凍てつく華は可憐に消える (乃依)
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第1話

新連載一本目!
これからよろしくお願いします!


突然だが━━━

「氷」という物質を知っているだろうか。

街ゆく人に聞けば誰しもが「知っている」と答えるだろう。

しかし、この世界とは違う世界では普通の氷とは違うものもあるのだ。

 

 

西暦3500年。

地球上の人口約20億人。

21世紀頃に蔓延したある伝染病により、人類の数は大幅に減少していた。

しかし、このままでは自らの首を締めることになる事が判明していた政府では…

約50億人以上の人々を「見殺し」に、或いは、「実験道具」として扱った。

そして行われていた実験で変異し、死亡した。その人数5人。

たった5人だと思うかもしれないが、まず「変異」する事自体が極めて稀であった。

そしてその事実を政府は隠蔽し、残り20億人の人類を存続させる事を優先した。

そこからは、人口が急増する事もなく、地球上の資源の有効活用法も判明していたため、平穏な日々が続いた。

そして死亡した5名の人物は忘れ去られた。人々の記憶からも完全に。

 

 

 

 

 

西暦3500年。最大手の企業「フロスト社」。

この会社の売りは「溶けない氷」。その名を「凍花」。

幾ら熱しようとも、炎の中に放り込んだとしても、決して溶けずに冷気を発し続ける。

想像通り、需要は極端に高かった。

しかし需要に対して、供給は1割を少し超える程度で、裕福な家や、大きな会社の所に納品される場合が多かった。

フロスト社の社長、東西連火。彼の技術が低いのでも、人員が少ないのでも無い。

「作れない」のである。

なぜなら…

 

「…今日の「産卵」は終わったのか?」

「はい。本日も規定量が採取出来ました。」

「ふむ…もう少し欲しいものだが…仕方あるまい。」

「あまり「冷やしすぎる」と本体が稼働しなくなってしまいます。」

「そうだな…」

東西は少し考える素振りを見せてから…

「今日はデスクワークも少ない。少しは我が「製氷機」の様子でも見に行こうじゃないか。」

「畏まりました。」

そう言うと東西は、愛用の黒いコートを手に取り、地下室への階段へと繋がる扉に手を掛ける。

「ソウカ。お前も着いてこい。」

「畏まりました。」

ソウカと呼ばれた女性も後ろから付き添い、2人は地下室への階段を降りる。

 

 

まず目に入るのは巨大な「光」。

青白く、幻想的である。

しかし…それを発しているのは1人の少女。

「やはり美しいな…「氷華」よ。」

この少女こそ、東西が「製氷機」と呼んでいた物の正体である。

焦げ茶の髪を肩まで伸ばしており、肌の色は白い。

人形のようであり、人形では無い。

「21世紀の奴らは何を考えていたのだろうな。このような素晴らしいものを完成させずに放置しておくなど…」

「ごもっともです。」

東西は満足そうに「氷華」を見つめる。

「ふむ…今日も調子が良さそうで何より」

その瞬間。

「やぁああぁっと見つけたぁ…!」

「!?」

東西の後ろから、ソウカでも、他の部下でも無い者の声が投げかけられる。

「何や」

何奴、と言おうとしたソウカが吹っ飛ぶ。

「…!?ソウカ!!」

 

 

馬鹿な…!ソウカは護身術の達人だぞ!なぜあんな簡単に吹っ飛ばせる…!

焦ってはいかん…まずは状況整理と相手の観察だ。

心を落ち着け、東西は相手の様子を伺う。

…女?

ソウカを吹っ飛ばした者の正体は女だった。

全身青で彩られた洋服。紺色のスカート。フリルであしらわれており、人形の服のようで、非常に可愛らしい。

そして被っている黒い大きな帽子には紫色のリボンが括られている。

どう見ても戦闘する為の服では無い。

蒼色の眼。「氷華と同じような」焦げ茶の髪。

そして左手に握られている少女の服とは対象的な赤い玉。

赤い玉が何か気になるが、そんな事よりも重要なのは「どうやってここに入ってきたか。」

「お前…何者だ?目的は。」

「貴方達にそれを答える義務は無いね。」

「…東西様…!お下がりくださ」

再びソウカの体が吹っ飛ぶ。

「あーあー。貴女じゃ敵わないって分かってるでしょうに…なんでそんな無駄な事するのかな?」

「…もう一度聞こう。お前は何者だ?目的は?」

「ん〜…部下を吹っ飛ばされて不安になってる社長さんのために答えてあげてもいいよ。」

「恩に着る。ならまずはここから出ない」

「『耐えられたら』ね!」

「は?」

少女に空気が集まっていく。比喩ではない。本当に吸い込まれているのが体感できるのだ。

「『爆炎核』」

少女が発したその一言。

左手の深い赤色の玉が一瞬にして炎の様な橙色の玉に変化する。

次に起こるのは巨大なドーム状の爆発。

「なっ…!!」

東西は自らの死を悟った。

しかし。視界の端で…「凍花」が生成された。

瞬間。

ドーム状の炎は消え去っていた。

「あららー。相殺されちゃったかー。」

「な、なんだ…!?何が起きている!!」

「あー?うっさいな〜」

少女が目の前に居たと感じた瞬間強烈な眠気に襲われ、意識が遠のいた。

 

 

「眠れや眠れ」

と囁かれ、あっという間に東西は眠りに落ちてしまった。

「と、東西様…!」

「およ?まだ生きてたんだね〜えらいえらい♪」

「きっ、さま…」

「頑張ったんだからご褒美あげないとね!」

「は…?」

こいつは何を言っているんだ。

「私は…1000年前に作られた「超越者」が1人、「核炎」のクリア。以後…があるのかは分からないけど、よろしくね。」

本能的な恐怖を感じた。

こいつとは戦ってはいけない。

関わってはいけない。

自分とは別の領域にいる人間なのだと。

「ん?どしたの?」

声が出ない。

自分が恐怖していることにやっとここで気づいた。

「?まぁいっか。んじゃ。「氷華」は貰ってくよ〜」

「っ…な!?」

こいつは何を…!?

「別に貴女たちに渡してたとしても何も利益無いじゃん。氷華を傷つけるだけ。本当の能力を引き出してあげてもない。そんなの可哀想でしょう?」

「そ、そのような事を東西様が…!!」

「ん〜?寝てる人に何を求めるの?私を止めること?氷華を守ること?それとも何か別のこと?でもね?今は貴女じゃ何も出来ないし、東西って奴も何も出来ない。諦めなさい。」

 

そう言うと少女は天井を壊して外に出ていってしまった。

氷華を連れて。




くっそ長くてごめんなさい。
おそらく次回もこれぐらいになります…
書きたいことが多すぎます…
しかしオリ物は書いてて楽しいですね!
ストーリーは全部考えているのであとは表現力…!
シリアス多めなのでご了承ください。
ではまた次回の更新で。


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第2話

第2話です。
週一って言ってましたが我慢出来ないのです。
では本編でございます。


第二話 共鳴

核炎が去った次の日。東西は内閣府の門前に居た。

事件の後、ソウカから情報を聞いた東西は、無駄だと思いつつも被害届を出した。しかしその行動が幸を呼び、内閣総理大臣から「内閣府へ来るように」との伝達があったのだ。

「…「超越者」ね……一体何者なんだか。」

東西はそう呟くと、建物の中に入っていった。

 

通された部屋は、非常に煌びやかで豪華な部屋だった。

床は金糸で縁取られた赤い絨毯。

壁も同じく金と赤で彩られており、無数にある棚には、素人目で見ても高級品だと分かる物が並べられていた。

「…こんな金がどこにあるのかねぇ…」

自分の会社とはやはり格が違う事を痛感し、東西は少なからず劣等感を抱いた。

「総理がお見えになります。」

恐らく総理の秘書であろう女性からの一言で一気に緊張する。

居住まいを正した所で、奥にある扉が開き、1人の初老の男が入ってきた。

日本国158代目内閣総理大臣。山河養老。

少し細身だが引き締まった体をしており、眼光は初老とは思えない程鋭かった。

剣術の達人という噂を聞いたことがあるが、なるほど。これなら納得出来る。

杖を手に持っているが、あくまで手を置く程度のようで、背筋は伸びていて、非常に姿勢が良い。

「東西連火…殿でしたかな。お会い出来て光栄です。内閣総理大臣の山河養老と申します。」

「存じ上げております。フロスト社代表取締役、東西連火と申します。」

「まぁ、どうです。まずはお茶でも。」

と言い席を勧めてきたので

「失礼します。」

と断りを入れてから席に座る。

そして良い香りのお茶が運ばれて来たが、それには見向きもせず

「総理、「超越者」とは一体何者なのでしょうか。」

「…知っているのですね。ではそこから…」

「超越者」。通称「茶髪」。

全員が茶髪である事から命名されたようだ。

(この時代には茶髪DNAを持った人間はほぼおらず、ごく稀に先祖返りで茶髪の子供が産まれる程度だった。)

1500年前に行われた「生物実験」で造られた存在。異能を持ち、その能力は自然現象では解明出来ない。

「そして…現在「2名」確認されております。」

「2名…」

「…どちらも貴方はご存知でしょう。まず1人は「核炎」今回の襲撃で貴方の元へ出現した個体です。」

今思い返してみると、やはり普通の人間では無いような気がしてきた。

「そしてもう1人…貴方がよく知っている「氷華」。あれも「超越者」です。」

「なっ…!」

動揺を隠せない。しかし、超越者と言われるとあの「凍花」も納得出来る。

「あなた方があの氷を販売し始めた辺りからこちら側では予測していたのです。「核炎」がいつか貴方の会社に襲撃することを。」

「…なるほど…それでこんなに連絡が早かった訳ですね。」

「そういう事です。そしてここからは個人的な興味なのですが…あれはどうやって作っていたのですか?」

…いくら国内最大手の会社の社長とは言え相手は内閣総理大臣。答えない訳にはいかない。

「「凍花」のことですね。あれは氷華が生み出しているのです。それを採取していただけですよ。もっとも…「核炎」に奪われた今ではもう出来ませんが…」

苦笑混じりに答える。

「そしてそれが「核炎」の技の発動直後に生成され、運良く助かった…と。幸運でしたな…」

そこまで把握済みだったとは。流石はこの国のトップと言った所か。

「なるほど。ありがとうございます。ではこれからの政府としての活動方針を」

と山河が口を開いた瞬間。

「総理!緊急事態です!」

その続きは勢いよく開けられた扉によってかき消されてしまった。

 

 

草木が生い茂る森林。

その中を1人の少女が歩いていた。

少女の左手に持っている赤い玉が発光し、夜道を照らしていた。

「歩くのめんどくさいから飛んでもよかったんだけど…燃えたら面倒だしね〜」

そう呟くと同時に一つの山小屋に到着した。

そしてドアを開けると同時に一声。

「ただいま!」

そして返ってくる声は

「…おかえりなさい…」

非常に暗い声だった。

 

「体調は良くなった?氷華ちゃん。」

「…おかげさまで…だいぶ楽になりました…」

「そう。ならよかった…」

と、核炎は胸を撫で下ろした。

「じゃあ、貴女の今の状況を説明するね。」

「……お願いします…」

「まず、貴女は私と同じ、「超越者」になりました〜!おめでとー!」

と言い手を叩く。

しかし一方は

「…そうなんですね…」

と落胆したような声。

しかし関係ないとでも言うように明るい声で

「でね?超越者にも種類があるの。まずは一つ目。髪が茶髪になります。まぁこれはどうでもいいよ。」

「そして二つ目。「オーバーコア」ってのが自分の体のどこかに作られます。私の場合はこれ。」

そういいつつ、左手握りしめていた玉を見せてくる。

「氷華ちゃんのは体の中にあるみたいだね。場所的に心臓かな?これは能力の発動に深く関わって来るから覚えておいてね。あと…今後の貴女の最大の弱点にもなる。攻撃されたら1発でアウトだと思ってね。」

「っ…は、はい…」

「でも体の中にあるからある程度は安心かな?」

「そ、そうなんですか…」

「私よりかはね。」

と苦笑しながら言う。

「そして三つ目!これが1番の違いだね。「超越化」が出来るようになります。」

えへん。

「あはは…すごいですね…」

と自慢げそうに「どやっ。」としている核炎に相槌を返す。

「でねでね!これにも3種類あるの!

一つ目は「創造系」。武器とか物を作ることが出来るのね。便利な能力らしいよ〜」

なるほど。確かに便利そうではある。

「そして二つ目。「干渉系」。「創造系」の超越者の人の作った物で闘うの。その他にも、人間の心や精神に直接干渉する能力の人もここに入るよ。でもこの能力の人は少ないかな。」

相手にすると厄介そうだ…

「んで最後。「発生系」。私たちだね!炎とか、氷とか自然現象を自分で起こす事が出来るの!それも普通の火とか氷じゃなくて、氷華ちゃんの「凍花」とか強化されてるのが多いよ!」

なるほど。これがオーソドックスな形のようだ。

「そしてこれに深く関わるのが「オーバーコア」。このコアに「詠唱語」って言う三つの言葉で形成される単語を言うと、能力が使えるの。これは自分で決められるから、好きにしてね〜」

だそうだ。

「そ、そうなんですね……色々あって覚えられそうにないです……」

「そう?なら忘れたら私に聞いて!いつでも答えるからね!」

「ありがとうございます…」

「んじゃ、ご飯にしよっか!」

と言い、核炎は右手に下げていた袋を下ろし、あさり始める

いくら超常的な能力を持っていてもこの時だけは普通の女の子なのだ。

 

 

 

 

 

「……何があった。」

山河は鋭い目つきと低い声で入室してきた男に問いかける。

「「茶髪」です!大阪府の山奥で「茶髪」と見られる男2人が確認されました!」

「なっ…2人だと!?」

核炎のような超越者が2人…

核炎の可能性も無くは無いが…1日で大阪に行ったとは考えにくい。公共交通機関は茶髪で目立つだろうし、何かあれば連絡は必ず入る。

しかし確認のため、問う。ある種の現実逃避だったのかもしれない。

「「核炎」か?」

「違うようです。服装は片方が青い和服。もう片方は黒いスーツとの報告が無線で入っております。」

…最悪の自体だ。核炎と氷華以外の超越者が2人も現れた。

「現場に居た者達に話を聞きたい。今すぐここに呼べ。」

と言うと男は目を伏せた。

「総理…非常に申し上げにくいのですが…今回の発見者は大阪府警の精鋭65名です。」

「それがどうかしたか。」

一抹の不安を感じながらも問う。

「……全員の死亡が確認されました。」

「なっ…!?」

最悪所では無かった。今から恐らくもっと出現するであろう超越者に対抗する策の一つがいきなり潰れてしまった。

「警察の精鋭部隊で何とかなるのでは無いか。」という山河の淡い期待は消え去った。

「…総理。もう一つご報告が。」

「…なんだ。」

内心は聞きたく無かったが、仕事であるため仕方ない。

「死亡したのは65名。その全員の死因が全て違っているのです。」

「…どういう事だ?」

「ある1人は頭を潰され、またある1人は首を掻き切られ、さらに1人は銃弾を撃ち込まれたような跡が…あると報告が上がっています。」

意味不明だ。

超越者の出現だけでも脅威なのに、精鋭部隊一つの全滅、更には多種多様な方法での殺害方法。

対応しようがない。

「……その者達は武器は持っていたのか?それとも大荷物だったとか。」

先程から何かを考えていたようだった東西が唐突に問いかけてきた。

「どうなんだ。」

「いえ、手荷物は無かったようです。仕込み刀ぐらいならあったかも知れませんが…」

となると何かの能力を持っているのか、それとも現地にあったものを使用したのか…

前者の方が可能性が高いが…

「…なるほど。では私も同行させて頂きたい。」

「「は?」」

何を言っているんだこいつは。

「い、今なんと…?」

「同行させて頂きたい、と言いましたが…」

「な、なぜ…」

「理由としては…そうですね。氷華が奪われた事により、うちの業務は全てストップ。そしてこちらにも多少腕の立つ人員がいます。戦力増強には申し分ないかと。」

なんとも有難い言葉だ。

「…なるほど。有難いですが…貴方の命の保証は出来ませんよ?」

「構いません。」

「では、その方々も部隊に編入させていただきます。よろしいですか?総理。」

「構わん。」

「ありがとうございます。総理。では早速。」

そう言うと、男と東西は席を立ち、部屋を出ていった。

 

 

1人残された山河は何事か呟くと、そのまま部屋を出ていった。




今回もくっそ長くて申し訳ないです…
ばっちり説明パートですね。はい。
あ、総理の名前は山河(さんが)養老(ようろう)ですよ!
やまかわさんでは無いです!
ではまた次回!


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第3話

新キャラ登場です。
今回は前に比べると少し短くなりました。
では本編どうぞ。


「…さぁて…お前さんが最後か…?」

「ひぃっ!ち、違う!み、、見逃してくれぇっ!」

「ん〜?何を甘えたこと言ってんのかな?」

「うっ…!」

彼は大阪府警特別精鋭部隊━━通称閃機隊━━隊長。講堂 遙。

ここまで着実に評価を稼ぎ、昇進してきた。

来年の春には更なる昇格も決定していた。

だが…

「お前さんたちが襲ってきたのに…それはないじゃろう?」

と目の前の「茶髪」は言う。

そしておもむろに

「『銃創機』」

と言ったかと思えば…

「おい、「干渉系」。あとは任す。わしゃ先に行っとるからの。」

と言い、手から銃を「作り出し」、手渡す。

「ほいほい。「創造系」。面倒だけど仕方ないか…」

そしてもう1人が受け取った銃をこちらに向け

「無線を繋げろ。」

「ひっ…!」

「聞いていなかったのか?「無線を繋げろ」。」

「ひっ、ひぃい!」

講堂は慌てて無線の電源を入れる

「おーい。警察とやら。聞いてるか?俺の名前は「殲撃」の焔。まぁ名前で分かる奴も居るだろうが超越者だ。俺がお前らに要求する事は一つ。「核炎」の居場所を教えろ。」

と殲撃が言う。しかし返ってきた答えは

「………貴様ら超越者に渡す情報などない…!」

というものであった。

「ふーん。まぁいいや。じゃあこの人とはバイバイだね。」

「や、やめてくれぇ!い、命だけはっ…!い、命だけはぁ!」

と講堂は必死に懇願するが…

「ん?だめー。」

山の中に無慈悲な銃声が鳴り響く。

そして物言わぬ死体となった講堂を横目に、

「あ〜疲れた…雑魚ばっかりで面白くもない。」

と言うと、第三の超越者は山奥に消えていった。

 

 

 

「…65名からの通信。完全に途切れました。」

その部下からの報告を聞き、「対超越者調査部隊本部」部長の海堂 光は苛立ちを隠せなかった。

「くそっ…!!」

「やはり、調査部隊を送り込んだ方がよいのでは…」

と提案した部下を睨み

「ならお前が行くか?」

と問うと、やはり部下も死にたくは無いようで、俯いて黙ってしまった。そして海堂は

「…俺は1度総理に報告に行く。」

と言い、迷彩のコートを羽織ると部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

「お、やーっと追いついた。」

「遅かったのぉ。」

「いやここ岩多くね?めっちゃ滑るんだけど。」

「そんな靴履いとるからじゃろうに…」

と言う。この男の服装は青の和服に草履、そして水色の襟巻きというこの時代では余りにも古めかしい格好。

そして、青に近い茶髪は伸ばしており、後ろで束ねている。

それに対して、先程追いついて来た男━━殲撃━━の服装は黒いスーツに革靴と、一般的なサラリーマンの服装と同じである。

髪は黒に近い茶髪であり、短く刈り揃えられている。

茶髪で無ければ一般人とそうそう見分けはつかないだろう。

「ん〜だってこれが1番動きやすいし…「滅創」も和服脱いでこれ着たらいいのに〜」

「滅創」と呼ばれた和服の男。

「…儂はこれでいい。体に馴染んでおる。」

「それもそれですごいな…」

と他愛のない会話をしながら森の中を進む。

すると

「ん…?霧か。視界が悪くなるな…」

「………先程までは無かったと言うのに…おかしいのぉ…」

霧はどんどん濃くなり、2人の体を包んでいった。

 

 

 

「…では東西社長、貴方の部下の方々を見せて頂いてもよろしいですか?」

山河の元を去った東西と海堂は、調査隊の補完と編成のため、フロスト社で東西の部下を8人呼び寄せた後、本部に向かっていた。

「ええ。構いません。」

「こちらの方で模擬試験のようなものをさせて頂きたいのですが…」

「それも構いませんよ。私の部下がどれほど通用するのかを私も知っておきたいですし。」

と、東西は言う。

「では、こちらの部屋でお1人ずつ模擬戦闘をさせて頂きます。相手はこちらで行った戦闘試験での評価上位8名です。」

と言い、全員別々の部屋に入る。

その中にはもちろんソウカも入っている。

しかし、昨日の戦闘で自分の戦闘能力に自信を無くしたのか、少し不安そうな面持ちだった。

それを見た東西はソウカへ近づき、

「落ち着け。今回戦うのは人間だ。超越者ではない。」

と声をかけると、

「…ありがとうございます。東西様。」

少しは落ち着いたようだ。これなら戦闘は可能であろう。

「では…総員!入室!」

という海堂の掛け声と共に8人の男が部屋に入ったようだ。

「全員。戦闘…開始っ!!」

 

 

 

 

結果から言えば…

警察側の惨敗だった。

全員が東西の部下に負けた。

それを海堂は信じられないようなものを見るような目で見ていた。

「この者たちよりも「超越者」は強い」という現実。

そして彼の元に。

「部長。65名全員の死体の回収が完了致しました。」

という報告が入る。

「分かった。解剖を進めて、また詳しく報告してくれ。」

「了解致しました。」

と言い、去っていく部下の背中を見ながら、今後の事を考える海堂の顔は自然と強ばっていた。

 

 

 

「やっとか…」

「そうじゃの。これぐらいで音を上げるとはまだまだお主も弱いのぉ…」

と、涼しい顔をしている滅創とは対象的に、殲撃の顔は真っ赤になっていた。

「アンタが化け物過ぎるんだろ…!」

「そんなことはどうでもいいわい。ほれ。とっとと呼べ。何か策はあるんじゃろう?」

ここは森の中をずっと進み、山を登った先。

つまり山の頂上である。

「へいへい…」

と言い、

「すぅ…」

息を吸ったかと思えば

「かぁあああああああくええええええええん!!!!!」

叫んだ。

隣に居る滅創が体を震わせる程に大きな声で。

「……これが策か?本当に聞こえるんじゃろうな?」

「大丈夫だって!………多分。」

「おい最後なんてった?」

「な、何も無いぜ。と、とりあえず信号弾だけでも上げとくか。」

そう言うと、

「『人変幻』」

と呟く。すると殲撃の髪が黒に近い茶色から、赤に近い茶色に変化する。

「『熱煙筒』」

詠唱を素早く行い、信号弾を自らの上に打ち出す。茶色の煙を引きながら飛んでいった弾は何時しか消えていた。

「『人変幻』」

もう一度詠唱を繰り返すと、元の黒に近い茶色に戻っていた。

「ふむ…これで核炎が気づくといいがの…」

「心配性だな〜…いつかは会えるで」

しょ、と言おうとした殲撃を遮るかのように、南東の方角で爆発が起きた。

煙はここから見ても充分目視出来る程度の大きさだった。

「……気づいたな。」

「ほらな?言っただろ?」

あれは核炎の爆発だと殲撃は確信していた。

「よし、南東か…行くぞ!「滅創」……いや、青龍!」

「…名前を呼ぶなと言っておるのに…まぁいいわい。」

と言い、2人は山を降りていった。




はい。「殲撃」の焔さんと「滅創」の青龍さんの登場です。
2人は「干渉系」と「創造系」の能力者なのです。
読みは、焔(ほむら)さんと青龍(せいりゅう)さんです。
あ、最初に出てきた講堂さんは1回きりのモブです。
今後出てくることはありません!
ではまた次回お会いしましょう。


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第4話

こんにちわ。
第4話です。今回は内容薄いかも…?
では、本編です。


「総理!」

この一言と同時に部下が自室に入ってきた。

「どうした。そんなに慌てて」

「1時間ほど前、奈良県の森林で火事が発生したようです。近隣住民によると爆発音のようなものが聞こえたとか。」

「…なるほど。報告ご苦労。」

「失礼します。」

そう言うと部下は足早に部屋を出ていった。

そして数年間座り続け、慣れ親しんだ椅子に座り、頭を抱えた。

おそらく原因は「核炎」だろう。

火薬などの爆発物は政府が全権限をもって保持しているし、ライターなどで火事が発生することも無くはないがそこまで大規模になるには数時間必要だろう。

となると人外の力が関わっているとしか思えなかった。

「総理。失礼致します。」

きっちりとした3回のノックの後に入ってきたのは秘書だった。

「ご報告があります。1時間ほど前に大阪府の山奥で、信煙弾が発射されました。しかし、警察庁、及び自衛隊から発射の許可、報告は上がっていません。」

「…ふむ。その近辺は既に調査したのか?」

「現在、調査班を向かわせています。事後報告になり、申し訳ありません。」

この内閣府で一番の信頼を置いている人物なだけあってその行動力もかなりのものだ。

「いや、いい。的確な判断だ。」

「ありがとうございます。」

「では、また調査班が帰ってきた時に報告を頼む。」

「はっ。」

そう短く返事をすると、秘書は出ていった。

「…この二つの事件…何かあるな。」

山河は1人呟いた。

 

山河が報告を受ける一時間前。

奈良県の森で

「ん〜…流石にやりすぎたかな…まぁ万が一ってのもあるし大丈夫だよね!きっと!」

明るい少女の声が聞こえる。

しかしそれはその少女の目の前で燃え盛る炎の音で掻き消されていく。

「うーん…でも氷華ちゃんには危ないかな。そろそろ頃合だし移動しよう。」

そういうと当然かのように炎の中に入る。

そのまま中を突っ切り、山小屋の扉に手を掛ける少女の体には、焦げだけでなく、煤すら付いてはいなかった。

「氷華ちゃーん。そろそろ移動するよ〜」

「え、あ、はい。」

「あ、急だったね。荷物はないから今からでも行ける?」

「はい。大丈夫です。」

氷華はここに来たときよりかなり回復し、顔には赤みが戻っていた。

そして氷華を連れて小屋を出るとやはり、

「か、核炎さん!」

「あ、やっぱり気づくか。」

「やっぱりじゃないですよ!大丈夫なんですか!?これ!」

「大丈夫大丈夫。そのために移動するんだから。」

「火を消したりは…?」

「人間が勝手にやってくれるでしょ。それより飛ぶからまた背中乗ってね〜」

「え、あ…はい。」

そういうと氷華は核炎におぶさり、短い詠唱を聞く。

「『核炎翼』」

そういうと、核炎のオーバーコアが赤紫色に変色し、翼が生えた。

「んじゃ、行くよー。」

その声と同時にそれにつかまり、ぐんぐんと高度を上げる。

あっという間に空に浮かぶ点に変わり、次の瞬間には見えなくなっていた。

 

「滅創。あとどれぐらいだ?」

岩を飛び越えながら殲撃が問う。

「そうじゃの…今は堺の辺りかの。」

木を避けながら滅創が答える。

「え〜…まだそんなとこか…よっ!」

木の枝を飛び越えながら殲撃が文句を言う。

「仕方なかろう…お主が飛べてたら少しは早くなったかもしれんが…なっ!」

滅創は木の上に登りつつ話しかける。

「う、うるせぇ。俺にはそんな能力無いんだよ!」

と殲撃が赤くなって言う。

「…核炎に会ってから「まだ飛べないの〜?だっさ〜」とか言われても知らんからな。」

「俺のせいなの!?」

会話をしながら、2人は森を抜けていった。

 

「ここらでいっか。」

そういいつつ、高度を下げ、着地する。

「ん〜…どこ?ここ…」

「わ、分からないんですか!?」

「そりゃあ。砂浜ってことは分かってるよ?」

「そんなこと私にも分かります!」

「まぁとりあえず今日はここで野宿よ〜。」

「わ、分かりました…」

 

「…ん?今なんか声が聞こえなかったか?」

殲撃が呟く。

「ほう?なら行ってみるか。」

「海の方だな。よし。」

 

「この辺りの筈だ。」

「ん〜…誰も…ん?あれは…」

「お、発見。」

と、殲撃が呟いたかと思えば、

「か〜くえ〜ん!!!!」

と全力ダッシュで突っ込んで行き

「え?きゃあああああ!!」

と気づくのに遅れた核炎を吹っ飛ばして何処かへ行ってしまった。

その様子を残された滅創と氷華はぽかんと見つめていた。

 

「いたた…」

「ご、ごめん…」

「ごめんじゃないでしょ!?氷華に当たったらどうするつもりだったの!?」

「い、いや…その、」

「言い訳無用っ!」

帰ってきたのは、砂がたくさん服や髪にくっついた核炎と、怒られている殲撃だった。

それを宥めようと、滅創が声をかける。

━━━━瞬間。

 

「動くな!!」

いつの間にか湧いていた連中に囲まれていた。

手には巨大な盾と銃。拳銃ではない、もっと大型の銃が核炎と氷華に向けられている。

「茶髪だな。そのまま騒がずに両手を上げろ。ゆっくりとだぞ。」

意外にも一番先に手を上げたのは殲撃だった。それに続き、氷華、滅創。

そして核炎も手を上げるのかと思ったが

「ねぇ。」

予想に反し、上がったのは低い声。

「誰に向かってそれ、向けてんの?」

普段の彼女からは想像も出来ない威圧感。

先程がお遊び程度の物だったと確信するほどの明確な怒り。

「聞いてんだけど。」

「き、様らに説明する義理は無い!」

「答えになってないし…はぁ。」

ため息を付いたかと思えば

「もういいや。貴方達が氷華に銃を向けたという事実は変わらない。消えろ。『爆炎核』」

そう呟くと周囲に火柱が発生し、ほぼ全員が海岸の砂とさほど変わらない灰と化した。

そして

「よーし。晩御飯にしよっか!」

次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた。




と、いうわけで核炎さんの恐ろしい片鱗が見えましたね!
こわいこわい。
では、また次回。
(次回は少し遅れます。)


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第5話

大変遅れてすみません…
少し精神面で色々ありまして…
今回も同じぐらいの量は書けたかと思います。
では、本編です。


 

「…ダメです。反応ありません。おそらく…」

彼の言いたいことはわかる。

しかし言葉にしないのはそれほどショックなのか現実を認めたくないのか…

どちらにせよ状況は最悪だった。

即席とはいえ、自衛隊、および警察機関が総力を上げて精鋭、及び腕の立つ人々を集め、最高クラス殺傷能力を持つ武器、耐火性に優れた防具を与え、送り込んだ。

しかし結果は全滅。

海堂は心に抱えている恐怖を表には出さず、部下を退室させる。

そして数分後。

先ほど退室したハズの部下がもう一度入室してきた。そして開口一番、

「生存者が居ました。」

「なんだと!?」

「現在、こちらに帰還しています。報告は彼女からお聞きになった方がよろしいかと。」

「なるほど…それでいい。至急帰還させよ。」

「はっ。」

歯切れの良い返事を聞き、海堂は静かに頷いた。

唯一の生存者が人類の救いとなる事を望んで。

 

 

「…対「核炎」特別調査部隊、一般兵。名をサティラと言います。」

見たことのない女だった。

長身、長い黒髪という出で立ちで、装飾品や化粧などは一切していない。

落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「ほう?一般兵…ということは。」

「はい。元はただの一般市民です。今回の事件の調査のため、招集されました。」

なるほど…ならば自分が見たことがない、というのも納得出来るかもしれない。

「では、早速だが」

「報告ですね。私の知り得る、考えうる全ての情報を報告したいと思います。」

頭は回るようだ。

ただ筋力、体力だけが高い脳筋よりかは遥かにマシと言えよう。

「では…」

 

 

日が暮れて数時間後。

海堂は笑っていた。

「ははは…そうか。そうか!貴重な報告をありがとう。」

「いえ、これは国民として、招集された兵士としての義務ですので。」

「はっはっは!謙遜するとはな!あの化け物と戦い、生きて帰ってきただけでも異常だと言うのに。もっと誇って良いのだぞ?」

「…自慢は私には合いません。私は自らが望むことをしているだけですので。失礼します。」

「ああ。ご苦労だったな。」

「ありがとうございます。」

そう返すと、彼女は静かに部屋を出ていった。

「くくく…!」

海堂は笑った。

自ら、いや、人類の勝利を確信して。

そして、彼女も。

 

「…私の想像以上のことが起きそう…やっぱり人間って面白いわ。」

先程まで漆黒だった彼女の髪は、緑が混じった茶色に変わっていた。

 

「━━━━んで、わらひは氷華を颯爽と救ったのでしたぁ!!すごいでひょ〜?ねぇ〜!」

「…核炎、もうその話5回め」

「何か言ったぁ〜?」

「…ナニモナイデス。」

砂浜にて、殲撃が(どこからか)仕入れてきた酒とつまみを片手に宴会が開始されていた。

そして核炎は

「ねぇ〜きいへる〜?」

完全に出来上がっていた。

「…変わらんのぉ…」

「ははは…そうだな…出来れば変わってて欲しかったが…」

「ね〜!」

「はいはい、聞いてますよ…」

「んでね〜?」

「…………」

「氷華がぁ〜」

またか

 

 

「…………疲れた…」

一人砂浜で黄昏ているのは殲撃。

先ほど眠りについた核炎にずっと絡まれていた人その1である。

「…お疲れのようじゃな。」

「助けてくれよ!!」

「嫌じゃ。」

「この薄情者…!」

そして隣に今座ったのは滅創。絡まれそうになった人その1である。

ちなみに、絡まれそうになり、最終的に絡まれたのは氷華である。合掌。

「あ〜…ほんと。500年前と変わりゃしねぇ…」

「そうじゃな…」

浜辺は2人の声と、波の音しか聞こえなかった。

 

 

「えへへ…ひょーか…」

「つ、つかれた…」

なにこのひと。こんな人とは思わなかった。

おさけ?とかいうものを飲み始めてから今までの核炎さんのイメージはどんどん違うものに…

今までは頼りになる人だと思ってたのに…いや、今でもそうだろうけど。

自分の膝の上で寝ている女性が、とても自分を救った、いや、攫ったの方が正しいのか。

まぁ何はともあれ、

「…寝よう。」

核炎の頭を膝からゆっくり下ろし、自分も横になって目をつぶると、すぐに眠りに落ちてしまった。

 

