくれた。

 

「よしいい子だ。さっきカミラが野鳥を撃ち殺したよな? どう思った?」

「う~ん、そこそこ楽しめたかな。でも、途中からあきちゃった」

「そうか。正直に話してくれたのはいい。それはグッドだ。だが、もう一つ考えて欲しかった」

「なにを?」

「それはな――痛ぇ!」

 

 バシィっと後頭部に衝撃が走った。どうやら白カブトが復活したらしい。背後からベアーパンチを喰らわしてきた。

 

 少し手加減をしすぎたか?

 

 ったく大事な話の最中だというのに……。

 

「もう少し寝てろ!」

「ぎゃわあん!」

 

 アッパーぎみに白カブトの顎を揺らす。白カブトは、ゆらゆらと揺れて、ガクリと膝を九の字に曲げて倒れた。

 

「あ、あ、いいなぁ!」

 

 カミラが羨ましそうに言う。白カブトに、完全に興味を持ってかれているな。

 

「カミラ、まだだ。まだだぞ。いいから話を聞け。俺達、食事をするよな。牛肉、豚肉、鳥肉、美味しいよな」

「うん、美味し――わぁ、でっかい熊さん♪」

 

 カミラが俺の背後を見ながら、声を大にして叫ぶ。

 

「うん、話を聞きなさい。熊さんはあとでな」

 

 チラリと背後を見ると、白カブトが唸り声を上げて立ち上がっていた。

 

 さっきから白カブトの復活が早い。防御力に自信があるだけある。生半可な攻撃だと、その分厚い肉厚でダメージを吸収するようだ。

 

 あぁ、めんどくさいな。とりあえず熊は無視して話を進めるか。

 

人間は、自分以外の生物の生命を奪わなければ生きていけない。それを知り、糧となる動物に感謝して殺さなければならない。

 

 大切な事だよ。

 

 実際、マタギの間では、熊は山神様からの授かり物として尊まれている。

 

 生命の尊厳を知らないカミラには、徹底的に教えなければならないね。

 

 それからカミラに丁寧にわかりやすく教えようとするが、白カブトが、その度にバシィバシィと俺の後頭部を叩いて邪魔をしてきた。

 

 こいつのせいでカミラがちゃんと話を聞いてくれない。俺の後ろばかりを気にする。

 

 無視していればいいってわけじゃないな。

 

 俺は、クルリと白カブトに向き直る。

 

「ちょっと、待ってろ。ちゃんと熊鍋にしてやっから。もう少し、大人しくしてな!」

 

 ドンと白カブトの胸辺りに正拳突きを喰らわす。腰を落として、空手スタイルで打った。散弾銃よりも効いたと思うよ。白カブトは、後ろにもんどりをうって転げまわっている。

 

 ふ~さて話の続きだ。

 

「カミラ、俺らが毎日している食事、それは色んな動物の犠牲の上に成り立っている。それを理解して――痛っ!」

 

 後頭部に衝撃が走った。

 

 白カブトが前腕を力いっぱい振り下ろしてきたのである。

 

「がぁぉおおんん!」

 

 白カブトは上空に向かって高らかに咆哮した。さらに連撃でバシィバシィと叩いてきたのである。

 

 少し苛ついてきた。

 

 いい加減、野生の勘で理解して欲しい。俺と自分との隔絶した戦力差って奴を。長い間、ここら辺を支配したボスって言ってたからな。老害って、熊でも当てはまるんだね。

 

「だから、少し待ってろぉ!」

 

 パァンと軽く熊の脛辺りをケリ飛ばす。

 

 白カブトは、悲鳴をあげながら、地面をのたうちまわった。

 

「さて、どこまで話したかな」

「あ~あ~。僕も、僕も遊びたい」

 

 カミラは、俺を見ていない。俺の肩越しに白カブトばかりを見ている。

 

「カミラ、大事な事を話しているんだ。集中しろ!」

「……熊さん」

「カミラ!」

「はぁい」

「よし。いいか、俺の言いたいことは一つだ。食べるため以外に動物を殺してはいけない。そして、殺すときは、感謝の念を持って――」

「ガゥ、ガルル!」

 

 バシバシと後頭部に衝撃が走る。どうやらこの白カブト、意地になってるらしい。今まで、こんなに思い通りにならなかった獲物なんていなかったんだろうな。

 

 俺がダメージを受けていない事をわかっているだろうに、しつこく叩いてくる。

 

 俺もさっきから邪魔ばかりされて相当切れてきたぞ。

 

 さらに興奮した白カブトの涎がつぅうと頭に降りかかってきた。獣特有の生臭さが頭一面に漂ってきたのである。

 

「うん……」

 

 無言で白カブトに向き直る。そして、靴をトントンと履き直すと、

 

「さっきからうぜぇええええんだよ! いい加減にしろぉや。野生なら理解しやがれ。俺とお前とのいかんともし難い差って奴をな!」

 

 そう言って、白カブトの即頭部に強烈な回し蹴りを食らわしてやった。

 

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。

 

 くそ、殺さないように手加減してれば、いい気になりやがって。

 

 今までの鬱憤もあいまって、かなり力を入れて蹴ってやったよ。

 

 当分、寝てろ! 大事な話ができないじゃねぇかって――あ、あれ!?

 

 白カブトの心音が聞こえないぞ。

 

 慌てて白カブトに近づく。

 

 え、え~っと?

 

 あれだけ聞こえていた白カブトの息遣いが聞こえない。聴力に自信がある俺が、聞き取れないなんて。

 

「し、白カブトさん?」

 

 白カブトは白目を剥いて、舌をだらんとたらして横たわっていた。

 

 アハハ、野生の熊にしては冗談がうまいぞ。

 

 そんな死んだフリをしなくたって大丈夫。ちゃんと熊鍋にしてやっから。

 

 俺は、寝ている白カブトを抱き起こす。

 

 よいしょっと。

 

 白カブトの首がプランプランと回っているのを確認する事ができた。

 

 あ~死んでるね。

 

 うん、確実にお陀仏されておられる。

 

 ……カミラになんて言えばいいやら。

 

 な、なんか静かだな。

 

 カミラを見る。

 

 カミラは無言で白カブトの近くまで来ると、ユサユサと白カブトの身体を揺さぶり始めた。

 

 もちろん、白カブトは何も反応しない。

 

「え、えっとカミラちゃん?」

「うっ……うぅああああん! 兄ちゃんが僕の熊さんを壊したぁああ!」

 

 火がついた赤子のようにカミラが泣き始めた。

 

「ご、ごめんな。兄ちゃん、ちょっと力を込めすぎちゃったみたいで」

「ひどいよ、ひどいよ。楽しみにしてたのに」

「わかった。わかった。ごめん、ごめん。ほ、ほ~ら、あそこに熊さんがいっぱいいるよ。どれでも好きにしていいぞ」

 

 俺は、遠巻きに囲んでいた熊達を指さす。

 

 あれ? 遠巻き?

 

 お前ら、いつのまにか距離をとってないかい?

 

 まさか逃げる気か?

 

 逃がしはしないぜ。

 

 大腿筋に力を込め、スプリングのバネの如く加速した。あっというまに熊の群れの中に飛び込む。

 

「ガァア!?」

 

 熊達が突然現れた男に驚き、パニックになった。いや、絶大なる信頼を寄せていたボス、白カブトが倒された時点でパニックは始まっていたようだ。

 

 熊達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

 俺は、そのうちの一匹を捕まえ、カミラのもとに持っていった。

 

「さぁ、熊さんだぞ。カミラの好きにしていい。思う存分遊べ」

 

 さきほどの説教が嘘になってしまうが、泣いたカミラに勝てる者などいない。俺は熊を背後から羽交い絞めににしたまま、カミラに渡す。

 

「ガゥア!? ガゥアアア!?」

 

 いやいやと首を振る熊。野生のカンなのか、目の前にいる者が、白カブトよりも恐ろしい生き物だとわかっているのだろう。

 

 うん、正解。

 

 熊は、必死に逃げ出そうとするが、俺の腕力に叶うはずもなく、徒労に終わった。

 

 カミラは俺が渡した熊を持つと、思い切り地面に叩きつけた。大砲が破裂したかのような衝撃が辺りに響く。

 

 哀れ、熊はその首をポッキリと折られ、絶命した。

 

「……弱い」

 

 カミラが呟く。

 

「……小さい」

 

 カミラがさらに呟く。

 

「うん、そうだな。でも、この熊だってそれなりに――」

「やだ、やだ。でっかい熊さんがいい! 兄ちゃんのバカ!」

 

 カミラの癇癪が止まらない。そばにあった石や木や熊の生首を投げつけてくきた。

 

「お、おま。ちょ危ない、危ないだろうが!」

 

 残った人食い熊達が我先にと逃げ出していく。

 

 お、おま、ちょっと待て。

 

 穴いらずが何をびびってやがる。ちょっと待ちやがれ!

 

 頼むからカミラの相手をしろって!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話「リーベル恋をする」

 エルフスボリの山間地帯を横断し、列車とバスを乗り継くこと早三日。

 

 俺とカミラは目的地であるクォーラル市に到着した。

 

「カミラ、着いたぞ」

「わぁ! いっぱい人がいるね!」

 

 カミラにとっては、初めて訪れる大きな街だ。感慨深いものがあるのだろう。カミラが目を輝かせて、街の営みを見ている。

 

 ……やっと機嫌が直ってくれた。本当、大変だったよ。

 

 白カブト騒動……。

 

 白カブトとその群れの熊達は、崖から転落死した事で決着した。死因は転落死。白カブトはもちろん全ての熊の首がポッキリと折れていたと言う。

 

 獣医師が白カブト達の死体を検分。全ての熊に共通して、相当な衝撃が加わっていた事が判明した。よって頂上付近からなんらかの事故で、群れごと急降下したのだろうと。流れのマタギの兄妹からの報告も合わせて、そう結論づけられた。

 

 むろん裏工作は俺が十分にやったから抜かりはない。これで俺達兄妹の正体がばれる事はないだろう。

 

 うん、疲れた。本当に疲れた。

 

 裏工作が疲れたというわけではないよ。もちろん、それなりの労力だったが、大半は妹のご機嫌伺いをしたからだ。

 

 あれから山中の熊という熊をかき集め、カミラに献上した。それでも足りなくて、ほとんどの肉食獣を提供したかな。そして、暴れに暴れたカミラだったが、少し落ち着いたところを見計らって、あとで南極に連れてってやると約束した。

 

 白カブトよりもでっかい南極熊をプレゼントしてやるって。それでなんとか機嫌が直ったんだよ。

 

 カミラは、もう普段通りだ。珍しいものを見ては、激しく反応している。

 

 うん、この街、気に入ってくれたみたいだな。

 

「しばらく、ここに滞在するからな」

「わかった♪」

 

 屋台、駄菓子、露天……。

 

 カミラにとって、見るもの聞くもの全てが新鮮なのだろう。あっちに行ったりこっちに行ったり世話しない。

 

 本当にこうして見ると、年相応な可愛い妹だよ。

 

「ねぇねぇ、あれ()べてもいいかな?」

 

 道行く屈強な男を指差して、カミラが無邪気に言う。

 

 早速、禁断症状(さつじんしょうどう)が現れたか。「ワタあめでも食べていい?」って聞かれたのならどんなに嬉しかった事か。

 

 まぁ、でも、約束したように俺の許可なく殺しは厳禁と言ってある。俺の許可を得ようとするのはいいことだ。

 

 勝手にされるより百倍マシである。

 

 うんうん、素直でえらいぞ、カミラ。

 

 俺はカミラに微笑む。

 

 カミラもそんな俺に微笑み返してくる。

 

 いい笑顔だ。

 

 だからといって俺が許可する思ったら大間違いだぞ。

 

「だめだ」

 

 俺はにべもなくノーと応えた。

 

「じゃあ、あれは?」

 

 今度は、強面の兵隊さんを指差す。

 

「あれもだめ!」

「じゃあ、じゃあ、あれは? あれは?」

 

 カミラが道行く通行人を手当たり次第に指差す。

 

「カミラ、しばらく()べるのは禁止だ」

「えぇええ!」

 

 先ほどまでの嬉しそうな顔が一変、ものすごく悲しい顔をされる。

 

 ……しばらくの我慢でこれか。

 

 完全に()べちゃだめだっていったら、どうなるのか?

 

 延期でこれだぞ。一生禁止なんて言ったら、まじで精神が崩壊するかもしれん。本当、麻薬患者のようなものだ。徐々に麻薬を抜けさせる事が慣用である。

 

 焦ってはだめだ。

 

 千里の道も一歩から。

 

「えー、えー! いつまで? いつまで()べちゃだめなの?」

「しばらくだ」

「しばらくってどのくらい? 十分くらい?」

「なわけあるかぁあ! しばらくはしばらくだ」

「そ、そんなぁ~」

 

 カミラがこの世の終わりのような顔をしてしゃがみ込む。

 

「カミラ」

「うぅ」

 

 カミラが唸り声を上げた。これは機嫌が悪くなっている証拠である。

 

「カミラ、機嫌を直せ。その代わり兄ちゃんが、楽しいところに連れて行ってやる」

「本当! どこ? 軍隊? それとも南極?」

 

 カミラが目を輝かせながら訊ねる。

 

 頼むから軍隊から離れろ。そして、南極はまだ勘弁してくれ。

 

「軍隊でも南極でもない。教会だ」

「うぅ、そんなのつまんないよぉ!」

「つまんなくない!」

 

 ブーたれる妹の愚痴に被せるように強く主張した。

 

 そう、つまらなくはない。やっと巷で噂の聖人と会えるのだ。カミラの人生にきっと潤いを与えてくれるはず。立派な人の尊い教えに触れれば、カミラの情操教育に役に立つ。人を食い物にしか見えないカミラに、命の大切さ、慈愛の心が芽生えるかもしれない。

 

 カミラは教会と聞いて、頬をふくらましている。

 

 教会を、楽しくない、つまらない、退屈なところだと思っているようだ。

 

 この反応は、予想通り。

 

 大丈夫。カミラを説得するシミュレーションは、計算済だ。

 

「カミラ、教会行った事ないだろ?」

「うん、でも、本やエスメラルダから話を聞いて知ってる。つまんないとこ」

「カミラ、それは間違いだ」

「間違いじゃないよ」

「いや、間違いだ。実際、カミラがお外に出てどうだったか思い出してみろ。本や他人の話と違ったところはいっぱいあっただろ?」

「そういえば、そうだった」

「だろ。カミラが実際に見て聞いて感じたことが正解だ。教会はきっと楽しいぞ」

「本当に楽しいのかなぁ~」

 

 首をかしげるカミラの肩に手を置くと、カミラの目線に合わせるようにかがむ。

 

「大丈夫だ。兄ちゃんを信じろ! 俺が今まで嘘をついた事があるか?」

「う~ん、あんまり、ない」

「そ、そうだろ」

 

 即答してくれないのか……やはりまだ白カブトの件を根に持っているようだ。まぁ、少し信頼を失っていはいるが、なんとか納得してくれた。

 

 俺達兄妹は、クォーラル市の中心部、慈善団体シュトライト教の本部に移動する。

 

 歩いて三十分……有名な場所だから、すぐにわかった。何より市のシンボルとばかりにでかくそびえ立つモニュメントがそれだけで目印になったし。

 

 実際、旅行客の多くが慈善団体シュトライト教の本部に立ち寄るらしいね。

 

 地元の人達もシュトライト教の本部に行きたいといえば、誰もが親切に道を教えてくれる。それだけ地域に浸透しているのだろう。

 

 シュトライト教の神父様がどれだけ慕われているかがわかるエピソードである。

 

 うんうん、宗教は苦手だけど、こういう聖人がいるのなら入教してもいいかもしれない。

 

 改めてシュトライト教のモニュメントを見上げる。

 

 (おごそ)かな建物だ。

 

 心が洗われるよ。

 

「カミラ、見ろ。立派な建物だろ」

「うん、お腹空いた。殺べていい?」

 

 くっ。花より食い気より、()る気か!

 

 花より団子より始末が悪い。

 

「我慢しろ。行くぞ」

 

 カミラの手を引っ張り、協会へと足を踏み入れる。

 

 入り口の扉を開け、中に入ると、

 

 人がいっぱいいた。

 

 統一の神父服を着たのは信徒達。

 お祈りにきた大勢の一般信者達。

 

 賑わっている。盛況だね。

 

 ビトレイ神父の人望の厚さが伺える。

 

「ようこそ。シュトライト教は全ての門徒に」

 

 俺達に気づいた信者の一人が笑顔で挨拶をしてきた。

 

「はじめまして。俺はリーベル、こっちは妹のカミ……ラ」

 

 ペコリと下げた頭を上げ、瞳に映ったその先には……な、なんて美人。

 

 あまりの衝撃で、挨拶が途中で口ごもっちゃったぞ。

 

 神父服に包まれた美少女。年齢は二十歳ぐらいだろうか。目鼻は当然整えてあり、その髪はどこまでもしなやか。上品な口元からは、鈴の音のような声が聞こえた。まるでラノベのヒロインがそのまま出てきたかのような容姿をしている。

 

 こ、これは……もしかしてイチャラブ展開あるかも!?

 

  今まで散々、ストレスを感じてきたのだ。これくらいの役得はあってもいいよね。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話「天才女優との出会い」

 麗しの美女の登場にしばし時を忘れる。

 

「リーベルさん?」

「あ、いえ、なんでもないッス!」

 

 少し口調がおかしくなってしまったが、しょうがない。恋をしたのだから、しょうがない。

 

「申し遅れました。私ソフィアと申します」

 

 シスターソフィアが、丁寧な口調で自己紹介をしてきた。

 

「あ、はい、うん、素敵な名前ですね」

「ありがとうございます。ふふ、そんなに緊張しなくてもいいんですよ」

「そ、そんな緊張なんてしてませんよ~」

 

 そう返事はするが、ソフィアさんの言う通り緊張している。もうデレデレ、中学生並の受け答えだ。前世の記憶を思い出す前は、マキシマム家一ポーカーフェイスをきどっていたのに。

 

 少し情けないが、しょうがない。恋をしたのだから、しょうがない。

 

「ふふ、リーベルさんって面白い方ですね。でも、嘘はいけませんよ。緊張しているでしょう?」

「えっ、いや」

「すみません、不躾でしたね。私、昔取った杵柄(きねづか)で、人の観察が得意なんです」

「へ~そうなんですか。ちなみに昔取った杵柄って?」

「私に見覚えありませんか? これでもそれなりに有名でしたのよ」

 

 そう言われて、改めてソフィアさんを見る。

 

 サファイアのような輝かしい瞳、黄金の如く光る髪、純白の肌、艶やかな唇、均整のとれたプロポーション。

 

 美人だ。それ以外、言いようがない。

 

 これほどの美女に出会ってれば、絶対に記憶に残っているはず。まぁ、昔の俺は朴念仁だったけど。とにかく記憶にない。賞金首であれば、千人以上の顔と名前を覚えているのに。

 

「う~ん、わかんないな。何かヒント、ヒントを下さい」

「あれ、リーベルさんって上流階級出身ですよね?」

「う、うん、そうなるのかな。いや、やっぱり違う」

 

 爵位は持っているけど……殺し屋なんて褒められた仕事じゃないからね。

 

「ふふ、どっちなんですか。でも、雰囲気からわかりますよ。だから、てっきり映画とか見てらっしゃるとばかり」

 

 うん!? 映画!

 

 映画、映画……。

 

 はっ! そうだ。この人、不世出の天才といわれた女優ソフィア・ガードネスだ。子役時代から抜群の演技力で周囲を魅了。成長してからもさらに演技を磨き、その美貌も相まってスターの中のスターと言われた人だ。

 

「あ、あ、知っている。知ってますよ。ロンドンの休日見た。凄く感動しました」

「ふふ、思い出してくれましたか」

 

 そう、この世界、ラジオは一般に普及しているが、テレビはない。ただし、上流階級向けに映画はある。俺達一家は暗殺やそれに類する事ばかりしてきたが、たまに本当にたまに映画を家族で見に行ったりもしたのだ。

 

 まぁ、暗殺場所が映画館だった時に備えての下見も兼ねてたんだけどね。

 

 そういう次第であまり映画に詳しいわけではないが、ソフィア・ガードネスは知っている。あまりに有名だからだ。七変化と呼ばれるほどのキャラを使いこなし、最年少でアカデミー賞を受賞、十代で映画界のエースと称されたが、突如引退。その後は行方知れずになっていたけど。

 

「意外なところにいてびっくりです」

「そうですね。私もそう思います。でも、今はここが私の居場所であり、この仕事が天職だと思ってます」

 

 そういうソフィアさんは、確信に満ちた表情をしている。ソフィアさんは、栄光を掴んだ場所をあっさり捨ててまで、ここにいるのだ。場所慈善団体シュトライト教への期待が否が応でも高まってしまう。

 

「それでリーベルさん、カミラさん、今日は、お祈りでしょうか?」

 

 はっ!?

 

 ソフィアさんの問いに我に返った。

 

 そうだ。いくら有名な女優に会ったからって、浮かれて主旨を忘れてはいかん。俺には大切な使命があったのだ。

 

 居住まいを正し、気を引き締める。

 

「いえ、お祈りもしますが、本来の目的は違います。旅の途中、ビトレイ神父のお噂を聞き、ぜひそのご高説を賜りたいとご挨拶に参りました」

「おぉ、それは良いご決断をされましたね。あなた達の信心に祝福が訪れるますよう。ただ、申し訳ございません。ビトレイ神父は不在でして」

「そうなんですか。いつ頃、お戻りになられますか?」

「申し訳ございません。市外の孤児院に慰問中で、しばらくはお戻りになられないかと」

 

 う~ん、それは残念。タイミングが悪かったようだ。

 

 でも、どうしても会いたい。暫くはこの街に滞在して待つのも手かな。いや、そうすべきだ。せっかくソフィアさんみたいな素敵な女性と知り合えたわけだし。

 

 まぁ、とりあえず、今日は出直すとしよう。よく考えれば、聖人が忙しくないわけなかったのだ。アポなしで早々に会えるわけがない。

 

「わかりました。お手数をおかけしました。今日は帰りますね」

「あ、お待ちください」

 

 去ろうとする俺達をソフィアさんが止める。

 

「なんですか?」

「リーベルさん、お気を悪くしないで下さい。ご兄妹だけの旅行ですか?」

「はい、見聞を広げるために……あ、ちゃんと両親の許可は取ってますよ」

「ふふ、別に通報なんてしませんよ。信じます。若いうちは旅をさせよと申しますし。感心な事です」

「い、いや、それほどでも」

「ところでリーベルさん、宿のご予約は?」

「これからです」

「そうですか。では宜しければ、我が教会に宿泊されたらいかがでしょうか?」

「えっ!? でも」

「遠慮はいりません。路銀も節約したいでしょう」

「いいんですか!」

「えぇ、遠路はるばるお越し頂いたお客様をむげにはできません」

 

 ソフィアさんは、そう言って目を閉じると、手を組んでマリみてィのポーズを取った。

 

 実に似合っている。清楚とは、まさにこの人を差すんだろうね。

 

「じゃあ、すみません。ご好意に甘えちゃいます」

「えぇ、ではこちらに」

 

 ソフィアさんの案内の元、ビトレイ神父を待つため教会の食堂に移動する。

 

「お兄ちゃん、お腹空いた」

 

 カミラが、俺の袖をひっぱりアピールしてきた。どうやらソフィアさんを()べていいのか聞いているのだ。

 

 冗談じゃない。こんな親切で素敵な女性を()べさせたりはしないぞ。

 

「だめだからな」

 

 そう言って、きっと睨む。

 

 カミラも俺の意志が伝わったのか、ソフィアさんに手を出すのは控えてくれた。むずむず我慢できなさそうだけどね。

 

 そして、食堂に到着。

 

 食堂には、少なくない数の信徒が、お茶をしたり軽食を取ったり、思い思いに休憩を取っていた。しばらくソフィアさんと談笑しながら、中の教会について説明してもらう。

 

「おにい、おなか――」

「我慢しなさい。この前、()べたばかりじゃないか!」

「うぅ、またお腹空いた。我慢できない。ねぇ、()べていい? 誰でもいい。贅沢は言わないから」

 

 カミラが上目遣いでねだってきた。

 

 くっ、厳粛な場でなんて事を考えてやがる。こんな善良な人達の前で惨劇を引き起こさせてなるものか。

 

「だめ!」

 

 少し大きな声でたしなめた。

 

 幼い子供までいるのだ。絶対にNoである。

 

「これはこれは……このような幼子にひもじい思いをさせてはいけません。ささやかですが、食事を持ってこさせましょう」

 

 そう言って、今度は別な信者が現れた。

 

 その信者は、四十代後半位、頭髪が剥げお腹が出ている小太りの中年である。

 

 この小太りのおっさん、しばしソフィアさんと話すと、代わりに俺達のお世話をすることになった。

 

 えっ!? ソフィアさんは?

