Beast's & Nightmare 大森海の転生者  (ペットボトム)
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1.生まれ変わりと新たなる夢

*この小説は原作6巻以降のネタバレ要素と8巻以降の内容との矛盾が発生する可能性を孕んでいますことをご了承ください。


 巨木の生い茂る緑の海。

 

 ここに犇く生物は植物から動物までありとあらゆるものが巨大だった。

 小山ほどの大きさの肉食獣。巨木の枝を登り渡る巨大猿。普通であれば外骨格がその重さに負けて圧壊してしまうほどの大きさの虫達。

 

 これらの巨大化を支えている力の名は「魔法」

 大気中に存在するエーテルという物質から生み出す全ての生き物がその身に宿す力「魔力」を使って行使する理。

 

 知恵あるもの達は、本能的に魔法を使うことで巨大化した動物達を指して、こう呼んだ。

 「魔獣」と。

 

 ここはボキューズ大森海。魔物達が犇く緑色の地獄である。

 

 その魔の森ボキューズの一角に、奇妙な植生を持った場所があった。

 そこに生えている木々は森の木々に比べ、盛大に捻じ曲がり、折れ曲がり複雑に絡み合っている。それらの奇妙な巨木に屋根や庇が掛けられ、窓が張られていた。樹の洞にはドアまで付けられていて、幹には梯子やロープが掛けられている。そのような建物とも樹ともつかないものが連なっている空間が石積みの壁によって周囲の森と区切られ、強固に防御されている

 

 そう、ここには人が住んでいる。巨大な魔獣達にしてみれば小さな虫のように思えるかもしれない。だが、確かな知性と力を宿し、人々はここで生きている。

 

 ここ、「上街(ティルナノグ)」で新たな命が今日も生まれた。

 周囲の巨木に比べて人工物の比率が高い建物のなかで赤子の産声がこだまする。

 家族の祝福する声を聞きながら、その赤子はまどろみの最中に、

 

 突如“意識”に目覚めた。

 

『ここはどこだ?俺は今どうなっているんだ?』

 

 その“意識”は混乱していた。

 彼は川畑京地(かわばた きょうじ)。30歳の日本人の男性・・・・・のはずだった。

 だが、彼の体は成人男性のそれとは似ても似つかないかわいらしい体躯にしか見えない。

 周囲の状況を観察してみても、日本的・現代的なものなどどこにも見当たらない。電気製品もなければ、プラスチック製品も見つからない。

 更に自分の4倍はあろうかというような巨大な金髪美女に抱きかかえられて、食事をさせようと胸を口元に押し付けられるなどという体験をさせられれば、今の自分が赤子であること認めないわけにはいかなくなる。

 輪廻転生。前世で培われた記憶をその魂に宿し、自身が転生したという非現実的現実。

 最近のラノベでよく見かけるあの笑えるぐらいコテコテなシチュエーションも自分にの身に降りかかってみれば、笑ってなどいられない。

 

 転生をしてしまったということは自分は死んでしまったのだろう。そう予想できるが、彼は自分の死に際が思い出せなかった。

 確か、自分は自宅であるアパートの一室でいつもどおり、就寝したはずであるが、目が覚めたらこの体になっていた。寝てる間に突然死をした。ということであろうか?

 ありえないことではないと彼は思った。細かいことは省くが生活習慣病リスクは山ほど抱えていた自覚がある。若くして原因不明の突然死をしてしまった人の話は枚挙に暇がない。

 考えてもわからないことは今は置いておこう。そう彼が思い直すのに数時間の時を要した。

 

 さっきまで自分に授乳をしていたベッドの傍らに座る母と思しき女性に意識を向ける。

 やや赤み掛かった金髪。前世で言うところのストロベリー・ブロンドと呼ばれる大変希少な色の髪を後ろに編みこんでシニョンのようにしている美しい女性であった。

 慈しみの表情でこちらを見ているこのような美女に前世で遭遇していれば心奪われること請け合いであっただろう。

 

 こんな母の心を射止めた幸運な男はいったい誰だろう?そう思って意識を他にやると、やや地味目の金髪の中年男性が自分を覗き込んできた。

 この男が父親かな?彼が何かを話しかけてきた。

 日本語ではないので、何を言ってるのか解らないが、その顔が優しげに微笑んでいるのを見れば、自分の誕生を喜んでくれているのであろう。

 

 自分の誕生を喜んでくれる両親に囲まれているのなら、今生はそう悪いものではないはずだ。

 彼は安堵して、それまでの緊張が解けたせいなのかまどろみに落ちていく。

 

 この世界に転生という形で迷い込んできた“もう一人”である彼の物語はこうして始まった。

 

 

 

 

 

 赤子であった“川畑京地”が立って歩くことが出来るようになった頃だった。

 

 彼は馬上で風を感じていた。つぶらな瞳をしばたかせて、ややピンクがかった金髪を自分を抱えている母になでられながら。

 やや成長した彼は母によく似た美しい美幼女・・・・・・のような相貌の男の子になっていた。

 今、流行の男の娘ってやつか・・・・・・ありだな。と本人も思ったとか。何が「あり」なのかは詳しくは述べまい。

 

 この日、母親であるカミラ・ソリフガエに上街(ティルナノグ)近辺のやや開けた場所に連れてこられた彼は、今日行われる“訓練”に参加するという父の姿を見に来ていた。

 

「ソーマ。あれにお父様が乗っておられるのよ。」

 

 今生の自身の名前を呼ぶ母の声。だが、彼の意識に母の言葉は届いていない。視線の先にあるものに釘付けであったから。

 

 それは身の丈7、8mはある外骨格に覆われた魔獣達であった。しかし、その有機的装甲の隙間から見えるわずかな金属の煌きがそれに人の手が加えられていることを示唆している。

 ボキューズ大森海にて人々が己の身を守るために作り出した人造の魔物。

 

 その名を「幻獣騎士(ミスティック・ナイト)

 

 人が乗り込み操縦するこの機械は、討伐された魔獣の骨や甲殻を加工して建造される。

 猫背気味な巨人とも形容できるよく言えば無骨、悪く言えば不恰好な兵器はしかし、ソーマの意識の中のある“概念”らに符合する存在といえた。

 

 巨大ロボット。

 

 アニメや特撮で登場してくるそれらのガジェットやキャラクターが彼の脳裏をよぎり、この兵器への強い興味を誘発する。

 そう、彼は重度のオタクだった。前世での彼の自宅は怪獣のソフビ人形やロボットのプラモで埋め尽くされていたし、生物やロボットを創造するゲームを彼は好んでプレイしていた。

 そのような人間がこの兵器に惹きつけられるのは当然であったのだろう。

 

 幻獣騎士はその長く伸びた多関節の腕を振り回し、腕の先端についた鉤爪で以って、剣のつばぜり合いのような引っ掻き合いを行っている。

 しかし、知恵のない獣のそれとは違い、幻獣騎士達が行うのは長い時の中で研鑽が行われた立派な格闘術であることが見て取れる。

 計算された足裁き。爪を剣に見立てて行われる独自の武術。ソーマの目にはそのように映った。“騎士”と名の付く兵器である所以を垣間見た瞬間である。

 

 興奮した彼は舌足らずな言葉で一所懸命に母に伝えようとした。「あれに乗りたい」と。

 

「まあ、ソーマ。お父様を応援してくれているのね。えらいわね。」

 

 全く通じていない。当然ではあるが。

 もどかしい思いを抱えながら、今度はあらん限りのジェスチャーやボディランゲージを使って、伝えようとしたところ、母にその熱意が伝わったのか、

 

「ソーマもあれに乗りたいの?」

 と聞いてきた。全力で首を縦に振ると、

 

「なら、騎士にならなければ行けないわ。今のソーマには無理だけど、いつかもっと体が大きくなったら騎士になるためのお勉強をしましょうね」

 

 喜色満面になったソーマ・ソリフガエ、その中に宿る魂“川畑京地”は心の中で誓った。「いつか騎士になって必ずあれに乗って見せる」と。



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2.勉強と異能の目覚め

 多くの騎士を輩してきた貴族の家系であるソリフガエ家

 その邸宅で5歳になった嫡男、ソーマ・ソリフガエは読書に没頭していた。

 うず高い書物の山を丁寧に崩しながら、必要な情報を用意したノートに書き込んでいく。

 彼の興味は「幻獣騎士(ミスティック・ナイト)」に注がれていた。

 その成り立ちの歴史と使用法・製造法。出来る限り詳らかにしようと意気込んでいる。

 その過程で自然と現在の人類の置かれている状況が読めてきた。

 

 人類は弱い。大きくても2m前後にしかならないその体躯は、10m越えがざらである魔獣たちの世界では単なる餌にしかならない。きわめて脆弱な生き物といえる。

 そんな人類の状況に光明をもたらしたのが、魔力をエネルギーに様々な現象を起こす技術。魔法だった。

 元々、人類は魔法を使うことの出来ない生物。魔力の魔法現象への変換に必要な「触媒結晶」が体内に存在しないからだ。

 そこで人類は杖を発明した。先端部に触媒結晶を埋め込んだこの道具を「外付け」し、魔獣達が本来本能的に使用していた魔法を「魔法術式(スクリプト)」という形で定式化、

魔術演算領域(マギウス・サーキット)」という脳機能を使って演算することで、より理性的かつ戦略的な運用が可能なようにした。

 

 だが、人類の躍進はそれだけでは終わらなかった。

 物質の耐久性を魔法的補助で強化することで、その堅牢性を確保した筐体。

 人間の魔術演算領域と連動することで、極大魔法を行使し得る魔法的演算システムである「魔導演算機(マギウス・エンジン)

 魔道演算機を神経中枢とした迅速な応答で収縮する筋肉と、それらを張り巡らすことで素早い機動と格闘を可能とする四肢。

 これらに稼動のための魔力を供給する「魔力転換炉(エーテル・リアクタ)

 これらを纏めて、強大な魔導兵器が誕生した。

 

 その名は「幻晶騎士(シルエット・ナイト)」。現在幻獣騎士と呼ばれている兵器の原型となったもの。

 この幻晶騎士によって人類はその版図を急速に広げ、大陸の西半分を支配する一大勢力圏を築くに至った。

 

 そうやって誕生した超国家「世界の父(ファダー・ア・バーデン)」が、その勢力をより東に広げようと、更なる遠征を行うべく作り上げた軍団があった。

 森伐遠征軍。この人類の英知を結集して編成された開拓団が、ボキューズ大森海に乗り出し・・・・・・森に潜む大いなる「魔」に膝を屈した。

 ボキューズの森は、あまりにも深く、広かったのだ。その当時の人類で開拓しきれるものなどではなかった。

 遠征軍は壊滅し、散り散りとなった。それでも生き残った一部の人々は故郷に帰ることを諦め、この森に都市や集落を築き、暮らし始めた。

 その末裔こそが、自分達「上街(ティルナノグ)」の住人と、被支配階層の人々が住む「下村(クラスタ・ヴィレッジ)」の住民なのである。

 

 そして、数百年という長い歴史の中で彼らが持ち込んだ幻晶騎士はその耐用年数の限界に達していた。

 

 当時使われていた筋肉は製造技術が失われてしまい、筐体に使われていた金属資源も確保が難しくなっていったことで、運用維持が困難となった人々はあるとき大胆な改造を行うことにした。

 森に豊富に存在する有機資源。すなわち魔獣を素材とする事で幻晶騎士を改修した。そうやってボキューズの森に住む人々であっても運用・生産の可能な兵器。幻獣騎士は誕生したわけである。

 

 だが、これは言うほど簡単なことではない。魔獣の体組織は個体差によって質も量も大きさも変動する。これを加工して調整することは整備現場に多大な負担を強いることになる。

 結果として稼動機体の減少は避けられず、

 

「狭き門だなぁ」

 

 そうソーマが漏らすほどに幻獣騎士の操縦士である「騎操士(ナイト・ランナー)」になることのできる人数は限られてしまった。

 この上街に住む貴族の子息の多くが騎操士の椅子を奪い合っているのだ。その道は過酷である。

 

「まあ、だからといって諦めたりしないけどね。諦めるには魅力的過ぎるんだよ、これは」

 

 某最低野郎と罵られる鉄の棺桶の搭乗員達などとは違って、騎操士は社会的名誉も棒給も破格である。

 まあ、そんなものが無くともロボットのパイロットなどというロマン溢れるステキ職業を目指さないなどとはソーマには考えられなかったが。

 

「しかし、装甲が魔獣の甲殻なのは予想できていたけど、骨格まで魔獣素材だなんてね。金属でフレーム作れないぐらい資源が少ないのかなぁ」

 

 たしかにこの家の中に使われている家具類や調度品も金属の含有率は少ない。金属製品はとても重宝される。

 鉄製の鍋など、まるで家宝のごとく扱われる。

 かわりに服にも家具にも飾りにも、それ以外の資源はふんだんに使われていて、貧しさは感じられないが。

 

「解らないのが、幻獣騎士がどうやって動いてるかってことなんだよ。家にある本には動力源と筋肉の動作原理が書かれてないんだよなぁ。」

 

 重要な情報が意図的に伏せられているのであろう。動力源については秘匿するのも無理からぬことだ。軍事兵器の中枢部分がホイホイ一般人に知られるものであってはなるまい。現に魔導演算機もその製法と原理は動力源同様秘匿されている。

 

 しかし前世の創作物のセオリーで言うなら、筋肉、すなわちアクチュエーターは消耗品に部類する品であるはず。運用のためにはそれなりに量を作って技術を陳腐化させたほうがいい気がするのだが、なぜ秘匿するのか。彼にはこのことが疑問であった。

 

 このことについて、現役騎操士である父、ウブイル・ソリフガエに質問してみたことがあったが、はぐらかされてしまった。

 あのときの父の苦笑いは、機密情報を秘匿しようとしていたというよりは、まるで「赤ちゃんはどこから来るの?」「お父さんは大人なのに時々お母さんと一緒に寝てるのはなぜ?」などといった、子供には教えづらいことを質問されたときのような雰囲気だったのは、気のせいであろうか。

(*余談だが、上述の質問もソーマは両親に対して行い、二人の顔を盛大に赤く染め上げた。わかってる癖に。セクハラではなかろうか?嫌な子供である)

 

「とにかく現状の俺に集められる情報はこれが精一杯かな。あとは魔法についてより詳しいことを知ろう」

 

 騎士の必須技能である武術はもう家庭教師による授業が始まっている。これにも興味が無いわけではないが、自主的に座学で研究するほどの熱意ではない。ああいうものは習うより慣れろというし、独学でやっても悪い癖が付くであろう。

 

 そんなことより今は魔法だ。前世には実在しない技術であり、幻獣騎士の魔導演算機はこれと連動して動く物なので、絶対に避けては通れない技能である。

 出来うる限りの知識を貯めこんで、ライバル達に差をつけてやる。そう勢い込んで魔法に関する知識も吸収し始めた。

 

「初歩的な魔法術式は頭に叩き込んだし、後は実践しよう。母上に杖も借りてきたことだし、外に出て練習だ!」

 

 前世とは異なる感覚、「魔術演算領域」を認識するのにかなりの根気が必要であったが、前世でよく見たサイバーパンク物のアニメやゲームで、ブレイン・マシン・インターフェースを使ってコンピューターと直接リンクする主人公達のイメージで、トレーニングを繰り返すうちに、脳裏に何かが浮かび上がって来るような感覚を覚えるようになった。

 きっとこれが魔術演算領域であるに違いない。そう思ったソーマは魔法術式の中でもっとも初歩的な魔法をそこに“入力”した。

 

火炎弾丸(ファイア・トーチ)!」

 

 可燃物など何も無いはずの空間から火が生まれ、それが弾丸のように飛翔した。

 

「やった!成功したぁぁぁ・・・・・・あ?」

 

 その瞬間、前世でも体験したことの無い疲労感が襲ってきた。体力を消耗した感覚とも脳が疲れる感覚とも違う。これが魔力を消耗したという感覚なのだろうか?しかし、それにしては疲労感が強すぎはしないか?

 立っていられなくなるほどの眩暈と易疲労感で、地面に突っ伏したソーマはしばらく動けなくなってしまった。家のものが助け起こしてベッドに連れて行ってくれるまで彼はまどろみに身をゆだねる他無かった。

 

 

 

 

 

 数日後、ソーマはまるでこの世の終わりのような顔で庭で剣術の授業を受けていた。

 

 あれから何度も魔法の練習を繰り返したのだが、その度に意識を失って倒れる始末。あまりにも頻繁に倒れるので、杖は取り上げられて、しばらく魔法の練習は禁止されてしまった。

 

 本には魔力は、魔法を使えば使うほど伸びていき、最初は魔力量が少ない人間でもいずれは火炎弾丸(ファイア・トーチ)を連発しても魔力切れにはならないぐらいに成長すると書いてあったのだが、いくら練習しても魔力は基礎式を一発放っただけで空になってしまう。

 火炎弾丸一発分の魔力しか持たない人間など、優れた魔法能力を求められる職業である騎操士などに成れるわけが無い。もし、このまま魔力の成長が大人になっても起こらなければ・・・・・・そう思ったら、彼は目の前が真っ暗になった。

 

 今も武術の教師の指導など、全く頭に入っていない。上の空だ。

 教師はまじめにやって欲しいと一言叱ろうとしたのだが、彼もことの顛末を聞いているので、強くは叱れないでいた。

 

「よし、ソーマ君。剣術の授業はこの辺にしようか。そうだね、軽く街の中を馬で駆けてみよう。いい気分転換になるだろう。」

 

 彼は自力で馬に乗るにはまだ小さいソーマを抱き上げて馬に乗せると、自分もまたがって駆け出した。

 軽快な馬蹄の音が響き、頬に風が当たる。心地よい。

 たしかによい気分転換になるかもしれない。気持ちが上向きになってきたそのとき、

 

 魔術演算領域にどこかから経路(パス)が繋がる感覚があった。

 

 今は杖を持っていない自分は魔法が使えないはずなのにも関わらず。

 

 それだけではない。魔力の供給量が今まで感じたことが無いぐらい大きいのだ。

 これなら何発魔法を放ったとしても、魔力切れしない。そう確信できるだけの大きな魔力の流れ。

 

 彼は再び火炎弾丸の魔法を実行した。火は上空に向かって打ち放たれた。

 

「こら!いきなり魔法を使うなんて危ないじゃないか!いったいどこに杖をしまっていたんだ!?」

 

 教師が危険ないたずらを咎める様に叱っているが、ソーマはそれどころではなかった。

 

 今、自分は魔法を使えたのだ。“杖など持っていないにも関わらず”他の触媒結晶も持ってはいない。

 人類が魔法を使えるようになったのは触媒結晶を外部に用意するという発想を得たからだ。“人間の体内には触媒結晶が存在しないから”

 

 では、それらを使わずに“魔法が使えてしまった自分”は何者だというのだ。

 

 考え事を始めてボーッとし始めたソーマの顔に、これが話に聞いていた例の魔力切れ後の症状なのではないかと心配して教師は邸宅に引き返した。

 

 心ここにあらずといった様子のソーマをベッドに運ぼうと馬から下ろされた途端に経路が途切れた感覚を感じた

 

 もう、あの大きな魔力の流れは感じない。では、あの魔力の源は目の前の・・・・・・。

 そう思って、跨っていた馬の顔を見る。能天気な奇蹄類が歯を見せて嘶いたのを見て、ソーマは自分の能力の検証を行う必要性を感じた。

 

 

 

 

 結論から言おう。ソーマは“他の生物の魔力を利用して、触媒結晶を外部に用意せずに魔法を行使できる”

 

 この衝撃の事実を認識するに至るまで、様々な試行錯誤があった。あらゆる動物に接触し、その上で魔法を行使していった。もちろん、杖などの触媒結晶を含む製品は何も持っていない状態で。

 

 あるときは基礎式のように簡単な魔法。あるときは複雑で魔力消費量の多い上級魔法。

 

 全て成功した。

 それだけではない、その際に自分の魔力は全く減っていなかったのだ。疲労感も感じない。

 かわりに、接触して経路をつなげた動物が酷く疲れたような様子を見せるようなこともあった。上級魔法を使ったり、魔法を連続行使したときなどである。

 

 彼らから離れて魔法を使ってみる。途端に意識を失うほどの疲労感に襲われる。

 

 彼は魔力の供給源が“自分が接触している他の動物であること”と自分は“触媒結晶なしで魔法を行使できること”をこれによって確かめることができたのである。

 

 そして、彼は検証を更に進めるために更なる実験を敢行する。

 

 ある日の夜に母親の寝床に忍び込んで人知れず彼女の魔力をもらうことが出来ないか確かめてみたのだ。

 やや葛藤があったが、どうしても確かめ無いわけには行かずに実験を断行した。“人間の魔力をもらうことが出来るのかどうか”確かめるために。

 

 やはり、経路は繋がった。

 

 だが、それだけでは終わらなかった。

 

 自分のそれとは異なる魔術演算領域が“視えて”しまったのだ。

 

 更にその魔術演算領域を使用して魔法を発動させることさえできてしまったのである。

 

 他者の魔術演算領域に干渉する。そのようなものは“異能”としか言いようがない。

 

 生きている動物は、自身の魔力と魔法術式に満たされているため、他者からの術式を受け付けない。

 

 それ故に他者の魔術演算領域を覗くなどと言うことはできないし、それを外部から操作することもできない。

 

 ましてや魔力を他の生物から貰い受けることなどできてよいわけがないのだ。

 

 それらが全て可能な自分は一体どんなバケモノだというのだ。

 

 だが、

 

「人間の能力じゃない?ふ~ん、で、それが何か問題?」

 

 人間の定義とは何であろうか?染色体の数であろうか?知性を持っていることであろうか?

 様々な問答が前世の地球でも行われたが、人間という生物種の定義づけは反証となる例外的事由を持ち出されては言葉に詰まるものばかりである。

 

 現代地球でも未だにはっきりとした結論が出ていない哲学的問答はこの際、彼にとってはどうでもいい。

 

 そんなことよりもソーマはこの能力のうまいごまかし方や有効利用法を考えることで頭がいっぱいであった。

 

 馬に跨って使用すれば、絵になるであろうし、変にも思われまい。

 しかも魔力電池となる生物を外部に用意できるということは、供給源の選択肢も広がる。考えるだに便利な能力だ。

 

 そう考えるソーマの意識には差別されるかもしれない恐怖も、周りの人間と違うことに対する劣等感もありはしない。

 

 そんなものは幻獣騎士に対する趣味性全開の執着心で塗りつぶされてしまった。

 

「俺が人間でないとしても、そんな理由で騎操士になる道を絶たれるとか笑えない冗談だ。ロボのパイロットだぞ!ロボの!?諦めてたまるか。絶対にごまかしてやる!」

 

 とりあえず、魔法を馬上でしか使わないようにする良い言い訳を考えよう。あと、今後人間の魔術演算領域への干渉は行わないことにする。

 

 彼はそう考えて思考に更に没頭する。その様は彼の狂人・・・・・・もとい、強靱な精神の現れであったと言うべきか。




確認を取った結果、時代設定について少々思い違いをしていた箇所があったため、修正を入れてます。申し訳ない(><)


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3.筋肉の秘密と生体兵器

*注意:この話の後半はグロ描写を含みます。そういうのが嫌いな人はご注意ください。
あと、原作の幻獣騎士の設定は、現在WEB版でも書籍版7巻でも詳しくは語られておらず、この作品で書いている内容は作者の完全な捏造設定です。
8巻以降により詳しい描写や設定が書かれていれば、矛盾してしまうでしょうが、そこはご容赦ください。



 深夜の街の中を一頭の馬が駆ける。

 恐ろしい速さだ。通常の馬などではこのような速度は出ない。そして、そのような速度で走っているとは思えぬほど馬蹄の音が小さいのも不自然だ。

 その馬の前方に、大きな壁が立ちふさがる。この街を覆っている壁だ。土台となる部分を巨石で固め、その上からそれよりやや小ぶりな岩をおびただしい量積み重ねて固めた形成したその巨壁に向かって、馬は更なる加速をしていくように見える。

 どう考えても無謀な突撃にしか見えないそれ。だが、馬の動きには一切の躊躇は感じられない。

 馬の脚が一際力強く地面を蹴り上げると、壁に向かって跳躍した。

 更に馬は脚を壁面に向けると、その蹄で岩の表面を蹴り、更に高く地面から離れる。それはいわゆる、壁蹴りジャンプというものであった。

 重力に惹かれて馬は地面に盛大な土煙とともに着地を決めると、何事も無かったように再び駆け出した。やはり、とても小さな音であるが。

 通常の馬でなら確実に複雑骨折を招くような無茶苦茶な運動にも堪えた様子がない。

 これはもはや馬などという貧弱な生物ではなく魔獣の範疇に入りそうな存在であろう。

 このような超常の存在が街を闊歩しているというのに、住人は未だに気づいていない。巡回の兵士を徹底して避けており、尚且つ走行時の音がほぼ消えてしまっているからだ。

 

「うん、大分仕上がってきたねぇ。ロシナンテ。」

 

 その馬型魔獣の上で、フードを被った小柄な人間が囁く。

 その人間がロシナンテと呼んだ馬は徐々にその速度を落としていき、終には街の中心部にある邸宅の庭で止まった。

 馬が止まったのを確認すると、人間はフードをめくりあげた。

 月明かりに照らし出された、淡いピンクを纏った金色の髪。それが頭の後ろで一本の束にまとまり、馬の尻尾にも似た髪形となっていた。

 それを目撃したものがいれば、見惚れずにはいられないであろう、少女のような相貌と相まって、幻想的な光景であった。

 成長して今年8歳となったソーマだ。異能を抱いてこの世に生まれた少年にして、異世界の知識を持った転生者である。

 ついでにこの邸宅は彼の自宅だ。

 

「君の中の魔術演算領域(マギウス・サーキット)も、魔力も大分成長してくれた。身体強化(フィジカル・ブースト)にも大分慣れてきてくれた。今までよくがんばってくれたね。」

 

 この馬は魔獣などではない。それどころか、駄馬未満(ロシナンテ)などと名づけられて、蔑まされるような貧弱な馬だった。

 ソーマの“異能”によって「改造」されるまでは。

 本来、魔獣以外の動物は、知性を有する人間やドワーフを除き、魔法を使うことは出来ない。魔術演算領域を形成する知性を持たず、触媒結晶も持ってはいないからだ。

 だが、ソーマは己の異能を使って、動物の魔力を吸いだして魔法を行使していくうちに、その生き物の魔術演算領域を“開拓”していけば、訓練しだいで他の生物にも魔法を使わせることが出来ることに気づいた。

 未だに身体強化のような複雑な上級魔法はソーマが一緒に演算してやらないといけないが、今ではこのロシナンテは触媒結晶を外付けしてやれば、基礎式(アーキテクト)程度の簡単な魔法なら自力で使える立派な動物兵器だ。

 実際、先ほどの走行でも、馬蹄の音を抑え、着地の衝撃を緩和させるための緩衝材となる風魔法「エアクッション」はロシナンテが自分で演算して使っているのだ。

 ここまでの魔法演算能力を持たせるために3年かかったが、人間にとっても馬にとっても大した年月ではない。魔法が使えるというアドバンテージに比べれば安い投資であろう。

 

「周りにばれないように夜にしか使わせてあげられないのが、残念だねぇ」

 

 ロシナンテは夜になるとはしゃぐ。ソーマが自分に乗って一緒に魔法を使ってくれるからである。

 この馬は小柄で力も速さもなく、駄馬と馬鹿にされ、あまり大切にされてこなかった。少なくとも軍用馬であるロシナンテの兄弟たちほどは手を掛けられてこなかった。

 しかし、子供の乗馬練習にはもってこいであろうとソリフガエ家に買われて、ここで嫡男ソーマに目を付けられて改造されてしまったわけである。

 某世界征服を企む秘密結社のような侵襲的苦痛も血を伴う手術もなしに、新たなる力と知らない世界に誘ってくれる優しい感覚。それとともに手に入れた魔法の力。

 疲労感こそあるががんばればがんばるだけ、ソーマは手を掛けて大事に扱ってくれた。気がつけば彼は、身体強化を使えば、ソーマの前世での知識で言うと自動車に匹敵する快速で街を駆けるスーパーマンのような馬になっていた。いや、スーパーホースか。

 ただし、夜限定で。昼は夜の特訓でがんばるための休息のためにゆっくりしている。なのでやはり、何も知らぬ周りからは寝てばかりの駄馬だと馬鹿にされているが。

 

「さて、明日に備えて俺は今日はもう寝るよ。明日は父上に幻獣騎士(ミスティック・ナイト)の整備場を見せてもらえる約束なんだ。寝坊をしたら大変だからね」

 

 そう言って、立ち去る少年の後姿をほんの少し、寂しそうに見つめるロシナンテだが、なにせ特訓のあとの疲労感があるので、彼も速やかに寝入ってしまった。

 この世界の常識を破壊している未確認生物(UMA)とその主の日常は能天気に過ぎていく。

 

 

 

 

 

「今日も元気だ。エーテルがうまい」

 

 能天気な声音でそうコロコロと笑うソーマは幻獣騎士の整備場の入り口にやってきていた。父であるウブイル同伴で。

 

「馬鹿にうれしそうだな。ソーマ。」

「当然でしょう、父上。幻獣騎士が見れるんですからね。無理を言って申し訳なかったですが、その甲斐があったというものです。」

 

 この二人を見て、瞬時に親子だと気付いた人間は皆無だった。片やくすんだ金髪の中年男性。片や美少女と見紛うような長髪ストロベリー・ブロンドの少年である。

 父親の遺伝子が仕事をしていないとしか思えない。

 整備員や同僚の騎操士が口々に「娘さんですか?」と問うが、真実を知って飛び上がらんばかりに驚く光景がそこかしこで巻き起こる。

 

「なあ、ソーマ。幻獣騎士は貴族の誉れだ。あこがれる気持ちは良くわかるが、あまり性急に事を進めるのは・・・・・・私は心配でならんよ。」

 

 彼は何故か困ったような顔で、こう諭す。

 

「それがわからないのですよ父上。なぜ皆さん幻獣騎士の内部構造、特に“筋肉”について口を紡ぐのか。

 機密指定になっている情報ならそう言ってくださればいいのに。」

 

 彼も必死で探し回ったのだが、ソリフガエの邸宅ではこれに関する資料だけは見つけることが出来なかった。

 不自然にそこだけ抜き取られていた。まるで、醜聞を息子から隠すかのような徹底振りだ。

 邸宅を訪れた父の友人の騎操士(ナイト・ランナー)にも同様の探りを入れてみたが、皆困った表情を浮かべてこういうのだ。

 

「君にはまだ早い」と。幼い子供には聞かせたくない話なのであろうか?

 

「もっと大人になってからまた来ないか?私はお前があれを見て倒れはしないかと心配で心配で・・・・・・」

 

 よほど、ショッキングなものなのであろうか?しかし、ロボットの内部構造がそこまでショッキングなものというのが理解できない。

 そのような会話をしているうちに、兵士の一人がやってきて、父に話しかけてきた。

 

「ソリフガエ様。模擬戦の準備が整いました。3番ハンガーにお越しください。」

 

 幻獣騎士の模擬戦。それを聞いてソーマの興味のベクトルがわずかにずれる。

 自分の父親が操縦する機体が行う模擬戦。これは是非とも見なければなるまい。

 

「父上!是非とも私に模擬戦を見せてください!」

 

 ウブイルも自分の仕事姿を息子が見たいと言うのならば、嫌とはいえなかった。

 ようやく彼も笑みを浮かべて、こう言った。

 

「わかった。私の戦いぶりをしっかり見てくれ。・・・・・・すまない、この子を演習場の指揮所に案内してくれないか。私の息子なんだ。」

 

 

 

 そうして演習場に案内されたソーマ。外周に設置された指揮所の椅子に座る彼の目に2体の幻獣騎士の姿が映る。 

 共に「アラクネイド・タイプ」この上街で採用されている幻獣騎士だ。片方が父の乗る「オプリオネス」、もう片方がお相手の「ハーベスト・マン」。

 猫背気味の姿勢のこの2体は同じアラクネイド・タイプではあるが、装甲や四肢の形が少々違っている。

 魔獣素材を使っているため、個体差が激しいのだ。胸郭内部の操縦席周辺は希少な金属素材を使っていて規格化が行われているので整備は比較的容易であるらしいが、魔獣素材を使っている部分は大変らしい。

 といっても簡単には変えられないだろう。とある理由で使える金属が限られているらしく、魔獣素材を使わざるを得ない状況に追いやられているからこうなっているのだ。

 採掘量を増やすこともそう簡単には出来まい。今はこの状況に甘んじるしかあるまい。

 

(なんとか抜け道を探せないものだろうか?整備性の悪さが稼動数減少を引き起こしているのなら、それを改善するようなアイディアがあれば・・・・・・)

 

 そのような考えが脳裏をよぎるが、今は情報が少なすぎる。もっと色々なことを調べなければなるまい。

 

 思考の海を泳いでいる内に模擬戦が始まった。

 幻獣騎士の戦闘は基本的にその腕に取り付けられた魔獣のそれを研磨した爪で行われる。

 はじめに動いたのはハーベスト・マンだった。多関節の腕を振り上げて鉤爪を叩き付ける。

 それを同じく鉤爪で弾いてオプリオネスの応戦が始まる。

 飛び道具など持っていないので、爪のみでの戦闘だが、動きの巧みさは騎士同士の剣術試合のそれのようだ。

 やや人間と異なる体型をしているのと、剣とは違う得物の所為で、人同士の闘いに比べると独特なおもしろいモーションをしている。

 ハーベスト・マンが牽制の間に本命と思える一撃を打ち込むが、オプリオネスはうまく弾いている。父は実力者だと聞いている。それに比べるとハーベスト・マンの動きはやや荒い気がする。

 

 決定打に欠いた状況に業を煮やしたのであろうか、ハーベスト・マンが今までと違った攻撃を仕掛けてきた。

 爪に機体の重量を乗せた一撃。隙は大きいが、これを受ければバランスはやや崩れる。相手に隙が出来たところを更に攻め立てる作戦であろう。

 それに気付いたオプリオネスが後ろにやや後退して、運動エネルギーを緩和して、それを受け止めた結果、逆にハーベスト・マンがややバランスを崩す形になった。

 焦って行った早計な行動で出来た隙に、有巧打を打ち込むオプリオネス。

 爪はハーベスト・マンの脚部装甲を打ち据え、試合はウブイルの勝利に終わった。

 

 指揮所で試合を見ていた他の兵士に聞いてみると、お相手は新人騎操士だそうな。そりゃ、こうなるのも無理はあるまいとソーマは思った。

 おそらく熟練者である父はお相手の実力に合わせて手加減をしていたのであろう。有効打が与えられる局面が幾つもあったが、それを見てもあえて攻撃していないように思えた。

 

 試合の考察を深めようとソーマが更に思考に没頭しようとしたその時、ハーベスト・マンの脚部からなにやら液体が漏れているのが見えた。

 

「ソリフガエ殿。力加減を誤ったのかな。ハーベスト・マンの脚部筋肉が潰れてしまったようだぞ。」

「息子さんが見てるんだ。張り切って加減を間違えるのも無理はないさ。」

 

 微笑ましい同僚の失敗を生暖かい笑みで評する騎操士。

 だが、それを聞いたソーマは父のミスを笑う同僚とは全く別のことに注意が行っていた。

 

 筋肉が潰れた。潰れた筋肉をそのままにしておくことはあるまい。

 つまり、分解して整備点検が始まるだろうということだ。

 そうと解れば、じっとしてなどいられない。素早く指揮所を出ると、途中の通路を歩いていた兵士に整備場への道を聞き出すと、速やかにそこに向かっていった。

 

 待ちに待った。幻獣騎士の機体構造が拝めると胸躍る気持ちで、整備場のドアを開け放った彼の瞳に飛び込んできた光景にソーマはたっぷり絶句すると、

 

「なんじゃぁぁぁ、こりゃぁぁぁ!?」

 

 驚愕の雄たけびを上げた。そこに広がっていた光景、それは、

 

 脚部装甲を外して内部を剥き出しにしたハーベスト・マンと、そこに張り付いている大小様々な“芋虫”の姿だった。

 なお、その内の数匹は、腹が裂けて盛大に内容物をぶちまけていた。ちょうどそこはオプリオネスが打ち据えた部分であった。

 

「だから、私はお前に見せたくなかったんだよ。ソーマ。」

 

 整備場の入り口で唖然としているソーマの後ろにいつの間にかウブイルが立っていた。

 

「あれを最初に見て、気絶する者が多いんだよ。新入りの騎操士や鍛冶師の登竜門みたいなものだな。最初見たときは私も卒倒したよ。今では慣れたんだがな。

 まあ、見てしまったのなら、隠す必要はあるまい。筋肉に関することは知ってることを話そう。」

 

 場所を移してから父が話してくれたのは、あの“芋虫”に関する説明だった。

 あれは「筋蚕」と呼ばれる家畜化された昆虫型魔獣の幼虫で、失われてしまった技術である古の兵器、幻晶騎士(シルエット・ナイト)のアクチュエーター「結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)」の代用品として幻獣騎士に使われている生体部品なのだそうだ。

 家畜化されているとはいえ、生きた魔獣、それも虫を部品にして機体をくみ上げるというのもすごい話だが、あの魔獣は植物しか食べない上に、人にも全く敵意を示さないので危険性はないらしい

 当然生き物なので工場で製造など出来ない。専門に育成を行う下村が存在し、そこで卵の孵化から繁殖まで管理されているとのことだ。

 頭部の外骨格に埋めこまれた神経線維が魔導演算機に接続されており、ここから魔力信号を与えられることで、筋蚕は体を収縮するらしく、この習性を利用して幻獣騎士の筋肉として運用されているものらしい。

 また、この魔獣は自分の張り付いてる葉や茎が自重で折れてしまうことのないようにその箇所に、本能的に強化魔法をかける習性を持っていて、魔力転換炉が停止している駐機状態の幻獣騎士の内部骨格を維持する役割もになっている。

 あと、筋肉として運用されている間は餌と糞はどうするのかというと、胴体側に設置されたタンクから繋がっている管で筋蚕の各個体に流動食が供給されると説明された。定期的に排便させて機体が内側から汚れることも防いでいるそうだ。

 

「あれは強化魔法によって自らを防御することもできるから、ちょっとやそっとの衝撃では潰れないんだが、先ほどの試合では手加減を誤ってな。

 ハーベスト・マンの脚部筋蚕を数匹潰してしまった。あれの騎操士と整備担当の鍛冶師には悪いことをした。あとで謝っておこう。」

 

 そう漏らす父の言葉はソーマの頭に入っていない。それよりもっとたくさんの疑問点、というよりツッコミ所を頭の中で整理していたからだ。

 

「先ほど“幼虫”と仰いましたね?ということは“成虫”もいるということでは?」

「あれの成虫は白い巨大な蛾でな。口吻が退化していてものを食べられないから繁殖を終えたら、短期間で死んでしまうんだ。

 だから、筋肉に使われる個体は特殊な手術によって脳の神経を弄ったあと、成長に必要な臓器を取り去って、蛹化や成長を起こさないようにしてしまうんだ。」

 

 えらくグロテスクな話を聞かされてしまったが、ソーマはやっと理解した。

 今まで幻獣騎士は巨大な機械だと思っていたが、それは間違いだったようだ。

 あれらは魔獣の骨を骨格に、巨大な芋虫型魔獣を張り付かせて、魔獣の外骨格で覆った“生体兵器”である。

 機械部品は中枢に使われている魔導演算機(マギウス・エンジン)と動力炉、あとは機体の補強に使われている金属パーツぐらいのものであろう。

 

「・・・・・・ソーマ、幻滅したかね?幻獣騎士の正体に。」

 

 とても申し訳なさそうな顔で問うウブイル。

 

「あれは魔獣とはいえ、生き物を使い潰して稼動する“命の消耗”によって成り立つ兵器だ。

 人々の中には実態を知って、嫌悪するものもいる。機密指定がかけられているわけではなくとも、人々の目に触れないようにしているのはそういうことなんだよ。軽蔑するかね?」

 

 生き物を残酷な形で使い潰す事と、それを隠していた事に対する罪の意識がウブイルの顔には浮かんでいた。

 

「いえ、別に。」

 

 あまりにもあっさり、口にする息子に父は拍子抜けした。

 

「私達が普段口にしている畜肉だって、元は生きていたんです。食べるわけではないとはいえ、筋蚕だって家畜には違いが無いわけですし、肉を食べておきながら筋蚕の命を消費する事だけ嫌悪するなんておかしな話だと思いますよ。

 それに生きていくためとはいえ、魔獣を殺して人類は生活圏を広げてきたんです。殺し方に違いがあるだけで本質的に変わりは無いんじゃないですかね?」

 

 ソーマの答えは淡々としたものだった。

 

「質問ですが、筋蚕は野生下で生きていくことが出来る生物なんですか?」

「いや、野に放ってしまえば、たちまち他の魔獣に食べられてしまうだろう。あれは強化魔法を使って身を守ることは確かに出来るんだが、それ以外の能力を持たない。魔力切れを起こせば単なる餌にしかならない。

 そして、繁殖を完全に人間に依存してしまっていてな。人間の介入がないと子供さえ残せないんだ。次代に命を繋ぐことは出来ないだろう。」

 

 それを聞いたソーマは笑みを浮かべてこういった。

 

「なら、人間に使われるためにこの世に存在しているような生物ではないですか。

 私達が使うのをやめてしまえば、彼らは存在意義を失ってしまい、この世界から消えてしまうしかなくなるでしょう。

 彼らが何を幸福と感じているかはわかりませんが、私達にできることは彼らを適切に使ってやることではないですかね?」

 

 それを聞いてウブイルの表情に明るいものが戻ってくる。

 

「そう言ってもらえると、心が軽くなる気がするよ。」

 

 そう言った父の顔を見つめる優しげな笑顔の裏で、ソーマが考えていたことはあくまで幻獣騎士に対する興味(自分の趣味)に関することであった。

 

(全身が生物で構成された兵器?面白いんじゃないかな。俺は前世ではサイボーグ怪獣とか、生体で構成されたロボとかも大好きだったんだ。その構成素材が芋虫というのは驚きではあるが、なに、直に慣れるよ。)

 

 これはロボットではないのではないか?という疑問も当然浮かぶが……彼にとってのロボットの定義は「コックピットからの命令で動く人型・もしくは動物型の装置」という物であったのでその定義を満たす幻獣騎士は問題なかったようである

 

 しかし、彼には疑問もあった。あまりにも筋蚕の生態は人類が幻獣騎士を開発する上で都合が良すぎるのだ。この地に追いやられた人類が街を築いてからたかだか数百年しかたっていないのだ。

 家畜の品種改良には気の遠くなるような時間が必要だ。ましてや昆虫型魔獣を家畜化するなど並大抵のことではあるまい。

 例として蚕をあげれば、5000年以上昔の神話伝説上の人物が育て始めたのが起源だなどといわれるレベルだ。

 とても数百年という歳月では足らない。それをどうやって短縮したのか。

 

(一体、誰が、どうやってこんな都合のいい魔獣を作ったんだ?謎が更に深まったな。)




*この作品で語っている生命倫理は一番スムーズに話が進むので、こうしています。
 私自身は世の中にはいろいろな意見があるから、一概には言えないなぁと優柔不断な考えの持ち主ですんでw
 まあ、こういう考えもありではあるかなとは思ってますが。

確認を取った結果、時代設定について少々思い違いをしていた箇所があったため、修正を入れてます。申し訳ない(><)


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4.巣窟の落着と魔獣の襲来

割かし難産でしたよ。今回><


 鬱蒼と生い茂る巨木が屋根のように地表の様子を覆い隠しているボキューズの森。

 その上空を巨大な何かが漂っていた。

 それは大きな岩塊とも何かの生物の卵塊とも付かぬもの。

 山のような大きさを誇り、全体的にぼこぼこの楕円形をしたその巨大な塊から小さなつるりとした何かが這い出てきた。

 小さいといっても成人男性ほどの大きさはあるその生き物は、塊から這い出てくると2枚の鰭状の羽をピンと伸ばして、空へと飛び立って行く。

 それも1匹や2匹ではない。とても数えきることなどできはしない夥しい数の生き物が塊から這い出て、飛行を始めた。

 そう、この塊はこの生物の巣なのだ。

 

 そして、この生き物全てが巣の頂上にいる、巨大な黒い“何か”に殺到していた。

 

 それは大きな蜘蛛の魔獣だった。

 8本の脚。頭と癒合した胴体。それらは強力な外骨格に包まれていて、巣の住人である小さな飛行生物が必死に攻撃してもビクともしない。

 脚の先端部にある鋭い爪がガッシリと巣の壁面に蜘蛛の体を固定しており、そのすさまじい質量が滑落することを防いでいる。

 その蜘蛛は、自身の体にまとわり付く小さな生物の動向には目もくれず、巣の壁面を体の前方から生えた良く発達した鋭い上顎と付属肢で熱心に破壊している。

 

 しばらく、がりがりと削っていると巣の中から液体が染み出てくるようになり、蜘蛛はその液体を器用に上顎で舐めとり始めた。

 蜘蛛の目当ては始めからこの液だったようで、苦労して手に入れたご馳走を堪能し始める。

 それと共に巣の中から虹色の煙のようなものが漏れ出てくるようになった。それは上空へと立ち上っていくと、青空の中に消えていく。

 すると、巣はその高度を徐々に下げ始め、やがてボキューズの森の木々を横倒しにしながら、地面に落着していった。

 

 人々の住まう“上街(ティルナノグ)”に向かって。

 

 

 

 上街の方でも、巣が接近していたことは先行偵察部隊によって知られていたことだった。

 空を飛ぶ飛行小型魔獣の空中要塞とも言うべき巣。その存在はたびたび森を巡回中の幻獣騎士(ミスティック・ナイト)部隊によって観測されていた。

 あれらが魔獣の巣であることは解っていたが、巣を住処としているのが飛行する魔獣であることと、あれらが空中を飛行している他の魔獣と接触しない限り、なんら攻撃を行ってこないことぐらいしか知られていないし、知る術も無かった。

 いつしかあれは無害なものと認識され、上街(ティルナノグ)やその支配下の下村(クラスタ・ヴィレッジ)の上空を飛んでいても、軽く警戒するにとどめ、人々は「今日も巣が飛んできたな」と見上げるだけであった。

 

 誰もが、これが落ちてくることがあるなどとは想像の外だったのである。ましてや自分達の所などに。

 

 その巣も最初に観測された頃は、違うルートを進んでいて、このまま進めば何事もなく上街の近辺に張り巡らされた警戒網へと接触せず、通り過ぎてくれるだろうと思われていた。

 状況が変わったのは、あの蜘蛛が巣に取り付いてからだ。あの蜘蛛の名は巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)、群れを作る習性を持った小型魔獣達の巣を襲ってそれを食害する魔獣だ。

 普段は地上を徘徊して、地下に巣を作る他の魔獣を襲っている。ちょうど蟻塚を襲うアリクイの様に。

 この魔獣との戦闘を行った記録が無いため、正確な能力はわからないが、その大きさから決闘級魔獣(幻獣騎士一機以上で相手取る必要性のある魔獣)として扱われている。

 この魔獣が森の中から自身で分泌した強靱な蜘蛛糸を投げ縄のように使い、巣を捕まえると、見事な跳躍と共に糸を辿ってその壁面へとたどり着いたわけである。

 これによって軌道が大幅にずれてしまった結果、巣は上街の上空を通過するルートを通るだろうと予測された。

 つまり、上街に衝突する可能性が出てきたということだ。

 

 この急転直下の事態に人々はパニック状態に陥り、街の上層部も緊急会議を開いた。

 この上街に存在する防衛兵器は、バリスタやトレビュシェットのような攻城兵器と幻獣騎士だけだ。石礫や矢や爪だけであの巣の軌道を変えることは不可能だろう。いわんや、破壊など考えるべくもない。

 もはや、住民を避難させる以外に何も出来ることはないかと思われたときだった。

 

「私がなんとかしよう。」

 そういって、一人の男が立ち上がった。彼の名は(オベロン)。この街の支配者である。

「諸君。どうか落ち着いてほしい。あの巣をどうにかできる手段に心当たりがあるのだ。

 上街の外壁に幻獣騎士部隊を集結させてほしい。彼らにやってもらいたいことがある。」

 

 

 

 

「しかし、幻獣騎士にこんなことをさせるとは陛下の知略には恐れ入る。」

 幻獣騎士「オプリオネス」の操縦席でウブイル・ソリフガエはこう漏らした。

「まさか、幻獣騎士部隊の魔力転換炉(エーテル・リアクター)を全基、神経線維で繋いで、魔力を共有し、極大魔法をぶっ放すだなんて、想像の外でしたよ。」

 同型幻獣騎士である「ハーベスト・マン」の操騎士、フリッツ・ファラジオンが同じく小王を讃える。

 彼らの機体の背中側の甲殻が展開され、格納された魔力転換炉に白い繊維状物質が結合されている。これは幻獣騎士の筋蚕に魔力を伝えている神経線維だ。

 筋蚕が蛹を覆う繭を作る際に分泌する糸を加工して作られる優れた魔力導体であるこの糸は、束ねてケーブル状にされて地面を張っている。

 まるで枝葉のようなそれらケーブルが向かうは、ここ上街の強固な外壁の更に外側。やや開けた空間に置かれた銀色の板だった。

 銀色の板の表面にはびっしりと幾何学的模様が刻まれている。魔法術式を編纂する専門職である構文士(パーサー)達が急ピッチで刻み込んだ魔法術式(スクリプト)である。

 

 この世界の魔法は4種類の使い方がある。

 一つ、魔獣が体内の触媒結晶に登録されたそれを本能的に利用することによって生まれるもの。

 二つ、魔導演算機にプログラムされた魔法術式によって駆動するもの。

 三つ。知的生命体が魔術演算領域によって演算して紡ぎだすもの。

 そして、導魔力体に物理的に刻み込んだ魔法術式に魔力を通すことで現象を発生させる第四のやり方がある。

 この銀板の正体はその四つ目のやり方によって魔法を発生させる方式「紋章術式(エンブレム・グラフ)」なのだ。それも飛びきり巨大なもの。

 

 この銀板に刻み込まれた紋章術式に、外壁に集結した幻獣騎士の魔力転換炉全基から発生した魔力が流し込まれれば、途轍もない風の極大魔法により、巣はその勢いを緩和され、受け止められることになるだろう。

 いわば、極大規模のエアクッションだ。このような規模の魔法が使われたことは、おそらく人類の歴史上あるまい。

 動作テストで撃ち放たれた圧縮大気の塊。それが炸裂したとき、指向性を持って放たれた空気の奔流が、上街の周辺にあった木々を吹き飛ばし、広大な空間を作り、ついでにそこにたまたま潜んでいた魔獣達も血煙に変えた。

「こんな大層な装置が攻撃兵器なんかじゃなくて、あの巣を受け止める緩衝装置だっていうのも驚きですよ。」

 フリッツの言葉はおそらく、上街に住む全ての人間の代弁であっただろう。考案者である小王を除いて。

「気持ちはわかるが、無駄口を叩いていると、紋章術式に魔力を流し込むタイミングがずれてしまうかもしれないだろうが。私語は慎んで、集中しろ。」

 そう、この2機と同じ、アラクネイド・タイプの幻獣騎士の操騎士が注意する。

「了解です。そろそろ作戦の時間でしょう。いつでも可能なように準備していますよ。」

 ウブイルがそう応えたのに安心したのか、その騎士はそれ以上は何も言わなかった。

 

 やがて、外壁の部隊にも巣の姿が見えてきた。作戦開始の合図と共に、全てのケーブル接続の確認が行われ、衝突の瞬間に備えて、全騎操士が操縦桿を握った。

「見えた!発射の合図だ!」

 外壁の上からの手旗信号を確認したウブイルは操縦桿を引き絞り、愛機の作り出す魔力の全てをケーブルに流し込む。

 他の騎操士も同様の手順で魔力を注ぎ込み、紋章術式はその魔法を発動した。

 

 広域極大気緩衝(ヒュージ・エアクッション)

 

 何かが爆発したような音。

 正しく空気の塊が爆裂し、その衝撃でもって、巣の表面を破砕する。その余波で木々と地面も消し飛んでいく。

 風の噴流が巣を受け止めてその勢いを殺し、街の外壁に到達する前にそれを停止させた。

 

 その光景を前にこの作戦に参加した全将兵が喝采を上げ、作戦成功と街の無事を喜んだ。

 上街の人々はこの大自然の脅威を見事に防いで見せたのである。

 

 だが、広域極大気緩衝の炸裂直前に、何か黒いものが高く跳躍し、街の外壁を飛び越えていったことには誰も気づいてはいなかった。

 

 

 

 

「父上達、成功したようだな!よかったぁ」

 衝突コースから離れた場所で、作戦の成功を確認して安堵するソーマ。紋章術式の試射時の炸裂は街の中からも見えていて、これならきっとあの巣を受け止められるだろうと思いはしたが、実戦には万が一という事がある。

 魔力注入のタイミングがずれたり、ケーブルが寸断されたりして魔力が足らず、勢いを殺しきれなかった場合、外壁が破られ、そこに集結していた幻獣騎士部隊も押しつぶされ、最悪、街の建造物がすりつぶされる可能性もあったことを考えれば、心配することは当然であろう。

「帰ってきたら、感謝と労いの言葉を言ったげないとなぁ。」

 笑みを浮かべて、家に帰ろうとしたその時だった。

 けたたましい破砕音と共にここからやや離れた区画の樹木と同化した家々が壊れた。何かが墜ちてきたらしい。

 それを見たとき、ソーマは戦慄した。

巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)!?巣と一緒に吹き飛んだんじゃなかったのか!?」

 黒い巨大蜘蛛は所々出血していたが、大きなダメージがあるようには見受けられない。おそらくは瞬間的な強化魔法で衝撃を防いだのであろう。

「最悪だ。決闘級魔獣の街中への侵入なんて!」

 傍らのロシナンテに騎乗し、巣喰蜘蛛の動きを観察する。ヤツはとても都合の悪いことに、市民の避難先となっている区画に向かっていた。

 まだ外壁に集結している幻獣騎士部隊はヤツに気付いてはいないようだ。よしんば気づいていても、全機ケーブルで繋がっている状態であり、接続を解除してすぐに駆けつけることは不可能だろう。

「困ったことに、近くに幻獣騎士部隊はいないんだよなぁ。」

 唯一、作戦に参加していない近衛騎士団はヤツが向かったのとは反対側の区画にいて、王を始めとする王族を守っている。王族をほったらかしにして人々を守りに行くような近衛騎士がいるかどうかはわからない。

「・・・・・・やるしか、無いようだな。」

 ソーマの脳裏に浮かんだのは今生の母、カミラの姿。まだ、避難先の区画にいるはずだ。

 様子を見てくると言って、出て行った自分を心配していた顔を思い出して、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 もし、ヤツがあそこに到達したら。それを想像したからだ。現実になれば、胸糞悪いなどでは済まされない想像だ。

「この期に及んで、秘密がどうのなんて言ってられない。ヤツは俺が止める。ロシナンテ、手を貸してくれ!」

 相棒が低く嘶いた。

 ソーマは鞍の両翼にぶら下げていたいくつかの“装備”を組み立て始める。こういうこともあろうかと用意しておいたものだ。いささか出番が早かったが。

「やつは節足動物、そして蜘蛛だ。なら“これ”だ。」

 懐から取り出した何かを装備の中にいれてから、背中に背負うと、身体強化を自身とロシナンテにかけたソーマは、その首にしっかり掴まり、ロシナンテに命令した。

「Go!」

 その瞬間、自重を止めて全力を出したロシナンテは馬という名の弾丸と化して、家や樹の間を走る。もはや、このサイズで地上を疾駆する生物としてありえないスピードだ。

 ヤツの進撃に気づいた人々の悲鳴が聞こえてくる。もうヤツの近くまで来たようだ。呆れるスピードだ。

 巣喰蜘蛛の死角になっている後方に位置取るとソーマは、顔の表面を素早くマスクで覆って、背中に背負っていた“装備”をやつの腹部に向ける。

 風魔法によって作り出された圧縮空気が装備の内部で炸裂して、装填されていた弾丸が撃ち放たれた。

 それをヤツの腹部に開いている穴が吸い込んでいく。おそらく呼吸筋と風属性の魔法の併用によって吸引されているのであろう。

 吸い込まれた弾丸はヤツの体内で軽くはじけると、更に内部へとその成分を浸透させていった。

 

 蜘蛛には腹の下部に呼吸器官が存在する。書肺と呼ばれるそれはこの巣喰蜘蛛の体にも存在し、左右に一つずつそこに通じる孔が開いている。

 その片方に放り込まれた弾丸の成分は、体内の触媒結晶によって発生した風魔法と血流によって、全身の組織に送り届けられ、その“毒性”を発揮した。

 ピレスロイド。地球でそう呼ばれていたこの種の化合物をソーマはこの世界にも自生していた含有植物を探し出してきて(というか家の庭にたくさん生えていた)それを初歩的錬金術の知識を使って濃縮して固めたのがあの弾丸だったのだ。

 これは鳥類や哺乳類などには毒性が低い反面、爬虫類と両生類、そして多くの昆虫や節足動物に対しては大変な神経毒性を持っている。

 前世の地球で殺虫剤にも使われていたそれを呼吸器官に直に放り込むなどという所業を受けて巣喰蜘蛛がどうなるかなど考えるまでもあるまい。

 

 巣喰蜘蛛は一瞬、めちゃくちゃにもがき苦しみ、周辺の家屋や樹木を破壊したが、直にひっくり返り、痙攣をしながら動かなくなっていった。

 

「案外、あっさり倒せてしまった・・・・・・」

 

 ソーマが拍子抜けするのも無理はない。おそらく、これまでこんなやり方で決闘級魔獣を倒した人間などいなかったろう。

 魔獣を殺すことが出来るほどの毒物など、人間や家畜が誤って摂取したら大変なことになってしまう。魔獣を毒殺しようと考えるものなど皆無だったのだ。

 人間に無害で、魔獣にのみ利く。そんな都合のよい毒などないと思われていた。まあ、実在したのだが。

 といってもピレスロイドはおそらく哺乳類や鳥類の魔獣には利かないだろう。相手が節足動物だからこそ出来たことだ。

(余談だが、ピレスロイドにはアレルギーが報告されているため、事前にソーマはアレルギーテストを自身とロシナンテに対して行って確認していた。大丈夫だったからこそ使用したのだが。)

 

「そこの君・・・・・・君が、この魔獣を倒したのかね?君のような子供が?」

 後ろを振り返ると信じられないものを見たような顔をした人々がいた。

 さて、どう説明しようかと思ったそのとき、大きな物音と共に巣喰蜘蛛が動き出した。

(馬鹿な!?ピレスロイドをまともに吸い込んでおきながら、この期に及んでまだ動けるだと!?)