「さて、急な招集に応じてくれたこと。心より感謝する。」

大きな会議室に集まった人員、総勢50人余りに、まずは礼を述べる。

そして本題へ。

「「超越者」…いや、「核炎」について、有力な情報が手に入った。」

会議室がどよめきに包まれる。

それはそうだろう。しかし一刻を争う緊急事態なのだ。騒いでいる時間は無い。

「静まれ。」

この一言を境に、段々と声が静まっていく。

そして完全に静まったと判断し、

「「水」だ。」

「「「…は?」」」

声が重なる。

意味が理解できないだろう。

「もう一度言う。「水」だ。」

「な、何を言っているんだ!水なんかであの爆発を止められるわけが」

「それについては私が説明しましょう。」

またもやどよめきが起こる。

急に海堂の横から見たこともない女が現れたからだろう。

「私は対「核炎」特別調査部隊、一般兵のサティラと申します。この度、唯一帰還した兵士として、海堂上官には私の知り得た情報の全てを公開しました。その一つがこれです。」

「し、信じられるか!他にも居た者達は」

「…全員死亡しました。とても信じられません。どう考えてみても、私より圧倒的に戦闘力では勝っている方々ばかりでした。」

「…ならなぜお前は生きている。」

静かな問いに対し、サティラは

「先ほど、上官が仰ったように、「水」です。」

「どういう事だ。」

「それについて、少し私の考えた仮説があります。上官、説明しても?」

「構わん。この者達の命を救うかもしれんのだ。知っていて困ることはないだろう。」

「では。まず私が生き延びることが出来た訳について。私は発見当時、腰から水筒を下げていました。もちろん中には水が入っています。それが、核炎の起こした爆発と相殺出来たのです。」

「…は?そんな訳ないだろう!」

「では、なぜ私が生きているのでしょうか。あの時は、全員食事を済ませた後のため、戦闘のために水や食料は誰も持っていませんでした。」

「ぐっ…」

反論は出来ないようだ。

「…つまり、核炎から身を守る術は本当に水であると?」

「その可能性が高いと私は考えています。そしてもう一つ。」

「…なんだ?」

少し溜めを作り、

「核炎の起こす爆発。あれは全く「熱く」ありませんでした。熱を感じなかったのです。」

「…ほう?つまり、炎では無いと。」

「おそらく。」

炎では無いのなら耐熱など無意味であろう。

熱を発しない物に炎の対策をしても無意味という訳だ。

「ではなんなのだ?それについても何か仮説が?」

「いえ、それについては私に考えられることはありませんでした。しかし、水が有効、というだけでもかなり有力ではないでしょうか。」

「…確かに。」

会議室で拍手が巻き起こった。

「ありがとうございます。しかし、核炎から身を守れたとしても、核炎を倒せると判明したわけではありません。なので」

会場に大量の疑問符が作成される。

「水を彼女にぶっかけては…と。」

海堂以外の全員がポカンと口を開けた。

「なっ、なな何を」

「決してふざけている訳ではありません。本当に有効であれば、かなりの有効打になると思ったからです。」

「…なるほど。しかし、核炎に直接対峙するとなるとかなりの危険性が伴う。そんな危険な任務に志願するものなど…」

「私が行きましょう。今すぐ出れば、明朝には帰還できます。」

「な」

「失礼します。」

そう短く言い残し、唯一の生存者は会議室を出ていった。




というわけで、新キャラ、サティラさんの登場です。
彼女の立ち位置はこれから明らかになるのでここでは余り言いません。
では、また次回。


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第6話

どうもお久しぶりです。乃依です。
こっちを完全に忘れてました。
というわけでまた不定期で再開します。
あと厨二は心が痛くなってきたので(多少)自重します。
ではでは第6話、どうぞ。


全く、待遇が悪い。まさか徒歩で行くハメになるとは…

招集兵だとはいえ、やはりただの一般人として潜入したのが不味かったのだろうか。

日が昇る前に帰還しなければ。

 

 

起きたら核炎が自分の上で寝ていた。

正直重い。邪魔。

いつ自分の服に涎が垂れるかが心配だった。

…眠い。

氷華は憂鬱な気持ちになった。

「はぁ……あの、核炎さん。重いです…」

「ん…なぁに……」

 

意外とすんなり返事が返ってきた。

「重いので、降りてもらえませんか?」

「ん〜〜…やぁだ…」

子供か。

 

「私が寝られなくなっちゃいます…」

「えぇ〜…じゃあこっち来なよ…」

「うぇ」

核炎が降りたと思ったら抱きつかれていた。というか抱き枕にされていた、の方が正しいだろうか。

彼女の方が身長が高いので顔が胸に埋まる。

女性特有の柔らかさも感じた。

が、今は眠気の方が強く、必死に抜け出そうとする。

「んーーー」

しかし強く抑え付けられているので呻くことしか出来なかった。

…二度寝は無理そうだ。

 

…呑気か、こいつらは。

氷華を攫いに来たと言うのに呑気に2人で寝てやがる。

最大限気をつけたとはいえ超越者がこれか…

少し、というかかなり心配したが、自分の任務に変わりはない。

「さて…貰っていきますよ…っ」

氷華の体の下に手を入れ抱き上げようとし、腰に力を入れた瞬間

核炎が消えていた。

 

「あなた。誰?」

「コア」を掲げ、完全に戦闘態勢に入っていた。

寝たふりだったのか、即座に覚醒したのか。

自分の髪は今黒色なので、敵対感を持たれても不思議は無いだろう。

 

「まぁまぁ…落ち着きなって」

「質問に答えて。誰?」

 

背後に回られていた。

『戦闘型』に特化しているだけある。

全く目で追えなかった。

背中に熱い球体の感触。

「…答えられないの?なら殺すわ。」

「そう…簡単に殺せると油断しない方がいい、と忠告しておくわ。」

「何?」

「『別転移』」

能力を発動させ、近くの森まで転移する。

戦闘では役に立たないが、自分の能力に感謝する時は多い。

さて、あとは帰還するだけだ。

 

 

「…ふざけるな。」

 

 

やはり間に合わなかった。

少し恥ずかしいが、任務は達成出来たので良しとする。

「既に睡眠薬は投与していますが、長時間眠らせると死亡する可能性もあるかと思われます。即座に拘束した方が良いかと。」

「そうだな。」

上司に報告し、会議室を辞する。

自分は只の一般兵。流石に会議に同席するほどの権限は持っていない。まだ信用を得るには早いだろう。

と思っていたのだが。

「サティラ…と言ったか。お前も会議に参加しろ。お前の頭脳を最大限生かせ。」

棚から牡丹餅。古いことわざだが、正に今はそれだった。

 

会議は無駄な部分が多く、議論と言う名の子供遊びに過ぎなかった。

正直つまらなかった。

だが自分の信用を得るためには必要だと判断し、我慢した。

「だから私の作戦の方が。」

「いや、それはリスクが高すぎる!」

「多少のリスクは生じるものだ!」

「こちらの方が効率がいいのだと言っている!」

数時間経過したが、最初から何も進んではいない。

流石にイライラしてきたので無礼を承知で口を挟む。

「あの…」

視線が一斉にこちらに集まる。

「私の考えを話させて頂いても?」

 

 

帰ったら、テントが無くなっていた。

「…またアイツ…」

核炎は酔って寝ると、能力で周りを爆破させてしまうという非常に迷惑極まりない特性を持っていた。

それは500年経っても変わらないようだ。

「で、本人はどこに行ったんじゃ?」

滅創が問いかけてくるが、もちろん知る由もなく。

「…探すか……」

非常に眠いのだが、仕方あるまい。

殲撃は重い足を引きずり、少し頭痛のする頭を叩きながら核炎を探し始めた。

 

 

目が覚めたら、知らないところに居た。

ここはどこ?

さっきまで自分は核炎と眠っていたはず。

なのになぜ、手足が固定されているのだろう。

服は着ているが、寝ていた時とは違う服だ。

「あ、あの…」

自分が固定されているのは謎の機械のようだが。

意図は全く分からない。

問いかけても返事は返ってこない。

完全な暗闇だった。

 

また、あんな日々が始まるのだろうか。

痛みに耐え、苦痛を凌ぎ、孤独に耐え、激情を抑え、

また冷たい機械に囲まれながら、家畜と同じように扱われる日々を過ごすのだろうか。

核炎と過ごしたのは1日も経っていないはずなのに。

なのに何故、こんなに寂しいのだろう。

 

「…目覚めたようですね。」

「あぁ。出来れば眠ったままの方が扱いやすいのだがな。」

「『実験』を行うのでしょう?それであれば意識がある方がいいのでは?」

「それは第2の目的だ。第1の目的は『凍花』による金稼ぎ。眠っていた方が採取は容易だ。」

「…なるほど。」

正直金の話はいいのだが。

まぁ元々ここはそういう企業だ。仕方ないのかもしれない。

「では、私は一旦失礼します。またお呼び頂ければ有難い限りです。」

「分かった。」

横柄に頷いた上司を横目に、ドアを開けようと近づく。

すると自動ドアが開いたので、先を譲ろうと身を引いた。

 

そこに居たのは「彼女」だった。

「東西社長!出口の封鎖とロックを!早く!」

核炎を蹴り飛ばし、数m吹っ飛んだのを確認してから上司に声を掛ける。

出口を封鎖した東西が近づいてくる

「なんだ、唐突に。」

「『核炎』です。彼女が今、あのドアの向こう側に」

爆発音。

「…今のでお分かりでしょう。」

「あぁ。理解した。が、どうする?氷華を連れて逃げるか?」

それぐらい自分で考えろと叫びたかったが、相手はただの一般企業の社長だ。そんな考えが回るとは思えない。

「そうですね。出来る限り手練の者に彼女を至急、運ばせてください。私が『核炎』を食い止めます。」

2度目の爆発音。3度目は流石に耐えきれないだろう。

「早く、行ってください。」

「あぁ。」

東西が走り去るのを見届け、ドアに向き直った瞬間。

爆発音とドアが砕け散る音が鳴り響いた。

 

「彼女」の姿は別人のように変化していた。

茶色だった髪は赤く染まり、

服は土で汚れ、

「コア」は最早黒に近い色に変色していた。

そして目からは涙が溢れていた。

見た目相応に幼く、少女の声だった。

 

「なんで…奪うの…?」

自分への問いかけだろうか。

「こちら側に利益があるからだな。」

「それは、私の子よ…」

私の子……?

「渡さないんだから………」

来る。

「『爆炎核』」

この技は水で防げることは実証済みだ。

なら多少の余裕が

「『裏豪核』」

…何?

 

今まで赤い球体だったコアがどんどん黒く染まってゆく。

「全部、溶かす。」

唐突に部屋の温度が上がる。

 

前に感じた時に温度は感じなかったはずだ。

これは、

「『別転移』!!」

 

慌てて能力を発動させるが、術式すらも「溶かされて」しまった。

「言ったでしょ。全部溶かすって。私を怒らせたんだから、それぐらいは覚悟しなさい。」

だがむざむざ死ぬ気は無い。

助かる方法としてはただ一つ。

氷華が居たところまで走る。

そして地面に落ちてあった「凍花」を掴み、核炎に投げる。

「あ、っぐ…!!?」

コアに突き刺さった鋭い氷は、瞬く間にコアを侵食し、ある一定の部分で溶けて消滅した。

「は、ぁあ…!!?」

 

やはり弱点だったようだ。些か無理があったが、当たったので上々だろう。

「お前も、捕縛する。実験台としてな。」

呻き、動きが止まった核炎を担ぎ上げる。

 

少しヒヤッとしたが、まぁ大丈夫だろう。こいつはどのような結果を見せてくれるのだろうか。




クソ長くなりましたね。申し訳ありません。
あと数ヶ月空いて書いているので、ちょくちょくおかしい所があるかもしれません。
何がおかしければ誤字報告でもしてやって下さいませ。
ではまた次回。


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第7話

前回サブタイトル入れるの忘れてました。どうも乃依です。
もうこれからは無しにしようと思ってます(主な原因に思いつかないってのがありまして)
ではではどぞ。



東西に連絡し、彼が戻ってくるまでの間、こいつにはどういう実験をさせようかと考えていた。

元より自己強化に繋がる実験をしようとは思っていたが、特に思いつかない。

そもそもこいつの謎極まりない能力の調査からだろう。

「…なんで熱くなってたのやら。」

2つの意味を込めてそう呟いた時、海堂が部屋に入ってくる姿が見えた。

 

 

「…ここかぁ?」

「そうじゃなぁ」

疲れた。

1日の大半を移動に費やすと流石に疲労も貯まるもんだ。

そしてその1日を代価に手に入った情報が、ここである。

フロスト社の(既に機能は停止したと聞いたが)本社だ。

夜が明け、少し経った頃に人影が入っていく姿と、またまたその2時間程後に人影が入っていく姿を見たという人が居た為だ。

「とっとと核炎拾って帰るぞー」

帰る場所があるのかは知らないが。

そう心の中で吐き捨てながら、ドアを開けて(正しくは壊して)2人は中に入っていった。

 

 

核炎の能力で熱が発生することを東西に報告すると、すぐに東西は警察に報告しに行った。

耐熱装備が無意味ではないことが判明したためだろう。

(だがこいつの熱に耐えられるのか)

そう考えながら、核炎の身体調査を始める。

時間は限られている。やるべき事を慎重に手早く進めなくてはならない。

 

とりあえず解剖は後回しにして、時間が豊富な時にするとした。

まずは「コア」の調査だろう。

これが能力の行使に関わっているのは明確で、現に熱を発した時もこれが黒く変色していた。

触ってみたが、特に異様な感触や見た目をしているわけでもなく、熱くもなく、冷たくもない。

人肌のような温度で、大して不思議な点は見当たらなかった。

重さも普通。

核炎が思い入れのあるただの球体かと思ったが、それにしては変色したり常に片手に持っていたりは変だろう。

それにそこまで大事なものならどこか別の場所に保管するという事もあるだろうし。

「…なんなんだこいつ。」

人に言えた台詞ではないが、ため息を付きながらそう呟いた。

次に体を調べた。

特に何も不明な点は無かった。

身長体重も見た目相応。体温も平熱レベル。頭髪普通の感触で、服にも何も細工はされていなかった。

下腹部の辺りにも何も変なところはない。

自分がほぼ人間と同じ体をしているのと同じなのだろうか。

超越者と人間の違いは能力とコアの有無だけなのだろうか。

謎は1つも解決されることなくまた新たな謎を生むだけ。

本人に聞くのが1番早いのだろうがその為に起こすと何をするかわからないし。

「…期待外れかなぁ。」

能力が違うだけで自分とほぼ変わらないのかもしれない。

その時、

「あ。居た。」

「は?」

見知らぬ男二人がドアを蹴破って入ってきた。

 

 

「誰じゃ、お主?」

核炎の寝床(?)の横に立っている女を見て、問いかける。

「いいじゃねぇか、んなことは。核炎拾ってさっさと帰るぞ。」

「ほいほい。」

 

 

超越者…だろうか?

黒と青が混じっているが、ほのかに茶色に見えないこともない髪色。

常人離れした脚力。

ここのセキュリティには詳しく無いのでどれ程の強度か分からないので判断材料としては欠陥品だ。

 

近づいてくる。

 

「まぁ待ちなって。」

腰から銃を引き抜き、核炎の頭に当てる。

「それ以上近づいたら、撃つよ。」

…心底面倒くさそうな顔をされたのは見間違いだろうか。

「…お前、バカなの?」

普通に近づいてくる。

仕方が無いので彼に向けて一発撃った。

だが

「だから、バカなの?お前。」

いつの間にか手に持っていた小刀で弾き落とされる。

 

『超越者』確定。

 

即座に飛び退き、生き残る術を考える。

銃は効かない。こちらの能力も恐らく効果が薄いだろう。

こういう時に『戦闘型』はやっかいだ。

そして今自分はそれに喧嘩を売った。

戦闘狂の様な同族に、喧嘩を。

 

「何だ?殺らねぇよ。一応紳士なもんでな。」

「…行動と言動が一致しておらんぞ。」

「うっせ。」

核炎を担ぎ上げ、耳元で何事か囁いた。

すると気がついた様で、薄く目を開いた。

「……せ、…?」

声が出ていないが、質問の意図は分かったので肯定の頷きを返しておく。

 

 

「さて、じゃあ帰るわ。」

そのまま返すのは不味い。

まだ足りない。

 

「『毒霧塊』」

サティラの能力は『調合』

本来であれば薬にしか適応されない、使い勝手の悪い能力であるが

本人の意志と努力により、『この世の全て』にその能力は適応される。

本来相反する炎と水。太陽光と月光。毒と薬。

それを変換することも可能な創造系能力である。

 

「ちょっとは寛いで行ってくれてもいいんだよ?」

自身の右手に紫色の塊を作り出し、地面に叩きつける。

その瞬間、部屋中を毒霧が包む。

 

「は?ちょ、お前」

女が何か呟くと同時に視界が白く染まる。

そして消えそうになる思考の中で、分かったことがひとつ。

 

こいつは超越者だ。ということ。

 

 

「…手間のかかる女じゃの。」

平然としている老人。

なぜ自分の毒が効いていない。

核炎ともう1人の男には効果があるように見える。

特に身体的に損傷が激しかったであろう核炎は血を吐いている。

なぜこいつには効いていない。

 

 

「もう儂も年なのでな。あんまり手間を掛けさせてくれるな?」

 

何が年だ。

明らかに全盛期だろ。と愚痴を吐きたくなるほどだった。

目は確実に老人を捉えていたのだが、いつの間にか背後に回られていた。

そして頭には銃口が突きつけられている。

しかし、焦ることではなかった。

 

 

滅創は戦えない訳では無い。

ただ戦闘になった場合自分の武器を作り出したとしても、それを行使できないだけであって。

そしてそれを自分以上に使いこなす男が居たからで。

例え見た目が老人だろうが、身体能力は常人より上である。

 

 

「…ふふ」

しかし、サティラは笑った。

もう「時間稼ぎ」は必要無い。

「何が可笑しい?」

「全て自分達が優勢だと思わない事ね。」

破壊音。

天井の一角が崩壊し、落下する。

それを引き金にあちこちが崩壊し始めた。

「氷華は既に我々のモノ。じゃあね、お爺さん?」

『別転移』で移動する。

氷華は既に東西が運び出した後だ。

あの3人を始末出来ればいい。

 

 

 

「…チッ。あのくそ女!!」

「1番先に倒れとった奴が何言っとるんじゃ。」

「仕方ねぇだろ!?毒かなんか、あの女が」

「はて?」

瓦礫の中から体を起こしつつ、叫ぶ。

しかし滅創は呆けるので逆に苛立ちが増える。

「次会ったら絶対ボコる!!」

「…紳士とは」

何か滅創が呟いたようだが無視だ無視。

まともに聞く分無駄だ。

そして核炎を引っ張り出そうと思った時、自力で脱出してくる彼女が見えた。

 

 

「お。大丈夫か?」

「いっつ。全身筋肉痛だわ…」

口から血を吐き捨てながらそう呟く。

…筋肉痛?

「…お主…」

滅創が顔色を変える。

「まさか『裏』を使ったんじゃないだろうな?」

 

 

 




次回は回想及び説明が多くなると思います。
そろそろ文字数自重したいですね。
ではではまた。


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第8話

グロあります。苦手な方はご注意ください。


「……」

重い沈黙。

問う者、問われる者。

その真意は分からないが、今は口を挟むべきではないと感じた。

 

 

「…『裏』は、お前達『戦闘型』の使用出来る能力の最たる物。」

答えが返される前に滅創が説明を始める。

「自らの能力を高め、極め、そして撃ち出す。この3つのみ。シンプルかつ合理的。一切無駄のない攻撃だ。」

 

「だからこそ、我々最期の対抗策として秘めておくべきだと言われたのを忘れたか。」

冷たく固い声だった。

好々爺としての滅創では無い。

自分すらも硬直してしまいそうになる。

だが核炎は顔を背け続けたまま戻そうとはしない。

 

「お前にとってあの少女が如何に大切かどうかは理解しているつもりだ。長い付き合いだからな。だが許される事と許されざる事がある。」

今まで気が付かなかった事。なぜ疑問にすら思わなかったのか。

 

「得てして聞こう。」

このジジイ、何者だ。

 

 

「貴様が『裏』を使った理由を。」

お主、お前、貴様。

徐々に変化していく滅創の口調。

それが何よりも恐ろしい。

顔を上げられない程の威圧。

自分を見下す目は鋭く、萎縮してしまいそうになる。

だが彼の求めているものは萎縮ではない。

理由だ。

 

「…『あの子』は私の弟子なのよ。」

ぽつりと核炎が呟いた。

「500年前、急に私達の集落に落ちてきて、私が引き取った。」

今までの辛そうな顔は何処に行ったのかと思うほどの穏やかな表情。

「その子と…また会えて、浮かれていたの。」

500年間の記憶。

 

 

「氷華、って言うの?」

布団を被って横になる少女に疑問を投げかける。

「はい…」

「ふーん…私とは正反対ね。集落の大人からは『お前は華というよりは熊じゃろう。』って馬鹿にされたものよ。」

炎と氷。

本来相入れぬ者が出会った時、生じる現象。

 

「…やっぱりあなたにも能力があるみたいね。私達と同じだわ。」

「そ、そうなんですか?」

「えぇ。これならここに居ても良いって言われるかもねっ」

嬉嬉として伝えると、彼女も笑顔を返してくれた。

本当に、花のように儚い笑顔だった。

 

花はいつかは枯れ果てる。

変わらぬ事実であり、変えられぬ自然現象。

そうやって引き継がれていくのが、花。

 

「襲撃!?」

「あぁ。人間が軍隊引き連れて奇襲しかけてきやがった!今戦闘型の爺様達が戦ってるが、なんせ年だ。何分持つか分からねぇ!」

爆発音。響く悲鳴。

「若いモンから逃げろ!我々の血筋を絶やすな!」

「早く!核炎!!」

煙の匂い。崩れていく山。

「待って!私も戦う!」

隣に居た大人に担ぎ上げられる。

「子供が粋がるな!爺様達でも太刀打ち出来ねぇかもしんねぇんだぞ!」

「じゃあせめて氷華も…!」

「っ…!よ、他所者に関わってる時間なんてねぇ!早く逃げるぞ!!」

今思い返せば不自然だった。

なぜあの男が氷華を置いて行ったのか。

 

『逃げろ!!!』

 

自分が最後に見たのは、山の麓から頂きに掛けて咲き広がる巨大な炎の華だった。

 

 

それからは各地を転々とするしかなかった。

安定した食事も、暖かい寝床も、全て失った。

そして倒れていく大人達。

 

「…お前も、俺を『喰う』んだぞ。」

残った1人の大人がそう言い残し、息を引き取った。

「……ひとりぼっち…かな…」

そして、手を掛けた。

 

あの夜の事は今でも思い出せる。

散乱する臓器。鼻につく鉄の匂い。生暖かい肉の味。

そして、変色する自分の髪。

 

昔は憧れていた。

だが大人達が『引き継ぎ』を行っていたのは知らなかった。

知らずに尊敬の念を抱いていた。

そんな自分が馬鹿らしかった。

 

それからは1人だ。

幼馴染も生き延びているか分からない。

師匠も、きっと立派に散ったのだろう。

あの故郷の山で。

 

 

「それから450年、ずっと1人だったわ。」

最初の100年はまだ良かった。

髪の色もまだ白に近い茶色で、街中にも茶髪の人々が多かったため、目立つことはなかった。

 

次の100年は息苦しかった。

だんだんと茶色が濃くなり、周りの目を気にしなければいけなくなった。

 

次の100年は辛かった。氷華の事を思い出してしまった。

彼女を探す旅が始まった。

 

そして400年が経った頃。髪は完全に茶に染まり、人々の思想からも『茶髪は居ない』という認識が固まり出した頃。

 

「見つけたのよ。氷華を。」

見かけたのは一瞬だったが、一目で分かった。

大人達に拘束される姿。

だが自分には助ける力も能力も育ってはいなかった。

 

そこから50年。

毎日毎日、制御と暴走を繰り返した。

闇に飲まれる意識と、凄惨な怪我。

腕が焼け落ちた事も1度や2度ではない。

だがそれも喰って直した。

同族を見つければ迷わず殺した。

 

その頃だ。

この2人と出会ったのは。

『…こいつなのか?滅創』

『そのようじゃな。まぁこのまま放置して良いと聞いておるし、身の程を弁えさせるぐらいで丁度いいじゃろう。』

組み伏せられた自分の体の上に、重い物が乗っている。

疲れ果てた肉体にはそれしか分からなかった。

『こんな奴が『同族嫌悪』…ねぇ。』

『ただの戦闘狂じゃろうよ。見た目に反して恐ろしい事ばかりしよる…』

 

知り合い、とまで友好関係は深まらなかったが、稀に連絡を取り合うほどまでは仲良くなった。

そしてそろそろ連絡の回数が3桁に差し掛かろうとした時、

 

氷華が何処にいるか分かったのだ。

 

それを聞きつけた核炎は天にも飛び上がりそうな気持ちになった。

やっと、やっと彼女にまた会える。

償いが出来る、と。

自らの下に積み上げられた死体など気にも留めなかった。

 

「なのに!!」

地面を叩きながら叫ぶ。

 

「まだ邪魔する奴が居る。そんな奴は消すしかない。150年間、探し続けて、やっと見つけたのに…!!」

 

「馬鹿者が。」

顎に衝撃が走る。

滅創に蹴られたと認識するまで、数呼吸分の時間が必要だった。

 

 

「『その程度』の私情で同族を根絶やす気か。」

正に『その程度』

我々の一族は既に滅亡の1歩手前まで数が減少している。

元々絶対数が少ないせいで、繁殖することも少ない。

髪を掴み、顔を持ち上げる。

「また『同族嫌悪』に成り下がる気か?」

 

ごく稀に居るのだ。

力を求めるあまりに同族を殺し続ける奴が。

その者を軽蔑を込めて『同族嫌悪』と呼称している。

「…丁度いいわ。」

蔑称を呼ばれても、彼女は笑った。

 

「あなた達も私の一部にしてあげる。」

 

 

滅創の齢は2000を超える。

高々500を超えたところの若造が叶う相手ではないのだ。

「…相変わらずじゃなぁ…お主。」

「…相変わらずデタラメだなぁ、ほんと。」

乾いた笑いしか出てこない。

もうこれで3度目。

こちらの攻撃は1度も当たらない。

コアを取り上げられ、渋々降参するしかない自分と、息すら切らさない滅創。

やはり経験なのか。

「…で、落ち着いたか?」

「んー?あぁ。大丈夫大丈夫。」

筋肉痛だけど、と付け足しておく。

もう烏が無く時間帯になっていた。

 

「で、結局理由は?」

米を掻き込みながら尋ねる。

「……その、勝てなくて、殺されるかと思って…」

「…人間にか?お主が?」

「いや、あいつは人間じゃない。同族だ。」

殲撃が口を挟んできた。

 

殲撃によると、あの毒(滅創には効かないようで気づかなかったらしいが)は普通のものではなかったらしい。

そもそもトリカブトやテトロドトキシンなどの自然にある毒は基本我々には効かない。

となると何か能力で作り出したとしか思えないそうだ。

というか、

「…お主ら戦闘型じゃろ。なんで毒殺されかけとるんじゃ。」

「耐久力はあるけど毒耐性は低いのよ。私達。」

得手不得手は誰にでもある、と自分にも言い聞かせるように言った。

「…意外じゃ。相手に知られんようにな。」

呆れたような声を出されても困る。事実だし、どうしようもないのだから。

 

「…ふーん…『同族嫌悪』ね。」

「どうする?報告する?」

「そうね。その方がいいわ。」

音もなく飛び立って行く2つの人影が夜の闇に消えた。

 

 




遂に3000超えましたね。語彙力とボキャ貧が欠如しまくってる私にはシリアスはキツいです。
グロとかを普通に入れてしまいましたが大丈夫でしたでしょうか。
こういう表現を頻繁に見てるので感覚が麻痺してるんですよね…

ではではまた次回。


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第9話

「ではまず報告から聞かせてもらおう。」

 

『対超越者抵抗会議』

急遽開始することになった緊急会議である。

 

「はい。御報告させて頂く事は大きく分けて3つです。」

そう切り出しながら、サティラは前に出た。

「まず1つ。核炎の能力で熱を出すことが可能、だと判明致しました。」

部屋中がどよめきに包まれる。

何故だ、熱は出さないのでは無かったのか、などの意見も時たま聞こえるが、上座に座る上層部の連中は默したままだった。

既に東西が伝えていたからであろう。

 

「そして2つ。彼女が所持しているこの球体。この球体にダメージを与えると瀕死まで弱体化させることが可能です。」

こちらは感嘆の声が多かった。

弱点が判明した事は、これからの戦闘で重要だろう。

 

「しかし、この球体は核炎が能力を行使する際に使うモノでもあります。ですので攻撃する際は最大限の注意が必要かと。」

納得してもらえたようだ。

 

「…そして3つ。核炎、氷華以外の超越者を『2人』確認致しました。」

最初とは比べ物にならない驚愕の表情が全員に浮かぶ。

上層部すらも目を見開いている様子だ。

 

「1人はスーツ姿の男。髪の色は黒に近い茶色で、筋肉質な体を持っていました。」

しかしこいつには毒が聞くことが判明している。

まだ対処の仕様があるだろう。

問題は2人目だ。

「そして、2人目。和服姿の老人で、髪は青が混じった茶色。老人、から分かるように戦闘出来るような体ではありませんでした。が…」

1度言葉を切る。

「戦闘した感想として、ですが。1人目のスーツ姿の男より手強いという印象を持ちました。十分な警戒が必要かと。」

元より超越者には最大限の警戒が必要ではあるが。

報告を終えた後はこれからの方針が語られた。

 

『超越者の情報を集め、可能であるならば撃破する』

というのが上層部の意思だった。

 

が、正直今の軍事力では無理だろう。

最早実験などさせてくれる空気でも無さそうだし、そろそろ手を引くことを考えた方がいいかもしれない。

 

 

 

「で」

いきなり核炎が

「氷華を取り返しに行きたいんだけど!!」

とか言い出した。

 

「お前馬鹿なの?やられたばっかじゃん。」

「今なら勝てる!!」

「その謎の自信はどこから溢れてくるのやら…」

呆れたような2人と負けじと抵抗する核炎。

「てかお前そもそも氷華がどこに居るか知ってんの?」

「知らない。」

「どうすんの?」

「探す。」

なるほど。こいつはバカのようだ。

 

「あのなぁ。探すって言ってもお前」

「やる前にぐだぐだ文句言う人よりはマシだと思うんですけど?」

「ぐっ…」

嫌味な言い方をしやがる。

 

「それに…早くしないとまた苦しい思いをさせちゃうかもしれないじゃない…」

…確かに正論だ。

というか露骨にしょぼくれるな。

 

「だーかーらー!!取り返しに行こ!!」

「…はぁ。仕方ないのぉ…」

「げっ。滅創意外と乗り気?」

「こいつの言うことは間違っておらんしな。」

まぁ確かにそうなんだが。

「また探すのか?」

「そうするしかあるまい。」

「ほーらー!!行くよ!!」

元気なこった。

 

 

 

視界は、黒と闇。

冷たい鉄の感触と、耳を塞ぎたくなる機械音。

口は塞がれていて動かすことが出来ず、体も拘束されているのだろう。

…もう慣れた。

この状況を恐慌するのでもなく、ただただ諦観していた。

 

自分は冷たい。

人としての温もりはとうの昔に忘れてしまった。

憎悪も好意も、何も。

全てがどうでもいい。

むしろ早く終わってくれないかとばかり思っている。

 

だが『彼女』は暖かった。

懐かしいような、不思議な感覚に襲われた。

少し苦しかったが、彼女の胸で眠る夜は悪くは無かったし、むしろ心地よかった。

あれが安心感というものだろうか。

 

もう得ることは無い暖かさ。

そう考えると無性に虚しい。

鉄の温度しか知らず、ただ朽ちていく日々を待つだけの毎日に虚しさを覚える。

 

……………

 

 

「で、『これ』の処分はどうなさるのですか?」

氷華の事だ。

ここに留置していればいつかは核炎がまた取り返しにやって来るだろう。

今度こそ殺されかねない。

一刻も早く処分しておく方がいいと思うのだが。

 

「…放置?」

意外な返答だった。

殺すのでもなく解放するのでもなく、放置。

「餌として…ですか。」

勝ち誇ったような顔をしてその事を伝えてくる上官を横目で見つめる。

 

勝てると思っているのか。それとも何か策があるのか。

もし作戦が決定したからその為に、というのであれば辞めるよう進言した方がいい気もする。

「…了解致しました。」

やむを得ず、そう返事する。

彼女の対策を考えねば。

 

 

「で、どこか心当たりはあるのか?」

「いや、無いね。」

「断言しおったな。少しは考えたらどうじゃ…」

うーんと悩む核炎を数秒見つめた後、自分も思考の海に浸る。

 

恐らく氷華を取り返しに来たのはフロスト社の手の者。

だが超越者が一般企業に協力するとは思えない。

すると

「…政府が絡んでる?」

我々の一族は政府の黙認により、日本国の法律からは逸脱した地位を保っていた。

彼らも、何を仕出かすか分からない連中と対立したくは無いのだろう。

だから確率は低いとは思うのだが…

「でもそれぐらいしかなくない?てか手掛かりがないんだから全部訪ねていくしか無いでしょ。」

「馬鹿者。訪ねて行ってもし敵対されたらどうする?」

「燃やす?」

「阿呆。」

拳骨を落とす。

「痛っ…」

「反省しとらんな?お主。」

「し、してますごめんなさい」

本当か?こいつ。

「じゃ、じゃあとりあえず目指すは都内か?」

「そうじゃな。」

 

 

「サティラ」

名を呼ばれて振り返る。

呼ぶ奴に目星は付いているが、警戒を怠る気は無かった。

「…なんだ、『風弓』か。」

「何だって何よ。せっかく報告しにきて上げたのにー。」

「はいはい、ごめんなさいね。で、何を報告しに来たの?」

人使い荒いんだからー、と愚痴りながら「風弓」━━『風弓の琴音』はこう報告してくれた。

 

「横浜の人口森林にて、超越者3人を発見。内1人は核炎確定。」

「…ふむ。」

「何笑ってるの?怖いんだけど。」

…笑っていたのだろうか。表情筋など滅多に動かないから自分でも分からない。

「あんた、ポーカーフェイスって思ってるんでしょうけど割とバレバレだから気をつけなさい。じゃあ戻るわ。」

「了解。『天癒』にもよろしく言っといて。」

「分かったわ。」

彼女はひっそりと飛び立って行った。

 

 

「今度は逃がさないわ。」

またもや不自覚の上で、サティラは不敵に笑った。

 

 

 




新キャラですわよ
風弓(ふうきゅう)の琴音(ことね)さんと
天癒(てんゆ)の智美(ともみ)さん(まだ作中では名前は出してませんが)
ですです。
2つ名は能力に関係してます。
のちのち語られるでしょう。

そして1つ御報告が。
これから新生活が始まるので、少々投稿ペースを落とさせて頂きます。
4月中に…というより月一で投稿できたらいいな、というぐらいのペースになるかもしれません。
7月ぐらいになると多分大丈夫なんですけどね。

ではでは、ここまでお読み頂きありがとうございました。


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キャラ説明&用語説明

ガバガバのキャラ説明と用語説明です。
「あれ?こんなんだっけ?」ってなってもこれからはここに書いてあることで行くので対応してください(無理矢理)
ではでは、めちゃくちゃ長いキャラ説明どうぞ!