 

 って理不尽だとはわかってても少し不満を覚えた。だが、ソフィアさん、他にも仕事があるそうで、邪魔はできない。

 

 しょうがない。涙を呑んでソフィアさんにお別れを言った。

 

 それから中年のおっさんが案内をしてくる。

 

 なんか脂ぎった顔をして、一癖も二癖もありそうな人物だけど、信用していいのだろうか?

 

「さて、リーベル君、カミラちゃん、食事だったね。すぐに用意させよう」

「いえ、ご迷惑をおかけするわけには参りません」

「何をいうのです。我々の仕事を取らないで欲しい」

 

 中年の信徒、いや、ベベさんは殊勝な言葉を言う。

 

 疑って悪かった。

 

 人間、顔じゃない。こんな下卑た卑しい顔をしているのに。

 

 大変嬉しい。

 

 ただ、この場合、悲しいが、カミラの言葉は、意味合いが違うのである。

 

「いえ、お言葉に甘えるわけにはまいりません」

「幼子にひもじい思いをさせてはいけません。遠慮は無用ですよ」

「で、ですが……」

「目の前で泣いている子供がいたら、迷わず手を差し伸べる。それがビトレイ様の教えです。どうか私の使命を果たさせてください」

 

 ベベさんが頭を下げてくる。

 

 なんと。見ず知らずの俺達にそこまで気に懸けてくれるのか。

 

 大変ありがたい。凄くありがたい。

 

 ベベさんの善意に手を合わせて拝みたい気分である。

 

 だが、何度も言うが、妹の言葉は、意味合いが違うのである。

 

 ここは大事を取って、妹の禁断症状が大きくなる前に退散するのがベストかもしれない。手ごろな悪党を殺して、カミラの禁断症状を抑えてから、再度訪ねたほうがよいかも。

 

 だが、ベベさんは、食事の誘いを皮切りに執拗にここでの生活を強要してくる。俺が固辞しても、さいさん引き止めてくるのだ。

 

 あまりに熱心なので、俺達を外へ出さない気かと思ってしまう。

 

 ベベさんが時折、ニヤリと嗤うのもどうも触覚に引っかかるんだよな~。

 

 俺が逡巡していると、

 

「ここは私が相手をするわ」

 

 そう言って、赤髪長髪の女性が登場した。

 

 シスター服を着ているので、ここの職員なのだろう。

 

 つり目でちょっと気が強そうだが、美人だ。歳は二十代前半くらいかな。

 

「し、しかし……」

「私が応対します。あなたには月初の収支報告書のまとめを任せてたはずです。終ったのですか?」

「まだですが、この二人の面倒をみないと」

「それは私がやります!」

「いや、困ります。このようなケースは、私が対処しませんと」

「収支報告書、確か期限は三日前でしたね。仕事の遅れ、ビトレイ様に報告してもいいんですよ」

「うっ。そ、それは……」

「あなた、前もビトレイ様にお叱りを受けてたわね。今度も遅れたとなったら、どうなるかわかりませんよ」

「で、ですが、この件を後でビトレイ様に知られたら……」

「他言は無用ですよ。あなたはこの子達に会ってない、見ていない。書類仕事で部屋に篭ってた。そうですね?」

「は、はい」

「よろしい。その素直さに免じて、あなたの怠惰も不問にします」

「……」

「ベベ、何を未練がましく見ているのです。あなたは早く書類作成に取り掛かるべきでは?」

「わ、わかりました」

 

 ベベさんは、そそくさとその場を去っていった。

 

 なるほど。書類仕事をサボってたのか。だから、やましい匂いがしてたのだ。

 

 ふむふむ、執拗に俺達にからんでたのも、書類仕事をしたくないって気持ちも含んでたんだな。子供達の世話をしているから、そんな暇はないってね。

 

 いけないんだぁ~。

 

 あのつり目のお姉さんじゃないけど、ビトレイ様に報告するぞ。

 

 まぁ、部外者の俺が口を挟む理由はない。外部の者と息抜きを計ったって罰は当たらないだろう。

 

 とにかく窓口は、このつり目のお姉さんに移ったみたいだね。このつり目のお姉さんも美人だけど、気が強そうだ。俺の好みのタイプは、断然ソフィアさんだ。

 

「こんにちは。俺、リーベルって言います」

 

 まずは挨拶をした。

 

 つり目のお姉さんは、じっと無言で見つめている。

 

 なんだろう?

 

 あ、カミラを見ているね。

 

「ほら、カミラもご挨拶だ」

 

 カミラの頭を撫でて、挨拶をするように言う。

 

「お兄ちゃん、お腹――」

「わかった。わかったから、少し我慢をしろ。後で思いっきり()べていいから」

「本当!」

「あぁ、ちゃんと兄ちゃんの言う事を聞いて、いい子にしてたらな」

「わぁい!」

 

 テンションが上がったカミラは、つり目のお姉さんの前に笑顔で進み出ると、

 

「こんにちは♪」

 

 子供らしく元気な声で挨拶をした。

 

「……こんにちは」

 

 つり目のお姉さんがカミラに挨拶され返事をした。その表情は少し嬉しそうである。元来、子供好きなんだろう。口角を上げて、緩んだ表情をしていた。

 

 おっ、そんな顔もできるんだ。

 

 先程の評価は少し訂正。

 

 ふぅん♪

 

 そんな顔ができるなら、いつもしてればいいだろうに。ツンデレ属性もあるのかな。そんなツンデレなお姉さんの心をカミラは、溶かしたのである。

 

 外見だけで見れば、カミラは天真爛漫な美少女である。そんな子から無垢の笑顔を向けられたら、そりゃ好感度も上がるね。

 

 ただ、つり目のお姉さんは、すぐにはっとすると緩んだ表情から一転、表情を引き締めた。

 

 そして……。

 

「あなた達、すぐに帰りなさい」

 

 厳しい口調でそう言い放ったのである。

 

 確かに一旦外に出るつもりだっが、そんな言い方しなくてもいいじゃないか。少しばかり反発した言葉を言いたくなってきた。

 

「ソフィアさんはここに泊まってもいいって、許可を頂きましたけど」

「だめよ。絶対にだめ!」

 

 血相を変えて反対してきた。

 

「い、いや、何もそんなに大声で怒鳴らなくても。確かにここは、身寄りを失った人達の施設で、俺達がいていい場所じゃないかもしれません――」

「そ、そうよ。その通り。ここはあなた達がいていいところじゃない。さっさと出て行きなさい」

 

 いや、そこから「ですが、俺達にも何かお手伝いをさせてください」って続けようとしていたのに、取り付く島もない。

 

 まぁ、でも怒るのも当然か。

 

 ここは、戦争で難民になった人達、身寄りのない子供達のための施設である。

 

 俺達は、血色もよく、いい衣服を着ている。はたからみたらいいとこのお坊ちゃん、お嬢ちゃんだ。物見遊山で見学に来たと思われているのかもしれいない。

 

 これは誤解を解かなければならない。

 

「聞いてください。俺達は、冷やかしでここを訪れたわけではありません。ビトレイ神父の尊い教えを学ぶためです。少しでも世の中の役に立ちたいという思いは誰よりも負けてません。どうか何かしらのお手伝いをさせてください。宿泊代ぐらいは、自分達で働いて稼いでみせます。へへ、こう見えても俺達、力仕事得意なんですよ」

「くっ。そんな事は聞いていない。早く出てけ!」

「いや、待って。あ、信じてませんね。本当に力だけはあるんですって」

 

 最低限の衣食住があれば、給金はゼロでも構わない。どうせなら志のある仕事をしたいのだ。

 

 聖人のために仕事をするって、いいんじゃないか!

 

 カミラの情操教育のためにも、ソフィアさんとの甘い恋物語を始めるためにも、俺はこの街に滞在する必要がある。できれば同じ教会内で寝食をともにしたい。

 

 どうにかして、このつり目のお姉さんに俺の気持ちを分かってほしい。

 

「お姉さん、本気です。真剣に聞いて――」

「お兄、おなか」

 

 シャツの袖をぐいぐいと引っ張り、カミラが口を挟んできた。

 

「カミラ、後でたっぷり()べさせてやるって言っただろ。今、兄ちゃんは大事な話をしているんだ」

 

 カミラの耳元に寄り、小声で諭す。

 

「も、もう無理。我慢ができない」

 

 そう言ってカミラは、辺り一杯に殺気を撒き散らしてきた。

 

 こ、これは……。

 

 見境なく()る気か?

 

 お、おい、ちょっとま……。

 

 カミラは、ゆらゆらと身体を揺らしながら移動すると、つり目のお姉さん目掛けて思いっきり拳を――。

 

「だぁああああ! わかった。わかったよ。ちくしょう! それじゃあ失礼しますううう!」

 

 俺はカミラを抱えると、慌てて教会を退出した。

 

 くそ、まただ、まただよ!

 

 カミラの禁断症状わかってたはずなのに。

 

 俺は、一心不乱に人がいない山林へカミラを抱えて走っていく。

 

 あはは、つり目のお姉さん、さすがだね。わかっているじゃないか。

 執拗に出て行けと言ったのは、施設にいる子供達の危険を察知したのかな。

 

 正解!

 

 あのままいたら、カミラによって教会に大災厄が降りかかっていた。さらに身寄りのない子供達を作ってしまっただろう。

 

 まずは、カミラの禁断症状を抑えるのが先。

 

 あぁ、この辺にいる悪人……。

 

 確かこの街って人身売買の組織があったよな。

 

 カミラの欲求不満の解消にさせてもらおう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話「聖人との会合」

 我ながらスピーディーに仕事をした。

 

 人身売買組織。

 

 組織の人員、規模、場所を調べ、アジトに乗り込み、ボスをぬっ殺した。

 

 文章に起こせば三行で済むが、色々大変だったよぉ~。

 

 カミラはご満悦の様子だった。

 

 何せ悪党三百人をゲーム無双ばりに殺しまくったからね。

 

 これでしばらくは持つだろう。

 

 ……こんな調子でカミラは人としてまっとうに生きられるのだろうか。

 

 まぁ、いい。

 

 過ぎたことは気に病んでもしかたがない。前を向いて歩いていかなとね。

 

 さて、クォーラル市に滞在するにあたり、宿を確保しなければならない。

 

 この前は教会に住むチャンスだったが、突如現れたつり目のお姉さんに教会から叩き出されてしまった。正確に言えば、カミラの禁断症状のせいだけど。

 

 と、とにかくつり目のお姉さんに断られたのは事実である。

 

 どうしようか?

 

 まぁ、つり目のお姉さんの言う事は、しごくまっとうではある。何度も言うように俺達は、物見遊山と思われてもしかたがない。

 

 さらに言えば、俺達は身元不詳人である。マキシマム家の身分証明書を見せるわけにはいかなかったから、名前と年を自己申告でしか伝えていない。

 

 子供とはいえ、こんな怪しい人間を教会の本山に置きたくなかったのかもしれない。この時代、子供を尖兵として屋敷に潜り込ませ、泥棒の手先とする事例が珍しくないのだ。

 

 俺達は、泥棒の手先と思われたのやもしれん。

 

 どちらにしろ誤解なのだが、いずれ真摯な心を見せて誤解を解いていこう。

 

 そこで宿無しとなった俺が、次に考えたプランが、これだ。

 

 ビトレイ難民キャンプ場。

 

 慈善団体シュトライト教は、子供達に救いの手を差し伸べている。教会で孤児達を保護しているのもその一環だ。ビトレイ難民キャンプ場は、その中でも特に、戦災孤児達を収容している。

 

 身分も国籍もない子供達を対象にしているのだ。ここなら、シスターの厳しい審査もない。俺達のような身元不詳人でも泊まれるだろう。

 

 ただ、無条件で収容しているだけあって、ベッドの質は良くない。野宿するよりマシって程度だ。

 

 もちろん普通に宿に泊まる事はできる。俺達は、そこまで金には困ってはない。

 

 贅沢をしなければ、世界一周旅行できるだけの資金がある。特級の宝石や貴金属を家から持ち出したからね。

 

 それにだ。便宜上、俺達は家出ではなく、武者修行の旅という形になっている。最悪、実家に連絡すれば、金はいくらでも補充してくれるだろう。

 

 もちろんやらないよ。極力、いや、二度と実家の影響を受けたくない。

 

 この先、文無しになろうとも連絡なんて絶対にするもんか!

 

 カミラ一人ぐらい俺が養ってみせるさ。

 

 とにかくだ。俺達は、高級宿に止まることも可能だが、あえて難民収容所に向かう。

 

 目的は二つ。

 

 一つは、ここでボランティアをすることでつり目のお姉さんへの誤解を解く。

 

 もう一つは、カミラに戦争の悲惨さ、人命の尊さを理解してもらう。

 

 戦争で身寄りのなくなった子供達。彼らがどれだけ悲惨で残酷な人生を歩んできたか、カミラに知ってもらう。シリアルキラーな妹だが、家族愛はあるのだ。彼らの生の声を聞いて、何かを感じてもらえば幸いだ。

 

「カミラ、これから行く場所。何かを感じてくれたら兄ちゃんは嬉しいぞ」

「うん、楽しみ♪」

 

 カミラは浮かれている……。

 

 恐らくまた何か()べられると思っているのかもしれない。

 

 まぁ、予想通りだ。

 

 ここからだ。ここから俺の思いをどうカミラに伝えるか。俺の辣腕にかかっている。

 

 そして……。

 

 俺達は、ビトレイ難民キャンプ場に到着した。

 

 見渡す限り、人、人、人……。

 

 黒人、白人、アジア人、髪や肌の色が違う、様々な人種がいる。それもほとんどが子供達ばかりだ。

 

 これは酷いな。

 

 周辺諸国で戦争が起きた。前世でいう第一次世界大戦みたいに、あらゆる国家が数年にわたって戦争を繰り返した。その爪痕が色濃く残っている。

 

 親を失った。

 家屋を焼け出された。

 

 不幸な話は枚挙に厭わない。

 

 だが、しかし!

 

 そんな子供達を救おうと、慈善団体シュトライト教は立ち上がったのだ。

 

 慈善団体シュトライト教の信者達、近隣の住民の皆さんがボランティアで炊き出しの粥を作り、子供達に配っている。

 

 凄い。

 

 この時代、無償で炊き出しを実施しても、あまりメリットはない。慈善事業は、あることはある。だけど、自国民にするならまだしも、他国の難民に施しを行うのは、よほどの慈善家、慈愛の持ち主でないと無理な話だ。

 

 ビトレイさん、さすがは聖人と言われるだけある。

 

 うんうんと頷き、

 

 独り感慨に浸っていると、

 

「君達もほら」

「えっ!?」

 

 ボランティアのお姉さんから粥が入った椀を差し出された。

 

「いや、俺達は……」

「遠慮なんていらないわよ」

 

 お姉さんはそう言うけど、俺達が食してもよいのか。

 

 大鍋の感じから推察するに人数分はあるみたいだ。どんな味なのか興味もある。

 

 一杯だけなら、いいよね。

 

 少し迷ったが、俺は、カミラの分と合わせて椀を受け取った。

 

 粥から湯気が立っている。大鍋から掬われて間もないのだろう。

 

 俺はスプーンを手に取り、粥を人さじ、口に入れた。

 

 ……まずい。

 

 塩味がほんのりと、最低限の味しかついていない。具もなく、ただの炭水化物の塊である。

 

 だが、それがどうした?

 

 この場合、質より量だ。一人でも多くの子供達の腹が膨れるのが先決。いくらビトレイさんが億万長者とはいえ、資金には限りがある。これは仕方が無い事だ。

 

 第一子供達は、渡された粥を美味しそうに食べている。

 

 よっぽど飢えていたのだろう。こんな不味いメシでも、多くの子供達が、ガツガツと貪るように食べていた。

 

 うん、いくつか宝石を慈善団体シュトライト教に寄付しよう。少しでも子供達の助けになればね。

 

「カミラ、どうだ?」

 

 同じように粥を食べているカミラに感想を問う。

 

「まずい」

「うん、俺もそう思う。だがな、これは美味しいんだよ」

「そうなの?」

「そうだ。この粥には人の思いが乗せてある。カミラも成長したらわかるよ。わかって欲しいかな」

 

 それから粥を食べ終わった俺達は、寝床を確保するため受付のあるテントに入った。

 

 テントの中には、新しくこの町に来た難民達が列をなして手続きを待っている。

 

 これは、相当待たなければいけないかな。

 

 ん!?

 

 辺りを見渡していると、見知ったシルエットを発見した。

 

「こんにちわ」

 

 すかさずつり目のお姉さんに挨拶をしする。つり目のお姉さんは、難民達の誘導をしていた。不安そうな子供達に、優しい笑顔を向けている。

 

 うんうん、さすがはビトレイさんところの信者だ。気が強い性格だけど、基本優しい子である。

 

 つり目のお姉さんは、俺達の存在に気づくとツカツカと歩み寄ってきた。

 

「……こんなところに何しに来たの?」

 

 相変わらず険しい声である。ひどく嫌われてしまったようだ。

 

 めげない。めげないぞ、俺。

 

 とにかく低姿勢だ。気が立っている相手には低姿勢で臨む。

 

「いや、シュトライト教の素晴らしさに感銘を受けてたところです。ぜひ何かお手伝いをさせてもらおうかと」

 

 つり目のお姉さんは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

「あなた達、難民じゃないでしょ。着ているものを見ればわかる。家出よね?」

「そ、それは……」

 

 しょうがない。できるだけ嘘を交えずに説明するか。

 

 そこで俺はつり目のお姉さんにこれまでの経緯を説明した。

 

 両親との折り合いが悪く、家出同然に出てきたこと。

 多少の蓄えはあるが、貯金を切り崩す生活はしたくない。できればここのキャンプ場を使わせてもらいたいこと。

 生活の糧を得るため、職に就きたいこと。

 

 そして、働くのなら世の中の役に立つ仕事をしたいとアピールしたのである。

 

 お姉さんはやはり苦虫を磨り潰したような顔をしていた。

 

「俺は本気です。教会にお世話になりたいです。炊き出しとか、なんでもお手伝いしますから」

「……悪い事は言わないわ。両親の元に帰りなさい」

 

 お姉さんは、頑なにこの場から俺達を帰そうとする。

 

 手強い。

 

 まぁ、そりゃそうか。

 

 難民救済所。

 

 戦争で行く宛の無い人達のための救済制度だ。俺達が享受していいわけがない。

 

 だが、だからこそだ。

 

 俺は居住まいを正すと、お姉さんに向き直る。

 

「お姉さんが反対する気持ちもわかります。胡散臭くて信用できないとお思いなのでしょう。ですが、カミラの社会勉強も兼ねているんです。俺は兄として妹の成長を見守る義務がある。どうかお願いします。一生懸命手伝いますよ。最低限の衣食住を保証して頂けるなら、あとは何もいりません。少しでもお手伝いできたら嬉しいです」

 

 俺は頭を下げる。

 

「お願いします」

 

 カミラにも頭を下げさせる。

 

「だめよ。ぜったいにだめ。ここはあなた達が考え――」

「何を話しているのだね?」

「し、神父様」

 

 おぉ、神父様のご登場だ。噂の聖人ビトレイだよ。

 

 温和で、にこにこしている。

 

 ただ、笑ってはいるが、あれは真から笑っているわけではないな。

 

 俺達を値踏みしている?

 

 そんな目線をしていた。

 

 上から下まで舐めるように。

 

 俺達を泥棒の手先とでも疑ってるのか?

 

 少し不愉快になったが、まぁ元はやり手の社長さんである。甘いだけじゃない。厳しい面も持っているのだろう。

 

 つり目のお姉さんは、突然現れた神父さんに驚いている。

 

「それで、この人達がどうしたというのだね?」

「い、いえ、大した事ではありません」

「大した事がないかは私が決める。キッカ、説明しなさい」

 

 ビトレイ神父が、少し語調を強めて言う。

 

 すると、つり目のお姉さん、名前はキッカって言うみたいだね。キッカさんは最初は黙っていたけど、ビトレイ神父の圧力に負けたのか、しぶしぶ話し始めた。

 

「は、はい。少しばかり滞在したいと。ただ、ご両親のもとを家出してきたと言ってます。親元に帰すべきかと」

「キッカ、よいではないか。神は、戸を叩く者を差別はせん。家出をしてきたというのなら、それなりの理由があるのだろう。無下に断るべきではない」

「で、でも、ご両親が心配していると思いますし……」

「そうかもしれん。だが、もしやご両親から暴力を振るわれたりしたのではないかな?」

 

 ビトレイ神父が俺達のほうを振り向きながら、問う。

 

「は、はい。お恥ずかしながらそうです」

 

 絶壁から突き落とされたり、落雷を浴びたり、フグの毒を食べさせられたり、

 

 暴力を振るわれてたって言っていよね? うん、言いに決まっている。

 

「そうですか。それは辛かったでしょう。そういう事情でしたら、どうぞ教会へお越しください」

「いいんですか!」

「もちろんです。シュトライト教は、子供達の味方です」

「ありがとうございます。ビトレイ神父には色々お話を聞いて頂きたいと思ってます」

 

 早くためになる話をカミラに聞かせたい。

 

 できるなら全ての事情を話して、相談に乗ってくれたらいいけど。

 

 まぁ、それは欲をかきすぎかな。時期尚早だ。話す内容が内容だけに、まずは、神父との仲を縮めてからだね。

 

 これは楽しみになってきたぞ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話「カミラに友達を作ろう(前編)」

 俺達は、ビトレイ神父のご好意で教会に住まわせてもらっている。

 

 教会の敷地は広い。

 

 食堂、公園、宿泊室等、多岐にわたる。

 

 教会には多くの孤児達がいるらしいが、俺達は他よりも優遇されていると思う。

 

 お風呂には毎日入っているし、栄養価満点の食事が一日三食提供される。特に、カミラなんてお肌を磨くという奴なのかな、エステまがいの事までやってもらっているんだよ。

 

 まさにVIP待遇である。

 

 なぜ、これほどの待遇を?

 

 ビトレイ神父にはもちろん聞いた。ビトレイ神父曰く「親から虐待を受けてきた君達は、幸せになる権利がある」と。

 

 ……う、うん、嘘は言ってないよ。

 

 そう、俺はマキシマム家の闇をオブラートに包み、ビトレイ神父に懺悔室で相談にのってもらったのである。ビトレイ神父は俺の話を聞いて号泣。少し大げさで芝居臭かった気もしないでもないが、いたく胸を痛めたらしい。

 

 その結果がこの過剰な接待のあらましである。

 

 そう、誰が何を言おうと、俺達兄妹は虐待を受けていたのだ。

 

 ……罪悪感が芽生えたが、せっかくのご厚意だ。素直に受け取ろう――すみません、やっぱきついっす。

 

 カミラは、素直に享受しているようだけど、根が小心な俺には絶対無理。俺達にかかる費用があれば、どれだけの難民が救われると思っている!