 たしかに巣喰蜘蛛の体に染み込んだ毒物はヤツの神経構造を蹂躙し、今この瞬間にもその命を急速に削り取っている。

 だが、ソーマは“魔獣”というものを甘く見ていた。体内に存在する触媒結晶がその魔法的信号により、一時的に相互に連絡を取り合い、神経細胞と筋肉の代わりに肉体を動かしていたのである。そんな地球の生物の常識を凌駕する生き物が“魔獣”なのだ。

 いずれ、ピレスロイドが中枢神経に渡りきり、大元の命令を出している脳を殺せば、強化魔法が途切れてこの蜘蛛は崩れ死ぬだろう。

 しかし、そうなる前にヤツが振り下ろした爪で死ぬ人々が出る可能性を考えれば、棒立ちなどしていられない。

 

 ソーマは今度こそ覚悟を決めた。

 ロシナンテの腹を軽く蹴る。彼にはそれだけで伝わった。

 あっという間に駄馬の皮を被った駿馬は、蜘蛛の頭胸部にたどり着く。ソーマがその甲殻に触れた。

 彼の手から浸透した微弱な魔力信号が、蜘蛛の体内に存在する触媒結晶へと伝わる。その信号は「ノイズ」となって 魔法術式を“掻き毟る”。

 本来、その程度のノイズでは結晶は魔法を失わない。神経が新たな命令で術式を修正してしまうから。

 

 だが、死に体の蜘蛛にはそれだけで十分だった。

 魔法を否定され、蜘蛛の体は物質が持っている本来の物性に戻った。神経も死に、結晶も止まったそれはもはやただの有機物の塊。そこに命を支える“情報”はない。崩壊を止める術は何も無かった。

 

 こうして蜘蛛は崩れ死んだ。少年を“英雄”にして。 

 

 

 

 

 

 

「そうか。あの者がそうだったのか・・・・・」

 この街の上空で“彼”は呟いた。

「“徒人”の間に“彼女達”の血が散逸して、多くの時が流れた。もう会うことはできないと思っていたよ。今日はなんてステキな日なんだろう!」

「あの者には真実を告げる必要があるだろう。そして手伝ってもらおう。我々の復讐を。」

 彼は嗤う。狂喜に塗りつぶされているように思えて、どこか悲しげな声で。




確認を取った結果、時代設定について少々思い違いをしていた箇所があったため、修正を入れてます。申し訳ない(><)


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5.英雄と種族の秘密

「やっちゃったよ。どうするよ、これ・・・・・・」

 ソーマ・ソリフガエは脂汗を掻きながら、この上街の権力中枢たる王城への道を歩んでいた。

「それは私の台詞でもあるのだがな・・・・・・」

 彼の後方から父であるウブイルがジト目で睨みながら、こう言ってきた。

 二人ともこの街では正装として扱われる毛皮と甲殻で覆われたやや野生的でこそあるが、気品を感じる衣装に身を包んでいる。

 王城への召還命令。市民として、騎操士として、これ以上ないほどの緊張。

 失礼のないように身なりを整えて、二人は邸宅を出た。

巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)が避難区画を襲ったと聞かされて、心配して帰ってきてみれば、よりにもよって自分の息子がそれを生身で討伐して、英雄になったから(オベロン)がお呼びだ、お前も引率して御前に参れ、と上官に言われた私の心境も想像してくれないかな?」

「・・・・・・返す言葉もございません」

 寝耳に水にも程がある。父の目はそう語っていた。

 それまで怒っていたようなウブイルだったが、ふと、安堵の微笑みを浮かべた。

「まあ、お前もカミラも無事でいてくれてよかった。」

「父上、何も・・・・・・聞かれないんですか?」

 生身で決闘級魔獣を討伐する8歳児。こんなバケモノのような息子の父親になったと聞かされれば、普通は混乱などでは済まされない。

 きっちり説明を求められ、自身の異常な能力について聞かれるだろうと想像していたソーマは、それを聞いてこない父の態度に疑問を口にするのを止められなかった。

「本当なら説明を求めたいところではあるが、お前は聞かれたくなさそうだからな。

 お前は普通より聡い子だった。幻獣騎士(ミスティック・ナイト)に対する情熱や拘りは、騎操士(ナイトランナー)を務める私でもよく理解できないことがあって困惑はするが、心根はまっすぐなものだ。

 そんなお前が隠し事をするとしたら、それは悪意あってのことではないだろう。心配ではあるがお前が自分から話してくれるまでは何も聞かんよ。」

 何故だ。何故そこまで自分を信頼できる。自分の何が、ここまで父の信頼を勝ち得たのであろうか。息子だからなのだろうか。そう表情で問いかけるソーマに彼はこう言った。

「私もお前に隠し事をしていただろう?筋蚕のことを知りたがっていたお前から、知識を得る機会を奪ったじゃないか。

 あの時はお前のことを思ってのことだったが、正直、今では余計なことだったと思ってる。」

 そこまで話したところで、ウブイルは逡巡してからこう繋いだ。

「いや、そうじゃないな。私はあの時怖かったんだな。お前に幻獣騎士について幻滅されることが。

 私もお前ほどではないが幻獣騎士が、騎操士と言う仕事が好きだ。それについてお前が憧れの気持ちを持ってくれていることがうれしかった。

 だから、お前が幻滅するかもしれないと思うと、言い出せなかった。

 だが、お前は言ったな。軽蔑はしないと。それどころかあの時お前が続けた言葉は、今まで私がやってきた騎操士の仕事を理路整然と肯定してくれるものだった。

 こんな言葉を口にする子が、悪意があっての隠し事などするわけがない。そう、思ったんだよ。」

 なんとも面映い言葉であった。あの時、特に意識をせずに放った言葉が父にこんな気持ちを抱かせていたとは。

「それに息子が英雄になって、王に呼び出されるだなんて名誉なことじゃないか。誇らしいことだ。胸を張れる。

 多少の隠し事なんて許せてしまえるさ。カミラだってそうだと思うぞ。」

 満面の笑みで放った父の言葉に、ソーマはこの家族が付いていてくれるならこの先の道も怖くはないと勇気付けられた。

 

 

 

“陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう”

 などといった礼儀作法を求められると思っていたソーマは大いに拍子抜けした。

 それは何故か?

「いやぁ、ようこそ。御出でくださった!我らが英雄殿!ずっと待っていたよ。ああ、そんなに緊張せずに楽な姿勢でいてくれ給え。あまり堅苦しくされても困ってしまうからねぇ」

 豪奢なつくりの部屋の中に招かれて、上座に座った人物からケタケタと笑いながら放たれたあんまりにもあんまりな言葉。

 こんな態度で話しかけてきた目前の人物が、何を隠そうこの上街の支配者。

 (オベロン)その人なのである。

 王族としてこれはアリなのか?さすがにファンキーに過ぎやしないか?きっと自分は今、これ以上ないぐらいのマヌケ面になっているに違いない。そう、ソーマは思った。

 どうやら父も心境は同じようで、目が点になっている。

 二人して固まっていると、年嵩の男性がフォローに回ってくれた。

 どうやら、この王様は気分が高揚してるとこのような言葉遣いと態度を取る方らしい。普段は“もう少しまとも”な話し方だそうな。教えてくれた男性の困り顔を見て思った。

 苦労してそうだな、この人たちも。

「私も近衛騎士団に市民を守る命令は出したんだが、君がアレを倒してくれて助かったよ。この街を治めるものとして感謝するよ。」

 感謝の言葉に偽りはないのだろうが。軽い。

 この人物にとって、市民の命とは本当に尊きものなのだろうか?そんな疑問が鎌首をもたげ始めた。

「しかし、君があの大蜘蛛をしとめた手段は幻獣騎士でも、攻撃魔法でもない何かだったと聞いているよ。何を使ったらあんなことが出来るんだろうねぇ?」

 ピレスロイド弾のことについて聞きたいのかな?そう思って仔細を語ろうとしたソーマだったが、

「余人を交えぬ場所で、二人だけで教えてはくれないかなぁ? 君について、他にも知りたいことがたくさんあるんだよ。」

 そういうが早いか、オベロンは耳元に口を近づけてこう言った。

「私は君が何者か知っているよ。君は知りたくはないかね?その“力”について。」

 心臓をわしづかみにされた気分になった。

 

「さて、君の父には別の部屋に待機してもらった。これで思う存分、話せるねぇ」

 人払いがされた部屋で不適に嗤う王に心を許すことは出来そうにない。だが、無言の圧力が口を開かせる。

「いったい何をご存知なのですか?私の力とはいったい何のことです?」

「とぼけても無駄さ。あの蜘蛛の強化魔法を君は“かき消して”討伐した。他の生物の魔法に干渉する力を君は持っている。

 そして、魔法を触媒結晶なしで起こせるくせに、魔力を自身の体内で生み出す力がとても弱い。

 しかし、他人や動物、魔獣から供給することでそれを補っている。間違っているかな?」

 あのときあの光景を見ただけで、的確にあの所業の内訳を指摘して見せた?

 それだけではない。触媒結晶を使わなかったことはともかく、あの場でロシナンテを魔力の供給源としていた事までは見ただけでは解らないはず。

 魔獣に対しては魔力を吸引したことはなかったため、わからない。だが、あの表情はそれができると確信しているものだ。 

 ということは、目の前の人物は自分の能力について本当に知っているのであろう。それも自分より深く。

「おそらく君自身は自分がどんな能力を持っているかということを知ってはいても、何故そんな能力をもって生まれたのかまでは知らないんじゃないかな?」

 それは能力について自覚したときから、ずっと疑問に思っていたことだ。

「私はそれを教えてあげられる。それだけじゃない。他に君が欲しいものを交渉次第ではあげてもいい。

 そのかわり、手伝って欲しい事があるんだよ。」

 否やはとは言わせない。その目は、そう語っていた。

 

 

 

「ここは王城の中でも、私の他は信用した口の堅い人間しか立ち入れない場所だ。」

 そう言って、あの部屋から案内されたのはこの街の地下だった。なかなかに大きな空間だ幻獣騎士など何十機も格納できそうだ。

 本当に少数の人間だけがここに入室を許され、せわしなく何かを懸命に組み立てている。どうやらここは工場として使われているようだ。

 秘密製造工場と言う言葉が彼の脳裏を過ぎり、胸を躍らせる。何を作ってるのか、ソーマは俄然知りたくなった。

 このような雰囲気でも「メカや兵器に関するものが聞けると言うのならば、聞かせてもらおうではないか」と思うあたり、彼も現金なものである。 

「手伝って欲しいことと言うのはだね。ズバリ、幻獣騎士についてのことなんだよ。君は幻獣騎士が大好きなんだってねぇ。」

「もちろんです!よくご存知ですね。」

 あまりにも元気よく即答するので、ここに来て飄々とした王の笑みが、苦笑に近いそれに変わった。

「それなら、なおのこと協力をお願いするよ。なにせこれは、これからの幻獣騎士の将来に関わる重大な案件だからね。」

 そういって王はソーマをうず高くゴミが積まれた空間に案内した。ゴミの内訳は様々な魔獣の甲殻や骨だった。

 その生ゴミたちの向こう側に、分解された一体の幻獣騎士の残骸があった。筋蚕の張り付いていない剥き出しの内部骨格が分解されて床に置かれている。

「君に対して頼みたいことというのはだね。これを作ってもらうことなのさ。」

 彼が指差したのは ちょうど人間で言えば背中に相当する箇所の装甲が外されて、中身が露になった胸郭パーツだった。

 その中にある虹色に光る金属パーツに彼は見覚えがあった。それは魔力転換炉(エーテル・リアクター)と言われているパーツだった。

「どうやら、これが何か知っているようだね。勉強熱心なことだ。感心感心」

「・・・・・これを作れと仰られると言うことは、私にその作り方を教えていただける。そう考えてよろしいですか?」

 もはや、収束されてレーザーの如きそれと化している彼の目の輝きを受けて、王がわずかに引いている気がするが、彼は苦笑を深めて話を続ける。

「その通りだ。これに使われている金属はある特殊な能力を持ったものにしか加工することはできない。

 これを作ることのできる存在こそがこの上街において、その発言権を増し、王族として崇められていったんだよ。」

 彼はそういって羽毛や毛皮で装飾された王冠のような被り物を取ると、どこかウサギを思わせる大きく発達した長い耳を外気にさらけ出した。

「アールヴ。私達は自らをそう呼んでいる。私も君と同じく“体内に触媒結晶を持ちながらにして”理性と知性で魔法を紡ぐ種族なんだ。」、

 

 それから彼が語ったのはアールヴと言う種族と、その一員であり森伐遠征軍に同行した王の両親の記録。

 彼らアールヴは本来この大陸の西側にて建設された“森の都(アルヴヘイム)”と呼ばれている集落にて歴史の表舞台にはあまり出て来ずにひっそりと暮らしている種族だった。

 そんなアールヴが生活の糧としていたのが、魔力転換炉(エーテル・リアクター)。幻晶騎士の心臓部で、大気中のエーテルから魔力を生み出す装置だった。

 これを作るためには“生命の詩(ライフ・ソング)”という長大且つ特殊な魔法術式(スクリプト)精霊銀(ミスリル)という金属を加工して、その術式を直接織り込んでいく作業が必要だったのだが、これは体内に触媒結晶をもった種族にしか不可能なものであり 事実上魔力転換炉はアールヴにしか生産できない特産品と化し、重要軍事物資として扱われた。

 これを徒人、つまり人類との取引に使うことで彼らはその庇護下で安息と思索の日々を耽溺していた。

 だが、時の大陸を支配していた国家「世界の祖(ファダー・ア・バーデン)」が大陸の東側に残った前人未到の魔獣の巣窟へと大規模な遠征を企画した。

 それこそが森伐遠征軍。この無謀な遠征軍に参加していたのが王の父と母だったというのだ。新天地で開く予定の国家で魔力転換炉の生産や維持を担わせるために。

 だが遠征は失敗し、この遠征軍を率いていた軍団長も行方不明となり、取り残された形になった残存勢力はこのボキューズの深部で集落を築いた。

 そこで人類に比べて寿命が長い上に老化速度も遅く、魔法能力も優れていた彼らが発言力を高め、いつしかその指導者となっていったというのだ。

 

「つまり、私もあなた様と同じくアールヴの末裔なんですか?」

 確認の色を帯びた問いかけだったが、王は首を横に振る。

「アールヴは同サイズの知的生命体の中では最大の魔力量を誇る種族なんだ。君は基礎式1発分ぐらいですぐに魔力切れを起こしてしまうんじゃないかい?」

 この期に及んで、隠し事をする意味はあるまい。ソーマは素直に首肯する。

「己の体内の結晶でもって、魔法を行使するもう一つの種族に私達はボキューズの奥で出会った。彼らの名は“夢魔族(インキュバス)

 はるか昔に徒人とアールヴによって滅ぼされたと言われていた種族であり、このボキューズ大森海において潰えるかと思われた幻晶騎士(シルエット・ナイト)幻獣騎士(ミスティック・ナイト)という形で後世に繋ぐ力を齎した者。

 君の祖先たちさ。」

 

 夢魔族。アールヴ同様に触媒結晶を体内に持ち、杖を持たずに魔法が使えるこの一族はかつて西方にも存在した。

 この種族を人類とアールヴは幻晶騎士の開発に成功すると同時に魔獣と共に滅ぼしてしまった。

 何故か?それは彼らが自分では魔力を生み出せない代わりに魔獣や動物や他の知的生物から魔力を奪い、その魔法に干渉する力を持っていたから。

 それだけに留まらない、魔獣の一部を自身の思うがままに操る力さえ持っていたのだ。

 ゆえに彼らは他の種族の間で“魔獣操者(ビーストマスター)”とも呼ばれ、人型の魔獣、魔獣災害の象徴として討伐されていったのである。

 

「とうに滅ぼされたと思われていた彼らをこの地で見つけたときは驚いたよ。

 外見は徒人達とほとんど見分けが付かないぐらいにそっくりだが、同じく体内に触媒結晶が存在している我々にはわかったんだ。古に滅んだと思われていた種族はボキューズに生き残っていたんだと。

 彼らはこの地で独自の文明を築いていて、はるか昔に自分達の祖先が他の種族に森の深部に追いやられたことなど忘れてしまっていた。私たちの街と交流し、その発展を手伝ってくれたんだ。」

 

 そんな彼らの文明で使われていたのが、“幻獣(ミスティック)”と呼ばれている魔獣兵器だった。

 神経がほとんど触媒結晶と癒合しており、魔力信号で体を動かしている魔法依存度の高いこのミミズ型生物は、夢魔族の持つ固有魔法で、固虫同士が連結し、神経や筋肉繊維のように振る舞い、決闘級程度の魔獣の骨格にまとわり付くと、まるで一個の動物のように振舞い始める。

 夢魔族を頭脳とした巨大生物のように運動するそれは、時には獣の形を取り、時には人の形を取る。主の意思に従って自在に形を変える巨大な兵器として使われ、彼らの文明の守り手となっていた。

 

「彼らが幻獣に使っていた固有魔法を定式化して、その原理を幻晶騎士と融合させて生まれた兵器こそが幻獣騎士なんだよ。

 そうそう、筋蚕も彼らの提供してくれたものだったね。もともとは食用と繊維を採る為の家畜だったんだが、結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)の代用品として使えそうだったから、流用したのさ。

 森伐遠征軍の生き残りの中に、あれの製造法を知っている錬金術師がいなかったものでね。」

 

 筋蚕の生態を聞かされたとき感じた違和感はこれだったのかとソーマは納得した。

 

「我々は蜜月の関係となっていった。徒人の中には彼らと子供を作ってその血を取り込むものも現れようとしていた。このまま、私たちは友邦としてこの地でうまくやっていけると、そう思っていたときだったよ。やつらが現れたのは・・・・・・!

 『巨人族(アストラガリ)』あの蛮族共が現れたのは!!」

 その名を口にしたとき、王の顔は修羅のそれになっていた。

 

 この上街の歴史において、その名は時に恐怖として、時に怨嗟と屈辱の象徴として語られる。

 巨人族(アストラガリ)。決闘級魔獣のような体躯を有していながら、彼らは知恵を持ち、言葉を話す。

 彼らの名はこの街の中で知らぬものはおらず、おいたをする子供達への脅し文句にも使われる。「巨人が食べにきちゃうぞ」と。

 巨人が恐怖されるのは、何も体が大きいからだけではなかった。こちらのことを「子鬼族(ゴブリン)」と見下し、隷属を強いてきたのだ。

 そして、当時幻獣騎士開発の端緒についたばかりだった森伐遠征軍はこの理不尽な要求を跳ね除ける力を持たなかった。

 こうして人類は“子鬼族”と呼ばれ、彼らの家畜に成り下がった。

 ようやく鉱床を見つけて、採掘を開始していた金属資源もそのほとんどが精錬された所で彼らに取り上げられ、幻獣騎士はその構成素材を、使い勝手の悪い生体素材に置換していかざるを得なくなっていったのだ。

 

 だが、幻獣という巨大兵器を有し、数も多かった夢魔達は、巨人族に抗うことを決めた。

 彼らは勇敢だった。様々な魔獣の姿を模した幻獣が彼らと戦って、接近戦では巨人を圧倒していた。

 しかし、それでも適わなかった。巨人族の中に存在する魔導師達が極大魔法をぶつけてきたから。

 夢魔達は幻獣や魔獣にその戦力を依存しきっていて、遠距離から撃ち放たれる魔法に対して、あまりにも脆弱だった。

 こうして彼らはその文明を滅ぼされ、潰えていった。

 

「この上街に住む徒人の中に、その血が流れているのは解っていたことだったが、如何せん薄すぎてね。彼ら固有の能力を持って生まれてくる者は今まで現れなかったんだよ。」

 地球でも特定の遺伝子がその発現を他の遺伝子にさえぎられる事があるのは知られていた。

 長い歴史の中で少数が混ざりこんだ程度ではそれが表に出てくることなどそうはなかったのだろう。

 ましてや完全に近い形でなど天文学的確率ではないのだろうか。

 

「だが、こうして君が生まれた。私達アールヴと同じく体内に触媒結晶を持つ君なら、精霊銀の加工も出来る。今こそ私と共に幻獣騎士の動力炉を増産し、滅ぼされてしまった夢魔族の意思を継いで欲しい!」

 こう語る王の目は、今まで見てきたそれに比して格段の狂気と熱を帯びた危うい瞳だとソーマは思った。




やっと書けたよ!幻晶騎士と幻獣騎士のミッシングリンク!
これを思いついたとき、このお話のプロットの原型が組みあがっていったのです。
あー、すっきりしたw
これからお話をどんどん膨らませて・・・・・・いけたらいいなぁ。


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6.生命の詩の内訳と武器の改革 そして愛機は完成した

今回色々とはっちゃけてしまった・・・・・・原作キャラのイメージとか壊してしまってるけど、気がつきゃこうなったんだよ。すまない・・・・・・
それでも楽しめる人はこれからもよろしくです!


 城の地下で、(オベロン)はソーマに魔力転換炉(エーテル・リアクター)の生産を手伝うよう要請してきたのであったが、

 その瞬間、ソーマは喜色満面で了承した。「ロボットの動力炉を作って欲しいやり方は教えるから」

 このようなことを言われて断るような男ではなかった。

 王の表情に安堵の笑みが深まり、抜き身の刀に鞘が覆い隠されるようにその狂気と熱も収まっていく。

 しかし、彼の提案は目の前の少年の魂魄に核燃料棒を挿入するようなものであった。一見して表面上静かであっても、加熱と暴走は確実に進行していたのである。

「さて、そうと決まれば、幻獣騎士(ミスティック・ナイト)を作るためには幻獣騎士を知らなければなりません。というわけで私に専用幻獣騎士、ください。」

 キョトンとした顔で今度は王が尋ねる。

「街にとっての重要な作業を任せるからにはそれなりの報酬が必要なのはわかる。幻獣騎士が欲しいというなら構わないが、私が作って欲しいのは魔力転換炉であって、幻獣騎士ではないよ?」

 人の話、ちゃんと聞いてる?暗にそう言ってるようなものだったが、今度はソーマがおかしなことを言う、とでも言いたげな表情で、こう言った。

「魔力転換炉だけで、幻獣騎士が出来上がっているわけではないでしょう?内部骨格、筋蚕、魔導演算機(マギウス・エンジン)、装甲。魔力転換炉の出力アップだけでそのスペックが上昇するわけではありません。筋蚕に至っては生物ですからね。品種改良はその道のプロにまかせるとして、何か代替品になり得るものがあるかどうか検証等を行うべきかもしれません。内部骨格や装甲に使われる素材もより良いものを見つけられるかも知れないでしょう?

 新型の開発を行う上で、これらの諸要素に対して何が出来るか。それを知るためにも操縦したり、分解したり、改造してみたりして機体を把握する必要があります。だから幻獣騎士ください。」

 なんだか話のベクトルがおかしくなっている。王は彼に動力炉の増産の手伝いをお願いしたのであって、新型開発など頼んだ覚えはないのだが。

「今まで幾多の人物が改良に挑んできて、幾つもの壁に阻まれたからこそ、今の形に収まったのだ。もはや幻獣騎士の性能向上など微々たる物にしかならないだろう。

 個の力を強化するよりも今は炉の増産を行って、数を揃えるべきだ。夢のようなことを言ってないで、共に炉の増産に尽力してくれ。」

 顔を顰めて嗜めるオベロンにしかし、ソーマはため息をついてこう言った。

「王よ、あなたがそんなに志が低い事でどうするのです?数を揃えるべきだというのは同意しますし、もちろん炉の増産には喜んで協力させてもらいます。

 しかし、陛下? 個の性能を強化するだけではありません。筐体の生産性を上げるためにも研究は必要ですよ。より量産に向き、性能が高められるかもしれない素材や技術のヒントが、この世界のいったいどこに眠っているのかわからないのです。それを調べるためにも幻獣騎士ください。」

 これ以上の説得は無駄のようだ。8歳の子供に世の理を説いても実感として湧きはすまい。

 協力については色いい返事がもらえたのだ。これ以上ないではないかと思って、とりあえず約束の機体は提供することを決めた。

 数ヵ月後に完成する予定の機体を宛がうことを言い渡そうとしたとき、更にソーマは続ける。

「ああ、そうだ。いっそのこと私が作った魔力転換炉を組み込んだ機体をください。ついでですから、製造工程も見せて欲しいですね。」

 いい事思いついたと言わんばかりのあまりにも軽く放たれた言葉に、王は眩暈がする思いがした。

「簡単に言うがねぇ?魔力転換炉に使われている“生命の詩(ライフ・ソング)”はあまりにも長大な魔法術式(スクリプト)だ。私は父母にこれを教えられて、完全に習得してお墨付きをもらうのに5年を要したんだよ?」

 たかが、数ヶ月程度で覚えられると思っているのだろうか?この子供は?

 王はやや苛立ちを覚えながら、物の道理を知らない子供に言い聞かせる。

「そうなのですか?まあ、あまりにも長大な時間がかかるようなら、陛下に作って下賜していただきますが、それはそれとして、自作動力炉を搭載した機体に乗るというのはやってみたく思います。

 とりあえずやるだけやらせてください。」

 もうこれは何を言っても無駄だろう。挑戦して挫折するのを待つしかない。そう思って王はその日は彼を帰すことにした。

「いや、私はやるだけやらせてくださいっていったんですよ?それなのにどうしてそんな酷いことをおっしゃるんです?」

 彼はソーマの言っている意味が解らなかった。機体の譲渡については了承したではないか。

「生命の詩ですよ!教えてくれるのではなかったんです!?」

「待ってくれ、もしや今これからやるつもりなのかね?」

 当たり前ではないかと言う顔をされた。

「そうはいっても、教材の準備がまだ整ってないんだ。また後日にしてくれ」

 そのとき、王が見たソーマの瞳はこう語っていた「は?それぐらい準備して置けよ 愚図が」と。背筋が凍る。

「まあ、いいです。そういうことならまた後日にお願いする事にします。本日はどうもありがとうございました。」 

 言葉こそ丁寧なものだったが、その声音は不満によって低く濁っている。

 会釈して、帰路に着く彼の背中を見て王は思った。「自分はとんでもない人物を共犯者にしてしまったのでは?」と。

 

 

 

 ソーマは城の地下にて、王が公務の合間を縫って“生命の詩”の魔法術式を紙に記したそれとにらめっこしていた。

 あの取引から3ヶ月が経過している。当初、勢い込んで生命の詩について学習しようと机にかじりつき、その構文を覚えようとしたのだが、ソーマは苦戦していた。

「話には聞いていたが、長い・・・・・・」

 たしかに途轍もない長さだ。構文が記された紙で、用意された勉強部屋が埋まってしまっている。よほどの記憶力と熱意がない限り、こんなものはそう簡単には丸暗記できない。

 もし、これを数ヶ月程度で暗記しようと思えば、熱意と狂気だけではない。もっと特殊な才能と経験が必要であろう。そう思える内容であった。

「私も遊びたい盛りの子供の頃に、父母に構文の書き取り練習をさせられて苦労したよ。いやぁ、実に懐かしいなぁ」

 そう笑う彼の姿に以前の狂気は見えず、純粋に昔を懐かしみ、思い出に浸っているようだった。ソーマはそんな王の様子には頓着せず、生命の詩に釘付けだが。

(こんな魔法術式を丸暗記するのは確かにすぐには無理だよなぁ・・・・・・まてよ?この構文・・・・・・なんだか同じ内容が繰り返されてるような?)

 膨大な情報の波の中にある程度の規則性をもって繰り返されているその構文が妙に気になって、ソーマは王に質問する。

「陛下?この部分、なんだか同じ内容を繰り返してないですか?」

「うん?ああ、拡大術式(アンプリファ)のことかい?これは大気中を漂うエーテルをその前の構文で励起して魔力に変えた後、それを増幅する役割を果たす構文だよ。」

 彼の話ではこの構文と使われている触媒結晶の品質が、魔力転換炉の生み出す魔力量を決定する要因なのだそうだ。

 それを聞いたソーマの脳裏で“あるアイディア”が結実した。うまくすれば、たいへん希少な素材である精霊銀(ミスリル)の使用量を減らせるかもしれないアイディアがだ。

「・・・・・・陛下。仮にですよ?この拡大術式のみを生命の詩の中から抜き出して、鋳込むとしたらどれぐらいの精霊銀の質量ですみますか?」

「おかしな事聞くねぇ・・・・・・そうだねぇ、仮にそんなものを作ったとしたら、今の魔力転換炉の1/3ぐらいの量になるんじゃないかなぁ?

 だが、そんなものを作ってどうするんだい?そもそも大気中のエーテルを励起して魔力を作り出さなければ、増幅なんて意味がないぞ?」

 そこでソーマは提案した。生物がもともと持っている魔力をこの魔法術式で増幅することは出来ないだろうか?と。 

 エーテルの励起に司る部分を省略し、拡大術式のみを刻んだ精霊銀製装置。彼はそんなものを作ろうと考えているのだ。

「これなら、比較的単調な構文の繰り返しで済みます。鋳込む術式の規模も少なく済むので、精霊銀の使用量を抑えられるでしょう?」

 工程数の省略に繋がるから量産性もあげられるんじゃないですか?などと、朗らかな顔で告げられた提案に王は愕然とした気分を味わった。

 生物の元々持っている能力の拡張。幻獣騎士も幻晶騎士も元をただせばこれと同じ発想の元で開発されたものだ。

 そんな極めて単純明快で子供にも考え付きそうなアイディアをどうして自分は考え付かなかったのだ?

 アールヴの優れた魔法能力と知性に対する自負がいつしか傲慢へと変わり、その視野と発想力を狭めていたと言うのだろうか?

 茫然自失していた彼だったが、この方式の問題点にも気づく。

「生物の生み出す魔力量には個体差があるぞ?それだけじゃない。体調や気分次第でも大分ブレがあるはずだ。この欠点は運用上問題になりはしないか?」

「それは問題ですね。しかし、精霊銀の量を節約して量産性を高められる事を考えれば、優先すべきはどちらでしょう?」

 ・・・・・・たしかに背に腹は変えられない。現場に多少の負担をかけることになるかもしれないが、数を増やせるなら運用を工夫することで何とかなる問題な気もする。

「まだあるぞ。君達夢魔族(インキュバス)ならともかく、他の生物の魔力を増幅しても、その生物固有のそれと化してしまっていて制御することなどできはしないだろう。これをどうするつもりだ?」

 しかし、これまたあっさり解決策を提示されてしまった。

「俺以外の人は自分自身の魔力を増幅してしまえばいいんではないですか?つまり、騎操士(ナイト・ランナー)本人が魔力転換炉も兼任するというわけです」

 操縦者自身が動力炉になるという驚天動地の発想にオベロンは悲鳴にも似た唸り声を上げてしまった。

「そうと、決まれば、すぐに実験して確かめて見なければならないですよね?試作実験用魔力転換炉、いや、これはもう魔力転換炉とは言わないかな。

 そうですねぇ。魔力増幅器(マナ・アンプリファー)とでも呼びましょうか。これの設計をしましょう。俺だけでは設計は難しそうだから、王も手伝っていただけますね?」

 彼の腕を強く抱いて逃がさないソーマの目はこう語っていた。「放して欲しかったら俺に協力しろ。OK?」と。 

 以前地下で抱いた思いは確信に変わっていた。更にこう思った。「私はこの怪物に捕らわれてしまった。もう逃げられない」と。

 

 

 

 さらに数ヵ月後、ソーマはソリフガエの邸宅で自分の作り出した魔力増幅器“蜘蛛ノ書架(スパイダーシェルフ)”を組み立てていた。

 精霊銀製のフレームによって構成された容器(ケージ)とでも言うべきもので、それらはこの装置の中心に固定されている動物へと、神経線維を伸ばしている。

 ロシナンテ。かつてソーマに動物兵器として改造された彼の愛馬は今、機体の動力炉に改造されようとしていた。ここだけ聞くと酷い話である。

 蜘蛛ノ書架はロシナンテの魔力をソーマが吸い出した後、この装置を支えるフレームに使われている精霊銀に鋳込まれた拡大術式にしたがって魔力を増幅させる。

 拡大術式の使用には以前ソーマが討伐した巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)の体内にあった触媒結晶がフレームにはめ込まれて使われている。

 これにより、だいたい現在量産されている魔力転換炉1~3個分程度の出力が出せる予定だ(出力にブレがあるのはロシナンテの体調やテンション次第で変わってしまうからだ)

 ロシナンテの魔力生産能はまだ成長しているので、もしかすると今後も出力上限は伸びていくことになるかもしれない。本当にとんでもない動物兵器である。さすがは未確認生物(UMA)だ。

 ちなみにこれは操縦席も兼任している。ロシナンテの背中に乗って彼を椅子代わりにしながらその体にマウントされた形で取り付けられた鐙や操縦桿で操作する形式だ。

 愛馬と一緒に乗れるロボなんてステキじゃない♪などとソーマはご機嫌だが、この仕様を聞いた王は盛大にズッコケていた。

「私の愛馬は凶暴です・・・・・・なんてね♪」

 某作品のソロモン72柱の悪魔の名を冠した機体に乗ったパイロットの名台詞を口にしてほくそ笑む主の姿を、「また始まったよ、ご主人の悪い癖が」 とでも言いたげな顔でロシナンテは見ている。時々この少年はいきなり周りのものが解らないような発言をして笑い始めることがあって困りものだ。

「さて、この装置も大分仕上がったことだし、組みあがった内部骨格を見に行くかな」

 そういって、ハーネスやフレームによって固定されていたロシナンテを開放してやると、そのまま跨って王城に向かって走りだして行った。

 今は昼だがもはや、駄馬の皮を脱ぎ捨てたロシナンテは風となって街を駆けていく。ソーマは今が楽しくて仕方がなさそうだった。

 

 

 

 工場にて借り受けたスペースにそれは鎮座していた。

 それはくみ上げ途中の幻獣騎士の内部骨格だった。胸郭部分が従来機「アラクネイド」に比べてやや肥大化しているその筐体は、ソーマ専用機となる予定の機体である。

 胸郭が大きめに作ってあるのは蜘蛛ノ書架とロシナンテを格納するスペースを確保するためだ。

「胸郭以外はアラクネイドと同じなんだけどね」

 そうこぼすソーマは不満そうだが、こればかりは仕方ないだろう。フレームの構成は長い研鑽の末に最適化されていて、変に弄っても効率が悪くなるだろう。

 これに取り付ける予定の筋蚕の方に至っては家畜昆虫だ。品種改良など彼の専門外だ。

 新しいアクチュエーターでも発明しない限り、これらの要素の改良は不可能だろう。そして、現時点でそういったアイディアなどない。

 蜘蛛ノ書架とロシナンテのおかげで出力アップそのものは出来たわけだし、今は満足するべきだ。そのはずなのだが・・・・・・

(なんだろうなぁ?この違和感は?何か忘れてしまっている様な気が・・・・・・)

 しばらく唸っていると、後ろから声をかけてきた人物がいた。

「お~、桃姫。今日も機体を見て唸ってるのか?お前さんも好きだねぇ」

「・・・・・・主任、その呼び方止めて。ロシナンテに蹴られたい?」

「お~、怖い。そんなに怒るなよ。お前だって、俺のことは主任とか勝手にあだ名つけて呼んでるじゃないか」

 誰が毎回大王に攫われて配管工に救われる姫だというのだろうか?失礼にも程があると憤慨するソーマをニヤニヤしたしまらない顔で茶化す彼はダンクル・チャトグター。この工場で鍛冶師をしているドワーフ族の青年鍛冶師だ。

 ダンクルは巣喰蜘蛛討伐の英雄が報賞品として幻獣騎士を欲し、王が彼に下賜する予定の幻獣騎士がこの工場で製造されると聞いたとき、そんなとんでもないことを成し遂げて王に要求するやつの顔をぜひ拝んでやろうと思った。

 そしてその人物が目の前に現れたとき、どこの貴族令嬢なんだ?と思ったのだが、少年だと聞いて更に驚いた。ストロベリーブロンドの髪色を持ったお姫様のような少年を彼はいつしか「桃姫」と呼ぶようになった。

「主任は主任だよ。顔がそんな感じだ」「お前は時々意味のわかんないこと言うなぁ」

 ダンクルの顔を見たとき、ソーマは思わず「主任だぁぁ!?」と叫んでしまって、他の鍛冶師から怪訝な顔をされたが、今ではそれらの人間も面白がってそう呼ぶようになってしまった。

「俺、主任でもなんでもないんだぜ?何?熟練工の風格とかがにじみ出てるような感じに見える?」

「いや、主にその顎が・・・・・・」「顎のことは言うなよぉぉ!?」

 ダンクルは顎が大きい。そりゃあもう、ソーマが前世のゲームで「主任」と呼んでいたモンスターを思い浮かべるのが無理もないぐらいに。

「だって、その顎を武器に地面をダン!ダン!と・・・・・・」

 彼をからかう為に口にした言葉だったが、ソーマはこのとき 今まで抱いていた違和感の正体にたどり着いた。そう“武器”だ。

「あのなぁ、お前だってすごい失礼じゃないか!?気にしてるんだぞこちとら!」

「ねぇ、主任」

 怒っているダンクルの心情はまったく彼には届いておらず、ソーマは自分の疑問を鍛冶師である彼に投げかけた。

「どうして、幻獣騎士は武器を持ってないんだろう?」

 ソーマは尋ねずにいられなかった。武器を持たないロボットというのも嫌いではないが、武器を使って戦った方が人型である利点は活かしやすいと思われたのだ。

 現行幻獣騎士の武器。それは強化魔法をかけた爪だ。それだけなのだ。他の武器がない。これでは戦術の幅も広がらないだろう。

「う~ん、そうは言ってもさ。剣は金属がなければ作れないし・・・・・・幻獣騎士の補強に使う以上の素材は・・・・・・なぁ?」

 ここでも巨人に資源を奪われている弊害が出てきていると言うことだ。いつか本格的に何とかしなくては。

紋章術式(エンブレム・グラフ)、あれを用意すれば、魔法を武器に出来ないのかなぁ?」

 魔法術式を直接外部の魔力導体に刻み込んで使う。数ヶ月前にこの街に衝突しようとしていた巣を受け止めた技術だ。あの後解体されてしまったが。

「大昔の幻晶騎士はそういう武器を使ってたらしいな。魔導兵装(シルエット・アームズ)って言ってたらしいんだけど、結構な量の銀が必要だったらしいぜ?量産型幻獣騎士全機に配備するのは無理じゃねぇかなぁ?お前の機体だけに着けるにしても高くつくと思うぜ?」

 昔は神経線維には銀線神経(シルバーナーブ)という銀製の細線が使われていたそうだが、それも装飾用途として、巨人が持っていってしまうそうだ。王が腹に据えかねるのも無理からぬことだ、いつか自分もやつらにきついお灸を据えてやらねばなるまいとソーマも憤慨した。

「うーん、他に作れそうな素材はないのかな?」

「板に出来る魔力導体ならなんでもいいらしいんだが、ほとんどが金属素材なんだよなぁ。そういうものって」

 八方塞りかと思ったときだった。ソーマは筋蚕の分泌する糸が魔力を通す素材であり神経線維として使われていることを思い出した。

「これに紋章術式を刻み込む・・・・・・それは無理だが、これを布状に加工すればいいんじゃないかな?それに紋章術式を記述して魔力を通せば、絹で出来た魔導兵装になりそうな気がする」

 このアイディアにダンクルはあきれ返った。

「お前自分が何言ってるか解ってるか?布を武器にして戦うだなんて・・・・・・」

 だが、すばやくソーマは補足説明をする。

「いや、布をそのまま兵装にするつもりはないよ?実際には魔獣の骨にでも巻きつけて、その先端に触媒結晶を取り付けて、後はそれらを外装で覆えばいいさ。」

 彼は簡単な模型を作ってダンクルに説明しはじめた。身振り手振りで説明するソーマの姿に周りの鍛冶師も興味を惹かれて集まってきている。

 そして、ソーマの語りだす新しい幻獣騎士の姿に驚愕しつつ、それが実際に形となったとき、どのような力を発揮するかを想像し始めたのだ。

 おそらくこれは新しい世代の幻獣騎士の雛形となるだろう。それを作らされることになるこの鍛冶師達ははたして幸運なのか、不運なのか・・・・・・

「うーん、現段階では手持ち武器として使うのは難しそうだね。神経繊維で魔力増幅器に繋いで内蔵火器にするしかないか?主任はどう思う?」

「・・・・・・お前、思ってたよりすごいヤツなんだな」

 その言葉と共に吐かれたダンクルの嘆息はどこまでも深かった。

 

 

 

「うーん、量産機を頂くよりも倍近い時間がかかっちゃいましたねぇ。でも楽しかったですよ俺は」

 完成した自身の専用機を前に9歳を迎えたソーマは実に満足げに呟く。

「・・・・・・これが君の幻獣騎士だというのかい?」

 専用機完成の報を受けて、様子を見に来た王はそれを見て唖然としていた。

「それ以外にいったい何に見えるんですか?王よ」

 そう口にする少年が作った機体。それはもはや当初の予定で作られるはずだったアラクネイドタイプの面影などどこにも見られなかった。

 アラクネイドタイプは全体的なシルエットが猫背姿勢で腕も多関節で長いものだったが、これはかなり人型に近いものになっている。あれから結局機体の内部骨格を根本的に作り変えたらしい。

 腕や脚も相当太く作られている。聞けば、パワーが欲しかったから、筋肉量を増やしたそうだ。精霊銀が節約できてるから、筋肉量増やすぐらいいいだろう?などと言われてしまった。もっと色々なものが増えている気がするが。

 胸郭が大きいのは話には聞いていたからわかるのだが。あの腹部に埋め込まれたものはなんだろう?触媒結晶に見えるが・・・・・・

「あれですか?魔導兵装ですよ。腹部に内蔵してるんです」

 紋章述式をどうやって刻み込んだと言うんだろうかと思ってると、飛んできた言葉は“布状に編んで作った筋蚕の糸に記述したものを魔獣の骨に巻きつけた”などという斜め上のものだった。

「格闘戦は従来どおり腕でやりますが、今回腹部に増やした格納スペースに収めた魔導兵装で法撃戦が展開できるようになりました。最初は魔導兵装を換装することで、いろいろな魔法を撃てる様にするつもりだったんですが、糸が熱や電気に弱いので風の基礎系統に属する魔法しか使えませんのでね。もう、いっそ固定武器として一体化させてしまったんです。」

 近接戦を展開するときは、装甲が閉じて結晶を守る仕組みになっているそうだ。 これが齎す戦術の幅の増加。それを思って王は震える。しかし、まだ続きがあった。どうやら頭部にも同様の機構が装備されているらしい。こちらはやや出力が低いようで主に牽制法撃用途らしいが、眼球水晶の視線がそのまま射線軸となるため狙いを付けやすいそうだ。

 もう色々といっぱいいっぱいである。

「これはきっと、今後作られる幻獣騎士の雛形になるはずです。まだまだ試したい改造案がいっぱいあるし、おもしろくなってきたぞ~!」

 疲れた。城に帰って昼寝をしたい。何かの夢だと思いたい。そんな気持ちでいっぱいな王であったそうな。

 

 後日、王はソーマが自身の機体に「カマドウマ」と名づけたと聞かされた。意味は解らなかったが、きっと碌な事じゃないにちがいない。




・・・・・・オベロンのキャラが前回とも原作とも変わりすぎだろ・・・・・・どうしてこうなったし
書き終わったらこうなってたんだ。すまない。
でもきっと、エル君が諸氏族連合じゃなくてオベロンに協力する流れになっていたなら、こういう展開になってたかもしれないよね?おかしくはない・・・・・・はず
あと、オベロンの前でのソーマの一人称が俺に変わってるのは猫を被るのを止めただけですw

アザトースさんが「ロシナンテにも機体を」とか言うからいっそ一緒に乗せてみることにしましたw貴重なアイディアをどうもありがとう!
エル君がサブアームで武器を構えるバックウェポンを作ってたから、こっちは腹部からゲッ○ービームよろしく風魔法をぶっ放すよ!やったね!
あと、FCSのプログラム作るのは難しかったみたいなので、頭部武器は視線が射線軸になるようにして補っています。これまた○ッタービームみたいですねw
どうやら私はゲッ○ーに魅入られてしまったようです。当初のロボのイメージはもう少し大人しめなはずだったんだがなぁ。ほんとどうしてこうなった?
全体的に戦闘スタイルがダイナミック系スーパーロボットになってます テンションで出力が上昇するとかいう熱血仕様だしw(ただし、ロシナンテのそれだけど)

スクリプトの記憶力に関してはソーマはエル君には劣るのです
なにせエル君は前世がプログラマーですからね。(しかも超一流)プログラムに対する習熟度と記憶力に関してはどうしても彼に軍配が上がるのです。
エル君に追いつくとしたら他の部分での工夫が必要なんですね
出力がやたらと強力になってますが、主にロシナンテのせいです。ソーマ自身の魔力は未だにファイヤートーチ1発でカラッ欠になるんですからw

生命の詩についてオベロンが覚えるのに5年かかったって言ってますが、いくら子供がスポンジのごとく物覚えがいいからといっても
遊びたい盛りのアールヴの子供がいやいや覚えるのと、(頭のおかしい)ガチのプログラマーが知識を貪るのとじゃ
効率が段違いなのは当たり前だと思いますw ソーマは丸暗記を諦めて、省略することにしましたが。


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7.次世代機とその実験

なろうで甘酒さん(ナイマジ原作者)が短編投稿してました。
おねショタ好きな作者には、ちょっぴり残念に感じたけど、よかったら皆さんも読んでみてね~

この小説のヒロインおねぇちゃんキャラにしておねショタしてしまおうかしらん(´・ω・`)


「父上。折り入ってお話があります」

 夕食が終わって自室に戻ろうとしたとき、愛息子が明るく弾んだとても楽しそうなソプラノボイスでこう切り出してきた。

 その顔には微笑が浮かべられていて、こうしてみると妻そっくりだ。つぶらな瞳が瑞々しい輝きを発していて、見ていると吸い込まれそうな感覚を覚える。

 もし、この顔と声で頼みごとなどされてしまったら、大抵の人間は快く引き受けてしまうだろう。もちろん父であるウブイルも例外ではない。

「なんだい?ソーマ、もしかして幻獣騎士に関係することかな?」

 この息子は物心ついたような頃から、勉強熱心で思慮深く、その所為なのか遠慮がちな所があってあまりわがままを言わないのだが、唯一幻獣騎士(ミスティック・ナイト)に関係することだけは求めるままに行動する子だった。

 その熱意は現役騎操士であるウブイルですら適わないと思うぐらいだから、今回もきっとそれに違いないと彼は思ったのだ。

「それに関係はありますが、人を紹介して欲しいのです。」

 人の紹介とはな、とウブイルは意外に感じた。

「誰を紹介して欲しいんだ?もしくはどんな人物を?」

「それはですねぇ、なるべく若くて、精力が有り余ってて、新しいものが好きで、幻獣騎士に乗れる素敵な人です♪」

 あまりに艶やかな表情と声で放たれたその言葉を聞いて、ソブイルは盛大に突っ伏した。

 まさか、愛息子は「そっち」方面に興味を示し始めたというのだろうか?