[キャラ説明]

 

『氷華』

本名:???

性別:女

歳:512

身長:148

能力:氷華

 

〜能力詳細〜

自然では溶ける事の無い氷を生み出す。

太陽光や火では溶けず、溶けた鉄に放り込んでも溶けずに残る。

もちろん冷気も発している。

 

〜経歴〜

10歳の時、核炎達の故郷に落ちてきた。

両親は不明。

そしてその2年後、人間の襲撃により誘拐。

約300年の間実験を繰り返され、心が壊れてしまう。

500年の歳月が経った後、核炎に保護される。

 

 

『核炎』

本名:クリア

性別:女

歳:518

身長:159

能力:核炎

 

〜能力詳細〜

温度を発生させない爆発を起こす。

爆発の規模はライター程度の摩擦熱から核爆弾並の大爆発まで多種多様。

触っても熱くはないが、衝撃波が並の爆弾の数倍はあるので大抵の人間は温度を感じる前に吹っ飛ぶ。

『裏』使用時は超高温の蒸気が発生する。

その蒸気により、周りの物質全てを溶かすことが可能。

物質だけでなく術式や、情報も溶かして破壊することが可能。

お気に入りの技は「爆炎核」

 

〜経歴〜

超越者の里で生まれる。

幼少期から大人達を凌駕する程の魔力量を保持している。

しかし「引き継ぎ」を行っていないため、能力の行使は不可能だった。

(「引き継ぎ」については後述する)

16歳の時、里に落ちてきた氷華と出会う。

保護し、姉妹のように育つが、保護して2年後の襲撃により氷華が行方不明になる。

100年程は忘れていたが、突如記憶が戻り、彼女を助けるための力を求めるようになる。

そして『同族嫌悪』に手を出す。(これについても後述)

16人の同族を喰らった後、やっと能力の制御に成功する。

しかしその噂を聞きつけ処罰を与えに来た滅創と殲撃に敗北する。

その後も氷華を探し続け、稀に2人と連絡を取るようになる。

 

 

『殲撃』

本名:焔(ホムラ)

性別:男

歳:520

身長:181

能力:殲撃

 

〜能力詳細〜

自らの別人格と同調することにより「狂戦士化」する。

基本は肉体に頼った戦闘で、滅創が作り出した武器も使用し相手を翻弄する程の速さで敵を攻撃する。

シンプルかつパワフルな戦闘が特徴。

しかし、一定時間が経過すると変身は解ける。

時間切れを起こした場合のみ、再使用まで1日程の休息が必要。

 

〜経歴〜

核炎と同じ村で過ごすが、面識は無かった。

同じように襲撃により逃亡。

そして逃げた大人達から「引き継ぎ」を行い、能力開花に至る。

その間は滅創が常に同伴していた。

そして「同族嫌悪」が居るとの噂を聞き、滅創と共に処分に向かう。

そこで始めて核炎と面識をもつ。

 

 

『滅創』

本名:青龍

性別:男

歳:2063

身長:179

能力:滅創

 

〜能力詳細〜

武器を作り出すことが可能。

無から作り出すことも、既存の物を変化させることも可能。

得意なのは、拳銃と小刀(そのため、殲撃もこれらを使うことが多い)

一瞬で作り出すことが可能だが、時間を掛けた方が武器の切れ味等は高くなる。

大昔に2年の歳月を掛けて作られた日本刀があるらしいが…

 

〜経歴〜

超越者がまだ数人しか居なかった頃からの古参。

そして超越者の里を作ったのも滅創達である。

同族の安寧を第一とし、裏切り行為や襲撃には人一倍厳しい。

また、核炎達が生まれた頃に設立された「長老」達の1人でもある。(後述)

超越者の体は年齢を重ねれば重ねるほど強靭になっていく。

しかし、戦闘可能な時間は対照的に減少し、滅創の場合2分程が限界。

そのため、自分が作り出した武器を殲撃に渡す等のサポートに回っている。

しかし2分間であれば核炎すら圧倒する事が可能。

 

 

『練融』

本名:サティラ

性別:女

歳:???

身長:178

能力:練融

 

〜能力詳細〜

本来は薬を調合する程度の能力だったが、本人の強い意志と努力により他のものも融合出来るようになった。

手をかざすだけで融合させることが可能で、その対象は無機物、有機物など、制限は無い。

しかしリバウンドが起こるものや難度が高いものもあり、迂闊に調合出来ない模様。

戦闘時は毒の塊や、自身を分解し、別の場所に生成する事で瞬間移動のような術式を使い戦う。

しかし戦闘型では無い、本人も戦うことに大して気は進んでいない為、戦闘を進んで行うことは少ない。

 

〜経歴〜

核炎達とは違い、人間達の中で育つ。

しかし100年経っても変わらない容姿に疑問を持ち、超越者である事が判明する。

それからは自身の能力開花に勤しみ、「引き継ぎ」を行わず能力の行使を可能とした。

そして、超越者の噂を聞きつけ、軍に志願。

現在に至る。

 

 

[用語説明]

『超越者』

人間とは別の種族。

人間と父母の間からも誕生することがある。

しかし確率は極低であり、今までで1人しか確認されていない。

1つ異能を持っており、能力開花には同族からの「引き継ぎ」が必要。

しかし、必要でない場合もある。

 

『裏』

超越者達の切り札。

自身の能力を極限まで高め、放出する。

範囲攻撃かつ一撃必殺の文字通り最強の技。

しかし何かしら本人にリバウンドが起こる。

核炎の場合は動けなくなるほどの激痛が数十分起こり、気絶する。

 

『引き継ぎ』

超越者が能力を行使する際に必要な儀式。

超越者が生きている超越者の肉を喰らう事で能力が使えるようになる。

回数が多ければ多いほど使える能力は増大化していき、身体能力も強化される。

しかし、本来は1人につき1人であり、それ以上を喰った者は「同族嫌悪」と蔑まれる。

 

『同族嫌悪』

超越者が能力を求めすぎた結果、同族を複数人殺した者の事を指す。

禁忌とされており、生存することはほぼ許されない。

しかし数が減少してきた今は、最後の抵抗手段として生存が許されている。

核炎がそれに当たる。

これまでに出現した数は核炎を入れて3人。

2人は長老達によって処分された。

 

『戦闘型』

文字通り戦いに特化した体や能力を持つ者達の総称。

 

『長老』

年齢が1000を超えた者達の総称。

全員で10人居たが、滅創以外の9人は既に死亡している。

7人は襲撃の際の戦闘、及び自爆で死亡。

2人は核炎の処罰に向かった際に返り討ちにされ、喰われた。

現在1000歳を超えている超越者及び長老は滅創だけである。




色々詰め込みました。はい。
琴音さんと智美さんの詳細はこの先語られるでしょう。
これからサティラさんは練融と呼ぶのでご注意をば!

ではでは。


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第10話

2桁行くとは思わなかったです。乃依です。
今月はこれで最後かな……(まだ4月になったばかりですが)
ではではまた。


「んー……どうする?天癒」

「そうねー。」

核炎は見つけた。

問題はどうするかだ。

 

2人は核炎達とは別の場所で育った。

サティラと同じ人間の間に生まれた超越者だ。

そして高校で出会い、そこから常に行動を共にしている。

 

「サティラ…練融に報告はしたけど。」

「…あの人正直苦手。」

「なんで?」

「何考えてるかわかんないし…」

面識が少ないからだろうとは思うが。

「意外と単純なのよ?あの人。」

「…なんか胡散臭いわ。」

「そうですか。」

「んで、どうするか、だっけ?私たちで倒せない奴なんか居るの?そんなに強いの?」

「『同族嫌悪』よ。16の。」

「…は?」

 

16。

この数字が意味するのは、本来は1つしか引き継がれない━━「引き継げない」能力を16も持っているということ。

しかし数ある能力を全て鍛え上げるのではなく、1つの能力に特化し、他の能力は主能力の保持に回していることが多いらしいが…

それにしても16。2桁は異常だ。

 

「いやいやいや…おかしいでしょ。何があったの。」

「さぁ?長老クラスも2人喰われてるみたいだし、タダ者じゃ無いよ。あの女の子。」

長老クラスを2人?

「それって運が良かったんじゃ」

「…それに合わせて戦闘型よ。完全に腕っ節で勝ったみたい。」

「………」

開いた口が塞がらない、とはまさにこれか。

となると我々に…いや、もう手に負えない化け物では無いのか?

「それ、倒せる奴居るの?」

「一緒にお爺さんと男居たでしょ。あの2人が抑えたらしい。特にお爺さんは最後の長老よ。」

「…ふむ…」

 

 

そして決まった作戦は、「風弓が一発撃ち込んで当たったら攻撃、外したら即撤退」という最早作戦でもなんでもないモノだった。

元々2人は練融以上の超越者を知らない。

いくら同族嫌悪でも、自分たちの方が数も有利だと思っていた。

後ろの爺や男は飛べば逃げられる、とも。

 

「…はー…緊張するなぁ…」

「外したら即撤退、だからね。」

「分かってるよ。追い打ちかけないで。」

「はいはい。」

 

左手に小さい弓を構える。

呼吸を整え、右手人差し指を弦に掛ける。

静まり返った辺りには弓を引き絞る音だけが聞こえ

「『月堕矢(つきおとし)』」

光の矢が森の中に撃ち込まれた。

 

 

「……あっぶなあぁああぁぁ…」

急に矢が降ってきた。

とっさに爆発で衝撃は相殺したが、吹っ飛んでしまった。

しかし食らった時のダメージに比べれば微々たるものだろう。

「…滅創?殲撃?大丈夫?」

小さく声を掛ける。

「大丈夫じゃよ。」

「俺は半分大丈夫じゃないかな…」

「よし、大丈夫ね。」

俺は?と聞いてきた殲撃は無視し、空を見上げる。

 

「…煙すごいわね…」

「近すぎたかな?」

何も見えない程灰色の煙が立ち込めていた。

「とりあえずこれは撤退?」

「いや、続行しましょう。何かあれば私がどうにかするわ。」

「りょうかいりょうかーい。」

「ともかく降りようか。見えなかったら撃てないでしょ。」

「そうねー。」

 

「………誰?」

上から何か来た。

飛んでいるということは超越者だろうが。

「…こんなに居るの?生き残り。」

「いや、我等の里の者では無いな。」

「また野良か?多いな最近…」

左の女が弓を持っている。こいつが犯人だろう。

「まぁいいや、何しに来たの?射ったからには何か理由が」

「あなたを殺しに来たのよ。核炎さん?」

唐突に死刑宣告された。

 

 

「はぁ〜…舐められたもんね。」

かと言ってその宣告をバカ正直に受け取るほど痴呆では無い。

「『爆炎核』」

手始めに爆発。

「…唐突ねぇ…。」

一人しかいなかった。

「あれ?左のは?」

「吹っ飛んでったわ。あの子弓以外はてんでポンコツだからね。」

「へぇ。」

割と全力で撃ったのだが。

見たところこいつは武器を持っていない。

ならば、

「滅創、使ってもいい?」

「…使ってもいいが確実に殺れ。」

「ありがと!」

許しは降りた。ならば後は決まっている。

「じゃあね、天使さん♪━━『裏豪核』」

右手のコアに熱を集める。

そしてここは森の中。

『燃料』は大量にある。

「『太陽舞踊(サンライトカーニバル)!!!』」

 

木々が燃え、踊るように崩れ始めた。

天然の監獄。

「ちょ、これ」

「もぉ〜!!怒ったぞ!!『陽落矢(たいようおとし)』!!!」

風弓が太陽の如き火矢を撃ち込む。

だが

「あ!燃料ありがとね〜!!じゃああなたも、ばいば〜い!!」

全て彼女の炎に変わってしまった。

 

「ふー。燃やした燃やした。」

残ったのは大量の炭。

「…燃えとらんぞ。」

「え?」

「逃げてたよな?」

「え?」

「うむ。」

「えぇ?」

「…はぁ。」

「えぇ…」

また逃がしたのか。

 

 

「何なのあいつ!?デタラメすぎじゃない?」

「そうね…」

体のあちこちに炭の欠片をくっつけながら、2人はサティラの所へ急いでいた。




やっと常識的な長さになった卍
今回からフリガナ入れてみました〜
漢字にカタカナフリガナって厨二魂くすぐられますよね。

あ、核炎さんの16の能力のいくつかは前に出てきたことあります。
良ければ探してみてくださいね〜

ではではまた。


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第11話

5月分デス(やらなければいけないことがいっぱいのため繰り上げて投稿させていただきます)
乃依です。

あ、補足なのですが。
この間上げたキャラ説明の容姿部分。あくまでも設定ですしキャラも成長しますので変動する可能性があります。
ご了承の方よろしくお願いします(という保険を掛けておきます)

深く考えれば考えるほどおかしい部分が目立つので気楽にお読みくださいね!!


「ようやく我が先祖の失態を私の代で拭う事が出来る」

山河は報告書を読み上げながらそう呟いた。

 

 

「あ〜…だりぃ……」

屍のように地べたに這いつくばっているのは核炎。

『裏』を使った反動で先程まで痛みに苛まれていた。

「ほんとこれは慣れないわー…あーだる…」

「逃がした癖に口だけは回るのぉ。」

「うっ…」

今回は逃がしてしまった滅創自身にも失態があると思っているのか、あまり強くは追求されない。毒は吐かれるが。

「足りないなぁ…なにもかも…」

「治ったら組手でもするか?」

殲撃がそう問いかけるが、核炎は頭を振って

「やーよ。そんな何にもならないもの。どうせなら本気の戦いがしたいわ。」

「そうですか。」

ため息を吐きながらそう返す。

根っからの戦闘狂だな、と改めて感じた。

「ん。収まったかしら。」

核炎が立ち上がり、肩を回す。

「しかしあれね。なんか色々汚れたし、久々に水浴びでもしたいわー。」

 

 

「天癒…大丈夫?」

「大丈夫よ。これぐらいすぐ癒せるわ。」

逃げた直後は気が動転していて天癒の様子まで気に留められる余裕は無かった。

だが、いざ正気に戻った時に驚愕した。

 

天癒の左肘から下の腕が無い。

本人は『掠った程度』と言っていたが明らかにそんな程度では無い。

その上、

「でも再生できてないじゃない…やっぱり何か」

「何も無いわ。大丈夫よ、風弓。」

頭を撫でられながらそう言われてしまっては何も言い返せなかった。

何か胸騒ぎがする。

 

 

ちょっと川を探して水浴びしてくる、と核炎が飛び立ったのはつい半時ほど前。

周囲に核炎の気配が無くなった事を確認した後、殲撃は問い掛けた。

「なぁ、滅創。あいつヤケに痛みが引くのが早くなかったか?」

「確かにな。儂もまだ1、2回しか見ておらんがあれは明らかに早すぎるだろう。」

「ただの裏でも無さそうだったよな。サンライトなんちゃらとか。」

「…儂とてあやつの技全てを把握しているわけでも無いわ。」

 

 

「ふー。やっぱり1日1回は水浴びしたいわね。」

核炎は滴る水滴を蒸発させながら呟いた。

「ん。まだ傷跡残ってる。」

そこに手を当て、数秒経ってから離す。

そこにあった古傷はいつの間にか無くなっていた。

「私だって女だもの。傷物は嫌よね〜」

上機嫌な核炎は手っ取り早く身支度を整えると、川岸から飛び立った。

「あの人にも会いたいし、ね。」

 

 

「…総理、それほど重要なお話なのでしょうか。あまりにも急速すぎる動きは返って混乱を…」

「よい。多少の事は後で片付けられる。今はそれよりも重大な事を相談したいと思って呼んだのだ。理解してくれ。」

「はっ…」

内閣総理大臣、山河養老。

普段は冷静沈着で腹の底を決して見せない人物が「焦っている」

それだけで異常事態と言えるのだが…

「良いか。ここで見聞きしたことは一切他言無用。信頼しているぞ。海堂。」

「はっ!」

最敬礼を山河に向け、海堂は身を引き締めた。

「よろしい。まずは私の先祖の話をしよう。」

 

 

まだ西暦が2000を刻む頃の話。

人々は否定することしか知らず、人の揚げ足を取ることで自らの地位を確立させようとしていた時代。

その時代には御三家と呼ばれる3つの家があった。

山河家。

海堂家。

東西家。

この3つの家はそれぞれ適した仕事を極め、そしてさらに追求を怠らない勤勉な家系だった。

しかし世界に表立つ事は無かった。

その理由は、その研究が非人道的だったこと。

そして暗黙の内に法律で守護されている存在だったからである。

 

山河家は人体実験。

海堂家は軍事実験。

東西家は科学実験。

この御三家は互いに相容れることは無く、表面上の付き合いはあっても、それは不干渉を貫くためのものでしか無かった。

しかし、西暦2004年。

山河家の後継者である1人の男がある事を思いついた。

『この世界を守る者を作ろう』と。

まだ思春期を超えた辺りの青年が抱く儚い夢。

そしてそのクラスメイトであり、親友であった、海堂家と東西家の子息。

表面上はまるで他人のように接しているが、人目をはばからって3人は交流を続けていた。

『僕が家を継いだら、君たち2人と協力して世界を守れるぐらい強い武器を作りたいんだ。』

『いいじゃないか。ならば僕は我が家の武器の研究成果を君たちに打ち明けよう。』

『じゃあ私は今までで見つけた科学実験の結果を全て見せるよ。』

 

そうして協力した、御三家。

山河(じんたい)海堂(ぶき)東西(かがく)

この3つの極地を集結し作られたのが

1つの玉。

 

『やった。これで世界を守ることが出来る。小さい頃からの夢が叶ったんだ。』

『おめでとう。』

『やったな。』

3人は決して悪意など抱いてはいなかった。

しかし、情報はどこからかいつのまにか漏れているものである。

 

『無くなってしまった。』

『まさかお前が盗んでいいとこ取りをしようとしたんじゃないだろうな。』

『そんな訳無いだろう。』

『怪しいぞ。』

 

3人は良くも悪くも幼かった。

そしていつしか交流を断ち、互いの抗争に夢中になるあまり、戦いの発端である研究成果を忘れてしまっていた。

 

「…そしてな、愚かにもそれを盗んだ犯人は恐ろしいことをしでかしよった。」

山河は目頭を抑えながらこう言った。

 

 

人間の心臓に埋め込んだ、と。

 

 

それは得体の知れない異形と化し、異能を司り、全てを消し去った後、山に消えていったという。

そして、その時から200年。

山奥で謎の集落が見つかった。

山河の先々代の総理大臣は即座に悟った。

『あれが異形の者達の集落』だと。

だから国家の全てを動員し、一瞬で消し去った。

その事を伝えられた御三家は驚愕し、一斉に姿を現したかと思えば、僅か数ヶ月で国の中枢と上層部を支配するに至った。

 

「現在も極秘裏に犯人を追っているが…なんせ1000年以上前の事だ。犯人が生きているかも分からぬ…」

独り言のように呟いた。

 

「あの、山河総理。」

「なんだ。」

海堂は一途の希望を掛けて問いかける。

「超越者共の集落があるという事を先程仰られましたが…今はどうなっているのでしょうか?」

「今はただの森だ。焼き討ちされてもう数百年経っている。」

「では、その焼き討ち…というか、殲滅を行った部隊は?その者達が残した情報や手掛かりがあれば、何か対策出来るかも」

「海堂。お前は本気で言っているのか?」

「え?」

「…私とて怪物では無い。死地に向かう人間が居るのにも関わらず情報を小出しにし、無闇に死人を増やすような真似はしない。」

「…申し訳ありません。」

「よい。さて、お前の質問への返答だが、全員死んだ、と返しておこう。」

「相討ち、ということで宜しいでしょうか。」

少し俯いて考えてから、

「…残っている文献によると『最後の1名が自害するのを見届けた後、山を下っていると唐突に巨大な赤黒い華が咲いた』となっている。」

「…華?」

「華、だそうだ。山を覆うほど巨大な華━━薔薇だったそうだ。その後隊員達からの通信は一切無い。」

「薔薇…」

黒い薔薇の花言葉と言えば、

「『憎悪』…ですか。奴らの残した言葉は。」

「そう考えて良いだろうな。少なくとも好意的に取られている筈は無い。」

それはそうだろう、と海堂は心の中で呟いた。

「…これが、私が今朝見つけた文献の全てだ。本当は東西社長も呼びたかったんだがね。彼は少々忙しいようだ。」

「彼は何を?」

「核炎を見つけたそうだ。これから戦闘が始まるだろう。」

 

 

「たっだいま〜」

「おう。おかえり。」

「いや〜久しぶりの水浴びはいいね!スッキリしたわ!」

「そうかそうか。じゃあ行くとするかい。」

「おー!!」

 




久々に人間サイド書き殴りましたね。
あ、東西さんと海堂さんと山河さんって誰ぞ?
って方はバックナンバー読んでみてください!(宣伝)
山河さんはまた登場させたかったので目標が叶って満足ですです。
次の投稿は早ければゴールデンウィーク。通常通りなら6月です。

ではでは〜


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第12話

連日投稿です。


「『山茶花 山茶花 咲いた道 焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き』」

「『当ぁたろうか 当たろうや 霜焼けお手手が もう寒い』」

1人の青年が歌を歌いながら森の中を歩いていく。

その周りを火花に包まれた枯葉が舞っていた。

 

 

 

「…何したのあんたら。」

「何したもこうしたも無いわよ!」

「ちょっとしくじっちゃってね。治してくれない?」

練融はため息を吐きながら腰のポーチから1つの瓶を取り出した。

「最近材料も少なくて、補充出来ないのよね。これが最後だわ。」

中に入っていた薬品を、天癒の肘に振りかけるとたちまち元通りの腕に再生した。

「これは核炎にやられたの?」

「えぇそうよ!調子に乗ってるわ!あの小娘。」

実年齢はあんた達よりよっぽど年上だろうけどね、という突っ込みは心の中に留めておく。

「血すら出なくって、痛みも無くて…神経や血管ごと焼かれたみたい。」

「焼かれた腕は?その場に落ちてたりしなかった?」

「そんなの確認する暇無かったわ。」

「そう…」

「なーんか嫌な予感がするのよね。逃げられただけで上場と思うべきかしら。」

あの化け物から逃げられたのは賞賛されるべきであろう。

「顔を覚えられてはあんた達も監視しにくいだろうし…どうしたものかしら。」

少し頭痛のする頭に手を当てながら、練融は唸った。

 

「やけにご機嫌だな?核炎」

「えっ!?そ、そうかな…」

何かおかしい事でも聞いただろうか。

先程までの彼女は鼻歌を歌いながらスキップに近い足取りでずんずんと前を歩いていたから言っただけなのだが。

「?」

「な、何も無いよ?」

「ふーん…」

何か隠している、と確信した。

それは滅創も同じのようで

「核炎。ちょっとこっちに来い。」

2人でどこかに行ってしまった。

………俺は?

 

 

「何か隠しておろう?何を隠している。」

近くの岩に腰掛けながら、滅創は核炎に問いかける。

「別に何も無いけど?」

そう言いながらも視線が泳ぎまくっている。

「あ、新しい技が成功して浮かれてただけよ。何か悪い!?」

逆切れされた。それだけでは無さそうだが。

「ほほう。ちなみにあの技はどういう技なんじゃ?裏なんだからただの爆炎でも無いんじゃろ?」

「ただの爆発よ?ただ…あの、誰だっけ?敵の子がやってきたみたいに火の攻撃を受けたらちょっとばかし強くなる感じの。」

それはしょぼくないか、と思ったが、まぁ使うところはありそうだ。

「そうか。まぁ奥の手として取っておくのがいいじゃろうな。」

「だね!」

 

別にもう1つ効果があるんだけどね、という核炎の小さな呟きは滅創に届かなかった。

 

 

 

「『春が来た 春が来た どこに来た』」

「『山に来た 郷に来た 野にも来た』」

三味線の様なものを手で掻き鳴らしながら、青年は森の中を歩く。

先程とは打って違って、周囲には桜の花びらが散っていた。

 

 

 

山河からの告白を受けた後、自室に戻った海堂は自責の念に囚われていた。

申し訳ない、と。

何も出来ない我が身が忌々しく、死んでいった隊員達には何と謝罪をすればいいのか。

彼らが死んだ理由は、元を辿れば我が先祖の失態にあったのだ。

妻子を持ち、よく家族の話をしていた部下や、妻が欲しいと常に愚痴っていた同僚。思い出せば思い出すほど辛くなる。

数百人の命が散った理由は自分の先祖のせいなのだと。

今頃は東西が同じことを聞いているだろう。

軍人と一般企業の社長。

職業は違えど人の上に立つものとしての責任の重さは同じだろう。

彼はどのように思うのだろうか。何も無くして居ない彼なら冷静な判断を下し、新たな作戦を考えることが出来るのだろうか。

前にも進めず、ただ後悔するだけの自分とは違うのだろうか。

目元を抑え、ただただ思考の渦に捕らわれていった。

 

 

「なるほど…」

山河からの唐突な招集を受け、そして衝撃の事実を受けた東西は、海堂と同じく思考の渦に囚われていた。

だが考えることは真逆。

「今まで得た情報を一旦整理し、新たに作戦を立案しましょう。私共も全力で協力致します。」

山河は鷹揚に頷くと、辞することを許可した。

 

 

「…よし、決めた。私も付いてくわ。」

「は?」

「え?」

練融の突然の申し出に、驚きを隠せない天癒と風弓。

「何も不思議じゃないでしょう?サポートぐらいはできるし。あと薬の材料も調達したいし。」

「い、いや良いんだけどさ。」

「守り切れるとも限らないですよ?」

はぁ、とため息を吐いてから一言。

「そんな簡単に死にゃしないわよ。いざとなれば転移出来るんだし、正直あんた達の方が心配だわ。」

「うっ」

「ゆ、油断しただけよっ!!?」

「じゃあこれからは油断なんてしない事ね。さて、行動は早い方がいいわ。行くわよ。」

練融は一瞬でどこかへ行ってしまった。

「…やっぱ苦手、あの人。」

「は、早く行かないと追いつけなくなるよ!!」

2人はあたふたと飛び立ち、彼女を追った。

 

 

「ただいまー」

「おう。おかえり。」

「…殲撃。お前の番だ。」

「え?俺も!?」

何かしたのか、とニヤつきながら聞いてくる核炎を肘で小突きながら、滅創について行く。

 

「俺はなんも隠してないぞ?」

「それは分かっておるわ。儂はあいつの話をするためにお前を呼んだんだ。」

「と言うと。」

「恐らくあいつ、また『喰った』ぞ。」

「…何故?確証が何処にある。」

「まずは傷の治りの速さじゃな。早すぎる。それにあいつのコアの色。微かだが青が混じっておった。何か変かがあったのは確実じゃろう。」

「…それまたなんで喰ったんだ?俺にはさっぱり分からんのだが。」

「儂にも分からん。だからお前に聞こうと思ったんじゃが…心当たり無しか。」

少し考え込む様子を見せてから、滅創は再び口を開いた。

「儂らの集落の者を喰った訳でもあるまいし、処分するつもりは無いが、少しの間観察が必要だ。肉を食ったわけでも無さそうだ。乱用されては困る。」

「…これで何人目だ?」

「16…いや17か。最早儂とて勝てるかは分からんな…」

「ジジイが弱気になってんじゃねーよ。俺だって居るだろうが。」

「お前如きでは瞬殺じゃわい。」

軽口を叩きながら腰を上げ、2人は核炎の元に戻って行った。

 

 

 

「『兎追いし 彼の山 小鮒釣りし 彼の川』」

「『夢は今も 巡りて 忘れ難き 故郷』…」

周りに動物達が集まり、青年の歌を聞いていた。

切り株に座っていた青年が立ち上がると同時に、動物達も巣に戻り始めた。

ただ1匹の異質な兎を除いて。

 

「次は何を歌おうか。」




名前は出てませんが新キャラ登場させました。
彼のことはまた後々。
では。


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第13話

「うぅん……」

頭が重い。

目を覚ますと、そこは青い光以外が暗闇に包まれた部屋だった。

足元から照らされる光以外は何も見えない。

「………ここ…どこ……」

どれほど寝ていたのだろうか。

手足が拘束されてるのだから穏やかな睡眠では無かったとは思うが。

そして足元を覗いてみると、案の定大量の『凍花』が咲いていた。

不快だ。

これがあるから自分は自由に生きられないのだと思うと不快で不快で仕方が無かった。

だが

「…これが無かったら…あの人にも会えなかったのかな」

きっと彼女にも会えなかったのだろう。

そう考えると、不思議と悪くないと少しは思えた。

彼女の胸の中で寝た夜は心地よかった。

また会いたいと思う事ぐらいは

「許してくれるよね。神サマ。」

 

 

 

「この辺りかしら。」

練融は森の入口近くに降り立ち、2人を待った。

 

 

数分待ってみたが来ないので、向こうが見つけてくれるだろう、と安楽的な思考のまま、散策を開始した。

「…なんで桜が…」

一言で言うと季節外れ。

季節もう時期夏に差し掛かるというのに、桜が咲いていた。

「考えられるのは核炎達だけど…する意味が無いわね。ただの偶然かしら…」

考えるだけ無駄か、と思考を止め、奥に進む。

 

それからは特に何事も無かったが、時折焼けた枯葉や、無残に殺された野兎などが転がっており、あまり見るのに気は進まなかった。

その時、

「練融。」

「やっと見つけた。見つからなかったらどうしようかと思ったんだから。」

「見つけてくれると思ってね。ごめんなさいな。」

「もう…ねぇ、あの桜見た?なんで咲いてるの?」

「そうよ。もうすぐ夏よ?」

「私に聞かれてもなぁ…」

どう返したらいいのか。

「よう。ねーさん達。」

「こんにち…え?」

誰だ?

 

 

 

「まだ抜けないの?この森…」

「思った以上に大きいな。この森。」

「足疲れたー。」

「飛べばいいじゃろうて。」

「そっちの方が疲れるの!」

「文句ばっかりだな……」

ぎゃあぎゃあと口論を交わしている核炎と殲撃を横目に、滅創は先を進む。

2人の声が聞こえない当たりまで進むと、別の音が聞こえてきた。

「…歌?」

 

 

 

「誰…か。」

「…なんかまた変なやつにあった気がするぞ。」

「………」

2人は気づいていないようだが、練融は気づいていた。

この男の金髪の間にある1本の茶髪。

即ち同族。

「特に名乗るような名前は無いんだけどな、俺には。」

「なんでもいいけど…何か用?」

「おぉ。そうだったそうだった。ねーさん達、超越者だろ?」

一瞬にして張り詰める空気。

「…何故それを?」

「んー?俺もだからだよ。」

ヘラっと笑う青年の目は全く笑っていない。

「核炎…の知り合いか何か?」

「…核炎…?なんでお前が……や、何かやらかしたとか…いやでもこいつは…」

ブツブツとなにか呟いているが、小さすぎて何も聞こえない。

「ねぇ。どうなの?」

痺れを切らした天癒が苛立ちを隠さずに問い返す。

「ん?あぁ。まぁ知り合いっちゃ知り合いなんだが━━」

「じゃあ特に教えることも聞くことも無いわ。」

風弓はコアを弓に変え、天癒は空を飛ぶ。練融もサポートに回れる程度には体に力を入れる。

「なんでこうなんのかなぁ…はぁ、まあいいや。」

肩から下げていた三味線の様な楽器を手に持つ。

それが奏でられるのと風弓の矢が放たれるのはほぼ同時。

「『月堕矢』」

「『狂奏曲』」

あとコンマ数秒で彼に突き刺さろうとしていた矢は宙で止まり、地面に落ちた。

そして鳴り響く不協和音。

「『篭目 篭目 籠の中の鳥は 何時何時出会う 』」

「『夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの少女 だァれッ』!!!」

耳が割れるような声量と、思わず耳を塞いでしまう轟音。

歌を歌い、楽器を引き鳴らしながら姿を消した━━━否。

背後に回られた。

「ねーさん達には勝てないと思うからさ。まずは1番めんどい君から殺るね。」

風弓の背中にナイフが突き立てられる。

「見たところ攻撃してきそうなのは君だけだし、用事も出来た。じゃあな。」

そう言い残し、颯爽と姿を消した。

 

 

「傷は浅いわ。これならすぐに癒せる。」

「そう、良かったわ。」

刺された箇所は筋肉のみで、神経は傷つけられていないようだ。

「痛いのに良かったとか言われても複雑なんですけど!!」

頬を膨らませながらそう講義する風弓に

「死なないよりはマシでしょう?」

と練融が冷静な言葉を掛ける。

「それに、核炎とも知り合いのようだし…一筋縄で行くような相手じゃないことは確かでしょう。」

「そうよ。特にあの歌。何なのよ。耳がおかしくなるかと思ったわ。」

「矢も刺さらなかったし、とことん頭おかしい奴ばっかね。天然モノは。」

 

 

 

「歌?」

「聞こえんか?」

うっすらと人のような声が聞こえなくもないが、自分にはわからなかった。

「ならそっちに行ってみる?」

「そうじゃな。罠かもしれんが、他に手掛かりは無いしな。」

「罠なんて踏んでからぶっ壊せばいいのよ!!」

ふふん、と胸を張る。

何故か2人が呆れたような視線を向けてくるが、気にせずに進むとしよう。

 

数分程掛けて声がする(らしい)方向に進んでみたが

「でもいくら歩いても歌なんて聞こえな、い?」

「ん?」

切り株に座っている青年。

「どうした?核炎…誰だお前?」

「え?」

殲撃の声など耳に入らない。

「お前…核炎か?」

「狂…歌……?」

「きょうか?」

「誰じゃ?」

走り出す。

「きょーぉーかーーー!!!!」

「おっと」

あぁ、久々のこの感触。

 

 

「てなわけでこいつの、旦那です。こいつには狂歌と呼ばれてます。」

「こいつって言わないで!!」

「はいはい。」

「…開いた口が塞がらないというのはこういう事を言うんだな。滅創。」

「……うむ。」

核炎に伴侶が居たとは思わなかった。

というかこんな奴を好きになる物好きが

「なんか失礼な事考えてない?」

「いえ何も。」

無駄に鋭い。

そして笑顔が怖い。

「あ、もちろん超越者です。あんたらとは違う所で育ったけど。」

「なるほど。それで見覚えがない訳じゃ。」

「あんたは?」

「滅創。一応集落があった頃は長老だったが、今はただの老いぼれじゃ。」

「集落があった?今は。」

「襲撃を受けてな。消し飛んだわ。もうただの森と化しておる。」

「ほーん……」

質問した割には興味が無さそうだ。

「で?ここいらで何してんの?」

「いや、核炎の弟子…氷華を探しておってな。」

「氷華?……どんな字で書く?」

「氷に華じゃが。」

「…ふむ。」

「狂歌?」

何か考え込んでいるが、全くもって検討が付かない。

「あぁ。何も無いよ。ただ珍しい名前だなって。」

笑うと子供のようで、人懐っこさを感じさせる。

「俺もあんたらに付いてってもいいか?」

「いいよ!!!」

「お前には聞いてない」

「なーんーでー!!!」

ぎゃあぎゃあと核炎が騒ぎ出したが、務めて無視して

「儂らは構わんぞ。好きにしろ。」

「あんがとさん。」

「やった!!」

いちいち煩いなこいつ核炎は。

 

 

「華…か。」

 

 

 

 

「んで。アイツはなんなのよ。」

風弓は不機嫌さを隠さずに2人に問う。

「知らないわよ。私だって初めて会ったし。」

「同じく。」

満足のいく答えではない。

「やられてばっかは性にあわないわ!!」

空に飛び立つ。

「あ、どこ行くの!」

「ちょっと散歩!!」

「気をつけて。」

 

 

「散々だわ!ほんとにもう…」

風弓は飛びながら愚痴を吐き続ける。

「私だって弱くないし、1人でも勝てるんだし…!!」

「あ。」

「あ。」

見覚えのある顔が目の前に。

 

 

なんでこいつ核炎とこんなに短期間に何度も会うのだろうか。

「…誰だっけ?」

「…誰でもいいでしょ。」

誤魔化して逃げるか攻撃するか。

だが戦ったところでこいつに勝てるとも思えない。

「ふーん。まぁいいけど。じゃあね。」

…え?