 

 ビトレイ神父はまた外に出かけている。この件は、ビトレイ神父が戻ってきたら、話し合うつもりだ。

 

 あと、気になるといえば俺達に監視の目がついている事だ。信徒の何人かがローテで俺達の挙動を探っている。さりげなくわからないようにしているつもりだろうけど、プロの俺には丸わかりだ。

 

 監視ねぇ~。

 

 俺達の話を号泣して聞いてくれたビトレイ神父の差し金とは思いたくない。恐らく氏素性のわからない俺達を疑っている幹部の仕業だろう。

 

 多少、不愉快ではある。

 

 だが、俺達は新参者だ。仕方ないと割り切るしかないか。

 

 うんうん、せっかく噂の聖人と一緒にいるのだ。そんな雑事にかまけたくはない。俺はカミラの更生だけを考えてればいい。

 

 では、そのカミラはどうしているかというとだ。

 

 カミラは部屋の窓からぼんやりと外を眺めている。部屋の窓から見えるのは教会内の公園だ。カミラは、公園で遊ぶ子供達の様子を目で追っていた。

 

 そうだよな。

 

 カミラは引きこもりであった。同年代の子供なんて珍しいだろうね。

 

 うん!?

 

 その時、俺の頭に天啓が閃いた。

 

 そうだ。カミラに友達を作ろう!

 

 友達、友人、親友、フレンド、マブダチ……。

 

 言い方は多様にあるが、意味は一つ。

 

 この世界を平穏に暮らしたいと思うのなら、欠かす事のできない存在だ。

 

 人生、楽しい事もあれば辛い事もある。そんな時、親友がいたらどれだけ人生の助けになるだろうか!

 

 そうだよ。家族の愛情だけでは足りない。カミラを闇から救うには、多くの手助けが必要だ。友人の存在がきっとカミラのプラスになるだろう。

 

 カミラを見る。

 

 美少女だ。ビトレイ神父のご厚意のおかげで髪はツヤツヤだし、美しさに磨きがかかっている。

 

 カミラには、暗殺とは無縁の平穏な人生を歩ませたい。

 

 つまり、カミラに友人は必須だ。

 

 ただ、懸念がある。大きな大きな懸念だ。妹に友人を作ると言っても、言葉で言うほど簡単ではない。

 

 俺達一族は、半端ない身体能力を有している。小さい頃、病弱だったカミラでさえ一般人と比較すれば化物(チート)級だ。まぁ、ここでカミラを病弱の範囲に入れていいかは微妙だけどね。

 

 いや、やっぱり入れちゃいけない。人として、間違っている。

 

 とにかくだ。言いたい事は一つ。健全な生活を営むために、友人は欠かせない。

 

 では、どんな友人がよいか?

 

 希望を言えば、カミラを優しく包み込めるような母性溢れる人がいい。

 カミラを導いていけるような優しい子が傍にいてくれたらどんなに助かるか。

 

 もちろんリスクはある。

 

 カミラがうっかり友人を殺そうものなら目も当てられない。友人にも相応の強さが必要だ。

 

 理想は、カミラの攻撃をかるくいなしながらも、親しく説き伏せてくれるような存在だ……。

 

 いや、そんな子供いるわけないだろ!

 

 自分で言ってて悲しくなってきた。

 

 カミラのためを思い、カミラの攻撃から身を守る。

 

 そんな芸当ができるのは、今のところ俺だけだ。

 

 ……よし、妥協しよう。

 

 カミラの友人に強さはいらない。カミラの攻撃は全て俺が防ぐ。だから、カミラのためを思ってくれる優しい心さえあればいい。

 

 うん、その条件なら見つかるだろう。

 

 その代わり、俺は二十四時間片時もカミラから目を離せなくなった。

 

 カミラに友人ができるならそのくらいの労力、苦にもならない。

 

 やってやる。やってやるぞ。

 

 カミラの暴走は止めるとして、カミラと俺の身体能力を比較する。

 

 とっさの時に飛び出せる距離として、二、三メートル以内にはいたい。

 

 う~ん、それだと今度は別な問題が浮上してきたぞ。

 

 同じ年代、同じ性別のコミュニティだ。身内とはいえ、年上の異性がいつも傍にいては、友達もできにくいのではないか?

 

 子供達のコミュニティってそういうのシビアだし。

 

 どうしよう?

 

 このジレンマ。

 

 やっぱり、時期尚早かな~。

 

 それにだ。どんなに目を光らせていたとしても、どこかで友人と二人きりになる場面は出てくると思う。

 

 そうなった場合……。

 

 色々、シュミレートしたけど、危険、すべからく危険だ。

 

 やってみる価値は多分にはある。ただ、リスクは大きい。他の子を危険な目に合わせるのは忍びないぞ。

 

 ……少しテストしてみるか。

 

「カミラ、あの子達と遊びたいか?」

「遊びたい!」

 

 いつも通り、元気いっぱいに右手を上げなら肯定する。

 

 まず本人の意思を確認した。友人と遊びたい気持ちはあるようだ。

 

「カミラは、今まで友達と遊んだことがないよな」

「うん、ない」

「うまく付き合える自信はあるか?」

「大丈夫♪」

 

 ドンと胸を張るカミラ。

 

 自信、満々だな。

 

 なぜそこまで自信満々なんだ?

 

 俺は、不安で不安で恐ろしいというのに。

 

「兄ちゃんはな、カミラを信用したい」

「うん」

「じゃあ、質問だ。カミラは友達と遊んでいるとするぞ。遊んでいる最中におなかが空いたとする? どうする?」

()べる」

「だから()べるな!」

 

 思わず叫んでしまった。

 

 即答しやがって、少しは躊躇というものを……。

 

 はぁ、はぁ、はぁ、いかん、つい頭に血が登ってしまった。

 

 冷静になれ。論理的に、道徳的に諭してあげるのだ。

 

「カミラ、前にも言ったよな。うちと違って、世の子供達は、弱くてはかない。ちょっと力を入れただけで壊れてしまうって。だから、大切に扱わなければならないんだぞ」

「うん、そうだった」

「思い出したか。じゃあ、おさらいだ。子供は?」

「よわ~い!」

「そう、弱くて儚い存在だ。そんな子供達は?」

「大切にするぅ!」

 

 カミラが右手を挙げて元気よく答えた。

 

「そうだ。よくできたな」

「えへへ」

 

 俺が頭を撫でると、カミラが笑顔で答える。

 

「じゃあ、もう一度だけ聞くぞ。カミラが友達と遊んでいる時にお腹が空いたらどうする?」

「半分だけ()べる!」

「だから人として生きろって!!」

 

 思わずカミラにとび蹴りを食らわしてしまう。

 

 ま、まるで成長していない。

 

 安●先生、普通の兄妹したいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話「カミラに友達を作ろう(中編)」

 先日の問答で、カミラが友達と遊ぶのはとてもリスキーだと判明した。仲良しの友達がいきなり首チョンバーされようものなら、どれだけ悲劇が生まれるか……。

 

 思えば、カミラは殺し以外に趣味らしい趣味がない。

 

 まずは、一人で遊ぶ趣味を作ってあげよう。殺し以外にも興味が持てる何かが見つけられたら、それは、カミラ教育計画のひとまずの成果と言えるのではないか。

 

 うん、きっと、そうだ。習うよりは慣れろ。まずやれる事はやってみるのだ。

 

 そこで俺は、妹のために一人遊びができるようなおもちゃを市場で探し買った。人形やお手玉といった一般的な女の子が遊ぶ玩具である。

 

 買い物を終えると、カミラの目の前に買ってきた玩具を並べた。

 

「さぁ、お腹が空いたらこれで遊ぶんだ」

 

 カミラは、興味深げにそれらを観察している。

 

 いいね、つかみはオッケーかな。

 

「これ、どうやって遊ぶの?」

 

 カミラが玩具の中から手毬を持ち上げ、そう訊ねてきた。

 

 うむ、最もな質問だ。カミラは、生まれてこのかた玩具で遊んだことがない。当然の反応である。

 

「ふふ、どうやって遊ぶと思う?」

「えっとね、うんとね……」

 

 カミラは、頭をひねっている。

 

 いいね。まるで大人にクイズを出された子供が懸命に答えを出そうと頑張っている姿に見える。その様は、実に微笑ましい。

 

「わからないか。じゃあヒントを出そう。その手鞠は、よくはずむぞ」

「はずむ?」

「そうだ。弾力があって地面にぶつけると……ほら、もうわかったな」

「うん、わかった。手鞠を持って……」

「おぉ、そうだ。手鞠を持って、いいぞ。それから?」

「うん、そして……ぶつけるぅ!」

 

 そう言うや、カミラが近くの子供に向かって手鞠を投げた。

 

 神速で手鞠がかっ飛んで――うぉおおおおい!

 

 慌てて大跳躍した。

 

 瞬間最高時速百キロ以上、チータのスピードを超えた反射神経を披露する。

 

 すんでのところでボールをキャッチする事ができた。手鞠は、俺の手の中で高速に回転し、プスプスと焦げた音を出している。

 

 はぁ、はぁ、はぁ。や、やばかった。

 

 あやうくカミラがとんでもない過ちを犯すところだった。

 

「……カミラ、それはそうやって遊ぶ物じゃない」

「違うの?」

「あぁ、違う」

 

 もう少しで子供の頭が吹き飛ぶところだったぞ。

 

「じゃあ、こっちか」

 

 そう言ってカミラは、竹とんぼを持つと、そのまま子供に向かって投げ――。

 

「こっちに来なさぁああい!」

 

 俺はカミラの手を取り、その場を移動する。

 

 ここじゃだめだ。

 

 人気のない静かな場所を探そう。

 

 そうだった。周囲に人がいたら、カミラが暴走した時に困る。

 

 玩具の使い方を間違えて人を殺しました、なんて洒落にならない。

 

 ぶっちゃけ俺達家族の身体能力なら、竹とんぼ一つで人を殺せる。注意すべきだった。

 

 人のいない場所……。

 

 目を皿にしながら周囲を観察する。

 

 ここはだめだ。

 

 ここも人がいる。

 

 あぁ、ここもいた。

 

 どんどん人気のない方向へ進んでいく。

 

 そうして……。

 

 俺は、人っ子一人いない静かな山中まで移動した。

 

 ここなら大丈夫だろう。

 

「カミラ、今から遊び方を教えてやるからな」

「うん」

 

 カミラが興味深げに俺を見ている。

 

 俺は、玩具の中で手毬を取った。

 

「いいか、よく見ておけよ」

 

 俺は中腰になると、「アンタがたどこさ?」と民謡を歌いながら、手毬をリズミカルに弾ませる。

 

「……それだけ?」

 

 カミラはつまらなそうだ。

 

 確かに地味だが、これはこれで技術がいる。

 

「カミラもやってみな? できるかな?」

 

 挑発気味に言って、カミラに手毬を渡す。

 

「こんなの簡単だよ」

 

 馬鹿にされたと思ったのか、カミラは少し不満そうだ。口を尖らせる。

 

 カミラが手毬を受け取り、地面に手鞠を打つ。

 

 瞬間――。

 

 ボンと手鞠がものの見事に破裂した。

 

「なっ、難しいだろ?」

「あ、あれ、おかしいなぁ」

 

 カミラは面食らっている。想像と結果が異なっていたのだろう。

 

 勘違いするのは、無理はない。

 

 普段、俺達の周りの建物、食器は特別性の合金で作られている。例えば、一番軽いコップでさえ、五キロあるからね。

 

 マキシマム家の調子で行動していると、世間に出た時、痛い目に遭う。

 

 主に周りがだ。

 

 ……うん、これも早急に対応しないといけない事案である。

 

 今までカミラは外に出たことがなかった。

 

 パワーの調整も最低限は習っているだろうけど、外で生活できるほどではないだろう。

 

「カミラ、手鞠はこれだけある。割らないように注意してやってみろ」

「うん」

 

 案外、難しい事だとわかって少しはカミラの興味を引いたようだ。

 

 ダメ押しと行くか。

 

 俺は、マキシマム家一才能ある身体能力を駆使して、手鞠を弾ませた。

 

 手鞠が、殺人球のように弾む。地面が陥没し、ボコボコと穴が開く。それでいて手鞠は破裂しない。

 

 極限のバランス感覚で手鞠を打っているのだ。

 

 カミラはおぉ~と感嘆の声を上げている。

 

「お兄ちゃん、凄い! こんな遊び方があったんだね。面白そう!」

「そうだ。こんなの序の口だ。これは、遊び方の一端を見せたにすぎない。世の中には、カミラが知らない楽しい事がいっぱい、いっぱいあるんだからな」

「そうなんだね!」

「あぁ、家の中で殺しをやっているだけでは、絶対わからない事だ。あんなの全然つまらない事だからな」

「うん♪」

 

 カミラが頷く。

 

 よし、よし、よ~し。家の仕事を否定し、カミラも納得した。

 

 くっくっ、これは幸先いいぞ。

 

「さぁ、次はカミラの番だ。やってみろ」

「はーい!」

 

 元気いっぱいに返事をしたカミラに手毬を渡す。

 

 ここは、人気の無い山道だ。めったに人はこない。カミラの殺人球に巻きこまれる事はないだろう。

 

 安心してカミラを見守っていると、

 

 ん!? なにやら気配を感じた。

 

 五感を研ぎ澄ませて、気配の主を探る。

 

 遠くから獣の唸り声が聞こえた。

 

 犬、狼、いやもっと大型の獣だ。

 

 ……熊かもしれない。

 

 強化した聴力で、その足音をする。それはだんだんと大きくなっていく。

 

 カミラは気づいていない。せっかく熊騒動が落ち着いたと言うのに。

 

 熊と会ったら、カミラの癇癪が再燃してしまう。

 

「カミラ」

「な~に?」

 

 カミラは目線も合わせず、手鞠遊びに夢中になっているようだ。

 

「少し用事を思い出した。しばらくそれで遊んでいろ」

「はーい♪」

「二、三分で戻ってくるから。大人しく待ってるんだぞ」

「ほ~い♪」

 

 カミラ一人残す事に不安を抱いたが、緊急事態である。

 

 カミラの熊に対する執着は異常だ。

 

 ホッキョクグマと遊びたいから北極に行くなんて駄々をこねられたらたまらない。やっと機嫌が直ったばかりなのだ。

 

 だ、大丈夫。

 

 この前、()べたばかりだし、それほど禁断症状はでていないだろう。

 

 あそこは人気のない山中だ。めったに人はこない。カミラには、大人しくそこにいろと言い含めている。

 

 うん、問題ない、問題な……嘘はつけない。正直に言おう。本当は、さっきから不安でたまらない。

 

 長居はできないな。速攻で終らせる。

 

 俺は、ダッシュで熊のもとへ向かう。

 

 

 ――

 

 

 お、終った。

 

 熊騒動にケリをつけた俺は、カミラのもとへ駆け戻っている。

 

 カミラ、大丈夫だよな?

 

 一時間弱……。

 

 色々事情があったとはいえ、家を出て以来初めてカミラから長時間目を離してしまった。

 

 運悪く旅人が通ってカミラに……いやいや、悪い方向に考えすぎだ。ポジティブにいこう、ポジティブに。

 

 といいつつネガティブ思考に陥る自分に自己嫌悪してしまう。

 

 くそ、早々に戻るはずだったのに。

 

 誤算も誤算、大誤算だった。

 

 最近の熊は、野生のカンが鈍っているのだろうか?

 

 いかんともしがたい実力の差があるにもかかわらず、襲い掛かってくる、襲い掛かってくる。

 

 それも一頭じゃなくて群れでだからね。

 

 まぁ、それでも俺にかかれば造作もない。マキシマム家の血はマジで半端じゃないからね。一ダース単位で襲ってきても、ものの数分で片付ける自信はある。

 

 ツキノワグマ三十匹……。

 

 ここまでは想定の範囲だった。

 

 ただ、予想外な伏兵がいたんだよ。

 

 小熊だ。

 

 K・O・G・U・M・A!

 

 やられたね。母熊を守ろうと、いい感じにまとわりついてくるのだ。蹴飛ばすわけにはいかず、一頭一頭丁寧に巣穴へ戻してやったよ。

 

 この前、カミラに付き合って無闇に熊狩りなんてやったからね。自責の念もあって、乱暴にできなかったのである。

 

 うん、世の中なんとままならないことか!

 

 予想外の事態に備えるべきだった。リスク管理は大切ってこと。

 

 よく考えれば、小熊がいたから親熊もナーバスになって、襲ってきたのだ。あの場合は、カミラを連れて、こちらが立ち去るべきだった。

 

 熊の縄張りに入った俺らが悪かったんだし。

 

 軽率だった。

 

 自問自答、反省しながらカミラがいる山道へと戻った。既に日は暮れ、周囲は真っ暗である。

 

 カミラは、いない。でも、気配はするな。

 

「カミラ、いるか?」

 

 暗闇に向かって声をかける。

 

「お兄ちゃん、お帰り」

 

 林の裏側から返事が返ってきた。

 

 ん!? 移動したか。

 

 なぜ?

 

 ……まぁ、いいか。別にその場で手鞠を打っていなきゃいけない決まりはない。

 

「ただいま、カミラ」

 

 声のした方角へ移動する。

 

 カミラがいた。

 

 カミラは、ぽんぽんとリズミカルに手毬を弾ませていた。

 

 よかった。普通に遊んでいるだけだね。

 

 最悪の結果を想像してしまったが、杞憂だった。

 

 お! リズミカルにやれてるじゃないか。

 

 手毬は、等間隔ではずんでいる。

 

 うまくなってるぞ。

 

 力加減を間違えて破裂させてた時とは、大違いだ。

 

 カミラに近づき、肩に手をかける。

 

「カミラ、うまくなったじゃないか――っって、それ生首じゃねぇええええか!」

 

 カミラは、アンタがたどこさと手毬がわりに生首を弾ませているのだ。

 

 ア、アンタがた、まじでどこの人だよ?

 

 恐怖に歪んだ表情の生首につい話しかけてしまう。

 

「な、な、な、な、にがあった?」

 

 答えを聞くのが恐ろしい。

 

 通りがかりの商人を襲ったなんて聞こうものなら、ショックで卒倒しちゃいそうだ。問う口も自然震えてしまう。

 

「うん、お兄ちゃんが前に言ってた『せぃとうボーエイ』だよ。こいつボクの手毬を壊したんだ」

「壊したって、もう少し具体的に!」

「えっとね、僕がこいつの鼻の骨を折ったの。そしたらそいつ、置いてた僕の手鞠を壊したの!」

「だから、どうして首チョンバーしたんだ!」

「うん、だってそいつ僕の手鞠を全部壊したんだよ。持ってたのは破裂しちゃったし、代わりを見つけなきゃね」

 

 手鞠が無くなったから、生首を手鞠代わりにする……。

 

 どんだけサイコなんだよ。

 

 思わず天を仰ぐ。

 

 冷静だ。冷静になるんだ。

 

 まだカミラが悪いと決まったわけではあるまい。

 

 情状酌量の余地がないか、真相を究明するのだ。

 

「カミラ、なぜそいつを殴った?」

「僕をゆーかいしようとしたから」

 

 誘拐!

 

 そうとなれば話は変わってくる。

 

 俺は生首をカミラから受け取り、まじまじと観察した。

 

 俺の頭の中には、世界各国の賞金首リストが入っている。

 

 こいつは、そのデータベースに該当しない。

 

 犯罪者じゃないのか、あるいは下っ端で賞金がかけられていないのか。

 

 後者ならば!

 

 生首の胴体らしき死体を捜し、そのシャツをはだく。

 

 ん!?

 

 胸元に十字に団子がクロスした印を見つけた。

 

 このタトゥーは、見覚えがあるぞ。

 

 人身売買組織タンゴの構成員だ。

 

 なるほど。

 

 確かにここは人気がないとはいえ、タンゴの勢力圏といえば勢力圏だ。こいつらは運よく、獲物を見つけたと思って、カミラにちょっかいをかけてしまったと。

 

 それが最悪の運だとも知らずに……。

 

「お兄ちゃんがこういう時は無視しなさいって言ったから、最初は無視してたんだよ。そしたら、こいつ僕の手鞠遊びを邪魔してきたんだ。ひどいよね」

 

 その生首は、恐怖で顔が歪んでいる。

 

 そうだろうな。

 

 声かけた幼い子供がシリアルキラーだったのだ。

 

 どれだけ恐怖だっただろうか?

 

 バカな奴らだ。まぁ、犯罪人だから、それ以上の感情はないけどね。

 

 とにかくカミラにフォローを入れなければならない。

 

 手毬遊びを誤解しかねん。

 

「カミラ、手毬遊びは人でしちゃだめだからな」

「どうして? こいつがボクの手毬を壊したんだよ。ゆーかいしようとした悪人だよ。悪人なら()べていいんだよね?」

「うん、そうだけど、生首で遊ぶのはだめだ」

 

 人形遊びも禁止だな。下手をしたら、死体でやりかねない。

 

「ちぇ。じゃあ、あとは何して遊べばいいの?」

 

 カミラが純粋な目で尋ねてくる。

 

 残った玩具は、ダルマ落とし、剣玉、黒ヒゲ危機一髪……。

 

 どれも人間でやれそうなラインナップである。

 

「……もういいから、兄ちゃんと遊ぼうな」

「わ~い!」

 

 それから妹と組み手をした。

 

 ドカッ、バキッっと静かな夜に強烈な打撃音が響いていく。

 

 妹は容赦なく急所を打ち付けてくる。速くて重い、常人なら百回は即死しているだろう。相変わらず血の繋がった兄貴だろうと遠慮のない攻撃だ。

 

 いいんだけどね。これでも俺はマキシマム家一、才能あるみたいだし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話「カミラに友達を作ろう(後編)」

 ふ~昨日は散々だった。

 

 あれから自然破壊を繰り返しながら組手をさんざんやってのけた。カミラの荒ぶる血を抑えるために、どれだけ骨を折ったか。

 

 やっぱりカミラは一人にしておけない。たえず俺の監視下に置いておかないと。

 

 じぃ――っとカミラを見る。

 

 カミラは、部屋の窓から子供達が遊んでいる様子をぼんやりと眺めていた。足をプラプラと動かし、手持ち無沙汰の様子だ。

 

 少し落ち込んでいるようにも見つめる。

 

 ふむ、少し小言を言い過ぎたかもしれない。

 

 昨日俺は、組み手の後、命の尊さについて改めてカミラに説教したのである。正当防衛とはいえ、カミラは、人の命を軽視しすぎるからね。

 

 お兄ちゃんとのお約束も第二十条まで項目を増やした。

 

 組み手の最中はあんなに楽しそうだったのに、説教したらふてくされた。全てカミラの将来のため、成長を願っての事だけど、カミラ自身今の現状を窮屈に思っているのかもしれない。

 

「カミラ、ほらお手玉を教えてやるぞ」

 

 手鞠遊びだけじゃつまらないだろう。お手玉を教える。もちろん、人にぶつけてはいけないと徹底的に注意するのも忘れずに。

 

 カミラは、最初は興味深げにお手玉をしていたんだけど、俺が人にぶつけてはいけないと言うと明らかに意気消沈した。

 

 カミラの表情は暗い。

 

 このまま部屋に篭ってたら、陰気さが増すだけだろう。外の空気でも吸って気分転換するか。

 

「カミラ、お外に出かけようか」

「うん」

 

 俺の手を握ってトコトコとついてくる。

 

 うんうん、こうしていると本当に可愛い妹だよ。

 

 部屋を出て、教会の敷地にある公園へと足を運んだ。カミラが窓から見ていた景色だね。

 

 子供達が、元気に遊びまわっている。

 

 子供達の男女比率はほぼ半々。教会に住んでいる孤児達だけでなく、近隣住民の子達もいる。年齢層は、小学校低学年ぐらいだ。カミラと同年代が多い。

 

 同じ年頃の子供達が、珍しいのだろう。カミラは、きょろきょろとせわしなく目を動かしている。

 

「カミラ、あの子達と一緒に遊びたいか?」

「うん」

 

 カミラはコクリと頷く。

 

 遊びたいのに遊べない。

 

 俺が昨日大人しくしてろと説教したからだ。

 

 興味深げに彼女達を見ているのに、行動できない。

 

 寂しそうなカミラの横顔。

 

 それは、転校したての子供が友達の輪に入れず、放課後一人でいるシーンに酷似していた。

 

 やばい。俺は妹にそんな顔をさせるために家出させたわけではない。

 

 ……そうだな。監視していれば、カミラの暴走を防げる。

 

 俺がいれば、カミラは気兼ねなく子供達と遊べる。ここの子供達と遊んで仲良くなれば、カミラに友達、ひいては親友ができるかもしれない。それに例え友達になれなくても、カミラが同年代の子供達と遊ぶ事に意義があるのだ。

 

 それでこそ、人として生きてるよ。

 

 だ、大丈夫。俺が監視しているから。

 

「カミラ、俺とのお約束は覚えているか?」

「えっと、なんだっけ?」

 

 カミラが不思議そうに顔を傾ける。

 

 くっ、昨日の事なのに。もう忘れたか。

 

「思い出せ。お兄ちゃんとのお約束第一条だ」

「第一条?」

「そうだ。なんだった?」

「うんとね、子供は絶対に()べない」

「よし、よく覚えてたな。えらいぞ」

 

 そう言って、カミラの頭を撫でる。

 

 そう叱ってばかりではいけない。褒める時は褒めないとね。

 

「じゃあ、二条、三条も覚えているな。復唱してみなさい」

「は~い♪ 子供は、()べない。壊さない。(壊して)遊ばない」

「オッケイ、いいぞ。遊んで来い!」

「わーい、入れてぇ~」

 

 カミラが元気よく子供達の輪に入っていく。

 

 子供達は、突然、現れた見知らぬ子に少し驚いた様子だ。だが、それも一瞬のこと。カミラが同じ歳くらいの少女だとわかると、皆の緊張が解かれた。

 

 そして、女子の集団から一人女の子が歩み寄ってきた。おさげをした可愛い少女である。

 

 よし、第一村人――でなく子供がカミラを発見。接触してきたぞ。

 

「ねぇ、あなたお名前は?」

「カミラだよ」

「カミラちゃんね。私リリー、一緒に遊ぼう」

「うん」

 

 おさげの少女リリーはカミラの手を取ると、皆の輪にカミラを引っ張っていく。

 

 いいね、いいね♪

 

 他の子供達もカミラを見て、笑顔で迎え入れる。

 

 カミラは、目を見張る美少女だ。おかしな言動をせず、普通にしていれば人気者になるのはたやすい。

 

 案ずるより生むが易し。

 

 意外にやれているじゃないか!