 この上街において、騎操士(ナイト・ランナー)は男の職場だ。女性騎士など数えるほどしかいない。なので紹介するとしたらほぼ男性になる。つまりはそういうことである。

「あ、できたら経験は浅い方がいいですね。」

「け、経験!?・・・・・・そ、ソーマぁ、お父さんはお前はまだそういうことは早いかなぁって思うぞぉ?」

 動揺と混乱で震える声でそう言うウブイルに、ソーマは更なる追い討ちをかけた。

「そうでしょうか?こういうのはなるべく早く始めないと、開発が進みませんから・・・・・・・」

「開発!!??」

 色々と口には出せない想像が脳を駆け巡り、顔色がドンドン悪くなっていくウブイル。

「ええ、データ取りはなるべく早くに始めておかないといけませんからね。いつまでたっても量産には入れません。」

「うごご、ソーマぁ 一体いつの間にそんな子に・・・・・・うん? データ?量産?」

 ショッキングピンクの想像で脳内が染まっていたウブイルに投げかけられた息子の発言は、彼が想像していたものとは随分毛色が違っていた。

 どうやら何か勘違いをしていたらしい。咳払いをして邪な想像を振り払い、今度こそ息子の真意をちゃんと汲み取ろうと、気を取り直そうとした瞬間、

「ええ、新型動力源を搭載した次世代幻獣騎士のテスト、それは早いほうがいいでしょう?」

 汲み取ろうとした柄杓が溶け落ちた。そんな感覚を味わった。

 今、ソーマはなんと言った?新型の動力源? 次世代幻獣騎士?荒唐無稽にしかウブイルには感じられなかった。

 息子は一体どうしてしまったというのか?妄想と現実の区別がついていないのだろうか?

 だが、同時に自分の息子がわずか8歳で決闘級魔獣を生身で倒してしまうようなとんでもない人物であることも思い出した。

 陛下の命で御前に参り、そこで何かを話してきたようだが、それから帰ってきた息子は以前にも増して奇矯な行動を取るようになった。

 邸宅の倉庫を借り受けて何かを楽し気に組み立てていたのは知っていた。なぜロシナンテを連れ込む必要があるのかは疑問であったが、遊びの一環だろうと気にしていなかった。

 今思えば、何か関係があるのかもしれない。

 そう思案していた彼の目の前にソーマは容赦なく“陛下直々の許可証”と“新型兵装並びに魔力増幅器の仕様書”という劇物を提示した。

 読み進めるごとに、彼の手の震えと脂汗は激しくなっていく。

 それは革命であった。より量産に適した新型動力源“魔力増幅器(マナ・アンプリファー)”、数百年ぶりに復活した“魔導兵装(シルエット・アームズ)”。

 これらを搭載するための新型幻獣騎士を模索するための開発・実験用機体の製造と、その騎操士のスカウトを許可する旨が記されていたのだ。

「父上、昨年から俺が組み立てていたものをご存知ですね?」

「ああ、ロシナンテを倉庫に連れ込んでなにやら作っていたな?」

 やはり関係していたようだ。

「あれはそこに書いている新型動力源のテストをするための機材だったんですよ」

 自宅でなんと言うものを組み立てているのだこの子は。機密も何もあったものではない。

「で、陛下から下賜された俺の専用機にそれと併せて、たまたま思いついて設計してみた魔導兵装を搭載してみたんですけど・・・・・・」

 専用機!?息子はいつの間に騎操士になっていたというのだ?

 まて、今 魔導兵装を設計してみたとも言ってなかったか?

 ウブイルの頭を混乱が埋め尽くす。

「そうして完成した俺の愛機“カマドウマ”っていうんですけど、色々事情があって、これは他の人が操縦することが不可能なものになっちゃって、これの設計をそのまま量産型幻獣騎士に採用するのは無理だという結論になりましてね。

 そこで、他の騎操士でも操縦できるような物を模索するために、次世代型試作機を作るので、その騎操士をやってくれそうな人を探しているんですよ」

 頭痛がしてきた。知らない間に息子はそんな一大事業に関わっていたのか。わずか9歳だというのに。

「最初は陛下が近衛騎士を斡旋してくれると仰ってくれたんですが、近衛の方々は経験豊富なベテランで固められているとお聞きしました。

 今後作られる次世代機は操縦感覚が旧来機と大きく異なるものになりそうなので、できたら若くて従来の機体を操縦した経験が浅い騎士にお願いした方がいいと思いまして、指導教官的な立場に立っている父上ならそういう人をご存知ではないかと思ったんですよ」

「ぐ、具体的にはどう違うんだい?教えてくれると助かるんだが」

 そう質問してかえってきた内容が以下の通りだ。

・操縦者自身の魔力を流し込み、増幅して機体に供給するため、体調やテンション次第で性能が変わる。

・法撃時に狙いをつけられるように頭部に魔導兵装を内蔵している。こちらは搭載スペースの都合上、そこまで術式規模を拡大できないため、威力弱めで長射程の牽制用兵器。

・更に強力な火力を発揮できるよう腹部にも魔道兵装が搭載されており、こちらは中・近距離で放つ仕様となっている。

 などである。常識が涙が出るぐらい無残に破壊されていた。

「・・・・・・これはたしかに操縦感覚が激変しそうだ」

 蚊の泣くような声でウブイルはそう同意した。一番目の仕様が特に酷い。

「う~む、わかった。この条件に合致するような人物に心当たりがある。その者に声をかけてみよう。」

「ありがとうございます!」

 ウブイルの憔悴しきった声に反して、彼の愛息子の声はどこまでも明るく艶やかであった。

 

「それで俺を呼んだということなんですか、ソリフガエ教官?」

「そういうことなんだ。頼めるか、フリッツ?」

 まだまだ新米な騎士フリッツ・ファラジオンが先輩騎士にして、自身の教官を務めてくれているウブイル・ソリフガエに頼まれごとをするという珍しい光景だった。

「経験が浅い若輩者だからっていうのが気になりますが、その次世代機ってのには興味がありますんで、引き受けるのはかまわないですよ俺は」

「ありがとう。」

 目の前の人物は教官として自分を厳しく鍛え上げもしたが、仕事上の様々な悩みを聞いてくれたり、実際に助けてくれたりした。

 その恩師が頼みごとをしてきたのだ。この機に恩を少しは返しておかないとならないだろう。

 それに新しい機体とやらに興味があるのは事実だ

 そうして、フリッツは数日後、郊外に設置された試験場に派遣されることになった。

 

 そこにあったのは聞いていた通り従来機とは全く異なる機体だった。

 フリッツが今まで乗っていたハーベスト・マンをはじめとするアラクネイド・タイプが猫背気味で腕が多関節構造になっていて細長いのに対して、こちらは人間に近い二脚での直立姿勢をとっている。

 その脚は太く、腕も装甲の間から見え隠れする筋肉が盛り上がっていて力強さを感じさせる。

 そうやって全体的なフォルムを把握していたのだが、ある一点に眼が引き付けられた。

 頭部だ。頭部に口があるのだ。それも人間や獣のような横ではない、縦に裂けた口。それは凶悪な虫の顎だった。

 こんな異形の幻獣騎士に自分は乗るのだろうかと、今から不安になってきたフリッツだった

 そんな彼に声をかけてくる人物がいた。

「もしかして、あなたがフリッツさんですか?」

 心地よいソプラノに振り向いてみれば、そこにいたのは、愛らしい少女であった。

 いや、違う。あの髪色には見覚えがある。以前見た教官の奥さんと同じストロベリー・ブロンド。この子がおそらくソーマ・ソリフガエだろう。

 若干8歳で決闘級魔獣を討伐した英雄にして、今回の次世代開発の中心人物であるソリフガエ教官の息子だ。

「いかにも、そういう君はソーマ君なんだね?初めまして。・・・・・・話に聞いていた通り、本当にかわいらしい姿をしているんだねぇ。」

「ふふふ、口説くんなら女性相手にしてくださいな。」

 微笑んでこう返してくる少年はやはり、男とはとても思えなかった。

「ところで、俺がテストしろといわれているのは、この機体なのか?えらく変わってるが・・・・・・」

「いえ、これは俺の専用機、カマドウマですよ。フリッツさんに用意している機体は別にあります」

 来てくださいといって連れてこられた、整備場のハンガーに鎮座していた機体はたしかに先ほどのカマドウマとは別の機体だった。こちらはよりスリムになっている。

 胸郭の一部にこそアラクネイドタイプの名残があるがそれ以外は従来機と全くの別物だ。

 頭部は顎など存在しない。カマドウマとは違いおとなしいデザインで安心する。額に何かついているようだが。

 だが、それ以上に眼を引くのが腕だった。具体的に言うとそれは鎌、蟷螂の前足のそれである。

 蟷螂の上半身をした幻獣騎士。そこにあったのはそんな機体だったのだ。カマドウマとは別ベクトルの異形。

「俺はこれをマントディアと呼んでます。あなたにはこれを操縦し・・・・・・」

「ごめん、帰っていい?」

 苦虫を噛み潰したような顔でフリッツはそう言った。

「ああ!?帰らないでください!見捨てないでぇ!性能は良いんですよこの子!・・・・・・多分だけど」

 その言葉になお帰りたくなったフリッツであった。

 

 なんとか宥めすかしてフリッツにマントディアに乗ることを了承させたソーマは彼に機体の説明をした。

「う~む、たしかに法撃戦を展開できるのは便利だね」

 そうでしょう、そうでしょうとソーマはドヤ顔を決める

「でも、だからってなんで腕がカマキリなのさ?従来機と同じで鉤爪でいいだろうに?」

 この人として当然の疑問にソーマはこう応えた。

「金属資源が使えない以上、強化魔法をかけやすいように腕と一体化した武器を取り付けるべきだと思ったんですよ。この鎌も言わば爪の延長線上にあるものといえます。

 骨や甲殻を研いだ刃を取り付けて、対象を切り刻む。そして、敵の攻撃を受け止めるためにも、それは長いほうがいい。そうやって延長していったらこのデザインにたどり着いたのです」

 にしてもあまりにも禍々しいデザインだと文句の一つも言いたくなるのが人情というものだ。

「とにかく乗ってみて欲しいんです。わけあって俺はこの機体には乗れないので、代わりに乗ってくれる騎操士を探していたんです。少なくとも格闘性能は従来機より上がってるはずです。だからお願い見捨てないでぇ!」

 そう泣き付かれて、フリッツも仕方なく操縦席に座った。

 

(悔しいけど、確かにこの武器は鉤爪より扱いやすいようだ)

 試験場で鎌状アームパーツを振り回していて、フリッツはそう思った。

 見た目こそ禍々しいが、これは鉤爪に比べれば剣術の動きを反映させやすくなるように造られていて、正直従来機の格闘戦に違和感を覚えていたフリッツはこちらの方が扱いやすいと感じた。

 二刀流の片刃双剣とも言うべきこの鎌を振り回して、標的となる巨大な丸太を切り刻んでいく。

 見た目が酷いのはこの際眼を瞑ろう。そう思う程度にはこの兵装が気に入ったフリッツだった。何気にチョロい。

 そう思っていると、ソーマから次の指示が来た。次は魔導兵装の試験をするようにとのことだ。

 鎌を畳んで、先ほど切り刻んだ標的とは別のそれに目をつける。

(彼は視線がそのまま射線軸になると言ってたな。ここかな?)

 幻像投影機(ホロモニター)の中心点にちょうどバッテンマークが書き込まれていて、それを標的に重ねると右手で握っている操縦桿についているボタンを、魔力の注入と共に押し込んだ。

 注入された魔力が、魔力増幅器を通して拡大・増幅され、額に埋め込まれた触媒結晶に注ぎ込まれると、魔法現象が発現する。

 風の基礎系統に属する魔法、収束旋風(コヒーレント・ストーム)が標的に吸い込まれると同時にそれを消し飛ばした。

 続いて左の操縦桿を押し込むと、腹部シャッターが開いてそこからも、触媒結晶が露出する。そこから撃ち放たれた魔法は同じく風の基礎系統に属する破砕竜巻(クラッシャー・トルネード)。今度は標的もろともに地面が抉れてあたりに砂塵をばら撒いた。こちらは視線との連動など行われていないためたしかに当てづらいが、それを補って余りある火力だ。

(素晴らしい威力だ。そしてこの魔力増幅器を使った操縦方式・・・・・・こちらの方が魔力転換炉より量産しやすいらしいがそれだけじゃないぞ)

 先ほどの格闘戦テストのときもそうだが、魔力を注ぎ込んで操縦するこの操縦法は騎操士が疲れやすくなったとも言えるが、適度な疲労感が機体の疲労を感じ取っているかのようで、自身が幻獣騎士になったかのような没入感を与えるのだ。

 これを一体感による快感と捉えるものも現れるだろう。他ならぬ自分のように。

「フリッツさん、この機体に魔力を込めるときは静かにしてちゃ駄目です。腹に力こめて、思いっきり叫んでください」

 後ろからそんな台詞を投げかけられた。振り返ってみると、カマドウマが歩いてきていた。ソーマが乗っているらしい。

「叫ぶって何をだい?」

「今からお手本を見せましょう」

 そう言って、標的の前に立ち、

「コヒィィィレント・ストォォォォォォム!」

 その言葉と共に頭部にある顎が横に大きく開いて、触媒結晶が露出する。収束した風の“線”が標的に着弾するとそれを切断した。

 それは先ほど自分が放ったそれよりも収束率が上がっていて、貫通力も上昇していたように感じた

「クラッシャァァ・トルネェェェェェド!」

 腹部シャッターが開いて露出した触媒結晶が高威力旋風を作り出し、地面を掃き清め、抉り取る。ついでの様に標的が巻き込まれると、バラバラになって細かく分解され、跡形もなくなってしまった。

 こちらも自身のそれより威力が上昇している。

「これでわかったと思いますが、注ぎ込める魔力はテンションによって上下します。ここぞというときは大きく叫んでテンションをあげて、魔力を注ぎ込めば、威力が上昇しますよ」

 これには実は少しだけ嘘が含まれている。確かに魔力増幅器は供給者のテンションによって注ぎ込まれる魔力が上下するため、魔力を注ぎ込むときは叫んだりして、気分を盛り上げることは有効なのだが、ソーマが乗っているカマドウマの動力源となっているのはロシナンテなのだ。本来はソーマのテンションは関係ない。

 だが、この賢馬は空気が読めるので、ソーマのテンションが上がっていると自分もテンションを上げて、注ぎ込む魔力を上昇させる。なんと忠義の厚い馬なのであろうか。さすが未確認生物(UMA)だ。

「随分と疲れる仕様なんだねぇ。だが、確かに面白い。俺も真似てみよう」

 この日、訓練場は拡声されたソーマの声(ソプラノ)フリッツの声(バリトン)が響き渡るたびに嵐が起こるけたたましい場となった。そのため、後日騒音による苦情が相次いだ。

 訓練の場ではもう少し大人しめの声で練習しましょう、そういうことになりましたとさ。

 



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8.巨人との出会いと魔法の開拓

今回も難産だった・・・・・・心理描写も戦闘描写も難しい><


 森の中を一頭の魔獣が駆ける。

 それは白い獣だった。所々に黒い模様が入っているその体躯は近辺に暮らしている巨人族達を凌駕するほど大きく、その爪牙はそれらの肉や甲殻をたやすく切り裂くであろう。

 魔獣は飢えていた。ここ最近、自身が狩れるような食いでのある獲物にめぐり合えなかったからだ。

 だが、ようやく自身の経験上、容易く狩ることが出来そうな生き物を見つけることが出来た。

 そのおいしそうな獲物に向かって魔獣は背後から忍び寄ると、一気呵成に飛び掛り、

 直後、横合いから飛んできた何かによって大きくその軌道を変えられた。すさまじい衝撃が魔獣を襲い、近くの樹に体を叩きつけられる。

 だが、この程度では獣の命を刈り取るには足らない。全身を本能的に強化魔法で守った獣は、“何か”が飛んできた方向を睨んだ。

 それは大きな人型の存在。だが、巨人では無い“何か”であった。

縞獅子(ネメアリオン)とはねぇ、いい素材 見~つけた♪」

 鈴を転がすような声を放ったその“何か”は、あまりにも異様な風体をしている。

 筋肉質の巨漢を思わせる体躯、それを包む光沢を放つ外骨格、その上に載っている昆虫のような頭部。

 この森に存在するどの生物もこんな奇怪な容姿はしていない。

 それもそのはず、これは複数の魔獣の死骸から引き剥がしてきた骨と甲殻を使って作り上げられた人造の存在、幻獣騎士(ミスティック・ナイト)なのだから。

「気合入れて行こう、ロシナンテ!」

 幻獣騎士“カマドウマ”の胸郭の内側で小さな一人の少女のような少年、ソーマ・ソリフガエは胸郭内部の機械と一体化して今や座席と化している愛馬を鼓舞する。

 すると、筐体を構成する機械、魔力増幅器(マナ・アンプリファー)蜘蛛ノ書架(スパイダー・シェルフ)”が機体に仕込まれた給排気管から魔力の源、エーテルを大気と共に吸い込み、その内部に循環すると共に、ソーマが跨っているロシナンテの魔力を増幅し始める。

 通常の生物に在らざる膨大な魔力の感覚に、ロシナンテは高揚感を覚え力強い嘶きと共に主であるソーマへと流し込む。ロシナンテはこの瞬間が大好きだ。自身が普段とは違う大きな何かに変わっていく感覚はたまらなく心地よい。

 それは魔力を流し込まれ、共に魔法を紡ぐソーマにとっても同じだった。ソーマはそれを自身の脳髄と連動した魔導演算機(マギウス・エンジン)に流し込み、それと連動している全ての“命”に命令する。目前の“敵”を攻撃せよ!と。

 筋肉として張り巡らされた芋虫型魔獣“筋蚕”はそれに応えた。カマドウマはその巨体に見合わぬ敏捷性と、その巨体に見合った質量エネルギーを武器に縞獅子に突撃をかけた。

 対する縞獅子も黙って攻撃を受けるだけではない。急な邪魔が入って驚いたが、この狩りの邪魔をしてきた“何か”には嗅ぎ覚えのある匂いが混ざっている。矮小な小人達の匂いが。

 縞獅子は知っている。この匂いを発する生き物ではない何かは大きさこそ巨人と同じだが、大して美味くもないかわりに、強くも無い。遊びで襲って壊したこともある弱い存在だ。

 そして、その中に入っている小人は食べ応えは無いが、そこそこな味だったはずだ。

 生意気に狩りを邪魔してきた償いをさせてやろう。そう思ったかどうかはわからないが、とにかく怒っていた縞獅子は目前の身の程知らずにその前足に生えた爪を振り下ろした。

「お生憎様、アラクネイドとは違うんでね!」

 一撃で大抵の動物の肉を引き裂く爪は、その太い腕によって受けとめられた。すかさずもう片方の爪でも攻撃するが、同じく無効化される。

 この機体は縞獅子の今まで襲ってきた幻獣騎士に比して大量の筋蚕が張り巡らされている。故にもはや獅子の力程度では根負けしてしまうほどの馬力を発揮しているのだ。体重を載せた圧し掛かりをしようとしてもびくともしない。

 縞獅子は戦法を変えることにしたようだ。その大きく裂けた顎とそこから生えた牙をもってして、目前の敵の頭部を噛み砕こうとしている。

「待ってました♪大口開けてくれてありがとう!」

 カマドウマの頭部の顎が開き、その奥から結晶が露出すると、その先端部に周辺の大気が集まってくる。風の基礎系統に属する魔法が、収束された空気分子の奔流を引き起こして、縞獅子の口腔めがけて“照射”された。

「コヒィィィレント・ストォォォォォォム!」

 雄叫びと共に吐き出された風魔法が、縞獅子の体を内部から削り壊し、肉を引き裂き、骨を分解し、夥しい血液を周囲に飛散させる。頭部が原型を留めなくなるほど破壊されて縞獅子の命脈は絶たれた。

 力を失っていく縞獅子を優しく抱きとめたカマドウマは、強化魔法を失って脆くなった体が崩れないように丁寧に地面に下ろした。

「なんとか、頭部だけ破壊できたな。こんなに若くて新鮮な素材が手に入れられたんだから、俺ってば、ついてる♪」

 機体の動作テストがてら森の中を散策していた彼が縞獅子を見つけたのは全くの偶然であった。その体から取れる骨は希少価値が高く幻獣騎士素材になると聞く魔獣だ。一台でも多くの幻獣騎士が作り上げられて欲しいと願う彼にとってそれに戦いを挑むことなどに躊躇は無かった。

 縞獅子の骨は寿命を迎えた個体のそれから剥ぎ取られたことがあったのだが、強化魔法に対する応答性が高く、グレードの高い幻獣騎士のフレーム素材として重宝されていた。

 だがこの魔獣は幻獣騎士1個小隊に匹敵すると言われるほどの力を持った大型魔獣。その癖、動きが早くて大抵の場合数を頼みに攻撃しようとしても各個撃破されたり、逃げられたりしてしまう。ましてや一機で渡り合うことなど不可能だと言われて来た。

 故にその素材は大変高価で、状態のいいものは下手な金属資源より希少性が高いといわれていたのだが、それが丸々一頭分手に入るなど、今までであれば考えられないことだった。

 それを可能とするカマドウマが今までの幻獣騎士の標準性能をブッちぎっているのは間違いない。

「ん?」

 死体を解体して、骨と皮を剥ごうとしたソーマはふと視線を感じて、横を振り向いた。

 その視線の主の正体は女であった。それも人間で言えば、12歳前後の容姿に見える褐色肌の美しい少女。

 だが、その体躯は7m前後と大変巨大であり、その顔にある3つの瞳はそれが人間ではないことを示している。

 巨人族の少女。それが先ほどこの縞獅子が獲物として襲い掛かり、偶然ソーマが助けてしまう形になった視線の主だった。

 その3つの瞳は震え、涙を浮かべている。なにやら腰の辺りが濡れている。そして地面を蹴って、ここから逃げようとしているが、うまく力が入らないのか 失敗している。

 巨木の枝を槍のようにこちらに向けているが、ガタガタと震えていて矛先が定まっていない。

 この事から察するに、恐怖で腰を抜かしてしまったのだろうと思われた。

 今のこの娘が恐怖しているのが、縞獅子なのか、ソーマのカマドウマなのか。片方が頭部を失って横たわっているのを見れば、考えるまでもあるまい。、

「・・・・・・どうしようかね、この子」

 なんだか妙なことになった。

 ソーマは素材を剥ぎ取るために縞獅子を屠殺したのであって、この娘を助けるつもりが在ったわけではないのだが。

 巨人族(アストラガリ)。自分達人類に隷属を強いて、「小鬼族(ゴブリン)」などと蔑む、街や村から金属資源を持っていったウザいアンチキショー。

 そう思っていたソーマではあったが、こんな失禁している少女にまでそんな感情を向ける気にはなれない。彼が憎んでいるのはあくまで「ロボットや兵器を作るのを邪魔するやつら」なのだから。

 ふと、ちょっとした好奇心から、彼は操縦席のハッチを開けて外に出てみることにした。

 少女から反応があった。信じられないものを見たような眼でこちらを見つめてくる。

「おびえないでくれよー ボク わるいゴブリンじゃないよ」

 やってみたかったネタ台詞を炸裂させるソーマ。もっともそんなネタを目の前の巨人少女が理解できるはずは無いが。

 しかし、効果はあったのか、少女の体の震えは収まっていき、落ち着きを取り戻していく。

「あなたは小鬼族?・・・・・・これはあなたの幻獣(ミスティック)だったの?」

 この問いに対して、ソーマは首を縦に振ると、少女に忠告した。

「お嬢さんはルーベル氏族の方ですか?この辺は結構強くて怖い魔獣がたくさん犇いている場所ですよ?あなたのような人がうろついていると食べられちゃいますよ?お家に帰った方がいいですよ」

 ルーベル氏族。この近辺を支配している巨人たちの氏族であり、森伐遠征軍の生き残り達を隷属している巨人族最大の氏族。

 この辺は彼らの縄張りなので、目の前の少女はその氏族の一員だと思ったのだ。

 だが、娘は首を横に振った。

「私は、ルーベル氏族じゃない・・・・・・」

 怪訝な顔をするソーマ。他の氏族の子が迷い込んできたというだろうか?

 更に事情を聞こうとしたソーマだったが、突如起こった大きな物音に驚いて、周囲を警戒し始める。

(他の魔獣が現れたのか?)

 一瞬そう思ったのだが、すぐに違うことがわかったのだ。音は目の前の少女が発していた。その腹部から。

 腹の虫が盛大に鳴き喚いていたのだ。お腹すいたと。

 

「なにやってるんだろうねぇ、俺」

 そう自嘲しつつも、ソーマはカマドウマを使って、縞獅子の死体を丁寧に解体し、調理していた。どうも彼女を放って置けなくなってしまったらしい。

 本来、骨と皮のみ取り出して捨てておくつもりだった肉を、周辺の樹を使って即席で作った簡単な道具で固定すると、その辺の枯れ木を薪にした焚き火で炙っていく。種火は炎魔法で付けた。

「はじめて作った道具だけど、何とかなるもんだねぇ」

 機体から降りて、いい感じに中まで焼けたか確認し、火が通っていることを確認した肉を巨大な葉の上に載せていく。

 軽く味見してみる。あんまり美味しくない。でも食べられないほどじゃない。肉食獣の肉だ。あまり贅沢はいえまい。

「は~い、できたよ~ 召し上がれ!」

 そう言って巨人少女に渡したのだが、受け取ろうとしない。

「毒なんか入ってないよ。ほら」

 一切れちぎって食べて見せると、彼女も食べ始めた。どんどん食べる勢いが増して行くあたり余程お腹を空かしていたんだろう。

 食べ終わった所でソーマは話しかけた。

「お腹が膨れたんなら、事情を聞かせてくれないかな?あなたが誰で、どうしてこんな所に居たのか」

 そうして、彼女は名乗った。彼女の名前はミコー。ルーベル氏族とは違う諸氏族の内の一つ、アドゥーストス氏族の村で暮らしていた少女だそうだ。

「だとしたら、ミコーさん、ここはルーベル氏族の領域に差し掛かっている。彼らに見つかる前にあなたの氏族の所に帰ったほうがいい。

 俺は会った事がないけど、ルーベル氏族は乱暴な輩が多くて、他の氏族が自分達の領域に入ってくることを嫌う排他的連中だと聞く。

 こんなところに居るのがばれたら、何をされるかわからないよ?」

 優しげにこう語りかけたが、またも首を横に振られてしまった。

「私に帰る場所はないわ・・・・・・氏族の皆は死んでしまった。大きな獣がやってきて食べられてしまった。父も母も、もういない・・・・・・・」

 そういえば、聞いたことがある。巨人族の氏族の一つが、師団級に匹敵する巨大な亀の魔獣に襲われて、滅んでしまったのだと。

 滅多にはいないのだが、この森には幻獣騎士が束になっても適わないような旅団級・師団級魔獣と言われる超大型魔獣が現れることがある。

 彼らは巨人の一人や二人ぐらい軽く平らげるほどの巨躯で、村や町を襲うことがある。おそらく彼女の言っている獣がそれなのだろう。

 その魔獣災害から彼女だけが生き残って、逃げ延びたらしい。その獣ははるか西の地に行ってしまったのでもうこの近辺でそいつに襲われる心配は無いらしいのだが、

 見れば、彼女の3つの瞳からは涙がこぼれていた。家族を失った悲しみを思い出してしまったらしい。

 悪いことを聞いてしまった。ソーマは気まずい気分になった。

「しかし、何にしてもここは危険だよ。他の氏族の所に行くことはできそうにない?」

 ソーマはそう尋ねるが、またも首を横に振られる。他の氏族の所を当たってみたらしいが、ほぼ断られてしまったそうだ。

 彼女の足で行けそうなところは全て当たったのだが、残ったのは遠く離れたカエルレウス氏族とフラーウム氏族ぐらいのもので、しかも彼女は普段交流が無かった彼らの村の所在地がわからないのだそうな。

 そうやって、行く当てが無く彷徨っていたら、先ほどの魔獣に襲われそうになって現在に至るということらしい。

「ルーベル氏族に紹介して引き取ってもらう・・・・・・のは無しだな。それは彼女があんまりにもかわいそうだ」

 聞いたところによると、連中は平定した他の士族の村娘を相手に性的な乱暴を働くこともあるそうで、そんな連中の所にこんな若い娘を放り込むなどろくな未来が待ってないだろう。

 故に却下するのはソーマの良心では当然といえる。

 

「よし、ここなら大丈夫だろう」

 ミコーを連れたソーマがやってきたのは上街から少し離れた場所にある古い鉱山の跡地だ。

 資源を取り尽くして、ルーベル氏族からも上街の人間からも見向きもされなくなった鉱山で、巨大な洞穴が口を開けている。ここならば、しばらくの間は誰にもばれずに彼女を匿えるだろうとソーマは考えたのだ。

 中に決闘級にも満たない魔獣が住み着いていて、侵入者を撃退しようとしてきたが、彼らはソーマがカマドウマを使って撲殺したため、穴の中で哀れな屍をさらしている。

「よ~し、あらかた掃除が終わったからもう大丈夫だと思うよ。しばらくはここで過ごしてくれる?」「う、うん・・・・・・」

 魔獣を血祭りにあげて、返り血を浴びまくったカマドウマの全身は赤黒く汚れており、その姿にミコーの表情は引き攣っているが、ソーマは気にせずそれらの魔獣を加工して、彼女の胃袋に入れるべく、先ほどやったような手順で解体していく。

「う~ん、今度塩を買ってきて、干し肉にでも作るかな。ミコーちゃんどう思う?」

 そんなことを言いながら、ソーマは彼女の今後について考えていた。

 

 

 

「ソーマ、いらっしゃい。今日も来てくれたの?ありがとう!」

 そう言ってミコーが洞穴に入ってきたソーマを歓迎してくれる。

 あれからほぼ毎日洞窟に通いつめているソーマ。当初表情が硬かったミコーも今ではソーマの前で笑顔を見せるようになった。

 途中でカマドウマで撲殺したり、ロシナンテの上からぶっ放す魔法で殺した魔獣を持ってきては彼女のために解体し、調理していく。

 あの日持って帰った縞獅子の素材を上街の工場に持ち込んだら、大変な貴重な素材故に何か褒美を取らそうということになったらしい。

 それに対して、彼は「棒給を上げてくれるのなら、定期的に魔獣素材を狩って持ってきましょう」と言って、それが許可されたため、増額された給金を岩塩の購入に当てて、それを彼女の所に持っていくようになった。

 故に、彼女の食べる魔獣料理のレパートリーは大分増えてきている。

「このハンバーグっていう料理すごく美味しい」「ソースもないし、卵ぐらいしかつなぎになるようなものが無いんで、正直不満もあるんだけど喜んでくれてよかった」

 このサイズの生物が腹を満たせるような料理に使う穀類やその加工品など手に入れるのは現状不可能なので、鳥類型魔獣の巣から取ってきた卵を使って作ってみたものだ。

 ハンバーグといっても材料のひき肉は幻獣騎士のマニュピレーターで作った粗いものなので、とても人間が食べられたものではないのだが、彼女の咬合力の前にはこの程度のものでも「今まで食べたことが無いぐらいやわらかくて美味しいもの」らしい。

 ちなみに彼女の食事の間は、自分用サイズに調理したものをソーマは食べている。こちらはより丹念に挽いた肉と小麦粉や鶏卵をつなぎにして作った人間でも食べられるものだ。

「ねぇ、ミコーちゃん、俺もあれから色々考えたんだけど、君の今後の方針について聞いてくれる?」

 この日のソーマは食事が終わるとまじめな顔をして、彼女を見つめてこう言った。

「うん・・・・・・ソーマの考えを聞かせて」

 ミコーも見つめ返してくる。

 彼女はたまたま迷い込んできただけなので、この近辺の地理にも詳しくは無く、また知識を手に入れる伝も無い。五里霧中と言える。

 故にこの近辺のことを知っていて、それ以上の情報を手に入れる手段を幾つか持っているソーマだけが頼りだ。

 小鬼族だからなどという侮りは、縞獅子を始めとする巨人でも苦戦が免れない大型魔獣を幻獣騎士を使ったとは言えど、ほとんど一方的に屠る様を見て、吹き飛んでしまった。また食事も寝床も用意してもらって置きながら侮る気になるほど恩知らずではなかった。

 彼女はソーマを信じていた。そのソーマが自分について賢明に考えてくれたのなら、それを聞かせて欲しい。そう思っていた。

「あれから色々調べてみて君が言っていた、フラーウム氏族とカエルレウス氏族の大体の場所がわかったんだよ」

 彼は簡単な地図を地面に書き始める。自分達小鬼族の上街や下村、ルーベル氏族の街である「百都」、そして各氏族の大体の位置。そして最後に彼女が言っていた二つの氏族の集落の位置。

「見て解ってもらえたと思うけど、かなり遠いね。たぶん、道中で魔獣に襲われる可能性もあることを考えれば、ここに向かうのは今の君には危険だ。かと言って、ルーベル氏族を頼るのは問題外だし、俺達小鬼族の街や村では養うことは不可能だろう」

 縞獅子のような魔獣が跋扈するような場所を歩くことは危険だ。そして、ルーベル氏族のような強姦魔の巣窟(少なくともソーマのイメージでは)に彼女をやるのは別の意味で危険であるし、巨人へのヘイトや恐怖を溜め込んでいる人類の集落では揉め事の種となるだろう。それに小鬼族は自分たちの生活で手一杯でこれだけの質量を持った巨人という生物を養えるだけの余裕などあるまい。

「じゃあ、ここでこのまま暮らしていくべきかな?」

 ミコーは何故か嬉しそうな表情でそう言う。

「いや、うちの(オベロン)が余程の無能でなければ、ここで長居していると気付かれてしまうだろうね。同じことはルーベル氏族にも言えるよ。いつ、嗅ぎ付けられるか解りはしないさ」

 ソーマのその台詞を聞いて、何やらションボリしてしまったミコー。それは八方塞りな現状に悩んでいると言うより、好きなものを取り上げれらた子供のような表情。何かをとても惜しんでいるような顔だった。

「そこで発想を変えたんだよ。君に巨人達の集落への道中を無事に乗り越えられるだけの力をつけて貰おうって」

「力をつける?」

 ミコーはソーマの言葉の真意を測りかねていた。

「君に魔法を教えるよ。それを習得して下手な魔獣なんか追い払えるようになってもらう」

「ま、魔法!?でも、私は三眼位(ターシャスオキュリス)で、魔法は使えないはず・・・・・・」

 巨人族は生まれ持った眼の数による厳格な階級(カースト)社会を形成している。最下層である単眼の者は従者階級(アルミーゲラ)として、眼の数の多いものに臣従し、眼の数が増えるごとに階級が上がり、発言力が増していく。肉体も強くなる傾向があるようだ。そして、滅多に生まれない六眼位(セクストスオキュリス)が全ての巨人族を従える王族として崇められる。そういうしきたりらしい。

 なんでも、このルールに不満を抱いている派閥の筆頭核こそが何を隠そうルーベル氏族で、それ故に周辺の氏族とのいさかいが絶えないのだとか。彼らが「眼位に関係なく皆が自分の特性を発揮できる社会を」といった理想を掲げているならソーマも感心しただろうが(現実的ではなかったとしても)、彼らの氏族長が五眼位(クィントスオキュリス)なのだそうで、「六眼位では無いからと言う理由で最大氏族の長であるはずの自分が巨人族を支配できないのが不満である」という俗物的な考えによるものらしい。

 話がそれたが、このように眼の数と階級によって役割が決まっている巨人族社会において魔法が使うことが出来るのは四眼位(クォートスオキュリス)以上の能力なのだそうだ。それ以下の眼位のものは使えないと。

 しかし、ソーマにしてみればそのような理屈など笑止千万である。

「いや、君達は無意識のうちに魔法を使っているんだよ。君達巨人はその質量を支えるために本能的に強化魔法を自らにかけている。だからこそ、そうして生きて、立っていられるんだ」

「???・・・・・・よくわからない」

 ミコーは理解できないようだ。

 しかし、これは無理も無いことだろう。彼女達の社会は原始的で、現代地球どころかこの世界の人類の文明にも届いてはいない。故に科学的・魔法学的視点から己の体を分析するようなことも出来ないし、その発想も無い。

 そのような種族に、「あなたたちの体のサイズを維持するのには強化魔法が必要なはずだ。そうでなければ、自重に負けて体が崩れてしまうはずなんだ」などと説いても実感など湧くまい。

「とにかく、君は生物としては魔法が使える条件は揃ってるはずなんだよ。あとは君が意識して魔法を使うために必要な器官、魔術演算領域(マギウス・サーキット)が存在するかどうかを確かめる。ミコーちゃん、手を出して」

 ミコーが手を差し出すと、ソーマはその指を握って、彼女の魔術演算領域へのアクセスを試みた。ロシナンテの時と同じく彼女の魔法を“開拓”しようとしているのだ。

(見つけたぞ。ロシナンテのときに比べれば桁違いに反応が強い。だが、全く使われてなくて縮こまってるみたいだ。これを開拓するには骨が折れるぞ。だが、根気よく刺激していけば必ず・・・・・・)

 だが、ソーマがこのように冷静でいられるのとは対照的に、ミコーは彼が魔術演算領域へのアクセスを始めた時から発生している未知の感覚に翻弄されていた。

(!? 何?何なのこの感覚!? 彼に優しく抱きしめられるような、それでいて無理やり乱暴なことをされているような でも嫌じゃないような この不思議な感覚は!?)

 他者の魔術演算領域に干渉する。いわば、脳にハッキングをかけるようなものだ。自分の脳にハッキングなどされたら想像しがたいほどの違和感を持つであろう。

 だが、夢魔族(インキュバス)は対象に抵抗をさせないための本能的な魔法をアクセスの際に発動させる。それが快楽中枢の刺激である。相手に気持ちよくなってもらうことで、この違和感が嫌悪感にならぬようにしてしまうのだ。

 実を言うとこれこそが彼らが“夢魔族”などと言われて、大陸の西方においてアールヴや人類が彼らを強く嫌悪して滅ぼしてしまった原因の一つなのだが。 

 魔獣を従えて操るのみならず、この“快楽”を武器に知的生物の社会において権勢を深めようとした者もいたということだ。

「よし、なんとか魔術演算領域の励起に成功したようだね。あとはこれを何度も続けていけば、いずれは魔法が使えるようになるはずだよ」

「えぇ!?こ、これを何度も? そ、そんな事されたら私・・・・・・」

「大丈夫だって、うちのロシナンテだって、元々魔法なんか使えない普通の馬だったんだよ?それに比べれば君は元々素養はあるはずなんだ。自分を信じて!」

「そ、そういうことじゃなくて・・・・・・」

 結局、これ以降ミコーは魔術演算領域の使い方を“理解させられて”彼の手によって魔法が使えるように“改造”されていくことになってしまった。

 その過程で彼女が絶え間ない快楽の渦にさらされたことは言うまでもあるまい。

 

(ソーマぁ、私、もうあなた無しで生きて行けないよぉ・・・・・・カエルレウスもフラーウムもどうでもいい。あなたと一緒に生きていきたいよ)

 

 故に彼女がとろける脳でそう思うのも無理からぬことだったのだ。巣立ちをさせるために力をつけるつもりで、己への依存度を高めているなどとは想像の外であったソーマ。実に罪作りな少年だ。

 

「どうしたの、ロシナンテ?今日は馬鹿に機嫌が悪いね?なんでそんなに怒ってるの?」

 そして、忠義者として評価していた愛馬がなんだか妙に怒っていて、ソーマは宥めるのに苦労したようだ。彼は未確認生物(UMA)の気持ちを理解するのは難しいとぼやいていた。

 




やっと、ヒロインが出せた~
そうです、巨人をヒロインにしたいがために、主人公に早めに機体を手に入れて欲しかったのです。なんかよくあるモンスター娘がヒロインのエ○ゲみたいなシチュエーションになってるけど、気にしない、気にしないったら気にしない(><)


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9.王の夢とミコーの魔法対策

書籍版8巻と漫画版4巻買いました~ WEB版との違いがあまり大きなものではなくて良かったような、物足りないような(特に幻獣騎士の設定が・・・・・・)
というわけで、この作品で引き続き妄想設定を垂れ流すことにしますwこれからもよろしくお願いしまーす


 その日、彼の目の前に美しい徒人の少女がやってきた。父が連れてきた娘だった。

「年頃が近いお前が友人になってやって欲しい」

 そう言って彼女を紹介した。

 彼は笑った。

「何が“年が近い”だ。私達と徒人とでは寿命も成長速度も違いすぎる。この娘がヨボヨボの老婆になる頃に私はやっと大人の仲間入りを果たすのだぞ」

 父はそれを叱ろうとした。今にして思えば、父はこの森にたった三人しかいない同属である彼が寂しい思いから鬱屈とした気持ちを抱えて生きていたのを何とかしたかったのだと思う。

 だが、娘はそれを停めた。

「事実ですから、それは仕方が無いことです」と。

 しかし、その言葉には続きがあった。

「でも特性の違いを理由に他と壁を作って交流をすることを放棄することはとても悲しいことです。“私達”はそれを学んだ。あなたもそれに気付いてくれるといいんですが」

 その時こそ、彼はそれを笑ったが、その言葉が今までの彼を支えていたとも言える。

 その時以来、彼女は事あるごとに彼に話しかけてきて、交流を持とうとした。

 最初は煙たがっていた彼も、彼女の働きかけに次第に態度を軟化させていき、いつしか楽しく談笑をする仲になっていた。

 そして思った。他者と話して心を交わすとは、こんなにも楽しい物だったのだと。

 こんな時間がいつまでも続いて欲しいと、そう思っていた

 

「夢か、久しぶりだな。彼女が夢の中に出てきてくれたのは」

 執務室の机に突っ伏して、いつの間にかこの上街の支配者である(オベロン)は夢の世界に誘われていた。

 それは彼にとって、もっとも美しい時代の記憶だった。

 もし、あの時彼女に出会わなければ彼は他種族、いや、自分と家族以外の全ての存在に対する興味を失って、もっと卑屈な男になっていただろうから。

 オベロンは、目元の涙を拭う。

「彼と出会ったからなのかもしれないな」

 机の上に積み重なっている膨大な資料を見て苦笑する。

 ソーマ・ソリフガエ。はるか昔に一度滅ぼされ、森伐遠征軍の末裔である自分達上街の住人の前に再び現れた夢魔族(インキュバス)の血を受け継ぐ者。

 初めは魔力転換炉の増産を手伝わせるための工員としてしか見ていなかった人材だったが、彼にアールヴの秘伝である生命の詩(ライフソング)を教えて以来、ソーマには振り回されっぱなしだ。

 生命の詩の一部を切り抜いて、簡易型動力炉として魔力増幅器(マナ・アンプリファー)を作るは  古に途絶えた“魔導兵装(シルエット・アームズ)”の技術を幻晶騎士(シルエット・ナイト)のそれとは全く異なるアプローチから実用化するは 更にそれらの技術を結集して己のための専用機を作るは 果てはそれのデータをフィードバックした次世代量産機をつくるは、

 全く冗談のような成果だ。

 ソーマのつっ込みどころ満載の大活躍とそれに伴う常識大破壊にあの頃の王は憔悴しきっていて、いつもはオベロンの指導者らしくない態度に顔を顰めて遠巻きに見ている侍従や官僚達でさえも心配して声をかけてくる始末だった。

「陛下、大丈夫でございますか!?顔がブルーベリーの様になっておりますぞ!?」

 などと肩を貸してくれたのは誰だったろうか。あの時は意識が朦朧としてて記憶が無かったが、皆に本当に心配をかけてしまった。

 ソーマの活躍に伴う諸問題を処理するのに少々時間がかかったが、彼の活躍が小康状態になった今ならより冷静に小鬼族(ゴブリン)に齎された物を評価することができる。

 それを思いだすと笑いが止まらなくなる。

 幻獣騎士(ミスティック・ナイト)。実の所、オベロンはこの兵器を見限っていた。

 使い勝手の悪い魔獣素材と生体部品を利用して、幻獣を参考にしつつ幻晶騎士を無理やり再現しようと試みたこの兵器は、これ以上の強化は不可能な代物だと思っていた。

 機体の出力強化などしようとしても、生体アクチュエーターである筋蚕の品種改良は夢魔族が繊維・食用昆虫として完成させてしまっていた所為なのか、遅々として進まず、魔力転換炉(エーテル・リアクター)の改造を行おうにも、生命の詩の改良など、まだまだアールヴとしては若輩である自分には不可能だと思われた。

 金属資源を巨人族(アストラガリ)によって奪われていくため、内部骨格の改良も魔導兵装の生産もできない小鬼族(ゴブリン)の現状では、これ以上の延び代はない限界の訪れた兵器だと思っていたのだ。

 それをソーマはあっという間に打ち砕いた。限界などと言う物はつまらない思い込みに過ぎないのだと言わんばかりに。

 当初こそ、精神的ショックを受けたが、今では痛快に感じる。無意識のうちに付けていた上蓋をあっさりはずされたとでも言おうか。「私達はもっと上を目指せるのだ」と気付かされた。

 彼には感謝しなければなるまい。オベロンはほくそ笑む。彼の心の中深くに仕舞われていた狂気が再び顔を出し始めた。

「そうだ、今私が開発している“もう一つの兵器群”と彼の開発する幻獣騎士が合わされば、もう巨人族など恐れるに足らん!あれを量産ベースに載せるのにはいま少しの猶予が必要だろうが、もう少しの辛抱だ。必ず復讐は成し遂げられるだろう!」

 王はそれまでとは打って変わって慈しみに満ちた表情で、彼の懐に仕舞われていたロケットを開けてそこにはめ込まれた肖像画を見つめる。

「だから、それまで待っていてね。 ラミア」

 

 

 

 

 

 上街よりやや離れた洞窟の中でソーマは腕を組んで唸っていた。

 彼の前には巨大な樹の皮が並べられていて、そこには様々な魔法術式(スクリプト)が図形として書き込まれている。

 これらはソーマがこの街の構文師(パーサー)達と相談して幻獣騎士で運用するために開発した、魔導兵装で採用されている紋章術式(エンブレム・グラフ)の内訳。

 彼自身も魔導兵装の量産のために駆けずり回っている構文師たちの手を煩わす事の無い様にと、極大魔法を行使するための紋章術式を効率化させるための、研鑽を積んでいるのだ。

 そして遂にそれらの魔法術式の内訳とその構文の組み方のコツを習得することが出来た。

「ただし、風魔法に限る」

 そうなのだ。この上街で生産される魔導兵装は風の基礎系統(エレメント)に属する魔法に限定されている。

 何故かと言うと、筋蚕が作る繭からとった糸を使った絹、魔絹(マギシルク)と呼ばれるようになったそれに、紋章術式を書き込む事で造られるこの兵器は、高出力の電気や高い熱に晒されると、溶け落ちたり、焼けたり、そこまで行かずとも糸を構成するたんぱく質が変成する所為なのか魔力伝導性が失われてしまって、壊れてしまう。

 ソーマもこれに気付くまでに「風と炎を後方から吐き出す魔法装置を作れば、ジェットエンジンにできるんじゃね?」などと考えて実験してみたことがあった。結果は大失敗。紋章術式を構成していた魔絹が溶け落ちてただのガラクタになった魔法装置はそのあと、風の魔導兵装に改造されてカマドウマの腹部に収まっている。

 そして、「雷の魔法で、イオノクラフトも出来るのでは?」などと考えていたものも同様で、こちらは頭部に納められている魔導兵装の原型になった。どちらも流用されたのは筐体だけで、紋章術式は書き直さなければならなかったが。

「まあ、魔導兵装用はこれでいいや あとはミコーちゃんに教える魔法についてだけど・・・・・・」

 巨人族の少女、ミコー。ソーマの手によって魔術演算領域を励起させられるようになった彼女は

「ねぇ、ソーマぁ また私と一緒に魔法を使ってよ!」

 凄まじい熱意を持ってこれに挑んでいた。その命を危険に晒しかねないほどに。故にソーマは叱る。

「駄目だよ、ミコーちゃん。今、君は魔力をかなり消費してるんだから、回復するまで待ちなさい。魔力を使い切っちゃったら死ぬよ?」 

「大丈夫だよぉ、ほら、もうこんなに回復して・・・・・・あれれ?」「ほら、眩暈がするほど疲弊しているじゃないか。まだ休憩していなさい!」「ぶ~ぶ~」「むくれても駄目だよ」

 彼女達巨人族は強化魔法を本能的に行使して、自身の決闘級の体を支えている。故に万が一、その強化魔法に回す分の魔力を使い切ってしまえば、肉体が崩れて息絶えることになってしまう。

 だから、ソーマも魔力切れを警戒して余裕を持って休憩を取ることにしたのだが、彼女は休憩時間中も魔法練習をさせて欲しいとソーマに懇願してきた。

 彼女の熱意が魔法そのものではなく、ソーマが自身の魔術演算領域へのアクセスをする際に発生する快楽目当てのものであることを、彼は未だに気付いていない。

「魔法を使えるようになったのが嬉しいんだろう。自分もそうだった」と初めて魔法を使ったときのことを思い出して感心しているだけだ。

(この調子なら、彼女は魔法を習得してくれるだろう・・・・・・だが、彼女の熱意に反して魔力回復能が追いついていないのが心配だ)

 このままでは自分の監督外の場所で勝手に魔法を使ってしまい、その身に宿る魔力を使い果たして彼女は死んでしまうかもしれない。ソーマはそう考えた。

 それを避けるためには・・・・・・彼はある策を思いついていたが、これは上街に対する裏切り行為にもなりかねないものだ。そして、彼の“一台でも多くの幻獣騎士が生産されて欲しい”という願いとも矛盾する。

 ソーマはしばらく頭を抱えて唸っていたが、

「・・・・・・ミコーちゃんを放っておくことなど、もうできないし、裏切りと言うなら彼女を匿う行為も該当するから今更だよな。腹くくるしかないなぁ、ソーマ」

 そう自身に言い聞かせた彼はカマドウマに乗って、ある場所に向かった。

 

「よし、まだ誰にも気付かれていなかったようだな」

 あれから3時間程たった後、彼は魔獣が跋扈する森の奥を訪れていた。ここは決闘級魔獣の生息密度が高すぎて、小鬼族の幻獣騎士部隊はおろかルーベル氏族の戦士達も滅多に近づかない危険地帯。

 最近はこの地帯で素材となる魔獣を狩っていたソーマはあるものを見つけていた。そのまま持って帰ろうと思っていたが、あるアイディアが脳裏を過ぎり、そのときはしばらく放置しておくことにした。

 この日もお目当てのものがある場所にたどり着くまでに何体かの魔獣が襲ってきたが、ソーマは全て血祭りに挙げていた。そのためカマドウマは血塗れだ。割といつものことだが。、

 そうしてたどり着いた物の前にソーマは立っている。

 それは大分古い型の幻獣騎士の残骸。おそらくは決闘級以上の魔獣に狩られたものだろう。あまりにも危険な地帯であるが故に回収を諦めて放棄された、と推測できるその機体は筐体がズタズタに引き裂かれていて、操縦席も中が“食い荒らされて”いるため原形をとどめていない。内部骨格もまとわり付いていた筋蚕を貪られたせいなのだろう、滅茶苦茶にされていた。

 だが、この機体においてほとんど破壊されていない箇所がある。それが胸郭の後側に搭載されている魔導演算機と魔力転換炉だった。金属で出来ている故に魔獣も興味を示さ無かったのだろう。ほぼ無傷だった。

「たぶん、大昔にこの危険地帯にうっかり足を踏み入れちゃって、複数体の魔獣に集われてこうなったんだろうな。最初は街に持っていって再利用してもらおうと思ったんだけど、気が変わったんでね、ちょっと違う使い方をさせてもらうよ」

 ソーマは潰された筐体を丁寧に解体して両者を取り出すと、それらをカマドウマの両手に抱えてその場所を後にした。

 

 それから洞窟に戻ったカマドウマをミコーが迎えた。

「ソーマおかえりなさい。いきなり出掛けてくるって、言って出て行ったものだから、びっくりしたけど、どこ行ってたの?」

 心配そうに胸部装甲を開けたカマドウマの操縦席を覗き込むミコーに彼は応えた。

「ちょっと、森の奥までね。取ってきたいものがあったんだ」

 彼はカマドウマを操作して、片手に掴んでいた魔力転換炉をミコーに渡すと、彼女の肩に乗ってこう言った。

「ミコーちゃん、今からこの機械を壊して、その虹色に光ってる金属を捏ねて塊にしてくれる?今からそのための魔法を一緒に紡ぐから」

 ソーマは彼女の魔術演算領域にアクセスを始めた。ミコーはそれに伴う快楽に蕩けた笑顔になってるが、彼はやっぱり気付いていない。演算に集中しているからだ。

(あぁ・・・・・・やっぱりこれ気持ちいい・・・・・・ハッ、いけない。ソーマの言うとおりにしなきゃ!)