「今あんたに構ってる暇は私には無いの。」

 

 

背中を向けて離れていく核炎を見ていると、無性に悔しくなってきた。

警戒すらされないのがどうしようもなく悔しい。

自分がこいつにとって取るに足らない程の存在だと認めたくない。

「私…だって……!」

気づかれないように、静かにコアを弓に変える。

そして弦を引き絞り

「『光陰矢』」

自分の持つ最速の技で、アイツの心臓を貫いてやる。

 

 

弦を離すと視認出来ないほどの速度で核炎に矢が迫る。

そして奴の左胸を矢が

貫いた。貫けた。

 

「やった…!!!あはは!!油断するからそうなるのよ!!」

自分は弱くはない。奴に通用する技もあるのだ。

奴が強いのなら隙を晒した時に攻撃すればいいだけの話で

「…『あ"ー…い"っだいな"ぁ……』」

 

矢を受けた核炎がこちらを振り向く。

そして刺さったままの矢を

引き抜いた。

「『せっかくあの人に会えたのに、さぁ。』」

そして胸に手を当てる。するとみるみる傷が塞がれていく。

口から血を流し、地面に血の池が出来るほど出血しているというのに。

「『残念。私の弱点ハこっちじゃないの。』」

嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。

「だ、だって!!私は確かに心臓を貫いて…」

「『いつ私ガここに心臓があルって、言った?』」

彼女の声に混ざるノイズのような音。

「『これデ私の体を傷つケたのは2人目。覚悟シナさい。』」

彼女のコアが黒く染まる。

人だけではなく、獣や、機械。色々な声が混ざり、もはや聞き取れない程の雑音と化した彼女の声が問い掛けてくる。

 

 

 

 

「『亜ナたは、ドんナ風に死ニたい可シラ?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

聞きたくない。

 

 

 




新キャラの狂歌さん登場です。
詳細はまた次回に。
今月中に投稿できれば、と考えています。
では。


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第14話

動悸と冷や汗が同時に襲い掛かってくる。

あれはおかしい。

同族とは、天癒や練融とは違う。

 

「『今サら怖気づイたノ?あハは葉ッ』」

相も変わらず不気味な声でこちらに語り掛けてくる。

今すぐに逃げたいという衝動に駆られるが、唯一冷静な脳がそれは1番危険だと警笛を鳴らしていた。

恐らく逃げた、いや背中を向けた瞬間殺される。

ならば今するべきことは

「クソッタレっ!!!」

コアと意地を弓に変える。

 

 

「ほんで、お主はどこで核炎と会うたんじゃ?」

昼飯を作りながら、滅創が狂歌に問う。

核炎は数十分前に山菜を取りに行ったところだ。

「んーと。数百年前にこことは違う森であいつが倒れてて、それを介抱した。そっからかな。」

「襲撃の時か。アイツが1人になるのにそう時間は掛からんかったろうな…」

「そうだ。その事について聞きたいことがあった。お前ら、襲撃を受けたって言ってたな。」

「言ったが。」

「その時の記憶がある奴は?」

「儂だけじゃよ。核炎もこいつも幼かったじゃろうし、覚えとらんだろ。」

殲撃を指差しながらそう答える。

「ならお前に聞くけど、最後に『咲いた』か?」

 

その問いを境目に、静寂が場を支配する。

「…何故それを知っている?」

「何故も、どうも、ただ心当たりがあるだけだ。とりあえず俺の質問に答えてくれ。」

「…『咲いた』。が、1輪だけだ。それ以上は咲いていない。」

「そうか。名前は?」

「名前…?確か…黒華。核炎の曽祖父だ。」

「アイツの…色は。」

「赤黒だ。夜だったからな、赤だったかもしれんが。」

そこまで聞いて、ふむ、と狂歌は考え込むような姿勢を取った。

「ん、ぁあ。特にお前らをどうこうするつもりも言いふらすつもりも無い。そこは信用してくれ。」

「儂らとて心配はしておらなんだがな。ところで心当たりとは?」

「他にも『咲いた』奴らを知っていてな。弔いに回ってる。」

 

少し話が中断されたところで、すかさず殲撃が

「狂歌?だったっけ!あんたの能力ってどんなのなんだ!!?見せてくれよ!」

と大声でまくし立てた。

「そういえば、儂にも興味がある。見せては貰えんかの?」

「はぁ〜?しょーがねぇなぁ〜!」

狂歌は満更でも無さそうな顔をしつつ、そばに立てかけてあった楽器を手に持つ。

 

 

狂歌の能力は歌を歌う事で発動する。

だがもちろんただの歌ではなく、呪歌である。

多くは大昔に歌われていた童謡。

童謡や昔話に暗い結末があるものは少なく無く、呪歌には向いているのだ。

そして歌には心を動かす効果がある、というのは身に覚えがあるだろう。

狂歌はその効果を能力によって最大限引き出す事により、相手の精神状態を悪化させたり、硬直させたり、あるいは仲間を鼓舞する事で一時的な興奮状態にし、強化したりする。

 

 

 

 

「帰ってこないわね。」

「遅いね。何かあったのかな。」

「探しましょうか。」

と練融が岩から腰を上げた瞬間

どかん、という破壊音と共に背後の岩が砕け散った。

「あっぶなぁぁああぁっ!!!?」

そして大量の土煙の中から現れたのは風弓。

「あ、あんた何してんの!?」

「戦闘?また?」

慌てるように問い掛けてくる天癒と呆れたような練融。

「助けて2人とも!!!」

「『アー、?名ん、だ。あンた。たちも…イタん打。?』」

電子音のような声が聞こえる。

そしてその声の方角から現れたのは、豹変した核炎。

「…あんた何したのよ。てか何してるのよ。」

「後で説明するから!!撃退しないと殺される!!!」

涙目で叫ぶ風弓を横目に、天癒が

「はぁ…練融。アレ頂戴。」

「仕方ないわね…制限時間は3分。それまで。」

と言いながら1本の試験管を天癒に投げた。

「はいはいっ、と。」

そしてその中身をぐいっと呷った。

「ほら、あんたも。」

「…これ嫌いなんだけどなぁ。仕方ないか。」

風弓も続いて飲み干した。

「さて、ここからはあんたの思う通りにはさせないわよ!!」

 

 

 

「クリアちゃん遅いなー。おっさんの昔話にも飽きたぜー。」

「クリ…あぁ核炎の事か。」

「俺からすれば核炎って名前の方が不自然なんだけどな。」

と言いながら狂歌は立ち上がった。

「探してくるわ。」

 

 

 

「『あ、ギ…がぁ。』」

「ふふーん。」

ドヤ顔を見せる風弓。自分の援護が無ければ危なかった癖に。

「ほらほら。早く離れる。結界だっていつまでもつか分かんないよ?」

「大丈夫だって!」

なんとか三人がかりで核炎を結界の中に閉じ込めることには成功した。

成功したのだが

「…これ、どうすんの?」

と練融が自分の疑問と全く同じことを口にした。

このまま放置、が1番いいだろうか。一刻も早く逃げた方が良いのは違いない。

「放置、かなぁ。二度とこんな奴と戦いたくないから殺したいけど、殺せるとも思えないし。」

変に手を出して噛みつかれるのは避けたい所だ。

「じゃあそうしましょう…か?」

「あらあらクリアちゃーん。どうちまちたかー?」

見覚えのある顔。

「あ、あんた…さっきの!」

「…クリア…?」

急に現れ、核炎の頬を叩いている。

すると

「…あぁもう。ちょっとドジっただけよ!!」

核炎が元の姿に戻り、平然と対応した。

…あれ。これ不味くないか?

「狂歌様。出して!」

「やーだ。」

「なーんーでー!!」

しかも仲間のようだ。

ますます不味い。

「逃げるわよ。」

「それいいわね。」

「賛成。」

意見合致。

 

 

 

「もう!なんで普通に出してくれないのよ!!」

「えー。だって面白かったんだもん。」

「私はちっとも面白くないんだけど!!」

怒る核炎と、それをさらりと受け流す狂歌。

「はいはい。ちょっとこっち見て。」

「ん?んぅ。」

核炎の口を手で塞ぐ。

「はい。こんなもん食べちゃだーめ。」

「あーー!!!返してよー!!」

そして口の中から1つの鉱石を(無理やり)取り出す。

「だー…めっ!」

そして投擲。

「あー!!!!」

そして崩れ落ちる核炎。

「ほれ。行くぞ。」

失意の核炎を小脇に抱え、滅創達の元へ戻ることにした。

 

 

 

「こいつ、コアの一部食ってやがった。」

核炎が昼食を腹いっぱい食べ、昼寝に入った後に滅創に伝える。

「ほう…?誰の?」

「知らん。知らんが、魔力の濃度的にはコアで間違い無い。」

「で、何か問題でもあったのか?」

「まぁ、そこら辺は説明しようか。」

 

 

コアはエネルギーの塊だ。

超越者全員に備わっている器官で、基本的に男性には体内に。女性は体外に存在する。

能力を行使する際には、このコアのエネルギーを消費し、魔力を撃ち出す。

撃ち出すだけでなく、声に乗せたり、剣に纏わせたり、物質化したりなどと、様々な用途がある。

そしてその用途の中に、服用するというものがある。

コアを食べることにより一時的なドーピング効果のようなものを付与し、使用できる魔力を短時間高めることが可能。

だが同時に制御も難しくなるため、暴走する可能性もある。

今回の核炎がそうだ。

 

 

「それに、能力の重ね掛けも可能になる場合がある。それは能力が類似してる奴のコアを食った場合に限られるから早々無いけどな。」

「ふむん。儂も知らなかったな、それは。」

「そりゃ俺が見つけた用途だからな。知ってたら逆に驚くぜ。」

 

 

 

「やぁ。氷華ちゃん。」

男は拘束された氷華に挨拶する。

「僕がキミを助けてあげる。」

拘束具が破壊される音。

「あとはお好きにおやり。」

自由になった彼女は、行動を開始する。

 

 

 

限界(タイムリミット)はすぐそこだよ。氷華ちゃん。」

 

 

 

 

「ん…もう夕方?」

「おう。おはよう。核炎。」

「あ!おはよう!狂歌!!」

彼女もまた、元気な挨拶と共に、活動を開始する。

 

 



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第15話

溶けて 消えて 凍って また溶けて 消えて 凍って

溶けて 消えて 凍って また溶けて 消えて 凍って

凍って 凍って 凍って 凍って 凍って 凍って

 

いつしか溶けなくなっていた。

 

 

 

 

「クソっ!この非常事態にあのバカはどこに行って…っ!!」

オフィス内を走る東西の手には一向に繋がらない携帯電話が握られていた。

そしてもう3回目に至る発信をした際、繋がるべき相手を見つけた電話は、相手の声を東西に届ける。

『はい。どうしましたか、社長』

練融の落ち着き払った声は、今日に限って東西の気持ちを逆撫でした。

「どうしたもこうしたも無い!今すぐに戻ってこい。緊急事態だ。」

『何があったのですか。』

東西は一度喉を鳴らしてから、現在の状況を伝えた。

「氷華が消えた。」

 

 

 

花は咲く時に1番輝くという。

その前の蕾や咲いた後の萎れた花弁などは、目にも止められない。

こちら側がした努力を全て素通りされた上で、結果のみを讃えられる。

本望であった。が、同時に報われない。

輝きを失った途端、朽ちていく自らの身体と共に忘れ去られる。

倦怠感と共に体の機関が朽ちていく感覚。

我々以外には感じる事すら出来無いだろう。

 

 

 

「消えた…?それはどういう。」

唐突に東西から寄越された連絡に、練融とて動揺せずには居られなかった。

『分からない。だが消えたからには再び取り戻さねばならない。』

間違えてはいない。が、

「相手が誰か分からない状況で動くのは危険では?」

『それもそうだが…何か心当たりでもあるのか?』

心当たり、と聞かれるとやはり核炎達だ。

しかし自分達とは昨日この森で戦ったばかりで、流石に向こうも消耗しているはず。

その状況下で動けるのだろうか?

「いえ、心当たりはありませんが、用心するに越したことはないかと。」

結果、核炎達ではないと判断する。

『一理ある。だが昨日私が去った後から今現在発見するまでの間の犯行だ。まだ犯人は近くにいるかもしれない、そうだろう?』

氷華が1人で逃げた訳ではなく、誰かが助けに来た、もしくは共犯という見立てているようだ。

「そうですね。では調査してみます。」

『頼む。一刻も早く見つけ出してくれ。』

そこで東西の声は途切れた。

「…面倒がまたひとつ増えた。」

携帯電話をポケットにしまいながら練融は呟いた。

 

 

 

咲いて、枯れて、また咲いて、枯れる。

幾度と無く繰り返す破壊と再生。

その都度内側から虫に食われているような苦痛が体を襲う。

歩く事が精一杯だった。

背中(・・)の重みが本当に恨めしい。

だが止まる訳にも行かなかった。

ガシャリ、ガシャリと鉱物が擦れるような音を立てながら、まだ歩かねばならない。

 

 

 

 

「今日こそこの森は出たいなー」

「そうじゃな。」

「森の中って落ち着くよな…つい寝ちまう。」

殲撃が欠伸しながら言う。

全くもって同意だ。永遠に眠れる。

「寝たら叩き起すからな。」

先日加わった仲間は意地の悪そうな笑顔でそう言ってきた。

 

「で、出口なんだけど…」

「どこにあるんだ?」

数分歩いた辺りでそもそも出口を知らないことを思い出した。

「…飛べばいいんじゃないか?」

「おお!」

「その手があったか!!」

核炎と殲撃が同時に振り向いた。

「普通に考えれば思いつきそうじゃが…」

「ま、まぁそれは置いといて、行くぞ核炎!」

「ほーい」

二人同時に飛び立って行った。

「あ、核炎パン」

ある事を伝えようと狂歌が声を掛けると、天から降ってきたコアで顔面を強打されていた。

 

 

「…で。こっちをまっすぐ行って右に曲がれば出られるよ。」

物言わぬ屍と化した狂歌を横目に、核炎から道を教えて貰った。

ちなみに彼女の顔は真っ赤だった。

「ふぐぉおぉ……」

それは人間が出していい声ではないぞ。狂歌よ。

次服買う時はズボンにしよう、という核炎の声も殲撃にはしっかり届いていた。

 

 

 

「氷華を追いかけるって言っても…まずは手がかりを探さないと暗中模索もいいとこね。」

練融は天癒達と別れ、東西から申し渡された任務を遂行しようと、フロスト社のフロントまで戻ってきていた。

「凍花でも落ちてたら一番いいのだけど…」

都合のいいことはそうそう起こらない。

「薬使っても追えないだろうしなぁ…」

取り敢えずといった感じで氷華が元居た場所に移動する。

「無いわよね…」

氷華が拘束されていた部分に残されているものは凍花以外なかった。

中々無理難題を押し付けられた、と練融は心の中で愚痴った。

ここに居ないなら、社外以外ありえないだろう。

そう思い、ドアの方に体を向けた瞬間、

 

「はろー。超越者のお姉さん。」

と声を掛けられた。

お姉さん、と呼ばれて良かった試しが無い。

 

 

「…何者?」

警戒は最大限しているが、最終的な目標は逃げ切ることだ。戦うメリットなどこちらには無い。

黒髪に黒目の男。。身長は168ぐらいだろうか。茶色の髪は見当たらないので、超越者では無い可能性もあるが、自分のように隠している可能性もある。

「そんなに警戒しなくても、取って喰いやしないよ。」

そう言われてはいそうですかと警戒を解くバカが何処にいる。

「…んまぁいいや。氷華ちゃんを探してるんだよね?」

「何故それを?」

「逃がしたのが僕だから。」

 

「何故逃がしたの?」

「誰かが来るとは思ってたけど、まさか超越者が来るとは思わなかったよ。てっきり氷華ちゃんの味方だと思ってた。」

「……質問に答えて。何故逃がしたの?」

「ワガママだなぁ。『咲く直前だったから』って言っても分かんないでしょ?」

「咲く…?」

何のことだ。

「『咲く』って、何?」

「んー…まぁいいや、教えてあげるよ。」

 

「超越者の人達の中に、希に『華』が生まれるんだ。何かしら2つ名に華が付いてることある。」

「『華』とは?」

「んとね。魔力を制御できない人達の事。花みたいに定期的に開花させて発散させないといけなくて、割と不便みたい。萎れて力が出ない時もあるみたいだね。」

これだけならまだ脅威では無いが

「制御出来ない、って言ってもただ未熟なせいじゃない。魔力が多すぎるんだ。意志とは関係無しに魔力を作り続け、放出し、溜め込む。」

「そして歳をとる事にそのサイクルは加速していく。幼い頃は数十年に1回だった周期が数百年を生きる内に1週間に一度になったり、もっと経てば1日に一度起こるようにもなる。」

「そしてそのうち体の方が耐えきれなくなる。老衰した人達や幼すぎる人達は特に、ね。そしてその人達は死に際に『咲く』」

 

 

「自身の魔力を放射状に爆散させながら、巨大な美しい華を咲かせる。超越者最大にして最強の魔術。それが『開花』だよ。」

 

 

「咲く華の種類によって範囲や効果は違う。だけど絶大な威力を誇る事は間違いない。」

と彼は自慢げに言った。

 

 

「人の死が…何がそんなに面白い。」

「凄いじゃないか!死に際に種族として最高の死に方が出来るんだぜ?歪み切った種族として最後に自身のアイデンティティを周囲に知らしめることが出来る。人間冥利に尽きるだろう!」

間違いなく狂っている。

「それに、この死に方をした人達は苦しい思いを数百年してきたんだ。これ以上我々のエゴで生き永らえさせる必要も、義理もありはしないだろう?」

「だからといって!!人の死を喜んでいい理由には為らない!」

練融は叫んだ。

目の前の狂人にはどうしても同意出来ない。

自身のやりたい事をやる、がモットーの彼女にとって、こいつのやろうとしていることは1番許せない事。

だからこそ

「今あんたを殺せば、あんたから氷華の居場所を聞き出せば彼女は救える。だから私はあんたを殺す。」

「物騒なお姉さんだなぁ…戦闘型でも無い癖に、粋がらない方が身の為だよ?」

確かに練融は戦闘向きの能力を持っているわけでも、体を武器に出来るほど鍛えている訳でもない。

だが絡め手は得意な分類に入る。

「誰も私が戦うとは言っていないでしょう。」

1人で勝てないのなら数人で掛かれば良い。

複数対単数が有利なのは確実。

「天癒!!風弓!!」

呼びかけに応じて、天癒と風弓が現れる。

「人使い荒いなぁ…!」

「ほんと、ワガママ!!」

「『天魂薬(エンジェルハート)』」

 

 

「なるほど。『錬成』ね。」

しかし敵が増えた事は彼にとって脅威ではない。

問題は能力相性。彼に通用するかどうかのみ。

通用しないのならば勝利は確実。

 

 

「いつまで余裕ぶってるつもりかな?」

だから油断した。

彼女らの進化があまりにも想定外で早すぎた為に。

「がっ…!!」

天癒の右手に握られている刀剣での一閃は腹部に吸われていった。

飛び散る鮮血と焼け付くような痛みが彼を再び冷静にさせる。

「遅いっ!!『月神矢(アルテミス)』!」

今度は頭への衝撃。視界が赤で覆い尽くされる。

冷静に状況を判断できるほどの余裕すら消し飛ばされ、痛みにのたうち回る。

「っああぁぁ!!!」

手当たり次第に攻撃する。

火。氷。風。雷。毒。

だが全て練融の作り出した機械(ゴーレム)に止められてしまった。

「チェックメイトよ。クソ餓鬼。」

 

 

 

 

「おねえ、ちゃ…ん」

彼が止まった所で状況は変わらない。

最早手遅れになるほどまで氷に侵食された氷華の体は今にもその生命活動を停止しかけていた。

 

だがその体を溶かし、動かし続けるのは1つの感情。

バキン、バキンと音を立てて凍り続ける血管の痛みや、呼吸をするだけで肺の中が冷気で覆われる苦しみも、

 

 

『彼女なら溶かせる』という一途な希望。

 

 

 

 



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第16話

「…時間切れ」

その声と同時に天癒達を包んでいた光が消え去る。

「流石に負荷が重すぎるわね。」

練融は手製の機械(ゴーレム)で男を押さえつけつつ天癒達の方に振り向いた。

「まだ動ける?」

「余裕よ!」

「えぇ。大丈夫。」

まだ余力はあるようだが、戦闘は出来ないだろう。

切り札として取っておいて良かった。

「さて、あんたのことだけど」

「…ははっ」

男が嗤う。

「何がおかしいのかしら?」

押さえつける力を強めながら問う。

「チェックメイト、だって?君は自分の足元を見ていない。」

「何を言っているの?」

べきん、ぼきんと男の骨が折れる音がする。

「かっ…!はは…!!君の目的(キング)は、今どうなってるのかな?!」

「…っ!?」

 

 

氷華が居なくなってどれぐらい経った?

今は何時だ?

彼女が、彼女の心臓が鼓動を止めるまで

 

あとどれぐらいの猶予がある?

 

 

 

息が冷たい。

骨が凍りつく。

筋肉が引き()る。

目から溢れる涙すら氷に変わる。

 

一度止まったら、終わってしまう。

会えないまま。

それは嫌だ。

 

 

 

「なァ…!?今頃もう咲いてるかもなァ!!」

「黙れ…ッ!!」

押し潰す手の制御を崩し、全力で叩きつける。

バキッ、という音と共に男の声は聞こえなくなった。

「天癒、風弓。」

「わかってるわ。」

「…掴まりなさい。」

背中の翼を広げた彼女達は

さながら救いを与える天使のようで、

 

そうあって欲しいと、練融は心の中で祈った。

 

 

 

「…寒くない?もう初夏なのに。」

急激に周囲の温度が下がった事に核炎は身震いした。

「確かに、何かおかしい。」

「なんだ…?」

冷気は森の奥から忍び寄ってくるような気がした。

 

「『爆炎か』」

「やめい。」

ゴン、という音と声にならない悲鳴。

「こんな所でそんなもん…燃えるじゃろう。」

「だって寒いんだもん!」

「何が原因なんだ?」

「………」

狂歌が先程から何も話さない。

「狂歌?」

「なぁ、クリア。」

彼らしくない神妙な面持ちで、

「氷華って、氷を作ったり出来るか?」

 

「な、何よ不躾に…」

「出来るか?」

「…で、出来るよ。で、でも、今は関係ない事じゃない。」

嫌な予感と寒気が心の奥に芽生える。

「ちょっと冷気の源に行ってみよう。」

早まる鼓動には気付かないフリをしつつ、狂歌について行った。

 

 

幾ら幾ら幾ら歩いても、彼女は見つからない。

どこにも居ない。

「さむい、さむいよ。さむい……!」

周りの植物すらも凍り付き始め、傷んだ体に追い打ちが掛かる。

遂に膝が折れた。

「もう…無理………」

手には氷柱が、指には霜が降りていた。

 

 

「どんどん寒くなるね…」

心にも思っていないことを口に出すのは現実逃避の表れか。

「ね、ねぇ。」

狂歌の服の袖を掴み、後ろを歩く。

「戻ろうよ、寒くて、」

震える声で、認めたくない現実を見るのが嫌で。

「ねえっ、狂歌…」

「…核炎。」

滅創の低い声を聞いても、震えが収まることは無かった。

「そっちは、行きたくない。いや……」

狂歌がこちらを振り向いた。

「ね、ね?戻ろ…」

「…誰だ。」

狂歌が自分ではなくその背後を見ている。

「え?」

「おやおや。気付かれちった?ひひ。」

気味の悪い笑い方と共に男が木の影から現れた。

「あんた達が探してるのは、この子だろ?」

その手の中には体の半分以上が凍った氷華が横たわっていた。

「氷華!!」

「ひひっ。ご明察。そろそろ開花するよ、この子。ひひ。」

「氷華から手を離せ。」

「嫌だね。ひひっ。」

凄んだ所で意味は無し。

ならば実力行使に移るまで。

 

「『爆炎核』」

瞬時に右手に魔力を集め、撃ち出す。

「急だね、お嬢さん。けひひっ。」

だが男は無傷。その左手には1本の大太刀が握られていた。

 

「それは儂の作った太刀…一体どこで拾った?」

「知らねぇよ。ひひ。親分から貰ったんだ。けひっ。」

気味の悪い笑い方を続ける男は、愉快そうに返答した。

 

「誰が作ってようが誰が使ってようが何処で拾ってようが関係ないわ。全部吹っ飛ばす。」

核炎が右手のコアを握り締め、

握り締め、

握り潰す。

 

 

「っ、ァあぁ"!!!!?」

黒い液体が核炎の周囲に飛散し、彼女の口から悲鳴が吐き出される。

「これだから後先考えないバカは…なぁ。」

「…ふふっ。だいすき、でしょ?」

「あぁ。」

狂歌に肩を借り、体を立て直す。

そして右手に残った液体と固体全てを口の中に放り込み、噛み砕く。

 

雷轟が森に響き渡る。

核炎の青かった目は黒に変化し、周囲には薔薇の花弁が散っていた。

「あんたの人生にピリオドをぶち込んでやるわ。覚悟なさい。」

 

 

「けひっ。これは、ヤバそうな、けひひ。」

男は太刀を眼前に構え、核炎に備える。

「意味無し。」

核炎が目の前に現れると同時に拳を振るう。

それだけで刀は融解し、使い物にならなくなる。

「まだ刀を折っただけ。戦意喪失するには早いわよ。」

「ひひひ。それはそっちの都合でさ。」

右手と左手に魔力を集結させる。

「『裏神核(ヒノカグツチ)』」

発生する豪炎の火柱。

 

「じゃあな、お嬢さん」

移動術を発動させようとする男の前に立ち

「さっきの言葉は撤回ね。遅い。」

術式を溶かしつつ、男を神炎の檻に閉じ込める。

「『滅炎牢獄(バルカンレイジング)』」

「けひゃひゃひゃ!!!カミサマとやらはとことん俺に手厳しいな!!今から殴りに行ってやるから待ってろよ!!ひゃひゃひ」

「…煩い。散れ。」

拳を男の鳩尾に叩き込むと、男は消し炭と化して消えていった。

 

 

 

「…おはようございます。」

「良かった〜〜無事だ〜〜〜〜」

核炎の魔術の余波で、氷華を覆っていた氷はほぼ溶けていた。

それを涙ながらに喜び、氷華を抱きしめる核炎。

苦しそうだが、満更でも無さそうだ。

その証拠のように背中に手を回していた。

「核炎。コアは大丈夫なのか?砕いていたが。」

 

 

「食べて体の中で再生させたから大丈夫。」

 

その場に居た全員が絶句した。

 







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第17話

暁角(ぎょうかく)宵角(しょうかく)

暗闇から幾度と無く繰り返される重低音に呼応するように、2つの影が現れた。

「はぁい。」

「けひひ。お呼び、ですかね。けひっ」

「『月煌花』」

その2人の体を月の光が包み込む。

「『貴様らに華束の加護があらんことを。』」

その声と同時に暗闇が晴れ、1人の男はネオンの煌めく都市街へ、また1人は宵闇の支配する森へと姿を消した。

 

 

「…なんであんた達がここに?」

「それはこっちのセリフよ。さぁ、その子を大人しく渡す事ね。」

相容れぬ邂逅。

氷華を保護した直後に練融達が現れた。

「氷華は私のよ。あんた達には渡さない。」

「こっちにも意地と用事があるのよ。諦めたりはしないわ。」

「…何やら面倒になりそうじゃな。儂は失礼するぞ。」

「あ、俺も。」

「おいおいお前ら…じゃあ俺も。」

「…え。私一人?」

しかも今は戦闘の直後で疲れ切っているのだが。

「はぁ…氷華。あのおっさん達に付いて行きなさい。」

と促すが

「やだ。」

抱きついて離れない。

「そっか。はぁ…」

頭を撫でつつどう対処しようか考える。

とは言っても交渉など専門外な上、代替案など考えつく筈もないので選択肢は1つなのだが。

「とっとと消えてもらいたいもんね。」

拳を作り、人差し指のみを突き出す。

コアが無くなった今はもうこうするしかない。

「『爆炎弾』」

指に魔力を凝縮させ、撃ち出す。

「おっとと。『天聖盾(へヴンズシールド)』」

が、予想外の障壁に阻まれる。

「いつまで経っても自分が優勢だと思い込んでるのは、ただの馬鹿だよ。」

背後からの声に一瞬反応が遅れる。

「『月神矢(アルテミス)』」

「あっぶ…!」

氷華を抱いて真横に飛ぶ。

何とか回避出来たが何度も出来るとは限らない。

「随分余裕が無いじゃない。」

それを読んでいたとしか思えない機械(ゴーレム)からの平手。

「氷華、花貸して。」

「え、え?」

「…出ないか。クソっ!」

これもまた飛んで避ける。

 

「…アイツ、左手に持ってた玉はどこにやったんだ?」

風弓と天癒が核炎の相手をしてくれている間に練融は思考の海に浸る。

以前はあれから撃ち出される技が大概だった筈で、対応もそれに合わせたもので十分だったはずなのだが…

指から爆発を撃ち出したり、などの単数攻撃ではなく範囲攻撃を使っていた彼女が使わない理由。

「使えない…って事もあるのか?」

何かしらの要因で能力に制限が掛かっている可能性。

もしくはもう使えなくなった可能性。

あくまでも希望論だ。それを信じ込んで油断するのは危険すぎる。

が、その場合最早彼女に勝つことなど容易では無いか。

ただでさえ3対1の人数的には劣勢に立たされている状態で、単騎撃破しか不可能。

「この勝負、貰ったわね。」

笑みを抑えることは出来なかった。

 

 

 

「くそっ。くそっくそっくそっ!」

飛んでくる矢を叩き落とし、機械(ゴーレム)の手を避け、氷華を庇いつつ剣の攻撃を避ける。

まだ1発も当たっていないことは奇跡としか言いようがない。

「お姉ちゃん…」

「だ、大丈夫。大丈夫だからね。」

この子に不安を感じさせてはいけない。

氷華を一度抱き直す。

「氷華、お花作れる?」

「お花…?」

心細そうに見つめる少女の顔を覗き込みながら、希望を込めて伝える。

「そう。氷のお花。お姉ちゃんに作って欲しいの。」

「…分かった!作る!」

「ありがとう。」

愛らしい笑顔を見せてくれた。

「さて、もうひと踏ん張り行きましょうか。『爆炎刃』」

右手に身の丈ほどの刀剣を作り出し、握り締める。

必死に頑張っている弟子がいるのだ。

ここで踏ん張れない師匠など、存在する価値も無い。

 

 

何やらボソボソと呟いた直後から核炎の動きが変わった。

攻撃してくるようになった。

多少のかすり傷や攻撃は無理やり押し切り、氷華にだけは攻撃を当てないように攻撃しているようだ。

「でもそれじゃ、弱点を晒し出しているようなものよ。」

 

 

 

相も変わらず矢の雨と機械(ゴーレム)の攻撃は止まらない。

が、攻撃範囲が広くなったことによりそれはどうにかなる。

問題はあそこで突っ立っているアイツだ。

何をする気か知らないが何かしらを狙っているのは間違いないだろう。

「よっ。」

小さな声と共に矢を叩き切り、そのまま機械に回し蹴りを叩き込む。

「馬鹿みたいな硬さね…」

衝撃で足が痺れるほどの硬度。一体何で作ったらそれほどまで硬質になるのか。

「多少はやり甲斐あるじゃない。」

自分にとって強敵とは超えるべき壁。

その壁を叩き潰すのが何よりも楽しいのだ。

 

 

「ちっ、埒が明かない…」

「そろそろ天使化も解けそうだしね…っ!」

眼前まで迫ってきた核炎の刃を間一髪で避けつつ、話し掛ける。

「練融。どうする?」

一度練融の元まで後退し、指示を仰ぐ。

「氷華が居る側を狙いなさいな。でも彼女も戦闘のプロだし、簡単に行くとは思えないわ。」

「了解。」

「ほいほーい!」

戦闘が始まって既に10数分。

そろそろ決着は着くだろうか。

 

「もう、鬱陶しい!!」

同時に何本も飛んでくる矢を切り、機械(ゴーレム)を殴る。

何度繰り返せば終わるのだ。

機械さえ壊せば、あとは何とか出来るのだが…

「お姉ちゃん!出来た!」

と、そこに天使の一声が。

「お、よくやった。えらいえらい。」

氷華の頭を賛辞と共に撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。

「さてさて。余興はこれまでよ。」

刃を消し、地に降り立つ。

そして氷華から貰った凍花を、

「氷華、あーん。」

「はいっ!」

 

 

「…もうちょっとゆっくり入れて欲しかったなぁ。」

「ご、ごめんなさい…?」

「ふふ、冗談だよ。」

あぁ、本当に弟子というのは可愛らしい。

 

 