 

 手を繋がれて引っ張られた時も、されるがままついていっている。

 

 うん、ちゃんと手加減も覚えているぞ。

 

 感心、感心とひとり頷く。

 

 俺もカミラに続いて子供達の輪に入ってもよかったけど、年が離れすぎている。俺が参加することで、彼らのコミュニティに不協和音が出てはまずい。

 

 彼らにカミラの兄だと軽く自己紹介だけしておき、俺は一歩引いた形でカミラを見守る。

 

 カミラは俺が教えた手鞠を披露していた。リズムよく手鞠を弾ませる。

 

 うんうん、生首じゃないぞ。普通に手鞠だ。その辺にいるガキの首をチョンバーして手鞠代わりにしなくてよかった。

 

 手鞠遊びを終えると、次にお手玉を披露している。

 

 お手玉は今朝方カミラに教えたばかりだ。だが、手鞠遊びで要領を覚えたのだろう、カミラは短期間でマスターした。

 

 お手玉七個が高速で空中を回っていく。

 

 ……下手なサーカスより上手だね。ジャグリングの世界選手権で優勝しそうな勢いだぞ。

 

 カミラにはやりすぎるなと釘を刺していたが、大丈夫かな? 引いてない?

 

 子供達を見る。

 

「わぁ、すごいカミラちゃん♪」

 

 杞憂だったらしい。まず、おさげの少女リリーが感嘆の声を挙げた。他の子供達も目を輝かせてカミラのジャグリングに次々と声援を送っている。

 

 よし、掴みはオッケーだ。

 

 そうだよ。美少女でかつ、こんなサーカスばりのパフォーマンスができる子が人気にならないわけがない。どんなに時代が変わっても、子供達の関心を引く要素は同じってことだ。

 

 それから……。

 

 カミラは新参者にもかかわらず、ずいぶん打ち解けてきた。

 

 皆がカミラを気にかけ、カミラに話しかける。

 

 カミラが皆の輪の中心にいる。ここの子供達が基本優しいってのもあるだろうけど、このポジションを得たのはカミラ自身の魅力のおかげだ。

 

 あのカミラが!

 生首を掴んでは興奮してたカミラが!

 軍隊を見ては突撃してたあのカミラが!

 

 普通に子供達と遊んでいるよ!

 

 感慨深げにその様子を見ていると、自然、目頭が熱くなる。

 

 いかん、いかん。

 

 うるっと涙ぐんだ自分を叱咤する。

 

 油断してはだめだ。カミラの暴走を防げるのは俺だけだ。

 

 まだ初日である。

 

 カミラがいつお腹が空いて暴走するかわからない。

 

 柱に背をもたれ、腕組みをしながらも厳しい視線でカミラを監視する。

 

 現在、カミラ達はブランコがある場所に移動し、そこで遊んでいた。

 

 少しばかり距離が離れたが、問題ない。俺の聴力は、ずば抜けている。ここにいても十分に会話を聞ける。脚力も桁違いだ。有事があれば、ロケット弾の如く駆けつけられる。

 

 耳を澄ます。

 目を凝らす。

 

 リアルタイムで子供達の様子が窺える。

 

 子供達は、新たにメンバーに入ったカミラのために、自己紹介をしていた。話題は尽きない。今は、自分達の家族の話をしているようだ。

 

「俺の父ちゃんは、兵士だ。昔は、王宮にも勤めてたって。強くて筋肉モリモリなんだぜ」

 

 イガグリ坊主の少年が指で鼻の下をすすり、へへんと自慢する。

 

 次に眼鏡の少年が立ち上がった。

 

「僕の父さんは、学校の教師さ。いつも難しい本を読んでいる。なんでも知ってて、すごく頭いいんだ」

「私のお姉ちゃんは……」

 

 順番に立ち上がり、子供達が自分の家族を紹介していく。

 

 兵士、教師、消防士、花屋……。

 

 普通だね。

 

 それがいい。それだからこそよいのだ。

 

 仮にこの場で殺し屋なんてのたまえば、ドン引きもいいとこである。

 

「じゃあカミラちゃん家は?」

 

 おさげの少女リリーが質問してきた。

 

 大丈夫か?

 

 馬鹿正直に話して、伝説の殺し屋マキシマム家だとばれたら大騒ぎになるぞ。

 

「うんとね、うんとね、パパとママとお兄ちゃん、お祖父ちゃんがいてね~」

「うんうん、それでお父さんはどんなお仕事してるの?」

 

 いかん!

 

 かなりきわどい質問だ。

 

 大丈夫か?

 

 カミラには一応、俺達が殺し屋である事は、秘密にするように言い含めてはいるが……。

 

「……えぇとね、うーんと……依頼を受けて、お金をもらっている」

 

 よし、ちゃんと約束を覚えているな。それでよし。

 

「へーそれって、どんな依頼なの?」

 

 くっ。このおさげの子リリーちゃん、突っ込んでくるなぁ。

 

 いや、まぁ、確かにそれじゃどんな仕事をしているかわからないけどさ。

 

「えっとね、殺――」

 

 いかん!?

 

 カミラがNGワードを発しようとしていた。

 

 すぐに止めに入らねば!

 

 大腿筋に力を溜め、爆発させた。稲妻の如くダッシュする。

 

「あ!? そうだった。それは、しゅひ義務だから教えられない」

 

 カミラのその言葉に駆け出した足を急停止させた。つんのめりそうになるが、慌ててバランスを取る。

 

 カミラの奴、俺の指示を覚えてた。

 

 うんうんやるじゃないか!

 

 カミラは、やればできる子。

 

「あ~それ知ってる。確か法務官ってお仕事の人がそういうのやるんだよな」

「そうそう、それだよ。すげー、カミラちゃんのお父さん頭いいんだ」

「うん、僕のパパは、頭がよくてすごく強いんだ」

「へ~頭いいだけじゃなく身体も鍛えているのか、文武両道だな」

 

 よっしゃああ! 乗り切った。

 

 いい感じに勘違いをしてくれた。

 

 嘘は言っていない。

 

 殺し屋にだって守秘義務はあるのだ。どう想像するかは人の勝手である。

 

 子供達は、カミラの父親が法務官の類だと思い純粋に賞賛した。法務官は、エリート連中が就職する中でも狭き門である。子供達もその辺の事情は知っているらしく、口々に褒め称える。

 

 カミラちゃんのお父さん頭いいんだって!

 

 まぁ、これも間違いではない。

 

 俺達の親父は、ただの脳筋ではない。頭は切れる。切れすぎるといってもいい。ありとあらゆる事象に精通している。

 

 それは森羅万象。

 

 人体の壊し方から、古今東西の武器の仕組み。部隊の統括、戦術の組み立て、枚挙に暇ない。

 

 これだけ物事に精通している者は、世に五指といないだろう。

 

 俺達の親父すげぇ頭いい!

 

 それは大いに同意する。

 

 ただ、俺の願いは、世間一般の常識と子育てにも精通して欲しかった。

 

 それだけが本当に悔やまれる。

 

 信じられないだろ?

 

 奴ら、生後まもない赤子を崖から突き落とすんだぜ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話「疑惑」

 カミラに友達ができた。

 

 おさげの少女リリーちゃんだ。彼女はカミラをいたく気に入ったらしい。しきりに、カミラのもとに遊びに行く。

 

 実に喜ばしい。

 

 カミラもカミラでリリーちゃんと遊ぶ事に抵抗がないようだ。普通にリリーちゃんと遊んでいる。時折、あぶなかっしい場面もあって冷や冷やするが、おおむね及第点と言えよう。

 

 うんうん、来てよかった。ここは、俺達にとって聖地であったよ。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 はぁ~そう百パーセント言えたらどんなによかったか。

 

 ここにきて数日……。

 

 俺のカンというか、もう誤魔化しきれなくなっている。

 

 聖人ビトレイ……。

 

 奴は聖人じゃないね。

 

 いや、わかりきった事を言っているのかもしれん。たださ、信じたかったわけよ。見たくない真実から目を背けてきた。

 

 でも、もう……無理だ。

 

 ここの施設は、慈善団体を唄っているくせに、妙に金回りがいい。神父もその幹部も醜く肥え太っていた。

 

 私財を投げうってでも、貧しい者を助ける。そんな姿勢ではない。困窮をよしとしながら救済しているわけではない。

 

 ビトレイ・グ・シャモンサキ……。

 

 もともとはやり手の会社経営者である。シビアな面もあって然るべきだとは思う。

 

 でも、シビアすぎだろ!

 

 教会の中、特に、神父の部屋! 豪華すぎんぞ。どれだけ金かけてんだよ。銭ゲバもろだしじゃん。

 

 はぁ、はぁ、はぁ、ちくしょう!

 

 もう信じるのは限界であった。俺は、裏付けを取るべく神父を少しばかり調査する事にしたのである。マキシマム家一才能ある俺にとって、教会のセキュリティーなどあってないようなものだ。

 

 あっというまに忍び込み、金庫の前に到着。

 

 金庫を見る。

 

 昔ながらのツーシークの鍵穴タイプだ。

 

 俺のピッキング技術はそこそこ。俺は殺し屋であって泥棒ではない。最新式の錠前は開けられないのだ。

 

 うん、このタイプなら……。

 

 針金を鍵穴に差込み、ちょちょいといじくる。

 

 カチリと音が鳴ると、金庫のドアがパカッと開いた。

 

 旧式でよかった。でなければ物理()で開けるしかなかった。さすがに金庫をぶっ壊したら目立ちすぎるからね。

 

 中には宝石に現金、そしていくつかの書類があった。

 

 宝石、現金は調査の対象外なので、書類を取り出す。

 

 ペラペラと書類をめくり中身を考察していく。

 

 ……予想通りだな。この神父さん、なかなかやりやがる。

 

 国からの援助金を着服してやがった。ちょっと書類を見ただけだが、使途不明金の移動が多々見受けられた。

 

 おっ!? こいつ、慈善団体を隠れ蓑にして、脱税までしてやがる。

 

 ふつふつと怒りが湧く。騙されたという感が強い。

 

 とにかく裏付けは取れたのだ。

 

 俺は書類を金庫に戻すと、そっとその場をあとにする。

 

 はぁ~やっぱりか……。

 

 俺の足取りは重い。

 

 陰鬱としながら部屋に戻ると、カミラが神父と一緒にいた。

 

「カミラ君、ここでの生活は慣れたかね」

「は――い♪」

 

 カミラが元気よく挨拶をしていた。

 

 脱税野郎が気安く俺の妹に声をかけてんじゃねぇ!

 

 こいつは、金儲けのために聖人の名を利用しているのだ。善人ぶってるその面をひっぺがしてやろうか?

 

 黒い感情が心を支配する。

 

「カミラさん、トリートメントの時間ですよ。こちらに」

「はーい♪」

 

 俺がビトレイ神父に手を伸ばそうとした、その時、麗しの美女ソフィアさんが現れた。どうやらカミラの髪のお手入れの時間になったらしい。

 

 相変わらず美しい。

 

 にっこりと笑みを浮かべるその顔は、天使そのものである。

 

「ソフィアさん……」

「あら、リーベルさん、そこにいらしたんですね」

「は、はい」

「ふふ、どうしたんですか? そんなに照れなくてもいいんですよ」

 

 ソフィアさんの天使の声に俺の黒い感情は、いつのまにか霧散していた。

 

 そうだよ。俺は何を考えていた。

 

 ビトレイを脱税で糾弾――いや、余計なことは考えるな。ぶんぶんと頭をふって否定する。

 

 シュトライト教の教示、いや、ソフィアさんの言葉を思い出せ。

 

 人の善を信じなさい。さすれば道はひらかれんってね。

 

 そう、ものは考えようだ。

 

 結果として、これだけの人を救ってるんだ。多少、ビトレイが私服を肥やしたからって、それがなんだ。人を殺して金を稼いでいるわけでもあるまい。

 

 脱税は糾弾すべき、それは青臭い主張のように思えてきた。黙認するべきかもしれない。

 

 いわゆる必要悪という奴だ。純粋な善意じゃなかったのはがっかりだけど、まだ普通だ。殺し屋一家よりはマシマシ。

 

 それにだ。真実は、誰にもわからないよ。

 

 例えば、脱税してまで金を稼いでいるのも、一人でも多くの子供達を養うためなのかもしれない。正義を振りかざしても、腹は膨れぬ。子供達のために、あえて汚名を被っているのなら立派だよ。

 

 ま、まだだ。まだ俺は信じるぞ。ソフィアさんの笑顔を思い出せ。

 

 俺は一旦、ビトレイの脱税については忘れ、真摯な目で神父を見つめる。

 

 余計なフィルターをかけてたら真実はわからない。

 

 ぎろりと神父の脂ぎった顔を見る。

 

 たらふく食っているな。節制してその分を貧しい人達に分け与えようとは思わないのか。

 

 いやいや違う。リーダーたる者、体力が大事だ。倒れたら経営も何もあったものじゃない。

 

 おぉ、そう考えれば幹部達のでっぷりとした肉つきにも一応の理由があるではないか!

 

 他にも俺が知らないだけで何か理由があるのかもしれない。なんたってあのソフィアさんがいる施設だ。あの大女優が全てを捨ててまでいる聖地だぞ。

 

「ソフィアさん、俺ここでの生活に満足しています。子供達が笑顔に溢れているこの場所を守りたい。だから、もっともっとお手伝いをしたいと思っています」

「あらあら、リーベルさんは本当に敬虔な人ですね。お若いのに感心します。ねぇ、神父様もそう思いません?」

「まことに。将来楽しみな若者です」

 

 ビトレイ神父とソフィアさんがふっふっと笑っている。

 

 なんだろう。この下卑た笑い。

 

 信じろ、信じるのだ。そう自分に言い聞かせても、ゲロ以下の臭いがプンプンしてきてたまらない。

 

 俺を称賛しながらも、二人の目が怪しく光っているのは気のせいだろうか。

 

 ソフィアさんは、似合っているからいいんだけどね。ビトレイ神父、てめーはだめだ。うん、やっぱり脱税野郎は、糾弾すべきだね。査察が入って、ソフィアさんや教会の子供達まで巻き添えになる可能性がある。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話「神父ビトレイの顔」

 今日は、難民のために炊き出しのお手伝いをする。

 

 昨日「もっと教会のお手伝いをしたい」と願い出たら、この仕事を仰せつかったのだ。

 

 すきっ腹を抱えた子供達を助ける。これ以上ない奉仕活動である。

 

 いいね、いいね。こういうのをやりたかったんだよ。

 

 ということで、ビトレイへの糾弾は一旦、中断。組織のトップが変わったら混乱するからね。せっかくのボランティア活動参加のチャンスを無駄にしたくない。

 

 そう思った俺は、炊き出しの材料を持ってカミラ、信徒達と一緒にキャンプ場へ向かったのである。

 

 そして、キャンプ場に到着。

 

「さぁ、着いたぞ」

「わぁい!」

 

 カミラのテンションが上がった。

 

 なんかわくわくしてるけど、勘違いしているんだろうな。

 

 今回は、誰も()べさせる気はない。

 

 キャンプ場には、難民の子供達であふれかえっていた。

 

 さっそく炊き出しの準備にかかる。

 

「いいか。こうやるんだぞ」

 

 カミラに粥作りの手本を見せる。マキシマム家一才能ある俺にかかれば、料理など造作もない。

 

 出汁の入れ方、材料の切り方等々、料理の基本を伝える。

 

 カミラは、興味深げにその様子を見つめていた。

 

 カミラは生まれてこの方、料理をしたことがない。俺の料理の御業に驚いただろう。この機会にカミラには料理にも興味を持って欲しいものである。

 

 うんうん、いい感じだ。

 

 我ながら会心の作である。大鍋には、ほかほかの粥に鰹節をまぶしてある。難民達は、飲まず食わずでさぞ胃を壊しているだろう。お腹に優しい、栄養のバランスを考えた一品である。湯気が立っていて、熱々だ。

 

「さぁ、できたぞ。あとは――」

「お兄ちゃん、食べていいの?」

「食べるな。これは子供達に配るためのものだ」

 

 カミラを窘める。

 

 まったく、カミラめ。やはりだ。まだ今回の趣旨を理解していなようだね。いい機会である。カミラには、ボランティア精神を一から教えるつもりだ。

 

 それから……。

 

 カミラに根気よく丁寧に教える。

 

 料理のイロハから、ボランティア活動の意義まで。

 

 カミラは、キョトンとした顔のままだ。

 

 ……理解したのか、していないのか。

 

 わ、わからない。

 

 サイコパスの心理って、どんな感じなんだろう?

 

 あ~くそ!

 

 頭をかきむしりながら、善後策を考える。

 

 どうしたらいいだろうか?

 

 集中して考えたいが、チラリと背後を見る。

 

 ……あいかわらず監視されているな。

 

 教会の信徒数人が炊き出しをしつつ、こちらの様子を伺っているのだ。

 

 気になるといえば、気になる。

 

 最近、うっとおしくなってきた。

 

 監視の数は増えているし、あからさまに外出させないようにしてきた。

 

 ビトレイめ……。

 

 もう奴の仕業で間違いないだろう。

 

 私服を肥やしているから、新参者に対し疑り深くなっているようだ。政府のスパイ、マルサの子供とか思われているのかも。

 

 なんていうかもう……。

 

 心の癒しは、ソフィアさんだけである。

 

 あぁソフィアさん。

 

 そういえば、ソフィアさんもここにきているんだよな。俺達より先行して炊き出しをしているはずだ。

 

 自分達のノルマは達成したし、ソフィアさんに挨拶してくるか。

 

 軽く後片付けをすると、ソフィアさんを捜しにいく。

 

 ソフィアさん、ソフィアさん……。

 

 ん!? あれは……。

 

 ソフィアさんを捜していたら、つり目の少女がいた。

 

 つり目の少女、名はマリアだ。マリアも炊き出しに来ていたんだね。

 

 マリアは、子供達のために粥を配っていた。親を亡くし傷心な子供達のために、時に励まし、時に抱きしめ接している。

 

 ふむ……俺達、いや、正確に言うと俺にはつっけんどんな態度だけど、こういう光景を見せられたらね。

 

 つい口元が緩んでしまう。

 

 色々悪口を言われて嫌な気分になった時もあったけど、もうどこかに消えてしまった。

 

 マリア、本当に子供が好きなんだね。口は悪いけど、心根が優しい子だ。

 

「お~い」

 

 俺は、マリアに向かって元気よく手を振る。

 

 こういう子とは仲良くしておきたい。多少、嫌われているけど、なんとか好感度を上げてみせる。

 

 俺がにこやかな笑顔を見せていると、マリアがこちらに気づいたようだ。

 

 こちらにつかつかと近づいてくる。

 

 相変わらず俺を嫌っているようだ。眉間に皺を寄せ、上唇を噛んでいる。極めつけは、目を細めて睨んでくるのだ。

 

 好感度ゼロだな。だが、負けない。

 

「マリア、おはよう!」

「……」

 

 元気よく挨拶するが、マリアは返事をしない。

 

 ま、負けるものか。

 

「マ、マリアはいつから来たの? 精が出るねぇ」

「……」

 

 俺は顔をひきつらせながらも、笑顔を崩さずに声をかけ続ける。

 

 マリアは睨んだままだ。

 

「あ、あの……」

「逃げろっていったのに!」

 

 マリアが突然、大声を出した。まるで今までの苛ただしさを凝縮して爆発させたかのようである。

 

 これは好感度ゼロどころじゃないね。マイナスだ。氷点下だよ。

 

「ねぇ、マリア。新参者を嫌うのはわかるけどさ。もう俺達は仲間だよ。いい加減に心を開いてくれてもいいんじゃない?」

「いいから聞け。アンタはどうでもいい。男なら自分の人生は自分で切り開け。不幸も死も自分の責だ。でもな、あの子が可哀想だ」

 

 マリアはカミラがいる方向を見ながら、せつなそうに話す。

 

「いや、可哀想って……何言ってんだ。カミラはここにきて友達もできたし、心身ともに成長している」

「ここはそんなおめでたいところじゃない。いや、地獄よ」

 

 マリアは悲壮な顔をして訴える。切実そのものだ。

 

 これはまさか……。

 

 マリアも知っているのかな? ビトレイが聖人じゃなく、ただの金儲け主義者だったってこと。

 

「地獄って……もしかしてマリア、ビトレイ神父が脱税とか小金を溜め込んでいるとか、そういう俗物的な事を指して言っているの?」

「アンタそれ知っているのか」

「うん、一応。でもさ、そんなに深刻に考える事かな。まぁ、ビトレイ神父は善人じゃなかったかもしれないよ。でも、それが何? 救われている人達がいるのなら、黙っているのが大人な対応じゃないか」

「ふっ、ふっ、ふっ。あっはははははは!」

 

 俺の説明を聞いていたマリアが突然、狂ったように笑い出した。ただ、可笑しくて笑っているわけではないようだ。その様は狂気を帯びている。

 

「あ、あの、マリアどうした――」

「リーベル、アンタおめでたいね。脱税? 着服? あいつは、そんな可愛いもんじゃない」

 

 マリアが真剣な表情で話す。

 

 言葉に熱を帯びている。

 

 嘘でも大げさでもない。

 

 これは事態は思ったより深刻なのかもしれない。俺の調査は、簡易的だったからね。ビトレイの悪事の底までは見つけられなかった。

 

「あ~じゃああの人、もっと腹黒い事考えてたんだ。うん、わかった。確かに危険かもね。じゃあクビにしよう」

「はぁ? アンタどこまで甘いのよ。クビってそう簡単にできるものじゃない。ビトレイには、多くの取り巻きがいる。国の上層部にも顔が効くんだ。手の出しようがない」

「いやいや、大丈夫。俺に任せて。俺も上層部に顔は効くから」

 

 俺が万事大丈夫の顔を見せるが、マリアは可哀そうな顔でこちらを見てきた。

 

「どこの貴族の坊ちゃんか知らないが、あまり世間を舐めるな」

「いや、舐めてないって! 俺ならまじでビトレイ一派を全員監獄にぶち込んでやれるよ」

「はぁ~家出中の坊ちゃんが何を言っているのやら」

「信じてないね。本当だから」

「リーベル、この国の出身でないお前が貴族の特権を行使しても意味がない。仮にできたとしても、上層部が全員いなくなれば、この施設をつぶす事になる」

「いやいや、確かに腐った奴らがいたかもしれないけど、心ある人もいるんだから。例えば、ソフィアさんを長にすればいい。彼女なら国とも折衝できるだろうし、子供達の事も考えてくれる」

 

 マリアは、俺の言葉に目を丸くする。

 

「はっ? あの女を長? 冗談だろ?」

「いや、本気だ。マリアこそ、なんで疑問形? 彼女しかいないだろ」

「あんたね、とんでもない勘違いをしている。あの男は最低のクソだが、それでもまだ――ひぃい!」

 

 マリアが俺の背後を見て叫び声をあげた。ガチガチと歯を鳴らし、震えている。後ろを振り向くと、ビトレイがにこやかな顔で佇んでいた。

 

 この笑み、やっぱりうさんくさいと思ってたけど黒だね。

 

 この目の奥にある殺気……。

 

 俺が今まで屠ってきた悪党と同じだ。ゲロ以下の臭いがプンプンと漂っている。

 

「リーベル君、マリアが何を言ったか知らないけど、誤解だよ」

「誤解? そうは思えませんけど」

 

 マリアは心底怯えている。これはビトレイが脅しているとみて間違いない。

 

 俺が鼻で笑うと、ビトレイもお返しとばかりに不敵な笑みを見せる。

 

「信じてくれないのかい? 悲しいなぁ。私達はあんなに心を開きあったのに」

 

 懺悔室での事を言っているのだ。今となっては、こんな奴に人生相談したのは人生の汚点である。

 

「警察に話します」

 

 俺がそう言うと、ビトレイが行く手を遮るように邪魔してきた。さらに、それを合図とするかのように俺達兄妹を監視していた連中もわらわらと駆けつけてくる。

 

 ふむ、どうしようか?