 彼女は掌にソーマが演算した魔法を纏わせて、魔力転換炉を握りつぶした。中に流れていた人工血液(エリキシル)が迸り、周辺に飛び散る。

「ひゃあ!?うぅ・・・・・・何、これ?」

「ごめん、魔力転換炉にはこれが入っているのを忘れてたよ。毒があるわけじゃないから拭うだけで大丈夫だよ」

 顔や胸に掛かってしまったそれを拭ってから、ミコーは引き続き作業を始めた。精霊銀(ミスリル)を粘土のようにこねくり回して加工する。

(大掛かりな加工は多少拙くとも彼女にやってもらって、細かな調整と作りこみは俺がやろう。デザインはどうしようかな?)

 それを見ながらソーマはこれから作る装置の設計について思いを巡らせていた。

(これに拡大術式を刻み込んでいけば、魔力増幅器が作れる。強力な魔力が流れても大丈夫なように耐久力に全振りしたものを作ろう。増幅率はいい所2倍程度になるだろうが、大元の魔力が大きければ十分な魔力供給量になるさ。それを彼女に使ってもらえば、もう魔力切れの心配はなくなるだろう。)

 最初は一部だけ削りだしてきて、他は上街に持って帰ることも考えたが、そんなことをすれば「減った質量の分はどこに行った?」と疑われて横領したことがバレてしまう。故にこれは丸ごと使うしかないのだ。幻獣騎士用増幅器3機分の精霊銀は確かに痛いが、ソーマは覚悟を決めていた。

(まあ、これも“メカ”には違いない。“バレなきゃ犯罪じゃないんですよ”って言うしなぁ。“巨人用魔力増幅器”必ず完成させて見せるぞ)

 決意と共に設計を練っているソーマの顔には笑みが刻まれていた。




ミコーの魔力についてのつっ込みを頂いたこともあったので、ブーストしちゃうことにしました☆ 「ロボットいらなくね?」となるのを防ぐために増幅効率を落とす言い訳を考えるのに苦労しましたw

感想欄のアンケート募集の規約に掠ってると言われて、確かにそうだと考え直しました><
というわけで、活動報告欄にてアイディア募集してみようと思います。torinさんご忠告ありがとう!


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10.殺人鬼の愉悦と少女の“覚醒” そして告白

PCのキーボードが壊れて、ソフトウェアキーボードをポチポチやるのが疲れたので、しばらくお休みしてました(><)
先日新しいの買ったので、なんとか書けました。皆さんお待たせしましたー
ちょっと最近遅筆になりつつあって、今後も亀更新になるかもですがよろしくお願いします。


 そこは巨石が並んだ空間だった。

 あるものは秩序正しく、またあるものは乱雑に並べられ、壁を形成している。その上を巨大な覆いとなる巨木や巨大な生物の骨と思しき素材でできた屋根が載せられて、しっかり固定されている。

 それは家。それも人間の作る小さな家などではない。もっと巨大な天然素材で出来た家屋だ。

 そんな巨大な物がいくつも建造され、一定の間隔を保った状態で配され、“街”を形成していた。

 この街が暗闇に包まれる頃、ここの“住人達”が、地響きを伴いながら走って行く。その瞳は顔の中央部にたった1つしかない者から、3つ以上あるものまで様々だった。

 巨人族(アストラガリ)。この街の建設者にして、住人たちである。

 ここは百都(メトロポリタン)。巨人族達の中でも最大の氏族。ルーベル氏族の形成した都。

 彼らはある一つの巨大な家屋の前で、鼻を押さえて立ち止まった。

「血だ・・・・・・この家の中から血の匂いが・・・・・・」

 むせ返るような鉄錆の匂い。それだけではない生臭い有機物の腐敗するような香りまでもがそれには混ざっている。夥しい死の臭いだ。

 巨人達は軽い目配せをすると、共にその家の中、死臭の発生源に突入する。

 そして、彼らはそこに広がる地獄に言葉を失った。

 床一面に広がる赤黒い血液。そこに積み上げられた“残骸”は彼ら突入した巨人達に比べて小さい。

 それは子供だった。幼い巨人の子供達が、この百都の未来をになう子供達が無残な姿で山積みにされていた。

 全員が恐怖にゆがんだ表情で息絶えている。そして、その下半身は・・・・・・

「うっ・・・・・・酷い。酷すぎる」

 あまりにも凄惨な光景に口から吐瀉物を撒き散らしたり、嗚咽を洩らす者が出始めた。

 子供達の遺体は、理不尽な暴力の痕が見られ、部屋の中には食い散らかした跡があった。

 子供を食うとんでもない怪物が街の中に侵入したことを、この現場は示している。

 だが、この場にいる大人達の記憶にはこの“手口”に心当たりがあった。

 力無き者を執拗に狙い、犯し、喰らう。恐ろしい化け物が、だ。

「これが噂に聞く“五眼の食人鬼(クイントスオキュリス・グール)”の所業!?

 各氏族の集落を襲う、獣性を宿した野蛮な・・・・・・人の皮を被った獣の仕業だと言うのか!?」

「そうだ」

 聞き覚えのない低く濁った声に、一同は辺りを見回す。

 すると、子供達の遺体の山を掻き分けて、何かが立ち上った。

 全身が血と臓物にまみれた五つ目の巨人が、周りを睥睨する。

 その顔は瘢痕化した古傷が覆い尽くしていた。元の人相の想像が困難なほどである。それが一層ヤツの印象を怪物然としたものに変える

「うむ、やはり幼き“眼”の肉は美味だ。血も良い。心が洗われていく様である」

 そう言ってヤツは嗤い始めた。

「声も素晴らしかったぁ! 母や父に助けを求める甲高い声が!」

「我に許しを求めてくる者もいたなぁ 何を許すと言うのだろう? 我は何も憎んでなどいないと言うのに・・・・・・」

「我はただ、犯し、喰らいたかっただけだと言うのにぃ!」

 ケタケタと狂嗤を撒き散らして五つ眼の鬼は吼えた。

「おのれ!このような行い、百眼の御眼に入れるには汚らわしすぎる!」

「幼き眼達の敵だ。潰えよ、食人鬼が!」

 3つ目の巨人がその手に持った武器を掲げて、殺意を剥き出しにして殺人鬼に殺到する。

 金属製の斧だ。これを叩き付けられれば、いくら強靭な肉体を持つ巨人族といえど、致命傷は免れられない。

「遅いな」

 しかし、武器が突き刺さったのは、ヤツが喰らった子供達の死骸だけ。

 食人鬼はその巨躯からは信じられないほどの身軽さで攻撃を避けたかと思うと、先頭の巨人の懐に飛び込むと、彼の腹部に向けて手刀を叩き込んでいた。

 食人鬼の手は巨人の腹部に深々と突き刺さり、血まみれの床に更に新鮮な血液を供給した。食人鬼は更に彼の腹を掻き毟り、断末魔を“演奏”する。

「ぐあぁぁぁ!?」

「むぅ、不味い。やはり幼き眼でなければ、エグ味が強すぎるか・・・・・・」

「喰らえぇぇぇ!」

 今度は単眼の巨人から槍が突き出されるが、食人鬼は木でできている柄の部分を叩き折ると、彼の大きな眼球に狙いを定めて、掌を突き出した。

「いぎぃぃ!」

「その武器は便利ではあるが、脅威となるのは穂先の部分のみだ」

 瑞々しい音と痛々しい悲鳴が響き渡り、またしても鮮血が床に追加される。

「我が興味があるのは、幼き眼の命のみ。だが、これらを見られたからにはお主らの瞳も閉じてもらうしかあるまいな」

 嫌らしい嗤い顔で、告げた言葉。返答は更なる攻撃という形で返された。

 

 数分の後、家屋の中から食人鬼が出てきた。全身に返り血は帯びていたが、無傷で。

 この家屋の中は巨人達が数の利を活かしにくく、食人鬼にとって格下が少数で向かってきてくれるとても都合のいい狩場であったのだ。 

「くっくっく、愚かなる眼下共めが、さて、この百都は巨人族最大の都と言えど、あまりにも獲物を減らしすぎるのは考え物か・・・・・・頃合であろう。今回は此れにて引かせてもらおう」

 そう呟いて食人鬼は何処かへと姿を消した。

 この殺人鬼の噂は巨人族全体に広まっており、多くの氏族が討伐しようとしていたが、格上との戦闘を避ける食人鬼は、執拗なまでに子供と眼下のみを殺害していった。

 ヤツが次はどこの氏族の村に現れるのか。それは食人鬼だけが知っている。

 

 

 

 数日後、食人鬼は森の中を歩いていた。

 全身が甲殻に覆われた猫背の巨人もどきを何体か見かけたので、どうやらルーベル氏族の勢力圏の中でも小鬼族(ゴブリン)の集落に近い場所らしい。

幻獣(ミスティック)と言ったか。中身が骨と虫と金属、それに不味い大人の小鬼族が乗っておったな」

 食人鬼がまだ若かった頃、好奇心から一体襲って、中身を調べてみたが、食人鬼は今ではすっかり興味を失ってしまっていた。やはり、巨人の子供がこの男にとって、最上の獲物であるらしい。

「それに、あれはあまり追い詰めすぎると、厄介な“モノ”を呼ぶ」

 食人鬼は己の顔の古傷に触れる。

“あれ”に襲われたときは、さしもの食人鬼も命の危険を感じた。己の顔を焼き焦がした恐ろしき獣達。

 ルーベル氏族が飼っていると聞き及んでいたものだが、実際に飼っていたのは小鬼族だったという事に当時の食人鬼は衝撃を覚えた。

 あんなものを従えていた小鬼族の底力に怖れを抱きそうになったが、あの獣達は小鬼族の集落の近辺に一度入り込んでしまえば、途端に攻撃を止めてしまった。

 当然だ。あんなものを集落の近辺で使ってしまえば、集落側に甚大な被害が出る。この殺人鬼を仕留めるためとは言え、幾らなんでもそんな危険な真似はできまい。

 あれ以来、食人鬼は小鬼族には一切、手出しをしなかったため、いつしかこの周辺をうろついていてもお互い見て見ぬふりをする関係となっていった。

 どうやら、ルーベル氏族の飼い犬といっても、愛する主人のために積極的に害獣を駆除するような忠義者というわけではないらしい。

 両者の間にある溝に食人鬼はさして興味はないが、見逃してもらえるというのなら精々利用させてもらおうと思っていた。

「さて、少し疲れたな。この近辺には昔、ちょうど良い洞穴があったはずだ 今日はそこで眠るとしよう」

 巨大な木々を掻き分けて、懐かしい仮拠点の近くにやってきた食人鬼はふと足を止めた。

 洞窟の内部に何か人の気配が在ったからだ。それも幻獣や小鬼族のそれではない。巨人の気配が。

「我の他にこの洞窟を利用するものがまだ居たのか?」

 彼は洞窟の住人を遠くから観察してみることにした。

 風下に立ってみると、洞窟の内部から食人鬼の“大好物”の匂いが漂ってきたのを感じた。

「雌だ・・・・・・幼き眼の雌の匂いがする!」

 なにやら嗅ぎ慣れぬ甘い匂いも混ざってはいるが、それは間違いなく幼い女の匂いだった。

 しばらく様子を見てみても、それ以外の気配を感じなかった食人鬼はいよいよもって辛抱堪らなくなってきたので、洞窟に向かっていった。

 己の中に滾る獣性に従って。

 

 

 

 

 ミコーは鉱山跡の洞窟の中で、一人の小鬼族のことを思っていた。彼は今日ここにくる予定は無いが、もしかしたら、来てくれるかもという期待を胸に。

 ソーマ・ソリフガエ。少女のような見た目をした美しい小鬼族。

 ミコーは彼と出会うまでその語感から、小鬼族とはもっと醜く、卑賤で矮小で愚かな、弱弱しい生き物であると思っていた。

 だが、ソーマはそのイメージを徹底的に破壊させる存在だった。彼ほど美しく、優しく賢く、逞しい魅力的な生き物など彼女は見たことがなかった。それは自身が暮らしていたアドゥーストス氏族の巨人達と比べてみてもだ。

 幻獣「カマドウマ」。それまで見たことのない異形の怪物はその胸の甲殻を開いて、ソーマを迎え入れると、その身体に秘める凄まじい膂力と魔導の力でもって、巨人ですら仕留めるのが困難な雄大な獣をもほぼ一方的に仕留めていってしまう。

 カマドウマに乗っている時だけではなく、アレから降りて小さな獣「ロシナンテ」に乗っているときでも彼は魔法を使って、己の何倍もの大きさの生物を狩る。こちらでは流石に巨人以上の巨躯の生物は相手取らずにそれより一、二周り小さな獲物だが。

 小さな獣しか狩ったことのなかった以前のミコーよりは強い人物であることなど、考えるまでもない。彼の身体のサイズと獲物の躯の比率、そして愛騎カマドウマの強さも併せて考えれば、アドゥーストス氏族の他の巨人など及びも付かない存在といえる。

 そして、とても賢い。ソーマは彼女の知らない様々な知識によってミコーの暮らしを急速に便利にしていった。

 ミコーは洞窟の奥を見る。天井からぶら下がっている袋がある。それは大型の獣の膀胱を加工して作られたもので、彼曰く「簡易シャワー」だそうな。

 彼が持ってきたこれを使ってからというもの、ミコーはその魅力にすっかり取り付かれてしまった。巨人族にはない「入浴」という娯楽の魅力にだ。

 この装置に近くに流れている川の水を入れて、魔力を流し込むと、中に仕込まれた紋章術式によって生み出された魔法によりこの道具の中の水は加熱されていく。ちょうどいい温度になったら天井に引っ掛けて止め具をはずすと、ぶら下がった器具の表面に開いた穴から暖かい水が流れ出てくるのでそれで身体を洗うのだ。

 ミコーは今まで水浴びとは夏の暑いときにでもないと冷たく不愉快なものだと思っていたが、暖かいお湯を浴びて汚れを落とすというのがあんなにも心地よいものであることに驚いた。

 入浴といえば、石鹸も忘れてはいけない。獣の肉はミコーに食べさせて、骨や皮や甲殻を街に持っていったソーマだったが、脂だけは全てこの洞窟の中に貯め込んでいた。臭いので何とかしてほしいと懇願するミコーに彼はこう言ったのだ。

「待ってて。これが仕上がったら、きっと脂がありがたくてしょうがない資源に思えてくるよ」

 実際、その通りになった。脂と“錬金術”という技術で作り出したという“アルカリ”とやらに、森で取ってきた匂いのよい植物の葉や実を混ぜて、ソーマは垢や脂が取れる不思議な薬を作り出した。

 半分は小鬼族の街に持っていき、もう半分はミコーが使って身体を洗っている。なんでも、これは小鬼族の集落では大変貴重なものだそうで、これを様々な物品との交換に利用するそうだ。

(*アドゥーストス氏族には貨幣経済の概念がないため、ソーマはいい加減な説明をしている)、

 定期的にシャワーを浴びて、石鹸で身体を洗う習慣をつけたことで、ミコーの髪と肌の質は、垢やフケが取れてとても清潔になった。以前は垢やフケなど、付いていて当たり前のものだと思っていたがこれを知ってしまったら、もう付いている状態など耐えられない。

 食事も以前氏族の皆と食べたものなどより、美味しいものを食べられているのは彼がかなり工夫した料理法によるものだ。

 ハンバーグ。あのようなものをミコーは食べたことがなかった。

 死んで柔らかくなった獣の肉はたやすく噛み切れるものではあるが、あらかじめ細かく千切った肉は汁が染み込みやすくなる。そのような肉はソーマが街で手に入れてきた岩塩や果物の汁を隅々まで吸い取っていた。

 それを焚き火で長時間加熱した石の上に置き、木々や葉っぱで覆って蒸し焼きにしてできあがりだ。

 その味は今まで食べた肉料理では味わえないとろける様な食感と、甘みや旨み、酸味という形で口に広がっていった。至上の味とはあのようなものなのではないかとミコーは思った。

 さすがにそこまで手間をかける品は毎日は作れないということで、普通に焼いた肉に同じような味を追加するための“ソース”というものを彼は作ったが、これも大変に美味だ。

 このような食事を続けたことで、ミコーの成長期の身体は同年代の巨人の娘に比べると、肉付きが良くなってきたように感じる・・・・・主に胸や尻の辺りが。

 彼の知性は料理や便利な品の製作だけではなく、魔法という形でも発揮される。

 驚くべきことに、彼ら小鬼族という種族は一部の例外を除き、魔法が使える種族だという。

 彼はそれを巨人族も使えるはずだと言って、彼女に教えた。

 今まで三眼位で、魔法と無縁であると思い込んでいた自分の頭と心に、初めてソーマの“魔法”が染み込んできた時の事をミコーは良く覚えている。

 彼はあれを“魔術演算領域(マギウス・サーキット)へのアクセス”と呼んでいた。

 それはあまりにも甘美な感覚。それと共に味わう自身の内に秘められていた新しい可能性を持った力、魔法。

 四眼位(クォートスオキュリス)以上の巨人達はこのような楽しい体験を独占していたのだ。それを少々妬ましくも思ったが、今はそれを自身も行使できるのだと考えれば、嬉しさが勝る。

 魔法を教えられて、文字通り彼女の人生は変わった。今まで出来なかったことが容易くできる強さを彼はくれたのだ。

 このように賢く、美しい獣のような強さを持ったソーマは、それに見合わぬ可愛らしい容姿のなかに、まるで兄や父のような優しさを持っている。

 ミコーがかつての家族を思って、涙していたとき、彼はこの洞窟で共に一晩を過ごしてくれた。肩に乗って耳元で彼が唄う色々な歌を子守唄に過ごす一晩は、安らぎに満ちたものだった。

(*ただし、ほとんどアニソンだったが)

 家族も仲間も失って、絶望に落ちていた自分を救ってくれたのは彼だ。彼がいなければ、自分はとっくに瞳を閉じて、永久に眠っていたはずだ。森の獣の腹の中と、土に溶けていた無力な存在だったはずなのだ。

 彼無しでは生きていけない。だのに、彼と何時かは別れなければならない。魔法の習得が完璧になったとき、それが彼との別れの時だ。そう思うと、ミコーの心はとても切ない気持ちになる。

「ソーマぁ。私、あなたと別れたくなんかないよぉ・・・・・・嫌だよ、離れ離れなんて・・・・・・」

 力無くそう呟くと共に、彼女は静かに涙した。

 ソーマのことを思うと、最近のミコーは胸がドキドキする感覚を覚えるようになってきた。これがどういう物なのか、彼女の知識には無い。

 ただ、彼には何故か言い辛いので、内緒にしている。可愛らしくて女の子のような姿をしていても“男”である彼には。

 ミコーは以前、ソーマの裸を見たことがあった。彼がミコーに簡易シャワーで沸かしたお湯を使って風呂に入りたくなったというので、洞窟の奥に小さな岩を使って作った風呂場を用意して入浴していたのを覗いてしまった。あまりにも少女然としたその姿から男の子であることがちょっと疑わしくなって興味を持ってしまったのだ。

 それは絹のような白い肌と、やや桃色の掛かった金色の髪によって彩られたやはりとても美しいもの。だが、ソーマが男の子であることは然りと確認できるものであった。

 もちろん巨人族であるミコーが覗いているのが、彼にばれない訳が無いので、彼女はお咎めを貰った。

「なんで男の俺が、女の子のミコーちゃんにお風呂場覗かれてるの!?普通逆でしょ!?」

 叱るというよりツッコミに近い叱責を貰ったミコーは彼に謝って、もう二度とこんなことはしないと誓ったのだが、今はその誓いを立てたことを微妙に後悔している。

 あの時は好奇心によるものであって、男の子であることの確認が取れて満足していたのだが、最近の彼女はもう一度、ソーマの裸が見たいという気持ちになってきてしまった、

 彼を思うとき、ソーマの裸がフラッシュバックするようになったミコーは、下腹部にとても切なく不思議な感覚を覚えるようになってしまった。それが何なのかも彼女にはわからない。これもソーマには言い辛い事だと感じている。

 だから、今日も彼を思ってこの感情を鎮めるための“処理”を行おうとしたそのときだった。

「おお、素晴らしい!発情した雌だ!このような至高の獲物を見つけられるとは、今日の我は百眼《アルゴス》に祝福されているのではないか?いや、そうに違いない!!」

 厭らしく嗤う怪物が現れた。その顔は醜い瘢痕に覆われ、額には五つの眼が獣欲に染まりひかっている。その身体は傷だらけでありながら、盛り上がった筋肉で装飾されていて痛々しさなど感じさせない。それは今まで見たどんな巨人族の男よりも大きく醜かった。

 その怪物はおもむろに服を脱ぎ捨てて、いきなり現れた自分以外の巨人の姿に呆けているミコーの服に手を掛けると、それを力一杯引きちぎった。

「きゃぁぁぁ!?」

 甲高い少女の叫びに興奮した五眼位の巨人の下半身を見たとき、ミコーは悟った。

 コイツは自分に何か厭らしいことをするつもりなのだ。それはとてもおぞましく汚らしい何かであると。

「いやぁぁぁ!!」

 ミコーは瞬間的に本能的な身体強化魔法を行使して、巨人を蹴ってその手から逃れると、洞窟の奥に向かって走る。この先に用意された“ある物”を求めて。

 洞窟の奥に立てかけてあったそれを、ミコーは必死の形相で掴み、装備し始める。

 それは靴だった。魔獣の革や甲殻で作られたとても無骨な長靴の見た目をしているそれの名は増幅靴(ブースト・ブーツ)。虹色に光る特殊な金属で整形されたリング状の部品が、普通の靴で言えばアッパーに当たる部分に仕込まれている特殊な装置だ。

 この靴はミコーに絶大な魔法の力を与えてくれるものだとソーマは言った。中に仕込まれている魔力増幅器(マナ・アンプリファー)が彼女の持っている魔力を強大なものにしてくれるのだと。この状況をどうにかするには、此れの力を借りなければならない。

 だが、この靴はそれだけでは機能を果たさない。これを制御するための魔道演算機(マギウス・エンジン)というものが仕込まれている魔導端末(シルエット・デバイス)なる器具が必要なのだ。

 それも装備しようとしていたときに、再びヤツはやってきた。

「愚かな娘だ。洞窟の奥になど逃げてどうしようというのだ?それとも我に犯される覚悟を決めて、ここで待っていてくれたのか?だとしたら、なんと可愛らしい娘なのだ・・・・・・だがな」

 そういって近づいてきた巨人は、ミコーの手を掴んで圧し掛かってきた。体重が腕にかかって痛みが走り、思わず悲鳴を上げる。そして、手に掛けていた魔導端末が洞窟の更に奥に転がっていく。

「ふははは 好い声だ! やはりこうでなくては、盛り上がらない!もっと恐怖し、もっと絶望せよ!もっと我を楽しませてくれ!」

 魔道端末を求めて、手を伸ばそうとするが、がっしりと強い力で握り締められていて、叶わない。

 必死の抵抗をしている彼女の身体を巨人はゆっくりと舐め回して、堪能し始めた。怖気が走って、ミコーは更に泣き叫ぶ。

「嫌ぁぁぁぁ、助けて!助けて、ソーマァァァァ!」

「ふははは!無駄だぁ!誰に助けを呼んでいるのか知らんが、ここは巨人の集落とは離れすぎている。最も近くに住まう小鬼族はお前を助けてくれはすまい。やつらは多くの巨人を喰らった我を見ても知らん振りだ!」

 そんなことはない!もし、彼がここにいてくれれば、目の前の巨人なんかあっという間にやっつけてくれるはずだ!ミコーはそう思った。

 だが、彼は今、ここにいない。自身がこんな目にあっているのを知らないのだ。知らないから彼はここに来る事はない。それがとても悲しい。

 彼と自分の中に存在する種族の壁というものをミコーは強く呪った。自分が小鬼族であったなら、彼と街で一緒に楽しく暮らして行けるのに。こんな男に好きなようにされることも無いというのに。そう考えると悔しくて堪らなくなる。

 やがて、舌で彼女の全身を堪能した巨人は、いよいよ“本番”に挑もうと彼女の片脚と自分の逸物を掴むために、彼女の両腕を離した。

 その隙を突いて、ミコーは魔導端末に手を伸ばし、それを掴んだ。

 わずかな安堵の表情を浮かべた彼女の顔を巨人は強くぶった。頬が赤く腫れる。

「ふははは!無駄な抵抗だぞ!だが、それでいい!抵抗もせずにおとなしくしていてはつまらぬからな!」

 ミコーは何も考えずに、掴んでいたそれを右手にはめて、魔導端末に全神経を集中する。

 彼女の腕に装着されたそれは、腕輪のような形状をしてはいたがこの世界に存在するどんな腕輪とも異なる機械仕掛けの腕輪だった。

 それはソーマの前世で言う所の腕時計の形をしていたのだ。やや大きめにデザインされたそれに経路が繋がる感覚があった。

 たしかソーマは魔力を増幅させるときは、大きな声を上げて、更に気分を高揚させるべきだと教えてくれた。だから、ミコーは叫んだ。

「アダプトォォォォ!」

 すると、端末はその魔力を吸い出すと共に、彼女の魔術演算領域との連動により、その機能の拡張を始めた。

 脚にはめ込んだ増幅靴が大気を吸収し、その内部にエーテルを送り込むと、彼女の身体に宿る魔導を増幅し始める。

 急激に増幅した魔力と拡張された魔術演算領域によって感じる高揚感が、彼女の意識を変性させていく。

 そう、ミコーの心はこれらの装置の起動と共に、“変身”していたのだ。三眼位でありながら、大魔導師としての力を行使し得る規格外の存在。“魔法少女ミコー”に。

「てりゃぁぁぁぁ!」

 彼女は有り余る魔力で風の基礎系統に属する極大魔法に変えると、それを巨人の腹に向かってぶつけた。

「ぐぼぉぉぉぉ!?」

 思いっきり吹き飛ばされる形になった巨人は洞窟の壁に叩きつけられた。

「ば、馬鹿な!?三眼位(ターシャスオキュリス)の小娘の分際で、魔法を使えるだと!?」

 怒りに歪んだ表情で巨人はミコーを睨んだのだが、ミコーもまた、冷たい視線で睨み返していた。

 殺意に満ちた攻撃的な表情で睨んでくる彼女の豹変振りに、逆に巨人側がたじろぐ破目になった。

「ふん、多少魔法が使えるからと調子に乗りおって!眼下の小娘風情が!力でねじ伏せてくれるわ!」

 巨人がその力と体重を載せて掴みかかろうとするのを、ミコーは両手で掴むと、溢れ出そうなほどの魔力を全て費やした全力の身体強化魔法(フィジカル・ブースト)で受け止めた。

 身体強化によって激烈に強化された彼女の筋力だが、流石に質量の差があるため、踏ん張っている足が地面を抉り、身体を後退させる。

 しかし、彼女は腕に別ベクトルの力を掛け始めた。捻りを掛けられた五眼位の腕は凄まじい膂力によって徐々にあらぬ方向を向き始め、遂にはへし折れた。肉の千切れる音と骨の折れ砕ける音が洞窟に響き渡る。

「ぐぁぁぁぁ!! ば、馬鹿なぁぁぁぁ!? 五眼位の我がぁぁぁぁ!?こ、こんな小娘にぃぃぃぃ!?」

 激痛と信じられない逆転劇に絶叫している巨人の耳にミコーは容赦の無い宣告を行う。

「死ね」

 ミコーは巨人の首を両腕で抱きかかえて、最大出力で行使した身体強化魔法をもってして強力な締め付けを行った。

 これにより五眼位の首は頚椎がへし折れて、彼は絶命した。力無く自身に倒れこんできた遺体の頭部を、ミコーは邪魔だと言わんばかりに思い切り蹴飛ばした。強化魔法を失って脆くなった頭蓋骨が損壊し、脳漿と血液をぶちまける。

 本来格上であるはずの眼上の成人男性を虫けらのように殺すミコーに、泣き叫んでいた少女の面影などありはしない。そこに立っているのは幼い少女の皮を被った凶悪な戦闘マシーンであった。

 

 

 

 

 

 暗くなった夜の森の中をソーマはロシナンテに跨って、一路洞窟に向かっていた。今日は最近忙しくて疎かにしていた家族との団欒を楽しんでいたのだが、夕食が終わったあたりでふと胸騒ぎを覚えて、ミコーの様子を見に行きたくなったのだ。

 そして、洞窟の中を覗き込んだ彼はそこから漂ってきた強烈な血液の匂いに絶句した。

 この匂いの主が、もしミコーだったら・・・・・・最悪の想像で顔を青くしたソーマだったが、奥から聞こえてくる泣き声は彼女のそれだったので、それを確認しようと最奥部に足を踏み入れる。

「大丈夫、ミコーちゃん!?一体なにが・・・・・」

 そこまで声を掛けた所で、最奥部に広がる地獄絵図に彼はたっぷり絶句する破目になった。

 床一面が赤く染まり、そこに頭部を失った成人男性と思しき巨人族の死体が転がっていた。盛大に破壊された頭部が内容物をぶちまけられ、両腕がへし折れている。

 ふと我に帰ったソーマは全身血まみれで泣いているミコーに駆け寄って声を掛けながら、彼女の身体にどこも傷が無いか確認する。

「ミコーちゃん、どこにも怪我は無い!?大丈夫!?痛い所があったら言って!」

「うう、ソーマぁ・・・・・・私、人を・・・・・人を殺しちゃった・・・・・」

 ミコーは全裸で全身に返り血を浴びてはいたが、頬がやや腫れている以外はほぼ無傷だった。

 だが、床の一部に彼女の物と思われる吐瀉物があり、その身体に増幅靴と魔導端末が装着されているのを見れば、大体の過程は想像ができた。

 ソーマはこれらの装置の実験段階で、ミコーの意識が異常な興奮状態になり、性格が変容していくのを目撃していた。

 意識が変成したミコーは普段の彼女からは想像もつかない荒い口調で、ソーマにとてつもないことを口にしてきた。

「私、ソーマの○○○をチューチューしたい」だの「させてくれなきゃ、暴れてやる」だの、幾らなんでも性格が変わりすぎだろうと頭が痛くなったものだ。装置を止めると元に戻ってその間の記憶を失うようで、彼女はそれを覚えていなかったようだが。

 なので、この装置に安全装置(セーフティ)機能をつけるまでは、練習ではこれを使わないようにミコーに注意していた。

 だが、もしミコー自身が身の危険を感じたら、迷わず使うようにも言っていたので、彼女はこれを装着して戦ったのだろう。その結果がこの惨事というわけだ。

 戦闘が終わった後、元の性格に戻った時に彼女が自身が行った所業を自覚して酷く傷ついた事は想像できた。今の彼女に必要なのは何よりも安息であろう。そう思ったソーマは彼女に優しく語りかけた。

「ミコーちゃん、何も言わなくていいよ。君が無事で居てくれてよかった」

「ソーマァ!ソーマァァァァ!!」

 ミコーが強く抱きしめてきたので、ソーマは潰されないように彼女の身体から魔力を貰って、強化魔法を掛ける。

 彼女が泣き止むまで、しばらくの間、彼は抱き枕になってやることにしたのだった。

 

 彼女が泣き付かれて眠ってしまったので、ソーマは彼女の胸を抜け出して、巨人の死体を観察していた。

 損壊した頭部から飛び出している眼球の数が五つだったので、五眼位の巨人と闘った事になる。

 決闘級を軽く凌駕する戦闘能力を持つと言われる巨人族の上位個体を圧倒する膂力と魔法。

 それらを幼い少女に持たせるのは流石に早計に過ぎたかもしれないと彼は少し反省していた。あくまで“少し”だが。

「これは早急にリミッターとなる機能を組み込むべきだ。だが、もうそろそろ彼女の存在を王も感づき始めるかもしれないなぁ。さてどうするか・・・・・・」

 彼女の心に暗い影を落とす結果になったかもしれないということに罪悪感が無いわけではないのだが、これらの装置が無ければ、今頃彼女がどうなっていたかわからない。

 床に転がっている巨人はおそらく最近巨人族を騒がせているという噂の“五眼位の食人鬼”であろう。この装置無しで彼女が襲われていたら、無残な姿で転がっているのは彼女の方だったかもしれないのだ。

 武器となる装備を持たせたこと自体は彼は間違っていなかったと思っている。それの威力が少々過剰だったというだけで。

「ソーマぁ!!どこにも行っちゃヤダァ!!」「ウヒャァァァ!?」

 後ろからミコーにいきなり引き寄せられて、ソーマは身の危険を感じた。やはり身体強化魔法で防御したので無傷だが。

「もう、ミコーちゃん。いきなりは心臓に弱いからやめて。黙っていなくなったのは悪かったからさ」

 またしても、彼女の胸に抱かれるソーマ。

 これは朝まで我慢するしかないようだと、諦めの表情を浮かべそうになったが、強く自制する。今の彼女にそんな態度を取ってしまうとまた傷ついてしまうかもしれないから。

「ねぇソーマ。私、ソーマと離れたくないよ・・・・・・他の氏族の所じゃなくて、ソーマと暮らしたいよ」

 涙で潤んだ三つの瞳で見つめながら、こういって来るミコーの姿に彼は答えに窮した。今までも似たような問答を繰り返してきているが、その度にソーマは断ってきた。

 君は巨人族で、俺は小鬼族。種族も体のサイズも違いすぎる。ずっと一緒にはいられないと。

「でも、ソーマは私が巨人族だから無理だって言うよね」

 しかし、今日の彼女は今までと様子が違った。

「だから、決めたの。私・・・・・・私ソーマの・・・・・・・」

 彼はこの後、彼女の続ける言葉は幼い女の子が家族に対して口にする「私、将来お兄ちゃんのお嫁さんになる」とかそういう可愛らしい物を想像していたのだが、現実は彼の想定を斜め上に突き抜けた。

「私、ソーマの幻獣になる!」

 

 

 

「・・・・・・へ?」 




深夜テンションで書くとえらいことになるという見本ですね。
これプロットだとソーマが白馬の王子様よろしく、颯爽とロボに乗って駆けつけるという筋書きだったんだけど、どうしてこうなったんだか・・・・・


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11.王との交渉と新たなる騎士の誕生

「私、ソーマの幻獣になる!」

「ごめん、意味わかんないよミコーちゃん・・・・・・どういうことなのか説明よろ」

 三眼の少女からの突然の告白に困惑するソーマ。

「カマドウマやロシナンテみたいに私もソーマの幻獣になれば、ずっと一緒にいられるでしょう?」

 幻獣(ミスティック)。かつて巨人族(アストラガリ)と戦い滅ぼされた夢魔族(インキュバス)達が使用していた生体兵器であるが、彼女の言っている“幻獣”は当然、これの事をさしているわけではない。

 巨人族の原始的な社会において、ロボットや生体兵器の知識などあるはずが無い。生物か機械かなどと言われても理解の外だ。

 また、彼女らにとって人間やドワーフ、アールヴや夢魔族など些細な違いでしかない。十把一絡げに全て“小鬼族(ゴブリン)”と呼んでいるのだ。

 故に巨人族にとって幻獣とは、“小鬼族が使役している存在”という至極シンプルな認識である。

(どうしよう 俺といっしょに居たいがために人権捨てるって言ってきたよ この子)

 この森の中にそのような概念は無いだろうが、自分をロボットやペットの如き存在に貶めてまで、自分と一緒にいたいという気持ちに、ちょっと感動を覚えたソーマだった。

 しかし、自分を大好きだと言ってくれる友達だからこそ了承できないことというものもあるだろう。

 それに幼い少女の発言だ。自分の言っている言葉の意味をよく解っていてのものとは思えない。

「ミコーちゃん、自分が何言ってるか解ってる?幻獣っていうのはロボット・・・・・・じゃ解んないよねぇ。そうだね、言わば家畜に近いものなんだよ。家族とか友達みたいに人々の暖かい輪の中に入れてもらえる存在じゃ無いんだよ?

 そんな扱いを受けるなんて、百眼(アルゴス)の御許に向かったミコーちゃんのお父さんやお母さんが悲しむんじゃないかな?」

 ソーマは優しくこう諭す。しかし、

「でも、ソーマはそんな扱いしないでしょう?」

 こう返されてしまうと、否とは言い辛い。強く信頼してくれていることに嬉しさはあった。

「で、でも俺自身がそんな扱いをしなくても、他の小鬼族は君を認めないと思うよ?君が拒絶されて、傷付くことになってしまったら・・・・・・」

「ソーマが認めてくれるならそれでいい」

 迷いの無い言葉だった。

 ここでソーマは自分自身も彼女に対して強い未練があることを自覚した。

 せっかく出来た友達と離れたくない。もちろんそれもある。

 だが、彼は彼女の能力と自分が製作して与えた魔導端末(シルエット・デバイス)増幅靴(ブースト・ブーツ)が惜しくなってしまったのだ。

 自分でも酷い話だとも思うが、人間や馬とは違って、巨人は魔獣のような巨大な体躯を持っている。それでいて、人と言葉を交わし、知恵を持って魔法を紡ぐことも出来る種族。

 言わば自分の意思を持った幻獣騎士(ミスティック・ナイト)と考えることも出来る存在。小鬼族側のどんな人材や機材でも持ち得ない価値がそこにはある。

 ここに来てソーマはそもそも己が純粋に善意のみで、ミコーを助けたわけではなかったことを思い出した。

 彼女を同族の下に返そうとしたのは、小鬼族の持つ技術や産物についての情報をルーベル氏族以外の巨人族の各氏族に宣伝するためだった。

 自分達では作り出せない便利な品の数々に興味を持つ巨人が現れれば、小鬼族に新たな選択肢を提示することが出来るかもしれない。

 そう考えた彼は、この洞窟にて様々な品を作り出して、彼女に与えた。文明の利器の味を覚えさせたのだ。

 だが、幼い女の子の少ない語彙では売り込むことは難しいかも。自分自身が側に居て適切にサポートしてあげれば、この「計画」はより確実性を増す・・・・・・

 そう考える彼の表情は、先ほどまでの妹の行く末を心配する兄のようなそれから、利害計算をする商人のような貌に変わっていた。

(俺、ろくな死に方しないかもなぁ。まあ、ずっと彼女を縛り続けることになるとは限らない。何時か折を見て同属の下に返せば問題は無いか)

「本当にいいんだね? 巨人族の下に帰らなくても」

「うん。あの日、ソーマに助けてもらわなければ、私は百眼に瞳を返していたはずなの。アドゥーストス氏族が瞳を閉じてしまった今、ソーマこそが私の帰るべき場所なんだって思う」

 まっすぐな三つの瞳で見つめられて、ソーマは決断した。

「わかった。俺も覚悟を決めたよ。正直、君を手放すことを惜しく思っていたからね。ミコーちゃんは俺の部下にするという形でなんとかここで暮らせるように街の人と交渉しよう」

 ミコーの表情が満面の笑みに変わるのを見て心に痛む物はあったが、ソーマは己の計画の修正を行うことを決めた。

「さて、俺の部下になったミコーちゃんに最初の命令を与えます」

 神妙な表情で、記念すべき最初の命を待つミコーに放たれた言葉は

「その血まみれの身体をくまなく洗い流すこと。あと、換えの服を着てきてね 何時までも裸じゃ風邪引くよ?」

 なんとも締まらないものだった。

 

 

 

 

 

「すまない。今なんと言ったのかな?」

 目の前で、目が点になっているオベロンにソーマは先ほど口にしたことを復唱した。

「ええ。ですから、もう一体、俺専用の騎士を用意したいので許可をいただきたいと言いました」

 笑顔でとんでもない要求を口にするソーマに対して、オベロンは頭を抱える破目になっていた。

「・・・・・・君は最近、調子に乗りすぎなんじゃないかね?いくら魔力増幅器(マナ・アンプリファー)の発明や次世代機の提案といった功績があるとはいえ、一人の騎操士(ナイト・ランナー)に2台目の幻獣騎士を宛がえるほどの余裕が我々にあるとでも?ふざけるのも大概にしたまえ!」

 オベロンはこの問題児に至極真っ当な返答をした。

 しかし、ソーマは笑顔を崩さない。

「いえ、流石の俺もこれ以上開発に関わっている皆さんに負荷を掛けるのは忍びないと思っているんですよ。俺の発案の所為で彼らは現在進行形で新型の設計・調整作業に忙殺されているんですからね。

 自分自身も初期設計には参加して、その大変さは身に染みてますよ」

 それを理解していながら、なぜ“自分の専用機がもう一つ欲しい”などと言う無神経な発言が出来るのか、オベロンは首を捻るばかりだった。

「ですから、今回は彼らの手を借りずに用意してみようと思ったんですよ。これに関しては、ご許可いただければ、資源も予算も小ぶりな物で結構です。ほとんど自力で調達できますしね」

 この言葉に、オベロンは一瞬キョトンとしたが、直に破顔し、腹を抱えて笑い出した。

「ハハハ!君でも冗談は言うものなのだな?馬鹿は休み休み言いなさい。いくらなんだって、そんなことできるはずが無いだろう?

 君自身が以前に言ったことを忘れたのかい?『内部骨格、筋蚕、魔導演算機(マギウス・エンジン)、装甲。魔力転換炉(エーテル・リアクター)または魔力増幅器、どれを欠いても幻獣騎士は成り立たない』

 私に御高説を垂れて、啓蒙してくれたのは他ならぬ君じゃないかね?それなのにこの発言とは、君はやはり天狗になってしまっているようだ」

 哀れみと嘲笑の混ざった表情を浮かべる王。彼の予想を裏切る素晴らしい成果を上げつつあった稀有な天才も、己を過大評価して舞い上がってしまっては現実と空想の区別も付かない愚か者に成り果てるのかと、その瞳には軽い失望が感じられた。

 だが、ソーマが発した更なる爆弾発言で、オベロンは再び眼を剥く破目になる。

「というか、基本的な部分はもうほとんど完成してしまっているんですよ。あとはいくつかの追加装備と仕上げの調整に数人の構文師(パーサー)の手を借りたい所でしょうか?」

「はあ?ちょっと待ちたまえ。一体どうやって幻獣騎士一体分の資材を調達したって言うんだね?私はまだ許可は出してないはずだ。君一人だけで手に入れられるわけが・・・・・」

 もしや、不正な手段で資材の横流しが行われたのでは?などという不穏な想像を巡らしたオベロン。ここ最近、ソーマが妙な動きを見せているとは報告されていたが、何かまた面白い物を作っているのなら、好きにさせてみようとあえて干渉していなかった。

 だがもし、それが違法行為であるなら、厳しく問いたださなければなるまい。

「この所、俺が様々な魔獣を狩り取って来ているのはご存知ですよね?そういった素材は品質のよい物は上街に納品しましたが、中には新型幻獣騎士に使用するにはふさわしくない資材もあったので、それを加工して流用していたと言うわけなんですよ」

 この説明では当然、オベロンは納得しない。最重要部品をどうしたかをまだ聞いてないからだ。

「魔力転換炉や魔力増幅器に使う精霊銀(ミスリル)と魔導演算機はどうやって手に入れたんだね?あれがないといくら筐体を造って見た所で動くわけは無いぞ?」

「森の奥で擱座した機体を見つけましてね 中枢部はほぼ無傷で残っていたのでそれを流用しました」

 その言葉で、オベロンは合点がいった。それと同時にあきれ返った。彼が回収してきたという幻獣騎士について心当たりがあったからだ。あれはあまりにも危険な魔獣の巣窟と怖れられている地帯で擱座してしまい、回収不可能と判断されて放棄されていたはず。

 目の前の不敵に笑う子供はそこに踏み込んで還ってきたというわけだ。彼の愛機カマドウマがパーツの疲労以外で修理が必要になったなどという報告は受け取っていない。しかし、あの地帯の魔獣が彼をただで還すわけが無いので、道中で確実に襲われたはずだ。

 つまりそれは、決闘級を凌駕する強力な魔獣の数々をほぼ一方的に返り討ちにしたということを示している。あきれ返るほかないだろう。たしかに縞獅子(ネメアリオン)を単機で討伐したというカマドウマの性能でなら可能な芸当ではあるだろうが。

「たしか、擱座した機体に関しては回収部隊(ガーベッジ・コレクタ)に所属する人達以外が回収した場合に関する規定は設けられていなかったですよね? そして、過去の記録を調べてみたら、あの機体は書類上でも破棄されたと記載されていました。つまり、俺がアレを回収して私的に利用しても法的には問題ないわけでしょう?」

 いい笑顔で“脱法行為”の自己申告をしてくる少年に表情が引き攣るのを止められないオベロン。頭に続いて胃が痛くなってきた気がする。

 これ以後、かつて踏み込めなかった場所で古い機体を回収する機会があるかもしれないことを考えれば、条文の追加をしないといけないなと思いつつ、法の穴と魔獣の攻撃をすり抜けて見事目的の物を手に入れた少年の熱意に白旗を揚げる。

「君という男は・・・・・・たしかに現行法で君の行為を裁く事は出来そうにない。私の裁量で処分することはできそうだが、かつて廃棄した機体で何か作ってみたいというなら、データさえくれるなら譲渡することも吝かではないさ。

 しかし、今度からは是非とも回収した時点で報告と相談を入れてくれないかな?私が許可しなかったら一体どうするつもりだったんだね?」

「その場合は、大人しく上街とオベロンにお返しするつもりでした。しかし、“アレ”をあなたがご覧になれば、きっとその処遇を俺に委ねてくれるだろうと思っていますよ。あれは普通の騎操士が扱える物ではありませんからね」

 その言葉に違法行為や脱法行為など比較にもならないほどの不穏な気配を感じるオベロン。

「・・・・・・ちょっと待ってくれ。先ほど君はほとんど完成していると言ったな?君一人だけで製造も組み立てもできるわけが無いだろう?一体、誰の協力を得たんだ?というかどこで作ったんだ?この上街で、私に知られずに機体の組み立てなど出来るはずがないし・・・・・・」

 この時、オベロンの脳裏に彼が最近、廃鉱を頻繁に訪れているらしいとの報告があったことが思い浮かんだ。以前これについて問いただしてみた所、魔獣の死体から剥ぎ取った素材を使って錬金術で何か作れないか試していると返答されて、納得した。

 最近、石鹸なる製品が彼によって上街の貴族の婦人方の間に流通しているという報告を受け取っていたからだ。彼も父母から聞き及んだことがある。西方でかつて利用されていた入浴の際に使うことで肌がスベスベになる薬であると。この街では製造ノウハウが失われて久しいと聞き及んでいた。

 錬金術師であるソーマの母親、カミラ・ソリフガエが製法を復活させて小規模生産を行っていたが、かなりの値がつくものだと聞く。これによる収入も彼の家の名声を上げることに一役買ってるそうだ。

 もし、その石鹸製造に利用していた洞穴を隠れ蓑としていたのなら、場所については納得行くが、どちらにせよ、たった一人で出来る作業ではあるまい。外部に協力者が居るはずだ。

「ええ、仰る通り製作に協力してくれた人が居るんです。その人もオベロンに紹介しておきたかったですから、後日ご案内いたしましょう」

 ソーマはただ、そう言って笑うのみだった。オベロンはそんな彼の様子にろくでもない気配しか感じなかった。

 

 

 

 

「オベロン。ご紹介します。彼女こそが製作を手伝ってくれた協力者にして、今回俺が“専用騎士”として雇用することを許可していただきたい人。ミコーです」

 近衛部隊の幻獣騎士に囲まれた洞窟の入り口にて、奥から出てきた巨大な人影。それを見上げて、オベロンは絶句していた。

 赤銅色の肌をした三眼の巨人の子供。それは己の前で、膝を折るとゆっくりと跪拝した。

「よ、よろしくお願いいたた・・・・・・いたします オベロン・・・・・・陛下?」

 たどたどしい挨拶を一生懸命に述べるミコーと呼ばれた巨人少女を尻目に、彼は傍らに立っている少年を怪訝な表情で見つめる。

「これは・・・・・・どういうことかね?」

 オベロンの肩は心なしか震えているようにみえる。おそらくは怒りで。

「元々はこの森で迷子になっていた子ですよ。アドゥーストス氏族の生き残りだそうで、他の氏族に受け入れを拒絶されたとか・・・・・・不憫に思ったので俺がこの洞窟内部での作業を手伝うことと引き換えに保護することにしたというわけですよ」

 王の射抜くような視線など気にせずに、まるで捨てられた子猫を拾ってきたかのような気安さで、紹介するソーマ。

「君は自分が何をやっているのか、わかっているのかね? 他所の氏族の巨人を匿うような真似をすれば、またルーベル氏族の連中に何を言われるか解った物ではないんだぞ!?」

「ええ、連中に因縁をつけられるのは少々めんどくさい事になりそうですね。ですので彼女を匿うのにご協力いただければありがたいのですよ。だからこそ、今回俺の専用騎士としての立場を彼女に与えてやりたいとお願いしたのですから」

「見ず知らずの巨人族を匿い、養うのに、街の貴重な資源を使う?そんなことが許されると思っているのかね?私は認めないぞ!巨人は我々から全てを奪っていくだけだ!庇護下にあるなどと言っても、今まで連中が何をくれたと言うのだ!?資源も!友も!笑顔も!全て、連中は食い散らかして奪っていくだけだ!!」