決着は一瞬だった。

核炎が唐突に動きを止めたかと思いきや、その左手から氷を生み出した。

右手からはいつも彼女が使っている緋色の炎。

相反するはずの2つの属性は互いを打ち消し合うことなく、敵対者を殺す牙と化す。

「『氷牙緋奏』」

氷柱と火柱の竜巻が3人と機械(ゴーレム)を飲み込み、霧散するまでにそう時間は掛からなかった。

 

 

 

「じゃあね。またやられたくなかったらもう来ないことだよ、おバカさん達。」

そう吐き捨てると、核炎と氷華は先に行ってしまった薄情者達を追った。

 

 

 

余談だが、核炎の弱点はコアと脳。

普段は体外にあるはずの弱点が体内にある彼女。

最早コアを狙う事すら不可能に近いだろう。

 

 

 

 

「けひ。また好き放題やっちまいやがって。ひひ。」

戦闘の一部始終を見ていた宵角は機械(ゴーレム)の破片を手早く集めると、再び姿を消した。

 

 

 

 

『我等が華束に繁栄を。』

『尽きる事無き栄華を。』

『枯れ果てぬように。』

『朽ち果てぬように。』

『咲き誇れ、華束達よ。』

 

 

 

重低音で斉唱が繰り返される。

月はまだまだ沈まない。




過去最高にゴーレムって書きました。


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第18話

多少のグロ表現があります。ご注意ください。


「『花束を我が主に』」

「『血の花を我等が地に』」

「『果て尽きるまで』」

「『枯れ果てるまで』」

「『未来永劫咲き誇れ』」

暗闇の中で人影が蠢いた。

 

 

「はぁ。」

息が切れるのが早くなったように感じる。

以前までは山道を1時間走ったところで息が切れることは無かったのだが。

「お姉ちゃん?」

氷華すら疲れた様子が無いと言うのに。

「…大丈夫だよ。」

私は笑顔で嘘を吐いた。

 

 

「なァ。暁角。」

「どうしたの?宵角。」

「この機械さァ!何かに使えると思わねぇか?けひっ。」

機械とは言うが、ただのガラクタじゃないか。

「また君は任務と関係の無いものを…」

「お前だってそうだろ?女をいたぶってた時、笑ってたぞ?けひひ。」

否定はしないが。

「それとこれとは別だよ。任務を楽しむのは悪くないでしょ?」

「違いねェ。けひひ。」

「それに、やられっぱなしは性にあわないしさ。」

月を見上げて暁角は呟いた。

 

 

「ほんっと…デタラメだよね。」

髪についた砂をたたき落としながら、風弓は呟いた。

「自然現象すら無視するとか、もう手に負えないわ。」

髪を手で整えなが練融も呟く。

「痛いわー。私居なかったらどうなってたかな。」

天癒だけは少し違っているようだが、3人共核炎のデタラメさにもはや呆れていた。

火だけでも厄介なのに、氷まで。

「…とりあえず今日はベッドで寝たいわ。」

「あら。じゃあ泊まってく?」

「そうしたいなー。」

目的地も決定したところで、3人は立ち上がった。

 

 

「やぁっと追いついた。逃げ過ぎよ。」

「だってお前の攻撃びっくりするほど範囲広いし。」

「巻き込まれたくないし。」

「俺はこいつらに付いてっただけだ。」

「卑怯者。」

核炎の鋭利な刃が3人の心を抉る。

「はぁ…もう疲れたのよ。寝るね。」

「お、おう。飯は?」

「要らない。食べる気も起こらない。」

そういうとどこかに行ってしまった。

「…どこで寝るんだ?」

「木の上。」

「…大分怒らせちゃったかな。」

「多分な。」

流石にやりすぎたようだ。

「よし、謝ってくる。」

「…儂は行かんぞ。巻き込まれとうない。」

「俺も腹減ったし。」

「…そうか。」

豪胆な2人に呆れながら、狂歌は核炎を追った。

ちなみに氷華は晩飯に夢中だった。

 

 

 

「…ふー」

動悸がいつもより激しい。

体の火照りが収まらない。

「………」

幹に体重を掛ける。

数百、数千と繰り返してきた行為だ。特に気にする必要も無い。

「う、わっ」

だが危うく落ちそうになってしまった。

もう数秒手を枝に掛けるのが遅れていたら真っ逆さまに落ちていたことだろう。

「…大丈夫かな。」

流石に不安を感じる。

これからの事を考えている内に、視界が闇に包まれていった。

 

 

 

核炎はすぐに見つかった。

「…ほんとに寝てる…寝られるもんなのか。」

すぅすぅと寝息を立てて眠る彼女の顔は身体相応に子供らしかった。

「これでもそう年齢は変わんないんだもんなぁ…」

頬をつつきながら感嘆の声を漏らした。

「ぅうん…」

少しくすぐったかったようだ。

「ふふ。おやすみ。」

彼女を起こさないように、そっと木から飛び降りた。

 

 

 

 

「っ…うぅ」

忘れていた記憶が蘇る。

生きたまま喰った男の顔。

生きながら焼かれた女の顔。

彼らに共通するのは苦悩の表情。

そして「同族嫌悪(じぶん)」に対する軽蔑の眼差しだった。

護るモノがある自分こそ正しいのだと、そう盲目的に信じてきた。

護るには力が要る。

護り続けるにも力が要る。

だから禁忌に手を出した。護る為に。

「…ほんと、寝つき悪い…」

自分の体を今だけは恨んだ。

あまりの辛さに口角が上がっていた事すら、気づかないまま。

 

 

 

「やぁ。核炎さん。」

見慣れない男が木の上に立っていた。

月の光に照らされて、その男の青色の目が光る。

「早速だけど、死んでもらうよ。」

そしてその右手には鈍色の大鎌が握られていた。

「『死神』暁角。お命頂きに参りました!」

そして言い渡される死刑宣告。

 

 

「そんなの、認めるわけないじゃない。」

受け取るつもりなどハナから無い。

「『爆炎だ』…ん?」

体から力が抜ける。

足に力が入らず、立つのすらままならない。

「…何したの?」

「別に?ただちょっと『疲労を引っ張った』だけだよ。」

笑顔で返された。

「立てなくたって戦えるわ。」

拳を握り、人差し指のみを突き出す。

「麻痺か昏睡でもさせることね。『爆炎━━━」

「無駄だよ。」

前に出した腕を握られた。

…見えない速度で。

「ふーん。やるじゃない。」

「随分余裕だね。怖くないの?」

「これぐらいの修羅場なんて幾らでもくぐってるわ。」

「へぇ…」

既に掴まれていた左手と、右手を奴の右手で同時に抑えられ、押し倒される。

「…何する気?」

「こっちの方がやりやすいんだ。何をするにも、ね。」

「……あっそ。」

手からしか爆発を起こせない事は無い。

だが今の体制だと自分も爆発に巻き込まれる可能性が高い。

狙うとすれば、相手が体を起こした瞬間。

「さて、じゃあ頂こうかな。安らかにお眠り。お嬢さん。」

「口上が長いわね。とっととやればいいでしょ。」

暁角が体を起こす。

あと2秒。

あと1秒。

これなら、いける。

「なーんて。わざわざ隙を晒すとでも思った?」

こちらの心を読んでいるかのように、途中で動きを止める。

「お嬢さん、意外と隙だらけだね。なんでこんなやつに宵角は負けたんだろ。」

「そいつが弱かったからでしょ。」

「あぁ。そうだね。でも僕はキミより強い。」

随分傲岸不遜な態度だ。

「だから何よ。寝込みを襲っといて。」

「確実な方法を取ることの何がおかしいんだい?自分より弱い相手に挑む時に油断するのは能無しだよ。」

…心に刺さる事を言ってくれるじゃないか。

「ま。本番はこれからだよ。夜が明けるまで存分に楽しもうじゃないか。」

今夜は眠れなさそうだ。

 

 

 

心の傷というものは。

体の傷と違って癒えるのに時間が掛かる。

そして時が経って、忘れたとしても。

またすぐに息を吹き返す。

完全に癒えることなどそう無く、

ただ隠れているだけなのだ。

 

 

 

だから今回はそこを突かれた。

「ぁ、やめっ…ろ…!」

自分の頬を熱いモノが伝う感触を不快に感じつつも、抵抗の手は止めない。

「嫌だよ。だってキミにはこれが1番確実なんだから。」

「っ、う……ぁ……!」

また眠れない夢を見る。

 

 

殺した奴は夢に出てくる。

1人殺せば夢の中で1度殺され、2人殺せば2回殺されて。

3人殺せば3度殺され、4人殺せば4度殺される。

自分が犯した罪を償うことすら許されずに、ただ報復を受ける。

夢は自分が深層心理で見たいと願うものを見ると言うけれど。

 

私は救われたいだけじゃないのだろうか。

 

 

 

「っ…はっ…!!」

幾度目かの覚醒。

まだ下腹部には重いモノが乗っている。

「あ、また起きた。」

意地の悪い笑みを浮かべながら手を差し出してくる。

「い、いやだ。やめて。」

またアレを味わうのは嫌だ。

「まだまだ。嫌だとも言えなくなるまで、壊してあげるよ。」

また意識が暗闇に堕ちる。

 

 

 

1番最初は焼いて殺した。

2回目は殴って生きているまま喰った。

3度目は炙って喰った。

4度目は意識があるうちに(はらわた)を切り開いて喰った。

 

もう5度目からは覚えていない。

 

だが、相当な殺し方をしたんだろう。

現に自分は苦しんでいる。

その報復なのだろう。

 

 

 

夜が明ける気配はまだまだ無い。

 

 



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第19話

 

「…ねむ」

意識が浮上すると同時に、隣から聞こえる爆音に顔をしかめつつ、氷華はテントから抜け出した。

男性のいびきとはあれほどうるさいのだろうか。

「…おねえちゃんのとこで寝たかったな…」

昨晩行きたいと言ったのだが、危ないからダメだと言われてしまった。

まだ夜は明けていない。

 

 

 

 

「…っく、ぁ…あ」

「言葉すら話せなくなってきたかな?」

嗜虐心が煽られる。

最初こそ無駄な抵抗をしてきたが、数を増していくごとに目に見えて少なくなり、今は涙に塗れた顔を隠すだけで精一杯のようだ。

「でも、まだ満足してないし。」

暁角はまた彼女の頬に手を添える。

「まだ終わらないよ。」

 

 

 

 

怨嗟と怨念の篭った声で叫ばれる。

『禁忌を犯した大罪人』

『真っ当に生き永らえる事を我々は許さぬ』

『苦しみの眼差しから目を背けるな』

『憎しみの声から耳を塞ぐな』

『貴様が選んだ道をしっかりと踏みしめて歩け』

『呪われた道を1人で歩け』

体も、心も、全てが自責の念に食い尽くされ、動くことすら億劫になる。

なぜ禁忌を犯したのか。

何を護りたかったのかすら、分からないまま全てを投げ出したかった。

理解してしまったらまた動かなければいけない。

 

 

 

 

「…ん。」

彼女の腕から力が抜けた。

「おや、眠ってしまったかな。」

これで任務の八割は終了だ。

「あとは残さず頂かないと、勿体無いよね。」

彼女の体から体を起こし、1度立って伸びをする。

数時間同じ体制で居ると流石に疲労が貯まる。

今までとは打って変わって穏やかな顔で眠る彼女の顔を、月明かりの下で眺めていた。

 

 

 

 

 

『…だが』

硬質な声が一転する。

『生ある者が歩みを止めることを、死者である我々は望まない』

物柔らかな声に

『それが我等が同族であれば、尚更』

同胞を想う先祖の声に

『今だけは許そう』

自らの激情を抑え込んで

『お前が力を振るうのを止めるその時まで』

自らが紡いできた物を守るために

『お前がこの世界を、救うまで』

最も強き人物に希望を託して

『貴様の中には16人の生命が宿っている』

『継承されし我等が異能。存分に扱ってくれ給え』

自らの全てを彼女に捧げる。

 

『我々を超越せし者よ』

炎が宿るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

手で地面を殴り付ける。

と、同時に手を支点に体を捻り起こし、男に蹴りを入れる。

「…散々やってくれたわね。」

体が軽い。

「忘れてたわ。あと16人も居るってのにね。」

「…?嘘はやめたほうがいい。16人もどこに居るってんだい?」

如何にも不思議そうにこちらの顔を除く男の顔を薄ら笑い

「あんたの『目の前』よ。」

1歩踏み込み正拳突き。

男の鳩尾に刺さる感触を受け止めながら、半歩下がって回し蹴り。

男の腕の骨が折れる感触を感じ、再び半歩下がる。

この間わずか1秒。

男は状況を読み込めないまま、崩れ落ちた。

「…ただ身体能力を強化しただけなのに、弱いわね。あんた。」

「戦闘にはあまり自信が無いだけだよ。」

手を不自然にぶら下げながら、男は立ち上がる。

慌てた様子も無い。が、それはこちらも同じ。

「笑うなら今のうちよ。餓鬼んちょ。」

「お前にだけは言われたくないね。」

 

 

唐突に繰り出される裏拳を左手で受け、右手を鋭く突き出す。

が、それは相手の払い手で阻まれる。

その動きのまま足を掛ける。が、それも阻まれる。

「…あんた、嘘ばっかりね。」

「随分余裕が無いじゃないか。もう息が上がってるよ?」

無意識のうちに浅い呼吸を繰り返していたことに気づき、息を整える。

「…ふん。あんたにはこれぐらいのハンデで丁度いいわ。」

左手を前に出し、指を曲げて挑発する。

「減らず口もその辺にしときなよ。大分辛いんだろう?」

「心配される筋合いも義理もないわね。油断したら負けるのはあんたよ。」

脇腹を蹴りつつ、あくまでも余裕の体を装って吐き捨てる。

(正直、長引くのはあんまり良くないな。)

自身の体に異変が起こっていることなど自分自身がよく知っている。が弱みを見せるわけにはいかない。特に戦闘時は。

「もう終わりよ。『裏豪核』」

手を天に掲げる。

そしてそこに現れるのは極大の炎(たいよう)

「歴代最悪の大罪人。16人の同族喰らいがあんた如きに負けるはずが無いのよ。」

「その力……!!」

驚愕する暁角の顔を見た核炎は微笑んだ。

「『残さず頂かないと、勿体無いよね。』」

それは男が自ら発した言葉。

「あなたが望んだ結末よ。『神ノ恒星(アメン・ラー)』」

核炎が掲げていた手を閉じた瞬間、愚者の意識も消え去った。

 

 

 

 

 

「…何あれ?」

森の奥で何かが光った。

「おはよう。お嬢ちゃん。そんでもっておやすみ。けひ。」

耳元で囁かれた声を境目に、体に冷たいものが入る感触。

「っ、え…」

喉が詰まる。

呼吸ができない。

体が、言うことを聞かない。

「まず1人。けひひっ。」

不気味な男の声を最後に、意識が暗転した。

 

 

 



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第20話

「餓鬼だな。やっぱり。」

宵角はいとも容易く回収することが出来た幼い体を小脇に抱え、そう呟く。

暁角からの通信が途絶えた。

流石にもう油断している程の余裕は━━━

「あらぁ。何してるのかしら?」

「…やはりな。すっ飛んでくると思ったぜ。」

「あいつしか居ないのは何か不自然だと思ったのよね。案の定だわ。」

両者微笑みながら会話をする。

しかしその胸の内にある感情は真逆。

一触即発の張り詰めた空気。

「まぁ。今私は気分が良いから?今すぐ氷華を手放せば見逃してあげるけど。」

「傲慢なこったな。口から血垂らしといて。」

「……負けたあんたには、ゲホッ…言われたくないわね。」

口から出た鮮血を拭き取る。

「そうかい、そうかい。だったら殺ろうじゃねぇか。その方が良いだろ?なぁ。」

「…当たり前よ。『爆炎刃』」

再び炎の刃を手に持つ。

しかしその大きさは彼女の腕ほどしか無かった。

 

 

 

 

 

「疲れたわぁ。帰ってくるの何日ぶりかしら。」

最近は任務や招集が立て続きに起こったために、住処であるマンションに帰ることが出来なかった。

「おじゃましまー…何この部屋。」

「え?」

「物少なすぎでしょ。私たちの家でももうちょっと物あるわよ…」

練融の部屋にあるのは、1つのテーブルと椅子。そして布団。

この3つだけだった。

「まぁ越して来たばかりだし。」

「それにしてもよ…」

「…ねぇ。」

何故か最初からあまり良くない印象を抱かせてしまったようだが。

「まぁとりあえずお風呂入って。一応何着かは服もあるし。」

「服までなかったら驚きね。」

そこまででは無い。

「じゃあお先。」

「はいはい。」

先に風弓が入るようだ。

「布団邪魔ね。しまっておきましょ……あれ?」

布団を敷いたまま出ていっただろうか。

如何せん何日も前だから覚えていない。

「しまったはずなんだけどな、っ」

そこで誰かが寝ていた。

「へ、ぇっ」

奇妙な声が喉から飛び出る。

「どうしたの、そんな素っ頓狂な声上げて………知り合い?」

天癒も人影に気づいたようだ。

「…ん…ん……?ん!!」

声を上げて起き上がる。

「もう!遅いわお姉ちゃん!!」

 

 

「ひぇ…」

はたまた素っ頓狂な声が飛び出す。

「お、お姉ちゃん…?練融が、か?」

頬を膨らませて怒っている少女の顔と練融の顔を行き来しながら、天癒は震えた。

ちなみにこのあと風弓が風呂から出てきて驚愕のあまり気絶した。合掌。

 

 

「…というわけで、お姉ちゃんのとこに来ました、妹の『雪鈴』です!」

元気いっぱいな挨拶ありがとう。じゃあ寝ろ。

と言いたかったが、まず状況を説明して貰わないとこの微妙な空気が解けることは無いだろう。

「はぁー……どうやって来た?どこから来た?」

とりあえず疑問を投げ掛ける。

「徒歩で!お姉ちゃんと最初に会ったとこから!!」

はい元気いっぱいな返答ありがとう。よし寝ろ。

と言いたい。切実に。もうとにかく寝てほしい。

「…はぁ……まぁいいわ。何時まで居る気?」

面倒な縁を持ったものだ、と過去の自分を叱責する。

自己すら守れないのに、この子をあいつらから守れるだろうか?

「いつまでも!」

「馬鹿なことは言いなさんな。」

右手で手刀を作り、頭に振り下ろす。

「いったぁ…あ……」

呻く幼女を横目に何度目になるか最早分からないため息を吐く。

「ほんとだもん!」

「………そう。」

もう苦笑しながら受け流すことしか出来ない。

 

 

「で、あの子とはどういう関係なの?」

やはり向けられる追求の目。

「…前にあるとこで会ってね。その時に数週間ぐらい世話してやったら、懐かれた。」

「ふーん…あの子、親居るんじゃないの?」

「大声で泣いてるあの子の横で死んでたわ。」

「そう。」

人の死を悼むことは出来ても、悲しむ資格は無いと考えている彼女らには、あまり死というものは心に響くものではない。

特別仲の良い関係でなければ余計に。

「それで、人情溢れる練融お姉さんが助けてあげたと。ご立派ぁ。」

「茶化すな。」

再び手刀。

呻く奴がまた1人増えた。

「間違えてはいないけど。」

そう付け足しておく。

「…もう日付も変わってるわ。寝ましょう。」

「ね、ねぇ、私永遠の眠りにつきそうなんだけ、ど」

呻き声が響くが、3人とも務めて無視をした。

 

 

 

 

 

「…ふっ、ふー…」

肩で浅く息をしながら、どんどん熱くなる胸を抑える。

痛い。裏を使った時ほどでは無いが、重く鈍い痛みが心臓から這い上がってくる。

その痛みが動きを鈍らせる。

「どうしたァ!まだまだ終わってねぇぞ!!」

大上段から振り下ろされる大太刀を避ける。

最初の頃は気にしていたが、今は膝についた泥を拭えるほどの余裕はない。

怒涛の連続攻撃、という言葉がピタリと当てはまる程途絶えない太刀筋。

焼いても溶かしても斬っても全て再生してくる。

「流石に滅創が作っただけあるわ…ねっ!」

懐に潜り込んでの一閃。

逃げ回っているだけでは勝てないということが自分が1番理解している。

そろそろ自分の体力が尽きることも。

なら今の間に攻撃しなくては。

 

そしてその焦りが隙を生む。

男と目が合った。

やばい、と頭が警報を鳴らす。

「残念だったな、お嬢ちゃん。」

胸とは違う━━━腹部に衝撃と痛みが走るのを最後に、意識が消失した。

 

 

 

「ひひひ。呆気なく逝っちまいやがって。」

自分の太刀が捉えた彼女の命を薄ら笑い、男は消えた。

 

 

 

 

太陽が登る。

彼女とすれ違いに。

 

 

 

 



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第21話

夜の川辺を長身の男が歩く。その時

「んぉ?」

少女の命を刈り取った太刀が月の光にも負けぬほど輝く。

鉄色だった刀身は赤橙に染まり、熱を持っているかのように刀身から陽炎が起こっている。

「へぇ…良い業物になったんじゃねぇの。けひひ。」

男━━宵角は遺体を川辺に放り投げ、もう片方の腕で氷華を抱え上げると瞬時に姿を消した。

「いい収穫だったな。けひひっ。」

 

 

 

 

「あ〜…よく寝た。」

「寝すぎじゃろう。もう昼じゃぞ。」

欠伸をしながら寝床から出てくる殲撃に滅創は冷たい視線を送る。

「へいへい。すんませんでした。」

心の全く篭っていない返事をした殲撃はこの場に居ない3人に対して

「あれ?氷華たちは?」

「んー…それがなぁ。」

 

氷華が「核炎の元に行く」という書き置きを残して、明け方に姿をくらました。

そしてまだ核炎が戻ってこないので道に迷ったのかと思った狂歌が捜索に行った、というのが真実らしい。

「こーゆー事があるから一緒に寝ろって言ってんのになぁ。」

「酔ってる時以外は堅く阻んでくるものなぁ。」

(見た目はともかく)成人の女性だ。伴侶でも無い男性と共に寝ることに抵抗があるのは当然だろう。

「んじゃ待ちましょうかねぇ。」

「飯作るのを手伝え。人手が足りん。」

「応ともよ。」

 

 

滅創に命じられたので、水を汲みに行こうと容器を持ち、川に向かう。

すると彼女がうつ伏せで寝ていた。

「ん?なんでこんな所で寝てんだ?」

ぴくりとも動かない所を見るに、木の上から落ちて気絶しているか、はたまた熟睡しているか。

どちらにせよもう昼だ。今まで寝ていた自分が言うのもなんだが、睡眠時間は十分だろう。

「おーい。核炎。起きろ……?」

体が冷たい。昨晩も暑いほどの気温だったし、今の気温もそう低くない。

嫌な予感と不安を感じ、彼女の体に手を掛ける。

「おい?核炎?」

肩を掴んで体を揺らしても何の反応も無い。

「お、い。待て。なんでお前」

服が赤いんだ?

 

核炎は青い服を来ていた。

陽の光に照らされたところで一向に変わることがない程明るい青い服を。

それが赤く染まっている。

自身の手を恐る恐る覗く。

「…っ、おい!核炎!!」

手に血が付着することなど厭わずに、彼女の体を揺らし続ける。

「核炎!!目を覚ませ!!!」

体を仰向けにした時、一層赤く━━いや、寧ろ黒く染まっている部分があった。

胸の近く。ちょうど心臓がある辺り。

背筋に寒気が走る。

彼女の目はまだ閉じられたまま。

「ん、の…バカ!!」

少し軽くなった彼女の体を持ち上げ、走る。

 

 

「………」

何も言わずに滅創が脈を取っている。

先程戻った狂歌は口を開かずに、目を閉じて反応を待っている。

重い空気の中、口を開く。

「ど、どうなんだ。核炎は」

「……何も触れん。脈も、鼓動も。」

ただ眠っているようにしか見えない彼女の顔から一気に生気が抜け落ちた様な気がした。

「死んでいる、と見て間違いは無いだろう。」

「原因は。」

意外にも冷静に狂歌が口を開く。

「胸を何かで刺されておる。それが原因と見て間違いないだろうな。傷は心臓にまで達している。」

淡々と説明する滅創の顔にも苦悶の表情が刻まれていた。

「…そうか。」

核炎の━━遺体の傍にしゃがみこむ。

黙って彼女を見つめる彼の肩は震えていた。

 

 

 

「…俺さぁ」

少し時間が経って、唐突に。

「何となく分かってたんだよ。もうこいつは永く無いんだな、ってこと。」

核炎の顔に手を伸ばしながら、独り言のように

「『コア』は俺らにとって心臓みたいなもんだろ。無くてはならない魔力巡回路。」

淡々と胸の内を明かす。

「それをさ、握り潰した奴がさ…」

「…もういい。辞めろ。」

滅創の静止も聞かず

「く、食った奴がさ、永く生きて、てられるはずないのにさ。」

嗚咽が混じる。

「なんで、それを先にこ、いつに言って、言ってやんなかったんだろって。」

涙が滴る。

「なぁ、核っ、クリアっ…ごめんな、ぁ…!ごめんな……」

嗚咽混じりの謝罪が彼女に届くはずもないのに、ただただ謝罪を口にし、繰り返す。

だが知ったところで彼女は

「…知ったとてあいつが戦うのをやめたとも思えん。寧ろ最期に、と考えたかもしれん。」

お前のせいではない、と素直に言えばいいのに、言えない老人は妙な慰め方をしていた。

「何せ自己強化の為に心臓を喰うような奴だ。それぐらいでは怯まんだろう。」

肩に手を置き、隣に座り、

「だから、もう泣くのはやめろ。伴侶の前で格好の悪い。」

「…ふ、っ。お前が言えた、事かよ。」

共に涙を流していた。

 

 

 

二つ名に「炎」が付いているように、底抜けに明るい少女だった。

いつも場の空気を明るくし、時には悪辣な空気すらも和ませた。

正に太陽の様な、好感を持てる少女であり、女性だった。

ただ戦闘狂、という欠点を除いては、それはもう嫁の引手が多々あっただろう。

その欠点さえなければ。

ガラの悪い男を見つけるとすぐ喧嘩を吹っかけ、無傷で帰ってくる。

子供が攫われたと騒げばどこからともなく現れ、解決して戻ってくる。

本人も理解しているのであろう圧倒的な強さは、辺りでは長老を除いて敵無しだった。

だから長老達は次期の長老の1人として推薦する気だった。

そしてそれは、元々長老長の黒華の子孫ということもあり、すんなりと承諾された。

だが今はまだ幼く、経験も浅いだろうからという理由で、野放しにされていた。

 

 

だがその長老達の思惑は叶うこと無く、集落は炎に包まれた。

何としてでも核炎だけは、と。

一族で最強の彼女だけは、自らの子孫だけは、と。

何としてでも逃がさないと一族が滅びると考えた黒華は、最期に敵も味方も森も集落も全てを巻き込み、『咲いた』。

巨大な薔薇だったそうだ。

 

 

 

その中から逃げ切った3人の長老と、極小数の大人達。

その者達が核炎を必死に保護し、大人達が一人残らず事切れたとしても、彼女を活かすことで次の世代に引き継ぐと。

その粋は間違っていなかった。

 

 

だがひとつ彼らが間違えたとするなら。

それは「彼女」を救わなかったことだろう。

 

「自らの弟子を見捨てられた」と思い込んだ彼女に、逃げた大人達の3/4━━14人は食われた。

喰えば喰う度に力が増すことを覚えた彼女は止まらなかった。

 

元来大人達より強い彼女が、更に力を増した時、止められるのは長老しか居なかった。

 

が、その長老達も2人が彼女の贄となった。

一定数を食い尽くした彼女が去るまで、大人達は震えて隠れるしかなかった。

 

 

滅創と突如覚醒した男が核炎を打ち負かすまでは。

 

 



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第22話

男は単純だった。

「自らよりも強いヤツと闘いたい」

それが行動理由であり、生きる糧であり、生き甲斐だった。

戦闘に快楽を興じ、血飛沫に悦を見出し、鉄の匂いに血を沸かせた。

そんな彼が『彼女』と出会うのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 

 

 

「…見ぃーちゃった。見いちゃった…!!」

小躍りしそうな体を抑え、小さくガッツポーズを決める。

今最強と謳われた同族は死んだ。

この目で、しかと見届けた。

「山河サンに…報告報告…!!」

月夜の中彼女は走行を開始した。

 

 

 

「んだよ。また死んだのか。」

巨漢が話し掛ける目先には誰もいない。

ただ少しの炭と、巨木があるだけ。

『いやぁ。参ったよ。これで3回目だね。』

だが声は確かに聞こえた。

「死に過ぎてもあんま良くねぇぞ。能力の固定化が出来なくなるからな。」

『それは僕が1番分かってる━━━よっ」

炭が吹き上がったかと思えば、元の男の姿に戻る。

「…またちっちゃくなったのかな。お前が大きく見えるぞ。宵角。」

「けひひひ。明らかにちっちぇな。暁角。」

 

 

男…暁角の能力は『不規則(ランダム)

どのような能力が発現するかは本人にさえ分からない、が。

一つだけ確立された絶対的な能力がある。

それは「体を再生出来る」ということ。

ただの再生ではなく、細胞の一欠片や髪の1本さえあれば人間の体全てを復元できる。

記憶や人格はそのままに。

そして再生した際、「ルーレット」が回る。

能力の━━いわゆる「抽選」だ。

ある時は多属性を操る魔術師。

またある時は精神操作を得意とする呪術師。

そして今回は━━

 

「…なんだ。ただの身体強化か。」

『格闘家』を発現した。

「ただの、ってぇのは間違いだな。体は全てに於いて基本だぜ?」

「それは分かってるけど…痛いのは嫌じゃないか。」

彼は痛みを極端に嫌う。

「こないだ━━って言うほど前でも無いか━━女の子達と戦った時あるだろ。あの時なんて体がぺしゃんこに潰れたんだからな。痛いのなんの。」

「あぁあれは不様だったな!けひひひっ!」

「煩い……ところでその剣はどうした?」

「あー?やっぱ分かるか。」

「そりゃあ魔力が増大しているからな。以前とは比べ物にならない程に。」

鞘から刀身を顕にする。

 

「あのガキを喰ったんだよ。この刀が。」

 

 

 

「…あのガキってのは?僕が戦ってた奴?」

「そうじゃねぇの?火使ってたし。」

「………喰ったって?」

「殺した後に刀身の色が変わった。んで死体からは魔力のカスも感じなかったし、喰ったんじゃねぇかと。」

「…へぇ。そんな力あったんだ。」

正直驚きだ。

ただの刀では無く、霊刀に近い神器だったとは。

「この刀すげーんだぜ。斬る瞬間だけすげぇ熱くなる。今もちっとはあったけぇけどよ。」

「使い心地は?」

恐らく予想通りの返答が帰ってくるだろうが。

「最高。何でもかんでもスパスパ切れる。」

「だろうな。」

 

 

「山河サーン!」

「…来たか。『十色』。」

「来たよ来たよ〜!今回は大事なお話もあるし、ね!」

ノックもせず部屋に入ってくる子供を山河はため息混じりで応対した。

「まぁいい。まずは報告を。」

椅子から立ち上がり、応接間のソファーに腰掛けながら、紅茶の入ったティーカップを傾ける。

「あ、そーだったね!『超越者』が1人死んだよ!」

「ガフッ」

思わず紅茶を吹き出す。

「うわー。きたなーい。」

「…今、なんと…?」

信じられないものを見る目で彼女を見据える。

「だーかーら。超越者が死んだって。」

「誰が。」

恐る恐る追求する。

「核炎。」

「なんだと!?」

これは夢か。

「どういう事だ!なぜ彼奴が死ぬような事が」

「はいはいすとっぷー。」

口に手を当て、黙るよう促される。

「説明はこれからだよ〜!」

 

 

 

「なるほど。弱ったところを追い詰められ、隙を突かれて殺されたと。」

「まぁそゆことだねー。呆気なかったよ。」

クスクスと笑う彼女をぼんやりと見つめながら、もう一つの疑問を投げかける。

「殺した奴は?」

「さぁ?逃げちゃった。私も流石にそこまで追えないよー。」

「…ふむ。」

今やるべき事は何か。それを最優先で考える。

「とりあえずお前は核炎を殺した奴を追え。いいな?」

「はいはいりょーかーい。じゃあさっそく!」

ドタバタと部屋を出ていく十色を視線で見送り、ソファーに深く腰掛ける。

「……本当か?」

逆に気持ち悪い程の朗報だった。

今までは核炎対策に追われ、眠れぬ夜を過ごしていた。

「………とりあえずは、会議だな。」

重い━━いや、昨日よりは幾分か軽くなった腰を上げ、山河は重厚な扉を押し開けた。

 

 

 

全世界の政府に激震が走った。

『特級危険人物である超越者の1人である、核炎が死亡』という唐突すぎる一報は、各国の上層部を引っ掻き回すのに十分な情報だった。

 

すぐさま世界各国の首脳は画面越しながらも一堂に会し、会議を開始した。

 

 

 

 

「…そろそろ泣き止め。阿呆。」

涙を流し続ける男は見るに堪えない。

「……………ぉう。」

核炎の遺体から顔を上げた男は、目を真っ赤に泣き腫らし、視線は錯誤していた。

「顔、洗って、くる。」

フラフラと立ち上がり、川の方向へ向かう。

「…葬儀の準備を、してやらねばいかんの。」

「いや、それは必要ない。滅創。」

振り向くと、俯いた殲撃が立ち上がっていた。

 

 

 

「俺がアイツを喰ってやる。」

 

 

 



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第23話

唐突で、有り得ない申し出だった。

「……もうこいつ(核炎)は核炎ではない。ただの骸だ。」

冷たく鋭い視線と共に殲撃に現実を突きつける。

「さしずめ喰って能力継承でもしようとしたんじゃろうが……魔力など残されておらん。不自然な程にな。」

そこで1度区切り、額に手を当て、溜息を吐く。

「…お前も核炎もそうだが、同族を喰らうことに━━いや、禁忌を犯すことに躊躇が無さすぎる。」

「もう古のシキタリを守る暇も余裕も無いのかもしれん。だが我々は生まれ落ちた時からそれを禁じ、その禁忌を犯した人物達を蔑んで来た。」

 

「お前は、ただ『寂しい』という理由だけで核炎を喰おうとしているのではあるまいな?」

 

 

 

 

川の端に立ち、碌でもない事を考えた。

「どうしたらまた会えるだろうか」と。

ふと思いついたその考えを馬鹿らしいと投げ捨てることも、また具体的な案を考え付くことも無い。

ただ居もしない神とやらに祈る事しか。

瞬きの後に、何事も無かったかのように彼女が隣に居ればいいのに、と。

そんな無力な自分が浅ましく、恨めしい。

 

とても寒い。

 

 

 

 

 