 

 蹴散らすのはたやすいが、こうも衆目があると目立ちすぎるかも。

 

「リーベル君、警察に行くのはよしたほうがいい。神の敬虔なるしもべとして悲しい惨事は引き起こしたくないからね」

 

 ビトレイが不敵に挑発してきた。

 

 おいおい、この俺相手に脅しだと? 貴様、自殺志願者か?

 

 うん、マリアの言う通りだった。

 

 ビトレイめ、これは脱税以上に悪い事をたくらんでいたようだね。

 

 このまま締め上げてもいいけど……。

 

 チラリとカミラを見ると、ビトレイの手下にナイフを突きつけられていた。断れば、刺すという意味らしい。

 

 なんてことだ。

 

 ビトレイの手下はニヤニヤとこちらを見つめている。

 カミラは、興奮した面持ちでこちらを見つめている。

 

 わくわく♪ わくわく♪

 

 そんな擬音がカミラの背後から見えてきた。

 

 さらに聞こえる。カミラの心の声が聞こえるよ。

 

『お兄ちゃん、これ()べてもいい?』

 

 もちろん、Noだ。

 

 こんな子供達がいっぱいいる場所で惨劇は起こさせないよ。

 

 ここじゃ人が多い。

 

 俺は、ビトレイに向き直る。

 

「わかりました。警察には行きません。でも、事情を説明してもらいます」

「いい子だ」

 

 ビトレイは満足げに頷くと、俺とカミラとマリアは、ビトレイ達に連れられて教会まで戻ってきた。

 

 教会に到着し、中の応接室に入る。

 

 ガチャリと内鍵を閉め、閉じ込められた。

 

「マ~リ~ア~いけない子だぁあああ」

 

 とたんに笑みを浮かべていたビトレイの顔が豹変した。今まで紳士面していた仮面を脱ぎ捨て、サディスティックな顔を見せてくる。

 

「ひぃひぃい!」

 

 マリアは、大粒の涙を流しながら、必死に後ずさりをしていた。

 

「マリア、なぜ裏切った。私の怖さは知っているよな?」

 

 ビトレイの顔には一片の情も見当たらない。ネズミをいたぶる猫のようにマリアを追い詰める。

 

「うっ、うっ。いや、嫌だ」

「くっく、怯えているな。い~ぞ、そうだ。その表情だ。聖人ぶっていると肩がこってしょうがない。マリア、お前は裏切り者だが、いい働きをした。さんざんいたぶって殺す事にはかわりはないが、多少は情けをかけてやらんでもないな」

「げ、外道……」

「くっくっ、そうだ。外道だ。外道の神父様さ。お前もよく知っているだろうに、なぜ私を裏切った?」

「……じ、地獄に落ちろ。はぁ、はぁ、この子に手を出したら呪い殺してやる」

 

 マリアがカミラを庇うように前へ進み出た。

 

「あ~はん♪ そうか、そうか。その子のためか。お前にそんな情があったなんてな。驚きだ。今までは黙認してきたのに、どういう風の吹き回しだ?」

「も、もう、うんざりなんだよ。餓死するよりマシだ。そう言い聞かせて我慢してきた。あんた達に売られたとしても、生きてさえいればって」

「そうさ。その通りだろ。奴らは私がいなければとっくに飢え死にしていたのだ」

 

 なるほどな。こいつは、難民を救うという名目で、裏で人身売買も手掛けていたのだ。救済と称し、見目麗しい子供達を探し、奴隷市場に売っていた。

 

 難民達には戸籍がないからね。やりやすかっただろう。

 

「で、でもね。もう限界よ。あたいより小さい子が、生きるために泣きながら耐えている姿が……あんたは屑よ、鬼畜の、人間の面を被った悪魔よ!」

「……言うではないか。泣いて媚びを売れば、助けてやらんでもなかったが、本当に死にたいらしいな」

「も、もう無理。この子の純粋な笑顔を見ていたら、私にはもう自分の心を誤魔化せない。この子の笑顔を曇らせる真似なんて到底できない。あんたのような屑に従うぐらいなら、死んだほうがマシだ」

 

 マリアがきっと睨んで叫ぶ。涙を流し、震えながらも巍然とした態度だ。

 

「ふん、やせこけて野垂れ死に寸前のところを助けてやった恩を仇で返すか!」

 

 ビトレイも金きり声を上げて怒鳴った。

 

 どうやらカミラの純粋な笑顔にマリアの心が動いたようだね。

 

 うん、なんとも心苦しい。

 

 その純粋な笑顔を見せていたカミラだが……。

 

 俺の袖をちょんちょんと引っ張って聞いてくる。

 

「ねぇ、もう()べてもいい?」

 

 その問いに殺人への忌避はまるで見当たらない。

 

 マリア、ごめん。中身は純粋な殺意なんだけどね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話「天使ソフィアの真実」

 ビトレイがマリアを脅すが、マリアは屈しない。震えながらもビトレイに反抗の意を示す。

 

「ふん、強情者が。最後の私の慈悲を蹴るか。まぁいい。さんざん楽しんだからな。元は取れたし、お前の代わりは見つかった。それも極上のな」

 

 ビトレイは、下卑た笑みを浮かべてカミラを見る。

 

 あ~なんて邪悪な顔なんだ。

 

 がっくりと肩を落とす。

 

 そうだよな。やっぱり極悪人確定か。それはわかってたさ。

 

 だが、これは酷い。

 

 裏づけも取れたし、俺のカンも告げていた。実際にマリアをいたぶる光景も目の当たりにもしている。

 

 だが、何か誤解があるかもしれない。人を恨んでも仕方がない壮絶な過去(トラウマ)があったとか。最後の最後まで信じたかった。

 

 シュトライト教の「人の善を信じなさい」って教示、かなり感銘を受けてたのに……。

 

 ビトレイの顔、これはアウトだ。弁護のしようがない。これは、自分の快楽のために平気で人を踏みにじる人相だ。

 

「屑野郎」

「くっくっ、何を言う? 私は社会の奉仕者だよ。望むものに望むモノを与える。ただ、それが誰にとってのかは……ご想像にお任せするがね」

「もうしゃべるな。貴様は殺す!」

「おほぉ! 殺すとはひどいなぁ。これでも私は世間に名高い聖人だぞ。私が死ねば、どれだけの人が嘆くと思っている。教会がつぶれ、孤児達が飢えて死んでもよいのかね?」

「お前が生きているほうが害悪だ。ふん、お前は必要ない。教会の運営は、万事そつなくソフィアさんがやってくれる」

「ソフィアだって?」

「あぁ、お前と違って本物の聖人だ」

「くっくっく、あっはははは!」

 

 俺がそう非難したとたん、ビトレイは突然腹を抱えて笑い転げた。

 

 よほどおかしいのだろう。ゲラゲラと品もなく笑う。ビトレイの取り巻き達もニヤニヤとにやけていた。

 

「何がおかしい?」

「くっくっ、これが笑わずにいられようか」

「だから何がおかしい! ソフィアさん以外にふさわしい人などいないだろうが!」

 

 ビトレイのカンのさわる物言いに苛立たしげに問い質す。

 

「くっく、そうだな。確かにその通りだ。私の後見はソフィアしかいない。おぉ、そうだ。せっかくの催しだ。ソフィアを呼んでこよう」

「お前、ソフィアさんに手を――」

 

 出すなと言いかけたが、やめる。

 

 うん、ソフィアさんにビトレイの悪事を認識してもらういい機会だ。あとでビトレイは悪人だったと非難しても、長年仕えたソフィアさんは信じないかもしれない。ビトレイは狡猾で悪事の尻尾を今まで出さなかったからね。

 

 マリアと俺の証言だけでは弱い。決定的現場を見せつけられたら、ソフィアさんも信じざるをえないだろう。ソフィアさんにビトレイの真実を知ってもらい、代わりに教会を運営してもらうのだ。

 

 もちろんソフィアさんが危ない目に遭う可能性は百パーない。ビトレイ達の戦力は把握済。俺が全力で守ってやる。マキシマム家一才能ある俺の実力を舐めんな。三秒でこの場を制してやるよ!

 

 そして……。

 

 しばらくしてソフィアさんが現れた。

 

 相変わらずお美しい。

 

 りんとした佇まい。金髪が光に当たってきらきらと輝いている。ソフィアさんが、天使の生まれわかりと言われても納得する。

 

 あぁ、ソフィアさん、ごめんなさい。

 

 少し怖い思いをするかもしれません。でも、今後の教会のため、ひいては子供達の将来のためなんです。これからビトレイの悪行を明るみにしますので、しっかり見てて下さい。

 

 罪悪感に苛まれながらも、決意は変わらない。

 

 ソフィアさん……。

 

 突然ビトレイに呼び出されて不安ですよね。でも、大丈夫、俺がついてる――って全然不安げじゃないじゃん! 

 

 ソフィアさんは、満面の笑みを浮かべている。しかも、呼ばれて当然のように堂々と闊歩してくるぞ。口角が上がっててすごく上機嫌だ。

 

 なぜ……あ、そうか。

 

 信頼する神父様からのお呼び出しだからね、そりゃ嬉しいか。

 

 くっ。それならば早く真実を教えてあげないと。

 

「ソフィアさん、聞いてください」

「あら、リーベルさん、どうしたのですか?」

 

 ソフィアさんは微笑みを浮かべたまま返答する。

 

 これからこの人の顔を曇らせてしまう。悲しい事だが、いたしかたない。

 

「ソフィアさん、信じられないかもしれませんが、聞いてください」

「はい、なんでしょう?」

 

 笑顔で返答をするソフィアさん。

 

 ちくりと胸が痛む。

 

 これから話す事で――いや、正義のためだ。

 

 俺は一呼吸すると、かっと目を見開く。真実を話すのだ。

 

「そこにいるビトレイは悪人です。奴は人身売買の手先でした。孤児達を売る外道なんですよ」

「あらま♪ そうなの? なんてこと」

 

 ソフィアさんが驚いている。

 

 そりゃそうだろう。長年信頼してきた人物が大悪人だったからな。

 

 ソフィアさん、ショックだと思います。だけど、落ち込まないでって――あれれ?

 

 なんか違和感がある。

 

「ソフィアさん?」

「はい♪」

 

 ふむ、いくらなんでも上機嫌すぎる。

 

 俺は、かなりコアな話をしたんだぞ。嘘だと怒り出すか、悲しくて泣き出すか、はたまた信じられないと困惑するか、そのどれかの反応だと思っていたのだが……。

 

 ソフィアさんの反応が予想外すぎる。それにだ。真実とはいえ、こんなに簡単に信じてくれるものだろうか。

 

「あの、ソフィアさん、聞いてましたか? そいつ悪人なんですよ」

「はい、ちゃんと聞いてましたよ。悪人なんですよね」

「え~と、ひょっとして信じてません?」

「まさか。信じてますよ」

 

 ソフィアさんは、信じてますと言ってニコニコと笑みを絶やさない。

 

 まぁ、信じないわけないか。

 

 チラリとマリアを見る。

 

 マリアの衣服は破れ、その顔は泣いて腫れていた。マリアがビトレイにもろ酷い目に遭わされているのは、一目瞭然である。

 

 う~ん、じゃあどういう事? ソフィアさんのこの態度はなんなのさ?

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、あれも()べていいよね?」

 

 カミラが袖を引っ張ってソフィアさんを指差す。

 

「カミラ、言っただろ。悪人じゃないと――」

 

 あ!

 

 その時、ストンと欠けてたピースがはまった。

 

 無意識に見て見ぬふりをしていた色々な記憶がすんなりと治まっていく。

 

「あ~え~っと、つまり、あなたもグル?」

「くっふふふ、あっははははは! おかしい。面白い。リーベルさん、あなたいい。凄くいいわ。本当そそられちゃう」

 

 天使から一変、ソフィアさんが禍々しい表情で高笑いを始めた。

 

「くっあっはっはっはは! ばかめ、やっと気づいたか。ソフィアは、私の娘だ」

「なっ!? 嘘だろ?」

「本当です。世間では認知されてませんけど、ビトレイは正真正銘、私の父です」

「あ、あ、そんな。でも、そうだとしても、どうして? 親子だからって悪事に加担する事ないだろ? 君は、女優として大成している。金も名誉もある。こんな金の亡者のような父親に従わなくてもいいじゃないか!」

「別に私は金なんて欲しくありません」

「ならどうして!」

「趣味です」

「趣味!?」

「えぇ、人の絶望を見るのが趣味なんです。私、何十本も映画に出演したんですけど、人が不幸になるストーリーが一番良い演技をしてたんですよ。性分なんですかね。見るのも演るのも大好き。でもね、そのうち飽きちゃって。だって、皆、大根なんですもの。やっぱり贋物はだめですね。そんな時です。お父様の裏家業を知ったのは! 天啓でした。だって、ここには本物の不幸があるんですもの! 私は最前列で、ありとあらゆる不幸を観れるんです。素晴らしいと思いません?」

 

 そう言ってソフィアは、恍惚とした表情を見せてきた。

 

「お、脅されているとかじゃなく本気、なの?」

「もちろんです」

 

 俺は信じられないといった表情でソフィアを見た。

 

「うふふ、その顔が見たかったんですよ! どうです? 信頼していたお姉さんが実は大悪人だって。ねぇ、今どんな気持ちです? ぜひ教えてください」

「……あ、悪夢だ」

 

 俺は頭を抱えてうずくまる。

 

「あっはははは、そうですか! 悪夢ですか。ふふ、ごめんなさい。リーベルさん、私に恋までしちゃってましたもんね。やっぱりショックは二倍ですか」

「なっ!? べ、別に恋してねぇ~し」

 

 騙されていた恥ずかしさもあいまってそっぽを向く。

 

 くっ、はずい。とてもはずいぞ。思わず中学生レベルの反応をやらかした。

 

「あははは。あんなにチラチラ私を見てて、それを言っちゃいますか」

「み、見てないもん。お空を見てただけだよ。じ、自意識過剰なんじゃない?」

「あ、ごめんなさい。私またリーベルさんを傷つけちゃいましたね」

 

 お、俺の心は…ブレイクハートだぜ。

 

 精神的ショックはでかい。足取りをふらふらとよろつかせる。

 

「くっくっ、笑わせてもらった。ずいぶんとお花畑な頭をしてるんだな」

「本当ですね、お父様。お嬢様育ちの私でもここまではありませんでした。一体全体どんなお花畑で過ごしたら、こうなるんですかね」

 

 二人はゲラゲラと笑い合っている。

 

 い、言いたい放題言いやがって。

 

 どんなお花畑で育ったかって?

 

 えっとね、人すら丸呑みする食虫花が咲き乱れているところかな。大型の野生動物もペロリだよ。あとは、一mgで成人男性を昏睡させるような強烈な毒素を吐き出す毒花もあるよ。今度、マキシマム家に遊びにおいでよ。特別コースで案内してあげる。

 

 あ~あ~あ~。

 

 くそ、くそ、くそぉおおお!

 

 その場にがくりと崩れ落ちた。

 

 なんてことだ。

 

 せっかくカミラの情操教育ができると思ったのに。

 

 ここは、俺の実家に負けず劣らずで地獄な場所じゃないか。

 

 俺の青写真がガラガラと崩れていく。

 

 別に下心とかじゃないけど、ソフィアといい感じになって。淡い恋が芽生えたりとか思ってたのに。

 

 こんな屑女だったとは……。

 

 どうして俺の周囲には、こうもろくでもない女がまとわりつくのだろう。

 

「お父様、さっそく始めましょう! 私、この時のためにカミラさんを磨きに磨いてきたんです。あぁ、こんなに綺麗な彼女がどんな風に壊れていくのか」

 

 ソフィアが嬉しそうに言う。

 

「ソフィア、まずは父さんからだ。久々の上玉、楽しむとしよう。くっくっ、この子を見てたらな。巡礼中も疼いて疼いてしかたがなかったのだから」

 

 ビトレイも嬉しそうに言う。

 

「ねぇ、お兄ちゃん、早く()べよう。()べよう!」

 

 カミラも楽しそうに言う。

 

 三人ともわくわくしすぎだ。少しは我慢を覚えろ。

 

 俺だけ、俺だけか。こんなにも絶望の淵に佇んでいるのは。

 

「逃げて!」

 

 あ、マリアもいたね。

 

 もう俺の心のオアシスは、マリアだけだよ。

 

「さてカミラ君、抵抗するなよ。してもいいが、痛い目にあうのは嫌だろ? 私は紳士だからな。初めに注意をしておく」

 

 カミラがじっとこちらを見てくる。

 

「ねぇ、もう()べてもいいよね? 僕、お腹が空いて空いてたまらないんだから」

 

 カミラが相当じれてきていた。俺が返事をしないからだね。

 

「くっくっ、あっはははは! こんな時にお腹が空いたか。前々から思っていたが、お前の妹は、頭が少しアレなようだな。事態をまるでわかっておらん」

 

 ビトレイが小馬鹿にしたように笑う。

 

 し、失礼な!

 

 俺の妹を馬鹿にしやがって。

 

 妹はただ快楽殺人(シリアルキラー)なだけだ。ち、ちょっと普通とかけ離れているかもしれないけど、長所だってあるんだぞ。

 

 じゃあ、それは何かって?

 

 え、えっとほら天真爛漫だ。

 

 明るい。その底抜けの明るさに救われる事だってある。

 

「ねぇ、お兄ちゃん、もう我慢できない」

 

 カミラは限界のようだ。もじもじと震えている。これ以上のおあずけは、無暗に惨劇を広げそうだ。

 

 わかった。わかったよ。このところずいぶん我慢させてたからな。こいつら情状酌量の余地無しだし、許可を出しても問題ない。

 

 ギルディィイイ!!

 

「カミラ、()べていいよ。今回は、思う存分()べなさい」

「わ~い♪ やった♪」

 

 俺の言葉を聞き、カミラは嬉しそうにバンザイした。その顔は、満面の笑みである。

 

 こんなことで笑顔にさせたくなかったが……。

 

 まぁ、俺もこいつらには、むかついている。カミラに便乗して俺もちょっと暴れちゃうか?

 

 純真な少年の心を弄んだ罪は重いぜ。

 

「さて、何を話し合ってたか知らんが、もういいかな。カミラ君には、さっそく抜いてもらうとしよう」

「あ~ずるい。お父様、私にも残してくださいね。お父様、お気に入りはすぐに壊してしまうから」

 

 はぁ~~~親子でなんて会話をしてやがる。

 

 おもくそ溜息をつく。

 

 ソフィア、俺の純情を弄びやがって。

 ビトレイ、さっきからエロ全開でうざい。

 

 抜く、抜く、相当溜まっているようだ。

 

 そうか、そうか、そんなに抜きたいか?

 だったら抜かせてやる。

 

「カミラ」

「は~い」

 

 カミラが右手を上げて返事をすると、トコトコと俺のもとへ歩いてくる。

 

「カミラ、せっかくのご要望だ。抜いてさしあげなさい」

「は~い♪」

「あら~リーベルさん、お兄さん自らそんな事言うの~。カミラさんが可哀想」

「くっくっ、まぁ仕方が無いさ。誰でも命は惜しい。私に媚びるのは良い心がけだ。さぁ、抜け!」

 

 ビトレイがでんと下半身を主張する。

 

 カミラは少しも動じずにトコトコとビトレイのもとに歩いていく。

 

 そして……。

 

 スパンとビトレイの腕がだらりと落ちた。

 

 カミラ、早速、()いたな。

 

 カミラは右手に白い物体を握っている。

 

 あれは、鎖骨部分か。

 

「ぎゃあああ!!」

 

 とたんビトレイの絶叫が教会に響く。

 

「い、痛い、痛い! な、なにが?」

 

 ビトレイが驚愕の眼差しでこちらを見ている。何が起きたのかわからなかったらしい。

 

 だが、カミラが血まみれの手の中に白い物体があるのを認識すると、ガクガクと震えだした。

 

 ビトレイは何をされたのか実感したようだね。

 

 実感したからこそ、痛みと恐怖は倍増する。

 

 ビトレイは、か弱い乙女のように泣き叫び始めた。

 

 ぎゃあ、ぎゃあうるさい。

 

 まぁ痛いのはわかるぞ。俺や親父なら綺麗に抜く事ができる。だが、カミラは未熟だから力任せだ。

 

「抜いてやる♪ 抜いてやる♪ えい、えい、えい」

「ぎゃあああ! いぎゃああ! や、やめ、やめて。ぐぎゃああ!」

 

 ビトレイは七転八倒し、脂汗を垂らしながら懇願する。

 

 カミラはそんなビトレイに気にもせず、どんどん骨を抜いていく。

 

 周囲はその光景にあっけにとられていた。

 

 マリアも、

 ビトレイの手下も、

 

 そして……ソフィアもだ。

 

 俺は、身動きできない空間をひたひたと歩き、ソフィアの下へと移動する。

 

 ソフィアは口を開けたまま、茫然としたままだ。

 

 おいおい、大女優がそんな間抜け面をしていていいのかな?