 この言葉はオベロンだけではなく、上街に住まう多くの小鬼族の気持ちを代弁した物だった。ルーベル氏族は小鬼族を庇護するとは言っても、資源や技術を奪って、誇りを汚し、豊かな発展を阻害する略奪者としての顔を持っている。

 彼らの社会はこちらの言う事に、耳を傾けず、彼らの言うことを聞かせられる。家畜としての生。それが生み出すルサンチマンが数百年に渡り、人々の心の中に堆積していたのだ。

 だが、その言葉を聞いて、逆にソーマの顔が怪訝なものになっていった。

「では何故、何時までもそんな家畜同然の身に甘んじているのですか?様々な物を奪っていく最悪なご主人様の顔色を伺い続けている生活から、何故脱却しようとしないのです?」

 この言葉に激昂したオベロンは、ソーマの襟首に思わず手をかけて、怒りと悔しさに染まった顔で睨みつけてきた。

 他ならぬオベロン自身がそれを望み、幾百年もの間、その手段を模索し続けてきたからだ。それを幼い少年に指摘されて怒りが爆発しそうになっていた。

 それを見て思わず、立ち上がって止めようとしたミコーを警戒して、近衛部隊が彼女に爪を向ける。お互いに睨み合いが始まるかと思われたが、ソーマはミコーを止めた。さらに彼の言葉は続く。

「何時までもルーベル氏族に従っている必要などありません。我々に協力してくれるもっと優しい巨人族を味方につけましょう。居なければ、味方を作ればいい。彼女は、ミコーちゃんはその突破口になってくれますよ」

 ソーマは自分の襟首を握り締めている王に笑顔でそう応えた。

 

「こ、これは!?」

 ソーマが見せたい物があると言って、カマドウマに搭乗してから、ミコーが住んでいる穴とは別の洞窟に入って、数分後。

 彼がそこからカマドウマの腕で掴んで取り出してきたものを見て、オベロンや近衛騎士達は驚愕と恐怖を覚えた。

 彼が持ち出してきたものは、巨大な肉片と骨だった。塩や薬剤で防腐処理が施されているそれは、ぐちゃぐちゃになってこそいたが、巨大な人型生物の頭部であるとかろうじて解る物であった。それは巨人の頭だったのだ。

 何名かあまりにものグロテスクさに吐くものまで現れた。(ミコーにはいつもの洞窟の中で待機してもらって見せないようにしている。彼女の情操教育上よろしくないとの判断だ)

 中には、焼け爛れた皮膚や五つに並んだ眼球までもがあり、オベロンはこれの正体を察した。最近、巨人族を怖れさせているという“五眼位の食人鬼(クィントスオキュリス・グール)” その末路であろうと。

「以前、この辺をうろついていた変態レイプ魔おじさんがミコーちゃんに“粗相”をしましたので、罰として献体になっていただきました。これはその頭部ですが、奥にはまだ胴体と臓器が安置してあります。

 彼からは巨人に関して様々な解剖学的データをいただけるでしょう。ミコーちゃんに暴力をふるっていなけりゃ、お墓を立てて感謝の言葉をささげていた所です」

 あれだけの量を解体して防腐処理を施すのは大変だった などという苦労話を楽しげに語るソーマの姿に皆明らかに気圧されている。

 この世界にも人間を解剖してそのデータを医療や学問の探求に活かすと言う習慣は全く無いわけではないのだが、巨人の死体にたいして行われたことは無い。

 彼ら巨人族は、自分たちの同胞の遺体を丁重に葬る。土葬が中心だ。間違ってもバラバラに解剖などしない。そして、小鬼族が巨人の死体を解剖するなどと、通常なら許されることではない。万が一、その遺体の遺族にでも嗅ぎつけられたら、とんでもないトラブルになるであろう。

 ソーマが食人鬼を解剖したのは、あれが殺人を犯した身寄りの無い犯罪者で、事が露見しても肉親の情によって遺族からうらまれるリスクがほとんど無視できる物だったからだ。もちろん、ミコーを犯されかけた腹いせでもあったが。

 だが、その手の研究に携わることなど、一般人にはあるまじき出来事。ましてや、貴人とされる王やその側近である近衛騎士などには経験がなくて、当たり前だ。故に彼らは眼前で行われている狂業に胃の中の物を吐き散らすほどの衝撃を受けている。

「さあ、オベロン。もっとよくご覧ください。巨人の献体など、そうお眼にかかれる機会など無いでしょう。あなたが憎んでいる巨人族もこうなってしまってはただのタンパク質の塊ですよ。何を怖れることがあるんですか?」

 こう言って、怖気付いている王の手を引っ張って、もっと近くで見せようとしてくるソーマ。王の喉から「ヒッ」という引き攣った声が漏れ出でる。眼にはわずかに涙まで浮かんでいた。

「わかった!わかったから!もう結構だ!そんな物を近づけないでくれ!後生だ!後生だから!」

 彼は心の中で泣き叫び、父と母に助けを呼びながらもそれは表には出さずに、大勢の部下の前で醜態を見せまいと理性を総動員して、こう言った。割と情けない姿かもしれないが、責めるものなど居ない。ソーマとオベロン以外のこの場にいる人間はそれ以上の醜態を晒していたからだ。吐いてないだけまだ立派といえる。

 

「それで?あの巨人の死体と彼女を雇うことになんの関係があるんだね?」

 グロッキー状態になっているオベロンが死体の頭部を片付け終えたソーマに尋ねる。

「何を隠そう、あの巨人を倒したのが、ミコーちゃんなのですよ。俺が教えた魔法を使って強化された彼女の手により、あのおじさんは返り討ちにあったのです。犯そうとした幼女に殺されるなんて、情けない話ですね」

 ケタケタ笑いながらこう語るソーマに、オベロンは眼を剥いて問いただす。

「馬鹿な!?三眼位(ターシャスオキュリス)の子供、それも女の子が、大人の五眼位(クィントスオキュリス)を殺してしまったなどと!そんな事ありえるはずが無い!」

 これが成人男性同士で、三眼位の勇者(フォルテッシモス)四眼位(クォートスオキュリス)魔導師(マーガ)が闘ったというのなら、懐に潜り込まれて接近戦に持ち込まれて負けるということはありえるかもしれない。

 四眼位で魔導師となる者は大抵の場合、魔法を使うことに特化した教育を受ける。格闘に特化した戦士に懐に潜り込むことを許せば、敗北することもあるだろう。

 だが、三眼の少女と五眼位の成人男性の体力と魔力には、人間の子供と大人のそれとは比べ物にならないほどの差があるのだ。彼が魔法の手ほどきをしてやる程度で解決する問題ではない。

 もちろん、これを解決するためにソーマが取った手段が尋常な物などではないことは言うまでもなかった。

「オベロン、それこそが以前お話しした擱座した機体から回収した精霊銀と魔導演算機の使い道なのです。俺は増幅靴と魔導端末と呼んでますがね。ほら、彼女が身につけていた装備ですよ。あの腕輪と靴の中に、魔導演算機と魔力増幅器が仕込んでありまして、彼女の体の魔力生成能と演算能力に強力なブーストを掛けてくれるんですよ。

 人間をはるかに凌駕する魔力量を流し込まれることを想定して、構文の耐久性を向上させるために増幅率を従来の魔力増幅器から大幅に落としているので、ブースト出来るのは2倍ぐらいですが、それでも身体強化魔法を使えば、眼位が二つも上の成人男性を殺すことが出来てしまうくらいですから、これは強力な武器になり得ますよ」

 強力すぎる! とオベロンが悲鳴を上げるのは無理も無いことであったろう。

「君のやることなすことはとことん狂ってるな・・・・・・そんなものを巨人の子供に持たせてどうするつもりだったんだね?我々に牙を剥くとは考えなかったのか?」

「大丈夫ですよ。あの子はとても素直でいい人ですよ。戦闘による興奮状態が治まったら、同族を殺してしまった罪悪感と嫌悪感でとても不安がって泣いちゃうぐらいでしたからね。無闇に暴力を振るう子ではありません。あの変態おじさんを屠殺したのだって、あくまで正当防衛なんですから」 

 のほほんとした顔で、ミコーについて語るソーマを思いっきりひっぱたいてやりたくなるオベロン。だが、目の前の少年の話はこれからが本番だった。

「さて、魔力増幅器を巨人に対して使用した場合、どうなるかわかっていただけましたね?このように我々の技術は巨人族の常識を破壊するほどの力を持っています。魔力増幅器や魔導演算機といった高度な魔法装置や機械こそ渡してはいませんが、金属製品や様々な加工品はルーベル氏族に渡して、独占を許しているから、連中の規模はあそこまで膨れ上がり、巨人族社会で大きな顔をできるようになったのです。

 ならば、それをルーベル氏族の専売特許にしなければいい。他の氏族に売り込んで、彼らに恩を売ってしまいましょう。我々小鬼族の生態系をこの森にもっと広げるのです」

「ルーベル氏族を裏切り、他の氏族に付くというのか!?しかし、我々がルーベル氏族の下から大規模な移民などしようとすれば、連中がいくら鈍いといっても、流石に感付かれるぞ?」

「いえ、何も小鬼族全てを一気に移動させるわけではありません。小規模の先見部隊を連中の警戒網をすり抜けて、他の氏族の下に送り込み、彼らと交渉します。もちろん、いきなり現れた小鬼族、ルーベル氏族の尖兵であると思われている我々が彼らの前に現れても警戒されるだけでしょう。しかし、そこにミコーちゃんが居ればどうでしょうね?彼女はアドゥーストス氏族の褐色の肌を持っています。肌の色の違うルーベル氏族と繋がりがあるとは思われないでしょう。彼女を通して我々を紹介してもらえれば、突破口は開かれると思うのですよ」

「しかし、そんなことがルーベル氏族にばれてしまえば、さすがに連中も激昂して、上街に攻め入ってくるかもしれないぞ?」

「その場合は“一部の小鬼族が離反して、あなた方の庇護下から抜け出してしまった。我々の関知するところではない”とでも突っぱねればいいでしょう?氏族が分かたれることも巨人族の長い歴史の中では在ったでしょうから、理解できないとは思えません」

 もちろん、そのようなことを言ってしまったら、上街からの表立った支援は受けられなくなるだろうが、それまでになんとか現地での資源の補給が可能な状態に持っていく事をソーマは目標にするつもりだった。

「まあ、今すぐに決断しろとは言いません。もし、あなたが移民計画など認められないというのであれば、従いましょう。その場合は、彼女は俺の部下という形で雇用することを認めてくださりさえすれば、俺も文句は言いません。考えておいてくださいませんか?」

 オベロンは彼の提示した小鬼族の新しい道に、深く考え込み、しばらく時間が欲しいといって。この日は近衛と共にその場を去った。

 それより数日後にオベロンはソーマに、ミコーの雇用を認めるが、しばらくの間は洞窟の中で暮らしているように、と通達した。

 これにより、彼女は非公式ながら、ソーマ専用の巨人騎士としての地位を得たのだった。

 

 

 

「やったぁ!ソーマぁ!これでずっと一緒に居られるね!」

 この報告をもっとも喜んだのが誰だったのかは語るまでもあるまい。

 

 




一部:誤解を招きかねない表現があったため、修正しました。


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閑話:音声への情熱

前回までの誤字の報告をしてくださった黄金拍車様、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました!
今回は蛇足かもしれない完全なネタ回なので、閑話としました。


「よし!ついに出来たぞ!俺の夢の体現が!」

 洞窟の中でソーマが感極まったような声を上げて大喜びしているのを不思議そうに見つめるミコー。

「ねぇ、ソーマ。何がそんなに嬉しいの?できたって言ってたけど何を作ったの?」

 彼が作っていた謎の装置は、魔絹(マギシルク)やら魔獣の甲殻やら触媒結晶やらに加えて、ミコーも最近存在を知った金属という素材も使われているようだった。

 彼の愛機カマドウマの魔導演算機(マギウス・エンジン)に神経線維で繋いでいることから、彼との付き合いからこれがある種の魔法装置であることはなんとなく察したのだが、自分で演算する以外の魔法技術についてはとんと疎いミコーは、この装置がどんな意味を持っているものなのかわからない。

 それもそのはず、この装置は上街で働く鍛冶師達や構文師(パーサー)達が見たとしても用途が解らない代物であろうから。おそらく紋章術式(エンブレム・グラフ)を読み込んでも、かろうじて風の基礎系統(エレメント)に連なる魔法を行使する物であることぐらいしか解るまい。

「フッフッフッ ミコーちゃん、これはねぇ 俺が幻獣騎士(ミスティック・ナイト)を手に入れる前から、ずっと欲しいと思ってた機能を持った魔法装置なんだよ。その名も」

 彼はおかしなポーズをとりながら、この魔法装置の名前を叫んだ。

創音装置(サウンド・クリエイター)!艱難辛苦を乗り越えてようやく作り出した音響魔法装置なんだよ!」

 恍惚とした表情で語るソーマの脳裏には、今までのプログラム言語にも似た法則性を持つこの世界の魔法術式(スクリプト)の構文に頭を悩ませ、なんとか望む機能を実現する魔法を生み出せないかと研究してきた道程が映しだされていた。

 自分の力だけではない。鍛冶師や構文師の協力も仰いで紡ぎあげた様々な魔法術式がこの装置と、これに連結させている魔導演算機には組み込まれているのだ。

 そして、彼は遂に望む機能を持った装置を作り出すことが出来た。

「論より証拠さ。ミコーちゃん、そこに置いてあるマイクに向かって何か話しかけてみてよ。あ、あんまり大きな声では話さないでね。ささやくような声でお願い」

「え~っと、これかな?」

 棒状に整形された小さな器具だ。これに彼女は「これでいい?」と囁いた。

「よし、それでいいよ。じゃあ、“再生”するね」

 そう言って彼が操縦席のコンソールを操作すると。

「これでいい?」

 カマドウマに内蔵された拡声器(スピーカー)から声がした。

「ひゃあぁぁ!? 誰の声!?」

 ミコーは驚いて、周りを見渡した。彼女にとって聞き覚えの無い少女の声がしたからだ。ここには自分とソーマしかいないというのに。

 ソーマの声も変声期が訪れていないことを差し引いても可愛らしいと感じる高音だが、こんな声ではない。

「アハハ、ミコーちゃんの声だよこれ。ああ、そうか。他人が聞いている自分の声なんて、こんな事でもしないと聞けるわけ無いもんねぇ」

「え?これ、私の声なの? 嘘よ! 私の声とは違うじゃない!?」

「他人からはミコーちゃんの声はこう聞こえてるんだよ。他人が聞いている君の声は、君の喉を震わせて出る音が空気を伝わって聞こえてくる物なの。それに対して、君自身が聞いている自分の声ってね、君の頭蓋骨、つまり頭の骨を伝わって聞こえてくる音が混ざってるんだよ。だから、違う風に聞こえて当たり前なんだよ」

 ミコーはさっぱり解らないようだ。それも当たり前の話だ。今の説明を理解するための前提知識である“音とは物体や空気の振動である”という認識が巨人族(アストラガリ)には無いからだ。

 ソーマもこの事を失念していたことに気付いて、なんとか説明をしようとするが、彼女の脳内の疑問符は増え続けるばかり。

「う~ん、これ以上説明するのは難しいか。とにかく音というのは、それを伝えるものによって聞こえ方が違うって所だけ、認識していてくれればそれでいいよ」

「う、うん・・・・・・ソーマの言ってる意味よくわかんないけど、覚えとくね」

 このままでは話が進まないので、説明は後回しにしたソーマ。

「とにかく、これは空気を伝わってきた音の性質を解析して、魔法術式に変換して魔導演算機に記憶させておける装置なんだよ。だから、さっきミコーちゃんの声をマイクで拾った後、記録された君の声を再生して、拡声器に流したってわけ」

 この説明も巨人族には不親切でわかりにくい物なので、またしてもミコーは頭を抱えてしまった。

「解りやすく説明すると、マイクに話しかけると、この拡声器から声が聞こえます。しかも、いつでも好きな時に、その声を再現できます。これで解ってくれたかな?これ以上、解りやすくするの、俺には難しすぎるよ・・・・・・本当に頭が良い人って、こういう時どう説明するんだろうなぁ」

 なんだか、ソーマの方が不安を感じて頭を抱えてしまったが、ミコーは今の説明でなんとなくは解ってくれたようだった。

「わ、解ったからソーマ元気出して!ね?ね?」

「よかった、今の説明で解ってくれたんだ・・・・・・伝わんなきゃどうしようかと思った。とにかく、これで次の説明に移れるよ」

「次の説明?」

 ソーマは安心して、コンソ-ルに様々な操作を入力し始める。

「この装置はただ声や音を記憶して再生するだけじゃないんだよ。空気の状態を風の基礎系統に連なる様々な魔法を使って変質させることで、記憶した音にいろいろな効果をつけることができるんだよ。やってみるね」

 次に再生した声も「これでいい?」と聞こえるものだった。しかし、それはミコーの声とは大きく変性していてとても低く、地獄の釜の淵から響いているような不気味なものに成り果てていた。

「ええ!?なに、この声? 怖い!」

「アハハ、ちょっと低くしすぎたみたいだね。でも、元になってるのはさっき録音したミコーちゃんの声なんだよ。逆に高くするとこうなるよ」

 今度は本当に高くて、聞いていて何故だか笑いがこみ上げてくるような声が再生された。

「キャハハ、何これ?おもしろ~い!」

 二人揃って姦しく笑う(*片方は男だが)

「あ~、面白かった。でも、ソーマ。これ使ってやりたいことって何?今やったような遊びをするの?」

「フッフッフッ、よくぞ聞いてくれました!こんな魔法装置を苦労して作り出してまで、俺がやりたかった事・・・・・それは!」

 再度のおかしなポーズ。

「カマドウマに“鳴き声”を付けることだ!!」

 ソーマは以前より思っていた。「幻獣騎士って言う割にはこのロボは獣要素があまり無いな」と。

 彼も幻獣騎士という兵器の誕生経緯はオベロンより聞き知っているので、このネーミング自体に文句があるわけではないのだが、“名は体を表す”という。名が体を表していないのなら、体の方を名に合わせればいいのである。少なくとも自分の愛機には。

 そこで、彼は幼い頃から自分の機体には“鳴き声”を表現するための音声再生機能をつけようと心に決めて、今日まで様々な風魔法を解析し、研究してきたのだ。彼が風魔法を最も得意としているのは実はこの研究の副産物だったりする。

「フフフ、俺は今こそ、この世界での伊福○昭氏となって、“ロボット怪獣 カマドウマ”を完成させて見せるぞ~!」

 こうして、彼の鳴き声作りは始まった。誰もストッパーになるものがいない状態で。

 

 

 

「効果音を作るのに何より重要なのは、素材となる音声データだ!手始めに手を付けるべきなのはやはり定番アイテム、楽器!」

 だが、彼の家には楽器が無い。騎操士を多く排した家系だが、音楽家は生まれることが無かったからだ。

 仕方が無いので、楽器を買おうとしたのだが、この街の楽器は高い。創音装置の開発に使った資材や、それを運用するべく増設した魔導演算機の購入代金で、石鹸で稼いだ金や給金で貯めたお金をほぼ使ってしまった。これ以上使い込むとミコーの食事代(岩塩や調味料)や衣服代を圧迫してしまう。

 さすがにそこまではできないので、父と母に尋ねる。

「父上!母上!楽器を持っている方に心当たりがありませんか?」

「おや?ソーマ、音楽に興味が出てきたのかい?」「それなら、私の知り合いに音楽を生業としている人がいるから、その人を紹介するわね」

「感謝します!」

 こうして紹介文を片手に、その人の自宅に突撃した。カマドウマに搭乗した状態で。

「すいません、ステュヌルス様のお宅で間違いありませんか?」

 拡声器で叫び散らす。近所迷惑にも程がある。

「な、な、な、何事であるかぁ!!??」

 自宅の前に突如として現れた幻獣騎士の姿にこの家の主、ブローナル・ステュヌルスが絶叫をあげる。無理も無い。本来軍事兵器である巨大な人型が自宅の門前に重々しい足音と共に現れれば、誰であっても腰を抜かすであろう。(まともな神経であればの話だが)

「あなたがブローナル・ステュヌルス様ですか?俺、カミラ・ソリフガエの紹介で参りました。息子のソーマ・ソリフガエと申します。どうぞよろしくお願いします」

 さすがにこの口上は、操縦席から降りて丁寧な敬礼と共に述べた。

「い、いかにも、私がブローナルですが。・・・・・・カミラ様の息子殿とは。お噂はかねがね。して、本日は何のご用件ですかな?」

 ソーマの名声はこの街でも知らない物は少数派であろう。かつて避難区画に襲い掛かってきた巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)を生身で討伐した少年騎士。そして、オベロンからその行為を讃えられて専用幻獣騎士を下賜された話は、騎操士(ナイトランナー)を目指すものたちの間で、憧れと羨望の的となっていた。

「はい!母からブローナル様が天才的音楽家だと聞き及びまして、あなたがお使いになる楽器の数々を見せてもらい、よければその腕前を披露していただきたいと思いまして」

 多分にお世辞も入っているこの台詞に、気分を良くしたブローナル。

「おお!カミラ様がそのように私を評価してくださるとは!私の楽器に使われている漆や手入れ用の油はあの方が調合した品を使っているのですよ。とても品質がよくて、音の響きが素晴らしい物になる。息子のあなたがそれを聞きたいといってくれるのなら、是非も無い。どうぞ聞いていってください」

 そうして、ブローナルが演奏した音楽を楽しんだソーマ。もちろん、録音用のマイクで採音する事も忘れずに。

「いやぁ、素晴らしかったです。ところで、ブローナル様。もし良かったら、あなたが今演奏なさった音楽を、今度は聴衆の立場で聞いてみたくはありませんか?」

 こう言ってソーマは鳴き声の他に、作りたいと思っていたもう一つの物を手にするための“仕込み”を始めた。

「うむ?それはどういう意味ですかな?」

 操縦席に戻って、彼はボリュームをやや落として録音データを再生した。寸分違わぬ自分の音楽を幻獣騎士が演奏し始めるのを見て、ブローナルの顔がどんどん青くなっていく。

「わ、私の音楽が・・・・・・幻獣騎士に・・・・・・盗られてしまった?」

「ええ、この魔法装置は創音装置と申します」

 ソーマはミコーに説明したような内容をブローナルに話した。ただし、彼女には話していない部分、この装置の更なる機能とその製造に掛かった費用の話を添えて。

 あまりにもの高額振りと、それと合わせて魔導演算機と魔力転換炉(エーテル・リアクター)魔力増幅器(マナ・アンプリファー)が必要であるという説明に、彼は顔色を取り戻し、胸をなでおろした。こんな装置を標準搭載する軍事兵器など在り得ないし、ここまでの高額な魔法装置が市場に出回るなどもっとありえないからだ。

「ブローナル様、今、“安心”なさいましたか?」

 ソーマが何故かとても悲しげな顔でこう口にするのを見て、ブローナルは怒りの表情を浮かべて言った。

「当たり前ではないですか!この装置は、まかり間違えば、我々音楽家の仕事を奪って、貧困に導く恐ろしい機械だ!こんな物を喜ぶ音楽家などいるわけが無いでしょう?」

 吐き捨てるように怒りをぶつけてくるブローナルにソーマは顔を俯かせてこう言った。

「あなたは・・・・・・あなただけは“残念がって”くれると思ったんですが・・・・・・やはり、理解してくれないんですね。この装置の持っている可能性に」

「可能性ですと?」

 ここでブローナルは、ソーマが涙を流しているのに気が付いた。

「確かにこの装置が量産されれば“演奏家”は職を奪われる可能性はあるかもしれません。でも“音楽家”であるあなたなら!新しい音楽の可能性を切り開いてくれるかもしれないこの装置の誕生を、喜んでくれると信じていたのに!」

 この言葉にまるで己の頭を金槌で殴られたかのような衝撃を味わったブローナルだった。

 彼の中で先ほどソーマが説明したこの装置の機能が思い起こされる。音を加工する力。音を複数に重ねる能力。音を再生する力。

 これらが齎す従来では考えらなかった“世界観”を持つ音楽。人間が手ずから演奏する音楽では困難な、物によっては不可能とすら言える新しい世界。これはその扉なのだと思い直した。

(今、自分はなんと言った?この機械が恐ろしい?何故だ?これは私が作り出したいと思った世界を生み出す手助けをしてくれる素晴らしい道具じゃないか!?これを忌まわしいなどと感じるとしたら、それは変わり映えのしない音楽を、機械のごとく繰り返し演奏しているだけの、自信の無い人間だ!演奏家だって、昨日弾いた曲よりもっといい曲を弾こうとするものだ。この機械が再生する曲に負けるとしたら、それは昨日の自分に負けているということなのだ!もっと自信を持て、ブローナル!)

「私が間違っていました。ソーマ殿。私は保身のことばかり考えて、まだ見ぬ世界を怖れていた。この装置が生み出す新しい世界を」

 この言葉を聞いて、笑顔を浮かべてソーマは自分の目元の涙を拭った。

「ブローナル様。あなたにそう言って頂いて、作った甲斐がありました。ありがとうございます」

「いや、ソーマ殿。お礼を言うのはこちらの方です。創音装置を発明してくれてありがとう。これで人類の音楽史は大きく一歩を進めることが出来たのやも知れません。いやぁ、あなたが言ったように今では残念に感じます。これを今は自由に使うことが出来ないことが」

「いえ、ブローナル様。良かったら、この装置をこちらに時折持ち込みますので、使っていただけませんか?音楽に関しては浅学なこの身では、この装置の可能性を活かすことが出来そうにありません 生みの親としては情けない話ですがどうか、この装置とあなたの作り出す新しい世界に浸らせてください」

「いいのですかな!?いやぁ、創作意欲が湧き上がってまいりました。こちらこそお願いしたい所です」

 こうして、ソーマはブローナル宅に時折立ち寄っては創音装置で彼の所有する楽器音のサンプリングと、彼が奏でる音楽の録音をしていくようになった。その過程で、自分が覚えているいくつかの曲を歌って、彼の音楽性にかなりの影響を与えていたりする。

(やった~!BGM演奏要員GET!自分の演技に入り込んじゃって、涙まで流すとか恥ずかしいハプニングもあったけど、目的の物を二つも手に入れられて一石二鳥だぜ!)

 

 

 

 森の深部でけたたましい音が鳴り響く。

 巨大な獣が、その体躯を木々にぶつけながら、走っているのだ。その形相は悲愴であるように感じる。

「アハハハ、待て~♪」

 愛らしい小動物の鳴き声にも似た高音《ソプラノ》が響き渡り、その発信源が獣を追う。

 声からは全く不釣合いな巨躯と、その上に載せられた凶悪な面構えの虫の顔をした人型。それは両腕で獣の体に掴みかかる。

「フフフ、捕ま~えた♪ さあ、君の声をちょうだいね~」

 複眼型の眼球水晶が瞬き、その凶悪な顔を不気味に照らし出す。

「ほらほら~ さっさと鳴きなさい。痛い思いはしたくないだろう?」

 四肢が固定されて、全く動けない状態。獣は本当なら目の前の異形の齎す恐怖に泣き叫びたかった。でも出ないのだ、声が。恐怖で引き攣ってしまって。

 どうにか声を出すのだが、それはか細く弱弱しいものだった。

「違う違う。そんなんじゃないよ!さっき俺に襲い掛かってきたときのあの雄雄しい咆哮はどうした!?ほら!もっと腹に力込めて!」

 軽く腹を叩かれる。やけくそになって獣は大きく声を出した。

 それは他の種族が聞けば、その心胆を寒からしめるほどの、恐ろしい声であったが、彼にとっては同族に助けを求める悲愴な叫び声であった。

「は~い、合格♪お疲れ様。貴重なサンプルありがとう!もう帰っていいよ」

 途端に拘束が緩み、彼は解放された。何がなんだかわからずにキョトンとしている獣を尻目に巨大な体躯を揺らしながら、異形はどこかへと去っていく。

縞獅子(ネメアリオン)のサンプリング完了! 次はどんな魔獣が声を聞かせてくれるかな?楽しみだ」

 異形、幻獣騎士カマドウマに乗るソーマは、森の深部を渡り歩く。

 彼は素材のサンプリングと称して、魔獣の巣窟を2時間ほど散策しており、出会う魔獣を片っ端から羽交い絞めにして、その声を創音装置で採音していた。

 自分を恐怖して逃げるもの、自分を餌と認識して襲い掛かってくるもの、自分を警戒して威嚇してくるもの。全て。

 こうして、彼の元には夥しい種類の魔獣とそれ以外の動物の鳴き声データベースが出来上がりつつあった。おそらく、この世界の動物学者垂涎のお宝であろうそれを使って、彼が作ろうとしているのも、やはりカマドウマの鳴き声である。

「本物の魔獣の声を何の工夫も無く使うのも、興冷めだから、あくまで参考にしたり、合成素材の一つにするだけだが、彼らの声もまた良いものだねぇ。時々、BGMとして流そうかしらこれ。」

 この世界のどんな知的生命体でも脳裏に掠りもしないであろう発想で、奇天烈な“環境音楽”を創作する事を思いついた少年は、魔獣の声採集に明け暮れた。

 

 

 

「よし、各種素材の採音はできたから、後はこれを合成したり、エフェクトを加えたりして、音作りを始めよう」

 カマドウマが屹立しているのはやはり森の奥であった。素材採集が終わったのに何故森の中なのかというと、彼がこれからやろうとしていることは、洞窟内や上街で行えば確実にミコーや街の住民の迷惑になる行いだからだ。

「まずは、コントラバスを軋ませた音!」

 けたたましい弦楽器音が響き渡る。あまりの異音に鳥達が驚いて一斉に周囲の森から逃げ出す。

「逆再生させて、エフェクトを加えて、サンプリングした他の魔獣達の声も微妙に隠し味にしたりもして、調整していこう」

 最初は単なる楽器の音にすぎなかったものが、繰り返し再生され、その度に恐ろしげな巨大獣の声のようなそれに変貌していく。

 それはこの世界には存在しない架空の獣。怪奇なる想像の獣。ソーマの愛する怪獣の鳴き声であった。

「よし、完全再現とはいかないが、なんとかできたぞ。某キング・オブ・ザ・モンスター。やっぱり怪獣といえばこれだわ」

 彼の脳裏で街を焼き、兵器を破壊し、敵対者を悉く打ち滅ぼす絶対的破壊神の姿が思い起こされる。生きとし生けるもの全てを呪い殺すようなこの声はしかし、ソーマの心に深い安心感と郷愁を呼び起こすものであり、彼は静かに涙さえ流していた。

「ああ、心に染み渡っていく声だ。前世の俺が憧れた“彼”の雄姿が!背びれに走るチェレンコフ光の煌きが!ビルをなぎ倒す黒い尻尾が!熱線が!今でもしっかり思い起こすことが出来る!」

 彼にとっての“力への憧れ”の原点。その一つである鳴き声を魂に刻み込んで、彼は再び音声調整作業に入る。

「うむ、これはしっかり保存しておいて、次の声の調整に入ろう!」

 お次は建築材料であるモルタル用のセメントをこねくり回してこすりつけた鉄板(借りてきた鉄板だったため、汚れを落とすのに苦労したが)に高下駄を履いて思いっきり足で引っ掻いた音。

 これに彼の父親が居眠りをしていたときこっそり採取したイビキや、ガラスをひっぱたく音など、魔獣の声などを合成して、望むものに近づけていく。

 それもやはり、彼の憧れていた存在の一つ。時には子供達の味方。時には地球の守護神。空を飛び、魔を払う古の獣。

「この声は俺に勇気をくれる。回転ジェットの爆音!火球や火炎を吐く雄雄しい牙を生やした口!緑の血の中に宿る人間に負けないぐらい熱き魂!みんなのヒーローだ!」

「よし、これもさっきのと合わせて作業用BGMとして保存しておこう。カマドウマは昆虫っぽいデザインだから、恐竜や爬虫類モチーフの彼らの声じゃ違和感あるしね」

 それでも、彼にとっては怪獣ボイス作りの練習台としても、モチベーションアップのためにも必要な存在であった。

 これらの作業は夜を迎えてからも続き、近くに住んでいる魔獣や動物の安眠を妨害していた。

 しかも、遠く聞こえてくるこれらの鳴き声に巡回中の幻獣騎士部隊が「未確認魔獣出現か?」といらん警戒心を起こしたりしていたのだが、そのようなことは露知らず、彼は求める声を作り続ける。

「さて、モチベーション上がってる内にドンドン作るぞ!やっぱり創作は楽しいなぁ♪」

 

「キシャァァァゴォォォ!」

 あえてオノマトペとして表現するならば、このような声が洞窟内部に響き渡る。

「な、何?この声。すっごい不気味で怖い」

 完成したカマドウマの咆哮を聞いて、ドン引きしているミコー。

「まぁ、人食い怪獣だの古代怪獣だのに使われてる声だからねぇ。俺も初めて聞いたときはすごく怖かったよこれ。でも、これがカマドウマの見た目にぴったりな気がして、主に使うのはこの声にしたよ」

 彼の言う“初めて聞いた時”というのが前世での子供時代であることは当然、ミコーには伝わらず、恐怖に震えている更に幼い頃のソーマの姿を妄想して、そのあまりにもの愛らしさに悶絶しているミコー。

「よし、“ロボット怪獣 カマドウマ”ここに完成だ!」

 これ以後出撃や戦闘の度に拡声器で叫び散らすようになったソーマ。

 この奇行によって発生した騒音被害のクレームの矛先がどこにいくかというと・・・・・・

「あの餓鬼!いつもいつも騒ぎばかり起こして!一体なんなんだ!?叫び声で苦情が出るって!?またいつぞやの“必殺技名事件”の再来か!?」

 こうして、オベロンがソーマを叱責して、事の仔細を聞き出してこの奇行に使われている無駄に高度な魔法技術にあきれかえる、いつものやり取りが繰り広げられるのである。

 あまりにも自身の愛機の“声”について熱く語るソーマの熱意に辟易したオベロンだったが、これについては街への公害になりかねないということで、なんとか街の近辺での仕様は控えさせる確約をもぎ取った。

 それでもソーマは魔獣との戦闘の度に元気よく叫び散らして、森の魔獣達を恐怖させていくことは止めなかったが。

 後に、彼の発明した創音装置はこの街の音楽文化に影響を与えるのみならず、巨人族との交渉などにおいても、口約束の言質を取るためなどに公文書などの代わりに使われて、結構役に立っていたりする。 




鳴き声ネタは他の作品でもやってて先を越された感がありましたが、鳴き声の具体的な作り方には触れてなかったので、掘り下げてやってみたくなって書いてみたものです。
作中で出てくる二大怪獣の声は、作り方が諸説あるものなので、この世界でも用意できるもので代用して出来たということにしてます。ご都合主義なのは勘弁して(><)


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12.家族への紹介と下村訪問

お待たせしました。やっと書けました。
書いた事の無い情景を無い知恵しぼりだして描写するのすごく大変ですね><

前回の閑話の誤字修正にご協力くださったronjinさん、ありがとうございました!この場を借りてお礼申し上げます。


「紹介するね、ミコーちゃん。この二人が俺の父、ウブイル・ソリフガエと、母のカミラ・ソリフガエだよ」

「よ、よろしくお願いしますソーマのお父さんとお母さん。ミコーといいます・・・・・・ソーマにはいつもお世話になってます」

「大分、敬語がうまくなってきたね、ミコーちゃん。その調子だよ」

「えへへ」

 薄暗い洞窟の入り口で、息子とこのようなやり取りをしている幻獣騎士(ミスティック・ナイト)程もあろうかというような巨大な少女の姿を見て、小鬼族(ゴブリン)の騎士ウブイルは卒倒しそうになっていた。

 幾度も眼を擦って、瞬きを繰り返して、幾度も夢であって欲しいと思いながら確認を取るが、やはり目の前の少女は巨大で、息子と笑いあっている。なんだこれは。

「ソーマ・・・・・・その子がおまえの言っていた・・・・・・?」

「そうです。俺が陛下から許しを得て、俺の部下として雇い入れることになった騎士です」

巨人族(アストラガリ)だなんて話は聞いてないぞ!女の子だなんて話もだ!」

「そこは伏せましたから、知らなくても仕方ありませんね。あ、一応機密ですから他所で吹聴するようなことはしないでくださいね?」

 機密以前に、自分の息子が巨人族を部下としているなどと吹聴してしまえば、上街の貴族社会であらぬ噂を立てられてしまうだろう。頼まれたって口外などしない。ウブイルはそう思った。

 彼は以前、「息子は悪意のある隠し事はしない子だ」と、評価していたのだが、その評価を取り下げる必要を感じた。こんな大事なことをあえて黙っているというのは、悪戯にしても性質が悪い。そう思ったからだ。

 だがそれまでオチャらけた雰囲気であった息子は、とても理知的な微笑でもって、ウブイルに語りかけた。

「父上。上街の人間にとって巨人族という種族が、恐怖と屈辱の象徴であることは知っています。ですから、俺のやっていることは街に住まう多くの貴族の皆様方にとって裏切りに見えるかもしれません」

「それが解っていながら、何故・・・・・・!?」

 ソーマはウブイルに王に語ったのと同じ、小鬼族の未来の可能性を提示した。現在の小鬼族を隷下としているルーベル氏族。彼らの下を抜け出して、他の巨人族との協力関係を構築し、新天地へ移住するという選択肢をだ。

 息子がぶち上げた壮大な計画にただただ圧倒されるウブイル。まるで現実味が感じられない。それもそのはずだ。上街に住まう小鬼族にとって巨人族といえばルーベル氏族のみであり、情報として他の氏族の存在は知っていても、他の巨人族のイメージなど思い浮かばない。

 だが、ウブイルはふと目線を褐色肌の巨人少女ミコーへと移す。しゃがんでソーマと自分達を見下ろしているが、それは圧倒的上位者が向けて来る傲岸不遜な視線などではない。邪気のない好奇心を湛えた瞳だ。わずかに不安げな雰囲気を感じるのは拒絶されるかもしれないことへの恐怖だろうか。

 そこにはルーベル氏族のような傲慢な巨人などいない。友達の両親に初めて遭遇して緊張している少女がいるのみだ。

 これを見てウブイルも段々とソーマの言っていた「他の氏族の巨人族」という言葉が脳に浸透していくのを感じていた。彼女の姿は少なくともウブイルにとっては、巨人族の恐ろしげなイメージを崩すのには十分であったようだ。この男も息子の常識破壊に慣れさせられつつある。適応が早い。

「・・・・・・なるほど、おまえの言うとおりルーベル氏族以外の巨人族というのが、必ずしも傲慢で乱暴な者とは限らないと言うのは、一理あるかもしれない。だが、それがこの娘だけの特質と言う可能性もあるんじゃないか?」

 この言葉を予想していたように、ソーマはこう言いきった。

「それを確かめるためにも調査が必要でしょう?よしんばそうであったとしても、得がたい友人であり優秀な部下を、今更放り出す理由にはなり得ないです」

 降参だ。ウブイルは息子の新しい友達を認めることにした。陛下の許可も取っていると聞いた以上自分が拒絶しても、息子とその友達の不興を買うばかりであまり意味がないだろう。苦笑気味にミコーとソーマに向けて首を縦に振った。

 父親が首を縦に振ったことで、息子と少女の顔にも笑顔が浮かんできた。

 ところで、カミラはどう感じていたのか気になって、ウブイルは妻の様子を伺ってみると、

「ソーマ!こんなにかわいい娘にどうしてこんなみすぼらしい服を着せているの!?駄目じゃない、素材が台無しよ!」

「か、カミラ・・・・・・?」

 彼の愛妻は巨人少女の服にダメ出しをしていた。確かに魔獣の皮と思しき物で作られた服を彼女は着ている。みすぼらしいとはウブイルも思ったが、息子が友達兼部下にしたと言う巨人少女を見て、開口一番に言う台詞がそれと言うのは・・・・・・。

「カミラ、驚かないのかい?」

「驚いたわよ。息子がこんな可愛らしいガールフレンドを紹介してくれるんだもの。でも、服が致命的ね。これじゃあ、せっかくの素材が台無しよ」

「いや、巨人族の娘さんだよ?小鬼族の一員としてもうちょっと、他にないのかね?」

「あなた。“可愛いは正義”なのよ。それ以外は全て瑣末事なのよ!」

(言い切ったよこの女。無類の可愛い物好きなのは知っていたが、巨人相手でもそれを曲げないとは・・・・・・)

 前から思っていた事だが、ソーマは容姿だけではなく性格までカミラ似らしい。錬金術に興味を示した所といい、己の欲望に忠実な所といい、そっくりである。

「ごめんなさい、母上。彼女の服なんですが、この前出現した五眼位(クィントス・オキュリス)の変態おじさんがミコーちゃんに乱暴狼藉を働きまして、その際に元々着ていた服は破かれてしまったんです。その不届き者は血祭りに上げましたが、あれが彼女の一張羅だったようでして。二人であらかじめ作っておいた魔獣の毛皮の服を着てもらってるんですが、俺もミコーちゃんも服については素人もいいところで、こんなお粗末な物になってしまっているんです」

 さらっと、五眼位の巨人を倒したとか言ってのける息子の荒行に目を剥くウブイルを尻目に、二人はそのようなことは瑣末事だと言わんばかりにミコーの服について話を進める。

「だからって、女の子にそんなみすぼらしい格好をさせたままなんて!?もうちょっとまともな服を用意・・・・・・できないのね。確かに巨人用服の入手なんてどうすればいいんだか」

「理解が早くて助かります母上。実は母上にここに来てもらったのも、この事を相談したかったからなんですよ。女の子の服について相談できる人が、母上しか思い当たらなくて・・・・・・何か良い知恵はありませんか?」

「むむむ、巨人族から何とか入手できないかしら?」

百都(メトロポリタン)で出回っている服を入手するというのも考えたんですが、オベロンに交渉して入手してもらうにしても、ルーベル氏族からどんな条件を吹っかけられるやら解らないので、小鬼族側で作るのが理想的といえます」

「小鬼族側で、巨人族用の服飾を作っている所・・・・・・あなた、何かご存じなくて?」

 まさかこの話題で自分が意見を求められるとは思っておらず、ウブイルは応えに窮した。

「そ、そんなことを聞かれても私だって知らんよ。巨人用の服飾を作っている工房など上街には存在しないだろうし・・・・・・あるとすれば下村の方ではないかな?あれらの中には魔獣素材で巨人用の鎧を造る工場があったはずだ」

 それを聞いたカミラとソーマの顔に笑みが浮かんだ。嫌な予感しかしない。

「それです!鎧の製造や寸法調整ができる人々なら、その技術は服を作る事にもきっと応用できるでしょう。行きましょう、その下村の工房に!」

「そうと決まれば私、参考資料用に家中のかわいい服かき集めてくるわ!知り合いの針子や年頃の娘さんがいる貴族にも相談して、この娘に似合う素敵な衣装のデザインを考えてくる。ふふふ、燃えてきたわ!」

「母上。お願いしますね。あ、でも彼女のことは口外しないでくださいね。一応、機密ですし」「解ってるわよ。知り合いの娘さんに着せる服だっていって誤魔化すわよ」

 ハイテンションな二人の母子の会話に置いてけぼりにされつつあるウブイルは、自分の着る服について勝手に話を進められて困惑しているミコーにこう言った。

「・・・・・・ミコーさんと言ったね。これから息子が君を色々振り回す事になるかもしれないが、私からもよろしく頼む。あれは幼くして大きな功を得た所為なのか、元々精神的に早熟な所がある所為なのか、気の許せる年頃の友達というものが皆無でね。正直、友達ができてホッとしている所があるんだ」

 ソーマも親戚の貴族の子供と遊ぶ機会等もなかったわけではないのだが、同年代の子供とは中々話が合わずに、わずか9歳で騎操士(ナイト・ランナー)になったという羨望の対象となったことも相俟って、時には妬まれたり疎まれたりする事もあったようだ。そこまで行かずとも“仲のいい友達”の関係なるのには周りの子供達との精神的な距離が遠すぎた。

 息子は、両親に辛そうな顔など見せてはこなかったが、寂しさを感じてはいないかと。心配していた。(*なお、本人は本当に特に何も考えてはいなかったようである。「友達はその内できるでしょ」と気楽なものだった)

 故に彼に友人が出来たことがウブイルは嬉しかったのだ。例え、それが巨人族だとしても。欲を言えば人間の友達であって欲しかったが。

「わ、私ソーマに命を助けてもらって、本当に彼にはお世話になりっぱなしなの・・・・・・です。だから、恩返ししたくて、その・・・・・・」

 顔を赤くして、こう口にする少女の姿はとても可愛らしいものだった。カミラではないが、確かにその姿は守らなくてはならないという尊さを感じさせる気がする。

(やれやれ、私も大分染まったと言うことなのかな?しかし、これから歴史が動くのやも知れないな。それが吉と出るか、凶と出るかはわからないが)

 ウブイルは3人の姿を見て、そんな予感を抱くのであった。

 

 

 

「さぁ!父上、母上、ミコーちゃん。いざ下村へ向けて出発しましょう!」

「待ちなさい。その前にいろいろと説明をしなさい!これらは一体何なんだ!?」

 十分な準備期間を設けて、張り切って下村へ旅立とうとするソーマのカマドウマに、ウブイルはつっこみを入れる。

「何って、もちろん服を作るための素材と、向こうさんに持っていくお土産ですよ。まさか、無理を聞いてもらうのに報酬だけ渡すというのも、申し訳ないでしょう?」

「そこじゃない!いや、そこも気にはなるが、それ以前にお前が荷物を積んでいるそいつは何なんだ!?」

 父親が愛機オプリオネスで指差す物を見て、ソーマは“これ”の説明を始める。

「ああ、馬体兎(ラバック)のことですか。こういうこともあろうかと飼いならしておいた子ですよ。かわいいでしょ?」

 馬とも鹿ともつかない体をした動物が、背中にたくさんの素材を積載した状態で四本の足で立っていた。

 なるほど、兎のような顔と耳は見ようによっては可愛らしく見えるかもしれない・・・・・・その大きさが決闘級魔獣のそれでなければだが。

「魔獣を飼いならすなんて・・・・・・いったいどうやって?」

「カマドウマとミコーちゃんで捕まえてきました。とても大人しいんですよ。大食漢ですけど、草食だからこの森では餌には困りませんしね」

 いくら大人しいと言っても巨大な魔獣が小さな人間に懐くなど本来ならありえない。これがソーマの夢魔族(インキュバス)としての能力によって調教された結果であることは言うまでもあるまい。

 この期に及んで未だにこの少年は、己の能力を「魔術演算領域(マギウス・サーキット)にアクセスすると大人しくなったりこちらに好意を持ってくれたりする動物が多い」ぐらいにしか認識していないが、虜になっている犠牲者は確実に増えていると言うわけだ。

(余談だが、これを飼いならしてからというもの、またしてもロシナンテが、しばらくの間機嫌を損ねていた。あの馬の心境にどのような変化があったのだろうか)

 そんな哀れな犠牲者である馬体兎であるが、その辺の樹をミコーが口元に持っていくと、モシャモシャと食べ始める。兎のような顔がヒクヒクと小刻みに震えながら食物を咀嚼する様は、愛嬌があった。

 それを見て、オプリオネスの操縦席に同席しているカミラの表情が恍惚としたものになっているが、ウブイルは無視して話を続ける。

「・・・・・・しかし、魔獣を連れて行くというのはなぁ」

「カマドウマとオプリオネスよりも積載量は大きいでしょうし、もし道中で魔獣に襲われるようなことになっても、幻獣騎士が戦闘において死重量(デッドウェイト)を抱えずに動き回れるメリットは大きいでしょう」

 馬体兎を連れて行く理由にはウブイルも納得したが、最初に自分が村人に説明をするべきだと思った。その原因は息子の愛機の外見だ。無用な混乱を避けるためには、自分がワンクッションはさむ形になったほうが良いだろうと考えたのだ。どう説得するか悩んでいるウブイル。

 こうして一行は下村に向けて歩んでいった。

 

 

 

 下村(クラスタ・ビレッジ)上街(ティルナノグ)と同じく小鬼族の集落であるが、西方国家でいう所での“首都”の役割を果たしている上街とは、規模も構成している人員も違う。

 そこに住まう人々は、農民や工員が主なものであり、貴族階級を有する騎操士、機械の製造や整備技能を有した高位鍛冶師や構文師、魔法や科学の探求を行っている研究者や錬金術師などは一人とていない。とても素朴な生活をしている人々だ。

 下村の中には、上街に供する食糧を生産する一番村、筋蚕の飼育やその糸を紡ぐ紡績工場を有する二番村などのように、上街によって手厚い保護を受けている豊かな村もあれば、それらから半ば見捨てられている状態となっている貧しい村もある。

 そんな貧しい下村の一つである八番村の村人達は、魔獣の寄り付かないやや開けた森の一角で、今日も畑を耕して、ささやかな日々の糧を得ていた。

 彼らの素朴な日常が音を立てて崩れたのは、村に巨大な影が現れてからだった。

 村の家々など簡単に踏み潰すほどの巨大な正体不明のそれを見て、恐れ戦く子供達。だが、大人達の中にはそれの正体を知っている者もいた。

 それは人が作り上げた知恵の結晶。貴人の乗り物。幻獣騎士だった。

 恐縮している村人の中から、比較的高齢な男が、幻獣騎士の足元まで歩き、そこに這いつくばって、許しを請うかのように話しかける。

「こ、これは貴族様。このような下村に何の御用でございますか?まだ御納めの日には早いと存じますが・・・・・・」

 幻獣騎士の操縦席が開いて、中から二人の人間が降りてきた。村人達に比べて上等な衣服に身を包んだ男女。やはり、それは貴族だった。

「いきなり押しかけてきてすまないな。私は上街の騎操士、ウブイル・ソリフガエと申すものだ」

「その妻のカミラ・ソリフガエですわ」

「わ、私どものような卑賤な身に過分なお言葉でございます、貴族様。私はこの村で村長をしておるものです」

 貴族にしては傲慢さを感じない丁寧な挨拶に、村長は更に恐縮してしまう。

 そんな村長にカミラと名乗った女性は村長に楽にして欲しいと伝えると、こう続けた

「村長。私達はあなた方八番村の人々に、あるものを造ってもらいに来たんですが、その前にこの村に入れていただきたい人達がいるの。構わないかしら?」

 貴族様方を拒むことなどできようはずもありません、と応えようとした村長だったが、ノホホンとした様子の妻の顔を見て、ウブイルと名乗った騎士は焦ったような顔で、村長にこう言ってきた。

「すまない村長。私の息子とその愛機、そしてその友人である巨人族の女性がこの近辺に来ているんだが、まず私達が先行したんだ。無用な混乱を起こさないように協力して欲しいんだが、頼めるかな?」

 巨人族が来るという話を聞いて、目を剥いている村長の耳に、どこかからとても大きな声が聞こえてきた。

「父上~もうそろそろ入りますよ~」

 幼い少女のような声を上げて、村に入ってきた巨大なものの姿を見て、多くの村人は叫び声を上げた。

「ま、魔獣だぁ!逃げろぉ!」「子供達を安全な所に!早く!」

 村は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 それも仕方の無いことであろう。現れた巨大な物体の姿はとてつもなく恐ろしいものであったから。子供達の中には、泣き出すものまで現れる始末だ。

 巨人に匹敵する巨躯を硬質な装甲が覆い、巨人と同じ二本の脚と二本の腕を持ちながらも、下手な巨人より太く力強い四肢。そして極めつけは、人間の頭部に当たる場所にある禍々しい肉食昆虫のような顎の生えた頭部。

 それに続いて、大きな兎のような顔をした蹄の生えた四足獣も入ってきた。外見的には遥かにマシだが、どちらも先に入ってきた幻獣騎士に匹敵するほどの巨躯である。その傍らには巨人少女の姿もあるが、それは異形の魔獣と四足獣のインパクトを前にしては印象が薄かった。

 どこをどう見ても、立派な決闘級魔獣にしか見えないものが2体も村に入ってきたのだ。身を守る術を持たない村人達を恐怖のどん底に叩き込むのには十分なものだった。

 それを見て、ウブイルは急いで操縦席に駆け上がると、拡声器を使ってその“魔獣”を叱りつけた。

「バッカモン!お前達がいきなり乗り付けてきたら、村人が怯えるとあれほど注意したじゃないか!何を考えてるんだ!?」

「え~、父上は大袈裟すぎなんですよ。ちょっと外見がアラクネイドと違うからって、こんなので怯える人なんていないですよ」

「ソーマ、私も初めて見たときはすごく怖かったよ、カマドウマ」

「あ、そういえばそうだったねぇ。しかし、そんなに怖いかな?カマドウマのデザイン」

「あぁ、もぅ!これを避けるために気を使ったというのに!」

 心配していた事が現実になってしまって、この事態をどう収拾しようかと、頭を抱えるウブイル。

 こんな混沌とした場にあって、村長は腰を抜かしていた。

(な、何なのだこの連中は?)