「ねーねー。おねーちゃーん。」

「何。雪鈴。今忙しいのよ。」

「なんか電話鳴って」

言われて初めて聞き親しんだ曲では無い別の曲が流れていることに気づいた。

「はい、もしもし。サティラです。」

『おう。海堂だ。今すぐ招集しろとの指示が上からあってな。今すぐ来れるか?』

「大丈夫です。すぐに向かいます。」

『あぁ。今回は詰所ではなく内閣府に来いとの事だ。くれぐれも間違えるな。』

「はい。」

スマートフォンの画面をタップし、食卓の上に置く。

「雪鈴、私出掛ける用事が出来たから少し留守番しといて。」

「えー。…わかった。」

「ご飯は好きに食べて。」

そう言っただけで食欲旺盛な義妹は目を輝かせ

「分かった!!お仕事頑張ってね!!」

現金なヤツ、とため息混じりに呟き、練融は身支度を手早く整えた後、玄関のドアを開けた。

天癒と風弓には核炎らの監視を頼んでいる。

奴らの行動が不可解な上に予想出来ない為、監視は必須だ。

 

 

 

 

「…別にそういう訳じゃない。」

「では何故死んだ者を喰おうとする?能力継承も出来ないただの骸を。カニバリズムにでも目覚めたか?」

滅創の容赦ない追求に、喉が詰まる。

言いたい事は沢山あると言うのに声にならない。

「…喰ってみなきゃ継承出来ねぇとも限んねぇだろ。それともこんな愚かな事をした奴が過去に居るのか?」

やっと口から出た言葉はただの自己嫌悪で、子供の言い訳の様なものだった。

「……では聞くが、狂歌にはどう説明するつもりだ?『能力継承出来ると思ったから食べてみた』とでも言うつもりか?」

今度こそ反論の余地が無い。

「儂にはあいつの事はよく分からん。が、少なくとも赤の他人に自分の伴侶を喰わせたいと思うはずが無かろう。」

そもそも喰うという選択肢自体がおかしい事なのだがな、と付け足した滅創を見、再び答えを探す。

答えが存在するのかは知らないが。

 

そもそも何故喰いたいと思ったのか。

普段の自分ならそのような事は考えずにただ涙を流しているだけだ。

過去の自分なら核炎が死んだのを良い事に、最強は自分だ、などと吹かしていたのかもしれない。

では今の自分が考えている事は何なのか。

 

禁忌を犯してまで能力継承をするのでは無く、ただ、

彼女の生きた証をどこかに遺して置きたくて。

誰にも渡したく無くて。

ただ自分だけが知っている場所に、核炎が生きたという証明を。

 

 

「…何も言い返さないのなら葬儀の手筈をするぞ。」

切り株から腰を上げた滅創を目端で見送り、今自分がしようとしている行動を、遠くから他人事の様に見つめている自分が居た。

 

 

 

 

「━━は?死んだ?」

練融は目を見開いた。

上官に向けるべきではない言葉遣いをしている事すら自覚せず、質問を投げ掛ける。

「どこで?誰に殺されたと?」

「察しが良くて助かるな。場所はここから少し南の森の中。殺した犯人は不明だ。目撃者も居ることには居るらしいんだが、なんせ夜でよく見えなかったらしい。」

自分達以外に核炎の居場所を知ってる奴が居たという事実は、まだ理解出来る。

転々と移動する彼女らをただ追跡すればいいだけの話だから。

だが死んだというのはあまりにも突拍子過ぎて

「確定情報ですか?」

「あぁ。上も認めてる。間違いは無いだろう。」

上層部が認めたからと言って確かだという保証は無いが…

「分かりました。」

ならばもう彼女らは核炎達を監視する必要が無い。

底抜けの強さを持つ核炎に対してあの3人は自分達で対処出来る。

「そこでお前には、念の為核炎が死んだ事を調査して貰いたい。死体があれば引き上げ、持ち帰れ。いいな?」

やはり不確定なんじゃないのか、と思った事は口に出さず、練融は頷いた。

 

 

血と、贓物の匂いが懐かしい。

手を差し込めば差し込む程冷え切った血液が腕を濡らす。

体を揺らしている間にいつの間にか彼女の瞳が開いている事に気付いた。

虚ろな目だった。

生前の彼女がこんな目をする事は無かった。

例え落ち込んでいようが、苦しかろうが、その目には光が点っていたし、その消えない光に堪らなく惹かれた。

 

そんな彼女に、憧れた。

 

 

 

「俺はお前みたいになれるかな?」

 

 

 

 



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第24話

『なんだ、また来たのか』

闇から低く重い声が発される。

『また禁忌を犯した同族が』

その声は瞬くまに硬質な否定の声に変わり

『同族喰らいの馬鹿者が』

段々と怨嗟の声に変わっていく。

『私と同じ轍を踏む気か』

 

 

 

 

核炎の葬儀は簡単なもので済まされた。

元々葬儀場などを用意する時間や金は無く、ただの火葬という形で。

 

 

…核炎を喰った訳だが、遺体は表面だけをどうにか修復して、バレないように工作した。

そして、自身の体には何も変化が起こっていない。

変わった部分と言えば、1つだけ。

毎晩悪夢にうなされるようになった、という事だけだ。

喰った次の日の朝は、寝汗でびっしょりになっていた。

また次の日は悪夢の内容をどうにか理解出来るようにはなっていた。

そのまた次の日からは、耳元で囁かれる声に耐える日々だった。

罵言雑言を、複数人から。

 

『禁忌を犯した阿呆を我々は許さぬ』

禁忌だと言われていたことは知ってる。

『私情を挟み、わざわざ禁忌を犯したお前を許さぬ』

私情しかないだろうな。本来ならそうすべきでは無いんだから。

『………』

核炎を喰ってから1週間経った頃には、会話できるほどまでになっていた。

彼女もこの様な思いをしていたのだろうか。

夜に離れて寝ていたのも、悪夢にうなされる自分を見せたくなかったからだろうか。

『…馬鹿』

低い声の中に高い声があることには、気づき始めていた。

 

 

 

「火すら出ねぇか。やっぱり継承は出来ねぇのか?」

彼女が爆発や炎を起こしていた時にしていたポーズを取ってみたり、能力を使ってみたりしたが、炎が出ることも、体が炎に纏われる事も無かった。

練習すればどうにかなるというものでも無いはずだ。

 

 

喰った事を隠して、3人で氷華を探しながら各地を転々とした。

東京。神奈川。千葉。茨城。埼玉。

「ここはこんなもんか。そろそろ沼だな。」

「じゃな。何か目星でも付けばいいんじゃが。」

「そうだな。」

狂歌も既に立ち直って、氷華を探すことに集中している。

滅創はあの時以来涙を見せることも、悲しみに暮れる姿を晒すこともなかった。

自分も早く慣れなければいけないのだろう。

もうすぐ夏だというのに、自分の右側が━━いつも彼女が居た辺り━━が妙に寒く感じた。

 

 

 

『未だに諦めぬか』

『お前に継承する資格も度胸も有りはしない』

『諦めろ。お前と彼女は同じ器では無い』

何か、おかしい。

今まで罵るだけだった声が少し焦るような声音に変化した。

『直にお前の身を滅ぼすぞ』

『最後の忠告だ』

声が聞こえなくなる。

本来ならここで目が覚めるはずなのに

『…私の事は早く忘れて、諦めて、残りの人生を過ごしなさい。』

聞き覚えのある声が

 

 

「核炎!!!」

目が覚めた。

覚めてしまった。

折角、やっと彼女に会えたというのに。

あの声が妙に耳に残って離れなかった。

「忘れろ」や「諦めろ」はまだ分かる。

「残りの人生を過ごせ」というのはどういう事だろうか。

 

 

「…って事が昨晩あったんだけど。」

「寝ぼけてんのか、お前。」

呆れられた。個人的には核心を突いていたと思うのだが。

「アイツは死んだ。もう会うことも声を聞くことも出来ねぇよ。」

飯を掻き込みながら、狂歌が返答する。

「いや、そもそもの話なんだが俺らに寿命ってあるのか?」

「あるにはある。が、天寿を全うした者は聞いたことがない。」

滅創が答えてくれたが、新たな疑問が

「なんでだ?お前だって老齢だろ?」

「老衰するのは大体…そうさな、2000から3000年の間と言われておる。それまでに殺された、あるいは戦いで死んだ奴が大半なのだ。」

「てかそもそもなんでこんなに長生き出来んだ?人間は100年も生きれば長い方だと聞くが。」

「それは魔力とコアの恩恵じゃな。魔力には多大な生命力が混じっておる。それが体を巡りながら吸収されていくのだ。」

「へぇ。」

なるほどそういうカラクリが。

「黒華が生きておれば今頃3000歳は超えておったんじゃろうがな…」

遠い昔の記憶を思い出そうとする老人は放っておいて

「じゃあなんで核炎は残りの人生、って言ったんだ?」

「だからそれはお前の思い違いとか勝手な妄想なんかじゃねぇの?」

それにしては生々しすぎた。

納得するような理由を見つけられないまま、今日も行動を開始する。

 

 

 

 

『奴ら、しぶといな。』

『けひひ。いつまで経っても探しまくってやがる。そろそろおねんねの時間だってのにな。ひひ。』

 

 

 

 

「あちぃな…」

森の中とはいえ、木々の間から差し込む日光で充分温度は高くなる。

彼女が居たなら今頃暑い暑いと騒いでいたのだろうか。

 

「…そろそろ衣替えの時期かもしれんな。」

と思っていると、唐突に辺りが暗くなり始めた。

「日が雲に隠れたか。当分は凌げそうじゃの。」

辺りがどんどん暗くなる。

陽の光が薄れていく。

 

「…流石に暗くなりすぎじゃねえの?」

もはや夜とそう大差無い程度まで暗くなった。

「……確かにな。何も見えん。」

「明かり…荷物すら見えないな。待つしかないか…」

滅創や狂歌の声がどこから聞こえてくるかは分かるものの、姿は全く見えなかった。

謎の現象に呆れつつ、地面に座り込む。

「早く進みてぇなぁ。」

「まぁ良い休憩と思えば丁度いいじゃろ。」

「さっき休憩したばっかりだろ。」

『そうだね。』

『いい休憩になる事を祈ってるよ。』

 

聞き覚えのない声が間に割って入る。

「誰だ?」

右や左。上かどうかすら分からない。

頭の中に直接語りかけられたような感覚。

その声は反響し、森の中に響く。

『誰かって?』

『君なら知ってるんじゃないのか?焔。』

身に覚えのない事を言われる。

「…何か知ってるのか?殲撃。」

「いや、聞いたことの無い声だ。」

『━━酷いなぁ。忘れるなんて。』

暗闇が一気に晴れる。

 

『いっぱい夢の中でお話ししたじゃないか。焔。』

『僕らと』

『私たちと』

『俺らと』

『儂らと』

 

『なのに、忘れるなんて。』

見えるのは5人の人影。

全身黒で塗り潰された人型の謎のモノ。

 

「…誰だって言ってんだよ。いい加減ハッキリさせやがれ。」

多少の怒気を混じらせながら凄むと、中央の人物意外は多少たじろいだ。

『まだ分からないかな?君が夢の中で話していた人物。それが僕らだよ』

『いい加減にしろ』

『禁忌を犯した事を忘れたか』

『大罪人が自分の罪を忘れるとは』

『同族として情けない』

 

夢の中で話した人物。

という事は彼女も

「…誰がどうだかなんだか知らねぇが、核炎は。あいつは居ねぇのか。」

『なんだ、彼女に用があるのかい?』

『ならば罪人にふさわしい最期を見せてやろうか』

『『『最悪の人形劇の始まりだ』』』

 

5人の声と同時に、また辺りが暗闇に包まれる。

そして闇が晴れた時、その中心に居たのは

『…やっほー。』

笑顔で手を振る核炎だった。

 

 

 



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第25話

にこにこと手を振る彼女の姿が懐かしい。

たった1ヶ月ほど見なかっただけなのに。

 

 

 

「核炎……核炎か…?」

狂歌が目を見開く。

うわ言の様に彼女の名を呼ぶ。それに対し

『…狂歌』

核炎の声は冷たく硬いものだった。

『ごめんね。』

そしてその口から紡がれる謝罪の言葉。

『今貴方に構ってる時間は無いの。』

小さな白い手がこちらに向けられる。

『…『爆炎核』』

 

 

日光すら凌駕する光が彼女の右に浮かぶ球体から生み出され

━━━爆発した。

 

「…核炎……?なんで………」

明らかに生前の彼女と同じ技。

回避には成功したものの、大きく吹き飛ばされてしまった。

威力も健在。

『やっぱり避けられた。流石だね。滅創。』

笑顔を崩さない彼女は、今も尚問い掛けを続ける。

『…皆して、黙って。酷いなぁ。』

冗談じゃない。

「こちとら驚きの連続でな。まともに頭が働かねぇんだよ。」

震えた声でそう返すと

『あぁ、そうだ。殲撃。』

 

 

『私は美味しかった?』

 

 

 

 

「…なんで生きてやがる?」

宵角は木の上に立ち、核炎を見下ろしながらそう呟いた。

あいつは自分が確かに殺したはずだ。

確認こそしていないが、殺したという手応えはあった。

だが彼女は今笑顔で喋っている。

「なんだ、よく分からねぇな。」

考えることが苦手な彼は、そこで思考を打ち切った。

 

 

 

 

「…貴様、やはり喰ったのか。」

『あ、気づいてたの?』

「薄々な。お前から出ていた血は葬儀の時には既に固まっていたのに、血の匂いがしたのはおかしいと思っていた。」

手で口元を抑えながら ふふっ、と笑う彼女の姿は見慣れたもので

『そっかそっかぁ。やっぱり滅創は流石だね。』

「餓鬼にはまだまだ負けんわ。」

笑みを収めて

『じゃあ、貴方からかな。滅創。』

唯一生前と違っている部分を握りしめ

 

『ばいばい。』

別れの言葉を口にした。

 

 

 

滅創が戦闘出来るのは約2分。

つまりその間で核炎を無力化し、拘束する。

━━もしくは殺さねばならない。

120を数えている間にそんな事は出来るのか。

 

 

ただでさえ彼女は同族の中でも最強クラスだと言うのに、圧倒的ペナルティを抱えたまま、そのような戦闘に入るのは火の中に飛び込むのと大して変わらない。

だから

「俺もやってやんよ。」

狂歌の声と

「3対1で丁度いいんじゃねぇの。はは。」

殲撃の乾いた笑い声は頼もしいものだった。

 

 

 

「そろそろおっぱじめそうだな。んじゃ退散するかな。」

「おぉっとお待ちをぉ。貴方には用があるんだー。」

自分の上から投げかけられる声に、驚く間も無く飛来する短剣を避ける。

「すごいすごーい!よく避けられたね!」

「…なんだ?お前。」

投擲されたものとは釣り合わない幼い顔。

「私?私はねー。『十色』って言うの。覚えなくても別にいいよ!」

「んで?喧嘩でも売りに来たのか、嬢ちゃん。」

刀の鞘を払い、いつでも切り掛かれるように構える。

「喧嘩?あはは!違う違う!」

急にボクシング選手のような構えを取り、軽いフットワークを始める。

「事情聴取、だよっ!」

忽然と姿が消える。

「『氷爪』」

 

背後から声が聞こえ、脳に到達するまでの数コンマの内に走る

背中への痛み。

「当たっちゃった?『雷蹴』」

続いて脇腹への痛み。

「がは、ひひっ。」

が、こんなものは受け慣れている。

 

「油断してんなよ、糞餓鬼!!」

彼女が蹴った辺りを薙ぎ払う。

が、そこに既に彼女は居ない。

「遅い遅い〜『炎牙』!」

腕に走る焼け付くような痛み。

「ぺらぺら喋ってんじゃ、ねぇよ!!」

呼吸を整え、刀を持っている手を掲げる。

 

「『断捨り』」

「遅い。━━━『爆炎核(・・・)』」

刃が彼女の体を喰う前に、新たな技が彼女から繰り出される。

「何故、お前が、それを……!?」

消えゆく意識の中、答えを知ることのない質問を投げ掛けた。

 

 

お姉ちゃん(・・・・・)の技、見よう見まねだけど上手くいったね。」

 

 

 

「…何故奴に『氷華』を任せた?」

スクリーンに映し出された光景を見た暁角は敷かれたキーボードを叩き壊しながら問うた。

『色んな能力で攻め立てたのはお前だろ?それを彼女が吸収しただけだ。』

暁角の後ろの鎧からくぐもった声が発される。

「…クソが」

 

 

 

 

『3対1?レディーファーストって考え方、無いの?』

「男勝りな奴が良く言うよ。」

軽口を叩き合いながら、交差する拳。

『相変わらず女としては扱ってくれないのね。殲撃。』

右ストレートを受け止めながら、ジャブを繰り出す。

「俺よか強い奴を女扱い出来るかよ。」

案の定片手で払われ、依然彼女の優勢は揺るがない。

 

 

「…隙がないな。」

2人の戦闘に割って入る隙が見つからない。

「隙は見つけるものじゃなくて作るもんだ。お前はそこで見てろ。」

「無駄に頼もしいな。頼んだぞ、狂歌。」

「無駄には余計だ。」

珍しく、軽口を叩いた。

現実逃避したくなるほど、精神が追い詰められているのだろうか。

自分が使える時間はたったの2分。

その2分が訪れるまでに腹を据える必要がある。

 

 

 

「俺も混ぜろよ。」

背後からの声を聞いた瞬間に核炎と距離を取った。

そこに割って入るように狂歌が現れる。

『…最初に殺っときたかったなぁ。貴方は。』

「物騒だな。相変わらず。会った時と変わりゃしない。」

狂歌が相手をしてくれている間に息を整える。

ある時刻まであと

━━━5分。

 

 

『私、徒手は苦手だから。最期苦しいかもしれないよ?』

「そうか。随分余裕だな?」

細い腕を躱し、襟首を掴みながら話しかける。

『だって、貴方より強いもの。』

投げる為に一呼吸入れた一瞬の隙を突かれ、形勢が逆転し、浮遊感に包まれる。

「おっとと…」

なんとか空中で立て直したものの、着地してすぐには動けない。

『……それに、手で人を殺した事が無いから。』

逆に襟を掴まれ、また投げられる。

「怖いか?」

焦らずに再び体勢を立て直す。

彼女は動きを止めて

『…知らないわ。』

俯いてそう答えた。

 

 

「…あと1分。」

閉じていた瞳を開け、彼女の姿を追う。

「『命刈鎌(デスサイス)』」

手に黒い鎌を持つ。

両手で柄を握り締め、構える。

「あと30秒。」

 

 

 

『爆炎核』

いくら撃っても当たらない。

 

『爆炎弾』

いくら撃っても

 

『氷牙緋奏』

いくら

 

『神ノ恒星』

撃っても

 

全て狂歌を素通りし、周りに火の海を作るだけ。

狙っているのに。

命を刈り取るために。

殺す ために

『………っ』

 

何故殺さねばならない

 

 

 

 

「3秒」

体勢を低く構える。

「2秒」

全身の筋肉に力を入れる。

「1秒」

 

 

「ゼロ」

 

 

 

 

 

 

 

『………あ、は』

黒い鎌が赤で染まる。

そそり立つ刃に赤が浮かぶ。

『…油断、しちゃった。』

ボトボトと地面に滴る血液が、大きくなっていく。

『もうちょっと、上手く殺れないの?』

喋る度に口から血液が溢れる。

「…文句言うな。」

余りにも場違いな質問に、滅創は低い声で答える。

『終わりかぁ。』

 

 

 

また涙が溢れる。

『…死にたくないとは…げほっ。思わないけど、早すぎるとは思うんだよね。』

こんな状況になっても依然気丈な姿を見せる彼女に

『寂しくないわけ?』

「馬鹿野郎。」

ごちん、という音が辺りに響く。

『いった。何すん』

「…寂しくない訳ないだろ。」

抱き締める。

だんだんと冷たくなっていく伴侶の体を。

 

 

『…ふふっ。前はお別れ言えなかったけど、今回は言えそうね。』

「お前は…寂しくないのか。」

『寂しくなんかないよ。』

か細い力で抱き締め返される。

『いつも、げほっ…上から、見てるから。』

 

『殲撃、滅創。狂歌。』

恐らく最後になるだろう彼女の声は震えていた。

 

 

 

『じゃあね。』

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ言えた。ふふっ。」

小さな声は音になることなく、消えていった。

 

 

 

 




作者泣きそうです。


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第26話

『━━━感動のお別れした直後でちょっと気まずいけど』

頭の中から声が聞こえる。

『私はあんたの傍に居るし、助けてあげるから』

上から目線の言葉が投げかけられる

『好きにやっちゃいなさい。』

 

 

 

 

『意外と躊躇無かったね。もしかしてそんなに思い入れ無いヒトだった?』

影から再び人影が現れる。

ニヤニヤと、意地の悪い笑顔で。

「そうじゃない事ぐらい分かるだろ。糞餓鬼。」

狂歌が苛立ちと苦悩の混じった声で怒鳴る。

『糞餓鬼…?僕が?はははっ。笑わせないでよ。』

 

『君たちよりは年上だよ。僕は。』

 

 

 

 

「…何者だ。貴様。」

『遂にボケだしたのかな?滅創。』

「………何?」

滅創の名を知っている。そして親しげに話すこの様子。

『君たちの上に居た奴の事を忘れるなんて、そうとしか考えられないね。』

嘲るようにまた笑った。

『黒華、だよ。忘れたとは言わせないよ?』

 

 

 

「…信じられるか、そんなもの。」

そうだ。彼は我々を逃がすために最期を迎えた。

彼の華も最後まで見届けた。

容姿も生前のそれとは別物だ。

『それは君の自由にしたらいい。だけど僕は黒華だし、核炎(あの子)高祖父(じいちゃん)だ。それは変わらないよ。』

影はため息を吐きながら淡々と話す。

 

「…なのに2度も殺したのか。お前の孫娘と言うのなら蘇らせるなどという痛ましいことを何故」

『殺した?君が言うのかい?』

遮るように声が発される。

『僕は『殺すしかない』なんて言ってないだろう。殺したのは君たちじゃないか。』

 

 

 

『…お頭。』

『奴の気配が消えました。完全に消滅したかと。』

黒い人影が黒華に向かって語りかける。

それに顔色一つ変えずに

『あぁ、そうかい。少し残念だね。』

ため息すらつかない様子で

『もう少し使えるかと思ったのに。』

「残念だったな。」

男の細い体が人影の合間を塗って吹っ飛ぶ。

 

 

「アイツは簡単に消えねぇし、死なねぇよ。『俺の中に居るんだからな』」

そう宣言する殲撃の手には黒い炎が燻っていた。

 

 

 

『…まだ続けるのか』

『貴様は……いや、貴様らは何も学ばない。学ぼうとしない。』

『争いは終わらない。我々の血筋が続く限り。』

『同族喰らいが存在し続ける限り。』

 

 

『…稀に居るのだよ。』

『お前のような奴が。』

『自らの犯した罪を自覚すること無くただただ強大な力を振るうものが。』

『そのような者を同族と我々は思いたくない。』

『お前は気づいているか?』

『自らの犯した罪と、今行っている行動の矛盾に。』

 

 

 

仲間(同族)』を喰らった者が『仲間』を護る為に戦うなど

 

 

 

『可笑しいではないか。』

『結局、死ぬ人間が変わっただけだ。』

『お前が護れたとしても、お前によって誰かの命が散り、またお前が護れなかったとしても、誰かによってお前の命が散る。』

『プラスもマイナスも、全て0に戻るというのに』

『なぜ無意味なことをする?』

『なぜ安らかに眠らせてはやれんのだ?』

『生者が死者に頼ることによって、安眠を食い潰し、ようやく得た平穏すらも戦闘の最中に放り込むのか?』

 

 

4人の人影はただただ語った。

『俺たち』の異端さと、罪を。

ただ目の前の親類しか見ることの出来ない自分たちと

同族すべてを見ている彼ら。

果たしてどちらが正しいのか。

━━彼女なら、どんな答えを出したのだろうか。

 

 

 

『…だから、我らは、お前達に語り続ける。』

『自らの意思でその忌まわしき行動を辞めるまでな。』

『そして』

4人が片腕を同時に掲げる。

『今がその時だ。『七二柱ノ魔神(レメゲトン)』』

『古き友の言葉を借りるとしよう。』

1人の男がその掲げた右腕を

 

振った。

 

 

 

 

 

 

「あっぶねぇな……」

男が手を下ろすと同時に衝撃波が木々を襲った。

そしてその木っ端が殲撃のみを狙い、襲い掛かる。

 

「…何か、変だ。行動が突拍子も無さすぎる。」

「黒華とか言う奴は。」

「伸びておるようじゃが……」

「…ならトドメは俺が刺す。お前らはその4人を片付けろ。」

狂歌は低い声でそう伝えると、姿を消した。

「…落ち着きがない奴らばかりじゃの…仕方あるまいか……」

ため息を吐く滅創に歩み寄り、

「殲撃。頼みたい事がある。」

 

 

 

 

 

『貴様の命1つで今までの同族喰らいの命が償われるのだ。』

『悪い話ではあるまい?』

『貴様が想う女も。』

『過去の同族喰らいも。』

『さぁ、お前で終わりにしようじゃないか。』

狩るべき標的を見つけた猟銃は、獲物に向かって語り掛ける。

「残念だけどな、まだあいつに会いに行くのは早いんだよ。」

しかしその獲物も、黙って命を奪われるだけでは無い。

「『爆炎刃』」

「『刃器創造』」

殲撃の声と、滅創の声が交差する。

そしてその声の余韻が消え去ると、

哀れな獣には炎の牙が与えられていた。

「さて、改めて自己紹介としようか。」

誇らしげに、高らかに宣言する。

「『殲撃』改め━━━『核炎』の焔だ。ま、借り物だがな。」

 

 

 

「余りカッコつけると叱られるぞ。」

「うっせ。いいとこなんだから邪魔すんなよ。」

焔の長身をゆうに超える大剣を軽く振り回し、その切っ先を人影達に向ける。

 

「焼かれたいのはどいつだ?」

 

 

 

 

男の子下へ向かいながら、狂歌は考え続けた。

なぜ彼女は自分ではなくあいつを選んだのか。

伴侶である自分を差し置く程、あいつに特別な感情を抱いていたのか。

「…俺にしか見せたことない顔だってあるくせに。」

ある年の冬の夜のことは忘れていない。

木々を避けつつ、昔の記憶を呼び覚ます。

だが、今は必要ない思考だ、と。

 

「まずはジジイをぶち殺さねぇとな。」

残虐的な思考に支配された脳内を押さえつけることもせず、ただただ、どうこの苛立ちを晴らすかを考えていた。

 

 

 

 

 

『…忌まわしい術を、再び継いだというのか。』

『許さぬ。我々は』

『貴様を許さぬ。』

『最早小手調べも、手加減も全て』

『終わりだ。『七二柱ノ魔神』』

今度は女の形をした人影が手を振り下ろす。

『それ程炎を愛するというなら、炎で最後を迎えれば良い。』

『『神炎(ウリエル)』』

 

 

光と熱の爆発。

が、もう「彼」には効かない。

「しょぼい炎だな。神サマも型落ちか。」

両手で大剣の柄を握り締め、振り抜く。

剣先の速度は音速に匹敵するレベルまで加速した剣戟だったが、彼らは回避した。

「やるじゃねぇか。」

 

『貴様らと違って我々に身体的疲労はない。』

『お前が負けるのも時間の問題だ。』

 

「なら、俺が疲れる前に終わらせてやんよ。」

大剣に炎を纏わり付かせ、核炎は吠えた。

 

 

 

限られた炎を有効に使え、という声を心に留めたまま。

ただの子供のごっこ遊びのような斬り方を、鍛えられた筋肉で無理やり加速させ、相手を捉え、斬る。

シンプルだが、彼にとって最も効率の良いスタイル。

 

 

「さて、先に燃料切れになんのはどっちかな!!」

 

 



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第27話

閲覧数1000回ありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。


人類がここまで発展出来たのは、「あること」を人間が備え持っていたこと、そしてまた、「あるひとつ」を会得したからだろう。

 

不測の事態を「恐怖」し、それに「備える」頭脳。

そして、「火」という武器を手に入れたこと。

この2つが、数々の強大な動物達を押し退け、人類を食物連鎖の頂点に君臨させた。

 

 

そしてヒトを越えた『彼ら』は、もうひとつ、特別なものを会得した。

 

それが『彼ら』にとって幸であったか、不幸であったかは

また別の話。

 

 

 

 

 

「幾ら斬っても出てきやがる……キリがねぇ。」

七二柱ノ魔神(レメゲトン)』とやらを発動させた4人の影は、こちらに休憩の隙を与えることなく、ただただ攻撃を繰り返す。

ある時は炎。ある時は風。ある時は毒霧。

という様に、多種多様な技を使って。

「あいつの特性が引き継がれたんなら、水だけは、」

戦闘において、水に弱かった彼女の特性をもし引き継いでいるとしたら、時々放たれる高圧の水光線には気をつけねばならない。

「爆発も届かねぇし…クソッ」

最大の武器である爆発も、距離が開きすぎて当たらない。

彼女なら炎を撃ち出したり出来たのだろうが、即席の一時的な能力継承をしただけの自分では、これ以上の精密な能力の行使は不可能だ。

だから戦いは膠着し、一向に結末を迎える気配がない。

ただただ、核炎の体力がすり減っていくのみで。

 

 

狂歌は肩で息をしながら、倒れ伏している人物を見下ろしていた。

黒華と名乗った謎の男。

滅創となにか関係があるのだろうが、自分にとってはただ大切な人を殺した仇でしか無い。

…こいつのことを考える事は、無意味で、無駄だ。

「とっととくたばれ。」

蹴りを放つため、右足を振り上げ

 

「おっとぉ。危ないなぁ」

そのまま足は木の幹を貫通する。

 

「…んだよ。生きてやがったのか。」

「勝手に殺さないでくれる?あんな攻撃如きじゃ、キミすら死なないでしょ?」

からからと笑い、軽い口調で話し掛けてくる男には余裕を感じさせた。

「あぁ、そうだな。」

あんな攻撃では自分ですら息の根を止めるに至らないだろう。

「じゃあ、殺してやるよ。」

 

「━━━遅い」

いつの間にか目前まで来ていた足をすんでの所で躱し、その勢いのまま地面を転がる。

「…あ?」

頬に付いた土を払いながら、立ち上がる。

「あぁ、無理な話だね。」

奴の姿が掻き消える。

そしてまた、目の前には尋常ではないスピードで振り下ろされる足が

「っ…ち…ぃ!!」

なんとか頭と足の間に手を滑り込ませ、防御する。

ミシッ、という耳障りな音が聞こえたが、痛みはそれほど感じない。

「おぉ、すごい反射神経だね。キミ、戦闘型じゃないんでしょ?」

「…うるせぇ、よっ!!」

足を掴んだまま、足を奴の顔に蹴り込む。

「だから無理だって。」

今まで掴んでいた手の感触が消え、背後から声が聞こえる。

直感的に「避けろ」と脳が語り掛けてくる。

 

「あはは。よく避けられたね。超能力か何かかい?」

男がいつの間にか握っていた刃物は、空を裂いただけで狂歌には当たらなかった。

「…何だ、お前。」

明らかに瞬間移動というレベルではない。

先程は自分が足を掴んでいたし、ただの力技で抜け出すのも不可能なはずだ。

「何のことかな?」

とぼけるような口調で返答する奴に苛立ちが募る。

「お前の能力は、なんだ。」

 

 

「あははっ。戦いの最中にそんなことを聞くなんて。答えるとでも思ってるのかい?」

確かにその通りだが、今は冷静に判断出来るような脳も余裕も無かった。

「まぁいいや。次がキミの最後になるんだし、教えてあげよう。」

男の周りが瘴気で覆われていく。

黒霧が奴を包み込み、その中に赤い光が宿る。

「時の流れは、誰にも止められない。『終結する時間(タイム・エンド)』」

ガチン、という音と共に、濃霧が狂歌を包み込んだ。

 

 

 

 

「私のご飯美味しいでしょ!べーちゃん!」

少女━━━雪鈴の顔は満面の笑みで満たされ、その口の中もふっくらと炊き上がった白米で満たされていた。

これだけ見れば、ただ小さな子供が食卓を誰かと囲んでいるだけで、何の変哲もない、ただの日常に過ぎない。

その食卓を囲んでいる相手が「熊」だということ以外は。

 

 

その熊は器用に箸を持ち、

『おいしい。この、たまごやき。』

などと流暢にヒトの言葉を話していた。

その茶色の毛皮で包まれた大きな手や、足は食卓の下にすっぽりと収まっており、単に中にヒトが入っているようにしか見えなかった。

だが、時折呻くような声が聞こえる。ケモノじみた、重く低い声が。

それが彼の本性が獣であることを裏付けていた。

 

そしてその様子に怯えることも、怖がることもなく、

「ふふーん。私が作ったのよ!」

と、巨大な獣を前に胸を貼る少女。

彼女も超越者の1人。『獣愛者』の能力を持つ立派な能力者の1人である。

彼女は毎日、違う動物と絆を深める。

一昨日はゴリラと積み木で遊び、

昨日はワニと水浴びをし、

そして今日は巨大なヒグマと食卓を囲んでいる。

それぞれには彼女が付けた「名前」があり、それによって彼女にのみ、獣たちは心を開いている。

 

 

すっかり馴れ合った1人と1匹は、毎日恒例の昼寝の時間に入る。

体制は毎日変わらない。獣の上に、雪鈴。

これが彼女の日課であり、絆を深める大切な行為なのだ。

 

 

 

 

 

その頃、内閣府では山河がモニター部分を食い入るように見つめていた。

それはとある人物とのビデオ通話

你好(ニイハォ)。山河…サン?ボクは(チョウ)。中国人の『人刈(ヒトカリ)』の1人。』

少し訛った日本語で、挨拶をする黒髪の男。

細身な体格ながらも、筋肉は付いており、肉体労働には向いていそうだ。

『爺様から聞いたヨ。100数年振りに連絡を寄越したそうじゃないカ。』

「…あぁ。そうだ。」

『それデ?今度は『どこ』を潰すんだイ?』

あたかも任務は既に分かっているような口調で、男━━張は語り掛ける。

「以前、取り逃した10数名の輩が、再び日本国内で騒ぎを起こした。その後始末を付けて貰いたい。」

その言葉を聞いた瞬間、張の顔から表情が消える。

『へェ。爺様達の尻拭いをしロ、ってわけネ。』

「その通りだ。報酬は前回と同じ額出そう。だが、1人でも取り逃した場合、無しとさせて貰う。そしてこれから連絡することも無しとする。構わないか?」

男は口元を歪に歪め、

『いいじゃないカ。やってやるヨ。』

手に持っていた大剣をカメラに向かって振り下ろした。

 

数分ほど、広い、広い山河の部屋に、砂嵐の音だけが響き渡っていた。




そういえば、某不死者の王の小説の最新刊を読ませて頂いたのですが、『神炎(ウリエル)』の技名が同じでした……
これ、変更した方がいいんでしょうか。
よくある技だといいのですが…

では。


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第28話

「お頭。次の獲物は何ですか?」

「ジジイの仇だ。『アレ』持ってこい。」

「なっ…!!?」

持ってこいと言われたモノを思い出し、男に旋律が走る。

「忘れたのか?『コトダマ』だ。早く持ってこい。2度も言わせるな。」

「で、ですがあれは…!お命をお捨てになる気ですか」

唾を飛ばしながらまくし立てる男の体が宙に浮く。

「俺の決定に異議を立てんじゃねぇよ…いつからてめぇはそんなに偉くなったんだ?んん?」

「か、も、ぅし…わ、…け………」

張の剛腕に掴まれた首がミシミシと音を立てて奇怪な形に捻じ曲がっていく。

そして張は音を発さなくなったソレを壁に叩きつける。

「…分かったな?持ってこい。」

「畏まりました。お頭。」

張の左側に立っていたもう1人の男は、意外にも同胞の死に動揺することなく行動を開始した。

 

 

 

「いつになったら終わんだよ、これぇっ!!」

悲痛な叫び声と共にまた剣を振る。

4人の人影から生み出される攻撃は一向に弱まる気配が無く、こちらの疲弊は積み重なっていく。

いつか仕掛けなければ負ける、という事は分かっているのだが、如何せん隙がない。

『そろそろ観念したらどうだ。』

『今なら半殺しで許してやろうぞ?』

『さぁ、その剣を振るう事を辞めろ。』

『すぐ楽になれる。』

唐突に攻撃が止まったかと思えばそのような戯れ言を言う。

「う、るせぇよ。」

息を切らしながらそう答える。

1度動きを止めたらもう動けなくなる。

だから動きは止めない。

そして、疲弊し切った頭の中に、1つの考えが浮かぶ。

「ふふふ…俺としたことが、『こっち』を忘れてたぜ……」

『ブラフか?』

『その様な行為に意味は無い。』

『貴様の敗北は既に決定済みだ。』

「さぁて、どうかな?『狂人化』」

焔の髪が赤く染まり、体の筋肉が収縮を開始する。

そしてその筋肉は数秒後には数倍に膨れ上がり、

「『爆炎剣』」

彼の右腕自体が、炎を纏う1つの大剣と化す。

 

 

 

核炎━━殲撃の元来の能力は『人格変化』

数々の人格と自分を入れ替え、あらゆる場面に対応することが出来る。

戦闘特化の『狂人化』。

頭脳特化の『智者化』。

隠密特化の『索敵化』など。

しかし本人が完全に意識の中で操れる能力は1つしかなく、その他能力は完全に「別人格」に支配されるため、本人の素の戦闘能力も相まって、あまり出番は無かった。

だが、それぞれが特化した能力を持っており、結果だけを考えるならば、他人格に任せた方が良いのだ。

…「結果だけを考える」ならば。

 

 

 

身長が2mを超え、右腕は業火に包まれている様は神話に登場する悪魔の様な見た目だった。

そして彼は進行を始める。

走る事も

慌てることも

急ぐことも無く。

ただ1歩、1歩踏みしめ、その剛腕が届く距離まで。

「塵と化せ。」

初めに生贄になったのは、右前の女の形をした影。

彼が右腕を振り下ろしただけで、その闇に包まれた体は更に黒く染まり、瞬く間に炭化した。

その体は、次の標的を探すために振り向いた彼の体に当たっただけで、文字通り塵となって消えていった。

 

 

 

 

「ふんふふーん…お?」

鼻歌を歌いながら機嫌よく森の中を移動する十色。

移動する、と言ってもただ歩くのではなく、木々の枝を伝っての移動だが。

そして彼女はある光景を目にする。

「……あの人1人で何やってんの?」

 

 

 

目の前に脚。

目の前に掌握。

目の前に手刀。

目の前に指。

幾度と無く繰り返した命のやり取りも、既に慣れが回るほどの回数行っていた。

「キミ…本当に戦闘型じゃないの?反射神経良すぎじゃないかい?」

「あ?うるせぇよ…っ!」

再び繰り出される回し蹴りを受け止め、軽い男の体を投げる。

しかし何事も無く着地される。

「おっとと…」

「俺はただの楽師だ。ちょっとばかし体術に自信のある、な。」

「いやいや。誇っていいと思うよ。僕を相手にここまで戦える相手は、滅創と核炎(かわいい孫)以来だ。」

可愛い孫…?