 

「あ~ソフィア、ねぇ、今、どんな気持ちだ? 狩られる獲物が、実は狩る側だったなんて、どんな気持ちだ?」

 

 ソフィアは応えない。

 

 うん、少し胸がすーっとしたかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話「マキシマム家の家訓」

「抜いてやる♪ 抜いてやる♪ えい、えい、えい」

「ぎゃあああ! いぎゃああ! や、やめ、やめて。ぐぎゃああ!」

 

 ビトレイの苦悶の声と、カミラの嬉々とした声が室内に響く。

 

 カミラの暴れっぷりに皆が驚愕している。ビトレイの悲惨な姿に恐怖を感じているのだ。絶え間なく続く男の絶叫を聞かされれば、どんなに胆の太い者でも恐怖に打ち震えるだろう。それが教主として絶大な権力を振るっていた男であればなおさらだ。

 

 ガチガチと歯が鳴り、生まれたての子鹿のように足を震わす者。

 冷や汗をかき、キョロキョロと目を泳がす者。

 

 誰もが怯えている。

 

 そんな中いち早く立ち直ったソフィアが、きっとこちらを睨みつけてきた。

 

「あ、あなた達、賞金稼ぎ?」

「あぁ、そうだ」

「ちっ、油断した。可愛い顔をして、とんだ食わせものだね」

「お前がいうか!」

 

 天使の顔をした悪魔が何をほざく。まさに「おまいう」である。

 

 呆れ顔でつっこむと、ソフィアがさっと後ろに下がった。なかなか俊敏な動きである。そう言えば、女優時代のソフィアは、スタントも自分でやっていたとか聞いたな。常人より運動神経はあるのかもしれない。

 

 とはいえ、所詮素人である。マキシマム家にとってはアクビが出るスピードだ。

 

「お前達、何びびってんだ」

「し、しかし、お嬢様……」

「相手はたかが二人だ。囲んで()っちまうんだよ!」

 

 ソフィアが手下に指示を出す。天使の美声から一変、ドスの効いた声だ。理を説き、恐怖を取り除く。

 

 ソフィアの声を聞き、凄惨な光景に我を失っていた連中が正気に返る。次々と懐からチャカを取り出し、俺やカミラにその銃口を向けてきた。

 

 さすがは天才女優。声に力がある。士気が少し上がったんじゃないか。

 

「ふふ、リーベルさん、形勢逆転ですね。いくらあなた達が殺しを生業とする賞金稼ぎでも、この数には叶わないでしょう」

 

 ソフィアが、ニンマリと笑みを浮かべた。もちろんこれまでのような天使の笑みではない。悪魔が乗りうったかのような嗜虐の笑みだ。

 

「ソフィア」

「なに? 命乞いしますか? だめですよ。許しません。お父様にあれだけの事をしたんですもの。きっちりお返しをしないと」

「違う、違う。形勢逆転って言ってたけど……本当にそう思うか?」

「ま、まさか」

「どうした? 人の心が読めるんだろ? わかるはずだ」

「そ、そんなわけあるか! これだけの拳銃に囲まれてありえない」

「へぇ~そう。そんな判断するんだ」

「うるさい。お前達、やっちまいな!」

 

 ソフィアが号令すると同時に銃撃音が鳴り響く。

 

 飛び交う弾火。ビュンビュンと弾が発射された。

 

 もちろん全て避けられる。銃口の向き、相手の視線、殺気の気配から打つタイミングは丸わかりだ。あとはそれを見計らって動けばいい。

 

 右に左に動き、弾を避けた。

 

 予想通り。こいつらただの悪党だ。プロのガンマンではないな。避けなくても、当たらない銃弾が多々ある。これならカミラでも大丈夫だろう。

 

 カミラは俺ほど対銃に慣れていないから、少し不安だった。集中砲火されたら、フォローに動く予定だったが、杞憂だね。

 

 カミラを見る。

 

 カミラはビトレイを盾にしていた。ビトレイを片手で持ち上げなら、銃の射線から自分をうまく外している。

 

 おかげでビトレイの身体は、穴だらけだ。もちろんすでに死んでいる。顔は最大限の恐怖でひきつっていた。カミラに骨を抜かれ、今は銃でさんざんに撃ちつくされたからね。

 

 ……悲惨だ。別に同情するわけではないが、カミラは躊躇ないから。

 

 まぁ、大悪党の末路にふさわしいのかな。

 

 それから弾を撃ちつくした奴から順番に手刀で昏睡させていく。背後に回り、バシィっと一撃である。

 

 一方、カミラは……。

 

 手刀を使うのは一緒なのだが、気絶させるのではなく首を刈りとっていく。悪党だからいいんだけど、もう少し自重して欲しいなぁ。

 

 そして……ソフィアを除く全ての悪人を懲らしめた。

 

 敵の被害は、十七人気絶、二十人死亡。内訳は、説明する必要もないだろう。二十人死亡を出したが、これぐらいで済めば恩の字――ってうぁあ!

 

 死亡が二十一、二十二人に増えた、さらに増え続けている。カミラが気絶した敵にとどめを刺しているのだ。気絶した悪党達の身体を起こし、その心臓を抉り取っている。

 

「カミラ!」

 

 そのあまりな光景に叫ばずにはいられなかった。

 

 カミラは俺の声を聞き、振り向く。

 

「うふふ、お兄ちゃんの言うとおりだったね。教会って楽しい!!」

 

 心底楽しそうにのたまう妹にどう声をかけたらいいのやら。二の句がつげない。

 

 とにかくまたカミラに誤解をさせてしまったようだ。カミラめ、完全に教会=戦場と認識しているぞ。

 

 はぁ~どうしてこうなるのやら。

 

 毎度の如く、頭をかかえる。

 

 くそ~こうなったのもこいつらのせいだ。

 

 敵の最後の生存者であるソフィアを睨む。

 

 ソフィアは、口をぱくぱくさせていた。まるで陸に上がった金魚のようである。

 

「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」

「あ、あ、あなた達、何者なの?」

 

 おいおい二度目の問いだぞ。そんなにショックだったか?

 

 気持ちはわかる。マキシマム家のチートは半端ないから。

 

「ソフィア、俺達は賞金稼ぎだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「何言ってんのよ! これだけの大惨事を引き起こして。それ以上に決まっているでしょうが!」

 

 ふむ、そうだな。並みの賞金稼ぎにこんな芸当はできない。

 

「ここまでの強さ……東家のイスカンダブ家、いや、ここはテリトリーじゃない。じゃあまさかマキシマ――」

「お、俺達の事はどうでもいいだろう。それよりお仕置きの時間だ」

 

 正体がばれそうになったので無理やりごまかし、ポキポキと拳を鳴らしながらソフィアに近づく。

 

「ま、待って。リーベルさん、ご、ごめんなさい。ゆ、許してください」

 

 ソフィアが地べたに頭を擦り付けてきた。哀れみの言葉を述べ、身体を震わせる。目には大粒の涙が溢れていた。さすが女優、泣きの演技も堂に入っている。

 

「……泣けば許される事じゃない」

「そ、そんな許して。私、死にたくない」

「そうやって懇願してきた者を、お前は許したのか?」

 

 ベタなセリフではあるが、これも形式美である。とことんおいつめちゃうよ。

 

「ひぃ。ごめんなさい。私、ひどい女でした」

 

 そう言って、ソフィアは何度も頭を下げ、土下座した。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃである。うら若き乙女が、恥も外聞なく懇願してきたのだ。傍目から見たら、俺が悪人みたいである。

 

「残念だが、お前の性根はわかってる。もう騙されない」

「本当です。嘘ではありません」

 

 ソフィアがじっとこちらを見つめ、よどみなく言う。

 

 すごいな。全然、心音にブレがない。

 

 こいつが性悪とわかってから俺は、ソフィアの心音、脈拍を聴いている。自慢の聴力を活かして余すことなくだ。人は嘘をつくとき、心音や脈に微妙な変化を生じる。それは、人間の性だ。

 

 ソフィアには、それがほとんどない。天性の嘘つき女だ。こんな事件がなければ、俺は一生ソフィアに騙されていただろう。

 

 ただ、ほとんど変化がないといっても、微妙に変化があるのは確かだ。

 

 見逃さないよ。マキシマム家一才能ある俺にかかれば、もはやソフィアの嘘は看破できる。

 

「嘘つきめ」

「信じてください――って信じる気ありませんね」

「うん」

「……わかりました。では、言い換えます。リーベルさん、こんなか弱き女性を殺したら寝覚めが悪いはずです。妹さんの教育にもよくありませんよ」

「うぐっ」

 

 この女、痛いところをついてきた。

 

 そう、俺はこの性悪女に人生相談していたのである。妹の情操教育のためにどうしたらよいか。殺し屋という事は濁しながら、妹が虫や小動物をいたぶる趣味があって困っていると。

 

 まぁ、今は虫や小動物でなく、それが人間だってソフィアにはばれたみたいだけどね。本質は、一緒だ。

 

「ね? リーベルさん、妹さんのあんな姿に頭を悩ませているんでしょ」

「そ、それは……」

 

 カミラは、なおも気絶している悪党達の息の根を止めている。彼らの心臓を抉っては、楽しそうに握りつぶしていた。

 

 このところ我慢させてたからな。がっつきすぎ。ドン引きだ。うん、非常に悩んでいる。とても十歳の子供がする事ではない。

 

「だったら、私を殺しても意味はありません。いや、妹さんの衝動は、ますます大きくなって害しかありませんよ。ね、だからやめましょう。お互い不幸になるだけですって」

「……わかった。殺さない。でも、まわす」

「えっ!? 今なんて?」

「だから、まわす」

 

 俺の言葉を聞き、最初はキョトンとしてたソフィア。だが、自分なりに言葉の意味を咀嚼したのだろう、みるみる喜色の表情に変わった。

 

「ふふ、わかりました。いいですよ。リーベルさんの好きにしてください」

 

 ソフィアがブラウスのボタンを外す。そして、どうぞとばかりに胸を突き出してきた。

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 素早くソフィアの背後に回る。そして、膝を曲げてソフィアの膝の裏に衝撃を加えた。前世で言う膝カックンである。

 

「きゃあ! な、何を?」

 

 ソフィアが悲鳴を上げ、前に倒れた。俺は、倒れたソフィアを仰向けにして、その両足首を持つ。それを脇の下に挟み込み抱えた。

 

 そして……。

 

「マキシマム家、家訓。神に仕える敬虔な信徒なのに、人の不幸が大好きだと言っちゃう奴は! 聖女失格であります」

 

 そう叫ぶや、ソフィアを回した。

 

 おら、おら、おらぁあああああ!!

 

 まわす、まわす。ソフィアを抱えたままぐるぐると時計回りだ。そう、いわゆるジャイアントスイングなお仕置きである。某テレビ番組のパクリだが、関係ない。ここは、パラレルワールド。著作権もなければ、うるさい市民団体もない。

 

 もうね、純情な男を騙すような奴は許さないよ。

 

 殺しはしないが、徹底的に回してやる!

 

「や、やめて。ひ、ひぃいいい!」

 

 ソフィアが悲鳴を上げた。手加減しているとはいえ、マキシマム家のジャイアントスイングである。生きた心地はしないだろう。

 

 ソフィアの悲鳴、懇願。うん、今度は嘘じゃない。本気で助けを呼んでいた。よし、この調子で、本気で悔いるまで、とことん回してやろうじゃないか!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話「教会の再生と、新コンビ誕生」

 ソフィアが口から泡をふいて気絶している。手加減したとはいえ、マキシマム家直伝のジャイアントスイングを受けたのだ。当分、目を覚まさないだろう。

 

 さすがに殺しはしなかった。極悪人とはいえ女性だ。妹の前で、女性をぬっ殺すような真似はしない。しゃくに触るが、ソフィアの言う通りである。女性を殺したら、妹の情操教育に悪影響が生じるからね。

 

 さてと!

 

 パンパンと手についた埃を叩き落して、立ち上がる。

 

 あとはこいつを警察に突き出して終わりだ。ソフィアは、初犯とはいえビトレイの悪事の片棒を担いだ極悪人である。死刑、少なくとも終身刑は免れまい。

 

 これで被害者も浮かばれる。

 

 ふぅ~満足だ。一息ついて周りを見渡す。

 

 カミラも一息ついていた。死体に腰かけて、生首を空中に掲げて回している。久しぶりに暴れられて満足げな様子だ。

 

 死体を弄んで……教会で不謹慎極まりない態度である。だが、ま、まぁよし。

 

 ここは、教会であって教会でない。悪の巣窟なのだから。

 

 そういえば、マリアは……?

 

 お仕置きにかまけて忘れていたよ。

 

 マリアは、部屋の隅に移動して怯えている。つり目の目から涙がぼろぼろとこぼれているし、身体は小刻みに震えていた。

 

 無理もない。

 

 心臓を素手で潰すような子を前にしたら誰でもそうなるよね。

 

「落ち着いて。もう大丈夫だよ」

「た、助けて。殺さないで」

 

 うん、俺も怯えられている。

 

 安心させるために極力優しい声を出したはずなのに……。

 

 なぜ?

 

 俺はカミラと違って誰一人殺してないぞ。皆、気絶させただけだ。武闘派なマキシマム家の中で、唯一の穏健派なのに。

 

「マリア、大丈夫だから」

「い、いや!」

 

 うん、取り付く島もない。

 

 これは、カミラだけでなく俺にも原因があるみたいだ。

 

 可能性を探るに……。

 

 チラリと横を見る。

 

 ソフィアが泡をふいて気絶していた。白目を剥いて、その顔は恐怖で引きつっている。顔だけは、顔だけは極上の天使だった、ソフィアの顔は見る影もない。

 

 うん、これだ。

 

 ソフィアは、恐怖から「やめて、助けて」と懇願していた。そんなソフィアに少し容赦なかったかもしれない。

 

 ふむ、裏切られたせいか、俺は相当頭にきていた。地獄の使者、閻魔様の如く、ジャイアントスイングをかましたもんね。

 

 ソフィアはもちろん、見ていたマリアも恐怖したに違いない。

 

「マリア、聞いてくれ。これには事情が――」

 

 マリアがいやいやと後ずさりする。

 

 殺さないでという意思表示だろうが、もちろんだよ。

 

 マリアは、子供のために巨悪に立ち向かう勇気を持っている。そんな良い人は、世界の宝だよ。死なせたりするものか。

 

 俺は「大丈夫だから」と手を差し出し近づくが、その分マリアが離れていく。

 

 よ、よし。

 

 ここは一旦引こう。

 

 今は何を言っても無駄のようだ。

 

 マリアが落ち着いてから、話しをすればいいさ。

 

「カミラ、引き上げるぞ」

 

 カミラに声をかけるが、カミラがいない。

 

 あれ? どこいった?

 

 悪党の死体を弄んでいたカミラがいつのまにか消えていた。

 

 どこに?

 

 ぐるりと首を回転させる。

 

 ん!?

 

 いた。

 

 カミラは、とことことマリアに向かって歩いていく。

 

「カミ――おぉ!」

 

 カミラは、休憩も終わりとばかりにマリアに飛び掛ろうとしていた。

 

「やめろぉおお!」

 

 すぐにカミラにとび蹴りを食らわす。

 

 危機一髪である。

 

 カミラは、マリアと反対側の壁に勢いよく吹き飛んだ。衝撃でパラパラと埃が舞い落ちる。

 

 こら! だれかれ構わず()べようとしない。この人は()べちゃだめ! 悪人と善人の区別をつけろと何回言えばわかる!

 

 さて……。

 

 マリアは、俺が妹に躊躇なくとび蹴りを披露したせいかますます怯えている。

 

 もう説得は無理だね。さっさとずらかろう。

 

 壁に激突して気絶しているカミラを抱っこし、そのまま部屋を後にする。ドアを開け外に出ると、ファンファンとベルが鳴り響いていた。

 

 どうやら警察のお出ましのようである。足早に数人の警察官が駆け寄ってきた。近所の誰かが通報したのかな。

 

 まぁ、あれだけ騒ぎを起こせばね。

 

 それじゃあ、まずは事情聴取に協力するか。

 

 殺人許可証を懐から取り出し、駆けつけた警察官に見せる。

 

 警察官の驚いた顔。伝説の暗殺一家を目の当たりにして、目を白黒させている。毎度の事だね。

 

 それから……。

 

 ビトレイの悪事は、明らかになった。

 

 殺人、人身売買、脱税……。

 

 聖人として名高いビトレイの不祥事に、周囲は驚愕している。ビトレイの名声は一気に地に落ちた。悪事に加担した幹部達は、全員お縄になったのである。

 

 ビトレイの下で甘い汁を吸っていた連中にようやく天罰が下ったのだ。

 

 ただし、教祖を始め、教会を運営する幹部が軒並み逮捕されたから、当初は教会も揺れに揺れた。指導者の欠如、脱税による超過金、被害者への補償が教会経営に重くのしかかったのである。

 

 ビトレイ達は自業自得だが、住んでいる孤児達に罪はない。

 

 孤児達の住む家がなくなろうとしている。

 

 そんな状況を打破するため、マリアを筆頭に見識ある人達が教会存続に動き出したのである。資金については、ビトレイの奴が裏でかなり溜め込んでいたから、もっけの幸いであった。国に没収される前に教会運営に使わせてもらった。

 

 ビトレイが守銭奴だったおかげである。これだけあれば、十分にやっていける。うんうんある意味、ビトレイの奴、死んで初めて孤児達の役に立ったじゃないか。

 

 そして、ビトレイに変わり、教会代表はマリアが務める事になった。教会存続のため、いや、子供達のために必死で頑張ったマリアが相応しいと周囲から推薦されたのである。

 

 俺も大賛成だ。協力を惜しまなかった。ビトレイが持っていたあらゆる権利をマリアの名義に変えてやったよ。マキシマム家の権利を行使したね。権力は、こういう時に使わないと。

 

 教会のトップは、清廉でなければならない。マリアなら安心である。

 

 

 

 感慨深げに教会を眺めた。子供達が教会の敷地で元気に遊びまわっている。こころなしか皆、以前よりも明るい気がするね。

 

 素晴らしい。

 

 じっとその様子を見つめていたら、教会代表のマリアがこちらに気づいたようだ。笑顔でこちらに手を振ってくる。

 

 うん、実に素晴らしい。

 

 ビトレイ粛清直後は、あんなに怯えられていたけど、今ではマブダチだからね。教会存続のため、子供達のために頑張ってきた。そんな俺達はいわば同志だから。

 

 マリアが笑顔で手を振り、俺も手を振りかえす。子供達のために頑張った人達だけにある暖かな空気が、そこにはあった。

 

 いいね!

 

 ただ、そんな幸せな瞬間は、長くは続かなかった。マリアが俺の背後にいる人物に気が付いたからだ。

 

 マリアは露骨に嫌な顔を示す。

 

 ふ~そうだね。わかる、わかるよ。俺にはマリアの気持ちが十分に理解できる。なんでそいつがいるのって事でしょ。

 

 チラリと背後を見る。

 

「リーベルさん、リーベルさん♪ 早く悪人を懲らしめに行きましょう!」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お腹空いた。あれ、()べていい?」

 

 振り返ると、左後に金髪の美女ソフィア、右後には、幼くも美しい銀髪の美少女カミラがいる。両手に花だと思う人もいるかもしれない。

 

 街に入れば、ヒューと指笛を吹いて野次を飛ばす連中もいるだろう。やっかみを受ける事は、確実だ。

 

 くそ、どうしてこうなった!!

 

 そう、カミラはいるのは当然として、なぜか極悪犯人のソフィアが同行しているのだ。

 

 俺は、マリアの視線にいたたまれなくなって、その場をそそくさと移動する。

 

 あ~どうしてこんな。

 

 まぁ、俺のせいだけどね。俺が教会存続ばかりにかまけてたから。この女のポテンシャルを舐めてたよ。

 

 そう、ソフィアは、精神疾患を理由に刑を免れたのだ。大女優だったソフィア。ソフィアの色香に惑い鼻を伸ばしていたとはいえ、マキシマム家一才能ある俺を籠絡したその手口。口八丁で裁判官を手玉に取るのは造作もなかっただろう。

 

 で、でだ。

 

 俺が保護監察官としてソフィアの面倒を見る事になった。経緯は色々あったが、今はしゃあないと思っている。他の奴に、この毒婦は任せられない。もう俺が立候補しちゃったよ。

 

「あぁ、早く悪人達の絶望に染まった顔が見たいです」

「僕も、僕も!」

 

 ソフィアが恍惚とした表情で話す。カミラが、殺人欲旺盛に話す。ある意味、似た者同士だ。

 

「カミラ、新しいお約束だ」

「はーい♪」

 

 カミラが元気よく右手を上げる。

 

「いい返事だ。よく聞け。カミラが、どうしてもどうしても()べたくなった時、我慢がどうしてもできなかった時はな、ソフィアを()べなさい」

「はーい、ソフィアを()べる」

「よし」

「よしってなんなんですか!」

 

 ソフィアが目を剥いて怒っている。恍惚とした表情から一変、信じられないといった表情を見せてきた。

 

「そのままの意味だぞ。カミラの禁断症状(さつじんしょうどう)で周りに迷惑をかけるわけにはいかないからな」

「リ、リーベルさん、前にも言いましたよね? 女性を殺すなんて、妹さんの情操教育の妨げになりますよ」

「いや、もう無理。も~う限界だ。お前をか弱き女性と思うなんて無理があるだろうが! なんだ、あの手口はよ! あの罪状でよく無罪を勝ち取れたな」

「そんな事を言われましても。私はただ死にたくなかっただけですよ。刑を確定させたのは裁判長なんですから、不平を言うのは裁判長にしてくださいよ」

 

 こ、こいつはぬけぬけと。

 

 裁判官、傍聴人、全てを手玉に取って罪を逃れやがった。あと少し教会存続の道が遅れていたら、俺が裁判に介入できず、まんまと国外に逃亡されていただろう。

 

「とにかくだ。お前はもう女性とは思わない。これから少しでも悪事を働こうとしたら、躊躇しないからな」

「うぐっ。そ、そんな。私は改心したんですよ。だから、ね?」

 

 そう言って、ソフィアが甘い吐息を漏らす。だが、無駄だ。もう惑わされないぞ。今の俺は、漫画やラノベによくいる鈍感系主人公と言ってもいいだろう。

 

 俺はソフィアを無視して、カミラに向き直る。

 

「カミラ、それじゃあ新しいお約束の復唱だ。カミラがどうしてもどうしてもお腹が空いた時、どうしても我慢できない時、どうする?」

「は~い♪ ソフィアを()べる!」

「よし、よく覚えたな。えらいぞ」

 

 俺はカミラの頭に手をあててなでなでする。

 

「えへへ」

 

 カミラは嬉しそうに、されるがままだ。

 

「――って、なんなんですか! なにいい兄妹しようとしているんですか。冗談じゃありませんよ。私をなんだと思ってるんですか!」

「そうだな。お前はカミラの――非常食だ」

「はぁ――ぁあ! なんなんですかぁあ!」

 

 ソフィアが絶叫するが、気にしない。性格破綻者の連れが増えたのだ。これくらいの役得がないと、やってられん。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話「バイトを探そう」

「チョンパー! チョンパ!」

「うふふ、昨日までは、暗黒街の頂点に立ってたのに……哀れですね。あなたが生涯を懸けて作った組織は一夜で壊滅ですよ。今、どんな気分ですか?」

「て、てめぇ。はぁ、はぁ、ぶち殺す。はぁ、はぁ。くそ、なんでこんな目に……」

「くふっふふ、なんですかぁ~それ? 怒りですか? 絶望ですか? はっきりしてくださいよ~」

 

 カミラが生首を持って走り回る。ソフィアが倒れている暗黒街のボスの傍らで悪魔の如く囁く。

 

 そう、俺達一行は、旅の傍ら悪党達を狩っている。旅の路銀稼ぎと、カミラの禁断症状を抑えるためだ。

 

 これまで大小合わせて二十もの犯罪組織を壊滅させた。通常、何年もかかってやっと一組織潰せるかどうかが基本の世界。我ながらなかなかのハイペースだ。賞金稼ぎとしては正しいのかもしれないが、まっとうに生きる者としては、明らかにバッテンである。

 

 やばい。とてもまずい傾向だよ。

 

 カミラが暴走し、ソフィアが煽る。逆にソフィアが煽り、カミラが暴走する。二人を引き合わせた事で、トラブルが倍増だ。

 

 こいつらは、混ぜちゃだめな奴だった。以前よりも世直しする率が高い。

 

 今日もまた街を仕切っていたギャングを壊滅させた。田舎とはいえ、数百のゴロツキを従えた中堅どころのギャングをである。警察も下手に手を出せなかったイケイケの武闘集団なのに。

 

「「きゃはははははは! 楽しい!!」」

 

 人格破綻者コンビが高らかに笑っている。

 

 うん、もうやめてやれ……。

 

 ボス涙目じゃないか。

 

 麻薬と暴力でのし上がった誰もが恐れるボスが、哀れな老人のようだ。

 

「ほら、もう行くぞ」

「え~もっともっと、()べたい!」

「そうですよ。これから、これからが本番なんですから。とことん心の奥深くまで抉ってあげます。彼のアイデンティティーが崩壊するのは、見ものですよ♪」

「いいから来い!」

 

 二人の腕を掴み、強引に引っ張っていく。

 

「あ、あ、あ、もっと()べたいのに」

「いや~ん、リーベルさんのいけず」

 

 二人がぶーぶー不平不満を言うが、無視だ。

 

 さっさとこの街を出よう。後の事は、警察に任せておけばよい。

 

 本来、ここまで賞金稼ぎをするつもりはなかった。

 

 だが、旅をする軍資金が足りないのだ。

 

 ソフィアは、財産を没収されて一文無し。

 

 俺は、実家からがめてきた宝石等の貴金属があったのだが、全てマリアに援助してしまった。これから孤児達を育てていくのに、いくら金があっても足りないだろうから。苦労ばかりしてきたマリアへのせめてもの餞別だ。

 

 奮発しちゃったよ。

 

 それはいい。後悔はしていない。お金は、役に立ってこそなんぼだ。この場合、マリアが使ってくれるのが、子供達の、ひいては世の中のためだ。

 

 もちろん全額援助したわけではない。ある程度現金も残していたのだが……。

 

 チラリと二人を見る。

 

 こいつらが行く先々でトラブルを引き起こすから、補填でいくらお金があっても足りはしない。賞金首を狩っていかなければ、ニッチもサッチもいかないのだ。

 

 一応実家に泣きつけば、援助はいくらでもしてもらえると思うよ。俺の家は、イカれているが、その分金は唸るほど持っている。でも、それだけはしない。俺は、そういう実家のシガラミを失くすために家を出たのだから。

 

 ただ、こんなに殺しばかりさせてたら、実家を出てきた意味がないよな~。これじゃ、両親に言ってた武者修行そのままじゃないか。とりあえず家を出るための方便が現実になってきている。

 

 くそ。これからどうしよう?