 村長はこれからこの村がどうなってしまうのかと不安でいっぱいであった。

 

 

 

 あれからウブイルと村長が、なんとか村人に説明をして回って、事態を収束させることに成功した。

 操縦席からソーマが降りてきたことで、カマドウマが幻獣騎士であることは解ってもらえたのだが、馬体兎は紛う事無き魔獣なので説得に苦労する破目になったのだ。

「しかし、この村の人達、なんだか元気がないですねぇ」

 父親から拳骨を貰って、頭にタンコブを作ったソーマが呟くのを見て、呆れた声でウブイルが返す。

「お前の所為で、皆驚き疲れたんだろう。全く余計な仕事を増やしてくれて・・・・・・」

 自分と村長が払った労苦を少しは汲んで欲しい、とため息を洩らした。

「いえ、そういうことでなくてですね。皆さん疲れたから元気が無いというよりも、元々あまり元気が無いんじゃないですかねぇ?」

 ソーマは村人達の“体”を見て、そう思ったのだ。

(彼らは、俺達貴族よりも肉体労働をする機会が多い人達だろう。この世界には耕運機などの機械は無い以上、農業をやっていくならどうしたって肉体を酷使する必要に駆られるはずだ。それなのに、筋肉の量がそこまで多くない)

(髪や肌も粗い。石鹸等で体を洗う習慣がない以上、それは避けられないことだろうが、この人達のそれは不潔にしてるというより、健康を維持し損ねている感じだ。これではまるで・・・・・・)

 ソーマは思った。村人は何を食べて生きているのだろう?と。

「村長さん、村の皆さんは普段何を食べてらっしゃるんですか?」

 まさか、貴族が下々の生活について聞いてくるなどとは思わずに、村長は面食らった。

 今までも多くの貴族がこの村に“御納め”の時期になるとやってきたが、彼らは自分達のその暮らしを見ても何の興味も持たなかったからだ。まるで自分と異なる生物を“圧倒的な上位者”として観察するかのような眼で。

 それも当たり前のことであろう。彼ら貴族には“幻獣騎士”という力がある。それだけではない優れた教育を受けることで研鑽された“知識”や“魔法”が自分達をいつでも簡単に叩き潰す事を可能としている。

 自分達との間には厳然とした力の差があるのだ。同じ小鬼族といえど、そこには別種の生き物のような“壁”が存在している。彼らは自分達とは違うのだ。

 村長は「そんな“別の生き物”が自分達の生活を気にかける理由はなんだろう?」と想像したとき、「もしやこの貴族達は滞在中の食事として、村の食料を当てにしているのではないか?」と考えた。もしそうなら、自分達も巨人や魔獣を養うほどの備蓄はない。これは困ったことになった、と不安な気持ちが募る。

 しかし、もし食料を提供できないということになれば、あの2体の幻獣騎士と巨人や魔獣を嗾けて、脅してくるかもしれない。そう思えば、自分達はそれを拒絶できない。

「き、貴族様方のお口に合うものを用意できるかはわかりませぬが、可能な限りご用意致しますので、どうかご勘弁の程を・・・・・・」

「もしかして、食糧の備蓄が乏しいのですか?」

「こ、穀物の備蓄ならある程度は。しかし、貴族の方々が普段食べておられる肉類などは・・・・・・私どもにはご用意いたしかねます」

 顔面を汗まみれにして、そう搾り出した村長の言葉を聞いて、ソーマは先程の村人達の姿を見て抱いた疑念が正しかったと確信した。

(やっぱり村人にはたんぱく質が不足しているんだな・・・・・・彼らの元気の無さはそれでか)

 魔獣犇く森の中に踏み込んで狩りを行うことは現実的ではあるまい。そして、この村には家畜の姿は数えるほどしかいなかった。

 一部の豊村や上街とは違い、下村には幻獣騎士は配備されては居ない。上街の貴族は末端の貧しい村の人間に関心を払っていないので、彼らにタンパク源となる肉や家畜などを融通することはあるまい。この村で飼われている家畜も食肉用ではなく労働用の家畜で、その数も少ない。

 豆類等で補うということもやってはいるだろうが、やはり小麦などの穀物の生産を優先させるだろうし、そうなるとこの村の規模ではたんぱく質を補う手段は乏しくなってしまうだろう。

 こうしてはいられない。ソーマはカマドウマに搭乗しようとする。

 それを見て、村長は顔色を失った。やはり、先ほどの言葉は貴族達の逆鱗に触れるものであったのであろうかと。この村を滅ぼそうとしているのではないかと。

「そ、ソーマどうしたんだ?何故カマドウマに搭乗しなおすんだ?いったい何をするつもりなんだ?」

「お、お待ちください!出来る限りのことはします。どうか、どうかお慈悲を頂きたい!」

 父親の疑問の言葉と、村長の悲痛な叫びを聞いて、ソーマはこう応えた。

「父上、今から俺達と村人用の食料を取って来ます。今日のところは決闘級魔獣を2頭ほど〆てくれば十分でしょう。村長、俺たちはあなた方に仕事を依頼するためにこの村にやってきました。しかし、栄養失調を起こしているような人員に仕事をお願いしても、クオリティの高い作業は期待できないでしょう。であるのならば、あなた方のコンディションを改善する所から始めなくてはなりません。狩ってきた食料はあなた方も食べてください。それで栄養を付けてくださいね」

 そう言ってソーマはカマドウマで森に向かって行った。他の3人はお留守番だ。

 母親であるカミラはそれを見送りながら、あっけに取られている様子の村長に語りかける。

「村長。息子が帰ってくるまで商談をまとめておきましょう。落ち着いてお話できる所に案内をおねがいしますね」「は、はぁ・・・・・・」

 

 

 

 木々が次々と倒れ、その音が森に響き渡る。

 巨大な魔獣達が繰り広げる生存競争。ボキューズ大森海の深部では、さして珍しくもない狩る者と狩られる者の戦いだ。

 だが、今起こっている戦いはよくある動物同士のそれとは大分毛色が異なる物だった。

 2体の巨大な物が争っている。その内1頭は森に暮らしている巨大な魔獣、破城猪(デモリッション・ボア)。これは特に珍しい魔獣ではない。

 だが、それと対峙している1体の巨大な物は、魔獣ではなかった。

 それは骨太な体型に昆虫のような頭部をしている幻獣騎士。言わずもがな、カマドウマだ。

「さて、君に恨みがあるわけじゃないが、村人と俺たちのたんぱく源になってもらうぞ」

 カマドウマが咆哮し(*合成音声)昆虫頭の巨漢のような生体兵器は魔獣を食材にすべく、向かっていった。

 それに警戒心を剥き出しにして、魔獣も吼える。そして、破城猪はその4本の蹄の生えた脚で強力な突進をかけて来た。これを受ければ如何に強力な幻獣騎士であるカマドウマでもひとたまりもない。 

「コヒィィィレント・ストォォォォォォム!」

 そこでソーマは距離が離れているうちに、破城猪の前脚を頭部の魔導兵装(シルエット・アームズ)で攻撃した。

 収束旋風(コヒーレント・ストーム)は至近距離でなら、魔獣の頭蓋骨や甲殻ですら削り壊してしまうほどの威力になるが、遠距離では収束率が落ちてしまい、精々が皮下組織までを引き裂く程度の威力にしかならない。決闘級を殺しきるのには火力不足になってしまう。

 だが、的確な狙いで放たれた風のレーザーとも言うべき空気分子の流れは、破城猪の脚の関節靭帯を切断し、その機動力を制限した。

 鋭い痛みが走り、うまく前脚を動かせなくなった破城猪はもんどりうって倒れこむ。カマドウマはすかさず他の脚部も、同様に打ち貫いて身動きを取れなくしていく。

 機動力と突進力が失われた破城猪にソーマは止めを刺すべく、近づいてその首をへし折ろうとしたのだが、そこに邪魔が入った。

 別の魔物が、身動きの取れない破城猪を横取りしようとやってきたのだ。

 鎧熊(アーマードベア)と呼ばれる魔獣が、カマドウマに突進してきて、その機体をやや後方に仰け反らせる。

「ちょっと!そいつは俺の獲物だよ!横からブン盗るなんてずるくない!?・・・・・・でも、ちょうどいい。君もお肉になってもらうとしよう。運が無かったね」

 ソーマはカマドウマに両手を構えさせると、手についている4本の爪の内、1本に一際大きな魔力を流し込む。

「君にはこれの試し切りに付き合ってもらおうか!」

 爪は耳障りな音を立て、細かな“振動”を始めた。それを振りかざしたカマドウマは、すばやく鎧熊の両前脚の肩口に振り下ろす。

 劈く悲鳴と共に鮮血が迸り、鎧熊の両前脚は斬り飛ばされた。

「Good night♪」

 反す刀で、鎧熊の首下に爪を走らせると、生首が夥しい血液と共に跳ね上がり、鎧熊の体は力なく倒れ伏した。

「新開発の振動爪(バイブレーション・クロー)の切れ味。なかなかだったな」

 これは彼の風魔法研究の過程で生み出された空気分子や物体を“振えさせる魔法”の応用。物体を高周波で振動させることで、通常では考えられない切れ味を齎す。

 地球のSFでよく描かれた振動剣というやつだ。現実でも模型工作用カッターや医療用メスに使われている技術だ。

 金属を使った重さで斬る剣や、純粋な切れ味で斬る日本刀のような優れた刀剣類を生み出せない小鬼族の環境で、よく切れる刃物を求めた結果創り出された接近戦用魔導兵装である。その威力は頭と前脚を失った鎧熊が十二分に証明してくれた。

 だが、オーバーテクノロジーとも言うべき身の丈にあわない技術を無理に使っている代償は確実に現れていた。

「・・・・・・刃先がもうダメになってやがる。やっぱり魔獣素材では高周波振動に耐えられないんだな」

 振動剣というのは、振動によって多大な熱を発生させ、刃に大きな負荷をかけてしまう技術である。ましてや強化魔法をかけているとは言え、所詮は動物の体組織を研磨して作り出したもの。長時間の振動に耐えられる物ではないのだ。

「まあ、こうなることは想定していたから、替え刃はストックしている。ここまで寿命が短いのは想像してなかったけど、今後改良できるかもしれないし、産廃武器ってほどじゃない」

 新兵器の性能に満足したソーマは、破城猪に止めを刺すと、2頭の血抜きをして村まで引きずっていく。

「・・・・・・本当に魔獣を狩って来てしまわれた。あの方は一体・・・・・・」

 村長は、村人全員でも食べきれないほどの大量の魔獣肉を持ち込んだカマドウマとそれを操るソーマに、今まで見てきたどんな貴族とも異なる印象を抱いたのであった。

 こうして、久しぶりの豪勢な肉が持ち込まれ、村はお祭り騒ぎとなった。




出しちゃいました高周波振動ブレードw エル君使わないのかなぁ。あの世界の魔法でも作れないことはない気がするのにと思ってたので、ソーマの必殺武器にしてしまいました。
現実の振動カッターは押し当てて切るような工具なので、ソーマが使ってるような斬り方したらへし折れる気がするけど、そこはフィクションということでかんべんしてください><


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13.下村との交流と工場制手工業 

今回、えらい文字数になりました・・・・・・文章量が安定しない
前回の誤字修正に、またもronjinさんがご協力くださいました。
度々ありがとうございます。
というか推敲不足ですみません(><)


「ソーマ様。本当にありがとうございます。村全体を代表してお礼申し上げます」

「いえいえ、欲しい物を望んだ形で手に入れるために、然るべき投資をしただけです」

 村長の感謝の言葉に、可憐な少女のような姿をした少年は、「あくまでビジネスに必要な事だったから」と言う。

 だが、ソーマ・ソリフガエの齎した物が村人の生活を改善したことは紛れもない事実だ。故に村長は形式だけでなく心からの感謝をした。

 ソーマが狩ってきた2頭の決闘級魔獣は丁寧に解体され、村人とソリフガエ家・ミコーのご飯となり、余った肉は干し肉に加工され、村の食料庫に保存された。

 おかげで村人達の健康は大分改善され、どこかくたびれた雰囲気だった村にも活気が出てきたように感じる。村長は顔を綻ばせた。

「お母上から話は伺っております。ミコー様の着る服をご用意するということでしたね?」

「この八番村においては“御納め”。つまり、租税の一環として上街を経由して、ルーベル氏族に供する巨人用鎧の製作を担っていると聞きました。故にここに足を運んだというわけなのです。鎧を造っているなら服も造れるかもしれないと・・・・・・村長、やってみてはいただけませんか?」

「お母上とも相談いたしましたが、我々としても未経験の仕事ではありますが、食料の供給までしてくださったのに、お受けしない訳には参りません。人事を尽くすとお約束いたします」

 カミラとの事前交渉もあって、村長は快く応じてくれた。

「さぁ、そうと決まれば早速どんな服を作るかを相談しないといけないわよね?ミコーちゃん、どんな服が着たい?あなたが暮らしていたアドゥーストス氏族ではどんな服を着るのかしら?」

「ど、どんな服って言われても・・・・・・そんなにたくさんの種類があるの?」

「母上。彼女が以前着ていた服ならサンプルとして持って来てますよ。破かれたままですが」

 そう言って、元々ミコーが着ていた服の破片を取り出して、パズルのように地面に並べたソーマ。

「こ、これは・・・・・・今着ている服と大差ないわね」

 そこにあったのは、引き裂かれてはいたが、魔獣の毛皮や樹皮そのままを組み合わせて作られたとても原始的な服だった。どれぐらい原始的かというと、地球の日本で言う所の縄文時代のような衣装。下村や上街の貴族の服でも、もう少し文明的なつくりをしている。

 巨人族(アストラガリ)の文明はだいたいどの氏族も石器時代レベルからまだ抜け切れていない。ルーベル氏族のみが小鬼族由来の突出した製鉄技術を持っているのだ。

 人類に比べて体も大きく、それを支える魔力も潤沢な巨人族は、“生きるための工夫”というものの必要性が人類に比べて薄い。故に技術開発に関する意欲が低い傾向がある。

(つまり、青銅器時代や鉄器時代にシフトする前に、文明が停滞していたわけだ。そこに強化魔法を使っているとは言え、幻晶騎士(シルエット・ナイト)なんて巨大ロボットが作れるような高い冶金技術をもった人類がやってきて、ルーベル氏族だけが鉄器時代を迎えちゃったわけだから・・・・・・これは彼らの一強になるのも無理ないな)

 地球でも、紀元前1400年頃に現れたヒッタイトの鋼を主力とした鉄器文明が、当時のメソポタミアをはじめとする青銅器を主力としていた周辺の国家を荒らしまわったという。

 幻晶騎士由来の超技術(オーバーテクノロジー)じみた製鉄技術で作り出された鉄鋼製品は、縄文時代レベルの巨人族社会ではもはや反則(チート)兵器であっただろう。彼らの繁栄も頷ける話だ。石と鉄の間に跨る壁は大きい。

 ミコーの服からは、そんな巨人族社会の現状を読み取ることが出来る。

「でも、私の眼の黒い内は美少女にそんな貧相な服なんて着せないわよ!ミコーちゃん、あなたを必ず素敵なレディーにコーディネートしてあげるわ。安心して!」

「え、え~と、お願いします?」

「母上、燃えてますねぇ」

 カミラは自宅からもってきた衣装や、知り合いの貴族や針子職人と共に描き出した画稿を見本として、ミコーや下村の職人達とデザインの相談をするべく工場に向かおうとした。

 しかし、ここでソーマは大事なことを忘れていたのを思い出した。

「ああ!母上、村長。危うく忘れる所でした。作ってもらいたいのは服だけじゃないんですよ」

 ソーマは愛機に乗り込んで、馬体兎(ラバック)に積んでいた増幅靴(ブースト・ブーツ)を持ってきた。

「この靴をちゃんとした物に作り変えて欲しいんです。服を作ってもらった後に、この作業も行っていただいてかまいませんか?」

「靴ですか?」「なにこれ?魔獣の甲殻で作ってるじゃない。履きにくそうねぇ」

 昆虫型魔獣の外骨格で組み立てられたやけに刺々しい長靴だ。履き心地など考えられてはいない。

「中に組み込まれている物の機能を維持出来るように、これの設計には俺も口を出す事になりますが、どうかお願いできませんか村長?」

「・・・・・・わかりました。元々、あなた様が提示なさった報酬は、食料も供給してくださったことを考えれば、いただきすぎなものでした。この靴の製作もお受けしましょう」

「ありがとうございます。村長」

 こうして、カミラによる、ミコーを可愛らしく飾り立てる計画は着々と進行していく。

・・・・・・同時に増幅靴の改修という形で、彼女の強化計画も進められているとは、ソーマ以外には知る由もない。

 

 

 

 八番村に訪れた貴族達と巨人の少女によって齎された仕事。これに応えるために慌しく働く村人達。

 その中で、仕事以外の事に意識を向けている者がいた。

「あ、あれが・・・・・・幻獣騎士(ミスティック・ナイト)・・・・・・?」

 一人の少年が、村に駐機してある2体の巨人型兵器を見上げていた。

「あれがあれば・・・・・・あれが村にあったなら・・・・・・」

 少年はその瞳に怪しい輝きを宿して、それらに近づいていく。

 そして、開いている操縦席への入り口を覗き込み、中の様子を確認していた。

「僕がこれに乗れたなら・・・・・・」

 彼は片方の機体、幻獣騎士オプリオネスの操縦席に座り、手探りで座席周辺を調べていく。そして、遂に操縦桿を引っ張って機体を動かし始めた。

 魔導演算機(マギウス・エンジン)が登録された魔法術式(スクリプト)に従い、魔力転換炉(エーテルリアクター)を起動する。吸排機構が大気を吸入し、そこに含まれるエーテルを励起させ、魔法現象を顕現させるための魔力を生み出す。

 幻獣騎士の吸排気は騒音を伴う。故に機体が動いていることはすぐに解った。

「だ、誰が動かしているんだ?」

 オプリオネスの本来の騎操士(ナイト・ランナー)ウブイルも、もう一人の騎操士ソーマも機体を降りていたので、別の人間が操縦していることは火を見るよりも明らかだった。

 ソーマは操縦席のハッチが開けっ放しになっていたのを見ると、ロシナンテに跨る。身体強化魔法(フィジカル・ブースト)を行使したこの馬の力なら、機体に取り付くことも出来るだろうから。

「あ、あぁ!?」

 少年は慌てて機体を動かそうとするが、そもそも彼の体格では鐙に足が届かない。脚を動かすことはままならず、腕だけをブンブン振り回す形になった。

 この考えなしの操作の結果、その慣性で機体は姿勢を保てなくなり、前向きに転倒する破目になった。

「うわぁぁぁ!?」

 この時オプリオネスは受身をとる形になったため衝撃が緩和され、機体は傷付く事は無かった。

 新米騎操士が慌てて機体を転倒させてしまう事故は、上街でもよくある事だ。故に大抵の幻獣騎士には、追加の入力がない場合機体側で自動的に受身を取る機能が実装されてる。オプリオネスはその機能に救われた。

 しかし、少年自身はベルトを付けず、体を座席に固定させていなかったため、その慣性により操縦席内部から放り出される羽目になったのだ。

「いけない!」

 ソーマはロシナンテと共に駆け出すと、放り出された彼の身体を、大気緩衝(エアクッション)の魔法で受け止めて、そのまま強化魔法の掛かった自分の腕で抱きとめた。

 こうして幻獣騎士を動かした幼く小さな村人は、貴族の少年の手であえなく御用となったのだった。

 

 少年を一頻り叱った後、村長は貴族の父子に深く謝罪した。

「申し訳ありません!貴族様の幻獣騎士に孫が勝手に乗り込み、事故を起こすなどと。なんとお詫びをしていいか・・・・・・」

 少年の頭を押さえ付けて共に謝らせようとしている彼を、ソーマは宥める。

「まあまあ村長、男の子が幻獣騎士に憧れるのは到って普通の事。いや・・・・・・この世の摂理とすら言える事でしょう。男と生まれて、目の前に開け放たれた幻獣騎士の操縦席があったなら?そりゃ乗りますよ!少なくとも俺なら乗る。だから、これは仕方ない事なんです!」

「お前のその理屈は流石にどうかと思うがね。・・・・・・だが、何にせよ怪我が無くてよかった」

 少年の暴挙を、むしろ笑顔で賞賛するかのような物言いをするソーマに、思わず父はつっこみを入れた。

 だがウブイルも、子供に叱責や懲罰を与えることよりも、怪我が無くて安堵する気持ちの方が強い。

 彼に外傷も骨折も無かったのは、ソーマがうまく受け止めたおかげであろう。村長はそれに関しても礼を言う。

「いや、気にしないでください。しかし、紛いなりにも幻獣騎士を動かすことが出来たという事は、魔力を扱えたということですよ。これは面白い人材を見つけたかも・・・・・・」

 上街で製造されている幻獣騎士は、その起動に操縦者からの魔力を必要とする。魔力増幅器(マナ・アンプリファー)搭載機においてはそれが顕著だが、魔力転換炉においても起動魔力源(スターター)となる最初のそれは、騎操士自身の魔力なのだ。

 村長にも確認を取ったが、下村において魔法に関する勉強は愚か、魔力を意識するための教育や訓練の類も一切行われていない。下村の人間にそんな余裕はないし、上街の貴族達もそこまで関心を払っていないから。

 だからこの少年は、行程を教えられたわけでもないのに、自力でそれを見つけ出して実行したということになる。そこにソーマは優れた魔法使い・・・・・・ひいては騎操士としての才能を感じた。 

 故にソーマは、この少年について興味が湧いてきた。「巨大人型兵器(ロボット)を勝手に動かす少年」などという存在に、強い親近感を覚えたからでもあるだろう。

「ねぇ、君。名前はなんていうの?」

 だからソーマは少年に話しかけた。彼はおっかなびっくりといった様子で自分の事を話し始めた。

 少年は先程述べたとおり村長の孫で、名前はベーラ。背格好から察するにソーマとそこまで大きな年齢差は無いだろう。

「ベーラ君。幻獣騎士を動かせたって言うことは、魔力の流し込み方を“土壇場で習得しちゃった”って事だよ?これって、すごい事だよ。才能が無ければできない事だ」

 ベーラは目の前の美少女・・・・・・にしか見えない貴族の少年に、褒められたことで思わず頬を染めてしまった。女の子に賞賛の言葉を浴びせられる経験などそうはなかったから。

 しかし、ソーマはここまでの能力を彼に発揮させるには、才能もそうだが、それ相応の動機が必要だとも思っていた。自分のように“ロボット”に憧れたからなのか?それとも強い“力”を求めたからなのか?

「ねぇ、ベーラ君。君は幻獣騎士に乗って、何がしたかったの?」

 この質問を聞いて、ベーラの表情に深い悲しみが浮かんできた。つらい記憶を呼び起こしてしまったらしい。

「僕のお父さんは森に入っていって・・・・・・帰ってこなかった。僕のために死んだんだ!・・・・・・幻獣騎士に乗れたら、皆を守れるのになって、そう思って・・・・・・」

 泣き出してしまったベーラに代わって、村長が説明をしてくれた。彼を助けるために、帰ってこなかった村長の息子の事を。

 

 1年ほど前に、ベーラは高熱を出して寝込んでしまった。

 祖父である村長も父親も、ベーラの病を治療するための薬や栄養となる食料を捜し求めたが、食料は日々の糧としてはともかく病床の人間の闘病生活を支える物としては不足だった。薬に関しても、無いよりマシな民間療法レベル。

 あまり、他の村人に迷惑をかけるわけにも行かず、かといって愛する息子のために出来る限りの事をしたいと、そう考えた父親は・・・・・・森に入る事を選択した。

 魔獣が犇いている森の中に、魔法も使わずに単身・生身で踏み込む。それは自殺行為だと考えられていた。

 当然、周りの者が何度も止めたのだが、彼は森に入り、弓や罠を使って小型の獣を狩ってはその肉をベーラに食べさせた。彼は見る見る内に元気になっていった。

 それを見て、より一層の奮起をして父親は、狩りに出かけた。今にして思えば、彼は調子に乗ってしまったのだろう。

 父親が帰ってこなくなったとベーラが聞かされたのは、彼が快癒した頃だったと言う。

 それ以来、ベーラは父が死んだのは自分の所為だと、己を責めるようになったそうだ。

 

 ここまでの話を聞いて、ソーマはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。

「そういえば、この村ではどうやって魔獣から身を守っているんです?」

 それを聞いた村長は、袋に入った大量の薬剤を倉庫から出してきて見せてくれた。

「御納めの対価として、貴族様方が置いて行ってくださるお薬でございます。これを村の周りに撒いて、魔獣除けとしています」

(複数種の魔獣の忌避物質を調合した獣除剤(リペレント)か・・・・・・だが、これは興奮している魔獣には効かないはずだぞ)

 案の定、森の魔獣同士の戦闘の結果、獲物を追いかけてきたり、逆に追いかけられて恐慌状態になった魔獣が、村に侵入してくることはたまにあるそうだ。

 過去にそういった個体に畑を踏み荒らされた事もあった・・・・・・場合によっては家屋を破壊されて死傷者を出すことも。

 この話を聞いて、ウブイルはショックを受けた。

 自分達上街の人間が、巨大な防壁と幻獣騎士によるぶ厚い防衛線に守られてぬくぬくと暮らしている内に、彼ら下村の人間がここまで酷な生活をしていたとは・・・・・・想像が及んでいなかった。

(貧しいと話には聞いていたが、ここまで過酷だったとは・・・・・・しかし、下村の防衛はルーベル氏族も担ってくれているはず・・・・・・いや、そうだな。連中が律儀に我々との約定を、守ってくれるはずが無いよな)

 虫けら同然と看做している小鬼族(ゴブリン)が何人死のうとも、連中は頓着するまい。まじめに防衛などしてくれるはずが無い。

 そして、彼らの暮らしに無関心であったのは、自分達貴族とて同じなのだ。

 幻獣騎士の数が少なく、下村の防衛に当たらせられるほどの数がないにしても、ここまでの無関心と放置が、過酷な状況に彼らを追いやってしまったのだ。

 ソーマは村長の話から、この村の現状と、ベーラの今回の行動が単なる好奇心による物では無いことを知った。

 彼は現状を変えるための“力”が欲しかったのだろう。その“力”として幻獣騎士を選んだ。発想は安直で幼稚かもしれないが、その思いは切実だ。

「ねぇ、ベーラ君。君は今でも幻獣騎士に乗ってみたいって思ってる?」

 ソーマは、尋ねた。一度事故を起こしているが、それでも彼が乗ってみたいと今でも思っているのなら・・・・・・

「・・・・・・はい」

 彼に力を与えてみようと。

「そっか。じゃあ、騎操士目指してみる?やる気があるなら、俺が魔法も教えるよ」

 しばしの沈黙の後、

「「ハァァ!?」」

 村長とウブイルの奇声が唱和する。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい、ソーマ。騎操士は貴族の仕事で・・・・・・」

「わ、わ、我々下村の民が許されるものでは・・・・・・」

「二人とも、驚くのも仕方ないかもしれませんが、落ち着いてください」

 流石にいきなりこんな話をするのは、早すぎたかもしれないなと、ソーマは少し反省する。

 ベーラもまさか貴族から、騎操士になることに肯定的な発言を聞けるとは思っていなかったのだろう。驚愕に眼を見開いている。

 彼は順当に説明をしていくことにした。

「まず、ベーラ君はさっきも言ったように、ろくな教育も受けていないのに、いきなり操縦席に座って、幻獣騎士の魔導演算機と魔力転換炉を起動させました。これは相当な先天的魔法の才能がなければ、不可能な芸当といえます。こんな稀有な才を腐らせるのは、小鬼族にとって損失でしょう。せめて魔法を教えるぐらいは、しておきたいと思いました」

 だが、だからといって、貴族の特権と言われている騎操士になる事を、下村の住民に勧める発言は軽率であると、ウブイルは言いたげだ。村長も似たような気持ちだろう。

 幻獣騎士の生産台数は限られている。この操縦席に座る資格を、貴族達は虎視眈々と狙ってきたのだ。そこに下村の住民が参入する余地など無いはずなのだ。

 もし、仮にそれが認められても、上街と下村の間に深刻な対立が起こりかねない。いくらなんでもそんな事が認められるはずが無い。

 みんなのその認識は正しかった。“幻獣騎士開発にソーマが介入するまでは”

「詳しくは機密ゆえに申し上げられませんが、今後幻獣騎士の生産台数は加速度的に増えていくことになるでしょう。機体の数が増えれば、当然その乗り手を探す必要に駆られる訳ですから、今の内に人材を育てておく事は大事なことですよね?」

「ま、待ちなさい。どれだけ数が増えるのか知らんが、上街の騎操士候補生の数だって相当なものだぞ?椅子が余ることなんてあるはずが・・・・・・」

「それが従来の10倍近い生産効率で動力炉が増産できるとしても、ですか?」

 トンデモ無い数字を聞いて、口角泡を飛ばすウブイル。

「じゅ、じゅ、じゅ、10倍!?あ、ありえない、何かの間違いではないのか!?」

「まあ、あくまで上がったのは、“動力炉の生産効率”ですので、それを納める機体側の生産能が追いつかないでしょう。資源の量も相当必要になるから、今後は幻獣騎士の生産台数はそちらで決まることになるでしょうねぇ。まあ何にせよ、ボトルネックになっていた技術のブレイクスルーが果たされそうなので、今までの常識で考えちゃダメですよ」

 この言葉にウブイルは、今までの人生の中で、同僚から奪うようにして騎士の座を勝ち得た競争の日々は、何だったのだろう?という脱力感に支配され、白眼を剥いた。

 父親が度重なる常識ブレイクにグロッキー状態になっている間に、ソーマはベーラに更に問いかける。

「ベーラ君、年は幾つ?」

「こ、今年で10歳になります」

「俺の1つ下か・・・・・・じゃあ、魔法の習得にはまだ十分間に合うよ。四則演算や読み書きは出来る?」

「お、お祖父ちゃんに少し教えてもらってます」

「さすが村長のお孫さんだね。じゃあ、勉強をする下地は整ってるわけだ。君さえよければ、魔法の勉強を暇なときに教えてあげるよ。どうする?」

「・・・・・・お願い、してもいいですか?」

「よし、じゃあ、決まりだね!早速、今日から始めてしまおう!」

 村長が止める暇もなく話がトントン拍子で決まってしまい、これで良いのかとウブイルの方を伺っても、彼は心ここにあらずといった様子で。

 仕方が無いので、村長は楽しげに孫と戯れている貴族の少年に、ベーラの魔法教育を委ねることにした。

 

 

 

 

 

 ソーマ・ソリフガエが下村の住民と交流を行っている頃のことである。

「作業員の諸君。始めてくれたまえ」

 拡声器(スピーカー)から響く王の声に従って、幾人もの職人達が、ここ上街の秘密地下工場において“とある技術試験”を行っていた。

「すごい。あんなに硬かったのに、“これ”を使ったらこんなに自由自在に捏ね回す事ができるなんて!」

「これが今まで秘伝とされてきた精霊銀(ミスリル)なのか・・・・・・不思議な金属だ」

「これが魔力転換炉や魔力増幅器の製造に関わる特殊金属・・・・・・これなら確かに今まで王族方にしか生産できなかったというのも頷ける話だ」

 思い思いに感想を述べながら、自分達に開示された金属をまるで子供が粘土遊びをするように捏ね繰り回す作業員達。

 彼らは全員、徒人とドワーフの技術者だ。精霊銀を扱えるはずの無い人種なのだ。

 であるにも関わらず、いとも容易く精霊銀を加工して、様々な形に成型していく職人達の姿は、本来ならありえるはずの無い光景。

 そんな光景を、天井に設置された眼球水晶から届く映像を通して、確認したオベロン。

 彼は幾つもの機械に囲まれたまるで幻獣騎士の操縦席のような部屋で、新技術に関する思いに耽っていた。

(あぁ、本当にできてしまった・・・・・・“徒人にも精霊銀加工を可能にするシステム”が。これで私も重責の一つから解放される・・・・・・)

 その顔には安堵の表情が浮かんでおり、今まで背負わされていた重荷の一つを肩代わりしてくれるパートナーが現れたかのようだった。

 

 事の起こりは2年前にさかのぼる。

 

「めんどくさくありませんか?精霊銀加工って」

 ある日、ソーマが洩らした言葉に、オベロンは情けない思いを抱いた。

「なんだね?もう疲れたのかい?君が魔力の供給元にしている、そのお馬さんはまだ元気そうじゃないか。魔術演算領域(マギウス・サーキット)の演算能力は使えば使うほど上がっていくよ。もっと頑張りなさい」

 この魔法を使いながら、精霊銀に圧力を与えると、そこからこの金属は可塑性を高めていき、まるで粘土のように自由に加工が出来る様になる。

 加工魔法は体内に触媒結晶を持っている生物でなければ、使用しても意味がない。人間やドワーフのように、杖がないと魔法が使えない種族では“手に纏わせるように”この魔法を使うことは出来ないから。

 だからこそ、同じことの出来る夢魔族(インキュバス)である自分が工員として重用されているのだ。それはソーマにも解る。

「しかし、いくらなんでもこれを何十回と繰り返すのは、肉体的・精神的な疲労が凄まじいですよ。オベロンも先王陛下や先王妃様も、よく耐えられましたね」

「父も母も、2、300年ほど前からこの作業には関われなくなってね。それ以後はずっと私一人で作業してきたよ」

「ひ、1人でですか!?2、300年もの間!?政務の傍らに!?」

「そうだとも。いや~、君が魔力増幅器を創ってくれて助かった。魔力転換炉に比べて作りが簡単だから、大分負担が軽くなったよ」

 事も無げにそう語るオベロンだが、自動車のエンジンのような複雑な機械である魔力転換炉だ。

 これをたった一人の王族が、街にある幻獣騎士に使われている分を、百年以上の長い時の間、造り続けて来たというのだ。元々森伐遠征軍で運用されていた幻晶騎士の炉も流用されているとは言えども。

 いくら周りに補佐する人間がいるとは言えども、政務をこなしながらであることを考えれば、その負担はソーマの前世、地球の日本に多く存在したブラック企業に匹敵する・・・・・・時には凌駕するほどの激務だったに違いない。それを数百年間だ。

 その労苦を思って、ソーマは絶句した。普通に考えれば精神がおかしくなる。

(なんて事だ。幻獣騎士の中枢部が、“家内制手工業”で生産されていたなんて。それもオベロンたった一人の手でとは・・・・・・ブラックってレベルじゃねぇぞ!)

「何だい?ソーマ君。今更怖気づいたのかい?言っておくが、逃がしはしないからね?やっと作業を手伝ってくれる人材にめぐり合えたんだ・・・・・・街の貴族達にせっつかれて、達成しなくちゃいけないノルマに喘いでいた私に、やっと差し込んできた希望の光なんだよ?君は」

 その疲れた笑みの中に宿る“凄み”にやや気圧されるソーマ。それは地球において、納期に追われて馬車馬の如き働きを強いられてきた、技術職(エンジニア)の眼。亡者のような怖ろしさを宿した瞳であった。

 ここに来てようやくソーマはとんでもない“沼”に引き擦り込まれた事に気付いた。

 冗談ではない。せっかく自分専用の幻獣騎士を造れたのだ。

 それを自由に乗り回すだけの訓練も終えて、やっと騎操士になれたのに、こんなブラックな職場に引き擦り込まれるなんて。

 これから楽しいロボット操縦ライフが始まると思ってたのに、これでは操縦する時間など確保できそうにないではないか。あんまりだ!

 ソーマは内心そう思っていた。

 魔力転換炉・魔力増幅器の構造を仔細に渡って検証する良い機会ではあったので、その場は素直に従った。

 だが、その心の内は“いかにしてこの面倒な作業から逃れるか”という思考に費やされていたのだ。

 ついでに言えば、“世話になったオベロンの負担を軽くしてあげたいな”という気持ちもちょっぴり混ざっていたりする。

 

 それから数ヶ月の後、

 

「オベロン!ちょっとご覧いただきたいものがあるんですけど!」

 その日、彼の執務室にソーマが入ってきた。その顔は上気しており、まるで素敵な宝物でも見つけた子供のようであった。

 彼がこういう顔をしているときは、大抵ろくでもない展開が待っている、と思っていたオベロンは最大限の警戒を払う。

「何だね?いきなり。今は書類作業中なんだが・・・・・・」

 憮然とした表情でこう返す。

「では書類作業が終わりましたら、是非とも作業部屋にお越しください。陛下に見ていただきたい、驚きの発見があったんです!」

 オベロンは話だけでも聞いてあげようと思った。

 だが、もしくだらない事だったらお仕置きをくれてやろう。そうだな、数ヶ月ぐらい愛機への搭乗を禁じれば、反省して大人しくしてくれるかもしれない。

 そう考えてほくそ笑む彼だったが、城の地下にある作業部屋に入った瞬間、その顔は怪訝なものに変わった。

「な、なぁ、ここどこなんだ?なんでこんな所に俺なんかを・・・・・・へ、陛下!?何故こんな所に!?な、なぁどういうことなんだよ桃姫ぇ!?」

 作業部屋にソーマが引き連れてきたのは、幻獣騎士カマドウマを手がけたドワーフの職人の一人、ダンクル・チャトグターだった。

 あれからも、彼はソーマの行う様々な実験的技術開発に付き合わされていた。犠牲者の一人である。

 ダンクルは知らない部屋に連れ込まれて、なおかつオベロンの御前に引き連れられて、大いに当惑していた。これが一般的なこの街の住人の反応である。ソーマが色々とおかしいのだ。

「説明は後!主任。これ握ってくれる?」

「お、おぅ・・・・・・」

 ソーマが渡した物を、訳もわからずにダンクルは力一杯握り締める。

 その物体は、さしたる抵抗もなくグニャグニャと変形した。然もありなん、ドワーフは魔法能力は人間に劣る傾向にあるが、その分筋力は人間やアールヴと比較して高い傾向にある。こんな“粘土のような物質”は握りつぶせないほうがおかしいのだ。

「なぁ、これがどうしたって言うんだ?俺達ドワーフの力なんて、陛下は良くご存知だろうに・・・・・・陛下、一体どうなされたんです?」

 オベロンの顔は、驚愕で固まっていた。

 その視線の先には、ダンクルの掌で力無く握りつぶされた“精霊銀の塊”があった。

 彼のこの時の胸中には「ありえない」という思いのみが支配していた。

「主任。ありがとう。おかげでオベロンに素敵なサプライズを披露できたよ」

 呆けているオベロンを尻目に、ソーマはダンクルの背中を部屋の扉に向けて押す。

「な、なぁ、真剣(マジ)にどういうことだってばよ!?」

「まあまあ、機密に関わるから、今日の所は一旦帰って。ね? 許可が下りたら何時か教えてあげるからさ」

 ソーマはダンクルを部屋から追い出して、懐から“手間賃 兼 口止め料”を渡して彼を帰した。

 クルリと素晴らしい笑顔で振り返ったソーマは、オベロンに対してこの手品の“種明かし”を始める。

 彼の手には、先程のダンクルが嵌めていた白い手袋があった。

「さて、説明させていただきますね。これこそが今回オベロンに見ていただきたかった新発明、触媒作業手(マニシング・グローブ)です!」

 ソーマが明かした手品の種はこうだ。

 魔絹(マギシルク)を用意し、そこに細かく加工した触媒結晶を編みこみ、手袋の形に縫製する。言わば“手袋の形をした杖”とするわけだ。

 これをダンクルが嵌めた状態で、ソーマが手袋から伸びた糸を握って、精霊銀の加工用の魔法術式を流し込めば、手袋は魔法を纏った状態になり、擬似的にアールヴや夢魔族と同じ能力を装着者に再現させる事ができる。

 これだけなら、ただ単に作業者と演算担当が別たれるだけになるが、どうやらこの手袋、複数人に装着させて同時に魔法を流し込んでも、機能を発揮するらしい。

「つまり、今まで家内制手工業でしかなかった精霊銀加工を、工場制手工業(マニュファクチュア)にしてしまえるという事です」

 魔力転換炉や魔力増幅器にはこれに加えて、生命の詩(ライフソング)拡大術式(アンプリファー)の魔法術式を精霊銀製の筐体に“鋳込む”作業が必要なのだが、これもやり方次第では、この手法で大幅な効率化が可能であろう。

 大人数の触媒作業手に魔法を流し込むのには、膨大な魔力と演算能力が必要になるため、魔力増幅器と魔導演算機によるブーストを駆ける必要があるが、その先にあるのは・・・・・・。

「これまででは考えられないほどの高効率化が図れますよ、陛下!」

 ハイテンションに捲くし立てるソーマの語る内容に、オベロンは天に昇るような気持ちになった。

 魔法演算の手間は残るが、単位時間当たりに可能な作業が大幅に増える事になるので、ソーマやオベロンに掛かる負担が劇的に減る。手作業については徒人やドワーフの職人に手順を教えて任せれば、完全に解放される。

 それだけではない。生産数も増やせる。まさにそれは革命であった。

 これまでの激務による負担から解放される。その喜びで、オベロンはただただ静かに涙した。

 

 更に1年と数ヶ月の時が流れて、やっと触媒作業手による工場制手工業は、試験的な稼動に漕ぎ付ける事ができた。

 

「これで私の負担も大幅に軽減されるはず。本当に感謝しきりだよ、彼には」

 しみじみと呟くオベロンの見つめる先には、幻像投影機(ホロモニター)に映った、ズラリと並んだ大量の魔力増幅器の筐体。

 まだ術式を鋳込んでいない形だけの筐体だが、いずれは作業員達と共同でこれらを機能する製品に仕立てる予定だ。

 このシステムが完成すれば、もうソーマの手を借りずとも、魔力増幅器の大量生産が行える。

 この所、彼を自由に行動させていたのは、こういった背景もあったわけだ。 

「これで私の生活にも、大分余裕が出来る!今まで時間が無くて出来なかったけれど、趣味でも始めてみようかな?」

 オベロンはとても朗らかな表情でこれからの事を考えるのであった。

 

 だが、喜びに満ちている彼に再び胃痛を齎すような事態が進行していたことを、オベロンは知る由も無い。




原作のエル君のやってる幻晶甲冑による魔力転換炉の製造法って、工夫すればこういうことも出来そうですよね。
でもやらないのは、多分森都への配慮からなんだろうなぁw 悪くすると森都に大量の求職者が発生するほどのリストラの嵐が・・・・・・収拾付かなくなるw オベロンたちしかいないからこそ取れる選択ですよこれw


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14.青空教室と「棚からぼた餅」

読者の皆様、あけましておめでとうございます!
前回の更新からえらく間が空いてしまって申し訳ないです(><)
そして、度々の誤字報告をしてくださった、黄金拍車様、ありがとうございます!


「というわけで俺、ソーマ・ソリフガエによる魔法教室を始めたいと思いますが、生徒である御二人共、準備はよろしいかな?」

「は、はい!」「ちょっと待って、どういうこと?私聞いてない!」

 ここ、八番村のはずれにある原っぱにて、二人の小鬼族(ゴブリン)の少年と一人の巨人族(アストラガリ)の少女が、魔法についての勉強しようとしていたのだが、巨人少女ミコーが「話が違う!」と抗議し始めた。

「いつも魔法の勉強は、私とソーマの二人きりでやってたじゃない!?」

 ミコーは困惑していた。ソーマとの二人きりの時間となるはずのいつもの日課に、部外者がいきなり入ってきてしまったのだ。

 思わずジト目でもう一人の生徒という名のお邪魔虫であるベーラに視線を向ける。

「ヒッ!?」

 彼女としては、何気なく瞳を向けたつもりだったが、7~8m級の巨人にそんな視線を向けられる体験は、10歳程度の人間の子供には刺激が強すぎたようだ。引き攣った表情になっている。

「ミコーちゃん、何怒ってるの?」

「怒ってるわけじゃない」

 膨れっ面で言っても説得力が1ナノも感じられないと思ったが、そういう感想は言わぬが花である。

「ミコーちゃん、君に断りも無く勝手に生徒になる子を増やしちゃった事は謝るよ。でも、ベーラ君の事情も聞いて欲しいんだ」

 ソーマは彼女に、ベーラの身の上話を聞かせた。

「そ、そうなんだ。あなたも獣達に家族を・・・・・・それなら仕方ないね」

 それを通して、ミコーは彼が連れてきた少年が自分と似た境遇であると理解した。彼女がそれに深い共感と同情を覚えたのは自然な事であったろう。

 ミコーは元々の性格が優しいので、情に訴えかけられると否とはいえないのだ。

「だから、どうか仲良くしてあげてね?」

「は、はひ」「うん、解った」

 片方の声が引き攣ってはいたが、二人共了承してくれた。

「さて、授業を始めるに当たってベーラ君にはこれをあげるね」

 そう言ってソーマが渡したのは、触媒結晶が埋め込まれた白い木の棒だった。

「ソーマ様、もしかしてこれが?」

「そうだよ。魔法の杖。これが無いと人間は魔法が使えないからね」

 軽いノリでそのような物を渡されたものだから、ベーラは恐縮してしまった。

「あ、ありがとうございます!でもよろしいんですか?ソーマ様にとっても大事な物なんじゃ・・・・・・」

「いやね?実はこれ、森を散策してたときに生えてたホワイトミストーの生木からへし折ってきた枝で作った物なんだよ。触媒結晶もそこら辺の小型魔獣の心臓から採ってきたものだし。だから、材料費なんか全く掛かってないの」

 ホワイトミストー。人類の既知の植物の中で唯一、魔力をよく通す素材となり得る樹木である。

 上街の人間なら魔法の習得において必ずお世話になる木材で、その需要は大変高く、街の周辺ではすでに採り尽くされている資源だ。

 その為、一番村や二番村などの豊村では、これらの計画的な植樹が行われており、近年はそちらが主に流通している。

「まさか、この村の周囲の森にあんなにたくさん生えているとは思わなくてびっくりしたよ。あれ上街で売ったら結構いい値になるよ?もしかしたら、八番村の新しい収入源になるかもね」

 ソーマはベーラを安心させるつもりで、材料の話をしたのだが、これがかえって「本来は高額なもの」である事を意識させてしまうことになって、彼は更に恐縮した。

「さて、最初に座学をやった後、実習を始めるよ?ベーラ君はまず火炎弾丸(ファイヤー・トーチ)魔法術式(スクリプト)から・・・・・・」

 

「うぐぐ、最近のソーマの教えてくれる内容難しすぎるよ。頭がワーッてなる」

「まぁ、ミコーちゃんは初歩的な魔法は習得が終わってるからね。今やってもらってるのは、ベーラ君よりもずっと高度な内容だから仕方ないよ」

 彼女は火や風、雷の基礎系統に連なる遠距離攻撃魔法は苦手なようだ。紡ぐことはできるのだが、これを投射する段階で、コントロールに失敗してしまう場合が多い。

 逆に対象に誘導する必要の無い近接戦闘で使うような短射程魔法や、身体強化系の補助魔法などは得意な傾向がある。(身体強化系の魔法はもともと巨人族が本能的に行使しているものなので、ある意味で当然なことなのだが)

 ソーマは苦手分野を克服するよりは、得意分野をより伸ばそうとする性格だったので、最近では彼女がその能力を活かせるように、近接戦で効果的攻撃が可能な魔法を教えていた。

「とは言っても、遠距離攻撃の利点を投げ捨てるのはもったいないよね」

 そこで、ソーマは先程の杖の材料として使ったホワイトミストーの事を思い出した。

「あ!あれを使ってこの村で魔導兵装(シルエット・アームズ)を造るのはどうだろう?上街では杖素材との需要の競合があるから見送った案だけど、あれも魔力導体には違いないわけだし」

 かつてソーマは、魔絹と同じく有機物で出来た再生可能資源でありながら、高い魔力伝導率を誇るホワイトミストーを魔導兵装の素材にする事を、一度は考えた。

 しかし、歩兵の生身での護身武器や魔法教育における教材である「杖」の素材とされているホワイトミストーを、魔導兵装のために大量に消費することは、そのまま後方人員や騎操士(ナイト・ランナー)候補生の質を下げることにも繋がりかねないとして、見送った案だった。

 だが、この村で「棚からぼた餅」の如く手に入った資源に過ぎないこの近辺のホワイトミストーを、ミコー用の手持ち武器の製造に当てるぐらいなら問題はあるまい。

 何にせよ、今すぐどうこうできることではないので、これは後回しにして、ソーマはベーラの魔法を見ることに意識を向ける。

 彼は基礎式の練習を順調に消化していた。上街の魔法教育において最も初歩的なものだ。

「ベーラ君、飲み込み早いね。やっぱり勉強慣れしているお蔭かな?」

「おじいちゃんに算術や文字を教わっていた時も筋が良いって褒められました」

 最初は恐縮していたベーラだったが、大分打ち解けてきたようだ。

 ソーマに褒められてちょっと得意げな様子を見せるほどだ。

 しかし、それを見て面白くなさそうなのがミコーだ。

(むぅ。ソーマに褒められてる。羨ましい!妬ましい!)

「ふん、だ。簡単な魔法が使えても、戦いで使うような魔法は、もっといっぱい疲れる難しい魔法なんだから、そこまで身に付くかは解らないじゃない」

 焼き餅から頬を膨らましてそんな事を言う彼女をソーマは窘める。

「ミコーちゃん、そんなこと言わないであげてよ。俺だって最初からうまく魔法が使えていたわけじゃないんだし・・・・・・と言うか、今でも俺は一人では、火炎弾丸一発ぐらいしかぶっ放せないし」

「え?」

 最後の言葉は、ミコーにだけ聞こえるように、彼女の耳元まで這い上がって囁かれた。

 今まで様々な魔法を自分に教えてくれた優秀な魔法使いだと思っていたソーマが(演算能力と魔法術式の知識については実際そうなのだが)、そんなあまりにも貧弱な魔力しか持ってないという衝撃的な告白に、目を白黒させるミコー。

「俺は他の人や魔獣から魔力を貰わない限り、基礎式(アーキテクト)一発分ぐらいの魔力量しか持たない特殊な人間でね。君の魔術演算領域(マギウス・サーキット)へアクセスできたのも、この特性の副産物みたいな物なの。だから、俺は大きな魔法を“演算”はできても、一人では“行使”できないんだよ。この事は絶対、他の人には内緒だよ?オベロンと家族にしか話してない内容なんだから、お願いね?」

 ソーマは自分が夢魔族(インキュバス)としての能力を持っていることは、ウブイルとカミラにはすでに伝えていた。

 今までロシナンテに乗った状態でしか魔法を使わなかった理由に、そんな背景があったことを二人は驚いてはいたが、両人とも深い納得と共に受け入れてくれた。

『ソーマ、今まで一人で抱え込んできたんだね?辛かったろうに・・・・・・』

『夢魔族だろうと、淫魔族だろうと、私達があなたを嫌いになるなんて事あるはずないじゃない。水臭いわねぇ』

『カミラ。その言い間違いはちょっとひどいと思うぞ。ソーマが人間をかどわかす妖艶な小悪魔みたいな言い方は・・・・・・あれ?間違ってないのか?』

 こんな調子である。今生の両親の深い愛に思わず感動で涙を流してしまいそうになったが、同時に別の意味で泣きそうになった。(*自業自得である)

「そうなんだ?私達だけの秘密・・・・・・わかったよ、ソーマ。私、秘密は絶対守るね!」

 ソーマの話を聞いて、途端に機嫌を直したミコーを、彼は不思議そうに眺めた。

(???やっぱり、女の子の心は難しいなぁ。それともアドゥーストス氏族には秘密を共有するという事に、何か文化的に重要な意味があるのか?)