「お前が、アイツの事を孫と呼ぶのか。」

「?何か問題でもあるかい?僕にとっては孫であることには変わりないけど?」

「…お前にそう呼ぶ資格など、無い。」

 

 

 

男の姿が掻き消える。

「あれ?もしかしてキミも僕と同じ能りょ、く、、、」

黒華の疑問が混じった声は、段々と遅くなっていく。

「俺は『楽師』だと言ったな。」

動きの鈍った黒華の顔を蹴り飛ばす。

「ただ歌を歌ってるのが音楽家じゃないんだぜ、ガキ。」

 

 

『音楽』は、音の強弱、速度、テンポによって構成される。

…そして『戦闘』も、攻撃の強弱、速度、テンポによって構成される。

音楽と戦闘は告示している、というのが狂歌の考えの1つであった。

勿論、そこに技術や、様々な手段がプラスされる事により、更に複雑なものになっていくのだが、基本はこの3つである。

━━今狂歌が使ったのは、『遅延(ラレンタンド)』。

自身の周囲50m範囲内の全生物、及び全物質の動きを50%遅延させる。

呼吸、声帯の動き、鼓動の速度。

そして他生物…動物だけでなく、植物に至るまで、全ての物質が行動に『2倍のエネルギー』を必要とする。

結果、狂歌以外の地球上の物質は、動きが大幅に鈍る。

狂歌自身のスピードは変化していない。

ただ━━━周りが遅くなっただけ。

 

 

吹っ飛んだ黒華の歪に歪んだ頭を掴み、地面に叩きつける。

そこには亀裂が生じ、粉塵が辺りに巻き起こる。

更に追撃を加え、確実に仕留める━━はずだった。

黒華の目がこちらを睨んでいなければ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

限界突破(ア ン リ ミ テ ッ ド)

自分の首に奴の足が巻き付く。

そして、視界の反転。

先程と真逆。

「…ふーん…」

が、それすら『遅延』で遅らせる。

そして難なく着地する狂歌と、狂歌が手を離した瞬間に体勢を立て直す黒華。

「ただ止めるだけじゃねぇ、ってことか。」

「ご明察。寧ろ、完全に停止することの出来ないキミの方が欠陥品と言っても過言じゃないよ。」

今奴の使った技は、先程の『遅延』と真逆。

身体能力の限界を一時的に破壊し、『加速』する。

その加速度が狂歌の『遅延』を上回った、ということ。

つまり

「同系統の能力…」

「そうだね。まさか同じだとは思わなかったよ。」

黒華は変わらず笑みを浮かべていたが、その微笑には余裕が消えていた。

今までは自分が圧倒的優勢に立っていたからこその余裕。

つまり、「警戒されるだけの力が狂歌に備わっている」ということ。

これでやっと互角。

例え『停止』しても『加速』すれば問題は無いし、『加速』されてもそれを上回る加速度で『加速』すれば同じく問題は無い。

こいつを殲撃に任せなくて正解だった、と狂歌は確信した。

任せていれば、とっくに殺されていただろう。

自分だからこそ━━いや、自分にしかこいつは殺せない。

自分しか、アイツ(核炎)の仇は取れない。

「ただ早いだけのバカと音楽家を一緒にされちゃ、困るな。」

「楽師は黙って琴でも引いていれば?」

視線と挑発を交差させ、

「『限界破壊(リミットブレイク)超加速(ハイ・プレスト)』」

「『限界突破(アンリミテッド)超加速(ハイ・アクセラレーション)』」

狂歌は限界の(くびき)を破壊し、黒華は限界を超越する。

 

首を殺るのは、「早い者勝ち」

 

 

 

 

 

「…ん。べーちゃん……?」

雪鈴の下で眠っていたはずの熊の毛が逆立っている。

これは、野生動物特有の「警戒」本能。

「ど、どうしたの?何か……」

「雪鈴。」

聞き覚えのある声が耳元で聞こえる。

「!!おねぇちゃ」

「ごめんね。」

額に練融の手が触れたかと思えば、意識が遠のいていく。

「…危険すぎるわ。」

 

 

 

 

 

「お頭。」

「ご苦労。」

短い言葉のやりとりだけを済ませ、張は男から帯刀を受け取る。

霊刀『言霊(コトダマ)』。

滅創が大昔に作った、霊刀の片割れが、この刃渡り80cm程の刀である。

もう片方の霊刀━━『首狩』━━━は、ある人物(宵角)が核炎の力を吸収し、もう元の刀としての形を維持していない。

『言霊』と『首狩』。

この二本は元々双剣であり、本来両手に持って扱うもの。

しかし、あまりにも高すぎる魔力と片手剣にしては重すぎる重量により、完全に扱えるのは殲撃と、ある人物のみ。

それが何故ここにあるのか。

「数百年前のジジイのケツを拭く時が今だ。行くぞ。」

核炎や滅創の村を襲ったのが、彼らに他ならないからである。

 



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第29話

『人を辞めたか、大罪人。』

『しかし、それはただの逃避に他ならぬ。』

『して、我等は貴様を殺すのではなく連れ戻す。』

『この世と言う名の地獄にな。』

1人欠けたとしても、影達の勢いは止まることを知らない。

幾千年と積み上げられた怨念と執念の結晶。

それが彼等なのだから。

「俺ハ、貴様らトハ違う。」

核炎の面影などほぼ無いに等しい巨体から発せられる、重く、低い声は確かに核炎の声だった。

俺達(・・)は、貴様らとは、違う!!!」

岩のような筋肉が収縮し、その巨体を進撃させる。

今までの余裕のある歩行ではなく、確かに地面を踏み締め、疾走する。

そして影達の手前で急停止し、

「『爆炎巌』」

岩のような拳を炎で真っ赤に迸らせ、叩き潰さんと振り下ろす。

 

『遅い』

超加速(ハイ・アクセラレーション)

人智を超えた速さで回避する影達を目で追いつつ、彼は確信する。

このままでは先に死ぬのは自分だ、と。

「あァ、なら、最終手段ダ。」

 

 

弱者()が、唯一強者(影達)に勝利する方法。

「『限界超越(オーバーリミット)・爆震』」

我が身を賭しての、自爆。

 

赤く染まったその身を更に赤く染め、凝縮されたエネルギーを爆発させようとした━━時

『遅延』が起こった。

1/2の速さの中で、核炎は思考する。

自爆し、自分は生き残れるのか。

滅創が傍に居れば別だが、自分の人格に意識を戻す事が間に合わなければ、「狂人」の人格と共に消滅してしまうだろう。

だが今なら、数秒の猶予がある。

着々と、進んでいく我が身の爆発を冷静に見つめつつ、意識を手放していく。

成功するのは━━━五分と五分。

 

 

 

 

「…変に進化してるわね、この熊。」

下で威嚇していた熊を昏睡させ、雪鈴を担ぎ上げる。

雪鈴の『能力』は、放置するには危険すぎる。

 

1つは、『獣服従』。

文字通り獣を服従させる能力だが、その標的は獣だけに留まらず、あるラインまでなら、という範囲内で人間すら服従させること(・・・・・・・・・・・)が可能だ。

これだけでも十分危険なのだが。

本来は1つしか持たない━━それこそ「同族嫌悪」でも無い限り━━能力を、この子は2つ持っている。

 

その2つ目が、『生命樹(いのちのき)』。

生物の進化が刻まれていると、神話上で語られた『生命の樹』が、この子の中に存在している。

簡単に説明すると、『進化』させることができるのだ。

ヒヨコを巨大な怪鳥に。

稚魚を数十mもある怪魚に。

カブトムシの幼虫を戦車規模の成虫にまで成長させることすら。

そして勿論『退化』も出来る。

手羽元の鶏の骨さえ、数億年前の恐竜にすら退化出来る。

 

彼女が呼び寄せた大量の獣達は、今、既にその種の範疇を脱している。

熊は人類の最高機器を超える察知能力を会得し、

ワニは戦車やレーザーすら跳ね返す程の甲殻を備え、

ゴリラは人の言葉を理解し、思考する頭脳を手に入れた。

そのような獣があと、数千匹。

しかも未だに進化し続けている。

彼女に接触した、全個体が。

それが、『獣服従』を持つ彼女の意志だけで、全て動く。

ビームを吐く怪獣や、空を飛ぶドラゴンが出てくると言われても、冗談だと思えない。

 

 

━━唯一の救いは、『全て彼女が司っている』こと。

つまり雪鈴との繋がりを経てば、すぐにでも変化は収まり、元の野生動物としての姿を彼らは取り戻すだろう。

だが、それは

「…殺すというの?この子を。」

自分の義妹を手に掛けるということに他ならない。

 

 

『一丁前に悩んでるんだ?』

腕の中の寝息以外聞こえなかった室内に、聞き覚えのある声が響く。

今まで、1番苦労を掛けられた

「核炎………!!!」

彼女がそこに居た。

 

 

 

 

 

加速し、ぶつかり合い、殴る。

どちらが先手を取れるかだけが重要視される戦い。

「息が切れてきたんじゃないかなぁ!!」

「こっちのセリフ、だっ!!!」

黒華を殴り飛ばし、直ぐに後ろに回避する。

足が地面に掠った瞬間、そこを起点に、再び加速を始める。

だが奴も、また着地し、その拳が近づいてきている。

反射神経と勘に物を言わせた回避をしながら、再び眉間に拳を叩き込む。

が、顎を掠った拳に、脳が揺さぶられる。

結果として、反転する視界の中、彼も倒れ伏した。

 

 

 

 

 

「超高速戦闘?へぇー。おもしろそー!」

「あら、じゃあ私ともっと面白いことしない?」

十色の独り言は、虚空に消えること無く返される。

「…誰?」

「通りすがりの天使様よ。見ればわかるでしょう?」

女の背中には白鳥のような白無地の翼が生えており、正に天使、という感じだった。

「ふーん。ほんとに天使みたいね、お姉ちゃん。」

「みたいじゃなくて天使なんだけどなぁ。」

十色の幼い、しかしどこか陰りが見える笑顔と、白羽を持つ女性の笑顔が交差する。

「でも、天使様なら私は貴女に恨みがあるわ。」

笑みを収め、見た目にそぐわないスピードで腰に下げていたナイフを投げる。

そのナイフは彼女に当たること無く、後ろの巨木に突き刺さった。

「あら、どうしてかしら?」

動揺することなく問いかける彼女には、まだ余裕の表情が見えた。

「神サマは、幾ら祈っても助けてくれないもの。そんな神なんて、私は信じないわ。」

子供の癇癪に似た理論を並べ、その信念に基づいて行動する十色。

「あら、貴女は救いを求めていたのかしら?でも、それを私に向けるのは筋違いってものよ。」

その願いを打ち払い、即座に否定する彼女━━天癒。

「それに━━━残念だけど、もう私たち(・・・)は天使じゃないのよ。」

「だから救済する事も出来ないわ。」

十色の背後からもう1人、黒い翼を持つ少女━━風弓が現れる。

「故に私たちは害を取り除く。」

「それだけが私たちの意志よ。最後の、ね。」

輝く光の弓に意志という名の(やじり)を当てがい、放つ。

「『月神矢(アルテミス)』」

 

 

 

 

『私の子には迷わず刃を向けた癖に。』

微笑みを浮かべる彼女の思考は読めない。

しかし、その声に憎悪が混じっている事は明らかだった。

「…私にだって事情があるもの。私情も、ね。」

迷いながらも反論する。

彼女が1度暴れ出せば、瞬く間に殺されることは火を見るより明らか。

『あら、そう。なんだっていいけれど。』

何か言われると思っていたが、そんな事は無かった。

寧ろ慈悲を掛けるような、優しい声で

『貴女に1度だけ、挽回のチャンスをあげる。』

「チャンス…?」

死者が生者に関わるなど…いや、そもそも可能なのか?

「話だけなら聞くわ。それは何かしら?」

『相変わらず用心深いね。まぁ、いいわ。』

くすり、と彼女はひと笑いし、

『私が貴女に「頼みたい」のは、氷華を探すこと。3日、いや、1週間以内に奪還出来れば、この子の司っているとかなんとかの獣達全てを滅ぼしてあげてもいいわ。』

とんでもない事を言い出した。

 

「ま、待って。それはどういうこと?何故?」

『あら、何か不味かったかしら?貴女はその子を生き永らえさせる事が出来て、私も氷華を取り戻せる。』

私とはもう会えないだろうけどね、と付け加える彼女の声には、少しながら憂いも見えた。

しかし、それにしても

「話が美味すぎる…!」

震えた声でそう伝えると、

『美味い、不味いの話じゃないよ。貴女はちょっと臆病すぎる。』

「臆病…ですって?」

『そう。そんなにビビってばかりじゃ、いつかチャンスを逃すよ?今みたいに(・・・・・)。』

彼女が言い終わると同時に、爆音が辺りに響き渡る。

 

『ほぉら、始まった。』

 

 







少々補足しておきます。
「限界突破」や、「限界破壊」「限界超越」等は特に特別な技ではありません。
ただ能力にバフを付ける時の決まり文句のようなものです。
本当なら本編で話すべきなのでしょうが、説明する場面をすっかり逃してしまいました。申し訳ありません。
修正の際は本編内で説明致しますので、どうかお待ち下さい。
あと、「裏」とも関連性はございません。

重ね重ね、申し訳ありません。把握の方宜しくお願い致します。


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第30話

「…何をした!!」

『別に私は何もしてないよ。知りたいなら外を見ればいいじゃない。』

核炎をひと睨みした後、窓を覗くと、

そこには火災と見間違う程の大量の黒煙と、その中心で吼える奇怪な生物が居た。

『直ぐに貴女が判断して、私と手を結んでいればあっちに住んでた人達は死ななかったかもね?』

喜劇でも観ているかのように、くすくすと口元を隠しながら笑う彼女に殺意を抱く。

が、返り討ちにされる事ぐらいは目に見えている。今必要なのは激情に流されることではなく、感情を抑制し、現実と向き合うこと。

「…あれは何。」

『分からない?その子の能力で進化した動物よ。私にはもうすっかり何だったのか分からないけどね。』

長ったらしい返答と、考えたくなかった現実。

「『あれ』は人間に殺せる?」

『…どうだろうね?1億人居れば1匹ぐらいは殺れるんじゃないかしら?』

「1億…!?」

全国民の1/3を動員するなど、出来る訳が

『それぐらい異常なのよ、その子の能力はね…2匹目のお出ましかしら。』

再び轟音が辺りに響き渡り、窓ガラスが破裂する。

今度は先程のがっしりとした形状の獣とは違い、細長い体を持つ蛇のような形状だった。

『…さて、もう1回だけチャンスを上げるわ。』

 

『どうする?その子を殺す?私に頼む?』

微笑む彼女は、実体も無い癖に、妙に生き生きとしていた。

 

 

 

 

『…我のみか。』

核炎━━殲撃の起こした爆発に巻き込まれ、当初4人居た影達は次々と数を減らし、残りは1人となっていた。

『『七二ノ魔神柱(レメゲトン)』の起動は……不可か。』

唯一の戦闘手段を失った彼は、これからどう行動するべきか模索する。

自爆した彼とて、すぐには行動出来ないだろう。

ならばその内に離脱し、黒華の加勢に行った方が良いのではないか。

いや━━彼ならば、勝利するだろう。

あの能力はただの能力者には対抗すら許さない。

ならば自分は、確実に任務を遂行するべきだ。

『…居るのだろう。老爺。』

「ふむ。勘だけは良い様じゃな。」

物陰から滅創が姿を現す。

「戦闘手段を失ったお前が、儂に何をする気だ?」

『変わらぬよ。何も。ただ貴様を殺す。それが我の任務なのでな。』

どこに隠していたのか小太刀を取り出すと、すぐさま重心を落とし、戦闘態勢に入る。

「言葉よりは行動で示せ、という事か。悪くない。」

滅創も瞬時に武器を作り出し、構える。

武器の形状は小刀に近く、超近接戦闘に特化している。

「2分で終わりだ。老いぼれにそう戦わせるでない。」

『なぁに、2分も掛からんよ。』

その声を切っ掛けに、それぞれの鈍色が交差する。

 

 

 

 

 

加速と、加速が更にその速さを増し、もう人間では視認できないスピードの境地に達していた頃、ようやくその戦いにも決着が付きそうになっていた。

「(クソっ、だんだん追いつけなくなってきた…ッ!!)」

黒華の敗北という形で。

 

 

理由は単純。

僅かな身体能力と能力行使の差。

この2日間戦い続けていた狂歌と、数百年影に潜んでいた黒華では、やはり黒華の方が不利だった。

そこを能力で無理やり補い、加速する事で優勢に経っていたのだが体に負荷が掛かりすぎるため、更に加速することはほぼ不可能になっていた。

更に狂歌は体全体を加速させるのではなく、腕や足だけを加速させることも可能なようで、その点においても戦闘面では狂歌の方が1枚上手だった。

その小さな溝は時間が経つほどに大きくなって行き、今や勝敗を決する程に巨大な穴と化していた。

 

 

相手の攻撃は当たらない。

こちらの攻撃は当たる。

その回数が増せば増すほどに勝利を思う心は強くなっていった。

「オラ…ッ!!」

烈帛の気合いと共に繰り出した回し蹴りは相手の脇腹に刺さり、一時的に加速し続けていた時も通常のモノへと巻き戻る。

肩で息をしながら倒れ伏した黒華を見下ろす。

「…お前の負けだ。大人しく命を差し出せ。」

「か…ッハ…差し出す、って、何をする気だい…嫁と同じ道でも…辿る気か…」

口から血を吐きながら無様に呟く彼の頭を持ち上げ、

「勘違いするな。お前に最高で最悪な鎮魂歌(レクイエム)でも歌ってやろうか?」

「…フ、ッ甘い…な。」

「何?」

「すぐに…殺さなかったことを、キミはすぐにでも後悔するよ…じゃあね。」

掴んでいた頭がビキビキと音を立てて壊れる。

その頭に中身など無く、散乱する内臓などありはしなかった。

「………生き延びていいのはお前じゃねぇんだよ…ッ!!」

残った残骸を踏み砕きながら、狂歌は叫んだ。

 

 

 

 

「おっそいなぁ。不意をついたつもり?」

光の速度で放たれた矢を欠伸をしながら避けた十色は、反転した体を着地させる。

「…えぇ。実はそうなのよ。驚いて貰えたかしら?」

「ぜんぜん。不意をつくならこうでなくちゃ。『雷爪』」

少女の掌に光が集まり、5本の細い雷が出来上がる。

そしてその光を脳が認識した時には、既に光は眼前にまで迫っており━━━

「『天聖盾(ヘヴンズシールド)』」

無機質な盾によって防がれた。

「おぉ?すごいねー。今の防いじゃうんだ。」

「お褒め頂き光栄だわ。」

盾を消しながら天癒が返答する。

「さて、小手調べはこの辺りにしましょう。」

白い翼をはためかせ、空へと飛び立つ。

「やっばい奴と戦うのも、だんだん慣れてきたなー。」

風弓も黒い翼を用いて天癒より更に上空に飛び出す。

「むー。ずるいずるい。私は飛べないのにー。」

頬を膨らませながらそう呟く幼女を見下ろしながら

「大人はずるいものよ。『破壊ノ矢(ガーンデヴァ)』」

ミシミシと弓弦が呻く程の力で弦を引き絞りながら、風弓はそう返答する。

「さようなら。お嬢さん。」

小さな声と同時に瞬時に風弓の背丈よりも肥大化した矢が打ち出され、辺り一面を破壊し尽くす。

黒炎が森を焼き、その炎を凍てつかせ、雷撃の雨を降らせ、突風が全てを吹き飛ばす。

1本の雑草すら、1匹の羽虫すら生存を許されない攻撃は慈悲も手加減も無い、ただの殺戮の権化であった。

 

 

 

 

 

『━━よく出来ました。じゃあ、あと10分だけ待ってあげる…!』

満足の行く返答を受け取った核炎は恍惚とした表情で弱者達に猶予を与える。

これから彼女が行うのは、弱者を助ける行為ではない。

一方的で、圧倒的な、ただの殺戮。

そこに人間と獣の差など有りはしない。

彼女にとっては等しく刈り取られる魂の1粒に相違ないのだ。

 

 

 

電子パネルを叩きながら練融は停止しようとする頭を無理やり回す。

━━私情が混じっていたなど露にも思わず、自分の言葉を正当化する。

放置したところであのバケモノ達は都市部を破壊し尽くし、世界すら呑み込むかもしれないのだ。

ならば、今この場で殲滅した方が大きな目で見たところでは有用なように思えた。

━━雪鈴を殺せばその目的は容易に果たせたというのに。

「サティラです。もうお気づきだと思います。東京都内全域への避難指示の発令、及び自衛隊員を招集してください。」

もう一般兵では無く、幹部にすら昇進しようとしている彼女の焦った声に、電話の向こう側の人物は敬語を使わずに答える。

『了解した。お前もすぐにこちらに向かえ。』

低い海堂の声は普段と変わらなかった。

「勿論です。失礼します。」

手荒くスマートフォンをポケットに突っ込むと、空に漂う彼女を一瞥し、

「…頼む。」

短く一言だけを伝え、雪鈴を抱えると部屋を飛び出した。

 

『こちらこそ。頼んだよ。』

可憐な死神は愉悦に満ちた笑顔を作った。

 

 

 

 

突如災害に見舞われた東京23区のひとつ、新宿区。

人々の動揺と混乱は苛烈を極め、恐慌状態に陥っていた。

『皆さん。よく聞いてください。その場から、一刻も早く逃げてください。』

唐突にビル街のモニターから聞こえた、落ち着き払った声に人々の視線が集中する。

『現在、謎の生物によって破壊の限りが尽くされていると思います。しかし、対抗策はあります。恐れずに、落ち着いて行動してくださいもう一度繰り返します。その場から一刻も早く逃げてください。』

放置され、破壊された車が燃え盛る音と、巨大生物によってビルのガラスが破壊される音が響いている中でも、その低くよく通る男性の声は人々に少しの安堵感を与えた。

『警察部隊が貴方達を誘導します。それに従って逃げてください。従わなかった場合、待つのは死です。我々にも余裕はありません。必ず、指示に従ってください。以上です。』

そのアナウンスが途切れた頃に、パトカーのサイレン音がけたたましく鳴り響き始めた。

「現在より、都内全住民の避難を始めます!!必ず!!必ず指示に従ってください!!」

そしてその音は唐突に止まり、拡声器を通して伝えられる指示を人々は必死に聞き入った。

「パトカーの1台が、貴方達を誘導します!!それについて行ってください!!老人や、幼児などの手助けが必要な方に手を貸してあげてください!!時間がありません!!進みます!!」

白と黒の警察車両が再びサイレン音を発する頃には、恐慌も少し収まりが見えていた。

 

 

 

『あと5分。』

積乱雲が連なる上空で、彼女は静かにタイムリミットを数える。

 

 

 

「彼女の爆発の範囲がどれ程広いか分かりません。ですので避難は決して停止させず、続行してください。」

新宿区を抜けた人々たちは、急がず、焦らずにただひたすら進み続けた。

巨大生物達にモヤが掛かり、見えなくなっても、人々は進み続けた。

『死にたくない』の一心で。

平和な時を過ごしてきた彼らに、あの生物達は大きなトラウマを残した。

恐らくそれは決して癒えることの無い、深い傷になるだろう。

しかし、それも生きてこそだと、練融は思った。

「あと3分。可能な限り都内から離れてください。」

携帯電話のタイマーが刻々とその針を進める間、この後の事を考えていた。

彼女との交渉の際に約束した、『氷華』の捜索。

手掛かりも何も無い、絶望的な確率の中での捜索。

 

 

間違いなくあの場で雪鈴を殺した方が良い判断だったのだろう。

自分が手を汚すだけで、人々はその平和な生活を脅かされることなくただ『動物園から猛獣が脱走した』と新聞の1面を眺めるだけで済んだはずだ。

だが結果として、自分はこちらを選んでしまった。

私情に身を任せ、冷静な判断が出来なかった。

多くの命を背に、これから自分は生きていかねばならないのだろう。

「あと1分。」

罪人が罪を償う方法など、この世にありはしないのだから。

 

 

 

 

『頃合かな?』

風が彼女の茶髪を揺らす。

視界の端に写るこの髪も、もう随分前に見慣れた。

唯一女らしく生きることが出来た証を指に絡ませる。

『長い方が好きだ』と言われ、ずっと切らずに伸ばし続けた長髪もそろそろ切らなければ、と意味もない事を考えた。

もう会うことも会えることも無いのに。

 

 

 

 

「時間です。」

「そう。」

10分という時間を与えられただけでも幸運だったのだろう。

彼女は、民間人を巻き込むことなど厭わないはずだから。

「これで終わればいいのだけど。」

「本当に信用していいのでしょうか。私にはどうも…」

「あら、じゃあ私たちに何が出来るのかしら。指を咥えて見ているだけよりはマシのはずよ。」

不安が無いと言えば嘘になる。

未だに姿の見えない彼女は、約束通り動いてくれるのだろうか。

 

 

 

彼女の右手に赤が集結する。

超高熱の光は空気を歪め、陽炎を発生させた。

熱風が腕を焼き、激痛が走る時でも彼女は静かに微笑んでいた。

『さようなら。『裏陽華(ヒマワリ)』』

意識と心臓を、赤が食い潰した。

 

 

 

10分と50秒が経った時に、観測機器が認識したのは1輪の華だった。

巨大な、深紅の向日葵。

「…なんだ、あれは。」

「表面温度、観測不可。物質調査、解析不可。何もわかりません。」

「何も分からない…?という事は、あの子の能力?」

「そうとしか…」

そしてその巨大な花弁の1つが宙に浮かぶ。

周囲の視界はぼやけ、陽炎が起こっていることがわかる。

それだけでもそれが超高温の物質であることは間違いないだろう。

浮かび上がった花びらはゆっくりと下降を始め、その光景に人々は魅入られていた。

 

 

地面に触れた花びらは、その表面を液体に変化させていく。

黒いコンクリートを赤く染め、溶かす。

白いガラスや、タイルを赤く染め、溶かす。

灰色の獣達の表皮や鱗を赤く染め、その命を奪う。

木々などは存在していたことすら許されず、静かに溶けていった。

新宿区一帯が赤に染まり、存在を消されていく。

炎が音を立てて燃え盛ることも、金属が溶けるような音も立てず。

破滅は静かに始まった。

 

 

それだけでは破壊は終わらずまた1枚、次に1枚と、花びらは下降を始めていた。

 

 

「…は…?何が…起こって…」

手の震えを抑えることは出来ず、うわ言を呟く。

ひとひらの花びらが、東京の街を破壊した。

1分も経たないうちに、都市はただのクレーターと化した。

生命の輝きなど微塵も感じられない死地へと。

「確かに…倒せとは…殺せとは言ったが…!!」

違う。自分が求めたのはあの化け物たちを殺すことだけで、決して。

 

━━いや、彼女の力をもってしても、これほどの被害が出てしまうものなのだろう。

そうだ。そうとしか考えられない。

少なくとも人々はまだ生きている。

その命を救えただけでも、儲け物と考えるべきで

「おい。あれはなんだ。」

背後から海堂とは違う男の声が聞こえた。

「『あの華』は、なんだ!!」

その男は、いつも彼女の傍に居た━━━

 



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「寝る!」「寝ろ。」

核炎と狂歌が同棲していた頃の話を少しだけ。


 

 

 

 

「っぁ…ねむ…」

「もう春だもんな。」

桜のつぼみが色付き始め、小鳥が冬の終わりを告げる頃。

狂歌と核炎は2人で釣りをしていた。

木の枝の先端にタコ糸を括り付け、小さな針を引っ掛けただけの簡単な釣竿を手に。

「眠いなら戻るか?」

昼下がりの睡魔に勝てる者など居るのだろうか。

そう思い彼女に声をかけると、

「1匹…釣る。」

首をかくかくと振らせながらそう呟いた。

「半分寝てるのによく言うな。」

「…だいじょぶ…」

明らかに眠そうな状態だが、まぁ寝落ちしてしまっても特に問題は無い。

このまま釣りを続けて、寝るならそれでもよし、と狂歌は結論づけた。

 

30分ほど経った頃、腕に少し重いものが持たれかかった。

…口にすると間違いなく次の朝日は見られないのであくまでも心の中に止めておく。

顔を左に傾けると、案の定眠っている彼女が居た。

「言わんこっちゃないな。」

彼女の釣竿を手繰り寄せ、自分の傍に刺す。

そして彼女を抱き抱え、自分の膝の上に移動させる。

心地よい温かみと、適度な重さがとても気持ちよかった。

小さな寝息を立てながら眠る彼女と釣竿を交互に見ながら、昼下がりは過ぎていく。

 

 

 

「狂歌!!」

「…んぉ!?」

大きな声で目が覚めた。

目の前には眉を尖らせた核炎。辺りはもう既に暗くなり始めていた。

「もう帰るよ!暗くなってくるし!」

「…はいはい。」

まさか自分も寝落ちてしまうとは夢にも思わなかった。

馬乗りになっている彼女を横に退け、ゆっくりと立ち上がると、軽い立ちくらみと関節がポキポキと鳴る音が聞こえた。

「春だなぁ。気持ちよかった。」

「もうちょっと釣りしてたかったかな。私は。」

「すぐ寝たやつが何を言う。」

腕に絡みついてくる彼女を小突きながらそう呟く。

「今度は朝から行こうね!」

「はいはい。帰って飯にするか。」

一層寄りかかってくる彼女を押し戻しながら、家に向かって歩き出した。

 

 

 

「…眠くないです。」

「ダメだ寝ろ。」

布団を敷き、さぁ寝るぞと言うタイミングで無駄な抵抗をする彼女。

「嫌です。」

「…ほほう。」

口を真一文字に結び、頑なに寝ようとしない彼女。

「おいで。」

なのでいつも通り腕を広げてやると

「わ〜〜」

いつも通り腕の中に入ってきた。

「捕まえた。」

そしてそのまま抱きしめ、布団の中に引きずり込む。

「…あ」

「寝ろ。」

逃がさないように足も拘束し、瞼を閉じた。

数分ほど抵抗してきたが、少し経つと静かな寝息が聞こえてきた。

何に関してもちょろすぎる。

 

 

 