 

 カミラ達には、大人しくさせておいて俺だけ稼ぎに行くか。

 

 いや、この二人から目を離せない。目を離したが最後、どれだけ無辜の民に犠牲が出るかわからない。

 

 じゃあ、このメンバーで何ができる?

 

 ソフィアは、基本、なんでもできそうではある。だてに嘘で飯を食ってきたわけではない。ただ、その性質がイッているのが問題なだけだ。

 俺は、生まれてこの方殺しの技しか磨いてこなかった。特技といえば、殺しの技術だ。暗殺レベルで言えば、十段階で七から八ぐらいある自信はある。腐っても、あのマキシマム家でみっちり修行をしてきたのだ。この技術を売り込めば、その手のところでは、引く手数多だろう。ちなみに十段階で百とか千を叩き出す親父や祖父ちゃんは別な。かといって殺しは、絶対にしたくない。傭兵、ボディガード、護衛、全部だめ。

 

 あ、格闘技の先生はいいか。いっそ流派を作る!?

 

 いや、だめだ。あのぶっそうな殺人技の数々を世に広めたくはない。第二、第三の化物を産むとなるとぞっとする。

 

 そうなると前世の知識を利用するか?

 

 マヨネーズやダイナマイトを作って、一儲けって奴だ。

 

 でも、どうやって爆弾を作るの? マヨネーズって、原料なんだっけ?

 

 前世俺は一介の学生であった。バイトぐらいはしていたが、それだけである。前世の知識を利用しようにも、表層のうすっぺらい知識しかない。そんな俺に前世知識を活用した金儲けなどできるわけがない。

 

 やはり殺し屋の特技を生かした職に就くしかないか。人体への急所、有効的な攻撃スタイル等、くさるほど話題に事欠かない。

 

 くっ、憂鬱になってくるな。

 

 いや、まだ俺とソフィアはいい。普通に人とコミュニケーションを取れるからな。贅沢を言わなければ、仕事はいくらでも見つかるだろう。

 

 問題はカミラだよ。

 

 まず、集団生活ができるのかさえ、怪しい。出会う人出会う人、首チョンパーしても不思議ではない。

 

 本当はね、学校に通わせたいんだけどね、ハードルが高すぎる。絶対に粉かけたやつを襲うだろう。通わせるにしても俺も一緒じゃないとね。そうなるとやはり、先立つものが必要だ。

 

 はぁ~頭を抱える。

 

 ストレスで、はげそうだ。

 

「リーベルさん、さっきから何をうんうん唸っているんですか。悩み事ですか?」

「お兄ちゃん、悩みがあるの?」

 

 ソフィアとカミラが無邪気に問う。

 

 お前らの事で悩んでいるだよ。

 

 カミラ、兄ちゃんの気持ちわかっていないんだろうな。ソフィアの場合は、わかってて言っているんだろうが。

 

「金だよ、金。路銀を使い果たしているんだ。もう昼飯代もおぼつかないんだぞ」

「じゃあ、さっきのボスの家から拝借したらいいじゃないんですか」

「お金がないなら賞金稼ぎする!」

「泥棒はしない。殺しもしない。俺はまっとうに稼ぎたい」

 

 俺は二人の意見に真っ向から反対する。

 

「そう、それでしたらいいところがありますよ」

 

ソフィアは、天使の如く満面な笑顔でそう言った。

 

うん、嫌な予感がするぞ。

 

このソフィアの笑み、覚えがある。俺達兄妹を売り飛ばそうとした時と同じ黒い笑みだ。脳内でビンビン警報が鳴る。

 

却下と言うのは簡単だ。だが、代案もない今、背に腹は代えられない。いざとなったら辞めたらいいし、とりあえず俺はソフィアの案に乗る事にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話「入団試験に合格せよ」

 結局、ソフィアお薦めの職場で働くことを決めたのだが……。

 

 忸怩たる思いはある。何せその職は、ずばり傭兵だからだ。

 

 傭兵……。

 

 金銭などの利益により雇われ、戦闘に参加する兵またはその集団のこと。

 

 カミラの教育上非常によくない職場である。

 

 人を殺して金品を得る。

 

 せっかく実家を飛び出してきたのに、本末転倒だ。

 

 

 だが、しかし、だが、しかし!

 

 

 今手持ちに余裕がないのは事実。人は霞を食っては生きていけない。

 

 普通のバイトも、ソフィアはともかくカミラが実践できるとはとても思えない。本当は、カフェの店員とかカミラにさせたかったのが、いきなりではだめだ。殺しからいきなり離れなれないだろう。

 

 

 傭兵ならば、カミラもできる。加えて最近御無沙汰だったから、禁断症状も抑えられるという一石二鳥の考えだ。

 

 さらに言えば、傭兵は、法に従い殺す。

 

 むやみやたらに殺さないという点では一歩前進なのでは?

 

 うん、無理やり自分を納得させる。

 

 背に腹は変えられないのだ。

 

 そして……。

 

 ソフィアお薦めの傭兵集団【鉄の掟】に着いた。

 

 入団には試験があるらしい。

 

 どんな試練か知らないが、マキシマム家にとっては朝飯前の試練だろう。

 

 うん、傭兵だって職業だ。

 

 暗殺一家よりはまっとうだ。

 

 カミラには、ここで、誰を殺してよいか明確な線引きをわからせたい。

 

 一般人なんてもってのほかだ。

 

「さぁ、入るぞ」

「殺すの?」

 

 カミラがさっそくやらかそうとする。

 

 俺の説明台無しだな。

 

 ここはただの受付だ。

 

「殺さない。お兄ちゃんとのお約束覚えてるな?」

「は~い」

 

 カミラを制止し、ドアノブに手をかけ開ける。

 

 ドアにくくり付けてある鈴がカランカランと鳴った。

 

 中に入る。

 

 突然の闖入者に、ギロリと睨む強面の面々達。刺すような視線の中、受付に向かう。

 

 受付には多数の行列がいた。

 

 なかなか人気の傭兵集団らしい。

 

 ソフィアの口利きというのがどうにも不安だったが……。

 

 たんにソフィアが血を見たくて、人気の傭兵集団を候補に挙げたのか?

 

 人気の傭兵集団なら戦場を何度も行き来するだろうし……。

 

 そんな甘い女じゃないとわかってはいるけどね。

 

「おいおい、ここは子供の来る場所じゃないぞ」

 

 行列に並んでいるメンバーの一人が俺達を窘めた。

 

 常識的な言葉にほっこりとする。

 

 そうだ、その通りだよ。本来子供は戦場に出てはいけないのだ。

 

「あ、ビリーさん、いいんですよ。彼らは」

「あ、ソフィアちゃん、本当にいいの?」

 

 先行して受付に並んでいたソフィアが、止める。

 

 ソフィアは手続きのために一時俺達のもとを離れていた。

 

 アポなしで入団試験は受けられないからね。

 

 その短期間の間に、ソフィアはビリーとかいう青年と仲良くなっていた。

 

 ビリーはソフィアにでれでれだ。

 

 さすが元天才女優、本領発揮だな。ビリーには気の毒だが、そいつはとんでもないたまだから気をつけろ。

 

 

 そして……。

 

 

 受付も終わり、集められた五十名ばかりのテスト生達。

 

 二人ペアを組まされ、ビルの屋上まで移動することになった。

 

 もちろん俺はカミラとペアだ。俺が監視しないで誰がカミラの暴走を止めるのかってな。

 

 ソフィアはビリーとかいう青年とペアを組んでいる。

 

 ビリーはしきりに「俺が守ってやる」とか歯の浮くようなセリフを述べている。

 

 うん、はまる前になんとかビリー君を止めたい。

 

 

 

「本日は、五十名かぁあ!!」

 

 傭兵集団【鉄の掟】の団長らしき男が声を荒げる。

 

 スキンヘッドで隻眼の強面の男だ。

 

 分厚い筋肉と鋭い眼光、歴戦の勇士だね。

 

 数多の戦場を経験したのだろう、そこそこ強い。

 

 ただし、一般人レベルでの話だ。マキシマム家執事の戦闘力には到底及ばない。

 

「これより入団試験を始める!」

「「はい」」

 

 テスト生は、気合の籠った声で返事をする。

 

「貴様達、ペアを作っているな」

 

 団長は、念を押して確認する。

 

 そうなのだ。ここの入団試験はペアで受け付けをしないといけなかった。それも信頼のおける者をパートナーとするのが必須条件とか。

 

 ペアを作って戦う。連携とかを試す試験のようだ。

 

 ペアで戦うというのがここのスタイルなら都合がよい。絶えずカミラを監視できるし。

 

 他のテスト生達もお互いに「頑張ろうな」って感じでうなずいている。

 

「突き落とした者を入団させる、以上だ」

 

 はぁ?

 

 今、こいつなんて言った?

 

 数百メートル先の小銭が落ちる音も聞き逃さない俺の耳だが、さすがにこれは聞き返すレベルの戯言だ。

 

 他のテスト生達も言われたことが信じられないようでざわざわと騒ぎ始めた。

 

「しずまれぇえ!! しずまれ、しずまれ、しずまらんかぁああ!」

 

 団長が剣を抜き、怒声を放つ。

 

 その剣幕にテスト生達は静まり返る。

 

「説明してやる。我が【鉄の掟】はプロ中のプロの傭兵集団だ。甘っちょろい友情だの友愛だの必要ない。上からの命令を愚直に実行できる人材が必要だ」

 

 団長が説明を終わる。

 

 どうやら俺はとんでもないところを就職先に選んだようだ。

 

 はっとしてソフィアを見る。

 

 ソフィアはにやにやと笑っていた。

 

 こ、こいつ知ってやがったな。

 

 ペアになるとわかれば、俺とカミラが組むのは明白。

 

 俺とカミラで争わせて楽しみたいのだ。あわよくば、どちらか、いや俺がカミラを殺さないことはこの女もよくわかっている。俺がカミラに殺されるのも期待しているのだろう。

 

「では、はじめぇええ!」

 

 団長が高らかに宣言する。

 

「や、やってられっか!」

「そ、そうだ。こんな無茶苦茶認めれない」

 

 テスト生のペアの一組が悪態をついて帰ろうとする。

 

「待て。勝手に帰ることは許さん。貴様は、わが軍団の掟を知った。入団するか死ぬか、それだけだ」

「う、うるさい。俺達は無敵の兄弟だ。誰が殺しあうかよ」

「そうだぜ兄ちゃん、こんなとこさっさ――ぎゃああ!!」

 

 兄弟は、はみなも言わされず団長に斬り殺されてしまった。

 

「ふん、兄弟の情など邪魔だ。ちなみに死んでも団にはまったく影響はない。試験中の事故として扱われるからな」

 

 団長は、刀についた血を拭いながら、説明する。そのたんたんとした言葉に戦慄した。

 

 本気だ。本気でこの試験は開催されている。

 

 テスト生の脳裏に【狂気】という文字が刻まれた瞬間であった。

 

 二人以外はだが……。

 

「わーい、わーい! 試験、試験、楽しみ、楽しみ♪」

 

 カミラは、いつものようにバンザイをして喜んでいる。いきなりテスト生が斬り殺されたのだ。カミラにとっては、遊園地のアトラクションショーが開催されたようなものである。

 

「うふ、うふふふふふ」

 

 ソフィアは喜びを隠しているようだが、その表情が物語っている。すごく楽しいと。こういう人間性が見える底意地の悪い試験は、ソフィアが最も喜ぶイベントだろう。

 

 こ、こいつら……。

 

「さて、試験を始めるぞ。お前達からだ」

 

 団長が最前列にいるペアに向けて言い放つ。そのペアは、会話から察するに友人同士らしい。古くからのマブダチというやつだ。

 

 マブダチペアは逃走を図っているようで、きょきょろとあたりを見渡す。だが、この屋上は、【鉄の掟】メンバー二百人以上で囲まれている。テスト生の倍以上、しかも全員が銃で武装しているのだ。

 

 少々腕が立つ程度のレベルでは、逃げ出すのは不可能に近い。

 

「お、おい、こうなれば一か八か脱出を――」

「わ、わりぃな」

「えっ!?」

 

 マブダチペアの片方が友人の背中を強く押した。友人は屋上から真っ逆さまに落下していく。

 

「うぉおお、き、きさまぁああ!」

 

 突き落とされた男は、恨みの籠った目で絶叫した。

 

 突き落とした男は、青ざめてはいるが、やりきった顔はしている。

 

 それが生還する一番の方法と思ったのだろう。

 

 まぁ、腕前から判断するに正解かな。この男達ではこの囲いを突破できない。

 

 ただ、なんとなく釈然とはしないけど……。

 

「よし、合格だ」

 

 団長は書類にサインをして、突き落とした男を団員達に引き渡す。

 

「次だ。どんどん行くぞ」

「「うっ、うぁあああ!」」

「「ち、ちくしょううう!」」

 

 各々の武器を相方に構えて、戦闘が始まった。

 

 団長の【狂気】がテスト生に伝染したのである。生死がかかっていることもあり、阿鼻叫喚な地獄が出来上がりつつある。

 

 悲鳴に怒号が乱れ散る。

 

 さて、帰ろう。

 

 ここは教育上よろしくない場所であった。むしろ最大級に悪い。

 

 ソフィアお薦めの職場、この時点で察するべきであったよ。

 

 さてさて後でソフィアはマキシマム家伝統のお仕置きをするとして、我が妹カミラは……?

 

「試験、試験、突き落とす♪」

 

 や、やる気満々だ。カミラは相撲の四股を取って、ぶんぶんと張り手をしている。

 

「ち、ちょっと、ま、待って」

「はっけよ~い、残ったぁああ!」

 

 カミラが勢いよく俺にぶつかってきた。

 

 くっ、避けることは可能だが、避けたらカミラが屋上から落ちてしまう。

 

 カミラの腕前では、屋上七階から落ちたら無傷では済まない。確実に怪我を負う。

 

 最悪、俺はここから落ちても問題ない。

 

 この程度の高度なら、片足で着地できる。なんならスキーのテレコードも決めてやるさ。

 

 ただ、そうなるとカミラがこのクソ傭兵集団に入団が決まってしまう。

 

「って、おほっ! まだ考え中――」

 

 カミラが俺のみぞおちに突撃をかました。

 

 い、いてぇえ!

 

 加減無しだ。

 

 相撲のぶつかり稽古だよ。

 

 カミラはぼんぼんと俺に頭突きやタックルをかましてくる。

 

 おい、おい、やめろ、やめろ。

 

 痛いって!

 

 避けるわけにもいかず、必死にカミラのぶつかりに堪える。

 

 その間、ソフィアペアの様子がちらりと見えた、会話も聞こえてくる。

 

「ソ、ソフィアちゃん、安心しろ。俺が絶対に守ってやるから。こんなクソルールを守る必要はない」

「ビリーさん、優しいんですね」

「あぁ、とにかく逃げよう」

「待ってください。その前に一つお願いを聞いてもらっていいいですか?」

「なんだい? 急がないと――」

「目を瞑ってもらえませんか?」

「えっ!? なんで?」

「ふふ、私、怖いんです。勇気がでるおまじないしてもいいですか?」

 

 そう言って、ソフィアがちょんと唇に手を当てる。

 

 キスをせがんでいるようだ。

 

「し、しょうがないな。こんな時だっていうのに」

 

 ビリーはデレデレだ。ソフィアの言うがままに目を瞑り、

 

 そして……

 

 案の定、ソフィアにビルから突き落とされてしまった。

 

「ぎ、ぎゃあああ! ソ、ソフィアちゃん、ど、どうして?」

「どうですか? 信じていた恋人から突き落とされた気持ちは? 楽しかったですか? うれしかったですか? ふふ、その絶望に染まった顔、最高ですねぇ」

 

 落ちていくビリーに容赦ない言葉をぶつけるソフィア。

 

 ビリー君は屋上から真っ逆さまだ。

 

 あ、憐れすぎる。

 

 俺がビリー君に同情していると、カミラが勢いをつけて突進してきたのだ。

 

「これならどうだぁああ!」

 

 超高速のタックルだ。

 

 やばい、よそ見しすぎた!

 

 体重を乗せた今までで一番重みのあるタックルだ。

 

 まずい、これは絶対に後ずさりしてしまう。

 

 避けるのは論外だし……。

 

 うがぁあ!!

 

 ドンとカミラに押され、ずるずると屋上の端から滑り落ちてしまう。

 

 うぉおお!

 

 じりじりと端まで寄られ、そのまま下へ。

 

 油断からカミラによって屋上から突き落とされてしまった。

 

「わぁい、わぁい、お兄ちゃんに勝った。カミラ山の勝ちぃいい!!」

 

 カミラは俺の悩みもなんのその、はしゃぎまくっている。

 

 さすがマキシマム家の娘だ。腐っても鯛だぞ。

 

 俺が真っ逆さまに屋上から落ちている最中、「合格だ」との団長の声も聞こえた。

 

 ちくしょう、カミラがこんなクソ団に合格しちゃったよぉお!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話「傭兵集団【鉄の掟】の崩壊」

 オッス、おいらリーベル。

 

 現在、屋上から真っ逆さまに転落中だ。

 

 風圧が凄い。

 

 Gが身体に直かかってる。

 

 落下スピードも徐々に上がってるし、このまま手をこまねいてたら地面に大激突するかも!?

 

 くぅ~なんてこった。下手したらペシャンコだ。こんな状況なのに、おいらワクワクするぞ~ってしないけどね。

 

 マキシマム家にとって、この程度の高さからの落下なんてなんら問題なし。

 

 ガキの頃からやってた十点着地を使う。

 

 【十点着地】とは高い場所から飛び降りる際、着地の衝撃を足の指十本に分散させる技である。

 

 まず最初は右足のつま先だ!

 

 地面すれすれまで急降下していく。

 

 そして、タイミングを計り、右足のつま先を地面につける。

 

 ダンっと爆音が鳴り、そのまま右足の親指、人差し指、中指、薬指、小指の順に重心を移動し、最後は左足で着地する。

 

 決まった!

 

 地面が陥没し、俺の靴跡がくっきりと映っている。

 

 足が少しだけジーンとしたけど、骨にも肉にも異常なし。

 

 余裕、余裕!

 

 両手を広げてテレマークも決めてるぞ。

 

 着地の痛みはない。それよりも、カミラに頭突きされたお腹のほうが痛いぐらいだ。

 

 まったくまったくよ~。

 

 お腹をさすりながら周囲を観察する。

 

 突き落とされた受験生達の死体があった。ソフィアに突き落とされたビリー君もいる。

 

 えぐい。

 

 彼らの顔は、恐怖と怒りで歪んでいた。

 

 まぁ、信頼していたパートナーに裏切られたんだからな。その気持ちは、十分に理解できる。

 

 可哀そうに。

 

 見知らぬ他人ではあるが、あまりに哀れである。

 

 特に、ビリー君には同情する。同じ性悪女にかかわった者として、共感しまくりだ。

 

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。成仏しなよ。

 

 片手で軽く拝む。

 

 数分ほど片合掌し、気持ちを切り替える。

 

 ここは、そのうち死臭が立ち込めるだろう。

 

 早く移動したいが……。

 

 カミラは、確実に傭兵集団【鉄の掟】を気に入っている。この人を人と思わない鬼畜っぷり。カミラ好みの団だ。

 

 あのスキンヘッドの団長なら、団員にどれだけ人殺しをさせるか検討がつかない。

 

 カミラは、喜々として活動するだろう。

 

 ……情操教育に悪すぎるぞ。

 

 入団したばかりだが、絶対に退団させる。

 

 当たり前だ。こんな常軌を逸した職場で働いたら、なんのために実家を出てきたのかわからない。本末転倒である。

 

 よし、兄貴権を発動だ!

 

 カミラが嫌だと駄々をこねてもだめ。有無を言わさず引っ張っていく。

 

 絶対の絶対だ。

 

 ただ、すんなりは行かないだろうな……。

 

 カミラの奴、巨大熊【白カブト】の時もしばらく根にもっていた。

 

 賞金稼ぎで悪人を殺して不満のはけ口にするしかないだろう。

 

 結局、金稼ぎは殺し屋稼業ってなるのかよ。

 

 まだまだカミラ更生までの道のりは長い。

 

 はぁ~大きくため息をつきながら、今後の生活を考えていると、

 

 うん!?

 

 悲鳴が聞こえた。それも複数である。

 

 上か!

 

 上空を見上げる。

 

 なっ!?

 

 屋上から何かが落ちてきた。

 

 パラパラと雨あられのように……。

 

 その何かはだんだんと大きくなっていく。

 

 もちろん視力8.0を有する俺の目を持ってすれば、これがなんだか瞬時に判別できる。

 

 人間だ。

 

 次々と人間が落ちてきている!?