 このようにまるで見当違いな推測をしているあたり、彼が女心を理解するのは絶望的に難しいだろう。

 こうして、2人の少年少女の魔法能力はソーマの手によって、少しずつ磨かれていった。

 それと同時に、村の大工にお願いして森のホワイトミストーの伐採と材木加工を行うための計画を練る少年は、更に笑みを深めていった。

 

 

 当初は、単に魔導兵装を造るための計画であったそれは、その途中で大きく変更を加えられることになる。

 切欠となったのはある日の早朝の出来事だった。

 

 

 まだ日が登り始めて間もない朝の八番村。

 早起きの習慣が付いている村人達でもまだ起きている者は少ない程の時間帯に、なにやらガサガサと音が聞こえて、ミコーは眼を覚ました。

 決闘級魔獣の毛皮で作った寝袋から顔を覗かせて、寝ぼけ眼を擦りながら外の様子を伺う。

 薄暗い部屋の中だ。ここは彼女のために村のはずれに用意された小屋。(*と言っても小鬼族にとっては、巨大な建造物だが)

 雨が降ってきたり、夜になって冷えてきてしまってはいけないと、幻獣騎士(ミスティック・ナイト)2体と村大工が総出で急遽建築した物だ。

 周囲の大樹を伐採して、板材に加工して造った物なので、内装などは粗末にも程があるものだが、間に合わせの物だから仕方ない。

 その分、出来る限り頑丈に造ったので、寝袋ごとミコーが寝返りを打った程度ではビクともしない物に仕上がっている。

 音はどうやらそんな小屋の外側から発せられているようだ。

「誰?ソーマ?それともカミラさん?」

 ミコーはソリフガエ親子の内の誰かが 自分を起こしに来てくれたのかもしれないと思った。

 だから、彼女は小屋を出て、ソーマに教わった挨拶をしようと、扉を開けた。

「おはよーござい・・・・・・キャァァァァァァ!!??」

 彼女の絶叫が村に響き渡った。

 

「な、何事!?」

 甲高い悲鳴にたたき起こされた八番村の人々。もちろん、ソーマも例外ではない。

 聞き覚えのある女友達の声が気になって、宿を借りている村長宅のベッドから飛び起きると、着替えもそこそこに外に飛び出た。

「ソーマぁぁぁ!」

「ウブァァァ!?」

 いつの間にか村長宅の前にやって来たミコーによって、彼は抱きしめられ、彼女の胸の中で潰れかけた。

「み、ミコーちゃん潰れる!潰れちゃう!」

 強化魔法が無ければ、命の危険を感じるハグをキメられて苦しんでいるソーマに気付かず、彼女は恐怖に滲んだ瞳で捲くし立てた。

「で、出たんだよぉぉぉ!」

「落ち着いてよミコーちゃん。出たって、何が?」

「く、クレトヴァスティアが!私の寝てた小屋の前に、穢れの獣が出たの!」

 ミコーが口にした名前に、その場に居た全ての人間が凍りついた。

「穢れの獣、ですと!?」 

 村長が血相を変えて叫んだ。

 穢れの獣(クレトヴァスティア)とは、巨人達が怖れる幻獣騎士をも上回る巨躯を誇る昆虫型魔獣である。

 優れた飛翔能力を持ち、静止飛行(ホバリング)から、高速巡航まで自由自在。

 だが、この魔獣の真の恐ろしさは、高い運動性のみではない。

 その6本の脚部の関節から分泌される強力な酸性体液は、魔獣の甲殻を溶かし、肺を焼く、恐ろしい化学兵器となる。

 そんなものを、風魔法を使った弾丸状の空気の外殻で覆い、遠方まで投擲して空中で炸裂させ、酸を広域散布する真似までしてくるのだ。

 言わば天然の化学兵器工場にして、それを発射する擲弾兵。

 このような危険生物を決闘級魔獣などというチャチなカテゴリーに収めて置けるはずはない。大隊級以上の極めて危険な生物災害と認識されている。

 その魔獣がこの村に現れたなどと聞かされて、落ち着いていられるわけは無いのである。

「い、一体どうしたら・・・・・・もはや、この村もお終いなのか?」

 青ざめた顔で絶望に染まった言葉を口にする村長。

 ミコーの悲鳴を聞きつけてやってきた他の村人にも伝播して、パニックに陥る人々が加速度的に増え始める。

 その時だった。

「皆さ~ん、落ち着いてください!あれは穢れの獣じゃありません!」

 いつの間にかミコーの胸から抜け出していたソーマは、彼女の頭頂部に載って村外れの小屋の近辺に居座っている、彼女の言った“穢れの獣”と思われる生物の姿を見て取ると、大声でその場の皆に呼びかけた。

「え、違うの?あれはクレトヴァスティアじゃないの?」

 思わず、ミコーは聞き返した。

 子供の頃に見た、自分達アドゥーストス氏族の上空を飛び回り、村を恐怖のどん底に叩き落した巨大な獣の姿。

 結局それは、ただ上空を飛び回ったのみで、一切攻撃など仕掛けてこなかったが、その名を口にして恐怖に慄く氏族の皆の姿は、巨大有毒カブトムシの姿と関連付けられて、深く記憶に刻まれている。

 あれが単なる見間違いだとは、彼女には思えなかったのだ。

「いや、あれはクレトヴァスティアだよ。無害だけど」

「え?クレトヴァスティアだけど、害が無いって・・・・・・え?」

 混乱しているのはミコーだけではない。ソーマ以外の全員が脳に浮かぶ疑問符を消せないでいる。

 無害なクレトヴァスティアなどという物がこの世に存在すること自体、皆初めて知ったのだ。

「ソーマ様、どういうことなのですか?説明していただけませんか?」

 村民を代表して、村長が尋ねる。

「あそこにいるクレトヴァスティアは“孤独相”ですね。強酸性体液を持たない無害なヤツです。だから大丈夫ですよ」

 

 生物の中には、全く同じ種類でありながら、環境によってその姿を変えるもの達がいる。

 地球においては、サバクトビバッタという飛蝗の変化が有名だ。

 サバクトビバッタは個体密度の高いまま、世代交代を重ねていくと、黒い長翅型個体に姿を変えていく。これを“群生相”という。

 この長翅型が群れを成して様々な植物や農産物を食害していくのが、蝗害といわれる現象だが、彼らが長い旅路を終えて、各地に散らばり、その個体密度を低減させて世代交代していくと、徐々に翅の短い緑の飛蝗に戻っていく。これを“孤独相”という。

 このような現象を“相変異”と呼ぶのだが、クレトヴァスティアもそういった特徴を持った生物だった。

「このクレトヴァスティアは甲殻が赤い孤独相個体ですね。ほら、脚や背中も全体的に刺々しいでしょ?顔もこの図鑑に載ってる群れを成す群生相個体とは違っていますね。何より気性が大人しい。俺が近寄っても、全然意に介しません」

 ミコーが最初に目撃したときはまだ薄暗い早朝であったため、甲殻の色が黒く見えたのと、扉を開けていきなり目の前に決闘級魔獣が居た物だから、彼女はパニックになったのだろうと思われる。

 ソーマが手元に持っている魔獣図鑑を参照して、クレトヴァスティアを近くで観察しながら、上街で明らかにされているこの生物の生態を、彼は読み上げていった

「群生相のクレトヴァスティアは幼虫時代に“とある条件”を満たすことで、黒く変色した外骨格と強い攻撃性、強酸性の体液を持ち始めるようです。また、溶解性体液を合成するために栄養分を余計に消費する分、その肉体は赤い孤独相に比べ縮小されてしまう傾向にある、とこの本には書いてありますね」

 巨人族や小鬼族に伝わっている“穢れの獣”という呼称はこの生物の群生相を指した物だろう。

 群れを成して森を渡り歩き、その体液にて穢れをばら撒くこの種の魔獣を人々は恐れ、これを言い伝えとして残したが、相変異などという生物学的メカニズムについて知識の無い昔の巨人族や小鬼族は、群生相の特徴をこの生物種全体の性質と誤解して言い伝えていたということなのだろう、とソーマは推測した。

 相変異という現象は、個体密度が上昇する事で、お互いの匂い物質(フェロモン)を受け取ったり、体が触れ合うことによって発生する負荷(ストレス)を感じたりする事で、徐々に進行していくものだ。たくさんの個体が群れていなければ、起こりようがないのだ。

「記録によると、百年程前に起こった大発生を最後に、群生相はこの近辺では発見されていないそうですよ。だから心配する必要ないと思いますよ」

 ここまで語った所で、ソーマは先程からやけに静かであることに違和感を覚えて、みんなの様子を伺った。

 全員、理解の難しい情報の洪水に頭を抱えていた。

(アチャ~、流石に専門用語を乱発しすぎたかな?)

「え~っと、つまりですね。黒いクレトヴァスティアは酸と毒ガスを出す怖い魔獣ですけど、赤いクレトヴァスティアは毒を持たない魔獣って事ですね」

 それを聞いて、皆はこう思った。「最初からそう言え!」と。

 

 騒ぎ疲れたのか、各々の自宅に戻って行く村人達。無害であるならこのような魔獣の生態に興味など無いのだ。

 それを見送ったソーマは、先程から魔獣としては不自然なまでに動きが鈍いクレトヴァスティアを見上げて、深い嘆息を洩らした。

「しかし、この子も可哀想だな。“羽化不全”を起こしているとは」

 このクレトヴァスティアは片方の鞘羽と翔翅が著しく変形していた。それだけではなく腹部と脚部の形状もおかしい。

 すぐ近くに、昨日までは無かった大きな穴が開いていたので、地下に眠っていた蛹が、夜の間に羽化して這い出してきたのだろうと推測できた。

(ミコーちゃんの小屋を建てる時、幻獣騎士二体が上でドタバタしてたもんだから、蛹室が壊れたのかもしれない・・・・・・悪い事したな)

 クレトヴァスティアは完全変態昆虫だ。つまり蛹を形成する過程を経ることで、成虫になる魔獣と言うことだ。

 節足動物の脱皮と言う物は、実は命がけの行動で、脱皮したての外骨格は大変に脆い物。それは、強化魔法によって自身の構造を支えている決闘級以上の魔獣達であろうと、例外ではない。

 特に、昆虫の蛹の中に関しては、組織が溶けてドロドロになっている状態で、僅かな刺激で容易く形成不全を起こしてしまう。

 そんなデリケートな時期に、幻獣騎士が上で作業のために歩き回ったため、その衝撃で蛹室が崩落して圧迫されてしまった結果、羽化したクレトヴァスティアはこのような姿になってしまったのだろう。 

 ここまで腹部が変形していては、幾ら生命力が強い魔獣と言えども、長生きは出来まい。翅が機能していないので空を飛ぶことも出来ない。足も不自由なようだ。

 その姿は雄雄しい外骨格に包まれた巨体に反して、哀れみを誘う物であった。まして、その原因を作ったのが自分かも知れないとなると、ソーマも罪悪感を感じる。

 だが、そんな殊勝な気持ちも、ある“気付き”によって、雲散霧消してしまった。

(待てよ?こんな巨大で重たい生物が、どうやって空を飛んでいるんだ?)

 地球の生物の常識で考えるのなら、こんな巨大昆虫は存在自体があり得ない。目算で10m以上の巨躯など、キチン質の外骨格で支えられる限界を当に超えている。

 それがこの世界特有の物理現象である魔法によって支えられていることはすでに知っての通りだが、飛行に関してはそれだけでは説明が付かない。

 今までソーマが倒してきた節足動物型魔獣は、強化魔法を行使するのみならず、組織をハニカム構造やトラス構造にする事で、軽量化と高強度を両立させた外骨格を獲得していた。

 しかし、それでも彼らは重い。このクレトヴァスティアにしても大変な重量だ。羽ばたきと、風を翅に当てて得られる揚力だけで浮かびあがれるほど、軽くは無いはずだ。

 だが、それでもこの種が空を飛ぶ能力を持っていると言うことは・・・・・・

「彼らは、俺達人類の知らない魔法を使っていると言うことになるよな?」

 それが水素やヘリウムのような浮揚ガスをかき集めるような物なのか、ロケットやジェットエンジンのように凄まじい推進力を発生させる物なのか。それとも全く未知の原理なのか?それは解らない。

 答えは魔獣だけが知っている。普通なら、彼らに問うても応えてなどくれない。獣は言葉を持たないからだ。

 しかし、ソーマはここで己が夢魔族としての能力を思い出した。

“他の生物の魔法に干渉する”この能力を”魔獣が行使している魔法術式”を読み取るのに使えば、彼はその答えを得られるだろう。

 魔獣が死ぬと、体内の魔力は基底化していき、生前使っていた魔法は消失してしまう。読み取るのなら、早くしなければならない。クレトヴァスティアが息絶えるまでに。

「君達が本能的に使っている“生体魔法”。それがどんな物なのか、俺に見せてくれないか?クレトヴァスティア君!」

 怪しい微笑と共に、ソーマの“解析(ハッキング)”が始まった。彼はホワイトミストーに続いて、棚から落ちて来た“もう一つのぼた餅”を思うままに、貪り喰らったのだった。

 

 

 

 

 

 ソーマがクレトヴァスティアの魔法を解析している頃、上街(ティルナノグ)の地下の最奥でも、新しい試みが行われていた。

 ここでは小鬼族を繁栄に導くための礎となる兵器が造られている。 

 幻獣騎士・・・・・ではない。それとは異なる流れで造られる物である。

 それは巨大な水槽の中で、様々な薬品を溶かし込んだ水溶液に浸された状態で目覚めの時を待っていた。

 たまに大きく膨らんでは縮み、水槽に大きな泡を立てている。

 そう、これは“生き物”なのだ。

「まさか、これを引っ張り出してくる日が訪れるとは思わなかったぞい」

 こう呟くのはこの上街の最奥部にて、“秘密兵器”の開発に心血を注いでいる男、サルファ・リムルス。禿げ上がった頭髪と白い髭が目立つ壮年のドワーフ族だ。

 その器用な手先と優れた膂力を鍛冶や力仕事に向けることの多いドワーフ族の中にあって、その才を医術に向けるという選択をした奇人だ。それだけではなく錬金術や魔法への造詣も深い。

 医術とは本来、人や動物を活かす仁術であるが、この男の場合、それとは異なるベクトルに発達した技術だ。

 生き物を殺す術ではない。もっと能動的に生体に働きかけて、本来とは異なる形にする。すなわち改造術だ。

 この男をもし、地球の記憶や知識を持った転生者が見たならこのように形容するであろう。「狂った科学者(マッドサイエンティスト)」と。

「この系統の騎体は、実用性が皆無だと判断したが・・・・・・“あれ”が発明されたのは行幸じゃった」

 サルファが視線を向ける先には、虹色に輝く金属塊がクレーンにぶら下げられて、水槽の真上で固定されていた。

 複雑に成型されているこの機械の名は、魔力増幅器(マナ・アンプリファー)と呼ばれている。幻獣騎士の新しい動力源であり、生物の魔力を増幅・強化する働きを持った魔導装置だ。

「ソーマ・ソリフガエと言うたかのう?巨人族にアレを渡すとは・・・・・・随分思い切ってはいるが、面白いことを考える。おかげでワシもあれを組み込む事を思いつけたんじゃから、感謝しなくてはならん」

 作業を始めるため水槽に向かって歩き出すDr.サルファ。彼が合図をすると、幾人ものスタッフが、水槽に取り付けられた装置を操作し、内部の薬液を排し、作業の下準備をしていく。

 薬液が除かれて露になった水槽の中には、巨大な魔獣の姿があった。

 幻獣騎士を軽く凌駕する巨躯を横たえて、それは眠りについていた。

 呼吸器に取り付けられていた吸気用パイプが外されると、高圧の大気が吹き付けられて、スタッフの髪の毛が巻き上げられる。

 この魔獣が自発的な呼吸を行っている事を確認したDr.サルファは、スタッフに更に指示を出す。

「これより施術を行う!」

 吊り下げられた魔力増幅器が下ろされていき、スタッフ達がそれを組み込む為の施術を行っていく。

 メスが入れられ、魔獣の体がその内部を露にし、体液が飛び散るが、皆それには頓着せず、一心不乱に作業を続けている。とても手馴れている様子だ。彼らはこのようなことを幾度も続けてきたのだろう。

「よし。魔力増幅器をこやつの背脈管に取り付けたら、神経節の魔導演算機(マギウス・エンジン)に接続せよ。ついでに動作確認もしておけ。今日の施術はそれで十分じゃ」

 サルファの指示に従い、今度は別の箇所を切り開いていくスタッフたち。

 そこには妖しい光沢を放つ金属容器が埋め込まれていた。その周りを囲むようにして、白色のぶよぶよした物体が配されている。それはこの魔獣の神経中枢に当たる部分。

 ここに魔力増幅器から伸びている金属線を接続する。それは上街においては大変貴重な「銀」で出来ていた。

 スタッフ達はそれが済むと、ある種の魔法術式を二つの機材に入力した。

 そこからの反応は劇的という他無かった。

 魔獣はその体躯を跳ね上げるように起き上がると、なんと宙に浮かび上がったのだ。衝撃で振り落とされたものも居る。

 しかし、それはそう長い時間ではなかった。

 魔獣の体表に打ち込まれた楔。それから伸びている鋼線(ワイヤー)が巻き取られ、その体躯を再び水槽の底面に這い蹲らせる。

 スタッフは二つの装置の機能を止めて、切開創を丁寧に縫合し、薬液を体内に注入した。

 魔獣は先程の動きが嘘のように活動を止めて、再び休眠状態に入ったようだ。それを見たサルファの表情には満足気な笑みが浮かんでいた。

「やっと日の目を見せてやれる!|お前こそが、真なる幻獣なのじゃと巨人族に思い知らせてやれる!フハハハハ!」

 Dr.サルファの狂嗤がこの実験室に響き渡り、ここに秘密兵器の一端が封印を解かれたのだった。 




一応断っておきますが、クレトヴァスティアが「完全変態昆虫」だの、「相変異」を起こす昆虫だの、好き放題抜かしてますが、あくまで二次創作なので公式設定ではありません。
最初は「相変異」って不完全変態昆虫に多い習性だというイメージがあったので、“甲虫によく似た姿をしたツノゼミ”とかいう設定にしようかとも思ってたんですが、よく調べたらヨトウムシとかの完全変態昆虫の中にも、相変異する種類が居るみたいなので、原作と同じく甲虫型にしました。
*やや、気が変わって設定を変更した部分があります。申し訳ない


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15.魔獣魔法と新たなる力

「こ、これは・・・・・・魔法中枢が幾つもある!?」

 ソーマがクレトヴァスティアの体内で働いている魔法を解析していて、最初に驚いたのはそこだった。

 クレトヴァスティアの体には、人間で言う所の魔術演算領域(マギウス・サーキット)に相当する、魔法を制御する中枢が、体の中心に幾つも存在したのだ。

「そうか。昆虫ははしご型神経の生物だから、それぞれの神経節が、体節で行使している魔法を演算しているのか?」

 節足動物の神経系は、脊椎動物とは異なる走り方をしている。体の区分ごとに“体節”というブロック構造を形成していて、体節ごとに神経中枢が配されている。

 つまり、頭部、胸部、腹部を担当している独立した脳があるような物だ。

 そして、クレトヴァスティアの魔法を演算している中枢も、その体節の神経節ごとに配されていると考えられる。

「俺達小鬼族(ゴブリン)巨人族(アストラガリ)とは違って、大脳で一元管理されているような魔法の使い方はしてないんだな。一つ一つ解析していかなくちゃいけないけど、どの体節で働いている魔法なのか解りやすいのは助かる」

 体節ごとの魔法の働き方を見比べていくことで、差分による機能の特定にも有利に働くだろう。

 そうやってしばらく調べていると、解ってきたことがある。

「うーん、基本的に使っているのは、強化魔法と風魔法なんだな。それぞれの体節ごとに強化魔法をかけているのは解るんだが、風は六本の肢ではどう使っているんだ?」

 外側から肢に風を吹き当てて動作するとも思えないので、気になったソーマは前肢を担当している魔法中枢を刺激してみることにした。

 その結果解った事は、意外な事実だった。

「これって風魔法を空気圧縮装置(エア・コンプレッサー)代わりにして、関節ごとの空気圧で、肢を動かしているのか?」

 クレトヴァスティアの肢において、通常の動物のような筋肉は退化傾向にあるようだ。そのほとんどが関節膜などの結合組織に癒合してしまっていて、運動器としては働いていない。

 かわりに外骨格の内側には空洞があり、どうやらそこは空気圧を使った動力装置として働いているらしい。

 関節ごとに、空気を塞ぐ膜を構成する大気膜(エアロ・プレーン)の魔法まで使われているようなので、ソーマは確信を深めた。これをある種の(ソレノイド・バルブ)とする事で、動作制御を行っている。

「これおもしろいな。幻獣騎士にも応用が出来そうな素晴らしい魔法だ」

 なにより、“空気”というこの世界のどこにでも存在する物質が、アクチュエーターの働きをしてくれる訳なので、資源の限られた小鬼族にとって嬉しい機能だ。

 生命が生み出した大変な発明に、ソーマは心を御躍らせる。

「ビバ、生体工学(バイオ・メカニズム)!世界を隔てても、生物ってのはこうも面白い能力を作り出すものなんだな。他の部分では何をやってるんだ?」

 後翅も同様に空気圧で動いていることが解ったが、これは翅を直接動かすのではなく、翅の繋がった板状組織を上下に動かす事で、羽ばたき運動をする構造になっているようだ。

 鞘羽は魔法的振る舞いが少なく、ここは装甲とバランサー、揚力を生み出す主翼としての役割を持っているのではないかと考えられる。

「でもこれだけで、この巨体を空中に浮かび上がらせる事が可能とは思えないんだが。他に何か・・・・・・?」

 筋肉を廃する事で、大幅な軽量化を可能としたことは解るのだが、それでも外骨格は相当に重い。

 このサイズの生物が、入り組んだ森の中で浮遊飛行(ホバリング)短距離離着陸(STOL)飛行したりするのには、羽ばたき運動だけではパワー不足な気がしたのだ。

 そこで彼は他の神経節も調べてみることにした。運動器官以外の部分で働いている魔法をだ。

「なんだこりゃ?」

 ソーマの顔が今までに無いほどの怪訝な色に染まる。

 比較的高濃度のエーテルを腹側に集めていることが解ったのだが、これの働きがさっぱり解らないのだ。

 ちなみにこれは心臓部ではない。昆虫の心臓に当たる背脈管は背中側にあり、それはクレトヴァスティアでも同じだった。

 魔法現象に変換されていないエーテルをひたすらに集めることに何の意味があるのか解らないソーマは、意を決して、カマドウマを操縦してクレトヴァスティアの体をひっくり返すと、腹側の甲殻を切り開いてみることにした。

 外骨格の内側に循環していた体液が勢いよく噴きだし、幻像投影機(ホロモニター)をやや曇らせるが、そこから見えてきたものは、グロテスクにして神秘的な光景だった。

「この皮下組織は!?」

 体液によって湿潤した薄い膜のような組織が、光り輝きながら脈動していた。こんなものは前世でも後世でも見たことが無い。

 操縦席を降りてよく観察してみると、葉脈のような細かい網目状組織に、虹色の謎の光を宿した粘液状の組織液がまとわり付いているようだ。

 この皮下組織には所々に細かい結晶質が散らばっていて、ソーマはその構造に既視感を覚えた。

「この魔法の使い方・・・・・・触媒作業手(マニシング・グローブ)に似てる?」

 何の因果であろうか?己の作ったアイテムと働きが似ている気がしたのだ。

 もちろん、この組織は小鬼族が作る事のできる繊維製品とは一線を画するほどの複雑さと繊細さを備えている。これと同じ構造のものを自分達は造れないだろう。

 だが、“魔法を纏う”用途として両者は共通している存在のように感じた。

「一体、何の魔法を纏っているんだ?」

 何度解析してみても、その組織の持っている機能を術式からは類推できなかった。既存の魔法学では「ただそこにエーテルを集めている」としか形容の仕様の無い現象だったのだ。

 ただ、これはほぼ直感であるが「この組織は本来もっと大きな魔力を注ぐことで機能するものなのではないか?」という考えが浮かんだソーマは、

「“鳴かぬなら、鳴かせてみよう。ホトトギス” 足りないなら、足したげるよ。クレトヴァスティア」

 ソーマは操縦席から神経線維のケーブルを引っ張ってくると、そこから自分自身を経路(バイパス)変換機(コンバーター)にして、クレトヴァスティアの体に、カマドウマの魔力を流し込んだ。

 本来よりも強力な魔力を流し込まれた皮下組織は、遂にその機能を、彼の前に曝け出した。

 それから起こった現象は、あまりに幻想的なものだった。

 皮下組織を覆っていた体液が膨張し、虹色の光を増して宙に浮かび上がり始めた。粘液が球のような形状となって網目状の組織から剥がれて空を舞う様は、幻獣騎士と出会って以来のとてつもない衝撃をソーマに与えた。

「この液体・・・・・・重力に逆らってる!?」

 万有引力。地球においては自然哲学者アイザック・ニュートンが提唱した理論だが、これと同じ考え方はこの世界でも認識されている。

 世界を隔てても物理法則が同じなら、それについての理論は収斂していくという事なのだろうが、一見すると、この基本的物理現象を裏切っているような振る舞いを見せる物質は、ソーマの前世でも幾つか存在した。

 水素然り、ヘリウム然り。空気に比べて軽いため、大気中で浮かび上がる性質を持った物質。

 だが、それらはほぼ例外なく常温では気体であり、液体として振舞うのは低温下のみだ。

“常温で空に浮かび上がる性質を持った液体”などと言うものは地球上では観測されていない。

 であるのなら、これはこの世界特有の現象である「魔法」が生み出すものであろう。

「これが高濃度エーテルの使い道なのか・・・・・・?」

 呆けたような表情で幻想的な光景を眺めていたソーマだったが、液体の表面から虹色の光を纏ったガスが少しずつ剥離していき、粘液はまるで思い出したかのように重力に引かれて落ちていく。

 これを見たソーマはこの光こそがあの高濃度エーテルであり、エーテルを失って基底化した液体が、空に浮かび上がる力を失ったのだと、直感した。

「この液体の振る舞いを再現できれば・・・・・・君のように空を飛べるって言うことなのか?」

 そうこうしている内に、徐々に組織から光が失われて、魔力の著しい減少が起こっていった。

 元々弱っていた所に、組織を大きく傷つけられた事で、クレトヴァスティアがその生涯を閉じようとしていたのだ。所々の外骨格が、強化魔法の途絶から脆化し始めている。

「限界か・・・・・・ありがとう、クレトヴァスティア君。君のお陰で、未知の魔法現象を知ることが出来た。もっと色々教えて欲しかったけど、もうお別れのようだね。君の命は“美味しくいただきます”」

 ソーマは深い感謝の念を込めて、黙祷を捧げると、その躯を更に切り開いていく。完全に腐り切る前に、その体について調べられることは、全て詳らかにするつもりなのだ。

 作業はほぼ一日をかけて行われ、幾つかの組織サンプルを採取した後、その躯は素材として村の倉庫に収納されたのだった。

 

 クレトヴァスティアの解体からさほど間を置かず、ソーマは村長宅の一室を借り受けて、そこで錬金術と魔法の研究に没頭し始めた。

 あの魔獣の解析の結果得られた情報を、技術として利用可能なものとするために。

「空気圧の方は、地球でもマッキベン式の人工筋肉とかで実用化されていたから理解が容易いけど、あの浮遊する体液の組成なんて見当も付かないぞ」

 彼が何より頭を悩ませていたのは、そこだろう。動物の体液組成の特定などと言う研究作業は、上街のようにもっと設備の整った環境でやるものだ。

 この八番村のような、学術や研究などとは縁も所縁もない土地でやるようなことではないのだ。本来なら。

「でも、サンプルの体液が腐敗して変成なんてしちゃったら、成分の特定なんて難しくなる・・・・・・なんとか、この村の中でその一端だけでも掴みたいけど・・・・・・」

 動物の体液などというものは、様々な有機物を含有しているものと相場が決まっている。適切な保存設備も無い所ではすぐ腐ってしまう。故にソーマは焦っていた。

「落ち着け。こういう時は、性質の似た物質とかから特定するもんだ・・・・・・あぁ、ダメだ!地球上の物質では思い当たらん!水素やヘリウムは液体に溶けたからって、その溶媒を浮かび上がらせるような力は無いんだから!」

 頭を掻いて必死に考えるソーマは、地球上の物質を基準にして考える事を諦めて、この世界に生れ落ちてから知り得た物質の特性と、解析した魔力の振る舞いについて思いを馳せることにした。

「高濃度のエーテルを溶け込ませることができて・・・・・・生物体が作り出すことの出来る液体・・・・・・ん?」

 あった。思い当たる物質があったのだ。

「・・・・・・血液晶(エリキシル)!」

 かつてオベロンに教わった。血液晶は、魔力転換炉(エーテル・リアクター)に循環させるための液体で、魔獣の血漿成分を参考に作られたものだ。

 元々魔力転換炉は、魔獣達の魔力を生み出す工程を、人工的に再現する研究の過程で生み出されたもの。

 原初のそれは動物の血液を、心臓を模倣した魔導具で循環させるというものであったが、血液成分の魔法的振る舞いを模倣できる、人工的液体が錬金術によって生み出された。

 それこそが“血液晶”。この液体があの組織液の代替物質になり得るとすれば・・・・・・

「あれなら作り方は教わってる。成分比較をしてみよう」

 その結果解った事は、やはりあの粘液は血液晶と非常に近い組成を持っていたという事実だった。

 魔力転換炉で使われる血液晶よりもエーテルと反応する血漿成分濃度が濃く、それがあの粘性の理由だったらしい。

「最大の疑問はこれで解消した。あとはあの現象を再現できるかどうかだ!」

 彼は再び、猛然と動き出した。己の知的好奇心を満たすために。

 

 

 

「遂に出来たわね。ミコーちゃんの服!」

 ソリフガエ家の婦人・カミラは、息子の女友達のために自らが製作に関わった服を、誇らしげに見上げる。

「さぁ、ミコーさん、着てみてくれ」

「はい!」

 その夫・ウブイルが、愛機オプリオネスの爪を使って丁寧に持ち上げた巨大な服を、ミコーは笑顔で受け取り、小屋に入って着替え始める。

「しかし、随分と簡素な構造の服だな。気合が入っていたから、もっと凝った服を作ると思ったが」

 シンプルなデザインであった故に、そう形容したウブイルに、「何も解ってない」と首を横に振るカミラ。

「縫製にはかなり気を使って造ってもらったのよ。これの他にも着替え用に何着か用意しなくちゃいけないし、下着も併せて造ってあるし、そっちとの兼ね合いもあるのよ」

 それにあんまり複雑な構造だと、ミコーちゃんが着方が解らなくなって困るでしょ?と言われて、ウブイルも納得した。

 着付けが必要なほど構造が複雑な服など製造しても、この村では巨人族は一人しか居ないのだ。

 手伝ってやれるのは幻獣騎士ぐらいしかおらず、騎操士二人は共に男だ。女の子の着替えを手伝うのは色々問題がありすぎる。

(*ちなみにアドゥーストス氏族に下着文化は無かったので、これまた説明に苦労する破目になった)

「そう言えば、服を造る依頼を出したはずのソーマは一体、何をやってるんだ?」

 発起人の一人であるはずの息子の姿が、この場に見えない。出来上がった製品を確認しなくて良いのか?

「職人の皆さんを集めて、また何か造ってたわよ。なんでも、どうしても造りたいものができたんですって。増幅靴(ブースト・ブーツ)と言うのとも、違うみたい」

 機織職人達まで、手が空いたものをスカウトして行ったので、カミラも何事かと思ったものだ。

「あいつ、村人をどれだけ酷使するつもりだ?」

「新鮮な肉料理を交換条件にしたら、皆さん喜んでやってくれてるみたいよ」

「まぁ、ただ働きではないのなら、いいのか・・・・・・いいのか?」

 干し肉は、保存性を突き詰めた食品であるため、あまり美味しくない。ソーマが手ずから狩ってきた新鮮な魔獣肉に、舌鼓を打つ機会を誰も逃したくないのだろう。

「あいつの“魔獣ハンバーグ”だったか?確かに美味かったしな。騎操士の仕事じゃないが・・・・・・」

「あの子にあんな才能があったなんてね。いいお嫁さんになりそうね」

「・・・・・・それ、間違っても本人に言うんじゃないぞ?」

 二人が息子についてそんな会話を交わしている間に、ミコーが扉を開けて出てきた。

「着替えてきました!」

 ワンピースを着込んだ巨大な美少女が、笑顔で立っていた。白い生地と褐色の肌の対比が美しい。

「こんな綺麗で着心地のいい服、初めてです。カミラさん、ウブイルさん、どうもありがとう!」

「礼なら、ソーマに言ってやってほしい」「あの子のお金で出来たものですしね」

「はい!ソーマに見せに行ってきます!」

 そう言ってミコーは、ソーマが作業を監督していると言う工場に歩いていった。

 それを見送ったウブイルは操縦席で思わず、呟いたのだった。

「まさか、巨人族に“可憐”という感想を抱く日が来るとは思わなかったな」

 

「ソーマ、服が出来たよ!」

 工場の中で彼はカマドウマに取り付いて、職人達と何かの作業を行っていた。

「ああ、ミコーちゃん。ワンピースできたんだね。似合ってるよ。可愛いと思う」

 彼女は“一番見て欲しかった人”にこの姿を見せることが出来て嬉しそうだった。少々、彼の反応が淡白な気もするが。

「こっちもちょうど出来た所なんだよ。これが成功したら、人類の歴史に大きな飛躍を齎すはずだ。君もよかったら、見て行ってよ」

 彼は愛機の操縦席に潜り込んで、作業を始めた。

 見ればカマドウマの背中になにやら変わった装置が取り付けられていた。

 魔獣の甲殻と、ホワイトミストーで組み立てられた、箱のような装置だった。

 上蓋を外されていて、中には触媒結晶が散りばめられた魔絹が敷き詰められている。

粘液晶(ミューカス)、注入開始してください!」

 彼の指示に従って、職人達が装置の内部にジェル状の液体を注入する。

 クレトヴァスティアの体液組成を模倣して、この村で手に入る素材で造った人工的液体だ。

 職人達が注ぎ込むのを確認すると、装置の上蓋を閉じて、彼らを退避させ、ソーマは魔力を流し込んだ。

「うまくいったら、離陸(テイク・オフ)だ!」

 装置の側面に取り付けられた吸排気口から、大気中のエーテルが取り込まれ、装置の内部に刻まれた紋章術式に従って、粘液晶の成分と反応していく。

 液晶の成分と強く結びついたエーテル同士がある種の“力場”を形成したとき、それは起こったのだ。

「そ、ソーマ!か、カマドウマが・・・・・・カマドウマが浮いてる!」

 ミコーと職人達の顔が驚愕に染まっていく。

 背中の装置に吊り上げられる形で、カマドウマの巨体は宙に浮かび上がり始めたのだ。

 羽による羽ばたきも、風の力も味方に付けずに。

 鳥や虫、それらに連なる魔獣達。彼らと全く違う形で行われる空中浮遊。

 ソーマ以外の全員が、そのような現象を見た事が無かった。

 故にその表情には畏怖と言う感情が混ざる。自分達には理解できない現象に対する畏敬の念だ。

「よし、浮遊粘膜(フローティング・ブラッダー)成功したぞ!人類はこれで空を飛ぶ力を・・・・・・あれ?」

 機体に強い揺れが発生し、ソーマは首をかしげた。

 それと共に、何かが軋むような大きな音が聞こえてきて、後ろを振り返ってみると・・・・・・

「ゲッ!?」

 背中に取り付けた浮遊粘膜の筐体が、カマドウマの重量に耐えられず、固定が外れかけていたのだ。

 気付いた時はすでに遅く、筐体はバラバラに空中分解を起こし、内容物を盛大に散布して、カマドウマを重力下に放り投げた。

「ワァァァ!?」

 さほどの高度を稼いでいなかったのと、うまく受身を取れたことが幸いして、機体と操縦席の衝撃緩和機能を飽和するほどの負荷は発生せず、機体も搭乗員も無事だったのだが、

「キャァァァ!?」

 盛大に散布された粘液晶を、頭から引被る形になったミコーの服は、デロデロになることは避けられなかった。

 

 その後ソーマは、彼の両親達に「新調したばかりの女の子の服を“粘液”で染め上げた」事に対して、たっぷりとお叱りを受ける破目になった。

 

 




*改めて調べたら、どうやら昆虫の神経節の構造について少々思い違いをしていたようでして、若干の修正を加えました


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16.空気の力と異形なる装備

大変間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
今回使う予定だった設定を、漠然としたものしか用意しておらず、イメージを固めて、描写するのにえらく梃子摺ってしまいました。
まだモチベーションは高いつもりです。エタっているというわけではないので、そこはご安心を。

*前回の誤字報告をしてくださったMAXIMさんありがとうございました!


「いやぁ、まさか筐体の強度不足であんな事になるとは・・・・・・ミコーちゃん、本当にごめんね」

 粘液で塗れてしまった巨人少女にペコペコと頭を下げるソーマ。

 現在の彼女は、髪を洗った後、代えの服に着替えている。

「う、うん。気にしないで。ビックリはしたけど、痛かったわけじゃないし。それに・・・・・・なんだか気持ちよかったし」「え?」

 後半は、恥ずかしげにやや小さな声で呟かれた。この意外な反応に、彼も首を傾げる。

(どういうことだろう?・・・・・・もしや、粘液晶(ミューカス)には保湿成分が入っていたから、それが髪にとってある種のトリートメントとして働いたのかな?それが彼女にとって気持ちよく感じたと言うことなのか?)

「でも、洗濯すごく大変そうだったね。小鬼族(ゴブリン)の手じゃあの服を洗うの、すごく疲れたんじゃない?」

 粘液晶でネチョネチョになってしまった真っ白いワンピースは、村人に手伝ってもらって大急ぎで洗濯した。染みになってしまってはいけないからだ。

 ミコーの体に合わせて造られた巨大な服であるため、その洗浄にはそれ相応の苦労が伴う。後で手伝ってくれた皆には、改めて礼と謝罪をしておこうと、ソーマは思った。

「そういえば、どうしてあの時はカマドウマを使わなかったの?いつもソーマは何か作るときとかは、幻獣(ミスティック)を使って作ってるじゃない」

 ふと、素朴な疑問を彼女は口にした。

 今までソーマは、ミコーのための料理を作るときなどは、大まかな仕事は彼の愛機の幻獣騎士(ミスティック・ナイト)の力を借りていた。

 巨大な服の洗濯には、その力を借りた方が手っ取り早い気がしたのだ。

「いや、カマドウマの爪で服なんか洗濯したら、ビリビリに引き裂いちゃうよ。あれは本来武器なんだから」

 彼の操縦テクニックは、かなり巧緻性の高い作業もこなせるレベルにまで上達しているのだが、本来は肉を抉り、甲殻を砕き、命を絶つ事を企図した近接兵装である幻獣騎士の爪は、服のような柔らかい物は容易に切り裂いてしまう。

 これを料理から工作まで、器用に使いこなしてしまうソーマが異常なだけで、こんな用途は想定されていないのだから。

 しかし、ミコーの言うことにも一理あるとソーマは感じた。

「うーん、考えてみれば“柔らかい物を優しく掴む”用途のマニュピレーターがカマドウマには付いていないな・・・・・・巨人族と接していけば、この先必要になることもあるかも」

 幻獣騎士は兵器だ。常識的に考えれば、そんな機能を付けようとするのは無駄を増やしてしまう事に繋がる。兵器を開発する上では避けなければならない考えだろう。

 だが、この森で幻獣騎士は兵器としての側面以外にも、もう一つの顔を持っている。それが“巨人族(アストラガリ)とのコミニケーション・ツール”だ。

 小鬼族に侮りや蔑みの視線を向けてこないミコーはともかく、一般的な巨人族は人類を見下している。

 10m近い巨躯を誇る巨人にとって、1~2m程度の生物である人間はどう映るだろうか?言葉を話す小動物という風に見えるはずだ。そんな者が交渉を持ちかけてきたとき、それを見た者の心に“憐み”“滑稽”“侮り”といった思いが浮かぶ事を、どうして責められるだろう。

 故に、彼らと交渉をする上でも重要な意味を担っている機材が「幻獣騎士」なのだ。人型の兵器に搭乗し、自分を擬似的な巨人に見立てることで、人類は初めて彼らと交渉出来る様になったのだから。

 そういった“コミュニケーション・ツール”として幻獣騎士を見た場合、カマドウマは必ずしもふさわしい機能を持っているとは言い難い。ただ強力な兵装を搭載するだけでは、相手を恫喝する事しか出来なくなってしまう。

 もちろん、交渉において恫喝や脅迫は重要な選択肢である事は、ソーマも承知している。

 しかし、もし、ミコーの他にも、小鬼族であっても侮らず、自分達と手を取って歩むことを選択できる、優しく賢明な巨人が現れたなら・・・・・・その手を握り返せるようにしておきたいと、ソーマは思った。

「優しく対象と触れ合うための装備・・・・・・これも用意する必要があるな。ちょうどいい技術には心当たりがあるし、飛行用装備と併せて造ってみよう」

 

 工場にて、多くの職人がソーマの指導の下、壊れてしまった浮揚粘膜(フローティング・ブラッダー)筐体の復元・強化作業に従事しているが、それと並行で製造されているものもあった。

「そうです。離型剤をちゃんと塗りつけておかないと、後で剥がすときに苦労しますから、気をつけて」

 慣れぬ作業に悪戦苦闘している職人達。

 彼らは石膏で出来た型の中に半透明の液体を、なるべく気泡が発生しないように慎重に注ぎ込む。

「よし、この型はこれでいいです。次は昨日注型しておいた方の型抜きをしましょう」

 そう言って、同じような石膏で出来た型を持ってきて、丁寧に中身を取り出していく。

 取り出された成型品は、管のような形をしているやや白みの掛かった半透明の物質で、指で圧すと弾むような弾性を有している。

 樹脂ともゴムともつかないこの材質の名は、結晶筋肉(クリスタルティシュー)……のなり損ない品である弾性結晶(エラストマー)

 かつての森伐遠征軍の残党、つまり上街や下村を建設した先人達が、当時まだ稼動していた幻晶騎士(シルエット・ナイト)のアクチュエーターである結晶筋肉を、なんとか複製しようと研究・開発を繰り返した過程で産み落とした“模造品”である。

 結晶筋肉のように、弾性を持ち、魔力をよく通し、魔力に対する応答で収縮する事を期待された素材であったが、当時の錬金術師たちは、肝心要の筋肉としての収縮性を全く持たない物質しか造ることができず、夢魔族との交流で手に入れた筋蚕を使った兵器“幻獣騎士”が登場したことで、それ以上の研究が行われなくなった素材なのだ。

 しかし、ソーマはこの物質の存在を知ったとき、地球でよく使用されていた軟質樹脂やゴムのような素材として使えるのではないかと考えた。

 その為に古い文献等も持ち出してきて、造り方を習得したのだが、その成型技術をこの村の職人達にも伝授しようとしていた。

 もっとも、錬金術も魔法技術も馴染みの無いこの村では、浮揚粘膜同様に多くの失敗を繰り返していたが。

「うーん、大きな気泡が入っちゃってますね。これは空気漏れが激しくなりそうだから、使えそうに無いなぁ」

「へぇ。申し訳ない」

 この型への注型作業を行った職人が頭を下げるが、ソーマは気にしないように言った。

「慣れない作業をやらせているのは承知していますし、失敗は次に活かせばいいんですよ」

 すると、別の職人が彼に声をかけてきた。

「ソーマ様、こちらの型のヤツはうまく仕上がってるようです!」

「本当ですか?……うん、こっちは気泡が少ないですね。これを使ってテストしてみますか」

 そう言ってソーマは、予めホワイトミストーで組み立てておいた紋章術式がびっしりと刻み込まれた箱型装置に、成型品を取り付けると、神経線維を通してカマドウマの魔力を流し込んでいく。

 この装置は言わば、風魔法を使った空気圧縮装置(エア・コンプレッサー)なのだ。この装置によって送り込まれた大気を吸入した成型品は、まるで風船のように膨らむ。

「さて、ここまでは予想通り。ここからが本番だ。思い通りにいってくれるかな?」

 ソーマは、愛機の魔導演算機(マギウス。エンジン)に、強化魔法を成型品にかける為の操作を入力した。

 その魔法術式の働きは、膨らんだ成型品に“ある変化”を与えた。

 管状に成型された弾性結晶は、まるで蛇やある種の虫の幼虫が体を動かすかのように、大きく“屈曲”したのだ。

「よし、うまくいった!」

 今回ソーマが造ろうとしていたのは、浮揚粘膜と同様にクレトヴァスティアの体内で働いていた魔法を、動力として取り出す装置。強化魔法と風魔法を使って動作するアクチュエーター“空気圧筋肉(エアロ・マッスル)”の再現だ。

 送り込む空気によって膨張しようとする組織を強化魔法を使うことで制御する。

 すると、ある部分では組織が硬く萎縮し、またある部分では抵抗がなくなるため大きく膨張する。

 こうすることで、結果としてパイプ状の軟質物体を自在に動く運動装置にできてしまえると言うわけだ。

「筋蚕の他に、幻獣騎士用のアクチュエーターに新たな選択肢を用意できた意義は大きいぞ」

 この種の筋肉は原理上、あまり強い力は出ないため、筋蚕を淘汰するような強力なものにはなりえないが、筋蚕とは違って全くの人工物だ。

 それ故に自由に成型して様々な部品に応用が可能だろう。

 地球でも“ソフト・ロボティクス”という軟質のアクチュエーターを使ったロボットの研究が盛んだった。ソーマはこの世界でもそれを踏襲しようとしているのだ。

「柔らかくてフレキシブルに動く幻獣騎士用部品……取るべき形が見えてきたぞ。フフフフフ」

 そう言ってほくそ笑むソーマの姿を見て、その妖艶な表情にあるものは魅了され、あるものはドン引きしたという。

(ソーマ様は気前が良くて、失敗しても優しく諭してくれる良いお方だとは思うんだが、物を創ってるときのあの笑い方はどうにもなぁ……)

(なんか心臓がすくみ上がるような怖さがあるよな……)

(めんこいからずっと見ていたいけどな、俺は)

(俺も。あんな表情で罵られてみたい)

((ファ!?))

 村人の中に、おかしな性癖を拗らせてしまった者が現れた事など、ソーマは知る由も無い。

 

「というわけで出来上がったもので、ミコーちゃんと握手をしようと思います。手を出して♪」

「嫌」

 いつもはソーマがこのようにお願いをすれば、快く首を縦に振ってくれるミコーが、今は微妙な表情を浮かべて、拒絶の言葉を口にする。

「そ、そんな事言わずに協力してよ」

「だって……そんなものと握手なんてしたくないもの」

 ミコーの視線の先にはカマドウマの背中側から伸びている、新しい装備があるのだが、その装備の見た目が“アレ”過ぎて、さしもの彼女でもドン引きしてしまっていた。

「ソーマ、彼女の言う通りだ。幾らなんでも、お前……それは無いだろう?」

 引いているのはミコーだけではない。その装備の姿を見たものは全員が名状しがたいものを見たような、不気味そうな表情を浮かべていた。

 実の父であるウブイルさえも例外ではない。盛大に天を仰いでいる。

「うーん、なんだか卑猥な形ではあるけど、これはこれでカワイイかもしれない……私は嫌いじゃないかも?」

「か、カミラ!?」

 顔を赤らめてそんな事を言う妻の意外なリアクションに、愕然とした表情を浮かべるウブイル。

「みんな酷くない?確かに見慣れない形状かもしれないけど、巧緻性も高いし、便利な機能をいっぱい詰め込んだ素敵なツールなのに……」

 身内からも批判を浴びて、カマドウマの操縦席で悲しげな表情を浮かべるソーマだったが、彼の愛馬までもが、この装備の形状を見た時は、怯えて宥めるのに苦労するほど暴れたぐらいだから、相当なものだった。

「ソーマ様、見たことのない形ですけど、結局これは何なんですか?」

 そんな中で、ベーラだけが好奇心から来る質問を投げかける。

 自らを生徒の好奇心を尊重する先生だと自負しているソーマは、その質問に快く答えた。

「これは幻獣騎士の新しいタイプの腕。その名も触手型腕部(マニュピュレーション・テンタクル)だよ!」

 カマドウマの背中からは3本の巨大な蠕動するチューブ状構造物が伸びていた。それは紛う事なき“触手”だった。

 現在のこの機体の背中には、改修して構造をより頑強なものに改めた浮揚粘膜の筐体が取り付けられているのだが、それと並列搭載する形で、強力な空気圧縮装置も搭載されている。

 これは筐体内部の粘液晶にエーテルを送り込むのみならず、その圧縮された大気をこの触手状のアームを動かすための動力と為しているのだ。

 徒でさえ恐ろしいと言われている外見が、更に禍々しいものになって、完成した姿を見た他の子供達が怯える有様だ。ある意味では魔獣でさえ霞むほどの異形ぶりに、皆ドン引きしてしまうのも無理はあるまい。

「これなら巨人用の服の洗濯とかでも、すごく楽に作業ができるんだよ」

 圧縮大気というものは、高い負荷をかける用途への適正は低いのだが、その分、繊細な扱いを要求される物を扱うのには、優れた駆動装置足り得る。

 その為、地球において介護ロボットや工業用ロボットアームなどでも使われる、割とポピュラーな形式のアクチュエーターだ。

 その作業性を最大限に引き出すべく参考にされることが多いのが、蛸や烏賊などの頭足類の触腕。ソーマはこの世界でもそれを再現して、愛機に搭載したわけだ。

 しかし、どうやら小鬼族にとっても巨人族にとっても、あまりも異形すぎて受け入れ辛いようである。

 まあ、それも当然だろう。ここはボキューズ大森海。まわりを巨木で覆われた大地だ。

 海などという物は、少しも見当たらない。かつての西方から持ち込まれた文献等で存在を教えられても、見たことのある人などいない。巨人族に関しては、存在すら知らない。

 当然、海棲生物など見たことのあるものはいないので、蛸や烏賊などの頭足類の姿を見たことのあるものもいない。

 そんな彼らにとって、“軟質の触手”というものはまさしく“名状しがたいもの”としか形容しようが無いのだ。

「とりあえず触ってみてよ。触り心地は良い筈なんだから!ね?」

 それからソーマはなんとか宥めすかして、ミコーに触手を握ってもらった。

 握る瞬間までは、涙目になっていた彼女だったが、

「あ、暖かい。それにプニプにしてる」

「吹き込む空気を人肌程度に暖めてるんだよ。どうも暖めた方が粘液晶のエーテル溶度が上がって、装置の効率も上がるみたいだし」

 姿形こそ卑猥で不気味かもしれないが、触手に優しく手を握り締めてもらう感触は、慣れると気持ちよいものがあるかもしれないとミコーは思った。

「それと、これにはこういう機能もあるんだよ」

 ミコーは久しぶりの感覚に、驚喜した。

 魔術演算領域への接続(アクセス)。すごくご無沙汰だった快楽に、彼女は思わず表情を綻ばせる。

(あぁ、やっぱりこの感覚……すごく、イイ!)