「起きろー!朝だぞー!!」

「うるせぇ」

朝日が窓から差し込む心地よい春の朝…とは行かず。

無理やり布団を剥がされたので枕を投げる。

「へぶっ」

見事に彼女の顔にクリーンヒットし、変な声を上げて倒れた。

「ふふふふふふ…貴方には舐められたものね、狂歌。」

そして変な声を上げて立ち上がる。

「あん?」

「すみませんでした。」

もう一度枕を投げる動作をすると大人しくなった。

素直でよろしい。

 

 

「今日は何する!?」

「…寝たい。」

「やだ!!」

即答か。

彼女の底抜けの元気さには時たま疲れることがある。

━━それでも彼女の笑顔を見れるだけで幸せなのだ。

「行っくぞー!」

「はいはい…」

…が。ため息をつくことぐらいは許してもらいたい。

 

騒がしい━━がそれ以上に楽しい1日が「また」始まる。






本編が殺伐としすぎてるのでたまにこういうの挟んでいきたいです。
一応Rの方では多いのですがこちらでは少ないので…

次の更新は31話になります。
ではまた。


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第31話

メキメキと音を立てて地面が崩れていく。

それが狂歌の足による地団駄と気づくのに数瞬は必要無かった。

「答えろ。あの華はなんだ…?」

怒気を無理やり抑え込んでいるのが分かる低い声音でそう問いかけられる。

「…何か特別なものなのか?核炎が作り出したタダの熱の華では」

「核炎…?あぁ…クリアか。」

そう言って顔を伏せると

「誰がやった?」

「は?」

突拍子も主語もない問い掛け。

「誰がやらせた、の方が正しいか?」

静まっていた破壊音が再び奏でられる。

「ほんと、自分勝手な奴らしか居ないな。」

 

 

 

「…!」

『…なんだ、何が起こっておる。』

1分と20秒が経ち、そろそろ終幕に向かおうとしていた戦いは熱風により中断される。

周囲に吹き荒んだ熱風が木々を燃し、火花を立てていた。

「…あのバカ者が…!!」

そう小さく呟くと滅創は走り出した。

熱風の根源へと。

 

 

 

 

「ん〜?んだ、もうおっぱじめてんのカ?」

都市部を悠然と歩く張は背負った「言霊」を揺らしながらそう呟いた。

「前は1匹だけだったからなァ?まだまだ足りねェ。」

その目は敵対者を殺す敵視の目ではなく、狩りをする狩猟者の目に酷似していた。

その張を熱風が覆い尽くす。

「…あァ…!!これだヨ…ちゃんと受け継いでんじゃねぇカ!!!」

張はそう叫ぶと一気に走り出した。

言霊に更なる力を付与するために。

 

 

 

「…流石に…生きてないわよね?」

「油断しても利点は無いわ。とっとと撤退するわよ。」

ガーンデヴァですら殺せないとなると、とうとう自分たちの手に負えなくなってくる。

「はいはい、っと。」

風弓はコアを弓の形から球状に戻すと、黒い翼をはためかせ木々の上に飛び出す。

「…なっ…な、に…あれ…」

そこで彼女が見たものは巨大な向日葵と、立ち込める陽炎。

花びらが落ちていく度に都市部が破壊されていく。

破壊音を立てずに静かに朽ちていく様は本能的に恐怖を覚えた。

「…練融…!!」

天癒は残してきた友人の事を脳裏に浮かべ、羽に力を込める。

「間に合え…間に合えッ!!」

2つの光の弾丸が新宿区を目指して飛び出した。

 

 

 

 

「…!?」

緊迫感に支配された紛い物の管制室に衝撃が走る。

モニターに新たな動きが起こった。

 

バキン、という巨大な音と共に

業火の向日葵に向かい咲く氷結の蓮花。

 

周囲には氷霧が巻き起こり、熱風を相殺させる。

1枚1枚と落ちていく向日葵の花弁に対し

蓮花の花弁は微動だにしない。

刺々しく凍てつき、その先端を向日葵に向けている。

まるで敵対するかのように。

 

 

 

「氷の、蓮花!!」

核炎が愛したあの少女。

氷を作り出す能力。

決して溶けることの無い『氷の華』。

「氷華…っ!!!」

狂歌の姿が掻き消えた。

悲痛な叫びと共に。

 

 

 

 

「バカ師匠。」

バキバキと音を立てて木々が倒れていく。

その幹に貯めた水分全てを凍てつかされ、その巨体を維持することが不可能になり、崩れていく。

茶色の髪を頭頂部で一括りにし、右手に水色の氷塊を持つ。

季節外れの黒のマフラーと、白のワンピースを身に付ける可憐な少女。

「…会いたかったのに。」

 

 

 

 

「暁角!!!何故『氷華』があちらに居る!!?答えろ!!」

黒華は叫ぶ。

『アレ』は生かしておいていい存在では無い。

核炎と同様に、存在していていい存在では

「…僕は知らないよ。あれは宵角の管轄だ。」

気だるげにそう答える暁角に憤りが爆発する。

「なら今すぐ宵角を呼び戻せ!!そしてお前はアレの討伐に向かえ!」

「…冷静になってよ。彼女は完全に覚醒した。もう僕の手に負えるような存在じゃない。」

「クソっ…!!」

黒華の歯軋りが小さな部屋中に響く。

「それに、もうアイツだって無事かどうか…」

おもむろに暁角は立ち上がり、部屋を出ていった。

 

 

 

「とりあえず対抗したけど、ちっちゃいかな…」

自分の背後に構える大きな茎を見上げる。

「…師匠の華、でかすぎ…」

どこを見ても必ず視界に入ってくる巨大な向日葵は、正に彼女と言った感じの華だった。

「とりあえずでかけりゃ、強けりゃいいって感じの人だったからなぁ。」

頭を掻き、ため息を吐きながらそう呟く。

「…んまぁ、嫌いではないけど。」

そして首を横に振る。

 

首があった辺りを一筋の風が吹き抜ける。

「…んで、あなたは誰なの?」

「覚えてねぇカ?」

大刀を持った厳つい男。

面識は無く、顔を見たことすらない。

「知らないなぁ。誰?」

「…お前、ヤツじゃねぇのカ。」

男は肩にかけていた刀を下ろし、そう呟く。

「やつ?」

「ジジィの孫。なんだっけか、クリア…とかなんとか、言ってたナ。」

「…師匠の知り合い?」

目を細め、そう問いかける。

師匠を名前で呼ぶ男。声を掛けずに斬り掛かった。

つまりこいつは師匠を殺そうとした、ということになる。

「ししょ…ウ?なんだ、あのガキ弟子なんか取ってやがったのカ。」

「質問に答えて。」

細い腕を振るう。

その動きに呼応するように草花が凍り、鋭利な先端を男に向ける。

「『真逆』カ。何を教えてたのやラ。」

男はその攻撃を難無く回避し、巨大な大刀を振る。

「『霊喰らい』」

ぐにゃりと刀の先端が歪み、獲物に噛み付く蛇のように氷華に襲いかかる。

「…なに。これ。」

凍った左手(・・・・・)でその刀を掴む。

その刀━━言霊は掴んだところからパキパキと音を立てて凍っていく。

「なんだ、お前。言霊を素手で掴んだだト?」

「…言霊とか、何とか、知らないけど、私は今、急いでるの。」

刀を掴んだまま、右手を男に翳す。

「『爆牙凍奏』」

男の体を氷が包んだ━━直後にその氷の中で爆発が巻き起こる。

瞬時に凍てつかせ、爆発させる。

張の体を無数の傷が覆っていく。

「邪魔しないで。」

最後に右手を握りしめるとひときわ大きな爆発が起こり、肉片が辺りに撒き散らされた。

 

 

 

「あれは私が受け継ぐんだから。」

 

 

 



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第32話

「おねーぇーさん?どこに行くの?」

超高速で飛び出した風弓と天癒に1つの声が投げかけられた。

声の主は

「まだ終わってないのにー。あわてんぼさんなの?」

「なっ…!」

 

2人は今、空を飛んでいる。

なのに彼女の声が聞こえるのは何故か。

飛べない彼女の声が、聞こえるのは。

「…おっそいなぁ!」

唐突に変わった口調と、風弓の腕に走る赤い線。

おじいちゃん如き(・・・・・・・・)の能力で撹乱できるなんて、おねーさんたち弱いのね。残念だわ。」

声は聞こえているが姿が全く見えない。

「…天癒、盾。」

「無論。『天聖(ヘヴンズ)━━」

光の粒子が彼女の手のひらに集まろうとした刹那、

「遅い━━って!」

本当の光が彼女の脇腹を通り抜ける。

1本の切り傷を作り、駆け抜けていく。

「なんなの、あれは。」

落ち着き払った━━しかし、内心は穏やかではない━━表情で、天癒はパートナーに問いかける。

もちろん貰った傷などとうに癒えている。

「さぁ…見たところ『加速』かな?」

 

 

 

「…弱い。師匠の足元にも…及ばない。」

夏に相応しくない装いをした少女は、ゆっくりと赤い向日葵に向かって歩き始める。

余裕を超え、油断とも見える歩き方で、悠然と進む。

1歩を踏み出せば地面の草木は白く凍てつき、また背後で鋭利に尖っていた草木は元の緑を取り戻す。

バキン、バキンと凍り、溶ける音だけを響かせながら、少女はゆっくりと歩いていた。

『…なんじゃあ、お主は。』

偶然か━━必然か。

たった1人生き残った彼に、彼女は会ってしまった。

『遠慮も配慮も無く魔力を解き放ちよって…まるで彼奴のような…』

黒い体を軋ませ、彼はゆっくりと振り返る。

「━━誰のような、って?」

透き通った声、しかし、凍りついたように感情の抜け落ちた声で、彼女は問う。

『お主の師匠と、よう似ておるわ。…浅はかで、考えの無い能無しなところも、な!!』

振り向き終えると同時に、影は腱を振り絞り彼女に襲い掛かる。

「…あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。」

しかし彼女はその殺意を受け流し、両腕を広げる。

「私の目標は師匠…たった1人だもの。」

そして勢い付いた彼を抱き締めた。

「あの人のこと、教えて頂戴?」

 

「…それで、どこまですれば答えてくれるの?」

彼女の手が触れた部分から、彼の黒い体が白く染まっていく。

「肺?心臓かしら…?それとも、脳まで凍らされてから無理やり頭を開かれたい…?」

そう問う間にも氷はその体を包んでいく。

「答えて…師匠のことを…」

足先が崩れていく。

『━この老害に、問いたい事があるなら早く問え。我の命の灯火などとうに消え去った。体が朽ち果てれば消える身だ…』

「そうね…時間も無いことだし、あの人の能力だけでいいわ。今私に必要なのはそれだけ。」

その言葉を切っ掛けに、彼は小さな声で語り始めた。

 

……彼女は、何度も、何度も禁忌を犯した。

それを我は監視し、時に止めようとした。

しかし彼女は止まらなかった。

血に飢えた狼のように、ただひたすら力に溺れ、殺戮を繰り返した。

その度に強さを増して、な。

生まれ落ちた頃に持っていた能力はたったふたつ。

『狂咲』と『核炎』のみ。

『狂咲』は先代からの継承であったから、実質炎の能力だけだったのだ。

 

村を焼かれた彼女は当初『剛力』や『剛瞬』『剛技』などの、どこの部族にも1人は居たような、ただの身体強化の能力のみを狙って殺戮を繰り返した。

だが━━10人目と11人目が、不味かった。

狂戦士(バーサーク)』━━『剛力』を更に高めた能力。

彼女の村の長老が保持していた、強力な能力だ。

身体能力を大幅に増強し、狂ったように戦う凶暴性も伴わせた。

この能力を得てから、彼女の殺戮は限度を越した。

更に11人目の能力『融炎』。

温度の違った炎を一定に保つだけの能力が彼女に渡った瞬間、恐ろしい事が起きた。

能力が、1つに収束された。

本来はメリットや、デメリットを伴い、能力同士の制約がある12の能力全てのメリットのみを引き出し、自分の力にする。

『元来の才能もあったんじゃろう。その力を得た彼女は、好んで身内の能力を吸収していった。』

彼女の、伴侶の能力さえ。

 

『そして、ある2人の能力者が彼女を止めるまで、彼女は力を欲し続けた。その後、正常に戻ったと見せかけて、奴は2度、力を奪っている。』

 

まずは『狂歌』。彼女の伴侶のモノだ。いつ奪ったのかは知らないが、奪われた当人が生きていることを見るに、強引に奪った訳では無いのだろう。

そして次に『天癒』。彼女の『融炎』を組み合わせた技に、触れた相手の能力を掠めとる副効果がある。その時に奪ったのだろう。

 

『この2つはごく最近に起こったものだ。』

「長ったらしい説明ありがとう、おじいさん。」

皮肉混じりの笑顔で、彼女は微笑みかける。

「まだ説明は終わってないよね?『狂咲』ってなぁに?」

笑顔だが、目は笑っていない。

『…彼女の祖父…黒華から継承された能力だ。…お前にも継承されて…やはり消えておるな。』

ちらりと視線を向けた━━顔は真っ黒で変化など感じられないが━━彼の表情が変化する。

「で、結局はなんなのかしら?」

『魔力を暴走させ、自らの命と残りの魔力を代償に大爆発を起こす━━いわゆる最終手段という奴だ。』

「それが?あのジジイと師匠の能力?はっ、バカバカしい…」

氷華が鼻で嗤い、一蹴しようとした時

『最後まで話を聞け。奴らの能力が特殊なのは、『自らの意思』で爆発を起こせること。本来ならば死に際にしか不可能なこの爆発を自らの意思で起こせるのが、この力の利点なのだ。』

そこまで語ったところで、影はゆっくりと手を挙げ

『…そして、その意志が無かった彼女が死んだ理由は』

長く細い指を彼女に突きつけ

『お前だ。』

 

僅かに氷華は目を見開く。

「私…?」

『そう。お前が、1度『開花』しそうになった時のことを覚えているか。』

体が凍てつき、体の中身を一つ一つ停止させられたあの恐怖は昨日のことのように思い出せる。

そして、そこから救ってくれた彼女の温かみも━━

『あの時、奴はお前の『狂咲』の能力を奪い取った。元来彼女に備わっているモノとまた別のモノを。』

「…消えたって言うのは、そう言う…」

『そうだ。そして、その力は代々受け継がれてきた強大なもの。いくら『融炎』ですら統合は出来なかった…』

そこで静かに影は手を下ろし

『今、お前の後ろに咲いている巨大な向日葵。本来、あんな強大に成長するはずがない。間違いなくふたつの『狂咲』のせいだ。』

「ま、待ってよ。」

 

影が話し終える頃には、彼女の鋭い目つきはその光を潜めていた。

「私が、あんな風に能力を…『狂咲』を暴走させなかったら、まだ師匠は生きていたの?」

『それは、分からん。コアをも破壊していた…だが、死なずに済む道もあっただろうな。』

「そん、な…そんな……」

先程までの凍てつくような雰囲気は消え去り、見た目相応の不安定な精神状態の子供へと、退行していた。

「私が、師匠を、殺した…?嘘、嘘よ…」

『嘘だ、と言い切られれば我もどんなに気が楽だろうか。しかし、事実は変えられないもの。甘んじて受け入れろ。』

 

ピシ、ピシと音が鳴る。

「師匠が、死んだ、なんて。」

彼女の左手に白霧が集まっていく。

「私に、温かさを教えてくれた、あの人が」

彼女の体を霜が覆っていく。

「あの人が居なくちゃ、私は」

 

「しみったれた顔すんなよ。クリアが泣くだろ。」

影と氷華の間を、赤い炎が駆け抜ける。

「弟子がしょんぼりしてんのを、あいつがほっとくと思うか?氷華。」

黒いローブと短い金髪が炎の中から現れる。

「そんな、そんな…これは…おねえちゃんの…!」

「こっちは、苦手なんだけどな。」

狂歌は歯を見せて笑った。

 

 

 







色々設定がごちゃ混ぜになってきたので、また説明回入れます。


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過去①

「…くぁ…」

大きな欠伸を終え、油断すると閉じそうになる瞼を無理やりこじ開け、立ち上がる。

「…おかーさん…」

まだたどたどしい足の動きで、私は母を探す。

連続して続く包丁の音と、さえずる小鳥の鳴き声はいつもと変わらない日常の一コマだった。

「おはよう」

「おはよ…ぅ」

包丁の動きを止め、タオルで手を拭きながら母が近づいてくる。

「ほら、しゃんとなさい。顔と手を洗って来るんですよ。」

「はぁい」

間延びした言葉を返しつつ、洗面所に向かう。

 

「おはよう。」

「おはようございます。あなた。」

朝の畑仕事を終えた父が食卓に付くと、ようやく朝食が始まる。

「じゃあ、頂きます。」

「いただきまーす。」

「頂きます。」

2つのきちんとした食前の挨拶と、元気いっぱいの大声を区切りに、それぞれ茶碗や箸に手を伸ばす。

「…うん、今日も美味い。」

「ありがとうございます。」

父のその言葉を聞き、安堵したように母が顔を綻ばせる。

その光景もいつもと変わらず、安心感を私に与える。

「どうだ、美味いか?」

こちら側に投げかけられた声を受け取り、

「うん!!」

私は大きく頷いた。

 

 

 

 

「じゃあ、俺は仕事に戻る。こいつの事、頼んだぞ。」

「はい、行ってらっしゃいませ。」

母のお辞儀と父の笑顔を見届け、私は居間に戻る。

いや━━━戻ろうとした。

「今日は『あの日』じゃないの?」

「う…」

母の若干不機嫌そうな声が投げかけられ、動きを止める。

「…違うの?」

冷たい刃のような視線と共に、2回目の声が投げかけられる。

「…そ、そうです。」

「よろしい。はい、お弁当。」

母から小さな小袋を受け渡され、それを小脇に抱えて外に繋がっているドアを開きかけたところで振り返り

「行ってきます!!!」

今日1番の大声で気合を入れ、ドアを開く。

「はい。行ってらっしゃい。」

母の少し意地悪そうな顔を横目に、私は外に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日常が数年続き、氷華と出会い、家族が増えた。

そしてそんな私もようやく大人の女の仲間入り、といった年の春。

私は普段のように外に飛び出そうとしていた。

「こらこら、もう17にもなる女性がはしたない…」

「いいじゃない、別に!行ってきまーす!」

毎朝恒例の母の小言をいつものように振り切り、駆け出した。

師匠である父の元へ、私は毎日鍛錬に出掛けている。

全ては強くなって、母と父を━━そして、氷華を守るために。

目の前には明るい未来への道しかない、そんな毎日を謳歌していたのだ。

 

 

 

「お父さん!!」

「来たか、核炎。」

父の声今日も聞くことが出来た。

そして私の「名前」も。

この里では本名の他に、能力にちなんだあだ名の様な名前で呼び合うことがある。親しい中であるほどその傾向は高い。

その名を呼ばれることに、幸福感こそないが少しばかりの安心感はある。

昔は名前など呼ばれず、「こいつ」や「この娘」などという呼び名だったのだから。

「来たよ!さぁ、今日もお願いね!!」

「あぁ、早速。」

左手を前に突き出し、体を捻り、構える。

それと鏡写しになるかのように、左利きの父は右手を前に突き出し、構えをとる。

そしてその手に纏う物質も同じ。

「用意…」

「…どんっ!!」

いつも通り。

そう、いつも通り赤と蒼の風が辺りを包む。

父の青い炎で包まれた手は熱く、触るだけで手を跳ね除けてしまいそうになる。

だが私たちは

「少しは温かくなったな、核炎。」

「お父さんにはまだまだ遠いわ…よっ!」

互いの手を掴み合い、投げ合い、殴り合う。

普通の父娘関係とは程遠いそんな一瞬が、私には幸福でしかなかった。

「ハッハ、そうだな、まだ娘には負けてられないなぁ。」

「あぁ…そうっ!!」

もちろん能力も出し惜しみしない。

手から火を出し、足元を爆破し、目くらましに使うなど、勝つための手段は惜しまない。

それは父も同じ。

私の出した火は蒼の壁に阻まれ、隆起しそうになった地面は更に大きな熱で融解し、目くらましなど無意味と言うかのように大きな拳が飛び出してくる。

「あははっ、さすがね、お父さん!」

「まだまだ若いモンには負けないさ、核炎。」

その攻防は太陽が真上に来るまで続き、私に充実感を与えてくれた。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…ふぅ、お父さん、大丈夫?」

「馬鹿にしてるのか?あれごときで息を切らしているようではまだまだだな。」

「あはは、強いなぁ。」

「やはりお前はまだ基礎体力が足りないようだな。いくら爆発で機動力や推進力を得られるとは言え、やはり基本はきっちりと抑えておかなければ」

「はいはい分かってますよーだ。」

舌を突き出し、父の小言を遮る。

腹が立つほど青く晴れ渡った空に少し夏の風が混じっていることを感じ、着物の襟を少し緩める。

「…お母さんの前ではそういう事はするなよ?煩いからな。」

「出来るもんですか。すぐにゲンコツが飛んできてまたお小言よ。」

そこまで言ったところで父が吹き出し、私もそれに釣られて笑い出す。

 

 

ひとしきり笑ったところで私は、お腹がすいているのを思い出し

「弁当は?」

「母さん手製の握り飯があるぞ、食うか?」

「うん!」

付近にあった包みから、大きなおにぎりを差し出した父を少しだけ目の端で見て、

「あ。」

いつものように口を開けた。

「…いい加減お前も自分で」

「あ!」

そうやって急かすと、折れたようにため息をついて

「まだまだ子供だな、お前も。」

そう言って口におにぎりを入れられる感触を感じながら

いつものようにふざけて父の指を噛んだ。

「痛てっ。噛むなっての。」

「んー。」

「本当、子供の頃から変わらないな。お前は。」

小さい頃から、おにぎりを食べさせてもらう時はこうしてふざけていた。

数年経った今でも、ずっと変わらず続けている。

「はー、おいしかった。」

 

 

噛まれた部分を反対の手で擦りながら、

「氷華はまだ来そうにないか?」

ほんの少し残念そうな声音で、私に問いかけてくる。

「あの子は裁縫とかの方が好きみたいよ。お母さんが大喜びして教えてたわ。」

早口になって知識を与えていく母と、目を輝かせながらその知識を吸収していた義妹の姿を思い出す。

「そうか…いや、我が家に来たからには護身術のひとつでも教えてやらないと、と思っているのだが…」

「建前じゃない、そんなの。」

こめかみを指で搔く父を横目で睨む。

 

女らしさなど欠けらも無い自分と違って、氷華は里の男から大人気だ。

綺麗な茶髪と、物静かな立ち振る舞い、それに趣味が裁縫と来た。

女とはああいう子の事を指すのだ。

それに比べて私は「男っぽい女」とか、「生まれてくる性別を間違えた」などと揶揄されている。全くもって納得いかない。

…自信が持てるほど自分磨きをしている自覚もないけれど。

 

化粧や裁縫など細かな事ではなく、体を動かしたりすることの方が私には合っていると思うし、そちらの方が私も好きだ。

それに幾ら物真似をした所で所詮物真似にすぎない。

なら得意な方を突き詰める、というのが私の考えだった。

 

 

 

「てなわけで、まだあの子が来るのは当分先よ。襲われるような年頃になったら泣いて頼みに来るわよ、きっと。」

まだ体の起伏が少ないからか、性的な目では見られていないようだけど。

「そうなっては遅いだろう?だから俺が事前にだな…」

「やかましいわ、エロ親父。」

適当にその辺に落ちていた木片に火をつけて父に投げつける。

「痛てっ。」

「幾ら血が繋がってないからって、そういう目で見るのはどうかと思いますー。」

「そ、そうか。すまん。」

ついでに冷ややかな目を差し向けておいた。

冷や汗を垂らし出した父を置いて、

「たまには本気出してみようかなぁ。対人戦には向いてないのよ、私の能力。」

と独り言を呟く。

「あぁ、『爆発』だものな。お前の能力は。」

「そうそう、似てるようでお父さんとは違うのよね。」

父の能力は、触れた物質の一点から熱を発生させ、火を起こす。

しかし私の能力は、触れた物質自体を爆発させ、一瞬だけ莫大な熱を発生させる。

「モノの核に炎を付けて爆発させる。だから私の2つ目の名前は『核炎』」

瞬間的な温度は私の方が上だが、持続的な温度は父の方が上だ。

なんせ炎の色が赤と青なのだ。見ただけで一般人でも分かる。

「何かいい感じの岩とか…」

「お前が全部吹っ飛ばしたせいでこの辺りには無いぞ。」

見渡す限り草原しか無く、岩や大木などは1つも無い。

「…なら、今日は組手の2本目をしよう!」

「体は大丈夫なのか?俺は構わないが。」

「大丈夫大丈夫!なんとかなる!」

この頃は本当になんとかなると思っていた。

大丈夫だと。私なら大丈夫だと。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまぁ。」

「ただいま。」

「おかえりなさい。核炎、あなた。」

家のドアを間延びした挨拶と共に開き、土間から居間に転がり上がる。

それを母の穏やかな声が迎え入れてくれた。

「…ちょっと、汚れた服で寝転ばないでよ。」

「はぃ?あ、あー。ごめんね。」

しかし、か細い、しかしハッキリと聞こえる声で叱られた。

抑揚も小さく、聞き取りにくいはずなのだが、何故か耳にはきちんと聞こえる。

不思議でならない。

「あ、そうだ。明日から氷華も鍛錬来ない?」

一応誘ってはみる。

「…私は…遠慮しておく。お姉様の方が得意でしょう。そういうことは。」

「そう言うと思ったー。」

そこまで聞いた辺りで、氷華は小さな透明の針を針刺しに突き刺し、途中だったであろう縫い物を隣に置いて立ち上がった。

「お夕飯、ご用意しますね、お義父様。」

「あぁ、頼むよ。」

義妹の申し出に、父は人のいい笑顔を返しながら頷いた。

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

普段と変わらない夕暮れに、1つの不日常が舞い降りる。

「…お爺様?」

「どうしたんだ。爺サマ。」

黒い着物をきっちりと着込んだ祖父が、軒先に立っていた。

「少しお前に話がある。核炎。お前も共に来なさい。」

祖父の硬く冷たい表情はいつになっても慣れないし、刃物のような目線もあまり好きではない。

「?はぁい。」

「こら、お爺様に失礼でしょう。しゃんとなさい。」

母の普段通りの小言を受け流し、立ち上がる。

「ご飯、温めといてね。」

氷華に笑顔でそう言い置き、先に家を出た2人を追った。

 

 

 

 

 

父と祖父に追いつくと、何か言い争いをしていた。

その会話の意味は所々にしかわからない。

しかし、時折聞こえる「氷華」という単語が私の心に不安を与えた。

 

 

「…あぁ、来たか。核炎。」

祖父が冷たい目でこちらを見る。

ただ見つめられているだけなのに、睨まれているような感覚に陥る。

「お前にも必要な事だ。言っておく。」

嫌な予感がする。

その後に続く言葉を聞きたくないと、本能的に感じ取った。

「お前の義理の妹。アレはいつか我らの里に災いをもたらす。近々処分しなくてはならないと、長老会で決定された。」

突拍子も無く残酷で、意味を理解出来ない宣告だった。

 

 

 

「ま、待って。氷華が災い?何言ってるの?ただの女の子よ?」

ここで何か言わないと、必ず氷華は『処分』されるだろう。

祖父はそういうヒトだ。

「アレの能力はどこか不自然だ。」

そう言いながら近づいてくる祖父を、思わず見つめてしまう。

「なぜ右腕に霜が降りている?能力の制御が出来ていないからだ。

なぜあの歳で能力の制御が出来ていない?その能力が強大だからだ。

制御も出来ない強大な能力がどうなるか、言われなくても分かるな?」

『利用する輩』が出てくる。

氷華を利用して、悪事を働こうとする人間が、この里に現れる。

「そしてそれはいつ襲い掛かってくるか分からない。今かもしれない。数年後かもしれない。お前達が眠っている間かもしれない。起こらないかもしれない。」

そこで一旦言葉を区切り、

「だが、『起こらない』というのは楽観的な希望的観測だ。不安的要素があるのなら、その芽は刈り取っておかなければならない。」

目前まで迫った祖父の鋭い目が、まだ軟弱な私の精神を締め上げていく。

「何、お前に殺させようなどとは思っていない。お前の目前でも、な。

しかし、近い間に別れが訪れるだろう。」

里の者には、厳しくも少なからず愛情をもって接している祖父がなんの躊躇も無く「殺す」と言った。

つまりもう祖父の心に迷いはない。

氷華が、殺されてしまう。

「まって…待って、っ」

「待たん。これは必要な事だ。お前たち里の者が外来者によって殺されるのは儂とて納得いかん。故に変更は無い。良いな。」

そう吐き捨てると、祖父は去っていった。

いつものように、一瞬の内に姿を眩ませて。

 

 

 

 

「核炎。戻ろう。」

静かな父の声が、鼓膜を震わせる。

「すぐにお別れをする訳じゃない。まだ時間はあるだろう。」

嗚咽を噛み殺す私の隣で、淡々と慰めてくれる。

「だから最後まで、一緒に居てやれ。お前はあの子の姉だろう。」

その声を引鉄に、真っ暗な夜道の中で、ひとつの炎が起こった。

 

 

最初は父が帰る為に、炎を付けたのかと思っていた。

しかしそれにしては距離が遠すぎる。

それにその炎は目が覚めるような赤で、父の青い炎とは違っていた。

 

「…は?」

父の声をはるか遠くに置き去りにし、私は走り出した。

その間にも炎は増え続けている。

道端の木々に火が移り、煌々と夜空を照らし、人影を発生させた。

石に引っかかり、転びそうになってもなんとか立て直した。

家までの道のりは遠くて、不安が心を掻きむしった。

義妹の名を呼びながら、ただひたすら走った。

 

 

 

 

見慣れた我が家は燃えていた。

その付近を囲む人影が振り向くまで、呆然と立ち尽くし

「あんたら、何なの」

1歩踏み込んだ。

黒い装束で体を包み、愉悦の篭った目でこちらを見つめている。

「…なんだぁ、この女。」

「一般人か?ならいい。殺れ。」

「待て待て兄貴、とっ捕まえて楽しもうぜ。」

「それには賛成だな、割と上玉じゃねえの?」

「野蛮な奴ばかりだな、何はともあれ逃がすと面倒だろう。」

「そうさな、まずは俺が、っ…?」

最後に声を発した男に近づき、鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。

「とっとと質問答えたらどうなの?死ぬよ?」

体をくの字に折った男の足を払って転ばせると、頭を踏みながらそう呟いた。

「…一般人じゃねえ、とっとと━━━」

「答えろ」

近づいてきた人影の頭を掴み、チカラ(能力)を込める。

頭の内面から爆発し、中側から崩れ落ちた。

「何しに来たの。あんたら」

脳漿をその辺の地面に叩き捨て、近くの男に歩み寄る。

「数人で一斉に掛かれ、普通の奴じゃ」

「聞いてるんだけど?」

男の体に触れ、チカラ(能力)を発動させる。

バゴン、と鈍い音を立てて男の体が爆発し、崩れ落ちた。

「…で、教えてくれないの?」

「うるせ…ぇ!」

明らかに男に馴染んでいない大太刀を振り回す男の背後に回り、

「うるさいのはあんたよ。」

首元に手を回し、またチカラ(能力)を入れた。

そしてその男が持っていた刀を拾い上げ1人残った男に突きつける。

「とっとと答えないと首飛ぶけど、どうなの?」

「ちょ、調子に乗るなよ、このガキが、ぁっ!!」

「あっそ。」

少し力を入れて刀を振るだけで、男は体ごと木に叩きつけられた。

 

 

 

 

「おい!無事…か……」

父は辺りを見渡し、絶句した。

「殺したのか」

「殺さないと私は死んでた。仕方ない。」

袖に付いた血糊を払いながら、父の方に近づく。

「どこへ?」

「母さんと氷華が見つかってない。今から探す。」

それだけを短く返答し、里の方に向かって歩き出す。

私たちの家と里は少し距離がある。

向こうに避難しているかもしれない。

「とりあえず里に行く。お父さんも来るでしょ?」

「あ、あぁ。」

何故かたじろぐ父に不信感を抱きながらも、その場では受け流し、また走り出した。

 

 

 

 

 

「…お父さん?」

走りながら、何故か後ろにずっと居る父に疑問を抱く。

父が私よりも遅いわけが無い。

何らかの理由で速度を落としているか、またどこかを怪我しているのか。

「お父さん?大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だよ。」

息が切れている。

昼間あれだけ激しい組手をしたのに息切れひとつ起こさなかった父にしてはやはりどこかおかしい。

「怪我でもしてるの?」

膝に手を付き、肩で息をしている父の顔を覗き込もうとかがみ込む。

 

その男の顔は父の顔ではなかった。

「っ、あんた」

「まさか気づかないとは思わなかったぜ、女。」

すぐに飛び退いたが、男の動きはそれよりも早かった。

先程の行為も、息切れも、全て演技。

私よりも俊敏で、戦いに慣れている。

父と見間違う程度の体躯なのだから、それも当たり前ではあるだろうが。

襟首を掴まれ、そのまま引き倒される。

「っ、ぐぁ…!」

肺の中の空気が無理やり吐き出される。

「手間かけさせやがって、これでやっと1人か。」

上手く息が吸えない。

体を動かそうとしても、叩きつけられた衝撃で痺れて動かない。

男の手の中には鈍色の鈍器が握られていた。

 

 

選択は2択。

一か八かに賭けるか、このまま殺されるか。

相手はきっと私の弱点を心臓だと思っているだろうから、胸に刃を突き立ててくるだろう。痛いが、死なない。

だが問題は、その後の事だ。

出血が酷い状態で動けるのか。無理だ。

ならどうするのか。賭けに出るしかない。

刃の切っ先がこちらを向き、振り下ろされるまでの数瞬に、そう判断した。

「『爆、え…かく』ッ!!!」

詠唱は完璧には出来なかった。

が、手のひらから発せられた爆発は男を包み、男を吹き飛ばした。

土壇場での成功。運が良かったとしか言えない。

「ゲホッ、ごほっ」

乾いた咳をしながら何とか立ち上がり、息をしながらまた歩き出した。

吹き飛んだ男の生死はもう決まっている。

ただの人間は炎に耐えられない。

だから振り向かずに私は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

走っている途中で、腕に鈍い痛みが発生していることが自覚出来た。

叩きつけられた右腕。

恐らく折れているだろう。それほど強い力だった。

けれど、それでも止まろうとは思わなかった。

左手で折れた部分を抑え、走った。

段々と木々が分かれ、里へと下りる道が見えてきた時、光も見えた。

里には街灯が備え付けられている。

まだそう遅い時間では無い。普段通りだ。

だから、少し安心してその道を下りようとしたのだ。

 

まさか、まさか里が燃えているとは思わずに。

 



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