 

 受験者だけでない。審査をする団員達もだ。

 

 とうとうやったか!

 

 ピンときたね。

 

 彼らを突き落としたのは、十中八九カミラだろう。

 

 カミラの暴走に全員が巻き込まれたに違いない。

 

 で、あるならば!

 

 すぐさま行動に移す。

 

 カミラの殺人を止める。

 

 屋上にいた連中は、全員悪人ではある。傭兵集団【鉄の掟】の団長、団員は言うまでもない。合格した受験生達も、自分の命惜しさに信頼する友人や身内を裏切った卑劣感だ。

 

 だが、悪人とはいえ、女子供は別である。

 

 子供は情状酌量の余地があるし、女性には優しく接するべきだ。俺達兄妹はフェミニストを目指しているからね。

 

 くわっと目を見開き、落ちてくる人の特徴を掴む。

 

 よし!

 

 野郎は無視。女性と未成年の少年をロックオン。

 

 落ちてくる救助対象者をジャンプして受け止める。すぐさま地面に置く。再びジャンプをして、受け止める。

 

 このサイクルを繰り返す。

 

 うん、これちょいきついぞ。

 

 受け止める衝撃は、まぁ許容範囲だ。平均して六十キロ相当の人が落下してきているが、問題無し。親父から小突かれた時のほうが痛かったぐらいだ。

 

 ただ、時間差で落ちてくる場合はいいとして、同時に落ちるパターンが厄介だね。

 

 距離が離れているから全力スピードでキャッチしなければいけない。

 

 テクがいる。

 

 でも、取りこぼしたらカミラが女子供を殺した殺人者となってしまう。

 

 それは絶対に嫌だ。

 

 根性を入れて救助していく。

 

 ほっ! はっ! とりゃあ!

 

 次々とキャッチしていく。

 

 救助対象者達は、屋上から突き落とされた衝撃でしばらく呆然としていた。

 

 そして、多少落ち着いて、正気に戻ったものから慌ててこの場を離脱していく。余裕のある者は、帰る前にお礼を言ってくれた。

 

 うん、やはり人助けは気持ちがいいね。

 

 そして……。

 

「ば、ばかなぁあああああ!」

 

 一際野太い声が周囲に響いた。

 

 スキンヘッドで隻眼の男が空から落ちてきている。

 

 特徴的な服に特徴的な顔、忘れるわけがない。

 

 傭兵集団【鉄の掟】の団長だ。地獄に落とされたかの如く絶望の顔をしているね。

 

 位置的にちょうど俺の真上だ。助けるには絶好のポジションとは言える。

 

「た、助けてくれぇえええ!」

 

 やなこった。

 

 ひょいと避けると、爆音が鳴り地面が陥没した。

 

 あれま!?

 

 そっと様子を見てみると、団長の首が曲がってはいけない方向に曲がっていた。

 

 死んだか?

 

 ひゅうひゅうと団長の口から空気が漏れている。かろうじて死んではいない、虫の息だね。

 

 まぁ、じきに死ぬだろう。

 

 人を道具としか思わない傲慢な男の末路としては当然だ。因果応報である。

 

 これで傭兵集団【鉄の掟】は全滅かな。

 

 そろそろ落ちてくる人間は打ち止めのようだし、改めて事情を聴きたい。

 

 誰に聞くか?

 

 救助対象者のあらかたは、恐慌状態で雲の子を散らすように逃げてしまった。【鉄の掟】の幹部連中は、全員落下の衝撃で死亡している。

 

 となれば……。

 

 腕を組み、しばらく待つ。

 

 来たか?

 

 鋭敏な耳が、かすかな悲鳴を聞き逃さなかった。

 

「きゃあああああ!! リ、リーベルさん、リーベルさん、助けてぇええ!」

 

 上空を仰ぎ見ると、ソフィアが真っ逆さまに落ちてきていた。

 

 こいつも団長と同じ、極悪非道な人間である。落下して死んでも自業自得だ。

 

 助ける義理もない。

 

 にやりと笑みを浮かべる。

 

 ソフィアは、俺の顔を見て見捨てられたと思ったのだろう、この世の終わりのような顔をしていた。

 

 くっくっくっ、これは気分がいい。

 

 俺をはめようとするからこうなる。

 

 せいぜい後悔に苦しむがよい――って、まぁ、助けるんだけどね!

 

 非常に、非常に残念だが、ソフィアは女性だ。

 

 性悪女とはいえ、カミラに女子供を殺させるわけにはいかない。

 

 ただし、お仕置きは必要だ。

 

 ソフィアには、たっぷり反省してもらう。

 

 地面すれすれのところまで落下させてやる。恐怖を味わうがよい。

 

 よっと!

 

 上空でソフィアをキャッチし、そのまま落下、地面にぶつかる数センチ前で止めてやった。

 

 落下の負荷がそれなりにあったが、許容範囲だ。

 

 マキシマム家にとって、この程度の負荷は朝飯前だからね。

 

 ソフィアは、目を回している。

 

「生きているか?」

 

 ぺちぺちと頬を叩いてみた。

 

 反応無し。

 

 それでも何度か叩いていると、うつろだったソフィアの目の焦点が定まっていく。

 

「は、は、はぁ、はぁ、はぁ、リ、リーベルさん……」

「ふふ、どうしたんだい? マドモアゼル」

 

 フランス紳士の如く優雅に問いかけてみる。

 

「た、助けるのなら早くしてください。し、死ぬかと思いました」

 

 ソフィアは、息も絶え絶えに返事をしてきた。

 

 身から出た錆という言葉を十分に理解するといい。

 

「まぁ、これに懲りたら非道な行いはやめるこった」

「ひ、ひゃい」

 

 ソフィアのおでこに軽くデコピンをして、お仕置きを完了させた。

 

 あとはカミラを迎えに行こう。

 

 屋上に足を向けようとしていると、

 

「たのしぃいいいいい!」

 

 カミラの楽しそうな声が聞こえてきた。

 

 まさか!

 

 上空を見る。

 

 カミラだ。

 

 カミラが屋上から飛び降りたのである。

 

 それも両手を広げて着地姿勢を取っている。

 

 お前もテレマーク決めるつもりか?

 

「おまぁ!」

 

 思わず声を上げる。姿勢が悪い。それじゃあ体重移動が不十分だ。

 

 受け止めようとダッシュするが、間に合わない。

 

 ダンっとすごい音がした。

 

 カミラが地面に激突、そのままごろごろ転がっていく。そして最後は路上の端にあった塀で止まった。

 

 うん、あれは痛いぞ。

 

「カミラ、大丈夫か?」

 

 カミラに駆け寄り、声をかける。

 

 反応がない。

 

「カミラ!」

 

 今度は少し大きめに声をかけるが、カミラはピクリともしない。

 

 ……だ、大丈夫だよな?

 

 いくらカミラがマキシマム家基準でひ弱とはいえあの親父の娘である。この程度の衝撃で死ぬわけがない……はず。

 

 多分……絶対ではないけど。

 

「カミラ、カミラ!!」

 

 内心冷や汗をかきながら、何度も声をかけカミラの肩を揺する。

 

 しばらくして、反応があった。右手がぴくぴくと動き、カミラがむくりと起き上がったのだ。ぱちぱちと瞬きもしてくる。

 

 よかった。ほっとした。

 

 ったく焦らせやがって……。

 

「カミラ、心配したぞ。大丈夫か?」

「……大丈夫くない」

「そ、そうか。どこか痛むのか?」

「うん、痛い」

 

 返事をするや、カミラは足を見せてきた。

 

「どれ、もっとよく見せてみろ」

 

 カミラのスカートをめくり足首を見る。足首は、真っ赤に腫れていた。

 

 これは……。

 

 軽く触診をしてみる。

 

 カミラの足首から指先を触っていく。

 

 ふむ、くるぶしの辺りから数センチヒビが入っているな。靭帯は、切れていない。カミラの回復力なら全治一週間ってところだろう。

 

「痛い痛い。うぁあああん、足が痛いよ、痛いよ。じんじんする」

 

 カミラが泣いている。

 

 蝶よ、花よと育てられたカミラは、痛みに耐性がない。何度も言うが、マキシマム家基準でだけどね。

 

 あぁ、もうだから言ったのに。

 

 リュックから包帯を取り出し、カミラの足に巻いていく。

 

 マキシマム家では、下手な医者より医療知識を学んでいる。テーピング一つとっても一流の医師が治療するのと同じ技術を持っているのだ。

 

 包帯でテーピングをしていくと、痛みが緩和したのだろう。カミラは泣きやみ、徐々に余裕を取り戻していった。

 

「もう無茶するんじゃないぞ」

 

 テーピングを終え、少し説教する。

 

「うん、わかった。今度は、もう少し下の階から落ちるね」

 

 案の定、何もわかっていない。

 

 別に落ちる必要はない、危険な行為はするなという意味だ。自分にも他人にも。

 

 ……まぁいい。なにわともわれ、カミラのおかげで傭兵集団【鉄の掟】は崩壊した。

 

 説得しなくても、こんな劣悪な職場で働かずに済んだのだ。御の字である。

 

「カミラ、怖い思いをさせて悪かった。次は、兄ちゃんがもっといいバイト先を探してやるからな」

「ううん。痛かったけど、面白かった。僕、ここで働きたい」

 

 カミラはぶんぶんと首を振り、笑顔を見せてくる。

 

 いや、無理だから。お前が団員を全員突き落としたせいで、この職場、誰もいないんだぞ。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 ソフィアは、実感する。

 

 あぁ、楽しい。

 

 事前情報で入手していた傭兵集団【鉄の掟】の闇。

 

 協会で働いてきたときから噂では知っていた。

 

 強固な信頼を築くために、お互いの信頼できるペアで殺し合いをさせる!

 

 ふふ、なんて楽しい、いや、なんて恐ろしい集団なんでしょう!

 

 いつか行きたいと思っていましたが、機会が巡ってきました。私の監査官でもあるリーベルさんがお金を稼ぎたいというじゃありませんか!

 

 早速、この素晴らしい傭兵集団【鉄の掟】を紹介してあげました。

 

 リーベルさんは最初私の提案に訝し気な様子でしたが、他に案もなく最後は折れてくれました。

 

 後は、下準備です。

 

 傭兵集団【鉄の掟】は、いわくつきの集団とはいえ、れっきとした国が認める運営機関です。入団試験を受けるにしても最低限の身元保証が必要でした。リーベルさんは有名な暗殺一家の息子さんですし、私は前科者です。まともに窓口に行けば、書類審査ではねられる可能性があります。書類を改ざんするという手もありますが、短時間では無理でしょう。

 

 だ・か・ら・別な手段を考えました。

 

 私の美貌に群がる愚かな男達を集めます。その中で最も役に立ちそうな者をピックアップ、現地でビリーという間抜けな冒険者を見つけました。ビリーさんは、地元の名士の息子さんです。ビリーさんが私達を身元保証してくれたおかげで、書類審査にすんなり通ることができました。

 

 パチパチパチ、よくできましたね。ビリーさん、褒めてあげます。

 

 そして、ビリーさんと仮初の恋人となり、よしよしとビリーさんが最も言って欲しい言葉をかけて上げました。何度も何度も背中の痒いところに届くように甘い言葉をささやいてあげました。

 

 すると、ビリーさん、もうにやけてにやけてすごい幸せそうな顔をしてきたんですもの。本当にたまらない。すぐに裏切って絶望を見せてあげました。

 

 う~ん、快感ですね。

 

 前菜(ビリー)でも十分に楽しめました。後はメインディッシュです。

 

 私を拘束し続けているマキシマム家の長男であり監査官のリーベル・タス・マキシマム。

 

 この男を処分し、自由になる。

 

 もちろん今までのお()も含めてたっぷり絶望を味合わせることも忘れずに。

 

 リーベルさんは、暗殺一家のエリート。たいそう腕が立つのに、人を殺すことに躊躇いを持っている偽善者さんです。

 

 ぜひ、絶望を味合わせてあげたい。

 

 口八丁で騙し、この楽しい楽園に連れてきました。

 

 そして、とうとう計画が実ります。

 

 カミラちゃんがリーベルさんを屋上から突き落としたのです。

 

 あぁ、実の妹から突き落とされるなんて、リーベルさん、可哀そう。

 

 可哀そうすぎて笑いが止まらないわ。

 

 突き落とされた時のリーベルさんの驚いた顔と言ったら、もう、もう、もう!

 

 ふふ、ふふ、ふふ、ふふ。

 

 笑みを抑えようとしても抑えられない。

 

 信じた者を殺し、信じた者に殺される。

 

 これよ、これ、人間の生の感情を感じる。

 

 実の妹に殺される兄、なんて刺激的なのでしょう!

 

 逆パターンでもよかったんですけどね。リーベルさんが間違ってカミラちゃんを突き落す。それもきっと面白かったです。その時は思いっきりリーベルさんの罪悪感を刺激してあげましたのに……。

 

 まぁ、今回は代わりにカミラちゃんの罪悪感を刺激してあげましょう。有名な暗殺一家とはいえ、兄妹の情くらいあるでしょうから。

 

 ふふ、カミラちゃん今、どんな気持ちなのかな?

 

 絶望かな? 後悔かな?

 

 カミラちゃんに近づき、声をかける。

 

「カミラちゃん、今どんな気持ちですか?」

「た~のしい! たのしいたのしい! 最高!!」

 

 カミラちゃんはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、身体全体で喜びを表現している。

 

 ……この子は、私と違う意味でぶっ壊れているわね。

 

 とにかく私は他人の絶望が見たいんです。嬉しそうにされるのは、釈然としません。

 

「カミラちゃん、胸に手を当てて考えてみてください。突き落としたのは、今までのような犯罪者ではないんです。あなたのお兄さんなんですよ。あんなにもカミラちゃんの更生を願ってた大事な大事な家族じゃないですか!」

「そうだよ。大事な兄ちゃんだよ」

 

 カミラちゃんは不思議そうに首をかしげてます。

 

 何を当たり前のことを言っているんだって顔をしてますね。

 

 もしかして状況を理解していないんですか?

 

 それなら少し説明をしてあげましょう。

 

「大事な家族ならなおさらです。そんなに喜んで……リーベルさん、可哀そうです」

「なんで?」

「なんでって、あなたは実の兄を突き落として殺したんですよ」

 

 カミラちゃんはきょとんとした顔をしている。質問の意味を理解していないらしい。

 

 バカなんですかね。いや、これまでの言動を観察するに、非常識な言動をしていましたが、知能が劣っているようには見えませんでした。

 

 なのに会話が成立しない。

 

 私が言うのもなんですが、狂人の思考は理解できません。

 

 なんか悔しいですね。もう一度、現実を突きつけてあげますか。

 

「カミラちゃん、改めて言います。あなたはお兄さんを突き落として殺したんです」

「ソフィアは何を言っているのかな? 兄ちゃんは、死んでないよ」

「えっ!? だって真っ逆さまに落ちて……」

「ソフィアはバカだな。このぐらいで兄ちゃんが死ぬわけないでしょ」

 

 バカな!? ここを何階だと思っているのよ。

 

 すぐに屋上の端まで移動し、下を見る。

 

 …高い。

 

 地面まで軽く五十メートル以上はある。

 

 ずっと下を向いていると、高所恐怖症でもないのに、自然と身震いしてくる。

 

 なんて高さよ。

 

 これで死んでない?

   

 本当に生きているの?

 

 ここからでは下がどうなっているかわからない。

 

「やっぱり兄ちゃんはすごいな。僕も後でやろうと。でん、テレマーク♪」

 

 カミラちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ね、着地の真似事をしているように見える。

 

 まさか屋上から飛び降りようとしているのか?

 

「おい、何をとろとろしてやがる。合格者はこっちに集まれと言っただろうが!」

 

 【鉄の掟】の団長ががなり声を上げて指示をだす。

 

「は~い」

 

 カミラちゃんは、右手を上げて楽しそうに団長の指示した列に向かって行きます。

 

「わーい、入団できた。こんなに楽しいバイトがあったんだね。やっぱりお外に出てよかった。最高♪」

「カ、カミラちゃん、楽しいんですか?」

「うん、はじめはバイトなんてつまんないかなって思ってたけど、違った。こんなに楽しいところだったんだね。兄ちゃんの言う通りだった」

 

 これはどうしましょう?

 

 カミラちゃんの言う通りなら、リーベルさんは死んでいない。

 

 私が悪行を成せば、リーベルさんは鬼のようなお仕置きをしてきますからね。

 

 私は、荒事が苦手です。もともと適当な理由をつけて退団するつもりでした。

 

 もちろん次のターゲットであった【鉄の掟】の団長さんを絶望に落としてからでしたが……。

 

 きっとリーベルさん、怒ってますよね~。 

 

「小娘、はしゃぐな。いいか早速仕事の説明を始める。気合を入れて聞いておけ」

「うん、頑張る」

 

 団長さんの指示で団員が一人進み出て、仕事の詳細を語り始めた。彼は、いわゆる説明員みたいですね。

 

 仕事の内容は、だいたいが予想通り。

 

 買い出し、偵察、ギルドへの連絡等……新人は雑用が主な仕事のようです。

 

 まぁ、つまらないですね。

 

 別ギルドへのスパイ等、心躍りそうな案件もいくつかありましたが……。

 

 しばらくして、説明員の説明が終了します。

 

 新人団員の多くが素直に拝聴した中、

 

「それじゃあ何しようかな? そうだ。僕は入団テストのお手伝いする!」

 

 カミラちゃんは元気よく答え、とことこと説明員に近寄ります。

 

 これはもしや……。

 

「ばかか、入団テストはもう終わりだ。列に戻れ」

 

 説明員は馬鹿にしたように言い放ちます。

 

「え~終わりじゃないよ。突き落とすだけじゃ足りない、足りない」

「新人が何を抜かしやがる。ごちゃごちゃ邪魔しやがるなら懲罰して――ひゃああ!!」

 

 説明員が悲鳴を上げて地面に落下しました。

 

 はは、なんてことでしょう! カミラちゃんが団員を屋上から突き落としたではありませんか!

 

 カミラちゃんの顔を見ると、にっこりと笑みを浮かべていました。満足げな様子ですね。カミラちゃんの凶行に唖然とする団員達。そして、事態を把握したようです。

 

「「貴様、歯向かう気かぁああ!!」」

 

 団員達から怒号が飛び交いました。

 

「わぁい、わぁい。入団テスト楽しいなぁ♪ 楽しいなぁ♪」

 

 カミラちゃんは怒り狂う団員達をよそに楽しそうにその周りをスキップしています。

 

 はは、はは、あっはあっはははははは!!!

 

 笑いが止まらない。この子は、本当に頭がぶっとんでいる。

 

 この場に残れば、あいつらと同じ目にあうのは明白です。

 

 早く逃げろ!

 

 生存本能が危険を知らせています。

 

 なのに、なのに。

 

 逃げないといけないのはわかっているのに、足が動きません。

 

 この後、確実に起こる楽しい殺戮(イベント)を前にして、逃げることができましょうか、いや、できません。

 

 自分は関係ないと安心していた団員、合格して安堵していた受験者達がカミラちゃんによって、次々と屋上から突き落とされていきます。

 

 まさに天国から地獄。

 

 楽しい。すごく楽しい。

 

 私もカミラちゃんのことを言えませんね。

 

 彼らの絶望に染まった顔を見ていたい、生の感情を感じたい。もっと近くで!

 

 阿鼻叫喚な中、カミラちゃんの近くに移動します。

 

 カミラちゃんは、あらかたの団員を突き落とした後、【鉄の掟】の団長と対峙していました。

 

「貴様、殺されたいようだな」

 

 団長が斧を構え、じりじりとカミラちゃんに近づいていきます。

 

「ねぇ、ねぇ、僕が勝ったら団長になってもいいかな、かな?」

「ほざけぇええ!!」

 

 団長が斧を振り上げ、襲い掛かります。カミラちゃんはそれを難なく避け、そのあばらに容赦なく一撃を入れました。

 

「ぐほぉっ、ごほっ……ぎ、きさま!?」

 

 団長の顔が苦悶の顔に変化します。よほどカミラちゃんの一撃がこたえたのでしょう。あばら骨の一本や二本折れたのかもしれませんね。

 

 楽しい♪

 

「お、俺様によくも――ち、ちょっと待て」

「はっけよい、残った、残った。えい、えい、えい」

 

 カミラちゃんは怒れる団長に向かって張り手をぶつけます。カミラちゃんの激しい攻撃に、団長はどんどん屋上の端に寄せられていくじゃありませんか!

 

 これは期待できます。

 

「待て、待て……ちょっと待て、どこにそんな力が!?」

 

 団長の焦る声、そして……。

 

「あ、危ない。あぶな、やめ――ば、ばかぁなあああああ!! ひゃあああああ!!」

 

 屋上の端まで押された団長はバランスを崩し、悲痛な叫び声を上げながら下まで落ちていきます。

 

 あは、あはははははは!

 

 小娘と侮り簡単に殺された……無様で憐れな団長の顔を見たらご飯が三杯はいけますね。

 

「あ~面白かった」

「そうですね、楽しかったですよね」

「うん、楽しかった」

「それじゃあ帰りましょうか」

「待って。ソフィアも入団試験を受けないと」

 

 カミラちゃんが私の袖を引っ張り帰るのを止めてきます。

 

 くっ、このまま流されてはくれませんでしたか。

 

「カ、カミラちゃん、私は既に合格しましたよ。ほら、相方のビリーさんを落としましたよね? 見てたでしょ」

「うん、見てた」

「だったら私は試験を受ける必要はありません」

「ううん、足りない、足りない。突き落とすだけじゃ面白くないよ」

「そ、それってどういう意味かしら?」

 

 質問せずとも答えはわかっているのに質問をしてしまいました。

 

「だから、今度はソフィアが突き落とされる番だよ」

 

 カミラちゃんが純粋な目をして、にじり寄ってきました。

 

 こ、怖い。

 

 まさに猫に狙われたネズミ。カミラちゃんからの耐えがたい圧力に押され、じりじりと後ずさりしてしまいます。

 

「あ、あのですね。カミラちゃん理解してます? 私はあなたやリーベルさんと違って、突き落とされたら死んじゃうんです」

「そうだった。ソフィアは弱いもんね。すぐに壊れちゃう」

 

 カミラちゃんは、今わかったかのような顔をしてこくこくとうなずきます。

 

「そうでしょ、そうでしょ。わかってくれましたか! じゃあ帰りま――」

「うん、だからそっと落としてあげるね♪」

「えっ!?」

 

 カミラちゃんは、ぽんと背中を押してきました。

 

 うっ!?

 

 そっとと言ったくせに、けっこうな力ですね。大の男が本気で突き飛ばしたぐらい強い。

 

 よろよろとバランスを崩してしまいます。

 

 あ、あ、あ!?

 

 もともと屋上の端近くまでカミラちゃんに移動させられてたのです。

 

つまり……。

 

「い、いやぁあああああ!!!」

 

 屋上から落下してしまいました。

 

 視界が反転、地面が急速に近づいてきます。

 

「ひ、ひぃいいいいい! た、助けて!」

 

 あ、リーベルさんが見えた。

 

 リーベルさん、助けて。

 

 必死に助けを叫んでいると、リーベルさんがにやりと笑みを浮かべるのが見えました。

 

 あぁ、もうだめかも……。

 

 生を諦め地面に叩きつけられる寸前、リーベルさんに助けられたことに気づきました。

 

 ぎりぎりの救出劇です。

 

 はぁ、はぁ、はぁ、怖かった。

 

 死ぬかと思いました。

 

 リーベルさん、私はか弱き乙女なんですよ。お仕置きの内容が過酷です。次は、死んじゃうかもしれません。当分、リーベルさんには逆らえませんねと誓いつつも、またやっちゃうだろうなと思う自分がいます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。