「これ自体、魔力を通すから、巨人族や魔獣への経路(パス)接続にも使えるんだよ」

 幻獣騎士の腕は、手に持った物に魔力を流したりする機能は無い。この為、手持ち式の魔導兵装(シルエット・アームズ)が使えない。

 文献によれば、かつての幻晶騎士は全身を触媒結晶で覆っていたため、手で持った物体に魔力を注ぎ込むことが出来たと言われているが、幻獣騎士には不可能な芸当なのだ。

 その為、ソーマも魔獣や巨人族への魔法中枢への接続の為には、逐次操縦席から降りて、その体に直接触れなければならなかったのだが、この装備によって操縦席に座りながらにして、他者への接続が出来る様になった。

「更にこんなことも出来る様になったのさ」

 ミコーの魔術演算領域を経由して、彼は魔力を少量吸い出してみた。

「んん!?」

 今までの快楽とも違う味わい。過去、ソーマから行われたものなど比較にならない程の魔力吸引(エナジー・ドレイン)の感覚が、彼女の脳を刺激する。

「更に更にぃ、こんな事も出来ちゃうのだ!」

 それまで吸引していた魔力を魔力増幅器(マナ・アンプリファー)によって増幅し、彼女の体に還元する魔力充填(エナジー・チャージ)だ。

「あふぁぁ!?」

 今までに感じたことの無いほどの快楽に、彼女の表情が酷く艶やかなものに変わっていく。

「ありゃ?刺激が強すぎたかなぁ?ミコーちゃん、大丈夫?」

 今までに見たことのない表情をしている彼女の様子に、心配になったソーマ。

 それまで気にしていなかったが、よく考えたら固有化されている他の生物の魔法に、異なる魔力を大量に注ぎ込むというのは、実は危険な行為だったのではないだろうか?

 自分の行ってきた実験が、知らぬうちに彼女を傷つけていたのではないか?

 そう考えたソーマの心に一抹の不安が過ぎる。

「だ、大丈夫」

 息も絶え絶えにこう言うミコーの表情を見て、心配の色を深めたソーマ。

「辛かったら、やめようか?単なるマニュピレーターとしてもこれは優秀なわけだし、この機能は別に封印しても……」

「やめないで!これすごくイイ!イイんだから!この触手、好きだから!好きになったから!」

 余りにも必死な表情に、思わずソーマの方が驚く破目になったが、ここまで好意的に評価してくれているなら、継続しても良いのでは?と深く考えるのは辞めた。

(あぁ!ソーマの触手最高!私、気持ち悪いなんてもう二度と思わない!)

 喜悦の表情で触手を撫で摩る巨人少女の一連の姿を見て、ウブイルは思わず呟いたのだった。

「……うちの息子が他人の娘さんに、取り返しの付かない事をしているように見えるのは、私の気のせいなのだろうか」

 その言葉を聞いたとき、村人全員がこう思った。

 絶対に気のせいではない、と。  




今回は卑猥なネタに走り過ぎたかもw
触手はどうしてもやりたかったので、許してください(><)
カマドウマになんで触手?と思う方もいるかもしれませんが、カマドウマって“ある生物”の宿主になっていることでも有名な昆虫ですので、それをイメージしているのです。
(*グロいので、検索するときはお気をつけて)


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17.新たなる幻獣と村民騎士の芽吹き

読者の皆さん、お待たせして申し訳ない。またしても間が空いてしまった……最近、遅筆になってしまってます(><)


「うん、これすごく履き心地がいいよ、ソーマ!」

 巨人族(アストラガリ)の少女ミコーが美しく文明的な服に身を包みつつ、その足に履いているのは、村の職人達とソーマの手によって設計・製造された靴だった。

 しかも、これはただの靴ではない。内部には魔力増幅器(マナ・アンプリファー)まで搭載された増幅靴(ブースト・ブーツ)という、立派な魔導器械なのだ。

 以前、ソーマとミコーが有り合わせの魔獣素材で作った拙い構造は、村の職人達の手によって、より洗練された美しい物に造り変えられていた。

 魔獣の皮革に弾性結晶(エラストマー)を染み込ませたシートを、ヒールやアウトソールといった接地面、足底板などの足との接触面にふんだんに使用して、衝撃を緩和しつつ、靴擦れを起こさないような摩擦低減が図られている。

 足の甲を覆うアッパーは効果的に装甲されつつも装飾されていて、職人達の鎧製作技術が惜しみなく投入されている。靴底も頑丈なものにしていていて、ちょっとやそっとでは壊れない。

 女の子が履く靴ということで、デザインにおいてもカミラが女性側の意見を口にしてくれたお陰で、大変優美なものになっている。

 そして、それらは全て強化魔法を使うことで、幻獣騎士(ミスティック・ナイト)の正面装甲に匹敵するほどの堅牢性を備える強化装甲に成り得るのだ。

 おそらく、ここまで高度な技術で作られた靴などこの世界に存在しないのではないのだろうか。

「私らとしても、大変遣り甲斐のある良い仕事が出来ました。ソーマ様の錬金術のお陰です」

 村の職人達も初めて手掛けた仕事ではあったが、満足できる素晴らしい作品ができた事を喜んでいた。

「いや、あなた方八番村のみなさんの尽力の賜物ですよ。本当にありがとうございました」

 ソーマは錬金術や魔法ならともかく、大規模な素材加工にはどうしても他人の力を借りる必要がある。

 諸事情あって、増幅靴の改修は上街の工房では手掛けてもらえなかったので、二人で作った増幅靴は稚拙な物にならざるを得なかったが、彼らの力を借りることでちゃんとしたものにする事が出来た。

「ミコーちゃん、これも着けておいて」

「これは?」

 ソーマがカマドウマの腕で差し出してきた魔獣の革でできたホルスターに、魔絹とホワイトミストーの板材を組み合わせてできた奇妙な棒状装備が差し込まれていた。

 彼はそれを愛機の背中から伸びている触手型腕部(マニュピレート・テンタクル)を器用に操って、ベルトによってミコーの太ももに装着していく。

 柔らかな触手のフワフワとした触感に、思わず彼女は声を洩らしてしまった。

「んんぅ?」

「あぁ、ごめん。くすぐったかったな?もう少し我慢してね……よし、これで装着完了」

 カマドウマの触手は続いて、ホルスターから装備を抜き取って、それを予め標的として用意していた的に向けて構えると、魔力を流し込んでその先端部に仕込まれている触媒結晶から、魔法現象を発現させた。

 装備はその内部に刻まれた紋章術式(エンブレム・グラフ)の記述に従い、真空の刃を発生させ、標的をずたずたに切り裂いてしまった。

魔導兵装(シルエット・アームズ)。魔力を流し込むだけで、遠距離攻撃魔法を放つことの出来る武器なんだ」

 中に刻まれている術式は“風刃投射(ハイウィンド・スローワー)” 風の基礎系統(エレメント)に属する中・遠距離攻撃魔法である。

「あまり威力が高い魔法じゃないけど、君が苦手な遠距離射程を補うための装備だから、自前の演算魔法と使い分けてね」

 ミコーは、自分で演算せずに魔法現象が起こせる不思議な道具に驚いたが、ソーマが考えた道具が不思議で便利なのは、いつものことなので割とあっさり受け入れた。

「さて、これでこの村で当初造って貰う予定だったものは、全て仕上がったんですが……」

 ソーマの呟きを聞いた職人達は寂しげな表情をした。

「さ、左様でございますか。ソーマ様達は服や靴を手に入れるために、この村に滞在なさっていたのでしたね。そうなると、もう帰ってしまわれる事に……」

 村長が言うように、ソリフガエ家の面々の生活基盤は上街にあるので、いずれは帰らなくてはならない。

「はぁ。それからはしばらく干し肉生活か……子供達、残念がるだろうなぁ」

「贅沢言ってんじゃない!今まではその干し肉さえ、高級品だったろうが!……あぁ、でもその干し肉も食い尽くしちまったら、年の末に〆る家畜だけが頼りになるんだよなぁ。はぁ」

 耳を澄ますと村人達の溜息が聞こえて来る。

 巨人用鎧を納める対価だけでは、頻繁に肉を食べる事が適わなかった村人達だったが、ソーマが狩って来た魔獣肉によって、今まででは考えられないほどのまとまった量の新鮮なタンパク質を供給できた。

 だが彼が上街に帰ってしまえば、干し肉と数少ない家畜の肉、そして豆類などの植物性タンパク質が彼らのタンパク源になるだろう。

 渡された報酬もあるので、流石に餓死したりするほどではないが、贅沢に慣れてしまうと物足りないものを感じるのも致し方あるまい。

 そんな村人達の残念そうな表情を見て、ソーマの心にモヤモヤとした物が生まれた。

(彼らには対価を払ったとは言っても、ミコーちゃんの服や増幅靴だけじゃなくカマドウマの装備まで無理を言って造ってもらったんだ。そんな彼らが困っているのを放置しておくのは、少々薄情すぎるんじゃないか?)

 彼らの立場で肉を手に入れる事は、並大抵の事ではない。

 このボキューズ大森海は魔獣達の巣窟であり、獣除剤(リペレント)をばら撒かれている村の領域を一歩出れば、魔法が使えない村人達は魔獣達の餌食になってしまう。

 家畜を増やす事も急にはできない以上、自分で手に入れる事があまりにも難しいのだ。

 たまに“御納め”回収役の貴族達に随伴する事で、道中の安全を確保した商人達が訪れて、物を売ってくれることもあるそうだが、あくまで小規模なものだ。この村の肉需要に対しては、焼け石に水でしかない少量の干し肉を持ち込むのが精一杯だ。

(自分達で肉を取る事のできるための施策……いや、もう一歩進んで、魔獣を狩って肉を得たり、この村を襲ってくる魔獣を撃退する防衛戦力になり得るものを……)

 この森の中でそのような力と言えば、幻獣騎士をおいて他に無い。

 だが、村人が騎士を持つ事はまだ認められていない。ソーマはベーラを騎操士(ナイトランナー)として育てるつもりだが、あくまで将来目標に過ぎず、現時点での幻獣騎士の所有・操縦は貴族でない彼には不可能なのだ。

 この問題については、いずれ幻獣騎士の絶対数が増えた時に解消するための運動を行おうと考えているが、今すぐどうにかなる問題ではない。 

 それに現在のソーマの手元には幻獣騎士を彼らに用意するための手札が圧倒的に足りない。

 フレームである内部骨格は、工夫すればこの村の中でも用意する事はできる。上街においても、骨格は魔獣の硬骨が用いられる。十分な手間をかければ造る事ができるはずだ。

 アクチュエーターには空気圧筋肉(エアロ・マッスル)があるが、あれをそのまま使って造っても、格闘用アームとしては貧弱に過ぎる物になるだろう。

 魔導兵装(シルエット・アームズ)が造れるため、それを使った法撃戦能力で補うやり方が無くもないが。

 だが、これらの要素全てを運用する為の中枢部品である魔導演算機(マギウス・エンジン)魔力転換炉(エーテル・リアクター)、魔力増幅器が手元に無いのでは話にならない。

(う~ん、以前のように森で擱座した機体をサルベージする手は、あれからオベロンが条文を追加して法を変えちゃったから、もう使えないしなぁ)

 擱座した機体については、持ち主が判明している物以外は回収部隊(ガーベッジ・コレクタ)に一度預ける規定を設けられてしまい、以前彼がやった手口は使えなくなってしまった。

 そうでなくても、現在の状況でオベロンに「幻獣騎士を下村で製造して彼らに提供してもいいですか?」などと相談したら断られることは目に見えている。

 常識のある通常の人間なら「あ、駄目だこれ。諦めるしかないわ」と考える所だが、以前脱法行為によって、ミコーに魔力増幅器と魔導演算機を用立てた実績(前科)のある少年は諦めなかった。

 ソーマはミコーに声をかけた。

「ミコーちゃん、この村の人達の事、好き?」

「うん?いきなりどうしたのソーマ?好きか嫌いかって言われたら、好きだよ。服や靴も作ってくれたし」

 彼女の生まれたアドゥーストゥス氏族において、服や靴はとても貴重なものだ。基本的に巨人族は細かな物造りを苦手としているため、服飾は魔獣本来の毛や鱗の形をそのまま生かした物となる。

 きちんとした縫製で造られた服など皆無だったのだ。こんな貴重で便利な品々を造ってくれた村人達に、彼女は尊敬と感謝の念を抱いていた。

「ものは相談なんだけど、この村に残って村人の皆さんを守ったり魔獣を狩ったりするのは嫌?」

「それ、ソーマは付いていてくれるの?」

「……たまに様子を見に来るから『絶対ヤダ!!』ですよねぇ~」

 何のことはない。ソーマはこう考えたのだ。

『幻獣騎士を勝手に造ったら怒られるのなら、幻獣騎士に準じる能力を持ちながら、その定義を満たさないものを用意すればいいじゃない』

 決闘級の少女の力を借りれば、この村から自分が去った後も彼らの生活を支える一助になってくれる。

 もちろんこれは一時的な処置だ。彼女は大切な友達であり、優秀な部下なのだから、何時までも離れていてもらうわけにはいかない。最終的には“別の戦力”を用意する必要がある。

 しかし、ミコーは出来る限り彼と一緒にいたい、離れたくないと言ってきた。

 上街への入居は認められていないが、あの洞窟でなら比較的頻繁に会う事ができる。この村はあそこよりずっと遠い。そうなると、もっと離れる事になるのだ。会える頻度は下がってしまうだろう。

 彼女がそれは嫌だと言うのなら、未だに不安が残るため後回しにするつもりだった“別の戦力”の実用化に踏み切る必要がある。

(ミコーちゃんに残ってもらうのがダメなら、もう“あの手”しか無くなるんだけど……本当にちゃんと機能するものに出来るか?まだ不安材料が多いなぁ)

 ソーマは以前から腹案として暖めてきたアイディアがあった。

 ある意味では幻獣騎士よりも荒唐無稽で無茶苦茶かもしれない存在。

 小鬼族の倫理において、拒絶される可能性を持った技術。

 しかし、どうしても確かめてみたい。実現できるのなら、形にしたい。そう思って止まないものがあったのだ。

 それが村人の、人々の生活を向上させ得るというのなら……“口実”としてこれ以上のものはない。

「やってみるか……いずれはやってみるつもりでいたんだから、駄目で元々だ」

 

 

 ボキューズの森にて生態系の上位を占める決闘級以上の魔獣達。

 彼らにとっての天敵は自分よりも大きな体躯を有していたり、強力な力を宿した魔獣達、そして巨大な知的生物である巨人族であるとされる。

 しかし、本当にそうであろうか?小さなモノ達は何時のときも無力なものであろうか?

 否。断じて否。

 小さな体に宿る力こそが時として脅威になる事もあるのだ。

 人間をはじめとする高度な文明を形成する小さな知的生命体が、その知恵と数を活かして魔法や科学・戦術を洗練させ、彼らを打ち倒す事を可能としている。

 幻獣騎士やその原型となった幻晶騎士などはその象徴であると言えるだろう。

 だが、人間ほどの知性を有していなくとも、より本能的な行動を洗練し、決闘級魔獣の天敵となっている生物も存在する。

 彼らのことを上街の生物学者達はこう呼んでいる。

寄生魔虫(パラサイト)」と。

 森の中を高速で飛行する人間ほどもあろうと言う巨大な昆虫、獣狩蜂(アポクリータ)などがその最たる例だ。

 この生物の特徴的な羽音を聞けば、大抵の決闘級魔獣は震え上がる。彼らは本能的に知っているのだ。これに狙われたものの末路と言うものを。

 その日も一頭の昆虫型決闘級魔獣針吻獣(エイフィッド)が獣狩蜂の犠牲となった。

 針吻獣の頭部に着地した獣狩蜂は、彼に逃げる暇を与えず、腹部から伸びている毒針を強化魔法の弱い関節膜に刺し込んで、麻痺毒を注入し始めた。

 その強力な神経毒素によって針吻獣はその神経中枢を犯された結果、ヒクヒクと細かな痙攣を起こして倒れ付してしまった。

 しかし、強化魔法の途絶は起こらない。この毒は針吻獣の命を絶つことを目的としているものではない。いや、獣狩蜂にとってはむしろこの段階で死んでもらっては困るのだ。本当の目的はこれからなのだから。

 獣狩蜂は針吻獣が無抵抗なうちに、その外骨格の隙間に伸縮性のある毒針を突き刺して、“ある特定の神経節”のみを狙い撃ちするように更なる毒液を注入する。

 その工程を経た後、しばらく経つと針吻獣はむくりと起き上がった。

 針吻獣は顔面をしきりに身繕い(グルーミング)した後、ぱったりと動きを止めてしまった。まるで魂が抜け落ちてしまったかのように。

 そんな状態になった針吻獣の触角に取り付いた獣狩蜂は、そこにある種の魔力信号を送り込み始めた。

 すると、針吻獣は思い出したかのように、元気に行動を始めた。

 しかし、その行動は彼の自由意志による物ではない。頭に取り付いた狩蜂によって操作されているが故のものなのだ。

 そんな様子を物陰からのぞいていた“何者か”が突如として彼らに襲い掛かった。

「その魔獣とそれを操る魔法はいただいていくよ!」

 その“何者か”幻獣騎士カマドウマとその騎操士ソーマは、二本の触手型腕部を伸ばして獣狩蜂を潰さないように丁寧に捕縛すると、それが使っている魔法を高速で解析し始めた。

 ソーマの手によって蜂の使っていた魔法は魔法術式として定式化され、機体に内蔵された魔導演算機の記憶領域に保存されていく。

「ふむふむ、思った通りかなり複雑な術式だ。これはやっぱり、より深い理解をするためにも、君には引き続きサンプルとして働いてもらった方が良さそうだね」

 カマドウマは、触手に翅をつかまれて身動きの取れなくなっている獣狩蜂の毒針を、高周波で振動する爪でカッティングしてしまった。

 蜂の毒針は産卵管が変化したものであるため、これで卵を産む事は出来なくなってしまった。

「悪いね。卵を生みつけられると使い物にならなくなってしまうんでね」

 この獣狩蜂の習性をソーマが知ったのは、ミコーの食用に狩って来た魔獣の体内でこれらの幼虫を発見した事が切欠だった。

 これらが見つかるのは、決闘級以上の体躯を持った大型魔獣の脳や神経系ばかりだったため、気になった彼は、上街の生物学者達の中でも寄生虫に詳しい研究者を訪ねて、その話を聞いてみることにした。

 そこで知ったのだ。一部の巨大昆虫が行うおぞましい生活環を。魔獣の行動を支配し、苗床に変えてしまう狩蜂達の習性を。

 彼らの狩りは、まず即効性の麻酔となる神経毒を打ち込むことから始まる。これによって行動を束縛して、獲物から抵抗する力を奪う。

 こうして“手術”の準備を整えた狩蜂は、次に獲物となる魔獣の神経中枢の中でも“自発的な行動の制御に関わっている領域"のみを選択的に破壊するらしい。

 そして生きた屍同然の肉人形となった魔獣を、体の外側から“何らかの方法”で操作し、適当な場所に穴を掘らせると、そこに潜り込ませて体内に卵を生みつけ、穴を塞いで閉じ込めてしまう。

 卵から孵った幼虫は、穴の中で生きたままの新鮮な肉を“生命維持に必要不可欠な部分を意図的に残した上で”食い荒らして行き、そのまま苗床にして蛹になっていく。

 これが彼ら獣狩蜂の生活環なのだ。地球でも似たような生活を送っていた昆虫に、エメラルドゴキブリバチという種類の蜂がいたが、それより遥かに手口が巧みでスケールが大きい。

「エイリアンみたいな習性だけど、言わば彼らは魔獣をロボットのように操縦できるようにする能力を持った虫な訳だ」

 常人であればおぞましいと感じる生態をしたこの昆虫も、ソーマにとっては愉快な習性を持った益虫にしか見えなかった。

 上街の学者達は彼らがどうやって魔獣を操っているのかまでは特定できなかったらしいが、夢魔族(インキュバス)としての能力を持つソーマはほぼ直感的に理解した。

 獣狩蜂は夢魔族と同じく、特殊な魔法を使ってそれを為しているのだろうと。そして、それを自分が読み取って模倣する事もできるに違いないと。

 有機物でできてこそいるが、生きた魔獣の神経中枢も心臓も、魔道演算機や魔力転換炉として使える事は、ミコーや馬体兎(ラバック)、そして過日のクレトヴァスティアへの魔法接続(アクセス)が証明している。

 もちろんそんな事が出来るのは、現時点でソーマだけだ。徒人には不可能な事なのだ。本来なら。

「けど、インターフェイスとなるものを用意すれば、話は違う。幻獣騎士だって、鐙や操縦桿といった機材を介することで操縦されているんだから」

 それを証明する礎になってもらうためにソーマは欲したのだ。この針吻獣を。自分の意思を持たない“ロボットとなった魔獣”を。

 これをもし、幻獣騎士に代わる村の防衛戦力として使えるのなら、村人も助かる。きっと喜んでくれるに違いない。

 そんな事を考えながら、触手をまるで犬を引っ張るリードのように使って、針吻獣を八番村に牽引していく。太い腕には翅を毟った獣狩蜂まで抱えて。

 その異様な光景に村人達がどんな感想を抱くかなど、奇矯な思考回路をした彼には想像の外であった。八番村が何時ぞやの様にパニックを起こすのにそう時間は掛からなかった。

 

 

 

「こ、これを僕に操れと仰るんですか、ソーマ様!?」

「うん♪だって、今この村で魔法が扱える村人は、君しかいないもの」

 ベーラは魔法の師匠である貴族の少年から告げられた突然の無茶振りに、驚嘆と困惑を露としていた。

「騎操士の練習をしてみないかい?」

 そうソーマが口にした時、ベーラはこれを「幻獣騎士の操縦を体験させてくれる」という意味だと思って、喜色満面で了承した。

 彼が魔法を学んでいるのは、村を守るための力を欲していると言うのもあるが、純粋に幻獣騎士というものに対する憧れの気持ちからでもある。

 師の厚意に感謝しつつ、胸を高鳴らせながら連れてこられた場所は、決闘級の昆虫の前だった。

 そして告げられたのだ。「操縦して欲しいのはこの“騎体”だよ」と。全く詐欺もいいところである。

「そ、ソーマ様。お言葉ですが、僕は魔獣の操り方なんて知らないですし、教えてもらってもいないんですが」

「あぁ、大丈夫。それはこれから君に“操縦してもらいながら”決める事だからね」

 ベーラはソーマの言っている意味が良く解らなかった。彼のその言い様は、まるで“まだ何も決まっていない”かの様だったから。

 それも当然の話だ。この魔獣を操作するためのインターフェイスの設計は、まだ取っ掛かりになるものが用意できただけなのだから。

「ちゃんと説明するね。そもそもこの子がなんという魔獣で、どうしてこれを操縦できるようになるのかをね」

 針吻獣(エイフィッド)。地球で言う所の半翅目、つまりはカメムシに近いストロー状の口吻を持った昆虫類に酷似した決闘級魔獣だ。

 主にこの森に多く自生している巨大樹木の樹液を、その発達した口吻で吸い取って食している。

 また、この口吻には麻痺性の毒と消化液の分泌腺も存在しており、自分より小型の獲物を突き刺して血液や溶けた肉を啜って食べる事もする、雑食性魔獣なのだ。

 当然、人間もその対象となり得る。

「そ、そんな怖い魔獣を村の中に入れて大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。今のこの子の頭の中は幻獣騎士の魔導演算機と同じでね。与えられた命令を遂行することしかできない機械の様になってるから、誰かが命令しない限り、人間を襲うどころか餌を食べようとすらしないよ」

 ソーマは、この魔獣をそんな状態にしてしまった巨大昆虫、獣狩蜂(アポクリータ)の説明を始めたのだが、それを聞いてベーラの顔色はますます悪くなった。

 然もありなん。“脳の一部を手術で壊して、自分で物を考えられない状態にした後、それを魔法で操る”などという習性を持った寄生虫の話を聞かされて、不気味に思わない人間など目の前にいるソーマぐらいのものなのだから。

「で、この寄生蜂がどうやって魔獣を操作しているのかは解ったんだけど、それを人間が“お気楽かつ簡単に真似できるようにする為”の機材を開発したいな、って思ってね。ベーラ君にはその実験台になってもらいたいんだよ」

“実験台”と聞かされて、ベーラは震え上がった。

「そ、それって僕もこの魔獣と同じ、自分で物を考えられない状態にされるって言う事ですか!?」

 これにはソーマも、自分の言い方が悪かったと反省して、更なる説明をした。

「ごめん、誤解させたね。この魔獣を操っていた獣狩蜂の使っていた魔法を、幻獣騎士の操縦方式に近いやり方で真似をする。そんな器械を創りたいんだよ」

 つまり、ソーマはこの魔獣を幻獣騎士にしてしまおうとしているのだ。ベーラはそのように理解した。

「けど、本当にそんな事出来るんでしょうか?」

 そう不安を口にした彼に、ソーマは語りかけた。

「ベーラ君。以前言ったよね?上街にも幻獣騎士に乗りたがっている貴族の子息がたくさんいるって」

 ベーラの顔に重たい緊張の色が浮かび始めた。プレッシャーを感じているのだ。

 貴族の人間ですら、そう簡単に手に入れられない存在。それが幻獣騎士だと。突きつけられた重たい現実が彼には圧し掛かっている。

 自分のライバルはたくさん存在する。彼の師匠は、ベーラは上街の貴族と比べても見劣りしないほどの魔法の才能があるかもしれないと、そう勇気付けてもくれたが、自分で体感したものではないため、自分がどの程度の水準であるのか解らない。

 彼にとって魔法使いの基準は、師匠であるソーマだ。そのソーマを基準として考えるのなら、自分など全くお話にならないレベルとしか感じられない。

 ソーマは人間より魔法能力の高い夢魔族の血を引いている上に、前世の経験から大変勉強慣れしているため、魔法の習得速度が速かった全く参考にならない人物なのだが、ベーラにはそんな事は解らない。

 つまり、自分に自信が無いのだ。自分の実力が上街の騎操士達にも通用するものかと。彼らを差し置いても、幻獣騎士を授けてもらえる実力を持っているのかと。

「俺もよくは知らないけどさ。貴族社会って横の繋がり、つまりコネによっても人事が左右されるんだよね。俺もちょっとしたコネがあるから、それを使えば君を騎士にする事も可能かもしれないんだよ」

 実際は“ちょっとした”などという副詞が似つかわしくない、小鬼族の支配者たる人物(オベロン)という強力極まりないコネが存在するのだが、それはあえて黙っている事にした。

「でもこれはあくまで可能性であって、絶対じゃないんだよ。村人に幻獣騎士を宛がうなんて許せない、っていう意見の貴族もいると思うし、もしそういう人達の声が大きければ、君は騎士にはなれないかもしれない」

 炊きつけておいて酷い話だ、と自分でも思うが、ソーマは絶対出来ると保証できるほどの権力を“表向きは”持っているわけではない。

 オベロンに大きな恩を売っており、上街の兵器産業にも多大な貢献をした形になっているため、大貴族でもないのに相当な発言力を持っているソーマだが、複雑怪奇な貴族社会の力学は、そんな彼でも貫き通せない厚みを持っているかもしれないのだ。

「だから、幻獣騎士が手に入らなかったとき、“力”を持っておけば、君の手でこの村を守る事も可能だと思う。君がその手で掴むんだ。この“力”をね」

 仮に村人を騎士にする事が認められなくても、それに準じる力を持てば、ベーラの夢は叶えられる。“村の皆を守りたい”という夢は。

「それに君を推薦する時に、“ベーラ君は幻獣騎士に準じる大型兵器を操縦したことがあります”って紹介できたら、すごく説得力が出ると思わない?」

 馬ぐらいしか乗ったことのない貴族の子息達。巨大生体兵器の操縦経験を持つ村人。

 採用選考する人間が両者の経歴を比べたとき、どちらが印象に残るであろうか?考えるまでも無い事だ。

 生半可な政治的駆け引きでは覆せないほどのとてつもないインパクトを与え得る経歴。ソーマはこの実験がそれをベーラに与えてくれると言うのだ。

「……解りました。やります!」

 小さな村人は意を決して、力強く首肯した。

 それを見たソーマは説得の成功を喜んだ。

「さぁ、皆でこの魔獣の操縦システムを完成させよう!」




ソーマが幻操獣騎みたいな物を造り始めたようですが、原作の幻操獣騎とは違うものです。幻操獣騎はまた別に登場してもらうつもりですので、あしからず。
*推敲しなおしたら、このタイミングで命名するのは不自然な気がしたので、その辺を修正しました。あしからず


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18.下村の価値と有線操縦

なんだかWEB版原作の方も面白くなってきましたねぇ。
おかげでモチベーションが高くなってきました!
同時にもっとナイツマ二次創作増えて欲しいなぁとも思ったりw


「ソーマ……私達はお前に間違った教育をしてしまったようだな」

「父上……どうしてそうなるんですか?」

 村長宅の一室。ここにソーマは父ウブイルと村長を呼んで、魔獣を有人操縦型生体兵器へと改造する計画を話した。

 そして、父親が口にした台詞がこれだ。ソーマは父が何故そんな言葉を言うのか、理解できなかった。

「どうしてって、我々は騎士だぞ?責任ある立場にあるものが、そんな法を犯すような事を勧んで行おうとしている。恥ずかしい事だとは思わないのか?」

 ソリフガエ家は代々騎士を排して来た家系。その家風には自然と、法と秩序と民を守るものとしての気概、高貴なる者の義務(ノーブル・オブリゲーション)が根付いている。

 それを愛息子が破ろうとしていると感じた事が、ウブイルは悲しかったのだ。

「いえ、上街の法律に『魔獣を兵器に改造して、村人に譲渡してはならない』なんて法律は無いですし、『そういった兵器に村人を搭乗させてはならない』などという法律も寡聞にして聞いた事がないですが」

「そんな言葉遊びで誤魔化そうとするんじゃない!それは幻獣騎士(ミスティック・ナイト)に準じる兵器という事になるんだぞ?上街で騎操士(ナイト・ランナー)となる者達が、どうして法で制限されているのだと思ってるんだ!?」

 幻獣騎士はたくさんの資源を消費して造られる。資源の限られた小鬼族(ゴブリン)にとって少なくない負担であり、造れる数には限りがある。

 だからこそ、構成部品の中でも最も高価なものである中枢部品を使用せずに済む「魔獣を素体とした兵器」を、ソーマは考案したのだ。

 だが、ウブイルはそんな即物的な事を考えて、彼を叱っているわけではなかった。

「騎操士は人々を守るための力として、幻獣騎士を託される。そこには『この人は私達を守ってくれる』という人々の信用が載せられている。ただ能力と身分だけで選ばれているわけじゃない!」

 ソーマもこういった騎士としての道徳は、しっかりと教えられてきた。“市民を守るための盾であり、魔を払う矛であれ”と。

 ウブイルは、今まで口を酸っぱくして言い続けてきた言葉が息子に届いていなかったのではないか、と嘆いていた。彼の言葉は続く。

「法を遵守しない騎士に、人々がどんな感想を抱くと思う?彼らが向けてくれた信頼を裏切る事になるんだぞ。認可外の兵器をばら撒いて、秩序を破るような事はするんじゃない!」

 ソーマは父の言葉を聞きながら、この場に自分が呼んだもう1人の顔をチラリと覗きこんだ。その人物の顔は大方の予想通り、苦渋に染まっていた。

「父上。俺はあなたの事は誇りに思っていますし、以前から施してくれた道徳教育の内容も、忘れてはいません。でもね。あなたが言った騎士が守るべき“人々”の中に、この村の人達は入っていないんですか?」

 それを聞いたウブイルの顔に、衝撃と苦悶が混じる。

「『この人達は私達を守ってくれる』の辺りから村長の顔、とても悔し気でしたよ。『自分達だって、困った時助けて欲しかった』って、そんな顔をしてましたよ。そんな彼らに対して、俺達貴族は何をやってきたんでしょうねぇ?」

 息子の発する刺のある言葉に、ウブイルは先程の勢いはどこへやら、困惑と罪悪感に支配された顔色に染まっていった。

 以前、ベーラの父親に関する悲しい思い出を聞いた時、ウブイルもショックを受けた身だ。

 自分達上街の人間が、彼ら下村の人間に対して関心を失い、碌な支援も行わず、放置同然の対応をしてきた事に対する、罪の意識がウブイルを苛む。

「村長、いい機会です。あなたの思っている事、ここで俺達に話してくれませんか?あなた方がどう思っているのか、正直な所が知りたい。遠慮は要りません。無礼だと撥ね退ける事もしません。思いのままを口にしてみてください」

 ソーマは村長に優しげにそう促した。彼は幾ばくかの逡巡の後に、口を開いた。

「ソーマ様、ありがとうございます。あなた様が仰るように、先程のお二人の会話を聞いていて、正直申し上げますと、鬱屈とした思いがこみ上げてきておりました」

 村長は語った。自分達が造ってきた巨人鎧を納める対価として、この村に貴族が置いていったのは獣除剤(リペレント)と僅かな賃金。

 この対価で遣り繰りしなければならなかった。時にはひもじい思いをした事もあった。せめてもっと楽な暮らしが出来る様に取り計らってはくれなかったのかと思った事もあった。それでも耐えてきた。

 しかし、時折魔獣に襲われたり、田畑を荒らされたりした事もあると、どうしても思ってしまう。

 助けて欲しいと。貴族達が幻獣騎士で魔獣を追い払ってくれれば、どれだけ助かるだろうかと。そうすれば、死なずに済んだものもいただろうにと。

 ウブイルはそれを聞いて、大いに苦悩した。別に彼だけが悪いわけではないのだが、心根の優しい男に、これは応えた

「村長、ありがとうございます。よく聞かせてくれましたね。俺なんかじゃ計り知れないほどの苦悩を味わってきたんでしょう。辛い記憶まで思い出させてしまって、すいませんでした」

「い、いえ。こちらこそ、こんな老いぼれの心の内を聞いてくださって………」

 彼の眼元から、今まで溜め込んできた様々な思いが零れ落ちていた。

「父上、彼らがこんなに苦しい思いを味わってきたのに、俺達騎操士は何をしてきたんでしょうね?ただ、租税を回収して獣除剤を置いて、『ハイ、さよなら~』ですか?高貴なる者の義務(ノーブル・オブリゲーション)が聞いて呆れます。彼らの信頼は俺達の双肩には載せられてなかったんですか?」

「うぅ~、しかし、しかしだなぁ……」

 息子の追い討ちに、更に苦悶の声を洩らすウブイル。

 全くソーマの言うとおりだと、彼も思った。

 上街の防御網の内側で、安穏とした日々を送っていた貴族達は、彼ら下村の人間に対する興味関心を失ってしまい、彼らもまた守られるべき民であると言う認識を何時しか忘れてしまっていたのだ。

 かく言うウブイル自身も、嘗てはそうだった。怠惰という他は無い。 

 ソーマは村人の事でこんなにも苦しみ、同時に秩序も守ろうとも悩む、そんな優しい父親が好きだった。だから、そろそろ意地悪をするのは止める事にした。

「まぁ、そうは言っても、一介の騎士に過ぎない父上の職権でどうにかなる事ではないですし、この問題をどうにかするには、上街に住まう貴族達に思い知ってもらう必要があります」

 彼は机の上に、今までこの村で創り上げてもらってきた装備品の設計図を広げて、二人に提示した。

「下村と言う存在が、小鬼族全体にとって極めて重要な戦略的価値を持っていると言う事をね」

 設計図に描かれているのは、どれも魔法技術の塊であった。従来、このような技術の産物は上街の工場でのみ製造されてきた。

 学の無い、魔法にも縁の無い村人達には、手掛ける事が出来ない仕事だと思われてきたのだ。

 だが、こうして幾つもの技術を教え込んだ結果、村の職人達はそれをスポンジの如く吸収し、頼んだ装備を形にしてくれた。彼らの能力は貴族達の想像を超えて、高かったのだ。

 ソーマもここに来るまでは、下村の職人にここまでの潜在能力があるとは、想像もしていなかった。この点においては、貴族達を責められない。

「貴族はあなた方村人を過小評価している。もちろん、上街の技術者に比べたら、工作精度などで劣る部分があることは確かですが、それでもきちんとした技術指導さえ行えば、幻獣騎士部品の外部委託(アウトソーシング)先とする事を検討できる段階にある!」

 以前、ソーマが語ったように、現在上街では、幻獣騎士の中枢部品である魔力増幅器(マナ・アンプリファー)は、生産性の著しい向上により、その数を増やしつつある。

 だが、ここで問題が生じる。幻獣騎士はそれだけで動いているわけではない。動力源や機体管制用の魔導演算機を収める筐体が必要なのだ。その製造能力が上がらないのでは、機体の数をおいそれとは増やせない。

 しかし、ここに上街以外にも部品の生産拠点が出現した場合はどうであろうか?

「下村でも幻獣騎士の部品製造を担ってもらえれば、より多くの機体を騎操士に提供できる。そうなれば、人員の余剰が生じてこの村に防衛戦力を回す事を、上街でも検討するでしょう」

 何故、貴族達が下村に無関心なのかと言えば、守る価値の無い、どうでもいい存在と思い込んでいるからだ。多少の被害を受けたとしても、上街の人々の生活に直ちに影響の出る存在ではないと。

 実際はそんな事はあり得ない。現に上街に供給される食糧供給を担う一番村や、幻獣騎士のアクチュエーターである筋蚕と食肉用の家畜達を育てる二番村には、防衛戦力を回して手厚く保護している。

 貴族達も上街だけではやっていけないことは自覚しているのだ。

 そして、他の下村の人々が造っている製品も、小鬼族を支配しているルーベル氏族へと売却され、彼らから様々な資源を購入する財源や、外交カードの一つとして機能している。

 しかしながら、それは上街の中で暮らしていると実感し難い。巨人向け製品は貴族達が直接使用する物では無いからだ。ルーベル氏族側も然も当然という態度で受け取る。感謝の言葉も聞こえてはこない。

 そういった関係が長きに渡り膠着していった結果、貴族達は忘れてしまったのだ。下村の人々が小鬼族に貢献している立派な社会の一員である事を。 

 ならば、下村という場所にもっと解り易い形で戦略的価値を付与してやればいい。そうすれば、否が応でも思い出さざるを得なくなる。彼らの存在によって、自分達が支えられている事を。

「ですが、その為にはあなた方が持っている技術力の証拠を提示しなければなりません。それも常識が根底から破壊されてしまうほどの衝撃的な物でなくてはね」

 何せ百年単位で形成された思い込みだ。生半可なものでは連中の眼を覚まさせられない。

 それこそ、“新しい兵器カテゴリーを創造する”レベルのそれでなければならないと、ソーマは思ったのだ。

「だから、俺は造る事にしたんですよ。この“改操獣騎(テクニカル・ビースト)”をね」

 侵襲的な手術を伴う改造は、この村の技術では不可能であるため、ベースとなる魔獣に外付けするための、改造キットという形態で開発する。

 幻獣騎士より安価で数を揃えやすく、技術的にも造り易い事を売りとする。拡張性もあれば、なお良い。

 こういった特性を鑑みた結果、ソーマはこの存在に“改操獣騎(テクニカル・ビースト)”の名を与えたのだ。

 地球の多くの紛争地帯で、民兵やゲリラなどの非正規戦闘員達が、ピックアップトラックといった民生車両を改造した即席戦闘車両(テクニカル)に肖った名前だ。

(だけど、これは単なる兵器としてだけじゃない。村の人々の生活を支える便利な道具にもできる)

 決闘級魔獣の巨躯とそれを支えるパワーを利用すれば、可搬重量(ペイロード)も大きいと期待できるため、武装をはずせば輸送車両や作業用重機としての運用も可能だろう。

 村を守るための防衛戦力。小鬼族の各集落を結ぶ交通・輸送機関。重量物の懸架作業。この装備は小鬼族全体の力を飛躍的に高めてくれる。そう、ソーマは説明した。

「ここまでやれば、もう誰も村人を軽んずる事などできなくなるでしょう。この装備は下村の人々が小鬼族社会へ参画を行うための鏑矢となるのです」

 まさか、そこまで考えての提案だとは思っていなかった父と村長は圧倒されていた。

「と言ってもいきなりの話ですから、簡単に納得してもらえるとは思っていません。取り合えず今は、挑戦させてもらえませんか?モノにならなければ、その時は素直に諦めます」

 二人ともソーマの拡げた自分達の想像を凌駕するほどの大風呂敷に、困惑をするばかりだったが、彼の熱意に負けた結果、最終的には折れた。

 ウブイルと村長が、ソーマの口にした言葉を実感することができたのは、もう少し後の話になる。

 

 

 

 八番村の一角に鎮座している2体の幻獣騎士(ミスティック・ナイト)

 巨人少女ミコーの寝室として造られた小屋の隣に駐機している内の1体、ソーマ・ソリフガエの愛機カマドウマの眼球水晶に今、火が灯った。

「さぁ、ベーラ君。実験を開始しよう!」「はい!」

 今のカマドウマの操縦室には、操縦者であるソーマと魔力転換炉(エーテル・リアクター)役を果たしている彼の愛馬ロシナンテの他に、もう1人搭乗している人間がいる。

 村長の孫であり、現在ソーマが魔法を教えている少年、ベーラだ。

 カマドウマに限らず、幻獣騎士は1人乗り用の兵器であるため、彼は本来操縦には必要の無い人間だ。

 だが、今日のベーラにはこの操縦室でやることがある。それはこの機体についている装備、触手型腕部(マニュピレート・テンタクル)にその秘密があった。

 空気圧で動く細長い触手が一頭の決闘級魔獣に向かって伸びていく。

 針吻獣(エイフィッド)。寄生蜂によって自分で体を動かす事が出来なくなってしまった巨大昆虫の2本の触角を、カマドウマの触手はしっかりと掴んだ。

 この触手型腕部は、魔力をよく通す弾性結晶(エラストマー)という素材でできている。

 そして針吻獣の触角もまた、非常に鋭敏な感覚器官として働き、その頭部に収まっている脳神経節に逐次、情報を送り届けている。

 つまり、脳に対して魔法をかけるのには絶好の部位ということなのだ。

 ソーマは過日の獣狩蜂(アポクリータ)が行使していた魔法術式(スクリプト)の中でも、対象となる魔獣の体内で働いている神経伝達信号への変換を司る機能をもったそれを呼び出した。

 これによって、今から行う入力は、針吻獣の脳内で明確な命令として機能するように出来たはずだ。その効果は幾度かの実験で確かめた。

「ベーラ君、準備できたよ。始めて」「わかりました」

 ベーラは予めソーマが用意していた装備を通して、この魔獣を操る事を試み始めた。

 その装備は、たくさんのボタンが散りばめられた魔獣の骨を加工して作られた棒が、ホワイトミストー製の箱に接続されていると言う、なんとも奇妙な物体だった。そんな物がケーブルを通して、魔導演算機(マギウス・エンジン)に接続されているのだ。 

 だが、この世界の人間では見慣れないものでも、地球の言葉で表現しようとすれば、この装備はたった一言で形容できる。また、その機能もとても明快だ。

 それはコンピューター・ゲームなどでよく使われている“ジョイ・スティック”の形状をしていた。

「す、すごい!本当にあの魔獣がこの機械で動かせている!?」

 ベーラの動かすジョイ・スティックの傾きとボタン操作に応じて、針吻獣は脚を動かしてその巨体を移動させ始める。

 左右への旋回。加減速。前進と後退。たった一本の棒で、これらが自由自在に行える。

 幻獣騎士オプリオネスを操縦しようと試みた経験を持つ村の少年は、以前操る事に失敗した機体よりも素直に動いてくれる魔獣の挙動に、感動を憶えた。

「タネが解っちゃえば、割と簡単に操れるものだね。昆虫はほとんど反射で動いているような生き物だから、それも当然なのかも」

 昆虫と言う生き物は、人間や巨人のような大脳が発達した生物とは違い、その行動のほとんどは特定の刺激に対する反射運動の集まり。

 一見複雑に思える動きでも、一つ一つの動きを分解して行けば、それらの大元は本能と言う名のプログラムに従って導かれた、単純な刺激に対する応答である。

 そして、この魔法術式を使っていた獣狩蜂とて、あくまで昆虫だ。そこまで複雑な命令を与えられるほど高度な思考は持っていない。

 故に、到って簡単な信号で魔獣を操作できるようになっているのだろう。

(いや、獣狩蜂が長い進化の過程でそれをブラッシュアップさせてきたからこそ、ここまで簡単にできてしまっているんだろうな)

 知的生物達が、社会と言う情報ネットワークの中で、学問と言う形で洗練してきた現在の魔法体系。

 それをもってしても困難な所業を行えるだけの技能。それを彼らは本能的に身につけているのだ。

 ここまでの技術を生み出すのに、一体どれだけの時をかけてきただろうか?そして、どれだけの犠牲を払っただろうか?

 何億年と言う時間をかけた、生物進化の神秘。何億匹と言う個体が失敗して犠牲になったであろう、自然淘汰による遺伝的アルゴリズム。

 その恩恵に預かれる事をソーマは深く感謝した。

 この術式を編み出した狩蜂に。それを読み取るための力をくれた自身の祖先にも。

「どうしたんですか?ソーマ様」

 何やら感動してボーッとしていたソーマに、ベーラは声をかけた。

「え?いや、なんでもないよ。ただ、生き物の力ってすごいなって、改めて感じたのさ」

 ベーラはそれを聞いて同意したが、こうも思った。

(すごいのは、それをこんな風に操ってしまえるソーマ様だと思うんだけど)

 

 場所は代わって、八番村の鎧工場。

 ここで職人達は鋭意、製材加工に尽力している。

 天然の魔力導体の中でも、この村では特に手に入りやすい資源であるホワイトミストーを、彼らは出来る限り平坦な板材に加工し、研磨していく。

「あ、ソーマ様。どうでしたか、実験ってヤツの成果は?」

 研磨作業中の職人の1人が、帰って来たソーマとベーラの姿に気付いて、声をかけてきた。

「えぇ、上々ですよ。見せてあげたかったですよ。ここで造ってもらったジョイ・スティックで、ベーラ君が魔獣を操る様を」

「そりゃあ、スゴイ!」「俺達が造った物が、ベーラにそんな力を与えられるなんて!」

 職人達は自分達が造った装置が、決闘級魔獣を操ってしまえるという話を聞いても、当初は半信半疑といった様子だった。

 しかし、確かな成果が出ていると言うのなら、その胸中に驚きと喜びが湧いてくる。

「ベーラ、すごいな!お前にこんな才があったなんてな!」「まだちっこいのに……やっぱり、魔法ってすごいな」

 職人達は口々に幼い少年を讃える言葉を紡いでいく。

「そ、そんな!僕は大したことはしてないよ!ソーマ様と皆の造った機械がすごいんだよ!」

 ベーラは謙遜の言葉を口にしたが、村人の中で魔法が演算できる人間は、現時点では彼だけだ。

 今まで貴族だけの力だとされてきた魔法と、天敵としか思えなかった魔獣を、村の人間が使役できたのだ。

 この森で、魔獣達に虫けらのごとく踏み潰されるしかなかった自分達が、それに抗う力を得た。それが誇らしかったのだ。

 だが、ベーラの胸中には喜びよりも不安の色が濃かった。

「それに今日の実験は、ソーマ様のカマドウマが積んでいる魔導演算機があったから、できた事だったんだ。まだ僕だけで、あれと同じことができるわけじゃないんだよ」

 ベーラは今回の実験で使われた魔法術式についても教わったが、あの膨大な構文を魔導演算機無しで処理できるとは、到底思えなかったのだ。

 しかし、現状のこの村では魔導演算機は用意できない。つまり、自分の魔術演算領域(マギウス・サーキット)のみで演算しなければならないと言う事を意味している。ベーラはそう受け取った。

 いつまでもソーマの力を借り続けているわけには行かない以上、将来的にはそうせざるを得ないと考えているから、彼は不安を感じていたのだ。自分の魔法能力がそこまでの域に到達できるかと。

「あれ?ベーラ君。そういう風に受け取っちゃったの?」

 後学の為に術式を教えてから、顔色が悪かったので不思議に思っていたのだが、そう言えば彼にはあれの術式を“どうやって使うか”をまだ言っていなかった事を、ソーマは思い出した。

「安心して。あれを魔導演算機無しで楽に操縦する方式はちゃんと考えている。そのために職人さん達に頑張ってもらってるんだから」

 職人達がこの工場で造りあげようとしているもの。それは紋章術式(エンブレム・グラフ)がびっしりと刻まれたホワイトミストーの板。それに細かな触媒結晶が散りばめられている。

 だが、これはカマドウマに搭載されている空気圧縮装置(エア・コンプレッサー)とも、ミコーに渡した魔導兵装(シルエット・アームズ)とも役割が異なる。

 ソーマはこれを白樹基盤(ホワイト・ボード)と呼んでいる。刻まれているのは、先程ベーラに教えた魔獣の制御術式だ。

 それらは差分ごとに細かく細分化された構成で、弾性結晶や筋蚕糸で繋げられていて、異様な構造物を形成している。

 しかし、ソーマの眼にはこの構造物は、巨大な“電子基盤”のような形状に見えている。当然だ。実際、そのような機能を果たすべくデザインしたのだから。

「君が操作してたジョイ・スティックの動きに応じて、対応した術式に経路(パス)が通るようにする予定だから、いちいち演算する必要は無いよ」

 幻獣騎士に魔導演算機が積まれてあるのは、人間と同じような複雑な運動の仕方をしているからだ。

 人間が普段行っている姿勢制御や重心制御をトレースして、四肢や体幹などの動きを調整しながら、幻獣騎士はバランスを保っている。

 その情報処理の為に魔導演算機が必要とされるのだ。

 しかし針吻獣は昆虫だ。六本肢の魔獣の運動制御を、二本の腕と二本の脚しか持たない人間の動きをトレースすることで叶える事は、どの道不可能なのだ。

 ならそれは、針吻獣自身の脳にやってもらえばよい。獣狩蜂も入ってきた刺激に応じて動きを変えるための“フィードバック機能”を司る部分は、殺していなかった。

 だからこそ、ソーマはこのシステムの操縦方式を、幻獣騎士のような鐙と操縦桿というやり方から、より簡易なジョイ・スティックに切り替えたのだから。

 複雑な変数制御を魔獣自体にやってもらい、大本の命令は外付けした紋章術式を通して操縦者が行う。このやり方なら、上街で造られた魔導演算機など使わずとも、魔獣の操縦システムが創り出せる。

 脳神経節という魔獣が本来持っている生体コンピューターと、簡単な制御機構を使う事で、魔導演算機という魔法仕掛けのコンピューターの機能を代替する。それがソーマの出した答えだった。

「だから、あとはこれを針吻獣の動きを阻害しない程度まで小型化しなくちゃいけない。それにはこの村の人達の、より一層の協力が必要です。皆さん、俺達に力を借してください!」

 この紋章術式の小型化には、ソーマが記した魔法術式を参考に、村人が“どれだけ小さな面積に書き込めるか”に賭かっている。

 余りにも大型化すれば、これを積載する針吻獣の運動性を大きく損ねてしまう事にも繋がりかねない。

「任せてください!魔法のことはよく解らねぇが、俺達は職人です!細工の腕前だけは、上街の貴族様方にだって負けちゃあいないつもりです!」

「これができれば、魔獣に怯えたり、肉を恋しがる生活からも脱却できるかも知れねぇ。なんとしても形にしてみせまさぁ!」

「ベーラを騎士にするためにも、俺達頑張りますよ!」

「ソーマ様のめんこい声で命令してもらえれば、まだまだ頑張れる!」「「「お前は黙ってろ!!!」」」

 職人達の士気は高い。彼らの生活の向上がかかっているのだから、当然だろう。(*不純な動機の者も混ざっているようだが)

「み、皆……僕も頑張らなくちゃ」

 激励の声に感動したベーラは、自分も更なる操縦の熟練のため、奮起する事を心に誓ったのだった。



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